アカメが斬る!~狼少年と嘘つき少女~ (クラッシックス)
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プロローグ

イソップ童話。少しでも耳にした事がある人が多いかもしれない。

これは嘘つき少女と狼少年の物語―――

 

 

「とりあえずなんでお前がついてくる……」

 

「えー幼馴染の仲なのに悲しいなぁー」

 

「俺はお前を幼馴染にした覚えは無ェ!!と言うかお前俺が帝都に向かう途中知り合っただけだろこの嘘つき女!!」

 

「嘘つき女とは失礼ね。こう見えてもちゃんとクランペットって名前はあるのよ?」

 

デコボコな山脈と突風で、騒がしい道からでも煩く響く声。風の音でかき消される事が無いその声は、どこか楽しいような雰囲気を持っていた。

複雑な山道を歩く少年少女二人。その内一人の少年は不思議と獣の耳を持っていた。

彼の名はルート。絶対に長年切っていないであろう銀髪ロングでボサッとした髪型と、その頭に生やしている獣の耳が最大の特徴である。ついでに言えば、もうこれさっさと髪を切らないと少女と間違えられる。さらに顔までも母親譲りとなれば、これはもうthe ドンマイな男の娘である。

 

「ヘックシ!……今何か侮辱されたような……」

 

「私は何も言ってないよ?」

 

さて、隣のこの少女は相変わらず邪なニコニコとした笑顔。ルートに随分と嘘つき女と言われていたが、それもそのハズ。彼女は下手な嘘も上手な嘘も全て見透かし、挙句の果てには自分も嘘を積み重ねると言うどこまで信用していいのか分からないもうこれまた少女としてはかなり残念な少女。

赤毛のセミロングでクセっ毛、なんかもう悪な事を考えてそうな顔が最大の特徴である。

そしてルートにも言った通り、名前はちゃんとクランペット。

こらそこ、トランペットとか言わない。

 

「ヘクッチ!……なんか名前貶された様な気がする」

 

「被害妄想のおでましだ。しかもくしゃみの仕方ッwクッソwww」

 

「あからさまにwを付けない」

 

「wwwwwwwwwww」

 

「よし。その腐った耳をそぎ落としてやろうか?」

 

「スンマセンその短剣俺の耳に向けないでさっさと戻してくださいお願いします」

 

「冗談に決まってるじゃない♪」

 

「顔!顔笑ってない!!マジで仕舞って!」

 

さて、なんか外が騒がしくなってきたけど気にしないで、私の自己紹介でも……

イタッ、イタイイタイ!!誰だ!?耳引っ張らないで!!え?仕事しろ?

解かった!仕事するから!せめて優しく引っ張って!!

イタタタタタタタタタタタタ……………………

 

「……声が消えたような気がした」

 

「貴方の耳をそぎ落としたんだから仕方が無い」

 

「耳が……無い……!」

 

「ありますー」

 

あ、声が消えたような気がしたと思ったらこっちで喋れるじゃん。

アー、アー、マイクテス、マイクテス……返事が無い。ただの屍のようだ。

ま、冗談はさておき自己紹介でも……え?聞いた?粉☆バナナ!いったい誰から……

え?耳を引っ張られて消えていった?ご愁傷様です。勝手に自己紹介した奴が悪い。

さて、もう一度?自己紹介?をすると、俺の名前はルート。

こんな顔立ちと髪型、更にはけもみみまで持ってるが、れっきとした男だ。

もう一度言う。俺は男だ。大事なことなので二回言いました。

で、俺の隣にいる奴はトランペット……だったっけ?

まあいいや。赤毛セミロングの癖っ毛で邪悪な笑顔が特徴の残念極まりない少女。

顔は可愛いのに、こんな嘘つきじゃ誰も近づかないだろうな……

 

「ま、こっちから近づかれたら意味もないが」

 

「?……なんか言った?」

 

「いいや、独り言だから気にするな」

 

本当にこっちから近づかれたら、避けようにも避けられない。

トランペット?曰く?気に入ったとのこと。

いや、気に入らなくていいから。むしろ迷惑。こんな嘘つき少女と歩いてたらストレスゲージMAXになるだけである。

もうコイツと出会って三時間しか経過してないのに、このじゃれ様……

 

ミシッ……

 

ピクリと俺の耳が動く。

そりゃあ獣の耳だから、普通の人間の耳とは違って圧倒的に聴力が良いわけであって。

…………獣の危険種の聴力舐めんな。

 

「トランペット!後ろに二歩下がれ!!」

 

「クランペット!名前ぐらい覚えてよね!!」

 

そう言ってクランペットは、自分の位置から大きく二三歩遠ざかる。そして体制を低くし、短剣を抜く。

俺はとりあえず獰猛な牙をむき出して、襲いかかる体制をとる。

これは小さい頃に教わった、狩りの体制だ。

そして髪の毛邪魔い。切った方が良いんだろうけど、なんか切りたくないな。

 

そう考えているうちに、地面に大きな亀裂が入る。

 

「……今日の飯はコイツで確定かな?」

 

「無茶して死なない様にね」

 

ボゴッ、

 

地面から何かが出てくる音とともに、叫び声をあげる物体。

ぱっとみ甲虫?みたいな感じだが、目を見れば襲う気満々。

危険種、土竜。

 

「とりあえず全力で狩るぞ!」

 

口で思いっきり叫び、ターゲットに向かって猛ダッシュ。

自己紹介の中でいい忘れていたが、俺は人間と危険種のハーフだ。

どんな危険種で、どんな経路で生まれてきたかは知らない。

狩りの仕方は人間の母親から独自で教えてもらった。父親は俺の意識が目覚める頃にはもう既に死んでいた。

とりあえず、言いたい事がある。

俺は普通の人間とは違う、ズバ抜けた身体能力を持つ。

だからこんなことも簡単にできるわけだ。

 

足に力を入れて、力を込めて土竜の目を、一時的に伸びた爪で刺す。

 

『グギャオオオオオオオッ!!』

 

うわ、痛そうな叫び声。まあ自分がやったんだけどね。

煩い叫び声に耳を塞ぎながら(だって人の100倍は聞こえるんだもん。それ以上かもだけど)地面に着地し、警戒態勢を取る。

 

スドォン!!ズドォン!!

 

わー目が見えないからって全力で暴れてる。まあこんな見え透いた攻撃が当たるわけもないわけで。……あ、

次の攻撃に備えようとしたところで気が付く。

 

(クランペットの存在忘れてたー!!)

 

慌てて後ろを振り向いた、が、あ、居ない。まあいいさ。

とりあえず安否?の確認はできたから(軽い現実逃避)土竜に向き直す。

 

(あ、ヤベッ……)

 

案の定。クランペットの確認で目をそらしたせいで、振りかぶって来る土竜のデカイ拳に気付いてなかった。

 

あ、これ死んだかも。

 

「やああああああああ!!」

 

ザクッ、

 

妙な叫び声と共に、クランペットが上空から振って短剣を付きつける。

おー刺さった。あんな堅そうな甲虫に思いっきり刺さった。

まあ刺さっただけではこの振りかぶる拳が止まるわけないよねーそうだよねー。

とりあえず見知らぬ恐怖感が襲いかかってきたので、キュッと目を瞑る。

……………まだか?

……………………………………?

 

もうこれ以上耐えられないので、しどろもどろしながらも薄く眼を開ける。

 

「うおっ!?」

 

拳さんこんにちは。なんとなんと、でかでかと俺の目の前に土竜さんの拳が、老けた老人みたいにプルプル震えてるではありませんか。

………どうしてこうなった?

 

「私が時を止めてるから」

 

へー時を止めてるのか。それなら納得納得ー……

ってはあああああああああああああああああああああああ!?

コイツ今何て言った?時止めた?アハハッ、どこの夢の国だボケ。

キッとときめいたの間違いだ。うん。きっとそうだ。そうに違いない

 

「ときめいた?」

 

ズバコンッ

 

全力で殴られました。耳が痛いです。引っ張らないでください。

 

「戦闘中に茶番はしない。ほら、どっこいしょ」

 

俺の大事な耳を片手で引っ張り、少女とは言い難い発言をしながらもう片方の手で土竜に刺さってる短剣を引き抜く。

ズボッ、という良い音が聞こえた様な気がしたが、今は気にしない。

戦闘中に茶番とか、なにやってんだ俺。

そう思い込んで、自分の手で自分の頬をパンと二回叩く。

気合十分!さあ、かかってこい!!

 

スパコーンッ

 

「痛い……」

 

「何が気合十分よ!動きが止まってる相手に対して全力で防御態勢する奴がどこに居ますか!!」

 

「だって時が止まって……」

 

「嘘!ついさっきの時を止めたとか言うのは嘘だから!!軽い現実逃避もほどほどにして、いい加減攻撃しなさい!!」

 

「戦闘中に茶番してたのそっちじゃないか!戦闘中に嘘つく奴が何処に居るか!!」

 

「逆にあんな見え透いた嘘を軽々と信じるアンタの純粋さに私がびっくりだわ!!」

 

「確かにそうだけども!嘘をついたアンタが悪いだろどう考えても!!」

 

「詐欺を受けた人が良く口にする言葉ね!騙されるあんたが悪いのよこーゆーのは!!」

 

「お前が言うなこのパッパラパーのトランペット!!」

 

「煩い!名前貶すな!この十六歳になっても未だにソプラノ声の誰がどう見ても女の子な男の娘!!」

 

「自己紹介でも紹介しなかったことを言うな!この十七歳になった今でも胸がつるぺったんな嘘つき女!!」

 

「って言うかなんで俺の年齢知ってんだよ!!」「なんで私の実年齢知ってるのよ!!」

 

『グギャアアアアアアアアアッ!!!』

 

「「うっさい!黙れ!!」」

 

あまりにもイライラして、挙句の果てには危険種に八つ当たり。

しかし、人間の言葉の理解できない危険種が叫び声を止めるはずもなく、ただひたすら目の痛みと腕の痛みに叫び声をあげる。

そろそろ俺のストレスゲージがMAXになるところだ。そうなったらこの土竜も終わりだな。

いい加減黙……

 

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアオッ!!!』

 

ブチッ、

 

あ、キレた。

頭の中にある何かが吹っ切れた。ついでに隣も似たような音がしたような気がしないわけでもない。

俺とクランペットは土竜に向かって大きくジャンプし、そして拳を構え……

 

「「第三者は引っこんでろ!!!」」

 

ズドン!!

 

うわースゲー良い音した。ついでに何かの頭が破裂したような音が聞こえたのは多分気のせいだろう。

気のせいにしたい。だってさ……

 

まだ、殴り足りないんだもん♪

 

 

「はースッキリした♪」

 

そう言って俺は、地面に腰を下ろし地面にへばり付く。

気がつけば、俺らが通っていたでこぼこな山道は整地されたかのように平たくなり、寝心地が良い。

ついでに俺の近くには、危険種と思われる骨と肉の残骸だけが残っている。

表面上ではやりすぎたと言う一面、内心かなりスッキリしたとほくそ笑んでいた。

クランペットなんか今までに見たことのない笑顔になってるしね。まあ今日会ったばかりなんだけど。

……よし、こんな所で道草食ってないで、そろそろ行きますか。

 

「どっこいしょ」

 

「じゃ私もどっこいしょ」

 

案の定。これだけ時と道草を食っても相変わらずクランペットは付いてくる気しかないようだ。

もうこれ、まだ壱日もたってないのにコイツの行動にはもう慣れた。馴れちゃだめだけど。

 

「どうせ勝手についてくるんだろ?勝手についてくるんだろ?って質問しなくても勝手についてくるんだろ?」

 

「当然。貴方面白いし。あ、あとついでにクランペットは非常に言うの面倒だから、呼び名クランでいいよ」

 

「はいはい。クランね。了解」

 

さて、勝手についてくるクランを連れて、ここからどう目的地の場所に行こうか。

無駄に暴れ過ぎたせいで方角まで訳が分からなくなってきた。

こらそこ、方向音痴とか言わない。事実なんだから。

おいクラン。そんな目で俺を見ないでくれ。ものすごく恥ずかしい。方向音痴だと言うのに旅している時点でもう流浪の民。

もっと厳しい事を言うならば、目的地を決めているのに何故地図も無しに方向音痴な奴が旅に行こうとしてるんだという話である。まあ目的地を決めている時点で、旅とはとても言い難いのだが。

未だにクランは物凄い邪な笑みを浮かべてるしね。もはや挑発する気しかないようなまなざしだ。

 

「あれあれ?もしかしてルート君って、かなりの方向音痴?」

 

「決して方向音痴などでは無い。決してだ」

 

「今私の手元に地図があるんだけど、方向音痴じゃないのであれば問題ないよね~」

 

「ゴメンなさいその地図見してください」

 

「はい。どうぞ」

 

 こう言う時に役に立つっていうのはとてもありがたい。しかも方向音痴の俺に地図を見せびらかしてくるとか……クランの-100だった評価がMAXゲージまで高感度上がったような気がする。気がするだけだ。

 とりあえずこの紐で結ばれたこの地図を開こう。

 そう思い、俺は地図に施されてある紐を程いていく。

 

「ってコレ白紙じゃねェか!!」

 

クランの評価が一気に最低限界地を突破したと同時に、クランが嘘つきだったと言う事とそれに騙された自分に対する怒りを白紙に込めて、地面に叩きつける。

コイツ、俺を地図で釣りやがった……そしてコイツ嘘つきだと言うのを完全に忘れてた。

 

「嘘だよ~。バーカ♪」

 

「………ハァ………」

 

「じゃ、ルートの目的地に向かおっか♪ルート騙し成分もたっぷり補充したし」

 

「俺コイツのおもちゃにされてる気がする……つか俺の目的地知ってんの?」

 

「帝都でしょ?」

 

いや、何故知ってる。

 

「あ、何故知ってるかって顔だね。普通に考えたら、こんな辺鄙な道を通ってまで旅をする若い子なんて、帝都に行くことしか頭にない最高の馬鹿よ?」

 

「さりげなく毒を吐くのやめてもらえませんかねッ!?しかも自分も若い子の一人だと言うのも理解してますかね!?」

 

もうコイツ凄い顔で毒吐いたよ。満面の笑みで毒吐いたよこの子。

 

「よし!じゃあ帝都に向かってレッツゴー!!」

 

「無視スンナ!!」

 

 クランがノリノリな調子で腕を挙げ、のほほんと山道を下っていく。ホントにコイツを信用してついて言っていいのかと心配になりながらも、他にあてになりそうな村も人も居ないものだから、クランに頼り切るしかないと思い後を付ける。

目的地は帝都。

理由はいっぱいあるかもしれない。金稼ぎ、はたまた帝都の雰囲気に憧れたと言うのが第一印象かもしれない。

とにかくだ。全ては帝都につかないと何も始まらない。

俺とクランはただひたすら山道を下り、帝都へ向かう。

これから先、どんな未来が待っているのかも知らずに―――

 




はいどーも。作者です。
初めての投稿です。
文章最高の駄文。イェイ☆……
あとSSL化されたせいで、小説見れなくなりました。
どーしよー
そこ、文章が厨二病臭いとか言わない。
投稿主が中学生なんだから。


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第一章 一兵卒だよ一兵卒!
第一話:嘘を喰う


「よーし!帝都に無事到着!!」

 

「おお………!」

 

 もうこれはおおとしか言いようがない。田舎どころか村すらない俺にとっては、こんな人ゴミのthe 都会な空間はもはや異次元の世界だ。

 俺らは今、帝都に居る。あのでこぼこした険しい山脈を下り、森を抜け、暫く続く平地で時に足を休め、二日間寝て途中で襲いかかる危険種を狩って、そいつを食料にしてととてもここの雰囲気には合わないような荷物を積んでここに居る。

 周りの人から変な目で見られてる様な気がするが、気にしない。どうせこの荷物が問題なんだろうし。

 

「プッ、ルートは注目の的だね」

 

「別に可笑しくは無いさ。こんな荷物担いでるんだから」

 

「いや、そうじゃなくて……ねェ?もっと気にする所が……」

 

「気にする所?」

 

 どう考えても気にするところと言えば、この随分と血にまみれたリュックとしか思い様が無いんだけどな。それ以外におかしい所なんて、俺は知らないぞ?

 俺はとりあえず周りをきょろきょろしてみる。すると急に目をそらす奴や、未だに唖然としている表情の人、他には、指をさして母親と思われる人物に、あれなーにと言ってそうな顔だ。どれもこれもこの血みどろリュックに注目している様には思えない。言うならば、物珍しそうな目をしていた。

 ……中には鼻血を出している奴もいたが。

 

「はぁ……気付いてないなら良いよ。ルートにとってはそれが普通なんだもんね」

 

 ないや、俺も何で飽きられているのかが分からないんですけど。

 何その自分が今置かれている状況下すらも分からない空気の読めない人間を見るような目は。

 分かんないんだから教えろよ。

 

「これで男の子なんだから、外から見たら女の子にしか見えないでしょうね……ここまで天然じゃ……」

 

「なんか言ったか?」

 

「ルートは何でこんなに天災なんだろうなーって」

 

 クランがなんか呟いた様な気がしたが、それに対して追求しようとしてもなんかあからさまに適当にこじつけた発言をするものだからこれ以上の追及は却下する。

 クランはこう言う奴だ。普通に嘘をつくし普通に騙す。

 一度聞き逃したらもうおしまい。同じような内容は二度と聞けないと思う。

 あとどうでも良いけど天才と言われて馬鹿にされた様な気がする。

 多分気のせいだろうけど。

 

「ほーらさっさと行くよ?兵士志願なんでしょ?」

 

「痛い痛い!耳引っ張らないで!!」

 

 急に俺の耳を引っ張り始めて強制的に移動しにかかるクラン。外見から見たらとても和むような雰囲気の中、彼女の顔は赤かった。いわゆる赤面と言う奴である。

 

「なんで顔赤くなってんの?」

 

「アンタが注目の的になってるからでしょ!こっちも恥ずかしいわ!そしてそれに気が付かないアンタの純粋さに毎回驚かされるわ!!」

 

 なんか怒られた。なんでだろ?って言うか耳痛いから離して。後はもう自分で歩けるから。

 あまりにも強く耳を引っ張られていたため、強制的にクランの手を俺の耳から引きはがす。なかなか痛みは引かなかった。強くやり過ぎだっての。

 頬をさすりながらではなく、耳をさすりながら(くすぐったいからあまりしたくない)クランの早歩きに必死に合わせ15分。クランの足がピタリと止まり、視界に移る建物を指差す。

 

「これが兵舎よ。兵士を雇ってる所。今から入るから覚えておきなさい」

 

「今から入るのに覚える必要なんてあるんだろうか……」

 

「知ってて損は無いでしょう?ほら、今もたくさん人が並んでるんだから、さっさと並びなさい」

 

「はいはーい」

 

 クランが校列に並ぶと同時に、俺も後ろへ並ぶ。何故か少し注目された様な気がしたが、何故だろうと首をかしげながらも人数の多さに気を取られる。これだけ人数が多い分、時間がどれだけかかるんだろうか?と出来ない計算を頭の中で繰り広げながら、結果50分と断定した。

 

 ドタン!

 

「なんだよ!試すくらいいいだろ!!」

 

「フザケンナ!兵士になるのですら抽選が必要なんだよ!!」

 

 下らない計算を頭の中で繰り広げている中、謎のデカイ音が聞こえたので何事かと音の聞こえた方向に目を向ければ、一人の少年と目にクマがあるまさに不機嫌そうなおじさんが口論をしてた。

 って言うか兵士になるのに抽選が必要なんだ。それって兵士になれる確率、この人数的に考えてほぼ無理だと思う。

 と言うかあの少年、試すとか言ってたからどうせ腕でも見てもらおうとか考えてたんだろうな。

 

「この不況で希望者が殺到してんだよ!いちいち見てられっか!!雇える数にも限界があるんだよ!!」

 

「……え?そうなの?」

 

「解かったらどっか行けクソガキ!!」

 

 バタン!

 

 あーあ、締め出されちゃった。あの子は暫く兵舎に入れないな。あの状況じゃ。

 締め出された少年は、放り出され地べたに座り込んだ状態で悩んでいるが、これ以上あの少年を気にしても仕方が無い。とりあえず言えることは、良い勉強になりました。これでよし。

 

「ほらルート前に進みなさい。後ろの邪魔になってる」

 

「あ、おう」

 

 あの少年を気にしている間に、いつの間にかクランと俺の差が大きく広がっていた。あれ?意外と進むのが早い?と思いながらも歩みを進める。

 数分後、50分もかかりそうとか言っていたが、実質10分で俺たちの出番が回ってきた。意外と早いんだな。

 

「お前も入隊希望者か……とりあえずこの書類書いて俺ん所に持ってきな」

 

 うっわ、よりによって目にクマがあるおっさんかよ。ついさっきの出来事のせいでより一層不機嫌さが増している気がする。

 ちょっと陰口を脳内で呟きながら、おどおどと紙を受け取る。

 ………え?

 

「え?終わりですか?」

 

「ああ、さっさと書いて持ってきな。俺も暇じゃねェんだ」

 

 そう言うと目にクマがある不機嫌そうなおっさんは、シッシとあからさまにあっちに行けとでも言うように手首を素早く上下に振る。うわスゲー腹立つ。

 とは言っても、またここで何かを言ったらあの少年の二の舞になると思い、しぶしぶこの場を離れる。この書類を書く場所無いかな~と探してみるも、すべて先客で埋め尽くされていた。

 

(こりゃ無理だな……)

 

 流石に紙を置く隙間もないので、人ゴミをかき分けながら外へ出る。外にはもうクランが待っていた。が……

 

「おう、ねーちゃんカワイイじゃねえか。俺らと一緒に遊ばない?」

 

 ナンパされてた。三人ぐらいの集団の男子がクランをナンパしていた。

 まあ確かにクランは見た目はれっきとした美少女。ナンパされるのも無理は無い。でも、コイツの本性を知ったら多分付き合いたく無くなると思うぞ。そこのナンパ男子三人組。

 しかしまあ、一応クランも立場はわきまえている様で、抵抗するようなそぶりは一切見せない。まあこんな人ゴミの中だし、仕方が無いと言えば仕方が無いのだが……誰にでもわかるような嫌な顔をしているクランに、何も感じない男子三人組の空気の読め無さに若干引いた。

 とりあえず面倒なので、クランと男子集団の間に割り込む。

 

「スミマセン。コイツ連れなんでどいて貰っていいですかね?」

 

「あ?なんだッて、お姉ちゃんも可愛いねー俺らと一緒に遊ばない?」

 

「いや男だから」

 

「いやいや、こんなかわいい子が男なわけ……ってエエエエエ!?」

 

「いや男だから」

 

 大事なことなので二回言いました。そして男と二回言っても信じていないような顔に少し腹が立つ。まあコイツらに関わっても良い事無いし、なんにせよ俺は薔薇の道になど進む気は無い。断じてそうだ。勘違いするなよ?

 とりあえず面倒なので、クランの腕をつかみ引っ張る。それと同時に金髪顔面不細工ナンパ男の一人がクランのもう片方の手をつかみ、残りのガリガリな男とふとっちょマン二人が俺らの道を遮る。そしてクランの手をつかんでいた金髪不細工顔面男が俺らの目の前に立ちはだかる。

 

「おい待てよ」

 

「邪魔。どけ。金髪顔面不細工」

 

「アァ!?てめえ女みたいな顔してる癖して、貴族の俺様に歯向うってのか!?田舎者の癖に!?」

 

「黙れ。社会のゴミ」

 

「ヘッ、威勢だけは良いだけで、ホントは抵抗できる力なんてブッ」

 

「「兄貴!?」」

 

 そろそろ腹が立ってきたので、一時的に伸ばした爪でナンパ男一人を全力で引っ掻く。それと同時にナンパ男は顔面を抑え込み、地面で悶絶。うわ、痛そう。

 まあこの光景を見ていたもう二人が、こんなことをした俺らを許すはずもなく。

 

「テメェよくも兄貴を!!」

 

「許さねェ!!」

 

 そう言って男二人は、自分の洋服の懐からサバイバルナイフを二つ取り出し、俺らに向ける。

 それと同時に周囲から悲鳴が上がった。

 

 こんな人ゴミの中で厄介事は起こしたくなかったんだけどなぁ……仕方が無いか。

 

 そうだ。仕方が無いんだこれは。ナンパした奴が悪いと言い聞かせ、もう一度爪を伸ばす。周囲から注目の的になっているせいで観客がより、周りから吃驚の声が上がる。

 それと同時にナンパ男の太っちょ一人が俺に襲いかかる。

 

 ブオン!

 

 空振り。適当に振り回しておいて当たるわけないだろ。

 俺はそのままソイツの腕をつかみ、足でひっかけ全力で地面に叩きつける。

 

「グハッ……」

 

 そのままガクリと気絶する太っちょ。さて、残り一人。

 

「ヒ、ヒイイイイイイ!!許して下さい!!」

 

 あ、戦意喪失してた。そんなに怖がらなくったっていいのに。

 随分と怖がってるガリガリなナンパ男ににこやかな笑顔を送ってあげたが、余計に怖がらせてしまった。何で?

 

「アンタの笑顔が死ぬほど怖いのよ。目が笑ってないから」

 

 ああ、成程。目が笑ってないのか。

 そうクランに言われ、笑顔を元に戻す。

 

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイ!!ゴメンなさあああああああああああああああああい!!!」

 

 久しぶりに聞いた、大きな叫び声をあげて全速力で逃げるナンパ男。俺はそれを唖然と見届ける事しか出来なかった。暫く一時停止して数秒後。今何が起こったのかにやっと気が付く。

 

「あ、行っちゃった……」

 

「まだ笑顔でいてくれた方がマシだったようね……」

 

「じゃあどうしろと!!」

 

 笑顔が駄目だと言われ、即座に真顔に戻したらこの始末。三人とも殴り倒してやろうかと思ったのに、せっかくのチャンスを逃してしまった。

 ついでに周りからは、あの子強いとか、怖いとか、カッコイイとか色んな単語がぼそぼそと呟かれている。

 あまり騒ぎにはなりたく無かったのに、結局注目の的になってしまった。

 

「ほら、さっさと行くわよ」

 

 クランに手を無理やり引っ張られ、、腕と一緒に後をつけていく俺。痛いから離してと言うも、何も言わずただひたすら引っ張られ続け、どこかの喫茶店に入店し、無理やりテーブルに座らせられる。痛いっての。

 

「アンタねェ……自分の立場をわきまえなさいよ!!」

 

 叱られた。まあ確かに、あんな大人数の場であの騒ぎは少しマズイと思う。

 

「スミマセン、反省してます」

 

「解かればよろしい。ほら、さっさとこの書類書くわよ」

 

 そう言ってクランは、あの兵舎で渡された紙をテーブルの上にドンと置く。俺も遊び半分でドンと置いた。それと同時に、ここの店主らしき男の人がやってくる。

 

「こちらにメニューが御座いますので、確認をお願いします」

 

「あ、注文します」

 

 クランがまだメニューを見ていないのに言う。

 

「畏まりました。ご注文をどうぞ」

 

「これとこれ二つづつ。以上です」

 

「はい。これとこれ二つづつですね。少々お待ち下さい」

 

 いや、これとこれって何だよと心の中で突っ込みながらも、クランに何を頼んだか聞いてみる。

 クラン曰く、コーヒー二つとアイスクリーム二つを頼んだらしい。

 え、俺コーヒーとアイスクリームとかいう名前聞いたことが無い。あ、でもアイスクリームは名前的にどういうのが出てくるのは予想できる。しかし、コーヒーとは初めて聞く単語だ。

 

「コーヒーって何?」

 

「甘くて美味しい黒い液体。以上。さっさと書きなさい」

 

「えー」

 

 他になんか面白いものは無いかと周りをきょろきょろしてみるも、大して面白そうなものは何もない。しぶしぶ書類を書こうと目の位置を元に戻した時だった。

 茶髪の少年が視界に入った。

 あ、あの人ついさっき目にクマがある人に追い出されてた人だ。どうやら隣に居る、大分飲んで食った跡がある若い女性と何かを話しているようだ。何を話しているのか気になったため、耳を傾けてみる。

 

「……それより士官出来る方法を教えてくれよ」

 

「あーそれはだな……人脈と金だ」

 

 へー早く士官出来るのに必要なのは、人脈と金なのか。勉強になります。

 

「言っておくけど、あれ詐欺よ」

 

「詐欺!?」

 

「声が大きい!!」

 

 おっと失礼。あまりにも信用し過ぎていたため、つい大声を出してしまった。ゴメンなさい。詐欺の邪魔をしてしまって。って言うかあの少年とことんついていないな。神様に見放されてるんじゃないのか?

 少年と話している女性は、詐欺に馴れているのか単に聞こえなかっただけなのか、何も知らないそぶりも見せている。まあアレだけ大声出して聞こえていないってのは無いだろう。

 少年のほうは集中しすぎていて聞こえてないように見えたが。

 とりあえず帝都にはどのような詐欺の手口があるのか気になるので、耳を傾けて勉強する。

 それと同時にコーヒーとアイスクリームが届いた。

 届いたコーヒー?と思われる液体に口を近づける。こんな黒い液体が飲めるのかと疑心暗鬼になりながらも、思い切って口の中に入れてみた。

 

「苦いじゃねーか!!」

 

「私が本当のことを言うとでも?」

 

 冷静に返された。うう……俺苦いの嫌い……

 シュンとなりながらも詐欺の手口の内容には、目を離さないだけに耳を離さない。

 

「私の知り合いに軍の奴がいてな」

 

「本当は居ないけどね」

 

 クランさん!?何詐欺しようとしている女性の本心を読み上げてるんですか!?邪魔にしかなりませよ!?女性のほうは顔引きつらせ始めましたからね!?

 それでも女性は隠し通しながら少年に話す。

 

「そ、そいつに小遣い出せすぐだ、すぐ!」

 

「まぁ私の小遣いになるだけだけどね」

 

「うぐ……」

 

 もう止めてあげて下さい。そろそろ女性のメンタルも崩れ落ちますよ。

 しかもアレだけクランが告げ口してるのに少年は何も気づかないという。……哀れだ。

 結果、そのまま少年はお金を女性に渡してしまった。

 しかし、そのあともクランが告げ口を決して止めず、この店を出るまでずっと女性の本心を読み上げていた。

 最終的には、その女性はグッタリとうなだれながら店を出て行った。

 

「そうかー人脈が大事かー」

 

 そう言ってうんうん頷く少年。もう憐れみの目を向ける事しか出来ない。

 とは言っても、今回俺はクランが居たからこそ気付いただけであって、実際居なかったらあの少年の二の舞になっていただろう。決して笑ってはいけない。そうだ、笑ってはいけないのだ。24時間ずっと。うん。

 ゴメン。やっぱりここから離れたら笑ってしまいそう。

 とりあえず詐欺の手口はあらかた聞き終えたので、溶けすぎたアイスクリームを覚めたコーヒーを同時に口に入れ飲み込む。アイスクリームと一緒に食べたら意外と美味しいものだった。

 とりあえず完食したところで、やっと渡された書類に取り掛かる。

 えーっと、名前はルート。性別は男……扱える武器は……爪でいいや。危険種の討伐数……ざっと15体かな?多分それ以上だけど。何処出身か……森?森でいいや。あの森の名前知らないし。住所は……無い。

 

「住所って何書けばいいの?」

 

「これを映しなさい」

 

「はいはーい」

 

 言われたとおりにさっさと書き写す。よし!完了!!

 

「クランは終わった?」

 

「貴方が書き始めた五分前に終わってるわよ。じゃ、お金払って出ますか」

 

 クランはそのまま会計の場所へ。手早く済ませ、店を出る。そしてまたあの兵舎へ。

 兵舎へ到着したが、弊社から出るときに倒したナンパ男はもう居なくなっていた。まあもう流石にここらへんには湧かないだろう。きっと。

 とりあえず大人数の中、並びながらあの目のクマが酷いおっさんの列に並ぶ。

 自分の出番はすぐに回ってきた。

 

「じゃ、次……アンタか。ほら、書類よこせ」

 

「はい」

 

 相変わらず態度悪い。この人絶対に独身だと思いながらその男を眺める。

 男は書類が全てキッチリ書かれているのか確認している様で、俺が書いた書類をブツブツと読みあげている。

 

「ええと、名前はルート……性別は……男!?」

 

「男です」

 

 即座に返答。何度も言うが、俺は男だ。

 

「武器は……爪!?」

 

「こんな感じです」

 

 そう言って爪を一時的に伸ばし、見せつける。

 

「危険種討伐数は15体……出身地は……森!?」

 

「森の名前は知りません」

 

 目にクマのあるおっさんは、こんな奴初めて見たとでも言わんばかりに口を開く。その口はなかなか閉じることは無かった。これこそまさに、開いた口がふさがらないと言う奴だろうか。と言うかコイツ、さっきから大分失礼な事言ってるぞ?普通だったら殴り飛ばしてるところだ。

 

「ま、まあ問題は無いだろう……ご苦労。帰って良いぞ」

 

 いちいち命令口調なのが無駄に腹立つ。まあまた騒ぎを起こしたくないので、しぶしぶ外に出る。

 クランはもう済ませたようで、外でレンガの壁に背もたれしながら待っていた。流石に二度もナンパはされないらしい。デジャヴの様な事は無かった。

 

「さっさと宿に行くわよ。私も疲れたし、明日に備えなきゃいけないからさっさと寝るように」

 

 そう言われ手を引っ張られる。毎回思うが、力強く握りすぎだ。非常に痛い。

 クランから離れないようにと、必死におどおどしながら付いていく。

 暫く歩いて30分。クランの足が止まった。

 

「これが今日泊まる宿」

 

「うわ、デカイ……」

 

 それはそれはレンガで造られた巨大な建物。時折張り付いてあるガラス窓と、レンガにへばり付いている植物のツルがなんとも宿らしい雰囲気を出していた。

 クランは問答無用で建物の扉を開き、ズタズタと入って行く。一応お前は客なんだろと思ったが、逆に考えれば客だからこそ堂々と入るんだなと言う事で納得する。

 どうこう悩んでいるうちに、クランはロビーで手続きを済ませたようで、俺に「はい。これアンタの部屋の鍵とタオルと見取り図」とだけ言ってさっさと階段を上って行ってしまった。

 俺も渡された部屋の鍵の番号と、この建物の見取り図を頼りに自分の部屋を探す。

 しかし、こんな大きい建物の中でも方向音痴というスキルは作動する様で、何度も迷ってしまった。

 自分の部屋にやっとたどり着いた時、既にロビーに居た時間から一時間も経過していた。どんだけ迷ってんだ。

 

 ガチャ……

 

 鍵を鍵穴に差し込み、回して扉をあける。

 なんとも普通な部屋だった。

 ベットもそこまで上等とはいかず、テーブルも木材で作られた、何処にでもあるよう物。ただ唯一嬉しいと思ったのは、質素とまではいかず、普通のものは何でもそろっていると言う事だ。ちゃんと電気も通っている。

 

 あとは水だけか……

 

 流石に旅に出て暫く水浴びをしていないのだから、体はベタベタ。早めに汚れを洗い流して寝たいものだ。

 しっかり、それでいてなんとなく全ての部屋をチェックし、バスルームへ向かう。

 トイレとよく分からないホースみたいなやつがあった。トイレの存在は流石に知っているが、これは一体何だろう?一応バスルームなんだし、これから水が出るのは予想が付くけど……

 ちょっと戸惑いながらも、ホースみたいな奴の近くにある、水道と化で使いそうな回す奴を回してみる。

 案の定、水は出た。

 

「おお……!」

 

 ホースみたいな奴から雨のように水が降ってくる。これは便利だ。名前は知らないけど。

 そんな感動と同時に、自分はどれだけ時代に遅れてい来た来たんだと環境の違いを思い知る。こっちにもこう言うのがあれば良いのに。まあ森だから無いだろうけど。

 とりあえずさっさと服を脱いで汚れを取ってしまおう。目ざわりだからな。この汚れは

 

「よいしょっと……」

 

 とりあえず服を脱いだ。と言うか、今気が付いたんだけど俺ってずっとこんなボロキレな服を着ていたのか。確かに帝都の雰囲気には合わないし、注目の的になるのはよく分かる。クランが言いたかったことも多少は解かる様な気がした。うん。頭の中で「違う。そうじゃない」とクランの声が聞こえたのは気のせいだろう。

 ま、変な話は放っておいて、さっさと水浴びしよう。

 そう思い、ホースみたいな奴の前に立って水が出る巨大なねじみたいな奴を回す。この際これはなんて表現すれば良いんだろう?取っ手でいいのかな?駄目な気がする。

 水が顔面にかかると同時に、この無駄に長い髪をぬらしていく。

 

「重い。邪魔い」

 

 どうでもいい独り言。しかし、実際にそうなのだ。すごく重い。しかも水に濡れたらその重さは倍増。そして邪魔い。だったら切れば良いじゃないかと言う者もいるが、その……ハサミで髪を切る音が嫌いだ。うん。

 あのシャキッていう音が俺はとても嫌いなんだ。

 人間なら何ともないと思うが、俺は耳が良い。だから……その……無理なんだ。髪を切るのは。って俺さっきから誰に話してるんだ?

 とりあえずさっさと水浴びを終わらせ、貰ったタオルで髪と肌を拭く。一枚目は髪のせいで殆どビシャビシャになってしまったが、クランがそのことを配慮していたのかどうかは解からない。何故かタオルが三枚あった。

 残りのタオルで体を拭き、例のボロキレを着る。これが一番着やすいけど、帝都の雰囲気に合わない。これは事実だ。後で金稼いだら新しい服でも買うかと思う。ま、まだ兵士になると決まったわけではないが。

 

「あ………」

 

 兵士と言えば、何故クランは兵士になろうとか思ったんだろう。見た所、どこかの村でも貴族っぽかった気がする。洋服もちゃんとしていたし。それなら何で?俺とは違って、裕福に暮らせるはず……多分。

 ま、これは後で直接本人に聞いてみよう。なんか理由がありそうだし。うん。そうしよう。

 とりあえず着替え終わったところで、急に疲れが身体に出始めたのか、瞼が重くなる。

 ま、そりゃそうだ。三日三晩野宿、狩り、さらにはろくな寝どこもない様じゃ疲れる。逆に今まで途中で倒れなかったのが不思議に思えるくらいだ。

 フラフラとした足取りになりながらも、ベッドへダイブ。結構気持ちよかった。もちろん気持ちいいわけだから、重かった瞼がより一層重くなるわけで、もう殆ど意識が無い。

 瞼が完全に閉じた後、残った意識であの少年の姿が脳裏に浮かぶ。

 あの子、詐欺にあったけどどうなったんだろうなと思い、最後に誰もいない部屋でこう言った。

 

「お休みなさい……」




8980……何故こんなにかけたのかが不思議なくらいです正直。
自分でもびっくりしてます。
ま、それほどこの作品に愛着があるのでしょう。
あ、ついでに言っておきますがこの物語、タツミ君とは現在進行形の状態で進みます。
ですので、出てこないキャラがいくつか存在します。
察してください。
あ、あと誤字多いかもしれません。今回は文字数が特に多いので


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第二話:実力を喰う ~前編~

「ん………」

 

 朝。部屋の窓ガラスから差し込む太陽の眩しい光が顔に当たり、意識がうっすらと覚醒する。

 出来ればもうちょっと寝ていたいので、寝る前に確認しておいた部屋の位置からして、窓ガラスの反対方向に目を背ける。暗くなった。

 と思いきや、また瞼を閉じていても感じる光がこちらへ移動。物理法則もへったくれもない移動。いやおかしいだろと段々覚醒してきた脳内で呟くも、やはり寝ていたいので今度は毛布の中に潜り込む。

 

「いや起きなさいよ」

 

 馴染みのある声のツッコミが毛布の外から聞こえ、俺が潜り込んだ毛布をガッと掴み、無理やり引き剥がす。しかし俺はそれでも諦めない。それどころか、コイツがここに来て起こしに来る時点で起きたくない。と言うか起きたら負けな気がする。

 と言う訳で、今度はうつ伏せの状態で目に光が入らないようにする。流石に相手も本人をどかして目に光を当てるわけにはいかないので、一時的にう~んと唸るも、暫く時間がたつとその声はもう聞こえなくなっていた。

 

 ガシッ

 

「うにゃぁ!?」

 

「あ……ゴメン。なんか可愛かったからつい……って言うかルートって尻尾あったんだ……」

 

 なんか変な感覚がして、とてつもなく変な声を上げる。それと同時に、触っちゃいけなかったんだと申し訳なさそうなクランの声が聞こえた。

 うつ伏せになっていたから、普段は出さない尻尾が露わになっていたのだ。…………え?何故出さないのかって?……ついさっきみたいな事になるからだよッ!!

 

「と、とりあえず尻尾は触らないで!!マジで!!」

 

 赤面した状態で慌てて付け加える。恥ずかしそうに目を瞑り、俺はなんて変な声を出してしまったんだと後悔してももう遅い。それは置いておいて、クランが納得してくれたかがどうかだ。そう思い、薄らと目を開けてみるも……

 

「へ~ルートの尻尾って触っちゃ駄目なんだ~」

 

 逆効果だった。クランは物凄いニヤニヤした顔で俺を見下ろしていた。ついでに片手には懐中電灯を持っている。あ、これは弱み握られたなと思い、自分の愚かな行為に唯でさえピンク色に染まっていた顔が真っ赤になってしまった。顔を触ってみると凄く熱い。多分39℃以上。もっと詳しく言うと、この歳になってもソプラノボイスなのをクランに暴露された時より、尻尾を掴まれるとこんな反応をすることを知られた方が恥ずかしいと言う訳だ。ソプラノボイス暴露<尻尾の反応。尻尾の反応をクランに知られた=死を意味する。もう訳分からん。

 つまりそれくらい恥ずかしいと言う訳だ。尻尾の存在を知られたのと、この反応。なんのためのボロキレだよマジで。

 

「……いつまでも恥ずかしがってないで、シャキッとしなさい。口調は男なのに、行動がコレだから女の子に見間違えられるのよ」

 

「うっ……」

 

 呆れたクランの声が嫌でも耳に入ってくる。

 大当たりです。はい。図星でした。動作が女っぽいのはもはや癖です。はい。無意識なんです。許して下さいお願いします。せめて女の子っぽくても良いから男として見て下さいお願いします。

 

「そういう所も」

 

「…………」

 

「そんなメソメソしてないで、顔でも洗ってきたらどう?」

 

 そう言われ、俺はクランに腕を引っ張られ無理やり立たされる。背中をドンと押されて、一瞬つまずきそうになったものの、何とかこらえて洗面所へ向かった。

 

 ジャー……

 

 とりあえず水を流して顔をバシャッと三回ほど洗う。昨日のタオルのあまり濡れていない奴を取り出し、顔を拭く。さっさと拭き終わった後、不意に鏡を見てみると、やはり相変わらず女顔の自分が居た。ただえさえボサボサな髪だが、それでもやはり寝癖は目立つため、異様に跳ねているところは丁寧に直す。意外とすぐに元に戻った。

 

「朝食ここに置いておくから食べておいてねー」

 

 洗面所の外からクランの陽気な声が聞こえた。適当に返事を返しておいて、残りの無駄な寝癖を全て直し洗面所へ出る。クランの姿はもう無かった。

 

 あれ……おかしいな?ドアが閉まる音はしなかったはずだけど……

 

 おかしいなと首を傾げるも、いくら見渡してもクランの姿は見当たらないので、取り合えず木製のテーブルに置かれていたパンを掴み、千切って口の中に放り込む。

 暫く黙って租借したところで飲む込む。これをただひたすら繰り返すだけの作業である。

 よくよく考えると、食事の最中って結構暇だと思う。こう言う一人の時こそ人が恋しい。クランは例外だが。どうせ振り回されるだけだし。

 そろそろお腹も膨らんできたところで、食事を辞めて血みどろリュックに袋でくるめたパンを放り込む。

 

 トントン

 

「ルート様宛に手紙が届いてます……」

 

 リュックにパンを放り込んだと同時に、ドアの方から音が響いてきた。何事かとドアへ近づいて、そっと開けてみたものの、周りを確認したところ人の気配は無かった。

 何かの聞き間違いかと思ってドアを閉めたが、聞き間違いではなかったらしい。閉めた後に床を見て気がついたが、そこには白い封筒が落ちてあった。きっとドアの隙間に滑り込ませていたのだろう。さっと屈んで手紙の封を開け、中身を呼んでみる。

 

『ルート様。貴方様を一時的に一等兵として承認いたします。出来るだけ私生活に必要な荷物を持って、以下の地図に記されている場所に10時までにご集合ください。もし遅れた場合、この承認は無効となりますのでご注意ください。』

 

「へ~ルートもその手紙届いたんだ」

 

「ウワッ!?いつからそこに!!」

 

 いつの間にかクランが俺の背後に立って、手紙を覗きながらニヤニヤしていた。気配すら感じなかったのでかなり驚いてしまった。俺はドアを開けて顔を少し出して周りを見渡しただけだし、ドアの隙間から入れるような事は……あっ

 

「おやおや?その顔はどうやら察したみたいだね」

 

「ぐぬぬ……」

 

 そう。あの時帰ったわけではないのだ。ただでさえ聴力の良い俺が、クランがドアを閉めて帰る音など聞き逃すはずが無い。だけど周りを見回しても居なかったと言う事は、どうせベッドの隙間に隠れていたりでもしたのだろう。

 クランが口角を上げながら、とても嬉しそうに言う。

 

「それにしてもルートがパンを美味しそうに食べながら足をブラブラしているものだから、もうホント私見入っちゃったわ~」

 

「マジで!?俺そんな風に足ブラブラさせながら美味しそうに食べてた!?」

 

「ウン。物凄く可愛かったよ~もうホント女の子みたい♪」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

「嘘だけど」

 

「嘘なのかよ!!」

 

 朝っぱらからこの騒ぎ様。本当に疲れる。と言うか、クランのせいでいつもの数十倍のストレスは感じてると思う。神様、アンタどんだけ俺の事が嫌いなんだよ。一日だけでも良いから、コイツと一度離れさせてくれ。

 大分疲れた顔になりながらも、手紙を懐にしまいベッドを椅子の代わりに座り込む。それとは別に、クランはテーブルの上に座る。テーブルは座るもんじゃないだろと心の中で突っ込むも、口に出したら面倒なことになりかねないので口に出さないでおこう。

 

「………………」

 

「………………」

 

「……………………………………………………」

 

「……………………………………………………ん?」

 

「いや、ん?じゃないでしょ」

 

「え?」

 

「え?でも無い!!収集が掛かってるんでしょ!?荷造り済ませたならもう行くわよ!」

 

「え、でもクラン……」

 

「私も手紙は届いてるから大丈夫!心配無用!!さっさと行くわよ!!」

 

 そう言うとクランは、俺の大量の荷物を担いで俺を引っ張る。毎回思うが、その体でどこからこの怪力が生まれてくるんだと思いながら、ズリズリと引きずられていった。階段をズタズタと降り、ロビーへ直行。お金を払って扉を開く。するとクランは閃いたように俺をつかんでいる手を離してパンッと手を叩くと、俺に向かってニコニコしながらこう言った。

 

「ね、まだ時間があるから洋服でも買いに行かない?」

 

「………は?」

 

「問答無用!じゃ、行くわよ~♪」

 

「え、ちょ待ってエエエ……」

 

 流石に服を買うテンションにはなれないので抵抗してみるも、その抵抗も空しく、俺はただ女の子にズリズリを引きずられて行く状態となった。

 

 ※

 

「はい、手紙に書いてあった集合場所に到着!!」

 

「ソウダネ……」

 

「どうしたの?テンション上げていかないと」

 

「……お前なぁ……確かに服を買いに行ったけどさ、何で俺の分まで……しかもそ内半分が女物……」

 

 そう。あのあと俺たちは服を買いに行ったのだ。買いに行ったまでは良いんだが、そのあとが問題だ。俺がクランに要望したのは(と言うかクランが無理やり買って来るからとゴリ押しだった)、『出来るだけ尻尾が見えないようにする服装』と言ったのだが、やっぱり男物にそんな尻尾を隠せるような服装など無く、さらにサイズがデカイ奴しかなかったため、流石に使えるものではなかった。

 せめてクランに、『尻尾は見えてても良いから』と懇願するも、流石にブカブカなのを着せるわけにもいかないと言い、女物を購入させられた。無理やり。しかもゴシックである。ボロキレのほうがまだマシだったと思った。

 流石に女物を着るわけにもいかないので、今は購入する時に視界に入った、丁度いいサイズのあずき色のローブを来ている。これも一応女物だが、柄がツタをイメージしたような感じだったので、唯一着るのに抵抗が無かった。

 まあ一つ言える事がある。このゴシックロリータは俺が女とかにならない限り絶対に無いと思う。間違ってでもないだろう。これだけは言える自信があった。

 ついでに、だったら買わないでいいとも言ったのだが、クランは「お金は腐るほどあるから大丈夫」と言って聞かなかった。

 

「なーに一人で悩んでるの。ほら、さっさと入るわよ」

 

 クランが呆れたように言うと、ローブにあるフードの部分を引っ張って無理やり連れて行く。豪勢な建物の扉を開け、スタスタと入って行くと、そこにはもう先客が数名居た。

 

「あら?貴女達も新入りさん?私、レーズって言うの。よろしくね」

 

 ドアを開けたすぐ隣の長椅子に座っていた、茶髪サイドテールの女の子が俺たちに挨拶をする。俺らは軽く会釈し、受け付けを済ませに行った。

 

「クランと……ルートと……ン、これで全部の様だな」

 

 受付の人がそう言うと、そのまま何処かへ行ってしまった。どうやら俺たちが最後だったらしい。皆早いなと思いながらも、レーズの隣に腰を掛ける。なんかレーズからジロジロ見られているような気がするが、気にしない。心なしか、距離が段々近くなっている気がする。

 

「レーズだっけ?ソイツ男よ」

 

「え!?この娘男の子なの!?」

 

 クランが冷静に発言した言葉に驚くレーズ。いや、だから近いって。

 

「私初めて男の子に恋しちゃったかも……」

 

 スミマセン。本人は超ボソッて言ったつもりなんでしょうけど、バッチリ聞こえました。はい。ゴメンなさい。そしてコイツレズだった。発言的に大分レズだった。もうこれ、精神的に俺がヤバい。とりあえず離れて下さい。

 と、自分の貞操に危機感を感じていたところで―――

 

「おお、全員そろったようだな!それじゃ、今からテストするぞ~」

 

 ナイスタイミング!!誰だか知らないけど!

 誰だか知らないが、細身の体をしており、筋肉はしっかりついてある強そうな人が出てきたため、レーズは慌てて姿勢を直す。どうやら気付かれなかったようで、一時的にアタフタしていたが、気付いていないのを確認して、安堵の息を吐いていた。

 

「あの……質問良いでしょうか?」

 

 どこからか声が聞こえたので、声が聞こえた方向に振り替える。クランの隣に座っていた赤毛の少年が手を挙げていた。

 

「ああ、いいぞ」

 

「ありがとうございます。あの、非常に失礼極まりないのですが……お名前は………」

 

 赤毛の少年がそう言うと、何故か皆はシンと静まり返っていた。強そうな人も、それを今聞くかとでも言うように口を開いている。少しばかり時間がたつと、質問された本人は直ぐに我に返り、自分の名前を告げる。

 

「お、おう。俺の名前はアーツェだ!アーツェ将軍。そう呼んでくれ!!」

 

 静まり返った状況から一変、名前を聞いた途端にざわざわと騒ぎ始めた。ちなみに俺は、何故こんなに騒ぎ始めるのかが分からない。名前を聞いただけで騒ぎ始めるような要素なんてあっただろうか?

 何故騒ぎ始めるのかが理由が分からないため、クランの服の袖をチョイチョイと引っ張って質問する。

 

「アーツェ将軍って?」

 

「そっか、ルートは村とかそういう所に住んでいないから分からないかもね」

 

 そう言われたのでコクコクを頷く。クランは面倒とでも言いたげに頭を掻いたが、それでもどういう人物なのか説明し始めた。

 

「アーツェ将軍って言う人は―――」

 

 アーツェ将軍。帝国最強と言われるエスデス将軍には敵わないが、数々の将軍の中で帝都の五本指に入ると言われている将軍である。

 能天気で気分屋な性格をしているが、それなりに実力はあるらしく、これまで回収してきた帝具は三つ。しかもその本人は帝具持ちでは無いため、アーツェ将軍が帝具を持てば、エスデス将軍と実力は並ぶのではないかと言われている。彼に似合う帝具は幾らでもあるのだが、彼は帝都では珍しい、弓を主要武器としているため、その武器にこだわりがありすぎるせいか弓の威力を引き出せる。また、弓の帝具を求めている。これらの事からアーツェ将軍についた二つ名は、「彷徨いの追及者アーツェ」である。

 ちなみに細身で高身長であり、金髪でかなり整ったイケメンなため、女性のファンも多いとか。

 

「そんなに強いのかあの人……」

 

「本人の性格もあって、部下からは大分慕われているらしいわ」

 

「へ~教えてくれてありがとな」

 

「どういたしまして」

 

「……コホン、さて騒がしいのも程々にして、そろそろテストと行こうか。新兵達、ついてこい」

 

 そう言うと、アーツェ将軍はスタスタとこの場を離れていく。俺たちは慌てて荷物を担いで、将軍の後をついていった。豪勢な室内をゾロゾロと歩いて行くうちに、段々と普通の道へと変わっていき、アーツェ将軍が足をとめた時には豪勢な面影はすべて消え、暗い室内と木造の床に変化していた。

 それと同時に一人の少年の声が聞こえた。

 

「あ、あの、テストの内容とは……」

 

「見ればわかる」

 

 そう言うと、アーツェ将軍は壁のある所まで行き、スイッチがある所に手を掛けた。

 

 パチッ

 

 無機質な音とともに明かりが付く。暗い所に居たため、俺は急な光に馴れず手で目を覆う。

 

「これが今回の会場だ」

 

 とても楽しそうなアーツェ将軍の声。それと同時に、早めに光に馴れた者達が一斉に吃驚の声を上げる。俺も何事かと思い、まだ上手く光に馴れていない目で暗闇だった先を見る。

 

「おお……凄ェ広い……」

 

 広い空間。部屋なのに砂と砂利を含んだ地面。さまざまな大量の遮蔽物。その光景はまるで、戦場をそのまま表したような光景だった。皆が驚きの目をしている中、アーツェ将軍はそのまま淡々と告げる。

 

「ルールは簡単。今から俺と一人一人、五分間手合わせしてもらう。その間に俺の攻撃から最後まで耐えられれば、そいつは速攻で一等兵だ。もしその前に気絶してしまえば、そいつは二等兵スタート。だが五分間もたたず気絶しちまっても、実力のある者は一等兵スタートとする。ただそれだけだ。俺も弓は使わず素手で行く。お前らは銃でも武器でも何でも持て。実弾入りでな。流石に八人全てテストするのは無理だから、それでも根性がある奴は俺に申し出ろ。八人中四人は俺と戦わせてやる。自分の力に自信がある奴は遠慮せず名乗り出ろ!!」

 

 凄まじい迫力でルールの説明を終えた後、暫くシンと静まり返る。だが、皆が皆静かにしている中、一人だけ声を出した者が居た。

 

「私、やります」

 

 声がした先。七人の視線が一斉に寄せられる。……真っ先に名乗り出たのはクランだった。いつもの雰囲気とは違う、今までの雰囲気とは全く違うのは一目瞭然だった。

 

「良い気合いだ。こっちへ来い」

 

 そう言うと、アーツェ将軍はそのままスタスタと戦闘会場へ向かう。クランも自分の荷物から幾つかのナイフと短剣を取り出し、足についてあるホルダーにナイフ。短剣を腰にある鞘に差し込んだ。

 

 ※

 

「自分の好きな場所に隠れろ」

 

 私の目の前にいる男……アーツェ将軍が余裕な表情で私に言う。しかし私は、そんなハンデには乗らずに首を横に振った。

 

「ここでいいです」

 

「フッ……随分と舐められたものだな」

 

 そう言うと、アーツェ将軍は懐から一枚のコインを取り出し、それを思いっきり上空へ投げた。

 察するに、このコインが落ちた瞬間が戦闘の合図らしい。私は一瞬でも隙を作らないために、そのコインを凝視する。出来るならば………音がこっちの耳に響く前に動きたい。

 コインの落ちる速度がゆっくりになったような気がした。

 

 チャリィィン…………

 

 ズドッ

 

 凄まじい地面の蹴りと同時に、瞬時に短剣を引き抜き、アーツェ将軍の間合いを詰める。

 

「フッ」

 

 パシィ!!

 

「勢い、良し」

 

 全力で振りかざした短剣を、右手の人差し指と中指の隙間に挟んで止められる。短剣を握っている手を離し、足にあるナイフホルダーに手を掛けようとするが……

 

「させないよ」

 

 それを遮るように、アーツェ将軍の左拳が私の腹へ飛んでくる。ナイフホルダーに一時近づけた腕を、相手が狙っている箇所に構えガード。これなら防げる。

 

 しかしそれは大きな誤算だった。

 

 ズドォン!

 

「カハッ……」

 

 アーツェ将軍の左拳は抑えれたものの、勢いが強すぎてそのまま後方に吹き飛ばされた。そのまま一直線に吹き飛ばされたため、後ろにあった岩に叩きつけられ息が出来なくなる。

 強烈な一撃。しかし、骨折しないレベルの攻撃。それでいて力を拡散せず一点に集中攻撃。精密に計算された攻撃だった。この吹き飛びようも納得できる。

 

 カランカラン

 

「それ、お前の短剣だろ?返すぜ」

 

 私が地面を見ると、そこにはついさっきガードされた短剣が転がっていた。私はその短剣をつかみ、腰の鞘に入れる。残り時間は解からない。それを知るのはアーツェ将軍の腕に装着してある腕時計だけ。精々始まって一分程度だろう。合格のためにも時間を稼がないと。

 そう思い、足にあるナイフホルダーに手を掛け、八本のナイフを取り出す。

 

 シュバッ

 

 一本一本、移動しながらタイミングをずらし投射。

 

「へえ、そんな器用なこともできるのか!!」

 

 驚いたそぶりを見せながらも、器用にそれを避けていく将軍。流石、将軍の名はダテでは無いのが見て解かる。

 だが―――

 

「ナイフに気を取られ過ぎですよ」

 

 今度は後ろからの短剣に寄る突き。こんな攻撃が通じないのは解かっている。だが、裏は取れた。

 

「よっと」

 

 パシィ!

 

 アーツェ将軍は自分の背中を反り、ブリッジのような体制で両手を使い、私の攻撃を止める。

 私は直ぐに攻撃されないよう、短剣を離して相手との距離を空ける。

 

「スピード問題なし。気配は丸出しだな。だが裏を取ることはできる。反応も十分。基礎能力は問題なし」

 

 ピピピピピピピピピピピッ!!

 

「お、もう五分たったのか」

 

 そう言ってアーツェ将軍は自分についてある腕時計の音を止める。ピッと音が止んだ時、彼は私の顔を見て、距離の開いた状態の中、手を差し出して、こう言い放った。

 

「クランペット。一等兵昇格おめでとう!!」

 

 やはり冷静になっていても、嬉しい時はどんな状況でも顔が綻んでしまうらしい。私は将軍との距離を縮め、差し出された手を素直に掴み、

 

「ありがとうございます!!」

 

 しっかりと相手の手を握り締め、満面の笑みでそう答えた。




どーも。作者です。
原作者さんの名前付けが簡単なので、私もそれに合わせる事にしました。

クランペットは後々所持する帝具をもじった名前。(後々気付いたけど軽いネタバレ)
ルート君は方向音痴だからルート。
レーズは見ての通り、レズ。
アーツェ将軍は弓使いだから。
覚えやすいでしょう?

ついでに尻尾のあの反応は……saoパクりました。ま、良いんですよこう言う設定でも。これから楽しくやっていけるんですから。

これからは週に1~2回の投稿ペースになると思います。
これからも作者の娯楽で作り上げた作品をよろしくお願いします。


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第三話:実力を喰う ~中編~

お久しぶりです。アカウントのパスワード忘れてました。あと書きたくてもかけない症候群に襲われています。


「…………」

「………………」

「…………」

 

ここに居る人達は皆、ただその様子を見て唖然とするばかりだった。

 

――想像以上。いや、想定内ではあったが想定外でもあったのだろう。

 

「次、誰かこないのか~?」

 

アーツェ将軍がまるで動物のえさでもあげた後の様につまらなくあくびを挙げながら、氷のようにカチンコチンに固まった少年少女ら10名にさりげなく呼び掛ける。

 

正直に言おう。無理だ。こんなの勝てるわけがない。いや、現にクランは勝ったのだが、あれは上級者だからであって、初心者みたいな偶然選ばれた様な俺らには当然無理な話であって、正直こんな天才肌とは話が別物である。他にクラン見たいな奴は居るのか……少なくとも俺ら以上に余裕を持っている奴が居るのかどうか……と思うばかりである。

 

「あ、もう終わりですか」

「早いっすね」

 

居た。

 

足組みながら立って寝てたレーズが居た。その次に赤毛の子は適当に流した。そんな俺は思わずびっくり仰天。つかお前ら有名な将軍様の前で大分余裕ぶってるんだな。赤毛の子の腕の先を見てるとなんか落書きしてるからね。余裕しかないと言う事なんだろうね。書いてる絵は何かと思えばもはや原形をとどめていない絵、もはや絵として成り立ってるのかと思うほど不安定で何も想像できない絵が、赤毛の子の腕の先の地面に刻まれていた。ちなみに、刻まれていたと言っても床は木材なので……いや、余計にダメだろ。自分の武器で掘ってるんだもん。人の家の床を掘るなよ刻むなよ落書きするなよ。まずそこからだろ。そしてお前らの謎の精神力にある意味びっくりだわ!

 

と、心の中で「お前らはいったい何者なんだ」と呟いていると、全く違う余裕ぶったの入った声が聞こえてくる。

 

「あ~面白かった」

 

「面白かった!?」

 

思わずツッコミを入れた。

 

もちろん声の主はクランである。

 

いや、あの戦闘が面白いって、どこの戦闘狂ですか。一体どこのベジー〇様ですかアンタは。確かに戦闘終わって勝ったからと言えど、それは楽しみ過ぎじゃありませんかね。アンタの出身地は戦闘民族の地かなにかでしょうか?北の異民族にパルタス族とか居ましたよね?そこの民族じゃありませんか?

 

そう言えば、クランと一緒に初めて戦った時、アイツなんか色々戦闘に馴れてたな……そもそもなんで土竜が痺れるようなツボの場所を知ってるんだよ。人間ならまだしも危険種のツボの位置覚えて誰が得するんだよ。得するのって戦闘以外無いだろ。もっとさ、そんな才能あって、まだ嘘をつくことを除けば可愛げがある少女なんだから、別のところに才能使おう。ね?今なら美容師かハリ師目指せるよ!!

 

と、問いかけても意味が無いわけで

 

「ルート、アンタさっきから思ってる事が口に漏れてるわよ」

 

「嘘!?マジで!?どこのガチムチマッチョって言ったのバレた!?」

 

「あ、勝手になんか一人で喋り出した」

 

「畜生!!」

 

さり気なく入った嘘に騙され、悲痛の声を上げる。

 

いや、ガチムチマッチョとは言ってないが、〇ジータ様と言った時点でそれとはあまり変わらないだろう。あと戦闘狂だし。それならガチムチマッチョと言っても特別問題ないわけで。結論でいえば、クランはガチムチマッチョ。胸がペッタンコなんだから、それは間違いない。多分胸筋が凄い事になっているのであろう。ペッタンコなのだから。

 

「もうガチムチマッチョ合計四回言ったので、あとでルートにはキツイお仕置きね。あとペッタンコは禁句なのでそれもプラス」

 

「……嘘だよね?」

 

そうだよね。流石にさっきの思っている事が口に出てるみたいなんてこと、こんな時に限ってありはしませんよね?クランさん。

 

そんな期待を込めて、クランに向けて満面の笑みを

 

「…………嘘」

 

「今の間何!?」

 

ねぇ今の間なんですか!?もしかして俺の考えている事とは真逆の様なことになっているのですか!?ねぇ本当だと言ってよ!クランさん!!

 

「ごめん嘘」

 

「デスヨネー」

 

お仕置きが確定しました。俺の生命時間は今日一日で終わりの様です。

 

「あとでくすぐりの刑を二時間ね。あと黒板爪でひっかくの刑」

 

うわ、一番嫌な奴来た。くすぐりも嫌だが黒板を爪でひっかくのはその十倍は嫌だ。これは非常にまずい。早く話をそらさないと……

 

「いや~流石クランさん!こんな時でも堂々と嘘を言ってのける!!そこに痺れるけど憧れない!!」

 

真っ先に思いつき、口から飛び出してきたのがこの言葉である。

 

「なんなら今この場でくすぐりの刑に処してあげてもいいけど?」

 

デスヨネ。俺ももう少しまともな事喋れよ。ご機嫌ナナメどころかこれじゃあ真っ逆さまだよ。

 

そしてクランが両手をワキワキしながらこっちに近づいてきたので、これ以上慈悲を求めるのは止めます。やはり、俺の生命時間は今日一日だけだそうです。くすぐりの刑二時間とか、余裕で死ねる。笑いすぎて窒息死の域だね。笑い袋の音声に入れてくれたらそれはそれで面白いけど、途中で笑い死んじゃうね。どこのグロ製品だそれは。

 

あ、出来ればせめて先にくすぐりの刑に処してほしいな。それで死ねるなら黒板を爪でひっかく音を聞く前に死にたい。天国と言う名の池に飛び込んでヘブンしたい。地獄はお帰り。

 

それはそうと、他の奴らは皆凍りついていると言うのに、本当に俺らはさっきから何なんだと言いたい。俺は叫ぶわ一人は寝るわ嘘つきさんはこう言う時に限って本当の事言うわ赤毛はマイペースだわと、突っ込みどころしか無い。

 

いや、むしろ誰かが突っ込んでくっれた方がありがたい。俺の精神が持たない。そしてくすぐりの刑嫌だ。

 

「あ、それこの前移動させたらビターゴキブリが二十匹くらい住み着いてたぞ」

 

「うぇ!?」

 

気がつけばクランは移動していたようで、近くにあった長椅子に腰かけていたところをアーツェ将軍の一言にクランは勢いよく跳ね上がる。ちなみにビターゴキブリと言うのは、通常のゴキブリの1.5倍大きいゴキブリで、見た目は気持ち悪い物の、その光沢のある真っ黒の殻は染色剤の一部として扱われている。が、害虫の一種のため汚い。そしてそんなの染色剤に使うなよ。気持ち悪い

 

そして触りたくない。カサカサッて音が耳に響くから。特に飛んで来た時の音はもはや最悪の気分になるレベルである。飛んでいるところを見た者はすかさず避ける事をお勧めする。

 

いや、好んでも触る奴は居ないだろうが、念には念を。

 

そして触るな。

 

ゴキブリ三原則に乗せましょう。

 

・飛ぶな

・触るな

・つまり死ね

 

よし。完璧。え?理不尽?何を言ってるのかな?これをゴキブリ撲滅委員会に出せば間違いなく採用されるに決まってる。なんてったって、人類の敵だ。最後に死ねと言ったって、なにも問題ないだろう。むしろ死ね。

 

そんなクソ見たいな三原則を作っているのを無視するかのように、間の抜けたような声がゴキブリ三原則に割って入ってくる。

 

「さて、改めて聞くが、俺と戦う奴は他に居ないか?」

 

ガタッ、

 

アーツェ将軍が呼びかけた瞬間、勢いよく後方から音がしたかと思うと、一人の少年が立って手を勢いよく上げていた。

 

……赤毛の少年。あの時にアーツェ将軍に対して質問した子だ。そしてその下には、あの下手な絵にまた何かを付け足したのか、見るも無残な絵(切り傷)が残っている。できれば(切り傷)ではなく、切り傷にしたいのだが、まぁ必死に書いた傑作みたいなので、ここは彼に免じて絵(切り傷)と言う事にしておく。そうさ。下手なピカソと考えれば問題ないだろう。そうと信じたい。彼にだって才能はあるのだ。

 

そうとでも思い込まないと切り傷と思ってしまうので、必死にそう思い込む。

 

「ああ、お前か……」

 

が、しかし、この発言によって俺の必死な思い込みは全て無かったことになり、脳内ではただの切り傷へと変換された。

 

「質問しておいてそれは無くない!?」

 

赤毛の可哀そうな少年が悲痛の声を上げる。

 

 

まぁ、今のはアーツェ将軍が悪い。まだそんなに会話もしていないのに、いきなり性格を知っているように面倒くさそうな顔をするのは流石に無い。俺でも悲しくなるわ。

 

「なんで俺の姉の子供がこんなに変な子に育ってしまったんだか……親の顔が見て見たいぜ」

 

いやアンタの姉がこの子の親ですよ。

 

「ってアーツェ将軍、この子のおじさんだったんですか!?」

 

今日一日、多分一番驚いた衝撃のカミングアウトである。

 

マジか!道理で最初赤毛の子が将軍の名前を聞いてきた時に「なんでお前が俺の名前を知らないんだ」みたいな顔してたわけだ!!

 

「そうだぞー。だから俺の名前を聞いてきた時はホント驚いたわ。てっきり知らされてるものだと」

 

「え、今初めて聞いた」

 

「知らなかったのかよ!!」

 

本当に知らないような顔をする赤毛の子。とても惚けているようには見えなかった。いや、なんなんだよこの赤毛の子。せめて自分のおじさんに当たる人の名前くらい知っておけよ。親の顔が見てみたいよ。この将軍の姉だけどさ。

 

「あ、そもそも俺の姉、帝都に居ないんだった」

 

「俺の出身帝都なんですけど」

 

なんか二人の意見が食い違ってきたよ!と言うか帝都に居ない姉がその子供に自分の名前を知らせるって言うのは結構無理があるな!おい!!伝書バトの役割を果たす獣が居たら話は別だけどね!!それでもあんまり意味のない情報だけど!!

 

「あ、俺の姉今天国に居るんだった」

 

もはや伝書バトもクソもないな!!

 

存在するかも分からない国にハト使って手紙なんか飛ばせるか!!ハトに死〇って言ってるのか!〇ねって言ってるのかそれは!!

 

姉の顔の代わりにアンタの顔を処刑台に晒したいわ!と思ってしまうレベルの適当さ。これで将軍なのだから、正直いつもこんな感じなのだと思うと、好まれそうで使えない上司である。

 

「さーてとりあえずやるぞー」

 

そう言ってポリポリと頭を掻き移動するアーツェ将軍。そして目の前には段々顔が引きつり始めてる少年。

 

……なんか、こちらから見たら中々シュールな状況である。

 

「武器は準備してるのか?」

 

「勿論ここに……ってあれ?」

 

そう言って赤毛の少年は、自分の短剣用ケースをガサゴソと弄るが、短剣の「柄」の字も存在しないケースをこっちから見れば勝手にガサゴソしているだけだ。こっちから見ればシュールでしか無い。

 

普通短剣のケースなんだから、柄が無いかあるかでスグに有るか無いかがが分かるだろ。普通。

 

暫く少年はケースを十秒間程度漁った後、「あ」と言いながら自分の元居た席に戻り、床に刺さっている赤黒いタガーを引き抜いた。

 

……うん。突っ込みどころ満載だけど、あえて突っ込まないでおこう。うん。

 

と思ったその先、その赤黒いタガーの匂いに鼻が反応する。

 

(……?)

 

腕を組みながら、あまりにも馴れているニオイに耳ならぬ、鼻を疑う。

 

(あれ……?このニオイ、随分と馴染みがあるような……)

 

「お前……その武器どこで手に入れた?」

 

アーツェ将軍が眉間にしわを寄せながら、睨むようにその武器を見つめる。なんか険悪な雰囲気である。ちょっと、二人の間に黒いオーラが漂ってる。そんな気がしてならないんだけど。

 

赤毛の少年はただ、あははと笑った。

 

「闇市で。そんなに警戒しなくても特に何も起きないと思います」

 

「いや、視力が悪いだけだ」

 

ついさっきの黒い雰囲気が一瞬にして台無しになった瞬間である。ってか睨んでたんじゃないのかよ。それよりも先に突っ込むところ別にあるだろ。健全な子供じゃないだろ闇市行ったら。アンタ血がつながってるのであれば同じ血族同士としてそれを正してやれよ。間違った方向に進んでしまうだろ。

 

「メガネは?」

 

正論出た。

 

「無い」

 

無いじゃねえよ。お前の目は視力の悪さも見切れないほど節穴なのか。

 

アーツェ将軍は、「スマンスマン」と適当に会話を有耶無耶にし、クランと戦った時と同様、同じ位置に同じように行動した。

 

「本当にその武器に心当たりはないんだな」

 

「多分普通の武器だと思いますよ。見た目が赤黒いだけで、他に何にも取り柄が無いですし」

 

いや闇市で取り寄せてるだろお前。危ないものだったらどうするんだよ。見た目普通の短剣でも、性能が危なく無かろうともその入手ルートが危ないんだよ。

 

アーツェ将軍は「そうか……」と呟くと、右手を懐に突っ込み、コインを取り出す。

 

「アンタ、名前は?」

 

いやちょっと待て。あれだけ自分の名前にしつこく問い詰めていたのに、アンタが赤毛の子の名前を知らないのかよ。お前らどっちもどっちだろ。

 

「ズレータです」

 

「そうか。ダッサい名前だな」

 

うわ酷ェ。

 

ピィン……

 

コインをはじく音が聞こえた。弾かれた戦闘へのカウントダウン。

 

3、2、1……

 

チャリィン

 

 

 

 

 

 

 

ダァアアン!!!!

 

 

 

 

 

凄まじい音が響くと同時に、振動が会場内にカタカタと唸る。

 

 

 

 

「よいしょっと」

 

あまりにも凄まじい音に、目を閉じ耳をふさいでいた中、ただ一人呑気な声が聞こえる。

 

 

アーツェ将軍の声なのはスグに分かった。

 

ホントは目を開けるのが怖かった。少なからずとも、俺の予想は当たっているから。出来れば目を背けたい。

 

が、恐る恐る目を開く。

 

 

 

 

案の定、アーツェ将軍の下には寝転がった赤毛の子が居る。

 

意識はあるようだった。呻いてるのは見て分かる。ただ、痛そう。

 

「ガッ……アッ……ゲホ、グッ……」

 

「スマンな~。お前はちょっと手加減なしだわ」

 

ヒデェ……。血がつながっているのに容赦ないと言うのは酷いと言う文字以外かける言葉が無い。これは俺の処刑タイムより先に犠牲者が出てしまったのではないのだろうか。ご愁傷様。そしてこの床の修理代金はアーツェ将軍のところへ飛ぶのであった。やったね。修理代金が全部吹っ飛ぶよ!まぁその代償に死ぬんだけどさ。

 

「ちょっと武器借りるぞー」

 

先ほどの事がまるでなかったかのような声でそう言い、アーツェ将軍は赤毛の子の短剣用ケースに手を伸ばし、赤黒いタガーを手に取る。

 

それと同時に、何かしら『黒い憎悪の塊』の様なものがタガーから出てきた。

 

アーツェ将軍はそれをマジマジと見つめ、呟く。

 

「……拒絶反応……だよな?」

 

拒絶反応と聞こえたが、何の事だかわからない。むしろ、その黒いオーラ的なものが凄く気になる。

 

「ホント……いきなり酷いですね……」

 

イタタ……と呟き、苦しみから解放され起き上がる赤毛の子。なんだ。死んでなかったのか。死んでればその床を傷つけた代金はすべてアーツェ将軍のところに行ったのに、残念だったね。それを見たアーツェ将軍が、赤毛の子をにらみながら言う。

 

「お前さん……これ、知ってて使ったのか?」

 

「いや、普通に『カッコ良い』タガーだと思いません?それと、さっきから睨んでますけど俺の顔になんかついてます?」

 

「いや、視力が悪いだけだ」

 

またかよ!メガネかけろよ!!かけたらアンタの理解力の低い頭もちょっとは知的に見えるかもよ!?中身は変わらないけど。中身は変わらないけど。

 

「コンタクトレンズははめてるんだが」

 

じゃあ何故見えないの!!

 

「伊達コンタクトレンズってね」

 

知るかお前のコンタクトレンズ事情とか!!伊達メガネみたいに言うけどそれ一番意味無いからね!?透明だから意味無いじゃん!!近づいてやっと気付くレベルだよ!!それならまだカラコンはめろ!!痛い人だと見られるだけだけどね!!

 

「しじみ」

 

いきなりどうした赤毛の子!?

 

「しじみのエキス飲めば視力良くなるそうですよ」

 

凄くウソ臭いね!

 

「毎日Gエキスを飲んでる俺に追加してんじゃねえよ」

 

え!?Gって何!?もしかして、あのG!?検索エンジン:もしかして『ゴキ〇リ』のG!?もしそうなら気持ち悪ッ!!今すぐこの人にゴキブリ三原則を使ってあげよう。=死ね。

 

「ゴジラエキス」

 

違うのかよ!しかももっと凄いのきちゃった!!予想を180°ひっくり返さずともその一言で地球一周回った凄さだよ!!

 

「国産のゴジラから取り寄せたエキスを飲めば視力が良くなるって聞いたんだけどな」

 

うわぁウソ臭いね。パチモン臭がパナいね。つーか国産のゴジラってなんだよ。あんな伝説級のバケモノを国産扱いしちゃダメだろ帝国。そんなのがあったらエキス取り出すより見世物にした方が絶対早いから。まぁどうせニセモノだから見世物にならないんだろうけど。

 

いや、そもそも伊達コンタクトレンズをコンタクトレンズに変えた方が早いから。なに無駄な方向でお金使ってんだよ。メガネ買えよコンタクトレンズ買えよ。お金が泣くぞ。

 

「まぁとりあえずだ。ズベッタ君」

 

「ズレータです」

 

いきなり名前を間違えるとは一体何事か。名前ぐらい一発で覚えようかと思っていたが、隣に居るクランから痛い視線を感じるのでこれ以上はよしておこう。処刑が増えるだけだろうし。

 

「そうそうズレェタ君。君、この武器を一時期預ける代わりに合格ってことで承諾してくれないかな?」

 

「え~嫌です。このタガー結構気に入ってるんですよ。手放したら俺が怒ります。俺とソイツの絆は切っても切れないんです」

 

「仕方が無いな~。俺の権限で君を兵士から落として一章一般市民にするしかないかなぁ~」

 

「是非!!俺を合格にしてください!!」

 

切っても切れない絆が一瞬にしてブチキレた瞬間である。アーツェ将軍もなかなか酷いが、あれだけ言ったズレータもなかなか酷い。本当に、クランはまだ良いけどズレータは例外だろ。こんなんで良いのかよ試験って。

 

「と言う訳で、ズベッタ君合格!!」

 

「ズレータです!!」

 

……ホント、後先不安だなぁ……

 

まだまだ試験は続きそうです。




投稿遅れてすみません。

それしかもう言えません。


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第四話:実力を喰う ~後編~

すみません。投稿がまたしてもかなり遅れました。
ですが、それなりの事情がありますので、どうか作者の言い訳を聞いてください。


 もう始まってから、この場所に停止しながらすでに約一時間程度の時間が過ぎていた。普段なら、下手をすれば0分。多くて20分の時間しか必要のないこの試験だ。この試験に、かなりの多くの時間を費やしている理由は、普通の試験とは違う、異常なまでのプレッシャーと恐怖に耐えきれない。または、勇気が足りず、大人しく一歩引いてる輩が多いからだろう。自分も決して例外ではない。一応ではあるものの、今は身を引いている。

 

「クラン。もしもの話なんだけどさぁ……」

 

未だ数分。……実際にはたった数秒だったのかもしれない。あまりにも進展が無さ過ぎるため、ルートは焦れて、クランに口を開いた。

 

「……何?くすぐりの刑三時間と黒板爪引っ掻きの刑の減軽願いは聞かないわよ」

 

「うんソウダネ。でさ……えっと」

 

クランの冗談?を軽く一蹴したのは良いものの、これは言って良いのか悪いのかの区別が付かず、喉からでたのは空気だけだった。

 

「何よ。さっさと言いなさいよ」

 

だが、クランもルートと同じ様に焦れた様子で、急かすように口を開く。

ルートは、急かすクランに、仕方なしと意を決し、口を開いた。

 

「……これ、俺合格しなかったらどうすればいいんだ?」

 

「……まぁ私達は離れ離れでしょうね。私はどうでも良いけど、アンタは別でしょ」

 

「……あぁ」

 

やっぱり、それは逃れきることのない事実なのだろう。確かに、クランの方は別に深い意味などでは無い。ルートが居なくなっただけ。それで終わりである。だが、クランの言う通り―――俺の事となれば話は別である。

考えればすぐに分かる話だ。負けたらクランとさよなら。ただそれだけ。

ただ俺には、クランに依存しなければならない理由が、既にあった。

まず一つ。俺は、帝都の情報などは、まず無に等しい。誰であろうと、知らない所に放り込まれれば、まずはここが何処かと場所を確認するものだ。そりゃあ俺だって、知らない森に入った時は、ここは何処だと色々と探索したものだ。どこに水飲み場があるのか、寝床はどこに作れそうか、みたいな事は最低限。調子が良ければ、効率良く狩りが行えるような場所を探したりもしてた。

だがしかし、今回は話しは別。郷に入っては郷に従え。人と人が交差する街並みで、ルールが存在しないはずがなかった。盗人になれば、間違いなく殺しにかかってくるだろう。ルートは、それを回避することはできない。

そして二つ。金がない。今は一時的にクランが太っ腹にまけてくれているため、なんとかはなっているものの、宿を取る金さえもなければ、食料を確保する術もない。自然に森の中へ帰る事しか無い。それ一択の選択肢だった。

 

もし負ければ、また最初からやり直し……

 

その恐怖が、ルートの足を竦ませていた、最大の原因だった。

 

しょんぼりとしているルートを見兼ねてか、クランは付き足すように言葉を流す。

 

「やるしかないんじゃないの?最も、やらなきゃ選択肢は一つしか無いわよ」

 

「…………はぁぁぁぁぁ……」

 

 これでもかと言うほど、大きなため息をついて、その後、自分の頬を両手でバシッと、二回叩いた。

痛いだけではあるものの、効果は絶大な自己暗示だ。

 

「痛い……」

 

本当に叩きすぎた。完全に力加減を間違えた。

 

「あはは。折角しめたのに、後味悪いわねぇ」

 

「う、うるせっ」

 

まぁ恰好がつかないのは事実であるため、否定はできない。

 

「俺、やりま……」

 

と、声を止める。目線の先には、既に将軍らしき姿はどこにも見当たらなかった。かわりに、視界に移ったのは床の木目のフローリングだけである。慌てて後ろを向いた。

どうやら、俺たちが様々な思考回路を巡らせている中、すでに先客が居たらしい。

……レーズだ。遠目から見ても分かる。茶色い髪の毛で、右に括った髪。両手には二丁の銃を携えていた。

 

ズガガガガッと、大きな音を立てながら地面を抉る弾丸。もう既に、開始してから数分が経っていたのか、地面には多量の穴によって敷き詰められていた。ハチの巣みたいで少々気持ち悪い。

対して、アーツェ将軍はと言うと……

 

「うわっと」

「あぶねぇ……」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 

なんかもう、見るに堪えなかった。

誰がどう見ようと、ただひたすら逃げている。どうしようもないくらいに、ただひたすら逃げている。

時には、地面に空いた穴に躓いては、こけそうになるところを顔面狙って弾丸が通り過ぎ。

時には、隠れていた岩場が崩れ、残りの弾丸が襲いかかっているのを必死に避けたり。

今の彼の姿には、『将軍』なんて字は無いように思えた。

 

「なぁクラン」

 

「なにかしら」

 

「俺にはレーズの銃撃をアーツェ将軍が必死に避けているようにしか見えないんだが……どう思う?」

 

すると、クランは少しだけ考えるような素振りをし……

 

「まぁ、良いんじゃないかしら?」

 

まぁなんとも酷い答えである。何か裏があるのかとすらも思えない動き方である。銃撃こそ、それはそれで避けているものの、レーズが弾をリロードする時には、そそくさと岩の陰へと隠れる。

まるで、一切進展がないように見えた。

レーズは、それに気付く事無く。

 

「あ……」

 

喉から、自然と声が出ていた。

 

―――気がつけば、レーズは弾を当てるためにと少しずつ前に出ていた。

少しずつではあるが、確実に一歩一歩。小さく進んでいる。

彼女は全力で挑んでいた。アーツェ将軍に弾を当てるために。

だがしかし、その、前に出るという行動は、アーツェ将軍にとっては恐ろしいくらいの計画通りであった。

 

ダァン!

 

一発の銃撃の音。音も動きも、スローモーションのようにゆっくりと動いてるように見える。

アーツェ将軍は、ものの数歩でレーズの間を詰めた。

 

ダァン!

 

二発目の銃撃。急に前に出てきて驚いたのか、慌てて右手に構えていた銃を、アーツェ将軍の進む方向へと軌道修正。だがしかし、動揺が大きすぎたため、標準が大きくぶれていた。アーツェ将軍の右足の近くに弾が落ちる。

 

ダァン!

 

三発目の銃撃。銃口は上を向いていた。左手を掴まれて、銃口を上に向けさせられたのだ。もう既に、アーツェ将軍の左腕は、レーズの右手に向かっていた。

 

ダァン!

 

四発目の銃撃。次の弾も、天井に風穴を開けただけだった。そして―――

 

ズガガガガッ

 

スローモーションのように見えた光景が、急に元に戻った。あまりにも勢いよく片方が吹っ飛んで行ったため、辺りに砂埃が立ち込める。

見る事に意識を奪われていたルートは、砂埃に気が付かないまま息を吸ったため、咽てしまった。

 

ピピピピピピピピピピピッ!!

 

そこで、五分終了の合図。

 

「レーズ。合格。誰か医務室に連れて行け。無いなら後で金渡すから、医療道具買ってきて、そこらへんで治療してやってくれ」

 

「あ、私がやります」

 

クランが声の調子を上げて言うと、急いで彼女が飛ばされていった進行方向に駆け寄った。数秒経って、砂埃が消えゆく中、クランは、足元がおぼつかない彼女を肩で支えながら、もう片方の腕で扉を開け、離脱した。

 

「…………………」

 

俺らはそれを、無言で見ていた。

 

「……やるのか?」

 

「……え?」

 

アーツェ将軍の方を見る。一瞬、もうすでに別の誰かに、最後の権限を使われたと思った。

だが違う。

アーツェ将軍は、ただ真っ直ぐ俺を見据えていた。

否。俺ではない。

気がつけば、自然に上へと向かっていた、その右手を。

 

「……えっ?俺!?」

 

思わず慌てる。そりゃそうだ。無意識に手を上げていたのだ。心の準備と言うものが、まったくされていない。

 

「なんだ。違うのか。じゃあ別の奴」

 

「あァァああ!!やっぱりお願いします!いえやっぱりやめておきます!いえやります!ハイ!ハイ!!」

 

「なんとも落ちつかない奴だな……」

 

彼は苦笑した。まぁ確かに、こんなに慌てた様子であれば、誰であろうと反応に困るだろうが、今はそんな事など、意識の外に吹っ飛んでいた。

 

(ラストチャンス……!)

 

高なる心臓の鼓動を、手で押さえる。実際に抑えることはできないが、手のひらからでも伝わる心臓の鼓動が、激しく自分の手を揺らしていた。

深呼吸を数回する。大きく吸って、大きく吐く。これを数回繰り返して、目を見開いた。

 

「……ほう」

 

アーツェ将軍が興味深そうに俺を見つめてくる。そして、その疑問を俺に向かって飛ばしてきた。

 

「……緊張を抑えたな……よくここまで緊張を抑え切れたもんだ。何処で教わった?」

 

「……狩りをしていれば、当然の事。意識を出していては、相手に感づかれる」

 

「……はははッ、口調も変わるのか!口調が変わるとか、多重人格並の精神の入れ替え方だな!」

 

そう言うと、アーツェ将軍は、こっちに来いとでも言うように指を曲げてくる。俺は大人しく、セッティングされた領域に足を踏み込むと、アーツェ将軍と正面に向かい合うように、姿勢を構えた。

 

「武器は?」

 

必死にアーツェ将軍は目を動かしているが、武器らしいものは何も見当たらない。……それもそうだ。武器など持っていない。というか、必要ない。

 

「十分です。始めましょう」

 

性格すらも変わったような口調で急かされたため、アーツェ将軍は苦笑した。

 

「せっかちだねぇ。分かったよ」

 

そう口を開くと、彼はコインを指で弾くことなく、そのまま手を開いた。

 

チャリン

 

瞬間、二人の間に火花が散った。

 

ギギッギギギギギ……

 

二人の間に、物が軋むような音がする。ルートは、アーツェ将軍に向かって、瞬時にお得意技の、伸びる爪を使って超高速の斬撃をお見舞いしてやった。対してアーツェ将軍の手には……

 

―――コインが一枚、携えられていた。

 

地面に落ちたコインを拾っていては、流石に今の斬撃を直接喰らうところだろう。だが、彼は懐に忍ばせていたコインを使って、ルートの斬撃を防いだのだ。

 

ルートが文句でも言うように、アーツェ将軍の目の前で呟く。

 

「……素手で、挑むんじゃ、なかったんですか?」

 

荒い息遣いで。それに反抗するように、アーツェ将軍が口を開く。

 

「……君のドッキリマシンな体には、こういう措置を取らざるを得ないんだ。想定外って事さ」

 

彼はそう言うと、右手に持っているコインに力を込めて、大きく振りかぶった。

それに対抗するように、同じく大きく振りかぶる。

力の差は歴然であったが、スピードがルートは勝っていたため、アーツェ将軍の斬撃を弾く事が出来た。

 

(……行けるッ)

 

そう思ったルートは、離れた距離を一瞬で詰め直すために、足に大きく力を入れて、今まで離れていた距離を一瞬にして、アーツェ将軍の目と鼻の先までに詰め直した。

 

ガガガガガガガガガガガガガガッ!

 

弾丸の如く、とてつもなく異常な速さの斬撃。まるでマシンガンの射撃音のような音を立てて、アーツェ将軍に一切の隙も与えない斬撃を繰り出した。

アーツェ将軍は、それを冷静に、右手に持ったコインで防いでいく。しかし、あまりにもの速さで動くルートの斬撃に、少しずつ、気圧されるかのように、足が後ろに進んでいた。

 

「うおっ!?」

 

アーツェ将軍の体が後ろに逸れる。ルートはニイッと、口の口角を上にあげた。

……穴だ。レーズの銃撃によって抉られた穴に、アーツェ将軍は踵から躓くように後ろに倒れたのだ。

 

「フッ」

 

息を大きく吐いて、渾身の斬撃をくり出す。しかし、それは空中で、アーツェ将軍の顔に当たることなく止まった。

やはり、先ほどのコインで、見事に防がれていた。

 

アーツェ将軍は、嘲笑するかのように、俺と同じように口角を上げた。そして、自分の腕力だけでルートの爪を押し返してくる。力勝負じゃ負けると分かっているルートは、急いで足に力を入れ、後ろに引いた。

 

……と、今度はルートの視界が揺れる。

 

後方にも、レーズの戦闘の後は残っていた。

しまった。引きすぎたと思った時には、もう遅い。

こんな絶好のチャンスを、将軍が見逃すわけがなかった。

 

「スキありっ」

 

急いで体制を立て直し、アーツェ将軍の攻撃を両手の爪を使って受け止める。しかし、力勝負ではルートが明らかに負けているため、背中が地面を向いたまま、必死に体制を保っていた。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

しかし、この状況となってしまえば、速さなど無いに等しい。力をもっている者の方が、圧倒的に有利だと言うのは、誰が見ても明白だった。

 

「クッソ……」

 

今ここで足を使ってしまえば、ルートは安定感を失い、尻を地面に着ける事になる。流石にここまで来てしまっては、取り返しがつかないのは分かっている。とは言えども、他に策が思い浮かばない時点で、『詰み』ではあった。

と、そこで、上を向いているときに、目にチクリと痛みがさした。大きく見開くと流石に痛いので、アーツェ将軍の斬撃にギリギリ耐えながら、目を細める。

 

風穴のあいた天井に、光が差し込んでいた。

 

「ッ!」

 

アーツェ将軍は、ルートの蹴りに反応して、すぐさま少しだけ後ろに引いた。確実に尻もちをついたであろう相手に、勝機は無いと睨んだのか、すぐさま追い打ちを仕掛ける。が―――

 

ガラガラガラガラッ

 

「おっと。危ない」

 

天井が急に崩れ落ちてきて、地面に砂埃を舞い上げた。まるで、アーツェ将軍の進行方向を邪魔するかのように。

アーツェ将軍は面白いものでも見るかのように、上を見ながら顎を撫でて呟いた。

 

「……これが君の奥の手ってわけかい」

 

天井には、五つの斬撃の跡が、少しだけ残っていた。そのうち半分は崩れ落ちたため、あまり原形をとどめていなかったのだが、それでも、届かないはずの天井に斬撃を飛ばしたのは、異常だった。

 

「『真空斬り』」

 

砂埃を一瞬にしてはらい、凄まじい速度の、鎌鼬のような見えない斬撃が襲いかかる。

アーツェ将軍は、砂埃の切れ方を頼りに、その斬撃を回避してみせた。

 

それと同時に、ルートがまたしても勢いよくアーツェ将軍の領域に飛び込んできた。

 

作戦の微塵も感じられない。考える事を捨てた速度の斬撃。流石に腕一本じゃ防ぎきれないと思い、懐からもう一枚、博打用のコインを取り出して、ただひたすら防ぐ。防ぐ防ぐ防ぐ。相手の体力が尽きるその時まで、ただひたすら斬撃を防ぐ。

 

 

 

 

 

ピピピピピピピピピピピッ!!

 

 

 

 

 

 

本日で三度目になるタイマーの音。それが鳴ったと同時に、ルートの斬撃は、今までの事がまるで嘘かのようにピタリと止まった。

 

両方とも、無傷ではあった。アーツェ将軍はまだピンピンとした様子で、ルートを見ている。対してルートは、ぜーぜーと息切れをしていた。

 

「………」

 

無言でルートは右手を差し出してきた。アーツェ将軍は、その手を力強く握ると、にこやかにこう言った。

 

 

 

 

「おめでとう。合格だ」

 

 

 

 




投稿が遅れました。
ですが、どうかこの跡が気を見ている方、作者の言い訳を聞いてください。

最近、文章が不安定で、どうしても上手く文章を書く事ができず、悪戦苦闘しておりました。
今回も、一度は8000字近くパソコンに打ち込んだというのに、文章の構成がまるで別人が書いたかのように不安定で、全部削除致しました。
不安定なのは承知の上ですので、この一ヶ月間。ただひたすら本を読んで、今回はそれを参考?にして書いたものです。

今まで不安定だった文章も内容も、これに合わせたいと思っております。

どうか作者を呆れること無く、この作品をご覧になっている皆様方に感謝の気持ちを込めて、今回は深く謝罪いたします。

是非、このバカバカしい駄文の作品をご覧に入れて下さい。


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第五話:暗闇を喰う

「……はぁ……」

 

少しずつ、朱色の光がこの町を飲みこんでいく。

ルートは、ある住宅街の裏路地に体を落として、小さいため息をついた。

光が差す方向を見れば、もうすぐ暗くなる時間帯だと言うのに、子供たちがキャッキャと大人数で騒ぎたてながらボールを蹴って遊んでいた。

 

平和だ。

 

「……暇」

 

そう言って、少しだけマトモになった服装をぐいと引っ張る。どうやら不思議な素材でできているらしく、詳しい事は知らないが、それなりに防御力はある『帝都警備隊』の正装だった。

 

「クソ……あの将軍様め……」

 

頭の中にあのアホらしい将軍のヘラヘラ顔を思い浮かべ、そいつに脳内で散々毒を吐く。

どうして今日一日、こんな暇な事をしているのにはそれなりの理由があった。

 

 

「よし。合格したお前ら全員、俺の部下な」

 

昨日の夜。アーツェ将軍は、合格した人に全員……俺、クラン、ズレータ、レーズ四人に、いきなりそう言い渡した。皆、最初は、自分の精神が今日の戦闘で疲労しきっているための聞き間違いかと思った。が、しかし。

 

「俺の部下な。お前ら」

 

それを上手く聞き取れなかったと解釈したのかどうかは知らないが、アーツェ将軍は二度も同じことを繰り返したのだ。それと同時に、椅子に寝ているレーズ、それを看護しているクラン、二人で談話していた俺とズレータも、今までしていた他愛もない話を中断させて、声を「エーッ!?」と張り上げたのだ。

聞いていないとでも言うように、クランが声を張り上げる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!一等兵からスタートと言う話は!?」

 

それに答えるように、アーツェ将軍はハハと笑った。

そして俺らの前で告白する。

 

「ありゃ嘘だ。合格しなくても、一等兵からスタートする奴も居るぞ」

 

またしても、皆は驚愕の声を上げる。アーツェ将軍は、それに付け足すように笑いながら言った。

 

「いや~エスデス将軍の三獣士みたいな部下が居たら良いなって、この前の特急危険種の討伐成功の報酬として頼んだんだけどさぁ。それなりのレベルを持って、動かせるような地位の人居ないって言われてな。そのかわりとして、今回の試験の中で、強そうな奴を必要な分だけ揃えてきて良いって言われたんだよ」

 

「…………」

 

それを俺は、呆然と見る事しか出来なかった。

 

 

そして今日。アーツェ将軍の所に行ったら、「今ちょっと帝都警備隊の人手が足りていないらしいから、手助けのつもりで一時的に警備してくれ」と言って、クラン、ズレータ、ルートに帝都警備隊の正装を手渡してきたのである。ちなみにレーズは、昨日の戦闘で足を骨折していたらしく、病院で大人しく寝ている。

 

ルートは、ポケットに入っていた紙を取り出し、それを丁寧に広げ、その地図に書いてある印を眺めてみた。

 

西の方角を意味する地図には、ここにはどんな店があるのかとやら、様々な情報が汚い字で書かれていた。

 

「お………ちゃ…」

 

今まだ確認できていない方向、東、南、北の方角は、別の仲間が探索する事になっている。

東はレーズ、北はクラン、南はズレータというふうに分けられており、探索がもしも終わってしまったら、帝都の中央にあたる噴水場で待ち合わせをするという設定になっていた。

ルートは、噴水の位置を確認しながらむむうと首を捻らせる。

 

「おね……ちゃ…」

 

確か、太陽は西から昇って東に沈む。と聞いたはずだ。この時間帯だと、太陽が沈むほうが東だから、太陽の沈む方向に進んでいけば、その内噴水場に辿り着くだろう。

そう思い、ルートは地図を丁寧に畳んだ。

 

「おねーちゃん!」

 

「うおっ!?」

 

体を斜め上に飛び上がらせる。

それと同時に、自分の右上の方向からビリッと嫌な音が聞こえた。

 

「あっ、ヤベッ」

 

慌てて地図を自分の目の前に持っていく。

案の定、地図の左部分が、折れ目に沿って半分程度破けていた。

 

「あ、ごごご、ごめんなさい!」

 

慌てて小さな女の子が頭をぺこぺこと下げてくる。

この状況を他人に見られれば、誤解されかねないので、慌てて必死に謝る女の子に手をブンブンと振りながら「大丈夫だから」と言った。

 

すると女の子は少し落ち着きを取り戻したのか、涙目になりながらも、頭を下げることを止めた。

ルートはその女の子と同じ目線になるように腰を下げて、質問した。

 

「なにかようかな?」

 

すると女の子は、ルートの手を握り、こっちに来てとでも言うように引っ張ってきた。

ルートはそれに従うように、裏路地の外へ出た。

 

「あ~はいはい。成程ね」

 

外に出て、右に少し曲がったところの木を見た途端、ルートは何が起きていたのかを理解した。

そこには、ついさっき路地裏に入る前に遊んでいた子供たちが群がっており、木登りをしようとするも、上手くいかない様子が見て取れた。

勿論、木の上には、誰かが誤って力を入れ過ぎたのか、子供たちの手では到底届かない様な場所にボールは引っ掛かっていた。

 

「あれを取れば良いんだね?」

 

そう言うと、女の子はコクコクと首を縦に動かす。

 

「分かった。……お~い、そこの子供たち、危ないから木に登らない!」

 

すると、木の周りに群がっていた子供たちは、目線を木から後ろに居るルートの方へ。

肩車をしていた男の子二人はビクッと体を震わせて、こっちへと向いた。

怖がらせちゃったかなと頬を掻くも、別に何もしないとでも言うように両手を上げ、ジェスチャーを送りながら近づく。

子供たちは、ジェスチャーの意味が伝わったのかは分からないが、すこしだけ安心したような表情を出していた。

……否、どちらかと言うと、子供たちの警戒心のオーラが消えた様な気がした。

 

「こういうのは、大人とか、おにいさんとか、そういう人に頼めばいいんだって」

 

言い聞かせるようにそう言って、少しばかり幹の太い木に足を掛け、するすると昇る。

ルート自信、こういうのは昔から得意なので、なんとも思わない。

ものの数秒もかからず、ボールの近くまで上り詰め、ぐいと手を伸ばす。

 

が、なかなかうまく届かない。

 

(……結構面倒な所にあるな)

 

仕方がないと頭に言い聞かせ、足を細い枝の方に乗せ、そろりそろりと進んでいく。

 

(あと……少し!)

 

厳しい体制のなか、必死に右腕を伸ばし……

 

木の上に引っ掛かっていたボールを、ガシッと掴んだ。

 

「よし、取っうぉ!?」

 

急に足場となっていた枝が、ボキリと嫌な音を立てて、ルートは重力に従うように下へと落ちていった。

ああ、ボールを取った喜びで足に力を入れ過ぎたなと思いつつ、そのまま落下していく。

まぁこういう状況はよくあることだと自分に言い聞かせ、馴れた様子で、地面に足が付くようにバランスを取って、そのまま着地。

少しばかり高い距離から落ちたため、足の骨にジ~ンと、なんとも言えないような痛みが広がっていった。

 

「はい、このボールだよね」

 

そう言って、呆気にとられた様子の女の子に、ボールをポンと手渡しする。

女の子はハッと気づいたように、体をピクリと動かし、無言だが、丁寧にお礼を返してきた。

 

その様子をニコニコと見ていると、後ろからぐいと、誰かが服を引っ張ってきた。

今度はなんだと後ろを振り返ると、今度はぶっすとした表情をした男の子が、片方の手でぐいぐいと服を引っ張っていた。

 

「今度は何かな?」

 

女の子に接する時と同じように、姿勢を低くし、男の子との顔と同じくらいの高さで話しかける。

男の子は未だぶっすとした様子だったが……意を決したのか、ルートの顔を見て照れくさそうに言う。

 

「あのボール、俺のなんだ。取ってくれたおれいに、いいこと教えてあげるよ。ねーちゃん」

 

ねーちゃんじゃないんだがなと咄嗟に口を開こうとするも、その言葉は、男の子が次に発した言葉によって、喉元からは全く別のものへと変換されて出てきた。

 

「このちず、全部はんたいだぜ」

 

「ブッ!」

 

思わず口を抑えて、予想だにしていなかった言葉に吹き出してしまう。

片方の手に、地図の紙をぐいと押しつけられ、そのまま取り返したボールでキャッキャと遊んでいる子供たちの方へとかけていく。

 

「マジかよ……」

 

慌てて地図を開き、まったく逆の事を書いている事に絶望する。

 

「ちなみに!太陽は東から昇って西に沈むんだぜ!」

 

男の子が最後に放った言葉は、ルートの耳にしっかり届き、残っていった。

 

 

「……ふぁ~……暇ね……」

 

北に位置する公園のベンチに腰掛けながら、クランは呑気に伸びをしていた。

あまりにも暇なため、北の商店街のスウィーツを食べ歩きしながら、暇な一日を有意義に遊びとして使っていった。

だがしかし、もう粗方そこらへんの店は見たり食べたりとして回ったので、完全にする事が無くなったクランは、仕方がなしと公園に向かって、そこらへんにあった椅子に腰かけたのだ。

 

だが、公園に行って椅子に腰かけたと言えど、それで暇が潰れるわけでもない。クラン自信、どうしてこうなったのかは分からないが、まぁ目的に一歩早く近づけたのなら、それはそれで好都合というふうに、状況をいち早く整理していたのだった。

 

(今更あの将軍にぐちぐちと言葉を吐いたって、なにも変わらないのも事実だし)

 

ふと、公園に建てられてある時計塔を見れば、遠目からではあるが、時刻は午後5時の時間帯を示していた。

集合する時間には少しばかり早すぎる気もするが、どうせここで時間をつぶそうとしたって、暇と思う時間が増えてかえってストレスがたまるだけだ。それだったらいっそ、集合場所に行ってからいつまでたっても来ないルートをいじる計画を立てていた方がまだマシだと判断し、椅子から腰を浮かせた。

 

と、そこで貴族らしい少女が、クランの視界に入りこんできた。

 

少し遠いため、詳しくは見れないが、金髪で癖っ毛のある少女である。特徴から言えば、クランと少々似ているかもしれない。

近くには、大量の荷物を運んでいる護衛人が居た。

 

「ふぅん……あんな子も居るのね」

 

そう言ってクランは、口元を妖しげに歪めた。

……彼女には、嘘が見える。それが小さな事であっても、大きなことであっても、嘘に値する事であれば、なんでも見透かせるのだ。

それが嘘をかぶった『仮面』であっても。

 

別にこの商店街で、大量の荷物を運んでいる付き添い人や、買い物をしている貴族など、今日は散々みてきた。

ただ、クランの目に留まった彼女。彼女だけは、一般人の域を越した嘘が、酷く淀んだ状態で見えたのだ。

 

一体どんな嘘をついているのかは分からない。だが、それでも結構な嘘をついている事は容易に分かった。

 

「……あれ、あの子……」

 

物珍しそうにその少女を眺めていると、ふと自然に、その後方から出てきた、大量の荷物を持った少年が目に映る。どこかであった事があるようなと頭を捻らせ、ああ、あの時兵舎から追い返されていた少年かと、理解したように軽く握った手を、もう片方の手の平の上にポンと乗せた。

 

「……さて、少し時間に余裕があるけど、帰ろうかな」

 

そう独り言をつぶやいて、気がつけばまた座っていた椅子からもう一度腰を浮かし、そのまま南方向へと足を進めていった。

 

そこで、足をピタリと動かすのを止める。

 

(そう言えば、ルートに東と西の方向を逆にして教えていたわね……)

 

独自行動を行う前に、クランはルートに放った言葉を思い出していた。

しかし、まぁなんとかなるでしょ。と頭の中で結論づけ、そのまま高揚した気分のなか足を進めていく。

 

(早くアイツのがっかりする顔が見てみたいなぁ)

 

心なしか、彼女の足取りは、とても軽そうに見えた。

 

 

「……おいズレータ」

 

「ぐがーっぐごーっぐがーっ」

 

完全に闇が町を飲みつくしたこの帝都。その中央の噴水場の長椅子に、これでもかと大音量のいびきを響かせている少年に、長い銀色の髪をした少年が、可愛らしいその目をジトッとさせながら、その近所から見たら迷惑極まりない少年を見下していた。

 

「……はぁぁぁ……」

 

長い銀色の髪をした、可愛しい少年……ルートは、額を手で押さえながら、呆れるように息を大きく吐く。

対して、噴水場の長椅子に、まるでアニメのような鼻ちょうちんを今にでも出しそうなくらいに大きいないびきをかいている少年は、未だにぐーすかと、決して安らかでは無い寝息を立てていた。

 

「起きやがれ!!」

 

「ごふう!!」

 

寝ていた少年から珍妙な声が上がってくる。

ルートは、呑気にぐーすか寝ている少年、ズレータの様子に腹を立てて、全力で長椅子の下を蹴飛ばしてやった。

勢いよく蹴られた長椅子は、見事半回転し、そのままズレータの体を背中から落としていった。

ゴン、と、鈍い音が前方から聞こえた。

 

「痛ってェ……誰だよ……」

 

背中をさすりながら、若干涙目になりながらも体を上げてくるズレータ。ルートは、それにこたえるように、ズレータの前で腕を組み、頬をぴくつかせながら、腹の底から響くような怒りの声を上げた。

 

「休憩しろとは言っていないが、熟睡しても良いとは言ってないんだけどな」

 

「……げっ、ルートじゃねぇか……」

 

と、分が悪そうな声を上げてくるズレータ。

いつから眠っていたのだろうか。彼の髪型は、寝癖の跡が残っており、目やにを落としているのか、ゴシゴシと目をこすっていた。

ルートは腕を組んだ状態から、ズレータに質問する。

 

「一体いつから寝ていたんだ」

 

「うっ……」

 

問い詰めるようにじりじりと、一歩ずつ足を前に歩めていくと、ズレータもまた、ずるずると這いずるかのように、少しずつ後退していく。

背中に噴水の石造りの壁がある事に気づいたのか、ズレータは諦めたように口を開いた。

 

「……お前らが来る二時間前くらいだよ」

 

「嘘ね」

 

後ろからいきなり声がかけられたため、ルートはビクリと体を震わせた。

恐る恐ると後ろを振り向く。

 

「クラン……」

 

後ろには、クランが口角を上にあげた様子で、ズレータをゲスい目で見ていた。

クランは、ルートの声を無視するように、ズレータの前まで歩き、折角の可愛らしい顔が大無しになる程度にまで顔を歪ませて、にこやか(ルートから見たらゲス顔)な笑顔を向けてズレータに言った。

 

「ほら、本当は何時から寝ていたのか、早くゲロッちゃいなさいよ」

 

流石に相手が悪いと判断したのか、ズレータは、口をごもごもと動かしながらも、喉から震えるような声を出して答えた。

 

「ご、五時間くらい前……」

 

近くにあった時計を指差しながら、ズレータは言う。

ルートは、ああ、やっぱりかとでも言うように、呆れた様子で頭をゆっくりと横に振った。

対してクランは、邪悪な笑みはもうすでに消え失せ、変わりに普通の笑顔が彼女の顔を飾っていた。

 

「じゃあ夜間警備確定ね」

 

……言っている事は、あまりにも残酷な内容だったが。

 

「ク、クラン様!どうかお慈悲を!」

 

と、ズレータが頭を地面にこすりつけながら、必死に慈悲を懇願してくるが、クランはそれを軽く一蹴して、今度はルートの方に向き直った。

 

「ルート。貴方も西の方角の探索、終わってないでしょ?」

 

ビクッと、魚が跳ねるように反応するルート。それをクランは肯定と受け取ったのか、ズレータに向けた時と同じような笑顔で残酷な閻魔の宣言を下した。

 

「じゃ、西側の夜間警備、二人でよろしく~」

 

そう言ってクランは、あははと笑いながらこの場を去ろうとする。ズレータは、仲間が居てくれてありがたいという目でルートを。対してルートは、なんで俺がと頭を抱え込んで落ち込んでいた。

 

後方から、クランの無邪気で明るい声が響いてくる。

 

「ちなみに、太陽は東から昇って西に沈むのよ~」

 

ルートは、去っていく少女をキッと睨んで、「お前の仕業かぁぁあ!!」と、近所迷惑になるくらいの大きな叫び声を上げる。

ズレータは、その二人の様子を、ニコニコとした様子で眺めていた。

 

 

「いや~本当に助かった!ありがとうな!ルート!!」

 

夜の街灯が、街をゆらゆらと照らし、その薄暗い空間の中を堂々と歩く二人。

一人は両手を上げながら、ヘラヘラとした様子で、隣に居る少年の背中をバンバンと叩く。

対して、もう一人の少年は、怒りで背中をわなわなと震わせ、背中を叩かれた少年の手をバッとどかし、機嫌が悪そうにその足を進めていた。

 

「クッソ、クランの奴め……分かってて、俺に嘘ついたんだな……」

 

そう言ってルートは、新しく交換された地図を両手に広げ、その両端をグシャリと握り潰す。

それを見かねたのか、ズレータは、ルートを慰めるように言葉をこぼした。

 

「……まぁ、今回はアイツも悪いと思うぜ。俺が謝っておくように言っておくから、今日は我慢しなって」

 

「その顔が完全に笑ってるから説得力皆無なんだが」

 

二ヤけ顔のズレータの説得力がない発言を、毒を吐くように一蹴するルート。ズレータは、「おお、怖い怖い」と呟いて、ルートから少しだけ距離を取った。

 

ルート達は今、西側の豪勢な住宅が集まる道を歩んでいた。

アーツェ将軍曰く、どうやら最近、ここ周辺で大富豪や、政治を行う重役が殺害される事件が起きており、西側の警備は、今すぐにでも増援が欲しいとの要望が多数寄せつけられているようだった。

 

しばし無言が続く中、じれったいと思ったのか、ズレータがあくびをしながら口を開く。

 

「まったく。こんな所にナイトレイドなんて出るのかねぇ……」

 

ふぁぁと、大きな口を開けながら言うズレータの言葉を、ルートは頭の中で復唱していた。

 

『ナイトレイド』

 

(帝都を震え上がらせている殺し屋集団さ。名前の通り、夜中に夜襲を仕掛けてきて、帝都の重役人や、裕福層の人間達が次々と殺されている。元将軍のナジェンダ、帝都の暗殺者だったアカメ、百人斬りの異名を持つブラート、もう一人、昔殺し屋を一人でやっていたシェーレが、現在指名手配中だ)

 

そう言って、指名手配のビラを俺たちに見せてくるアーツェ将軍の顔を、ルートは思い出した。

 

「確か、ナジェンダ、アカメ、ブラート、シェーレだったよな。今指名手配されてる奴」

 

アーツェ将軍の言葉を思い出し、ナイトレイドのメンバーの名前を口ずさむ。

ズレータは、そうそうとでも言うように、ルートを指差して口を開いた。

 

「そう。そいつらさ」

 

そしてズレータは、少しのだけ間を置き、そしてすぐにまた言葉を続けた。

 

「もう警備してからすでに一時間たってるんだぜ?流石にもう来ないだろ」

 

そう言って、ズレータは腕に装着されている時計を見る。

 

針は、深夜0時を示していた。

ルートは、呆れるようにズレータの言葉を否定した。

 

「相手が寝つけた時間帯に襲いかかって来るから夜襲なんだろうが」

 

やれやれという様子で、ルートは眠たげな双眸を上に持ち上げ、上空を眺める。

 

今日の夜は天気の調子が良いのか、数々の小さいゴマのように散りばめられた星が、爛々と紺色の夜空を輝かせていた。

 

―――と、視界から五つの黒い影が、スッとルートの上空を通って行く。

 

「……?」

 

ルートは、最初は何かの見間違いかと首をかしげたが、警告を意味するかのようなゾッとした寒気が、ルートの背中をぬっと撫でていった。

 

「ッ―――!」

 

慌ててルートはかけだした。

黒い影が進んで行った、反対の方角に。

 

「あ、おい、いきなり何処に行くんだ!?」

 

後方からは、かすかにズレータの叫ぶ声が、ルートの耳を通って行った。

 

この暗闇の歴史がまた一つ、カチリと歯車を動かしていく。

 

 

「あらら……見つかったかも」

 

「まったく……レオーネが遅いからよ。……って、シェーレまた居ないじゃない」

 

「ごめんって。良い人材を見つけたんだから、それで許してくれよ」

 

「だが、見つかったら見つかったで危険だな。少し遠回りしてから帰るか?」

 

糸の橋を相当なスピードで駆けていく中、黒色の長い髪をした赤い目の少女は、何一つ動揺を見せず、今この場に居る全員に言い渡した。

 

「このまま全速力でアジトまで帰還する」

 

それを聞いた四人は、誰一つ文句を言わず力強く呟いた。

 

「「「「了解」」」」




まぁ……早い方かな。うん


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