レンズ越しのセイレーン【完】 (あんだるしあ(活動終了))
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Ready0 エレクトラ

 歌っては、くれなかった


 一つの墓石の前に、花を供え、祈りを捧げる。墓参りとしては当然の作業。だが彼女はこの行為に意味がないことを知っている。

 何故なら墓の下で眠るべき叔父は死体を残さず死んだからだ。この白い十字架は叔父がせめてこの世に生きて死んだと世間に向けて発信する意味合いしか持たない。

 

 隣で同じくしていた父もまた、娘以上にそれを理解している。それでも父はここに娘を連れて毎年来る。

 

 娘は持ってきていた三脚を手早く組み立て、カメラをセットした。シャッターは連写に設定。三脚ごとカメラを運び、ちょうど自分と父、両方が納まる位置に三脚を据え付ける。メガネを外してファインダーを覗く。うん、ばっちり。

 

 メガネをかけ直した娘は父の前まで戻って、父と真正面から向き合った。

 

「こんな時まで写真か。悪趣味だぞ」

「とーさまほどじゃない。それに記録は大事だってアルおじさまもバランおじさまも言った」

「残しておいて辛くならないか」

「ならない。なっても、ワタシはやるべきことを見失わない。絶対に歴史を変えて、世界を創ってみせる」

 

 娘は父の手を両手で持ち上げて握る。父の両手には黒い手袋。手袋の下の皮膚がもっと黒いと娘は知っている。

 手だけではなく、父は体中が黒いモノで侵されている。それは父自身の若い頃の無茶の代償で、娘を鍛えるために引き受けさせてしまった余分な苦痛だ。

 

「――ユティみたいな強い娘を持って、父さんは幸せ者だ」

「うん、知ってる」

 

 

 利用するために産んだのは知っていた。母が幼い頃に出ていった日からずっと。

 愛で縛り、愛で利用する。

 父は最大の愛情を注いで娘を決して裏切らない兵器に仕立て上げた。

 

 

 父は娘の手を離させ、娘と距離を取る。その上で、娘の手の平に銀の懐中時計を落とした。

 

「もう行きなさい。――あいつを、頼む」

 

 娘は無言で肯き、ポケットから時計を出した。銀色のフォルムに青い蝶の飾りが特徴的な懐中時計。

 

 娘は二つの時計を掲げる。炸裂する光、時計の中にいるような空間で、青い歯車がいくつも彼女の体に入り込み、彼女を変異させる。

 

 

 

 直後、父だった男の胸を、娘だった少女の槍が貫いた。

 

 

 

 娘は父の胸に頭を押しつける。ぐりぐりと、駄々のように。そして、天まで貫きかねない絶叫を上げた。

 声など潰れろといわんばかりの、親を喪失した子の、悲鳴だった。

 

 

 ふいに、暖かいものが彼女の背中に回る。父の腕だ。

 

「よく…できたな…父さんは、お前を誇りに、っ、思うよ…」

「とー、さま」

 

 父に体を押されて槍が抜ける。穂先には禍々しい黒の歯車と、白金に輝く歯車の集合体。

 

 時歪の因子(タイムファクター)

 カナンの道標。

 

 娘はぐいぐいと涙を無理に拭き、セットしていたカメラと三脚を回収した。

 

「じゃあな、ユティ。さよならだ」

「うん。さよなら、とーさま」

 

 父が血だまりに倒れていく。地面にぶつかることはなかった。

 ぶつかる前に、世界がひび割れて、崩れ落ちた。

 

 

 こうして一人の少女が、正史世界へと旅立った。

 




 初めまして。暁では木崎名義で活動しております、あんだるしあと申します。
 新しい顧客?開拓を狙ってこちらにもマルチ投稿させていただきました。
 オリ主ありの再構成という、作者の技術が果たして追いつくのか甚だ疑問な本作ですが、全力を尽くしますので、なにとぞよろしくお可愛がりください。

【エレクトラ】
①ミュケナイの王女。実父アガメムノンを実母クリュタイムネストラとその情人に殺される。成人後、弟と共に帰国し、実母と情人を殺す。
②エレクトラコンプレックスの語源。女子の無意識の父親への愛着を指す。


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Mission(本編)
Mission1 カッサンドラ(1)


 これがとーさまの守りたかったひと


 ざわ、ざわ、ざわ。

 ユティは気づけば人が行き交うストリートに立っていた。

 

 ユティはストリートの端に避けると、旧型GHSと懐中時計を出して日付と時刻を確認した。午前10時まであと40分。前準備はさせてくれないらしい。せめて数日前に着けていたら根回しもできたのに。本当に融通の利かない力だ。

 

 ユティはカメラを首から下げ、三脚をケースに収納して肩から担ぎ、トリグラフ中央駅に歩き出した。もちろん、街並みや通行人、見たことのない建造物、何より人工的とはいえ植物があれば、しっかり撮影しながら。

 おかげでトリグラフ中央駅に到着したのは発車10分前だったのだが、ユティはこれっぽっちも後悔していない。

 

 

 

 ルドガー・ウィル・クルスニクは駅の食堂勤務のしがない20歳青年である。しかもその駅の食堂に勤め始めるのが今日からと来ている。

 途上で会った白衣の少年を駅に案内したり、たまたまクランスピア社社長のビズリー・カルシ・バクーの登場を野次馬してしまったりで多少のロスはあったが、遅刻はせず、駅員に挨拶していざ職務に就こうという時だった。

 

 謎の少女がルドガーに痴漢の濡れ衣を着せたのは。

 

 今日から同僚の駅員たちに凄まれるわ、利用客から白眼視されるわ。社会デビュー初日で落伍者の烙印を押してくれかねない偽証をしでかした少女を捕まえてやりたくとも、少女はさっさと列車に乗り込んでしまった。待て、世の人はそれを無賃乗車と言う。

 

 押し問答を中断したのは、爆音だった。

 

「アルクノアだー!」

 

 悲鳴が銃撃と混じり合う。ルドガーはとっさに床に伏せた。硝煙のにおい。戦場のにおいだ。

 

 はっと顔を上げる。あの少女は列車に乗っていった。案内した白衣の少年も列車に乗っている。

 

 テロリストたちは列車に次々と乗り込んでいく。いや、乗り込む兵士とは別に、内部に伏兵がいるかもしれない。そうだとすると――あの二人が危ない。

 

 ルドガーは立ち上がると、改札を飛び越え、列車のドアに滑り込んだ。

 

 

 

 広がっていた凄惨たる光景に、さすがのルドガーも竦んだ。

 乗客は皆殺し。車両には血と硝煙のにおいが充満している。あんな短時間で大勢の客を仕留められるはずがない。やはり車内に伏兵がいたのだ。

 

 考えながら進んでいると、不意打ちに、足元から猫の鳴き声が上がった。

 

「ルル? お前、こんなとこで何してんだ」

 

 ルドガーは飼い猫を認めてしゃがみ込んだ。気まぐれであちこち練り歩く猫だが、こんな危険な場所に乗り込むような気質ではない。

 

 ルルが示したのは、先ほどの少女だった。正直、痴漢疑惑で腸は煮えくり返っているが、こんな状態で怒るわけにもいかない。

 抱き起こす。ころん。弾丸が真鍮の懐中時計の上から落ちた。これが盾になって彼女を守ったのだろう。

 そっと時計に触れる――次の瞬間、時計は淡く光って消失した。

 

「え、はぁ!?」

 

 あたふたする。これはルドガーの責任になるのか。すると、ルドガーの声に反応した少女が目を開けた。

 

「パ、パ…」

 

 少女が翠の目をこすりながら起き上がる。外傷はないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「あっ…」

「!」

 

 少女の視線の先にはアルクノア。ルドガーはとっさに少女を押し倒して床に伏せた。

 炸裂する銃声。

 見逃してくれるか? 否、相手は乗客を皆殺しにするテロリストだ。自ら道を切り開かねば死ぬのはこちら。

 覚悟を決めたルドガーは徒手空拳で座席の陰から飛び出そうとした。

 

「動かないでね」

 

 ―― 一羽の蝶がいくさ場に舞い込んだ。

 

 蝶はショートスピアを構えてアルクノア兵をいなす。座席を軽業のように翔ぶ蝶はマシンガンでさえ捉えきれない。

 やがて蝶はアルクノア兵の肩に降り立ち、2回3回とステップして飛び降り、背後から体勢を崩したアルクノア兵を一突きにした。

 

(何てトリッキーな戦い方だ。俺の知ってる剣術と全然違う)

 

 ルドガーがユリウスから受けたのはあくまで双剣を使った模範的な剣術だ。だが彼女の技は異なる。武器さえも体の一部のように使って敵を倒した。

 

 こつこつ。ブーツが鳴る音が近づいてくる。自分たちに用があるのか。それとも過ぎ去るのか。

 答えは前者だった。しかもかなり剣呑な用だった。

 ルドガーは少女を抱えたまま、慎重に彼女をふり仰いだ。

 

「今すぐ列車から、その子と一緒に降りてください。でないとアナタ、近い将来死ぬしかなくなります」




 一番苦労したのはオリ主の名前でした。父に当たるキャラに似せてかつ女の子らしく、略称があって本名に意識が行きにくい。そして考え付いたのが「ユースティア」でした。
 しかしタイトル決め中にギリシャ神話で「ユースティティア」という正義の女神がいると知って改名すべきか大苦悩しました。
 ルドガーの口調は作者のイメージというか、話の流れに合わせて作っています。
 あとはノヴァ・ヴェル姉妹のミドル・ファミリーネームは完全なる捏造です。

※ 2013/4/26
 公式設定資料集を先日購入しました。ヴェルの本名が分かりましたので改訂します。活動報告に詳細を載せましたので、お手数ですが気になる方はご覧ください。


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Mission1 カッサンドラ(2)

 早くこの人から離れたい


 たった今アルクノアから自分たちを救った少女が、今度はその槍をルドガーに突きつけている。

 新たな命の危機だというのに、ルドガーは別のことに心奪われていた。

 

(兄さん、に、そっくりだ)

 

 メガネ着用、髪の色はもちろん。少女は、かつてユリウスが剣の手ほどきをしてくれた時と同じ空気をまとっていた。

 

「もう一度言いますよ。今すぐ列車から降りて。その子と一緒に。でないとアナタ、死ぬわよ」

 

 やけに確信的な言い方に、さすがのルドガーも先のデジャビュは忘れて言い返す。

 

「それはあんたもじゃないか。あんた、アルクノアじゃないんだろう。武器は持ってるみたいだけど、一人でテロリスト全員相手にするなんて無理がある。俺の身を心配してくれるのはありがたいが、あんたも自分の安全を考えたらどうだ」

「――、乗ってたら死ぬって言ったんですよ? 怖くないんですか?」

「無駄に度胸だけはあるほうなんで」

 

 でなければ、栄誉もエレンピオス一だが就業死亡率もエレンピオス一のクランスピア社のエージェント選抜試験など受けられない。

 

「じゃあアナタは望んでこの死地に乗り込んだの? 自殺願望? 新手のドM?」

「どっちもないから。ただ、そこの女の子とか、駅まで案内した奴とか、この中で大変な目に遭ってるかもしれないと思うと、居ても立ってもいらんなくて。それだけだ」

 

 すると少女は頭痛を堪えるような表情をした。

 

「……想定外……巻き込まれたなんてものじゃなくて、首を突っ込むタイプだなんて……とーさま、目算甘すぎ」

 

 言い返すべきか、少女のアクションを待つべきか。

 ルドガーが悩んでいると列車が大きく揺れた。発車したのだ。これでいよいよルドガーも少女も逃げられない。

 

「……状況失敗」

 

 少女はあっさりショートスピアを降ろした。ルドガーが襲いかかるとは露ほども考えていない様子だ。実際襲う気もないが。

 

「アナタの言うとおり、ワタシはアルクノアじゃない。ちょっと腕の立つ民間人。見たとこアナタもそうみたいだから、このデッドダイヤから脱け出すまでは協力しない?」

「……分かった。よろしく頼む」

「即答? ワタシ、アナタに槍向けたのよ」

「でも殺す気はなかったし、助けられた。俺はルドガー。よろしく」

「その優しさが命取り、なんて今時いるのね……ユティです。よろしくお願いします」

 

 ルドガーはユティと握手した。小さな手だ。だからこそ武器もショートスピアという軽量型なのだろう。

 ユティはルドガーと手を外すと、ふいに首から提げたカメラを構え、ルドガーに向けてシャッターを切った。フラッシュにたたらを踏む。

 

「いきなり何するんだ」

「『お人好し社会人一年生が列車テロに巻き込まれた人生最悪の日』なんてどうでしょう」

「お前な……っ」

 

 この状況で写真を平然と撮るな。そして人をイラッとさせるタイトルをつけるな。

 だが、反論には至らなかった。通路に再びアルクノア兵。ユティがショートスピアを構える。だが、ルドガーには武器がない――!

 

「これ使って!」

 

 座席に隠れていた少女が投げてよこしたのは、双剣。受け取ったそれはしっくりと手に吸いついた。練習用に使っていた模造刀でさえ、これほどなじむまい。

 

 アルクノア兵がマシンガンを連射する。ルドガーもユティも避ける。

 ルドガーはアルクノア兵に肉薄し、懐に入ってマシンガンを叩き落とした。それでも体術で挑んでくるアルクノア兵を、天井から狙う者がいる。

 蹴る音がして、降ってきたユティがショートスピアをアルクノア兵の肩に突き刺した。落下の勢いも借りた一突きは、兵士の腹部まで沈んでいた。

 とん。ユティが着地し、ショートスピアを抜く。肉がよじれる音がして、血まみれの槍身が現れた。

 

「どうやってあんな場所に立ったんだか」

「ワタシ、ただでさえちっこいし非力だから、勝とうと思ったら奇襲しかないのよね。コレはソレを極めた結果」

 

 しかし歓談の間にも次のアルクノア兵が現れる。いざ、と交戦に入ろうとした時――アルクノア兵が倒れた。

 

「あれ?」

 

 アルクノア兵を倒したのは、ルドガーが駅に案内した白衣の少年だった。

 

「お見事、Dr.マティス。今のがリーゼ・マクシアの武術ですか。警備の者にも習わせたいものだ」

 

 拍手しながら歩いてくるのは、何とビズリー・カルシ・バクーと、その秘書のヴェル・ルゥ・レイシィだった。

 

「同じ車両に乗り合わせててよかったです」

 

 次いでビズリーの目はルドガーに留まった。

 

「そちらもなかなかの腕をお持ちのようだ。私はクランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクー」

 

 ビズリーが大きな掌を差し出す。握手を求められている。あの巨大企業クランスピア社の社長に、兄が勤める会社のトップに!

 内心の歓声を抑えて、ルドガーは名乗りながら握手に応じた。

 

「ユリウスの身内か」

「本社のデータにありました。ルドガー様はユリウス室長の弟です。――母親は違うようですが」

 

 そこでフラッシュ音。ルドガーは内心の恨みを今度は包み隠さず後ろをふり返る。

 

「おーまーえーなー」

「そんな大物と握手できるチャンスなんてそうそうないですよ、無職のルドガー君。一生の宝物になる確率大デスヨ。生活困ったらお金にもなるしね」

「ぐっ」

「はははっ。面白いお嬢さんだ。友人かね」

「いいえ! たまたま乗り合わせただけの赤の他人です」

 

 ビズリーはユティにも握手を求めた。

 

「ユースティアです。ユースティア・レイシィ」

 

 ユティはビズリーと握手を交わした。あの小さな掌は、ビズリーの大きな手にすっぽり収まっている。ルドガーはここで初めてユティのフルネームを知った。

 

「奇遇だな。私の秘書もレイシィ姓だ。ルドガー君といい君といい、不思議と縁があるな」

 

 当のユティは何故かじっとヴェルを見つめ、ふいと逸らした。どこか痛そうな顔だった。

 

(双子なのにミドルネーム違うんだなってノヴァに言って、俺と兄さんみたいに兄弟でミドルネームまで同じほうが珍しいって言われたっけ。ユティはノヴァやヴェルの親戚なのか?)

 

「ルドガー、とりあえず、列車止めよう。このままだとみんな死ぬ。乗ってる人も、アスコルドの人も」

「そんなの困る!」

「そう。困るの」

「僕も行きます。――責任があるんです」

 

 名乗り出たのは白衣の少年。琥珀色の目は歳に似合わず鋭い。

 

「僕はジュード・マティス。よろしく、ルドガー、ユティ」




(1)から分割しました。


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Mission1 カッサンドラ(3)

 怒ったの、初めて見た


 先頭車両に着いた時、すでにそこは呻き声と銃声が交錯していた。

 この先にいる人物をユティは知っている。それでも逸る心を抑え、ジュードとルドガーの後ろに続いた。

 

 先頭車両のガラスドームスペース。テロリストの死体に囲まれて立つのは、ユリウス・ウィル・クルスニクだった。

 

「ルドガー、何故……」

 

 ユティの記憶よりずっと若い姿、張りのある声。声が出そうになって、ぐっと堪える。

 

「兄さんこそ、どうして!?」

「……仕事だよ」

 

 そう言われては詰問できないのか、ルドガーはユリウスから視線を外す。状況と兄への信頼とに揺れる翠色が痛々しい。

 

 そこに場違いな拍手が乱入してきた。

 

「私はいい部下を持った。さすがクラウンエージェント・ユリウス。仕事が早い」

「戯れはやめてください、社長」

 

 ビズリー、ヴェル。それにエルと猫も。

 

「しかしこんな優秀な弟がいたとは。大事に守ってきたんだな。優しい兄さんだ」

 

 ユリウスの蒼眸に烈火が宿った。ユティは目を奪われる。彼のこんなに峻烈な闘気をユティは知らない。

 

「――当然だろう!」

 

 ユリウスが渾身の力で揮った双剣を、しかしビズリーは紙一重で難なく躱かわしていく。

 ユリウスもやがて不利を悟ったか、バックステップで距離を離し、ポケットから二つの懐中時計を取り出した。真鍮と、銀。

 

「その時計……っ、あれ?」

 

 エルが踏み出した瞬間、エルの胸に輝く真鍮の時計が戻る。

 

(『鍵』が触れたものなら正史に持ち込める。でも同時には存在できないから、融合?)

 

 ユティは壁際に退避するとカメラを構えた。

 

 ユリウスの手から弾かれた真鍮の時計が宙に舞い、エルの真鍮の時計と重なり、一つになる。

 

 レンズ設定を手動に。ユティはシャッターを連続で切り、その瞬間を納めきった。

 その直後にルドガーがエルの手を引いて逃げようとする。シャッターはまだ続いている。

 

 真鍮の時計の光が、エルを通してルドガーに波及した瞬間も、ルドガーが山吹色の骸殻をまとう姿も、撮れていた。

 

 

 ルドガーたちが消えた。正確に述べると、ルドガー、エル、ジュード、猫が先頭車両から姿を消した。

 

(分史世界に飛んだ。エル・メル・マータを通した契約とは聞いてたけど、こんなふうだったのね)

 

 この場にルドガーがいない以上、これでユティにできることはなくなってしまった。

 

(いいえ。全くないわけじゃあない、わよね)

 

 残るメンバーを見る。ユリウス、ビズリー、ヴェル。ヴェルはビズリーが連れて脱出するだろう。上司として雇用主としてあの男には当然な流れ。となれば。

 

 ユティはユリウスに駆け寄り、手首を掴んで。

 

 ばびゅーん!!!!

 

 走り出した。

 残されたのは軽い埃と、珍しくポカンとする女秘書と、笑いを堪える偉丈夫だけだった。

 

 

 

 階段を飛び越え、車両を次々と通り抜けて後方車両に向かう。

 

「ちょっと――待て!」

 

 手を振り解かれた。ユティはユリウスをふり返る。ユリウスは息ひとつ乱していない。クラウンエージェントの肩書きはダテではないらしい。

 

「君は一体何なんだ。ルドガーの友人には見えないし、Dr.マティスの関係者でもなさそうだし」

「どっちもハズレ。ルドガーもジュードもたまたま乗り合わせただけの――他人」

「記者のたぐいか? さっき撮った写真をどうする気だ」

「どうもしない。残して、届けるの。とーさまに」

 

 鋭さの抜けないユリウスの蒼。ユティはその眼光を遮るようにカメラをユリウスとの間に挟んだ。ファインダー越しはまだプレッシャーが少ない。シャッターを1回切った。

 

「……何のつもりだ」

「初対面で全然信用してくれない男の図」

 

 くす、とユティは笑った。この写真を見た人物がどう思うかという未来を想像してであって、決してユリウスを小馬鹿にしてではない。

 ユリウスもその行動に毒気を抜かれてか、大きくため息をついた。

 

「このままだと、アナタ、指名手配される」

「は?」

「列車テロの首謀者として。そしたら弟くんも重要参考人になる。そんな時に身柄を保護してやるから働けって言われたら飛びついちゃわない? これで弟くん捕獲作戦、大成功。弟くんを大事に守ろうとするお兄ちゃんの動きも封じられて一石二鳥。弟くんにはオプションで『蝶』も付いてくるから一石三鳥かしら、ね」

「どうしてルドガーを」

「心当たり、あるでしょ」

 

 ユティの指がユリウスのベストの左ポケットを軽くつつく。ユリウスが表情を変えた。先ほどユティを尋問した時の百倍恐ろしい形相だ。

 

「だから、逃げたほうがいい。今の内に遠くまで。クランスピア社が総力挙げて濡れ衣着せに来るんだもん。勝ち目、薄い」

「何故君はそこまで知っているんだ」

 

 直後、ユティの首に双剣の内一本が当てられた。久しぶりの感触だ。鍛練中、負けるたびに首筋には刃が当てられた。だから怖いとは感じない。彼はユティを傷つけない。

 

「ルドガーのことといい会社のことといい、君はクルスニクについて知りすぎている。君は何者だ」

 

 ユティは怖じず、胸ポケットに手を突っ込み、中からある物を取り出した。

 青い夜光蝶を蓋に刻印した、銀の懐中時計。ユティは時計を持つと、自らの殻を被って見せた。

 

「お仲間」

 

 白群色の閃光が晴れ、マリンブルーのクオーター骸殻をまとったユティを、ユリウスは呆然と見つめた。




 ちまちまギャグを挟まないとこの鬱ゲーは書けないと判明しました。
 もうオリ主が誰の子かはお分かりでしょうがとりあえずしばらくはこのまま進みます。
 まだまだただ流れをなぞるだけですが、Chapter2辺りでひっくり返します。
 オリ主の口調がこの時点では定まっていなかったというプチ悲劇。

2013/4/26 誤記を修正しました。


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Mission1 カッサンドラ(4)

 お人好しなとこは兄弟そっくりね


 ユティは骸殻を解く。必要以上に使いたくない。父がいない今、骸殻使用の負荷はユティ自身が受けなければならないのだ。

 

「とりあえずこの列車降りない? このままだと自爆テロで心中になっちゃう」

 

 ユティはショートスピアを床に叩きつけて槍身を収納し、三脚ケースに納めてから、後方車両に向けて歩き出した。

 

(もうそろそろかなり後ろの車両まで来ているはずだから――あった。連結器)

 

「何してるんだ」

「連結部分を切り離すの。そしたら自然に止まるから安全に降りられるってよくドラマでやってた」

 

 とは言うものの外し方が分からない。あちこち触りながら無表情で困っていると、ユリウスが双刀を抜いた。

 

「下がってろ」

 

 ユリウスが高速で双剣を揮った。斬と突の合わせ技。一瞬間後には、軽やかな音を立てて連結器が壊れていた。

 

「写真、撮ればよかった」

「地味に喜んでないで早くこっちに移れ」

 

 ユリウスが差し出す手に掴まってユティも後続車両に飛び移る。

 前の車両とどんどん距離が空いていく。ユティはカメラを構え、死のレールをひた走る車両に向けてシャッターを切った。

 

「何でもかんでも撮って。本当にどうするつもりなんだ」

「これはね、タイムマシンなの」

「タイムマシン?」

「そう。とーさまがいつかとーさまになった日に開いて、こんなことあったな、って笑ってもらうためのアルバム。楽しいこともちゃんとあったよってメッセージ」

 

 ユティはカメラを大事に大事に抱いて、ユリウスを見上げる。――本人に届けられるまでまだ道のりは遠い。

 

 

 

 慣性で走る車両が停まるのを待つ間に、ユティは本題を切り出した。

 

「ユリウス・ウィル・クルスニク。ワタシと手を組んでくれませんか?」

 

 訝るユリウスを笑い、ユティは客室に入る。客室にはアルクノアに殺された乗客の死体がゴロゴロ転がっている。その中でユティは血で汚れていない座席に座り、ユリウスを手招きした。

 ユリウスは間を置いたが、歩いてきてユティの正面に座った。

 

「見ての通り、ワタシも骸殻能力者。でもワタシは自分が非力だってよーく知ってる。きっとカナンの地に至るまでもなく脱落しちゃう。だからね、クラウンと謳われるエージェント・ユリウスの助けがほしいの」

「それは個人的なお願い事か? それともクランスピア社エージェントへの依頼か?」

「どっちでもいいよ。助けてくれるなら。――交換利益として、ワタシはアナタの弟くんを助ける。そばにいられないアナタに弟くんの状況を報告する。何なら写真付きで」

「答える前に一つ聞く。ユティといったか。君はカナンの地に行く意思があるのか?」

「ない」

 

 迷いなく即答した。

 もちろんユティにはやりたいことがたくさんある。新しいフィルムが欲しいだとか、人工でない食材の料理を食べたいとか、海を見たいとか。物欲もりもりだ。だが、そんなちゃちな願い事をカナンの地で叶えては大精霊オリジンも泣くに泣けまい。

 

「なら、何故この審判に参加するんだ?」

「目的はあるけど、それはカナンの地に入るんじゃない。強いて言うなら、カナンの地を目指す上で避けて通れないモノ。それに出会うのがワタシの目的――ユースティアの生まれた理由」

 

 ユリウスは口元を隠して長考に入った。信用に値するか、受諾したとしてメリットはあるか、時折ユティを窺いながら計算しているのが手に取るように分かる。

 

「――いいだろう。その契約、受けた」

 

 よし――ユティは内心で大きく安堵した。ここで全盛期のユリウスに敵対されれば、ユティの目的達成はひどく困難なものになっていただろう。

 

 

 

 契約受諾の返事を最後に、ユリウスはユティと口を利かなかった。列車のスピードが緩やかになり、自然停車するまでにやっておきたいことがある。

 

 GHSを取り出してキーを高速で叩く。分史世界観測装置「クドラクの爪」から、分史世界の座標分析データをハッキングするのだ。

 

 開発者こそ別だが、装置は分史対策室の所管だった。室長のユリウスが侵入するのは容易い。これでしばらくはクランスピア側の道標探索を遅らせられる。操作ログにユリウスの痕跡が残るが、その程度なら構うまい。

 

 作業を終えてふと前を見ると、こちらを見ていたユティと目が合った。

 

「……まさかずっと見ていたのか?」

「見てた」

「楽しかったか?」

「退屈だった」

「なら見なければよかったのに」

「見ていたかったの」

 

 声のトーンが変わった。

 

「すぐそばで見ていたいって思ったの」

 

 今までのズレた返しとは異なる、真摯な声。赤ん坊のような蒼いまなざしがユリウスを射抜く。

 

「……そういう台詞は惚れた相手にでも言いなさい」

「言っちゃいけなかった?」

「俺個人としては、な」

 

 

 ――列車から二人が降りて、線路の上を最寄り駅目指して歩く間、会話はなかった。

 ユティは夜景や線路の写真を撮りまくっていたので、撮影のたびに止まるユティを待った。かなりのタイムロスを強いられたはずなのに、ユリウスの心中は凪いでいた。

 

 

 小さな駅に着いてから、駅員の巡視を潜って改札を超える。駅前のこれまた小さなターミナルに出てから、ようよう彼らは口を開いた。

 

「ユリウスはこれからどうするの?」

「しばらくは身を潜める。それから探し物だ」

「ワーカホリック」

 

 金茶の巻き毛をわしゃわしゃとかき混ぜてやった。きゃー、と下から悲鳴が聞こえたが無視だ。

 

「そういう君は。宛てはあるのか」

「ルドガーたちの様子、見に行く。ルドガーにはこのあとまだ面倒事が待ってる。契約通りお助けします」

 

 面倒事――それはビズリーの前でルドガーが骸殻に変身したゆえに降りかかる艱難辛苦。

 返す返すも悔やまれる。もっと強く拒絶して、あの場から去らせていれば。ビズリーの挑発に乗って懐中時計を出さなければ――

 

 ずくん。

 思考を遮ったのは左腕の痛みだった。ユリウスは右手で左腕を押さえる。時歪の因子タイムファクター化が進んだ体は時折こうして痛む。

 

 前のめりになった体を、支える手があった。

 

「――んなさ――さま――」

 

 項垂れるユティの表情は窺えない。ユリウスは胸板に当てられたユティの手を自ら外した。

 

「もういい。大丈夫だ」

 

 口に出して自身に言い聞かせる。まだ大丈夫、時間はある。ルドガーがこちら側を知る前に終わらせる。

 

「もう行きなさい。――あいつを、頼む」

 

 ユティは項垂れたまま、それでも肯いた。

 ユリウスは踵を返して歩き出した。すると、数歩行ったところで、背後からシャッター音が聞こえた。

 顧みる。案の定、ユティがカメラを構え――憫笑していた。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 毎日当たり前にルドガーから聞いていた挨拶。しばらく聞けなくなる。

 挨拶だけではない。あいつの手料理やあいつのいる家。どれもこれからは遠すぎる。余人にはどうでもいいことでも、ユリウスには生命線を切断されたに等しかった。

 

 それでも自分がやらねば、誰がルドガーを守ってやれるという自負がある。

 ユリウスは背筋を正し、再びユティに背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「がんばってね――とーさま」

 

 呟きは夜風に溶けて消えた。




 今回ネタばらし回です。オリ主はユリウスの未来の娘でしたー(どんどんぱふぱふー)
 ルドガーの娘がありならユリウスの娘もありだろ! と変な方向に滾った結果がこれです。ご覧のザマだよ!
 よってルドガーは叔父、エルは従姉妹に当たります。その辺も書けるといいなあー(遠い目)
 ユリウスがオリ主の頭を掻き回すしぐさは、ルドガーとエルがクロノス初戦前にやったのへのオマージュです。これからもちまちまルドエルをなぞらせる行動があると思いますので、お暇な方は探してみてください(*^_^*)

【カッサンドラ】
 トロイアの王女。太陽神アポロンから予言の術を授かるも、アポロンを拒んだせいで「お前の予言は誰も信じない」という呪いをかけられた。
 トロイアの滅亡を予言するが、呪いのせいで誰にも信じてもらえなかった。


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Mission2 アステュダメイア(1)

 意外と騙されるものなのね


 ルドガーは現在、人生最大の窮地に立たされていた。

 

 ――いきさつは不明だがルドガーたちは列車から脱出できて、ケガも治療されたらしい。この治療した医者が曲者だった。

 クランスピア社医療部門エージェント、リドウ。ユリウスと同じエージェントとは思えない、けばけばしい紅を纏った男。

 リドウは、ジュードが電話でバーを出るや、治療費として法外な額を請求してきた。その額1500万ガルド! 一生働いても返せない額だ。

 

「エル、お金なんてもってない…」

 

 しおれたエルを、リドウは虫でも見るような目つきでソファーに叩きつけた。幼い悲鳴が上がる。

 

「稼ぐ気さえあれば金を作る手段なんかいくらでもあるんだよ。子供だろうが何だろうが」

 

 もう我慢できなかった。ルドガーは、エルを掴むリドウの腕に手を伸ばし――

 来店ベルとシャッター音が、同時にバーに響き渡った。

 

「『いたいけな幼女を恫喝するイケナイお医者様』。――生きてるー? ルドガー」

「ユティ…お前こそ…無事だったのか」

「これでも悪運強いほうなんで」

 

 能面でVサインをされると、彼女の身を案じた自分が馬鹿らしくなってくるルドガーだった。

 

「で、これ、どういう状況?」

「分かってて割って入ったんじゃないのかよ!」

 

 今までのシリアスな空気がぶち壊された。何コイツ、と胡乱にユティをねめつけるリドウが、エルから手を離したことだけが幸いだった。

「ううん。興味深い()があったから、つい。カメラフリークのサガで。あ、ルドガーもエルも元気そうで安心シタヨ」

「遅いそしてちっとも安心したように聞こえない!」

 

 ルドガーはテーブルに突っ伏した。エルがあやすように背中を撫でてくれるのが唯一の癒しだ。

 

「そこの派手な方どちら様?」

「ファッションと言ってくれないかな。そ、れ、と、俺も君が何者か知らないんだけど」

「失礼しました。ユースティア・レイシィです。ルドガーとエルとは……知り合い未満?」

 

 ルドガーのLPがさらに削られた。そりゃないだろお前会ったのはたった数時間前でも一緒にテロリストと戦った仲だろ、という文句が頭を通り過ぎた。

 

「レイシィ、ね。ヴェルの身内?」

「誰ですかそれ」

「何だ違うの。――俺はリドウ。クランスピア社医療チームのトップエージェントだよ。で、彼らの命の恩人」

「そうなの?」

 

 ユティに振られて、ルドガーは苦々しく肯く。二人合わせて1500万ガルドの治療費を請求されたことも言った。ソファーに座っていたエルもしゅんとする。

 

「1500万ねえ……」

 

 ユティは言いながらバーの出入口をふり返る。誰か来るとでも言うのか。

 

「早く出たいから手短にすますね」

 

 ユティはカーディガンのポケットから一通の便箋を取り出した。

 

「これ、ユリウスから預かってきた。ルドガー宛て」

「兄さんも無事なのか!?」

「ピンシャンしてた。これ、急いで用意してもらったの」

 

 ルドガーは便箋をひったくり、乱暴に封を破いて中身を出して広げた。走り書きだがユリウスの筆跡だ。

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 ルドガーへ

 

 叶うならこの手紙を読む日が来ないでほしいと思う。だが、読んでいるということは、お前もついに関わってしまったんだろう。俺たち、クルスニク一族が背負っている使命と業に。

 

 時計が欲しいと今朝言われた時はギョッとした。まさか気づいたんじゃないかってな。そうでもないみたいだったから密かに安心したんだが、今日こんなことになって、運命ってやつはどこまでも無情だと思い知ったよ。

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(クルスニク一族? 使命と業? 時計? 運命?)

 

 重々しいワードにすでにルドガーは混乱し始めていた。

 

「はいはい。立ち読みはお行儀悪いから座りましょー。仔猫ちゃんもこっちにいよーね」

 

 ユティはエルとリドウの間に割り込むと、エルを抱き上げてルドガーに押しつけた。勢い余ってルドガーはボックス席のソファーに尻餅を突いた。それでも手紙もエルも離さなかった自分を褒めてやりたい。

 

 そしてユティはというと、行儀悪くテーブルに腰かけて、立てた片膝に両手を載せた。ルドガーからは後ろ姿しか見えないが、きっとユティはリドウを見据えている。――リドウを牽制している。

 

 ルドガーはエルを見下ろす。アイコンタクトが通じたエルは、ルドガーの膝の上から下りて隣に座った。人心地ついたところでルドガーは再び便箋を読み始めた。

 

 ――そこにはルドガーが知らなかった、知らされなかった兄の姿が綴られていた。

 業を課せられた一族。肉体を蝕む呪いの殻。

 精霊の力の欠片である懐中時計。パラレルワールドの分史世界。

 2000年の長きに渡る審判。辿り着けない約束の地。

 原初の三霊との契約。人間と精霊のデスゲーム――

 

 読み終わったルドガーは、立ち上がって全力で便箋をテーブルに叩きつけた。横のエルが竦み上がり、足元のルルが飛び跳ねたが、気遣う余裕はなかった。

 四肢が怒りに震えている。指の震えに合わせて便箋にシワが寄っていく。

 

(何だよこれ何だよこれ何だよこれ! 兄さんはこんなこと子供ん時からやらされてたのか? 俺と暮らし始めてからもずっと? 俺に隠して? ふざけんな! これじゃ何も知らなかった俺だけ馬鹿みたいじゃないか!)

 

 激昂が口から出かかって――冷めた。ルドガーは脱力してソファーに逆戻りし、頭を抱えた。

 話すまでもない、話しても力になどなれないと、兄はルドガーをそう見なしてきたのだ。ルドガー・ウィル・クルスニクはユリウスにとってそれだけ脆弱で軽い存在だったのだ。

 

「そっちの用はすんだみたいだから、そろそろいいかな。本題に戻っても」

 

 カウンター席に戻っていたリドウがルドガーの前にやって来る。苦く思い出す。治療費の問題は解決していない。

 

「別に無理に君が払う必要はないだぜ、ルドガー君。身内に泣きつくとかね。例えば、兄貴とか」

 

 ルドガーは反射的にリドウを睨んだ。

 

「ルドガーの所持金でなくてもいいの?」

 

 ずっと黙っていたユティがテーブルを降り、ルドガーとリドウの間に立った。

 

「きっちり払ってもらえるんであれば、俺は金の出所には拘らないよ。借金でも、口では言えない黒い金でも」

「それを聞いて安心した」

 

 ユティはしゃがんで、三脚ケースを開けてごそごそと中身を探る。やがてユティは中から一枚の紙を出し、リドウに差し出した。

 

「小切手。ワタシ名義の。2000万ガルドある。これで治療費足りますよね」

 

 愉悦一色だったリドウの相好が崩れた。

 リドウは小切手を引ったくると、まじまじと検分する。粗探しでもしているのかもしれない。理由は不明だが、リドウはルドガーに借金を負わせたいらしかったから。

 

「ユティ、そんな大金どこから、いや、何で俺たちに」

「ユリウスに頼まれた。自分がいない間、ルドガーのこと」

 

 ちり、と胸が焼けた。やはりユリウスはルドガーをどこまでも子供扱いする。決して追いつかせてくれない。教えてほしいのに、力になりたいのに。いつも兄には届かない。

 

「ワタシ名義だけど、お金自体はワタシが稼いだのじゃない。返そうとか思わなくて、いいから」

 

 ユティはルドガーの二の腕をふん掴んで立たせて乱暴に前に押し出した。次いでソファーのエルの両脇に手を差し入れてエルを持ち上げ、ルドガーの前に下ろした。

 

「お釣りはいらない。ルドガーとエルは帰して(●●●)もらいます」

 

 ユティはルドガーとエルの背中をぐいぐいと押して、早足でバーの出口に向かった。ルルが後ろをほてほてと付いて来る。

 

「いいのかねえ、ルドガー君。『知り合い未満』の若い女の子に借金肩代わりさせて。社会人としてどーなのかなー?」

「…っ」

「安い挑発に乗らない。行くよ」

 

 こうしてルドガーたちはバー「プリボーイ」から――あの男の魔窟から出遂せた。

 

 

 

 

「――状況成功」

 

 ユティの小さな勝利宣言が耳に届くことはなかった。




 はいひっくり返してみましたー! ズバリ「ルドガーの借金をなくす」。
 ゲーム本編は「借金返済」に重きを置いたストーリー構成がされていましたので、この要素をどけたらそこそこルドガーの心理も変わってくると思います。ありていに言うと余裕ができる。ただし考える余裕ができたのは今作ではマイナスです。なぜならルドガーのユリウスへの誤解が加速するから。
 そういう意味では、ゲームの借金返済はルドガーによけいな考えを持たせない、思考停止にうまく追い込む重要なファクターだったのだと思います。

 さて、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ユリウスが手紙を書くシーンなんてありませんでしたよね?
 お察しの通り、あの手紙はユリウス直筆ではありません。
 しかし『ユリウスの手紙』であることは確かなのです。


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Mission2 アステュダメイア(2)

 保険はかけとくに越したことないよね


「何のつもり?」

 

 ルドガーとエルだけ店外に押し出して自身は残ったユティに、リドウはぶっきらぼうに問うた。

 この小娘を見ているとイライラする。邪魔されたことはもちろん、毛色やメガネがユリウスに似ているからかもしれない。

 

「アナタもエージェントよね。アナタを雇いたい。報酬は治療費の余りの500万ガルド」

「クランスピア社トップエージェントに仕事の依頼ねえ」

「受けなかったらさっきの幼女暴行及びに恫喝の証拠品をクラン社人事部に送りつける」

「うわお。ここまで堂々と脅迫されたの俺初めてだよ」

「ワタシもヒトを脅迫するのは初体験」

 

 リドウはカウンター席に戻って頬杖を突いた。

 現実問題、先ほどの写真に大した威力はない。リドウがそういう(●●●●)エージェントだと上は知っていて黙認している。だから、この小娘の依頼とやらを受ける受けないはリドウの心一つだ。

 

「依頼内容は――ユリウス・ウィル・クルスニクの抹殺」

 

 ユリウスの抹消。意味を理解するまでにリドウは2拍使った。

 そして、腹を抱えて大笑いした。

 

 

 

 

 

 ルドガーたちが夜のストリートに出ると、ちょうどジュードが電話を終えたところだった。

 

「ルドガー! ごめん、話し込んじゃって、なかなか中に戻れなくて」

「ホントだよ! もうちょっとでエルもルドガーもシャッキンさせられるとこだったんだから!」

「ナァ~!」

「ええ!?」

「あー…」

 

 とりあえずルドガーが説明する。みるみるルドガーの表情は厳しくなった。

 

「クランスピア社の人だから信用したのに、そんな人だったなんて――」

「正直、ユティが立て替えてくれなかったらヤバかった……ってあれ、ユティ?」

 

 後ろから付いて来ているものと思っていたのに、いない。

 

「――ユティって何者なんだろうね。2000万ガルドなんて大金、ポンと出せる額じゃないのに。しかも小切手にあらかじめ書いてあったなんて、まるでルドガーがお金に困るのを見越してたみたいだ。ルドガー、本当に知り合いじゃない?」

「ない。あんな女、一度会ったら忘れられるもんか」

 

 カメラ関連の小悪魔さはもちろん、ユリウスそっくりの蒼眸。会っていたなら絶対に忘れない。

 

「これからどうするの?」

 

 ひょこ。ルドガーとジュードの間からモグラよろしく噂のユティが現れた。「うわあ!」とルドガーとジュードもさすがにのけぞった。

 

「どうも。一度会ったら忘れられないほうのユティです」

「ユティ! どこ行ってたんだよ、付いて来ないから心配したぞ」

「ヤボヨー。で、この先の方針、決まった?」

「『カナンの地』! エルは『カナンの地』に行かないと!」

 

 思い出したとばかりに飛び跳ねるエル。ジュードがふとルドガーを見て、親切に説明してくれようとしたが――

 

「『カナンの地』は、古い精霊伝承に出てくる伝説の場所でね――」

「魂の循環を司る無の精霊オリジンと、その番人の時空の精霊クロノスがいる場所、だろ」

 

 ジュードは琥珀色の目をぱちくりさせた。

 

「詳しいんだね。エレンピオスはあまり精霊について知られてないと思ったんだけど…」

「俺もついさっき知ったばっかり。どうやら俺、知らない間に関係者だったみたいだ」

 

 骸殻を得た今、ルドガーもユリウスやその他の一族の者と同じラインに立っている。

 ルドガーは便箋をひらひらさせて苦笑した。

 

「人類の存続が懸かってるくせに、『「カナンの地」に一番に辿り着いた者には何でも願いを一つ叶える権利を』。そんなエサぶら下げられたせいで、身内で競って一番乗りを争ってきたんだとさ。ユリウスが隠すわけだ」

「ルドガー……君は一体」

 

 何者なの、とでも問いたげなジュードに、苦笑しか返せない。

 

(何者か、なんて、俺が一番知りたい)

 

 自分がクルスニク一族の一員で、骸殻能力者だとは分かった。だがそれで何をどうしろというのだ。昨日まで平々凡々な一般市民だったルドガーにも世界の命運を背負えとでも?

 

(無理に決まってる。だから兄さんだって俺に内緒にしてたんだ)

 

「ルドガー、『カナンの地』の行き方知ってるの!?」

 

 エルがルドガーの手を両手で掴んだ。必死さ全開のエルに、ルドガーも返答に詰まる。

 ユリウスの手紙には、「カナンの地」に行くには大きな代償を払わねばならないと書いてあった。必要な品を集める上での命の危険、骸殻を使うリスク、世界を壊す責任。とてもではないが、会ったばかりの少女のために今すぐ「やる」と言えるものではない。

 

「オトナを困らせないの、仔猫ちゃん」

「エル、ネコじゃないー!」

「では仔猫ちゃん改め、エル。ルドガーにはルドガーのキモチがある。誰も強制はできない」

 

 ユティの正論にエルは泣きそうになる。

 

「じゃ、じゃあそのテガミちょーだい! エルひとりで行く!」

「ムチャクチャ言うな! 子どものくせに…」

「パパとヤクソクしたんだもん! つらくてもこわくてもがんばって行くって!」

 

 獅子は千尋の谷から我が子を云々どころではない。エルのようなか弱い幼子相手にとんでもない父親だ。会えるなら一発殴らねばなるまいて。

 

「とにかくトリグラフ、戻らない? 行く行かないは今すぐ決めなくてもいいでしょ。家に帰ればまだマシな案も出るかも、だし」

「そ、そうだね。ひょっとしたらユリウスさんとも連絡つくかもしれないよ」

 

 ユティの提案にジュードも肯いた。

 

 ルドガーは所在無さげなエルの前でしゃがんだ。期待と不安に半々に揺れる翠。幼い少女がこの程度の動揺ですんでいる辺りは賞賛して然るべきだ。

 

「一緒に来るか? 『カナンの地』には連れてってやれないけど、風呂とベッドなら貸してやれる」

 

 ぱあっ、とエルの頬に朱が射した。思いがけない少女らしい顔に、ルドガーの鼓動も跳ねた。

 

 パシャッ!

 

(……もはや慣れたぞこのパターン)

 

「ベストショット頂きました。エルの貌さいっこーに可愛かった」

 

 エルは元から赤かった頬をさらに真っ赤にしてユティに飛びかかった。

 

「やだー! そのカメラかしてー! 今のシャシン消してー!」

「ヤダよこれユティの宝物なんだから!!」

 

 夜の路地でかしましく騒ぐ女子と幼女に通行人の目が集まる。ルドガーは居た堪れなかった。

 

「――僕たちがしっかりしないと、だね。ルドガー」

「そうだな……ジュードがいてくれてよかった。俺だけじゃ無理だったよ」

 

 男子たちが苦笑いで囁き合う間も、女の子たちの饗宴(ケンカ)は終わらなかった。




 真実を知ったことでカナンの地に行くことに及び腰なルドガー。この心理状態でビズリーの勧誘を受けるとどう答えるのか、答えは次回。
 そしてオリ主はリドウに何とんでもねーこと頼んでんだー!(Д゚ノlll)ノ ギャァァァァァァ!! 何このカメラ娘コワイ! お前ユリウスをどーしたいんだー!?

【アステュダメイア】
イオールコスの王アカストスの妻。夫アカストスの客ペレウスに恋してしまうが、ペレウスは断った。すると、ペレウスの妻アンティゴネに、ペレウスが自分の娘ステロペとの結婚を考えているという偽りの内容を記した手紙を送りつけて自殺に追い込んだ。


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Mission3 テミス(1)

 演じるって案外むずかしい


「ふわ~。やっとトリグラフついた~」

「着いた~」

「ナァ~」

 

 4人分の列車運賃をクエストで稼いでからの移動だったので、帰り着いたトリグラフの街は夕焼け色に染まっていた。

 

「上りが運休になってなくて助かったね」

「ああ。テロ厳戒態勢で下り列車が停まってたからどうなるかと…」

 

 街道を歩いて帰る覚悟も実は女子に内緒で決めていたルドガーとジュードであった。

 

 

 列車テロの噂で持ちきりの住人を脇目に、ルドガーたちはマンションフレールを目指した。

 駅舎もアスコルド方面へ行く人々が足止めを食らって、普段よりさらに人口密度が高かったし、しばらくトリグラフの街はざわつきそうだ。

 

 チャージブル大通りを歩きながら何気なくポケットに手を入れると、かさ、と紙の感触がした。ルドガーは胸が重くなった。

 

 ユリウスからの手紙――クルスニクに産まれた者の宿命。「カナンの地」へ行く代償とやらは明記されていなかったが、骸殻の使用が肉体を害するのは漠然と理解していた。

 

(これからどうすればいいんだろう。兄さんは我関せずで通せって手紙に書いてたけど、俺だって変身できるんだから無関係じゃいられないかもしれないし、何より、力があるのに知らんぷりってのは人としてどうなんだ? 俺もこの血を使って兄さんを手伝うべきじゃないのか? そうすれば兄さんだって俺のこと子供扱いできなくなる。一人前扱いしてもらえる。兄さんに並べる)

 

「ルドガー、考え事?」

「わっ――何だ、ジュードか。脅かすなよ」

「ルドガーが勝手に驚いたんじゃない。気にしてるのはお兄さんのこと?」

「ん、まあ、一応」

 

 ちなみにジュードには手紙を読ませていない。あくまでルドガーが障りない範囲で説明しただけだ。いくら意気投合したとはいえ、知り合ったばかりの他人に懐を余す所なく晒すのはためらわれた。

 

「……あのユリウスさんは本当にユリウスさんだったのかな」

「……分からない」

 

 偽者ならばノヴァを殺して平然としていたことにも納得が行く。だが、本物ならば――骸殻を使い続ければルドガーもああなるという事実を突きつけられた気がして、気が重かった。

 

 

 

 普段より長く感じる道のりを経て、ルドガー一行はマンションフレールに到着した。

 ルドガーは開錠カードをカードリーダに読み込ませ、暗証番号を入れていく。

 

「ここがユリウスさんち?」

「俺んちだよ。といっても、居候だけど」

 

 やっと働き先が見つかって、せめて同居人くらいは名乗れるようになると密かに心躍らせたのが数日前。あれから何ヶ月も経ったような気さえする。

 

「知ってる! イソーローってニートのことでしょ?」

 

 危うく別の数字キーを押しかけた。

 

「エル、真実は時として人の心を抉る」

「お前の一言でさらに抉られたわ…」

 

 ルドガーはパネルに最後の数字を入力して、部屋のロックを解除した。

 

 

 

 ルドガー手製の夕飯を馳走になりながら、ユティたちはおのおのがストリボルグ号に乗っていた目的を打ち明け合った。

 

 

 まずはエル。謎の集団に襲撃された父が、最後に残した言葉が「トリグラフ中央駅10時発の列車に乗れ」とのものだった。そして、カナンの地を目指せと。列車で行ける聖地とはこれいかに。

 

 ジュードは元々列車にもアスコルド記念式典にも用はなく、式典を取材するはずだった友人の記者のドタキャンで代打をさせられたらしい。

 

 一番イタイのがルドガーだ。ルドガーはあの日から駅の食堂で働くはずだったが、アルクノアのテロを避けるため、やむをえず列車に乗って戦いに巻き込まれたのだ。おかげで勤め先はクビである。

 

「ルル、ルドガーってサチうすいよね」

「ナァ~」

「そもそもどっかの女の子が痴漢の濡れ衣なんて着せてなきゃ、事態はもっとスマートだったんですけどネ」

 

 ルドガーは頬杖を突いてあらぬほうを見やりながらも、特定の一人狙いの独り言を言った。

 

「エルってばヒドイ。チカンの冤罪って、借金の連帯保証と同じくらい、その人の人生と尊厳に関わる大問題なのに」

「だ、だって、だってっ、エル、列車乗らなきゃいけなかったんだもんっ」

 

 どんどん涙目になっていくエルのほっぺをビシバシ指で突くユティ。

 

「そう言うユティは――」

「自然工場アスコルドの撮影」

「……だよな」

 

 目的とは全く関係ない、用意された回答を述べる。

 

「ってちょっと待て。お前、記念式典に行くのにスピアなんて危なっかしい物持ち歩いてたのか?」

「アレはワタシの一部だから。どんな時も一緒」

「式典の手荷物検査で絶対取り上げられたと思うぞ」

 

 しまった。確かに式典という場に武器の持ち込みはふさわしくない。ましてやこの時代はアルクノアのテロが横行している。一般人の武器携帯はあらぬ疑念を招く。設定に矛盾を来した。

 気づくか――ユティはレンズの向こうのルドガーとジュードを素早く観察する。

 

「その辺に気づかないのは、ユティらしいというか、何というか」

 

 ジュードが苦笑しつつフォローを入れた。ルドガーも肯いている。気づかれずにすんだ。

 

 直後、ノック音がして、部屋の玄関ドアが開いた。




 ルドガーとオリ主の掛け合いは書いてて楽しいです。漫才みたいで。オリ主は基本誰にでもこんなノリです。こんなノリでなきゃやってられません(T_T) 欝EDだからこそ途中に笑いが欲しいという中の人のコメントがよくわかった今日この頃です。
 チカンの濡れ衣については、エルたん(*^_^*)? いずれちゃーんとルドガー君に謝ろうね?


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Mission3 テミス(2)

 わたし、間違ったことを言ってしまった?


「お邪魔するよ、ルドガー君」

 

 客はビズリーとヴェルだった。分かっていたとはいえ、あの暴走列車からヴェルを連れて脱出したビズリーの実力には改めて背筋が凍る。ユリウスはこれを相手に何年もルドガーを隠し通してきたのかと思い致すと頭が下がる。

 

「ビズリーさん! 無事だったんですね」

「私は、な」

 

 直後、天井からマフィア風のサングラス男が襲ってきた。ユティはとっさにエルを抱えて離れる。

 ルドガーが胸部を蹴られて尻餅を突く。次いで男はジュードに襲いかかった。

 

「君は!?」

「驚いてる暇が――っ」

 

 ジュードは男の腕を掴んで背中にねじり上げ、男を床に組み伏せた。武道家らしい無駄のない動き。

 

「――ある、ようだな」

「イバル……」

 

 ジュードの知り合いらしい。彼についてはユティには情報がない。なので、とりあえず一枚撮っておいた。

 

「何撮ってるんだ!」

「知らない人だなあと思って」

「知らん人間なら誰でも写真に撮るのか貴様は!」

「撮らないよ。アナタは特別オモシロイ構図だったから」

 

 イバルとのかけ合いを終わらせたのはビズリーの呵呵大笑。ビズリーには楽しいデモンストレーションだったようで、イバルはその場で雑務エージェントとして雇われた。

 

「何の真似ですか」

 

 ジュードは胸を押さえて起き上がるルドガーをちらりと見やってから問う。声は剣呑さを隠してもいない。――ジュード・マティスは知り合ったばかりの赤の他人のために本気で怒っている。

 

「状況が分かっていないようだな」

 

 ヴェルが進み出て、テレビのリモコンを点けた。テレビに出たのはアスコルド列車テロのニュース。

 

『当局はテロ首謀者として、クランスピア社社員、ユリウス・ウィル・クルスニクを全国に指名手しました』

 

 ユティはエルの肩に回していた手につい圧をかけてしまった。

 

「イタッ…ユティ?」

「ごめん、エル。ちょっとしたエラー」

 

 エルを痛がらせないようにと意識すると、今度は手がマナーモードのGHSみたく震えてくる。知っているのに、体験するとこうもダメージを被るのか。ユティは男性陣に悟られまいと、しゃがんでエルを支えるフリをして、エルの背で景色を遮った。

 

「警察は複数の共犯者がいると見て、関係各所を捜索中です」

「当然、君は最重要参考人だ」

「エルもルドガーも、関係ないってば!」

「容疑者の弟が、事件の日に偶然同じ駅に勤め、列車に乗り込み、容疑者と一緒に消え去った。これを信じろと?」

「信じてよー!」

 

 主張するエルの両手をユティは後ろから掴んで宥める。

 相手はこの時代のエレンピオスの裏の権力者、覚えめでたいのは望ましくない。エルはビズリーたちが喉から手が出るほど欲しい希少価値の蝶なのだ。

 

「事実なら証明してみせろ。ユリウスを捕えれば真実は明らかになる。どうだ。やると言うなら、警察は私の力で抑えよう」

 

 ルドガーが俯いて考え込む。やはりこういう筋書きになった。問題はこの筋書きにどこまで手を入れられるか。フォローしてくれる父親や大人たちのいない中で。

 

「ルドガー、まさかやるとか言わないよね」

「ユティ……?」

「ユリウスはルドガーに平穏無事に過ごしてほしい。時計は一回きりで終わらせて、あとはもう元の生活に戻ってほしがってる」

 

 主目的が「ユリウス捜索」であっても、その過程には必ず分史世界破壊が付いてくる。ひとたび分史世界を壊したが最後、ルドガーの道は破滅確定だ。道筋を変えられるならここでルドガーを一切合財関わらせないようにしたい。

 

「ユティは兄さんが危ない目に遭ってるのを見過ごせって言うのか」

「見過ごして。ルドガーに追わせないためにユリウスは一人で行った。ユリウスはルドガーに助けてほしいなんて言ってない」

「……言ってないだけで、内心では思ってるかもしれないじゃないか。いくら兄さんだって全国手配されたんじゃ困ることも多いはずだ」

「思ってない。ユリウスはルドガーに助けてほしくない」

 

 言い切って、ユティは息を呑んだ。

 ルドガーの翠眼が烈火のごとき迫力を宿してユティを見下ろしてきたのだ。

 

(視線が人を殺すとしたら、こんな眼かしら)

 

 心臓が不快な律で打ち始める。ヴェルとの初対面でも、ユリウスがビズリーに斬りかかるのを見た時でさえ、こんな反応は起きなかった。

 分からない。何がここまでユースティア・レイシィを硬直させるのか、何がこうもルドガーの琴線に触れたのか。

 

「俺は兄さんの思い通りに動く人形じゃない」

 

 ルドガーは顔を上げ、ビズリーに対してまっすぐ宣言した。

 

「分かった。兄さんを探す」

「――いい判断だ」

 

 ユティは唇を噛んだ。規定事項とはいえ、イヤなほうに展開が転んだ。

 

 

 

「状況失敗――」

 

 今回は完全にユティの負けだ。




 借金があってもなくてもエージェント(仮)のスカウトは来るんですよね。ただ借金という正当な理由がないからGHSで居場所把握ができないので、多少監視に手間はかかるでしょうが。

「俺は兄さんの人形じゃない」――拙作のルドガー君の基本理念はまさにこれです。ずばり拙作の最大のテーマは、ルドガー君がいかにお兄ちゃん離れしようともがくかです。
 育ててくれた唯一の家族とはいえ、大人になってくれば離れたい、自立したい、一人前になりたいと願うもの。それが男ならなおさらその傾向は顕著です。ルドガー君は世界の命運より、自分を一人前にするにはどうすればいいかでしばらくは頭がいっぱいです。


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Mission3 テミス(3)

 あなたは最初から強かったのね


 ルドガーの承諾を受け、ヴェルが手帳を開いてユリウスの情報を開示する。

 ヘリオボーグ研究所のバランとの交流。マクスバードで『ユリウス』を探す人物。

 

(バラン…懐かしい名前。バランおじさま、今頃何して…)

 

 考えて、ユティは自嘲した。

 

(何して、も何も、ユティの世界はユティが時歪の因子(タイムファクター)を壊して消滅させてしまったばかりじゃない。バランおじさまだけじゃない、アルおじさまも、かーさまも、みんなユティの槍で死んだ)

 

「ユティ? さっきから何かヘンだよ」

「ナァ~?」

 

 エルとルルが眉根を寄せてユティを見上げる。この混雑した現状にあって、たった8歳の少女が他人を気遣えるというのは稀有な精神性だ。

 

(おじさま方に話に聞くだけだと、大人たちに守られる薄羽の蝶ってイメージだったけど、とんでもない。エルは最初から立派な胡蝶だわ)

 

「気にしないで。一時的なエラーだから」

「さっきも言ってたね。えらーって何?」

「ワタシは失態って意味で使ってる。ちなみに失態は、間違えたとかミスしたとかいう意味」

 

 さらに分からなくなったのかエルは腕組みで「?」を浮かべる。これ以上は答えないでおいた。

 

 

 

 

「とりあえず、マクスバードとヘリオボーグに行ってみろってことだね」

 

 総括したジュードに頭を向ける。

 

 ビズリーとヴェル、イバルはすでに退室した後だった。置き土産とばかりに壁に粗悪な似顔絵の手配書が貼ってある。――撮る気は起きなかった。

 

「またお金ないとダメかも……」

「そうだね。またクエスト斡旋所に行って、4人分稼ごうか」

「ジュードも来てくれるのか?」

「ここまで来たら乗りかかった船だよ。最後まで手伝わせてほしいな。迷惑?」

「まさか! ジュードがいるなら大船に乗った気分だ。でもいいのか? 仕事とか…それに、俺と一緒にいると、犯罪者の身内に見られるかもしれない」

「だとしても、ユリウスさんが犯人じゃないことを僕らは知ってるんだ。それにルドガー自身が悪いことしたわけじゃないでしょ。こういうのは堂々としてるのが一番だよ」

「やけに実感のある言葉…」

「…僕も1年前に似たような経験したもんで…」

 

 ユティの世界には、「ジュード・マティス博士はインターン中にリーゼ・マクシア全土で指名手配を受けた」という都市伝説があったが、事実だったのか。

 

「ユティは? 来るの?」

「言うまでもなく手伝うに決まってる」

 

 エルの問いかけに、ユティはそこそこ膨らんだ胸を張った。

 

「……兄さんに頼まれてるからか」

「うん」

 

 ルドガーは渋面を作った。明らかにユティの同行を厭っている。

 

「それが理由だと、ルドガーはそばにいさせてくれない? なら別の理由を考える」

「……そういうわけじゃないし、考えてようやく出てくるような理由ならいらない」

 

 逸らされた顔はすでに真顔に戻っていた。

 

「今から街道に出るのは危ない。夜になって魔物も活発になるだろう。だから出稼ぎは明日からでいいか。――エルはうちに泊まるとして、ジュードは」

「便乗させてもらえると嬉しいなー、なんて。僕、ヘリオボーグ研究所の職員宿舎に住んでるんだけど、帰りのお金なくて……」

 

 先ほどはジュードの親和力に驚いたが、今度はルドガーの適応力に驚かされる。

 ここにいる全員が昨日おとといにルドガーと知り合ったばかりなのに、ルドガーはユティたちと同道し、宿を供することさえ自然体で行っている。

 

(濃やかで情に篤く、しかし情に流されはしない。アルおじさまの人物評通り)

 

「じゃあジュードも泊まりな。ユティはどうする」

「泊まりたい。ユティの実家、山奥、遠い」

「はいはい。じゃあとりあえず店閉まる前に買い出し行ってくる。みんな着替えやら何やら要るだろうからな。あとは飯の材料」

「エルも行くっ」

「いいけど迷子になるなよ。ルル、留守番頼む」

「ナァ~!」

「あとユティ。部屋の中勝手に撮るなよ」

「……ちぇ」

「撮・る・な・よ?」

「イエス、サー」

 

 

 

 ルドガーとエルが買い出しから帰ってきてからは、特に盛り上がりもせず、シャワーから着替え、就寝まで、面白いイベントも起きなかった。

 

 どんな言葉も、口にすることで現実がさらに悪化しそうで、誰も言えなかったのだ。




 今回は短めになりました。というよりキリがいいのがココだったので短くなりました。お泊りイベントを期待していた皆様、実に申し訳ありません。
 ルドガーとジュードの仲を近づけてみました。友情的な意味で。実はTOXでアルヴィンがジュードたちに付いてく時のセリフが「乗りかかった舟」なんですよね。歴史はくり返す的な意味で入れてみました。
 そしてオリ主の新事実発覚。バランと知り合いでした。ユリウスがバランと友達だったなら彼女もバランと繋がりがあってしかるべきかなーと。イメージ的には家庭教師です。
 ん? バランと知り合いならアルヴィンとも繋がりがあるんじゃないかって? ふふふ♪ それは次回のお楽しみです。

【テミス】
 ギリシャ神話の、法律、秩序、正義、掟の女神。
 人類に火を与えたプロメテウスの母とも、ゼウスの2番目の妻でゼウスの助言者とも言われる。
 ゼウスが大洪水を起こした時は、人間の夫婦に箱舟を作るよう助言した。


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Mission4 ダフネ(1)

 知らなくていい わたしが大好きなんだから


 移動のための資金と装備を揃えたユティたちは、まずヘリオボーグに向かった。

 マクスバードにいる「ユリウスを探っている人物」が特定できていない以上、会うべき相手がはっきりしているヘリオボーグを先に片付けておこうという方針である。

 

 

 トリグラフの街を出て、トルバラン街道を抜けて到着したヘリオボーグ研究所。曇天の下、佇立する巨大な研究施設は、ただならぬ空気に包まれていた。

 

「何があったんですか」

「ジュードさん! それが…」

 

 ジュードが職員に事情を尋ねようとするのとほぼ同時、一人の男がぼやきながらやって来た。

 

「ダメだ。完全に警備システムを押さえられてる。俺一人じゃどうにもならな――」

 

 ――ごとん、と。大きく心臓の律が狂った。

 

(分かってた、はず。ここで会うって本人から聞いて知ってたのに、動揺するのはおかしいでしょう。ここはワタシにとっては過去で、この人が健在なのは当たり前。でも、でも)

 

「アルヴィン!」

「おっと…こりゃまたいいタイミングで」

 

(ユティが壊したアルおじさまが、ユティの目の前で、立って、息して、しゃべってる)

 

 首から提げたカメラの紐をきつく握りしめる。表情はみじんも揺らいでいない自覚がある。思い通りにならないのは首から下だけだ。

 

 ユティはアルヴィンから状況を聞くジュードたちの輪に飛び込んだ。

 

「ルドガーって言ったっけ。これは、アルクノアのテロだ。俺、元アルクノアなんだけど、信じてくれるか?」

 

 ルドガーとエルは顔を見合わせる。ジュードは「しょうがないなあ」と言わんばかりに肩を竦めるだけで、フォローはくれない。

 

「分かった。信じるよ」

「……なるほど。ジュードの友達って感じだな」

「アルヴィンはジュードの友達じゃないの?」

「友達だよ」

「……なーんか信用できなさそう」

「子供の目はごまかせないな――」

 

 アルヴィンは後ろ頭に手をやって苦笑した。それでも彼が一抹の悲しさを露呈したのをユティは見逃さなかった。

 

「いいじゃない。信用できなさそうでも」

 

 エルがぽかんとユティを見上げる。エルの表情は戸惑い、そしてユティへの反感へと移ろう。

 

「よくないーっ。すごく大事なことでしょ!?」

「ユティは信用できなそうで全然いい。だって、」

 

 ユティは、これまた戸惑っているアルヴィンに笑いかけた。

 

「この人だから」

「……俺、今、元アルクノアっつったよな」

「知ってる。知ってて、それでいいの。ウソツキのアナタが、ワタシはいい」

 

 アルヴィンはユティに探る目を向けた。ユティはカメラを持ち上げると、アルヴィンの表情が変わりきる前にシャッターを切った。

 

 ――カメラにはこんな使い道もある。相手からは自分の目を隠し、自分はレンズ越しに相手を観察できる。

 「見抜かれ」そうになったらカメラで相手の「目」を防げ。他でもない、彼の教え。

 

「ワタシ、ユースティア・レイシィ。ユティでいい。よろしく、元アルクノアの親切なおじさん」

「――おじさんは余計だ」

 

 デコピンを食らった。地味に痛い。それでもユティはふにゃっと笑った。




 はい来ましたーアルヴィンとのファーストコンタクト!
 前回アルヴィンとの繋がりは? とネタ振りましたが、こんな感じです。
 もちろん未来の人間であるオリ主はアルヴィンの過去もあらかた知ってますのでああ言ったんですが、「ウソツキでいい」発言は実は他にも意味があります。それはまた後の話で明らかにします。
 そしてカメラ。実はアルヴィンとの縁が深い品でした。だからこそ大事にしてるって面もあるんでしょうね。


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Mission4 ダフネ(2)

 わたしにだって 普通の女の子 だった時期くらいある


 ユティのパーティ内での立場は準戦闘員である。

 基本的には後衛にいてエルとルルに不測の事態が起きないよう待機する。前衛でルドガーたちが苦戦すれば加勢する。

 よってルドガーにすれば想像もつかないタイミング、ポイントから攻めに舞い込むため、たびたび仰天させられた。

 

「ルドガー、無事?」

「おかげさまで」

 

 今もユティは死角から銃撃してきたアルクノア兵をショートスピアで刺し貫き、ルドガーを難から逃がした。

 

「エルは」

「エリーゼに任せた」

 

 ふり返れば、なるほど、エルとルルと仲良くなろうとあれこれ話しかけるエリーゼとティポの姿があった。

 

 エリーゼ・ルタス。リーゼ・マクシアの親善使節団の一人として研究所を見学に来た学生だ。大人顔負けの強力な精霊術を使う(といってもルドガーにそのすごさは分からないが)彼女は、その才を恃みに、同級生を避難させて自ら戦場に飛び込んだ。感嘆を禁じえない行動力だ。

 

「ところでルドガー、気づいてる? 今いる場所」

「分史世界、だよな。黒匣(ジン)兵器がさっきより精巧というか、生物的になってる」

 

 ちょうどエルが落雷に悲鳴を上げた時だった。列車テロの時と同じように、気づけばルドガーは周りの全員を巻き込んで分史世界に進入していた。

 

「今回は俺、変身してなかったのに、何で入ったんだ?」

「骸殻に変身することは、分史世界への進入において必ずしも条件じゃない。ユリウスの手紙からはそう読み取れた」

「……っ」

 

 また、だ。ここ最近、ルドガーは兄の名を聞くたびにざらついた気分になる。

 

「読み取れなかった?」

「そこまで深く読み込んでない」

「不安にならない?」

「……大丈夫だろ、兄さんなら」

 

 少しの間。ユティは「そう」とだけ呟いて黙り込んだ。

 

(何度も読み返したら、そのたびに『お前は要らない』って言われてる気分になるんだよ)

 

 ユリウスは好意と愛情でルドガーを遠ざけようとしている。それくらい家族だから分かる。だが、ルドガーにすれば爪弾きにされるのと何ら変わらない。

 

 「大事に思う」が「一線を引く」とどう違う?

 

「ルドガー、ユティ、ケガはありませんか?」『あったらぼくらが治したげるよー』

 

 エリーゼとエルがルドガーたちの前にやって来た。雷パニックから時間が経ったのに、エルはまだふて腐れている。

 

「ワタシはケガしてない」

「俺も。気を遣ってくれてありがとうな、エリーゼ、ティポ」

『どーいたしましてっ』

 

 ティポを抱いてエリーゼははにかんだ。

 

(エリーゼみたいな子でさえ、黒匣(ジン)なしで高度な算譜術(ジンテクス)を操れる。すごいんだけど、何でできるんだ、って気持ちもある。これはエレンピオス人にしか理解できないだろうな。まあ、付き合いが続けば折り合いつくだろ。ジュードの時だってそうだったんだし)

 

 自分の中で結論づけたルドガーは、続いてエルの前にしゃがんだ。

 

「まだふてくされてるのか?」

「エル、ふてくされてないし!」

「しかめっ面で言っても説得力ゼロだぞ」

 

 ルドガーはエルの両頬を摘まんだ。エルは逃れようとじたじた暴れる。横でエリーゼが目を丸くし、ティポはケタケタ笑っている。

 

「いいじゃないか。雷が怖いくらい。そういう子供らしいとこ見せてくれると、俺も安心する」

「怖くないってば! 子ども扱いしないで!」

 

 エルはルドガーの手を逃れると、ルルと一緒にジュードのほうへ行ってしまった。

 

「エルってば、もったいない。子供でいられる間は、いればいいのに」

「ユティはどんな子供だったんですか?」

「毎日戦う訓練。魔物退治は、よく。犯罪者ハントは、もっと、よく。それ以外は、家におじさま方がいらした時に遊んで勉強して。おじさま方が一緒だったらとーさま付いてなくても山降りていいって、とーさま言ったから、カメラ持って、出かけた」

 

 明らかにエリーゼがコメントに窮している。ルドガーはフォローすべくコメント係を引き受けた。

 

「過保護なのかスパルタなのか分からない父親だな。よく母親が止めなかったもんだ」

「かーさま、わたしが5歳で家出てった」

 

 地雷を踏んだ。今度はルドガーが喘ぐ番だった。

 

「ヘイキだよ。捨てられたんじゃない。たまに会えた。愛されてたの、ちゃんと知ってる。ワタシとかーさまの絆は、距離じゃ、壊せない」

 

 はっきり、きっぱり、胸を張って、まっすぐな瞳で、笑って言われた。

 ルドガーはエリーゼと顔を見合わせて苦笑し合った。自分たちの動揺――母のいない子への同情は的外れにも程があった。




 エリーゼ加入回です。実にあっさりになってしまって申し訳ありません。ひとえに全員を書ききる執筆力のない作者の力不足でございます。申し訳ありません。
 「セイレーン(略)」ではアルヴィンとユリウスがプッシュキャラになりますので、彼ら以外への描写が薄くなることが今から予想されます。ご贔屓キャラが影薄い! という事態になるのがご不快な方はバックプリーズでございます。

 そしてオリ主ちゃんの問題発言その……もういくつ目か分からない!orz
 お母さんの話です。5歳で家を出て以来たまに会う。でも仲は悪くない、むしろいい。オリ主の母親ということはつまりユリウスの未来の奥さん。実は作者の中では母親が誰かは決めています。ただ決めているだけなので、本編には絡みません。ラストにちらっと出てくるだけですかね。
 すでに皆さん言うまでもなくお察しかと存じますが、ラストまでどうぞ黙秘を平に平にお願い申し上げます。


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Mission4 ダフネ(3) 

 絆 居場所 距離 心 郷愁 拒絶


「でも、全部の人がワタシじゃない。距離で絆も居場所も失くした人たち、たくさんたくさん。アルクノアはその最たるもの」

 

 ユティはカメラを構えると、ついさっきルドガーたちが殺したアルクノア兵の死体を写した。

 裂傷も銃創も流れた血も苦悶も無念も、余す所なく、レンズを向けて切り取った。

 

「せっかく帰れた故郷なのに……最後に残ったものまで自分たちの手で壊しちゃうなんて……」

「気持ちは分からんでもないさ」

 

 唐突に言ったアルヴィンを、エリーゼは首を傾げて見上げた。

 

「20年も経ちゃあ家も街も人も変わる。自分が知ってるまんまのものなんて1コだってない。そんな『知らない場所』に帰って、果たして本当に『帰った』と言えるのか、ってね。最後に残ったもんなんかじゃねえ。皮肉なことにエレンピオスへの帰還は、アルクノアの連中に『お前らのエレンピオスなんてとっくにない』って思い知らせたんだ」

 

 実感を込めて語るのは、アルヴィン自身もその喪失感を体験したためか。俯いたアルヴィンと、悲しげなジュードとエリーゼの間には、彼らにしか共有できない過去が漂っていて――ルドガーを弾いていた。

 

(ジュードしかいなかった時には感じなかった。ジュードを昔から知ってるアルヴィンとエリーゼが来てから感じるようになった――疎外感。俺はこの人たちの過去にはいない。この人たちも俺の過去にはいない)

 

「旧アルクノアの人たち、エレンピオスで地に足付けてても、心はリーゼ・マクシアに置き去りのまま」

 

 ユティの目がレンズ越しに遙か遠くを見やる。その先には、彼方のリーゼ・マクシアがあるのだろうか。

 

「そゆこと。俺は運がいいほうだ。少なくともバランは俺たち一家を20年も覚えてたんだからな。――今のアルクノアは、そんな燃え尽き症候群の奴らを神輿に担いで、現政権や社会に不満を持つ若者層を取り込んで再構成されてる。急造だから組織力は弱いが、やることなすことえげつないのは相変わらずだぜ」

「彼に一票。エリーゼくらいの歳の子供たちを人質にとって立て籠もった。それに今までの進撃。エリーゼやエルみたいなか弱い女の子を見ても、兵士は銃、ためらいなく撃った。外道の所業」

 

 ユティはフォトデータを参照しながら戦況を分析している。今までの戦いをいつ撮った、というのは究極の愚問だとルドガーはここまでに悟っているので口を噤んだ。

 

「ここ、建物たくさんあるし、道、複雑。精霊研究所だから黒匣(ジン)武器の補充もできる。テロ失敗してもデータ略奪すれば売って小銭くらいは稼げるし、色んな開発に一泡吹かせられる」

 

 ユティはカメラの閲覧モードを終了して、やるせないため息をついた。

 

 エレンピオスは行き詰った社会。それは産まれて20年育ってきたルドガーも肌で感じている焦燥だ。それでもエレンピオス人は目の前の奈落を見たくなくて、恐怖を怒りに変え、矛先を政府と新大陸に向けた。

 

「そんな相手ならなおさら、アルヴィンもユティも冷静に話してる場合ですか!」

「分かってる。このままほっとく気はねえって」

 

 アルヴィンは一転して真剣さを呈した。

 

「みんなのおかげで帰れた故郷だ。壊されてたまるかってんだ」

「アルヴィン…」

 

 ――アルクノアにとってエレンピオスは故郷ではないと説きながらも、こうしてエレンピオスそのものを故郷とみなし、帰れたことに意義を見出す稀有な人間がいる。

 

 ルドガーは双剣の鞘を強く掴んだ。

 

「アルヴィンみたいに感じてる人は、帰ってきた人の中でもきっとゼロじゃない。逆にエレンピオスに連行されたっていうリーゼ・マクシア人も、いつか帰った時にアルヴィンと同じ想いを懐ける日が来るかもしれない。そんな、形に成ってない希望を繋ぐためにも、アルクノアを止めないと」

「いいこと言うね、おたく。言っちまえばその通りだ。俺が今感じてる気持ちを、連中が今は無理でも未来で感じられるように――いっちょかつての裏切り者がお節介してやりますかね」

 

 アルヴィンは腕の柔軟体操を終わらせると、あらためて大剣と銃を抜いた。

 

「もう最上階まで来た。残るは屋上だよ」

 

 

 

 

 屋上に繋がる研究室を経由し、ドアを全開にする。

 

 雲間から射す陽光が短い間視力を奪う。目が慣れてから観察すれば、タイルが敷き詰められ、柵に囲まれた屋上に、異様なものが佇んでいた。

 

源霊匣(オリジン)ヴォルト!」『ビリビリするやつだよー!』

「また作ったのかよ!」

「制御もできないのに…!」

 

 ふと、敵の正体におのおの仰天しているジュードたちを尻目に、ユティが小声でルドガーに、

 

源霊匣(●●●)って(●●)なに(●●)?」

 

 それなりに衝撃的な質問を投げかけてきた。

 

「……お前、源霊匣(オリジン)知らないのか?」

 

 ユティはこくこく肯く。

 純エレンピオス人のルドガーも詳しく理解しているとは言い難いが、ジュードの活動もあって全く知らないということはない。

 

 問い質す前に、源霊匣(オリジン)ヴォルトから雷が放たれた。

 射程には――エルとルルがいる!

 

 ルドガーより先にユティが動いた。ショートスピアを投げ、器用にもエルの前のタイルとタイルの間に突き立てたのだ。

 

 雷は即席の避雷針になったスピアに落ちる。ほぼ同時に駆けつけたユティはエルを抱えて転がって伏せた。その間4秒。(ひかり)より速かった。

 しかし、スピアに落ちなかった雷が、ルルを直撃してしまった。

 潰れた声を上げて倒れるルル。

 

「ルル!」

 

 もうひとりの家族を傷つけられた――ルドガーの中で感情のメーターが焼き切れた。

 ルドガーは双剣を抜いて吼え、紫電の球体に挑みかかった。




(2)と(3)を分割してまとめ直しました。
 今回は作者の中のアルクノア観を書かせていただきました。TOX2になってからはアルクノア=反リーゼ・マクシアのテロ組織という、どこか都合のいい騒動起こし役になってきた気がして…アルヴィンとルドガーの主張がまんま作者の主張です。


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Mission4 ダフネ(4)

 常に選択しなきゃいけない、何を生かして何を殺すのか。でなきゃ何も守れない。


「うおおおおお!!」

 

 ルドガーが骸殻に変身し、黒い槍を紫電の球体に突き立てた。

 抜いた槍の穂先に刺さった黒い歯車が、パリン、と砕け散る。

 それを合図に世界がひび割れて崩壊した。

 

 

 

 暴走した源霊匣(オリジン)ヴォルトを止めるべく、ユティたちは全員で紫電の精霊に挑んだ。

 幾度となく電気ショックを浴びせられ、球転がしによる体当たりも食らったたが、特にルドガーとアルヴィンの銃撃が利き、源霊匣(オリジン)ヴォルトの動きを封じることに成功。トドメにルドガーが骸殻で時歪の因子(タイムファクター)を破壊した。

 

 全員が正史世界に生還した。

 

「ルル、しっかり!」

 

 落雷のダメージから未だ起き上がれないルルの横で、エルが翡翠の瞳を潤ませる。

 

『大丈夫っ。任せてー』

 

 エリーゼが反対側に膝を突き、治癒術を施し始める。

 ユティはエルの横に立った。

 

「エル、ルルは死なない。エリーゼが治せる。泣かないで」

 

 そう告げるや、エルはワンピースの裾をきつく握りしめて俯いた。

 

「……っき、…なかったの…」

「え」

「さっき! 何でルルも助けてくれなかったの!? エルは助けてくれたのに、何でルルは…!」

 

 彼女は本気で怒っている。ユティの行動を、小さな体のありったけで責めている。

 

「よせ、エルっ。しょうがないだろう」

「あそこでルルまで助けに行ってたら、ユティだって危なかったんだよ」

 

 ルドガーとジュードに制止されてなお、エルはユティを睨んでくる。

 

「ごめんなさい」

 

 膝に手を置いて腰を直角に曲げて、頭を下げる。

 

「エルの友達守れなかった。ユティの力不足。だから謝る。ごめん、エル」

 

 頭を上げる。しゃがみ込む。目線の高さはちょうどエルと同じくらい。

 

「でもエル。これは知っててほしい。ユティは命が惜しいと感じたことは、10歳から一度もない。他人でも、自分でも。そう在るように育てられた」

 

 そして、ユティはそれを過酷とは感じない。そう在れと望まれ教育された思い出は、ユティにとってはむしろ誇りだった。父を初め何人分もの期待と希望をユティは背負って、今ここにいるのだ。

 

「ユティがルルのとこ行って、エルとルルを遠くに投げて、2度目の落雷をユティが代わりに受ければ、エルとルル両方が助かった。でもしなかった。確実とは言えないから。ユティの命を惜しんだんじゃない、エルの安全を惜しんだ」

「……ユティは、エルを守るためなら、ルルが死んでもいいって思ったの?」

「ワタシが身を案じるのはルドガーと、ルドガーの行動理念になるエル、アナタだけ。それ以外には気を回せない。今日みたいなこと、これからもある。だから、先に謝らせて。この先もエルを泣かせる選択をすることを」

 

 エルは裏切られたといわんばかりにユティを睨みつけたが、やがてくしゃっと顔を歪めて、背中を向けた。真後ろにいたルドガーが、エルの背を労わるように叩いた。

 

 ユティはそれを見届け、屋上の落下防止柵へと歩いて行った。




 自分で書いていてオリ主がドライなのかウェットなのか分からなくなってきました。「皮肉屋なしゃべり方」が最初のコンセプトだったのですが、いつのまにか読経みたいな台詞回しに……何故?
 分史破壊後の場所。本当ならスタート地点に戻るのですが、今回は雰囲気重視で屋上に戻しました。設定に矛盾ありと思われた方、正しいです。申し訳ありません。


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Mission4 ダフネ(5)

 いいに決まってる わたしにウソのつき方を教えてくれたのは、あなたなんだから


 ユティの前には、柵越しにヘリオボーグ研究所の棟とトルバラン街道が広がっている。

 無機と有機のちぐはぐな景色が地平線まで広がり、夕陽がそれらに等しく降り注いでオレンジに染め上げる。

 

 ユティはカメラを遠景に設定してシャッターを切った。次いでカメラを操作し、ファインダーに今までのフォトデータを参照する。

 

(そろそろ現像に出さなくちゃ。ユリウスにも写真付きで報告するって約束したし)

 

 突入前のアルヴィンの困った顔。

 ヘリオボーグ研究所でのテロ被害。ユティが知る技術に比べれば格段に劣る黒匣(ジン)製兵器。

 銃を届けに来たはいいが扱いにビビるイバル。

 ティポに文句をつけるエルと反論するエリーゼ。

 雷パニックのあとでコケたエルと、助け起こすルドガー。

 褒め言葉を間違えてティポに頭からかじられるルドガーと苦笑いのジュード。

 源霊匣(オリジン)ヴォルトとの戦い――

 

「泣いたカラスがもう笑ってやんの」

 

 上からアルヴィンがユティの手元を覗き込んでいた。後ろに立たれるまで気配に気づけなかった。

 

「落ち込んでんのかと思って慰めに来てやったのに」

「元気になれた。これ、元気の素」

「どれどれ……わ、何だこりゃ。おたくら、ここに来るまでによく死ななかったな」

「ここ何日かで、今日までの人生の素振り、本振り回数を超えた自信がある」

 

 列車での移動はともかく、街道を行く時は特に気を配った。素質はピカイチだが経験不足のルドガーを補うべく、スピアで刺し貫いた魔物は数知れない。今日もルドガーのフォローのために何人のアルクノア兵を殺したやら。

 

「槍、ガキの頃からやってんのか」

「5歳からやってる。とーさまに教えられた」

「5歳!? おたく見たとこ13,4歳だろ。えらく長いことやってんだな。傭兵志望か?」

「16歳だよ。なれるならカメラマンになりたかった。あと、アナタに比べたら短い気がする」

 

 ユティの知るアルヴィンとは親子ほどの歳の隔たりがあり、アルヴィンが銃と剣を握っていた年数もそれに比例する。

 しかし、馬鹿正直にそれらを、面食らうアルヴィンに話すわけにはいかないので。

 

「おじさんのアナタとユティじゃ生きてる年数からしてちがうし」

 

 ビシ! 本日二度目のデコピン。今度は笑えなかった。痛い。じわじわ来る。

 

「さっきも言ったが、誰がおじさんだって? 俺はまだ27だ」

「……アラサーはおじさん圏内では」

「もっぺん食らうか?」

「ゴメンナサイ」

『あー、アルヴィンがユティに大人げないことしてるー』

 

 ティポがふよふよと漂ってきた。ティポを追ってエリーゼも来た。

 

「女の子を叩くなんて最低ですよ、アルヴィンっ」

『励ましに行くって言ったくせに何やってんだ! バホー!』

「いい、エリーゼ。今のはワタシに非があった」

「それとこれとは別問題です! ユティももうちょっと怒ってください! でないと永久にアルヴィンのオモチャにされちゃいますよ!」

「……姫ぇ~。俺、そこまでコテンパンに言われるほどおたくをいじってないだろぉ~」

『代わりにジュードとかレイアをいじってたじゃんかー』

「いや、ティポも、本当、いいから。そろそろ本格的に彼が沈没しそう」

 

 しゃがんで地面に「の」の字を書くアルヴィンは端から見ればかわいそうだ。

 ユティはアルヴィンの横にしゃがみ込む。

 

「ワタシ、気にしない。いじられてもぶたれても、アナタが相手なら」

「はは。うれしーねー味方ができて。でも異性相手にそういう発言は誤解を招くから程々にな」

「誤解じゃない」

 

 ユティにとっての「アルヴィン」とこのアルヴィンが別人だと頭では処理できる。だが、長年の習慣は簡単には抜けない。ユティはどんな「アルヴィン」であれ、「アルヴィン」相手には無警戒・無防備になる。

 

「……なあ、おたくと俺、どっかで会った?」

「会ってない。どうして?」

「顔合わせの時。意味深な発言してくれたじゃん。今もそうだし。ひょっとして俺がエレンピオスにいた頃会ってたりして」

「ワタシたちが会ったのは、今日が初めて」

「だよな。――ま、あれだ、エルの言葉はあんま気に病む必要ねえぞ。戦場じゃ一瞬の取捨選択が生死を分ける。欲張ったら拾える命まで零しかねねえ」

「――ありがと」

 

 アルヴィンはくしゃっとユティの頭を掻き回した。

 

 

 仲間の輪に戻っていくアルヴィンとエリーゼを見送る。入れ替わりにルルがやって来た。

 ルルはユティを案じるように鳴く。

 この猫は賢い。ユティが何者か分かっているのかもしれない。

 

「さっきはごめん。痛い思いさせて」

 

 ユティは地べたに座った。ルルはのどを鳴らして足にすり寄ってくれた。

 

「ナァ~」

「嘘はついてない。あの人とは今日が初対面。ユティの『ウソツキのアルおじさま』とは、これから会うんだから」

 

 ユティは短パンの両ポケットの中身を取り出した。片や傷だらけの銀時計。片や夜光蝶を刻印した銀時計。

 

「会えないほうが、誰にとっても幸せな結末なのは、分かってるんだけどね――」

 

 懐中時計をポケットに戻して立ち、「そろそろ行こう」と声をかけてきた彼らを追いかける。ルルもついて来た。

 

 建物の中に戻る。集団の少し後ろを歩いていると、足並みを遅らせてエルがユティに並んだ。

 

「……ルルにゆるしてもらえた?」

「うん。ほっとした。ルルは懐の広い猫だね」

「ルルがゆるしたんなら、エルも…その…ゆるしてあげていいよ、さっきのこと」

 

 ルドガーに何か言われた? とは問わなかった。分かりきっている事柄であり、口にすればまたエルとの仲がこじれかねないからだ。これから長期間同行することを考えるとそれは望ましくない。

 

「エルも懐が広い。将来いい女になる」

「そ、それだけ! じゃあね!」

 

 エルは速足でルドガーの横に戻っていった。ルドガーはエルと二言三言話し、ユティをふり向いて笑った。

 

 

(大丈夫、とーさま、アルおじさま、バランおじさま。ユティはちゃんと、とーさまの言いつけ、守ってみせるよ)

 

 

 ――ルドガー・ウィル・クルスニクを死なせない。

 ユースティア・レイシィを衝き動かす、たったひとつの理由。




 明らかになりましたね、オリ主を正史に来させた主犯格は誰か。
 ユリウス。アルヴィン。バラン。この3人がオリ主を突き動かす人たちです。
 前二人は分かるとして何故バラン? と思われた方も多いでしょう。何故かというと元々バランのほうが先にユリウスの友達やってたからで、いくらアルヴィンと昔遊んだとはいえ大人になってから会ったのは原作軸で他人として。なのでバランを介して両者の関係が構築され、バランも仲介人として計画に参加することになった――そんな感じです。
 あとがきでそんな重大な事項をぶちまけるなって? 大丈夫です。メンバーはあまり重要ではないので。むしろこのメンバーが何をしでかしたかが重大なのです。

【ダフネ】
 ギリシャ神話に登場する河の神の娘。エロスの矢によって彼女に恋したアポロンに求愛され、アポロンから逃れるためにその身を月桂樹に変えた。嘆き悲しむアポロンはダフネの月桂樹を冠としてかぶった。
 この伝説から月桂冠は競技(現代ではオリンピック)にの優勝者に与えられる栄誉の冠とされる。


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Mission5 ムネモシュネ(1)

 世界なんて、救わなくても勝手に生きてくものなのに――お節介ばっかり


 ルドガーがクランスピア社分史対策室のエージェントに任じられた。

 

 それというのも、ユリウスを探す道程での働き――ヘリオボーグ研究所、ドヴォール裏路地での分史世界破壊の功績が認められ、社長ビズリー御自らの大抜擢を受けたのである。

 

(とかいえば字面だけは華々しいんだけど)

 

 ユティは一人、ノック式スピアやら機材やらを詰めた三脚ケースを担ぎ、トリグラフの路地裏をうろついていた。

 20分ほど前までは、新顔も加わったルドガーのパーティーと一緒だったのだが、訳あって単独行動中である。

 

(この辺でいいかしら)

 

 ユティは荷物から旧型GHSを取り出した。ユティ自身のGHSは正史では使えないので、わざわざバランに頼んで探してもらった骨董品だ。

 GHSの短縮番号を画面に呼び出し、発信する。コール音が7回鳴ったのを確かめ、一度切る。再び発信してコール音を7回鳴らして切る。3度目のコールで、ようよう望んだ声がスピーカーから聴こえた。

 

「何日ぶりかしら。調子はどう? ユリウス」

 

 実はユティは隠れてユリウスと連絡を取り合っていた。ユリウスの番号はルドガーのGHSを盗み見て調べた。最初はユリウスが警戒してなかなか捕まらなかったので、ユティが電話する時は、先に7コール2回鳴らすというルールを設けたのだ。

 

『どうも何も、絶不調だ』

「体? 心?」

『両方だ』

 

 列車テロの主犯として指名手配され、体は時歪の因子(タイムファクター)化の苦痛を負っている。正史でも分史でもさぞや動きにくかろう。

 

『今日はどんな用件だ?』

「申し訳ないけど、絶不調のユリウスをさらに追い込むお知らせ。――ルドガーに分史世界破壊の初任務が下された」

 

 電話越しにもユリウスが息を呑んだのが伝わった。

 

「No.F4216。座標は深度198、偏差0,89。進入点はトリグラフ。詳細はあとでメールする」

『ついに来たか……分かった。俺もその分史に入る。まだ入ってないよな?』

「出発前の準備って理由つけて一旦解散した。あと17分でクラン社前に再集合。何とかルドガーに骸殻使わせずに入りたいけど、ワタシがやったら分史対策室にログが残る。ワタシはどうするのが望ましい?」

『一度目を付けられたらクラン社に徹底的に行動を制限ないし監視される。分史世界に完全に入るまでは骸殻の使用は控えてくれ』

「進入後の時歪の因子(タイムファクター)破壊は?」

『叶うなら請け負ってほしい。分史進入より骸殻での時歪の因子(タイムファクター)破壊のほうが体への負担も大きい』

「了解。ああ、そうだ。この任務が終わったら二人きりで会いたい」

 

 淀みなかった会話が不自然に途切れた。

 

『これはまた……ざっくばらんなデートの誘いだな』

「ルドガーの報告するって契約。写真、現像から返ってきたから渡したい」

『なるほど……正史に戻ったら連絡する。場所と時間はその時に』

「分かった。デート、楽しみにしてる」

 

 ユティは電話を切った。メール画面を開いて、分史世界の座標と、ルドガーと同行するメンバーの概要を打ち、ユリウスのGHSに送信した。

 

(楽しみよ。とーさまと街で訓練以外で二人きりになるの、初めてなんだもん)

 

 ユティはGHSのスピーカー部分に口づけた。

 早く任務を終わらせてユリウスに会いたい。

 

 

 

 クランスピア社前の正面玄関に戻ると、主立ったメンバーは全員揃っていた。時間には間に合ったがユティがビリだったらしい。

 どうせだから、とユティは集団に気づかれる前に、全員が集合しておのおの好きに過ごしている写真を一枚撮った。

 

「ただいま。ワタシが最後みたいね」

 

 ルドガーの横に並んで声をかける。

 

「ああ。いい写真撮れたか?」

「ばっちぐう」

 

 ユティは指で輪を作ってOKサイン。

 

「って、そこは装備ちゃんと整えてきたか? って聞く場面じゃないかな」

「してないのか?」

「したよ。いの一番に」

「なら聞くまでもないだろ。撮影に入る前に用事は片付けるからな、ユティは」

 

(――これは。一定の範囲での信用は、ルドガーから得られたと思っていいのかしら)

 

「あ、ユティおかえりー。買い物おつかレイア~」

「おつかれいあ~。レイアこそ非番に引っ張り出してごめん」

「すっかり仲良しさんですな。レイアさんもユティさんも」

「ローエン!」

「レイアがいい子だからだよ」

 

 この二人は、レイア・ロランドとローエン・J・イルベルト。それぞれマクスバードとドヴォールで加わった仲間だ。

 

 レイアは「デイリートリグラフ」の新米記者。生粋のリーゼ・マクシア人だが、独立心と克己心旺盛な彼女は、単身エレンピオスに移り住み、就職まで決めたのだとか。

 

 ローエンは何とリーゼ・マクシアの宰相である。一般人感覚でも雲の上の人、ユティの感覚からすれば生きた伝説。もちろん、彼が随行していた「とある遊び人の男」ともども、ロイヤルショットに納めさせていただいたユティである。

 

「これで全員そろったねっ」

「こうして見るとけっこー大所帯だなー」

 

 ユティも数えてみる。計8人と1匹。確かに多い。今日のルドガーの初任務の通達を受けて、ジュードとアルヴィンが説明の場にいなかった仲間にも声をかけたからだ。

 

(世界の危機って聞いたら集まってくるなんて、RPGみたい)

 

「困ってる時に駆けつける友達が多いのはいいことだよ、アルヴィン。そんじゃさっそく分史世界とやらに出発!」

「何でレイアが仕切るのさ……ルドガー、準備は?」

「いつでもオッケー。ジュードたちこそ、準備はいいか?」

 

 キー操作を終えたルドガーのGHSの画面には、「実行」と「YES/NO」のアイコンが映し出されている。

 

「もちろん、万端。タイミングは任せるよ」

 

 ジュード初め彼の仲間の視線がルドガーに集まる。疑いも邪念も一切ないまなざし。

 これはルドガー自身が培った関係ではない。彼らはただ、ルドガーが「ジュードの友達」だから信用しているだけ。厳しい言い方だが、思考の放棄だ。その危うさはいつ露呈するか。

 

「――じゃあ、行くぞ」

 

 数人が唾を呑む音が聞こえた。

 ルドガーの指がGHSのエンターキーを押す。すると周囲の空間が歪み、砂地獄に砂が流れ落ちるように、一点に向けて集約し――炸裂した。




 C5~6を大胆にカットしました。あの辺ではただ原作の流れをなぞるだけですからね。
 借金がないからクエストに出る回数も少ないですし、そうなると積極的に来るのはジュードとアルヴィンくらい。ぶっちゃけこの初任務は「みんな久しぶり」状態なんですよね。拙作のルドガー君は仲間との絆が薄い仕様にしております。これも一応布石です。

 そしてユリウスとの秘密の電話。実は楽しくてしょうがないオリ主ちゃん。いつもより口数が多いです。パパとデートのためにもがんばります。


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Mission5 ムネモシュネ(2)

 だって、ウソはあなたの専売特許だから


 アルクノアによる列車テロは起きなかった。

 無事の列車旅を終え、アルヴィンたちはアスコルド自然工場に到着した。

 

「写真はいいのか、カメラフリークさん?」

「帰る時でいい。任務優先」

「……そうかよ」

「ルドガーってばオコサマー」

「エルにだけは言われたくない」

 

 人もいない、どの部屋が何という案内板もない。とりあえず道なりに進んで行くことになった。

 

「シゼンコージョーってなに?」

「野菜や果物をつくる工場なんですって」『変な感じだよねー』

 

 他愛ないおしゃべりだが、自国の常識を「変」と言われると胸中穏やかではない。

 アルヴィンからすれば大地に農作物が育つリーゼ・マクシアのほうが「変」だ――今でさえそう思う。それが「自然な形」であると納得するのと、個人の感覚は別――

 

 

「来たのか、アルフレド」

 

 

 ――この世で二度と聞けるはずのない声が、した。

 

「――っジランド!」

 

 ふり向き、反射的に臨戦態勢に入る。

 忘れもしない。ジランドール・ユル・スヴェント。スヴェント分家当主にしてアルヴィンの叔父。そして旧アルクノア首領。

 アルヴィンたちと戦い、死んだはずの男。

 

「スヴェント家の次期当主を呼び捨てとは。いつまでも本家嫡男のつもりでいられては困るな」

「あんたが次期当主……?」

 

 知り合いか、分史世界のアルヴィンと勘違いしている、中に入れてって頼んで、などなど後ろで囁きが交わされる。長引かせるとここのジランドに怪しまれる。

 

(事情がどうあれ、しょせんは分史世界だ。適当に話を合わせればいい)

 

「すまない、叔父さん。以後気をつけます」

「分かればいい」

「アスコルドの成果を見せてもらいたいんだけど」

「いいだろう」

 

 ジランドが歩き出す。アルヴィンは後ろの仲間に肯いて見せ、ジランドの後ろを付いて行った。

 

 ジランドは目的地に着くまでにとくとくと、アスコルドの成功がいかに偉業か、スヴェント家の利になるかを説いた。

 アルヴィンは複雑だった。ナハティガルの膝下で被っていた気弱な仮面と、旧アルクノア首領の狡猾な中身を同時に見せられているのだ。

 

(これが文字通り『世界が違う』ってやつなのかね)

 

 右から左に受け流していたアルヴィンだったが、ジランドの次の台詞には耳を奪われた。

 

「お前もそろそろ身を固めたらどうだ。レティシャ義姉さんも安心する」

「母さんが――?」

「アルフレドが遊び回って困ると愚痴ばかりだ」

 

 しまった、とどこか冷静な部分が思った。――母親。アルヴィン最大の泣き所。

 

(この世界を壊したら、母さんも世界もろとも消滅する。元気なのに? 病気じゃないのに? 『俺』が分かるのに?)

 

 まずい。揺れるなと念じても一度浮かんだ未来図は消えてくれない。ジランドの目に訝しさの兆し。心臓の音が速すぎて集中できない。早く何か言わなければ。早く――

 

 ふいに、アルヴィンの手を他人の手が握った。

 

(ユティ?)

 

 ユティはアルヴィンを見ず、ただ手を握る力を強めて、離した。

 

「ここの動力源は光の大精霊アスカだそうですね。捕獲なさったのはご当主ですか?」

「そうだ。私が発見し、捕獲した。アスカの力はアスコルドの全エネルギーを賄って余りあるものだ。精霊の利用は、今後のエレンピオスの未来を左右する産業になるだろう」

 

 エレベーターが開く。アルヴィンたちが乗り込むと、ジランドは下降のボタンを押した。

 

「アスカのマナを効率的に施設に行き渡らせるには、アスカを工場の中央部に配置してケーブルを全館に通さなければいけなかったのでは?」

「無論それには労を費やした。ドーム中央にケージを据えることでケージの下からでなく上からという発想の転換により」

「アスカのマナを一点に集め、施設への分散を可能としたのですね。ひらめきを労苦を厭わず実現する、すばらしい姿勢ですわ」

 

 ありふれた賛辞ながらジランドは満更でもない様子だ。

 

 エレベーターのドアが開き、再び長い回廊と、奥のドア。全員がエレベーターから降りる。

 

「さすがはエレンピオスきっての名家、スヴェントの次期ご当主。ねえ、」

 

 アルフレド、とユティは唇の動きだけで彼を呼んだ。

 

 これだけ時間を稼いでくれれば立て直せた。アルヴィンはジランドの背後に歩み寄ると、銃のグリップを手加減なしでジランドの延髄に打ち込んだ。

 ジランドが床に倒れる。

 

「サンキュー。ごめんな、叔父さん」

 

 エリーゼから非難の声が上がる。だが、アルヴィンは冷静に答えることができた。

 

「こいつが時歪の因子(タイムファクター)じゃないなら、怪しいのはアスカとかいう精霊だ。けど、見張られてたら手は出せないぜ。――そもそも俺たちは、この世界を壊しに来たんだ」

 

 言葉にしても、今度こそ心は揺れなかった。定まっていた。

 

「そうだろ、ルドガー?」

「――ああ」

 

 ルドガーは固く、強く肯いた。――彼にはそう在ってもらわねばならない。ルドガーだけが分史世界の生殺与奪権を持つ以上、彼はアルヴィンたちの指針だ。

 

 代わりにアルヴィンも二度と揺るがない。惰性で仲間と付き合っていた1年前とは違う。自分の力で、「ここ」をアルフレド・ヴィント・スヴェントの居場所にするのだ。

 

 そのためにもまずは、助けてくれた仲間に礼を述べておこう。

 

「すらすらしゃべれんなら普段からそうしてくれよ。急に普通にしゃべり出したからビビったぜ」

 

 ルドガーとエルが全力で同意している。同居中にユティと何があった。後で聞かせろ。

 ユティは申し訳なさも含んだしかめっ面をした。

 

「……めんどいから、やだもん」

「おたくがイヤならいいんだよ。――さっきはありがとな。フォローしてくれて助かった」

「よけいじゃなかった?」

「なかった。気づいてくれてサンキューな」

「よかった。ああいうの、アナタのほうが巧いから、ワタシ、怒られないか心配だった」

 

 言われた内容は酷いはずなのに、アルヴィンが注意を引かれたのは別の所だった。

 

(笑うんだ、この子。写真の話題でさえ能面のまんまで話すから、てっきりそういう子かと)

 

 ルドガーがユティの頭をぐわしと掴んだ。

 

「ユティ。今のはさすがにアルヴィンに失礼だ。謝れ」

「ルドガー、頭重い。髪乱れる」

「元からどこが毛先だってくらいに巻きまくってるだろうが。むしろ一周回って直毛になるんじゃないか?」

「ストレートいやー」

「だからお前の『イヤ』の基準はどこにあるんだ! 斜め上すぎて理解できねえよ!」

 

 ルドガーはユティの頭をさらに掻き回す。エルがそれを半眼で見上げる。ローエンとエリーゼは微笑ましく見守っている。

 

 アルヴィンは我慢せず声を上げて笑った。




 アルヴィンが心を固める回でした。本当ならアルヴィンEP4でなのですが、彼の役回り上、少し早めました。オリ主やユリウスとの関係のかねあい上、アルヴィンにはしっかりめのお兄さんでいてもらわないといけないので。
 オリ主はアルヴィンのほうが騙しに長けてるのを知ってます。TOX2のアルヴィンは「いかにしてウソツキをやめるか」がテーマでしたが、拙宅のアルヴィンは「悲しいウソツキ」で通します。

 オリ主がストレートヘアを嫌がる理由はちゃんとあるのですが、明かされる日は来ないでしょう。他にもルドガー曰く「斜め上基準のイヤ」はすべて理由ありです。


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Mission5 ムネモシュネ(3)

 食べると思い出して辛くなるから、いっそキライになっちゃおうって


「さて。ルドガーとユティの漫才も堪能したし、アスカ探しに行こうぜ」

「はいっ」『おー!』

「漫才じゃない!」

「じゃない」

「はいはい」

 

 適当にいなされた。ルドガーは甚だ不本意だった。ユティにアルヴィンに謝らせるという目的は達せなかったし、ルドガーとしては真剣に反省を促した行為を漫才呼ばわりされた。

 

(アルヴィンが気にしてないんならそれでいいんだけど)

 

 先ほどのアルヴィンの少年のような笑い声は、そうだったからだと信じたい。

 

 

 ゲートを開いて先のフロアに進む。メインゲートから先はドアに個々のロックがかかっているようだった。

 その点はアルヴィンが活躍した。いつのまにやらジランドという男からパスワードを書いたメモとカードキーを拝借していたアルヴィンは、あっさりセキュリティを無効化した。

 

「おっきなトマトがいっぱいです!」『お塩かけて食べた~い』

 

 いくつか部屋を調べる内に、ルドガーたちはトマトの栽培室に行き当たった。

 

 エリーゼとティポが目をキラキラさせる。温度も照度も一定に保たれた円形の部屋、一面にトマト。ユリウスが見たら喜びそうだ、と思ったのは内緒だ。

 

「今度、みんなにトマト料理作ってやるよ」

「ルドガーは料理、得意なんですか?」

「なかなかねっ」

「何でエルが答えるんだ」

 

 もっとも素直でないエルに腕を認められるのは嬉しいので、文句はそれだけに留めた。

 

「へぇ~。じゃあ今度、トマト入りオムレツを作ってくれませんか?」

「焼きトマトもジューシーな甘さが引き立って最高ですよ」

 

 ルドガーは苦笑して肩をすくめた。ユリウスのおかげでトマト料理のレパートリーは多い自信があったが、これを機会に新しいレシピを増やすのもいいかもしれない。何せこんなに、喜んで食べてくれそうな知り合いが増えてしまったから。

 

「げー。エル、トマトきらいー」

「知ってるって。エルのはちゃんと別に用意する。他にリクエストあったら今の内に言ってくれよ」

「え、えっとえっと」『キャー待ってー!』

「のどかな会話だねえ。――っておたくもかっ」

 

 アルヴィンがツッコんだのは、彫像のごとくトマトを凝視するユティ。第二のユリウス現るか、とルドガーは身構えた――が。

 

「トマトは食べたことない。とーさまがキライだったから」

 

 とんだ肩透かしを食らった。エルが「どんまい」と励ましてくれた。

 

「おや、もったいない」

「とーさまも昔は好きだったんだけど、それは叔父貴が作るトマト料理だけ。叔父貴の料理食べられなくなってからは、むしろ食べたくなくなったんだって、トマト。かーさまも叔父貴のマネしてあれこれ試したけど、叔父貴の味にはならなかった」

「ユティのパパってワガママなんだねー」

「ナァ~」

「うん。ワガママでほんと困った」

 

 困る、と言いながらユティはふにゃふにゃ笑っていた。その父のワガママさえ、ユティは愛しくてたまらないのだろう。

 

 ――ルドガーは顔も知らない両親に考えを巡らせた。

 ルドガーには親との思い出どころか知識さえ少ない。母の名がクラウディアで夭折したことは知っているが、父親に関しては顔も名も知らない。ユリウスに尋ねても教えてくれなかった。

 

(別に寂しいとかじゃない。足りない愛は兄さんがくれた。けどエルやユティみたいに、当たり前に親の話する子たちを見ると、何でそんなに一生懸命なんだって疑問に思う。俺にはその『いて当たり前の存在』がいないから、分からないんだ)

 

 なりゆきとはいえここ数週間はエルとユティと共同生活を送って、他の仲間よりは近いと信じていたのに。

 急にルドガー一人が取り残された気持ちになった。

 

 

 

 

「ねえねえ」

 

 殿(しんがり)を行っていたアルヴィンにユティが声をかけた。

 

「アナタ、ユリウス知ってる?」

「ルドガーの兄貴だろ。で、クラン社のクラウンエージェント」

「違う。アナタが知ってるか」

 

 いまいち要領を得ない会話。ルドガーやエルでなくとも焦れたくなるのがわかった。

 

「名前」

「んあ?」

「フルネーム、教えて」

「……アルフレド・ヴィント・スヴェント」

「愛称は『アル』?」

「まあ、ガキの頃はな。今はそう呼ぶ奴一人もいねえぞ」

「この歌に覚え、ある?」

 

 ユティは細く小さくハミングする。シンプルなメロディラインは哀悼曲にも似て。

 

 ――“泣き虫アル坊や”――

 

 ぱちん。シャボン玉みたくフレーズが弾けた。

 

「ユリ兄……?」

 

 思い出した。まだエレンピオスにいた頃、幼かったアルヴィンの面倒を近所の少年が見てくれていたことがあった。身なりも品もいい一つ年上の少年は、ユティのハミングと同じ曲を歌っていた。

 

「よかった。覚えてた」

「何でおたくが俺とユリ兄――じゃなくて、ユリウスとの関係知ってんだ」

「それはワタシがユリウスの親類縁者だから」

「はあ!?」

 

 アルヴィンの声に先行く仲間が顧みる。ユティは指を口に当てて「静かに」とサインした。

 

「ユリウスにもルドガーにも言ってない。ないしょにして」

「何で。ユリウスの親戚ならルドガーとも親戚だろ」

「イッシンジョーのツゴウ」

「隠し子?」

「下衆の勘繰りだよおじさん。――あべしっ」

 

 頭を軽くはたくと妙な擬音で答えた。ノリはいいらしい。

 

「当たらずとも遠からず。やっぱり人生経験豊富なおじさんは目の付け所、いい」

 

 言い方は大いに問題だが、浮かべているのが純然たる親愛なので強く言えない。

 代わりにアルヴィンは「問題」の部分だけ直させることにした。

 

「前も言ったけど、その『おじさん』ってのヤメロ。デリケートなお年頃なのよお兄さんは」

「ふーん。じゃあ」

 

 ユティは正面に回ってアルヴィンを見上げた。見られる側を射抜くひたむきな蒼。この蒼をアルヴィンは知っている。きっと自覚の底にユリウスと同じものだと分かっていた。

 

 

「アルフレド」




 キリよく投稿したら長くなりました。すみません。
 アルヴィンにユリウスのことを思い出してもらいました。作者は彼らをバラン含めて「エレンピオス幼なじみ組」と呼んでいます。作者個人的に。こんなにオイシイ設定なのにあまりSS見かけないのは何故…!orz

 オリ主実はトマト未体験。今まではエルのためにルドガーが料理からトマト抜いてたので気づかなかったってことで;
 つまりオリ主の分史ユリウスはルドガーの料理が食べられる状況にないということです。察しの良い方はこれが何を示すのかすでにお分かりかと思います。そしてそのままオリ主の目的にも到達できるかと思います。

 親のことで疎外感のルドガー君。絶対に一度は気にしてるはずだと思います。でも未成年じゃ戸籍を取るのは難しいですし(身分証明とか現実世界に準じて考えるとですが)、知ってる兄は教えてくれないとなると、足場が脆い人格形成になると思うのは作者だけでしょうか?


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Mission5 ムネモシュネ(4)

 あなたはできるようになりたくなかったの?


 セキュリティロックの扉をいくつも潜り抜け、ガードロボを突破し、アルヴィンたちはようやくアスカを閉じ込めたケージの前まで来た。

 

 ケージには眩い白光を撒き散らす巨大な鳥、光の大精霊アスカが囚われている。

 

 アルヴィンはすでに銃を抜いていた。エリーゼやティポは「明るい性格だといい」と可愛らしい発言をしていたが、大精霊の性格には期待しないとアルヴィンは決めている。こと人間を前にした大精霊には。アルヴィンが1年前の旅で得た大鉄則だ。

 

 するとユティが真っ先に前に出た。ユティはケースから三脚を出して組み立てると、カメラのレンズをいじって三脚に載せ、シャッターを何度も切った。アングルを変えてはシャッターを切る。

 

「アスカは撮るのかよ」

「コレは今しか撮れない。施設は帰りに撮れる」

「ぐっ」

「一本とられたね、ルドガー!」

「撮ってないよ?」

「ゴホン。よい写真は撮れましたかな」

 

 埒が明かないからか、ローエンがユティに話しかける。

 

「1/8のNDフィルター使ったけど、この反則級の眩しさじゃ全体像はボヤける。さっき下から撮れたのと、全景入ったので上手くページまとめる」

「ユティさんは写真集でもお出しになっているのですか?」

「ううん。完全なる趣味。全力投球の趣味だけど」

「よい生き方をされておいでだ」

「ローエンほどじゃない」

 

 噴出さなかった自分を褒めてやりたい。何故ならアルヴィンが思い出したのは、よりによってローエン著『くるおしき愛の叫び』騒動だったのだから。

 

「どしたの? アルフレド。マナーモードのバイブレーションみたい」

「後で教えてやるから今話しかけんな笑っちまう」

「???」

「ふむ。何故か今猛烈にアルヴィンさんにフリットカプリッツォを仕掛けなければいけないような気がしたのですが、気のせいでしょうか」

「気のせい気のせい」

 

 

 撮影を終えてユティは、機材を片付けつつ聞き耳を立てる。

 

「どうですか、ルドガー」『アスカが時歪の因子(タイムファクター)?』

 

 ルドガーはじっと揺輝の鳥を見上げる。

 

「――。いや、特に何も感じない。ケージのせいかもしれないけど」

「封印術式を施した黒匣(ジン)を使用してアスカを捕えているのですね」

「開ける?」

 

 エルが無邪気に提案する。答えてユティは。

 

「開けたら襲ってくる」

「え!? ヤダ!」

「かも」

「~~からかったでしょー!」

「エルが勝手に驚いたのに……」

 

 のんびりした会話の裏で、ユティの脳内では冷静な試算が行われていた。

 

(アスカは時歪の因子(タイムファクター)じゃない。ルドガーがそれを言えばここは用済み。無駄な戦いする前に撤退したい。ルドガーにはなるべく骸殻を使わせないようにしなくちゃ。そのためには、ケージを開けずにアスカが時歪の因子(タイムファクター)じゃないと彼らを納得させる理由がいる)

 

 ユティは短パンのポケットに忍ばせた夜行蝶の懐中時計にこっそり触れる。

 時歪の因子(タイムファクター)破壊を請け負う以上、彼らにはどこかでユティが骸殻能力者だと明かさなければならない。あらぬ疑いをかけられぬタイミングで、かつルドガーにユリウスの陰を匂わせないように。

 そのタイミングに今この場はふさわしきなりや?

 

(ノー、ね。これはルドガーの初任務。ルドガーにはここで分史破壊のノウハウを覚えてもらわなきゃいけない。因子破壊の、最後の最後にバラすのが順当。ここはルドガーのレベルアップも兼ねて一戦しときましょうか。ワタシも意思のある大精霊と戦ったことはないし。後の経験値になる)

 

「しゃーない。ここはエルの意見を入れてご対面と行こうぜ」

 

 アルヴィンが銃の標準をアスカのケージ結節点に合わせる。

 おのおのが得物を出して構える。双剣、ロッド、フルーレ、ショートスピア。エルはルルを抱いて、下の層に続く階段に隠れた。

 そしていざ、アルヴィンがトリガーを引こうとした瞬間――

 

 別の銃声がドーム内に反響した。

 

 まったく警戒していなかった背後からの奇襲。ユティは急いで態勢を立て直す。

 

「どういうつもりだ、アルフレド! 俺の手柄に、何を…!」

 

 ゲートの前に、ジランドがガンブレードを構えて立っていた。

 

「ちょ、落ち着けって!」

「どの口で!」

 

 ジランドはガンブレードを連射する。下に飛び降りれば回避できるか、とユティが目算を立てるより先に動いた者があった。

 エリーゼとティポだ。彼女たちの足元に闇のマナが口を開く。二者は同時に詠唱を締め括った。

 

「『ネガティブゲイト!』」

 

 床に黒く禍々しい円が描かれる。魔法陣から闇色の手が何本も伸び、弾丸を全て掴んで円の中に引きずり込んだ。

 

 ユティはショートスピアを正眼に構える。一度はエリーゼのおかげで窮地を脱したが、二度目は許してくれまい。分史とはいえアルヴィンの家族と戦うのは気が引けるが、戦いを実行する肉体(ハード)にとってそんな感情(ソフト)は些末事だ。

 

 しかし、ジランドの反応はユティの予想と正反対だった。

 

黒匣(ジン)なしで算譜法(ジンテクス)を使った…!? 何なんだお前たちは!」

 

 ジランドの銃を持つ手が、いや、体全体が震えていた。

 

(精霊術を畏れてる。そういえばここはリーゼ・マクシアと繋がってないエレンピオス。精霊術は黒匣(ジン)ありき。ワタシも元の世界で指揮者(マエストロ)を知らなかったらこのおじさんみたいになったんでしょうね)

 

 勝機を見出せた。これなら軽く脅せばジランドはあっさり退却して、無駄な消耗を避けられるかもしれない。

 後ろに大精霊が控えている以上、戦力は温存しておきたい。

 

「――ローエン。このまま追い返せない?」

「やってみましょう」

 

 ローエンもユティと同意見だったのか即答してくれた。

 この場で一番交渉役に向いているローエンに任せて、ユティは定位置――エルの前まで下がる。

 

「落ち着いてください、これは精霊術といって――」

「寄るな、化物!」

 

 取りつく島もない二度目の発砲。左肩に被弾し、ローエンがたたらを踏む。

 

 大技を使った直後のエリーゼはとっさに術を使えず、ローエン自身が一番前に出ていたため、エルが待機する階段のそばに下がっていたユティは駆けつけるのが間に合わなかった。

 

「ふざけんな!」

 

 アルヴィンが銃をジランドに向けた。アルヴィンの技術なら狙い違わず標的を殺せる。

 

 

 ――“お前にもできるようになるよ。血が繋がってようが、愛着があろうが。……俺はできるようになってほしくねえんだけどな”――

 

 

「やめて」

 

 ユティはアルヴィンの正面に回ると、銃身を両手で上から押さえて銃口を下げさせた。敵意むき出しのアルヴィンに向けて、首を横に振る。

 

「やめて、アルフレド」

 

 少しの間、睨み合った。

 やがてアルヴィンは、ユティの手を乱暴に振り解き、銃をホルスターに戻した。




 いつもお読みいただいてありがとうございます。あんだるしあです。
 暁での投稿とちょっと切れ目が違います。といっても両方お読みの猛者はいらっしゃらないでしょうが。一応ご報告を。

 フリットカプリッツォはローエンの術技で、エアグライダーにローエンがいつものポーズで乗って相手を撥ねる(←ここ大事)技です。どうぞ風に乗って迫ってくるご老体をご想像ください。そして笑っていただけると作者は天にも昇る思いになれます(←THE★押 し 売 り)


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Mission5 ムネモシュネ(5)

 こんな感情(モノ)はただのエラー


「ローエン、大丈夫か!?」

 ルドガーとエリーゼがローエンに駆け寄った。後ろを向くとジランドはいなかった。ルドガーが追い払ったらしい。

「大丈夫、掠っただけです」

 ローエンは左肩を押さえて笑うが、どう見ても笑顔に無理がある。

「ごめんなさい。ワタシの提案がローエンを傷つけた」

「ユティさんのせいではありませんよ。ユティさんに言われずとも、私もああするつもりでした。どうか、お気を落とさず」

「……ローエンがそう言ってくれるなら、そうする」

 大局に変化はない。今さら他人を心配するほど心優しくもなれない。

 胸の妙なざらつきは局部ごと剥ぎ取って捨てるイメージで、ユティは思考を切り替えた。

「いやはや。この分だと弾だけでなく、時歪の因子(タイムファクター)もハズレですかね」

「そうね。あれだけ騒いでアスカに変化がないなら、コレはもうただの大精霊じゃないかしら」

「いかがでしょう? ルドガーさん」

「あ…」

 ルドガーは思い出したというようにケージを見上げた。そして今度は、より鋭く、針が落ちる音さえ聞き逃さぬとばかりに神経を逆立て、アスカを上から下まで検分する。もはやケージ越しであろうと異常があれば糸ほどの細さでも見逃さぬといわんばかりだ。

 横にいるエルは無意識に愛らしい面を強張らせ、ルドガーの邪魔をすまいとしている。

「ああ、そうだな――ローエンの言う通りだ。だから冗談言ってないで早く手当てするぞ」

「わたしやります」『まかせてー』

「頼む、エリーゼ、ティポ」

「すみません」

『水くさいよー』

 エリーゼも笑って頷いた。

 

時歪の因子(タイムファクター)でないモノの選別能力はあり。これが吉と出るか凶と出るか)

 エリーゼがローエンの治療にかかってすぐ、ルドガーのGHSが鳴った。ルドガーは仲間の輪を外れて電話に出た。

 

 10分ほどの会話を経て、ルドガーはGHSを切って戻ってきた。

「レイアからだった。街のほうじゃ特に変わった様子はなかったって」

「おいおい勘弁してくれよ~。これでエレンピオス中そんな感じだったらどうすりゃいいワケ。リーゼ・マクシアまで渡るのか?」

「俺に言われても知らない。それにいくらヴェルでも俺みたいな新米にそんな難しい仕事回すとは思えない」

「やけに信用してんのね、あの秘書のねーちゃん」

「ああ。元同級生だから」

「初耳! 俺らそれ初耳よ!」

「ただ、街には変わったとこはなかったけど、妙な噂を聞いたって」

「……スルーしやがった」

 ユティはアルヴィンの項垂れた背中を軽く叩いた。

「その噂が、『ヘリオボーグの先の荒野で髪の長い女みたいな精霊を見た』ってのなんだ」

「髪の長い精霊?」『まさかミラ!?』

 驚くエリーゼとティポとは裏腹に、エルは小首を傾げる。

「ミラ? だれ?」

「私たちと一緒に旅をした方ですよ。ミラ=マクスウェル。その名の通り、元素の精霊マクスウェルその人です」

「もっとも本当にマクスウェルになったのは1年前に断界殻(シェル)が開いてからだけどな」

「……不思議なことに縁があるにも限度がないか?」

「そう言うなって。人生何が起きるか分からんもんさ。おたくもそのクチだろ」

 アルヴィンがルドガーの肩に腕を回した。

 確かにただの青年がいきなり人類の命運を懸けたレースに参加させられるとは、ルドガー自身も思わなかっただろう。

「ミラさんかどうかは置いて、有力情報には違いありません。とにかく一度ヘリオボーグに向かってみるべきでしょう」

 ルドガーもアルヴィンも真剣な面持ちで肯いた。

「先に行っててください。わたしはローエンの治療をしてから合流します」

「二人だけで大丈夫か? まだ警備兵やガードロボがいるんだぞ」

「復調しさえすれば、私とエリーゼさんたちで力を合わせて乗り切ってみせます。ジジイもまだまだ若い者に負けてはおれませんから」

「あのなあ……」

 少女と老人を敵地の真っ只中に残せるほどルドガーは冷徹ではない。だから早めに未練を絶たさねばならない。

「ルドガー。ここで問答してもしょうがない。二人とも優れた術者。ワタシたちは先に行くべき」

「でも」

「行くべき」

「……分かったよ」

 ルドガーは迷いを振りきるように踵を返した。ゲートへ歩いていくルドガーにエルが、アルヴィンが続く。

 ユティも追った。後ろに残した二人を顧みることはなかった。




 アスカ戦をさくっとカットしました。期待してくださった方実に申し訳ありません。そしてアスカ戦がないと予想された方はおめでとうございます。粗品ですがお納めください( ^^) _旦~~(木崎の大好物・抹茶ラテ)
 いえね。このままアスカ戦じっくり書いてたら本当にM5がとんでもない長さになってしまいますのでね。まだクロノス戦①があるのにもう(5)ですよ(5)!  もうこれからは巻いていきます! 戦闘はざっくざくに端折っていきます! 番外編も当分は手をつけません!

 オリ主にちょっとした変化の萌し? ローエンが心配です。


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Mission5 ムネモシュネ(6)

 一緒に来てくれる ――その奇跡を、残しましょう


 再び列車に乗ってトリグラフ中央駅に戻ると、ジュードとレイアがターミナルで待っていた。ローエンとエリーゼが後で合流することはすでに電話で伝えてある。

「街のほうはどうだった?」

「……街も人も、僕らの世界と変わらなかった。ただ、リーゼ・マクシアの存在を誰も知らないんだ」

「でも、それ以外は、全然同じように人が暮らしてるんだよ。陸も海も空も、ずっと繋がってて……この世界を壊すって、つまり……」

 パロットグリーンの瞳は怯えで染まっている。

「怖気づいた?」

「そ、そんなんじゃ…!」

「おい、ユティ」

「アルフレドも。この際だから言う。ここを壊す、イコール、ここの生き物全部殺すこと。時歪の因子(タイムファクター)を壊すのと、ここの人たちを何万人も一人一人縊って息の根を止めていくのはまったく同じ行為」

 ――父親を刺殺した瞬間を思い出す。それがクルスニクの者なら等しく味わうものなのか、それとも「鍵」特有の感知かは分からない。あの崩壊の瞬間、ユティの手には何千何万という命を屠殺した手応えがあった。その中には、母も、敬愛する二人の男も含まれていた。

「ワタシは、どっちであっても、できる」

 するり。ユティはレイアの首に両手を当てる。レイアの体が跳ねた。

 このまま縊れるか、と自問し、縊れる、と自答した。ユースティア・レイシィはそう在る(●●●●)よう育てられた。

「アナタたちは? できないの?」

「――そこまでだ、ユティ」

 ルドガーがユティの手を掴んでレイアから離させた。

 手首がひねり上げられる。ぎりぎりと食い込む指。骨が悲鳴を上げている。

「レイアたちは気にするな。一緒に来てくれただけでも感謝してる。この先は俺たちの問題だ」

「気にするなって…」

 ルドガーは答えず、ユティの手首を掴んだまま歩き出した。

 

 

 

 ルドガーはずんずん進んで行く。若い男が小さな女を強引に連れ歩くように見えなくもないシチュエーションは、通行人の目を引いた。だが、ルドガーもユティも気にせずトルバラン街道への道を歩いて行った。

「さっきみたいな悪趣味なやり方はよせ。試すにも限度がある」

「ワタシのやり方、間違ってた?」

「最悪の間違い方だ。あとでレイアに謝れよ。ビビらせて悪かったって。――もっとも、付いて来たらの話だけどな」

 ルドガーは哀笑し、ようやくユティの手を離した。

 カーディガンの袖をめくると、手首にはくっきりと五指の形の青痣ができていた。ユティはすぐに袖を戻して痣を隠した。

「エルとジュードとレイアとアルフレド、付いて来ないと思ってる?」

「突き放した言い方しちまったからな。ひょっとしたら嫌気が差したかもしれない」

「世界の破壊に?」

「俺自身に、だよ」

「あの時はルドガーの人間性の話はしていなかったように記憶してる」

「……そうじゃなくても、ふとした瞬間に『あ、こいつとは付き合えない』って思うこと、あるだろ」

「よく分からない。とーさまとかーさまと、おじさまたち以外に会った人、ほとんどいない。他の人間は分からない」

「……そうか」

 曇りの日特有の生ぬるい風がユティとルドガーに等しく吹きつけた。

 

 ルドガーはエルたちを待つつもりらしいので、ユティも倣って離れた位置の建物の壁に凭れた。

 手にはGHS。メールを打つ。送信先は当然、ユリウス一択だ。行き先と全員の無事を書いて送信した。

「ルドガー」

「何だ」

「さっきの。ルドガーにも言えること」

「覚悟はしてる。ユティの言ったように、何千何万の人間の首を絞める作業だろうがやってみせる。できなきゃ、エージェントなんて務まらない」

 覚悟よりも矜持が、ルドガーの行動の軸になっている。

 ではその矜持は誰に対するものなりや?

 ユリウスだ。ユリウスを見返すため。おそらくルドガーの現在最大の動機。

 子供じみていると思うことなかれ。この手の小僧の負けん気は、表に出さない限りは良質な炉心になってくれる――とふたりの男の内一人が言っていた。

「なら心配しない。でも、万が一、できないと思ったら、言って。ワタシがやる」

「分史世界を壊せるのは骸殻能力者だけだ」

「できるの、ワタシにも」

 ルドガーの翠眼には濃い疑念。ここまで言えば察せそうなものなのに、案外ニブイのだろうか。さらなる暗示を言おうと口を開きかけて。

「ルドガー!!」

 ふり返る。エルとジュードたちがユティたちの前まで駆けてきた。

「もー、かってに先に行かないでよ! 迷子になったらどーするの!」

「エルにだけは言われたくない」

 ルドガーはエルのほっぺを抓った。「いひゃいいひゃい」とエルはじたじた暴れた。ルルが威嚇したのでルドガーも途中でやめた。レイアにしがみつくエルは涙目だった。

「エルはどうしたの? ワタシとルドガーが迷子になってたら」

「そんなの探すに決まってるじゃん」

 快刀乱麻な回答。ユティとルドガーは顔を見合わせた。

「もちろん僕たちもね」

 ジュードとレイアが朗らかに、アルヴィンは肩を竦めて、笑いかけている。

「……いいのか? 見つけなきゃよかったって後悔するかもしれないんだぞ」

「絶対しない」

 ジュードが間髪入れずに答えた。

「後悔しないために、一緒に来たんだ。僕も、レイアも、アルヴィンも、みんなね」

 誰の顔にもルドガーへの恐怖や不信はない。彼らは本気でルドガーと共に世界を壊すつもりだ。

 覚悟は後から付いて来るからいい。重要なのは、そこに意思があるか。

「ありがとう……それと、ごめん。突き放す言い方して」

「ううん。いいんだよ。誰でもそう言いたくなる時ってあるよ」

 ジュードのいらえはどこまでも血が通っている。

「レイア」

「ん、なに、ユティ?」

「さっきはごめんなさい。怖い目、あわせて」

 レイアは苦味の強い苦笑をした。

「いいよ、もう。でも、できればもうやらないでほしいかなー」

「しない。絶対」

「じゃあ、いいよ」

(ふしぎ。どうしてジュードもレイアもこんな、簡単に人を信じて、許せるんだろう。自分への見返りとか、裏切りとか、考えないのかしら)

 ユティの疑問に最も答えてくれそうなアルヴィンを見やる。

 アルヴィンは視線に気づくと、こちらに来て、ルドガーとユティの肩にまとめて両腕を回した。

「うわっ。何だよ、アルヴィン」

「アルフレド?」

「まあ、何だ。俺ら全員、覚悟してここにいるとは言い切れねえよ。でも、一人よりマシ、だろ」

「アルヴィン……」

「ルドガーはどうだ? 俺らが一緒にいるのは迷惑か?」

 ルドガーは笑みながら首を横に振った。

 アルヴィンは満足げに腕をほどくと、強くルドガーの肩だけを叩いた。痛いよ、と小突き合うルドガーとアルヴィン。

(撮らなくちゃ)

 ユティはカメラを構えてシャッターを切った。特に動きがある画ではないのに、連写モードで。

(今ここで起きてる、ささいな、でもとても尊いこと。この人たちが幸せそうに笑ってること。残さなきゃ、残らない。そういうことなのね、バランおじさま)

 自身が壊した、それでも愛していた男たちの片割れの教え。ユースティアは今日、本当の意味で理解した。




 (5)も(6)もすごく長くなりました。今から謝ります。モーシワケヽ(≧д≦)ノ ゴザイマセンッ!m(_ _)m
 ……はい、おふざけやめます。進みが遅くて申し訳ありません。
 M5は次で終わります。もうすぐこっちの更新もM6に追いつきそうです。やヴぁい…

「鍵」の能力者は世界を壊す手ごたえを感じるというのは独自設定です。いやすぎます。それでも壊れないオリ主ちゃん。あるいはもう心がとっくに壊れているのかもしれません。


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Mission5 ムネモシュネ(7)

 あなたたちが戦うんなら わたしだって


 ヘリオボーグの丘に到着した一行。

 ジュードたちは断界殻(シェル)や次元の裂け目の話をしているが、ユティには必要ない情報だったので、GHSをいじっていた。

 しつこく筐体を開け閉めするが、メール受信箱は相変わらず0件。ユティたちが未知との遭遇を果たすのが先か、援軍(●●)が先か。ユティは珍しくじれったい気分だった。

「! ねえ、あれ!」

 レイアが上空を指さした。

 その先で、2個の青いオーブが陣を形成し、中にヒトガタを作り上げる。灰色の長髪と獣耳。浅黒い肌があらわになった。

「髪の長い精霊!?」

 こちらを冴え冴えと見下ろす目の虹彩は純金。瞳孔は細く、ネコ科の獣を思わせる。服装こそ白と黒のコントラスト。だがよく観察すれば、四肢にあるべき手や足が存在しない。

「ユティ、こいつ、あれだよな」

「うん。アレ。間違いない」

「二人とも、あの精霊が何か知ってるの?」

「知ってる。――時空の精霊クロノス。クルスニクに骸殻を与えた、『カナンの地』の、番人」

「時空の精霊!?」

「クロノス!?」

 今までにないプレッシャーだった。大精霊ならアスカを見たが、あれはケージ越し。実際に相対した大精霊の威圧感は半端ではない。ここにいる面々は――あの人たちは、こんなモノと渡り合ってきたのか。

 すると、エルが一人、丘の突端まで走っていって叫んだ。単独行動を咎める暇もない。

「『カナンの地』がどこにあるか知ってるの!?」

 クロノスは答えない。代わりにエルの足元に精霊術の方陣が浮かび上がる――無慈悲な黒球がエルを襲う。

 丘の突端が爆発した。

 

 砂煙が晴れるのを待つ。

 エルは無事だった。ルドガーが骸殻に変身し、クロノスの攻撃を双剣で防いだのだ。

 しかし、ルドガーはその場に膝を突く。骸殻が強制解除される。

「「ルドガー!!」」

 ユティは急いで駆けつける。エルがルドガーに寄り添う。ユティも反対からルドガーを支えた。

(ただの骸殻だとここまでダメージを受けてしまうの? 『鍵』持ちの能力者となしの能力者じゃ差があるとは聞いたけど、ここまでなんて聞いてない)

「クルスニクの一族。飽きもせず『鍵』を求めて分史世界を探り回っているのか」

 睥睨。まさにその表現がぴしゃりと嵌る目で、クロノスはこちらを見下ろしてくる。

 

(かくなる上はワタシが骸殻をまとうべきか。ワタシの力をもってすればクロノスの権能を無効化して、純粋な実力勝負に持ち込める。でもそれは『鍵』が二人いるイレギュラーな事態を作り出す)

「貴様らも時空のはざまに飛ばしてやろう。人間に与する、あの女マクスウェルと同じようにな」

「マクスウェル!?」

「ジュード、落ち着いて!」

 ジュードから今まで感じたことのない闘気を感じる。ジュードはすでにグローブを両手に嵌めて臨戦態勢だ。

(……やるしかない。彼らだけじゃ勝算は限りなくゼロ。時間稼ぎに徹しさえすれば、逃亡の算段は立つ)

 ユティもショートスピアを取り出し、構える。

 どちらにせよ一度は大精霊との実戦経験が要る。さもなくばこの先、ルドガーが生き残るなどできやしない。特に人間に容赦がないクロノスが相手では。

 クロノスがユティたちと同じ足場に降り立つ。ユティはエルとルルに岩陰に隠れろと告げた。エルは反駁せずすぐにルルと走っていった。

 ジュードは拳を、レイアは棍を、アルヴィンは銃と大剣を、ルドガーは双剣を、それぞれに構えた。

 人間5人vs大精霊1体の死闘の火蓋が、切って落とされた。




 ここはほとんど原作の流れ通りだったのでちとつまらなかったです。
 オリ主ちゃんは骸殻を使うのをとてもためらっていますね。何故かってーとイレギュラーの自分がさらに二人目の「鍵」として活躍して事態をもっとイレギュラーにするのが怖いから。あらかじめ与えられた情報からずれるとシナリオをコントロールしにくいから。
 改変狙いのオリ主の辛いとこですね。変えなければいけないのだけど変えすぎるとどこかが大きく食い違ってしまう。

 次回はついに分史ニ・アケリア、分史ミラさん編に突入します。兄弟の関係に何かしら変化を与えたいです。ユリウスとアルヴィンの元幼なじみ組もvv


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Mission5 ムネモシュネ(8)

 来るのが遅いよ ――ばか


 何分、いや何十分戦っただろうか。

 

 短くも長くも感じられた戦闘を経て、ユティたちは満身創痍だった。息を切らし、膝を突く者もいる。

 対照的に、クロノスには傷一つ付いていない。あれだけ攻撃を与えてノーダメージ。ユティは力を出し惜しんだ少し過去の自身を恨んだ。

 比較的しっかり立てていたユティは、ちら、と後ろをふり返る。人が来る気配はない――まだ。

「番人っていうより番犬ね、アナタ」

 唐突な挑発に全員がユティに注目した。クロノスは訝しげに眉根を寄せる。

 ユティはふらふらと仲間より前に進み出た。

「そんなにカナンの地にクルスニクを…人間を入れたくない? 辿り着けって勝手な審判用意したの、そっちのくせに、2000年も邪魔して、ほんっと粘着質。アナタこそ人間みたい」

「……よく吠える。かく言う貴様こそ犬畜生ではないか」

「犬で結構。犬は首だけになっても敵の喉笛に食らいつく誇りを持ってる。アナタみたいになりふり構わないケダモノとは違うもの」

「我をけだものと呼ぶか、人間」

「そう聞こえなかったかしら。耳が悪いの? それとも頭が悪いの?」

「逆だ、人間。貴様の舌と頭が愚かなのだ。救いがたいほどにな」

 クロノスの掌から紫暗の球が放たれた。ユティは避けられずスピアで受けた。当然、押し負ける。ユティは吹き飛ばされ、仲間の中に逆戻りした。

「か――は――っ」

「ユティ! しっかりしてぇ!」

「このバカ娘! 何でわざわざ自分から攻撃されに行くんだ!」

 アルヴィンがユティを抱え起こした。ほかでもないアルヴィンの腕だが、堪能する余裕はない。クロノスはすでに二射目の準備を終えている。

「皆さん!」

 丘を駆け登ってくるのはローエンとエリーゼだった。満身創痍の自分たちと、浮遊する大精霊を見比べ、二人揃って蒼然となる。

「来ちゃだめぇ!」

 エルが叫ぶと同時に、クロノスが闇色の光線を放った。ルドガーがエルとルルを抱き込み、ほかの者は身を竦めた。

(ここまでか!)

 ユティはポケットから夜光蝶の懐中時計を取り出――

「ユリウスさん!?」

「――え」

 クロノスの光線を防いでいる男がいた。攻撃の余波でなびく白いコート。骸殻の影響で変化した紺青の双刀。

(間に合った……)

 メールでここに来るとユリウスにはあらかじめ知らせていた。アスコルドとは距離とダイヤの壁があったが、近場ならユリウスは必ず来ると踏んでいた。誰よりルドガーをこの事態から弾き出したいのはユリウスなのだから。

「ルドガー! 時計を――お前の!」

 ルドガーは慌てたようにポケットから真鍮の時計を出し、ユリウスに差し出した。

 ユリウスは真鍮の時計を持つルドガーの腕を掴むと、骸殻の段階をクオーターから一気にスリークオーターに上げた。

 双剣が闇色の大球を遠くへと弾いた。すると、球は弾けて暗い穴を開けた。

「ルドガー!」

「え? …うわ!」

 ユリウスは骸殻も解かないままルドガーの手を引いて、『穴』まで走っていって飛び込んだ。

「逃げるが勝ちだぜ!」

 最も判断が速かったのはアルヴィンだった。アルヴィンはエルを左腕に抱え、右手でユティの手を掴んで走り出した。続く、ローエンとエリーゼ。

「ルルも!」

「「分かってる!」」

 ジュードとレイアの息の合った返事を最後に、ユティは『穴』に飛び込まされた。

 脳をサイダーに入れたような鮮烈な不快感。ユティはアルヴィンの手を離すまいとしがみつく。覚えているのはそこまでだった。




(7)から分割しました。

【ムネモシュネ】
「記憶」を神格化した女神。「名前をつけること」を最初に始めたとされる。


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Mission6 パンドラ(1)

 あなたにとって大切なもの ≠ わたしにとって大切なもの


 ユリウスは夢を見ている。遠い昔の、たいせつな、たいせつな思い出。

 

 ――“おかえりなさい、兄さんっ”――

 ――“その…言いつけ破ってごめんなさいっ。でも、兄さん、ずっと食べてないみたいだったから、心配で…”――

 ――“ま、まずくない? 初めて作ったから。まずかったら言ってね。残していいんだかねっ”――

 

 ユリウス・ウィル・クルスニクの人生の方向を決定づけた、人からすれば何でもない、小さな出来事。

 この幸せに浸っていたい。自分たち兄弟がいる部屋だけが世界で、希望だけを信じられた時間にもっといたい。

 だが、ユリウスの願い虚しく、彼の意識は現実の覚醒へと向かって行った。

 

 

 次元の壁を越えて一番に目を覚ましたのはユリウスだった。

 ユリウスは自身の体を見下ろし、骸殻が消えているのに気づいた。意識を失ったことで自動的に解除されたらしい。

 傷む体の節々は無視して、ユリウスは周囲の状況を確認する。

 どうやらここはいわゆる「村」というコミュニティらしい。ユリウスも実際に見るのは初めてだ。村人たちは、突然現れた身なりのそぐわない自分たちを、遠巻きにじろじろ観察している。

 次に手近なところを見回してみる。エルをしっかと抱きしめて気絶しているユティ。それぞれに仰向けに倒れた若い男と老人。

 後者には義理もないので放ってルドガーを探しに行こうか。しかし口頭とはいえユティだけは雇用契約を交わした仲。ルドガーのサポートを続けてもらうためにも、彼女とのそれは続行したい。

 ユリウスは少女たちに近づくと、ユティの頬を軽く叩いた。

「ユティ。おい、ユティ。起きなさい」

「ん…とー、さま?」

 ユティのとろんとした(まなこ)がユリウスを捉える。寝ぼけて父親と間違えているらしい。訂正しようとして。

「とーさまだぁ」

 極上の笑みを浮かべるユティにすり寄られた。

 振り解けない。ユリウスは彼にしては珍しく本気で混乱して硬直していた。

 完全なる無防備。今のユティはただの甘えん坊の女の子だ。100以上の分史を壊してきたクラウンエージェントも、生身の女子の対処法には疎かった。

「ああーーーー!!」

 完全なる不意打ち。いつのまにか目を覚ましたエルが、ユリウスを指さして騒ぎ出した。

「おじさんがユティとフテキセツなカンケーになってる!!」

「なにぃ!?」

 すわっ。飛び起きたのはブランドのスーツを着崩した若い男。

「わ、アルヴィン起きた」

「そりゃお兄さんだってあの子心配だからね!」

「お~、ホゴシャっぽいっ」

「あと元幼なじみと今の仲間が不適切な関係とかイヤすぎるにも程がある!」

 もうここまで来るとツッコミを入れる気力も失せた。ユリウスはユティを引き剥がすと、アルヴィン、と呼ばれた男に押しつけて立ち上がった。

「君たちの連れだろう。後は任せた。俺には面倒見きれない」

「え、ちょ、おい、待てって。どこ行くんだよ」

「弟を探しに行く」

 ぽかんとするエルとアルヴィンに背を向け、ユリウスは歩き出そうとした。

「待って」

 足を止めてふり返る。アルヴィンの腕に支えられたユティが、まっすぐユリウスを見ていた。

「行く前に、話、したい。ルドガーのこと、今までのこと」

 先の暴挙などなかったように、彼女はユリウスの知るユースティア・レイシィに戻っていた。

「……いいだろう」

「というわけだから、行ってくる。アルフレド、エルとローエン、お願い」

「お、おう。なんかあったらすぐ呼べよ」

「うん」

 

 

 ユティに付いて人気のないスポットまで行く。ほぼ盗み聞きされまいという距離を経て、ユティは止まってユリウスをふり返った。

「それではここでクエスチョン」

「は?」

「『泣き虫アル坊や』『スヴェント本家長男』『証の歌を唄ってあげた』。これらのキーワードで誰かを思い出しませんか?」

 バラエティ番組の前置きじみた台詞に続いたのは、正真正銘のクイズだった。

 突如始まったお遊びにユリウスは閉口した。下らない遊びをしてないで早く二人きりになった意図を教えろ、と詰め寄ってもいいのだが、この少女はそれでも動じない気がした。

 しかたなくユリウスはユティのクイズの正解になりうる人物を記憶の中で探してみたが。

「……お手上げだ。分からない」

「そう? じゃあ特別ヒント。――彼からのアナタの呼び名は『ユリ兄』」

 ユティが指さす先には、たまたまこちらの次元に出た際に一緒だった、アルヴィンという男。

 ――“ユリ兄! またうたってよ、あの子守唄”――

 

 ぱちん、と弾けた幼い日のシャボン玉(おもいで)

「アル…フレド…」

 まだユリウスが実家に暮らしていた頃、近所に貴族のスヴェント家の屋敷もあった。そこの嫡男とは歳も近く、バランも交えて遊んでいた。まだ足が悪かったバランが首謀者になり、ユリウスとアルフレドが実行犯をしてイタズラをしたりもした。

 すでに分史破壊任務に就いていた幼いユリウスには、彼らと遊べる時間は、童心でいられる貴重な時間だった。

「だーいせーかーい」

 くるくるくるー。下手なバレエを踊るユティ。

「スヴェント家は全員が、ジルニトラ号漂流事件のせいで行方不明なんじゃなかったのか」

「ジルニトラの行き先はリーゼ・マクシア。生きてエレンピオスに帰れたのは、アルフレド一人だけだけど」

「漂流難民になってたのか……」

 思い出の中の泣き虫少年と、いかにも「その筋」といった風体の男を、頭の中で連続させるのは難しかった。それでも、ずっと死んだと思っていた幼なじみが生きていて、再会できたことは、感慨深かった。




 ルドガーsideは原作でやられているのでこちらをいじくることにしました。ここから新生幼なじみ組の快進撃が始ま……たり、始まらなかったり? ラジバンダリ!(←byダブルダッチ西井)
 オリ主はきちんと仕事してました。ストーカースレスレなルドガー観察写真集。ユリウスさん垂涎ものですよね? 言い値で売りましょう。
 「カナンの地に行くまでに両方死んではいけない」。オリ主は何故こんな条件の契約をユリウスと結んだのか。これ何気に重要だったりします。
 次回はミラの回ですが尺の都合上さくっと行きまーす。


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Mission6 パンドラ(2)

 それがわたしの知るあなたたちの正しいカタチ


 ユリウスとユティが離れて話している間、アルヴィンはルドガーたちの誰かと連絡がつかないか試していた。

 ルドガー、ジュード、レイア、エリーゼ、全員がGHSを持っている。せめて一人でも連絡がつけば合流のめどが立つのだが。

 

「どうですかな」

「だめだ。エリーゼも出ねえ。山ん中の秘境だし、電波状況よくねえみてえだ」

「全滅でしたか。となると、村人の方々から目撃情報がないかを聞いてみるしかありませんね」

「ああ。ニ・アケリアじゃねえどっかに落ちたんでない限り、それで大まかな位置は掴めるだろ」

 

 アルヴィンはGHSを畳んで背広のポケットにしまった。

 すると、エルが足元からズボンを引っ張ってきた。

 

「このままルドガーたちと会えないなんてないよね? ちゃんと見つかるよね?」

 

 不安をいっぱいに湛えた翠の瞳には、歳よりずっと大人びた潤みが含まれていた。

 

(ルドガーたち、じゃなくて、ルドガーに、の間違いだなこりゃ。お子ちゃまでも女ってことか)

 

 内心のにやつきを隠し、アルヴィンはしゃがんでエルの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「やーめーてーっ」

「心配すんなって。ジュードたちも一緒だし、滅多なことにゃならんって」

「きっとルドガーさんもエルさんを心配して、今頃あちこち探し回っていますよ」

 

 ローエンも紳士らしく笑んで屈んで加勢してくれた。

 

 そこでこちらに近づいてくる足音が二人分聞こえた。

 立ち上がると、ユティとユリウスが戻ってきているところだった。ユティはアルヴィンと目が合うや、小走りに先駆けてきた。

 

「ただいま」

「お疲れさん。何話してたんだ?」

「ユリウスお兄ちゃんに弟くんの報告会。あとは向こうが列車テロの日以降どうしてたか」

 

 正直に話したように錯覚させて、肝心の内容は明かさない話術。アルヴィンにも覚えがある。

 

(隠し事をされた側はこういう気分になるのか。以後気をつけねえと)

 

 ふと、ユティが背伸びして内緒話の姿勢を取った。アルヴィンも応じて耳を近づける。

 

「アルフレド。ユリウス、覚えてた。アルフレドのこと」

「マジか?」

 

 アルヴィンの目はつい、たった今到着したユリウスに向いた。ユリウスに首を傾げて見返され、アルヴィンはバツが悪くなって頭を掻いて顔を逸らした。

 

「……あー、久しぶり、でいいのかね、ここは」

 

 ユリウスはふっ、とまとう雰囲気を和らげた。

 

「そうだな。あの泣き虫アル坊やがずいぶんでかくなったもんだ」

「ちょ、そこまで覚えてんのかよ!」

「そりゃあなかなかに忘れがたい思い出ばかりだからな。お前やバランといた時期は特に。周りの女の子より背が低いとバランにからかわれて泣いてたとか」

「ちょっとでも再会を喜んだ俺が馬鹿だったわ……」

 

 アルヴィンはがっくりと肩を落とした。この分だとバラン以上にアルヴィンの恥ずかしい過去を仲間に暴露されかねない。

 

「そうか? 俺は嬉しいぞ」

 

 ユリウスは大切なものへのまなざしをアルヴィンに注いでいる。

 

「生きてエレンピオスに帰って来てくれてよかった。――おかえり、アルフレド」

「っ!!」

 

 危うく涙腺が決壊するところだったのを、アルヴィンは寸での所で食い止めた。

 

(『おかえり』は反則だろ、ユリ兄)

 

 これが初めて聞く「おかえり」ではないのに、どうしてこうもダイレクトに胸を揺さぶったのか。――決まっている。ユリウスがアルヴィンの帰郷を心から祝福し、口にしているからだ。

 

「よかったですね、アルヴィンさん」

「ばんざーい」

「はは。ありがとよ、じーさん。あとユティ、祝ってくれんのは嬉しいが、せめて作り笑いでいいから笑顔で」

「ばんざーい?」

「それ笑顔じゃなくて寝顔。立ったまま寝るとかおたく器用ね」

「……なんか話がどんどんダッセンしてる気がする」

 

 エルは半眼でおバカな会話をくり広げる大人たちを見上げている。

 この場で一番年若い幼女が、この場で一番冷静だった。




 どうも中だるみの空気が漂っているのをPV数と感想板から感じる今日この頃……
 ユリウスは意外とルドガー以外も大事にしてると思います。アルヴィンEP4の分史ではアルヴィンとの付き合いがありましたし、そもそもバランとも友達ですし(バランはユリウスの好物知ってたから付き合いは深いと見た)。
 多少ご都合主義ですがエレンピオス幼なじみ3人組を本作はプッシュします。


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Mission6 パンドラ(3)

 彼はあなたの王子様。あなたは彼のお姫様?


「ではエルさんにもご指摘いただきましたので、改めてこれからの方針を考えましょうか。アルヴィンさんもユリウスさんもよろしいですかな?」

「あいよ。感動の再会はまたいつでもできるしな」

「エル、ルドガーたち探しに行ったほうがいいと思う!」

 はい! と、教室の学童よろしく元気に手を挙げてエルが言った。

「探しにって、どこに?」

「こことか、山の中とか」

 するとユティががっちりとエルの両肩を掴んだ。目が据わっている。

「あのー、ユティさん?」

「山を嘗めないで。素人が何の装備もなく人探しに山に入るなんてただの自殺行為。二次遭難して飢えて渇いて、動く力もなくなったとこを魔物にじーーーっくり、食べられるのがオチ」

「え、ええ!?」

 急に飛び出した山ガール的脅迫にエルはたじたじだ。子供ならではの豊かな想像力で「じーーーっくり」食べられるシーンを想像してしまったのかもしれない。

「で、でもっ。早くむかえにいってあげないと…迷って、こまって…みんな…泣いてる、かも…」

「エルは優しいひと」

 ユティはエルのほっぺを両手で包んだ。

「だからこそ、待ちましょう。いたずらに動いてエルが傷つけば、ルドガー、悲しむ。プリンセスを迎えにくるのはナイトの役目」

「……エルがコドモだからごまかそうとしてるでしょ」

「そんなわけ」

 エルはユティの手をふりほどいて仁王立ちした。

「エルはオヒメサマきらいっ。だって、おとぎばなしのオヒメサマって、待ってるだけで自分からはなーんにもしないんだもん。エルだったら、ガラスのクツ持ってお城の王子様に会いにいくし、高い塔だって自分でとびおりる。だからエルはルドガーを待つだけなんてヤなの!」

 困り果てたユティがアルヴィンたちを見上げてきた。

「……どうしよう。エルがユティの予想を上回る勇者様だった」

 男たちは揃って少女たちからふいっと顔を背けた。頑是ない幼女を説得するなど、この顔触れには不可能に近い。一番弁の立つローエンでさえ、今まで相手どった経験のある子供はエリーゼという内気な少女だけなのだ。

 どうする――3人ともがそう思案しているのがありありと見て取れた。しかも、互いに自分以外がエルの説得に乗り出さないかを窺っている。

 何だこの「先に動いたほうが負け」的空気は。

「ルドガー!!」

 妙な空気をエルの弾けるような声が破った。

 

 

 

 山間からルドガーと、ほかの仲間たちが下りてきていた。

 ルドガーはエルを認めるや一目散に駆けつけてきた。エルも駆け出した。

 合流した二人は笑い合い、語らっている。

「天の助け」

「タイミングばっちり。さすが王子様」

 アルヴィンは軽口を叩きつつ、ユリウスの様子を窺った。

 傍目にも明らかな深い深い安堵。アルヴィンに向けた再会の喜びと親愛を遙かに上回り、容易く上書きしたそれ。

 ユリウス・ウィル・クルスニクの心を真実動かすは弟のルドガーだけなのだ。

(元弟ポジションとしちゃあ複雑だが、今さらベタベタ甘える歳でもねえし。それよりユリウスのルドガーへのブラコンっぷりに注意だな。こいつはご執心のもんのためなら他人をあっさり見捨てるタイプだ)

 アルクノア時代に培った観察眼をフルにユリウスの気質を探る。

 あのメンバーの中で他人を頭から疑ってかかる汚れ役はアルヴィンだけでいい。自分は自分なりに居場所を守ると決めたのだから。

 決意も新たに、アルヴィンも仲間たちと合流すべく歩き出した。




 エルの「お姫様嫌い」発言はちとやり過ぎかと思いましたが、本作のエルはこんな感じで行きたいです。エルはただ守られるだけのヒロインじゃない的なことを攻略本で中の人がおっしゃっていたので、それにインスピを受けました。それでいてエルに乙女心がないわけじゃないのはアルヴィンのご指摘通り。この先、エルがルドガーにとって「どんな存在」であろうかも、物語を少しずつ変えるファクターになっていきますので。


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Mission6 パンドラ(4)

 ようやく捨ててくれたね


 ユリウスが歩き出す。ユティはしばしその背を見つめてから後を追った。

 アルヴィンとローエンはすでにジュードたちと合流している。何かしら山で驚くものと遭遇したとか話しているが、ユティには関係ない話だ。

 ルドガーとユリウスが対峙する。ユリウスがどこまでも晴れやかなのに対し、ルドガーの表情は鬱蒼としていた。

「一か八かだったが、上手くいったようだな」

「……助けてくれてありがとう、って言うべきなのか、ここは」

「礼が欲しくてやったわけじゃない。家族のためだ。当然だろう」

「簡単に言うなよ! 無茶したんだろ。大精霊の技を跳ね返すなんてっ、一歩間違ったらどうなってたか…!」

「心配してくれたのか?」

「あ―――たり、まえ、だろ。家族、なんだから…」

 違う、とユティは分析する。ルドガーはウソをついている。「ウソ」に関して一流の教師がいたユティには分かった。

 近親者を案じる言葉ならばもっと遠回しになるのが常だ。大人ならなおさら、ストレートには口にできない。ルドガーの台詞は、心の奥底にあるもっと醜い思いを曝け出したくないゆえに出たものだ。

(まるでユリウスが実力以上の無茶をしたんだと思いたがってるみたい。ユリウスの粗をルドガーは無意識に探ってる)

 GHSが鳴った。着信メロディはルドガーのものだ。ルドガーが電話に出た。

「もしもし? ……。ヴェルか。どうした。…………。『道標』? 『道標』って確か、カナンの地を開くために必要な物、だったよな。…………。要するに時歪の因子(タイムファクター)を探せばいいんだな? 分かった、見つけたらすぐ」

 それ以上を言う前に、ユリウスがルドガーのGHSを奪い取り、通話を切った。

「何するんだ!」

「後は俺に任せろ。時計を渡すんだ、ルドガー」

 何を聞く気も、話す気もない。冴えた声は言葉そのものより雄弁にそう語っていた。

「やらない。元々これは俺の時計だ」

 返さない。奪わせない。そう言わんばかりにルドガーはポケットから真鍮の時計を取り出し、握りしめる。牙を剥く直前の獣と、泣き出す寸前の幼児を均等に混ぜた表情。

「お前が持っていても使えない」

「使える。兄さんだって列車テロの時見てただろ。俺が骸殻に変身するの」

「そういう意味じゃない。骸殻は単なるブースターじゃない。これは『オリジンの審判』に挑むクルスニクの一族のみが持つことを許された特別な時計だ。お前にその覚悟があるのか? 世界を、人を、精霊を。選べるか、ルドガー・ウィル・クルスニク」

 

 

 

 ルドガーは手に載せた真鍮の懐中時計を、唇を噛んで見下ろした。

 

 ルドガー・ウィル・クルスニクはほんの数週間前まで一般人だった。それがたまたまテロの現場にいたせいで巻き込まれ、流れ着いた先が今――クランスピア社、分史対策エージェントという立場。

 分史対策エージェントはただ分史を壊せばいいわけではない。クルスニク血統者は、全員が「オリジンの審判」に参加する権利を持ち、「カナンの地」への一番乗りが叶えば何でも願いが叶う。

 正直、スケールが大きすぎる話だった。

 覚悟があるのか、と問われて、ルドガーは懐中時計が食い込むほど握りしめた。

 もう1年も前になるのに、まざまざと蘇る悪夢。夢で同じようにユリウスが「選択」を迫り、何が何だか分からないままルドガーも戦った。結果は惨敗。さらには現実でまで、入社試験に不合格になる始末。

 ――たとえ何かしたいと思っても、ルドガーは邪魔だとこの道のプロのユリウスが言い切った。

(そんなに俺をこの舞台から弾き出したいのか? そんなに俺はこの『審判』に参加する資格に足りてないってのか?)

 上等だ。ルドガーとて元はただの小市民だ。街の小さな食堂でフライパンを振っているのがお似合いの安っぽい男だ。そんな男に救われては世界も喜べまい。完璧な兄がすべてやるというのだから、やらせてしまえばいい。

(こっちから願い下げだ。認めない兄さんも、メチャクチャな状況も、みんなみんな俺には関係ない!)

 ルドガーは悲憤をぶつけるように真鍮の時計を地面に叩き捨てた。

 骸殻への変身手段、「オリジンの審判」への参加証を、捨てた。

 

 

 

 

 ――やった。ユティは心中で快哉を叫んだ。




 世界一はた迷惑な兄弟喧嘩ぱーと1。
 ルドガーのユリウスに対する感情はとても複雑だと思います。というか拙作では複雑だということにしました。ルドガーはユリウス大好きっ子だと信じておられる方には申し訳ありません。
 ルドガーがヤケになりました。でもこの後ミラさんが登場してなし崩しに元鞘(誤用?)に戻ると。ユリウスもあえて厳しい言葉でルドガーを遠ざけようと必死です。言葉選びに失敗する点ではさすが父娘――と思ってくださいませ。
 PGでルドガーの試験が半年前でなく1年前だと知ってムンクになった。どこで誤解した…orz


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Mission6 パンドラ(5)

 ココロは壊れるあの世界に 置いてきた はずなのに


 ユースティア・レイシィはかつてないほどに落ち込んでいる。

 どのくらい落ち込んでいるかというと、ニ・アケリアの自然の樹木や草花を前にしながらカメラを構えず、ただ膝を抱えて小川に小石を投げ込むくらいである。

(エルが割って入るなんて聞いてない)

 ――ルドガーが捨てた真鍮の時計をユリウスが拾おうとした直前、エルが真鍮の時計を拾って抗議した。これは自分の父親のものだ、父親とルドガーの時計が一つになったんだ、と。

(バレた。ユリウスにエルが『鍵』だって。どうすればいい? ユリウスがルドガーからエルを取り上げたらルドガーは確実にユリウスを追ってもっと『審判』の泥沼にはまる。いっそユリウスがエルを殺すのを止めなきゃよかった? そしたらエルを通して契約してるルドガーは骸殻を使えなくなる。それで時計をユリウスに返せば完全にルドガーは部外者……)

 

「聞き込みをサボって何をしてるんだ」

 顔を上げる。呆れ顔のユリウスが立っていた。

「自分の無力を省みてた」

「何がそんなに気になるんだ? 俺がルドガーから時計を取り戻せなかったことか、エルが邪魔したことか」

「ぜんぶ」

 はああああ。息を吐いてまた膝に突っ伏す。

「ユリウスは、生きてて楽しい?」

「何だ、藪から棒に」

「楽しい?」

「……楽しいばかりじゃないさ。むしろ苦しいことだらけだ。それでもその苦しい泥沼の中から、掌程度のほんのささやかな幸せを見つけて、生きててよかったなと思うんだ。それが大人の処世術だ」

「アナタにとってのルドガーみたいな?」

「ああ。俺の生きる希望だ」

 てらいもなく口にした男は、今までで一番優しい表情をしていた。

「ルドガーは、どうなのかしら。生きてて楽しいって、生きたいって、ちゃんと思ってるかしら」

「そればっかりは本人に聞かないと分からない。外から充実してるように見えても、本人は何の喜びも感じてないかもしれないし、逆も然りだ。もっとも、エージェントになって充実してると言われたら、ちょっとばかりキツイけどな」

「ユリウスにも分からない? お兄ちゃんなのに?」

「しょうがないだろう。分かれたらこんなに苦労してない。遅めの反抗期か……?」

 今度はユリウスが頭を抱える番だった。彼は弟が絡むとまったく凡庸な男になる。

 隣で沈まれるのも気分がよくないので、ユティは別の話題を切り出した。

「そっちの首尾は?」

「ああ――アルフレドもローエン氏も今は聞き込み中だ。ただ、ローエン氏はエリーゼ君とジュード君をこの一件から遠ざけたいみたいだ。実質動いてるのはアルフレドとレイア君、ルドガーとエル、だな」

 ――あの時計騒動の直後に現れたのは、ニ・アケリア村の祀る生き神、精霊の主マクスウェルことミラだった。

 正史世界でミラと知り合っていたメンバーはおのおの心中穏やかではなかったようだが、ユティたちエレンピオス組(アルヴィン除く)には、ただの初対面の女だ。エルはミラに手製の料理で吊られ――もといミラと意気投合したが。

 だが、ミラの姉・ミュゼが帰宅して和やかな空気は一変した。ミュゼはミラを人が見る前で幾度もぶった。そしてミラを外に連れ出した。ミラは厳しさに徹した声で、早く出ていけ、と告げて家を出て行った。

時歪の因子(タイムファクター)はマクスウェル姉妹の姉のほうだった」

「村人に聞くところによると、目が視えないあの大精霊は、妹に毎晩あの霊山まで自分を送らせるらしい。山頂で何をしてるかまでは、妹も知らないそうだが」

「妹に隠し事をする姉」

「やめてくれ。その手の皮肉はアルフレドで聞き飽きた」

「山頂で一人になるなら、無防備。今なら数はこっちが上。会ってみて、ミュゼはクロノスほどじゃないって分かった。大精霊にも格の違い、あるのね」

「末恐ろしい子だ」

「ワタシは道標を探して何年もクロノスと戦ってるユリウスのがオソロシイ」

「アレは単なる慣れだ。きっと君にもできるぞ」

「ワタシ?」

「クロノスは人間を見下して、しかも己の権能に頼り切りだ。時間の巻き戻しさえ防いでダメージを蓄積させれば、根負けして撤退するんだ。奴はプライドだけは無駄に高い。負けたから撤退とは考えていない、自分が『見逃してやってる』と思い込んでる。そして何故撤退せざるをえなかったかを省みない。精霊が人間より上だというのが奴の中で常識だから。結果、馬鹿の一つ覚えに同じスタイルで挑んでくるから、対策が立てやすいってわけだ」

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。

「すごい分析力」

「伊達にクラウンは名乗ってない」

「ね、もっと聞かせて。クロノスの話。精霊の話」

 ユリウスのコートの袖を引く。ユリウスは迷惑がるかと思いきや、意外と満更ではない様子でしゃべり始めた。

「今のはクロノスだけじゃなく、大精霊のほとんどに適用される。どうしてか分かるか?」

「んと……精霊は自分がすごく強いと思ってる、から?」

「その通りだ。事実、俺たちみたいに特別な才能でもない限り、人間は精霊に勝てない。精霊が人間より遙かに強大なのは否めない。そんな力関係が何千年も続けば、精霊が自惚れるには充分だろう?」

「そっか。外敵がいないから、進化の必要がない。『強くならなきゃいけない』と切羽詰まったりしないから、ずっと一定のレベルでバトルスタイルなのね」

「正解だ」

 ユリウスは満足げに笑った。ごとん、と心臓の律が狂った。

(とーさまの笑い方。教えてもらったことちゃんとできたワタシを、褒めてくれる時の顔)

 手を縺れさせながらカメラを構える。奇跡的に、ユリウスの表情が変わる前に写真に収めることができた。

「……ユティ?」

「ごめんなさい。すごく素敵な顔してたから」

「もうそれに関しては諦めてる。せめて予告してくれないか」

「無理」

「言い訳しない潔さは評価できるんだがな……前にも訊いたが、どうしてそう何でもかんでも撮りたがるんだ? タイムカプセルと言ったが、どういう意味なんだ?」

 ユティは黒い一眼レフの輪郭をなぞる。意を決し、ユリウスにカメラを差し出した。

「触ってみて」

「何で」

「いいから」

 ユリウスは戸惑いがちにカメラに触れる。

「どんな感触?」

「冷たいプラスチックの感触だが……それが?」

「ワタシは、耕したての土はこんなかな、っていつも思うの。ゆったりした春風も、そうかな。ワタシにとってこのカメラの感触は、世界で一番優しくてやわらかい」

 思い出す。このカメラはユティが父以外に初めて愛した男たちからのプレゼントだった。

 今でも忘れられない。指先一本で世界を切り抜いた感動。そして、男たちの片割れから教えられた、大切なこと。

「バランが言ったの。模写とか、写真とか、ビデオとか、記録媒体って呼ばれる物は、人が『今』『ここ』であった出来事を未来に残したいって気持ちから生まれた、この世で一番大切な行為だ、って」

「研究者としては真っ当な意見だな。実証記録がないんじゃ、大きな成果もただの妄言だ」

「うん。誰かにとってとても大切なモノでも、在ったんだって残しておかないと世界中が忘れちゃう」

 道具、家、街、道、ビル。

 海、空、樹、花、土。

 人、獣、魚、虫。――――ぜんぶ。

「だからユティはカメラを握るの。その時、そこに、それがいたんだって、残すために。人からすれば撮られて不愉快でも、撮らなきゃ残らないなら、ユティはどう思われてもいいから、撮りたい。残したい」

「……あいつも殊勝な思想を持つようになったもんだ」

「かーさまとお別れしてから、欲しいものとか、したいことってなかったのに。そう、強く想うの。これって、どうしてかな」

「そりゃあ、写真を撮るのが楽しいからだろう」

 ユティは新種の精霊でも発見したような顔つきでカメラに触れた。

 

「これが、タノシイ――」




 例によって重要イベントほど大胆にカットするあんだるしあです。今回はミラさん登場を省略です。ちゃんと後から出ますからご安心を!
 ユリウスさんの状況説明ですが、ローエンが遠ざけたいのはジュードだけで、エリーゼも一緒に連れ出したのは本人なりの気遣いだと思います。が、部外者のユリウスにそこまで推し量れというほうが無理でしょうからこのまま行きました。

 ルドガーの行く末を心配するオリ主ちゃん。ユリウスと親子っぽく過ごせて幸せいっぱいなオリ主ちゃん。「ユースティア」じゃない「ユティ」の望み、ココロに気づきます。
 ただ一つの目的のために機械のように育てられたモノが、目的に余分なソフトを持ってしまう。このオーバーワークにオリ主は耐えられるのでしょうか。


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Mission6 パンドラ(6)

 わたしがあなたの最後の希望になる


 ユティはカメラを宝物のように抱え、切なくまぶたを閉じたまま動かない。

 センチメンタルに浸りたいなら放っておいてやろう。ユリウスが気を利かせて立ち上がり、その場を去ろうとした時。

「ねえ」

 背中に目でも付いているかのようなベストタイミングで、冷めきった声がユリウスを追って来た。

「さっき、エルを斬ろうとしたよね。どうして?」

「――ビズリーに利用されるくらいなら殺したほうがマシだからだ。エルがビズリーに『鍵』として利用されることになれば、必然的にルドガーもこちら側に深く関わらざるをえない。一度関わった相手、しかもあんなか弱い見目の少女を見捨てて日常に戻れるほど、あいつは冷血漢じゃない」

「アナタとちがって」

「そうだよ、俺と違って。あいつは優しすぎる。でもそれでいい。こんな世界は、あいつには要らない」

「要る要らないはルドガーが決めるんだけど……要するに、『鍵』が社長さんに渡るのがいけない?」

「かなりな」

「じゃあ、アナタも『鍵』を持てたら、条件は互角?」

「あの娘を強奪しろとでも言うのか」

「その逆。アナタが失ったと思い込んでるモノを返してあげる」

 寝言を、と皮肉ってやろうとふり返り――少女の手に握られた物に、目を見開いた。

 ユリウスの持つ懐中時計と寸分違わぬデザインの懐中時計。

 クルスニクの者が持って生まれる時計は一人一つ。一つとして同じデザインは存在しない。ユリウスの時計はもちろんポケットの中にある。では、この時計は。

「ユリウスに近づくと消えちゃってた。でもここは分史世界。同一存在でも同時に存在できる」

「――『クルスニクの鍵』……」

「契約の追加ルールを提案する。『鍵』が入用になったらワタシに声、かける。その代わり、エルには決して手を出さない。ワタシとアナタ自身の安全確保は最優先に」

 ユティは銀時計を突き出し、強い笑みを刷いた。

 

「ワタシが、アナタの希望になる」

 

 ――クルスニクに生まれついた時点でユリウスに希望などない。いや、幼い頃はまだ、信じきってきた。世界は希望に満ち、己のために回っていると。

 その幻想が崩れた日、ユリウスは己を取り巻くモノたちから全力で逃げ出した。

 今の「希望」は弟だ。ルドガーと、ルドガーとルルが迎えてくれる家。あそこにだけ光がある。

 だが、ルドガーは分史対策エージェントになり、クランスピアに付いた。これで最後の希望も閉ざされた。――そう、思っていた。

 

 だが、もし。もし仮に、閉じた匣を勇気を出して開ければ、匣の底には「それ」が残っているのかもしれない。「それ」が弟そのものでなくとも、弟を守ることに繋がるなら構わない。開いた匣から新しい災厄が漏れだしても、底にある「ルドガーのために成りうる要素」を取り出せるなら。

 

 ユリウスは、細い手の平の上に載った銀時計を、取った。

「いいだろう。君が俺の『鍵』として働いてくれるなら、あの少女には今後一切手出ししない」

「契約成立ね。――状況失敗だけど」

「?」

「なんでもない。行きましょう」

 踵を返したユティを、ユリウスは二の腕を掴んで強く引き留めた。

「どこまで知ってる。いや、()()()()()()()()知ってるんだ」

 ユティはエルよりレアリティだ。だからこそ疑念を禁じえない。クルスニクの鍵で、さらにクオーターとはいえ骸殻能力者だ。こんなに都合のいい存在がどこで発生したのか。その「どこ」によっては、ユティはユリウスたちの知らない情報を知っているのではないか。

「教えると思う?」

 ふり返りざまに言い放たれ、ユリウスはユティの腕を離した。

「ああ……君はそういう奴だったな」

「そうよ。ユースティアは性悪。今頃気づいたの?」

「忘れてただけだ。とっくに知ってたさ」

 ユリウスは銀時計を見下ろした。自分の懐中時計と全く同じデザインのこれは、おそらくどこかの分史世界の自分の所有物だ。クルスニク一族にとって命の次に大事といっても過言でない品を預けられた以上、ユースティア・レイシィはその世界のユリウスにとっては信を置くに足る存在だったのだろう。

 ならばもう彼女を無駄に疑うまい。彼女の言う通り、彼女がユリウスの希望の糸なのだから。




 これをやるためにタイトルをあれにしたと言っても過言ではない回でした。
 ユリウスにとって、ルドガーにとって、オリ主にとって、禁断の箱を開けた中には何が出てくるのか。今回はユリウス、前回はオリ主の解答を書きました。残るはルドガーだけ。次々回くらいで今まで隠してきたものが噴出します。それが本作のルドガーの方向性です。
 アルヴィンとユリウスのインファイトがどういう結果になったかはまた後ほど番外編で上げさせていただきます。
 そしてやはり出ないミラさん。そろそろ分史ミラファンの方々のイライラが視えそうです(llФwФ`)ガクガクブルブル すんませんもうちょっとだけ待ってください。


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Mission6 パンドラ(7)

 彼は悪いことしてないよ だから ねえ ケンカしないで


 戻ってルドガーたちを探していると、彼らは祠から下りてきた。それもあの気難しいミラを伴って。

 エルとミラが離れたところで、ユティはアルヴィンに事情を尋ねる。

(どうやったの?)

(まあ口八丁手八丁ってやつで)

 ルドガーたちはミラを上手く誘導し、ミュゼのもとへ案内させる算段をつけたらしい。これからニ・アケリア霊山に向かうそうだ。

 つまり、ルドガーは仕事のためにミラを騙したのだ。

「これでいいのか」

 ユリウスは詰問調でルドガーに言う。ルドガー、それにレイアが、気まずげに目を逸らした。

 そんな悩み濃き色の青年と少女の両方に、後ろからアルヴィンが両腕を回して肩を抱いた。

「若者をいじめるなよ。仕事にはこういうこともあるだろ」

「と言うことは、お前は『こういうこと』が珍しくない仕事をしてるわけだな」

「……よくお分かりで」

「兄さん! アルヴィンは」

「いいよ、ルドガー。事実だ。――お前ら先に行け。すぐ追っかける」

「君も行け」

「ラジャー。――ルドガー、レイア、行きましょう。エルとミラが待ってる」

 アルヴィンから託された二名と手を繋ぎ、引いた。ルドガーもレイアもユリウスとアルヴィンの対決を気にして何度も後ろをふり返ったが、ユティは酌量せず彼らを引っ張っていった。

「ねえ、ユティ、ほっといていいのかな。アルヴィンとユリウスさん」

「今からアルフレドはきっとドロドロの話、する。レイアにもルドガーにも見せたくない顔、使う」

 アルフレド・ヴィント・スヴェントが人生の大半を被って過ごした、醜悪な仮面。他者を騙す、謗る、責める、扱き下ろす、アルヴィンの武具いらずの武器。

 それを見られるのを彼は望まない。好意ある人々に自分をよく見せたいと考えるのは人類共通のいじましさだ。

 そして、それはユリウスにも適用される。ルドガーに仕事用の被り物を目撃された日には、ユリウスが再起不能になりかねない。

「ワタシたちにできるの、見ないフリだけ。割り切って」

「……そうだな」

「……わたしはなんか、イヤかも」

 それ以上は言葉を重ねなかった。ただ3人、手を繋いでニ・アケリア参道へ歩いて行った。

 

 

 

 参道入口に到着すると、その場に留まっていたエルとルル、ミラがようやく来たか、という空気で出迎えた。ユティが両脇にいたルドガーとレイアから手を離した。

「もー、遅いよルドガー」

「ナァ~」

「持ちかけたのはそっちなんだからシャキシャキ動いてちょうだい。こっちだって暇じゃないんだから」

 この、外見は「女」そのものを体現した完璧なものながら、内面は攻撃的でとっつきにくい女性が、元素を統べる大精霊マクスウェルだというのだから、世の中は色々と理不尽に出来ている。

「ああ、わる……」

「暇でしょ? あそこで姉さんの帰り、待つだけなんだから」

「ちょ、ユティっ」

 ミラは剣呑さを隠さずにバラ色の虹彩を細めた。

「……あのね、おチビさん。私は確かにあそこで何もせず突っ立ってたけど、私は時間を姉さんを『待つ』ために使ってた。だから暇っていうのは私には当てはまらないの。分かった?」

 言い切ってミラは、ルドガーとエルとレイアの視線が彼女自身にじっくり注がれているのに気づいたようで。

「な、何よっ。悪かったわね、長々と熱く語って。言っとくけど先に振ったのはそっちなんだから。分かりやすいように説明してあげたんだから、むしろ感謝してほしいくらいだわっ」

 ミラは頬を薄く染め、腕組みしてそっぽを向いた。

 ルドガー、レイア、エル、ユティは円陣を組む。

「――なあ、ミラって正史でもあんな性格なのか?」

「――ツンデレお嬢様系」

「――ぜんっぜん。わたしたちが知ってるミラとは正反対。正史のミラはもっとサバサバしてるし、恥ずかしがるとこなんて見たことないよ」

「――ねえ、そもそも何でミラ、テレてるの?」

「――オトナになると素直な気持ちを口にするだけで恥ずかしくなっちまうもんなんだよ」

「ちょっと! こそこそ何話してるの! 行くの、行かないの!?」

「分かった、行く行く! 行くから精霊術の準備するな!」

 ルドガーは慌てて女性陣を背中に隠し、両手を思いきり振ってミラを止めようとする。

「あ。無詠唱ってとこはミラと同じみたい」

「そんな共通項知りたくなかった!」




 満を持してのミラさん登場です。読者様方、お待たせいたしまして実にすみません。先日感想板でまるで読者総員の意見を代弁するようなカキコ(ぶるり)がありましたので慌てて上げさせていただきました。実は拙作では何気にミラさん重要ポジだったりするのですが、ストーリー進行上表に出る機会が少ないといいますか……これからもがっかりさせてしまうかもしれません。
 ルルの飼い主チャット+アルヴィン&レイアばーじょん。お楽しみいただけたでしょうか。ささいな(?)話題でムキになるユリウスさんは実はメンバー中誰より少年なのかもしれないと思ったチャットでした。そういう情操もルドガーと会ってから改めて培われたものだと思うと…(T_T)ホロリ ユリウスがPTインする完全版はどこですかー!?


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Mission6 パンドラ(8)

 これが最後のモラトリアム


 長いイントロダクションを経て、ようやくルドガーたちは参道に足を踏み出した。

 渓谷に挟まれた道は、たまに褐色の葉を茂らす樹があるくらいで平坦だった。だが、いざ霊山の登山を始めると、その険しさに大きく苦しめられる者がいた――エルだ。

「エル、しんどいならしんどいって言わないとダメだろう」

「ヘーキだし! このくらい、どうってことないもん!」

 これで何度目か。適当な岩に座って休みながらも、エルは気炎を吐くのをやめない。だが、顔色の青さも汗も荒い息遣いも、エルの疲労の度合いを強く主張している。今までも休めとルドガーたちは言い聞かせたが、エルは大丈夫の一点張りだった。

(エルなりに俺たちに迷惑かけないようにって頑張ってるのは嬉しいんだけど、だからってそれに甘えきってちゃエルが倒れかねない。この子は8歳の女の子なんだ)

 水分補給を終えたエルに、ルドガーは背を向けてしゃがんだ。

「……なに?」

「ここからは俺が負ぶってく」

「だ、だめだよ!! エル、ひとりで歩けるし!」

「そんなこと言ったって、俺たちのペースで歩くのキツイんだろ。だから俺がエルを背負ってく」

「や……ヤダ! そんなのハズかしい!」

「恥ずかしいって何だよ。子どもなんだから素直に甘えとけ」

「コドモ扱いしないでー!」

「どっからどー見ても子供が言うなっ。――エル、別に俺はお前を責めて言ってるわけじゃない。ただ、エルに具合悪くなったり、足痛めたりしてほしくないんだ。心配して言ってるんだ。それでもだめなのか?」

「う…ぅう……だ、って…ずっと、ルドガーの背中、ぴっとり…くっついて…」

 エルはもじもじと答えを渋る。押してダメなら引いてみるか。ルドガーは心を鬼にした。

「あんまりしんどいなら、レイアかユティに付いててもらってここに残ってもいいんだ。ここまで俺の都合で引っ張り回してきたけど、よく考えたら危ないって分かってるとこまで連れてくのはおかしいもんな」

「あ…」

 エルの両の翠が見捨てられることへの恐怖でざあっと染まった。まずい、と気づいた時には遅かった。

「……分かったよ。ルドガーはエルがジャマなんでしょ!? じゃあエル下で待ってるから! 行ってらっしゃい!」

「エル、待ってくれ! そういう意味じゃない!」

 エルは坂の傾斜に任せて登山道を駆け下りる。ルルもエルに従って走る。ルドガーはレイアたちにこの場にいるよう言い置き、慌ててエルを追いかけた。

 大人と子供の足だ、じきに距離は詰められる。そう楽観視していたところで、

「っ、きゃあああああ!!」

 エルが岩の突起に躓いた。坂道降下の勢いもあって、エルの体は派手に宙に舞った。

「エルっっ!!」

「ナァ~!!」

 ――あんな下らないことで口ゲンカなどしなければ。後悔がルドガーの頭に滲んでゆく。

 地面に落ちて壁面を派手にスライディングするしかなかったエルは――

 

 ちょうど山を登って来ていたアルヴィンとユリウスの内、ユリウスが逸早く状況を理解して、彼女をキャッチしたことで難を逃れた。

 

 エルが助かった。ルドガーは気が抜けてその場にしゃがみ込んだ。

「エル!」

 気を取り直し、ユリウスによって地面に下ろされたエルにまっしぐらに駆け寄った。

 どこも壊れていない。無事だ。ルドガーは心から安堵した。

「で……どんな状況だこれ」

 追いついた男たちの内、アルヴィンが低く呟いて、ようやく騒ぎは収拾した。

 

 

「まったく! こっちは1分1秒でも惜しいってのに。そういう段取りは先にしといてよね!」

 先頭を行くご立腹ミラをレイアが宥める。

 エルの件については、ルドガーとアルヴィンが交替で肩車をするという形で決着がついた。二人の男による肩車はユティにばっちり激写されたがそれは余談である。

「さっきはごめん。邪魔じゃないから。俺、エルがいないとすごくダメな男だから。でもエルに辛い思いさせたくなくて、空回った。ごめんな」

「ん、しょうがないからゆるしてあげる。今回だけだからね…………えっと、98、99、100! アルヴィン、コータイだよ」

「はいよっと」

 ルドガーが屈むと、エルはルドガーの背をずぞぞぞと滑り降りた。見てみたい、と思っていると背後でシャッター音。ふり返り、ルドガーはこっそりユティに親指グッのポーズを送った。ユティも同じしぐさで応えた。彼女のこういうノリのよさは大好きだ。

「ナァ~」

 地面に降りたエルに対し、ルルが寄ってきて心配げな声を上げた。エルは「ダイジョウブ」と答えながらルルを撫でた。そこでふとエルは何かに気づいたように顔を上げた。

「ねえ。ルルの飼い主ってルドガー? それともメガネのおじさん?」

「ナァ~?」

 ルドガーとユリウスは顔を見合わせた。ルルの単位は「我が家の猫」だったので、どちらが明確に飼い主かなど考えたこともなかった。なかったのだが。

「もちろん俺だよ。面倒見てんの俺だからな」

「やっぱり! ルドガーに一番懐いてるっぽいもんね」

 第三者からも支持を得た。ルドガーはユリウスを見てにやっとした。あからさまな挑発に、ユリウスもカチンと来たらしい。

「それは違うぞ。ルルがルドガーに懐いてるのは、エサを作ってくれてるからだ」

「うわユリウス大人げね」

「前提から崩しに来たっ」

「だがルルなら、エサ代を出している真の主人が誰なのか分かっているはず……いや、損得を越えた真心で繋がってるはず! そうだろ、ルル!?」

「そんなことないよな!? 仕事で全然いない兄さんより、飯やって遊んでやってブラシかけてやってる俺のが飼い主らしいよな、ルル!?」

 兄弟に詰め寄られてルルは縮こまる。

「んー。ぶっちゃけ、ルルはどっちが好きなの?」

「ナァ~♡」

 ルルはごろごろとエルにすり寄った。エルはぱぁっと頬を染め、ルルを抱き上げた。

「エルが一番だって!」

「毎日欠かさず猫じゃらで遊んでやってる恩を忘れたかーっ!」

「ルル……お前もか」

 兄弟は怒りと嘆き両方のリアクションを呈した。ミラが溜息をついた。

「あほらし」

「まあそう言いなさんな、ミラさんや。本人ら的には重要な問題なんだからさ」

「誰が主人かなんて動物のほうが決めることでしょ。現にこの辺の動物たちは、どれも昔出てった私の巫子に侍ってたわよ」

「巫子ってイバルだよね。出てっちゃったんだ……じゃあその動物たちの世話はミラがしてるの?」

「まさか。獣の野生は人間には縛れない。それぞれ森や山に散っていったわ」

「それ、賛成。ワタシも、動物さんのお家は樹で、土で、水で、空だと思う」

「初めてあなたと意見が合ったわね」

「合ったね」

 

 ――おしゃべりが絶えなかったのは、きっとみんなが現実から目を背けたかったからだ。

 霊山頂上に到着すればミュゼを――時歪の因子(タイムファクター)を破壊し、この天地を永久に滅ぼさねばならない。その責はこの場に居合わせた人間全てが負わねばならない。

 世界を滅ぼす。抽象的すぎてどう背負い、贖えばいいか分からない事象を前にするのを、誰もが潜在的に恐れていた。

 だが、彼らの舌が停まらないように、足もまた止まることはない。幾度休憩を挟もうが、魔物と戦おうが、進み続ければいずれ――ゴールに着いてしまうのだ。




 C7で分史ミラと分史ミュゼのやり取りの時、ルドガーとユリウスにパンしてたのがとても印象的でした。あれはこういうことじゃないかと作者は思っております。


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Mission6 パンドラ(9)

 だって この人が傷ついたら あなたが何するか分からなかったもの


 霊山の頂上の突端。ミュゼはそこに立ち、しきりに天へと祈りを捧げていた。

 ここからでは距離があって台詞は聞き取れないが、真剣なのは痛いほど伝わった。

 ミュゼに隙を作るため、ついにミラが動いた。

 ミラは同じ台地に登り、恐る恐るといった感じにミュゼに声をかける。ミラが何を言っても、ミュゼはぴしゃりと退けるばかり。

「取りつく島なし」

 ユティが写真を撮りながら呟く。

「こんな時くらいそれやめろよ」

「フラッシュもシャッター音もオフにしてる。ミュゼには気づかれない」

「TPOを弁えろって言ってんだ。親の顔が見てみたいぜ」

「――もう見てるくせに」

「何か言ったか?」

「ミラがキレる」

「「「はぁ!?」」」

 ルドガーだけでなく、レイアもアルヴィンもこぞって前のめりになった。

「どうして……姉さんはっ!」

 叫ぶや、ミラを中心に火の大蛇が躍った。ミラが腕をミュゼに向けると、火はミュゼを包んで火柱へと変わった。

(隙を作るなんてもんじゃない。今のミラ、本気でミュゼに攻撃してた。妹が姉に本気で、しね、って願う、なんて)

 ルドガーは一連の光景に、心の奥の奥を焙られたようなくすぐられたような、奇妙な、そう、胸騒ぎを覚えた。

()()()()()()()()()()()

 今のミラの行為は確かにルドガーの背中を押した。だが、押されるままに進めば、ルドガーは後戻りできなくなる。そんな予感だけが強かった。

 

 

 

 

 ミラを騙し、ミュゼと戦い、ミュゼを殺して「カナンの道標」を回収し、一つの分史世界を終わらせた。

 その結果が、分史の住人であるミラを正史世界に連れ込むというイレギュラーだった。

 困惑がちに立ち上がったミラ。ルドガーはアルヴィンやレイアと共に呆然と参道側入り口に立ち尽くすしかなかった。

(手紙にあった。分史世界の物質を持ち帰れるのは『クルスニクの鍵』っていわれる能力者だけだって。これがそういうことなのか? 俺はミラに何もしてない。じゃあ、『鍵』は――)

 ミラと手を繋いでいるエルは、ただきょとんとするばかり。

「『ルドガーっ』」

 エリーゼとティポの声だった。ふり返ると、ジュードもローエンもいた。

「突然、正史世界に戻っていてびっくりしましたよ」

「よかった。時歪の因子(タイムファクター)、壊せたんだ……ね…」

 喜一色だったジュードは、ミラを認めるなり棒立ちになった。ローエンもエリーゼも驚愕をあらわにする。それを受けてレイアとアルヴィンが気まずげになる。

「姉さんはどうなったの!? 何が起こったか説明してよ!」

「お前の世界は、俺が壊した」

「――は? じゃ、ここはなに」

 嘲り混じりに問われても怒りは沸かない。ただミラが痛々しく、ルドガー自身も苦しかった。

「お前のとは違う世界だ」

「意味分かんない……姉さんは!? 元の姉さんに戻るのよね!?」

 傍らに来たエルがルドガーとミラをおろおろと見比べる。

 ルドガーは拳を固めた。世界を滅ぼしたと打ち明けるより、彼女の最愛の姉が死んだと宣告するほうが、ずっと重い。

「あんたのミュゼは消えたんだ」

「あなたの世界と一緒に」

 煮え切らないルドガーを見かねてか、アルヴィンとレイアが、厳しさと憐憫、それぞれの声色で、ミラに事実を突きつけた。

 風が一陣、吹いて、去るまでの、間があった。

「……私を騙したのね!」

 バラ色の瞳が怒りに燃え上がる。ミラは拳を振りかぶった。

 殴られると簡単に予期できた。それでも甘んじて受けるつもりでルドガーは動かなかった。

 

 ミラの拳がルドガーの横っ面に届くことは――なかった。

 ユティが後ろからミラにタックルを決めて、ミラを下敷きにしたからだ。

 

 エルが悲鳴を上げた。アルヴィンもレイアも目を丸くしている。押し倒されたミラは、顔を上げると、射殺さんばかりにルドガーを睨んだ。思わず一歩引いた。

 硬直した空気を壊したのは、場にいた誰でもなかった。

「どけ、無礼者!!」

 どこから下りてきたのか。イバルがいつもの着地ポーズで現れ、すぐさま双剣でユティに斬りかかった。

 ユティは、押し倒したままのミラの腰の鞘から剣を抜き、イバルの斬撃を受けた。

 イバルは呻き、すぐさま片方の剣を再び攻撃に回す。剣を一本の防御に回しているユティはあえなく胴体を両断される――はずだった。

 彼女は、頭上で防いだ剣と、まさに横薙ぎにされている剣、2本の剣の間を()()()()()避けた。

 

 ユティは地面に手を突き、前転を一回して態勢を立て直した。

 さすがのイバルもこれにはあ然としたようで、次の攻め手を出さないまま突っ立っている。

 ルドガーも助けに入るのも忘れて、ぽかんと彼女を見るしかなかった。

 やがてユティが立ち上がった。場の全員がびくりとする。

 ユティは自分の手を見下ろして、一言。

「切れた」

「「当たり前だ馬鹿!」」

 ようやく立ち直ったルドガーと、後ろにいたユリウスの声が、見事に重なった。

「え、えっと……ユティ、とにかく傷見せてくださいっ」『ギャー! パックリいってるよー!!』

「下側に来たの避けるのに、刀身握ったから、かな」

『そりゃザックリいくよバホー!』

 エリーゼとティポが騒ぐ中、イバルもはっと我に帰ってミラに駆け寄っていた。

「ミラ様! お怪我はっ」

「ない、けど……その、助けてもらっておいて悪いんだけど……あなた、誰? 私を知ってるの? ここ、私の世界じゃないんじゃなかったの?」

「あ……」

 もうどこからどう処理すればいいか分からない。ルドガーは一人頭を抱えた。小さく「ガンバ」と言ってくれる横のエルが、騒動の渦中にあって一服の清涼剤だった。

「――何があったの?」

「その質問あと5分早くすべきだったな、優等生」

 レイアとアルヴィンが一部始終を説明する間、ジュードは何度もミラをちらちら見やった。

 

「そんなことが……」

「ルドガーは責めるなよ。積極的に口車に乗せたのは俺だ」

「アルヴィンだけじゃないよ! わたしもミラに、わざと誤解させるように話し、た……」

 アルヴィンとレイアの気持ちが痛いほど嬉しかった。二人ともルドガーと責を分かち合おうとしてくれている。

 

「なるほど。それで連れが増えたのか。かなり興味深いな」

 

 イバルに続く闖入者に、全員が声の方向をはっとふり向いた。




(8)から分割しました。

 入り乱れる全員集合シーン。オリ主は果たしてどこまで読んでミラにタックルしたのか? 全部読みました。
 割と空気は読める子ということで。空気の壊し方が斜め上を行ってるだけで。
 ミラさんはイバル覚えてない設定です。巫子がいたのは覚えてるけど今のイバルを見ても分からない。確か昔?ミュゼの不興を買ってイバルが追い出されたとか殺されたとか村人が証言してたので、成長したイバルを見ても分からないんじゃないでしょうか……(T_T)


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Mission6 パンドラ(10)

 あなたが彼を憎んでくれるのを待ってた


「なかなかに見応えのあるショーだったぜ。イバル君にユースティア君に――ユリウス?」

「リドウさん! 何でここに」

 ノーマルエージェントを数名引き連れたリドウが立っていた。

「だって俺、分史対策室室長だから。――お前が弟のこと以外で声を荒げるの、初めて見せてもらったぜ、『元』室長。貴重なシーンありがとさん」

 ユリウスは隠しもせず舌打ちした。あの、マナーにはうるさいユリウスが。よほどリドウを嫌っているらしい。

 だが、それ以上に、ルドガーの心には引っかかるものがあった。

(そういえば、兄さんが俺の前でこの手のマイナス感情を出すの、もう何年も見てない。引き取られたばっかの頃は、むしろ分かりやすいくらい喜怒哀楽があったのに。いつからだ。いつから兄さんは俺に本心を曝け出さなくなった? いつから兄さんは俺に心を見せなくなった?)

「お前に見せるためにやったわけじゃない」

「――そのスカした態度が気に入らないんだよ」

 リドウは聴こえないよう言ったつもりだろうが、ルドガーは立ち位置のせいかしっかり聞き取れた。

「さて、ルドガー君。回収した『道標』を提出してくれ。以後、分史対策室で厳重に保管する」

 個人的にはいけ好かない男だが、エージェントたるルドガーにとってリドウは上司だ。

 ルドガーはリドウの前まで歩いて行き、ポケットから「道標」を出してリドウに手渡した。リドウはノーマルエージェントが開けたアタッシュケースに、白金の歯車の集合体を収めた。

「確かに。初任務ご苦労さん、新人君」

「――ありがとうございます」

「で、だ。せっかく一仕事終えたところ悪いが、もう一つ任務を与える。――エージェント・ルドガー。分史対策室前室長ユリウスを捕縛しろ」

 ルドガーは反射的にリドウを見返していた。リドウはニヤニヤするばかり。

 分かっている。この男は分かった上で、兄弟で捕物の茶番を演じさせようとしている。

 ユリウスが行方を眩ましたのは、ルドガーと離れることでルドガーの目を一族から遠ざけるため。ルドガーを想っての行いだ。だから列車テロの首謀者だと報じられても、釈明一つせず逃げ回る――そう、手紙には書いてあった。

(結局、全部裏目に出て、俺はクルスニク一族の一員になった。もう兄さんが姿を隠す意味はない。警察に連行されるユリウスなんて見たくない。いっそ俺の手で……)

 天秤はほとんどリドウの命令を聞く側に傾いていた。

「悲しいなあ、ユリウス。まさかエージェントになった弟にお縄を頂戴するハメになるなんて。せっかくルドガー君を(●●●●●●)入社試験で(●●●●●)不合格にした(●●●●●●)のになァ(●●●●)?」

 現実に聴こえた気がするほど生々しい音を立てて、心の天秤が傾ききった。

(兄さん、が、俺、を?)

 もどかしいくらいの時間をかけてユリウスをふり返る。そしてルドガーは、リドウの言葉が事実だと知った。ユリウスを見て、そうだったんだ、と分かるくらいには長い付き合いなのだ。

「――何でだ」

「あ、れは……」

「何でだよ! 何で邪魔したんだ! 俺がずっとクラン社のエージェントになりたいと思ってたの知ってただろ!? なのに、どうして!」

「違う! あれはお前を思ってのことだ。お前を少しでもこんな世界から遠ざけたかった。俺を信じてくれ、ルドガー」

 信じてくれ。

 ユリウスのその一言で、ルドガーの中で何かが音を立てて切れた。

 ルドガーは双剣の片方を抜き、ユリウスに突きつけた。

 

「兄さんの何を信じろって言うんだ。肝心なことはずっと隠してたくせに」

「それ、は……」

 ――“何で? 昔は何でも話してくれたのに”――

 常に自分の上にいる兄。自分をいいように動かそうとした兄。

 そんな兄の庇護がなければ何もできない自分。――もうたくさんだ。

 ――“お前なんかに話すことなんてない。とっとと帰りなさい!”――

 

「俺を守るため? ふざけんな。遠ざけて邪魔して、なのに知識だけは与えて。それで俺がどんなにみじめな気持ちだったか兄さんには分かるか?」

 

 ――“姉さんが何をしてるか気になって…”――

 ――“関係ない”――

 

「守ってくれたのも甘やかしてくれたのも知ってるし、感謝してる。兄さんが俺のためにどんなに頑張ってくれたかも、少しは分かってるつもりだ。だから兄さんの助けになりたくて、兄さんに並びたくて俺なりに今日まで努力してきた。そんな俺の気持ちも知らずに、兄さんは俺を叩き潰した。兄さんにとって俺はそんなに目障りだったんだな」

「ルドガー、違う! 俺は」

「違わない」

 ――“姉さんが、悪いのよ”――

 

「俺は俺のやりたいようにやる。俺はもう兄さんに頼るような子どもじゃない。兄さんにあれこれ指図されなくたって、自分の道くらい決められる」

 剣を間に、兄弟は睨み合った。翠と蒼の眼光がぶつかり合った。

 

 ユリウスと本気で睨み合ったのなど何年ぶりだろうか。思えばここ数年、ケンカらしいケンカさえしていなかった。

「連行しろ」

 リドウの指示に、ノーマルエージェントたちが動き出す。ユリウスに黒匣(ジン)製の手錠をかけ、警杖を交差させて無理やり歩かせる。

 まさに犯罪者の連行という光景を、ルドガーは目を背けずしっかりと見届けた。




 タイトルですでにみなさんお察しの通りです。ユリウスが希望をつかむために逃がした災厄は、最愛の弟の心が離れるという、ユリウスにとって最も痛い形で返ってきました。
 今回がこの作品そのものの肝です。拙宅のルドガー君のメインテーマは「兄への複雑な感情」です。
 コンプレックスだったり感謝だったり独占欲だったり憎たらしさだったり。ただ愛してるんじゃない、ただ憎んでるんじゃない、ぐちゃぐちゃな感じが出せるよう頑張りたいです。


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Mission6 パンドラ(11)

 秘める辛さを知りました


 クランスピア社でビズリーへの報告と、「オリジンの審判」の説明を受けてから、1日限りのパーティは本社ビル玄関前で解散となった。

 

「では、今日はこれにて失礼いたします」

「また手伝えることがあったら連絡ください」『絶対だかんな!』

 エリーゼとローエンが連れ立って去っていった。

「わたしはちょっと編集長んとこに顔出してくるよ」

「ああ。こってり絞られて来い」

「電話聞いてたのね!? いーもん、今日だけでたっくさんネタ入ったんだから、絶対ルドガーの度肝抜く記事にしてやるんだからー!」

 砂埃が舞い上がる勢いでレイアが走り去った。

 これで残ったのは、ジュード、アルヴィン、ミラとなる。ジュードとアルヴィンはそれぞれの住居に帰るとして、ミラは――

「おなか空いたー! 早くルドガーんち帰ろ。ミラもいっしょに!」

「ナァ~」

 ミラがこちらを窺ってきた。行っていいのか、という不安が視線にありありと浮かんでいる。

 ――ミラの世界を奪ったのはルドガーだ。彼女の身の処し方には責任を負うべきだ。しかし、具体的にはどうすれば――

「ええっと……」

「ルドガー」

 答えあぐねたところに、アルヴィンが声をかけた。アルヴィンはユティの肩をぐいと引き寄せ。

「おたくんちの居候その2借りていいか。大丈夫、今日中には返すからさ」

 きょと、とユティはアルヴィンを見上げる。ユティと示し合せての行動ではないらしい。

「ユティがいいなら俺はいいけど……どこ行くんだ?」

「デート」

「…………」

「…………」

「「デートぉ!?」」

 ルドガーとジュードの驚きが重なった。

 

 

 若者二名を仰天させた当のアルヴィンはちとばかり複雑だった。確かにユティが相手では歳の差がありすぎるが、自分はそこまで男として枯れていない。

「ユティがいいならいいんだろ? ――ユティ、どうだ?」

「いいよ」

「「即答!?」」

「悪趣味……」

 ミラにまで言われた。アルヴィンは青筋を立てながら堪える。

「よっしゃ。どこか行きたいとこあるか?」

「アルフレドが連れてってくれるなら、どこでも」

「男のツボを心得てるね、おたく」

「おじさまに教わった。悪いオトコには、言わないよ?」

「その心意気もよし。んじゃ、デートらしくガールズファッションの露店にでも行きますか。この辺からすぐだとマクスバードか。いいか?」

「どこでも、って先に言った」

「つーわけで家主さん、借りてくから」

 アルヴィンはルドガーと肩を組むようにしてミラたちから距離を取り、耳元に口を寄せた。

「あっちのミラ嬢のこと頼むわ。身一つで異世界に放り出された彼女に、何よりもまず、ここに自分がいていいんだって実感を作ってやれ。とにかく衣食住、特にあったかい飯は秘奥義並みだぞ。どうするかなんて腹膨れて寝てからじゃねえとロクな案出ねえんだ。生活に必要なアレコレは俺らで買ってくるから」

「あ……ごめん、アルヴィン。世話かける」

「いいって。ちったあ俺にもダチらしいことさせろよ」

 アルヴィンはルドガーの背中を景気づけにバシッと叩いた。ルドガーは苦笑した。

 ルドガーがジュードとミラのもとへ戻り、彼らを夕飯に招待したい旨を伝えている。あのミラに懐いたエルは瞳を輝かせているが、対照的にミラは終始沈んだ面持ちをしていた。

 それを見守っていると、ふいに腕を組まれた。急かされている。

 アルヴィンは肩を竦め、ユティを腕にぶら下げたまま、トリグラフの街へくり出した。

 

 

 

 駅に向かう道すがら、ユティが唐突に尋ねてきた。

 

「あれで間違ってなかった?」

「バッチシ。打ち合わせしてなかったのに乗ってくれてサンキューな」

「アルフレド、ずっとミラのこと心配そうに見てたから、そうするかなって」

 アルヴィンも同意見だ。何故か、ユティなら息を合わせてくれる、そんな気がした。

「さっきの」

「ん?」

「リーゼ・マクシアでの、経験談?」

「……まあ、な」

 仲間を裏切り、母は死に、叔父も死に、組織もほぼ潰え、居場所などどこにも見出せなかった。作る気概もなかった。

 そんな落ちぶれた男に、湯気の立つ温かな飯を恵んでくれた、いい女たち。

 ――もう、どこにもいない。

 するとユティはきつくアルヴィンの腕にしがみついた。

「……大丈夫だって。そんな顔するなよ」

「どんな顔もしてない」

「泣きそうな顔して強がったってバレバレだぞ。ん?」

「……アルフレドが、リーゼ・マクシアで辛かったろうな、痛かったろうな、寂し、かったろうな、って……想像、したら、急に……アルフレドにあったこと、だから、よけいに……」

 アルヴィンは何も言わず、しがみつくユティの髪を梳いた。

「訊かないね」

「何を」

「アルフレドが気にしてること」

「訊いてほしいのか」

 訊かれても答えられないことなど人にはいくらでもある。アルヴィンも悪い意味でそうだった。彼女にも彼女なりの事情があるなら、そっとしておくのが正しい対処法だ。

「きかないで――まだ」

「了解」

 その返事に、ユティはリラックスした猫のようにアルヴィンの腕にすり寄った。




 これにて原作C7に当たるストーリーは終了です。長いことお付き合いありがとうございました。
 次回からようやく新章に入れます。ここまで本当に長かったです(T_T) てかC7が長すぎる! 一編に2個も分史世界入れてくんなやー\(゜ロ\)(/ロ゜)/!
 次はキジル海瀑の回です。少しキャストを変えますのでお楽しみに。展開が忙しいので「え、もう!?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません(^_^;)。スピード連載を心掛けておりますもので。

【パンドラ】
 ゼウスがヘファイストスに作らせた原初の女。外見はアフロディテやアテナによって美しく装われたが、中身はヘルメスによって虚言の性質を入れられていた。
 彼女がこの世すべての災いの詰まった箱(一説にはかめ)を開けたため、人類は「苦しみ」を背負った。ふたを閉めた時、「希望」だけが箱に残った。


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Mission7 ディケ(1)

 もっと悩んで そしてもっとキライになって


 今日のルドガーは仕事もなく、部屋で一人適当に過ごしていた。

 同居人たちは不在だ。ミラはレイアが色々気を遣ってあちこち連れ回す。エルもエリーゼが仲良くなろうと一緒に遊びたがる。必然的に両名は部屋にいない頻度が高かった。ユティは元から撮影旅行で3,4日帰らないのがデフォルトだ。

 

 この機会にと張り切って、彼女たちに気兼ねしてできなかった分の家事に取り組んだのだが、これが思いの外早く終わってしまい、ルドガーは暇を持て余していた。

 ルドガーはテレビを切り、ソファーに横になった。

 女3人に男一人の生活なので、一人になれる時間は正直ありがたい――ありがたいのだが。たまに全員の外出が重なると、一人世界に取り残された気分になる自分は、どうしようもなくワガママだ。

 ふとポケットからくしゃくしゃになった封筒を取り出してみた。長いこと持っていたせいで持ち歩かないと落ち着かなくなってしまった。

 中身を封筒から出して、もう何度も読み返した文面を読む。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 お前を少しでも一族の宿命から遠ざけたかった。お前に平和な世界で生きてほしかった。これがお前には押しつけになることは充分に想像がつく。だがこの時の俺には、こんなやり方しか思いつかなかった。許してくれ。

 今からでも遅くない。時計と鍵を捨てて引き返せ。お前はまだ戻れる。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 ぴしゃん!

 夏の蚊を潰す時ほどの殺気と容赦のなさで、ルドガーは手紙を折り畳んだ。

 とっくに引き返せない。ルドガーは先日、2個目の道標『ロンダウの虚塵』を手に入れた。

 今日までに『マクスウェルの次元刀』と『ロンダウの虚塵』を回収した。これらの道標はクランスピア社が厳重に保管してある。

 残る道標は3つ。3つを見つけるために、あといくつの分史世界に進入し、破壊することになるのか。考えただけでも気が滅入った。

(そこまでしなきゃ行けない『カナンの地』って、どんな場所なんだろう)

 ふと考えてみる。――無の精霊オリジンの玉座。魂の循環を司る聖地。ユリウスの手紙も、ミラもそう説明していた。

(たくさんの可能性を潰して、2000年もやり続けて、そこまでして何で行かなきゃいけないんだろう。社長は分史世界の消去をオリジンに願うためって言ったけど……)

 今までの分史破壊をふり返る。――アグリアという少女と友達だったレイアの分史。死んだ側近たちと友情を築いていたガイアスの分史。主君ナハティガルと訣別しなかったローエンの分史。

 悲運も見たが、同じだけ希望もあった。それら全てが、マガイモノのニセモノ?

(俺たちがやってることは、本当に正しいのか?)

 GHSが鳴った。ルドガーはソファーから起き上がって通話に出た。

『もしもし、ルドガー様。ヴェルです』

「また新しい分史が見つかったのか」

『いいえ。ユリウス前室長が道標を持って逃亡しました』

「兄さんがぁ!?」

 どこまで往生際が悪いんだあの兄貴は。ルドガーは頭を掻きむしった。

『目撃情報はイラート海停で途切れています。リドウ室長が捜索の指揮を執りますので、直接現地に向かわれてください』

「了解。わざわざサンキュー、ヴェル」

『これが仕事ですので。失礼します』

 通話が切られる。ルドガーはGHSの発信履歴を呼び出し、まずはエリーゼに電話をかけた。

「もしもし、エリーゼ。俺、ルドガー。今日、そっちにエルが行ってるだろ。悪いけど連れてきてもらっていいか? ……。ああ、仕事。……。いや、分史破壊じゃなくて。脱走した兄さん探し。……。ほんっと世話が焼けるよな。……。エリーゼも来てくれるのか? ……。いや、迷惑じゃない。すごく助かる。……。イラート海停だよ。……。ああ、じゃあ現地で」

 次に電話をかけたのはレイアだった。

「もしもし、レイアか? そう、俺。今そこにミラいるか? ……。いるな、よし。じゃあ伝言頼む。『仕事が入った。迎えに行くから支度して待っててくれ』……。レイアも? お前、今日非番だろ? そんな出てきてばっかじゃ休めないんじゃないか? たまには俺に気を遣わずゆっくり……。ああ、そういうこと。はい、スクープになるよう頑張らせていただきマス。それじゃ」

 GHSを切り、筐体を畳んでホルダーに突っ込む。ルドガーは洗面台に行って最後の身繕いを終えると、カードキーを持って部屋を出た。

 部屋にセキュリティロックをかける。カードキーはマンションの玄関ポストに入れる。暗証番号はあらかじめ同居人全員に教えてあるから問題ない。

(常に他人がそばにいるのが当たり前になっちまったな)

 一人舗道を歩きながら、とりとめもなく考えた。

 にぎやかなのも友達が多いのも決してキライではない。ただ群れに加わりきれないじれったさが解決できてないだけで。

(流れで集まったジュードの昔の仲間に便乗してるのが今の俺とエル。ミラに至っては居場所がないから仇の俺に協力せざるをえない。こう考えると俺たちって結構危ないパーティーじゃないか?)




 ルドガー君の怠惰な?休日の過ごし方。
 選択肢ではありますがゲーム中ルドガーは自分を「居候」と言ってるんですよね。ではユリウスのいない今は自分をあの部屋の「家主」と思っているのかというと、思っていないのではと推測しました。現代の就活浪人にありふれた、実家に「置いてもらってる」という意識をルドガーはずっと持っていたのではないでしょうか?
 詰まる所、ルドガーはあの部屋にいてもストレスから100%解放されることはなくて、でも相談できる唯一の家族が信用できなくなって、同居人、特に分史ミラの手前情けない姿も見せられなくて、ストレスは蓄積していく一方だったんではないでしょうか?


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Mission7 ディケ(2)

 じれったいなあ 早くもっと仲良くなってよ


 港に向かう前に、レイアのアパートに寄る。彼女のアパートは割と近所で助かっている。ミラだけなく、ルドガー自身とレイアも互いの部屋を行き来することがある距離だ。

 アパート前ではすでにレイアとミラが待っていた。

「遅いわよ」

「悪い」

「まーまーミラ。あ、ジュードとアルヴィンにはわたしから連絡しといたから。今度はどんな仕事なの?」

 3人で舗道を歩き出す。目指すはトリグラフ中央駅だ。

「ユリウスが脱走したらしい。その捕獲」

「え……ルドガー、大丈夫?」

「大丈夫も何もない。今の俺はエージェントなんだ。何度だって戦うし、捕まえるさ」

「ええっと、そういうんじゃなくて、その…」

「何だよ、レイア。珍しく溜めるな」

「エージェントって立場に縛られて視野狭窄になってんじゃないの、って言いたいんじゃない? レイアは」

「視野狭窄って……俺が?」

「うん。だって最近のルドガーさ、何かあるとエージェントエージェントって。気合入ってんのもあるだろうけど、ちょっと心配になっちゃって。一直線って、後から色々辛い思いもするし――」

「余裕なくしてるの、むしろあなたのほうじゃないの?」

 気を張っていた自覚はある。ガイアスに「世界を壊す覚悟を見せろ」と言われた日から特に。

 分史破壊では常に強く正しく在ることを心がけ、家に帰ってからの余白は、空気が抜けた風船みたく過ごしてきた。

「だとしても、やるべきことはおろそかにしない。ミラだって、ガイアスと一緒に行った分史で見たはずだろう。俺が何をするか」

「まあ、確かに見させてもらったけど――」

「俺が気に入らないならガイアスみたいに斬りに来いよ。返り討ちにするけどな」

 バラ色の双眸が獣じみて鋭く細められた。

「精霊の主に挑戦状? いい度胸じゃない。いいわよ、じゃあさっそく」

「ストップストッ~プ!! ここ往来! 二人とも仕事前によけいな消耗は避ける! 何より仲間同士で争わない! 分かった!?」

「仲間って……」

「分かった!?」

「……ああ、もう、分かったわよ! 悪かったわよ」

「すまん、レイア。どうかしてた。レイアの言うように、余裕がないのかもな」

「しかたないよ。その辺をフォローするためにわたしたちがいるんだから。遠慮なく頼ってね」

「ありがとう」

 

 

 茜のプリズムをまとったイラート海停には、すでにルドガーたち以外のメンバーが集合していた。どうもルドガーたちが最も遅い到着だったらしい。

 定期船を降りるや、レイアが離れ、ジュードとアルヴィンにぴょこんっと駆け寄った。

「やっほーっ。また会ったね」

「よ。原稿進んでるか?」

「書けば書くほど入れたいことが増えて何回も書き直しだよ~」

「いいんじゃない? レイアの気のすむまでやってみてもさ。全力投球、大賛成だよ」

「ありがと、ジュード~」

 エリーゼとティポもまたローエンと並んで歩く。

「エリーゼさんもティポさんも、お元気そうで何よりです」

「ローエンも。――マルシア首相、どうしてますか?」

「あちらもお変わりなく過ごされているようです。エリーゼさんにもメールが届いているのではないですか?」

「はい。でも、『ルナ』はそういった弱音はメールでは出さないから…」『友達なのに相談にも乗れないよー。無理してないか心配ー』

「では首相には私がお伝えしておきましょう。小さなお友達がお月様を心配しています、と」

「ありがとうございます」『ローエン頼りになる~♡』

 がやがやとしゃべりながら歩き出す。ルドガーは少し後ろを付いて行く。エルとルル、ミラもまたそうだ。

 ふいにフラッシュが視界の横で瞬いた。とっさに身構えるものの、すぐ思い直す。こんなことをするのは一人しかいない。

「逆光でフラッシュ焚くと、光の帯がはっきり映る。聖者の梯子、っていう」

「……いないから今回は外れるのかと思ったぞ」

 ユティはカメラを下ろしてルドガー側に歩いてきた。

「外れないよ。ことユリウスの捜索って聞いたら、よけいに。アナタが泣かないか心配だもの」

「いい歳した大の男が兄弟関係で泣けるかっての」

 ルドガーはユティの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。下からわざとらしい、抑揚のない悲鳴が上がった。

「とにかくこれで揃ったから、さっさとリドウんとこ行くぞ」

「あい。――ミラ、エル、手繋ご」

「な、んであなたと」

「答えは聞いてない」

「聞きなさいよ!」

 ユティの両手がエルとミラの手にそれぞれ伸ばされる。エルは素直にユティに手を差し出したが、ミラは繋いだものの不満な色をありありと呈している。だがどちらもユティは歯牙にもかけず、ぶんぶんと彼女たちの腕を振り回して歩く。

「ゆーやけこやけ♪ おててつないでかえりましょー♪」

「来たばっかで帰るな」

「――ちぇ」

 

 

 船着き場に沿ってレンガのアーチまで歩いていると、リドウとイバル、さらにはガイアスがすでにその場に待機していた。

「王様も来てたんだっ」

「たんだ」

「ナァ~」

「――まあな」

 エルとユティをあっというまに両傍らに控えさせた(●●●)、浅黒い肌と紅玉の虹彩が目を射る益荒男(ますらお)。エルが「王様」と呼んだ通り、彼は本物の王、リーゼ・マクシア統一国王ガイアスその人なのだ。

 ガイアスはエレンピオスの実情を視察するため、「アースト」を名乗って市井に潜り込んでいる。いわば「お忍び中」である。

 今回の任務のことをルドガーは連絡していないから、おそらく宰相のローエンから聞きつけたか、あるいは以前のようにクランスピア社に押しかけたか。後者は考えたくないルドガーである。

 リドウに随行していたイバルが、ルドガーの斜め後ろに立つミラを見るなり、ぱあっと顔を輝かせた。

「ミラさ……っ」

 だが、イバルはすぐにはっとし、急いでしかめっ面を作る。

「お前も来たのか、紛らわしい!」

 後ろにいるのにミラのまとう空気にヒビが入ったのがはっきりと分かった。

 べちん!

「~~~! 何をする貴様ぁ!」

 仲間たちが一様に面食らっている。ルドガーがイバルの顔面に平手を直角に打ち下ろしたからだ。

「悪い。顔にでかい羽虫がいたもんでつい」

「嘘をつくな嘘を!! この時期の海辺に虫がいるものか!」

 イバルから顔を逸らすと、ちょうどミラと目が合った。ミラはバラ色の目をまんまるにし、ふいと顔を逸らした。

(別に礼が欲しかったわけじゃないんだからいいんだけどさ)

「ね。何でリドウ、変なメガネかけてるの?」

 エルがこそっとイバルに尋ねた。腕組みでイライラと指を打つリドウは、何故か大きめのサングラスをかけている。ルドガーも知りたかったので聞き耳を立てる。

 イバルは律儀にもしゃがんでエルと目線の高さを合わせた。

「足跡を隠してるんだよ。ユリウスに逃げられた時、踏んづけられたんだとさ」

「ぷふっ! 見たい~」

「笑えるぞ」

(さすが我が兄というか。土壇場の反撃の雑さはおんなじだなー)

「捜索を始めるぞっ」

「了解であります、室長!」




 (1)と(3)から分割しました


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Mission7 ディケ(3)

 後はよろしく 人生経験豊富なおじーちゃん


 ユリウスの捜索は、二手に別れて行うことになった。

 街道の西は、ジュード、レイア、アルヴィン、ローエン。

 ハ・ミル方面は、ルドガー、エル、ユティ、ミラ、エリーゼ&ティポ。

 ガイアスは海路を捜索するリドウとイバルに同行することになった。

 メンバー分けもすんでいざ出発、という時になって声を上げた者があった。ユティだ。

「はいはーい。このパーティー編成はとても偏ってると思いまーす」

「偏ってる?」

「偏ってる。よろしくない。実によろしくない。よってメンバーチェンジを要求する」

 ユティはエリーゼの両肩を掴むと、戸惑うエリーゼに構わずぐいぐいと押し、アルヴィンの前に置いた。次に、ローエンと腕を組んでこちらに戻ってきた。

「こゆこと」

 これでハ・ミル側は、ルドガー、エル、ミラ、ローエン、ユティ。西側はジュード、アルヴィン、エリーゼ、レイアとなった。

 なるほど、一人入れ替えただけで安心感のあるパーティーだ。それに正直、女だらけの編成で上手くやれる自信がルドガーにはなかった。

 ルドガーはこっそりユティに向けて親指をグッと立てた。ユティも能面のまま同じしぐさを返した。彼女のこういうノリは大好きだ。

 

 

 

 ハ・ミルには果物農家の荷馬車に乗せてもらって向かうことになった。ローエンが農夫と交渉し、イラート間道で出る魔物から農夫と荷馬車を護衛する代価で成立した。

 

 商品を売り切って空の荷台に5人の老若男女がぎゅうぎゅうと詰めて座る。エルとルルをルドガーの膝の上に乗せてもまだ苦しい。

「撮るよりスペース確保に集中しなさいよ!」

「ねえ三脚使っていい? ガタガタ揺れて上手く撮れない」

「却下。手ブレ修正機能と己の腕を駆使して乗り切れ。てか三脚置くスペースがあらば俺らの誰かに譲れ」

「ユティさんはどこにいてもブレませんねえ」

「上手いこと言ったとか言わせねえぞ、ローエンっ」

「っきゃあ!」

「ミラ危ない! ……はー、ナイスキャッチ」

「~~っどこ触ってんのよ!」

「助けたのにこの仕打ぐはッ!!」

「ルドガー~~っっ!」

「ナァ~~~!」

「――激写」

 こんな感じで進んでいれば、到着する頃には死屍累々(一部を除く)になってハ・ミルに降りるのも当然だろうに――

 

 

「もう朝になってる!」

「ナァ~!」

 エルとルルは、村の崖際の柵に登って、元気に声を上げていた。

 

 ルドガーも気合で保ち直し、山の彼方の、薄紅に色づく空を見上げた。イラート海停に集合したのは夕方、馬車での行路を考えてもまだ夜の真ん中の時間帯のはずなのに。

「エル。そんなとこにいたら危ないわよっ」

「ヘーキだし! ミラはカホゴすぎーっ」

 

 ――“どうしたルドガー!? 転んだのか? まさか誰かにやられたのか!?”――

 ――“平気だって! ユリウスはカホゴすぎなんだよ!”――

 ――“弟がケガしてるんだから当たり前だ! ほら、見せてみろ”――

 さらに言い募ろうとしたミラを、ルドガーは肩を掴んで制した。

「本人が平気って言うなら好きにさせてやれよ。ケガが心配なら俺たちでフォローすればいい」

「エルはまだ8歳なのよ? 放っておけるわけないじゃない」

 ミラは荒々しくルドガーの手をふりほどいて走り、エルを後ろから抱えて柵から下ろした。

 

「――大丈夫だって言ってんだろうが」

 

 小さく小さく、ルドガーは呟いた。

 

「エルさん。今はまだ朝ではありませんよ。この地域は暁域という霊勢でして、一日中朝焼けなんです」

「じゃあずーっと朝なの? 寝る時困らない? 暗いのは好きじゃないけど、エル、夜にならないと眠れないよ? 時間とかどうやって計ってるの?」

 洪水のような「何で?」攻撃。ローエンはイヤな顔一つせず、ていねいに解説していく。エレンピオス人のルドガーも分かっていない部分は拝聴させてもらった。

「んー……でもやっぱ、エルは朝が来たら昼になって夜になるほうがいいな」

「断界殻シェルがなくなったので、霊勢の偏りは徐々になくなっていくでしょう。エルさんがもう少し大人になる頃には、ハ・ミルの青空や星空を見ることがきっとできますよ。空の色を肴に一杯、なんて乙な楽しみ方もできるかもしれませんね」

「空にサカナいるの!?」

「酒のつまみって意味だよ」

 エルがむくれて足にもたれてきた。ルドガーは心得て、エルの両脇に腕を入れて支えてやった。するとエルは安心してかさらに背中を預ける。ここからはバランス勝負だと、エルとの付き合いも長いルドガーは承知していた。

「これは失礼。ちと年寄りくさい言葉でしたね」

「そんなことないって。俺でも分かった」

「ありがとうございます。――ルドガーさんはお酒はイケる口ですかな?」

「呑んだことないから分からないな。せっかく呑める歳になったことだし、今度教えてくれるか?」

「喜んで。ここのパレンジワインなどで一杯やりながら語り明かしましょう」

「ルドガーとローエンばっかズルイー」

 エルがじたじたと抗議してきた。めんどくさくなったルドガーはそのままエルを抱き上げた。

「しょーがないだろ。実際に俺たちのほうが大人なんだから」

「パレンジはジュースもありますので、エルさんもご一緒しましょう」

「う……しょーがないからそれで許してあげる」

 エルは明らかに嬉しそうだ。だが指摘するとエルはムキになって否定するので黙って、ローエンと目配せして苦笑し合った。




 カメラフリークはどこにいてもブレません。そしてローエンじーちゃんもそういう人への対処法を心得ている辺りはブレません。要するにツッコミがいないボケ合戦です。本当にツッコミの大事さを知るRPGですよねえ(しみじみ)
 ミラさんの「どこ触ってんのよ!」の下りは皆さんミラEP2でご存じの通り例のルドガーのラッキースケベハプニングです。代価の魔物退治は果たしてちゃんとできたのでしょうか…?


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Mission7 ディケ(4)

 キラってくれてなきゃ困るのよ


 ふとローエンが何かに気づいた顔をした。エルがローエンにどうしたのかと問いかける。

「いえね。ハ・ミルはエリーゼさんが前に住んでらっしゃった村でもあるんですよ。果実酒のことで芋づる式に色々と思い出しまして」

 そこに撮影中だったはずのユティがぬうっと現れた。いつのまに、とはすでに誰も言わないのがユティクオリティ。

「――ルドガー」

「帰りにな。どうせ一日仕事になるだろうし、お前が泊まりたいなら泊まっていいぞ」

 ユティは能面のまま、しかし期待に(おもて)を輝かせ、ハ・ミル村入口の坂をじっと見上げた。今回は何十枚撮ってくるやら。土産話が楽しいから、ルドガーとしては大歓迎だが。

「エリーゼさんをメンバーから外してしまったのは失敗だったかもしれませんねえ」

「今度はエリーゼも一緒にくればいいよっ」

「そうですねえ。親睦を深めるために皆さんで旅行というのも悪くありませんな。一つジジイが段取りを練ってみましょうか」

「やったぁ!」

 今度はエルが翠眼をキラキラ輝かせる。今日はやたらと若い女子が眩しい日だ。

 

 キラキラオーラを2回も浴びたところで――村の上方からしゃがれた悲鳴が轟いた。

 

 ルドガーはとっさにエルを下ろして身構えた。ローエンはルドガーの死角をカバーする位置に。

 ミラとユティはその場から動かず、しかし武器にいつでも手をやれるように構えた。

 そんな彼らとは裏腹に、ふわぁりふわぁりと漂ってきたのは、水色から浅黄へのグラデーション・ヘアと、髪以上に大きな翅を持った女だった。

 驚いたのは女の容貌や浮遊ではない。この女をルドガーは知っていた。

 

 初任務の分史で殺したはずの、ミラの姉、大精霊ミュゼ――!

(でもここで会ったということはこの精霊は正史世界の精霊なわけで。俺たちとも今日会うのが初めてのはず……てことは)

「姉さん……!?」

「ミラ!? ……じゃないわね」

 縋るようなバラ色の目が、一瞬にして曇った。ミラは俯き、両手を下で組み合わせた。顔を上げたミラは、いつもの皮肉屋な女の仮面をつけ直していた。

「初めまして。元マクスウェルよ」

 ミュゼはミラの自己紹介に首を傾げ、ルドガーを向いて改めて首を傾げた。

「どういうこと?」

 

 

 

 ルドガーとローエンがミュゼに事情を説明する間、ユティは柵に凭れて永遠のマジカルアワーを眺め――てはいなかった。ユリウスとメールのやりとりをしていた。

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   To:J

   Subject:現況報告。緊急

リドウにあなたを探すように命令されたから付いて来た。今、リーゼ・マクシアのハ・ミル。同行者に大精霊がひとり増えそう。正史のミラの姉さん。

                                      Eu

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----------------------------------------------------------------------------------------------------

   From:J

   Subject:Re:現況報告。緊急

奇遇だな。俺はキジル海瀑にいる。ハ・ミルからすぐだ。ここから分史に進入するつもりだった。

やはりルドガーにこのままエージェントを続けさせるわけにはいかない。一度会って話がしたい。

エージェントの目と鼻の先で骸殻を使えば、分史対策室もすぐ俺だと分かるだろう。ルドガーに骸殻を使わせるのは望まないところだが……

 

今から進入してそちらの到着を待つ。

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   To:J

   Subject:了解

じゃあ分史で会いましょう。ルドガーの写真持ってくね。その辺は変な魔物が多いから気をつけて。無理はしないで。ワタシたちが着くまでは、ちょっとでいいから体を休めててね。

                                      Eu

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----------------------------------------------------------------------------------------------------

   From:J

   Subject:Re:了解

気遣いありがとう。また後で。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 用件だけのショートメールのやりとりを終え、GHSを荷物に突っ込む。直後、ルドガーのGHSにヴェルから連絡が入った。ユリウスらしきエージェントが分史に入った、と告げているのだろう。

「注意したほうがいいわ。何だかそのユリウスって人、誘ってるみたい」

「だからって、逃げるわけにはいかないでしょう」

「――、ねえルドガー。私も一緒に連れてってくれない?」

「構わないが、どうして?」

 ふわん。ミュゼはミラの後ろに浮かび、むき出しの両肩に手を置いた。

「この子が心配だから。危なっかしいところはミラそっくり」

「お、大きなお世話よっ!」

 ミラの怒鳴った声は裏返り、頬は緋色の光の中でも分かるほど赤く染まっていた。

 ――異世(ことよ)の姉妹。

 ユティは戯れる女たちを被写体に、彼女たちには気取られないようにシャッターを切った。

 

 そのままカメラの向きをルドガーに合わせる。

 ファインダーの中に映るルドガーは、ミラとミュゼのやりとりに釘付けになっている。しかもルドガー本人がそれに気づいていない。

(きょうだい、ってシチュエーションで思い出しちゃったかな。いい思い出の回想なんかしてたら、まずい。せっかくマイナスに傾ききったユリウスへの気持ちがまたぐらつきかねない)

 画策していると、ファインダーの中に人物が増えた。ローエンだ。

「ルドガーさん。今、ユリウスさんのことをお考えでしょう」

「え…? あ! や、別にそんなことっ」

「会いたくない、と顔に書いてありますよ」

「……マジで?」

「今日まで何度もルドガーさんとお仕事をご一緒させていただきましたからね。これでも少しは、ルドガーさんのお気持ちを察せるようになったと自負しておりますが、いかがですか?」

 目を逸らし。首を直角に宙を仰ぎ。俯いてうなじを押さえて。

「あ~~~~~~~~っ!」

 ルドガーはしゃがんで叫んだ。びっくり、した。

「すみませんが、分史世界に入るのは少し待っていただけませんか。ルドガーさんとお話ししたいことがありますので」

「い、いいケド…」

「ナァ~…」

「やった。もう一度パレンジの木に行きましょっと」

「ひょっとしてさっきの悲鳴って……あなたのしわざ?」

「だってお腹が空いちゃったんですもの。たくさんあるんだから一つや二ついいでしょ? さ、行きましょ行きましょ」

「ちょ…っ、それって泥棒…!」

 ミュゼが強引に自分たちを村へ入る坂へと押し出した。こうなっては振り解いて場に留まるとあまりに不自然だ。ユティは小さく呟いた。

 

「――状況、失敗」




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
る「して(なれ)よ。別に作者が複数でもないのに何故急に後書きを対話形式に変更した?」
あ「いやノリで」
る「……汝よ」スチャ…¬o( ̄- ̄メ)
あ「正直すまんかったと思ってるw( ̄_ ̄;w←ホールドアップ 実は作者が常に後書きで何を書けばいいか悩んでてね。いや正確にはどういうノリで後書きを書けばいいか常々分からないまま書いていたのさ。二次創作だしどこまで原作キャラを上げ下げすればいいかオリ主についてどこまで語ればいいか、毎回うんうん唸っていたんだ」
る「そしてついに人格が分裂したのか」
あ「イエスザッツライ! 対話形式にすればまだやりやすいかもしれんということで生まれたのがイッツミー!」
る「正確には我らだからusかourselvesだ。要するに汝とその回についての解説をすればいいのだな」
あ「そうそう。今回はお試しだから実際の解説は次回からだけど」
る「ぶっちゃけこれを書いた作者のSAN値が直葬寸前だから今回はお預けぞ。よければSAN値を回復させる方法などお寄せいただくと有難い」
あ「うわー初回から盛大に自爆しやがって……」


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Mission7 ディケ(5)

 落として 上げて また落とす


 女性陣がおしゃべりしながら去っていったところで、ルドガーの顔を、ローエンが屈んで覗き込んだ。

 そーっと顔を上げる。すぐ前に好々爺然とした笑顔。

「…………なんか、わり。気、遣わせて」

「何の。若い方の悩みにジジイがどこまで力になれるか分かりませんが」

「俺、そんな分かりやすい顔してた?」

「いいえ。たまたま私が気づけたというだけですから」

 ローエンが立って差し出した掌。ルドガーは苦笑し、乾いた音をさせてそれを握り返し、立ち上がった。

 

 

 ――男二人で崖際の柵に並ぶ。ルドガーは木柵にもたれ、ローエンにというより、独白のようにずっと考えていたことを語り始めた。

「俺、5歳の時に母親亡くなっててさ。それで兄さんに引き取られたんだ。その時まで兄弟がいることも知らなかった。兄弟っていう割に似てるとこも全然ないし、最初兄さんは俺に見向きもしなかったから、本当は赤の他人じゃないのかって何度も疑ったよ。2年ぐらいはお互いどうしていいか分からない感じだったな。ぎこちないっていうか、空気が冷えきってた。あの頃何でか兄さん、めちゃくちゃ荒れてて怖かったし」

「温厚そうなユリウスさんにも若さゆえの暴走の時期があったのですねぇ」

「そんな可愛いもんじゃなかった気がするけど……でも、いつからだったかな。とにかく何かあって打ち解けて、家族っぽくなってきたんだよ」

「何かきっかけとなるようなことがあったのですか?」

「んーー……よく覚えてない。ただそれからユリウスがベタベタに甘くなったってのは覚えてる。いきなり豹変で子供心にも怖かったんだけど、現状、甘えられるのもユリウスだけだったし。深く考えんのやめた」

 ルドガーは足元に咲く野花を茎ごとちぎって、手の中でくるくる回す。

「いつからかな。ほら、参観日とかイベントとか、あと日常的なとこでいうと、外で遊んでる時とか。普通は親が来るもんだろ? でも我が家はユリウス一人。それがすっげえ恥ずかしくなった。親がいないの知られるから。天涯孤独の子とか、親がいても不仲な子とか、いたかもしれないけど、そん時の俺はとにかく自分の家庭環境が一番恥ずかしいんだと思った。だからユリウスに言ったんだ。ユリウスは有名で目立つからとか理由つけて、一緒にいたくないって。実際、俺に近づく女子って9割9分ユリウス目当てだったし。俺自身、『あの』ユリウスの弟って目で見られるの、たまんなかったんだ」

 白い花を萼ごとぷつ、とちぎって捨てる。花がなくなって茎だけが手の中に残る。

「一度そういう態度とったら、気持ちまでどんどん離れていった。過保護なとこも小うるさいとこも鬱陶しくて。ユリウスが悪いことしたわけじゃないのに、気づくとユリウスが大嫌いになってた」

 茎をぷつ、ぷつ、とちぎっていく。短くしていく。

「でもユリウスは俺には二人きりの兄弟だから。あの人以外に俺に頼れる身内なんていないから。出来た弟のフリをしてきた。手に負えない奴だと思われて捨てられないように。憎らしかったくせに、誰よりも俺が、兄さんから離れるのを怖がってた」

 ぷちん。茎がもうちぎれないほど短くなった。

「俺はずっと、兄さんから逃げたかった。ひとりに、なりたかったんだ」

 ルドガーは5ミリと残っていない茎を崖下に無造作に放り捨てた。

「だから剣を向けてでもユリウスさんから逃げ出した、ということですか」

 素直に肯く。あの時のルドガーは、ユリウスの掌から逃れたい一心だった。

「ですが最初はユリウスさんと同じ職を志されたと聞きましたが」

「どこに行っても身内だってバレたら比べられるって分かってたから。人生経験上。どうせなら同じエージェントになったほうが、比べられるにしてもマシかなって。肩書きが同じならコンプレックスもなくなる気がして」

「ずいぶんと消極的な動機だったのですねえ」

「本当にな」

「実際にお兄さんと離れてみていかがです?」

「清々した」

 予想より抵抗なくその感想は口にできた。

「張り合いはないけど。あー自由だなーって感じ。同居人はいるけど、四六時中一緒ってわけでもないから、すごく息苦しいってほどじゃない。でも」

 ルドガーは体を返して木柵にもたれ、俯いた。ずっと太陽を向いていたから、自分の影を見るだけで眼がチカチカした。

「1日ってこんなに短くて、あっというまに終わるものだったっけ、って、最近、よく思うように、なった」

 分史破壊任務の日も、クエストに出かけた日も、休みの日も、エルやミラと外出した日も。ルドガーの中ではどれもイコールでフラット。

 列車テロに遭ったあの日からずっと、日付や時刻の感覚がなくなっている。

 昨日は今日の、今日は明日のキャッチ&リリース。

「ユリウスがいなくなったから? それともエルたちが来たから? エージェントになったから? なあローエン、俺、おかしくなったのかな。時間がすごく早く過ぎるんだ。時間が過ぎてくのがすごく怖いんだ」

「ルドガーさん――」

「俺、どっかおかしいんじゃないのかな? 俺がした何かが間違ったから、俺、今こんなんになってんじゃないのかな。俺がしてきたこと……って、なん、だったんだ。俺、馬鹿なことしてきてたのかな? 俺が気づかないだけで、みんな俺のこと笑ってたのかな?」

「ルドガーさん」

 いつのまにかローエンが正面に立ち、硬く硬く握りしめていたルドガーの両手を持ち上げた。不思議だ。ローエンの手の感触を感じない。――痺れて、いる。

「そんなことは決してありません。もし笑う輩がいたとしたら、ラ・シュガル軍仕込みの拳で殴ってやります。皆さんも同じ気持ちですよ」

「でも……みんなは俺と違って、世界のこと考えてて、目標も理想も世界のためで……俺なんか、結局はユリウスとのことで、わやくちゃになってるだけなのに」

「構いませんとも。ルドガーさんのたった一人のお兄さんなんですから、存分に悩んで答えを出さないと後悔します。世界のことはしばらく、我々がルドガーさんの分も悩んでおきますから」

 ルドガーはローエンから目を逸らした。イエスでもノーでもウソになってしまうから、口を噤むしかなかった。

「人には誰しもリズムというものがあります。ルドガーさんにはルドガーさんのリズム、ユリウスさんにはユリウスさんのリズム。そのリズムは一人一人異なっていて、例え血の繋がった兄弟でも重なることはありません。無理に重ねようとすれば不協和音となってお互いを苦しめるだけです。ルドガーさんはすでにお分かりですね?」

「うん……」

「ルドガーさんは、ユリウスさんをすぐそばに感じられなくなって、ご自身のリズムを確立する前に、エルさんやユティさん、ミラさんといったたくさんの(おと)が一斉に入って来て、今は混乱している状態なのだと思います」

「でも、あれから何ヶ月も経ってるのに」

「心の混乱は簡単に治るものではありません。お兄さんから離れようとするルドガーさんの行動は決して間違ったものではないのです。そこは自信を持っていいのですよ。罪悪感を覚える必要もありません。巣立ちへの希求は人類共通の本能です」

「本能――」

 もはや返せる「でも」もなく、ルドガーは俯くしかなかった。

「……超えたいとか、認められたいとか、そんなお綺麗なもんじゃないんだ。俺、ずっと兄さんが大嫌いだった。兄さんを見返してやりたかった。兄さんを打ちのめしてやりたかった。そんなドロドロした汚い気持ちなんだよ。ガキの時からずっとだぜ?」

「いいのですとも。どこがおかしいものですか。ルドガーさんはお若い頃から独立心旺盛だったのですね。今日まで誰にも相談できずに、辛かったですね」

「あ……」

 とてもありふれた言葉なのに、何故かローエンの言葉はことん、と胸に落ちてきた。

 熱いものが勝手に目尻までせり上がってきた。ルドガーは慌ててローエンの手をほどき、ぐしぐしと目元を拭った。

「もしまたユリウスさんと会って、今のような気持ちになられたら、どんな形でもよろしいので、そのサインをください。前はあなたに任せきりでしたが、今度こそ私も力になるとお約束します」

 ローエンは恭しく左胸に手を当て、にっこりと笑った。彼になら不安を曝け出しても怖くないかもしれない、そう想わせてくれる、頼もしい笑顔だった。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
るしあ「して(なれ)よ」
あんだあ「何だ相棒」
るしあ「今回のルドガーのこれは何だ」
あんだあ「……作者のメンタルをまんまルドガー君に代弁してもらった」

(#゚д゚)=○)゚Д)・゚、;'

あんだあ「いやマジ話よこれ!? まんま作者が社会人一年目で感じた種々の疾患をそのまま書いた奴よ!?」
るしあ「ゆえに質が悪いと言うておる」
あんだあ「しかし退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」
るしあ「省みよ」
あんだあ「へーい(-ε-)」
るしあ「では今回からマジメ解説を始めようぞ。まずは我が家のルドガー氏がユリウス氏をどう見ていたかだ」
あんだあ「あれって兄さん視点で取り上げられることが多いよね。兄弟ファンなら知らぬ者なしトマトソースパスタEP。兄さんがルドガー君大好きになる理由はあれで理解できたんだけど、作者はルドガーが何で兄さん想いなのかを上手く理解できなかったらしい」
るしあ「親代わりに育ててくれたこの世で唯一の肉親だからではないのか?」
あんだあ「それって裏を返せばルドガー君には兄さんしかいないからって解釈もできなくね? とひねくれた見方をしたのが作者。ほらあれだ、劣等感とか激情を隠そうとして逆の行動を取っちゃうって心理学用語あるべ? あれからインスピレーションを受けたの。今作ではルドガー君を『普通の青年』として描くのが目標だから、感覚はなるべく一般人に近づける方針なのである」
るしあ「出来過ぎた家族を持つと苦労するというのはどの漫画でも小説でも身近なテーマゆえな」
あんだあ「だから『兄さん』と『ユリウス』の呼び方に気をつけた。さらには家族にはなかなか使わない『あの人』なんて呼び方まで出した」
るしあ「公式の呼び方は『ユリウス』らしいな。某仮面氏も『ユリウス』と呼んでいたし。知った瞬間作者がディスプレイ前でorzしていた」
あんだあ「あー……作者は呼び方フェチだもんな。エ〇ァのア〇カ並みのツンデレ娘が友達はちゃん付けだと悶え死ねるらしい」
るしあ「ギャップ萌えか」
あんだあ「その一言でまとめてほしくないさじ加減」
るしあ「閑話休題。この回は10回以上は書き直した」
あんだあ「迷いに迷った。ルドガー君がどんどん深く掘って掘って掘っていっちゃうから(T_T) だが対策はしておいた!」
るしあ「それがローエン翁とエリーゼ姫のキャスト交替か。確かに若者の悩み相談はローエン翁のほうが向いておる」
あんだあ「……回復術は使えないけど(ボソッ」
るしあ「待て。今本番で大変な問題点になる内容を言わんかったか?」
あんだあ「考えるな! 感じろ!(←訳:ローエンが回復術を使えない設定忘れてください)」
るしあ「不安ぞ……」


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Mission7 ディケ(6)

 そう在るように望まれたから、ワタシはこの世に産まれたの


「ありがとう、ローエン。――悪い、色々、気遣わせて。心配かけてごめんな。もう大丈夫だから! みんなにも帰ってきてもらおう」

 早口でまくし立て、ルドガーはGHSをレッグホルダーから取り出した。かける相手はユティ。あのメンバーでGHSを持っているのは彼女しかいない。

『もしもし』

「あ、ユティ。待たせたな。話終わったから、帰って来ていいぞ」

『分かった。エルたち連れてそっち戻る。――ルドガー』

「ん、どうした」

 スピーカーが沈黙した。長く、長く、長い間を置いて、ようやくユティがしゃべった。

『今、どんな気持ち?』

 脈絡のない質問をされて立ち尽くした。まるでルドガーがローエンに何を話したか知っているようではないか。

「どんな、って」

『答えて』

「……ちょっとは気が楽になったよ。ローエンのおかげでまだこの仕事、踏ん張れそうだ」

『なら、よかった。それじゃ』

 通話が切られた。ルドガーも通話offのボタンを押し、ホルダーに筐体を戻した。

「どうかされましたか?」

「いや。ユティの奴がさ、今どんな気持ち? って訊いてきて。まさか聞いてたんじゃないだろうなあいつ」

「ほっほっ。ユティさんならシルフ耳でもおかしくありませんな」

「あの中だとミラなんかもそれっぽいよな。というか、ミラがシルフ耳だと俺が困る」

「年頃の男女が一つ屋根の下で生活していると、聞かれてはまずいことも多いですからね――」

「そっちの『困る』じゃねえよ! 年寄りのくせにとんでもないこと神妙な顔して言うなぁ!」

「何話してるの?」

 頭上からの声に驚いて上を見上げる。空中でミュゼが肘を突いて寝転がった態勢で浮いていた。

「びっくりさせんなよ~」

「ルドガーは飛んだままの精霊はお嫌いかしら?」

「飛んでようが浮いてようが別にいいよ。死角から声かけないでくれってこと」

「――ルドガーさんは実は大物かもしれませんね」

 

 ミュゼだけでなくエルもルルも、ミラも、ユティもぞろぞろと戻ってきた。

「さっさと終わらせて帰るわよ。荷車以外の方法でね」

 語尾に圧倒的殺気を感じた。ルドガーは首振り人形よろしくこくこく肯いた。

「じ、じゃあ行くか。準備はいいか?」

 否はない。ルドガーはGHSの画面を操作する。分史座標データと、進入のYES/NOボタンを呼び出し、YESボタンを押した。

 

 

 

 

 

 進入後に出た位置は、ハ・ミルからそう遠くないキジル海瀑だった。

「これが分史世界……光の霊勢が変化しているのかしら?」

 ミュゼは物珍しさを隠しもせず、飛び回って海瀑のあちこちを眺めている。

「あ! 変なキレーな貝っ」

 エルが波打ち際へと走っていった。ルルもエルを追っていった。ルドガーが声をかけてもお構いなしだ。ルドガーはため息をついた。

 

「今さらだけど、あんな小さい子を連れ歩くあなたの気がしれないわね」

「ぐ」

 

 エルがルドガーの骸殻変身に不可欠だから、などと正直にいえば、往路の荷馬車でのように殴られかねない。

「約束したんだ。一緒に『カナンの地』に行くって」

「ふーん」

「言っちゃ悪いが、エルは一人じゃ『道標』集めなんてできないし、俺はエルが後ろにいると思うから戦える。必要なんだ、お互い」

「人間って、守るものがあるほうが強いって言うものね」

 海瀑見物を終えたのか、いつのまにか戻っていたミュゼがルドガーとミラの後ろに浮いていた。

「ルドガーにとっては、エルなんでしょう?」

「ああ」

 力を借りているという以上に、なりゆきだからという以上に、エルは特別な存在だ。

「そう思うなら、もっとエルに構ってやりなさいよ。父親と別れて、家がどこかも分からない女の子なんて、いくら甘やかしてもやり過ぎなんてことないんだから」

「結構、構ってやってるつもりなんだけど」

「エルがカラハ・シャールに行くの、何でだと思う?」

「…………」

「ふふ。その子の言う通りね。誰だって、ひとりぼっちはイヤだものね」

 酒瓶の中のシャルトリューズのように、ミュゼの瞳は妖しく、されども優しく揺らめいていた。

「そう、だよな」

 ルドガーは砂浜で遊ぶエルのもとへと歩き出す。性別も世代も違う自分だが、せめて彼女の話し相手にくらいはなってやれると信じて。

 

 

 

 同じ頃、ユリウスもまたキジル海瀑にいた。

 あちらからすると岩の洞穴を抜けた先で死角になった海岸の、高い岩の陰。ニアミス覚悟の至近距離であると同時に、久しく聞けなかった弟の声を聞ける位置でもある。

(元気そうでよかった)

 少女と戯れるルドガーの声を聴いていると、ささくれていた心が潤っていく。

「お待たせ」

 向こう側の海岸に集中させていた聴力を戻す。そこには案の定、ユティがいた。足音を殺し気配を消したのだとしても、ここまで近づかれて気づかなかったのは不覚だ。

「よく俺がここにいると分かったな」

「分かるよ。どこにいても、アナタなら」

 蒼眸がユリウスを射抜く。彼女がたまに見せる、このまっすぐすぎる目が苦手だ。

「まずは、はい。いつもの写真付きルドガー生活報告書。――ニ・アケリアからこっち、ルドガーと6、ワタシ独りでは12、分史世界に潜った。『道標』は見つからなかった。今あるのはアナタが奪ったそれと、『ロンダウの虚塵』、二つ。これは前にも話した通り」

「前の報告より増えてないか」

「増えてない。ルドガーにはなるべく分史世界に行かせないようにしてる」

「君の分史破壊数だ」

「前の連絡から3増えたけど、それはユリウスには重要じゃない事柄。でしょう?」

 皮肉ではなく本気でそう言っているらしい。

 ユリウスはもたれた岩から離れて、蒼い少女の前に立った。

「重要じゃないわけあるか。骸殻を使えば使うほど時歪の因子タイムファクター化は進む。短期間でそれだけの分史を破壊したんじゃ、症状が出始めてるんじゃないのか」

 ユティは本当に不思議そうに首を傾げた。

「どうしてワタシの具合、気にするの? ユリウスにとってのワタシは、()()()()()()人間なのに」

 言われて、ユリウスは初めて考えた。

 なんでもない――「何」でもない。

 ユースティア・レイシィはユリウスにとって何者でもない存在だ。契約はあってもそれは書面も金銭もない口約束。赤の他人。情けも親しみも愛も向けてはいない相手。そんな相手を心配するなど無駄ではないか――ユティはそれを不思議がっている。

「まあ協力者の耐久限度は知っておかないと不安、よね。今のところ体表には兆候はない。内臓のほうはどうか知らないけれど。表に出なければまだ進行段階は低レベルなのよね」

「ああ。誰から習ったか知らないが、その通りだ」

 逆にユリウスの時歪の因子(タイムファクター)化は左腕を覆い尽くすレベルまで来た。分史破壊をしてきた年数を考えれば、よくぞここまで保ったと逆に褒めてやりたい。――いや、そうではなく。

「君は自分の体が造り替えられていくのが恐ろしくないのか?」

 時歪の因子(タイムファクター)化するとは、すなわち無機物になることを意味する。魂の循環に還ることも、生まれ変わることもできないまま、「世界」の偽造品を廻すただの歯車として存在し続けなければならない。そうなれば解放の時は同じ骸殻能力者が自身を壊しに来る時だけになってしまうのに。

「そういう感情があっても、行動に支障を来さないように、ある程度ハードとソフトは切り離すよう訓練してきた。確かにアナタが恐怖と呼ぶモノはワタシの中にあるけれど、それがこの先の方針を揺るがすことはない。アナタもそうじゃないの? 恐れても、止まってない。ルドガーのために」

「……ああ」

 足掻いて足掻いて、結果として死んでも、弟を少しでも守れるならそれでいい。恐ろしいのはルドガーを争いの巷に残したまま逝くこと。

「君は?」

「ワタシ?」

「何故そこまでカナンの地に拘るんだ。願いはないんだろう」

 尋ねてもいつもはぐらかされた。今までのユティの言動から、彼女は本当に無欲だとも分かっていた。だからユリウスも知ろうとする努力を途中で放棄していた。

(それを今持ち出したのは、この子の心に踏み込みたいと思ったから? 欲望でも切望でもないなら、この子は何をこの審判に賭しているのか)

「願いなんて、ない。ワタシは、ワタシが産まれた理由がそうだったから――」

 最後まで聞けなかった。

 

「きゃああああーーーーっっ!!!!」

 

 向こう側の海岸で轟いた幼い悲鳴が、答えを遮った。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

るしあ「して(なれ)よ」
あんだあ「な、何だよ。今日は何もヤバイ文章は入れてねえぞ」
るしあ「そうか……今回も心理学か」
あんだあ「もちあたぼうよ。反動形成って奴を使わせていただいたっす! 反動形成っつーのは簡単に説明すると、ストレス回避のためにキライな相手・憎い相手に本心とは逆の行動を取っちまうって行動心理学だ」
るしあ「今回の場合は誰が?」
あんだあ「それはヒ・ミ・ツ」

(illi´∀`)ハッ <|>===3333∑) ̄∩(゜д゜) ̄)

あんだあ「(ぷすぷす…)言ったら読む側的に面白くないじゃん(T_T)」
るしあ「そういう全うな理由ならば先に申せ」
あんだあ「今回は繋ぎ回だから見せ所らしい見せ所もなかった」
るしあ「なかったのう」
あんだあ「今回の作者の試みはごく小さかった。一つ『逆ハーPTのキャスト変更』、二つ『ルドガーのメンタル的ターニングポイント』。一つ目は成功。二つ目は半分成功ないし準備は整ったという感じだ。ルドガーがローエンに相談したことで次回への布石は置き終わった」
るしあ「ルドガー自身、自分の悩みを吐き出せたことによって、ようやくエル嬢の問題に着手できた次第であるしな。ここまで実に長かった。X2の要たるアイボーコンビをこうも徹頭徹尾後回しにした二次作者はそうおるまいて」
あんだあ「あくまで今作のメインテーマは『兄弟』だからな。そこは後回しになってもご容赦いただきたい。以前、分史ミラの登場が遅れたこともその一環――とこの場を借りて言い訳してみたり」
るしあ「オリ主にとってもこの章は分岐点になるわけであるし、色んな人物の心理が揺れ動く。作者の腕で書ききれるか実に不安である。読者諸兄は期待せずにお待ちいただけると有難く存ず」
あんだあ「次回はいよいよ海瀑幻魔戦! オリ主がどう変わっていくかとか、それを見た兄弟がどう感じるかとか、今度はちゃんと見所も用意しといたぜ! よろしく!(`◇´)」


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Mission7 ディケ(7)

 忘れてた 「わたし」が一番にしなくちゃいけないこと そのためにコレはジャマだ


「エル……?」

 今のはエルの悲鳴だった。

 ユティは踵を返して元いた海岸へ走った。ユリウスも後ろに付いて来た。

 

 あったのは、ユティにとっては、あってはならない光景だった。

 砂浜に倒れて苦悶の声を押し殺すルドガー。彼の傍らで泣きそうに声をかけ続けるエルとルル。ルドガーに治癒術を施すローエン。

「ミラ、何があったの」

「エルが波打ち際の海殻を見てたら、突然魔物が出たのっ。ルドガーはエルを庇って、そいつの攻撃を受けて」

「その魔物が、ルドガーさんに妙な術を施したのです。…っだめです…術の進行が止まりません! 今の状態を維持するだけで精一杯です!」

(この時代じゃ屈指の術士、指揮者(コンダクター)イルベルトの精霊術が効かないっていうの?)

 ルドガーは食い縛った歯の隙間から苦痛の声を漏らす。その様子を見たエルがさらにパニックに陥る。

「ミュゼ。術の性質、どんなの?」

「呪霊術」

 臨戦態勢のままミュゼが静かに口にした。

「生き物の命を腐らせる精霊術。解除するには術者を、『海瀑幻魔』を倒すしかないわ」

「カナンの道標の一つね。『海瀑幻魔の眼』」

「正史では絶滅した変異種よ。姿を隠して呪霊術で獲物を襲い、動かなくなった後、その血を啜る魔物」

 ユリウスがルドガーの前に膝を突く。焦点の外れた翠眼がユリウスを見上げるが、苦痛を堪えているルドガーは何を言うこともできない。

 ユリウスは砂の上で拳を握った。

「だから…っ、お前は来るなと、言ったのに…っ!」

 その時吐いた台詞は、術とは別のダメージを確かにルドガーに刻んだように見えた。

「! あっ、ぐあ、うぁぁ!!」

「ルドガー!?」

「やだ、ルドガー! ルドガーぁ!」

「しっかりしてください、ルドガーさん!」

 ローエンが術のレベルを上げた。それでもルドガーは少しも楽にならない。

「ローエン! そんなに霊力野(ゲート)を酷使したら、あなたもっ」

「ジジイ一人の命を惜しんでいられる状況でもありますまいっ。ルドガーさんは我々にとって、いいえ、この世界の未来にとって欠かせない方なのですから!」

「でも、このままじゃふたりとも」

 おもむろに横にいたユリウスが立ち上がった。歩いていく。海岸を。

 決然とした厳しい面持ちを見て、ユティは彼がしようとしている行為を理解してしまった。

 

 ユリウスは波打ち際まで行くと、双剣の片方で自らの右腕を迷いなく切り裂いた。

 

 

 

 

 ぼたぼた、と砂に落ちては広がる赤いシミ。ユリウスが流して失っていく血。

 激痛に混濁する意識でも、ルドガーには兄がした蛮行がばっちり認識できていた。

(何でだ、兄さん。俺にはもう利用価値なんかないだろ。言うこと聞かないし、時計は渡さないし、エルだって俺の側だし。俺は兄さんの駒じゃなくて、ちゃんと考えて動く一人のエージェント。兄さんにとってはカナンの地一番のりを阻む障害じゃないか。なのに何でそんなメチャクチャ血流して助けようとしてるんだよ)

 ユリウスが剣を落とし、砂浜に膝を突いた。遠目にも分かるくらい兄の面には苦痛が刻まれている。

(くそっ。何でだ。どうしてだよ。エージェントになっても、俺は結局兄さんに守られっぱなしのガキでしかないのか。もういっそハッキリ邪魔だって、敵だって言って、打ちのめして道標奪ってくくらいしろよ。でないと――自信が持てなくなる。あの頃から兄さんは何一つ変わってないんじゃないかって。変わったのは俺のほうで、悪いのは俺だけなんじゃないかって)

 ふいに、軽いものがルドガーの上に覆い被さった。

「ルドガー、ルドガー、ルドガー! 死んじゃだめ! 負けないで!」

 エルだった。ルドガーを抱きしめるには足りない小さな体で、ルドガーの体を包もうとし、精一杯にルドガーに生きる気力を注ぎ込もうとしている。

「約束! いっしょに『カナンの地』に行くって! エルはルドガーといっしょじゃなきゃ、『カナンの地』なんて行きたくない! ルドガーがいなくちゃ、なにもかも意味ないんだからぁ!」

 約束。一緒に「カナンの地」に行く。ルドガーと一緒でなければ行きたくない。

 幼い少女の魂の底からの激励は、ルドガーの混濁した思考を一気に現実に引き戻した。

「え…る…」

 辛うじて指を動かし、エルが重ねた手に指を弱々しく絡ませる。

「あ、ぐっ…ぎ、ぐぅ、あ゛あ゛あ゛…!」

 再び襲う、命を削り取られるの激痛。それでも――死ねない、と。一瞬で痛みに押し流される欠片ほどの想いだが、決意は確かに心に芽吹いたのだ。

(ああ、負けないよ、エル。負けてたまるかってんだ。俺はお前をカナンの地に連れて行くんだ!)

 

 

 

 血を流し膝を突いたユリウスの前方。海上に、ドクロとイソギンチャクを掛け合わせたような毒々しい魔物――海瀑幻魔が出現した。

 ユリウスは双剣を握って立ち上がろうとする。しかし、今の失血と、時歪の因子(タイムファクター)化の痛みで思うように四肢が動かせない。

(海瀑幻魔は誘き出せた。あとはこの魔物を殺して、ルドガーにかけた術を解かせるだけなのに!)

 幻魔の触手が一斉に動かぬユリウスをロックオンした。まずいと分かっているのに体が動かない。こんなところで終わるわけにはいかないのに――!

 ユリウスめがけて触手の乱れ打ちが発射された。

「天地!」

「噛み砕け!」

「「ロックヘキサ!!」」

 眼前に石柱が隆起し、乱立する。石柱は幻魔の触手を弾いてユリウスを防御した。

 理解が遅れたユリウスの右腕が、誰かの両手でぐいっと引っ張られた。

「ユティ」

「肩、使って。ここから離れる」

 自身で戦えないのも初めてならば、こうも他人に手厚く守られたのも初めてだった。

 ユリウスは苦いものを堪えてユティの細い肩に腕を回し、波打ち際から離れた。

 

 辛うじて元いた場所まで戻ると、ユティは容赦なくユリウスの腕を肩から解いた。尻餅を突き、拍子に切り傷が痛んだ。

「ありがと、ミラ、ミュゼ。息ぴったりだったね。()()()()()()のが、残念」

 ユティはおもむろに首から提げていたカメラを砂浜に投げ捨てた。命の次に大事、と公言したカメラを、だ。

「ここからはワタシがやる。――ユリウス。時計、少しの間だけ返してもらう」

 言うが早いかユティは、ユリウスのベストのポケットから銀の懐中時計を抜き取った。続いて自分の短パンのポケットから別の懐中時計を取り出した。

 ユリウス以外の者が驚きに息を呑む。

「ユティ、あなた、その時計――!」

「……ごめん」

 ユティは海瀑幻魔へ向かって歩き出す。歩きながら、両手に掴んだ懐中時計を空中に放り投げた。

 

 懐中時計を中心に歯車の陣が広がる。無慈悲に響く秒針の音。ユティの体にいくつもの青い歯車が入り込み、その身を同色の殻で覆ってゆく。  

 歩き終わる頃には、ユティの変身は終わっていた。

 

 首から下を覆うマリンブルーのスリークオーター骸殻。翼刃が大きく反ったフリウリ・スピア。

 メガネが消え、トレードマークの巻き毛が緩んで下りて、肌も色褪せた。その様はさながら女豹だ。

 

「ミラはローエンとエルを守って。ミュゼ、サポート、お願い」

 ユティは返事を待たず、海瀑幻魔めがけて――爆ぜた。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
るしあ「して(なれ)よ。前回のフリ通りようやく海瀑幻魔戦が始まったわけだが」
あんだあ「応ともさ! オリ主の骸殻も解禁になったし、ジジイ大活躍だし! ルドガーとユリウスのキャスト交替もできたし! 思い残すことはない!」
るしあ「残せ。まだまだようやく後半戦の入口に立った所であろう。大変なのはむしろこれから。兄弟の心理を描ききるという大業を成さねばならんのだぞ」
あんだあ「(∩ ゚д゚)アーアー 聞こえなーい聞こえなーい。カッチョイイとこ書けたから作者はとりあえず満足なのー。後半は後半でちゃんと書くけど一先ず満足したいのー」
るしあ「そう満足連発しておると某満足伝説氏のようになるぞ」
あんだあ「( ̄≠ ̄)クチチャック」
るしあ「……ある意味ではファンを敵に回す行動だがまあよい。スルーぞ」
あんだあ「今回は色んな人にとってターニング・ポイントだったんだよね。ルドガー君にもユリウス兄さんにもオリ主ちゃんにも。特にオリ主ちゃん。カメラを捨てたことでヤバイストッパーが外れました。痛みも何のそのです。グロイのも平気です。別に痛くないわけじゃないんだよ。万能チートなんてないよ。ただ『痛くてもそれを我慢して何でもないように見せる』訓練を積んできただけ。子育ての過程で豊かにしていく感情表現を、オリ主は逆に閉じていくよう周りが教育した成果だね」
るしあ「果たしてそんな外道教育を愛娘に施す未来のユリウス氏はこれからどんな目に遭ってそうなってしまうのやら」

( ̄ω ̄;)( ̄へ ̄|||)

るしあ「……今はまだ語るまい」
あんだあ「そだな……」


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Mission7 ディケ(8)

 あれもこれもそれも、何もかも無意味な寄り道だった


(『道標』集めの間にルドガーが瀕死になる事態があるなんて聞いてない)

 

 浅瀬を這いずり回る海瀑幻魔へとフリウリ・スピアを突き出す。幻魔の肉を抉るたびに、ぶじゅっ、どぱっ、と血が噴き出した。顔が、胸が、腹が、足が、返り血で粘ついた。

 

(リーチは相手が上。射程に入ると海中に引きずり込まれる)

 

 思う間にも幻魔の触手が足に絡まる。舌打ち一つ、フリウリ・スピアで斬って逃れ、海の中に着地する。

 

(砂が。足を取られてうっとうしい)

 

 幻魔の体当たり。スピンをかけた巨体の回転をモロに受け、ユティは断崖まで吹っ飛ばされた。

 

「ガ――ヴォェェッ!!」

 

 内臓を吐いたかと錯覚した。

 痛みが過ぎて正しい五感が戻った時には遅かった。ユティは四肢に力を戻し損ねて海面に真っ逆さま――のはずだった。だが、ユティが海瀑に没することはなかった。

 背中から両脇に手を入れたミュゼが落下を食い止めていたから。

 

「ミュ、ゼ」

「突っ込み過ぎ。死ぬわよ」

「それは、困る」

 

 ミュゼがユティを砂浜に下ろして、また上空に舞い上がった。重力系の精霊術を涼しい顔で連発するミュゼは、さすが大精霊。

 

 ユティはフリウリ・スピアを構え直し、再び海瀑幻魔に突撃した。

 幻魔がスピンをかけて来た。それは先ほど一撃食らってすでに見切っている。ユティは触手を飛び、屈み、躱して、じわじわと幻魔の懐に入っていく。

 

(ここ――だ!)

 

 甲殻の裏側、ぶよぶよした肉が剥き出しの部分に、ユティはフリウリ・スピアを全力全開で突き立てた。

 

 

 キュエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!

 

 

 脆い部分を容赦なく抉られた海瀑幻魔が悲鳴を上げる。まだだ。まだ終わっていない。

 

(ルドガーが貝類を調理する時。殻から中の貝柱をナイフでくり抜く、イメージ!!)

 

 グゾリ、グゾリ、と高速でフリウリ・スピアを殻の内面に合わせて滑らせ、中身を殻からこそげ落としていく。ゴッ、ゴッ、ゴリリリリリリリッ。

 

 

 アンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 さすがの海瀑幻魔も体内を食い荒らされる痛みに耐えかねてか、触手を総動員して絡めとり、ユティを外へと弾き出した。

 まずい、と思うが早いか、巻きついた触手はユティを海面に容赦なく打ちつけた。

 

 

 派手に水飛沫が上がり、無音の海中に沈む。フリウリ・スピアを駆使して何とか触手の拘束はするが、体が沈んでいくのが止められない。

 

 

 ――“何故そこまでカナンの地に拘るんだ。願いはないんだろう”――

 

 

(ワタシがカナンの地を目指す、理由)

 

 

 空はいつだって毒色で、太陽など見たことがなかった。

 ユースティア・レイシィが愛する者たちが、誰も心から笑わなかったあの世界。

 

 ユティは彼らに心から喜んでほしかった。彼らが辛い声で「許してくれ」と、「すまない」と言ってユティを抱き締めることがないようにしたかった。

 

 心も体も造られたモノだと自覚している。

 それでも、ユティはそれを善しとした。

 ユティがそれを善しとした。

 

(ユースティアはとーさまたちをシアワセにするために正史(ココ)に来た)

 

 水底の砂を全力で蹴った。

 

 

 

 ざぱん。ユティは海面に浮上する。吸った酸素を自身の呼吸より先に、大音声に費やした。

 

「ミュゼ! でっかい火ちょうだい!」

 

 上からネガティブホルダー斉射で援護してくれていたミュゼがこちらを見下ろす。

 視線が絡んだのは一瞬。ミュゼは両腕を掲げて、頭上に炎のマナを集中し――

 

「レイジングサン!!」

 

 炎がドーム状に爆ぜ、海瀑幻魔を包み込んだ。

 

 

 キィィィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!

 

 

 火が弱点の幻魔は絶叫を上げて悶える。その隙にユティは岸壁にフリウリ・スピアを突き刺し、逆上がりの要領で体を浮かせた。

 そして、足裏を岸壁に付けて全身を撓ませると、ゴム弾のように自らを発射した。

 

 ドシュ!

 幻魔にフリウリ・スピアが深々と突き刺さる。

 ユティは燃え盛る幻魔に両足を突っ張った。足裏が焼けても、肌や髪を火に焙られても、脚力は緩めない。

 

「ぬ、く、ぅ、ぁ…あ、ぁ、あぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!」

 

 釘抜きの要領でフリウリ・スピアを力任せに引っこ抜いた。

 勢いのまま浮いた体が海に落ちる。気が抜けたせいか体はどんどん沈んだ。

 

 フリウリ・スピアの先には黒い歯車と、白金の歯車の集合体。黒い歯車が砕けると、白金の歯車球体がゆったりとユティの手に落ちてきた。

 

 また一つ、世界がひび割れて砕けて消失した。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

るしあ「して(なれ)よ。先日スランプだからという理由で本編ではなく番外編を更新した作者が何故本編を上げる?」
あんだあ「スランプ脱した」

       パパパパパーン
       ☆))Д´)
    _, ,_ ∩☆))Д´)
 ( ‘д‘)彡☆))Д´)
   ⊂彡☆))Д´)
     ☆))Д´)

あんだあ「|д゚)待て落ち着け聞け!」
るしあ「ならぬ。1秒以内に投降せよ。さもなくば作者黒歴史SSの某主上の悪霊モノ二次(厨二病全盛期に書いた科学成分激減のファンタジー要素大かつ型月用語多数オリキャラだらけ)を此処に曝す」
あんだあ「やめろおおおおおおおお!!ズサ━━━━⊂(;Д;⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!! 誰にとっても不幸な結果になるぞ! 作者アレ元にして卒論書いてドヤ顔したんだぞ!?」
るしあ「では作者の近況について述べよ」
あんだあ「スランプだ。今日も実際ネタは降りてきてない。更新は元からほぼ書けてた分の体裁を整えて上げただけ。プラス、毎日PC三昧のため体にも諸症状が出始めた。というかとっくに出てるのに書くのやめなかったから自業自得。それを親に咎められた。それでも区切りいいとこまで書けば何か変わるかも、有体に言うとユーザー様からメッセージ頂けちゃったり? と欲を掻いた。アーンド、家庭環境が最悪(※別にDVとかではないぞ)で逃避先が欲しかった。以上!!」
るしあ「語ったの……」
あんだあ「語ってやったぜ。文句あるまい」
るしあ「うむ、ここまで暴露されると我には何も言えぬ。作品解説に入ろうぞ」
あんだあ「いえっさー(。・x・)ゝ」

るしあ「今回はバトルバトルひたすらバトルであった。オリ主とミュゼのタッグで海瀑幻魔戦、さくっと終了」
あんだあ「元々コレ自体バトルに重きを置いたストーリーじゃないんで作者的にはOKとのこと。ただし手抜きはしてないぜ。特に『音』」
るしあ「音?」
あんだあ「ぶじゅりとかぐちゃりとか、あえて気持ち悪い擬音語・擬態語を使うように意識して生々しさを演出してみた。悲鳴も『きゃあ』とか可愛いものじゃないっしょ?」
るしあ「ほんに作者はグロが好きよの。それに対して平気の平左のオリ主もオリ主だが」
あんだあ「あー、それ。本当は平気じゃないのよ。次回で詳しく言及すっけど。前回の後書きでさ、感情を閉じてくように教育したって言ったじゃん」
るしあ「実は痛いが痛くないフリをしていると? ――ますます以て珍妙な娘よ」
あんだあ「作中で本人も言ってた(思ってた)けど、『自分でそれを善しとした』子だからね。俺らがどうこう言える筋合いないって」


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Mission7 ディケ(9)

 彼とあの人さえ生きていれば、ほかは死んでてもいいんだから


 ふいに体を苛む痛みが消えたのに、ルドガーは気づいた。

 

(息できるって、マジで有難い。けど、くそ、エルたちにみっともないとこ見せちまった)

 

 まだ全身に上手く力が入らないものの、ルドガーは意地だけで上体を起こした。

 

「ルドガーあああああ!」

「ナァ~~~~!」

「おわ!?」

 

 エルとルルが飛びついてきたせいで、せっかく起き上がったのにまた砂浜に寝そべるハメになった。ギュウギュウに抱きつかれて身動きが取れない。

 

「大丈夫か? 苦しくないか?」

 

 起きる前にユリウスが畳みかけて問うてきた。濃く浮かぶ心配の色。ルドガーは気まずかった。

 

 まずニ・アケリア任務で剣を向けた時にかなりひどい言葉をぶつけた。加えて今日、ユリウスはルドガーを助けるために自ら腕を切って血を流した。戦闘エージェントにとって武器を握る手は命の次に大事なものなのに、あんなにも、ためらいなく。

 

(なんか、俺、一人だけ馬鹿みたいじゃねえかよ)

 

「おい、どうしたんだ。まだ術の影響が残って」

「大丈夫だって! いい加減心配しすぎだ」

 

 ルドガーは今度こそ起き上がる。もちろんエルとルルは膝に抱えたまま、腹筋と背筋のみで。エージェントになってからその程度の体力はつけた。

 

「そうか。よかった……本当に」

 

(そんな……何もなかったみたいに、安心した顔するなよ)

 

 居た堪れなさに逸らした視線の先――勢いよく海中から何かが飛び出した。

 

 あ、と数名が声を上げる。何か、はユティだった。

 

 海水を掻き分けて海岸に戻ってくるユティには、えもいわれぬ迫力があった。骸殻は解けている。女子の服が濡れて肌に貼りつけば色気でも感じそうなものなのに。ずぶ濡れで上がってくるユティの眼光のせいだろうか。

 

 ユティは砂浜に水の足跡を残してこちらに戻ってきた。砂浜に座り込んでいた面々は、何故か慌てて、立ち上がって迎えた。

 

 誰も声をかけられずにいる中で、唯一、ローエンが動いた。

 

「若い娘さんが体を冷やすのはよろしくありません」

 

 ローエンは彼自身の燕尾のコートを脱ぎ、ユティに頭から羽織らせた。小柄な彼女では頭から被るくらいでちょうど丈が合う。

 

「濡らしてしまうわ」

「ユティさんが風邪をひくことに比べれば、コートの一着や二着、安い物です」

 

 ユティはコートの袷を片手で握り合わせ、一番にユリウスの前へ立った。

 

「返す。ありがとう。助かった」

「いいのか」

「どっちであってもアナタのものであることに変わりはない」

 

 差し出す銀時計を、やはりというべきかユリウスは左手で戸惑いがちに受け取り、ベストのポケットに戻した。

 

 次にユティはルドガーたち全員を一望し、握っていた拳を開いた。

 

「コレ、誰かにあげたい。要る人、いる?」

 

 ユティが掲げたのは、彼女自身が満身創痍になって得た『海瀑幻魔の眼』。

 

「ワタシ、要らない。カナンの地に行きたい人にあげるのが順当だと思うけど、誰にあげていいか分からない。だから求む立候補」

 

 決定までは短かった。ルドガーがユティの手から道標をひょいと取り上げたからだ。

 

「俺が要る。いいか、ユティ」

「ユティは誰が持ってても異存はない」

 

 ルドガーは密かに強く「道標」を握りしめた。

 ルドガー自身の力で手に入れられなかった「道標」。ユリウスの流血とユティの激闘がなければ得られなかったモノ。

 

(結局こんな時でさえ俺は兄さんに助けられなきゃ何もできなかった。エルと一緒にカナンの地に行くって、約束したのに)

 

 目の前の少女が骸殻能力者だったという事実は、ルドガーの役者不足を思い知らせた。

 

(エルはユティが骸殻で戦えるって知って、どう思っただろう。もし俺なんかよりこいつのほうが頼りになるなんて思ってたら)

 

 エルはルドガーを見限って、もっとカナンの地に行けそうなユティに付いて行きはすまいか。ルドガーの手から飛び立ってしまうのではないか。その未来が怖くてたまらない。

 

 ルドガーがユティと目を合わせられないままでいると、ローエンがユティに声をかけた。顔を上げる。

 ローエンが持っていたのは、変身前にユティが放り出した一眼レフのカメラだった。

 

「精密な機械のようですから、乱暴に扱うのはよろしくありませんよ」

「――――」

「全力投球の趣味、なのでしょう?」

 

 ユティは無言でローエンからカメラを受け取り、首からかけ直した。その表情はどこまでも重く苦い。まるでカメラを持つ己を恥じ、悔いているように見えた。

 

(恥じたいのは俺のほうだってのに)

 

「ローエン。ユリウスの傷、治してあげて」

「分かっております。ルドガーさんのために負った傷ですからね」

 

 ローエンは面食らうユリウスの前に行き、ユリウスの腕の傷口に両手をかざす。ぱっくりと裂けたユリウスの右腕は、癒しのマナによって塞がった。

 

「申し訳ない。お手間を取らせた……精霊術というのは便利だな」

「エレンピオスの方にはそうお見えになるでしょうね」

 

 答えたローエンは少しばかり寂しげだ。ここにもエレンピオス人とリーゼ・マクシア人の価値観の壁があるのかもしれない。

 

「ほらユティ、あなたも靴脱いで」

 

 ミラがユティに声をかけた。

 

「何で?」

「さっき! 幻魔から『道標』と時歪の因子(タイムファクター)抜くので、足の裏、火傷してるでしょ。見せなさい」

「どってことない」

「こっちにはあるの。ほら、さっさと脱ぐのっ」

 

 ミラはユティに足払いをかけ、尻餅をついたユティのブーツを容赦なく脱がしにかかった。

 濡れたブーツを脱がせてあらわになったのは、皮が剥けてピンクの皮下細胞をじゅくじゅくと晒しながらも、裂けた皮は炙られて硬くなった足裏。

 

 ミラはその両足に治癒術を施し始める。エリーゼやジュードが使う術に比べればひどく弱い。それでもミラの術は、ぷじゅ、ぷじゅ、と爛れた細胞を一つ一つ元に戻していっていた。

 

「どってことないのに……」

「どってことなくない!」

 

 エルがユティに詰め寄った。

 

「ケガしてるならイタイってちゃんと言わなきゃ。ガマンしてたら誰も分かってくれないんだからねっ」

「この程度は我慢の内に入らない」

「もーっ。ああ言えばこーゆーっ」

「ナァ~~」

 

 どうしていいのか分からず立ち尽くしていたルドガーのホルスターで、GHSが大きく振動して着信を告げた。ルドガーは条件反射で急いでGHSに応答した。

 

「はい、ルドガーですっ」

『んな大声で言わなくても聴こえる』

 

 血の気がざっと引く音が聴こえた気がした。電話の相手はよりによってリドウだった。

 

『ヴェルから聞いた。分史に入ったんだってな。で、ユリウス見つかったのか?』

「え、えっと、その」

『こっちじゃ見つからなかったんだからそっちしかないでしょ。捕まえたわけ? それともまさか、逃がしたとか言わないよね』

「あ…」

 

 どうしよう。その想いで頭がいっぱいになる。クランスピア社はユリウスを捕縛する方針だし、奪われた「道標」は返してもらわなければ、エルを「カナンの地」に連れて行ってやれない。

 

 それに、何より、何よりも。

 

(また、つかまる。ここで兄さんをゆるしたら、またおれは、あそこに逆戻りする)

 

 その時、ハ・ミルでの会話を思い出したかは知らない。単にさまよわせた視線の先に彼がいただけかもしれない。

 ルドガーはローエンに目線をやっていた。

 

 

 ローエンが進み出る。訝しむ間に、失礼、と言い置いてローエンはルドガーのGHSを取り上げ、代わりにリドウに報告を始めてしまったのだ。これにはルドガーはもちろん、ユリウスもあ然とした。

 

「ええ、ルドガーさんはまだ『道標』奪取のための戦闘から回復しきっておらず。…………。今は何とかしゃべれるという程度ですので、わたくしでご容赦ください。…………。ええ、ちゃんと手に入れましたよ、『海瀑幻魔の眼』ですね。……。ええ。……はい……」

 

 蚊帳の外のまま進む話。ルドガーはただ立ち尽くしていた。同時に、安心して、そんな己をみじめに感じていた。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

るしあ「して(なれ)よ。今回解説すべきは何処ぞ?」
あんだあ「ズバリ、ローエンの立ち回り」
るしあ「キャストをわざわざ交替させただけあって要所要所で的確な気遣いを見せてくださったの。オリ主にコートを貸してカメラを拾って返して。リドウからの電話に代わりに出て言い訳して。ふむ、ご老体、活躍しかしておらぬな。今までもハ・ミルでルドガーの相談に乗り、呪霊術の回復でもガッツを見せてくださった」
あんだあ「ありがたや~ありがたや~」

(/-_-)/  ゴロゴロゴロ(((●~*  ((((゚ロ゚ノ)ノ ヒイィィィ!!!!

るしあ「拝むでないわ。縁起でもない」
あんだあ「(/=゚ロ゚)/危うく俺が拝まれる側になるとこだったわゴルァ! ――まあ要するにローエンの地味に見えて実は重要な『気遣い』。これがM7のポイントだったんだ。ここテストに出るぞ
\_( -ω-)」
るしあ「出ぬわ」
あんだあ「真面目な人間ってさ、自分を責めてる時に優しくされるともっと自分を責めたくなるよな。ダメージが深いと気遣ってくれてる相手が憎らしくさえ感じる。器のデカさを見せつけられて、自分が下に落とされたような気分になるんだ。『こいつに比べて俺は何て小さい人間なんだろう』って感じに。ちなみにソースは作者」
るしあ「せっかく兄への劣等感から荒業とはいえ逃げ出せたというのに、今度はローエン翁にそれが転嫁されるのか……因果ぞ」
あんだあ「ノンノンノン。そうだとしても、それさえ笑って包容しちゃうのがローエンじーちゃんっしょ(*^^)v 絶対、大丈夫だよ」
るしあ「おお。この業界最強の勝利フラグ。次回はニ・アケリアのvsユリウスとは異なる展開が期待できるの」
あんだあ「もちあたぼーよ! ジジイは悩める青年と世界を救うぜ!」

るしあ「ところで(なれ)よ。今回はもう一人触れるべき人物がおると思うのだが」
あんだあ「オリ主ちゃん?」
るしあ「是。せっかく骸殻を解禁して火傷し海に落ちてまで幻魔と戦ったというに、労いどころか、ルドガーなどは心中邪魔者扱い。いくら『オリ主は原作キャラより酷い目に遭わせまくってバランスを取る』のが作者の方針とはいえ」
あんだあ「うーん(-_-;)こればっかりはなー。劇中誰もオリ主の気持ちに構う余裕がある人いないし。ローエンは最強ジジイだけど今はルドガー診療中だし。ユリウスはむしろ驚かされてるし。女性陣はそも分かってない。何で隠してた、くらいは後で問い詰めるだろうけど。このテーマは見送りで」
るしあ「是非も無し……」


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Mission7 ディケ(10)

 もう やめた ここで ×××××××のは


「どしたの、ルドガー。まだどっか痛い?」

 

 エルが不安げにルドガーを見上げてきた。

 

 はっとする。澄んだ翠眼には心配だけでなく、置いてけぼりのような、迷子のような、恐れの色がある。

 

(何で気づかなかったんだ。もう俺一人の問題じゃない。今の俺にはエルがいる。俺が自分の殻にこもってうじうじ悩んでる間、エルは誰に頼ればよかった? 俺しかいないじゃないか)

 

 エルはカラハ・シャールのエリーゼを頻繁に訪れていた。こんなにも分かりやすくサインを発していたのに。

 

(このままじゃダメだろ。ローエンみたいに、気づいてやれるようにならないと。エルはこんな俺を『アイボー』だって言ってくれたんだから)

 

「大丈夫だよ。もうどこも痛くない」

「ホントに?」

「本当に。エルがずっと呼んでてくれたから、もう、大丈夫なんだ」

 

 エルは頬を緩めて、マシュマロみたいなやわこい笑顔を浮かべた。ルドガー自身も、きっと自然に笑い返せている。

 

「兄さん」

 

 ルドガーはユリウスを見据えた。心臓が強く打って気持ち悪い。拳を固める。前のようにがむしゃらに拒絶したいという気持ちにはならなかった。

 

「俺に、クルスニクの一族として働いてほしくないってのは、今日のでよく分かった。兄さんが俺のこと、本気で心配してくれてるのも。世界のためとか、精霊のためとか、俺には正直分からない部分のが多いよ。でも、今の俺には、カナンの地に『行く』ことそのものが目標なんだ。一度『やる』って決めた。だから俺、やめないから。エージェントの仕事も、カナンの地を目指すのも。途中で投げたり、しない」

 

 ユリウスは蒼眸を軽く瞠り、ルドガーを凝視してきた。『オリジンの審判』とやらより兄のこの目のほうがルドガーにはよほど審判だと思えた。それでもルドガーは目を逸らさなかった。

 

「――本気なんだな」

 

 無言で確と肯く。

 

「ずっと子供だと思っていたのにな……いや、俺が思っていたかっただけか」

 

 哀愁を漂わせていたユリウスだが、その表情を厳しいものに変えてルドガーを見据える。

 

「『オリジンの審判』は非情だ。およそ人が予想しうるあらゆる惨劇を詰め込んでいる、と評した祖先もいる。それでも、決心は変わらないか」

「ああ」

「即答か。ここで詳しく聞き返していたら突っぱねてやれたんだが……こうなったらお前は聞かないよな」

 

 ユリウスは握り拳でルドガーの胸を軽く突いた。開いた手の中から落ちた物を慌ててキャッチする。

 

「ミチシルベ!」

 

 白金の歯車の集合体、カナンの道標『マクスウェルの次元刀』。

 今日入手した『海瀑幻魔の眼』と合わせて、これで集まった道標は3つ。

 

「大切なら守り抜け。何に替えても」

 

 ルドガーは反射でエルを見下ろした。数奇な縁で出会った同行人で同居人。カナンの地を共に目指す小さな相棒。

 

「――エル、手、繋いでいいか」

「え!? きゅ、急にどうしたの?」

「エルがイヤならいい」

「い、イヤじゃ、ない!  ……けど。ルドガーがどうしてもって言うなら、いいよ」

「じゃあ、どうしても、だ」

 

 ルドガーはしゃがみ、エルの手を取った。小さい。ルドガーの掌に載せてなお余りある、こんなにも小さな手。手だけではない。背丈も足も首も頭も、人体に大事な部分はどこも小さくて脆い。

 

(俺にとって大切なもの。何に替えても守り抜かなきゃならない女の子)

 

 

 

 

 そんな彼らを見守っていたユリウスがついに踵を返した。その背にローエンが声をかける。

 

「行かれるのですか」

「ああ。弟とも話せた。あまり長居してもいられない」

「宛てはあるの?」

「悪いがそれは秘密だ」

 

 むすっとするミラを、ミュゼがくすくすと隠さず笑った。

 

「じゃあな、ルドガー。機会があったら、バランとアルフレドによろしく伝えといてくれ」

 

 ――ユリウスは去った。まるで長期出張にでも出かけるような、日常が壊れる前と同じ声音。

 ルドガーはエルと手を繋いで並んで立ち、兄の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 一行はキジル海瀑を出てガリー間道を進んだ。イラート海停に帰るには一度ハ・ミルを経由しなければならない。

 

「ローエン。さっきはありがとう。フォローしてくれて」

「何の。お助けすると先に口にしたのは私ですからね」

「正直メチャクチャ助かった。これからも、頼っていいかな」

「ルドガーさんが必要とあらばいつなりと」

 

 ローエンが芝居がかった礼を取ったので、ルドガーもつい笑った。

 

 

(さて、あともう一人)

 

 ルドガーは少しペースを上げ、ミラとミュゼに囲まれておしゃべりしているエルに声をかけた。エルと二人で話したいと告げると、姉妹は心得て列の後ろへ下がった。

 

「今日はごめんな。怖い思いばっかさせて」

「こわくなんかなかったもんっ」

「はいはい。エルは強い子だもんな。でも真面目な話、今日は俺がふがいなかったせいでかなりヤバイとこまで行ってた。今日だけじゃなくて明日からも、また同じようなことがあるかもしれない。俺も無敵じゃないからさ」

「うん……」

 

 エルの前に片膝を突く。エルの翠眼に映る自分はいつになく緊張している。

 

「エル。こんな俺だけど、まだ一緒にカナンの地に行くって約束、有効か?」

 

 エルはパチパチと瞳を瞬き、次いでぎゅっとリュックサックのベルトを握りしめた。

 

「ユーコーに決まってんじゃん! ゆびきりしたんだから、ウソついたらハリセンボンなんだからね」

「はは、そうだったな。うん。今日、みっともないとこ見せたけど、これからもよろしくしてくれるか?」

「あ、あれはルドガー、エルを守ってだから……これからもなんて、当たり前だし」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑い合うルドガーとエルを見守りながら、最後尾にいたユティはぽつんと、自己のみを対象とした採点を口にした。

 

 

「――状況、失敗」




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
るしあ「して(なれ)よ。まずは今回の見所を訊こうか」
あんだあ「やっぱりルドガーとエルが本当の意味で『アイボー』になったとこっしょ! エルはルドガーが大事で、ルドガーはエルを必要としてる。基本の関係にようやく持ち込めた! この成果はデカいぜ!」
るしあ「ルドエルの『最初から成立してる感』に乗らずあえて関係構築に時間をかけた。これが作者なりの『アイボー』の答えなり」
あんだあ「続いてルドガーがユリウスへの劣等感を吹っ切ったとこ! どっかのドラマの台詞で『許してもらうんじゃなくて、認めさせる』みたいなのがあってそのスタンスお借りしました!」
るしあ「両親がおらず記憶も曖昧。唯一の肉親のユリウス氏はルドガーを猫可愛がりでルドガーに逆に不安感を植える始末。挙句ルドガーのためとはいえ八百長不合格やら時計取り上げるやら散々信頼を裏切りおったというに」
あんだあ「それでもルドガー君くじけない! 幻魔の毒に侵されたからこその極限状態で、エルたんとSoullink! メンタル持ち直して、ついに兄さんに決別宣言。もうルドガーは『そこにいる』ことを『許してもらわなくてもいい』。ルドガーは外界の象徴たるユリウスに自分の考えを『認めさせた』のだから――!」
るしあ「後半戦に向けてついに浮上した。よきかな、よきかな――などと」

w( ̄_ ̄;w ¬o( ̄- ̄メ) スチャ…

るしあ「(なれ)は素直に信じておらんよの?」
あんだあ「ああ、信じてなかったぜ相棒。俺らは作者の潜在心理『ひたすら暗く悲劇的に美しく』を二人で分担してる仲だからな」
るしあ「では」
あんだあ「うむ。この回でも当然問題は残ってる。オリ主だ。前書きやラストの台詞などから、オリ主の烈しい後悔と自責の念をお感じ頂けると思う」
るしあ「皮肉にもルドガーの心理が決着するための一連の事件が、そのままオリ主を追いつめてしもうた」
あんだあ「だってあの子カメラ捨てたのよ!? カメラ! パーソナリティっつっても過言でないCA・ME・RAを! どうすんだよこれで本格的に無個性オリ主だよ!」
るしあ「そこは作者の腕の見せ所ぞ。ルドガーのように復活させてみよ」
あんだあ「本作最大級の無茶ぶりキタァ━━━━━ヾ(;゚;Д;゚;)ノ゙━━━━━ !!!!」


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Mission8 ヘベ(1)

 何でよりによって「今」なの?


 某月某日。クルスニク家では緊急会議が催されていた。

 

「異常事態だ」

「ユユシキジタイだね」

「癪だけど私もあなたたちに賛成。絶対おかしいわよ、アレ」

 

 議題はこの場にいない、マンションフレール302号室の住人第2号。

 

「「「ユティが写真を撮らなくなった!!」」」

 

 ルドガー、エル、ミラは示し合せてもいないのに、きっかりぴったり息を合わせて言い切った。

 

 

 

 気づいたのは4個目のカナンの道標、『箱舟守護者の心臓』の回収を終えてだった。

 ヴェルから分史探知の連絡が入ったことで、ルドガーはその時たまたま同行していた女性陣を連れて任務に臨んだ。

 この時、何故か進入点のディールではなくウプサーラ湖跡でユティが合流したが、ルドガーたちの誰も気にしなかった。だから、変化に気づいたのは任務後だった。

 

 分史の遺跡内で魔物(?)に遭遇する、戦う、連携する。技を決める、倒す、お決まりのやりとり。ここまではよかった。

 問題はこれらの過程で一切シャッター音がなかったことだ。

 

「ユティ、今日はカメラ持ってきてないの?」

 

 レイアが尋ねたことで、ようやくルドガーたちは気づいた。見ればユティの胸にはいつも首から提げているカメラがなかった。三脚ケースもいつも使っている物ではなかった。

 

「持ってきてない」

『せっかくビシッと撮ってもらおーと思ったのに!』「残念ですぅ」

「現像に出してるの?」

「出してない。部屋に置いてきた」

 

 誰もがあ然とした。あの、カメラフリークのユースティア・レイシィが、自らカメラを持たずに出歩いた。

 

「この先も、もう持ち出す予定はない」

「それって……カメラ、やめるってこと?」

 

 パーティを代表したレイアの問いに対し、ユティは感慨の一欠けも浮かべず首肯した。

 

 

 

 

「肖像権無視でとにかく撮りまくってたユティが急にカメラを手放すなんてありえない。ましてややめるなんて。絶対に何かあったはずだ」

「今までも同じようにちょくちょく出かけてたからいつもの撮影旅行かと思ったけど、その時点でやめてたんだとしたら……相当長い期間、カメラに触ってないことになるわよ。しかも私たちの前ではそんな兆候一切見せなかった」

「となるとやっぱり思い当たるのは――」

「――キジル海瀑のあれ、よね」

 

 ルドガーとミラは互いにどんよりと俯いた。

 分史キジル海瀑での海瀑幻魔戦。ユティが骸殻能力者だと明かされたあの任務。

 ルドガーは呪霊術にやられ、ミラはローエンの護衛のためとはいえ直接戦闘には参加できなかった。

 

「俺も兄さんも完璧お荷物だったからなー……あーくそ!」

「それを言うなら私だって、全然援護できなかったもん……あの子が頼りないと思うのも当然かも」

「ミラは一人で俺ら全員を守ってくれたじゃないか! ユティが頼りないと思うんなら俺に対してだって。――こんなんじゃカメラやってる暇なんかないって思わせちまったのかな……」

 

 フォローし合うつもりが、ルドガーもミラもさらにどんよりしただけだった。

 

「んー。てゆーか」

 

 今まで黙っていたエルが口を開いた。

 

「ルドガーもミラもさ、ユティにちゃんと『ありがとう』言った?」

「「――え?」」

「エル見てたよ。あの時ユティ、カメラぽーいって投げてから変身してた。カメラはユティのタカラモノだって言ってたのに」

 

 いつも不意を突かれる撮影を怒ったりねめつけたりするばかりで見落としていた。

 なぜユティは写真を撮るのか。

 なぜユティはカメラを持ち歩くのか。

 いつ、どこでだったか、本当に何の気なしに、退屈しのぎ程度に尋ねたことがあった。

 

 ――“実際にあったコトや会ったヒトを写真で残すのが、ユティにとってのタノシイコトだから”――

 

 ありふれた動機。奇抜な彼女にしてはまっとうな動機。たった一度きりの返事。

 せっかく聞いたくせに、自分はすこーんと頭から抜かしたまま忘れていた。

 

(俺やミラが頼りなく思われたとかは今重要じゃない。どんな理由があったにせよ、俺たちはあの子が大事に大事に胸にしまってたものを捨てさせたんだ。捨ててまであの子は俺と兄さんの盾になって戦ったんだ。痛そうな顔だった。辛そうな声だった。なのに俺はあの後、自分と兄さんのことで頭が一杯だった)

 

 ア・ジュール地方に皆で親睦旅行に行った時にはまだカメラを持っていた。旅行中にルドガーは果たしてユティときちんと顔を合わせて話しただろうか。

 

 ユティが骸殻能力者だと知れ渡ってからは、彼女も積極的にルドガーと任務を分担した。ルドガーよりよほど慣れたユティの槍捌きに嫉ましささえ感じて、会話は少なかった。

 

 

 ガタン! ルドガーはイスから威勢よく立ち上がった。ミラとエルが目を丸くする。

 

「エルの言う通りだ。あいつにお礼しないと。――二人とも手伝ってくれ」

 

 

 

 

 そんな小さな会議があってから数日後。

 何も知らない当のユティはこの日、トリグラフ港の埠頭でぼけっと空と海を眺めていた。

 胸に抱くのは大量の写真が入った袋。

 少し前から、全員でア・ジュール地方を旅行した時の記念写真を現像に出していた。

 

 あの日からユースティア・レイシィの指はシャッターを切っていない。

 

 本当はキジル海瀑での一件からスッパリやめるつもりだったのに、旅行の計画が持ち上がって中途半端になっていた。これでようやく区切りがついた。

 

(いい転機だったのよ、あれも。ただ個性を演出するための小道具だったのに、いつのまにか逆転してた。ユースティアの一番大事なことは写真じゃないのに。こんなんじゃ、とーさまの言いつけは守れない)

 

 あのメンバー全員に必要な写真を取りに来てもらうよう、ルドガーに伝達を頼んだ。それぞれ会う機会があれば写真を求めてくるだろう。

 

 ――“そりゃあ、写真を撮るのが楽しいからだろう”――

 

 がつん! と、自分で自分の頭を殴った。通行人がすわ何事かと彼女をふり返ったが、彼女は揺るぎなかった。

 

(ユースティアにタノシイは要らない。とーさまが教えてくれたことのなかにタノシイはなかった。ダイジョウブ、できる。これからはとーさまの言いつけ通りにするんじゃなくて、とーさまの言いつけだけを守って生きていこう。ルドガーを救う。ユリウスを生かす。それがユースティアの産まれた理由。愛したとーさまのネガイ。おじさま方のネガイ。ワタシだけが叶えられる)

 

 足元から猫の鳴き声がした。心臓が大きく跳ねた。

 見下ろすとルルがいたので(・・)、ユティは即座に飛びのいた(・・・・・)。そして、はたと気づいた。

 

「オマエは正史世界のルルだったね」

 

 ルルが足にすり寄ろうとしたので、ユティはひらりとルルを躱した。

 

「ナァ~」

「ワタシに触らないほうがいい。あの遺跡にいた『ルル』みたいに、オマエも細切れにしちゃうかもしれないよ」

「ナァ~!」

「あそこで『ルル』を連れ帰ったらミラに同時存在の不可能性を知られた。ミラのメンタルは自分で手一杯でルドガーに向かわなくなる」

 

(分史世界のルルは、オーディーンとの戦闘のどさくさに紛れて処理できたからいいけど。あの任務は何故かスレスレな話題ばかり出てひやひやしたのに、物証まで出てきてどれだけ焦ったか)

 

 ルルは物言いたげにユティを見上げてくる。ユティは苦く笑って首を振った。

 

(ルドガーには、ユリウス以外の人とたくさん仲良くしてもらわなくちゃいけない。ミラは恰好のポジション。もうしばらくルドガーだけ見つめて?)

 

 感傷を打ち切って帰途に就いた。ルルは距離を空けて付いて来た。

 

 

 

 マンションフレールに帰り着いた。階段から3階へ上がり、帰ると表現して差し支えなくなった302号室のドアを開けて部屋に入る。

 

『『『おかえり!!』』』

 

 迎えた声はルドガー一人のものではなかった。

 ユティは玄関で立ち尽くしてしまった。

 

 4人暮らしでちょうどいいくらいのテーブルに、5、6……10人もの老若男女詰めて座っている。さらにその10人は、ここに住むルドガー、エル、ミラを除いても全員が知った顔。

 

「お前が言ったんだじゃないか。写真取りに来るようにみんなに伝えてくれって」

「みんな同じ日に、なんて言ってない」

「言ってないな。こっそり集合かけたのは俺たちだ。予定すり合わせんのが多少めんどかったけど」

 

 テーブルには所狭しと並べられた文房具と画材。ハサミ、カッターナイフ、スティックのり、定規、色画用紙、クラフトパンチ、ふきだしシール、パーツデコクラフト、フォトフレーム、マーカーとサインペン、カラーテープ。

 

 そして、テーブルに就いた全員が、ひとりひとり別の色のフォトブックの台紙を用意している。

 ここまで見て分からないユティではない。

 

「お前が撮ってくれた写真を、みんなでアルバムにする。反対意見は聞かないからな」




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

るしあ「して(なれ)よ。久々の本編更新じゃがオリジナルとはこれいかに」
あんだあ「よい質問だ。この章は完全なるオリジナル。原作の本筋もサブイベも全く使わない、作者の猫の額並みの脳みそが絞り出した回だ。その分、とても思い入れがあって、そしてちょっぴり切ない章なんだがな」
るしあ「BADに定評のある我らが生み(ぬし)ゆえの。尊敬するクリエイターはぶっちー(分かる人には分かるはず)と公言して憚らぬだけある」
あんだあ「そっちの切ないじゃねーし!\(゚ロ゚ )」
るしあ「しかしオリ主がすっぱり「写真」を捨てて帰った部屋では皆がオリ主の写真を待っていたという皮肉はそれに通ずるものがないか?(¬_¬)ジロ」
あんだあ「否定……できん……!orz 確かに鬱展開、良かれとしたことほど悪い事態を招くストーリーは大好物だ! 実際この回にも、せっかく諦めたものを、人の気も知らずに引っ張り出そうとする不躾な他人しかいないのが現実って厭世観を織り込んである!」
るしあ「世の中の悪意ばかりを汲んでおると不幸な人生を歩むぞ。主に人間の豊かさ的な意味で」
あんだあ「分かってて価値観変えられたらこんな人生歩んできてねえ!!!!`Д´)ノミ」
るしあ「…………まあ今まで原作沿いで進めてきたから息抜き回と大目に見てやろうぞ」

るしあ「初見殺し甚だしいのでここで解説させていただくが、この回の時点でC10はクリア済みぞ。そしてミラ嬢が正史と分史の存在について知るはずの重要な回で借金帳消しに続いてやらかしおった」
あんだあ「オリ主ちゃんが手を回していたおかげ? せい? で分史ミラさんのメンタルは安定値です。何気にミラは正史のも分史のもエンディングを左右するキャラなんで、「ミラ」周辺の描写が変わっても平にご容赦くださいませ<(_ _)>」
るしあ「ずばり聞くがミラ殿が出演する余地はあるのかえ?」
あんだあ「あるよ。原作よりすっっっっげえ遅い登場になるけど。コレのキーキャラはさっきも言った通りミラさんのほうだから。本人の立ち回りが、ってんじゃなくて存在が、なんだけどね。何もしてないけど何かが変わる。それが『レンズ越し~』を書く上でのルールX/Y/Zと思ってくれい」
るしあ「また人のネタを堂々と……と、ストーリーはかなり終盤に差し掛かっておる。この章でオリ主や原作キャラたちの心境がどう変わって、運命がどう変わるか」
あんだあ「最後までお見届けいただければ幸いです」

<(_ _)><(_ _)>

2013/5/29 タイトルの誤記を修正しました。


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Mission8 ヘベ(2)

 好きなだけ盛り上がればいい わたしは「そこ」にいないから


 何でルドガーの部屋に全員集合している。ジュード、仕事は? ガイアスとローエン、政務は? ミュゼ、大精霊がこんなとこにいていいのか?

 

 ルドガーが笑ってイスを立ち、後ろから両肩を押した。促されてテーブル前まで歩き、テーブルの上には無数の手作りフォトアルバムの素材。

 

「俺どうせ半分自由業だし」

「わたしもーっ」

「わたしは学校お休み中ですから」

「僕は……バランさんにいい加減、休暇消化しろって言われちゃって。あ! もちろんイヤイヤ来たんじゃないからね!」

「我々は本業を離れているのでスケジュールは無茶が効きます。ねえ、アーストさん?」

「他ならぬあの子のお誘いだし、来ないわけにはいかないわ」

 

(ああ、そういうこと。分かった。これはテストなのね)

 

「いつもお前には驚かされっぱなしだから、今日は俺たちからのサプライズだ」

「それで、アルバム作り」

 

(ワタシが本当に写真を捨てられるか。こうして密に自分が撮った記録と触れ合っても決意を鈍らせないでいられるか。とーさまが用意してくれた試練なんでしょう?)

 

「カメラ、やめるって言ってただろ。ユティは腕いいし、今までいい写真たくさん撮ってくれたのに、何で急にってのが俺たちの正直な気持ち。でもユティは性格上やめるって言ったら撤回しないってのも知ってる。だからみんなで相談して、こういうワークショップやってみようってことになったんだ。俺たちみんなの大事な瞬間を記録して残してくれたユティへ、ありがとうの気持ちを込めて」

 

(分かりました、とーさま。ユティがちゃんとできるとこ見せるから。安心して?)

 

「困ったオトナね。発想が貧困」

「ぐ」

「でも締めを飾るだけの価値は充分にあるサプライズだわ。みんな、アリガトウ」

 

 部屋の中の空気がぱあっと明るく華やぐ。――ほらできた。写真を捨てたユースティア・レイシィはこんなに身軽だ。声も笑顔もウソなのに、ルドガーたちは騙された。

 彼女はルドガーとエルに会った初めての日の性能(らしさ)を取り戻している。今日までの重苦しさや暗さが悪い夢だったようだ。

 彼女は確信した。これならば最後までやり抜ける。

 

 

 

 

 

 こうしてささやかでにぎやかな宴が幕を開けた。

 

 ユティが撮っていた写真はそれこそ膨大だった。彼女が持って帰った親睦旅行の分に加え、今までの記録写真を全て、しかも人数分焼き増ししてあった。

 

「お前こんだけの写真どこに隠してたんだっ」

「三脚ケースの中」

「あの三脚ケースは〇次元ポケットか!」

 

 ルドガーはテーブルを叩いて突っ伏した。よしよし、とエルが同情のなでなで。最近はこれにはミラも加わって、適当に背中を叩いてくれる。どっと部屋の中が沸いた。

 

(よかった。ユティと普通に話せている。ユティはいつものユティだ)

 

 ルドガーがエルとミラと買ってきた文房具や素材を埋め尽くす写真の束。いや、これはもはや海と表現したほうが正しいかもしれない。写真の海からおのおのが自分が写った写真、自分が関係する写真、単純に気に入った写真をサルベージしていく。

 

(うわ。これ列車テロの時のじゃねえか。なつかしー。そーいや社長のほうから握手してもらったんだっけ。今考えるとすごいことだよな。あ、これ、エルの。これ撮った後でエルが怒ってユティとケンカんなったんだっけ。げ、リドウ! ドヴォールでのアレか。ヤなこと思い出しちまった)

 

 一つエピソードを思い出しては百面相。それは仲間の誰しも変わらないようだった。

 

「ルドガー。写真、直接台紙に貼らないほうが、いい」

「えっ。下に何か敷いたほうがよかったのか」

「違う。のべつ幕無しに直貼りしてったら、最後のほうでページが足りなくて、泣くことになる」

「はは、ごもっともで」

 

 その道のプロのアドバイスに従ってスティックのりを放り出し、マスキングテープで仮留めするにとどめた。そして次の写真を探していたルドガーは、見過ごせない一枚を発見して思わずイスを立った。

 

「こんなのいつのまに撮ったんだっ」

 

 路地裏でユリウスが白猫を撫でている写真をユティに突きつける。

 

「結構前にドヴォール寄った時。レイアがマクスバードで逃がした猫ユリウス。見つけたから追いかけた。そしたら人間ユリウスともエンカウント」

「何ですぐ俺に言わなかった!」

「忘れてた」

 

 ルドガーは再び、今度は本心からテーブルに沈没した。もうイヤだこのカメラフリーク。

 

「で、偶然会ったアルフレドと一緒に届けに行った。飼い主のおじいちゃんに」

「慈善事業家のじーさんだったんだけどな。娘二人亡くしてるっつってた」

「そばに置いときたくなる気持ち、分かる気がします」『おじーちゃん、寂しいんだね~』

 

 写真には白猫を抱えて闊達な笑みを浮かべる老人。いかにもその筋らしきハゲ頭にサングラス。

 

(ほんっと人は見た目で測れないよなー)

 

「プリンセシアの花二輪、献花に持ってこいって依頼もあったよね。そのままア・ジュール地方の親睦旅行に突入したやつ!」

「あったあった。思いがけず姫の故郷に行けてラッキーだったよな」

 

 アルヴィンが選び出したのは、エリーゼの生家跡地のプリンセシアの花畑で撮った集合写真。

 この写真を撮った後、エリーゼの実の両親の死とエリーゼ自身の過去の断片を打ち明けられた。過去に負けずに笑う彼女をルドガーも応援したくなった。

 

「あ、これ。ドロッセルのお屋敷です」

 

 エリーゼが持つのは、ドロッセルの依頼で屋敷の「害虫」駆除をした時の一部始終を収めた写真。

 本気の女二人+ぬいぐるみと、諦め半分の青年+老人がアレを追いかけ回す構図はかなりシュールだ。

 

「これもシャール家……だけどちょっと雰囲気がちがうね。ローエン、覚えある?」

「ああ、こちらですか。エリーゼさんが『ルナ』さんと仲直りの電話をされた時の様子ですね」

 

 真剣にGHSに話しかけるエリーゼと、それを見守るローエンとルドガー。少女の成長の1ページ。

 

「む。これは……カーラか? お前たち、いつ会っていたんだ」

 

 渡り鳥の風切羽を手にVサインの女性講師に、ガイアスが物申してきた。

 

「ガイ…アーストはその時いなかったもんねえ」

「えっと、依頼があったんですよ。渡り鳥の風切羽がほしいって。その羽で作った羽根ペンは千年消えない文字が書けるとか」『そのペンでガイアスの伝記書くってカーラ張り切ってたんだぞー』

「俺の? カーラの奴、俺に許可も取らず何をやっているんだ……」

 

 文句を言いつつも決して妹を否定せず写真の選別に戻る王様。数人が忍び笑いを漏らした。

 

「これとこれはレイアのじゃない?」

「んーどれどれ? あ、そうそう! リーゼ港とカン・バルクで取材した時のだ。ありがとジュード~!」

「あとは……あ」

「ナニナニまだあった? ……あ」

 

 ジュードが見つけたのは、レイアと、分史世界のアグリアのツーショットだった。

 並んで歩くふたり、ケンカするふたり、協力してバングラットズァームを退治するふたり。正史では決してありえない「ふたり」の光景。

 

「レイア……」

「ん、大丈夫だよ。忘れないって決めたもん」

 

 レイアはアグリアがいる写真を集めて、ていねいに向きを揃えた。

 

「そーゆー意味では、こっちもおんなじ?」

 

 エルが差し出したのは、ローエンとナハティガルがオルダ宮で語らっている写真。さらに、ローエンの手に載った古びた髪飾りの写真。

 

「ええ、大事な――本当に大事な記録です。ありがとうございます、エルさん」

「こっちも?」

「それは――」

 

 ローエンが和平反対過激派と密かに激闘をくり広げる様と、先日の宰相誘拐事件の一部始終が映っていた。

 事情を知らなかったジュード、レイア、アルヴィンが詰め寄る。釈明に必死で指揮者(コンダクター)形なしだ。

 

「ローエン」

「報告が遅れて申し訳ありません、陛下。不肖ローエン、僭越ながら暗躍させていただきました」

「お前のことだ。抜かりなく準備してから実行したのだろう。暗躍自体は咎めん。が、次からはどんな形であれ意を伝えていけ。王が宰相の行動も把握していないとあっては民に示しがつかん」

「御意にございます」

 

 恭しく礼をするローエン。

 

(ガイアス、心配だったなら素直に伝えればいいのに)

 

「しかしそうおっしゃるガイアスさんこそ、四象刃(フォーヴ)の皆さんと写ってらっしゃるではありませんか」

「何だと? ……何だこれは!」

 

 ガイアスが見咎めた写真は、モン高原でウィンガル、ジャオ、プレザ、アグリアがふり返り、ガイアスに「友だ」と笑いかけたシーン。

 

「撮っちゃいました」

「撮られちゃいましたねえ、ガイアスさん」

「……くっ。この俺に気配も悟らせんとは……!」

「座して待ってもシャッターチャンスは来ない。ベストショットのためなら盗撮もいとわない」

『盗撮ゆっちゃったー!』「ユ、ユティ、さすがに公言はまずいです!」

 

 当のカメラマンは「今日、耳、日曜」とばかりにわざとらしく耳を塞ぐのだった。




(お待ちください)


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Mission8 ヘベ(3)

 だから本気だって言ったじゃない


「諦めろってお姫様。ホレ見ろ、俺のコレなんかぜーんぶ無許可撮影だぜ」

 

 盗作云々に慌てるエリーゼの頭をアルヴィンが押さえつつ、自身が製作中のアルバムをルドガーたちにも見えるように立てた。

 その見開きページに貼られた写真はすべて、リーゼ・マクシアの果物販促イベントでのものだった。

 

「あん時はこの世でこれほど余計なお世話ってねー! って思ったりしたけどよ。このイベントでアイツと腹割って話せたんだよな。今は感謝してる、ほんと」

「アルヴィン……」

 

 お客に詰め寄られててんやわんやのユルゲンスと、上手くいなすアルヴィンの、好対照な構図。

 ――実はこのイベントの前に、アルヴィンとユルゲンスは商売の方向性の違いからすわコンビ解散かという不仲に陥っていた。

 そこで彼らの歩み寄りを願って開催したのがこの、彼らが卸すフルーツの実食販促イベントだったのである。

 

「大成功だったもんな。お前らの作戦大当たり」

 

 メイドに扮して試食皿を勧めるユティとエルの写真を、アルヴィンは取り上げる。素材のいい女の子が売り子だったのはアドバンテージだったとルドガーも内心では大いに賛成している。

 

「もう当分ナップルとパレンジはいいって思ったよね」

「思った思った。あとパイ生地こねるのが地味にキツかったなー」

「試食用の切り方って中身崩れやすくて気を遣ったし」

「一度皿に盛るとどっちがどっちか分からなくなってエルにどやされた」

 

 ほかにも、店じまい後に肩を組んだアルヴィンとユルゲンスとのツーショット。レイアの取材を受ける様子。裏方で追加分のパイを焼くルドガーと、仕事上がりに応援に来たジュード。ビラ配り中のローエンとエリーゼ。

 

「港で面白い実食販売やってるっていうから駆けつけてみたら、まさかのアルヴィンとユルゲンスさんだもんね。びっくりしたよ」

「その割にちゃっかり取材してたろ」

「座して待ってもネタは来ない。スクープのためなら友達でも厭わない!」

「パクられた……」

 

 ――ちなみにその記事は「エレンピオスとリーゼ・マクシアの架け橋を目指す/異国商人コンビ奮闘記その第一歩」と銘打たれ、新聞の端っこに小さくだが掲載された。

 

 そしてバー・プリボーイでの打ち上げ写真。バランも参加していた。アルヴィンの恥ずかしい過去は色々とユルゲンスに伝わったらしいがそれは脇に避けて。充実感のある打ち上げだった。

 

 他にも、サルベージを続ければ、出てくる出てくる。いつのまにか、あるいはみんなで切り取った思い出。

 

 ジュードと若き日のディラックのツーショット。そのすぐ次の日に撮った、実家の診療所で両親に囲まれてはにかむジュードの家族写真。

 

 ガイアスとマシーナリーズの集合写真(inサマンガン樹界)。

 

 幽玄の氷花咲く洞穴に佇む、氷精セルシウス。

 

 「クマの手」ゲット直後のはしゃぐ(本人は否定するが)ミラ。さらには新婚夫婦よろしくミラにネクタイを直されるルドガー。

 

 ミュゼ手作りのハーピーの羽根飾り。メンバー分全員を並べて複雑感漂う撮影会だった。

 

 各地で集めた猫にまみれる愛らしいエルとルルが何十枚も。

 

 ギガントモンスター退治クエストは、互いの技を引き立て合い、トドメを刺したシーン、決めポーズまでばっちり納まっている。

 

「こうして拝見すると、ユティさんがいかに腕のいいカメラマンか分かりますね」

「ステキな写真、たくさん撮ってくれてありがとうです」『ベストショットクイーン・ユティ、バンザ~イ!』

「ワタシの取り柄、コレくらいしかないから」

「またまたご謙遜を。カメラはお小さい頃から扱ってらっしゃるのですか?」

「ん。とーさまの友達のおじさまがくれた。ワタシが気に入ったって知ってから、おじさま、毎年色んな部品くれた。フィルターとか高感度レンズとか、あの三脚ケースも。全部おじさまのプレゼント」

 

 ユティは愛おしげにカメラを撫ぜた。その仕草に「おじさま」への愛情が表れている。

 

「この変わった折り紙も『おじさま』直伝かしら」

 

 ふよん。ミュゼが漂ってきて、ユティの前のペーパークイリングを摘まんだ。

 

「ううん。それはおじさまのイトコから教わった。写真撮ってアルバムに貼るだけなんて殺風景だ、って。これだけじゃなくて、シールとかスキミングテープとかレースの活用法も、おじさまのイトコから」

 

 ユティはミュゼの手からペーパークイリングを取り上げると、イスに登ってミュゼの髪に器用に飾った。赤いバラがミュゼの水色の髪に映える。

 

 ミュゼは(レイアのコンパクトの)鏡を見てきょとんとしていたが、すぐに浮遊してミラのもとへ行った。

 

「どう? 似合うかしら」

「わ、私!? えっと、その……似合ってる…んじゃない、かしら…私は、綺麗だと思う、とても」

 

 ミラは真っ赤になりながら言い切った。――たとえ正史と分史の隔たりがあっても、ずっと仲違いしていた姉と話しているミラの姿に安心した。

 

 ミラが初めて家に来た日はそれこそどうしていいかさっぱりだった。自分が壊した世界からの漂流物。どう扱っていいか分からなかった。アルヴィンの「ここにいていいって実感を作ってやれ」アドバイスもイマイチ実践法が分からなかった。そしてルドガーなりに悩み、エルと同じく、ミラにはことさら優しくするようにした。

 

 そしたら段々と、ミラと二人、エルも加えて3人でいるのが普通になってきた。親子連れだの恋人だの間違えられたがそれは余談だ。

 自惚れと言われるかもしれないが、今、ミラと最も心的距離が近いのはルドガーだと自負している。

 

 

 千言を尽くしても語りきれない体験が詰まった一枚一枚。選び出しては、台紙に貼って飾り付ける。

 一枚写真が出るたびに、あの時はああだったこうだった、と話に華が咲いて作業は遅々として進まなかった。だが、ルドガーにとっては今日ほど充実した一日はない。卒業アルバム製作委員を押しつけられた時でさえ、こんな高揚した気分にはならなかった。

 

(ああ。俺、今、みんなの輪の中にいる)

 

 わいわい。がやがや。

 

 テーブル中央から減っていく写真。次々になくなるペーパーとレース。アルバム台紙の失敗作と、きりしろがテーブルに散乱する。仲間内で飛び交う、コメント用のカラーサインペン。ハギレと写真に埋まる裁ちバサミや定規。

 

(ようやくみんなの本当の仲間になれた)

 

 一枚からどんどん話が広がって、次はどこでああしようという計画まで持ち上がる始末。

 

 写真の海から自分が気に入った写真を、アルバムという、より明確な形で残す作業をする。それも仲間と協力しながら。

 

 集まったメンツの内7人がいい大人なのに、真剣にやっているのがコドモの工作だなんて。

 ここ何時間かでルドガーの口角はご機嫌に上がったまま戻らない。どうしてくれる。

 ユティのために開いたワークショップなのに、気づけばルドガーのほうが楽しんでいた。

 

(共有した時間が、思い出が、こんなにあるんだ。もう疎外感なんてない。もうさびしくない。俺もここの一員だって、この写真たちが証明してくれるから)

 

 

 

 ワークショップは夜を徹して続いた。大量の写真がテーブルからハケた時には、すでに太陽が高い位置に昇っていた(帰り際に「2日休みにしといてよかった…」とはジュードの言である)。

 

 テーブルには工作の切りくずが散らかって、人数分のコーヒーカップが物悲しく取り残されるのみである。

 

 思い出トーク×深夜のテンション+常人を越えたスペック=作業を前日の昼から今日の昼近くまでぶっ通しでもケロッとしているメンバー――という方程式が床を箒で掃くルドガーの重い頭に立ち上がった。

 

 もっともエルとエリーゼだけは年齢が年齢なので途中でダウンして、ルドガーの部屋のベッドに並べて寝かせた。エリーゼは解散になった時にアルヴィンとレイアが連れて帰った。入れ替わるようにミラがダウンしたので(ミュゼの前で緊張したのだろう)、今はミラがエルの隣で夢の中だ。

 

(俺からしてもベストショットのチャンスだと思ったのにユティの奴、動かなかった。そうでなくても、シャッターチャンスはいくらでもあって、カメラも手元にあったのに)

 

 部屋を片付けるルドガーを手伝って、テーブルの上の切りくずを摘まんではゴミ袋に捨てていくユティ。横顔は徹夜の疲れなどちらとも窺わせない。

 ルドガーはテーブルの上のマグカップを両手で持てるだけ持ってキッチンに入る。

 

(本気、なんだ)

 

 ガチャン。シンクにまとめて置いたマグカップとスプーンがぶつかり合って不協和音を奏でた。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

るしあ「して(なれ)よ。前回次くらいで終わる発言をしておきながら終わっておらぬようだが?(¬_¬)ジロ」
あんだあ「終わりませんでした。実に申し訳ありませんでした<(_ _)>」
るしあ「む。思いの外素直に非を認めたのう。つまらぬ」
あんだあ「ぶっちゃけ今肩こりと眼精疲労MAXで無駄なかけ合いする余裕ないの。この暑い気候の中で作者の末端冷え症は進行する一方だ。鼻、耳たぶ、足首から下。凝りすぎて血流が胴体の外に流れていないし頭痛もドライアイ酷い。さらには連日の更新で作者の腕はとっくに腱鞘炎だ。つーわけでさくっとすませ。俺は寝たい」
るしあ「その『寝る』に関しても薬を飲まねば眠れぬ体になったというに……」
あんだあ「ぁあ?」
るしあ「(本気で余裕ないのう)今回も前回に引き続きアルバム作成会の続きぞ。時間軸的にそのキャラEPおかしい! とお思いになられた諸賢もあろうが、ここに断言しよう。実に正しいです。何卒ご理解ご容赦のほど頂きたい。なにぶん、この先はキャラEPを消化できぬジェットコースター展開になるゆえ。ここで片付けておかねば笑い話にできぬのだ。作者がいつかに宣言したGo to Dieが始まるぞよ」
あんだあ「……そもそもエルたん離脱した後に何で一気にキャラEPの終盤とか来るんだよ今そこじゃねえだろさっさと幼女助けに行けよ源霊匣(オリジン)開発とかジュドミライチャラブとかミュゼのきゃはーんとかやってる暇ねえだろJKてかそもそも幼女放置して何で平気なん主人公電話の一本は入れて所在確認くらいすんだろ会いに行くだろアイボーどうした……ブツブツ」
るしあ「布団で呪詛を吐く作者の本能(あいかた)は気にせんでくれ。おお、それとアルヴィン氏のオリEPは後日番外編に上げるとのことだ。そのためにわざわざM6を空けておいたらしい。――このくらいでよいかの?」
あんだあ「おーノシ」
るしあ「では相方が限界ゆえ中途半端ですまぬがここで切らせていただく。今回もお読みくださった読者諸賢に感謝いたす<(_ _)>」
あんだあ「――――」
るしあ「へんじが ない ただの しかばねの ようだ」


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Mission8 ヘベ(4)

 ××のために 世界を壊す覚悟は ある?


(ようやく終わった)

 

 解散するメンバーを見送って、部屋を片付けながら、ユティはため息をついた。

 疲れたかと問われればノー。気疲れしたかと問われればイエス。

 

(写真に触れた。色んな感想を耳にした。またカメラやってね、とも言われた。それらに対してワタシの心は揺らいだ? イイエ、揺らがなかった。微細なノイズはあったけど異常を来すほどじゃな……)

 

 考えていたところで、現実から本当にノイズが聴こえた。

 

 ユティは音源のキッチンに踏み込んだ。

 ルドガーがシンクの前で、スプーンを挿したマグカップを水場に置いたまま固まっている。

 

「大きい音、エルとミラが起きる」

 

 ユティが注意すると、ルドガーは飛び上がった。ひどく不意を突かれた貌。

 

(とっさに出る表情はユリウスとそっくり。今さらだけど、兄弟なのよね。とーさまの、弟。とーさまがワタシに救わせようとした、とーさま自身と世界一つを引き換えにしなければ救えないほどの運命を負った、人)

 

「その、ごめん。ボーッとしてて……ユティ?」

「ねえルドガー。アナタの武器の中には銃があった、でしょ」

「え? ……あ、ああ。あるぞ。他の武器と一緒に会社に預けてるから、今は持ってないけど。てか任務以外じゃ大体預けっ放しだぜ? ほら、俺、元は剣使う人間だからさ。実戦で使ったらアルヴィンにモーレツな勢いで説教食らった。手入れ以外でぐるぐる動かすなとか、一回一回セーフティかけろとか」

「その注意はアルフレドが正しい。暴発したら目も当てられない。今後も銃をメイン武装にするの、推奨しない」

「ですヨネ~」

 

 両手で顔を覆って泣き真似をするルドガー。ユティもノッてよしよし、と背伸びして銀髪を撫でてやった。エルのようにできたか自信はないが。

 

(この銀の髪が濁る日がもうすぐ来る)

 

 ユティはルドガーの頭にやっていた手を下ろしてそのままルドガーの頬に触れた。

 突然スキンシップの種類を変えられたルドガーが目を白黒させている。

 

「『カナンの道標』は着々と集まってる。『カナンの地』が開かれる日もそう遠くない。その時アナタは、今までとは異質な死の危険と直面する。『オリジンの審判』はクルスニク一族に犠牲を強いるように出来てるから」

「! お前、知ってるのか、『審判』のこと……あ、でも、そっか、ユティも骸殻能力者だっけ」

「ルドガー」

 

 ルドガーの頬から手を外し、代わりに手を握る。節くれ立った指は戦士らしさを、手荒れはアットホームな人柄を滲ませている。

 

選ばないで(・・・・・)

「え…」

「もし誰かがアナタに大事な人を殺すよう迫っても、それが世界のためだと言われても、選ばないで。ルドガーは自分を大事にして。心も、体も――命も」

「それって、どういう」

「……ごめんなさい。現状が曖昧だから、ワタシも曖昧なコトバしか言えない。ごめん、ルドガー」

 

 俯いていると、頭に大きな掌が触れて、額を正面の胸板に押しつけられていた。

 

「無理すんなよ。言えないなら、いいから」

「……どうしたの? ユリウスの秘密にあんなに反発してたアナタらしくない」

「う、それは、まあ、兄さんは家族だし、男同士だし、色々複雑っていうか、腹立ったっていうか」

「女の子だったら許してしまうの? オンナの敵ね」

「アホか! 俺だって、隠す側にも事情とかプレッシャーとかあるって分かるぐらいには成長したんだっ」

 

 ここで困らなければいけないのに。ルドガーのユリウスへのコンプレックスを利用してユリウスに対する反抗心を限界まで溜め込ませるのだから、ルドガーの成長はむしろ忌避すべきものなのに。

 

 ユティが感じたのは、一つ男らしくなった年上の友人への微笑ましさだけだった。

 

「その、『審判』については言わなくていいから、1コだけ聞いていいか」

「どうぞ」

「今日、てか、昨日のアルバム作り。ユティはさ、楽しかったか?」

 

 ――この瞬間、ユースティア・レイシィの虚飾は剥がされた。

 

(ユースティアのウソツキ。全然できてなんかなかったじゃない。質問一つでこんな、あっさり、崩れて。でも、だって、だって写真は、カメラはアルおじさまがくれた宝物で、確かにそこに在ったことを証明してくれるモノで、だから、尊い、って)

 

 やがて彼女はルドガーの背中に両手を回し、きつく締め返した。

 

「うん。すごく、楽しかった」

 

 この朝、日が出ずるように彼女の中で新しく生まれたものがあった。

 そのものの名は、覚悟。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

あんだあ「××のために世界を壊す覚悟はあるか?」
るしあ「我から導入でない上に唐突なキャッチコピー伏字付だと!?」
あんだあ「ぶっちゃけこの『××』に何当てはめるよ?」
るしあ「無視か。『少女』であろ。TOX2最大のテーマではないか」
あんだあ「発売前はてっきり世界を滅ぼしてでもエルを選ぶネガハッピーEDが選択肢にあると信じていたのですが……なかったよorz」
るしあ「なかったのう。カッとなった作者がネガハピを捏造しようとした程度にはorzであったな。あまりの捏造設定の多さに覚まして見返した作者が悶絶するというありふれたオチがついた」
あんだあ「やっぱりエクシリア2はこのキャッチあってこそだと思うのよ。ほんじゃオリ主は「誰」のために世界を壊す覚悟を決めたと思う?」
るしあ「M8のラストを鑑みるにルドガーではないのかえ。ルドガーの『楽しかったか?』はオリ主を攻略するには十二分の威力であったと思うが」
あんだあ「さ~ね~?」
るしあ「むむむ(-"-;) 今日の(なれ)は余裕があるのう。先日のしかばねぶりは何処ぞ」
あんだあ「これでも結構ヤバイよ」
るしあ「すまん…………」

あんだあ「写真があるなら、やらなきゃダメでしょ、アルバム回。事件もなくサブイベは使ったけどオリジナル回。ただみんなでキャッキャウフフで写真をアルバムにしたある日」
るしあ「だが大事な一日ぞ。写真によってオリ主は原作組に認められ、ルドガーの最後の疎外感も消えた。さらには皆々の日々の成果や幸せの瞬間がきちんと形に残っていると読者諸賢に示すこともできた」
あんだあ「うん。すっげー意味の重い回。だってこれ、『ユースティア・レイシィがカメラマンでなくなる回』だぜ?」
るしあ「――なればつまり」
あんだあ「そ。モラトリアムももうオシマイです。次からKEEP OUTにしていたシリアスが帰ってきます」
るしあ「ついにここまで来たか。長かった。だがここからが勝負。読者諸賢、どうぞご覚悟あれ<(_ _)>」

【ヘベ】
 「青春」が神格化された女神。元々は「青春」「若さ」の意。オリュンポス山上での神々の宴で、神酒ネクタルを注いで回る給仕係で、舞踊を披露する宴の花。子供を若者へと成長させた伝説がある。


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Mission9 アリアドネ(1)


 人の苦労も知らないで 悲劇のヒロイン気取りはやめてよね


 ざわ、ざわ。

 

 老若男女でごった返すクランスピア社のエントランスホール。ユティはそこを抜けながら、GHSの電話帳から目当ての番号を呼び出し、発信ボタンを押した。

 

「もしもし、アースト? ユティ。今すぐペリューン号に精鋭連れて向かって。アルクノアが入り込んでる。マルシア首相を暗殺する気。…………。元アルクノアの人から。それ以上は言えない。………。ごめん、王様に汚れ仕事させる。…………。そう、ローエンが一緒なら心配しない」

 

 通話を切ってGHSを片し、トリグラフ港めざして踏み出した。

 

 

 

 

 ミラはトリグラフ港に佇んでいた。両手の指を骨同士がぶつかるほどきつく握りしめ、薄曇りの海を睨みつける。そうでもしなければ平静を保てなかった。

 

 ――“見事に弾き返された。四大精霊の力でね”――

 ――“ミラ=マクスウェルが、最後の『道標』への壁になっているのだ”――

 

 クランスピア社の社長室で聞かされた報告が頭の中でリフレインする。気持ち悪い。いっそ頭が割れてしまえばいいのに。

 

 ――5つ目の「カナンの道標」がある分史世界が探知された。ヴェルから呼び出されたルドガーに付いて、エルとジュードと共にミラも会社に行き、詳細を聞いた。

 目標分史世界に進入できない。その分史と正史の間にマクスウェルがいるからだと彼らは言った。

 

「ミラ……」

「っ、エル――」

「ナァ~…」

 

 追いかけて来てくれたのか。オトナのくせにエルを慰めもせずからかってばかりのミラを。

 不安でいっぱいの翠眼が、痛い。

 

「何で急に行っちゃったの? ぐあい悪いの?」

 

 ミラの軽はずみな行動がエルを不安がらせた。そのことはひどく申し訳ない。だがいつものような皮肉を返すだけの気力が今のミラにはなかった。エルとの応酬を楽しんできた日々が、罪深く感じられてならなかった。

 

 ――“戻らぬのか。それとも、戻れぬのか”――

 

(戻らないわけ、ないじゃない。『マクスウェルのミラ』なら意地でも戻って来るわよ。昔の私だってきっとそうしたから。戻れないのなら、きっと)

 

 慌ただしい足音が二人分近づいてくる。ミラは俯けていた顔を上げた。案の定、ルドガーとジュードだった。今日のミラは他人に追いかけさせてばかりだ。

 ルドガーとジュードは足を停めると、弾んだ息をそのままにミラを見つめた。

 

「ルドガー、ミラがなんか変なんだよ」

「ナァ~」

「ミラさん……」

「気付いてるんでしょ」

 

 彼らから最後通牒を突きつけられたくなくて、ジュードの言葉を遮った。

 

「何のことだ?」

 

(本気で言ってるなら鈍いし、とぼけてるなら残酷ね。どちらでも私の口から言わせるんだもの)

 

「マクスウェル復活の障害は……私よ」

 

 ルドガーとジュードが息を呑んだ。ミラは冷笑する。分かってたくせに、と。

 

「待って、ミラさん。どうして急にそんなこと言うの」

「だって私は分史世界の存在なのよ。本当ならあの世界と一緒に消えてるべき人間。そんな異物が正しい世界に入り込んでる。だからなんでしょう? だからもう一人の私は戻れないんでしょう?」

「確証はないだろう」

「でもそれ以外に考えられる? 他にあなたたちのミラと会えない理由に説明がつく?」

 

 一度口にするとそれこそが真実である気がしてきた。

 ミラの口は開いた蛇口のように、心の底に押し込めた情念を溢れさせる。

 

「ずっと知らんぷりしてた。本当なら私は死んでたはずなんだってことに。自分でも知らない内に消えてたかもしれないって考えるのは……怖かったから。ルドガーとエルに優しくされて、自分でも分史世界を壊していって、いつのまにか自分が正史の人間になった気でいた。壊される側はたまらないなんて主張しながら、心の底じゃ『あっち側』から脱け出せてよかったっていつもほっとしてた。でも、思い出した。偉そうに言う私だって、『ミラ=マクスウェル』じゃなかった」

 

 ミラは震え始めた唇を指先で押さえた。

 今までに偽物だの紛らわしいだの言われてきても、正しいのは自分自身だと思えた。

 けれども、今は無理だ。痛いほど思い知らされた。

 

 ――この世界に「いる」のはミラ=マクスウェルで、ミラではない。

 

「お前――ずっとそんなふうに考えてた、のか?」

 

 ルドガーの問いはただ哀しげで。ミラは言葉もなく俯くしかできなかった。

 

「……わかんない」

「エル――」

「わかんないよ。ミラはいけないの? ミラが『まくすうぇる』じゃないの、そんなに悪いことなの? ココのミラじゃないミラは、ここから消えなきゃいけないの? エルたちと会えなくなんなきゃなの?」

 

 エルは握り固めたミラの両手をそっと包んだ。暖かい、やわらかい。この感触をとても大事だと感じるようになってきたのに。

 

「ねえ、エル。もし私があなたのパパを殺したらどうする?」

「パパを――ころす?」

 

 エルはパチパチと瞬きし、意味を理解するや、ミラに掴みかかった。

 

「パパは死なないよっ!! エルが『カナンの地』に行って助けるんだから! パパは…エルのパパは…っ」

 

 下腹をぽかぽか殴るエルを見下ろしながら、ミラは裡でとぐろを巻いていた情念が冷めていくのを感じていた。エルの小さな両手には魔法がかかっているのかもしれない。

 

(私じゃない。私じゃなかった。私がいたら、この子の願いを妨げる)

 

「……ごめん。でもね、エル。エルがエルのパパを失くしたくないように、ジュードたちだって、ジュードたちのミラに会えないままでいい理由なんてないのよ」

「っ、ミラ、さん」

 

 ジュードに向けて微苦笑する。――不器用で放っておけない気にさせる彼を、弟のように感じ始めていた。ジュードが分史で彼の父親に会った時はつい助け舟を出してしまったし、セルシウス探しも手伝った。

 この想いさえ、本来は存在しないもの。

 

 ミラはルドガーを見据えた。

 

(ずっとただ一人の、どこにでもいる人間になりたかった。人間だと他人に思ってほしかった。でも、人からすれば、私はいつまでも『元精霊の主』で……ううん。立場に囚われていたのは私のほう。私を縛るモノはずっと私自身の中にあった。だから、この『私がいない世界』でようやく願いが叶った。ルドガーが私の世界を壊してくれたから。天地と命と引き換えに私を私から解き放ってくれた彼だから)

 

 現実と戦うのはあまりに辛いと知ってしまったから、これ以上傷だらけになる前に、いっそありふれた悲劇みたいに綺麗に逃げ出してしまおう。

 

 ――ルドガー、私を……

 

 

 

「もういいかな、口挟んでも」

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ついに最後の道標編に入ってしもうたぞ。犠牲ラッシュに堪えられるのかえ」
あ「モチバチ。むしろこのために今日までコツコツと積み重ねた布石を括目せよ!」
る「(読む)……(なれ)、最初に「ハッピーエンドではない」とタグを付けておらなんだか。オリ主が何やら暗躍しておるぞ」
あ「あーーーーー!!!! そーですよなりませんよでもバッドかノーマルかは読者様の判断次第! この状態が明言されない部分でハッピーエンドに繋がるための材料!」
る「(ウザイ…)して今回力を入れたのは何処なりや?」
あ「お前今( )の中で現代語使ったろ。――力入れたのは分史ミラの内心。ミラさん、ルルの入れ替わり見てないのにやたらと自分の存在に否定的だべ?」
る「自分のせいで正史ミラが復活できない――その通りであるが何故こうも確信できるのか」
あ「まあ無理くりだけど言ってる内に確信に変わることあるじゃん。それだよそれ。ミラさんぶっちゃけ被害者だけど正史に来てからは加害者の面もあったと思う。公式だけでもC8、C9、C10、ジュードEP2と連チャンで分史破壊に加担してる。C10とか作者マジぽかーんだったもん。『これツンデレですむ範囲じゃねえええええ(゜д゜)』って」
る「正史に来た上にルドガー側におれば仕方のない運びとはいえ、自分がされた非道を他者の世界に行っておると気づいてしもうて、その重さが自己の存在否定への盲信を抉り出したのか。さらにはまるで世界の秩序が追いかけてきたような正史ミラとの関係性発覚が、『死んでしまいたい』を後押しして、『死なねばならない』現状と無理な合致を図っておる。「いる」は『居る』と『要る』の掛詞だの」
あ「……お前に語らせると容赦ねーな」
る「飴と鞭の鞭が我ゆえ。されどオリ主の冒頭の根回しと最後の登場タイミングがどうしても分史ミラ生存フラグに思えてならんのだが」
あ「(゜3゜)~♪」

    パパパパパーン
      ☆))Д´)
   _, ,_ ∩☆))Д´)
 ( ‘д‘)彡☆))Д´)
   ⊂彡☆))Д´)
    ☆))Д´)


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Mission9 アリアドネ(2)


 しょうがない わたしたちはもうココに存在してしまってる


 ルドガーたちが勢いよくふり返った。ミラも驚いた。ユティだった。神出鬼没はいつものことだが、今もいつからいたのか。

 灰光の射す埠頭にて、ミラの金髪と同じ方向にカーディガンをはためかせながら、彼女は立っていた。

 

「ワタシも混ぜてよ。最後の『道標』のある分史世界にどう入るか、でしょ」

「知ってるの!? 最後の分史世界に入る方法」

 

 ジュードが大きく一歩踏み出した。期待と不信が混ざった声。

 

「知ってる。そしてワタシのやり方は、別にミラにどうこうしろなんて言わない」

 

 エルが明るくミラを呼んで手を繋いできた。ルドガーも、本人は気づいていないが、笑顔に戻っている。

 ミラは大言壮語を吐いた少女を見返した。

 

(冷静でいなさい、ミラ。結局犠牲を払う方法だった時、みっともなく泣き喚いたりしないように。さっきまでの気持ちがウソにならないように)

 

「逆転の発想。行けないんなら、行かなきゃいい。行かないなら行き方でうだうだ悩む必要、ないでしょ」

「待てよ。『道標』はどうすんだよ。行かなきゃ『道標』だって揃わないんだぞ」

「揃う」

 

 ユティは断言した。迷いなど欠片もない。

 

「最後の『カナンの道標』は」

 

 ユティはネクタイを緩め、ワイシャツの中に手を突っ込んだ。

 懐から取り出したのは、白金の歯車の集合体。

 

「ここにあるもの」

 

 言葉にならなかった。いつのまに、なぜ、どうやって。彼らのそんな呟きが聴こえた。レプリカやイミテーションではない。ユティの手にあるのはまぎれもなく「カナンの道標」だ。

 

「だから最後の分史世界に行く必要はない。ミラは犠牲にならなくていい。ならないで。エルが悲しむ。ルドガーも。きっと誰よりも」

 

 彼女はジュードを通り過ぎ、ルドガーを通り過ぎ、ミラの下へ歩いて来ながら話し続ける。

 

「ニセモノかホンモノかなんて、これっぽっちも重要じゃ、ない。アナタは『今』『ここ』で息をして、鼓動を刻んでる。その事実に文句をつけたい奴はつければいい。どんなに言われたって『アナタがいる』ことは、誰にも、冒せない」

 

 誰に認められずとも、「そこに在る」事実は変わらないのだと――正面に立った彼女は真摯に語った。

 

「――――あなた――何者なの?」

 

 少女は今まで見たこともない、凄烈な笑顔を浮かべた。

 

「ミラと同じ分史世界の人間。ただ、ワタシの分史はミラのとは異なる。ワタシは今から18年後の未来から来たから」

 

 未来軸の分史世界の人間。クルスニクの鍵。骸殻能力者。――「鍵」の力を発現しうるクルスニクの血を引く人物。

 では彼女は、「誰」と「誰」の血を引いているのか。

 

「ユースティア・レイシィは偽名。ワタシの本名は、ユースティア・ジュノー・クルスニク。この意味、分かる? ミラ、ルドガー」

 

 クルスニク姓を持つ、未来分史の娘が、あえてルドガーとミラを指名した。

 

(この子、もしかしてルドガーと――私の!?)

 

 ミラはルドガーと顔を見合す。ユースティアを介した彼との未来を想像して四肢が火照った。つい顔を逸らしながら、それでもこっそりルドガーを盗み見ると、ルドガーもミラと変わらない体たらくだった。

 

「話して。ミラと。伝えたいこと、あるでしょ。お互いに。それが終わったら、ワタシのことも教えてあげる」

 

 ユティは反転し、ルドガーの横を通り過ぎる。彼女はエルとジュードを連れて埠頭を去っていった。

 残されたミラは、ルドガーと揃って、途方に暮れるしかなかった。

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

あ「俺のターン! 分史ミラをフィールドに残留! ヴィクトル分史を完全にスルーしてターンエンド!」

(illi゜д゜)ハッ    <|>===3333∑) ̄∩(・д・。) ̄)

る「(なれ)は阿呆か。阿呆なのか。逝くのか。今一体何件のお気に入り登録が解除されたと思うてか。エクシリアの看板正史ミラファンとヴィクトルファンを敵に回してこのジャンルでのうのうとやって行けると思うてか」
あ「。。。。プスプス。。_o(*|*)O***__どうしてもやりたかったんだ! 分史ミラ救済! てか、ディスプレイの前のみんなも他人事ちゃうで!?」
る「うわ此奴読者に責任を押しつけおった」
あ「……ぶっちゃけさ、分史ミラ救済SSに走った人たち、素直に挙手してみるべ?」
る「――――」
あ「――――。ほら見そー! 俺らの勝利!!」
る「(なれ)がどんな電波を受け取ったかは知らぬが……真面目な話、これが作者(われら)の頭をひねりにひねって辿り着いた結論である。オリ主が語った通りぞ。行けんなら行かねばよい。行かないのならば、正史ミラ復活の手段として分史ミラを殺す必要性も消える。ご都合主義に頼らず、模範解答も使わぬとならばこれしか思いつかなんだ。許してたもれ<(_ _)>」
あ「一番ポピュラー? かは知らんが「精霊ミラと人間ミラは別の存在」理論はやり尽くされてる感があったし、作者のスタンスが「誰も書かないものを書く」なんで、その理論使わずにミラさん現世に留めるのはマジ頭使ったー(T_T)」
る「結局プロローグからすでに、ルドガーたちは未来ユリウスの密に練られたシナリオの上ということか」
あ「アルヴィンがいる以上、ユリウスも知ってることになるからね。C12のヴィクトル殺しがルドガーとエルの後戻りを潰す最後の分岐点だって。父親を殺した以上、ルドガー君はエルたんを救おうとするなら自死するしかない。ここまでの犠牲を出した彼にはもう戻れる日常がない。エルEDって消極的自殺だった気がしてならないから、せめてその選択肢に至らない、至っても生きる気力を失くしてないルドガー君にしたくて、ヴィクトル分史の存在をオリ主は完全に隠蔽した」
る「薄らぼんやりオリ主の「ルドガー>エル」の無意識が透けて見えて恐ろしいの……」
あ「今後の展開でミラ様のポジションはミラさんが担いまーす。前にも行ったけど、これ結構大事な伏線だったりするよ。前回「ハッピーエンドにしない」のは明言したけど、読者様の中で「納得いかねー!」と思う方も当然出てくるでしょう。その時のため、そういう方々が拙宅の設定上で妄想するための「糸口」がM9。ヒーローはヒロインの糸に招かれ迷宮を脱するのだ(ドヤァ」
る「正史ミラファンとヴィクトルファンは恐らく今、大激怒であろうな……」
あ「ぶっちゃけヴィクトルさんについては反省してる。全編終わったらフォロー後日談入れるからそれで勘弁してください<(_ _)><(_ _)>。ミラ様はさっきも申し上げた通り「あえて」の放置だから「あえて」の。……石を投げたい方はお一人様お一つまでで受け付けます」
る「急に平身低頭しおった!」


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Mission9 アリアドネ(3)


 彼はちゃんと人を愛してくれたかしら?


 

 ユティはエルとジュードを連れてチャージブル大通りへ戻り、駅へと歩いていた。

 ルドガーとミラの会話の流れによっては、誰もがあの場にいるのが気まずくなりかねない。港の宿で待ってもよかったのだが、彼らの話し合いがすめば烈火怒涛の質問大会だろうから、マクスバードに向かいやすいよう駅の近くで待っていたほうが無難だ。

 

「ユティも分史世界から来た人間だったんだね。ミラさんと、同じ」

 

 ちょうどクランスピア社の前に来たところでジュードが口を開いた。ユティは足を止めてジュードを顧みた。

 

「ええ。イバルやDr.リドウの言うとこの『紛らわしい』『ニセモノ』」

「ニセモノなんかじゃないし!」

 

 エルがユティの前に回り込み、ユティに詰め寄った。

 

「ミラはミラだよ! ユティだってユティだし!」

「――アリガトウ。エルみたいな見方の人はレアだわ。大事にしないと、ね」

 

 片膝を突き、潤むエルの目をまっすぐ見返した。澄んだ翠色がこの先も両目共に(・・・・・・・・)翠であればいい(・・・・・・・)と想う。それはユティの本心だ。

 

「分史から正史にってことは、もしかして、ユティの世界はミラさんと同じ――」

「ストップ。ジュード。その先はルドガーとミラの件が終わってからって、言ったでしょう」

「ご、ごめん」

「エルもね。『審判』や一族関係については全員が揃ってからじゃないと、話さない。同じことを話すのは二度手間で、疲れるの。心、が」

「分かったよ。ごめん。僕が無神経だった」

「気にしない。謝られたいわけでも、悲劇を想像してほしいわけでも、ない」

 

 ジュードは消沈した。静かになって助かる、と考えるユースティア自身を、他ならぬユティが重く感じた。

 

 

 何となく停まっていた一行はまた歩き出した。5分と経たず、エルが次の質問を投げかけた。

 

「ねえユティ。ルドガーがミラに伝えたいことって何なの?」

 

(これはクルスニク関係じゃないから答えていいか)

 

「オトコとオンナのQ&A」

 

 エルは首を傾げていたが、意味を理解したらしくボンッと真っ赤になった。

 

「あれ? ひょっとしてエルもそうだった? ごめん、失敗した。お詫びに後でチャンス作って」

「ちちちちちちちちがうもん! ルドガーはエルの…! エル、の…」

「『ルドガーはエルの』?」

「アイボー、だから……」

 

 ――ユティが最後の「道標」を持っていたことで「あの」分史世界に行く必要はなくなった。ミラは命を繋いだが、代わりにエルは真実を知る機会と父親との再会を失った。エルはこの先、父親が正史世界のどこかにいて、ルドガーと自分は赤の他人だと信じて疑わないまま大人になるのだろう。

 

 エルが黙り込んだ所で、今度はジュードが質問を発した。いつから順番制になったのだろう。

 

「……あのさ。ユティは、ルドガーとミラさんの子なんだよね?」

「違うよ?」

「だよね……ってあれ!? だ、だって、クルスニク、って、え、ええっ?」

 

 横でエルも、顔文字みたく丸目四角口でショックを受けている。可愛い。幼さと身内の欲目を引いても可愛い。ルドガーが羨ましい。

 

「そう勘違いさせれば、あの二人が腹を割って話す口実になると思って」

「えー……」

「ユティ……ワルだね」

「ナァ~」

「そうよ。ユースティアは性悪。今頃気づいたの?」

 

 呆れるジュードとエルを、斜め下から見上げるようにふり返った。

 

「まあ、わざわざあそこまでする必要があったかは、ワタシ自身も疑問。ただ、彼は不気味なくらい簡単に自分をなげうつ。まるで絶壁の綱渡りに迷いなく踏み出すような。だから、そうできなくなってもらおうかと思って」

「ええっと。それって要するに、ルドガーに自分を大事にしてほしいってこと? ミラさんとの仲を後押ししたのは、ルドガーがもっと慎重になってくれるように、大事な人を作ってもらおうとしたの?」

「正解」

 

 父からの言いつけにあそこまでは含まれていなかったが、ユティが教わった過去の出来事だけでは、ルドガーは兄以上に大事なものを作らなかった。

 憎ませるのは簡単だが、愛させるのも簡単。ミラをターゲットにしたのは、だから。

 

「ただね、愛は別れない理由にはならないの。ジュードはよく知ってる、でしょう?」

 

 ジュードははっとし、胸の中心を握った。おそらくは、そこに提げているペンダントを。

 

「ルドガーがどんなにエルやミラとの仲を深めても、ルドガーがそれに執着しないんじゃ意味はない。愛に執着がないのは、この世に未練がないのに似てて、危うい」

 

 ルドガーを死なせないため、ユティは今日まで叶う限りの手を打ったつもりだ。手数の内、どれが当たりでどれが外れかまでは心を覗けないユティには分からない。――結局、最後の判断はルドガー次第なのだ。

 

「エル。エルはルドガーのアイボーよね」

「うん」

「ジュード。アナタはルドガーの友達?」

「もちろんだよ」

「なら二人とも、この先ルドガーがどうしようもなくなったら味方、してあげて。ワタシ一人じゃ役者不足だわ」

「――約束するよ。友達、だからね」

「エルも! エルはルドガーのアイボーだもん」

「ナァ~!」

 

 ユティは肯き返した。――天秤の皿に載せる重りは多ければ多いほどいい。数こそ力だ。ミラがいる、エルがいる、ジュードがいる。その認識はルドガー・ウィル・クルスニクを無意識下で縛り、父が望んだ選択肢へとより近づける。

 

(とーさまはただ弟を守ることだけを願ってた。ルドガーにどうしろなんて言わなかった。これはユースティアからとーさまへのプレゼント。とーさまが欲しがった結末を、ワタシが仕組むんじゃなく、ルドガーが自身の意思で選ぶ。それが何よりも、あの人たちの手向け花になると信じて)

 

 

「あ」

「わっ。なに?」

「『道標』、持って来ちゃった。コレ、分史対策室に預けてくる」

 

 ユティは踵を返した。

 

「って、今から!?」

「ルドガーとミラの話し合いが終わってからじゃタイミング、逃す」

「はあ~、もう……行ってらっしゃい。僕とエルはここで待ってるよ」

「早くしてよっ」

「ナァ~」

「10秒で行ってくる」

「そのスピードは力学的にも物理学的にも無理! 普通のペースでいいから」

 

 ジュードには答えず。ユティは砂埃を上げてクランスピア社まで走って行った。

 

 

 

 

 

 

 本社ビルの正面玄関はそこだけで一つセレモニーが催せるほど広い。現に新入社員の入社式はここで行われているという。

 

(若い頃、クランスピア社に正式入社した頃のユリウスは、ここに立ってどんな想いでビズリー社長の訓示を聴いていたのかしら。どんな想いで、毎日この場所を行き来し続けたのかしら)

 

 ユティはお守りのように最後の「道標」を握りしめ、意識をシフトした。

 

「そういうわけだから。ミラにちょっかいかけないでね、お医者さん」




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

あ「 S A N 値 が 直 葬 さ れ た 」
る「いきなり何ぞ!?」
あ「作者のマジ二者面談(家庭内)によってPCに逃避することで忘れていた情緒不安定がぶり返した。そこそこヤバイ。予告なしに俺ら消されるかも」
る「……何とも理不尽な。せっかく久しぶりの更新だというのに冒頭から水を差されたではないか」
あ「オリ主ちゃんの隠し事の9割が明かされる段取りが付いたのが唯一の救い。次々回でやっと彼女の分史がどんなだったか明かします」
る「これ。スケジュールだけでなくせめて今回の解説もしてゆくがよい」
あ「う~(/_;)グジュ 今回はね、エルたんのルドガーへの感情がほぼ恋愛だと分かったってとこ。テイルズじゃソフィたん以来「ロリを恋愛対象(ヒロイン)にしていいのか?」って議論がされてきたと思うし、エルたんでも議論したお人らがおられると思うのよ。で、しかも本作ヴィクトル分史カットだからエルとルドガーの仲が知らないとこで禁断に突っ込みかねないっちゅー、「無知への皮肉」を書いてみたかったんだとさ。作者が」
る「おいやめろ」
あ「あー後ねえ。『愛は別れない理由にならない』って台詞を使いたいと思ってたらアレこれジュミラじゃね? よし行け! となった」
る「何が「よし!」かがさっぱり分からぬのだが……。重ね重ね申し上げてすまぬが、ここからは一気にラストへ向かう。もうしばしお付き合い召されよ」


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Mission9 アリアドネ(4)


 わたしを全て曝け出す おねがい、みらいをかえて


 ――ちょっかいかけないでね、お医者さん。

 言って、ユティはエントランスの柱の一本を見上げた。

 

 ビルの柱の陰から出てきたのはリドウ。案の定盗み聞きしていた。中へ入るまでもなかった。

 リドウはいつもの厭らしい笑みを浮かべながら、ユティのほうへとやって来た。

 

「よーやく君の依頼の真意が分かったよ。まさか未来の人間だったとはね。しかも親がアイツとは――」

「ミラには危害を加えないで。YES or NO?」

「O・K。分史世界のマクスウェルには手を出さなきゃいいんだろ。最後の『道標』がすでに手に入ってんなら、あの女を排除する理由もないしな。つーわけで、その『道標』よこしな。分史対策室で厳重に保管しといてやるよ」

「オネガイシマス」

 

 ユティは最後の「道標」をリドウに手渡した。リドウが捨てるとか隠すとかは考えない。彼にとっても「カナンの地」は希望だ。内臓黒匣(ジン)を改造してまで生きようとしているリドウにとっては。

 

 受け取ったリドウは、白金の歯車の集合体を矯めつ眇めつした。

 

「ところでさ、これ、最後の『道標』ってことは、『最強の骸殻能力者』だよね」

 

 猛禽類の目だ、と思った。死肉を見つけたハゲタカ。生に貪欲で正直で、

 

「お前の世界の『最強の骸殻能力者(ヴィクトル)』は誰だったんだ?」

 

 呑まれるほどに、切実。

 

「ワタシの、とーさま」

「――っは。てことはお前、自分の父親を殺して『道標』を手に入れたってワケ? その上自分の世界まで壊しちゃったんだ! 傑作だなこりゃ。見てみたかったなァ、娘に殺される父親(あいつ)の顔」

 

 リドウは明らかにユティの未来の父がユリウスと知って嗤っている。

 ――ユースティアに許せないことは、両親とアルヴィンとバランを侮辱されること。

 

「あるよ」

 

 ユティはずっと封印していた物をショルダーバッグの奥から探し出し、訝るリドウに突きつけた。

 

 黒いアルバム。

 中身はユティが拙い腕で撮った素人写真であったり、あの人たちがシャッターを切ってくれた思い出の一枚だったり。

 喪服を着られないユティの、せめてもの哀悼の意を込めたカバー色。死んだセカイへの手向け。

 シアワセだけを詰め込んだ、生まれ故郷の写真集だ。

 

 その中でユティが開いたページは、ユティ自身が父親を刺し貫いた連続写真のページだった。

 

「へえ。趣味悪いもん撮らせてんじゃん。さすが」

「よく、見て。ワタシに殺されるとーさまの顔」

 

 リドウは、皮肉が通じなかった忌々しさを隠しもせず、ページを覗き込んだ。その表情のままリドウは写真をしばし見、一つの写真に対して瞠目した。――ユティは内心で勝利を確信した。

 

笑ってるでしょう(・・・・・・・・)? とーさまは。最期まで。間違った道でも曲げなかった。だからユースティアも止まらない。間違った道をまっすぐ進む」

 

 ユティは黒いアルバムをバッグの中に片付け、その場を去るべく歩き出した。まっすぐ、背筋を伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 時を経て、マクスバード/エレン港にてルドガーたちは集合した。

 

 この場には関係者、否、仲間が揃っている。トリグラフから足を運んだルドガー、エル、ミラ、ジュード。小一時間前までアルクノアのシージャック阻止に奔走していたローエン、ガイアス、アルヴィン。ジュードから連絡を受けて駆けつけたエリーゼとレイア。彼らの気配を察して顕現したミュゼ。

 

 そして。今回の集合の発端であり、ルドガーたちも知らない真相を語るべく立つ、ユースティア・レイシィ。

 

 人のいない埠頭を、等しく潮風が吹き抜けた。

 

「ユティ。話してくれるか。さっきの言葉の意味と、お前が知ってること」

「分かった。……長いようで短かったわね、ここまで」

 

 ユティはメガネを外した。ナイフじみた蒼眸が全員を見渡した。

 

「ワタシの本名はユースティア・ジュノー・クルスニク。18年後の未来に当たる『番外分史』から来た――――ユリウス・ウィル・クルスニクの実の娘よ」

 

 

 場の全員が大きな驚愕をあらわにした。

 

 だが、おそらく誰より驚いたのはルドガー自身だ。最初にユティが名乗ったタイミングがタイミングだったので、ルドガーはてっきりユティを自分とミラの娘と思い込んでいた。

 

(恥ずかしすぎて死ねる…!!)

 

 今すぐ顔を覆ってしゃがみ込みたいが、それができない事情がある。ルドガーは気力だけで耐えて平静を装った。

 

「お前……兄さんの子、なのか?」

「ええ。ユリウス・ウィル・クルスニクはワタシの父。ルドガーは叔父に当たる」

「ルドガーがユティのおじさん!?」

「ナァ~!」

 

 呆然とする間に、ユティはルドガーの懐に入り込んでいた。見上げてくる蒼眸は、初めて会った時と同じで、無機質なのに鋭い。

 

「ワタシが列車テロの時にアナタに最初にかけたコトバを覚えてる?」

 

 

 ――“今すぐ列車から降りて。その子と一緒に。でないとアナタ、死ぬよ”――

 

 

 やけに確信的なくせにもったいぶった言い回しだと感じたのを思い出す。あの時は単にテロリストに殺されるという意味での、半ば見下した忠告だと受け取って言い返し、結果として列車テロに巻き込まれた。

 

「アナタがあの日、アスコルドの式典に向かう列車に乗るかがターニングポイントだった。死ぬよって脅してでもアナタに降りて(・・・)ほしかった。クルスニクの宿業にまみれた世界から」

 

 この時、ルドガーはユティの後ろに確かにユリウスの影を見た。ルドガーを何年もクルスニク一族から隠し続け、ルドガーに何年もクルスニクの宿業を隠し続けたユリウス。

 

「お前も兄さんと同じか。俺に隠して、俺を遠ざけるためにわざわざ来たのか」

「ちょっと、ルドガー」

「手段の一つとして視野に入れてはいた。でも無理な目算のほうが高かったから、むしろアナタのサポートを主眼に置いて行動してきた」

 

 はっとする。キジル海瀑での変身に始まり、ユティの様々な言動が芋づる式に思い出される。

 

(どんな分史破壊任務でもユティは俺のそばにいた。エルを庇ってるんだと思ってた時も、エルじゃなくて俺を庇ってたとしたら? 空気を読まない撮影ばっかで注意すんのが大変だったのだって、ユティの気遣いだったら? アルヴィンに漫才みたいだって言われたけど、確かにユティと言い合う時は息が楽にできた。世界を壊す重苦しさを忘れられた)

 

 ――自分は、気づかないところで、ユティに救われてた?

 

 ぶつかるまで30センチと迫った少女と、今までの言動を重ねた瞬間、ルドガーは飛びずさった。ユティを我が子と勘違いした以上の羞恥心、さらに、目の前の少女への不気味さ。

 

 好意ではなく義務感で命をなげうてるユティが理解できなかった。

 

「分からなくていい。コレはユティ一人の問題。そんなことより、アナタが知るべきは別にある。今からとーさまが経験した、ココではない世界での『オリジンの審判』にまつわる話、する。聴いて。そして、選んで。誰もが救われる未来を」

 

 ――こうして、ユースティア・レイシィの、長く暗い人生劇場が幕を開けた。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
あ「と自己紹介をしておいて申し訳ないんだが、今回のトークはお休みだ」
る「今回は作者が自ら語りたいと申したゆえに、我らは退場致す。申し訳ござらぬ」
あ「ではどーぞー」
 ↓
 ↓
 実にお久しぶりでございます。あんだるしあ本体でございます。
 ついにオリ主の過去とオリ分史の内容を明らかにできる日が来ました。
 ここまで本当に長かった。
 連載を始めて半年余り。病気で折れかけ、自分自身で内容やキャラクターを疑って、新しく公式資料が発売されて混乱し、伸び悩んだり感想に悩んだりしながらここまで来ました。
 次で明かされるオリ主の分史は完全なるオリジナルです。つまり完全なる作者の人格の投影です。次回がどう評価されるかは作者の人格がどう評価されるかに等しいと考えております。
 大げさだとお笑いかもしれません。脅しだ、公私混同だとお怒りかもしれません。作者にとって初の、「ちゃんと終わらせられそうな連載」で、おかしな認識をしている部分も否めません。
 読者様は作者のぐるぐるした気持ちなんて関係なしに、作品を楽しんでいただければ幸いです。


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Mission9 アリアドネ(5)


 やっと、やっと――やっと言えた


「『オリジンの審判』の時歪の因子(タイムファクター)の上限は覚えてる?」

「100万、だっけ」

「そう。この100万はすなわち100万個の分史世界を意味する。分史対策室では分史世界を16進法でナンバリングしてるでしょ。このゲームは100万を超えれば人間の負け。そのルールの上で、ルール違反の100万個目を超えたナンバーの分史。とーさまはワタシたちの分史――世界を便宜的に『番外』と位置付けたわ」

 

 番外分史、と数人が確かめるように反芻した。

 

「分史であっても『審判』の概念はある。トール遺跡でそれは知ったわね? 若い頃のとーさまも叔父貴も、挑んだ。とーさまも叔父貴もすごく強かったし、仲間もいたし、『鍵』もいた。今度こそ『審判』に勝てるって、悲しいことはその代で全部終わりにできるって、みんなが信じてた。でもね………………だめ、だった」

「だめ、って……『オリジンの審判』に負けたってこと?」

 

 レイアが問うたが、ユティは俯いて答えなかった。そうだけど答えたくない、とでも言うように。

 

「お前の分史では具体的に何が起きたのだ」

 

 ガイアスが皆を代表して核心へと切り込んだ。

 

「オリジンは魂の“負”から生じる瘴気を浄化する精霊。そのオリジンに魂を浄化する限界が来てた。分史世界が増えすぎたの。『カナンの地』は全時空で唯一、魂を循環させてる場所。増殖した分史世界の魂も、オリジンが引き受ける。カナンの地には浄化しきれない瘴気が溜まっていった。それが、破裂した」

「破裂して……どうなったんだ?」

「地上は瘴気に冒された。人の住める土地は減った。とーさまとワタシが山奥に住んでたのも、そこが数少ない非汚染区だったからよ」

「普通の人たちはどうやって生活してたんですか?」

「同じよ。非汚染区域を探してそこに住む。もっとも完全な非汚染区域に住めるのは一握りの特権階級。大抵の人間は、瘴気はあるけど何とか生息できるって土地で暮らしてた」

「でもそれじゃあ体によくないんじゃ」『大丈夫なのー?』

「よくない。いずれは瘴気に冒されて、マナを吐くだけの“物体”になる」

『イヤーーっ!』「人間が、そんなものになるなんてっ」

 

 エリーゼはもちろん、ジュードもレイアも青くなった。

 

「人間だけじゃない。ユティは青空も夜空も見たことない。造花しか知らない。動物は黒匣(ジン)製の人形。薬が入ってない食べ物、食べたことがない」

 

 ふいに悟った。16歳にしては小柄な体格。動物に対する偏った知識。それらは『番外分史』の環境によるものだったのだ。

 

「ユティさんの世界の我々は、そのような事態になるのを指を咥えて見ていたのですか?」

「まさか。もちろん止めようとしたわ。でも、いくつもの不幸が重なって、カナンの地に辿り着いた時には、手の施しようがなかったのよ」

「不幸?」

「一番は、時間をかけすぎた。『道標』探しや分史破壊に」

「純然たるタイムオーバーかよ……」

「だからユースティアは来たの。手遅れにさせないために。とーさまと、アルおじさまと、バランおじさまに託されて。未来を創り直すために」

「俺?」

 

 ルドガーたち全員に注目され、アルヴィンは困り果てている。

 

「おかしくないでしょう? アルフレドとユリウスは、エレンピオスでの(・・・・・・・・)幼なじみだもの」

「……初耳だが?」

「僕も」

「あー……一部に言ってなかったのは謝る。すまん」

「どうして言ってくれなかったんですかっ」『水くさいぞバホー!』

「いやいやいや、話題の内容的に言いふらすようなもんじゃないでしょ? 隠してたんじゃねえって。言いそびれてただけ!」

 

 一部告げ忘れていた仲間に詰め寄られ、アルヴィンはてんやわんやだ。

 

「バランおじさまは元々とーさまの友達で、精霊研究所の所長。アルおじさまはDr.マティスや大精霊マクスウェルと縁があって、この世の裏事情に通じてる。対『審判』用兵器の教育者としては適任でしょう?」

「兵器?」

 

 ユティは自らの胸の上に手を置いた。

 

「ワタシ。ユースティアが、とーさまたちにとっての秘密兵器。とーさまは最初から正史に送り込むためだけに、ユースティアを『造った』の」

 

 本人にとって、とても哀しく、痛く、辛いことを言っているはずなのに。

 ユティは今までで一番血の通った笑顔を浮かべていた。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ」
あ「来た来たついにキター!! 作者のオリ設定『番外分史』を明かす時! 語れ語れオリ主無双だー! キャッホー!/(>∇<)/」
る「聞いておらん……まあ心境は理解できんでもない。後は受け入れられるや否やであるが、其れは我らが介入すべき問題ではなかろ。原作プレイ済みの皆様はユティが語る部分部分でニヤリとされることもあろう。『番外』もカナンの地出現前までは原作の流れを踏襲しておるゆえの。というかあれば作者が泣いて喜ぶ」
あ「あー叫んだ。俺が語るとこ残ってるー?」
る「オリ主の細かい台詞解説」
あ「よっちゃ! 瘴気が地上に溢れた場合の世界はどうなるか? それを作者が全力で妄想してできた世界観が「番外分史」だ。安全地帯に住める人間はそれだけで特権階級で、でもその安全地帯もじりじりと減っていく」
る「なれば民は何とする?」
あ「別になーんもなんも。特権階級はさらに細分化されて、最後の最後にごくわずかな頂点が残る。ジェンガみてーな国の仕組みになるだけさ。オリ主ちゃんが言った「時間切れ」は作者自身の初期のゲーム感想でもある。「カナンの地出現直後に次々キャラEP発生!? しかも温泉edにエクストラEP? やってる暇あるなら早くエルたんとこ行けやー!!( ゚Д゚)」」
る「誰もが一度は浮かべたであろう思いよな」


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Mission9 アリアドネ(6)

 この世界は 異常だ


「造った、って、兄さん、が?」

 

 正史世界に送り込むためだけに子供を産んだ?

 

 目的のために大事なものを無視しすぎている。具体的に何を無視しているのだと問われたら答えられないが、とにかく、可能性の中の兄はおかしい。男としても父親としても非道すぎる。

 

「まさかユティの母さんが出て行ったのって…!」

「かーさまは世界が終わるまでとーさまの理解者だった。かーさまは、ユースティアを産むための結婚だって理解してた。自分がいたらとーさまの邪魔になるって自分から身を引いた」

 

 ユティにあるまじき早口で遮られた。まるでルドガーが言いさしたユリウスへの批判を封じるような。

 

「大博打だったってさ。いくらおばあちゃまが『鍵』だったからって、ワタシも『鍵』として生まれるかは分かんなかったんだもん」

 

 自らを「展示」するように両腕を広げるユティが、ピンで縫い止められた夜光蝶の標本に思えた。

 

「でも、生まれたユースティアは『鍵』で、オマケに骸殻まで持ってた。とーさまにとって最高の素材が産まれた。とーさまは賭けに勝った。とーさまは素材を武器として鍛え上げて、正史世界に送り込んだ」

 

 水を打ったように静まり返る。疑問も批判も上がらない。口出しできないほど、未来は絶望的だ。分史であっても、未来軸ならば今から起こりうる可能性だ。ユティの語る終末世界をルドガーたちは回避できるのか――

 

 

「誤解しないでほしいのは、アルおじさまたちは望んでワタシを送り出したんじゃないってこと。アルおじさまも、未来のアナタたちも、ワタシを使わずに世界をどうにかしようとしてたよ。でも、グラスから零れた水が戻らないように、一度溢れた災いは還せない」

 

 ユティはエルの前まで来ると、エルの前でしゃがんで右頬をなぞる。

 

「エル姉は『審判』に負けたのに責任感じて、世界中を巡って、瘴気に苦しむ人たちを助けて回った。その内『ニケ(勝利の女神)』って呼ばれるようになった。エル姉はスーパーヒロインで、存在そのものが人々の希望だった。ワタシも少しだけ、憧れた時期、あったから」

「エ、エルがお姉ちゃん? …ユティのあこがれ…みんなのキボー…」

 

 ほんわ~とエルがトリップする。危険域に行く前にとルドガーはミラにエルをパスした。

 

「でも、そんな状況なら、源霊匣(オリジン)研究はもっと進められそうなものだよね。その辺の事情はどうだったの?」

 

 ユティは立ち上がり、ジュードの正面まで行って告げた。

 

「ワタシは16年間『番外』で暮らしたけど、源霊匣(オリジン)なんてモノ、聞いたことも見たこともなかった。生活はすべて、黒匣(ジン)

「……今までの成果がそれかあ……ちょっと堪えるな」

「ジュード」

「うん、分かってるよレイア。すぐに上手く行きっこないって。でも、先に結果言われちゃうと、ちょっと、へこむ」

 

 レイアの手がジュードの背中をぽんぽんと優しく叩いた。ジュードはされるがままレイアに体を預けた。

 

 次にユティはアルヴィンの前まで歩いて行き、アルヴィンの手を持ち上げて包んだ。

 

「ワタシたちが山奥で生活できたのは、アルおじさまとユルゲンスさんがいたから。二人は瘴気でライフラインが絶たれた土地に物資を供給するお仕事してた。物資を詰んだワイバーンで颯爽と目的地に降りる運び屋コンビ。エル姉と並んで庶民のアイドルだった。アルおじさまたちがお世話してくれたから、山奥でとーさまと二人きりでも、ご飯、困らなかった」

「俺とユルゲンスが……慈善事業に転向すんのか」

 

 ユティはアルヴィンの手をほどくと、ガイアスたちの前まで行き、正式な作法で跪いた。

 

「アーストは相変わらず王様してた。でもローエンが亡くなってから、エレンピオスとの仲がこじれてきて。ただでさえ住める土地が少なかったエレンピオスが、リーゼ・マクシアの土地に無理に移住しようとしたから。新宰相にはシャール家のお嬢様が就いた」

「ドロッセルお嬢様が私の後任ですか」

「その辺の人事は知らない。お国事情だから。全部アルおじさまから又聞き」

 

 横にいたエリーゼの手が恭しく捧げ持たれる。

 

「エリーゼは叩き上げで軍の指揮官に登り詰めた。ローエンの二つ名を継いで、『指揮者(マエストロ)ルタス』。ティポももちろん一緒。『指揮者(マエストロ)』に『指揮棒(タクト)』は欠かせないから。新宰相と対を成す、黎明王の双璧として活躍してた」

「わ、わたしたち、軍人さんになっちゃうんですか」『意外予想外奇想天外ー!』

 

 ユティはふっと笑んで立ち上がり、再びルドガーたち全員を見渡せる位置に立った。

 

「以上がユースティア・レイシィが語れる限りの『もしも』のお話。紳士淑女の皆々様、ご清聴誠にありがとうございました」

 

 大仰な礼をする。場が少しだけ弛緩した。

 これだ。今までにも気づかなかっただけできっと在った、小さな気遣い。

 

 

「結局、お前は俺たちに何を選ばせたいんだ? みんなが救われる未来って何なんだ」

「分からない」

 

 ここまで引っ張っておいてその答えはひどすぎないか。殴るぞ。と、ルドガーが遠慮なく態度に出せばジュードが止めにかかった。

 

「ワタシも過去の全てを知ってるわけじゃないの。だからワタシは、とーさまやおじさま方から聞いた昔話を元に、その場で最善と思える行動をしてきた。時には聞いた通りの出来事を起こさせないよう妨害もしたわ」

 

 少女は曇り空を仰いでから、静かに胸の前で両手を握り合わせた。

 

「後は気が遠くなるほど積み重ねた小さな行いが、最後の『審判』によい影響を与えるよう、ただ、祈るのみよ」

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。あれだけ気合を込めたが2回で状況説明が終わったぞ」
あ「振り返らない! 全力疾走だ!」
る「早速近日観たアニメに振り回されるでないわ」
あ「だってあくまで状況説明だもーん。気づいてる? これ、番外ユリウスの心理とか一切語られてねーの」
る「言われてみれば未来の方々の心情を意図的に省いたような?」
あ「いえーす! つまりオリ主は背景を語りながらもまだまだ隠し玉を温存しているのだ!」
る「それもどうせラストでぐわーっと明かして読者を( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚ )にすること請け合いよな」
あ「(ノ)・ω・(ヾ)キュ…」
る「そこは嘘でも違うと言わぬか阿呆!」


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Mission9 アリアドネ(7)

 やっと会えたね とーさま


 マクスバードのとある隅っこの柱の陰。今し方まで各国のVIPが集まってくり広げていた、長い長い未来の話を盗み聞き終えて、甚大なショックを被っている男が一人いた。

 

 私的雇用者の無茶ぶりメールのせいで、警備兵を掻い潜ってマクスバード/エレン港に侵入させられた、ユリウス・ウィル・クルスニクである。

 

 しゃがみ込んで地味に凹んでいると、ぬっと石畳に影が差した。

 ユリウスは脱力もそのままに影の主を見上げた。

 

「聞いた通り。ハジメマシテ、若い頃のとーさま。アナタの未来の娘デス」

「……今すぐサマンガン樹界に旅立ちたい気分だよ俺は」

 

 ヤケクソ半分、本心半分。ユリウスは頭を抱えた。

 

 ユリウスの銀時計を持っていた――正史世界に持ち込んだ時点で分史世界の人間、しかもユリウスに近しい人間だろうと予想はしていた。最悪、ユリウスも知らない3人目のきょうだいと言われる覚悟もしていた。

 

 だが、よりによって、娘。他でもないユリウスの。軽く死にたくなっても許してほしい。

 当の娘は、正体を明かせてよほど嬉しいのか、ユリウスの傍らにちょこんとしゃがんで笑った。

 

「……未来を変えるために未来の俺が、お前をどこかの女に産ませたのは、百歩譲っていいとしよう。ただ、どうしても腑に落ちないことがある」

「なあに?」

「俺は世界を救うためなんて殊勝な理由で子供まで作ったりしない」

 

 そう、ユリウス最大の疑問は、動機だった。

 ユティの父親はユティを生まれる前から正史に投入すると決めていた。ユティの命が発生する前、おそらく彼女の分史での「審判」で何かがあったのだ。ユティの父親が心血を注ぎ込み、幼なじみを巻き込み、一人の女の人生を奪うほどの一大プロジェクトを決意するだけの、何かが。

 

 その「何か」は、ユリウスにとってはルドガー以外にありえない。

 

 ユリウスは弟のため以外にそこまでしない。ルドガーに不利な世界でなければ、どれだけの汚染だろうが不自由だろうが無視できる。「ユリウス」ならば。

 

「ユースティア。お前が変えたい未来は、本当に瘴気に汚染された環境か? お前が変えたい、いや、変えろと父親に言われたのは、ルドガーに関することじゃないのか?」

 

 ユティはじわじわと項垂れていく。前髪に目元が隠れて表情が分からなくなる。

 

「………………、とーさま」

「俺は君の父親じゃない。君の父親は、君のいた分史の父親一人きりだ」

「でも、アナタはワタシのとーさまだもん」

「違う。元になった人間が同じだけで、同じ道を行かなければそれはもう別人だ」

「……ちがわない」 

「え?」

 

 ユティが顔を上げた。蒼いまなざしは、父親とユリウスに対して等分に向けられている。

 

「元が同じで、同じ道を行くなら、それは同一人物。このままじゃアナタはまた、かーさまを見つけて、ワタシを産んで、ワタシのとーさまになる。運命は、空転する」

 

 ユリウスは彼らしくもなく隠さず舌打ちして立ち上がり、ユティを見下ろした。

 

「ユースティア。いい加減にハッキリさせろ。これからルドガーに何が起きる? 誰かに殺されるのか? それとも精霊に囚われでもするのか? どんな運命であろうが俺が変えてやる。だから早く、本当は何が起きたかを……」

 

 皆まで言えなかった。

 

 

「『鍵』を持つ人間どもがこぞって謀を巡らせているかと思えば」

 

 

 天からユリウスたちを睥睨する、モノクロの時の番人。

 

「クロノス!?」

「まさか遭遇するとはな、探索者――『道標』が集まるはずだ。わざわざ分史世界の『鍵』を使っていたか」

 

 ユリウスはとっさにユティを背に庇い、愛刀を抜いて構えた。

 

「無理しないで。とーさま、ユティも戦える」

 

 後ろから上がるソプラノ。ユリウスはふり返る。ユティはショートスピアを出し、一生懸命な娘の顔でユリウスを見上げている。

 

 その時、心の裏側からユリウスに黒く囁いてくるものがあった。

 

(ユースティアの力ならクロノスにまともなダメージを与えられる。今日まで逃げ回るだけだったクロノスに勝てるかもしれない。クロノスに拮抗するだけの力を使わせれば、因子化は加速する。でもこの子はそれさえ善しとする。父親(おれ)が命じさえすれば、自分が傷ついてもこの子は実行する)

 

 囁きが自身の考えとほぼ一致しかけて、不意に、胸に浮かんで来る過去があった。

 母コーネリアがクロノスとの戦いで因子化して死んだと知った時の憤り、苦さ。

 母を死なせた父を憎んだ。一族の宿命を恨んだ。それを課した精霊を呪った。

 今は雑念だ、考えるな、と己に言い聞かせる。これは感傷ではない。母と可能性の娘を重ねてなどいない。

 

「! ユリウス!」

 

 足元に暗色の術式陣が広がった。しくじった。クロノスの攻撃は予備動作がない。常であればクロノスから目を逸らさず観察して避けたものを。ふり返ったのが災いした。

 上空四方から迫るグラビティメテオ。スローモーションに視えるのにユリウスには避けるだけの体力がない。常人からすれば神速のアクションも、クロノス相手では遅きに失する。これまでか――

 

「マキシマムトリガー!!」

 

 弾幕がグラビティメテオを撃ち落とした。想定外の援軍。ユリウスは瞠目して彼を呼んだ。

 

「アルフレド!?」

 

 「次元刀」回収任務から会わなかった弟分。アルフレド・ヴィント・スヴェント。

 彼は銃口と、弾丸の如き苛烈なまなざしをクロノスへ向けた。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して汝《なれ》よ。例のオリ主温存の隠し玉回になったわけだが……諸々の意味でユリウスが哀れな回となったな」
あ「反省はしてる。だが後悔はしない。何故なら作者(おれ)はユリウスをヘタレだと思っているから!(ドーン)」
る「誰がヘタレか。こっち業界では残念なイケメンだが残念主成分のブラコンを差し引いてもイケメン魂略してイケ魂は多少は残るぞよ」
あ「いやいやユリウスは根本的にヘタレだって。よく考えてみ? 元御曹司で俺世界救うかも?なんて夢見る少年期と俺カワイソウの浸り青年期を通ってきて今や弟LOVEの28歳だぜ? 甘やかされた育ち、ほどよく厨二と非コミュになりやすい環境! その証拠に、括目せよ! 本作でのルドガー以外へのユリウスの付き合いの下手さ加減を!」
る「我が家のみであるがの」
あ「いいんです! 我が家のユリウスさんはヘタレなんです! 娘(オリ主)にも弟分(アルヴィン)にもやられっぱなしなんです! 作者想定でユリウスがイケメン保てるのはルドガー、分史ミラ、エリーゼの前のみ!」
る「人選の基準が分からんが……確かに最後はアルヴィンに持って行かれた形で終わった」
あ「そりゃアルのほうが潜ってきた修羅場の種類が違うもん。これについては次回解説」
る「ではオリ主のほうに行こうぞ。ついに父娘として対面した両者」
あ「『サマンガン樹界に旅立ちたい』は作者の中で1、2を争う名言になりました。エクシリアに樹海があってよかったー(≧▽≦)」
る「本来は二人で〆のはずだったが作者の思いつきで急きょアルヴィン参戦。エレンピオス幼なじみ組を推したいゆえだそうだ。ちなみにもう一つの幼なじみ組はジュード&レイアのル・ロンド組ぞ」
あ「共闘まで持ってきたかったなー」
る「尺が足りん。諦めよ」


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Mission9 アリアドネ(8)


 死なないで ふたりとも大好きなのに


「また貴様か」

 

 クロノスがアルヴィンを睥睨した。

 

 直後、ユティが大ジャンプしてクロノスに斬りかかった。ユティはクオーター骸殻に変身している。ユティの一突き一閃が、アルヴィンには指一本触れさせないという意思で尖っている。

 

「ほら、ボサッとしなさんな。ずらかるぜ」

 

 ユティがクロノスと切り結ぶ隙に、アルヴィンがユリウスの腕を掴んだ。ユリウスは何とか立ち上がり、アルヴィンに付いて走り出した。後ろから、フリウリ・スピアを大きく薙いでクロノスを振り払ったユティが追走した。

 

 因子化で痛む体を押して、アルヴィンの手を借りながらコンテナの間を逃げ回る。

 無論、クロノスが相手では時間稼ぎにもならないと分かっている。されど、クラウンエージェント・ユリウスはこの粘り強さを以てこそ、今日まで大精霊クロノスを退けてきたのだ。

 

 

 

 時空を司る大精霊といっても、視界は人間と同じ眼球頼り。全員が戦場のプロだったことが幸いした。クロノスの目を出し抜き、彼らはシャウルーザ越溝橋へ逃げ込むことに成功した。

 

 普段ならば観光客で賑わうシャウルーザだが、今日はテロ厳戒令のおかげで人通りは少ない。

 兵士に見咎められる前に、彼らは無人の露店の一つに火事場泥棒よろしく駆け込んだ。カウンターの陰で3人分の荒い呼吸が響く。

 

「アルフレド、どうして俺を助けたんだ」

 

 ユリウスは真っ先に口を開いた。

 

「ワタシも聞きたい。解散、って言ったのに」

「『いつも』ならね。長い話が終わったら一旦解散なんだけど、ユティ、おたく残るっつったろ。一人で残るってのはその後で別の誰かと落ち合いますって言ってるも同然だ。俺も昔よくやった。張ってみりゃビンゴと来た」

「……クロノスがココで出たのも聞いてた話と違うのに、アルフレドがユリウスを守ってくれるなんて……」

 

 それなりに深い付き合いのユリウスだから分かる少女の当惑。この展開は彼女にとって、そして歴史にとっても既定事項ではなかったのだ。

 

「んで、ご両人、何で隠れて会ってたんだ? 俺は答えたぞ。そっちも洗いざらい吐け」

「……ゴメンナサイ」

「謝るのは後でいいから」

「怒らないの?」

「後で怒るに決まってんだろ。そりゃ俺も昔はおたくらの百倍えげつない生き方してきたけどさ、今は分かるんだよ、それやられる側の気持ちってヤツ。『俺』から教わらなかったのか?」

 

 こうなっては隠す意味もない。ユリウスも列車テロからの隠密行動を語った。疲れと痛みが押してヤケになっていたのでスラスラ話すことができたのは幸か不幸か。

 

 自分のノルマを終えたユリウスはユティを向き、「話してやれ」と告げた。彼と同じ色の目は当惑をありありと返したが、彼女は洗いざらい今日までの出来事を話した。――ストリボルグ号からのユリウスとの共謀関係。ユリウスの分史探索からルドガーの援助まで全てが、父親の言いつけで世界を創り直す計画上のものだった。

 

(今ならあれもこれもそれも、全部納得がいく。この子にとっては全部「大好きなとーさまのため」だったんだ。未来の俺、娘をファザコンに育てすぎだ)

 

 やがて全てを聞き終えたアルヴィンは片手で顔を覆って、

 

 ぶっはああああ~~~~。

 

 大きな大きな溜息を吐いた。かと思いきや、アルヴィンは猛然と立ち上がった。

 

「おたくら似た者同士過ぎ! 父娘して裏で暗躍しまくりやがって。おたくらは傭兵時代の俺か!? 思考パターンが理解できすぎて、哀しい通り越して情けねえわ!」

「ア、アルフレド?」

「アルこわい」

 

 ユティはちゃっかりユリウスの背中に隠れている。こういう時、年若い女子は得だ。

 

「まずユティ。最初から懐さらせとは言わねえ。初めて会った頃に言われたって信じたのはジュードくらいだろうからな。でも会ってから何ヶ月も経って、そこそこの協力関係ではあったろ俺ら。手伝ってください事情は聞かないでほしいの、でも通用したんだぞ。知られて困るなら言わなくていい。言わなくていいから何かさせてほしかった。あいつら絶対思ってるぞ」

「そう、かしら。そう、なのかしら」

「仲間が苦しんでる時にそばにいられなかったなんて、とか、エリーゼとかレイア辺りは気に病むぞ。――次、ユリウス」

 

 目が据わっている。これはユティでなくても怖い。

 

「あんたは分かるよ。指名手配中だし? 人生経験考えると人に頼るの苦手そうだし。むしろバリバリ自分とルドガー以外信用できねーって思ってんだろうから、こっちと仲良しこよしは無理があるのは俺でも分かるよ。だから個人的に一言だけ言わせてくれ」

 

 アルヴィンはしゃがんで、ストレートに、ユリウスと目の高さを合わせ。

 

「あんたが死んだら俺とバランが傷つく」

「! お前……」

「あんたはルドガーの兄貴だし、バランの友達って少ねえし。……一応、俺とも幼なじみだし」

 

 ――幼い頃はバランも加えていつも3人でいた。けれど3人は幼くしてバラバラになった。アルヴィンは遭難して行方不明、元から貴族でなかったバランも遠ざかった。幼なじみという肩書にそぐわないほど、彼らの共有した時間は短い。それなのに彼は体を張ってユリウスを助けた。

 

 ユリウスの疑問を察したのか、アルヴィンは、とん、とユリウスの胸を叩いた。

 

「まあ何だ。うだうだ言ったけど、結局人間、ココで動いて、ココに動かされてんだよ。ユティがあんたを心配してずっとそばにいたのと同じ」

 

 ――例えばユティが未来を変えたとして、「現在」に居るユリウスには変化など分からない。今日までの様々な出来事は例えユティがおらずとも成るように成った結果だとしか思えない。ユースティア・レイシィが居たからこそ「成った」モノを言えといわれれば――

 

(この子はただそこにいただけだ。俺のそばに。ルドガーの横に。それだけが、それこそが変化だ。俺たちはバラバラになって独りのはずだった。でもこの子は、ルドガーが仲間に囲まれるまでフォローし続けた。俺が呼べばいつでも現れて、他愛ない話をしながら探索に協力してくれた。俺たちを決して独りにさせなかった)

 

 「心を込めて」そばにいた。それこそがユティの最大の行いだ。

 誠意を示す。愛情を示す。身を案じる。心を労わる。無言で「あなたがスキです」と言い続けながら寄り添った。ただ形式的な行為を差し出すよりずっと効果があるやり方だ。

 

「あんたなら分かるんじゃないか。あんた、意外と良識派みたいだからさ」

「……ひどい誤解だ」

「いやいや絶対そうだって。マジな外道は、弟が詐欺まがいの仕事させられてたら、けしかけた男Aを殺るくらいはするぜ? 俺が言うんだから間違いない」

 

 アルヴィンの得意げな顔を見て、ユリウスは思わず噴き出しかけた。自慢することではない。

 

「ああ――お前に比べたら、俺なんてまだまだなんだろうな」

 

 独りだと思っていた。世界でユリウス一人だけがこんな重荷を背負わされているのだと。それこそ馬鹿げた話だ。

 自分には、弟だけではなかった。

 

 

「ユースティア。聞いていいか」

「さっきの続き?」

「続きってのは?」

「ユリウスは、ワタシが正史に来た動機が疑わしい。動機の内容がルドガーのためじゃなかったから。さっき追及された。クロノスが出て中座したけれど」

「疑った理由がそれ!? 気にすべきとこもっとあるでしょーが!」

「諦めて、アルフレド。これがなきゃユリウスじゃない」

「おたくは一番諦めなくていい立場の子!」

「……お前たちは俺をどんな目で見ていたんだ」

「「ブラコン」」

「自覚していても人から言われると効くなあ……」

 

 がっくりと項垂れたユリウス・ウィル・クルスニク(28)。

 

「バランおじさまから習った。スキと思いたくない人は相手をズタズタにする。キライと思いたくない人は相手を大事にする。ヒトの感情って、自覚したくないと思えば思うほど反転するの」

 

 彼女の「バラン」を思い出しているのか、目を伏せてユティは語る。

 

「ルドガーはユリウスにコンプレックスがあった。でも同時にユリウスがスキだから、そんなモノは自分の中にはないんだって思いたかった。ワタシが手を加えなかったら、ルドガー、ユリウスを守るためにアルフレドたちを殺してた。それはダメだから。ならユリウスだけキライで、みんなをスキになれば、そのケースは回避できる」

「――じゃあおたくの本当の目的は、ルドガーとジュードたちの殺し合いの阻止?」

 

 ユティは首を横に振った。

 

「ワタシが殺してほしくないのは――」

 

 

 足元に3人を囲むように闇色の陣が浮かんだ。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。今回はアルヴィン大躍進の回であったの。そもプロット段階ではおらなんだアルヴィンを入れたのは何故(なにゆえ)?」

 >┼○ バッタリ…  (;;・д・。;A;)

る「へんじが ない ただの しかばねの ようだ」
あ「……しかばねじゃねーよ溶けてんだよ。知らねえのか? 昨日マイ・カントリーが日本一暑い一日をマークしたぜ」
る「冷凍庫から出したアイスが蓋を開けたら溶ける寸前のSo Goodなドロリであったの。だが我らに溶けておる暇はないぞえ」
あ「へ~へ~…i|||_| ̄|○|||i(ドロドロから復活しつつ)アルヴィンはね、この辺でそろそろ幼なじみ設定推しとかないとラストシーンの××××が読者様「???」になっちまうから。せっかくの設定作者も使いたかったし。ちなみに冒頭はクロノス初対面の「何様だよ、お前」のシーンを意識しました。こん時のアルヴィンがイケメンすぎて生き辛。まあそれはいいよ。今回のメインはあくまで兄さんだから」
る「ユリウス? 確かにアルヴィンに諭されて心境の変化はあったが」
あ「ぶっちゃけ兄さんとアルとどっちの『境遇』が酷いっかっつーとどっちだべ?」
る「読者諸賢の価値観にもよると思うが……作者はアルヴィンと思っておるの」
あ「そうそれ。兄さんは分史世界を壊して帰っても可愛いルドガーがいるわな。でもアルは、戦場から帰ってもお母さんはいません。いや、いるんだけどレティシャさんの病気考えるとアレだよね。あーんど、少なくともユリウスは『クラン社』『エージェント』の立場に守られてたけど、アルヴィンは自力で傭兵やって生きるしかなかったし、身バレしたらミラ様に殺されかねんポジだった。作者の中のアル憫はマジな憐憫の意味で使われてるという事実」
る「なればこそユリウスの『お前に比べたら俺なんてまだまだ』発言か。自身も過酷な環境であるのに意外と優しいのう」
あ「そうそれ」
る「二回目ぞ」
あ「世間じゃルドコン・兄バカ認識のユリウスさんですが、実は彼って常識人なのよ」
る「既存のユリウス観を全否定しおったぞこの脳みそフローズンo(´;゚;Å;゚;`il|i)o」
あ「お前もそろそろ溶け始めたな。常識人というか、普通の人? 理由は色々あんだけどー、一番は分史ニ・アケリアでのシーン。ユリウスさ、祠で分史ミラがレイアを攻撃した時、真っ先に庇ったろ。『主人公』のルドガーでなく、ユリウスが。このシーンの意味はでかい(`・ω・´)キリッ」
る「一理あるの。あそこはレイアとの関係を鑑みるにルドガーかアルヴィンが動いてもよい場面であったのに、あえてのユリウス」
あ「もしユリウスが『常識人』ならそんな人がアルの境遇を不憫に思わないわけがない。感情移入しないわけがない(>_<)」
る「アルヴィンの「意外と良識派」にはユリウスのそういう性格への理解を、応えるユリウスの「ひどい誤解だ」には彼の自嘲と皮肉が深く深く込められておるのだな」
あ「ブラコン指摘に意外と傷ついたのもそういうわけです(笑)」
る「(笑)(かっこわら)うな by上/条/美/琴」
あ「ラストでオリ主が仄めかした兄弟EDっぽいのはまた次回~ノシ」
る「お読みいただいた読者諸賢に感謝を」

 ┏卍))~~~  >┼○ バッタリ  〇┼< バッタリ ~~~((卍))┓


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Mission9 アリアドネ(9)

 だめ だめ やめて!


 ユリウスは反射だけで露店カウンターの外に飛び出した。アルヴィンがユティの抱えて同じ行動に出たのはほぼ同時だった。

 

 隠れていた露店が爆発した。

 店が潰れたことで橋の天井や壁もまた吹き飛ぶ。シャウルーザ越溝橋の一角に穴が開き、乱気流が吹き込む。橋の中にいた兵士や通行人がざわめく、悲鳴を上げる、逃げ惑う。

 

「遊興に付き合うのもここまでだ」

 

 ユリウスは舌打ちした。穴の向こう、空と海を背にしてクロノスが浮かんでいる。

 

 クロノスとの戦闘には終わりがない。いくらダメージを与えてもクロノスは肉体時間を巻き戻して快復する。だからこそユリウスは、この厄介な敵と遭ってしまったら、次元を跨いででも逃げてきたのだ。

 

(ここは正史世界。『いつもの手』は使えない。かといって倒せる宛てもない。どうすれば――!)

 

 クロノスが軽く手を上げる。それだけだ。それだけで、ユリウスたちが立つ一画を丸ごと消せる大きさの陣が展開した。

 

「二度は逃がさん。探索者、そして分史世界の『鍵』よ。ここで消滅しろ」

 

 周囲の無関係な一般人ごとユリウスたちを葬る気だ。クルスニクはもちろん、人間を一括りに嫌悪しているクロノスには無関係も一般人もない。このシャウルーザ越溝橋が落ちようと奴には知ったことではない。

 今戦っても勝てない。打開策が、ない。ほぼ諦めた。

 

 だが、まるで諦めたユリウスを殴り飛ばすように、銃声が轟いた。

 

 アルヴィンだ。彼はクロノスではなく、展開した術式のコアを狙って撃っている。架け橋を落とそうとする暴威に持てる全力で抗っている。

 

「ふざけんなよ…! この橋が建つまでにどんだけの人間の苦労があったと思ってやがる…!」

 

 分史ニ・アケリアで再会したアルヴィンが、昔話がてらユリウスに語った。

 ――エレンピオスとリーゼ・マクシアのの架け橋となる。それが彼の決意。

 ――両国のマクスバードを結ぶこのシャウルーザ越溝橋は、人々が両国を行き来するための唯一の道。

 

「アルフレド、ワタシも手伝……」

 

 ユリウスは、夜光蝶の時計を出して今にも変身しようとしていたユティの、腕を掴んで止めた。

 

「っ、なに、離し」

「奴は俺がどうにかする。アルフレドと一緒に下がれ」

 

 この精霊が正史世界にいてはこの少女が、幼なじみの夢が脅かされる。

 倒せないならば、「いつもの手」の逆を打てばいい。クロノスを大規模算譜法(グラビティメテオ)ごと分史世界へ連れて行く。

 

「! ダ、ダメ。だってアナタ、アナタの体、因子化して、もう、」

 

 泣き出しそうな声でしがみついてくるユティ。そんな感情的になれるなら最初からなってくれよ、と逃避気味に思う。

 

「お前は正史に待機しろ。ルドガーのそばから離れるな。クロノスはルドガーを『鍵』だと勘違いしたままだ。俺を突破してルドガーを襲うかもしれない。だから、」

 

 これを他者にさせるのには大いに抵抗がある。だが、ルドガーが命の危険に晒されたあの時、ユティはカメラを捨てて戦った。ユティの実力が確かなのも海瀑幻魔との戦いで明白だ。

 

(この子はルドガーを死なせない。たとえ自分が命を落とすことになったとしても)

 

「お前に()()()()の一番大事なものを託す。()()()()()()ルドガーを守りなさい。できるな、ユースティア?」

「――――、ぁ」

 

 

 どこかで、何かの歯車が、ガキンと噛み合う音がした。

 

 

「とーさまが、そうして、ほしい、なら。ユースティアはルドガーを守る」

「いい子だ」

 

 子供騙しがよりによって自分の娘に覿面に効くなどどんな皮肉か。

 

「安心しろ。クロノスなんぞにやられやしない。ルドガーに悪い未来になると知った以上、死んでも死にきれないからな。すぐに帰るから、信じて待ってろ。アルフレドが一緒なら寂しくないだろう?」

「うん……さびしくない」

 

 ユリウスは前へ向き直り、走り出した。

 走りながらハーフ骸殻に変身し、壊れた壁を伝い、天井から大きくジャンプした。骸殻で強化した跳躍で、遙か空中のクロノスまで肉薄する。

 

「血迷ったか、探索者!」

 

 クロノスがターゲットを修正するコンマ以下の空白。ユリウスは骸殻を解き、銀時計を突き出した。さすがのクロノスもこれには瞠目している。ざまあみろ。

 

(お前なんかに壊させない)

 

 とにかく正史世界から遠い座標をイメージする。最悪、クロノス域外へ出て、時空の狭間をさまよっても構わない覚悟で。

 

 血に流れるクルスニクの力をありったけ開放する。「鍵」でないクルスニクの者でも使える力、次元を超えて別の世界へ行く力。

 

 正史世界から跳び出す寸前、地上を顧みた。

 かつての弟分も未来の娘も無事だった。




(2013/8/15追記)
あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。まずは本編に後書きが間に合わなんだ事を謝罪しようぞ」
あ「OK相棒。読者の皆様。本来なら一緒に上げるべき後書きをこういう形で付け足してしまい誠に申し訳ありません<(_ _)>」
る「申し訳ありません<(_ _)>」
あ「割と(しばらくお待ちください)で放置の後書き多いかんな~。そろそろ書き足したほうがいいべか?」
る「そろそろでなく迅速に書き足せ」
あ「善処します(゜_゜>)。では今回の解説だ。お待たせした分サクサク行こうぜ」
る「是非も無し。ユリウスがアルヴィンとオリ主にダダ甘な回であった。幼なじみの夢の一部を守るため。未来の娘を守るため。ルドガー命!でないユリウスというのは業界でも珍しいのではないかえ。『ブラコンでないユリウスを描く』との試みは今の所ブレておらんの」
あ「ちょっとヒーローっぽかったヨネ、ヨネ!? 勝ち目がないと仰いますがユリウスさん、本当は娘を因子化するくらい使えば勝てますよ? 無意識に避けましたね? やだーアルの言う通り兄さんいい人じゃないですかー(*^^)>」
る「されどルドガー優先でオリ主に待機命令を出すブレないルドコン」
あ「台 無 し だ よ !orz お前そこまでして天の声に逆らうかチクショウ!」

る「蛇足であるが、シャウルーザ越溝橋建設についてアルヴィンは関わっておらんでの。アルヴィンの台詞に特別な意味があるわけではないぞよ。彼はあくまで一市民として元難民として『両国を繋ぐ唯一の橋』を守りたかっただけぞ。もし誤解された読者諸賢がおられたならば紛らわしゅうて申し訳ない」


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Mission9 アリアドネ(10)

 あなたが わたしに そう 望むなら


(やっちゃった)

 

 普段と変わらない曇天を仰ぎながら、ユティは立ち尽くしていた。

 シャウルーザの上空から消えた算譜法(ジンテクス)、そしてユリウスとクロノス。

 

(とーさまとユリウスは違うモノだと思えって、ちゃんと教えてもらってたのに。カナンの地が現れる前に兄弟の片方が死んだら、とーさまとおじさまたちの望みが! 未来が!)

 

 猛然とGHSを取り出す。ユリウスからの着信を辿って同じ分史に進入し、ユリウスがどう文句を言っても正史に連れ帰る。カナンの地出現まで匿う。監禁も視野に入れる。

 

 だが、ボタンを押しても液晶画面は暗いままだ。強くボタンを押しても変わらない。

 GHSは壊れていた。

 今の衝撃か。そもそも今日までの連戦でガタが来ていたのか。

 

「ユティ! 無事か!」

 

 アルヴィンが駆け寄ってきた。

 応えたいのに唇が震えて上手く言葉にならない。アルヴィンはそれを、ユリウスの安否を案じてと取ったらしく、ユティの両肩を掴んだ。

 

「大丈夫だ。ユリウスが強いのはユティのほうが知ってるだろ? アイツは何年も一人でクロノスと渡り合って来たトップクラスのエージェントだ。そうそう簡単にくたばったりしねえよ」

 

(そうじゃない。そんな優しい気持ちで心配してるんじゃないの。ユリウスが死ぬのがダメなのは、今が『その時』じゃないからで、そしたらルドガーが、ルドガーしか)

 

 口から出かけた。だが、呑み込んだ。――呑み込めた。

 

「いい、アルフレド。ユティはヘイキよ。とーさまが『信じて待て』って言ったら、ユティは信じるの」

「そう、か……ああ、待っててやろうぜ。んで、帰って来たら二人一緒に説教してやろうな」

「いっしょ? ホント?」

「本当。おじさんもうウソつかないって決めたからね」

 

 アルヴィンはニカッと笑った。ユティは力なく笑み返した。

 

 

(それはきっとアルフレド・ヴィント・スヴェントがつく最後のウソになる。ワタシが、そうさせる。世界を創り直すのがユースティアの産まれた理由。そうよね? とーさま)

 

 ユティは壊れたGHSに口づけた。

 

 

 ストリートに喧騒が戻ってくる。何も知らずとも、未知の脅威が去ったことだけは肌で感じ、群衆が我を取り戻しつつある。そうなると始まるのは職務に基づいた警官と兵士の手当たり次第の尋問。好奇心のままに事件を拡散するマジョリティの下劣な娯楽。

 

「行こう。職質に掴まると厄介だ」

 

 肯く。肩を抱くアルヴィンのリードに任せ、ユティたちはストリートを後にした。

 

 もう一度だけGHSに口づける。

 

(無事を祈ることだけ、どうか、ゆるして)




(2013/8/15追記)
あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ついに残す所はカナンの地出現から突入になってしもうたぞ。この先はどうなるのであるか?」
あ「そりゃもちろん原作と同じでエグイ感じでカナンの地が出現してクロノスと戦ったり魂の橋どうするかでもめたりだな。この魂の橋設定何気に苦しめられたわー。だってまずこれ書き始めた時、PG出てなくてさー。魂の橋って文字通り魂を材質にした橋だと思ったのに、PGだと「魂がカナンの地に行って橋の術式を内側から解除する」ってあるんだもん。(゚д゚lll)になった我らの心情を察してほしい。次回作なんてそれ前提で別の解決策用意したのに」
る「書ける宛てもない次回作を完結前に語るでない。読者諸賢もどうぞ受け流してくだされ。それより今回の解説を疾く致せ」
あ「へーい(-。-)ノシ 今回割とオリ主の心情描写がアッサリ目だがちゃんと色々気をつけたんだぜ? GHSの故障は必死だったオリ主の精神が壊れちゃったレトリック。アルヴィンのも普通なら正しい対処だけどオリ主に限って違うっていう良心が悪展開を招くぶっちー時空。タイトルは『糸の導き』『置き去り』『別の男に託される』のトリプルミーニングだぜ」
る「GHSにキスはオリ主独自の誓いの表明であったの。この時にオリ主は誰に何を誓ったのか……死亡フラグにしか見えん」
あ「ユリウスに『今』死なれたら困ると言った時点でそろそろオリ主の狙いに気づき始めた方もおられるんでないかな?」
る「そういえば前々回で兄弟ED阻止を示唆したが、それだと結局ユリウスを殺す強制一択となるぞ。オリ主の行動はユリウスを生かすものであったにも関わらず。一体どのルートに行きたいのだオリ主は」
あ「惜しい!(>_<) 答えはWEBで!」

 スチャッ…( ・д・)▄︻┻┳══━一     ε=ε=ε=┏(゚ロ゚;)┛ヒィィィ!!

【アリアドネ】
①「とりわけて潔らかに聖い娘」「いとも尊き(女・女神)」を意味する名。
②ミノタウロス退治にクレタ島に来たテセウスに恋し、彼に導きの糸を持たせた乙女。これによりテセウスは怪物を退治した後、迷宮から無事脱出した。彼女はテセウスと共にクレタを出奔するが、ナクソス島に寄港した記述を最後に彼女の正確な足取りは途絶える。置き去りにされたとも、ナクソス島にいた神の妃となったとも。


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Mission10 ヘカトンベ(1)

 もう後戻りはできない――――させない


 「カナンの道標」回収を完遂し、ルドガーたちはついに「カナンの地」へ向かうこととなった。

 

 集合場所はマクスバード/リーゼ港。ルドガーとエルだけでなく、今日まで惜しまず協力してくれたジュードたちももちろん呼んだ。

 

「いよいよね、エル」

「うん!」

 

 埠頭で笑い合うミラとエルはまるで母子か姉妹だ。見守るルドガーも温かい気持ちになれた。

 

(正直、ミラへの気持ちもエルへの気持ちも、俺の中で決着はついてない。でも、ミラが正史の人間じゃなくても、エルの親や故郷が分からなくても、いい。俺は二人が行きたい道を行けるように助けたい。そのためなら何でもしてやりたい)

 

「ルドガー、ちょっといいかな」

 

 声をかけてきたのはジュードとミュゼ。珍しい組み合わせだ。

 

「ミラの――私の妹のことなんだけどね。カナンの地で一緒にどうにかできないかしら」

 

 正史世界のミラ=マクスウェル。彼女は今なお、本来なら最後の「道標」がある分史世界との間に取り残されている。ジュードが深刻な表情をしているのは彼女の話題だからか。

 

「ミラを時空の狭間に飛ばしたのはクロノスだ。『カナンの地』へ行こうとするなら、きっとクロノスは邪魔してくる。その時に、クロノスにミラを精霊界に還すよう働きかけることはできないかな」

「うーん……」

「叩き潰してこっちの要求を呑ませるくらいしか方法が思いつかないのよ。それでもあの偏屈精霊が素直に従うか怪しいし」

 

 事情を鑑みるに、正史世界のミラは非があって異空間に閉じ込められたわけではない。人間ギライのクロノスが力に物を言わせただけだ。

 非はむしろクロノスにあるのだが、クロノスはそんな意見さえ時空を統べる圧倒的な力で黙殺するのだろうと容易く想像がついた。

 

「クロノスに言うことを聞かせる……クロノスが大人しく従うような相手は……」

 

 ぴこん。ルドガーはある分史破壊任務を思い出した。

 

「オリジンなら――クロノスにミラを解放するようガツンと言えるかも! 前にアスカ、クロノスはオリジンにべったりだって言ってたし」

「アスカ、って……分史のラフォートにいたアスカのほう?」

 

 中身が「アレ」なアスカは妙にジュードを気に入っていて、多くの有意義な情報をくれた。

 

「ああ。分史世界も魂の循環も瘴気の封印も、オリジンにやってもらわなきゃならない仕事はごまんとあるんだ。そこにマクスウェルのミラの解放が加わったとこで同じだろ。実行するのはクロノスだからな。世界中のアレコレが限界なら、同じ原初の三霊のマクスウェルの手だって必要になってくるはずだ」

「そうねえ。オリジンまで否と言うなら、力づくでやらせればいいわけだし。クルスニク一族のルドガーには『願いの権利』って奥の手もある。ルドガーってば意外と冴えてるじゃない」

 

 意外と、だけ余計だ、とはルドガーは言わなかった。ミュゼは機嫌を損ねると後が怖い。

 

「……『願い』については、社長から分史世界の消去に使えって言われてるから、いざって時に使えるか分からないんだが」

「分かってる。この中でオリジンに願いを叶えてもらえるのはルドガーとユティだけなんだ。それ以外は、僕らでオリジンに交渉してみよう。それが僕らの責任だ」

 

 どうやらジュードとミュゼの中で方針は固まったようだ。ルドガーは胸を撫で下ろした。

 

 

 入れ替わりに、弾んだ足取りでエルがやって来た。

 

「ルドガー! ミチシルベ!」

「ああ。ほら」

 

 ルドガーは分史対策室から預かってきた「カナンの道標」5つをエルに渡した。

 

 エルはジュードに五芒星の形を尋ねてから、「道標」を星形に並べてゆく。

 ついに来た。ルドガー・ウィル・クルスニクの働きの成果が形として現れる時が。

 ルドガーは密かに固唾を呑んで見守っていた。

 

 そして、ついに天にそれは現れた。

 

 

 

 

 ―― 一つの球体となる「カナンの道標」。

 ――大月を侵す小月。

 ――異空に開くタールのような瞼と、そこから垂れ出した毒々しい天体。

 ――闇色の胎児を孕んだ、おぞましい天球。

 

 

 

 

 カナンの地は、ここに開かれる。

 

 ルドガーにとって決して輝かしい成果としてではなく、空を禍々しく塗り替えるカタチで。




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。まずは更新を凄まじい期間放置した詫びを読者諸賢にしようではないか」
あ「誠に申し訳ありませんでしたああああああああ!!!ε≡ ヽ__〇ノ」
る「今回ばかりは色々と思い知らされたの。放置すればするほど手を付けにくい……不登校児の気持ちがちと分かったかもしれぬ。しかも更新を急ぐあまりに今回は短めにした感が否めぬゆえ。重ね重ね申し訳ござらん<(_ _)>」
あ「すんませんすんませんすんません<(_ _)> 作者がここ数か月ちょっと息抜きと思ったらどっぷり別ジャンルに浮気してましたマジすんません<(_ _)>」
る「浮気の成果=別のSSも書けなんだしの。申し訳ござらぬ。しかし謝り倒しではこのコーナーの意義もなくなる。今後の行動に気を付け、今回は今回の解説をしようぞ」
あ「うう、俺がんばる(T_T)。――とりあえず今回は一回目から繋ぎ回。パパさんを華麗にスルーしてカナンの地を開きました。そしてついに! ミラ様こと正史のミラの話題を出しました」
る「正史ミラは本編には絡まん宣言どこ行ったし」
あ「本編には出ないよ? エピローグで出るかもだけど。作者(おれ)が何の陰謀もなしにラストまで未登場キャラを出すと思うてか」
る「思わんなあ。やはり『ミラ』がキーパーソンという所はブレておらなんだか」
あ「ぶれるわけもなし(キリッ あとは皆様お気づきかもしれませんが、あえて今回は口を利いてない二人がおります」
る「ズバリ。アルヴィンとオリ主である」
あ「M9であんだけドンパチやったんだからその辺のフォローは!? と思ってくださる読者様がいらしたら全俺が泣く」
る「オリ主物の苦悩よのう…」
あ「オリ主ちゃんとアルヴィンとユリウスの関係はちゃんと次回で拾うのでその辺待ってくださると嬉しいですっ(≧▽≦)」


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Mission10 ヘカトンベ(2)

 とーさまを傷つけた――絶対 ゆるさない


「あれが『カナンの地』!?」

「……なんて言わないよな」

「イイエ。そのまさか」

 

 ずっと黙っていたユティが一同から抜けて前へ出た。

 

「『道標』は『カナンの地』の偽装を剥ぎ取って、一時的にワタシたちの時空に現出させる算譜法(ジンテクス)そのもの。普段はあんなとこじゃなく、そもそも異界に在るセカイ。やっと、引きずり出せた」

 

 ルドガーはぞっとした。

 幽かに覗いたユティの横顔は、歪な笑みを浮かべていたから。

 

「場所は分かりましたが……どうやってあそこに?」

「ダイジョウブ。方法は決まりきってるから。あのね――」

「まさか『道標』を集めるとは」

 

 頭上から人を睥睨しきった声を聞き、ルドガーは双剣の柄に手をやって空を仰いだ。仲間たちも各々得物に手する。

 

 クロノスの姿を視界に捉えて、ルドガーは頭が真っ白になった。クロノスは、ズタズタでボロボロのユリウスを片手に()()()()()

 

「探索者の相手をしている場合ではなかったな」

「ユリウス…!」

「とーさま――」

 

 鼻白んだのはアルヴィンとユティ。

 ――彼らは前回の集まりの後、偶然ユリウスとも会ったと言っていた。そしてユリウスがクロノス共々次元の狭間に消えるのを目撃したとも。

 アルヴィンはともかく、あのユティが、ユリウスを父と位置付けた上で語る貌は、本当に酷い色だった。

 

「っ――兄さんを離せぇ!!」

 

 ルドガーは駆け出した。ジャンプし、双剣を揮ってクロノスを遠ざけた。クロノスの手がユリウスから離れる。

 何とかユリウスを掴むが、地面が迫って――

 

「『トランティポリ!』」

 

 ぶよん! 石畳ではなく独特のぶにぶに感がクッションとなって兄弟の着地を助けた。もちろん長い付き合いのルドガーはこの助けが誰によるものか知っている。

 

「……サンキュ、ティポ。エリーゼ」

 

 ルドガーはユリウスの腕を肩に回させ、ヌイグルミトランポリンから滑り下りた。

 

「兄さん! しっかりしろよ!」

「ナァ~!」

 

 メガネにヒビが入り、白い服のあちこちが裂け、赤黒いシミで固まっている。どんなにか痛めつけられたのか。

 ルドガーはこの時確かにクロノスに対して烈しい怒りを覚えた。

 

 ジュードがグローブを嵌めた両手を構え、ルドガーたちを庇う位置に出た。

 

「分史世界を増やしていたのは、あなたではなかったんですか!?」

「我は()()()()()()()()()()()()()()に骸殻を与えただけ。時歪の因子(タイムファクター)とは、奴らが我欲に溺れ、力を使い果たした成れの果てだ」

 

 

 ――――、なれの、はて?

 

 ルドガーはとっさに自分の胸を押さえた。

 

(俺、今日まで何回骸殻で戦った? 何回、分史世界に入った? いや、俺じゃなくて。兄さんは。何年もずっと骸殻で戦ってた兄さんの因子化はどこまで進んでる?)

 

 ふいに抱え起こしていたユリウスがルドガーの腕を掴んだ。

 

「逃げろ……ルドガー、勝ち目は……」

 

 半分朦朧としたユリウスがルドガーに言いかける。

 胸に刺さった。自分のほうがボロボロのくせに、この兄はいつもルドガーの身をこそ先に案じる。

 

「分史世界を贋物として消去してきた貴様が、真実を知らぬとは。一体、何を以て真贋を見定めてきたのだ?」

 

 偽物。真贋。その言葉を耳にした瞬間、ルドガーの中で煮えくり返っていた感情がぴたりと治まった。

 

 ――“私を殺せばいい”――

 ――“最初から正史に送り込むためだけに、『造った』の”――

 

 リフレインする。自分が偽者だと語った彼女たちが口にした、哀しい言葉の数々。

 

「……る…い…」

「それとも、そこな元マクスウェルを世界の崩壊から救い、分史世界への償いは帳消しになったとでも考えたか?」

「……るさい」

「分史の元マクスウェルも、もう一人の『鍵』の娘も、所詮は貴様らクルスニクの欲望が生んだ脆い逃げ水。ニセモノの紛い物というのに」

「うるさいッッ!!」

 

 喉を破かんばかりの怒号を上げた。これにはユリウスもエルも、仲間たちもルドガーを凝視した。

 

「――、何だと」

「うるさいって言ったんだよ! ミラもユティもニセモノなんかじゃない。分史世界だろうがニセモノだとは思わない。そこで生きて、幸せだった人も不幸だった人も俺は覚えてるし、写真にだって残ってる!」

 

 ミラは、「ミラ=マクスウェル」でなければならないか?

 ユティは、「ユースティア・レイシィ」でなければならないか?

 

(違う。ちがうちがうちがう! そうじゃない。ああじゃなきゃ存在しちゃいけないとか、こうじゃなきゃ生きてちゃいけないとか。俺はそんなふうに思いたくない。今まで分史世界を散々壊した俺に言えた義理じゃないけど、でも、これが俺の正直な気持ちなんだ)

 

「ユティ! 兄さんを!」

 

 応じてユティがこちらに駆けてきた。ユティはユリウスの腕を自身の肩に回させると、立ち上がってユリウスを連れて離れた。

 ――これで後顧の憂いなく戦える。

 

時歪の因子(タイムファクター)化したクルスニクが分史世界を生み出す仕組みを作ったのは、お前だろう、クロノス! 死者の魂を眠らせもせずただのモノにして、『壊さなきゃいけないもの』にしたお前が、真贋なんて語るな!」

 

 ルドガーは双剣を構えた。今まで経験したどの戦いよりも、腸が煮えくり返っていた。

 双剣とクロノスの両腕の刃が打ち合う。金属音が人のいない海停にこだました。

 

(イケる! このペースなら変身しなくても押せ)

 

「しぶといな、人間は」

 

 クロノスの背後に、1から12までの数字を刻んだビットが環状に現れた。

 今まで見たことがない攻撃。とっさにルドガーは大きくバックステップして仲間の輪まで戻った。

 

「全く醜悪極まる!」

 

 12個のビットが射出された。ただの飛び道具を、今日まで死線を潜り抜けてきた自分たちが躱せない道理はない。

 ルドガーはもちろん、ガイアスやミュゼ、ミラたちもそれぞれの得物でビットを弾いた。

 

「これは…! ダメよ、散らばって!」

 

 その中で一人、ミュゼがビットから何かを感じ取ってか、顔色を変えた。

 

 しかし遅かった。二度目のビット射出がエルとルルを狙ったこともあり、後衛メンバーは全員が彼女らのほうへ駆けつけてしまった。そして、弾ききれなかったビットがドーム状に展開し――

 

「結界術!?」

「厄介な技を使う――!」

 

 ミラが、ミュゼが、ガイアスが睨もうが、クロノスはどこ吹く風だ。これでこちら側の戦力はこの3人と自分のみ。

 

(充分過ぎる。さっき打ち合って分かった。俺もみんなも確実に成長してる。3人もいてくれれば、骸殻を使うまでもない!)

 

 たとえ勝っても自身が因子化しては意味がない。ルドガーはエルを連れて行くと約束したのだ。

 




(2013/10/9追記)
あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。今回の見所は何処ぞ」
あ「ルドガーが分史世界やそこの住人に対して一つの答えを示したこと。本来ならここはオリ主じゃなくてエルの名前が入るべきなんだろうけど、この時点で拙作ではエルが分史の人間だと誰も知らない(●●●●●●●●●●●●●●●●)のでああなりました」
る「そういえばヴィクトル分史をスルーしたのであったな」
あ「ぶっちゃけルドガーには兄弟関係のみで悩んでほしかったから、それ以外目が行かないようにするためにもヴィクトルさんスルーはどうしても必要な展開だったんだ。コレのテーマあくまで『兄弟』だから。分史ミラ生贄、エルが分史の娘と判明の(くだり)がないから我が家のルドガーはぶっちゃけ泥臭いっつーか、割と悲壮感控えめ。で、兄弟コンプレックスのみに集中できるし、ある種残酷なあれらの主張を叫べたわけだ」
る「『写真にだって残ってる』でさりげなくオリ主もフォローしておるの。物証があるかないかで『在ったか無いか』の議論も変わってくる。エクシリア世界でカメラが黒匣(ジン)かは置いて、しっかり存在証明があることを議場に上げるルドガーの着目力も描写できたではないか」
あ「このためのアルバム回。そして『写真』に拘ったオリ主の『そこに確かに在ったんだと残す』理念が報われた瞬間。どーよ結構頑張ったっしょ?」
る「調子づくでないわ」

(。・д・)_/◇☆(/*o*)/


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Mission10 ヘカトンベ(3)

 あなたは「わたしの」とーさまじゃない


「やああああああっ!!」

 

 一番にミラがクロノスに斬りつけた。

 

 クロノスは旋回するビットの一つを盾にして防いだ。それでもミラは剣圧を緩めない。鋭く速いだけだったミラの剣閃に、今は大きな重みがある。

 

「術を解きなさい、クロノス!」

「ふん。一度人に堕ちた身では、人として生きるので精一杯というわけか。分史世界の元マクスウェルよ」

「そうよ、悪い? 今の私は何の力もない人間。エルやルドガーとこの世界で生きてくって決めた、ただのミラよ!」

 

 鍔迫り合いが解け、ミラは後退した。交替でミュゼが前に出て、ウィッチクラフトをクロノスに向けて放つ。クロノスがピットを全て防御に回した。チャンスだ!

 

「ルドガー!」「ガイアス!」

 

 姉妹が作ってくれた隙を逃さない。ルドガーはガイアスと呼吸を合わせ、全身全霊の力を集めて斬りかかった。

 出し惜しみなし。序盤からフルスロットルだ。

 

 

「「閃剣斬雨・駕王閃裂交!!」」

 

 

 

 

 

 ――クロノスとルドガーらが埠頭で激戦をくり広げる頃。ユリウスはユティに連れ込まれた路地裏で手当てを受けていた。

 

「さっきからペトペト貼ってるそれは、君の分史世界の物か?」

「アタリ。医療ジンテクスの第一人者、Dr.マティスの改良版テープタイプ。貼ったら患部が15秒で消えるスグレモノ。小さな傷にしか効かないけど」

 

 説明を聞いてから、ユリウスはため息をつく。

 

(本当に別世界の住人なんだな。聞いた限りじゃディストピアみたいな世界観なのに。この子の親の『俺』は何を思ってこの子を産んだんだろう)

 

 全ての傷にテーピングを終えたところで、ユティがユリウスにエルボーを食らわせた。

 もとい、抱きついた。

 

「生きてる…生きてる、生きてる…」

 

 ユリウスからすれば脆きに過ぎる体は震えていた。押しつけられた肩に染みる熱い液体。

 あのユースティア・レイシィが、泣いている。

 

「……泣くな、って言っておいただろう」

「だっ、て」

 

 ユリウスは自分に縋ってしゃくり上げる娘を緩く抱き、髪を梳いた。

 

(俺のために泣く人間なんて、ルドガーだけだと思ってたのに。特にこの子は。死んでもルドガーを守れも同然なことを言ったから怒ってるかと思ったのに。命を左右する命令をされても父親への愛情は揺るがないのか。それどころか、厳密には父親本人じゃない俺を案じて泣くのか)

 

 ああ、それは確かに、この子の父親にとっては最強の兵器だ。

 そして、こんないたいけな少女をそう育て上げられた父親は、確かにユリウスでしかありえない。

 

(この子は確かに俺の娘なんだ)

 

「……ユースティア。父親の『言いつけ』は絶対か?」

「うん」

「じゃあ父親(おれ)が『もういい』と言ったら、君は戦いをやめてくれるか?」

 

 利用し、されるだけの他人だったのに、娘と知って、自分のために泣いた少女に、ユリウスはすっかり絆されていた。

 

 やがてユティは、無言で、ユリウスの胸板を押し返して立ち上がった。――それが拒絶のサイン。

 

「この後、エル姉はおじいちゃまに協力してカナンの地に先に行く。ルドガーはエル姉を助けざるをえない。今、二人の関係には不純物がない。好意、ただそれだけの強く絡み合った糸で結ばれてる」

「ユースティア……? お前、一体何を」

 

 ユティはするりとユリウスの胸ポケットから銀時計を抜き去った。

 彼女は夜光蝶の時計と合わせて、マリンブルーのスリークオーター骸殻に変身する。

 逆光が、彼女の表情を隠す。

 

 

「行く前に一つだけ、聞かせて。ユリウス・ウィル・クルスニク。弟のために自分を殺す覚悟はある?」




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。クロノス戦はほぼ原作通りと思うてよいのかえ?」
あ「よしb まあミラポジションがミラ様じゃなくてミラさんだけど。いいんだマイノリティで。ミラさんでも充分凛々しかろ?」
る「ここは何か? あえて正史ミラと同じ行動を取らせたのか?」
あ「取らせた。そのほうがミラさんもPTインしてる感出る気がして。ミュゼと息も合ってるし、このミラさん結構恵まれてるべ。でも続く台詞はちゃんと変えといたぞ。この時のミラさんは自分がマクスウェルだった頃のことを思い出してるというか、立ち返って戦ってるイメージなんだ。みんな分史ミラというと「ミラが人間だった場合」として見がちだと思うんだけど、思い出せ、ミラさんだって元マクスウェル。マクスウェルのじーさんに造られたオトリでも、彼女の使命感が本物だったのはX1で散々描写された。元々「ミラ」なんだから、違うとこよりも似てるとこを底流にしたかった」
る「いつになく真面目解説よの、(なれ)よ……真夜中のテンションか?」
あ「それもある。ここんとこ作者の寝不足っぷりパネェからヽ( ´O`)ゞファーァ…ぶっちゃけ今薬効いてないし」
る「さらっと恐ろしい爆弾を投下してゆくな」
あ「あ、それと前回言いそびれたけど、アルヴィンとオリ主がユリウスに反応したとこ。オリ主ちゃんはちゃんとルドガー君(ほごしゃ)ユリウスとの遭遇(いたずら)の自主申告をしてますよ。大人になったねオリ主(TmT)」
る「そしてついに来たぞ。X2のキャッチコピー「××のために世界を壊す覚悟はあるか?」 変則的な聞き方がユリウスの死亡フラグを著しく上げておった。これはノーマルかトゥルーEDに行く流れかのう」
あ「そこも含めて次回乞うご期待。上げていくぜー(≧▽≦)」


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Mission10 ヘカトンベ(4)

 もう二度と くり返すものか


 クロノスとの連戦により、ルドガーもガイアスたちも満身創痍だった。

 

(全力でやっても時間を巻き戻して全快とか、反則にも程があるだろ大精霊!)

 

 双剣の片方を杖代わりにルドガーは何とか立つ。気合で構えを取っているガイアスはともかく、マクスウェル姉妹など荒い息をしながら前屈みだ。

 

「念入りに命の時を停めるとしよう。クルスニクの『鍵』よ」

 

 悠然として、クロノスは片腕を上げる。

 終わる。こんな所で。こんな形で。

 悔しさに奥歯を強く噛んで瞼を瞑りかけた。

 

 

「――イイエ。停まるのはアナタの狂った時計」

 

 ズドン!!

 クロノスの胸から槍が生えた。ルドガーにはそう見えて、さらに上を見上げた。

 傷を押さえて黒い血を流すクロノス。その手傷を与えたのは何者か。

 

「ユ、ティ……」

 

 ストリボルグ号で初めて会った日と同じだ。どこからどう飛び降りたのか。上から骸殻をまとったユティがクロノスを強襲したのだ。

 

「な…ぜ、ただの骸殻の刃が…我を貫く…!?」

「アナタ何も見てなかったのね。人間ギライもここまで極めると清々しいわ」

 

 ユティはフリウリ・スピアから手を離し、空中で一回転してクロノスの正面に着地した。クロノスが背中からフリウリ・スピアを生やしたまま、苦痛と怒りをないまぜにユティを睨み据える。

 

「本物の『クルスニクの鍵』は、彼じゃない、ワタシ一人よ」

 

 

 

 

 

(あーあ。またルドガーの活躍のチャンス、奪っちゃった。『鍵』を武器に変えられるのも骸殻と一緒で事前に言ってなかったから、ルドガー、ショック……だったみたいね。やっぱり)

 

「別に驚くことでもないでしょう。アナタはワタシが『鍵』だと知っていたんだから。一世代に『鍵』は一人いるかいないか。しかも骸殻を同時に持つなんて、考えておかしいと思わなかった?」

 

 それでも口は言葉を吐き出す。そう在るようにユースティアは育てられた。目的のために邪魔な感情は排するように。

 かつて誇らしかったそれが、今は重い。

 重いと感じるように、ユティは変わった。変えられた。後ろにいるたくさんの人たちのせいで。

 

「その槍、アナタが後生大事に隠してきたオリジンの、無の力を武器化した『鍵の槍』。どう? 自分の体で味わってみた気分は。温存した分、出し惜しみなし。叩き込ませてもらった」

「…人間、っ風情がァ!!」

 

 ユティは一度変身を解き、また骸殻をまとった。フリウリ・スピアがクロノスの背から消え、彼女の手に戻った。

 フリウリ・スピアが結界に向けて投擲される。穂先が表面に当たるや、結界は弾けて消えた。

 

「ルドガー!!」

 

 真っ先にエルがルドガーを目指して駆けて来た。

 ジュードたちもぞろぞろ出てくる。回復担当のジュードとエリーゼはミラたちの手当てに回った。

 

「ルドガーとミラとミュゼと王様、レッドカードでチェンジ。傷は治癒術で治っても体力回復には効かないんだから。ココは――ワタシ、に、やらせて」

「けどそれじゃお前…! ユティだって兄さんと同じ…時歪の因子(タイムファクター)化してるはずだろ!?」

「ええ。でも命に係わるほどじゃない。ワタシだけがたった一人、クロノスに巻き戻しをさせずに戦える。ワタシの命、安くはないけど、アナタのためなら惜しくもない」

 

 ユティは普段通りにフリウリ・スピアを構える。クロノスもまた応えて灰黒色の立体術式陣を展開する。

 先に動いたのはユティだった。駆け出し、クロノスに槍を突き出そうとして、

 巨躯の赤い男に遮られた。

 

「安かろうが惜しくなかろうが命は一人一つきりだ。安易に捨てるな」

「ビズリー・カルシ・バクー……」

 立体陣が消えた。さすがのクロノスも正史世界の最強(ヴィクトル)が出ては様子見せざるをえないらしい。

 

「『カナンの地』に入る方法なら、私が知っている」

「「ええ!?」」

 

 ルドガーとミラの声が重なった。知っているのなら今までどうして教えてくれなかった、と全力で聞きたさそうな声。

 

(無理もない。この二人は特に関わりが深いはずなのに、クルスニク一族の事情に通じてないもの)

 

「エル」

「え? ――へ!?」

 

 ユティはエルの肩を抱いて前に引っ張り出し、ルドガーからより引き離した。

 

「強いクルスニクの者の魂、だろう?」

 

 ビズリーの暴露が、至近距離にいたエルとユティだけに届くように。

 

 エルは真っ青だ。利発なエルは気づいてしまった。幼いゆえに、小難しい理屈を弄さず、ただ結果がどうなるかを、ジュードたちより速く弾き出した。

 

 ――「橋」を架けるためにはクルスニク一族の死が必要。では「橋」を担うべく殺されるのは何者なりや?

 そう、ルドガーだ。エルにとってこの世界で生きる寄る辺である、ルドガー・ウィル・クルスニクなのだ。

 

 もちろん今この場にいないユリウスもリドウも、ビズリーの中では候補に入っていよう。だが、ここでエルに「ルドガーの代わりに死ぬ人間はちゃんといるから安心しろ」と言うわけにはいかない。利としても、情としても。

 

「貴様――」

「おっと。最後の『道標』、『最強の骸殻能力者』は分史世界で手に入れた。正史世界には、まだ残っているぞ。私と『クルスニクの鍵』、同時に相手をしてみるか?」

 

 ビズリーは、骸殻をまとったままのユティを指してきた。

 

「ビズリーさんも骸殻を…!?」

「――ならば」

 

 気づけばクロノスに懐に入られていた。空間転移。対処が間に合わず、腹を強かに蹴られて地面に転がった。

 

「は――うぇっ、ゲホッ、ゲホッ!」

 

 弾みで骸殻が解け、二つの懐中時計が手の届かない場所へ転がってしまった。

 クロノスがユティに向けて転移の術式を編み上げる。

 

「『クルスニクの鍵』だけでも!」

「させるか!!」

 

 

 ――この時、ユースティア・レイシィは人生16年で最大の驚きを知った。

 路地裏に置いて来たはずのユリウスが、横ざまにクロノスにタックルしたからだ。

 

 

「ユースティア! 時計を!」

 

 ユティは慌てて立って懐中時計まで走り、銀時計の一つを掬う勢いでユリウスへと放り投げた。

 

(って、何してるの、ワタシ。ユリウスととーさまは同じ人じゃないって、間違えるなって。でも、だって、とーさまの声で目で、そうしなさいって、言われた、らワタシ、わ、たし…)

 

 クロノスの転移術式に巻き込まれながらも、ユリウスは器用に銀時計をキャッチした。

 

 ――同じ過ちを犯したなら、結末もまた同じくなる。

 クロノスからユティを庇って(●●●●●●●)、彼は再びこの世界から消失した。




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ほぼ原作を書き写したような展開だが意味はあったのかえ?」
あ「あるに決まってんだろー( ゚Д゚)ゴルァ!! さくっとぶっちゃけすぎだー! 今回はついにオリ主が骸殻&鍵の全力モードで戦ったの。秘密秘密のオリ主がやっと!」
る「感慨深いのう。主は本当に隠したがりで手を焼いたものなり」
あ「展開自体は原作とほぼ変わりません。クロノス巻き戻し→ビズリー登場で牽制→ルドガーを庇ってユリウスが代わりに転移に巻き込まれる――変わらない、よね?|д´)チラッ」
る「変わらん変わらん。隠れるでないわ。何十回もC13をチェックして書いたであろ。原作ではルドガーを庇ってだったユリウスの行動が、拙作ではオリ主を庇っての行動になった箇所はあるが」
あ「兄さんもはや父性芽生えちゃってるよ。親心ログインしてるよ。『路地裏からよくここまで走って来れたな兄さん』? そのために前回、わざわざ治療シーンを入れたのさ(`ー´)ドヤッ! 因子化の痛みは……根性で振り切ったことにしてください<(_ _)>」
る「急に低姿勢!」
あ「相変わらずウソはつかないけど本当も言わないオリ主です。自分が鍵と明かしつつエルには一切触れない、ルドガーが鍵じゃないと思わせてクロノスの標的から外す等々」
る「そもルドガーはヴィクトル分史を経ておらぬゆえ自分がエルを介して契約していることにも、エルの因子化にも気づいておらぬ」
あ「あえてね。兄弟問題に終始させたかったから。でも知るべきを知ってないキャラって面白くね?」
る「しかし『橋』問題がエルのみに聴こえるよう抱き寄せたオリ主は目的のために手段を選ばん典型例よの」
あ「そこは許して! エルたんのみ聴こえる距離にするにはこうするしかなかったのよ!。゚(゚´Д`゚)゚。」


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Mission10 ヘカトンベ(5)

 もうすぐ もうすぐよ、とーさま


「あンのバカ…! また一人先走りやがってっ」

 

 アルヴィンが自分の掌にパンチをぶつけ、両拳を握りしめる。

 

「アルヴィン……」

「! …わり。本当に怒っていいのはおたくのほうだよな」

 

 ルドガーは首を横に振った。現実、アルヴィンの言う通り、怒りどころを失ったルドガーの困惑がユティにはありありと伝わったのだが。

 

(少なくともこれでクロノスがルドガーを『鍵』と勘違いして襲うケースは回避できる。エルが『鍵』だともバレにくくできた。問題はこれから。『鍵』が本当はもう一人いると知ったおじいちゃまがワタシも利用しようとするのを掻い潜らきゃいけない)

 

 後ろの離れた位置にいたジュードたちが集まってきた。

 

「ビズリー。『カナンの地』へ入る方法を知っていると言ったな?」

 

 ガイアスが皆を代表して問う。びくん、と傍らのエルが震え上がった。翠の瞳孔が限界まで見開かれていく。この調子なら大丈夫だ(●●●●●●●●●●)

 

「――ああ」

 

 ゆえにユティは黙して待つ。エルがトリガーを引くのを。後戻りの利かない展開のスタートを告げるのを。

 

 

「行かなくていい」

 

 

 幼く、されど凛とした宣言が、埠頭に響き渡った。

 

(状況――成功)

 

 

 

 

 

 

「カナンの地なんて、行かなくていいよ!」

 

 エルの急な変心は、ルドガーはもちろん、あのビズリーでさえも軽く瞠目させた。

 

「いきなりどうしたの、エル」

「分かってるでしょう。全ての分史世界を消すには、カナンの地でオリジンに願うしか――」

「そんなの! みんなで何とかしてよ!」

 

 エルがルドガーの手を掴み力任せに引っ張る。幼女の腕力とはいえ、予告なく引っ張られたルドガーは堪ったものではない。つい前のめりになる。

 

「エルもルドガーも関係ない!」

「ちょ、ちょっと、エルっ。どうしたのよ。落ち着いて、分かるように話して?」

 

 ミラが輪を抜けてそばに来た。しかし、何とエルは、ルドガーを引っ張ってミラの手を逃れた。

 ショックを受けるミラへ手を伸ばしたくとも、ルドガーはエルに捕まっていてミラに届かない。

 

 ルドガーはしゃがんでエルと目線の高さを合わせて。

 

「みんなの言う通りだ。どうして急にそんなこと言い出すんだ。――約束しただろ。一緒にカナンの地へ行くって」

 

 エルの細い両肩に手を伸ばした。

 エルは、――ルドガーの手を叩き返した。

 

「約束なんて……どうでもいい!」

「……どうでもいい?」

「約束より……っ大事なことがあるんだよ!」

 

 エルは彼女にとって命の次に大切であるはずの真鍮時計を外し、ルドガーに投げつけると、そのまま港から走り去った。

 

(エル、泣いてた…何で? せっかく念願の『カナンの地』へ行けそうなのに)

 

 落ちた真鍮の懐中時計を拾う。彼女の掌には大きく、しかし彼の手には小さな時計。

 

「あの娘の言う通りだ。お前はもう骸殻を使う必要はない」

「用済みってわけ?」

「いや。ルドガーは成すべき仕事を成したというだけさ。我が一族――ひいては人類の悲願、カナンの地を出現させたのだから」

 

 ビズリーは大きな掌をルドガーへ差し出した。

 

「これで精霊どもの思惑を打ち破れる。ルドガー。私はお前を誇りに思う」

 

 目を瞠った。天下のクランスピア社のトップから、これほど大きな賞賛を貰うことになるとは。数か月前のルドガーでは想像もしえなかった。

 

(正直、あんなグロイもん出現させてどんな叱責があるかと思ってたのに)

 

 自分はビズリーにそう言わせるほどの高みに来たのだ。

 ルドガーは応えてビズリーと握手を交わした。

 

 「カナンの地」への行き方は本社で説明するとビズリーは言い残し、先にクランスピア社へと帰って行った。

 

 

 

 

 ユリウスもエルも心配だが、ユリウスを追って空間を超える力は自分にはないし、ビズリーがエルを保護させると言った。ルドガーにしてやれることは一つもない。

 そう結論付けて自身も本社へ歩き出そうとした時――

 

「待って」

 

 いつもより大きめなユティの声が、ルドガーたちを引き留めた。

 

「行かなくていいよ。カナンの地の入り方、ワタシ、知ってる」

「はぁ!?」

 

 特秘事項のように扱われていた情報を、何故ユティが。そんな視線がユティに集中する。

 

「忘れた? ワタシは未来の人間。どうすればいいかは周りの大人が、教えてくれた」

「どんな方法だっ?」

 

 ユティに詰め寄った。どんな方法かを知って先にカナンの地への「道」を拓けば、エルも考えを改め、ルドガーの下へ戻ってくるかもしれない。

 

「目安としてハーフ以上の骸殻を持ったクルスニクの者。その者の魂を循環システムに潜り込ませて、内側から『橋』の術式を開錠させる。これが『魂の橋』システム。最後の最後に、費やした時間も労苦もなげうって、無私の献身をもって他者に後を託して死ねるかを見定める。『オリジンの審判』の中で最もえげつない試練」

「――――え?」

 

 困惑の声を上げたのは自分か、はたまた仲間か。

 

「分かりにくかった? もう一回言い直す?」

 

 しかしユティは妙な勘違いで首を傾げ、より生々しい形で告げる。

 

 

「殺すの。ルドガーとか、ユリウスとか、強い骸殻能力者を」

 

 

 場の全員にそれぞれの形で衝撃が広がった。

 

「エルはルドガーが殺されると思ったんでしょうね。でも彼女はまだ幼い。彼女に思いついたのは、カナンの地に行かないって言って、問題を根元から断ち切ることだけだった。行かないなら、行き方でうだうだ悩む必要はない。そうすればルドガーは死なずにすむと考えたんじゃないかしら」

「ないかしら、って……他人事みたいに言うなよ! ――くそっ」

 

 ルドガーは二度踵を返した。今度こそエルを探しに行くために。だがそれを、ユティが前に立ち塞がって止めた。

 

「どけ!」

「心配すべき相手が違う」

「ユティっ!」

「一番に身を案じるべきは、ルドガー、アナタ」

 

 予想外の指名。ルドガーは勢いを削がれた。

 かぶせるタイミングで問いを発したのは、ジュードだった。

 

「まさかユティ、ルドガーが『橋』にされると思ってるの?」

「俺…?」

 

 仲間たちの反応は疑問と納得に割れた。

 

「なるほど、そういうことか」

「え、アルヴィン、今ので分かったんですか?」

「ビズリーがさっき言ったろ。ルドガーは成すべきことを成した、って。『道標』は全て集まった。分史世界はこれからオリジンに願って消す。もう分史破壊はしなくていい。つまりルドガーが働く場がない」

「ルドガーはクランスピアにとって抹殺するのに不都合のない存在となったということだ」

「! ちょっと、ガイアス!」

 

 咎めるレイアの声が霞んで聞こえる。レイアだけではない、みんなの声が聴こえない。音が耳に入ってこない。脳が現実の受け入れを拒否している。

 

(俺を、殺す? 俺をエージェントにしたのは、いずれ殺すつもりだったから?)

 

 戦っていれば死とは隣り合わせの背中合わせ。分かっていたのに麻痺していて、今、突きつけられたそれに対し、ルドガーの処理は追いつかない。

 

(死…死ぬ…俺が、死ぬ…)

 

 急な吐き気にルドガーは外聞もなく口を押さえて体をくの字に折った。近くにいたアルヴィンとジュードがルドガーを慌てたように支えるが、やはり彼らの声は遠く聞き取りづらい。

 

 だからルドガーは、支えてくれる二人に対しても、「大丈夫だから」と言い張って離れてもらった。

 どうしてか、どうしても、他者の感触に我慢がならなかった。

 

 

「探しましょう。ルドガーや、他のクルスニクを『橋』にしなくてもいい方法」

 

 口火を切ったのはミラだった。

 

断界殻(シェル)を開いたジュードと、クルスニクのルドガーが出会った。これはきっと必然。だったら今までの歴史でなかったことが起きたって不思議じゃない」

 

 ミュゼも笑ってミラの言葉を接いだ。

 

「……さがして、くれるのか? 『魂の橋』以外のやり方」

 

 ようやくルドガーの聴覚も再稼働を始めた。

 

「当たり前です!」『友達だものー』

「誰か一人を犠牲にしての勝利ほど、後味の悪いものはありませんからね」

「……ありがとな。みんな」

 

 仲間たちはみんな笑った。ルドガーは心から安堵した。




【しばらくお待ちください<(_ _)>】


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Mission10 ヘカトンベ(6)

 さあ、羽ばたこう 一緒に――真昼の蝶


 時同じくして。エル・メル・マータはクランスピア社の巨大な本社ビルの前に着いた。

 

 前にも何度か来たが、それはルドガーらオトナと一緒だったから平気だった。会社という、コドモには一種不可侵領域である場所を前に、エルは入ることを躊躇っていた。

 

「見つけた」

「ひにゃあ!?」

 

 肩を後ろからぽんと叩かれた。

 エルはバッと飛びのいてふり返る。肩を叩いた相手はユティだった。

 

「イタズラ大成功。ぶい」

「ダイセーコーじゃないよ! 本当にびっくりしたんだからぁ!」

「ゴメン。――ここに用事?」

 

 肯く。正確にはここの社長、ビズリー・カルシ・バクーに用がある。誰にも言えない「お願い」。だからエルは、不安を我慢して一人列車に乗って先にトリグラフに帰って来たのだ。

 

「じゃ、行こっか」

「うん……って何でユティついて来るの!?」

「いたら、ジャマ?」

「…じゃ、ジャマとかじゃなくて…そのぉ…」

 

 するとユティはふっと笑んでしゃがみ込み、エルの耳元にある言葉を囁いた。

 

「! なんで……」

「ワタシも同じことを社長さんにオネガイに来たから、だよ。さあ、行こう。二人一緒なら怖くない、でしょ?」

 

 ユティが差し出す掌に、エルはおっかなびっくり自分の手を置いた。ルドガーと同じくらい硬い、けれどルドガーよりずっと小さな掌は、エルの手をきゅっと包み込んだ。

 

 

 

 

「アポイントはなかったはずだが?」

 

 社長室に通されるなり、ビズリーはどこまで本気か分からない調子で告げた。

 

 エルがユティの後ろに僅か身を隠した。ユティにも気持ちは分かる。何度会ってもこの偉丈夫には慣れない。

 

(よく見ればちゃんと、とーさまと似てる。けど、オーラが半端じゃない。怖じるな、ワタシ。とーさまのお父さんで、ワタシのおじいちゃまなんだから。ワタシにも同じ血が流れてるんだから。ビクつく道理なんて、ない)

 

「ワタシたち、社長さんにどうしてもオネガイしたいことがあって、来た」

「『カナンの地』への入り方の件かね」

 

 入り方、と聞いてようやくエルも、おずおずながら前に出た。ルドガーの安否と目の前の恐怖では、ルドガーが圧倒的優位なのだろう。

 

「君の報告は届いている。ユースティア・レイシィ。いや、ユースティア・ジュノー・クルスニクと呼ぶべきか。――分史世界とは摩訶不思議なものだ。あのユリウスが子を授かるとは」

「授かってない。とーさまはワタシを『造った』の」

「――ユリウスの娘なら私とも家族のようなものだな。先に君たちの要求を聞こう」

 

 ユティはエルと見交わす。肯き合う。

 

「「ルドガーが消えないようにして」」

 

 エルだけは控えめに「……してください」と付け加えた。小さな従姉の可愛らしさに、ユティは密かに笑んだ。

 

「そのためにはお前たち二人のどちらか、あるいは両方の協力が必要だ。私の命令に従ってもらわねばならないが、できるか?」

「……ワタシには『橋』を架ける場面でやらなきゃいけないことがある。地上に残らなくちゃいけない。だから、エルだけならあげてもいい。条件付きになるけど」

「聞こう」

「一つ。『カナンの地』関係の騒動が終わっても、ルドガーをクランスピア社で継続雇用する。二つ。『カナンの地』に向かうまでの期間はエル・メル・マータの衣食住の一切を保障し、精神を脅かす待遇をしない。これらを約束してくれるなら、『鍵』としてのエルは社長さんの好きにしていい」

 

 ビズリーは考え込むようにあごひげを撫でる。

 

「ユリウスの名が条件にないようだがいいのかね。父親だろう」

「いい」

 

 即答した。一瞬で胸に渦巻いたあらゆるものを圧殺して。

 

「ルドガーを生かすのが、とーさまがワタシをココに送り込んだ最大の動機だから。その中にエルは含まれるけど、とーさま自身は含まれていない。ワタシはとーさまの言いつけ通りに行動する」

「20年近く経ってもあれは『優しい兄さん』を続けていたわけか。――いいだろう。取引成立だ」

「ありがとう、ございます」

 

 ユティはビズリーに深々と頭を下げた。

 

 繋いだ手の先、エルを見下ろす。

 不安と怯えでいっぱいで、でもやめるとは決して言わない年下の従姉。

 

 しゃがみ込み、エルを見上げる。翠の瞳がユティを映し、戸惑いに染まる。

 

「ワタシね、ちっちゃい頃、エル姉(●●●)に憧れてた」

「エルに?」

「ん。外見(ふく)だって中身(せいかく)だって、アナタみたいになりたくてこうしたんだよ。その憧れごと、ワタシは壊してしまったけど」

「……でも、ユティの『エル』はエルじゃないでしょ」

「うん。ワタシの世界の『エル』。この世界のエルとは違う人。でもね」

 

 ビズリーには聴こえないよう小声で、エルの耳元で囁く。

 

「いつだってエルは強くて凛々しかった。ルドガーが迎えに行くまでの間、エルならダイジョウブって信じちゃうくらい、アナタはすごかったんだよ」

「!!」

 

 エルがユティの首っ玉に飛びついた。ユティはエルを受け止めてぎゅーっとハグした。

 

「独りぼっち、コワイと思う。サビシイと思う。でもエルはガマンできる。だからルドガーもちゃんと迎えに行かせる。エルとルドガーの『約束』、どうでもいいなんて、絶対ないんだから」

「うん…!」

 

 エルが何度も大きく肯いた感触が、腕の中に伝わった。

 




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。R4でルドガーがエルにきちんとした切符の買い方・電車の乗り方を教えて進ぜたのがこんな形で裏目に出たぞえ」
あ「にひひ。こういう地味な伏線が好きだったりします^m^」
る「書いてるのは自分のクセに何を言う」
あ「アポイントも何も、「本社で説明する」ってゆーたのあーたでしょーがビズリーさん(^_^;)」
る「プレイ中に思ったものよの。このまま本社に向かわずキャラEPをこなして社長を延々待たせるのはストーリー上仕方ないとはいえ会社員としていかがなものか、と」
あ「そーそー。だから我が家では『魂の橋』問題に着手することで会社に行かなくていい理由づけとしました」
る「ところで(なれ)よ。さくっとエルを引き渡すという外道に出たオリ主はいかがなものか」
あ「エルが「鍵」であることをひた隠してきたのはこういう意図だったりしました。自分の代わりというか、土壇場でビズリーに邪魔されないために従姉を売る(←! ここちゃんと従『姉』にしたんだぜ?)。ある意味さすがユリウスの娘でビズリーの孫娘ではないでしょうか? 最近はルドガーたちにほだされ気味だったオリ主、再び覚悟完了で外道?モードです。それでもどこか冷徹になりきれないのは時間経過が大きいですね」
る「アルバム回同様、自分が変化してしまったと気づくとこのオリ主は全力で空回るからの。先が不安ぞ(ーー゛)」
あ「ちなみにどちらがビズリーに付いてどちらがルドガーの見張り兼護衛をするのか、鍵っこ二人はエレベーターの中で決めたってことで一つ(^_^;)」


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Mission10 ヘカトンベ(7)

 無理よ  この世には壊せないものがある


「ただいま」

 

 ルドガーは読んでいた本から顔を上げた。悄然と部屋に入ってきたのはユティだった。

 

「遅い。もうとっくに外暗くなってんぞ」

「ごめんなさい」

「……あったかいもんでも飲むか?」

「はちみつミルク」

「了解」

 

 ルドガーはソファーを立ち、キッチンに向かった。冷蔵庫を開けて蜂蜜と牛乳を探し出し、鍋に牛乳を注いでコンロにかけた。

 

 準備の間にユティはソファーに落ち着いて、ぼんやりと下方に視線を泳がせていた。

 

「できたぞ」

「アリガトウ。いただきます」

 

 ユティはカーディガンで両手を覆い、マグカップをその両手で持って飲み始めた。

 

「あの後、どうしてた?」

「ヘリオボーグとラフォートの研究所に別れて向かった。骸殻の力の元はクロノスだから、精霊研究の中にヒントがあるんじゃないかってジュードが言ってな。俺もヘリオボーグで文献やら過去のデータとにらめっこだ」

「収穫は?」

「ゼロ。初日はこんなもんだろ。エルにはアルヴィンが、シルフモドキ? だっけ。伝書鳩みたいなの飛ばして手紙送って現状報告するって。エルはGHS持ってないから」

「そう」

「アーストとローエンは一時帰国して、国の書庫に手がかりがないか探すって言ってくれた。賢者クルスニクの弟子だか子孫だかが六家とかいう貴族らしくて、そこから遡れないかやってみるって。王様と宰相ならどこの文書もフリーパスだからさ」

「へえ」

「エリーゼが世話んなってるシャール家ってのがその六家の一つらしくてさ。エリーゼ、ドロッセルに古い歴史書とか見せてもらえないか頼んでみるって言ってくれたよ。やっぱしっかりしてるよな」

「そうね」

「……何だよ、ノリ悪いな。いつもならもっとネタ振ってくるくせに」

「気が滅入ることがあっただけ」

「確かに今日は一日ハードだったもんな……」

 

 ユティはマグカップをテーブルに置いた。

 

「誰も殺さずに『カナンの地』に行く方法、探しても見つからなかったら、どうする?」

 

 あれやこれやと考えていた段取りが爆破された気がした。

 

 ルドガーはソファーの上で三角座りをして俯いたユティをまじまじと見返す。確かに彼女はシビアだったが、彼女自身がそれを弱音の形で吐き出したことはなかった。

 

「――見つかるまで探すさ。社長も言ったろ。『カナンの地』は逃げないって。だからお前がそんな顔するなよ。ティポとかローエンとかとは違った意味でムードメーカーなんだからさ。お前が沈んでると俺もミラも気になってしょうがない」

 

 ルドガーはユティの横に腰かけ、ユティの髪をぐちゃぐちゃに掻き回した。

 ユティはちらりと客間を見やる。

 

「ミラとは上手くいったみたいね」

「ま、一応な。恋愛どうこうじゃなく、ミラが正史世界で生きてく上で俺はどうするかって話になったけど。おかげで俺たちがどういう付き合いをしてけばいいか分かった気がする」

「ミラのためにも、簡単にくたばらないでね」

「分かってる。あんな悪趣味な試練とやらで、くたばってたまるかってんだ」

 

 ことさら飾り立てた意思表明になってしまったが、障害は果てなく大きいから、これくらいの大言壮語がちょうどいいかもしれない。

 

 この時のルドガーは、不安を抱えつつも、まだそう考えられるだけの余裕があった。

 

 

 

 

 

 

 2日、3日、4日と調べても、「魂の橋」に代わる案も、代案の糸口さえ出て来なかった。日が経つにつれ、仲間たちの口数は減り、表情に焦りが見え始めた。

 どうにか方法を見つけなければ仲間を殺さなければならない、というプレッシャーも彼らを追いつめた。エルのように、「カナンの地」に行かない、という選択肢は彼らにはなかった。

 

 

 

 

 5日、6日、7日と調べる頃には、作業はもはや惰性だった。他に手段などないのだと思い知らされるための時間と言ってよかった。

 エリーゼやミラといった感情的になりやすい者は、泣いたり怒鳴ったりもした。誰も彼女らを咎めなかった。すでに皆が、進展ゼロ、収穫ゼロの日々に憔悴しきっていた。

 

 

 じわじわと、彼らの心を、諦めという毒が冒していく。

 

 

 “こうしている間にも、世界がいつ破綻するかも分からないのに”

 “××××を殺せば、今すぐにでも「カナンの地」に行けるのに”

 

 

 仲間のそんな悪意のない殺意を、ルドガー自身もまたうっすらと感じ取っていた。

 

 

 ――彼らの破綻は、もはや目の前だった。




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ついに本作のキモ中のキモ、『橋』問題にルドガーたちがぶち当たったぞ」
あ「苦節Xヶ月……ブクマ件数は100を越え、ptも上がりに上がり……ここまで来たか(TmT)」
る「(なれ)よ。感慨深いのは分かるが太平洋に沈む夕日を眺めておらんと解説せよ。ここの所サボリ過ぎぞ」
あ「見逃せ。リアルが忙しかったんだ。――えー。我が家のルドガーたちは誰も犠牲にならない方法を探し出そうと動き始めました。それが行き着く先はどこなのか……読者の皆様はもうお分かりですよね?( ̄▽ ̄)ニヤリ」
る「ヒントは前書きぞ。皮肉にもクロノスがよく似たことを言っておった」
あ「公式によると『最も人間らしいクロノスとマクスウェルが人間と敵対してしまった』のが『エクシリア最大の皮肉』らしいからな~」
る「確かに皮肉よの。最もクロノスに抗いたい者が『壊せない』事実を先に知ってしまっておるなど」
あ「みんなでやれば何とかなる、が通用するのは高校時代まで。大人は一人だろうがみんなだろうが大抵のことはどうにもならないっす。何が言いたいかと言うと、原作でさえ兄さん殺したのに二次創作で都合のいい方法が書けるわけねえだろってことです<(_ _)>」
る「……今貴様は全ての二次創作家を敵に回したぞえ」
あ「だからこうして土下座で語ってるんだよ<(_ _)> 我が家のメインテーマはこれで作者が出した答えの一つがこれなんだから土下座しながらでもうpるしかねえだろがよ」
る「覚悟できておるならば理性(われ)は何も言えぬのう」
あ「今回の見所はオリ主の萌え袖+マグカップふうふうコンボだぜ!ヽ(´▽`)/」
る「いきなり血迷いおった!」


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Mission10 ヘカトンベ(8)

 あなただけは死なせない


「……ただいま」

「あ、ルドガーだ。お帰りなさい。ミラは?」

「ニ・アケリア。村創建時の記録漁るそうだから今夜は帰らないとさ」

 

 ニ・アケリアはエレンピオスから渡り来たクルスニク直系の子孫が興した村だという。始祖クルスニクの記録に審判、ひいては「魂の橋」の情報がないか調べるつもりだとミラは言った。

 

「今日はヘリオボーグだったんでしょう。収穫はなかったの」

「別に。バランが去年まで立ち入り禁止区域だったエリア見せてくれたけど、ただの枯れた温室だった。『純血エレンピオス人なのに霊力野(ゲート)がある人間を監禁して実験してる』って都市伝説が眉唾だって証明されただけ」

「ごはん……」

「いい。今日はこのまま寝る」

「胃が空っぽのまま寝ても疲れるだけで回復しない」

「要らない」

「食べて」

「要らないって言ってんだろ!!」

 

 伸べられた手を、気づけばルドガーは手加減なく叩き返していた。

 

「あ……」

 

 ユティは軽く目を瞠り、叩かれた手を見下ろした。

 ちがう、そんなつもりじゃ――言い訳が出かかって、されど口にするのはプライドが許さなかった。

 

「お前が最初に言い出したんだろ。『橋』にされる危険が一番大きいのは俺だって。なのに何平然としてんだよ。ユティは俺が」

 

 死んでもいいのか。喉元まで出て、自分が言うのが恐ろしくなったルドガーは、口を噤んだ。

 

「エージェントは30人近くいる。社長さんが誰を使うかなんて分からない」

「っ分史対策室のエージェントは全員がクオーター止まり! 今捕まる『橋』候補は俺しかいないんだぞ!? 『鍵』じゃないって分かって! ユリウスはずっと行方知れず! ほとんど俺に決まってるも同然じゃないか!」

 

 ルドガーがありったけの激情を吐露しても、ユティは小さく目を瞠るだけ。

 ちっとも伝わらない。意志疎通の齟齬に憎しみさえ込み上げてくる。

 

 荒い息が治まってきた頃合いになって、ようやくユティは口を開いた。いつもの能面で、無機質な声で。

 

「死ぬの、こわい?」

 

 

 ――真っ白に、なった。

 

 絡んで縺れた感情を、ユティはたった一つの問いかけでざっくりと明らかにしたのだ。

 ジュードたちの誰も気づかなかった心を、彼女だけが掘り当てたのだ。

 

 ふらりと体が傾く。支えようと両手を伸べたユティに縋り、ルドガーはずるずると座り込んだ。

 

「死にたく、ない……死にたくない、イヤだ、死ぬなんてイヤだ…っ!」

 

 こんな末路のために必死に走ってきたわけではない。エルとの約束のために。大切な人たちが健やかに生きられる世界のために。精霊に人間の未来を約束させるために。ルドガーは戦い続けたのに。

 

 ルドガー・ウィル・クルスニクは生贄に捧げられるために生かされてきたのか?

 20年の人生に起きた喜びも悲しみも全てが踏みにじられるためにあったのか?

 

 もしそうであったなら、ルドガーは耐えられない。

 

(だって、あんまりだ。俺、こんなことのために今日まで生きてたわけじゃない)

 

 ふわ。柔らかいものがルドガーの後頭部に回った。次いでルドガーの視界は枯葉色のワイシャツでいっぱいになった。

 

「ダイジョウブ。アナタは死なない」

 

 ユティの両手がルドガーの頭を包み、彼女の胸に抱き込んでいた。服越しにじわじわと他人の体温が染みてくる。

 じゃれ合い以外でユティに直接触ったのは初めてだった。こんなに、なよやかだったのか。

 

「ユースティアはユリウス・ウィル・クルスニクの娘。誰が敵でも、ユリウスがしてきたように、今度はワタシがルドガーを守るよ」

 

 顔を上げる。目の前には、慈愛深い微笑み。

 

「……信じて、いいのか?」

「いいの、信じて。約束する。安心して。ワタシはエルみたいに約束を破らない」

 

 エルの叫びが蘇り、胸を苛む。

 今日まで身を削って「カナンの地」へ行くためだけに戦ってきたのに。

 確かに「魂の橋」システムは恐ろしいが、なら他の方法を探そう、と言ってほしかった。あんなに簡単に「約束」を捨てないでほしかった。ルドガーにとって、エルとのあの約束はたったひとつきりの絆だったのに。

 

 でも、今ならエルが正しかったと分かる。他の方法などない。エルの言った通り、「カナンの地」に行くのをやめない限りルドガーは助からない。

 あの時、エル・メル・マータはまぎれもなくルドガーの命を救ったのだ。

 

「ルドガーは死なない」

 

 武器を持つ者らしい硬い手の平が、あやすようにルドガーの頭を撫でる。

 

「ルドガーも、エルも、一人も欠けずに。ユティがカナンの地に行かせてあげる」

 

 ルドガーはただ手の届く場所にある言葉と体温に、縋った。




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「…………」
あ「…………」
る「(なれ)よ」
あ「これもまたルドガーの一つの選択(完)」
る「(完)(かっこおわ)るな。終章を前に我らにボケる猶予はない」
あ「おう。ここが最後のボケ所だったもんでつい。――言ったように次が終章、ラストミッション始動だぜ。もはや先が空であれ海であれ突き進むしかないとこに来た。なのでここでちょいと我が家仕様のキャラのおさらいをしようか」
る「うむ」
あ「まずはルドガー。数ヶ月前やっと社会に出たばかりの新社会人1年生で、初めての仕事で、生死を懸けた世界は初めて。ぶっちゃけそんなヒヨッコがマジで頑張ったよ(TmT) 我が家のルドガーはとにかく「庶民・一般人」であるよう心掛けてきた分、怖かったり虚勢張ったり、気持ちがあっちこっちへ行ったり来たりで読んでる皆さんを混乱させたでしょう。でもそういう移ろいが人の心ではなかろうか」
る「然り。だがそれでこそ、原作のエルEDに辿り着けたのだろう」
あ「オリ主のほうはクール、ダウナー、カメラ好きを経て、最後に最初の彼女に戻った。変わりかけたオリ主も、変わったからこそかつての冷たい己に帰った。これぞX2名物フェイト・リピート」
る「カナンの地突入を前に彼女の最後の暗躍が始まる。といった感じの〆であった」
あ「オリ主の望んだ日、そしてクルスニク兄弟が望まなかった日がついにやって来ました。ルドガーとオリ主と他にも大勢、積み上げてきた日々はどこへ決着するか? 見守ってください」

<(_ _)><(_ _)>

【ヘカトンベ】
 古代ギリシャの伝承における、神々に捧げられる特に規模の大きい生贄。元の意味は「百人(頭)殺すこと」


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Last Mission アルケスティス(1)

 これはシアワセだけを編み上げたモノだから


 懐かしい夢を見ている。

 

 ――“今日から俺が、君の家族だ”――

 

 ユリウスに引き取られて2年ほど経った頃だった。幼いルドガーは雷が苦手で、いつもユリウスに飛びついて震えていた。

 ユリウスは13歳でルドガーは5歳。今から思い返せばさぞ迷惑だっただろうに。ユリウスは決してルドガーを突き放さず、雷が去るまで膝に抱いてくれていた。

 

 ――“こうすれば怖くないだろ?”――

 

 大きく硬い掌がルドガーの両耳を塞いだ。雷鳴は完全には消えなかったが、耳を覆う兄の手から兄の心音が聴こえて、とても安心した。

 

 寝る時間になっても天気が崩れたままだと、言い出せないルドガーの様子を察して、いつもユリウスのほうから提案してくれた。

 

 ――“今日は一緒に寝るか”――

 

 この歳になって考えると、自分は本当にユリウスに甘えっぱなしだったのだと気づかされる。

 

 いつから自分は兄の愛情を疎ましく感じていたのだろう。自尊心の芽生え、思春期、理由はきっとどれもありふれたもの。それくらい自分でできる、と言っても聞く耳持たないユリウスが――本気で大嫌いで、本気で大好きだった。

 

 もう戻れない。ルドガー本人が突き放してしまった。押し込めた情念を身勝手にユリウスにぶつけて、ユリウスがルドガーに費やしてくれた歳月を否定してしまった。

 

 もう、戻ることなど、できないのだ。

 

 

 

 

 朝もや消えやらぬ早朝。アルヴィンのアパートにユティが訪ねてきた。

 

「どした、ユティ。朝っぱらから」

 

 アルヴィンは覚めたばかりの目を幾度もこすり、何とか対応する。

 

「渡す物があって来た」

 

 ユティは紙袋から、洒落た包装紙とリボンで飾られた平べったい品を出し、アルヴィンに突き出した。

 

「アルフレドにプレゼント」

「お、嬉しいね。けど急にどうしたよ」

「今あげるのが一番いい気がした」

 

 アルヴィンは訝しみながらも封を開けようとする。するとユティがそれを両手で止めた。

 

「――連絡、入ったよ。今日、ビズリー社長、『カナンの地』へ向かうって」

 

 寝起きの気怠さが吹き飛んだ。

 

「どうするんだ」

「もちろんルドガーに付いてく。それがとーさまの言いつけだもの」

「当のルドガーはどうするって言ったんだ?」

「――死にたくない、って」

「そうか……」

 

 ルドガーが死を拒む。それは「魂の橋」を拒むことを意味する。安心し、同時に落胆もした。そして何より、中途半端な自身が情けなかった。

 

 自省していると、ふいにユティがGHSを取り出して何やら操作した。直後、アルヴィンのGHSのバイブが振動した。

 

「ユリウスの番号とアドレス、送っといた。――必要、でしょ?」

「……そうだな」

 

 ルドガーを「橋」にしないなら、残る候補は一人だけ。そしてこちらには情状酌量はできない。

 分かっていた。それでも幼い日を思い出し、アルヴィンの胸の決意は鈍った。

 

「ココから先は修羅の道」

 

 静かに、持ちっ放しだった「プレゼント」に手を置くユティ。

 

「だからコレはまだ開けないで」

 

 じっ、とアルヴィンを見上げる蒼眸。アルヴィンはそのまなざしの強さに気圧された。

 

「全部終わってから、見て」




【今回から後書きを省略させていただきたく存じます。あしからずご承知ください<(_ _)>】


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Last Mission アルケスティス(2)

 だけど、だけどだけどだけど―――― わ た し は


 マンションフレールのエントランスに帰り着いた時、GHSの着信音が鳴った。ユティは電話に出つつ、エントランスのソファーに乱暴に腰を下ろした。

 

「ちょうどよかった。ユリウス。今こっちから連絡しようと思ってたところ」

『ルドガーは?』

「眠ってる。今までのストレスがピークに来たのね。ルドガー、ずっと『橋』にされるのは自分だと思ってたから」

 

 スピーカーの向こうから相手のGHSの筐体が軋む音がした。琴線に触れたらしい。

 

「シルフモドキでエルから手紙が来た。ルドガーへの謝罪状。自分がビズリーに協力して『カナンの地』に行くからルドガーは待っててくれって内容」

 

 朝早くにアルヴィンの家へ行ったのは何もアレを渡すためだけではない。エルとの唯一の連絡手段であるシルフモドキを先んじて受け取り、エルからの手紙を密かに握り潰すためだった。

 

『それをのうのうと見過ごすような面子じゃあるまい。今ルドガーの周りにいるのは、断界殻(シェル)を開いてリーゼ・マクシアとエレンピオスを統一したヒーロー連中だぞ。世界の瘴気汚染なんて許すと思うか』

「思わない。そして彼らは『魂の橋』以外の方法を見つけられなかった。ビズリーは今日、動く。ジュードたちにとって手近な『橋』候補は、ルドガーだけ。ユリウス・ウィル・クルスニク。この意味が分かるかしら」

『分かるさ。分かりすぎるくらいにな。――この電話が終わったら、アルフレドのアドレスをくれ』

「了解。じゃあ今日一日、待ちましょう。ビズリーが『魂の橋』を架けたのを察知次第、マクスバードのリーゼ海停に集合。いい?」

『ああ。それで構わない』

「じゃあ、さよなら。今日会えないことを願って」

 

 ユティは通話を切り、硬いソファーに頭を預けて瞑目した。

 ついにここまで漕ぎつけた。あと一押しで父の、そして愛する男たちの悲願が叶う。

 

(もう少しだよ。とーさま。もう少し……だけど。ユティは、)

 

 ユティはGHSを胸に押しつけ、閉じた瞼に隙間からの朝日を受けていた。

 

 

 

 

「…ガー、…ドガー」

 

 重い瞼を持ち上げる。薄暗い朝日と、それを遮る影がルドガーの目に入った。

 

「ユティ……」

「オハヨ。といってもお昼だけど。眠れた?」

 

 ああ、と答えた。久しぶりに熟睡した気がする。そういえばここのところ眠れなかったのだった。

 

「じゃあ行きましょう」

「…? どこへ」

「カナンの地」

 

 頭が冷水を被ったように冴え渡った。

 だが、ユティはそんなルドガーの内心を読んだように、昨夜と同じ笑みを湛え、ルドガーの頭を両手で優しく包んだ。

 

「ダイジョウブ。言ったでしょう? ワタシは約束を破らない」

 

 あなたを守ると、そう言われた。約束した。それを思い出し、ルドガーは俯いたまま首肯した。

 

 ベッドを出て、身繕いをする。その間、ユティは眠そうにこっくこっくと首を上下させていた。眠れたかをルドガーに尋ねたくせに、本人は夜更かししたらしい。

 

「ユティ。おい、ユティ」

 

 軽く肩を叩く。ユティは寝ぼけ眼でルドガーを見上げてきた。彼女は一度眼鏡を外すと、頭を振って、メガネをかけ直して立ち上がった。いつものユースティア・レイシィだ。

 

 

 二人(と一匹)で出発する前に、ルドガーは部屋全体を顧みた。

 

 部屋の片隅で静かに存在を主張する他人の荷物。増えたカップ。増えた椅子。様変わりした部屋。何もかもが。

 

(とうとうここまで来たんだな)

 

「どうか、した?」

「何でもない。行こう」

 

 ついにルドガーは、部屋を、出た。

 

 

 

 トリグラフ中央駅からマクスバードへ列車で行き、シャウルーザ越溝橋を渡って、リーゼ・マクシア側のマクスバードへ向かう。ルドガーもユティも無言で歩いた。ルルすら自分たちの緊張を察してか、鳴き声一つ上げなかった。

 

 ――マンションを出てルドガーが真っ先にしたことは、ジュードへの連絡だった。大事な話があるから集まりたい、と頼んで。するとジュードも、

 

『そう……あのさ、僕もルドガーに大事な用があるんだ。マクスバード/リーゼ港まで来てもらっていい? みんなもいるから』

 

 待ち合わせの時間はまだまだ先だが、先に着いて悪いことはないとユティに言われ、こうして向かっている。

 

 ルドガーは、ジュードたちと顔を合わせたら、真っ先に手を切ると宣言するつもりでいた。彼らが世界を救うならば、必ずルドガーかユリウスの命を奪いにくる。そして彼らが標的と定めるのは兄より自分のほうが可能性が高い。

 

(ごめん、ジュード。いくらお前でも俺の命はやれない。俺の命は俺のものだ。ヒトに好き勝手されるなんて許せないんだ)

 

 ――この時のルドガーは、心のどこかでまだ信じていた。ジュードたちは良心的な人間だ。ルドガーが本気で拒否すれば諦めてくれる。決して拳や刃を向けはすまいと。

 

 だが、それが逃避であったことを、ルドガーは思い知る。

 

 リーゼ港の埠頭で集まったカレラと対峙するように、今日まで音沙汰なかったユリウスが立っていた光景によって。



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Last Mission アルケスティス(3)

 これが見たかったのよ


「兄、さん? 何で……」

 

 何故ここにいる。何故そんなに苦しそうにしている。何故ジュードたちと敵対している――尋ねたいことは山ほど浮かんで、どれも声にならなかった。

 

「ユリウスから持ちかけて来たんだよ」

 

 説明を買って出たのはアルヴィンだった。

 

「もしおたくが決断できない時は、おたくに知らせず、俺たちのために『魂の橋』になる――ってな」

「……黙ってて、ごめん」

 

 ゴメンですむ話ではない。ルドガーはジュードをきつく睨み据えた。

 

「浅はかね。そも『審判』に挑む資格はワタシやルドガー、ユリウスみたいなクルスニクの血族にしか、ない。アナタたちの中にはそれに該当する人間は、いない。ユリウスを殺してどうしようもなくした(●●●●●●●●●●)後で、ワタシたちを呼びつけて、強制一択、『カナンの地』に行かせようとした。でしょう?」

 

 誰もが気まずげに目を逸らす様子を見て、ユティが溜息をついた。

 

「言われた時刻より早めに連れてきといて、よかった。知らないとこで兄さんが死んでたかも、しれなかったね、ルドガー」

 

 仲間だと、友達だと信じていた。だがそれ以前に、彼らは「断界殻(シェル)を開いた救世主たち」でもある。いわば世界に対する責任者だ。責任があるんです――初対面のジュードの台詞が代表的だ。

 

 今や「オリジンの審判」は、エレンピオスとリーゼ・マクシア両方の問題。問題を新たに持ち込んだ彼らに、失敗は許されない。許されないと、彼らは心に課している。

 

 そんな人間たちが、仲間の家族の命で世界を救えると知ったら、実行しないと言い切れるか。

 兄の死を悲壮に飾り立てて自分を囃し立てないと言えるか。

 

 答えは、この状況だ。

 

「――ミラ、お前もか?」

 

 思ったより怒ったような声になった。

 輪の最後尾にいたミラはびくんと跳ね上がり、みるみるバラ色の瞳を潤ませた。

 

「だ、だって、あなたがいなくなったら…あなたが『橋』にされて、死んじゃったら…! 私、どこにも居場所なんてないのに! ルドガーだけが私の居場所なのに! 私、どこにも行けなくなっちゃう…!」

 

 ミュゼが痛ましげにミラの後ろに漂い、そっと肩を撫でた。

 

 ミラが居場所がないと感じないように努力した。ミラの世界を壊したのは他ならぬルドガーだから。ミラが喜ぶことは何だってしてきた。

 それらの努力は全て、ミラのルドガーへの依存を無責任に加速させただけだった。

 

(俺たちの関係って全部ハリボテだったんだな)

 

 ジュードたちは敵ではない。だが、たった今、ルドガーの味方でもなくなった。

 彼らはあくまで「世界の味方」なのだ。たまたまルドガーの仕事が世界を守ることに繋がったから合一していられただけで、それが剥げれば、彼らとの間には本当の絆などなかった。

 

「……兄さん。本当にこれ以外の方法はないのか」

「ない」

 

 ユリウスの即答は呵責がなかった。

 

「『カナンの地』に入るには、ハーフ以上の能力者――この場では俺かお前、どちらかの命が要る。それがクルスニク一族の宿命なんだ」

 

 ビズリーが宿命を「呪い」と表現した意味を、ルドガーはようやく理解した。

 

 こんなのあんまりだ。理不尽すぎる。哀しすぎる。分史世界の命をさんざん取捨選択させられて、今度は正史でさえ命の選別をしろというのか。

 

「そんなに悩むことはないさ」

 

 ユリウスは左手の手袋を外して捨てた。手袋の下にあったのは、手袋の革よりなお黒い――呪いの刻印。クロノスが言っていた「成れの果て」。これが。

 

「どうせもうじき俺は死ぬ。俺には時間が残されてない。どうせならこの命を意味のあることに使いたい。俺の命で、『魂の橋』をかけさせてくれ」

 

 死にたくない、と昨夜叫んだ。今とてありったけの想いで、偽らざる本心だ。

 

 だが、ルドガーが生き残るためにユリウスを殺さなければならない? そんな選択肢は端から頭になかった。見通しが甘いと責められればそれまでだが、ルドガーはユリウスが死ぬ未来をこれっぽっちも想定していなかった。

 

「! ぐ…っ!」

「兄さん!」

 

 倒れた兄に慌てて駆け寄り、上体を支える。左手の黒が面積を増している。ユリウスの体が無機物へと変えられていく。ルドガーは思わずユリウスに縋った。

 

「……うちに帰れ、ルドガー。やっぱり(●●●●)お前には無理だったんだ」

 

 優しいはずの兄の言葉は、一瞬でルドガーの心を黒く塗り潰した。さながら「カナンの地」出現の時の白金の歯車が、月を泥で冒したように。

 

「――ない」

「ルドガー?」

「できない…! 俺にはできない! 俺は兄さんを殺せないッ!」



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Last Mission アルケスティス(4)

 やっぱり そうするのね


「いくつもの世界を破壊してここに立っているお前が、ここで世界を放棄するというのか!」

「世界世界うるさいんだよ! そんな現実味のないもんで人の人生に踏み込んでくるな!」

 

 ルドガーは立って吼え返した。初めて、明確に、己の意思で、彼らに反抗した。

 

 世界の存亡と言われてもピンと来ない。壊した分史の命を背負うといっても実感が持てない。だから世界救済のお手本であるジュードらの気に添う(●●●●)であろう行為をしてきた。だから皆に、会社に流されるまま、唯一の肉親を殺すという最悪に辿り着いた。

 

「エルの言う通りだよ。あんたたちで何とかしろよ。一度やったことあるなら今度もできるだろ? そう思うから今駆けずり回ってんだろ? 何の権利があって俺のたった一人の兄貴を奪ってくんだ。死んだり殺したり……もう、ウンザリだよ。俺にだってなあ、踏み躙られたら痛いココロはあるし、失くしたくない人だっているんだよ!」

 

 肺の空気を使えるだけ使って叫んだ。酸欠に喘ぐ余裕はない。ルドガーは頭を高速で回転させる。

 

 ジュードたちはユリウスを殺す。心優しい少女たちは別の方法を、と訴えているが、2000年でそれが模索されていないはずもない。現に、ルドガーたちが探しても有効策は見つからなかった。

 

 世界のために個人を惜しんでいられる状況ではないのだと、そう諦めて彼らはユリウスに剣を向ける。

 

 彼ら全員を退けてユリウスを守ることは可能か。

 可能ではある。誇張でなく、今日までの任務やクエストでルドガーの実力は彼らを上回っている。8人全員を同時に相手しても殺せる。

 

 だが、敵方にはリーゼ・マクシアの王と宰相、気鋭の源霊匣(オリジン)研究者がいる。この3人を殺せば、世界が生き永らえても両国は戦争になりかねない。

 だが、一人でも生かせば確実に彼らは実行する。

 

 ユリウスを連れて逃げるか。ダメだ。ユリウスにはすでに走れるだけの体力が残っていない。

 

 何も浮かばない。ルドガーもまたジュードたちのように心を諦めに支配されていく。どうしようもないから諦めろ、諦めて殺せ。でなければ生き延びられないぞ、と。

 

(あきらめて、ころす)

 

 次の瞬間のひらめきは、まさに天啓だった。

 

(あきらめるのは、どっちを?)

 

 

 

 ――“殺すの。ルドガーとか、ユリウスとか、強い骸殻能力者を”――

 

 

 

 なんだ、とルドガーは口の端を歪めた。とっくに解答は示されていたのだ。

 

 ルドガーはユリウスから離れ、ユリウスとも仲間たちとも距離を取った。両サイドから中間に当たる位置に立つ。

 

「俺が最初の頃の、言いなり人形のままだと思うなよ」

 

 ホルスターの片方から銃を抜いた。戦う気か、とジュードたちも身構える。

 どんなに格好つけても、これがルドガー・ウィル・クルスニクの限界。

 勝手に挑んで勝手に挫けたピエロの末路。

 来るべくして訪れた、似合いのピリオド。

 

 死ぬのが怖かった。死なないためなら他人を殺してやるとついさっきまで本気で思っていた。

 なのに今はただ、彼らに思い知らせたい。

 世界のためを謳ってルドガーをいいように操ろうとしたカレラに。

 ルドガーが何か失敗するたびに「やっぱり」と上から嘆き続けた兄に。

 

 ルドガー・ウィル・クルスニクの命を使って思い知らせてやりたい。

 

 銃を自らのこめかみに押しつけた。息を呑むジュードたち。青ざめるユリウス。

 ――何てすかっとした気分。

 

「みんなが、悪いんだからな」

 

 ただ一人の家族を知らない所で殺される辛さ。友だと信じた人たちが隠れて実行する悲しさ。家族である人に欠片も頼られない寂しさ。誰ひとり本当の味方でも理解者でもなかったと思い知らされた、絶望感。

 ここにいる誰も、分からなかった。想像もしてくれなかった。ただ裏切るよりたちが悪いではないか。

 

 だから、この結末を招いたのは、最後までルドガーを「情で都合よく操れる人形」としか認識しなかったこの場の全員だ。

 

 指をトリガーにかける。1秒もあれば確実に死ねる。誰にも止められない――はずだった。

 

 

 

「やっぱりこうなった」

 

 

 

 抑揚のない声を合図に、広範囲大威力の精霊術が発動し、ルドガーたちを押し潰した。



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Last Mission アルケスティス(5)

 わたしは歴史の必然に従っただけ


「がっ…! なん、だ、これ…!」

「エアプレッシャー…!? ミュゼ!?」

「私じゃない! これは…!」

 

 全員が不可視の重さに這いつくばる中、一人、悠々と輪の外に出た人間がいた。

 

「ユティ!? 何で…!」

 

 ユティは握っていた手を開く。掌から現れたのは、幾何学的な模様の、起爆ボタンに似た物。

 

「ボタン一つで高威力の算譜術(ジンテクス)が誰でも使える黒匣(ジン)は便利。源霊匣(オリジン)よりずっとね」

 

 用はすんだとばかりに、ユティはボタン型の黒匣をぽいっと投げ捨てた。

 軽い音を立てて黒匣は転がり、ジュードたちの手の届かないギリギリの位置で止まった。

 

「ヘリオボーグのテロで分かった。ワタシのいた分史には源霊匣(オリジン)はない。医療黒匣(ジン)の改良で高名なDr.マティスJ()r()は、もともと源霊匣の開発してて、でもやめたからだったのよ。おかげで黒匣は正史に比べてずっと精密で使いやすい。その分、精霊(ねんりょう)の消費量も増えてるけど」

 

 ユティはミュゼの苦悶にいかな感慨も浮かべていない。彼女の分史では、こんなものは日常茶飯事だったといわんばかりに。

 

 ユティは全員を見渡せる位置まで歩いていって、ショートスピアを取り出した。

 

「ワタシが正史くんだりまでわざわざ来た本当の目的はね、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去のとーさま――ユリウス・ウィル・クルスニクを殺すためなの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然とするルドガーたちにはお構いなしで、少女はとくとくと語り始める。

 

「ワタシの世界では、ルドガー・ウィル・クルスニクは死んでるの。カナンの架け橋になって。叔父貴は頭を銃で打ち抜いた。即死できたけど、見てたとーさまには、えぐかったみたいだよ。噴水みたいに穴が開いて血がぴゅーって飛んで、すぐ勢いなくなって、叔父貴の白い髪が真っ赤になってったって。何度も何度も聞かされた。叔父貴がどういう状況で、どういう方法で、どういう表情で、どういう言葉で死んだのか。毎晩。毎晩。それが寝物語だった」

 

 ユティは胸の中にあるものを大事に抱くように両手を交差させる。

 

「とーさまは叔父貴を死なせたのをすごくすごく後悔した。こんなことなら無理にでも遠ざければよかった。閉じ込めてでも一族の宿命に関わらせなきゃよかった。いいえ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って」

 

 ――それだけで充分だった。

 

 ルドガーにも、ミラにも、

 ジュードにもレイアにもアルヴィンにも、

 ローエンにもエリーゼにも、

 ガイアスにもミュゼにも。

 

 皆がユティのせんとする処を理解した。

 

「だからね、とーさま、ワタシにずーっと言ってたの。今度は間違えないでくれって。ルドガーが命を絶つ前に自分を殺して、『橋』にしてくれって」

 

 ユティはルドガーの、銃を持った手を踏みつけた。昨日とは裏腹の、軽蔑もあらわなまなざし。

 

「今、その銃で自殺しようとしたね」

「くっ…!」

「話に聞いてたよりずっと我が強いアナタだったから、ひょっとしたらワタシの出番はないかなとも期待した。ルドガーが自分の意思でユリウスを殺してくれるのが、とーさまの一番の理想だった。でもルドガーの強さは、ユリウスへの劣等感に依るところが大きかった。だからミラやエルみたいな、別の人間に愛着持たせて、生きる意欲を持ってもらおうと思った。それをユリウスを殺す動機にしてもらおうとした。でも、元からないモノはごまかしきれなかった。保険にユリウスを殺してくれるヒト用意したけど、使えなかったし」

 

 痛みに喘ぐ間に、もう一丁の銃がホルスターから抜き取られる。

 銃だけではない。双剣もハンマーもユティは奪い去り、ルドガーの手の届かないところへ投げ捨てた。

 

「叔父貴はエル姉もとーさまも選べなくて自分を生贄にすることで逃げ出した。今のアナタと同じ方法、同じ場所で。歴史はくり返した。ワタシが手を加えても、ルドガーが自殺を選ぶ展開は変わらなかった」

 

 淡々とした武装解除が終わった。ユティはくるりとふり返ってユリウスに歩み寄っていく。

 

「だからワタシも、ユースティアが生まれた理由を果たす。とーさまの言いつけ通り、ルドガーを生かすために、今この場でこそ、きっちりユリウスを殺してあげる」

 

 少女はまるで知らない人の背中をして、兄にショートスピアを突きつけた。



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Last Mission アルケスティス(6)

 さようなら とーさま


 ユリウスは己の前に立った少女を見た。

 

 未来の分史世界から。未来のユリウスを、父親を殺して。自らの故郷を壊してまで正史に渡り来た娘。

 

 カメラに目がなくて、撮りたいものが撮れるまでは体調を顧みず何日も粘って。

 生のままの自然に無表情ではしゃいで。

 流れ作業のように時歪の因子(タイムファクター)を破壊するくせに記録写真は忘れなくて。

 

 ユースティア・レイシィ言うこと成すこと全てが、今日、ユリウスを殺すための布石だった。

 

「安心して。アナタの望みはちゃんと結実する。ワタシが叶える。何に替えてもルドガーだけは守る。ワタシが死んでも、守る。それがアナタの望みだよね? 過去(いま)未来(むかし)も変わらないたったひとつ」

 

 ユティはユリウスにスピアの尖端を突きつけていながら、極上の笑顔だ。やっと父から貰った本来の役が巡ってきたと喜んでいる。

 

「……、ああ、そうか」

 

 ユリウスも笑いたかった。

 18年経ってさえユリウスは弟が一番可愛いのだ。弟を救うためだけの子供を「造る」ほどに。

 

 分史世界の自分はどれだけの手間暇をかけて娘を洗脳したのだろう。少女は自身が住む世界を壊し、ルドガーを助けるために奔走して、それを疑問にも思わなかった。

 彼女を通してユリウス・ウィル・クルスニクの情念が見えた。

 

 ――こんなものは愛情ではない。ただの妄執だ。

 

「君の父親はとんでもないろくでなしだな」

 

 言い終えるが早いか、ユティのショートスピアが閃いた。

 

「が…あ、ああ、あ!!」

「兄さんっっ!」

 

 ユリウスは激痛に膝を突いた。左腕を押さえるが、血が溢れて止まらない。骨近くまで一気に裂かれたのだ。

 

 す、とユティがスピアの刃を突きつけてきた。

 

「とーさまへの侮辱は許さない」

「俺も、っ、お前にとっては、父親のはずだ、が…っ」

「ええ。だからアナタを侮辱した人もワタシは許さない。とーさまだけじゃない。かーさまにも、アルおじさまにも、バランおじさまにも。この人たちを貶める人は誰であっても許さない」

 

 この少女にこれほどまでに想われる未来のユリウスは、一体どんな父親だったのか。

 

 少女を完成させるまでに長い道のりを経たであろう、可能性の先のもう一人のユリウス・ウィル・クルスニク。

 このユースティアの絶対的存在であった自分と、その友人たち。

 

 彼らはどんな想いでルドガーを救いたいと念じてきたのだろうか。どれだけの人たちが、自己の消失を措いてまでルドガーの生きる世界を望んでくれたのだろうか。

 

(何だ、ルドガー。お前にはこんなにお前を必要とする人たちがいるじゃないか。俺一人と引き換えにするなんて、我が弟ながら、何て贅沢な奴だ)

 

 気づけばユリウスは微笑っていた。

 そして、決然とユティを仰いだ。

 

「前にお前は俺に、弟のために自分を殺す覚悟はあるか、と聞いたな」

「ええ」

「上等だ。ユースティア、俺の命で『魂の橋』を架けろ」

 

 ユティはスピアを回し、改めて構えた。

 

「その答えを待ってた」

 

 倒れたままルドガーが叫んだ。

 

「待て、だめだ、やめろ! 殺すな! やめてくれ、ユティ! ――兄さん、兄さんっ!!」

 

 恥も外聞も捨ててユリウスの命乞いをしている。こんな時なのに、頬が緩んでしまった。

 

 それだけルドガーに、家族に愛されることができた。だからもう、充分だ。ルドガーに殺されるという贅沢は叶わなかったが、これでルドガーは死なない。そして生き残ったルドガーには、ルドガーを支える仲間が大勢いる。

 

「本当にいいのね」

「ああ。ひと思いにやってくれ」

「うん。ひと思いにやる」

 

 ユティがショートスピアを片手で引き、溜めの姿勢を取った。この槍の刃がユリウスの心臓を貫けば、弟を救える。

 

「さようなら、とーさま、叔父貴(●●●)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うす暗い埠頭に鮮紅色が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその色を首から噴水のように溢れさせたのはユリウスではない。ルドガーでもない。兄弟はただそれぞれの間にいた少女が取った行動に目を奪われていただけだ。

 

「ユースティ、ア?」

 

 ユティはショートスピアで自らの首を貫いていた。



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Last Mission アルケスティス(7)

 ごめんなさい 言いつけ 守れなかった


 ぽた、ぽた。穂先から血が石畳に落ちて染みる。

 水色のカーディガンも枯葉色のワイシャツも真っ赤に濡れていく。

 

 

「これ、しか、思い、つかなか、った。ユティ、あたま悪い、から」

 

 

 傷んだホイッスルじみた空気の音。ガラガラに濁った声。

 全ての挙措が、一撃で取り返しのつかない機関を損ねたと、否応なく彼らに教えた。

 

 

「できる、はずだったのに。ここに来る、前も、とーさま、殺して、練習、した、のに」

 

 

 算譜法(ジンテクス)の効果が消え、正しい重さが体に戻った。ルドガーは真っ先に、こけつまろびつ駆け出した。

 

 ふうっ。ユティの体が軸を失って倒れる。ルドガーは辛うじて受け止め、自身も尻餅を突いた。

 刺さったままのスピアのせいで上手くユティの体を支えられない。かといって抜く度胸もない。

 

「ユティ! ユティ!!」

「ユースティア…! どうして…」

 

 ジュードたちがバタバタと駆けてくる。

 

 ジュードは槍は放置して患部に治癒孔をかけ始める。それに合わせて、じわじわ、じわじわ、とアルヴィンがスピアを抜いていく。

 

 

「スキ、に、なっちゃった、の。ルドガー、が、ユリウスが、いる時間、が、とても、楽し、かった、か、ら。産まれて初めて、だった。タノシイって、感じた、の。だか、ら、考え、た。ずっと、ミンナ、そろって、タノシイまま、で、いられる方、法。ここの『橋』を、架ける人、変える、こと」

 

 

 ルドガーもっとユティの上体起こして、とジュードに指示を出される。ルドガーは急いでユティの腹を抱え、ユティを半起き状態に持っていく。

 動くごとにユティが声にならない悲鳴を上げるのが、聞いていて痛かった。

 

 

「ユティ、は、とーさま、と、叔父貴、がいない、世界なんて、これっぽっち、も、たの、しく、ない…ふたりのどっちか、が、死んだ、世界になる、なら、世界、なんて、滅んでい、い、のに」

 

 

 ユティがポケットから懐中時計を取り出した。ユリウスと同じ銀色。夜光蝶の時計。

 

 

「クルスニク、は、みんな、カナシ、イ。だれだって、死ぬのは怖い、のに、だれか死ななきゃいけない、ように、できて、る」

 

 

 スピアを抜いていたアルヴィンの手を、ユティは血まみれの手で外させた。

 

 

「も、いい、よ。ユティが死なない、と、カナン、の地、入れ、ない」

 

 

 ユティは首を貫くスピアの柄を両手で掴んだ。まさか、と慄然とするも遅かった。

 

 

 ユティは残る力を振り絞り、刺さったままだったスピアを完全に引き抜いた。

 

 

 からからん、と血の痕を引いて転がるスピア。ユティの首の二つの穴からぼたぼたと先以上の鮮血が流れ出し、ルドガーのワイシャツを濡らした。

 

「ユースティア!!」

「や、めろ…死ぬなよ、ユティ! 死ぬな!」

 

 ユティは口をぱくぱくさせるだけで、どんなに呼びかけても声での答えは返って来なかった。

 

 エリーゼは涙し、ローエンに抱きついて嗚咽を漏らす。

 ジュードは悔しさを隠しもせず治癒功を当て続け、レイアがその拳を両手で包みながら泣いている。

 

「俺だって、お前のこと友達だって…一緒にいて楽しいって…! だから…頼むから…!」

 

 もはやルドガー自身、何者に懇願しているか分からなかった。

 

 

 すると、ユティは震える腕を持ち上げ、震える指で天を指した。

 指の先には、不気味に浮かぶカナンの地。

 

 

 腕が血だまりに落ちて赤い水滴を跳ねさせた。

 それを最後に、ユティは動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ――橋が架かる。

 ――あの禍つ月と同じ、闇色の橋が。



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Last Mission アルケスティス(8)

[No Voice]


 ユティの死がアルヴィンたちに与えた影響は意外と小さかった。

 

 泣く者、落ち込む者、種々あったが、喜ぶ者は誰一人としていなかったのは、せめてもの救いか。

 だがそれ以上に、彼らの誰もがカナンの地へ向かう手筈が整ったことに安堵している、それがユティの死への感情を鈍らせた、とアルヴィンは分析した。

 

(しっかり前見ろ、俺。ジルニトラの仲間が死んだのだって散々見てきたろうが。今さら仲間の一人や二人で動揺してどうする。まだ終わってねえんだ)

 

「アルヴィン……」

 

 話しかけてきたのはエリーゼだった。エリーゼの頬には涙の乾いた跡があったが、眼球は白く、泣き腫らすほどには至らなかったらしい。

 

「なーに暗い顔してんだよ、お姫様。まだまだこっからだぜ」

「分かってます。でも――わたしたち、これでよかったんでしょうか?」『ルドガーもユリウスも生きてるけど、ユティにもう会えなくなっちゃったよぉ』

「――、あの子が死んで悲しいか?」

 

 エリーゼは無言で首を縦に振った。そして、ぽつり、呟く。

 

「……写真」

「ん?」

「前にみんなで旅行に行った時、撮った集合写真。覚えてますか? 1回目はティポがぶつかってブレちゃって。2回目はちゃんとユティがシャッターを切ってくれて。あの写真、ユティだけ映ってなかったです。カメラマンしてたから」

 

 エリーゼがティポリュックから出してもらったのは、水玉にピンクのカバーのフォトブック。

 ページはア・ジュール地方に親睦旅行と称して行った時の、ルタス家跡地での集合写真。

 

「今度はちゃんと…一緒に写ってね…って、…言った、のに…っ」

 

 じわ。エリーゼの目が涙の膜を張っていく。アルヴィンは無言でエリーゼの肩を抱き、腹に押しつけさせた。ティポもエリーゼの頭の上辺りにぐりぐりと頭を押しつけてきた。

 

 写真、というキーワードで思い出した。今朝、ユティが唐突に渡してきた「プレゼント」。

 アルヴィンは空いた右手でスーツの内ポケットに手を突っ込み、それを取り出した。

 

 

 ――“全部終わってから、見て”――

 

 

「何ですか…? それ」

 

 エリーゼが顔を上げた。両手が空いたので、アルヴィンは包みの封を破き、中の品を取り出した。

 

 レースとペーパークイリングの花々で飾られた、レザー地のミニフォトブックだった。

 

 ページを開いてみて――アルヴィンは瞠目した。

 

 写真に写っていたのは母レティシャだった。それもごく最近撮られたような写真ばかり。

 アルヴィンは逸る気持ちのままページをめくる。

 揺り椅子に座って微笑む母、ピーチパイを焼く母、使用人と談笑する母、庭の花を摘む母――全てがレティシャの幸せな姿を写していた。

 

(こんなもん…どうやって…いや、いつのまに…)

 

 はっと思い出す。任務で分史世界に行った時、何度かユティは勝手にいなくなることがあった。どこに行っていたと問い詰めても「撮影」としか言わなかったユティ。

 まさかこれらの写真を撮るために――?

 

 アルバムを最後までめくると、最終頁にメッセージカードが挟んであった。アルヴィンはそれを抜き出して読む。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------

 ユティにカメラをくれたのはアルおじさまです。だからずっとお礼がしたいと思っていました。

 アルおじさまが言ってました。「家族の写真が一枚もないのは結構寂しいもんだぞ」って。

 なので、お節介ですが作ってみました。スヴェント家の家族アルバム。

 

 レティシャお母様は素敵な人ですね。ユティが「アルフレドの一番好きなものを撮りたい」とお願いすると、快く協力してくれました。どの分史世界でも、いっつもでした。

 

 ただ、どの分史世界でもアルフレドのお父さんはいなくて撮れませんでした。ジルニトラ号事件がない分史も捜したけど、ありませんでした。中途半端でごめんなさい。

 

 これでちょっとはアルフレドのさびしいのがなくなりましたか?

 

                  ワタシのもう一人の父様で、大切な友達のアルフレドへ

                                 Eustia Juno Kresnik

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 アルヴィンはアルバムに額を押し当てた。

 

「ばかやろう…っ」

 

 こみ上げるものを押し戻す、押し戻す、押し戻す。傭兵時代は当たり前にできていて、きっと彼女にとってのアルフレド・ヴィント・スヴェントもできていた。だから。

 

 アルバムを背広に入れ直す。訝る仲間たちの間をずんずん抜けて、アルヴィンは、彼女の死体を囲むルドガーとユリウスの傍らに立った。

 



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Last Mission アルケスティス(9)

 [No Voice]


 アルヴィンは、いまだユティの亡骸を囲んで動こうとしない兄弟の傍らに立った。

 

 ――誰よりもルドガーとユリウスがユースティア・レイシィを悼んでいる。当然だ。ユリウスにとってこの子はもはや我が子に等しい存在で、ルドガーにとっては世界の存亡云々が関係なく友人でいられた相手だった。

 

 そんな少女が、他でもない自分たちを生かしたくて自ら死んだ。

 

 その事実が兄弟を押し潰しているのはアルヴィンにも分かる。だから、確かな重さを感じていても押し潰されていないアルヴィンが、ここで動かなければならないのだ。

 

「アルフレド……?」

「ちょい、ごめんな」

 

 しゃがんでスカーフを解き、彼女の顎を伝う血を拭い、そのまま首に巻く。そうして惨たらしい穴を隠した。

 アルヴィンにしてやれる、小さな死化粧。

 

「おたくら、これからどうすんだ」

「どう、って」

「『橋』は架かった。今すぐにでもエルを助けて、クロノスとオリジンをぶちのめしに行けるお膳立てが整ったんだぜ。こんなとこで座り込んでる暇はねえはずだろ」

 

 しかしルドガーもユリウスも大したアクションは起こさない。ただ少女の死体を間に挟んで項垂れるばかり。

 

「――渡れるかよ」

 

 先に口を開いたのはルドガーだった。

 

「渡れるもんかよ! アレはユティの魂で…命で出来てるんだぞ!? 今、たった今ここで死んだユティの!」

 

 訴えるルドガーは涙目だ。泣いてはいない。だが泣きたいくらいには、ユティを好いていたのだと。

 

「自分のことで手一杯で、一度もユティの気持ち、真剣に考えたことなかった。ユティはずっと近くにいてくれたのに。俺は、気づけなかった…気づけないまま今日になって…こんなの俺が殺したようなもんじゃないか…! なのに、ユティの命を踏みつけてまで、カナンの地に行くのかよ!」

 

 その一言で、アルヴィンはルドガーの胸倉を掴んで立たせた。

 

「今さら寝言ぶっこいてんじゃねえぞ。『俺が殺したようなもん』? そうだよ、お前が殺したんだよ。お前だけじゃねえ。ユリウス、あんたもだ。この場の全員が全員、この子を殺したんだ」

 

 どん! アルヴィンは掴んでいたルドガーを突き飛ばした。

 

「この子が死んだのは、お前のせいで、あんたのせいで……っ…俺の、せいだよ!!」

 

 言い切ったアルヴィンは、呼吸も荒く肩を上下させた。

 

「アルフレド……」

「今! 俺たちがすべきは、こいつの遺体囲んで泣くことか? 違うだろ。カナンの地に行って、オリジンの審判にカタつけて、エルを連れて帰ることだ。そんくらいの大団円じゃねえと割に合わねえだろうが!」

 

 ルドガーが、ユリウスが、横たわるユティの亡骸を見下ろす。今度は何を想ったのか。

 

「そんくらいの意地が準備できたら言えよ。俺たちはカナンの地に行く。お前ら兄弟を守ろうとしたこの子の願いは、俺が継ぐ」

 

 暗に、彼ら抜きにはカナンの地に行かない、行くなら彼らを守ると。

 その意思を伝えてアルヴィンは兄弟と少女の亡骸から離れた。

 

 




【アルケスティス】
 ペライ王アドメトスの妻。若くして死ぬ運命を知らされた夫が自分の身代りとなって死ぬ者を求めた時、進んで夫の身代わりとなって死んだ。


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Mission Complete ソスピタ(1)

「もしもし、ヴェルか。今は副社長秘書なんだよな。…………。じゃあ最初で最後の命令だ。マクスバード/リーゼ港にある女の子の遺体。回収してくれ。…………。首を一直線に貫通してる。できれば見てくれだけでも整えてやってほしいんだ。…………。頼む」

 

 ルドガーは通話を切り、GHSをホルスターに戻した。

 

「ヴェルさん、何て?」

「今からエージェントを向かわせるって。収容はロド総合病院だそうだ。全部終わったら、会いに、行かないとな」

 

 ジュードは安心と切なさが混ざった表情を浮かべた。ルドガーとて分かっている。

 

 全て終わった後、会いに行ってもユースティア・レイシィは応えない。

 死んだのだ、彼女は。

 

「ユリウスさんと一緒にいなくていいの?」

 

 ジュードが目を流した方角をルドガーも見やる。埠頭のアーチの下の階段に、ユリウスとアルヴィンが並んで座っている。

 

「今はいい。いま兄さんと顔合わせると、八つ当たりしちまうから」

「そう……」

「――なあ、ジュード。結局あいつがしてきたことって、歴史をどのくらい変えたんだろうな?」

 

 世界を創り直すために来た、とユティは語った。彼女の至上目的はユリウスを殺すことだっただろうが、世界を創り直すことも彼女にとって大事なことだったと分かるのだ。あんなに一所懸命に写真を撮り、正史の環境を異常と言いながらも尊んでいた彼女を知っているから。

 

「分史の偏差みたいに分かりやすいメーターがあればいいのに。どんなワルイコトがイイコトに変わって、どんなイイコトがワルイコトに変わったんだろう。それが分からないんじゃ、ユティがやってきたことの意味も価値も、1コも分かってやれねえよ。あいつは自分を殺してまで俺を生かしてくれたのに」

 

 ――悲壮な覚悟も慈愛もない。ただの消去法で自殺しようとした。そんな弱虫野郎の身代わりになってユースティア・レイシィは死んだ。

 

 選ばないで、とユティは前に言った。家族か、友か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と訴えたかったのだと今は思う。

 ユティが選んでほしかったのは、ルドガー、自身。ルドガーが自分に銃口を向けない、ルドガーが生き延びる道。

 

「僕も……分からない。僕らは神様じゃないから。僕らが生きてるこの歴史を外から俯瞰して、あそことあそこが違った、って比べたりできないし。分史世界の偏差だって、あくまで正史を指標にした相対的なものだったでしょ」

 

 ルドガーは俯いた。視線はどこともない宙を彷徨う。

 

 何でもいいからユティが成した行為に意味づけをしたかった。そうでないと、自分は友人の心を何一つ分からなかった非道い男で終わってしまうから。

 

「……これは、僕個人の意見だけど」

 

 ジュードが言った。ルドガーはぼんやりと顔を上げる。

 

「ルドガーはあの時、銃を自分に向けた。ユティがいるのにそうしたってことは、ルドガーが銃を取ることだけはとりあえず絶対に近いレベルで起きる出来事で、それを変えた彼女は、確かに一つだけ、運命を大きく変えてみせたんだ」

 

 ジュードは握った手を胸に当てる。そこに宿った何かを繋ぎ止めるかのように。

 

「ユティが死んで、本当に胸が、痛い。でも僕はどうしても、感謝の気持ちのほうが強いんだ。死んでしまうはずだった君と、こうして今向き合って話せてるのは奇跡だって、命で教えてくれたんだから。その『世界』を拓いてくれた彼女に」

 

 彼女がいたから自分がいる。彼女が生かしたから自分は生きている。

 いまルドガーの中で鼓動を打っているのは、ユティがくれた命だ。

 

 ルドガーは胸を押さえて、泣いて堪るかと、天を仰いだ。

 



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Mission Complete ソスピタ(2)

 アルヴィンに檄を飛ばされてからしばらく、ユリウスはアルヴィンがいるアーチ下の階段に行った。

 アルヴィンはヌイグルミ型増霊極(ブースター)を抱える少女と一緒にいた。

 

「ぁんだよ。頼まれたってもう励ます言葉なんて出ねえぞ」

「要らないよ。さっきので充分効いた。ただ……話がしたいと思ってな。何でもない話でいいから」

 

 すると、ヌイグルミを持つ少女が「向こうにいますね」と言って彼らのそばを離れて行った。

 

「……気を遣わせてしまったな。あんな小さな子なのに」

「そりゃ今のおたく見たらチビッコは逃げたくもなるさ」

「そんなに酷い顔をしているか、俺は?」

「無理してんだろーなってのが、俺にも分かる程度にはな」

 

 ユリウスは苦笑し、階段に座っていたアルヴィンの横に腰を下ろした。

 

「アルフレド」

「何だ」

「ユースティアのこと、どう思っていた?」

 

 ユリウスにとって、初めて会った頃のユティは「使い勝手がよさそうな世間知らずの娘」だった。だが、分史世界での真実と、自分との関係を知らされ、その気持ちは消えた。

 

 別の感情が胸で芽を吹いた。

 その正体が分からないまま、当のユティが死んでしまった。

 

 アルヴィンへの問いは、同時にユリウス自身への問いであった。

 

「どう、か……そうだな、無理やり言葉にすんなら、一緒にいて救われる子だった」

「救われる?」

「あの子は俺がアルクノアだったって知ってた。ジュードたちはそれに触れないようにしてたけど、あの子、初めて会った時にウソツキでいい、って言ったんだよ。『ウソツキのアナタがワタシはいい』って。初めは何のことかよく分かんなかったけど、あの子はさ、俺が元アルクノアだっての気にしなかったっつーか……あいつらがいる時も堂々とそこんとこ言ってくるんだな。だからさ、あの子の前じゃ、アルクノア出身って恥ずかしいことじゃねんだ、って思えた。そのくらいハッキリ懐いてくれてた」

 

 アルヴィンは長く息を吸い、吐いた。

 

「今なら納得いくわ。きっとユティに処世術とか策謀とか教えたのは未来(ぶんし)の俺なんだろうな。だからあんだけ無警戒に慕ってくれたんだろ。――おかしいよな。一緒にいる時は訳分かんねえ子だとしか思わなかったのに、いなくなった途端に、あの子がどういう子で、どんな気持ちだったか、何もかも分かるなんてさ」

「そうか――」

「おたくは?」

「俺?」

「ユティのこと。あんたはどういうふうに見てたんだ?」

 

 待ち合わせで樹からぶら下がってこちらを驚かせた。

 雪の影を撮影したいからとモン高原でビバークまでした。

 暗い場所だとユリウスの腕にしっかと捕まってきた。

 気まぐれに分史世界で生花を贈るとひどく大切そうにそれを受け取った。

 蝶のように舞い、敵を迷わず殺し続けた。

 

「――俺は、安らいだ。あの子といる時だけは辛い現実を忘れて、穏やかな気持ちになれた」

「だから、安らいだ、ね」

 

 メチャクチャに見えて、それでも本当は、ただの父親が大好きな少女だった。

 

「俺は、俺はあの子を……」

 

 夜のしじまに惑っていた小さな蝶。

 愛した人を救うために己が命を泡のように散らした娘。

 レンズ越しに独り「世界の本当のこと」を見続けた蒼眸。

 ――思い出すほどにきらめいて。

 

 ユリウスは夜光蝶の銀時計を握りしめて俯いた。これが、芽吹いた想いの、意味。

 

「あの子をもっと……」

 

 どん。アルヴィンが背中を叩いた。ユリウスはかつての弟分に甘え、下を向いて嗚咽を殺しながら、少女との日々を回想した。

 

 

 

 ――もっと愛して、いたかった――

 



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Epilogue アンドロメダ

 [No voice]


 初めて病室に入って、ベッドに横たわるその子を見た時、ノヴァは泣いた。

 

 何故かは知らない。だが、分かったのだ。

 その子が誰の血を引いた子で、誰のためにがんばったのか、誰のためにこの結果を迎えたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴァは病室の前で花束を抱え直し、ドアをノックした。返事がないのは承知の上だがマナーとして欠かしてはならない行為だと思っているからだ。

 

 案の定、沈黙だけが答えた。もう慣れていたノヴァは、病室のドアをスライドさせて中に足を踏み入れた。

 

 ベッドがある。その上に一人の少女が横たわっている。

 入院から2年過ぎた今では、女性と呼ぶのがふさわしいかもしれない。癖の強い金茶の髪は切られないまま長く伸びた。白い肌には至るところに管が繋がれ、計器の音が無機質に、彼女の生を知らせる。

 

 ノヴァはベッドサイドまで行くと、イスに腰かけて、彼女の前髪をそっと払う。

 

 患者の名は、ユースティア・レイシィ。

 ノヴァが慕っていた――2年前に死亡の報が出されたユリウス・ウィル・クルスニクの、「特別な縁者」。

 

 

 

 

 

 

 

 2年前。突然の訃報は、姉のヴェルからもたらされた。

 

 クランスピア社副社長ルドガー・ウィル・クルスニク、および、通信部門元主任ユリウス・ウィル・クルスニクの両名が死亡。

 

 ――副社長って何よいつの間にそんなにえらくなったのユリウスさんより出世ああユリウスさんは今指名手配されてるからそもそもクラン社の社員じゃなくなったんだっけクラウンエージェントなのにちゃんと調べもせずに切っちゃうなんてクラン社も見る目ないよねってそうじゃなくて今ヴェル何て言ったお姉ちゃん何て言ったルドガーが死んだってユリウスさんが死んだってねえどういうことなの何があったの高校卒業してから会ってなかったのに何でいきなりこんな訳分かんない知らせ事務連絡なんかで聞かなきゃいけないの――

 

 駆け巡った感情をどれだけ電話口でぶつけたかは覚えていない。ただ、上司に引っぺがされて、別の子が電話応対を変わったから、相当暴れたのだろう。

 

 家に帰って散々ヴェルに当たってわんわん泣き喚いた。ヴェルはそんなノヴァを抱いて、彼女自身も泣いていた。クランスピア社の男どもはヴェルが鉄面皮だと冷やかすが、ヴェルはノヴァからすればとても繊細で感受性が強い。あれは心の鎧なのに。

 

 しばらくそんな生活を送った。朝は互いの職場に出かけ、夜に帰宅して食事し、ただ何をするでもなく肩を寄せ合って、時には泣いた自分を片割れが慰めた。

 

 ある日、ヴェルがノヴァに告げた。

 今回の事件で今も入院中の人物がいる、その人物はユリウスにとって特別な血縁だ、と。

 

 会うかと問われ、ノヴァは一も二もなく肯いた。

 

 ルドガーではなくユリウスの血縁。正直ユリウスの死も実感できていなかったが、その人物に会えば何か変わるかもしれないと思ったのだ。

 

 そしてノヴァは、クラン社系列の病院で、無数の管に繋がれて生かされた眠り姫と、対面した。

 

 

 

 

 

 

「今日は髪洗う日だったんだね。いい匂いここまでするよ」

 

 ノヴァはユースティアの髪を掬って嗅ぐ。心地よいシャンプーの香り。病院のものでこれなら、ちゃんとした美容用シャンプーを使えばもっと綺麗になる。チャンスがあれば絶対に美容用で洗ってやろう。

 

 ノヴァは立ち上がって花瓶を探した。――あった。前に生けた花はとうに色褪せている。

 

「新しいお花入れてくるね。いい子で待っててね、ユースティア」

 

 花瓶を持って病室を出る。ユースティアにはその間、いかなる変化もなかった。

 

 

 

 

 病棟の廊下の水場まで来て、ノヴァは花瓶から前の花を抜き、適当に丸めて燃えるごみ箱に突っ込んだ。

 手は作業を進めながら、頭は別のことに考えを致す。

 

 ――ヴェルに下された命令はあくまで彼女の「死体」を処理することだったという。損傷を隠し、せめて綺麗な姿に。

 

 だが死体処理前の死亡確認の段になり、蘇生反応が見られた。

 

 そのため急きょ治療が施され、今のユースティアがある。

 しかし、エレンピオストップクラスの医療チームが総力を注ぎ込んでも、ユースティアを全快させることはできなかった。

 そも、首を貫いて生きていた時点で奇跡だ。精霊はそれ以上の奇跡はふるまってくれなかった。

 

(いつまでこうしてられるんだろう。あたし、いつまでユースティアのお見舞いに行けるんだろう)

 

 水道水の勢いを借りて花瓶の中をざっと洗う。そして、持ってきた花束の包装を一つ一つ外していき、根本をハサミで少し長めに切った。

 

(いつかユースティアも、ルドガーやユリウスさんみたいにいなくなるって、ちゃんと聞いてるのに)

 

 

 

 病室に戻ったノヴァは、ユースティアのベッドサイドのテーブルに花瓶を置いた。

 

 体だけが生きていて中身がない。今のユースティアはそういう状態だ。こうして生命維持装置に繋がれていても、完全に息絶えるのは時間の問題だと宣告されている。

 

(あたし、いつまでこの子を見守ってるんだろう)

 

 こうなる前は会ったこともない少女に、ノヴァは特別な愛着を懐いていた。

 理屈ではなく、ただ、感じるのだ。ユースティア・レイシィは、ノヴァがそばで守るべき少女だと。

 何故そこまでするの、とヴェルに問われたことがある。ただ、そうしないといけない気がする、そうしたいんだと、答えた。

 

 

 見舞い客はノヴァ以外にも訪れる。その中でも頻繁に足を運ぶのがアルヴィンだった。一度何故かを尋ねると、「妹か娘みたいな、特別な友達だから」と彼は答えた。とても、寂しそうに。

 

「この子は待ってるんだ。帰って来るのを。あいつが帰って来るまでにくたばることは絶対ない」

 

 誰を、どういう理由で待っているのか。2年も経てばノヴァも何とはなしに理解していた。

 

 ノヴァはそっとユースティアの手を握った。槍を扱っていたと聞いた手は、2年の入院生活ですっかり少女らしく柔らかいものになっていた。

 

「待っててもね、帰って来ないんだよ。それでもずーっと待つの?」

 

 眠るユースティアは返事をしない。それが返事に思えた。頑として態度を変えないという返事に。

 

「……そっか。ユースティアは強いね。羨ましいよ」

 

 ノヴァの周囲は変わらずにいることを許してくれない。

 

 2年も働けば、職場のお節介な中年が忙しなく縁談を持ちこんでくる。そうでなくとも、同僚も結婚に意欲的になり、どこそこのコンパに行かないかと誘ってくる。

 

「あたし、もう、挫けそうかも」

 

 

 その時だった。

 握っていたユースティアの手がぴく、と震えた。

 

 

 硬いてのひらは、弱々しく、されど精一杯に、ノヴァの手を握り返した。

 

「ユー…っ」

 

 ノヴァは椅子を蹴倒して身を乗り出す。だが、すでに彼女の手から小さく懸命な握力は消え失せていた。

 

「……あは。ユースティアは厳しいよね。挫けたくても、これじゃしばらくはできないじゃん」

 

 ユースティアが死体同然でも生命活動を維持しているのは、本人の意思の力だ。

 ユースティアはただあの人を待っている。あの人が枕元に立ち、もう終わりにしていいと告げるのを待っている。

 その宣告を得られた時、この少女はようやく頑張るのをやめて、眠ることができるのだ。

 

 ノヴァは握り返してきた手を持ち上げ、両手で強く包み込んだ。

 

 

(あたしは、ルドガーとユリウスさんを待ちたい。それが実を結ばなくても。結果じゃないんだ)

 

 

 世間があの兄弟を忘れても、ノヴァだけは覚えていて、そして帰りを信じ続けよう。この世の条理に逆らってまで己を生かすこの娘と一緒に。

 

 

(待ってます。この子と一緒に。ねえ――     ?)

 

 

 ユースティア・レイシィは今日も生きている。無数の管に繋がれて、運命の人を待っている 。

 




【アンドロメダ】
 エチオピアの王女。英雄ペルセウスの妻。
 母カシオペイアが神を侮辱する発言をしたことで、怪物の生け贄とされ、波の打ち寄せる岩に鎖で縛りつけられた。そこを通りかかったペルセウスが、怪物を倒し、岩の鎖から彼女を解き放った。


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Epilogue other ペルセポネ/アンダー

 堕ちる、堕ちる、堕ちる。

 

 まるで海に沈んでいくようにゆったりと、彼らは底のない異空を墜落していっていた。

 

 

 “来てくれてうれしかったよ……”

 

 

 彼らが「カナンの地」に辿り着いた時点で、時歪の因子の上限値を示すカウンタードラムは999998を示していた。その数字が何より雄弁に、あと二人の犠牲が必要だと、語っていた。

 

 

 “ちょっと、綺麗すぎたけどな”

 

 

 彼は問いかけた。付き合ってくれるか? と。

 彼は答えた。弟のワガママに付き合うのなら悪くない、と。

 

 

 “絶対忘れない……約束”

 

 

 兄は弟の力となり、弟は一人の少女を助けることを最期の祈りとして、自ら消滅を選んだ。

 

 時歪の因子として、数多の分史世界と共に砕かれたはずの彼らに、両者が混濁してでも意識があるのは、どんな精霊が恵んだ気まぐれか。

 

 兄弟は小さく弱い明滅となって、時の狭間の海に堕ちていく――はずだった。

 

 ふわ。二つの掌が、蒼と翠の明滅を受け止めた。

 

 

「初めまして、と言うのもおかしな感じだな。ルドガー・ウィル・クルスニク。ユリウス・ウィル・クルスニク」

 

 

 息を呑んだ――呑んだ、と生前の体の記憶が感じた。

 

 天空色のマナを惜しげなく零しながら浮遊する女。彼女は、まさか。

 

 

「そうだ。ユティが持っていた『道標』のおかげですっかり出そびれた正史世界のミラ=マクスウェルだ」

 

 

 ミラそっくりでありながら、根本から異なる存在。これが元素精霊の女王の威厳というものか。

 

 

「ああ、別に責めているわけではない。むしろこの場に留まれたのを僥倖と感じている。こうして君たちを待ち受けることができたのだからな」

 

 

 それは無意味な行為だ。何故なら兄弟はすでに魂だけの、消えゆくだけの存在に成り果てた。今のこれは、それぞれの黒い歯車が砕け散るまでの一瞬を引き延ばした時間に過ぎない。

 

 

「実は私も君たちと同じような体験があるんだ。一度死して肉体を失ったが、魂だけは四大に救われて、『私』のままでまたジュードたちに会えた。――ここは正史でも分史でもない空間。時歪の因子(タイムファクター)となった君たちだからこそ辿り着く場所。だからここで君たちを待っていたんだ」

 

 

 ミラは、何でもないことのように、頼もしく笑んだ。

 

 

「私が君たちの肉体を再構成する。年齢は、そうだな、クロノスに成長を速めさせて元に戻してもらう。マクスウェルが私を作った時の応用だ。クロノスもオリジンから言われれば聞かざるをえまい。それでも無理なら2,3年はかかってしまうかもしれんが――構わないか?」

 

 

 ルドガーは想った――エルとミラのもとへ戻れる。

 ユリウスは想った――ユティのもとへ戻れる。

 

 新しく始めるために。終わらせてやるために。動機は違えど、兄弟は現世への帰還を渇望した。

 

 帰りたい、帰してくれ、遺してきたものがあるんだ、彼女たちに会いたいんだ――

 

 

「君たちの想いの丈は理解した」

 

 

 ミラ=マクスウェルは優しく微笑んだ。

 

 

「では行こう。まずは精霊界で魂の休息だ。君たちは本当によく頑張ったからな」

 

 

 ミラはふわりと舞い上がる。

 

 天には光。暖かいのに鋭く刺さる。

 

 ミラの手の中で魂のまま、兄弟は浮上後の世界に晒されて―――――…




【ペルセポネ】
 冥界の女王。ハデスに連れ去られたことで冥王の后となる。時には冥界に来た者に知恵を授けて生き返らせる。
 一説では、アルケスティスの夫に対する愛情に感動して、彼女を生き返らせたともいわれる。

※ 2013/12/24執筆


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Epilogue other ペルセポネ/オーバー

 [No Voice]


「「「「「エル! お誕生日おめでとう!」」」」」

 

 パンパンパン!

 クラッカーが弾け、色とりどりのリボンがエルに降り注いだ。

 

 この日、エル・メル・マータは10歳の誕生日を迎えた。

 

「ありがとう、みんな」

 

 笑って答えると誰もが笑い返してくれた。ジュード、レイア、アルヴィン、エリーゼ、そしてミラ。さすがにガイアスとローエン、ミュゼは来られなかったが、エルにとってこうして祝われるだけでも幸せだった。

 

 

 

 

 オリジンの審判から2年の歳月が過ぎた。

 

 あれからエルはミラと二人暮らしを始めた。今はトリグラフの中の下アパートで慎ましく毎日を送っている。

 ルドガーとユリウスのマンションは、収入などないに等しい彼女たちでは借り続けられなかったので出て行かざるをえなかった。

 

 働ける年齢ではないエルの分も補うように、今はミラが稼いでくれている。学費も生活費も全てミラ頼りだ。他にもジュードたちが融資してくれているのを知っている。

 

 いつか大人になってうんと稼いでミラを楽させてあげて、みんなにお金を返すのが、今のエルの夢である。

 

 今の生活があるのはガイアスとローエンという強大なコネのおかげだ。彼らに頼んで戸籍を無理に融通してもらって、エレンピオス国籍を取得したからこうしていられる。

 

〔パルミラ・イル・マータ〕

〔エル・メイム・マータ〕

 

 これが今のエルたちの名前だ。

 

 ミラのファーストネームはローエンが考えた。エレンピオス史に登場する遺跡の名で、「バラ色の街」という意味だ。ミラの目の色と同じバラ色の。

 

 

「楽しかったねー」

「そうね。たまにはこういうのも悪くないわ」

 

 エルとミラは二人でパーティー用に並べた食器を片づける。

 どれも綺麗に平らげてられている。エルが手伝えた料理はほぼないが、大好きなミラが作った料理をみんなが残さず食べてくれたのは誇らしかった。

 

 二人でシンクに並べた皿を、泡立てたスポンジで洗っては流していく。

 

「ミラのスープ、チョーおいしかった! 腕上げたねっ」

「そりゃ抜かなきゃいけないライバルが二人もいるんだもん。モタモタしてらんないわ」

 

 二人――ルドガーと、エルの父親。

 

「……エルは、ミラのスープはミラのスープのまんまでいいと思うけどな」

「何で?」

「だってミラのスープの味まで忘れるようなことになったら……だから、せめてミラは……」

 

 ミラは一度蛇口を停め、タオルで手を拭いてからエルを抱き締めた。エルが踏み台に載っているからちょうどいい高さで抱き合える。

 

「ミラのスープは、ミラの味のまんまでいい。ルドガーとかパパの真似しなくていいから。いつか食べらんなくなった時、絶対思い出せるようにそのままにして。おねがい――」

 

 

 ――ルドガーとユリウスは帰って来ない。エルを救うために二人とも時歪の因子(タイムファクター)化して消滅した。

 

 審判の門にルドガーが来てくれた時は嬉しくて泣いてしまった。でもおかしかったから聞いた。ユティはいないの? と。

 

 するとみんなが哀しそうな顔をして。

 

 ユリウスが言った。あの子は「橋」になった、と。

 

 それからは怒涛の展開。ルドガーとユリウスが、ビズリーから願いの権利を奪うために共闘して。上限値まで残り二人だった時歪の因子(タイムファクター)カウントを埋めるために兄弟で時歪の因子(タイムファクター)化すると宣言して。

 

 ただでさえ弱っていたエルには彼らを止める術がなかった。

 

「……エル。少し外、歩かない?」

 

 エルは無言で肯いた。

 

 元からパーティーのためにめかし込んでいた二人は、コートだけを上から着て部屋を出た。

 

 

 

 

 木枯らしが吹き抜けるトリグラフの大通りを二人で歩く断界殻が無くなった影響からか、エレンピオスにも春夏秋冬の霊勢が現れるようになった。。

 

「さぶーいっ」

「もうすっかり土場(ラノーム)(冬)ね」

「ミラっ、手」

「はいはい」

 

 ミラが差し出した手を、エルは握ってポケットに突っ込んだ。こうするとあったかいと巷のCMでやっていて、エルが提案して以来、すっかり冬の風物詩になった。

 

「――エル、さっきの話だけどね」

「うん」

「変わらないでいるのって難しいわ。スープの味も、私自身も。だから一つだけ。私はエルの前からいなくなったりしない」

「本当に? 絶対?」

「ええ。昔みたいな弱虫でいるもんかって決めたから。あなたにしがみつけるくらいには成長したと思ってるけど?」

 

 ミラは確かに変わった。例えばこういう冗談を言うのが上手くなった。例えば手を繋ごうと言っても照れたりしなくなった。

 

 エルもまた変わった。背が伸びた。お気に入りの帽子もリュックサックも体より小さくなった。学校に通うようになってたくさんの言葉や知識を覚えた。

 

 変わらないのは難しい。それでもエルは忘れたくない人たちなのだと――

 

「エル! パルミー!」

 

 知った声にミラともどもふり返る。直後、きゃー、と水色の大精霊がエルとミラに抱きついた(ちなみに「パルミー」とは彼女が正史のミラと分史のミラを区別するために付けたニックネームである)。

 

「ミュゼ!」

「どうして? 来れないんじゃなかったの」

「予定が変わったの。エルの誕生日だったし、ちょうどよかったわ」

「エルのことなの?」

「いいえ。私たちみんなのこと。一番に教えてあげるなら貴女たちがいいかなと思ったの」

 

 ミュゼが語るのは、ウソみたいな本当の話。

 ミラではない「ミラ」が用意してくれた、とびきり素敵なサプライズとプレゼント。

 

「そんな……こんなことって、本当に……」

「ミラ! ノヴァ、ノヴァにも教えに行かなきゃ!」

 

 ノヴァ・ヒュウ・レイシィ。病院で深く深く眠り続けるユティのそばに付いている、おそらく正史世界で一番ユティと近い女性。

 

「そ、そうね…あ、もう面会時間終わってるっ。ちょっと待って…」

「病院がダメなら本人に直接言いに行けばいいのよ。ほら、レッツゴー!」

「ゴー!」

「ああもう、相変わらず破天荒な人ねえ! エルも! 走ると転ぶわよ!」

 

 

 

 

 今日もユースティア・レイシィの病室から帰っていたノヴァの前へ、異色の3人組が現れて彼女を仰天させるのは、もう少し後のお話。

 




 ※2013/12/24時点執筆

 Merry Christmas!!
 今まで愛読してくださった読者の皆様へ贈ります。クリスマスですよメリー(>_<)!

 タグ詐欺だと言わば言ってください。作者的には「完全無欠」のEDではないと考えますので。これはあくまで「あるかもしれないEDの可能性の一つ」という形で受け取っていただければ幸いです。

 ずーっと引っ張ったミラ様は実はこのためでした。


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Report(番外編)
Report1 カストール


 どうして? あなたは強いのに


 カメラのレンズよし。フレームよし。充電よし。電源よし。

 メモリーカード2枚とストレージ。充電器。予備のバッテリー。旅行用ガイドブック。三脚。レンズ。ショートスピア。1ページ式のミニアルバム数冊。

 財布。GHS。タオル。替えの下着。

 装備を一通り確認し終えてから、それらを三脚ケースに詰める。機材は傷まないように、それ以外は適当に。

 詰め終わったらジッパーを閉じ、ケースを肩に担ぎ、カメラを首から提げる。

 

 キッチンでエプロンを着て料理中のルドガーに声をかける。

 

「出かけてくる」

「撮影か」

「ん」

「気をつけて行けよ。帰りは?」

「未定」

「分かった。帰る前に連絡入れろよ」

「ん。いってきます」

 

 ユティはルドガーに手を振って部屋を出た。

 

 

 

 トリグラフ郊外。ユティは小走りに待ち合わせの相手に近寄った。陰鬱としたこの地域に不釣り合いな、清潔なコートを着た男。

 

「ユリウス。来たよ」

「――、ああ」

 

 GHSを操作していたユリウスが顔を上げ、ユティを認めた。

 

 撮影旅行と称してユティはひんぱんに出かける。誰もそれを不審がらない程度には、ユースティア・レイシィはカメラフリークであると思わせる演出をしてきた。実際はこうして、ユリウスと密会し、分史世界の探索をするための外出。

 もっとも入った分史であちこち撮影するから、撮影のためという理由はあながちウソではない。

 

「時間きっかりだな。さすが」

「それほどでも。早く行こう」

「ああ。頼む」

 

 ユリウスはGHSを操作し、座標進入点のデータを画面に呼び出し、ユティに手渡してきた。

 ユティはGHSを受け取ると、ポケットの夜光蝶の時計に触れて、感覚の中で両者をリンクさせた。

 そして、一組の男女がまた新しい分史世界へと踏み込む。

 

 

 

 

 

 ザワ。ザワ、ザワ。ザワ。

 

「どこ?」

「マクスバードだな。エレンピオス側の。偏差を見るに近くに時歪の因子(タイムファクター)があるはずだが」

 

 ふとユティがユリウスのコートの袖を引いた。

 

「ねえ。あれ、何?」

 

 ユティが指さしたのは、埠頭のあちこちに止まっている鳥。

 

「カモメだよ。見たことないのか?」

「初めて見た。あれ、生き物? 本物?」

「少なくとも俺はあれほど精巧な機械人形(オートマタ)は見たことがないな」

 

 するとユティは軽やかに駆けていき、地面を歩く一羽のカモメの前でしゃがんだ。こういう盛り場に慣れた生物は人間を怖がらないものなので、ユティが近くで見ていてもカモメは飛び立たない。ユティはそれをじっと見つめ続ける。

 

 ユリウスはつい歯切れよい溜息と共に苦笑していた。

 

「エサでもやってみるか?」

 

 近寄って上体を折って、しゃがむユティに提案する。

 

「何がごはん?」

「鳥は基本雑食だから何でも大丈夫だぞ。ほら、あの辺の露店の、パンくずとか野菜の切れ端でもいい」

「10秒でもらってくる」

 

 ユティは俊敏に立って露店へと走っていった。

 

 こんなふうに和む余裕はないと頭では分かっている。行くぞ、と一言告げればユティは文句を言わずに働くこともこれまでの付き合いで知っている。

 それでもユティの道楽を黙認するのは、ユリウス自身が逃亡生活に倦んでいて、新しい刺激を欲しがっているからなのだろう。

 

「もらってきた」

「ジャスト10秒……」

 

 戻ってきたユティは質の悪い紙袋の口を掴んで持ち上げた。

「じゃあ手に持ったまま近寄ってみろ。手を開けたままにすると、タチが悪いのはエサだけ()って逃げるから、手の中に握り込んでおくんだぞ」

 

 ユティは紙袋を持ってカモメの群れに向かおうとした。しかし、はたと間を置いて、Uターン。

 

 ユリウスが見守っていると、ユティは三脚ケースを降ろし、中から三脚を立ててカメラをセットし、しばらくカメラをいじったり覗いたりしてから戻ってきた。そして、素直にもユリウスが言った通りのやり方でカモメを呼び寄せ始めた。

 

 ユリウスは広場の噴水の縁に腰を下ろし、ぼーっとユティを眺めた。

 くるくる。好き勝手なステップ。人間が好き勝手に動いても鳥たちは捕食本能のままにユティに付いて回る。少女とカモメの即興舞踊。

 

 足りないのはバックコーラスだけ。

 ユリウスはふと、なんとなく、本当に気まぐれに。癖になった「証の歌」をハミングしていた。

 

「その歌」

 

 ユティがステップを踏むのをやめて、こちらを向いてごく淡く笑った。

 

「その歌、大好き。寝る前にとーさまが歌ってくれた」

 

 そしてユティは唄い始める。伸びやかなハミングは波音とカモメの鳴き声をバックコーラスに、潮風にほどけてゆく。

 ユリウスは、自身以外の声でこのメロディを聴くのが初めてだったので、ついユティが歌い終わるのを待ってしまった。

 

「君のお父さんはクルスニク直系なのか」

「うん」

「それなら証の歌が伝わっていても不思議はない……か?」

 

 もっと深く尋ねてみようとしたユリウスは、ユティが話す内に手を開いているのに気づいた。

 エサの屑でベタベタのままの手の平を、だ。

 

 次々に肩や腕に止まるカモメの群れ。数は暴力である。ユティはどんどん萎縮していく。あっとういうまにカモメまみれだ。

 

「や、や、ぅぁ」

「言わんこっちゃない――!」

 

 ユリウスは急いで駆け寄ってユティに(たか)るカモメを手で追い払った。

 

「びっくり、した」

「こっちがびっくりだよ」

「本物の生き物って、あんなに俊敏なのね。初めて知った。しかもすごく捕食に貪欲で、凶暴で。すごい勢いで集まってきた。全然可愛くなかったの。ワタシ人間なのに全然従順じゃなくて、エサ奪い取ろうとするだけなの。すごいね」

「――もしかして今、興奮してるか?」

 

 両拳をぶんぶん振っていたユティは、自分がどういう状態か分かっていないように首を傾げた。

 ユリウスは片手で顔を覆って盛大に肩を落とした。

 

「あ」

「今度は何だ」

「カメラ。撤収」

 

 ユティは駆けていってカメラを回収し、三脚をすばやくケースに納めていく。

 

(どこまでも自分のペースで生きてる子だなあ。いっそ清々しいくらいだ)

 

「エサ、余った」

「適当にくず籠に捨てればいいさ。――さて、そろそろ時歪の因子探しに行くか」

「ココのはヒトかな、モノかな」

「君はどっちがいいんだ」

「どっちでもいい。ちゃんとどっちでもできるように教えてもらった。ユリウスは?」

「君と同じだよ。やることは同じならどちらでも変わらない。個人的な希望としては魔物だが」

 

 良心の呵責に悩まされずにすむ。物に次いで後味の悪さもない。

 

「選択肢にないの、言った。反則」

 

 ユティは軽く頬を膨らませた。案外年頃の娘らしい顔もできるじゃないか、とユリウスは小さく笑う。

 

「選択方式だと先に宣言しなかったほうが悪い。まあ、普通の魔物ならまだしも、ギガントモンスターだったら少し悩むが」

「何で?」

 

 ユティは純粋に分からないというふうに首を傾げた。

 

「ギガントモンスターがどういうものか知らないのか? 普通のエージェントや傭兵じゃ太刀打ちできないからギガントなんて名が付いたんだ」

「普通のエージェント、じゃない。アナタは誰より強いのに」

 

 ユリウスを見上げる蒼眸(そうぼう)には一点の曇りもない。

 彼女は本気で、ユリウスならどんな強大な魔物であろうと楽々勝てると信じている。憎らしくなりそうなほどに、偶像のユリウス・ウィル・クルスニクを信じている。

 

「強いフリをしてきただけだ。実際には俺程度ならそこら中にいる」

「いない。ビズリー社長、言ったもん。ユリウスは最強のエージェントだ、って」

 

 ユリウスは言葉を失った。まさかビズリーの名を出されるとは予想だにしなかった。だが、すぐに嘲笑が口に昇る。

 

「……俺の凡庸さを一族の誰より知るあの男が? 本当にそんなことをぬかしたなら、皮肉以外の何でもないな」

「本当なのに……」

「無駄話はここまでだ。時歪の因子(タイムファクター)を探すぞ」

 

 ユティは肯いてから、紙袋を破いた。パンくずやしなびた野菜が辺りに散らかる。突如として現れた大量のご馳走に、カモメたちが殺到した。集まったカモメの中には、エサにありつきそびれて露店を狙うのもいて、露店商の悲鳴がちらほら聞こえた。

 

(俺を一番に見限ったのは、他でもないあなたじゃないか)

 

 ユティが物言いたげに見上げてきた。何でもない、とそっけなく答え、歩き出した。




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
る「して(なれ)よ。本編途中で番外編とはこれ如何に」
あ「ぶっちゃけ作者がスランプ中」

(; ̄ー ̄川( ̄Д ̄;;

あ「夜は薬に頼らないと眠れなくてそれでも悪夢を毎晩見てそのせいで日中眠い上に動悸もヤバイ日々を送っている中で番外編上げただけでも良しとしてやってくれ」
る「……是非も無し」
あ「安心しろ。プロット自体はすでに最終話まで出来ている」
る「というかとっとと病気を治せ作者……」
あ「心理的病だから無理。――今回はユリウス兄さんとオリ主の関係を描いた短編だ。M6以来、協力体制になった二人の一部を紹介してみた」
る「ユリウス氏がカモメとの戯れ方に手馴れておったのはルドガー氏が幼い頃に似たようなレジャー経験があったゆえぞ。(21)ではないと注意申し上げておこう。ちなみに(21)がお分かりになれぬ諸兄、我はそのまま諸兄にピュアでいてくれることを願う」
あ「ルドガー君がただでさえエルコンなのにユリウスさんまで(21)行かれたら俺も作者も泣くよ!?o(;△;)o」
る「泣くでない、見苦しい(-。-;)。しかし(21)でないにしろ、そこそこオリ主とユリウス氏の距離が縮まってきたような」
あ「そりゃあ原作キャラと仲良くしないで何のためのオリ主だよ」
る「メタな発言をするでない。返しに困るわ」
あ「そしてローエンの言う通りブレないオリ主ちゃん。今回で動物が苦手というか、よく知らない? 事実発覚」
る「鳥類でもポピュラーなカモメに対して『生き物?』と尋ねるのは意味深なり。人間に従順ではない、可愛くない点に驚くのも違和感がある。野生動物の常態であろ」
あ「てかさ。一個あの親子? にツッコミ入れたい」
る「何ぞ?」
あ「ゴミはゴミ箱に捨てなさい! そしてユリウスも露店の人が困ってるのさくっとスルーしないの!」
る「……ある意味この二者に同じ血が見られた回であったな」

ι(`ロ´)ノヾ(-_-;)

※ 注意とお詫び
「M6以降で協力関係」と書きましたが、この時間軸ではまだユリウスは拘束中なので矛盾が生じることに気づきました。作者のミスです。実際はM4とM5の間の出来事です。申し訳ありませんでした。

【カストール】
 ゼウスとレダの子。ジェミニ(ふたご座)の片割れで、弟は剣とボクシングの名手ポルックス。父親は違っていて、弟は不死を持っていたが、カストール自身は普通の人間だった。そのため戦争で流れ矢を受けた時に死亡。


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Report2 ヒュプノス

 あなたのそばでわたしは眠る


 エレンピオス北部。ヘリオボーグ精霊研究所。源霊匣(オリジン)研究の一大拠点であり、有事には軍事要塞にも早変わりする巨大研究施設の、所長室。

 

「……またかよ」

 

 ドアを開けた所長、バランは入口で溜息をついた。

 

 

 

 

 所長室の仮眠用ベッドの上ですやすや眠る、一人の少女。バランのここ最近の頭痛の種だ。

 ユースティア・レイシィ。従弟アルフレドの友人。バランも駆けずり回り、命の危険に晒された、過日のアルクノアによる親善使節団襲撃事件で知り合った少女だ。

 

 そのユースティアことユティが何故、所長室のベッドで寝ているかというと――

 

 所長とはいえバランも研究員だ。部屋を開ける時間は長い。ある日、所長室に戻ると、ユティがベッドを無断使用して寝ていた。バランはドアに鍵をかけた上で(決してやましい行為に及ぼうとしたからではなく、職員に目撃されてあらぬ誤解を招きたくなかったからだと断言する)、彼女を起こして理由を尋ねた。

 

 ――“アナタの顔見たくて来た。ここで待ってたら必ず会えると思って。そしたら寝てた”――

 

 それからユティはたまに所長室に訪れては、眠るようになった。

 ひんぱんでもないし、自宅に押しかけられるよりマシかとポジティブに考え、バランは少女の奇行を黙認した。

 そして、現在に至る。

 

「おーい。そんなとこで無防備に寝てると襲っちまうぞー」

 

 お決まりの文句を適当に放る。返事はない。

 バランは資料の束をデスクに適当に置いてから、ベッドに膝を突き、ユティの上に覆い被さる。

 

「おーい、お嬢さーん。オオカミですよー」

 

 返事がない。

 バランは手を伸ばし、ユティの額にかかった髪をどけて――髪質ユリウスに似てんなー、と思ったが今はスルーだ――ほっぺたを抓った。

 

「おーい。ユースティア~」

「……ぅ」

 

 ようやくユティはうっすらまぶたを開けた。

 

「あ、れ? ここ……」

「おはよう、お寝坊さん。目が覚めたとこで状況確認しようか。今、君、どんな状態?」

 

 ユティはまぶたを両手でこすってから、バランをじっと見上げた。

 

「バランに襲われそうになってる」

「大正解。で、こういう時の対処法は?」

「悲鳴を上げる、または、相手の急所を蹴る」

「後者は男としてあんまりされたくないけど、両方正解。悲鳴ってのは相手が名誉ある人間、例えば俺みたいな管理職だとひっじょーに有効だね」

「したほうがいいの?」

「君が身の危険を感じるならそうすべき」

 

 眠気の残る蒼眸がゆらゆら彷徨う。

 

(いやそこでシンキングタイムを挟むのは女子としていかがなの? 普通はコンマ1以下で悲鳴でしょ)

 

 やがて答えが定まったのか、ユティはまっすぐにバランを見据えて言った。

 

「いいよ。バランがしたいなら、手、出しても」

 

 バランは面食らって言葉が出なかった。

 

 しばらくして、おもむろにユティの上からどいて深い深いため息をついた。ユティは起き上がって不安げに首を傾げる。

 

「あのね。男のロマンは恥じらう乙女に迫ることなの。現実には『イヤよイヤよも好きの内』なんて求めたらセクハラ扱いされるって分かってても男は夢を捨てらんないの。そうでなくても程よくイヤがってくんないと燃えないの。分かる?」

「……ごめんなさい。次から気をつけます」

「あと相手は選ぶこと。女の子なら特にね。今日の教えは彼氏ができるまで封印しときなさい」

「はい」

「よろしい。んじゃ、もっかい寝ていーよ」

 

 許可を出すなりユティはベッドに倒れた。今のは明らかに受身を取っていない音だったが、本人はウトウトし始めているので平気なのだろう。

 

「――、そんなに眠い?」

「ねむ、い」

「ルドガーんちに下宿してんだろ? 気を遣って眠れないのか?」

「ちょっと、違う。警戒してる、から、浅くしか、寝てないの」

「ルドガーに襲われないかって?」

「違う。ルドガーが襲われないか」

 

 クランスピア社のエージェントならなまじの敵は撃退できると思うが。

 

 

「バランのそばが一番よく眠れる」

 

 

 もう一度聞こうとした時には遅かった。少女はすでに眠りの世界に帰ってしまっていた。

 

 

 

 

 ――従弟の連れという時点でただ者ではないと察したが、深くは問わなかった。従弟にも、異国からはるばる渡り来た新人研究員にも。

 どうせ1年前みたく世界規模のでかい案件を背負っているに決まっている。あいにくとバランはそこまで重い荷物は負いたくない。

 

 言われれば手は貸してやるが、どいつもこいつも言いやしない。

 

(たすけて――って言えない大人になるのが、一番めんどいってのに)

 

 その点、ユティは分かりやすい。彼女がバランに求めるのは快適な睡眠環境、それだけだ。

 不眠症らしきことは今まで話す中で気づいていた。理由を問うたのは今日が初めてだったというだけで。

 

(この分だとアルフレドも一枚噛んでんだろーなー。何でみんなして望んで苦労をしょい込むんだかねえ)

 

 もっともバランも人のことは言えた義理はないが。何せ研究に研究を重ねても失敗続きの源霊匣(オリジン)の開発責任者などしているのだから。

 

 バランは眠る少女の下からブランケットを引っ張り出し、上からかけてやってから、デスクに座った。

 

「――おやすみ。陰の努力家さん」

 

 さて、とバランは伸びをしてデスクに資料を広げた。国を憂う一研究者として、自分もあと少し頑張ろう。

 

 

[公開 2013年02月23日(土) 03:04]




 オリ主とバランがどんな関係かを端的にまとめてみました。オリ主の世界でもバランとのやり取りはこんな感じです。実践と質疑応答による教育。ただし手は上げませんし出しません(←重要)
 ちなみに本作のバランさんにとってオリ主ちゃんは完全に圏外です。乗っかったのも単にオリ主の危機管理意識を養うためです。何だかんだでいい人です。

【ヒュプノス】
 「眠り」を神格化した神。人の心を静め、悩みを慰める。人の死は、ヒュプノスが与える最後の眠りであるという。他の神々に誰それを眠らせてくれと頼まれると、ほぼその頼みを受け入れて対象を眠らせるという、人の良い性格。


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Report3-1 アキレウス/シャドー

 わたしが知らないあなたのコト


 今日のユティはドヴォールに来ていた。先日レイアが捕まえそびれた出資者の猫をこの辺で見かけたという情報が入ったからちょっくら言ってこい、と編集長に放り出されたレイアに同行し、本日は二人で猫探しである。

 

 ユティはレイアと別れ、写真を使って聞き込みをしながらお目当ての猫を探し歩いていた。写真はレイアとの初対面の時、レイアが白猫を一時的に捕獲した姿を収めたものだ。

 

 路地裏を歩きながら、ユティは写真に目を落として考えを巡らせた。

 

(白い毛並みで頭頂だけ金茶。蒼い目。ループタイの首輪。左の前足が黒。何より、この白猫の名前が『ユリウス』だってことを考えると、ユリウスに似てるから飼ってる目算が高い。ただのファンとかならいい。でもそうじゃないなら。ユリウスはもちろん、ルドガーの情報を下手に握ってる人間が飼い主なら。消すことも視野に入れなくちゃ。人一人、痕跡もなく消す方法もちゃんとおじさまから教わった。正史での実践は初めてだけど、おじさま方がユティに教えたことで、できないことがあるわけがない)

 

 考えを巡らせながら路地を曲がり――

 ユティは、彼女にしては珍しく、驚いてその場に立ち尽くした。

 

「やっと捕まえた。頼むからもう逃げないでくれよ」

 

 お目当ての「ユリウス」は見つかった。しかしながら、本家大元の「ユリウス」まで一緒にいるとは夢にも思わなかったからだ。

 

 ユリウスは白猫を撫でていた。猫も猫で、害のない人間と分かっているのか、撫でられるままにさせている。

 ユリウスがルル以外の猫と戯れる。レア映像だ。

 ユティはすぐさまカメラを構えてシャッターを切った。タイトル「浮気現場ニャ」。

 

 シャッター音で気づいたユリウスがこちらを向き、盛大に顔をしかめた。

 

「よりによって君か。尾けてきたのか?」

「今回のは偶然。誓って、偶然。その猫、探してたの。飼い主がレイアのスポンサーで、持ってかないとマズイっていうから」

「レイア?」

「『デイリートリグラフ』の記者見習い。ルドガーの新しい仲間。かわいくて元気な、17歳の女の子」

 

 ユティは猫探しに使っていた写真をユリウスに見せた。

 

「この子」

「リーゼ・マクシア人か」

「よく分かったね」

「グリーン系の目はリーゼ・マクシア人の特徴だからな」

 

 ユリウスに写真を返される。

 

「……ルドガーの目、翠じゃなかった?」

「あいつのは先祖返りだ。始祖クルスニクの目はエメラルドグリーンだったらしい。だからグリーン系の目はリーゼ・マクシア人の特徴、というよりは、始祖クルスニクの血を引く民の、と言うべきなんだろうな」

「ニ・アケリア村に色んな緑の瞳があったの、そのせいだったのね」

 

 返してもらった写真で口元を隠して考える。

 

(じゃあエルの目が翠なのも肯けるわね。運命の妙ってこういうことかしら。クルスニクの血を最も濃く継いだ血統者たちが審判のクライマックスに生まれて舞台に上がるなんて)

 

 ユリウスは白猫を抱き上げると、ユティに差し出した。ユティはおそるおそる受け取る。白猫は大人しくユティの腕に納まった。

 生温かい。緊張する。ワイバーン以外で本物の動物に触るのは初めてだった。

 

「飼い主がどこにいるかは分かってるのか」

 

 首を横に振る。白猫の飼い主がマルクスという老人で、ドヴォールで慈善事業をしているのはレイアから聞いたが、所在地までは知らない。猫を見つけた後でレイアに聞けばどうせ分かる、と考えて聞かずにおいた。

 

「そうか。今もこの街に住んでいるなら、住所は――」

 

 ユリウスが述べる番地を耳で覚える。

 

「ん、分かった。届ける」

「……メモもしないで覚えたのか?」

「覚えた。××××-×××-×××××」

「俺が間違ってたよ」

「他には?」

「何が」

「この猫の飼い主に伝えること、もっとあるんじゃないの。アナタには」

 

 す、と蒼眸が細まり、ユティを射抜く。何を知っている、どこで知った、と無言で詰問する目。

 

「住所知ってるくらいだから、深い知り合いだと思った」

「それだけか」

「この子の名前が『ユリウス』で、アナタそっくり」

 

 やがてユリウスは長い溜息を落とした。

 

「実家にいた頃の執事頭だったんだ。その時から彼は『ユリウス』を飼っていたからな。こいつもそうだろうと踏んだ。……あの時期、俺の気持ちを察してくれたのは爺やだけだった」

「この子は3世」

「やっぱりまだ続いてたか。爺やもしょうがないな。じゃあ一つ伝言を頼む。『心配をかけてすまない。あなたの孫は元気でやってる』。それで通じるはずだ」

「分かった。確かに伝える」

 

 反射で即答し、はた、とユリウスの発言の中に聞き捨てならないフレーズを拾い上げた。

 

「……孫? 執事さんじゃないの?」

「色々複雑なんだよ」

「教えては、くれないの?」

 

 父は祖母周辺については詳しく語らなかった。ユースティアには要らない情報だから与えられていないのだ。祖母についてユティが知るのは、「クルスニクの鍵」だった女性で、クロノスとの戦いで死んだという情報だけ。

 

「……そういう顔をしないでくれ。対応に困る」

「どんな顔もしてない」

「鏡を見てみろ。あからさまに不満だと書いてあるぞ」

 

 メガネを外して袖で顔を乱暴に拭く。ちなみに分かってやっている。詐術の師でもあった男が教えてくれた。相手の油断を誘うリアクションその17。

 

「してない」

「恐れ入ったよ……」

 

 結局、ユリウスとマルクス老人の関係を詳しく聞き出すことはできなかった。

 

 

 

[公開 2013年04月30日(火) 15:06]




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「『(お待ちください)』で表示した後書きをお読みの読者諸賢には大変な混乱を招いてしまった。何にも先んじてそれに謝罪したく存ずる」
あ「ちょっと一気に上げたもんで作者に余裕がなくてオレらの掛け合いまで考えつくかー! ってキレちゃってさー。とにかく実に申し訳ありませんでした!<(_ _)>」

こんなん→  (ノToT)ノ ┫:・'.::・\┻┻(・_\)キャッチ!

あ「今日は様式美すっ飛ばして解説に入るぜ! 今回は番外編。サブイベの猫ユリウス編をもじったSSだ。オリ主がちゃっかり撮ったWユリウスの写真は本編でいずれ出るからこっちも読んでくださってる方は本編のシーンでニヤッとしてくださると光栄だ( ̄ー ̄)b」
る「本当はユリウスとの思いがけぬ再会と秘密の逢瀬で終わるはずが、『ユリアルを幼なじみと明かしておきながらこの二人の絡み少なすぎじゃね?』と血迷った作者によってアルヴィンとのEPが追加されてしまったから作者は泣きを見ることになったのよの。どうせユリアルの会話がないなら別枠にすればよかったものを」
あ「んー。絡みはないけどアルヴィンにとっては意外と伏線だったりするんだよね。いや布石?」
る「オリ主はユリウス氏の知らぬ親戚関係に興味津々じゃの。この辺は父御より聞かされておらなんだか」
あ「ない。本文にもあるように『ユースティアには要らない情報』だからね。オリ主はコーネリアおばーちゃんのことさえ詳しくは知らん。知らない自分に気づいて何とかユリウスから情報を得ようとするがユリウスさんけんもほろろ。『教えては、くれないの』の一言に寂しさやらショックやら色んなものが滲み出てるろ」
る「『シャドウ』と後編の『ハイライト』はどちらも撮影用語じゃが、今回の『シャドウ』は『心の影』的な意味も強いというわけか」
あ「そゆこと。次回はアルヴィンとの絡みだ。ぶっちゃけこのEPは後付けで作者が一番orzした回その2だ」
るしあ「その1を知るのが怖いのう……」


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Report3-2 アキレウス/ハイライト

 わたしが新しく知ったあなたのコト


 路地裏を出たところで、アルヴィンとばったり会った。

 

「何してるの?」

「商人らしく行商中。おたくは?」

 

 ユティは白猫をずい、とアルヴィンの鼻先に突きつけた。

 

「レイアがマクスバードで逃がした猫。無事げっと」

「マクスバードからこんなとこまではるばる旅してきたのかー。自由求めすぎだろ」

「今から飼い主に届けに行く。この街のマルクスっていう慈善事業家のおじいちゃんだって聞いた。アナタも来る?」

「行く行く。商売の手を広げるチャンスだかんな」

「言うと思った。お仕事はいいの?」

「事情話せばOKしてくれるようなイイ奴が相方だからね」

 

 アルヴィンはGHSを取り出すと、短縮ボタンでどこかに電話をかけ始めた。

 

「もしもし、ユルゲンス? 俺。アルヴィン。――――。実は知り合いにバッタリ会っちまってさ。―――。――――。ああ、そいつ、迷い猫探ししてたんだよ。で、今見つけて、飼い主んとこに届けに行くんだと。若い女の子一人じゃ、この辺心配だから、送ってこうと思って。―――――。悪ぃな。せっかくドヴォールまで来たのに。――――――。お前の前向きさにはほんと頭が下がるよ。じゃ、また後で」

 

 通話が終わる。

 

「……お前の前向きさが好きだよ、って言ってほしかったな」

 

 アルヴィンが盛大に噴き出した。

 

「のぁ、なぁっ!? いいい、いい歳したおっさん同士で、んなこっ恥ずかしいこと言えっか!」

「とーさまとおじさま方は言ってた」

「俺はまだその境地には達してません! ほら、行くぞ。ほれ」

 

 アルヴィンが腕を差し出した。ユティは首を傾げながらもアルヴィンのエスコートに任せて歩き出した。

 

「どうして?」

「そういうのってやる前に聞くもんだと思うんだけどなあ。ドヴォールは治安がよくない。はぐれると大変だからさ」

「アナタのそういう、さりげない気遣いができるとこ、スキだよ」

 

 目を丸くしたアルヴィンを見上げ、ごく小さく笑む。

 

「お手本。次は頑張って」

「……善処シマス」

 

 

 

 マルクス老人の家は、豪邸でもないが標準の一軒家でもない、そこそこお金持ち感のある屋敷だった。訪問するとお手伝いさんが対応に出たところからも、裕福さが窺える。

 

 交渉にはアルヴィンが立ってくれた。未成年女子のユティより、風体は怪しくとも成人で商会を持つアルヴィンのほうが相手の信用を得やすいからだ。

 

「申し訳ありません。大旦那様は今お出かけ中でございまして。よろしければお預かりしますが」

「申し出は大変ありがたいんですが、彼女が、拾った人間からマルクス氏に言伝を頼まれていましてね。できればマルクス氏に直接お渡しした上で伝えたいと――」

「オネガイします」

 

 ユティは白猫を抱いて一歩前に進み出た。

 

「本当に、本当に大事な伝言、マルクスさんの大事な人から、預かってるんです。マルクスさんに直接届けさせてください。お願いします」

 

 ユティは腰を直角に曲げた。

 お手伝いさんはついに折れて、ユティとアルヴィンを屋敷の中に上げてくれた。

 

 二人(と一匹)は応接間らしき部屋に通され、お茶と茶菓子を頂きながら待つことになった。

 

「それにしてもビビったわ」

「なぁに?」

「おたくがあこまで熱心になるとこ、初めてだったからさ。言伝頼んだ奴、知り合いだったり?」

「熱、心。ワタシ、が」

 

 ユティはティーカップをソーサーに置き、戸惑った。ユリウスにも「顔に不満が出ている」と指摘された。

 

(表情筋コントロールに異常が出てる? まだ正史の環境に慣れてないからかしら。いずれにせよ、一日に間を空けず二人もの人間に指摘されたデータからそれは真実。気をつけなくちゃ。ぼーっとして拘りが分からない、それがユースティア・レイシィのキャラクターなんだから)

 

 ドアがノックされた。

 

 

[公開 2013年04月30日(火) 15:15]




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。前回に引き続き猫ユリウスSS後半戦だが、解説の貯蔵は充分か?」
あ「もちあたぼーよ! ユリウス編に続き後編はアルヴィン編。ま、これはぶっちゃけ完全なる蛇足だ」
る「当初の予定では全編のユリウスとの語らいで終わるはずだったとは前回の解説でも語ったの。されど(なれ)、前回『アルヴィンにとってはフラグ』発言をしたの。あれはいかなる意味か」
あ「あーあれね。ほらさ、猫ユリウス届けるためにマルクスじーちゃんを電撃訪問しちゃうじゃん? で、マルクスじーちゃんは慈善事業家。アルヴィン、コネを作ろうと商談に花を咲かせた」
る「で?」
あ「これ以上は先の展開のネタバレになるから自粛」

( ´Д`)=○ )`ъ’)・:’.,

あ「_|\○_……お前最近、ツッコミにヒネリがなくなってきたのな」
る「何じゃバズーカ砲でも持ってきてほしかったのか?」
あ「ヤメテ。じゃあ言うけど、アルヴィンは慈善事業についてマルクスじーちゃんから色々聞くことで将来的に啓発されたの。今言えるのはここまで! 以上!」
る「マルクス翁はオリ主の正体に気づいたのかの。ラストシーンは意味深であったが」
あ「うーん、どーだろ。ユリウスの深い関係者だってのは察しただろうけど。容姿もユリウスに近いし『まさか…』くらいは思ったかもね」
る「今回の番外編は何よりもオリ主にとって収穫が多い回であった」
あ「次こそはユリアルの絡みを書くぜ!」


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Report3-3 アキレウス/コントラスト

 あなたたちを知ってわたしが想うコト


 ユティはふり返る。お手伝いさんがドアを開けて、一人の老人に道を譲った。側頭部だけに白髪が残った禿頭、黒いサングラス。

 

(あのおじいちゃんが、お前のご主人様?)

(ニャー♪)

 

 アルヴィンが立ち上がる。ユティも立とうとしたが、白猫が膝に載っていてきなかった。

 

「勝手に上り込んですみません」

「いえいえ。我が家の猫を連れてきてくださった方々ですな?」

「はい。『ユルゲンス=アルフレド商会』のアルフレド・ヴィント・スヴェントです。あちらはユースティア・レイシィ。お会いできて光栄です」

 

 アルヴィンとマルクスは和やかに握手を交わしてから、それぞれソファーに座った。お手伝いさんがマルクスの分のお茶と茶請けを置いて出て行った。

 

 ユティの膝に陣取っていた白猫が起き上がった。白猫はユティの手を一舐めすると、正面に座るマルクスのもとへ行って足にすり寄った。

 

「おお、ユリウス。やっと帰って来てくれたか」

「一度はご依頼通り『デイリートリグラフ』の記者が見つけたんですが、当方のミスで逃がしてしまいまして。お届けするのが遅れてしまいました。本当に申し訳ありません」

 

 アルヴィンが殊勝に頭を下げた。ユティも真似をする。

 

(商談中のアルおじさま、カッコイイ。役得)

 

「束縛される生活がイヤで逃げ出したらしいですよ。動物の生態に詳しい知り合いが言ってました。たまには自由にさせてやったほうがいいかと」

 

(イバルの獣隷術でって言わない辺りは、さすが。エレンピオス人には馴染みのない、もしくは忌避されうる技術を無暗に口にしない。彼はエレンピオスとリーゼ・マクシアの距離感を心得てる)

 

「そうでしたか……すまなかった、ユリウス。これからは自由に出歩いていいよ。ワシのもとに帰ってきてさえすれば、な」

 

 白猫はご機嫌な鳴き声を上げた。

 

「いやはや、お恥ずかしい。猫だけが生き甲斐の年寄りなのですよ。20年ほど前に娘二人を立て続けに亡くして以来――」

「ご愁傷様です」

「孤独な年寄りですが、わずかばかりの資産もコネクションもあります。お礼を差し上げましょう」

「いえいえ、結構ですよ。そういうつもりで来たんじゃありませんから」

「そういうわけには。そういえば貴方はご自身の商会をお持ちとか。どうでしょう、謝礼の代わりに一つ商売の話でも」

 

 アルヴィンとマルクスの商売談義が始まった。アルヴィンとユルゲンスの「リーゼ・マクシアとエレンピオスの架け橋を目指す」という社訓(?)が慈善事業に通じるところがあったのか、話は弾んだ。

 

 ユティは話の切れ目を見つけるべく、耳を研ぎ澄ませていた。

 そして来たその瞬間、この席で彼女は初めて声を上げた。

 

「その猫を見つけてくれた人から、伝言を預かってきました」

 

 ひとつ、深呼吸をする。叶う限り、ユリウスが言葉に込めた想いがマルクスに届くよう願って。

 

「『心配をかけてすまない。あなたの孫は元気でやってる』」

 

 マルクスが大きく息を呑んだ。

 

「なに? じゃあこいつ見つけたのって、マルクスさんのお孫さん!? ……偶然ってこえー」

「ワタシも今日しみじみそう思った。――マルクスさん」

 

 すっく。立ち上がり、カメラを持つ。上からの視点で、サングラスの奥の彼の目がどこかユリウスに似ていると気づいた。

 

「ワタシ、趣味で写真をやってるんです。マルクスさんさえよろしいのでしたら、一枚撮らせてくださいませんか。()()()()()()()()って、あの人に伝えるために」

 

 ユティは頭を下げる。マルクスがまじまじとユティを見ているのを感じる。

 

「……分かりました。こんな老いぼれの写真でよければ何枚でも撮りなされ」

「ありがとうございます」

 

 ユティはアルヴィンを見下ろした。

 

「少し時間かかると思う。レイアへの報告、お願いして、い?」

「言ってなかったのかよ! それじゃレイア、ずーっと一人で猫探ししてたってことか?」

「――――」

「あー、分かった分かった! 責任持って報告しといてやるから、無言で凹むな」

 

 アルヴィンはマルクスに断り、GHSを取り出しながら応接間の外へ出た。しっかりとそれを見届けてから、ユティはカメラを構えた。

 

 マルクスが足元で寝ていた白猫を抱き上げる。

 

「あの人から聞きました。昔、執事さんをしてらしたって」

 

 シャッターを切る。まずF値を最大にしてクリアに。

 

「そこまで話されましたか……はい。ユリウス様がお生まれになる前から、ユリウス様の生家で娘たち共々働かせていただきました」

「ユリウス、こうも言いました。俺の気持ちを分かってくれたのは爺やだけだった、って」

「そうですか…ユリウス様がそんなことを…」

「若い頃のあの人に理解者がいてくれて、よかった。ずっとひとりぼっち、じゃなかったんだって分かって、ワタシも嬉しいです」

 

 シャッターを切る。今度はF値を手動にして、あえてバックをボカした。

 

「……お嬢さん、あなたは一体」

 

 ユティはシャッターから指を外し、カメラを下ろした。

 そして、困惑するマルクスに対し、ただ、微笑んだ。

 

 

 

 

 こうしてユティとアルヴィンはマルクスの屋敷を後にした。

 

「レイア、涙声だったぞ。後でちゃんと詫びの電話入れとけよ」

「ごめんなさい」

 

 ドヴォール駅の駅舎に入る。大勢の利用客と、アナウンスの反響で、構内はひどく騒がしい。

 

「ねえ」

「何だ」

「家族、いる?」

「自称親戚ならたーくさんいるぜ。おたくは?」

 

 ユティは無言で首を振った。アルヴィンはそれ以上尋ねて来なかった。代わりにぽつっと「俺もだ」と答えた。

 

 トリグラフ行きの列車がホームに走り込む。列車に乗る直前、ユティは一度だけふり返った。

 

(猫ユリウスと一緒に、いつまでも元気で長生きしてね。ひいお祖父ちゃま)




3-2から分割しました。

【アキレウス】
①ホメロスの叙事詩『イリアス』に登場するトロイヤ戦争最大の英雄。赤子の頃に冥界の河に浸かって不死身を得たが、かかとだけ河に浸かりそびれてその部位が弱点となる。
②のふくらはぎの下方からかかとの骨の策上の腱。①の神話からアキレス腱の名が付けられた。


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Report4 クロト

 あなたのためならなんでもするよ


 トリグラフ駅前。一行は街で情報収集する組と、直接アスコルド自然工場に向かうチームに別れた。居残りで世界情勢把握はジュードとレイア、アスコルド行きはルドガー、エル、エリーゼ、アルヴィン、ローエン、ユティである。

 

 分史世界ではあるが、律儀に切符を大人3枚、学生2枚、幼児1枚、さらにペット持ち込みの追加料金券を買った。それらの切符を改札に通してから、列車に乗り込んだ。

 

「エル、これが正しい列車の乗り方だ。ちゃんと覚えとけよ」

「わかったってば! ルドガーしつこい!」

「しつこく教えないとどこで第二の俺が生まれないとも限らないからな」

「う゛っ」

 

 隣同士の座席に座ってじゃれ合うルドガーとエルをとりあえず一枚。二人とも慣れたものでノーリアクションなのがちと寂しい。

 

 座席はルドガー、エル、ルル、ユティで一席。アルヴィン、エリーゼ、ローエンで一席だ。

 

「わたし、自分で列車乗ったの初めてです」

「ヘリオボーグまでは列車じゃなかったのか?」

「そうですけど、その時は引率の先生に付いてっただけですし。切符も団体予約で先に学校で取ってたみたいで」

『一人で切符買って一人で乗るのは今日が初めてなのー』

「一人じゃなくてみんなと一緒ですけど。ちょっぴりオトナの気分です」

 

 皆々が歓談する間に、ユティはGHSを開いてメールを打ち込み始めた。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

   To:J

   Subject:現在地報告

 自然工場アスコルド行きの列車の中。現時点ではトラブルなし。列車テロも起きなかった。

 トリグラフにはジュード・マティスとレイア・ロランドが残ってこの分史について聞き込み調査中。鉢合わせに注意されたし。

                                      Eu

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 メールを送信する。送信先の「J」はユリウスの頭文字で、文末の署名の「Eu」はユティの頭文字で登録してある。どこで傍受されるとも限らないので、極力自分たちだと特定できないよう、浅知恵を働かせてみた。

 

 返信を待つ間にみんなの記念写真を撮っていると、エリーゼが来てユティの隣に座った。エリーゼは正面のエルに話しかける。これもツーショットげっちゅ。

 しばらくするとルドガーも心得たもので、席を立って隣のアルヴィンとローエン側に移動した。これで男女別になった。

 きっとルドガーは「あのピンク色の空気に耐えられなかった」と冗談めかして言って笑いを取るのだろう。あ、笑い声。

 

 メールの受信を知らせるランプが点灯した。サイレントマナーなので振動はない。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

   From:J

   Subject:Re:現在地報告

 こちらはトリグラフにいる。情報感謝する。確かに鉢合わせは頂けない。

 この世界では列車テロが起きていないらしい。おかげで自由に動き回れた。

 今分かっているこの分史の正史との差異は、

 1、リーゼ・マクシアが認知されていない。おそらく断界殻(シェル)は開いていない。

 2、大精霊が存在する。世間的に認知されているのはアスコルドの動力源である光の大精霊アスカ。アスコルド自然工場の経営主はジランドール・ユル・スヴェント。

 3、アルクノアがいない。ただしジルニトラ号遭難の事件は起きているためリーゼ・マクシアで活動中か、そもそもリーゼ・マクシアでアルクノアが組織されなかった可能性あり。

 この程度だ。手元の材料で判断すると、ここは「1年前に断界殻(シェル)が消えずリーゼ・マクシアとの国交がない世界」だと思われる。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 スヴェント。そのファミリーネームを読み、ユティの手の中で筐体が軋んだ。

 

(この世界の彼もリーゼ・マクシアで実家の叔父さま共々アルクノアをしてるんだと思ってた。でも違う? アスコルドの経営主になるくらいだからスヴェント家の財界への影響は健在。この時代のアルおじさまはどうなったんだろう)

 

 そこまで考えて――ユティは車窓に自らデコをぶつけた。

 

「ユティ!? どうしたんですか!?」『すごい音したぁ!!』

「ごめん。ただのイージーミス。今メンテナンス中だからちょっと待って」

 

 返信ボタンを押して返信メールを打ち始める。おでこはジクジク痛むが、理性的でいるにはちょうどいい刺激だ。

 

 するとエルが座席から身を乗り出して「何してるの?」と問うてきた。ユティはとっさに画面を操作する。席をエルの横に移しエルにも画面が見えるようにして。

 

「ゲームアプリの難読リーゼ・マクシア文字検定。今ステージ4」

「むつかしー字いっぱいで読めないー!」

 

 ちゃぶ台返しならぬルル返し。宙に舞ったルルは腹を見せて一回転して着地した。そしてルドガーのもとへと去った。

 

「ナァ~」

「はいはい。災難だったなルル」

 

 エルの興味がGHSから逸れてから、ユティは二重開きにしていたウィンドウをメール画面に戻した。誰かが絶対に一人GHSをいじるユティに尋ねると予想しての対策が役に立った。

 

 エルの関心が離れてから、ユティはメール作成を再開した。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

   To:J

   Subject:情報ありがとう

 すぐに列車に乗ったから世界情勢が分からなくて困ってた。助かった。

 よかったら次会う時に正史と分史の差異の見極め方、教えて。いつでもアナタと一緒に分史に入れるとは限らないし、その時はワタシ、アナタの分も働くから。

 正史のエレンピオスでは大精霊自体、珍しいのね。てっきり正史のアスコルドもアスカで稼働してるんだと思ってた。

 でもよくリーゼ・マクシアが「無い」って分かったね。「無い」は「有る」より見つけるのが難しい。その辺を見つけられるのがクラウンエージェントの力?

                                      Eu

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 送信する。返信は5分と経たず来た。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

   From:J

   Subject:単なる癖だ

 確認されている限りでも、カナンの道標の内3つはリーゼ・マクシアにある。道標を探すならまずリーゼ・マクシアと繋がった分史世界かどうか確認するのは当たり前だろう?

 まあ、よしんば繋がっていて道標があっても、「鍵」がいなければ道標を持ち帰れないから、本末転倒なんだがな。

 情報の集め方か。地図や新聞や雑誌のバックナンバーを読んだり、地道に聞き込みをしたりと色々あるが、詳しくは帰ってからレクチャーしてやる。

 悪いがそろそろ場所を変える。聞き捨てならない噂を仕入れた。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 どんな噂? と問い返したかったが、今のユリウスなら心配いらないと思い直す。時歪の因子(タイムファクター)化が進んでいるとはいえ、この時代のユリウスはエージェント全盛期だ。なまじの敵ではユリウスを下せない。

 

 それを踏まえて、ユティは返信を打った。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

   To:J

   Subject:気をつけて

 

 分かった。あまり無理はしないで。ただでさえアナタの時歪の因子(タイムファクター)化は進んでる。ワタシはアナタが体を損ねてくとこ、見たくない。悲しくなる。泣いてしまう。だから、お願い。――無事で。

                                      Eu

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

   From:J

   Subject:ありがとう

 事情を知った上で純粋に他人に心配されたのなんて何年ぶりだろうな。こんな役得があるなら、若い女の子との契約も悪くない。

 しかし、「若い女の子」の中でも君は変わり種だな、ユティ。クルスニクなのにカナンの地に行かないと言いながら、レースには勝ち残らせろと言う。ライバルを蹴落とせと言うでもなし、むしろルドガーに積極的に協力している。

 俺としてはありがたいが、ここらで真意を見せてほしいところだ。

 

 と、自分で移動すると書いておきながら、続けてしまってすまない。結果は後ほどメールする。

 ――ルドガーを頼む。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 ユティはGHSを畳んで、窓枠に頬杖を突く。

 

(真意か。正直、一番このデッドレースの最終戦に残ってほしいのはユリウス、アナタなんだけどね。だからワタシに協力するって名目で契約して簡単に死ねない状況を作ったわけだし。真意っていうなら、ルドガーとユリウスの両方がカナンの地出現まで生き延びてほしい。それがワタシの目的達成の大前提だもの)

 

 ふいに、夜闇の中にあって、まばゆいサーチライトに幾条も照らされたドームが目に飛び込む。

 ――あれがアスコルド自然工場。

 あと15分もすれば降車を促すアナウンスが流れ、20分後にはアスコルド自然工場に列車が横付けされるだろう。

 

(安心して。他の何を切り捨てても、ルドガーは絶対にアナタの許へ無傷で帰してあげるから)

 

 誰にも見られない角度でGHSに口づける。ユースティア・レイシィの、最愛の父に誓いを立てる時の儀式。

 

 

[公開 2013年02月23日(土) 14:56]




 本当は本編の一部として書いていた、アスコルドに向かう列車でどう過ごしたかのワンシーン。なくても進行に障りはないので番外編に回しました。ルル返しは自分で割とお気に入りです。

【クロト】
運命の三女神モイライの一柱で、長姉。運命を「紡ぐ者」。手にする糸巻き棒から引き出し紡いで運命の糸を紡ぐ。紡ぐだけで、「割り当てる者」ではない。


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Report5 カルデア

 あなたと一緒にお買い物 ふわふわするのはどうして?


 アルヴィンとユティは駅を出てエレンピオス側のマクスバードに降り立った。

 目指すはシャウルーザ越溝橋の露店ストリート。今ならエレンピオス製品もリーゼ・マクシア製品も両種類が正価で並んでいる。

 ざわざわと人通りが多い中を抜けて、目当ての品を二人で物色する。

「これ」

「胸に『とってもたくましいです…』ってプリントあるからアウト。女が着るもんじゃねえ」

「じゃあこっち。プリントは『ネコネコする猫』だからセーフでしょ?」

「文字がセーフでもサイズがアウト。ミラ様のダイナマイトボディを舐めるな」

「じゃあ」

「どれであってもアウトだアウトっ。『くま殺し』とか『家出人』とか『来世から本気出す』とか『クラマ感動』とか、そんなんあのミラに着せたらバニッシュヴォルト落とされかねねえだろうが! おたくはセンスをどこに落としてきた!」

「王の狩り場」

「中途半端にリアルな地名答えるなよ……アーストとか歴代の王様がお前の謎センスを拾ったら一大事でしょーが」

 がっくりと肩が落ちる。ユティは残念そうにシャツを戻した。

 

 それから露店の軒先をいくつも覗きながら歩いた。

 機能性だの保温性だの話しながら歩く自分たちは、さしずめ一家の娘と母の再婚相手といった感じに見えるだろうか。デートの名目で連れ出したが、ちっともそう思えないアルヴィンだった。

「ならばこれはいかが」

 ユティが何軒目かの店で持って自分の体に当てるのは、ベージュのチュニックとショートパンツのセット。

 カットソーにレースを重ねたフェミニンデザインは確かにリーゼ・マクシアの女の子向けだ。露出が少し多いのでは、と感じる部分も、ミラなら着こなせるだろう。

「スリーサイズの数値はミラの名誉のために伏せるけど、ほぼ同じ値」

「グッジョブ、よく発掘した」

 ユティは能面のまま親指をグッと立てた。

 会計は彼女自身がした。あとでルドガーに請求するらしい。

「あとはエレンピオスを歩く時の普段着いくつか。今度はエレンピオスっぽいほうがいいね。ミラのアレ、目立つ」

「元マクスウェル様としちゃあ、あれでも抑え気味だぜ」

「アルフレドはどっちの味方?」

「ユティお嬢様の味方ですとも。ただ服だけじゃなくて寝具も買うの忘れるなよ」

「それに関してはばっちぐー」

 ユティがカメラを閲覧モードに切り替えてアルヴィンに見せた。

「ん? この写真、ニ・アケリアのミラの家じゃねえか! これ…寝具か?」

「マットレス、ピローのタイプは大体把握してる。ミラが出かけた隙に撮った。抜かりはないよ」

「負けました。脱帽です」

 

 

 

 戦果発表。

 ミラの寝間着セット。普段着として、ニットと柄シャツとジーンズを3種ずつ。他、靴下、下着、髪ゴム、コスメ用品。

 ファミリーマットレスセットなるものもあったので、これまたユティ清算でルドガーの家に宅配するよう手続きした。ついでに、出てきたばかりのミラのため、エレンピオスの簡易ガイドブックも買った。

 

 思った以上に時間をかけすぎた買い物を終えた頃には、交易都市はまんべんなく夕陽が降り注いでいた。

 アルヴィンとユティも急いで列車に滑り込み、トリグラフに戻った。

 

「今日はアルフレドと大冒険」

「ま、デートとはちーとばかし違ってたわな」

「アルフレドはデートがよかった?」

「いんや。俺もユティと冒険できて今日は大満足よ」

 ユティはほっとしたようだった。スタート直後で彼女を情緒不安定にさせた身としては、デート相手がここまで復活したのは純粋に喜ばしい。

「ほんじゃ帰るか。もう暗くなるから送ってくよ」

「いいの?」

「ああ」

 

 

 暮れなずむ街を歩きながら、会話はともりゆく街灯のように、ぽつりぽつりと交わされる。

「お仕事、上手く行ってる?」

「ボチボチな。今は相方と一緒に試行錯誤中」

「相方」

「リーゼ・マクシア人の男でな。キタル族っつー、ワイバーンを操れる部族の奴なんだ。俺より年下なのに、ずっと男らしくて根性あって」

「何て名前?」

「ユルゲンス。ユルゲンス・キタル」

「会いたい、な」

「いいぜ。今度会わせてやるよ。あ、先に言っとくけど、あいつ妻帯者だからな。しかも新婚さん」

「奥さん……会える?」

「……いや。ずっと寝たきりだから、会うのは無理じゃねえかな」

「会ってみたいって言ったら、ユルゲンス、怒るかな」

「それはないだろ。きっと、喜んでくれるさ、あいつなら」

「二人が一緒にお仕事してるとこ、撮って、いい?」

「そういうんなら大歓迎。いい写真撮って販促してくれ」

「よかった。たのしみ」

 ふふ。孵化する直前の卵を抱くように優しく両手の指先を重ねる少女。

「リーゼ・マクシアの果物、おいしい?」

「パレンジはちーとすっぱいけど、慣れるとクセになるぞ」

 その内、マンションが立ち並ぶ団地が見えてきた。静かでほっこりした時間はおしまいだ。

「ここまでで、いい。ありがとう。アルフレド」

「いえいえ。未来のレディのためですから」

 大仰に礼をしてみるが、ユティは首を傾げただけで笑いは取れなかった。

「――ねえ、アルフレド。今日のことで一つ、まだ聞いてないことがあった」

「ん、神妙な顔してどうしたよ」

「ワタシ――祠でのアルフレドとユリウスのインファイトの結果がどうなったか、知りたい」

 もっと深刻な問いと予想しただけに、肩透かしを食らった。

「あー、あれね。一応、俺の白星。泣き虫少年の漂流記でかるーくジャブ、アルクノア時代のアレコレでこれが癖なんですっつってストレートK.O.。案外あの男、情にもろいのな。さすがルドガーの兄貴」

「泣き虫、公認」

「どうせ知られてんなら、とことんこのネタ押そうと思ってな。ま、押すまでもなくあちらさんが捕まっちまったけど」

「また使う機会、来るよ」

 団地の中に入ったところで、二人は足を止めた。

「おやすみなさい、アルフレド」

「おやすみ、ユースティア。いい夢見ろよ」

 別れの挨拶を交わす。

 少女は荷物を抱えてマンションフレールの中へ。男は夜のトリグラフへ。背を向け合って去っていった。

 

 

[公開 2013年03月12日(火) 10:06]




 Q.初分史任務帰還後、アルヴィンがオリ主をデートに誘いだした後何をしていたか。
 A.二人ともミラさんのことを考えて生活用品を物色していました。
 もっと面白いTシャツの柄と、「これはいるだろ!」というミラさんの生活用品募集。
 締めるとこは締めるアルヴィンさんと、その辺を察して乗っかるオリ主。作中の息が合ったコンビ№2ですね。№1はルドガーのつもりです。ユリウスさんは……ユティがあえてズラしてる感じを狙っているのですが伝わってますかね(^_^;)?

【カルデア】
 扉の蝶番の女神。家庭生活の守護神。


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Report6-1 ヘルメス/バックステージ

 そんな未来は許さない


「軽い気持ちで誘って悪かったな。――やっぱり無理だったんだ。リーゼ・マクシア人とエレンピオス人が一緒に商売するなんて」

 

 ユルゲンスのその台詞が、発端だった。

 

 

 

 

 

 

「以上が当日の段取り。質問、ある?」

 

 司会のユティの締めの決まり文句に、誰もが首を横に振った。

 

「じゃあ各々準備にかかって。解散」

 

 今回の「企画」に参加するメンバーがぞろぞろとマンションフレール302号室から出て行った。残されたのはルドガーとユティだけになった。

 

 ルドガーはこっそり溜息をつきつつ「企画書」を再び見下ろした。

 ワープロで打ち出していて文字は均一。特にフォントやレイアウトもいじっていない。彼女の平坦さを如実に表す文書である。

 

「やる気、なくした?」

「つい10分前にやるって答えたばっかだっつーの。そもそもコレ自体、俺がいないとできないだろ」

 

 この企画はルドガーの働きが成否の半分を握っている。やると口にした以上、リタイアはしない。ルドガー・ウィル・クルスニクの数少ない信条の一つだ。

 

「俺だけじゃない。エルもジュードも、エリーゼもローエンも、みんなが喜んでやる、つったろ。ちょっとは仲間を信じろよ」

「信じるだけで不安が消えるなら、古今東西、精神病なくなる」

 

 全員の了解を得ているのに、ユティの面持ちは暗い。何故なら――

 

「誰でもない、アルフレドのこと、なんだから」

 

 ユースティア・レイシィにとって特別仲のいい男、アルヴィンのための企画だからだ。

 

 ユティはルドガーの正面のイスに座り、自作の企画書を読み返し始めた。粗がないかチェックしている。彼女の足元に、ナァ、とルルが座り、足に絡まるように丸まった。

 

(そもそもユティのほうから俺たちに『お願い』なんてしてきたの自体、初めてだもんな。みんなに協力頼むまでに、必要な道具の確保は自力でやってあったし。この企画書も、文字こそ飾り気がないけど、内容は分刻みで細かい指示まで指定してある。これ全部が、アルヴィンのため)

 

「ユティってさ、アルヴィン関係は態度変わるよな」

「うん」

「一番一緒にいる相手っていうとみんなアルヴィンって答えるし」

「うん」

「もしかしてアルヴィンが好きなのか?」

 

 ルドガーとしては思いつきを他意なく口にしただけだった。だが、ユティは目を見開いてルドガーを見返した。ルルが逃げた。

 ユティが10秒経っても硬直したままなのを見て、ルドガーもさすがにまずいことを聞いたと気づいた。

 

「あー、いや、その、別にいいんだ。答えたくないならそれで。というか、ユティが誰を好きであっても俺がどうこう言えた義理はないし。アルヴィンって気が利くし空気読めるし、ユティが好きになっても納得できるよ。だから、ええと………………スイマセン、失言でした」

 

 ルドガーは素直にテーブルに手を突いて頭を下げた。

 

「…………………………すき、じゃ、ない」

「あ、ああ、そうだよな、うん」

「スキとは違う。ワタシ、こわくなったの」

「怖い?」

 

 予想の斜め上を行く動機。ルドガーは先の失敗も忘れて食いつく。

 

「アルフレドとユルゲンスが、パートナー同士じゃなくなるのが。アルフレドとユルゲンスが、一緒にいない未来、が」

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ」
あ「何だ相棒」
る「レイアウトの変化に気づいたかえ」
あ「おう! 俺らの名前頭文字1コしか残ってねえ!」
る「スペースが勿体無いとの理由でカットじゃ。短く短くを目標にしても後書きでスペース取ることが意外とあるらしい」
あ「うあー対談形式の罠」
る「よって要点を手短に伝えるぞ」

る「今回の話はM8のアルバム製作会でアルヴィン氏が語った『促販イベント』に当たる。そもそもこうして話にする予定すらなかったのだが、作者が少女漫画のヒロインがメイド服で店頭キャンペーンガールをする姿にドストライク食らい、『オリ主のメイド服(キャンギャル姿)見たい!』との熱望により実現した」
あ「うわーベタな動機。――挿絵提供してくださった友人の亀様、本当にありがとうございました。難しい条件いっぱいつけたのに9割以上叶えてもらえて作者は幸せ者です(T_T)。皆さん、ピクシブで亀様というユーザーを見つけたら是非是非ご覧ください!」
る「始まりはアルヴィンEP3ラストの台詞にオリ主が過剰反応したことぞ。たった一言。たった一言でこの少女は動く。一種幼い娘のように。懐に入れた者のためなら徹底的に身を粉にして働くタイプとお分かりいただけたであろうか? 番外編は前後編という決まりを設けさせて頂いた身で恐縮だが、この章に限りそれを破らせて頂く事お許しあれ。どうしても前後ではまとめ切れなんだ」
あ「はいはい先生しつもーんノシ。オリ主ちゃんは本当にアルヴィン君が好きじゃないんですかー?」
る「好意はあるが家族愛に近い、とここではお答えしよう。未来から単身来て頼れる者がいない仲で、何も聞かず甘やかしてくれるアルヴィン氏は少女が好意を抱くに充分な存在であるが、彼らの関係はちとねじれておるから素直に恋と言い切ってよいものか」
あ「ぶっちゃけオリ主が原作キャラとloveなお付き合いする予定は!?」
る「微塵もござらん」
あ「容赦ねー……」


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Report6-2 ヘルメス/メインアクター


 名演、期待してるわ


 

 

 ある日、一通の手紙がアルヴィンの商会事務所に届いた。

 

 差出人は聞き覚えのない青果商。トリグラフ港でフルーツの直販を計画していて、そこでリーゼ・マクシア産のパレンジとナップルも販売したい、しかしリーゼ・マクシアの販売ルートがないので、アルヴィンたちにリーゼ・マクシア産のフルーツを卸してほしい、との内容だった。

 

(今まさにコンビ解散保留中って時に、なんつータイミングの悪い依頼だよ。ちょい前ならチャンス! って二人して大喜びだったろーに。ユルゲンス一人に丸投げしちまうか? いやでも、あいつじゃモノの確保はできても、エレンピオスの市場で売るのは無理だ。あいつ、根がお人好しだからぼったくられる。絶対ぼったくられる。もしユルゲンスにも同じ依頼が来てんなら、正式依頼初めてだからすでに食いついてそうだし――)

 

 散々悩んでいるのを見抜かれてか、後日、バランにアドバイスという名の脅しをかけられた。主にユルゲンスが被るデメリットを中心に。

 口達者な従兄はアルヴィンの弱点を知り尽くしているだけあって、アルヴィンはさっくり降参させられた。

 

 

 

 

 そしていざ、適当なカフェテラスでユルゲンスと久しぶりに顔を合わせた結果が、

 

「………………………」

「………………………」

 

 これである。

 

(商談もヘッタクレもねーなーコンチクショー!)

 

 内心は男泣きで相方の隣の席に座るアルフレド・ヴィント・スヴェント(27歳独身)。

 救いはユルゲンスのほうも途方に暮れていることか。とにかく互いが気まずい。ひたすら気まずい。

 

「あの~。ユルゲンス=アルフレド商会の方でしょうか」

 

 アルヴィンもユルゲンスも肩を跳ねさせてから仰ぎ見た。

 

「そうだ…です、けど、おたくが?」

「はい。キャメロット商会のアーサーと申します。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 アルヴィンたちはイスを立ってアーサーに礼をした。ラカノン商会の件が尾を引いているユルゲンスは、アーサーに対して警戒心を隠していない。

 

(だーかーらーっ。そういう顔と考えが一致しちゃうとこが付け込まれる元だっての)

 

 

 ――彼らの警戒をよそに、商談はつつがなく進んだ。

 全てつつがなく、と言えば語弊があるが。代金で駆け引きはあった。ユルゲンスが、おたくは1年前逃亡中のミラか、とツッコみたくなるほど真正直に要求をアーサーに言うので、フォローするアルヴィンの胆は冷えっぱなしだった。

 

 

 

「ではこれで商談成立ということで」

 

 アーサーがにこやかに締め括る頃には、アルヴィンもユルゲンスもぐでっとテーブルに伏していた。商談がこれほど疲れる仕事とはついぞ知らなかった。

 

「こちらが代金です。ご確認ください」

 

 アーサーは小切手を書き終えると、台帳から破り取って差し出してきた。確かに、とアルヴィンは小切手を受け取った。額に誤りがないか確かめる。

 

(『ユルゲンス=アルフレド商会様』か。この名前を拝むのも今日が最後かもしれねえんだな)

 

 感傷は押し込めて。アルヴィンは領収書に相手の照会名と自分たちの照会名、必要事項を書き込んでアーサーに差し出した。アーサーが受領する。

 

「――確かに。本日はありがとうございました」

「いいえ。こちらこそ……本当にありがとうございました」

 

 立ち上がる。アルヴィンとユルゲンスは交替でアーサーと握手した。

 

 

 こんな波乱のない普通の商売が、最初で最後のコンビでの仕事。

 この日のアルヴィンは、そう覚悟していたのに。

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。このEPでルドガーの同級生、アーサー氏に何人の読者諸賢が気づかれたと思う?」
あ「ぶっちゃけゼロでも俺、不思議に思わない。だってアーサー君、原作じゃルドガーの借金知って友達辞めちゃったじゃん。一見さん絶対(・・;)???だぜ」
る「然り然り。一体何名が拙作の『ルドガー借金ナシ』設定を覚えておられる事か。何せ作者じゃからのう」
あ「この後カフェの外で待機してたルドガー&オリ主と合流して「こんなんでよかったのか?」「ああ、バッチシ。サンキュー」みたいなやり取りするとこまで作者の脳内にあるという妄想列車っぷり。視点人物の関係上書けんかったんでここでお蔵出し」
る「すでにM8でネタバラシしておるのだから変にビックリ箱構造にせんでもよいのに、己の煩悩をコントロールできぬからこうなるのだ」
あ「さすが作者(オレ)の理性……! 本能(じぶん)にさえちっとも優しくねえ!」
る「この世の誰より我自身を甘やかさぬというのが作者(われ)の人生における目標ゆえ我はその制約には逆らえぬ。実際なくとも本編進行に支障はない。作者(われら)の願望による人間関係であるゆえ読者諸賢には「???」であろうが。なればその時々で説明するかSSで表現するかしかあるまい」
あ「チクショウ! これじゃ何のためのオリジナル回か分かりゃしねえ!」
る「息抜き回じゃろ」
あ「違う! 今まで放ってきた原作との違いのアレコレの回収回だ!ヾ(。`Д´。)ノ彡 それをほのぼので終わりやがって作者(オレら)のバホーーーー!!」


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Report6-3 ヘルメス/オンステージ

 さあ、楽しい劇を始めましょう


 ある日、アルヴィンがトリグラフの駅前を通ると、何やら人だかりができていた。しかも人だかりを作っているのはアルヴィンの友人たち。

 

「エリーゼにローエン。何してんだよ」

「これですか? 宣伝のビラ配りを頼まれたんです」『お客さん集め中なんだ~』

 

 彼らは分厚い紙束をそれぞれに抱え、駅に入っていく人が通るたびにビラを精力的に渡していた。

 

「こういうロビイスト(草の根)運動も新鮮でいいですねえ」

「へえ。駅前ってのはポイント高いな。興味があればすぐ移動できるし。イベントでもやってんのか。モノ見るに菓子売りみたいだけど」

「それはアルヴィンが行ってみれば分かることです」

 

 エリーゼがチラシを一枚アルヴィンに突き出した。アルヴィンは彼女の笑顔に気圧され、受け取った。

 

 

 

 

 列車に乗ってチラシに書かれた会場――マクスバード/エレン港へ行ってみると、そこはそこそこ多い客で埋め尽くされていた。

 

(客層を見るに、放課後の女子学生と、夕飯前の空き時間に散策に出た観光客ってとこか。女性にターゲットを絞ってるのか。キャンギャルは……発見。あの子供と女の子の二人か。ちっこいのが試食の呼び込みで、中くらいのが細かい応対)

 

 にわか商人らしくついマーケティングしてしまうアルヴィン。

 

「エレンピオス進出開業記念のフェアを開催中です。パレンジとナップルを合わせて5個以上お買い上げいただいた方には、ただいまご試食いただいておりますパイのレシピを無料で差し上げています」

 

【挿絵表示】

 

 売り子(中)の口上。主婦層のいくらかは「あらじゃあもう一個買おうかしら」と乗せられている。上手い。エレンピオスの、特に女性は、「無料」だの「おまけ」だのが大好きだ。

 

(や、リーゼ・マクシアでもそうかもだけど……パレンジとナップルかよ)

 

 つい先日、最初で最後の仕事と覚悟して、ユルゲンスと組んで卸したパレンジとナップル。

 ――かさぶたにうっかり爪を引っかけたような不意打ちの鈍痛が胸を襲った。

 

 つい目を泳がせると、客層から明らかに浮いた人物を見つけた。

 アルヴィンはぎょっとした。慌ててその人物へと駆け寄る。

 

「ユルゲンス! 何でおたくがここにいんの」

「アルヴィン。そういうお前こそ何で」

「俺は……エリーゼに行ってみろって言われて」

「エリーゼに? 俺も彼女からこのイベントのチラシを渡されて来たんだ」

 

 ユルゲンスが出したのは、アルヴィンがエリーゼに貰った物と寸分違わぬレイアウトの紙。

 

「来てみたらフルーツ販売の宣伝だというから、参考になればと思って見回っていたんだが、何故かイベントの関係者だと思われて客に質問攻めにされて――はあ~。正直お前が来てくれて助かったよ」

「おたくさあ、商売やろうって人間が客の選り好みしてどうすんの。おたくの生真面目さ、俺は好きだけどね? 硬派すぎると女子供は逃げちまうぞ」

「そういうものか。上手くできるか自信はないが、やってみる」

 

 そこまで話して、お互い、はっと、まさに自分たちが冷戦中だと思い出し、押し黙った。

 一度朗らかに話してしまった分、沈黙がよけいに辛い。

 

「アルヴィン! ユルゲンスさん!」

「ぉわ!?」

 

 不意打ちで声をかけられ思わず妙な声を上げてしまった。責任転嫁気味に声の主を怒鳴ろうとふり返る。

 

「ジュード! おたくなぁ、いきなり」

「二人とも先に着いてたんだ。あーあ、僕が一番最後かぁ。仕事上がって急行で飛んで来たのに」

「「???」」

 

 分からない。ローエンとエリーゼといい、ジュードといい、一体何を言っているのか。これではまるでアルヴィンとユルゲンスも参加者――いや、主催者であるかのようだ。

 

「じゃあ僕、ブースに入ってルドガー手伝うから。――ルドガー! お待たせ! もう裏に専念していーよ!」

「あああぁぁぁ~待ってたぜジュード~。一人でパイ作ってレジして、ぶっ倒れるかと」

「うわーごめん!!」

 

 壁で仕切ったブースの奥から、エプロン着用のルドガーが出てきて、ジュードの応援を心底喜んでいる。

 

(誰かこの謎しかねえシチュエーションを説明してくれ……)

 

 アルヴィンが顔を覆って項垂れていると、客の輪から黄色い歓声が上がった。

 

「おいしー! ねえここ何てお店?」「なんかこのすっぱいのクセになるよねー」

「申し訳ありません。こちらはフルーツの卸売を専門としていますので、パイの提供はこのフェアの期間だけなんです」

「「えーーっ」」

「パイをお気に召されましたなら、お買い上げの際にお付けするレシピをご覧ください。作り方はピーチパイとほとんど同じですから」

 

 ん? アルヴィンは頭をひねった。この売り子の声、どこかで聞いたような……

 

 

「やっと来た」

 

 

 アルヴィンとユルゲンスは同時にずざざ、と後ずさった。

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ついにイベントがスタートしてアルユルは見事に置き去りであるが」
あ「待て相棒。その表記は一部のお姉様方の801的擬態を剥がしてしまいかねん」
る「では商人コンビが見事に置き去りにされて促販イベントがスタートしたが、スルーっぷりが半端ないの。皆の衆、アルヴィン氏が承知前提で話を進めおる」
あ「いーのいーの。どうせ後からM8の嬉しいサプライズに繋がるんだから問題なし! これマジな前日譚で書こうと思ったら4分割じゃ足りねえよ。本編の半分くらいは要るよ。段取り無視は番外編だと割り切って見逃してくれい!」
る「アルヴィン氏は語り部として実に優秀よの。両国民の生活を体験していて、一歩引いて全員を記述できておる」
あ「暗い過去のせいで経験豊富だが改心した、というキャラクターはどんなシリーズでも重宝します。ルドガーもポジション的に同じことできないでもないけど、やっぱ2からの参加ってのが痛くてなー。アルヴィンまじ感謝(T_T) 唯一の心残りはユリウスとの新生幼なじみシーンがM6以来書けてないこと。ルドガーとはまた違う感じの兄弟感出すのが本作最大の目的の一つなのに(T_T)」
る「今後やれ」
あ「二言!?」
る「次は作者待望、オリ主&エル嬢のキャンギャル姿をお披露目するゆえ、興味ある御仁はおいでくだされ。このためだけにこのEPが生まれたほどなのでの」
あ「ぶっちゃけた!?」


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Report6-4 ヘルメス/アクトレス

 仲良くしてほしいのは、わたしだけのくせに


「やっと来た」

 

 アルヴィンとユルゲンスは同時にずざざ、と後ずさった。

 たったさっきまで接客していたはずの売り子(中)が彼らの真正面に立っていたからだ。

 

「エリーゼとローエンにはアナタが通るルート、張ってもらったのに。彼よりアナタが後に着くなんて予想外」

「え、……あー。おたく、エリーゼとローエンの知り合い?」

「分からないの?」

「悪いけど、その、俺とおたく、会ったことあったっけ」

 

 売り子(中)はフリルのエプロンのポケットから出したメガネをかけた。

 

「ユティーーーー!?」

 

 メガネを外したら美人とかいう巷の超法則ではなく、そもそも彼女がメガネを外した顔を知らなかったゆえのリアクションである。

 

「知り合いか?」

「友達っつーか、妹分っつーか……ルドガーんちの居候その2」

「ユースティア・レイシィ。前にクランスピア社の企業プレゼンで会った。アナタは覚えてないかもしれないけど」

「……、ああ、思い出した。あの時ルドガーやレイアと一緒にいた子か」

 

 ユティは再びメガネを外した。

 

(これで気づけとか難易度エクストリームモードじゃねえか)

 

「こんなとこで何してんだよ。クエストか?」

「ひとりエイプリルフール」

「「は?」」

「今日はユティだけのエイプリルフールなのです」

「……アルヴィン」

「すまん。俺にも通訳不能」

 

 そうこうしていると、売り子(小)もトタトタと駆けてきた。驚きを通り越して肩を落とした。

 

「何でエルとルルまでいんのよ……」

 

 エルはともかく、まさかルルまで客寄せに使っていようとは。しかもルルは首輪の代わりに蝶ネクタイを締めていた。

 

「何言ってるのっ。アルヴィンとユルゲンスのためじゃん。ふたりとも来るのおそすぎ!」

 

 エルは腰に手を当てて仁王立ち。

 

「お前の差し金か、アルヴィン」

「いくら俺でもここまで大規模にやんねーよ。おい被疑者、釈明を求めるぞ」

 

 ん、とユティは素直に肯いた。

 

「企画立案実行はワタシ、ユースティア・レイシィ。でも主催者の名義はアナタたち二人」

 

 エルがルルを抱っこして唇を尖らせた。

 

「ふたりが言ったんでしょ。リーゼ・マクシア産のシンセンなフルーツのじゅ、じゅ…」

「需要」

「そう、ジュヨウ! を、エレンピオスの中に、う、生み出したい、からっ、じ、っしょく? ハンバイ、エルたちにも手伝えって!」

「よく言えました」

「ま、待ってくれ。俺もアルヴィンもそんなこと一言も」

 

 女子学生らしき二人組が、試食させてほしいと声をかけてきた。エルはルルを連れて、トレイを客のもとへ持っていった。幼女と猫の黄金コンボに女子学生は黄色い悲鳴を上げている。

 

 くる。ユティがアルヴィンたちをふり返る。

 

「アレ、アナタたちが卸したパレンジとナップル使ったパイ。これからホントの取引してったら、ここにある笑顔がもっとたくさん広がるの。ユルゲンス、どんな気持ち?」

「どんな、って」

 

 ユルゲンスは真正直に会場のざわめきを見渡した。笑顔、嬌声、歓声。ルドガーやジュードですら、忙殺されているのに楽しそうだ。

 

「……そう、か。こう、なるのか。何だかむずがゆい気分だ。とにかく商いをとばかりで、それが最終的にどうなるのかなんて考えたことがなかったな」

 

(あ、笑った。コイツのこういう顔、最後に見たの、いつだっけ。しかめっ面か困った顔しか思い出せねえや)

 

「あのアーサーって商人もおたくの回し者か?」

「そう。ルドガーの昔の同級生。商会はもちろん架空名義デス」

「小切手の代金は」

「ここにいるメンバー+ミラで地道に魔物退治して稼ぎました」

「ビラとか道具類はっ」

「全部クエストに依頼出して集めました。おまけのレシピはジュード提供」

「天下のマクスバードでの行商権は!」

「ローエンが一晩でやってくれました」

 

 この裏切り者どもーーーーーーー!!!! アルヴィンはついに膝を屈した。まさか人生でこの呼称を自分以外に使う日が来るとは夢にも思わなかった。

 

「だから言ったでしょ。ひとりエイプリルフール」

「それはもういい。要するに全員グルで俺とユルゲンスの仲を取り持とうとしてるんだな」

 

 こっ、くん。ユティはタメを入れて肯いた。

 

「そういうの、世間じゃよけいなお世話ってゆーの知ってるか」

 

 するとユティはくちびるを噛みしめ、きつく眉を寄せた。まるで今にも泣き出しそうに。

 

「おい、アルヴィン。そこまで言わなくてもいいだろう。彼女は俺たちを思ってやってくれてるんだぞ」

「じゃあお前、ここで俺ともっかいコンビ組もうって言われてできるか?」

「それは……」

「……残念」

 

 ユティは一瞬でいつもの能面に戻った。裏表がないユルゲンスからすれば、彼女の「顔」遣いは詐術に等しかろう。

 

「その1。ユルゲンスへのささやかな反論。ビジネスジャックはこれくらい水面下で準備できなきゃ、エレンピオスじゃ生き残れない、よ」

 

 ユルゲンスは顔をカッと赤くした。

 

(ばっ…! コイツあの場にいたくせに、堂々とユルゲンスの地雷踏みやがった!)

 

「その2。アルフレドへのお節介な忠告。ワタシはアルフレドもユルゲンスもスキ。アナタたちに悪いことがあったら、絶対にアナタたちのほうに味方、する。二人がそうなると、ワタシは、安心」

 

 アルヴィンは、はたとユルゲンスを見上げた。

 「あなたの味方」。ラカノン商会との応酬で、アルヴィンは果たしてユルゲンスの――パートナーの味方だったか。知らずエレンピオス人として、同じエレンピオス人の肩を持つばかりではなかったか。

 

「その3。ユティ個人からクエスチョン」

 

 ユティがエルを呼ぶ。エルは上機嫌でユティの横へ戻ってきた。ユティはエルの肩を抱き寄せ、アルヴィンを、ユルゲンスを、澄んだ蒼眸で射抜いた。

 

「パイを焼いてるのは、だれ?」

「ルドガー君とジュードだろう」

「売り子をしてるのは?」

「君とエル」

「ビラ撒きをしてくれたのは?」

「エリーゼとローエンさんだが」

「ユティ。そろそろ何の謎かけかぐらい教えてくんね?」

「分からない?」

 

 ユティは首を傾げた。分かるか、とアルヴィンは投げやりに答えた。

 

「今日ここにいる人たち、リーゼ・マクシア人(・・・・・・・・・)とエレンピオス人(・・・・・・・・)両方(・・)

「「………………………あ!!」」

 

 リーゼ・マクシア人とエレンピオス人が一緒に商売するのは無理? とんでもない! 小規模とはいえ、まさにこうして両国民による商いが成立している。

 

「ユティ、エルたちだけじゃないでしょ」

「そうだっけ」

「だって、ここの果物って、アルヴィンと羽根のおじさんが売ってるヤツじゃん!」

「そうだった。ふたりも、両方、ね」

「よく言えましたっ」

「エルほどじゃない。一番大事なのに、言い忘れた。ありがと、エル」

 

 ユティがエルの頭をなでる。セットした髪を崩さないためか、とてもていねいな手つきだ。

 

「エルが言ったけど、これ、エレンピオスの人たちに、リーゼ・マクシアのフルーツを味わってもらうためのイベント。ワタシたち、知識不足。卸売りのアナタたちが、この場で一番、宣伝に向いてる。明日も、あさっても、3日後も、4日後も」

 

 アルヴィンはユルゲンスの顔色を窺った。困惑が濃い。きっとアルヴィンも似たり寄ったり顔色なのだろうが。

 

「みんな、アルフレドとユルゲンスに仲良くしてほしい」

 

 にこ。ユティはとても珍しい満面の笑みを浮かべ、エルと共に宣伝に戻っていった。

 

「……どういう意味だったんだ」

「明日から4日間はイベントやるから、その気になったら売り込みに来いってこと。もっと言うと、踏ん切りつかねえなら3日は悩む猶予があるぞってとこか」

 

 ユルゲンスも気づいたようで、アルヴィンを見返してきた。アルヴィンはクセで顔を逸らして頭を掻いた。

 

(背中押すにも限度があるだろうが。こんだけお膳立てされちゃもう逃げるなんてできねえよ)

 

 覚悟を決めてふり返る。

 

「あのさ、ユルゲンス…!」

「アルヴィン、俺は…!」

 

 重なった。

 

 

 ――どうやら長い話になりそうだ。

 

 

 

 

 

「うそ、つき」

 

 

 ユティは人ごみの空白地帯で立ち止まり、自分自身に向けて小さく呟いた。

 

 メガネを外し、タイトなメイド服を着て、髪をストレートにして、なめらかにしゃべって、愛想笑いを浮かべて、嘘泣きして。今日のユティはウソだらけだ。

 

 だけど、何よりのウソは。

 

 ユティは空を見上げた。雲一つない快晴。ユティの世界では決して見ることのなかった青空。

 

(でも、許してくれる? ユティ、アルおじさまが『最高のパートナー』といる未来、守ったよ。だから、ね? 明日からはちゃんと、ユースティアに戻るから。今日だけは。アルおじさまが可愛がってくれたユティで、いさせて)

 




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ぶっちゃけ今回の番外編は何だったのだ?」
あ「作者が某少女漫画家グループの昔の作品でパソコンヒロインが似たようなバイトしてるぶち抜き絵を見てオリ主にもやらせたくなったからやってみた話」

 ̄( -_-)∩ ̄)∑========<|>ヽ※・★

あ「……どんくらいぶりだコレ?(*д*)O***プスプス」
る「作者が余裕なかったからの。〆て10話ぶりといった所ではないか」
あ「解説始めていい?」
る「どうぞ」
あ「動機は上の通り。作者の友達から挿絵も貰った。これで作者火が点いちゃったわけよ。で、M8上げ終わるまでR6は上げないで先にR7を上げるっちゅー時間差トリックまでやってたくせに内容が急ぎ過ぎてイミフww」
る「草を生やすでない。短くしようとの制約がここに来て仇となったの」
あ「だが我が(今回の)人生()に一片の悔いなし!! 何故なら本懐であるオリ主のキャンギャル姿を書けたのだから!!」
る「詳しくは攻略本か設定集を閲覧あれ。オリ主はレイア嬢の、エル嬢はエリーゼ姫のメイド服を着ておる。特にオリ主はこのイベントのためにストパーをかけたので見る人が見ればユリウス氏と髪質が同じだとバレるという文章では分からぬリスキー回」
あ「本当はこのイベントどさくさ紛れにオリ主がルドガーお手製パイをユリウスにこっそり渡すって初期案もあったり」
る「本編でやれ」
あ「これにてオリ主のひとりエイプリルフールも終了!! さあ進めるぜ本編! 後戻りできないGo to Die!! Are you Ready!? I'm Ready!!」
る「いえ~い」

o(≧∀≦)○(=゚ω゚)ノ

【ヘルメス】
 ゼウスとマイアの子。幸福、富裕の神として、商売、盗みを司る。交通、牧畜、道路、競技の庇護者であり、同時に旅人の守護神でもあった。
 神々の伝令役。多くの英雄が、伝説の中でこの神の助けを借りたことを物語っている。


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Report7 リノス

 世界の誰より あいしてる から こそ


 分史世界。

 あらゆる可能性を現実にしたパラレルワールド。無数の人々の選択によって分岐したIFの歴史。

 よって、人が想像しうるどのような事柄であれ成立していても不思議はない。

 

 

 

 最初にこの分史世界に入って感じたのは、通行人の視線の奇妙さだった。

 

「ここのアナタは指名手配犯なのかしら」

「だとしたら遠巻きに見てないで、悲鳴を上げるか警察を呼ぶかくらいはされてるはずだ」

「確かに、そうね」

 

 通行人の視線は、確かに畏怖の対象を見た時のそれだが、犯罪者に向けてというよりは、いるはずのない存在を糾弾するような。

 時歪の因子(タイムファクター)を探して道を往けば往くほどに、トリグラフの住民の目は鋭さを増していった。だが、ユリウスは全く気にする様子もなく、GHSの偏差表示だけを見て歩いて行く。

 

(分史世界の人間が侵入者(じぶんたち)をどう思おうが関係はない。いずれは壊す世界だから。――そう教えてくれたよね、とーさま)

 

 後ろを付いて行く。コンパスの長いユリウスに付いて行くとなるとユティは速く歩かねばならない。その差がもどかしかった。

 

 ふと、ユリウスが立ち止まった。ユティも倣う。ユリウスたちのマンションがある団地の広場前だった。

 

「反応が近づいてくる」

「動く物体で街中にいる。人間、決定」

 

 ユリウスは舌打ちしてGHSの筐体を乱暴に畳み、ポケットに突っ込んだ。

 

「どこか」

 

 ユティはポケットから抜かれた直後のユリウスの手を掴んだ。

 

「人気のない場所、見繕わなきゃね」

「――、ああ」

 

 ――そんな男と少女に近づく、青年、一人。

 

「兄さん!」

 

 全く不意打ちに声をかけられて、ユリウスは何秒か呼吸の仕方を忘れた。

 

 エラール街道方面から歩いてくるのはルドガー――この世界の「ルドガー・ウィル・クルスニク」だ。姿かたち、声、笑い方、何一つ本物のルドガーと変わらないのに。

 時歪の因子(タイムファクター)の反応は「ルドガー」から噴き上げていた。

 

 

 ――その後は正直、どう話したか記憶は曖昧だ。

 「ルドガー」がマクスバードに用があると言い、よかったら一緒に来ないかと誘ってきたので同意し、トリグラフ中央駅から列車でマクスバード中央駅まで一直線。

 

 マクスバードに着く頃には日が陰り、駅を出ると、埠頭の露店は全て店じまいされていた。

 

 「ルドガー」は駅舎を出るや、ユリウスたちに背を向けて階段を下りていく。ユリウスは自然の流れで「ルドガー」を追う。

 

「人に会う約束があると言ったな。こんなギリギリの時間……下手すると帰りの便がなくなるぞ」

「大丈夫だよ。そうなったら宿に泊まればいいんだから。それにこの時間帯じゃないと」

 

 じわじわと海へとろけて沈んでゆくのまんまるオレンジ。

 斜陽は一時。じきに夜の帳が下りるだろう。

 

「――人払い、めんどくさいんだよね」

 

 転身、「ルドガー」が剣をユリウスの鼻先に突きつけた。

 その剣はクランスピア社の支給品ではなく、ユリウスが愛用してきたそれだった。向けられた翠眼はどこまでも凍てついている。

 

 ユティがショートスピアを出し、間に割り込もうとするのが視界の端に入った。

 

「やめろ!」

 

 駆け下りかけた少女の足がぴたりと停まる。

 

「手を出すな。頼む」

 

 ユティは自分とルドガーを見比べた。

 そして、スピアを力いっぱい地面に突いて刃を収納すると、じりじりと階段を下りて、ユリウスの後ろに駆けて来た。

 

「穏やかじゃないな。兄貴に剣を向けるなんて」

「……誰が?」

「は?」

「俺の目の前にいるのが俺の兄さんなら、俺は幽霊と話してることになるな」

「! お前、まさか」

「クランスピア社、分史対策室エージェントとして訊くよ。()()()()()この誰(●●●)?」

 

 ――痛みを伴って理解した。

 

「俺の兄さんは去年、任務中に死んだ。遺体は俺が引き取った。だから俺は誰より知ってるんだ。兄さんがどこにもいないこと」

 

 ここはユリウス・ウィル・クルスニクが弟を遺して死に、ルドガーが兄の代わりに分史対策エージェントになった分史世界だ。

 

 ――どうあっても自分は、弟を巻き込まずにはいられないんだな、と突きつけられた気がした。

 

「……俺はユリウスだよ。15の時から『お前』と兄弟してきた。正真正銘、ルドガー・ウィル・クルスニクの兄貴だ。正史世界の人間、と自分では思ってるが、これは不確定だ。分史対策エージェントとしてでなく、私情でだが、この分史世界を壊しに来た」

「…………変装にしちゃ似すぎてるとは思ったけど、やっぱそーか……あーあ」

 

 「ルドガー」は刀を鞘に戻し、夜天を仰いだ。夜風が「ルドガー」の黒白の短髪をなぶって吹き抜ける。かける言葉が見つからなかった。

 

(俺だって今いる世界が分史世界だと言われたら、平静でいられる自信はない。考えたことがないわけじゃない。分史を破壊するたびに、本当は自分の世界も分史で、いつか本当の正史の誰かが壊しに来るんじゃないか。そんな、気が狂いそうな仮定を、何度も)

 

 すると、背中と右腕に小さな感触。――ユティが後ろからユリウスに寄り添っている。

 ユリウスは密かに驚き、そして自嘲した。彼女はいつも、相手の一歩先に的確な慰みをくれる。

 

 やがて「ルドガー」はこちらに向けて力ない笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。変にごまかさずに教えてくれて。俺の兄さんは訊いても訊いても答えてくれなかったから」

 

 ――“兄さんの何を信じろって言うんだ。肝心なことはずっと隠してたくせに”――

 

(俺がお前に秘密を持つことは、お前の人生を狂わせるほどに大きなことなのか?)

 

「お礼に」

 

 「ルドガー」は両ポケットから懐中時計を出して構えた。真鍮と、ボロボロになった銀。

 内、片方、銀時計のほうから時歪の因子(タイムファクター)の反応が溢れた。

 目を見開いて「ルドガー」は右手の銀時計を見やる。瞼をきつく瞑り、唇を噛みしめ。

 彼は泣きそうな顔で笑った。

 

「殺す。全力で、手加減なしに。俺の手で殺してあげるよ、どこかの世界の兄さん」

 

 骸殻が発動する。山吹寄りの黒とイエローラインの呪いの殻。レベルはスリークオーター。ユリウスと同じ、他人の時計で力を水増ししている。

 

 「ルドガー」が槍を鋭く突き出した。ユリウスはとっさに後ろのユティの頭を乱暴に下げさせ、双刀の片方で槍の軌道を逸らした。

 

「ユリウスっ」

「そこにいろ! 俺がやる!」

 

 心はすでに固まっている。他でもない「ルドガー」だからこそ、自分以外に殺されるのは許せない。

 マクスバードは一瞬にして兄弟の戦場に変わった。

 

 

 兄弟の闘争を見守り始めてどれほどの時間が過ぎただろう。何分? 何十分? 何時間?

 日は完全に沈みきり、辺りは闇一色。

 聞こえる音は彼らが刃を鳴らす音だけで、戦う姿は影法師。

 

 ユティは埠頭に立ち、アーチの上で激戦をくり広げるユリウスと「ルドガー」を見上げていた。

 手を出すな、とユリウスが言った以上、ユティにできることは何もない。ただ胸の前で両手を握り合わせた。

 

 アーチの上で、槍と双刀がぶつかり合い、火花を散らしている。骨肉の喰らい合いは留まる所を知らない。

 

(きっとあの人は、ルドガーに自分以外の干渉があるのが許せなくて、いつだって分史世界のルドガーだけは自分の手で殺してきたんだ。独占欲と変わらない、深い深い愛情で)

 

 ――やがて、ぼんやりと捉えていられた影法師の片方が、アーチから砂袋か土嚢のようにタイルに落ちた。ユティは急いで駆け寄る。ずっと上を向いていたからめまいがしたが、無視して走った。

 

 転がっていたのは「ルドガー」だった。開ききった瞳孔、上下しない胸板。頬に幾筋も残った、涙の跡。

 

(ユリウスでなくてよかった)

 

 間を置いて、ユティは「ルドガー」の脈が完全にないことを確認した。次に、死体の瞼を閉じさせ、口元の血を袖で拭い、両腕を胸板の上で交差させた。

 作業を終え、ユティは死体の近くに転がった二つの時計の内、銀時計のほうを拾った。

 

 横に2度目の落下音。今度は軽やかで、足音が続いた。ユリウスが骸殻を解きながら歩いて来ていた。

 

「お疲れ様。無事でよかった」

「ああ」

 

 そっけない返事。ユリウスはユティの手にある時歪の因子(タイムファクター)には目もくれず、「ルドガー」の死体の傍らに膝を突いた。泣くでもなく、触れるでもなく、ただ、見ていた。

 

「ルドガーは、アナタに何て?」

「言いはしたが、あれは『俺』への言葉じゃなかった」

 

 その言葉をよすがに、ユティは目を細めて頭に描いた。

 

 「ルドガー」はユリウスではなく、彼にとっての「ユリウス」へ末期の息を捧げたのだ。

 自らを刀で貫くユリウスには一瞥もくれずに。

 

 

 

 ユリウスは「ルドガー」の死体の前で、存分にセンチメンタルに浸ってから、立ち上がった。

 

 斜め後ろに立っていたユティの手には、時歪の因子(タイムファクター)である銀時計。さすが、抜かりがない。

 しかし、妙だ。いつもの彼女なら呼ばれずとも時歪の因子(タイムファクター)を差し出すはずだ。それが、両手で銀時計を胸の谷間に押しつけたまま、佇んでいる。目は確かにユリウスを見ているのに。

 

「どうしたんだ」

 

 ユティは眉根を寄せ、ためらいがちに口にした。

 

「アナタにどんな言葉をかければいいのか、分からない、の」

 

 ぽかんとした。突拍子もなくて奇抜な少女が、ユリウスと同じ悩みで行動をためらっていた。

 

時歪の因子(タイムファクター)を渡してくれ」

 

 あえて平坦に告げる。ユティは一瞬ためらいを浮かべたが、両手で銀時計を突き出した。ユリウスは銀時計を受け取り、負荷の少ないクオーター骸殻に変身した。そして、時歪の因子(タイムファクター)を宙に放り投げ、一刀両断した。

 

 こうしてまた、一つの天地が砕けて落ちた。

 

 

 景色が戻る。夜のマクスバードには人がおらず、暗い海の波音だけが海停に谺していた。

 GHSで時刻を確認する。行動しなければいけないのに、何故か思考は上滑りする。

 

(いい加減切り替えろ、ユリウス・ウィル・クルスニク。分史世界のルドガーを殺したのは初めてじゃないだろう。アレよりもっと幼い『ルドガー』を殺した時だってあるだろうが。100以上の分史世界を壊してきて、こんなありふれた任務で揺らぐなんてあるわけないんだ)

 

 深呼吸ひとつ。行くぞ、とユティに声をかけて歩き出す。だが、ユティは付いて来ない。

 もう一度呼びかけても、彼女は動かない。軽く苛立つ。

 ユリウスは戻って、強引にでもユティを引っ張って行こうと手を伸ばし――

 

「もし、次の分史世界、アナタが時歪の因子(タイムファクター)だったなら、ワタシが殺すわ」

 

 初めて、震える声を聴いた。

 

「次だけじゃない。その次も。次の次も。ずうっと」

 

 初めて、震える拳を見た。

 

「アナタが『ルドガー』の死をぜんぶ自分のせいにするなら、『ユリウス』が死ぬ時は、ぜんぶワタシのせいにする。だから――」

 

 続く言葉はない。ユティ自身、どう言っていいか分からず困り果てている。頬を赤らめ、くちびるを握りしめた手で隠し、外したかと思えば深く俯き。

 

 ようやくユリウスを見上げた(そう)(ぼう)には、ひたむきに過ぎる――慕情。

 

 そのまなざしだけで、続きを聞く必要はなかった。

 ユリウスは大きく一歩踏み出してユティとの距離を詰め、細すぎる腰を両腕で抱き寄せた。

 

「もういい。それ以上話さなくていい。君の優しさは充分伝わったから」

 

 二の腕に掴まる両手。ほとんど反るような恰好でユティはユリウスを見上げてきた。

 

「……ほんと、に? むりして言ってるんじゃ、ない?」

「してないよ。もう大丈夫だ」

 

 安心させるつもりで頬から髪を軽く撫でてやる。

 

「よかったぁ」

 

 ――極上の笑顔。ニ・アケリアで彼女が寝ぼけて自分を父親と間違えた時に浮かべた。

 

 そのまま胸板にすり寄る少女を抱きながら、ユリウスは一つの可能性に思い至る。

 

(まさかこの子は、俺の――)

 

 

 

 

 分史世界。

 あらゆる可能性を現実にしたパラレルワールド。無数の人々の選択によって分岐したIFの歴史。

 よって、人が想像しうるどのような事柄であれ成立していても不思議はない。

 

 想像しうる、どのような事柄であれ。

 

 

[公開 2013年05月21日(火) 14:42]




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。ついにユリウスが核心に迫った今回だが。よかったのか? 本編でやらぬで」
あ「いいのいいの。番外編とは銘打ってるけど、内実オリ主が原作キャラと友好を深めるためのSS集がReportだから。実際、このくらいまで真実に迫ってくれないとユリウスがオリ主を可愛がる展開なんてこの先無理(T_T)」
る「ルドエルに勝らずとも劣らぬ絆を両者には構築してもらわねばならんからのう。舞台裏は密に書かねばならんのが今作の難点か」
あ「舞台裏チガウ。舞台の隙間」
る「どうちがう」
あ「んー。もうぶっちゃけちゃうけど、作者、この連載以外にTOX2連載を構想中なのは知っとるべ?」
る「ああ。本人はTOX2二次は4部作のつもりで書いておるからの。あわよくば『レンズ越しのセイレーン』終了後にあと3本書こうと目論んで、地味に地道に今作にも次作要素をちまちま盛り込んでおるくらいじゃ」
あ「4部作にはそれぞれ位置づけがあるのよ。これは『舞台の隙間』。2部が『共演舞台』、3部が『舞台裏』、4部が『狂言舞台』って感じにね」
る「ふむ。確かにオリ主は原作ストーリーそのものにも参加するが、前日譚や後日談的な場面で描かれることがメインではある。隙を見て仕掛けることでの運命の変更を促しているわけか。原作=任務中だと、一歩間違えればメンバーの生き死にに関わる。あえて『何もない』時間に仕掛けるのがオリ主のスタンスで限界なのだな」
あ「そゆこと。ま、兄弟愛憎模様はあえて触れない。だってやり尽くされてるし。ユリウスがオリ主の関係が作られていくのがReportの胆だと心得てくれい」


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Report8-1 ディオニシオス/スターター

 捕まえてみせてよ 真実あなたが「それ」を望むなら


 触らぬ覇王に祟りなし。

 そう思ったから街中でその男を見かけても通り過ぎようとしたのに。

 

「あ、王様だ。王様~!」

 

 横にいたエルが無邪気に手を振ってしまったものだから、あっさりとユティはガイアスに捕獲された。

 

 

 

 

(なるべく避けろって、アルおじさまから教わってたのに)

 

 クランスピア社本社ビル前にて。ユティはガイアス、そしてタイミングを読んだように顕現したミュゼと対峙していた。

 

「ミュゼが街中にいるの、目立つね」

「しょうがないわ。私もこれ以上人間らしい形態になることはできないんだもの」

 

 せめて翅は隠せ、と一体パーティの何人がツッコミを堪えたのだろう。

 

「王様。ワタシに用事なんでしょう」

「ああ。ローエンから話は聞いた。ユティ、お前もルドガーと同じ、骸殻能力者だったそうだな」

「うん」

「何故隠していた?」

「ルドガーが気にすると思って。コレはルドガーの大事なアイデンティティ。おいそれとワタシも使エマスなんて言えたものじゃなかった。キジル海瀑の時も、本当は出すつもり、なかったんだけど」

 

 希少価値は、希少だから価値なのだ。パーティにおいてルドガーだけが骸殻能力者だという事実は、ルドガー本人も意識しないところで彼の自信になってくれていたのに。

 

(どう反省してもあれはミスだった。少し離れたせいでルドガーをみすみす危険に晒して、ユリウスに自分で自分の腕を斬るなんてマネさせた。その元凶の自分を許せなくて、骸殻を解禁してまで戦った。要するにヤケッパチ)

 

 あれ以来、ルドガーとはほとんど口を利いてない。ミラもエルも何も言わないが、両者の不仲を感じ取っている。

 返す返すも悔やまれる。

 

「ワタシが骸殻能力者だとどうしてアーストに呼び止められるの?」

「ルドガーの時と同じだ。お前が世界の命運を背負うに足る人間かどうか見極めるために来た。お前がどう務めを果たすのかを俺に見せろ」

 

 ユティは深く深くため息をついた。骸殻能力者だと伝わればガイアスは必ずこう言いに来ると分かっていた。

 

(でも、ちょうどいいかもね。ワタシもこの人とは一度話したいと思ってた。ルドガーを見極めにわざわざ任務に同行したって聞いた時からずっと。ユースティアには余分な感情なのに捨てられなかった。ここで――抹消する)

 

「ワタシがふさわしい人間じゃなかったら?」

「斬る」

「ま、当然よね」

「ダメだよ、そんなの!」

 

 エルがガイアスとユティの間に立ち塞がった。ルドガーの時もエルはこうした。

 

(本当に勇気ある蝶ね。昔はそんなエル姉に憧れもしたのよ)

 

 ユティはエルをふり向かせ、正前で片膝を突いた。

 

「エル、今から一人で帰れる?」

「……王様といっしょに行くの?」

「それは、王様次第」

 

 エルは苦悩を濃く浮かべたが、やがて肯いた。

 

「わかった。ルドガーにはユティの帰りおそくなるって言っとく」

「帰り道、ひとり、平気?」

「ヘーキだしっ。ルルもいるもん。ユティは、ダイジョーブ?」

「ダイジョウブ。がんばる」

「ナァ~」

「心配しないで。上手くやってみせる」

 

 背中を向けて去っていくエルとルルに手を振って見送り、ユティはガイアスとミュゼをふり返った。

 覇王とそれに侍る大精霊の女。実に絵になる。カメラフリークをやめていなければ一枚納めたいところだ。

 

「一つだけワタシからもアナタにお願い、ある」

「何だ」

「今からワタシと鬼ごっこ、して」

 

 

 

「どういうことだ」

 

 ガイアスはローエンやジュードから事前に、関わることの少ないユティの性格を聞いていた。突拍子がなくマイペース、されどレンズ越しのまなざしは確かに周りを捉えている。総じてそういう人物評。

 

「アナタがワタシを捕まえられたら、ワタシはクルスニク一族としての仕事を見せる。捕まえられなかったら、そこまで。ワタシはアナタの言うこと聞かない」

「素直に従う気はないということか」

「ワタシはエレンピオス人。アナタは外国の王。アレしろコレしろって命令されてハイハイ従う義務はないと考えてる」

「ずいぶんと好戦的な物言いね。あなたって見た目通り怖いもの知らずなのかしら」

 

 ミュゼはおっとりと、しかし欠片も優しさはなく首を傾げる。ユティの返答いかんでチャージブル大通りは陥没しよう。

 

「敬意は払ってる。ア・ジュールの黎明王にして、リーゼ・マクシア統一を成し遂げた覇王が相手だもの」

 

 声は無機質で敬意はおろか何の感情も汲み上げられない。

 

「フィールドはトリグラフの街の中。外に出たら問答無用でワタシの負けでいい。ミュゼの協力はアリ。ただしミュゼが捕まえても勝ちにはならない。あくまでアナタの手でワタシを捕まえてみせて。ゲーム終了条件はアナタによるワタシの捕獲」

 

 低く上げた両腕は、羽根を広げた蝶を思わせる。

 

「で、どうするの? ワタシのお願い、聞いてくれるの、くれないの」

 

 口調は拗ねた小娘でありながら、メガネの奥の蒼眸は戦いに挑む前のそれ。

 

「一つ言っておく。俺は子どもの頃『ア・ジュールのサル』と呼ばれた男だ。妹に木の上から獲ったサクランボを投げて遊んだりしたこともある」

「意外」

「意外ね……」

「とりあえずアーストの実力、了解した。始めていい?」

「構わん」

「ミュゼ、スタートの合図、して」

 

 ミュゼは「♪」が幻視できそうな調子で腕を掲げた。あれは十中八九、悪意のない騒動を起こす前触れだ。ガイアスは密かに何が起きても動じない覚悟を決めた。

 

「よーい……スタート!!」

 

 バンッッ!!

 

 ミュゼの指先で小爆発が起きた。通行人には悲鳴を上げたり、転んだりする者もいる。すわアルクノアのテロかと騒ぐ者も。

 

「あら? 人間界の徒競走の合図ってこうじゃないの?」

「方向性は間違っていないが、スケールが間違っていた。次はもう少し威力を落とせ」

「はあい」

「それと――」

 

 ガイアスが続きを言う前に、こちらに慌ただしく駆けてくる複数の足音。

 

「警察だ! そこの二人組! 爆弾物所持の現行犯で連行する!」

「――人が大勢いる前では特にするな」

「ガイアスといると人間界の色んなことが勉強できて楽しい♡」

「ユティを追う。行くぞ」

「はーい」

 

 ガイアスとミュゼは、怒鳴る警官たちを完全に無視して走り出した。

 






(お待ちください)


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Report8-2 ディオニシオス/スプリンター

 人の「仕事」を邪魔するなら、相応の理由を示してみせてよ


 ユティはミュゼのスタートの発砲騒動の間にスタートダッシュを切っていたらしい。スタート地点から軽く足を延ばしたが、ガイアスもミュゼもユティを発見できなかった。

 

 よってガイアスは目視による彼女の追跡を早々に断念した。

 ガイアスはトリグラフで誼を得た住人を訪ね歩いた。

 ターネットらマシーナリーズが屯する宿。商業区に立ち並ぶ道具屋や武器屋の店主。チャージブル大通りで行商する露店の販売員。またはそこに立ち寄る商人やサラリーマン(飲み友達ともいう)。

 

「いいんですか、ガイアス。聞き込みなんかして」

「街の人間に協力を仰ぐな、とは言われていないからな」

 

 幸いにして、ガイアスの手元には、先日のサマンガン樹界観光で撮った記念写真があった。これにはユティも写っている。賭けをしていると言っただけで皆、快く情報を提供してくれた。

 

「何だよ、アーさん。その子探してんの? いいぜ、見かけたら知らせるよ」

 

「ああ、その子。いつもウチのパン買ってってくれるんだよ。アーストさんと同じクリームチョココロネ。見かけたら声かけとくね」

 

「アーストさんが人探し? へえ、アンタも隅に置けないねえ。そんな別嬪さん連れといて。まあいいさ。見たら教えればいいのよね」

 

 そして彼らの目撃情報が集まるのをガイアスは待った。ユティは制限時間を設けていないからこうして戦略を練る時間を取ってもよかろう。もっともガイアスは、矜持に懸けて今日中にはユティを捕まえる心算だが。

 

 太陽が中天を過ぎる頃、ガイアスの下には街の住人から情報が寄せられ始めた。

 

『もしもし、アーストさん? いたよ、あんたの言ってた女の子。今? ロド団地の公園だけど』

 

 駆けつける。果たしてユティはそこにいた。公園のブランコに乗っていた少女は、ガイアスを認めるや、ブランコの速度を上げて高く飛び出した。

 高所からの奇襲は彼女が無意識に多く用いる戦術だ。承知していたミュゼが飛翔して軌道上に立ち塞がる。だがユティはミュゼの左肩を右手で掴んで後ろへ押し出し、すれ違う際のズレを利用して躱してみせた。

 着地したユティは団地から走り去った。ガイアスはすぐさま後を追う。

 

『もしもし、アーストさん? 探してるって言ってた女の子だけど、さっきすごいスピードでウチの店の前走ってったよ』

 

 駆けつける。チャージブル大通りの分かれ道。少女はクランスピア社ビル側か駅側かどちらに曲がるか決めかねているようだった。

 絶好のチャンス。瞬息で距離を詰める。ユティは気づいた。ユティは駅側への道を選び、街路樹の後ろに隠れた。ガイアスは内心舌打ちした。捕まえようとしてもユティは街路樹を間に挟んで反対側に避ける。

 そうしてガイアスを焦れさせた上で、彼女は駅へと駆け去った。

 

『アーさん? クラックだけど。カメラの子、今こっちにいるよ。ん? ああ、商業区』

 

 トリグラフ中央駅構内で、客の多さに紛れて消えた少女はいつのまにか逆走していた。

 

 駆けつける。クラックやターネットら、マシーナリーズのメンバーが手を振るほうへ走った。

 

「ユティは」

「そこに……ってあれ!?」

 

 いねえ!? いつのまに!! と、騒ぐマシーナリーズの若者たち。

 ガイアスは頭を軽く押さえた。彼らが彼女を留めておけると思ってはいなかったが。

 

「なんか、悪い。わざわざ来てもらったのに」

 

 珍しくターネットから神妙に謝ってきた。

 

「気にするな…………いや」

「アースト?」

 

 横紙破りの逃げ役が相手だ。鬼役とて知恵を巡らせてもいいはずだ。幸いにして人員はすぐ目の前にある。

 

「な、なんかアーさんの顔が怖い……っ」

「違うわよ。アーストのあれは、面白いことを思いついた時の表情(カオ)♡」

 

 

 

 一人の少女がトリグラフ港へ駆け込んだ。彼女は手近な柱に凭れて胸を押さえる。

 ぜいぜい、と荒い息をしていた彼女の視線が、近づいてくる一人の男に流れた。

 

「……、王様のくせに、せせこましい真似してくれるじゃない」

 

 恨みがましい蒼眸を向けられても、ガイアスは揺るぎなかった。

 

「お前が設定したルールには、他人の援助を受けるなというものはなかっただろう」

「なかった。だからアナタがターネット君たちを使ったのもズルとは、思わない。ただ、意外。アナタの性格だと、せいぜい聞き込みやタレコミくらいにしか街の人を使わないと思った、から」

 

 ガイアスはターネットたちに頼んで、商業区の出入口と裏路地に立ってもらった。ユティに会ったら邪魔をするようにと言い含めて。

 そしてさすがは不良グループ、マシーナリーズは街の裏路地の地形を完璧に把握していた。ターネット曰く「イーマイのおやっさんから逃げるのによく使う」のだとか。

 

 彼らに商業区を囲い込まれたユティが逃げて来られるのはこの港だけ。そして港から商業区に戻る道にはミュゼを配置した。彼女は今、袋のネズミだ。

 

「俺も捕まえるのは独力で、と考えていたが、このゲーム、お前の意図は別の所にある気がしてな」

「聞かせて」

「俺とて街の住人全員と知り合ったわけではない。それなのにお前は都合よく(・・・・)俺の知り合い(・・・・・・)にばかり目撃されている。まるで俺が知り合った者たちと速やかに連携しやすく(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)誘導する(・・・・)かのように。あえて追いつめられ易い逃げ方を選んで逃げ続けた。それが何故かは分からんが」

「そこまで分かってれば充分、ね。ワタシの意図なんて知る必要、ない。ワタシもそろそろあちこち駆けずり回されて体力限界だし。ここらで幕としましょう」

 

 ユティが柏手を二つ。そしてお約束の台詞。

 ――鬼さんこちら。手の鳴るほうへ――

 

 両者は同時に相手へ向かって駆け出した。ガイアスはいいが、鬼役に近づくだけでリスクが上がるユティさえも。だがガイアスもすでにユティが奇策を用いる――好むと理解しているのでこれは想定内。

 

 そして、自分を飛び越えようとしたユティの、足を掴んだ――はずが、手応えが軽すぎる。

 見ればユティは掴まれたブーツを脱ぎ捨てて逃れていた。

 

「ねえ。どうしてワタシがわざわざこんなオネガイしたか、分かる?」

 

 下半身が無理なら上半身を。体格差を利用して上から押さえようとしたが、少女は蛇のように逃れてまた一定距離を保つ。

 

(蛇……いや。これは、蝶だ。夜の森を翔ぶ夜光蝶)

 

 ガイアスが何度捕まえようと手を伸ばそうが、蝶はひらひらとすり抜けていく。跳んで、滑って、転がって。

 

「アナタがルドガーの任務に付いて来た時から、ユティはずっと変だった。アナタの言い分は正しいのに受け入れがたい何かがあって、エラーだった。今日、アナタに、ワタシが言われて、やっと、掴んだ」

「何を掴んだと言うのだ」

 

 片足だとバランスが悪いのか、ユティは残ったブーツも脱ぎ捨てた。ガイアスは再びユティとの距離を詰めるが、ステップを踏んでユティは華麗に避ける。

 

「何でアナタなんか(・・・・・・)品定め(・・・)されなきゃいけないの」

 

 囁きは耳元。回避のためにガイアスを飛び越えた際、空中で逆さになったユティが言ったのだ。

 

「『お前が世界の命運を預かるに足る人間か見極める』? そんなのそっちだけの事情であって、ルドガーにとっては給料貰ってエルたち養うための大事なお仕事。ワタシもバレた以上仕事意識で臨むつもりだし。そういう仕事人の現場にズカズカ踏み込んで『見定める』とか『試す』とか、何様気取り?」

 

 着地したユティが態勢を立て直す前に手を伸ばす。それでもユティは紙一重で避けてしまう。

 

「ワタシたちを試験するなら、クラン社のエージェントは? ユリウスは? リドウは? ビズリーは? みんな不適格だったらみんな斬ってしまうの? どんな権利があってそうするの?」

 

 ようやくユティの動きに隙が生まれた。捕れる。ガイアスは確信した。

 

「逆説だよ、アースト(・・・・)アウトウェイ(・・・・・・)アナタこそ(・・・・・)ワタシタチを見極めるに足る人間なの(・・・・・・・・・・・・・・・・・)? 」

 

 掴めるはずだったガイアスの手から、その夜光蝶はひらりと逃れた。

 

「そこんとこはっきりさせてくれないんじゃ、見極められるなんて言語道断。じゃない?」

 

 ユティの着地先は、海際の落下防止柵の上。少しでもバランスを崩せば海に真っ逆さまだ。

 

 ふいにガイアスの中で、今日のさまざまな出来事が繋がり始める。

 点と点を繋げる線が描き出した答えは、単純明快。思わず笑んでいた。

 

「ユースティア・レイシィ」

 

 呼びかける。ユティはじっとガイアスを見下ろした。それでいい。括目しろ。

 

「――俺はお前が世界をどう扱うか知ることを望んでいる。何故なら、俺はリーゼ・マクシアの民を守る王であり、エレンピオスの民に親しんだ一人の男だからだ。ガイアスは義務として、アーストは切情として。世界を壊す力を持つお前がどんな人間かを知りたい。これが俺の答え、俺という人間だ」

 

 ユティは答えなかった。代わりに、無造作に柵の上から跳んだ。

 ガイアスは彼女の着地予測地点まで行って、落ちてきたユティをキャッチした。少女は抵抗しない。

 

「捕まえた」

 

 鬼の決め口上。これでゲームセットだ。

 腕の中の蝶はガイアスを仰ぎ、幽かな笑みを浮かべた。

 

 

 ユティを見極める、と言ったガイアスをこそ、ユティはゲームを通して見極めようとしていた。同じ骸殻能力者でもなく、同じエレンピオス人でもないガイアスに、自分の秘密を曝け出してもいいと思えるかを。

 

 かつてルドガーは「ずいぶんと上から目線だな」と答えた。あれはユティの主張と変わらない。ルドガーにとってのガイアスはあの日が初対面の無関係な男であり、そんな輩に自身の仕事をすぐ見せる気にならないのは道理だった。

 

 

 

 

「アースト!!」

「アーさん!!」

「アーストさん!!」

 

 商業区に戻ると、マシーナリーズのメンバー、他にも聞き込みをした街の老若男女がガイアスのもとにわっと押し寄せた。

 

「いいオトナが真っ昼間から何やってんだよ。事情があんのかと思って黙って手伝ったけど、今度理由きっちり聞かせてもらうからな」

 

 ターネットの抗議を皮切りに、集まった人々がわっと口々に言いながら詰め寄ってきた。謁見慣れしているガイアスだが、この人数を一度に、しかも市井の一般人として相手にした経験はなく、軽く怯んだ。

 

 同時に腑に落ちた。ユティがガイアスに――アースト・アウトウェイに示してほしかったのはこれだったのだ、と。

 





(お待ちください)

【ディオニシオス】
 現在のイタリア南部、シチリア島シラクサの僭主。自ら学芸も好み、プラトンをその宮廷に招いた。「ダモクレスの剣」や「ディオニシオスの耳」の故事で有名。


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Report9 アンティゴネ

 こんなものが わたしの本当の気持ちだっていうの?


 エルをビズリーに託してから、ユティはエレベーターに乗り、何気なくGHSを確認した。するとメール欄で未読が1件点灯している。

 ボタンを押してメール画面を開いてみる。

 

 

〔 本社ビル 30F エントランスホールにて                  Dr.R 〕

 

 

 送信時刻は5分前。ユティはエレベーターのスイッチを見やった。まだギリギリで30階には着いていない。

 

(ちょうどいい。ワタシも彼には問い質したいことがある)

 

 ユティは「30」のスイッチを押し、GHSをポケットに戻した。

 

 

 

 

 エレベーターが30階で停まった。

 ドアが開く。降りてホールを見渡すと、全面ガラス張りの壁に凭れるリドウを発見できた。

 

 歩いて行く。高い天井にブーツの足音が反響したことで、リドウもこちらに気づいてふり返った。こんな中途半端な階から外の何を観ていたのか。カナンの地(うえ)か、景観(した)か。

 

 ユティはリドウと話せる距離に入るや口を開いた。

 

「どうしてユリウスを殺してくれなかったの。路地裏で一人きりで放置して、場所だってメールしてあげたのに」

「まだ誰を『橋』にするか正式に決まってないんだ。独断専行で社長に処分されるのは俺も御免だから。500万ぽっちじゃあ自分の命までは売れないなあ」

 

 リドウは大仰に肩を竦めてみせた。

 

 ユティは自身に落ち着くよう言い聞かせる。クロノスとの一戦で昂ぶった熱を冷まさないと、この男に付け入られる。それくらい難しい相手だと父から教わった。

 

「アナタは自分の命を守るためにユリウスを殺さなかった。間違いない?」

「O・K。間違ってないよ」

「じゃあ、社長に殺されないことになれば、ユリウスを殺してくれるの?」

「どーかなー? あの社長相手に小娘一人が立ち回ったところで、そんな状況は作れないと思うけど」

 

 せっかく人が冷静に話そうとしているのに、リドウはどこまでもユティの神経を逆撫でする。並大抵の言葉では動揺しないユティの琴線にここまで触れる。リドウのこれが不愉快なのは、父の血の遺伝だろうか。

 

「アナタはワタシの依頼を実行するの? しないの? しないのだったら、ワタシは今後アナタには期待しないで自分でやる」

「そうそう、それ。それを俺は聞きたかったんだよね」

 

 リドウは屈んで息遣いを感じる距離でユティの顔を覗き込んできた。

 

「『カナンの地が現れたらユリウスを殺して『橋』にする』。それが君の依頼だった。最初こそ面白いと思ったが、よく考えるとおかしいんだよね」

 

 何がよ、とせめても、精一杯のぶっきらぼうで問い返す。

 

「さっき君はユリウスの一番近くにいた。路地裏に連れ込んだ時点でズドンとヤッちまえば『橋』はその場で架かった。なのに君はクロノスと戦って、悠長に自己紹介なんてして、挙句ターゲットを逃がす始末だ」

 

 ニタァ。リドウの唇が不吉に歪むのを、ユティは至近に見てしまった。

 

「君さ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の?」

 

 ユティは立ったままフリーズした。その反応に満足したのか、リドウは踵を返した。

 その背は小刻みに震え、やがて嘲笑が聞こえてきた。

 

 それでもユティはフリーズから復旧できないでいた。

 




 時間軸としては、オリ主が橋の説明をした後で離脱してエルをビズリーに預け、マンションフルーレに帰るまでの間にあった出来事です。
 本編でもうバレまで行ったので申し上げますが、この時点ではまだオリ主は父の言いつけ通りユリウスを殺す気満々だったんですよね。のはずが、リドウに矛盾を指摘され、彼女はついに自分の本心に気づいてしまいました。
 リドウがご満悦です。ライバルの実の娘を言い負かしたので。元からいじめっ子気質ですしオリ主はさぞやオイシイ獲物だったでしょう(←酷


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Report10 ハルモニア

 [No Voice]


 その子は、飛び立つ白いカモメの群れと、きらめく大洋を背に。

 

「ワタシは言うよ。いつかとーさまに会えた時。産んでくれて、ありがとう、って」

 

 少女らしい幸せ満面の笑顔を、ユリウスに向けてくれた。

 

 

 

                    ~*~*~*~

 

 

 

 ユリウスたちが「審判の門」に辿り着いた時、すでにビズリーとクロノスの決着は付いていた。

 

 ビズリーがクロノスを無力化したことで、カナンの地の天が晴れた。ルドガーとミラは急いでエルに駆け寄って、エルを抱き起こす。

 左半身がほぼ無機物化した幼子は、ユリウスから見ても痛々しかった。

 

「だって……ルドガー、『橋』にされちゃうって思ったから……こわかったけど、ひとりで……」

 

 ミラがエルの小さな手を握り、ルドガーがきつくエルを抱いた。

 

「――ねえ、ルドガー……ユティはいないの?」

 

 ルドガーはもちろん、ミラや、ジュードたちもくっと俯いた。

 

「ユティ、言ったよ……ルドガーを絶対むかえに行かせる、って……いっしょじゃ、ないの?」

「ユースティアは死んだ」

「……え」

「俺たちをここに渡すために、自ら『魂の橋』になって」

「う、そ」

 

 そんな、と身を乗り出したエルだが、すぐ因子化の痛みに蹲る。ミラが慌ててエルを支えた。

 

 ユリウスは一人先んじてビズリーの正面に立ち、双刀を抜いて構えた。

 

「娘を『橋』に捧げたか」

 

 捧げられた、貰った、贈られた。どんな形容であれ、ユティの最期にふさわしくない気がした。

 だから、ユリウスは答えず、ビズリーまで駆けて双刀を振り抜いた。

 

………

 

……

 

 

 

 辛勝だった。

 

 自身が戦いの最中でスリークオーターにレベルアップしたことに加え、ルドガーの仲間が尽く実戦に強い人間ばかりだったことが、辛うじてユリウス側に勝利をもたらした。

 

「ルドガー……お前はぁ!!」

「ルドガー、後ろ!!」

 

 ビズリーは往生際の悪さを発揮し、寄り添い合うルドガーとエルに拳を上げようとした。だがそのような行いはユリウスが許さなかった。

 

 ユリウスは寸前でルドガーらを庇って、ビズリーの喉笛に右の刀を突きつけた。

 

 これが本当にこの男の最期。話し合って和解することも、さらに戦うこともない。ユリウスが、この手で終わらせるから。

 

 

 ――遠い昔。この人に憧れ、認められることだけを目指して力を極めようとした。この人が自分を利用する気なのだと知った時は、正史のはずのこの世界が崩れたようにさえ感じた。それだけ絶対だった――父親。

 

 

 ――“ワタシは言うよ。いつかとーさまに会えた時”――

 

 

「サヨナラだ。――――()()()()

 

 刀を突き出す。一歩を力強く踏み出す。

 ぶつ、ずぶ、と慣れた感触が、刀身が確実にビズリーの心臓を貫いたことをユリウスに教えた。

 

 いつかどこかの分史で。まだ自分とユティの関係を知らなかった頃。クルスニクに産まれた身の上を辛く思わないのかと試しに訊いたことがあった。答えて、ユティは滅多に見せない大輪の笑顔で――

 

「俺とルドガーをこの世に産んでくれて、ありがとう」

 

 耳元に言って、刀を抜いた。

 ビズリーは傷口からわずかに血を噴き、どう、と倒れた。二度と起き上がることはなかった。

 

(これでいい。親殺しの十字架なんてルドガーは背負わなくていい。お前に悪いモノは、俺が全部持って行く)

 

 ふり返る。痛ましげにこちらを見るルドガーと目が合った。

 

 ユリウスは弱くだが笑ってみせた。きっとあの子――ユースティア・レイシィであれば、ここで笑うに違いないから。

 




【ハルモニア】
 調和を司る女神。子供たちが尽く不幸な死に方をしたため、神の呪いがこれ以上テーバイに降りかからないようにと、夫と連れ添いテーバイを出て放浪の旅をする。


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キャラクタープロフィール

ユースティア・レイシィ

Ustia Lacie/Ustia Juno Kresnik

年齢:16歳  性別:女  身長:155㎝  体重:??  

 

武器 :ショートスピア(警棒のようなノック式)/フリウリ・スピア(変身後)  

タイプ:槍使い

 

外見:(設定画参照)

服装:(設定画参照)

 

 

【挿絵表示】

 

イラストは友人の亀様(http://www.pixiv.net/member.php?id=1814247)から頂きました。

 

装備:カメラ、撮影器具一式が入った三脚ケース、懐中時計×2

 

趣味     写真撮影、おしゃべり

特技     写真撮影、戦闘、ウソをつく、人見知りしない

 

大事なもの  両親、父の友達の男二人、父の形見の懐中時計

好きなもの  ユリウス、アルヴィン、バラン、カメラ、猫、花、人がたくさんいる場所、アスレチック

 

苦手なもの  本物の動物(猫以外)、母親に当たる正史世界の女性、お金の計算

嫌いなもの  銃、家族をバカにする人、ナス

 

 

略歴     ユリウス・ウィル・クルスニクの娘として誕生。正史世界に行く日に備えて、ユリウス、アルヴィン、バランから英才教育を受ける。内容はクルスニク一族の知識、戦闘技術、詐術、過去の出来事と人間関係、骸殻の使い方。そして16歳になった年のルドガーの命日(後述)に時歪の因子(タイムファクター)化したユリウスを殺して、道標「最強の骸殻能力者」を持って正史世界へ旅立った。正史世界の時間軸で列車テロ直前に到着、ルドガーやエルより先に列車に乗り込んで彼らと出会う。さらにユリウス、リドウにも根回しし、ルドガーの仲間の一人として関わっていく。

 

 

補記     ユティが生まれたのは「カナンの地が出現し、オリジンの審判が終わった後」に生まれた稀有な分史。これはこの分史の過去のビズリーが「精霊の自我を奪う」願いを叶えたものの、いざ精霊を使役する前にユリウスに殺され、分史世界の消去がされないまま放置されたため起きたイレギュラー。ユリウスはむしろあえて分史が生まれうる世界の状況を放置し、過去のやり直しに向けて動き出した。この分史ではルドガーがユリウスへの誤解から自ら橋になる選択をしたため、ルドガーが死亡している。

 

 

 

ライナーノート

 

【ユースティア】

 

 スペルはEustia。ユリウスの娘なので頭文字はJにすべきかと思ったのですが、Euで通しました。これはutopiaをeu(よい)topia(場所)と書いて、「とてもすばらしい場所であるがどこにもない場所」と解釈する向きもあるそうなのです。

 便宜上ユティが生まれた分史を「番外分史」と名付けましたが、「番外分史」は原作のどのEDからも生まれえない世界です。ユリウスはどのEDでも死亡しますから。どこにもないはずの世界で生まれた子、そういう意味合いで名づけました。

 

【レイシィ】

 

 公式設定資料集が発売されたので、大いに悩んで末に、読者様の後押しもありまして改姓しました。法則はエルと同じです。母親が誰かは皆さんもうお分かりでしょう。

 

【ジュノー】

 

 スペルをご覧になってください。これには一切神話を絡めておりません。見たまんまでおそらく意味がお分かりいただけるかと存じます。

 

【ユティの母親】

 

 ヒントは随所に散りばめておきましたので、読者様方でご自由にご想像ください(*^_^*)。あ、オリキャラではありませんよ。ちゃんとTOX2内にレギュラーで登場するキャラです。ポジション的にはTOSのしいなくらいであってもおかしくないと思うんですけどねえこの人。

 さんざん「空気読め」だの「軽いww」だの言われているようですが、「自己の問題とそれにお構いなしの現実」の構図をメタ的に的確に表現したマストキャラだと感じましたのでこの枠で採用しました。

 




 ユースティア・レイシィというキャラクターは、ぶっちゃけ死ぬために生まれてきたキャラクターです。

 メタ的な話をします。魂の橋を架ける時点で残ったのは兄弟だけ。どちらかが死なないとカナンの地には入れない。もちろん入らないという選択肢もありますが、ここでは入る意志はあるという前提で話を進めます。R1連打しないでくださいね?
 この場合、ユリウスにもルドガーにも死んでほしくない、ルドガーにユリウスを殺してほしくない! と、大勢のユーザーがPS3の前でorzだったことでしょう。

 では、クルスニク兄弟以外のキャラなら死んでもOKっすか?

 視点を物語住人に戻します。たとえばリドウ。原作ではさっくり橋にされましたね。私は好き嫌いはおいて、リドウがビズリーに殺される瞬間を考えるとぞっとして涙が出ます。死にたくない死にたくない死にたくない。そのためだけに命を削って役に立つ駒で在り続けた。なのに彼の首にはビズリーの手がかかり、容赦なく骨を砕く。この両方の過程を同時に想像してください。私はギブアップです。

 ユースティアは、ルドガーもユリウスも死んでほしくなくて、自ら死ぬ道を選びました。しかし仲良くなったルドガーからすればそれはそれで悲劇です。せっかくできた気心しれない友達。これからも楽しくやっていけるはずだったのに、どうして彼女が死なねばならない。そう感じるでしょう。

 ユリウスはもっと複雑です。相手は分史の自分の娘。今までにもルドガー側のスパイを無償同然でやってくれていて、自分の隠密も文句言わず手伝った。献身的な娘に、ユリウスは終盤では疑似的な父性を向けるまでになります。それなのに、彼女が自分のために死んだ。父親と同じ人物だからではなく「ユリウス自身」のために死んだ。ショックは大きいはずです。

 私はオリ主には愛着を持たないほうです。それは私が題材にする二次の性質上、オリ主が原作キャラの死亡の身代わりになることが多いからです。
 前半に思い切り盛り上げるのはせめて死ぬ前くらいいい想いさせてやろうという親心で、後半からはジェットコースターに乗ってGo to Dieです。ちょっくらヘヴン逝ってきます。今作ではM7がそのターニング・ポイントでした。

 本来ユースティアは「ユリウスを先に殺して橋にすることでルドガーの自決を阻止する」ために産まれ、正史に来た存在です。
 それが、ルドガーたちと行動し、陰でユリウスに協力する内に、兄弟のどちらも死なせたくないと願ってしまいました。最後にマクスバードでユリウスと対峙するまでは、彼女は本気でユリウスを殺す気でいました。その証拠に、前夜ではルドガーを守る宣言をしていますし、そも「橋」代案探しを真剣にやらなかったのは、どうせユリウスを殺すという目論見があったからです。

 ですが本当に直前のギリギリで彼女は心の底の欲望に気づいてしまいました。気づいて、第三の選択肢をシークタイムゼロで選べる程度の行動力を備えてしまっていました。

 このキャラクター自体に斬新な要素はありません。動機や行動のパターンはエルと同じだからです。異世界に来て、出会った人と一緒に行動して、暮らして、大事にされて、好きになって、守られて、守りたくて自分を差し出す。ルドガーは堪ったものではありませんが、エル(とユースティア)にとっては最大の愛情表現です。


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Ready(前日譚)
Ready1 ティタノマキア


 とある男が運命に抗った話


 ――“できない…! 俺にはできない! 俺には兄さんを殺せないッ!”――

 ――“俺が最初の頃の、言いなり人形のままだと思うなよ”――

 ――“みんなが、悪いんだからな”――

 

………

 

……

 

 

「…~♪~♪」

 

 造りモノの花畑に、幼い少女のハミングだけが鳴り渡っている。

 その穏やかな声に導かれるように、ユリウス・ウィル・クルスニクは午睡から醒めた。

 

 目の前には変わりばえのない知識。絵具を何種類も溶かして濁った水のような色をした空。いつまでも晴れない雲。

 

 それらの下にありながら極彩色の花々を咲かせる丘の上に、小さなロッジがある。そこに住むのは、今唄っている彼の娘と、父親である自分だけ。

 

 娘は唄いながら、丘の造花の前に寝転んでは、その手に余る大きさのカメラのシャッターを切る。カメラは過日、幼なじみのアルフレドが娘にプレゼントした物だ。

 

 やがて娘――ユースティアは、立ち上がって服についた汚れを落とし、ユリウスの下へ駆けてきた。

 

「いい写真は撮れたか?」

「うん。今日はバランおじさまが来る日。新しく撮った分、見せてあげるの」

「そうか。じゃあ写真を見せ終わったら、今日もバランに世界中の色んなことを教えてもらえ。お前が大人になって正史世界に行く時に困らないように」

「はい、とーさま」

 

 そこでまるでタイミングを計ったように、花畑と「外」の境界線を一台のバギーがけたたましく登って来た。

 バギーからユリウスと近い年頃の中年男が降りる。

 

「バランおじさまっ」

 

 ユースティアはぱっと顔を輝かせて、バランの下へ駆けて行った。バランは屈んで、抱きついた娘を受け止めた。

 

「一ヶ月ぶりだね。ちょっと重くなったかな。ま、とにかく、元気にしてたかい? ユースティア」

「元気してた。バランおじさまは、元気?」

「何とかね。まだ非汚染区に住めてるから俺は大丈夫なほう」

「よかった」

 

 バランはバギーからいくつかの道具を抱え、ユースティアと手を繋ぎ、仲睦まじくロッジまでやって来た。

 

「よ。まだまだくたばりそうにないな」

「憎まれっ子世に憚るというやつだ――と言いたいが、ついに足に来た」

「それで車椅子。てっきり分史エージェントへの目晦ましかと思ったよ」

「もちろんそれも兼ねてるさ。歩こうと思えば歩ける。痛むがな」

「……お前、相変らず性格悪いねえ。――そうだ。アルフレド、元気だった? 俺のほうじゃもう連絡つかなくてさ」

「ああ。精力的にあちこち回ってる。非汚染区に長くいればその分、体の汚染も進むというのに。あいつは、まったく」

「そうか。――じゃあ、辛気臭い話おしまいっ。ユースティア、勉強会始めよっか」

「はい、おじさま」

 

 

 

 

 

 ロッジは普段、ユリウスとユースティアしかいないが、バランやアルフレドが来た日には木造のリビングが教室に早変わりする。

 

 今日もバランはユースティアに過去の知識を教導する。これがアルフレドだと、銃器をはじめとする武器の扱い方訓練会になる。

 無論ユリウスはどちらの「授業」でもユースティアを見守り、彼らが不要なモノをユースティアに教えそうになればストップをかけている。

 

 プロジェクターで投影した映像を、指揮棒で差しては淀みなく関連事項を言い上げるバラン。ユースティアはそれを聴く。ノートは取らせていない。暗記方式だ。幼い脳には飲み込みにくい話もあるが、詰め込ませている。

 

 これくらい覚えていないと歴史を変えるなどという大立ち回りはできない。

 

 こうやって実の娘に負担を強いるのも、ひとえに犠牲になった弟のために。

 自分が、娘がどうにかすれば、弟は必ず助かると確信できるだけの材料があるから。

 

 

 ――とある分史で生き延びた弟は、時歪の因子(タイムファクター)化が進み過ぎて、手足はおろか顔面まで黒く染まっていたとアルフレドが語った。

 いつ死んでもおかしくない状態で、娘が過去の自分と出会った年齢になるまでの歳月、他の世界から来る骸殻エージェントを退け続けたというのだから、我が弟ながらさすがというか、無茶というか。

 

 ユリウスの感想は措いて――そんな世界であっても、弟が生き延びる可能性は決して0ではない。

 

 だからこそ無茶ができる。無理を通せる。

 

 いつか遠くない未来、この娘に世界を壊させる時のための準備を、冷静に行えるのだ。

 




 オリ主とユリウスを取り巻く人々の物語、「番外分史」での出来事を描く「Ready」、はじまりはじまり~。

 今回はバランさんとの一幕。黒匣隆盛期になってバギー=車も開発されたものとお考えください。バランさんが主にオリ主にレクチャーするのは正史時間軸の情勢や常識ですね。細かく言うとGHSの使い方とか貨幣価値とか。
 実は割と英才教育だったりしますのですが、そんな娘をああいうふうにしか使えない番外ユリウスはもうダメダメな父親ですよね。

【ティタノマキア】
 大地の神クロノスからゼウスが王権を奪った後に勃発した、オリンポス山に布陣したゼウスらと、オトリュス山に布陣したティターン(古神族)の戦い。山々が根本から大きく揺らぎ、世界を崩壊させるほどの規模だったと伝えられる。


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Ready2 ニケ

 少女は父と最愛の男の称号を冠した


 ニケ――エレンピオスの勝利の女神(ヴィクトリア)。巷でそう呼びなわされ、庶民の希望の星となっている少女がいる。

 

 少女は瘴気モンスターに襲われたキャラバンの前に颯爽と現れては、モンスターを退治する。瘴気汚染区に住まざるをえない低所得層をエサに私腹を肥やす悪党がいれば、それを抹殺する。そして、少女は報酬も求めず、名も告げずに去っていく。

 

 ゆえに彼女は「ニケ」――勝利の女神の二つ名で人々に呼ばれる。

 

 ニケの外見は、白いレースをあしらった藍のゴシックドレス。亜麻色の髪を飾るのは花モチーフのヘッドドレス。

 何より特徴的なのが、顔面の半分が瘴気汚染を受けているにも関わらず、少女がそれを隠していない点である。

 

 少女は黒い頬に花のイレズミを入れ、おぞましい痕をアートへと変えて晒している。

 その花に、民衆は希望の光を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「いつユティに教えるんだい。『ニケ』があのエル・メル・マータだって」

 

 「授業」を一区切りしての休憩中。テラスで昼間から呑んでいるユリウスに、同じく呑んでいるバランは水を向けてみた。

 

 テラスから一望できる花畑では、ユースティアがカメラを構えて寝そべり、じーっと一つの被写体のシャッターチャンスを待っている。昆虫もいない造花の花畑で何を撮るのか興味は湧く。

 

「いずれあの子のほうからここを訪ねるだろう。その時に」

「――正気?」

 

 軽く睨んでも白い男はどこ吹く風。

 

 エルがユリウスを訪ねるなら、それはユリウスを殺すために他ならない。

 

 ユリウスの、そして自分たちの計画はこの分史を壊すことを前提としている。弱者の味方である「勝利の女神(ヴィクトリア)」は決して許さない。

 エルは阻むためにユリウスの前に立ちはだかる。在りし日の青年のように双剣を逆手に握り、亜麻色の髪をなびかせ、それこそ女神のように。

 

「想定外の出来事に対するショック耐性を付けるには必要な『訓練』だ」

 

 ユースティアは「ニケ」――会ったこともないエルに憧れている。颯爽とした従姉、民衆のスーパーヒロイン。その程度しか知らないからこそ、純粋に憧れ、近づこうと自分を変えてみる。その行為は、バランたちが逆立ちしても教えられない「戦う女」としての成長をユースティアに促すこととなる。

 

「……俺、何であの子が親離れしないか全っ然分かんない」

「させないように工夫のしようはいくらでもあるんだよ」

「えげつなー」

 

 そのえげつないユリウスに加担しているバランが言えた義理ではないが。

 

 そんな下らない話をしていると、さかさか、と造花を掻き分けてユースティアが戻ってきた。

 ユースティアは、玄関から回り込む時間さえ惜しいのか、テラスの枠を器用に掴んで、テラスの中に飛び降りた。

 

「とーさま。バランおじさま」

「写真は撮れたか?」

「うん」

 

 ユースティアは画面を合わせて、バランにカメラを差し出した。バランは覗き込む。被写体のタンポポが風に吹かれて綿毛を飛ばす瞬間が、奇麗に切り取られた写真だった。

 

「へー、造花なのに凝った作りだなあ。ユースティアの粘り勝ち」

 

 バランはユースティアを抱え上げ、膝の上に乗せてやった。本当ならユリウスがこうしたいだろうが、時歪の因子化が進んだユリウスは、痛みに邪魔されてそれができない。だから代わりにこういうスキンシップをバランとアルフレドが担当し、人心地の良さを教えてやるのだ。

 

 こうして慈しむことで、例えばいずれ現れるエルを殺したくないと思う性格になるかもしれない。それでも少しでも人らしく育てることが、せめてバランにしてやれることだった。




 番外分史でエルがどういう道を辿ったかの断片。「ヴィクトリア」の名乗りから彼女が目指した道は推し量っていただけるかと思います。
 大切な男が死んだ世界で、エルはエルなりに戦って人助けのために奔走したのです。お人好しな彼の真似をして、少しでも彼を近くに感じられるように。

 ゴシックドレスにしたのは、作者の趣味もありますが、あのルドガーとおそろな服のチョイスができるのはエルEDからのエルにしかできないからという思いもあります。


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Ready3 ヘファイストス

 ある男が運命に翻弄された話


 一年中、花が咲き乱れる、造花の花畑の上。アルヴィンは一人の小さな少女――ユースティアと共に、大剣と銃を揮い、どこかの世界から来た分史対策エージェントの集団と戦っていた。

 

 飛び散る血が花びらを汚し、死体が倒れるたびに造花は潰れる。

 お気に入りの庭が荒らされたのが気に入らないのか、今日のユースティアは蜂のように俊敏にエージェントたちを仕留めていく。

 

(ユリウスが知ったら、そんな情緒は持たなくていい、とか言いそうだな)

 

 思いながら、アルヴィンはまた一人、エージェントの頭を銃で撃ち抜いた。どう、と倒れた死体がまた一つ。造花の花びらを散らした。

 

 ふとユースティアの薄い肩にエージェントの一人が手をかけた。

 アルヴィンは大剣の軌道を変え、そのエージェントの腕を斬り落とし、銃殺した。

 

「ケガしてねえか?」

「うん」

 

 アルヴィンはユースティアの肩に残された手首を放り捨てた。

 

「! アルおじさまっ」

 

 ユースティアがアルヴィンを突き飛ばした。アルヴィンとユースティアの間を銃弾が通り抜け、弾を掠めたユースティアの手から血が滴る。

 

 アルヴィンは即座に、こちらを狙撃したエージェントを銃で撃ち抜いた。

 

「今みたいに俺がヤバくなったら見捨てること。お前が死んだら元も子もないんだ。優先順位はしっかり頭ん中で確認しとけ。いいな?」

「ごめんなさい、アルおじさま」

 

 ユースティアは再び戦場に戻った。くるくる舞い、分史対策エージェントたちを翻弄し、時には刺す。討ち洩らしはアルヴィンが狙撃して沈黙させる。そのくり返し。

 

 ユースティアはショートスピアを主武装にしている。同じ双剣使いにしては素性が割れやすい。どうせ骸殻に変身すれば武器は「無の槍」にシフトする。ならば最初から槍術を仕込んだほうがいいという、ユリウスの方針だ。

 

 かつて最強と謳われたエージェントが、あらゆる戦技を24時間365日休みなしに叩き込んだ人間兵器。

 

 やがてどこかのエージェントチームが花畑の上で全滅した。

 

 

 

 

 アルヴィンは死体の一つ一つに黒匣(ジン)で着火し、火葬した。

 ここの花畑は造花なので燃えることはない。潰れ散った花もすぐ再生する。

 

 「片付け」が終わる頃を見計らったかのように、ロッジの戸が開いた。

 

 ユースティアがすぐさま踵を返し、中から出てきた人物の介助をする。その男は車椅子に座っている。白いフード付き貫頭衣を頭から被り、全身の時歪の因子(タイムファクター)化を覆い隠す。日常生活では車椅子で移動する。

 

 ユースティアは車椅子を器用に扱い、男を花畑に下ろしてアルヴィンの前まで連れてきた。

 

「終わったか」

「ああ。聞こえてたんなら助太刀しろよ」

「俺が出てはユースティアの訓練にならない」

 

 白い手袋を嵌めた手がユースティアの頬に伸びた。ユースティアはその手に手を当て、うっとりする。

 

「どうだ」

「まだ討ち洩らしはあるが、概ね以上に及第点。こんだけできりゃじゅーぶんプロの傭兵名乗れるぜ」

「討ち洩らすようじゃまだまだだ。全滅させられるようになるまで継続する」

「……へーい」

 

 この男はユリウス・ウィル・クルスニク。少女はユリウスの娘でユースティア。いずれ父の遺志を継いで正史に旅立つことが、産まれる前から決まっていた少女。

 

「どうだ、ユティ。もう戦いには慣れたか?」

「慣れた」

 

 こっく、と肯きながら答えるユースティアは、育て親の欲目を引いても愛らしい。

 

「そうか。いい子だ。お前が一つ戦いを経るごとに、とーさまも嬉しくなる」

 

 ユリウスはぎこちない動きながらも、娘の頭を毛筋に沿って撫でた。これまたユースティアは、ほやんとした表情をした。

 

「今日はユティ、『外』に連れ出していい日だったよな?」

 

 ルドガーを救うために不必要な知識や経験は与えない。そう決めたユリウスは、こうして居を人里離れた山奥に構えている。ユースティアの「世界」は木の家と造花の花畑と曇り空、それにアルヴィンとバランが持ち込む知識からの想像だけで構成されている。

 

 しかし、それではただの、殺しが上手いだけの箱入り娘。

 

 そのためアルヴィンを教師に、「外」の世界を必要最低限学ばせる。傭兵という、世界を渡り歩く殺戮者ともいえる職業だったアルヴィンにこそ、この「教育」係はふさわしい。

 

「ああ。――ユースティア。存分に感じて、学んで来い。この世界を、な」

「はい。とーさま」

「イイ子にできたら、帰りにかーさまの家に寄って来ていいぞ」

 

 ユースティアは目を大きく見開き、笑った。数少ない、ユースティアの表情と呼べるモノだ。

 

「よかったな、ユティ。――そうだ。どうせなら前にやったカメラ持って来いよ。お前とかーさまのツーショット撮ってやるよ」

 

 少女はコクコクと肯き、ロッジへ入っていった。

 

「――アルフレド」

「人間味のない奴は、どれだけ優秀でも恐怖の対象にしかならない。だから『個性』を一つでいいから持っとくべきだ。一番は『趣味』。それがあるかないかで、相手側の好感度はかなり変わる。こっちが妙な行動をしても、相手側が勝手に趣味のための行動なんだと解釈してくれる」

「そこまで考えてあるなら良しとしよう」

「サンキュー。物分りのいい親父で助かるぜ」

「ただし」

「わーってる。なるべく普通の街を歩かせて、すぐクエストに出す。だろ?」

「分かっていればいい」

 

 与える情報の取捨選択は本当に難しい。

 アルヴィンとしては、この造花の花畑よりもっと眺めのいい場所に連れて行ってやりたいのだが、ユリウスがそれは無駄で不要だと言うから。

 

(いつか正史世界に行ったら、せめてお前だけでも、いい場所もいい食いもんもいい人も見つけてくれよ)

 

 カメラを首から提げて出てきたユースティア。

 

 戻ってきた彼女を、アルヴィンは軽々を抱き上げ、ニカッと笑ってみせた。

 ユースティアは淡く笑い返した。




 前回はバラン視点の話でしたので、今回はアルヴィン視点です。
 ぶっちゃけこのメンバーにはアルヴィンを「アルヴィン」と呼ぶ者はいないのですが、地の文はそちらで通しました。

【ヘファイストス】
 ギリシア神話の火と鍛冶の神。神々の武器を造る。
 産まれてすぐ海に落とされるが、海の女神テティスらが彼を救った。


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Ready4-1 ペイト/ブレイクアウト

 好きになった人が負った傷は あたしには治せませんでした


 ルドガー・ウィル・クルスニクが死んだ。

 

 その報せを受けたノヴァは、仕事を早退して真っ先にマンションフルーレに走った。

 指名手配中のユリウスが、のうのうと自宅にいるわけもないはずなのに。何故か足がそこへ向かった。

 

 開錠しっぱなしのドアから302号室に入り、ノヴァは、見つけた。

 リビングのテーブルの椅子に座り、項垂れている、憧れの人の背中を。

 

「ユリウスさん」

 

 声をかけると、意外にも、ユリウスはふり返った。

 

 ノヴァは悲鳴を上げかけて、呑み込んだ。

 ユリウスの服は血まみれだった。頬にも血の跡がある。

 

「ケガ、したんです、か」

「――ああ。俺じゃない。返り血だ」

「誰の」

「……弟の」

 

 ユリウスの一言はすとんと胸に落ちた。そしてノヴァは、ルドガーの死を初めて実感した。あの、仲の良かった兄弟を見ることは、二度と叶わないのだ。

 

 萎えた足を叱咤し、ゆっくりと、ユリウスに歩み寄った。ユリウスのすぐ傍らに立っても、ユリウスは何も言わなかった。

 

 抱き締めてあげたい。慰めてあげたい。

 

 だが、それは弱みに付け込む行為だと分かっていたから、動けなかった。代わりに口を開いた。

 

「何が、あったんですか」

 

 ユリウスは語った。相手がノヴァでなくとも、そうしただろうことはノヴァにも理解できた。

 

 

 ――クルスニクの宿業。骸殻。2000年に渡って続いた「審判」。クランスピア社の秘密。時歪の因子化。クロノス。オリジン。

 

 

「俺が生き残ったって、どうしようもないのに」

 

 ユリウスは左手を見下ろした。手袋をしているから黒いのだと思っていたが、違った。左手は素手だ。素手が、木炭のように真っ黒に染まっていたのだ。

 

 ノヴァはとっさにその左手を両手で掴んでいた。

 

 救った命は散り、救われた命も風前の灯火。あんまりな結末ではないか。

 

「欲しいもの、ありますか? 私にして欲しいこと、ありますか?」

 

 ユリウスは何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 以来、ノヴァは頻繁にマンションフルーレに通った。ユリウスのために料理を作り、共に食べる日も増えた。

 

 この関係が始まったのは、ごく最近。放っておくとユリウスは食事をしないと知ってからだった。

 

「ルドガーの料理でないと、食欲が湧かないんだ」

 

 最初は自宅で作って差し入れの形で持っていったが、ある日、それらが全てゴミに出されているのに気づいた。

 それからは部屋のキッチンを借りて料理し、暖かいトマト料理をずらりと食卓に並べた。

 それでもほとんど食べないユリウスは痩せていく一方で。

 

「どうして君は俺にここまでするんだ?」

 

 好きだから、と答えようとしたのに、口から出たのは全く違う言葉だった。

 

「ルドガーが死んででも守りたかったお兄さんだからです」

 

 その言葉が効いたかは分からない。だが、ユリウスはようやく、ノヴァの料理を完食してくれるようになった。食べる代わりに、トマト料理はこれっきりにしてくれ、と言われたが、構わなかった。

 

 

 

 

 

 ある日のことだった。いつも通りマンションフレールの302号室に来て、ユリウスと一緒に夕飯を食べた。

 

 食事を終えて、ノヴァは食器を片づけにキッチンに入り、使い終わった皿やコップをシンクの中に置いた。

 

「ノヴァ」

 

 落ち着いた低い声がした直後、ノヴァは後ろから男の両腕で抱きすくめられていた。

 

「ひゃっ!? ユ、ユリウスさん」

 

 一時は憧れた相手と密着しているという状況はノヴァの女心を大いに混乱させた。

 だが、頭は冷静。ユリウスがノヴァに向けるのが「弟の同級生」への親愛で、彼が男女的にこんな行為に及ぶはずがないとの解を弾き出していた。

 

「もーっ、ビックリしたじゃないですかぁ。大丈夫ですよ。片付け終わったらすぐ戻りますから。あ、食後のコーヒーとか出しますか?」

 

 ユリウスは答えず、ただノヴァに回した両腕に力を込めた。さすがのノヴァも少し苦しくなってきた。

 

「ユリウス、さん。ちょ、ちょっとキツイかなーなんて」

「――子供が欲しい」

 

 それを聞いた瞬間、がらがらと崩れていった。ノヴァの中で、今日までのモラトリアムが。

 

「ルドガーのため、ですか」

「ああ。分史のルドガーとエルのように、分史から正史に進入できる力を持った子が俺にもいれば、その子が正史でルドガーを救う可能性は高い。産まれてからそう教育していけば」

 

 産まれてくる我が子を、最初から道具扱いする気しかない発言。

 軽く吐き気が込み上げた。

 

「産まれてくる子の意思はどうなるんですか。心は。大人になっていけばやりたいことも好きな人も別にできるんですよ。一人の人間なんですから」

「与えない。俺が考える目的と計画に不必要な知識と体験は全て除く。子供には独りで生き延びる術と、戦い方と、過去の変え方だけを教える」

 

 胸の上にあった両腕の内、片方がするりとノヴァの腹を撫でた。おかしな声を上げそうになった。

 

「前に君は俺に、欲しいものはないか、と聞いたな。今、できたんだ。欲しいもの」

 

 むきだしの首筋にかかる息が生暖かい。どくどくと巡る血流の音がうるさい。

 

「俺は俺の意思を継ぐ子が欲しい。頼めるのは君だけだ、ノヴァ。俺に、最後のチャンスをくれ」

「……もし産まれてきた子が、ユリウスさんの望み通りにならなかったら?」

「それも充分ありうる。いくら母親が『鍵』だったといっても、産まれてくる子まで『鍵』とは限らない。骸殻能力者になる見込みも薄い。――そうなったら、俺はすっぱり過去の改変を諦める。その先の人生は、全て君と君との子のために使う」

 

 その言い方は卑怯だ。どんな子が生まれるかによって、ユリウスとノヴァの関係は大きく変わってしまう。

 もしユリウスの望み通りの特別な力の持ち主が生まれたら、ノヴァは我が子を公平に育てられる自信がない。

 

「ノヴァ。君だけが頼みの綱なんだ。ルドガーにも俺にも等しく愛情を向けてくれた君だからこそ。俺は君に俺の子を――ルドガーを救う子を産んでほしい」

 

 それでも、やっとユリウスは、何かを求めるという心を取り戻してくれたのだ。

 ノヴァには応えるという選択以外になかった。




 番外分史においてユリウスと、オリ主の母親となる人物に何があったのかのお話。


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Ready4-2 ペイト/グッバイ

 愛していました 世界が壊れるその日まで


 

 ノヴァがユリウスとの間に一人の娘を儲けて、5年が過ぎた。

 

 5年の間に世界は大きく変わった。

 

 瘴気汚染と、それによる人間の「物体化」。クランスピア社のさらなる台頭。エレンピオスとリーゼ・マクシアの抗争。

 

 だが、どれもノヴァたちの生活には波風をもたらさなかった。それらに触れる時があるとすれば、アルヴィンが、山奥にいる自分たちの家に食糧や生活用品を届けに来たついでに、世間話をする時くらいだ。

 一人娘のユースティアは、アルヴィンをいたく気に入っていて、「世間話」を目を輝かせて耳を傾けていたが。

 

 そのユースティアが5歳の誕生日を迎えた日の深夜、ユリウスはノヴァに告げた。

 

 

「明日からユースティアの『訓練』を始める」

「はい――」

 

 事ここに至って、ユースティアを引き取らせてくれ、と願うノヴァではない。伊達に5年も連れ添っていない。

 

 ユリウスの根幹の冷たさはちっとも変わらない。ここでノヴァがユースティアを連れ帰ろうものなら、例えノヴァであっても殺して奪還していくだろう。

 

「今日までユースティアを育ててくれてありがとう。君には感謝してもしきれない。あの子がこんな世界にあってまっすぐで人らしい心を持てたのは、君のおかげだ」

「そんなことないです。あたしは普通の母親がすることをあの子にしただけです。それにあたしもあの子から色んなことを学びました。本当に……あの子を産んでよかった」

 

 充実した5年間だった。

 

 ユースティアは一般の赤ん坊より比較的大人しく、注いだ情愛の分だけ応えようとする健気な気質だった。

 言葉を教えれば噛んでも間違っても言えるまで四六時中練習した。

 笑いかければ極上の笑顔で笑い返し、丘の造花を差し出した。

 寒い日は二人でケープにくるまって灰色の雪を見ながら、お互いのカップのココアを飲ませあいっこした。

 

 もう5年。――ノヴァにとってはあまりに短い歳月。これからあの子が羽化して、一人前の少女になるまで見守りたかったのに。

 

 

 

 

 夜が明けて、ノヴァはまとめた荷物を持って家の玄関を出た。

 

 ユリウスが見つけてきた非汚染区域の山の中。丘の上には年中通して花が咲いているが、全て生花ではないから枯れも生え変わりもしない。ジオラマの中のような穏やかな空間ともお別れだ。

 

 

 外に出たノヴァを、ユリウスとユースティアが見送りに来た。

 

「俺の時間はこの先ずっとルドガーのために使う。だが――俺の心は、永遠に、君のものだ」

 

 ノヴァは笑いたいのか泣きたいのか分からない気持ちで、夫の胸に身を寄せた。

 

「最後まで、ヒドイ、ひと――――確かに、頂きました。すてきな餞別をありがとう、あなた」

 

 次いでノヴァは、行儀よく自分の順番を待っていたユースティアを力いっぱい抱きしめた。

 

 ユースティアももぞもぞと動いて、とにかく1cm²でも多く母とくっついていられる位置を探している。

 何て愛らしく、愛おしい生き物だろう。

 

「それじゃユースティア、かーさま、行くね。とーさまの言うことちゃんと聞いて、いい子で暮らすのよ」

「かーさまは?」

「麓の街に戻るだけだから。大丈夫。時々会いに来るから、ユースティアも会いにいらっしゃい。いつかあなたの伯母さん、紹介してあげる」

「ユースティアにおばちゃまがいるの?」

「そうよ。かーさまのお姉ちゃん。他にも昔の友達とか。ユースティアを楽しませてくれる人ならいっぱい心当たりあるんだから。だから、しばらくの間、バイバイね」

「わかった。ユースティアはかーさまとバイバイして、とーさまの言うこと聞いていい子にする」

「えらいわね。いい子。大好きよ、あたしたちのユースティア」

 

 最後にもう一度だけ。ノヴァは愛する人との愛娘を強く抱いた。

 

(さよなら。私の愛する人たち)

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 街に戻ったノヴァは、ヴェルの家に転がり込んだ。

 

 片割れはポーズでも怒るだろうと予想したのに、何も言わずにノヴァとの同居を受け入れたものだから、ノヴァのほうがぽかんとした。

 

 ――それから10年経った今もノヴァが非汚染地区に住めているのは、ヴェルの恩恵だ。ヴェルがクランスピア社で高い地位にあるから、唯一の家族のノヴァも非汚染区居住の優先権を得られる。

 

 

 ある日のことだった。ノヴァはマーケットで買った安全な食材を詰めた袋を抱え、家路を急いでいた。

 

(早く帰って夕飯の支度しないと、ヴェルの仕事終わっちゃうよ)

 

 

 そんな何の変哲もない一日の終わり。

 天地がひび割れて、崩れ落ちた。

 

 

(――ああ)

 

 ノヴァはその場に立ち尽くした。力が抜けた腕から袋が落ちて、いずこともなく消えていった。

 

 無くなった天を仰ぎ、涙を一粒だけ落とした。

 

 

 ――夫と娘がついに遂げたのだ。

 

 

 刹那のエアポケットの中で、ノヴァはあの日のように思いきり娘を抱き締めたいと願った。




 【ペイト】
 説得の女神、結婚の女神、アフロディテの従者。


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Ready5 アトランティス

 最後の最後はあの男と


「ひさしぶり。ルドガー」

 

 ダークスーツ、黒く染めた髪、黒い仮面。

 黒尽くしの元同級生は、昔と変わらない翠眼で、ノヴァをまじまじと見返した。

 

 

 

 

 

 どうして……何でノヴァがここにいるんだ。

 

 あ、その言い方ヒッドーイ。わざわざ迎えに来てあげたのに。こうなった理由だってちゃんと教えてあげようと思ったけどやめちゃおっかなー?

 

 迎え? いや、そもそも、こうなった理由? 君はそれを知っているのか。

 

 知ってるよ。別にあたしが何かしたんじゃないけどさ。旦那と娘がちょこっと関わっちゃったから。説明義務はあたしにあるかなって。

 

 ……結婚できたんだな。

 

 ちょ、その返しあんまりじゃない!? そういうルドガーこそ気づいたらラルさんみたいな美人ちゃっかりお嫁さんに貰ってるし!

 

 ちゃっかりとは何だちゃっかりとは! これでも清く健全な付き合いを重ねてようよう交際に漕ぎ着けたんだぞ! プロポーズまでは2年だ!

 

 意外と古風だ! あたしなんか通い妻までやったのにNoデートNoキスからのデキ婚だよ!? 何で兄弟でここまで違うのよ神様のばかやろー!

 

 ……待て。「兄弟で」? えーと。ノヴァ、まさか旦那というのは――兄さんなのか?

 

 うん。―――。っておーいルドガー? 大丈夫ー?

 

 ……悪夢だ。まさかノヴァが義姉(ねえ)さんになる日が来るなんて……

 

 よし。置いてく。もう置いてく何も教えてあげない一人頭抱えてなさいよこの親バカ義弟ー!!

 

 なぁ!? 待て、すまなかった、俺が悪かったからこの状態で放置するな!

 

何かもっとあたしに言うべきこと、あるんじゃない?

 

 あー…髪が伸びたな。

 

 うんうん。

 

 大人びた。

 

 うんうん。

 

 綺麗に、なった。

 

 うんうん。

 

 ……母親の、顔を、してる。

 

 ……うん。

 

 

 

 

 

 始まりはあなたが死んだ日。その日から世界は滅び始めた。――狂い出したの。ありがちな近未来SFのディストピアに一直線。

 

 ――ノヴァの世界の「俺」はどんな死に方をしたんだ?

 

 自殺だったってさ。ユリウスさんの代わりになって『橋』になって。

 

 『橋』のことまで知っているのか……

 

 『オリジンの審判』についてはユリウスさんが全部教えてくれたから。

 

 ……すまない。辛いことを教えてしまって。本当ならノヴァは何も知らなくていい立場だったのに。

 

 やめてよ。結局あたしが追い詰めちゃったんだもん。そっちこそ辛かったでしょ? 借金。

 

 まあ辛くなかったと言えば嘘になるが。

 

 ……あたし何も知らなかったから、ルドガーが目一杯辛い時に何度も督促の電話しちゃった。ユリウスさんから聞くまで「世界の本当のこと」、何も分かってなかった。ごめんね。

 

 だからってノヴァのせいなわけないだろう? むしろノヴァは俺に非合法な取り立てが来ないよう計らって、仕事も斡旋してくれてたじゃないか。

 

 やっぱりルドガーってお人好し。一度はフったあたしまでそーやって気遣っちゃってさ。――ねえ、こんな言い方卑怯だって分かってるけど、あたし、あなたが好きだったよ。ルドガーとユリウスさん、二人が同じだけ好きだったの。

 

 確かに少しばかり卑怯な言い方だ。

 

 そう言ったらね、ユリウスさんに頼まれたの。子供を産んでくれって。あたしたちの子供が、ルドガーを救ってくれるようにするって。

 

 ! まさか……兄さんは、俺と同じことを……俺がエルにしたのと同じことをしたのか?

 

 うん。あの人、よく言ったわ。「何であの時さっさと死ねなかったんだ」「あいつが死ぬくらいなら俺が早く死んでおけばよかった」って。その気持ちはいつまでもあの人の中から消えなかった。あたしじゃ、消してあげられなかった。

 

 何て、ことを……兄さん……

 

 産んだよ。女の子、一人。赤ちゃんの頃からぐずらない、手のかからない、静かな子だった。でもあたしが娘を抱いていられたのは5歳まで。そういう約束での結婚だったの。あたしが家を出て行って以来、娘を育てたのはウチの人と、あとアルヴィンとバランさん。戦い方、上手な嘘のつき方、まともじゃない知識と技を教えられて育ったのに、あたしはそう育っていく娘が愛しくてしょうがなくて、こうして知らないところで世界が終わっても、やっぱりあの子を愛してる。

 

 知らないところで世界が終わった、か……俺もそうなのか?

 

 そう。あなたの分史世界は、他の分史世界と一緒にオリジンが消去した。あなたの野望は叶わず終わったわけだよ、ルドガー。

 

 ――正史世界へ送り出した俺の娘は、どうなるんだ?

 

 ……ごめん。そこまではあたしにも分からない。あたしも娘が正史世界へ発った瞬間に世界ごと消えちゃったから、そのあとの出来事は知らないの。ここにルドガーが来るまでに何度も正史を見ようとしたけど、できなかった。

 

 そうだった。今や君も立派に一児の母親だったな。一人娘が心配なのはお互い同じ、か。

 

 

 

 

 そろそろ行こうか。

 

 行く、ってどこへ。

 

 そりゃあ、あたしたちは死んじゃったんだから、行くとこなんて一つでしょ?

 

 ……そうか。君は迎えに来てくれたんだな。そういうことなら、ああ、行こう。俺はノヴァにエスコートしてもらうべきみたいだ。

 

 ふつー逆じゃない~?

 

 いいだろう、別に。どうせ二人とも普通じゃない死に方をしたんだ。

 

 それもそうか――うん、そうだね。では参りますか、ルドガー君?

 

 頼んだ。ノヴァ・ヒュウ・レイシィさん。



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