問題児たちが異世界から来るそうですよ?~私は科学者です~ (東門)
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第一話






そこは木々に囲まれた古い洋館の前。

何百年もの時間が経過したようなその館の前にひとりの女が立っていた。

 

「博士!博士いないんですか!?」

 

意を決したようにそう叫ぶが返事が帰ってくることはない。

しかしその女は家主がいないわけがないことを知っているようで諦めることはない。

 

「フランケンシュタイン博士!」

 

「聞こえているよ」

 

女の後ろに突如として現れた男……博士などと呼ばれるには若すぎる容姿。

死人のような肌と真白い髪、皺のよったシャツに白衣を羽織った少年。

 

「ッッ!!」

 

女は突如背後に現れた人物への恐怖に息を飲んで背筋を伸ばした。

 

「なんだ、なにか用があったんじゃないのかい?」

 

「……博士、このあいだの論文がですね……」

 

「そういった話は君に一任するといったはずだ。私はこれでも忙しいんだ」

 

そう言って女の後ろから少年の気配が消える。

女が振り向くと初めからいなかったかのようにその場から少年の姿が消えていた。

 

 

 

 

 

「まったく…いちいち無意味な問答はうんざりだよ」

 

「…………ァァ」

 

「メアリか……どうした?」

 

一瞬のうちに館のなかに戻った少年の前に赤毛の少女が現れる。

その少女は一見普通の少女だが頭部に金属の器具が装着され巨大なメイスを手にしている。

 

「……ゥゥ」

 

「これは、手紙?お前が書いたのか?」

 

少女は否定するように唸り声る。

 

「だろうな……とにかく読んでみるかな」

 

興味深そうに手紙を覗く少女に見えるようにして少年は手紙を開いた。

 

 

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの〝箱庭〟に来られたし』

 

 

 

 

 

「わっ」

 

「きゃ!」

 

「おおー、絶景だなぁ」

 

「これは……「…ォォ」」

 

突如として視界が切り替わり遥か上空に博士とメアリ、そしてそれ以外に三人が投げ出された。

眼下には広大な森林と世界の果てを彷彿とさせる断崖絶壁。

見たこともない巨大な天幕に覆われた大都市。

そしてとなりを飛んでいく奇怪な形態の怪鳥。

 

そこは完全無欠な異世界だった。

 



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第二話

数千メートル上空から湖への落下途中

 

「メアリ…濡れるのはごめんだよ」

 

「ァァ」

 

博士の言葉に肯定するように唸りをあげるメアリはメイスを構える。

博士はメアリの体にしがみつきメアリは戦鎚の先端に魔力を注ぐ。

そして戦鎚の先端から魔力が放出され湖の上空から脱出し地面へ軟着陸した。

ちなみに一緒に落ちていた三人+猫は驚愕の表情を浮かべながら湖に落下した。

 

「……ゥゥ」

 

「えっ、あやうく水没するところだったって?馬鹿な、そのぐらいで私の作った作品が壊れるものか」

 

それを肯定するように唸るメアリの後ろから湖に落ちた三人がぐちぐち文句をいいながら上がってきた。

 

「いやァ実に乱暴な呼び出しだったね。こんな真似をした相手には相応の代償を払ってもらわなければね」

 

「右に同じだクソッタレ、呼び出しといていきなり水中に落とすなんてな。まあ…自分らだけ逃げた奴もいるけどな」

 

「…そうね、女性を放っておいて自分だけ逃げた人がいたわね」

 

「………」

 

「まあそれはともかくだね、ここがどこかということを考えようじゃないか」

 

三人の非難するような視線を受けることに耐え切れず話を変える。

腑に落ちないという顔をしつつも話に乗ってくる。

 

「確かにここ……どこだろう?」

 

「さあな。まあ、世界の果てっぽいのが見えたしどこぞの大亀の背中じゃねえか?」

 

「大亀か、そんな存在がいるならぜひともサンプルを採取したいものだね」

 

そんな話をしつつも、問題児オーラを発する少年が服を絞り終えて確認するように言った。

 

「で、まず間違いないだろうけど一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずは〝オマエ〟って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。それで野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

「ちなみに私はヴィクター。ヴィクター・フランケンシュタインだ。こっちはメアリ」

 

「……ゥゥ」

 

「「「ヴィクター・フランケンシュタイン?」」」

 

少女二人は単にその名に疑問を持っただけだったが、十六夜はその名とメアリという少女からなにか理解したというような表情を見せた。

 

 

心からケラケラ笑う逆廻十六夜。

傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。

我関せず無関心を装う春日部耀。

そして興味深そうに周囲を観察するシュタインとメアリ。

 

 

そんな彼らを物陰から見ていたウサ耳少女はというと。

 

(うわぁ……なんか問題児様ばかりみたいですねえ……)

 

 

召喚した身で文句など言えはしないが心の中でこれからのことを考えため息をつくのだった。

 

 

適当に会話する四人だったが十六夜はいい加減苛立ったように言う。

 

「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。

この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

 

「……この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

「錯乱されても面倒だからこれぐらいでちょうどいいさ」

 

 

(うう、もっとパニックになってくれたら出やすかったのですが……仕方がありません)

 

 

ウサみみが覚悟を決めた瞬間

 

 

「―――仕方がねえな。こうなったら、そこに隠れている奴にでも話聞くか?」

 

 

物陰に隠れていた黒ウサギは心臓を掴まれたようなに飛び跳ねた。

 

 

三人の視線が物陰に隠れていた黒ウサギの方へ一斉に向けられる。

 

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?

そっちの猫を抱いている奴も気づいていたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

「で、そっちのお前も―――――」

 

「むうっ!ガイガーカウンターに反応があるぞ!?」

 

機械を手に見当違いの方向を向いているシュタインに十六夜の視線が行き、そのまま目をそらす。

 

「……まあそれはともかく、だ」

 

若干、苦笑いになったが十六夜の目は笑っていない。それは他の二人も同じだ。殺気を込めた視線にさらされたその人は、怯えながらも茂みから出てきた。

 

「や、やだなぁ皆々様。そんな狼みたいな顔で睨まれると黒ウサギは死んでしまいます? ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵にございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

 

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「その耳だがね、本物ならサンプルに一本いただきたいのだが?」

 

 

「あっは、取りつくシマもないですね♪というか最後の方黒ウサギの素敵耳を切断しようなどとなにを考えているのですかー!!」

 

 

火を吹かんばかりに怒りの咆哮をあげるウサギの後ろにいつの間にか耀が忍び寄っている。そして―――

 

「えい」

 

「フギャー!」

 

耀がウサギのウサみみを思いっきり掴んで引っ張った。

 

「ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

 

「好奇心の為せる業」

 

「自由にも程があります!」

 

無論これで終わるほど甘くはない。

 

「へえ? このウサ耳って本物なのか?」

 

「……。じゃあ私も」

 

「よしっ、いけっ!引っこ抜いてしまえ!!」

 

左右から楽しそうな表情で十六夜と飛鳥がウサみみを掴む。

そしてシュタインは「サンプルゲットー!」とばかりに二人の行動に声援を送る。

 

 

「ちょっとそこ!何恐ろしいことを口走っているのですか!あ、ちょ、ちょっと待――!」

 

 

黒ウサギの言葉にならない絶叫は近隣に木霊し、

一人我関せずと周辺の見たことのない花々を摘んでいたメアリは空を見上げ。

 

「……ァァ」

 

平和だ……、というように唸ったのだ。

 



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第三話

 

「――あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうだけで小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに間違いないのデス」

 

「いいからさっさと進めろ」

 

「まあ待てそう急ぐな。解ったよ君の意見を尊重し半分、ウサみみ一本のさらに半分でどうだろうか?」

 

「どうもこうもないのですよー!もうこの話は終わりです、とっとと説明に移るのですよー!」

 

うがー!と叫ぶ黒ウサギ。まったくヒステリーは嫌だね。

 

怒りを抑え息を整え、コホンと咳払い。そして大仰に両手を広げ

 

「ようこそ〝箱庭の世界〟へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかなと召喚いたしました!」

「ギフトゲーム?」

 

「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大力を持つギフト所持者がオモシロオカシク生活出来る為に造られたステージなのでございますよ!」

 

両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギ。

 

それに飛鳥が質問する為に手を上げる。

 

「まず、初歩的な質問からしていい?貴方の言う我々とは貴方を含めただれかなの?」

 

「YES!異世界から呼び出されたギフト所持者は箱庭で生活するにあたって、数多とあるコミュニティに必ず属していただきます」

 

 

「嫌だね」

 

 

「属していただきます!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの主権者《ホスト》が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

 

「………主権者《ホスト》ってなに?」

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば

コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。

特徴として、前者は自由参加が多いですが主権者《ホスト》が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。

主権者次第ですが、新たな恩恵を手にすることも夢ではありません。

後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればすべて主権者のコミュニティに寄贈されるシステムです」

 

「後者は結構俗物ね……チップには何を?」

 

「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間……そしてギフトを賭けあうことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。

ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然――ご自身の才能も失われるのであしからず」

 

「と、いうことはここで私が君の素敵耳をかけて勝負を申し込めば根元からいただくことも夢ではないということだね」

 

「断固として拒否させていただきます!というかそれはいい加減諦めてください!」

 

黒ウサギの耳を手に入れることに失敗してしまった。

シュタインは若干の不満を抱いたが拒否されては仕方がない、豪気にも諦めることを良しとした。

 

(そういえばさっき十六夜が大亀がどうこうと行っていたな)

 

シュタインは十六夜の言っていた世界を大亀が背負っているのではないか、という発言を思い出した。

普通に考えればそんなことはありえないが黒ウサギの行っていたことを信じるなら可能性はある。

 

ならば―――――

 

「メアリ」

 

「……ァ?」

 

「行くぞ!」

 

怪訝そうなメアリの首根っこを掴んで世界の果てを目指して進もうとし

 

「………すまん。連れて行ってくれ」

 

「……」

 

て、自分の体力のなさを思い出しメアリの戦鎚ジェットで連れて行ってもらうことにした。

その情けない姿を見るメアリはどこか冷ややかな視線を送りつつもシュタインのことを連れて世界の果てへ向けて飛んでいった。

 

 

 

 

 

世界の果てへ続く森の木々の間を高速移動していると、後方から轟音が響き横に十六夜が飛んでくる。

 

「よおシュタイン、予想以上に先に進んでて驚いたぜ」

 

「十六夜か。むしろこの短時間で追いついてきた方が驚きだな。君はなぜここに?」

 

「おう、ちょっくら世界の果てを見にな。お前らもそうか?」

 

「ああ、私は世界を背負ってるという大亀を探しに行くんだがね」

 

他愛のない話をしつつも周囲の景色は高速で変わっていき森林から大河へと変わっていく。

現代ではそうそう見ることのできない美しい景色が広がっている。

 

そろそろ世界の果てとやらも目と鼻の先というところまできたところで、湖から派手な水しぶきを上げて巨大な白蛇が飛び出してきた。

 

『このようなところへ人間が来るとはな。貴様ら試練を受ける覚悟はあるか?

覚悟があるというのならば知恵、勇気、あるいは力……どれでも好きな試練を選ぶがいい』

 

「とかふざけたこと抜かしてるが、どうするよ?」

 

蛇の高圧的な物言いに、一瞬不快げな顔をしたがシュタインの方へ試すように言葉を投げてくる十六夜。

 

「そうだな…あの蛇に私たちを『試せる』と思うかね?」

 

「ハッ――そりゃ確かにそうだな。――よしっ。おい蛇、決まったぜ」

 

『ほう。それは勇気かあるいは無謀か……。まあよい小僧どもいったいなにを―――』

 

「『お前が』俺たちを試せるか試してやるよ」

 

『――――――――なん、だと』

 

ゴゴゴゴゴ――――周囲の地面が振動し、河川にいくつもの渦ができる。

 

『人間風情が――――のぼせ上がるなァッ!!』

 

蛇神が怒りの咆哮をあげると同時に周囲の水が一斉に意思を持つように莫大な質量を持ってシュタインとメアリ、そして十六夜へと殺到する。

 

「つまらない曲芸だな」

 

シュタインが地面に手を当てるとドロリとした泥のようなものとともに眼前の地面が盛り上がり土が金属に変わり巨大な壁になって水流を防いだ。

そして防いだ水流もシュタインの手によって水が槍のようになって蛇神へと飛来する。

 

『舐めるなあ!』

 

しかしそれも蛇神の展開する水の竜巻によって消し飛ばされる。

 

『我の放った攻撃で我を討とうなどと……甘く見るな!』

 

「いいのか、私たちにばかりかまけていて?」

 

怒る蛇神へ挑発するように右の方を指差す。

するとそこには咆哮を上げ戦鎚を振り下ろすメアリの姿があった。

 

「■■■■■■――――ッッ!!」

 

「ヌッ、オノレッ!!」

 

咄嗟にメアリへ強靭な体で突撃を仕掛け戦鎚の攻撃を相殺し、水流で弾き飛ばす。が―――――

 

「おい蛇」

 

『何!』

 

「だから言ったじゃないか、私『たち』にばかりかまけていていいのか、と」

 

「ハッ―――やっぱりこんなもんか、よッ」

 

轟音とともに蛇神の後ろから山河を砕くほどの威力の拳が打ち込まれ蛇神が悲鳴をあげて水中叩き込まれる。

 

「悪いな、トドメだけ任せてしまって、退屈だっただろう?」

 

「いやお前の力も見れたしな。蛇との戦いもなかなか見ごたえがあって面白かったぜ」

 

「ようやく見つけたのですよー!!」

 

十六夜と友情を育み笑い合っていると、先ほどとは髪の色の変わった黒ウサギが怒り心頭で飛び込んできた。

 

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

「染めたわけではない……といことは何らかの要因で髪の色が変化するということか。実に興味深い、髪を何本かくれないかな?」

 

「あげません!ま、まあ、それはともかく!お二人が無事でよかったデス。早く戻りましょう?」

 

さぞ心配しただろう黒ウサギだがまったく無事な二人を見てほっとした様子だ。

 

「残念だがまだそれはできないな。世界の果てにもまだついていないし……なにより――――」

 

『まだ……まだ試練は終わっていないぞ、小僧共ォ!』

 

目を見開いて硬直する黒ウサギを尻目に、水面から怒り狂った蛇神が体を起こす。

 

「蛇神……!ってどうやったらこんなに怒らせらるんですか!?」

 

「なんと、ただの蛇じゃなく神様だったのか!素晴らしい、捕獲して標本にしなければ!」

 

「なにお馬鹿なこと言ってるんですか!?」

 

「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なこと言ってくれたからよ。俺たちを試せるのか試させてもらったのさ。結果は、まぁ残念なヤツだったけどな」

 

「確かに。この程度なら一人でもどうにでもなっただろうな」

 

『貴様ら……付け上がるなよ人間風情が!我がこの程度のことで倒れるものか!!』

 

蛇神の唸りに応えて蛇神の周囲の水が数百トンほども巻き上げられ、それが独立した生物のように竜巻の形を取る。

 

「お二人共、下がって!」

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺たちが売って、奴が買った喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」

 

本気の殺意を受け黒ウサギが一歩下がり、もはや止めることのできないゲームを歯噛みしながら見据える。

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』

 

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

「ククッ……かっこいいじゃないか」

 

『フン――その戯言が貴様らの最期だ!』

 

水流の竜巻が周囲の岩石を粉々にしながら圧倒的な破壊力を伴った嵐となって十六夜とシュタインへ襲いかかる。

 

「――――ハッ――――しゃらくせえ!」

 

地形すら変えるほどの威力を伴った竜巻に対して、十六夜はそれを遥かに上回る圧倒的力を込めた右腕を一振りするだけで嵐をなぎ払った。

 

「嘘!?」

 

『馬鹿な!?』

 

「そう、そしてこれで勝者が決まるというわけだ」

 

シュタインが作り出したワイヤーが水中から現れ、皮肉にも蛇のように蛇神の体に巻き付きその身の自由を奪う。

そして、いつのまにか蛇の上空に逃れていたメアリが蛇へと急降下する。

畳み掛けるように蛇の下から黄金でできた巨大な腕が作り出され高速で蛇神の顎へと打ち込まれ、それに合わせるようにメアリの戦鎚が叩き込まれた。

その衝撃に蛇神は呻き声一つあげることもできずに水面へ倒れこむ。

盛大に水しぶきが上がるがシュタインが地面から十六夜たち全員を覆う巨大な傘を作り出し水しぶきを防いだ。

 

「おっ、ありがとな濡れずに済んだぜ」

 

「なに、かまわないさ。まああの蛇も中々だったね」

 

カラカラと快活に笑う十六夜。

倒れる蛇神を見て愉快げに微笑むシュタイン。

位置関係上、傘の中に入れず濡れて不満げなメアリ。

そして、一瞬のうちに神格を持つ蛇神を倒してしまった問題児たちを呆然と眺める黒ウサギだけがその場に残された。

 



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第四話

 

“ロマン”――――

いつの時代も人々が求め欲し、探すもの。

現代においてはそのほとんどが探求し尽くされ、一切人の手が及んでいないものなどほとんどない。

だが、だからと言って軽々しくそれを諦めることはできない。

手近にないのなら求める範囲を広げ、深海や宇宙。果ては異世界までがその範囲となる。

 

そして――――“ロマン”を見つけたのならばどれほど困難であろうと、無謀であろうと手を伸ばす。

それを笑うことは誰にも許されるものではない。

 

故に、誕生して以来、百年を優に超える時間をあらゆる存在から守り抜かれたそれへ手を伸ばすことも、また止めることなどできはしない。

――――人はその行動をどう思い、どのような言葉で表すのだろうか?

 

やはり無謀?蛮勇? 否、きっと人はその行動をこう呼ぶのだろう――――

 

 

 

 

 

――――そう、セクハラと。

 

「おい、どうした?ボーっとしてると胸とか脚とか揉むぞ?」

 

呆然とする黒ウサギと呼ばれた少女、十六夜はその豊満な身体へ這うように手を伸ばす。

 

「え、きゃあ!」

 

後一歩、ほんの数瞬行動が遅れていればその手は、長い時間を誰の手にも触れさせることなく守り抜かれた“神秘”へと届いていただろう。

 

「な、ば、おば、貴方は馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの貞操に傷をつけるつもりですか!?」

 

「二百年守ってきた貞操?うわ、超傷つけたい」

 

「お馬鹿!?いいえ、お馬鹿!」

 

「ま、今はいいや。後々の楽しみにとっとこう」

 

「左様デスか……ま、まあそれはともかく!ゲームに勝利した以上そちらの水神様からギフトを頂くとしましょう!」

 

「あ?」

 

「なにせ御二方は水神様本人を倒しましたからね。きっとすごいギフトを頂けますよー♪」

 

小躍りするような足取りで蛇神のもとへ向かう黒ウサギの前に、十六夜が不機嫌そうに立ちふさがる。

 

その後、十六夜は今まで疑問に思っていた『どうして自分たちを呼び寄せなければならなかったのか?』という疑問をぶつけ、その推理力で黒ウサギのコミュニティが衰退した崖っぷちのコミュニティであることが判明し、面白おかしく黒ウサギの口から『魔王にコミュニティを潰されたのでその魔王から誇りと仲間を取り戻す』というような説明を受けた。

これと同時刻、飛鳥と耀もガルドからコミュニティの現状を聞いている。

十六夜はしばらく難しそうな顔をしていたが「いいな、それ」と黒ウサギたちに協力する旨を伝えた。

 

「ほれ、あの蛇を起こしてさっさとギフトを貰ってこい」

 

「は、はい!……って、あれ?」

 

黒ウサギが何かに気づいたように辺りを見回す。

 

「どうかしたのか、黒ウサギ?」

 

「いえ、先程からシュタインさんのお姿が……」

 

『月の兎ーーーー!!?』

 

のびていたはずの蛇神の切羽詰ったような声が周囲に響き渡る。

その姿を視界に収めると、そこにはメアリに無理やり地にその体を縫い付けられ、刃物を両手に持ったシュタインに迫られる蛇神の姿があった。

 

『この小僧をどうにかしてくれーーーー!!』

 

「ええいうるさいぞ、神様ならば駄々をこねず尻尾の一本や二本けちけちせず切り取らせろ。また生えてくるんだからいいだろう?」

 

『生えるかッ、我をトカゲと一緒にするな!ええい、は・な・せ!』

 

「ダメだダメだ。敗者ならば粛々と勝者に従い標本か瓶詰めになるがいい!」

 

『ヤメロォーーーーーー!!!』

 

「何をやっているのですかお馬鹿様ーーーーーー!!」

 

スパァン!

 

黒ウサギの取り出したハリセンがシュタインの頭を捉え、そのまま張り倒す。

 

「なにをするのかね?ゲームに勝利した以上あれは私の自由にしていいのではないのか?」

 

「そんな事実は一切ありません!事前にゲームの商品が決められていない場合はゲームの後で双方納得のいく相応のギフトを勝者へ渡す決まりなのですよ」

 

「なんだと、おのれ騙したなあッ黒ウサギ!?」

 

「事実無根なのですよ!?」

 

その後、話し合いの末シュタインは蛇神の牙を一本貰う事で納得し、黒ウサギは水樹の苗とやらを受け取り「キャーキャー♪」いいながら回転するという頭の出来を疑う挙動を十六夜とシュタインは眺めるのだった。

……ちなみにメアリはボロボロの蛇神を戦鎚でつついていた。

 

 

 

 

 

そして十六夜、シュタイン、メアリ、黒ウサギの四人は世界の果て目指して歩いている。

その道中、そういえばと十六夜が口を開く。

 

「シュタインは黒ウサギの話聞いてたのか?」

 

その言葉に黒ウサギがびくりと肩を震わせたあとでウサみみをへにょりとさせる。

 

「ああ、確かに聞いてたぞ。そう確か彼女は、

『無知な猿どもが、私たちの野望の為にウブ毛までしゃぶり尽くしてやるぜこの野郎ゲヴァヴァヴァヴァ』と、言っていたな……恐ろしい限りだ」

 

「言ってません!」

 

「いや、言ってたぞ?」

 

「断じて言ってません!お二人共あまりふざけないでください!」

 

スパーン☆と黒ウサギのハリセンが二人の頭を叩く。

十六夜はヤハハ、と笑いシュタインは割と本気で「(・3・)アルェー?」といった感じだ。

 

「まあ私たちはなんでもいいとも。コミュニティの現状も君の嘘も特に気にしない。君たちも必死だったんだろう?しかたない」

 

「シュ、シュタインさん……申し訳ございません。それとありがとうございま――――」

 

「礼なんていらんよ……『そう…君が私の実験に付き合ってくれるというのなら、ね?』」

 

「予想通りの反応だったのですよーーー!!」

 

スパーン☆

 

本日三度目のハリセンがシュタインの頭に打ち込まれた。

ちなみにシュタインはちゃんと『ノーネーム』に入ることが決まった。

 

 

 

 

 

「「おお……!」」 「……ァ」

 

たどり着いたのは

トリトニスの滝は夕暮れの光を浴びて朱色に染まり、跳ね返る激しい水飛沫が数多の虹を創りだしている

楕円形のようにも見える滝の河口は遥か彼方にまで続いており、流水は〝世界の果て〟を通って無限の空に投げ出されていた。

絶壁から飛ぶ激しい水飛沫と風に煽られながら黒ウサギは説明した。

 

「どうです?横幅の全長は約2800mもあるトリトニスの大滝でございます。こんな滝は十六夜さんやシュタインさんの故郷にもないのでは?」

 

「ああ、素直にすげぇよ。ん?この〝世界の果て〟の下はどんな感じになってるんだ?やっぱり大亀が世界を支えているのか?」

 

「残念ながらNOですね。この世界を支えているのは〝世界軸〟と呼ばれる柱でございます。この箱庭の世界がこのように不完全な形で存在しているのは、何処かの誰かが〝世界軸〟を一本引き抜いて持ち帰った、という伝説もあるのですが……」

 

「なんだと!大亀がいないとはどういうことだ!亀を探してこんな場所まで来たというのに……仕方がない、世界軸とやらを削り取ることで我慢するとしよう」

 

そう言ってシュタインはメアリの戦鎚ジェットを使って世界の果てを降下していく。

 

「やめてくださいシュタインさん!世界の果てから先は箱庭の外、あらゆる時代のあらゆる世界につながっているのですよ!」

 

箱庭の外に出れば箱庭に戻れなくなるのはもちろん、どの時代のどの世界に行ったのかも黒ウサギたちは把握することができず捜索することもできなくなる。

その言葉にまだこの箱庭でやりたいことも多々あるシュタインはしぶしぶもとの位置へ戻ってきた。

 

「なんか見えたか?」

 

「ああ、なにやらへし折れる寸前の枯れ木みたいなのが支えてたぞ」

 

「ええっ、そんな感じだったのですか!?」

 

そうしてトリトニスの滝の絶景を存分に楽しんだ後、久遠と春日部の二人が先に向かった天幕に覆われた都市へ四人で向かった。

道中、

 

「しかし黒ウサギ。あの二人にはコミュニティの現状を説明するのかね?

おそらく気にはしないだろうが、騙して利用するつもりなら信頼関係など望まず相応の覚悟とギブアンドテイクの関係を徹底してもらいたいのだが…」

 

「うう…その話はもうやめてください…。黒ウサギは反省したのです。御二方にはちゃんと説明するつもりなのですよ」

 

「へえ、じゃあ俺たちには説明せず騙して利用するつもりだったのか」

 

「おお、怖い怖い…悪女だな悪女」

 

「……ゥゥ」

 

「なぜそうなるのですかーーー!!」

 

涙目で悲鳴を上げる黒ウサギをからかいながら進む。

ただでさえこの時点で心労で潰れそうになっている黒ウサギは、なんだか向こうの二人も今この瞬間にもなにか問題を起こしていそうな予感を感じるのだった。

 



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第五話

都市内部は召喚された四人+一匹+一機のいた世界では考えられない造りだった。

天幕の中でありながら降り注ぐ太陽の輝き。道行く人々は人類種だけでなく、リザードマンや人狼といった人外の存在も多く道を闊歩している。

 

当然この状況を歓迎しない十六夜とシュタインではなく、黒ウサギの静止も振り切りあっちへふらふらこっちへふらふら。

十六夜は露天に並んでいる見たこともない雑貨や食料品を見て回り、シュタインは道行く人にとんでもないことをしようとする。

そしてそれを黒ウサギがハリセンで引っ叩き、待ち合わせ場所の噴水広場へ引っ張っていく。

 

ようやく噴水広場へ着いた頃には黒ウサギは既に体力の限界といった様子だった。

しかし忘れるなかれ、問題児は十六夜とシュタイン以外にまだ二人もいるのだ。

当然問題を起こさないなんてことはなく―――――

 

「な、なんであの短時間に〝フォレス・ガロ〟のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!?」

「しかもゲームの日取りは明日!?」

「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」

「準備している時間もお金もありません!」

「一体どういうつもりがあってのことです!」

「聞いているんですか三人とも!」

 

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」

 

 

既に問題児の内二人はこの“ノーネーム”のリーダーのジンという少年とともに“フォレス・ガロ”とやらに喧嘩をふっかけていた。

 

「なるほど……“善は急げ”と言うやつだな、理にかなってる」

 

「何一つ良くないのですよーーー!」

 

「別にいいじゃねーか。見境なく選んで喧嘩を売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

 

状況をニヤニヤ笑いながら見守っていた十六夜もおもしろそうだからいいとばかりに止めに入る。

 

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんけど、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この〝契約書類〟を見てください」

 

“参加者が勝利した場合、主催者は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する”

 

「ふむ―――まあいいじゃないか。まず足元の掃除から始めるのは新生活で大切なことだぞ?」

「そのとおりよ。これから先、あの外道が私の活動範囲で野放しにされることはとてもじゃないけど我慢できないわ。だからここで決着をつけておきたいのよ」

 

「僕もガルドを逃がしたくないと思っている。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 

「はぁ~……。仕方ない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。〝フォレス・ガロ〟程度なら十六夜さんかシュタインさんのどちらか一人いれば楽勝でしょう」

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねぇよ」

 

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ。もちろん、シュタイン君もね」

 

「まあ、私はゲームの土産話さえ聞かせてもらえればいいよ」

 

「だ、駄目ですよ!御三方はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと――――」

 

「そういうことじゃねぇよ黒ウサギ」

 

「そのとおりだ。ゲームを仕掛けたのはこの三人で、ゲーム内容を決めるのは向こうなのだから参加者もこの三人で固定だろう。要はそういうことだろ十六夜?」

 

「大分違うけどな。まあ俺は人のゲームに横槍入れるような無粋なまねはしねえよ」

 

「……。ああもう、好きにしてください」

 

 

 

 

 

しばらく明日のゲームの話をしていると、話が黒ウサギがコミュニティの現状を隠していたことに向いていった。

 

「ううう……本当に申し訳なかったのですよ~~」

 

「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでもよかったもの。春日部さんはどう?」

 

「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのはどうでも……あ、けど」

 

そういえば、と耀は迷うように呟いた。

 

「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来ることなら最低限の用意はさせてもらいます」

 

「そ、そんな大それた物じゃないよ。ただ私は……毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、と思っただけだから」

 

空気が―――――死んだ。

 

この箱庭の下層弱小コミュニティで潤沢な水源を持つところなどそうはなく、風呂は割と贅沢なものなのだ。

もっとも、この問題は十六夜とシュタイン+メアリの手によって悲惨な目に合わされた蛇神から水樹を強奪したので解決済みなのだが。

 

「それじゃあ黒ウサギ。今日はもうコミュニティに帰る?」

 

「あ、ジン坊ちゃんは先にお帰りください。この水樹と皆さんのギフトの鑑定はこちらでやっておきますので」

 

その後、ギフトの鑑定ができるという巨大商業コミュニティ“サウザンドアイズ”へ向けて出発した。

途中、微妙に桜に見えない桜の木にツッコミを入れながら歩いていく。

 

そしてようやく二人の女神が向かい合う旗の掲げられた“サウザンドアイズ”の支店へ駆けていくが――――

サッと建物から出てきた女性店員が看板をしまい店を閉めようとする。

 

「まっ」

 

「待ったなしです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

「そのプロ根性……見事!」

 

「見事でも何でもないのですよッ、まだ閉店まで時間があるというのに客を追い返すとは何事ですかー!?」

 

「そうですね、確かに〝箱庭の貴族〟であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。では事情は店内で伺いましょう。ただし……コミュニティの名と旗印の提示をお願いします」

 

「こちらは“ブルー・ヴァイパー”のコミュニティだ。これが旗印」

 

そう言ってシュタインが一切の躊躇なく、懐から一本の十字剣に青い蛇が巻き付いた青地の旗を取り出して提示した。

 

「ダメですシュタインさん!名と旗印の捏造など決してやってはいけないことなのですよ!」

 

「ならばどうする、どうせ“ノーネーム”ではまっとうな客としては扱われないんだろう?なにか策でもあるというのか」

 

「うっ……それは~そのですね……」

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィ!」

 

黒ウサギは店内から飛び出してきた和装ロリのフライングボディアタックをうけて少女と共にクルクルクルクルと空中四回転半ひねりの後、街道の向こうにある水路まで吹き飛んだ。

 

「きゃあ――――…………!」

 

悲鳴が遠くなり最後に水しぶきをあげて水路へ落ちた。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

 

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろうに!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うのう!」

 

「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れてください!」

 

黒ウサギが抱きついた白夜叉と呼ばれた少女を引き剥がし店の方へ投げつけた。

そしてその方向にはシュタインと十六夜が立っており――――その先の流れはまあ察するとおり。

 

「十六夜」

 

「おう、やるか」

 

一見、息の合ったコンビプレイといった様子で二人が同時に動き出す。

シュタインの前面の地面がドロリとした泥のようなものとともに形を変え、二人の目の前に“鉄の処女/アイアンメイデン”が作り出される。

当然二人の方向へ飛んできた白夜叉は作り出された鉄の処女の中に吸い込まれ――――閉じた。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!?」

 

周囲に白夜叉の絶叫が木霊した。そして次に動き出すのは十六夜だ。が――――ここで考えてもらいたい。

確かに“一見”二人は息の合ったコンビプレイを見せているように見える、が。この二人はまだ出会って半日ほどしか経っていないのである。

故に互を理解して動いたように見えてもそれはそう見えるだけでしかなく

 

「「あ」」

 

「NOOOOOOOOOO!!!」

 

十六夜は軽く蹴るだけのつもりだったが、シュタインのせいで予想外の位置で白夜叉の動きが止まったために本来想定した位置で蹴り足が止まらず、そのまま白夜叉の入った鉄の処女を――――蹴り抜いた。

存分に手加減した結果だが、それは十六夜の力から見ての手加減であり、鉄の処女は粉々になり、白夜叉は吹き飛んだ。

想定外の結果に場の空気は完全に凍りついており、二人はしばし互を見て

 

「「イエーイ♪」」

 

と、ハイタッチした。

 

「イエーイ♪、ではないのですよお馬鹿様方ーーーーーー!!」

 

恒例となったハリセンアタックが黒ウサギの手によって炸裂した。

 



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第六話

吹き飛んだ白夜叉に対し二人は流石にやりすぎてしまった、と思ったが白夜叉は無傷だったのだ。どうやら“サウザンドアイズ”の幹部だったようで相当強いらしい。

なかなか混沌とした状況だったがなんだかんだと白夜叉は非礼を許してくれた。

なぜかというと―――――

 

「さて、仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育がいい胸をワンタッチ生揉で引き受けるぞ、黒ウサギ」

 

「「「「どうぞどうぞ」」」」

 

「え、きゃっ、ってなんなのですかコレわーー!??」

 

シュタインのギフトによって黒ウサギは地面から生えてきた拘束具によって両手を後ろ手で組まされ、その豊満な肢体を相手に見せつけるように突き出す形で拘束されてしまった。

 

「おおっ!こ、これはスケスケで濡れ濡れな黒ウサギが見せつけるように……素晴らしい!ではさっそく――――」

 

「オーナー、それでは売上が伸びません。ボスが怒ります――――あと、幹部としてもっと節度ある行いを心がけて下さい」

 

そう言って店員が今にもルパンダイブを決め込みそうな白夜叉を羽交い絞めにする。

そうして時間を稼いでる間に黒ウサギは「冗談じゃないのですよー!」と拘束具を破壊して逃れた。

その光景に白夜叉は絶望したような表情を見せる。

 

「なんということだ…なぜ、なぜこのような不条理がまかり通るのだッ!?」

 

「何故も何もないのですよ!」

 

またしても場が混沌としてきたが白夜叉は黒ウサギの艶姿に満足したらしく先ほどの件は水に流し、こちらの用事も白夜叉が個人的に請け負ってくれることになった。黒ウサギGJ!

 

「さて、まずは自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「その外門、って何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者たちが住んでいるのですよ」

 

そう言って黒ウサギは図解入りで説明してくれるのだが、そこに書かれているのはどう見ても。

 

「……超巨大たまねぎ」

 

「いえ、超巨大なバームクーヘンではないかしら?」

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 

「ガクッ……なんと身も蓋もない。これは決してバームクーヘンではなくてですね」

 

「いや、これは間違いなくバームクーヘンだな……ひどい絵だ…」

 

別段自信があったわけではないだろうに黒ウサギの書いた絵はなかなかすごかった―――別の意味で。

結果、黒ウサギは自慢のウサみみをへニョらせてしまった。

 

「ふふ、うまいことに例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分にあたるな――時に黒ウサギ。その水樹の苗は一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」

 

「十六夜さんとシュタインさんです。でも知恵比べでも勇気を試したわけでもありませんよ?一瞬のうちに御二人が鮮やかな連携攻撃で倒してしまったのですよ」

 

「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?ではその童たちは神格持ちの神童か?」

 

「生憎と、そんなケッタイなものを持った記憶はないな。それに神格と言ってもあの程度なら一人でも十分だっただろうな」

 

「ああ、ちょっとは楽しめたけどな」

 

その言葉に頼もしさを感じつつ、黒ウサギはそういえばと疑問を白夜叉へとぶつける。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知り合いもなにも、アレに神格を与えたのは私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

「へぇ? じゃあオマエはあの蛇より強いのか?」

 

蛇神に神格を与えた相手。当然そのような存在に十六夜の食指が動かないはずがない。

事実、神様などといってもあの程度か、と蛇神との戦いに失望と不満を持っていたのだ。ここに来てさらなる大物を逃がすはずがない。

 

「ふふん、当然だ。私は東側の〝階層支配者〟だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶものがいない、最強の主催者なのだから」

 

当然、ほかの二人も十六夜同様勝気な性質を持つ。

強者を前に頭を垂れ戦闘を回避するような温い考えは持たず、積極的に向かっていく。

 

「そう……ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私たちのコミュニティは東側で最強ということでよろしいのかしら?」

 

「無論、そうなるの」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

「抜け目のない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

 

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?ってあれ、シュタインさんは?」

 

「お前はやらねえのか」

 

「あいにくと私は慎重な性質でね。“強者”に挑むときは準備を忘れないんだ」

 

この台詞を聞いた三人、特に十六夜は失望にも似た感情をシュタインへ向けていた。

おもしろそうな相手を前にしながら動く気がない、というのはいささか拍子抜けだったのだ。

 

しかしその考えは即座に否定されることになる。

彼は臆病だったわけではなく、ただ賢明だっただけだったのだと。

 

「なるほどな。だが、ゲームの前に一つ確認しおておくことがある。

おんしらが望むのは“挑戦”か――――もしくは、“決闘”か?」

 

白夜叉が取り出した双女神の紋が入ったカードを取り出し、そこから光が溢れ世界がその有様を変える。

一瞬もかけずに世界そのものが、白い雪原と凍る湖畔そして――――太陽が水平に廻る世界へ切り替わった。

 

「……なっ……!?」

 

異常、その一言では語り尽くせない程の神秘と奇跡の体現。

正真正銘、世界一つと同一の規模のものを瞬時に展開した白夜叉の尋常ではない力に三人は息を飲んだ。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か?それとも対等な〝決闘〟か?」

 

「ふ、ふふふ……水平に廻る太陽―――白夜と夜叉、なるほど。この世界はあなた自身の在り方の体現か?」

 

パチパチと心底楽しそうに両の手を打ち鳴らすシュタインに、白夜叉は壮絶な笑みを浮かべながら、ここが自分のゲーム盤であることを語った。

 

「これだけ莫大な土地がただのゲーム盤……!?」

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

 

「ああ、これだけのゲーム盤を用意できるんだからな。アンタには資格がある。――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

十六夜が両手をあげて降参だ、というようなポーズをとる。

自分が売った喧嘩を取り下げねばならない状況に十六夜は歯噛みする。

シュタインが言った“強者”という言葉の意味を遅まきながら理解したのだ。

それはほかの二人も同じなようで、

 

「く、くく……して、他の童達も同じか?」

 

「……ええ、私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

「ああ、“今回は”だな」

 

「ほう、その言い方だと次は“決闘”を挑む。と言っているように聞こえるが?」

 

「いずれは挑むさ。さて……“白夜”の抗するには“極夜”を展開すれば……」

 

シュタインはブツブツと呟きながら座り込み周囲の雪や石を採取し、メアリに水平に廻る太陽を撮影させる。

 

 

 

 

 

その後、白夜叉は誇り高き幻獣、グリフォンに跨って湖畔を舞うというゲームを提案してきた。

実際に眼前にグリフォンが姿を現した瞬間、黒ウサギはほんの半日ほどの経験だがシュタインがなにかするのではと警戒したが、シュタインはこのゲーム盤の探求のほうが忙しいらしく、事実上のゲーム不参加を決め込んでいた。

そんなシュタインを尻目に一番にゲーム参加に手を挙げたのは、春日部耀だった。

彼女は動物と会話できるというギフトを持っており、そのギフトでグリフォンと会話し、山脈を迂回し戻って来るまでに耀を振り落とせなければ耀の勝利となるゲームを提案した。

もっとも負ければ死、だが。グリフォンに誇りを賭けろと言い放ったのだからそれだけの代償を負うのは当然ともいえるが、いささか浅慮でもある。

 

結果としては、耀が勝利した。

風を踏みしめて走るというグリフォンの疾走は凄まじく、並の人間ならばその身体を損壊させるほどの圧力を受けながらも耀は手綱を取り落とすことなくグリフォンの背に乗ったままゴールへと戻ってきた。

気が抜けたのか、最後は落ちることになったがグリフォンとの友好の証としてその風を扱うギフトを手に入れたようで、悠々と空中を歩いて地へ舞い降りた。

 

さしものシュタインもその現象には驚き、耀の首飾りに秘密があると理解したときは散策を中断するかどうか真剣に悩んだが今はこの世界を調査することのほうが大事だったらしく、対応をメアリに任せた。

 

「コミュニティ復興の前祝いとしてはちょうど良かろう。ちょいと贅沢品だが、おんしらにはこれを与えよう」

 

話はゲームの商品のことへと移り、白夜叉はギフトの鑑定を任されたことにバツの悪そうな顔をしていた。

しかし何かを思いついたように量の手を打ち鳴らすとそれぞれの前に光り輝くカードが出現した。

 

 

 コバルトブルーのカードに逆廻 十六夜・ギフトネーム“正体不明”

 

 ワインレッドのカードに久遠 飛鳥・ギフトネーム“威光”

 

 パールエメラルドのカードに春日部 耀・ギフトネーム“生命の目録”“ノーフォーマー”

 

 シルバーのカードにヴィクター・フランケンシュタイン・ギフトネーム“第三魔法(■■■■)”

 

 

そう記されたカードはそれぞれのギフトの名称が書かれていてギフトの収納もできる素敵アイテムらしい。

十六夜と二人で取った“水樹”は十六夜の管理ということになり、今は十六夜がカードに収納して面白がっている。

 

「ふむ、では私も」

 

そう言ってシュタインもカードを取り出し、水平に廻る太陽を見ていたメアリへ向ける。

するとメアリは光の粒子となってギフトカードへと飲み込まれた。

カードには先程までそこにいたメアリの姿が新たに刻まれ、“第三魔法(■■■■)”の下に“フランケンシュタインの怪物”という新たなギフトの名が刻まれた。

 

「これは……実に面白い。“ラプラスの紙片”、全能の悪魔か」

 

この光景を見ていた周囲の人間、おおよそ予想していた十六夜を除いて白夜叉までもが唖然としている。

 

「なに……いまの?」

 

「メアリさんが、カードに、ええ?」

 

「やっぱりお前が『あの』フランケンシュタインだったんだな」

 

「これは…まさかあの娘はおんしが創ったギフトだと言うのか!?人間にそのような……」

 

質問攻めにされるシュタインの手から白夜叉がギフトカードをひったくる。

そしてそこに書かれたギフトネームに白夜叉は心臓を冷えた手で握られたような感覚に陥った。それは十六夜のギフト“正体不明”以上の衝撃だったのだ。

 

「“第三魔法”―――――――だと?」

 

 

白夜叉の様子

その言葉の持つ意味

白夜叉と“第三魔法”との因縁

 

 

それら全て今はどのように関わってくるのかわからない。

すべてを知るには知識が足りず、すべてを教えるには時間が足りない。

だから、彼らの物語を追っていくといい。そこに答えがあるはずだから。今は―――まだはやい。

 



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第七話

紆余曲折を経て私たちは黒ウサギたちのコミュニティへと到着した。

コミュニティの入口、恐らく居住区だっただろう場所は完全な廃墟へと姿を変えていた。

黒ウサギが言うにはこの荒廃した居住区画に魔王が爪痕を残していったのは三年前だという。

腐って倒れた木造の家々、錆に蝕まれ折れ曲がった鉄筋、砂に埋もれた白地の街路。

そのどれもが数百年は経過した後の滅びた街並みであろうことを克明に伝えてくる。

 

これが魔王

 

それもただ“主催者権限”を持つというだけの木っ端魔王ではないことはこの惨状を見れば明白。

紛れもなく、あの白夜叉のような人知を超えた力を持った、神霊か星霊か―――――

とにもかくにも今は考えても仕方がないことだ。

全員が魔王の残した爪痕に何らかの強い感情を見せながらコミュニティの本拠へと足を進めた。

 

本拠では私たちの帰りを待っていたであろう子供たちが待っていた。

その数は六分の一ほどだそうだがかなりの数だ。これから共に暮らす以上ある程度良好な関係を築いていかなければならない。

いままでこのコミュニティは水を得る術がなかったようで今回、十六夜とともに手に入れた“水樹”は大収穫だったようだ。

十六夜が“水樹”をカードから取り出し、それを黒ウサギが水路の台座に配置すると大量の水を激流のように吐き出し、それが瞬く間に水路を満たしたのだ。

この“水樹”は大気中の水分を葉から取り込み増量して排出しているのだろう。神格から得たギフトというだけの事は有り壮観だった。

 

水路がまともに機能するようになったことで風呂も使えるようになったらしい。……いままではどうしていたのか、これが文化の違いか。

女性陣は召喚時の水浸しが効いたのだろうか、風呂の準備ができたらすぐにそちらへ向かった。

 

私はというと、事前に黒ウサギに居住区から離れた、できれば地下のような場所を一室もらいたいと言っていたのだ。

そして与えられたのはなかなかの高物件だった。なんでも特別な儀式などをするための広間の一つで、特別な加護が部屋全体にかけられているらしい。

実に私好みの場所で安心した。ここはこれから私の研究室であり魔術工房へと姿を変えるだろう。

 

 

 

 

 

「―――――シュタインさん、いらっしゃいますか?」

 

コンコン、と工房の扉を叩く音でシュタインの意識が戻る。

いままで書いていた日記から目を離し扉の方へと歩いていく。

開かれた扉の前にいたのは体格に見合わないローブを着た少年。“ノーネーム”の現リーダーであるジン・ラッセルだ。

 

「なにか用かな?」

 

「あっ、はい。飛鳥さんと耀さん――――それと、十六夜さんとは話をしましたけどシュタインさんとはまだほとんど話をしていなかったので。お時間があれば少し話をできれば、と」

 

ジンの様子は数時間前に話した時と違いどこかおかしい。

 

「……私がコミュニティに入った動機、かね?」

 

「えっ!?」

 

「図星か。まあいいさ、だいたい君がそこに思い至った経路は理解できるよ。入りなさい、お茶の一つも出そう」

 

図星を突かれ慌てた様子のジンに苦笑しながら部屋へ招き入れる。

何故わかったのか聞きたそうなジンだったが、部屋に入った瞬間、彼の表情は驚愕に変わった。

 

「すごい……」

 

彼の言うとおり、工房の内装は様変わりしていた。

ジンが使われなくなって久しい儀式場を最後に見たとき随分と荒れていた印象がある。しかし今はどうだろうか?

シュタインがどこからか出したのか彼の魔法具の数々が工房を席巻し、汚れと埃で悲惨な状況だった床や壁は、彼が作ったのだろう奇怪な多脚のゴーレムや人型の青銅で作られたゴーレムが掃除し道具を整理している。

ジンの知るゴーレムというと巨大で力ばかり強い、というイメージだったがここに居るゴーレムは人間以上に繊細で精密な動きを滑らかに行なっている。

彼がひと声かけると人型のゴーレムがお茶をテーブルへと運んでくる。その光景にジンはただ呆然とするばかりであった。

 

しかしそれはある意味当然のこと。

シュタインは“理想の人間”の設計図を造り、それを元に人造人間を創り出した偉大な科学者である。

命令通りにただ動くゴーレムを造り出すなど彼にすれば簡単すぎる作業だろう。……材料さえあればだが。

 

「すごい―――か。この程度ですごいと言われても私はあまり嬉しくないがね」

 

「そ、そうですか。あの、それで、どうして僕がここに来た理由がわかったんですか?」

 

「君が先ほど十六夜の名前を出した時、少しだけ様子が変わったからね。どうせ彼が『魔王と戦うのはおもしろそうだ』とでも言ったんだろう。彼の言いそうなことだ」

 

「そ、その通りです。あの……シュタインさんは十六夜さんと付き合いは長いんですか?」

 

「何故そう思う。私と彼は今日初めて会ったばかりだよ、まあ相性はいいように感じられるがね」

 

愉快そうに笑うシュタインに意を決したようにジンは問いかける。

 

「あの、シュタインさんは……僕がリーダーにふさわしいと思いますか?」

 

「これは―――また随分と急だね。それも十六夜に言われたことが原因かな?」

 

「いえ、まあ全く関係がないわけではないですが…。十六夜さんやシュタインさんたちみたいなすごい人が入ってきて、僕なんかより皆さんがリーダーになった方がコミュニティのためになるんじゃないかと」

 

ジンも初めからそんな話をするつもりでここに来たわけではない。

ただ十六夜の圧倒的力や、この部屋で見たシュタインの技術を見て自分よりも上手くコミュニティを運営、発展させられるのでは?と思うのは仕方ないことだろう。

 

「はっきり言わせてもらうがね、私にそのつもりは全くないよ。恐らく十六夜たちもそう言うだろうね」

 

「でも―――――」

 

それでも食い下がるジンだが、眼前にシュタインの顔が間近まで迫ってきたことでその言葉を飲み込んだ。

 

「いいかね?このコミュニティは君がこの三年間、役にたったかはどうあれリーダーとして運営し続けてきたコミュニティだろう?何故それをたやすくたったの一日としてともにいない私たちに託そうなどという結論が出てくるのかね?意味がわからないわからないわからない!ああ、あれかひょっとして責任逃れか?そういえば君は魔王に仲間がやられるところを見ているのかな?だとすると納得も行くよ魔王の力は知りすぎているほど知っているのなら私たちの命を魔王とのゲームにBETするのは処刑台送りと変わらないと思っているんじゃないかな。だからこそ君はその責任を負いたくないだけじゃないのかい?違うのか違わないのかどうなんだいジン=ラッセル!?」

 

狂気にも似たシュタインの怒涛の言葉責めに、ジンは目をそらすこともできず呆然とその爛々と光るシュタインの瞳を見つめた。

そしてシュタインの言葉が終わると半ば無意識に返答を返していた。

 

「……ち、違う、僕は……そんなつもりじゃ……」

 

「ならば二度と言わないでもらいたいね。私はこの三年の間、実こそ結ばなかっただろうが君の苦労と努力に敬意を評しているんだ。

未来が塞がったこのコミュニティの現状でそれでも足掻く、そうそうできることじゃない。

私が君をリーダーとして認めるところがあるとするならばそこだ、その不屈さこそ私好みのリーダーの器だ。

くだらないことに悩んでる暇があるならリーダーらしい振る舞いの一つもしたらどうだい?」

 

そう言ってシュタインは未だ呆然としたジンの眼前へと手を差し出す。

どこか空気が変わったのを感じる。今この瞬間、ここが地下の薄暗い工房ではなく、もっと別の神聖な場所であるかのような錯覚すら覚える。

 

「私はヴィクター・フランケンシュタイン。

生命の冒涜者であり、神への反逆者、そして異端の科学者でもある。

君は私を引き連れるに足る人物か?私に未だ見たことのないものを見せてくれるか?

君は――――私の力を使う覚悟があるか?」」

 

さながら悪魔との契約であるかのように、尊大に、厳粛に、名乗りを上げ、跪く。

ジンはしばしその手を見つめる。

これは軽々しく取っていい手ではない。世紀の大科学者が手を貸す相手足り得るか、これはそういう問いかけだ。

もしこの場に十六夜が居て同じ質問をされたとしても、きっと彼も用意にこの手は取れないだろう。

その手はこの箱庭を照らす太陽にも、焼き尽くす炎にも姿を変える、科学者の力だ。

 

その手を ジンは 取った。

 

「……付いてきてください――――きっと、後悔はさせません」

 

その顔に先程までの自信なさげな少年の表情はない。

ひとつのコミュニティ、そこに集まる一人一人の人生を背中に背負った“リーダー”の顔だ。

そのことにシュタインは満足そうに笑った。

 

「さて、ではどうする。さっそく“リーダー”としての仕事をしようか?」

 

「えっ――――“リーダー”としての仕事って……?」

 

「無論、明日のゲームへの対策だよ。まずガルドがこの箱庭からなりふり構わず逃げ出すパターンだ」

 

「えっ、あ、そうか……勝負を捨てて逃げる可能性もあるのか」

 

「まあ、都市の出入り口に見張りゴーレムを飛ばしておけば問題はないだろう。

それにガルドの持っている秘蔵のギフトのいくつかを知っているという新しい友人もできた」

 

部屋の奥からゴーレムに連れられてやってきたのは先ほど、コミュニティの子供を誘拐しようとして十六夜に撃退されたガルドの部下の一人だ。

 

「や、やあジン坊ちゃん……」

 

「あなたは、さっきの!?」

 

「こういった情報収集が明日のゲームの勝率を上げるんだ。話を聞けばガルドはなかなか有名な神話の武具のギフトのレプリカを持っているらしい。これは明日の戦い、場合によっては荒れるぞ」

 

ジンとシュタイン、そしてガルドの部下という奇妙な構成の三人で明日のゲームについて話し合いながら夜は更けていく。

予想もつかない悲劇がガルドの身に降りかかっているとも知らずに――――。

 

 

 

 

 

そこは“フォレス・ガロ”のコミュニティの屋敷。

リーダーであるガルドのために用意された豪奢な作りの執務室。

今現在、ガルドの私室でもあるその部屋の内装は見る影もない凄惨な状況にあった。

 

壁一面に飛び散った血液、床に倒れバラバラに切り裂かれたガルドの肉体。そしてその状態でも死ぬことなくかろうじて息をしているガルド自身。

その惨状を作り出し、今尚ガルドの肉体を切り刻み奇妙な器具を取り付けているのは怪しげな人物だった。

謎の靄のようなものに体を包まれ、性別はおろか輪郭すらはっきりしない。

 

その人物は懐に手をいれるような動作をし、そこから巨大な瓶を取り出した。

その瓶の中には巨大な蛇の頭部が詰め込まれている。

 

切り開いた傷口に取り出した金属の器具を肉を滅茶苦茶にかき回しながら突っ込んでいく。

意識があるのかガルドは断続的に悲鳴を上げようとしているが、その体力も残っていないのか血の泡を吐くのみである。

まさに悪夢のような光景だ。ガルドは確かに地獄に落ちて然るべき悪人ではあるが、この状況はあまりにひどい。

 

 

 

そしてこの地獄を終わらせるかのように、館の外から執務室の窓を破って投擲用のランスが撃ち込まれた。

本来ならば執務室を丸ごと吹き飛ばす程の威力が乗ったランスは外壁を吹き飛ばすのみに留まった。

ガルドを切り刻んだ謎の人物が一瞬早くランスの投擲に気付き、ランスを片手で受け止めた為だ。

 

「貴様、何者だ?」

 

窓の外、ランスを投擲した張本人がそこにいた。

華麗な金の髪を靡かせた美しい女性、それが月の光を背に奇妙な威厳を持って中空から問をかける。

問をかけられた人物は一切答えることなく、手にしたランスを放り捨ててギフトカードを取り出す。

その姿を見て、答える気なしと見た女性の行動は迅速だった。

 

「このタイミングでガルドへ手を出すということは“ノーネーム”狙いか……。悪いがあのコミュニティには縁があるのでな、恨みはないが消えてもらうぞ!」

 

捨てられたランスが光の粒子となって自身のギフトカードへと戻り、再び自身の手に顕現させる。

そして手に持ったランスとともに流星のごとく飛来し、謎の人物へと必殺の突撃を繰り出した。

 

彼女には時間がなく様々な要因が重なったことで得たわずかなこの時間、少しも無駄にすることはできなかった。故に焦ったためにこのような短絡的な行動をとってしまった。

そして、この判断は失敗だったことを彼女はこの後すぐに知ることとなる。

万全ではないとはいえ、今の彼女に放てる限り最高の威力の攻撃を相手は軽々と受け止めたのだ。

彼女は断じて弱くはない。ガルド程度ならば相手にもならないだろう。その全力の一撃を受け止められたことで彼女は驚愕に動きを止めてしまい、相手の接近を許してしまった。

 

「■■■■、■■■■■■」

 

謎の人物が近づいた瞬間、憎悪と憤怒に染まった呪詛の羅列が耳朶を打った。

それと同時にギフトカードから九つの首を持った毒蛇が現れ、一斉に女性の身体に喰らい付こうと叫びを上げながら飛びかかってくる。

女性はその毒蛇がかの神話に登場する、不死性を持つ神すら殺す毒を持った水蛇を起源に持つ蛇であることを察した。

 

「―――――ッッ!!」

 

彼女は持てる全ての力を使ってその場を離脱しようとした。

間一髪、毒蛇がその身体に喰らい付くよりも早く、中空に逃れることに成功した。しかし彼女の持っていたランスは毒の瘴気を受けて腐食し溶ける寸前だ。どれほど強力な毒かがありありと刻まれている。

 

「くッ―――仕方がない、か。しかしこれほどの力にあの毒蛇を従えているとは……」

 

彼女は謎の人物の力が今の自分のものを遥かに上回っていることを理解し、無念さをにじませながら仕方なくこの場を去ることにした。

そしてその場を去る彼女の脳裏に、先ほどの相手の呪詛の言葉が思い出される。

 

何故―――――――

 

「『何故俺ガ、コレホド醜イ』―――か」

 

彼女が無意識に呟いた言葉は誰に届くこともなく虚空へと消える。

その言葉がどれほど重要なものだったか、気づかないままに。

 



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第八話

 

一夜明け、今日行われるゲームに参加するジン、飛鳥、耀。

そして黒ウサギと十六夜、シュタインに三毛猫がゲームの行われる“フォレス・ガロ”の居住区へと向かった。

途中で“六本傷”のカフェの店員がやって来て、シュタインたちに今回のゲームがゲームを行う為の専用区画でなく居住区画で行われるという話をした。

部下の者たちまで放り出してのゲームらしく、意図は読めないがなにかを企んでいることだけはわかる。

 

「あ、皆さん!見えてきました……けど、」

 

“フォレス・ガロ”の居住区はとても人が住める様な状態ではなくなっていた。

居住区は鬱蒼と茂った木々に占拠され、その姿を豹変させていたのだ。

 

「……。ジャングル?」

 

「虎の住むコミュニティだしな。おかしくはないだろ」

 

「獣たちの住む場としては正解だな。これも文化の違いか」

 

なにやら納得する問題児たちだったが黒ウサギがその可能性を否定する。

ガルドたちも平時から獣の姿をしているわけではなく、普段は人の姿で普通の居住区で生活していたらしい。

シュタインがなにかに気づいたように生い茂った木の枝の一本を手に取る。

 

「ジン、これはどういう現象だい?」

 

「これは――――鬼化してる?こんなことができるのは……」

 

二人がこの状況を考察していると飛鳥が門に今回のゲームの内容を記した“契約書類”が貼ってあることに気づく。

 

 

 

 

『ギフトゲーム名“ハンティング”

 

 

・プレイヤー一覧 久遠飛鳥

         春日部耀

         ジン=ラッセル

 

・クリア条件 ホスト本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 

・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は“契約”によってガルド=ガスパーを傷つけることは不可能。

 

・敗北条件  降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・指定武具  ゲームテリトリー内に配置。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                               “フォレス・ガロ”印』

 

 

 

 

「ガルドの身をクリア条件に……指定武具で打倒!?」

 

「こ、これはマズイです!」

 

どうやらこの条件は“契約”という箱庭のゲームのルールによってガルドの身が守られるというものらしい。

ルールに書かれている指定武具以外では飛鳥の“威光”はもちろん、あらゆる攻撃が聞かないというものだそうだ。

 

「解せんな、どう思うジン」

 

「……ガルドの性格からしてこのゲームを彼が用意したとは思えません」

 

シュタインもジンと同じ考えを持っていた。

あくまで聞いただけだが、ガルドは基本小悪党で勝ち目のないゲームにむざむざ挑むような奴では無い。

まして勝つために自分の命を賭けることなど決してしないだろうと予想していた。だからこそ箱庭から逃げる可能性を第一に考え、シュタインはゴーレムに都市の出入り口の全てを監視させていたのだ。

 

「どういうことだ御チビ?」

 

「このゲームはガルド以外の誰かが用意したゲームでしょう。ですがガルドが自分の全てを賭けたゲームメイクを他人に任せるとは思えない」

 

十六夜の問いにジンが答える。どうもこの状況に納得が言っていない様子だ。

 

「つまり、ガルドの意思を無視した誰かが勝手にゲームを用意したというの?……人のゲームに勝手な横槍を入れるなんて……!」

 

「……考えてもしょうがない。とにかく、勝つ」

 

耀の身も蓋もないが的を射た発言にこの話は中断される。

ゲームの難易度は高く、指定武具も何かわからない。条件はかなり厳しいが、必勝同然のゲームをやるよりはこのぐらいのスパイスがあった方がゲームとしておもしろい、と自らを鼓舞する。

 

「………ええ、そうね。寧ろあの外道のプライドを粉砕する為には、コレくらいのハンデが必要かもしれないわ」

 

十六夜とジンそしてシュタインは昨夜、それぞれの話した思惑を再確認する。

十六夜はこのゲームを“ノーネーム”再建の足がかりとする策を練っていたようで、ジンへ必ず勝つように言い含める。

 

「もし負ければ俺はコミュニティを去る。予定に変更はないぞ。いいな御チビ」

 

「なんだそんな話になってたのか。まあ、大丈夫だろう、今日のゲームに関してはさんざん話し合ったからね」

 

「はい、絶対に勝ちます」

 

十六夜の話にシュタインは多少の驚きを示したが、言葉の通り昨夜彼とジンは今日のゲームについて話し合い、シュタインの手からジンへいくつかの策とアイテムを渡されている。

ジンも覚悟と自信を持ってこれから“リーダー”であることを認めさせる十六夜にも、自分を認め手を貸してくれたシュタインにも無様な姿は見せられないと必勝を誓う。

 

「なんだ、昨日と随分違うじゃねえか。ってかお前もなんか企んでんのか?」

 

「企むとは人聞き悪いな、謀ると言え。まあ見てからのお楽しみだな。楽しみにしてろ」

 

 

 

 

 

「――――行ったか」

 

三人が“フォレス・ガロ”の門をくぐり、鬼化した木々が入口であり出口でもある門を完全に塞ぐ。

事前に聞いていた内容よりも随分大掛かりで、黒ウサギは三人の身柄を心配し十六夜は中で展開しているゲーム内容に興味を示している。

 

「しっかし、前評判で聞いてたより随分と面白そうなゲームみたいだな。見に行ったらマズイのか?」

 

「お金をとって観客を招くギフトゲームも存在しておりますが、最初の取り決めにない限りは駄目です」

 

「何だよつまんねぇな。“審判権限”と、その御付きって事にすればいいじゃねぇか」

 

「だから、駄目なんですよ。ウサギの素敵耳は、此処からでも大まかな状況が分かってしまいます。状況が把握できないような隔絶空間でもない限り、侵入は禁止です」

 

ゲームの公平さを考えればその理屈はわかるが、それで納得する問題児ではない。

 

「……貴種のウサギさん、マジ使えね」

 

「せめて聞こえない様に言って下さい!本気でへこみますから!!」

 

「ならばこれを使おう」

 

いつからあったのか一台のテーブルの前に立ち、懐から奇妙な材質の銅鏡のようなものを取り出しそこに置く。

 

「なんだそれ?」

 

「遠見の鏡だ、これをこうして――――」

 

興味を惹かれてやってきた二人がシュタインの両隣へやって来る。

銅鏡の鏡面にシュタインの取り出した宝石から射出された光が当てられるとそこに全く別の場所、おそらくは“フォレス・ガロ”の居住区の内部の映像が映し出される。

 

そこには――――今まさに死を孕んだ咆哮を放とうとする双頭の巨躯の怪物が写っていた。

 

 

 

 

 

ゲームが開始された。

飛鳥、耀、ジンが“フォレス・ガロ”の門を潜ると鬼化しているという木々が門を塞ぐ。退路は絶たれたが、もとより退く気などない。

樹海同然の状態となった居住区は、ガルドがどこから来るのか全くわからなくなっている。

しかし耀は動物の様々な能力をギフトによって得ているので五感が常人より遥かにに優れており、近づいてくればわかるという。その彼女が――――

 

「――――居る」

 

短くそう呟いたことでその場の緊張が一気に高まる。

未だ彼女たちは鬼化した樹海の中を進んでいる最中であり、指定武具とやらを手に入れていない。今出会っても攻撃手段が存在せず一方的に攻撃を受けてしまう。

故にどうにかしてガルドに気づかれないようにその場を離れ、指定武具を手に入れに行かねばならない、が。

相手も獣であり耀同様こちらの存在に気づいている。逃れることなどできるはずはなく、木々をかき分け

 

ガルドの、巨体が、その姿を現す。

 

ガルドが全容を現すが、三人はその場を動くことができなかった。

ガルド=ガスパー。昨日噴水広場で諍いを起こした相手であり、今日のゲームの主催者である、はずだ。

ガルド=ガスパー。人化の術を覚えた虎が悪魔に魂を売ったことで人狼に近い系譜を持つワータイガーとなった存在、のはずだ。

 

しかし彼女たちの前に現れた“ソレ”は彼女たちの知るガルドとはかけ離れたモノだった。

体長二m程だったその身は五m以上の巨体へと変貌しており、二足歩行の獣人だった筈の姿は四足歩行の本来の虎の姿だ。

しかしその変貌すら些細なことと言える変化こそが三人の動きを止めた。

 

ガルドの首の根元に、巨大な蛇の頭が生えて意志を持って動くというありえない異形の怪物へと変貌していたのだ。

 

その姿は二つの首を持つ獣となっており、まるでギリシャ神話に登場する双頭の魔犬のようになっている。

虎の姿となったガルドはどこか虚ろな状態のようで、三人を視界に収めていても認識はしていないらしくその場から動かない。

その一方で、体の主導権を持たないらしい二頭の蛇はしきりに首をジンたちへと伸ばし、その開いた口からドロドロとした液体を地面へと垂らしている。その液体は何らかの強力な毒性を持っているのか地面に落ちると同時に紫煙を上げ、周囲の植物を涸らしていく。

 

 

「――――逃げましょう」

 

 

ガルドの姿を見てしばらく固まっていた三人だったが、ジンがひどく平坦な声で逃走を提案する。

しかし断じて冷静なわけではなく、単にあまりにも想定外の状況に感情が麻痺してしまっただけだ。

ジンの提案に、プライドの高い飛鳥も負けん気の強い耀も一瞬の躊躇もなく了承しその場を全速力で離れようとする。それほどに眼前の怪物は危険だった。

 

「GIIYAAAAAAAAAA!!」

 

その姿に初めてガルドがジンたちの姿を認識したように激しい雄叫びを上げる。

それに呼応するように蛇がその剣呑な気配のする口から濃厚な瘴気を放ち始め、毒蛇は逃走しようとする獲物目掛けて万物を死滅させる魔毒のブレスを吐き出した。

 

三人は後方から迫る“死”を感じ、一切の思考を捨て全ての機能を逃走に注ぎ込む。

死を運ぶブレスは周囲一帯の生物をたちどころに全滅させ、 走る三人の後方でありとあらゆる生命が死んでいく音が生々しく聞こえていた。

ボロボロと草花が朽ち、 しゅわぁと瑞々しい青樹が枯れ落ちる。 毒風に巻き込まれた野鳥が地上に墜落し、生きたまま腐っていく正真正銘の地獄の具現。

 

 

そしてその地獄が、三人の背を捉え、飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「あ……」

 

その光景を遠見の鏡で見ていた黒ウサギの口から絶望的な声が漏れる。

魔王の配下によって仲間を殺される、それはかつて魔王によって仲間と“コミュニティ”のすべてを奪われた黒ウサギの最大のトラウマを思い出させるものである。

 

「おいおい……」

 

十六夜が呆れたような冗談めかしたように言うが、その表情は決して穏やかとは言えない。

しかしシュタインは特に感慨をもっっている様子もなく銅鏡を手元に引き寄せる。

 

「いや、まだ終わってないようだぞ」

 

二人が銅鏡に再び視線を戻すと、鏡面に映った映像の視点が変わって空中にジンと飛鳥を抱えた耀が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

三人の中で最も野生のカンとも言うべきものが効くのが春日部耀だ。

故に、後方からやってくる驚異がこのまま走って逃げるだけでは到底逃れられないものだと直感で理解した。だからこそ毒のブレスに先駆けて他の二人を抱え上げて全力でグリフォンのギフトによって上昇したのだ。

結果、それはこの場において唯一の正解であった。

 

空中から見た森の情景は耀の予想を裏付けるものだった。

ガルドの前方から、扇状に数十メートルの範囲の鬼化した木々がドロドロに溶けて海を構築している。

その場に残った毒素だけでも立ち入った生物の肉体を破壊するのに十分すぎるものであり、毒のブレスそのものの威力の凄まじさを物語っている。

 

耀たちはとにかくその場を離れることを優先し、ジンの指示で“フォレス・ガロ”の本拠方面へと向かう。

ガルドの追撃を警戒したが、ガルドは何かを厭うような素振りを見せて三人のことを見送ることとなる。

三人はある程度離れたところで地上に降り立ち、心中穏やかではなかったが表面上それを取り繕える程度には落ち着いてる。

 

「……あれは、ガルド?」

 

沈黙を破ったのは耀だ。確認が必要なほどにガルドの姿は変わり果てていた。

 

「はい、姿は変わっていますがあれがガルドです」

 

「何故あんな姿に……あれもギフトによるものなの?」

 

「恐らくは……ですがただギフトを受け取っただけではあんな姿のなるはずはないんですが……」

 

「……考えていても仕方ないわね。とにかく指定武具がなければ始まらないし、そこから探すことにしましょう」

 

「そうだね。指定武具は本拠にあるの?」

 

「それはわかりませんが、可能性は高いと思います」

 

なんのヒントもなく鬼化した森の中を探すよりまず本拠に行ってみるという方針で進む。

途中、ガルドの襲撃を想定していたが奇妙なことにその予想は外れることとなった。

本拠もまた完全に鬼化した樹木に覆われており、かつての栄華は見る影もなくなっている。

しかしそれ以上に三人の心を揺さぶったのは本拠の内部の惨状だった。

 

「そんな、どうして……」

 

「………」

 

「……これは、まさかガルドが?」

 

内部は巨大な何かが暴れまわったように壊されており、そしてそれ以上に所々に散らかされたしたいが目を引く。

恐らく死体はガルドの部下のものだろう。壊された壁や死体をジンが調べる。

 

「本拠の破壊はガルドの手によるものでしょう。ですが、ガルドの部下たちは別の何者かのよって…殺されたようです」

 

「何者か――ね。それが私たちのゲームに勝手に介入した黒幕、ということでいいのかしら?」

 

「二人共、こっち」

 

二人が話している一方で耀は屋敷内を探索していたようで、指定武具らしきものを見つけたようだ。

二階の一室、壁は破壊され残った床は血の海という惨状だがかろうじて残った調度品と部屋の位置からここが執務室でありガルドの私室だったことがわかる。

その部屋の中央に鎮座するように一本の剣と弓が置かれている。剣には九つの首を持つ蛇の彫刻が柄に彫られている。

 

「これが指定武具なの?」

 

「これは……ヘラクレスの武具!?」

 

「ヘラクレスって……ギリシャの?」

 

「はい。本物ではなく幾度も複製された劣化品のようですが、それでもかなりの力を持ったギフトです。

しかし……ヘラクレスの武具とガルドの姿、それと毒蛇……まさかこのゲームはヘラクレスの伝説!?」

 

ギリシャの英雄ヘラクレスの最も有名な伝説、十戒の試練(実際は12)。

エウリュステウスがヘラクレスに命じた仕事のことであり、この仕事には『レルネーのヒュドラー』『ゲーリュオーンの牛』というものがある。内容を簡単に言うと、

 

レルネーの沼に住む“九つの首と強力な毒を持つ水蛇ヒュドラ”を退治する。

“双頭の魔犬オルトロス”が守るゲーリュオーンの飼う紅い牛を生け捕りにする。

 

そして今回のゲームの相手であるガルドの姿は“強力な毒蛇の頭を新たに得た双頭の魔獣”だ。

 

この関連性は指定武具のヒントとして十分なものだ。

とはいえ喜んでばかりもいられない。現状のガルドは神話の魔獣もかくやというほどに強力な力を持っている。

そしていつまでも逃げ続けることもまたできない。

 

「――――っ! 来た」

 

耀が緊迫した様子で声を上げる。

崩れた壁から外を見ると、ガルドの巨体が覚束無い足取りでヨタヨタと本拠へ近づいてくる。

 

「――――とにかく、指定武具ならあの外道を倒せるのよね?」

 

そう言って飛鳥は弓を構える。ジンは一瞬嫌な予感を感じたがあの様子のガルドに奇襲を仕掛けられる機会をみすみす逃すワケにはいかなかった。

弓に矢はなかったが、飛鳥が構えることで虚空から矢が現れ弓につがえられる。

少しづつ近づいてくるガルドに身長に狙いを定め――――射った。

原点に比べて劣化しているとは言え大英雄の所有した武具、弓から放たれた矢は閃光となってガルドの身へと飛来する。

 

「GEEEEYAAAAAaaaaaa!!!!」

 

ガルドの身体に矢が命中し、周囲に絶叫が木霊する。「やった!?」と二人の声が重なる、が。

 

「GE……GA、AAAAAAAAAA!!!」

 

ガルドは生きていた。本来ならば多少霊格が向上したといってもガルド程度ならば確実に貫ける威力があったはずだ。

しかし矢はガルドの皮膚に阻まれ、内蔵にすら届かないまま突き刺さっている。

 

「そんなッ……!」

 

「これは、まさか……」

 

 

 

 

 

「非常に言い難いが、実力不足だ」

 

「……YES、今の飛鳥さんでは、レプリカとはいえヘラクレスの武具の性能を完全に引き出すことはできないようです」

 

飛鳥はギフトの力は大したものだが、身体能力は並みの人間と同じだ。

また、ジンや耀であっても武器の力を十全に引き出すほどの経験と技術は持っていない。

 

「ってことは、あの弓じゃあの虎を殺せないってのか?」

 

「いや、頭部に当たればその限りじゃないだろう、それにまだヒュドラ殺しの剣もある。しかし……あの蛇、私の予想が当たらなければいいのだが」

 

「な、なんのことでございますか?」

 

三人のゲームの行く末が心配なのだろう黒ウサギは銅鏡から目を離さないままシュタインに問いかける。

 

「なに、ガルドとあの蛇は―――――

                      同一の存在なのかね?」

 

 

 

 

 

耀は駆けていた。飛鳥の放った矢はガルドの身体を貫き絶命させる威力はなかった。

そしてこれ以降、手負いの獣を相手に有効打を与えるのは格段に難しくなることを耀は本能で知っていた。

いままで何らかの理由で意志薄弱だったガルドもここからは自身にとっての驚異を全力で排除しに来るだろう。

故に、今この瞬間をおいてガルドに二ノ太刀を加えることができるのはこの時をおいて他にない。

 

だからこそ耀は一人剣を取り、ガルドの注意が二階の飛鳥たちに向いている間に階下へ全速力で降り、ガルドへと斬りかかった。

 

「はあああああっ!」

 

拙い剣技だが耀はグリフォンのギフトで宙に舞い上がり、象から得た重量で落下し、ガルドへと剣を叩きつける。

武器の力は使いこなせなくともこれならば単純な威力と重圧でガルドの身体を引き裂くことができる―――筈だった。

 

 

キィンッ!

 

 

金属同士がぶつかりあった様な、澄んだ音が辺りに響く。

 

 

 

耀の振るった剣は

         “契約”の力によって

                     阻まれた。

 

 

 

「――――え?」

 

「GYYYAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

一瞬。秒にも満たないほどの時間、ありえぬ状況に耀の思考に空白の時間ができる。

しかしそれは苦痛と怒りに燃えるガルドを前にあまりに致命的な隙だった。

 

 




あとがき


改め、言い訳。

どうも、作者の東門です。……どうなんですかねこの話?
いや、初めてのあとがき…っていうか言い訳でいきなりこんな話するのもなんか変なんですけどね?
オリジナルっぽくしたかったんですけどゲームの内容的にどうなんですかね。
なんかルール上問題ありそうな展開になっちゃったんですけど……これ苦情とか来るんですかね?

これでも内容二回書き直したんですよ?
最初はガルドに神格与えて調子こいたガルドが三人にコロシアムでデスマッチ挑んで後一歩ってところまで追い詰める内容があったんですよ。
……でも書いてるうちにガルド無双になって耀と飛鳥が……!

オリジナル展開の難しさを感じましたね。

まあ、そんな感じなんで多少の矛盾は笑って許してくれるとありがたいです。SSだしね。

……そういえば原作五巻で出てきた鵬魔王って白夜叉の言ってる内容からして迦陵頻伽のことですよね?
知らない人はWIKIで調べてください。まあ、原作読んで「これどう言う意味だ?」と思って調べた人ならとっくに知ってる内容でしょうがね。言い訳だけでおわるのもアレなんでちょっとした知識を披露してみました。

ではまた次回会いましょう。

……オリ展開チョームズイ。


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