未知なる天を往く者 (h995)
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第一章 分かれゆく若鳥達 
第一話 変わり始めるもの


2019.1.5 修正


 聖魔和合の第一歩となる天使・堕天使・悪魔の三大勢力の和平の恒久的な和平協定である駒王協定が締結されてから一週間が経ち、僕達は一学期の終業式を迎えていた。翌日から夏季休暇、つまりは夏休みに入る。だからと言って、日課である早朝鍛錬が休みになる訳でもない。むしろ父さんも母さんも事情を理解してくれたので、今後の長期休暇ではいつもより一時間長く鍛錬に時間を取る事ができる様になった。

 ただ、早朝鍛錬の光景は以前とは大きく様変わりしてしまった。まず、グレモリー・シトリー両眷属で今まで早朝鍛錬に参加していなかった残りのメンバーが全員参加する事になった。その中には「ギャスパー君育成計画」を実行中であるギャスパー君も当然含まれている。次に、自己鍛錬を主な目的として駒王町に滞在し、その交換条件としてオカ研の顧問教諭に就任しているアザゼルさんも毎日参加する事になった。これはリアス部長やソーナ会長が多忙で毎日の参加ができないでいる点とアザゼルさんが堕天使総督である為にお二人以上に多忙である点を踏まえると驚異的と言える。そこから更にサーゼクス様とグレイフィアさんも早朝鍛錬に参加する様になった。ただ、こちらは冥界と人間界を往復する関係から流石に毎日とはいかなかったのだが、最終的にその問題は解決してしまった。

 ……早朝鍛錬の場所は既に廃教会から別の場所へと移してしまったのである。唯でさえ廃教会では少々飽和気味だった所に、一気に十人以上も鍛錬に加わった事で完全にスペースが足りなくなってしまったからだ。そして、その場所というのが、首脳会談後にレオンハルトが言及した模擬戦用の異相空間だ。広さについては計都(けいと)と共にこの異相空間の基礎を作ったロシウ曰く「ブリテンと同程度」らしい。ただ、最初はただ平坦な荒野が広がっていただけだったのが、気が付いたら峻嶮な山が聳え立ち、広大な湖が清らかな水を湛え、巨大な樹木が緑豊かな大森林を形成していた。その一方で一部は荒涼とした荒野が広がったままであったり、白一色の大氷原が広がっていたり、更には灼熱の砂漠地帯すら存在したりと、実に彩り豊かな場所へと変貌している。きっと、ロシウや計都が僕の知らない内に少しずつ手を加えていたのだろう。

 そうして迎えた夏休み初日の早朝鍛錬で、僕が悪魔の魔力と天使の光力、そしてドライグに由来するドラゴンのオーラを融合させる赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)の効率を上げる為の鍛錬を行っていると、光力の集束技術を磨く為のトレーニングをしているアザゼルさんが声をかけてきた。

 

「しかし、イッセー。お前も相当だな。何せ、歴代最高位の赤龍帝が全力で暴れてもビクともしない程に頑丈な模擬戦用の異相空間なんてモンを作っているんだからな。お陰でここなら俺やサーゼクスも思う存分力を振るう事ができるし、その分だけトレーニングも捗るってモンだ」

 

「正確には、ロシウと計都がそれぞれ持っている知識や技術の粋を凝らして作り上げた広大な異相空間に当時の僕が三十回倍加した力を一日に一回譲渡して補強するという工程を数ヶ月に渡って施した事で完成したんですけどね。それだけに、たとえ神仏クラス同士が全力で戦ってもここは耐え切れるんじゃないでしょうか?」

 

 ……さっきも言った通り、それぐらいしないとレオンハルトやベルセルク、ロシウ、計都といった最高位の赤龍帝やレオンハルトと同等クラスの剣士であるリヒトといった神仏すら墜としかねない者達は全力での模擬戦ができないのだ。そして、その様な者達を複数相手取るという圧倒的不利な状況下での模擬戦を僕が行う事も。

 

「俺から見ても、それくらいはいけそうな感じだな。それに仮に魔王同士が眷属を率いて対戦しても十分持ち堪えられるって意味では、レーティングゲームのバトルフィールドとしてもここは最上級だろう。そして最悪の場合には、ここにオーフィスを引き摺り込んで戦う事もできそうだ。そうすりゃ、人間界はもちろん天界や冥界、更には他の神話体系の世界にも迷惑をかけないで済むからな。……できれば俺達の鍛錬や模擬戦、レーティングゲームの大型イベント、後はお前とヴァーリの喧嘩祭り以外でここを使う事がない様にしたいところだ」

 

 アザゼルさんが最後に零した願望は、僕にとっても望むところだった。

 

「さて、イッセー。早速なんだが()()、何だ?」

 

 そう言ってアザゼルさんが指差したのは、憐耶さんが今正に制御訓練をしている結界鋲(メガ・シールド)だった。

 

「結界鋲ですか?」

 

「成る程、そういう名前なのか。しかしまさか、イッセーも俺と同じ様に人工神器(セイクリッド・ギア)を作っていたとは思わなかったぜ。しかも結界の基点となる端末を遠隔誘導方式で操作する事で、単に防御するだけでなく対象の捕獲から攻撃手段の封印、戦場の封鎖、更には魔力場を集束させてのオールレンジ攻撃。機能自体は割と単純なのに、ここまで多彩な活用方法を有する代物は俺も初めて見たぞ」

 

 アザゼルさんはそう言って結界鋲を評価してくれたが、一点だけ勘違いしているので訂正する。

 

「すみません。アレはそもそも神器じゃありません。あくまで魔導科学の産物なので、分類上は魔導具(アーティファクト)です。つまり、一定以上の魔力さえあれば誰でもある程度は使えます」

 

「……マジか?」

 

 唖然とした表情のアザゼルさんからの確認に対し、僕は頷く事で肯定した。

 

「はい。操作の為の術式も夜天の書に記載されている遠隔誘導型の射撃魔法を基にしていますし、ロシウがイタリア半島に密かに確保していた鉱山から採掘したミスリル銀をメインフレームに使用しているのを始め、あくまで人間界で確保できる原材料を使用して作っています。ただ端末の数を中々揃えられなくて……」

 

 僕がここまで言葉にすると、アザゼルさんの表情が真剣な物に変わる。

 

「因みに、端末は現在幾つある?」

 

「憐耶さんに渡してからもコツコツ作っていますが、現在は渡した時から五基増えて四十五基ですね。仕上げにどうしても時間がかかるので、まとまった時間がないと中々完成しないんですよ。後、最終的な目標としては端末と五感を共有する事で索敵や斥候といった情報収集にも使える様にしたいんですが、それにはどうしても数と容量が足りなくて……」

 

 僕が結界鋲の問題点や完成形を伝えた所で、アザゼルさんから提案があった。

 

「だったら、俺が作った人工神器である程度形になった物の中に打って付けのヤツがあるぜ。その結界鋲と今言ったヤツを組み合わせればお前の挙げた問題点が一気に解決するし、もしかするとこの堕天龍の閃光槍(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)をも超える新たな最高傑作が出来上がるかもしれないぞ」

 

 その提案が余りにも魅力的だったので、僕は使用する本人とその上司の承諾という条件付きで受け入れる事にする。

 

「ソーナ会長と憐耶さんと相談して承諾を得られたら、お願いします。それとこの際なので、アザゼルさんが作った人工神器には他にどんなものがあるのかを教えて下さい。ひょっとすると、使い方次第で大化けする物があるかもしれません」

 

 僕から他の試作品も見せてもらえる様に頼むと、アザゼルさんは少し考えた後に承諾する旨を伝えてきた。

 

「カウンター系と思われていたのが実は攻撃特化の強化系だった追憶の鏡(ミラー・アリス)の件もあるからな。解った。この際だから、後で俺のマンションに連れていって実物や設計図を見せてやるよ」

 

 ここでとりあえずアザゼルさんとの結界鋲に関する話は終わり、僕達はそれぞれの鍛錬に戻っていった。それだけに、この時の僕は想像すらできなかった。まさか、これが切っ掛けで……。

 

 それから暫くして、最近鍛錬に参加する様になった新メンバーが総勢十五名の大所帯でやってきた。レイヴェルの三番目の兄で既にレーティングゲーム本戦に参戦しているライザーとその眷属達だ。

 

「おい、一誠。こんな面白い事を毎朝やっているんなら、何故俺にも声を掛けなかったんだ?」

 

 駒王協定が締結されてから二日後の早朝、ライザーはそう言いながら自分の眷属を引き連れてやってきた。どうもレイヴェルが首脳会談から駒王協定締結までの一週間の間に行った実家への定期連絡の際、早朝鍛錬では僕やリディアが召喚したイフリートを始めとする幻想種の猛者達と模擬戦を重ねている事をバラしてしまったらしい。ライザーもレイヴェルが早朝に僕やロシウから指導を受けている事こそ知っていたが、まさか歴代の赤龍帝やリヒト、更には幻想種の猛者達といった数多くの強者達と模擬戦ができる程に鍛錬の内容が充実しているとは思っていなかったらしく、早速押しかけてきたという訳である。そして、これが早朝鍛錬の場所をここへと移す決定打となった。

 そうしてやってきたライザーと少し打ち合わせをした後、ライザーとライザーの眷属達はそれぞれの相手と模擬戦を開始する。

 

「フェニックスウィング! ……なんて威力の衝撃波だ。攻撃を逸らすのがやっとだぞ」

 

「へぇ。旦那の親友の一人だって聞いていたからどんなもんかと思っていたが、どうしてどうして。ミズキの奴と肩を並べそうな強さを持っているな」

 

「ミズキ? ……あぁ、剣の腕前だけなら一誠以上という水氷の聖剣使いか。確かにアイツとは一度模擬戦をやったが、一誠と同様に常識を投げ捨てた様な奴だったな。それだけに、その水氷の聖剣使いをして「駒王学園の関係者では一誠とアザゼル総督以外は誰も相手にできない」と言わしめた貴方の凄まじさが浮き彫りになってくる訳なんだが」

 

「そりゃあ、そうだ。俺は旦那から旦那達の護衛依頼を請け負った傭兵だ。そんな俺が護衛対象の坊主達より弱いなんて、笑い話にもならねぇだろう? ……尤も、今の依頼主である旦那と次の依頼主にほぼ決まっている総督さんは例外中の例外だがな」

 

「違いないな。それに、一誠を通じて貴方を始めとする本物の強者と鎬を削り己の糧とできるのは、本当に僥倖なのだろうな。……これだから、一誠との付き合いはやめられないんだよ!」

 

 ライザーの模擬戦の相手は、ネフィリムの傭兵で僕達の護衛を一年契約で請け負っているトンヌラさんだ。ただ、流石のライザーも地力で勝るトンヌラさんに対しては劣勢を強いられているが、それでもライザーは楽しそうな笑みを浮かべている。本物の強者との戦いを通じて、自分がまた一つ強くなっていく事が実感できて嬉しいのだろう。

 一方、ライザーの眷属達と言えば、ソーナ会長と瑞貴、元士郎を除いたシトリー眷属の皆とチーム戦方式の模擬戦を行っていた。ただ、そのままではシトリー眷属が圧倒的に不利なので、チームの上限人数は六人と設定している。

 

「Ω・BREAKER!」

 

「……って、大剣からとんでもない速さで衝撃波が飛んで来たぁっ!」

 

「真空斬! ……覚え立ての技では相殺し切れないか。だったら、憐耶!」

 

「解っているわ! 結界鋲、積層展開! ……留流子ちゃん、ボサッとしない! 相手は「フェニックス家の超新星」と呼ばれているあのライザー・フェニックス様の眷属達なのよ!」

 

「ハイ、すみません!」

 

 ライザーの騎士(ナイト)であるシーリスさんが大剣に魔力の波動を纏わせてから振り降ろす事で高密度の衝撃波を飛ばすΩ・BREAKERを留流子ちゃんに向かって放ってきたので、巴柄さんは同じ系統の技である真空斬で相殺しようとした。しかし、使用した技の熟練度の差から相殺し切れなかったので、憐耶さんが結界鋲で小さな防御障壁を何層も重ねて展開した事でようやくΩ・BREAKERが止まる。留流子ちゃんについては、近接戦闘専門としか思えない相手から繰り出された想定外の遠距離攻撃に驚いて動きも思考も止めてしまったのが不味かった。高速機動を生命線としている以上、駆け引きで動きを止める事はあっても、相手の動きに即座に反応する為に思考を止めてはならないのだ。留流子ちゃんには後でその点をきっちり反省させる必要があるだろう。

 

「ブラフマストラ!」

 

「クッ。いくら戦車(ルーク)の防御力があるとはいえ、あれだけの威力で弾幕を張られると迂闊には近寄れない。爆芯を使う事さえできたら、間合いを一気に詰められるんだが……」

 

「そう言って兵士(ポーン)を無視すると、痛い目を見ますよ?」

 

「しまった!」

 

「これで終わ……ッ! か、体が動かない! いえ、足は動くけど、攻撃しようとすると途端に動けなくなってしまう! 一体、私の体に何が起こっているの! ……クッ!」

 

「ストームスパーク。その場からの移動を除くあらゆる行動を封じ込める補助魔法よ。……翼紗。今はチーム戦なんだから、もう少し周りを見て」

 

「済まない、桃。お陰で助かった」

 

 一方、翼紗さんが雪蘭(シュエラン)さんの炎の魔力弾の弾幕が途切れる隙を窺うのに集中する余りに脇が甘くなり、そこをミラさんに突かれそうになったのを桃さんがストームスパークでフォローしていた。桃さんのいう通り、チーム戦である以上は視野を広くしないと足を掬われる結果となる。この辺りは、自身と対等以上の敵を相手取っての集団戦に慣れていないという事だろう。それだけに、補助魔法で的確に翼紗さんをサポートした桃さんの視野の広さが際立っていた。

 

「中々やりますね。これでも魔力の扱いに関しては、レイヴェル様とユーベルーナさんに次ぐものがあると自負しているのですが」

 

「よく言いますね。私が用途不明である筈の追憶の鏡を出した瞬間に放った魔力の矢を遠隔操作して鏡に当たらない様にするなんて、よほど研鑽を積んでいないとできない事ですよ。これが、レーティングゲーム本戦で活躍している眷属悪魔の力……!」

 

 別の所では、椿姫さんと美南風(みはえ)さんが一騎討ちで相対していた。戦況は長刀を得手とする椿姫さんが間合いを詰めようとするのを美南風さんが魔力の矢で攻撃しながら間合いを保とうとする追い駆けっこの様相を呈していたが、椿姫さんが自分に向かって飛んでくる魔力の矢の目の前に追憶の鏡を発現した。正にここしかないというタイミングであったが、ここで美南風さんが反射的に魔力の矢を遠隔操作して鏡への直撃コースから外してしまった為、椿姫さんの目論見は瓦解してしまった。……これがパワー重視で力加減の苦手なゼノヴィアであれば、剣を止め切れずに鏡を割ってしまい、そのまま倍返しの衝撃波で倒されていただろう。それが容易に想像できるだけに、椿姫さんも美南風さんの技量の高さに舌を巻いている様だ。美南風さんはペコリと頭を下げる事で椿姫さんからの称賛を受け入れる。

 

「お褒め頂いて光栄です。……と言いたいところですけど、これで終わりですよ?」

 

「どういう事?」

 

 美南風さんからの勝利宣言に椿姫さんが首を傾げていると、誰かがその背中にトンと軽くぶつかってきた。

 

「えっ? 副会長?」

 

「留流子? どうして貴方が私の後ろに?」

 

 二人がお互いに背中からぶつかった事に驚いていると、今度は二人の脇に別の人影が現れる。

 

「クッ! ここまで押されてしまったか……!」

 

「翼紗!」

 

 翼紗さんが雪蘭さんとミラさんの連携によって二人の側まで押されてきたのだ。そこにこれまた別の人物が吹き飛ばされてくる。

 

「自分から後ろに飛んだからダメージはないけど、まともに受け止めたらアウトだったわ……!」

 

「まさか、巴柄まで!」

 

 シーリスさんの強烈な一撃を受けて、自分から後ろに飛ぶ形でダメージを抑えた巴柄さんだ。そして、美南風さんが頃合いと見て温存していた二人に攻撃指示を出す。

 

「とりあえず、四人ね。イル、ネル。今よ」

 

「「双龍陣!」」

 

 僕が双子故に比較的難易度が低い魔力共鳴を利用した強力な魔力砲撃である双龍砲を教えたイルとネルだ。どうやら、自分達の手で魔力共鳴を利用した範囲攻撃を編み出したらしい。あのライザーの防御すら抜いた二人の強烈な一撃をまともに食らった椿姫さん達四人は、そこで審判役(アービター)をしていたロシウから撃破(テイク)判定を食らってしまった。

 ……実はロシウが物理的な衝撃の全てを魔力ダメージへと変換するいわば非殺傷設定の特殊な結界を展開しているので、まともに攻撃を食らった四人に怪我はない。ただ魔力ダメージによって体が完全に痺れてしまっているので、これ以上戦闘を継続するのは不可能だ。

 一方、他のメンバーの援護や補助に徹していた事から双龍陣による強烈な一撃を免れた桃さんと憐耶さんは、鮮やかな連係を見せたライザー眷属の実力に感服していた。

 

「……あれだけ激しい戦闘をしている中で、こちらの前衛を一箇所に集めていたの?」

 

「どうもそうみたい。そして一箇所に集めた所で強力な範囲攻撃を仕掛けて一網打尽ってところね。あるいは結界鋲と五感も接続できれば、違う視点から戦場を見られてまた違った結果になっていたかもしれないけど、無いもの強請りでしかないわ。……私には結界鋲の遠隔攻撃があるから、まだ戦う事はできるけど」

 

「完全に補助に特化した私には有効な攻撃手段がない以上、こうなったらとことん粘るしかないわ。基本は結界鋲による専守防衛、私の補助魔法で隙を作ってから憐耶が攻撃で行くわよ」

 

「了解」

 

 その後、圧倒的に不利な状況に陥ったにも関わらず、二人は最後まで勝利を諦めずに自分達にできる方法で粘り強く戦い続けた。その結果、ミラさんとネル、シーリスさんの三人を撃破したものの、最後は美南風さんが一本に全力を注いだ強力な魔力の矢と雪蘭さんの最大火力であるブラフマシルで結界鋲の防御結界を崩された所にイルの特攻からのチェーンソーによる一撃を食らってリタイアとなった。

 ……ここまでの流れを見る限り、今まで早朝鍛錬に参加していなかったメンバーはやはりトンヌラさんが言う所の「生きた経験」が不足している。それを補うには、ある程度基礎が出来上がった段階でリディアが幻界で契約した幻想種達と様々な状況下で戦ってもらうしかないだろう。それだけでもかなり違う筈だ。

 シトリー眷属はこれでいいとして、グレモリー眷属の新規参加組はどうなっているかと言えば、小猫ちゃんは以前から師事している計都の指導の元で仙術や道術の基礎となる気功術の鍛錬をしている。そして、他の者についてはそれぞれが別の相手と模擬戦をしており、ギャスパー君は一つ下の薫君が相手だ。

 

霧化(トランス・ミスト)!」

 

「霧になって攻撃をやり過ごした! ……だったら。風よ、逆巻け!」

 

「クッ……! まさか自分を中心に竜巻を作り出して、霧になった僕からの攻撃を遮ってしまうなんて。しかも……」

 

「一気に畳みかける! 瞬雷!」

 

「スピードは祐斗先輩以上の上に、動きも変幻自在で僕じゃ捉え切れない!」

 

〈伊達にあのセタンタと張り合っていないっていう事かな? ギャスパー、解っているとは思うけど〉

 

「ウン。僕より一個下だけど、まだ鍛え始めたばかりの僕よりずっと強い。……でも、だからこそ」

 

〈あぁ。あの人を追い掛ける上で、彼はいい指標になる〉

 

「それに、僕だって男なんだ! そういつまでも年下に負けてばかりじゃいられない!」

 

 二人の戦況を見る限り、まだ鍛錬を始めたばかりのギャスパー君が礼司さんからずっと鍛えられていた薫君に押されている。まぁ、順当なところだろう。ただ、薫君もいつの間にかイウサールの竜巻の力とラエドの雷霆の力の応用ができていて、しっかりと成長している。だから、二人はきっといい競争相手になるだろう。

 一方、ゼノヴィアは同じパワータイプと言えるカノンちゃんと真っ向から打ち合いをしていた。

 

「……ゼノヴィアさん。デュランダルを使っている割に少し攻撃が軽くありませんか?」

 

「いや、私の攻撃が軽いんじゃない。戦車である小猫以上の怪力で5 mもの長さの得物をまるで小枝の様に振り回せる君が色々とおかしいだけだ。これまで色々な相手と戦って来たが、デュランダルを使って打ち負けたのはこれが初めてだよ。それにしても、デュランダルと真っ向からぶつかってビクともしないとは凄い槍だな」

 

「私自身はこの怪力を始めとする身体能力の高さだけが取り柄ですから。それに、一誠さんに作って頂いたこの煉鎗イグニスは私の一番の宝物です」

 

「成る程。そのイグニスという槍はイッセー特製なのか。そう言えば、イリナの切り札であるレイヴェルトもイッセーがイリナの為に作ったんだったな。……後でイッセーに頼んで、私にも剣を作ってもらうか」

 

 カノンちゃんの方も、デュランダルを使ったゼノヴィアに打ち勝つという驚異的な成長を遂げていた。しかも聖鳥フェニックスの真儀によって蘇生した影響なのか、カノンちゃんの身体能力は明らかに人間離れしており、腕力に至ってはバカげたパワーと言われる戦車の小猫ちゃんすら凌駕していた。ただ、ゼノヴィアがカノンちゃんに打ち負けてしまった要因としては、何もカノンちゃんの怪力やイグニスの性能だけでなく、ゼノヴィアがデュランダルの力を完全に使いこなせていないという事も挙げられる。具体的には、ゼノヴィアが自ら振るうデュランダルの刃に引き出した力を全て乗せる事ができていないのだ。磨き抜いた技術を存分に振るう為にはそれ相応のパワーが必要な様に、絶大なパワーを100 %生かすにはそれ相応の技術が必要になる。現に、カノンちゃんは下半身をしっかり鍛えた上で体幹がぶれない動き方を修得しているからこそ、5 mもの長さを持つイグニスを小枝の様に振り回せている。それに僕がどちらかと言えばパワーより技術を重視しているのも、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の倍加能力で得た強大な力を完全に使いこなすにはそれを為し得るだけの技術が必要だったからだ。その辺りをゼノヴィアに教え込むのは、僕以上に聖剣との付き合いが長い礼司さんが適任だろう。あるいは、礼司さんをして「歴代最強にして最高のデュランダル使い」と言わしめる先代のデュランダル使いに協力を仰ぐ必要が出てくるかもしれない。……ゼノヴィアが本当の意味で強くなるには、少々時間が掛かりそうだった。

 そして朱乃さんはと言えば、我が義妹にして歩く非常識であるはやてを相手取っていた。しかし、朱乃さんは遠目で見てもハッキリ解るくらいに肩を落としている。

 

「……ウ、ウフフ。私、自信を失ってしまいそうですわ。まさか、私が一番得意な雷を手に魔力を集めて一振りするだけで霧散させてしまうなんて」

 

 しかし、一方ではやては怪訝そうな表情を浮かべて首を捻っていた。

 

「う~ん。あんな、朱乃さん。正直な話、得意や言っている割に魔力を雷に変換する効率があまり良くないんです。そやからロシウ先生はもちろんやけど、わたしでも割と簡単に雷を元の魔力に戻してしまえるんですよ。それに……」

 

 ここで何故かはやてが続きを言い難そうにしていたので、朱乃さんが先を促す。

 

「それに、何でしょう?」

 

「……朱乃さん、実は魔力とは別の力を使(つこ)うた方がえぇのと違いますか?」

 

 躊躇いながらも最終的にはハッキリと告げたはやての言葉に、朱乃さんは思わず息を呑んでしまった様だ。その表情には驚愕の感情がハッキリと出ていた。しかし、はやては朱乃さんに向かって自分の思う所を伝えていく。

 

「なんちゅうかな。雷を扱うのは確かに得意なんやけど、その基になる魔力が朱乃さんに合うてない様に感じるんです。それに朱乃さんには魔力とは別の力もあるみたいやから、朱乃さんのホントの力はそっちなんかなって思うたんです。……わたし、何かアカン事を言うてしまいましたか?」

 

 はやてが最後にそう尋ねてしまう程に、この時の朱乃さんは意気消沈していた。

 

「……ロシウ老師が以前「今のままでは、近い内に必ず成長が止まる」と仰っていましたけど、それはこういう事だったのね。それをイッセー君ならともかくイッセー君の妹で私よりずっと年下のはやてちゃんにまで指摘されるなんて、正直思ってもみませんでしたわ」

 

 そう言って項垂れていた朱乃さんだったが、そこからすぐに気を取り直すと自分自身と向き合う事を改めて誓い直す。

 

「でも、これで私自身が抱えているものとしっかり向き合わないと先には進めないという事を改めて実感しましたわ。その為にも、後で部長に相談しないといけませんわね」

 

 ……どうやら、今の所は早朝鍛錬の全員参加は上手くいっている様だ。

 




いかがだったでしょうか?

なお薫とカノンの強さについては、朱乃・ゼノヴィア≦カノン・小猫・ギャスパー≦リアス・ソーナ・レイヴェル≦イリナ・薫≦セタンタといったところです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二話 冥界へ……

2019.1.5 修正


 グレモリー・シトリー・フェニックスの三家共同訓練となりつつある早朝鍛錬を終えた僕達は、それぞれの家へと戻って朝食を取った。その後、別れ際に連絡事項があると伝えられていたので、僕はイリナやレイヴェルと共にオカ研の部室がある駒王学園の旧校舎へと向かう。しばらくして僕達が部室に辿り着くと、どうやら僕達が一番早かった様でまだ誰も来ていなかった。そこで精神世界から呼び出したアウラも交えて四人で話をしながら待っていると、次第に人が集まってくる。そうしてグレモリー眷属とシトリー眷属、イリナ、レイヴェル、アザゼルさん、トンヌラさんが揃ったところで、部長用の席に座ったリアス部長が僕達に連絡事項を伝え始めた。

 

「予定を少し繰り上げる、ですか?」

 

「えぇ。元々夏休みの大半は冥界に里帰りして色々と行事をこなす事になっているのだけど、今年は強化合宿の件があるから予定を少し繰り上げる事にしたの。それでスケジュール調整の件でソーナやレイヴェルと相談した結果、ソーナも同じ日程で帰省する事になったのよ」

 

 リアス部長の口から冥界への里帰りの日程を少し早める事を告げられると、それを補足する形でソーナ会長が語り始めた。

 

「そこで問題になったのが、今の所はまだ私とリアスの共有眷属である一誠君はどちらのルートで冥界に入るべきなのかという事です。ですが、これについてはレイヴェルさんからの提案でグレモリー家のルートに決まりました」

 

 僕の今回の冥界行きはグレモリー家のルートを使用する理由については、提案者であるレイヴェルが自ら説明する。

 

「私がグレモリー家のルートを提案した理由ですが、実は一誠様はまだグレモリー家の本邸をお訪ねになられた事がありません。それに対して、シトリー家の方はソーナ様からの伝令という形で一度本邸をお訪ねになられています。ですから、今回はグレモリー家の本邸を先にお訪ねするのが筋であると考えました」

 

 確かにレイヴェルの言う通りである為、僕は冥界入りのルートについて特に異論はない。

 

「確かに、ご当主様については公開授業のあった日の夜に言葉を交わさせて頂きましたが、グレモリー家の本邸にはまだ伺っていませんから、レイヴェルの提案には筋が通っています。冥界入りの件、承知しました」

 

 僕が承知の旨を伝えると、アザゼルさんが自分も冥界入りに同行する事を伝えた。

 

「因みに、俺もグレモリー家のルートで冥界入りする予定だ。ただ俺とイッセーは魔王領で色々とこなさなければならない事がある。特にイッセーは聖魔和合親善大使の任命式もあるからな。そこでイッセーの今後のスケジュールだが、それについてはレイヴェル、お前が説明してやれ」

 

 アザゼルさんから僕の今後のスケジュールについて説明する様に促されたレイヴェルは、早速説明を始める。

 

「はい。一誠様はまずグレモリー家の本邸でグレモリー卿とその奥様のヴェネラナ様へ御挨拶を為された後、そのまま魔王領に向かう事になっています。そして翌日に親善大使の任命式が執り行われた後、魔王領を拠点として上層部の皆様への挨拶回りをこなして頂きます。なお、これには不肖ながら私、レイヴェル・フェニックスと天界からの出向者であるイリナさんも同行する事になっています。後は、リアス様とソーナ様が出席を予定されている若手悪魔の会合には一誠様と私も参席する予定ですわ。それらが終われば、一誠様には親善大使として冥界の堕天使領、天界、そして高天原の順に外遊という事になります」

 

 レイヴェルが僕のスケジュールを説明し終えると、次にアザゼルさんが僕の外遊の意図を話し始めた。

 

「……と、まぁこんな感じだ。まずは三大勢力内で一通りイッセーの顔を売り、その上で親善大使としての直接の上司である俺とセラフォルー、ガブリエルの三人も同行した上で高天原へ行く。そうする事でイッセーが他の神話体系に対しての窓口でもある事を認識させるって訳だ。ただな、悪魔のお偉方への挨拶周りが終わった後のイッセーの立場がどうなっているかは、その時にならないと解らん。それが少々厄介ではあるな」

 

 アザゼルさんの説明が終わると、リアス部長はそこから未来予想図を組み立てていき、最後はソーナ会長が締める。

 

「確かに、挨拶回りの成果次第ではイッセーの上級悪魔への昇格を推薦する方が出てくるかもしれないわね。そうなれば功績については既に十分重ねている上に、実力も神器(セイクリッド・ギア)抜きで全力のお兄様を除く魔王様とほぼ同等。更に知識の方も最難関である最上級悪魔の昇格試験すら合格できるというフェニックス卿のお墨付き。だから、昇格試験さえ受けられたら、まず間違いなく通るでしょう。そうなれば、イッセーは単にお兄様達四大魔王の代務者たる聖魔和合親善大使としてだけではなく……」

 

「私達と同じく、将来を有望視される若手の上級悪魔として参加する事になる訳ですか。……よくよく考えると、魔王様の代務者が如何に魔王を輩出した名家の次期当主とはいえ未成熟の悪魔の眷属である事の方が本来あり得ない事ですから、一誠君の上級悪魔への昇格の話は帳尻合わせの意味でもけしておかしな話ではありません」

 

 リアス部長とソーナ会長が組み立てた僕の未来予想図に殆どが「おぉっ……」といった驚きと喜びが半々といった声を上げていたが、これは現状を踏まえると実は非常に不味い。それに気づいているのは、……アザゼルさんとトンヌラさん、瑞貴、後は僕が軍師時代の経験から学んだ事を教えているレイヴェルの四人か。リアス部長とソーナ会長については気付く下地こそあるものの、なまじ悪魔勢力のトップが信頼できる実兄や実姉である為に状況を楽観視している様だ。そんな少し浮付いた雰囲気の中、不安げな表情をしたアウラが僕に声をかけてきた。

 

「ねぇ、パパ」

 

 そして、皆の頭に冷や水を浴びせかける様な事を僕に尋ねてくる。

 

「こんなに急に偉くなっちゃって、本当に大丈夫なの?」

 

 そう言えば、僕の「魔」から生まれたアウラは僕の記憶の一部を継承しており、その中には解放軍の軍師としての凄惨な経験も含まれているからこうした言葉が出てきてもけしておかしくはない。ただ、幼いアウラの口からこの様な言葉が出てきたのは、明らかに本人の資質によるものだ。そして何より、一度は途切れそうになった僕とイリナの絆を繋ぎ止めたのは、間違いなくアウラの言葉だ。

 ……どうやら、僕の娘は僕の一番似て欲しくないところが似てしまったらしい。

 

 

 

Side:アザゼル

 

「ねぇ、パパ。こんなに急に偉くなっちゃって、本当に大丈夫なの?」

 

 父親であるイッセーが上級悪魔に昇格する可能性がある事を聞かされた後、不安げな様子のアウラからこんな言葉が飛び出してきた。……最初、俺は耳を疑った。イッセーが偉くなるという事を教えてもらえば、アウラくらいの年頃の子供は普通なら喜びを露わにする筈だ。それが、この反応だ。母親であるイリナを含めた他の奴等もアウラが何故そんな事を言い出したのか、まるで理解できないといった様子だ。

 

「どうしてそう思ったのかな、アウラ?」

 

 流石にイッセーも信じられなかったのだろう。すぐさまアウラに確認を取った。……いや、違う。あれは「間違いであってくれ」と願っている顔だ。そして、このイッセーの問い掛けに対するアウラの答えを聞いた時、何故イッセーがそんな風に願っていたのか、俺にはよく解った。

 

「だって、パパの悪魔のお友達ってまだそこまで多くないんでしょ? そんな時に偉くなっちゃったら、パパは皆に嫌われて一人ぼっちになっちゃうもん。そんなの、アタシは嫌だよ?」

 

 ……今思えば、その兆候は既にあった。イッセーに「解放軍の冷血軍師にならないで」と懇願した時だ。あの時、イッセーが自分を棄てて冷血軍師として振る舞う事で周りから恐れられて孤立する事を恐れたアウラは、イッセーにそうならないでと懇願した。更に「二度と冷血軍師にはならない」と自分に約束させる事で強力な釘を刺した。そこで俺は気付くべきだった。父親の持っている冷血軍師の性質を幼いながらも理解した上で周りがそれをどう受け止めるのかを正しく感じ取り、その上で父親の行動を的確に諌め、更に今後も戦略指揮や作戦立案を行う際に親善大使にそぐわない凄惨なものとならない様に抑えてみせた、正に父親譲りと言うべきアウラの慧眼と感性に。だから、イッセーが上級悪魔に昇格する可能性が取り上げられた時にその慧眼と感性で即座に察する事ができたのだ。

 今の状況でイッセーが上級悪魔に昇格すれば、待っているのは孤立の果ての破滅である事に。

 ただ、天真爛漫でやんちゃな性格と年相応な言動である上におそらくはアウラ本人もまだ自覚がないだろうから、アウラの持つ天性の慧眼と感性に気付くのが遅れてしまった。イッセーの奴もおそらく今初めて気付いたんだろう。あの分だと、今後は余程の事がない限り、アウラを政治の場へと連れて行こうとはしない筈だ。幼いが故に純粋なアウラの心が政治の場に立ちこめるドス黒いものに染められてしまう恐れを考えると、俺もそれには賛成だ。

 

 ……なぁ、ミカエル。サーゼクス。「蛙の子は蛙」ってのはよく聞くが、どうやらこの親子にも同じ事が言える様だぜ。

 

 俺はアウラに秘められた大いなる可能性に内心嘆息しながらも、同時にアウラに関してある懸念が生じてきた。

 

「なぁ、総督さんよ」

 

 どうやらトンヌラもそれに気付いたらしく、小声で俺に声をかけてきた。だから、省きに省いた言葉で返事を出す。

 

「あぁ。ケツは俺が持ってやる。だから、頼んだぞ」

 

「了解だ。その時は遠慮なくやらせてもらうぜ」

 

 ……これで一安心だな。アウラに関する懸念事項をとりあえずは払拭できた事に安堵した俺は、リアスとソーナ、そしてアウラの言葉にサーゼクスから聞いていた話の内容を交えて解説を入れていく。

 

「まぁ、そういう事だ。確かにアウラの言った通り、今すぐイッセーを上級悪魔に昇格させても寄って立つべき地盤が全然固まっていないから、イッセーはすぐに孤立する事になるだろうな。特に余りに速過ぎる出世によって、中堅層から下の者達から妬まれて支持を得られなくなるのが致命的だ。こうなっちまったら、もう後が続かなくなっちまう。尤も、サーゼクスの話じゃ「流石にいくら何でも早過ぎるから、今回は褒賞を与える形で昇格は見送る事になるだろう」って事だからな。アイツもそれは十分解っているんだろう。それだけにな、イッセーをよく思わない一部の連中がイッセーを孤立させる一手として上級悪魔への昇格をごり押ししてくる可能性も捨て切れねぇ。だから、もし今の段階でイッセーの上級悪魔への昇格が決まったら、イッセーやサーゼクス達が悪魔勢力内の政治闘争に敗れたと思ってくれて結構だ」

 

 そして、イッセーを取り巻く状況を最も理解していないといけないイリナには特に念を入れた。

 

「イリナ、今後もイッセーと共に生きていく事になるお前は特にしっかりと認識しておけ。これがお前の知るものとは全く異なる、そしてこれからイッセーと共に立つ事になる戦場だとな」

 

 そうだ。イッセーの新たな戦いは既に幕を開けている。賭けるものは己の命。しかし、飛び交うのは刃でも魔力でもなく、言葉と謀。それだけに、単に敵を打ち破るだけではけして生き残れない苛烈な戦場。

 俺も数千年以上関わり続けているが、今でも喜んで関わろうとはけして思わない場所にイッセーはこれから立とうとしている。しかも、自分自身の身の安全と惚れた女と堂々と添い遂げる為という個人的な理由があるとはいえ、問題を散々先送りにしてきた俺達の尻を拭う格好で。

 

 ……本当に、ロクでもねぇな。

 

Side end

 

 

 

 冥界行きの予定を繰り上げる事を伝え終わると、その場で解散となった。そしてその後はアウラをイリナに預けると、アザゼルさんに連れられてアザゼルさんのマンションへと向かった。そこで夕飯時になるまでアザゼルさんと色々と語り合い、実に充実した時間を過ごす事ができた。なお、家に帰ってきた時に出迎えてくれたイリナ曰く「イッセーくん、何だか友達といっぱい遊んで帰ってきた小さな子供みたいな顔してるわよ」との事だった。 ……案外、僕という人間は単純で解り易いのかもしれない。

 

 そしてその翌日、僕達は駅の地下深くに設置された専用の施設からそれぞれの主の家が所有する専用列車に乗って冥界へと向かう事になった。僕にとっては二回目の利用でも、今年に入ってから眷属入りした面々 ―グレモリー眷属ではアーシアとゼノヴィア。シトリー眷属では瑞貴や元士郎、留流子ちゃん― は初めての冥界入りなので、入国手続きが必要だからだ。因みに、グレモリー家の本邸に向かう僕と駅の地下施設に到着した時点で外に呼び出したアウラ、更に僕の下に出向しているイリナとレイヴェルはグレモリー家の列車に搭乗する事になる。しかも、僕と一緒にはやてとセタンタも同行していたのだから尚更だった。ただ、はやてに仕えるリヒト達はこの冥界行きには同行していない。

 実はこの時、リヒト達は一年前にリヒトが飛ばされた平行世界に行っていた。ロシウがリインを診断した結果、無事にお腹の赤ちゃんを出産して体が元に戻るまで戦闘行為はもちろんだがはやてとのユニゾンも避けた方が良いという事だった。そこで、こちらの一ヶ月で一年という時の流れる速さの違いを利用して、リインが戦線復帰できるまでのおおよそ二年間を向こうで過ごす事でリインが戦線を離脱せざるを得ない期間を最小限にするというのがリヒトとリインの考えだった。この考えを二人から打ち明けられた時、僕ははやての側に誰もいなくなる事に懸念を抱いたが、リヒト達の代役としてまずセタンタが率先して名乗りを上げ、次に友に代わってという事でレオンハルトが、更に未熟な弟子を守るのもまた師の務めとロシウもリヒト達の代役として名乗りを上げた事で霧散した。この三人を抜いてはやてに危害を加えるのは、たとえ僕が極大倍加(マキシマム・ブースト)を使っても困難極まりないからだ。その結果、セタンタとレオンハルト、ロシウの三人ははやての側に付く事になった。

 それによって今度は僕の両親の側からはやて達がいなくなってしまうが、その分の穴についてはその為に駒王町に残るトンヌラさんを始め、薫君やカノンちゃん、レオのポケモン達が密かに張り付く事で埋める手筈となっている。

 そういった背景もあって、当初の予定よりだいぶ人数が多くなってしまったが、リアス部長は快く受け入れてくれた。そうして施設内の目的地に徒歩で向かい、途中で目的地が別であるソーナ会長達と別れてから辿り着いたホームには、グレモリー家やサーゼクス様のものを始めとする様々な紋様が刻み込まれた、人間界のものとはデザインが異なる列車が止まっていた。ライザーの件でフェニックス家に向かう事になった時に利用させてもらったグレモリー家所有の列車だ。アウラは自分の目で初めて見る列車の姿に「わぁ……!」と感嘆の声を上げながら目を輝かせている。正に年相応といえるアウラの微笑ましい姿に、この場にいた皆は頬を緩ませていた。やがて、僕達が列車に搭乗してから暫くした後に、列車は冥界に向かって走り始めた。

 

 

 

「この列車の先頭車両の席に私や私の家族以外が座るのは、イッセーが初めてよ」

 

 列車が走り出す前、僕一人を自ら先頭車両に案内したリアス部長はそう語っていた。実は、先頭車両の席にはリアス部長だけが座り、僕達眷属については中央より後ろの車両の席に座らなければならないというしきたりがある。以前フェニックス邸に向かう際にこの列車を利用させてもらったのだが、僕は中央より少し後ろの車両の席に座る様に車掌のレイナルドさんから指示された。しかし、リアス部長は聖魔和合親善大使という僕の今の立場がこのしきたりには当てはまらないのだと言う。

 

「如何に私の眷属とはいえ、流石にお兄様達魔王様の側近中の側近といえる代務者を務める事になるイッセーを他の眷属達と同じ車両に座らせる訳にはいかないのよ。そうした私より明らかに立場が上の方が同乗なさる場合には、賓客としておもてなしするという事で主が座る先頭車両に案内するのがしきたりになっているの」

 

 つまり、僕は眷属ではなく眷属としての主であるリアス部長より上位に立つお客様という立場なのか。その割には僕の家族であるはやてやアウラが賓客としてもてなす対象に入っていないのが気になる。しかも向い合せに座ったリアス部長がとても嬉しそうなのも何処か怪しい。そして、リアス部長の口から飛び出してきた言葉に、僕はリアス部長が先頭車両に僕だけを案内した本当の意図を察した。

 

「これで、やっと落ち着いて話ができるわね。イッセー」

 

 ……だが、そこから先をリアス部長に言わせるわけにはいかなかった。

 

「リアス部長。僕は……」

 

 僕は不敬を承知でリアス部長にその想いには応えられない事を伝えようとするが、リアス部長に先を越されてしまった。

 

「解っているわ。今はイリナさんだけなんでしょ? でもね、それを承知の上で私はイリナさんに宣戦布告したわ。正々堂々と真っ向から勝負して、イッセーのハートを奪ってみせるって。そうしたら、何て言ったと思う?」

 

 リアス部長はそう言って、僕に問い掛けてきた。……負けず嫌いな所があるイリナの事だ、「イッセーくんは渡さない」とでも言ったのだろう。そう言ってもらえるくらいには、イリナに愛されている自信がある。だが、リアス部長から語られたイリナの答えは僕の想像を超えていた。

 

「「そうですか。それなら邪魔なんてしませんから、幾らでもやってみて下さい。でも私、世界中の誰よりもイッセーくんを愛していますし、イッセーくんに愛されている自信もありますから、そう簡単には上手くいかないと思いますよ」ですって。アレには流石に唖然としたわ」

 

 半ば呆れた様な表情でそう語ってくれたリアス部長を前にして、僕は顔が一気に熱くなるのを自覚してしまった。おそらく今頃は顔を赤くしている事だろう。その一方で頬が緩んでしまうのを抑え切れずにいる。……最愛の女性がそんな事を言ってくれたのだ。嬉しくない訳がない。その様な僕の表情の変化と心情を察したのだろう。言葉を続けるリアス部長の声色からは、ハッキリと羨望の感情が読み取れた。

 

「でも、同時に凄く羨ましくなったわ。イッセーもイリナさんも、お互いに凄く愛し合っているんだって。それこそ、幼い頃から憧れているお兄様とお義姉様の様にね。……だから、今はイリナさんにイッセーを譲ってあげる。でも、これだけは言わせてちょうだい」

 

 そこで一旦言葉を切ると共に一度深呼吸をして心を落ち着かせると、リアス部長はハッキリと宣言した。

 

「私はこれから一生かけて自分を磨く努力を続けていくわ。そしていつか必ず天龍帝の「后」に相応しい女になって、イッセーを振り向かせた上でアウラちゃんにも「ママ」と呼んでもらえる様になってみせる。ソーナが心は貴方の王妃(クィーン)になるってイリナさんに誓う形で契約した様に、私も貴方にそう約束するわ。だから、それまで私の事をしっかり見守っていてね。イッセー」

 

 最後にそう言い切った時のリアス部長の笑顔は、グレモリー家の次期当主でも何人もの眷属を従える(キング)でもなく、僕と一歳しか変わらない年相応の少女のものだった。

 ……ひょっとして、僕はリアス部長からとても長い戦いを挑まれているのではないだろうか。そんなしょうもない事を考えてしまうくらいに、僕の頭は混乱していた。

 

 

 

 列車が走りだしておおよそ二十分が経過しただろうか。リアス部長の「宣戦布告」の後は暫く世間話でどうにかやり過ごしていたのだが、そろそろ皆のいる車両へと行こうと持ち掛け、それにリアス部長が同意した事で早速席を移動する事にした。皆のいる車両へと入っていくと、主にイリナやはやてといった僕と特に近しい者達と話をしていたらしいアザゼルさんが声をかけてきた。

 

「ヨウ、イッセー。コイツ等から色々とお前の武勇伝を聞かせてもらったぜ。……と言っても、詳しい話はお前から直接聞いてくれって事で、あくまでコイツ等が直線関わっている件だけだがな」

 

 僕の武勇伝という言葉を聞いて、僕はミカエルさんと交わした約束を思い出していた。

 

「そう言えば、ミカエルさんとは異世界に関する話をする事になっていましたね。……この際だから、少し話をしようかな」

 

「イッセーくん、大丈夫?」

 

 僕の過去の戦いのほぼ全てを知っているイリナは僕を気遣う様に声をかけて来たが、それについては大丈夫である事を伝える。

 

「まぁ、そろそろ話をしないといけないかなって思ってはいたんだ。まだ高校生である僕が一体何処で実戦経験を重ねてきたのか、その辺りを説明しないといけなかったからね。ただ正直な話、はやて達に話した時にはリヒトとリインはともかくはやてには早過ぎると思い、またそれを知った後では間違いなく拒絶されると考えるくらいに壮絶な内容も含まれています。それでも良ければ、話をしましょう」

 

 最後にそう前置きしてから、僕ははやて達に話した内容を皆に話していく。そうして大体三十分程で話し終えると、アザゼルさんは納得の表情を浮かべた。ただ、イリナを始めとする僕を昔からよく知っている面々からよく「常識に喧嘩を売っている」と言われる僕の詳細を知った事で呆れも少々入っている様だ。

 

「成る程な。この分なら、三大勢力の戦争でも実際に聖書の神や四大魔王と対峙して生き残った奴を除けば、お前は三大勢力の中でも屈指の実戦経験者だ。しかもそのどれもが人間だった時のもので、一番古いものだとそこのはやてより幼い頃まで遡るって言うんだからとんでもねぇ。だがそれ以上に信じられないのが、神仏クラスとすら戦った事のある経験の大半が実は神器も真聖剣も使えないというとんでもないハンデを背負った状況でのものだって事だ。……同年代で血筋・才能とも冗談みたいな存在であるヴァーリよりも素で強い訳だぜ」

 

 その一方で、初めて僕の過去について聞かされた皆の反応はそれぞれだった。リアス部長やレイヴェル、祐斗、ギャスパー君は今の僕を形作る上で特に影響を与えた二つの世界での経験について感じ入るところがあったらしく、神妙な表情を浮かべている。

 

「私は大筋で知ってはいたのよ。でも、本人から改めて聞かされると重みがまるで違うわね……」

 

「御伽噺の世界では、改心して心を通じ合わせる事のできた者達を次々と目の前で殺され、遂には世界崩壊の場に立ち合う事になった。ゼテギネアという世界では、時に最前線に立つ兵士として、時に戦略と策謀を駆使する軍師として、野望と欲望が渦巻く戦乱を最後まで駆け抜けた。……そういった数々の過酷な戦場の中で積み重ねられた経験が、今の一誠様を作り上げたのですね」

 

「僕は「聖剣計画」の一件で瑞貴さん達を救ったのが実はイッセー君だった事は本人から教えてもらっていたんだけど、まさかそれすらも氷山の一角だったなんてね」

 

「一誠先輩に出会う前の僕だったら、たぶん全てを投げ出して逃げ出していたと思います。でも、一誠先輩は最後まで心が折れる事無く踏み止まった。……その強さを、僕は見習いたいです」

 

 一方、朱乃さんと小猫ちゃんはこの世界の存在ではおそらく僕が初の覚醒者であろう()(どう)(りき)に興味を示していた。

 

「魔動力。生命の根源へと繋がるが故に魂の位階が人間を基準としてそれより低い存在のみが扱えるという「魔」を「動」かす力。しかも、真聖剣を再誕させる上で器となる剣を作ったのもその力。そして私達の中でその力を扱えるのは、人間だった時に目覚めたイッセー君以外にはその素養があったイリナさんとイリナさんから例外的に目覚める切っ掛けを与えられた会長だけ……」

 

「では、レイナーレの件で霊脈(レイライン)を通じて先制攻撃を仕掛けた時、イッセー先輩が使用したのがその魔動力だったんですね」

 

 ゼノヴィアとセタンタはヒドゥンの件を当事者である僕から詳細を聞かされ、悔しげな表情を浮かべている。特にセタンタはその場に居合わせなかった事を激しく悔やんでいた。

 

「英雄。いや世界が崩壊の危機を迎えていたというヒドゥンの件を思えば、イッセーは確かに救世主(メシア)と呼ばれるべき存在だな。……二年前には既にそれなりの経験を積んでいた私だ。それなりに力になれていた筈なんだが」

 

「アァッ、クソッ! 何で俺はあと一年早く一誠さんと出逢わなかったんだ! そうすりゃ、俺だって駆け付けていたってのに!」

 

 セタンタがそう言って悔やんでいると、苦々しい表情を浮かべたロシウがセタンタを窘める。

 

「セタンタよ。それはあの時、神器の中でただ見ている事しかできなかった儂等への当てつけかの?」

 

 よく見ると、レオンハルトもまたその拳をきつく握り締めている。その様子から、どちらも憤懣やる方ないといったところだろう。……そう。あの時に一番悔しい思いをしていたのは、当時の陽神の術では赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)程の安定性がなかった為に実体化して加勢する事ができず、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の中で見ているだけだったロシウ達歴代の赤龍帝なのだ。それを察したセタンタはすぐさまロシウとレオンハルトに頭を下げて謝罪する。

 

「……スイマセン、ロシウ老師。レオンハルト卿。お二人を始めとする歴代の方達の事を考えていませんでした」

 

 セタンタからの謝罪を受けたロシウとレオンハルトは顔を見合わせると、お互いに苦笑いを浮かべた。そしてロシウが謝罪は無用とセタンタに伝える事で手打ちとなった。

 

「セタンタよ、詫びなぞ無用じゃ。流石に儂等が少々大人げなかったわ」

 

 そして、アーシアは何処か落ち着かない表情を浮かべていた。その目からは涙が零れている。

 

「イッセーさん。私……」

 

「ゴメンね、アーシア。流石に刺激が強かったかな?」

 

 御伽噺の世界やゼテギネアの話は純真なアーシアには余りにキツイ内容だったと思った僕はそう言って落ち着かせようとしたが、アーシアは首を横に振る。

 

「違います。いえ、確かに酷いとも悲しいとも思いましたけど、そうじゃないんです」

 

 アーシアは僕の右手を手に取ると、そのまま両手で優しく包み込んだ。

 

「イッセーさんは、その手を広げて以前の私みたいに道に迷っている人の手を取ってくれます。でも誰かを傷つけてでも大切なものを守る為なら、広げたその手を握り締めて立ち向かいます。そしてその度にこの手も、体も、そして心も傷つけてしまうんです。……そう思ったら、涙が止まらなくなっちゃいました」

 

 そして、僕の右手を包み込んだ両手に聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を発現させると、癒しの力を込めて優しく撫でてくる。そして、まるで祈る様に言葉を重ねていった。

 

「私のこの力が、イッセーさんの見えない傷にも届けばいいのに……」

 

 今のアーシアから感じられたのは、僕に対する深い愛情だった。……どうやら、有難くも僕に異性としての好意を寄せてくれる人達に対して、僕の気持ちをハッキリと伝えなければいけない様だ。

 

 僕は、その想いに応える事ができないと。

 




いかがだったでしょうか?

これで、とあるフラグが立ちました。どうなるのかは後のお楽しみという事で。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第三話 グレモリー邸にて

2019.1.5 修正


 僕が自分の過去について話し終えた時には、既に次元の壁を超えて冥界のグレモリー領に入っていた。僕は十日程フェニックス邸に滞在した事もあってそれ程驚かなかったが、初めて冥界に来たアーシアやはやては人間界とは異なる紫色の空を始めとする冥界の風景に目を輝かせている。なお、僕がグレモリー卿への挨拶がある事から礼装である不滅なる緋(エターナル・スカーレット)に着替える為に別の車両へと移動した際にはやてがリアス部長に確認を取ったところ、グレモリー領は日本列島の本州と同程度の広さを有しているものの大部分はいわば空き地で山や森林ばかりであるという。それに関連してか、僕が着替え終えてから皆のいる車両に戻ってくると、リアス部長は新しく眷属に加わった僕達三人に領土を渡すので欲しい土地を言って欲しいと言って来た。

 ……僕の場合はシトリー眷属でもあるので、シトリー家からも領土を拝領する事になるのだろう。その場合、グレモリー家とシトリー家の領土が隣接していればまだいいが、もし離れていた場合はどうしたらいいのだろうか?

 急に降って湧いた領土問題に僕が頭を悩ませていると、グレモリー本邸前に到着するというレイナルドさんのアナウンスが流れた。そこで窓から前方を見ると、ホームには大勢の人が集まっていた。よく見ると兵服を纏っていたので、おそらくはグレモリー家の私兵なのだろう。そこまで確認した所で窓を閉めると、僕達は列車を降りる準備を始めた。そうして降りる準備が終わると、まるで頃合いを見計らったかの様に列車はスピードを落としていき、やがて完全に停車した。そこで僕達が席を立って列車を降りる為に移動しようとすると、その前にリアス部長がアザゼルさんにどうするのかを確認する。

 

「アザゼルはどうするの?」

 

「魔王領でのサーゼクス達との会合はイッセーとレイヴェル、それとイリナも参加する事になっている。それなのに俺だけ魔王領に行っても待ちぼうけを食らうだけだ。この際だから、俺も挨拶がてらに同行するさ」

 

 アザゼルさんはそう言って僕達に同行する構えを見せたので、リアス部長はそこで話を打ち切って列車の出口へと向かっていった。そして、まず僕と祐斗が先に降りてグレモリー眷属の主であるリアス部長を迎える形にしようとすると、セタンタから肩を掴まれる。

 

「一誠さん、出る順番が違いますよ」

 

「そうだね。君はむしろ主役をエスコートしなきゃダメだよ」

 

 セタンタと祐斗はそう言うと、さっさと列車から降りて列車の出入り口の左右に立った。そこで二人の意図を察した僕は二人に続いて列車に出ると、後ろを振り返ってリアス部長にそっと手を差し出す。そこでようやく事態を呑み込めたリアス部長は軽く笑みを浮かべると、差し出した僕の手を取ってゆっくりと列車を降りた。その瞬間、グレモリー家の私兵一同から一斉に声が発せられる。

 

「リアスお嬢様、お帰りなさいませ!」

 

 まるで怒号の様な歓迎の挨拶を皮切りに花火が上がり、私兵一同から空に向かって祝砲が放たれ、楽隊が一斉に演奏を始める。更におそらくは冥界の固有種と思われる飛行生物に跨り、旗を振ってのアクロバットショーまで展開している。大型イベントも顔負けの歓待ぶりに、イリナと手を繋いでいるアウラはすっかり舞い上がっていた。一方、生まれて初めてこの様なお祭り騒ぎを目の当たりにするであろうアーシアは完全に放心している。その為、アーシアの足が止まってしまい、アーシアの後ろにいる人達が列車から降りられなくなった。そこで、アザゼルさんがアーシアに注意する。

 

「ホラホラ。ボウッとしてないでさっさと行け。後ろが(つか)えているんだからな」

 

 アザゼルさんからの注意でようやく我に返ったアーシアは、恥ずかしいのか頬を少し赤く染めて「すみません」と謝りながら列車を降りる。そうしてアザゼルさんが最後に列車を降りた後、リアス部長を先頭にして大勢の執事とメイドが控えている場所へと向かうと、彼等は一斉に頭を下げた。

 

「リアスお嬢様、お帰りなさいませ」

 

 彼等の出迎えにリアス部長が笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、皆。ただいま。帰ってきたわ」

 

 このリアス部長の笑顔の返礼に執事とメイドの皆さんも笑みを浮かべた。そこでグレイフィアさんが一歩前に踏み出して来た。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。お早いお付きでしたね。道中、ご無事で何よりです」

 

 グレイフィアさんはここで言葉を一旦切ると、視線の向きをリアス部長からアザゼルさんと僕に切り替えた。そして、深々と頭を下げて歓迎の言葉を伝えて来る。

 

「アザゼル総督、そして兵藤親善大使。この度はようこそグレモリー領へ。グレモリー家はお二方のご訪問を心より歓迎致します。では、お嬢様」

 

「えぇ。二人とも、こちらよ」

 

 グレイフィアさんに促されたリアス部長は、僕とアザゼルさんを自ら誘導し始めた。確かにグレモリー家が歓迎の意を示すのであれば、次期当主であるリアス部長が先導するのが筋だろう。本来なら堕天使勢力のトップであるアザゼルさんだけを賓客としてもてなす対象とすればいいのに自身の眷属である筈の僕も対象とされている所に、聖魔和合親善大使を担う魔王の代務者という立場が悪魔勢力の中でどれだけ重きをなしているのかが解る。そうして連れて行かれた場所には馬車が用意されていた。馬も以前フェニックス卿が僕を迎えに来た時のものより更に巨躯で眼光も鋭いし、何より少しだけだが覚えのある力の波動を感じられる。そこでアザゼルさんが馬を見て感心した様な声を上げる。

 

「ホウ。あれには相当遠いがスレイプニルの血が入っているな。これだけの馬を所持しているとは、流石は現ルシファーを輩出した名家という事はある」

 

 アザゼルさんのこの言葉に、僕は何故覚えのある力の波動を感じたのか納得した。その一方で、祖先のより似ている方を挙げてみた。

 

「どちらかと言えば、その親であるスヴァジルファリの方が似ていませんか?」

 

 すると、アザゼルさんは僕の意見に納得の表情を見せる。

 

「確かに、あれからは速さ以上に力強さを感じるな。その意味では、足の速さを売りとするスレイプニルよりはアースガルズを囲む壁を作る為の巨大な岩を運び続けたスヴァジルファリの方を挙げるべきか。しかし、俺がスレイプニルを挙げたらすぐさまその親の名前が出てくるあたり、お前も相当に勉強しているな」

 

「知識や情報は人間に許された数少ない武器の一つです。それこそ使い方次第で伝説の武器や魔法、それに神器(セイクリッド・ギア)の様な異能さえも超える強力な武器にもなり得ますから、それはもう必死に勉強しましたよ」

 

 持っている力が弱いのなら、相手を知り、自分を知り、その上で勝てる状況を作り上げる。それが神話の存在に抗う人間の戦い方だと、僕は考えている。アザゼルさんもその辺りは重々承知している様だ。

 

「そういうのを軽く見たせいで最期に破滅した奴を俺は腐るほど見てきたからな、それには俺も同意するぜ。まぁ、それに拘り過ぎると身を縛る鎖にもなっちまうが、軍師の経験も豊富なお前には釈迦に説法か」

 

 それだけに、一つの懸念が僕にはある。

 

「ただ、それだけに禍の団(カオス・ブリゲード)の主流である旧魔王派以上に英雄派の方が脅威となるでしょうね」

 

「英雄派か。カテレアの話では、神話や歴史に名を残す英雄の子孫やその魂を宿す者、更には神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)といった人間で構成された派閥だったな。トップは神滅具(ロンギヌス)の中でも最強である黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)の保有者で、三国志の英雄の一人である曹操の名を自称しているらしいが……」

 

 ……敵対勢力にも、それを理解している者達がいるという事だ。

 

「この派閥だけは真聖剣ひいては僕の探索をきっちりこなしているのを考えると、情報も人材もしっかりと蒐集しているでしょうし、あるいは旧魔王派でもトップに近かったカテレアさんにすら知らされていない様な強力な戦力を隠し持っている可能性も否定できません。だとすれば、これからの数年間を大きな戦いの為の準備期間などと楽観視しない方がいいでしょう。それどころか……」

 

 僕がここで言葉を一旦切ると、アザゼルさんがその続きを言葉にしていく。

 

「条件さえ整えば、数年後と言わずに今すぐにでも仕掛けてくる。だから、相手に隙を見せるなって事か。……解った。後でシェムハザ達には俺から一言言っておく。ただイッセー、今の発言はかなり不味くないか?」

 

 今はけして準備期間などではない。アザゼルさんの認識をそう改めてもらう事に成功したが、アザゼルさんが不安視した様に僕のこの発言は完全に越権行為だ。それでも僕は警鐘を鳴らさざるを得なかった。

 

「はい。確かに聖魔和合親善大使という外務官としての権限を完全に越えていますが、このままではこちらが後手に回りかねません。せめて「ここ数年は大きな戦いは起こらない」という現状に対する認識だけでも改めて頂かないと……」

 

 もし乾坤一擲の大勝負を奇襲で仕掛けられたら、それこそ致命傷になりかねない。それに僕自身、ガルガスタンとの戦いにおいて敗戦間近だった戦況をそれでひっくり返しただけに、尚更そう思えてしまう。すると、グレイフィアさんから提案があった。

 

「では、先に私からルシファー様に親善大使のご懸念をお伝えした上で、ルシファー様が懸念を抱いた事にして話して頂きましょう。天界の方は紫藤様、お願い致します」

 

「そうですね。私はミカエル様直属のままですから、ミカエル様に話を通し易いと思います。解りました、天界の方は任せて下さい」

 

 イリナがグレイフィアさんの提案を承知した事で、この問題は一先ず解決した。そこで、リアス部長がキツイ一言を浴びせかけてくる

 

「まさか、馬の話からここまで政治的な話に繋がっていくとは思わなかったわ。お陰でホラ、半分ぐらいはイッセー達の話についていけていないわよ」

 

 そう言われて僕達が振り返ると、ギャスパー君やセタンタがウンウン唸って何とか少しでも理解しようと頑張っている一方で、ゼノヴィアやアーシア、小猫ちゃんにはやては置いてけぼりを食らってポカンとしていた。なお、グレイフィアさんの要請を受けて即座に対応したイリナは当然話について行けているし、「あらあら」と微笑している朱乃さん、「勉強になりますわ」と軽くメモを取っているレイヴェル、「何を今更解り切った事を」と半ば呆れた表情を浮かべているロシウとそのロシウに念の為に確認を取っている祐斗、そして泰然自若として周囲への警戒を怠らないレオンハルトも僕達の話をしっかり理解している。そして、つい先日に実は相当に頭が良い事が判明したアウラについては。

 

「えぇっと。つまり、お馬さんのご先祖様の事を知ろうとする事は凄く大切な事だけど、それを解っている人がパパとケンカしようとしている人達の中にいて、それでいつケンカしようとするか解らないから皆で気を付けようって話になったけど、それをパパが皆に伝えるのは実はしちゃいけない事だから、グレイフィアさんとママが代わりにサーゼクス様とミカエル様に伝えようって事なの?」

 

 ……自分の言葉に置き換えられる程、しっかりと理解していた。

 

「……ウン。それで大体合っているよ」

 

 僕のこの言葉に、ついて行けていなかった者達が心身共に六、七歳相当の幼女に負けたショックでガクンと肩を落としたのは言うまでもない。

 

 

 

 そういった事があった後、僕達は馬車に乗ってグレモリー家の本邸へと向かった。なお、馬車は三台用意されていて、スヴァジルファリの血を引くと思われる馬が引く馬車にはリアス部長とグレイフィアさん、アザゼルさん、僕が乗り込み、皆は他の馬車にそれぞれ分かれて乗り込んでいる。

 降りた駅がグレモリー本邸前とあるだけに、暫くすると城と見紛うばかりの巨大な建築物が見えてきた。あれがグレモリー本邸なのだろう。パッと見ではあるがかなり強力な防御結界も設置されているだけに、有事の際には防御拠点としての機能も有しているのだろう。やがて馬車が止まるとドアが開かれた。そこには初老の執事さんが会釈をしていた。そしてリアス部長とグレイフィアさんが先に馬車を降りた後、リアス部長が僕とアザゼルさんを迎える形で馬車を降りると、執事とメイドが左右に整列しており、城の玄関までの道は真っ赤なカーペットが敷かれていた。こういった豪華絢爛な光景とは全く縁のなかったであろうアーシアは恐縮してしまいそうだ。その様な事を考えていると他の馬車も到着し、皆が馬車を降りてきた。案の定、アーシアは驚きの余りに固まってしまっている。僕が軽く声をかけた事でアーシアが我に返った所で、僕達はカーペットの上を進んでいく。因みに、僕とアザゼルさんがリアス部長の案内を受けている形になっている為、僕の後ろには僕の下に出向しているイリナとレイヴェルが続き、二人の後ろでははやてがアウラの手を引いている。その両脇をセタンタとロシウ、後ろをレオンハルトが固め、他の皆はその後ろに続いて行く。

 やがて玄関に辿り着き扉が開かれると、そこには以前お会いしたグレモリー卿とリアス部長に似た顔立ちで亜麻色の髪をした女性が待っていた。容姿はリアス部長と殆ど変わらない年代であるが、その魔力から永きに渡って洗練された物が感じられる。フェニックス邸の滞在の際に、悪魔は成熟すると魔力で容姿年齢を自由に変えられるという事を教わっていた。だから、おそらくはグレモリー夫人だろう。そう思っていると、グレモリー卿が歓迎の挨拶と自己紹介を始めた。

 

「アザゼル総督、兵藤親善大使。ようこそ、我がグレモリー家へ。私がグレモリー家当主のジオティクス・グレモリーです。そして、こちらが私の妻です」

 

 グレモリー卿がそう言ってグレモリー夫人を紹介すると、夫人も自己紹介を始める。

 

「ヴェネラナ・グレモリーですわ。初めまして。アザゼル総督、兵藤親善大使」

 

 グレモリー夫妻からの自己紹介を受けたので、アザゼルさんは普段とは全く異なる言葉使いで自己紹介を始めた。

 

「これはご丁寧に。私は堕天使中枢組織神の子を見張る者(グリゴリ)総督のアザゼルです。以後、お見知りおきを」

 

 一方、僕はその場で跪いた上であえてリアス部長とソーナ会長の共有眷属としての挨拶を始める。

 

「奥様におかれましては、ご機嫌麗しく。お初にお目に掛かります。私はリアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様にお仕えする兵士(ポーン)の兵藤一誠でございます。この度は主を差し置いて魔王陛下の代務者たる聖魔和合親善大使を拝命する事となりました事、深くお詫び致します」

 

 最後に主二人の頭越しに決定した人事について謝罪すると、奥様であるヴェネラナ様は眉を顰めながら話を始める。

 

「話は全てサーゼクスから聞きました。貴方はあらゆる意味で三大勢力の和平と協調の象徴であり、魔王たる自分以上に代わりが利かない存在であると。あくまでリアスとソーナの眷属であるという立場を変えずに二人を立ててくれるのは、この子の母親としてはとてもありがたいのですが、今は魔王様の代務者として振る舞う時です。「神の頭脳」と謳われる貴方がそれを解らない筈がないでしょうに」

 

 確かにその通りだ。しかし、僕にも譲れないものがある。だから、今はこのまま眷属としての言動を変えたりはしない。

 

「その代務者を任されるに至れたのは、ひとえに私が主と頂くお二方のご温情あっての事。それを忘れてしまえば、私は道義を弁えぬただの成り上がり者となってしまいます。故に、どうか此度だけはご容赦の程を」

 

 そう言って深く頭を下げると、グレモリー卿が自分の妻に声をかけた。

 

「ヴェネラナ、君の負けだ。こうなると、兵藤君は梃子でも動かないよ」

 

「あなた。……解りましたわ。今回だけは、リアスとソーナの眷属として接しましょう。それでいいですね?」

 

 明らかに根負けして受け入れた様な素振りで最後に念押しするヴェネラナ様に、僕は感謝の言葉を伝える。

 

「私の我儘を聞き入れて頂き、感謝致します」

 

 こうしてこの場においては眷属悪魔として振る舞える様になったところで、グレモリー卿から僕達への連絡事項が伝えられる。

 

「さて、実は先程サーゼクスから連絡がありましてね。魔王領での会合は時間を少し遅らせるので、アザゼル総督を始めとする会合の出席者の方々にはこちらで少し休まれてからお越し頂きたいとの事です。どうか短い間ですが、我が邸にてお寛ぎ下さい」

 

 ……どうやら、サーゼクス様から気を使われた様だった。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 ……これはまた随分と親しげに言葉を交わしているな。

 

「そうか。ご両親はお変わりないか」

 

「はい。グレモリー卿にお会いした時にはその様にお伝えする様に言われていました。……あぁ、そうでした。両親から預かったお土産があります。アウラ」

 

 グレモリー家の現当主から両親の様子を訊かれて、特に異常がない事を伝えたイッセーはアウラに声をかけると、アウラは綺麗に包装された箱をグレモリー卿の前に差し出した。

 

「ウン! ジオ様。はい、どうぞ」

 

「普段お口になられているものとは比べ物にならないとは思いますが……」

 

 イッセーはそう言って恐縮していたが、グレモリー卿はアウラからイッセーの両親からのお土産を快く受け取る。

 

「いや、有難く受け取ろう。そういうお心遣いが嬉しいのだからね」

 

「有難うございます。そう仰って頂けると、両親も喜びます」

 

 イッセーが感謝の言葉を伝えると、グレモリー卿はお返しについて考え始めた。

 

「いやいや。しかし、そうなるとこちらからも何かお返しをしないといけないのだが……」

 

 そこで、グレモリー夫人であるヴェネラナが夫を窘めようと言葉をかける。

 

「あなた、まさか城を贈るなどとは仰いませんわよね?」

 

「いくら何でも、そこまで考え無しではないさ。兵藤さんの家には、あの家だからこその温かさがある。それを私が壊してしまう訳にはいかないだろう」

 

 軽率な事はしない。そう宣言したグレモリー卿の様子を見て納得したヴェネラナは、イッセーにお返しを渡す時期を伝えた。

 

「それならいいのです。……兵藤さん。ご両親へのお返しについては、貴方達がリアスと共に駒王町へ戻る時までに用意しておきましょう」

 

「ヴェネラナ様、有難うございます」

 

 イッセーはヴェネラナに感謝の言葉を伝えるが、こうしたやり取りが先程から幾度となく繰り返されていた。

 

 会合の開始まで少し時間が出来た俺達はグレモリー卿が自ら案内する形でテラスに移動し、そこで紅茶を嗜んでいた。なお、リアスの眷属達は現在それぞれに割り振られた部屋に案内されて、そこに自分の荷物を置いている事だろう。そんな中、グレモリーの現当主夫婦と向い合せに俺とイッセーが座り、イッセーの隣にイリナとレイヴェル、そしてアウラが座った。こうして話を始めた訳だが、イッセーとグレモリー卿は一度プライベートで話をしたからなのか、身分の垣根を超えて談笑していた。アウラに至ってはグレモリー卿を愛称で呼ぶ程に親しんでいる。よくよく話を聞けば、どうもグレモリー卿はイッセーだけでなくイッセーの両親とも個人的に付き合いがあるらしいからな。話を聞かされているだろう奥さんもまたイッセーに親しみを持つのも無理はなかった。というか、イッセーとイッセーの親父さん、グレモリー卿とサーゼクス、更にはセラフォルーとソーナの父親であるシトリー卿とレイヴェルの父親のフェニックス卿、そしてプロテスタントの牧師兼エージェントの局長を務めるというイリナの父親がイッセーの家に集まり、可愛い子供を持つ父親同士で語らい合ったらしい。

 ……なんだ、そりゃ? 初めてこの話を聞いた時、俺は本気で首を傾げた。まぁ、諍い起こすよりは遥かにマシだがな。

 そうしてグレモリー夫婦とイッセー親子がある程度話をしたところで、話題はサーゼクスの息子に関するものへと変わっていった。

 

「ところで、後日サーゼクスの私邸でアウラちゃんと顔合わせをする事になっているミリキャスについてなんだが」

 

「ミリキャス様が何か?」

 

 イッセーが問い掛けると、グレモリー卿がイッセーではなくアウラに向かって頭を下げる。

 

「これは祖父としての頼みなんだが、アウラちゃんにはミリキャスとは対等な友人関係になってもらいたいのだ」

 

「へっ? あたし?」

 

 流石に自分に頼み事をされて、アウラはキョトンとしていた。一方、イッセーはグレモリー卿の様子から何かを察したらしく、ハッとした表情を浮かべた。

 

「……もしや」

 

 そんなイッセーの様子を見たグレモリー卿は頷く事でイッセーが察したであろう事を肯定した。

 

「あぁ。あの子は魔王であるサーゼクスと魔王の女王(クィーン)として最強を謳われるグレイフィアの才能を色濃く受け継いでいる。それ故に、ミリキャスにはまだ同世代の親しい友人がいない。……いや。それよりは「作れない」というべきかもしれないな」

 

 ……そういう事かよ。俺もイッセーに遅れて、どういう事かを理解した。

 

「……嫌な話ですね」

 

 そう言って、露骨に顔を顰めるイッセー。そうだな、それには俺も同意するぜ。魔王の嫡男に自分のガキをすり寄らせる事で、魔王の心証を良くして将来の安泰に繋げようとはな。如何にも強かな貴族らしい行動なんだが、それでも俺は気に食わねぇ。……そんなモン、アウラとそう変わらねぇ年頃のガキにやらせてんじゃねぇよ。

 

「私もそう思う。だからこそ、そういった柵のないアウラちゃんにお願いしたいのだ」

 

 そう言って再びアウラに頭を下げるグレモリー卿。それに対して、アウラの答えは俺もイッセーも予想外なものだった。

 

「ジオ様、ごめんなさい。あたし、そんなの嫌です」

 

 その返事に俺やイッセーはもちろん、イリナやレイヴェル、そしてグレモリー夫婦さえも唖然とする。だが、続くアウラの言葉に俺達は揃ってハッとなった。

 

「だって、そんなのは本当のお友達じゃないから」

 

 そして、アウラの口からは幼いながらも真理を突いた言葉が飛び出していく。

 

「何も知らないところから初めて会って、ご挨拶して、名前を教え合って、お話しして、一緒に遊んで。そうやってパパとママはお友達になっていったし、その後もお友達を作っていったんだよ。だから、あたしもそうしたいの。……ねぇいいでしょ、パパ?」

 

 ……全く。この小さな淑女(レディ)は本当によく見えてやがる。それこそ、俺達大人が忘れそうになる事さえもな。だから、イッセーはアウラの頭を撫でて褒めているし、グレモリー卿も急ぎ過ぎたと反省している。

 

「あぁ、そうだね。アウラの言う通りだよ。だから、アウラの思う通りにやってみたらいい。……グレモリー卿」

 

「そうだな。アウラちゃんの言っている事の方が正しいし、でき得るならぜひそうしてほしい。……全く。リアスとライザー殿の件といい、この件といい、私はどうも急ぎ過ぎるきらいがある様だな」

 

 この小さな淑女を、イッセー達と協力して大事に育ててやらねぇとな。俺はまた一つ、未来への宝物を見つけた様な気がした。……ただ、グレモリー夫人のアウラを見る視線の質が少しだけ変わったのが気になるんだが、まぁ無茶はしないだろう。

 

 そうして一時間程グレモリー卿と談笑したところで、魔王領に向かう時間となった。玄関ホールには、こっちに残る面々とグレモリー夫妻が俺達の見送りに来ていた。魔王領に向かうのは、俺とイッセー、イリナ、レイヴェルの四人。アウラについては、政治に関わる事になるので一先ずはやてが預かる事になった。

 

「さて、俺達はここから別行動だ。と言っても、早朝のトレーニングはイッセー所有の異相空間で行うから、そこで毎朝俺達とは会えるんだがな。それと異相空間に行く際は、常連組で転移許可を得ているリアスか木場と一緒に転移する様にしろよ。あぁ、今ならはやてとセタンタはもちろんロシウの爺さんにも頼めるか」

 

 俺が早朝トレーニングについて触れると、ロシウの爺さんが異相空間への転移を木場が担当する様に言い渡す。

 

「そういう事じゃな。まぁ魔力制御のいい練習になるから、基本的には祐斗に連れて行かせるかの。それに祐斗。お主はその対策を講じると共に和剣鍛造(ソード・フォージ)の新たな可能性の開拓の為にも、剣以外の搦め手を少しは覚えた方がよい。これはその為の基礎作りと思うておけ」

 

「解りました、ロシウ老師」

 

 ロシウの爺さんの指示を受けた木場は何の疑いも無く承知した。この辺りにロシウの爺さんの指導者としての非凡さが現れている。

 

「ソイツに必要なものを的確に見極めて、それを補う様に課題を与えるか。……主催者のイッセーを含めた早朝トレーニングの常連組が強くなる訳だぜ。本当に、神器関連以外じゃ俺の出る幕がねぇな」

 

 これは、紛れもなく俺の本音だ。早朝トレーニングに参加するようになって、俺は歴代最高位の赤龍帝達の実力を目の当たりにした。そして、俺は本気で頭を抱え込んでしまった。何だって、こんな神仏クラスを素で()っちまいそうな化物連中が名を知られていなかったんだ? まぁ、ロシウの爺さんや計都(けいと)については俺すら知らない様々な知識を豊富に持っていて、イッセーとはまた違った方向で話が合うからいいんだけどな。

 

「何。気にする必要はないぞ、総督殿。儂等とて、最初からこうではなかったわ。一誠を赤龍帝として教育する上で試行錯誤した経験が今ここで生きておるだけじゃよ」

 

 ロシウの爺さんはこう言ってくれるが、だからこそだ。だからこそ、イッセーという稀代の傑物を育て上げたロシウの爺さん達に、イッセーの後を追い駆けて横並びに歩んでいこうとするリアス達の修行を完全に任せてしまえる。そして、俺は俺のやるべき事に全力を注ぐ事ができる。

 

「だからこそだ。イッセーを育てた経験を還元してもらえるってのは、若いコイツ等にとっては正に宝だ。頼むぜ、ロシウの爺さん」

 

「ウム、承知した」

 

 そうしてリアス達の指導をロシウの爺さんを始めとする歴代の赤龍帝達に一任した俺は、イッセー達を連れて魔王領へと向かった。

 

Side end

 

 

 

Postscript

 

 一誠達が魔王領に出発した後、ヴェネラナは夫であるグレモリー卿に話しかけていた。

 

「あなた。アウラさんの事なのですが……」

 

「いい子だろう? 父親に似て聡明でありながら、母親に似て天真爛漫。もしサーゼクス達かリアスに娘が生まれたら、あの様な子に育ってほしいものだ」

 

 アウラに対してそう語るグレモリー卿の姿を見たヴェネラナは、これならと判断してある事を持ち掛ける。

 

「そうお思いなら、アウラさんには私達の孫にもなってもらいませんか?」

 

 己の妻が発した言葉の意味を察したグレモリー卿は流石に驚きを隠せなかった。

 

「……私自身、急ぎ過ぎるきらいがあるが、まさか君からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな」

 

「アウラさんの言動を見ていて思いました。その才能故に孤高になりかねないミリキャスに必要なのは、あらゆる垣根を飛び越えて行けるあの子なのだと」

 

 何処か遠くを見ている様に語るヴェネラナの言葉に、グレモリー卿は賛同する一方で急がない様に釘を刺す。つい最近、己が急ぎ過ぎた事で苦い経験をしたばかりなのだ、それも当然である。

 

「確かにそうだな。だが、今は何もしないでおこう。急ぎ過ぎて破滅しかけるという苦い経験をしたばかりなのだからな」

 

「そうですわね」

 

 そして、ヴェネラナも夫であるグレモリー卿の言葉を素直に受け入れた。

 

(そう。慌てる事はない。ミリキャスもアウラさんもまだ幼い上にお互いに顔を合わせてもいないのだ。だから、今はただ幼い子供達を見守るだけでいい)

 

 ヴェネラナは、ともすれば色々と手を回したくなる自分をそう言い聞かせる事で抑え込んでいた。

 

Postscript end

 




いかがだったでしょうか?

なお、グレモリー卿の名前については拙作オリジナルであり、由来は「ジオ」ン・ズム・ダイクン+マル「ティクス」・レクス(ピースクラフト王の本名)と、サーゼクスとミリキャスの名の由来となったキャラの父親です。

では、また次の話でお会いしましょう。

追記 2016.3.26
拙作オリジナルであったグレモリー卿の名前「ジオティクス」ですが、本日ようやく入手した二十一巻でグレモリー卿の名前がジオティクスである事を確認致しました。
よって、ジオティクスという名前は拙作のオリジナルとは言えなくなった事をご報告させて頂きます。


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第四話 陥穽

2019.1.5 修正


 僕達が冥界入りし、グレモリー邸でグレモリー卿とヴェネラナ様へのご挨拶を済ませた、その翌日。爵位の昇進や重役の任命といった政府の式典に利用される大広間で、僕の聖魔和合親善大使の任命式が執り行われていた。今は聖魔和合親善大使とはどういう役職なのか、そしてどうして魔王の代務者としての権限が与えられるのかについて説明がなされている最中だ。なお、この一部始終は冥界全土に生中継で一斉に放映されているので、今頃は皆も見ている事だろう。

 

「やれやれ。まさかアタシもこの場に立ち会う事になるとはね」

 

 名を呼ばれるのを待っている僕の隣でそう愚痴を漏らしている蒼髪の女性は、人化したティアマットだ。彼女にもこの場に立ち会ってもらう事でこの三大勢力の和平と協調路線への方向転換とその象徴としての聖魔和合親善大使がけして見せ掛けだけではない事を世界に示す。サーゼクス様達にそう進言して了解を得た後、彼女に打診して受け入れられた。それに進言した時には言わなかったが、もう一つの意図もあった。それをティアマットに念話で説明する。

 

〈現役のドラゴンでは最強の一角であるティアマットが僕の任命式に立ち会えば、それだけ聖魔和合親善大使という新役職の重みが増します。それにオーフィスに匹敵するとまではいかなくても、それに近い実力者が禍の団(カオス・ブリゲード)に合流していないとも限りません。そうなると……〉

 

〈仮にオーフィス本人やそういう奴等が今ここで襲撃してきた場合、アタシと別件で契約を交わしているアジュカにそのアジュカと対等の強さを持つサーゼクスはともかく、他の連中がアンタの足手纏いになりかねない。だから、アタシをこの場に立ち会わせる事で向こうを牽制したって訳かい。アンタも結構言うモンだねぇ。尤も、事実その通りだから、誰もアンタには反論できないんだけどね〉

 

 ティアマットが念話でかなり言い辛い事をハッキリと言葉にしてきたので、僕は抑え目ながらも反論した。

 

〈流石にそこまで辛辣な意味はないんですが……〉

 

〈だが、結局はそういう事なんだろう? それなら、誤魔化したり謙遜したりすると余計に辛辣になるだけだよ〉

 

 ここで僕の名前が呼ばれた事で、ティアマットから前へ出る様に促される。

 

「……ほら一誠、アンタの出番だ。行っといで」

 

 そして、僕は不滅なる緋(エターナル・スカーレット)を翻しながらサーゼクス様の座る玉座の前へと向かった。……しかし、僕の頭の中は今、昨日の会合で魔王の勅命として言い渡された事で一杯だった。

 

 

 

 僕とアザゼルさん、イリナ、そしてレイヴェルの四人は先程利用したグレモリー家所有の列車に再び乗り込み、一路魔王領にある冥界の首都リリスへと向かっていた。今回の悪魔と堕天使のトップ会合と翌日に控えた聖魔和合親善大使の任命式をこちらで行う事になっているからだ。

 そうして列車で長距離転送用の魔方陣を幾つも潜り抜ける事、二時間。ようやく首都リリスに到着した。首都の街並みは高層ビルが立ち並んでおり、どちらかと言えば東京やニューヨークに近い。以前フェニックス家の蔵書を読ませてもらった時に知ったのだが、現在の首都はサーゼクス様達が魔王に就任してから首都機能を有する様になった為、冥界に存在する街としてはかなり新しい部類に入る様だ。その為、人間界における近代の建築様式に大きな影響を受けているのだろう。ただ、幾ら和平を結んで協調路線を取ったとはいえ、つい最近まで敵対していた堕天使の総督と天使が一緒である以上は街中を歩いて移動する訳にもいかない。その辺りはサーゼクス様も承知していた様で、ホームで待っていた黒スーツとサングラスというSPと思しき姿をした悪魔の案内で地下鉄へと移動、そこで特別に用意したという地下鉄列車に乗り込んだ。そうして移動する事、五分。僕達はホーム以外にはエレベーターの入口しかない特殊な駅に到着した。どうも今回の魔王と堕天使総督の会合の様にかなり特別な目的に使用する施設へはこうやって秘密裏に入る事になっているらしい。

 エレベーターで地上部に移動した後、再びSPの案内で会議室らしき部屋の入り口まで案内されるとSPから部屋に入る様に丁重に促された。そこでアザゼルさんは「入るぜ」と一声かけてドアを開けると、そこにはサーゼクス様とセラフォルー様、そして直接見るのは初めてである二人の男性が円卓の席に座っており、サーゼクス様の側には一足先にこちらへ移動していたグレイフィアさんがメイド服を纏った姿で付き従っていた。

 

「全く、気忙しい奴等だな。冥界入りした初日にいきなり会合を持ち掛けるか、普通。ここは呼び寄せた相手に移動の疲れを癒してもらって、会合はその翌日ってところだろ?」

 

 開口一番にそう言い放ったアザゼルさんに対し、サーゼクス様は申し訳なさそうな表情で応える。

 

「本当の所は私もそうしたかったのだが、会合を今日行わないと唯でさえ過密な兵藤君のスケジュールが更に圧して来る事になるのだよ」

 

「……総督の俺から見ても、イッセーのスケジュールは過密そのものだからな。そういう事なら、仕方がねぇか」

 

 サーゼクス様の弁解に対してアザゼルさんが納得した所で、僕達はサーゼクス様達とは向い合せになる様に置かれた席に着く。そして、サーゼクス様が僕と面識のない二人の男性について触れてきた。

 

「さて、兵藤君がこの二人に会うのは初めてだったな」

 

「はっ。ルシファー陛下の仰せのとおりでございます。申し遅れました。私は……」

 

 僕は早速自己紹介をしようとしたが、それを怠惰な雰囲気を纏う男性から止められる。確か、この方は軍事面を統括しているアスモデウス陛下の筈だが……。

 

「自己紹介はしなくていいよ。サーゼクスやセラフォルーから話を聞いているから。でも君、ある意味サーゼクスやセラフォルーよりも働き過ぎだよ。まだ若いんだから、もっとゆっくり行こうよ……」

 

 ……本当の事を言えば、この方の仰る通りに僕もしたい。しかし、僕を取り巻く現実がそれを許してはくれない。

 

「でき得るなら私もそうしたいと思っておりますし、本当ならばそうしなければならないのですが、オーフィスに身柄を狙われているという現実がそれを許してはくれないでしょう」

 

 僕の受け答えに対し、アスモデウス陛下と思しき男性は一瞬目を見開いた後で何処か感心した様な表情に変わった。

 

「……へぇ。君、その若さで自分が働き過ぎるという自覚があって、その上で生まれる弊害も解っているんだ。流石にちょっと驚いたよ」

 

 ここでサーゼクス様が僕達の話を打ち切って、初対面となる男性二人の紹介を始める。まずは何処か妖しげな雰囲気を持つ美青年からだった。ただ、こちらの方もフェニックス家の蔵書の幾つかに掲載されていた顔写真でとりあえずは知っている。確か、技術開発の最高顧問であるベルゼブブ陛下の筈だ。そして、サーゼクス様が紹介する内容から間違いでない事が確認できた。

 

「さて、話はそれくらいにして二人を紹介しよう。まずはそちらの妖しげな雰囲気を持つ男性がアジュカ・ベルゼブブ。主に術式プログラムを始めとする技術開発の最高顧問だ」

 

「妖しげな雰囲気なのは悪魔的でいいじゃないか。おっと、これは失礼。初めまして、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)殿。サーゼクスから話を聞いているよ」

 

 ……アジュカ・ベルゼブブ。

 

 以前、僕の家にサーゼクス様とグレイフィアさんが泊まった時に話を少しだけ聞いている。サーゼクス様と同じく、原点である異教の神への回帰における過渡期の突然変異で生まれた悪魔の超越者で対オーフィス戦でも戦力として数える事のできる方だ。そして、フェニックス家の蔵書でも新しい部類に入る書籍においては、冥界でも最高峰の技術者として記されていた。それを知ってか知らずか、サーゼクス様から補足説明が入る。

 

「因みに、アジュカは悪魔としてはかなり珍しい「創造」する側でね。彼のお陰で五段飛びぐらいに冥界の技術力が発展しているが、普段の魔王業には無頓着なのだよ」

 

「俺は創って遊んでいる方が性に合っているんだよね」

 

 このベルゼブブ陛下のお言葉を聞いて、人間だった時に抱いていた夢への未練が思わず零れてしまった。

 

「創って遊んでいる、か。できれば、僕もそういう生活をしたかったな……」

 

 間違いなく独り言だった筈だが、イリナの耳には届いていたらしい。僕を労わる様な声色で僕を呼び掛ける。その思いはサーゼクス様も同じだった様で、側にいるグレイフィアさんにすら聞こえない小さな声で謝罪したのを、僕は風の精霊からその声を届けられた事で知った。

 

「イッセーくん……」

 

「……済まない、イッセー君」

 

 小声で謝罪する僅かな時間ですぐに気を取り直したサーゼクス様は、続いてアスモデウス陛下と思しき方の紹介を始める。

 

「紹介を続けよう。そちらの面倒臭そうにしているのがファルビウム・アスモデウス。主に軍事面を統括している」

 

「……どうも、ファルビウムです」

 

 魔王としてそれはどうかと思われる程に覇気のない名乗りを聞いて、イリナは少々驚いた。そして、ここでもサーゼクス様による補足が入る。

 

「彼は冥界でも最強の戦術家にして戦略家ではあるが、見ての通りの怠け者で重要な仕事以外は全て眷属に丸投げしているのだよ」

 

 サーゼクス様は少々呆れた様な様子でそう仰っているが、僕に言わせるとそうではない。……この方は、上に立つ者の仕事をしっかりとこなしているのだ。

 

「失礼ながら、アスモデウス陛下の為さり様はけして間違ってはございません。少々言葉が悪いのですが、上に立つ者の仕事の中には部下にできる仕事を見つけてそれを押し付ける事といざという時には部下から責任を取り上げて自分のものとする事も含まれていると、私は考えております」

 

 僕が考えている上に立つ者の仕事について語ると、サーゼクス様は珍しく呆気に取られた表情を浮かべた。その一方で、僕から自分のやり方を肯定されたアスモデウス陛下はと言えば、何処か珍獣でも見ている様な視線を僕に向けた後で満足げな表情へと変える。

 

「君、本当に面白い事を言うね。まさか、僕のやり方を全肯定されるとは思わなかったよ。しかもお世辞とかおべっかとかそんなんじゃなくて、その頭の中にちゃんとした根拠があってそうしている。……ウン。何故サーゼクスが君に期待しているのか、僕にも解る気がするよ」

 

 そう言いながらしきりに頷くアスモデウス陛下だったが、それを見たセラフォルー様がまるで火でも吐く様な勢いで僕に怒鳴り込んできた。

 

「ちょっと、イッセー君! なんで直接の上司である私を差し置いて、軍事面統括で一番関係が遠そうなファルビーと意気投合しちゃってるの!」

 

「まぁまぁ、レヴィアタン様。少し落ち着いて下さい。イッセーくんの場合、上が余りに勤勉過ぎると下がいつまで経っても育たないから少しは怠けないといけないという考えがあっての事ですから……」

 

 イリナが僕の考えの根幹を伝える事で宥めると、セラフォルー様は納得半分、不満半分といった様子で矛先を収めた。ただ、ここでアザゼルさんが完全に呆れた様子で愚痴に近い独り言を零す。

 

「イッセー、それはもう十七歳のガキの考え方じゃねぇだろう。誰がどう聞いても、実務経験はおろか人生経験も豊富な大人の考え方だぞ。……まぁ過去の話を聞いた今だから俺も納得できるが、そうでなきゃ年齢詐欺だと訴えているところだ」

 

 そのアザゼルさんの独り言がどうやらセラフォルー様に聞こえていた様で、アザゼルさんに問い掛けてきた。

 

「過去の話?」

 

「あぁ。冥界入りする際に列車の中で聞かせてもらったが、本当に波乱万丈だぜ? ……イッセーは様々な理由から色々な異世界に飛ばされて、そこで戦いに巻き込まれてはその世界の力や魔法を身につけている。魂の位階が低い存在しか使えない原始的な力である()(どう)(りき)もその一つだ。しかも今までイッセーが戦って来た相手の中には圧倒的に格上な神仏クラスもいるし、そんな化物連中を相手取る時に限って、真聖剣も赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)も使えないというとんでもないハンデが付いていた。しかし、それでもイッセーは全ての戦いを生きて切り抜けてきたんだ。そうした豊富にして濃密極まる実戦経験が、イッセーを俺達と同じ領域にまで押し上げたんだよ」

 

 このアザゼルさんの言葉に、セラフォルー様とグレイフィア様が息を呑んだ様な気がした。そして、セラフォルー様が息を大きく吐くと、まるで喉につっかえていたものがストンと落ちた様な表情に変わる。

 

「……何だか、逆に納得しちゃった。だから、お父さんパワーを全開にしていたとはいえ、あのオーフィスを相手にしてもイッセー君はけして怯まなかったのね」

 

 そうしたセラフォルー様の様子を見ながら、サーゼクス様はアザゼルさんの話と僕とは初対面であるベルゼブブ陛下とアスモデウス陛下の紹介を切り上げた。そして、逆にお二方にとっては完全に初対面で予備知識もないイリナを紹介する様に促される。

 

「さて、アザゼルが聞いたという兵藤君の過去の話については後でもっと詳しく聞かせてもらうとして、こちらの紹介はこれで終わりだ。次はそちらの番だよ」

 

「ハッ。では、紹介させて頂きます。こちらが天界からの出向者である紫藤イリナ女史です。彼女は現在唯一確認されているドラゴンの因子を持つ天使である龍天使(カンヘル)であり、コカビエルが起こした事件において事故で今の存在へと転生した元悪魔祓い(エクソシスト)でございます。なお私事ではありますが、彼女とは幼き頃からの知り合いで……」

 

 その縁で出向者として任命された。僕はそう続けるつもりだったのだが、その前にセラフォルー様が色々と暴露してしまった。

 

「そして、将来を誓い合っている仲なんだよね? イッセー君が唱えている聖魔和合も、元々はその為に始めたものなんだし☆」

 

 それを聞いたベルゼブブ陛下とアスモデウス陛下のお二人の反応は好対照だった。

 

「ホウ。これはまた随分と身近で聞いた様な話だな。なぁ、サーゼクスにグレイフィア?」

 

「これはまた凄い大恋愛をしているね、君達。これが僕なら、余りにめんどくて途中で投げ出しているところだよ……」

 

 ベルゼブブ陛下は明らかに覚えのある様子でサーゼクス様とグレイフィアさんに問い掛けるのに対し、アスモデウス陛下は生来の怠け者気質から自分に置き換えた場合にどうなるのかを正直に語った。そして、アザゼルさんは何故かお二方に僕達への見方に対して釘を刺す。

 

「あぁ、勘違いしない方がいいぞ。コイツ等はもう恋人とか婚約者とかそんなモンを通り越して、完全に夫婦の領域に達しているからな。何せ、アウラってイッセーの娘の教育方針を共有しているくらいだからな」

 

 そこで、レイヴェルがダメ押しするかの様に補足してきた。

 

「差し出がましいとは思いますが、私から補足させて頂きますわ。このお二人は時折お夕食を作るお手伝いをなされるのですが、ただ名前を呼び合うだけでお互いの求めている物を即座に理解してしまわれます。その意味では、新婚どころか熟年の域にまで達しているのではないかと」

 

 このレイヴェルの補足を聞いたところで、ベルゼブブ陛下とアスモデウス陛下が何やら落ち着かなくなってきた。しかも急に汗を掻き始めている。……何というか、「やっちまった」という雰囲気が凄く感じられる。

 

「あのさ。これで今日の会合の本題を持ち出したら、僕達はただのKYじゃないかな? ……かなりめんどい事になったなぁ」

 

「今回ばかりはファルビウムに同感だな。確かに面倒な事になった。数日前に老人達から進言があったが、その内容についてはこちらのメリットが大きかった事にも関わらず、サーゼクスやセラフォルーはおろかグレイフィアまでもがあれ程強く反対していた理由が解らなかったが、それが今ようやく解ったよ」

 

 明らかに様子のおかしいお二方に対し、セラフォルー様はハッキリと怒っていた。

 

「もう! だから、私もサーゼクスちゃんも、それにグレイフィアちゃんだって言ってたでしょ! ()()()は、当人であるイッセー君にとっては何もプラスにならないって! それどころか、下手したらイッセー君が私達悪魔勢力から離脱するかもしれないって!」

 

「あの件?」

 

 僕が今回の会合の本題について首を傾げていると、サーゼクス様が溜息を深く吐く。

 

「……この件については、接点が最も多いにも関わらず上層部を抑え切れなかった私に責任がある。だから、私から切り出そう」

 

 そして、サーゼクス様は明らかに葛藤しつつも、努めて冷静な声色でその言葉を発し始める。

 

「兵藤君。いや、イッセー君にイリナ君。これは魔王の勅命、つまりは悪魔勢力の総意である事を予め伝えておこう。それ故に覚悟して聞いてくれ。……イッセー君。君にはイリナ君だけでなく、悪魔からも最低一人は娶ってもらう」

 

 その口から飛び出してきたのは、途轍もない爆弾発言だった。そして、この爆弾発言にイリナは当然反発する。

 

「それは一体どういう事なんですか!」

 

 イリナは円卓に手を叩きつける様にしてその場で立ち上がると、早速追及しようとした。それをサーゼクス様が一先ず宥める。

 

「イリナ君、君が反発するのも解る。だが、まずは説明を聞いて欲しい」

 

 サーゼクス様からそう言われた事で、イリナは渋々席に座り直す。そして、サーゼクス様はあの様な勅命を出すに至った経緯を説明し始めた。

 

「……とは言っても、そう難しい事ではない。要はイッセー君と天界の繋がりが他の勢力と比べて余りにも強過ぎるという事だ」

 

 サーゼクス様がここまで仰られた時点で、僕は上層部が僕の何を懸念したのかを理解した。……幾ら首脳陣と親しくさせて頂いているからと言って、その可能性を完全に見落としていた僕はとんだ大馬鹿者だった。

 

「……ハッ? で、でもイッセーくんはリアスさんとソーナの共有眷属だから、けして天界と比べて悪魔勢力との結びつきが弱いなんて事はあり得ないのでは……?」

 

 サーゼクス様の発言に対するイリナの疑問も尤もなのだが、それについてもサーゼクス様は説明する。

 

「イリナ君の言う事にも一理ある。それにライザーやレイヴェルの様に純血悪魔の中に親しい者達がけしていない訳ではない。だが、それら全てを含めてもなお君の存在が余りにも大き過ぎるのだよ、イリナ君」

 

「……私?」

 

 サーゼクス様が自分を名指ししてきた事にイリナは困惑している。だが、第三者から僕達を見た場合、イリナを特別扱いしている自覚が僕にはある。最愛の女性なのだから当然と言えば当然なのだが、それが悪魔の上層部にとっては大きな不安材料となるのだろう。そして、それに対する反論など僕に言える訳がない。仮に僕が上層部の立場に立てば、軍師として全く同じ事を主張していたであろうからだ。

 

 ……それだけ、悪魔勢力以上に天界、正確にはイリナとの繋がりが強力なのだ。

 

「そうだ。イッセー君にとって、君は他の誰にも代えがたい存在なのだ。それは聖魔和合を立ち上げた一番大きな理由が君と添い遂げる為である事からも明らかだ。それにイッセー君本人にしても、唯でさえ真聖剣という最高位の聖剣の担い手な上に、「聖」「魔」「龍」の三要素を共存させた逸脱者(デヴィエーター)である事から天使の要素も当然持っている。それに加えて、イッセー君は逸脱者である事を明かすまでは悪魔とドラゴンの羽のみを展開した上で光力も完全に抑えてみせた。その事実からその逆も可能だとアジュカは見ている。つまり、イリナ君と同様に龍天使として天使の翼とドラゴンの羽のみを展開した上で魔力を完全に封印できるという事だ。……それらを踏まえると、今のままではいつ悪魔勢力を離脱してイリナ君が所属する天界に駆け込むか解らないというのが上層部の主張なのだ」

 

「……悪魔勢力に所属する逸脱者のイッセーくんが天界に所属する龍天使の私と結ばれる事で天界と冥界の融和を象徴する、という事ではダメなんですか?」

 

 諦めきれないイリナはなおも反論しているが、この理論も僕が逸脱者である事が阻害要因となって通用しないものとなっている。その点を、サーゼクス様はイリナに述べた。

 

「イッセー君が唯の悪魔もしくは「龍」の要素を共存させただけであれば、その理論が通用した。だが、皮肉にもイッセー君が天使の要素も持っている事がかえってそれを阻害している。だから、上層部は「天界と冥界の融和を象徴するのであれば、天使の女性と悪魔の女性を妻とし、その間に天使と悪魔の両方の要素を持つ逸脱者である兵藤一誠が夫として立つ構図が最も映える」と主張している。これについては紛う事なき事実であるだけに、私達は誰一人として反論できなかったよ」

 

 ここまで説明された事で、もはや反論の余地がない事に気付いたイリナは肩を落としてしまった。その姿を見たサーゼクス様は苦衷の表情を露わにして自身の本音を語っていく。

 

「本音を言わせてもらえば、私もこの様な事に納得などしていない。君達の無限すら凌駕し得る強い絆は、私やセラフォルー、そしてグレイフィアの知るところだ。……だが、悪魔を統べる魔王として上層部の進言に対して大きな利点があるのを認めたのもまた事実であり、それを否定する事は私にはできない」

 

 サーゼクス様が本音を語り終えたところで、僕はある事について確認した。

 

「一つだけ、確認させて頂きます。上層部の進言は、本当にそれだけなのでしょうか?」

 

 僕の問い掛けに対し、サーゼクス様は僕が何に思い至ったのか理解した様で溜息を一つ吐く。

 

「やはり気付いたか。……いや。君であれば、気付かない方がかえっておかしいな」

 

 この返事を聞いて、僕はこの件に関してはもはや逃げ場がない事を確信した。

 

「……承知しました。その命に従いましょう」

 

 僕が承諾する旨を伝えると、この場にいるサーゼクス様以外の四大魔王の方々やアザゼルさん、そしてレイヴェルは驚きの表情を浮かべた。しかし、僕はそれには一向に構う事無く、イリナに一言詫びを入れる。……円卓の下で、イリナの手を繋ぎながら。

 

「……ゴメン、イリナ」

 

 正直な話、これで愛想を尽かされても仕方がないと思った。……しかし、イリナは強かった。本当に強かった。

 

「解ってる。もしイッセーくんが私とだけ添い遂げたいのなら、その代わりにはやてちゃんやアウラちゃんを政略結婚の駒にしなくちゃいけないんでしょ? あの二人にそんな重たい物を背負わせる訳にはいかないわ。だったら、私が我慢すればいい。……そう、ただそれだけなんだから」

 

 気丈にもそう語るイリナの瞳から一粒だけ涙が零れたのを見て、僕はイリナとは繋がれていないもう片方の手を強く握り締めた。余りに強く握り締めたためか、皮膚が破れて血が滲み出るのを感じたが、イリナの心の痛みとは比べるべくもない。

 

 その後、魔王様達やアザゼルさんと色々な話をした筈なのだが、正直な所余り良く覚えていない。……それだけ、この一件が僕の心に重く圧し掛かっていた。

 

 

 

「……よって、ここにリアス・グレモリーおよびソーナ・シトリーの共有眷属である兵藤一誠に対し、我等四大魔王の代務者たる聖魔和合親善大使に任命するものである。今後の活躍に期待する」

 

「ハッ。今後も冥界への忠勤に励み、三大勢力の融和と共存共栄の礎を築いて参りましょう」

 

 魔王ルシファーの御前という事で跪いた僕の目の前でサーゼクス様が聖魔和合親善大使の任命状を読み上げ、それを僕に直接手渡してきた。それを謹んで受け取った瞬間、僕は正式に聖魔和合親善大使となった。

 

「あぁ。それと、これを君に預けよう」

 

 僕が任命状を受け取ってその手に収めた後、サーゼクス様がそう仰られると自分が身に纏っていた黒を基調とするマントを外し、そのまま跪いている僕の肩に掛ける。

 

「その外套は私の礼装の一つだ。だからこそ、それを君が纏う事で私達の代務者である何よりの証となる」

 

 サーゼクス様の一連の行動に対して、僕は成る程と納得した。確かに魔王の礼装を纏う事を直々に許されたとなれば、それこそ魔王さえも見下す様な存在でもない限り、身内はもちろん外の勢力も僕の事をおいそれと軽んじる事ができなくなる。それだけの権威付けをマント一枚だけでやってのけたサーゼクス様はかなりのやり手だろう。

 ……そして、勘違いしてはならない事が一つある。このマントはあくまで代務者に対して貸し与えた物であって、授けた物ではないという事だ。だから、礼装の貸与に対する僕の返答はこうなる。

 

「代務者の証、確かにお預かりしました。聖魔和合を完成させる事で親善大使の任を全うしたその暁には、必ずや御身にお返し致しましょう」

 

 そうして僕は一通りのやり取りを無難にこなしていった。だが、聖魔和合を推し進めていく為にイリナ以外の女性を娶らなければならなくなった事実が、今もなお僕の心に重く圧し掛かっている。

 

 ……誰よりも大切な女の子と添い遂げたくて始めた事なのに、それを進めていく事で逆に悲しませる事になってしまった僕は、一体何をやっているのだろうか?

 




いかがだったでしょうか?

なお、陥穽(かんせい)とは落とし穴の事です。

では、また次の話でお会いしましょう。



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第五話 龍帝の憂鬱

2019.1.5 修正


 聖魔和合親善大使の就任式があった、その日の夜。

 

 僕は前日にサーゼクス様から告げられた勅命の件について両親に報告する為、一人で実家に戻る事にした。はやてやアウラはもちろんイリナも伴わない様にしたのは実に単純だ。

 

 ……一体何が楽しくて、愛する女性を伴って両親にその人以外の女性を娶らなくてはならなくなった話をしなければならないのか。

 

 そうして冥界からでも繋がる様に少々手を加えた特製の携帯端末から「大事な話があるけど長居はできないから、自分一人だけで家に戻ってくる」と両親に伝えた僕は、既に修復が完了した真聖剣を抜くとそのまま何もない所に振り下ろす。すると空間が斬り裂かれ、その向こうには僕の部屋が見えた。

 実は、一定以上の技量と最高位の力を持つ聖剣もしくは魔剣との組み合わせであれば、空間を斬り裂いて別の場所へと移動する事が可能なのだ。それを教えてくれたのは、禍の団(カオス・ブリゲード)でヴァーリがチームを結成し、そしてそのまま引き抜いてきた仲間の一人で先代の騎士王(ナイト・オーナー)を務めたアーサー王の子孫であるアーサー・ペンドラゴンさんだった。実際に一度見せてくれた時には流石に驚いたが、その後レオンハルトがその場でアスカロンの力を使う事無く技量のみで再現した事でアーサーさんを逆に驚かせていた。その後、コツを掴んだレオンハルトに師事して空間の斬り方を学んでいき、つい先日にはオーラ全開のクォ・ヴァディスかオーラを少し纏った真聖剣を使用する必要こそあるものの、僕もどうにか空間を斬り裂く事ができる様になった。

 そうして自ら作った空間の裂け目を通って自分の部屋に入った後、すぐに端末で両親に今自分の部屋にいる事を伝える。すると、下からドタバタと少し大きな物音がした後、階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。そして、階段を駆け上がる足音から廊下を走る足音へと変わると次第にその音が大きくなっていき、やがて足音が収まると僕の部屋のドアが勢いよく開かれる。

 

「ただいま。父さん、母さん」

 

 ドアが開かれると同時に帰宅の挨拶を口にした僕の姿を見て、父さんも母さんも唖然としていた。

 

 

 

「……全く。確か冥界だったか、サーゼクスさん達の住んでいる世界は。そこに夏休みいっぱい滞在すると言って出発したのは昨日だぞ? それなのに昨日の今日で帰ってくるのか、お前は」

 

 暫くして正気に返った両親はその後すぐに一階のリビングに僕を連れていき、そこで父さんが呆れ混じりで説教を開始しようとした。報告が済めばとんぼ返りで冥界に戻るつもりなので流石に説教を受ける余裕がなく、僕は父さんの機先を制して急遽帰宅した理由がある事を伝える。

 

「それについては、ちゃんと理由があるんだ。……ただイリナ達にはちょっと聞かせられない様な内容も含まれているから、僕一人だけで戻ってきたんだけどね」

 

 すると、父さんは呆れ混じりだった表情を改めて僕に話を聞かせる様に詰め寄ってきた。

 

「一誠。その話、詳しく聞かせろ。ついでに腹の中に溜め込んでいるものもな。……お前、家に帰ってきた理由とやらに全然納得していないだろう。それこそ、話している内に愚痴や弱音がポロっと零れそうなくらいにな。それなら、確かにイリナちゃん達には聞かせられないな」

 

 ……きっと、僕の表情から本音を読み取ってしまったんだろう。どうやら僕が父さんに隠し事をするのは逆立ちしても無理らしかった。しかし、そこで母さんが待ったをかける。

 

「父さん、それはちょっと違うわよ。一誠。今からでも遅くはないから、イリナちゃんも連れて来なさい。……イリナちゃんと、一緒になりたいんでしょ?」

 

 イリナを連れてくる様に母さんに言われた後、突然結婚の意志があるのかを問われた僕はすぐさま返事をした。

 

「それは、もちろん」

 

「だったら、イリナちゃんには愚痴や弱音といった一誠の情けない所も恥ずかしがらないで見せちゃいなさい。そういった所も見せられてこその夫婦なのよ」

 

 確かに、そうかもしれない。流石は結婚して二十五年の銀婚夫婦だと思った僕は、母さんの言い分を素直に受け入れた。……近い内に、二人に内緒で銀婚のお祝いをどうするのかをはやてと話し合わないといけないが、それは一先ず置いておこう。

 

「……解った。そうするよ。ただその前に、これだけは言っておかないといけないんだ」

 

「言っておかないといけない事?」

 

 僕の発言に父さんが確認を取ってきたので、僕は急遽帰宅した理由を端的に伝える。

 

「父さん、母さん。……僕は、お嫁さんを増やさなくちゃいけなくなった」

 

 ……僕のこの爆弾発言に、両親はまたもや呆然自失となった。数分ほどして二人が正気に返ると、母さんが物凄い剣幕で僕に詰め寄る。

 

「いっ、いっ、一誠! それは一体どういう事! まさか、イリナちゃん以外に……!」

 

 母さんがとんでもない濡れ衣を着せようとしてきたので、僕はそれを即座に否定する。ただ、後で父さんから聞いた話では、この時の僕は母さんと殆ど変わらないくらいの物凄い剣幕だったらしく、それだけ必死だったという事だろう。

 

「それこそまさかだよ! 僕はそもそもイリナ以外と結婚する気はなかったし、今でも本音は変わらない! それだけは断言できる!」

 

「それじゃ、どうして!」

 

 僕の言い分に納得のいかない母さんがなおも詰め寄ろうとすると、幾分冷静な父さんが母さんを宥めてきた。

 

「母さん、今は落ち着いて一誠の話を聞こう。どうも一誠が全然納得していないのは、この話みたいだ。そうだろう、一誠?」

 

 父さんがそう確認してきたので、僕は肯定の返事をする。

 

「ウン。だから、イリナを連れて来る事ができなかったんだ。因みにイリナは僕がこの件を聞かされた時に一緒にいたから知っているし、受け入れてもいるよ。……いや、僕と同様に受け入れざるを得なかったんだ」

 

 そうした僕の言い訳がましいとも受け取れる返事を聞いた父さんは、ソファにどっしりと腰を据えると僕の話をしっかりと聞く構えを取った。

 

「話を聞かせてくれ、一誠」

 

 父さんから促された僕は、承知する旨を伝える。

 

「解った」

 

 そして、昨日の魔王領における会合で言い渡された勅命について話を始めた……。

 

 

 

 僕の話を聞き終えた父さんと母さんの反応はハッキリと分かれた。

 

「……そうか、そんな話になっていたのか。確かに、はやてちゃんやアウラちゃんにはこの話を絶対に聞かせられないな。特にはやてちゃんに聞かせたら「それなら、わたしが悪魔の嫁に行く」と言い出しかねない。それに、そんな残酷な話をイリナちゃんの目の前で俺達にできる訳がないから、お前が一人で帰ってきたのも頷ける」

 

 父さんは僕が勅命を受け入れない場合の交換条件としてはやてもしくはアウラの政略結婚があった事を聞いて、僕が一人で帰ってきた事に理解を示してくれた。

 

「でもだからって、一誠にイリナちゃん以外にも嫁を取れだなんて……!」

 

 一方、母さんの方は、やはり僕がイリナ以外の女性を娶らなければならなくなった事に納得がいかずに憤っている。だから、何故そうならざるを得なかったのかを、母さんに解る様に噛み砕いて説明する。

 

「これは僕の失敗だよ。よく考えてみれば、いずれこうなるって解っていたんだ。僕は天使でも、堕天使でも、悪魔でもない、ましてドラゴンでも人間でもない特異的な存在で、そういった異種族間の協調を推し進めていく役目を自ら望んで背負った。そんな僕が一方を依怙贔屓する様な真似をしたら、いくら僕が協調路線を訴えても誰も信じてくれなくなる。今回の話はその懸念が一番大きな理由だと僕は思う」

 

 あくまで好意的な解釈であるが、実際はもっとドロドロとした思惑も含まれている筈だ。だが、あくまで一般人である父さんと母さんにそこまで教えようとは思わない。知らない方がいい事も、この世の中には確かにあるのだから。

 

「だがな、一誠」

 

「それにね」

 

 父さんがそう言って反論をしようとするが、僕はその上に言葉を被せる事で反論を封じた。

 

「一番救い難いのは、もし僕が向こうの立場で僕と同じ様な存在がいたのなら間違いなく全く同じ事を進言していた事と、そのせいで事のメリットの大きさを他の誰よりも解ってしまう事なんだ。……こういう時、己を棄てる事で全体の利益と効率を最優先する軍師に徹する事のできる自分が嫌になってくるよ」

 

 ……そう。僕の中にいる「冷血軍師」が、悪魔の女性を娶るメリットの大きさを認めてしまっていた。だから、サーゼクス様から勅命を言い渡された時に拒絶も反論もできなかったのだ。

 

「頭が良いのは良い事だって思ってきたけど、解りたくない事が解ってしまうのも考えものなのね」

 

 母さんが溜息交じりにそう零すと、僕はアウラにもその危険がある事を伝える。

 

「その意味では、アウラは僕の一番似て欲しくないところを似てしまったよ。誰かが側に付いていないと、あの鋭さはいつか必ず他の誰かを、そして自分自身さえも殺してしまう」

 

 僕自身、ゼテギネアでは何度もそうやって敵を殺し、また味方の半数を恐れさせていた。その為、もしあのままあちらに残っていたら、僕は戦乱が終わった後、そう遠くない内に何らかの形で排斥されていた事だろう。それだけ、僕は己を棄てた事で余りにもやり過ぎていた。

 

 ……だからこそ、アウラには僕の二の轍を踏んでほしくない。

 

 そう思い悩んでいる事に勘付かれたのだろう。父さんは僕に冥界には戻らずにこのまま家に泊まっていく様に言ってきた。

 

「悩みは多そうだな。……よし一誠、今夜はこのまま家に泊まっていけ。それくらいの余裕はあるんだろう?」

 

「いつもより早起きする必要があるけど、それくらいなら何とか。でも、どうして?」

 

 僕が家に泊まる様に言って来た理由を尋ねると、父さんは軽く笑みを浮かべながら答えてくれた。

 

「何、溜まっている愚痴を吐き出すのに一時間やそこらじゃ時間が全然足らんだろう。だから、俺達がお前の愚痴に付き合ってやる。それが親としての務めだからな」

 

「そうね、父さんの言う通りだわ。それにね、一誠が愚痴や弱音を私達に零してくれるなんて事は今までなかったから、ようやく私達に甘えてくれたみたいでちょっと嬉しいのよ」

 

 そして、母さんも父さんの言葉に同意した上で僕が二人に対して愚痴や弱音を吐く事をむしろ歓迎する様な事まで言ってくれた。

 

「ありがとう、父さん、母さん」

 

 この二人には、一生頭が上がりそうにないな。

 

 もはや確信と言ってもいい事を感じながら、僕は二人に頭を下げて感謝の言葉を告げた。

 

 

 

 その後、母さんから言われた様に一度冥界に戻ってイリナを連れてきて、三人の前で勅命の件やアウラの将来について色々と思っている事を吐き出していった。後にして思えば、口にしている僕自身が愚痴や弱音だとハッキリと解る事も吐き出しているので、実際はもっと多くの愚痴や弱音が僕の口から知らず知らずの内に零れていただろう。それでも三人は嫌な顔をせずに聞いてくれた。それだけでなく、時にはそうじゃないだろうと叱られる事もあったし、それはそうだと頷かれる事もあった。そうして夜遅くまで両親とイリナを交えて語り合った事で、勅命の件で思い悩んでいた僕の気持ちは少しだけ晴れた。これなら、翌日から始まる上層部への挨拶回りに対して影を落とさずに済むだろう。

 イリナだけでなく他の女性も娶らなければならないという不満や不安は、けして解消された訳ではない。ただ、そこで終わりにせずにその事実を現実としてしっかりと受け止めなければならない。いや、むしろ開き直るくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 ……そうでなければ、イリナにもこれから僕の元に送られてくる事になる女性にも失礼になるのだから。

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

 私と私の眷属達がリアス達グレモリー眷属や一誠君達とは別ルートで冥界に戻った、その翌日。

 冥界中に聖魔和合親善大使の任命式が生中継で放映された。その場には魔王レヴィアタンであるお姉様の姿も当然ある。しかし、長年妹としてそのお顔を見てきた私にはお姉様がかなり気落ちしている様に見受けられ、それを不審に思いながらも口には出さなかった。一誠君の晴れの舞台を見ているところにその様な空気を悪くする様な事を言いたくなかったからだ。

 式そのものは滞りなく進行していき、やがて一誠君は任命状をサーゼクス様から直接手渡され、更に代務者の証として自身の礼装の一つである外套を貸し与えられた。これで悪魔勢力における一誠君の権威付けはほぼ完成し、後は民や下級悪魔を始めとするいわば下からの支持を集めていくだけだ。ただし、下からの認知度が低い状態で重役に就かざるを得なくなってしまった為に、下からの妬みや誹りを受け易い現状で一誠君が下からの支持を集めていくのは極めて困難だ。しかし、だからと言ってこれを怠ってしまえば、一誠君の地盤は不安定なままだ。ただあの一誠君だから、その辺りの問題も今後の活動を進めていく内に解決してしまうのだろう。私は一誠君の今後の問題に対して、割と楽観視していた。

 

 そして、その日の夜。

 

 一誠君の任命式を終えたお姉様がシトリー邸に帰ってきた。でも、普段なら何を差し置いても私に笑顔で迫ってくるのに、この日に限ってその様な事はなさらずに暗く沈んだ表情で立ち尽くしているだけだった。その尋常ならざるお姉様の様子を見て何かあると思った私は、無礼を承知でお姉様に問い質してみた。すると、とんでもない答えが返ってきた。

 

 ……それぞれの勢力の結びつきに対する均衡を保つ目的で、一誠君にはイリナ以外にも悪魔の女性を最低一人は娶る様に魔王直々の勅命が下された。もしこれを断る場合、一誠君はその代わりに義妹であるはやてさんもしくは娘であるアウラちゃんを通じて悪魔勢力との婚姻関係を結ばなければならない。一誠君もイリナも自分達の幸せの為にはやてさんやアウラちゃんを政略結婚の駒として差し出す事などできる訳がなく、結局は勅命を受け入れた、と。

 

「イリナ。アウラちゃんとはやてちゃんの為とはいえ、いくら何でも我慢し過ぎよ。恨み節の一つくらい、魔王様達にぶつけたっていいじゃない……」

 

 お姉様の説明を聞いて真っ先に反応したのは、一誠君の僧侶(ビショップ)を志している憐耶だった。

 ヴラディ君の抱える秘密とそれに伴って一誠君が将来独立した際にリアスと交換(トレード)する可能性が浮上した事で現時点では殆ど望みがないにも関わらず、憐耶は全く諦めようとはしていない。それどころかより一層自身の鍛錬に精を出す様になった事で、首脳会談から二週間ほどで日本有数の退魔一族の出自の上に最強の女王(クィーン)である事から地力の高い椿姫を超えて、私やリアス、レイヴェルさんに追いつきつつある。結界の基点を遠隔操作する事から様々な用途に活用できる結界鋲(メガ・シールド)と駒王学園関係者の中で最も空間認識能力が高い憐耶が見事にマッチしていたのだ。しかも、この結界鋲は一誠君とアザゼルという神器(セイクリッド・ギア)研究の第一人者というべき二人が共同で強化計画を立てているので、その使い手である憐耶はこの夏休みで飛躍的に強くなるだろう。

 そんな憐耶の悪魔としては暴言この上ない発言に対して、お姉様はむしろ同意してきた。

 

「ホント、その通りなのよね。いっそ、私達を思いっきり責めてくれた方がどれだけ良かったか。今でこそ冥界のラブロマンスとして語られているけど、サーゼクスちゃんとグレイフィアちゃんの関係は上層部からあまり歓迎されていなかったのよ。それどころか、旧魔王派との内戦が終わった直後は「旧魔王の側近であるルキフグス家の者との結婚なんてとんでもない、むしろ処刑して後顧の憂いを断つべきだ」って意見が大半だったの。それを宥め(すか)してどうにか結婚を認めてもらえたけど、今度はグレイフィアちゃんを側室に格下げして現政権に最初から参加していた名家から正室を迎える様に上層部から要求されたわ。しかも一度や二度じゃなくて、つい最近までずっと言われ続けてきたのよ。それを見かねたグレイフィアちゃんは上層部の要求を受け入れる様にサーゼクスちゃんに何度も伝えたんだけど、サーゼクスちゃんはそれ等の要求を頑として受け入れずにグレイフィアちゃんだけを愛し続けた。そうしてつい数年前にミリキャス君が生まれた事でようやく二人の関係を受け入れようって流れが上層部でも出来てきたんだけど、そんな二人の苦労を私達は側で見ていて誰よりも知っているの。誰よりも、知っている筈なのに……!」

 

 お姉様は、話の最後の方では一誠君とイリナ、そしてアウラちゃんへの罪悪感から涙ぐんでいた。一方、サーゼクス様とグレイフィアさんのラブロマンスに隠された凄絶な裏話を暴露された私達は完全に言葉を失っていた。

 ……尤も、まだまだ子供と言っても差し支えのない私達に言える事など全くないのだろうけど。

 

「そうか。その様な話になっていたのか……」

 

 一方、その場に居合わせたお父様はお姉様の話を聞き終えて、複雑そうな表情を浮かべている。おそらく、お父様もお二人の実情はご存知だったのだろう。やがて意を決した様に一つ頷くと、お姉様に対してお声をかけた。

 

「セラフォルー。落ち込んでいる所を申し訳ないが、これだけは確認させてほしい。兵藤君の冥界側の花嫁については、どのような話になっているのだ?」

 

 お父様から現状について尋ねられたお姉様は気を取り直すと、早速現状について話し始める。

 

「……今の所、イッセー君が承諾した事で花嫁となる女性の選考作業が始まったところです。基準としては、まず聖魔和合の象徴としての一面があるという事で冥界出身の純血悪魔である事。次に魔王の代務者の妻であるという事と天界側の花嫁と言ってもいいイリナちゃんが元は人間とはいえ龍天使(カンヘル)という世界で唯一の存在である事を踏まえて、貴族の身分を有している事。そして、もし仮にイッセー君が反乱を起こすなどして冥界に害を及ぼした場合にはイッセー君諸共切り捨てられる立場にある事。この三点です、お父様」

 

 お姉様から一誠君の花嫁の選考基準について説明がなされると、サジの表情が明らかに苦虫を噛んだ様なものへと変わった。

 

「瑞貴先輩。これ、不味くないですか?」

 

 サジからの問い掛けに対し、武藤君はそれを肯定した上でどういった事になるのかを他の眷属達に説明し始める。

 

「あぁ、元士郎の言う通りだよ。身内でこれらの選考基準が全て当てはまるのは、七十二柱に数えられる名門フェニックス家の令嬢でありながら優秀な兄が三人もいる事から家を継ぐ可能性が殆どないレイヴェルただ一人だ。それでレイヴェルがそのまま選ばれてくれれば、それこそ問題は一誠とイリナ、そしてレイヴェルの三人の気持ちの整理ぐらいなんだけどね……」

 

「上層部がゴリ押しすれば、俺達とは縁の薄い名家の令嬢が一誠に宛がわれる可能性もあるという事ですか。いやそれだけなら一誠を取り込もうとする意志があるからまだマシで、下手をすると嫌がらせと足手纏いを兼ねて令嬢とは名ばかりで素行に問題のある女性を押し付けられる恐れもけしてない訳じゃない。それどころか、問題行動を起こした時に監督責任を問う形で一誠を魔王様の代務者から引き摺り降ろすなんて謀略の可能性も十分に考えられます。……もし本当にそんな事になったら、「一誠を蔑ろにされた」と見たアリスちゃんが間違いなくブチ切れますよ」

 

 武藤君の言葉に続く様に語られたサジの推測に、私達は背筋に冷たいものを感じた。

 

 原初にして究極の赤龍帝である事から始祖(アンセスター)と呼ばれているアリスさん。

 魂の在り方がドライグに極めて近くなっている事から「人の形をした赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)」と一誠君が評した通りにその力量は凄まじく、サーゼクス様が一度自身の眷属を総動員して挑んでみるも、攻撃がかろうじて通用したのが全力を出したサーゼクス様ただお一人で後の方は全く歯が立たなかった光景は未だ記憶に新しい。そして、そんなアリスさんを四人がかりとはいえ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)抜きで抑え込んでしまったレオンハルトさんにロシウ老師、ベルセルクさんに計都(けいと)さんという歴代最高位と謳われる赤龍帝達の常識外れで規格外な技量と連携も。

 

 でも、武藤君はそこから更に一歩踏み込んだ予想を立てていた。

 

「そうなったら、たとえ僕達が総出で掛かっても勝ち目はないよ。それこそ、歴代の赤龍帝でも最高位の方達にご助力を願わない限りはね。……尤も、その時は冷徹かつ理知的なロシウ老師がおられる中でそんな事態になっている筈だから、おそらく盟約に従う形で歴代の方達が総出で大暴れしていると思うけどね」

 

 神をも殺しかねない力を秘めた赤龍帝の軍団。……敵としては想像すらしたくない、正に悪夢の光景だった。

 

「赤龍帝が軍団を形成して攻めてくるのですか。正に悪夢以外の何物でもないですね」

 

 私が思わずそう零していると、最近はやてさんと一緒に魔法を学び始めた事でロシウ老師の力量を嫌という程知っているお姉様も、選考を行っている上層部に軽挙妄動を慎む様に釘を刺す事を明言した。

 

「……魔王領に戻ったら、イッセー君の花嫁選考を厳正に行う様にしっかりと釘を刺しておくね。だって、ロシウ先生は一人で冥界を滅しかねないくらいに強いのよ。私の必殺魔法と同等クラスの大魔法を敵味方の識別が可能な形で連発なんて事を素でできちゃうんだから。しかも、歴代赤龍帝の中にはそんな先生と同格の人が何人もいるってはーたん先輩から聞かされているから、そんな人達をまとめて敵に回すなんて事は外交担当として絶対に避けなきゃいけないもの」

 

 そうして暗い雰囲気が一向に晴れないまま、この話は終わりとなる筈だった。

 

「セラフォルー、ソーナ。今から私が話す事は、冥界を揺るがす程の極めて重大なものだ。だから、まずは私の話を良く聞いてほしい。その上で、お前達の意見を聞かせてくれ」

 

 ……お姉様から一誠君の花嫁の選考基準を聞いてからずっと考え込んでおられたお父様から、その様に話を切り出すまでは。

 

 そしてその後、お父様から切り出された話について、私やお姉様だけでなくお母様まで交えたシトリー家緊急会議が夜を徹して行われる事となり、一誠君が立たされた苦境を切り拓く一手にもなり得る一大プロジェクトが決定した。それには一誠君本人はもちろん一誠君のご両親の承諾も必要となるが、冥界の今後を左右するであろうこの一大プロジェクトを成功させる為、お父様は色々な家への根回しを始める事になる。その為に出向かなければならない家の中には、リアスのいるグレモリー家も含まれている。ただ、プロジェクトの内容が内容なので、グレモリー家との関係には軋轢が生じる可能性もあり、特に一誠君の主の一人であるリアスが激昂する恐れもある。その為、事を慎重に運ばなければならない。

 

 ……私の愛する人とその愛娘、そして私と愛する人を同じくする盟友をけして不幸にしない為に。

 

Side end

 

 

 

 僕が魔王の代務者として正式に聖魔和合親善大使に任命された、その翌日。

 

「では、今後とも若輩者の我等にご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します」

 

「ウム。親善大使も魔王様の代務者の名に恥じぬ様、しっかりと職務に励む様に」

 

「大王閣下のお言葉、しかと肝に銘じましょう」

 

 イリナと共に人間界の家に泊まった僕達はいつもより早めに起きて冥界の宿泊先へ戻ると、当初の予定通りにレイヴェルを含めた三人で悪魔勢力において発言力を有する名家や上層部に名を連ねる者達への挨拶回りを始めた。そして、最初に訪れたのは七十二柱の序列第一位で大王の爵位を持つバアル家だ。そこでの就任の挨拶は、大王家の本城にある謁見の間で大王家に近しい貴族達がズラリと立ち並ぶ中で行うという、もはや大王家現当主に対する謁見に近い形式で行われた。そうして幾つか大王家現当主と問答を交わし、幾つか危ない橋を渡りもしたが、最終的には大王家現当主から直々に僕が魔王の代務者である事を認める言葉を引き出す事ができた。グレモリー家への敵対姿勢を隠そうともしていないバアル家からシトリー家だけでなくグレモリー家にも所属している僕がそれなりに好意的と受け取れる言葉を引き出せたのだ。まずは、上々の滑り出しと言えるだろう。

 ただ、周りの貴族達が向けて来る敵視や蔑視とは異なる視線を一箇所から感じられた。謁見の最中なのでこの視線が誰から向けられているのかを確認する事ができなかったが、どうもこちらを見定めている様な印象を受ける。それに、視線からでも感じられる程にこの視線の主は覇気に満ちていた事から、僕は一度話をしてみたくなった。

 

 ……僕が興味を持った視線の主が僕達の前に現れたのは、大王家現当主への謁見が終わって謁見の間を退出してから間もなくの事だった。

 




いかがだったでしょうか?

大王家で行われた謁見の詳細については、次話をお待ち下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第六話 大王家謁見

2019.1.5 修正


Side:レイヴェル・フェニックス

 

 これが、かつて異世界における戦乱において圧倒的不利な戦況をひっくり返し、更には最終的な勝者へと味方を押し上げた歴戦の軍師。

 

 大王様へのご挨拶を終えて颯爽と謁見の間から退出しようとする一誠様の後ろに付き従う私は、その背中を見て改めて一誠様が「神の頭脳と悪魔の智謀を持つ男」である事を思い知りました。

 ……そして、一誠様が今までずっと背負い続けてきたものは、それだけ大きく重いという事も。

 

 

 

「自惚れるな、若造!」

 

「魔王様に気に入られた程度で、中級悪魔如きが図に乗ったか!」

 

「大王様の御前である! 速やかに魔王様の外套を外し、無礼な振る舞いを改めよ!」

 

 私達が謁見の間に入った時、怒号交じりの叱責を至るところから浴びせ掛けられました。ですけど、無理もありません。この時、一誠様は「親善大使を務める魔王様の代務者としての挨拶だから」と言って、本来の礼装である不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の上から代務者の証としてサーゼクス様からお預かりした外套を纏っていたのですから。しかし、これでは自分を「中級悪魔の眷属」ではなく「魔王様の側近」である事を見せつけていると受け取られても仕方がありません。現に、私など余りの叱責の多さと声の大きさにかなり恐縮してしまいました。隣にいるイリナさんもまた少し身を竦めています。ですが、叱責を受けている当の本人である一誠様は柳に風とばかりに受け流し、実に堂々とした態度で大王様の前へと歩んでいきます。それどころか、横目で一誠様のお顔を見ると、涼しげな笑みさえ浮かべていました。そんな一誠様のご様子に気付いたのか、貴族達からの叱責は次第に止んでいき、困惑する様子が伺えます。その様子から、私は大勢で叱責する事で一誠様を委縮させるのが貴族達の狙いであり、一誠様がどのような衣装であってもそれは変わらなかった事を悟りました。そして、一誠様はそれを最初から見越して代務者の証を纏い、大勢から取り囲まれた状態で叱責を受けても何ら動じることなく堂々と歩みを進めていく事で貴族達の目論見を挫いたのだと理解した時、私は戦慄しました。

 ……アザゼル総督が仰っていた、刃や魔力でなく言葉と謀を以て挑む、今までとは全く違う新しい戦いは既に始まっていたのです。

 やがて一誠様が大王様の御前にまで歩を進めると、外套を大きく翻しながら跪きました。後ろに控えていた私達も、一誠様に続いて跪きます。

 

「大王閣下におかれましては、ご機嫌麗しく。お初にお目に掛かります。私の名は兵藤一誠。グレモリー家次期当主リアス・グレモリーおよびシトリー家次期当主ソーナ・シトリーの兵士(ポーン)を務める中級悪魔でございますが、此度天界および堕天使勢力と取り交わしました約定により、聖魔和合親善大使という重職を担う事と相成りました。私の後ろに控えておりますのは、フェニックス侯のご息女であらせられるレイヴェル・フェニックス女史と天界からの出向者で龍天使(カンヘル)の紫藤イリナ女史にございます」

 

 ご自身の名と地位、役職を大王様にお伝えした後で私達をご紹介なさる一誠様の声はけして大声という訳ではありません。ですが、そのお声はこの謁見の間にいる全ての者の耳に確かに届いたと、そう思わせる程に明瞭な響きがありました。そして、一誠様のご紹介に続く形で私達はそれぞれ自分の名を名乗ります。

 

「大王様、ご機嫌麗しく。私はフェニックス侯の一女、レイヴェルでございます」

 

「私は天界から親善大使の元に出向してきた者で、紫藤イリナと申します。今後もお顔を合わせる機会があるかもしれませんので、私の顔をお覚え頂けると幸いです」

 

 私達がそれぞれの名乗りを終えた後、一誠様は魔王様の代務者に就任するに至った経緯を語り始めました。

 

「なお、親善大使の職務を遂行するにあたり、主にお仕えする中級悪魔という私の地位が少なからず妨げとなるとご懸念を抱かれたルシファー陛下のご配慮、及びそのご配慮にご賛同頂いた大王閣下を始めとする皆々様のご厚意により、勿体無くも魔王陛下の代務者に就任する運びと相成りました。よって、まずは大王閣下の御前というこの得難き場をお借り致し、皆々様には篤く御礼申し上げる次第でございます」

 

 ……謁見の間が、完全に静まり返りました。

 

 一誠様はただ大王様の前で跪き、ご自分の名を名乗られてから私達をご紹介になり、そして代務者就任に対する感謝の言葉をお伝えになっただけです。ただそれだけなのに、この場にいる貴族達は一誠様に圧倒されています。礼を尽くし、言葉を尽くし、されど卑屈さなど微塵も感じられない一誠様の洗練された立ち振る舞いとその言動の端々から滲み出ている凄みに、私は思わず感嘆の溜息が出そうになりました。

 一方、大王様は一誠様の感謝の言葉を受け取りながらも、一誠様の纏っている代務者の証について問い質してきます。

 

「親善大使、大義である。その方の謝辞は遠慮なく受け取ろう。だが、それならば何故魔王様より預かりし礼装たる外套を身に纏って我が前に出てきたのだ? その様な事をせねば、この者達から叱責を受ける事等なかったであろうに」

 

 すると、一誠様は大王様へのご返答を即座に始めました。……これが私であれば、返答までに少し時間が掛かっていたでしょう。

 

「大王閣下。私が魔王陛下の代務者たりうるのは、あくまで聖魔和合親善大使の職務を遂行する間に限定されております。従って、お預かりした代務者の証を身に纏う間のみ、私は魔王陛下の代務者である事を許されるのです。そして、此度は聖魔和合親善大使の職務を魔王陛下に代わって務める事と相成り、大王閣下に拝謁すると共に就任に対するご助力への感謝をお伝えする為のもの。故に私は親善大使として大王閣下の御前に参るのが道理であり、その為にはこの代務者の証を纏わねばなりません。それにも関わらず、私が魔王陛下より預かりし代務者の証を纏う事なしに親善大使の振る舞いをすれば、それこそ身の程を弁えぬ愚か者と相成りましょう」

 

 ……このご返答の早さと正確さ。大王様がこう仰せになる事を、一誠様は読んでいた?

 

 私がその事に思い至ると、大王様が貴族達の叱責が見当違いである事を認めました。しかし、今度は大王様の御前に来るまでの一誠様の表情について言及してきます。

 

「成る程。確かにこの件については、その方の言い分の方に理があり、我が方の見当違いであった事は認めよう。……だが、この者達から叱責を受けているにも関わらず、随分と涼しげな笑みを浮かべておったが、それはどういう事だ? まさかとは思うが、聞くに及ばずと流したか?」

 

 確かに、普通であればそう受け取られても不思議ではありません。私なら、ここで詰まってしまいそうですが、一誠様は違いました。

 

「それこそ、まさかでございましょう。……私は、歓喜に打ち震えていたのでございます」

 

 やや苦笑気味の笑みを浮かべながらお答えになった一誠様のお言葉に、大王様は呆気に取られていました。それは謁見の間に立ち並ぶ貴族達も同様に、次第に戸惑いの声が上がり始めています。

 

「……何だと?」

 

「この場におわす皆々様が私に対して叱責を為された。これは即ち、そうすれば私が無知故に犯した過ちを改め、より魔王陛下の代務者として相応しき者へと成長するという私へのご期待あっての事。そもそも私にその様なご期待をお持ちでなければ、たかだか中級悪魔如きに叱責などなさる筈がございません。それこそ、大王閣下の御前で私が無礼を働くのをそのまま見過ごしてしまえばいいのです。身の程を弁えぬ愚か者は当然の如く排斥されるのですから。ですが、今この場にお立ちになられている皆々様は私をお見捨てにならず、叱責という形で手を差し伸べられた。……そう思い至れば私の心は歓喜に打ち震え、如何に抑えようとしても抑え切れずについ顔に出てしまったのでしょう」

 

 ……何ですか、それは。それこそ屁理屈もいいところではありませんか。

 

 私は思わず心中で一誠様のお答えにツッコミを入れてしまいました。ですが、大王様は違う様に受け取られたらしく、呵々大笑し始めました。

 

「ハッハッハッハッ! まさか、あれ程の叱責を期待の裏返しと受け取るか! しかも叱責の声が大きければ大きい程、また多ければ多い程、より大きな期待をより多く寄せられているという訳か! これは参った! 余とした事が一本とられたわ!」

 

 そう仰せになった大王様は笑いが止まらない様で、暫く大声でお笑いになられました。その様な大王様の様子に、貴族達は明らかに困惑しています。この分では、一誠様をやり込めるのが大王様を始めとする方達の思惑だったのでしょう。その思惑が外れ、ですが大王様は気分良さそうにお笑いになられてしまえば、困惑するのも無理はありません。

 やがてお気が済まれたのか、大王様はお笑いになるのを止めると、表情を物惜しげなものへと変えて一誠様へと語りかけます。

 

「……しかし、惜しい。本当に惜しいな。この者達からの叱責に微塵も怖じぬ胆力に我が問いに対して何ら矛盾なく受け答えてみせる知恵、更にグレモリーとフェニックスの余興にコカビエルの一件、そして首脳会談における対テロ戦で見せた類稀な武勇。その方が我がバアルの力を掠め取った忌々しいグレモリーなどに仕えておらねば、今頃は我がバアル家における次代の側近として取り立てておったであろうに」

 

 一誠様に対して、明らかに仕える主を間違えたと言わんばかりの大王様の仰り様に私は憤りを覚えましたが、一誠様は何をどう受け取ってそう切り返したのか、私には全く解らない方向からお言葉を返しました。

 

「これは大王閣下ともあろう方が、グレモリー家がバアルの力を掠め取ったなどと少々異な事を仰せになられます。それにつきましては、むしろ逆ではございませんか?」

 

「逆? その方、それは一体どういう事だ?」

 

 一誠様のお言葉に理解が及ばなかったであろう大王様が問い掛けると、一誠様はとんでもないお答えをお返しになりました。

 

「簡単な話でございます。……いかなる血を以てしても、バアル・ゼブルの力が潰える事などあり得ないという事でございましょう」

 

 バアル・ゼブル。「崇高なるバアル」という意味を持つ事から、大王家を敬い崇める言葉であると言えます。

 ……もし謁見の場でこの言葉をこういった場面でお使いになる事を前以てお教え頂いていなかったら、またこちらに来る直前、もし大王様がグレモリー家に対する悪感情を露わになされた場合にはこの様にお話しする事をグレモリー卿とヴェネラナ様に予め謝罪し、その上でお二人から了承を得たのをこの目で見ていなければ、一誠様はリアス様もグレモリー家も見限って大王家に擦り寄ったのかと誤解している所でした。そう思わせるだけの説得力が、今の一誠様のお言葉にはあります。大王様もそれは同様だった様で、何処か苦笑に近いご様子で一誠様のお言葉に聞き入っておられました。

 

「ホウ、バアル・ゼブルと来たか。つまり、我が偉大なるバアルの力はグレモリーの血に埋もれる事無く、むしろ食い破って出てきたという訳だな。確かに頷ける話ではあるが、それはそれで困ったものだな」

 

 ですが、そこに矛盾を見出された大王様は表情を苦笑から憤怒のものへと変えて一誠様を詰問します。

 

「……だが、それではその方が潰える筈のないと称した我がバアルの力を得ずして生まれ落ちた我が家の次期当主は、一体どう説明する?」

 

 それに対し、一誠様は今までの明快なものとは一転して曖昧なご返答に留まりました。

 

「バアル・ゼブルはかつてどの様な存在であられたのか。それをお考え頂ければ、自ずと答えは得られるかと」

 

 ……ですが、大王様は一誠様の曖昧なご返答に対して暫く考え込まれると、ハッとなされた後に驚愕の表情を浮かべました。

 

「ま、まさか……!」

 

 大王様が何かを仰せになろうとするところで、一誠様は何故か大王様をお諌めになられました。

 

「大王閣下。これ以上は」

 

 この一誠様のお諌めに、大王様はまたもハッとした後で納得の表情を浮かべます。

 

「ウ、ウム。確かにこの場でこれ以上は口にするのも不味いか。……成る程、そう考えれば今までの件は全て説明が付く。ならば、後ほど父上と初代様に確認を取った方が良いな」

 

 大王様は先代のご当主様と初代バアル様に何かを確認する事を決めた後、一誠様に対して労いの言葉をお掛けになり始めました。

 

「親善大使。此度は面白き話を聞かせてもらい、誠に有意義であった。……念の為に訊いておこうか。その方、我が家に就く気はないか?」

 

 労いの言葉の直後に掛けられた大王様から勧誘のお言葉に対し、一誠様は礼と言葉を尽くしてお断りになりました。

 

「今ここで大王閣下のご厚意を受けてしまえば、私は唯の不忠者となり、大王閣下がお求めになられた者ではなくなってしまいます。故に、ご容赦を願いたく」

 

 大王様直々の勧誘をお断りする。本来ならばまずあり得ない事ですが、一誠様はあえてそれを為さりました。ですが、それを受け入れた瞬間に大王様がお望みになられた者ではなくなるとは上手い切り返し方だと思いますし、大王様も一誠様のお言葉にご納得なされた様です。

 

「フム。確かに、その様な尻の軽い者には到底信など置けんな。その方の言にも一理ある。ならば、此度は諦めるとしよう。……それにしても、悪魔の力を宿しながら欲望を抑えるか。いや、違うな。抑えるのでなく、制するというべきか。「欲望に忠実たれ」という言葉に酔い痴れて踊らされる愚か者共が多い中、己の欲望に対して忠実どころか支配している者など久方ぶりに見たわ」

 

 大王様は感心為されたご様子でそう仰せになられると、最後に次のようなお言葉を一誠様に掛けられました。

 

「最後に一つ、その方に言い渡しておこう。もしその方が仕えている者達が不当に遇する様であれば、たとえ魔王様が許さずとも大王である余が許す。愚昧なる主を見限り、いつ何時でも我が元へ参るがいい。その方に対しては、我がバアル家の門を常に開けておこうぞ」

 

「ご厚意、忝く」

 

 一誠様はそうご返事を為されましたが、これはとても凄い事です。何せ悪魔社会においては魔王様に次ぐ大王様にも認められたという事なのですから。

 

 ……これで、流れが大きく変わる。

 

 その時、私はそう思わずにはいられませんでした。

 

Side end

 

 

 

Interlude

 

 一誠達が謁見の間を退出して暫くした後、バアル家に付き従ういわば大王派と呼ぶべき貴族達が玉座に集まってきた。そして、その内の一人がバアル家当主に一誠に対して好意的な言葉を掛けた意図を尋ねる。

 

「大王様、一体どのようなおつもりで……」

 

 すると、バアル家当主は「そんな事も解らないのか」と内心呆れつつも顔には出さず、一誠に対する自身の評価を貴族達に伝える。

 

「実際にあの者と顔を合わせ、言葉を交えて解った。あの者はけして敵には回せん。回せば我がバアル家は甚大な損害を被り、斜陽の憂き目に遭う事となろう。ならば、あの者を敵とはせずに我が内に取り込んでしまえばよい」

 

 バアル家当主の意図に大王派の貴族は納得の表情を浮かべた。しかし、ある者は一誠を取り込むのは難しいと指摘する。

 

「それであの様な寛大なお言葉を。ですが、先程の大王様直々の呼び掛けにも関わらずに応じようとしないのであれば、望みは薄いのではないかと」

 

 しかし、バアル家当主は一誠が直々の勧誘を断った事に対して、憤るどころか逆に高く評価していた。

 

「何、あれですんなり我が方に就く様であれば、所詮はその程度の器と見切りをつけておった。その意味では、よくぞ余の誘いを上手く断り、主への忠義を貫いてくれたわ。それでこそ、我が方に取り込む価値がある。さて、こうなると余の血筋の者を使ってあの者と姻戚関係を結ぶ事も視野に入ってくるのだが、それにはフェニックスの娘はともかくあの龍天使とやらが邪魔だな……」

 

 そうしてバアル家当主が邪魔者となるであろうイリナをどう排除するべきか、策を練り始めようとした。そこに、この場にいる大王派の貴族の中で政府の仕事に直接関わっている者が、一誠に下された魔王の勅命とその詳細をバアル家当主に伝える。

 

「それならば、一つ朗報が。龍天使だけでなく悪魔も娶れという魔王様の勅命があの者に下され、それに伴い花嫁候補の選考を開始した模様です。なお、その選考基準につきましては……」

 

 ……実はグレモリー家に仕える一誠に対して積極的に関わる事を嫌がった事から、バアル家は勅命の件について特に関与していなかった。その為、一誠が悪魔からも嫁を娶る様に勅命として命じられた事を知らなかったのである。なお、勅命の件は政府が未だ公表していない情報である事から完全に機密漏洩となるが、大王家こそが悪魔の頂点にして象徴とみなしている彼にとってはその様な事など知った事ではない。

 そうして一誠の悪魔からの嫁取りと花嫁の選考基準について説明を聞き終えたバアル家当主は、如何にも面白そうだと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

「ホウ、それは面白い。そうであれば、駒王協定が崩壊する危険を犯してまで龍天使の排除を企てる必要はないな。……ウム。ならば、それを利用させてもらおうか」

 

「利用とは?」

 

 先程勅命の件を伝えた者からの問い掛けに応じたバアル家当主は、その場にいる全ての者達に聞かせる様に己の考えを語り始めた。

 

「父上が隠居後に儲けた妾腹の妹をあの者の花嫁候補に滑り込ませよ。あやつなら選考基準を全て満たしておるし、歳の差も百歳足らずで然程問題にはなるまい。後は余が少しばかり強く推してやれば、まず間違いなく通るであろう。尤も、その益荒男とも言うべき激しい気性から男が寄り付かず、余も父上も行き遅れを懸念しておったのだが、良い機会だ。ここは一つ、あの者に娶ってもらう事にしよう。何、ルシファー様と共闘してかのオーフィスを退けたというあの者であれば、あやつの手綱を取れるであろうよ」

 

 一誠にしてみれば想定外にも程があるバアル家当主の大胆な一手に、謁見の間にいた貴族達からは「オォッ……!」という感嘆の声が上がっていた。勅命の話を持ち掛けた者もそれは同じで、バアル家当主の思惑を確認する。

 

「成る程。その際、妹御には因果を含めるという事で」

 

 ここで、バアル家当主は首を横に振った。

 

「いや、それは無用だ。あの者に対して下手に手を打てば、それがかえって悪手となって返ってくる。故にこちらからはあやつを花嫁として推すだけに留め、後はあやつの思うがままにさせた方が余程効果を望めるだろう。いわば、無策の策というものだ」

 

 もしこの場に一誠がいたのなら、バアル家当主に対する評価を「旧態依然とした貴族主義者」から「現実を見据えて行動する冷徹にして怜悧な策謀家」へと改め、警戒レベルを一気に引き上げていただろう。一方、あえて何も仕掛けない事で策とする旨を聞いた大王派の貴族達の頭の中は、完全に一つの事で一致していた。

 

 ……大王家とは絶対に敵対してはならない、と。

 

 大王派の貴族達はバアル家当主の深謀遠慮を褒め称えると共に、大王家への敬意と畏怖を新たにした。そして、その中でも勅命の件を伝えた者は早速行動を開始する事をバアル家当主に伝える。

 

「大王様のご慧眼、我等一同、心より感服致しました。では、その様に致しましょう」

 

「ウム、任せたぞ」

 

 このバアル家当主の一声を以て、一誠に対する大王家の婚姻戦略が動き始めた。

 

Interlude end

 

 

 

「親善大使殿」

 

 謁見の間から退出した後、そのまま次の訪問先であるアガレス家に向かおうと移動している途中、玄関ホールで男性らしき者から声をかけられたので、僕が声の聞こえてきた方を向いてみた。そこには短く刈られた黒髪とアメジストの様な澄んだ紫色の瞳を持ち、何処かサーゼクス様の面影がある顔立ちをした美丈夫がいた。彼の纏う雰囲気はとても野性的で覇気に溢れているが、謁見の間において僕に対して敵視や蔑視とは異なる視線を向けていたのは、間違いなく彼だろう。唯一と言っていい視線から感じられた覇気が完全に一致している。それに170 cm半ばである僕よりも一回り大きい上に鍛え抜かれた筋肉質の肉体からは凄まじい「力」の波動が感じられるが、力の質を注意して感知すると、それがけして純粋な魔力ではない事が解る。

 これらの情報から僕はこの美丈夫が誰なのかを察する事ができたが、こちらからそれを指摘するのは避けた方がいいだろう。すると、向こうも突然声をかけた上に自分から名乗っていない事から礼を失している事を察したのか、無礼を詫びた上で自らの名を名乗ってきた。

 

「おっと、これは失礼しました。声を掛けた以上はこちらから名乗るのが礼儀でした。俺の名はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主です」

 

 ……サイラオーグ・バアル。

 

 先程の謁見でバアル家現当主が言及してきた、バアル家の特性である「滅び」の魔力はおろかまともな魔力さえも生まれ持っていないという異端の御曹司だ。ただ、悪魔の真実を知る僕と総監察官、そしてサーゼクス様の三人は、彼がまともな魔力を持たないのは肉体が悪魔のものから聖書に記された異教の神のものへと原点回帰している為である事を知っている。ある意味では、逸脱者(デヴィエーター)である僕と同様に聖書の神の死を証明する生きた証拠と言えるだろう。

そうした考えをおくびにも出さず、僕は自身の名と肩書をサイラオーグ殿に伝える。

 

「これはご丁寧に。私はこの度、魔王陛下の代務者である聖魔和合親善大使に任じられました兵藤一誠と申します。なお、私はリアス・グレモリー様およびソーナ・シトリー様が共有なされている兵士(ポーン)でありますが、今の私は魔王陛下の代務者としてこの場に立っております。その為、大王家の御曹司に対して悪魔にお仕えする眷属が行う振る舞いとしてはあるまじきものとなってしまいますが、どうかお許しを」

 

 最後にそう言いながら頭を下げると、サイラオーグ殿からは何故が恐縮している様な雰囲気を感じられた。

 

「親善大使殿、まずは頭をお上げ頂きたい。親善大使殿が頭をお下げになられたままでは、話ができません」

 

 そう言われて頭を上げてみると、サイラオーグ殿は自分に対する僕の振る舞いを改める様に頼み始める。

 

「そして、できれば俺に対する敬語も止めて頂きたい。確かに親善大使殿はリアスやソーナの眷属であり、それ故に大王家の次期当主である俺に敬意を払うのは解る。しかし、先程自ら仰った様に今の貴方は魔王様の代務者としてこの場に立っておられる。まして首脳会談に襲撃をかけてきたオーフィスを相手に敢然と立ち向かい、圧倒的な力量差を前にしてもなお折れる事無く、遂にはオーフィスが無限の力を振るえるカラクリをも解き明かし、その盲点を突く事であと一歩まで追い詰めてみせた。それはあらゆる神話においても空前にして絶後となるであろう比類なき偉業。……その様な武功の誉れ高い親善大使殿が、大王家とはいえ次期当主に過ぎない俺に敬語を使う必要などないのです」

 

 ……大王家の御曹司が僕に遠慮してしまっている。オーフィスを撃退したという事はそれだけ大きな事だったのだ。だから、変な空気になっているのを変える為に少々おどけた風にして提案してみた。

 

「では、私もサイラオーグ殿も今この場においてはお互いの立場を忘れてしまい、敬意を払うのをやめて本来の話し方で語らい合いましょう。……これでどうでしょうか?」

 

 するとサイラオーグ殿は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、フッと軽く笑みを浮かべた。

 

「……承知した。では、兵藤一誠と呼ばせてもらおう。だから、そちらも俺の事は名前で結構だ」

 

 どうやら、サイラオーグ殿は割と話の解る方らしい。だから、僕も頼まれた通りの対応を取る。

 

「了解したよ、サイラオーグ」

 

 ……こうして、お互いに存在自体が聖書の神の死を証明する異端である僕達は出会った。

 

「ところで、兵藤一誠。時間はあるだろうか?」

 

 サイラオーグから時間があるかを尋ねられた僕は、スケジュール管理を一手に引き受けているレイヴェルに確認を取る。

 

「レイヴェル、今後のスケジュールに余裕があるかな?」

 

 すると、レイヴェルは明らかに表情を曇らせた。……それだけ、僕のスケジュールに余裕がないのだ。

 

「できる事であれば、今すぐ次の目的地に向かって頂きたいのですけど。……他のところをどんなに切り詰めても、二十分が限度ですわ。それ以上は今後のスケジュールに少なからず影響が出ます」

 

 レイヴェルがそう弾き出したのなら、そういう事なのだろう。僕はレイヴェルに感謝しつつ、彼女が捻り出してくれた二十分をサイラオーグの為に使う事にした。

 

「解った、二十分だね。……サイラオーグ。とても短い時間ではあるが、それでも良ければ構わないぞ」

 

 僕とレイヴェルのやり取りを見ていたサイラオーグは、自分の為に僅かながら時間を作った事を感謝してきた。

 

「本当に忙しい所を感謝するぞ。では、時間が惜しいから近くのテラスに向かおう。本当なら軽く手合わせをしたいところだが、流石にそれは我儘だな。それならせめてちょっとした話くらいはしておきたい」

 

「解った」

 

 サイラオーグからの提案を僕が了承すると、サイラオーグは早速近くにあるテラスへと僕達を案内し始めた。

 

 

 

 ……一方、その頃。

 

「さてっと。領地経営の定期報告を親父の代理で行うなんて野暮ったい用事も済んだ。後は邸に帰るだけだけど、折角本家の本邸まで足を伸ばしたんだ。この際だから、久々にサイ坊を(しご)いてやるか。あれから何処までやれる様になったかを実際に俺の目で確認しなきゃ、今も不治の病と戦っている義姉さんに申し訳ないし」

 

 一人の女性が普段は近寄る事のないバアル家の本邸に訪れており、目的を果たしたついでとばかりにサイラオーグの事を探していたなど、僕は知る由もなかった。

 




いかがだったでしょうか?

……一誠争奪戦にバアル家が新たに参戦しました。なお、バアル家現当主については大幅に上方修正していますのでご了承ください。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第七話 邂逅

2019.1.5 修正


 大王家への挨拶が謁見という形で行われたものの、無事に終わらせる事ができた僕達は大王家の本邸を後にしようとしたところで次期当主であるサイラオーグに声を掛けられた。そして、レイヴェルが今後のスケジュールを切り詰めて捻出した二十分という時間で話をする事になった。

 サイラオーグに案内されて近くにあったテラスに到着すると、備えられたテーブルにサイラオーグと僕達は向い合せに座る。そして、サイラオーグが早速話を始めた。

 

「兵藤一誠。実を言えば、お前の事は十一駒の兵士(イレヴン)と呼ばれていた頃から注目していた」

 

 ……十一駒の兵士。

 

 随分と懐かしく感じる呼ばれ方ではあるが、実は僕が人間を止めてまだ三ヶ月程しか経っていない。それにも関わらずについ懐かしいと感じてしまうほど、ここ最近は立て続けに大事件が続発していて、非常に濃密な時間を過ごしていたと言えるだろう。ただサイラオーグは僕が人間を止めてすぐに注目し始めたことになるが、その接点は何処だろうか? 僕が疑問に思っていると、サイラオーグからその答えが齎された。

 

「以前、リアスとライザーが非公式のレーティングゲームで対戦した事があっただろう。あの時、実は俺もグレモリーの親戚枠で観戦席にいたんだ」

 

 このサイラオーグの言葉で、僕は納得した。

 

「確か、ヴェネラナ様は妾腹ながらも大王閣下の姉君だったな。つまり、サイラオーグはヴェネラナ様の甥でサーゼクス様とリアス様の従兄弟という事か……」

 

 僕が思った事をそのまま口にすると、サイラオーグはそれを肯定した上でヴェネラナ様に関する裏話を始める。

 

「そうだ。因みに、グレモリー家に嫁がれる前の伯母上は当時の大王家における最強の存在であり、その圧倒的な強さから「亜麻髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)」という二つ名と共にその名を冥界に轟かせていたとの事だ。……それ故に扱いに困ったのだろうな。先代当主である俺の祖父は、伯母上を当時はまだ次期当主であったジオティクス様の元へと嫁がせている」

 

「体のいい厄介払いと言ったところか」

 

 ……僕はそう言いはしたが、当時の当主であるサイラオーグの祖父の思惑はそれだけではなかった筈だ。たとえ年上で最も強いからと言って、嫡流が途絶えているならともかく健在である以上は傍流の子を当主に据える訳にはいかない。これを許すと嫡流と傍流が入れ替わる事から大王家が真っ二つに割れてしまい、お家騒動へと発展していくからだ。かと言って、他の名家に対する政略結婚の駒として扱おうにも、嫡流でない事から見下されていると相手に受け取られてしまう恐れがあるので本来ならまず使えない。そこで、大王家の分家筋や大王家配下の貴族に嫁がせる事で継承権を喪失させ、お家騒動に繋がる火種を消してしまう。通常ならこれで十分だろう。

 しかし、ヴェネラナ様の場合、生まれ持った力が分家筋や配下の貴族に嫁がせるには余りにも強過ぎた。その為、もしヴェネラナ様が嫁いだ先で本家以上の力を持つ子供を生んでしまった場合、その家の者達が下剋上の野心を抱く可能性が出てくる。それを未然に防ぐには、「万が一嫡流が途絶えた際に新たな嫡流を生み出す為の母体として確保する」という名目で誰の元へも嫁がせずに家に留め置き続けるか、あるいはバアル家の血を濃くする事で「滅び」の力をより高める為に近親婚を推し進めるかのどちらかだ。

 それらを踏まえれば、七十二柱に名を連ねる名門である事から本来なら嫡流の娘を嫁がせるのが妥当である筈のグレモリー家の次期当主にあえてヴェネラナ様を嫁がせたのは、妾腹の娘としては破格の扱いをする事で本来の目的を隠してしまう為だろう。

 本来の目的。即ち、当時最強であったヴェネラナ様の子供が「滅び」の力を持たない様に、「探知」という特殊な特性を持つグレモリー家の血でヴェネラナ様の「滅び」の力を塗り潰してしまう事だ。ヴェネラナ様はどうも自分の父親の思惑に気付いていた節がある。一方のグレモリー家もおそらくは承知の上でヴェネラナ様を迎え入れた筈だ。そうでなければ、あれ程仲の良い夫婦にはなれないだろう。

 ……だが、当時はおそらく大王家はおろかグレモリー卿やヴェネラナ様ですら望んでいなかったであろう事が不幸にも起こってしまった。

 

「その結果、バアル家が誇る「滅び」の力が本家よりも強力な形でグレモリー家に現れてしまった。それが現ルシファーのサーゼクス様とリアスだ。だが、俺が母上から聞いた話では、伯母上はその事実を喜ばれるどころかむしろ苦悩なされたそうだ。己に秘められたバアルの力がグレモリー家の誇りである「探知」を消し去ってしまったとな。リアスが幼い頃に「滅び」の力を初めて発現した時には特に酷かったらしい。……伯母上にとって、自身の腹を痛めて生んだ子供達に現れた「滅び」の力とは、代々伝わってきたグレモリー家の誇りを己の宿すバアル家の力で蹂躙してしまったという罪の象徴だったのだ」

 

 それはそうだろう。だが、それはサイラオーグが言った様にただグレモリー家の誇りを蹂躙しただけでない。おそらくは全てを承知の上で嫁として迎え入れてくれたグレモリー卿を始めとするグレモリー家に対する恩義を最悪の形で返してしまったという罪悪感も含まれている筈だ。

 

 ……世界は、いつだって「こんな筈じゃない」事ばかり。

 

 僕が平行世界のクロノ君の言葉を頭に思い浮かべていると、サイラオーグが話の続きを始めた。

 

「だが、それもつい最近までの話だ。兵藤一誠。お前がリアスに秘められた「探知」の特性を覚醒させる事でグレモリー家の誇りを蘇らせてくれたお陰で、伯母上の苦悩は遂に終焉を迎える事ができた。リアスが「探知」を発現した事が明らかになった瞬間、伯母上は人目も憚らずに泣き崩れたよ。……あぁ、これでやっと私がグレモリー家に嫁いだ事が許される。そう言ってな」

 

 ……そうだったのか。だから、あの時。

 

 大王家の本邸に向かう直前、グレモリー卿とヴェネラナ様に「バアル・ゼブル」という言葉とその使い方について謝罪と許可を貰う為にグレモリー家の本邸を訪れたのだが、その際にヴェネラナ様が何処か青褪めた様子で説明を聞いていたのが気になっていた。侮辱と感じたにしてはどうもおかしいとは思っていたが、それが今ようやく理解できた。そして、ここでサイラオーグの言葉に怒りの感情が多分に含まれる様になった。

 

「兵藤一誠、俺が今言った言葉を踏まえた上で答えてくれ。いかなる血を以てしても、バアル・ゼブルの力が潰える事などあり得ない。この言葉、俺の父にとっては屈辱を痛快へと変えるものであっても、伯母上にとってはこの上なく苦痛を齎すものである事は承知の上か?」

 

 僕に誤魔化すつもりなどないが、言い方を間違えるとサイラオーグはなりふり構わず殴りかかってきそうだった。そこで、僕は誤解されない様に慎重に言葉を選びながら答えていく。

 

「まず、僕の言った事には一切偽りを入れていない。グレモリー家の「探知」を大王家の「滅び」が食い破ってしまったのは、紛れもない事実だ。今そちらが言った様に、現ルシファーのサーゼクス様と僕の主の一人であるリアス様がその証拠であるのは明白だろう。……ただし、大王閣下が先程の様にグレモリー家に対する悪感情を露わになされたら先程の様な物の言い方をする事を、グレモリー卿もヴェネラナ様も了解なされている。もちろん、了解を得る前にそうしなければならない理由を説明した上で深く謝罪したよ」

 

 僕が大王家に向かう直前に行った事を伝えると、サイラオーグは目を丸くした後で思った事をそのまま口に出したかの様に疑問をぶつけてきた。

 

「何故、そこまで?」

 

 ここで、僕は致命傷になりかねないバアル家の隙について指摘する。

 

「ハッキリ言わせてもらおう。僕が禍の団(カオス・ブリゲード)なら、大王家とグレモリー家、ひいては大王閣下と魔王陛下との確執を利用する。今のバアル家には、ただ外に広がる様子がないだけで反感という名の炎が燃え盛っている。ならば、後は燃え盛る炎に油を注ぎ、風を送り込むだけでいい。そうすれば、火は勝手に大火となって勢い良く外へと燃え広がっていく。そこまでいけば、たとえ当人同士に最後の一歩を踏み出す気がなかったとしても、外から煽られた大勢の者達から一斉に背中を押されてしまい、最後の一歩を踏み止まれなくなってしまう。仮にそれを抑え込もうとすれば、煽られた者達は自分達に都合の悪いトップの挿げ替えを企む様になり、最早収拾がつけられなくなるだろう。それならいっその事、心中で燃え盛っているものを何らかの形で昇華してしまうのが一番だ」

 

「……確かに、大王家と現魔王を輩出したグレモリー家の確執など敵にとっては乗じるべき大きな隙でしかないな」

 

 僕の指摘にサイラオーグが納得した様子を見せると、僕はここで上に立つ者の資格について触れる事にした。

 

「それにこう言っては何だが、己を棄てられない者に人の上に立つ資格などないよ。己の中にある様々な感情と向き合い、その上で抑え込むべきものは胸の中に仕舞い込み、目の前にある現実を見据えた上で自分に何ができるのか、また自分が何を為すべきなのかを判断し、そして実際に行動する。これができない様では、たとえどれだけ優れた能力や才能があったとしても、誰かの上に立ってはいけないし、立たせてもいけないんだ。……その意味では、ヴェネラナ様は公爵夫人の務めを全うなされていたから、正直ホッとしたよ」

 

 理想とする世界を作る為なら己を棄てて手を(けが)す事のできる人間が、味方にはもちろん敵にもいた。だから、もし今言った事ができなかったら、ヴァレリア島の戦乱を乗り越える事はできなかっただろう。

 僕がゼテギネアにおける実体験で得た教訓を語ると、サイラオーグは何故か感心した様な素振りを見せた。

 

「全てを見通す神の頭脳、か。ライザー・フェニックスとその女王(クィーン)は実に的を射た言葉を言ったものだ」

 

 全てを見通す神の頭脳、か。……僕が本当にそんなものであったなら、バルマムッサの虐殺を引き起こしたりなどしなかった。

 余りに過ぎた呼ばれ方に少しだけ自嘲しながら、僕は自分が今までやってきた事をサイラオーグに教える。

 

「僕自身は別にそこまで大したものではないと思っているんだけどね。僕はただ知識と情報、そして目の前にある現実と事実を突き合わせて辻褄の合わない事を次々と切り捨てていっただけなんだよ。それを積み重ねた結果として残ったものは、たとえどれだけあり得ないと思えたとしても、紛う事のない真実なんだ」

 

 すると、サイラオーグはその表情を感心から納得へと変えた。

 

「この世の中に、それを驕る事も気後れする事もせずに堂々と言える者が一体どれだけいるか。……父がお前を欲しがる訳だ。確かにこれ程までに知恵の回る男を敵には回したくないし、そうするぐらいなら如何なる手段を用いても味方に引き込むべきだろうな。それに俺も夢を叶えようとすれば、いや叶えた後であっても、お前の様な男がどうしても必要になる。それが改めてよく解ったよ」

 

「夢?」

 

 サイラオーグの口から夢という言葉が出てきたので、僕がそれを尋ねてみると、サイラオーグは堂々と胸を張って心中に抱く夢を宣言する。

 

「あぁ。俺は、魔王になるのが夢だ」

 

 その夢の大きさとそれを堂々と口にできる心の強さに、今度は僕の方が感心した。

 

「これはまた随分と大きく出たな」

 

 すると、サイラオーグはまるで動じる事なく言葉を続ける。

 

「冥界の民がそうするしかないと思えば、自ずとそうなるさ。尤も、未だ大した実績のない俺よりも既に前人未到の偉業を為したお前の方が先に魔王になっていそうな気がするがな」

 

 あるいは、僕が純粋な悪魔であればサイラオーグが挙げた可能性もあったかもしれない。しかし、現実でそうなる事はまずあり得なかった。だから、それをサイラオーグに説明する。

 

「それは無理だろうな。仮に聖魔和合親善大使を設立した目的である三大勢力の融和を達成したとしても、今度は三大勢力の共存共栄を維持する仕事が待っている。既にそういうシナリオができている事を、先日の首脳会談でサーゼクス様から直々に言い渡されたよ。……そんな僕が、悪魔を統治するが故に悪魔の事を第一に考えなければならない魔王にはなれないさ」

 

 僕の説明を聞いたサイラオーグは、納得しながらも何処か残念そうな表情を浮かべた。

 

「成る程。お前が智を、俺が武をそれぞれ担当して共に冥界を統治するというのも面白いと思ったのだが、そうそう上手い話はなかったか」

 

 随分と無茶な事を言って来るサイラオーグに、僕は少々呆れてしまう。

 

「おいおい、無茶な事を言わないでくれ。それだと、武を司る軍事部門以外は全て僕が見ないといけなくなるじゃないか」

 

「その分、残りの二人をこき使えばいいだろう。その為の四大魔王だ」

 

 何とも言えないサイラオーグの発言に、僕はとうとう苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「……サイラオーグと同時期に魔王になった人達は大変だな」

 

 すると、イリナでもレイヴェルでもない女性が横から声を掛けてくる。

 

「随分と面白い話をしているじゃないか、サイ坊」

 

 イリナとレイヴェルがハッとなって振り向くと、そこには外見上は二十前後であろう目麗しい女性がパンツスーツに近い姿で立っていた。

 女性としては長身であるリアス部長とそう変わらない背丈でダークブラウンの長髪を三つ編みにして軽く流しており、その瞳はサイラオーグと同じくアメジストに似た紫色。顔付きは何処となくリアス部長やヴェネラナ様に似ているが、眦が鋭い事から眼差しがお二人以上に厳しいものになっている。また、纏っている雰囲気が相当に勇ましい事から武断派であるのは間違いないだろう。

 ……僕とサイラオーグは彼女の接近に気付いていたから特に驚かなかったが、イリナとレイヴェルは完全に気付いていなかった様だ。それだけ腕が立つという事だろう。それだけに、サイラオーグから出てきた言葉に僕は驚きを隠せなかった。

 

「これは……! お久しぶりです、叔母上。俺が弟に戦いを挑み、次期当主の座を勝ち取って以来になりますか」

 

 サイラオーグから「叔母上」と呼ばれた女性はサイラオーグを見て、満足げに頷いてみせた。

 

「もうそんなに経つのか。まぁ俺から卒業した後も修行をちゃんと続けていたみたいだから、とりあえずは良かったよ。それで、アンタが三大勢力共通の親善大使を務める為に昨日正式に任命された魔王様の代務者殿だな。……まだまだガキじゃないか。それこそサイ坊より年下っぽい奴にこんな大役を背負わせるなんて一体何を考えてんだ、魔王様達は?」

 

 女性はそう言って僕の事を訝しげに見てきたが、サイラオーグは僕に対する言葉使いについて女性を窘める。

 

「叔母上、言葉と態度を慎んで下さい。今は互いに承知の上で敬語を使ってはいませんが、本来ならば次期当主に過ぎない俺が慣れ慣れしい言葉使いで語らい合う事のできる方ではないのです。そして、それは伯母上とて同じ事」

 

 サイラオーグに窘められた女性は、少々辟易しながらもその言葉を受け入れた。

 

「解った、解った。大王家の次期当主殿の仰る通りに致しますから、これ以上は勘弁して下さい。……全く、俺の甥御は見かけによらず頭が固いねぇ。でも、確かに代務者なんて魔王様達の側近中の側近だし、ある意味では神の子を見張る者(グリゴリ)や天界にも属しているからお偉いさんでもかなり特別な部類になっちまうな。じゃあ、まずは俺から名乗るか」

 

 女性はそう前置きすると、自己紹介を始める。

 

「俺の名はエルレ・ベル。今の大王ことバアル家当主は俺の兄貴だ。……と言っても、俺は先代の大王である親父が兄貴に家督を譲って隠居してから作った妾の娘なんだけどな」

 

 ……エルレ・ベル。

 

 大王家現当主の妾腹の妹と名乗った彼女は、姉と妹の違いこそあれ、ヴェネラナ様と同じ様な立場であると言える。冥界に来てからそれなりに情報を集めてはきたが、それでも初めて聞く名前であった。しかし僕の見た所、彼女の実力は現在の祐斗や元士郎、セタンタでは歯が立たず、ライザーや瑞貴、リインとユニゾンしていない素のはやてと互角といったところだろう。彼女に対しての見極めにある程度目途が立ったところで、一つ気になる事があった。

 

「ベル? バアルではないのですか?」

 

 僕がエルレ女史に姓がバアルでない事を訝しく思って尋ねてみると、彼女は「ベル」という姓と自分の事について話し始めた。

 

「あぁ。まぁ端的に言えば、既に兄貴が後を継いで盤石になっている所に余計な火種を放り込まない様、大王家当主の継承権を持たない名ばかりの分家として親父が俺に立ち上げさせたのがベル家なのさ。因みに、ベルという姓の由来はバアルのバビロニア式発音らしいぞ。……さて、こっちはちゃんと名乗った。次はそちらだ」

 

 エルレ女史から改めて名前を尋ねられたので、僕は席を離れるとそのまま跪いて名乗りを上げる。

 

「お初にお目に掛かります。私の名は兵藤一誠。本来はグレモリー家次期当主リアス・グレモリーおよびシトリー家次期当主ソーナ・シトリーの兵士(ポーン)を務める中級悪魔でございますが、此度天界および堕天使勢力と取り交わしました約定により聖魔和合親善大使という重職を担う事と相成り、これに合わせて魔王陛下より代務者の任を賜りました」

 

 すると、エルレ女史が少し苛立たしげに舌打ちすると、僕に敬語を止める様に言って来た。

 

「……その言葉使いを今すぐ止めろ。アンタがどんな奴なのか、その性根を見たいのにそれが少しも見えやしない」

 

 語調から明らかに苛立っているのが解った僕は、言葉使いを多少改めた。ただ、年上の方に対する敬意を表し続ける事を伝えるのを忘れない。

 

「解りました、エルレさん。ただし、年上に対する敬意の表れとして、敬語はこのまま使わせて頂きますよ」

 

 すると、エルレさんは溜息を一つ吐いてから妥協する旨を伝えてきた。

 

「……公の立場で言えば、明らかにそっちが上なんだ。それで妥協しておくよ。それで、後ろの二人は?」

 

 エルレさんから二人に尋ねられた僕は、謁見の時と同じく二人を紹介する。

 

「この二人は悪魔勢力及び天界からの出向者で、金髪の子がフェニックス侯のご息女であるレイヴェル・フェニックス。栗色の髪をした子が天界からの出向者で龍天使(カンヘル)の紫藤イリナと申します。二人とも、ご挨拶を」

 

 僕が二人に挨拶する様に促すと、二人は挨拶と共に自己紹介を始める。

 

「ベル様にはご機嫌麗しく。私はフェニックス侯の一女、レイヴェルでございます」

 

「初めまして。天界から親善大使の元に出向してきた、紫藤イリナです」

 

 二人の自己紹介を聞いたエルレさんは、ここでイリナにとんでもない事を尋ねてきた。

 

「ふ~ん。それで、紫藤イリナだったか? そっちのドラゴンと天使の力がゴッチャになっているのは。……アンタ、代務者殿の女か?」

 

 しかし、イリナは何ら動じる事無く、それどころかそれが悪い事かとエルレさんに問い返す。

 

「いけませんか?」

 

 そう言って真っ直ぐに見詰めて来るイリナの目に、エルレさんは少々驚いていた。

 

「……まるで動揺しないね。普通なら、動揺の一つでもしそうなものだけど」

 

 ここで、レイヴェルが僕とイリナについて補足説明を入れて来る。

 

「このお二人は正式にご結婚なされていないだけで、その在り様はもはや恋人を通り越してご夫婦ですから。……しかも、お子様までいらっしゃいますし」

 

 このレイヴェルの補足説明に、エルレさんはもちろんサイラオーグも驚きを隠せない様で態度にもはっきり表れていた。

 

「ハァッ? ……どちらもサイ坊より年下っぽいのに子持ちだって?」

 

「これは流石に驚いたな」

 

 流石にこのままでは誤解されてしまうので、僕はアウラに関する正確な説明を行う。

 

「実際は、僕に宿っている「魔」から生まれた存在なので僕一人だけの子供なんですが、イリナを母と強く慕っていまして……」

 

 すると、サイラオーグはアウラに会いたくなったと言って来た。

 

「成る程。だがそうなると、ぜひとも顔を合わせてみたくなるな」

 

 このサイラオーグの要望であるが、残っている時間を考えると顔を合わせる程度ならどうにかなりそうだった。

 

「サイラオーグ、少しだけ待ってくれ。今、向こうに確認を取る」

 

 僕はサイラオーグにそう伝えると、額に指を当ててアウラに念話を送り始める。

 

〈アウラ〉

 

〈パパ、どうかしたの?〉

 

 アウラが僕からの念話にすぐに応じてきたので、僕は早速用件を伝えた。

 

〈実は今、アウラに会ってみたいという人がいるんだ。そこで一時的にこっちに呼びたいんだけど、構わないかな?〉

 

〈ちょっと待っててね〉

 

 アウラはそう言うと、一時的に念話を切った。おそらくはやてに相談しているのだろう。そして一分程した所でアウラから念話が送られてきた。

 

〈……はやてお姉ちゃんは、今なら特に問題ないって。それと、ちょっとだけでもいいから、パパ達と一緒にいてもいい?〉

 

 この様な事を尋ねてくるあたり、やはりアウラは寂しかったのだろう。そこで、僕は条件付きで一緒にいる事が可能である事を伝える。

 

〈次の目的地に移動する間だけになっちゃうけど、それでもいいかな?〉

 

〈ウン!〉

 

 アウラから色々な意味で了解を得た僕は、早速アウラを呼び寄せる事をこの場にいる皆に伝える。

 

「……話が付いた。向こうは特に問題ないみたいだから、今からこちらに呼び寄せるよ」

 

 そう宣言した後、僕はアウラ専用の召喚魔法を使用した。展開された召喚用の魔方陣の大きさが直径50 cm程であった事から、おそらくは元の姿でいたのだろう。そう思っていると案の定、魔方陣から飛び出してきたアウラの姿は30 cmに満たない大きさで頭に山羊の角を、背中に悪魔の羽を生やした本来のものだった。

 

「パパ~!」

 

 アウラは魔方陣から飛び出すや否や、笑顔で僕の胸に飛び込んできた。

 

「アウラ、やっぱり寂しかったのかな?」

 

 僕が嬉しそうに抱きついてくるアウラの頭を優しく撫でながらそう問いかけると、アウラは笑顔だった表情を少し曇らせた後、少し躊躇したものの結局は素直に頷く。

 

「……ウン。だって、パパやママとこんなに長い間離れているの、初めてだもん」

 

「そっか。確かに、その通りだな。……アウラには悪いけど、偉い人達と難しいお話をしないといけない時はアウラを連れていけないんだ。だから、もう少しだけ我慢してくれないかな?」

 

 ……アウラにあれ程の賢さがなければ、精神世界にいてもらう必要こそあるものの、政治の場であってもアウラを連れていく事ができたのだが。

 

 その様な事を思いつつアウラに我慢してもらう様に頼んでいると、アウラは少しだけ悲しそうな目をしつつも頷いてみせた。

 

「解った。あたし、我慢する。……でも、朝早くからパパ達がしているトレーニングの間なら、一緒にいてもいいでしょ?」

 

 アウラは頷いた後でこの様なお強請りをしてきたが、これについては考えるまでもない。

 

「それはもちろんだよ。さぁアウラ、自己紹介をしようか」

 

 僕がアウラの可愛らしいお強請りを即答で承諾した後、アウラに自己紹介を促した時だった。

 

「……か」

 

 今までは如何にも勇ましい女傑といった雰囲気だったエルレさんの様子が一変したのは。

 

「可愛い!」

 

「キャアッ!」

 

 エルレさんは一声そう言うと、僕の胸からアウラを掻っ攫ってそのまま頬ずりを始めた。そして、とんでもない事を口走り始める。

 

「あぁ、この子はなんて健気で可愛いんだろう。いっそ、このままお持ち帰りしようかな? いや落ち付け、俺。父親がいるのにそんな事をすれば、流石に犯罪だ。……あぁ、でもやっぱり可愛いよぉ」

 

「パ、パパ。この人、何だか目が凄く怖いよぉ……」

 

 尋常ではないエルレさんの様子に、アウラはかなり怯えていた。エルレさんの余りの豹変ぶりに、僕はサイラオーグに何が起こったのかを確認する。

 

「サイラオーグ?」

 

 しかし、この中ではエルレさんとの付き合いが最も長いであろうサイラオーグもまた目の前の現状に困惑していた。

 

「いや、この様な叔母上の姿は俺も初めて見た。むしろ、父や祖父さえも見た事がないのではないか?」

 

 ……だとすると、これは非常に珍しい光景なのか?

 

 その様な事をつい考えてしまうあたり、僕の頭はまだ混乱していた様で、本来なら真っ先にやるべき事をやり損ねていた。だから、ここでイリナが動いた。イリナはエルレさんからアウラを引っ手繰ると、怯えるアウラを胸に抱えてから頭を撫でて慰め始める。

 

「アウラちゃん、大丈夫?」

 

「ママ! 怖かった。怖かったよぉ……!」

 

 アウラがイリナに抱き着きながら涙声でそう言うと、イリナは怒りを露わにしてエルレさんに怒鳴る。

 

「エルレさん! アウラちゃんに一体何をしてるんですか!」

 

 すると、エルレさんは自らの非を素直に認めて謝罪してきた。

 

「ゴ、ゴメン。今のは流石に俺が悪かった。そ、その、その子があんまりにも健気で可愛かったものだったから、つい理性が飛んでしまったんだ。こんななりには絶対似合わないとは思うんだけど、実は可愛いものには本当に目がなくて……」

 

 そして、こちらからは何も訊いていないのに、実は邸で猫を何匹も飼っていて自分で世話をしたり、多くの種類の花を植えて花園を作り、それを自分で手入れをする程に花が好きだったり、たまに自分でお菓子を作って身寄りのない子供達に差し入れしたりしている事を半ば自爆する形で告白してきた。

 その男勝りな服装と言動からは殆ど想像が付かない程に女性らしい趣味や嗜好に僕達は驚きを隠せなかったが、サイラオーグは違った。

 

「そう言えば、俺がまだ幼い頃に叔母上はよくお菓子の差し入れを持って来てくれたが、まさか……」

 

 サイラオーグにはどうも心当たりがあったらしく、幼い頃の話を持ち出してくると、エルレさんは素直に白状した。

 

「……あぁ。それも俺が自分で作ったものだ。小さな子供に食べさせるものなんだ。何が入っているか解らない物を買ってくるよりは、自分で安全なものを作って持っていった方が安心するだろ?」

 

 とても気恥ずかしそうにそう語るエルレさんを見ていると、今までの印象がガラリと変わってしまった。

 

「エルレさんは、とても優しい方なんですね」

 

 だから、つい思った事がそのまま口を突いて出てしまった訳だが、言われた方のエルレさんは何故か顔を赤くしてしまう。

 

「エルレさん?」

 

 僕が思わずエルレさんの様子を窺うと、エルレさんはしどろもどろになりながらも答えてくれた。

 

「あ、あの、その。何というか。い、今までそういう事を誰からも、それこそ親父や兄貴からも言われた事がないから、どうにも耐性がなくて……」

 

 最早女性というより女の子の様な初々しい反応をしているエルレさんを見て、僕達は何処か微笑ましいものを感じてしまった。

 

 その後、アウラが自己紹介を終えた後でエルレさんが誠心誠意謝って来たので、アウラはエルレさんを許す事にした。そして、エルレさんはアウラの許可を得て膝の上に乗せると、凄く幸せそうな笑顔を浮かべた。こうしてアウラも交えて軽く談笑した所で時間が来た為、僕達はサイラオーグとエルレさんに見送られながらバアル家の本邸を後にした。

 次の目的地はアガレス家。魔王、大王に次ぐNo.3の地位にある大公の爵位を持つ家だ。ただ、大公家の次期当主がライザーの婚約者なので、ライザーを通じて良好な関係を築いていくのはそう難しい事ではないだろう。むしろ、問題はこの後からだった。

 

 ……気合い入れていかないとな。

 

 僕は今後の挨拶回りに対して、気を引き締め直していた。

 

 

 

「珍しいな、兄貴。親父の代行で本家に来ていたとはいえ、わざわざ俺を呼び付けるなんて。それで、一体何の用だ?」

 

「貴様のその男の様な振る舞いについては最早諦めが付いた。だがな、せめて言葉使いくらいはどうにかならんのか。如何に妾腹の傍流で「滅び」の力を得ていないとはいえ、貴様もまた大王家の血を引く者なのだぞ。……まぁ、いい。実は貴様に大事な話がある。心して聞け」

 

 僕達が去った後で、大王家が密かに動き始めた事も知らずに。

 




いかがだったでしょうか?

……前半と後半でギャップが激しいのは認めます。

では、また次の話をお会いしましょう。


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第八話 伝説、来たる

2019.1.6 修正


Side:リアス・グレモリー

 

 イッセーが聖魔和合親善大使に正式に任命されてから四日が経った。

 

 イッセーやイリナさん、レイヴェル、そしてアザゼルといった魔王領に滞在しているメンバーも参加する事になっている早朝鍛錬だったが、任命式当日はイッセーが、挨拶回りの初日だったその翌日はアザゼル以外の三人がそれぞれ早朝から準備しなければならなかった為に不参加だったのだけど、それ以降は毎朝参加してきた。そこで前日の実績と当日の予定をイッセーから軽く聞かせてもらってから鍛錬に入るというのがここ最近の流れになっている。その報告から判断すれば、イッセー達は過密なスケジュールでありながらも上層部に名を連ねる方達や名家の方を中心に挨拶回りを着実にこなしていた。そうしてグレモリー家の当主であるお父様や魔王であるお兄様に聞こえてくるイッセー達の評判は、概ね良いものであるらしい。特に初日の最初と二番目に赴いた大王家と大公家については、大王家では大王様直々に勧誘され、大公家では大公様からイッセーのお陰でライザーという良き義息子を得られた事に対する感謝の言葉を直々に伝えられるなど、非常に高い評価を得ていた。その為、大王・大公両家以外の家でも表向き丁重に扱われる様になった。たとえ、イッセー達に対して彼等に思う所があったとしてもだ。その為にあえて最初に大王家を訪れたイッセーの目論見通りという訳だ。

 因みにライザーについては、当初は次期当主であるシーグヴァイラ・アガレスの婚約者だった筈が父親である大公に大変気に入られてしまい、遂には先にライザーを養子に迎えて次期当主に据えて、その後で娘と結婚させる事で爵位継承の正統性を持たせたいという申し出がフェニックス家にあったらしい。最終的には当事者であるライザー本人の説得によって思い留まらせたとの事だけど、フェニックス家の方々はもちろんライザーでさえも「何故こうなった?」と首を傾げてしまっていた。

 そして、実はシトリーの小父様もイッセーが聖魔和合親善大使に就任するまではイッセーに対して全く同じ事を考えていたらしく、「これでは大公家の二番煎じではないか!」と愚痴っていたとソーナは教えてくれた。尤も、ソーナ自身もまた「もしお父様がもっと早くこの件をご提案なされていたら、私は喜んで次期当主の座を一誠君に譲っていた事でしょう」と満更でもない事を言っていたのだけど、ソーナが本当に望んでいるのはむしろその先なのは誰が見ても明らかだった。あの生真面目な幼馴染が本当に変わったものだと心から思う。

 

 ……ただ、それで全く問題がなかったかと言えば、実はそうでもない。

 

 イッセーに下された嫁取りの勅命の件だ。この件については、イッセー達の挨拶周りの初日、はやてちゃんがアウラちゃんと護衛三人を伴ってグレモリー領内の観光に出かけた隙にお父様から知らされたのだけど、皆の反応は本当に様々だった。

 まだ悪魔になって日の浅いアーシアとゼノヴィアは共にショックを受けた後、アーシアは涙ぐみ、ゼノヴィアは苛立ちを露わにした。一方、割と冷静に受け止められていたのは、冥界での生活が長い為に悪魔の考え方を理解している朱乃と小猫だ。ギャスパーについては少し考え込んでいた事から、情報を整理していたと思う。そして一番冷静でいられなかったのは、一誠とイリナさん、アウラちゃんの三人との接点が特に多い祐斗だった。

 

「部長。今からちょっと出かけてきてもいいですか? 少々遠出になるかもしれませんけど、構いませんよね?」

 

 上層部に対する怒りを隠そうともせずにこの様な言葉を口にしている時点で、祐斗は間違いなくキレていた。祐斗ですらこんなだった以上、自他共にイッセーの一の舎弟という認識であるセタンタ君に至っては、それを知った次の瞬間には上層部の邸へ殴り込もうとするのは間違いなかった。レオンハルトについてはあくまでイッセーの意志を第一としているので、イッセーに直接話を聞くまでは堪えてくれるだろう。なので、私はまず祐斗に対してイッセーとイリナさんの決断を尊重する様にとにかく言い聞かせる事でどうにかこの場を抑えた。

 

 ただ、私自身もまたイッセーに下された嫁取りの勅命に対して納得している訳じゃない。

 お兄様、お義姉様。イッセーにイリナさん以外に悪魔の花嫁も持たせる事には、悪魔にとってもイッセーにとってもメリットが大きい事は解ります。悪魔にとっては今や三大勢力の中心になりつつあるイッセーと更に強固な繋がりを築けるし、イッセーにとっても花嫁の実家という新たな後ろ盾を得られる事で悪魔勢力における安定した地盤が得られるのですから。ですけど、ミリキャスが生まれるまでの間、お二人とも艱難辛苦を散々味わって来たというのに、どうしてこの様な事をお認めになられたのですか?

 ……兄夫婦にはそう問い質したかった。でも、この勅命はけして二人が望んだ事ではない事も解っているので、私はそれを堪えなければならない。ソーナがセラフォルー様から聞いた話では、セラフォルー様とお兄様はもちろん、普段はメイドである事を弁えてけして口出ししない筈のお義姉様までもが猛反対していたものの、聖魔和合を推し進める上でも非常に有効である事を示された事で最終的には反論できなくなってしまったとの事だった。だから、お兄様が魔王として決断なされた事に対して所詮は次期当主に過ぎない私が反論などしてはならないのだ。

 

 そして、今。

 

 イッセーは身内と共に私達とは別の場所にいる。嫁取りの勅命について説明する為だろう。ただ、この勅命を拒否する場合には交換条件としてはやてちゃんとアウラちゃんのどちらかを政略結婚の形で差し出さなければならなかった事については絶対に話さない筈。もし知ってしまえば、はやてちゃんはおろかアウラちゃんでさえもイッセーとイリナさんの為に政略結婚を受け入れてしまいそうだから。

 そんな何とも言えないやり切れなさを抱いていたからだろう。どうやら修行中にも関わらず意識が他を向いてしまっていたみたいで、私の指導を担当している方達に軽く窘められてしまった。

 

「修行の最中に考え事かな、リアス?」

 

「申し訳ありません、お父様。ただ……」

 

 ……そう。グレモリーたる証である「探知」においては最上の指導者と言えるお父様。

 

「リアス。気持ちは解らなくもありませんが、今はこちらに集中しなさい。それと貴方への課題ですが、難易度をもっと上げてあげましょう。課題の最中に余計な事を考えられるという事は、それだけ簡単で退屈だと感じているからなのでしょう?」

 

「……お母様、どうかお手柔らかにお願いします」

 

 そして、私が「紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)」たる所以である「滅び」の力の使い手としてはお兄様に次ぐ実力者であるお母様。この二人が、早朝鍛錬を含めた今回の強化合宿における私の指導者だった。

 考え事をしていた私を脅し付けたお母様は、「滅び」の魔力で形成された魔力弾を幾つも作り出すとそれを一斉に放ち始めた。私は「探知」の力を発動してその狙いを読み取り、時に躱し、時に同じ魔力量に調整した「滅び」の魔力弾で相殺し、時に小型の破滅の盾(ルイン・シェイド)を掌の上に展開して防御と、状況に応じて的確に対処していく。……でも、それが地獄への門をまた一つ開く切っ掛けとなった。

 

「ヴェネラナ。リアスは「探知」の戦闘方面への応用に慣れて来た様だ。そろそろ攻撃のバリエーションを増やしてもいい頃合いだろう」

 

「解りましたわ、あなた。それとこの際ですから、スピードも二割ほど上げましょう。何せ、大事な修行の最中に考え事ができるんですもの。それくらいは余裕でこなしてくれるでしょう。ねぇ、リアス?」

 

 ……正直な話、今のレベルですらかなりギリギリなので、これ以上レベルを上げられると対処し切れなくなる。お父様もお母様もそれは解っている筈で、お父様に至っては「探知」を使っているのだから、お母様よりも正確に今の私の限界を理解している筈。それなのに実の娘に限界越えを強要するあたり、お父様もお母様も事修行に関しては鬼の様に厳しくなるらしい。あるいは、あのお兄様の常軌を逸した強さもこうしたスパルタ教育の賜物なのかもしれない。

 

 私、五体満足で駒王町に帰れるのかしら?

 

Side end

 

 

 

Overview

 

「パパ、ママ。どうして、こんな事になっちゃったの……?」

 

 今や完全に鍛錬の場となった模擬戦用異相空間にある湖の畔で、アウラは一人座り込んで泣いていた。つい先程、父親である一誠から打ち明けられた事について、アウラはどうしても納得できなかったのだ。

 

 

 

「はやて、アウラ。……僕のお嫁さんが増える事になったよ」

 

 湖の近くにある雑木林の一角で、一誠が話を最後まで聞いて欲しいと念押しした上で婚姻話を切り出した時、真っ先に反応したのははやてだった。

 

「アンちゃん! お嫁さんが増えるなんて、一体何を言い出しとるんや!」

 

 はやてに続いて、セタンタも声を荒げてその真意を問い質す。

 

「そうですよ、一誠さん! 一誠さんにはイリナさんがいるじゃないですか!」

 

 しかし、一誠は何も答えない。そこではやては矛先を一誠からイリナに変えた。

 

「イリナお義姉ちゃんは、イリナお義姉ちゃんはこの事を知っとるんか!」

 

 はやてがそう問い質すと、イリナは努めて冷静に答えを返す。

 

「知っているわ。私もその場に居合わせたから」

 

 イリナの冷静な対応に、はやては戸惑いを隠し切れなかった。

 

「知っとるって、それじゃどうして! ……ちょっと待って。今、その場に居合わせたって確かに言うたな。まさか、そうする様に誰かから言われたんか?」

 

 はやてが新たな疑問を口にした所で、ロシウは全てを悟った。

 

 ……一誠は、悪魔側の総意として悪魔の花嫁を娶る様に魔王直々に命じられたのだと。そして、それを受け入れた理由についても。

 

 ロシウは一誠の在り様に対して、深い溜息を吐く。

 

「一誠よ、お主も損な男じゃな。少しぐらい色にボケた方が楽に生きられようにの」

 

(尤も、だからといって色に溺れてもらっても困るのだがな)

 

 ロシウは心の中でそう続けた。そこで、アウラは一誠にある事を問い掛けてくる。

 

「ねぇ、パパ。……新しいママは、あたしの知ってる人なの?」

 

 このアウラの問い掛けに、はやてやセタンタはおろか事情を知っている筈のイリナでさえもハッとなった。そして、一誠はアウラの頭を撫でると、悲しげな眼差しを向けながら愛娘の問い掛けに答える。

 

「やっぱり、賢いアウラには解っちゃったか。……アウラが思った通りだよ」

 

 すると、アウラは一誠の結婚に対して猛反対を始めた。

 

「そんなの、そんなのダメだよ! レイヴェル小母ちゃんやソーナ小母ちゃんが新しいママになるならまだ解るけど、パパも知らない様な人が新しいママになるかもしれないなんて、あたしはイヤ! イヤなの! パパ、お願いだから考え直して! 代わりに何かできる事があるなら、そっちにして! それがあたしにできる事だったら、あたしも協力する! だから!」

 

 必死に考えを改める様に言い募るアウラから飛び出した言葉を聞いたはやては、可愛い姪が父親の不本意な結婚を押し留めようとしている以上、義妹である自分もまた何かできる事がある筈だと判断して静かに考え始める。そして、セタンタもまた一誠が何故イリナという最愛の女性がいながら嫁を増やす様な事になったのか、そしてそれをどうして受け入れたのかを考え始めた。この三人の様子を見た一誠は、一気に危機感を募らせる。

 

(不味い。このままでは少なくともはやてとセタンタが、最悪の場合はアウラもまた交換条件に気づいてしまう)

 

 そう判断した後の一誠の行動は早かった。

 

「アウラ。これはもう決まった事なんだ。今更「やっぱり駄目です」って言って断れないんだよ。……解ってくれるね?」

 

(我ながら、なんて身勝手な言い分なんだ)

 

 アウラに受け入れる様に説得しながらも、一誠は自分の言っている事の身勝手さを誰よりも理解していた。だが、それでも押し切らなければならなかった。

 ……しかし、一誠の強引な言動に秘められた複雑な心境に気付かない様なアウラではない。

 

「パパの……」

 

 大好きな父が不本意な結婚をさせられようとしている。そして、それを父も母も甘んじて受け入れている。その事実に、アウラは耐えられなかった。

 

「パパの、バカァッ!!」

 

 アウラは大声でそう叫ぶと、悪魔の羽を広げてその場を飛び去ってしまった。……その瞳からは、大粒の涙が幾つも零れ落ちていた。

 

 

 

 そうして小さな胸の内で渦巻く激情のままに訳も解らず飛び回り、疲れた所で降り立ったのが湖の畔だった。如何に一誠の「魔」から生まれたとはいえ、アウラ自身はまだ幼い事からそう遠くへは飛んで行けなかったのだ。そして、アウラはそこでようやく頭が冷えてきたのだが、何度考え直しても納得がいかずに大好きな両親の元へ戻る事を躊躇ってしまった。そうして、どうしようもなくなったアウラが湖の畔に座り込んで泣いている時だった。

 

〈ブリテンからアヴァロンに帰っている最中、随分と懐かしい気配を感じて来てみれば、まさかこの様な世界があるとはな。一つ尋ねてもよろしいかな、リトルレディ?〉

 

 突然男性らしき者から念話で声をかけられたアウラは、声のした方向に向き直る。そこにいたのは、一頭の月毛の馬だった。ただし、一口に月毛と言ってもその毛並みにはまるで金属の様に鮮やかな光沢があり、そのクリーム色に近い色合いと相成ってまるで黄金の様にも見える。

 アウラはキョロキョロと辺りを見回すものの他に誰もいないので、自分に声をかけてきたのはその馬であると判断した。

 

「ねぇ、お馬さん。お名前は何て言うの? あたしの名前は、兵藤アウラ。アウラだよ」

 

 そこで、アウラは自分に声をかけてきた馬に名前を尋ねると共に自分の名前を教える。すると、月毛の馬は「失敗した」と言わんばかりの反応を見せた。

 

〈おっと、これはしまったな。自分から声をかけておきながら名乗りもせず、それどころか先に名乗らせてしまうとは。誠に申し訳ない、リトルレディ〉

 

 月毛の馬は謝罪の言葉を告げると共に頭を下げてきた。それを見たアウラは、その事については気にしない様に伝える。

 

「気にしなくてもいいよ。だって、あたしが教えたかっただけだもん。それよりもお馬さん、お名前を教えてほしいの」

 

〈それもそうだな。だが、私は一体何と名乗ればいいのやら……?〉

 

 アウラに名前を教える様に促されると、月毛の馬はまるで自分が何者であるかを忘れているかの様な素振りで少し考え込んでいたが、やがて意を決したかの様に名乗り始めた。

 

〈そうだな。では、私の事をドゥンと呼ぶといい。ドゥンとは、私の様な毛並みをした馬の事を指すらしいからな〉

 

 アウラは月毛の馬から教えられた「ドゥン」という名を何度も呟く事で頭の中に覚え込ませていく。そうして覚えたと確信できたところで、アウラは最初にドゥンが自分に何かを尋ねようとしていた事を思い出した。

 

「ウン、これで覚えた。それでね、ドゥン。さっき、あたしに何か尋ねたいみたいな事を言ってたから、あたしに教えられる事なら教えてあげる」

 

 アウラはそう言って質問に応じる構えを見せたが、ドゥンはそれを後回しにする事にした。自分が声をかける寸前にアウラが泣いていた事が気になって仕方がなかったからだ。

 

〈そう言えば、元々そのつもりで声をかけたのだったな。だが、それは後回しにしよう。それよりもアウラ、どうしてここで泣いていたのかを教えてもらえないだろうか。……実は、こう見えても私は千五百年という時間を生き永らえているお爺さんだ。だから、多少なりともアウラの力になってやれるかもしれないな〉

 

「いいの?」

 

 アウラがドゥンを見上げる様にして本当にいいのかを伺うと、ドゥンは快諾した。

 

〈勿論だ。こういう時は遠慮なく甘えた方がいい。それが子供の特権だ〉

 

「……ウン」

 

 ドゥンに促されたアウラは、一誠から聞かされた事について話そうとした。しかし、ここでアウラはある事に気付く。

 

「あれっ? そう言えば、パパのお話が始まってすぐに飛び出しちゃったから、詳しい事なんて何にも聞いてないの……」

 

 そう。一誠はあくまで「お嫁さんを増やさなければならなくなった」と言っただけで、イリナはそれをその場で聞いていて承知していると言い、そして「新しいお嫁さんはパパも知らない人かもしれない」という可能性に自分で気付いた後、一誠に問い掛けたら肯定したという事だけだった。

 ……幼い子供が親に反感を抱くにはこれだけでも十分過ぎるほどの理由なのだが、アウラが一誠から受け継いだ賢さはそれだけで反感を抱く事を良しとしなかった。

 

「あたし、パパに酷い事しちゃった。パパのお話をちゃんと聞こうともしなかったなんて。もし反対するなら、もっとちゃんと話を聞いてからじゃないと駄目なのに……」

 

 そう言って落ち込んでしまったアウラに、ドゥンは優しく声をかける。

 

〈アウラ。自分で自分の過ちに気付くのは、実はとても難しい事だ。まして、それを素直に受け入れる事は更に困難になる。嘗て私が背に乗せた主はとても聡明であったが、それ等の事が中々できずにいた。しかし、君はそれをいとも容易くやってのけた。それはとても素晴らしい事だと思う。だから、君が今感じている事をどうか忘れないでほしい〉

 

 ドゥンから優しく諭されたアウラは、しっかりと頷く事で返事とした。

 

「ウン!」

 

 自分に返事をしたアウラの顔から悲しみの色が薄れたのを確認したドゥンは、ここで父親の所まで自分が送る事を提案する。

 

〈さて、アウラ。まずはお父さんの話をよく聞かないといけない事が解ったのだ。ならば、君のお父さんの所まで私が送っていこう〉

 

「いいの?」

 

 アウラがドゥンの意志を確認すると、ドゥンは肯定すると共に背に乗る様にアウラを促した。

 

〈あぁ。さぁ、私の背に乗りなさい。お父さんの所まで、しっかりとエスコートしてあげよう〉

 

「ありがとう、ドゥン!」

 

 ドゥンからの申し出に対し、アウラは笑顔で感謝の言葉を伝える。……その瞳からは、零れ落ちそうな涙も悲しみの色も消え去っていた。

 

 

 

 一方、その頃。

 

「アウラ~!」

 

「アウラちゃ~ん!」

 

 アウラが飛び去ってから暫くした後、一誠達は手分けしてアウラを探していた。一誠はアウラが飛び出した時点ですぐさま後を追おうとしたが、ここでロシウが待ったをかけた。

 

「このままアウラを追っていったとしても、頭に血が上ったままではアウラもまともに話を聞いてはくれんじゃろう。ならば、ここは一旦アウラの好きにさせる事で頭を冷やしてもらい、それからじっくり話をするべきじゃな」

 

 このロシウの言を一誠はあえて受け入れた。アウラもそうだが、それ以上に自分自身もまたけして冷静とは言えない事を理解していたからだ。そうして十分ほどした後、ロシウは一誠とイリナ、はやてとレオンハルト、そしてロシウとセタンタという組み合わせで飛び去っていったアウラを探し始めた。

 ……これが親子三人水入らずで話し合わせる為の茶番であるのは、誰もが理解した上で。そして、一誠とイリナはアウラを探しながら今回の件について話し合っていた。

 

「ねぇ、イッセーくん。やっぱり、まだ早過ぎたのかな?」

 

「いや。これ以上話すのが遅くなれば、他の誰かから話が伝わって余計に拗れる恐れがあった。話すとすれば、今しかなかったんだ」

 

「そう、そうよね……」

 

 イリナは時期尚早だったのではないかと一誠に尋ねたが、返ってきた意見に納得した。そこで、イリナは一誠の浮かべている表情に少し疑問を抱いた。

 

「ねぇ、イッセーくん。何だか、少し笑っているみたいだけど?」

 

 すると、一誠はアウラから反対されたにも関わらず笑みを浮かべていた理由をイリナに話す。

 

「んっ? いやね、そう言えばアウラとケンカしたのって、これが初めてだったなって。それで、アウラも少しずつ成長しているんだなって、そう思ったら少し嬉しくなってね。……それに、僕が小さい頃に父さんや母さんに食ってかかった事が何度かあるけど、その時も父さん達はきっとこんな風に感じていたんだなって、今ならそう思えるんだよ」

 

 一誠はそう言って、幼い頃の自分の行いに対して同様の想いを抱いたであろう両親に思いを馳せていたが、やがてアウラを説得する際の方向性を変える事をイリナに伝える。

 

「さっきは交換条件の政略結婚に気付かせない様に強引に納得させようとしたけど、それはアウラを少しバカにしていたんだと思う。それについては、ちゃんと反省しないといけない。……だから、今度はもう少し踏み込んだ話をして、お互いに意見をぶつけて話し合おうと思っているよ」

 

 先程は親である事を前面に押し出していたのをアウラを一個人として尊重する様に方向転換した一誠に対し、イリナは先程の一誠を「らしくない」と感じていた事を明かした。

 

「そっか。そうだよね。アウラちゃんも少しずつ成長しているんだもんね。それにさっきのイッセーくん、ちょっとイッセーくんらしくないなぁって思っていたんだけど、やっぱり焦ってたんだ」

 

「情けない話だけど、そういう事だよ。さて、後はアウラを見つけるだけなんだけど……」

 

 一誠がイリナの感じた事を肯定した上で、本腰を入れてアウラを探そうとした時だった。

 

「パパ~! ママ~!」

 

 アウラが自分達を呼び掛ける声が聞こえてきたのだ。そこで二人はアウラの声がした方向に向き直る。そこにいたのは、ドゥンと名乗った月毛の馬に乗って手を振っているアウラの姿だった。しかし、一誠は愛娘よりも愛娘を乗せてゆっくりと近づいてくるドゥンの姿にすっかり魅入られてしまっていた。

 まるで黄金の様に見える艶やかな毛並みもそうだが、体つきも筋肉質でとても引き締まっている事から、それこそ何処までも遠く、誰よりも速く走る為に生まれてきた様な様相を呈している。一誠は召喚師(サモナー)として今まで数多くの幻想種を見てきた経験から、ドゥンが幻想種に何ら引けを取らない程の並外れた駿馬である事を即座に理解した。

 

「こんな所にどうして馬がいるの?」

 

「今の所は僕にも解らない。ただ相当に永い年月を生きてきたのか、もはや霊獣と化している。しかも相当に格が高いみたいだから、あるいは次元の狭間を通り抜けて異なる世界を移動できる力を持っているのかもしれない。でもこの馬、何処かで見た事がある様な……?」

 

 イリナの疑問に対して、やや夢見心地である一誠も曖昧な形でしか答えられないでいたが、その一方でドゥンに対して何処か心の琴線に触れるものを感じていた。やがてアウラを乗せたドゥンは一誠達のすぐそばまで近づくと、そこで静かに立ち止まった。そこでアウラはドゥンの背中から一誠の胸にダイブし、そのまま抱き着いてから一誠に謝る。

 

「パパ、ゴメンなさい。パパの話、全然聞かない内に飛び出しちゃって。だから、あたし、今度はちゃんとお話を聞く。ひょっとしたらまた反対しちゃうかもしれないけど、それでもパパのお話を聞かないで一方的に、なんて事は絶対にしない。だから」

 

 愛娘が、聞きたくないであろう事であってもしっかり聞こうとしてくれる。それをアウラの言葉の節々から感じ取った一誠は、抱き付いているアウラを少しだけ強く抱き返した。

 

「いいんだよ。僕の方も言い方が悪くて、アウラが納得いかないのも無理ないから。それなのに、今度はちゃんと話を聞くってアウラが言ってくれた事が、僕は何より嬉しいんだ。……僕のお話、聞いてくれるね?」

 

「ウン!」

 

 一誠からの意志確認に対して元気よく答えるアウラの姿を見届けたドゥンは、特に意志を伝える事無くそのまま静かに立ち去ろうとする。

 

「ありがとう、ドゥン!」

 

 それに気付いたアウラがドゥンに向かって感謝の言葉を伝えると、一誠が「ドゥン」という名に首を傾げた。

 

「ドゥン?」

 

 すると、アウラはドゥンが名前を教えた時の事を話し始める。

 

「ウン! あのお馬さんが自分から教えてくれたんだよ! 私をドゥンと呼ぶといいって!」

 

 ここで、普段なら絶対に飛び出さないであろうカリスが実体化してきた。ただ普段も少しテンションが高めであるカリスが、いつにも増して興奮している。やがて、カリスはドゥンの事を異なる名前で呼びかけた。

 

「スタリオン! ……やっぱりそうだ、スタリオンだろ! オイラだ! 守護の剣聖(セイバー・ガーディアン)のカリスだよ!」

 

 すると、カリスの姿を見たドゥンは明らかに異なる名前を呼んでいるにも関わらず、カリスに向かって親しげに声をかけ始める。ただし、馬の体の構造では人に聞こえる形で声を発する事ができないのか、念話を使用しているが。

 

〈オォッ……! カリスか! 成る程。私がこの世界を見つける切っ掛けとなった懐かしい気配は、お前のものだったのだな〉

 

 カリスからスタリオンと呼ばれたドゥンはこの鍛練用の異相世界を見つける切っ掛けとなった気配が誰のものだったのかを理解し、そして納得した。そして、カリスはドゥンと最後に会った時の事を語らい始める。

 

「それにしても久しぶりだね、スタリオン。オイラ達が最後に言葉を交わしたのって、確かアーサーが静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)を盗まれる直前かな?」

 

〈そうだな。あの頃には既にスァムライやスプマドールも亡くなり、私自身もまた老いには勝てず、最早戦場に出られる体ではなかった。主もそれは承知していて、遠乗り以外には私に乗ろうとなさらなかった。……それだけに、もしあの時に私の声を主に届ける事ができていれば、主はあるいはあの様なご最期を迎える事はなかったのではないのか。主を失って以来、ずっとそれだけを考えて生きてきたよ〉

 

「スタリオン……」

 

 過去に対する激しい後悔を口にするドゥンに、カリスは言葉を失った。すると、アウラが悲しげな表情でドゥンに問い掛ける。

 

「ねぇドゥン。ドゥンって、本当のお名前じゃなかったの?」

 

 そのアウラの悲しげな表情を見たドゥンは、けして嘘をついてはいない事をアウラに伝えると共に改めて自己紹介を始めた。

 

〈それは違うぞ、アウラ。ドゥンという名も、私は確かに持っているのだ。そう、今は亡き主に付けて頂いた名は月毛のスタリオン。即ち、ドゥン・スタリオンだ。尤も、早足のスァムライや勇敢にして精悍なるスプマドールには遠く及ばず、その二頭亡き後に行われたカムランの戦いにおいても主と共に戦場を駆ける事が叶わなかった、ただの死に損ないだがな〉

 

 明らかに自嘲の色を含んだ自己紹介を聞いて、イリナは驚きを隠せなかった。飛び出してきた名前が、余りにも一誠と縁の深いものだったからだ。

 

「ドゥン・スタリオン……? まさか、先代の騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王と共に戦場を駆け抜けたという愛馬の内の一頭なの?」

 

 そして、一誠もまた何故ドゥンに見覚えがあったのかを理解した。

 

「道理で見覚えがあった筈だ。僕に継承された先代の記憶の中に、確かに彼の背に乗って大地を駆けるものがある」

 

 ……どうやら、二天龍の一頭である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)は深い眠りの中にあってもなお何かを呼び寄せずにはいられない様だった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

因みに、アウラから「小母ちゃん」と呼んでもらっているリアスについては、まだ「新しいママ」と認めてもらえるまでには至っていない様です。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第九話 騎士王の乗騎

2019.1.6 修正


 僕の身内に悪魔の嫁取りの話を打ち明けると、アウラが猛反発してその場を飛び去ってしまった。「暫く好きにさせる事で頭を冷やしてもらった方がいい」というロシウの進言に従って少し時間を置いてからアウラを探しに行くと、まるで黄金の様な色合いと煌めきを持つ毛並みの馬がアウラを僕達の元まで連れて来てくれた。アウラにドゥンと名乗ったその馬は、突如飛び出してきたカリスによって実は先代の騎士王(ナイト・オーナー)を務めたアーサー王の愛馬の一頭であるドゥン・スタリオンである事が判明した。確かに、五世紀~六世紀に活躍したとされるアーサー王の愛馬であれば千五百年は生きている筈なので、霊獣と化していても何らおかしくはない。ただ、彼はアーサー王の最期に対して深い後悔を抱いている様だ。具体的には何に対しての後悔なのか、今の所ははっきりしない。

 僕はドゥン・スタリオンの抱く後悔について考えていたが、その前に彼から声をかけられた。

 

〈ところで、少年。どうやら君がアウラの父親の様だが、何故君からカリスが司るエクスカリバーの聖なる力を感じられるのだ? 数多の騎士を統べる王の力を担える者は、私の知る限りでは今は亡きアーサー様だけだ〉

 

 このドゥン・スタリオンの問い掛けに僕は納得した。確かに己の主と同じ力を僕から感じられれば問い質したくなるのも無理はない。すると、僕の代わりにカリスが答えた。

 

「それについてはオイラが答えるよ、スタリオン。イッセーは、アーサーに続くエクスカリバーの担い手なんだ」

 

 そして、カリスは僕が幼い頃に二天龍ですら見極められない程の隠蔽能力を持つ静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)を見つけて拾った事から端を発し、僕がエクスカリバーの力の根源である星の意志に認められて騎士王(ナイト・オーナー)の名を継承した事、更に長年本体である静謐の聖鞘から切り離された事で破壊されたエクスカリバーを生命の根源に繋がる力である()(どう)(りき)で作った器を基に再誕させた事まで説明すると、ドゥン・スタリオンは唸る様な声を上げる。

 

〈私も長い時間を生きて来たが、まさか盗み出された静謐の聖鞘を見つけ出し、更にカリスとエクスカリバーに認められた事でアーサー様の正統なる後継者となった者が現実に存在しているとは思わなかった。まして、それが先程出会ったばかりのアウラの父親なのだから驚きだ。……これを偶然の一言で片付けるには、余りにも因縁が大き過ぎるな〉

 

 ドゥン・スタリオンはそう言った後、僕がアーサー王の後継者である件を一旦棚上げしてアウラが僕の元から飛び出してきた切っ掛けとなる話を自分にも聞かせる様に頼んできた。

 

〈まぁ、それについては一先ず置いておこう。それよりも、アウラの父よ。アウラが今度はしっかりと向き合って聞くと決意した話を私にも聞かせてはもらえないだろうか。先程アウラにも言ったのだが、これでも千五百年の時を生きている。それにアーサー様の足となり戦場以外にも様々な場所を駆け、その度にアーサー様を始めとする騎士達の言動を見聞きしてきた。その経験が多少なりとも役に立つと思うのだ〉

 

 このドゥン・スタリオンの申し出を僕は承諾した。

 

「解った。そういう事なら、貴方にも聞いてもらおう。アウラも貴方には心を許している様だから、貴方が側にいれば心強いだろう」

 

 僕は承諾した理由をこう口にしたが、それ以外にも僕との関係が薄い第三者からの意見が欲しいという思いがあり、その意味でドゥン・スタリオンからの申し出は正に渡りに船だったからだ。そうして、僕は一人と一頭に悪魔からの嫁取りの件について説明を始めた……。

 

 

 

Overview

 

 一誠がアウラとドゥン・スタリオンに対し、「悪魔から最低一人は娶れ」という魔王の勅命を悪魔勢力の総意として下された事を説明し終えると、アウラはここで何故反論せずに受け入れたのかを問い質した。そこで一誠は何処まで話すかを少しだけ悩んだ末、イリナにも話していない事を含めて説明する事を決断した。幼いが故に一切の柵から解き放たれて真理や真相に辿り着いてしまうアウラの慧眼と感性を踏まえた上での判断である。

 

「アウラ、まずはこの話に僕自身がメリットの大きさを理解してしまったからなんだ。サーゼクス様を始めとする悪魔の人達にとっては僕との繋がりがもっと強くなるし、僕の方も新しいお嫁さんの家族やそのお友達の人と仲良くできて、困った時には助けてもらう事ができる様になる。そういった事を踏まえて、悪魔の偉い人達は打算も少なからずあるけど善意も含めてこの話を持ち掛けてきたんだよ。……それに僕自身、もし僕がお嫁さんを増やす当事者でなく、しかも悪魔の偉い人達と同じ立場だったら、間違いなく同じ事を言っていたと思うしね」

 

「でも、だからって……」

 

 アウラは一誠が「立場が違えば自分がこれを言っていた」と言って来た事に困惑しつつも、イリナの方を見て明らかに申し訳なさそうな表情を浮かべた。そのアウラからの視線を察したイリナは、全てを承知の上である事をアウラに伝える。

 

「アウラちゃん。さっきも言ったけど、この勅命をイッセーくんが受けた時、私も一緒にいたの。私も最初は納得いかずに反論したんだけど、結局は論破されちゃってどうにもならなくなっちゃったのよ。それにね、交換条件を呑むくらいなら私が我慢すればいいって気づいちゃったから」

 

「交換条件? ……じゃあ、パパがママ以外の人と結婚しなくてもいい方法があったんだ!」

 

 イリナがつい零してしまった「交換条件」という言葉を聞き逃さなかったアウラは、魔王の勅命を回避する手段があると知って喜んだ。しかし、ドゥン・スタリオンが喜ぶアウラに待ったをかける。

 

〈アウラ、喜ぶのはまだ早い。……アウラの父よ。その交換条件、おそらくは〉

 

 ドゥン・スタリオンがアーサー王を始めとする騎士達の言動を見聞きしてきた経験は伊達ではない。彼の知る騎士達の婚姻事情から、彼は交換条件がどういったものなのかを察していた。そして、一誠はドゥン・スタリオンの察しが合っている事を伝えた上で交換条件の内容を打ち明ける。

 

「貴方の察した通りだよ、ドゥン・スタリオン。僕が勅命を呑まない場合、それとは違う形で悪魔との繋がりを作らなければならない。それはつまり、僕の血縁者を通じて姻戚関係を築く事だ。そして、それに該当するのが……」

 

「もしかして、はやてお姉ちゃんとあたし?」

 

 アウラが答えに行き着いたところで、一誠は交換条件を呑まなかった理由を正確に教える。

 

「そうだよ、アウラ。だから、交換条件を呑む訳にはいかなかった。自分達の幸せの為に大切な家族であるはやてやアウラを犠牲にする事を、僕もイリナも受け入れられなかったんだ」

 

「そんな! ……あたし、パパとママが幸せになってくれるなら」

 

 何処かの悪魔のお嫁さんになってもいいよ? ……アウラはそう続けようとするが、その前に一誠に止められた。

 

「アウラ、それ以上は言っちゃ駄目だ。それに以前、アウラは言ったね。「パパがあたしを幸せにしたいなら、パパだって幸せにならなきゃダメだよ」って。だから、今度は僕がアウラに言うよ。アウラが僕達に幸せであってほしいなら、アウラも幸せでないと駄目なんだ。何故なら、僕はアウラのお父さんで、イリナはお母さんだから。アウラが幸せでないのなら、僕達は幸せだなんてけして言えないんだよ」

 

 一誠がかつて愛娘から言われた事をその立場を入れ替え、更にイリナも交える形でアウラに伝えると、アウラはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 

「……パパ。それ、ズルいよ」

 

 暫く沈黙したアウラがやや恨みがましくそう言うと、一誠は自分が狡い事を肯定した上で交換条件を受けられない別の理由をアウラに伝える。

 

「うん、そうだね。アウラが幸せになる為なら、僕は何処までもズル賢くなれる自信があるよ。それにね、イリナは気付いていなかったけど、交換条件を受け入れられない理由は他にもあるんだ。もしアウラやはやてを悪魔のお嫁さんにする事を選んだ場合、アウラもはやても結婚なんて余りにも早過ぎるから、まずは婚約という形で相手の家に入って、二人がしないといけない事や逆にしたらいけない事がどんな事なのかを学んでいく事になる。こう言えば聞こえはいいけど、これは要するに二人の事を人質として差し出すのとほぼ同じ事なんだ。そうなれば、僕はどうしても悪魔の人達を贔屓しないといけなくなるし、そうした場合には折角サーゼクス様やアザゼルさん、ミカエルさんから任せてもらった聖魔和合親善大使の意味がなくなってしまう。だから、僕が依怙贔屓したらいけない立場である以上、交換条件はけして受け入れてはいけないものなんだ」

 

 なお、交換条件の有無を確認した時、悪魔勢力の上層部の内で一誠と接点を持っていなかった者達が狙っていたのはむしろ交換条件に伴う政略結婚を隠れ蓑とした人質の確保の方であり、あえて一誠に強制的な嫁取りの話を持ち掛ける事で一誠の家族に揺さぶりを仕掛けて自発的に政略結婚を受け入れさせる腹積もりである事を一誠は見抜いていた。だからこそ、はやてやアウラに揺さぶりを掛けられるのを防ぐ為、一誠は交換条件の有無を確認するとその場で魔王の勅命を承服したのだ。軍略や政略はおろか謀略にもその辣腕を振るい、敵味方の双方を恐れさせた冷血軍師の本領を発揮したと言えるだろう。

 ……ただし、同時に家族を始めとする身内には何処までも甘い一面も一誠は持っており、未だに良心の呵責に悩みながらも新しい妻となるであろう女性を温かく迎え入れる事を決意していた。

 

「それにね、ここに来て僕も腹を括ったんだ。どうせなら、新しくお嫁さんになる人もイリナやアウラと一緒に幸せにしてやろうってね。……尤も、イリナに対して申し訳ないとは思わないのかって、僕の中にある良識というものが未だに僕の心をグサグサと突き立ててくるけどね」

 

 一方、イリナもまた一度完全に決別した時や龍天使(カンヘル)に転生する前には自分の目が届かなくなった後の一誠の事を盟友ソーナに託した事があるだけに、複数の女性と共に一誠を愛する事を割とあっさり受け入れていた。尤も、無条件で受け入れるのは流石に悔しい為、最初に一誠に向かってぶつけたのは表向き責める様な言葉であったのだが。

 

「ホント、男の人って身勝手よね。つい先日まで、私以外の人を妻にするのを嫌がっていた癖に。……でもまぁ、ソーナやレイヴェルさん、後は憐耶だったらそれでもいいかなって思える時点で、私もどうかしてるかも」

 

 すると、一誠の左手の甲が光を放ち、今まで沈黙を保ってきたグイベルが話しかけてきた。

 

『一誠を身勝手だって責めている割には随分と寛大なのね、イリナ。これが私だったら、ドライグの事を半年は無視しているわ』

 

 如何にも気の強いグイベルらしい発言に、流石の一誠も苦笑いを浮かべるしかない。

 

「グイベルさん。もしそれをやられたら、ドライグは一月も経たない内に泣いて土下座すると思いますよ。俺が悪かったから、もう勘弁して下さいって」

 

『……その光景が割と簡単に思い浮かべられるのは、何故なのかしら?』

 

 一誠の予想の中にあった夫の情けない姿を容易に思い浮かべられるという事実に、グイベルは少しばかり危機感を抱いてしまった。

 

〈どうやら、私の出る幕など最初からなかった様だな。では、これで私は失礼しよう〉

 

 一誠達が会話を交わす様子から何の心配もいらないと判断したドゥン・スタリオンは、アヴァロンへと帰る為にこの場を去ろうとした。そこに、アウラが悲しげな瞳で彼に問い掛ける。

 

「ねぇ、ドゥン。……生きている事が、そんなに辛いの?」

 

 アウラの言葉はドゥン・スタリオンの心を鋭く貫いた。動揺から、僅かながら体が揺れたのだ。そして、ドゥン・スタリオンはアウラからの質問には答えず、逆に何故そう思ったのかを問い掛けた。

 

〈アウラ、何故そう思ったのかな?〉

 

 自分の質問に答えていないドゥン・スタリオンからの質問に対し、アウラは何ら悪感情を抱く事無く尋ねられた内容に答え始める。

 

「だって、ドゥンが今にも泣き出しそうな目をしてるんだもん。ご主人様に置いて行かれた事が、そんなに辛くて悲しかったの?」

 

 アウラが最後にドゥン・スタリオンの気持ちを確認すると、彼は暫く口を閉ざした後で肯定した。

 

〈そうだな。アウラの言う通り、私は老いによる衰えを理由に最後の戦場に連れて行って頂けなかった事を辛く、悲しいと思っている。だがそれ以上に、年老いた私に残されていた望みが叶えられなかった事の方が遥かに辛い〉

 

 そして、ドゥン・スタリオンは自身の抱いていた願望をアウラに吐露する。

 

〈アウラ。私は主の、アーサー様の乗騎としてこの命を全うしたかったのだ〉

 

 ドゥン・スタリオンの願望を聞いたアウラは、どう答えたらいいのか解らずに困惑している。その様なアウラの反応を見たドゥン・スタリオンは、ゆっくりと己の過去について語り始めた。

 

〈私とアーサー様の出会いについては特に劇的なものはない。砂漠の国で生まれた私は幼い頃に馬商人によって山を越え、海を越え、遠く離れたブリテンに持ち込まれた。そこを、当時はまだ一地方の若き領主であったアーサー様に見出され、そのまま買い取られるというごく有り触れたものだ。アーサー様は私をいたくお気に召されたのか、よく遠乗りに連れ出しては私に色々と語りかけて下された。私が馬であるが故に人語を話せぬという気安さもあったのだろう、中には人の上に立つ者として人前ではけして言えぬ弱音や愚痴も話して頂けた。この様にアーサー様から少なからず信用して頂けた事は、私にとってこの上なく誇らしい事だった〉

 

 空を見上げながらアーサー王との出会いを語るドゥン・スタリオンの瞼の裏には、確かに今は遥か昔となった懐かしき日々の光景が映し出されていた。

 

〈やがて、アーサー様がブリテンの統一に乗り出した時、私は軍馬としてアーサー様の足となり、過酷な戦場を駆け抜けた。またブリテンが統一された後に凶悪な巨人や獰猛な蛮族が侵略を重ねてきた時も私はアーサー様の足となった。やがて反攻侵略でアイルランドとアイスランドを統合した後、過酷な戦いを幾度も潜り抜けた代償として体が衰え始めた事を自覚した私は第一線を退き、私よりも若く優れたスァムライやスプマドールに後を託した。その後も戦いは続いたが、アーサー様は周辺の敵を全て退けて争いのない理想郷を築き上げられた。私はと言えば、最前線に立つ事こそ既になくなっていたが、引き続きスァムライやスプマドールと共にアーサー様の乗騎として働いていた。おそらく、この時が一番幸福であった時間であろうな〉

 

 そう語ったドゥン・スタリオンの顔はまるで笑みを浮かべている様であり、その時間が如何に幸福であったのかが窺い知れる。……だが、その笑みも次第に曇り始めた。

 

〈やがて平和な時は過ぎ、私より若いスァムライやスプマドールが私よりも先に天寿を全うした後、グィネヴィア様と密通したランスロット卿の討伐の為にアーサー様がフランスへ出征なされる事となった。この時点で既に余命幾許もない事を悟っていた私は最期のご奉公として共に戦場を駆ける事を望んでいた。しかし、当時は今の様に私の想いを言葉として相手に伝える事ができなかった。カリスとの会話とて、カリスから話しかけてもらわねば言葉を交わす事すらできなかったのでな。そうして戦いに耐えられないとしてキャメロットの厩舎に留め置かれた私は、やがてかの逆臣モルドレッドが反旗を翻すのを目の当たりにした。私はアーサー様の栄光を守らんとして必死に抵抗した。だが、この身は所詮唯の馬だ。すぐさま取り押さえられた後に鉄の鎖で鉄柱に繋がれてしまい、アーサー様の後背を襲おうと反逆者達が軍勢を率いて出撃するのをただ見ている事しかできなかったのだ〉

 

 一誠はこの時、最期の奉公も叶わず、また主の帰る場所を守り切れなかったというドゥン・スタリオンの無念を完全に理解するのは難しいと判断した。むしろ、守るべき存在が何百年も苦しみ続ける様をただ見ている事しかできなかったリヒトの方が理解できるかもしれないとも思った。そして、ドゥン・スタリオンの顔に浮かぶ感情は悲しみから後悔へと変わっていく。

 

〈少しばかり時が過ぎ、カムランの戦いにおいてアーサー様がモルドレッドと相討ちになられた事を知った私は、天に召されたアーサー様にお仕えしようと自ら食を絶った。既に余命幾許もない身だ、生への未練など微塵もなかった。空腹の苦しみの中で体から力が抜けていくのを感じた私は、そのまま目を閉じて二度と目覚めぬ眠りに入った。……入った筈だったのだ。だが、二度と目覚めぬ筈の私は朝日が昇るといつもの様に目を覚まし、そして己の体の異変に気付いた。幾多の戦傷と老いによって衰え切っていた私の体がいつの間にか若く健全なものへと変わっていた。いや、それどころか全盛期をも上回る程の力に満ちていたのだ。何の冗談だと思った私は、今度は確実に死ねるように食はおろか水さえも絶った。だが、それから一週間が経ち、一月経っても死ぬ事はなかった。この時点で何かがおかしいと思いながらも、私はなおも食も水も絶ち続けた。それがやがて一年、二年と続き、十年を経っても飢えも渇きも感じる事はなく、やがて百年を数えようとした時に私は悟った。私はもはやアーサー様に殉じる事すら叶わないのだと〉

 

 ……人間を止めざるを得なかった事で同様の喪失感を経験している一誠には、それを知った時のドゥン・スタリオンの絶望の大きさが痛いほどよく解った。

 

〈こうして死すべき時に死ぬ事が叶わなかった私は、そのまま今日までズルズルと生き永らえてきた。今も一縷の望みを懸けて食も水も絶ち続けているが、体が弱っていく兆候は全くない。どうやら、私は生きていく上で何かを口にする必要がなくなり、更には寿命という概念さえもないといういわば精霊の様な存在へと変わってしまったらしい。だが、そのお陰で妖精郷であるアヴァロンに迎え入れられたにも関わらず、私は未練がましくも嘗てアーサー様の治めたブリテンに度々訪れてはそこにお仕えするべきアーサー様がいない事を改めて思い知らされるという日々を送っている。……取り柄は長生きだけである無能者に相応しい末路だとは思わないか?〉

 

 最後は自嘲を多分に含んだ問い掛けで終わったドゥン・スタリオンの昔語りを聞き終えたアウラは、その問い掛けに対して即座に否定する。

 

「違う。それは違うよ、ドゥン。そんな事、絶対にないの。だって、あたしはドゥンのお陰であたしが間違っている事に自分で気づく事ができたし、パパとしっかりお話する事ができたんだから。ドゥンが長生きしていなかったら、あたしはドゥンと出逢わなかったんだよ。そうしたら、たぶんパパとママが見つけてくれるまであそこでずっと泣いていたと思う。だから、今まで死なずに生きてきた事を辛いだなんて思わないで」

 

 アウラがドゥン・スタリオンに自分の考えを伝えると、一誠は本来なら真っ先にやらなければならなかった事をし始めた。

 

「ドゥン・スタリオン。本当なら僕が真っ先にやるべき事を忘れていた。それを今、させてほしい。……僕達の娘を、アウラを導いて僕達の所まで送り届けてくれて、本当にありがとう」

 

 そう言ってドゥン・スタリオンに深く頭を下げて感謝の意を伝えた後、一誠はドゥン・スタリオンに生きて為すべき事がある事を伝える。

 

「ドゥン・スタリオン、どうか僕がこれから話す事をしっかりと聞いて欲しい。……貴方は先代の騎士王であるアーサー王と直接関わっている数少ない存在だ。だから、貴方はこれからも生き続けて、そして語り続けなければならない。貴方の大切な主の足跡や業績、そして何より人生そのものを後の人々の心に残し続ける事で、アーサー王がいつまでも人々の心の中で生き続けられる様に」

 

 一誠の「アーサー王を語る事で人々の心の中でアーサー王を生かし続ける」という言葉に、ドゥン・スタリオンは驚愕した。

 

〈私がアーサー様を語る事で、人々の心の中でアーサー様を生かし続ける……! それが、アーサー様に殉じる事のできなかった私の使命だと、そう言うのか?〉

 

 ドゥン・スタリオンの確認に対して、一誠はハッキリと断言した上で協力を惜しまない事を伝える。

 

「そうだ。そして、その為に協力できる事が僕にあるのなら、幾らでも言って来て欲しい。僕の先代に関わる事である以上、協力は一切惜しまない。……だから」

 

 一誠はそう言うと、利き手をそっとドゥン・スタリオンに向けて差し出した。

 

「どうか僕達と共にこの世界を生きてくれ。ドゥン・スタリオン」

 

―どうか私と共にこの戦乱の世を生きてくれ、スタリオン―

 

 この時、ドゥン・スタリオンの瞳には一誠の姿が自分に名を付けた時のアーサー王の姿と重なって見えた。そして、天を見上げると心中で今は亡き主に詫びを入れる。

 

(アーサー様。この老いぼれは、己が生きて為すべき事が何であるのか、今更ながらに気付かされました。故に、私が天に召されし貴方の御側に馳せ参じるのは、もう暫く先の事になりそうです)

 

 ドゥン・スタリオンは亡き主への報告を終えると、一誠に向かって頭を垂れて感謝の言葉を告げた。

 

〈アーサー様が死したる後はただ後悔と諦観に沈み、惰性で生き永らえてきた私にアーサー様の語り部という新たな使命を示して頂けた事、誠に感謝する。その謝礼代わりと言っては何なのだが、この老いぼれの足、よろしければ使っては頂けないだろうか?〉

 

 感謝の言葉の後に告げられたドゥン・スタリオンからの申し出に一誠は驚き、慌てて「共に生きよう」という言葉はけして臣従を求めての事ではないと伝えようとした。

 

「ドゥン・スタリオン。僕は何もそういう意味で言った訳では……」

 

 だが、ドゥン・スタリオンは一誠の言葉を遮る形で己の意志を改めて伝える。

 

〈もちろん、それについては承知している。それに今や鉄の翼や引く者なき荷車が天地を行き交う世となった以上、乗騎としての私はきっと不要であるのだろう。だが、私は馬だ。主を背に乗せて世を駆ける事を何よりの誇りとし、それ以外に多大なる恩義に報いる術を知らぬ者なのだ。故に改めてお願いする。どうか、私を忘恩の徒にしないで頂きたい〉

 

 もはやどうあっても退く様子がないドゥン・スタリオンに対して、一誠はどうするべきか悩んでいると、カリスもまたドゥン・スタリオンの願いを聞き入れる様に願い出てきた。

 

「イッセー。オイラからもお願いするよ。どうかスタリオンを迎え入れてくれないかな? 最期の最後にアーサーの力になれなかったという意味で、スタリオンはオイラと同じなんだ。だから……」

 

 カリスからの申し出を聞いた一誠は少しだけ苦笑すると、カリスの肩にポンと手を置いた。

 

「イッセー?」

 

「ドゥン・スタリオンは先代騎士王と共に戦乱の世を駆け抜けた歴戦の猛者なんだ。聞く人が聞けば正に垂涎の的だよ。それに相棒であるカリスにまでそう言われたら、もう断れないじゃないか」

 

「それじゃあ!」

 

 一誠の発言からその意図を読み取ったカリスは歓喜の声を上げるが、一誠はその前にドゥン・スタリオンに向かって最後の意志確認を行う。

 

「ドゥン・スタリオン、予め伝えておこう。これから先、僕が歩むのは先代たるアーサー王が歩んだ苦難の道を更に上回る艱難辛苦の道であり、その最たるものは世界最強たる無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィスだ。それでも、僕と共に歩む事を選ぶのか?」

 

 一誠の意志確認に対して、ドゥン・スタリオンは即答した。

 

〈愚問だな。一度付き従うと決めた以上、たとえその道が地獄に続いていようとも最後まで付いて行くのが王に仕える者の道であり、それは馬であっても同じ事だ。まして、アーサー様に続いて騎士の王たるお方にお仕えできる等、正に僥倖の極み。今頃は、天に召された円卓の騎士達が私を羨んでいる事だろう〉

 

 不退転の決意を露わにするドゥン・スタリオンの姿を見て、一誠はついに決断する。

 

「承知した。ドゥン・スタリオン。僕は貴方を、いやお前を乗騎としてあらゆる世界を駆け巡る。だから、死がお互いを別つまで僕の艱難辛苦の道程に付き合ってくれ」

 

 一誠からの求めに対し、ドゥン・スタリオンは臣下として承諾の返事をする。

 

〈御意!〉

 

 この時のドゥン・スタリオンの胸には、若き頃にアーサー王と共に戦場を駆け抜けた時の様な情熱の炎が灯っていた。

 

 

 

 ……こうして、先代の騎士王であるアーサー王の愛馬であったドゥン・スタリオンはアーサー王の後継者である兵藤一誠に仕える事となり、二代に渡って騎士王の乗騎を務める事となった。それに際して、一誠はドゥン・スタリオンの呼び方を愛娘アウラに倣って「ドゥン」とした。これはスタリオンと呼ぶ権利があるのは名付け親であるアーサー王以外には旧友であるカリスだけだという一誠の配慮によるものである。

 その後、一誠はイリナとアウラと共にドゥンの背に乗って早朝鍛錬を行っている者達の元へと向かい、ドゥンを紹介している。一誠からドゥンを紹介された者達はアーサー王伝説の生き証人が一誠の下に馳せ参じた事に驚き、またその後でドゥンに騎乗して披露した一誠の馬術に感嘆したという。一誠は騎士の嗜みとしてレオンハルトから馬術の基礎を徹底的に叩き込まれた後、リディアが召喚する様々な幻想種を相手にその腕を磨いており、ゼテギネアにおける戦乱では数少ない馬術の習得者としてヴァレリア島を東奔西走して各地の戦線に赴いている事から実戦も少なからず経験している。その為、現代社会において馬に接する事が少ない事から普通に騎乗するだけでも相当に練習が必要だろうと思っていたドゥンもまた、前の主であるアーサー王にけして劣らない一誠の馬術に舌を巻いていた。

 そしてその日以降、一誠はそれまでは馬車を使っていた挨拶回りの移動にドゥンを用いる様にした。そうしてその姿をあえて外に晒す事で、民衆の聖魔和合親善大使に対する認知度を高める一助としたのである。

 

 なお、一誠はドゥンと主従の契りを交わした直後、実はまだ自分の名前をドゥンに名乗っていなかった事に気づき、慌ててイリナと共に自己紹介をするという何とも言えない出来事があったのだが、完全に余談である。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

騎士が最も映える姿って、馬を始めとする乗騎に跨って武器を天高く掲げた瞬間ですよね?

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十話 とある少年と少女の出会い

2019.1.5 修正


 先代の騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王の愛馬であり、千五百年の時を生きるドゥン・スタリオンを僕の乗騎としてから二日後。

 予定していた挨拶回りを全て終えた僕達は、ようやく個人的な用件に取り掛かる事ができるようになった。ただし、翌日にはリアス部長とソーナ会長も出席する事になっている若手悪魔の会合が控えている上にそれが終われば堕天使領に向かうことになっているので、今日しかその余裕がないという事もある。なお今日一日で取り掛かろうとしている個人的な用件は三つ。その内で最後に予定しているものについては既に先方に連絡を入れており、僕一人で向かう事になっている。そして今、僕達は迎えに来たリムジンで一つ目の用件の為に首都リリスの郊外にある邸へと向かっているところであり、等身大化して僕の左隣に座っていたアウラが僕に声をかけてきた。

 

「ねぇ、パパ。……あたし、ちゃんとお友達になれるかなぁ?」

 

 そう尋ねてくるアウラの表情が少し硬い事から、僕は初めて全くのゼロから友達を作ろうとするアウラの心情を察する。

 

「アウラ、ちょっと緊張しているのかな?」

 

「ウン……」

 

 不安げに頷くアウラの頭を軽く撫でて、僕はアウラの不安を取り除ける様に言葉をかけた。

 

「大丈夫だよ。アウラがありのままでいれば、ちゃんとお友達になれるから」

 

「本当?」

 

 僕の言葉に首を傾げるアウラに対し、断言したのはアウラの左隣にいたイリナだ。

 

「本当よ、アウラちゃん。だって、アウラちゃんは皆の心を明るくしてくれる、元気で可愛い女の子なんだから」

 

 イリナがアウラのいい所を上手く言い表してくれたので、僕もそれに乗る事にする。

 

「アウラ。だから、いつもの様に元気一杯の笑顔でミリキャス君に会いに行こう」

 

「ウン!」

 

 そう返事をしながら見せてくれたアウラの笑顔は、僕達がいつも見ているものと同じものだった。

 

 

 

Interlude

 

 一誠とイリナが生まれて初めて自分一人で友達を作る事に緊張していたアウラの不安を取り除く中、そのやり取りを向かいの席で見ていた紅色のローブを纏う二十代半ば程の青年魔術師は納得した様な素振りを見せる。

 

「成る程、マスター・サーゼクスが姫と一歳違いの親善大使の事を父親友達と仰せになる訳ですね。お子様に対するお声のかけ方がマスターとほぼ同じです」

 

 すると、隣に座っていた2 mを超える巨漢が何やら珍しい事でもあったかのような反応を示す。

 

「珍しいな、マクレガー。テメェと意見が一致するなんてな。付け加えるとな、俺はあのお嬢ちゃんにメイドでない時の姐御がダブって見えたぜ」

 

 この巨漢の発言に対して、今度はマクレガーと呼ばれた魔術師の表情が意外そうなものへと変わった。

 

「奇遇ですね、私も同じ事を感じましたよ。それに天界と悪魔勢力という本来ならば相容れる筈のない立場を聖魔和合という世界の大変革を成し遂げる事で添い遂げようとしている事もあって、あのお二人は本当にマスター達とよく似ています。正直な所、親善大使殿をお迎えに上がる為にわざわざ我々を遣わすのは少々やり過ぎとも思っていたのですが……」

 

「旦那は、むしろこれを俺達に見せたかったんだな。それでもし仮に旦那達がダブっちまうこの光景を台無しにしようって奴等が出てきたら、旦那の眷属としての誇りに懸けて必ず守り抜けって訳だ。……面白ぇ。だったら、旦那の期待に応えてやろうじゃねぇか」

 

 巨漢はそう言って何かに納得すると、指を鳴らして気合を入れ直していた。そうして自分達が何を為すべきかを再確認した所で、マクレガーは話題を変える。

 

「さて、後の問題はミリキャス様とあのお嬢様がお互いに初めての同世代のお友達になれるかどうかですが……」

 

 すると、巨漢は何ら問題ないと断言する一方で常識的な感性で言えば流石に早過ぎると思しき事を言い出した。

 

「あの笑顔なら問題はねぇだろう。それどころか、そう遠くない内にあのお嬢ちゃんの事を「姫」と呼ぶ事になっちまうかもな」

 

 だが、マクレガーは巨漢の発言に対してむしろ面白そうな笑みを浮かべる。

 

「フフッ。それはそれで大いに結構ではありませんか」

 

 因みに、一誠達の向かいの席に座っているこの二人は、巨漢の方がスルト・セカンド。マクレガーと呼ばれた魔術師の方がマクレガー・メイザースといい、どちらもサーゼクス・ルシファー率いるルシファー眷属の転生悪魔である。片や戦車(ルーク)変異の駒(ミューテーション・ピース)で転生した北欧神話の巨人スルトのコピー体であり、片や僧侶(ビショップ)の駒を二つ使用して転生した、近代に創立された魔術結社である黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の創立者の一人として名を連ねる魔術関係の偉人である。なお黄金の夜明け団はヴァーリが禍の団(カオス・ブリゲード)から引き抜いてきたメンバーの内の一人が以前所属していた組織でもある。

 こうした全世界を見渡しても屈指の実力者達がサーゼクスの眷属となっている訳であるが、これはサーゼクスが主神クラスすら凌駕し得る程の力を持つ超越者だからであり、他にこの二人を眷属にできるのは同じく超越者であるアジュカ・ベルゼブブぐらいである。そして、それだけの実力者達がわざわざ一誠達を迎えに来た事から、サーゼクスが如何に一誠達に気を使っているのか、事情を僅かでも知る者であれば窺い知る事は容易であろう。

 

Interlude end

 

 

 

 リムジンで移動する事、三十分。僕達は目的地であるサーゼクス様の私邸に辿り着いた。なお、通常なら魔王である以上は私邸といっても宮殿か城と見紛うばかりのものである筈だが、今回訪れた私邸は家族水入らずで過ごしたい時に用いるものらしく、豪勢ではあるが一戸建ての域を超えてはいなかった。更に、プライベートで訪ねて欲しいというサーゼクス様たっての願いもあって、僕達は礼装の様な畏まった服装をしてない。ただ、流石にジーンズやTシャツの類は問題外なので、僕はスラックスを穿いて襟の付いた薄手のシャツの上から薄地のジャケット、イリナも普段穿いている様なミニスカートやホットパンツの様な物を避けてフレアスカートにサマーカーディガンとカジュアルではあるものの落ち着いた雰囲気が出る服装を選択している。普段と全く変わらないのは、それこそちょっとしたドレスに近い服装がデフォルトになっているアウラくらいだった。

 そして、玄関の前ではカジュアルスーツのサーゼクス様とブランド品で固めたと思しき服装のグレイフィアさん、そしてアウラと同い年くらいの紅髪の少年が並んで待っていた。

 

「待っていたよ、イッセー君。イリナ君。そしてアウラちゃん」

 

 サーゼクス様が代表して歓迎の言葉をかけてくれたので、こちらも代表して僕が応対する。

 

「こちらこそ、本日はお招き頂いてありがとうございます。サーゼクスさん」

 

 そう。子供達の初顔合わせに合わせて、プライベートでは父親友達として対等になろうと持ち掛けられた事で、僕はサーゼクスさんに対して様付けも取り払う事になったのだ。まぁ流石に年上に対する敬意だけは忘れたくなかったので、さん付けは続けているが。因みにミリキャス様に対しても同様にする様に言われているので、プライベートの時は「ミリキャス君」と呼ぶ事にしている。そうしてお互いに挨拶を交わした所で、サーゼクスさんは早速本題に入る。

 

「さて、早速だが本題に入るとしようか。ミリキャス、ご挨拶を」

 

「はい!」

 

 サーゼクスさんに促されて紅髪の少年が前に出てきたのに合わせて、僕もアウラの背中をそっと押した。

 

「そうですね。アウラ、行っておいで」

 

「ウン!」

 

 アウラは元気よく返事をした後、僕達から一歩前に出た。そして、まずはアウラから自己紹介を始める。

 

「初めまして! あたし、兵藤アウラと言います!」

 

 アウラがいつもの様に元気一杯に自己紹介をすると、それに応える形で紅髪の少年が自己紹介を始めた。

 

「こちらこそ初めまして。僕の名前はミリキャス・グレモリーです」

 

 少し落ち着いた雰囲気で自己紹介をしたミリキャス君だが、先程のサーゼクスさんへの返事と違ってハキハキとした感じでなかったのが少々気になった。サーゼクスさんも同じ事を感じたのか、少し首を捻っている。ここで、イリナが前に出ると腰を少し落としてミリキャス君と視線の高さを合わせた後で声をかける。

 

「ねぇ、ミリキャス君。ひょっとして、緊張してる?」

 

「えっ、えっと……」

 

 イリナに突然声をかけられた事でミリキャス君が戸惑っていると、イリナが一言謝ってから名前を名乗った。

 

「あぁ、ゴメンなさい。私の名前は紫藤イリナ。「竜」の因子を持つ天使に転生した元人間よ。ひょっとしたら、少しは私の事を聞いているかもしれないけど」

 

 すると、ミリキャス君は目を輝かせてイリナについて聞いていた事を口にし始める。

 

「いえ! 父様や母様からお話はかねがね聞いています! あの世界最強のオーフィスを相手にして最初から最後までそちらの兵藤一誠さんと一緒に戦い続けた、とても凄い人だと!」

 

「な、何だか私の評価が物凄い事になってるんだけど……」

 

 ミリキャス君を通して聞かされたサーゼクスさんとグレイフィアさんからの評価に、今度はイリナの方が困惑した。しかし、イリナはそれを一旦棚上げするとミリキャス君にアウラに対する自己紹介について確認を取る。

 

「ま、まぁ、それは一旦置いといて。ミリキャス君。自分から同い年の子に自己紹介するのって、これが初めてでしょ?」

 

「ハ、ハイ。それでどう話したらいいのか、ちょっと分からなくて……」

 

 ミリキャス君が今度はたどたどしくお答えになると、イリナは納得する素振りを見せた後でどうすればいいのかをアドバイスした。

 

「そっか。でもね、そんなに難しく考えなくていいの。まずは自分の事をしっかり伝えて、相手の事をしっかり受け止める。ただそれだけでいいのよ」

 

「自分の事をしっかり伝えて、相手の事をしっかり受け止める……」

 

 イリナのアドバイスを呟く様に繰り返すミリキャス君に、イリナは更にアドバイスを続ける。

 

「そう。そうすれば、後はもっといろんなお話をしたり、一緒に遊んだりしていく中で自然とお友達になっているものなの。ミリキャス君の年頃の子は皆そうだし、私とイッセーくんもミリキャス君ぐらいの時にそうやってお友達になったのよ」

 

「皆、そうなんですね。……はい! 僕、何とかやってみます! ありがとうございました!」

 

 イリナからのアドバイスを受けて自信を得たミリキャス君は、イリナにお辞儀してお礼を言ってきた。その様子を見て、もう大丈夫だと判断したイリナは早速アウラに試す様に促す。

 

「ウン、それでよし。それじゃ、早速アウラちゃんに試してみて」

 

「はい! ……えっと、アウラさん?」

 

 しかし、どうやらミリキャス君の呼び方がお気に召さなかった様で、アウラは少しムスッとした表情となった。

 

「う~。……アウラ」

 

「えっ?」

 

「だから、アウラって呼んで。お友達なのに「アウラさん」って、ちょっと変だから」

 

 アウラからそう言われたミリキャス君は戸惑いがちにアウラの呼び方を変える。

 

「えぇっと……。じゃあ、アウラちゃん」

 

 すると、今度はお気に召した様でアウラは笑顔で応えた。

 

「ウン! それでいいよ! それじゃミリキャス君、あたしと一緒に遊びに行こう!」

 

「ハイ! ……じゃなかった、ウン!」

 

 アウラからのお誘いに対して、流石にいきなり気安い言葉での返事ができなかった様で、ミリキャス君は返事を訂正する。そしてアウラと手を繋ぐと一緒にこの場から離れていった。そしてここから少し離れた所で追いかけっこを始めた二人の子供を見守っていると、サーゼクスさんが僕に話しかけてくる。

 

「イッセー君。君もしっかりとお父さんをしているが、イリナ君も中々立派なお母さんをしているじゃないか。……これは私達もうかうかとしていられないかな?」

 

 グレイフィアさんの方を向きながらそう問い掛けるサーゼクスさんに対し、グレイフィアさんの答えは肯定だった。

 

「そうね、サーゼクス。それによく考えてみたら、私達は夫婦としては長いけれど親としてはまだ数年しか経っていない新米なのよ。だから、お義父様やお義母様はもちろんの事、兵藤さんとその奥様からも学ぶ事が多いわ」

 

 ……確かにその通りだ。そして、それは僕達にも当て嵌まる。

 

 僕がグレイフィアさんの意見に納得していると、サーゼクスさんも同じだった様で特に僕の父さんについて触れてきた。

 

「確かにね。特に兵藤さんは、メイドに徹していた君を初見で私の妻である事に勘付く程の察しの良さをただ奥さんへの心配りと子育ての為だけに使い続けた人だ。あの人は父親としての私の目標だよ」

 

 四大魔王の一人からそこまで高く評価される父さんの事を誇りに思いつつ、僕は自身に対する高評価を聞かされた時の父さんの反応を推測してみた。

 

「父さんがそれを聞いたら、頭を掻いて恥ずかしがりそうです。あぁ見えて、結構シャイな所がありますから」

 

 そうして僕の口を突いて出てきた推測に対して、サーゼクスさんは少し笑みを零していた。

 

「その光景が容易に思い浮かぶな」

 

 このサーゼクスさんの言葉に、僕は少しだけ笑ってしまった。

 

 

 

 そんな些細なやり取りをしてから、およそ二十分後。

 

「それで、どうしてこんな事になっているんだろう?」

 

 ……僕はサーゼクスさんと対峙していた。

 

「パパ、頑張って~!」

 

「父様、負けないで下さい!」

 

 一方、子供達は自分の父親の後ろから声援を送っており、その側にはそれぞれの母親が付き添っていた。なお、僕達を出迎えに来たスルト・セカンドさんとマクレガーさんについては「これは面白くなってきた」と傍観の構えだ。

 

 事の発端は実に単純だ。十分程走り回って疲れたところで庭の芝生の上に座り込み、そのままお喋りを始めた二人であったが、話がそれぞれの父親の事に及ぶと風向きがおかしくなってきた。お互いに自分の父親の事を自慢していると、次第に自分の父親の方が強くてカッコいいと言い争いを始めてしまったのだ。その結果、どちらも意地になって引っ込みがつかなくなってしまい、このままケンカし始めるかと思ったら、それならどっちが本当に強くてカッコいいのかハッキリしてもらおうという事になり、僕とサーゼクスさんがちょっとした手合わせをする事になってしまった。

 

 ……流石のサーゼクスさんもこれには苦笑いするしかない様だ。

 

「ハハハ……。まぁお互い子供の期待は裏切れないからね。だから、ここは一つ何かテーマを決めてやり合おうか」

 

 確かにサーゼクスさんの言う通りなので、僕の方からこの手合わせのテーマを持ち掛ける。

 

「それなら、子供達にも解り易い様にしましょうか」

 

 僕の提案に対し、サーゼクスさんは納得の表情を浮かべた。

 

「成る程。私達が真面目にやれば、手の読み合いと駆け引きの応酬になって解り難くなってしまう。それでは意味がないか」

 

「そういう事です」

 

 僕がサーゼクスさんの言葉を肯定した所で、サーゼクスさんは右手に「滅び」の魔力を集束させる。すると「滅び」の魔力が次第に細長い形状へと変わっていき、やがて全てを紅一色で構成した剣として実体化した。

 

「魔力の集束技能を極めたら、こういった事もできる様になってね。さしずめ紅の魔王剣、クリムゾン・サタンソードと言ったところかな」

 

 サーゼクスさんは軽く言ってくれるが、実際に対峙する側としてはその剣の威力が途方もない事はすぐに解った。

 

「これはまたとんでもない物を出してきましたね。流石にオーラブレードじゃ止められないけど、まさか真聖剣を使う訳にもいかないし、クォ・ヴァディスを使うのもちょっと違う気がする。……それなら、これだ!」

 

 真聖剣やクォ・ヴァディスを使うのは少し違うと考えた僕は、サーゼクスさんが「滅び」の魔力を集束して剣を形成した事に目を付け、剣を用意する為の呪文を詠唱する。

 

「ジーク・ガイ・フリーズ……。出でよ、スーパーエルディカイザー!」

 

 詠唱しながら手印を切り、両手に集まった光を前面に放つと、地面から天に向かって一条の光が立ち上った。そして光が立ち上る地面の穴からは、一本の剣が静かに浮かび上がってくる。

 白に染まり赤で縁取られた柄が十字を形成する様に四方にせり出しており、刃はその内に光を宿したかの様に金色に光っている。地の神の剣に光の力が加わった事で太陽王の剣であるゾーラブレードに最も近付いた神の武器、スーパーエルディカイザーだ。

 浮かび上がって来たスーパーエルディカイザーを右手でしっかりと掴むと、畳まれていた柄が広がると同時に僕の()(どう)(りき)が強烈な炎となって刃から噴き出す。

 スーパーエルディカイザーが召喚されて僕の手に収まるまでの一部始終を目の当たりにしたサーゼクス様は、初めて見た光景に感嘆の声を上げた。

 

「何という力強いオーラを放つ剣だ。それが生命の根源に連なり、それ故にイリナ君の導きがあったソーナを例外として魂の位階が高い存在には扱えないという魔動力、そして人間に秘められた大いなる可能性の一端なのか……!」

 

 そこで、僕は魔動力に関して補足説明を行う。

 

「正確にはその奥義である物質の形成によって為される神の武器の召喚で、この剣は地の神の剣であるエルディカイザーが光の力を得て強化されたスーパーエルディカイザーです」

 

「神の武器の召喚……! では、ソーナがオーフィスと対峙した時に携えていた両刃の銛は」

 

 ここでサーゼクスさんがソーナ会長が対オーフィス戦で手にしていたウェーブカイザーについて触れてきたので、ついでにウェーブカイザーとシュトルムカイザーについても名前だけ挙げる事にした。

 

「水の神の銛、ウェーブカイザーです。後は風の神の弓、シュトルムカイザーもあります。因みに、僕は三種の魔動力を全て扱えるので、これらの武器を強化込みで全て召喚できます」

 

 僕が神の武器について説明を終えると、サーゼクスさんは溜息を一つ吐く。

 

「「滅び」と「探知」の特性を両立させたリアスは、本来は戦闘能力がけして高いとは言えないグレモリー家においては異端と呼べるのだが、悪魔の身でありながら神の武器を召喚できるという意味ではソーナもそれに負けていないな。……さて、お互いに武器も用意できた事だ。それでは始めようか」

 

「そうですね」

 

 そう言って紅の魔王剣(クリムゾン・サタンソード)を構えるサーゼクスさんに合わせて、僕も手にしたスーパーエルディカイザーを構える。

 

 ……そして、次の瞬間。

 

 「滅び」の魔力を物質化した魔王の剣と炎を噴き上げ光の力をも宿す地の神の剣が真正面から激突した。

 

 

 

Overview

 

「スゴイ……!」

 

 魔王サーゼクス・ルシファーの嫡男であるミリキャス・グレモリーはそれ以外に言葉がなかった。

 

「パパはもちろんカッコ良いけど、サーゼクス様もそれに負けないくらいにカッコいい……!」

 

 一方、兵藤一誠の愛娘である兵藤アウラもまた「カッコいい」以外の感想を持てずにいた。

 

 ……紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)が己の習得した技術を競い合っている光景を前に、二人は完全に目を奪われていた。

 

 

 

 サーゼクスが「滅び」の魔力を集束させて剣として物質化するという今まで見た事も聞いた事もない事をやってのけると、その父親が年の離れた友達だと密かに語っていた一誠は大地から地の神の剣を召喚するというこれまた見た事も聞いた事もない事をやってみせた。そして、お互いが武器を用意した後、一瞬で間合いを詰めるとその武器をぶつけ合う。それから暫く剣撃を二人が繰り出していると、サーゼクスの表情が少し曇った。

 

「専門家相手に剣術勝負は流石に分が悪いな」

 

 ミリキャスはサーゼクスから飛び出した言葉に驚きを隠せない。彼の目では互角の様にしか見えなかったが、どうやら違っていたらしい。そして、一誠もそれについては全く否定しなかった。

 

「これでも数多の騎士を統べる王の称号を受け継いでいるんです。それにも関わらずに素人相手に剣で負けたら、先代であるアーサー王やその愛馬であるドゥン、それに剣を指導してくれたレオンハルトに申し訳が立ちませんよ」

 

 なお誤解のない様に言えば、サーゼクスの剣捌きはあくまでレオンハルトやリヒト、武藤親子と比較したら素人だという話であって、同じ剣士である巴柄はもちろん聖剣使いであるゼノヴィアやイリナでも相手にならず、剣の極意を修めつつある祐斗でようやくまともに打ち合える様になる。一般的な基準で言えば、サーゼクスは十分に一流の領域に立っているのだ。

 

「では、今度は私の土俵に来てもらおうか!」

 

 だが、サーゼクスは一誠相手に剣での戦いは不利である事を認めると、間合いを離してから一瞬で無数の魔力球を自身の周囲に展開する。サーゼクスが才能の大部分を注ぎ込んだ滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)である。そして、そのまま一気に一誠に向かって放ってきた。

 

「ドーマ・キサ・ラムーン……。魔動力、ロックセイバー!」

 

 それを見た一誠は地の初級魔動力であるロックセイバーを唱えると、剣を持たない左手を地面に当てる。すると、巨大な岩が一誠の前にせり上がり魔力球に対する防壁となった。

 

「その程度で防げる程、私の滅殺の魔弾は甘くは……!」

 

 サーゼクスは岩程度で防げはしないと言おうとしたが、それも岩に魔力球が激突するまでであった。魔力球が岩に激突した次の瞬間、岩が一気に砕けると同時に魔力球が焼失し、更に砕けた岩の破片が自分に向かって飛んで来たのだ。

 

「まさか、カウンター機能を持っているのか! やってくれるな、イッセー君!」

 

 しかし、サーゼクスも然る者で自身の周りに残していた魔力球の内、三個を前に出して巨大化させる事で全ての岩の破片を防ぎ切ってしまった。

 

「流石ですね。一度でも距離を離されると、今度は僕の方が不利になるか」

 

 ロックセイバーによるカウンターが失敗に終わったのを確認した一誠は、間合いを離しての撃ち合いになれば自分が不利になるのを素直に認めた。

 

「この滅殺の魔弾には、私の才能のほぼ全てを注ぎ込んでいるからね。そう簡単には破らせはしないさ」

 

 サーゼクスがそう語ると、一誠は間合いを詰めての接近戦に持ち込むと言い放つ。

 

「だったら、また僕の土俵に来てもらいますよ」

 

 すると、サーゼクスもそうはさせないと言い返した。

 

「近寄らせはしないさ。折角奪い取ったアドバンテージなんだ、そう易々と奪い返される訳にはいかないな」

 

 アドバンテージの奪い合いを宣言した二人ではあったが、その顔には共に笑みが浮かんでいた。

 

 その後は一誠が追い駆け、サーゼクスが退くという熾烈な追い駆けっこが繰り広げられた。……ただし、対オーフィス戦でイリナが使用したエスタンブルで一誠がサーゼクスの足を止めようとすると、サーゼクスは魔動力の縄が絡み付いた部分に「滅び」の力を集めてそれを破壊し、一方でサーゼクスが滅殺の魔弾による弾幕を張ろうとすると、一誠はその前に中級魔動力であるフレイムボマーを使用、胸骨の中央にある力の集束点から巨大な火球を放つ事で両手を自由にした状態で先手を取ってそのまま接近戦に持ち込むなど、目に見えて解るレベルでの駆け引きが行われており、子供達は自分の父親が繰り広げる攻防の数々にすっかり魅了されていた。

 

 

 

 ……そうして闘う事、十五分。一誠とサーゼクスはそろそろ頃合いとして、手打ちとする機を窺っていた。

 

(できれば、お互いに武器か力を突き付け合う展開に持っていくべきだが……)

 

(それだと、アウラもミリキャス君も納得しそうにないな。それに、これはサーゼクスさんを戒める意味でいい機会かもしれない)

 

 一誠はサーゼクスより一瞬早くどう動くかを決断した。そして、視線を一誠から向かって右の方に向ける。

 

(随分と解り易いな。誘いか? ……それなら、乗るとしようか)

 

 サーゼクスはそう判断すると、あえて一誠との間合いを詰めて紅の魔王剣で切りかかる。すると、一誠は視線を向けた方向とは真逆に動き、サーゼクスとの鍔迫り合いを避けた。一誠はそのまま前方へと跳躍すると、空中で身を捻らせながらミリキャスの頭を飛び越えてその後ろに着地、左手をミリキャスの左肩に乗せると共にスーパーエルディカイザーの刃を右肩越しにサーゼクスへと向けた。なお、この時は刃から噴き出す魔動力の炎を抑えてある為、ミリキャスが火傷をする事はない。

 

(……考えている事は、向こうも同じだったか)

 

 一誠がそう考えながら視線を向けたその先には、左腕にアウラを抱えた状態で紅の魔王剣を自分に向けるサーゼクスの姿があった。

 

「随分と卑怯な真似をしますね?」

 

 一誠は自分の事を棚に上げてそう言うが、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「それはお互い様だよ。だが、何故かとは訊かないのかな?」

 

 そう問いかけるサーゼクスもまた、笑みを浮かべている。

 

「愚問ですね。僕達と敵対している相手がどういった者達なのかを考えると、答えは自ずと出てくるでしょう」

 

 問い掛けられた一誠が答えを返すと、サーゼクスはその答えに同意した。

 

「それもそうだね。何故なら」

 

「そう、何故なら」

 

 そして、二人は声を揃えて相手の子を人質とした理由を明かす。

 

「「敵は、とても狡いのだから」」

 

 そう。二人は人質を取る行為をしてみせる事で、敵が卑怯な手段を取る事に躊躇いがない事を相手に忠告したのだ。

 そうしてお互いに忠告を受け取ったと見た二人は、それぞれ人質を取る構えを解いてから相手の子供を連れて近寄って来た。そして、人質対策について話を始める。

 

「やはり、人質対策はしっかりしておかないといけませんね」

 

「その通りだよ。特に強敵相手に戦っている隙を突かれると、相当に痛い。幸い、私の方は頼れる眷属達がいるからまだ大丈夫だが、問題は君のご両親だな」

 

「それについてですが、以前の反省から両親には色々な防御用の術式を施したアミュレットを渡しています。またイフリートやパンデモニウム、ベヒーモスといった召喚契約を交わしている幻想種達に両親の危険を知らせる術式も組み込んでありますし、その知らせが来たらすぐに両親の護衛や救出に向かう様にお願いしていますので、そうそう問題は起こらないと思いますよ」

 

「成る程。そういう事なら、オーフィス自ら出向く様な事でもない限りは大丈夫だろう。しかし、ベヒーモスか。セラフォルーがその末裔を眷属にしていた筈だが、君と召喚契約を交わしているのは種族の長であるベヒーモス本人だったね。……一般人の夫婦を攫うだけの簡単な仕事と思って来てみれば、待ち構えていたのは先代レヴィアタンと並び称される三大怪物の一頭か。襲撃者達がいっそ哀れに思えてくるな」

 

 自分達の頭の上でしっかりと話し合いをしている父親達を、子供達はキラキラと瞳を輝かせて見ていた。その眼差しには、自分の父親だけでなく相手の父親に対する敬意も確かに含まれていた。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

原作八巻のおっぱいドラゴンVSサタンレッドを拙作の雰囲気に合う様にアレンジしてみました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十一話 広がり続ける輪の中で

2019.1.6 修正


Side:紫藤イリナ

 

 かねてから予定されていたアウラちゃんとミリキャス君の初顔合わせは、ちょっとだけ予想外な展開になった。子供達がお友達になれたのは良かったんだけど、お互いにお父さんが大好きなだけにお父さん自慢が始まると次第に自分のお父さんの方が強くてカッコいいと言い争いを始めちゃって、その結果として子供達から強請られる形でイッセーくんとサーゼクスさんがちょっとした手合わせをする事になってしまった。

 ……と言っても、イッセーくんもサーゼクスさんも全然本気を出してないのは手合わせが始まってすぐに解った。二人とももっと色々な事ができる上に動きの一つ一つに虚実を交えて複雑な駆け引きを仕掛ける事だってできるのに、イッセー君はスーパーエルディカイザーの召喚を始めとする地と炎の()(どう)(りき)だけ、サーゼクスさんは有名な滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)以外には「滅び」の魔力を物質化した紅の魔王剣(クリムゾン・サタンソード)だけを使っていた。しかもフェイントの類だって殆どしていないし、しても一回か二回程度。だから、見ていて凄く解り易かった。きっと、アウラちゃんやミリキャス君も二人がどういった意図でそんな攻撃をしたのかが解ったと思う。そのお陰で、地の魔動力に目覚めて、炎の魔動力とも親和性の高い私にとってはとても参考になった。特に防御用魔動力については、私は今まで上級のサークルガーターしか使っていなかったから、初級のロックセイバーにカウンター機能があるなんて全然知らなかった。この分だと、同じ防御魔動力で中級のエクスプロウドにも何かあるかもしれない。だから、後でイッセー君に確認した上で一度実際に使ってみようと思う。

 そうした「子供達に見せる」事を意識した攻防を十五分ほど繰り広げた後、お互いに子供を人質に取り合うという想像の斜め上の行動を取る事で手合わせが終わった。そうした卑怯な行いをした理由として、敵である禍の団(カオス・ブリゲード)が実際にその様な手段を取ってくる可能性が高いという事を相手に忠告する為だったみたい。

 ……何というか、イッセーくんとサーゼクスさんって、人を率いる者としての考え方がかなり似ていると思う。だから、ある意味では家族を率いているとも言える「父」としても、気が合うんじゃないのかな?

 イッセーくんとサーゼクスさんが人質対策について話し合っているのを見ながら、そんな事を思った。

 

 そうして、サーゼクスさんの邸に入ってからグレイフィアさんが自分の手で用意してくれた紅茶を頂いているんだけど、ミリキャス君が目をキラキラさせてイッセーくんに話をして欲しいとお願いしてきた。

 

「あ、あの。あ、アウラちゃんのお父さん! 父様から「色々な世界を冒険した」って聞いたんですけど、その時の話をして下さい!」

 

 どうもサーゼクスさんは、冥界入り初日に冥界の首都リリスで行われた会合においてイッセーくんが話した(イッセーくん自身はその時の記憶が非常に曖昧で、何を話したのかよく覚えていないみたいだけど)異世界での冒険についてミリキャス君に話していたみたい。ただ、イッセーくんはそっちよりもむしろ今まで経験した事のない呼ばれ方に反応していた。

 

「アウラちゃんのお父さん、か。……流石にそんな呼ばれ方をされたのは、これが初めてだよ」

 

「あっ。……気に障ってしまいましたか?」

 

 自分の発言で気分を害してしまったと受け取った事で何だか申し訳なさそうにしているミリキャス君の姿を見たイッセーくんは、少し苦笑しながらも「アウラちゃんのお父さん」という呼ばれ方に対してどう感じたのかをミリキャス君に話し始めた。

 

「あっ、いやそういう事じゃなくて、なんて言うのかな? ……うん。僕はリアス部長の一つ年下で、アウラはミリキャス君と同い年と言っていいから、普通に考えるとアウラの父親とはなかなか見てもらえないんだ。でも、アウラのお友達から「アウラちゃんのお父さん」と呼んでもらえた事で、僕は今ハッキリとお父さんである事を認めてもらえたんだなって、そんな風に思えたんだよ。だから、ミリキャス君にはこれからもそちらで呼んでもらえると、僕は嬉しいかな?」

 

 ……そっか。そういう受け取り方もあるんだ。

 

 「アウラちゃんのお母さん」とセラフォルーさんから言われた時には極自然に受け入れられた私と違って、イッセーくんはそれをとても好ましいものだと受け止めた。だから、そんなイッセーくんの気持ちを察したミリキャス君はイッセーくんの事を遠慮なく「アウラちゃんのお父さん」と呼んだ。

 

「ハイ、アウラちゃんのお父さん!」

 

 すると、このイッセーくんとミリキャス君のやり取りを聞いていたサーゼクスさんがグレイフィアさんにアウラちゃんからの呼ばれ方について話しかける。

 

「だがそうなると、私はアウラちゃんに「ミリキャス君のお父さん」と呼んでもらわないといけなくなるな。もちろん、グレイフィアは「ミリキャス君のお母さん」だ」

 

「何というか、少しむず痒い気分ではあるのだけれど、けして嫌な感じではないわ」

 

 何処となく照れ臭そうな表情を浮かべるグレイフィアさんだけど、その口元は笑みを浮かべていたから本心はきっと嬉しいんだと思う。

 

「何だか、ある意味で凄い光景になっちゃったね。アウラちゃんのお父さん?」

 

 だから、私はイッセーくんにそう呼び掛けると、イッセーくんも私に合わせて応えてくれた。

 

「いやいや、これこそが普通の光景だと思うよ。アウラちゃんのお母さん?」

 

 こんな些細なやり取りでも、私達は笑顔になれる。それがとても嬉しかった。

 

 

 

 それから、ミリキャス君のお願いに応える形でイッセーくんが異世界での冒険譚を三十分程度で話し終えると、サーゼクスさんはイッセーくんに次の予定を尋ねてきた。

 

「それで、次はフェニックス家だったね」

 

「はい。公開授業の後の顔合わせでフェニックス卿とお約束していたのは、その場に居合わせたサーゼクスさんも知っての通りです。それに、ルヴァルさんのお子さんであるリシャール君には炎の魔力の扱い方を少し指導しましたから、何処まで上達したかを確認しようかと」

 

 イッセーくん、私が駒王町に帰ってくるまで本当に色々やっていたんだ。私が半ば感心していると、サーゼクスさんも同じ事を思ったらしくて、少し笑っていた。

 

「今の所はギャスパー・ヴラディ君が代表格ではあるが、レーティングゲームの本戦で立て続けに大物食いをした事で二千台半ばにまでレートを上げて来ているライザーを始め、オーフィスに真っ向から立ち向かって生き残った事で名を知られ始めている木場祐斗君や匙元士郎君、それにリアスやソーナとその眷属達も君のお陰で大きく成長していると聞いている。その意味では、君は本当に教え子が多いな。……ウム、ちょうどいい機会だ。この際だから、ミリキャスもその顔合わせに参加させてもらえないかな?」

 

「いいんですか?」

 

 サーゼクスさんから意外な事を頼まれたイッセーくんがその意志を確認すると、サーゼクスさんは自分の思う所を話し始める。

 

「あぁ。先程の様子を見ている限りでは、ミリキャスは本当の意味での友人をちゃんと作れそうだし、グレモリー家はフェニックス家に少々負い目もあるからね。それに、息子のお友達が女の子一人だけだなんて、少々寂しいとは思わないかな?」

 

 サーゼクスさんの説明を聞いたイッセーくんは納得の表情を浮かべた。そして、サーゼクスさん自身はどうするのかを尋ねる。

 

「確かにそうですね。それで、サーゼクスさんは?」

 

「もちろん、私もミリキャスについて行くよ。何もかも君に押し付けるだけでは、父親として余りにも情けないからね。それに、一時は大公家の次期当主の婚約者を通り越しそうになったライザーとも、一度ゆっくりと話をしておきたいというのもある」

 

 サーゼクスさんの意向を聞いた私は、後でレイヴェルさんに連絡を入れようと思った。……飛び入りになるけど、サーゼクスさんとミリキャス君も一緒に来るよ、って。

 

Side end

 

 

 

 アウラとミリキャス君との初顔合わせも無事に終わり、僕達は次の目的地であるフェニックス邸へとやってきた。ただし、同行者が二人増えている。

 

「レイヴェルがイリナから連絡を受けた時には驚いたが、まさか本当にルシファー様がミリキャス様を連れて来られるとはな。……一誠、一体何がどうなってこんな事になったんだ?」

 

 最初にレイヴェルと共に僕達に応対したライザーが、少々顔を引き攣らせながらこの様な事を小声で言って来るのも無理はない。なので、僕は事情を説明しようとした。

 

「いや、ミリキャス様とアウラが……」

 

 すると、サーゼクスさんが咳払いをしてから僕に声をかけてくる。

 

「イッセー君」

 

 この呼び方でサーゼクスさんの意図を理解した僕は、ミリキャス君の呼び方を公のものからプライベートのものへと訂正した。そうなると、当然サーゼクスさんの呼び方もプライベートのものへとしなければならなくなる。

 

「……ミリキャス君とアウラが思った以上に上手く友達になれたから、サーゼクスさんがこの際リシャール君とも顔合わせしておこうと言って来てね。おそらくはリアス部長とお前の婚約が破棄になった事への穴埋めという意味合いもあるんだろう」

 

 僕が「ルシファー陛下」でも「サーゼクス様」でもなく「サーゼクスさん」と呼んだ事で、ライザーは大方の事情を察したのだろう、僕に向ける視線には憐憫の情が多分に含まれていた。

 

「……お前も色々と大変なんだな、一誠」

 

 僕の肩をポンポンと軽く叩いてからのライザーの慰めに、僕は深い溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 それからほどなく、ライザーの案内で応接室へと訪れた僕達はそこで次期当主であるルヴァルさんとその息子であるリシャール君と面会した。リシャール君は父親であるルヴァルさん譲りの金髪を生やしており、年の頃はアウラやミリキャス君とほぼ同じくらいの男の子だ。それにルヴァルさんの薫陶が良いのか、貴族の子息としての誇りは持っているものの驕りには変じておらず、ライザーも時折「フェニックス家はルヴァル兄上にリシャールとあと二代は確実に安泰だろうな」と甥の事を自慢していた。

 そうしてまずは僕達に同行してきたサーゼクスさんとミリキャス君にルヴァルさん達が貴族としての挨拶を行い、公のやり取りを一通り終えた後でプライベートに移行してから子供達の初顔合わせを行った。アウラはもちろんだがミリキャス君も今度は特に緊張せずにハキハキと元気よく自己紹介したので、サーゼクスさんも一安心といったところだろう。そうして子供達が一緒に遊ぼうとしたのだが、その前にリシャール君が僕の所にやって来て、お辞儀をした後に元気な声で挨拶をしてきた。

 

「お久しぶりです、一誠先生! それと言葉使いの方なんですが……」

 

 リシャール君が僕にどの様な言葉使いをしてほしいのかを察した僕は、望み通りの言葉使いに切り替える。

 

「承知しました、お望み通りに致しましょう。……久しぶりだね、リシャール君。それで、以前教えたヒートブラスターはちゃんと習得できたのかな?」

 

 そこで以前教えたヒートブラスターを習得できたかどうかを確認すると、リシャール君は堂々と胸を張って答えた。

 

「はい! それと、どうも炎の魔力としては凄く使い勝手がいいみたいで、父上やお爺様、それにロッシュ叔父上やライザー叔父上も習得しています!」

 

 ここで、ライザーがヒートブラスターの使い勝手について話し始める。

 

「実際に俺も使ってみたんだが、炎の魔力をある程度集束してから高熱の閃光として発射するからスピードと威力のバランスが非常に良くてな。俺もルヴァル兄上も、対戦相手への牽制やカイザーフェニックスを使用するまでの繋ぎとして重宝しているよ。尤も、牽制のつもりで放ったらそれで倒してしまったなんて事も偶にあるけどな」

 

 どうやらヒートブラスターは思った以上の高評価を受けている様だった。そこで、ヒートブラスターについて少し補足説明をする。

 

「ヒートブラスターは特に貫通力に秀でているから、当たり所さえ良ければ格上の相手ですら一撃で仕留める事が可能だ。だから、そういった事も十分起こり得るよ。それにこれからリシャール君に教えるつもりだったけど、実は集束率を下げて照射する事で威力と射程距離こそ劣るけど複数の相手をまとめて攻撃できる応用法もあるんだ。だからこそ、魔力制御の鍛錬も兼ねられるヒートブラスターをリシャール君に教えたんだけどね」

 

 これを聞いたルヴァルさんは、少し苦笑していた。

 

「どうやら、我がフェニックス家は思っている以上に多くの贈り物を兵藤君から受け取っている様だな。だがこうなると、どうやって君に返礼するべきなのか……」

 

 ……この話の流れは、少し不味いな。

 

 ルヴァルさんがレイヴェルの方に少しだけ視線を向けた事でその思惑を察してしまった僕がそう思っていると、予想外な所からこの流れを断ち切る声が上がって来た。

 

「あの、アウラちゃんのお父さん! 僕にも何か教えて下さい!」

 

「あっ! ミリキャス君、ズルイ! だったら、あたしも!」

 

 ミリキャス君とアウラが目をキラキラさせて、僕に何か教えてほしいと強請って来たのだ。流石にこれは予想していなかっただけに、僕は少し困ってしまった。

 

「教える分には構わないんだけど、それにはミリキャス君が魔力をどれくらい扱えるのか解らない事には……」

 

 すると、サーゼクスさんがミリキャス君について教えてくれた。

 

「それについてだが、ミリキャスは「滅び」の特性に目覚めているよ。しかも、私の滅殺の魔弾に憧れているらしく、魔力制御については「探知」に覚醒する以前のリアス以上のものがあるから、親の贔屓目を差し引いても才能豊かと言えるだろう」

 

 ……果たして、それは「才能豊か」の一言で片付けられる事なのだろうか? 僕は内心首を傾げたくなったが、それだけにアウラと同様に基礎が疎かになっている可能性を踏まえた上で何を教えるのかを決める。

 

「それならむしろ、魔力制御の基礎を教え込んだ方が良さそうですね。アウラもアウラで自然魔法や精霊魔法の術式を直感で組んでいる所がありますから。……三人とも、たぶんこういう事はできないんじゃないかな?」

 

 そして、僕は子供達に実例を示してみせた。

 

「……えっ?」

 

「魔力が、全く感じられない……!」

 

 リシャール君が呆気に取られる一方で、ミリキャス君が驚きの表情を浮かべる。

 

「ねぇ、パパ。これって……」

 

 ただ、僕の記憶の一部を継承しているだけあって、アウラだけは僕が何をしているのかを理解した様だ。だから、その通りである事を伝えた上で、僕が何をしているのかを子供達に説明する。

 

「アウラの思っている通りだよ。僕が今やっているのは、普段は体の外に少しずつ漏れている魔力を完全に体内に収める事で自分の事を相手に察知されにくくする隠形術の一つだ。こうする事で魔力の波動を抑える様な特殊な装具を身につけなくても相手の目を誤魔化す事ができるし、魔力を体内に完全に収めている状態で休むと体力や魔力の回復に加えて怪我や病気の治りも早くなるという利点もある。ただ、体の周りに魔力が全くないから防御力が殆どないという欠点もあるけどね。あと、僕は人間だった時から持っていた力に加えて魔力と光力も収めないといけないから全てを収めるのに少々苦労するけど、三人は魔力だけでいいからそこまで苦労はしない筈だよ」

 

 ここで、リシャール君が僕のやっている事と魔力制御の基礎との関わりについて疑問を掲げる。

 

「一誠先生。確かにそれは凄い技術ですけど、それと魔力制御の基礎とどんな関わりが……?」

 

 そこで僕がその関わりについて説明しようとするが、その前にミリキャス君が自分の思い至った事について確認してきた。

 

「あの、アウラちゃんのお父さん。ひょっとして、魔力を完全に体内に収める事ができるって事は放出する魔力の量を上手くコントロールできる様になるから、その分だけ魔力をより上手にコントロールできる様になるって事ですか?」

 

 ミリキャス君が正解に至ったので、僕はそれを伝えると共にその第一歩となる事を教えてもいいのかを確認する。

 

「ミリキャス君、正解。だから、まずはこれを習得する為の第一歩として、自分の体から漏れている魔力の流れを自覚する所から始めよう。三人とも、それでいいかな?」

 

 すると、三人からは元気のいい答えが返って来た。

 

「「ハイ!」」「ウン!」

 

 三人の意志確認が終わった所で早速教え始めたのだが、その一方でルヴァルさんがライザーに声をかける。

 

「ライザー、これは私達も覚えた方が良さそうだ。単に相手に察知されにくくなるだけでなく、体力や魔力、更には怪我や病の回復まで早まるのであれば、実戦ではもちろんシーズンを通して戦い続けるレーティングゲームでも有効な技術だろう」

 

「確かに。しかもそれで魔力制御の精度も増すともなれば、もはや習得しないという選択肢はありません」

 

 どうやらルヴァルさんとライザーも魔力の漏れを体内に収める技術については習得する意志がある様だ。そこにレイヴェルが習得を促す発言をする。

 

「私も一誠様と早朝の鍛錬をご一緒させて頂いている縁でこの技術を教わりましたけど、早朝にハードな鍛錬をしたにも関わらず学業に影響が出ないくらいに疲労の回復が早くなりますわ。ですので、レーティングゲームの本戦以外にも次期当主としてのお仕事を抱えていらっしゃるルヴァルお兄様は、次の日に疲れを残さないという意味でも習得なされるべきです」

 

 更に、実はこの技術を既に習得しているサーゼクスさんもまたレイヴェルの発言内容とはまた異なる形で実際の効果をルヴァルさんとライザーに教える。

 

「私はこれをイッセー君から教わった事で、全力を出しても「滅び」のオーラの影響を外部に及ぼさない様にする事ができる様になったからね。その意味でも、これは非常に重要な技術と言えるだろう」

 

 これが決定打になったのだろう。ライザーは僕の下に近付いて自分達にも教える様に頼み込んできた。

 

「一誠。子供達にある程度教えてからでいいから、俺やルヴァル兄上にも習得する為の手順を一通り教えてくれ。……しかし、一誠。お前、本当に引き出しの中身が多いな」

 

 最後は半ば呆れた様な表情になったライザーに対し、僕はそれこそが僕の最大の武器である事を伝える。

 

「それこそが僕の最大の武器だからね。赤龍帝には「周りの事を考えずに白龍皇と戦い始める傍迷惑な暴れ者」というイメージがあるし、実際にその通りだったから、どうしても味方を作り辛くなる。だから、僕は極力苦手を作らない様にする必要があったんだ。ただその分、スペシャリストには得意分野でどうしても一歩及ばないという欠点もあるけどね」

 

 因みに、歴代赤龍帝でも最高位であるレオンハルト達は全員それに当てはまるし、他にも剣技ではリヒトや礼司さんに瑞貴、魔導でははやてやリイン、光力の扱いではトンヌラさんやアザゼルさん、魔力の扱いはサーゼクスさんといった面々が当てはまる。……ただ、ライザーはどうもそれに納得がいかない様だった。

 

「一誠、お前はそれを本気で言っているのか? 「広く浅く」どころか「広くより深く」を地で行く、正にスペシャルジェネラリストと言うべきお前の場合、生半可なスペシャリストじゃまるで相手にならないだろうが。因みに今お前が頭の中で「敵わない」と思い浮かべているスペシャリストのメンバーだがな、ほぼ全員がその分野では三大勢力どころか全神話勢力を含めてのトップクラスの筈だぞ」

 

 ……そう言われてみると、案外その通りかもしれない。

 

 自分の能力を過小評価していた事実に、僕は少しだけ冷や汗を流した。

 

 

 

 こうして、フェニックス家におけるアウラとリシャール君の初顔合わせは、飛び入りでミリキャス君も参加するという予定外の出来事こそあったものの、僕が魔力を始めとする力を体内に収める隠形術を教える中で三人仲良く頑張っていた事で無事に終了した。また、お互いの連絡手段として念話を教えたので、今後は頻繁に言葉のやり取りを交わしていく事になるだろう。

 そうしてフェニックス家を発つ事になり、僕はそのまま他の皆と分かれて本日最後となる目的地へと一人向かっていた。

 

〈主。何やらお悩みのご様子ですが〉

 

 ……前言撤回。僕は特殊な召喚魔法で呼び出したドゥンに騎乗して目的地へと向かっていた。そこで、ドゥンが僕の悩みを看破して声をかけて来たので、正直に話す事にする。

 

「あぁ、今向かっている邸の主人とは本当に色々あってね。正直な話、会ってどう話を切り出したらいいのか、今でも解らないんだ」

 

 ……そう。今向かっている邸の主人に対しては、本当に複雑な思いを抱いていた。

 

 万に近い年月を現役で通し、悪魔の真実を一人で背負い続け、そして今もなお走り続けている鉄人だった。その豊富な経験から僕など遠く及ばない程に広く世を見渡した上で深謀遠慮の一手を打つことのできる、僕にとっては尊敬に値する人だと思った。そして、一度は僕から全てを奪い去った、正に憎むべき仇敵でもあった。……だから、僕自身も本当はどうしたいのか、今でも判断ができないでいる。

 

 その様な悩みを打ち明けられたのは、千五百年の永き年月を生きてきた事で老成した精神を有するドゥンだからこそだろう。そして、ドゥンは僕の悩みを聞いた上で助言をしてくれた。

 

〈成る程。では、いっそ何も考えずに正面からぶつかってみては? 断崖絶壁から海に降りようとする際、下手に崖を伝って行こうとすれば足を滑らせた時に崖の岩肌に体をぶつけてしまい、かえって大怪我をするものです。ならば、ここは一切躊躇せずに思い切って海に飛び込んでしまいましょう〉

 

 崖から海に飛び込むのと同じ様に躊躇を棄てるべしというドゥンの言葉を聞いて、僕は極端な例えに少し苦笑しつつも受け入れる事にする。

 

「物凄い例えだな、ドゥン。 ……でも、その通りかもしれない。解った、ドゥンの言った様にしてみよう」

 

〈どうやら、悩みが晴れた様ですな〉

 

 助言に対する僕の答えとその時の声色から、ドゥンは僕の心情を正確に読み取った様だ。この辺りは正に年の功と言えるだろう。だから、僕は相談に応じてくれたドゥンにお礼を言う。

 

「お陰さまでね。いい助言をありがとう、ドゥン。アーサー王がよくドゥンに乗って遠出していた理由がよく解ったよ」

 

 ドゥンになら何でも話せてしまえるし、それをしっかりと受け止めてくれる。その様な信頼感が、ドゥンにはあった。

 

〈ハッハッハ。この老いぼれに対して、それは流石に褒め過ぎでしょう。……さて、そろそろ見えてきましたかな?〉

 

 しかし、ドゥンは僕の心からの称賛を褒め過ぎだと一笑に付した後、目的地が見えてきた事を伝えて来る。

 

「あぁ、その様だ」

 

 そうして見えてきたのは、今から一月ほど前にコカビエル事件の褒賞として上層部でも良識派の方達と面会を重ねた時の最後の相手である方の邸。……エギトフ・ネビロス総監察官の邸だった。

 

 

 

「兵藤親善大使、お待ちしておりました」

 

 正門の前で僕を待っていたのは、燕尾服を纏った三十代半ばと思しき端正な顔立ちの青年男性だった。ただし、その立ち姿からは隙がまるで見当たらないので、執事というよりは護衛なのかもしれない。僕がドゥンから降りて地面に立つと、最敬礼で頭を下げて歓迎の意を伝えてきた。そして、自分が何者であるかを教えてくる。

 

「私はネビロス家の執事長を務めております、ジェベル・イポスと申します。旦那様は本日どうしても空ける事のできぬ用事がございまして、邸にはおりませぬ。また本日のご訪問は奥様とのご面会をご所望であるとお伺いしておりますので、お訪ねになられた時には私が応対する様に仰せつかっております」

 

 総監察官が不在と聞いて、僕はホッとすると同時に肩透かしを食らった様な複雑な気持ちになった。ただ、ネビロス家の執事長が出迎えに出てきたという事は、向こうは僕を歓迎してくれている様だ。それだけに少々やりにくいものを感じてしまった僕は、改めて名前を名乗った後で執事長自身について気になった事を尋ねてみた。

 

「これはご丁寧に。私の名は兵藤一誠。聖魔和合親善大使の務めを果たす為に魔王陛下の代務者を拝命しました、リアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様の共有眷属でございます。ところで、執事長は先程イポスを名乗られていましたが、もしや七十二柱の……」

 

 そう。イポス家は現在断絶しているが、ソロモン七十二柱に名を連ねる歴とした名家であり、序列も二十二位とけして低いものではない。それ程の家名を有する者が何故執事に身をやつしているのか、どうしても気になったのだ。すると、今まで僕が見知って来た悪魔の価値観からは到底想像もつかない答えが執事長から返ってきた。

 

「それは分家でございます。我がイポス家は代々旦那様にお仕え致し、それをこの上ない誇りとして参りました。その為、長年に渡る旦那様への忠勤が認められて先代の魔王様より伯爵に封じられた際、当時のご当主はご嫡男にその座を譲って執事を引退した上で伯爵家を興し、そのまま庶子に爵位をお譲りなさりました。そして、イポス家はあくまでネビロス家にお仕えする執事の家であり、伯爵家は魔王様に直接お仕えする為に独立した分家である事を宣言なさったのです」

 

 ……普通であれば、伯爵家を興して独立した後で嫡男に爵位を譲り、ネビロス家の執事としての務めは庶子に任せるところであるが、それが完全に逆転していた。それだけでも驚きだが、執事長は更に現政権から伯爵家の再興を打診されている事も明かしてきた。

 

「なお、魔王様からは断絶したイポス伯爵家を再興する様にと仰せつかっておりますが、私の子はまだ一人で幼い上に本家はあくまで旦那様にお仕えする者である以上、今は本家の存続こそを優先するべきである旨をお伝え致し、これをお認め頂いております」

 

 その気になればいつでも貴族になれるにも関わらず、ネビロス家に仕える執事であり続ける執事長に、僕は総監察官に対するイポス家の忠義の篤さを思い知らされた。

 

「申し訳ございません。話が長くなってしまいました。では、奥様の元へとご案内致します」

 

 執事長は話を切り上げるとそのままクレア様の元へと案内し始めたので、僕は執事長の後ろについて行く。それから数分ほど歩いた所で、僕は総監察官との面会に使用した部屋と同じ部屋の前に立っていた。

 

「奥様、ジェベルでございます。兵藤親善大使をお連れ致しました」

 

 執事長はドアをノックした後で中にいるであろうクレア様に声をかける。すると、中からクレア様の声が聞こえてきた。

 

「あら、そう。では、部屋に入って頂いて」

 

「畏まりました、奥様。……では、兵藤親善大使。どうぞお入り下さい」

 

 入室の許可をクレア様から頂いた事で、執事長は部屋のドアを開けて部屋に入る様に促してきた。僕はそれに応じて部屋に入ると、そこにはクレア様が待っていた。

 

「兵藤君、貴方が来るのを待っていたわ。……貴方がその身に宿した神器(セイクリッド・ギア)の真実を知ったその日から」

 

 穏やかな笑みを浮かべてそう仰られるクレア様だが、その心中には何かを秘めている様な印象を何故か受けた。

 




いかがだったでしょうか?

フェニックス家訪問後の一誠の悩み。
「僕は今まで自分の事をただの器用貧乏だと思っていました。ですが最近、親友の一人から指摘を受けた事で僕の基準が色々とおかしい事に気付きました。それでは、僕は一体どういう存在なんでしょうか?」

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十二話 七転八起はいつもの事ですから

2019.1.6 修正


Overview

 

「兵藤君、貴方が来るのを待っていたわ。……貴方がその身に宿した神器(セイクリッド・ギア)の真実を知ったその日から」

 

 自らが待つ部屋に入って来た一誠に対し、クレア・ネビロスは穏やかな笑みを浮かべて迎え入れる。しかし、一誠はクレアに対して心中に何かを秘めている様な印象を何故か受けた。

 

「クレア様。本日は不躾なご用件でお伺いした事、誠に申し訳ございません。しかし、私がこの邸を訪れた目的を既にご存知であるという事は……」

 

 一誠は彼女の夫であるエギトフ・ネビロスから真相を伝えられた時、クレアが「意識を世界の外側に飛ばす事で世界中のあらゆる物事を感知する」能力がある事を教えられている。その為、彼女が自分の事をその能力で見ていた事を察した。そして、クレアが真っ先に謝罪の言葉を言って来た事でそれは正しかった。

 

「ゴメンなさいね、勝手に貴方の事を探る様な真似をしてしまって。でも、貴方と駒王学園で会って間もなく、オーフィスが貴方を、正確には貴方の持っている真聖剣の力を狙っている事を知ってしまったのよ。だから、私はそれ以来ずっと貴方の事を気にかけていたの。……いざとなったら、私が自ら望んで嵌めた枷を外す事も視野に入れてね」

 

「枷を外す?」

 

 一誠がクレアの言葉の意味を理解し切れずに思わず尋ねると、クレアから衝撃の事実が伝えられる。

 

「私が世界のあらゆる物事から解き放たれた存在である事は以前教えたわね。それは世界が定めた「力」の上限ですら例外ではないわ」

 

「なっ……!」

 

 クレアの言葉の意味を即座に理解した一誠は驚きを隠し切れない。しかし、クレアは一誠が驚愕から立ち直るのを待たずに真実を語り始めた。

 

「どうやら気付いたみたいね。そう、私は本来であれば、オーフィスと同様に無限に力を高める事ができるのよ。私は自由と信念を求めるカオスのアライメントを司る存在。でも、それだけじゃないの。私は世界の全てを構成すると同時に束縛する秩序と規律の崩壊を齎し、無法たる混沌へと変化させる存在でもあるわ。そして混沌とは、あらゆるものが一つとなって入り混じる事で「個」の概念が消えてなくなった状態の事で、次元の狭間で溢れ返っているものでもあるわ。……あらゆる「有」を生み出す「無」という形でね」

 

 ここまで話を聞いた時点で、一誠はクレアの正体に気付いた。

 

「つまり、クレア様は」

 

「そうね。収まっている概念こそ異なるけれど、私は本質的にはオーフィスと同じ存在になるわね。カオスのアライメントという概念に収まる事で意思を得た、次元の狭間の欠片。それが私、「原始の悪魔(プライマル・デーモン)」デモゴルゴンの正体よ」

 

(つまり、この方をその気にさせれば、悪魔勢力はたとえ全ての神話体系を敵に回したとしても勝算があるという事か)

 

 そう考えた一誠は今聞いた事を誰にも、それこそイリナやアウラであってもけして口外しない事を決めた。この事実を知れば敵味方問わず暴走する者がほぼ確実に出てくる以上、知っている者を極力減らす事で事実の漏洩を防ぐべきだからだ。そして、一誠に己の正体を明かした後もクレアの話は続く。

 

「でも、私はエギトフと一緒にいる為にクレアという「個」に収まる事で混沌である事を止めて、無限の力を棄てたの。私にとって、誰よりも強い事よりもあの人と一緒にいる事の方が遥かに価値のある事だったから」

 

「それ程までに大切なものである枷を、何故私の為に外そうと?」

 

 一誠はこの時、「枷を外す」という意味をクレア・ネビロスという「個」から離れる事だと思った。だから、自分の今の在り様を棄ててまで自分を守ろうとしてくれるクレアの意図を尋ねたのだ。その一誠の問い掛けに対し、クレアは簡潔に答える。

 

「貴方を切っ掛けとして変わり始めたこの世界において、貴方が他の誰よりも必要だからよ」

 

 尤も、これはあくまで「冥界における原始の存在」としての建前であり、本当は二年前に枷を外す事、即ち最愛の夫との婚姻関係を解消する事を逡巡した事で次元災害ヒドゥンに自分達だけで立ち向かっていた一誠達の救援に間に合わなかった事をクレアは心底悔やんでおり、「今度こそは」という強い決意を秘めているからであるのだが。

 ……建前と本音をキッチリと使い分ける辺り、やはりエギトフの妻という事なのだろう。

 そうしてクレアは建前の理由を一誠に伝えた所で自分についての話を切り上げ、本題である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器に関するものへと切り替えた。

 

「私の事についてはこれくらいにしましょう。今貴方にとって大切なのは、赤龍帝の籠手の器が何処にあるかでしょ?」

 

 一誠はクレアの話の切り替え方に僅かながら焦りの様なものを感じたが、確かにクレアの言う通りである事からあえてそれに乗った。

 

「仰せの通りでございます」

 

 一誠が話題の転換に乗って来た事で、クレアは本題に入り始める。

 

「それで赤龍帝の籠手の器の今何処にあるのかだけど、場所そのものはすでに特定できているわ。ただ、貴方をそこに行かせる訳にはいかないから、詳細な位置は教えられないの」

 

 場所は解っているのにそこに行かせる訳にはいかないから詳細な位置は教えないというクレアの発言に対し、一誠は流石に理解が及ばずにどういう事なのかを尋ねた。

 

「どういう事でしょうか?」

 

 すると、クレアの口からはまたしても衝撃の事実が語られる。

 

「忘れ去られた世界の果て。そう呼ばれるべき場所に赤龍帝の籠手の器があるのだけれど、そこには聖書の神によってある強大な存在が封印されているわ。黙示録において無限と対を為す夢幻と並び語られる獣の数字の大本であり、それ故にけして目覚めさせてはならない、正に黙示録に記された終末そのものと言うべき存在。黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)666(トライヘキサ)。……貴方なら、それがどれだけ重大な事なのかを理解できるわね?」

 

 クレアが確認を取る意味でそう尋ねられた一誠は、顔を俯かせてしまった。そうして出てきた言葉には、見え過ぎてしまう事への深い悔恨の念が込められていた。

 

「どうして、僕はこうも解らなくてもいい事を解ってしまうんだろうか。……もっと僕の頭が悪ければ、深読みや先読みなんてできなければ、ドライグやグイベルさんの為に迷う事なく動けるのに」

 

 もし禍の団(カオス・ブリゲード)という世界の脅威が存在し、その首領であるオーフィスが一誠を狙っている現状で赤龍帝の籠手の器の回収に出向けば、その地に封印されている666の存在をオーフィスや禍の団に知られてしまい、特に次元の狭間の奪還を目的とし、その為にグレートレッドの打倒を目論んでいるオーフィスがグレートレッドをも打倒し得る666を復活させようと行動しかねない事に、一誠は気付いてしまった。

 ……そして、オーフィスが次元の狭間の奪還に固執する現状をどうにかしない限りは器の回収にはけして向かえないという残酷な現実にも。

 

「友達が一度は死に別れてしまった奥さんと折角再会できたというのに、再び引き離されそうな所をそうさせずに済む方法が目の前にあるのに、手を伸ばしてそれを掴み取る事が許されないなんて……!」

 

 最良の友であるドライグとその愛妻グイベルの二頭が抱えている問題を解決する為の有効な手立てを目の前にしておきながら、手を伸ばす事がけして許されないという現実を前に、一誠はただ悔しさに身を振るわせるだけであった。一方、当事者であるグイベルは、自分達夫婦の為にここまで真剣に考えてくれている一誠に感謝の言葉を伝えると共にけして焦らない様に諌める。

 

『一誠。ここまで私達の事を考えてくれて、本当にありがとう。……だから、今は時機が悪いという事で状況の変化を待ちましょう。ここで焦って動いても、けしていい事はないわ』

 

 グイベルからの謝辞と諫言を受けた一誠は、それによって頭が少し冷えたのか、その諫言を素直に受け入れた。

 

「……そうですね。ここはグイベルさんの言葉に従います。ただ、今は時機を待つだけで諦めるつもりは全くありません。それだけは信じて下さい」

 

 一誠はグイベルにそう伝える事で自分自身にけして諦めない事を言い聞かせていたが、クレアの話はまだ終わってはいなかった。

 

「兵藤君、実はもう少しだけ話の続きがあるの。まずはそれを聞いてもらえないかしら?」

 

 少し怒った様な表情のクレアから軽く窘められてしまった一誠は、恐縮しながら深く頭を下げて謝罪する。

 

「も、申し訳ございません。私とした事が総監察官の奥方様のお話を遮る様な事を仕出かしてしまうとは」

 

 すると、クレアは表情を穏和なものへと改めて、一誠に気にしない様に言い付ける。そして、話の続きを始めた。

 

「流石に話の内容が内容だったから、貴方も平静を保てなかったんでしょう? だから、気にしなくてもいいのよ。それで話の続きなのだけど、少し不思議な事があるの。実は内包する魂がない筈の赤龍帝の籠手の器に、どうも何かが宿っているみたいなの。しかも、おそらくは複数」

 

「その存在は一体どういったものなのでしょうか?」

 

 意外な事実を聞かされた一誠は思わずクレアに詳細を尋ねてしまうが、返ってきた答えはけして芳しい物ではなかった。

 

「そこまでは、私にもちょっと分からないわね。ただこれが一番肝心な事なのだけど、それ等の存在は赤龍帝の籠手の器に凄く馴染んでいる感じがするのよ」

 

「赤龍帝の籠手の器に馴染んでいる、ですか?」

 

 これまた意外な事を知らされた一誠ではあったが、赤龍帝の籠手の器の状況を考察しようにも情報が余りにも少な過ぎて判断のしようがなかった。一誠はそこで考えるのをやめて、情報提供に対する感謝の言葉をクレアに伝える。

 

「……申し訳ございません。現時点での情報が余りにも少な過ぎて、私には判断のしようがありません。ですがクレア様。本日は貴重な情報をご提供下さり、誠にありがとうございました」

 

「いいえ、こちらこそ、あまり力になれなくてごめんなさいね。……ジェベル、兵藤君を邸の外までお送りしてちょうだい」

 

 クレアは一誠の感謝の言葉を受けて、これで話すべき事は全て話し終えたと判断し、後ろに控えていたジェベルに一誠を邸の外まで送る様に伝える。

 

「畏まりました、奥様」

 

 ジェベルはクレアの声に応えると、一誠を玄関ホールまで案内する為に動き出した。

 

 

 

 こうしてこの日の予定を全てこなした一誠であったが、赤龍帝の籠手の器に関する情報についてはその所在を確認する事ができたもののその詳細な位置までは解らず、たとえそれが解ったとしても手を出せる状況ではないという現実を思い知らされる結果となった。

 

「折角アウラにミリキャス君とリシャール君という同年代の友達ができたというのに、これだからな。好事魔多しとは、本当に上手く言ったものだよ。……だがこうなると、前々から戦力の強化案として考えていた事を前倒しの形で転用する必要が出てくるな」

 

 ネビロス邸からドゥンに乗って魔王領の活動拠点としている宿泊施設への帰途に就いた一誠は、赤龍帝の籠手の器の回収については一端見切りをつけた上で今までとは別の方向からドライグとグイベルが共存できる方法を既に模索し始めていた。つい先程は残酷な現実を前にして悔しさに身を震わせていた一誠の立ち直りの早さにグイベルは少々驚いた。

 

『一誠、随分と立ち直りが早いわね』

 

「そういつまでも落ち込んではいられませんよ。それに、七転八起はいつもの事ですから」

 

 一誠が何ら気負う事なく即答した以上、今の言葉は本心から出たものなのだろう。グイベルはそう判断すると、先程一誠が口にした事について尋ねてみた。

 

『それならいいわ。……話を変えるわね。戦力の強化案を転用するって一体どういう事かしら?』

 

「実際には、アザゼルさんやアジュカ様の力を借りる事で当初の想定から少し変える事になるとは思いますし、本当の意味での問題解決までには至りませんが、少なくともドライグとグイベルさんのどちらかが眠らなければならないという事はなくなると思います」

 

 黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)の容量不足は解決していないのにドライグもグイベルも意識を保っていられるという一見矛盾した事を答えとして返してきた一誠に対し、グイベルは更に詳しい内容を尋ねる。

 

『それで、どんな風にしようと思っているのかしら?』

 

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)。これと赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)を組み合わせる事で、まずは僕自身が今までの赤龍帝とは全く異なる可能性を打ち出します。覇龍によって引き出すものを、力ではなく魂そのものへと変える事でね」

 

 その余りに突拍子のない一誠の発言を聞いた事で、グイベルは最愛の夫が何故一誠を最良の友として気に入ったのかを理解した。

 

『何故ドライグが一誠を気に入っていたのか、私にも解ったわ。こんな可能性の塊みたいな子、私達ドラゴンが宝物にしない訳がないもの。ひょっとすると、私達ドラゴンにとって一誠は飲めば酔わずにいられない極上の美酒みたいなものなのかもしれないわね』

 

 こうして、一誠とグイベルは方向転換する事になった今後の展望について語り合いながら、自分達の帰りを待つ者達のいる魔王領の宿泊施設へと戻っていった。

 

 

 

 一誠がネビロス邸を後にした、その同時刻。

 

 一誠とフェニックス邸で分かれたサーゼクス・ルシファーは愛息であるミリキャス・グレモリーを連れて私邸に戻り、留守をしていたグレイフィアも伴って実家であるグレモリー領の本邸を訪れていた。ミリキャスを実家へと戻すついでにアウラとの初顔合わせから始まる本日の成果を両親に報告する為だ。なお、同じくフェニックス家で一誠と分かれたイリナとアウラについては、今晩はおよそ一週間ぶりに一誠と共に親子三人で過ごすという事で一足早く魔王領の宿泊施設へと戻っている。そうして辿り着いた実家の玄関で多数のメイドと執事からの出迎えを受けた三人は、そのままグレモリー家当主夫妻のいるという一室に向かう。しかし、そこで待っていたのは二人だけではなかった。

 

「あらら、まさか魔王様がご実家に戻られてくるとはね。流石にこれは想定外だったよ」

 

 そう言いつつも気不味い様子が全く見られないのは、数日前にバアル家の本邸で一誠達と出逢ったエルレ・ベルだ。流石にサーゼクスは自分達より遥かに年下の叔母に何度か会った事があり、グレイフィアもまた同様なのであるが、ミリキャスは完全に初対面であるので目の前の女性が誰なのか解らずにキョトンとしている。どうも同年代のアウラと友達になって以来、年相応の顔も見せる様になってきた愛息にサーゼクスは内心喜びを感じつつエルレへの挨拶を始めた。

 

「これは叔母上。ここ十年程お会いしておりませんでしたが、ご壮健で何よりです」

 

 すると、エルレはその表情を苦虫を何匹も噛んだ様なものへと変えると共に、甥であるサーゼクスに呼び方を変える様に訴える。

 

「その叔母上っていうのは、いい加減に止めてくれよ。こっちが遥かに年下の上にそっちは悪魔のトップだってのに、そんな風に畏まられるとかえってやりにくいったらありゃしない」

 

「では、エルレ殿とお呼びしましょうか」

 

 この魔王に対するものとは到底思えないほどに気安いエルレの反応と「その呼び方を止めろ」というエルレの要請を受け入れたサーゼクスの姿を見たミリキャスは、驚きを露わにしつつもエルレの事について自分の父親に尋ねてみた。

 

「父様。父様は今、この方を叔母上とお呼びになられましたけど……」

 

 ミリキャスからエルレの事について尋ねられた事で、ミリキャスがまだエルレに会ってなかった事を思い出したサーゼクスは彼女の事を息子に紹介する。

 

「あぁ。そう言えば、ミリキャスはまだこの方にお会いした事がなかったな。この方は私の母上の異母妹、つまりミリキャスにとっては大叔母様に当たる方でバアル家の分家の一つであるベル家の初代当主であるエルレ・ベル殿だ」

 

「初めましてだな、ミリキャス。俺がお前のお祖母様の妹にあたるエルレ・ベルだ。ただな、叔母様はともかく大叔母様は流石に勘弁してくれ。俺はまだ生まれてから百年も経ってないんだ、そう呼ばれて喜ぶ程には老けちゃいないんだよ」

 

 サーゼクスの紹介に乗じる形でエルレはミリキャスに自己紹介するが、実は無類の可愛いもの好きである彼女の内心は以下の通りである。

 

(よし! 余りに健気で可愛らしかったから完全に我を忘れたアウラの時と違って、今度はちゃんとカッコ良い大人の女の姿を見せられたぞ。これで可愛い又甥のハートをがっちりキャッチだ!)

 

 まさか男らしさすら感じられる言動の裏側で、この様な愉快な事を表情を変えずにエルレが考えているとは想像もしていないサーゼクスは少し苦笑いを浮かべる。

 

「ハハハ。相変わらずの男らしさですな、エルレ殿。ところで、此度はどの様なご用件でこのグレモリーの本邸にお越しになられたのですか?」

 

 サーゼクスから来訪の目的を尋ねられたエルレであったが、先程見せた男の様な潔さとはかけ離れた反応を見せた。

 

「あぁうん。まぁ、その、何だ。つまりだな……」

 

 サーゼクスはエルレの余りに似合わない煮え切らなさに驚くと共に、自分達がこの場に来るまで話をしていたであろう父親にどういう事かを尋ねる。

 

「父上。これは一体?」

 

「私も聞かされたのはつい先程なのだが、かなり厄介な事になった。それも合わせて話をしよう」

 

 サーゼクスから尋ねられたグレモリー卿はそう言ってから、エルレがこの邸を訪れてからの事を話し始めた……。

 

 

 

「ヨウ、姉貴。それにジオ義兄さん」

 

 執事に案内されたエルレはグレモリー当主夫妻に気安く声をかけた。妻の実家とはいえある意味においては敵対関係といえるバアル家の縁者、しかも腹違いとはいえ妻の妹が尋ねてきた事にグレモリー家当主ジオティクス・グレモリーは驚きを隠せなかった。

 

「おや、これはまた珍しい事があったものだ。まさかエルレ殿が訪ねて来るとはね」

 

 一方、腹違いの妹であるエルレの言動に対し、グレモリー家当主の妻であるヴェネラナは苦い表情を浮かべる。

 

「その男の様な言動はいい加減にどうにかならないのですか、エルレ。すぐに矯正できたから良かったものの、リアスがまだ幼い頃に貴女の真似をし始めた時には本当に肝を冷やしたのですよ」

 

 しかし、エルレは姉の苦言に対してそこまで堪えた様には見えない。もしヴェネラナの怖さを知るリアス辺りがこの場にいれば、おそらく開いた口が塞がらなかったであろう。

 

「母親が違うとはいえ、やっぱり姉弟だねぇ。この間、領地経営の定期報告の為に親父の代理で本家に出向いたんだけどさ、兄貴から殆ど同じ事を言われたよ。まぁ、兄貴の方は俺の言葉使いはともかく振る舞いについては受け入れてくれたけどな」

 

「それは「受け入れた」ではなく「諦めがついた」の間違いでしょう。……ところで、ここに訪ねてきた用件について聞きましょうか」

 

 もはや呆れ果てた様子すら見せるヴェネラナは改めて来訪の目的についてエルレに尋ねると、エルレは質問に応える前に強く念押ししてきた。

 

「最初に言っとくけど、絶対に怒らないでくれよ。言い出しっぺは確かに兄貴だけど、最終的には親父はおろか初代様ですら認めた事だからな。そりゃあ、俺だって「いつかは」って思ってはいたさ。でも、だからってなぁ……」

 

「エルレ?」

 

 後の方では何処か煮え切れない態度を見せたエルレにヴェネラナは首を傾げるが、ジオティクスは異なる反応を見せる。

 

「……参ったな。どうやら相当に不味い事態に陥っている様だ。こうなってくると、もはやこちらから取れる手は一つだけだ。ヴェネラナ。シトリー卿から話のあった例の件だが、グレモリー家は全面的に協力する事にする。リアスには私が直接話をするから、君はサーゼクスに事情を説明してくれ」

 

 夫の余りに唐突な決断に対して、ヴェネラナは流石に話について行けずにどういう事かを問い質した。

 

「待って下さい、あなた。話が全く見えてこないのですけど」

 

「おっと。これは済まなかったな、ヴェネラナ。私は「探知」を使ったからすぐに事態を把握できたが、そうでない者は話を聞かないと訳が解らないのも無理はないか。エルレ殿、まずはこちらに来られたご用件をヴェネラナに話しては頂けないだろうか?」

 

 ヴェネラナから問い質された事で、ジオティクスは色々と過程を省略してしまった事を自覚した。この辺りが知りたい事を即座に知る事のできる「探知」の欠点であり、余程頭の回転が早いものでなければ話について行けなくなってしまうのである。そこで、ジオティクスはまずエルレ本人の口から来訪の目的を語る様に頼むと、エルレは義兄の頼みを快く受け入れた。

 

「解ったよ、ジオ義兄さん。……まぁ結論から言えば、俺の嫁入り話さ。ただ、相手が相手だからね。それで二人には俺の相談に乗ってほしかったんだ」

 

 エルレの口から飛び出してきた嫁入りの話に、ヴェネラナは「ようやくこの日が来たか」という思いを抱いた。

 

「そうですか。貴女が冥界に生を受けておよそ百年、ようやくと言ったところですね。貴女の場合、慣例からすれば少々薹が立っていますが、それでもまだ十分に乙女と呼べる年齢ですから全く問題ないでしょう。それで、お相手は誰なのかしら?」

 

 ヴェネラナから嫁入りの相手が誰なのかを尋ねられると、エルレは早速その答えを返した。……ただし、ヴェネラナにとっては正に青天の霹靂であったが。

 

「今、冥界で最も有名な男さ。ただ、今はまだそいつの花嫁候補であって本決まりって訳じゃないんだけど、その花嫁候補に俺を推したのが現大王の兄貴である以上、ほぼ間違いなく俺で決まりだろうな」

 

「そんな、まさか……!」

 

 エルレの答えは端的なものであるものの、発言内容に該当する人物に心当たりのあるヴェネラナは驚愕の余りに身を震わせる。バアル家がグレモリー家を憎悪の対象としている事を誰よりも知っている彼女にしてみれば、それは絶対にあり得ない事だったからだ。あり得ない事が起こった事でヴェネラナが未だに動揺を抑えられずにいるのを見て、エルレは嫁入り話を兄であるバアル家当主に聞かされた当時の事を話した。

 

「姉貴も驚いたか。そうだよな、俺だって兄貴からこの話を初めて聞かされた時には思わず正気を疑ったよ。……だけどな、姉貴。兄貴は本気(マジ)だ。現大王として己の感情を超えたところで、兄貴は動いている。それで、俺も腹を括ったよ。確かに、俺も兄貴も、それに姉貴も仲がいいなんてけして言えない。けれど、折角兄貴が大王として本気(マジ)になって動いているんだ。それを俺がここでただ「気に入らない」って理由で反発したら、色々な意味でダメだろうってな」

 

(……私は、一体何処で娘の教育を間違えたのかしら?)

 

 以前、ライザーとの婚約話に対して個人の感情で反発していた娘を持つヴェネラナにとって、エルレの決意は非常に耳の痛いものだった。そして、エルレは姉夫婦の元を訪れた目的について話し始める。

 

「それに、実は本家で一度サイ坊と一緒にそいつと話をしてるんだけど、掴み切れていない所が結構多くてさ。それで姉貴達の娘がそいつの主の一人だし、まだ二十分程しか接していない俺よりは姉貴達の方が遥かにそいつの事を理解している筈だから、いっそ姉貴達からも話を聞かせてもらった方がいいんじゃないかって思って今日ここに来たんだよ」

 

 政略結婚というけして望んだ訳でない状況に置かれながらも真正面から向き合おうとしているエルレに対して、ヴェネラナは姉として非常に嬉しい一方でグレモリー家当主の妻としては全く喜べないという二律相反に陥っていた。しかし、己の相反する感情を持て余しているヴェネラナに対し、エルレは己の夫になるかもしれない男の事を教えてもらえる様に改めて頼み込む。

 

「だからさ、姉貴、ジオ義兄さん。とりあえずは俺が嫁ぐ事になるかもしれない男の事を少しでいいから教えてくれないかな? そもそも本当に結婚するかどうかもまだ決めてないから、まずはその判断材料にしたいし、それでもし本当に結婚する事になったら、これからずっと一緒に生きていく旦那になるんだ。だったら、少しでも旦那の事を理解して、その上で俺なりに支えてやりたいんだよ」

 

 ……そう。大王の妾腹の妹であるエルレ・ベルが嫁入りする事になるかもしれない男の名は。

 

「なんたって、あの若さで魔王の代務者とか三大勢力共通の親善大使なんてとんでもない責任とまだ幼い娘を皆まとめて背負っているんだからさ」

 

 聖魔和合親善大使、兵藤一誠であった。

 

 

 

 一方、その頃。

 

 この日、どうしても外せぬ用件で己の邸を不在にしていたエギトフ・ネビロス総監察官は、その訪問先で面会した相手に思わず問い返していた。

 

「シトリー卿。貴公は本気、いや正気か?」

 

 エギトフから問い返されたシトリー卿は、己が正気であり、なおかつ本気である事をハッキリと伝える。

 

「私は本気ですし正気です、総監察官」

 

 エギトフはシトリー卿の目を見て、彼が正気かつ本気である事を瞬時に悟った。それ故にそれはけして認められない事を改めて伝える。

 

「真相は先程話した通りだ。故に儂としてはまず受け入れられんし、それは向こうも同じであろう。……それでもか?」

 

 エギトフは一度シトリー卿からある頼み事をされた時、それを断る為に一誠が人間を止める事になった時の真相を語った。それによってシトリー卿を諦めさせるつもりだったのだ。しかし、シトリー卿の反応は「改めてお願いする」という、シトリー卿が反応するまでのほんの数秒で億を超える回数をこなしたシミュレーション結果から大きく外れたものだった。だからこそ、エギトフはシトリー卿の正気を疑ってしまったのである。そして、エギトフから念を押されたシトリー卿は、三度頭を下げて同じ事を懇願し始めた。

 

「それでもです、総監察官。改めてお願い致します。どうか、聖魔和合親善大使を務める兵藤一誠殿をネビロス家の次期当主として総監察官のご養子にお迎え下さい。それが冥界にとっても、彼にとっても最善となります」

 

 それが、シトリー家が総力を上げて取り組んでいるプロジェクトの最終手段であった。

 

 

 

 ……冥界の旧首都であるルシファードにおいて、大王家と大公家、更には四大魔王の生家といった名家の次期当主達を主役とする会合が開かれたのは、これらの出来事が同時に起こったこの日の翌日の事である。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

なお一誠はまだ気付いていませんが、もし対オーフィス戦の最終局面でオーフィスが戦闘の継続を決断していたら、その瞬間に全ての枷を外して若返った全盛期のデモゴルゴンが降臨していました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十三話 冥界の答え

修正版です。なお、変更したのはサブタイトルと後半のみで前半はそのままです。

追記
2019.1.6 修正


 アウラとミリキャス君の初顔合わせを始めとする個人的な用件を全て済ませた、その翌日。

 この日は、リアス部長やソーナ会長を含めた若手悪魔の会合に出席する為、僕は魔王領にある冥界の旧首都ルシファードに向かう予定になっている。なお、イリナとアウラについては早朝鍛錬が終わった後ははやて達と行動を共にする予定だ。ただ問題は出席する際の僕の立場であるが、聖魔和合親善大使を務める魔王の代務者として出向者であるレイヴェルを伴っての出席という事となった。できれば本来の立場であるリアス部長とソーナ会長の共有眷属として出席したかったが、僕はもはやただの転生悪魔の眷属とは見なされていないらしい。挨拶回りによって大王家および大公家の双方から一定の評価を受けていたのだが、この件に関してはかえって仇となってしまった様だ。

 早朝鍛錬が始まる一時間ほど前に目が覚めると、僕は身を起こして自分の横を確認する。そこには、等身大化したままのアウラとそのアウラを優しく抱き締めているイリナがまだスヤスヤと眠っていた。実は駒王協定が成立して以降、アウラと一緒に寝る当番が僕かイリナの時には三人で一緒に同じベッドの上で眠る様になったのだ。もちろんアウラが一緒にいる以上は性的な行為などやれる筈がないし、そもそもそういった感情自体が不思議と湧いてこない。尤も、これがイリナと二人きりだったら、流石に理性を保てる自信がないのだが。そうして一足早く起きた僕は世界で最も愛おしい二人の安らかな寝顔を見つめながら、この寝顔をずっと守っていきたいと心から思った。

 

 ……たとえ、そう遠くない将来にイリナとは別の女性も娶る事になるのだとしても。

 

 暫くしてイリナとアウラがほぼ同時に目覚めたので、動きやすい格好に着替えてから(当然、イリナとは別の部屋で着替えた)早朝鍛錬に向かった。ここ数日であるが、アウラは僕と一緒にいたいという事で、精霊魔法や自然魔法を僕から教わっている。なおアウラが練習している魔法の一つである自然魔法とは、精神を自然と調和させて一体となる事で火・水・風・土・光・闇という自然を構成する六大要素そのものに働きかけて発動する新しい魔法系統であり、僕が四年程前にロシウから課題として与えられた術式の基礎概念に基づいて、自然の摂理にすら働きかける事が可能な高等仙術をも扱える計都(けいと)の助言を受けながら二年の月日をかけて完成させた。また、はやての単体に対する最大火力であるギガ・プラズマは六大要素の全てを融合させる事で発生する膨大なエネルギーを砲撃の形で放出するという自然魔法における究極の魔法であり、アウラもそれを最終目標として頑張っている。アウラ曰く「たとえお空の上からとっても大きな隕石が落ちてきても、あたしがギガ・プラズマで皆を守れる様になっておきたいの」との事だった。絶大な威力を誇るギガ・プラズマの使用目的がメテオインパクトという大災害から皆を守る為というところに、「優しい魔法少女」を夢見るアウラの優しい心根が現れていると言えるだろう。そうしてアウラに精霊との対話や自然との調和について講義していると、次第に参加メンバーが集まっていき、十分程で全員が揃った。

 なお、早朝鍛錬の正式な参加メンバーは、指導を受ける側としては最古参であるはやてを始めとして、グレモリー眷属とシトリー眷属、ライザー眷属にイリナ、セタンタ、薫君、カノンちゃん、そして飛び入りでロシウの教えを受け始めたセラフォルー様だ。サーゼクスさんとグレイフィアさん、アザゼルさんは自己鍛錬と模擬戦を主にこなす事になる。その模擬戦相手を含めたトレーナーとしてはアリスを含めた歴代最高位の赤龍帝とトンヌラさん、グレモリー卿にヴェネラナ様だ。我ながら、この早朝鍛練は途方もない規模になったと思う。しかも僕の人付き合いが広がれば、参加メンバーが更に増える可能性もある。だが、それは一先ず置いておこう。何せ、今日は見学者も来ているのだから。

 

「アウラちゃん、おはよう!」

 

 元気よくアウラに挨拶するのは、サーゼクスさんとグレイフィアさんの息子で昨日アウラとお友達になったミリキャス君だ。そして、挨拶をされたアウラも元気に挨拶し返す。

 

「あっ。ミリキャス君、おはよう! でも、なんでミリキャス君もここに来てるの?」

 

 アウラにそう尋ねられると、ミリキャス君はその理由を答えてきた。

 

「父様や母様が時々朝早くから出かけているのが気になっていたんだけど、アウラちゃんのお父さんと一緒にトレーニングしている事を父様から教えてもらって、それなら一度見学させて下さいって父様と母様にお願いしてここに連れて来てもらったんだ」

 

 その理由を聞いたアウラは、自分が今何をしているのかをミリキャス君に教える。

 

「そっかぁ。あたしはね、パパから魔法を教えてもらってるの。最近パパもママも忙しくなっちゃったから、パパに「この時くらいは一緒にいてもいい?」ってお願いしたら「いいよ」って言ってくれたんだよ」

 

「そうなんだ。……それなら、僕も父様にお願いしてみようかな?」

 

 アウラからそう聞かされたミリキャス君は、チラッとサーゼクスさんを見た。余りにも解り易いミリキャス君の素振りに、サーゼクスさんは軽く笑みを浮かべるとミリキャス君にある事を尋ねる。

 

「ミリキャス。私やグレイフィア、それに他の者達の手を借りずに一人で早起きできるかな?」

 

 サーゼクスさんの質問の意味を理解したミリキャス君は、その表情を明るい笑顔に変えると即座に返事をした。

 

「はい! 僕、一人で早起きできる様に頑張ります! 父様!」

 

 ハキハキと元気一杯に返事をしたミリキャス君の頭を、サーゼクスさんは軽く撫でる。

 

「それならミリキャス、これからは私達と一緒に頑張ろうか」

 

「はい!」

 

 サーゼクスさんが一緒に頑張ろうと声をかけると、ミリキャス君は元気に、そして嬉しそうに返事をした。その様子を後ろから見ているグレイフィアさんの口元には、母親としての優しい笑みが浮かんでいる。……親子三人の仲睦まじい光景が、そこにはあった。

 

 

 

Side:リアス・グレモリー

 

 私は今大切な眷属達と共に若手悪魔の会合の会場となる建物のエレベーターの中にいた。本当であれば誰よりも側にいて欲しい人が私の側におらず、それどころか私達を見下ろす位置にいる上層部と同じ場所で座っているであろう未来を目前に控えた私は心の奥底で寂しさを覚えた。解っていた事なのだけど、やっぱり理性と感情は別物だという事なのだろう。

 エレベーターの中で眷属達にどう声をかけようかを考えている中、私は今朝の出来事を思い返していた。

 

 

 

 それぞれの親が面倒を看るという事でアウラちゃんとミリキャスが早朝鍛錬に正式に参加する事が決まった後、ここ最近の定例となっている鍛錬前の報告会の様なものを行った。まずは昨日に関する報告をお互いに行い、私達はそれぞれの合宿における修行の成果をイッセー達に伝えた。その一方で、イッセーからはミリキャスとアウラちゃん、そしてライザーの上の兄でフェニックス家の次期当主であるルヴァル殿のご子息であるリシャールの三人がお互いに友達になった事を知らされた。元々初顔合わせの話があったミリキャスとアウラちゃんはまだ解るけど、まさかフェニックス家の次期当主の子とまで親交を深めるとは思っておらず、私も含めてかなり驚いてしまった。その一方で、イッセーは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器の所在に関してはお兄様とセラフォルー様、そしてアザゼルという三大勢力の首脳陣にのみ知らせる事を伝えてきた。それだけ政治的に大きな問題が絡んでいるという事なのだろう。一応「探知」を使えば私も知る事ができるのだけれど、以前の大失敗から個人の興味で「探知」を使わないと誓っているし、コカビエルが聖書の神の死を暴露した件でneed to knowの重要性を実感として理解している今、その様な行為に踏み切ろうとは到底思えなかった。そして、話は本日予定されている若手悪魔の会合に関するものへと移っていく。

 

「お兄様。それでは、イッセーは……」

 

 この会合の出席対象である私がお兄様にイッセーの扱いについて確認すると、お兄様は申し訳なさそうな表情を浮かべて事情を説明し始めた。

 

「あぁ。リアスやソーナには申し訳ないと思うが、イッセー君は当初の予定通りに聖魔和合親善大使を務める代務者として出席する事になった。出向者であるレイヴェル君を伴うのもその為だ」

 

「ゴメンね、リアスちゃん。本当は、イッセー君には二人の共有眷属として出席させてあげたかったんだけど……」

 

 やはり申し訳なさそうに謝罪するセラフォルー様に対し、私はイッセーの置かれている状況を理解している事をお伝えする。

 

「いえ、解ります。そもそも魔王の代務者という側近中の側近である上に、ライザーが次期当主の婚約者である大公家はもちろん主である私が次期当主のグレモリー家にけして良い感情を持っていない筈の大王家さえもイッセーを高く評価しているともなれば、イッセーはもはやただの眷属悪魔としては扱われないでしょう。それ自体はイッセーが悪魔社会において正当に評価され始めた証なので、大変喜ばしい事ではあるのですけど……」

 

 イッセーが正当に評価されているという事で嬉しいという感情があるのは確かだ。でも、イッセーに置いて行かれているという寂寥感がどうしても拭い切れない。そして、私の発言に続く形でソーナも発言し始めたのだけど、その表情には私と同じ様な寂寥感があった。

 

「こうなってみると、改めて気付かされてしまいますね。……一誠君は、既に私達とは違う道を歩んでいるという事に」

 

 それぞれ眷属を率いる(キング)である私とソーナが寂寥感に駆られていると、ソーナへと声をかける者がいた。

 

「か、っとと。ソーナ様、そんな事は一君が聖魔和合親善大使に任命された時から解っていた事じゃないですか。それに、一君は私達とは違う道を歩んでいるんじゃなくて、私達からは違う道に見えてしまうくらいにずっと先に行っちゃってるだけなんです。だったら、私達はそこで諦めないで、一生懸命その背中を追い駆けていけばいいんですよ」

 

 ソーナの僧侶(ビショップ)である憐耶だ。てっきりイリナさんがそんな発言をするかと思っていただけに、私はもちろんイッセーすらも少なからず驚いていた。ただ、イリナさんだけはむしろ納得の表情を浮かべていたので、憐耶の芯の強さを知っていたのだろう。一方、憐耶の主であるソーナは私やイッセーと同様だったみたいで、その心境をそのまま言葉として出していた。

 

「意外ですね。イリナから言われるのならともかく、まさか憐耶からその様な事を言われるとは」

 

「誰かを追い駆ける事に関しては、この場にいる誰よりも慣れていますから」

 

 そう言って笑みを浮かべる憐耶は、本当に「追い駆ける」つまり目標の為なら努力を一切惜しまない事に関しては自信があるみたいだった。

 ……匙君はもちろん、実はイッセーもだけれど、こうした「不屈の努力家」は些細な切っ掛け一つで大化けする。そしてその結果、憐耶もまたシトリー眷属に欠かせない()()へと成長していくのだろう。それをソーナも感じ取ったのか、自らを戒める様な発言をする。

 

「これは、私もうかうかしていられませんね。元々実力上位である武藤君に今や白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)白い龍(バニシング・ドラゴン)から個人の名前で覚えてもらう程に高い評価を受けているサジならともかく、憐耶にまで抜かれたとあっては色々と面目が立ちませんから」

 

 ……ねぇ、ソーナ。その言い方は私でも流石にどうかと思うわよ?

 

 実際、言われた当人もこれには反発を露わにする。

 

「ソーナ様! いくら何でもちょっと酷いですよ! それじゃ、私に追い越されるのが恥ずかしい事みたいじゃないですか!」

 

 すると、ソーナは発言の意図が別の所にある事を伝えてきた。

 

「いえ、そうではありません。ただ「私より後から来た人達には絶対に負けたくない」だけですよ」

 

 ……そう。そういう事。ソーナ。その宣戦布告、確かに受け取ったわよ。

 

 私はソーナの発言の意図を正確に理解した。そして、それは憐耶も一緒だった。

 

「だったら、私はこう言わせて頂きます。「私が目指すあの人に必ず追い付いて、その背中を支えてみせます」って」

 

 ……それがどれだけ困難なことなのかをはっきりと理解した上で迷う事無く宣言する憐耶は、もしかするととんでもない穴馬(ダークホース)に化けてギャスパーとレイヴェルにほぼ内定している筈のイッセーの僧侶枠に喰らい込んでくるかもしれない。そんな予感が私の脳裏を掠めていった。

 

 

 

 そうして報告会を終えた後で早朝鍛錬に励み、二時間ほどで切り上げると私達はシャワーで汗を流してから駒王学園の制服に着替えて、若手悪魔の会合の会場になっている魔王領への移動を開始した。目的地は冥界の旧首都であるルシファード。グレモリー領からでは特別列車を使っても三時間はかかる。もちろん転移を使えばあっという間であるのだけど、魔王領内にある首都リリスを始めとする一部の重要な地域や拠点に関してはテロ防止の為に転移での移動を禁じられている為、予め整備されている交通機関を利用しなければならないのだ。

 そうして私達は長い時間を列車で過ごしてからルシファードに入ったのだけれど、今度は私自身の知名度によって街が大騒ぎになってしまった。こんな事を自分で言うのも何なのだけれど、私は紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)と謳われる程の強者である魔王ルシファーの妹であり、またお母様譲りの「滅び」の魔力が使える上に容姿も整っている事から一般の悪魔の間で人気がある。ただ、確かにソーナやレイヴェル、そして何よりイリナさんには絶対に負けないつもりでいるけれど、イッセーを筆頭として武藤君に祐斗、匙君、コノル君といったコカビエルとの最終決戦に参加したメンバーはもちろんの事、最近では私やソーナ、レイヴェルをも追い越す勢いで急速に成長しているギャスパーやそのギャスパーより実力が上でコノル君が真剣に好敵手と認めている武藤薫君といった私と同年代の男子でも将来を嘱望されるべき人が多いし、少し下には上級神滅具(ロンギヌス)である魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)を完全に使いこなしているレオナルド君もいる。そして何より、()()()以来私の目標として常に意識しているはやてちゃんがいる。だから、いくら周りから散々褒めそやされても、それで「自分は強い」と自惚れる事なんてできる訳がなかった。私は笑顔で手を振る事で一般の悪魔達に応えながら、予め手配している列車に乗り込む為に徒歩で地下鉄へと移動した。会場には地下鉄内の特別なホームに設置されているエレベーターから入る事になっているからだ。

 地下鉄での移動は五分程度であり、私達は会場へと続くエレベーターの前に来ていた。ルシファードに到着して以降に私達を護衛していた者達が随行できるのはここまでなので、ここからは私達だけで移動する事になる。私を先頭としてエレベーターに乗り込むと、エレベーターは静かに上がり始めた。

 エレベーターが間もなく目的の階に到着する頃になって、ようやく皆に掛けるべき言葉を選び終えた私は会場に入ってからの注意事項と合わせてその言葉を伝えていく。

 

「皆、もう一度確認するわよ。この上にいるのは、ソーナを含めて私の将来の競争相手となる者ばかりよ。無様な姿なんてけして見せられないわ。だから、何が起こっても平常心でいる事、そして何を言われても手を出さない事。これらを徹底しなさい。……大丈夫よ。あのオーフィスを前にしてもなお闘う意志を折られなかった貴方達なら、必ずできるわ。だから、自信を持って臨みましょう」

 

 私が注意事項と激励の言葉を言い終えると、皆はしっかりと気を引き締めてくれた。ただ流石にアーシアについてはこの様な場に慣れていないから少し時間が掛かったのだけど、これくらいなら問題はないだろう。そうしている内にエレベーターはついに停止してその扉が開く。

 さぁ、私の自慢の眷属達。競争相手となる者達に見せつけてあげましょう。今や世界にその名を轟かせている赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)と共に歩もうとする者達が、一体どういった存在であるかを。

 

Side end

 

 

 

 報告会の後で早朝鍛錬を二時間程こなした僕とレイヴェルは、魔王領の宿泊施設に戻るとそれぞれシャワーで汗を流した。そして、僕はそのまま不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の上から代務者の証を羽織るという聖魔和合親善大使を務める魔王の代務者としての礼装を纏った。それに対して、レイヴェルはまだ普段着のままで正装には着替えていない。ただ会場入りの予定は半日程後なので、僕の方が余りにも準備が早過ぎるのだが、こうした僕とレイヴェルの行動の違いには当然理由がある。

 早朝鍛錬を終えて僕達がこちらに戻ってくると、それに合わせて蝋封が為された一枚の書類が転送されてきた。その蝋封、実はサーゼクスさんのルシファーとしての紋章で印が為されており、その書類が魔王としての命令書である事を示している。単に僕に命令を出すだけなら早朝鍛錬の時に伝えればいいのにあえてこの様にしてきた以上、この書類に書かれているのは密命の類であると判断した。そこで僕は早速封を解いてレイヴェルには見えない様に命令内容を確認した所、会合の会場入りの予定を大幅に繰り上げる様に書いてあった。ただその対象は僕一人であり、そこで何をするのかは会場で直接説明するという事なので、僕はその旨をレイヴェルに伝える。すると、レイヴェルは抱いた疑問をそのまま言葉にしてきた。

 

「一誠様、サーゼクス様は一体何をお考えなのでしょうか?」

 

 このレイヴェルの問い掛けは、僕自身も考えていた事だ。だが、余りにも唐突過ぎる命令であったので、流石に僕もサーゼクスさんの意図を読み切れずにいた。それを素直にレイヴェルに伝える。

 

「流石に僕も今回の命令の意図は解らない。こうなると、もはや会場で直接確認するしかないな。さて、一体何が出てくるのやら……?」

 

 結局は出たとこ勝負しかない事で結論付けた僕は、レイヴェルには当初の予定に従って会場入りする様に伝えると、一人で若手悪魔の会合が行われる会場へと向かった。ただ会場は同じ魔王領にある旧首都ルシファードであり、魔王領とは異なる領地から会場入りしなければならない者達に比べれば圧倒的に近いので、移動自体はそれ程時間を要するものではなかった。それに会場の入り口は冥界入りした初日に首都リリスで行われた会合の会場と同様に地下鉄の特別なホームにあるので、変身魔法による変装で地下鉄に移動するまで気付かれなければそうそう騒ぎにはならない。よって、僕の会場入りは極めてスムーズに行われた。

 地下鉄のホームから地上へ上がるエレベーターに乗り込み、そのまま静かにエレベーターが目的の階に到着するのを待つ。二、三分程でエレベーターが停止して扉が開いたので、僕はゆっくりとした足取りでエレベーターから降りた。すると、入口付近で待機していたであろう使用人が一瞬訝しげにこちらを見た。しかし、僕が羽織っている代務者の証である黒を基調とした外套に目を留めた所で、その表情は驚愕へと変わる。

 

「こ、これは兵藤親善大使! 本日は親善大使もご出席になられるとお聞きしておりましたが、これはまた随分とお早い時間にお越しになられましたな……」

 

 確かに若手悪魔の会合の出席の為にしては明らかに来るのが早過ぎるのだから、使用人の驚きと疑問は尤もだろう。この使用人の疑問に対して、僕はサーゼクスさんの命令で早めに来た事だけを伝える。

 

「実は、ルシファー陛下から予定を大幅に繰り上げてこちらに参る様に命令が下されておりまして、詳細はこちらでご説明なされるとの事です。そこで確認したいのですが、私より先にルシファー陛下がお越しになられておられませんか? もしおられるのでしたら、早急に無礼をお詫びしなければならないのですが」

 

 僕より先にサーゼクスさんが来てないかを確認すると、使用人はすぐに返答してきた。

 

「あっ、いえ。ルシファー様はまだこちらにお越しになられておりませんし、ご到着になるのはかなり後の予定になっております」

 

「……ルシファー陛下をお待たせする様な無礼はとりあえず避けられましたか。ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

 僕はどうにかサーゼクスさんより先んじて会場入りできた事に安堵すると、教えてくれた使用人に感謝の言葉を伝える。すると、使用人は一瞬だけ驚いた様な素振りを見せた後、それが自分の務めだと言って来た。その上で、サーゼクスさんが来るまでどうするのかを尋ねてくる。

 

「いえ、それがこちらの仕事ですから。ところで、兵藤親善大使。ルシファー様がお越しになられるまでいかがなさりますか?」

 

 僕がそれに対してこのままホールで待ち続けてサーゼクスさんを出迎える旨を伝えようとした。しかし、その前に転移用の魔方陣が僕達の目の前に現れると共に魔方陣から声が聞こえてきた。

 

「いや、私を待つ必要はない」

 

 現れた魔方陣の紋章はルシファーの物だ。それを確認した僕はその場で魔方陣に向かって跪き、それを見た使用人も慌てて僕達に倣う形で魔方陣に向かって跪いた。そうしてすぐに転移用の魔方陣から現れたのは、正装姿のサーゼクスさんだ。ただ、外套の色は今までは黒を基調としたものだったのが髪の色に合わせて赤系統に変わっている。僕達が跪いているのを確認したサーゼクスさんは詫びを入れる様な事を言って来た。

 

「済まないね、急な呼び出しをしてしまって」

 

「いえ、私は悪魔に仕える眷属なれば、主を通じて陛下にお仕えする者でもございます。故に陛下の命があれば、何を差し置いても馳せ参じましょう」

 

 僕が魔王の配下である悪魔としての言葉を伝えると、サーゼクスさんは少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

「君ならそう言うと思ったよ。さて、兵藤親善大使。予定を大幅に繰り上げてこちらに来てもらった訳なのだが、今から向かう場所に答えがある。私について来たまえ」

 

 サーゼクスさんは魔王としてそれだけ伝えると、僕の返事を待たずにそのまま踵を返して歩み出し始めた。

 

「Yes, your majesty.」

 

 それを見た僕は承知の言葉を伝えると共に、サーゼクスさんの歩く速さに合わせてついていく。サーゼクスさんは一瞬だけ魔力を放つと、サーゼクスさんと僕の周りの空気が少しだけ変わった。どうやら僕達の会話が外に漏れない様にする遮音結界を展開した様だ。

 

「これでやっと気兼ねなく話せるな、イッセー君」

 

 この呼び方でプライベートに切り替わったと判断した僕は、サーゼクスさんに合わせて言葉使いを変えた上で今回の密命の意図を尋ねる。

 

「サーゼクスさん、僕だけをこんなに早く呼び出した理由は何ですか?」

 

 すると、サーゼクスさんは申し訳なさそうに答え始めた。

 

「実は昨夜、実家にミリキャスを預けてからグレイフィアと二人で邸に帰った後でアジュカから知らされたのだが……」

 

 ここで一端言葉を切ると、一度深呼吸をして心を落ち着けてから話を続ける。

 

「イッセー君。君の冥界側の花嫁が決まった」

 

 サーゼクスさんから伝えられた内容に対して、僕はすぐには信じられなかった。

 

「あの、嫁取りの勅命を承諾してからまだ十日も経っていない筈ですが」

 

 ……そう。聖魔和合に深く関わる程の重大事項である筈なのに、余りにも決定が早過ぎるのだ。それに対し、サーゼクスさんも僕と同じ見解であった事を伝えてきた。

 

「君が驚くのも無理はない。私も上層部の思惑が入り乱れて選考が難航、最終決定に至るには少なくとも数ヶ月はかかると見ていたからね。だが、実家で父上から伝えられた事があってね。それで「もしかしたら」と懸念はしていたんだが、まさか即決と言える程に短縮されるとは思わなかった」

 

 サーゼクスさん自身もまた想定外の事態である事を伝えられた所で、前の方から僕に向かって声を掛けられた。

 

「イッセーくん!」

 

「パパ!」

 

 そこには、はやて達と一緒にいる筈の二人がいた。

 

「イリナ? アウラ? どうしてここに?」

 

 僕がこれまた予想外な事態に首を傾げていると、二人がここにいる理由をサーゼクスさんが説明し始める。

 

「早朝トレーニングの後、私がここに直接繋がる様に設定した転移用の魔方陣が描かれたシートを特例でイリナ君に渡して、アウラちゃんと一緒にこちらに来る様に頼んだんだ。これから冥界側の花嫁となる者と顔合わせを行う以上、天界側の花嫁といえるイリナ君と君の娘であるアウラちゃんはその場に立ち会うべきだからね」

 

 おそらくは初めて聞かされたであろうイリナとアウラの驚きを横目に説明を終えたサーゼクスさんは、ここでイリナとアウラを合流させて更に先へと進む。そうして案内されて辿り着いたのは、豪勢な作りをした扉の前だった。

 

「さて、この扉の先で冥界側の花嫁が君達を待っている。それが誰なのかは、自分達の目で確かめてほしい」

 

 サーゼクスさんはそう言って、僕に前へ進む様に促してきた。僕はイリナとアウラと顔を見合わせると二人して頷いて来たので、僕は頷き返した後で扉をゆっくりと開く。扉を開けてから僕の目に入ってきたのは、その広さからおそらくは広間と思われる部屋の中央に備え付けられた円形のテーブルに座っている妙齢の女性だった。豪奢なドレスを身に纏い、ダークブラウンの長い髪を結い上げているが、明らかにそわそわして落ち着かない様子からこうした場に慣れていない様にも見受けられる。ただ、その紫の瞳とリアス部長やヴェネラナ様に似た顔立ちにハッキリと覚えがあった。

 

「エルレ、さん……?」

 

 僕が思わず彼女の名前を口にすると、エルレさんはそれでこちらに気づいたらしく、僕達に声をかけてきた。

 

「ヨ、ヨウ。数日ぶりだな、代務者殿に紫藤イリナ、それにアウラ。たださ、頼むから笑わないでくれよ。流石にこんな似合いもしない格好で会わなきゃいけないなんて、俺も思ってなかったんだからさ。……いくら大王である兄貴が推したからって、俺に本決まりになるのが早過ぎだろ。上層部の連中、まさか全員揃ってボケてねぇだろうな……?」

 

 慣れない状況で流石に緊張していたのか、エルレさんは最初の方で少し噛んでしまった。しかし、話している内に調子を取り戻したらしく、最後の方では上層部に対する悪態を吐いていた。

 しかし、妾腹とはいえ大王の妹を娶るという想定外も程がある事態を目の当たりにして、それがどういう意味を持っているのかを悟った僕は本気で頭を抱え込みたくなった。

 

 ……これが、冥界の出した答えなのか?

 




いかがだったでしょうか?

……改訂前は迂遠に過ぎましたので、あえて直球で行きました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十四話 花嫁選びの舞台裏

2019.1.6 修正


Side:紫藤イリナ

 

 今、私達の目の前にいる(ヒト)が冥界側が用意したイッセーくんの花嫁。

 

 いきなりそんな事を言われても、そう簡単に受け入れられる訳がなかった。私自身覚悟はしていたけど、こんなに急だとは思っていなかったのだから。

 

 早朝鍛錬が終わった後ではやてちゃん達と一緒に昨日訪れたばかりのフェニックス邸に移動した私とアウラちゃんは、シャワーで一緒に汗を流してから二人でゆっくりと過ごしていた。そこにサーゼクスさんが転移して来て魔方陣が描かれてあるシートを渡すと、「あと三十分程経ったら正装に着替えて、このシートを使ってアウラちゃんと一緒にある場所に来てほしい」と頼んできた。特に断る理由のなかった私はそれを承諾した後、言われた通りに正装に着替えてからアウラちゃんと一緒に魔方陣の描かれたシートを使ったんだけど、その結果として私達はどう見ても高級ホテルとしか思えない様な豪華な造りの廊下の上に立っていた。そこで待っていたサーゼクスさんが「今から君達と同じ様に呼び出したイッセー君を連れてくるから、それまで待っていてほしい」と私達に言い付けた後、魔方陣で転移していった。そうして言われた通りに待っていると、サーゼクスさんがイッセーくんを連れてやってきた。ここで初めてサーゼクスさんがイッセーくんや私達を呼び出した理由が解り、私は驚くのと一緒にかなり嫌な気持ちになった。反応を見る限り、アウラちゃんもたぶんそうだと思う。そうして冥界側の花嫁が待っている部屋の前に辿り着くと、イッセーくんが私達に意志を確認する様に視線を向けてきた。私はアウラちゃんと二人で一緒に頷いてみせると、イッセーくんはゆっくりと扉を開いた。そして部屋の真ん中で待っていたのが、エルレ・ベルさんだった。

 

 自分の事を「俺」って呼んじゃう様な男らしい言動をするし、私とレイヴェルさんが全く気配を感じ取れなかった事を踏まえると相当に強いのが解ったから、エルレさんの第一印象はとても勇ましい女戦士って感じだった。でも、イッセーくんがサイラオーグさんに頼まれてアウラちゃんを呼び出した事で、その印象がガラリと変わってしまった。エルレさんはアウラちゃんの健気で可愛らしい姿を目の当たりにすると、我を忘れて抱き寄せた揚句に頬ずりまでしてきたのだ。その恍惚とした表情から危ない人種だと思った私は、アウラちゃんを強引に取り返した後でエルレさんを思いっきりとっちめた。すると、エルレさんは素直に自分の非を認めて謝ってきた。その上、実は可愛いものに目がないだけで、花や猫を自分の手で世話をしたり、身寄りのない子供達や幼い時のサイラオーグさんにお菓子を作って持っていったりとかなり女性らしい嗜好を持った優しい人である事が解った。そして、私と同じ様に感じたイッセーくんが「エルレさんは、とても優しい方なんですね」と思った事をそのまま口から出した様な言葉を伝えると、そんな風に言われたのが初めてだったらしくて顔を真っ赤にしてしどろもどろになっちゃうという、とても初々しくて可愛らしい反応を見せてきた。ただ、もし「可愛らしい」なんて本人に言ったら、間違いなく襲いかかってきそうだからけして言えないけど。そんな事もあって、私はちょっと歳が離れているけどその分頼りになりそうなエルレさんとはいい友達になれそうだと思っていた。

 

 ……そんなエルレさんが、イッセーくんの花嫁に選ばれた。

 

 このまま立ったままでいても仕方がないので、サーゼクスさんに促される形で私達はエルレさんの向かいに座った。因みに、サーゼクスさんは私達とエルレさんの間に座っている事からこの場における仲介人なんだと思う。そして私の思った通り、サーゼクスさんが話を切り出した。

 

「本来なら私がお互いを紹介して話を始める所だが、昨日実家でエルレ・ベル殿から面識がある事を聞いているから省かせてもらうよ」

 

 実際、既にお互いの自己紹介を済ませているので、サーゼクスさんの紹介は不要だった。でも、余りにいきなりの事なので私はどうしたらいいのか解らなかった。……だけど、まずはこれだけでも言っておこうと思った。

 

「あの、エルレさん」

 

「何だ、紫藤イリナ? ……いや、言いたい事は解るよ。聞けば、上層部の連中は代務者殿に対してアンタという女が既にいるにも関わらずに「バランスを取る為に悪魔の女も娶れ」なんて随分と野暮な事を押し付けてきたらしいね。アンタとしちゃ、そんな自分勝手な話を強行した俺達に文句や恨み事の一つでも言いたい所だろう」

 

 エルレさんはここで一旦言葉を切ると、私の目をしっかりと見つめてくる。

 

「だからさ、俺や魔王様に遠慮しないで思っている事を全てぶちまけなよ。アンタ達より年上の大人として、アンタの憂さ晴らしと八つ当たりを受け止められるくらいの度量を俺は持ってるつもりだよ」

 

 エルレさんは話が終わると、私に何を言われても受け止めようとする構えを見せた。確かに、私の中にそんな気持ちがけしてない訳じゃない。でも……。

 

「今、「こんな似合いもしない格好」だなんて言ってましたけど、とても良く似合ってますよ」

 

 まずは、エルレさんのとんでもない勘違いを正さなきゃ。そんな使命感の様なものが先にあった。

 

「なっ!」

 

 そんな私の発言が予想していたものから思いっきりずれていたのか、エルレさんは凄く驚いた表情を見せた。そこに、私に便乗する形でイッセーくんもアウラちゃんもエルレさんの服装についての感想を伝える。

 

「イリナの言う通りですよ。似合いもしないなんて、とんでもない。凄くお綺麗ですよ」

 

「エルレ様、まるでお姫様みたい!」

 

「なっ、ななななっ……! お、大人をからかうんじゃないよ!」

 

 明らかに動揺しているエルレさんは私達に「からかうな」って言ってきたけど、アウラちゃんはこの言葉に首を傾げた。

 

「からかう? あたし、そんな事してませんけど?」

 

「た、確かにアウラはそうだろうけど、アウラのパパやママは違うだろ!」

 

 エルレさんは矛先を私達に変えてきたんだけど、純真なアウラちゃんの口撃はまだ続く。

 

「パパもママも、そんなお世辞なんて言いませんよ。……ねぇパパ、ママ?」

 

 アウラちゃんにそう尋ねられたイッセーくんと私は、さっきの言葉が嘘偽りのないものであると断言する。

 

「そうだね、アウラ。僕もイリナも、こんな事で嘘を吐いてもしょうがないからね」

 

「今、イッセーくんの言った通りです。だから、素直に褒め言葉として受け取って下さい。エルレさん」

 

 私達三人から立て続けに言い放たれる心からの褒め言葉に、エルレさんはとうとう折れてくれた。

 

「ウッ。……わ、解ったよ。素直に受け取ればいいんだろ? どうも、アンタ達と話してると調子狂うなぁ……」

 

 頭を掻きながらそう愚痴るエルレさんに対し、私は少しだけ意地悪をする事にした。

 

「何せ、アウラちゃんの健気で可愛らしい姿を見たら、我を忘れてイッセーくんから引っ手繰って頬ずりするくらいですからね。調子の一つや二つ、おかしくなって当然ですよ」

 

 大王家の本邸でエルレさんがやらかした事を暴露すると、まるで空気が固まった様にこの場が静まり返った。

 

「イ、イリナ君。それは本当かな?」

 

 暫くしてサーゼクスさんが恐る恐る尋ねてきたから、私はそれを肯定した上でエルレさんがアウラちゃんにやらかした後の事を話す。

 

「えぇ、そうですよ。しかもそれでアウラちゃんを怖がらせちゃったから私が強くとっちめたら、流石に自分が悪かったと言って素直に謝ってくれましたし、その上こっちは特に何も訊いていないのに自分から色々と教えてくれましたから。実は可愛いものに目がなくて、邸で猫を何匹も飼っていて自分で世話をしたり、多くの種類の花を植えて花園を作り、それを自分で手入れをする程に花が好きだったり、自分でお菓子を作って身寄りのない子供達に差し入れしたりしているって」

 

「し、紫藤イリナ! そんな事、別に今話さなくてもいいだろ!」

 

 すると、エルレさんが顔を真っ赤にして私に抗議してきた。ただ、その表情が怒っているっていうより戸惑っているって感じだから、全然怖くなかった。

 

「……プッ」

 

 そして、そんな私とエルレさんのやり取りを見ていたサーゼクスさんが大爆笑を始めてしまった。

 

「ハッハッハッハッハッ! これは傑作だ! 男勝りだと思っていた叔母上が、実はこれ程までに女性らしさに溢れていたとは! これはぜひとも母上にお教えせねば! これを知れば、母上もさぞお喜びになるだろう!」

 

 ……そういえば、甥っ子であるサイラオーグさんはアウラちゃんに頬ずりする様なエルレさんの姿を今まで一度も見た事がないし、先代や今の大王様も見た事がない筈だって言っていた。だから、エルレさんのお姉さんであるヴェネラナさんがエルレさんの女性らしい所を見た事がないのは、けしておかしな事じゃなかった。

 

「た、頼む。頼むから、もうこれ以上は勘弁してくれ~!」

 

 もはや悲鳴とも懇願とも受け取れる様な言葉がエルレさんの口から飛び出した時には、私の胸の中にあった複雑な思いは何処か遠くへと飛んで行ってしまった。

 

 ……エルレ・ベルさん、か。案外、この人とは上手くやっていけるのかもしれない。

 

 サーゼクスさんが大爆笑する中、私はエルレさんについて素直にそう思えた。

 

Side end

 

 

 

 サーゼクスさんがエルレさんの別の一面を知らされた事で大爆笑してしまい、本格的に話を切り出す事ができたのは少しばかり時間が必要になった。

 

「……フゥ。ようやく治まったか。ただ余りに笑い過ぎて、少しばかりお腹が痛くなってしまったよ。さて、楽しい時間はここまでとして、まずは今回の経緯について説明しようか。ただ、イッセー君。今ここにいるのは魔王ルシファーでなく、エルレ・ベル殿の甥であるサーゼクスだ。だから、プライベートで頼むよ」

 

 ……つまり、魔王としては話せないという事なのだろう。そう判断した僕は言葉使いをプライベートのものへと改めた。

 

「解りました。サーゼクスさん」

 

「……ヘッ?」

 

 その言葉使いの変化に、エルレさんは呆気に取られている。それを見たサーゼクスさんは軽く笑みを浮かべて事情を説明した。

 

「フフッ。私達はプライベートにおいては気心の知れた友人としての関係を築いているのですよ、叔母上。それこそ、お互いの子供を対等なお友達になれる様に顔合わせするくらいのね」

 

 サーゼクスさんが僕とのプライベートの付き合いについて説明すると、エルレさんは納得の表情を浮かべる。

 

「成る程ね。だから、ミリキャスは代務者殿の事を「アウラちゃんのお父さん」と呼んでいた訳か。……だからって訳じゃないけど、アンタが自分からプライベートと宣言した上で俺を叔母上と呼んだ以上、俺もアンタを姉貴の倅として扱わせてもらうよ、サーゼクス」

 

 サーゼクスさんの事を魔王ではなく甥として扱う事を宣言したエルレさんに対し、サーゼクスさんはそれを受け入れた。

 

「承知しました。それでは説明を始めましょうか」

 

 そう前置きした上で、サーゼクスさんは主にエルレさんへ説明する形で冥界の花嫁選考の一部始終を話し始めた。

 

「まず、イッセー君の花嫁候補については冥界出身の純血悪魔である事、貴族の身分を有している事、そして、もし仮にイッセー君が反乱を起こすなどして冥界に害を及ぼした場合にはイッセー君諸共切り捨てられる立場にある事の三点を基準として選考されており、それを知った上層部の中には縁者と呼ぶのもおこがましい程に遠く離れた者は勿論の事、明らかに素行に問題のある者を推挙する者もおり、どちらもその意図は明白でしたが己の持つ権力を使ってごり押ししようとしていました。ですが、これについては聖魔和合親善大使としての直接の上司であるセラフォルーが上手く抑え込んでくれましたよ」

 

「あの、セラフォルーさんはよく抑え込めましたね。相手はそれこそ聞く耳を持たずに裏でコソコソ動いていそうな気もしますけど」

 

 イリナが疑問に思ったのも無理はない。表では笑顔で応対する一方で裏では策謀を巡らせるのが、権力者の常套手段だからだ。だが、それ故に権力者にとって何よりも恐ろしいものがある。それ等を一切無視できる程に強大かつ純粋な暴力だ。そして、今回はそれを何よりも証明する形となった。

 

「確かにイリナ君の言う通り、如何にセラフォルーが四大魔王の一人と言えど、老獪な上層部を言葉だけで抑え込むのは無理だっただろう。そこで、セラフォルーは私達ルシファー眷属と初代の赤龍帝であるアリス君との模擬戦を記録した映像を推薦してきた上層部全員に見せてから、こう言ったらしい。「もしイッセー君のお嫁さんに変な人を選んだら、全力のサーゼクスちゃんですら手に負えないアリスちゃんが怒り狂って私達を滅ぼしに来るよ。だから、イッセー君のお嫁さん選びはちゃんとしてね☆ でないと、この子へのお詫びとして私が皆をきらめかせちゃうんだから☆」とね。……効果は覿面だったよ。上層部が推挙してきた者の大部分は、これで推挙を取り下げられたのだからね」

 

 ……これはこれで呆れてしまうな。僕は深い溜息を吐きそうになったが、サーゼクスさんの前でその様な事をする訳にいかなかったのでどうにか堪える。

 

「パパとお話をした事のある人達はどうだったの、ミリキャス君のお父さん?」

 

 そう言えば、僕が冥界の上層部の内でも良識を持っていると判断した方達と面会した時、精神世界にアウラもいた。だから、こうした疑問を抱くのも道理である。サーゼクスさんもアウラを褒めた上で、以前面会した方達についての話を始めた。

 

「いい所に気がついたね、アウラちゃん。彼等はイッセー君との婚姻を通してより友好的な関係を築く事を真剣に考えていたんだが、どうしても三番目の条件をクリアできずに断念したそうだ。これが通常の政略結婚であれば迷わず自身の娘を始めとする嫡流の女性を推挙していたのに、と言って非常に残念がっていたとの事だよ。……それにしても、イッセー君。父上やアザゼルから話を聞いてはいたんだが、こうして見るとアウラちゃんは相当に賢いな。正に父親である君譲りだよ」

 

 サーゼクスさんが幼いアウラの賢さが僕に似ている事を認める発言をした事で、エルレさんが驚きを露わにした。ただ、サーゼクスさんは褒め言葉のつもりなのだろうが、一番似てほしくない所を似てしまったと思っている僕にとっては逆に胸を締め付けられる様な思いだ。その様な僕の気持ちを余所に、サーゼクスさんの説明は続く。

 

「こうして花嫁候補が絞られていく中、最有力候補として残ったのは聖魔和合親善大使の元へ出向していたレイヴェル・フェニックスでした。彼女はこの時点において既にイッセー君と「上級悪魔として独立した暁には彼の眷属に加わる」という約束を交わしていた上に彼女の実家であるフェニックス家もまたイッセー君と直接的な友好関係を築いていましたので、これなら婚姻関係さえ結んでしまえばイッセー君が我々悪魔勢力から離反する様な事はまずないだろうというのがイッセー君に好意的な者達の見解でした。また、イッセー君との関わりの薄い者達もレイヴェルがフェニックス家の後を継ぐ可能性が殆どない上にイッセー君に既に取り込まれていると見なせる事で、いざとなれば一緒に切り捨てても大した問題にはならないとして特に反対意見は出なかったそうです」

 

 ……これは以前にレイヴェル本人から聞いたのだが、もし僕が逸脱者(デヴィエーター)として世界中を敵に回してしまった場合、レイヴェルは家族を棄ててでも僕についていく事を決めていたそうだ。その意味では、確かにレイヴェルは既に僕に取り込まれていると見なせるし、僕を切り捨てる際にはシンパであるレイヴェルも一緒に、と上層部が考えても何ら不思議ではない。

 ここで、アウラは何故かソーナ会長を名指しした上で花嫁候補として挙がってこなかったのかをサーゼクスさんに尋ねてきた。

 

「どうしてソーナ小母ちゃんはパパのお嫁さんに選ばれなかったの?」

 

「ソーナは姉のセラフォルーがレヴィアタンを襲名した事で私と同じ様にシトリー家を出ているから、彼女以外にシトリー家を継げる者がいなくてね。だから、「探知」を覚醒させた事で完全に嫡流となったリアス共々真っ先に花嫁候補から外されたよ。それに、主と眷属が夫婦になるのは私とグレイフィアの例があるからけして珍しくはないが、イッセー君の場合は公の場において眷属である彼の方が上位者となる事が多いから不都合だとする意見もかなり多かったんだ」

 

 サーゼクスさんはアウラの「ソーナ小母ちゃん」発言には何ら反応せず、アウラの質問に対しては丁寧に答えたが、これもその通りだろう。ここまでを聞く限りにおいて、セラフォルー様から釘を刺されて以降の上層部は適切な判断を下している様だった。だから、アウラもソーナ会長の名前が挙がらなかった理由を理解した。ただ、その表情はとても残念そうに見えた。

 

「そうなんだ。ミリキャス君のお父さん、ありがとうございます。……どうせなら、ママと一番仲良しのソーナ小母ちゃんをパパのお嫁さんに選んでくれたら良かったのに」

 

 最後に何か呟いたものの、アウラが説明してくれた事への感謝をサーゼクスさんに伝えると、サーゼクスさんはアウラからの感謝の言葉を受け取ってから説明を再開する。

 

「こちらこそ、私の話をしっかりと聞いてくれてありがとう。……さて、説明を続けましょうか。イッセー君が大王家への挨拶に出向いたその翌日の事です。イッセー君の花嫁候補として、突如叔母上の名前が挙がりました。確かに叔母上は冥界出身の純血悪魔の上、継承権を持たないとは言え大王家の分家であるベル家の初代当主という貴族の身分を有しておりますし、何より大王家にしてみれば如何に現大王の妹とは言え妾腹に過ぎない上に「滅び」の力も継承していない以上、万が一切り捨てる様な事態になっても余り問題がないのでしょう。以上の点で、叔母上もまた花嫁の選考基準を全て満たしていました。なお推薦状を提出したのは俗に言う大王派の下級役人でしたが、推薦人として記載されていたのは大王家の現当主との事でした。これについては、叔母上」

 

「事実さ。代務者殿達が就任の挨拶の為の謁見を終えて大王家の本邸を離れた後、兄貴から呼び出された上で直々に言い渡されたよ。貴様を聖魔和合親善大使の花嫁として推薦するってな。これは姉貴やジオ義兄さんにも言ったんだけど、俺もこれを聞いた直後は兄貴の正気を疑ったよ。でも、あの時の兄貴の目は本気(マジ)だった。だから、俺もこの件に関しては個人の感情だけで反発しない様にしたんだ」

 

 サーゼクスさんからの確認に対して、エルレさんはそれを肯定した上でより具体的に説明してきた。その結果、エルレさんが花嫁候補として挙がってきたのはバアル家の現当主の意志によるものと判明した。そして、その本気具合を悟ったエルレさんは冷静に受け止めた様だ。すると、サーゼクスさんは苦笑いを浮かべた。

 

「……母上はさぞ耳の痛かった事でしょうね。それで叔母上がイッセー君の花嫁候補に浮上した事で、上層部の意見は叔母上とレイヴェルのどちらにするのかで真っ二つに分かれた様です。ただ、理由が本当に様々で説明するのも億劫なのですが」

 

 この様な事を言っているサーゼクスさんは、本当に億劫そうな表情を見せていた。……これでもかつては一大勢力の軍師をやっていた身だ。僕もその内容には大体の見当がつく。そして、それは何も僕だけではなかった。

 

「いや、それについては説明なんかいらないよ。俺だってそれなりに社交界の荒波に揉まれているんだ、大体の所で想像がつく。次期当主とはいえ未熟な悪魔の眷属に過ぎない者に大王の妹君を宛がう等、釣り合いが全く取れていない。だから、ここは貴族とは言え末娘で跡取りとなる可能性がまずないであろうレイヴェル・フェニックスだ。いやいや、魔王様の代務者として三大勢力の今後を左右する重職を担っているのだ。ここは妾腹ではあるが現大王の妹君こそが相応しい。……こんな所だろ?」

 

 エルレさんが自分の意見に対して確認を取ると、サーゼクスさんはあくまで氷山の一角としながらもそれを肯定する。

 

「あくまで氷山の一角ですが、叔母上が挙げられた事も理由の中に入っています。その結果、花嫁の選考は難航する様相を呈していたのですが、内政を担当する役人の一人がある事を質問した事で流れが一気に変わった様です」

 

 サーゼクスさんが花嫁選考のターニングポイントとして挙げた「内政担当の役人から質問」に、僕はもちろんイリナもエルレさんも興味を惹かれた。それを見たサーゼクスさんはそのまま話を続ける。

 

「彼は旧家や名族を始めとする貴族階級に属する上級悪魔の爵位や領地に関する記録の管理を担当しているのですが、それ故に「親善大使が眷属として主から領地を与えられた場合、その管理運営はどの様な形で行うのか」という疑問を抱いていたらしく、それをそのまま上層部に尋ねたらしいのです」

 

 サーゼクスさんから質問内容を聞いた僕は、ここで全てを悟った。

 

「そういう事か」

 

「イッセーくん?」

 

 イリナがその様な僕の反応に首を傾げてきたので、僕がどういう事なのかを説明していく。

 

「通常であれば、眷属である僕に与えられる領地の管理運営は僕が一人前になるまで主の家で行われる事になる。だが、僕の主はグレモリー家の次期当主とシトリー家の次期当主の二人だ」

 

 ここで、エルレさんもどういう事なのかに気付いた様で僕が話そうとした事を引き継いだ。

 

「そういう事か。レイヴェル・フェニックスを抑えて俺が選ばれた事情が俺もやっと見えて来たよ。そもそもグレモリーとシトリーの双方から領地が与えられた場合、両家の領地が隣接していない為に隣り合わせる形で一箇所にまとめる事ができない。だから、代務者殿に与えられる領地の管理運営はどうするのかで必ず揉める。両家がそれぞれ行うのか、あるいはどちらかの家が一括して行うのかでな。ただ、両家がそれぞれ行う場合には報告書の内容をまとめる際に色々な面で擦り合わせを行わないといけないし、一括して行う場合には他家の領地を代理で運営するから、代理で運営する事を許可した書類や報告内容に間違いがない事を保証する様な書類も別途必要になるなど、どちらの場合もかなりややこしい事になる。こうなると、最善なのは領地を所有する本人が直接管理運営する事なんだけど、代務者殿は聖魔和合親善大使として天界と冥界、そして人間界と世界すら超えて飛び回らなければならないから領地の管理運営なんてまず無理だ。かといって、如何に重役を務めているといっても、代務者殿の身分はあくまで眷属悪魔だ。他の貴族連中の手前、眷属に過ぎない悪魔が所有する領地の管理運営にわざわざ代官を派遣するなんて事はまずできない。だから……」

 

 エルレさんがここまで言及した事で、イリナもようやく事情が呑み込めた様だ。この領地の管理運営に関する結論が言葉として出てきた。

 

「イッセーくんの領地の管理運営は、冥界側の妻となる人が代行するしかない」

 

 そして、サーゼクスさんもイリナの出した結論を肯定した上で、花嫁選考の結末を話し始めた。

 

「イリナ君の言う通りだ。そして、これが決定打となった。レイヴェルは聖魔和合親善大使であるイッセー君の元へ出向している。つまり、イッセー君と行動を共にするので領地の管理運営は事実上不可能だ。そうなれば、花嫁選考の基準を全て満たした上に出自においては候補者の中で最も血筋が良く、更に冥界在住で領主の経験もあり、聖魔和合親善大使の仕事に直接的な関わりがない叔母上が最適となる。これについては誰からも反論が上がらず、しかも叔母上以上の適任者が今後現れる事はまずないだろうという判断から、最終的には満場一致で叔母上に決定したよ。……以上が、イッセー君の冥界側の花嫁が十日も掛からずに決定した経緯の一部始終となります。叔母上」

 

 サーゼクスさんの説明を聞き終えた僕は、溜息を吐きたくなった。

 

「グレモリー・シトリー両家から僕に与えられる領地に関する問題がここで響いてきましたか。……確かに僕の領地の管理運営について本当に問題はないのか、少し不安に思ってはいたんですが、まさかこんな形で響いてくるとは思っていませんでしたよ。ここまで早くエルレさんに決まったのは大王家の強力なバックアップがあっての事だと思っていましたけど、違っていたみたいですね」

 

 僕が当初想定していた事を言葉にすると、エルレさんも最初は僕と同じ事を考えたと言ってきた。

 

「……正直な話な、俺も兄貴からこの話を聞いた時には兄貴は必ずそうするって思ったんだ。だけど、兄貴はそうしなかった。それどころか、大王家に擦り寄ってくる連中に対して「余計な事はするな」と釘を刺す様な事までしていたんだ」

 

 エルレさんは大王家の現当主の行動について首を傾げていたが、僕は逆に納得した。

 

「成る程、蛇足や勇み足になるのを避けたという訳か。……どうやら、僕は大王閣下の事をかなり過小に評価していたらしい」

 

「パパ、どういう事なの?」

 

 アウラも訳が解らないといった表情で僕に尋ねてきたので、アウラに聞かせても問題のない所だけを説明する。

 

「アウラにはちょっと難しいかもしれないけど、もしここで大王家がその力を使って強引に話を進めたら、大王家を良く思わない人達が力を合わせて邪魔しようとするから話が全然まとまらなかったかもしれないんだ。それに、僕だってそんな無理矢理な事をしてきた大王家に対して悪い印象しか抱かなかったと思う。だから、そうなるのが最初から解っていた大王閣下はエルレさんを僕の花嫁として推挙する事以外はあえて何もしない事で、できるだけスムーズに僕の花嫁が決まる様にしたんだよ」

 

 もちろん、実際にはアウラに説明した事だけではない。正直な話、大王自らが妾腹とはいえ妹を推して来たという事実だけで事は十分だった。後は周りが大王家を慮って勝手に動くのを待てばよく、更にそれを催促する様な動きを自派閥の者達にさせない事で「大王家は悪魔全体の意志を尊重する」という構えを示し、暗躍しようとする他の派閥を牽制してみせたのだ。こちらは花嫁を推薦するのみで、後は政府の決定に従う。だから、そちらも余計な事をするな。もしこの言葉なき警告を無視する様なら、その時は容赦しない、と。

 そして、エルレさんとの婚姻が成立する事で更なる策略が連鎖する。

 

「ただね、これでもうリアス部長とソーナ会長の眷属ではいられなくなるだろうなぁ……」

 

 それは、今後得る事になる立場によって悪魔の駒を伴う眷属契約を解約できる例外事項の一つを僕が満たす事で、グレモリー眷属やシトリー眷属の皆と完全に切り離してしまおうという分断策だ。

 

 ……どうやら、冥界における政治の世界は老獪な化物達で満ち溢れているらしかった。

 




いかがだったでしょうか?

一誠の試練はまだまだ続きます。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十五話 袋小路の中で

2019.1.6 修正


「ただね、これでもうリアス部長とソーナ会長の眷属ではいられなくなるだろうなぁ……」

 

 僕がバアル家現当主、つまり現大王の妾腹の妹であるエルレさんと結婚する事で発生する事態をアウラに説明すると、横から口を挟む形でイリナが疑問を呈してきた。

 

「ソーナやリアスさん達の眷属でいられなくなる? どういう事なの? 今、上級悪魔に昇格して独立するのは危ないって言っていたの、イッセーくんでしょ?」

 

 確かにその通りだ。しかし、そう発言した時とは状況が一変している。だから、まずはそれをイリナに説明する。

 

「確かにその通りなんだけどね。ただこのままエルレさんと結婚する場合、僕がリアス部長とソーナ会長の眷属である事は許されなくなるんだよ。……エルレさんの血縁と身分を考えるとね」

 

「エルレさんの血縁と身分……?」

 

 僕の説明にイリナは首を傾げているが、エルレさんは解った様だ。彼女は何とも言えなさそうな表情を浮かべている。

 

「成る程ね。確かに俺は妾腹とはいえ先代大王の娘だし、大王の継承権を持たない分家であるベル家を新興してそこの初代当主をやらせて貰っている。だから、もしこのまま俺と結婚してしまえば、まだ成熟していない名家の次期当主の眷属から大王家に直接連なる分家の当主の旦那へと立場がガラリと変わっちまうんだよ。それでこのままだと色々と不都合が出るから、帳尻を合わせなきゃいけないんだけど……」

 

 エルレさんがここまで言い終えると、サーゼクスさんが話の続きを語り始めた。

 

「ここで本来ならば叔母上とイッセー君の主との間で交換(トレード)を行い、イッセー君の主を叔母上に代える必要が出てくる。しかも叔母上は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を未だお使いになった事がないので、通常なら問題なく交換が成立するのだが、イッセー君の場合はリアスとソーナの共有眷属であり、転生に使用された兵士(ポーン)の駒が十一個と前代未聞というよりはもはや空前絶後というべき個数だ。その為、叔母上はおろか他の誰であっても交換が成立しないのだよ。よって、帳尻を合わせるにはイッセー君を早急に上級悪魔へと昇格させた上で、悪魔の駒を伴う眷属契約を解約できる例外事項の一つである「主を除く貴族階級の悪魔との婚姻に際して、主と婚姻相手の間で交換が成立しない場合」を適用し、グレモリー・シトリー両家から完全に独立させるしかないという訳だ」

 

 サーゼクスさんが補足説明を終えると、ここでエルレさんが別の方向から疑問を呈してきた。

 

「ちょっと待て、サーゼクス。確かに代務者殿が転生した直後には十一駒の兵士(イレヴン)なんて呼び名があったくらいから、俺とリーア達との交換が成り立たないのは解るし、その帳尻合わせの為に代務者殿を本当の意味で独立させるのも、戦争の再開を企てたコカビエルの捕縛に始まり、首脳会談をオブザーバーとして成功に導き、旧魔王派の連中が仕掛けたテロをほぼ完璧な形で鎮圧、更にはあのオーフィスをも撃退とこれまで積み重ねてきた功績の数々を踏まえれば、特に問題は出ないだろう。だけどそうなると、グレモリーとシトリーから与えられる事になっている代務者殿の領地は一体どうなるんだ?」

 

 エルレさんの疑問に対して、サーゼクスさんは僕が領地を頂く対象が変わるという答えを返した。

 

「イッセー君の領地については眷属契約を解約する事でグレモリー・シトリー両家から領地を拝領する事がなくなりますから、拝領予定であった領地を足し合わせた分と同じ面積の領地を政府で用意する事になるでしょう。その方が領地の管理運営に都合がいいですから。その際、叔母上が所有するベル家の領地に隣接させた方がより都合が良いので……」

 

「大王家から割譲させた上で、その分の領地を別の所から大王家に補填するってところか。だけどな、サーゼクス。あの兄貴の事だ、たぶん「親善大使に割譲する領地については妹の持参金とするので、こちらへの気遣いは一切無用」と言ってくる筈だぞ」

 

 確かにエルレさんの言う通り、あえてエルレさんの推挙以外は何もせず、また自派閥の者に対して下手に手出しさせない様に釘を刺す程に政治と策謀に通じているバアル家の現当主であればその選択を取るだろうし、サーゼクスさんも同じ考えの様だ。

 

「そうする事で、我々に恩を売った上でイッセー君を大王家の一門として取り込んでしまう訳ですか。申し出自体は筋が通っているだけに、これを断るのは難しそうですね。それにしても、まさか叔母上をイッセー君の花嫁として推挙するだけで後は何もせず、それどころか自派閥の者にも何もさせない事でここまでの状況を作り上げてしまうとは、私も正直思っていませんでしたよ。これが、悪魔創生の頃から魔王に次ぐ者として在り続けた大王家の本気という事ですか。けして見縊っていた訳ではないのですが……」

 

 サーゼクスさんはそう言うと、深い溜息を吐いた。その気持ちは僕も解る。「血統を重んじる余りに変化を求めない貴族主義者」である事から心の何処かで蒙昧なイメージが先行してしまい、それが完全に仇となってしまった。何の事はない。堕天使である事に驕ってそれ以外の他者を見下していたレイナーレ達が犯した先入観による過ちを、僕もまた同じ様に犯していただけだった。

 

「しかし、改めて考えると妙な話になってしまいましたよ。何せこのままこの婚姻が成立すれば、私のプライベートにおける年下の友人が義理ながらも叔父に、息子の初めての友達となったその娘が従妹になる訳ですからね」

 

 ここでサーゼクスさんが話題を変える為にエルレさんと結婚して以降の僕達の関係について触れると、それに促される形でアウラがサーゼクスさんやミリキャス君との関係について考え始めた。しかし、次第に理解が追い付かなくなってきたのか、アウラは頭を抱え込んでしまった。

 

「う~ん。エルレ様がパパの新しいお嫁さんになるって事は、あたしの新しいママになるんだよね。それでミリキャス君のお父さんやリアス小母ちゃんがエルレ様のお姉さんであるヴェネラナ様の子供だから、あたしから見たら従兄姉になるのかなぁ? それなら初めて同い年でお友達になってくれたミリキャス君はどうなるんだろう? ……パパ、あたしにはちょっと難しいよぉ」

 

 最後は僕に泣き付いてきたアウラの頭を撫でつつ、僕はアウラとミリキャス君の関係について教えてあげた。

 

「気にしなくていいよ、アウラ。ここまで来ると、大人でも混乱する人が少なくないから。因みにね、アウラから見るとミリキャス君は従兄弟の子供になるから従甥(じゅうせい)って呼び方になるんだ。従甥が難しかったら、いとこ甥でもいいよ」

 

「へぇ~。そうなんだぁ。ミリキャス君はいとこ甥かぁ。パパって、本当に物知りなんだね」

 

 アウラはキラキラと輝く瞳で僕の顔を見上げている。娘からの尊敬の眼差しを受けて、僕は少しだけ照れ臭くなってしまった。そこにエルレさんが本家筋の甥であるサイラオーグについて言及する。

 

「しかし、そうなるとサイ坊は歳が近い代務者殿の事を叔父上と呼ばなきゃいけない訳か。まぁ、あのサイ坊の事だ。むしろ率先して呼びそうだな。……ところでさ。兄貴から聞いたんだけど、代務者殿はサーゼクスと共闘してあのオーフィスを撃退したんだろ?」

 

 確かに、律儀な所があるサイラオーグならその可能性が高い。僕がそう思っている所にエルレさんがオーフィスとの戦いについて尋ねてきたが、それについては少しばかり誤解がある。だから、僕はまずそれを正した。

 

「その件については、何も僕とサーゼクスさんだけの力じゃありませんよ。あの場にいた人が誰か一人でも欠けていれば、僕はオーフィスに敗れて眷属にされていたでしょう。それくらいにギリギリの戦いでした。それにその気になれば僕達を全滅させる事ができたオーフィスの目的はあくまで僕を眷属にする事なので、この場で無理をするよりは万全を期した方がいいと判断して退いたに過ぎません。ですので、正確には「オーフィスを撃退した」というよりは「オーフィスに見逃してもらった」とするべきだと思っています」

 

 僕があの時の戦いの真相を語り終えると、エルレは半ば呆れた様に溜息を吐く。

 

「あの無限の力を持つと言われる世界最強のドラゴンに万全を期す事を考えさせた時点で、既にあり得ないレベルでぶっ飛んでるって感じるのは俺だけなのか?」

 

 何だか酷い事をエルレさんから言われてしまい、サーゼクスさんとイリナもクスクスと笑っていたので、僕は少しだけムッとしつつもエルレさんにお互いの理解を深めていく事を提案する。

 

「その辺りの齟齬を無くす為にも、これからもう少し踏み込んでお互いの話をしていきませんか。幸い、サーゼクスさん達が若手悪魔を引見するまで、まだまだ時間がありますから」

 

 僕自身、この結婚話に対してけして割り切れた訳ではない。今でもでき得るならイリナ一人と添い遂げたいとも思っているし、イリナは当然だが献身的に尽くしてくれているのに告白を断ったレイヴェルを始め、真っ直ぐに好意を示してくれる女性達に対しても非常に後ろめたい思いを抱いている。

 だが、もし聖魔和合を完成させたいのなら、まずは悪魔勢力における足場をしっかりと固めなければならない。その上では、魔王派と大王派の間に立って調停する事も可能な魔王ルシファーの叔父にして現大王の妹婿という立場は大いに利用できる。

 ただ、そもそもこの結婚話は僕の始めた聖魔和合に端を発した政略結婚だ。それにも関わらず、当事者の片割れで関わりは薄い筈のエルレさんは「現大王の異母妹」という貴種にして「ベル家当主」という大きな責任を負う者として、そして何より「エルレ・ベル」という一人の女性として、この結婚話と正面から向き合っている。だから、僕もまた政治的な思惑を抜きにして一個人として真正面から向き合わなければならない。

 その上で、まずはお互いの事を話す事から初めていき、少しずつ歩み寄っていって相互理解を深めていく。そうしなければ、イリナに対してもエルレさんに対しても失礼だった。

 そうした意図を込めた僕の提案に対して、提案されたエルレさんより先にイリナとアウラが賛同してきた。

 

「それもそうよね。ウン、私はいいよ」

 

「あたしも!」

 

 一方、エルレさんもまたイリナとアウラに続く形で快く応じてくれた。

 

「俺も賛成だよ。何せ、俺達はこれから始めるんだ。だからさ、もっと色々と話をしようじゃないか」

 

 ただ、相互理解を進める為の話し合いの前に、僕は僕に対する呼び方を変えてほしいとエルレさんに頭を下げてお願いする。

 

「それと、エルレさん。代務者殿なんて他人行儀な呼び方はもうやめて、今後は一誠もしくはイッセーと呼んで下さい。お願いします」

 

 僕がエルレさんにそうお願いすると、イリナもこれに乗じてきた。

 

「私もイリナでいいですよ。正直に言うと思う所がけしてない訳じゃないですけど、今更グダグダ言っても仕方ありませんし、それにエルレさんとならきっと上手くやっていける。そう思いますから」

 

 イリナは少し軽めの雰囲気と共にそう言っているが、内心は酷く傷ついている筈だ。だが、だからといってこの発言が強がりによるものかと言えば、そうでもない。エルレさんとなら上手くやっていけると考えているのも、また本当なのだろう。そして、かなり悩んでいた様だが、アウラも答えを出した様だ。

 

「エルレ様、ゴメンなさい。あたし、今はまだ「ママ」って呼べないと思う。だって、エルレ様の事を全然知らないから。……だから、エルレ様ともっといっぱいお話しして、エルレ様の事をもっといっぱい知れたら、その時に「エルレママ」って呼んでもいいですか?」

 

 アウラはエルレさんに対して色々と複雑な思いを抱いている様で、それがそのまま顔に出ていた。しかし、アウラはそれでも幼いながらにしっかりと向き合おうとしていた。……僕は、両親を始めとした僕を取り巻く多くの人達に凄く恵まれているのだとつくづく思う。

 こうして僕達がそれぞれの意志を伝えた所で、エルレさんもまた僕達に自分の意志を伝えてきた。

 

「だったら、まずは二人共俺への敬語をやめてエルレと呼び捨てにしてくれよ。これから俺達は余程の事がない限り、何千年もの永い間ずっと一緒にやっていく事になるんだ。そうなれば、たかが百歳足らずの歳の差なんてあっという間に気にならなくなるからさ」

 

 ……このエルレさんの言葉の意味を取り違える訳にはいかない。

 

 僕はイリナと視線を合わせると、イリナは一つ頷く事で承知の旨を伝えてきた。僕もそれに応えて一つ頷くと軽く笑みを浮かべてエルレさん、いやエルレの意志に応える。

 

「解ったよ、エルレ。……これでいいかな?」

 

 すると、家族以外の男性から親しげに名を呼ばれるのに慣れていないのか、エルレは少しだけ慌てた様にして返事をしてきた。そしてその後、アウラに向かって深く頭を下げて感謝を伝え始めた。

 

「あ、あぁ。それでいいよ。……それとアウラ。初めて会った時に暴走しちゃって怖がらせた俺としっかり向き合っていくって言ってくれて、ありがとうな。だから、俺の事を「ママ」って呼ぶのは、アウラがイリナと同じくらいに俺の事を認めてくれたらでいいよ。それまでは「エルレ小母ちゃん」で十分だ」

 

「……ウン!」

 

 エルレさんが優しげな笑顔と共に伝えられた言葉に対して、アウラは一切の陰りのない笑顔で応えた。これで、エルレとアウラとの間がギグシャクする事はないだろう。その男勝りな言動から推し量るのはかなり難しいが、エルレはやはりとても優しい女性だった。

 

「な、何だよ、一誠。その優しげな笑みと視線は。何だか知らないけど、こっちが恥ずかしくなってくるじゃないか。……そ、そう言えば、サーゼクス。アンタ達がサイ坊やリーア達を引見する際、一誠はこの間一緒にいたレイヴェル・フェニックスを伴って出席するのは聞いてるけど、俺やイリナ、アウラはどうなってるんだ?」

 

 自分の素直な気持ちをアウラに伝えた事と僕がアウラとのやり取りを見守っていた事が照れ臭かったのか、エルレは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。そこでエルレが話題を変える為にサーゼクスさんに自分達がどの様な扱いになっているのかを尋ねると、サーゼクスさんは三人とも若手悪魔の会合に出席する予定がない事を伝える。

 

「イリナ君は天界の所属ですし、アウラちゃんも流石にまだ幼過ぎますので今回は出席しません。叔母上についても、本日はあくまでイッセー君達との顔合わせのみという予定ですので……」

 

 サーゼクスさんの返事を聞いたエルレは何処かつまらなそうな表情を浮かべた。

 

「ふぅん。でも、それだけってのも少しばかり物足りないねぇ。……よし」

 

 エルレがその表情を何かを思いついた様なものへと変えると、アウラにある提案を持ちかけてきた。

 

「なぁ、アウラ。これからレイヴェル・フェニックスが来るまで、俺達はいっぱいお話しする訳なんだけどさ。……それが終わったら、皆で一緒にお兄さん達やお姉さん達に会いに行ってみないか?」

 

 ……どうやら、これからは凄く騒がしい事にはなりそうだけど、殺伐とした雰囲気にはならずに済みそうだ。

 

 アウラがエルレの提案に笑顔を輝かせて応じるのを見ながら、僕はその様な事を思った。

 

 

 

Side:リアス・グレモリー

 

 若手悪魔の会合が行われる会場に到着した私達は、入口のホールで待機していた使用人の案内で会合が始まるまで待機する事になる広間へと向かっていた。その途中、複数の集まっているのが目に入ると、そこに顔見知りがいるのに気付いた。

 

「サイラオーグ!」

 

 お母様の実家であるバアル家の次期当主であり、私の従兄弟に当たるサイラオーグ・バアルだ。私が声をかけると、サイラオーグも私に気付いて少し笑みを浮かべた。

 

「久しぶりだな、リアス」

 

 サイラオーグはそう言うと、にこやかに私と握手を交わす。こうして面と向かって話をしたのは、私が領主として治める様に言いつけられた駒王町にある駒王学園の高等部に入学して以来だから、大体二年ぶりだろうか。私は懐かしさを感じつつも、初めて顔を合わせたアーシアとゼノヴィアにサイラオーグの事を紹介する。

 

「えぇ、懐かしいわね。変わりない様で何よりよ。サイラオーグ、初めての者もいるから貴方の事を紹介させてもらうわね。彼の名前はサイラオーグ、私の母方の従兄弟でもあるのよ」

 

「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

 

 私の紹介を受けて、サイラオーグはより詳しい形の自己紹介を行う。サイラオーグと久しぶりに顔を合わせた事で懐かしさを抱いたからか、気がつけば私は昨日グレモリーの本邸を訪ねて来られたエルレ叔母様の事を話し始めていた。

 

「サイラオーグ。昨日は随分と久しぶりにエルレ叔母様がグレモリーの本邸をお訪ねになられたそうよ。私自身は強化合宿で徹底的に扱かれていたから結局お会いできなかったのだけど、お母様の話ではあの男らしさは相も変わらずといった所らしいわ」

 

 エルレ叔母様は、お母様の父親であるバアル家の先代当主が隠居してから作った妾との間に儲けた子供である事とバアル家の「滅び」の力を継承していない事から、先代当主が継承権を持たない分家としてベル家を立ち上げてその初代当主に据えた方だ。ただお母様をして「生まれた年代が私とそう変わらなければ、バアル家最強の女性悪魔と呼ばれていたのは私でなくあの子だったかもしれません」と言わしめているし、実際に私が幼い頃に行われたお母様との模擬戦においては母親の形見であるという無骨ながらも強力な矛を振るい、魂をも焼き尽くすと言われる程に強烈な雷霆の力でお母様の「滅び」の力を相手に真っ向から打ち合えていた。それ程までに強く勇ましいエルレ叔母様に対して幼心に憧れた私は、一度だけ叔母様の言葉使いを真似た事もある。ただ私が自分の事を「俺」と言ったのを聞いた瞬間、鬼気迫る表情で言葉使いを直ちに訂正する様に迫ってきたお母様は今まで生きてきた中で最も怖い存在だった。

 そんなエルレ叔母様の印象が強いだけに、サイラオーグの次の言葉がすぐには信じられなかった。

 

「それについてだが、意外な事が解ったぞ。叔母上はあぁ見えて可愛いものには目がないらしくてな。その範疇に入る花と動物と子供をこよなく愛する、実に女性らしい方だったよ。アレを見た直後は正直戸惑ったが、今思い返せば本当に傑作だったな」

 

「サイラオーグ、アレって一体何かしら?」

 

 私が思わず尋ねると、サイラオーグは少しだけ悩む素振りを見せてから教えてくれた。

 

「まぁいいか。どうせそう遠くない内にリアスも見る事になるだろうからな。……親善大使殿のご息女であるアウラ嬢だよ。親善大使がお呼びになった時に言葉を交わされていたが、その時の健気な可愛らしさを見た瞬間、完全に我を忘れた叔母上はアウラ嬢を抱き上げて頬ずりしていたよ。その後、紫藤イリナ殿から叱られた叔母上は素直に自らの非を認めて謝罪すると訊かれてもいないのに自分から色々暴露した揚句、それ等の話を聞いて「とても優しい方」と親善大使殿から言われた叔母上は、今まで一度も言われた事のない言葉に耐性がないばかりにしどろもどろになっていた。あの叔母上の姿は父も祖父も見た事がないだろうから、伯母上もまた見た事がないのではないか?」

 

 私がミリキャスより幼い頃にお会いした時の叔母様の勇ましい立ち振る舞いからは到底想像できないサイラオーグの話に、私は完全に言葉を失ってしまった。

 

 ……世の中、本当に見た目だけじゃ解らない事ばかりね。

 

 私がある種の悟りを得た所で、サイラオーグはイッセーについて尋ねてきた。

 

「ところで、親善大使殿はご一緒ではないのか? てっきり、お前と行動を共になされていると思ったのだが。まぁそうでないのなら、ソーナの所か」

 

 確かに、何も知らなければそういう反応になるのが普通なのだろう。だから、私は今回の会合におけるイッセーの立場について説明する。

 

「イッセーは聖魔和合親善大使として私達とは別の形で出席する事になっているから、私達ともソーナ達とも別行動なのよ」

 

「成る程な。親善大使殿は俺達と違って未熟な若手とは見做されていないという訳か。……まぁ、オーフィス撃退なんて大偉業を中心となって成し遂げているんだ。それも当然か」

 

 私の事情説明にサイラオーグは納得の表情を見せた。ただ、一つ気になった事があるので、サイラオーグに尋ねてみた。

 

「ところで、こんな通路で一体何をしていたの? お兄様達からお呼びが掛かるまで待機する部屋がある筈でしょう?」

 

 すると、サイラオーグはその表情をウンザリといったものへと変えた。

 

「あぁそれか。大した事じゃない。下らん事になり始めたから、出てきただけだ」

 

「下らない?」

 

 サイラオーグから返ってきた答えに首を傾げた私は密かに「探知」を使用した。……そして、全てを知った私は思わず溜息を吐いてしまった。

 

「そういう事ね。確かにとても下らないと思うし、私でもサイラオーグと同じ事をしているわ」

 

 ここだけの話、この場にイッセーがいなくて良かったと思う。だって、あんな下らないものをイッセーに見せずに済むのだから。それにサイラオーグも私と同じ事を思ったらしく、イッセーがそれを見た時にどう思うかについて言及してきた。

 

「とてもじゃないが、親善大使殿にあんな醜態は見せられんな。落胆なさるか、それとも呆れ返られてしまうか。どちらにしても、好ましいとはけして思われないだろう。親善大使殿と再び語らい合うのにいい機会だと思ったから黙って受け入れたんだが、こうなるのなら開始前の顔合わせなどいらないと進言すればよかったな」

 

 それにしても、サイラオーグはどうもイッセーの事をかなり高く評価しているらしく、好意というよりは敬意が言葉の端々に現れている。だから、思い切ってサイラオーグに尋ねてみた。

 

「サイラオーグ。イッセーからは大王家への挨拶の際に短い時間ながらサイラオーグと親しく語らい合う機会があったって聞いていたけど、その時にどんな事を話したの?」

 

 すると、サイラオーグからはある言葉が飛び出してきた。

 

「親善大使殿からは上に立つ者としての心構えについて、「己を棄てられない者に人の上に立つ資格などない」と教えられた。この言葉には、本当に考えさせられたよ」

 

 己を棄てられない者に人の上に立つ資格などない。

 

 イッセーが三年前にゼテギネアという異世界で駆け抜けた大戦乱の中で得た教訓の一つだ。ただ、具体的にはどういう事なのか、それをまだ私はハッキリと掴み切れていなかった。そこでサイラオーグに再び尋ねてみた。

 

「具体的にはどんな事をイッセーは言っていたの?」

 

「己の中にある様々な感情と向き合い、その上で抑え込むべきものは胸の中に仕舞い込み、目の前にある現実を見据えた上で自分に何ができるのか、また自分が何を為すべきなのかを判断し、そして実際に行動する。これができない様では、たとえどれだけ優れた能力や才能があったとしても、誰かの上に立ってはいけないし、立たせてもいけない。……この言葉からは、今の俺では到底背負い切れない程の凄まじい重みを感じた。それだけの重みを背負い切れるからこそ、三大勢力の和平と共存共栄を謳う聖魔和合の象徴として立っていられるのだろうな」

 

 サイラオーグはイッセーへの感嘆の言葉で締めたけど、私も同じ思いを抱いた。やはりイッセーは誰かに仕える様な存在ではないし、イッセー自身には背く気なんてなくても主の方がその重責に堪えられないのだと思う。そしてその辺りを察しているからこそ、お兄様はもちろんあのアザゼルやミカエルですらプライベートでは対等な関係であろうとしているのだろう。

 ……私自身、イッセーの主である事への重責に堪えられなくなった事があるのだから。

 

「イッセーが歴代の赤龍帝達から赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)に推戴された時、その赤龍帝を統べる者としての姿を見た事で解らなくなった事があるわ。私は本当にイッセーの(キング)でいいのか。むしろ逆じゃないのかって」

 

 王としては、けして口にしてはならない言葉である事は解っている。だから、サイラオーグからは窘められると思ったのだけど、彼はむしろ私の言葉に同調してきた。

 

「正直な話、俺がお前の立場でも同じ事を考えてしまいそうだな。……それで、お前はどんな答えを出した?」

 

 サイラオーグから私が出した答えについて尋ねられたので、私はその切っ掛けとなったソーナの言葉を含めて答えを返した。

 

「そんな時、ソーナがこんな事を呟いていたのよ。「私はもう迷いません。貴方が私の側にいるのではなく、私が貴方の側にいる。そして、心は貴方という(キング)を愛し支える王妃(クィーン)になる。私は自らにそう誓ったのですから」って。それで私も決意したのよ。だったら、私は赤き天龍帝の隣に立つに相応しい「后」に必ずなってみせるってね。本当なら主従逆転もいい所だけど、イッセーはそう遠くない将来に本当の意味で私とソーナから独立するでしょうから、余り問題にはならないでしょう」

 

 これは、私の「女」としての決意表明だった。その為ならばどんな困難も克服して、「グレモリーの次期当主」である事も「魔王の妹」である事も貫き通す。

 ……愛を言い訳にして筋も通せない様な下らない女に、赤き天龍帝の「后」なんて務まる訳がないのだから。

 

「強いな。お前も、ソーナも」

 

 そんな私の決意表明に対して、サイラオーグは少ない言葉ながらも認める発言をしてくれた。私は嬉しかったのだけど、流石にそろそろ時間が押して来ている筈なので、サイラオーグに待機場所に向かう様に呼び掛ける。

 

「そろそろ行きましょうか、サイラオーグ。待機する様に予め言われていた部屋にいないというのは、流石に不味いでしょう」

 

「確かにな」

 

 サイラオーグも私の呼び掛けに納得して、共に待機場所となる広間へと向かう事にした。……そこに、ついさっき話題に上がった人が訪れている事も知らずに。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

なお、拙作におけるヴェネラナの強さについては嫁ぐ以前には大王家最強であった事からレーティングゲームのトップランカーと同等クラスという事にしています。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十六話 選ばれし若人達

2019.1.6 修正


 レイヴェルが会場入りする予定時刻になったのは、僕達がお互いの事を教え合い始めてから二時間ほど経った後だった。ここで僕が一人で入り口のホールにレイヴェルを迎えに行き、皆の元へ戻ってから冥界側の花嫁選びに関する経緯を説明したのだが、レイヴェルには本気で泣かれてしまった。

 ……そうではないかと薄々思ってはいたが、やはりレイヴェルは僕から告白を断られてもなお諦めていなかったのだ。しかも僕に与えられる領地の管理運営という現在の立場ではどうしようもない問題点が決定打となってしまったのだから尚更だ。そこで僕はある事実をレイヴェルに伝えようとしたが、それを察したエルレが先に口を出して来た。

 

「確か、レイヴェル・フェニックスだったね。冥界側の花嫁がアンタに半ば決まりかけていた所を横から掻っ攫った格好になったけど、別々の場所に拝領する事になる一誠の領地をどう管理運営するのかって問題が浮上した時点で、普段は人間界に住んでいる一誠の側で生活しているアンタの目はなかったんだ。ただね、アンタは一誠と結婚する事になった俺の事を羨ましいって思うかもしれないけど、その代わりに俺は基本的に冥界以外じゃ一誠と一緒に行動する事ができないんだ。一誠の領地の管理運営を代行するって事は、いつもは冥界にいなきゃいけないって事だからな。一方、聖魔和合親善大使の下に出向しているアンタは、いつでもどこでも一誠と一緒にいられるんだ。どっちが直接一誠の力になれるのか、頭のいいアンタなら解るだろ?」

 

 エルレがレイヴェルに告げた内容は、僕が伝えようとしたものとほぼ一緒だった。父親である先代大王がわざわざ新興したとはいえ大王家に連なる分家の当主を務めているだけあって、エルレには標準以上の政治力がある。だからこそ、レイヴェルにとっては「妻になる代わりに冥界で留守番」か「妻にはなれないが常に一緒に行動」の二者択一だった事を察する事ができたのだろう。そうしてエルレに僕の花嫁になる事のデメリットを突き付けられたレイヴェルはハッとした表情を浮かべた後、少し拗ねた様子でエルレの言葉に応える。

 

「ズルイですわ。そんな事を言われてしまったら、もう反論できないではありませんか。……私は一誠様のお帰りを冥界で待ち続けるよりも、一誠様のお側でお手伝いする方を望みますわ」

 

 レイヴェルは自分の選択をハッキリと告げると、エルレは深く頷いてレイヴェルの選択を肯定し、更に後押しまでしてきた。

 

「そう、アンタはそれでいいんだ。不死鳥は大空を舞ってこそ華になる。だから、アンタはただ巣に籠って帰りを待つよりも、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)と一緒にまだ誰も見た事のない(そら)へ飛んでいけ。その代わり、アンタ達の帰る場所は俺に任せてくれ。それが適材適所って奴さ」

 

 ……まだ親しくなってから殆ど時間が経っていないのに、頼れる姉貴分という立ち位置を見事に築き上げてしまったエルレの何とも頼りになる発言に僕もイリナも苦笑するしかなかった。

 

 こうして一悶着こそあったものの若手悪魔の会合の本来の出席者であるレイヴェルが合流した事で、エルレは早速僕達を連れ立って若手悪魔が待機している広間へと移動し始めた。そして困った事に、これにサーゼクスさんも同行する事になった。

 

「ニャア~」

 

 ……ただし、このままでは騒ぎになって若手悪魔達も落ち着かないという事で、百年以上前にサーゼクスさんの騎士(ナイト)で祐斗のお師匠様という沖田総司さんに召喚された時以来だという黒猫の姿に変身している。そして現在はアウラに抱っこされた状態だ。なお、サーゼクスさんはアウラを喜ばせようと完全に猫に徹しており、アウラも可愛い猫さんを抱っこできた事で非常にご満悦の様だ。

 やがて最初に僕が会った使用人の案内で、僕・イリナ・レイヴェル・エルレ・アウラ(withサーゼクスさん)という面々で今回サーゼクスさん達が引見する若手悪魔達が待機している広間の前に辿り着いたのだが、ドア越しからもハッキリと解る程に険呑な気配が広間から漂っている。

 

「あの、一誠様。どうも中の様子が……」

 

 風の魔力を得手としている事から気配にも敏感なレイヴェルが僕に確認を取ってきた。それに対して応えたのはエルレだった。

 

「あぁ、これか。数年に一度行われる若い奴等の会合には、こうしたバカ騒ぎが付き物なんだ。唯でさえ若い奴等には自信満々で血の気の多い奴が多いのに、将来有望って触れ込みでお偉いさんにお呼ばれしたから凄く浮かれてるんだよ。だから……」

 

「ちょっとした事で、すぐに諍いになる?」

 

 エルレの話の途中で言葉を挟む形でイリナが確認を取ると、エルレは軽く頷く事で肯定した。

 

「そういう事。そうして若い奴等に激しくやり合わせる事で、自分達の中である程度の序列を付けさせるのがお偉いさんの狙いなのさ。だから、若い奴等が集まって顔を合わせている時に問題を起こしても何も言わないんだよ」

 

 ……何とも乱暴な話である。それなら、それに相応しい場を用意してやればいいのに。そう思ってしまうのは、僕が悪魔社会と接する様になってからまだそこまで時間が経っていないからだろうか? どうやらイリナも僕と同じ様に感じたらしく、それを直接言葉として出してしまう。

 

「う~ん。なんて言うか、悪魔って変な形で実力主義に拘るのね。何もそんな風にコソコソ力の優劣を決めなくても……」

 

 すると、エルレも呆れた様に溜息を吐きながらイリナの発言を肯定した。

 

「ホント、イリナの言う通りなんだよな。だからいっその事、会合の対象になりそうな若い奴等を集めてレーティングゲームの新人戦でもやればいいんだ。そうすれば、血の気の多い奴もレーティングゲームに出たくて多少は身を慎む事だろうさ」

 

 ここで、僕はアザゼルさんの提案に悪魔側が受け入れる構えを見せていた事について、ようやく納得が入った。

 

「成る程。アザゼルさんのあの提案は渡りに船だった訳か」

 

 ここで僕の発言が切っ掛けとなってアザゼルさんの提案に関する事を思い出したのか、イリナがその内容について話し始める。

 

「あっ。そう言えば、合宿中にソーナやリアスさん達については同年代の若手とレーティングゲーム形式の試合をセッティングするって確かに言っていたわね、アザゼルさん。……まぁ、二人の共有眷属であるイッセーくんは皆との力量差が大き過ぎて出られないって話だったけど」

 

 イリナが僕の出場禁止について触れた所で、レイヴェルも話に加わってきた。

 

「一誠様の場合、魔王様達がリアス様やソーナ様の眷属として出る様なものですから致し方ありませんわ。ただ皆様との力量差が大き過ぎるという意味では、瑞貴さんにも同じ事が言えるのですけど」

 

 レイヴェルが瑞貴と他の皆との力量差を指摘すると、イリナが具体的な例を出す。

 

「そうよねぇ。仮にサイラオーグさんがソーナやリアスさんの試合相手に選ばれたとして、私の見た感じだと匙君や木場君より少し上ってところだから、その二人より数段上でサーゼクスさん以外は誰も見えていなかったオーフィスの攻撃を捌いてみせた瑞貴さんが相手だと流石に荷が重そうだもの。だから、このままだと瑞貴さんのいるソーナ達が圧倒的に有利になるわ」

 

 すると、聞き手に回っていたエルレも話に加わってきた。

 

「へぇ。剣の腕前は一誠以上だってのはさっき聞いたけど、その分じゃ仮に化物揃いと言われるサーゼクスの眷属に入ったとしても、全然見劣りしないな。それで一誠、イリナの見立ては合っているのか?」

 

 エルレからそう尋ねられた僕は、より詳細な形で力関係を説明する。

 

「大体合っているよ。実際に今ここにいる皆も交えて考えると、上級悪魔の最上位に近いレイヴェルと同等なのがリアス部長とソーナ会長でイリナがそれより少し上。上級と最上級の間の壁をもう少しで越えられそうなのが祐斗と元士郎で、その壁を超えているのがサイラオーグ。更にその先、レーティングゲームの本戦で大物食いを立て続けにやってトップランカー達に迫ってきているライザーとほぼ同等なのが瑞貴とエルレと言ったところかな」

 

 僕が説明を終えると、エルレはその中で基準として出したライザーの名前に対して最初こそ首を傾げていたが、すぐに納得の表情を浮かべた。

 

「ライザー? ……あぁ。俺と同年代で、最近じゃフェニックス家の超新星なんて言われている奴か。確か、一誠のダチの一人だよな?」

 

「あぁ。以前グレモリー家とフェニックス家の婚姻に関する件でフェニックス家に滞在した事があってね。それが切っ掛けでライザーやレイヴェルを含めたフェニックス家との個人的な付き合いが始まったんだ。それに直接関係する訳じゃないけど、ライザーはここ三ヶ月ほどで劇的に変わったからね。その変貌ぶりに驚いている人が結構多いんじゃないかな?」

 

 僕がライザーとの関係をさわりだけ話すと、エルレは自分から見たライザー像について話し始める。

 

「確かに一誠の言う通りだろうさ。俺もリーアとの非公式戦後の対戦を何度か見たけど、戦う度に(キング)としても個人としても強くなっていったから注目していたんだ。実際、今のアイツは俺と同じくらいだと思うし、その瑞貴ってヤツが総合力で俺やアイツと同等だって言うなら、得意な接近戦でもまだ俺に勝てないサイ坊には少々荷が重いだろうね。それに、一誠がそこまで言うソイツやライザーとは俺が一度闘ってみたい所だけど、そんな機会はなかなかないよなぁ……」

 

 ライザーや瑞貴と模擬戦をしてみたいというエルレの溜息交じりの発言に対して、反応を見せたのはアウラだった。

 

「ねぇ、パパ。エルレ小母ちゃんも早朝鍛錬に参加してもらったらどうかなぁ?」

 

 アウラから思いがけない提案をされた事で、エルレは一瞬驚いた後で本当にいいのか確認を取る。

 

「えっ? ……いいのか、アウラ?」

 

「ウン! あたしはいいよ! それで、パパはどうなの?」

 

 アウラはあくまで最終判断は僕が下す事を解っていたので、自分の意志をエルレに告げた後で僕に確認を取ってきた。それについては特に問題ないと思っているので、了承の意志をエルレに伝える。

 

「構わないよ。僕が個人で所有している異相空間に転移する為の専用の術式を後で教えるから、早朝鍛錬の開始時刻までに来てくれたらいい。歓迎するよ」

 

「サンキュー、一誠!」

 

 エルレはそう言うと、本当に嬉しそうな表情を見せてきた。……だが、時間稼ぎもどうやらここまでの様だ。

 

「……ここで話でもしながら時間を潰していれば、多少は険悪な雰囲気が緩まるかと思ったんだけどね。それどころか更に悪化してしまったか」

 

 部屋の中の雰囲気が険悪を通り越して一触即発の様相を呈してきた事で、僕は溜息を吐きたくなった。エルレも甥であるサイラオーグがいない事に気付いている様で、既に実力行使の方向へと傾いている。

 

「中の連中のバカ騒ぎに呆れたのか、既にこっちに来ている筈のサイ坊はこの部屋にはいないみたいだしな。……いっそ、俺がバカやってる連中を叩きのめして黙らせるか?」

 

 確かにそれが一番手っ取り早いのだが、少なからずしこりを残す事になりかねないので、僕はエルレにそれは条件付きでそれを止めておくように忠告した。

 

「いや、それをやるとかえって話が拗れそうだから、いきなりは止めてほしい。……ただ」

 

「先に向こうが手を出してきたら、やっても構わない。そう受け取っていいよな?」

 

 ここで僕が言おうとした「手を出してもいい条件」をエルレが先取りしてきたので、追加条件をエルレに告げる。

 

「それと、もしその矛先が悪魔勢力所属の僕やエルレ、レイヴェルでなく天界所属のイリナや娘のアウラに向かったら、問答無用で僕が直接叩き潰す。イリナについては聖魔和合の崩壊を招きかねないとして責任を追及できるし、アウラに至っては」

 

「アウラさんだけでなく、アウラさんの抱えているお方も巻き添えに危害を加えようとした。大義名分としては十分過ぎますわ」

 

 レイヴェルがアウラに矛先が向いた時の大義名分を挙げてきたので、僕はそれを肯定した。

 

「そういう事だよ。じゃあ、そろそろ入ろうか」

 

 僕が広間に入る事を伝えると、皆が頷き返してきた。皆の意志を確認した僕は、若手悪魔達の待つ広間の扉を開いた。

 

 

 

Side:紫藤イリナ

 

 イッセーくんが若手悪魔達の待機場所である広間の扉を開くと、まず目に飛び込んできたのはクールというよりは冷たいといった印象の女の人と顔や上半身に魔術的なタトゥーを入れた如何にも凶暴そうな男の人だった。ただ、女の人とは面識がある。大公の爵位を持つアガレス家の次期当主、シーグヴァイラ・アガレスさんだ。因みに、イッセーくんの親友であるライザーさんの婚約者でもある。そして、そこから少し離れた所で傍観を決め込んでいるのは、優しげな表情をした男の人だ。この三人の後ろにはそれぞれ眷属と思われる人達や魔獣達がいて、シーグヴァイラさんとタトゥーの男の人の眷属については武器を抜いたり唸り声を上げたりとお互いに睨み合っていた。

 そんな正に一触即発といったところに私達が広間に入ってきたから、広間にいた人達は全員私達に視線を向けている。そして私達に最初に反応したのは、面識のあるシーグヴァイラさんだった。

 

「あら、これは兵藤親善大使。大変お見苦しい所をお見せしてしまいましたね。ところで、今回の会合には私達とは別の形で出席なさると父から聞かされていましたけど、どうしてこちらの方へ?」

 

 シーグヴァイラさんはイッセーくんに謝罪してから用件を尋ねてきたから、イッセーくんは公の言葉使いで答えを返す。

 

「実はこちらには別件で少し早く来ておりまして、その際にお会いした方が「将来有望な者達の顔を見ておきたい」と仰せになられたのでお連れしたのですよ。……ところで、一体何があったのでしょうか?」

 

 イッセーくんから状況を尋ねられたシーグヴァイラさんは睨み合っている男の人を向くと、これ見よがしに溜息を吐いてから何があったのかを話し始めた。

 

「私もこのゼファードル・グラシャラボラスには正直付き合い切れないのですけど、この者の私に対する発言については流石に聞き流す訳にいかないものがありまして」

 

「ハッ! 何言ってやがる、クソアマ! 俺がせっかくそっちの個室で一発仕込んでやるって言ってやってんのによ! アガレスのお嬢さんはガードが堅くて嫌だね! だから未だに男も寄って来ずに」

 

 シーグヴァイラさんからゼファードル・グラシャラボラスと呼ばれた男の人は、シーグヴァイラさんに対して明らかにセクハラと断言できる発言をし始めた。でも、その言葉を遮る形でシーグヴァイラさんがある事実を伝える。

 

「それは当然よ。私には婚約者がいるのだから」

 

「処女やってんだろ! ……へっ? 婚約者がいたの? マジで?」

 

 自分の発言を遮られた形で婚約者の存在を明かされたゼファードルさんは、キョトンとした表情で思わず問い返していた。

 

 あれ? あの表情、ひょっとして……?

 

 私がゼファードルさんの反応にある疑問を抱いていると、シーグヴァイラさんがトドメを刺してきた。

 

「なので、貴方などお呼びではないのよ。ゼファードル」

 

「チッ! だったら……!」

 

 明らかに言い負かされているのに、ゼファードルさんは悪足掻きで実力行使の構えを見せる。そんな緊迫した状況で、アウラちゃんがイッセー君に声をかけてきた。

 

「ねぇ、パパ?」

 

「アウラ、何か聞きたい事があるのかな?」

 

 イッセーくんがアウラちゃんの質問に答える構えを見せると、アウラちゃんは早速物知りなお父さんに質問した。

 

「あのね。「一発仕込む」って、どういう意味なの?」

 

 ……この瞬間、この広間から完全に音が消えた。

 

 そしてそれから間もなく、顔から完全に感情が消えたシーグヴァイラさんからまるで凍て付く様に冷たいオーラが放たれ始めた。

 

「ゼファードル。貴方、やっぱり死にたいのね? ……解ったわ。その望み、私が叶えて差し上げましょう。上には「聖魔和合の旗頭である兵藤親善大使のご息女に無礼を働いたので処刑した」と報告しておきますから、安心して死になさい」

 

「なっ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 シーグヴァイラさんは本気で殺しに掛かっているのを察したのか、ゼファードルさんは慌てて弁明しようとする。まさか、こんな形で本気の殺し合いに発展するとは思っていなかったのだろう。

 

 ……ウン、間違いない。あの人は……。

 

 私がゼファードルさんに対してある事を確信すると、アウラちゃんからの質問を受けて少し考え込んでいたイッセーくんがとんでもない発言をしてきた。

 

「……フム。アウラ、それなら発言なされたご本人に直接ご説明して頂こうか?」

 

 そのイッセーくんの爆弾発言に対して、レイヴェルさんとエルレが揃ってイッセーくんを諌めてくる。

 

「い、一誠様。流石にそれは……」

 

「おい一誠。いくら何でもそれは不味いだろ」

 

 でも、ある確信を得ていた私はイッセーくんが何を考えているのか、何となく解った。

 

「ねぇ、イッセーくん、ひょっとして……?」

 

 すると、イッセーくんは私が何に気付いたのかを察してそれを肯定してきた。

 

「イリナは気付いたか。まぁ、そういう事だよ。だから、少しばかりお灸を据えようと思ってね」

 

 ……やっぱり、そうなんだ。

 

 イッセーくんの意図が私の思った通りである事に、私は二人に対する優越感を少しだけ抱いてしまった。そうしてイッセーくんはアウラちゃんを連れて一歩前に出ると、発言した本人にアウラちゃんへの説明を求め始める。

 

「ゼファードル・グラシャラボラス殿。先程自ら仰せになられた「一発仕込む」という言葉の意味、よろしければ我が娘アウラにお教え頂けないでしょうか?」

 

 すると、説明を求められたゼファードルさんは明らかに狼狽し始めた。

 

「ヘッ? あっ、その……」

 

 そんなゼファードルさんの様子に、シーグヴァイラさんは首を傾げる。

 

「ゼファードル?」

 

「どうなされました? 娘に遠慮など必要ございません。ぜひともお教え頂きたい」

 

 イッセーくんはなおも説明を求めるけど、ゼファードルさんは狼狽するばかりで何も答えられずにいる。

 

「ご説明ができませんか?」

 

 イッセーくんが駄目押しの形でそう確認すると、ゼファードルさんは顔を俯かせて黙り込んでしまった。

 

「相手に見縊られない様に背伸びをしたいのは解ります。ですが、自分でもよく解っていない言葉を無理に使って誤魔化そうとするからこうなるのです。今後はお慎み下さい」

 

 イッセーくんがゼファードルさんをそう諌めると、シーグヴァイラさんはイッセーくんに説明を求めてきた。

 

「兵藤親善大使、一体どういう事なのでしょうか?」

 

 すると、イッセーくんはゼファードルさんの実態について説明を始める。……その内容は、私が確信した事と殆ど同じだった。

 

「ゼファードル殿は体格こそ我々とそう変わりませんが、御年はおそらく十を僅かに超えた程度の筈です。ですので、「一発仕込む」などした事がないでしょうし、その言葉の意味さえも本当の所はよく解っていないのでしょう」

 

 このイッセーくんの発言に、広間にいた殆どの人は驚きを隠せないでいる。でもよく考えてみると、ゼファードルさん改めゼファードル君の言動には少しおかしな所があるのだ。

 例えば、シーグヴァイラさんに婚約者がいる事が解った時の反応。あの時、表情や言動が見た目に反して幼い感じだったから、たぶん素に戻っていたんだと思う。それに、シーグヴァイラさんが本気で殺しに掛かった時の慌て様。これも今まではああした下品で乱暴な言動をしていれば、魔力そのものは結構強いのもあって相手が退いてくれていたんだろう。だから、本当の意味での戦闘経験は殆どないのだと思う。

 そんな私ですら見抜ける様な事を、イッセーくんが見抜けない筈がなかった。

 

「……何でだよ」

 

 そして、このゼファードル君の反応がイッセーくんの言葉の正しさを証明していた。

 

「何で、何で俺がまだガキだって解ったんだよ! 今まで誰も、それこそ親以外には誰にもバレなかったんだぞ! だから、本当ならまだ貰えない筈の悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を貰えた! 眷属だって揃えられた! 俺はもう一人前の……!」

 

 ゼファードル君は悪魔の駒を貰った事と眷属を揃えた事を理由に一人前である事を主張してくるけど、イッセーくんはそれを一蹴する。

 

「失礼ながら、今この場にいる方達で一人前と認められているのは、私と共にこの部屋に入られた大王閣下の妹君であらせられるエルレ・ベル様ただお一人です。後は皆、幾千年にも渡る永き時を生きてこられた方々から見れば半人前もいい所なのですよ。力さえ強ければ、体さえ大きければ、そして眷属さえ揃えれば、それで一人前になれる訳ではありません。己の行動の全てに己一人で責任を取れる様になって、初めて一人前と認められるのです。そしてそれには、我々が今まで生きてきた時間よりも更に長い時間がどうしても必要になります。よって、我々より年少であるゼファードル殿が焦る必要など何処にもないのですよ」

 

 イッセーくんが「一人前」について思う所を語り終えると、ゼファードル君は完全に黙り込んでしまった。

 ……本当は自分でも解っていたんだと思う。自分はまだ子供なんだって。だから、ゼファードル君はイッセーくんに「自分はまだ子供でいいのか」って確認してきた。

 

「……俺。俺は、まだガキでいいのかな? ナリだけ突然でっかくなっちまって、今までみたいにダチと遊べなくなっちまって、それでも、それでも……!」

 

 今にも泣き出してしまいそうな表情で尋ねてきたゼファードル君に対して、イッセーくんは即答した。

 

「えぇ、もちろんです。ついでに申し上げれば、体が突然成長した事についても心当たりがあります。私にお任せ頂ければ、元のお姿に戻してみせましょう」

 

 イッセーくんからの思いがけない提案に対して、ゼファードル君の答えは一つだった。

 

「お願いします! 俺を、俺を元のガキの姿に戻して下さい!」

 

 

 

 ……それから数分後。

 

「まさか、この様な展開になるとは思いませんでした。今にして思えば、私はとても大人げない事をしてしまったのですね」

 

「シーグヴァイラ様、それも仕方ありませんわ。あの様な事を見抜いた上で解決する事のできる方は、私の知る限りでは一誠様だけですもの。ただ、こうなると謁見やレーティングゲームについては……」

 

「確かにレイヴェルの言う通り、アイツにはまだ早過ぎる。ただ流石にレーティングゲームは駄目だろうけど、謁見は特別に許されるだろうさ。何せガキであるアイツを選んだのは、あくまで魔王様を含めた上なんだ。だから、選んだヤツがその責任を背負うべきなんだよ」

 

 全てが終わった後で、シーグヴァイラさんにレイヴェルさん、そしてエルレが予め用意されていたテーブルで穏やかに会話を交わしていた。エルレが責任の在り処について触れると、その視線をアウラちゃんに抱っこされている黒猫へと向けた。

 

「ニャッ」

 

 それを受けて、黒猫は一声鳴くと軽く頷いてみせた。因みにこの黒猫は変身したサーゼクスさんなので、この場合は「責任は私が取るから心配しないでくれ」という意味になる。

 

「だからさ、魔王様達への謁見には堂々と胸を張って行きな。ゼファードル」

 

 そうしてサーゼクスさんの言質を取った後でエルレがそう呼び掛けた先には、過剰な魔力によっていわば大人化というべき状態になっていたのをイッセーくんが調整した事で年相応の体格に戻ったゼファードル君がいた。ただ、ゼファードル君の身長はギャスパー君と殆ど変わらないので、実際に同年代の子達と比べると少し高めかもしれない。

 

「はい! 俺、頑張ってきます!」

 

 元の年相応の姿になった事で背伸びをする必要がなくなったゼファードル君は、エルレのかけた言葉に対して素直に返事をしてきた。でも、暫くするとその表情を暗いものへと変えてしまう。

 

「……でも俺、またさっきみたいにナリだけでかくなったりしないのかな?」

 

 不安げなゼファードル君を見たイッセーくんは、そのまま声をかけてきた。

 

「ゼファードル殿、一言よろしいでしょうか?」

 

 イッセーくんの声にゼファードル君が反応してイッセーくんの方を向くと、イッセーくんは静かに諭し始める。

 

「確かに、ゼファードル殿がご自身のお力を扱い切れずにいたのは事実。それは受け入れなければなりません。如何に望もうとも、過去はけして変えられないのですから」

 

 そこまで聞いたゼファードル君は、自身の未熟さを思い知らされて俯いてしまった。それを見たゼファードル君の眷属達はイッセーくんに襲いかかろうとしたけど、イッセーくんの口から続けて放たれた言葉で彼等は動きを止める事になった。

 

「ですが、ゼファードル殿はまだ余りにもお若い。そして、それ故に魔力の正しい扱い方を知らなかっただけなのです。ならば、今は秀でた師の下に就いた上で魔力の正しい扱い方を学ばれるべきでしょう。何、ご心配には及びません。そもそも鳥という生き物は、空の飛び方を学ばなければ飛ぶ事はできません。しかし一度飛び方を学び、そして一度でも成功してしまえば、後はどれだけ時が過ぎようとも空の飛び方を忘れる事はないのです。それは鳥という生き物が空を飛べる様に生まれてきたからです。要はそれと同じ事。ゼファードル殿が体を大人のものへと変えてしまう程の魔力をお持ちになられているのは、それだけの魔力を扱える様に生まれてきた為。ならば、後は扱い方さえ学んでしまえば、先程の様な事は二度とあり得ないのです」

 

 イッセーくんが諭し終えた所で、ゼファードル君は顔を上げてイッセーくんに確認を取ってきた。

 

「俺に、できるかな?」

 

 不安そうな表情を浮かべるゼファードル君の顔と視線を、イッセーくんはしっかりと受け止めた上で断言する。

 

「できます。必ず。そのお力と共に在る為に、貴方様はお生まれになったのですから」

 

 ……この言葉は、最強クラスのドラゴンである赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)の魂と力を生まれ付いて宿してしまい、今みたいに常識を投げ捨てたレベルで扱える様になるまで必死に努力を続けたイッセーくんだからこそ言えるものだと思う。

 

「ハイ! 俺、やってみます!」

 

 そして、イッセーくんの言葉を真正面から受け止めたゼファードル君がその目を輝かせ始めたのを、私はハッキリと確認した。

 一誠シンドロームは現在もなお発症者数を増やしており、その猛威は留まる事を知りません。……なんてね。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

「凶児」ゼファードル・グラシャラボラス
原作:粗野で下品なヤンキー
拙作:年上に負けない様に必死に背伸びしている男の子

中身が変われば、同じ言動でも印象は大きく変わるものです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十七話 若人達の謁見

2019.1.7 修正


Side:リアス・グレモリー

 

 バアル家の次期当主であるサイラオーグと久しぶりに顔を合わせた私は、それぞれの眷属達と一緒に謁見の時間になるまで待機する事になっている広間へ向かう事にした。そうして広間の扉の前に立ったのだけれど、扉の向こう側からは特に殺気だった気配を感じられなかった。

 

「これ以上無駄な事を続けるのであれば拳で黙らせるつもりだったが、どうやら余計な手出しをせずに済んだ様だな。これで少しは落ち着いて話ができるだろう」

 

 サイラオーグは面倒な事に巻き込まれずに済んだと言わんばかりの態度を見せたけど、私も同感だった。そうしてサイラオーグが広間の扉を開けて中に入ろうとしたのだけど、扉を開けた所でそのまま立ち止まってしまった。

 

「サイラオーグ、どうしたの?」

 

 私がサイラオーグに尋ねてみたけれど、サイラオーグは私の質問に答えようとしなかったのでサイラオーグの横を通って広間へと入ってみた。すると、そこには予め用意されたであろうテーブルを囲んでいる若手悪魔達の姿があり、その側にはイッセーがいたのだ。……しかも。

 

「俺、魔力の制御方法を根本的に間違っていたんだ。だから、魔力を使ったら体に大量に流れ込んであんな事に……」

 

「ですが、今はどうでしょう?」

 

「はい! 今、俺の中にある物が全て噛み合っている様な、そんなスッキリした感じです!」

 

「どうやら魔力は正しく制御できている様ですね。では次に、体を覆う魔力を体の一部に集めてみましょう。これが速やかに、そして滑らかにできる様になれば、魔力の運用効率が大きく改善できます。ですが、今は無理をせずにゆっくりと少しずつ集めていきましょう。無理に速く集めようとすると、魔力のオーバーフローでかえって体を傷つけてしまいますし、ゆっくりと丁寧に流す事で正しい魔力の流れを体に馴染ませる目的もありますから。よろしいですね?」

 

「はい、兵藤先生!」

 

 イッセーははやてちゃんと同い年くらいの男の子に魔力の制御方法を教授していた。

 

 完全に想像の枠から外れた光景を目の当たりにした事で、私は訳が解らずに硬直してしまった。そこで我に返ったのか、サイラオーグはその場で頭を下げるとこの場を不在にした事への謝罪を始める。

 

「この様な場にお越し頂いたにも関わらず、俺個人の都合で不在とした無礼をお詫びします。親善大使殿」

 

 サイラオーグの謝罪の言葉でようやく我に返った私は、本来ならここにいる筈のないイッセーに何故ここにいるのかを尋ねた。

 

「イ、イッセー! 貴方は確か、レイヴェルと一緒に上層部の方達と席を並べる形で出席する事になっていた筈よ。それが、どうしてここに?」

 

 でも、私の問い掛けにイッセーが答える前にテーブルに座っていた女性の一人が口を挟んでくる。

 

「おいおい、サイ坊にリーア。一誠がここにいて驚いたのは解るけど、だからって俺には何も言う事がないのか?」

 

 横から差し出口を挟まれた私はムッとしてその女性の方に視線を向けた。華美なドレスを身に纏い髪を結い上げるなど明らかに正装しているその女性の顔に見覚えのあった私は、さっき以上に驚きの声を上げてしまう。

 

「エ、エルレ叔母様!」

 

 そう。先程サイラオーグとの会話で話題にもなった、お母様の腹違いの妹であるエルレ叔母様だった。ただ、あの男勝りで勇ましいエルレ叔母様がこの様に女性らしく着飾っているなんて全く想像していなかったから、気付くのに時間が掛かってしまった。一方、側にいたサイラオーグもまた叔母様の存在に気付いて驚きの表情を見せている。

 

「まさか、親善大使殿だけでなく叔母上までこちらにいらしていたのですか」

 

 サイラオーグが驚いたまま話しかけると、エルレ叔母様はニヤリと笑みを浮かべながら応えてきた。

 

「あぁ。その通りさ、サイ坊。それにリーア。昨日グレモリーの本邸に行った時には会えなかったけど、リーアは本当に大きくなったなぁ」

 

 エルレ叔母様と最後にお会いしたのが十年以上も前だったからか、叔母様はとても感慨深そうだった。ただ私の事を幼い頃と同じ様に呼んで来たのは頂けなかったので、それを止めてもらう様に頼み込む。

 

「叔母様、リーアはもう止めて下さい。お父様やお兄様もそうですけど、何故幼い頃の呼び方をなさろうとするのですか?」

 

「可愛い我が子や歳の離れた弟や妹、それに甥っ子や姪っ子ってのは、どれだけ時間が経っても可愛いものだからさ。それに、そんな風に言ってるリーアだって、ミリキャスに愛称があればそっちの方を一生呼び続ける様になると俺は思うんだけどね」

 

 確かにその通りかもしれない。……叔母様の反論に対してそう思ってしまった時点で、私の負けだった。

 

「ミリキャスが可愛いのも確かですし、叔母様にそう言われて何も反論できない時点で私もお父様達と同類なんでしょうね。……ところで、何故叔母様もここにおられるのですか?」

 

 だから、素直に負けを認めた上でエルレ叔母様にここにいる理由を尋ねると、叔母様からは逆に昨日の事について尋ねられた。

 

「リーア。ジオ義兄さんや姉貴から俺の事について話を聞いていないか?」

 

「……はい。お父様から話は聞いています。イッセーの冥界側の花嫁候補として叔母様の名前が挙がったという事ですね?」

 

 実は、私達が昨日の修行を終えて邸に戻ってきたのはエルレ叔母様がお帰りになった後であり、軽く汗を流し終えるとお父様から呼ばれて事情を説明されたのだ。その事をエルレ叔母様に伝えると、叔母様はその後どうなったのかを話し始めた。

 

「あぁ、そうだ。そして昨日の夜、その話が本決まりになったんだとさ。それでついさっきまで俺と一誠はもちろんこの会合に出席する予定のなかったイリナ達までサー、っとと。ルシファー様の呼び出しで別の部屋に集められて、そこで一緒に直々のご説明を受けたって訳だ。……ゴメンね、リーア。さっきレイヴェルにも言ったんだけど、リーア達の横から俺が一誠を掻っ攫う格好になっちゃって」

 

 エルレ叔母様は最後に優しい声で私に謝ってきた。この分では、イッセーに対する私の想いにも気が付いているみたいだ。男勝りで気の強いエルレ叔母様は基本的には武断派であるけれど、けして柔軟な対応が苦手という訳ではない。むしろ大王家に連なる分家の当主としての務めを過失なくこなせるだけの能力をお持ちになられている。だから、私はイッセーの冥界側の花嫁に適した人物が選ばれた事に対する安堵の気持ちが強い事を叔母様に伝えた。

 

「いえ。これが明らかにおかしな人選だったら、たとえ相手がお兄様であってもイッセーの主として抗議している所ですけど、選ばれたのがエルレ叔母様なので正直ホッとしています。エルレ叔母様であれば、けしてイッセーを蔑ろにしないって信じられますから。……ただ、できる事ならその場所には私が立ちたかったわ。エルレ叔母様」

 

 ……ただ、これくらいは言ってもいいと思う。

 

「そっか……」

 

 エルレ叔母様はただそれだけを言い終えると、後は何も言わなかった。そうして私達の話が終わったのを見て、サイアオーグがある事を確認する。

 

「では、親善大使殿は義理ながらも俺やリアス、そしてサーゼクス様の叔父という事になるのですか?」

 

 ……できれば、それは聞きたくない事であった。でも、叔母様はハッキリとそれを肯定した。

 

「まぁそういう事になるね。ただ、ここでまだ公式発表されていない事を話しちまった俺が言うのも少々アレだけど、堂々と一誠を「叔父上」と呼ぶのはまだ駄目だぞ、サイ坊。一誠をそう呼んでいいのは、魔王様や上層部から正式に発表されてからだ」

 

「承知しました。では、その時が来るのを楽しみに致しましょう。……それと、ゼファードルは何処へ行ったのでしょうか? 俺がこの広間を一時離れたのは、シーグヴァイラとゼファードルが下らない諍いを起こしたからなのですが」

 

 サイラオーグはイッセーに敬意を抱いているだけあって、同年代であっても叔父と呼ぶ事に何ら抵抗がないみたいだった。そして話をすぐに切り上げると、諍いを起こしていたというグラシャラボラス家の次期当主候補が何処に行ったのかを叔母様に尋ねる。

 

「あ~、ゼファードルか。アイツなら、ホラここにいるぞ」

 

 叔母様の答えを聞いて、一瞬何を言っているのか、私には解らなかった。叔母様が指差したのは、イッセーから指導を受けている男の子だったのだから。サイラオーグも私と同じだったみたいで、叔母様に再度尋ねようとする。

 

「ハッ? いえ、確かにあの子供にはゼファードルの面影がありますが……」

 

「俺がそのゼファードルだよ。バアル家の帰ってきた御曹司、サイラオーグ。ほら。これで知りたい事が解ったんだから、これ以上邪魔をすんなよ。今、とても大切な事を兵藤先生から教えてもらっている真っ最中なんだからよ」

 

 でも、ゼファードルの面影があるというその子供が自ら名乗りを上げた事で、サイラオーグはその口から出かかった言葉を引っ込める事になった。

 

「……叔母上。流石にご冗談が過ぎると思うのですが」

 

 サイラオーグが叔母様に問い詰めようとしたけど、横からシーグヴァイラが口を挟んでくる。

 

「冗談ではなくってよ、サイラオーグ。この子がゼファードル・グラシャラボラスである事は、私を含めこの広間にいる者全てが保証します」

 

 大公家の次期当主である以上、この場でのつまらない冗談は風評の面でけしてプラスにはならない。つまり、シーグヴァイラはけして冗談を言っているわけではないという事になる。そう判断した私は、「探知」を発動して事の次第を確認した。

 

「サイラオーグ。今、「探知」で確認したわ。確かにこの子は「凶児」と呼ばれたゼファードル本人よ。でもまさか、過剰な魔力のせいで体だけが突然成長してしまったなんてね。止まっていた体の成長が再開した事で急成長した小猫とまた違ったパターンだわ。そして、それを僅かな時間で見抜いた上で解決までしてしまうなんて、流石はイッセーね」

 

 ……コカビエルの時もそうだった。イッセーは聖剣の強奪における不審な点からコカビエルの目的を導き出し、それを冥界に連絡する事でお兄様達に備えさせた。また当時はまだ和平の兆しすらなかった堕天使勢力に問い合わせる事で、コカビエルの行動がどういった意図を持つものなのかを確認させるなど、コカビエルの先手を絶えず取り続けた。その結果、コカビエルはイッセーによって殆ど何もできずに永遠に無力化されてヴァーリに連行された。そんな優れた観察眼と考察力の高さが、ゼファードルに対しても生かされたのだろう。

 

「まぁ、そういう事さ。因みに、魔王様達への謁見についてはゼファードルも出席させるぞ。責任は取るって言質もしっかり取ったしな」

 

 エルレ叔母様は私がゼファードルの事を把握したと見て、謁見についてはどうするのかを言って来た。なお、言質を取った相手についても「探知」で既に調べてある。

 

「叔母様がそう仰るのであれば、私からは何もありません。……お兄様、流石にお戯れが過ぎるわよ」

 

 私はアウラちゃんに抱っこされている黒猫の方を向くと、溜息を思いっきり吐いた。それを見ていた訳ではないのでしょうけど、エルレ叔母様はまだここに到着していないシトリー眷属について触れ始める。

 

「さてっと。これで後はシトリー家だけか。まぁシトリー領はこの中ではここから一番遠いから、来るのが遅くなってもしょうがないか。剣技は一誠以上で総合力でも俺と同等だっていう水氷の聖剣使いとヴリトラの魂と力を宿した神器(セイクリッド・ギア)を持ってるサジってヤツには特に興味があるんだけどなぁ……」

 

 ……そうだった。叔母様は武断派なだけあって、本物の強者との戦いを嗜む所があった。そして、そんな叔母様にしてみれば、剣士としては最上位に近い武藤君や黒い龍脈(アブソープション・ライン)であのオーフィスから力を奪い、更にその力を制御してみせた匙君はぜひ戦ってみたい相手なのだろう。ただ、そんな叔母様の言動をイリナさんが窘めた。

 

「エルレ。その言い方だと、今ここにいる人達にはまるで興味がないみたいに聞こえるわ。流石にそれは不謹慎よ」

 

 イリナさんが叔母様に対して対等な言葉使いをしている事にサイラオーグ達は驚いているけど、「探知」を使用した私はイリナさんと叔母様が対等な立場として話す様になるまでの経緯も知っているので特に驚かなかった。……ただ、それに合わせる形でイッセーもまた叔母様とは対等な立場で会話している事については叔母様が羨ましいと思ってしまったのだけど。

 

「確かにイリナの言う通りだな。ゴメン、ちょっと口が過ぎちまった。それじゃ、シトリー家が来るまで大人しく待っているとしようか。……まぁ、そんなに待つ必要もないけどな」

 

 流石にイッセーの第一夫人というべきイリナさんに対してはエルレ叔母様も遠慮があるみたいで、イリナさんの諌めを素直に受け入れてこの場にいる皆に謝罪した。ただ、最後の方で私達の後ろの方に視線を向けながら言った言葉が気になったから、後ろを振り向いて確認する。

 

「ごきげんよう、リアス。それに一誠君」

 

 そこには、眷属である生徒会役員を後ろに引き連れ、女王(クィーン)で腹心の椿姫と駒王学園の生徒の中ではイッセーに次ぐ実力者である武藤君で両脇を固めたソーナが軽く笑みを浮かべて挨拶するソーナの姿があった。これで今回招集された若手悪魔が全員揃ったので、私は気持ちを改めて引き締めていた。

 

 ……ここからが、本番だった。

 

Side end

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

 私達が待機場所である広間に到着した時、既にリアスを含めた他の若手悪魔とその眷属達が広間に集まっており、割と落ち着いた雰囲気で言葉を交わしている所だった。

 ……正直に言えば、私はもう少し緊迫した雰囲気を想定していた。何せ自分の力に自信を持つ者達が一堂に集まっているのだ、これで何も問題が起こらない訳がない。私はそう思っていたのだけど、実際は違っていた。何故なのかは、広間の中央でイリナやアウラちゃん、レイヴェルさん、そして見知らぬ女性と一緒にいる一誠君の姿を確認した時に理解できた。きっと、一誠君がこの場を上手く収めたのだろう。

 そうして眷属達と共に広間に入った私は、広間にいた若手の悪魔と挨拶を交わしていった。ただ、最初に自己紹介を兼ねた挨拶を行ったのは魔王様の代務者である聖魔和合親善大使としてこの場にいる一誠君だった。それに大公の爵位を持つアガレス家の次期当主であるシーグヴァイラが続き、グレモリー家の次期当主であるリアスとシトリー家の次期当主である私、大王の爵位を持つバアル家の次期当主でリアスの従兄弟でもあるサイラオーグ、現ベルゼブブであるアジュカ様のご実家であるアスタロト家の次期当主、ディオドラ。そして、現アスモデウスであるファルビウム様のご実家であるグラシャラボラス家の次期当主候補、ゼファードルの順で挨拶を行った。ただ、ゼファードルがはやてさんと同年代の子供であった事に私は驚きを隠せなかったのだけど、事の次第をリアスの母方の叔母で一誠君の隣にいたエルレ・ベル様から説明を受けて納得せざるを得なかった。ただ、謁見についてはこのまま行かせるという事で本当に大丈夫なのか不安だったけれど、言質は取ってあるとの事なのでこれ以上は訊かない事にした。

 そうして私達が挨拶を交わし終えた所で一誠君とレイヴェルさんが一足先に謁見の場となる部屋に向かう時間となったので、一誠君達はこの広間を後にした。それから暫く若手同士で会話していると、使用人が入って来て私達に謁見の場となる部屋に入る様に伝えてきた。それを受けて、私達は早速謁見の場へと移動を始めた。

 

 

 

 お父様。貴方という人は……!

 

 お姉様を始めとする四大魔王様と上層部への謁見の為、部屋に入って真っ先に飛び込んできた光景をハッキリと認識した時、私は思わず目を疑った。でも、それも仕方がない。私達の前にはかなり高い位置に三段の席があり、一段目と二段目に上層部が、最上段となる三段目にはお姉様達四大魔王様がそれぞれお座りになっている。そして魔王様の代務者である為か、一誠君は上層部でも上位の方の席である二段目に座っている。それについては、別に驚いていない。私が驚いたのは、その一誠君の隣の席に座っている方についてだ。最初は解らなかったのだけど、小声でサジが教えてくれた事で判明した。

 

「会長、一誠の隣に座っている方。あの方です。一誠に会う為に、奥様を伴われて駒王学園を訪れたのは」

 

 この時の私は、よく驚きの余りに大声を出さずに堪え切れたと思う。それに木場君に教えられたのか、私の隣ではリアスが驚きの声を上げそうになっているのを必死に堪えているのだけど、それも無理はない。何故なら、一誠君の隣に座っている方こそ、悪魔創世から今もなお現役を続けているという正に生きた伝説であるエギトフ・ネビロス総監察官その人なのだから。ただそれだけに、こうした若手悪魔の会合に出席なされた話など一度も聞いた事がない様なお方がこうしてここにおられる以上、昨日のお父様の説得が功を奏したのは間違いなかった。私がお父様の尽力に心から感謝していると、中央にいる初老の男性から私達を引見する会合の開催が宣言される。

 

「我等の呼び掛けに応じ、よく集まってくれた。此度集まってもらったのは、次世代を担う貴殿等の顔を改めて確認する為であるが、同時に若き悪魔を見定める為でもある。貴殿等も解っているとは思うが、これは一定周期ごとに行われる慣例行事なのだ」

 

 ここで、口髭を蓄えた別の方からゼファードルの事に触れてきた。

 

「ところで、アスモデウス様。ご実家の次期当主候補であるゼファードルが、この場におりませぬが」

 

「あれぇ? ここには既に来ているって報告を僕は受けているんだけどねぇ……?」

 

 確かに、広間での出来事を知らなければ、上層部はおろか魔王様であってもゼファードルが不在だと思ってもおかしくはない。

 

「俺が、そのゼファードルです」

 

 だからこそ、はやてさんと同年代の少年からそう名乗られた時の魔王様達や上層部の驚き具合はちょっとした見物だった。何せ、あのお姉様ですら開いた口が塞がらなかったのだから。ただ、その場にいた一誠君とレイヴェルさんが驚いていないのは理解できるのだけど、その場にいなかった筈のサーゼクス様が特に驚いていなかった事が少し引っかかる。まるで、その事実を既に知っていた様な……?

 

「過剰な魔力によって体だけが成長してしまいましたが、つい先程その場に居られた兵藤親善大使によって本来の姿を取り戻す事ができました。また、今後この様な事が二度と起こらない様にと、その場で魔力の正しき扱い方とその訓練法をご教授して頂きました。今の俺に付けられた凶児という汚名は、これからの行いによって必ず返上してみせます」

 

 事情説明におけるゼファードルの言葉使いが、拙いながらも次期当主としての可能性を感じさせるものだった事から、今度は一誠君やサーゼクス様ですら言葉を失っていた。でも、続く言葉にサーゼクス様は納得した表情を浮かべる。

 

「七十二柱に名を連ねるグラシャラボラスの家名と、進むべき道を見失っていた俺を導いて下さった兵藤一誠先生のご尊名に懸けて」

 

 サーゼクス様はゼファードルの誓いの言葉を聞き終えると、激励の言葉をお掛けになった。

 

「ゼファードル。君は今、幸運にもあらゆる意味で指標となり得る最良の師を得た。ならば、今はその教えをしっかりと受けるといい。それが君にとって、ひいてはグラシャラボラス家や冥界にとってこの上ない宝となるだろう」

 

「ルシファー様。励ましのお言葉、ありがとうございます」

 

 サーゼクス様の激励のお言葉に対してゼファードルが感謝の言葉を伝える中、一誠君はかなり恥ずかしげにしている一方で、一誠君の後ろに控えているレイヴェルさんは「どうだ」と言わんばかりに誇らしげな表情だ。仮にあそこに立っているのがレイヴェルさんでなく私やリアスであっても、やはり同じ様な表情をしていたのかもしれない。そして、あの凶児と言われたゼファードルの見事な変貌ぶりを見た上層部は一斉に一誠君の方へと視線を向けていた。その視線から感じられるものは大きく分けて二つ。期待感と警戒心だ。……やはり、お父様が東奔西走してまで為そうとした事は正しかったのだと改めて実感した。

 

 そうして、ゼファードルの件で少し場がざわついてしまったので、サーゼクス様は少しだけ時間を置いて場が落ち着くのを待つと、そのままお話を始められた。

 

「さて、場が落ち着いた所で話を始めようか。今回この場に集まってもらった君達六名は家柄、実力ともに申し分のない次世代の悪魔だ。だからこそ、デビュー前にレーティングゲーム方式でお互い競い合い、力を高めてもらおうと思う。ただ、ゼファードルについては流石に早過ぎるので次の機会という事になるがそれでいいかな、ゼファードル?」

 

 サーゼクス様が私達若手悪魔のみのレーティングゲームを行う事を明らかにした上で、ゼファードルについては今回の参加を見送る事を伝えると、ゼファードルは殊勝にもそれを受け入れた。

 

「ハイ。俺も兵藤先生の教えをもっと受けてからにしたいと思いますので、今回は見送らせて下さい」

 

 ここで、サイラオーグが更に一歩踏み込んだ事をサーゼクス様に尋ねる。

 

「では、我々もいずれ禍の団(カオス・ブリゲード)との戦に投入されるのですね?」

 

「それはまだ解らない。だが、できれば君達の様な若い悪魔達を投入したくはないと私は思っているのだ。尤も、対オーフィスの主力が君達と同世代である兵藤親善大使という時点で、私の言っている事がただの戯言に過ぎないのもまた事実なのだが」

 

 最後の方では少し自嘲しながらサーゼクス様はお答えになられたのだけど、サイラオーグは明らかに納得がいかない様で更に言葉を重ねる。

 

「そこまでお思いであれば、何故親善大使殿だけでなく我等も投入しようと思われないのですか? 我等とて悪魔の一端を担い、その時が来れば命を惜しまず戦う事を良しとする者です。ですが、この歳になるまで先人の方々から賜ったご厚意を受けながら、それに報いる事ができないともなれば……」

 

 微力ながらも力になりたいというサイラオーグの気持ちは、私にもよく解る。実際、対オーフィス戦では直接戦う事こそしなかったものの、最後の方では明らかに力不足であっても参戦しようとしていたのだから。でも、サーゼクス様はサイラオーグの訴えを無謀の一言で一蹴した。

 

「サイラオーグ、それは勇敢ではなく無謀だ。兵藤親善大使の場合はその身柄をオーフィスから狙われているから自ら戦わざるを得ないという実情があっての事であり、本来であれば外交官である彼を戦力として投入するのも極力避けなければならないのだよ。それに諜報部から、兵藤親善大使を中心とした者達の活躍で撃退されたオーフィスの呼びかけに応じて、強大なドラゴンが禍の団に合流したとの報告を受けた。詳細について調査中との事だが、その力は最低でも龍王クラスとの事だ。その様な強大な存在を引き入れた事で更に戦力を増した禍の団との戦いに、まだ成長途中である君達を投入する訳にはいかない。こう言っては君達に申し訳ないが、未熟な君達を投入してもかえって足手纏いになりかねないのでね」

 

 ……敵は、更に強大になったというのですか?

 

 私は禍の団の戦力が更に強化されたという事実に驚きを隠せないでいた。隣にいたリアスもそれは同様で、きっとこの謁見が終わった後で「探知」を使って確認しようとするだろう。そしてサイラオーグはと言えば、未熟故の足手纏いと言われた事に悔しさを滲ませながらもサーゼクス様の言葉を受け入れた。

 

「そこまで仰せとあれは、我等はただ己の未熟さと共にそのお言葉を受け入れるしかありません。今後は戦力の一端として数えて頂ける様、更に精進を重ねていきます」

 

 ……コカビエルとの最終決戦の際、担当した相手がコカビエルではないものの一誠君と同じ戦場に立ったリアスやレイヴェルさんと異なり、戦力外とされて結界の構築に回されてしまった私にはサイラオーグの悔しさが痛い程に理解できた。

 

 ここで禍の団に対する私達若手悪魔の投入についての話は終わり、上層部でも特に上位の方からの訓辞やサーゼクス様から今後行われるレーティングゲームの説明がなされた。レーティングゲームは出場を辞退したグラシャラボラス眷属を除く五家の眷属による総当たり戦で行われ、試合ごとに対戦方式やルールが設定される事になった。つまり、個人が有する力の強さだけでなく戦略や統率力、味方との連携といったチームとしての総合力が試されるのだ。それを悟った時、眷属を率いる(キング)としての私の心は歓喜に奮えた。

 

「さて、私達の話はここまでだ。長い話に付き合わせてしまって申し訳なかったが、私達はそれだけ若い君達に夢や希望を見出しているのだと理解してほしい。君達は紛れもなく、冥界の宝なのだよ」

 

 話を終えたサーゼクス様が最後にそうお言葉をかけた時、謁見に臨んだ若手悪魔は私を含めて皆聞き入っていた。そのお言葉に嘘偽りが一切含まれていない事がハッキリと解ったからだ。

 

「では、最後にそれぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか? この場には今までの冥界を見守って来られたネビロス総監察官と今後の冥界の在り様を示していく事になる兵藤親善大使がいる。冥界の将来を担う事になる君達が今後の目標を語るに相応しい場と言えるだろう」

 

 サーゼクス様がそう問いかけた時、私は胸に抱き続けた夢をはっきりと宣言する事を決意した。そこで、私もまたお姉様と同じ過ちを犯していたという事実を思い知らされる事も知らずに。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

頑張っているのは何も味方だけではありません。敵だって頑張っているのです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十八話 夢を掲げる若人達

2019.1.8 修正


Side:ソーナ・シトリー

 

「では、最後にそれぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか? この場には今までの冥界を見守って来られたネビロス総監察官と今後の冥界の在り様を示していく事になる兵藤親善大使がいる。冥界の将来を担う事になる君達が今後の目標を語るに相応しい場と言えるだろう」

 

 私達の魔王様達への謁見も滞りなく進行し、最後にサーゼクス様から私達に今後の目標を問われた時、真っ先に答えたのはサイラオーグだった。

 

「俺は、魔王になるのが夢です」

 

「ホウ……」

 

 お姉様を始めとする魔王様達や上層部、そして先程サーゼクス様が過去と未来の象徴として名を挙げたネビロス総監察官と一誠君の前で堂々と言い切ったサイラオーグに対して、上層部の多くが感嘆の息を漏らす。

 

「大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だな」

 

 上層部の中でも比較的若い方がそう告げると、サイラオーグは力強く断言した。

 

「俺が魔王になるしかないと冥界の民が感じれば、そうなるでしょう。ですが、一つだけ訂正をお願いします。確かに大王家から直接魔王を輩出するのは前代未聞ではありますが、大王家に連なる者という意味では既に前例となる方がおられます」

 

 サイラオーグから訂正を求められた上層部の方は、少し考えた後にサイラオーグの言葉が正しい事を認めた。

 

「そう言えば、ルシファー様の母君はバアル家の出身。しかも妾腹ながらも現当主の姉君であったな。その意味では、確かに大王家に連なる者が魔王となった前例があると言えるし、貴殿はその前例に倣おうという訳か」

 

「そこまで他力本願な事は考えていません。ただそういう見方もある事を示したかっただけです。俺は俺自身の力と信念によって大王を継ぐ者としての責務を全うし、その上で魔王になる事を目指します」

 

 サイラオーグが掲げた目標と堂々とした態度に誰もが感嘆していた時だった。

 

「サイラオーグ・バアル殿。一つ、尋ねたい事がある」

 

 ネビロス総監察官がサイラオーグに問い掛けてきたのは。

 

「何でしょうか?」

 

「貴公は今、大王を継ぐ者としての責務を全うした上で魔王になる事を目指すと言われたが、それでは今この場で貴公が魔王を襲名する事を冥界の民が望めばどうする?」

 

 ……何という事をお尋ねになるの、この方は?

 

 目と鼻の先にいるお姉様を始めとする魔王様の事などまるで意に介さない様な事を平然とお尋ねになったネビロス総監察官に対し、サイラオーグはたった一言で答えた。

 

「辞退します」

 

 その余りの即答ぶりに謁見の間がざわつき始めた。質問したネビロス総監察官も僅かに表情を変えている。

 

「……迷いがなかったな。何故かな?」

 

 更に続くネビロス総監察官の問い掛けに対して、サイラオーグは自分の思いを語り始めた。

 

「俺はかつて、バアル家に伝わる「滅び」の力はおろかまともな魔力さえも得られなかった無能者として母と共に追放されました。それが今こうしてバアル家の次期当主として立っていられるのは、俺の代わりに次期当主として望まれた弟をこの手で打ち破ったからです。……俺がこの胸に抱いた夢を実現させる為に」

 

「それで?」

 

「それは同時に、父や義母を始めとする多くの者達より期待を寄せられ、それに懸命に応えようとした弟を踏み躙り、望みを叶える為の礎にしたという事でもあります。その事実を忘れて魔王の玉座に飛びつき、奪い取った大王家の次期当主としての責任を投げ捨てる様な真似をすれば、俺は父や母、義母、弟、そして初代様をはじめとする歴代大王の方々に申し訳が立ちません」

 

 サイラオーグがここまで語り終えた所で、ネビロス総監察官はサイラオーグが最初の「今魔王として望まれたらどうする?」という問い掛けに対して「辞退する」と答えた理由について確認した。

 

「大王を継ぐ者としての責務を果たす事で踏み躙った者達への筋を通さねば、たとえ至高の座であっても座る価値などありはしない。……そういう事か?」

 

「ハイ。もう一度言いますが、俺は魔王になるのが夢です。ですが、だからと言って自ら望んで背負った業を投げ捨てて魔王になるくらいなら、たとえその為に魔王に一生なれなくとも、大王を継ぐ者として業を背負い続ける事を俺は望みます」

 

 ともすれば魔王という存在を軽視していると受け取られかねないサイラオーグの答えに上層部の多くは眉を顰めたのだけど、ネビロス総監察官は違った。

 

「ハッハッハッ! この場における貴公の発言の数々、初代バアルが聞けばさぞ喜ぶであろうよ。大王の象徴たる「滅び」の力こそ得られなかったが、大王の誇りは確かに受け継がれていたとな。ならば、バアル大王の誇りを受け継ぎし者、サイラオーグよ。その大志、最後まで貫いてみせよ」

 

 ネビロス総監察官は笑い声を上げながらサイラオーグの事を褒め、最後には激励の言葉をお掛けになったのだ。そして、サイラオーグはこの激励の言葉を堂々と受け取ってみせる。

 

「承知!」

 

 こうして自分の目標を堂々と掲げ、冥界の生きた伝説に認められたサイラオーグの次に切り出したのは、大公家の次期当主であるシーグヴァイラだった。彼女はまず大公家の次期当主としては妥当な目標を掲げる。

 

「私は敬愛する父の後を継いで大公としての務めを全うします。それが、幼き頃からの私の目標です。……ですが最近、それとは別に新たな目標が出来ました」

 

 シーグヴァイラはそう言うと、新しく出来たという目標を告げる前にまずは婚約者について話し始めた。

 

「私の婚約者であるライザー・フェニックスは、まだ一介の眷属であった頃の兵藤親善大使と友誼を交わして以降、兵藤親善大使が上級悪魔として独立した後に率いるであろういわば天龍帝眷属とレーティングゲームの本戦で対戦する事を望んでいました。ですが、三大勢力共通の親善大使となられた今となっては、けして叶わぬ夢となってしまいました。それにも関わらず、彼は何ら迷う事無くこう言い切ったのです。「それなら、エキシビジョンマッチの形で堂々と対戦する為、俺はレーティングゲームの王者(チャンピオン)になる」と」

 

 レーティングゲームの王者になる。それがどれほど困難な事であるか、本戦に出場しているライザーが解らない筈はない。その為には絶対王者として君臨している「皇帝(エンペラー)」ディハウザー・ベリアルを打ち破らなければならないからだ。上層部もそれは承知しているので、ライザーが抱いた壮大な夢に先程のサイラオーグと同様に感嘆の息を漏らす。

 

「これはまたライザー・フェニックスも途方もない夢を抱いたものだな。オーフィス撃退の立役者でもある兵藤親善大使とレーティングゲームで戦う為に、あの絶対王者を越えようとはな。だが、現時点のレートはトップランカー達に迫りつつある上に大物食いを幾度も達成したのを見れば、将来的には「皇帝」越えもあり得るかもしれん。そう思わせる程の可能性を、今のライザー・フェニックスは確かに見せている」

 

 上層部でも年配の方がライザーの将来性を高く評価していると、シーグヴァイラもそれに同意した。

 

「私もそう思います。だからこそ、私は大公を継ぐ事の他にもう一つ目標を掲げました。近い将来に夫となる(ヒト)は「皇帝」越えさえも見据えた大きな夢を抱き、己の全てを懸けて挑戦している。ならば、私は妻として全力で彼を支えていこうと。これはアガレス家の後継ぎとしてではなくシーグヴァイラという一人の女としての目標ですが、どちらも実現させるべき尊いものであると私は思っています」

 

 シーグヴァイラがそう締め括ると、先程の上層部の方が微笑ましげな表情で彼女を見ていた。

 

「成る程。どうやら大公家は後継ぎだけでなく婿殿にも恵まれた様だ。これで大公家の将来も安泰かな?」

 

 シーグヴァイラの掲げた二つの目標は、どちらも上層部には好意と共に受け入れられた。次に名乗りを上げたのは、なんとゼファードルだった。

 

「俺の目標は、たった一つです。今はまだ見る事すらできないくらいにずっと先にいて、俺の様に後ろからついてくる者の為に道を切り拓きながら歩き続ける。そんなとてもデカイ背中をただひたすらに追い続けて、いつか必ず並び立ってみせます。……ひょっとしたら、その途中で魔王になっているかもしれませんが」

 

 ゼファードルは、ある意味でサイラオーグ以上の目標を掲げてみせた。ゼファードルはあえて明言しなかったけれど、彼が誰を目標としているのか、この場にいる者達はすぐに理解できた。それに、その背中を追い掛けようとする今のゼファードルにとって、魔王になる事すら通りがかりのついでに拾っていく程度のものでしかないのかもしれない。すると、お姉様がゼファードルに声を掛けて来た。

 

「ゼファードルくんだっけ? 随分と大きく出たね☆ でも先に言っておくけど、その目標はサイラオーグ君のものよりもずっと難しいと思うよ? だって、仮に君が魔王になれたとしても、目指す背中にはまだ届いていないと思うから☆」

 

 お姉様。その言い方では、一誠君は魔王より上だと言っている様なものなのですが。……ただ、世界最強のドラゴンをあと一歩の所まで追い詰めてみせたのを顧みると、お姉様の仰っている事にも確かに一理あった。でも、その様にお姉様から脅かされても、ゼファードルは全く動じなかった。

 

「そんな事は、俺も解っています。でも、たったそれだけで夢を諦めてしまう様な小せぇ男に、グラシャラボラス家の次期当主が務まるものなんですか? それに、俺が目指すあのデカイ背中に少しでも近付けるんだったら、負け犬みてぇに地べたを転げ回って泥まみれになろうが、血反吐を吐くぐらいにボコボコにされて死に掛けようが、そんな目に何百回、何千回遭わされようが、俺は一向に構いません。大怪我したり、ボロ負けしたり、殺されたりする事にいちいちビビっていたら、どんな小さな夢でも絶対に叶えられませんよ」

 

 拙い言葉使いながらも不退転の決意を語る今のゼファードルからは、漲る程の覇気と闘志が感じられた。それを見た上層部の多くが息を飲む一方で、魔王様達はゼファードルに感心した様な表情だった。

 

「もったいない。本当にもったいないよ。あと五年、ううん、せめて三年でも早く生まれていたら、今回のレーティングゲームに参加させてあげられたし、そうなればかなり面白い事になってたのに。……でもまぁ、ゼファードル君の先生はあのイッセー君だし、そのお陰もあってソーナちゃん達の次の世代にも凄く期待が持てそうだから、それはそれで良かったのかもね☆」

 

 お姉様は本当に残念そうな表情をしながらも、最後は笑顔でこの話を打ち切った。

 

 ……そうだ。本当の姿に戻った以上、ゼファードルは私達の次の世代になる。お姉様ではないけれど、数年後が楽しみかもしれない。

 

 ゼファードルがその幼さ故の大きな可能性を示した後、次に目標を掲げたのはディオドラ・アスタロトだった。

 

「僕はアスタロト家の次期当主として、引き続き冥界に貢献できる様に努めていきます」

 

 ディオドラはただ淡々と模範解答というべき目標を掲げた。しかし、冥界への貢献を口にしながらも、具体的にどうするのかをディオドラは何一つ言っていない。その様な曖昧なものを役職上絶対に放っておかない方がその場にいた。悪魔創世の頃からあらゆる役職や部署の監督査察を行い、場合によって魔王ですら処罰の対象とできる権限を与えられているネビロス総監察官だ。

 

「フム、それは解った。確かに民を統べるべき貴族の跡取りとしては当然の目標であろう。だが、それでは貴公は具体的に何を以て冥界に貢献する心積もりなのだ? 先に言っておくが、貴公が功績を得る為に使ってきた手段は今までの様に簡単には使えぬぞ。それは当然理解しておろうな?」

 

 ネビロス総監察官の情け容赦のない質問に対し、ディオドラは明らかに狼狽していた。あの分では何も考えていなかったのか、あるいは今まで通りのやり方で十分だと判断していたのか。どちらにしても甘いとしか言い様がない。そんなディオドラの様子を見たネビロス総監察官は、溜息を一つ吐くと話を早々に切り上げた。

 

「ここはあくまで若い貴公達を見定める場であって、吊し上げにする場ではない。よって、これ以上は追及するまい。ただ何故今までのやり方ではやっていけぬのか、よくよく考えてみるとよいだろう。……だが、これだけは申し伝えておく。もしこれから暫くした後も貴公の行いに何ら変化が見られぬ様であれば、その時は総監察官の権限によってそれ相応の処分を下す。よいな?」

 

「ハ、ハイ。承知致しました……」

 

 ディオドラは肩を落としながら、ネビロス総監察官の言葉を受け入れた。ただ、こうしてネビロス総監察官からこれだけキツく釘を刺されたとなると、ディオドラが今まで功績を積み重ねてきた手段が一体どういうものなのか、かなり気になる。

 ネビロス総監察官から少し駄目出しを受けてしまったものの、ディオドラもとりあえずは自分の目標を言い終えた事で残っているのは私とリアスとなった。ここで先に動いたのはリアスだった。

 

「私はグレモリー家より失われかけた「探知」を取り戻した者として「智」を以て味方を支えるグレモリー家の本来の使命を果たすと共に、レーティングゲームの各大会で優勝するという文武両道を目指しますわ。これは父より受け継いだグレモリーの「探知」と母より受け継いだバアルの「滅び」を併せ持つ私にしかできない事であり、両家が手を取り合う事でこれだけの事ができるという証明にもなると思います」

 

 リアスはここで「女として」ではなく、「グレモリー家の次期当主として」、そして「魔王ルシファーの妹として」の目標を掲げた。この場で天龍帝の「后」となるという最大の夢を掲げてしまうと、既に一誠君の冥界側の花嫁がエルレ・ベル様に内定している現状においては悪手にしかならないからだ。すると、リアスが「グレモリー家の次期当主として」掲げた目標に対して、上層部でもお父様やグレモリー卿と同年代の方が覚悟を問う様な言葉を投げかける。

 

「グレモリー家の本来の使命、か。……リアス・グレモリー殿。その場合、戦場はもちろんの事、日常においても命の危険に晒される事になるが、そのお覚悟はおありかな?」

 

 それは一体どういう意味なの? 私は疑問を抱いたけれど、その答えはリアス本人が明かしてきた。

 

「グレモリー家の特性に目覚めてから暫くして、父よりグレモリー家当主の宿命を知らされました。……「探知」は事情報収集に関しては他に並ぶものなき特性であるが故に、歴代の当主の中で五体満足なままで当主の座を次に譲る事のできた者は稀であると」

 

 このリアスの答えを聞いて、私はそこに思い至らなかった自分が恥ずかしくなった。

 

 ……如何なる隠蔽工作を以てしても「探知」の前では全てが無意味と化す。故に、グレモリーに覗けない情報などない。

 

 それがどれだけ恐ろしい事なのか、少しでも戦略や政治に触れていれば即座に解る事だった。だから、「探知」に目覚めたグレモリー家の当主は代々その命を狙われてきたのだろう。しかも、外の敵だけでなく内の味方からも。

 

紅髪(べにがみ)を見たら真っ先に潰せ。この格言は何も悪魔祓い(エクソシスト)共に限った話ではない。我等悪魔に敵対する者達にとっては等しく真理であり、例え神仏に類する者達であってもそれは変わらない。……それでも、グレモリー家の使命を果たすと言われるのか?」

 

 この上層部の方は内の味方については触れなかったものの、その表情からリアスの身を案じているのは間違いなかった。そうして念押しする形で再度覚悟を問われたリアスは、躊躇いを一切見せずに宣言した。

 

「ゼファードルではありませんが、怪我や敗北、そして死を恐れていては、どんなに小さな夢や目標であっても絶対に叶えられません。だから、私は私の持ち得る全てを懸けて、私の望むものを手に入れてみせます」

 

 リアスの迷いのない言動を見た上層部の方は、リアスに対して嘆息交じりに声をかける。

 

「そうか。……ならば、せめてそのお志が何事もなく遂げられる様に祈るとしよう。また、その崇高なる決意と覚悟に対して水を差す様な発言をした事を深くお詫びしたい」

 

 上層部の方が最後に自身の発言が水を差した事を認めた上で謝罪してきた事に、私は少なからず驚いた。それはつまり、リアスの掲げた目標とそれに対する決意と覚悟を認めたという事になる。リアスもそれを悟ったみたいで、気遣われた事に対する感謝の言葉を伝えた。

 

「いえ。こちらこそ、お心遣いに感謝致しますわ」

 

 こうして、リアスもまた悪魔社会の支配層に目標達成への決意と覚悟を知らしめ、それを認められた。いよいよ、私の番だ。

 

「私の夢は、冥界にレーティングゲームの学校を建てる事です」

 

 私が胸に抱いていた夢を掲げると、上層部の方の多くが眉を顰める。そして、その内の一人がその事実を知っているかを確認する様に私に質問してきた。

 

「レーティングゲームの学ぶ場所なら、貴族学校を前身としたものが既にある筈だが?」

 

 この質問に対して、私は淡々と答えていく。

 

「そこは貴族学校を前身としている為、上級悪魔と一部の特権階級の悪魔しか行くことが許されません。そこで私が建てたいのが、下級悪魔、転生悪魔も通える分け隔てのない学舎(まなびや)なのです」

 

 私が答えを返し終えると、上層部からは想像通りの反応が返ってきた

 

「ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 嘲笑が多分に混じった大笑。その後に浴びせかけられるのは、私と私の夢に対する侮蔑の言葉。

 

「それは無理だ!」

 

「これは傑作だ!」

 

「成る程! 夢見る乙女という訳ですな!」

 

「若いというのはいい! だが、シトリー家の次期当主ともあろうものがその様な夢を語るとは。こここがデビュー前の顔合わせの場で良かったというものだ」

 

 こうなる事は解っていた事だった。冥界は貴族社会であり、身分や種族の間の差別が未だに横行している事は。だから、貴族である彼等にとって、私の夢は正に夢物語以外の何物でもなかった。

 

 ……でも、それでも。

 

 私は今のこの場で掲げた夢が本気である事を上層部に伝えようとした。でも、その言葉が口から出る事はなかった。

 

「貴公等。先程ネビロス総監察官が何と仰せになられたのか、もう忘れたのか?」

 

 この場に集まっている上層部の中でも特に恰幅が良く、またネビロス総監察官を除けば最年長と思われる方の声によって、嘲笑と侮蔑の言葉が一斉に止んだからだ。……その方が誰であるのか、私はよく知っている。知らない筈がなかった。

 

 三大勢力による大戦初期、当時は家の中での教育を是とする為に悪魔達の教養や戦闘技術の個人差が余りにも大きい事を懸念し、名家を始めとする上級悪魔の子息達を一か所に集めて一定レベルの教養や戦闘技術を指導教育するという、現在のレーティングゲーム学校の前身となる貴族学校を設立する事で戦力の底上げに尽力、戦死者の減少をも成し遂げた功労者。それ故にその功績は何冊か書籍にもされていて、関係者で知らない者など誰一人いないという冥界における教育者の先駆け。大戦が自然消滅してから百年の後に当主の座をご子息に譲られてからは、上層部の保守派の一人として冥界の児童教育の普及と更なる発展に専念されているという。ただこの方にとっての保守とは「悪魔としての尊厳を保つ」事であり、貴族学校の設立もその為に必要ならば改革も辞さないという強烈な意志の表れだった。その様な教育界における多大な功績を残した先駆者である先代プールソン卿は、一誠君が訪ねて親しく言葉を交わしたという方の一人でもある。

 そして、先代プールソン卿は侮蔑と嘲笑に満ちていた謁見の間の雰囲気を一変させると、この場にいた上層部に今何をすべきなのかを呼び掛け始めた。

 

「ここはあくまで若者達を見定める場であって、吊し上げにする場ではない。総監察官は先程この様な主旨のお言葉を仰せになられた。ならば、ここはまず何故そう思い至ったのかを確認するべきであり、それを以てソーナ・シトリー殿を見極めるのが我等の務めではないのか?」

 

 ……今はただ務めを全うすべし。

 

 発言の裏にその意味合いを含ませた事によって、私への視線が夢見る乙女を侮蔑するものから若い悪魔を選別するものへと変わった。そして、先代プールソン卿はお姉様の方を向くと改めて確認を取る。

 

「それ故に、レヴィアタン様。妹君のお答え次第では冥界の将来を担うに足りぬと判断致しますが、構いませぬな?」

 

 温和な容貌に反した鋭い視線と共に意志を確認されたお姉様は、先代プールソン卿が本気である事を察したのか、真剣な表情で無言のまま深く頷いた。お姉様の了解を得た先代プールソン卿は表情を穏やかなものへと変えると、私に視線を向けて話を始める様に促してきた。

 

「では、ソーナ・シトリー殿。貴殿の夢について、より詳しい話をお聞かせ願おうか?」

 

「はい、承知致しました」

 

 私は先代プールソン卿に承知の旨を伝える。

 

 ……私が志している教育関係の先駆者であり、保守派とは言え必要とあれば改革も辞さずに行動するという先代プールソン卿に私の考えを聞いて頂ける。

 

 私にとって、ここが正念場だった。

 

Side end

 

 

 

「とりあえずは最悪を避けられたか……」

 

 先代プールソン卿が動いてくれた事でソーナ会長にとっての最悪が避けられた事に、僕は密かに安堵の息を漏らす。

 

「一誠様。一体どういう事なのでしょうか?」

 

 ただ、僕の側に侍立しているレイヴェルには流石に難し過ぎたらしく、僕にどういう事かを尋ねてきた。そこで僕はまずソーナ会長に対する上層部の反応についてどう思ったのかを尋ねる。

 

「レイヴェル。ご主君(マイ・キング)がお掲げになられた夢に対する上層部の方々の反応について、どう思った?」

 

「……ソーナ様から詳しい話をお聞きにならない内にお笑いになるなんて、如何に上層部の方とはいえ流石に納得がいきませんわ」

 

 何とも真っ直ぐなレイヴェルらしい答えに対して、僕はそう思っているのは何も僕達だけではない事を伝えた。

 

「確かにその通りであり、私もそう思っている。そして、私達の上の段には私やレイヴェルと同じ様にお思いになられている方が確実に一人おられるのだ」

 

「あっ……!」

 

 ここでレイヴェルは僕が誰の事を言っているのかを悟った様だ。それに合わせて、僕はこのままではどうなっていたのかを教えていく。

 

「そうだ。もしこのまま上層部の方々がご主君の夢をお笑いになられていたら、ほぼ間違いなくレヴィアタン陛下がご主君を庇う形で上層部の方々を窘めていた筈だ。そうなったら、もはや取り返しがつかなくなっていただろう」

 

 ここまで聞いて、レイヴェルは僕が想定していた最悪とは何かを理解できた様だった。そして、僕が密かに取った行動の意味も。

 

「妹が可愛い余りに平然と贔屓する様な魔王と、公然と夢物語を語っておきながらいざとなれば姉に甘えて庇ってもらう様な次期当主。この場におられる方々からは、そう受け取られても仕方がありませんわね。それで先程」

 

「あぁ。密かに先代プールソン卿にお願いしたよ。ご主君に更なる発言の機会をお与え下さいとね。そして、先代プールソン卿はそれを引き受けて下されたという訳だ」

 

 僕はそう明かしたのだが、レイヴェルは何処か納得がいかない様だった。

 

「ソーナ様が上層部の方々からお笑いになられると、一誠様は先代プールソン卿と視線を合わせた後、目を閉じて微かに頭をお下げになりました。それに対して、先代プールソン卿は軽く頷き返しただけ。……たったそれだけの動作で、ここまでお互いの意志を正確に伝え合う事ができるものなのですか? しかもそれ程深いお付き合いがある訳でもないというのに」

 

 レイヴェルはそう言って首を傾げていたが、僕は断言した。

 

「レイヴェル。それを平然とこなしてしまうのが、本物だよ。……ただ、その際に私は少々動き過ぎた。だから、まだまだだ」

 

 そう。僕が本物の域に至っていれば、ただ視線を合わせるだけで先代プールソン卿は全てを察してくれた筈だ。そこまで至っていない以上、僕はまだまだだった。

 

「さて、これでご主君が己の存念を思う存分述べられる場は整った。私にできるのはここまでだ」

 

 僕がこれ以上の手出しをしない事を宣言すると、レイヴェルが疑問を呈してくる。

 

「ソーナ様の弁護はなさらないのですか?」

 

 レイヴェルの疑問に対して、僕はソーナ会長の為にここはあえて鬼となる事を伝えた。

 

「ここで私が弁護に入れば、レヴィアタン陛下と同じ事になる。それにこれから先、頼れるのは自身の力のみという場面など幾らでも出てくる。故に、ご主君には独力でこの場を切り抜けて頂く。それすらできない様であれば、いっそここで脱落なされた方がご主君にとっては幸せかもしれない」

 

 ……勤勉や保護が過ぎればかえって人は育たなくなるものであり、確固たる信念と自立心無くして本当の絆はけして生まれないものなのだから。

 




いかがだったでしょうか?

……ここが、ソーナにとって運命の分かれ道となります。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十九話 夢と現実の間には

2019.1.9 修正


 サーゼクスさんに促される形で今回四大魔王と上層部に謁見している若手悪魔達は次々と己の胸に秘めた目標を掲げてみせた。そうして最後となったソーナ会長は「下級悪魔や転生悪魔も通う事のできる、分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てる」という夢を掲げた後、上層部からの嘲笑を受けたものの先代プールソン卿が場を抑えてから何故その夢に思い至ったのかを問い質された。これを受けて、ソーナ会長は自分の思いを静かに語り始める。

 

「始まりは、本当に些細な事でした。シトリー家の次期当主として相応しい存在となるべく様々な分野を学んでいた私は、レーティングゲームに関する知識を得ていく中で一つの疑問を抱いたのです。ゲームは誰にでも平等でなければいけない。魔王様達がそうお決めになられたのに、何故レーティングゲームの学校の門は上級悪魔や一部の特権階級の悪魔にしか開かれていないのか、と」

 

「ソーナ・シトリー殿。下級悪魔、転生悪魔は……」

 

 ここで上層部の一人が上級悪魔と下級悪魔、転生悪魔の在り様を示す為に口を挟もうとしてきた。だが、その前に先代プールソン卿が待ったをかける。

 

「待たれよ。まだソーナ・シトリー殿の話は終わっておらぬ。ここは最後まで話を聞き、そこに誤りがあれば諭して正すのが我々の務めであろう」

 

「ムゥ……」

 

 口を挟もうとした上層部は先代プールソン卿の正論を受けて、渋々といった雰囲気で口を閉ざした。ただその表情にはそれ程嫌悪感がない事から、先代プールソン卿の言葉で頭が冷えた所でソーナ会長の話を聞き終えてからでも遅くはないと考え直したのだろう。

 

「話を遮ってしまい、申し訳ない。では、続きを」

 

 プールソン卿が謝罪した後に続きを促したので、ソーナ会長は話を再開する。

 

「承知しました。……確かに、上級悪魔と下級悪魔、転生悪魔との間に少なからず力量差があるのは紛れもない事実です。ですが、本人の努力次第では貴族以外の悪魔でもレーティングゲームで活躍し、それによって上級悪魔に昇格する可能性は十分にあるのです。現に、レーティングゲームのトップランカーの一人であるリュディガー・ローゼンクロイツ様は人間からの転生悪魔でありながらその功績によって最上級悪魔に至っています。それを思えば、可能性はゼロだとはけして言えません。ですが、レーティングゲームの学校の門が非常に狭い物となっている今、上級悪魔に見出されて眷属となった転生悪魔や下級悪魔はともかく、それ以外の下級悪魔についてはゲームへの道が非常に遠いのです。これは、魔王様達がお決めになられた事に反しています。私は魔王様達のご意志にそぐわない冥界の現状を少しでも変えて、下級悪魔でもゲームができる事を教えたいのです」

 

 ソーナ会長がレーティングゲームの学校を建てる夢の動機に関する話は、実は僕も聞いた事がある。アーシアと元士郎の使い魔を探しに行った頃だ。当時はまだ冥界の詳しい事情をよく知らなかった為に、ソーナ会長が抱いている理想を素晴らしいものだと思っていた。

 ……フェニックス邸に滞在した際、ライザーやレイヴェルを始めとするフェニックス家の方々を通して冥界の現状をある程度把握し、またフェニックス家が所有する書物のほぼ全てを読破する事で冥界の歴史に触れるまでは。

 

「それで、身分の垣根を取り払ったレーティングゲームの学校を造り、光の当たる事のない下級悪魔にも成り上がる可能性を与えたいと?」

 

「はい、その通りです」

 

 先代プールソン卿の確認に対して、ソーナ会長はその通りだと断言する形で返答した。

 

「そうか……」

 

 先代プールソン卿はソーナ会長の回答を聞くと、瞳を閉じて考え込み始めた。すると、先程先代プールソン卿に待ったをかけられた上層部の一人がソーナ会長に諭す様に言葉をかける。

 

「ソーナ・シトリー殿。下級悪魔、転生悪魔は上級悪魔たる主に仕え、才能を見いだされるのが常。その様な養成施設を造っては伝統と誇りを重んじる旧家の顔を潰す事となりますぞ? 幾ら悪魔の世界が変革の時期に入り、兵藤親善大使という強大な存在が人間から現れたからと言って、変えて良いものと悪いものがあります。全く関係ない、たかが下級悪魔に教える等と……」

 

 確かに、三大勢力による三つ巴の大戦が終わるまでの体制を顧みれば、人材の発掘と育成を上級悪魔に一任する手法は十分通用した。だが、現在の体制においては不十分であると言わざるを得ない。だから、ソーナ会長の言う様に下級悪魔や転生悪魔に可能性を与えようとする事に間違いはない。間違いはないのだが……。

 僕が悪魔の人材登用の伝統と現実との齟齬について考えていると、先代プールソン卿の考えが纏まった様でソーナ会長に視線を向けた。

 

「ソーナ・シトリー殿。貴殿は、私に似ているな」

 

 先代プールソン卿はそう前置きをしてから、ソーナ会長に結論を言い渡す。

 

「だからこそ、ハッキリと言わせて頂こう。……私は貴殿の夢をこのまま認める訳にはいかない」

 

 ……やはり、その結論に達してしまわれたか。

 

「何故でしょうか?」

 

 ソーナ会長は努めて冷静に理由を尋ねているが、強く握られた手が細かく震えている事から動揺で千々に乱れている心を強引に抑えつけているのがハッキリと解る。すると、先代プールソン卿は逆にソーナ会長にある事を確認してきた。

 

「その前に、一つ確認させて頂こうか。……貴殿は身分の垣根を取り払ったレーティングゲームの学校を建てる事で下級悪魔に可能性を与えたいと言われていたが、その為にはまずレーティングゲームのルールを一部改定しなければならない事は当然ご承知であると思う。ならば、それなりの腹案も当然持っておられるであろうから、よろしければこの場でお教え頂けないだろうか?」

 

 ……やはり、まずはここから入ってこられたか。

 

「……えっ?」

 

 ソーナ会長は一瞬、何を言われたのか解らない様な呆けた表情を浮かべた。レーティングゲームの学校を建てるという話をしているのに、何故レーティングゲームのルール改定の腹案を尋ねられているのか、といった所だろう。

 だが、このレーティングゲームのルール改定はソーナ会長の夢に大きく関わっている。理由は簡単で、ソーナ会長は単に下級悪魔が上級悪魔に見出されて眷属となる事だけでなく、眷属の(キング)としてレーティングゲームで活躍できる様に教育を施したいと考えているのだが、「出場資格を有するのは上級悪魔とその眷属のみ」という現状のルールがある以上は不可能だ。だから、まずは下級悪魔が仲間内で集まってチームを結成、眷属と同等の扱いを受けてレーティングゲームに出場できる様にルールを改定しなければならない。下級悪魔の可能性云々はこれをどうにかしない限り、本当の意味での第一歩を踏み出す事すら叶わないのだ。この事実を見落としている辺り、ソーナ会長は理想を追求する余りに視野が狭くなっていると言える。

 先代プールソン卿は、ソーナ会長がレーティングゲームの学校を建てようと意識し過ぎる余りにそれを為し得る為の土壌作りにまで気が回っていない事を悟ったらしく、流石に難し過ぎたと謝罪してから別の事を尋ねてきた。

 

「この分では、そこまでは考えておられなかったな。いや申し訳ない、流石にこれは少々難し過ぎた様だ。では、貴殿は望みを叶えた後の事をどうお考えになられているのか、私にお教え頂けないだろうか?」

 

「その後、ですか?」

 

 先代プールソン卿の問い掛けが余りに虚を突いていたのか、ソーナ会長はオウム返しに問い返してしまった。先代プールソン卿はそれを受けて、より具体的な仮定を示した上で改めてソーナ会長に尋ねる。

 

「そう、その後だ。仮に貴殿が望みを叶えて身分の垣根を取り払ったレーティングゲームの学校を建て、そこで学んだ下級悪魔達がやがてレーティングゲームを始めとして優れた成果を上げ始めたとしよう。……さて。この後、どうなると思われるかな?」

 

 レーティングゲームの学校が成功した際の波及効果。

 

 まだソーナ会長が夢見るレーティングゲームの学校が影も形もない内から一体何を言っているのだと、この場にいる者の多くがそう思っているだろう。だが、これもまた極めて重要な事だ。冥界の歴史、特に三大勢力による三つ巴の戦争が自然消滅する前の悪魔の基本戦略がどの様なものであったかを考えると尚更だ。先代プールソン卿はそれをこの場にいる誰よりも解っている。だから、この様な事を尋ねてきたのだ。

 

「……旧家を始めとする方達が私の成功を疎んじて、私の建てた学校を廃校に追い込む為に暗躍する、でしょうか? ですが、その程度の事で私は挫けたりはしません」

 

 先程の上層部の嘲笑が印象強かったのか、ソーナ会長は自身と夢の学校の排除に動くと判断した。しかし、その見通しは少々甘い。現実はもっと残酷な形でソーナ会長に返ってくる筈だ。僕がそう考えていると、先代プールソン卿が自分の考えていた未来予想を語り始めた。……どうやら、先代プールソン卿も僕と同じ考えの様だ。

 

「ソーナ・シトリー殿。確かにその可能性もあるが、貴殿がレヴィアタン様を姉としている以上、おそらくはそうならずにむしろ逆の方向へと向かうだろう。具体的には、貴殿の成功に倣ってレーティングゲームを視野に入れた独自の養成施設を自分の領内に造り、下級悪魔の子供や有能な他種族を集めて教育を施した後にその中からより強力な眷属を選抜する様になるだろう。その結果、下級悪魔により広く可能性を与えようとする貴殿の夢はより大きな形となって返ってくるのだ。実に喜ばしい事ではないかな?」

 

 先代プールソン卿は口では実に喜ばしい事だと言っているが、本心が異なっている事は苦々しい表情から誰の目にも明らかだった。一方、自分の夢が広がるという未来予想を冥界の教育界における先駆者から語られたソーナ会長は口元に笑みを浮かべていた。……どうやら、ソーナ会長はまだその未来予想の本当の意味を解っていないらしい。先代プールソン卿もそれを察した様で、先程の言葉に補足する様に話を再開する。

 

「領内、と先程私は確かに言った。つまり、その養成施設がどの様な方針で教育を施すのかは最終的には領主に一任される事になる。……それがどの様な意味を持っているのか、まだお解りでないのか?」

 

 先代プールソン卿からここまで念押しされた事で、ようやく理解できたのだろう。ソーナ会長の顔色がみるみる青くなっていく。

 

「先代プールソン卿。もし、もしその養成施設の教育方針が生徒達の事を全く顧みない様な過酷な訓練や競争に強いるものであった場合、政府はその様な教育について追及し、また禁止する事ができるのでしょうか?」

 

 できれば、外れていてほしい。ソーナ会長はまるでそう懇願するかのように確認を取ったが、先代プールソン卿から返ってきた答えは余りに残酷なものだった。

 

「あくまで領内にある個人所有の施設、しかも通常の教育機関ならともかく戦闘員の養成施設である以上、教育の過程で怪我人はおろか死者が出ても何らおかしくはない。そう言われてしまえば、それ以上の追及は不可能であろう。それにその様な教育方針の場合、弱き者は淘汰され、より強き者だけがその歩みを先へと進めていき、そうして最後まで勝ち残った真の強者だけが富と名誉を手にする事となる。即ち、弱肉強食。……貴族達が何十もの軍団を独自に擁していた頃のかつての冥界が、その養成施設の中で再現されるであろうな」

 

 かつての冥界。

 

 この言葉が出てきた時、上層部の多くは納得の表情を浮かべる。それどころか、ソーナ会長に対して賛同の意を示す者まで現れた。

 

「成る程。ソーナ・シトリー殿の夢の行き着く先は、あらゆる悪魔が命を懸けて切磋琢磨し、その中で勝ち残る事で己の才を明らかにした真の強者を我等が見出していくという古き良き時代への限定的な回帰という事ですか。そういう事であれば、ソーナ・シトリー殿にはぜひとも夢に向かって励んで頂きたい。かつての冥界が限定的ながらも還ってくるのであれば、旧家も協力を惜しまないでしょうな」

 

「しかし、ソーナ・シトリー殿もお人が悪い。最初からその様に仰って頂ければ、我等も夢物語と嗤ったりはしなかったものを」

 

「左様。お陰で我等はとんでもない誤解をしてしまった。ソーナ・シトリー殿。貴殿に対する無礼の数々、心より謝罪させて頂きたい」

 

 上層部の中でもソーナ会長を嗤った者達は次々に掌を返して激励や謝罪の言葉を送ってくるが、ソーナ会長はそれらに対して全く反応できていなかった。

 ……無理もない。ただでさえ、自分の夢を着実に進めていけば、やがては自分の考えていたものとはまるで違う方向へと向かってしまうという残酷な現実を突き付けられたばかりだ。そこに来て、自分の夢を否定する筈の上層部が逆に賛同するという想定とは真反対であろう反応を受けて、頭の中が完全に混乱しているのだろう。そして、ソーナ会長は先代プールソン卿にある事を尋ねた。

 

「先代プールソン卿。かつての冥界と今の冥界、その大きな違いとは一体何なのですか?」

 

 これは、「身分の分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てる」という夢を掲げたソーナ会長がけして尋ねてはいけない事だった。それを承知の上で、この夢を掲げなければならないからだ。先代プールソン卿は微かに溜息を吐いた後、ソーナ会長の質問に答え始める。……その溜息には、明らかに落胆の色が含まれていた。

 

「本来ならばこの様な場でお答えするべき事ではないのだが、この際だからお答えしよう。かつて、七十二柱に名を連ねる名家は一つの家で少なくとも二桁、多ければ三桁に近い数の軍団を抱えており、番外の悪魔(エキストラ・デーモン)と呼ばれる名家やこれらには名を連ねていない貴族もまたそれに近い数の軍団を有していた。もちろん軍団に所属する兵の全てが悪魔という訳ではないが、それでも貴殿達の知る現状とはおよそ比べ物にならぬ大軍勢であった事は容易に想像できよう。それ故に、味方同士で殺し合い、勝ち残った者が全てを得る弱肉強食が成り立っていたのだ」

 

 先代プールソン卿はかつての冥界について話し終えると、今度は戦争によって失われたものについて話し始めた。

 

「だが、天界は神を、堕天使達は中堅層の大部分を、そして我々は先代魔王様をそれぞれ喪った事で自然消滅するまで継続した三つ巴の戦争によって、悪魔は絶滅を覚悟しなければならぬ程までに激減した。戦争末期においては兵力不足で最前線に出ざるを得なくなった事で貴族の被害も凄まじいものとなり、その半数以上が断絶の憂き目にあった。それどころか、戦場から生還した兵が当主を含め誰一人いない家もけして珍しくはなかった。先代魔王様に次ぐ地位と実力を誇り、十万の兵で構成された軍団を三十も擁していた大王家ですら生き残ったのは僅かに一万程度といえば、先の戦争がどれだけ凄惨なものであったのかご理解頂けるだろう。想像してみたまえ。戦場から生きて還って来た者は出陣した時の百分の一にも満たぬという光景を。しかも、当時は平民さえも戦力とする総動員体制であり、兵数はほぼそのまま総数に変換されると言ってもけして過言ではないだろう。それがどれだけ恐ろしい事か、ご理解頂けるかな?」

 

 ……生還率1%未満。

 

 部隊の消耗率が三割以上の「全滅」や部隊の半数を占める戦闘部門が死滅している「壊滅」を通り越して、部隊の総員が死滅している「殲滅」と言っても何らおかしくない状態だ。しかも、それが悪魔の兵数ではなく総数と言って何らおかしくはない以上、戦争が自然消滅した直後の悪魔は確かに絶滅寸前だったと言えるだろう。だから、戦後において悪魔が最優先で取り組んだのは人員の再配置を主目的とした基本戦略の大転換だった。

 

「故に、絶滅寸前の状況を顧みずに戦争の継続を主張した当時の政府に反旗を翻して政権を奪取した我等は、まず基本戦略を総動員体制による人海戦術から貴族を始めとする戦闘能力の高い上級悪魔とその眷属による少数精鋭へと方向転換した。そうせねば、内乱に加えて戦争の自然消滅後も続いた天界や堕天使達との小競り合いによって悪魔の数が減り続ける一方だったのでね。その上で、戦いはもちろん弱肉強食の争いからも解放した平民達には少しでも数を増やしやすい様に平穏な生活を送れる様にする必要があった。力だけが全てであったのを力以外でも生活の糧を得られ、また身を立て世に出られる様に冥界の社会構造を再構築する際、人間社会の経世済民の手法を取り入れたのはその為だ。また、上級悪魔の眷属に限定した上で悪魔以外の種族を悪魔へと転生させる事で代替戦力とし、少しでも純粋種の悪魔を争いから遠ざける様にも仕向けた。これに伴い、転生の為の儀式の簡略化と駒に準じた特性の付与によって代替戦力の確保をより効率良く行う為に生み出されたのが、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)なのだよ」

 

 ここで転生悪魔と悪魔の駒の話が出てきた事で、転生悪魔が本来どの様な存在であったのかをソーナ会長は突き付けられる。

 

「それでは、転生悪魔とは本来……!」

 

「そう、我々純粋種の悪魔にとっては捨て駒以外の何物でもなかった。それ故に、功績を重ねて中級、上級と昇格を重ねて独立、更には爵位を得て貴族の末席に加わるといった転生悪魔の躍進など全くの想定外であり、これによって色々と不備が噴出してきている。転生悪魔は主との契約に縛られている為に主の求めを断れない事から、たとえ最上級悪魔の身分を持っていたとしても公平である事が求められる公職に就く事が許されていない、といった具合だよ。だが、この場においては全く関係のない話なので脇に置くとしよう」

 

 つまり転生悪魔という代替戦力がある以上、少しでも悪魔の数を増やす事に専念してほしい平民の下級悪魔を戦力として扱うつもりはない。戦い方については自己防衛に必要なので一通り教えるが、レーティングゲームに使われる様な高度な知識や技術まで教える必要などない。

 先代プールソン卿は言外にそう語っていた。それでも、ソーナ会長は当時と今は状況が違う事を伝えようとする。

 

「で、ですが、今は。三大勢力の和平が成立した今なら、レーティングゲームに限定する形で平民の下級悪魔も……!」

 

 しかし、先代プールソン卿の話はまだ終わってはいなかった。

 

「申し訳ないが、私の話にはまだ続きがある。そもそもレーティングゲームに参加するという事は一般的な悪魔よりも高い戦闘力を持つ事を表している為、一朝事あれば冥界の為に率先して敵と戦い、そして死ぬ事が義務付けられる。その為、上級悪魔である王に見出されて眷属となった者は誰よりも先に死ななければならず、王もまた眷属よりは後になるだろうが平民よりは確実に先に死なねばならない。理由は単純明快。悪魔の基本戦略が少数精鋭である以上、戦える兵を遊ばせておく余裕などないからだ。これで仮にレーティングゲームのルールが改定されて下級悪魔でも出場できる様になれば、出場した下級悪魔にも当然冥界防衛の義務が課せられるであろう。けしてゲームだけをやっていればいい訳ではないのだ。それを踏まえた上でお尋ねしよう」

 

 そして、ソーナ会長は今まで見落としてきた事をここでハッキリと突き付けられる。

 

「ソーナ・シトリー殿。三大勢力間の争いは確かになくなったが、オーフィスを首領とする禍の団(カオス・ブリゲード)という脅威が未だ存在する現状において、貴殿はまだ年端も行かぬ平民の幼子に対して「いざとなれば冥界の為に率先して戦い、そして後ろにいる者の誰よりも早く死んでこい」と本当に教えられるのかな?」

 

 ……結局のところ、ソーナ会長の夢には覚悟が必要なのだ。自分の眷属ではなく、自分の建てた学校で学び、そして巣立っていく教え子達を死地へと送り出すという教師としての覚悟が。

 三つ巴の戦争の最中、艱難辛苦の果てに貴族学校を設立した先代プールソン卿はその事をよく解っていた。だからこそ、ソーナ会長にその覚悟を問う事ができた。しかし、ソーナ会長はそれを全く想定していなかったのだろう、ただでさえ顔色が悪かったのが更に悪化し、更には体も震え始めた。

 

「わ、私。私は……」

 

 ソーナ会長は何とか答えを返そうとしているが、どう答えるべきなのかを決めかねていて上手く言葉が出て来ない。その様なソーナ会長の様子を見て、先代プールソン卿はついに決断を下した。

 

「貴殿は平等なのだから権利を与えるべきだと考えておられたのだろうが、権利には義務が伴う事には気付いておられなかった様だな。己の望みに何が必要なのかを見ようともせず、冥界がどの様な経緯を以て今の体制を取っているのかも知らず、また自身が丹精込めて育て上げた教え子達を死地へと送り出す覚悟さえもない。……ソーナ・シトリー殿。先程も言った通り、私は貴殿の夢をこのまま認める訳にはいかないのだ。その様な未熟極まりない者の夢に巻き込まれる事で不幸に苛まれる者が誰一人として出ないようにする為に」

 

 即ち、ソーナ会長の夢はこのままではけして認められないという事を。ここで、僕の隣に座っている総監察官から声を掛けられた。

 

「兵藤。貴様、こうなる事が解っておったな? そうでなければ、先程プールソン家の先代がソーナ・シトリーに覚悟を問うた時に口を挟もうとしたレヴィアタン様を視線で制したりはするまい」

 

 ……やはり、この方の目はそう簡単には誤魔化せない。だから、僕は素直にそれを肯定した。

 

「ハッ。総監察官の仰せの通りでございます。ご主君(マイ・キング)がそのご所存をお述べになられれば、先代プールソン卿は必ずや現実の在り様をお示しになられるであろうと、私は考えておりました」

 

 そして、今のソーナ会長にはそれが必要である事も。しかし、レイヴェルはそれに納得していない様で、何故事前に教えていなかったのかを問い詰めてくる。

 

「一誠様。そこまでお解りでいらっしゃったのなら、どうして事前にソーナ様にお教えにならなかったのですか? その機会は幾らでもおありだった筈ですのに」

 

 僕はそれに対する答えを返そうとしたが、その前に総監察官が口を挟んできた。その内容は、僕が答えとして考えていた事そのままだった。

 

「ただ与えられるだけの答えに意味はない。この類の答えは自らの力で掴んでこそ。以前、儂に会った時のこ奴の言葉だ。フェニックスの娘よ、こ奴はそれを今ここで実践したまでの事。しかし、それを己の主に対しても適用するとは厳しい男よ。……尤も、その割には少々甘さが過ぎるのだがな」

 

「甘さが過ぎる、ですか? 厳しいのはともかく、甘いとはとても思えないのですけれど……」

 

 レイヴェルはなおも疑問を呈していると、総監察官は少し悩んだ後に自ら解説する事を選んだ。

 

「……ウム、そうだな。この際、少しだけ教えてやるとしよう。兵藤が今、ソーナ・シトリーが擁する眷属の中でどのような立場にあるのかは理解できておるな?」

 

 総監察官からシトリー眷属における僕の現在の立ち位置について尋ねられたレイヴェルは自分の考えをそのまま伝える形で即答する。

 

「はい。ソーナ様を含めて、皆様から篤い信頼を寄せられていて頼りにされていますわ。例外は一誠様との付き合いが特に長い瑞貴さんと一誠様のご親友である匙殿のお二人で、このお二人は一誠様と対等であろうとなされています」

 

 レイヴェルが答えを返し終わると、総監察官は尋ねた事について正確に理解しているとして解説を再開した。

 

「フム、正確に理解しておるな。それを踏まえると、眷属内における兵藤の影響力がそれだけ大きなものであり、従って兵藤の発言に対して何ら反論せずに従おうとする傾向があるとも言える。ここで野心ある者であれば、常に的確な助言を心がける事で主の覚えを目出度くする一方で自ら考える事を放棄させて傀儡とする事をまず考える。そちらの方が己にとって色々と都合が良く、また兵藤であれば赤子の手を捻る様に容易い事であろう。だが、兵藤はそれを選ばなかった。それどころか主に試練を与え、自ら考え苦難を乗り切る力を付けさせようとした。場合によっては自らの足枷にもなり得る事を百も承知の上でだ。これを甘いと言わずして、何と言う?」

 

 ……確かにそう言われると、僕は甘さが過ぎるのだろう。だが、この甘さはけして捨ててはいけないものだと僕は思っている。この甘さを棄ててしまえば、僕はただの冷血軍師になってしまうのだから。

 

「ネビロス様からご覧になれば、確かに一誠様は甘いのかもしれません。……ですが、私としては一誠様は優しいのだと思います。そうでなければ、私が初めて一誠様とお会いした時、何ら縁のなかったフェニックス家と内心複雑な思いがおありであった筈のグレモリー家に手を差し伸べたりは致しませんもの」

 

 甘いのではなく優しい、か。レイヴェルは、本当に嬉しい事を言ってくれた。

 

「謀略結婚の件か。そういえば、当事者の一人であったな。まぁそういう事だ。受け取り方は人それぞれだか、今の兵藤のやり様に厳しさ以外のものがあるのは確かだ。尤も、それを確信を以て見出せる様になるには、もっと色々と物を知った上で実際に体験せねばならんがな。……というよりはな、魔王様ですら中々できないでいる事をその若さでやってのけている兵藤の方が異端であろうよ。故に、フェニックスの娘よ。解らぬと言って焦る必要など何処にもないぞ」

 

 総監察官は解説を終えた後、レイヴェルに対して焦らない様に諭す事でこの話題を締め括った。一方、総監察官の側に控えていた執事長は僕の言動に対して納得の表情を浮かべている。

 

「レイヴェル様。旦那様が仰せになられた通り、兵藤親善大使は非常の器でございます。故にその輝きに目が眩み、己を見失わない様にお気を付け下さいませ。……ただ、私としては兵藤親善大使に執事としてお仕えするのが非常に楽しみではありますが」

 

「一誠様に執事としてお仕えする? 一体、どういう事なのでしょうか?」

 

 執事長から零れた言葉の一つに不審な物を覚えたレイヴェルは執事長に問い質したが、総監察官から抑えられてしまった。

 

「それについては、これが終わった後で話をしてやろう。……ジェベル、貴様らしくない失言だな」

 

 監察官が執事長の失言を咎めると、執事長は何ら言い訳せずに謝罪する。

 

「申し訳ございません、旦那様。私の罰は如何様にも」

 

「いや。詫びなどいらぬし、罰も与えぬ。……クレアだな?」

 

 どうやら先程の失言は余りに執事長らしからぬ行いだった様で、そこから総監察官はクレア様の差し金であると見当を付けたらしい。確かに接した時間が僅かである僕ですら、今の発言はネビロス家の執事長を務める者としては不自然だと感じたのだから、付き合いが百年単位であろう総監察官が不審に思わない訳がなかった。

 

「旦那様のご想像にお任せ致します」

 

 そして、この執事長の返答がその正しさを何よりも物語っていた。これを受けて、総監察官は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべるもののそれ以上は特に何も言わなかった。

 

「クレアめ、余計な事を。……だが、まぁいい。ソーナ・シトリーがようやく動き出したからな。さて、どの様な結論を出したのやら」

 

 総監察官の言葉を聞いた僕達は視線をソーナ会長の方に向けると、そこには先程までの打ちひしがれた姿とは打って変わって、力強い眼差しを先代プールソン卿に向けているソーナ会長の姿があった。そして、ソーナ会長は自分の夢について語り始めた。……今までとは明らかに異なる強い決意と共に。

 

「それでも、私の夢は変わりません。身分の分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てて、光の当たらない者達に可能性を与えてみせます。……ただ、私は夢の追い駆け方を間違えていた事に気づきました。ですから、まずはその過ちを正していこうと思っています」

 

 このソーナ会長の発言に、総監察官は感心する素振りを見せた。

 

「ホウ、そう来たか。色々と手回しした甲斐があったな、兵藤」

 

 からかい気味にそう仰ってきた総監察官に対して、僕はただ一言で応える。

 

「はい」

 

 これで、ソーナ会長はもう大丈夫だ。……僕はそう確信した。

 




いかがだったでしょうか?

戦争直後の冥界については色々と憶測を交えていますが、絶滅の危機にあったという事なのでそこまで大きくは外していないと思いたいです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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最終話 内から外へ

2019.1.11 修正


Side:木場祐斗

 

 会長が「身分の分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てる」夢を諦める事なく、しかしその追い駆け方を改める事を宣言した事で全員が目標を掲げ終えた。その様子に満足げな笑みを浮かべたサーゼクス様は部長をはじめとする若手の方達に改めて激励の言葉をかけてくる。

 

「最後に君達の今後の目標を聞かせてもらったが、いずれも掲げるに相応しい物だった。激励を受けた者も注意を受けた者もいるが、その言葉を胸に今後も励んでほしい。さて、先程言った様に若手同士でレーティングゲームの対戦を行う事になっているのだが、その開幕戦のカードはグレモリー眷属とシトリー眷属を予定している」

 

 若手対象のレーティングゲームの開幕戦は、グレモリー眷属VSシトリー眷属。

 

 サーゼクス様は開幕戦のカードをこう宣言した上で、その理由について説明し始めた。

 

「若手対抗戦とも言うべき今回のレーティングゲームの対戦については、君達若手悪魔がお互いに競い合う事で力を高めてもらう目的があるが、その他にアザゼルが各神話勢力のレーティングゲームファンを集めてデビュー前の若手の試合を観戦させるという名目もあった。それを踏まえれば、この若手対抗戦は先の首脳会談における禍の団(カオス・ブリゲード)の襲撃を退ける上で活躍した者達を眷属として擁する二人の対戦で開幕するべきなのだよ」

 

 サーゼクス様の説明を受けて、この場にいた者は誰もが開幕戦のカードに納得の意を示す。ここで、ゼファードル様が物怖じする事なくサーゼクス様に尋ねてきた。

 

「ルシファー様、一つだけ確認させて下さい。リアス・グレモリーとソーナ・シトリーの共有眷属である兵藤先生はどうなっているんですか?」

 

 このゼファードル様の質問に対して、サーゼクス様は明らかに「しまった」という表情を浮かべると、イッセー君の全試合不出場を伝える。どうも先程レーティングゲームに関する説明の中でイッセー君の不出場の事も併せて教える予定だったのをすっかり忘れていたみたいだ。

 

「それについてなのだが、兵藤親善大使は今回行われる君達の試合の全てにおいて出場しない事になっている。先程レーティングゲームについて説明した時に併せて伝えるつもりだったが、それをどうやら忘れていた様で申し訳ない。ただ誤解を恐れずに言えば、彼と君達とでは力量差が余りに大き過ぎる。君達の試合に私やセラフォルーが妹の眷属として出場する様なものと言えば、解り易いかな?」

 

「あのオーフィスとの戦いで主力を張ってるって時点で兵藤先生がとんでもなく強いのは俺でも解るんですが、できれば実際に戦っている所を一度見てみたいです。……ってのは、俺の我儘ですか?」

 

 サーゼクス様の返答を受けて、ゼファードル様はイッセー君との力量差については納得したものの、できれば何らかの形で一度見てみたいと言い出した。すると、サーゼクス様はゼファードル様の言い分に理解を示す。

 

「確かに、ゼファードルの言っている事にも一理あるな。それに百聞は一見に如かずという言葉もある」

 

 そして、サーゼクス様は側に控えていたグレイフィアさんに指示を出した。

 

「グレイフィア。昨日の私と兵藤親善大使で行った模擬戦、確か記録映像として撮ってあったな。それをここにいる皆に見せてやってくれ」

 

「畏まりました。……では、皆様。こちらをご覧下さい」

 

 そうしてグレイフィアさんが魔力によるスクリーンを空中に展開すると、そこにはお互いの子供を背にした状態でイッセー君とサーゼクス様が対峙する場面が映し出される。

 

「前以て言っておくが、この時の兵藤親善大使の言葉使いについては、プライベートの時には対等の言葉使いで話すように私が命じているので気にしないでくれたまえ。付け加えると、私も兵藤親善大使もお互いの子供が見ていて解り易い様に戦い方を制限している。だからこそ、君達にも解り易いだろう」

 

 サーゼクス様がそう前置きすると、スクリーンに映し出された記録映像の再生が始まった。

 ミリキャス様とアウラちゃんという幼い子供達が見ても解り易い様に戦い方をかなり制限してあるとは言え、悪魔の超越者である紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)とあらゆる意味で常識を逸脱した赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の模擬戦はこの場にいる方々の多くに様々な形で衝撃を与えた様で、驚きや感嘆の声が時折聞こえてくる。

 ……ただ、早朝鍛錬で時々行われているイッセー君とサーゼクス様の本気の模擬戦はこんなものじゃない。行動の一つ一つが十手以上先を見据えたものであり、かつ複雑なパターンが幾つもある為にたとえ手を読まれても即座に対応可能である事から、お互いの手を読み合う中で駆け引きが幾つも応酬するという正にテクニックタイプの極致ともいうべきものだ。

 しかも「探知」のお陰で敵の手が全て読める事から魔力主体のウィザードタイプの方向性をパワー重視からテクニック重視のスタイルへと転向した部長曰く「小手調べの攻撃ですら私達にとっては致命傷になる威力があるからどうしても全力で対処しないといけないし、対処したらしたでそれを布石とする攻撃がすぐに飛んでくるから、最終的には対処が追い付かなくなって手詰まりになってしまうのよ」との事なので、僕達程度ではそもそも勝負にならない。アザゼル先生もまた溜息交じりに次の様な事を言っていた。

 

「俺がアイツ等と戦った場合、まともに戦える様になるのは情報が出揃って対策も仕込み終えた三戦目以降だな。一戦目は殆ど何もさせてもらえずに完敗、二戦目は善戦空しく切り札を使われてアウトってところか。ただな、本来なら戦場で次を期待するってのは絶対にやっちゃいけねぇ事だから、それじゃ話にならねぇんだよなぁ……」

 

 堕天使総督すら溜息が零れる領域で行われる本気の模擬戦に比べたら、この模擬戦は本当に解り易かった。解り易いだけに、イッセー君と僕達の力量差が更に浮き彫りになってくる。今回集まった若手悪魔の中でまともに戦えるのは、たぶん瑞貴さんだけだろう。……僕が目指している場所は、まだまだ遥か先らしい。

 

 やがてイッセー君とサーゼクス様が相手の子供を人質に取り合い、その目的が一致している事を確認し合った所で記録映像の再生が終わった。そこで、サーゼクス様は僕達に声をかけてくる。

 

「さて、これで納得してもらえたかな? なお兵藤親善大使の実力については後日別の形で冥界中に披露する予定になっているから、それを楽しみにしてほしい。そして、皆も気になっている開幕戦の日取りについてだが、人間界の時間で八月二十日とする。それまで各自好きに時間を割り振ってくれて構わない。詳細は後日改めて送信するので確認する様に。では、本日の行事はこれで全て終了とする」

 

 そして、サーゼクス様の終了宣言によって、若手悪魔の謁見は終了となった。この場にいた者は僕達も含めて次々と退出していく中、イッセー君と総監察官は席に座ったままだ。それがとても気になったが、主である部長を差し置いてこの場に残る訳にもいかず、僕は皆と一緒にこの部屋を退出した。

 

 ……後でイッセー君に訊いたら、イッセー君達がこの部屋を出たのは僕達が退出してから二時間程経ってからだったらしい。そこでイッセー君達は何をしていたのか、それを僕達が知る事になるのは暫く先の事だった。

 

 

 

「そうか。若手対抗戦の開幕戦のカードはお前達になったか。……イッセーの冥界側の花嫁は現大王の腹違いの妹に決まった事については、サーゼクスから一報を受けた後、当事者の一人であるイリナからその詳細を聞いている。だから、まずはお前達の事から話をするぞ」

 

 若手悪魔の会合が終わり、僕達グレモリー眷属とシトリー眷属はイッセー君達が宿泊している施設に集まっていた。そこで僕達を迎えてくれたのは、この後ここに戻ってくるイッセー君達を堕天使領に連れていく事になっているアザゼル先生だった。なお、イッセー君の冥界側の花嫁であるエルレ・ベル様との顔合わせが済んだイリナさんとアウラちゃんはもちろん、三日前からフェニックス家の本邸に宿泊していたはやてちゃんとセタンタ君、師匠(マスター)、ロシウ老師の四人もここに来ているが、肝心のイッセー君とレイヴェルさんはまだ戻ってきていない。その為、僕達は時間単位で広めの部屋を借りてそこに移動すると、イッセー君達が戻ってくるまでの待ち時間を利用して部長と会長が謁見における一部始終を先生達に説明した。その後で先生の口から出てきたのが、この言葉だった。そして、アザゼル先生の話は続く。

 

「人間界の時間で現在七月二十八日だから、対戦日まで二十三日。対戦前の三日間は最終調整に使うとして、全力で修行できるのは二十日ってところか。それに用件はそれぞれ異なるが俺やイッセー達と一緒に堕天使領に向かう事になっている連中については、事と次第によっては修行期間がかなり削られる事もあり得る。まぁ双方共に同行者の数が同じな上に主力級が入っているから、その点でどちらかが不利になるって事は殆どないだろうがな」

 

 ……そう。イッセー君の堕天使領への外遊にはまず出向者であるイリナさんとレイヴェル様、更に家族枠ではやてちゃんとアウラちゃん、その護衛で師匠とロシウ老師、セタンタ君が同行する。更にそれとは別件でグレモリー眷属からは朱乃さんと僕、ギャスパー君が、シトリー眷属からは副会長と草下さん、そして元士郎君がそれぞれ同行する事になっている。それがどういう意味を持っているかをアザゼル先生が話し始めた。

 

「魂を断片化された龍王ヴリトラの意識の復活。それがイッセーのお陰で一気に現実味を帯びてきたからな、この際だから一気に進めてしまおうって事になったんだ。それにまもなく神滅具(ロンギヌス)に認定される木場の和剣鍛造(ソード・フォージ)や古の魔神バロールの意識の断片が宿った事で完全に別物と化したギャスパーの停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)の詳しい調査に真羅の持つ追憶の鏡(ミラー・アリス)の新解釈に伴う検証実験、もはやイッセー謹製の人工神器(セイクリッド・ギア)と言っても全くおかしくない結界鋲(メガ・シールド)の強化計画といずれも神器の研究や人工神器の開発に一石を投じるものになるから、俺達堕天使にとってもお前達の訪問は重要な意味を持っている。それだけに、訪問予定の連中は単に二十日間修行した時より強くなる事が十分考えられる。特に匙はその度合いが桁違いになる可能性が高い。だからリアス、こっちに残るお前達も気合入れて修行しないと、試合にすらならなかったなんて事も十分あり得るぞ」

 

 確かに、油断していると本当にそうなりかねない恐ろしさが今のシトリー眷属にはある。ただ、そもそも僕達の方が圧倒的に不利なのに油断なんてできる訳がなかった。

 

「アザゼル。ソーナにはイッセー以上の剣士である武藤君がいる時点で、私達の方が圧倒的に不利なのよ。それなのに私達が修行を疎かにするなんて事、まずあり得ないわ」

 

 部長が僕達の気持ちを代弁すると、アザゼル先生は瑞貴さんの方を向いて納得の表情を浮かべた。それだけに、今度は別の方向で疑問が湧いてきた様だ。

 

「そういえば、武藤はシトリー眷属だったな。確かに現時点でもお前達の方が相当に頑張らないと勝つのは難しいか。……ところで、ソーナ。以前から疑問に思っていたんだが、お前は一体どうやって武藤を騎士(ナイト)の眷属にできたんだ? 主がイッセーならともかく、お前じゃ余りに実力差があり過ぎて普通の駒はおろか変異の駒(ミューテーション・ピース)でも無理だと思うんだが」

 

 ……それについては、僕も常々疑問に思っていた。それに皆も同じ事を思っていた様でウンウンと頷いている。そこで会長と部長が視線を合わせた後で頷き合うと、会長からとんでもない発言が飛び出してきた。

 

「実は、武藤君の本当の主は私ではなく一誠君なのです。私はあくまで二人の仲介者に過ぎません。だからこそ、完全に実力不足である私でも見かけ上は武藤君を眷属にできたのです」

 

 ……正直に言えば、僕は会長の言っている事の意味がよく解らなかった。いや、解らなかったというよりは信じられなかったと言うべきだろう。それだけあり得ない事だった。

 

「ハァッ? 何だ、そりゃ?」

 

 それはアザゼル先生も同じだった様で、訳が解らないといった表情で部長や会長に問い直してきた。ここで今度は部長が今や「滅び」の力以上の代名詞となりつつある「探知」を使って得た情報をアザゼル先生に伝えていく。

 

「それについては、まずソーナが武藤君を自分の眷属として紹介した後で私にその可能性がある事を伝えてきたの。それで私が「探知」に目覚めてから改めて調べてみたのだけど、私とソーナがイッセーを転生させた際に私達の魔力の他にイッセーの持つ赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラを兵士(ポーン)の駒に混ぜ込んだのと、武藤君がソーナの眷属になる際の契約条件に「兵藤一誠が上級悪魔として独立した時には、交換(トレード)の形で自分を兵藤一誠の眷属とする」という一文が入っていたのが原因みたいね。それでソーナを仲介する形でイッセーと武藤くんの間に眷属としての主従関係が形成されたらしいわ」

 

 つまり、瑞貴さんは最初からイッセー君の騎士だったという事か。何故か僕はこの事実をすんなり受け入れる事ができた。ひょっとしたら、心の何処かで薄々そうではないかと思っていたのかもしれない。そして、部長がここまで話した所でセタンタ君が長年胸に(つか)えていたものが一気に取れた様な反応を見せた。まぁ瑞貴さんの眷属化に一番納得していないのは彼だったのは間違いないので、この反応も無理はない。

 

「成る程な、これでようやく合点がいったぜ。ただソーナ・シトリーには気の毒だとは思うが、本当にスゲェ人ってのは結局は収まるべき所に収まるモンだったって事だな」

 

 それに、アザゼル先生もしきりに頷く事で納得の意を示しているので、そこまで大きな矛盾はないらしい。

 

「確かに武藤の主がイッセーであれば、通常の駒でも眷属化は十分可能だろう。本当なら別の(キング)を仲介にしての主従関係なんてまずあり得ない事だろうが、「イッセーだから」でそれが納得できちまうんだから、アイツは本当にブッ飛んでいるな。それにしても、二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)も務める赤き天龍帝に仕える騎士の一人は、現代最高峰の剣士である水氷の聖剣使いか。余りに似合い過ぎていて、文句の付け様がねぇよ」

 

 アザゼル先生の言う通りだった。ただ、瑞貴さんは無茶ぶりにも程がある契約条件をあえて呑んでくれた会長に対しても恩義を感じているので、イッセー君が独立するまではシトリー眷属における最高にして最強の騎士として在り続けるだろう。……結局の所、瑞貴さんが若手対抗戦における最大の壁である事に何ら変わりはなかった。

 僕が改めてそう思っていると、部長が瑞貴さんにこの事をイッセー君にはまだ黙っている様に頼み込んでいた。

 

「因みに、本当はイッセーが上級悪魔に昇格した時にこの事を二人に教えるつもりだったの。だから武藤君、この事はまだイッセーには黙っていて」

 

 それに対して瑞貴さんが承知する旨を伝えてきたけど、問題はその後に出てきた言葉だった。

 

「支取会長、グレモリーさん。この事を一誠に黙っておくのは承知したよ。……ただ、一誠が現大王の妹君と結婚する事になった以上、どうせ近い内に一誠に話す事になるんじゃないかな?」

 

 瑞貴さんからそう問いかけられた瞬間、部長と会長は共にハッとした様な表情へと変わる。

 

「そうだわ、武藤君の言う通りよ。極めて稀ではあるけれど、もし眷属悪魔が主以外の上級悪魔と結婚する事になったら、主と結婚相手の間で交換するのが慣例になっているわ。だから、イッセーがエルレ叔母様と結婚するとなれば、当然叔母様と交換しないといけないのだけれど……」

 

「一誠君に使用された兵士の駒の数が十一個である以上、エルレ様はおろか他の誰であっても交換は不可能です。そうなれば……!」

 

 ここまで話を聞いた事で僕もようやく理解できた。つまり、イッセー君は……。

 

 そして、僕の考えを肯定する様にアザゼル先生がイッセー君の今後について話を始める。

 

「まぁそういう事だ。眷属契約の解約に関する例外事項の一つに「主を除く貴族階級の悪魔との婚姻に際して、主と婚姻相手の間で交換が成立しない場合」っていうのがあるらしくてな。それでイッセーには上級悪魔に昇格した後でそれを適用して完全に独立してもらう方向になると、サーゼクスはイッセー達に説明している。しかも、イッセーが眷属として拝領する予定になっていた領地についても一度白紙に戻して別の形で与えるらしいぞ。……それにしても、かなり厄介な事になっちまったな」

 

 アザゼル先生がそう言いながら煩わしげに頭を掻き毟ると、ロシウ老師がその厄介な事についての具体的な内容を話し始めた。

 

「確かにこのまま行けば、一誠は現大王の妹婿として大王家に取り込まれる事になるのう。政治的な観点で言えば、大王の義弟にして魔王の叔父という立場が得られる事からけして悪い事ではないのじゃが……」

 

「眷属という繋がりがなくなってしまうから、このままやとリアスさん達やソーナさん達とは完全に切り離されてしまう。そういう事なんか、ロシウ先生?」

 

 はやてちゃんがロシウ老師に確認を取ると、ロシウ老師は頷きながら答えを返す。

 

「その通りじゃ、はやて。こうなってくると、瑞貴が眷属悪魔となる際にソーナと交わした契約条件がお主達と一誠を結ぶ生命線となりそうじゃな」

 

「シトリー家の次期当主である私が主力の一人である武藤君を一誠君の元へ送り出す事で、シトリー家は引き続き一誠君との繋がりを確保できるという事ですか。……元々は逸脱者(デヴィエーター)という当時最大級の爆弾を抱えてしまった一誠君を守る力を確保する為に損を覚悟で承諾した契約条件でしたが、まさかこの様な形で妙手になるとは思いませんでした。未来は本当に解らないものですね」

 

 ロシウ老師の言葉に触発される形で会長が瑞貴さんと交わした眷属契約に対する複雑な思いを口にすると、アザゼル先生が部長に会長と同様の手を打つ様に忠告してきた。

 

「そうなると、リアス。お前も最低一人は自分の眷属をイッセーの元に送り込まないと不味いぞ。いくらお前の実兄であるサーゼクスがイッセーと個人的な友人関係だからと言って、それは厳密には魔王ルシファーとの繋がりであってお前達グレモリー家の繋がりじゃないからな」

 

 すると、部長は駒王協定が締結した後で考えていた案を実行すると言ってきた。

 

「そうなると、ギャスパーにはやはり交換の形でイッセーの元に行ってもらう事になりそうね。ギャスパーは対オーフィス戦ではイッセーの戦線復帰までの時間稼ぎに最も貢献しているし、将来性を含めれば武藤君と比べてもけして見劣りはしない筈だから、特に問題は出ない筈よ」

 

 ……ここでイッセー君の眷属になる事を希望しているアーシアさんやゼノヴィアの名前が出て来なかったのは、実力は僕達の中では最上位である瑞貴さんと比べるとどうしても見劣りするのもあるけど、それ以上に二人とも根が真っ正直なので政治絡みで動く事ができそうにないからだ。こうなるとオーフィスと真っ向から戦ってみせた僕かギャスパー君のどちらかになるけど、イッセー君の眷属になる事を将来の可能性の一つとして見据えていたギャスパー君の方が適任という事なのだろう。それにいざとなれば、バロール君が密かにギャスパー君へ助言してくれるという強みもある。

 おそらくはそこまで考えての事である部長からの指名に、ギャスパー君は驚きの表情を浮かべた後で瞳を閉じて暫く考え込んでいた。やがて瞳を開けると、ギャスパー君は自分の決断を部長に伝える。

 

「解りました、リアスお姉様。もしその時が来たら、一誠先輩とグレモリー眷属の絆を繋ぎ止める為、僕は一誠先輩の僧侶(ビショップ)になります」

 

 大王家の一門となるイッセー君の眷属になるという事は、周りに味方が殆どいないという事でもある。今でこそそんな素振りは全く見られないけど、ギャスパー君はイッセー君と出逢うまで過去の辛い経験から対人恐怖症を患っていた。だから、大勢の中で孤立する恐怖をこの中では他の誰よりも知っている筈だ。でも、ギャスパー君はイッセー君と僕達を繋ぎ続ける為にイッセー君の眷属になる事を決意した。

 

 ……その勇気は、かつて瑞貴さんが示したものと同じ類のものだった。

 

 だから、部長は勇気ある決断を下したギャスパー君に感謝の言葉を伝える。

 

「ありがとう、ギャスパー。貴方は、私達グレモリー眷属の誇りよ」

 

 部長のギャスパー君に贈った称賛の言葉に、僕は心の底から賛同した。

 

 

 

「僕達が戻ってくるまでに、そんな事が決まっていたんですか……」

 

 イッセー君が上級悪魔に昇格して独立する事になったら、元々交換する事が決まっていた瑞貴さんの他にギャスパー君もまた交換の形でイッセー君の元へ送り出す事が決まり、そこから開幕戦が始まるまで修行をどの様に進めていくのかを話し合っている内にイッセー君とレイヴェルさんが宿泊施設に戻ってきた。そうしてイッセー君にこの場で決まった事を伝えると、イッセー君は何処か申し訳なさそうな表情を浮かべた。それを見たアザゼル先生がイッセー君に対して釘を刺しにいく。

 

「イッセー。先に言っておくが、これはリアスとギャスパーがそれぞれ自分の意志で決めた事だ」

 

 でも、イッセー君はそれを十分解っていた。

 

「そうでしょうね。目を見ればすぐに解ります。だから、僕が言うべき言葉は既に決まっています」

 

 イッセー君はそう言った後、部長とギャスパー君に向かって頭を下げながらその言葉を口にした。

 

「リアス部長、ありがとうございます。……そしてギャスパー君、これからもよろしくね」

 

 イッセー君はこの場での決定を受け入れたのだ。だから、部長とギャスパー君もこの場に相応しい言葉を返す。

 

「ギャスパーの事、お願いね。イッセー」

 

「ハイ! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 この瞬間、ギャスパー君の天龍帝眷属入りが確定した。

 

「これでイッセー率いる天龍帝眷属入りが現在決まっているのは、武藤にレイヴェル、セタンタ、そしてギャスパーの四人。水氷の聖剣使いを筆頭に名門フェニックス家の令嬢、アイルランドの大英雄の末裔、果ては古の魔神バロールを宿したダンピールか。ヴァーリが禍の団で結成してほぼそのまま引っこ抜いてきたチームと比べても、何ら遜色しないな」

 

 アザゼル先生は天龍帝眷属入りが決まっているメンバーについて挙げると、以前ヴァーリがクローズ君を迎えに来た時に一緒に連れてきたメンバーと比較してきた。確かに、天龍帝眷属は現時点でも逸材が揃っているけど、ヴァーリのチームもけして負けてはいない。イッセー君もそれについては素直に認めていた。

 

「確かに、聖王剣コールブランドの担い手であるアーサーさんとその妹で魔法使いとしてはかなりの腕前を持っているルフェイは先代騎士王(ナイト・オーナー)の末裔ですし、美猴はかの孫悟空の末裔ですからね。ヴァーリのチームも相当にいい人材を揃えていますよ。ただ、ルフェイについては流石にちょっと……」

 

 イッセー君はルフェイさんの事に触れると、げんなりとした表情を浮かべる。でも、無理もないと思う。イッセー君が見た事も聞いた事もない様な魔法を首脳会談の時の一連の戦いで次々と使ってみせた事から、彼女はぜひ詳しい話を聞かせて下さいと物凄い勢いで迫ってきたのだ。その勢いは正に草食動物へ襲いかかろうとする肉食動物そのもので、それを見ていたお兄さんであるアーサーさんは「淑女(レディ)としてはしたない」と、少々呆れた様子だった。

 その時のルフェイさんに押されてタジタジになっていたイッセー君の姿を思い出したであろうアザゼル先生は、軽く笑いながらヴァーリ達について話し始めた。

 

「ハハハ。あの時は災難だったな、イッセー。それでヴァーリ達についてなんだが、近い内に顔を見せに神の子を見張る者(グリゴリ)の本部へ来るそうだ。だから、あるいはお前達が本部に滞在している間に顔を合わせる事もあるかもな」

 

「そうなったら、新しく僕に仕えるようになったドゥンの事を紹介しない訳にいきませんので、ルフェイだけでなくアーサーさんも詰め寄る事になりそうですね……」

 

 イッセー君は可能性として十分あり得る事を思い浮かべると、少しばかり憂鬱になった様だ。あのルフェイさんでさえタジタジだったのにそれがもう一人増える事になったら、イッセー君は堪ったものじゃないのだろう。そこに、アウラちゃんがヴァーリ達に同行しているクローズ君の事についてアザゼル先生に尋ねてきた。

 

「でも、クローズお兄ちゃんも一緒なんだよね?」

 

「そうだな。だいぶヴァーリに懐いている様子だったから、たぶんアイツもヴァーリ達について来るだろう。それにもしクローズも神の子を見張る者の本部に来たら、俺はクローズとカテレアに土下座しないといけねぇな。結局の所、俺が部下共を抑え切れなかったせいで死ななくてもいい奴等を死なせちまったんだ。だから、せめて迷惑を掛けた奴等に対するけじめくらいはきっちりつけねぇとな」

 

 そう語るアザゼル先生の顔には、はっきりと後悔の色が現れていた。だけど、クローズ君とカテレアさんの事だけでこうなっている訳じゃないと僕は思う。たぶん……。

 でも、アザゼル先生はすぐに表情を飄々としたものへと変えると、これから神の子を見張る者の本部に移動する事を伝えてきた。

 

「……と、辛気臭い話はこれくらいにして、これからお前達を俺達の本部に連れていく。リアス、ソーナ。お前達の方は」

 

「解っているわ。私達の方は基本的にそれぞれの指導者の指示に従えばいいから、心配は無用よ」

 

「ですので、そちらも為すべき事をしっかりとやって来て下さい」

 

 アザゼル先生に声を掛けられた部長と会長は、自分達については心配無用であると答えた。

 

「そうかい。それじゃ、本部に来る奴は俺の側に来てくれ。今から展開する魔方陣で本部まで直接転移するからな」

 

 そう指示された僕達はアザゼル先生の側に近寄ると、先生はかなり大きめの魔方陣を展開する。

 

「それじゃ、行くぜ!」

 

 そして、先生が光力を使って術式が発動させると、僕達はこの場から一瞬で転移していった。

 

 ……堕天使達の本拠地で一体何が待っているのか、そして僕達はそこで何を得る事になるのか。それを少し楽しみにしている所があるのは、僕もイッセー君の影響を受けている何よりの証拠だった。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

悪魔勢力での話が予想以上に長引いた上にちょうど区切りがいいので、ここでこの章を終わらせます。

では、次は第二章の第一話でお会いしましょう。


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第二章 外に遊びて
第一話 神の子を見張る者


2019.1.11 修正


「さて、着いたぜ」

 

 アザゼルさんが堕天使式の魔方陣を展開して転移の術式を発動させると、僕達は高級ホテルの様な内装だった宿泊施設と全く異なる場所に立っていた。無事に転移が終わった事を確認したアザゼルさんは襟を正すと、僕達に歓迎の挨拶をする。

 

「ようこそ、堕天使中枢組織「神の子を見張る者(グリゴリ)」の本部へ。我々は兵藤聖魔和合親善大使および訪問団一同を心より歓迎する」

 

「アザゼル総督。こちらこそ、これだけの人数にも関わらず自らお迎え頂き、心より感謝致します。暫くの間こちらで色々と学ばせて頂くと共に、此度の我々の訪問が悪魔と堕天使の親睦を深める礎となれば幸いです」

 

 そこで僕がこの場にいる訪問団の代表として返礼すると、アザゼルさんは一勢力の指導者として引き締めていた態度を一気に緩めた。

 

「……と、堅苦しい挨拶はこのぐらいにするか。それじゃイッセー、まずは幹部連中との顔合わせをするぜ。ついてきな」

 

 アザゼルさんがそう言うと、僕達はアザゼルさんに案内されて本部の通路を歩いていく。通路の壁や床には傷や汚れが全くついておらず、またゴミや埃も落ちていない事から施設内はかなり清潔に保たれている様だ。ここで、通路の内装を見回していたはやてがその感想を僕に言って来た。

 

「アンちゃんと同じ技術者志向のアザゼルさんがトップやっとる堕天使の本部っていうから、てっきり特撮モノの悪役の基地みたいに洞穴の中やのに内装はアースラみたいなのを想像しとったんやけど、割と普通なんやなぁ」

 

「はやて。アースラというのは、確かリヒトが以前平行世界で世話になったという次元航行艦の事かな?」

 

 僕がそう尋ねると、はやてはその通りだと頷いてきた。

 

「そうや。わたし、リインやリヒトからそういうモンがあるって教えてもろうたんやけど、流石に実物を見た訳やなかったからちょっと興味があったんよ。それで、リンディ提督にお願いしてちょっとだけ乗せてもろうたんやけど、ホントにアニメに出てくる宇宙戦艦って感じやったで」

 

 はやてがアースラの事について話をすると、アウラが大変興味を持ったらしく目をキラキラと輝かせ始めた。

 

「へぇ~、そうなんだぁ」

 

「そんでな、アンちゃん。あと十日ぐらいでリヒト達が向こうに行ってから一月経つから、ちょっと様子を見に行こうって思うとるんや。そん頃にはリヒトとリインの赤ちゃんが生まれとると思うし、わたしもわたしでリヒトと同じ様にもう一度会いに行くって向こうのなのちゃん達と約束しとるんよ」

 

 はやてが今後の予定を話してきたので、僕はそれに協力する事を伝える。

 

「解った、その時には僕に一言言ってくれ。黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を使ってサポートするよ」

 

「うん。そん時はお願いな、アンちゃん」

 

 僕の申し出をはやてが受け入れた所で、アザゼルさんが僕に話しかけてきた。

 

「そう言えば、はやて達もイッセーとは別口で平行世界に行った事があったんだったな。そして、現在は一月が一年程度という時間の流れの差を利用する形で、ツァイトローゼ一家が向こうで過ごしていると。なんて言うか、お前達と出逢って以降、俺の中の常識ってヤツが次々とぶっ壊れていくな。しかも、秘密基地ってヤツに拘りのある奴がいて、本部の内装にはかなり金も技術も使ってるってのにそれが普通って言われちゃ、俺はもう笑う事しかできねぇよ。ハハハ……」

 

「……何か、色々とスミマセン」

 

 乾いた笑い声を上げるアザゼルさんに対して、僕はただ謝る事しかできなかった。

 

 

 

 こうしてアザゼルさんによって案内されたのは、幹部用の会議室だった。アザゼルさんが扉を開けると、部屋の中央には大きな円卓が置かれてあり、席には六人の男女が座っていた。生真面目そうな男性、厚いレンズのメガネと白衣を身に付けた背の低い男性、長身で装飾の施されたローブを纏ったブロンドの男性。薄紫色の長髪をした切れ長の目の女性、鎧兜を装着した上に顔には眼帯と野性的な髭のある男性、そしていかにも無骨な武人といった男性。

 僕達が会議室に入っていくと、席に座って談笑していた六人はこちらに気付いてすぐに立ち上がった。そして、アザゼルさんが堕天使幹部の紹介を始める。

 

「それじゃ、俺達神の子を見張る者の幹部を紹介するぜ。まずはこっちの生真面目そうなのが副総督のシェムハザだ」

 

「私が副総督のシェムハザです。兵藤親善大使、今後ともよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願い致します。副総督」

 

 僕は挨拶と一緒にシェムハザ副総督と握手を交わす。握手が終わると、アザゼルさんは次の方を紹介してきた。

 

「次に、瓶底メガネの奴がサハリエル。主に月そのものや月による各種術式の作用を研究している」

 

「初めまして、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の兵藤一誠氏。あのオーフィスを退けたという神話の神々にすら為し得なかった大偉業は既に聞いておりますのだ」

 

「大偉業などとんでもない。確かに切っ掛けこそ私が作りましたが、あれはあの場にいた全員の功績です」

 

 僕は先に手を差し出してきたサハリエル様の手を取って、握手を交わす。こうしてアザゼルさんから紹介を受けた幹部の方々と次々と挨拶と握手を交わしていく。

 

「こっちのブロンドの男が営業担当のタミエルだ」

 

「タミエルだ。他の神話勢力への営業もやっているから、ひょっとすると一緒に仕事をする機会があるかもしれない。その時はよろしく頼む」

 

「こちらこそ、長年のご経験を頼りにさせて頂きます」

 

「幹部で唯一の女であるベネムネだ。書記長をやっている」

 

「ベネムネよ。……あのバカを止めてくれて、ありがとうね」

 

「そう仰って頂けると、こちらも少しは気が楽になります」

 

「こっちの特撮物の悪役チックな奴がアルマロス。主に魔術に対する攻撃、アンチマジックの研究をしている」

 

「ぐはははははっ! 対魔術なら任せておけーい!」

 

禍の団(カオス・ブリゲード)には魔法使いの派閥があると聞いていますので、場合によってはお知恵をお借りする事もあるでしょう。その時はよろしくお願い致します」

 

 そして、最後に残った如何にも武人といった男性の紹介が始まった。

 

「そして、残ったコイツがバラキエルだ。事戦闘においては俺に匹敵するし、一撃の攻撃力だけなら俺より上だ。また雷の扱いを得意とした上で雷に光力を加えられる事から、外の連中には「雷光」の名で知られている」

 

「バラキエルだ」

 

 バラキエル様が名前だけを伝えると、アザゼルさんから更なる情報が伝えられる。

 

「そして、朱乃の父親でもある。……朱乃は元々堕天使と人間のハーフなんだが、色々あってな。詳しい話は俺が話す事じゃないから、後で本人から直接聞いてくれ」

 

 堕天使幹部の娘であるという朱乃さんの出生をアザゼルさんから明かされた時、それを知らなかったイリナやアウラ、レイヴェル、元士郎、憐耶さん、セタンタの六人は驚きを露わにしたものの、グレモリー眷属でも古参で朱乃さんとの付き合いの長い祐斗とギャスパー君はもちろんの事、おそらくはソーナ会長から教えられていたであろう椿姫さんは驚いておらず、ロシウとレオンハルト、はやての三人は気配や力の波動の差異から薄々感づいていた様で逆に納得の表情を浮かべていた。

 ……そして、僕自身は冥界入りする前日にアザゼルさんから朱乃さんの出生を教えられていた。

 

 

 

「堕天使の幹部の一人にバラキエルという奴がいる。強さで言えば堕天使の中でもトップクラスである俺に匹敵するし、一撃の攻撃力だけなら俺より上だ。また得意とする雷の力に光力を混ぜられる事から「雷光」の名で知られている」

 

 アザゼルさんのマンションで人工神器について語り合ったところで、アザゼルさんから堕天使幹部の一人であるバラキエル様の能力を聞いた僕は朱乃さんとの類似点を見出した。

 

「雷光ですか。「雷の巫女」と呼ばれている朱乃さんに似ていますね」

 

 すると、アザゼルさんはある事実を伝えてくる。

 

「似ていて当然だ。朱乃の父親だからな」

 

 僕はこの話を聞いて、おかしな事がある事に気付いた。

 

「その割には、朱乃さんは堕天使を毛嫌いしている様でしたが。……いえ。それ以前に、どうして堕天使幹部の娘という重要人物が現魔王の実妹の眷属になっているんですか?」

 

 アザゼルさんは僕の問い掛けに対して、僕がそうするのも当然だと言わんばかりに一つ頷く。

 

「お前がそう思うのも無理はない。というか、朱乃の素性を知れば誰だってそう思うだろう。だが、アイツ等は色々とあってな。今は絶縁といってもいい状態だ。だから、朱乃はグレモリー家に保護された後にリアスの女王(クィーン)になっている。……そこでだ、イッセー。お前に一つ、頼みがある」

 

 そう言って頭を下げてきたアザゼルさんの苦衷に満ちた表情を見て、僕はアザゼルさんの頼み事が何なのかを悟った。

 

「……朱乃さんの家庭問題を解消して欲しい、ですか?」

 

「あぁ。一つ知恵を貸してもらいたくてな。確かに朱乃本人の口から今まで目を背けてきたもの、つまり自分の生まれやバラキエルとの関係と向き合っていくとは聞いてはいるが、いざ面と向かうとなるとまた話は別だろう。……何より、アイツ等があんな風になっちまった責任が俺にはある」

 

 アザゼルの最後の言葉を聞いて、僕は更なる説明を求める。

 

「どういう事ですか?」

 

 すると、アザゼルさんは朱乃さんとその両親の過去について話を始めた。

 

 重傷を負った一人の堕天使がその身を休めていた時、由緒ある神社の娘と出会った。娘は傷ついた堕天使を助け、その縁で二人は惹かれ合い、やがて夫婦となって娘を授かり、親子三人で幸せな時間を過ごしてきた。

 しかしある日、堕天使に操られているとして母親の親族達から母親の奪還を依頼された術師達が襲撃をかけて来た。一度目は強力な力を持つ堕天使である父親によって撃退されたが、その残党から情報をリークされた堕天使に恨みを持つ者達による二度目の襲撃が起こった。その際、本来は休暇であった父親に急な仕事が入って不在となった為に隙を突かれる格好となってしまい、最終的に母親は堕天使の血を引く娘を庇って殺されてしまった。

 襲撃犯はその直後に帰って来た父親によって全員討ち果たされたが、母親を目の前で惨殺された娘の心の傷は大きく、父親を含めた全ての堕天使と自身に流れる堕天使の血を憎み、拒絶するようになった。その娘は一年半もの放浪の果てに魔王を輩出した悪魔の名家にその身柄の全てを引き取られ、やがて魔王の実妹でもある跡取り娘の眷属として悪魔に転生した。

 殺された母親の名は姫島朱璃。堕天使の血を引く娘の名は姫島朱乃。……そして堕天使である父親の名はバラキエル。

 

 ……朱乃さん達の話をしている間のアザゼルさんは、正に懺悔している罪人そのものだった。

 

「……俺のせいなんだ。俺達堕天使に恨みを持つ連中による二回目の襲撃の直前、神の子を見張る者に所属する強硬派の中でも特に血の気の多い武闘派の一部が暴走しかけていた。要するに、コカビエルの奴と同じ様な事をしようとしていた訳だ。だが、俺への不満が噴出した格好である以上は俺の言葉に耳を貸さない事は間違いなかったし、シェムハザには連中に同調しない様に他の奴等を抑えてもらわないといけなかった。だから、バラキエルにそいつ等の説得と万が一の時の鎮圧を頼んだんだ。我慢強い性根から粘り強く説得を続けられる一方で実力行使による鎮圧も可能なバラキエルの他に頼める奴がいなかったからな。それで休みの所を無理言って出て来てもらったんだが、その僅かな隙を突かれる形で朱璃を殺されてしまった。俺の万にも及ぶ永い生涯の中でも、間違いなく最大級の失敗だぜ」

 

 アザゼルさんのもはや懺悔とも言うべき話を聞き終えた僕は、問題の難しさに腕を組んで考え込んでしまった。

 

「……かなり難しいですね。まず、朱乃さんについては無意識の内に二律背反で苦しんでいるんだと思います。単にお母さんを守ってくれなかった事を恨んでいるだけなら、リアス部長の眷属になった時点でとっくにバラキエル様に見切りをつけて決別している筈ですから」

 

「どういう事だ?」

 

 アザゼルさんが訝しげな表情で訪ねてきたので、僕は朱乃さん達の話を聞いて考えた事を言い始める。

 

「つまり、朱乃さんは今でも心の奥底ではお父さんを愛している気持ちが強いんだと思います。でも、それを素直に受け入れるには失ったものが余りに大き過ぎた。だから強く反発する事で堕天使を、そしてお父さんを恨んでいると思い込もうとしていたんです。それだけに、たとえ顔を合わせて話をしようとしても、朱乃さんの口から出てくるのは拒絶と否定の言葉になっていたでしょうね。……尤も、僕が見ている限りでは今の朱乃さんは自分の本心としっかりと向き合おうとしているみたいなので、そこまでひどい事にはならないとは思いますが」

 

 その言葉を聞いてアザゼルさんは納得の表情を浮かべる。どうやらアザゼルさんには僕の言った事に心当たりがある様だった。

 

「成る程な。確かにそう言われれば、思い当たる節がいくつもある。それに、今なら」

 

「えぇ。今の朱乃さんなら、自分の本当の想いを素直にバラキエル様に伝える事ができると思います。ただ、お父さんであるバラキエル様の方がそう簡単にはいかないでしょうね。自分が朱璃さんを死なせてしまったという朱乃さんへの罪悪感を今でも抱いているのであれば、朱乃さんもそれを敏感に感じ取ってしまって素直な気持ちを伝えにくいと思いますよ」

 

「俺は朱乃が過去を振り切れさえすれば二人は互いに歩み寄れるとばかり思っていたが、まさかその逆でバラキエルの方が過去を振り切らなければ朱乃が歩み寄れなくなっちまっていたとはな。……そういう見方もあるんだな」

 

 アザゼルさんが溜息混じりにそう零すと、僕は話を聞いて思い付いていた対処法をアザゼルさんに伝える。

 

「……即効性はありませんが、一つ手があります。二人が共通して持っている話題で語り合わせて下さい」

 

「バラキエルと朱乃の共通の話題だと? ずっと離れていた二人にそんな話題は。……いや、そういう事なのか?」

 

 アザゼルさんは最初こそ首を傾げていたが、すぐにその意味に思い至った様で驚きを露わにする。

 

「えぇ、朱璃さんの話です。おそらくはあると思いますよ。バラキエル様だけが知る朱璃さんの話に、朱乃さんだけが知る朱璃さんの話が。その語らいの場には、僕が思い出話を聞く形で同席します。そうする事でお互い話し易くなるでしょうし、そうして語らい合う事で徐々に溝を埋めていけば、バラキエル様も朱乃さんも本当に大切な事は何なのかを解ってくれると思いますよ」

 

 僕がそこまで話し終えた所で、アザゼルさんは僕に向かって改めて頭を下げてきた。

 

「済まないな、イッセー。本当ならこの聞き手の役目を俺がやりたいところなんだが、俺はバラキエルや朱璃に近過ぎて知っている事も多い。だから、朱乃に近い上に朱璃の事を直接は知らないお前の方が適任だ。……頼まれてくれるか?」

 

 ……堕天使の総督がここまで真摯になって頼み込んできた以上、断るという選択肢は僕にはなかった。

 

「分かりました、引き受けます。後は、二人が語り合う場をどんな形で用意するかですが……」

 

 僕が朱乃さんとバラキエル様が語り合う場をどうするのかを考えようとすると、アザゼルさんから提案があった。

 

「それについては問題ない。朱乃がお前の堕天使領への外遊に同行する事を志願しているからな。しかも朱乃は後学の為だと言っちゃいるが、本当の目的は明らかにバラキエルとの面会だろう。だったら、ここはほんの少し手を回すだけで、後は成り行きに任せてみようぜ」

 

 アザゼルさんからの提案にこれと言って反対する理由がなかったので、僕は成り行き任せでいく事に同意した。

 

「それもそうですね」

 

 

 

 そうした事前の打ち合わせがあった事を表に出す事なくアザゼルさんが幹部の方達を紹介し終えた後、僕が皆を紹介していった。ただ、元士郎や憐耶さんを紹介した時にサハリエル様がかなり興奮気味に歓迎の言葉を掛けてきたのは、やはり元士郎がヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の一つである黒い龍脈(アブソープション・ライン)を宿している事からヴリトラの復活の鍵となっているのと、憐耶さんが使っている結界鋲(メガ・シールド)の強化計画に人工神器が関わっているからだろう。そうしたちょっとした事があった後、堕天使領におけるスケジュールの打ち合わせが始まった。

 

「お前達も大体の話は聞いているんだろうが、念の為に確認しておくぞ。今回のお前達の訪問は、聖魔和合親善大使であるイッセーが悪魔と堕天使の友好を深める為の技術交流を目的とした外遊に追従する形になっている。だから、イッセーとイリナ、レイヴェルの三人についてはまず本部の施設を一通り視察する事になっているし、これには家族枠で同行しているはやてとアウラ、その護衛であるセタンタ達三人に加えて後学の為にここに来た朱乃も同行する。視察の案内役はバラキエル、お前に任せるぞ」

 

「承知した」

 

 ……どうやら、アザゼルさんは朱乃さんとバラキエル様が語らい合える様にここで手を回す事にしたらしい。その意図を読み取った僕はあえて何も言わない事にした。そうしてアザゼルさんが僕達のスケジュールについて話し終えると、次に神器関係者のスケジュールに触れる。

 

「その間、手持無沙汰になるお前達には身体検査を行う。そうして事前準備を万端に整えてから木場・ギャスパー・真羅の調査組と匙・草下の強化組に分かれて本格的に行動を開始する予定だ。そこでまず調査組についてだが、俺と同様に神器研究でも真理に近い所を知っているシェムハザが主に担当し、視察が終わった後でイッセーがサポートに入る形になる。シェムハザ、コイツ等の神器の基本的な所については以前言った通りだ。頼むぞ」

 

「解りました、アザゼル」

 

 神器の調査組についてはアザゼルさんと同レベルの情報を持っているシェムハザ副総督が主に担当する事が伝えられた所で、僕は少しだけ口を挟む。

 

「詳しい事は後ほど説明しますが、祐斗については一つ試してほしい事がありますので、その実験も予定に追加して下さい。また椿姫さんについても既に総督にお渡ししている資料を参考に調査をお進め下さい。後はギャスパー君についてですが。……その前にギャスパー君、少し確認したい事がある。バロールと代わってくれないかな?」

 

 僕がギャスパー君にそう頼むと、ギャスパー君は快く応じてくれた。

 

「ハイ、解りました。……この分だと、やはり貴方は気付いていたんだね。視線で捉えた相手を殺すという「僕」の魔眼の本質が、実は「死」ではなく「停止」である事に」

 

 ギャスパー君が一端瞳を閉じてから数秒してバロールが出てくると、彼は確信を持ってそう言って来た。だから、僕もバロールの言葉に何ら隠し事をせずに応じていく。

 

「何故、バロールの魔眼の模倣品である停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)が時間停止能力なのか。これを考えている内に思い至ったんだ。生命にとっての「死」とは様々な要因によって生命活動が維持できなくなる事、つまり「停止」する事だとね」

 

「そして、最も効率よく敵の生命活動を停止させるにはどうすればいいのか。そこに考えが及べば、停止世界の邪眼は本来どういった使い方を望まれていたのかも自ずと見えてくるという訳だね。だから、貴方は神器の能力をピンポイントで使える様にする為に、ギャスパーに「見る」事を鍛えさせた。そうする事で時間停止の対象を絞れる様になれば、そしてその対象を体内にあって見えない筈の心臓や肺といった生命活動に直接関係する臓器に及ぼせるようになれば、贋物(フェイク)本物(オリジナル)へと変わる」

 

 僕がどういう考えでギャスパー君の育成計画を進めてきたのかという推測をバロールが語り終えた所で、僕はその推測に補足を付け加えた。

 

「付け加えると、聖書の神が停止世界の邪眼で再現したかったのは何も生命活動の停止だけではない事も十分考えられるよ」

 

「つまり聖書の神は実はあらゆるものを「停止」できるというバロールの魔眼の本質をしっかりと捉えた上で本物が持っている汎用性に少しでも近づける為、贋物にはあえて視線で捉えた対象の生命活動でなく時間を停止させる能力を持たせた。貴方はそう考えているのか。……本当に怖い人だね、貴方は。誰かが貴方の事を「全てを見通す神の頭脳」と呼んでいたけど、その言葉には誇張なんてものが一切ないよ。少なくとも、「僕」にはそう思える。だからこそ、貴方には「僕」達のこの力がどう見えているのかを教えてほしい。やっぱり、命を容易に奪い去ってしまう悪しき力かな? それとも、あってはならない忌まわしき力?」

 

 バロールが悪戯を仕掛ける様な笑みを浮かべてそう尋ねてきたので、僕は自分の考えをバロールに伝える。

 

「確かに、君達の力は扱い方を一つ間違えると、それこそ災厄とも言える被害を齎しかねないのは紛れもない事実だ。だから、その力をどう扱うかについては君達にその責任がある。ただ、力そのものに善悪はないし、それを決めるのはあくまで力を扱う君達であるべきだ。僕はそう思っている。現に、禍の団に無理矢理協力させられた子供に対して使用したピンポイントの時間停止の対象を、ギャスパー君はその子の心臓ではなくその子に施された術式とした。ギャスパー君は命を殺せる力を救う方向で使用してみせたんだ。……それでも君は自分達の力を悪いものだと言えるのかな、バロール?」

 

 僕がバロールに自分達の力の在り方について問い掛けると、バロールは苦笑いを浮かべながら答えてきた。

 

「いや。少なくとも、ギャスパーが使う分にはけして言えないね。それにも関わらずにそんな事を言う人がいるのなら、それはきっと何も解っていないだけのバカだと思うよ。……それに、そういう事をはっきりと言ってくれる一誠先輩だからこそ、僕もバロールも信じられるんですよ」

 

「あははは……」

 

 最後にバロールと交代したギャスパー君から僕に対して信頼を寄せている事を笑顔でハッキリと伝えられた僕は、少々照れ臭くなってしまった。

 ……そこで初めて周りの反応が全くない事に気付いた僕は周りの様子を窺うと、話に全くついて行けずに唖然としている人と感心した様な素振りを見せる人が半々といった所だった。そして、後者の反応を見せていたサハリエル様が独特な笑い声を上げながら僕に話しかけてくる。

 

「しっしっしっ、これはのっけからとても良い物を見せてもらったのだ。これなら今後も期待できそうで凄く楽しみなのだよ。それだけに、アザゼル。何で兵藤氏の事が解った時点でさっさと勧誘しに行かなかったのだ? そうすれば、今頃はもっと面白い事になっていたのに……」

 

 サハリエル様からジト目でそう言われると、アザゼルさんは明らかにウンザリといった表情を浮かべた。

 

「それについてはもう勘弁してくれ。他の誰でもない俺自身が一番後悔しているんだからよ。……いっそタイムマシンでも作って、過去の俺にさっさとイッセーの勧誘に向かう様に嗾けるか?」

 

 アザゼルさんがとんでもない事を考え始めているので、僕は話を戻す様に促す事にした。

 

「アザゼル総督。話題を逸らしてしまった私が言うのもどうかと思うのですが、話を元に戻しましょう。サハリエル様。ギャスパー君の調査については、先程私が確認した事を念頭に入れて頂いた上で行って下さい」

 

「しっしっしっ。了解なのだ。……しかし、これは本当に面白くなってきたのだ」

 

 サハリエル様は独特な笑い声を上げて了解すると、期待感でジッとしていられなくなった様でソワソワし始めていた。その様子に危険なものを感じたのか、アザゼルさんはサハリエル様に釘を刺してから強化組のスケジュールの説明に入る。

 

「いやいや、サハリエル。お前、そこで頷いたらダメだろう。そもそもお前は調査組のギャスパーじゃなくて強化組の匙の担当だからな。それを忘れるなよ? ……それで次に強化組についてだが、匙については特に念入りに身体検査を行った後、ヴリトラの意識を蘇らせる為のヴリトラ系神器の統合処置を行う。この処理の主な担当はさっきも言った様にサハリエル、お前だ。また処置の詳細については、イッセー」

 

 アザゼルさんから元士郎に対する説明を頼まれた僕は、今回元士郎に行われる処置について説明を始めた。

 

「はい。まず元士郎の黒い龍脈を核としてヴリトラ系の神器を接続しますが、その辺りの処理については専門家である皆様にお任せします。その後、私が真聖剣の討伐(スレイヤー)を使って黒い龍脈以外の神器に封印されているヴリトラの魂の断片を解放します。これによって解放されたヴリトラの魂の断片が最も力の強い魂の断片を宿す黒い龍脈へと集まっていくでしょう。後は黎龍后の籠手による癒しの波動で集まった魂の断片を繋ぎ合わせる事で魂を復元します。ですがこの時、一つ問題があります。魂の復元が終わってヴリトラが意識を回復させた時、所持者である元士郎の精神を神器の中に引き摺り込んでしまう可能性があるという事です」

 

「下手すると、復活したばかりで飢餓状態であろうヴリトラに匙の魂を喰われちまう恐れがあるって事か。……回避する手段は?」

 

 僕が挙げた問題点の回避手段をアザゼルさんから尋ねられたので、僕は回避手段こそあるが実行は実質不可能である事を伝える。

 

「神器そのものを元士郎の魂から隔離するという荒技でも用いない限り、回避するのは難しいでしょう。それにどの道ヴリトラとは対話する必要があるので、ここは直接戦う事でヴリトラに認めてもらう好機として前向きに捉えた方がいいかもしれません」

 

 ここまで説明を終えた所で、元士郎が決断を下した。

 

「OK、やってやるぜ。これぐらい乗り超えられなかったら、会長の夢も俺自身の夢も叶えられないし、ましてやお前の親友(ダチ)だなんて恥ずかしくて名乗れなくなっちまうからな。……それに、これで全てが上手く行ったら、今後は赤き天龍帝の親友として黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)に因んで「黒龍王」プリズン・キングとでも名乗る事にするさ」

 

 元士郎が承諾した事で、アザゼルさんは残った草下さんについて話を始める。

 

「匙については、これでいいな。……で、最後は草下だが、お前は俺が直接担当する。そこで、お前には身体検査の後に渡すコイツの扱いに慣れてもらうぞ」

 

 アザゼルさんがそう言って憐耶さんに見せて来たのは、一つの仮面だった。

 

「アザゼル先生、これは……?」

 

 憐耶さんが首を傾げていると、アザゼルさんがその手に持っている仮面について説明し始める。

 

怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)。仮面を複数展開する事で索敵や諜報を行う情報収集に特化した人工神器の試作品だ。また、自分や味方の前に仮面を展開する事で防御にも使える。因みに、仮面に情報収集させる際なんだが、自分の感覚を仮面と共有させる形になる。そこでだ。結界鋲の強化計画の一つに端末と感覚を共有させるってのがあるから、まずはこれで感覚の共有に慣れてくれ。でないと、次の段階に進めないからな」

 

「解りました。やってみます」

 

 アザゼルさんから怪人達の仮面舞踏会についての説明を聞き終えた憐耶さんは、力強く返事をした。その返事を受けて、アザゼルさんが最後に皆に向けて一言付け加える。

 

「さて、全員のスケジュールを一通り伝えた所で一つ言っておく。自分達が依怙贔屓されているなんてけして思うなよ。こっちは悪魔側に色々とデータを渡しているんだ。それに天界側もバックアップ体制を執っている。それらをどう生かすのかは、あくまで若手悪魔連中の考え一つだ。お前達の場合、自分の手で直接受け取っているってだけで、他の奴等に対する引け目なんてモンを考える必要は何処にもねぇ。……解ったな?」

 

「「「「「ハイ!」」」」」

 

 アザゼルさんの言葉を皆がしっかりと受け止めたのを見て、僕は今回の訪問がとても実りの多いものとなる事を確信した。

 




いかがだったでしょうか?

なお、バロールの魔眼に関する解釈は拙作独自のものでありますので、ご了承下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二話 示された可能性

2019.1.11 修正


 堕天使領への外遊の為、僕達はアザゼルさんに神の子を見張る者(グリゴリ)の本部へと招かれた。この時、祐斗や元士郎を始めとする面々も僕達とは別の目的で同行しており、本部についてから幹部の方達との顔合わせの後にアザゼルさんから今後の予定を伝えられた。

 今回僕達に同行してきたメンバーの内、最も重要なのは黒い龍脈(アブソープション・ライン)に宿るヴリトラの魂の断片を復元してその意識を復活させる事を目指す元士郎だ。そして、技術交流の一環として人工神器(セイクリッド・ギア)の技術で結界鋲(メガ・シールド)を強化する憐耶さんが元士郎に次ぐ形になる。後は祐斗とギャスパー君、そして椿姫さんが持つ神器の調査を堕天使側への情報提供を兼ねて行うといった所であり、先程のバロールとの語らいもその一つだ。

 こうして各自のスケジュールを確認した後、これから実際に予定の行動を開始するには少々時間が遅いという事で、僕達は神の子を見張る者が勧誘・保護した神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)を鍛え込む為のトレーニングスペースでちょうど行っているという人工神器のテストの見学に向かう事になった。

 

「イッセー。今テストしている人工神器だがな、幾つかお前の意見を参考にさせてもらったのも含まれているぞ」

 

 視察組の担当であるバラキエル様の案内でトレーニングスペースに向かう途中、僕の隣にいるアザゼルさんがそう話しかけてきた。すると、副総督も話に加わってくる。

 

「正直に申し上げると、アザゼルから話を聞いた時には半信半疑でしたが、実際に試してみると非常に良好な成果が得られました。この件で私を含め、神の子を見張る者の技術班で貴方の実力を疑う者はいなくなりましたよ」

 

「どうやら私の愚見がお役に立てた様で、誠に重畳というものです」

 

 副総督からの好評を受けた僕がそう返事すると、僕の意見を参考にしたという事で興味を持ったらしいイリナがアザゼルさんに質問してきた。

 

「因みに、どんな物なんですか?」

 

「それは見てのお楽しみってところだな。……さぁ着いたぜ」

 

 アザゼルさんがそう言って立ち止まった先には、中央に大きくデザイン的なレリーフの「G」の文字が刻印された巨大な扉があった。……アルマロス様の服装からもしやと思っていたが、神の子を見張る者は特撮物、しかも結構古い年代の悪役にかなり影響されている様な気がする。悪乗りするアザゼルさんの影響もあってか、どうやら神の子を見張る者はかなり乗りのいい組織らしい。その様な僕の内心を余所に巨大な扉が両開きになっていく。

 

「ウオォォォォッ!」

 

 最初に目に飛び込んできたのは、球状の小さな分銅を両端に付けた2 m程の鎖を大声を上げて振り回し、飛んでくる無数の光弾を的確に打ち落としている男性の姿だった。

 

「こ、怖ぇぇぇぇっ! 俺自身は何も考えずにただ全力で鎖を振り回すだけだし、機械を使ったテストじゃ全て防ぎ切ったのは解ってるけどさぁ! だからって、怖い事には変わりがねぇよ! ……って、弾の威力と数が更に増した! もう勘弁してくれぇぇぇっ!」

 

 ……前言撤回。どうも男性自身はただ分銅鎖を我武者羅に振り回しているだけで、後は鎖が軌道修正してくれているらしい。そして、それから数分ほど男性は増え続ける光弾の弾幕に晒され続けた。

 

「よ、よかった。俺、生きてる。生きてるよぉ……」

 

 テストが終わって光弾が止むと、男性は死の恐怖から解放された安堵の余り、腰を抜かして床にへたり込んでしまった。そして、生き延びられた事に対する歓喜の涙を流している。その脇では、白衣を纏った二人の堕天使と思しき人物がテスト結果についての話し合いを始めていた。

 

「主任、狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)の自動追尾機能はやはり防御に対しても有効の様です。また、こちらのデータをご覧下さい。人の手による今回のテストでは、機械を使った時に比べて迎撃効率が向上しています」

 

「命の危険を感じた事で生存本能が喚起された結果、人間の持つ潜在能力が機械の性能を超えたという訳か」

 

「なお、前回のテストにおいて高速で移動する標的に対して有効打を与えられた事を踏まえて、武器としての有効範囲を広げる為に新たに伸縮機能を追加しています。これに伴い、アクセサリーの形で携帯する事が可能となった上、本来の目的においてもドラゴンを始めとする巨大生物の捕縛が可能となりました」

 

 部下と思しき年下の堕天使からの報告を受けて、主任と呼ばれた年上の堕天使は満足げに頷いた。

 

「これだけの成果が得られれば、総督も満足して頂けるだろう。元々は一度投げつけると相手を自動追尾で追い駆け縛り上げるという捕縛用の人工神器だった狡兎の枷鎖が、扱い方一つ変えるだけでこうも攻防に秀でた神器へと変貌してしまうとはな」

 

「後は黒い龍脈や漆黒の領域(デリート・フィールド)の能力を元に、鎖に触れた対象の力を吸収して鎖の強度を強化、あるいは力を削る事で無力化ないし弱体化させる案も挙がっていますが」

 

 新たな案を部下から聞いた主任の堕天使は、渋い表情を浮かべる。おそらくこれ以上の機能を搭載するのは無理なのだろう。そして、僕の推測は正しかった。

 

「それだけの機能を収められる容量が狡兎の枷鎖に残されているか、甚だ疑問ではあるがとりあえずは試験を行う方向でいこう。仮に失敗に終わったとしても、その時はまたどの様な方向で開発を進めていくのかを検討すればいいだけの話であるし、もし良好な結果が得られれば狡兎の枷鎖の実戦投入がいよいよ見えてくる。だから、今君が挙げた件については今回のテスト結果と合わせてレポートにまとめてくれ。テスト結果の報告書を総督に提出する際、私の権限で掛け合ってみよう」

 

「解りました。全てのテストが終了次第、早速取り掛かります。では、次に予定されているテストですが……」

 

 色々と興味深い内容の話し合いが一区切りついた所で、アザゼルさんが声をかける。

 

「ヨウ! どうやらテストは上手くいっている様だな」

 

 すると、主任の堕天使がアザゼルさんへの受け答えを始めた。

 

「これは、アザゼル総督。本日は兵藤親善大使を始めとする訪問団を迎えに行かれる予定とお聞きしていましたが」

 

「俺達の後ろにいるのが、その訪問団だ。その上、親善大使殿が今回のテストに関わる貴重な意見を出してきた張本人でな。この際だから、今日行っている人工神器のテストを見学させようと思ったのさ」

 

 アザゼルさんが今言った言葉に嘘はない。実際、狡兎の枷鎖は冥界入りする前日にアザゼルさんのマンションで実物や設計図を見せてもらった際、僕が意見を出した人工神器の一つだ。聞いた瞬間、主任の堕天使は驚きに目を見開いた。

 

「では、副総督の隣にいる赤いローブを纏った方が」

 

「あぁ。他のどの勢力よりも先に俺達が情報を得たにも関わらず、釣り上げ損ねた特上の大魚さ」

 

 アザゼルさんの自嘲交じりの比喩表現に対し、主任の堕天使は苦笑しながらもそれに合わせてきた。

 

「成る程。確かにオーフィス撃退の件も踏まえれば、逃がした魚が余りにも大き過ぎましたな」

 

「お前までそう言うのかよ。まったく、どいつもこいつも……」

 

 アザゼルさんは不貞腐れた様にそう言うと、気を取り直して僕達に今話をしていた主任の堕天使を紹介してきた。

 

「あぁ、紹介しておくぜ。コイツは俺が堕天する前からの俺直属の部下でな、現在は神器に関する基礎研究の主任を務めている奴だ。一応神から付けられた名があったんだが、堕天してからはその名を棄ててアゼルと名乗っている。今でこそ戦傷が祟ってまともに戦えなくなっちまってるが、大戦末期の二天龍との戦いまで常に俺の親衛として最前線で戦い、そして最後まで生き残ったっていう強運の持ち主だ」

 

 つまり、今目の前にいるのは神の子を見張る者における最古参の堕天使。僕がそう認識した所で、アゼルと紹介された主任の堕天使が自己紹介を始めた。

 

「アザゼル総督直属で神器に関する基礎研究を任されているアゼルです。私は戦争の折にアザゼル総督のお側で戦わせて頂きましたが、二天龍との戦いの際に負った怪我によって二度と戦えなくなってしまい、最終決戦の時には後方支援に回らざるを得ませんでした」

 

 アゼル主任のやや自嘲が混じった自己紹介を聞いたアザゼルさんはその表情を苦いものへと変えた。

 

「まだ気にしていたのか、そんな事」

 

「いえ、そうではありません。確かに親衛の務めが果たせなくなった事については無念でありましたが、戦争が自然消滅した後は神器に関する基礎研究を任せて頂き、それが今日まで続いているのです。こうしてアザゼル総督の為に働けている事を思えば、二度と戦えなくなった事など些事に過ぎませんよ」

 

「まったく。こっちがむず痒くなる事を平然と言ってくるな、お前は」

 

 少し照れ臭いのか、アザゼルさんがアゼル主任の言葉に複雑な表情を浮かべると、副総督がアザゼルさんに本題に入る様に促してきた。

 

「アザゼル、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「おっと、それもそうだな。それでアゼル。今やっていたのは、狡兎の枷鎖の防御性能の確認テストだったな?」

 

 アザゼルさんが確認をとると、アゼル主任は即座に答えを返してきた。こうしたやり取りを何度も繰り返してきた事が、この対応の早さからも十分伺える。

 

「はい。後で改めて報告書を提出しますが、良好な結果が得られました。また、幾つか挙がっている強化案についてのレポートも併せて提出致します。なお、次に予定しているのは鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)の性能確認テストです」

 

 鏡映しの英雄。それもまた僕が意見を出した人工神器だ。そして、アザゼルさんもまたその事に思い至った様だ。

 

「あぁ、あれか。確か、潜入工作や囮作戦に使える様な変装能力を持つ神器を作ろうとして実際に変装する所まではこじつけたものの、それには変装する相手の髪や爪といった体の一部が必要になっちまったから囮作戦はともかく潜入工作には不向きだって事で、現在は研究開発を凍結しているんだったな。確かに、あれもイッセーから指摘があったな。変装というよりは模倣に近い能力になっている可能性があると」

 

「はい。兵藤親善大使によると、変装を見破られない様にする為に対象とする存在へと完璧に擬態する事を目指した結果、姿だけでなく能力も模倣している可能性があるとの事でした。ただ、こうなると……」

 

「本当に能力を模倣できているかを確認するには、テストをやる奴にはかなりの技量が求められる事になるか。たとえ能力を模倣できていてもそれを制御できないんじゃ、余りに危険過ぎて話にならねぇからな。……んっ?」

 

 アゼル主任とのやり取りの中でアザゼルさんがふと何かに思い当たったらしく、少し考え込むと僕の方を向いてこの様な事を言い出して来た。

 

「なぁ、イッセー。お前、コイツのテストをやってみないか?」

 

 

 

Side:姫島朱乃

 

「なぁ、イッセー。お前、コイツのテストをやってみないか?」

 

 アザゼル先生からの突然の提案を受けて少し悩んだものの、結局は了承したイッセー君の手にはガラス製の仮面が握られている。

 

「鏡映しの英雄の使い方はお前も知っての通りだ。まずは変装対象の体の一部を仮面の額の所にある収納部に収める。後はそのまま仮面を顔に装着すれば、自動で変装能力が発動する様になっている。それで、最初は誰に変装するんだ?」

 

 アザゼル先生から問い掛けられたイッセー君が最初に変装相手に選んだのは、祐斗君だった。

 

「最初は祐斗でいきます。流石に和剣鍛造(ソード・フォージ)までは再現できないとは思いますが、歴代赤龍帝の持つ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のレプリカの件もありますから」

 

「成る程な。模倣がどの程度まで行われているかを確認するには、創造可能な剣がそのまま指標になる木場が適任という訳か」

 

「そういう事です」

 

 あくまで公の場である事から畏まった言葉使いをしているイッセー君の説明にアザゼル先生が納得した所で、祐斗君が髪の毛を一本抜いてイッセー君に手渡す。

 

「これでいいかな、イッセー君」

 

「あぁ。ありがとう、祐斗」

 

 祐斗君から髪の毛を受け取ったイッセー君が鏡映しの英雄の額部分にある収納部にその髪の毛を入れると、鏡映しの英雄がうっすらとした光を放ち始めた。それを確認すると、イッセー君から自分から離れる様に指示されたので、皆でイッセー君から離れていく。そうして安全な所まで私達が離れたのを確認したイッセー君は、鏡映しの英雄を顔に装着した。すると、イッセー君の体が一瞬光に覆われる。その光が収まると、そこにいたのはイッセー君ではなく祐斗君だった。このイッセー君の変貌ぶりにアウラちゃんが驚嘆の声を上げる。

 

「わぁ……! パパが祐小父ちゃんになっちゃった!」

 

 その一方で、変装された当人である祐斗君は何とも言えなさそうな表情を浮かべている。確かに、ある意味ドッペルゲンガーに会った様なものなので、その気持ちは解らなくもない。

 

「……まさか、鏡以外で自分の姿を目の当たりにするとはね」

 

 そして、ロシウ老師は感心した様な表情を見せた。

 

「ホウ。あの姿の一誠から感じられる魔力の波長が、祐斗のものと何ら変わらんのう。これは大したものじゃ」

 

 魔力の扱いに誰よりも長けている事から魔力の質をも見分けられるロシウ老師にここまで言わせるのだから、事変装に関して本当に凄いものなのだろう。こうして鏡映しの英雄の変装能力が正常に機能しているのを確認したアザゼル先生は、イッセー君に声をかけて来た。

 

「ここまでは既に確認済みだ。問題はここからだ、イッセー」

 

 祐斗君の姿になったイッセー君は、アザゼル先生から次のステップに進む様に指示されると、瞳を閉じて何かを確認し始めた。暫くすると、イッセー君は瞳を開いてから祐斗君の声で今の姿の状態を話し始める。

 

「……今確認した所、魔力はともかく光力や()(どう)(りき)を外に出す事ができません。どうも変装対象が使える力しか使えない様です」

 

「ホウ。ただ木場の姿を模倣しているだけなら、そんな事は起こる筈がないんだがな。だが、これで模倣しているのが姿だけじゃないっていうイッセーの仮説が俄然現実味を帯びてきたな」

 

 イッセー君から意外な結果が出た事を告げられても、アザゼル先生は不審に思うどころかかえって納得していた。そして、イッセー君に更なる指示を出す。

 

「イッセー、早速だが木場の神器について色々試してみてくれ」

 

「解りました」

 

 イッセー君は再び瞳を閉じると、精神を集中し始めた。そして左手を前に突き出すと、鞘に収まった一本の剣が作り出された。

 

「……和剣鍛造や魔剣創造(ソード・バース)の本体があらゆる剣を収める魔鞘である事は以前お話しした通りです。なので、まずは本体を出せるかを試してみましたが、これについては上手くいった様です。ただ、祐斗が創造可能な剣をほぼ全て知っている事から実際に何処まで作れるのかを試してみたのですが、これで限界でした」

 

 イッセー君はそう言うと、作り出した剣を鞘から抜いて祐斗君に放り投げた。祐斗君が柄を掴む形でその剣を受け取ると、その剣が何なのかを確認する。

 

「通常サイズの吸力剣(フォース・アブゾーバー)だね。でも、これ一本だけかい?」

 

「あぁ。どうも鞘に収める形でしか剣を創れないらしく、複数の剣を同時に創るのは無理だった。その上、創れる剣の種類も魔剣のみでしかも中級クラスが限界、聖魔剣はおろか聖剣さえも創れなかったよ。おそらく祐斗が元々持っていたのが魔剣創造だったから、それを模倣する形で魔剣創造のレプリカを作ったのだろう」

 

「……剣術をある程度修めていれば問題なく使えるけど、大量の剣を創造しての物量戦が可能な本物(オリジナル)と比べてかなり劣化しているね、そのレプリカ」

 

 祐斗君はイッセー君の推測に苦笑いを浮かべている。でも、アザゼル先生の反応は違った。

 

「……という事は、性能こそ著しく劣化するが神器の模倣自体は可能って訳か。実戦で使うには少々心許ないが、敵の目を誤魔化す分には十分だな」

 

 どうやら、アザゼル先生は本来の用途である潜入工作や囮作戦には十分使えると判断したらしい。ここで、椿姫がアザゼル先生に質問してきた。

 

「では、私や匙、ヴラディ君、そして一誠君の場合も同じ様な事が起こるという事でしょうか?」

 

「実際に試していない以上は断言できんが、そういう事になるだろうな。お前達についてもとりあえず試してみるつもりだが、今は後に回すぞ。ただ、宿しているのが黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)であるイッセーについては大体の想像がつく。おそらくは龍の手(トゥワイス・クリティカル)になる筈だ。あれは封印されているドラゴンの魂が目覚めていなくても、所有者の力を二倍にする能力を発動する神器だ。だから、たとえ中身がなくなったとしても倍加の能力は問題なく発動する筈だ」

 

 椿姫の質問に答えたアザゼル先生は、ここで神器の模倣についてある程度の目途を付けたみたいで次の指示をイッセー君に出す。

 

「まぁそれはさておき、次は体力テストをやってもらうぞ、イッセー。これには変装対象になっている木場も参加してくれ。お前達の成績を比較する事で、身体能力についてはどんな風に模倣しているのかを確認したい」

 

 次に身体能力を調べるというアザゼル先生の指示に対して、イッセー君と祐斗君はすぐに了承した。

 

「「解りました」」

 

 その後、三十分程行われた体力テストの結果、体の扱い方が異なるせいか、二人の成績に少しバラツキが出た。

 

「成る程。流石に変装対象の記憶までは模倣できていない様だな。それで体の扱い方に差が出て、速さを競う競技では木場の方が、それ以外の競技ではイッセーの方が、それぞれ成績が良かった訳だ。いや、まさかここまでいいデータが取れるとは思わなかったぜ。俺としては、全く同じ成績になると思っていたからな」

 

 アザゼル先生はそう言って、非常に嬉しそうな表情を浮かべている。でも、アザゼル先生はそれだけでは満足できなかった事が、次に出てきた言葉から伺えた。

 

「さて、こうなると次は種族固有の能力も模倣できるかを確認したい所だが……」

 

「そういう事であれば、テストを続行しましょう。なお次の変装相手ですが、レイヴェルとギャスパー君も候補として考えてみたのですが、少々試してみたい事がありますので朱乃さんでいかせて下さい」

 

「解った。次は朱乃でいこう」

 

 それにイッセー君が応じる様な発言をしたので、私は自分の髪の毛を一本抜いてイッセー君に手渡した。イッセー君は鏡映しの英雄の額にある収納部から祐斗君の髪を取り出し、代わりに私の髪の毛を入れるとそのまま顔に装着する。すると、イッセー君の体が一瞬光に覆われた。その光が収まると、イッセー君は祐斗君に変装した時と同じ様に私の姿へと変わっていた。

 私の姿になったイッセー君は先程と同じ様に瞳を閉じて自らの状態を確認していく。暫くして瞳を開けると、イッセー君は私の声で現状を話し始めた。

 

「……今確認した所、魔力だけでなく光力を扱えそうです。ただ、私の光力とは少し質が違う様ですから、おそらくは堕天使のものでしょう」

 

「変装対象の種族固有の力も模倣できているという訳か。まぁ力の波動を誤魔化す事も視野には入れていたから、これについては想定の範囲内だな」

 

 ランクダウンしているとはいえ神器の能力が模倣できていた以上、種族固有の力が模倣できていても何らおかしくはないという事でもあるんだろう。そこまで確認し終えたイッセー君は、ここである事を始める事を宣言した。

 

「では、今から朱乃さんが得意とする雷の魔力に堕天使の光力を加える事で雷光を再現しますので、標的となる物を用意して下さい。……いえ。この際ですから、雷光を超える雷を試してみます」

 

「あぁ、解った。だったら、この攻撃訓練用の標的を使ってくれ。……ハッ? おいイッセー、ちょっと待て。それは一体どういう意味……!」

 

 アザゼル先生が攻撃訓練用の標的を用意していると、そこで不審な点がある事に気付いてイッセー君の意図を問い質そうとした。でも、その前にイッセー君は先程とはまた異なる形で光に包まれる。

 

「六枚の黒い翼、だと……? まさか、朱乃に秘められた光力の全てを開放する事で堕天使化したというのか、イッセー!」

 

 光が収まって、イッセー君の姿を見たアザゼル先生が驚きの声を上げるのも無理はないと思う。何故なら、イッセー君は服装をそのままに三対六枚の黒く染まった堕天使の翼を広げていたのだから。イッセー君は堕天使としての私の姿のまま、アザゼル先生に今自分がやった事について説明し始める。

 

「はい。私やロシウ、そしてはやても気付いていましたが、朱乃さんは悪魔の魔力とは別の力、今にして思えばそれは堕天使の光力だったのでしょう、そちらの方に適性がありました。それは、光力こそが朱乃さんの生まれ持った力だからでしょう。そして、それを全開放してしまえば……」

 

「堕天使の血が活性化して肉体を光力に適応させるって訳か。……だからと言って、本人ですらできてねぇ事を平然とやるなよ、イッセー。流石にこれは心臓に悪いぞ」

 

 ……本当にその通りだと、私は心からアザゼル先生に同意する。それだけに、この後に出てきたイッセー君の言葉に私は完全に言葉を失ってしまった。

 

「申し訳ありません、アザゼル総督。ですが、ここでその様に驚いている様では、今からやる事に対しては開いた口が塞がらなくなってしまいますよ」

 

 私には更なる可能性がある。イッセー君はそう言って来たのだから。

 

「そう言えば、イッセー。さっきお前は雷光を超える雷を試すと言ったな。それは一体どういう意味だ?」

 

 アザゼル先生はイッセー君に詳しく話を聞こうとしたのだけど、イッセー君はここで私に声をかけてきた。

 

「朱乃さん。私がオーフィスとの戦いで使った赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)を覚えていますか?」

 

「えぇ、覚えていますわ。天使の光力と悪魔の魔力を融合させる事で生まれる膨大な力を糧に赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラを増幅させる自己強化の技でしたわね」

 

 私がイッセー君からの問い掛けに答えると、イッセーくんは満足げに頷く。

 

「そうです。そして、アザゼル総督。先程のご質問の答えですが、元の種族が堕天使と人間のハーフである転生悪魔の朱乃さんならば、理論上はほぼ同じ事ができるのです。ドライグのオーラを雷に置き換える事で」

 

「……えっ?」

 

 あのオーフィスにも対抗しうる程の強大な力を、私も使える?

 

 私が驚愕の余りに絶句していると、イッセー君は三対六枚の堕天使の翼を広げたまま、新たに一対二枚の悪魔の羽も広げた。この羽はリアスの眷属である転生悪魔としての証だ。

 

「今からそれを実践します。ハァァァァ……ッ!」

 

 イッセー君は両手を横に広げると右手に堕天使の光力を、左手に転生悪魔の魔力をそれぞれ分けて集めていく。その上、自分の頭上には明らかに見覚えのある魔方陣も展開していた。……私が雷の力を放つ時に使用する魔方陣だ。そして広げた両手を目の前で合わせると、それぞれの手に集めていた光力と魔力がスムーズに融合していく。その最中、イッセー君が今行っている事の解説を始めた。

 

「堕天使の光力は天使のものと比べて悪魔の魔力とそれほど反発しません。おそらくは堕天した事で光力から「聖」の属性が失われているからでしょう。その証拠として、元堕天使の転生悪魔が引き続き光力を扱える事、そして強力な堕天使である副総督が悪魔の女性との間に子供を作れた事が挙げられます。どちらも天使の光力の様に魔力との反発が激しければまず不可能だからです。それらを踏まえると、悪魔の魔力で生み出した雷に堕天使の光力を加える事でバラキエル様の雷光を再現する事は可能でしょう。ですが、ここでもし堕天使の光力と雷に変換する前の魔力を融合、それによって生じた膨大な力の全てを雷へと変換する事ができれば……!」

 

 イッセー君が解説を終えた所で、両手には堕天使の光力と悪魔の魔力が完全に融合した事で膨大な未知の力が生成されていた。イッセー君は両手を頭上に掲げると、その力を雷の魔方陣へと注ぎ込んでいく。魔方陣が力を受け取るにつれてその輝きを増していく中、イッセー君は即興で作ったであろう呪文を唱え始めた。

 

「雷よ! 光と魔の交わりを以て、立ち(はだ)かる全てを打ち砕け!」

 

 イッセー君が呪文を唱え終えると同時に両手を攻撃訓練用の標的に向けて振り下ろすと、魔方陣からは今まで見た事もない激しい雷が轟音と共に標的に向かって放たれる。そして雷が標的に当たった瞬間、激しい閃光が発生した。私達は目をやられない様に手を顔の前に掲げて閃光をやり過ごす。数秒程で閃光が収まったので私達が顔の前に掲げていた手を降ろすと、標的のあった所にはただ何かを焼き尽くした様な焦げ跡しか残っていなかった。

 

「……オイオイ。バラキエルの雷光にも耐えられる様に作った標的が、跡形もなく消し飛んじまったぞ。あんなのをまともに喰らったら、若手対抗戦に出る連中はおろか俺達でもただじゃすまねぇな。確かに、これは雷光を超える雷と呼ぶに相応しい威力だぜ。それでイッセー、この雷はなんて名前なんだ?」

 

 アザゼル先生がイッセー君が放った雷の威力を見極めた後でその雷の名前を尋ねると、イッセー君から意外な答えが返ってきた。

 

「名前はまだ決めていませんし、そもそも私が決める事ではないでしょう。この雷はあくまで朱乃さんの可能性(モノ)であって、私はただそれを引き出してきただけなのですから、名を決める権利があるのは朱乃さんだけです」

 

 ……これが、私に秘められている可能性。諦めずに鍛え続けていけば、いつかは必ず辿り着く事のできる強さ。

 

 イッセー君から大きな可能性を示してもらった私の心の中は、喜びの感情で溢れていた。

 

「朱乃がイッセークラスのテクニックを身に付ければ、こんな事ができる様になるのか。確かに、コイツは朱乃の完成形の一つだろうな。……不味い。コイツは不味いぞ。鏡映しの英雄に関する情報を重要機密にまで引き上げる必要がある。もしコイツの情報を禍の団(カオス・ブリゲード)に持ち込まれて再現されちまったら、悪夢以外の何物でもねぇぞ」

 

 その一方、アザゼル先生はイッセー君が示してくれた私の可能性を目の当たりにして、鏡映しの英雄の危険性を感じ取ってしまったみたいだ。でも、それも無理はないと思う。

 アザゼル先生や父様に遠く及ばない筈の私の力をイッセー君が扱えば、父様を上回る威力の雷を生み出す事ができた。それと同じ様な事が他の者にはできないなんて、けして言い切れないのだから。

 その上、自分に秘められた可能性を示された事で内心浮かれてた私は、この時まだ気付いていなかった。

 

 ……イッセー君が示した私の可能性とそれに対する私の反応を目の当たりにして、父様が酷く思い詰めた表情をしていた事に。

 




いかがだったでしょうか?

なお、鏡映しの英雄で変身した一誠が朱乃の姿で堕天使化した時、服装も変える事はできましたが一誠はあえてしませんでした。
……いくら何でも朱乃が限定版十三巻の表紙を飾った時の服装に変わってしまえば、イリナを始めとする女性陣から顰蹙を買うのは必至ですから。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第三話 すれ違う想い

2019.1.11 修正


 僕が変装用人工神器(セイクリッド・ギア)の試作品である鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)の性能確認テストを行ってから、およそ二時間後。

 僕達は神の子を見張る者(グリゴリ)本部に滞在する間に寝起きする事になる部屋へと案内されていた。割り振られた部屋については二~三人で一部屋であり、男性陣と女性陣は当然ながら別室であるものの、三大勢力共通の親善大使であると共に魔王の代務者という悪魔勢力の重役も担っている僕と家族枠でついて来ているはやてとアウラについては賓客用の特別な部屋が用意された。……と言っても、賓客用とあって色々と設備が整っている上に家族や護衛が使える様に寝室も幾つかあるので、はやての護衛としてついて来ているレオンハルト、ロシウ、セタンタの三人は全ての寝室に繋がるリビングに交代で詰める事になった。そういった事もあって、皆には割り振られた部屋に自分の荷物を置いた後で僕の部屋に集まる様に伝えた。

 因みに、鏡映しの英雄の性能確認テストについては、アザゼルさんの「お前達についてもとりあえず試してみる」という宣言の通り、朱乃さんを変装対象とした後も元士郎や椿姫さん、ギャスパー君と順番にこなしていき、最後にアザゼルさん自らがモニターとなって僕に変装した。その結果についてだが、まず僕については大方の予想通り力を二倍にする龍の手(トゥワイス・クリティカル)と変わらない状態であり、椿姫さんは鏡を割るとその時映っていた物に攻撃の衝撃をぶつける能力はそのままであるがその衝撃を倍増する事はできず、ギャスパー君に至っては対象にしっかりとピントを合わせないと時間を停止できないなど、本物(オリジナル)と比べて性能の劣化が著しかった。そして、一番悲惨だった元士郎の黒い龍脈(アブソープション・ライン)については、代名詞である筈の光のラインが出て来ないという異常事態になった。そこでもしやと思ってレオンハルトに直に触れるとレオンハルトの力を吸い出している手応えを感じた事から、どうやら触れた相手の力を吸収する事はどうにか可能らしかった。僕やアザゼルさんを始めとする研究者サイドからしてみれば、これらの実験データは非常に良質なものなので十分満足していたのだが、そうではない元士郎は自分の神器のレプリカの余りの劣化具合に肩を落としてしまった。

 また、強化系神器を参考に人間の魔力というべき魔法力や悪魔の魔力、更には堕天使や天使の光力をも増幅させる能力を持たせたというウィザードタイプを対象とした杖型人工神器については、先日マンションで実物を見せてもらった時に僕がゼテギネアで古代高等竜人が記したという古文書から学んだ武具製作技術とクロノ君から教わった魔導科学を元に補強していた。ただ、このままでは増幅した力の制御が困難となる恐れが出てきたとアザゼルさんが話すと、はやてから「インテリジェントデバイスみたいにすれば、問題ないんやない?」という意見が飛び出してきた。それを聞いたロシウが「それじゃ!」と一声叫ぶと、杖に人工魂(メタソウル)を組み込む事で制御をサポートさせる案を示し、更にセタンタが「それならトコトンやっちまいましょう」と原初のルーンを杖に刻む事で更なる強化を施した。なお、人工魂については杖に合わせて調整する必要がある事から、人工魂の精製が可能なロシウが一時預かる事になった。ロシウの話では、僕達が神の子を見張る者の本部に滞在している間に人工魂の精製はおろか杖に組み込む所まで終わらせる事ができるらしい。

 そして、僕とコカビエルとの戦いについてヴァーリから報告を受けたアザゼルさんがその時に使用したデッド・オア・アライブに感銘を受けたらしく、まだ天界にいた頃に構想を練っていたという閃光(ブレイザー・)(シャイ)暗黒(ニング・オア)(・ダー)龍絶剣(クネス・ブレード)を完成させたと言って実物を見せてきた時には、シェムハザ副総督やアゼル主任が酷く驚いていた。そこで試しに閃光と暗黒の龍絶剣の光と闇の力を使ってデッド・オア・アライブを使えないか試してみた所、上手く発動できた。ただ、攻撃用の標的を完全に消し飛ばした事からアザゼルさんから「これは立体的な魔方陣に敵を閉じ込めて、その空間を崩壊させる事でダメージを与える攻撃じゃないのか!」と詰め寄られてしまった。実は、本当のデッド・オア・アライブは立体魔方陣内のあらゆる存在を空間ごと消し去ってしまうという消滅系の攻撃であり、コカビエルについてはあえて失敗する事で空間崩壊を起こし、それに巻き込む形で戦闘不能に陥る程の重傷を負わせただけなのだ。それを説明すると、アザゼルさんは「これで俺の攻撃力不足を解消できるぜ!」と狂喜した。因みに、アザゼルさんが攻撃力不足というのはあくまで僕やサーゼクスさんと比較しての事なので、堕天使サイドの方達は揃って首を傾げていた。

 

「ねぇ、パパ。堕天使の人達って、いっぱい頑張ってるからあんな凄いものを幾つも作れたのかなぁ?」

 

 そうして皆が自分の荷物を置いてこの部屋に来るのをリビングで待っている間、僕の隣に座っているアウラから飛び出してきたのがこの質問だった。

 

「その通りだよ、アウラ」

 

 だから、アウラの感じた事が正しい事を僕が伝えると、ロシウも僕に賛同する様にウンウンと頷いている。

 

「そうじゃな。特にあの鏡映しの英雄は実に見事じゃった。何せ、魔力の波動については本人と全く一緒だったからのう」

 

 ロシウの絶賛ともいえる感想を口にすると、セタンタも話に参加してきた。

 

「確かにそうですね。流石に個人差のある気配だけはどうしようもありませんけど、それだってレオンハルト卿はともかく俺じゃ顔見知りでない限りは判別できませんよ。ただそんな風にあれを評価できるのも、元々は一誠さんがその可能性を見出してそれを伝えたからですよ。それがなかったら、研究開発を凍結したままだったって話じゃないですか」

 

「確かに、一誠の意見が直接の切っ掛けであるのは間違いなかろう。じゃがな、セタンタよ。その結果としてあれ程の優れた成果を得られたのは、基礎理論をしっかりと築き上げた上でそれを実際に形にしてみせた総督殿を始めとする堕天使達の努力があってこそじゃ。そこを履き違えてはならん」

 

 セタンタが堕天使達に対して多少ながら否定的な意見を述べると、ロシウはそうした一面も確かにある事を認めた上で窘めるべき所をしっかりと窘める。すると、セタンタはバツの悪そうにロシウから視線を逸らしながらも、堕天使達の努力は認めている事を明かした。

 

「まぁ、一誠さんと神器関係で対等に話ができるアザゼル総督の事は俺も認めていますし、そのアザゼル総督の元で日々研究開発に努めている連中の事を認めるのも吝かじゃありませんけどね」

 

「……ツンデレや。絵に描いた様なツンデレがここにおるで」

 

 そのセタンタの素振りを見たはやての感想を耳にして、セタンタは必死にそれを否定しようとする。

 

「はやてさん! 何で俺がそんな気持ちの悪い呼ばれ方をされなきゃいけねぇんですか!」

 

「そんな風に言われてますますムキになるんが、ホンマモンのツンデレなんやで?」

 

「はやてさん!」

 

 セタンタがはやてにからかわれて更にムキになっていくのを見て、レオンハルトは呆れた様に溜息を吐く。

 

「あの様な軽口で容易く心を乱してしまうとは、セタンタもまだまだ精神修行が足りませんな」

 

 レオンハルトの言い分はけして間違っていないと思う。ただ、心を乱す事と感情を高ぶらせる事は似て非なるものだ。その事を僕はレオンハルトに伝える。

 

「セタンタはむしろアレこそが持ち味なんだけどね。感情の高ぶりと共に戦意と力を高め、それを長年鍛え上げた技へと乗せていく。セタンタはいわば「動」のテクニックタイプだ。そんなセタンタに必要なのは、心の在り様を炎や氷でなく水にする事だと僕は思っているよ」

 

「炎はただ燃え盛り、氷はただ凍て付くのみ。しかし、水は器の形や周りの状況に合わせてその姿を変えていく。ならば、その心の在り様は。……成る程、理解致しました。そうなると、セタンタの指導者として適任なのはベルセルク殿でしょう」

 

 レオンハルトが僕の言いたい事をすぐに理解した上でセタンタの精神面における今後の指導者の候補を挙げてきたので、僕も別の候補を挙げる事にした。

 

「単に心の在り様を伝えるだけであれば、「動」のパワータイプであるベルザードも候補になるかな? まぁ、その辺りは後で当事者達を交えて話し合おうか」

 

「承知致しました。……一誠様」

 

 レオンハルトが話を切り上げた所で改めて僕に呼び掛けてきたのは、この部屋に近づいてくる気配を察した事で僕も理解した。

 

「解っているよ、レオンハルト。ただ、意外な人が最初に来たな」

 

 てっきり身内が来ると思っていたので僕は意外に思っていたが、ロシウは違った様だ。

 

「いや、そう意外な事でもないぞ。……尤も、儂の予想よりかなり早いというのはあるがの」

 

 どうやら人工神器のテストを行っている中でも、ロシウは周りをしっかりと見ていたらしい。そうしていると、入り口のドアがノックされた。

 

「とりあえず、お迎えした方がいいだろう。セタンタ」

 

「了解です。すぐに開けてきます」

 

 セタンタは僕の指示を受けるとすぐさま部屋の入口に向かい、不快にならない程度に警戒した上でドアを開ける。

 

「身内の方々とお寛ぎの所を申し訳ないが、少し話をさせて頂いてもよろしいだろうか?」

 

 ドアが開くと共に僕達に伺いを立ててきたのは、朱乃さんの父親であるバラキエル様だった。

 

「兵藤からお客人をお迎えする様に言われています。どうぞお入り下さい」

 

 僕が迎え入れたという事でバラキエル様に対して礼儀正しく応対するセタンタに案内されてリビングへと入ってきたバラキエル様に対し、まずは歓迎する旨を伝える。

 

「バラキエル様。ご足労頂きました事、誠にありがとうございます。ですが、一言私にお申し付け下されば、私がそちらへ出向きましたものを」

 

 すると、バラキエル様はここへ訪ねてきた理由を口にした。

 

「いえ、今回はあくまで私のプライベートに関わる話をさせて頂きたく、こうしてこちらから兵藤親善大使の元へと出向いた次第です。ですので、どうかお気遣いは無用に願います」

 

 ……バラキエル様と少し言葉のやり取りをしただけだが、お互いに立場を気にし過ぎている。これではプライベートの話をスムーズに行う事は難しいだろう。

 

「バラキエル様。プライベートに関わる話との事ですが、これでは話をお伺いする事もままなりません。ですので、この場においてはお互いの役職を一時忘れましょう。プライベートの話なのです、お互いにプライベートで行きましょう」

 

 そこで、僕は無礼を承知の上でお互いの立場を一時忘れる事を呼び掛けた。第一印象では融通が利かない不器用な堅物と言ったところであるが、果たして……?

 

「……確かに、このままでは話を切り出すのも一苦労しそうだな。承知した。では、朱乃と同年代である事から兵藤君と呼ばせてもらおう。その代わり、そちらもバラキエル様と畏まらずに学校における先輩の親に対する話し方で結構だ」

 

 ……どうやら、バラキエルさんは柔軟な対応が取れる方だった様だ。僕の呼び掛けに応じて、僕への言葉使いを年長者としてのものに変えてきた。ついでに僕も話し方を相応のものへと変える様に言って来たので、素直に応じる。

 

「ありがとうございます、バラキエルさん。それで、お話というのは」

 

 そうして、ようやくプライベートの話が聞ける雰囲気になったところで、バラキエルさんは早速話を切り出してきた。

 

「……兵藤君、君に頼みがある」

 

 バラキエルさんはそう言って、僕に対して頭を深く下げてきた。そして、僕への頼み事を始めたのだが。

 ……どうやら、姫島家の家庭問題を解決するのは一筋縄ではいかないらしい。

 

 

 

Side:姫島朱乃

 

 私達は賓客用の部屋に向かうイッセー君達を分かれた後、自分達に割り当てられた部屋に荷物を置き、同室となった椿姫と草下さんとベッドやクローゼットの割り振りについて話し合いをしていた。その話し合いも数分程あっさりで決まり、いざイッセー君達の部屋へ向かおうとした時、この部屋にはやてちゃんとアウラちゃんがやってきた。はやてちゃんの話によると、私個人の件で話があるので私一人でこちらに来て欲しいとの事。また、この件については別の部屋にいる祐斗君達にもイッセー君が念話で連絡済みであり、イリナさん達にはこれからはやてちゃん達が直接出向いて伝えると共にそのままイリナさん達の部屋で一緒に過ごすとの事だった。

 そうして、イッセー君達の部屋に向かった私は部屋の前でドアをノックすると、迎えてくれたのはセタンタ君だった。

 

「待っていたぜ。一誠さん達が中でアンタを待っている。俺について来てくれ」

 

 セタンタ君はそう言って中に入る様に促してきたので、私は言葉に甘えて部屋の中に入り、セタンタ君の案内でリビングの方へと向かった。すると、リビングの中央にあるテーブルを挟んで、イッセー君とレオンハルトさん、ロシウ老師、……そして。

 

「……朱乃」

 

 堕天使の幹部であるバラキエル、父様がソファに座っていた。

 

「朱乃さん、どうぞお座り下さい」

 

 イッセー君はそう言って父様の隣に座る様に促してきたので、私は素直に座る事にした。……自分の本当の気持ちに気付いた今、父様に対する反発など殆どないのだから。

 

「朱乃?」

 

 ただ、父様はそんな私の対応に少なからず戸惑っている。そんなと父様を見た時、父様の中では私は堕天使の全てを拒絶した十年前のままだという事を悟った。

 そうして私がソファに座って落ち着いた所で、イッセー君が話を始める。ただ、父様を「バラキエルさん」と呼んだ事から、イッセー君の言葉使いがプライベートのものである事に気付いた私は少し驚いた。

 

「バラキエルさん。先程も申し上げましたが、朱乃さんの意志を確認せずにあの様な申し出をされては筋が通りませんよ」

 

 そして、明らかに父様を窘めるイッセー君の発言に対して、父様は何ら反発する事なく受け入れる様な姿勢を見せる。

 

「確かに君の言う通りだな。どうも色々と思い悩む余り、私の視野が狭くなっていた様だ。……情けないな。それこそ一万年を超えて生きているというのに、まだ成人になっていない娘と同年代である君に諭されてしまうとは」

 

 父様はそんな事を言っているけれど、父様とイッセー君の間でどんな話がなされたのか、私には少しも見えてこない。私が少なからず困惑しているとそれを察したのか、イッセー君が別の話を切り出してきた。

 

「このままでは、話が進みませんね。そこでですが、まずはお二人の詳しい事情をお聞きしてもよろしいですか?」

 

 私達の事情の説明を求めるイッセー君に対して父様が不快な表情を浮かべたけれど、イッセー君は私達の事情を詳しく聞く理由を説明し始めた。

 

「失礼はもちろん承知の上です。ですが先程のバラキエルさんの申し出について、僕が承諾するか否かをより適切に判断するには、どうしてもお二人の詳しい事情を知る必要があります。……お話し頂けないでしょうか?」

 

 それは、申し出をされた側からすれば当然の要求だった。父様も不快の表情はそのままだけど納得はしたみたいで、イッセー君からの要求に応える事を伝えた。

 

「……そうだな。確かに私から持ち掛けた申し出なのだから、判断材料を与えない訳にもいかないか。それに今後の事も踏まえると、私達の詳しい事情は知っておいた方がいいだろう」

 

 そして、父様は私達の過去を話し始めた……。

 

 

 

「……以上だ」

 

 父様の話は母様との出会いから始まり、私が生まれて親子三人で暮らしていた話からやがて母様が殺され私と離別した所で終わった。話を聞き終えた一誠君は、沈痛な表情を浮かべていた。

 

「そうでしたか。奥様である朱璃さんを亡くされた事、大変お悔やみ申し上げます。ただ、気持ちは分かるなどと陳腐な事は申しません。結局の所は当事者でないと分からないものだと思いますから」

 

 哀悼の意を示しつつも変な同情をしないイッセー君のある種ドライな対応に、父様はかえって好感を持ったみたいだった。

 

「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたいな」

 

 でも、ここでイッセー君は別の方向に話を持ち掛けてきた。

 

「ただ、ひとつお願いがあります。朱璃さんとの思い出を、特に馴れ初めについてもう少し詳しくお話しして頂けませんか? 実は、僕には一生を共に歩んでいきたいと願う幼馴染の女性と、政治の都合上とはいえ婚姻を交わす事になる女性がいます。できれば参考にさせて頂きたいのですが」

 

 イッセー君の頼みを聞いた父様は少し驚いた表情を浮かべた。でも、不快を感じたわけではないみたいだ。

 

「……兵藤君、君も変わった男だな。普通ならこちらに遠慮して、それ以上は話を聞いてこないものだと思うのだが」

 

 確かにその通りだと思うし、私がイッセー君の立場でもそうすると思う。でも、一誠君はある点を指摘した。

 

「バラキエルさん、お気づきではなかったんですか? 馴れ初め話や家族との思い出を語っている時の貴方の表情は、家族を心から愛する優しい父親のものでしたよ?」

 

 ……その通りだった。

 

 私達との思い出を語る父様の表情は、嘗て私が素直に父様と慕っていた時の優しいものだった。それこそ、母様が殺されるところに話が及ぶ直前まで。そして、それに父様自身が気づいていなかった事も。

 

「そうなのかね?」

 

「えぇ。その様に優しい表情で家族の事を話せる。そんな貴方の様な男になりたいと、僕は心から思いました」

 

 イッセー君の言葉を受けて、父様はほんの少し笑みを浮かべていた。

 

「……そうか」

 

 やがて、父様はイッセー君に促される形で母様との思い出を語っていった。

 

 初めて会った時、深手を負った異形の存在である自分に手当てをしてくれた母様に深い感謝の念を抱いた事。母様に匿われて傷を癒している内に次第に母様に惹かれていった父様が思い切って告白すると、実は母様の方が父様に一目惚れしていてその場で受け入れてもらえた事。やがて、姫島本家に母様との関係がバレて交際を猛反対され、父様が大人しく身を引こうとしたら、その時既に私を宿していた母様が父様を説得、そのまま二人で駆け落ちした事。平屋建ての小さな家を手に入れて、そこで最初は夫婦二人で、私が生まれてからは家族三人で静かに暮らす様になった事。神の子を見張る者の幹部として多忙な日々を送っていても、家に帰ってくると母様からその時までに私が何をして過ごしていたのかを必ず教えてもらっていた事。

 

 初めて聞かされた父様の昔話の中には、私の知らない女としての、また妻としての母様がいた。そして母となった母様の話には私も必ず一緒にいた。私はそこで父様は今でも母様と私の事を愛しているのだと理解した。

 ……それについては私も分かっていた。分かっていたのだ。でも、同時に私は思い知らされた。

 母様が殺された事。それは全て間に合わなかった己の咎。だから娘に拒絶されたのは当然の報いだと、そうやって父様は今も自分を責め続けている事を。

 

「さて、バラキエル殿からはだいたいの話は聞けた訳じゃ。こうなると、次は朱乃の話を聞いた方が良いかの?」

 

 私が父様の苦悩を思い知らされたところで、ロシウ老師が私に話をする様に言って来た。

 

「私も、ですか?」

 

「そうじゃ。一誠は先程こう言った。「お二人の詳しい事情を知る必要があります」とな。ならば、バラキエル殿だけでなくお主からも話を聞かねば片手落ちというものじゃろう」

 

 ……父様が何をイッセー君に申し出たのかはまだ解らないけれど、その申し出をどうするのかを判断する上で私達の事情を知る必要があるのなら、確かにロシウ老師の仰る事は理に適っている。

 

「解りました。では、お話し致しますわ。……とは言っても、父バラキエルの話と重なる所もかなりありますけれど」

 

 私がそう前置きすると、ロシウ老師はそれで構わないと言って来た。

 

「構わぬよ。あくまでお主がその時何を思い、どう感じたのかが重要じゃからな。のう、一誠?」

 

「ロシウの言う通りです。ですから、どうか焦らずにゆっくりと話して下さい」

 

 イッセー君もロシウ老師に同意してきたので、今度は私が過去の話を始めた……。

 

 

 

 私は父様が語った話と重なる所は簡潔にまとめつつ、父様や母様と過ごした日々と母様が殺されてから父様の元を飛び出した事までを語り終えると、父様が知らないその後の事について話していった。

 

「その後、一年半もの間一人で彷徨い続け、その間も姫島の家から幾度となく命を狙われ続けた私は、私の身柄の全てをグレモリー家が引き取る形でリアスとご当主様の眷属であるアグリッパ様に救われ、やがてリアスの最初の眷属として女王(クィーン)になりました。それは親友で命の恩人でもあるリアスに協力したいと思ったからですけど、同時に当時は忌まわしいと思っていた堕天使の羽を悪魔の羽で上書きする為でもありましたわ。でも……」

 

 そう言って、私は自分の本当の羽を見せようと広げてみた。でも、イッセー君が先程見せてくれた様には行かず、悪魔の羽と堕天使の翼がそれぞれ一枚ずつしか出て来なかった。

 

「見ての通り、一緒に羽を出そうとすれば片方ずつしか出せません。……気持ち悪いでしょう? こんな……」

 

 私は自嘲しようとしたけれど、言葉が続かなかった。

 

「だったら、この状態の僕も気持ち悪い事になりますね?」

 

 何故なら、イッセー君も悪魔の羽とドラゴンの羽を一枚ずつ、しかも均等にならない形で展開していたからだ。

 

「……どうして? イッセー君の羽は五対十一枚。しかも二対四枚ずつの天使の翼と悪魔の羽、そして三枚で一対のドラゴンの羽で、その生え方もバランスが取れていた筈なのに」

 

 私の口を衝いて出た疑問に答える形で、イッセー君は自分が何をしたのかを説明し始める。

 

「「聖」と「魔」、「龍」の三つの力のバランスが崩れると、どうもしっかりと羽が出て来ないみたいです。だから、今はあえてそのバランスを崩しています。そして朱乃さん、それは貴女にも言える」

 

 その言葉を聞いて、私はハッとなった。

 

「僕が先程見せた様に、朱乃さんには生まれつき持っている六枚の堕天使の翼と、転生によって得られた二枚の悪魔の羽がそれぞれある筈なんです。ですが、その様に展開されないという事は……」

 

「私の中で悪魔の力と堕天使の力のバランスが狂っているから。そして、その原因は……ッ!」

 

 私はここで言葉が詰まってしまった。言わないといけない。でも、声を出そうとしてもなかなか出て来ない。それでも言葉を出そうとすれば、()()()()が目に浮かんでくる。

 ……フラッシュバック。これが、十年前から私を苦しめ続けている元凶。それでも私は拳を握りしめ、どうにかして言葉を出す事ができた。

 

「私が生まれ持った堕天使の力を。……いいえ、自分の生まれを拒絶しているから。それによって体の成長を止めてしまった、以前の小猫ちゃんの様に」

 

 ただ、強引に絞り出した私の声は、明らかに震えていた。

 

「その通りです。……そして済みません、朱乃さん。それを認めて口に出すのは、相当に辛かったでしょう。握り締めた手や声の震えで、それが解ってしまいました」

 

 イッセー君は申し訳なさそうに頭を深く下げて謝ってきた。それは違う。イッセー君には何の非もなかった。だから、どうにかして笑顔を浮かべながらイッセー君を許す事を伝える。

 

「いいの。気にしないで、イッセー君。……実はライザー様との対戦前の特訓の時にね、ロシウ老師に「このままでは、そう遠くない内に必ず成長が止まる」って言われていたの。ロシウ老師は解っておられたのですね、私が自分の生まれを拒絶している事に」

 

「そうじゃな。あの時、お主が魔力を使った際の違和感と気が付けば零れそうになる別の力を必死に抑え込もうとしている様を見て気付いたのじゃよ。……己の生まれ持った力を拒絶する様では、けして後が続かないとな」

 

 ロシウ老師から改めて現実を突き付けられた事でとうとう我慢の限界が来てしまった。私の瞳からは涙がポロポロと溢れ出してくる。本当は、こんな自分の情けない実情をイッセー君達に話したくはない。きっと幻滅されてしまうから。でも、それでもハッキリと伝えなければいけなかった。

 

「頭では解っているんです。受け入れなくちゃ。そうしないと、コカビエルとの決戦の時みたいに、いつか皆に置いて行かれるって。……でも、駄目なんです。幾ら頭でそう考えても、心が受け付けてくれないんです。私が生まれ持った堕天使の力を使おうとする度に、自分が堕天使の血を引いている事を認めようとする度に、母様を殺した奴等の声が、私を庇って殺された母様の姿が、私を激しく責め立ててくるの! 汚らわしい堕天使の子め、貴様など存在してはならないんだって! 貴様さえいなければ、母親は死なずに済んだって! いやぁ……! 違う、違うの。私、私はぁ……!」

 

 これが、私の限界だった。後はもう目に浮かぶ光景とその声に打ちのめされて、ただ自分を完全否定される恐怖に体が震え上がるだけだった。

 

「……兵藤君。例の件だが、改めてお願いしたい」

 

 そんな私の情けない姿を見た父様は暫く考え込むと、年下であるイッセー君に深く頭を下げて頼み事を始めた。

 

「どうか私の代わりに朱乃の事を見守って頂きたい。既に娘を持つ父親であり、また朱乃の可能性を見出した上に実演までしてみせた君であれば、私の娘を、朱乃を託す事ができる」

 

 それは、イッセー君に私の後見を頼む内容だった。私より年下のイッセー君に私の後見を頼む父様の考えが私には理解できなかったけれど、あの表情は本気だ。

 

「朱乃さんは既にグレモリー家の保護下にありますので後見もグレモリー家が行っていると言えますが、そういう事ではないのですね?」

 

「あぁ。確かにグレモリー家は朱乃に良くしてくれている。それは私も解っているし、後ろ盾としても申し分ない。だが、同時に朱乃の個人的な所まではどうしても踏み込む事ができないだろう。それに加え、私は堕天使だ。しかも重要な役職に就いている。だから、もし朱乃に個人的な問題が発生しても、私は駆け付けてやる事も側にいてやる事もできないし、堕天使を忌み嫌う朱乃もそれは決して望まないだろう。しかし、同じ主を頂く眷属仲間である君であれば、それができる筈だ。何よりアザゼルが堕天使の命運を賭ける程に信用し、また私達親子の個人的な問題にも真摯に向き合ってくれた君ならば、私も信用できる」

 

 でも、父様の真剣な表情を見て、私はあの日の八つ当たりでどれだけ自分が父様に酷い事を言ったのかを思い知らされてしまった。……そのせいで、父様はあの日からずっと苦しみ続けていたのだから。

 

「ご自身で朱乃さんを見守らなくても、本当にいいんですか? 貴方は朱乃さんの父親なんですよ?」

 

 イッセー君が念を押す形で再度父様の意志を確認するけれど、寂しそうな表情を浮かべた父様の意志は固かった。

 

「あぁ、構わない。それは結局の所、私の我儘に過ぎないのだ。私は最愛の妻を護れず、また妻との間に儲けた娘の心に深い傷跡を残す事しかできなかった情けない男だ。……本当なら遠くから見守るだけで、今回の様に直接顔を合わせるつもりはなかった。私と顔を合わせるだけで朱乃が傷付く事になるのは、分かり切っていたのだ。尤も、それにも関わらず、私は未練がましくも朱乃の事を何とか知ろうと色々と手を尽くしたのだがな」

 

 ここまで話をした所で、父様の表情が一変する。

 

「だが、今回はこうして君達が立ち会ってくれたお陰で、また朱乃の現状をハッキリと知る事ができた事で、私はようやく本当の意味で朱乃から離れる決心がついた。既に朱乃が一人前の大人になるまでしっかりと見守ってくれそうな者に目途が立った。ならば、後はここで父としての役目を終わらせればいい。それが、私が父として朱乃にしてやれる精一杯の事なのだ。……朱璃もきっと解ってくれる筈だ」

 

 そう言い切った父様の表情はとても穏やかで、完全に覚悟を決めた透き通ったものだった。

 

 父様との決別。それが今叶おうとしている。以前の私が望んでいた通りに。そして、父様は堕天使の幹部として一人生きて行くのだろう。……私の八つ当たりのせいで、あの優しい笑顔を永遠に封印したまま。

 

「待って!」

 

 ……気が付いたら、私は声を出していた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

ライザー眷属とのレーティングゲーム戦の時、主の将来を左右する重要な戦いにも関わらず朱乃が雷光を使わなかったのは、使いたくとも使えなかったから。
拙作では、その様に解釈しています。
また、バラキエルと朱璃の過去については拙作独自のものである事をご了承ください。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第四話 声よ届け

2019.1.11 修正


 非常に不味い方向に進みつつある流れを断ち切ったのは、朱乃さんの声だった。

 

「待って!」

 

 ……正直な所、非常に危ない所だった。もう少し話が進んでいたら、僕もバラキエルさんの申し出を受け入れるしかなくなっていた。そして朱乃さんは、おそらく一生後悔して生きていく羽目になっていただろう。

 ただ、バラキエルさんがここまで追い詰められていたとは、流石に思いもよらなかった。おそらくは奥さんである朱璃さんを護れなかった事と娘である朱乃さんの心に深い傷跡を付けた事で、己の無力と不甲斐なさをずっと責め続けていたのだろう。だから、朱乃さんが重度のPTSDで苦しんでいる事実を目の当たりにした事で、自分との関係を完全に断ち切った上で朱乃さんを個人的な所でも手助けできる人物に託す事を決断してしまったのだ。しかも僕には既に将来を誓い合っている女性がいる事を教えてしまったのも不味かった。普通なら同年代の異性という事でバラキエルさんに父親としての警戒心が働くのだろうが、これを知った事で僕が娘を安心して預けられる身持ちの固い男の様に見えてしまったに違いない。それに堕天使の指導者で旧友でもあるアザゼルさんに僕が信用されている事も重なって、僕の事を朱乃さんを託すに足る人物だと判断してしまったのだろう。

 もはや託される側である僕ではどうにも手の打ち様がなかったのだが、朱乃さんのお陰でとりあえず不味い流れを断ち切る事ができた。それだけに、この次に出てくる言葉でおそらく全てが決まる。僕にはそう思えた。

 だが、朱乃さんから次の言葉がなかなか出て来ない。さっきは殆ど条件反射に近い形で声を上げただけに、ここから何を言えばいいのか判断がつかないのだろう。……それに。

 

「朱乃、無理をしなくてもいい。……体が震えているぞ」

 

 バラキエルさんが言った通り、朱乃さんの体はPTSDによるフラッシュバックの影響で未だに震えていた。

 

「でも、私、私は……!」

 

 朱乃さんは何とか自分の気持ちを伝えようとするが、その度に震えが酷くなって言葉が出せなくなってしまっていた。このままでは、朱乃さんとバラキエルさんの親子関係が本当に終わってしまう。

 

 ……ならば、打つ手は一つだ。

 

「朱乃さん。バラキエルさん。この際ですから、朱璃さんの意見を直接聞いてみませんか?」

 

「……えっ?」

 

「それは一体どういう事かな?」

 

 僕の言葉に首を傾げる朱乃さんとバラキエルさんに対し、僕はこれから行う事について説明する。

 

「簡単に説明すれば、今からお二人の縁を頼りに朱璃さんの魂をここに降ろします。今の朱乃さんとバラキエルさんに一番必要なのは、きっと朱璃さんの想いを知る事だと思いますから。そんな事が本当にできるのかと言われれば、僕は神聖魔術を修めていてその奥義である降霊術も使えるので、できます。現にコカビエル達による聖剣盗難が発覚する少し前、聖剣に対する復讐心で暴走しかけていた祐斗に対し、降霊術で祐斗の「家族」と呼べる聖剣計画の被験者達の魂を呼び出して、その想いを祐斗に直接伝えてもらいましたから」

 

 僕は説明を終えると、部屋に備え付けてある通信機を使ってアザゼルさんに連絡を入れた。

 

『おう。どうした、イッセー?』

 

「アザゼルさん。今から僕達の部屋で光力が、イリナ達に割り振られた部屋で魔力が、それぞれ結構な強さで感知されると思います。ですが光力は僕、魔力はアウラのものですから、緊急事態として兵を差し向ける事のない様にお願いします」

 

 僕が用件を伝えると、アザゼルさんは首を傾げながらも了解してくれた。

 

『状況がイマイチ見えてこねぇが、解った。俺が警備班の連中に一声かけておく。それと念の為、この通信はこのまま繋いでおくぞ。映像を通してとはいえ、俺が実際にこの目で見ておかねぇと誰も納得しないからな』

 

「アザゼルさん、ありがとうございます」

 

 アザゼルさんへの連絡を終えると、次はアウラに念話を繋ぐ。

 

〈アウラ、一つお願いがあるけどいいかな?〉

 

〈どうしたの、パパ?〉

 

〈今から全力で降霊術を使用するから、その間だけ僕の魔力を預かってほしいんだ〉

 

 僕が魔力を一時預かる様に頼むと、アウラはどういう事なのかを解っているのですぐさま承知してきた。

 

〈うん、いいよ! ……でも、ママ達以外にはまだ()()をお披露目してないから、アザゼル小父ちゃんはビックリしちゃうかも〉

 

〈ハハッ、それもそうだね。まぁアザゼルさんには連絡を入れているし、映像通信を通して見ているからたぶん大丈夫だよ〉

 

 僕が既に最高責任者に話を通している事を伝えると、アウラは納得してくれた。

 

〈そうなんだぁ。……パパ、あたしの方は準備できたよ〉

 

〈解った。それじゃ始めるよ〉

 

〈ウン!〉

 

 アウラから準備ができた事を伝えられた僕は、早速自分の持つ全ての魔力をアウラに譲渡する。それにより、僕は光に包まれると共にその姿を大きく変える。

 僕には天使の光力と悪魔の魔力、そしてドライグのオーラが宿っている。逸脱者(デヴィエーター)である事を明かす前は、光力を自力で抑え込む事で四対八枚の赤い悪魔の羽と一対三枚の赤いドラゴンの羽を出していた。ならば、光力ではなく魔力を抑え込むとどうなるのか? また、魔力を抑え込むのではなく僕の「魔」を司るアウラに譲渡した場合はどうか?

 

 ……その答えが、これだった。

 

「天使……?」

 

「ホウ。四対八枚の天使の翼と三枚のドラゴンの羽、そして頭上に輝く天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)からドライグの赤いオーラと金色の聖なるオーラが入り混じった状態で放たれておるわ。確かに儂等はここ最近常に実体化してはやてを護衛する為にお主の側を離れておったから、流石にこれは見た事がなかったのう」

 

 ドラゴンと天使の特徴を併せ持つ存在へと変わった僕の姿を見て、朱乃さんは呆気に取られる一方でロシウは感心する様な台詞を口にする。

 

「あぁ。そう言えば、逸脱者だって事を世界中に明かす前は天使の力を抑え込む形で、一対三枚のドラゴンの羽と四対八枚の悪魔の羽が赤く染まったヤツを出していたんでしたっけ。要はそれを反対にしたって訳ですか」

 

 僕が今の姿になる為の基本原理をセタンタが口にした事で、バラキエルさんは朱乃さんに変装した際に僕がやってみせた事の裏事情を悟ったらしく、僕に確認を取ってきた。

 

「……そうか。先程の鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)の性能確認テストで朱乃に変装した際、朱乃本人ですらできない筈の堕天使化ができたのは君自身が天使化できるからなのだな」

 

「そうです。今の僕は悪魔としての魔力を一時的に「魔」を司るアウラに全て譲渡した上で天使としての「聖」の力をドライグのオーラで強化した状態ですから、当てはまるのはイリナと同じく龍天使(カンヘル)でしょう」

 

 今の龍天使形態について僕が簡単に説明すると、アザゼルさんは口を挟んできた。

 

『それとドラゴンの赤いオーラと光輝く聖なるオーラが入り混じっている事から、赤を二つ重ねた文字で「赤い」と「光輝く」の両方の意味を持つ「(あか)」を付けて赫の龍天使、カーディナル・カンヘルってところか』

 

「二つのオーラが入り混じった色は同じ赤でも朱に近いので、カーディナルよりはヴァーミリオンの方が適切だと一瞬思いましたが、この状態の僕のオーラの色と十字教の枢機卿が纏う礼服の色とを掛けているんですね」

 

 アザゼルさんの命名に納得した所で、僕はバラキエルさんと朱乃さんの二人に手を差し出す様に頼む。

 

「お二人とも、お手を。先程説明した通り、お二人の縁を利用して朱璃さんの魂をここに降ろします」

 

 僕の頼みを聞いた二人は差し出した僕の掌の上に自分達の手を重ねてきたので、僕は光力を使って降霊術を発動した。高速神言を利用して数時間に渡る呪文の詠唱を大幅に短縮しながら、二人に共通する縁を頼りに広大な冥界の何処かにいる朱璃さんの魂を探していく。……探索する事、数分。朱璃さんの魂は思ったより早く見つかった。どうも堕天使幹部の妻となり、その間に娘を儲けた縁によって、冥界でも堕天使領の方へと引き寄せられていたらしい。

 

「煩悶たる浮世より解き放たれ、安寧たる常世へと移り住みし者よ。我が声、我が求めに応じて今一度浮世へと立ち戻り、浮世の者達と言葉を交わし給え……!」

 

 僕が降霊術の呪文を詠唱し終えると、僕のそばに光力による魔方陣が形成される。その魔方陣から光が数秒間立ち上り、その光が収まるとそこには朱乃さんによく似た女性の魂がいた。その女性の魂を見た朱乃さんは、その瞬間に両手で口を押さえてしまう。

 

「あっ……。あぁぁぁ……!」

 

 朱乃さんはもはや言葉にならない位に、感情が高ぶってしまっている様だ。一方、バラキエルさんはその女性の魂を一目見ると、背を向けてしまった。……会わせる顔がない。そう言わんばかりに。この二人の余りに対照的な反応の中、朱乃さんによく似た女性の魂から笑顔で感謝の言葉を伝えられた。

 

『まさか、こうしてまた面と向かって朱乃やあの人と話ができるなんて思わなかったわ。ありがとう、兵藤一誠君』

 

「いえ。本来であれば今を生きている僕達が朱乃さんとバラキエルさんの手助けをしなければなりませんでしたが、力及ばず貴女にご協力を仰がなければならなくなってしまいました。むしろ、僕達は貴女に対してお詫びしなければならないとすら思っています。……姫島朱璃さん」

 

「母様!」

 

 そう、彼女こそがバラキエルさんの奥さんにして朱乃さんの母親でもある姫島朱璃さんだ。朱璃さんは笑顔のままで自分に任せる様に伝えて来る。

 

『こちらに降ろしてもらっている間に二人の現状は聞かせてもらったわ。後は私に任せて』

 

 朱璃さんはそう言うと、朱乃さんとバラキエルさんと向き合った。

 

「母様! 私、私……!」

 

『あらあら。朱乃ったら、そんなに大きくなったのにまだまだ寂しがり屋さんなのね。……でも、朱乃。まずは父様と話をさせてちょうだい』

 

 母親と再会した喜びの余りに言葉にならない朱乃さんの様子を微笑ましく見ていた朱璃さんだったが、まずは自分の方を向こうとしないバラキエルさんの方を優先した。

 

『あなた、こちらを向いてくださいな』

 

「朱璃。十年前に死んでしまったお前とこうして再び言葉を交わせるとは夢にも思わなかった。この様な奇跡を私達に齎してくれた兵藤君には、本当に感謝の言葉もない。……だが十年前、私達堕天使に恨みを持つ刺客達からお前を守り切れず、更には朱乃の心に取り返しのつかない深い傷をつけてしまった。そして、今もなお朱乃を苦しめてしまっている。そんな私にお前に会わせる顔などあろう筈がない」

 

 やはり、十年前の出来事は朱乃さんだけでなくバラキエルさんの心にも相当に深い傷跡を残した様だ。バラキエルさんは朱璃さんと顔を合わせようとせず、苦衷に満ちた表情で己の心中を語っていく。すると、朱璃さんが思いがけない事を告白してきた。

 

『それを言ってしまったら、私の方こそあなたと朱乃に会わせる顔がなくなってしまうわ。……十年前、あなたと朱乃を置いて勝手に死んでしまった事であなたと朱乃をずっと苦しめてしまった事を、私はずっと後悔していたんですから』

 

 朱璃さんの告白を聞いたバラキエルさんは、すぐさま振り向いて朱璃さんの言葉を否定する。

 

「それは違う! 違うぞ、朱璃! あれは私が、私さえ朱乃と約束した通りに一緒に家にいれば……!」

 

『だから、おあいこよ。あなた』

 

 話を遮ってきた朱乃さんの言葉に、遮られた本人であるバラキエルさんは呆気に取られた。

 

「おあいこ……?」

 

『そう。結局のところ、私達は二人揃って朱乃を置き去りにしてずっと苦しい想いをさせてしまったの。だから、おあいこ。そんな私達が今朱乃にしてあげなきゃいけない事は、たった一つ。そう、たった一つだけなのよ。あなた』

 

 朱璃さんからそう促されると、バラキエルさんは己のやるべき事を悟った様だ。その表情から苦衷の色が消えた。

 

「……そうか。そうだな、朱璃の言う通りだ」

 

 そして、バラキエルさんは朱乃さんに声をかける。

 

「朱乃、朱璃の近くに行こう。降霊術で呼び出されている朱璃は、その術式の起点になっている魔方陣から出る事ができない筈だ」

 

 バラキエルさんに促された朱乃さんは、少し戸惑いながらもバラキエルさんと並んで朱璃さんの元へと近寄っていく。やがて二人が降霊術の魔方陣の中に入ると、朱璃さんが朱乃さんを抱き締め、その二人をバラキエルさんが上から抱き締めた。

 

「母様? ……父様?」

 

 戸惑う朱乃さんに対し、バラキエルさんと朱璃さんは親としての想いを語っていく。

 

「朱璃を目の前で失ったお前に対して私がやらなければならなかったのは、お前からの拒絶に身を竦ませる事ではなく、こうしてお前を抱き締めてその悲しみと恨みを全て受け止めてやる事だった。……十年も遅れてしまって済まなかった、朱乃」

 

『朱乃。確かに父様はこれまでたくさんの人達を傷付けてきたかもしれない。でもね、父様が私と朱乃を愛してくれているのは本当なの。そして、私も朱乃と父様の事を愛しているわ』

 

 そして、朱璃さんは朱乃さんを苦しめている言葉を完全に否定してみせた。

 

『だから、朱乃はけして汚らわしい子ではないし、存在してはならないなんて事も絶対にないの。だって、朱乃は私達に望まれて生まれてきたのだから』

 

 ……この言葉が、朱乃さんの何かを変えた。

 

「……い」

 

 余りに小さくてよく聞き取れなかったが、僕は安堵した。これなら大丈夫だと。

 

「……なさい」

 

 何故なら。

 

「ごめんなさい、父様!」

 

 心に負った深い傷の為に本当の気持ちを伝えられずにいた少女が、今その全てを乗り越える事ができたのだから。

 

「朱乃?」

 

「違う、違うの! 十年前のアレは唯の八つ当たりだった! 何かに当たらないと、私がどうにかなりそうだったの! だから、あんな酷い事を、父様に……」

 

 朱乃さんが涙を流しながらも本当の気持ちを伝えていくが、バラキエルさんはまだ自分を責めていた。

 

「いや。あの時お前の言った通り、私が間に合わなかったのは事実だ。そして私が堕天使だったから朱璃は……」

 

「でも、そのせいで父様はずっと苦しみ続けた! 母様が殺されて悲しいのは父様も一緒なのに、本当は私が父様の側にいなければいけなかったのに! でも、素直になれなくて、父様が悪いと思い込んで、そう思わないと心が死んでしまいそうで、それがそのまま今までズルズル来てしまって、父様にそんな決断をさせるところまで追い詰めてしまって。私、私……!」

 

 朱乃さんはとうとう泣き出してしまった。それを見たバラキエルさんは朱乃さんの頭に右手を乗せてそっと撫でる。

 

「……朱乃、済まない。私がもっと早く勇気を出して、お前としっかり向き合っていれば良かったのだ。例えどんな目に遭おうともな。そうすれば、お前の気持ちにもっと早く気付けた筈だった」

 

 朱乃さんはバラキエルさんの顔を見て、自分の本当の想いをはっきり告げた。

 

「父様、今まで酷い事を言ってごめんなさい。……私は、今でも父様の事が大好きです」

 

「私もだ。お前が生まれてから、一日たりともお前の事を考えなかった事はなかったよ。……愛する朱璃との間に生まれた我が最愛の娘、朱乃よ」

 

 二人はそう言うと、静かに見守っていた朱璃さんと一緒にお互いを抱き締め合っていた。……途切れかけていた家族の絆は、今確かに再び繋がったのだ。

 一部始終を見届けた僕達はこの部屋を出る事にした。その前に姫島家の三人に注意点を伝えておく。

 

「折角の家族水入らずですから、ここで邪魔者は退散します。その前に一つだけ注意点を。僕が降霊術を維持できるのは、天使の力に特化した今の状態でも一時間が限界です。それが過ぎれば自動的に降霊術が解除されますので、どうか心残りのない様にお願いします」

 

『えぇ。解ったわ』

 

「ありがとう、兵藤君」

 

「イッセー君。こんなに素敵な時間をくれて、本当に感謝しますわ」

 

 姫島家から三者三様の感謝の言葉を受けて、僕達はこの部屋を出た。

 

 

 

 部屋を出た後は入り口のドアの側で時間を潰す事にしたのだが、十分程話をした所でレオンハルトから質問を受ける。

 

「一誠様。今のお姿を踏まえての事なのですが、以前お見せになられていたお姿についてはどうなっているのでしょうか?」

 

「実はこちらも少し変わっていて、元々ドライグのオーラの色に染まっていた羽の色の赤みが更に増して紅色に近くなっているんだ。おそらく悪魔としての魔力の色が人間だった時の魔力光と同じ赤で、今の龍天使形態と同様にドライグのオーラと混じり合う様になったからだと思う。二つの赤が重なっているのと種族としては悪魔とドラゴンの合成種である事から、アザゼルさんに倣って赫の龍魔、クリムゾン・キメラと言ったところかな」

 

 僕がレオンハルトの質問に答えると、ロシウがある事を指摘して来た。

 

「……どちらも言葉の頭文字がCで重なっておるの。さしずめC×C(シー・シー)と言ったところか。それならば、いっそ赤を二つ重ねた赫に因んでC×Cをカーディナル・クリムゾンとし、後はアライメントで区別すれば収まりが良かろう。赫の龍天使は秩序を重んじる天使である事からC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)、赫の龍魔は束縛を厭う悪魔である事からC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()C(カオス)と言った所かの」

 

 ロシウの指摘に対してすぐに同意してきたのは、レオンハルトでもセタンタでもなかった。

 

「成る程な。イッセーはドライグの赤に聖なる輝きや魔性の赤を加える事で新たに「聖」や「魔」に特化する二つの赫を生み出し、己の可能性を更に広げちまったって訳か。やれやれ、イッセーの底が全然見えてこねぇ。……いや、以前オーフィスが自分とは違う形の無限を秘めていると言った様に、お前の場合はそもそも底なんてものがないのかもしれねぇな」

 

 話に加わってきたアザゼルさんに対して、僕は声をかける。

 

「アザゼルさん、こちらに来たんですか」

 

「あぁ。イッセーが随分と面白い事をやってみせたからな、映像越しじゃ我慢し切れなくなってつい来ちまった。……それとだ、イッセー。アイツ等の事、本当にありがとうな。お前じゃなかったら、たぶんここまで上手くいかなかった筈だ」

 

 アザゼルさんから朱乃さんとバラキエルさんの軋轢を解消できた事へのお礼を言われるが、それについては少し違う事をアザゼルさんに伝える。

 

「いえ、お礼には及びませんよ。本当なら今を生きている僕達が何とかしなければいけなかったのに、結局は亡くなられてから十年も経つ朱璃さんの力をお借りしなければいけなかったんですから。なので、その感謝の言葉は僕ではなく、僕の呼び掛けに応じてくれた朱璃さんにこそお願いします」

 

「じゃあ、後でお前から伝えておいてくれ。限られた家族水入らずの時間に割って入る様な野暮な真似、俺にはとてもできねぇからな」

 

 アザゼルさんから朱璃さんへの伝言を頼まれ、その理由についても納得のいくものだったので、僕はそれを承諾した。

 

「確かにそうですね。解りました、降霊術が解除される時に伝えておきます」

 

 そうして、時間潰しの為の会話を再開しようとした時だった。

 

「えい!」

 

 僕の後ろで転移用の魔方陣が展開されたと思ったら、そこから赤く長い髪の少女が僕の背中に抱き着いてきた。年の頃は僕やセタンタと同年代だと思うが、女性としては160 cm後半とイリナより少し高めでそれに合わせる様に胸がイリナより少し大きかった。

 

「全く、しょうがない子だ」

 

「エヘヘ~」

 

 僕はこの少女の無邪気な行動に苦笑するも、背中から引きはがそうとは思わなかった。僕が肩の方に来ていた少女の頭をそっと撫でてやると、彼女はとても幸せそうな表情を浮かべる。僕達のこうしたやり取りを見たアザゼルさんは、早速僕をからかって来た。

 

「おいおい、イッセー。すぐ近くにイリナがいるってのに、俺達の目の前で堂々と浮気か?」

 

 だが、この少女の魔力の波動に明らかに覚えがあったらしく、アザゼルさんは驚きの表情を浮かべる。

 

「おい、ちょっと待て。この魔力の波動は、まさか……!」

 

 その表情を見た少女はまるで仕掛けた悪戯が成功したと言わんばかりの無邪気な笑顔を見せた。

 

「そうだよ、アザゼル小父ちゃん。あたし、アウラだよ」

 

「だから、このやり取りは浮気でも何でもなく、ただの親子のスキンシップですよ。アザゼルさん。……それと実を言えば、C×C・Lについてはアウラに僕の魔力の全てを譲渡する事の方が主な目的で、龍天使化はあくまで副産物なんです」

 

 アウラと僕がネタばらしをした所で、アザゼルさんはアウラの今の状態に変化させる目的が何なのかをすぐに悟った。

 

「あぁ、そういう事か。つまり、アウラが襲われた時にイッセー達が側にいない場合の緊急回避ってところだな。確かにイッセーの悪魔としての魔力を全て受け取っているだけあって、魔力の強さは上級悪魔の中でも上位にいるリアスとそう変わらねぇからな。誰かが助けに来るまでなら、十分持ち堪えられるだろう」

 

「えぇ。それに合わせて、アウラには精霊魔法と自然魔法の基礎の他に防御主体の体術も教えています。倒す事よりも守る事を優先してほしいですから」

 

 アザゼルさんにアウラの緊急対応について補足説明をしたところで、セタンタがある懸念を伝えてきた。

 

「しかし、今のお姿がアウラお嬢さんの十年後だとすりゃ、野郎共がまず放っておかないでしょう。大変ですね、一誠さん」

 

「確かにセタンタの言う通りだけど、アウラは割と考え方や人を見る目がしっかりしているから、その辺は余り心配してないよ」

 

 僕がアウラの将来について話をしていると、アウラが頬を膨らませる。

 

「ムゥ。パパ、皆とばかり話していないであたしとお話ししてよ」

 

 アウラが子供らしい我儘を言って来たのを見たアザゼルさんは、大笑いを始めてしまった。

 

「ハッハッハッ! 体はでっかくなっても、心はそのまんまか!」

 

「じゃが、変に体が大きくなった時だけ心が成長しても、けして良い事にはならんからの。むしろこれくらいでちょうど良いのじゃよ」

 

 確かにロシウの言う事にも一理あった。僕の魔力を預かっている時だけ心が成長するとなれば、いつかどこかで大きな歪みが出る。それを思えば、体だけ大きくなって心はそのままである今のアウラは健全だと言えるだろう。

 

「解ったよ、アウラ。ただ降霊術を維持しないといけないから、ここを離れる訳にはいかないんだ。だから、ここで立ち話するしかないけど、それでいいかな?」

 

「ウン!」

 

 だから、今はこうした親子としてはごく普通のやり取りを大切にしていこう。アウラが成長して様々な人と接していく事になる中で、そうした経験が大きな糧となる筈だから。

 

 

 

 僕達が部屋を出てから一時間後。アウラだけでなく突然転移したアウラを探しに僕の元に来たイリナとはやて、レイヴェルも加わって立ち話をしていると、降霊術が解けたのを察知した。この場を離れていく朱璃さんの魂にアザゼルさんの伝言を念話で伝えてから暫くすると、朱乃さんとバラキエルさんが部屋から出てきた。そして二人揃って頭を下げて、感謝の言葉を伝えて来る。

 

「イッセー君、ありがとうございました。お陰で私は自分の事を好きになれそうですわ」

 

 そう言いながら展開した羽には、堕天使の翼と悪魔の羽が一対ずつ揃っていた。どうやら、朱璃さんを交えて家族三人で話をした事で心の傷がだいぶ癒された様だ。

 

「あの後、朱璃から散々叱られたよ。だが、そのお陰で私もようやく前を向く事ができそうだ。兵藤君、朱璃と話をさせてくれた事、改めて感謝する」

 

 バラキエルさんの方も先程まで漂わせていた危うさがなくなっていた。朱璃さんと話をした上に朱乃さんとも和解できた事で、心のしこりが取れたからだろう。これでこの二人はもう大丈夫だ。

 

「そうですか、それは良かった」

 

 僕が二人の感謝の言葉を素直に受け取ると、アザゼルさんがご機嫌な表情でバラキエルさんに絡んできた。

 

「おい、バラキエル! 今夜は飲むぞ、俺に付き合え!」

 

「あぁ、いいだろう。私も今夜はトコトン飲みたい気分だ」

 

 バラキエルさんも口に笑みを浮かべると、二人で肩を組みながらこの場を離れていった。きっと男二人だけで酒を酌み交わすのだろう。

 

「ヤレヤレ、仕方のない連中じゃな。まぁ、気持ちは解らんでもないがの」

 

 ロシウは苦笑交じりでそう言ったものの、二人の心情には理解を示していた。そしてアザゼルさんとバラキエルさんが角を曲がって見えなくなった所で、朱乃さんから声を掛けられる。

 

「イッセー君。つい先程私の可能性として見せて頂いた雷光を超える雷ですけど、名前が決まりましたわ。まだ雷光すら覚束ないのに気が早過ぎるとは思いますけれど」

 

 朱乃さんはそこで一旦言葉を切ると、一度呼吸を整えてから雷光を超える雷の名前とその由来を話し始めた。

 

「……光魔の御雷(みかずち)。光は父様の光力、魔はリアスの魔力、そして御雷は母様の実家が神道の大家である事にそれぞれ因んでみましたわ」

 

「光魔の御雷ですか。……良い名前ですね」

 

 僕が光魔の御雷という名前に抱いた印象を朱乃さんに伝えると、朱乃さんは笑みを浮かべた。その笑みは普段見ている妖艶なものと異なり、年相応の可愛らしいものだった。

 

「ありがとうございます。いつかこれを使える様になったら、この名前を使わせて頂きますわね。では、私もこれで失礼しますわ。イッセー君」

 

「えぇ。では、また明日」

 

 朱乃さんは僕と別れの挨拶を交わすと、割り当てられた部屋へと戻っていった。

 

 

 

 こうして、若手悪魔の会合から神の子を見張る者(グリゴリ)本部への訪問、人工神器(セイクリッド・ギア)のテスト、そして姫島家の家族問題と大きな出来事が幾つも重なった一日が無事に終わった。堕天使領から天界、高天原と続く長い外遊の初日としては上々と言えるだろう。

 ……後は、ここ堕天使領でのスケジュールを一つ一つ確実にこなしていくだけだ。

 




いかがだったでしょうか。

これでようやくグレモリー眷属の古参組の覚醒イベントが全員分終了しました。今後の活躍にご期待下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第五話 アウラの日記

2019.1.11 修正


 神の子を見張る者(グリゴリ)本部の滞在二日目。既にこの日のスケジュールを消化し終えた僕達は、それぞれの部屋に戻って寛いでいた。そして今、寝室にいる僕の目の前では等身大化したアウラが鉛筆で小さなノートに書き込みをしている。そこにこの部屋に入って来たイリナが僕に話しかけてきた。なおアウラは書き込みに集中していて、イリナが来ている事にまだ気づいていない。

 

「アウラちゃん、こっちでも日記を書いてるんだ」

 

 ……実は、イリナが言った様にアウラは今日の分の日記を書いている最中だ。切っ掛けとなったのはギャスパー君の停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)の制御問題と生徒会によるプール掃除が重なってしまった為に僕とアウラが初めて別々に行動した事だ。この日の出来事をアウラに聞かせてもらっていると、アウラが日記を書きたいと言って来た。「何日も会えない日が続いても、これでその時にあった事をパパに教えてあげるの」との事だったので、僕は幼稚園児でも書ける様な小さな日記帳を買って来てアウラに渡した。そうしてアウラは日記を書き始めたのだが、正直なところ僕は一週間で飽きが来るのではないかと思った。しかし、日記を書き始めてから一月が経とうとしている今もなお、アウラは一日も欠かさず書き続けている。そして日記を書き終わると、僕やイリナに読ませてくれるのだ。日記の内容についてはその日あった出来事がアウラの視点で書かれてあるので、これがまた結構面白い。その為、一日の終わりにアウラの日記を読ませてもらうのがここ最近の楽しみとなっている。

 

「あぁ。今も今日あった事を思い出しながら一生懸命書いているよ。アウラの日記は結構面白いから、最近は読むのが楽しみになっているんだ」

 

 ここで僕がアウラの日記に対して思っている事を伝えると、僕の隣に座ってきたイリナは満足げな笑みを浮かべる。

 

「そっか。そういう事なら、ソーナがアウラちゃんに日記を書いてイッセーくんに読んでもらう事を提案した甲斐があったって訳ね」

 

 イリナの口から発案者について思っていた通りの答えが出てきたので、僕は少しだけ意地悪をする事にする。

 

「提案したのは、やっぱりソーナ会長だったか。イリナじゃここまで気の利いた事は考え付かないからね」

 

「もう、イッセーくんったら。そういう事言っちゃうの?」

 

 すると、明らかに拗ねた様子でイリナが責めてきたので、僕は素直に謝った。

 

「ゴメンゴメン、流石に言い過ぎたよ。ただイリナって、「それよりも今のアウラちゃんを動画に撮ってイッセーくんに見せるわよ~」って言いそうなイメージだからさ。しかもいざ動画を撮ろうとしたら撮影に必要な機材が手元になくてがっかりするところまででワンセットかな」

 

 僕がイリナのイメージを伝えると、イリナは肩を落としてしまった。

 

「うっ。確かに私って割と突発的に行動するところがあるから、イッセーくんの言った通りになるかも。……イッセーくんって、本当に細かい所まで私の事が解っちゃうのね」

 

 そう言って恨めしそうに僕を見て来るイリナに、僕はお詫びの印としてイリナの肩を抱き寄せると額に軽くキスをした。

 

「これで許してくれる?」

 

 本当は額でなく唇にするべきなのだろうが、これで満足してもらわないと流石に色々と不味い。何せ、日記を書くのに夢中になっているが、アウラが目の前にいるのだから。

 

「うん、許してあげる」

 

 もちろんイリナもその辺りは解っているので、満足げな笑みを浮かべた。

 

「……です。ウン、これで出来上がり!」

 

 ノートに書き込んでいたアウラはそう言って顔を上げると、満足げな笑みを浮かべた。それでようやくイリナが来ている事に気付いたアウラは、イリナに日記を差し出した。

 

「あっ、ママ! ……今、日記を書いたばかりだけど読んでみて?」

 

「えぇ。イッセーくんと一緒に読ませてもらうわね」

 

 イリナがそう答えてアウラから日記を受け取ると、僕に寄り添いながら日記帳を広げる。それを見たアウラは僕にも日記を読む様に頼んできた。

 

「ねぇ、パパ。ママと一緒に読んでくれる?」

 

「そのつもりだよ、アウラ」

 

 僕はアウラにそう伝えると、イリナと一緒に今日の分の日記を読み始めた。

 

 

 

『20XXねん7がつ29にち はれ

 きょうは、きのうみたいにいろんなことがありました。さいしょに、そうちょうたんれんにエルレおばちゃんがさんかすることになりました。この時にバラキエルおじちゃんも来たけど、あけのお姉ちゃんのせんせいなのでちょっとちがいます。それではやてお姉ちゃんがエルレおばちゃんとしあいをしたんだけど、はやてお姉ちゃんもエルレおばちゃんもすごくつよかったです。ただ、エルレおばちゃんとたたかっている時のはやてお姉ちゃんはちょっとこわかったです』

 

 まずは早朝鍛錬の際に行われたはやてとエルレの模擬戦について書かれてあったので、僕はイリナと二人でその時の事を振り返る。

 

「あぁ、あれか。確かに色々凄かったな」

 

「ホントよね。はやてちゃんがグリューヘン・メテオールを使えば、エルレは全身から雷霆の魔力を放って迫ってきた魔力弾を全て撃ち落とすし、エルレがお母さんの形見の矛であるマイムールによる突撃(チャージ)を仕掛けたら、はやてちゃんは防御魔法で受け止めた後でブレイクインパルスなんて近接攻撃系における最強クラスの魔法を使おうとするし、二人とも模擬戦なのに本気で真剣勝負していたわね」

 

 イリナの言う通り、はやてとエルレは模擬戦でありながら本気の真剣勝負を。……いや、アレは明らかに命懸けの死闘を繰り広げていた。その為、最終的にははやてが砲撃魔法では最強のギガ・プラズマを放つと、エルレはマイムールに雷霆の魔力を注ぎ込んだ上で電磁加速によって亜光速にまで引き上げられた投擲術で対抗するというどちらが勝っても洒落にならない事態にまで陥ってしまい、皆がこの激突の余波に巻き込まれない様にする為、僕とロシウ、計都(けいと)、そしてサーゼクスさん一家の付き添いで今日の早朝鍛錬に参加していたマクレガーさんの四人で防御結界を張る羽目になってしまった。結局はお互いの攻撃を相殺し切った所で力を使い果たしてしまい、そのまま倒れ込んで引き分けに終わったのだが、はやてとエルレがここまでの死闘を繰り広げた背景にはやはり僕に下された嫁取りの勅命があった。

 

「はやては全力でぶつかる事で、皆の不満を代弁したんだ。納得がいかない、いく訳がないってね。そして、エルレはそれを避ける事も受け流す事もせずに真正面から受け止めた。昨日、イリナに言った事をはやてに対して実行したんだ」

 

 ……エルレは変な所で不器用で、だからこそとても優しい女性だった。

 

「エルレ小母ちゃん……」

 

 アウラがエルレに想いを馳せると、イリナが暗くなってしまった雰囲気を変えようと明るい声で話しかけてきた。

 

「でもだからこそ、模擬戦が終わった後のはやてちゃんはとてもスッキリした顔をしてたじゃない。この辺りはやっぱり年の功なのかしらね?」

 

 ……実際その通りなのだろうが、本人にはけして聞かせられない言葉だろう。僕はそれをイリナに伝える。

 

「その台詞、エルレが聞いたらたぶん怒ると思うよ。「年の功なんて言われる程、俺はまだ老けてねぇ!」ってね」

 

「そうかな? エルレなら、むしろ気にする素振りも見せずにさらっと流しちゃいそうな気もするけど」

 

 何度か接して話もした事でエルレの為人をある程度は掴めているが、確かにイリナの言う事も十分あり得る。ただ、やはりエルレには「年の功」という言葉を言わない様にイリナに言い聞かせる。

 

「それもあり得そうだけど、今の台詞はやっぱりエルレには黙っておこう。女性が好き好んで聞きたい台詞でもないだろうしね」

 

「それもそうね」

 

 僕の意見に対してイリナが納得した所で、僕は模擬戦の後の出来事について触れる事にした。

 

「それではやてとエルレの模擬戦が終わった後なんだけど、実はアザゼルさんがブレイクインパルスについてかなり真剣に基本原理や術式構成をはやてに訊いていたんだ。あの分だと、近い内に人工神器(セイクリッド・ギア)で再現するつもりなんじゃないかな?」

 

「……それ、ちょっと怖いかも」

 

 杖または素手で接触する事で対象の固有振動数を解析し、それに合わせた振動エネルギーを叩き込んで粉砕するというブレイクインパルスの絶大な破壊力を知っているイリナは、それを再現した人工神器が猛威を振るう様を思い浮かべたらしく、顔が少し青褪めていた。それを見た僕は、話題を変える為に今日の分の日記を読み進めていく。

 

 

 

『そのあと、パパとママ、はやてお姉ちゃん、レイヴェルおばちゃん、あけのお姉ちゃんといっしょにグリゴリのほんぶの中をけんがくしました。セイクリット・ギアをけんきゅうしているだてんしさん達はまるでアザゼルおじちゃんみたいにパパとたのしそうにおはなししてたけど、あたしにはむずかしくてちょっとしかわかりませんでした』

 

 次に書かれていたのは、本部にある様々な施設の視察についてだった。施設の説明を担当した堕天使の研究者達との意見交換については僕自身もかなり良い勉強になったが、驚いたのはアウラがそれを少しだけでも理解していた事だった。現に余りに専門的過ぎて全く話についていけなかったイリナは、アウラの頭を撫でて褒めている。

 

「私にはさっぱり解らなかった事をちょっとでも解っちゃうなんて、アウラちゃんって本当に頭が良いのね」

 

「エヘヘ~」

 

 イリナに褒められて無邪気に喜んでいるアウラだったが、念の為にどれくらい話について行けていたのかを確認する。

 

「因みに、アウラはどんな事が解ったのかな?」

 

「えっとね。パパは神器の事を神様が人間に遺した可能性の種だって言った事。あたし、それを聞いて、神様って祐小父ちゃんが魔剣創造(ソード・バース)和剣鍛造(ソード・フォージ)に変えたみたいに普通の神器からパパやヴァーリ小父ちゃん、それにレオお兄ちゃんみたいな神滅具(ロンギヌス)に成長させてほしかったのかなって、そう思ったの」

 

 ……僕が研究者達に伝えたかった事を、アウラは確かに理解していた。このアウラの考えを聞いたアザゼルさんは、一体どの様な反応をするのだろうか?

 

「神器を神滅具に成長……?」

 

 イリナはアウラの考えに首を傾げているので、僕はここで補足説明を入れた。

 

「アウラの言う通りだよ。僕は礼司さんや瑞貴、セタンタと一緒に色々な場所にいた子供達を助けていく中で、子供達に宿っていた様々な神器に触れる機会があった。もちろんそれだけでなくて、妖怪や悪魔、堕天使のハーフやクォーター、更には先祖帰りを起こした子は神器とはまた異なる異能を秘めていたんだけど、そうした様々な可能性に触れていく中で僕はある考えに思い至ったんだ。聖書の神が様々な力を持つ神器を作り、それを信仰で区別する事なく人間やその血を引く者に与えたのは、始祖であるアダムが知恵の実を食べた事で得た進化の可能性に期待したからじゃないかってね」

 

 ……その一方で、自ら手掛けた神器を人間に秘められた未知の可能性と交える事でバグやイレギュラーを誘発して己を含めた神をも打倒し得る力を生み出し、それをあらゆる神話と繋がっている人間という種族に与える事でその力を作り与えた自分を崇拝させると共に自分以外の神への畏怖や敬意を損なわせる事で人間からの信仰を独占する。それもまた聖書の神が神器を作った目的の一つである筈だ。

 ただ、流石に十字教の敬虔な信者であったイリナに対して、僕の考えをここまで伝えるつもりはない。僕自身、聖書の神に対して辛辣過ぎると思っているからだ。

 

「私達人間に対して、主がそこまでご期待になられていたなんて……!」

 

 それに、僕の考えを聞いてイリナが感動しているのを台無しにしたくないという思いもある。だから、ここで話を打ち切って日記の続きを読んでいく。

 

 

 

『パパやママといっしょにいろいろなところをけんがくしているとちゅうで、ヴァーリおじちゃんたちがやってきました。げんきいっぱいのクローズお兄ちゃんもいっしょです。それにはじめてあった時もそうだったけど、ヴァーリおじちゃんのお友だちはみんなパパにきょうみがあるみたいで、びこうお兄ちゃんもアーサーお兄ちゃんもパパにいっぱいはなしかけていました。それと、ルフェイお姉ちゃんはまほうをおしえてくださいって、いっしょうけんめいパパにたのんでいました。あの時のパパは、まるでママにしかられているみたいにタジタジになってて、ちょっぴりなさけないとおもいました』

 

 ここまで読み進めた時点で、イリナがクスクスと笑いながら僕に話しかけてきた。

 

「……だって。イッセーくんって、ルフェイさんにだけは敵わないのよね」

 

 明らかにからかっているイリナに対して、僕は少しだけムッとしながらも何故ルフェイがあれだけ積極的に出ているのかという推測を述べる。

 

「ルフェイもやっぱり魔法使いの一人なんだろうね。ヴァーリやアーサーさんの話だと普段は極々普通の女の子なんだけど、事魔法になると途端に人が変わってしまうみたいだよ」

 

 ……それだけに、あくまで純粋な知的好奇心と向上心から僕に教えを請いにきているルフェイに対して、僕も無下に退けるのは何処か憚られた。

 

「ただ、それなら僕でなくはやてやロシウに教えを請えばいいんだけどね。次元世界の魔法を収めた夜天の書を持つはやてや夜天の書すら上回る数の魔法を修めているロシウの方が、僕よりもずっと教わる事が多いだろうに……」

 

 僕はルフェイに対する愚痴を零しながら、深い溜息を一つ吐く。すると、イリナからルフェイがあくまで僕から魔法を教わる事に拘っている理由に関する推測を述べてきた。

 

「それって、イッセーくんがこの世界における()(どう)(りき)の開祖なのと、自然魔法という全く新しい理論に基づく魔法体系を築き上げちゃったからじゃないかしら?」

 

「やっぱりそうなるのかな? ……仕方ない、ルフェイには後で自然魔法の基礎だけでも教えるとするか。それで少しはマシになってくれるといいんだけどね」

 

 ……尤も、逆効果になるのではないかという不安もあるのだが。

 

 ルフェイに対する今後の接し方についてとりあえずの方向性を見出したところで、アウラが僕にある事を尋ねてきた。

 

「でも、パパ。どうしてアーサーお兄ちゃんから支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を譲ってもらわなかったの?」

 

 ……そう。実はヴァーリ達が独自に入手した情報とペンドラゴン家に伝わる伝承を照らし合わせた結果、支配の聖剣が発見されたのだ。そして現在は聖剣使いであるアーサーさんが支配の聖剣を所持している。その為、アウラはすぐ側に最後のエクスカリバーがあるのになぜ僕が手を出そうとしないのか、不思議でならないらしい。もちろん、それには理由がある。

 

「簡単に言えば、支配の聖剣を譲ってもらう為の代価を僕がまだ用意できていないからだよ。確かにオーフィスとの再戦に備えて真聖剣を完成させなければいけないけど、だからといって「ただで譲って下さい」なんて流石に筋が通らないしね。だから、時間を見つけてその代価を準備しようと思っているんだ」

 

 ただ、こうなると支配の聖剣そのものとそれを手に入れるまでに費やした時間や資源に見合うものを用意しなければならなくなる。それこそ、余りに強大な力を秘めていた為に先代騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王が早々に秘匿した武具を提供する必要があるだろう。最有力候補としては、アイルランドの巨人王を打ち破った時の戦利品であり、選定の剣ことコールブランドですら切れなかった巨人王の蛇の装具を一太刀で切り落とした事から一時期コールブランドを甥のガヴェインに預けて自ら腰に帯びたという逸話もあるマルミアドワーズが挙がる。だが、このマルミアドワーズはギリシャ神話における火と鍛冶の神であるヘパイストスによって鍛えられたという神造兵器である上に最初の所持者がこれまたギリシャ神話の大英雄であるヘラクレスだ。それを踏まえると、外交戦略の一環としてギリシャ神話との関わりが深いマルミアドワーズをギリシャ神族に返還すれば、こちらに対する悪感情を多少は緩和する事ができるだろう。そうなると、護身用の短剣でありながら一太刀で魔女を一刀両断したというカルンウェナンが次の候補に挙がるが、流石にそれだけでは少々不足がある。あるいは先代が最期の戦いであるカムランの戦いにおいて使用したロンゴミニアドと反逆者であるモルドレッドが宝物庫より持ち出したクラレントが戦後の混乱によって所在不明になっているので、八卦を用いて見つけ出した上でカルンウェナンとセットにするべきか。

 ……先代騎士王の末裔から聖剣エクスカリバーの欠片を利用した複製品を譲ってもらう為に、先代騎士王がかつて所有していた武具と交換する。何とも奇妙な話になったものだ。

 僕が支配の聖剣を譲ってもらう為の方策を考えていると、イリナがクローズについて触れてきた。

 

「……クローズ君、元の元気でやんちゃな男の子に戻っていたわね」

 

「あぁ。無理に明るくしている様子もなかったから、ヴァーリ達との旅を楽しんでいるのは間違いないよ。やっぱり、カテレアさんが自分の側にいるのが大きいんだろうね」

 

 すっかり元通りになったクローズを見て、僕達は安堵の息を漏らした。ヴァーリ達と行動を共にさせる事で一時悲しみを忘れさせると共に一人ぼっちでない事を実感させるという試みは無事に成功を収めたのだ。そうして、話はやがてクローズの持つ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のレプリカに宿っているカテレアさんへと及んでいく。

 

「それにしても驚いたのは、ロシウから術式について説明を受けていたとはいえ、カテレアさんが赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)を修得していた事だよ」

 

「そうそう。クローズ君の体から(キング)の駒が出て来て先代レヴィアタンの魔方陣を通ったら、そこからカテレアさんが実体化するんだもの。あれには流石にびっくりしたわ」

 

 ……実はクローズと暫く話をしている内にカテレアさんに関する話題となったのだが、そこでカテレアさんがいきなり赤龍帝再臨を使用して実体化してみせたのだ。これには流石に僕も驚いたし、その場にいた他の皆も同様だった。しかも、赤龍帝再臨を使用する上で必要なのは何も術式だけではないので、それを知っている僕は特に驚いた。

 

「赤龍帝再臨には普通に唱えると十時間はかかる長い呪文があるから、実際に使おうとすれば高速神言がどうしても必須になるんだ。その高速神言をカテレアさんは半月ほどで修得した訳だから、二重の意味で驚いたよ」

 

「カテレアさん、何気に純血の上級悪魔としては珍しい努力家だったのね」

 

 イリナはカテレアさんの事を純血の上級悪魔としては珍しい努力家だと言ったが、それだけではない。貴族階級に属する純血悪魔は基本的に自らを鍛える事をしない。それは貴族階級に属する純血悪魔が生まれつき強大な魔力を持っており、その魔力を使いこなせる様になってしまえば暴力で殺される心配がほぼなくなるからだ。それどころか、自分を鍛えて直接的な暴力を高めるよりは貴族社会を強かに生き延びる為に必要な人脈の構築に力を注ぐ方が理に適っているという世知辛い現実もある。ましてカテレアさんは先代魔王であるレヴィアタンの直系なので、その傾向はより顕著だ。そうした貴種として積み重ねてきた千年以上の歩みを覆しての偉業なので、カテレアさんには本当に頭が下がる。

 

「でも、そのお陰でクローズはすっかり元通りだし、レヴィアタンの特性である無敵鱗(インビジブル・スケイル)の扱い方をカテレアさんから直接教わる事ができる様になった。だから、これでいいんだよ」

 

 以前、僕がオーフィスに屈することなく立ち向かう様をセラフォルー様は「お父さんパワーを全開にした」と表現した。ならば、今のカテレアさんはお母さんパワーを全開にしていると言ったところだろう。どうやらまた一人、一人の親として尊敬できる人に出逢えた様だ。そうして父親として気持ちを新たにしたところで、アウラの日記を再び読み始める。

 

 

 

『それで、クローズお兄ちゃんやヴァーリおじちゃんたちもいっしょにべつのおへやにいくと、そこにはセイクリッド・ギアのれんしゅうをしていたお兄ちゃんたちやお姉ちゃんたちがいました。お兄ちゃんたちやお姉ちゃんたちはあたしとクローズお兄ちゃんとあそんでくれて、あたらしいお友だちになってくれました。クローズお兄ちゃんもあたしも、とてもうれしかったです。このままがんばれば、ともだち百人できるかなぁ?』

 

 アウラがクローズに連れられて神器保有者の子供達と一緒に楽しく遊んでいる光景を目に浮かべながら、僕はアウラに話しかける。

 

「アウラ、堕天使の皆さんが保護した子供達といっぱいお話ししていたし、いっぱい遊んでいたね。それで新しいお友達がいっぱいできたんだ」

 

「エヘヘ~。同い年のお友達はまだミリキャス君とリシャール君だけだけど、これでまたお兄ちゃんやお姉ちゃんのお友達が増えたよ、パパ。この調子でお友達を百人作って、皆でピクニック行ったり、お歌を歌ったり、そんな楽しい事をいっぱいするのがあたしの夢の一つなんだ」

 

 期待に目を輝かせながらそう語るアウラであるが、やはり子供というのは友達作りの天才らしい。それに聖魔和合を言い出したのは僕でサーゼクスさん達がそれに乗ってくれた以上は最後まで自分でやり遂げるつもりだが、本当の意味で完成させるのは僕ではなくアウラを始めとする子供達かもしれない。その様な事を僕は思った。

 

「そっか。だったら、色々な場所にいる色々な子達と、色々なお話をいっぱいしないとね」

 

「ウン!」

 

 だから、アウラの「お友達を百人作る」夢を僕は応援する。それもまた僕に与えられた使命を果たす上で必要な事であり、同時に一人の父親としての責務であると思うから。

 

 

 

『さいごに、みんなでいっしょにばんごはんのカレーを食べました。カレーを作ったのはパパとロシウおじいちゃん、はやてお姉ちゃんの三人で、たべものがおそらでおどってカレーにかわっていくのはすごいって思いました。あたしもパパたちみたいなことができるまほうしょうじょになりたいです』

 

 アウラの日記は夕食に僕達が作ったカレーを食べた所で終わっていたが、その作り方にアウラは驚いていたらしく、その場にいたイリナもアウラと同じ感想の様だ。

 

「アレ、本当に圧巻だったわ。食材が空に浮かんだと思ったら次々と魔術や魔法で加工されちゃうし、その後は空の上で絶妙な火加減で加熱されて、最後に水の球に入ったと思ったらその外側を炎が取り巻いてこれまた絶妙な火加減で煮込んでいくんだもの。あれを見たルフェイさん、はやてちゃんやロシウ老師を見る目がすっかり変わっちゃっていたわよ」

 

 ……僕とロシウ、はやての三人は、ちょっとしたパフォーマンスの一環で調理道具を一切使わずに魔法や魔術だけでカレーを作ってみせた。その結果、今イリナが言った様な光景が子供達の前で繰り広げられたのである。なお、最後の味付けを駒王学園初等部が誇る料理の鉄人たるはやてが担当した事もあって、子供達の受けは非常に良かった事を付け加えておく。

 

「あれ、実はやろうと思えば魔法や魔術の基礎だけで可能なんだけど、相当に技術を磨いていないと最初の加工すらも満足にできないからね。僕もはやてもロシウから魔導を教わり始めた頃は、よくあれをやらされて基礎技術を徹底的に叩き込まれたよ。魔法使いとしては十分一流であるルフェイであれば、それが一目で解るだろうね」

 

 同時に、高純度の魔法薬を作るには不純物が少しでも入らない様にする必要がある為、前処理は先程カレーを作った時と同様の手順で行う事になる。そして、この後に有効成分の抽出や蒸留といった処理を行う訳だが、僕やはやてでは専用の器具が必要になるところをロシウは魔術や魔法で済ませる事ができる。その結果、ロシウが作った魔法薬は使った材料が全く一緒でありながら僕達の作った物より品質が数段上になるのだ。「非日常の奥義は日常の中にこそある」とはロシウの言であるが、魔法や魔術を用いた料理の腕前が調合した魔法薬の品質に繋がるのを考えると一理あるのかもしれない。僕がそういった事を考えていると、イリナが僕に質問をしてきた。

 

「ねぇ、イッセーくん。光力でもこれと同じ事ができるの?」

 

「可能だよ。僕が使える力で一通り確認したら全部いけたから、間違いない」

 

 僕がそれが可能な事を実証済みであると伝えると、イリナはお礼の言葉を言って来た。

 

「ありがとう、イッセーくん。それなら、後でロシウ老師に今後の光力の制御訓練について相談してみるわ」

 

 ……どうやら、僕達が先程やってみせた事はイリナにとっても少なからず衝撃的だったらしい。

 

 

 

 こうして神の子を見張る者本部の滞在二日目が終わったのだが、僕達が本部内の施設の視察をしている間、他の皆はそれぞれの担当者について身体検査を行っていた。翌日にヴリトラ系神器の統合処置を控えている元士郎はサハリエル様が特に念入りに検査を行っていたのだが、元士郎には特に気負った様子がなかったとの事なので、僕はこれなら大丈夫だと安堵した。

 

 ……ただ、それでも明日は長い一日になりそうな予感が僕にはあった。

 




いかがだったでしょうか?

二日目の出来事を一つずつ取り上げるとどう考えても三話以上になりそうだったので、アウラの日記という形でまとめてみました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第六話 雑草侍

2019.1.11 修正


Overview

 

 神の子を見張る者(グリゴリ)本部の滞在三日目。この日は、ヴリトラの意識の復活を目的としたヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合処置が元士郎の持つ黒い龍脈(アブソープション・ライン)を核として行われる事になっており、堕天使領における一誠のスケジュールの中で最も重要であるから一誠自身もまた参加する事になっている。そして今、統合処置の実行班が詰めている手術室のベッドには既に元士郎が横たわっており、これから麻酔代わりの睡眠魔術を施されるのだが、その前に元士郎のバイタルチェックが行われていた。

 

「兵藤氏、匙元士郎氏のバイタルチェックが終わったのだ。心身共に特に異常なし、これなら何の問題もなく改造手術ができるのだ」

 

 サハリエルから元士郎の体調に問題ない事が告げられた一誠であったが、その後に出てきた言葉に少々不穏なものを感じた事で釘を刺す事にした。

 

「その改造手術という言い方は止めて頂けませんか? 途中で「この際だからあれもやろう」「だったらこれも」とエスカレートしていった挙句、取り返しのつかない事になってしまいそうなので」

 

「……今回のヴリトラ復活計画における中心人物にそこまで言われては仕方がないのだ」

 

 サハリエルはかなり残念そうにしながらも、改造手術という言葉を使わない事を了承した。あるいは頭の何処かにこの処置に乗じて別の事もやろうと考えていたのかもしれない。

 

(釘を刺しておいて、良かった)

 

 一誠は内心ホッと胸を撫で下ろした。

 

「一誠、助かったぜ。改造手術って言葉が出た時、背筋に悪寒が走ったからな」

 

 どうやら元士郎も一誠と同じ印象を抱いていたらしく、一誠に感謝の言葉を伝えてきた。それに対して、一誠は為すべき事をやっただけだと返す。

 

「ソーナ会長の期待にはきっちり応えないとね」

 

 ここで、元士郎は以前アザゼルが駒王学園の滞在をソーナに申し出た時の事に触れてきた。

 

「「一誠君であれば、貴方達が何か良からぬ事を企てたとしても即座に対応してくれる」って、アザゼル総督に言い切ったあれか。本当に期待を裏切らない奴だな、お前は」

 

「裏切る訳がないさ。僕の背中を見ている子が何人もいるのだから」

 

 一誠が人の期待を裏切らない理由を語ると、元士郎は納得と共に笑みを浮かべる。

 

「そう言えば、そうだな。お前って、本当に色々な奴に背中を見られているよな。そして、その筆頭がアウラちゃんって訳だ。お父さんは大変だな」

 

「全くだ」

 

 こうして一誠は元士郎と他愛のないやり取りを交わした後、元士郎に注意すべき事を告げる。

 

「元士郎。これからヴリトラ系神器をお前の黒い龍脈に統合する訳だが、正直に言うと何が起こるのか僕も完全には読み切れない。一番可能性が高いのは、ある程度復元されたヴリトラの魂がその不足分を補う為にお前の精神を神器内に引き摺りこんでしまう事だが、あるいはそれ以上の事が起こるかもしれない。だから、これだけは言っておく」

 

 そして、最後のアドバイスを元士郎に送った。

 

「元士郎、自分と神器を信じろ。神器はお前の魂の一部だ。どんな事があろうとも、神器はお前に必ず応えてくれる」

 

「解った。その言葉、しっかりと覚えておくぜ」

 

 元士郎が自分のアドバイスをしっかりと受け止めたのを確認した一誠は、サハリエルに声をかける。

 

「では、サハリエル様」

 

「了解なのだ」

 

 サハリエルは元士郎に麻酔の代わりとなる睡眠魔術を施し始めた。元士郎は何ら抵抗する事なく睡眠魔術を受け入れ、深い眠りに就く。

 

「……匙元士郎氏の意識レベルの低下を確認。これでいつでも神器の統合処置を始められるのだ」

 

 サハリエルが最終準備の完了を告げると、一誠は一つ頷いてからGOサインを出した。

 

「では、始めて下さい」

 

 

 

 ヴリトラ系神器の統合処置を開始してから、既に三時間。サハリエルが中心となって神の子を見張る者が用意した黒い龍脈以外の三種のヴリトラ系神器が元士郎に組み込まれ、更に黒い龍脈と接続された。堕天使側の処置が終わり、サハリエルが一誠に元士郎の現状について説明を始めた。

 

「兵藤氏。匙元士郎氏に新たに組み込まれた邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)漆黒の領域(デリート・フィールド)龍の牢獄(シャドウ・プリズン)についてなのだが、正確には黒い龍脈を通して彼と繋がっているのだ。言ってみれば、メインPCにプリンター等のハード機器を接続した様なものなのだよ」

 

 この説明を聞いた一誠は、黒い龍脈以外のヴリトラ系神器の制御について確認する。

 

「つまり、他の三種の神器を制御するには黒い龍脈を通す必要があると?」

 

「理解が早くてこちらも助かるのだ。その結果、現状のままではヴリトラの力が非常に不安定となり、最悪の場合には匙氏の制御を外れて暴走する恐れがあるのだ。それでもヴリトラと同格以上のドラゴンを宿す兵藤氏かヴァーリ、あるいは特異的なドラゴンの力を持つ龍天使(カンヘル)である紫藤イリナ氏がついていれば制御できる見込みが十分にあるのだが、今のままでは到底成功などとは言えないのだ。……これが現時点における我々の限界なのだよ」

 

 少しだけ悔しそうな素振りを見せるサハリエルだが、一誠は彼等が自分達の事を卑下する必要など何処にもないと思っていた。

 

「いえ。ここまで接続が十分になされていれば、解放された魂の断片が黒い龍脈の方へと自然と流れていくでしょう。私の持つ知識や技術ではこの様な事は不可能でした。ですから、どうか胸を張って下さい」

 

 一誠はサハリエルを中心とした統合処置の実行班に労いの言葉をかけると、異相空間から静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)に収められた真聖剣を呼び出す。一誠は静謐の聖鞘から真聖剣を抜くと、真聖剣の状態を確認した。対オーフィス戦で罅が入ってしまった刀身には既に罅一つなく、力の方も特に不足は感じられなかった事から真聖剣の修復は無事に完了したと一誠は判断した。

 

「ここからは、私の仕事です」

 

 一誠はそう宣言すると、真聖剣を元士郎に向かって振り下ろす。

 

「……征伐(スレイヤー)によって邪龍の黒炎、漆黒の領域、龍の牢獄に封印されたヴリトラの魂の断片を解放しました。魂の断片の動きは?」

 

「予定通り、黒い龍脈に封印されている魂の方に向かっているのだ。これで後は……」

 

 サハリエルからの返事を聞いた一誠は、この後の予定とその際の注意点について述べた。

 

「はい、一つに集まったところで黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)による癒しの波動で魂を完全に繋ぎ合わせます。その際、神器の反応に気を付けて下さい。場合によっては、こちらにも影響を及ぼすかもしれません」

 

「了解なのだ」

 

 そう言ってから元士郎の様子を注視し始めたサハリエル達の横で、一誠は黎龍后の籠手を発動しながら改めて気を引き締めていた。

 

 ……ここからが本番だ、と。

 

 

 

「うん? ここは何処だ? 俺は確かに麻酔代わりの睡眠魔術で深い眠りに就いていた筈だけどな……」

 

 ヴリトラ系神器の統合処置の為、一誠からのアドバイスを受け取ったのを最後に深い眠りに就いていた元士郎は意識を取り戻すと自分の周りを見渡した。しかし、周りには特に何も見当たらず、ただ光一つない漆黒の空間だけが広がっていた。このまま何もなければ次に目覚めるのは病室のベッドの上だと一誠から聞かされていたにも関わらず、気が付いてみれば周りには何もない空間にいた事で、元士郎は自分の置かれた状況を理解した。

 

「そうか。どうやら俺は一誠の危惧した通り、精神を神器の中に引き摺り込まれたって訳か。こうなると次に出てくるのは……!」

 

 元士郎が状況を把握して周囲に警戒し始めると、背後から唸り声が聞こえると同時に強烈なオーラを感じ取った。元士郎はすぐさま振り返って確認する。

 

「オイオイ、マジかよ……!」

 

 そこには、涎を垂らしながらこちらをジッと見つめる手足や翼のない東洋型に近いドラゴンがいた。その鱗の色は夜の闇よりもなお深い漆黒であり、その鱗の色を確認した元士郎はそのドラゴンが何者かを悟る。

 

「あれが五大龍王の一頭、「黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)」ヴリトラか。ただ何処をどう見ても、あれは正気を保っちゃいないよなぁ。……ったく、問答無用かよ」

 

 元士郎は愚痴を零しながらも黒い龍脈を発現する。異常に気付いたのは、その直後だった。

 

「なっ!」

 

 黒い龍脈がの色がヴリトラを表す黒ではなく、完全に無色透明だったのだ。猛烈に嫌な予感がした元士郎はいつもの様にラインを出そうとした。だが、黒い龍脈の口からはラインが全く出て来ない。これを受けて、元士郎は神器の中に封印されていたヴリトラの魂が復元されたのはいいものの、暴走状態になった事で一時的に神器の束縛から解放されてしまい、その結果としてヴリトラの力で能力を発動する黒い龍脈が機能不全に陥ったのだろうと推測した。同時に、事態が最悪の方向に向かっている事も悟る。

 

「つまり、俺は黒い龍脈抜きであの腹ペコ龍王をどうにかしなきゃいけないって事か。冗談にしては、ちょっとキツイぜ」

 

(だが、それでもやらなきゃ俺の魂がヴリトラに喰われて死ぬだけだ)

 

 そう腹を括った元士郎は、余りに重過ぎるハンデを背負いながらヴリドラに立ち向かっていった。

 

 

 

 一方、手術室の隣にある待機室に詰めていた一誠以外の訪問団のメンバーとヴァーリチームは、設置されているモニターで手術室の様子を見ていた。モニターの画面には、一誠が「対象者の夢や精神世界を映像として映し出す魔法」を使用して元士郎の現状を確認している様子が映し出されていた。なお、この魔法は一誠が一年前に出会ったネギ・スプリングフィールドから教わった「夢や幻想世界を覗く魔法」を元に構築したものであり、一誠は完成した後にロシウやはやて、そしてネギにも術式を教えている。

 

「おいおい、コイツは流石に不味いぞ。幾ら匙でも戦闘力の根幹を担っている黒い龍脈が使えないとなると、一方的にヴリトラにやられるだけだ」

 

 一誠が使用した魔法によって元士郎が最悪の状況に陥っている事を知ったアザゼルは、このままでは最悪の事態になると懸念を示した。しかし、ロシウは一誠が元士郎を助けに向かう事を良しとはしなかった。

 

「じゃが、他人の精神世界へのダイブはたとえ事前に準備を整えていたとしても余りに危険が大き過ぎる。まして事前準備もなくその場でいきなりでは尚更じゃ。総督殿、もし一誠が危険を承知で元士郎の精神世界へのダイブを敢行しようとすれば、儂は力づくでも一誠を止めるぞ。文句はあるまいな?」

 

「ねぇよ。イッセーと匙を天秤にかければ、俺だって間違いなくイッセーの方に傾く。匙には悪いが、三大勢力の和平の象徴として広く知られつつあるイッセーをこんなところで命の危険に晒す訳にはいかねぇ」

 

 アザゼルの非情な決断に同じシトリー眷属である椿姫と憐耶は表情を苦衷のものへと変える。彼女達も解ってはいるのだ。三大勢力における存在価値という点において、一誠と元士郎には天と地程の差があるという事に。しかし、だからと言って同じ主を持つ眷属仲間を見捨てる事に対して納得する事など早々できる筈もなかった。しかも、喰われるのだけは不味いとヴリトラの噛み付きを何度も躱した所にまるで狙い澄ましたかの様に振り回された尾で打ち据えられ、またヴリトラの全身から発せられる呪詛に苦しめられている所に口から吐き出された強烈な黒い炎をまともに食らった場面を目の当たりにすれば尚更だ。

 

「……何か、何か僕達にできる事はないんですか? 本当にただこうして見ている事しかできないんですか?」

 

 ギャスパーは焦燥感に駆られながらも何かできる事はないかと必死に考えるものの、名案などそうそう思い付く筈もなく、それによって更に焦燥感に駆られるという悪循環に陥っていた。その隣では、今や親友の一人と言っても何ら差し支えない元士郎の苦境を前に祐斗が唇を強く噛み締めて必死に自分を抑え込んでいた。余りに強く噛んだ為に、既に噛んでいる箇所は破けて鮮血が滴り落ちている。

 

「ギャスパー、祐斗。今お主達が感じているものをけして忘れるでないぞ。それこそが、今後お主達が戦いに出る度に一誠が抱き続けるものなのじゃからな」

 

 ロシウが激しい焦燥感を抱いている二人にそう諭すと、二人は視線こそ映像に向けたままだったがしっかりと頷いた。

 一方、対オーフィス戦で元士郎との縁が出来ていたヴァーリは内心期待していた相手が死に絶えようとしている様子を見て、残念そうな表情を浮かべる。

 

「匙元士郎、お前はここで終わるのか?」

 

 ……一誠が動いたのは、この直後だった。

 

「イッセーくんが匙君の右手を取って、胸の上に置いた? どうして?」

 

 イリナが言った通り、一誠は元士郎の右手を手に取ると胸骨の中央部分に掌が当たる様に右手を置いた。

 

「元士郎。ここからの声はお前には届かないだろうけど、重ねて言うぞ。自分と神器を信じろ。神器は必ずお前に応えてくれる」

 

 一誠は神器の中に精神を取り込まれてしまった元士郎に声をかけると、後はただ元士郎の様子を見守るだけだった。……まるで、この後の展開が解っていたかの様に。

 

 

 

Side:匙元士郎

 

 ここまで絶望的な状況ってのは、早々ねぇだろうな。

 

 ヴリトラから吐き出された黒い炎をまともに食らった俺は、呑気にもそんな事を考えていた。だが、今の状況が絶望的である事はけして間違ってはいない。俺の戦闘スタイルはあくまで黒い龍脈ありきのものなので、それが使えないとなると後は貧弱な魔力と如何にベルセルク師匠から教わっているとはいえまだまだ俄仕込みでしかない格闘術、あとは兵士(ポーン)の特性である昇格(プロモーション)があるだけで同格以上の相手にはまともに戦えなくなるからだ。まして、相手は五大龍王の一頭であるヴリトラ。普通なら、こんな状況での戦いを避けてさっさと逃げているところだ。……ここが俺の神器の中、つまり俺の精神世界という俺にとっては完全に逃げ場のない場所でなければ。だから、俺は絶望的な戦いを挑むしかなかった。正に背水の陣って奴だ。だが、心構えを変えるだけで圧倒的な力の差をひっくり返せるかと言えば、現実はそれほど甘いモンじゃない。

 ヴリトラは俺が身構えたのを見るといきなり大口を開けて俺を喰いに来た。流石に喰われる訳にはいかない俺は念の為にかなり間合いを取って躱したが、ヴリトラは執拗に俺に喰い付いてきた。ただヴリトラの動きが俺目掛けて一直線に向かう以外の動きを見せなかった事で、俺は今のヴリトラなら頭に攻撃を集中させれば何とかなるかもしれないという希望を抱いた。

 しかし、何度かヴリトラの攻撃を躱した時に突然ヴリトラが後ろを向いたと思ったら、遠心力がたっぷりと込められた尻尾の一撃が飛んで来た。完全に正気を失っている状態からのまるで狙い澄ました様な一撃に、俺はドラゴンの闘争本能の強さを見誤っていた事を悟った。回避は間に合わないと判断した俺はとっさにガードを固めたお陰で一撃KOだけは免れたものの、相手を見誤った代償は左腕の骨一本と肋骨にヒビという形で支払われた。腕とわき腹に走る激痛に俺は顔を歪めるが、ヴリトラの攻撃はこれで終わってはいなかった。ヴリトラは執拗に何度も尻尾による攻撃を仕掛けてきた。どうやら確実に俺を喰う為にまずは俺を弱らせる事にしたらしい。たださっきの不意打ちと違って、俺は戦車(ルーク)に昇格して防御力を高めた上でしっかりとガードを固めた事からダメージはかなり軽減されていた。だが、次第に俺の全身にまるで高電圧の電気でも流された様な激痛が走り始めた。打撃によるダメージにしては少しおかしいと思った俺は、そこでヴリトラが全身から生者を妬む呪詛を放っている事に気付いた。まるで声がそのまま物質化した様な印象のある呪詛が尻尾による攻撃を通して俺に纏わりつくと、ただひたすらに死を強制する言葉を俺の心に直接叩き付けてくる。しかも死の言葉を実現しようと俺の体をも蝕んできた。俺は体に纏わりつく呪詛に負けるものかと気を張り詰めて必死に抵抗していたが、ヴリトラの辞書には容赦という言葉が載っていないらしい。ヴリトラは俺が弱ってきているのを確認すると、大きく息を吸い込んでそこから真っ黒な炎を勢い良く吐き出してきた。腕と肋骨を折られ、度重なる尻尾からの強烈な打撃と体に纏わりつく呪詛によるダメージが蓄積している今の俺にこの真っ黒な炎を躱す余裕はなかった。

 ……そうして今も体を焼く真っ黒な炎を消そうと俺は形振り構わず地面を何度も転がってはいるが、炎はけして消える事なく、その勢いが衰える事もなかった。どうやらこの真っ黒な炎は呪いがセットになっているらしく、単純な方法では消えないらしい。だから、俺は黒い炎を消すのを諦めてそのまま戦闘を続行する事を決断し、力の入らない体に必死に鞭打って立ち上がる。ヴリトラの多彩な攻撃を受けて確実に死へと近付いている俺の魂はもはや限界そのものだったが、だからって「もう駄目だ、諦めよう」って気には全くならなかった。自分でも不思議に思う。いや、不思議でもなんでもねぇな。

 

「どうした、ヴリトラ。その程度か?」

 

 ……俺が以前言葉にした「会長とデキちゃった婚をする」っていう夢。今思えば黒歴史にも程がある夢をバカにせずに真摯に受け止めた上で間違い掛けていたのを叱ってくれた、無二の親友(ダチ)がいる。

 

「俺みたいにそこらにいる様な奴すら簡単に殺せないなんて、龍王の名が泣いているぜ?」

 

 ……色々とバカをやっては親に心配させていた俺に「レーティングゲームの学校で兵士の先生になる」って夢を見させてくれた、大切な主がいる。

 

「俺は雑草だ。そこら中に生えている他愛もない雑草だ。だから、簡単に踏み潰されるし、引っこ抜かれもする」

 

 ……親友を通じて広がっていく人の輪の中で出会い、また解り合う事のできた先達や仲間、それに勿体無くも俺を慕ってくれる後輩達がいる。

 

「だがな、雑草の生えていた地面の下にはその根っこが残っているんだ」

 

 ……そして、この先「追い駆けたい」って思ってくれる様な背中を見せなきゃいけない子供達がいる。

 

「そして根っこさえ残っていれば、雑草はまた地面から芽を出してより力強く天に向かって伸びていく」

 

 だから、骨を折られようが、呪詛に蝕まれようが、炎に焼かれようが、俺は何度でも立ち上がる。

 

「……だから、俺の胸の中でお前の炎より熱く、激しく燃え上がるものがある限り、俺は何度でも立ち上がる! 雑草魂、舐めんじゃねぇぞ!」

 

 ……今の俺よりも更に絶望的な状況に何度も陥りながらも折れる事なく立ち上がり続けた男を、俺は知っているのだから。

 

 だがその一方で、ヴリトラに対して有効な戦闘手段が俺にはないのがかなり痛い。今の俺は組み込まれた三つの神器はもちろん、本来の神器である黒い龍脈すら使えない。それでもこの状況を打開する為の策を考えていると、気が付いたら体がかなり楽になっていた。俺の体からいつのまにか真っ黒な炎が消え、呪詛もかなり減っていたのだ。一体何がどうなっているのか解らずにいると、俺は啖呵を切っていた時に偶々胸に当てていた右手に何か熱いものを感じた。

 

「何だ……?」

 

 そうして右手を見ると、掌の上で俺の魔力とそれとは異なる黒いオーラが仄かに光っていた。……この瞬間、俺の脳裏に今まで聞いてきた言葉が次々と再生される。

 

― 元士郎。基本的に力というものは大きな所から小さな所に流れていく傾向にある。だから、ラインを繋いだ相手が自分より強ければ強い程、自然にこちらの方へと力が流れ込む様になっているんだ ―

 

― 悪いな。ちょっと胸を触らせてもらうぜ? と言っても、目当ては胸骨にある力の集束点だ。それ以外には触れないし、あくまで医療行為の一環だから、正気に返って「セクハラだ」なんて言わねぇでくれよ? ―

 

― ボク達の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は、ドライグの力の受信器だって言ってたよね? だったら、逆にボクとお母さんの力をイッセー兄ちゃんに送る事だってできる筈だよ! ―

 

― 成る程、どうも黒い龍脈のレプリカは対象に直接触れる事で力を吸収している様だな。あるいは、黒い龍脈のラインは「力の流れを操作する」という能力を直接触れずに行えるように機能を拡張したものかもしれねぇ。いやコイツはかなり面白いデータが取れたぜ ―

 

 そして、一誠が直前にくれたアドバイス。

 

― 元士郎、自分と神器を信じろ。神器はお前の魂の一部だ。どんな事があろうとも、神器はお前に必ず応えてくれる ―

 

 ……この言葉で、全てが一つに繋がった。

 

「……ハハッ。そうか、そういう事かよ! 一誠! お前のアドバイスの意味、今確かに理解したぜ!」

 

 俺は全てを理解すると、ヴリトラと対峙している中であえて目を閉じる。自分が目の前にいるにも関わらず目を閉じた俺に対するヴリトラの訝しげな反応を無視した俺は、次に自分の魔力を胸骨の真上に集中させてからその上に右手を当てる。そうする事で、胸骨にある力の集束点に集められた魔力から俺の右手に、そして今は中身が抜けて空っぽになっているものへと流れ込んでいく。それに合わせて俺の体に残っている呪詛の力も取り込んでいく。ここであえて目を閉じたのは、ヴリトラを完全に視界から外して今やっている事に集中する為だ。そうとは知らないヴリトラは、俺がようやく観念したと判断してそのまま俺を喰らう為に真っ直ぐに向かってくる。ここからは時間との勝負だ。奴が俺を口の中に収めて噛み砕くのが先か、それとも俺の策が完成するのが先か。ヴリトラの口が大きく開かれるのが目を閉じていても解るが、ここで逃げれば胸骨に集中させた力が散ってしまい、死ぬのが僅かに先延ばしになるだけだ。だから、俺は最後まで踏み止まる。

 ……ヴリトラの牙が間近に迫った所で、俺は目を開けると同時に右手を上に掲げる。

 

「ウオォォォォォォッ!! 甦れ、黒い龍脈!!!!」

 

『GYAOOOOO!!!!!!』

 

 右手に撒き付いた小さな黒い龍が、復活の雄叫びを高らかに上げる。それと同時にラインが口から十本ほど伸びて、一本の鞭へと束ねられる。

 

「オラァッ!」

 

 俺は気合と共に鞭を振り下ろすと、目前まで迫って来ていたヴリトラの眉間に見事命中した。ヴリトラにしてみれば、俺を喰らおうと突進している所にカウンター気味に眉間へと不意打ちされた格好だ。それが思ったより効いたらしく、ヴリトラは慌てて俺から距離をとる。

 ……ついさっき組み込まれたばかりの三つの神器ならともかく、コイツは俺が生まれ持った神器だ。だから、俺の力で動かせない筈がない。俺の心に応えない筈がない。一誠は俺にそう伝え、俺はそれを心の底から信じ抜いた。まして本来宿っていたヴリトラの力も少しだが吸収したのだ、動かせない道理など何処にもなかった。

 

「ヴリトラ! 勝負はまだこれからだぜ!」

 

 ……自分の命を全賭けした大博打に、俺は勝ったのだ。

 

Side end

 

 

 

「元士郎、お前は本当に凄いよ」

 

 元士郎が自らの力だけで一度は機能不全に陥った黒い龍脈を甦らせた事にサハリエル様を始めとする統合処置の実行班が唖然とする中、僕は一人笑みを浮かべていた。鏡映しの英雄(ブレイブ・イミテーション)の性能確認テストを行った時に元士郎に変装したのだが、黒い龍脈のレプリカについてはラインを出す事ができず、相手に直接触れる形でしか力を吸収できないという結果になった。あれから色々と考えてみたが、あの時はひょっとするとラインを出す為の力が不足していただけではないのかという可能性に気が付いた。レオンハルトに触れてその力を吸収した際、微かにだが黒い龍脈のレプリカが反応した様な気がしたからだ。だから、僕は元士郎がレプリカの件を思い出して諦める事なくヴリトラに直接触れて力を吸収すればラインを出すところまでいけると思い、最後のアドバイスを送った。それにその切っ掛けになればと思い、胸骨の中央にある力の集束点の上に神器が発現する右手を置いた。

 ……だが、元士郎は僕の想定を飛び越えて「黒炎や呪詛を構成するヴリトラのオーラを糧とした上に、胸骨の中央にある力の集束点に自分の力を集束させて自発的に吸収させる」という奇手で黒い龍脈を復活させた。

 

「元士郎。お前は自分の事を他愛もない雑草だと言ったけど、僕は違うと思うよ」

 

 だから、僕は匙元士郎という不屈の雑草魂と闘志溢れる侍魂を合わせ持つ漢を親友に持てた事を誇りに思う。

 

「絶望の淵にあっても最後まで諦めず、勝利の可能性を自ら作り出したお前は、シトリー眷属にとって掛け替えのない存在だ」

 

 そして、今なら龍王に単身立ち向かう親友の為にできる事がある。

 

「グイベルさん」

 

『えぇ。私の波動の力、思う存分に使いなさい』

 

 黎龍后の籠手を着けた左の掌に右拳を当てる。それと同時にグイベルさんの波動の力を僕の力に同調させる。

 

『Tune! ……Resonance Boost!!』

 

 そして、黎龍后の籠手から発する波動と共鳴させる事で僕の力を爆発的に高めながら、その時が来るのを待った。

 




いかがだったでしょうか?

元士郎「俺みたいにそこらにいる様な奴すら……」

待機室のメンバー「いやいや、それはない」

では、また次の話でお会いしましょう。


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第七話 新たなる王の始まり

2019.1.11 修正


Side:匙元士郎

 

 俺の戦闘力の根幹である黒い龍脈(アブソープション・ライン)が機能不全となった中で五大龍王の一頭であるヴリトラと戦わなければならないという絶望的な状況に陥った俺は、処置前に一誠から貰ったアドバイスを切っ掛けに自力で黒い龍脈を復活させた。ただし、あくまで戦う手段を取り戻しただけでヴリトラとの間には今もなお圧倒的な力量差がある以上、まともに戦えば俺に勝ち目なんてものはない。

 

 ……いや。履き違えるな、俺。オーフィスと戦った時、ギャスパーも言ってたじゃないか。「僕の勝利は、貴方を倒す事じゃない! だから、僕は貴方に嫌がらせをするんだ! 徹底的に!」ってな。だったら、俺もギャスパーを見習って本当に目指すべき勝利条件を設定すればいい。そして、その勝利条件とは……!

 

 俺がこの戦いにおける勝利条件を設定し終えたところで、俺に眉間を打ち据えられた事で俺を警戒していたヴリトラが猛然と俺に襲いかかってきた。さっきと同じ様に真っ直ぐに大口開けて迫ってきているヴリトラだが、俺は今しがたドラゴンの闘争本能の強さを左腕と肋骨の骨折という代償を支払う形で学習した。だから、ヴリトラの誘いに乗る様な真似はしない。

 

「絡め取れ、縛封吸網(キャプチャード)!」

 

 俺は数十本ものラインを編み込んで網を形成し、それをヴリトラの目の前で広げる。ヴリトラはまさかそんな物が俺から飛び出してくるとは思っていなかった様で、ラインの網は飛び込んできたヴリトラの顔や頭に上手い具合に絡まった。本当ならヴリトラの頭から胴の半分くらいまで覆い尽くせるサイズでも作れるんだが、俺の体を蝕んでいた呪詛と黒炎を形作っていたヴリトラの力と俺の魔力でかろうじてラインを作っている現状じゃヴリトラの顔や頭に被せる程度で精一杯だ。だが目的自体は十分果たせた様で、ヴリトラは顔や頭に絡み付いた鬱陶しい網を取り除こうと躍起になって何度も頭を振り回している。……ヴリトラの意識が完全に俺から逸れている今が好機だ。

 

「ヴリトラ。お前のオーラ、ちょいと拝借するぜ」

 

 ヴリトラに向かって広げた時点で既に封縛吸網を切り離していた俺は、新しいラインを伸ばしてヴリトラに接続してそのまま奴のオーラを吸収する。すると、この時まで色を失って無色透明となっていた黒い龍脈がヴリトラを象徴する黒へと染まっていく。これで吸収したオーラが尽きるまでなら全力を出せるし、神の子を見張る者(グリゴリ)の協力で今の俺には黒い龍脈と統合された他のヴリトラ系神器(セイクリット・ギア)も使える様になっている筈だ。ただ吸収したヴリトラのオーラの流れ方から判断して、厳密には黒い龍脈に対して他の三種の神器が接続する形になっている様だ。だから、他の三種の神器については俺本来の神器である黒い龍脈を通して使用する事になるだろうし、その分だけ神器の制御が不安定になって最悪は暴走する可能性すら考えられる。……だが、別の物を通して力を制御するなんて事は俺にとっては朝飯前だし、予め三種の神器について実物を見せてもらった上で能力についての説明も受けている。だから、今吸収した分しかヴリトラの力が宿っていない今なら、俺は全てのヴリトラ系神器を安定して制御できる筈だ。

 ここでやっと顔や頭から縛封吸網を取り除いたヴリトラが、俺に向かって尻尾による強烈な薙ぎ払いを繰り出してきた。どうやらヴリトラは小賢しい真似をした俺に対してかなり怒っているらしく、今まで繰り出してきた尻尾での攻撃が霞んでしまう程に速さも迫力も段違いだ。こんなものをまともに食らえば、たとえパワーと防御に特化した戦車(ルーク)昇格(プロモーション)していても致命傷は免れない。

 

 ……だが、その攻撃はもっと早くやるべきだったな。ヴリトラ。

 

「阻め、龍の牢獄(シャドウ・プリズン)!」

 

 俺が意識を神器に集中させると、黒い龍脈からそれぞれ形の異なる神器へとラインが伸びていた。そこでラインから意思を伝達する形で龍の牢獄の能力を発動させると、俺の声に合わせて俺の四方を黒い炎の壁が囲い、さっき俺の体を吹き飛ばした時より遥かに強烈な薙ぎ払いを完全に防いでみせた。

 ……龍の牢獄。本来は有効射程範囲内の座標を指定してその四方を黒い炎の壁で囲む事で敵を拘束する神器だが、その中心を自分や味方にする事で防御に転用できる。強大なドラゴンをも捕らえ得る黒炎の牢獄は、時に己や味方を守る黒炎の防壁にもなるって訳だ。

 ヴリトラは一度防がれた後も黒炎の防壁を破ろうと何度も尻尾による攻撃を仕掛けたが、黒炎の防壁はビクともしない。やがて攻撃回数が二十を数えたところでこのままでは抜けないと判断したらしく、ヴリトラは俺に向かって全身から呪詛を放ってきた。呪詛はあくまで物質を伴わない声を媒体としている事から、龍の牢獄では防げない。だから、ここでラインを切り替えて別の神器に意思を伝達する。

 

「だったら、呪詛を構成する力を削り取る! 漆黒の領域(デリート・フィールド)!」

 

 俺が新たな神器を発動させると、俺とヴリトラの間に特異的な力の籠った空間が形成される。

 ……漆黒の領域。基本的には魔法の力を削り取る事のできる領域を作り出す神器であり、魔術や魔法を使う者達の無力化が主な使い方となる。だが、実は漆黒の領域には悪魔の魔力や聖なるオーラ、果ては生命力といった魔法の力以外の力を対象とした亜種が存在している事を、俺は俺の身体検査を自ら行っていたサハリエル様から教わっていた。そこで、俺はふと疑問に思った。

 もしかすると異質であると言われるヴリトラの能力の中に「力そのものを削り取る」というものがあって、漆黒の領域はあくまでその能力の対象を限定したものではないかと。

 ……その疑問の答えは、ヴリトラから放たれた呪詛が力を削り取る領域を通る事で力を失い、唯の声になってしまった事で明らかとなった。やはりヴリトラには「力そのものを削り取る」能力があり、一誠が封印を解いた事で対象を限定する為のリミッターの様なものが外されたのだ。こうして呪詛による攻撃を無効化した俺は、ここで漆黒の領域を解除すると同時にヴリトラ系神器の最後の一つを発動する為にラインを切り替える。

 

「コイツはオマケだ! 邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)!」

 

 ヴリトラに向かって伸ばした右手から黒い炎が放たれると、黒い炎はヴリトラに直撃してその黒い鱗を焼き始めた。

 ……邪龍の黒炎。解呪が困難な呪いを伴う黒い炎を放出するという属性系に近い能力の神器だ。ただ元があくまでヴリトラの炎である事から、本来ならヴリトラ本人には通用しない。……だが。

 

「自分の黒い炎で自分の体が焼かれている事に戸惑っているな? だがな、答えは簡単だぜ。この黒い炎にはお前の力だけでなく俺の魔力も混ぜてある! けしてお前だけの炎じゃねぇんだよ!」

 

 つまり、この黒炎はヴリトラの炎であると同時に俺の炎でもあるのだ。また、俺にはこの攻撃で確認したい事があった。そこでヴリトラの体を焼く黒い炎の様子をしっかりと観察すると、ある事実に気付いた。

 ……これなら勝利条件を達成する事ができる。俺はそう確信した。ただ、問題は今の俺では圧倒的に不足しているものを一体どんな形で補えばいいのか、だった。

 

Side end

 

 

 

「……ひょっとすると、我々は新たな伝説を作り上げてしまったのかもしれないのだ」

 

 僕が発動した「夢や精神世界を映し出す」魔法による映像を目の当たりにして、サハリエル様は半ば呆然とした表情で呟いていた。実際、元士郎はラインを通じて力の流れを操作・制御する経験を生かし、統合したばかりの三種の神器をぶっつけ本番で発動するだけでなく応用までやってみせたのだから、驚くのも無理はない。そこに、アザゼルさんを先頭に服装を手術用の物へと改めた皆が入ってきた。

 

「状況は待機室のモニターで確認していたから、俺も大体のところで把握している。それにしても、匙がまさかここまでブッ飛んじまうとはな。対オーフィス戦では、お前と同様にアイツも色々と常識をぶっ壊していたからな。ヴリトラ系神器を統合しちまえばあるいは、とは思っていた。だから俺はそこまで驚いてはいないが、初見のサハリエル達には少しばかり刺激が強過ぎたみたいだな……」

 

 アザゼルさんは苦笑すら浮かべてそう言っていたが、表情を真剣な物に変えると僕に問い掛けてくる。

 

「だがイッセー、お前も解っているんだろう? たとえヴリトラ系神器の全てを使える今の匙であっても、ヴリトラへの決め手には欠けているって事がな」

 

 アザゼルさんの言う通りだ。確かに多少は埋まっているかもしれないが、元士郎とヴリトラとの間には依然として圧倒的な力量差がある。だから、どうしても決め手に欠けてしまうのだ。そして決め手に欠ける以上、この戦いの結末は一つしかない。

 

「はい。確かに今の元士郎でもヴリトラを打ち破るには圧倒的に力不足です。このまま長期戦になってしまえば、元士郎は敢え無く敗れ去ってしまうでしょう。ただ……」

 

 ……尤も、元士郎がこのままヴリトラと真っ向勝負を続けていればの話だが。そして、アザゼルさんもそれは承知している。

 

「そもそもヴリトラの打倒は匙にとっての勝利条件ではない。だから、匙が目指すべき勝利条件を達成させる為、お前は黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)で自分の力を高めている。そういう事だな?」

 

 アザゼルさんが僕の意図を確認してきたので、僕はそれに答えた。

 

「えぇ。それに元士郎も既に目指すべき勝利条件を見出していますし、その確証も得た様です。ですので、今から元士郎のサポートに入ります」

 

 僕はそう宣言すると、精神世界の元士郎が復活させたのに合わせて現実の元士郎の右手に発現した黒い龍脈の上に黎龍后の籠手を発現した左手を乗せる。

 

「元士郎。僕の力、ありったけ持っていけ……!」

 

 そして、僕は黒い龍脈に波動の力で増幅した自分の力を吸収させ始めた。すると、僕の左手の上に誰かが手を重ねると同時にオーラを供給し始める。そのオーラの色は白。……ヴァーリだった。

 

「一誠、俺も手を貸そう。匙元士郎にはオーフィスと戦った時に作った借りがあるからな」

 

『それにドライグだけならともかく姉者も宿しているお前にならば、私も手を貸す事に吝かではない』

 

 そして、まるでヴァーリとアルビオンの言葉に触発される様に次々と手が重ねられていく。

 

「流石に光力は不味いと思うけど、ドラゴンのオーラであれば私も力になれると思うの」

 

 イリナが。

 

「一誠様、私もお二人のお手伝いをさせて頂きますわ」

 

 レイヴェルが。

 

「友達を助けるべき時に助けないなんて選択肢、僕にはないよ」

 

 祐斗が。

 

「俺もギャスパーも元さんには色々と世話になっていますからね」

 

 セタンタが。

 

「だから、僕達の力も使って下さい! 元士郎先輩!」

 

 ギャスパー君が。

 

「これだけの人達が力を貸してくれているというのに、同じ主を持つ眷属仲間である私達が手を貸さない訳にはいかないでしょう。……匙、会長の名に懸けて必ず勝ちなさい」

 

 椿姫さんが。

 

「桃も留流子ちゃんも匙君の帰りを待ってるよ。だから、ガンバレ」

 

 憐耶さんが。

 

「あらあら。では、私も力を貸してあげないといけませんわね。それに後輩が一生懸命頑張っているのに、先輩の私が黙って見ている訳にもいきませんわ」

 

 そして、朱乃さんが。僕達と同年代の仲間が元士郎に力を送っていく。

 

「はやてお姉ちゃん、あたし達は?」

 

「体の小さいわたし達はちょっと我慢しようなぁ、アウラ。その代わり、わたし達にできる事をしようか」

 

「ウン! それなら、あたしはパパ達を応援するね! パパ、元小父ちゃん、皆。頑張って……!」

 

 はやては流石に力の供給は身が持たずに危険だと判断したらしく、代わりに自分達にできる事をし始めた。

 

「成る程の。はやては自分のやるべき事が解っておる様じゃな。ならば心配はあるまい」

 

「ロシウ殿、私達は如何しましょうか」

 

「暫くは様子見じゃな。はやてがおるからそうはならんじゃろうが、場合によっては事が終わった頃にはほぼ全員動けん様になっておるかもしれん。その時は儂等が面倒を看ねばならんし」

 

「万が一、力が足りない事態に陥った時には、一誠様達に代わって私達が元士郎に力を送るという事ですか。確かに、ここで私達まで一緒になって動けなくなる訳にはいきませんな」

 

 レオンハルトとロシウも今は予備戦力という形で様子を見る事にしたらしい。そうして皆の動きを一通り確認した僕は、精神世界で一人戦う元士郎に向かって強く念じた。

 

 元士郎。僕達のありったけの力を受け取ってくれ……!

 

 

 

Side:匙元士郎

 

「右手が、いや黒い龍脈が熱い……?」

 

 俺が最後の決め手に欠けている要素をどうやって穴埋めしようか考えていると、突然黒い龍脈が熱くなった。いや、正確には「熱くなった様に感じた」だ。そこで黒い龍脈を確認すると、幾つもの力が注がれて入り混じった状態になっていた。しかも注がれる力はどんどん増していく。そして、俺にはその力の波長の全てに覚えがあった。

 

「……ったく、本当に心憎い事をやってくれるよな。一誠も、それに乗ってくれた皆も。まぁ一人ばかり意外な奴もいるけど、それはいいだろう」

 

 そんな憎まれ口を叩く俺の顔には、きっと笑みが浮かんでいた事だろう。

 

「それに、これで俺の勝利に必要なものが全て揃った! ここまでやってもらって決め切れなかったら、俺はけして男じゃねぇ!」

 

 俺はここでとっておきの切り札を出す事を決断すると、ヴリトラは自分の鱗を焼いている黒い炎をそのままに大きく息を吸い込み始めた。どうやら闘争本能が食欲を上回ったらしく、最大火力で俺を消し飛ばす事にした様だ。俺はヴリトラに後れを取らない様に両手を胸の前に持っていくと、その両手の間で皆から受け取った力を凝縮してエネルギー弾を形成する。……本来、この切り札は地面にラインを接続した上で地球の力を吸収して使用する。その際、俺から見れば無限にも等しい程に膨大な地球の力が俺の体に一気に流れ込んで自滅しない様に吸収する速度や量を調整する必要がある。オーフィスの力を奪う際にその膨大な量の力の流れを制御できたのも、こうした自分より遥かに強大な存在の力を制御する事に慣れていたからだ。こうして皆から受け取った力を更に凝縮していく中で、ヴリトラが息の吸い込みをやめて口に何かを溜め始める様な素振りを見せた。おそらくはあの口の中に呪いの込められた黒炎を溜め込んでいるんだろう。

 

 ……だからこそ、俺は受け取った皆の力と共にヴリトラの全力の黒炎を超えてみせる。

 

「ヴリトラ! これが俺の、いや俺達の力だ!」

 

 俺は胸の前で凝縮したエネルギー弾を頭上に掲げた。それと同時にヴリトラがまるでタイミングを計ったかの様に頭を思い切り振り上げた。

 

「ガイア……ッ!!」

 

 それと同時に俺の制御を離れたエネルギー弾は、直径10 m程にまで一気に膨張する。一方、ヴリトラは頭を思い切り振り降ろして口を大きく開ける。

 

「フォォォォォス!!!!」

 

 そして、ヴリトラが強烈な黒炎を吐き出すと同時に、俺はそのまま超巨大エネルギー弾「ガイアフォース」をヴリトラに向かって投げつけた。ヴリトラの全力の黒炎とガイアフォースが真っ向から激突すると、ガイアフォースは黒炎を僅かながら押し返していく。それに気付いたヴリトラが更に口を開いて黒炎の吐き出す量を増してきた。それによって、ガイアフォースがジリジリと押し返されてきた。

 

「チィッ! だが、まだだ!」

 

 俺は黒い龍脈のラインをガイアフォースに伸ばして接続すると、そこから未だに送られてくる皆の力を注ぎ込む。勢いを増したガイアフォースが再び黒炎を押していく。再び押され出したとみたヴリトラがまた黒炎の量を増して、押し返してきた。

 ……俺がガイアフォースに力を送って押し込もうとすれば、ヴリトラが黒炎の量を増して押し返す。正にいたちごっこだった。このままでは、こちらが押し切る前に俺や皆の力が尽きてしまうかもしれない。そんな嫌な予感を抱いた俺は背筋に冷たいものを感じた。

 こうして何十分、いや何時間も経過したんじゃないかと思える程長い時間、しかし後で一誠達に聞いたらほんの十分程だったという凌ぎ合いの後、ヴリトラから吐き出される黒炎の量の増え方が次第に小さくなってきているのに気付いた。そして、ヴリトラが全身を振るわせて絞り出す様にしても、黒炎の量が全く増えなくなった。……ヴリトラの攻勢が遂に限界点を迎えたのだ。

 

「オオォォォォォォッ!!」

 

 俺は女王(クィーン)に昇格してから邪龍の黒炎を発動して右足に黒炎を灯らせると、体を何回も捻りながらガイアフォースに近付いて行き、そのまま回転の勢いと共に右足でガイアフォースを蹴り込んだ。

 

「ぶち抜けぇぇぇぇっ!!!!」

 

 黒炎の灯った右足で蹴り込まれたガイアフォースは、その次の瞬間に黒い炎を上げて一気に燃え始めた。その様は正に黒い太陽。そして俺の蹴り込んだ事で勢いを増したガイアフォースはヴリトラの黒炎を一気に押し切った。ヴリトラは自身の黒炎が破られたと悟ると、俺の攻撃を躱す為にその巨体を横へと動かそうと頭を横に向ける。

 

「逃がさねぇ!」

 

 俺はすぐさま龍の牢獄をフルパワーで発動し、俺のいる方向以外の三方を黒炎の壁で塞いでしまった。ヴリトラは目の前に突然現れた巨大な黒炎の壁に驚き、一瞬だが動きを止める。その隙に俺は少しでもヴリトラの防御力を下げる為、漆黒の領域をヴリトラのいる場所に発動してヴリトラの全身から発せられている呪詛の力だけを削り落とした。ここで自分の体の異常に気付いたヴリトラが敵である俺の方を再び向くが、その時には黒い太陽と化したガイアフォースが目の前に迫っていた。その瞬間、極限の飢餓状態で正気を失っている筈のヴリトラの目がハッキリと見開かれたのを俺は確かに見た。やがて黒い太陽と化したガイアフォースがヴリトラに直撃すると、俺は開かれていた最後の一方も黒炎の壁で塞ぐ。こうする事で、ガイアフォースの力が四方八方に散る事なく100 %ヴリトラに伝わるのだ。

 

「ハァ……、ハァ……、ハァ……。やったぜ……!」

 

 力を完全に使い果たした俺は、これ以上立っている事ができずに座り込んでしまった。……オーフィスとの戦いが終わった後で同じ様に座り込んでしまった一誠の気持ちがようやく理解できた俺は、軽く笑ってしまった。

 

「これでやれる事は全てやった。後は天のみぞ知るってところか」

 

 こうして四方を囲った黒炎の壁から更に強烈な黒炎が天に向かって立ち上っていく様子を見ていた訳だが、変化は唐突に訪れた。黒炎の壁がいきなり破壊されたのだ。そこから出てきたのは、傷一つないヴリトラだった。

 

「ハハッ。あれだけやったのに、一切反応なしかよ。これで駄目なら、俺にはもう打つ手なしだな」

 

 ……ヴリトラの余りの変化のなさに、俺はもう笑うしかなかった。だが、それは全くの杞憂だった事がすぐに判明する。

 

『いや、そうでもないぞ。貴様が我の力で黒炎を作り、先程の強大な力を火種とした事で我はその力の全てを糧とする事ができた。お陰で今ではすっかり腹が満たされて、暫くは何も喰わなくても問題ないな』

 

 ヴリトラが落ち着いた声で俺に話しかけてきたからだ。俺の目論見が上手くいった事に俺は安堵した。

 ……実は俺の魔力を混ぜた黒炎をヴリトラにぶつけた時、ヴリトラの鱗を焼いていたのは俺の魔力で作った黒炎だけで、ヴリトラの力で作った黒炎はヴリトラの体に吸収されていたのだ。それを確認した俺は、ヴリトラの力で作られた攻撃を繰り出していけば、それが糧となってヴリトラの飢餓状態を解消できると判断した。その可能性に気付いた切っ掛けは復活前の黒い龍脈が俺の体を蝕んでいた呪詛や黒炎をそのまま糧とした事で、だったらこっちからヴリトラに仕掛けた場合はどうなるのかと考え、それを確認する為に漆黒の領域で呪詛を無力化してから邪龍の黒炎で反撃したって訳だ。ただここで問題になったのは、俺の力だけではヴリトラの腹を満たすのに到底足りないという事だった。尤も、それをすぐさま解決してくれたのが一誠達だったんだが。

 

「やっと目が覚めたか。……腹ペコの寝坊助龍王」

 

『ウム。断片化された魂は復元されたものの、極限の飢餓状態で逆鱗に触れられたのとそう変わらんくらいに理性が吹き飛んだ状態の我を相手に、よくぞここまで持ち堪えたものだ。胸を張っていいぞ、小僧』

 

 ここまで手間をかけさせた事による恨みがかなり入り混じった俺の返事に対して、ヴリトラは軽く流してから感心した素振りで俺を褒めてきた。だが、その際の俺の呼び方が気に入らなかったので、訂正を求める形で自己紹介をする。

 

「小僧じゃねぇよ。俺の名は匙元士郎だ。天界と冥界を繋いで世界を変えた兵藤一誠の親友(ダチ)で、主であるソーナ・シトリー様の夢であるレーティングゲームの学校で兵士(ポーン)の先生になる転生悪魔。……そしてこれからは、龍王ヴリトラを宿す黒龍王(プリズン・キング)と名乗る男だ」

 

 すると、ヴリトラはさっきとは少し違う形で感心する素振りを見せた。

 

『ホウ。龍王と呼ばれる我を前に怯む事無く堂々と名乗り、更に我が異名である黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)に因んで黒龍王を称するか。ますます気に入った。我が半身と呼ぶに相応しい』

 

 ……我が半身、ねぇ。

 

「そいつはちょっと違うぜ、ヴリトラ」

 

 その呼ばれ方が少しだけ気に入らなかった俺は、ヴリトラに訂正を求める。

 

『んっ?』

 

「俺はお前の半身じゃねぇ。……命を預け合う相棒だ」

 

 俺がそう言ってから笑みを浮かべると、ヴリトラは一瞬呆気に取られたもののすぐに大笑いを始めた。

 

『ハッハッハッハッハッ! 成る程、確かに貴様の言う通りだ! ……では、今後ともよろしく頼むぞ。我が相棒たる黒龍王、匙元士郎よ』

 

「おう! こっちこそよろしく頼むぜ、ヴリトラ!」

 

 ……こうして、俺は無事にヴリトラを復活させて相棒とする事ができた。

 

Side end

 

 

 

 元士郎とヴリトラが無事に対話を終えて相棒となったのを見届けた僕は、ここで「夢や精神世界を映し出す」魔法を解除した。

 

「やれやれ、どうにか上手くいったか」

 

 かなり危ない場面もあったが、元士郎が上手く切り抜けてくれた事で僕はホッと安堵の息を漏らす。すると、アザゼルさんが話しかけてきた。

 

「これで匙も晴れてチーム非常識の仲間入りってところか。いくら暴走していたとはいえ、龍王の一頭であるヴリトラとタイマン張って生き残る様な奴が一般人な訳がないからな。これで堂々とツッコミを入れられるぜ」

 

 何とも酷い言われ様ではあるが、確かにその通りではある。つい最近まで自己評価が過小であった僕が言えることではないが、元士郎も少々自己評価が低過ぎるきらいがある。だから、これを機にもう少し自信を持ってほしいと僕は思う。それにこの際なので、アザゼルさんに「チーム非常識」のメンバーについて尋ねてみた。

 

「因みに、そのチーム非常識のメンバーは……」

 

「列挙したら切りがねぇから省くが、裏の関係者でも特にお前に近い奴等だ。そしてその代表取締役がお前だよ、イッセー」

 

「やっぱり……」

 

 想像通りの答えに、僕は溜息を一つ吐いた。そして、力を送り続けてくれた皆の様子を確認する。因みに僕はと言えば、流石に対オーフィス戦の後の様に立っていられない程ではないものの、それなりに体力を消耗している。

 

「ところで、皆の方は大丈夫か?」

 

 真っ先に返事が返ってきたのは、元々魔力量が多いヴァーリと全メンバー中随一のタフネスを誇るセタンタ。この二人にはまだまだ余裕があった。

 

「俺は少々疲れてはいるが、それだけだな。仮に今から戦う事になっても、特に問題にはならないだろう」

 

「俺は一年間戦い続けたっていう先祖譲りの体力があるんで、まだまだいけますね。イリナさんはどうですか?」

 

 一方、セタンタから声をかけられたイリナの方は、何とか立ってはいるもののかなりギリギリらしい。それでも、立っていられるだけまだマシだった。

 

「ゾーラドラゴンから貰った「竜」の因子のお陰で、体力にはそれなりに自信があるのよ。それでどうにか持ってくれたけど、そうじゃなかったら私は今頃気絶してたわね。それで、問題は木場君達の方だけど……」

 

 イリナはそう言って祐斗達の方を見やると、祐斗とレイヴェル、ギャスパー君の三人は激しく消耗した事で床にへたり込みながらも僕の呼び掛けに返事してきた。

 

「ゴ、ゴメン。僕はちょっと立てそうにないよ。このスタミナのなさは流石に問題ありかなぁ……?」

 

「私も魔力はそれなりに持っているのですけど、ここまで消耗するとは思っていませんでしたわ」

 

「……ギャスパーは力を完全に使い果たして気絶しているよ。それで、途中から「僕」が代わりに力を送っていたんだけどね」

 

 ……ただギャスパー君については、本人は既に気絶していてバロールに交代していたという在り様だった。それで残った皆はと言えば、祐斗達と異なって余り疲れた様子を見せていなかった。

 

「……何か、私達だけ楽しちゃったみたいでごめんなさい」

 

 ……その割にはかなり申し訳なさそうな表情をしているし、憐耶さんに至っては言葉に出して祐斗達に謝っている。しかし、これにはちゃんとした訳がある。

 

「アンちゃん、お疲れ様や。それに他の皆さんもお疲れ様です。今から回復魔法使いますから、楽にしとって下さい。……静かなる風よ、癒しの恵みを運び給え」

 

 元士郎への力の供給に参加しなかったはやてだ。はやては皆が力尽きた時の回復役に回る事で、力の供給が滞らない様にサポートしていたのだ。なお、ここではやてが使っていたのは、静かなる癒しという古代ベルカ式の回復魔法だ。至近距離の範囲空間内を対象とし、負傷の治療と体力および魔力の回復の効果がある。後は騎士甲冑を始めとする魔力で構成した防護服の修復も効果に含まれるが、この場ではあまり関係がない。大切なのは、魔力量だけで言えば最上級悪魔を超えて魔王級にも迫ると言われるはやてがこの魔法を使えばどうなるか、という事である。

 

「これは驚いたな。それなりに感じていた疲れが全く感じなくなったぞ」

 

 初体験であるヴァーリが実感した様に、はやてが静かなる癒しを使うとその回復の度合いがかなり大きくなる。それはついさっきまで疲労困憊だった祐斗の反応を見ても明らかだ。

 

「アーシアさんが早朝鍛錬に参加する前は偶に使ってもらったけど、やっぱり凄いね。さっきまで全然立てなかったのに、今なら師匠(マスター)との模擬戦を十本はこなせそうだよ」

 

 つまり、はやてが回復役として動いていなければ、朱乃さんと椿姫さん、憐耶さんの三人は力を使い果たして気絶していたのだ。ただ何もなければ気絶してしまう程の力を送り続けたお陰で元士郎は無事に目的を果たせたので、皆には本当に感謝し切れなかった。……ただ、そうではない人達も中にはいる。指導者としての立場があるアザゼルさんとロシウだ。

 

「全く。仲間想いも結構なんだが、自分の限界を見極められねぇ様じゃこの先やっていけねぇぞ。特に本人は気絶しちまったギャスパーは後で説教だな。現に、朱乃達は自分の限界をキッチリ見極めた上で早めにはやてに回復してもらっていたんだからな、情状酌量の余地はねぇよ」

 

「総督殿、その時は儂も参加させて頂こうかの。「限界を超えるのと無視するのは違う」と一誠も儂も言っておろうに、ギャスパーはものの見事に無視してくれたからの。どうやら口で教えるだけでは解らんようじゃ」

 

 ……気絶しているギャスパー君には申し訳ないが、このまま素直に叱られてもらう事にした。二人の言っている事は何も間違ってはいないからだ。それに共存関係であるバロールも少し怒っているらしく、自分の方でもギャスパー君に説教するつもりの様だ。

 

「今回は流石に「僕」もちょっと見過ごせないな。何せ、自分が力尽きた時に一番迷惑をかけるのは、その時に身近にいる味方だからね。だから、まずは「僕」から説教させてもらうよ。お二人とも、それで構わないかな?」

 

「あぁ、いいぜ。半身であるお前さんから説教されれば、ギャスパーも深く反省するだろうからな」

 

 バロールからの要求をアザゼルさんが了承した事で、ギャスパー君はバロール、アザゼルさん、ロシウからの立て続けの説教が決定してしまった。そうとは知らずに眠っているであろうギャスパー君は正に知らぬが仏であり、その様子を思い浮かべてしまった僕は少しだけ笑ってしまった。

 

 

 

 ……こうして、ヴリトラ系神器の統合処置という堕天使領における最大の山場を無事に乗り切り、元士郎は新たな能力と共にヴリトラという相棒をも得る事になった。後は残っているスケジュールを着実にこなしていくだけだ。

 




いかがだったでしょうか?

元士郎はついに一般人を超えて一誠達の住む非常識の世界に飛び込みました。……尤も、自分で気付いていないだけで既に逸般人だったのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第八話 縁の形

2019.1.11 修正


Side:紫藤イリナ

 

 匙君が五大龍王の一頭である「黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)」ヴリトラを相棒とする黒龍王(プリズン・キング)になった。匙君はこのまま自然に起きるまで寝かせたままの方が良いという事で手術室から医務室のベッドへと移され、残った私達も手術室を出る事になった。そうして一時間程休憩を入れた後、神器(セイクリッド・ギア)を持つ木場君やギャスパー君、椿姫さん、それにこの時既に人工神器である怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)を渡されていた憐耶についてはそれぞれ予定されていた調査や訓練に取り組み始めた。イッセーくんも皆の進行状況を見ながら時折指摘や助言を出してはいたけれど、それが一通り終わると手が空いてしまう事から私達と一緒にヴァーリチームの人達と交流を図る事にしたみたいだ。……その結果。

 

「ハッ! どうした、サル! テメェから散々殴られまくった俺から一発貰っただけで、ドラゴンでもねぇのにもうフラフラじゃねぇか! テメェの体は剣も斧も歯が立たないくらいに頑丈じゃなかったのかよ! そんなんじゃ、孫悟空の名が泣くぜ!」

 

「それは太上老君の金丹を全部頬張った初代だけだ! あんなクソジジィと俺っちを一緒にするんじゃねぇよ、イヌ! それに、今の今まで俺っちに散々叩かれて一発も当てられなかったのをもう忘れたのかぃ? ……確かに、ブッ倒される度に立ち上がって牙を剥いてきたそのド根性は認めてやってもいいぜぃ。だけどなぁ、クランの猛犬ってのはそんな弱っちい奴でも名乗れる様な軽いモンなのかねぃ?」

 

「ハッ。煽り文句としちゃ上等だぜ、サル。だったら、教えてやるよ。俺が受け継いだクランの猛犬の名は、けして伊達じゃねぇってなぁ!」

 

「……カカッ。イヌの闘気がまたバカみてぇに跳ね上がりやがった。最初は俺っちより弱かったのに()ってる間にどんどん強くなってとうとう俺っちに追い付いちまったし、こりゃヴァーリがイッセー見つけたみたいに俺っちも鎬を削るライバルってヤツをようやく見つけられたかもしれねぇなぁ」

 

 主に模擬戦を目的とした広めのトレーニングルームで、セタンタ君と美猴さんが相手を散々煽りながら素手で激しく戦う事になった。美猴さんが折角なので一戦やりたいとイッセーくんに言って来たのに対し、その前に自分が相手をするとセタンタ君が割って入ってきたのが切っ掛けとなったこの模擬戦には、ルールとして「大規模な攻撃と武器の使用は禁止」「制限時間は一時間」が課せられている。だから、セタンタ君はルーン魔術を、美猴さんは妖術や仙術をそれぞれ使いながら格闘戦を繰り広げる事になった。……実のところ、木場君や匙君とほぼ同格のセタンタ君では上級悪魔と最上級悪魔の間にある壁を超えた領域にいる(どうもアザゼルさんが最後に見立てた時より更に強くなっていたみたい)美猴さんを相手取るにはまだ力不足で、最初の方は何度も叩きのめされていた。でも、セタンタ君はけして格上相手に諦める事なく何度も立ち上がり、美猴さんと闘い続けた。すると、時間が経つにつれてまるで先祖帰りするかの様にどんどん動きが速く、鋭くなっていって、制限時間が残り十分となった今では完全に互角に渡り合っていた。そんなセタンタ君の急成長を目の当たりにしたルフェイさんが感嘆の声を上げる。

 

「最初は美猴様より弱かった筈なのに、闘っている内に互角に渡り合える程に強くなるなんて。こんなに急速に強くなっていく人を私は初めて見ました。これが赤い天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)様の眷属入りが既に確定している、アイルランドの大英雄クー・フーリンの末裔……」

 

 すると、側にいたはやてちゃんがルフェイさんに注意してきた。

 

「ルフェイさん。セタンタさんが気になるんは仕方ないけど、今はこっちに集中してな。今ここで気を散らすと危ないんは、ルフェイさんも知っとるやろ?」

 

「あっ、すみません。せっかくはやてさんから貴重な回復魔法を教えて頂いているのに……」

 

 明らかに年下であるはやてちゃんに頭を下げて謝っているルフェイさんだけど、それはヴァーリチームには回復役がいないという事でついさっきはやてちゃんが憐耶達に使ってあげていた静かなる癒しについてはやてちゃんから熱心に教わっている最中だからだ。魔法や魔術の修練はほんの些細な気の緩みで危険な状態になるので、しっかりと集中して行わないといけない。だから、はやてちゃんはルフェイさんを窘めたし、ルフェイさんもそれを素直に受け入れた。ただ、はやてちゃんはルフェイさんが貴重だと言った回復魔法を教える事については別段気にしていないみたいだった。

 

「いえ、こっちが静かなる癒しを教える事については別に気にせんでもえぇですよ。クローズ君から話を聞かせてもろうたんやけど、ルフェイさん達ってヴァーリさんの修行も兼ねてる事もあって結構危険な場所を冒険しとるそうやないですか。だったら、回復魔法とか防御魔法とかそういったもんがあった方が後々えぇんやないかなって思ったんです。それに、アンちゃんもヴァーリさんがもっと強うなって仲良うケンカするのを楽しみにしてますから、ヴァーリさん達には変な所で大怪我してほしくないっていうんが、わたしの本音なんです」

 

 そう言って笑顔を見せたはやてちゃんに、ルフェイさんはキョトンとした後で同じ様に笑顔を浮かべた。

 

「そうなんですか。……だったら、私も遠慮なくどんどん教わっちゃいます♪」

 

 楽しげに弾んだ声でそう宣言したルフェイさんは、その後はやてちゃんから魔法を教わる事に集中していった。そんな様子を見ていたお兄さんのアーサーさんは口元に笑みを浮かべている。

 

「……私を追い駆けて禍の団(カオス・ブリゲード)に来てしまった時には相当に悔やみましたが、どうやら泥沼に嵌まる前にルフェイを俗世に戻す事ができそうですね。赤き天龍帝殿、妹ルフェイの事、心より感謝します」

 

 アーサーさんはそう言ってイッセーくんに頭を下げると、イッセーくんは感謝を伝える相手が違うと諭し始めた。

 

「それについては、僕よりもむしろヴァーリに言って下さい。結果的にそうなったとはいえ、ヴァーリが禍の団を欺いて貴方達を引き抜いた形になったからこそ、この状況が生まれたんです」

 

 すると、真っ先にヴァーリが否定してきた。

 

「いや。それは違うぞ、一誠」

 

「ヴァーリの言う通りです。そもそもヴァーリが禍の団に入る事、ひいては世界中の強者と戦う事に余り興味を示さなかったのは、生涯の宿敵と見定めた赤き天龍帝殿の存在あっての事。ましてヴァーリが禍の団と決別する事になったのは、赤き天龍帝殿が時と場所を選ぶ事で何度でも心おきなく真剣勝負できる状況を作り上げたからなのです。それなら、感謝の言葉を伝えるべきはやはり貴方でしょう」

 

 ヴァーリに続く形になったアーサーさんの反論を聞いたイッセーくんは、それを認めて感謝の言葉を受け入れる。

 

「解りました。では、遠慮なく受け取りましょう。……おっと、そうだ。貴方とルフェイに紹介したい者がいました。昨日は視察の仕事があったのでその時間がありませんでしたが、今なら大丈夫でしょう」

 

 ここでイッセーくんがアーサーさん達に誰かを紹介する様な発言をしたんだけど、それが誰なのか私にはすぐに解った。

 

 ……確かに、そろそろ紹介しないと不味いかも。

 

 そんな風に思っていると、イッセーくんが召喚用の魔方陣を展開して一頭の月毛の駿馬を呼び出した。その毛並みには金属の様な光沢があり、クリーム色に近い色合いもあってまるで黄金の様にも見える。……私の予想通り、呼び出されたのはイッセーくんの乗騎であるドゥンだ。

 

「あっ、ドゥン!」

 

 イッセーくんの側にいたアウラちゃんは魔方陣からドゥンが出てくるのを見ると、すぐさま悪魔の翼を生やして宙に浮いた。そしてそのままドゥンの背中に飛び乗ると、背中で腹這いになって頬をすり付ける。

 

「エヘヘ~。ドゥンの背中って、とってもあったかいね」

 

〈ハッハッハッ。私の背がお気に召されましたかな、アウラ様。……主。ドゥン・スタリオン、お呼びによりここに参上致しました〉

 

 ドゥンはアウラちゃんが背中で甘えるのを受け入れた後、態度を改めてイッセーくんに挨拶する。すると、アーサーさんが驚きを露わにした。

 

「赤き天龍帝殿。今、ドゥン・スタリオンと名乗ったこの馬はもしや……!」

 

「ご想像の通りですよ。彼は先代のアーサー王と今代の僕の二代に渡って騎士王(ナイト・オーナー)の乗騎を務めている名馬、ドゥン・スタリオンです」

 

〈ドゥン・スタリオンと申します。千五百年もの間ただ生き永らえただけの老いぼれではありますが、どうかよろしくお願い致します〉

 

 アーサーさんからの確認に対し、イッセーくんはドゥンを紹介する事で返事とした。ドゥンもイッセーくんの紹介に続く形でアーサーさんに挨拶すると、アーサーさんは納得する様に何度も頷く。

 

「やはりそうでしたか。先祖代々の伝承に記されていたドゥン・スタリオンの特徴と完全に一致していましたので、すぐに解りましたよ。それにしてもエクスカリバーを自らの手で再誕させただけでなく、ドゥン・スタリオンをも手中に収めていたとは……!」

 

 イッセーくんが真聖剣だけでなくアーサー王の愛馬をも手に入れていた事にアーサーさんが感嘆する中、イッセーくんはドゥンに今回呼び出した用件について説明を始める。

 

「ドゥン、急に呼び出してしまって済まない。ただ、どうしても会わせておきたい人達がいたんでね」

 

〈私に、ですか? それは今私の事を主に確認した御仁とはやて様の側にいる小さな魔女の事でしょうか? どちらもメローラ姫の面影があるのですが……〉

 

 ドゥンから飛び出してきた人名に私は軽く驚いた。それはイッセーくんも同じだったみたいで、驚きを隠せずにいる。

 

「メローラ姫? ドゥンは二人の面影にメローラ姫を見出したのか? 僕は二人にアーサー王とグィネヴィア王妃の面影を見ていたんだが。……確かにそう言われてみると、二人の娘であるメローラ姫の方が面影を強く残しているな」

 

 イッセーくんはドゥンの言葉に納得していたけど、私はメローラ姫が実在していた事に驚いた。実は、アーサー王の子供は何も異父姉との不義の子であるモルドレッドだけじゃない。伝承によって名前や兄弟の人数も異なるけれど子供が何人かいて、ドゥンやイッセーくんの挙げたメローラ姫もまたその中の一人だったりする。メローラ姫はアーサー王とグィネヴィア王妃との間に生まれた娘で、マーリンが監禁した思い人を助け出す為に必要となる三種の秘宝を求めて壮大な旅に出ている。なお、その旅の中で青い武装による男装姿で武名を轟かせた事から後に「青い武装の騎士」の名で知られる様にもなっている。……ただメローラ姫の名前が出てくるのはアーサー王伝説を題材とした騎士物語の手蹟だから、本当に実在するのか正直言って怪しいところだったんだけど、生き証人であるドゥンと先代の騎士王であるアーサー王の記憶を継承しているイッセーくんの発言からメローラ姫が実在する事は間違いなかった。

 そうしたちょっとした歴史のミステリーが明かされた事に私が少し興奮していると、イッセーくんはドゥンにアーサーさんとルフェイさんを紹介し始めた。

 

「では紹介しよう、ドゥン。この方の名はアーサー・ペンドラゴン。はやてから回復魔法を教わっているのが、この方の妹であるルフェイだ」

 

「アーサー・ペンドラゴンです。ドゥン・スタリオン、貴方が察した通り、私達はアーサー王とグィネヴィア王妃との間に生まれたメローラを祖に持つ者です。私達のペンドラゴン家はカムランの戦いでブリテンが崩壊した後、テッサリアの王位を継承したオルランド王が悲しみに沈むメローラを慮り、メローラとの間に儲けた二人の息子の弟の方を新たな当主として再興させた家です。その為、厳密にはブリテン王家の嫡流ではなくテッサリア王家の庶流となりますが、それ故に一度は折れたものの伝説の鍛冶匠ウィテーグによって鍛え直され、またメローラがテッサリア王家に嫁ぐ際にアーサー王から密かに託されたコールブランドを現代まで無事に伝える事ができました」

 

 ……何だか、軽々しく聞いちゃいけない事を聞いてしまった様な気がする。

 

 イッセーくんから紹介を受けたアーサーさんからペンドラゴン家やコールブランドに纏わる様々な事実を語られ、私は少し恐縮してしまった。一方、アーサーさんの話を聞いたドゥンは納得の表情を浮かべた後、かつての主であるアーサー王の子孫に会えた事で一人感慨に浸っていた。

 

〈メローラ姫の面影があるのでもしやとは思いましたが、やはりテッサリア王家に嫁がれたメローラ姫のご子孫であられましたか。……アーサー様の血筋は絶たれてなどいなかった。その事実と共にこうしてお目にかかる事ができただけでも、千五百年の刻を生き永らえた甲斐があったというものです〉

 

 そうしてお互いの紹介が終わったところで、イッセーくんはドゥンにアーサー王の語り部の務めを果たす様に命じる。

 

「ドゥン、この際だ。アーサー王の語り部としての務め、今ここで果たすといいだろう」

 

〈ハッ。その命、しかと承りました。……さて、アーサー殿。まずは何を知りたいのかを私に教えて頂きたい。それに応じる形で、私は話を致しましょう〉

 

 イッセー君の命に応じたドゥンから何を聞きたいのかを尋ねられたアーサーさんは、少し悩んだ末に少し待ってもらう様に頼み始めた。

 

「……そうですね。聞きたい事はそれこそ山の様にあるのですが、今は妹のルフェイが回復魔法を教わっている所なので、まずは一区切りつくまで待ってもらえませんか。ここで私一人だけで貴方の話を聞いたとなれば、後でルフェイが拗ねてしまいますから」

 

〈承知致しました、アーサー殿。些細な事で拗ねてしまわれたグィネヴィア様やメローラ姫のご機嫌を直すのにアーサー様やケイ卿を始めとする騎士達が大変なご苦労を為されていたのを思えば、ルフェイ殿のご機嫌を損ねるのは確かに得策ではありませんな〉

 

 ……何それ? すっごく聞きたいんだけど。

 

 私はドゥンの口から語られた意外な事実に凄く興味が湧いた。そして、それは何も私だけじゃなかった。

 

「……そのお話、凄く興味があるのですけれど」

 

「私もですわ。伝説に名を残す程に屈強な騎士達が女性のご機嫌取りに苦労する話なんて、とても面白そうだもの」

 

 私達と一緒にいたレイヴェルさんと朱乃さんも興味津々と言ったところだったけど、ドゥンは軽く笑った後で暫く待つ様に窘めてきた。

 

〈ハッハッハッ。どうやらレディ達の気を引いてしまった様ですな。ですが、しばしお待ちを。ここでルフェイ殿を蔑ろにしては本末転倒というものでしょう〉

 

 こんな風に若い私達の逸る気持ちを巧みにあしらうドゥンの姿に、伊達に千五百年の刻を生きてきた訳じゃないって素直に思えた。そうして、ドゥンの言葉でレイヴェルさんや朱乃さんが逸る気持ちを落ち着けた時だった。

 ……物凄い音がトレーニングルーム中に響き渡った後、ドサッと何かが落ちた様な音が二つ聞こえてきたのだ。慌ててそれらの音の発生源の方を向くと、床に倒れ込んでしまったセタンタ君と美猴さんの姿があった。

 

「チッ。体がピクリとも動かねぇ……!」

 

「まさかイヌと引き分けるとはなぁ。俺っちもこの結末は流石に想像していなかったぜぃ……!」

 

 ……二人の悔しげな声と二人の左頬が特に酷く腫れ上がっている事から考えると、どうも最後はお互いに右拳を顔面に叩き込んでのダブルノックアウトで終わったみたいだった。そんな二人の様子を確認したはやてちゃんは、ルフェイさんに教えたばかりの回復魔法の実践を呼び掛ける。

 

「セタンタさんも美猴さんもお疲れ様や。二人とも、いい具合に疲れとるしケガもしとるみたいやな。ほんならルフェイさん、早速実践してみよか?」

 

「はい、やってみます!」

 

 はやてちゃんの呼び掛けに応じたルフェイさんはセタンタ君達に近づくと、昨日はやてちゃんが使った時とは少し違う呪文を詠唱した。

 

「静かなる風よ、癒しの恵みを傷付き倒れた者達へと届け給え……!」

 

 すると、ルフェイさんの足元に魔方陣が展開されて、そこから小さな光の粒が放出された。この光の粒は倒れた二人に向かって静かに落ちていき、少しずつ二人の体を癒していく。そうしてルフェイさんの回復魔法によって傷が癒え、体力も回復した二人は、倒れていた状態から上半身を起こすと手を何度も握ったり肩を回したりして体の調子を確認し始めた。

 

「……さっきイッセーの妹がやっていたのを見てて、中々やるなって思ってたんだけどよぉ。実際に使ってもらって、この魔法の凄さがよく解ったぜぃ。傷は治るし、疲れも取れる。ついでに戦いで消耗した気や妖気も回復すると来た。普通はどれか一つだけだからなぁ、こりゃあヴァーリが感心する訳だぜぃ」

 

「へぇ。傷や体力、それに魔力もきっちり回復しているぜ。初めてにしちゃ上出来じゃねぇか。流石はモーガン・ル・フェイの名を継ぐ者ってところか?」

 

 体の調子を確認した二人はすぐさま立ち上がると、美猴さんは静かなる癒しの効果に感心する一方、セタンタ君はルフェイさんの事を褒めていた。すると、ルフェイさんは同年代の男の子からあまり褒められた事がないみたいで、少し恥ずかしがっていた。

 

「あ、ありがとうございます。ただ、私の名前はあくまでモーガン・ル・フェイ様に倣っただけで、私自身はそこまで凄いという訳では……」

 

 そんなルフェイさんの様子を見たセタンタ君は、もっと自信を持つ様にルフェイさんに言い聞かせる。

 

「いいや、アンタの場合は謙遜が過ぎるってヤツだ。もっと自信を持った方が良いぜ。そうしたら、魔法や魔術がもっとアンタに応えてくれる様になるからな。……おっと、いけねぇ。礼を言うのを忘れていた。ありがとな、お陰で助かったぜ」

 

 飾り気がないけど、だからこそ真っ直ぐな感謝の言葉をセタンタ君から告げられたルフェイさんは、不意を突かれた様に少しだけ驚いた後、逆に覚えたばかりの魔法を使わせてもらった事への感謝をセタンタ君に伝える。そんなルフェイさんの表情は、とても綺麗な笑顔だった。

 

「あっ。……ハイ! こちらこそ、覚えたばかりの回復魔法を使わせて頂いて、ありがとうございます!」

 

 そんな微笑ましさを感じる二人のやり取りを見ていると、イッセーくんがアーサーさんに落ち着く様に呼び掛ける。

 

「……あの、アーサーさん? 少し落ち着きませんか?」

 

「私は至って冷静ですが?」

 

 ……その言葉、私が聞いても説得力が全くありませんけど?

 

 アーサーさんの様子を見た私はそう思った。イッセーくんもそれは一緒だったみたいで、落ち着いて行動する様に重ねて言い聞かせる。

 

「だったら、まずは無言で握り締めているコールブランドを鞘に収めましょうか。そもそもセタンタには心に決めた子がいますから、アーサーさんが考えている様な事にはならないと思いますよ」

 

「……それはそれで、ルフェイが軽んじられている様でかなり腹立たしいですね」

 

 イッセーくんからセタンタ君には思い人がいる事を伝えられたアーサーさんは、何とも言えない様な複雑な表情を浮かべた。そんなアーサーさんの様子に雰囲気が悪くなりかけていたけど、ここまでドゥンの事を夢中で見ていたクローズ君が悪い雰囲気を吹き飛ばす様にイッセーくんに話しかけてくる。

 

「うわぁ……! キラキラしてて、ホントにカッコいいや。ねぇ、イッセー兄ちゃん。ドゥン・スタリオンさんに乗った事あるの?」

 

「あぁ、あるよ。それどころかドゥンと出逢ってからは冥界における移動手段だったから、ここに来るまでほぼ毎日乗っていたよ」

 

〈なお、主の乗馬の腕前については、アーサー様にもけして引けを取らぬものである事をこの私が保証しよう〉

 

 クローズ君の質問にイッセーくんが答えると、ドゥンが乗馬の腕前について補足した。すると、クローズ君の左手の甲が光を放ち、そこからカテレアさんの声が聞こえてきた。

 

『私の実家でもお目にかかれなかった程の名馬を、一誠さんは日常的に乗りこなしていたのですか。その辺りは、流石は騎士王というべきなのでしょうね』

 

 先代魔王家の本家ですらお目にかかれなかったって……。

 

 私はドゥンの凄さを改めて思い知らされた。ここで話題を変えようとしたのか、アーサーさんがドゥンにアーサー王にまつわる話をする様に頼み始める。

 

「さて。ルフェイが無事に回復魔法を修得できた事ですし、ドゥン・スタリオン殿には私達の先祖であるアーサー王にまつわる物語を話して頂きましょう。特に、妻や娘のご機嫌取りに苦労したという夫や父としての裏話についてね」

 

〈承知致しました。では、お話し致しましょう〉

 

 ドゥンは少しだけ茶目っ気を出したアーサーさんの要望を受け入れると、この場にいる皆の注目を集める中でアーサー王の物語を語り始めた……。

 

Side end

 

 

 

 ドゥンがアーサー王の物語を語り始めてから一時間が経った。その間、誰一人余計な言葉を挟んだりはしなかった。それだけドゥンの話に聞き入っていたという事だろう。実際にドゥンの語り口はかなり面白く、この中では特に幼いアウラやクローズは時折感嘆の声を上げていた程だ。

 そうしてドゥンの話が一区切りついた所で、サハリエル様がトレーニングルームに入ってきた。そして、元士郎に関する新しい情報を伝えてきた。

 

「兵藤氏、匙元士郎氏が目覚めたのだ。なお、術後の経過は極めて良好。ヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合処置は大成功に終わったのだ」

 

 元士郎が目覚めたという情報を聞いて、イリナ達はホッと安堵の息を漏らす。僕も内心安堵したが、その前にサハリエル様に確認する事があった。

 

「サハリエル様、アザゼル提督にはその事をお伝えなさったのですか?」

 

「アザゼルには真っ先に連絡を入れてあるのだ。そこからシェムハザ達を通じて他の者にも伝わる様になっているのだよ」

 

 サハリエル様からアザゼルさんを始めとするメンバーには既に連絡済みである事が確認できたので、僕は早速元士郎のいる病室へと向かう事にした。

 

「そうですか。解りました、直ちに元士郎の病室に向かいます」

 

 

 

「よう一誠。見ての通り、やってやったぜ」

 

 元士郎の元へと向かう途中でアザゼルさん達と合流してから医務室に入ると、元士郎はベッドの上から上半身を起こした状態で僕達に声をかけてきた。しかし、僕には一目で解った。元士郎はヴリトラとの死闘を乗り越えた事で大きく成長を遂げたのだと。そして、元士郎の右手から光が発せられると、そこからヴリトラが低い声色で話しかけてきた。それは、ヴリトラの意識が完全に復活したという何よりの証拠だった。

 

『ホウ。貴様が相棒をして「知っている限りで最も偉大な男」と言わしめた今代の赤龍帝か。成る程、確かにそこらの三下とは明らかに器が違うな』

 

 ヴァーリが僕達に同行していた事もあって、ここでアルビオンがヴリトラに話しかける。

 

『久しいな、ヴリトラ。だが一つ訂正しろ。一誠は赤龍帝などではなく、ドライグと私が対等と認めた友であり、歴代の赤龍帝を統べる唯一無二の赤き天龍帝だ』

 

『フム。二天龍、しかも赤龍帝の宿敵である筈の貴様にそこまで言わせるか。ならば、詫びを含めて訂正させてもらおう。赤き天龍帝、兵藤一誠よ』

 

 ヴリトラはアルビオンの意志を受けて謝罪と共に訂正する。そこで僕は今の状態を確認しようとヴリトラに話しかけた。

 

「ヴリトラ。荒療治で覚醒させたばかりで申し訳ないけど、気分はどうかな?」

 

『悪くないな。相棒の強さは先程見せてもらったよ。命を預け合う相棒として相応しい男だ。何より自ら名乗った黒龍王(プリズン・キング)の響きが気に入ったぞ。相棒は今後、二天龍である貴様達と同様に五大龍王の一角としてその名を馳せていくだろう』

 

 ヴリトラの言葉を聞いた僕は、僕の親友は五大龍王に相棒と認められた偉大な男なのだと誇らしくなった。

 

「元士郎、本当にヴリトラに認められたんだな」

 

 僕がそう言葉をかけると、元士郎は誇らしげな表情をして非常に嬉しい事を言ってくれた。

 

「あぁ。これで俺は名実ともに黒龍王、そして赤き天龍帝の親友(ダチ)だって胸を張って言えるぜ」

 

「……嬉しい事を言ってくれるな」

 

 そうしたやり取りを元士郎と交わす中で、アザゼルさんが元士郎に今の神器の状態を確認する。

 

「イッセー。せっかくヴリトラ系神器の統合とヴリトラの意識の復活に成功したんだ。後は匙の神器が今どうなっているのかを確認しねぇとな」

 

 アザゼルさんの言葉も尤もなので、僕も元士郎とヴリトラに尋ねてみた。

 

「確かにその通りですね。元士郎、ヴリトラ。実際の所はどうなんだ?」

 

 それに対して、元士郎とヴリトラから意外な答えが返って来た。

 

「それなんだけどな……」

 

『我が説明した方が早いだろうな。今の相棒の神器だが、統合というよりは融合と言った方がいい。おそらくは我の魂の断片を解放した上で我の意識が完全な形で目覚めた為に少なからず影響を受けたのだろうよ。その結果、かなり面白い事ができるようになっているぞ。相棒、証拠を見せてやれ』

 

「解ったぜ、ヴリトラ。出ろ、黒い龍脈(アブソープション・ライン)!」

 

 すると、元士郎の右手だけでなく左手と両足からも光が発せられた。その光もほんの数秒で収まると、右手には今まで通りに黒い東洋型のドラゴンが巻き付いた様な形状の神器が現れる一方、左手と両足にはヴリトラを象徴する黒一色の装甲が現れた。更に元士郎のベッドの陰から黒い炎を迸らせた黒い大蛇が現れると、その蛇からヴリトラの声が発せられる。

 

『……と、まぁこんな所だ。先程散々暴れた影響なのか、この仮の肉体に意識を移す事で我は相棒と直接共闘できる様になったらしい。何とも嬉しい誤算ではないか。どうだ、アルビオン。流石にこの様な真似は貴様達にはできまい?』

 

『ウゥム。確かにそれは私やドライグには無理だな……』

 

 所持者と直接共闘する事が可能になったというヴリトラの発言に、アルビオンはただ唸るだけだった。その様子を見て得意げな素振りを見せるヴリトラだったが、やがて呆れた様子で元士郎の事を語り出した。

 

『……尤も、我の魂の断片を収めていた黒い龍脈以外の神器を後付けにも関わらずあっさりと使いこなしてみせた相棒には、本当に呆れてしまったのだがな。相棒にとっての常識とは、次元の狭間へと投げ捨ててしまうものらしい』

 

「まぁ、精神世界で暴走したヴリトラ相手に死ぬほど苦労した甲斐があったってヤツさ。……ただな、ヴリトラ。その台詞は一誠やはやてちゃん、それにレオンハルトさん達に言ってくれ。俺はそこまで常識を捨ててねぇぞ」

 

 元士郎の発言の内、後半の方は後でキッチリ追及するとして、僕の問い掛けに対する二人の返答によって僕は一つの確信を得た。

 

「元士郎。単に統合した神器の能力を使えるだけでなくヴリトラとの共闘も可能になった事を踏まえると、お前の黒い龍脈はもはや完全に別物だよ」

 

 僕がそう指摘すると、元士郎は納得の表情を浮かべた。

 

「……確かにそうだろうな。今の黒い龍脈は完全に別物だってのは、俺も認めるよ」

 

 だが、ここで元士郎はその表情を真剣なものへと変える。

 

「だけどな、一誠。俺は祐斗みたいに神器の名前を変える気はないぜ。コイツは力の源であるヴリトラの魂が抜けていたにも関わらず、俺の力を受け取って、そして俺の想いに応えて甦ってくれた。だったら、コイツはこれからも黒い龍脈だ。それでいいか、ヴリトラ?」

 

 元士郎は大きく変貌した神器の名をあえて変えない事を宣言した上で、ヴリトラにそれでいいかを確認する。それに対するヴリトラの答えは、一つだった。

 

『相棒。我は貴様の意志を尊重しよう』

 

「……サンキュー、ヴリトラ」

 

 元士郎がヴリトラに感謝を告げたところで、アザゼルさんが元士郎に新生黒い龍脈の性能確認テストを持ち掛ける。

 

「匙。早速で悪いが、新生黒い龍脈を一度実際に使ってみせてくれ。実際の性能を確認しなきゃならんし、天界と悪魔勢力に説明する為の記録映像が必要になるからな。今から記録用の機器を準備するから、少し待っていてくれ」

 

「解りましたよ、アザゼル先生」

 

 元士郎がアザゼルさんの申し出を受け入れてから一時間後。アザゼルさんの準備が終わり、新生黒い龍脈の性能確認テストが始まった。

 




いかがだったでしょうか?

ペンドラゴン家とコールブランドに関する独自設定にはできるだけ整合性を持たせたつもりですが、お気に召されなかった方は申し訳ございません。

では、また次の話でお会いしましょう


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第九話 開拓

2019.1.12 修正


Side:アザゼル

 

 ……サハリエルの言った通り、俺達は本当に新しい伝説を作っちまったかもしれねぇな。

 

 俺はヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合とヴリトラの意識の復活によって新生した黒い龍脈(アブソープション・ライン)の性能を確認する為のテストを匙にさせた。その結果、匙は既に俺の想像の斜め上を飛んでいた事が解った。

 

「オイオイ。いくら封印していたのが同じドラゴンの魂の断片とはいえ、後付けしたばかりの神器をここまで使いこなせるモンなのか? しかも複数の能力による必殺コンボとか、訳が解らんぞ」

 

 俺はまず黒い龍脈以外のヴリトラ系神器である邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)漆黒の領域(デリート・フィールド)龍の牢獄(シャドウ・プリズン)の能力を匙に使わせた。精神世界における暴走状態のヴリトラとの戦いで応用すらこなしていた匙なので、特に問題なく扱えると判断しての事だった。実際、最初の方は基本的な使い方に始まり、精神世界で見せた応用法まで使いこなしてみせた事で記録映像としては上々の物が撮れていた。

 

 ……だが、途中で俺は開いた口が塞がらなくなった。

 

 「それじゃ、本番いきます」と匙が宣言すると、突然標的にラインを飛ばして接続した次の瞬間、呪いの黒炎が標的の()()から噴き出してきた。……かと思ったら、次の瞬間には黒炎が呪いごと消え去ってしまった。何をやったのかを匙に確認すると、黒い龍脈の「ラインを通じて力や物の流れを制御する」能力を利用して呪いの黒炎や力を削り取る空間を対象に直接送り込めないかを試してみたとの事だった。その結果、ラインによって呪いの黒炎を直接内側に流し込まれた標的は内側から燃え出す事となり、次に力を削り取る空間を流し込まれた事で内側を焼く黒炎と呪いを構成する力が削られて消火されたという事だろう。

 この時点で既に常識ってヤツを投げ捨てているんだが、『次は我の番だな』と黒炎を迸らせた黒い大蛇という仮の肉体を得たヴリトラが宣言すると、口から呪いの黒炎を吐き、全身からは敵を蝕む呪詛を放ち、更に影を媒体として転移してから標的を一瞬で締め壊すなど、独立具現型として見てもかなり上の方に来る能力を見せつけてきた。

 ヴリトラのデモンストレーションが終わると、匙はここから更に今回の統合処置で獲得した能力を全て用いた邪龍の煉獄領域(ブレイズ・デリート・プリズン)というコンボ技を使ってみせた。黒炎の壁で標的の四方を取り囲んだ後でその内側に力を削り取る空間を形成して標的に施された様々な防御を無効化、更にヴリトラが逃げ場をなくした標的の影から頭を出して呪いの黒炎を吐き出して徹底的に焼き尽くすという()る気満々なコンボ技を目の当たりにして、俺はもうすぐ新しい神滅具(ロンギヌス)に認定される木場の和剣鍛造(ソード・フォージ)と同様、新生黒い龍脈もまた神滅具として認定されても何らおかしくない事に気付いた。何せ「ヴリトラに由来する四種の能力」って時点で既に厄介だというのに、この上「ヴリトラ本人の独立具現化」なんて洒落にならねぇ能力まで発現している。ヴリトラの独立具現化については流石に全盛期の強さとまではいかないが、それでも龍王ヴリトラが二頭がかりで襲ってくる様なものだ。正に悪夢としか言い様がない。これを踏まえると、「組み合わせてはいけない強力な能力同士が組み合わさっている」という神滅具の条件を満たしていると言ってもけして過言じゃねぇだろう。

 ……あの無限の龍神をあと一歩まで追い詰めたイッセーを筆頭に超越者であるサーゼクス以外には見る事すらできなかったオーフィスの攻撃を捌いてみせた武藤、そして通常の神器を神殺しの領域に至らしめた木場と匙。コイツ等は確かに特殊な神器を宿しているかもしれないが、コイツ等の常識外れな強さの根幹にあるのは神器の持つ強烈な能力ではなく、コイツ等自身が持っているいわば裸の強さだ。だから元々は人間であるコイツ等が示してみせた大いなる可能性に、俺は畏怖と敬意を同時に抱いた。そして、昨日の「神器とは聖書の神が人間に遺した可能性の種である」というイッセーの発言に込められた本当の意味を悟った。聖書の神が播いた神器という可能性の種を人間が育て上げる事で亜種や禁手(バランス・ブレイカー)へと至らしめ、更には神滅具へと昇華させる。その為に聖書の神は信仰に関係なく神器をばら撒いたのだと。そんな真似を無断でされたら、他の神話体系が俺達三大勢力を忌み嫌うのも道理ってヤツだ。そして聖魔和合親善大使として神や俺達の仕出かした事の尻拭いをするのは、本当ならそんな事をやる義理も義務もない筈のイッセーだってんだから、何とも情けねぇ話だった。

 

 ……なぁ、ミカエル。神に作り出されてから一万年を超えて生きてきて、それだけ色々と経験も重ねてきたってのに、俺達は一体何をやっているんだろうな?

 

 やがて新生黒い龍脈の性能確認テストが終わると、匙は実体化したままのヴリトラを連れて戻ってきた。そしてまずはイッセーに話しかける。

 

「まぁ、こんなところだ。これで途中からついて行けなくなった前回よりは、オーフィス相手に戦える様になっていると思うぜ」

 

『暴走が収まってから相棒と色々と話をしたが、あのオーフィスと真っ向から戦って生き残ったと聞いた時には流石に驚いたぞ。しかもあと一歩まで追い詰められた事で次は間違いなく全力で来るという絶望的な状況というのに、相棒は恐怖と諦観に沈むどころか次こそは最後まで戦い抜くと闘志を更に滾らせているのだ。……どうやら我は復活早々に途方もない大当たりを引いた様だな。それでこそ現世(うつしよ)に還ってきた甲斐があったというものだよ』

 

 どうやら匙の目が覚めるまでの間、ヴリトラはイッセー達の想定している敵がオーフィスである事を匙から聞かされているらしい。それにも関わらず、匙の事を無謀とも愚かとも言わず、むしろ高く評価していた。この辺りの感性は、やはり龍王と謳われるドラゴンなんだろうな。

 

「フフフ……」

 

 そうした匙とヴリトラの発言を聞いたヴァーリは、本当に嬉しそうに笑っている。

 

「ヴァーリ兄ちゃん、すごく嬉しそうだね」

 

 そんなヴァーリの様子を見たクローズが話しかけると、ヴァーリは本当に嬉しそうに語り始めた。

 

「嬉しくもなるさ、クローズ。俺もアルビオンも認めた匙元士郎が、今や俺や一誠をも脅かし得る領域にまで駆け上がってきたからな。しかもヴリトラの意識を蘇らせた上に対等な相棒と認められた新たなる龍王、黒龍王(プリズン・キング)となってな。匙元士郎にオーフィスの元に集ったという龍王クラスのドラゴン、更には俺と同じく魔王の血を引く二天龍であるお前やオーフィスの「蛇」で復活を遂げた歴代の赤龍帝達までこの時代には揃っている。以前アルビオンが言ったドラゴンの祭典がいよいよ現実味を帯びてきたな。やはり禍の団(カオス・ブリゲード)の勧誘を蹴って正解だったよ。向こうに行っていたら、これ程までに生きているのが楽しいなんて思えなかっただろうな」

 

 黒龍王として著しく成長した匙とまだ見ぬ強者との戦いに想いを馳せるヴァーリは、本当に今が楽しくて仕方がないらしい。すると、イッセーがすぐ近くにいた事でグイベルが話に加わってきた。

 

『あらあら。アルの宿主さんは本当にヤンチャなのね。でも、男の子はそれくらい元気な方がいいわ』

 

『歴代白龍皇でも屈指の戦闘狂であろうヴァーリを指して、ヤンチャの一言で片付けてしまうとはな。その呆れてしまう程の度量の広さは相も変わらずか、姉者』

 

 戦闘狂である事を隠そうともしないヴァーリを「ヤンチャ」で済ませてしまう度量の広さを見せたグイベルに対し、アルビオンは少々呆れた様子だった。……あのドライグがベタ惚れする様な女なんだ、それだけ度量が広いって事なんだろうな。龍王最強に比肩する姉と二天龍の片割れである弟という史上最強の双子龍のやり取りを聞いていて、そんな事を漠然と考えていた時だった。

 

「どうしたの、イッセーくん?」

 

 イリナが、考え込んでいる素振りを見せるイッセーに声をかけたのは。イリナから声をかけられたイッセーは、それから少し考え込んだ後に答えを出した様で俺に話し始めた。

 

「アザゼル総督。申し訳ございませんが、本日の予定が全て終わった後に少しお時間を頂けませんか?」

 

「あぁ、それは構わねぇぜ。それでイッセー、俺に一体何をしてほしいんだ?」

 

 俺は自分のスケジュールを頭の中で確認し、特に問題ないと判断して快諾した後、イッセーに何を求めているのかを尋ねる。すると、イッセーはとんでもねぇ事を言い出した。

 

「……ドラゴン系神器の新たな可能性。それについてご意見を頂きたいのです」

 

 ドラゴン系神器の新たな可能性、だと……!

 

 神器研究に関して今や俺と双璧を為すと言ってもけして過言じゃないイッセーの発言に、俺のテンションは一気に最高潮にまで達した。

 

「おっし! そういう事なら予定は全部キャンセルだ! さぁイッセー、今から早速……!」

 

 俺は早速イッセーと意見交換をするべく動き出そうとしたが、その前にシェムハザが止めてきた。

 

「アザゼル、少し落ち着いて下さい。その前に色々とやるべき事があるでしょう。兵藤親善大使もそれを理解しているからこそ、予定が全て終わってからと言っているのですよ」

 

 シェムハザの言葉で、浮かれていた俺の頭は完全に冷えた。シェムハザの言う通りだ。今は匙の新生黒い龍脈の性能確認テストの為に一時中断しているが、真羅の追憶の鏡(ミラー・アリス)の新解釈に伴う実証試験やイッセーから草下に与えられた結界鋲(メガ・シールド)の強化計画など重要な仕事はまだまだ残っている。特にイッセーからシェムハザに提案された木場の和剣鍛造、正確には和剣鍛造の本体である魔鞘と競覇の双極剣(ツインズ・オブ・コントラディクション)を絡めた新しい可能性については、結果次第で木場の潜在能力が飛躍的に高まる事から、ヴリトラ系神器の統合が成功裏に終わった今では最優先事項へと繰り上がっている。また、長期に渡る計画である事から現時点での優先順位こそ木場の和剣鍛造に一歩譲るが、ギャスパーの停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)については魔神バロールの意識の断片が宿った事でどこまで変化したのかを詳しく調査する必要がある。……確かに、趣味に走っていられる状況じゃなかったな。

 

「あぁ、解った。解ったよ、シェムハザ。お前の言う通り、まずはやるべき事をしっかりやらねぇとな。お楽しみはそれからだ」

 

 俺はそう言って頭を切り替えると、一時中断していた調査や訓練の再開を指示する。

 

「まっ、そういう事だ。匙については少々危うい所もあったが、無事に大成功を収めたんだ。この調子でお前達についても成果を上げていかないとな。それじゃ、元の場所に戻って調査や訓練を再開してくれ」

 

 そして、俺達はそれぞれの場所に戻っていった。

 

 

 

 この日の全ての予定が終了した夜。俺が自室で過ごしていると、赤い龍門(ドラゴン・ゲート)が展開された。俺の部屋には以前サーゼクス経由でイッセーから渡された龍血晶がある事を思い出した俺は、早速龍血晶を手にとって龍門を潜った。龍門を潜った先は、早朝トレーニングで利用しているイッセー所有の模擬戦用異相空間の中にある荒野地帯だった。そこでは呼び出した張本人であるイッセーとヴァーリ、そして普段はイッセーの神器の中にいるという初代赤龍帝のアリスがいた。ヴァーリはドラゴン系神器の保有者、アリスは歴代でも明らかに別格という事でどちらもここにいる事についてはまだ理解できるが、驚いたのはここにサーゼクスとミカエルもいた事だった。

 

「おい、イッセー! 何でドラゴン系神器の新しい可能性についての意見交換に神器関連では門外漢の二人まで来てるんだよ!」

 

 明らかに場違いな二人がいる事で俺は思わずイッセーを問い詰めてしまった。すると、イッセーは普段の言葉使いで説明を始める。

 

「それについては結果的にこのお二人にもお話する必要が。……いえ、むしろこのお二人にしか話す事ができない事情が関わっています。ですから、サーゼクスさんやミカエルさんに尋ねられた時にも、後で三人ご一緒に説明するという事で一先ず待って頂きました。なおアリスについては神器の中にいる関係上その事情を知っているので、立ち会ってもらう事にしました。そしてヴァーリ、お前については何らかの形でこの事情を知った時には思いっきり派手に動きそうだから、そうならない様に釘を刺す為だ」

 

「随分と酷い物の言い様だな、一誠」

 

「誰も抑えられる人がいない状況でこれを聞いたら、ヴァーリは間違いなく暴走するという確信があるからね」

 

 ある意味でイッセーに全く信用されていない事にヴァーリは苦笑いを浮かべるが、俺は事情を教えるべき者を厳選してきたイッセーの意図を読み切れずに首を傾げてしまう。

 

 ……俺とサーゼクス、そしてミカエルにしか話せない事情、だと?

 

 だが、それについては一端脇に除けて、俺は本来の目的について尋ねてみる事にした。

 

「それでこんな場所に俺達を集めて一体何をするつもりなんだ、イッセー?」

 

「アザゼルさんには僕が考えているドラゴン系神器の新たな可能性についての意見を頂きたいんですが、その前にまずは色々と手を加えた奥の手から見て頂きます。……アリス。もし異常事態になったら、その時は僕を抑え込んでくれ」

 

 ……こんな場所に連れて来て、更に全力のサーゼクスですら手に負えないアリスにこんな頼み事をしている時点で、イッセーが今からやろうとしている事が相当に危険な事である事が容易に察せられた。そこで、アリスが頼み事の理由についてイッセーに確認する。

 

「解ったわ。でもイッセー、それはあくまで念の為よね?」

 

「それはもちろん。そもそも異常が出ない様に予め調整してあるから問題はないと思うけど、一応念には念を入れておかないとね」

 

 返事をしたイッセーには特に気負った様子もない事から、本当に念の為らしい。それを見て、俺は少し安堵した。アリスもイッセーの言い分に納得した事を悟ったイッセーは、俺達から少し離れた場所へと移動していく。イッセーは俺達から十分に距離を置いた所で黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を発現させると、左の掌に右拳を当てる事で共鳴強化を発動させる。

 

『Tune! ……Resonance Boost!!』

 

 イッセーのオーラが爆発的に高まっていくが、そのオーラの色がいつもと違った。普段はドライグに由来する赤いオーラだが、今出ているのは青みがかった黒、いわば(くろ)いオーラだ。このオーラの色になるのは、主に黎龍后の籠手の禁手(バランス・ブレイカー)を発動させる時だ。つまり、今からやる事はグイベルが深く関わっているという事になる。

 

「では、始めましょうか。グイベルさん」

 

『解ったわ』

 

 イッセーの呼び掛けにグイベルが応えると、イッセーは明らかに聞き覚えのある呪文を詠唱し始めた。

 

「我、目覚めるは……」

 

 ……覇龍(ジャガーノート・ドライブ)だと!

 

 イッセーが何をやろうとしているのか、それに気付いた俺は驚愕した。いや、俺だけじゃない。サーゼクスやミカエル、更にはアリスでさえも驚きを露わにしている。例外はイッセーの覇龍はどんなものかと明らかに期待しているヴァーリだ。

 ……覇龍は封印されているドラゴンの力を強引に引き出す事で一時的に神や魔王をも超える力を得る代わりに生命力を著しく消耗するドラゴン系神器の禁じ手だ。正直な話、イッセーが既に覇龍に至っていたとは思ってなかったが、そもそも素で俺やセラフォルー、ミカエルとも肩を並べ得る強さを持つ上に黎龍皇の籠手の初代所有者でグイベルとの関係も極めて良好なイッセーであれば、僅か一月足らずで覇龍に至っていても何らおかしくはなかった。何より、俺が知っている覇龍の呪文とは大きく異なる点が一つある。それが、俺の不安の大部分を取り除いていた。

 

『我はかつて終焉を迎えし龍の端くれ』

 

 ……今までは歴代の残留思念の怨嗟に満ちた声だけでドライグもアルビオンも参加していなかった覇龍の呪文詠唱に、グイベルが参加していたのだ。

 

「覇の理に踊りし赤と白に連なる黎い龍なり……」

 

『されど、邂逅の妙によって再び刻を紡ぎ始めた』

 

 イッセーとグイベルがそれぞれ異なる呪文を唱えていくにつれて、イッセーから放たれる黎いオーラがその量を増していく。しかもその増幅したオーラが余りに膨大かつ濃密な為に、イッセーの体が宙に浮いてしまった。その様は、まるでイッセーが黎いオーラそのものに包まれている様だ。

 

「無限を抱き、夢幻を望む……」

 

『尽きざる愛をこの胸に、望みし明日をこの手の内に』

 

 しかし、イッセーから放たれる膨大かつ濃密なオーラからは以前の赤龍帝が使った時の様な禍々しさは全く感じられず、むしろ神々しさすら感じられた。

 

「我、赤き龍帝に寄り添う黎き龍の后と成りて……」

 

『故に、汝が我が至福の刻を穢さんとするならば』

 

 やがて、イッセーから放たれる黎いオーラは凝縮されていき、一つの形を形成していく。

 

「『汝を泥黎(ないり)の深淵へと誘おう……ッ!』」

 

 そしてイッセーとグイベルの呪文が重なると同時に、イッセーの覇龍が完成した。

 

『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!!!』

 

 ……かつて、ウェールズの地にあって地震と災厄を齎す邪龍として赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)に討ち果たされたとされる一頭のドラゴンがいた。

 

「イッセー君を包み込んでいる膨大かつ濃密な黎いオーラが、翼を持つ蛇の様な形で固定された……! これがグイベルの、そしてイッセー君の覇龍なのか!」

 

 ……しかし、その真実は白い龍(バニシング・ドラゴン)たるアルビオンの姉にして赤い龍たるドライグの愛妻、そしてそれ故に夫との約束の為に異形の存在からウェールズの地を守り抜いた偉大なドラゴンだった。

 

「俺を含め、今までの赤龍帝や白龍皇の覇龍は身に纏った鎧が生前の二天龍の姿を模倣する形で発動していた。だが一誠の場合、膨大なオーラが凝縮して鎧となる事なく一定の範囲で展開する形になる訳か」

 

 ……そして、肉体が死して魂も崩壊寸前だった所を一人の少年によって救われたそのドラゴンは、無限の龍神を撃退する上で多大な功績を上げた事でその汚名と誤解を解き、更に最愛の夫と双子の弟との再会を果たした。

 

「それにオーフィスと戦った時、イッセーが極大倍加(マキシマム・ブースト)で増幅された膨大なオーラを展開する事で小さな世界を作ってみせたから、神器が一定範囲へのオーラの展開という新しい方向性を見出したのね。……それにしてもイッセーったら、この分じゃかなり前から覇龍を改良する事を考えていたわね。まったく、一言でいいからわたしに相談してくれてもいいじゃない」

 

 ……それは、ただそこにいるだけでこの場にいる全ての者に絶大な安心感を齎す存在だった。こんな慈愛に満ちた存在を邪龍と貶めた一部のケルト人は、一体何を見ていたのかと問い質したくなってくる。

 

「ですが、兵藤君から発せられる膨大かつ濃密なオーラで模られたあの翼を持った蛇は一体誰なのでしょうか?」

 

 ……赤き龍の帝王が心から愛し、白き龍の皇帝が心から慕う。それ程までに強く、気高く、そして美しい、正に黎い龍の后と呼ぶべき麗しきドラゴン。

 

『おぉ、おぉぉ……! 間違いない! 一誠のオーラが形作っているあの姿は、私の記憶の中にある在りし日の姉者そのものだ!』

 

 ……それが、黎い邪龍(ウェルシュ・ヴィラン・ドラゴン)の汚名より解き放たれた黎い麗龍(ウェルシュ・グレイス・ドラゴン)、グイベル。イッセーのオーラが模っているのは、その真の姿だった。

 

 イッセーは覇龍が完成すると、自分の様子を確認してからすぐに解除した。解除してすぐに息を深く吐き出した事から、やはり体力の消耗が激しい様だ。

 

「フゥ……」

 

 だが、続くグイベルの言葉で俺が抱いていた最大の懸念材料が一気に払拭された。

 

『どうやら、生命力が著しく削られるという事はなかったみたいね』

 

 ここで、何故覇龍の最大のデメリットがなくなっていたのかをイッセーが解説する。

 

「ある意味、当然の結果でしょうね。何せ赤龍帝や白龍皇が覇龍を発動させると、歴代所有者の怨念が膨大な力を使う様に促す傾向があるので、それに応じる形で生命力を必要以上に消耗してしまいます。ですが、黎龍后の籠手は僕が初代の所有者。歴代所有者の怨念なんてある訳がありませんし、覇龍を発動する為の手順や条件を最初に発動させる僕がある程度決める事ができます。そうして、同調する対象をあくまでグイベルさんだけに絞ってしまえば……」

 

『外的要因による余計な干渉を抑えられるし、共鳴効果でお互いの力を増幅させる事もできるから、覇龍の発動に伴う負担を大きく軽減できるという訳ね』

 

 ……って事は、怨念が払われた事で歴代赤龍帝が全員自我を取り戻している今なら、ドライグの覇龍を使っても生命力が削られたりしないって事なのか?

 

 イッセーとグイベルの解説を聞いて、俺が真っ先に思い当たったのがこれだった。流石はチーム非常識の代表取締役、やる事為す事が他のチーム非常識の面々と比べても一味違っていた。だが、話はここで終わらなかった。

 

「それでグイベルさん。こうして実際に覇龍を使ってみましたが、どうですか?」

 

『一誠の消耗が体力だけだったから、上々といったところね。それに一度実際に見せてもらったお陰でだいたいコツは掴めたわ、一誠。これなら例のアレも問題なく行けるわよ』

 

 ……おい、ちょっと待て。その台詞、まるでグイベルに見せる為に今初めて覇龍を使った様な言い草だな。まさか、ぶっつけ本番であれだけの完成度を叩き出したのか、コイツ等は。

 

 俺はコイツ等の余りの非常識ぶりに呆れ返ってしまった。それだけに、コイツ等から飛び出してきた言葉を聞いた時、俺は絶句するしかなかった。

 

「それなら、ここからが本番ですね」

 

『えぇ。では、いきましょうか。ドラゴン系神器の新たなステージへ。……まだ新規参戦したばかりの私が言うのもちょっとおかしいとは思うのだけれども』

 

 ……あぁ、確かに言っていたな。「その前にまずは色々と手を加えた奥の手から見て頂きます」ってな。それだけ大口叩いたんだ、これで今から見せるモンが新型覇龍よりショボかったら腹の底から嗤ってやる。

 

 俺はそう固く決意していた。

 

 

 

「オイオイオイ……。あんなの、マジでありなのか?」

 

 ……尤も、そんな決意は今イッセー達がやってみせた事を前に脆くも崩れ去ったがな。

 

「……まぁ、試行段階としては上々といったところですか。僕の方はさっきの覇龍と比べてもそう変わらないくらいの消耗で済みました。グイベルさんは?」

 

『私もそんなに負担を感じなかったわ。これならドライグも満足してくれる筈よ』

 

 呑気に今やった事による消耗について語り合っているイッセーとグイベルだが、この場に立ち会った奴は全員揃って絶句している。だが、気持ちはよく解る。俺だってこんな真似されたら、もうなんて言えばいいのか全く解らねぇよ。ただ言える事は、とんでもねぇ奴がとんでもねぇ神器をとんでもねぇ方向へと進化させたって事だけだ。

 

『でも、まさか本当に実現可能だとは思わなかったわ』

 

「元々構想自体は結構前からあったのでコツコツと基礎理論の構築と検証を重ねた結果、グイベルさんが目覚める前にはある程度形になっていたんです。ただこれを使うには禁手に至る事が絶対条件になっていて、オーフィスとの戦いの時にはまだ禁手に至っていなかったから、使いたくても使えなかったんですよ。でも、その時の戦いの代償でドライグが長い眠りに就いてしまって、その代わりをグイベルさんが務めるようになった事で黎龍后の籠手としてですが禁手に至る事ができました。そのお陰で覇龍やこれを使えるようになったんです。人生万事塞翁が馬なんて言葉がありますけど、今回の件は正にそれですね」

 

『それで、少し前にあの話が出てきた訳ね』

 

 実はかなり前からコイツの構想があったという暴露話がイッセーの口から飛び出した後、イッセーが俺に向かって話しかけてきた。

 

「アザゼルさん、今見せた事を踏まえてお答え下さい。……本来の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器から黎龍后の籠手に移った事で、封印による拘束から解き放たれている今のドライグの魂をどうにかして別の器に移す事は可能でしょうか? できれば新生黒い龍脈の性能確認テストで元士郎とヴリトラが見せた様に仮の肉体を持って独立具現化する形が望ましいのですが」

 

 ……どういう事だ?

 

 俺はイッセーの問い掛けの意味を捉え切れずに首を傾げていると、イッセーは何故そんな事を考えたのか、その事情を俺達に説明し始めた……。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一誠とグイベルが切り拓いた新たな可能性については後のお楽しみという事で。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十話 若鳥達への追い風

2019.1.12 修正


Side:アザゼル

 

 イッセーが何故ドライグに関する相談をしたのかを説明し終えた時、俺は事の余りの大きさに頭を抱えたくなった。何だよ、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器の側には獣の数字の大本である666(トライヘキサ)が封印されているってのは。それじゃ自分の住処である次元の狭間をグレートレッドから取り戻す事とその為の重要人物であるイッセーにオーフィスが執着している現状でイッセーが赤龍帝の籠手の器を回収しに行けば、イッセーの動向に気を配っているであろうオーフィスはほぼ間違いなく666の存在に気付いてその封印を解きにかかるじゃねぇか。あるいはより確実な方法が出来た事でオーフィスがイッセーに執着しなくなるかもしれねぇが、それで世界的な危機に陥る様な事態になるんなら本末転倒だ。何よりそんな状況下で下手に世界中を巻き込む様な無茶をやるイッセーじゃないのは、ここ一月程の付き合いで良く解っている。だからこそ、イッセーはドライグとグイベルが共存できるようにする為の新たな一手として新型覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を下地にしたさっきの()()を更に別方向へと持って行きたいんだろう。そんなイッセーの想いを悟った俺は、説明の前に問い掛けられた事に対して正直に答える。

 

「正直に言うぜ。理論上は十分可能だ。だが、俺はおろか神の子を見張る者(グリゴリ)の総力を結集しても実現は無理だ。このままじゃ、どうしても足りねぇモンがあるんだよ」

 

「具体的には?」

 

 イッセーがより詳しい話を求めてきたので、俺はイッセーが構想しているモノにおいて最大のネックとなっているものを挙げた。

 

悪魔の駒(イーヴィル・ピース)。一つの生命体の魂と肉体を別の種族のものへと作り変え、また魂や残留思念に実体を持たせる赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)の媒体にも使えるアレの素材がどうしても必要になる。本来なら最大のネックとなるだろうドライグの魂の移し替えと別の器への固定については堕天龍の閃光槍(コイツ)の核に使われている技術でどうにかなるが、肝心の器の方が俺達じゃ用意できねぇんだ」

 

 確かに悪魔勢力の生命線の一つである悪魔の駒については、天界にも俺達にも情報がある程度公開されている。天界もかねてから敬虔な信徒や優秀な悪魔祓い(エクソシスト)を対象に天使に転生させる為のアイテムを研究開発しているものの難航しているという話を以前から聞いてはいたが、どうやら悪魔の駒に使われている技術を一部取り込む事で完成の目途が立ったらしい。だがその一方で、悪魔の駒の素材については既得権益があくまで悪魔側にある以上、他勢力がけして自由に手に入れられる訳ではない。その為、こっちとしては外交を駆使して取引の場所やレートといった面倒臭い事を色々と取り決めないとならねぇし、実際に取引が動き出すまでに相当の時間が必要になるだろう。尤も、オーフィスがこっちの都合に合わせてそれまで待っていてくれるのかと言えば、間違いなくノーだろうがな。そんな先行きの暗い事を俺が考えていると、サーゼクスが解決案を出して来た。

 

「それなら、既に悪魔勢力内ではアザゼルに並び得る神器(セイクリッド・ギア)研究の第一人者として名を上げているイッセー君が新たな戦力強化案を構想しており、それに基づいて悪魔と堕天使が共同で研究開発するという名目でアジュカにも協力させよう。そうすれば、悪魔の駒の素材をそちらに提供する事もけして吝かではなくなる筈だ。それにアジュカ自身、悪魔の駒を開発する際の手順とその理由を物の見事に言い当ててみせたイッセー君とは一技術者として本格的に話をしてみたいと言っていたからね。この際だから、アザゼルも交えて思う存分語り合ってもらう事にするよ」

 

 この解決案を聞いた俺は何処かに穴がないかを考えたが、少なくともこの場で考えた限りでは特に問題はなかった。ここは前向きに検討すると伝えて意見調整に少し時間を取るべきだと俺は判断したが、ここでふと思った。

 

 ……ここ最近のサーゼクスは一勢力を束ねる指導者として劇的なまでに成長してきている、と。

 

 今までの、というよりはそれこそ一月ほど前に首脳会談を駒王学園で開催する事で三大勢力が合意するまでのサーゼクスであれば、言っちゃ悪いがこちらが付け入る隙なんて幾らでもあった。だから、駒王協定が締結された後でそういった隙を勢力間の関係が悪くならない程度に(つつ)いてやる事でサーゼクス達を鍛えてやらないといけねぇなと密かに考えていた。だが、今のサーゼクスからは油断しているとこちらの方がしてやられる、そう思わせる程の強かさが感じられる。ここまで急激に成長したのは一体何が切っ掛けなのかを改めて考えた時、一人の男の顔が浮かび上がった。

 

 ……そうか、これか。これが木場や匙がよく言っている一誠シンドロームなのか。

 

 サーゼクスが劇的なまでに成長した理由に思い至った俺は、そこで思わず納得してしまった。一万年以上を生きてきた事で見た目はともかく精神が老成している俺とは違って、純血の悪魔でまだ寿命の十分の一程度しか生きておらず、精神的にも十分に若いと言えるサーゼクスであればこそ、一誠シンドロームに感染したんだろうってな。だから、まだまだ成長の余地を十分に残している若いサーゼクスに若干の妬みを抱きながら、俺はサーゼクスが提示した解決案を受け入れる方向で話を進める事を伝える。

 

「解った。とりあえずは幹部会議にこの件を持ち込む事にするぜ。流石に組織内で意見を統一しとかねぇと、後で厄介な事になりかねないからな」

 

 ただ前に向かって全力で走っていく若い奴等の背中を後押しする。それが今後コイツ等に置いて行かれる事になる俺達がこれからやるべき事なんだろうな。

 

 そうしてイッセーの示した「ドラゴン系神器の新たな可能性」に端を発する戦力強化案について話がまとまった所で秘密裏に行われた会合はお開きとなり、俺達はそれぞれの場所へと戻っていった。その際、ヴァーリと共に転移したんだが、そのヴァーリが真剣な表情で俺に頼み込んできた。

 

「アザゼル、頼みがある」

 

 ……正直なところ、ヴァーリがそう言って来るだろうとは思っていた。イッセーにあれだけのものを見せられたんだ。だったら自分も、と思っても無理はない。

 

「そう言ってくると思ったよ。物のついでだ、お前専用の物も一緒に作ってやる。ただな、イッセーがさっき見せた新型覇龍。あれをお前も修得する必要があるぞ。イッセーが見せたドラゴン系神器の新たな可能性、それには新型覇龍が使えるという大前提があるからな」

 

 俺はヴァーリの望みを叶えてやると同時に、ヴァーリ自身もやるべき事がある事を伝える。ただヴァーリもそれは重々承知しており、元々覇龍を改良するつもりだった事を明かしてきた。

 

「解っているよ。元々使い勝手が悪い覇龍をより使いやすい様に改良しようと思っていたんだが、その方向性がこれで定まった。その意味ではむしろ好都合だよ」

 

『アザゼル、心から感謝する。このままでは、ヴァーリが一誠から突き放される一方だからな』

 

 アルビオンもイッセーとヴァーリの差が広がる一方である事にかなり危機感を募らせている様だ。ヴァーリに協力するという俺に対して、感謝の言葉を告げてきた。

 

『ただせめてもの救いは、あれが基本的にドライグを対象としたものであって、姉者には殆ど使われない事だろう。そうでなければ……』

 

 アルビオンがドラゴン系神器の新たな可能性の用途について何処か安堵した様な事を言っているが、それも無理はない。

 

「流石にお前が本気でやるのは無理って所か、アルビオン。まぁ、仕方ねぇわな。同じ状況に置かれたら、俺でも気が引けそうだ」

 

 敬愛する実の姉相手に血みどろの真剣勝負なんてモンは流石にやりたくないだろうからな。

 

 

 

 ……イッセーが俺達に新型覇龍とその先にある新たな可能性を見せてから四日が経った。

 イッセーを始めとする外遊組が神の子を見張る者の本部に滞在するのは今日までだ。明日は一度人間界に戻り、そこから天界に向かう事になっている。この天界行き、実ははやてとその護衛の三人は同行しない。そろそろツァイトローゼ夫婦の子供が生まれてくる頃合いなので、セタンタを除く三人は彼等の様子を見に平行世界へ向かう為だ。その代わりという訳ではないが、人間界で武藤礼司と奴が運営している孤児院の子供達がイッセー達に合流して天界に向かう事になっており、その間は不在となる武藤礼司の養子二人の代わりにセタンタがイッセー達の両親を護衛する予定だ。あのトンヌラが護衛に就いている時点で俺でも早々手が出せねぇんだが、念には念をという事だろう。またこの四日間、イッセーは精力的に俺達神の子を見張る者の関係者との交流を図ってきた。そうして色々な部署で意見交換をした結果、早速イッセーがやってくれた。

 具体的には、カウンター系神器の能力を応用して属性を反転させる「反転(リバース)」の応用だ。まだ研究段階で何が起こるか解らない事から運用方法さえも出来上がっていない筈の「反転」を応用すると聞いて、俺は最初耳を疑った。だが、イッセーは先代騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王が所持し、マーリンが管理していたというブリテン島の十三財宝の一つで纏えば姿と気配を消す魔法のマントであるグウェンを参考として、悪魔の気配だけを消す事で悪魔でも天界に入れる様にする為の魔導具(アーティファクト)の試作品を既に作っていると言って来た。更にこの魔導具に「反転」を組み込む事で魔力の波動を反転させ、悪魔を天使または天界に属する者と「システム」に誤認させる事ができれば、天界に技術者を派遣したり、大使を駐在させたりする事も可能になってくるという。イッセーのこの一連の考えを聞いた時、イッセーはやはり俺達とは異なる視点で物を見ていると確信した。

 俺達は「反転」をあくまで後天的に付与する()()として見ていた。だから、寿命を縮めるか、あるいは自分の能力を潰す危険性をどうにかしない限り、実用化が難しかった。だが、イッセーは「反転」を道具に搭載する()()と見なした。だから、道具を間に挟んで利用する事で「反転」の付与に伴う危険性を大幅に低下させる事ができた。もちろん機能として用いれば「反転」の対象が固定されるので使い所がどうしても限定されるが、そもそも道具ってのはその用途を予め定めてから作るモンだ。だから、使い所が限定されるのは欠点にはならねぇし、実際に「反転」の担当で俺と一緒にイッセーの説明を聞いたアルマロスは自分の装備の一部に「反転」を組み込む方向で研究開発を開始している。もう一人の担当者であるサハリエルもまた「反転」に関する新しい研究テーマが出来たと大喜びだ。お陰で俺はサハリエルはもちろんアルマロスからも「何でもっと早く勧誘しなかった!」と詰め寄られる始末だ。

 こうして全てを見通す神の頭脳を改めて示してみせたかと思えば、その翌日には血の気の多い武闘派連中を集めて、使えるのは拳だけで上下関係を一切取っ払った喧嘩祭を開催した。なおこの喧嘩祭、戦闘狂で血の気の多いヴァーリや美猴はおろか、久々にイッセーと勝負ができるとセタンタまで喜び勇んで参加している。イッセー曰く「そろそろ武闘派の方達のガス抜きをしないと不味いと思ったので」との事だったが、だからと言って後でしっかりと殴り返したとはいえ参加者全員から最低一発は殴られたのは、いくら何でもやり過ぎだ。……俺と同じ事を思ったんだろうな。最後に喧嘩祭が終わって部屋に戻ったイッセーはイリナから思いっきり叱られるというオチまでついた。

 

 ……なぁ、イッセー。お前、実はただのバカだろ。

 

 だがそのお陰なのか、翌日から武闘派連中のイッセーへの風当たりが緩やかになり、イッセーに向けられる視線も好意的なものへと一気に変わった。そこでバラキエルに話を聞かせると、「俺達の拳にしっかりと応えてくれる分、アザゼル総督より話が解る」「一発で床に沈められたのに、やられた怒りがさっぱり湧いてこない。むしろ何処かスッキリした」「アレを喰らうと、何故か気合が入って体中から力が漲ってくる。もし何かに迷ったり落ち込んだりする様な事があったら、また殴って欲しい」などと脳筋丸出しの答えが返ってきたらしい。……首脳会談の時、イッセーは「真剣勝負の中で交わされる攻撃にはけして嘘がなく、だからこそお互いの気持ちがダイレクトに伝わる」と言っていたが、それはこういう事だったのかと思い知らされた。

 こうしてイッセー本人は俺達堕天使の中で着実にその存在感を良い意味で増していった。そして、この一週間におけるイッセー達以外の訪問メンバーの調査や訓練の成果なんだが、ヴリトラ系神器の統合とヴリトラの意識の復活を成し遂げた匙に次いで図抜けた成果を上げたのは、やはりコイツだった。

 

「……フゥ。これで僕も少しはバロールの全力に近づけたかな?」

 

『「僕」が言うのも何だけど、()()はかなりいい線を行っていると思うよ。特に、数の暴力を無効化するって意味ではね。名前はそうだね、潜み寄る夜霧の怪人、イルーシブ・ストーカーでどうかな?』

 

 ……なぁ、ギャスパー。お前の目的はあくまでバロールが宿った事でもはや別物になったであろう停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)の調査だろうが。それなのに、何で調査している途中で能力の発動形式が変化したり、神器に関係ない新技を開発したりしているんだよ?

 

 瞳の形をした刻印を額で輝かせながらバロールと呑気に会話をしているギャスパーに対し、俺は内心で思いっきりツッコミを入れてしまった。

 

 ……禁夜と(フォービトゥン)真闇た(・インヴェイ)りし翳(ド・バロール)の朔獣(・ザ・ビースト)

 

 ギャスパーの半身であるバロールが己の力を全開にした時に発動する能力の名前だが、これがまたシャレになっていない。端的に言えば「全てを喰らう闇を操る」能力なのだが、性能が余りにも桁外れだった。まず自分を中心として闇の領域を形成するんだが、その範囲が余りに広過ぎて本部で計測するのが不可能だった。そこでイッセーの所有する模擬戦用の異相空間で何処まで広げられるかを試してもらった結果、少なくとも半径数 km、地方都市であれば一つ丸々カバーできる程である事が解った。またこうして形成した闇を使って敵を拘束したり、自然では存在しない様な特異的な姿をした様々な種類の魔物を無数に生み出したりする事もできる。なおこの魔物は敵味方の識別が可能である事から、バロールはレオナルドの持つ魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)に似通った能力を持っていると言っていいだろう。この時点で既に並外れた性能を見せているのに、更に元々の停止能力も対象の時間だけでなく能力にも及ぼせるようになっていた。そこで早朝トレーニングの際にイッセーと俺、サーゼクスの三人にこの状態で俺達の力を停められるのかを試した結果、俺の光力は為す術なく停められた。またイッセーとサーゼクスについても赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)や滅びの魔力で自分の体を覆う事で回避は可能だが、無防備であれば力を停められてしまうらしい。片や世界の常識を投げ捨てている逸脱者(デヴィエーター)、片や神仏をも凌駕し得る悪魔の超越者。三大勢力内はおろか全神話勢力を含めても間違いなくトップクラスであろうこの二人が対策を取らないと力を停められるのを踏まえると、「探知」を使ったリアスが無敵鱗(インビジブル・スケイル)に目覚めたカテレアに対抗できる存在としてイッセーとヴァーリ、サーゼクスの他にこの時既にバロールと共存していたギャスパーを挙げたのも納得だ。

 因みに、禁夜と真闇たりし翳の朔獣を初めて発動した時にバロールは闇のオーラを放つ5 m程のドラゴンに酷似した巨体へと姿を変えたが、すぐに元の姿に戻った。バロール曰く「あの姿になるとパワーは桁違いになるけどその分小回りが利かないから、ウロボロスやあの人みたいな本物の強者相手だとかえって不利になるんだ」との事。そして、「だから、ちょっと手を加えてこんな風にしてみたよ」とバロールが宣言すると、ギャスパーの額に光を放つ瞳の刻印が浮かび上がった。……そう、今ギャスパーの額で輝いている瞳の刻印は、実は禁夜と真闇たりし翳の朔獣の発動形態を変化させたものなのだ。しかもあの刻印からもしっかりと物が見えている事からギャスパーの第三の目であると共に、この状態であればバロールはギャスパーと人格を交代する事なく表に出る事が可能になる。こりゃ若手対抗戦では武藤と対峙する時以外は絶対に出ない様に、バロールにしっかりと釘を刺しておかないといけねぇな。

 ……イッセーがギャスパーを鍛える際、神器だけでなく生まれ持った自分の力を高める方向性を示していたのは、こうした状況になる事をある程度見越していたからなんだろうな。その結果として生み出されたのが、水の精霊や風の精霊との精神感応で濃霧を発生させた上で自らも霧化(トランス・ミスト)で霧の中へ溶け込み、霧の中にいる敵を攻撃するという対多数用の必殺戦法だった。これを使われると物理的な攻撃手段しか持たない奴は完全に詰むし、魔力や魔法といった攻撃手段がある奴でも周囲に放出するタイプでないとやっぱり詰む。しかも魔術や魔力で作った自分の幻影も混ぜてくるから余計に性質が悪い。何より、ギャスパーには手で触れた相手の生気を吸収する生気吸収(エナジー・ドレイン)やただ走り回っているだけで相手の力や生気を削り落とす削減走法(シェービング・ラン)なんて能力も使える為に、持久戦に持ち込んで体力切れを狙う事もできない。どうやら、ギャスパーはタレントぞろいのグレモリー眷属の中でも特に素のポテンシャルが高いらしい。それこそイッセーかサーゼクスでもなければ、ギャスパーの抑えが利かないくらいに。イッセー達が本部に来る直前、武藤瑞貴の本当の主がイッセーである事を知ったセタンタが「本当にスゲェ人ってのは、結局は収まるべき所に収まるモンだった」と言っていたが、ギャスパーの事も併せて考えると本当にその通りかもしれねぇな。なお、ギャスパーの今後については引き続きここで停止世界の邪眼の調査と自分の能力開発を進めていく予定だ。

 一方、ギャスパー以外の奴等についてだが、こちらも当初予定していた成果は十分に上げられた。まずギャスパー以外のグレモリー眷属だが、木場についてはイッセーの提案をある程度形にできた事で、明日はこのままグレモリー領へと戻ってからレオンハルトの前に師事していたというサーゼクスの騎士(ナイト)の元で稽古をつけてもらう予定だ。朱乃についてはギャスパーと共にここに残り、父親であるバラキエルの元で雷光を完全な形で扱える様にしたいと言ってきた。何でも、父親との和解が上手くいけば対戦ギリギリまでここに残る事をリアスには予め伝えていたらしい。特に断る理由もないので、俺はそれを承諾した。一方、シトリー眷属についてだが、シトリー領に戻るのは追憶の鏡(ミラー・アリス)の新解釈に伴う実証実験を無事に終えた真羅だけで、匙は新生黒い龍脈(アブソープション・ライン)のより詳細な調査、草下は結界鋲(メガ・シールド)の強化計画とそれぞれここ以外の場所では継続が難しい案件を抱えている事から、このまま対戦直前までここに滞在してじっくりと腰を据えて取り組む事になった。

 ……ここに残る奴が予想より多いな。少なくとも匙と草下については当初から対戦直前まで残ってもらう予定だったし、朱乃とバラキエルが和解に成功すれば、朱乃が父親との失われた時間を少しでも埋めていこうとするのは予想できた。ただバロールの全力が余りにもヤバ過ぎたのが想定外だった。アレはしっかり調査して本人の制御下にある事を証明してやらないと、今回の対戦について神器の使用はおろか出場そのものを禁止される恐れがある。それどころか、今後再び封印されるか、あるいは抹殺される可能性すら浮上してきた。まぁオーフィスという圧倒的な脅威がいる以上、オーフィスが執着しているイッセーに押し付けて対オーフィスの最前線に送り込む方向で話が進むとは思うが。

 そして、こっちに来た初日にロシウの爺さんに預けていた杖型の人工神器については無事に完成した。所持者のサポートを目的としている為に冷静沈着で丁寧な言葉使いから執事然とした性格に設定した人工魂(メタソウル)が搭載されている事から、ロシウの爺さんは叡者の錫杖(ミーミル・カウンセル)と名付けた。問題はその使い手なんだが、俺とロシウの爺さんが話し合った結果、コイツに渡す事にした。

 

「……本当に、私がこれを頂いてもいいんですか?」

 

「構わぬよ。総督殿とも相談した結果、そなたが適任だという結論に至ったのでな。まぁはやてから静かなる癒しを教わったのが切っ掛けで、そなたは儂や一誠からも魔法を教わる様になったからの。ここは一つ、師匠から弟子への贈り物という事で受け取ってはくれんかの?」

 

 ヴァーリが禍の団(カオス・ブリゲード)から引っこ抜いてきたメンバーの一人であるルフェイ・ペンドラゴンだ。なおロシウの爺さんの言った通り、はやてから回復魔法を教わったのが切っ掛けで、ロシウの爺さんからは魔力制御を始めとする基礎の鍛錬法、イッセーからは自然魔法というイッセーが一から築き上げた新しい魔法体系について教わる様になっている。実はルフェイがイッセーから教わっているのはそれだけじゃないんだが、それは一先ず置いておく。そうしてまだ師事してほんの二、三日しか経っていない師匠からの突然の贈り物に困惑しているルフェイに対し、俺は叡者の錫杖の説明を始める。

 

「それで今ロシウの爺さんがお前さんに渡した叡者の錫杖についてなんだが、元々は武器型の人工神器の試作品として作った物で、強化系神器を参考に人間の魔力というべき魔法力や悪魔の魔力、更には堕天使や天使の光力をも増幅させる能力を持たせてあるんだ。まぁ使い方も増幅率もそこらの杖と殆ど変わらないモンだったんだが、それにイッセーが色々と手を加えた上にセタンタも原初のルーンを刻んだせいで、増幅率が赤龍帝の籠手で倍加を十回重ねたのとそう変わらないくらいにまで跳ね上がっちまってな。お陰でこのままだとまともに制御できる奴が殆どいない代物になったんだが、はやてのアイデアを元に神器の能力によって増幅された力の制御をロシウの爺さんがこの一週間で精製した人工魂に補助させる様にしたって訳だ」

 

 俺がここまで説明した所で、ルフェイがロシウの爺さんに質問をぶつけてきた。この質問、実は俺も叡者の錫杖が完成した時に同じ事を尋ねている。

 

「えぇっと。そもそも人工魂って、そんな短時間で精製できるものなんですか?」

 

「少しばかり裏技を使わねばならんが、けして不可能ではないのう」

 

 ……いや。そんな事ができるのは、流石に爺さんだけだと思うぜ?

 

 俺が尋ねた時と全く同じ答えを返したロシウの爺さんに、俺は本気でツッコミを入れたくなった。まぁ魔王レヴィアタンが師事する魔導師なんてあり得ねぇ存在だからな、それくらいは容易い事なんだろう。そう思う事にした。でないと、やっていけないからな。そんな風に踏ん切りをつけた俺は、叡者の錫杖の説明を再開する。

 

「説明を続けるぞ。この人工魂は時間が経つにつれて所持者に応じて最適化されるようになっている。言ってみれば、所持者と共に成長していく人工神器って訳だ。……神器開発を志す者としては、こういう発想を人に頼らずにできる様になりたい所なんだがな。さぁ、挨拶しな」

 

 俺が叡者の錫杖に話しかけると、叡者の錫杖からバリトンボイスが発せられた。

 

『初めまして、マスター。私はマスターの補助を使命とする人工魂です。私の創造主であるマイスター・ロシウは、私を創造する際にこれから私を扱うマスターと共に成長していく事を望まれました』

 

 叡者の錫杖に宿る人工魂からの挨拶に、ルフェイは心から感動する素振りを見せる。

 

「凄い……! ここまで自我が明確な人工魂なんて、私は初めて見ました! あっ、私の名前はルフェイ。ルフェイ・ペンドラゴンです!」

 

 ルフェイが律儀に自己紹介をすると、人工魂は与えられた情報を元に初期登録を進めていった。

 

『ルフェイ・ペンドラゴンを叡者の錫杖の所有者に登録。声紋及び魔法力の波長の登録完了。……では、マスター。最後に私に名前をお与え下さい。それによって初期登録が完了致します』

 

 人工魂から名前を付ける様に言われたルフェイは、少し首を傾げてから人工魂に名前を付ける。

 

「名前ですか? ……そうですね。では、ミーミル・カウンセルの名前を縮めてミセルでどうでしょうか?」

 

『承知致しました、マスター。……人工魂の新名称、ミセル。登録完了。叡者の錫杖に宿りし人工魂ミセルは、ただ今よりルフェイ・ペンドラゴン様に永遠の忠誠を誓いましょう』

 

 ミセルという名を付けられた人工魂は所持者となったルフェイへの忠誠を誓う。すると、ルフェイはミセルに自分の呼び方を変える様に言って来た。

 

「あっ、それとミセル。私の事はマスターではなくて、ルフェイと呼んで下さいね♪」

 

『承知致しました、ルフェイ』

 

 こうして、ルフェイは人工魂ミセルと叡者の錫杖を手に入れた。……それにしても、イッセーと直に関わった連中は全員何らかの形で大幅に成長してやがる。それは悪魔の超越者であるサーゼクスはもちろん、今やオーフィスに真っ向から立ち向かい、五体満足で生き残った事で歴代の白龍皇を超えた存在である白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)としてその名を広く知られ始めたヴァーリですら例外じゃねぇ。アイツもイッセーが見せたものの影響を強く受けて、今まで使って来た力を強化する上で新しい方向性を見出した訳だからな。

 

 ……一誠シンドローム、マジでおっかねぇな。

 

 俺は心の底からそう思った。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

堕天使領訪問メンバーの成長結果については今しばらくお待ち下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十一話 冥から天へ

2019.1.12 修正


 冥界の堕天使領にある神の子を見張る者(グリゴリ)の本部を訪れてから一週間が経った。ここでのスケジュールを全てこなした僕とイリナ、レイヴェルの三人はこれから一先ず人間界に戻り、礼司さん達と合流して天界へと向かう。また、アウラはこのまま天界まで同行するものの、はやて、ロシウ、レオンハルト、セタンタの四人は人間界まで同行した後は別行動となる。セタンタは礼司さん達が不在となる間、トンヌラさんや銀と共に父さんと母さんの護衛に就き、はやて達三人はリヒト達の様子を確認する為に平行世界へと赴き、それが終わればトンヌラさん達と合流する予定だ。

 そして今、僕達は神の子を見張る者の本部を発つ所であり、見送りにはアザゼルさんを始めとする幹部級の堕天使が勢揃いしていた。

 

「楽しい時間が経つのはあっという間ですね。兵藤親善大使が滞在したこの一週間、神の子を見張る者は設立以来最も活気に溢れていました。本当にありがとうございます」

 

「こちらこそ、色々と勉強になりました。後はここで教わった事をどの様な形で聖魔和合への一助としていくのか、それをじっくりと考えていこうと思います」

 

「そうして頂けると、我々も兵藤親善大使をお迎えした甲斐があったというものです」

 

 別れの言葉を交わした後で握手を交わした副総督とはこの一週間、穏やかに会話する事ができた。どうもアザゼルさんを始めとして堕天使幹部の皆さんはよく言えば個性的、悪く言えば悪乗りが酷いらしく、生真面目な副総督は気苦労が絶えないらしい。その為、性根が真面目で誠実であるレオンハルトと非常に気が合い、レオンハルトを通じて僕とも話す機会が多くなった。こうなると他の幹部の方とも自然と話す機会が多くなり、その結果として幹部の皆さんとは公式の場でなければプライベートの口調で話すようになってしまった。

 

「兵藤君。君のお陰で私は長年見失っていたものを見出し、失っていたものを取り戻す事ができた。心から感謝する」

 

「感謝の必要はありませんよ、バラキエルさん。何せ、僕もまた一度同じ様に愛する者の手を離しかけた愚か者ですから。だからこそ、僕と同じ過ちを犯そうとしている方を踏み止まらせたいと思って、実際に行動しただけなんです。でも、そうですね。僕に対して恩義を感じて頂けるのであれば、どうか一度は手の届かない場所へと行きかけた手をどんな事があろうとも絶対に離さない様にお願いします」

 

「……承知した」

 

 副総督の次に話しかけてきたバラキエルさんの隣には、普段の笑みを浮かべた朱乃さんがいた。朱乃さんはこのままシトリー眷属との対戦三日前までここに留まり、バラキエルさんから雷光の手解きを直接受ける事になっている。ここでバラキエルさんは僕に「大切な者の手を離す条件」について確認を取ってきた。

 

「ただ、もし朱乃がいつか心から愛する者を見つけて私の元を巣立っていくのであれば、その時は朱乃の手を離して共に歩んでくれる者に後を託しても良いだろうか?」

 

 ……これは、娘を持つ父親の宿命というものだろう。だから、僕の思う所をそのまま伝える。

 

「そういう形であれば、僕は構わないと思いますよ。それに、僕もそんな風にアウラの手を離してその背を見送る事ができれば父親冥利に尽きると、そう思います」

 

「そう言えば、君もまた娘を持つ父親だったな。……兵藤君。ひょっとすると、君とはこれから年の離れた友人の様な関係を築いていくのかもしれないな」

 

 案外、バラキエルさんの言う通りかもしれない。実際、プライベートにおけるサーゼクスさんとの関係は「年の離れた父親友達」で落ち着いている。そこにバラキエルさんもまた加わってくるのかもしれなかった。その様な事を思いつつ、最後にバラキエルさんと握手を交わす。

 

「ウウム。惜しい、余りに惜しいぞ。もし我々幹部の誰かが直接ドライグ教授の勧誘に出向いていれば、我がグリゴリに最高の技術顧問を据える事ができたというのに」

 

「アハハハ……。僕は博士を通り越して教授ですか」

 

 僕を堕天使陣営に取り込めなかった事を独特な言い回しで悔やんでいるアルマロスさんに、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。そこに、サハリエルさんが話に加わってきた。

 

「実際、兵藤氏にはそれだけの価値があるのだ。我々が手掛けている研究のほぼ全てに目を見張る意見を独自の視点から出してきた兵藤氏であれば、神の子を見張る者の全ての研究部門を統括する事も十分可能だと思うのだよ」

 

「ウム。頭脳だけでなく腕っ節の強さも喧嘩祭で証明し、更には優れた戦士を既に何人も輩出している優秀なトレーナーでもあるというドライグ教授であれば、研究者達はもちろん武闘派の連中も文句はなかろう。むしろ自分も鍛えてくれと教授の元へと殺到してくるかもしれんな」

 

 お二人からの高い評価に擽ったい様な思いを抱いた僕はその様な事はないと言おうとしたが、それではお二人に人を見る目がないと言っている様なものなので素直に受け取る事にした。

 

「その様に仰って頂けると、僕も嬉しいです」

 

 すると、サハリエルさんとアルマロスさんはお互いに顔を合わせて頷き合ってから、もしもの時について話し始めた。

 

「それでもし悪魔勢力から理不尽な扱いを受けたら、いつでもこちらに連絡してほしいのだ。その時は幹部総出で直接兵藤氏を迎えに来るのだ」

 

「同じ失敗は繰り返さない。それが我が偉大なるグリゴリだ! ぐはははははっ!」

 

 ……もしそれを実行されたら色々な意味で派手な事になりそうで、僕は背中に冷や汗を流していた。ここで、アザゼルさんがお二人に待ったをかける。

 

「オイオイ。流石にそれはやり過ぎ、……でもねぇか。イッセーの価値を考えたら、むしろパレードの様な形で全軍を挙げて堂々と迎えに行くべきかもしれねぇな」

 

 ただ、アザゼルさんは途中で考えを改めるともっと酷い事を言い出してきた。そして、まるでどうでもいい事の様にこの話を棚上げして、別の話題へと方向転換してしまった。

 

「まぁ、それはさておいてだ。イッセー、アウラを天界に連れて行くって事は()()を使うのか?」

 

 アザゼルさんの確認に対して、僕はその通りである事を伝える。

 

「ハイ。天界には既にイリナを通じて連絡を入れていますし、今後は天界で厳重に管理するという条件で許可も頂いています。アウラ、アザゼルさんに見せてあげて」

 

「ウン!」

 

 僕がアウラに呼び掛けると、アウラは一歩前に出てきた。なお、今アウラが着ているのは半袖の白いワンピースで、裾や袖口には所々に赤金のリンゴの刺繍をあしらっている。このワンピース、実は僕が作った物だ。我ながらアウラによく似合う物が出来たと思っているが、どうやらアザゼルさんも同じ様に思ってくれた様でアウラを褒めてきた。

 

「ホウ。アウラ、中々似合っているじゃねぇか」

 

「エヘヘ。ありがとう、アザゼル小父ちゃん。これ、天界で着る為にパパが作ってくれたの」

 

 アザゼルさんに褒められて上機嫌なアウラが半袖の白いワンピースの製作者が僕である事を明かすと、アザゼルさんは一瞬驚きで目を見開いた。しかし、以前アザゼルさんのマンションで色々と話をした時の事を思い出したのか、納得の表情へと変わる。

 

「そう言えば、お前が今不滅の緋(エターナル・スカーレット)の下に着ているミスリル銀を織り込んだ白い法衣は生地を織るところから自分で作ったんだったな。……って事は、コイツに使われているのがそうなのか?」

 

 アザゼルさんが確認してきたので、僕はその通りであると答えた。

 

「そういう事です。それと礼司さんを通じて協力を要請していた方から承諾が得られましたので、僕達の天界行きにはゼノヴィアとアーシアも同行させる予定です」

 

「ゼノヴィアの名が先に来たって事は、天界に用事があるのはゼノヴィアの方か。……おい、イッセー。お前、まさか」

 

 アザゼルさんは僕が協力要請を出した方が誰なのかに思い至ったらしく、驚きの表情で僕の方を見ていた。なので、僕はアザゼルさんの想像通りであると答える。

 

「アザゼルさんが今思い浮かべた方で、たぶん合っていると思いますよ?」

 

 すると、アザゼルさんは深い溜息を吐いた。

 

「……イッセー。お前、やる時にはトコトンやるタイプなんだな」

 

「そうでなければ、解放軍の冷血軍師なんて呼ばれませんよ」

 

 ……適度にやるのと中途半端にやるのは、似ている様で全く異なるものなのだから。

 

 

 

 冥界の堕天使領を発った僕達は実家の僕の部屋に転移した後、はやて達が平行世界へ移動する為のサポートを行った。……と言っても、はやての魔力を僕が黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)で共鳴増幅させた所にロシウが魔力強化の魔法で更に強化しただけなのだが。そうしてはやて達を見送った後、既に早朝鍛錬の時に連絡しておいたアーシアとゼノヴィアが合流、更にこのまま父さんの護衛に入るというセタンタと別れて礼司さんの教会へと向かった。なお、アウラが僕達と一緒に歩いて行きたいと言って来たので、アウラに人間界では僕とイリナの事をパパやママと呼ばない様に言い聞かせた上で手を繋いで歩いている。

 

「おう、イチじゃねぇか。久しぶりだな」

 

 人間をやめる前からの付き合いであるバリーさんに声をかけられたのは、ちょうど自宅と礼司さんの教会の中ほどまで移動した時だった。

 

「あっ、バリーさん。お久しぶりです。一月ほど前に教会を訪れた時にはお会いできませんでしたが、お元気そうでなによりです」

 

 僕とイリナがミカエルさんとの会合で礼司さんの教会に行った時には会えなかったバリーさんに再会の挨拶をすると、バリーさんはその時不在だった理由を話してくれた。

 

「その時はちょうどハニー達の墓参りに行ってたんでな。それで俺が墓参りに行く前はあまり元気のなかったガキ共が、帰って来たら元気になってた訳か」

 

 ウンウンと頷いて納得しているバリーさんだが、初対面であるレイヴェルは事情が呑み込めずに僕にバリーさんの事を尋ねてきた。

 

「あの、一誠様。この方は一体……?」

 

 そこでバリーさんとはまだ直接会った事のないアウラの方を見ると、レイヴェルと同じ様に首を傾げていたので、僕は二人にバリーさんを紹介する。

 

「この人はバリー・ジャイアンさん。住み込みで礼司さんが運営している孤児院のお手伝いをしてくれているんだ」

 

「バリー・ジャイアンだ。よろしくな、お嬢ちゃん。……それでイチ、少しばかり気になる事があるんだがな」

 

 バリーさんが僕の紹介を受けて名乗りを上げた後、僕に質問をしてきた。

 

「何でしょうか?」

 

「お前と手を繋いでいる、お前とイリナによく似た小さなお嬢ちゃん。一体何者だ?」

 

 ……流石にこの場でそのまま答える訳にはいかなかったので、話の内容が別のものに聞こえる認識阻害用の結界を僕達の周りに展開する。

 

「これでよし、と。それでバリーさんの質問に対する答えですけど、僕の娘です」

 

「……ハァッ?」

 

 僕の返答にバリーさんは唖然とした。確かに、高校生の僕に就学直前の娘がいるなんて事はまずあり得ない。推定十五歳で子供を儲けたバリーさんは特にそう思った筈だ。だが、それにはあえて目を瞑って、僕はアウラをバリーさんに紹介する。

 

「アウラ、ご挨拶しようか」

 

「ウン! 初めまして、バリー小父ちゃん! あたし、兵藤アウラです!」

 

 アウラが自己紹介したところでようやく我に帰ったバリーさんは、僕にどういう事なのかを説明する様に求めてきた。

 

「……イチ。すまねぇけどな、話がちっとも見えてこねぇ。俺にも解る様に説明してくれねぇか?」

 

 バリーさんの言い分も尤もなので、僕はそれを承諾した。

 

「そうですね。ちょうど今から礼司さんの教会に向かうところなので、歩きながら説明します」

 

 こうしてバリーさんに事の経緯を説明しながら礼司さんの教会に向かうと、バリーさんは「だったら、嫁さんも子供もしっかり捕まえておかねぇとな。頑張れよ、イチ」と僕の背中を叩きながら笑顔で激励の言葉をかけてくれた。また、バリーさんは礼司さん達が天界に行く際には一人だけ教会に残るとの事だった。流石に教会も孤児院も空っぽにする訳にはいかないらしい。そうしたやり取りの後に教会に到着すると、礼司さんが教会の入口で僕達を待っていた。

 

「……という訳で、僕達の天界への外遊にはアーシアとゼノヴィアも同行します」

 

 そこで礼司さんに事情を説明すると、礼司さんは既に承知している事を伝えてきた。

 

「アーシアさん、ゼノヴィアさん、そしてアウラちゃんについては、既にミカエル様からの連絡で承知しています。それと一誠君。今回私達を天界に案内する方はもちろんですが、かねてより貴方が協力を要請していた方もこちらにお越しになられていますよ」

 

 礼司さんから意外な事実を伝えられた僕は少し驚いた。

 

「僕は天界でお待ちになられていると思っていたんですが」

 

「お話を伺ったところ、一誠君達とは一度お互いに立場を忘れて話をしておきたいとの事でした。それに、アーシアさんに渡したい物があるとも」

 

 僕が協力を要請した方の意向を礼司さんから伝えられた時、自分の名前が出てきた事でアーシアは首を傾げている。

 

「私に、ですか?」

 

「えぇ。それが何なのかは既に教えて頂いていますが、けして悪いものではありません。それとゼノヴィアさん。貴女は色々と覚悟を決めておいた方がよいでしょうね」

 

 礼司さんがアーシアの疑問に答えてからゼノヴィアに忠告すると、ゼノヴィアも先程のアーシアと同様に首を傾げた。

 

「色々と? ……はて。武藤神父、私には特に心当たりがないのですが」

 

「本当ですか? 貴女にはむしろ幾らでも心当たりがある筈ですよ?」

 

 後ろから僕には聞き覚えのない声の女性に声をかけられた瞬間、ゼノヴィアは直立したまま動かなくなった。そこからまるで滝の様に冷や汗を流し始める。ゼノヴィアの只ならぬ様子を見て僕やレイヴェル、アーシア、アウラは首を傾げるが、どうも事情を知っているらしいイリナはクスクスと笑い声が零れている。そこで僕達が後ろを振り返ると、そこには一人のシスターがいた。年の頃は二十代後半、目鼻立ちはしっかりしていて目の色は青く、ベールを深く被っている為に髪の色までは解らないがおそらくは北欧系だろう。そして、左手の甲には「Q」の文字が浮かび上がっていた。左手の甲の文字とシスターから感じられるものについて疑問に思っていると、礼司さんが声をかけてきたシスターに向かって問い掛けた。

 

「おや、シスター・グリゼルダ。私が一誠君達を案内するまで礼拝堂で一緒にお待ちになるのではありませんでしたか?」

 

「幾ら私がガブリエル様に直接お仕えする御使い(ブレイブ・セイント)であるとはいえ、流石に正教会の本部で掌院を務めておられた方にその様な事はさせられません」

 

 礼司さんからシスター・グリゼルダと呼ばれたシスターは礼司さんの問い掛けにそう答えると、礼司さんに対して説教を始める。ただ、その言葉の端々に礼司さんへの敬意が感じられたので、僕はあえて口出ししない事にした。

 

「だいたいですね、この駒王町を含む区域の支部長を私が務める事になりましたが、本来ならば神父を主教に叙聖する形で支部長に任命する事になっていたのですよ。それなのに神父ときたら「私には荷の重い務めですし、これからは活気に満ち溢れた若い方達の時代です」などと仰せになられて主教への叙聖も支部長への就任も辞退なさるし、神父に比べたら若輩者に過ぎない私を推挙した上で熾天使(セラフ)の皆様を説き伏せてしまわれるし、一体神父は何をお考えなのですか!」

 

 ……礼司さん。主教への叙聖を辞退するって、一体何をやっているんですか?

 

 カトリック系の司教に当たる主教に叙聖されるという名誉を礼司さんがあっさりと蹴り飛ばした話を聞いて、僕は正直頭が痛くなってきた。また、修道院長を務める高位の修道司祭の称号である一方で主教候補としての側面もある掌院を正教会の本部で礼司さんが務めていたという事実を明かされた事で、礼司さんがここまでの大物だったとは知らなかったレイヴェルとアーシアは戸惑いを隠し切れず、ゼノヴィアも先程とは別の意味で固まってしまっている。一方、イリナは大まかな事情を知っていたらしく、呆れた様に溜息を吐いている。ただアウラだけは、別の人を推薦して熾天使を説き伏せたという礼司さんの事を尊敬の眼差しで見つめていた。

 ……微妙に冷めた雰囲気がアウラを除いた僕達の間で漂う中、礼司さんはシスター・グリゼルダを優しく諭していく。

 

「シスター・グリゼルダ。孤児院で預かっている子供達の世話で手一杯である私にとって、聖魔和合の重要地点といえるこの区域の支部長は少々荷が重過ぎます。それに貴女であればこの難しい務めも十分に果たせると思って、私は熾天使の皆様に推挙したのです。そして、私の見込みはやはり正しかった。ただそれだけの話ですよ」

 

 今の言葉が全て本心から出ている。そう思わせる程に穏やかな表情を浮かべる礼司さんに、シスター・グリゼルダは観念した様に溜息を少し吐いた。

 

「あの様な仕打ちを正教会の本部から受けたというのに、誰に対しても真摯に向き合い、また誠実であろうとする所は全く変わらないのですね、武藤神父。だからこそ、私は……」

 

「シスター・グリゼルダ?」

 

「……いえ、何でもありません。それよりも、ゼノヴィア。お久しぶりですね」

 

 少しだけ礼司さんへの感情が表に出ていたシスター・グリゼルダは、気を取り直すと先程から固まっているゼノヴィアに声をかけた。すると、ゼノヴィアは恐る恐る後ろを振り返り、シスター・グリゼルダに挨拶する。

 

「や、やぁ、シスター・グリゼルダ。ひ、久しぶりだね……。げ、元気にしていたかな……?」

 

 震える声と体といい、今も滝の様に流し続けている冷や汗といい、ゼノヴィアがシスター・グリゼルダを怖がっているのは明らかだった。一方、シスター・グリゼルダは挨拶を終えてすぐに視線を外そうとするゼノヴィアの顔に向かって両手を伸ばし、そのまま押さえてしまう。

 

「元気にしていたかな、じゃないでしょう? 何で今日の今日まで連絡を一切しなかったのかしら? 手紙の一つくらいは武藤神父に託す形でこちらに出せたでしょうに」

 

 表情こそ穏和なままだが明らかに怒っているシスター・グリゼルダがこのままゼノヴィアにお説教を始めようとしていたが、その前に礼司さんが窘めた。

 

「シスター・グリゼルダ。今教会の中にいらっしゃる方は一誠君だけでなくゼノヴィアさんもお待ちになられているのです。ですから、()()そこまでにしておいて下さい」

 

 ……つまり「今は人を待たせているから後でやれ」と、そういう事ですか?

 

 何気にゼノヴィアに対して容赦のない事を言っている礼司さんの意図をシスター・グリゼルダも悟った様だ。ゼノヴィアへのお説教は一時お預けとなった。

 

「……武藤神父の仰る通りですね。()()ここまでにしておきましょう。ただし、後でしっかりとお説教しますから、けして逃げない様に。いいですね、戦士ゼノヴィア?」

 

「……はい」

 

 ただし、お説教から逃げない様にしっかりとゼノヴィアに釘を刺すあたり、シスター・グリゼルダの怒りは相当なものだった。ゼノヴィアもそれを察した様で肩を落としながら返事した。そうしてゼノヴィアについてはここで話を打ち切り、まずはシスター・グリゼルダとは初対面となる僕とレイヴェル、アーシア、そしてこの場に居合わせる事になったバリーさんの自己紹介を行う。

 

「では、改めまして。私、四大熾天使たるガブリエル様のQ(クィーン)、グリゼルダ・クァルタと申します。この度はこの支部の長を務める事になりました。以後、お見知りおきを」

 

「こちらも自己紹介をさせて頂きます。私の名は兵藤一誠。駒王協定の締結を機に三大勢力の融和を推進する為、三大勢力共通の親善大使に任ぜられた者です。なお、天界においてはガブリエル様が直接の上司となりますので、シスターとは上司を同じくする同僚という事になります。そして、こちらは娘のアウラです」

 

「兵藤アウラです! よろしくお願いします!」

 

「私はフェニックス侯の一女で、レイヴェルと申します。魔王様の命により、一誠様の元で聖魔和合のお手伝いをさせて頂いていますわ」

 

「シスターはご存知かもしれませんが、私はアーシア・アルジェントです。シスターのお名前は教会に属していた頃に何度も耳にしていました。お会いできてとても光栄です」

 

「俺はバリー・ジャイアン。住み込みでこの孤児院で働いているモンだ。この分なら今後もシスターとは顔を合わせるだろうから、俺の顔を覚えておいてくれ」

 

 一通り自己紹介を行った後、気になった事があったのでシスター・グリゼルダに尋ねてみた。

 

「ところでシスター。先程から御使いやガブリエル様のQといった聞き慣れない言葉を口になされていましたが、貴女から天使の気配を感じられるのと何か関係が?」

 

「お気づきになられたのですか。はい、兵藤親善大使のお察しの通り、私はガブリエル様の祝福を受けて天使に転生しました。この天使化は冥界から齎された技術を転用する事でようやく実現できたと聞いています」

 

 シスター・グリゼルダからの回答に、僕は天界と冥界の協力態勢がかなり進んでいる事に少々驚いた。……それだけに、これだけ急速に世界の在り方が変わっていけば、今はまだ世界の変化について行けてもやがては取り残されてしまう者が少なからず出るのではないかという不安も抱いてしまった。だが、シスターの説明がまだ終わっていないので、その不安は一先ず脇に置いておく。

 

「そして天使化が実用可能となった事で、ガブリエル様達四大熾天使を始めとする十名の熾天使の方々はそれぞれ御使いと称した配下を十二名作る事にしたのです。その際、トランプに倣って自らをK(キング)とした上で配下をA(エース)からQに配置する形を取っています」

 

 御使いに関する説明が終わったところで、僕は天使化に使われている技術が何なのかに思い至った。

 

「成る程、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)ですか。それでチェスをトランプに置き換える事で悪魔との違いを明確にしたという訳ですね。この分では、転生の媒体をトランプの様なカードとした上で、その素材には悪魔の駒と同じ物を使っているのでしょうね。後は堕天使の持つ人工神器(セイクリッド・ギア)の技術、正確にはその派生である反転(リバース)を使って素材に含まれる魔力を反転、といったところでしょうか」

 

「専門家ではない私では、流石にそこまでは……」

 

 僕が転生天使に関する技術についての考察を述べると、シスター・グリゼルダは申し訳なさそうな態度で応じてきた。シスターが専門家でないのは明らかなので、非は答えられない事を言い出した僕にある。だから、僕はシスターに謝罪する。

 

「申し訳ありません。元々研究者を志望していたので、こうした技術の話にはどうも目がなくて……」

 

 すると、シスター・グリゼルダはクスリと笑って僕の謝罪に応えてきた。

 

「いいえ、神器研究の第一人者であるアザゼル総督に比肩すると言われている兵藤親善大使が、こちらが新たに確立した天使化の技術に興味を抱かれるのも無理はありません。ですから、どうかお気になさらずに。ただ、できれば今後この様なお話をされる時には相手をお選びになられた方がよろしいかと」

 

「はい、今後はそうさせて頂きます」

 

 シスター・グリゼルダからやんわりと窘められた僕は素直にそれを受け入れた。こうして話が一段落ついたところで、礼司さんが話を本題へと変える。

 

「さて。お互いの自己紹介も終えた事ですので、お待ちになられている方がいらっしゃる礼拝堂へと案内しましょう」

 

「それもそうですね。では、案内をお願いします。武藤神父」

 

 礼司さんからの申し出を僕がそれを承諾すると、礼司さんは早速僕達の案内を始める。ただ「ここから先は流石に遠慮した方が良さそうだな」と言って、バリーさんがこの場を離れていった。そうしたやり取りの後、礼司さんの後ろについて教会の中へと歩いて行く途中でゼノヴィアが僕に小声で尋ねてくる。

 

「ところで、イッセー。イッセーと私、そしてアーシアを待っている方とは一体誰なんだ?」

 

「それは実際に会うまでのお楽しみという事にしておいてくれないかな。ただ、礼司さんが忠告した様に特にゼノヴィアはしっかりと覚悟を決めておいた方がいいだろうね」

 

 僕はゼノヴィアからの問い掛けに対する明確な答えを避けた。それに対して、ゼノヴィアは少し納得がいかない様だった。

 

「ウゥム。少々、いやシスター・グリゼルダの件があるからかなり気になるが、武藤神父はおろかイッセーまでそう言うのなら……」

 

 ただ、礼司さんと僕が口を揃えて「覚悟を決める様に」と伝えた事もあって、ゼノヴィアはとりあえず矛を収めてくれた。それから数分程教会の中を歩いて礼拝堂の入り口に辿り着くと、礼司さんが振り返ってきた。

 

「この先に、一誠君が協力を要請していた方がお待ちになっています。それとゼノヴィアさん。この先におわすお方がどなたなのか、その様子ではお解りになったのではありませんか?」

 

 礼司さんがゼノヴィアにそう問いかけると、ゼノヴィアは震える右手を左手で押さえながら答える。

 

「……えぇ。このざわついた感覚、おそらくはデュランダルがこの先にいるというお方に反応しているんでしょう。ただここまで激しい反応となると……!」

 

 ゼノヴィアは明らかに信じられない様な表情を浮かべていたが、その想像はおそらく合っている。

 

「ゼノヴィアさん、覚悟はお決めになりましたね? ……では、どうぞ」

 

 礼司さんがゼノヴィアの覚悟を確認すると、ゼノヴィアは一度だけ深く頷いた。それを見た礼司さんは礼拝堂の扉を開く。その先には、祭服を纏った2 m程の巨躯を誇る白髪の老人が僕達を待っていた。その老人を見た瞬間、ゼノヴィアとアーシアは思わず息を呑んでしまう。

 

Buon giorno.(ブオン・ジョールノ) 変革の子、そして変革の子に導かれし子らよ」

 

 二人の反応を余所にこちらに挨拶をしてきた老人だが、その鍛え抜かれた肉体は凄まじかった。明らかに頭回りよりも太い首、盛り上がる程に分厚い胸板、巨木の幹程の両腕と僕の胴回りよりも幅がありそうな両脚。人の身でここまでの巨躯となると、僕はバリーさんぐらいしか知らない。しかも来年は米寿を迎えると聞いているが、その肉体の若々しさは長い人生に伴う衰えを明らかに否定していた。そうして巨躯の老人を見ていると、その姿が一瞬で消える。僕と礼司さん以外は驚きを露わにしているが、これ以上の動きを何度も見ている僕には流石に解る。

 

「待ち人を驚かすにしては、少々物騒な事を為さりますね」

 

「流石だ、変革の子よ。戦士礼司が一目置いているだけはある」

 

 僕の後ろに回り込んでから両肩に置こうとしていた両手を僕が掴んで止めてみせた事で、巨躯の老人は感心する素振りを見せた。いや、本当に感心しているのだろう。僕が手を離すと巨躯の老人はそのまま僕達の前へと歩んでいき、改めて向き合ったところで自己紹介を始める。

 

「私はヴァチカンから来たヴァスコ・ストラーダという者だ」

 

 ……司祭枢機卿、ヴァスコ・ストラーダ。僕が知る限りにおいて十字教教会における最強の聖剣使いの一人であり、ゼノヴィアの持つデュランダルの先代の担い手。……そして、僕が今回協力を要請した方だ。

 




いかがだったでしょうか?

本作品はキャラの登場を繰り上げる事が今後も多々ありますので、ご了承ください。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十二話 十字教教会最強の男

2019.1.12 修正


Side:ゼノヴィア

 

「私はヴァチカンから来たヴァスコ・ストラーダという者だ」

 

 武藤神父に案内される形で教会の礼拝堂にやってくると、そこで待っていたのは司祭枢機卿ヴァスコ・ストラーダ猊下だった。私が以前所属していたカトリックだけでなく十字教教会全体で見ても間違いなく最強の悪魔祓い(エクソシスト)の一人であり、若かりし頃にはあのコカビエルと一度戦い、かなり追い詰めてみせたらしい。また、教会の戦士である悪魔祓いの育成機関の必要性を説いた事から我々悪魔祓いの主導者でもある。それに今でこそ次の担い手である私が生まれた事でデュランダルを手放した為に第一線を退かれ、現在は司祭枢機卿という十字教教会の重鎮としての務めに専念なされてはいるが、デュランダルの使い手の中でもかの英雄ローランに迫るとも超えたとも言われる圧倒的な強さが未だ健在である事を知らない悪魔祓いはいない。

 ストラーダ猊下が私達と向き合われてからご自身の名前を告げられたのを受けて、イッセーは感謝の言葉と共に自己紹介をする。

 

「ストラーダ猊下。此度は私の協力要請に応じて頂き、誠にありがとうございます。既にご承知とは思いますが、私が聖魔和合親善大使を務めさせて頂いている兵藤一誠です」

 

 すると、ストラーダ猊下はイッセーの眼をジッと見つめ始めた。

 

「若いな。……だが、深みを持ちつつも澄んだ良い目をしている。戦士礼司から聞いていた通りだ」

 

 ストラーダ猊下が満足げな笑みを浮かべながらイッセーを褒めると、イッセーがストラーダ猊下の口から武藤神父の名がよく出てくる事について尋ねた。

 

「ストラーダ猊下、先程から武藤神父の事をとても高く買っておられる様な発言をなされていますが……?」

 

「戦士礼司は十年前に私とクリスタルディに真剣勝負で勝った男なのだ。故に、私は戦士礼司であればクリスタルディと共に若き戦士達を新たな道へと導いてくれると信じている」

 

 ……その結果、ストラーダ猊下からとんでもない爆弾発言が飛び出してきた。

 

「ストラーダ猊下、それは本当の事なのでしょうか? 私も悪魔祓いとしてはかなり長い方ではありますが、その様なお話は初めて耳にしました」

 

 流石にこの爆弾発言については何も知らなかったらしいシスター・グリゼルダがストラーダ猊下に真偽を問うと、ストラーダ猊下は詳細について話し始めた。

 

「私とクリスタルディ、そして戦士礼司の三人が真剣勝負を行ったのは、観客がミカエル様を始めとする熾天使(セラフ)の方々のみという極秘裏に行われた御前試合だった。この御前試合について知っているのは聖下と枢機卿の極一部のみで、戦士グリゼルダが知らぬのも当然だ。……この時、私は既に戦士ゼノヴィアを次の担い手としたデュランダルを一時借り受け、クリスタルディもエクスカリバーを三本携えるなど万全の態勢で臨んだ御前試合だったが、最後まで勝ち残ったのは本来なら戦闘向きでない筈の祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)を携えた戦士礼司だった。まぁ勝敗の差は紙一重でもう一度やればどう転ぶか解らぬ所ではあったが、当時の私はよくぞ私を超えてくれたと酷く喜んだものだよ」

 

 ストラーダ猊下は懐かしそうに語っているが、シスター・グリゼルダはもはや開いた口が塞がらないと言ったところだ。父親が親しい事もあって武藤神父とは特別に付き合いの長いイリナも、そんな事があったとは知らなかった様で驚きを露わにしている。私だって、正直な所を言えば驚きを隠せずにいる。ただ、オーフィスがかなり本気で放ったオーラの砲撃に対して、オーラの弾道に沿って繰り出した斬撃にオーラを巻き込んでそのまま打ち返すという絶技を武藤神父が単独でこなしたのを見ているだけに、私としては武藤神父の強さにようやく納得できたという気持ちもあった。

 ……そうして話が一区切りついた所で、ストラーダ猊下は私の方へと視線を向ける。

 

「さて、戦士ゼノヴィアよ。悪魔になったそうだな?」

 

「……ストラーダ猊下、お久しぶりです」

 

 ストラーダ猊下に話しかけられた私は、緊張の余りにシスター・グリゼルダの時とは明らかに質の違う汗を顔中に流していた。我ながら、よくこの状態で挨拶を返せたものだと思う。そんな中、ストラーダ猊下が話を続ける。

 

「戦士ゼノヴィア。変革の子の要請に応じる形で私がここを訪れた主な目的は貴殿なのだが、その前にやるべき事をやらせてもらおう」

 

 ストラーダ猊下は懐に手を入れて何かを探りだすと、やがて封筒の束を取り出した。そして私の隣にいたアーシアに視線を向ける。

 

「聖女アーシア、私の事を覚えているだろうか?」

 

 ストラーダ猊下がそうお尋ねになられると、アーシアは頷いた。

 

「はい、一度だけご挨拶をさせて頂きました」

 

「ウム。貴殿は本当に敬虔な信徒であり、優しい少女だった。……これを受け取りなさい」

 

 ストラーダ猊下はそう言って、懐から出した封筒の束をアーシアに手渡された。その封筒の束を受け取りつつも怪訝そうな表情を浮かべるアーシアは、その封筒の束が何なのかをストラーダ猊下に尋ねる。

 

「これは?」

 

「貴殿の力で治してもらった者達からの感謝の手紙だ」

 

 ストラーダ猊下の答えを聞いたアーシアは驚きの余りに言葉を失っていた。傷付いた悪魔を癒した為に「魔女」と呼ばれ、異端として教会を追放された自分にそんな物を送ってもらえるとは思っていなかったのだろう。

 

「貴殿が教会からいなくなった後も、その手紙はずっとずっと送られ続けていたのだ」

 

 そしてストラーダ猊下の話の続きを聞いた時、私は確信した。……以前イッセーがアーシアに向かって言っていた通り、アーシアが授けられた本当の宝物はやはり癒しの力、神器(セイクリッド・ギア)などではなかったのだ。そうでなければ、今アーシアの手の中にある封筒の束はきっと存在してはいないのだから。

 

「どうしてこれを? 捨ててしまっても良かった、いえ私が悪魔を癒した「魔女」である以上、むしろ捨てなければならなかったのでは?」

 

 アーシアからそう尋ねられたストラーダ猊下はアーシアの手を取って優しく微笑まれると、アーシアが追放された当時の事を話し始められた。

 

「貴殿が追放される旨を聞いた折、最初は正教会の本部を離れる事になった戦士礼司に貴殿を託そうと思った。だが戦士礼司もまた当時は破門寸前の身の上であり、ここで「魔女」として異端認定された貴殿を預けてしまえば戦士礼司も貴殿と共に破門されかねない。そう判断した私はその後どうにかして四方八方を尽くして貴殿の隠棲先を直接探したのだが、結局は間に合わなんだ。私の力が及ばず、申し訳なかった」

 

 ストラーダ猊下は頭を下げてアーシアに謝罪した。すると、アーシアは感動の余りに瞳から溢れそうになる涙を堪えながら自分の思いを猊下に伝えていく。

 

「……私は破門されてから一年間、主への信仰を胸に旅をしてきました。その中で、教会の中にいたままでは知る事のできなかった事をたくさん知る事ができました。そして、イッセーさんに出逢ってからは「聖女」ではなく私自身を見てくれる友達が出来ました。こうして失ったものや新しく得られたものを思い返してみれば、私が「魔女」として教会を出る事になったのも、あるいはこの世界を去っていかれた主が私にただのアーシアとして外の世界と向き合う様にお導きになられたからかもしれません」

 

 アーシアの思いをお聞きになったストラーダ猊下が驚きの余りに目を見開いた。

 

「貴殿は、本当にそれで良いのか?」

 

「主はけして誰もお助けにならない。でもそれは、私達なら試練を乗り越えられると信じているから。そして、たとえ主がこの世界を去ってしまわれたとしても、その教えと愛は私達の中で永遠に生き続けていく。……イッセーさんが教えてくれた事です。だから、これでいいんです」

 

 その問い掛けに一片の迷いもなく答えたアーシアに感じ入ったのか、ストラーダ猊下は静かに目を閉じる。しばらくそのままでいると、ストラーダ猊下は再びアーシアに話しかけられた。

 

「……人の価値は失われたその時に初めて解るというが、それをここで改めて実感する事になるとはな。聖女、いや今の貴殿には教会が貴殿を利用する為に付けた聖女という呼び方は相応しくないな。アーシア、どうかその手紙の主達に返信してあげてほしい。本当であれば訪問も許可したいところなのだが、聖魔和合はまだ始まったばかりで流石に今すぐにとはいかない。しかし、時が過ぎて聖魔和合が軌道に乗った暁には、会いたい旨を戦士礼司あるいは戦士グリゼルダを通して教会に伝えなさい。私が可能な限り手配しよう」

 

「ストラーダ猊下。ありがとう、ございます……!」

 

 アーシアが感謝の言葉と共に頭を下げると、ストラーダ猊下はアーシアの頭を優しく撫でる。そのアーシアだが、肩が震えている事からきっと堪えていた涙を流しているのだろう。……教会から「魔女」と蔑まれて追放されてもなお信仰を棄てる事なく主の教えを胸に清く正しく生きてきたアーシアは、本当の意味で「聖女」と呼ばれるべき存在だと私は心から思う。そして、そんなアーシアと友達である事がとても誇らしかった。

 こうしてアーシアとの語らいを終えられたストラーダ猊下は私の方を向くと、いよいよ本題へと入られた。

 

「さて、戦士ゼノヴィア。早速だが、一つ確認しよう。デュランダルは使いこなせているかね?」

 

 ……ストラーダ猊下からそう問われた時、私はデュランダルを亜空間から引き出して猊下に向かって突撃していた。

 

「成る程、言葉よりも行動。デュランダルの担い手はそれでこそだ!」

 

 ストラーダ猊下はそう仰ると、避ける素振りを一切見せずに私の攻撃を真っ向から受けようとしていた。私は今持てる力の全てを出してデュランダルを振り下ろす。だが、デュランダルは最後まで振り下ろされる事はなかった。……何故なら、ストラーダ猊下は指先一つでデュランダルを止めてしまったからだ。おそらくは指先に刃が触れた瞬間にデュランダルの制御を私から奪い取ってしまったのだろう。

 

「まだまだの様だな、戦士ゼノヴィア」

 

 ストラーダ猊下が首を横に振りながらそう仰せになると、デュランダルのオーラが急速に消えていった。これでもう間違いなかった。……私はまだ、デュランダルから本当の意味で担い手と認められていないのだと。

 

「……はい。ご覧の通り、未だストラーダ猊下の足元にも及びません」

 

 情けない話であるが、紛れもない事実だ。それにここまで決定的な証拠を突き付けられては、どんな言葉もただの言い訳になってしまう。だから、私は悔しいと思う気持ちを堪えながらそう答えた。すると、ストラーダ猊下はただ淡々とその事実を受け入れていた。……まるで私がデュランダルを使いこなせていない事が解っていたかの様に。

 

「そうか。では、今から私と変革の子が軽く手合わせをする。聖剣とは、そしてデュランダルとは何なのか、ここで今一度学んでいきなさい。……構わないかな?」

 

「元よりそのつもりでした。……これが、私の協力要請に応じて頂いたお礼の品です。天界・冥界双方の許可は下りておりますので、どうかお受け取り下さい」

 

 ストラーダ猊下から手合わせを持ち掛けられたイッセーは最初からそのつもりである事を伝えると、イッセーの頭上の空間が歪んだ。イッセーはその歪みの中に手を入れてから引き出すと、右手には一本の大剣が掴まれていた。その大剣は一言で言えば赤いデュランダルとも言うべきもので、刃からは荒々しくも膨大な聖なるオーラが発せられている。

 

「ホウ……! この荒々しくも清浄なるオーラ、まるでデュランダルではないか」

 

 イッセーから赤いデュランダルを受け取ったストラーダ猊下は、その赤いデュランダルを間近に見た事で感嘆の息を漏らす。ここで、イッセーから赤いデュランダルについての説明が始まった。

 

「私の持つ武具製作技術と魔導科学を用いて鍛造したデュランダルのレプリカです。私とイリナが龍天使(カンヘル)として祝福を与えているので聖剣となっていますが、流石にオリジナルの様に聖遺物を収めてはいません。そこで、かつてはトロイアの英雄ヘクトールが所持していたという伝承に倣い、ギリシャに近いイタリアでの読み方であるドゥリンダナをこのレプリカの名とさせて頂きました。……お気に召しましたでしょうか?」

 

 ……イッセー特製のデュランダルのレプリカ? しかも祝福を与えたのはイッセーとイリナ? それにしても一体いつの間にこんな代物を作っていたんだ?

 

 アーシアやシスター・グリゼルダが驚く中で私が色々な疑問を抱いていると、ドゥリンダナと名付けられたイッセー特製のデュランダル・レプリカの説明を受けたストラーダ猊下は、突然手に持っていたドゥリンダナを上に放り投げた。

 

「フンッ!」

 

 そして、右側の空間を歪ませてそこから別の剣を取り出すと、落ちてくるドゥリンダナに向かって一閃する。ドゥリンダナが金属音と共に礼拝堂の床へと落ちたところで、ストラーダ猊下は剣を振り下ろしたまま静かに語り始めた。

 

「……素晴らしい。今私が振るったのは現在我が十字教教会でも特に錬金術に秀でた正教会が作り上げたデュランダルのレプリカだが、それでも再現できた力はオリジナルの五分の一程度。それに比べ、このドゥリンダナは流石にオリジナルには届いていないが、それでも力の七割は再現していると私は思う。いや、剣そのものの強度と鋭さの面で言えば、むしろオリジナルをも凌駕している」

 

 ストラーダ猊下はイッセーが作り上げたドゥリンダナを激賞した。そして、目の前にある光景がその正しさを証明している。

 

「だからこそ、宙に浮いた状態で私がレプリカを振り下ろしたにも関わらず……」

 

 何故なら、レプリカとはいえストラーダ猊下によるデュランダルの一撃をまともに喰らった筈のドゥリンダナは、全くの無傷だからだ。

 

「折れたのは、私が振るったレプリカの方だったという訳だ」

 

 ……そして、ストラーダ猊下が振るったデュランダル・レプリカの折れた刃先が床へと落ちる。

 

「瑞貴君の閻水に薫君のラエドとイウサール、カノン君のイグニス、そして私のオラシオンの性能とそれらを作ったのが一誠君である事を知っている私はそうでもありませんが、デュランダル・レプリカの製造を担当した錬金術師達はこの光景を見たら間違いなく卒倒するでしょうね……」

 

 目の前で繰り広げられた一連の行動に対して、武藤神父は半ば呆れた様な表情を浮かべているが、シスター・グリゼルダの方は驚きの余りに完全に言葉を失っている。何も知らなければ、きっと私やアーシア、それにレイヴェルもシスター・グリゼルダと同じ様に絶句していたのだろう。だが幸いというべきだろうか、早朝鍛錬で今武藤神父が挙げたイッセー特製の武器の強さを目の当たりにしているだけに、私達は目の前の光景に納得する事ができた。

 そうしてストラーダ猊下は床に落ちているドゥリンダナとデュランダル・レプリカの折れた刃先を拾い上げると、デュランダル・レプリカとその刃先を亜空間へと仕舞う。そして、ドゥリンダナの柄の具合を確かめてから、イッセーに得物はどうするのかをお尋ねになられた。

 

「さて。私はこのドゥリンダナを使わせてもらうが、そちらはどうするのかな?」

 

「天龍剣を使います。アウラ、戻っておいで」

 

「ウン!」

 

 天龍剣、つまりクォ・ヴァディスを使うと宣言したイッセーはアウラに戻るように伝えると、アウラはそのまま姿を消した。きっとイッセーの精神世界へと戻ったのだろう。

 

「如何にエクスカリバーの子にして赤龍帝の聖剣とはいえ、守護精霊であるアウラがいなければ、ドゥリンダナを携えたストラーダ猊下を相手にはできませんからね」

 

 イッセーはそう言って黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を発現させると、手の甲の宝玉からクォ・ヴァディスを引き抜いた。……気のせいか、首脳会談における対テロ戦で見た時よりクォ・ヴァディスのオーラがより強くなっている様に見える。

 

「……その分では、真聖剣として再誕したエクスカリバーにも守護精霊が存在しているのではないのかな?」

 

 イッセーの先程の台詞から何かを感じ取ったストラーダ猊下の質問に、私はミカエル様とお会いした時に漠然と抱いた疑問を思い出した。イッセーの娘で「魔」を司るアウラは赤龍帝の聖剣にしてエクスカリバーの子である天龍剣クォ・ヴァディスの守護精霊。では、アウラの兄でイッセーの「聖」を司るというカリスとは一体どんな存在なのかという事を。そして、その答えは……!

 

「それについては後ほど。では、猊下」

 

「ウム。始めるとしようか、変革の子よ」

 

 私が以前の疑問に対する答えに思い至ったところで、イッセーとストラーダ猊下は手合わせを始める為に私達から少し離れた。そしてお互いに対峙した次の瞬間。イッセーの手によって作り出された二本の聖剣が激しく衝突した。……いや。もっと激しい、それこそ礼拝堂の中をメチャクチャにしてしまう程の衝撃波を伴う様を想像していたのだが、普通に刃を交えて鎬を削っているだけだった。私は予想から外れた目の前の光景に少なからず疑問を抱いたのだが、二人のやり取りからすぐに答えが得られた。

 

「ドゥリンダナの聖なるオーラが著しく弱まっている? ……そうか、これがミカエル様のお認めになられたエクスカリバーの子の力か!」

 

「えぇ! ストラーダ猊下のご想像の通り、天龍剣が宿しているのは力を打ち消す波動の力です! そして、それは力を基礎とする術や能力も例外ではありません!」

 

 ……以前聞いた時には「対象を取り巻くあらゆる力を打ち消す波動を放つ」だけだった筈だが、どうやらクォ・ヴァディスもまた成長しているらしい。

 

「……面白い!」

 

 ストラーダ猊下がドゥリンダナを弱体化されている状況に対して心底面白そうな笑みを浮かべると、それと同時にドゥリンダナの聖なるオーラが爆発的に増幅した。そのオーラは私が扱うデュランダルより遥かに濃厚かつ膨大で、イッセーはそのオーラに吹き飛ばされてしまった。しかし、空中ですぐに体勢を立て直して着地する。……いや、特にダメージを受けていない事から、おそらくはオーラが爆発的に増幅するのを察して自ら後ろに飛んだのだろう。そのイッセーだが、顔には苦笑いを浮かべていた。

 

「……鍛造した私が想定していたドゥリンダナの限界値を、お渡しして早々に超えてきますか。この辺りは流石というべきでしょうね」

 

 ストラーダ猊下がドゥリンダナから想定を超えた力を引き出した事をイッセーが苦笑いのままで伝えると、ストラーダ猊下は少し戸惑う様な素振りを見せる。

 

「オーラを波動で打ち消されるのなら、波動が打ち消す限界量を超える程のオーラを引き出せばよい。そう思ったのだが、それ程のオーラとなると流石に本物のデュランダルでなければ無理だった筈なのだ。しかし、このドゥリンダナは私の意志に見事応えてくれた。……本当に良い聖剣だ。まさか、この歳になってこの様な聖剣に出会えるとは思わなんだ」

 

「そう仰って頂けると、作り手としては大変嬉しく思います」

 

 ストラーダ猊下からドゥリンダナを高く評価されて、イッセーは作り手としての喜びを露わにする。そうして話が一段落ついたところで、手合わせの再開をストラーダ猊下が持ち掛ける。

 

「では、続きといこうか」

 

「承知しました」

 

 イッセーがそれを承諾すると同時に、二人は再び刃を交え始めた。今度は一度だけでなく何度もお互いに斬りかかっていく。最初は何とか目で追えていたが、剣のスピードが加速度的に増した事で次第に追い付かなくなっていき、遂には全く見えなくなっていた。いや、私も一応はレオンハルト卿から眼だけでなく耳や肌でも剣を捉える為の訓練を施されているので、たとえ見えなくてもどんな斬撃を繰り出しているのかは大体解る様にはなってきている。だが、私が五感で感じ取る速さよりも二人の剣の速さの方が上回ってしまった事で、それさえも覚束なくなってきた。

 ……それだけのスピードで剣が振るわれているにも関わらず、礼拝堂の内装や中にある椅子は殆ど壊れていない。デュランダルの七割程度とはいえ扱っているのがストラーダ猊下である以上、私が扱うデュランダルより破壊力は確実に上の筈だ。その破壊力の殆どを打ち消しているクォ・ヴァディスは、教会が誇る六本のエクスカリバーはおろか私の持つデュランダルにも並び立とうとしているのかもしれない。ストラーダ猊下もドゥリンダナの破壊力をほぼ封殺するイッセーとクォ・ヴァディスに感嘆なされた。

 

「まさか「全てを斬れる」デュランダルの本領を、その根幹を為す聖なるオーラを抑え込む事で覆してしまうとはな。ただ、その割には少々打ち消しの力を広げ過ぎていると思うのだが?」

 

「この手合わせで礼拝堂の中の物を壊さないで。だって、この礼拝堂は孤児院の皆や近所の人達が使うものだから」

 

 鍔迫り合いに持ち込んだストラーダ猊下からの問い掛けに、イッセーは何故か幼い少女の口調で答えた。ストラーダ猊下は首を少し傾げられたが、すぐにその疑問は解消された。

 

「……アウラに、娘にそう頼まれてしまいましたからね。父親としては、娘の切なる願いに応えてあげないといけないでしょう」

 

 娘の願いに父として応えたというイッセーにストラーダ猊下は納得した。

 

「成る程、道理である。しかし、それでは……」

 

「そういう力の使い方をしていけば、その分消耗も大きくなって次第に追い詰められる事になる。そういう事ですか?」

 

 イッセーの確認に対してストラーダ猊下は何もお答えにならず、頷いたり首を横に振ったりといった動作も特になさらなかったが、その無反応こそが雄弁に答えを語っていた。その答えを受け取ったイッセーは鍔迫り合いの状態からクォ・ヴァディスを押し出し、その反動を利用して剣の間合いから一端外れる。

 

「……アウラ、もう大丈夫かな?」

 

 間合いから外れたところで、イッセーは何故か自身の精神世界に戻っているアウラに確認を取った。すると、アウラは元気に返事をする。

 

『ウン! もうあたし一人でも大丈夫だよ、パパ!』

 

 アウラから答えを聞いたイッセーは、更にアウラに話しかけた。

 

「だったら、今から()()よ。準備はいいね?」

 

『ウン!』

 

 アウラがそう返事をした次の瞬間、クォ・ヴァディスから膨大な聖なるオーラが発生した。ただ、聖なるオーラの印象が今までと大きく異なっている。今まではまるで波一つ立たない湖面の様に静かで穏やかな印象だったが、今は暴風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぐ嵐の様な激しさを感じる。……もしくは、クォ・ヴァディスの鍔が模しているドラゴンの様な荒々しさか。クォ・ヴァディスの豹変ぶりを見たストラーダ猊下は、ここでハッとした様な表情へと変わった。

 

「……まさか、今までは天龍剣の守護精霊である娘に力の使い方を教えていたというのかね? しかも私との手合わせという実演を交えて」

 

「猊下の仰せの通りです。自転車で例えるなら、今までは私が後ろで支えながら走る練習をしていた様なもの。そして今は、私が手を離して自分一人の力で走り始めたところでしょうか。それによって、エクスカリバーの聖なるオーラと私やアウラの「魔」の力、そして赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラと交わって生まれた天龍剣が本来宿している激しさと荒々しさが解放されました」

 

 ストラーダ猊下とイッセーの会話で、これだけの力を見せたクォ・ヴァディスが実はまだ本領を発揮していなかった事が判明した。……赤龍帝の聖剣は、もはや私の理解の範疇を超えてしまっていた。だが、イッセーの話はまだ続く。

 

「聖剣の力を、ただあるがままに使う。それはただ単に力の制御を放棄する事ではありません。担い手が聖剣の力の扱い方を学び、実際に聖剣と接していく中で心を重ねていき、やがては聖剣の在り方を見出していく事です。ただ生まれたばかりの天龍剣の場合は少々特殊で、使い手である私だけでなく守護精霊であるアウラにもそれが求められますが、私がやっているのは結局のところその延長上でしかありません」

 

 ……聖剣の力の扱い方を学び、実際に聖剣と接していく中で心を重ねていき、やがては聖剣の在り方を見出していく、か。

 

 私は聖剣に対するイッセーの考え方に激しく打ちのめされていた。私はデュランダルの事を担い手の言う事は聞かない、触れたものは何でもかんでも切り刻むといった危険極まりない暴君という印象を抱いていた。だが、それだけがデュランダルの全てだったのだろうか? それに、私はイッセーが言った様にデュランダルの使い方をストラーダ猊下やクリスタルディ先生から学んでいる。だが、果たして私はデュランダルに心を重ね、その在り方を見出していく事を今までやってきただろうか?

 ……デュランダルが私の手に余るのも当然だ。デュランダルの事を何も解っていない者がデュランダルを上手く扱える訳がなかったのだ。ここでふとある事に気が付いた。イッセーはこれだけの激しさと荒々しさを宿すクォ・ヴァディスをストラーダ猊下が振るうドゥリンダナと互角に打ち合える程の領域で使いこなしている。しかもまだ本領を発揮していない段階で。という事は……!

 

「変革の子よ。もし戦士ゼノヴィアより先に生まれた貴殿が赤い龍の力と魂を宿していなければ、デュランダルは戦士ゼノヴィアではなく貴殿を担い手として選んでいたのやも知れぬな。……戦士ゼノヴィアよ。これより先は、一瞬たりとも見逃してはいけない」

 

 ストラーダ猊下も私と同じ事をお考えになられていた様だ。そして、私にここから先の戦いをけして見逃さない様に注意してきた。

 

「私と変革の子が貴殿に見せたかったものは、これから始まるのだ」

 

 ストラーダ猊下はそう仰せになると、ドゥリンダナのオーラを更に激しく迸らせる。

 

 ……ここからが、イッセーにとっても、ストラーダ猊下にとっても、そして私にとっても本番だった。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

因みに同学年である一誠とゼノヴィアの誕生日は以下の通りです。

一誠    4月16日
ゼノヴィア 2月14日(早生まれ)

なお、誕生日が判明している同学年のメンバーの中で一誠は最も誕生日が早く、逆にゼノヴィアは最も遅い模様。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十三話 力こそパワーだ!

Side:ゼノヴィア

 

「私と変革の子が貴殿に見せたかったものは、これから始まるのだ」

 

 イッセーがクォ・ヴァディスの守護精霊であるアウラの教育を終えた事で、その力を本当の意味で開放した。これにより、イッセーとストラーダ猊下の手合わせはいよいよ本番を迎える事となった。まるで嵐をそのまま凝縮した様な激しさと荒々しさを宿すクォ・ヴァディスを右手に掴み、イッセーは静かにストラーダ猊下へと歩み寄っていく。ストラーダ猊下はデュランダルのレプリカとしてはおそらく最高傑作となるだろうドゥリンダナを構えたままイッセーが歩み寄るのを待っていた。

 ……そして、お互いの聖剣の間合いに入ったその瞬間。

 

「……オオォォォォォォォッ!!!!」

 

「……セィヤァァァァァァッ!!!!」

 

 二人が雄叫びを上げて、渾身の力と共にそれぞれの得物を振り抜いた。

 ……クォ・ヴァディスとドゥリンダナから発せられるオーラは今まで私が感じた事のない程に強烈なものだ。そんな強烈な力同士が激突すれば、本来であればこの礼拝堂は激突の衝撃だけで木っ端微塵にされてしまう筈。しかし、そんな衝撃は全く発生せず、ただ二本の聖剣がお互いを受け止めて鎬を削っているだけだった。

 

「凄まじいな。本領を発揮した今の天龍剣のオーラはまるで全てを吹き飛ばす嵐の様だ。先程まではただ力を打ち消すだけだったが、今では打ち消すどころか力の根源ごと消し飛ばしてしまいそうな勢いすら感じられる」

 

「そうお感じになられたからこそ、消し飛ばされない様に聖なるオーラを外に放出するのでなく、内に凝縮したのでしょう? 嵐の様なクォ・ヴァディスのオーラに負けない様に」

 

「そうしなければ、流石に勝負にならないのでな!」

 

 言葉を交わし終えた二人は鍔迫り合いを止めると、先程と同じ様に何度も刃を繰り出し始めた。ただ、その威力は共に先程とは天と地ほどの差がある。ストラーダ猊下のドゥリンダナからは濃厚な聖なるオーラが全てを斬り裂き破壊せんとばかりに漲り、イッセーのクォ・ヴァディスからは波動の力がその破壊を消し飛ばさんとばかりに唸りを上げる。無数の剣撃、様々な型が入り混じるその中で、時に一歩踏み出すだけで相手の動きを一瞬止め、時に肩を僅かに揺らすだけで相手の攻撃をあらん方向へと誘う。その攻防の応酬には磨き抜かれた宝石の様な技術があった。更に、お互いに何度も窮地に陥りながらもその度に挽回し、逆に相手を追い詰めてみせたりもした。その窮地を幾度も乗り越えていく姿には大地にしっかりと根を下ろした大樹の様に屈強な精神があった。

 ……だがそれ以上に、お互いに強烈な斬撃を繰り出しながらけして一歩も引かないあの二人が振るう剣には溢れんばかりのパワーがあった。質が異なるだけで無粋なものなど一切ない、純粋なパワーに満ちていた。それは今まで見てきたイッセーの戦い方のどれにも当て嵌まらないものだった。すると、ストラーダ猊下が何度もドゥリンダナを繰り出しながらイッセーに再び語りかける。

 

「変革の子よ! 私が聞いた限りでは、貴殿は力よりも技術に重点を置いた戦い方をしていた筈だ! しかし、今の貴殿はそれこそデュランダルの担い手に相応しい程に溢れんばかりのパワーをただありのままに振るう戦い方をしている!」

 

「それはそうでしょう! 私はただパワーをより完全なものとする為に技術を重視しているだけで、けしてパワーを軽視している訳ではありません! 何故なら、強大なパワーを生み出せる様に体を鍛え、得られたパワーを存分に扱える様に技を磨き、修めたパワーに溺れぬ様に心を育む! そうして育んだ心を礎として、更なるパワーを得る為に再び体を鍛えていく! この体と技と心が織り成す成長の連鎖を幾度も重ねた果てに辿り着く限界の壁! それと正面から向き合い、過ごしてきた日々の中で得てきたものの全てを信じて真っ向から激突! そうして限界の壁を突き抜けた先にある、今この瞬間までに積み重ねてきたものの集大成より溢れ出る力! それこそが、本物のパワーなのだから!」

 

 体と技と心が織り成す成長の連鎖の果てに辿り着く限界の壁。それと向き合い、激突して突き抜けた先にある今この瞬間まで積み重ねてきたものの集大成より溢れ出る力。それこそが、本物のパワー……?

 

 私はストラーダ猊下からの問い掛けに答える形で明かされたパワーに対するイッセーの考え方を聞いて、少なからず困惑していた。だが、ストラーダ猊下はイッセーの答えを聞くと、声を上げて笑い始めた。

 

「ハッハッハッ! そうだ! それでいいのだ、変革の子よ! 貴殿の言葉は何処までも正しい! そしてその様な言葉が出てくるという事は、貴殿はその若さで既にパワーの真髄に辿り着いているのだな!」

 

「猊下、それは貴方もでしょう! でなければ、ドゥリンダナがここまでのパワーを発揮したりはしない!」

 

「その通りだ、変革の子よ! 神より賜った力、神器(セイクリッド・ギア)を宿していない私のパワーに理屈なんてものはない! ただ愚直なまでの鍛錬と無数の戦闘経験が私の血となり肉となっただけの話だ! そして一心不乱なまでの神への信仰と己の肉体への敬愛を忘れなければ、パワーは魂にすら宿る! 変革の子よ! その道程こそ私と異なれど、その肉体と魂に激烈なるパワーを宿す若き(ともがら)よ! 貴殿とこうして巡り合い、お互いのパワーを存分に競い合える機を得られた事を心から神に感謝しよう!」

 

 満面の笑みを浮かべながらイッセーとの出逢いに対する感謝の言葉を口にするストラーダ猊下に対し、イッセーは素に戻って笑顔で応える。

 

「それなら、この素晴らしき出逢いに対する()の感謝を受け取って下さい!」

 

「ウム、馳走になろう! その代わり、私の感謝も遠慮なく受け取ってくれ!」

 

「ハイ!」

 

 そうして二人はお互いに出会えた事への感謝の言葉を口にしつつ、更に熱く、激しく己の得物をぶつけ合っていく。鍛えた体、磨いた技、育んだ心。そしてそれ等を何処までも信じて限界を超えていく、強く熱い魂。それぞれが歩んできた道程の中で得てきたこれらの全てをパワーへと変えて。

 ……私は一体、何を勘違いしていたのだろうか。細かい事が苦手だから、破壊に重点を置く? 相手が小細工を弄するなら、圧倒的なパワーで押し切ってみせる? ……そんなものは、ただの逃げだった。技とは、テクニックとはけして小細工などではない。パワーを形作る上で必要不可欠な要素の一つだった。その証拠に、今目の前で圧倒的なパワーをぶつけ合っている二人は、鍛え抜いた体から溢れだすパワーを磨き上げた技で更なる高みへと押し上げている。そして、パワーに負けない様に育て上げた心も併せて相手にぶつけている。

 だから、あの二人の激突は私の目を奪う程にとても美しく、私の心を揺さぶる程に熱く、激しかった。正直に言えば、私はこの二人の激突をいつまでも見ていたかった。

 

 ……だが、その終わりは唐突に訪れた。

 

 幾度もクォ・ヴァディスとドゥリンダナを、お互いに鍛え上げ、磨き上げ、そして育て上げたパワーをぶつけ合った。そうして二十分程が経過して一度間合いを開けたところで、イッセーはクォ・ヴァディスを構えた状態から静かに降ろした。

 

「猊下、ここまでにしましょう。……もう限界です」

 

「そうだな。これ以上はもう無理だろう」

 

 限界であるとしてイッセーが手合わせの終了を申し込むと、ストラーダ猊下は何ら反論する事なく同意した。手合わせの突然の終了に、私やイリナ達はおろかシスター・グリゼルダでさえも首を傾げている。ただ、武藤神父だけは納得の表情を浮かべていた。

 

「確かにここが潮時ですね。それに猊下と一誠君には申し訳ありませんが、これ以上手合わせを続ける様であれば、私が割って入るつもりでした」

 

 よく見ると、確かに武藤神父は既にオラシオンを鞘から抜いており、その気になればいつでもイッセーとストラーダ猊下の間に割って入れる状態になっていた。

 

 ……だが、何故だ? 少なくとも、私は本当に解らなかった。だが、解る者には解っていたのだ。

 

「やはり貴殿は見抜いていたか。戦士礼司」

 

 ストラーダ猊下はそう仰ると、まるで糸が切れたかの様に体勢が崩れ、膝を床についてしまった。しかもドゥリンダナを支えとする事で上体をどうにか起こしているが、その息は荒く顔色も悪い。……ストラーダ猊下の体力は既に尽きていたのだ。

 気付かなかった。ストラーダ猊下が既に限界だったなんて、私には全く解らなかった。そもそもそんな素振りなどストラーダ猊下は全く見せていない筈なのだ。それなのに、イッセーや武藤神父はストラーダ猊下の限界を完全に見抜いていた。……いや。きっと、私達が見落としていただけでイッセーや武藤神父には猊下が限界である事を示す何かが見えていたのだろう。この事実一つ取り上げても、イッセーやストラーダ猊下、武藤神父の三人と私達との間には隔絶した力量差がある事がハッキリと解る。

 

「……十年前に戦士礼司に敗れた時もそうだった。勝負所と踏んで猛攻を仕掛けたはいいものの、結果として守りを固めた戦士武藤よりも私の方が先に体力が尽きてしまい、そこを戦士礼司に突かれてしまったのだ。しかも今回は御前試合の時より更に早く体力が尽きている。如何に鍛錬を絶やす事なく続けてきたとしても、やはり老いには勝てぬという事か」

 

 そう言って苦笑するストラーダ猊下だが、その割には老いによる衰えに対する無念や嫌悪感といった負の感情など何処にもなかった。むしろ、人としての生を全うしている事への満足感すら感じられた。その一方で、ストラーダ猊下は私の方を向くと、頭を下げて自分の力不足を謝罪する。

 

「戦士ゼノヴィア、済まぬな。もう少しだけ見せてやれると思ったのだが、己に対する見積もりが少々甘かった様だ」

 

 ……そんな事はない。絶対にないのだ。そう思ったら、言葉が私の口を衝いて出てきた。

 

「いえ、十分です。イッセーとストラーダ猊下が私に伝えたかった事は全て受け取りました。……私は、パワーの意味を誤解して、ただ甘えていただけなのだと」

 

 ……私はもう答えを得ている。だから、それをストラーダ猊下やイッセーに伝えないといけない。そう思えば、不思議と言葉が次々と湧いて出てきた。

 

「確かに、私は同年代でもイッセーや木場、武藤瑞貴といった優れた剣の使い手に比べれば、圧倒的に技術が足りません。いえ、かつて同僚だった頃ですら技術面では上手だったイリナはもちろん、どうかすればイッセーが独自に編み出した刀による剣術を修めつつある巡巴柄にすら劣るかもしれません。それなら、デュランダルの破壊の力をさらに引き上げ、強引に押し切ってしまえばいい。つい先程まで、そんな情けない事を考えていました。ただ我武者羅に力だけを求め、その力を技術で押し上げる事など全く考えもせずに」

 

 鍛えた体と磨いた技、そして育んだ心を重ねて生まれる圧倒的で純粋なパワーをぶつけ合うイッセーとストラーダ猊下の姿が、その答えを教えてくれた。

 

「……そうじゃなかった。体を鍛える事も、技を磨く事も、心を育てる事も。更にはデュランダルと向き合い、心を重ねてその在り方を見出していく事も、仲間達と語らい共に笑い合って生きていく事も。そして、たった一人の男を心から愛する事も。私が生きていく中で少しずつ積み重ねていくものの全てが、本物のパワーへと繋がっていた。そして、私は今ここでそれを知る事ができた」

 

 だから、私はそれに応える。

 

「デュランダル。担い手の言う事は聞かない、触れたものは何でもかんでも切り刻むといった危険極まりない暴君だなんてお前を勝手に決め付けてしまって、済まなかった。私はもうお前から目を背けない。溢れ出るパワーを恐れたりしない。そしてお前に心を重ねて、お前の在り方を私なりに見出していこう。だから、もしお前が私をまだ担い手として認めてくれているのなら、今ここに出て来てくれ」

 

 私はデュランダルを呼び出す為の呪文を唱える事なく、ただ右手を横に差し出した。亜空間を出て私の手に収まる判断をデュランダルに委ねたのだ。

 

「……ありがとう」

 

 そして、デュランダルの柄が亜空間から私の右手で掴める所に現れた。私はその柄を掴むと、一気に引き抜く。手に取ったデュランダルからは、未だかつてない程に膨大で濃厚、そして荒々しい聖なるオーラが感じられる。しかし、今まで感じてきた様な不安は少しも感じない。攻撃的なのは変わらないが、オーラの流れがそこら中にまき散らす様な不安定なものでなくなっていたからだ。

 

 ……デュランダルは、私を本当の意味での担い手として認めてくれた。

 

「イッセー。済まないが、今から私の相手をしてくれ。今なら、デュランダルと一緒に何処までも行けそうだ」

 

 だから、さっきのイッセーとストラーダ猊下の様に、私もまたこの胸の内から湧き出てくる感謝の気持ちを二人に伝えよう。そう思ったが、流石に体力が尽きているストラーダ猊下には無理だったので、まずはイッセーに手合わせを頼む。すると、イッセーは申し訳なさそうな表情を浮かべながら返事をしてきた。

 

「ゼノヴィア、ゴメン。流石にこの場ですぐという訳にはいかない。やるとすれば、あの模擬戦用の異相空間に場所を移してからだ」

 

「……ストラーダ猊下とドゥリンダナの破壊の力でもクォ・ヴァディスで消し飛ばせるのなら、ここでも特に問題はない筈だぞ?」

 

 「この場ですぐには無理だ」というイッセーからの返答に、私は首を傾げた。そんな私の反応に、イッセーは何かに気付いた様な素振りを見せた後で何故この場ですぐには無理なのかを説明し始めた。

 

「あぁ、そうか。ゼノヴィアは少しだけ勘違いしているのか。確かにストラーダ猊下が限界だったから手合わせを打ち切ったけど……」

 

『ふみゅ~。パパ、あたしもうヘトヘト~』

 

「実は、生まれて初めて自分一人でクォ・ヴァディスのオーラを制御したアウラもまた限界だったんだ。それに、さっきの様に破壊の力を消し飛ばして礼拝堂を極力壊さない様にするのは、今のゼノヴィアとデュランダル相手だと僕一人では流石に無理なんだよ」

 

 ……そうだった。如何にクォ・ヴァディスが素晴らしい聖剣でそれを振るうのがイッセーだとしても、その力を完全な形で扱うには守護精霊であるアウラの手を借りる必要がある。そして、アウラはまだ幼い子供であり、私達の様に戦う為の体力で満ち溢れている訳ではない。つまり、現時点でのクォ・ヴァディスには「全力で振るう場合には長期戦に向かない」という大きな欠点があったのだ。

 

「……そうか。だったら仕方がない。後日、場所を変えて改めてお願いするよ」

 

 ……やっとデュランダルと向き合った事で認めてもらい、さぁこれから新たな一歩を踏み出そうとした矢先だっただけに、何とも締まらない結果となってしまった。

 

Side end

 

 

 

 ストラーダ猊下との手合わせの中でお互いのパワーを競い合ってから一時間後。十分に休息を取った上に僕が治癒魔法を参考にした光力を使った事もあって、ストラーダ猊下は立って歩ける程には体力が回復した。そこでストラーダ猊下は、ゼノヴィアに関する今後の予定をここで伝える。

 

「……さて。戦士ゼノヴィアがデュランダルの在り方を再確認した事で、こちらの件については大方の目途が立った。後は要請通りに天界で最も広い第三天で戦士ゼノヴィアを実戦形式で鍛え上げればよいか」

 

 実を言えば、先程ここで行ったストラーダ猊下との顔合わせや手合わせも天界の第三天で行う事になっていたのだ。それだけに、天界でストラーダ猊下から直接鍛えてもらえると聞いたゼノヴィアは驚きを隠し切れない。

 

「イッセー、お前は一体何処まで私を驚かせば気が済むんだ? ……だが、私の為にここまでしてくれた事には心から感謝するぞ。このお礼は、そうだな……」

 

 僕への感謝の言葉を告げてからそのお礼をどうしようか悩み始めたゼノヴィアだが、僕は物凄く嫌な予感がしてきた。こういう時のゼノヴィアは突拍子もない事を言い出すからだ。だから、多少強引にでも話の流れを変える事にする。

 

「では、私と「ところで、猊下。先程の件ですが」しよう。……イッセー、それはちょっと酷くないか? いくら私でも流石に泣くぞ?」

 

 ……言葉を被せる形でどうにかやり過ごせたが、ゼノヴィアは確かに「私と子作りしよう」と言って来た。何がどうなってその様な結論に至ったのか、正直不思議で仕方がなかった。

 

「真聖剣として再誕したエクスカリバーにも守護精霊がいるのでは? ……そう私が尋ねた件かね?」

 

 ゼノヴィアの奇行をあえて無視した上で、手合わせの最中に問い掛けた事を思い出したストラーダ猊下が僕に確認してきたので、僕はそれを肯定した。

 

「はい。この際ですので、猊下とシスターにご紹介させて頂きます。ただし、後ほど私がミカエル天使長に直接ご紹介するまで、けして口外なさらない様にお願い致します」

 

「了解した。戦士グリゼルダよ、貴殿もそれでよいな?」

 

「はい。私もその時までけして口外しないと主の名において誓います」

 

 僕が他言無用である事を伝えると、二人ともそれを了解してくれた。

 

〈カリス〉

 

《解ってるよ、イッセー。この際だから、誤解が一切入らないくらいに徹底的にバラすって事だよね》

 

「ありがとうございます。猊下、シスター・グリゼルダ。では、ご紹介させて頂きます」

 

 僕が精神感応でカリスに呼び掛けると、カリスは僕の意図に理解を示してくれた。だから、カリスに早速出て来てもらった。突然僕のすぐ横に現れた騎士甲冑を纏った30 cm程の小さな男の子に、初めて見る事になる猊下とシスターのお二人は少し驚く。そこで僕はカリスの事を正確に紹介する。

 

「彼の名は、カリス。星の意思によって生み出された聖剣エクスカリバーの守護精霊であり、また星の意思から直接力を受け取る事もできる最上位の精霊騎士でもあります」

 

「初めまして。オイラがエクスカリバーの守護精霊のカリスだ。一応、守護の剣精(セイバー・ガーディアン)って二つ名を持ってるよ。イッセーとは、十二年程前にエクスカリバーの鞘でオイラが宿っている静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)を拾ってもらって以来の長い付き合いだ。それに聖剣選定の儀によってイッセーにエクスカリバーと騎士王(ナイト・オーナー)の称号、そして先代であるアーサーの記憶を継承させたのもオイラだ。後は、アウラがエクスカリバーの子であるクォ・ヴァディスの守護精霊になった関係でアウラの兄にもなってるかな」

 

 僕の紹介とカリスの補足説明で、初対面のお二人はもちろんの事、この件については初耳であるアーシアやゼノヴィア、レイヴェルも驚きを隠せないでいる。ここで、シスター・グリゼルダが破壊される前のエクスカリバーの件について尋ねてきた。

 

「それでは、アーサー王が敬虔な十字教信者だった縁で我々十字教教会が湖の貴婦人から借り受けたエクスカリバーは……」

 

「シスターが今想像した通りさ。モルガンによって静謐の聖鞘、正確にはそこに宿っていたオイラと切り離された事でエクスカリバーは万全じゃなくなった。だから、本当ならたとえ聖書の神であっても壊せない筈のエクスカリバーが摩耗し切って壊れちゃったし、星の意思から預かり手に任じられているヴィヴィアンもエクスカリバーを壊した事に対する責任やら賠償やらを言ってこないんだよ。そもそも機能不全を起こしてるのにその事実を相手に隠して貸し出しているんだ、エクスカリバーを壊した責任は向こうにだって少なからずある訳だからさ」

 

 当時のエクスカリバーの実情を説明し終えると、カリスは預かり手であるヴィヴィアンから返還要請が来た時の対応をどうするのかを言い始めた。

 

「それに真聖剣として再誕した事が広く知れ渡ってる今ならエクスカリバーを返せってヴィヴィアンが言ってくるかもしれないけど、それに応じる必要は全くないよ。だって、イッセーはオイラ直々の聖剣選定の儀を経て正式にエクスカリバーを継承してるし、その時のイッセーは十字教教会とは完全に無関係だったんだ。ついでにヴィヴィアンは結局のところオイラと静謐の聖鞘を見つけ切れなかったんだからさ、文句なんてけして言わせないよ。因みにオイラ、こう見えても最上位の精霊騎士だから、湖の精霊でもあるヴィヴィアンより身分は上なんだ」

 

 何とも心強い言葉が飛び出してきたが、カリスはここで表情を不快なものへと変える。

 

「……でもさ、エクスカリバーの守護精霊としては、その破片を核に能力を分割する形で複製品を七本も作るのもそれはそれでどうなんだって思うんだよね。しかもエクスカリバーに拘って聖剣計画なんてバカな真似までやってくれたし、そのせいで瑞貴や祐斗、薫にカノンが酷い目に遭ってるから、オイラ本当に申し訳なくてさ。特に祐斗には本人に直接泣いて謝ったよ」

 

 カリスがエクスカリバーに対する教会の処置について思う所を語り終えると、シスター・グリゼルダは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべてカリスに謝罪してきた。しかも最上位の精霊騎士である事を気にしてか、カリスに対して「カリス様」と敬称まで付けて。

 

「カリス様、本当に申し訳ありません。エクスカリバーの守護精霊である貴方には、様々な形で過ちを犯してしまった私達を責める権利があります。ただ、弁解させて頂けるのであれば……」

 

「あぁ、いいって、いいって。どうせ複製品を作った当時、エクスカリバーを完全に再現するには色々な技術が圧倒的に足りなくて、能力を分割しなきゃどうにもならなかったんだろう? 実際の所、預かり手のヴィヴィアンでも一度バラバラになったエクスカリバーの完全再現は無理だからさ、その点は気にしなくてもいいよ。……たださ、聖剣計画についてはオイラ絶対に認めないよ。アレって、他の聖剣ならともかくエクスカリバーに関しては全くの無意味だからさ」

 

 カリスはそう言ってシスター・グリゼルダの謝罪を軽く流したが、最後に出てきた言葉を耳にしたシスター・グリゼルダはその事について改めてカリスに尋ねた。

 

「カリス様。最後のお言葉ですが、一体どういう事なのでしょうか?」

 

「エクスカリバーって、実は何らかの形でウェールズの守護神である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ことドライグの加護を得ていないと、本当の意味での担い手にはけしてなれないんだよ。因みに、能力を分割した複製品の場合はドライグの加護がなくても一応使う事はできる。けど、極めるのはまず無理だ。その点、アーサーはそのドライグの加護を直接得ているし、イッセーは神器の形でドライグの魂を宿していたからアーサーの次の担い手になれたんだ。まぁそれ以前にドライグですら見つけられなかった静謐の聖鞘をイッセーが自力で見つけた時点で、オイラとの出逢いは運命を通り越して必然だったんだろうけどさ」

 

 シスターからの質問に対して、カリスがエクスカリバーの担い手となる真の条件を説明すると、ここでシスターは新たな名前を挙げてきた。

 

「実は、先程ストラーダ猊下が十年前の御前試合の話をなされた時に少し触れられましたが、助祭枢機卿で悪魔祓い(エクソシスト)の指導者でもあらせられるエヴァルド・クリスタルディ猊下が私達の所有しているエクスカリバーの使い手としては最高位とされています。現役時代には三本のエクスカリバーを同時に使用なされており、理論上では所在不明であった支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を含めた七本全てを同時に使用できる可能性があるというお方ですが、先程のお話を聞く限りでは……」

 

「直接見てみないとハッキリとは言えないけど、そのエヴァルドって人、たぶんアーサーか歴代赤龍帝の誰かの血を少しだけでも引いているんじゃないかな? それで複製品とはいえエクスカリバーの全ての能力を扱える程度にはドライグの加護があるんだろうね。尤も、アーサーやイッセーを始めとする歴代の赤龍帝はおろかメローラの末裔でコールブランドに担い手として認められている今のアーサーやその妹であるルフェイと比べても、その加護は相当に弱いものだろうけどさ」

 

 十字教教会における最高のエクスカリバー使いに関する所見をカリスが伝えると、シスター・グリゼルダは感謝の言葉をカリスに伝える。

 

「……本日は本当に驚く事ばかりです。カリス様。私の質問にお答え頂き、誠にありがとうございました」

 

 一方、シスター・グリゼルダが質問している間は口を閉ざしていたストラーダ猊下は眉間に皺を寄せていた。

 

「今の話。これが世に広く知れ渡ってしまえば、禍の団(カオス・ブリゲード)はもちろんだが他の神話勢力、更には我々天界に属する者の中からも静謐の聖鞘を狙う者が出てくるのはほぼ間違いない。私はたとえ身内であってもこの事実はそうそう明かせるものではないと思う。それに最終的な判断はミカエル様が下されるであろうが、おそらくはこのまま黙秘を続ける事になるだろう。戦士グリゼルダ、貴殿もその覚悟でいる様に」

 

 カリスに関する事柄がどれだけ重大なものであるのかを悟ったストラーダ猊下はこのまま黙秘する事を決断し、シスター・グリゼルダにもそのつもりでいる様に指示した。シスターもそれは百も承知であったので、すぐに承知する。

 

「承知しました、猊下」

 

 ここで、今まで蚊帳の外に置かれていたレイヴェルが不安げな表情で僕に指示を仰いできた。

 

「あの、一誠様。私達はどうしたら……?」

 

 見ると、アーシアとゼノヴィアも表情がかなり固くなっている。確かに、今聞かされた事はほぼ間違いなく最重要機密となるだろうから、どうすればいいのか判断が付かずにいるのだろう。三人の心境を理解した僕は、具体的な指示を出す事でその不安を取り除く。

 

「私がルシファー陛下に事情を説明し終えるまで、猊下とシスターと同様に口外しない様にしてくれ。今はそれで十分だ。その後はルシファー陛下のご指示に従う様に」

 

「承知致しましたわ。ゼノヴィアさんとアーシアさんもそれでよろしいですわね?」

 

 レイヴェルはそう言うと、表情が不安げなものから安堵のものへと変わった。どうすればいいのかを僕がハッキリと指示した事で、抱えていた不安が取り除かれたからだろう。そして他の二人に意思確認を行うと、二人とも黙秘する旨を伝えてきた。

 

「はい! 私、頑張ってカリスさんの事を秘密にします!」

 

「私もカリスの事については黙秘すると誓うよ。……今思えば、あの時私が疑問に感じた事を直接イッセーやカリスに尋ねていたら、あの場にいた全ての子供達にもこの事が知れ渡っていたのかもしれなかったんだな。危ない所だった」

 

 最後は別件でも安堵していたゼノヴィアだったが、そう思うのならもっと慎重に行動してほしい所である。僕がゼノヴィアに慎重さを内心で求めているところに、ストラーダ猊下が話しかけてきた。

 

「変革の子、いや若き輩よ。私は貴殿の心根を見極めようと考えていた。あの手合わせには戦士ゼノヴィアに手本を示す事の他に、互いに刃を交える事で見えてくるものがあると踏んでの事だったのだ。……だが、貴殿は私の想像を超えていた」

 

 ストラーダ猊下はそう仰ると、自分の右手を目の前に持ってきた。そして、まるで先程まで僕と手合わせをしていた時の熱さを掴む様に拳を握り締める。

 

「あれ程パワーに溢れた戦いは、私の長い人生の中でもおそらくは初めてだろう。コカビエルと戦った時も神の敵を討つという使命感こそあったが、強き者と戦う事で得られる高揚感などは全くなかった。戦士礼司と御前試合で戦った時も私を超えてくれた喜びこそあったが、パワーを存分にぶつけ合う楽しさには至らなかった。だからこそ、若き輩との手合わせは未だかつてない程に楽しかった。そして、初めて自らの老いを悔やんだ。私が生まれるのが早過ぎたのか、若き輩が生まれてくるのが遅過ぎたのか、その判別がつかなくなる程にな」 

 

 ストラーダ猊下が僕との手合わせで感じた事を話し終えると、握り締めていた右拳を緩めて下に降ろした。

 

「若き輩よ、貴殿のパワーには一切の嘘がない。それどころか、貴殿の全てがありのままに込められている。それ故に、貴殿の心根は信用に値すると私は断言できる」

 

 ここまで話し終えたところで、ストラーダ猊下は破顔一笑した。そして言葉使いを改めた上で天界への案内を自ら申し出てきた。

 

「では、聖魔和合親善大使殿。これより天界へとご案内致します。なお、不肖ながらこの老骨と戦士グリゼルダが案内役を務めます故、どうかご安心を」

 

 ……ストラーダ猊下が僕を上位者としてきた以上、僕もそれに合わせる必要がある。だから、僕はストラーダ猊下から敬称を外して話しかける。

 

「解りました。では、ストラーダ司祭枢機卿。天界への案内をお願いします」

 

「承知致しました」

 

 ストラーダ司祭枢機卿から承諾を取った僕達はストラーダ司祭枢機卿とシスター・グリゼルダに案内されて、礼司さんの教会に新たに設置された天界直通の特殊な転移用魔方陣へと向かう。

 

 これから行く事になる天界での滞在予定期間は、今日を含めて三日。

 

 それが、まだまだ試作段階である気配遮断および波動反転用の魔導具(アーティファクト)を身に付けた悪魔が聖書の神の死によって不安定となった天界に滞在できるギリギリの期間だった。

 




いかがだったでしょうか?

一誠「力こそパワーだ!」
ストラーダ「その通りだ!」
ゼノヴィア「感動した!」
その他「……?」

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十四話 思えば、随分と遠い所までやってきたものですわ

 僕達はストラーダ司祭枢機卿とシスター・グリゼルダに案内されて、礼司さんの教会に新たに設置されたという天界直通の転移用魔方陣の元へと向かっていた。なお、途中でアウラも歩ける程に回復したので、今はアウラと手を繋いで一緒に歩いている。そうして歩きながら礼司さんに詳しい話を聞くと、何でも孤児院を兼ねている宿舎に地下室を新設してそこに設置したとの事。駒王協定が締結される前であれば、駒王町侵略の前準備と受け取られても何らおかしくないだけに、僕は聖魔和合が着実に進んでいると改めて実感した。

 こうして辿り着いた地下室はかなり広い作りになっており、床の中央には悪魔や堕天使の物とは明らかに異なる形式の魔方陣が描かれていた。ただロシウから魔導を学んでいく中で見た事のある神聖魔術の魔方陣と図柄が酷似している事から、おそらくはこれが天界式の魔方陣なのだろう。そして、その地下室には薫君やカノンちゃんを始めとする孤児院の子供達が待っていた。その中にはもちろんレオもいる。僕の姿を確認すると、皆笑顔で出迎えてくれた。

 

「あっ、イチ(にぃ)! 待っていたよ!」

 

「薫君、元気そうだね。それに皆も」

 

 薫君が皆を代表する様に声をかけてきたので、僕も笑顔で返事する。

 

「ところで、薫君はちゃんとみんなの兄貴分をやっているかな?」

 

 ここで僕が抜き打ちで皆に薫君について尋ねると、皆はそれぞれ薫君に対して思っている事を言い始めた。

 

「ウン! 薫兄ちゃん、僕達がケンカしてるとすぐに止めに来てくれるよ!」

 

「それに俺達が悩んでいると、それとなく声をかけてくれますし、話も聞いてくれます。まぁ流石に一誠さんや瑞貴さんみたいに即時解決って訳にはいかないけど、俺達と一緒に悩んでくれるから一誠さん達とはまた違った頼り甲斐がありますよ」

 

 皆から兄貴分としての薫君の評価を聞いた僕は、その評価対象である薫君に声をかける。

 

「……だってさ。薫君」

 

「み、皆……!」

 

 薫君は皆からの評価を聞いて感動していた。自分のやっている事がけして間違いでないと知れば、薫君も兄貴分としての自信をつけてくれる。そう思って皆に実際の所を確認してみたのだが、やはり正解だった。

 

「さて、そろそろこのままだと天界に入れない皆にこれを配らないといけないな」

 

 ただ少し時間が押している事もあって、僕は話をここで切り上げる。そして収納用の亜空間の入り口を右側に展開すると、そこから赤金のリンゴの刺繍をあしらった白地の細いリストバンドを必要分だけ取り出した。なお、このリストバンドは僕が礼装兼戦装束として不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の下に纏う様にしている白い法衣やアウラが今着ている白いワンピースと同じく、ミスリル銀を糸状に撚って編み込んだ特殊な生地で出来ている。僕はこのリストバンドをまずは悪魔であるレイヴェル、アーシア、ゼノヴィアに手渡す。

 

「あの、イッセーさん。これは?」

 

 アーシアが手渡されたリストバンドについて尋ねてきたので、僕は早速説明を開始する。

 

「このリストバンドは堕天使領の滞在の折に神の子を見張る者(グリゴリ)の研究者達と共同で開発した魔導具(アーティファクト)で、悪魔や堕天使を始めとする天界に所属していない種族や「システム」に影響を及ぼしそうな力の気配を遮断し、更に悪魔に関しては魔力の波動を反転させる機能がある。実はアウラが今着ている白いワンピースには、着ている者に対する防御術式の他にこれと同じ機能も持たせているんだよ」

 

「エヘヘ~。だから、パパが作ってくれたこれを着ていれば、パパの「魔」から生まれたあたしも天界に入れるんだよ。凄いでしょ、アーシアお姉ちゃん?」

 

 アウラが胸を張って笑顔で自分の着ている白いワンピースの事を自慢すると、アーシアは微笑みながら頷いてみせた。

 

「そうですね、アウラちゃん。アウラちゃんのワンピースも、それを作ったイッセーさんも、本当に凄いです」

 

 ……この優しい微笑みがあったからこそ、アーシアへの感謝の手紙が途絶える事がなかったのだろう。僕はそう確信しながら、リストバンドに組み込まれた機能の説明を再開する。

 

「このリストバンドやアウラのワンピースに使われている機能をより拡張させていく事で、最終的には天界における悪魔の長期滞在も可能になる見通しだ。ただ、今はまだ試作段階で三日間の滞在が限界なんだ」

 

「それで、天界の滞在期間が今日を入れて三日間なんだな。すると、ストラーダ猊下に直接鍛えてもらえるのも三日だけという訳か」

 

 僕の説明を聞いたゼノヴィアは天界の滞在期間に納得すると共に、ストラーダ司祭枢機卿からの指導もその期間しか受けられない事に少し残念そうな表情を浮かべた。すると、ストラーダ司祭枢機卿がゼノヴィアに声をかける。

 

「それ故にこの三日間、私は一切手加減しない事を予め伝えておこう。戦士ゼノヴィア。この三日間、全力で私について来なさい」

 

「はい!」

 

 ストラーダ司祭枢機卿からの言葉にゼノヴィアが力強く返事したのを見た僕は、続いて孤児院の子供達の中でも様々な理由から気配遮断が必要となる子にリストバンドを渡していく。その中には、当然レオも含まれており、僕はレオにリストバンドをビクティニ達にも着けさせるように伝える。

 

「レオ。これをレオはもちろんだけど、ビクティニ達にも着けさせてくれ。理由は解るね?」

 

魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)だね。それとビクティニ達にも必要なのは、元々はこの神器の力で生まれた存在だから」

 

 レオは自分達にも気配遮断が必要な理由をしっかりと理解しており、僕からリストバンドを受け取るとまずは自分が右手首に着けてからビクティニ達に着けていた。そうして必要となるメンバー全員にリストバンドが行き渡った所で、僕はリストバンドの使用注意を告げる。

 

「これを天界で使用する際に一つ注意してほしい事がある。それは、天界にいる間はこの白いリストバンドをけして外さない様にしてほしいんだ。たとえ、お風呂に入っている時や眠っている時でもね。それが守れないと、天使様がやってきて天界から追い出されちゃうよ」

 

 僕が最後に少し脅し付けたのが効いたのか、レイヴェル達はもちろん孤児院の子供でリストバンドを貰った子からもしっかりと了解の返事がきた。そうしてリストバンドを皆が着け終わったところで、シスター・グリゼルダが声をかけてくる。

 

「では、そろそろ天界への道を繋ぎましょう。ですが、その前に兵藤親善大使。申し訳ありませんが、ここにドゥン・スタリオンをお呼び頂けないでしょうか?」

 

「ドゥンを、ですか?」

 

 シスター・グリゼルダからドゥンを呼び出す様に頼まれた僕は思わず問い返してしまった。すると、シスター・グリゼルダはドゥンをここに呼ぶ理由について説明を始める。

 

「はい。ミカエル様のお話では、千五百年もの時を生き永らえた事で霊獣化し、更に次元の狭間を通って異なる世界へと移動する事ができるというドゥン・スタリオンが天界に立ち入れる様になれば、普段は人間界を活動拠点と為されている親善大使が天界や冥界へ速やかに移動可能となる事から親善大使の活動がよりスムーズに進められる様になるとの事でした。そこで、兵藤親善大使には一度ドゥン・スタリオンと共に正式な手順で天界に入国して頂きたいのです」

 

 シスター・グリゼルダからの説明を聞き終えた僕は、ミカエルさんの考えに納得した。……というより、実はドゥンの天界入りと今後ドゥンに騎乗して天界の入口で天使達の詰め所である第一天に直接入れる様に許可を申請しようと思っていた所だったので、渡りに船だった。

 

 それに万が一、天界が禍の団(カオス・ブリゲード)を始めとする敵対勢力からの侵攻を受けたとしても、ドゥンで直接救援に向かう事も可能になる。

 

 僕の中ではこうした意図もあっての事であり、ミカエルさんもおそらくは同じ事を考えている筈だ。ただ流石にこの場では余りに不謹慎なので、こうした意図を口に出す様な真似はしない。だから、僕はシスター・グリゼルダに了解の意を伝えた後、そのままドゥンを呼び出す事にした。

 

「シスター・グリゼルダ。ドゥンの件については了解致しました。では、早速」

 

 僕のすぐ側に展開された魔方陣から黄金の様に輝く毛並みを持つ馬が現れると、早朝鍛錬で顔を合わせた事のある薫君とカノンちゃんを除く孤児院の子供達は興味津々である一方、ストラーダ司祭枢機卿とシスター・グリゼルダは少しばかり驚きの表情を浮かべる。

 

〈主。ドゥン・スタリオン、お呼びによりここに参上致しました。此度のご用件をお伺い致しましょう〉

 

 ドゥンが僕に召喚に応じて参上した事を伝えると、ドゥンの名を耳にしたストラーダ司祭枢機卿が感嘆の声を上げる。

 

「オォッ……。この黄金と見紛うばかりの毛並みを持つ馬が、かのアーサー王と共に戦場を駆けたという愛馬の一頭か。まさか念話とはいえ人語での意思疎通すら可能だとは思わなかった」

 

 流石に馬が念話とはいえ人語で意思疎通ができる所を見れば、ストラーダ司祭枢機卿も驚きを隠せなかった様だ。同じ様にシスター・グリゼルダや孤児院の子供達も驚きを露わにしている。そうした中で、僕はドゥンに今回召喚した理由について話し始めた。

 

「ドゥン。今から僕達は天界に向かう所なのだが、その天界入りにドゥンも同行してくれ。かねてより考えていたお前に騎乗して天界に直接移動する件だが、必要となる事項の許可を申請する前に天界の方からご提案があったんだ」

 

〈成る程、それは好都合ですな。そういう事であれば、私もご同行致しましょう。して、その後は如何致しましょうか?〉

 

 ドゥンから天界への立ち入り許可が下りた後の事を訊かれた僕は、少し考えた末に薫君達と行動を共にするように命じた。

 

「そうだな……。それなら、孤児院の皆と行動を共にしてくれ。できれば、子供達に対してアーサー王の語り部としての務めも果たしてほしいところだが、その辺りの判断はドゥンに任せよう」

 

〈その命、しかと承りました。……ところで、主〉

 

 僕からの命を受けたドゥンだったが、まだ何かを言いたそうにしていたので、僕はドゥンに何を言いたいのか確認してみる。

 

「どうした、ドゥン?」

 

〈普段は配下を統べる王としてのお姿をあまりお見せになられていない様ですな。主が親しくなされている子供達がかなり驚いている様に見受けられますが……?〉

 

 ドゥンからの指摘を受けてハッとなった僕は孤児院の子供達の方を見ると、驚きの余りに言葉を失っていた。早朝鍛錬でレオンハルト達への接し方を変えたのを知っている薫君やカノンちゃんはそうでもないが、こうした子供達の驚く姿を目の当たりにした事で、僕は極力見せない様にしていた「人を統べる者」としての一面を子供達に堂々と晒してしまった事を悟った。

 

「……そういえば、イチ兄って昔の赤龍帝の人達からリーダーとして認められているし、正式な手順でエクスカリバーを受け継いだから、あのアーサー王の正当な後継者でもあるんだっけ」

 

 そして、この中ではカリスの事を既に知っている薫君が赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)の件をつい口にしてしまった。この呟きに近い薫君の言葉が偶々近くにいて聞こえたのか、クローズと同い年で孤児院の中でも最年少の一人であるミゲル君が薫君に確認を取る。なお、ミゲル君の名前はミゲル・アレハンドロ・フローレス・イ・トーレスといい、メキシコの先住民族の生まれでいつも外を走り回っている元気一杯の男の子だ。

 

「えっ! それ本当なの、薫兄ちゃん?」

 

「そうだよ。だから、イチ兄はとても強い赤龍帝や世界中の騎士達の中でも頂点に立つ王様なんだ」

 

「へぇ~。それじゃあ、イッセー兄ちゃんはとっても強い王様なんだ。凄いなぁ、カッコいいなぁ……」

 

 薫君から赤き天龍帝や二代目騎士王の事を教えられると、実は戦士としての僕や瑞貴、礼司さんに憧れているというミゲル君が僕に向かって改めて尊敬の目を向け始めた。すると、それに釣られる様に他の皆も僕を見る目が変わってきて、今にも詳しい話をする様に迫ってきそうだ。天界に向かう為の準備をしている所でこれ以上話が変な方向に行かない様に、僕は少し強引ではあるが話をここで打ち切った。

 

「皆、その事は後でちゃんと話してあげるから、今は天界への道が繋がるまで静かに待っていようか」

 

「イッセー兄ちゃん! 絶対、絶対だよ!」

 

 ミゲル君から何度も念を押されてしまったので、僕はしっかりと頷いてみせた。こうしたやり取りを見て頃合いと判断したのか、シスター・グリゼルダは改めて僕に声をかけてきた。

 

「これで天界に入る人員が全員揃いましたので、天界への道を繋ぎます。よろしいでしょうか?」

 

 シスター・グリゼルダから許可を求められた僕は、天界への道を繋ぐように頼む。

 

「了解しました。では、シスター。よろしくお願いします」

 

 僕が了解の意を伝えたのを受けて、シスター・グリゼルダは跪いて祈る姿勢になるとそのまま聖書の一句を唱え始めた。おそらくはそれが天界への道を開く為の呪文なのだろう。シスター・グリゼルダが天界への道を繋ぐのを待っていると、今度は歩君が僕に質問してきた。なお、歩君の姓は薬研(やげん)といい、クローズやミゲル君と同い年で少し泣き虫な所があるが心根の優しい男の子だ。

 

「そう言えば、イチ兄ちゃん。イチ兄ちゃんって悪魔の力を持ってるけど、このリストバンドを着けなくても大丈夫なの?」

 

 歩君からそう尋ねられた僕は、答えとしてリストバンドを使う必要がない事を伝える。

 

「僕はリストバンドを使わなくても大丈夫だよ。悪魔の力を自分で抑える事ができるからね」

 

 要は、逸脱者(デヴィエーター)である事を隠していた時に天使の翼と光力を抑えていた様に悪魔の羽と魔力を抑えてしまえばいいのだ。そもそも単に悪魔の羽と魔力を抑えるだけであれば、アウラに魔力を預けてC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)まで持っていく必要はない。アウラ専用の白いワンピースのサイズを六歳児用にしたのもその為だ。

 

「イチ兄ちゃん。だったら、その証拠を見せて」

 

 ただ、僕の答えだけでは満足できなかったらしく、歩君はその証拠を見せてほしいと言って来た。状況によっては二度と僕と会えなくなっていたかもしれないという事実が相当に堪えていたらしく、その表情には不安の色がハッキリと出ていた。

 

「解ったよ、歩君」

 

 僕は天使の光力とドラゴンの赤いオーラで包み込むイメージで悪魔の魔力を抑え込むと、そのまま龍天使(カンヘル)の証である天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)と天使の翼、そしてドラゴンの羽を展開する。その色はC×C・Lの時と同様に赤と金の入り混じったものだ。

 

「わぁっ……!」

 

 僕の龍天使としての姿を見た歩君が感嘆の声を上げるのを聞いた僕は、歩君に確認を取る。

 

「これで安心できた?」

 

「ウン!」

 

 笑顔で大きく頷いてみせた歩君の姿に、僕は今度こそ孤児院の皆から不安を払拭できたという確証が得られた。こうしたやり取りを交わしていると、この地下室の床に描かれた魔方陣から光が発せられ、白一色の巨大な両開きの扉が現れる。そして、現れた扉は音を立てながらゆっくりと開かれていく。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 シスター・グリゼルダが門を潜る様に促してくるので、ストラーダ司祭枢機卿に先導される形で僕達は門を潜っていく。その先には白い空間が広がっており、全員が入り終わると足元に金色の紋様が浮かび上がり、そのまま輝き出した。そして、全身が上空に勢い良く放り投げられた様な感覚を受ける。

 

「この浮遊感、まるで……!」

 

 突如として受けた浮遊感から、僕はゼテギネアにおいて対象を高低差を無視して移動させるジャンプウォールを使ってもらった時の事を思い出していた。この魔法は城壁や崖の上といった高所を制圧する上で非常に重要な魔法であり、アレがなかったら被害は倍近くにまで膨れ上がっていた筈だった。

 ……浮遊感一つで随分と物騒な過去を思い出してしまった僕は、思わず苦笑してしまった。そこにイリナが話しかけてくる。

 

「これは天界直通のエレベーターで、元々は天使用なの。ただ、イッセーくんに付きっきりでミカエル様への報告も特別に用意してもらった通信を通してやってた私はまだこれを使った事がなかったの。だから、実はちょっと楽しみだったのよ」

 

 何気に天界入りが初めてだというイリナからの説明で、僕は浮遊感の理由に納得した。遥か上空にある天界まで直通で移動しているという意味において、この移動手段は確かにエレベーターと呼ばれるべきだろう。やがて浮遊感がなくなると同時に、僕達は雲の上に出ていた。ただ見上げた空の色は青ではなく、白く輝いている事から通常とは異なる世界である事がハッキリと解る。そして、僕達の目の前にはエレベーターに通じる扉より更に巨大で荘厳な造りの門があった。あの地下室からほんの数秒程度でガラリと変化した光景を目の当たりにした事で、アーシアや子供達は呆気に取られているが、その驚きが治まる間もなく目の前の門がゆっくりと開いていく。

 

「ようこそ、天界へ。私達は兵藤親善大使を始めとする皆様のご来訪を心より歓迎します」

 

 開かれている門を背にしたシスター・グリゼルダが僕達への歓迎の言葉を述べてきた。

 

 ……この天界訪問が聖魔和合の完成に向けての新たな一歩となる。その大事な一歩でいきなり躓かない様に気をつけないといけないな。

 

 シスター・グリゼルダからの歓迎の言葉を受けて、僕は新たに気を引き締め直した。

 

 

 

Side:レイヴェル・フェニックス

 

 ……思えば、随分と遠い所までやってきたものですわ。

 

 俗に言う天国にあたる第三天で武藤神父や孤児院の子供達と別れた後、私達はストラーダ猊下とシスター・グリゼルダの案内でミカエル様を始めとする熾天使(セラフ)の方達がお待ちである第六天へと向かっている所です。右手でドゥン殿の手綱を引きながら左手でアウラさんと手を繋いでいる一誠様やその隣に寄り添っているイリナさんの後ろからアーシアさんとゼノヴィアさんの二人と一緒に天界の奥へと進んでいく中で、私は一誠様と出逢う前の自分と今の自分を比較していました。

 ソロモンの七十二柱に数えられる程の名門であるフェニックス家の令嬢として生まれた私は、貴族たる上級悪魔として相応しくあろうと日々努力していました。……一誠様と出逢った事で本当の自己研鑽とはどういったものなのかを目の当たりにした今となっては、それこそ恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいにお粗末なものでしたけど。そうしていつかは一人前の淑女(レディ)となって何処かの名家に名を連ねるお方へと嫁ぎ、そして名族たる純血悪魔の血を次代へと繋ぐという貴族としての義務を果たしていくのだろうと、漠然と思っていました。

 ……それが、今では三大勢力の和平と共存共栄を謳う聖魔和合の象徴である聖魔和合親善大使の補佐役を務めているのですから、未来は本当に解らないものです。しかも、その聖魔和合親善大使を務める事から魔王様の代務者に任じられたのは、私より一つだけ年上で悪魔勢力に所属してからまだ四ヶ月も経っていない一誠様。仮に少しだけ昔の私がこれらの事実を聞いたとしても、昔の私はきっとまともに話を聞こうとはしなかったでしょう。それだけ、ほんの二、三ヶ月前までは想像すらできない事でした。

 そして今、純血悪魔の貴族の一員である私がこうして天界の重要区域へと向かっている。この事実こそ、聖魔和合がけして建前などではない事の何よりの証です。でも、一誠様はここで終わりにする事はけしてなさらない筈。それどころか、今まで見た事のない新しい時代をこれからも作り上げていく事でしょう。私は、そんな一誠様のお側でずっとお手伝いをしていきたいのです。そうする事で一誠様との関係をより親密なものへと進めていき、ゆくゆくはイリナさんやエルレ様と同じ様に……。

 

 私が一誠様の背中を見つめながら将来の幸せを勝ち取る為に色々と策を講じていると、一誠様が突然私の方に振り向かれて私のおでこに軽くデコピンをしてきました。本当にコツンと軽く当てただけなので全然痛くはないのですけど、余りに意外な事を一誠様からされたという事で私が呆気に取られていると、一誠様が私を軽く叱り始めました。

 

「レイヴェル、天界で変な事を考えたら駄目だよ。今、もう少しで堕天防止装置が発動するところだったんだからね」

 

 ……あっ。

 

 昨日、天界に向かう際の注意事項として一誠様と一緒にイリナさんから受けた説明の内容を思い出した私は、顔が一気に熱くなりました。他の方から見たら、今の私の顔はきっと火が出そうなくらいに真っ赤な筈です。そんな私の様子が気になったのか、アーシアさんが堕天防止装置について一誠様に質問しました。

 

「イッセーさん。今イッセーさんが言った「堕天防止装置」とは何なのですか?」

 

 このアーシアさんの質問に対して、一誠様は優しく答えてくれました。……ですが、それは私にとってはある意味死刑宣告となるものなのです。

 

「僕も昨日イリナからさわりだけ教えてもらったばかりでまだ詳しくは知らないけど、簡単に言えば天界で余りに煩悩塗れな事を考えると、いわば天界式の魔方陣の様なものが発生して煩悩を抑制する様になっているんだ。それで今、レイヴェルの周りに天界の力が集まりつつあったから、レイヴェルの気を紛らせようと思って軽くデコピンしたんだよ」

 

 ……そう。つまり、私がここでよからぬ事を考えていた事が明らかとなってしまい、それをよりにもよって一誠様から説明されるなんて、もう恥ずかしくて堪りません。これならいっそ一誠様に厳しく叱って頂いた方が余程マシです。そうして私が余りの恥ずかしさに悶絶していると、アウラさんが私に一切の穢れのない澄んだ眼差しで私に問い掛けてきました。

 

「それでレイヴェル小母ちゃん。パパの背中をジッと見つめてボーっとしてたけど、一体どうしたの?」

 

 ……お願いですから、これ以上はもう勘弁して下さいませ。

 

 私が一誠様に対して煩悩塗れな事を考えていた事がアウラさんによって暴露されたも同然な事態に陥り、私はもう顔を上げられなくなってしまいました。すると、ゼノヴィアさんとイリナさんが助け船を出してくれました。

 

「アウラ、そこまでにしてやってくれ。これ以上は流石にレイヴェルが可哀想だ」

 

「ゼノヴィアの言う通りよ、アウラちゃん。女の子にはね、男の子に知られたくない事がいっぱいあるの。アウラちゃんだってそうでしょ?」

 

 お二人から窘められたアウラさんは、少し悩んでから自分の考えをイリナさんに伝えました。

 

「う~ん。……あたし、ママの言ってる事がまだ良く解らないけど、ミリキャス君やリシャール君にはあたしの恥ずかしい所を余り見られたくないって思うのと同じ事なの?」

 

「えぇ、その通りよ。アウラちゃんが今感じた事と同じ事をレイヴェルさんも感じているの。だから、これ以上は、ねっ?」

 

 イリナさんがアウラさんの感じ方が正しい事を伝えると同時にこれ以上の追及は止める様に促すと、アウラさんは納得したみたいでこれ以上は特に尋ねてはきませんでした。

 

 ……既にアウラさんのお母さんが板についているイリナさんには、こうした所においては到底敵いません。それはもう素直に認めるしかありません。尤も、だからと言って一誠様を諦める気は毛頭ありませんけど。

 

 そうして色々と恥ずかしい思いをしつつも私達は天界の中を進んでいき、ついに熾天使の方達がお待ちになられている施設に到着しました。シスター・グリゼルダは入口で待機していた門衛の天使の一人に熾天使の方達への取り次ぎを頼んでいます。こうして施設への立ち入り許可を頂くのを待っていると、ドゥン殿が感慨深げに話を始めました。

 

〈思えば、随分と不思議な事もあるものですな。まさかただの老いぼれた馬に過ぎない私が十字教の敬虔な信者であられたアーサー様を差し置いて天使の長であるミカエル様にお目通りする事になるとは、正直思いもよらなんだ。いつか私が天寿を全うしてアーサー様との再会が叶った暁には、せめてものお詫びとしてこの時の事をお話しせねばなりませんな〉

 

 確かにいかにアーサー王の愛馬とはいえ、通常であれば天界に入る事はまず叶いません。ですけど、アウラさんを通じてアーサー王の正統な後継者である一誠様と出逢い、アーサー王の語り部という新たな使命を示された恩に報いる為に一誠様の乗騎を務める事になった事で、こうして天界に入り、更には天使の長であるミカエル様に謁見する事になりました。

 ……一誠様と出逢った事で運命が大きく変わったという意味では、ドゥン殿は私と同じでした。ですので、先程まで考えていた事をそのまま話します。

 

「今こうしてこの場に立つ事になるとは思いもよらなかったのは、私もですわ。ほんの二、三ヶ月前まではけしてあり得ない、正に夢物語でしかありませんでしたもの」

 

「ドゥンやレイヴェルだけではないよ。それはこの場にいる全員が感じている事だ。ただ、思いもよらなかった事の中身については人それぞれだけどね」

 

 私の言葉に応じる形で一誠様が話に加わって来ましたけど、確かにその通りであると思いました。シスター・グリゼルダやストラーダ猊下も同じ事をお考えになられたみたいです。

 

「兵藤親善大使の仰せの通りですね。私も天界と冥界が本当の意味で和平を結ぶという事は夢想だにしていませんでしたし、こうして悪魔の方を天界の重要区域まで案内しているなど、少し前の私が聞けば即座に神罰を下そうとしていた事でしょう。未来とは本当に解らないものであると、最近は(とみ)に思います」

 

「私もこの歳になって初めて本当の意味で(ともがら)と呼べる者と刃を交えて心から満足すると同時に、もはや老い衰えていくのみの我が身を悔やむ事になった。私もまだまだ精進が足りぬという事だが、それ故にこの老骨にもまだ成長する余地がある事でもあり、それがとても面白いと思うのだよ。フェニックスの姫君」

 

 お二人のお言葉を聞いて、私は自分の世界がまた少し変わったのを感じました。今まではとても強くて恐ろしい敵でしかなかった筈のお二人ですが、こうして同じ様な思いを抱けるのであればけして解り合えない訳ではないのだと。一誠様のお側に居続ける限り、私の世界はきっとこれからも変わり続けていくのでしょう。ひょっとすると、この変化は純血悪魔あるいは貴族としては相応しくないのかもしれません。ですけど、私は変わっていく自分の事を忌避する事などもはやできそうもありませんし、しようとも思いません。

 

 何故なら、私は悪魔。一誠様と共にありたいという欲望に忠実たらんとする者であり、その為にならいくらでも変わっていきたいと心から思っているのですから。

 

 ……施設への立ち入り許可が下りて熾天使の方達にお会いできたのは、私が今の自分の在り方を確認し終えてから十分ほど後の事でした。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

世界が変われば、そこに住まう者もまた変わっていきます。ただし、その変わり方は人それぞれです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十五話 神の遺志を継ぐ者達

 ミカエルさんを始めとする熾天使(セラフ)との初顔合わせの為、僕達は今第六天にある施設の中を案内されていた。……と言っても、熾天使達の住まいであると同時に神が亡くなった今では天界の中枢機関となっている「ゼブル」ではない。もし天界を訪れたのが僕達だけであれば、「ゼブル」において儀礼に則った厳粛な形での初顔合わせが行われていたのだろうが、馬であるドゥンはそういう訳にはいかない。しかも禍の団(カオス・ブリゲード)を始めとする敵対勢力への備えと他の神話体系の勢力と話し合いの場を設ける必要性から「ゼブル」の内装を改装している事もあって、初顔合わせの場を別の施設で行う事になったのだ。そうして案内されたのが天界に属する聖獣・神獣の中でも特に秀でた者達が集められた牧場であり、放牧の形で聖獣や神獣が戯れている広大な敷地の中に立てられたログハウスであった。どうやら三大勢力共通の親善大使ではあるものの基本的には悪魔勢力の所属である僕に対して、少しでも心証を良くしようと積極的なアプローチを仕掛けているらしい。仕掛け人は、ほぼ間違いなくミカエルさんだろう。正直に言って余りに露骨過ぎて少々引き気味であるが、サーゼクスさんが変身した黒猫やドゥンを大変気に入っている事から解る様に実は相当な動物好きであるアウラが目の前の光景に目を輝かせてしまっているので、こちらからは何も文句を言えなくなってしまった。

 ただ、アウラのこの反応を見る限り、幻想種達の住まう幻界に一度アウラを連れて行くのもいいのかもしれない。その為の時間についても目処が既に立っている。日本神族への顔通しが終わったらグレモリー眷属とシトリー眷属の対戦が始まるまで少しだが時間の余裕が出来るからだ。……というよりは、そうなる様にレイヴェルがスケジュールを調整してくれた。そこで、それを利用して先代騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王の遺産の内、現在も所在不明であるロンゴミニアドやクレセント、あるいはアーサー王がマーリンにすら隠し場所を告げなかったマルミアドワーズの様にケルト神話に属する勢力の手から離れている物を回収しようと思っていたのだが、それを早めに片付ける事ができればアウラを伴っての幻界入りも十分可能だろう。

 ……これから天界における重要人物達の集う場所に向かうというのに、まるで現実逃避する様に全く別方向へと僕の思考が向いてしまっているのには訳がある。現在僕達を案内しているのが、本来ならその案内先で僕達を待っている筈の人物だからだ。ウェーブの掛かったブロンドの髪と女性としての美を突き詰めた様な美貌と肢体、そして背には六対十二枚の翼を持つその女性天使の名はガブリエル。天使長で天界のトップであるミカエルさんと並び称される四大熾天使の一人である。なお四大熾天使の一人から直接案内してもらっているという事実を前にした事で、十字教の敬虔な信者であるアーシアとゼノヴィアはどうも感激の余りに恍惚としているらしく、その結果として二人の歩き方が少々怪しくなっている様だ。そして、そうした二人の様子をアウラが時折心配そうに振り返って見ている。これらの何とも言えない光景を横目にしながら、僕は隣を歩くイリナにこっそりと尋ねてみた。

 

「イリナ。ガブリエル様はフットワークがかなり軽いみたいだけど……」

 

 ……ここだけの話、天界の重要人物としては少しばかり軽過ぎるんじゃないのか?

 

 僕がそう言いたいのを察したのか、イリナは少し声を抑えて答えてくれた。

 

「実は、私もガブリエル様に直接お会いするのはこれが初めてなの。一応ね、ガブリエル様を含めた熾天使の皆様のお人柄についてはミカエル様から一通りお聞きしていたんだけど、流石にここまでとは私も思ってなくて……」

 

 ……どうやらイリナもここまでとは思っていなかったらしく、声色から驚きの感情が滲み出ている。すると、僕のすぐ後ろをついて来ていたレイヴェルから少々意外な話が飛び出してきた。

 

「正直な話、敵対している相手にそれはどうなのかと以前は思っていたのですけど、実は天界一の美女という事でガブリエル様は駒王協定の締結前から冥界でも人気がおありだったのです。それで、セラフォルー様はガブリエル様の事をライバル視しているという噂がありまして……」

 

 ……ウン。レイヴェルの言いたい事はよく解る。それにイリナとは一度完全に決別する所まで行ってしまい、アウラがいなければ永遠に別れたままになっていた筈の僕としては、そこまでの決意と覚悟を固めたのは一体何だったんだと大声を上げて叫びたくなってしまう。それに最近になって駒王町に住む百地さんの元で修行する様になった方の事も思えば、首脳陣がカルいのは何も悪魔だけではないのかもしれない。

 何とも嫌な事実に気付いてしまった事で辟易しそうになる自分の気持ちをどうにか立て直し、僕達は目的地であるログハウスに到着した。ログハウスのテラスで複数の天使が飲み物を呑みながら談笑していた。その翼の数はいずれも六対十二枚。……全員が最高位の天使である熾天使だった。その中にいたミカエルさんがこちらに気付くと、席を立って歓迎の言葉を述べる。

 

「兵藤親善大使および冥界からの訪問団の方々、天界へようこそ。我々は貴方達のご訪問を心より歓迎します」

 

「ミカエル天使長。私を始めとする訪問団を温かくお迎え頂き、誠にありがとうございます」

 

 僕が皆を代表してミカエルさんに訪問団の歓迎に対する感謝の言葉を伝えると、ミカエルさんは穏やかな表情で言葉をかけてきた。

 

「いえ、貴方からは既に色々な贈り物を受け取っているのですから、これくらいは当然ですよ」

 

 天界への僕からの贈り物という言葉に、僕は先程ストラーダ司祭枢機卿にお渡ししたばかりのドゥリンダナを指していると思い、ミカエルさんに確認を取る。

 

「……先程、ストラーダ司祭枢機卿に直接お渡ししたドゥリンダナの事でしょうか?」

 

 すると、ミカエルさんから意外というべき答えが返ってきた。

 

「いえ、確かに貴方とイリナが龍天使(カンヘル)として祝福を与えたドゥリンダナもそうですが、それ以上にコカビエルが主の死を暴露した際に行ったという反論の言葉、それこそが我々にとって何よりも大きなものなのです。生命とは、いつかは消えゆく物であり、それは神であっても変わる事はない。しかし、その意志と願いは後に続く新たな生命へと受け継がれていく。それこそが未来永劫続いていく生命の正しい在り方であり、この世界に生命ある限り、そして受け継いだ意志や願いを忘れない限り、神の愛は永遠に世界と共に在り続ける」

 

 僕がコカビエル、というより実はアーシアに対してのものだった言葉をミカエルさんが自分の言葉に置き換えて言った後、ミカエルさんは一端言葉を切った。そして、今度は僕の言葉に対して自分が感じた事をまるで噛み締める様に話し始める。

 

「ゼノヴィアが教会から異端として追放される切っ掛けとなった報告書の一部始終を読んだ時、私は大きな衝撃を受けると共に一つの事を悟りました。……既に主はこの世界から去ってしまわれた。しかしその意志や願い、そして愛を我々が忘れる事なくこれから生まれ出る生命に語り継いでいく事で、主の教えもその教えに込められた愛も世界の中で生かし続けていく。それこそが我々遺された天使の為すべき新たな使命であると」

 

 ここでミカエルさんとは別の方が話に割り込んできた。

 

「今にして思えば、我々はお仕えするべき主を永遠に失ってしまった事で未来に対して心の何処かで諦めてしまっていたのだと思う。我々を導いて下さる筈の主がこの世界から去ってしまわれ、同胞たる天使が少しずつだが確実に減りつつある今、我々は一体何処へ向かえばいいのかと。その先の見えない我々の迷いを、貴殿の言葉が払拭してくれたのだ」

 

「申し訳ございませんが、お名前をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 突然話しかけられた事で少し混乱した僕は、仕切り直しの意味合いもあって割り込んできた方に名前を尋ねた。すると、その方は申し訳なさそうな表情を浮かべながら自己紹介を始める。

 

「いや、これは申し訳ない。如何に「神の炎」の名を背負っているとはいえ、少々熱くなり過ぎたか。確かに貴殿の言う通り、自己紹介が先だったな。私の名はウリエル。ミカエルやガブリエルと同じく熾天使に列する者だ」

 

「そうでしたか。これはとんだご無礼を」

 

 翼の枚数がミカエルさんやガブリエル様と同じだったので熾天使であるとは思っていたが、まさか四大熾天使の一人とは思わなかった僕はすぐに謝罪の言葉を述べた。すると、ウリエル様は僕の行いは無礼ではないとしてきた。

 

「いや、貴殿には何ら非はない。むしろ面識がないにも関わらず、名乗りもせずにいきなり話に割って入ってきた私の方こそ無礼であろう」

 

「ウリエル様。お心遣い、誠にありがとうございます」

 

 これ以上この話を長引かせてもお互いに利がないと判断した僕は、ウリエル様の言葉を素直に受け入れる。そこで、更に別の方が僕に声をかけてきた。

 

「上忍殿、半月ぶりでござる」

 

 ……駒王協定が締結されてまもなく、百地さんの元で修行する様になったメタトロン様だ。ただメタトロン様は流石に場を弁えており、その衣装は修行中に着る白の忍装束ではなくミカエルさんと同じ様なローブだ。僕は声をおかけになったメタトロン様に挨拶しようとすると、その前にミカエルさんが僕との面識がある事についてメタトロン様に確認を取る。

 

「メタトロン、貴方は兵藤親善大使と面識があったのですか? いえ、そちらも気になるのですが、上忍とは一体?」

 

「公言は差し控える様に頼まれていましたので今までは黙秘していたのでござるが、実は歴代の赤龍帝の中に伝説的なNINJAがおられるらしく、上忍殿もその方に師事して忍術を修めているとの事でござる。当然、NINJAとしてはまだまだ駆け出しに過ぎない拙者よりも遥かに格上であり、マスターも「人の知る事なくして、巧みなる者」として上忍と呼ぶに相応しい技量を持っているとお認めになられているのでござる」

 

 ……あぁ。だから、黙っていてほしかったのに。

 

 メタトロン様からの答えを聞いた事で興味津々と言わんばかりに集まってくる視線を前に、僕は内心溜息を吐きたくなった。何せ、一週間前にアウラとミリキャス君の顔合わせをした際に僕の昔の冒険譚を話した事があったが、その際に忍者の赤龍帝に師事して忍術を修めている事を話すと、ミリキャス君はもちろんだがそれ以上にサーゼクスさんが喰いついてきたのだ。そこで実際に手裏剣術や隠行術を披露してみせると、サーゼクスさんとミリキャス君は親子揃って大はしゃぎだった。この分では他の皆からも忍術を見せてほしいとか、忍者の赤龍帝に会わせて欲しいとか言われそうだと判断した僕は、現在は禍の団に新たに加わったというドラゴンに関する情報収集の為に潜入調査をしている忍者の赤龍帝の身の安全を考えて、サーゼクスさん達に忍者の赤龍帝の事や僕が忍術を修めている事を秘密にする様に頼んだ。……尤も、夏休みに入る前に百地さんの元を訪ねた際にメタトロン様と鉢合わせしてしまったので、黙秘をお願いしたもののそう長くは保たないだろうとは思っていたのだが。そして、やはり忍者というよりはNINJAに興味津々なミカエルさんはメタトロン様に忍者の赤龍帝について尋ねてきた。

 

「因みに、そのNINJAの赤龍帝の名前は?」

 

「残念ながら、NINJAとは本来己の名を他人に明かしたりはしないものらしく、拙者はおろかマスターでさえも教えては頂けなかったのでござる。ただ、生前は表の役職として出羽守を務めていたとだけ」

 

 ……このメタトロン様の答えでは俄仕込みの知識しか持たないであろう熾天使の方達は流石に解らなかったらしく、しきりに首を傾げている。そこで周りを見ると他の皆も大体は同じ様な反応だった。例外は、メタトロン様と非常によく似た容姿を持ちながらも特に興味がなさげな熾天使の方、そして主君である僕の家族という事で直に会って話もしているイリナとアウラだ。なお、メタトロン様に忍びの術を教授している百地さんは、流石に伊賀の本流に連なる一族の出だけあってこれだけのヒントで正解に辿り着いている。因みに、正解は戦国時代における関東の雄である北条家に仕えた風魔衆の頭領、風魔小太郎。その三代目である。

 やがていくら考えても解らない事で観念したミカエルさんは残念そうに溜息を吐いた。

 

「そうですか、少々残念ですが仕方ありませんね。では、メタトロン。今後も百地さんの元でNINJAの修行に励んで下さい」

 

「承知したでござる」

 

 メタトロン様が深く頷いたところで、ミカエルさんは他の熾天使の方の紹介を始める。

 

「少々脇道に逸れてしまいましたが、これから私とここまで案内してきたガブリエル、既に顔見知りであるメタトロン、そして今しがた自己紹介したウリエルを除いた他の熾天使の紹介をしましょう。まずはラファエル」

 

「初めまして、兵藤親善大使。私がラファエルです。一応、熾天使の中でもミカエルやガブリエル、ウリエルと合わせて四大熾天使などと呼ばれている者ですが、余り気にしないで下さい。何せ、ただでさえ気を配る必要があるのに更に上乗せしてしまうと、お互いに肩が凝って仕方がありませんからね」

 

 ミカエルさんに促されて自己紹介してきたラファエル様だが、どうも皮肉屋の一面があるらしく、最後の方で少しばかり皮肉を交えてきた。だから、こちらも笑顔と共に少しだけやり返す。

 

「仰る通りですね。凝ってしまう程に肩に力が入っている内は笑い話一つできません。そこで、まずはお互いに美味しい紅茶やコーヒーでも飲みながら軽く話をしてみませんか? そうすれば、少なくとも肩が凝る様な事はなくなると思うのですが」

 

 僕がそう言うと、ラファエル様は意外そうな表情を見せた後で口元をフッと緩めた。

 

「……ミカエルが貴方を気に入る訳ですね。えぇ、お互いの紹介が終わった後でそうしましょう」

 

 そう言って右手を差し出してきたラファエル様に応えて、僕はしっかりと握手を交わす。

 

「では、次にサンダルフォン、お願いします」

 

「親善大使殿、私の名はサンダルフォン。メタトロンの双子の弟だ。しかし、我が兄ながら何故にあれ程までにNINJAに拘るのか……」

 

 次にミカエルさんから紹介されたのは、メタトロン様の双子の兄弟として知られるサンダルフォン様だ。ただし、メタトロン様と違って忍者に対してそこまで興味を持っていないらしい。そうした常識的な反応に僕はホッと安堵の息を漏らしそうになったが、それも一瞬だけだった。

 

「どうせなら影働きしかできないNINJAなどではなく、大和魂を見事に体現したSAMURAIの修行をすればいいものを……」

 

 ……そっちですか!

 

 サンダルフォン様から飛び出してきた「侍」という言葉を前に、僕は頭を抱えたくなるのを必死に堪えた。何故に日本の外にいる人達はこうも日本というものを誤解してしまうのだろうか。しかも、どう見てもサンダルフォン様は支配階級としての「侍」ではなく、様々なジャンルで描かれた偶像としての「SAMURAI」に興味を持たれているとしか思えない。

 

 ……いっそ、サーゼクスさんに頼んで沖田さんに侍の実像を語ってもらった方がいいのだろうか?

 

 僕がサーゼクスさんに協力を求める事を本気で考え始めると、何かを察したのか、ミカエルさんは次の方を紹介してきた。

 

「先に進めましょう。ラグイル、ラジエル、サリエル、レミエル」

 

 ミカエルさんから名前を呼ばれると、まずは黒髪で顎先に少し髭を生やし、腰にラッパを携えた方が自己紹介を始めた。

 

「初めまして、俺がラグイルだ。役目は天使が堕ちない様に監視・監督する事。それと、もしその時が来ればコイツを吹く事も俺の役目だな」

 

 ラグイル様がそう言って腰に携えたラッパをポンと叩く。伝承の通りであれば、アレが世界の終末を告げるラッパなのだろう。すると、ラグイル様は口元を僅かに上げてニヒルな笑みを浮かべた。

 

「ただな、ぶっちゃけこんな重たいモノを俺なんかに持たせんなよって、いつも思っていたよ。何せコイツを俺が吹くって事は、この世に生きる全ての生命に死刑宣告する様なものだからな。そんなの、俺には重すぎてとても背負い切れるものじゃない。熾天使としちゃ、とても情けない話なんだけどな」

 

 明らかに自嘲混じりで自らの心情を語ったラグイル様は、ここでポリポリと頬を人差し指で掻き始めた。ここまで心情をさらけ出した事で、自分でも少し照れ臭くなったのだろう。

 

「だからな、俺は君に凄く感謝しているんだよ。こんな物騒なモノを吹く事がないようにしてくれたからな。これで後は、残った天使が堕っこちないように気を配るだけさ。これがまた大変なんだけどな」

 

 最後にニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ラグイル様は右手を差し出してきた。僕はそれに応えて右手で固く握手を交わす。

 

「ラグイル様のラッパが永遠に吹かれる事のないよう、聖魔和合の完成に全力を尽くします」

 

「頼むぜ、ピースメーカー」

 

 ラグイル様との握手が終わると、次は金髪を肩まで伸ばし、右手に一冊の本を持った方が自己紹介を始めた。

 

「お初にお目にかかります。私はラジエル。かつては主のお側で天界と地上のあらゆる物事を見聞きし、それらをこの本に記していた者です」

 

 ラジエル様はそう言って手に持っていた本を無造作に見せてきたが、僕はこの場に魔術師やそれに類する者がいなくて本当によかったと心の底から思った。何故なら、この本こそが世界の摂理や魔術、更には神の奇跡といったこの世界における全ての事柄について記された至高の書物「セファー・ラジエル」だからだ。人類の祖アダムに始まり、エノク、ノア、そしてソロモン王の手に渡り、読んだ者に大いなる知識を齎したというこの書物は僅かでも魔術の心得がある者にとっては喉から手が出る程欲しい逸品であり、手に入れる為ならたとえ相手が熾天使であっても形振り構わず襲いかかるのは間違いなかった。

 ただ、ラジエル様は自らの著書に対して余り価値を見出だしていない様だ。その手にある書物を見る目には、明らかに落胆の色が含まれていた。

「ですが、主が去ってしまわれた事で私の見聞きできる範囲が著しく狭まってしまい、それに伴ってこの本に記す内容にも徐々に不足が生じるようになりました。……誤解を恐れずにあえて申し上げれば、この不足分を補うという意味で聖魔和合は私にとって非常に好都合なのです。ですから、私は聖魔和合を歓迎します」

 

 そう語るラジエル様ではあったが、どうもその本心は別の所にありそうだ。「私の見聞きできる範囲が著しく狭まってしまい」と口にした時、一瞬ではあったが確かに唇を噛み締めていたからだ。まるで、その事実を激しく悔やむかの様に。

 

 ……これ以上の言及は避けるべきだな。

 

 そう判断した僕は、先程の言葉をあえて額面通りに受け取ってみせる事で話を切り上げた。

 

「セファー・ラジエルを始めとする天界の知識と冥界の技術が交われば、天界と冥界の共存共栄へと大きく前進する事でしょう。残念ながら、私にそこまでの権限は与えられておりませんが、知識と技術の更なる交流に関する話を冥界に持ち帰る事はお約束させて頂きます」

 

「……ご協力、感謝します」

 

 最後にラジエル様と握手を交わした所で、次に声をかけてきたのは艶のない銀髪で何処か表情の乏しい方だった。

 

「私の名は……」

 

 しかし、ここで異変が起きた。瞳が赤く光ったかと思えば次第に点滅し始めたのだ。突然の事態を前に、初対面である僕達はおろか面識がある筈のシスター・グリゼルダやストラーダ司祭枢機卿でさえも驚きを隠せない。その一方で、ミカエルさん達は明らかに「しまった」という焦りの表情を浮かべていた。

 

「ムッ、いかんな。この様な時に目の調子が……」

 

 そして瞳から赤い光を点滅させている当の本人は、そう言って右手で目を押さえると光力を使用し始めた。しばらくすると治まったのか、目から右手を離すと改めて自己紹介を始める。

 

「先程は見苦しい所をお見せしてしまい、失礼しました。私の名はサリエル。死したる後の人の子の魂の監視と悪に堕ちた天使への処罰、そして月の運行の管理を行う者です」

 

 余りにも感情が感じられないサリエル様の声に、アウラは少し怖くなったのか、側にいるイリナの手をギュッと握ってしまった。僕は先程の出来事について説明を求める。サリエル様にとっては不快であろうが、もしこちらに害を齎すものであれば、それを放っておく訳にはいかないからだ。

 

「サリエル様、先程の事についてですが……」

 

 すると、サリエル様は表情一つ変えずに極めて冷静に答えてきた。

 

「それについてですが、私の邪視が暴発する前兆です」

 

「邪視が暴発する前兆、ですか?」

 

 余りにも信じられない言葉が飛び出した為に僕は重ねて質問してしまったのだか、サリエル様は大して気にもせずに淡々と説明を始める。

 

「はい。聖書を始めとする伝承にもあるように、私の瞳には一瞥で相手を様々な形で害する事のできる邪視の力が宿っています。しかし主が亡くなられて以来、調子が悪いと私の制御を離れて邪視の力が暴発するようになったのです。それでも最初は十年に一度あるかどうかだったのですが次第に頻度が増していき、ここ最近では一日に一度は必ず起こる様になってしまいました」

 

「それで、先程の赤い光の点滅は邪視が暴発する前兆という事ですか」

 

 ……先程何が起こったのか、それは理解できた。しかし、それで納得できるかと言えば、答えは否だ。だから、言うべき事ははっきりと言わせてもらう。

 

「サリエル様、失礼を承知で申し上げます。その様な状態で他勢力の外交官にお会いになるのは、些か軽率ではありませんか?」

 

 ある意味でギャスパー君のあり得た可能性であるサリエル様に苦言を申し上げても、サリエル様は表情一つ変えずに淡々と釈明しようとしてきた。

 

「私もそう思い、実際に辞退しようとしたのですが……」

 

「それについては、私が説明しましょう。実はサリエルの欠席が決まりかけた所で、サリエルも熾天使である以上、同様にこの場に立ち会わせるべきだと下からかなり強い突き上げがあったのです。サリエルの欠席を強行するべきか悩みましたが、これによって上下の間に少なからず溝を作る訳にもいかなかったので結局は押し切られる形になりました」

 

 ……不味い。それでは天界や教会に少なからずいる筈の強硬派にこうした手段が有効である事を確信させてしまう。

 

 ミカエルさんの事情説明を聞き終えた僕は、ミカエルさん達の判断が最終的に悪手となる事を悟ったが、それと同時に気になる事がある。……あるのだが、それは今ここで言うべきことではなかった。何より三大勢力共通ではあるがあくまで外交官である以上、僕がその事に意見を出すのは明らかに越権行為になる。

 

 ……後でイリナに話をしておくか。それでミカエルさんに伝わる筈だ。

 

 内心でサリエル様の件の裏に蠢いているモノにどう対処するのかを考えながら、僕はこの件を不問とする代わりに早急に対処する様に求めた。不問とする事で話がこじれる事を狙った相手に肩透かしを加える一方で、問題の対処を強く求める事で冥界側は弱腰だと様々な所から言われない様にする為だ。

 

「そういう事情であるのでしたら、今回は不問と致しましょう。その代わりという訳ではありませんが、サリエル様の邪視の件については早急な対処をお願いします」

 

「えぇ。今は亡き主の御名においてお約束しましょう」

 

 ミカエルさんから早急に対処するという言質を取った僕は、右手をサリエル様に差し出した。サリエル様は表情こそ変わっていないものの、自分に差し出された僕の右手にやや困惑している様だ。

 

「よろしいのですか?」

 

「こちらは事情を承知の上で不問としたのです。それならやるべき事は変わりませんし、何より今は邪視の力も落ち着いているのでしょう?」

 

 僕がそう言うと、サリエル様の張り詰めた雰囲気が若干緩やかになった。尤も、その表情は一切変わってはいないのだが。

 

「……貴殿は変わった男だな」

 

 言葉遣いを変えたサリエル様は、そう言った後で手を差し出して僕と握手を交わす。そして握手が終わるとすぐに一歩引いて、レイヴェルとそう変わらないくらいに小柄な方に視線を向けた。まるで「さっさとやれ」と言わんばかりのサリエル様の態度に、その方はプリプリ怒りながら僕達の前に出てくる。

 

「全く。あんな視線をぶつけてくるなんて、サリエルは本当に失礼だな。ボクを一体何だと思っているんだ」

 

 最後の方は僕達の前に出ると、その瞬間まで怒っていたのが嘘の様に笑顔で自己紹介を始めた。

 

「やぁやぁ、初めまして。ボクはレミエル。主がご健在だった時は幻視の力で人の子に神託を伝えるのが仕事だったけど、主がいなくなった今となってはやる事がなくて執務室(へや)でゴロゴロしているただの穀潰し(プータロー)さ。……ホント、自分で言うのも何だけど、どうしてボクはグータラな生活してるのに堕天しないどころか熾天使のままでいられるんだろうね? 我が事ながら、それが不思議で仕方ないよ」

 

 ……最後の最後に物凄く濃い方が来たなぁ。

 

 レミエル様に対して僕が真っ先に思った事がそれだった。それに一つだけ確認したい事があったので早速尋ねてみる。

 

「レミエル様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「いいよ、キミの質問に快く答えてあげよう。それどころか、一つと言わずにドンドン訊いてくれたまえ」

 

 何とも気前の良い返事を受けて、僕はそれならと遠慮なくたずねた。

 

「では、レミエル様は「神の雷霆」という意味であるラミエルという別の名前でも有名ですが……」

 

 一体どういう事なのでしょうか?

 

 僕はそう続けようとしたが、その前にレミエル様が不機嫌そうな表情を浮かべながら答えてきた。

 

「あぁ、それ。それはボクの双子の弟の名前さ。その割には筋肉モリモリでボクよりずっとデッカイし、頭の方はガッチガチの石頭だし、主がご健在だった時にボクが仕事の合間に遊んでいると、いつも小言をガミガミガミガミと……」

 

 双子の弟だというラミエル様に対する愚痴を思いっきり零した後、レミエル様は心底不思議そうに首を傾げた。

 

「それなのにさ、何で下心丸出しな人の子に引っ掛かってバカやらかしたアホのアザゼルに釣られて一緒に堕っこちたんだか。しかもその後はアザゼル達からも離れるわ、孤高の旅人を気取って流離いのニートをやってるわで、もうやりたい放題らしいんだよね。いやそこはどう考えてもボクとラミエルのポジションは逆だろうってボクは思う訳なんだけど、キミはどう思う?」

 

 いや、そこで「どう思う?」と僕に訊かれても……。

 

 答え終えた後のレミエル様からの思いもよらない問い掛けに対してどう返したらいいのか、僕は判断に困ってしまった。

 ……ただ、解ってしまった事が一つある。それは三大勢力の共通事項としてトップに変人が多いという事だ。それだけに今後は物凄く苦労する事になりそうで、まだ十代なのに胃痛に苦しむ自分の未来の姿を幻視した僕はただただ無性に泣きたくなった。

 

 一体、どうしてこんな事になってしまったんだろうか?

 




いかがだったでしょうか?

原作は悪魔サイドの物語なので、天界サイドのキャラについては殆どが名前を準拠させただけのオリジナルとなってしまいました。どうかご了承ください。

……なお、今話の影のタイトルは「ミカエルさんとゆかいなセラフたち」です。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十六話 天界の一誠

Side:アーシア・アルジェント

 

「……これが、先程のお話にあった」

 

「そうです。彼女が聖剣計画における最後の生存者です。ただ……」

 

「人体実験の最中に宿していた結界型の神器(セイクリット・ギア)が暴走の形で発現、如何なる外的干渉を退けている一方で彼女自身は仮死状態に陥っているとの事でしたが」

 

「えぇ。そこで相談なのですが、あのアザゼルをして「神器研究に関しては自分と対等」とまで言わしめた貴方であれば、この状態をどうにかできるのではありませんか?」

 

 ……今、ミカエル様が私達の目の前で強固な結界に包まれて眠っている女の子についてイッセーさんに相談なさっています。女の子の歳ははやてさんより少し年上くらいですけど、先程ミカエル様からお伺いした話では眠り始めた四年程前から体が全く成長していないらしく、本来であれば私達と同い年くらいであろうとの事でした。

 そもそも何故この様な事になっているのかというと、ミカエル様からこの方についての話があったからです。具体的には、ミカエル様が他の熾天使(セラフ)の皆様を紹介し終えてからイッセーさんが私達を熾天使の皆様に紹介しました。それが終わってからドゥンさんの天界への立ち入り許可を頂いたんですけど、その後でイッセーさんがラファエル様に持ち掛けた通りにお茶を呑みながら軽くお話することになりました。その際、天界を訪れる前にイッセーさんがストラーダ猊下に贈ったドゥリンダナの事やその後で行われた手合わせについて猊下自らがお話しになると熾天使の皆様が感嘆の声を上げたり、アーサー王の愛馬であるドゥンさんがこの場にいるという事でイッセーさんが騎乗して軽く牧場の中を走らせたり、それを見た牧場の動物達がイッセーさんの元へ一目散に集まってくると「撫でて」と言わんばかりに頭を差し出してきたり、それを見た動物好きのアウラちゃんが「パパ、ずるい!」と言ってそのままその中へ駆け込んでいってイッセーさんと一緒に動物達を撫でてあげたりするなど、穏やかながらも楽しい時間を過ごしました。

 そうして熾天使様達の前という事で緊張していた私達から程良く力が抜けた所で、ミカエル様がこの方について話を始めたんです。

 

 実は聖剣計画の生存者があと一人いる、と。

 

 それを聞いたイッセーさんが事の詳細について尋ねると、百聞は一見に如かずという事で天界の研究施設が集まっているという第五天にある医療関係の研究施設へと向かう事になり、今はこうして祐斗さんや瑞貴さん、薫さん、カノンさんと同じ聖剣計画の生き残りの方の前に立っているという訳です。

 因みに、難しい話になりそうだという事でアウラちゃんはドゥンさんの背中に乗って一足先に武藤神父や孤児院の皆さんのいる第三天へと向かっています。それには「念の為、拙者も同行するでござる」という事で少し前からイッセーさんと面識のあったメタトロン様も同行していますから、何かあってもすぐに対処してくれる筈です。

 こうしてミカエル様からご相談を受けたイッセーさんですけど、少し険しい顔をしています。

 

「その様なお話が予めあったのならともかく、この場での申し出に対して私が個人の判断で応じるのは親善大使という外交官の職権を完全に超えています。それに駒王協定を締結した今であれば、神器の専門家集団といえる神の子を見張る者(グリゴリ)に協力を要請できるのではありませんか?」

 

 ……そう言えば、そうでした。イッセーさんは色々な事ができるのでつい忘れてしまいますけど、そもそもは聖魔和合親善大使、つまり天界と冥界の友好を深める事を目的とした外交官であって、相手の勢力からの要請に対する決定権を持っていません。……という事を、夏休みに入る前にイッセーさん本人から教えて頂きました。なので、まずはアザゼル先生達の協力を求めるべきではとイッセーさんはミカエル様に伝えたんですけど、ミカエル様は悔しそうな表情を浮かべながら実情をお話し下されました。

 

「……実は、神の子を見張る者への協力要請は駒王協定の締結から間もなく行っています。ですが、彼女はここ最近になってどうも少しずつですが衰弱してきている様なのです。「結界の副次的効果による肉体の現状維持が限界に達しつつあるのではないか」というのが研究者達の見解でして、天界において最も医療に通じ、また癒しにも秀でているラファエルが彼女の容体を確認したところ、結界越しの視診なので断言はできないものの、このままではもって二ヶ月、早ければ半月で力尽きるだろうとの事でした。しかし、まだ冥界との協調体制への移行が十分でない為に現状では彼等の受け入れを始めとして様々な所で調整が必要となり、堕天使の技術者達が彼女の状態を確認できるところまで持っていくだけでもかなりの時間が必要となります。そこから更に対策を講じていくとなると……」

 

「このままでは、堕天使側の技術者による対処が間に合わない。そういう事でよろしいでしょうか?」

 

「えぇ。せめて彼女に我々の力が届く様になれば、消耗した彼女の生命力をある程度は回復できますし、それによってアザゼル達が処置を開始するまで持ち堪える事もできるのですが……」

 

 イッセーさんとミカエル様が共に険しい表情を浮かべながら話し合っているのを見る限り、状況は相当に悪いみたいです。しかも生命力が失われているのであれば、怪我を始めとする損傷を癒す事に特化している為に体力を回復できない私の聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)では力にはなれません。むしろ、この方の場合は傷以外に体力も回復させられる会長さんの治癒の()(どう)(りき)の方が適しています。

 

「ところで、バルパー・ガリレイ達が彼女に施した処置の内容は解っているのでしょうか?」

 

 ここでイッセーさんがミカエル様に別の視点から尋ねると、側にいたラファエル様が代わりに答えてきました。ラファエル様は癒しの力を得意としている事から、天界における医療関係のトップをお勤めになられているとの事です。

 

「バルパー追放の際に施設内の捜索も行われましたが、彼女と共に人体実験の詳細なデータも発見されましてね。それによると、彼女を含めた被験者達には数多くの薬品が大量に投与されており、その中には通常であれば少量で死に至るという劇薬の類もかなり含まれていました。しかも、そうした処置を施す事で生存本能を刺激して聖剣使いの素質を強制的に目覚めさせようとしたらしく、データの中には劇薬を投与されてから死に至るまでの観察記録の類まで残っていましたよ。熾天使の私が言うのも何なのですが、これなら契約内容の裏を掻く様な真似はしても契約そのものに対しては誠実である一般的な悪魔の方が余程マシというものです」

 

 ……既に亡くなられていますけど、天使様の頂点のお一人であるラファエル様に「悪魔の方が余程マシ」と言われてしまうバルパー・ガリレイさんって一体……。

 

 ラファエル様の辛辣この上ないお言葉に、私は何とも言えない気持ちになってしまいました。一方、ラファエル様のご説明を聞き終えたイッセーさんは口元に手を当てると、そのまま動かなくなってしまいました。イッセーさんがこうした仕草をとると、余りの集中力に周りの声が完全に聞こえなくなってしまいます。でも、その代わり……。

 

「……これならいけるか」

 

 口元に手を当てていたイッセーさんがポツリとそう言うと、さっそく自分の考えをミカエル様に話し始めました。

 

「ミカエル天使長。彼女の生命力を回復させる事なら、今この場での処置が十分可能でしょう」

 

「本当ですか?」

 

 余りに短時間で解決案を出して来たイッセーさんにミカエル様は驚きの表情で確認を取って来ました。すると、イッセーさんは力強く頷きました。

 

「はい。……アリス、オーフィスとの戦いにおける最終局面で使用した「透過」の力は今の状態でも使えるね?」

 

『えぇ、大丈夫よ。イッセーも知っての通り、ドライグの力を受け取る事で赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の能力を発動させている皆と違って、わたしの場合は自分の力で能力を発動させているの。だから、わたしだけはドライグが眠っている今でも倍加や譲渡、それに「透過」の力を使う事ができるし、わたしが「透過」を発動してそのまま譲渡すれば譲渡した相手がこの子の結界をすり抜ける事も可能よ』

 

 イッセーさんが自分の神器の中にいるアリスさんにあらゆる力をすり抜ける「透過」の力を今の状況でも使える事を確認した所で、ミカエル様は納得の表情を浮かべました。

 

「成る程、あのオーフィスの強烈なオーラをもすり抜けられるのであれば……!」

 

「はい。後は彼女の生命力を回復させれば当座は凌げますし、実際に対処する方によってはそのまま投与された薬品類の解毒処置も可能でしょう」

 

 ……そうなんです。何か問題があった時に深く考え込む仕草をとった後のイッセーさんは、必ずといってもいいくらいに解決策を出してくれるんです。そして、今回もやっぱりそうなりました。でも、イッセーさんはここで改めて自分がこの場で直接処置する事はできないと言ってきました。

 

「ただ先程も申し上げた様に、私が今ここでそちらの要請を引き受けて直接処置を行う事は明らかに越権行為となります。そこでまずは一度冥界に連絡を取り、悪魔と堕天使の両陣営から協力の許可を頂きます。その後は天界の専門家の方に「透過」を譲渡する事になりますが……」

 

「では、私が兵藤親善大使から「透過」を受け取って彼女の治療を行いましょう。これでも癒しに関しては天界一であると自負していますが、彼女に対しては手を(こまね)いていましたからね。ここは兵藤親善大使の力をお借りして名誉挽回と参りましょう」

 

 どうして、許可を取った後でもイッセーさんが直接手を出してはいけないのでしょうか? カテレアさんの時は魂の中枢が失われていた事で駄目でしたけど、イッセーさんは水の高等精霊魔法で怪我の治療や体力回復はおろか、解毒や解呪といった事まで一度に行える総合回復魔法のトータルヒーリングが使えます。自分に「透過」を使ってからトータルヒーリングで治してしまえば、それで全てが一気に解決するのに。

 

 ……私がそう思っていると、側にいたレイヴェルさんがこっそり私に耳打ちしました。

 

「アーシアさん。先程から一誠様が何度も仰っていますけど、いくら「できるから」「人助けだから」と言って通すべき筋を通さずに勝手に行動してはいけませんわ。それではかえって自分も相手も不幸にしてしまいます」

 

 ……レイヴェルさんが何を言っているのか、すぐに解りませんでした。でも、ここは天界で龍天使(カンヘル)であるイリナさん以外はあくまで冥界からのお客さんでしかない事を思い出した時、私が今思った事は余計なお節介になりかねない事に気付きました。そして、イッセーさんもレイヴェルさんもこんな風に周りをよく見て考えてから行動しているという事も。傷付いた誰かが目の前にいると、考える前に駆け付けて傷を治してしまう私にはちょっとできそうにありません。まして、もっと色々な事を考えなければいけない政治や外交なんて絶対に無理だと思います。だから、グレモリー眷属からイッセーさんの元へ交換(トレード)されるのが私じゃなくてギャスパーさんなんですね。それが、ちょっと悔しいです。

 私が自分の不甲斐無さを嘆いている間に、イッセーさんがミカエル様の許可を頂いて冥界にいるセラフォルー様に連絡を取り始めました。ここで事情を説明した上で冥界と天界の友好を示す為に悪魔陣営の所属である自分も協力した方が良いという考えを伝えると、ちょうどアザゼル先生と通信用のモニター越しで外交関係の話をしていたらしく、そこで事情を知ったアザゼル先生も「だったら、こっちが実際に動ける様になるまでの時間稼ぎって事で頼むぜ」という事でセラフォルー様と一緒にイッセーさんの協力許可を出してくれました。これで動ける様になったイッセーさんは早速黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を発現させると、そこから『Penetrate!! Transfer!!』という音声がアリスさんの声で出ました。これでアリスさんが発動した「透過」の力がラファエル様に譲渡された事になります。それを確認したラファエル様は早速聖剣計画の生き残りの方に手を伸ばします。今まではここで結界に遮られて触れる事ができなかったと聞いていたんですけど、ラファエル様の伸ばした手は結界によって遮られる事なく生き残りの方に届きました。そうして生き残りの方の状態を確認したラファエル様はホッと安堵の息を吐きます。

 

「……ようやく彼女の状態を直接確認する事ができました。この分なら、生命力の回復と解毒処置をこの場で行えそうです。ただ流石に仮死状態の要因の一つに神器がある以上、この場で彼女の意識を戻すところまでは無理そうですね。ここで強引に結界を解除しようとしてかえって悪影響を齎しても困りますし、時間制限がなくなった事でアザゼル達を待つ余裕もできましたから、結界の解除についてはアザゼル達と共に腰を据えて取り組んだ方が良いでしょう」

 

 このラファエル様の言葉に、私も含めた皆がホッと安堵の息を吐きました。そうしてラファエル様はご自身の癒しの力を生き残りの方に十分くらい注いだ後、イッセーさんの方を向いて感謝の気持ちを伝えてきました。

 

「兵藤親善大使、貴方のご協力と()()()()に心から感謝します」

 

 ……お心遣い? どうして、ここでそんな言葉が出てくるんでしょうか?

 

 私がそんな風に疑問に思っていると、ゼノヴィアさんも同じ様に首を傾げています。たぶん私と同じ事を思ったんでしょう。すると、イッセーさんもラファエル様への感謝の言葉を言い始めました。

 

「いえ、こちらこそ私事ながら私の親友の()()を救って頂き、誠にありがとうございます。……と、まぁつまりは持ちつ持たれつという事で」

 

「それもそうですね」

 

 イッセーさんもラファエル様もフッと笑みを浮かべながら言葉を交わしていますが、私もゼノヴィアさんも何故この様なやり取りをお二人がしているのか、さっぱり解りません。そこでイリナさんの方を向くと、レイヴェルさんと少し言葉を交わした後、ホッと安堵の息を吐いていました。まるで、レイヴェルさんと答え合わせをして、自分の答えがちゃんと合っていた事に安心したみたいに。

 ……因みに、この日の予定を全て消化した後で私達に用意された部屋に入ってからレイヴェルさんに確認を取ったところ、イッセーさんはラファエル様に花を持たせたのだそうです。もしあの場で自分が全てを解決してしまうと、今まで手を拱いていたラファエル様の評価が著しく下がってしまう上に天界全体からの心証もけしてよいものにはならない。だから、自分はあくまで結界をすり抜ける為のサポートに徹し、ラファエル様に聖剣計画の生き残りの方の治療をお任せする事でラファエル様を主役とする。イッセーさんはそう考えて行動し、一方でラファエル様はそんなイッセーさんの心遣いにお気づきになられた。だから、ラファエル様は「透過」による協力だけでなく気を遣ってくれた事に対する感謝も一緒に伝えたのだそうです。そして、その事にその場で理解したのがレイヴェルさんでイリナさんは少し自信がなくてレイヴェルさんに確認を取ったところ、それで合っていたので安心したとの事でした。

 

 イッセーさんについていくって実はとっても大変な事なんだと、私はこの時に改めて思いました。でも、だからといって、イッセーさんの力になる事を諦めるつもりはありません。

 

 私のいるべき場所で、私なりのやり方で、私にできる精一杯の力で。

 

 ……それが、あのオーフィスさんとの戦いで私が学んだ、私にできる全てですから。

 

Side end

 

 

 

 天界の研究施設が集まっている第五天において祐斗の家族と呼ぶべき聖剣計画の最後の生存者と対面し、衰弱しつつあるという彼女への緊急処置に協力した後、僕達は礼司さん達のいる第三天へと向かっていた。俗に言う天国であるここには生まれつき持っている力による呪いに蝕まれた子供達の為の施設があり、礼司さんも駒王町に左遷される一年程前までは時折ここに来ては古式の悪魔祓い(エクソシズム)を用いて治療していたのだという。今回、礼司さんが引き取った子供達を連れて天界に入ったのは、こうした施設の子供達と交流する事でお互いにもっと世界の広さを感じてほしいという願いがあったからだ。そして、まずはまだ冥界への悪感情が薄いであろう子供達と親睦を深めていく事で天界全体が抱いている冥界への悪感情を少しずつでも緩和していく。それもまた聖魔和合親善大使としての大事な務めだった。

 

「これでようやく親善大使らしい事ができるかな?」

 

 俗に言うエデンの園である第四天をほぼ素通りして第三天に到着した所でついついこの様な言葉が僕の口を突いて出てしまったのは、堕天使領で僕がやった事の殆どがどう考えても親善大使のやる事ではなかったからだ。結界鋲(メガ・シールド)の強化計画やヴリトラ系神器の統合処置を始めとして、悪魔・堕天使双方の技術交流に武闘派の不満解消の為の喧嘩祭と、やった事が親善大使の枠から明らかに逸脱していると自分でも思う。一応、神の子を見張る者が保護した神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)の中でも特に幼い子供達と触れ合う事もやっているので、親善大使としての仕事もしっかりとこなしているとは思うのだが……。

 ここで、イリナが僕の口を突いて出てきた言葉に反応してきた。

 

「確かに、イッセーくんって神の子を見張る者の本部で本当に色々な事をしていたわね。ただその割には、ちょっと無茶な事までやっちゃったけど」

 

 ……イリナが何の事を言っているのか、思いっきり心当たりのある僕はイリナにある事を確認した。

 

「ねぇ、イリナ。……ひょっとして、まだ怒っている?」

 

「怒ってないって言えば、嘘になっちゃうわね。でも、その日の内に言うべき事はちゃんと言ったし、イッセーくんもちゃんと反省してくれた。だから、イッセーくんが思っている程には怒ってないわよ」

 

 イリナが可愛く笑みを浮かべながらそう答えたのを受けて、僕はホッと安堵の息を吐いた。……こう見えて、怒っている時のイリナはとても怖い。サーゼクスさんが「怒っている時のグレイフィアにはとても敵わない」とよく語ってくるのだが、その気持ちが良く解る。男はいつだって怒った女性には勝てないし、それが愛する女性であれば尚更だ。

 僕が世の真理を一つ悟っていると、第六天の時と同様に第三天でも案内を買って出た方が少々間延びした様な声で微笑みながら話しかけてきた。

 

「フムフム、成る程成る程。確かにミカエル様から伺っていた通り、親善大使とイリナちゃんは恋人を通り越して完全に夫婦ですねぇ。こうなると、例の研究を急いで頂いた方が良さそうですけど……」

 

 ……そう。天界における僕の上司であるガブリエル様だ。何でも様々な場面で顔を合わせる事になる僕の事をよく知っておきたいらしく、自ら案内するのもその一環との事。後は、先程の聖剣計画の生き残りとは違ってこちらの方は最初から話が通っているので、もし子供達の状態を実際に見てその場で処置ができそうな場合は僕が直接処置する事ができる。ガブリエル様はその監視人といったところだろう。ただ、少々気になる言葉がガブリエル様から出てきた。

 

「例の研究?」

 

「それについては完成するまで内緒という事でお願いしますね。こちらも親善大使に驚かされっぱなしでは少々面白くないという事で」

 

 僕が「例の研究」について尋ねても、カブリエル様はウインクしながら答えを誤魔化してしまった。これ以上は何も出て来ないと判断した僕は「例の研究」の内容がとても気になるものの、ここで追求を打ち切った。

 

「承知しました。では、お教え頂けるまでの楽しみとさせて頂きます」

 

 そうして更に歩いて行く事、およそ三十分。天界にも一応時間の概念はあるらしく、次第に辺りが暗くなってきた。夕暮れ時といったところだろうか。

 

「……そろそろですね」

 

 案内をしてくれているガブリエル様がそう仰ると、やがて薫君を筆頭とする孤児院の子供達、……そして、車椅子に座ったり、白い杖を手にしていたりと、様々な形で障害を持っていると思われる子供達が先行していたアウラとドゥンを囲む形で楽しくおしゃべりしている光景が見えてきた。

 

「親善大使。あそこで武藤礼司神父と孤児院の子供達と一緒にいるのが、天界の施設で保護している子供達です」

 

 ガブリエル様からそう説明を受けた僕は、第一印象を正直に告げる。

 

「正直な所、天界の子供達はもっと暗い顔をしていると思っていたのですが、想像以上に明るい顔でホッとしました」

 

 ……実際に子供達の顔を見るまで僕がその様に想像してしまうくらいに、あの子供達は生まれた時からとても重い物を背負わされていた。それでもあぁして他の人と笑顔で話ができているのは、きっと子供達が自分の身に降りかかった事と正面から向き合ってきたからだろう。僕がそう結論付けたところで、ガブリエル様が話しかけてきた。

 

「……巡り合わせが一つ違っていれば、親善大使のご想像の通りだったかもしれませんね」

 

 表情を穏和なものから何処か憂いを感じさせるものへと変えたガブリエル様の言葉に、僕はどういう事なのかを尋ねようとした。しかし、その前に僕達に同行していたシスター・グリゼルダが話に加わってきた。

 

「ですが、あの子達にはある青年と神父様がついていました。外に出られない子供達に美味しい物を食べさせてやりたい。ただそれだけの為に世界中の美味しい物を食べ歩き、それを独自に研究して実際に作ってしまう教会一の優し過ぎる青年と、子供の命を守る為ならまつろわぬ神にだって立ち向かってしまう様な、そんなとても強くてとても優しい神父様が」

 

 そう語るシスター・グリゼルダの何処か眩しい物を見る様な視線の先には、優しい表情で子供達の世話をしている礼司さんがいた。シスター・グリゼルダはひょっとして……?

 

「さて、親善大使。ここからは貴方の出番ですよ」

 

 僕がシスター・グリゼルダについて少し考えているとそれを察したのか、ガブリエル様が僕に本来の役目を果たす様に促してきた。ただ、確かにガブリエル様の仰る通りなので、僕はその言葉に素直に応じる。

 

「確かに、ガブリエル様の仰せの通りですね。では、早速参りましょう。イリナ、レイヴェル」

 

「えぇ」

 

「承知致しましたわ」

 

 僕の呼び掛けにイリナとレイヴェルが応えたので、僕達はこのまま子供達の元へと向かう。

 

 ……重いものを背負わされた子供達の負担を少しでも軽くし、その笑顔に更なる明るさを齎す為に。

 

 

 

Interlude

 

 一誠達が第三天に向かっている最中、先程一誠達との初顔合わせを行った牧場のログハウスへと戻って一息ついていたミカエルの元に一人の青年が訪れていた。飄々とした雰囲気を持つその青年はミカエル以外の熾天使達が誰もいない事に首を傾げ、やがてある事に思い当たるとミカエルに確認を取った。

 

「あれぇ? ミカエル様、ひょっとして親善大使との初顔合わせ、もう終わっちゃいましたか? 何かこっちに来る前に色々あって到着が少し遅れるって聞いたから、気分転換を兼ねて散歩の許可を頂いたんですけどねぇ……」

 

 許可を貰った上でその場を離れたとはいえ、結果的に大事な会合をサボタージュしてしまった事実に青年はバツ悪げな表情を浮かべる。しかし、ミカエルはそれについて青年を咎めるどころか逆に謝罪した。

 

「それについては申し訳ありませんね、デュリオ。本当なら今も兵藤君達と談話している筈だったのですが、話の流れで聖剣計画の最後の生存者について触れる事になりまして」

 

 ミカエルからデュリオと呼ばれた青年は、ミカエルの口から「聖剣計画の最後の生存者」という言葉が出てきた事で粗方の事情を察した。

 

「それで、今や神器研究の第一人者としてアザゼル様の次に名が挙がる様になった親善大使のお知恵を拝借ってところっスか。……それで結果は?」

 

「結界の解除こそまだですが、衰弱しつつあった現状が改善されましたのでまずは一安心といったところですね。それに本当なら一人で全てを解決できていたのでしょうが、それを良しとせずにたとえ遠回りでも筋をしっかりと通した上でラファエルに花を持たせるなど、周りへの配慮も万全でしたよ」

 

 ミカエルから一誠が協力した事で上々の結果を得られた事を聞いたデュリオは、一誠に対する感心の声を上げる。

 

「へぇ。今、冥界では親善大使を指して「全てを見通す神の頭脳」なんて言っている悪魔がけっこういるみたいですけど、それってけして伊達じゃなかったんだなぁ。……これは、ちょっと失敗したかなぁ?」

 

 一誠と顔を合わせられなかった事を悔やむ素振りを見せるデュリオに対し、ミカエルは軽い調子で一誠に会いに行く事を提案してみた。

 

「では、初顔合わせの場に居合わせなかったお詫びも兼ねて、直接会いに行ってみますか?」

 

「……へっ?」

 

 普段は飄々としているデュリオではあったが、ミカエルからのこの提案には流石に不意を衝かれたらしく、驚きの余りに呆けた表情を浮かべていた。

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

……難産だった割に余り話が進んでいませんが、どうがご勘弁を。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十七話 赫の龍天使

「あぁっ! パパ! ママ!」

 

 イリナやレイヴェルを伴って礼司さんや孤児院の子供達、そして天界で保護されている子供達の元に歩み寄ると、ドゥンの背に乗って先行していたアウラが真っ先にこちらに気付いた。そして勢い良く立ち上がると笑顔で僕達に手を大きく振ってきたので、僕とイリナも軽く手を振ってアウラに応える。一方で他の子供達といえば、その直前までアウラも交えて楽しくおしゃべりしていたので、アウラの声に反応してこちらに顔を向けていた。そこで僕達のやり取りを見た訳だが、孤児院の子供達は笑顔で歓迎するのに対して天界の子供達はハッキリと驚きの表情を浮かべた。そして、濡羽色とも言うべき黒く艶やかな髪を背中に届くくらいに伸ばしたアウラと同い年くらいの女の子が側にいたアウラに直接確認する。

 

「ねぇ、アウラちゃん。本当にあの人達がアウラちゃんのパパとママなの?」

 

 ……まぁ、アウラくらいの子がパパ、ママと呼んだのが最年長の子とそう変わらない年頃である僕とイリナだった訳だから、この子の反応はむしろ当然だ。だからなのか、それをそれとなく察したアウラが胸を張って肯定する。

 

「そうだよ、ナナちゃん。あたしの自慢のパパとママなの」

 

 しかし、アウラが余りに堂々としている事から、アウラから「ナナちゃん」と呼ばれたその子はかえって戸惑っている。それに近くでアウラとその子のやり取りを見ていた天界の子供達も同様だ。だから、少なくとも僕がアウラの父親である事だけでもハッキリさせておいた方がいいだろう。そう思いながらアウラ達の元へと近づいていくと、我慢できなかったのか、アウラが僕達について確認を取っていた女の子の手を引いて僕達の方へと駆け寄ってきた。

 

「アウラ、皆と楽しそうにおしゃべりしていたね。冥界に続いて天界でもお友達ができたのかな?」

 

「ウン! それにね、ナナちゃんはあたしと同い年なんだよ! これでミリキャス君とリシャール君に続いて三人目なの!」

 

 そう言いながらアウラが笑顔で連れてきた女の子を紹介してきた。お友達の大半が自分より年上なだけに、同い年のお友達が増えたのが相当に嬉しいのだろう。アウラはいつにもまして上機嫌だった。

 

「そうか。良かったね、アウラ」

 

「エヘヘ……」

 

 僕がそう言ってアウラの頭を軽く撫でてあげると、アウラは嬉しそうに受け入れていた。そうしてアウラの頭をある程度撫で終えたところで、僕はアウラが連れてきた新しいお友達に父親としての自己紹介を始める。

 

「初めまして。僕がアウラの父親で兵藤一誠と言います。娘のアウラとお友達になってくれて、本当にありがとう」

 

 僕が自己紹介と共にアウラのお友達になってくれた事への感謝を伝えると、次にイリナが自己紹介を始めた。

 

「初めまして。私の名前は紫藤イリナ。名前を聞いて「あれっ?」って思ったのかもしれないけど、私達はまだ結婚してないのよ。ただ、お互いに将来は結婚しようって約束してるから、アウラちゃんは私の事を「ママ」って呼んでくれているの」

 

 イリナの堂々とした自己紹介も終わると、アウラの新しいお友達がアワアワしながら自己紹介を始めた。

 

「あ、あの。初めまして、アウラちゃんのパパとママ。わ、わたし、ミシェル結城七瀬って言います。えっと、その……」

 

 自己紹介をしなれていないのか、かなり緊張しながらまずは自分の名前を名乗った女の子であるが、日本人の氏名の前に洗礼名と思われる名前が先に来た事からおそらくはクリスチャンなのだろう。その一方で、その体から微かながらも神聖なオーラを放つと共に人間としての気配も感じられる。これらの事から僕はある可能性に思い至り、早速アウラの新しいお友達に声をかける。

 

「ナナちゃん。……で、いいのかな?」

 

「あっ、はい。パパやママ、それにアウラちゃんもそう呼んでるから、アウラちゃんのパパとママもそう呼んで下さい」

 

 ナナちゃん本人から愛称で呼ぶ許可を得た僕は、ここで思い至った可能性について尋ねてみた。

 

「じゃあ、ナナちゃん。ひょっとして、君は天使と人間のハーフなのかな?」

 

 すると、ナナちゃんは驚きの余りに目を見開いてしまった。そして、僕の質問に対する答えを返す。

 

「は、はい。アウラちゃんのパパの言う通りです。わたしのパパがクリスチャンで、パパの事を生まれた時からずっと見守ってきた守護天使がママなんです。その縁で大人になったパパがママと結ばれて、それから暫くしてわたしが生まれたって聞いています」

 

 ナナちゃんはそう言うと、一対二枚の白い翼と天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を見せてくれた。教会との関係が深かったアーシアとゼノヴィア、それに悪魔でも有数の名族出身であるレイヴェルはハーフ天使の姿を初めて見た事で驚きを露わにする。一方で自らは複雑な経緯を経て龍天使(カンヘル)に転生したイリナはといえば、極めて真っ当な経緯(いきさつ)でハーフ天使として生まれてきたナナちゃんに対して感嘆の表情を浮かべていた。それだけに、天使を量産する事を最終目的とし、その過程で人工授精によるハーフ天使の量産を目論んだ「天の子(エデンズ・チャイルド)」計画の失敗例とされたトンヌラさんがナナちゃんの事を知ったら、どの様な反応をするのだろうか? ……トンヌラさんの事だ。きっと複雑な感情を表には出さず、一人の大人としてナナちゃんを可愛がる事だろう。それだけに、七瀬ちゃんの口から続けて出てきた言葉を聞いた僕は、物事がそう簡単に上手くいく筈がない事を改めて思い知らされた。

 

「ただ、ママが天使だからなのか、わたしの体って人間よりも天使に近いらしくって、それで地上の空気はどうもわたしに合わないみたいです。それで赤ちゃんの時から天国で預かってもらっているんだって、最近になってパパとママから教えてもらいました」

 

 ナナちゃんはこう言っているが、実際は「空気が合わない」どころか地上にいるだけで生命の危険があるのだろう。だから、生まれたばかりの可愛い我が子を手元から離さなければならなかった。それが親にとってどれほどの苦痛を伴うものだったのか、幸いにしてその様な事にはならなかった僕にはおそらく完全には理解し切れないだろう。むしろ、僕が生まれる前に子供を二度授かりはしたものの、どちらも残念な結果となってしまった父さんと母さんの方が理解できるかもしれない。

 ……天使と人間との間に生まれたハーフの子は「奇跡の子」と呼ばれる程に貴重な存在である事を礼司さんから教えてもらってはいたが、それは単に天使と人間の間に子供を授かる確率が極めて低いだけでなく、たとえ授かったとしてもナナちゃんの様に地上で生きていけなかったり、あるいはトンヌラさんの様に翼を持たないネフィリムだったりと、天界や教会の望み通りに中々ならないという背景も含めての事なのかもしれない。

 すると、どうも僕やイリナが同情する様な視線を向けていたらしく、ナナちゃんは慌てた様に両親との関係について話し始めた。

 

「あっ、でもママとわたしが天使の力で繋がっているから、パパやママとは時々お話ししてるんです。だから、アウラちゃんのパパやママが思ってる程には寂しくないんですよ」

 

 ……いけないな。今まで孤児院の子供達と接してきた経験上、こうした一般的には不幸と言える経緯を持っている子が同情的な視線に対して特に敏感である事なんて十分解っていた筈なのに。

 

 僕はアウラと同い年の女の子に余計な気遣いをさせてしまうという失敗を深く反省しながら、ナナちゃんに謝った。

 

「ウン、そうだね。そうでなければ、ナナちゃんがここまでいい子にはならないからね。だからゴメンね、ナナちゃん」

 

「私もゴメンなさい、ナナちゃん。私達がちょっと不謹慎だったわね」

 

「い、いえ。解ってくれたのなら、もういいです」

 

 ナナちゃんはお友達の親である僕とイリナが素直に非を認めて謝った事に驚きながらも、僕達の謝罪を素直に受け取ってくれた。このやり取りを見たアウラは、今度はナナちゃんにアーシア達の紹介を始める。

 

「それでね、ナナちゃん。あそこにいるのが怪我を治してくれる優しいアーシアお姉ちゃんで」

 

 最初にアウラから紹介されたアーシアは少し驚いたものの、すぐに笑顔になって頭を下げた。

 

「アーシア・アルジェントです。よろしくお願いします」

 

「その隣にいるのが、デュランダルって凄い剣を使えるゼノヴィアお姉ちゃん」

 

 次に紹介されたゼノヴィアは軽く手を上げて自分の名前を名乗る。

 

「ゼノヴィアだ」

 

「そしてパパとママのそばにいるのが、とっても頭が良くてママと一緒にパパのお仕事のお手伝いをしてるレイヴェル小母ちゃん!」

 

 この瞬間、この場にいる殆どの子供達はおろかシスター・グリゼルダ、更にはガブリエル様ですらギョッとした。アウラが今紹介した三人は親である僕やイリナと歳が近い。しかも、アウラはアーシアとゼノヴィアに対しては「お姉ちゃん」と呼んで紹介した。それにも関わらず、アウラはレイヴェルだけは「小母ちゃん」と呼んで紹介したのだ。しかも悪意など欠片も見当たらない純粋な笑顔で。それだけにアウラの言動への戸惑いとレイヴェルへの気不味さから何とも言えない雰囲気が子供達やシスター達から漂う中、アウラから紹介されたレイヴェルは何ら動じる事なく、それどころか心なしか誇らしげな笑みすら浮かべて優雅にお辞儀する。

 

「レイヴェル・フェニックスですわ。七瀬さんでしたか、どうかよしなに」

 

 「小母ちゃん」と呼ばれたにも関わらず、平然としているレイヴェルの姿を前に、この時まで立ち込めていた何とも言えない雰囲気は綺麗に消えてしまった。代わりに所々で首を傾げる素振りを見せる子供達の中で、レイヴェルがアウラから「小母ちゃん」と呼ばれている事を知っている薫君とカノンちゃんが小声で会話を交わしているのが聞こえてきた。

 

「レイヴェルさん、流石だよなぁ。アウラちゃんから「小母ちゃん」って呼ばれているだけあるよ」

 

「そうよね。アウラちゃんが自分で「この人は信じられる」って感じた上でお父さんである一誠さんの前や横に立てるくらいに精神的に強い人でないと、アウラちゃんは「小父ちゃん」「小母ちゃん」って呼ばないんだもの。それを考えると、アーシアさんやゼノヴィアさんには悪いけど、レイヴェルさんは明らかに別格だわ。それに、ホラ」

 

「……レイヴェルさん、「小母ちゃん」って呼んでもらって明らかに喜んでるよ。逆にアーシアさんとゼノヴィアさんはオレから見ても解るくらいにガッカリしてるし。これって、普通は逆だよね?」

 

 確かに、薫君の言う通りである。ただ、アウラから「小父ちゃん」呼ばわりされている瑞貴や祐斗、元士郎の話では、どうもグレモリー眷属やシトリー眷属においてアウラから「小父ちゃん」「小母ちゃん」と呼ばれる事が色々な意味での指標になっているらしく、皆はまずそこを目標に日々努力しているとの事。現に僕達が堕天使領に滞在している間にアウラから「小母ちゃん」と呼ばれる様になった憐耶さんは、初めて呼ばれた時に拳をグッと握って「よしっ!」と小さくガッツポーズしていた。

 ……何かが激しく間違っている様な気がするのだがそれは一先ず置いておく事にした僕は、アウラとナナちゃんを連れ立って子供達の元へと向かうと、子供達の相手をしていたであろうドゥンに労いの言葉をかける。

 

「ドゥン、ご苦労様。アウラや他の子供達の相手は大変だっただろう」

 

〈いえ、子供達の世話に慣れている神父殿がおられましたし、私がアーサー様や円卓の騎士達の事を語り始めると皆静かに耳を傾けてくれましたので、主が仰る程の苦労はありませんでしたな〉

 

 やや軽口混じりでそう返してきたドゥンに、僕は思わずにやけそうになった。

 

「なんだ。ドゥンも結構やりたい様にやっているじゃないか」

 

〈せっかくの機会ですからな。生かさねば損というものでしょう〉

 

 打てば響く様に返ってくるドゥンの言葉に対して、僕は笑みを浮かべながら納得の声を上げた。

 

「それもそうだ」

 

 こう言うと誤解されそうだが、色々な意味で経験豊富で機転も利くドゥンとの会話は楽しくて仕方がない。こうした切り返しの上手さだけは、たとえイリナであっても真似できないからだ。ただ、ここで自分達だけで会話を楽しんでも意味がないので、僕はお互いの自己紹介をしようと持ち掛ける。

 

「さて。今から改めて僕達の自己紹介をするから、その後で皆も自己紹介をしてくれないかな?」

 

 ……さて。ここからが聖魔和合親善大使としての本番かな?

 

 

 

Side:アーシア・アルジェント

 

 アウラちゃんの新しいお友達の一人である「ナナちゃん」こと七瀬ちゃんに自己紹介を終えた後、今度は他の子供達と一緒にお互いの自己紹介をしました。ただ、足が動かせずに車椅子の生活をしていたり、目が不自由で白い杖を使っていたり、あるいはその体にとって太陽の光が強過ぎる為に全身をすっぽりと覆う様な保護服を着ないとまともに外を歩く事すらできなかったりと、どの子もさっきアウラちゃんの同い年のお友達となったばかりの七瀬ちゃんの様に地上では普通の生活ができない子ばかりでした。でも、子供達はそんな事なんてまるで関係ないと言わんばかりに、とても元気よく自己紹介してくれました。……本当に、とても強い子供達です。

 そうして子供達の自己紹介が終わると、イッセーさんが幼い頃から車椅子で生活しているというケーン君に歩み寄りました。それからイッセーさんは「ちょっといいかな?」とケーン君に一言断りを入れるとその足に右手を当てて、そのまま目を閉じました。……あの様子だと、イッセーさんはあの子の足について何かを探っているんでしょう。暫くすると、イッセーさんは目を開けてケーン君の足から手を離しました。そして、ケーン君と話を始めました。

 

「ケーン君。君は自分の足が動かないのは生まれつき持っている力である神器(セイクリッド・ギア)の影響である事を知っているのかな?」

 

 ……この時、側にいたシスター・グリゼルダが息を呑んだのを確かに感じました。ケーン君は自己紹介の時に自分の足が不自由である理由までは言っていませんし、あの分ではシスター・グリゼルダはイッセーさんにこの事を伝えてはいないみたいです。つまり、イッセーさんはケーン君の足が不自由な原因をその場で探り当てた事になりますし、だからこそシスター・グリゼルダも驚いたんでしょう。

 

「……ウン。その通りだよ。それは足に関わる物だけど、僕に抵抗力がないから足が動かせなくなっているって事も教えてもらってる。でも、何で僕の足を触っただけでそれがわかったの?」

 

 ケーン君はイッセーさんの言った事が正しい事を伝えると同時に、何故それが解ったのかを尋ねました。すると、イッセーさんは何でもない事の様に答えます。

 

「それが解る様に、たくさんの人達から教えてもらったり鍛えてもらったりしたからだよ」

 

 ……でも、それがどれだけ凄い事なのか、今までイッセーさんを鍛えてきた人達の事を知っている私達にはよく解ります。

 

「そうなんだ。アウラちゃんのお父さんって、本当に凄いんだね。アウラちゃんの言ってた通りだ」

 

 ケーン君はイッセーさんの答えを聞いて、納得の表情を浮かべました。情報源がアウラちゃんという事は、アウラちゃんはきっと大好きなお父さんの事をこれでもかと言わんばかりにいっぱいお話ししたんでしょうね。イッセーさんもそれを察したのか、少し苦笑いを浮かべています。

 

「ハハハ。それなら、アウラが嘘を吐いた事にならない様に僕もしっかり頑張らないといけないな。それじゃ、話を続けるよ」

 

 イッセーさんはそう言って話題を元に戻すと、驚くべき事を言い出しました。

 

「それでケーン君に宿っている神器についてなんだけど、僕の見立てが正しければ何とかできそうなんだ」

 

「本当?」

 

 「何とかできる」というイッセーさんの言葉を聞いて、ケーン君は驚きました。それは私達やシスター・グリゼルダはもちろん、武藤神父やガブリエル様も同じです。ケーン君はすぐにそれが本当なのかを確認すると、イッセーさんは即答で返事しました。

 

「本当だよ。それにこんな事で嘘を吐いたら、僕はアウラのお父さんでいられなくなっちゃうしね。ただ、その為には一つだけ必要なものがあるんだ」

 

「必要なもの?」

 

 イッセーさんから「必要なものがある」という答えが返ってきたケーン君は、訳が解らずに首を傾げました。すると、イッセーさんは必要なものが何であるかをケーン君に伝えました。

 

「そう。それはね、君の勇気だ」

 

 ……ケーン君の勇気?

 

「正確に言うと、僕ができるのはあくまでお手伝いまでで実際にどうにかできるのはケーン君だけなんだ。だから、君の勇気が必要なんだ。どんなに小さくてもいい、怖い事や苦しい事を前にしても前へと踏み出せる勇気が」

 

 ……それがどういう事なのか、私にはさっぱり解りません。私のすぐ側にいたゼノヴィアさんに視線を向けると、ゼノヴィアさんも解らないみたいで首を横に振りました。それでケーン君の反応を見ると、ケーン君はイッセーさんの言葉から何かを感じたみたいで少し悩んでから大きく頷きました。

 

「……解った。僕、やってみる」

 

 ケーン君がそう言うと、イッセーさんは早速ケーン君の対処に取り掛かる事にしました。

 

「それじゃ、早速始めよう」

 

 すると、アウラちゃんがイッセーさんに質問をしてきました。

 

「ねぇパパ。……全力で行くの?」

 

 アウラちゃんのこの質問で、私はイッセーさんが今からしようとしている事が何なのか解りました。ゼノヴィアさんもハッとした表情を浮かべたので、きっと解ったんだと思います。

 

「そうだよ、アウラ。だから、暫く僕の魔力を預かってほしいんだ。ただ、今着ているワンピースはアウラの状態に合わせてサイズが変わる様になっているから、着替える必要はないよ」

 

 イッセーさんがアウラちゃんの質問に答えた上で天界に滞在する為に必要なワンピースを着替える必要がないと伝えると、この場にいる殆どの人は「何故そんな事を」と首を傾げています。でも、何が起こるのかを知っている私達にはその意味が解りますし、当人であるアウラちゃんもちゃんと理解しました。

 

「ウン、解った。……パパ、いつでもいいよ」

 

 アウラちゃんが準備できた事を伝えると、イッセーさんは再び瞳を閉じました。

 

「……C(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)

 

 イッセーさんがそう呟くと、イッセーさんとアウラちゃんが光に包まれました。十秒程光に包まれた所で光が治まると、そこには赤と金の入り混じったオーラを放ちながら四対八枚の天使様の翼と一対三枚のドラゴンの羽を背中から生やし、その頭には天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を浮かべたイッセーさんと私達と同じ年くらいにまで体が成長し、でも白いワンピース姿のままであるアウラちゃんがいました。

 

 「魔」の力をアウラちゃんに全て預ける事でイリナさんと同じくドラゴンと天使のハイブリッドである龍天使(カンヘル)へと変身するという逸脱者(デヴィエーター)としての新形態、C×C・L。

 

 カリスさんに「聖」の力を全て預ける事でドラゴンと悪魔のハイブリッドである龍魔へと変わるC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()C(カオス)と一緒に初めてこれを見せてもらった時には、私もゼノヴィアさんも開いた口が塞がりませんでした。でも、同時にこうも思ったんです。

 ……聖女と呼ばれていたのに敵対する悪魔の方を見過ごせずに癒してしまった私が、天使様にも悪魔にもなれるイッセーさんに出会ったのはけして偶然ではなかった、と。

 

「それじゃあ、ケーン君。……始めるよ?」

 

「ウン」

 

 龍天使となったイッセーさんが何かを始める事を伝えると、ケーン君は深く頷きました。そして、イッセーさんはもう一度右手を伸ばしてケーン君の足に触れるとそこから赤と金の入り混じった光をケーン君へと流し始めたんです。それと同時にケーン君はで目を閉じると車椅子の背もたれに倒れ込んでそのまま動かなくなってしまいました。驚いたシスター・グリゼルダは慌てて駆け寄ろうとしたんですけど、それをガブリエル様が止めました。

 

「ガブリエル様?」

 

「グリゼルダちゃん。あの子は今、親善大使の力で精神のかなり深い所に潜り込んでいます。それこそ神器に関わる様な所にまで。だから、今は静かに見守っていましょう」

 

 ガブリエル様は今のケーン君の状態を正確に把握しているみたいで、シスター・グリゼルダに今は見守る様に諭しました。

 

「……承知しました」

 

 シスター・グリゼルダがガブリエル様の言葉を受け入れてから五分程経った所で、イッセーさんは呪文の詠唱を始めました。

 

「月の光よ。ここに集いて心を鎮め、邪を祓う希望となれ」

 

 すると、イッセーさんの左手の掌の上に光の粒子が集まってきます。その幻想的な光景を前に、孤児院の子供達も天界が保護している子供達も揃って見入っています。……私自身、以前にお話を聞いてはいましたけど実際に()()を見るのは初めてなので、つい見入ってしまいました。

 

「フルムーンレクト」

 

 そしてイッセーさんは光の粒子を掌に乗せたままケーン君の足に左手を当てると、そのまま光の粒子を直接流し込み始めました。すると、ケーン君の足が仄かに光を放ち始め、その足を蝕んでいた何かが浄化されていくのが解りました。

 

 満月の光で荒れ果てた心を優しく鎮め、更に対象を蝕む邪な力を祓って元気な状態に戻してしまうというイッセーさんのオリジナル魔法、フルムーンレクト。作った本人であるイッセーさんの他にもはやてさんやセラフォルー様も使えるというこの魔法は、実は私が今一番覚えたい魔法だったりします。その為、現在は古式の悪魔祓い(エクソシズム)をニコラス神父から教わるのと並行して、ロシウ老師からフルムーンレクトの基礎となっている神聖魔法を教わっている真っ最中です。

 

 ……やがて、ケーン君の足から放たれていた光が次第に弱くなっていき、そのまま完全に消えてしまったところでイッセーさんは力を使うのをやめてケーン君の足から両手を離しました。それと同時にケーン君が目を覚まし、自分の足の方を暫く見ていました。そして、ビックリした様に大きな声を出したんです。

 

「……動いた。僕の足、今確かに動いたよ!」

 

 ケーン君が大声で言った内容に、子供達はもちろんシスター・グリゼルダやガブリエル様もビックリしています。でも、かつてはケーン君と同じ様に車椅子の生活をしていたはやてさんの足を動かせるところまで治してしまったというフルムーンレクトの効果を知っている私達はそうでもありませんでした。ただ、ケーン君は靴を履いていたので外からでは足が動く様子がわかりません。なので、イッセーさんはケーン君の靴と靴下を脱がして裸足にしました。そうして皆がケーン君の足に注目すると、確かに足の指がピクピクって動いています。それを見た皆が喜びの声を上げて、ケーン君を祝福しました。そうした喜びの声の中で、イッセーさんはケーン君の足の状態を詳しく調べ続けました。

 

「確かに足はちゃんと反応する様になっているね。これでとりあえずは足が動かせない問題は解決した。でも、ケーン君。大変なのは、むしろこれからだよ」

 

 足の状態を調べ終えたイッセーさんの言葉を聞いて子供達が静まり返る中、イッセーさんはケーン君にこれからの話を始めました。

 

「僕も義妹(いもうと)が長い間車椅子の生活をしていたから解るけど、車椅子の生活が長いと足の筋肉が衰えてしまって、そのままだと歩く事はおろか立つ事すらできないんだ。だったら、魔法か何かで立って歩けるようにしてしまえばいいって思うかもしれないけど、それをやると体の何処かに必ず悪い影響が出てきてしまうんだ。だから、時間はかかってしまうけど、弱っている足を少しずつ鍛えてから両足で立って歩く為の練習をやっていかないといけないんだよ」

 

 ……そう言えば、そうでした。はやてさんが今の様に立って走れる様になるまで、イッセーさんやイッセーさんのご両親は全力でサポートしてきた筈です。だから、イッセーさんは実体験でこれからが大変である事を知っていました。でも、ケーン君から特にガッカリした様子は見られません。むしろ、やる気に満ちています。

 

「……大丈夫だよ、アウラちゃんのお父さん。だって、今まではそもそも足が動かせなかったのに、今ならほんの少しだけど動かせるんだよ。時間はかかるかもしれないけど、リハビリをすれば立って歩けるようになるって解ったんだよ。だったら、後は僕がリハビリを頑張っていけばいいだけなんだ」

 

 力強く決意を語るケーン君の目は、これからの希望で輝いている様に見えました。……これなら、ケーン君は普通の人と同じ様に立って歩けるようになるでしょう。子供達がケーン君に向かって「頑張って」と励ましたり、「リハビリ、手伝うよ」と協力を申し出たりする光景を見て私がホッとしていると、ケーン君は自分の足を撫でながら足に向かって話しかけ始めました。

 

「だから、一緒に頑張ろうね。ベン」

 

『ワン!』

 

 ……えっ?

 

 まるでケーン君の声に応える様にケーン君の足から子犬の吠える声が聞こえてきた事で、私達は驚きの余りに完全に固まってしまいました。

 

 ……イッセーさん。ケーン君に一体何をしたんですか?

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

原作に話だけ出てきた車椅子の少年の名前は拙作のオリジナルですので、どうかご了承ください。なおそのケーン君に一体何が起こったのか、詳細は次話にて。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十八話 優しい奇跡

Side:アーシア・アルジェント

 

 天界で保護されている子供達の一人で足が不自由である事から車椅子の生活を長い間続けてきたというケーン君は、イッセーさんによって足を動かせるようになりました。でもその喜びもつかの間、ケーン君の足から子犬の鳴き声が聞こえてきた事でこの場が完全に静まり返ってしまいました。そんな中、この場にいる中ではイッセーさんとの付き合いがイリナさんの次に長い武藤神父が声をかけてきました。

 

「一誠君、お疲れ様でした。貴方の口から「何とかできそうだ」という言葉を聞いた時には驚きましたが、神の子を見張る者(グリゴリ)と共同で事に当たるのであればあるいは、と思い直しました。ですが、まさかこの場で、しかも貴方一人でケーン君の宿している神器(セイクリッド・ギア)の問題を解決してしまうとは……!」

 

 武藤神父は驚きを露わにそう仰いました。ただ、何故そこまで武藤神父が驚いているのか、それが私には全く解りません。一方、武藤神父から労いと感嘆の声をかけられたイッセーさんは何故ケーン君の神器の問題を解決できたのかを教えてくれました。

 

「神器は元々神がお創りになった物なので、天使の光力については割とスムーズに受け入れてもらえる様です。それでどうにかこの場でケーン君の問題を解決する事ができました。尤も、C(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)で自分の力を「聖」に特化させないと流石に無理でしたが」

 

 でも、それをシスター・グリゼルダが即座に否定しました。

 

「いえ、それは違います。少なくとも、私の光力では無理です」

 

「グリゼルダちゃんの言う通りですよ。それに、親善大使が今やった様な事は私にもできません。おそらく「聖」と「魔」という本来は相反する力を何ら抵抗なく共存させている親善大使だからでしょうね」

 

 シスター・グリゼルダに続いてガブリエル様まで「自分には無理」と仰った事で、「解」の概念を持つ光力を使えるトンヌラさんと同じ様にイッセーさんの光力もまたかなり特殊なものである可能性が出てきました。ただ、このままでは話が進まないと思われたのか、ガブリエル様はこの話を切り上げるとケーン君の事についての説明をイッセーさんに求めました。

 

「まぁ、その話はここまでにしておきましょう。それよりもまずはケーン君の事ですね。親善大使、説明をお願いします」

 

「承知致しました、ガブリエル様。では、説明させて頂きます」

 

 イッセーさんはそう言うと、ケーン君に関する説明を始めました。

 

「まず、ケーン君に宿っていた神器(セイクリッド・ギア)は一般的な神器の一つで脚力を強化する獣の足(ワイルド・エンハンス)であり、本来なら特に害を及ぼす様な事はありません。この辺りは既に判明していたのではありませんか?」

 

 イッセーさんがまずケーン君に宿っていた神器が何だったのかを説明し、それは判明していた筈だと武藤神父やシスター・グリゼルダ、そしてガブリエル様に確認しました。すると、一年前までここの子供達の治療を行っていたという武藤神父が答えました。

 

「そうですね。あくまで私個人の見解ではありましたが、神器の力の波動が足から出ているのと力の強さ自体はそれ程でもない事から足に関する一般的な神器という事で大体の目星を付けていました。ただ、十字教教会は実戦部隊を始めとする世界の裏に深く関わる者以外には神器に関する事柄を秘匿する方針である事から、神器に関する研究があまり進んでいません。その為、まだ発現していない場合には神器の特定はおろかそもそも神器の有無さえも現場で行うのは非常に難しく、神器を特定できたのも神器を宿していると想定した上で天界の施設で検査してからなのです」

 

 ……確かに私がまだ聖女と呼ばれていた頃、癒しの力は聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)という神器によるものでなく、あくまで「主がお与えになった奇跡の力」として訪問先の信徒の方達や神父様達に受け取られていました。でも、駒王町にやってきた時にレイナーレ様から私の力の真実を教えられた時、信徒の方達はともかく神父様達は私の癒しの力の真実を知っていたんだと思ったんです。でも武藤神父のお言葉を聞く限り、私と同行なさっていたヴァチカン本国の神父様達はともかく訪問先の神父様達は本当に知らなかったのかもしれません。

 そうして私が昔の事について考えていると、イッセーさんがここで新たに判明した問題点についての意見をガブリエル様に伝え始めました。

 

「……その様な事情がおありならば、いわば神器判別装置というべき物を携帯可能なサイズで作れないか、また技術協力という形で天界を通じて十字教教会に貸与できないか、神の子を見張る者に一度相談してみてはいかがでしょうか。これから先、神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)を保護していく上で神の教えが世界中で広く信仰されている事から人間社会とも密接に繋がっている十字教教会の組織としての力がどうしても必要になります」

 

「それに現状のままなら禍の団(カオス・ブリゲード)、特に人材蒐集に熱心な英雄派に先を越されてしまう恐れがある。それを防ぐ為には、神器の有無と種類の特定を現場で行う事で神器保有者を速やかに保護できる体制を早急に整えなければならない。……そういう事でよろしいでしょうか、一誠様?」

 

 イッセーさんがこの様な意見を出した目的をレイヴェルさんが確認すると、イッセーさんは頷きました。

 

「その通りだよ、レイヴェル。だから、天界からの要望としてこの話を聖魔和合親善大使である僕が冥界に持ち帰る。……そういう話なんだよ」

 

 ……こうしてお話を聞いていると、イッセーさんは自分の言葉や行動が独断専行になったり職権を超えたものになったりしない様に凄く気を使っているのがよく解ります。それだけに私は思ってしまうんです。イッセーさんがやりたい事をもっと自由にやれる様になればいいのに、と。そんな事を思っていると、イッセーさんが話を元に戻してきました。

 

「少々脱線しましたが、話を戻しましょう。ケーン君の獣の足についてですが、その中に封印されている魔獣の特性なのか、世界に漂う悪意や邪念といったものを少しずつ取り込んでいました。ただこの魔獣はまだ生まれて二、三ヶ月程度の幼い子供であった為に悪意や邪念に対して拒絶反応を起こしていたらしく、それ等に加えてケーン君自身も神秘に対する抵抗力が生まれつき弱かった事もあって足を動かせなくなっていたのでしょう」

 

 イッセーさんの口から語られる内容に、シスター・グリゼルダは信じられない様な表情でイッセーさんに尋ねました。

 

「……そこまで解る物なのですか?」

 

「そこは心霊医術と古式の悪魔祓い(エクソシズム)を学び、召喚師(サモナー)として多くの幻想種と召喚契約を交わし、そして神器を始めとした特異的な力を持つ子供達と接してきた経験の賜物としか言い様がありませんね」

 

 ……シスター・グリゼルダが知りたいのは、たぶんそういう事ではないと思うんですけど。

 

 イッセーさんの答えを聞いたシスター・グリゼルダの困った様な表情を見て、私はそう思いました。すると、武藤神父がシスター・グリゼルダに補足説明を入れてきました。

 

「実は、私が今まで保護してきた子供達は今でこそ皆外で元気に遊べるようになっていますが、保護した直後には神器の影響で身体に障害が出ていた子も少なからずいたのです。そして、こうした子供達の障害を私と共に治療してきたのが、他でもない一誠君なのですよ。孤児院の子供達が皆一誠君を慕っているのも、また今や神器研究の第一人者としてアザゼル提督に続いて名の挙がる程の研究成果を一誠君が出せる様になったのも、全てはそうした積み重ねがあっての事なのです」

 

「成る程、そういう事でしたか。納得しました」

 

 武藤神父の補足説明でシスター・グリゼルダが納得した所で、イッセーさんは説明を再開しました。

 

「それで先程申し上げた要因を踏まえた上で、私はケーン君の神器に取り込まれた悪意や邪念を浄化してしまえば足が動かない状態を改善できると判断したのです。ただ、ここで一つ問題がありました」

 

「問題、ですか?」

 

 イッセーさんの説明を聞いてガブリエル様がそうお尋ねになると、イッセーさんはその問題点についての説明を始めました。

 

「えぇ。この時、拒絶反応を起こしていたとはいえ、神器に取り込まれた悪意や邪念は封印されている魔獣の子供の魂と一体化していました。それだけにそのまま悪意や邪念を浄化した場合、魔獣の子供の魂諸共という可能性があったのです」

 

「イッセー、それの何処に問題があると言うんだ?」

 

 ゼノヴィアさんが魔獣の魂も浄化される事に対する疑問をイッセーさんに投げかけると、イッセーさんは何が問題になるのかを詳しく教えてくれました。

 

「確かに人に害を為す存在を討伐するのが使命である悪魔祓い(エクソシスト)としては、如何に幼い子供とは言え結果的にケーン君に害を為している魔獣の魂を浄化してしまうのは特に問題ない様に見えるのだろうね。でも、問題にするべきなのはそこじゃない。魔獣の子供の魂が浄化される事で神器の中から力の源が失われてしまう事が問題なんだ」

 

「……成る程、そういう事でしたか」

 

 ここで武藤神父が何故か苦い表情を浮かべるとイッセーさんの説明に納得しました。……ただ、私には何がどうなっているのかよく解りません。なので、私が素直に自分の手に余る事を武藤神父に伝えます。

 

「武藤神父、どういう事なんでしょうか? 私にはちょっと難し過ぎてよく解りません」

 

 すると、武藤神父は私の疑問に答えてくれました。

 

「話はそう難しい事ではありません。仮に神器から力の源となる魂が失われた場合、その代わりとなる魂を新たに取り込む事で力を維持しようとする可能性が高いという事ですよ。そして、この時にケーン君に宿っている神器に最も近い魂といえば……」

 

「そんな、あり得ません! 神器が保有者の魂を取り込んでしまうなんて事は! そもそもその様な事、私は見た事も聞いた事も……!」

 

 武藤神父のお話からケーン君の神器から魔獣の子供の魂が失われてしまうとどうなるのか、それに思い至ったガブリエル様が激しい調子で否定の言葉を発しました。でも、イッセーさんは実例を挙げる事で魂の取り込みが起こり得る事を証明してしまいました。

 

「残念ですが、子供達の治療を行う上でそういった事態になりかけた事が何度かありました。それどころか、武藤神父が子供を保護し始めた頃に保有者だった子の魂を神器に取り込まれてしまうという最悪の事態に陥った事すらあります。その時はその子の守護霊で曾祖父に当たる方が自ら身代わりとなった事でどうにか救出できましたが、そうでなければその子の魂を取り込んだ神器はそのまま次の保有者の元へと転移していた事でしょう。……私の十七年の人生の中で間違いなく五指に入る程の大失態です」

 

「えぇ。あの時は私も一誠君も顔面蒼白でしたよ。それでも必死になってあらゆる手を尽くしましたが、結局のところ私達自身は何一つ有効な手を打てませんでした。……四年前の聖剣計画に匹敵する程にとても苦い経験です」

 

 イッセーさんと武藤神父が揃って苦い物を幾つも噛んだ様な表情を浮かべているのを見て、私は言葉を失いました。私とは比べ物にならないくらいに力や知識、それに経験もあるお二人でもこんな大失敗をしてしまったのだと。私の側にいるゼノヴィアさんもお二人の表情を見て流石に驚いています。

 

「あのイッセーと武藤神父ですら、子供を救おうとして逆に死なせかけた事が何度もあったのか。……以前、色々な世界に飛ばされて熾烈な戦いを潜り抜けてきた過去の話はイッセー本人から教えてもらったが、それだけじゃない。それ以外の事でもこんな苦い経験を幾つも重ねて、今のイッセーがあるのだな」

 

 最後は納得したゼノヴィアさんですけど、私も同じ思いです。……だからこそ、イッセーさんはこうした失敗を繰り返さない様に体を鍛えたり勉強したりするのでしょう。そんな事を考えていた私ですけど、イッセーさんの話はまだ終わっていませんでした。

 

「また赤龍帝の象徴である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)についてですが、今でこそ歴代赤龍帝は全員実体を持った精霊の様な存在になっていますが、その原点は残留思念です。ですが、初代であるアリスや二代前のクローズの様に神器を発現する前に死亡した者については赤龍帝の籠手が魂を直接取り込んでいる事がドライグの証言で判明しています。これらの事実を踏まえると、全ての神器に機能保全機能の様なものが予め組み込まれている可能性が極めて高いのです」

 

 イッセーさんが別の事例として赤龍帝の籠手を挙げた上で全ての神器にイッセーさんや武藤神父が経験した様な事が起こり得る事を伝えると、ガブリエル様はガックリと肩を落としてしまいました。流石にこれだけ実例を挙げられてしまうと、反論の言葉すら出て来なかったのでしょう。それを見たイッセーさんはガブリエル様も納得したものと受け取って、説明を再開しました。

 

「では、説明を再開致します。こうした懸念があった事から、悪意や邪念をそのまま浄化するのは余りに危険と私は判断しました。そこで思い付いたのが、魔獣の子供の魂と悪意や邪念を切り離してから浄化するというものです。ただ、これにはどうしても神器の保有者であるケーン君の協力が必要でした」

 

 ここで、私は何故ケーン君の協力が必要だったのかが解りました。……私の目の前に、それを実行した事でニコラス神父を始めとする歴代の赤龍帝の方達を怨念から救い出すだけでなく、その怨念を発していたアリスさんも一緒に救ってみせた人がいるのですから。ただ、それで合っているのか自信がなかったので、イッセーさんに尋ねてみます。

 

「あの、イッセーさん。つまり、ケーン君に神器の中にいる魔獣の子供と仲良くなってもらいたかったという事なんでしょうか?」

 

「その通りだよ、アーシア」

 

 ……良かった。私の思っていた事がちゃんと合っていて。

 

 イッセーさんからその通りだと言われた私は、安堵の気持ちでいっぱいでした。そして、ケーン君が具体的に何をしたのかをイッセーさんは語っていきます。

 

「もちろん、そのままではケーン君が悪意や邪念に呪い殺されてしまうし、魔獣の子供にケーン君の言葉や気持ちが伝わらないから、光力で悪意や邪念を弱めたり魔獣の子供にケーン君の気持ちを伝えたりといったサポートはしたよ。でも魔獣の子供と悪意や邪念を綺麗に切り離せる所まで持って行けたのは、むき出しの悪意や邪念を目の当たりにした事でとても怖い思いをして、それでもそれに苦しんでいる魔獣の子供の姿も一緒に見て「助けたい」「助けなきゃ」って怖い思いを乗り越えて手を差し伸べたケーン君の勇気のお陰なんだ」

 

― 正確に言うと、僕ができるのはあくまでお手伝いまでで実際にどうにかできるのはケーン君だけなんだ。だから、君の勇気が必要なんだ。どんなに小さくてもいい、怖い事や苦しい事を前にしても前へと踏み出せる勇気が ―

 

 ……イッセーさんの言っていた通りでした。もちろん、最後に切り離された悪意や邪念を浄化したのはイッセーさんのフルムーンレクトでしょう。でも、悪意や邪念だけを浄化できる様に魔獣の子供の魂から切り離したのは、魔獣の子供を助けたいと勇気を出して踏み出したケーン君です。

 

「そうしてケーン君の活躍で魔獣の子供の魂から悪意や邪念を切り離した後は、鎮静浄化魔法のフルムーンレクトで悪意や邪念だけを浄化しました。その結果はご覧の通りです」

 

 イッセーさんがそう言って手を差し向けたその先にあったのは、ベンと名付けられた魔獣の子供とケーン君が心を通わせ合って楽しそうに話をしている光景でした。

 

『ワン! ワン!』

 

「ハハハ。ベン、僕と一緒に居られてそんなに嬉しいの? ……ベン、これからはずっと一緒だよ」

 

 この優しさに満ちた光景を前に、私は胸が一杯になって何も言葉が出てきません。それに目の前が少し霞んでいます。感激の余り、今にも涙が零れ落ちそうになっているからです。すると、私の近くにいたシスター・グリゼルダの声が聞こえてきました。

 

「あぁ。こんな事が、こんなにも優しい奇跡が現実になるなんて……!」

 

 ……優しい奇跡。

 

 これ以外にこの光景を言い表し様のないシスター・グリゼルダの言葉に、私は心から賛同します。何故なら、イッセーさんはケーン君だけじゃなく、ケーン君の神器に封印されていた魔獣の子供も一緒に救い出したんですから。そうして私が目の前の光景にただただ感動していると、説明を終えたイッセーさんが私に声をかけてきました。

 

「アーシア、実はケーン君の他にもこの場で処置ができそうな子が結構いるんだ。ただ、その中にはニコラスから教わった心霊医術と聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を組み合わせた魂の癒しが必要になる子が何人かいる。だから、君の力を貸してほしい」

 

 ……イッセーさんから協力を求められた事は凄く嬉しいです。嬉しいんですけど、イッセーさんが周りに凄く気を使っているのを今の今まで見てきただけに、本当に私がイッセーさんのお手伝いをしてもいいのか不安になりました。

 

「あの、イッセーさん。ここで私がお手伝いしてもいいんですか?」

 

 だから、ついそう尋ねてしまったんです。すると、イッセーさんからこんな答えが返ってきました。

 

「アーシアが天界で人助けをする為の許可は、ゼノヴィアがこの後ストラーダ司祭枢機卿の元で修行する許可と一緒に取ってあるよ。だから、アーシアは何も心配せずにただ子供達を癒す事だけに専念すればいいんだ」

 

 ……つまり、私は政治や外交といった事は一切気にせずにただ目の前の子供達を全力で助ける事だけ考えればいい。そういう風にイッセーさんが予め手配してくれていた。そう思ったら、私は凄く嬉しくなってイッセーさんにお礼を言いました。

 

「イッセーさん、ありがとうございます!」

 

 すると、イッセーさんは軽く笑みを浮かべて私のお礼の言葉を受け取ってくれました。

 

「どういたしまして」

 

 そして、今度はガブリエル様とシスター・グリゼルダ、そして武藤神父に頭を下げてからお願いを始めました。

 

「ガブリエル様。武藤神父。シスター・グリゼルダ。無礼を承知の上でお願い致します。どうか私達にお力をお貸し下さい」

 

 イッセーさんから協力を求められて真っ先に返事をしたのは、武藤神父でした。

 

「一誠君、それはむしろこちらの台詞ですよ。どうか貴方達に協力させて下さい」

 

 協力を頼まれたのに逆に協力させて欲しいと申し出てきた武藤神父の姿を見て、ガブリエル様とシスター・グリゼルダはお互いに顔を見合わせるとイッセーさんに返事をしました。

 

「兵藤親善大使。武藤神父と同じ様に、私でよければご協力しましょう」

 

「私も熾天使(セラフ)の一席を担う者です。親善大使に頼りっぱなしという訳にはいきませんね」

 

 こうしてガブリエル様とシスター・グリゼルダのご協力も得られたイッセーさんはこの場で可能な子供達の処置を始める事を伝えてきました。これらを受けて、イッセーさんは処置の開始を宣言します。

 

「では、早速始めましょう。……イリナ、レイヴェル」

 

「うん、解ってる」

 

「承知しましたわ」

 

 ……そして、私にとってとても幸せな時間が始まりました。

 

Side end

 

 

 

 この場で処置が可能な子供達の処置を僕達が始めてから、およそ一時間後。

 

「ハイ、これでもう大丈夫ですよ。ゆっくりと目を開けてみて下さい」

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。今、わたしが見ているのが()()世界なの?」

 

「そうですよ。イッセーさんや私、それに今まで一緒に暮らしてきた皆さんがこうして目の前にいる。それが貴女の()()世界なんですよ」

 

 目に生まれつき宿した未来予知の力が余りに強過ぎて現在のものが見えなくなっていた子については、どういう処置を施すのかをアーシアと礼司さんに伝えた上で実際の処置はアーシアをメインとし、礼司さんにはアーシアのサポートをお願いした。その結果、礼司さんの的確なサポートもあってアーシアは見事にやり遂げた。ニコラスから心霊医術を学び始めてからまだ二、三ヶ月だが、アーシアは既に一人前のレベルに達しつつある事から、アーシアにはやはり治療に関しては天才的なところがあるのだろう。

 

「どうかな?」

 

「……痛くない。お日さまの光を浴びてもちっとも痛くないよ、天使様!」

 

「……良かった。私の浄化の光がちゃんと効いてくれたのね」

 

 また、母親が臨月間近にヴァンパイアから血を吸われて殺された事で中途半端にヴァンパイアの特性を得てしまい、それによって太陽の光に弱くなっていた子については、イリナの浄化の光でその子からヴァンパイアの特性だけを浄化するという処置を行った。熾天使であるガブリエル様の祝福の元、天使の力を強化する能力を持つシスター・グリゼルダのサポートもあってこちらの方も上手くいき、その子は太陽の下に出ても何ら問題のない普通の人間になった。この結果から、イリナが後天的に得た浄化の光の扱いに慣れてきた事が解ったので、これからは僕がいちいち口出しする必要はないだろう。

 

「一誠様、最後はこの子でよろしいのですね?」

 

「あぁ。この場で処置できるのはその子で最後だ。残りの子は色々と準備してからでないと処置できないし、中には神の子を見張る者の協力が必要になる子もいる。だから、色々な意味で少し時間が必要なんだ」

 

「解りましたわ。では、この子の処置が終わってからで結構ですので、子供達への説明をお願い致します。流石に一誠様が直接説明しないと、子供達も納得してくれないと思いますわ」

 

「それもそうだね」

 

 レイヴェルにはこの場で処置が可能な子が誰なのか、また誰が担当するのかを伝えた上で子供達の案内を頼んだ。それに対して、レイヴェルは持ち前の能力をフルに発揮して子供達を滞りなく僕達の元へと案内していった。また待っている子供達にはアウラやドゥン、それに伝説の聖剣の使い手であるゼノヴィアさえも話し相手として上手く宛がう事で大人しくしてもらう辺り、レイヴェルも中々に卒がない。

 こうしてそれぞれが担当した事を順調にこなしていき、最後の子も僕が直接処置する事で速やかに終える事ができた。残っている子供達については、アザゼルさん達神の子を見張る者の協力が必要だったり、処置する上で必要な素材をこれから調達しなければならなかったりといった理由でこの場での処置が不可能である事を説明し、その一方で準備さえ整えればすぐに処置を施せる事もしっかりと伝えた。本当なら今すぐにでも背負い続けてきた重荷から解放してあげたいのだが、明らかに準備不足の状態で処置を行うのは愚の骨頂だ。考え無しに手を差し伸べるとどうなるのか、三年前にそれを嫌という程理解している。だから、「焦るな。焦っては駄目だ」と自分に必死に言い聞かせながら、子供達にはもう少しだけ待ってもらう様に頼み込む。その結果、この場での処置を受けられなかった子供達は僕の頼みを受け入れてくれた。その中でもクローズと同い年くらいの子は「アウラちゃんのパパの準備ができるまで待っていれば、ボクも元気になれるんでしょ? だったら、幾らでも待っていられるよ」と言ってくれた。……本当に、有難い事だった。

 

「……ミカエル様から親善大使殿はこっちにいるって教えてもらって、初顔合わせに欠席したお詫びも兼ねて会いに来てみれば、まさかこんな事になってたとはねぇ……」

 

 そう言いながら現れたのは、僕達より三、四歳程年上で神父服を纏った金髪の青年だった。端正な顔立ちで浮かべる柔らかな笑みからは、何処を突いても軽くいなされてしまう様な飄々とした印象を受ける。ただ、その緑の瞳からの視線には、僕に対するとても強い感情が込められている様にも思える。その感情の中身が何なのかを考えていると、その青年は挨拶と自己紹介を始めた。

 

「ども。初めまして、親善大使と天界訪問団の方々。自分、ミカエル様の元でジョーカーやらせてもらっているデュリオ・ジェズアルドと言いまっす。以後お見知りおきを~」

 

 ジェズアルドさんの第一印象ほぼそのままのカルい自己紹介に、僕と同年代のメンバーは完全に呆気に取られてしまった。ただ、初対面であるレイヴェルや教会出身でも流石にジョーカーである彼とは接点がなかったであろうアーシアはともかく、同じ悪魔祓いである事から少なからず面識がある筈のイリナやゼノヴィアまで一緒に呆気に取られているのはどうした事だろうか? 僕が意外な光景に首を傾げていると、ジェズアルドさんは僕に向かって頭を下げてきた。

 

「……っと、忘れる所だった。まずは親善大使殿、熾天使の皆様との初顔合わせの場に欠席した事を謹んでお詫びするっス。本当なら、あの場にはジョーカーである俺も出席する筈だったんスよ。ただこっちに来る前に色々あって到着が遅れるって聞いたから、それまで気分転換に散歩に行ってこようって思ったのが失敗だった訳で」

 

 ……余りにも聞いていた通りであるジェズアルドさんの言動に、僕は思わず吹き出してしまった。

 

「……瑞貴はジェズアルドさんの事を「青空の様な男」と言っていましたが、確かにその通りの方ですね」

 

 僕が笑いを堪えながらジェズアルドさんについて話を聞いていた事を明かすと、ジェズアルドさんは鳩が豆鉄砲を食った様な反応を見せた。

 

「ヘッ? 半年前まで偶に俺と組んで仕事していた瑞貴の事を知ってるっスか?」

 

 質問が思わず口を衝いて出てきた様な素振りを見せるジェズアルドさんに対して、僕は瑞貴が共通の友人である事と併せて瑞貴が使う閻水の製作者が僕である事も伝えた。

 

「知っているも何も、イリナやドライグ達を除けば最も付き合いの長い親友ですよ。それに、瑞貴の持つ浄水成聖(アクア・コンセクレート)に合わせて閻魔の水剣こと閻水を作ったのはこの私ですから」

 

「……クリスタルディ先生が「使い手次第ではエクスカリバーやデュランダルにも匹敵し得る」と絶賛し、それを瑞貴が見事に証明してみせたアレを作ったのは親善大使殿だったっスか。何故親善大使殿が急に技術者や研究者としても名が挙がる様になったのか、これで納得できたっス。いやぁ、世界って広い様で意外と狭いんだな。うんうん」

 

 最後は何度も頷いているジェズアルドさんに、僕はある事を頼み込む。

 

「ジェズアルドさん、私に対しては敬語を使わなくても結構ですよ。何と言うか、猫が犬の鳴き声を真似している様な違和感しかありませんから」

 

 僕がジェズアルドさんからの敬語を不要とした理由が余りに酷いと感じたのか、ジェズアルドさんは大きな声で反論してきた。

 

「ちょっ、それは流石に酷くないっスか!」

 

 ……ただ、自分の事を振り返ると当て嵌まる事があったらしく、ジェズアルドさんは最後には諦めた様に納得してしまった。そして、それに便乗する様な形で自分の事をデュリオと呼び捨てで呼ぶ様に言って来た。

 

「……まぁ、確かに俺って敬語を使うのも使われるのも苦手だからなぁ、もう納得するしかないっスわ。だから、公式の場でもなければ親善大使殿の事を遠慮なく「イッセーどん」と呼ばせてもらうよー。その代わり、自分より一個上である瑞貴に敬語を使わないんなら俺にも敬語はいらないし、呼び方も「デュリオ」で一つよろしくー」

 

 流石に「イッセーどん」と呼ばれたのは、これが初めてだな。

 

 ……デュリオから受け取った思いがけない「初めて」に、僕は少々ピントがずれた事を考えてしまった。

 




いかがだったでしょうか?

ここから少しペースを上げていけたらと思うのですが……。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十九話 ジョーカー、戸惑う

 天界や十字教教会が保護している子供達の内、その場で対処可能な子達に処置を施し終えたところで、以前は偶に瑞貴と組んで仕事をしていたという天界の切り札たるデュリオと初顔合わせを行った。その後は、元々顔見知りである礼司さんや薫君、カノンちゃんも交えて色々と話をした。その際、デュリオと組んで仕事をした時の瑞貴については意外な話が聞けた。普段は少々天然が入っているデュリオを冷静沈着な瑞貴が窘める一方、戦闘時には冷静・冷徹・冷酷の氷の精神で敵を討ち果たす瑞貴をデュリオがやり過ぎだと窘める事が結構あったらしい。この様に性格はもちろんの事、瑞貴が閻水で形成した聖水の剣と氷紋剣による接近戦を得手としているのに対してデュリオは現在確認されている十三種の神滅具(ロンギヌス)の中でも二番目に強力とされる煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)を用いた広範囲攻撃を得手とするなど戦闘スタイルも全く異なる二人ではあったが、それがかえってコンビとしてはいい方向に作用していた様だ。デュリオも「瑞貴が人間をやめてなければ、俺ももっと楽ができるんだけどねぇ~」と軽い感じで言ってはいるものの、頼れる相棒であった瑞貴と道を違えてしまった事を惜しむ気持ちも確かにあるのだろう。そうして孤児院の子供達や天界の子供達と一緒におしゃべりをしたり、一緒に遊んだりして天界における初日の活動を終える事となった。

 なお、デュリオが僕に向けていた強い感情の中身については大体の見当が付いた。切っ掛けはケーン君がデュリオに言ったこの一言。これでデュリオの抱いていた感情が一気に膨れ上がった。

 

― デュリオ兄ちゃん。僕が一人で歩けるようになって、それで皆も元気になったら、デュリオ兄ちゃんが見つけた美味しいものを一緒に食べに行こうよ! ―

 

 ……僕がデュリオの立場でも、やはり同じ感情を抱いたと思う。そして、人前ではその様な素振りを見せない様に必死に抑え込む事も。

 

 

 

Interlude

 

 一誠達天界訪問団と礼司達孤児院の子供達が天界の子供達と別れて天界における宿泊施設に向かうのを見送った後、デュリオは子供達に笑顔で別れを告げてから自分の部屋へと戻ってきた。そうして部屋に入るやテーブルの前にある椅子に腰を下ろしたデュリオは、椅子の背凭れに寄り掛かると右手で顔を押さえながら天を仰いだ。そして、この瞬間まで堪え続けてきたものを解放する。

 

「ウグッ……、ヒグッ……」

 

 右手に覆われた彼の顔からは、瞳から溢れる涙が滂沱として流れ落ちていく。デュリオは、一誠達がその場で対処が可能な子供達を次々と救っていった時からずっと堪え続けてきたのだ。……己の今までの生涯において、最も熱く激しいものとなるであろう歓喜の涙を。

 今まで、体を蝕む呪いの為に人間界では外に出歩く事すら敵わなかった子供達。天界でようやく安らぎを得たものの、その体は少しずつだが確実に衰弱してきていた。けして永くは生きられないと覚悟もしていた。だから、せめて少しでも楽しい思いをしてほしくて、切り札(ジョーカー)として世界中を駆け巡る中で時に観光地として有名な場所に出向いてその話をしたり、時にその土地で食べた美味しい物を自分の手で再現して食べさせたりもした。

 ……だが、デュリオが本当に望んでいたのはその様な事ではなかった。彼の本当の望み。それは子供達が元気になって自分のやりたい事をやったり、自分の行きたい場所へ行ったりと、そうした当たり前の事ができる様になってくれる事だった。

 

「ありがとう……。本当にありがとう……ッ!」

 

 歓喜の涙を流し続ける彼の口からは、ただただ一誠達に対する感謝の言葉だけが紡がれていった……。

 

Interlude end

 

 

 

 天界滞在二日目。

 

 前日に子供達と別れてからストラーダ司祭枢機卿と共に別行動となったゼノヴィアを除き、僕達は早朝鍛錬の為に今となっては完全に身内の修行場と化した模擬戦用の異相空間に来ていた。なお、流石に何の条件も無しに天界から直接こちらに来る訳にはいかなかったので、イリナ以外の天界陣営の人員も監視者として同行している。

 

「こんな「神仏クラスが全力バトルしても壊れない異相空間」なんて代物を個人で所有してるって、最初ミカエル様から聞いた時には軽いジョークだと思ってたけど本当だったんだねぇ」

 

「元々は兵藤親善大使と歴代の赤龍帝でも特に戦闘に秀でた方達が全力で模擬戦を行う為のものだと聞いていたので、てっきり殺伐とした荒野が広がっているとばかり思っていたのですが……」

 

 飛び入りで自ら監視者に志願したデュリオと駒王町を含めた区域の支部長を務めている事から僕達の案内役であるシスター・グリゼルダ。

 

「……この異相空間に存在する自然には多くの精霊達が宿っています。つまり、ここは生命が息づく上で必要な魂の調和が成立しているのです」

 

 そして、孤児院の子供達の世話がある為に早朝鍛錬には参加できない礼司さんだ。ただ、礼司さんの言葉の中に見逃せないものがあったらしく、シスター・グリゼルダは礼司さんに確認を取る。

 

「待って下さい、武藤神父。では、この異相空間は……」

 

「えぇ。後は新たな生命が生まれてくれば、ここは一誠君を創造主とする新しい世界として完成する事になります。ただ主の教えを説く者の一人としては、極限られた形とはいえ主の偉業の一つである天地創造を再現した事を称えるべきか、それとも畏れ多くも主の領域に足を踏み入れた事を責めるべきか、その判断に困ってしまいますね」

 

 ……あぁ、そうか。そういう見方もできる訳か。

 

 礼司さんが今言った様な意図など僕はおろかロシウと計都(けいと)も全くなかったのだが、ここで僕は今まで模擬戦や鍛錬にしか使っていなかったこの異相空間には色々な可能性がある事を知った。ただ、礼司さんの指摘によって僕が気付いた可能性についてはあまり触れずに、この異相空間の自然を構築・維持しているのが誰なのかを三人に伝えるに留める。

 

「それについては、ロシウと計都のお陰ですね。この二人が小まめに手を加えていなければ、シスター・グリゼルダがご想像になった光景のままでしたから」

 

 そう言いながら、僕は集合場所に本日の早朝鍛錬の参加者が全員揃うまでの間、ブリテンとほぼ同じ面積であるこの異相空間を案内していく。山や大森林、湖はもちろん、荒野や大氷原、砂漠と一つの異相空間にこれだけの環境を押し込めながらもけして破綻させていない事に対して、デュリオとシスター・グリゼルダは驚きと共に感心していた。やがて、転移を活用しながら一通り案内し終えて集合場所に戻ってきたところでデュリオがこの異相空間の環境について尋ねてきた。

 

「イッセーどん。この空間、……というよりはもう新世界って言うべきかな? とにかく、元々は全力の模擬戦の為だけに使うって割には色々な意味で環境が整い過ぎてない?」

 

「ここを作る前、僕は色々な世界で戦って来た。平原や荒野、船の上、市街地、それに山や森といった一般的な戦場はもちろん、活火山の噴火口のすぐ側に海の中、月面やその内側の世界、果ては人間やドラゴンの屍者(ゾンビ)にこちらの世界でも上位に位置するであろう怪物達が跳梁跋扈している地下百階の大迷宮、更には三途の河原やその先にある地獄にも行った事がある。そうした様々な環境での戦闘経験を踏まえた上で、この空間には様々な環境が設定されているんだよ」

 

 僕がデュリオの質問に答えると、デュリオとシスター・グリゼルダは困惑した様子で意見を交わし始めた。

 

「グリゼルダの姐さん。ひょっとして、イッセーどんって色々な意味で俺よりも経験積んでるんじゃないっスかね? これでも俺、色々な場所で仕事をこなしてきましたけど、流石に今イッセーどんが口にした様な場所にまでは行った事がないっスよ」

 

「ガブリエル様はミカエル様、そしてミカエル様はアザゼル総督から聞いたとの事ですが、兵藤親善大使はあのオーフィスと戦う以前にも神仏クラスと戦った経験があるとの事です。しかも一度だけでなく、何度も。その上、そうした別格の相手と戦う時に限って真聖剣や赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えないという重過ぎるハンデがあったとの事ですが、それでも兵藤親善大使は最後まで戦い抜いて生き残ったのですから凄まじいとしか言い様がありませんね」

 

「そんな化物相手に真聖剣や神滅具抜きで戦って生き残るって、煌天雷獄ありきの俺じゃまず無理だなぁ。イッセーどんが素で、しかも真聖剣でない聖剣一本でストラーダ猊下とやり合える訳っスわ」

 

 ……まぁ、確かに「その様な状況でよく生き残れた」と当時の状況を思い返す度に自分でも思うので、二人の気持ちは解らなくもない。だから、僕は二人の意見に対して苦笑いをするしかなかった。

 

「そうだよ、デュリオお兄ちゃん。パパはとっても強くてカッコいいんだから」

 

 一方、アウラは「エッヘン」と言わんばかりに胸を張って僕の事を自慢している。これには僕達四人はもちろん、アウラと一緒にここで待っていたイリナやレイヴェル、アーシアも笑みを浮かべていた。そうしてこの場が穏やかな雰囲気へと変わったところで、転移用の魔方陣が展開された。その魔方陣の様式はバアル家。……つまり。

 

「ヨウ、一誠! 今日もお前達が一番乗りか。今日こそは俺達が一番乗りしてやろうって思ってたのになぁ」

 

 まだ公表はされていないものの、既に冥界側の花嫁として内定しているエルレだ。

 

「叔父上、おはようございます」

 

 そして、一番乗りができずに悔しがっているエルレの後ろにはサイラオーグ率いるバアル眷属がついて来ていた。なお、サイラオーグは「要は時が来るまで公の場で堂々と呼ばなければいい」と判断したらしく、早朝鍛錬を含めたプライベートの場では僕の事を「叔父上」と呼んでくる様になった。

 ……何故サイラオーグ達も早朝鍛錬に参加する様になったのか、その経緯はとても単純だ。神の子を見張る者(グリゴリ)の本部でヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合処置が無事に終わった二日後の早朝、若手悪魔の会合の翌日からかつての師に再び師事しようとエルレの元を訪れていたサイラオーグが早朝トレーニングに出かけようとした際にこちらに転移しようとしたエルレを見かけた事で僕達の早朝鍛錬の事がバレてしまったのだ。向上心の塊であるサイラオーグが自分達の参加を希望しない筈もなく、間もなく根負けしたエルレが申し訳なさそうに僕に頼み込んできたという訳だ。

 そうしてサイラオーグ達が来たのを確認すると、僕の左手から光の球が飛び出してそのまま一人の男へと変わった。歴代赤龍帝における武の双璧の片割れ、「武闘帝(コンバット・キング)」ベルセルクである。サイラオーグはベルセルクの姿を見るや、すぐさま最敬礼で頭を下げる。

 

「師匠、おはようございます」

 

「オウ、サイか。昨日俺が出した課題、きっちりこなしてきただろうな?」

 

 ……実はこの二人、既に師弟関係となっている。現大王への謁見が済んだ後で僕と面会した時からベルセルクはサイラオーグに注目しており、早朝鍛錬への参加をサイラオーグが志願するとすぐさま「コイツは俺が面倒を見る」と言い出してきたのだ。そしてサイラオーグが力試しを挑んだ結果、赤龍帝の籠手の力を一切使えないにも関わらずに純粋な格闘術だけで完膚なきまでに自分を叩きのめしたベルセルクの事を素直に認め、「この方こそ我が師匠」と心から師事する様になったのだ。そうしてベルセルクが師として出した課題は、僕が幼い頃にこなしたものと同じものだった。

 

「ハイ。師匠が手本を示した演武をスローで百回、しっかりとこなしてきました。最初は「何故その様な事を」と思ったのですが、演武をスローで繰り返していく内に自ずと理解できました。……俺は、己の体の使い方が余りにも雑だったのだと」

 

「それを自分で解ったんなら上々だ、サイ。その上で言うが、テメェが今やるべきなのは体を鍛える事じゃねぇ。賢くする事だ。そうすれば、鍛えた体がお前の意思に正しく応える様になる。……最初に俺がテメェに言った言葉の意味、今なら解るな?」

 

「確か、「頭はバカのままでいい。その代わり、体を賢く育てろ」でしたか。……ハイ。今思えば、あれほど明確に俺が強くなる道筋を示した言葉はありませぬ」

 

 そのやり取りからサイラオーグがベルセルクを心から尊敬しているのが解るのだが、側で聞いているデュリオやシスター・グリゼルダはベルセルクが何を言っているのかまるで解らないらしく、しきりに首を傾げている。確かに、何も知らない状況でこの様な事をいきなり言われても普通は理解できないだろう。……尤も、幼い頃からベルセルクに鍛えてもらっている僕は骨の髄までベルセルク流に染まっているので、「頭はバカのまま」とは「戦いの場で余計な事は一切考えない」事であり、「体を賢く育てる」とは「様々な状況に応じて最適な動きを無理も無駄もなく行える様にする」事なので、つまりは無我の境地を目指せと言っているのだと理解できるのだが。

 こうした僕を含めた一部にしか理解できない様な二人のやり取りを見て、イリナとエルレがサイラオーグについて話を始めた。

 

「サイラオーグさん、まだ弟子入りしてから四日しか経ってないのにすっかりベルセルク流に染まっちゃっているわね。ベルセルクさんの考え方って余りに独特だから、私もちょっとついて行けないところがあるのに。きっと、ベルセルク流はサイラオーグさんにピッタリだったのね」

 

「サイ坊の奴、俺が鍛えていた頃よりずっと生き生きしているな。正直なところ、前の師匠としてはベルセルクの奴に嫉妬してしまいそうだよ」

 

 甥が新しい師匠の教えを受け始めてから僅かな期間で急速に成長しているのを見て少し拗ねているエルレに、僕はベルセルクがサイラオーグの弟子入りについてどう考えているのかを伝える。

 

「ベルセルクはサイラオーグが弟子入りした事を「こんな極上の素材を俺の流儀で一から仕込めるとはな」って、凄く喜んでいたよ。それに「ここまでサイを育て上げたエルレにはとても感謝し切れねぇよ」とも言っていた。だから、「サイラオーグを育てたのは、間違いなくこの俺だ」って、堂々と胸を張っていいんだよ。エルレ」

 

 ……また、ベルセルクからは固く口止めされているが、レオンハルトが祐斗を騎士としての後継者としている様にベルセルクもまたサイラオーグを自分の拳の後継者と見込んでいる。その意味では、この二人は出会うべくして出会ったと言うべきかもしれない。

 ただ、僕の励ましの言葉を聞いたエルレが何故か頬を赤く染めながら僕に向かって悪態を吐いてきた。

 

「……バカ野郎。何で狙った訳でもねぇのにさらっとそういう言葉が出てくるんだよ、この女誑し」

 

 男勝りで気の強いエルレがまさかその様な受け取り方をするとは思わなかった僕は、少なからず困惑する。ここで、イリナが言葉を挟んできた。

 

「イッセーくんって人の気持ちには敏感なんだけど、ちょっと天然な反応する事があるから。それにエルレは今さっき女誑しって言ったけど、イッセーくんってどちらかと言えば人誑しじゃないかしら?」

 

「成る程ね。あのサイ坊を誑かしたって意味では、確かに一誠は人誑しだな」

 

 イリナの酷い言い分にエルレが納得してしまったのを見て、僕はガックリと肩を落としてしまう。

 

「エルレはおろかイリナまでそんな事を言うなんて……」

 

 その様な僕の姿を見たアウラは、悪魔の羽を生やして僕の頭の高さまで浮くとそのまま僕の頭を撫で始めた。

 

「パパ、よしよし」

 

 ……幼い娘に慰められて心が癒されてしまった僕は、少しばかり疲れているのだろうか?

 

 

 

 その後、サイラオーグ達を含めた新規メンバーと共に従来のメンバーも続々と集まってきたので、それぞれの近況を伝え合ってから三時間ほどの鍛錬に励んだ。なお、ツァイトローゼ一家の様子を見て来ようと平行世界に向かったはやて達三人は流石に間に合わなかったらしく、本日の早朝鍛錬を欠席している。その為、レオンハルトの弟子である祐斗については最初の師匠で本日のサーゼクスさん達の付き添いでこちらに来ていた沖田さんが代わりに指導する一方、魔力を主体とするメンバー達の指導を担当するロシウの代役は沖田さんと同じくサーゼクスさんの付き添いで来ていたマクレガーさんが務める事になった。ただ流石にセラフォルー様はロシウ以外誰も指導できないので、この日はアリスと模擬戦をする事になっていたサーゼクスさんとアザゼルさんに合流している。 

 

「……グリゼルダの姐さん。俺、悪い夢でも見てるのかな?」

 

「デュリオ。私も同じ事を思いましたから、貴方の気持ちはよく解ります。ですが、これは現実です。受け入れましょう」

 

「いやだって、あんな小さな可愛い女の子を相手にトレードマークの紅髪(べにがみ)を黒く染めて全力出してる三大勢力最強の魔王を中心に堕天使総督と四大魔王の一人であるレヴィアタン様の三人がかりでやっと少しは勝負になってるといいなぁって光景、実際にこの目で見ても全然信じられませんって」

 

「しかも、攻撃がかろうじて通用しているのはルシファー様のみ。後のお二人はあのアリスという少女の体を薄く覆っている赤いオーラに攻撃を全て弾かれている様ですね。これが、兵藤親善大使が「人の形をした赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)」と評し、その赤い龍本人に「原初にして究極」と言わしめた初代の赤龍帝なのですか……!」

 

 ……尤も、三大勢力における最強クラスの三人を圧倒するアリスの姿を目の当たりにして、デュリオとシスター・グリゼルダは恐れ戦いていたのだが。

 

「それに、こっちはこっちでやっぱり夢としか思えない様な光景が広がってるし……」

 

 そう言ってデュリオが視線を向けた先には、遥か遠くから無数の氷と何かに抉られた様な跡が直線状に続いている荒野の中で聖水の剣と聖王剣を激しく交える瑞貴とアーサーさんの姿があった。

 

「フフッ。武藤瑞貴君、やはり貴方と剣を交えるのは実に楽しい。歳が近く、聖王剣を全力で振るってなお五分である相手などそれこそ禍の団(カオス・ブリゲード)にすらいませんでしたからね」

 

「最高峰の聖剣である聖王剣に選ばれた方にそう仰って頂けるとは光栄です。……尤も、世の中にはまだ上には上がいますけどね」

 

「それは私も承知しています。まだ直接剣を交えてはいませんが、かの剣帝(ソード・マスター)の佇まいを見ただけで嫌でも理解しましたよ。……何をどうやっても、一太刀で為す術なく斬り伏せられる自分の姿しか想像できませんでしたからね」

 

 実は、サイラオーグ達が早朝鍛錬に参加を申し出てきたその翌日から、ヴァーリ達もこの異相空間に来るようになった。特にアーサーさんは参加初日に瑞貴と真剣勝負を繰り広げて以降、ほぼ毎日の様に早朝鍛錬に顔を出しては瑞貴と剣を交えている。そうした二人が交わす言葉の内容はとても穏やかなものであるが、同時に行っている戦いの内容は苛烈そのものだ。瑞貴が水成る蛇を始めとする氷紋剣の技を次々と繰り出せば、アーサーさんは聖王剣による空間干渉を利用した攻撃を仕掛けてくる。具体的には刃の周りの空間を抉る事で見切りを狂わせたり、何もない所を刺して全く別の場所から刃を突き出したりと、かなり変則的な戦い方をしてきたのだ。しかし、自分の持つ感覚の全てを以て敵の動きを捉えられる瑞貴はその攻撃の全てをあっさりと捌いてしまった。ただ、流石に閻水に溜め込んだ聖水の量が聖王剣を相手取るには足りなかったらしく、剣の打ち合いになると瑞貴は聖王剣を直接受け止めようとはせずに太刀筋を見切って躱したり受け流したりと日本の剣術と同じ動きで対処した。その結果、二人とも攻め手を欠いて膠着状態に陥ってしまった。

 ……もはや若手最強剣士決定戦と化した二人の模擬戦を見て、僕の指導を受けに来たルフェイは感嘆の声を上げる。

 

「聖王剣を使った本気のお兄様と剣で互角に渡り合えるなんて、武藤瑞貴さんはいつ見ても凄いですね。……でも、あんなに楽しそうなお兄様を見るのはひょっとすると初めてかもしれません」

 

「僕とヴァーリ、セタンタと美猴の様に、アーサーさんもまた瑞貴の事を対等な好敵手と認めたんだろう。こうなると、ただ強いだけの相手にはもう興味が湧かなくなるよ。ヴァーリがそうだったみたいにね。……だから良かったね、ルフェイ」

 

「……ハイ!」

 

 自分の兄が道を踏み外す事なく生き生きとしている姿を見て、ルフェイは本当に嬉しそうだ。だが、そこに冷水を浴びせかける様な言葉がデュリオからかけられる。

 

「……ねぇ、イッセーどん。いい加減、現実から目を背けるのをやめてくれないかなぁ」

 

「確か、あの二人はここから20 kmは離れた森林の中で戦い始めた筈です。それが今こちらにいるという事は、あれだけ激しい攻防を繰り広げながらここまで移動してきたというのですか? しかも、あの森林からこちらに来るまでには、比喩表現でも何でもなく物理的に肌を焼いてしまう暑さの砂漠があったのですよ……!」

 

 ……そう。シスター・グリゼルダの言う通り、この二人は実に20 kmもの距離を戦いながら移動してきたのだ。しかもその間にある灼熱の砂漠をも突っ切って。どうやら、二人にとってこの世界の全てが剣を交える事のできる戦場であるらしい。ただ今のところはかろうじて巻き添えを食らった人がいないものの、ここから更に移動し続けると流石に洒落にならない。これで、あの二人にはここ以外ではけして刃を交えない様に言わないといけなくなった。このままでは、在りし日の二天龍の様に傍迷惑な存在となりかねない。

 一方、イリナと共に僕から()(どう)(りき)の指導を受けていたソーナ会長は、瑞貴の若手対抗戦への出場について本当に良かったのかと近くにいたエルレに尋ねていた。

 

「本当に武藤君が若手対抗戦に出場しても良かったのでしょうか? 確かに駒王学園の生徒の中では一誠君に次ぐ実力者である武藤君が出場できるのであれば、他の眷属と比べて明らかに有利となるので私達にとっては大変良い事なのですが……」

 

「アレを見ている限りじゃ、どう考えてもソーナ達のワンサイドゲームにしかならないぞ。……いや、バロール全開のギャー坊なら十分いけるか?」

 

 ここでエルレが瑞貴の対抗馬としてギャスパー君を挙げると、僕の指導を受けていたギャスパー君は驚きの余りに大声を出してしまった。

 

「えぇっ! ぼ、ぼ、僕ですかぁ! と、とんでもない! 瑞貴先輩って、あの祐斗先輩と元士郎先輩が二人がかりでも勝てない様な人なんですよ! ……あっ、いえ、今のお二人なら瑞貴先輩を相手に一騎討ちを仕掛けてもかなりいい所までいけそうですけど」

 

 以前の祐斗と元士郎の力で瑞貴の強さを言い表したギャスパー君は、そのすぐ後で現在の力量に沿う形に言い直した。すると、エルレも祐斗と元士郎について話し始めた。

 

「あぁ、ギャー坊の言う通りだな。実際、俺がヴリトラ復活後の元士郎と()った時にはかなりヒヤッとした場面が何度かあったし、ライザーの奴も祐斗相手にかなりマジになったって言っていたよ。この分なら、開幕戦までにはもうちょっと差が埋まるかもしれないね。たぶん、サーゼクスはアイツ等の成長速度をしっかり計算に入れた上で瑞貴の出場を止めなかったんだろうさ。……やってくれるじゃないか、サーゼクス。ただね、その計算にサイ坊を入れていないのは気に入らないな」

 

 最後にそう言うと、エルレは獰猛な笑みを浮かべる。きっと、「だったら、その計算をサイ坊に超えさせてやる」と考えているのだろう。この負けず嫌いな所はリアス部長に通じるところがある。この分では、ヴェネラナ様もまたエルレやリアス部長と同様に負けず嫌いなのだろう。どうやら、大王家に連なる女性達は相当に負けず嫌いであるらしい。

 そうしてエルレがサイラオーグを更に鍛え上げる事を決意していると、デュリオとシスター・グリゼルダが二人だけで話していた。

 

「ねぇ、グリゼルダの姐さん。……俺達って、実はかなりヤバいところだったっスかね?」

 

「私個人の気持ちとしては「その様な事はありません」と否定したいところなのですが、今も所々で行われている模擬戦を見る限りでは……」

 

 シスター・グリゼルダはそこで溜息を吐いてそれ以上言葉にするのをやめてしまった。

 

 ……なお、「生きた経験」が不足しているソーナ会長と元士郎以外のシトリー眷属については、ライザーの眷属やバアル眷属と共にリディアに頼んで召喚してもらった幻想種を相手に模擬戦を繰り返している。ただ、相手となる幻想種や戦場となる場所は毎回違うので、その場で情報を集めて対策を講じるまでの速さと正確さが重要になってくる。冥界入りした当初は情報収集のスピードが足りなかったり、得た情報に基づいて立てた対策が間違っていたりする事が多かったが、時間が経つにつれその様な事が減ってきているので成果としては上々だろう。

 一方、グレモリー眷属とサイラオーグはそれぞれ指導者がついているので模擬戦を行う事は早々なく、リアス部長はグレモリー卿とヴェネラナ様、朱乃さんはバラキエルさん、小猫ちゃんは計都、祐斗は沖田さん、そしてサイラオーグはベルセルクの元でそれぞれ鍛錬に励んでいる。また、本日の早朝鍛錬は欠席しているが、ゼノヴィアはストラーダ司祭枢機卿に鍛えてもらっているし、負傷者の治療の為に待機しているアーシアも時間があれば祈りを捧げている事からニコラスの言い付けをしっかりと守っているのだろう。

 そして、空の上では觔斗雲に乗って空を翔ける美猴にケルトの戦士の奥義である鮭飛びで同じ高さに上がってからルーン魔術で空中に足場を作って対抗するセタンタが熾烈な空中戦を繰り広げており、ここから遠く離れた草原ではドラゴン同士という事で偶々リディアの元に遊びに来ていたティアマットにヴァーリと元士郎が挑んでいる。

 なお、クローズについてはアウラやミリキャス君と一緒に「赤と青のシャボン玉を触って消す」ゲームで遊んでいるので、他と比べると微笑ましい光景となっている。尤も、赤のシャボン玉は手にある程度魔力が集まった状態、青のシャボン玉は手に魔力が全くない状態で触れないとそれぞれ消えない様に設定しているので、魔力の制御技術や集束効率を上げるトレーニングも兼ねているのだが。

 

「このままじゃ、流石に不味いよなぁ……」

 

 そう呟いたデュリオが早朝鍛錬への参加を申し込んできたのは、天界の各階層の視察に始まり、研究施設の多い第五天で技術者の天使達と意見交換を行った天界二日目の全日程を終了した後だった。

 




いかがだったでしょうか?

……キャラを一名、崩壊させてしまったかもしれません。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十話 いと高き天の原へ

※この回の話に合わせて、前作の序章第一話の一部を修正しています。


Prologue

 

 時は、一誠達が天界入りした日の深夜にまで遡る。

 

 この日の仕事を全て終えた熾天使(セラフ)達は、自らの住まいでもある「ゼブル」の中でも機密の面で重要度が低い事から改築工事の対象から外れている一室に集まっていた。そこでミカエルは他の熾天使達に紫藤イリナが龍天使(カンヘル)に転生するに至った経緯を説明する。

 

「まさか、紫藤イリナは最初に心持たぬ群体としての天使に転生していたとは。正直なところを言えば、彼女はその様な状態からよく自分の心を取り戻せたものですね」

 

 ミカエルの説明を聞き終えたラファエルが溜息交じりにそう零した様に、熾天使達は皆イリナの龍天使に至るまでの変遷に少なからず衝撃を受けていた。しかし、一方で「魂が光力に適応する事で人間は天使に転生する」という点に着目した者がいる。四大熾天使の一人であるウリエルだ。

 

「……だが、これによって天使の数をより増やし易い方法が得られたのではないか? 御使い(ブレイブ・セイント)は天使一名につき最大でも十二名と非常に限定的だ。だが、この方法であれば「個」のない群体としての天使ではあるものの、その人数には特に制限がない。天使の数が確実に減りつつある現状を踏まえると、やはりここは数を増やす事を優先させるべきではないのか?」

 

(こうなる事を恐れたからこそ、できればこのまま誰にも語る事なく歴史の闇へと葬り去ってしまいたかったのですが……)

 

 ウリエルが「光力注入による人間の天使化」に対して導入を視野に入れた意見を出してきた事で、ミカエルは話の流れが悪い方向へと向かい始めた事を悟った。やはり時期尚早だったかとミカエルは後悔しそうになったが、意外な所から待ったが掛かった。

 

「いや。この方法は実行しても徒労に終わるだけだ。失敗が目に見えている事など、最初からするべきではない」

 

「サリエル?」

 

 その思考は冷徹にして合理的である事から、物事の判断に個人の情など一切交えない。それ故に、サリエルはイリナの天使への転生を再現する事については積極的になるだろうとミカエルは密かに思っていた。それがまるで逆の意見を出して来た事にミカエルは戸惑いを隠せない。……しかし、サリエルはどこまでも冷静だった。

 

「話はそう難しい事ではない。心を持たぬ者など、横から悪意を軽く吹き込まれるだけで容易く堕ちる。踏み止まろうにもそれを為し得る自我がないのだからな。結果、増えるのは堕天使や悪魔のみ。それでは意味がなかろう」

 

 ……そして、それは御使いもまた同じ事。

 

 サリエルは言外にそう言っていた。彼は人間が天使に転生する事について、自然に転生するのならともかくこちらから積極的に転生させる事については元より否定的な立場であった。主たる聖書の神に仕える事を至上の悦びとする事から我欲というものが殆どない天使と知性を持つが故に我欲に満ちた人間では精神構造がそもそも異なっている以上、人間が本当の意味で天使になれる筈がないというのが彼の主張であり、今回の件もあくまで己の考えに則っただけで他意などはなかった。しかも、サリエルの話はここで終わりではなかった。

 

「何より、天界が既に悪意に晒されているという現実がある。そちらに対処するのが先だろう」

 

 サリエルからの唐突な意見に、ラグイルはどういう事かを反射的に問い質した。

 

「サリエル、そいつはどういう事だ?」

 

「昨日の顔合わせにおいて、本来ならば欠席するべきである私が出席せざるを得なくなった経緯。あれこそが悪意の存在を何より物語っている」

 

 サリエルは表情一つ変えずにそう言い放つと、ミカエルがその意図について確認を取る。

 

「あれは何者かが悪意を以て下級天使や教会の上層部といった者達を煽り、意図的に起こしたもの。貴方はそう見ているのですね、サリエル」

 

「……失礼を承知で言わせてもらおう。我等の指導者がけして無能ではないと解って安堵したぞ。あれ程解り易いものすら見抜けない様では、聖魔和合など悪魔や堕天使がこちらを弄ぶだけの言葉遊びで終わるのだからな」

 

 ミカエルが先の騒動の裏で蠢く悪意に勘付いていた事に対して、サリエルはどう考えても言葉にするべきでない事をハッキリ言葉にしてきた。それに対し、レミエルは溜息交じりで自分の意見を出てくる。

 

「サリエル、相変わらずキツイ事言うねぇ。まぁ、言っている事はけして間違ってないんだけどね。実際、サリエルも出席させる様に強く言い出した奴に軽く囁いて煽ったのは外部の奴みたいだから、このまま放置って訳にもいかないでしょ」

 

 レミエルはサリエルの言う「悪意」について、その尻尾を既に掴んでいる素振りを見せた。ミカエルはレミエルがどの様な手段を用いたのかを察して確認を取る。

 

「……信徒達に神託を伝える幻視の力の方向性を逆転させる事で、相手の見ていたものを自分の目に映したのですか。レミエル、貴方であればラジエルの代役が務まるのではありませんか?」

 

「えぇ~。それは勘弁してもらいたいね。だってメンド臭いし。それにあの子との初顔合わせが終わった後でラジエルに言い出しっぺを割り出すのを頼んだらピンポイントですぐに割り出してくれたから、ボクは幻視の応用で追跡できたんだよ。ラジエルの代役なんて絶対に無理だって。そもそもさ、主のお与えになった幻視の力を逆転させて使ったら、対象がたった一人でもかなりギリギリだったんだ。それであと一人でも幻視の力を逆転させて使ったら、ボクはほぼ間違いなく()()()よ?」

 

 自らの問い掛けに実情を交えて答えたレミエルに対し、ミカエルは無理難題を突き付けてしまった事を悟った。

 

「どうやら無理難題にも程がある事を突き付けてしまった様ですね。レミエル、今の話は忘れて下さい」

 

「了~解。……ところでさ、ラジエル。いつの間にそこまで力が戻っていたのさ? ボクはそれこそ時間がかかる事を見越してキミに頼んだから、こんなにあっさりと割り出せた事にビックリしたんだけど」

 

 ミカエルからラジエルの代役の件を忘れる様に言われたレミエルはそれを了解すると共に、ラジエルに調査対象が早急に割り出せた事への疑問をぶつけた。すると、ラジエルは自分の右の掌を見つめながらゆっくりと話し始める。

 

「……おそらくは親善大使と握手を交わした時でしょう。あの瞬間、私の見聞きできる範囲が全盛期とまではいかないものの、かなり回復しましたから」

 

 ラジエルから語られた驚くべき事実を前に、熾天使達は驚きを露わにした。しかも、話はラジエルだけに留まらなかった。

 

「貴殿もか。私の目もここ最近は邪視の暴走を抑えた後も疼きが残っていたのだが、かの者と握手を交わした瞬間に疼きが消えた。今までの経験から判断して、あと一月程は邪視が暴走する事はないだろう」

 

 創造主である聖書の神の死の影響を受けて著しく悪化した二人の状態が一誠との握手を境に僅かなりとも改善されたという事実を知り、熾天使達は困惑を隠せずにいる。

 

「……一体、どういう事なのでしょうか?」

 

 ミカエルの口から無意識に出てきた疑問について、答えられる者は誰もいなかった。

 

Prologue end

 

 

 

 天界滞在三日目のスケジュールも新たにデュリオを加えた早朝鍛錬に始まり、御使い(ブレイブ・セイント)に選ばれた者達や候補者との顔合わせに軽い手合わせと順調にこなしていき、ついに滞在予定の最終日となった。天界滞在に必要な気配遮断と魔力の波動反転用の魔導具(アーティファクト)が限界を迎えるのが昼過ぎなので、少し余裕を見て午前中には人間界へと戻る予定だ。そして、そのまま最後の外遊先となる高天原へと向かう事になる。

 ……実は一昨日の夜、礼司さんから指摘された新たな可能性に基づいて箱庭世界(リトル・リージョン)と名付けた模擬戦用の異相空間に三大勢力のトップを招いて極秘の会合を開き、カリスの正体について説明した。こうした極秘の会合を行う際、龍血晶を用いた龍門(ドラゴン・ゲート)による移動法は本当に便利だ。そうしてカリスの事を伝える相手についてはサーゼクスさん達に一任すると共にカリスの正体に関する情報は最重要機密として厳格に取り扱う事を確認した後、「たまには私も体を動かしたいのですよ」というミカエルさんの希望で制限時間を十五分に設定した模擬戦をタッグマッチ方式で三本行った。因みに勝敗については、このまま歴史の闇に葬った方がお互いの為だろう。

 

 

 

Interlude

 

 ―― 前日。冥界、魔王の執務室にて。

 

「如何為されたのですか、サーゼクス様?」

 

 サーゼクスの側に控えていたグレイフィアがふと笑みを浮かべた夫に問い掛けた。

 

「いや、昨晩密かに箱庭世界でイッセー君とアザゼル、ミカエルと一緒にやった模擬戦の事を思い出していてね」

 

 サーゼクスから返ってきた答えに対して、グレイフィアは冷静な声と表情で沙汰を下してから話の続きを促す。

 

「サーゼクス様、後でお話があります。お逃げにならない様に。……それで?」

 

 夫婦としての長い付き合いでグレイフィアが本気で怒っている事を察したサーゼクスは、内心では既に確定してしまった折檻への恐怖に震えながらも模擬戦の詳細について語った。

 

「……一本ごとに組み合わせを変えるタッグマッチ方式で三本やったんだが、イッセー君が全勝、他の三人が一勝二敗で終わったんだ」

 

 対戦方式と勝敗の付き方を聞いて、グレイフィアはある事実に気付いて驚いた。そして、それが正しいかを確認する為にサーゼクスに尋ねる。

 

「……お待ち下さい。それでは」

 

「あぁ。三人が三人ともイッセー君と組んだ時だけ勝っているんだ。しかも圧勝で。まぁ流石に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)という主力である能力が使えないイッセー君に合わせたから私については全力を尽くしたとは言えないが、それを抜きにしてもね」

 

 サーゼクスから自分の思った通りの答えが返ってきた事で、グレイフィアは一月程前の対オーフィス戦の事を振り返った。

 

「そう言えば、オーフィスと戦った時も兵藤親善大使が指揮を執り始めてからは戦闘に参加した他のメンバーの動きや連携が格段に良くなっていましたね」

 

「オーフィス戦で初めてタッグを組んだ事もそうだったんだが、イッセー君は味方に合わせるのが凄く上手いし、力だってどんどん引き出していく。だから、イッセー君と肩を並べて戦う度に私にはまだこんな力が眠っていたのかと驚いてばかりだよ」

 

 まるで友人の自慢話をする様に一誠の事を語るサーゼクスの無邪気な笑顔を見て、グレイフィアは内心悔しさに打ち震える。ルシファーという魔王の中でも特別視される名前を背負う事への重責に耐え続ける夫がこうした表情を浮かべるのは実に久しぶりであり、僅かな期間の付き合いでこの顔を愛する夫から引き出した一誠に少しばかり嫉妬してしまったのだ。

 

「……因みに、一番強かったのは?」

 

 その様な思いを表に出さない様に気をつけながら、グレイフィアが夫に一番強いと思ったタッグの組み合わせについて尋ねると、サーゼクスの口からある意味で当然の答えが返ってきた。

 

「私とイッセー君だよ。当然じゃないか、グレイフィア」

 

 ……なお、神の子を見張る者(グリゴリ)本部にある総督の執務室と第六天のゼブルにある天使長の執務室において、これとほぼ同じやり取りが執務室の主と幹部の間で行われている。

 

「俺とイッセーに決まってんだろ。解り切った事を訊くんじゃねぇよ、シェムハザ」

 

「私と兵藤君でしたよ、ガブリエル。こればかりは流石に譲れませんね」

 

 ……やはり、筋金入りの負けず嫌いでなければ一大勢力のトップは務まらないという事なのだろう。

 

Interlude end

 

 

 

 やがて天界を出る予定時刻の三十分前となり、正装である不滅なる緋(エターナル・スカーレット)に着替えた僕は、同じく正装に着替えたイリナとレイヴェル、天界用の白いワンピースを着たアウラ、そして正装として駒王学園の制服を着たアーシアと共に天界の入り口に向かう。そこでは見送りとしてミカエルさんとラファエル様、現地集合となったゼノヴィアと彼女を鍛えていたストラーダ司祭枢機卿、そして高天原への外遊に上司として同行するガブリエル様が待っていた。なお、礼司さん達は僕達とは別の目的で天界を訪れていた事から一足先に地上へと戻っている。そしてガブリエル様とゼノヴィアが僕達の元へ移動すると、まずはラファエル様から話しかけてきた。

 

「兵藤親善大使、まずは貴方に感謝を。貴方の尽力のお陰で、今までは手の打ち様のなかった子供達を一部とはいえ救う事ができました。また、残された子供達についても十分に救う為の算段も付いている事から、貴方の存在は単に聖魔和合の象徴としてだけでなく主の教えを信仰する者達の希望となるでしょうね」

 

 ラファエル様から感謝の言葉を告げられたが、その顔には僅かに己の力不足に対する嘆きが出ていた。……余計なお世話とも思ったが、僕が子供達を救う事ができたのはその前があったからだという事をラファエル様に伝える事にした。

 

「いえ、私がこうして子供達に手を差し伸べる事ができたのは、ひとえに皆様が子供達を救う事をけして諦めてはいなかったからです。この様な事を私の口から申し上げるのもおこがましいのですが、どうか今後も救済の手を伸ばし続けて下さい。それこそが、神の愛と教えを信じ続ける方達の希望なのですから」

 

「……えぇ。主の御名において約束しましょう」

 

 ラファエル様はそう言ってから一歩前に踏み出すと、そのまま右手を差し出してきた。僕はそれに応える形で右手を差し出し、ラファエル様と握手を交わす。そうして握手が終わると、ラファエル様は元の位置に戻ってミカエルさんに話しかける。

 

「ミカエル、貴方が兵藤親善大使の事を惜しむ気持ちがよく解りましたよ。確かに何事もなく天寿を全うしていれば、兵藤親善大使はきっと私達の同胞となっていたのでしょう。……尤も、我々に比べれば一瞬の様に短くとも閃光の様に激しく輝く人生を人間として全うする事を望んでいたという兵藤親善大使がそれを喜んだとは到底思えませんけどね」

 

 ラファエル様の皮肉交じりの言葉に対して、ミカエルさんはただ苦笑いを浮かべるだけだった。そうしてラファエル様の次に話しかけてきたのは、ストラーダ司祭枢機卿だ。

 

「聖魔和合親善大使殿。私から贈る言葉は一つだけです。……若き(ともがら)よ。この時代に生まれて来てくれた事を心から感謝する」

 

 穏やかな笑みを浮かべながらそう語るストラーダ司祭枢機卿を見て、僕はここまで走り続けたこの方に約束するべき事があると悟った。だから、それをハッキリと言葉にする。

 

「では、こちらはストラーダ司祭枢機卿にお約束致しましょう。……アウラの様に後から続く子供達の為に道を切り拓く務め、これからは僕達が引き継ぎます。偉大なる先駆者たる貴方が胸に抱き続けた、勇気ある誓いと共に」

 

「……困ったな。これでもう本当に心残りがなくなってしまった」

 

 僕の言葉を聞き終えたストラーダ司祭枢機卿は、何かをやり終えて安堵する様な笑みを口元に浮かべた。そして、遂に出立の時刻となった。

 

「では、ミカエル様。これから親善大使達と共に高天原へ向かいます」

 

「えぇ。ガブリエル、兵藤親善大使の事を頼みましたよ」

 

「はい。この使命、四大熾天使の一人として必ず果たしますわ」

 

 ミカエルさんとガブリエル様が出立のやり取りを終えると、僕達はそのままミカエルさん達に見送られて天界を後にした。

 

 

 

 天界から礼司さんの教会に戻ってきた後、僕とイリナ、レイヴェル、アウラ、そして天界から同行してきたガブリエル様の五人は認識結界を展開して駒王町にある神社の一つへと向かった。何でも、その神社は母親の朱璃さんが姫島家の者である事から神社に思い入れのある朱乃さんの為にリアス部長が確保した物であり、日本神族と交わした特殊な約定によって悪魔でも問題なく境内に入る事ができるとの事だった。もちろん、アザゼルさんが家主の朱乃さんから利用許可を貰っているのは言うまでもない。因みに、天界に同行したアーシアとゼノヴィアについてはそのまま別れて冥界のグレモリー領へと戻る事になっている。

 礼司さんの教会から歩く事、二十分。僕達が朱乃さんの神社に辿り着くと、既にアザゼルさんが待っていてくれた。

 

「おう。来たな、イッセー。待ち合わせの五分前に到着か、スケジュール管理は上手くいっている様だな」

 

 アザゼルさんが声をかけてくれたので軽く挨拶を交わすと、そのまま高天原を訪問する最後のメンバーであるセラフォルー様を待つ。そうして三分程待っているとセラフォルー様がゴスロリ風の衣装でやってきた。「ここ一番!」という事で魔法少女の服装で来るという事は流石にしなかったらしい。僕が安堵の気持ちで密かに胸を撫で下ろしていると、セラフォルー様は明るい声で声をかけてきた。

 

「お待たせー☆ それとイッセー君にイリナちゃん、レイヴェルちゃん、お仕事お疲れ様☆ アウラちゃんも元気にしてたー?」

 

「ウン!」

 

 セラフォルー様が僕達に労いの言葉をかけてからアウラに手を振ると、アウラも笑顔で手を振り返した。そこでアザゼルさんがこちらの人員が全員揃った事を確認する。

 

「これでこっちは全員揃ったな。後は向こうからの出迎えを待つだけだ。……それにしても、改めて考えると凄い面子だな。他の神話の連中、特にあの骸骨オヤジは三大勢力の重要人物が雁首揃えて何する気だってイチャモンつけてきそうだぜ」

 

 アザゼルさんがこの現状を見て難癖をつけてきそうな存在を「骸骨オヤジ」と揶揄すると、ガブリエル様が名前をちゃんと呼ぶ様に窘めてきた。

 

「アザゼル、ハーデス様の事はちゃんと名前でお呼びしないと駄目ですよ」

 

 すると、アザゼルさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「……って事は、お前だって奴の事を俺達にいちいちイチャモンつけてくる骸骨オヤジだって思ってんじゃねぇか、ガブリエル」

 

 確かに、先程のアザゼルさんの言い様では他にも該当しそうな存在が何人かいそうだ。それにも関わらず、ガブリエル様はアザゼルさんが揶揄した相手をピンポイントで言い当ててしまった。つまりはそういう事なのだろう。一方、アザゼルさんからの反撃を食らったガブリエル様はそれっきり口を閉ざしてしまった。その顔を横目で見ると少し涙目になっていたので、アザゼルさんにしてやられた事が余程悔しかったのだろう。そうした他愛のないやり取りを三大勢力の重要人物が行っていると、駒王学園の夏服を着た男子生徒がこの神社にやってきた。

 

「兵藤先輩」

 

 僕に向かって声をかけてきた男子生徒の顔には、確かに覚えがあった。しかし、万が一にも間違いがあってはいけないので、念の為に確認する。

 

百鬼(なきり)か?」

 

 百鬼黄龍(おうりゅう)

 今年の四月に駒王学園の高等部に入学してきたばかりの一年生だ。その割には不思議と話す機会が多かったので、お互いに顔見知りとなっている。……尤も、単にそれだけではなかったのだが。

 

「はい。ただ、兵藤先輩が当代の赤龍帝だったなんて俺は全く気が付きませんでしたよ」

 

「ハハハ、その道の専門家である道士や忍者の赤龍帝に教わった隠形術にはそれなりに自信があるからね。それに、驚いたのは僕も一緒だよ。強い力を秘めていたから何かあるとは思っていたけど、まさか四神の長たる黄龍を宿していたとはね。……さて、おしゃべりはこれくらいにしておこうか」

 

「それもそうですね」

 

 そうして顔見知りである事から談笑していた僕達だったが、百鬼がここに来た用件を聞いていなかったので話を一端打ち切る事にした。百鬼も僕の意図を察して襟を正すと、自らの立場を明らかにする。

 

「兵藤聖魔和合親善大使を始めとする三大勢力の皆様、俺は百鬼家の次期当主で百鬼勾陳(こうちん)黄龍と申します。高天原には俺が責任を以て案内しますので、どうかよろしくお願いします」

 

「ホウ。一年の名簿でその名を見つけた時にもしやとは思ったが、やっぱり五大宗家、しかも筆頭である百鬼家の者だったか。それにしても、まさか百鬼の次期当主で百鬼が司る黄龍を名乗っている奴が駒王学園に通っていたとはな。それで、一番近くにいたお前に白羽の矢が立ったって訳だ。まぁ先代の黄龍とは色々あったが、それはもう水に流す事にするぜ」

 

 アザゼルさんが百鬼の自己紹介を聞いて感心した様に、百鬼は古来より魑魅魍魎から人々を守ってきた異能者集団として特に名高い五大宗家でも筆頭となる百鬼家の出身だ。因みに、朱乃さんの母方の実家である姫島家と椿姫さんの生まれが分家筋に当たる真羅家も五大宗家に含まれている。そして、この五大宗家の者でも特に強い力を持つ者にはそれぞれの家が司る霊獣の名が与えられる事から、百鬼家の司る霊獣である黄龍の名を持つ百鬼は日本においては屈指の実力者と言えるだろう。

 ……ただ、少し気になる事がある。その点について、イリナが尋ねてくれた。

 

「あの、随分と名前が長いみたいだけど?」

 

「あぁ。確かに俺の名前は今時殆ど馴染みがないでしょうから、解らなくてもけしておかしくはありませんよ。まして、紫藤先輩は日本よりイギリスで暮らした時間の方が長いみたいですから尚更ですね。俺の名前の内、勾陳は諱です。まぁミドルネームみたいなものですから、百鬼黄龍で構いませんよ」

 

 ……ひょっとして、百鬼は諱と仮名(けみょう)を一緒くたにしていないか?

 

 僕はそう思ったが、今ここで尋ねる様な事でもないのでこの場では何も言わない事にした。それによって、案内役である百鬼の説明が続く。

 

「それと、高天原と関わりの深い地獄からも護衛として幹部クラスの鬼が二名派遣されていますので、どうかご安心を」

 

「おいおい。強者揃いという噂もある地獄の鬼から二人も護衛につけるのか。日本神族は随分と大盤振る舞いしているな」

 

 護衛として地獄の鬼が二人派遣されると聞いたアザゼルさんは、日本神族が僕達の事を重く扱っていると見た様で少しばかり驚いている。

 

「えぇ。高天原の皆様からは、兵藤先輩はこちらにとっても特別な方だから礼を尽くして案内する様にと言い付けられています。その証拠に、アレをご覧下さい」

 

 ……僕が高天原にとっても特別?

 

 百鬼の思いがけない言葉に首を傾げる僕だったが、百鬼が空の方に手を差し向けたのでそちらに視線を向けると、何かが二つ見えてきた。

 

「……鬼が二人、雲に乗ってこちらへと近づいてきますわ 」

 

 レイヴェルが言った様に、二人の鬼が雲に乗ってこちらに近づいてきている。その二人の鬼の姿をハッキリと捉えた時、僕は未だかつてない程の激しい衝撃を受けた。

 

「……そんな、まさか……!」

 

 一年前までの僕の記憶を全て見ている事から、イリナもまた驚きを隠せないでいる。

 

「ね、ねぇ。イッセーくん……?」

 

 そして、僕の記憶の一部を継承しているアウラは大興奮だ。

 

「あぁ~! パパ! 風神の小父ちゃんと雷神の小父ちゃんだよ!」

 

 ……そう。今、雲に乗ってこちらに向かってくる二人の鬼の姿。大きな袋を抱えた青鬼は風神さんで、小さな太鼓を幾つも繋いだものを背中に背負った赤鬼は雷神さん。どちらも六年前に桃太郎さんと一緒に旅をした仲間のものと完全に一致している。もちろんこの二人はあくまでこの世界の風神と雷神であって、僕の知るお二人とは姿が似ているだけの全くの別人だ。

 

 ……そう、別人の筈なのだ。

 

 僕が内心葛藤している一方で、百鬼は自分が紹介する前から二人の名を呼んでいるアウラの事を訝しげに見ている。あるいは、僕の事をパパと呼んだ事も含まれているのかもしれない。ただ、その事を問い質そうとする前に風神と雷神と思しき二人の鬼が僕達の前に降りてきた為に、百鬼はまず二人の紹介を優先する事にした様だ。早速二人に自己紹介を促した。

 

「では、自己紹介をお願いします」

 

「ぴゅるるるるぅ! 我が名は風神! 高天原からの要請により、ここに参上した!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 我が名は雷神! 閻魔様より使者殿達の護衛を命じられ、ここに参上した!」

 

 その余りに独特な掛け声を聞いて、僕はこの風神と雷神にますますあのお二人を重ねてしまった。

 

 ……何もそこまで似ていなくてもいいのに。

 

 すると、アザゼルさんが驚きの声を上げる。

 

「見た目からもしかしたらと思ったが、やっぱり風神に雷神じゃねぇか! 地獄の鬼の中でも十本の指に入る実力者だぞ! 日本神族の連中は何処までイッセーに気を使っているんだよ!」

 

 ……本当に、その通りだった。正直な所、僕にはここまで日本神族から好意的にされる心当たりが全くないので非常に困惑している。そうした中、風神がアウラに声をかけてきた。

 

「ぴゅるるるるぅ! ところで、そこの(わらわ)

 

「あたしがどうかしたの、風神の小父ちゃん?」

 

 声をかけられたアウラが返事をすると、雷神がアウラが自己紹介の前から名前を呼んだ事について言及してきた。アウラが二人の名を呼んだ時にはまだかなり離れていた筈だが、どうやら相当に耳がいいらしい。

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! それだ! 何故、顔を合わせた事のない我等の名を知っていたのだ?」

 

 しかし、雷神はそこで牙の生えた厳つい顔でアウラの顔をジッと見ると、首を横に振った。

 

「……いや。我等が本当に訊きたいのはそれではないな」

 

 その雷神の言葉に風神が同意すると、驚くべき言葉が二人から飛び出してきた。

 

「そうだな、雷神。この童には我等が旧き友の面影がある。ならば、尋ねるべきはただ一つ!」

 

「童、単刀直入に訊こう! 童の父、ひょっとして一誠という名ではないのか?」

 

 風神の言葉を引き継いだ雷神からの問いに、アウラは元気一杯に胸を張って返事する。

 

「ウン、そうだよ! パパの名前は兵藤一誠! 一誠って言うんだよ!」

 

 そして、アウラの返事を聞いた二人の反応が余りにも決定的だった。

 

「ぴゅるるるるぅ! 何と! では、この童は我等が旧き友の娘か!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! では、ここが我等が戦友の住まう街か!」

 

 ……これらの反応である事を確信した僕は、一歩を踏み出して()()()の前に出た。

 

「風神さん、雷神さん。覚えていますか? ……僕です。一誠です。貴方達と一緒に桃太郎さんと世直しと鬼退治の旅をした、とても弱かった小さな子供です」

 

 僕が当時の事を持ち出して自己紹介すると、イリナとアウラを除く皆が首を傾げる中、お二人は僕の方を見て大きく目を見開いた後、親しく声をかけてきた。

 

「……おぉっ! 一誠、一誠ではないか! 我等の知る幼き姿から二周りは大きくなっているが、あの時の面影が確かにある!」

 

「確かに! 久しいな、一誠! しかし、これはまた随分と立派な男に成長したではないか! しかもこの様な娘までいるとは、これには我等も驚いたぞ!」

 

 ……もう、間違いなかった。

 

「やっぱり……! お久しぶりです、風神さん、雷神さん! お二人とも、お元気そうで何よりです!」

 

 お二人は、僕の知っている風神さんと雷神さんだった。

 




いかがだったでしょうか?

……この為の高天原行きでした。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十一話 幼き兵

Side:アザゼル

 

「風神さん、雷神さん。覚えていますか? ……僕です。一誠です。貴方達と一緒に桃太郎さんと世直しと鬼退治の旅をした、とても弱かった小さな子供です」

 

 イッセーが突然こんな事を言い出した時、この場にいた奴はほぼ全員が首を傾げるしかなかった。イッセーの言っている事がまるで理解できなかったからだ。例外はイリナとアウラ。イッセーの事をよく理解している二人だけは、むしろ納得している素振りを見せている。……そして、驚くべきはここからだった。

 

「……おぉっ! 一誠、一誠ではないか! 我等の知る幼き姿から二周りは大きくなっているが、あの時の面影が確かにある!」

 

「確かに! 久しいな、一誠! しかし、これはまた随分と立派な男に成長したではないか! しかもこの様な娘までいるとは、これには我等も驚いたぞ!」

 

 地獄の鬼の中でも屈指の強者である風神と雷神が、その厳つい顔に笑みを浮かべながら親しげに言葉をかける。この反応を見て、イッセーは満面の笑みを浮かべた。

 

「やっぱり……! お久しぶりです、風神さん、雷神さん! お二人とも、お元気そうで何よりです!」

 

 ここで、俺はようやく御伽噺の世界でイッセーが体験した初めての冒険の事を思い出した。……つまり、今目の前にいる二人の鬼は、まだ幼く弱かった頃のイッセーを知る貴重な存在という事になる。だったら、まずはコイツ等に対する認識を共有しないといけなかった。

 

「あ~、イッセー。懐かしい友人との再会を喜んでいるところを悪いんだが、こっちに解る様に風神や雷神との関係を説明してくれねぇか? いや、元々知っているイリナやアウラ、それに今ようやく事情が呑み込めた俺はともかく、他の奴等がどうもピンと来てねぇみたいだからな」

 

 俺が声をかけた事でようやく俺達を置いてけぼりにしていた事に気付いたのか、イッセーは頬を人差し指で掻きながら苦笑いを浮かべていた。……密かにイリナから聞いたんだが、あの仕草はイッセーが照れ臭かったり恥ずかしかったり、或いは何かを誤魔化したかったりする時、無意識に出てくる癖らしい。どうやら俺達の前で素の十七歳のガキに戻っていた事が照れ臭かったみたいだな。

 

「……確かに、百鬼はそもそも僕の事を殆ど知らないし、レイヴェルやセラフォルー様、ガブリエル様は概要を聞いただけですぐにはピンと来ないでしょうね。ただ、その前に一つだけ確認したい事がありますので、少しお待ち下さい」

 

 イッセーは俺達にそう前置きすると、風神と雷神に一つの質問をぶつけた。

 

「風神さん、雷神さん。僕はてっきり皆さんの世界は僕の住むこの世界とは別の世界だと思っていたんですけど、違っていたんですか?」

 

 ……まぁ、イッセーから直接話を聞いた俺やレイヴェル、セラフォルーもイッセーと同じ認識でいたからな。まずはそっちを確認しないと話にならないか。イッセーの質問の意味を理解したところで、問われた側である風神と雷神は共に考え込む様な素振りを見せる。何らかの事情で話せないというよりはどう説明すればいいのか解らないといった感じだ。

 

「一誠。それについてだが、お前の認識で合っているぞ。本来であれば、お前の住まう地と我等の地獄は繋がっておらぬ」

 

「それ故に我等もどう話せばよいか、よく解らんのだ。一誠よ、我等に少し考えをまとめる時間をくれ」

 

 そう言ってから二人で暫く考え込んだ末にようやく考えが纏まったらしく、イッセーの質問に答え始めた。

 

「今からもう三百年程前になるか。お前が桃太郎達と共にカルラを退治してから十年程経ち、赤い海に一度沈んだ大地の復興が進み、我等鬼の新しい(まつりごと)も軌道に乗ったのを見届けたアジャセ王子様と夜叉姫様が新たな道へと旅立っていった後の事なのだが……」

 

 風神がそう切り出した後、続く雷神から予想外にも程がある言葉が飛び出してきた。

 

「我等の地獄とこちらの地獄が、何の前兆もなく突然繋がったのだ。驚いたぞ。突然地獄が広がったかと思えば、そこには今まで一度も会った事のない鬼達がいたのだからな」

 

 おいおい、こっちと向こうじゃ時間軸が全然違うじゃねぇか。何せ、イッセーがコイツ等と冒険したのが十一歳の頃、つまりは六年前だ。だが、向こうでは実に三百年もの昔の出来事になっている。しかも、向こうの地獄とこっちの地獄、まぁ正確には日本神話の地獄ってところか、それと繋がったのはその僅か十年後だ。イッセーの奴、明らかに世界だけでなく時間まで飛び越えてやがる。

 ……しかし、三百年前か。そう言えば、地獄の鬼達が実は一人一人が一騎当千を誇る強者だったって事実が広く知れ渡ったのがちょうどその頃だったな。そうなると、地獄の鬼で強者に数えられている奴の多くがあっちの出身だって考えた方がよさそうだ。それどころか、コイツ等がこっちの地獄を制圧しちまった可能性だってある。イッセーも同じ可能性に気が付いたんだろう、風神と雷神に確認を取っていた。

 

「……まさかとは思いますけど」

 

 すると、風神と雷神からはどう判断すればいいのか解らん答えが返ってくる。

 

「安心せよ、一誠。こちらの地獄に住んでいた鬼とは争い事など起こしてはおらん。ただ、我等は鬼だ。お互いを解り合う為に力比べはやったがな」

 

「こちらの鬼も中々に強くてな! 何とも楽しい力比べであった!」

 

 殺し合いはせずとも、力比べはやるか。……何か、殺し合いは大嫌いでも競い合いは大好きなイッセーみたいだな。風神と雷神の答えに対して俺がそう思っていると、当の本人であるイッセーは安堵の息を吐くと共に納得の表情を浮かべていた。

 

「戦いを相互理解の手段とする皆さんらしいですね。まぁ相手こそ選んではいますけど、僕も皆さんに倣って真剣勝負で語らい合う事はよくしていますよ。下手に言葉を重ねるより、余程お互いを理解し合えますから」

 

 イッセーが力比べの意味をそう語ると、風神と雷神は呵々大笑し始める。

 

「ぴゅるるるるぅ! そうだろう、そうだろう! 戦いでは、いくら誤魔化そうとしてもその者の性根が必ず現れる! そして真に強き者ほど振るう力に心が宿る! 故に鬼は戦いを好み、強き者を認め敬うのだ!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! そして、我等鬼は桃太郎を始めとする真に強き者達との戦いを通じて、愛と勇気と友情を学んだのだ! 一誠! 幼いながらも最初から桃太郎についていき、最後まで支え続けたお前の戦う姿からも我等は学ばせてもらったぞ!」

 

 ……イッセーが時々見せる脳筋の源流はコイツ等か。成る程、確かに戦闘狂ではあるが真っ向勝負を望む傾向があるヴァーリとはかなり気が合いそうだ。そんな風に俺が考えていると、レイヴェルがイリナに鬼について尋ねていた。

 

「イリナさん。かつて一誠様が幼い頃に戦ったという鬼とは、この様な方達ばかりなのですか?」

 

「そうね。鬼の人達って、物凄く負けず嫌いで自分の考えが正しいって思い込んだら中々変えない頑固者なんだけど、戦いはいつだって真っ向からの正々堂々で、嘘を吐いたり卑怯な事をやったりするのが大嫌いなの。そして、一度自分が間違ってるって気付いたらすぐに非を認めて改めるし、戦いに負けたら潔く負けを認めて勝った相手を褒め称える。そんな凄く気持ちのいい人達よ。……こんな事を十字教の信徒で龍天使(カンヘル)である私が言うのは不味いんだろうけど、実は鬼の人達とは一度会って話をしてみたかったの。凄くいい人達ばかりだって、イッセー君がいつも笑顔で私やアウラちゃんに話していたから」

 

 ……前言撤回。気が合うなんてモンじゃねぇ。むしろ、ヴァーリがこれからの生き方を選ぶ為の指標の一つにできる奴らだ。こんな事なら、ヴァーリに一声かけとくんだったな。レイヴェルからの問い掛けに対するイリナの答えを聞いて、俺はヴァーリがこの場にいない事を惜しんでいたんだが、どうやら話はまだ終わってはいない様だ。

 

「ところで、雷神よ。先程の言い方にはいささか語弊がある。正確には、今まで会った事もない鬼達()いたと言うべきであろう」

 

「おっと。そうであったな、風神。オレとした事が少々迂闊であったわ。それで、今風神が「いささか語弊がある」と言った理由なのだが……」

 

 風神から間違いを指摘された雷神は、ここで訂正した情報をイッセーに伝えてきた。

 

「こちらの地獄で新たな生を得ていたダイダ王子様と酒呑童子様が、元気なお姿でこちらの地獄の鬼達と共に立っておられたのだからな。そして、こちらの地獄で既に名を上げておられたお二人の仲立ちがあったお陰で、我等はこちらの鬼と争わずに済んだのだ」

 

「……えっ?」

 

 ……呆然と立ち尽くすイッセーの姿を見るのは、これが初めてかもしれねぇな。イッセーにとって、今出てきた情報はそれだけ衝撃的な事なんだろう。やがてイッセーは我に変えると、勢い込んで風神と雷神に確認を取り始めた。

 

「本当ですか! 本当にダイダ王子と酒呑童子さんが……!」

 

 すると、風神と雷神からはイッセーの望んだであろう答えが返ってくる。

 

「そうだ、一誠。お二人とも、三百年程前に再会した時には壮健であられたぞ。そして、今もご健在で伐折羅(バサラ)王様から命じられた務めを果たされておる」

 

「酒呑童子様は大江山にて配下の四天王と共に京に住まう妖怪達を外敵から守護し、ダイダ王子様は我等鬼の大使として高天原に駐在しておられるぞ。……安心したか、一誠?」

 

 ……雷神からそう声をかけられたイッセーは、その瞳から滂沱の様に涙を流していた。

 

「……よかった。本当によかった……!」

 

 感極まって泣き出したイッセーに対し、風神と雷神はそっとイッセーの肩に手を乗せる。

 

「体は目を見張る程に大きく成長し、更には父となって娘を儲けても泣き虫なのはそのままか」

 

「だが、お前が今涙を流して泣いても、我等はそれを軟弱などとは思わんぞ。三百年前にお二人に再会した折、誰一人として喜びの涙を流さなかった鬼などおらなんだからな」

 

 イッセー達のやり取りを聞いて尋常でないものを感じた俺は、イッセーの事をこの世で最も理解しているイリナにどういう事なのかを尋ねた。イッセーが以前自分の過去について話をした時、異世界での冒険については何処でどういう冒険をしたという概要だけで誰がいつどんな風に死んだといった詳しい事までは聞かされていなかったからだ。

 

「イリナ、酒呑童子とダイダ王子か? その二人、一体どんな死に方をしたんだ? あのイッセーがここまで取り乱したり、向こうの鬼が再会した事を全員泣いて喜んだりなんて、絶対にまともな死に方をしてねぇぞ」

 

 すると、イリナは暫く逡巡した後に苦衷の表情を浮かべながら二人の死に方について話し始めた。

 

「……ダイダ王子の方は、何度も戦った後にようやく解り合えたところを世話役である鬼に不意を突かれて殺されたそうです。ただ、イッセーくんはその前に酷く衰弱して戦線を離脱していたので直接立ち会ってはいません。一方、酒呑童子さんの方はイッセーくんや一緒に旅をしていた桃太郎さん達に負けた罰で牢に繋がれた上に拷問でボロボロになっていたのに、それを押して海底の硬い岩盤を砕いて敵の罠に落ちたイッセーくん達を助け出した後、力尽きてしまったそうです。実は、さっきイッセーくんが酷く衰弱して戦線を離脱していたって言いましたけど、それはその少し前に奈落の底という深い海の底の洞窟に囚われていた閻魔大王様を助ける為に、イッセーくんは命の力を注がないと破壊できない呪いの牢獄に死ぬ一歩手前まで命の力を注ぎ込んでいたからなんです」

 

 ……イリナが話し辛い訳だ。まともじゃねぇと思っていたが、まさかここまでとはな。特に酒呑童子については、閻魔大王を助ける為に文字通り身を張って命懸けで頑張ったってのにかえって罠に嵌まっちまった挙句、逆に命と引き換えに助け出してもらったんだ。そりゃ当時はまだ十一歳のガキであるイッセーにとっては、とてつもなくデカいトラウマになるだろうな。それにしても、当時のイッセーは今からはとても考えられねぇくらいに無茶してるんだな。まぁ、それで自分がしこたま痛い目を見たからこそ、他の奴には無茶をするなってきつく言い付けているんだろうけどな。

 俺がイッセーの歩んできた道程について思いを馳せていると、百鬼黄龍が申し訳なさそうにイッセー達の話に割って入ってきた。

 

「風神さん、雷神さん。旧交を温めているところを申し訳ないと思いますし、俺としても兵藤先輩に一つ訊きたい事がありますが、そろそろ本題に入って頂かないと……」

 

 百鬼黄龍から話を進める様に促されると、その言葉に納得した風神はイッセーに事実確認を行う。

 

「ウム、確かに勾陳の言う通りだ。友との楽しい語らいにかまけて、与えられた命を疎かにする訳にはいかん。……さて、一誠。それぞれの勢力の代表やその案内役である勾陳と共にお前がいるという事はお前が聖魔和合親善大使という名の使者でよいのだな?」

 

 当然、イッセーは自分が護衛対象の一人である事を肯定した。

 

「ハイ。でも、まさか風神さんと雷神さんが護衛としてこちらに来てくれるとは思っていませんでした」

 

 そして、自分達の護衛が旧友であった事については予想外だった事をイッセーが伝えると、雷神が自分達も同じである事を伝えてきた。

 

「それは我等も同じ事だ。まさか護衛する相手がお前だったとは思いもよらなかったぞ」

 

 ……尤も、それはこの場にいる全員に言える事だろうがな。

 

「では、今から高天原までお前達を連れていく。何、我等の雲に乗れば高天原までひとっ飛びよ!」

 

「故に、雲を呼び空を飛べる我等が使者殿の護衛に選ばれたのだ!」

 

 風神と雷神はそう言うと、俺達全員が乗っても余裕がある大きさで雲を作り出してしまった。そして、まずは好奇心旺盛なアウラが雲に駆け寄って飛び乗ろうとする。だが、その前にアウラがハッと何かに気付いた様な素振りを見せて立ち止まると、風神と雷神の方を向いてお願いを始めた。

 

「あの、風神さんと雷神さん。この雲に乗ってもいいですか?」

 

 ……勝手に乗らずに雲を作った二人に許可を求めた事といい、さっきまで「小父ちゃん」呼びしていたのにお願いする時はそれをせずにちゃんと敬語を使った事といい、いくら父親譲りの賢さがあるとはいえ、精神年齢が六、七歳程の子供がそうそう自発的にできる事じゃねぇ。それができたのは、イッセーとイリナの教育がアウラにしっかりと行き届いているからだ。既に解っちゃいたが、アイツ等は親としての務めをしっかりと果たしてやがる。

 

「構わんぞ! そもそも、その為に作った雲なのだからな!」

 

「さぁ、遠慮せずに乗るがいい!」

 

 おそらく、その辺りを察したんだろうな。二人の鬼はアウラからのお願いを快諾した。

 

「ありがとうございます! 風神さん、雷神さん!」

 

 アウラは風神と雷神に一言お礼を言うと、一番乗りで風神と雷神の作った雲に乗り込む。

 

「わぁっ……! パパ! ママ! この雲、凄くフカフカだよ!」

 

 雲に乗ってその感触を満喫しているアウラの姿を、俺達は微笑ましく見ていた。それは風神と雷神も同じ様で、牙の生えた厳つい顔に笑みを浮かべている。

 

 ……地獄に住まう鬼の一族か。今後、子供相手にこういう顔ができるコイツ等とは上手くやっていかないとな。

 

 アウラに続く形で次々と雲に乗り込んでいく中で、俺は地獄の鬼族とは友好関係を築くべきだと判断した。ただ、今まで全く接点がなかった為に一から外交ルートを構築していかないといけねぇ。しかも、友好関係の構築については鬼達との繋がりが強い高天原の連中を通してやらないと、色々な形で誤解されかねない。幸い、鬼達はもちろん何故か高天原も特別視しているというイッセーが仲介してくれるだろうからまだマシだが、それでもタミエルを始めとする営業の連中にはかなり負担をかけちまうだろう。だが、こればかりは仕方ねぇ。イッセー個人との繋がりが相当に強い事が確定である以上、鬼族との友好関係の構築は俺達三大勢力にとっては急務となる。特にイッセーが直接所属している悪魔勢力は最優先で取り組まなきゃならないだろう。現に、セラフォルーは「高天原から帰ったら、スケジュールを全面的に見直さないと……」と呟いているし、ガブリエルもかなり真剣な表情で考え込んでいる事から、事の重要性をしっかりと理解している様だ。だから、俺達神の子を見張る者(グリゴリ)が天界や悪魔達に後れを取らない様、タミエルには頑張ってもらわないといけなかった。……尤も、流石にタミエルに全て丸投げって訳にもいかないだろうがな。

 

「状況によっては、俺自ら鬼の住まう地獄に出向く事も考えておかないとな」

 

 俺を除いた全員が雲に乗り終えた時、こんな言葉が思わず俺の口から出ていた。

 

 ……ここ最近はトップである俺が率先して外回りに出ている辺り、何気に俺も一誠シンドロームに感染しているのかもしれねぇな。

 

 そう思ったら、何だか俺の精神が若返った様な気分がして、少し可笑しくなった。

 

Side end

 

 

 

 風神さんと雷神さんが作り出した移動用の雲に乗り込んだ僕達はそのまま高天原へと向かう事になった。僕達が雲の上に座ると、雲がフワッと浮いてそのままかなりの高度まで上がっていく。そして上昇が止まった所で雲の先端が西の方角に向くと、いきなり最高速と思しきスピードで動き始めた。本当なら反動で後ろにのけ反ったりバランスを崩したりしそうなものだが、どうも雲の上はそういった物理的な影響を受けない仕様になっている様だ。それに高速で空を飛んでいる今も前や横から強烈な風が吹きつけてくる様な事もないので雲の上は快適だった。

 

「うわぁっ。はや~い!」

 

 だから、僕の膝の上に座っているアウラが次々と前から後ろへと流れていく風景を見て喜ぶ余裕もある。そうした高速でありながらも穏やかな雲の旅を満喫している中で、百鬼が僕に話しかけてきた。

 

「兵藤先輩。一つ、質問してもいいですか?」

 

「百鬼、どうしたんだ?」

 

 僕が話に応じる構えを見せると、百鬼は僕に心なしか戸惑いながら問い掛けてくる。

 

「ひょっとして、兵藤先輩は「幼き(つわもの)」なんですか?」

 

「……はぁっ?」

 

 僕は百鬼の質問の意味が解らずに思わず声を出してしまったが、風神さんと雷神さんが僕の代わりに答えてしまった。

 

「ぴゅるるるるぅ! そうだ、勾陳! 一誠は我等が高天原の神々に語り、やがてお前達の家にも伝わる様になった桃太郎達の英雄譚における「幼き兵」本人だ!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 尤も、当時はよく泣いておったから、金太郎からはよく「泣き虫一誠」と呼ばれておったがな!」

 

 ……この人達には本当に情けない姿ばかりを見られてしまっている。だからこそ、この人達の前では変に取り繕う必要もない訳なのだが。

 

 内心恥ずかしい思いをしている所に、セラフォルー様が今の話が本当なのかを確認してきた。

 

「ねぇ、イッセー君。その話、本当なの?」

 

「えぇ。当時は解り合えた鬼を目の前で殺されたり、小さな村を作って共存していた人と鬼がカルラという鬼に虐殺されたりすると、悲しみを堪え切れずに大声で泣いてしまいましたから」

 

 僕が当時の情けない姿を思い浮かべた事で恥ずかしさを感じつつも素直に白状すると、セラフォルー様は何故か何とも言えない表情を浮かべる。

 

「……それ、絶対に泣き虫なんかじゃないと思うんだけど」

 

 セラフォルー様がそう呟いた所で、アザゼルさんが突然大声を上げた。

 

「……あぁっ! そうだ! 今思えば、バラキエルの奴から惚気話のついでに散々聞かされた御伽噺に出てくる「幼き兵」とイッセーから聞いた過去の話の一部が完全に一致しているじゃねぇか! 何で俺も朱乃もあの時に気が付かなかったんだ!」

 

 ……そう言えば、朱璃さんは五大宗家の一つである姫島家の出身だった。それなら、五大宗家に伝わっているという桃太郎さん達の話を子供である朱乃さんに聞かせただろうし、その場にバラキエルさんも立ち会った事もあるのだろう。この分だと、他の人達もバラキエルさん経由で桃太郎さん達の話を知っているかもしれない。その事実に思い至った僕は、桃太郎さん達の頑張りを少しでも多くの人達に知ってもらえた事、そしてそれを立派だと認められた事がとても嬉しくなった。そこでふと百鬼の方を見ると、百鬼は何故かソワソワして落ち着かない素振りを見せている。

 

「あ、あの。兵藤先輩。後で色紙を用意しますから、……サイン下さい!」

 

「な、百鬼?」

 

 百鬼から突然訳の解らない事を頼まれて困惑していると、百鬼が「幼き兵」をどう思っていたのかを語り始めた。

 

「……小さい頃に五大宗家に伝わる桃太郎達の話を聞いてから、俺はずっと憧れていたんです。他の誰よりも幼いのに、最初は力だって弱かったのに、桃太郎達に一生懸命ついて行って、最後には頑なだった鬼の王の心を動かしたり、神々に連なる月の民の血を飲んだ事で神にも匹敵する程の化物と化したカルラを著しく弱体化させて決定的な好機を作り出したりした「幼き兵」に。特に、全ての悪行の真犯人である異端の鬼カルラとの最終決戦の時の「幼き兵」は凄く格好良かった。あんな風に俺もなりたいって凄く思ったんです」

 

 ……一体、風神さん達は僕の事をどの様に語ったんだろうか? 百鬼からの余りの高評価に僕は戸惑いを隠せない。すると、当時の僕の事が気になったのか、セラフォルー様が百鬼にカルラとの最後の戦いの時の僕について尋ねていた。

 

「ねぇねぇ、百鬼君だっけ。その時のイッセー君って、どんな感じなの?」

 

「その時の「幼き兵」の台詞は一言一句、しっかりと覚えていますよ。「カルラ、僕はお前を絶対に許さない! でも、僕はお前を殺したりはしない! ただ、お前が傷付け殺してきた全ての命に心の底から「ごめんなさい!」と言わせるだけだ! ……この一撃は必殺に非ず。悪しき敵に必ず勝ち、そして懲らしめた敵を必ず生かす。故に、この一撃は必勝にして必生(ひっしょう)! 邪な力よ、散れぇぇぇぇっ!!!!!!」……この台詞と共に放たれた「幼き兵」による必勝にして必生の一撃は、カルラの力の集束点を見事に射抜いて月の民の血を飲む以前のそこまで強くない状態にまでカルラを弱体化させたんです。すると、月の民の血が体に合わなかったのか、それともカルラの殺した者達の怨念によるものなのか、少しずつカルラの体が石化していたのがそれを境に一気に加速しました。そこで一気に押し切ろうと浦島太郎が回復の術で全員を回復させて、そこから鬼の王の娘である夜叉姫の流れ星の術と金太郎の渾身の頭突き、そして桃太郎の鹿角(ろっかく)の術から繰り出した会心の一撃がダメ押しとなってカルラの体が完全に石になったんです。桃太郎達って、世界を崩壊させたカルラですらけして殺そうとはしなかったんですよ。敵と戦う事はしても殺したりはせずに、ただ懲らしめるだけ。それが桃太郎とその仲間達なんです」

 

 ……ウン。カルラとの最終決戦、その大詰めの展開については僕の言葉を含めてほぼ合っている。普通なら口にできない様な言葉も戦いの中では平然と口にできる様になるのは、きっと戦いの中でも心からの言葉をぶつけ合う桃太郎さん達や鬼達の影響だろう。それだけに、当時の僕の言動をその場に居合わせている筈のない第三者から聞かされて、今の僕は物凄く恥ずかしかった。

 

「……イッセー君って、六年前から本物のヒーローだったんだね☆」

 

 その一方で、百鬼から僕の話を聞き終えたセラフォルー様は笑顔で僕を褒めてきたが、今の僕にとってはただ恥ずかしいという感情の炎にガソリンを注ぎ込むだけだ。きっと、今の僕の顔を真っ赤になっているだろう。だが、話はそこで終わらなかった。

 

「……後でバラキエルと朱乃に姫島家に伝わっている桃太郎の話をもう一度詳しく聞いてみるか。それがそのままイッセーの英雄譚にもなるんだったら、利用しない手はないよなぁ」

 

 アザゼルさん。貴方は一体何を考えているんですか?

 

「……確か、メタトロンの御使い(ブレイブ・セイント)の中に五大宗家の方がいましたわね。その方に今のお話について確認してみましょう」

 

 ガブリエル様。そんな事をわざわざ確認しなくてもいいのでは?

 

「後でソーナちゃんにも教えてあげようっと☆ イッセー君は小さい頃からカッコ良かったんだよって☆」

 

 セラフォルー様。ご機嫌な所を申し訳ありませんが、レイヴェルトの所持者になった事のあるソーナ会長は既に知っていますよ?

 

「成る程。確かにこのお話を上手く使えば、一誠様は子供達のヒーローにもなれますわね」

 

 ……レイヴェル。あえて目を逸らしていた事を突き付けてくれて、ありがとう。

 

「百鬼。確認するけど、高天原が僕を特別視している理由はこれなのか?」

 

 そこで、僕は百鬼に高天原が僕を特別視している理由がこの件であるのかを確認する。すると、百鬼からは想像の斜め上の答えが返ってきた。

 

「いえ、それは流石に違うと思いますよ。もしそうだったら、風神さんも雷神さんもあんな反応はしないでしょう。兵藤先輩を特別視しているのは、かつて全国の神社を荒らし回った祟り狐が助けを求めて高天原に駆け込むって騒動が二年前にあって、それに関連しての事だと聞いています」

 

 祟り狐。そして、二年前。

 

 これらの言葉で全てが繋がった。……つまり、高天原に住まう日本神族は。

 

「久遠から知らされていたのか。次元災害の襲来を……!」

 

 そして、間近に迫って来ていた余りに巨大な脅威を前にしながらも何ら手を打つ事なく世界を見捨てた。

 

 そう思い至った僕は、日本神族に対して激しい怒りを覚える。……だが。

 

「イリナ? アウラ?」

 

 いつの間にか、隣に座っていたイリナが僕の腕を引き寄せると共に膝の上に座っていたアウラも僕の方を向いて抱き着いていた事に気づいて、僕は激しい怒りで沸き立った頭が急速に冷えていくのを感じた。

 

「イッセーくん。当事者であるイッセーくんが怒るのは無理もないと思うの。でも、少し慌て過ぎよ」

 

 イリナが僕を窘めると、それに続く形でアウラは僕の目を真っ直ぐに見据えて自分の考えを僕に伝えてくる。

 

「ねぇ、パパ。怒る前に、まずは日本の神様達のお話を聞いてみて。怒るのはそれからじゃないのかなって、あたしは思うの」

 

 ……アウラは、僕の娘は本当に()()()()()()()。確かに、アウラは僕の一番似て欲しくないところを似てしまったのかもしれない。だが、その鋭さの使い方が僕とは全然違っていた。それがとても誇らしかった。

 

「そうだね。まずはちゃんとお話を聞かないとね。ありがとう、イリナ、アウラ。二人が言ってくれなかったら、僕はきっととんでもない事を仕出かしていた」

 

 だから、怒りに我を忘れそうになった僕を諌めてくれた二人に感謝の言葉を伝える。……僕達はこうしてお互いに支え合いながら生きていくのだとハッキリと感じながら。

 

 僕達が高天原に到着したのは、イリナとアウラのお陰で冷えた頭が時間と共に本調子を取り戻した後だった。

 




いかがだったでしょうか?

流石の一誠も、幼い頃はよく泣いていました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十二話 追憶の中で

Side:セラフォルー・レヴィアタン

 

 ……イッセー君、本気で怒ってる。

 

 高天原に向かう道中、イッセー君が高天原への案内役でイッセー君の後輩であるコーチン君(なんかこっちの方が親しみやすいと思ったから)から自分が高天原の神様達に特別視される理由を聞き出した時、私達はおろかアウラちゃんから見てもハッキリ解るくらいに怒り始めた。あんなに怒ったイッセー君を見たのは、シトリー領の魔獣達が旧魔王派の貴族と思しき悪魔によって無理矢理操られているのを目の当たりにした時、それとアルベオ・レヴィアタンがクローズ君の目の前でカテレアちゃんを殺した時ぐらい。その後すぐにイリナちゃんとアウラちゃんが諌めたからイッセー君は落ち着きを取り戻したけど、二人がいなかったらイッセー君は自分で言った様にとんでもない事を、それこそ高天原の代表というべき天照様に殴りかかるくらいの事はやっていたかもしれない。それだけ、二年前の出来事がイッセー君にとってはとても大きな事だったんだと思う。

 

 ……次元災害ヒドゥン、襲来。

 

 駒王学園で行われた首脳会談の崩壊を目的とした禍の団(カオス・ブリゲード)のテロを鎮圧した後、イッセー君を自分の眷属とする為にやってきたオーフィスの口から明かされ、更にイリナちゃんから詳細が説明された衝撃の事実。ただでさえ時間の流れが止まったり因果律が狂ったりする事から数十年で国が滅んでしまうという大災害が、よりにもよってその大きさだけで複数の平行世界が呑み込まれてしまうという桁外れな規模で私達の世界に迫ってきた。それを退けた当事者であるイッセー君やはーたん先輩、それにイッセー君の神器(セイクリッド・ギア)の中でただ見ている事しかできなかったと心底悔しがってたロシウ先生からより詳しい話を聞けば聞く程、当時の私達は一体何をしてたんだろうって凄く情けなくなっちゃう。本当なら、私達四大魔王が総動員で対処しなきゃいけない。……ううん、それでも全然足りないから三大勢力が協力した上で総力を上げて対処しないといけないレベルの緊急事態だったのに、私達はそれに気付く事すらできずにイッセー君とはーたん先輩、リインちゃん、リヒトさん、それにはーたん先輩の大親友であるなのちゃん先輩(ヒドゥンを退けた代償で魔法の杖と魔力を失っちゃったから今はもう魔法を使えなくなってるって話だけど、私にとっては尊敬すべき「優しい魔法少女」の先輩のままだ)と異世界の魔法使いではーたん先輩曰く「頭の出来はアンちゃんとタメ張れる天才少年技師」、そしてなのちゃん先輩の恋人でもあるというクロノ君のたった六人に全てを背負わせてしまった。しかも数百年前に作られたというリインちゃんとリヒトさんを除けば、最年長はイッセー君の当時十五歳ではーたん先輩達三人に至っては当時十歳という幼いと言っても全然おかしくない年頃だから、余計に恥ずかしくなってくる。そして、私達三大勢力を含めたあらゆる神話勢力からの助けを一切得られず、それでも諦めずに立ち向かったイッセー君達は、代償こそ少なからずあったみたいだけど世界を滅ぼす大災害からこの世界を守り切っちゃったのだ。

 

 悪魔を含めたあらゆる神話の存在は、イッセー君やはーたん先輩達にはけして足を向けて眠れない。

 

 二年前の真実を知った今、私はイッセー君やはーたん先輩達への感謝の気持ちを胸にイッセー君達の力になる事を心から誓った。その一方でサーゼクスちゃんに私の考えを話すと、「ここでイッセー君達に対して変に下手に出ると、かえって気を遣わせてしまうからね」という事であえてイッセー君への接し方を変えないと宣言し、その後に父親友達という形でイッセー君と対等に話せる立ち位置を手に入れてしまった。

 ……サーゼクスちゃんは本当に変わった。今までのサーゼクスちゃんは何と言うか、優し過ぎてやる事なす事が中途半端になってしまうところがあったのに、今のサーゼクスちゃんは強かというか、図太いというか、やるべき事を最後まできっちりやり切る為のしっかりとした芯が一本通った様な感じがする。だからなのか、今のサーゼクスちゃんは私やアジュカちゃん、ファルビーといった他の魔王より頭一つ抜け出ていると思う。単に力の強さだけでない何かが、今のサーゼクスちゃんにはきっとあるのだ。そして、私もまた今のサーゼクスちゃんが持っているモノを手に入れないといけなかった。

 

「ところで、親善大使。今、クオンという名を上げていましたが、一体何者なのですか?」

 

 そんな風に私が色々と考え込んでいる中、ガブリエルちゃんがイッセー君に「クオン」という存在について尋ねると、イッセー君は早速説明を始めた。

 ……「クオン」とは、なのちゃん先輩のお兄さんの高校時代の後輩が飼っている子狐の女の子の事で、漢字だと「久しく遠い」って書くみたい。でも、その久遠ちゃんは実は長い年月を生きた事で強大な力を得た妖狐で、三百年程前に「祟り」として神社やお寺を破壊して回った為に封印されてしまったという。はーたん先輩達が生まれる少し前に封印が解けた時も暴れたらしく、相当に神社やお寺、それにその関係者への恨みが深かったみたい。その後、イッセー君とはーたん先輩が出会う一年程前に飼い主さんが頑張ったお陰で「祟り」から解放されたとの事だった。この辺りはその時の事を直接は知らないイッセー君よりも久遠ちゃんの飼い主さんが退魔師である事からある程度の関わりを持っているコーチン君の方がよく知っているみたいで、イッセー君の説明では足りない分を補足してくれた。

 そして二年前、ヒドゥンがこの世界に襲来してきた時、実際に立ち向かったのはイッセー君達六人なんだけど、イッセー君達の他にクロノ君のお母さんと久遠ちゃんの二人がヒドゥン襲来に立ち会っていたみたい。でも、クロノ君のお母さんは余りに強大な魔力を秘めている事から私達の世界では本来の姿を保てない上にそもそも魔法自体が苦手だったみたいで力にはなれず、一方の久遠ちゃんも最初にヒドゥンに立ち向かったというなのちゃん先輩とクロノ君に置いて行かれちゃったらしくて、流石に次元の異なる空間への移動まではできなかったみたい。それで二人はただイッセー君達が帰ってくるのを待つ事しかできなかったみたいだった。ただ、全てが終わってイッセー君達が元の世界に戻ってくると、帰りを待っていてくれたのはクロノ君のお母さんだけで久遠ちゃんはその場を離れていて、暫くすると慌てた様になのちゃん先輩の元へと駆け付けてきたみたい。

 

「……それだけに、まさか神社仏閣を壊し回った為に少なからず恨みを持たれている筈の日本神族に助けを求めて高天原に駆け込んでいたとは思いませんでした。久遠もまた、自分にできるやり方でヒドゥンに立ち向かってくれていたんです。時機を逸しているにも程があるとは思いますが、久遠には高天原への外遊が終わった後に改めてはやて達と一緒に感謝を伝えに行こうと思っています」

 

 イッセー君は久遠ちゃんに関する説明をそう締めくくった。でも、冷静になって元の調子に戻った今のイッセー君の頭の中では別の事も考えている事が私にはすぐに解った。きっと、他の皆も解っていると思う。

 

 ……だからこそ、二年前の件で高天原に住んでいる天照様達に話を聞かないといけないって。

 

 そして、そんなイッセー君の二年前の件を絡めた説明を聞いて、この中ではイリナちゃんに次いでイッセー君との関係が深い二人の鬼が黙っている筈がなかった。

 

「ぴゅるるるるぅ! 二年前、高天原からダイダ王子様を通して大至急地上に戦力のほぼ全てを派遣する様に要請があったが、まさかその様な事になっていたとは!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! その後すぐに高天原からの派遣要請は撤回されたが、それは一誠達が自分達の力だけで未然に防いでいたからなのか!」

 

 風神さんと雷神さん(どうもイッセー君が尊敬しているみたいだから、私もそれに合わせる事にした)は拳を強く握り締めて、イッセー君達の力になれなかった事を心の底から悔しそうにしている。そしてお互いに頷き合うと、イッセー君に自分達の決意を伝え始めた。

 

「済まぬ! 一誠よ! 我等が至らぬばかりに、お前達には途方もない重荷を背負わせてしまった!」

 

「肝心な時に力になれなかった、せめてもの詫びだ! 今後、我等の力が必要となった時にはいつでも言ってくれい! 我等二人、必ずお前の元へと駆け付けよう!」

 

 ……イッセー君とこの人達は、本当に強い絆で結ばれているんだ。

 

 そう思ったら、風神さんと雷神さんが凄く羨ましくなった。その一方で、この二人の申し出に対してイッセー君は即答を避けた。そして、私達の方を向く。……確かに今のイッセー君の立場だと、他の勢力に所属している人からの申し出を勝手に受け入れる訳にはいかない。しかも、あくまでイッセー君個人に対する申し出だから尚更だ。だから、私は軽く頷く事で了解の意志を伝える。イッセー君の仮想敵があのオーフィスであり、更にここ最近入ってきた新しい情報から、オーフィス直属の新チームが最低でも龍王クラスだという新参者のドラゴンの様にオーフィスが自分で世界中を駆け回って集めてきた者達によって結成されつつある事が判明している以上、イッセー君の元に少しでも戦力を集めないといけなくなったからだ。そして、その判断を下したのは何も私だけじゃなかった。

 

「イッセー。詳しい話は後で教えるが、お前を眷属とする為にオーフィスが本格的に動き出した。こっちの見込みじゃ、あと一月足らずでお前の前に再び現れる筈だ。こうなると、お前の元には少しでも多くの戦力を集めておかないといけねぇ。だから、俺達神の子を見張る者(グリゴリ)は風神と雷神の申し出をお前が受け入れる事を認めるぜ」

 

「……外部勢力からの協力を個人で受け入れるとなると、流石に私の権限だけでは許可できません。ですが、ミカエル様にはお二人の申し出を受け入れるべきであると私から進言しましょう。今はこれが精一杯です」

 

 アザゼルもガブリエルちゃんもオーフィスが本格的に動き出した事への危機感を強く抱いてる。だから、イッセー君の元に戦力を集める事の重要性を十分に理解してるし、危険性の方を重視して反論する人達がいれば私達が責任を持って対処する。それが聖魔和合親善大使としてのイッセー君の上司である私達の仕事なんだから。……私はそう思っていたんだけど、イッセー君は本当に冷静だった。

 

「風神さん、雷神さん。今はお言葉だけ有難く受け取ります。後は天界、そして何より閻魔大王様と伐折羅(バサラ)王様から許可を頂いてからにしましょう」

 

 ゼテギネアという異世界のヴァレリアという島での大戦乱における一大勢力の軍師として、軍略や謀略はもちろん政治や外交までも一手に取り仕切っていたのはけして伊達じゃなかった。むしろ、今イッセー君が言った事は外交担当のトップである私が言わなきゃいけなかったのに、それができなかったからちょっと情けなくなっちゃった。それに、風神さんと雷神さんもイッセー君からの言葉で自分達の申し出が軽率なものだった事に気づいたみたいで、しきりに反省している。

 

「いかんな。一誠よ、確かにお前の言う通りであった。我等の独断で事を進めては閻魔様とヤミー様、そして伐折羅王様に迷惑をかけてしまう」

 

「ならば、今は我等の意志をお前に伝えた事でよしとしよう。後はお三方のお許しが得られる様、我等も言葉を尽くして説得するのみだ」

 

 ここで聞き覚えのない名前があったみたいで、イッセー君は風神さんと雷神さんに尋ねていた。

 

「あの、ヤミー様とは一体どの様な方なのでしょうか?」

 

 すると、風神さんと雷神さんから返ってきたのは、ちょっとしたラブロマンスの話だった。

 

「こちらの世界の閻魔様に当たる方だ。正確には、早世なされたこちらの閻魔様の後をその妹君がお継ぎになられていたのだが、我等の地獄がこちらの地獄と繋がった時に様子を見に来られた閻魔様に一目惚れをなされてな」

 

「それをお察しになった伐折羅王様が「双方の地獄と鬼の架け橋となる様に」と閻魔様をご説得なさり、最終的には自ら仲人となってお二人をご結婚させたのだ。どうやら伐折羅王様はかねてより共に鬼の世を築いてきた友でもある閻魔様が独り身を続けている事を気にかけておられたらしくてな、嬉々として閻魔様とヤミー様の仲人を務められていたぞ」

 

 世界を超えて結ばれた閻魔大王様の夫婦、か。とても素敵な話だなって、私は思った。ここでイッセー君が三百年も昔の閻魔大王様の結婚に対するお祝いの言葉を述べると、風神さんは確かに閻魔大王様に伝える事を約束した。

 

「そうだったのですか。……三百年も昔の事を今更とは思いますが、閻魔大王様には「ご結婚おめでとうございます」と一誠が申していたとお伝え下さい」

 

「ウム、確かに伝えよう。お前からの祝いの言葉であれば、閻魔様もお喜びになる筈だ」

 

 そう言えば、イッセー君って向こうの地獄の閻魔大王様を助けに向かったんだから、当然面識だってあるよね。……という事は、龍王最強のティアマットや三大怪獣の一頭であるベヒーモス、それに幻界に住む幻想種とも召喚契約を交わしているし、イッセー君の顔って実は相当に広いんじゃないかな? そう思うと、イッセー君には聖魔和合親善大使という三大勢力内の融和を主な目的とする外交官に就いてもらったんだけど、実は打って付けのお仕事だった事に今気付いちゃった。聖魔和合親善大使の発案者であるネビロスのお爺様って、たぶんイッセー君の顔の広さも解った上でサーゼクスちゃんに進言したんだと思う。四大魔王って呼ばれる様になってから数百年は経ってるけど、私達は未だに冥界の生きた伝説の背中を見てるだけだった。

 私が自分の未熟さに気付いてガッカリしていると、雷神さんが目的地にもうすぐ到着する事を伝えてきた。

 

「さて一誠、そろそろ到着するぞ。かつては「幼き(つわもの)」として桃太郎と共に歩んだお前の姿、高天原の神々にしかと見せてくるといい」

 

 雷神さんはそう言ってイッセー君の背中を押してくれた。イッセー君はそんな雷神さんの励ましに対して、力強く「ハイ!」って応えていた。

 ……そっか。イッセー君の後ろ盾になるって、そんな風にすればいいんだ。イッセー君は自分のやるべき事を自分で見出す事ができる。だから、普段はあまり口出しせずに後ろで見守っていて、一歩を踏み出せないのならそっと背中を押してあげて、私達から見て道を間違えそうになったら肩を軽く叩いて足を止めてあげればいい。たったそれだけで十分なんだ。少し無責任に見えるかもしれないけど、それがイッセー君の上司として私が取るべきスタンスだって確信できた。

 だから、イッセー君。万が一の時には私が責任を取ってあげるから、天照様を始めとする高天原の神様達としっかり話をしてきてね☆

 

Side end

 

 

 

 風神さんと雷神さんの雲に乗って一時間ほど経ったところで、目の前に巨大な鳥居と宮殿が見えてきた。見た所、宮殿の屋根に瓦がなかったり、壁が土壁でなかったりと木材以外の材料が使われていない事から、どうやら宮殿の建築様式は神社建築を主体としている様だ。というよりは、おそらくはこちらが神社建築の原点なのだろう。そうして僕達が仏教伝来以前からの日本古来の建築様式を目の当たりにした所で雲は鳥居から50 mほど前で停止した。

 

「如何に使者殿達をお連れしているとはいえ、流石に雲で直接入口に向かう訳にはいかぬ。よって、ここからは自分の足で歩いて頂く事になるが、よろしいな?」

 

 風神さんは僕の後ろにいるセラフォルー様とアザゼルさん、ガブリエル様の三人にそう伝えると、真っ先にアザゼルさんが答えた。

 

「心配いらねぇよ。俺だって場を弁えているさ。ここで直接入口まで乗り付けねぇ事を「ケチ臭い」なんて言わないぜ」

 

 アザゼルさんはそう言って、真っ先に雲から降りた。それに続く形で次々と雲から降りていくとそのまま巨大な鳥居へと歩いて行く。すると、鳥居の前で公家の正装である束帯を纏った2 mを超える巨漢が待っていた。ただ、その額から角が二本生えている事から鬼である事が解る上に、その勇ましい容貌には明らかに覚えがあった。そして、僕達が鳥居の前に辿り着くと風神さんと雷神さんは鬼の男性の前で跪く。

 

「ぴゅるるるるぅ! ダイダ王子様! 閻魔様の命により、三大勢力の使者殿達をお連れ致しました!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! なお、道中においては襲撃を始めとする賊の妨害はありませぬ!」

 

 風神さんがはっきりと「ダイダ王子」と口にしたので、鳥居の前で僕達を待っていたのがあのダイダ王子である事が確定した。そして風神さんと雷神さんから報告を受けたダイダ王子はお二人に労いの言葉をかける。

 

「風神、雷神。護衛の任、大儀であった」

 

「我等はただ与えられた命を果たしたのみ! さしたるものではございませぬ!」

 

「されど、ダイダ王子様よりその様なお言葉を賜った事、有難き幸せにございます!」

 

 風神さんと雷神さんはそう言って喜びを露わにしている。ダイダ王子は一度カルラの手にかかって死んでいるだけに、本来であればこうしたやり取りはけして叶わないものだったのだから無理もない。ダイダ王子もそれを理解している様で、一つ頷くと風神さんと雷神さんに新たな指示を出した。

 

「そうか。では、お前達にもう一つだけ頼みたい事がある。ここで暫し待て」

 

「「ハッ!」」

 

 風神さんと雷神さんはそう言うと、片膝を突いたまま次の指示を待つ。そして、ダイダ王子は僕達の方を向いて自己紹介を始める。

 

「三大勢力の使者達だな。オレの名はダイダ。鬼の王である伐折羅王の世継で、今はここ高天原で大使を務めている。さて、この中に聖魔和合親善大使を務める兵藤一誠という者が……!」

 

 ダイダ王子は僕の顔を見ると、驚きを露わにした。そして、僕に声をかけてくる。

 

「一誠! お前は桃太郎達と共にいた一誠ではないか!」

 

 一目で僕であると解ったダイダ王子に、僕は最敬礼でお辞儀をしてから再会の挨拶をする。

 

「お久しぶりです、ダイダ王子。そして僕、いえ私が聖魔和合親善大使を務める兵藤一誠です」

 

 すると、ダイダ王子は僕の名前を聞いた時に考えた事を話し始めた。

 

「この高天原に住まう八百万の神の代表である天照殿から兵藤一誠という名を聞いた時、もしやと思ったのだ。この者は幼くとも桃太郎と同じく葦の強さを持っていた、あの一誠ではないかと。やはり、オレの勘は正しかったな……」

 

 ダイダ王子は何処か遠くを見る様な素振りを見せた後、そのまま話を続ける。

 

「オレがカルラの手に掛かった後の話は、父上や閻魔から聞いた。神に連なる月の民の血を色濃く継いだ事から大地の支えとなっているかぐや姫が倒れた事で竹取の里の周辺と鬼が島を除いた全ての大地が血の様に赤い海に沈み、掛け替えのない者も住むべき場所も奪われた者達が悲しみと絶望に沈む中、閻魔を助ける為に命の力を消耗し尽くしていたのを完全に治したお前はカルラや父上を止める為に桃太郎達と共に鬼が島の地下にある地獄へと赴き、三千世界や父上、そしてアジャセに流れる月の民の血を呑んだカルラと戦ったとな。特に父上はお前の戦いぶりはけして桃太郎にも劣らず、幼き(つわもの)と呼ぶに相応しいものであったと褒めていたぞ」

 

 ここまで言い終えると、ダイダ王子は口元に笑みを浮かべながら僕の肩に手を置いた。

 

「一誠よ。本当に強く、大きく成長したな。オレを始めとする強き鬼達をただ見上げる事しかできず、それでも桃太郎の背中を必死に追い駆けていたあの幼い子供がよくぞここまで……!」

 

 あのダイダ王子が桃太郎さん達と同じ様に僕の事も認めてくれた。そう思うと嬉しくて涙が出てきそうになる。どうも風神さんと雷神さんのお二人と再会した事で一時的に六年前の感覚に戻ってしまい、その影響で少しばかり涙脆くなっている様だった。だが、その涙をあえて堪えながら笑顔を浮かべると、聖魔和合親善大使としての言葉使いでダイダ王子に応える。

 

「私も、こうしてダイダ王子と再びお会いできた事をとても嬉しく思います」

 

 すると、ダイダ王子は少し残念そうな表情を浮かべた。

 

「……お互いに務めを果たさねばならぬからな。堅いやり取りも今は致し方なしか。では、一誠。オレについて参れ。八百万の神はまずお前一人に会いたいそうだ」

 

「私一人だけ、ですか?」

 

 ダイダ王子からの意外な言葉に思わずそう尋ねると、ダイダ王子は苦笑を浮かべながら事情を明かしてくる。

 

「神ともなれば流石に立場というものがあるらしくてな。まずは二年前の件で余人を交えずに話をしたいそうだ。その間、他の者達については別の部屋で待機してもらう事になる。風神、雷神。今聞いた通りだ、その為の部屋にはお前達が案内せよ」

 

「「ハッ!」」

 

 ……ここまで向こうがお膳立てをしている以上は是非も無しか。それにこちらが聞きたかった事を向こうから話してくれると言うのだ。ここはむしろ好都合と捉えるべきだろう。そう思えば、後は早かった。

 

「レヴィアタン陛下、アザゼル総督、ガブリエル様。私は一足先に参ります。レイヴェルはその間、レヴィアタン陛下の指示に従う様に」

 

 向こうの意向に従う事をお三方に伝えると共にレイヴェルに指示を出すと、それぞれの言い方で僕を送り出してくれた。

 

「あぁ、行ってきな」

 

「解りました。気を付けて行ってきて下さいね」

 

「頑張ってね☆」

 

「一誠様、承知致しましたわ」

 

 そして、アウラも手を振って僕を送り出す。

 

「パパ、いってらっしゃい」

 

「あぁ、行ってくるよ。アウラ。イリナ、アウラを頼む」

 

「えぇ、任せて」

 

 最後にイリナにアウラの事を頼んだ僕は、皆に見送られながらダイダ王子と共に入口の鳥居を通って宮殿へと向かい始めた。そうしてしばらく進むと、ダイダ王子はアウラの事について尋ねてきた。

 

「一誠。先程お前によく似た幼子がお前の事をパパという父を指す言葉で呼んだが、あれはお前の子か?」

 

 特に隠す様な事でもなかったので、僕は素直にアウラについて話す。

 

「はい。既にお気づきになっていると思いますが、私は既に人間でなくなっています。その際に宿した「魔」から生まれたのが、アウラと名付けたあの子です」

 

「……よもや、かぐや姫と共に生きる事を選んだアジャセや桃太郎に嫁いだ夜叉はおろか、あの中では最も幼かったお前にまで先を越されるとはな」

 

 ダイダ王子はそう言って苦笑いを浮かべたが、僕は正確にはまだ結婚した訳ではないので直ちに訂正する。

 

「将来を誓い合った相手はいますが、流石にまだ結婚はしていませんよ」

 

「お前がイリナと呼んだ娘の事か? ……では、やはりオレは先を越されているな。どうも伐折羅王の世継の連れ添いという立場が重過ぎるのか、オレにはまだ許嫁すらいないのでな」

 

 ダイダ王子の口から何と言えばいいのか判断に困る事実が飛び出してきたので、僕は自分の思う所を正直に伝えた。

 

「……次代の鬼の王ともなれば引く手は数多だと思ったのですが、そういう訳でもないのですね。正直に申し上げると、鬼の女性達がしっかりしていると褒めればいいのか、それとも謙遜が過ぎると窘めればいいのか、判断に迷ってしまいます」

 

「ハッハッハッ。そこはむしろ鬼の王の世継の連れ添いという立場に怖じけつくとは情けないと叱っておけ。案外、お前の叱咤に反発する形でオレの許嫁に名乗りを上げる女が出てくるやもしれぬからな」

 

 そう言って快活に笑うダイダ王子だが、僕が最後に会った時には生真面目で融通の利かない頑固な武人という印象だった。それがここまで柔軟な態度とやり取りができる様になっているのを見て、僕は内心驚いた。確かに、鬼の大使として高天原に駐在して八百万の神と接し続けた事で武一辺倒だったダイダ王子が変わったのは間違いないだろう。だが、その変化を受け入れる土台を作るきっかけとなったのは間違いなく桃太郎さん達によって懲らしめられた事だろう。愛を以て懲らしめる事で相手を良い方向へと変える事のできる桃太郎さんの偉大さをここで改めて思い知らされた。

 そうして暫く歩くと、宮殿でもかなり奥の方にある一室に到着した。戸の前には守衛と思しき者が左右に控えている事から、おそらくは大広間であると思われる。そこでダイダ王子が守衛に声をかける。

 

「鬼の大使、ダイダ! 三大勢力の使者である兵藤一誠殿をお連れした! 入室の許可を頂きたい!」

 

「お話は既に聞いております。どうぞお通り下さい」

 

 守衛の二人はそう言うと、戸をゆっくりと開いた。そうしていざ大広間と思しき部屋へ入ろうとするが、その前にダイダ王子から忠告を受けた。

 

「一誠。ここで天照殿を始めとする八百万の神達がお前を待っている。ただ前以て言っておくが、この中がどうなっていてもけして立ち止まるな。よいな?」

 

 ここで僕は「大王家での謁見の時と同じ様な状況になっている」と判断して、ダイダ王子から受けた忠告を素直に受け入れる。

 

「解りました。では、参りましょう」

 

 そう言って、僕はダイダ王子の後に続いて大広間に入ったのだが、その次の瞬間に目に入ってきた光景に思わず息を飲んでしまった。

 本来であれば、上座の中央に八百万の神の代表である天照様、その両脇に残りの三貴子である月読(ツクヨミ)様と素戔嗚(スサノオ)様が座り、下座の両脇を他の神々が固める中で外部勢力の使者である僕が謁見するという形になる。立場としては完全に天照様を始めとする八百万の神の方が上なのだから、それは当然だ。

 

 ……だが、今目の前に広がっている光景はその常識を完全に覆していた。

 

 三貴子のお三方を先頭に八百万の神が揃って下座に座り、上座を空けて待っていたのだ。更に、僕とダイダ王子の入ってきた戸はそのまま上座へと続いていた。つまり、僕を上位者として迎えるという姿勢を八百万の神は示している。八百万の神は何故ここまで礼を尽くしているのか、僕には全く理解できなかった。

 




いかがだったでしょうか?

八百万の神が何故この様な事をやっているのかについては次話にて。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十三話 高天原の事情

Overview

 

 一誠がダイダ王子に連れられて高天原に住まう八百万の神の元へと向かう一方、他の者達は風神と雷神の案内で宮殿の入り口にほど近い一室に入っていた。部屋の造りは飾り気のない質素なものだが、それがかえって落ち着いた雰囲気を作り上げている。普段着として和服を好んで着る程の日本贔屓であるアザゼルはこの侘びや寂を突き詰めた様な部屋を特に気に入り、満足げな笑みを浮かべていた。

 

「ねぇ、ママ。パパ、そろそろ日本の神様達に会ってるのかなぁ?」

 

 そうした雰囲気の中でアウラが隣に座るイリナにそう尋ねたのは、控室に入ってから暫くしてからの事だった。

 

「天照様達がイッセーくんにお会いになる場所がそこまで離れていなければ、そろそろだと思うわよ」

 

 イリナが自分の思う所をアウラに伝えると、アウラは納得した後で「それなら、パパ達はどんなお話してるのかな?」と続けて問い掛けてきた。イリナは首を傾げながら一誠と八百万の神が何を話しているのか、自分なりに考えながらアウラに答えていく。この様にイリナとアウラが楽しそうに会話しているのを見た百鬼黄龍は、駒王学園の同級生であるレイヴェルに小声で尋ねてみた。

 

「フェニックス。紫藤先輩って、学校では駒王帝の后なんて呼ばれるくらいに兵藤先輩の彼女として有名になっているけど、学校以外だといつもあんな感じなのか?」

 

「えぇ。その通りですわ、百鬼さん。イリナさんは学校が終わって身内だけになるとだいだいあの様な感じでアウラさんに対しては完全に母親として接しています。けれど、一誠様の家にお帰りになるともっと凄いですわよ。一誠様とのやり取りなんて、恋人はおろか新婚夫婦さえも飛び越して熟年夫婦ですもの」

 

 レイヴェルからの返答を受けて、黄龍は納得の表情を浮かべる。

 

「フェニックスの答えを聞いて納得したよ。兵藤先輩もあの子に対しては完全に父親の顔をしていたからね。でも、幼い頃から憧れていた「幼き(つわもの)」が実は俺の一つ上の先輩で実質妻子持ちだったなんて、正直ちょっと複雑だな」

 

 最後の方は明らかに溜息交じりでそう零した黄龍であったが、レイヴェルはクスクスと笑い出してしまった。

 

「……フェニックス、何故そこで笑うんだ?」

 

「いえ、その様な事を口にする百鬼さんがオーフィスとの戦いで一誠様がお見せになった男としての矜持をお知りになったら、一体どんな反応をするのか。それを思ったら、少し可笑しくなってしまいましたわ」

 

 レイヴェルがつい笑いが零れてしまった理由を語ると、黄龍は首を傾げた。そこに対オーフィス戦の一部始終を見届けたセラフォルーと直接参加したアザゼルが話に加わってくる。

 

「あぁ、あれね☆ あの時のイッセー君、お父さんパワー全開ですっごくカッコ良かったもの☆」

 

「それにドライグも言っていたぜ。あれで燃えない様な奴は断じて男じゃないってな。それには俺も同意するし、サーゼクスもアレで完全に火が付いたからな」

 

 悪魔勢力と堕天使勢力のトップが口を揃えて一誠を褒めているのを聞いて、黄龍は一誠がオーフィスを前にして見せたという男としての矜持に興味が出てきた。

 

「……だったら、後で兵藤先輩から男の矜持について教えてもらおうかな」

 

 黄龍が一誠に詳しい話を聞く事を決意した所で、ガブリエルが話題を変えようと新たな疑問を口にした。

 

「それにしても、最初に親善大使とだけお会いになるなんて、高天原の方達は何をお考えなのでしょうか?」

 

 すると、アザゼルがガブリエルの疑問に対する答えを話し始めた。

 

「それについては、さっきのダイダ王子の言葉で大体想像がつくな。高天原の連中から見れば、イッセー達には日本はおろか世界すら滅ぼしちまう規模の大災害から日本を守ってもらっているんだ。だったら、せめて自発的に日本を守ってくれた事への感謝と自分達が間に合わなかった事への謝罪くらいは伝えないと日本を守護する神としての筋が通らねぇだろ」

 

「それなら、別に私達がその場に同席しても……」

 

 ガブリエルが納得のいかない様子でそう言うと、セラフォルーが八百万の神の考えに思い至り、それをそのまま語り始める。

 

「あっ、私も何故最初にイッセー君だけなのか解っちゃった☆ 日本神話のトップである神様だからこそ、立場上は一外交官でしかないイッセー君に頭を下げている所なんて他の勢力の人や部下の人達には見せられないものね☆」

 

 セラフォルーが推測を話し終えたところで、アザゼルはガブリエルへの説明を続ける。

 

「そういうこった。ダイダ王子も言ってただろ。神にも立場というものがあるらしいってな。ガブリエル、それでも解り難いってんなら、自分達を向こうの立場に置き換えてみろ。そうすれば、俺やセラフォルーの言っている事が理解できるんじゃないか?」

 

「……そうですね。確かにその様な事になったら、ミカエル様も私も頭をお下げにならない様に主を説得する事になるでしょう」

 

 ガブリエルがようやく納得したところで、アザゼルはどの様な形で面談が行われているのかという自分の想像を口にした。

 

「まぁ、流石に天照が代表して上座から感謝と謝罪の言葉を伝えて終わりだろうがな。その後で俺達が呼ばれてからが本番だ」

 

 八百万の神との会談を控えて改めて気を引き締め直すアザゼルであったが、それだけにまさか天照を含めた三貴子を先頭に八百万の神が総出で下座に座り、上座を空けて一誠を迎え入れているとは想像すらできなかった。

 

 

 

 一方、アザゼルですら想像できなかった光景を目の当たりにした一誠は、驚きの余りに思わず足を止めそうになった。しかし、大広間に入る直前にダイダ王子から言われた事を思い出し、足を止める事なく上座の中央へと進む。そこで案内を終えて一誠の方を見ていたダイダ王子に視線を向けると、一誠の意図を察したダイダ王子は軽く頷いた。それを受けて、一誠はそのまま腰を降ろして正座する。これで全員揃ったという事なのだろう、下座の最前列の中央に座っていた天照が頭を下げて歓迎の挨拶を始めた。

 

「兵藤一誠殿。本日は高天原にお越し頂き、誠に有難う御座います。この地に住まう八百万の神を代表致しまして、この天照より歓迎の言葉を述べさせて頂きます」

 

 歓迎の挨拶の中で天照が一誠の事を聖魔和合親善大使という役職をつけずに名前のみで呼んだ事で、一誠は八百万の神が礼を尽くしているのは三大勢力の外交官である聖魔和合親善大使ではなくあくまで兵藤一誠個人である事を悟った。そして、それに応じる形で返礼する。

 

「こちらこそ、私の様な者に礼を尽くして頂いた事、恐縮ながらも感謝の念に絶えません。それだけに何故これ程までに礼を尽くして頂けるのか、私には心当たりがなく……」

 

 一誠がここまで言ったところで、天照が言葉を挟んできた。

 

「二年前、貴方を始めとする六人の勇士が守護神である私達に成り代わってこの日ノ本を大災害から守り抜いた。この事実が私達にとっての全てなのです」

 

 天照はそこまで言うと、十秒ほど目を閉じた。そして何かを決断する様に一つ頷くと、目を開けて話を再開する。

 

「本来であれば、日ノ本を守護する神としては致命的としか言い様のない二年前の失態はけして明かしてはならない事です。ですが、当事者である貴方に対しては秘匿する意味がありません。故に、貴方には全てをお話し致しましょう」

 

 そうして、天照は二年前の件で高天原がどう動いていたのかを話し始めた。

 

 一誠がはやて達の救援に向かってから暫くした後、なのはの身の危険を妖怪の直感で察知した久遠は高天原に助けを求めたのだが、その際に相当に焦っていた為に守衛を振り切って強引に宮殿へと駆け込んでしまった。その為、「祟り狐が高天原に駆け込んだ」とかなりの騒動となってしまった。そうして久遠が話を聞いてくれそうな神を探している内に偶々近くにいたダイダ王子と鉢合わせとなり、実力上位であるダイダ王子からは流石に逃げ切れないと判断した久遠は思い切って賭けに出た。どう見ても神ではないダイダ王子に直談判したのだ。ただ、その時の久遠は焦りの余りにただ「なのはを、友達を助けて」としか言わなかった為、ダイダ王子には具体的に何処で何が起こっているのかがまるで伝わっていなかった。しかし必死になって助けを求める久遠の姿を見たダイダ王子は、とりあえず久遠が神でなければ対処不能な緊急事態を伝えに来たらしいと天照に伝えたものの、伝えてきた相手がかつて神社仏閣を壊し回った久遠である事もあって事実を確認するまでは迂闊に動けず、事態を把握した時には既に一誠が当時の最大火力でどうにかヒドゥンの進行を押し留めているという最終局面だった。ここに至ってようやく事態の深刻さを悟った天照は非常事態を宣言した上で地獄におけるほぼ全戦力の派遣をダイダ王子に要請する一方、八百万の神にも招集命令を出した。しかし、集められるだけの人数を揃えてからいざ海鳴市に向かおうとした時には、イデアシードを利用したデータウェポンの捨て身の援護もあって既にヒドゥンを退けた後だった。事態の収束を確認した天照は地獄に対して戦力の派遣要請を撤回する旨を伝えると共に招集した神に対しても非常事態の収束を宣言、そのまま解散となったのだ。

 

「二年前、未曾有の大災害を前に絶望も諦観もせずに立ち向かって見事退けた貴方達にしてみれば、私達は貴方達に全てを押しつけた臆病者にして卑怯者でしかないのでしょう。実際は違うのだといくら私達が言い募ってみても、私達高天原に住まう神が誰一人としてその場にいなかったという事実がある以上はただ虚しく響くのみです。ですが、これだけは知っておいて下さい。この高天原に住まう者達は皆、不甲斐無い私達の代わりにこの日ノ本を守り抜いた貴方達に心から感謝しているという事を」

 

 天照は最後に頭を下げながら一誠達への感謝を伝える形で三十分程の説明を締め括った。その一方で、日本神族のトップというべき天照から直々に説明を受けた一誠といえば、内心で複雑な物を感じていた。

 確かに、提供された情報が余りに不明瞭な上に提供者がかつては自分達を祀る神社を破壊し回った存在である事から情報の裏が取れるまで迂闊に動かないのが道理であり、自分が向こうの立場でも同じ行動を執っていただろうと、二年前における高天原の事情については理解も納得もしている。だが、その一方で何処か言い訳がましいという印象を抱いてしまう自分がいる事も解っていた。だから、一誠はここで口を開こうとはしなかった。今の心理状態で口を開いてしまえば、どの様な暴言が飛び出すか自分でも解らないからだ。そうしてどうにか心を落ちつけようとしている内に、一誠はある可能性に思い至った。

 悪魔創世から今もなお現役を続けている冥界の生きた伝説が、ヒドゥンを目の当たりにして本当に尻尾を巻いて逃げ出す様な真似をするだろうか。むしろ、自分では力不足であれば対処可能な力を持つ者を連れ出して対処させようとするのではないのか、と。そして、次元災害に対処可能な力を持つ存在について、一誠には心当たりがあった。

 

「天照大神様。二年前の一件についてお話し頂き、誠にありがとうございました」

 

 ここに至って全てを悟った事で冷静となり、急速に頭が回り始めた一誠はまず二年前における高天原の実情を明かした事について天照に感謝の言葉を述べるとそのまま頭を下げた。

 

「そのご厚意に乗じる様で申し訳なく思うのですが、一つお聞き入れ頂きたい事がございます。よろしいでしょうか?」

 

 頭を上げた一誠からそう請われた天照は、内心不快な思いをしたものの話に応じる構えを見せる。

 

「私達に叶えられる事であれば」

 

 そして一誠がその願いを口にした時、天照を始めとする八百万の神は揃って絶句した。

 

「では早速。……どうか、二年前の事はあえて水に流して頂きたいのです」

 

(何故、自ら有利となる事柄をなかった事にしようとするのか?)

 

 天照を始め八百万の神は少なからず困惑したが、ただ一人だけ一誠の真意を悟って納得の表情を浮かべる者がいた。

 

「成る程。今ここで極大の利に胡坐をかいて明日の縁を手放す愚を犯すよりは、極大の利をあえて手放す事で明日の縁を繋ぐ賢を選んだか。その若さで利の在り様をしかと見極めるとは大したものよ」

 

 高天原の誇る知恵の神、思兼(オモイカネ)である。彼はウンウンと頷きながら一誠を褒める発言をした。

 

「思兼、どういう事でしょうか?」

 

 未だに一誠の真意を読み切れない天照が思兼に尋ねると、思兼は早速説明を始める。

 

「まずは此度、兵藤一誠殿と共に三大勢力の最高指導者もしくはそれに近しい最上位の者達が直接この高天原に訪れた目的についてお考え下さい」

 

「此度の目的? ……今後の外交の窓口となる聖魔和合親善大使の顔通しの為の付き添いではないのですか?」

 

 思兼から一誠達の目的について考える様に促された天照がそう答えると、思兼はその答えだけでは不足とした。

 

「それだけに非ず。そもそも聖魔和合親善大使となった兵藤一誠殿は世界のあらゆる理から逸脱した逸脱者(デヴィエーター)なる異端の存在との事。しかし、その様な異端の存在を三大勢力は受け入れ、更には重職に就ける事でその意志を世に知らしめました。これらを踏まえた上で、三大勢力内でも最上位に連なる指導者達の立ち会いの元で兵藤一誠殿を今後の外交の窓口として認めるという事は、すなわち我々高天原に住まう者達もまた逸脱者という異端を受け入れるという意志を示す事となり、同時に我々以外の神々もまた兵藤一誠殿の事を無下にはできぬ様になるのです。兵藤一誠殿を無下にすれば、それは即ち兵藤一誠殿を受け入れた我々への侮辱にもなる故に。それこそが、三大勢力の指導者達が兵藤一誠殿を連れ立ってこの高天原を訪ねて来られた本当の目的なのです」

 

 思兼が三大勢力首脳陣の本当の目的を説明し終えたところで、天照の隣に控えていた偉丈夫が苛立ちを爆発させてしまう。

 

「おい、思兼! 俺や姉貴が知りたいのは、二年前の功績を利用すれば話はさっさと済むのに何でそれを簡単に投げ捨てたのかって事だ! わざわざ回りくどい説明なんて入れずに、さっさと本題に入れ!」

 

 すると、思兼はあっさりと偉丈夫の言い分を受け入れた。

 

「左様ですか。では、素戔嗚(スサノオ)様の仰り様で解り易く申し上げましょう。つまりは「貴様等! 俺の事を認めるのかどうかを決めたいなら、俺の昔ばかり見てないで今ここにいる俺を見ろ!」……と言ったところですかな」

 

「おぉ! 成る程、そういう事だったのか!」

 

 素戔嗚と呼ばれた偉丈夫はようやく納得の表情を浮かべたが、そこでダイダ王子が笑みを浮かべているのが目に入る。

 

「……おい、ダイダ。何で笑っている?」

 

「いや。あの泣いてばかりだった一誠が随分と変わったものだと思っただけで、素戔嗚殿に対してのものではありませぬ」

 

 一誠の事をまるで旧知の友であるかの様に話すダイダ王子に対して、素戔嗚は心に浮かび上がった疑問をそのままダイダ王子にぶつけた。

 

「ダイダ、コイツとは知り合いなのか?」

 

「今ここにいるのは、数年の月日を経て成長した「幼き兵」その人である。そう申し上げれば、ご理解頂けるかな?」

 

 ダイダ王子がそう答えた瞬間、大広間がざわめき始める。

 

「ダイダ、そんな事は今初めて聞いたぞ。何故黙っていた?」

 

 余りに意外だったのだろう。素戔嗚は咎める様な言い方でダイダ王子に事の真相を尋ねる。すると、ダイダ王子が事情を説明する。

 

「単に三大勢力の使者殿がオレの知る一誠だったと解ったのは、つい先程ここ高天原で再会した時だっただけの事。けして黙っていた訳ではありませぬ」

 

 ここまで話を聞いたところで、素戔嗚はようやく一誠の意図を理解した。

 

「あぁ、成る程な。今ようやく俺にも解ったぞ。二年前の件と言い、お前達地獄の鬼とも縁がある事と言い、初めて(ツラ)合わせたにも関わらずこれだけ有利な条件が揃っていれば、今目の前に居る自分の事なんて碌に見てくれないとコイツは思ったんだな。それでは昔と今が違った場合に「話が違う」と揉める恐れがある。だから、昔を見ずに今を見ろって訳か」

 

 一誠の真意を自分なりの言葉に置き換えた素戔嗚は、一誠と視線を合わせると呆れた様な表情で話し始める。

 

「確か、兵藤一誠と言ったな。何とも不器用な奴だ。その気になれば幾らでも俺達からふんだくる事ができるというのに、それを自分から投げ捨てようとしてるんだからな」

 

 素戔嗚はここで一旦言葉を区切ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……だが、それがいい。恩を着せる真似も偶々あった伝手に胡坐をかく事もせず、俺達と一から始めようとする。それこそ益荒男の心意気ってやつだ。俺は気に入ったぜ」

 

 そして、素戔嗚は自己紹介を始める。

 

「改めて名乗らせてもらう。俺の名は素戔嗚、三貴子の末弟だ。八岐大蛇を策に嵌めてブッ殺した奴と言えば解るか?」

 

「はい。後はこの高天原における最高戦力の一角とお見受け致します」

 

 素戔嗚の自己紹介を受けて一誠がそう言葉を返すと、素戔嗚は興味に駆られて一誠にある事を問い掛けた。

 

「ホウ。では、貴様はこの場にいる中では誰が俺と同格と見る?」

 

 素戔嗚からそう問いかけられた一誠は少し考えてから答えを返す。

 

「この場におわす方々という事であれば、お二人。まずは素戔嗚様の右後ろに控えておられる方。おそらくは建御雷(タケミカヅチ)様とお見受け致しますが、如何に?」

 

「……如何にも。我が名は建御雷だ」

 

 建御雷と見込んだ男神から肯定の返事を貰った一誠は、答えの続きを語っていく。

 

「そして、もう一人。正確には八百万の神ではありませんが、この場におられる方という事でしたのでダイダ王子を挙げさせて頂きます。後の方は神としてのお力はともかく、戦いとなれば素戔嗚様には敵わないでしょう」

 

 一誠からの答えを聞き終えた素戔嗚は感心する素振りを見せた。

 

「……正解だな。確かに貴様が今挙げた二人以外になら、俺はほぼ確実に勝てる。それは姉貴であっても例外じゃない。まぁダイダが俺や建御雷と同格なのは、奴が俺達に何度負けても諦めずに挑み続けた結果だがな」

 

「桃太郎達から学んだ葦の強さを実践したまでの事。さしたるものではありませぬ」

 

 ……葦の強さ。

 

 ダイダ王子がかつて「負けた事をありのままに受け入れつつもけして諦めない」桃太郎の強さを、川の流れに身を任せつつもけして大地から根を外さない葦に(なぞら)えて表現した言葉である。そして、素戔嗚と建御雷という高天原でも最強格の二人を相手に、ダイダ王子もまたかつての桃太郎達の様に葦の強さを実践してみせたのだった。

 一方、ダイダ王子からほぼ即答の形で言葉が返ってきた素戔嗚は呆れた様な表情を浮かべる。

 

「またか。俺達が何度褒めてもこの一点張りだからなぁ。まぁ俺も建御雷もダイダのそんな所を気に入っているんだがな。しかし、ここまで目利きが確かとなると「幼き兵」である貴様がどれだけ強いのか、興味が出てくるな」

 

 そして、悪戯小僧の様な笑みを一誠に向けると、素戔嗚は突然右袖を捲り上げた。

 

「尤も、だからと言ってこの場で殴り合う訳にはいかないんだがな。だからここは一つ、コイツで確かめさせてもらおうか」

 

 素戔嗚はそう言って床に腹ばいになると、右肘を床に突いて右腕を立てた。これを見て素戔嗚の意図を察した一誠は、軽く笑みを浮かべて快諾する。

 

「お受け致しましょう」

 

 一誠はその場から立ち上がると上座から下座へと降りて素戔嗚の前に移動した。更に纏っていた不滅の緋(エターナル・スカーレット)の前を開けて脱いだ後、下に来ていた白い法衣の袖を捲り上げる。そして、素戔嗚と同じ様に床に腹ばいとなり、右肘を床に突いて素戔嗚の右手を掴んだ。

 

 ……明らかに、腕相撲の構えだった。

 

「では、腕相撲の行司はこのダイダが務めさせて頂く」

 

 ダイダ王子がその場から立ち上がり自ら腕相撲の行司に名乗りを上げると、一誠と素戔嗚の元に歩み寄ってから二人の右手に両手を添える。

 

「言うまでもないであろうが、両者共に卑怯な真似はしない様に。では、はっけよい……」

 

 次第に一誠と素戔嗚の間の空気が緊迫していく中、ダイダ王子が掛け声と共に両手を離す。

 

「のこった!」

 

 それと同時に一誠と素戔嗚は相手の右腕を倒そうと右腕に渾身の力を込める。お互いにギリギリと音を立てる程に歯を食いしばり、全身から汗が噴き出すほどに力を振り絞っているにも関わらず、最初はその場を一寸たりとも動かなかった。流石に相撲の祖でもある建御雷には敵わないものの、素戔嗚は八百万の神の中でも上位の腕力を持つ神である。その素戔嗚と一誠の腕力が拮抗しているのは、逸脱者である一誠には天使と悪魔の要素の他に身体能力に秀でたドラゴンの要素もある為だ。しかも体術に秀でたベルセルクに鍛えられた事で腕の力の入れ方も熟知している。こうした要因が重なった結果、一誠は素戔嗚と腕相撲ができているのである。

 こうした拮抗状態が暫く続くと、次第に地力で勝る素戔嗚が押し始めた。すると、一誠はそうはさせじと最初の位置まで盛り返し、更に右手の甲が床から1 cm程の高さになるところまで追い詰める。だが、ここで素戔嗚が負けてたまるかと挽回、逆に一誠をあと一歩まで追い詰める。追い詰められた一誠は、右腕の筋肉が一回り膨れ上がる程に力を込めるとじわじわと劣勢を覆していき、遂には最初の状態にまで立て直してみせた。

 

 正に一進一退。

 

 一誠と素戔嗚の腕相撲が誰も予想し得なかった長丁場となり、更に一瞬で大きく変わる戦況を見るにつれて、最初こそ静かに勝負の行方を見守っていた八百万の神達も次第に気分が盛り上がっていき、遂には声を上げて応援を始めてしまった。こうなるともはや抑えなど利かなくなり、大広間は応援と歓声で沸く事になる。

 こうして一誠と素戔嗚の腕相撲で大広間が興奮の坩堝と化していく中、天照は一人別の事を考えていた。

 

(あの素戔嗚が、あれ程までに楽しそうにしているなんて)

 

 姉であるが故に末弟の負けず嫌いで激しい気性を知っている天照は、歯を食いしばりながらも口元に笑みを浮かべて何処か楽しげにしている素戔嗚の表情に驚きを隠せなかった。それだけではない。一誠は素戔嗚から仕掛けられた腕相撲を真っ向から受けて立ち、更にこうして好勝負を繰り広げる事で他の神達も完全に味方へと引き込んでしまっていた。

 

(これではたとえ二年前の件や地獄の鬼達との縁がなかったとしても、彼を受け入れないという選択肢はあり得ませんでしたね)

 

 やがて一誠と素戔嗚の勝負に決着がついた事で大広間が一際大きな歓声に包まれる中、天照は兵藤一誠という世界の理から逸脱している存在を受け入れる事を決断した。

 

 

 

 一方、一誠以外の面々が控室として案内された一室では。

 

「ぴゅるるるるぅ! 成る程! 一誠は我等と別れた後も様々な場所で戦い続けていたのか!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! それだけの経験を重ねていたのであれば、我等が見違える程の成長を遂げたのも頷ける!」

 

 風神と雷神がイリナから一誠に関する話を聞いて感嘆の声を上げていた。実はこの二人、アザゼル達を案内した後も接待役として部屋に留まっていた。そして、一誠が元の世界の戻った後の事について興味が出てきた風神と雷神はイリナに頼んで一誠の歩みを語ってもらったという訳である。やがてイリナから話を聞き終わると、風神と雷神は二人で話し合いを始めた。

 

「しかし、この様な話を聞くのが我等二人だけとはどうにも勿体無い。こうなると、やはり一誠には一度地獄に来てもらうべきか」

 

「ウム、それがよかろう。それに、一誠には既に将来を誓い合った者はおろか可愛い娘までいるのだ。それ等をお知りになれば、閻魔様も伐折羅(バサラ)王様もお喜びになるだろう。その為にも、まずは我等が地獄に戻って事の仔細を報告せねばならん」

 

「その上で、先の件と共に閻魔様を通して伐折羅王様に進言すればよいか」

 

「その通りだ」

 

 やがて風神と雷神が一誠を地獄へ招待する事を直属の上司たる閻魔大王を通して進言する事を決めた所で、アザゼルが二人の話に加わってきた。

 

「あぁ、風神に雷神。それについてだが、どうせならもっと大々的にやらないか?」

 

「……具体的には?」

 

 風神が詳しい話を聞く構えを見せると、アザゼルは風神と雷神の話し合いを聞いている内に思い付いた案について話し始める。

 

「こっちとしてはな、俺達三大勢力の協調路線の旗頭といえるイッセーと個人的に親しいお前達地獄の鬼族とは友好関係を築いていきたいんだよ。それでまずはこっちの若い連中を何人かイッセーに同行させる事で、イッセー個人との交流を深めるだけでなく三大勢力と地獄の人材交流も兼ねる形に持っていきたいんだ。まぁそれにはまず高天原に話を通さなきゃならんし、それ以外にもいろいろと準備が必要だろうから少々時間がかかっちまうが、できれば二ヶ月から三ヶ月後を目途に実現させたい」

 

 アザゼルから話を聞き終えた雷神は暫く考え込んだ末、今の自分に可能な範囲で答えた。

 

「フム。……此度はあくまでそちらの使者の護衛の任を受けてこちらに来ている以上、この場で是非の判断ができる様な権限など我等にはない。だが、そちらにそうした意志があるという事を閻魔様とヤミー様、そして伐折羅王様にお伝えする程度ならば特に問題ない筈だ」

 

「あぁ。今はそれで十分だ」

 

 雷神から十分に納得のいく答えを得た事でアザゼルが確かな手応えを感じると、控室の戸が突然開いて巫女装束を纏った少女が入ってきた。年の頃はアウラとほぼ同じか僅かに上で金髪と金色の目をした少女には、狐の耳と尻尾が生えている。

 

「母上! ……お主達、一体何者じゃ?」

 

 最初は笑顔で入ってきたものの、部屋の中にいたのが自分の想像と異なっていたのか、巫女装束の少女はアザゼル達を見て首を傾げている。一方のアザゼル達もまた、可愛らしい闖入者の出現ですぐには反応ができずに固まってしまった。

 

 ……アウラが一誠譲りなのは、何も容姿や賢さばかりではなかったらしい。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

最後に出てきた少女については次話にて。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十四話 アウラのお友達

2017.6.5 後半部分加筆修正


 ……素戔嗚(スサノオ)様との腕相撲は素戔嗚様の勝利で終わった。

 

 まぁ当然と言えば当然の結果だろう。確かに逸脱者(デヴィエーター)である僕の肉体には「聖」の力に秀でた天使と「魔」の力に秀でた悪魔、そして純粋な身体能力ではあらゆる種族の中でもトップクラスとなるドラゴンの要素が含まれている。今回の腕相撲でそれを改めて実感した訳だが、それでも純粋なドラゴンには当然及ばない。しかも、相手は日本神話における最強の神として建御雷(タケミカヅチ)様と並び称される素戔嗚様だ。肉体の基礎能力ではまず勝ち目がない。だからと言って、光力や魔力、ドラゴンのオーラで腕力を強化するという選択肢は僕にはなかった。仮にそれを実行しても素戔嗚様が同じ様に神力を使えばやはり同じ結果になっていたし、何より素戔嗚様が見たかったのは僕の単純な強さだけではなかった筈だ。

 そして、僕の推測通りだったのだろう。腕相撲を終えた後の素戔嗚様は凄く上機嫌で、親しげに肩を組むと「一誠」と名を呼びながら僕の健闘を称えてくれた。すると、それを切っ掛けに周りにいた他の神様達が先を争う様に僕に声をかけてくる様になり、そのまま宴会に突入しそうな流れになっていった。流石にそれは不味いと僕が思っていると、僕と同じ事をお考えになられた三貴子の最後の一柱である月読(ツクヨミ)様から「待った」がかかり、「控室で待たせている他の使者達を呼び、そこで本来の顔通しを済ませるべきだ」とお諌めになられた。尤も、「宴はその後でやればよかろう」とはっきりと仰せになってしまった事で、月読様の本音が透けて見えてしまったのだが。

 そうして、控室で待っているアザゼルさん達がこちらに来るまでの間、上座の中央に八百万の神の代表である天照様、その両脇に残りの三貴子である月読様と素戔嗚様が座り、下座の両脇を他の神々が固める中で外部勢力の使者である僕が謁見するという本来の形に座り直した。なお、案内役であるダイダ王子は僕の斜め前に座っている。ただ、八百万の神から僕に向けられる視線は好意的なものが殆どでかなり穏やかな雰囲気である事から、特に問題なく僕の顔通しは終わりそうだった。

 

 ……また一つ、アウラに新しい出逢いがあった事をこの時の僕は知る由もなかった。

 

 

 

Side:紫藤イリナ

 

「母上! ……お主達、一体何者じゃ?」

 

 控室で風神さんと雷神さんのお二人にイッセーくんが今まで何をしてきたのかを話し終えた後、三大勢力と地獄との間で人材交流の話が持ち上がった所で狐の耳と尻尾を持った可愛い女の子が突然現れた。その女の子は初対面である私達に対して警戒心を露わにしている。一方、まさかこんなに小さな女の子が突然入ってくるなんて思ってもいなかった私達はすぐには反応できなかった。その結果、狐の女の子に最初に反応したのは初対面の人でも物怖じしないアウラちゃんだった。

 

「あたし、アウラ。兵藤アウラっていうの。それで、あなたのお名前はなんて言うの?」

 

 ……「何者じゃ」って言われたから名前を訊かれたって思ってその通りに答えちゃったアウラちゃんの明るい笑顔を見て、狐の女の子は明らかに戸惑っていた。初対面の相手に警戒していたのに笑顔で名前を教えてもらった訳だから、肩透かしを食らった様な気分になっちゃったんだろう。それから暫くすると、狐の女の子の表情が少し申し訳なさそうなものへと変わった。

 

「……よく考えてみたら、人に名前を尋ねるのであれば、まずはこちらから名乗るべきであった。それなのにこちらの非礼を責めずに名前を教えてくれた事を感謝するぞ、アウラとやら。それで私の名前だが、九重(くのう)という。表と裏の京都に住む妖怪を束ねる者、八坂(やさか)の娘じゃ」

 

 九重と名乗った狐の女の子の自己紹介が終わったところで、アザゼルさんは何処か感心した様な表情になった。

 

「ほう。外見と秘めている力が割と強かった事から九尾の狐とは少なからず繋がりがあるんじゃないかとは思っていたが、まさか実の娘だったとはな」

 

 アザゼルさんが九重ちゃんについて話をすると、セラフォルーさんも他勢力との外交を絡めた話をしてくれた。

 

「実は聖魔和合がある程度軌道に乗ったら、他の勢力とも会談を開いて協力体制を築いていこうって話になっているの。それでね、協力体制の申し込みをする相手の候補に挙がっているのが……」

 

「京都に住まう妖怪達なのですね? そうなると、九重さんは西の妖怪の姫君という事でこちらにとっても重要人物になってしまいますわね」

 

 セラフォルーさんの話からレイヴェルさんがそう結論付けている中、アウラちゃんは九重ちゃんの名前を覚えようと頑張っていた。

 

「九重ちゃんっていうんだね。……ウン、覚えたよ! それでね、九重ちゃん。どうしてこのお部屋に入ってきたの?」

 

 アウラちゃんがそう尋ねると、九重ちゃんは少し言い辛そうだったけどちゃんと答えてくれた。

 

「ウ、ウム。じ、実はな、この高天原には伏見稲荷大社の主祭神であらせられる()()()()(タマ)大神様にお会いする為に母上と一緒に参ったのじゃ。だがお目通りの時まで待っておったら、どうしても花を摘みに行きたくなっての。それで部屋を出て花を摘んだ後に母上の元へ戻ろうとしたのじゃ。そうして辿り着いた部屋の戸を開けたら……」

 

 ……あぁ。確かにこれだけ多くの人の前で、特にアザゼルさんや百鬼君といった男の人の前では言い出しにくいわね。でも、もしイッセーくんから「花を摘む」って言葉が「トイレに行く」という意味の隠語である事を教えてもらわなかったら、私はきっと「何でこんな時にお花を摘みに行きたくなったんだろう?」って変な勘違いをしてたと思う。因みに、アウラちゃんもその辺はイッセーくんからしっかりと教わっているので、ここで「あ、おトイレに行きたくなっちゃったんだ~」なんてデリカシーのない事は言わずに事実確認に留めていた。

 

「九重ちゃんのお母さんじゃなくて、あたし達がいたんだね。……九重ちゃん、ひょっとして迷子なの?」

 

 ……アウラちゃん。それはそれでちょっと可哀想だよ?

 

「私は迷ってなぞおらん! ただ部屋を間違えただけじゃ!」

 

「じゃあ、九重ちゃんのお母さんの待っている部屋ってどこなの?」

 

「それはここから……」

 

 現にアウラちゃんから迷子と言われちゃった事で、九重ちゃんはムキになって自分は迷子じゃないって否定しちゃった。それでアウラちゃんが更に追及すると、九重ちゃんはすぐに元の部屋までの道程を言おうとした。でも、そこで九重ちゃんはハッとした素振りを見せた後で肩を落としてしまった。

 

「……いかん。花を摘む際に通った道はしっかり覚えておった筈なのだが、その通りに歩いて辿り着いたのがこの部屋だったとなると、それが本当に正しいのか自信がなくなってしまったのじゃ」

 

「じゃあ、やっぱり迷子になっちゃったの?」

 

 アウラちゃんが再び確認すると、九重ちゃんは素直に迷子になった事実を受け入れた。

 

「……ウム。アウラの言う通り、私は迷子になってしまった様じゃ。こんな事で意地を張ったからと言って、それで母上の所へ帰れる訳ではないからの。受け入れるべき事は素直に受け入れねばならぬのじゃ」

 

 そう言ってすっかり気を落としてしまった九重ちゃんの様子に頃合いと見たのか、風神さんが九重ちゃんに話しかける。

 

「ぴゅるるるるぅ! 九重姫、我等の顔を覚えておられるか?」

 

 風神さんからそう尋ねられた九重ちゃんは、そこで風神さんの方を向くと驚きの表情を浮かべた。

 

「おぉっ! 風神殿! 風神殿ではありませぬか! それによく見ると、相方である雷神殿もおられたのですか!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 久しいな、九重姫! だが、部屋の中を見て真っ先に「何者じゃ?」は流石に少々傷付いたぞ。一応、我等も最初からいたのだがな」

 

 雷神さんからそう言われると、九重ちゃんの顔色が真っ青になった。そしてその場で正座すると、深々と頭を下げて風神さんと雷神さんに謝り始める。

 

「も、申し訳ございませぬ! 大江の軍神様とお親しいお二人に対し、とんだご無礼を致しました!」

 

 でも、そこは大人である風神さんと雷神さん。九重ちゃんの無礼を笑って許してあげていた。

 

「ハッハッハッ! 構わぬ、構わぬ! 雷神は少しからかっただけで、けして本気で申している訳ではない!」

 

「むしろそこまで必死に謝られてしまうと、かえってこちらの方が九重姫に対して申し訳なくなってしまう!」

 

 風神さんと雷神さんの言葉を聞いて、九重ちゃんは頭を上げるとホッとした表情を浮かべた。そこにアウラちゃんが風神さんに声をかける。なお、「流石にこの場では格式張った言い方などしなくてもいい」と風神さんと雷神さんが言ってくれたので、アウラちゃんの言葉使いは普段のものだ。

 

「ねぇ、風神の小父ちゃん。お願いがあるんだけど……」

 

 アウラちゃんがそう言ってお願いを言おうとしたけど、その前に風神さんがアウラちゃんのお願いを汲み取ってくれた。

 

「九重姫を八坂姫の元まで送り届けてほしいのだな?」

 

「ウン。だって、大好きなお母さんの所に戻れないってとっても辛いから……」

 

 アウラちゃんがお願いの理由を口にすると、風神さんはすぐに快諾してくれた。

 

「承知した。幸い、八坂姫の気配はここからそう離れてはおらん。連れていくのにそう時間はかからんだろう。アウラよ、後はオレに任せておけ」

 

「ありがとう、風神の小父ちゃん!」

 

 アウラちゃんが笑顔で感謝を告げると、それに続く形で九重ちゃんも風神さんに感謝の言葉を伝える。

 

「風神殿。誠にありがとうございます」

 

「なんの。そう大した事ではない。では、早速参ろうか。これ以上九重姫の帰りが遅くなれば、八坂姫も気が気でなかろう」

 

 風神さんが早速九重ちゃんをお母さんの元へ送る事を伝えると、九重ちゃんはしっかりと頭を下げてお願いした。

 

「はい。風神殿、どうかよろしくお願い致します」

 

 そうして風神さんと九重ちゃんが立ち上がり、そのまま部屋を出ようとすると、アウラちゃんが九重ちゃんに声をかける。

 

「九重ちゃん。一つだけ、お願いがあるんだけど……」

 

 アウラちゃんが恐る恐る何かをお願いしようとすると、九重ちゃんは応じる構えを見せた。

 

「ウム、なんじゃ? 私にできる事であれば、叶えてやるぞ?」

 

「あたしと、お友達になって下さい!」

 

 アウラちゃんからそうお願いされると、九重ちゃんは再び戸惑いの表情を浮かべる。

 

「お、お友達? 私とか?」

 

「……ダメなの?」

 

 アウラちゃんがお願いを断られたと受け取って肩を落とすと、九重ちゃんは慌ててそれが誤解である事を伝えてきた。……よく見ると、笑みを浮かべそうになるのを堪えているのか、口元が少しピクピクしている。

 

「い、いや。ダ、ダメではないぞ。むしろ、私としても大歓迎なのじゃ。何せ、周りは私と同じくらいの年の者でも「九重様」や「姫様」と呼んで敬うばかりでお友達と呼べる訳ではなくての。そうやってお友達になってほしいと私にはっきり言ってくれたのは、実はお主が初めてなのじゃ」

 

 九重ちゃんがアウラちゃんとお友達になるのを歓迎している事を伝えると、アウラちゃんは落ち込んでいた表情を明るい笑顔に変える。

 

「そっかぁ。じゃあ、これでもうあたし達はお友達だね、九重ちゃん!」

 

「ウム! これからよろしく頼むのじゃ、アウラ!」

 

 お友達になった事でお互いに笑顔を向け合う中、アウラちゃんと九重ちゃんはお別れの挨拶を交わした。

 

「それじゃ、またね。九重ちゃん」

 

「ウム。再び会うその日まで息災でな。アウラ」

 

 アウラちゃんとのお別れを済ませてから九重ちゃんが風神さんに伴われてこの部屋を出ると、アザゼルさんが少し呆れた様な表情を浮かべる。

 

「アウラの奴、西の妖怪の姫君とあっさりお友達になってしまいやがった。どうやら頭の良さだけでなく巡り合わせの良さまでイッセー譲りの様だな」

 

 確かに、アザゼルさんの言う通りかもしれない。冥界では魔王の嫡男であるミリキャス君やフェニックス家の次期当主であるルヴァルさんの嫡男であるリシャール君とお友達になっているし、天界でも奇跡的に生まれたハーフ天使であるナナちゃんと仲良くなっている。それに少し年上になるけど、リヒトさんとリインさんの娘となったユーリちゃんと先代のレヴィアタンの末裔であるカテレアさんの息子のクローズ君とも仲がいい。何より、イッセーくんの愛娘という事でサーゼクスさんやセラフォルーさん、アザゼルさんにミカエル様といった三大勢力のトップの方達にも可愛がってもらっているのを考えると、アウラちゃんの巡り合わせはイッセーくん並みの凄さがある。……同時にそれは、今後の三大勢力の外交戦略においても強みになる。

 

「それとセラフォルー、解っているとは思うが」

 

「ウン、京都の妖怪達と会談する時にはイッセー君達と一緒にアウラちゃんも連れていくね☆ 折角アウラちゃんと九重ちゃんがお友達になれたんだもの、この繋がりを大切にしていかないとね☆」

 

 ……やっぱり、そうなっちゃうのか。でも、アウラちゃんと九重ちゃんの繋がりから三大勢力と京都の妖怪達との間に少しずつ友好の輪を広げていければ、それはそれでいいんじゃないかとも思う。ただ、個人の繋がりを切っ掛けにはしてもそれに頼り切っちゃうのはダメだけど、イッセーくん個人の繋がりを考慮して地獄の鬼族との友好関係を一から築いていこうとお考えになっている方達なのでその辺りはあまり心配していない。

 京都の妖怪達との今後の外交方針についての話が終わると、アザゼルさんはここで九重ちゃんの口から飛び出したある言葉について触れ始めた。

 

「ところで、さっき九重姫の口から出てきた「大江の軍神様」っていうのは、やっぱり大江山に駐在している酒呑童子の事なんだろうな。確か、バラキエルから昔聞いた話に三軍神ってのが出ていたんだが、その中の一人だったか?」

 

 アザゼルさんが私に確認を取ってきたので、私は早速それに答える。

 

「はい。地獄の鬼族は武に長けた方達ばかりですけど、その中でも特に武勇に秀でている事から軍神と謳われる三人の鬼がいます。今話に出た酒呑童子さんにかつては黄泉の塔と呼ばれる場所を守っていた羅生門さん。そして、イッセーくんの見立てでは単騎で二天龍と渡り合えるという三千世界様、イッセーくんは本当の名前である三千大千世界様と呼んでいる方です。それで力量なんですけど、三千世界様は三軍神の中でも明らかに別格です。残りのお二人については、こちらも相当に強い方で若手対抗戦に出場する人で対抗できそうなのは瑞貴さんだけだと思います。後は、ギャスパー君が持てる力の全てを出し切ればどうにかってところじゃないでしょうか」

 

 私がレイヴェルトを受け取った時に見たイッセーくんの過去の記憶に基づいて見立てた事をアザゼルさんに伝えると、アザゼルさんは溜息を吐いた。

 

「俺ですら見えなかったオーフィスの攻撃を捌いちまう様な奴でないと対抗できないって、三軍神ってのは本当に化物揃いだな。それで、イッセーを案内していったダイダ王子と閻魔大王、そして鬼族の王である伐折羅(バサラ)王という鬼のトップ3はどうなんだ?」

 

 今度はダイダ王子に閻魔大王様、そして伐折羅王様について尋ねられた私は、記憶を少しずつ掘り起こしながら答えていく事にした。

 

「……流石に最強の鬼である三千世界様には及びませんけど、酒呑童子さんと羅生門さんよりは確実に上だと思います。ただ、これは三軍神の方達もそうですけど私がイッセーくんから教えてもらったのはあくまで三百年前の強さなので、今はどうなのかは解りません。でも、以前より弱くなっているという事はおそらくないと私は思います。その辺りはどうなんでしょうか、雷神さん?」

 

「フム。我等もそうだが、桃太郎達と戦って愛と勇気と友情を学んで以来、誰もが力だけでなく心も鍛えようと修行に励んだからな。間違いなく三百年前より強くなっているぞ。特にダイダ王子様はこの高天原で最強を誇る素戔嗚様や建御雷様に幾度も挑み続けた結果、お二人と対等の領域にまで強くなられてな。伐折羅王様も「力は既に自分を越えた」とダイダ王子様のお力をお認めになられているし、それを踏まえると鬼の中で二番目に強いのは間違いなくダイダ王子様であろう」

 

 雷神さんから驚くべき言葉が飛び出してきた事で、この場にいた人は皆言葉を失ってしまった。私もまさかそこまで強くなっているとは思わなかったから、驚きを隠せない。例外は「ダイダ王子様って、とっても凄いんだ~」と素直に称賛しているアウラちゃんだけだ。

 

「……神々の中でも特に戦いに長けている戦神と同等の強さを持つ鬼とは、一体何なんでしょうか? でも、それ以上に戦神と同等の鬼が最強ではない事の方が信じられません」

 

 まるで絞り出す様なガブリエル様のお言葉の後で、アザゼルさんが閻魔大王様と伐折羅王様について雷神さんに改めて確認する。

 

「ダイダ王子が戦神クラスなのは解った。それで残りの二人はどうなんだ?」

 

「フム。……お二人とも流石に戦いの神である素戔嗚様や建御雷様には敵わぬだけで、天照様とは対等に戦える筈だ。確かに純粋な力こそ天照様の方が上なのだが、天照様はけして戦いがお得意という訳ではないからな」

 

 戦いが得意でないとはいえ天照様という主神というべき方と閻魔大王様と伐折羅王様は同等クラスだという雷神さんの言葉に、アザゼルさんは深く溜息を吐いた。

 

「……って事は、こっちで閻魔大王や伐折羅王と一対一で勝てそうなのはイッセーとその関係者以外だとサーゼクスとアジュカくらいか。こうなると、強者ランキングを大幅に書き換えないといけないな。特に二天龍クラスだという三千世界なんて、確実に一桁台に入るぞ。本当にどうなっているんだよ、鬼って奴は。イッセーの奴、当時はまだガキな上に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)も真聖剣も使えない状況でよくこんな連中を相手に最後まで戦い抜けたな」

 

 アザゼルさんが溜息交じりに鬼の人達について言い終えた所で、百鬼君が改めて「幼き(つわもの)」に対する想いを口にした。

 

「だから、俺も含めた五大宗家の者にとって「幼き兵」は永遠の憧れなんですよ」

 

「……百鬼さんの今の言葉、説得力に溢れていますわね」

 

 百鬼君の言葉に対するレイヴェルさんの感想については、私も同感だった。それにこの話を聞いて黙っていられなさそうな人がイッセーくんの近くには割といる。それについての懸念をアザゼルさんが話し始めた。

 

「それだけにヴァーリ達がこの話を聞いたら、間違いなくそいつ等に挑戦しようと大江山や地獄へ出向くだろうな。それで変に騒ぎが大きくなるくらいだったら、いっそヴァーリ達を神の子を見張る者(グリゴリ)の代表にしてイッセーと一緒に地獄へ行ってもらう方向で話を進めた方がいいかもしれねぇな」

 

「私達の方だと、トップランカーに手が届きかけてるライザー君とそのライザー君と同等の強さを持つ瑞貴君はまず決定ね☆ それにイッセー君の同世代の次期当主からはサイラオーグ君、眷属からは木場君に匙君、ギャスパー君と言ったところかしら☆ 後はイッセー君がその時までに独立していたら、イッセー君の眷属になってる筈のセタンタ君も入れられるかな?」

 

「親善大使と同年代となると、デュリオ君とネロ君、後はミラナちゃんが対象になりますね。後は皆のお目付け役としてグリゼルダちゃんもでしょうか」

 

「まぁその辺が妥当だろうな。……って事で、そっちはとりあえず人材交流の話を持ち掛けられた事を閻魔大王に伝えてくれればいい。後は閻魔大王や伐折羅王と直接話を進めていくからな」

 

「承知した。閻魔様には「三大勢力から人材交流を求められた」と我等から伝えておこう」

 

 ヴァーリ達に関する懸念を呈してからセラフォルーさんとガブリエル様も交えて三大勢力と地獄の人材交流の話を一気に纏めていくアザゼルさんを見て、私は素直に凄いと思った。趣味に走って変な物を作っちゃったり、その為に神の子を見張る者の予算を流用したりと色々と問題を起こしたりもするけれど、こうした話をスムーズに進められる辺り、堕天使の総督という肩書はけして伊達じゃない。

 

 ……天照様から私達にお呼びが掛かったのは、こうした話がある程度終わってからの事だった。

 

Side end

 

 

 

「その様な事があったのか……」

 

 アザゼルさん達を交えた僕の公式の場での初顔合わせ(という事になっている)を無事に終えた後、僕達を歓迎する為の宴を開くので暫く待っていてほしいという事で控室に戻ってきた僕達は、イリナからここであった事の一部始終を聞かされていた。

 

「それで、今ここに貴女様がおられる訳ですね。八坂姫様」

 

 そして今、僕の目の前にはアウラとお友達になったという九重姫と一緒に母親である八坂姫が座っているのである。九尾の狐の名の通り、九本の狐の尾を持つ八坂姫は妖艶な笑みを浮かべながら話を始めた。

 

「ほほほ。部屋を間違えた娘の九重が世話になったという事で、まずはご挨拶をと思いましてなぁ。もちろん、宇迦之御魂大神様には既にお目通りした後ですし、お許しも得ていますのでご安心を。ただ、その宇迦之御魂大神様から三大勢力の使者殿が素戔嗚(スサノオ)(ノミコト)様に気に入られたと聞いた時には本当に驚きましたなぁ」

 

 そう語る八坂姫の視線には、明らかに僕を探ろうとする意図が含まれている。すると、控室に戻ってくる時に同行してきた方が八坂姫に釘を刺してきた。

 

「おい、八坂。コイツは腕相撲を通して俺自らが吟味し、そして信用に値すると認めた男だ。それ以上は下種の勘繰り、そして俺への侮辱に等しいと思え」

 

 明らかに不機嫌と解る表情と共に脅しをかけているのは、先程僕と腕相撲をした素戔嗚様だ。その隣にはダイダ王子も座っており、特に何も言ってはいないが明らかに八坂姫を睨んでいる。いかに京都の妖怪の長とはいえ流石に高天原における三大強者の二人から睨まれるのは敵わなかった様で、八坂姫は頭を深々と下げて謝罪してきた。

 

「申し訳ございませぬ、素戔嗚尊様。それにダイダ殿。妾が些か浅慮でございました。使者殿も、妾の無礼をどうかお許し下され」

 

 ……ただ、八坂姫が僕やアウラに対して不安を感じたのも無理はない。だから、ここは軽く流しておくべきだろう。

 

「いえ。大切なご息女が見も知らぬ者と友誼を交わしたと聞けば、親としては不安になるのも当然というもの。そのお気持ちは父親としてよく解りますので、どうかお顔をお上げ下さい」

 

「使者殿、お許し頂き感謝致します」

 

 そう言って、八坂姫は頭を上げた。そして姿勢を正すと、後ろに控えていた九重姫を紹介し始める。

 

「使者殿。こちらが妾の娘で先程使者殿の娘御と友誼を交わした九重です。九重、使者殿にご挨拶を」

 

「アウラの父上殿、初めてお目に掛かります。私が八坂の娘、九重でございます。娘御には先程道に迷ったところをお助け頂いたばかりか私の友となって頂きましたので、改めて父上殿に感謝を申し上げます」

 

 アウラとほぼ同年代でありながら礼儀正しい振る舞いと言葉使いでしっかりと挨拶をこなす辺り、やはり一つの勢力を束ねる長の娘という事なのだろう。相手が礼を尽くしてきた以上、僕もそれに合わせる形で九重姫に挨拶する。

 

「九重姫様にはご機嫌麗しく。先刻親しくさせて頂いたアウラの父である兵藤一誠でございます。九重姫様には今後とも娘と親しくして頂けると幸いに存じ上げます」

 

 すると、九重姫は不満げな表情を浮かべた。

 

「……父上殿、「九重姫様」はお止め下され。私はアウラと対等の立場で友誼を交わしたのです。ならば、私の事は遠慮なく「九重」とお呼び下さると共に、アウラに話しかける様にお話し下され。さもなくば、アウラに頼んで叱って頂きますぞ」

 

 ……そうくるか。それなら仕方がないな。

 

「九重姫様がお望みとあらば、その通りに致しましょう。……確かにアウラに叱られるのは、僕としてもかなり堪えるものがある。それを見越してこんな手を打って来るなんて、中々やるね。九重ちゃん」

 

 僕が言葉使いを普段のものへと戻して褒めた事で、九重ちゃんは少し照れ臭そうに、しかし満足げな笑みを浮かべた。

 

「一誠よ、お前は確かに人の子の親になったのだな。こうなると、オレもいよいよ連れ添いに相応しい女を本気で探さねばならんか」

 

 こうした僕と九重ちゃんのやり取りを見たダイダ王子は感慨深げにそう零すと、話を大きく変えてきた。

 

「さて、一誠。不躾ではあるが、今からオレと少し立ち合え」

 

 八坂姫や九重ちゃんと話をしている中での余りに唐突な立ち合いの申し込みだったので、僕はダイダ王子にその真意を尋ねる。

 

「まだ八坂姫様達と話をしている最中に割って入られるとは、些か性急ではありませんか?」

 

 すると、ダイダ王子は立ち合いの申し込みを強行した理由について語り始めた。

 

「先程素戔嗚殿に窘められたものの、八坂は未だ納得しておらぬ様だからな。ならば、実際にお前がどういう男なのかを見せてやった方が早いと思ったのだ。鬼と戦って己の性根を隠し通せる者などおらぬ。その事は、酒呑とは三百年来の付き合いである八坂もよく知っていよう。それに何より、お前がこの数年間で積み重ねてきたものをオレ自身が見てみたいというのもある」

 

 ……戦いの中で相手の本性を曝け出させ、その上で見極める。この辺りは、やはり生粋の鬼だった。ただ、それを心地良いと感じてしまう辺り、僕も相当に鬼の人達に感化されているらしい。

 

「そういう事でしたら、承知しました。私も、いえ僕もダイダ王子には僕の成長を見て頂きたいと思っていましたから。ただ間もなく歓迎の宴が始まりますので、余り時間がありませんが」

 

「構わん。お前が相手ならば、四半刻(しはんとき)程で十分だ」

 

 立ち合いに関してお互いの了解を得た事で、僕とダイダ王子は早速控室からそのまま控室の前に広がる庭へと降りていく。庭に出てある程度距離を置いたところで、ダイダ王子は腰に差した太刀を鞘から抜き放ち、僕は真聖剣を呼び出してから万化(アルター)で刀の形状に変形させた。そしてお互いの得物を構えて対峙する。

 

「では、始めようか」

 

「ハイ」

 

 立ち合いの開始を承知した僕は、一瞬でダイダ王子の懐に踏み込むと渾身の力で真聖剣を振り下ろした。僕の踏み込みを待ち構えていたダイダ王子は、僕と同じ様に太刀を振り下ろす事で受け止める。得物同士がぶつかった事で生じた衝撃がかなりの強さで僕の体にぶつかってくるが、その程度で怯む様ではダイダ王子と立ち合う事などできない。

 

「オレの知るものとは比べ物にならぬほどに剣が重い。……強くなったな、一誠よ」

 

「お褒め頂き光栄です、ダイダ王子」

 

 ダイダ王子と鍔迫り合いをしながら軽く言葉を交わすと、一度離れて真聖剣を構え直した。そして再びダイダ王子の懐へと踏み込んでいく。

 

「ダイダにしてやられたな。あの場での見極めを建御雷に任せておけば、ここで一誠と立ち合いをしていたのはダイダでなく俺であったものを」

 

 ……ダイダ王子と次々と刃を交えていく中、素戔嗚様の何処か羨ましげな声が微かに聞こえた様な気がした。

 




いかがだったでしょうか?

なお、ダイダ王子の台詞で出てきた四半刻とは江戸時代の時刻を示す言葉で三十分を意味します。

では、また次の話でお会いしましょう。


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最終話 外で遊びし果てにあるもの

Side:アザゼル

 

 イッセーとダイダ王子が四半刻(しはんとき)の制限時間を設けた立ち合いをする事となった。……って、こちらの面々で四半刻が三十分を意味する言葉だって解る奴が俺以外にいるのか? そう思って見渡すと、やはり俺以外は全員首を傾げていた。一方、日本の神である素戔嗚(スサノオ)はもちろん風神と雷神、八坂姫・九重(くのう)姫の狐母娘、百鬼といった日本神族と馴染みの深い連中も解っている様で特に反応していない。そうして二人が庭に下りてからお互いに得物を構えて立ち合いを始めた訳なんだが、時間が経つにつれて俺は寒気を感じる様になった。

 得物に真聖剣を選んだ時点でイッセーが本気(マジ)なのはすぐに解った。ただイッセーは太刀を使うダイダ王子に合わせて日本刀に変形させたと思ったんだが、見当違いもいい所だったらしい。何せ、この一月程の付き合いでイッセーの剣捌きは何度も見てきたが、その中で一番キレが良かったのだ。……いや、実は今まで見せてきた剣捌きは全て手抜きでしたと言われた方が納得できるくらいにキレが良過ぎると言った方がいいかもしれねぇな。確かに二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)であるイッセーは剣を最も得意としているが、その中でも刀の扱いは群を抜いている様だ。

 

「フッ!」

 

 そして今、上段から振り下ろされたダイダ王子の太刀を短い呼気と共に受け止めた。いや、受け止めたと見せかけて真聖剣の切っ先を下げる事で刃を滑らせて左側へと受け流したのだ。しかもその時の反動を利用して剣の速度を加速させている。そうして仕掛けた袈裟斬りはダイダ王子の体に入るかと思われたが、ダイダ王子はここで大胆な手を打ってきた。自分の右側に受け流された太刀から左手を離すとそのまま真聖剣の横っ面を殴り付ける事でイッセーの袈裟斬りを防いでしまったのだ。……ほんの少しでもタイミングがズレていたら、左手をバッサリいっていたか、空振って無防備に食らっていたかのどちらかだぞ。そんな危険な賭けを平然と行って当然の様に勝ってみせる辺り、確かにコイツは只者じゃねぇ。

 一方、拳で真聖剣を右側に弾かれた事で体勢を崩したイッセーは、体勢を立て直す為に後ろに下がるどころか逆に真聖剣を弾かれた状態のままで前に踏み込み、左肩からのショルダーチャージを仕掛けた。流石にこれは躱せないと判断したダイダ王子は腰を落とし、イッセーのショルダーチャージを体全体でしっかりと受け止める。密着した状態でお互いに得物が満足に振るえない状態になったところで、二人は軽く言葉を交わす。

 

「オレの攻撃を利用して剣を加速させるとは、中々面白い事をやってくるな。しかも俺の反撃で体勢を崩した時、安易に後ろに下がらなかったのは良い判断だった」

 

「そこで定石通りに後ろに下がろうとしたり、一瞬でも判断を迷ったりしていたら、左からの強烈な切り上げを食らっていましたからね。あの時、活路は既に前にしかありませんでした」

 

 ……いや、強力自慢の鬼を相手に捕まる危険を冒して前に踏み込むなんて事、普通はやろうとも思わねぇよ。現に空いた左手でイッセーを捕まえてやろうと隙を窺っているダイダ王子の顔には面白そうな笑みが浮かんでいる。

 

「ならば、ここからはお互いに剣を置いて無手で勝負するか?」

 

「僕はそれでも構いませんよ。こう見えて、金太郎さんとも相撲で多少は渡り合えるくらいには体術も鍛えてきましたから」

 

 ……あぁ。そう言えば、イッセーは歴代の赤龍帝の中でも特に頭のネジがブッ飛んでやがるベルセルクからあらゆる体術を骨の髄まで叩き込まれているんだったな。さっきのショルダーチャージだって、食らったのが俺だったら後ろに数 mは吹き飛ばされるくらいの威力があった。

 

「言う様になったな、一誠」

 

 ここで言葉を交わし終えた二人は、互いにタイミングを合わせる様に後ろに引いた。これで少しでも引くタイミングがズレていれば、手痛い追撃を食らっていたのは間違いない。そして再び間合いを詰めようとお互いに駆け寄ると、ダイダ王子の太刀が最上段から振り下ろされた。だが、イッセーには真聖剣で受け止めようとする動きがなかった。その為、太刀はすんなりと下まで振り下ろされる。

 

「えっ……?」

 

 レイヴェルはその光景を見て呆然とするが、百鬼が正確な情報を口にする。

 

「いや、兵藤先輩にダイダ王子の太刀は当たっていない! 1 cmにも満たないが、確かに太刀の間合いから外れている!」

 

 そう。イッセーはあえて太刀を受け止めずに一瞬足を止める事でダイダ王子の太刀を完全に見切ったのだ。決定的な好機を作り出したイッセーは軽く飛び上がると、太刀を完全に振り下ろした事で無防備となっているダイダ王子の顔面に向かって飛び蹴りを仕掛ける。

 

「オォォォォォッ!」

 

 ダイダ王子は既にイッセーが太刀の間合いの内側にいる事から振り上げても間に合わないと判断し、太刀を手放すと両手を交差してイッセーの気合の入った飛び蹴りを受け止める。ただ体格差が大きい為か、イッセーの渾身の飛び蹴りでもダイダ王子は微動だにしなかった。

 

「昔のお前なら飛んだ勢いを利用して剣を突き出していた筈だが、まさかここで剣ではなく蹴りを出すとはな。先程の言葉は本当だったか」

 

 イッセーの飛び蹴りを真っ向から受け止め切ったダイダ王子は、そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。

 

「あれから何度も激戦を重ねたり、幾つもの死線を潜り抜けたりしてきましたからね。それに、真聖剣で仕掛けると太刀を手放してからの白羽取りで逆に武器を奪われてしまいそうで、そう思ったら自然と蹴りが出ていました」

 

 それに対して、飛び蹴りを完璧に止められるとすぐさま腕を軽く蹴り直して間合いを取ったイッセーもまた好戦的な笑みを浮かべる。すると、ここで今まで静かに観戦していた素戔嗚がイッセーに問い掛けてきた。

 

「おい、一誠。これが本当の戦いだったら、お前はダイダに皮を切らせるところまで踏み込んでいたのではないのか?」

 

 ……何だって?

 

「素戔嗚様はお見通しでしたか。えぇ、その通りです。そこまで踏み込まないと、僕の力では今ご覧になった通りになります。ただそれを実行したら、確実に今着ている服が切り裂かれて血も出てしまいますから」

 

「確かに、歓迎の宴を血で穢す訳にはいかないな。まぁ一誠がそこまで本気で踏み込んでいれば、ダイダも気の強化が間に合わずに今の蹴りで腕の骨を折られていただろうから、皮を切らせて何とやらと言ったところなんだがな。なぁダイダ?」

 

「素戔嗚殿の仰せの通りだ。尤も、その時はオレも片腕で受けながらもう片方の拳でやり返して痛み分けにするところなのだが、互いに宴を控えている身でそこまでやる訳にもいかぬ。難儀な事だ」

 

 このイッセーと素戔嗚、そしてダイダ王子のやり取りを聞いて、俺は頭が痛くなってきた。……つまりイッセーとダイダ王子はこれだけ派手に大立ち回りを演じているってのに、当の本人達にとってはこの後の歓迎の宴に影響が出ない様な戦い方しかしていないって事だ。それを全て把握し切った素戔嗚はやはり高天原に住まう神々の中では最強の一角なんだろう。だからと言ってほんの1 cm、時間にすればコンマ数秒の差でここまで結果が変わってくるってのは、一体何なんだ? それ以上に信じられねぇのは、まだオーフィスと戦ってから一月程度しか経っていねぇのに、しかも他の奴と比べたら鍛錬の時間なんて殆ど取れていない筈なのに、素戔嗚という日本神族最強の戦神と同等クラスの奴と素で渡り合えるところまで来ているイッセーの成長速度だ。一体どんな鍛え方をすれば、俺でも訳の解らねぇスピードで強くなれるんだよ、イッセーの奴は?

 

「……けして全力とは言えぬが、やはり真に強き者との戦いは楽しいな」

 

「えぇ、僕も楽しいです。こうやって何かを背負う事無く、ただ一撃一撃に自分の想いを込めて相手とぶつけ合う。そんな真剣勝負の醍醐味を味わうのは」

 

 俺が頭を抱えている中で互いに全力を出せていないと言いつつもイッセーとダイダ王子が笑みを交わし合うのを見て、俺は二人が本当にこの立ち合いを楽しんでいるのを理解した。……ヴァーリと気が合う訳だぜ。イッセーの奴、戦闘狂の一面も確かに持っていやがった。

 

「そうか。……では、もう暫く楽しむとしようか!」

 

「ハイ!」

 

 そして、イッセーとダイダ王子は会話を打ち切るとそのまま立ち合いを再開した。途中から得物だけでなく拳や蹴り、更には体当たりや組み付いてからの投げ技といった体術まで使い出したイッセーとダイダ王子の激しいぶつかり合いを前に、レイヴェルやセラフォルー、ガブリエルはおろか八坂姫ですら完全に息を飲んでいる。その一方で、風神と雷神は血が滾るのを抑えられずに体を震わせていた。

 

「ぴゅるるるるぅ! 雷神よ、地獄に戻ったらワシに付き合ってもらうぞ! この滾り、一戦交えねば到底収まりがつかぬ!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 風神よ、それはワシも望む所だ! この立ち合いを目の当たりにして心が躍らぬなど、断じて鬼ではないわ!」

 

 話に聞いていた通りの反応に、俺は思わず苦笑した。確かに戦いを嗜みとするのなら、こんな反応になるのは当然だ。それは幼い頃から「幼き(つわもの)」に憧れていたという百鬼も同じで、まるで幼い子供の様に目を輝かせながらイッセーとダイダ王子の戦いを見ている。

 

「兵藤先輩もダイダ王子も本気で戦ってはいる。でも、この後の歓迎の宴に配慮している時点で、けして全力じゃない。それなのに、今の俺では到底手の届かない領域で戦っている。これが、五大宗家に三百年に渡って言い伝えられてきた鬼の王子と「幼き兵」の戦い……!」

 

 おそらくは無意識の内に百鬼の口から出てきたであろう感嘆の言葉を耳にして、驚いたのは九重姫だ。

 

「のう、アウラ。今、あの者から「幼き兵」という言葉が出てきたのじゃが、ひょっとしてアウラの父上殿はかの「幼き兵」なのか?」

 

「ウン、そうだよ! パパは小さい時に桃太郎さんと一緒に鬼退治の旅をした事があるの!」

 

 アウラからの返事を聞いて、九重姫は絶句してしまった。まぁ風神達と九重姫のやり取りを見ている限り、「幼き兵」の伝説は妖怪達にも広まっている様だからな。そこで自分の初めてのお友達がその伝説の人物の娘ともなれば、この反応も無理はないだろう。

 

「アウラが風神殿と親しく言葉を交わしておったのも、そうした縁があっての事じゃったか。この分では、大江の軍神様ともアウラの父上殿はお親しいのじゃろうなぁ。……ウゥム。でき得るのであれば、父上殿から桃太郎殿と共に旅をしていた頃の事をお聞きしたいところなのじゃが……」

 

 そうして九重姫がイッセーから当時の事を話してもらいたがっていると、それを見たアウラがイッセーにお願いしてみると言い出した。

 

「九重ちゃん、だったらあたしが後でパパにお願いしてみるね!」

 

 それを聞いた九重姫はまるで花が咲いた様に笑顔へと変わる。

 

「本当か、アウラ! 感謝するのじゃ!」

 

 九重姫から感謝を告げられたアウラは、ここでイッセーとダイダ王子の立ち合いを一緒に見ようと誘う。

 

「だから九重ちゃん、今はあたしと一緒にパパとダイダ王子様の試合を見ようよ! パパもそうだけど、ダイダ王子様もすっごく強いんだもん!」

 

「ウム、アウラの申す通りじゃな! 伝説に謳われた(つわもの)同士の立ち合いなど、滅多にお目にかかれるものではない! ならば、この(まなこ)にしかと焼き付けねば、父上殿にもダイダ様にも失礼というものじゃ!」

 

 こうしてイッセーとダイダ王子との立ち合いを一緒になって見始めたアウラと九重姫だったが、そんな二人の様子をイリナは微笑みながら優しく見守っていた。……イリナの奴、相も変わらず母性が天辺を突き抜けてやがる。

 

「……「優しい魔法少女」になるって夢は今も変わらないけど、イリナちゃんとアウラちゃんを見てると、お母さんになるのも悪くないなぁって思っちゃうのよね☆」

 

 そんなイリナの母性を目の当たりにしたセラフォルーの口から女としての本音が零れ落ちると、それを耳聡く聞き付けたレイヴェルがセラフォルーの泣き所を的確に衝いてきた。

 

「レヴィアタン様。そうお思いでしたら、まずはこれはとお思いになられる殿方をお探しになるべきではございませんか?」

 

「……うー、レイヴェルちゃんが虐めるよ~」

 

 セラフォルーは涙目になってレイヴェルを睨みつけるが、レイヴェルは「ウフフ」と軽く笑って受け流す。イッセーから直接手解きを受けているだけあって、コイツも相当に図太くなってきたな。それに俺やイッセー、サーゼクスとの間で交わされる様々な話題にも現時点で既についていける以上、時勢にもよるが次期レヴィアタンに選ばれるのは案外コイツかもしれねぇな。

 ……せっかくレイヴェルがセラフォルーを弄ったんだ。この流れに乗って、俺も他に母性でイリナに負けている奴を弄るとしようかね。

 

「おい、ガブリエル。お前、女子高生に母性で完全に負けているぞ。四大熾天使(セラフ)というよりは女天使のトップとして、少しは危機感を持ったらどうなんだ?」

 

「……アザゼル。お願いですから、それ以上は何も言わないで下さいね。私自身、天界で何度もイリナちゃんのお母さんぶりを目の当たりにして、私は本当にこのままでいいのかと自問自答を繰り返しているところなんです」

 

 ……ちょっとからかうだけのつもりだったんだが、ガブリエルの奴が思いっきり真顔で反応してきたのは完全に予想外だった。どうやら俺は奴の地雷を物の見事に踏み抜いちまったらしい。

 そうして俺がガブリエルの弄り方を誤って少々不味い雰囲気を作っちまったんだが、そんな中で素戔嗚が八坂姫に今後の意思確認を行う。

 

「それで、一誠の事を改めて知ったお前はこれからどうする? 尤も、答えは既に一つしかない筈だがな」

 

素戔嗚(スサノオ)(ノミコト)様はこの事をご存知でございましたな? ……これはまた随分と意地の悪い事をなさりますなぁ」

 

 もはや苦笑するしかない様子の八坂姫だったが、既に結論は出ている様でこれ以上は何も言わなかった。確かに、自分の娘がこれだけデカイ縁を持った相手と折角友誼を交わしたってのに、それを個人の情だけで断ち切る様な真似は一勢力の長としてはできねぇよな。まぁ折角お友達になったのに、大人の都合で引き離されるなんて悲しい思いをこんな小さなガキ二人に味あわせる事がこれでなくなったんだ。立ち合いの目的はこれで一先ず達成されたな。そう判断した俺は、イッセーとダイダ王子の立ち合いの観戦に集中する事にした。けして全力ではないが、それでも神の領域に足を踏み入れた者同士の真剣勝負をこうして間近で見られる機会なんて早々ないからな。

 

 

 

 イッセーとダイダ王子の立ち合いが始まってから三十分程が経過した。誰に言われるでも無くそれを察したイッセーとダイダ王子は、お互いに構えを解いて得物の切っ先を静かに降ろす。そうして立ち合いの終了を暗黙の内に成立させたところで、ダイダ王子がイッセーに語りかけてきた。

 

「……どうやら、取り戻せた様だな」

 

 取り戻した? それは一体どういう事だ?

 

 俺はダイダ王子が何を言っているのか、全く見当が付かなかった。しかし、それもイッセーの言葉を聞くまでだった。

 

「ハイ。……僕は桃太郎さん達との旅を終えてから三年の後、こことも桃太郎さん達の世界とも異なる世界で激しい戦乱に巻き込まれました。その最中、僕は自分の見通しの甘さから五千人もの何の罪のない人達を死なせてしまいました。だから、僕にはもう「懲らしめる剣」を振るう資格がないと思い、実際に今の今まで振るうことができず、結果として多くの命を殺める事になりました」

 

「振るう剣から血の匂いがしたのはその為か。そこは桃太郎達と違う所だな」

 

 ……そうか。イッセーには異世界ではあるが戦争に参加した経験がある。しかも兵士としてだけでなく、軍師という一勢力の高級幹部としてもだ。それはつまり敵味方を問わず、また直接間接も問わずにそれこそ万単位の命を死に至らしめたって事だ。確かに敵を懲らしめるだけで殺しはしなかった桃太郎達とは対極だな。そして、それ故にイッセーは桃太郎達と共にあった時に振るっていたであろう「懲らしめる剣」を諦めた。いや、諦めざるを得なかった。ダイダ王子はそれをたった三十分ほど剣を交えただけで理解しちまった。ダイダ王子の「鬼と戦って己の性根を隠し通せる者などおらぬ」って言葉には一片の偽りもなかった。

 

「だが、お前の剣には血の匂いこそしたが穢れや澱みが一切なかった。それで解ったのだ。お前は己の剣を敵の血で染め上げはしたが、けして道を踏み外した訳ではないのだと」

 

 だから、こんな言葉が続けて出てくるって訳だ。鬼って奴はマジでスゲェわ。イッセーもそれは十分解っているから、この三十分の立ち合いの中で思い知らされた事を何ら隠す事無く語っていく。

 

「最後まで命を殺める事がなかった桃太郎さん達に比べれば、血塗られた僕の剣はけして誇れるものではありません。ですが、ダイダ王子と立ち合う事で桃太郎さん達と共に旅をしていた頃へと心と感覚が戻っていく中で、この手で命を殺めた事で命の尊さを思い知ったからこそ、剣に愛を込めて悪意ある者を懲らしめなければならないのだと気付きました。……たとえ振るうべき資格がなかったとしても、僕は「懲らしめる剣」を諦めてはいけなかったんです」

 

 ……だがな。

 

「イッセー、そいつは少し違うと思うぜ?」

 

「アザゼルさん?」

 

 イッセーは俺に対してつい素で反応しちまっていたが、ちょうど良い。この際だから、しっかり伝えておかねぇとな。

 

「お前はさっき「懲らしめる剣を振るう事ができなかった」と言っていたけどな、けしてそんな事はねぇよ。あの喧嘩祭でお前に殴られた奴等だがな、「俺達の拳にしっかり応えてくれた」だの、「殴られたのに何処かスッキリした」だの、そんな事ばかり言ってお前に対して悪感情を持った奴なんて誰一人いなかったんだぞ。それどころか、「殴られて元気が出たからまた殴って欲しい」なんて事を言い出す奴までいる始末だ。そんな事を意識せずにやっちまう様なお前の拳は「懲らしめる拳」以外の何物でもないし、そんな「懲らしめる拳」を使えるお前が「懲らしめる剣」を振るえない筈がねぇんだよ!」

 

 結局のところ、お前は「懲らしめる剣」を捨ててもいなければ諦めてもいなかったって事をな。

 

「成る程。取り戻したというよりは、無意識で「懲らしめる剣」を振るっていたのを改めて自覚し直したと言ったところか」

 

 ダイダ王子も俺の言い分を聞いて、納得の表情を浮かべた。だが、俺達が高天原を訪れた事で得られた最大の収穫は正にここからだった。

 

「一誠よ。先程、オーフィスなる龍神が己の眷属にせんとお前を狙っていると言っていたな。何でも力が無限に湧き立ち、それに耐え得る強靭な肉体と魂を有するが故にこの大地において敵う者無しとの事であったが、その者は何も心まで無限という訳ではなかろう。心が無限に広ければ、その意志は自ずと希薄になる。だが、その者にお前を求める意志があるのであれば、その心はけして無限に広がるものではない。ならば、その龍神に対抗するにはその剣を肉体でも魂でもなく心に打ち込むべきだ」

 

「剣を心に打ち込む……」

 

「そうだ。桃太郎達と共にあった頃に振るった「懲らしめる剣」。それを自覚し直した今のお前ならば、それができる筈だ。兵藤一誠、かつて桃太郎達と共にあった「幼き兵」よ。我等鬼に対してそうした様に、無敵の龍神にも教えてやれ。弱き者が葦となってお互いを支え合う事で新たな強さが生まれ、やがて強き者を凌駕していくという事をな」

 

 ……オーフィスを討つでもなく、倒すでもなく、懲らしめる。

 

 まさか、こんな攻略法が可能性として存在していたなんてな。正に盲点だった。しかも、今なら。そう、イッセーの世界蛇殺し(ウロボロス・スレイヤー)を始めとする奇策の数々によって死への恐怖と生への渇望という激しい感情を発露した今のオーフィスなら、イッセーの「懲らしめる剣」が通用するかもしれねぇ。もちろん、オーフィスに「懲らしめる剣」が通用する様にする為には、イッセーがこれから更に強くなる必要がある。それに、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器を回収する事でイッセーの神器(セイクリッド・ギア)を完全な物にするのは流石に難しいが、真聖剣については完全な状態にまで持っていかないといけないだろう。だが正直な所、今までだったらどれだけイッセーや俺達が強くなっても勝算なんてものは完全にゼロだった。それだけ、油断をせずに全力を出したオーフィスってのは絶望的な存在だった。だから、今のダイダ王子の言葉で勝算がゼロでなくなったのは途轍もなく大きい。

 

「ダイダ王子、ありがとうございます。お陰で、次のオーフィスとの戦いに僅かですが光が見えてきました。……僕が今まで歩んできた道程の中に、最初から答えがあったんですね。それがとても嬉しくて、それ以上にとても誇らしいです」

 

 どうやら、イッセーも俺と同じ結論に至ったみたいだな。さぁ、ここからが大変だぞ。何せ、対オーフィスの戦略を大幅に方向転換しなきゃいけないからな。

 

 ……「俺達が全力のオーフィスを退けるにはどうしたらいいか」から、「イッセーが全力のオーフィスを懲らしめるにはどうしたらいいか」にな。

 

Side end

 

 

 

 ダイダ王子との立ち合いを通じて今後の対オーフィス戦に僅かであるが確かな勝算を得られた僕達は、その後に開かれた歓迎の宴を心から楽しんだ。この歓迎の宴の中で八百万の神から話しかけられた回数が最も多かったのは、実はアウラだったりする。どうも先程の顔合わせの時に何故かアザゼルさん達について来てしまったアウラに興味津々だった様だ。しかも実際にアウラに話しかけると物怖じせずにハキハキと元気一杯に受け答えをしたものだから、八百万の神はアウラをすっかり気に入ってしまったらしい。その上、アウラの自己紹介で「幼き兵」である僕の娘である事が判明した為、遂には次に高天原を訪れる時はぜひアウラも連れてきてほしいと頼み込まれてしまった。

 

 ……実は、僕の娘には多くの者を惹き付ける魔性の女の素養が少なからずあるのではなかろうか?

 

 なまじ僕の「魔」がドライグのオーラと交わったものであるだけに、「魔」から生まれたアウラは力と異性を引き寄せるドラゴンの特性も持ち合わせているのかもしれない。そうなるとセタンタが以前口にした懸念が俄然現実味を帯びてくるので、僕は次第に愛娘の将来が心配になってきたのだが、それは完全に余談だ。

 そうした経緯もあってもはや八百万の神のアイドルと化したアウラの次に声をかけられたのは、イリナだった。こちらは先に声をかけられたアウラが自己紹介した後、イリナとの関係について「あたしのママです!」と堂々と宣言した事で興味を持たれる事になった。そこでどういう事なのかを僕とイリナで説明していく内に自然と将来を誓い合っている仲である事を明かす事になり、僕もイリナも日本人という事もあって「正式に結婚する時には祝福したいので、ぜひ連絡してほしい」と言われてしまった。別系統の神話の神々に祝福される天使と悪魔とドラゴンのごった煮とドラゴンの天使の夫婦とは、一体何なのだろうか?

 また、この時の宴には別件で高天原を訪れていた八坂姫と九重ちゃんも参加しており、()()()()(タマ)様以外に対しては初お目見えとなる九重ちゃんもよく声を掛けられていた。そうしている内にここで出逢ったアウラとお友達になった事が解ると、九重ちゃんは声をお掛けになった方達から「初めてのお友達を大切にしなさい」と励ましの言葉を頂き、八百万の神から直々にアウラとの友情を認められた事をとても喜んでいた。八坂姫もこれには少々恐縮なさっていたが、やはり自分の娘が自らお友達を作り、それを八百万の神に認めてもらえた事が嬉しかったのだろう。宴の最後の方では九重ちゃんと一緒に楽しくおしゃべりしていたアウラに心から微笑みかけてくれた。

 こうして親睦を深めることになった歓迎の宴が終わった頃には夜もかなり更けていたので、この日は高天原に泊まる事になった。宿泊用の部屋を控室とは別に案内された僕達は、宮殿内になる湯殿を使わせて頂いてから用意された浴衣に着替え、後は寝るだけとなった。僕はアウラと共に宿泊用の部屋から出た後、縁側に座ってアウラを膝の上に乗せると一緒に涼み始めた。それから暫くすると、僕達と同じ様に外に涼みに出てきたのか、女性用として少し離れた部屋に案内されたイリナが僕達を見つけて近付いてきた。なお、イリナも後は寝るだけだったのか、浴衣姿で普段はツインテールに纏めている髪も下ろしている。

 

「イッセーくん、アウラちゃん。今日は本当にお疲れ様」

 

 イリナが声をかけてきたので、僕もそれに応じる。

 

「イリナもお疲れ様。イリナも涼みに来たの?」

 

「ウン。私()って事は、イッセーくん達もね」

 

 僕とイリナの考えている事はやっぱり同じで、それが少し可笑しくてクスリと笑ってしまった。ただ、アウラからの返事がなかったのが気になったらしく、イリナはヒョイと身を乗り出してアウラの顔を覗き込む。

 

「アウラちゃん? ……ひょっとして、寝ちゃってるの?」

 

「膝の上に乗せて一緒に涼みながら今日の日記を読ませてもらっていたんだけど、暫くしたら電池が切れたみたいにコテンってなっちゃってね。いつも元気一杯のアウラだけど、流石に疲れていたんだろうね」

 

 僕はアウラの事を伝え終わると、左手で軽くポンポンと隣を叩いた。それで僕の意図を察したイリナは、そのまま僕の左隣に座る。そして、アウラの規則正しい寝息が聞こえる中、アウラを起こしてしまわない様に気をつけながらこの日にあった事をイリナと話し始めた。

 

「今日まで神の子を見張る者(グリゴリ)本部に天界、そして高天原と巡って来て色々な人達と会ってきたけど、今日が一番驚いたよ」

 

「本当ね。私だって、まさか高天原に向かおうとしたらイッセーくんの話していた鬼の人達と出逢うなんて夢にも思わなかったもの」

 

 御伽噺の世界で戦い、そして解り合えた鬼の人達との再会。おそらく今回の外遊における最大のイレギュラーにして最大の収穫だろう。少なくとも、僕はそう思う。だから、その時に感じた気持ちを僕はありのままに言い募っていく。

 

「でも。……それ以上に、とても嬉しかった」

 

「ウン……」

 

「風神さんや雷神さんと再会できて、ダイダ王子と酒呑童子さんがこっちの世界で生きている事が解って、嬉しさの余りに思わず泣いちゃって……」

 

「ウン……」

 

「そのダイダ王子と高天原で再会して、桃太郎さん達と同じ様に認めてもらって、それから、全力じゃなかったけど本気の立ち合いもやる事になって……」

 

「ウン……」

 

 そして、僕がひたすらに言い募っていく気持ちの一つ一つを、イリナは丁寧に相槌を打ちながら聞いてくれた。それが、とても心地良かった。

 

 

 

 この様に穏やかな時間を過ごしながら外遊の最終日程を終えた僕達はその翌日には高天原からそれぞれの場所へと帰還する事になるが、だからと言ってその後をゆっくりと過ごしている余裕は僕にはない。何故なら、その一週間後には僕の実力を改めて冥界に披露するという目的で個人戦のエキシビジョンマッチを控えているからだ。なお対戦相手はサプライズという事で試合当日まで冥界中はおろか僕にすら知らされない事になっているが、けして弱い相手ではないだろう。だからと言って、ここで変な所を見せてしまったら、冥界の堕天使領から始まり、天界、更には高天原と外遊をこなしてきたのが全て台無しになりかねないのだ。だから、けして気を抜ける様な戦いではない。

 

 ……迫り来る新たな大舞台を前に、僕は一人気合を入れ直していた。

 




いかがだったでしょうか?

なお、もしこのまま何事もなく京都で原作通りのイベントが発生した場合、英雄派はとある方々の逆鱗に触れる事となり……。

では、また次の章でお会いしましょう。


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第三章 未来を拓く者
第一話 龍帝、東奔西走す


 イリナと縁側で一緒に涼みながら話をした後、膝の上で眠ってしまったアウラを抱えて部屋に入るとそのままアウラと一緒に布団に入った。そうして完全に眠りに入ると、僕はいつもの様に精神世界で全力の模擬戦を開始する。

 

「エェェェイ!」

 

 その模擬戦の相手は先手必勝とばかりに可愛らしい声とは裏腹に途方もない威力を秘めた正拳突きを繰り出してきた。まともに食らえば防御をガチガチに固めた上からでもあっさりとKOされる事をこの体で何度も強制的に証明させられてきた一撃を前に、僕が選択したのは前に踏み込んでの受け流しだった。

 

「えっ?」

 

 まさか殆ど手加減していない自分の攻撃に対して横や後ろに躱さずに前に踏み込むとは思っていなかったらしく、()()はキョトンとした表情を浮かべる。そして、彼女の圧倒的な攻撃を綺麗に受け流してみせた僕は、そのまま背中に張り手を入れる。

 

「……いった~い!」

 

 パチーンという小気味良さを感じる音が辺りに響き渡ると、彼女はその痛みで大声を上げた。そして、涙目になって背中をさする。……一応、赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)のオーラを右手に七割程収束させての一撃だったのだが、彼女にとっては背中が痛い程度でしかなかったのだろう。

 

「もう、イッセーったら! か弱い女の子の背中に紅葉なんて咲かせちゃダメでしょ!」

 

 そう言って僕との模擬戦そっちのけでプンプン怒っているのは、アリス。歴代の中でも「始祖(アンセスター)」の二つ名を持つ初代の赤龍帝であると同時に、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を通してではあるがドライグの生前の能力を自力で全て扱える事から覇龍(ジャガーノート・ドライブ)はおろか禁手(バランス・ブレイカー)さえも不要という究極の赤龍帝でもある。そして、僕との間にある隔絶した力量差と非常に似通った体格という事で、オーフィスを想定した模擬戦の相手としてアリスは最適だった。だから、サーゼクスさんやアザゼルさんは基礎能力の向上とアリスとの模擬戦に重点を置いているし、余程の攻撃でなければアリスに通用しないのも解り切っている。解り切ってはいるのだが……。

 

「今の攻撃って他の皆が喰らったら、ただじゃ済まない威力があった筈なんだけどね。それがその程度で済んじゃうって、地味にショックなんだけど……」

 

 アリスとの隔絶した力量差をまざまざと見せつけられた事で肩を落とす僕だが、これでもかなりマシになっている方だ。駒王協定が締結された時から眠っている間に精神世界でアリスと一対一で模擬戦をする様になって一月足らずになるが、最初の頃は何が起こったのか解らない内に地面に倒れ伏せていたなんて事はザラでどうやって倒されたのか解るだけで上出来だった。それを思えば、アリスの殆ど手加減なしの一撃を綺麗に受け流してから反撃できた僕は確かに成長しているのだろう。それは解っているのだが、はやてよりも年下の女の子に敵わない現実を前に戦士としての納得よりも男としての情けなさの方が先に立ってしまうのはやはり仕方のない事だろう。

 

「ウフフ。やっぱりイッセーも男の子なのね。でも、そう悲観したものでもないんじゃないかしら? ……なんて言うのかな、今のイッセーの攻撃って体よりも心にズンって響いてくるのよ。でも、それがけして気持ち悪い訳じゃなくて、どんよりした曇り空がからっと晴れて青空になっちゃう様な、そんな感じなの」

 

 アリスもそうした僕の複雑な男心を察して微笑ましい物を見たと言わんばかりの笑みを浮かべると、僕の攻撃についての感想を伝えてきた。……どうやらダイダ王子から教えてもらった事はしっかりと実行できている様だ。

 

「そうか。この分なら「懲らしめる剣」も問題なく行けそうだね。ありがとう、アリス」

 

 僕はこの一月の間、毎日模擬戦に付き合ってくれた感謝の気持ちを込めて、アリスにお礼の言葉を伝えた。すると、アリスは本当に嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「本当に強くなったわね、イッセー。……ううん。強くなったっていうよりは、ゼテギネアに行く前のイッセーに戻ったって感じかも」

 

「そうかもしれない。風神さんや雷神さん、それにダイダ王子と再会した事で、僕はあの頃の気持ちを取り戻す事ができた。これって、実は凄く大きな事だと思う。……初心忘るべからず。まさか実感を伴う形で思い知らされるとは思わなかったよ。だから、ダイダ王子との立ち合いを通じて取り戻した今の気持ちを今後は大切にしていこうと思っているんだ」

 

 アリスの前で戦う者としての初心を大切にしていくという決意を表明すると、アリスは満足げに何度も頷いた。

 

「ウンウン。それでいいのよ、イッセー。何だかんだ言って、イッセーが一番強い時ってやっぱり優しい気持ちを全開にした時だってわたしは思うの。それが今までにない全く新しい力を生み出したり、全く新しい道を切り拓いたりしてきた。たぶん、これからもそうなんでしょうね。そんなイッセーだから、わたしも他の皆も一緒に歩いていきたいって思っているのよ」

 

 アリスから少々照れ臭くなる事を言われてしまった僕に言える事は、たった一つだけだった。

 

「……本当に。本当にありがとう、アリス」

 

 

 

Side:木場祐斗

 

 イッセー君達が冥界の堕天使領から始まり、天界、更には日本神族の住まう高天原にまで足を伸ばした外遊から戻ってきて、もうすぐ一週間が経つ。その間、イッセー君がそう遠くない内にやってくるであろうオーフィスに備えて自分を鍛える事ができたかと言えばそうでもない。何せ若手の会合を終えたその足で神の子を見張る者(グリゴリ)本部に向かったのが七月二十八日。それから一週間滞在した後で僕達と別れて天界に向かったのが八月四日。それから天界でのスケジュールを終えて朱乃さんの住まいである神社でアザゼル総督やレヴィアタン様と待ち合わせした後に高天原に移動したのが八月七日だ。その後、歓迎の宴が長引いた為に日帰りだった予定を変更して一晩宿泊してから冥界に帰還、そのまま外遊に関する報告書を半日でまとめて提出するという強行軍で仕事をこなしたらしい。

 ……何もそこまでしなくてもと思っていたらレヴィアタン様も僕と同じ事をお考えだった様で、「イッセー君、明日と明後日はイリナちゃんやレイヴェルちゃんと一緒にお休みしてね☆ それとこれ、魔王としての命令だから絶対守らないとダメだよ☆」という事でイッセー君達は八月九日と十日が完全にオフとなった。当然、早朝鍛錬もイッセー君達は強制的に不参加となり、その二日間は珍しく顔を合わせる事がなかった。そうしてイッセー君達のオフが明けた八月十一日の早朝鍛錬にこの二日間何をしたのかをイッセー君達に尋ねたところ、何と言ったらいいのか判断に困る答えが返ってきた。

 

 まずは八月九日。

 この日はまず冥界入りしてからまだ訪れていなかったシトリー領の本邸に向かい、そこでシトリー卿やシトリー夫人に改めて挨拶をしたそうだ。その後でシトリー卿の勧めで領内の自然保護区を観光目的で歩いて回る事にしたのだけど、そこから話が変な方向へと向かい始めた。そもそもイッセー君は様々な幻想種と召喚契約を交わしている真正の召喚師(サモナー)である事から、動物や幻想種から非常に懐かれ易い。そして、自然保護区という事は当然その地に生息する動物達がいる。よって、自然保護区にイッセー君が近付く→動物達がイッセー君の気配を察知する→歓迎の為にイッセー君に向かって動物達が総出で大移動というコンボが成立してしまい、一時は大災害が訪れる前触れかとシトリー領内で大騒ぎになってしまったそうだ。その後、イッセー君には自然保護区への立入禁止令が出されてしまい、実はかなりの動物好きであるイッセー君は同じく動物好きであるアウラちゃんと二人でガックリと肩と落としていたとイリナさんから教えてもらった。

 ……でもね、イッセー君。だからと言って、その気晴らしとしてアウラちゃんと一緒にドゥンさんに乗って一時間ほどひとっ走りしたついでにやった事がカムランの戦いの後に所在不明となっていたクラレントとロンゴミニアド、更に王妃グィネヴィアはおろか相談役のマーリンにすら教えていなかったという隠し場所に収められていたマルミアドワーズといった先代騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王の遺産の回収だなんて、流石に僕も想像の斜め上なんだけど。お陰でイッセー君の側で話を聞いていたルフェイさんが目の色を変えてイッセー君に詰め寄る事になり、更に事情を知ったアーサーさんもそれに加わった結果、イッセー君は中学生時代からアーサー王の遺産を少しずつ回収しており、カルンウェナンやプリドゥエンといったブリテン崩壊後に流出したらしい割と有名な物はおろか鸚鵡(オウム)の騎士と呼ばれていた修行時代のアーサー王が使っていたというシャスティフォルまで所持している事が判明した。そして早朝鍛錬が終わってから二時間もの交渉の末、本来は儀礼用で主に騎士達を叙勲する際に用いられたというクラレントと聖母マリアの肖像が描かれている一方で巨大化可能で水に浮く事から小型の船としても扱えるという聖盾プリドゥエン、そして特殊な能力こそ持たないものの祖先であるアーサー王が修行時代に使用していたという来歴がある事とその証として赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ことドライグの加護を受けていたアーサー王のオーラが宿っているという事実こそが重要であるとして求められたシャスティフォルの三品と引き換えに、イッセー君はエクスカリバーの複製品としては最後の一本である支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を譲ってもらった。またそれとは別に、魔法関係の弟子であるルフェイさんには護身用の短剣で魔女を一太刀で切り裂いたというカルンウェナンをいざという時の切り札として贈っている。こうして支配の聖剣の核となっているオリジナルの欠片から最後の星の力を無事に回収して真聖剣は本当の意味で完成した訳なんだけど、正直なところを言えばもう少し劇的な展開があっても良かったんじゃないかなって思う。……まぁ、所在不明だった最後のエクスカリバーの複製品をイッセー君とは良好な関係を結んでいるヴァーリ達が発見、その所持者になったのはルフェイさんの件でイッセー君に少なからず恩義を感じているアーサーさんである時点でそんな展開なんて最初からなかったんだろうけどね。

 

 次に八月十日。

 この日はグレモリー本邸に外遊の終了をグレモリー卿や部長に報告しにきた。その際にグレモリー卿から薦められて、イッセー君達はグレモリー領内にある温泉に向かったところ、そこでイッセー君のご両親と鉢合わせしたそうだ。大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃんに偶然出会えた事でアウラちゃんが大喜びしている中、イッセー君がお父さんから詳しい話を聞いてみたところ、どうも冥界入りした初日にイッセー君達がグレモリー卿に手渡したというお土産のお礼という事でグレモリー卿からこの温泉に招待されたので夏休みを少し早めに取る事にしたとの事だった。……何をどう考えても、イッセー君達が家族水入らずで過ごせる様にグレモリー卿が手配したとしか思えない。イッセー君も同じ事を思ったらしいけど、折角のご好意という事で遠慮なく甘えさせて頂いた方がいいというレイヴェル様の進言を受け入れる事にしたそうだ。なお、人間界にお留守番する事になったはやてちゃんだけど、この際だからという事で海鳴市に住んでいるという大親友の家にお泊りで遊びに行く事にしたらしい。きっと夫婦水入らずで温泉を楽しんできてほしいと思ったんだろうね。

 ……ここで話が終わっていればイッセー君達は家族で楽しい温泉旅行を堪能できていたんだろうけど、ここでも話が変な方向へと進んでしまった。実はこの後もう一人この温泉で鉢合わせしてしまった人がいるという。「元々半月に一回は訪れるくらいにこの温泉を気に入ってるから、今回も純粋に温泉を楽しむつもりだったんだ。だから、本当に偶々なんだよ。信じてくれ」と慌ててそこにいた理由を語ったのは、エルレ・ベル様。バアル大王家の現当主、そしてヴェネラナ様の腹違いの妹君である事からサーゼクス様と部長の叔母でもあるこの方は、レイヴェル様を押さえてイッセー君の冥界側の婚約者に選ばれている。つまり、図らずもここで婚約者とご両親の初顔合わせも行う事になってしまったのだ。

 そうしてご両親が泊っているという部屋でエルレ様が挨拶をした訳なんだけど、この時のエルレ様はイッセー君達が見ていられないくらいにガチガチに緊張していたらしい。しかも一人称を「俺」から「私」に変えたり、言葉使いや立ち振る舞いを女性らしいものにしたりとご両親に不快な思いをさせない様に相当気を遣っていたのは話を聞いているだけの僕でも解るけど、所詮は付け焼き刃なのですぐに(あら)が出てしまい、それを慌てて挽回しようとして更に言動がおかしくなるという悪循環に陥ってしまったそうだ。仕舞にはご両親の前で思いっきり舌を噛んでしまって、恥ずかしさと不甲斐無さの余りに泣き出しそうになってしまったらしい。……エルレ様って、男勝りな言動の割に実はかなり可愛らしい方ではないのだろうか? そう思ってしまった僕はきっと悪くないと思う。ただ、イッセー君はこのエルレ様の失敗に対して「そうやってガチガチに緊張しちゃうくらいに家族として僕達とこれからやっていこうと真剣に考えているエルレの気持ちは凄く嬉しかったし、父さんや母さんにもそれはちゃんと伝わっていたよ」と語っていた。こうした経緯もあって、最後の方ではイッセー君のご両親がお土産のつもりで買っていた箱入りお菓子を茶請けとして出していたのをエルレ様が遠慮せずに笑顔で頂きながら談笑するくらいに打ち解けたとの事だった。尤も、部長やサーゼクス様の母方の叔母で実年齢もご両親はおろか田舎で一人暮らしをしているというお婆さんより年上だと聞かされた時にはお二人とも流石に驚いていたらしいけど、悪魔の寿命が非常に長い事から人間の感覚に照らし合わせると僕達の一つ上である部長と一つか二つしか変わらない事も伝えると納得する素振りを見せたとイッセー君から聞かされて、イッセー君のご両親はとても大らかな人達だと改めて思った。

 

 こうして本当に心身共に休めたのか正直微妙だと僕でも思ってしまう様な二日間のオフが明けた後も、イッセー君は精力的に動き続けた。

 まずオフの明けた八月十一日には、聖魔和合親善大使としての上司であるレヴィアタン様と他の神話勢力との今後の外交方針についての打ち合わせを行った。しかしその後、イッセー君個人に対してバアル家からの呼び出しがあったのだ。そこで何と初代大王であるゼクラム・バアル様とお会いし、一時間ほど話をしたらしい。詳しい話の内容については守秘義務が課せられていて話せないとの事だけど、それが逆にかなり重要な話が為された事の証となっている。どうやら大王家はイッセー君との関係をかなり重要視している様だ。その証拠に、現大王の義弟になるという事で次期当主であるサイラオーグ様はもちろん腹違いの弟であるマグダラン様も公の場で紹介されたのを皮切りに、大王家に連なる貴族達が次々とイッセー君に押し寄せては自己紹介を行っていったそうだ。……やはり大王家に対しては今後も油断は禁物だろう。何せ現当主の妹君をイッセー君の婚約者として推薦するだけで後は政府の判断に委ねた事で、眷属契約の解約を伴うイッセー君の独立と大王家への取り込みという大胆な政治工作を誰からも非難されない形で成功させたという途方もない実績が向こうにはあるのだから。

 大王家から呼び出されたその翌日である八月十二日、イッセー君は騎士王としては関係の深く、またクー・フーリンの末裔であるセタンタ君とも繋がりのあるケルト神話勢力に接触を図った。理由としてはオフの間に回収したマルミアドワーズをギリシャ神話勢力に返還する為の許可を求める為で、これについては特に隠す必要のないどころかむしろ盛大に広める必要すらあるらしいのでイッセー君は堂々と話していた。……この後でカリス君がこっそり教えてくれたんだけど、実はケルト神話の中でも中心的な勢力であるダーナ神族から真聖剣の返還を問答無用で求められたらしい。だけど、ここでカリス君が登場して自らの素性をエクスカリバーの預かり手である湖の貴婦人に明かさせた上で真聖剣を地面に突き刺して選定の儀を執り行い、それでイッセー君以外が真聖剣に認められれば返還に応じるとしたそうだ。この際、失敗すればそれが主神であるダグザ様であろうと魂ごと消滅すると警告したものの、その上で自信満々で挑戦した下級の神が真聖剣の柄を握った瞬間に跡形もなく消し飛んでしまった。神であっても消滅してしまう程に過酷な選定の儀の一部始終を見たダーナ神族が恐れ戦く中、イッセー君は平然と真聖剣の柄を握ってそのまま地面から抜いてしまったのは流石というべきだろう。そして、この選定の儀は幼い頃に既に成功していてこれが二度目である事がカリス君によって明かされた事でイッセー君が本当の意味で真聖剣から選ばれた二代目の騎士王である事が改めて証明された。これによって、ダーナ神族は真聖剣に関しては何も文句を言えなくなってしまい、更にはマルミアドワーズの所有権もあくまで巨人の王に勝利した事で得たアーサー王およびその後を正式に受け継いだイッセー君にある事からマルミアドワーズのギリシャ神話勢力への返還も了承せざるを得なくなったそうだ。正直、ダーナ神族から恨みを買ってしまいそうだと思ったけど、その後で銀の腕の逸話で有名なヌァザ様と剣術勝負をして真聖剣に選ばれた者として恥ずかしくない腕前を持つ事を証明してみせたし、あくまでケルト神話側が悪魔勢力の仲立ちでマルミアドワーズを返還する形とした事で悪感情をある程度は緩和できたらしいので余計な心配だったらしい。

 そうしてケルト神話勢力に出向いた翌日の八月十三日はギリシャ神話勢力の本拠地であるオリュンポスにケルト神話勢力の意向としてマルミアドワーズの返還を打診した訳なんだけど、最初に伝える相手としてイッセー君が選んだのは冥府の神であるハーデス様だった。ケルト神話勢力の意向をハーデス様に伝え、更に話が通った際にはマルミアドワーズをハーデス様にお預けしてオリュンポスに届けて頂く事でこちらがハーデス様を尊重する姿勢を示し、ギリシャ神話勢力内でも特に悪魔や堕天使を忌み嫌っているハーデス様の悪感情を少しでも緩和させるのが狙いだとイッセー君は言っていた。ただ、マルミアドワーズをハーデス様にお預けした際にハーデス様が色々と手を回してマルミアドワーズをそのまま手元に残してしまう可能性があるんじゃないかと思ってイッセー君に言ってみたけど、「それをやって一番困る事になるのは、ハーデス様ご本人だよ。何せギリシャ神話に属する神でも数少ない良心的な神として今まで築き上げてきた信用や信頼を一気に失ってしまう事になるからね。それを解らない様な方ではないよ」との事。この話一つとっても、イッセー君が唯のお人好しでないのが良く解る。……尤も、「それにあの方はきちんと道理を通しさえすればしっかりと話を聞いて下さるから、オリュンポスに直接話を持っていくよりずっと安心できるしね」なんて言葉が続けて出てくる以上、根っこの所はお人好しなんだけどね。

 

 そして八月十四日。つまりは今日、若手対抗戦の開幕戦であるグレモリー眷属とシトリー眷属の対戦を前に一大イベントが開催される事になっていた。余りに大きな力量差から全試合不出場となっているイッセー君のエキシビジョンマッチが開催されるのだ。対戦相手はサプライズという事で当日になって初めて発表されるとあって、冥界では実に様々な憶測が飛び交っていた。

 

― ここは代務者の証として直々に礼装の外套をお預けになられたルシファー様が直々にお手合わせするのではないか? ―

 

― いやいや、そこまではいかないだろう。むしろルシファー眷属の中でも親善大使と体躯の近しい方がお相手するのが妥当だろう ―

 

― ちょっと待て。最近メキメキと頭角を現してきたライザー・フェニックスが「レーティングゲームのチャンピオンになった暁には我が友である兵藤一誠とエキシビジョンマッチで対戦する」と宣言した事を受けて、あの絶対王者から「つまり現時点でランキングトップである私には親善大使殿と対戦できる権利があるという事になりますね」なんて親善大使との対戦に前向きとも取れる発言が飛び出しているんだ。ひょっとしたら、あくまで個人戦だが赤龍帝の頂点に立つ赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)とレーティングゲームの頂点に立つ皇帝(エンペラー)の頂上決戦が見られるかもしれないぞ ―

 

― 幾ら何でも、それは流石に話が飛躍しすぎだろう。妥当な所でトップランカーの誰かではないのか? 現にトップランカー入りした事があり、また個人的にも親善大使と親しいというルヴァル・フェニックスが対戦相手として名乗りを上げているらしいぞ ―

 

 イッセー君の対戦相手として続々と上がってくる大物達の名前に、僕達はそれも当然だろうと納得していた。何せ、僕達はイッセー君が師匠(マスター)やロシウ老師を始めとする歴代最高位の赤龍帝の方達やサーゼクス様といった三大勢力はおろか世界中でもトップクラスと思しき方達と熾烈な模擬戦を繰り広げるのを何度も目の当たりにしている。だから正直に言って、トップランカーでも皇帝(エンペラー)以外ではイッセー君とはつり合いが取れていないんじゃないかって思えてしまう。

 そうして冥界がイッセー君のエキシビジョンマッチに沸いている中、堕天使領に残っている朱乃さん、ギャスパー君、元士郎君、草下さんを除いたグレモリー眷属とシトリー眷属は魔王領にある試合会場の選手控室で待機しているイッセー君を訪ねていた。そこには元から行動を共にしているイリナさんとレイヴェル様、アウラちゃん、更には人間界に帰っていたはやてちゃんやはやてちゃんの護衛についている師匠とロシウ老師、セタンタ君、そしてイッセー君のお父さんまでいた。一方のイッセー君はと言えば、礼服であると共に戦装束でもある不滅なる緋(エターナル・スカーレット)を纏っている事から既に準備を終えている様だ。ただ、オーフィスとの戦いで完全に壊れてしまったミスリル銀製の鎧甲冑については、今回のエキシビジョンマッチには間に合わなかったとの事だった。その代わり、黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)の禁手が籠手と脚甲以外に装甲がないレザースーツタイプである事に加えて天界や冥界からミスリル銀以上の素材を得られる様になった事から、アーサー王が纏っていた聖鎧ウィガールを目標として完全に一から新しい鎧を作り上げていくつもりらしい。しかも、その製作にはロシウ老師や計都(けいと)さん、ニコラス神父といった智に秀でた歴代赤龍帝の他にアザゼル先生、更には何故かアジュカ・ベルゼブブ様も参加するのだという。……一体、どんな鎧になるのだろうか?

 イッセー君の新しい鎧について考えていると、イッセー君は自分のお父さんと話をしていた。

 

「父さん。母さんは……」

 

「やはりお前が傷付くのを見るのが怖いらしくてな、ここに来るのは流石に無理だった」

 

 イッセー君のお父さんからお母さんはこちらに来ない事を伝えられると、イッセー君は納得した表情を浮かべた。

 

「しょうがないよ。それが普通なんだから。……僕が相手と傷付け合う姿を見て泣いてしまうんじゃないかって思っていたから、正直言ってホッとしたよ」

 

「俺だって、できればお前には傷付いてほしくない。これが親としての本音だ」

 

「ウン。解るよ、父さん。アウラが今の僕の立場になったらって想像したら、僕もやっぱり同じ事を思ってしまうから」

 

 イッセー君はお父さんから本音をぶつけられると、それは無理だと反論するどころかむしろ父親としての複雑な心情に理解を示した。……自分もまたアウラちゃんという娘を持つ父親である為に。

 

「……一誠、思いっきりやって来い。母さんの分まで俺が見届けてやるからな」

 

「解ったよ、父さん」

 

 最後にお父さんから肩を叩かれて激励の言葉を送られたところで、部長は今日の主役であるイッセー君にエールを送る。

 

「イッセー、今日は貴方が主役よ。だから、ここで冥界中に知らしめなさい。赤き龍の帝王達を統べる天龍の帝の名は、けして偽りのものではないという事を」

 

 続けて、会長もイッセー君に声をかける。

 

「一誠君。誰が相手であろうと遠慮はいりません。思う存分戦って来て下さい」

 

 そんなお二人のお言葉を、イッセー君は静かに受け入れた。

 

「リアス部長、ソーナ会長。承知しました。……と言っても、僕も対戦相手は知らされていないんですよ。サーゼクス様は一体誰を僕にぶつけて来るんでしょうか?」

 

 イッセー君が未だ発表されていない対戦相手について言い及んだところで、いよいよ対戦相手の発表となった。

 

「それでは、今回のエキシビジョンマッチにおける兵藤一誠選手の対戦相手の発表です!」

 

 そこで伝えられた相手の名前に、僕達は驚きを隠せなかった。しかし、イッセー君の反応は違った。

 

「成る程。まだ接点が無きに等しい冥界のドラゴン達に対して僕の力を示せ。そういう事でしょうか、グイベルさん?」

 

 イッセー君から途方もない覇気が漲っていた。

 

『その様ね。でも一誠、相手が彼なら貴方にとっても不足はない筈よ』

 

 グイベルさんはそんなイッセー君を見て、心底楽しそうに語りかけて来る。

 

「ご存知なのですか?」

 

『えぇ。ドライグが私と夫婦になって他のドラゴンに睨みを利かせに行った時に一度私達の巣を訪ねてきた事があったのよ。当然ドライグは不在だったけれど、私達の事を祝福してくれたわ。これでドライグの奴も少しは落ち着くだろうってね』

 

「成る程。ですが、だからと言って配慮など見せればかえって失礼ですから、ここは遠慮なくいきます」

 

『それでいいわ、一誠。それに、私としても力はけして衰えていないってところを見せておかないとね』

 

 イッセー君の戦意は留まる事を知らず、その表情は完全に屈強な戦士のものに代わっていた。でも、無理もないと思う。何故なら、イッセー君の対戦相手は最上級悪魔であり、悪魔に転生する前は五大龍王と共に龍王と謳われていたドラゴン。

 

 ……「魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)」タンニーン様なのだから。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

……本当はもっと早くここまで持ってくるつもりだったんですが。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二話

 今日行われるエキシビジョンマッチにおける僕の対戦相手が元龍王の最上級悪魔である「魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)」タンニーン様である事が発表された。それと同時に控室の中央に描かれた魔方陣が光を放ち始める。……今回の対戦の為に用意された異相空間への転移が可能になったのだ。そうして父さんを始めとする僕の陣中見舞いに来てくれた皆に見送られて魔方陣に入ると、これでもかと言わんばかりに空間の強度を強化した、それ故に何もない荒野が広がる異相空間に転移した。これだけの強度があれば、最高位のドラゴン同士の戦いであっても耐え切れそうだ。そう判断した僕の目の前には、15 mとティアマットより一回り小さいものの屈強な肉体を持つ紫の鱗のドラゴンが腕を組んで待ち構えていた。

 

「お前が今代の赤龍帝にして、歴代の赤龍帝を統べるという赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)だな。……俺と視線を合わせてもなお怯む事も視線を逸らす事もないとは、小僧にしては中々に度胸があるではないか。尤も、あのオーフィスをあと一歩まで追い詰めたという話が本当であれば、俺程度で怯む筈もないのだがな」

 

 この方が元龍王であるタンニーン様か。そう思っていると、タンニーン様は僕を通してドライグに呼びかけ始めた。

 

「久しいな、ドライグ。聞こえているのだろう?」

 

 しかし、ここはドライグに代わってグイベルさんが返事をする。

 

『ごめんなさい、タンニーン。ドライグはオーフィスとの戦いで魂の力を使い果たした影響でまだ眠っているのよ』

 

 すると、僕の左手から聞こえてきた声がドライグの物でなかったのが予想外だったのか、タンニーン様は驚きを露わにした。

 

「ドライグではない、だと……! それにその声。まさか、ドライグの奥方のグイベル殿か!」

 

『えぇ、その通りよ。この子、一誠にはドライグだけでなく私の魂も宿っているの。……いいえ。正確には、私が意識を取り戻した事で黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)へと変質した龍の手(トゥワイス・クリティカル)。これこそが一誠の本来の神器(セイクリッド・ギア)であり、ドライグや歴代の赤龍帝達が本来の器からこちらに移ってきた事で赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の能力が使用できたという訳なの』

 

 グイベルさんが事情を説明し終えると、タンニーン様は理解を示してきた。

 

「成る程。俺の知る赤龍帝と比べてもドライグの魂の波動が強く感じられるのは、ドライグの魂が赤龍帝の籠手の封印から解放された状態になっているからか。……それにしては、余り騒ぎになっていない様だが」

 

 確かに、赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)の魂が聖書の神の封印から解放されているともなれば普通は大騒ぎになっても何らおかしくはない。だが、ここでグイベルさんはとんでもない事を言い出してきた。

 

『一誠の知らない所で緘口令でも敷いていたのかしら? そうなると、サーゼクスやアザゼル、ミカエルにはちょっと悪い事をしてしまったわね。でも、これまでに一誠がやってきた事が色々と常識の斜め上な事ばかりなのだし、実はドライグ達が封印から解放されていたと言われても、私としては「何を今更」って感じなのよ』

 

「……グイベル殿。流石にそれはないと俺は思うぞ」

 

 頭痛を堪える様に手を額に当てる素振りを見せるタンニーン様に、グイベルさんは同情的な言葉をかけると共に随分と酷い言葉を言い始めた。

 

『私だって最初はそう思ったの。でもね、ドライグから二ヶ月程の眠りから覚めるまでの代役を頼まれてから実際に一誠と接していく内に自然と慣れてしまったわ。何というか、一誠自身もそうだけど周りもまた色々とおかしいから、慣れてしまわないとやっていけないのよ』

 

「……今代の赤龍帝は既に俺の理解を超えているのだな。つまり、無理に理解しようとして頭を悩ませるよりは「そういうものだ」と諦めて受け入れてしまった方が遥かに利口という事か」

 

 タンニーン様はそう仰ると、諦めた様にグイベルさんの言葉を受け入れてしまった。

 

「さて。立ち話もこれくらいにして、そろそろ始めるか」

 

 タンニーン様はここで話を打ち切って、本題であるエキシビジョンマッチを始める事を持ち掛けてきた。しかし、その前にやる事が僕にはあった。

 

「申し訳ありませんが、今からこの戦いの立会人を呼び出しますのでもう少しだけお待ち下さい」

 

「立会人? その様な話は聞いていないが?」

 

 僕の口から立会人という言葉が突然出てきた事で、タンニーン様は首を傾げている。その為、僕は事情を説明する事にした。

 

「それも無理はありません。呼べるという確信が持てる様になったのは、今日ですから」

 

「解った。では立会人を呼ぶといい。それまでは待っていてやる」

 

「タンニーン様、ありがとうございます」

 

 立会人を呼び出すまで待ってくれるというタンニーン様のご厚意に甘える事にした僕は、早速立会人に声をかけ始める。

 

「僕は知っているぞ。グイベルさんが毎日少しずつ、本当に少しずつ自分の魂の力を分け与えていた事を。そのお陰で当初は二ヶ月という見込みだったのが既に半分程で済む様になっていた事もな。だから、いい加減に狸寝入りをやめたらどうなんだ?」

 

 そして、僕は確信を持って立会人の名前を呼んだ。

 

「なぁ、ドライグ?」

 

『……フン。やはり気付いていたか。付き合いが長いというのも考えものだな』

 

 僕の呼び掛けにあっさりと応じてきたドライグに驚いたのは、グイベルさんだ。

 

『ドライグ。貴方、既に起きていたの?』

 

『あぁ。……と言っても、つい二日程前に一誠がケルトの連中と接触を持った時だがな。ただ目覚めたのはいいものの、以前には感じられなかった息苦しさを感じてな。それでどうも様子がおかしいと思っていた所に、俺が意識を取り戻した事に気付いた計都(けいと)が現状を教えてくれたよ。それでもう暫くは寝たままでいる事にしたという訳だ。それにしても、まさかアルビオンがお前の双子の弟だったとはな。長年俺と戦い続けた宿敵に対して、俺と対等の力を持つ義弟として誇ればいいのか、それとも姉の夫を敬おうとしない愚弟として忌々しく思えばいいのか、どうにも判断が付かん』

 

 ドライグからの意外な言葉に僕は少し驚いたが、グイベルさんの方はむしろ面白そうな反応を見せた。

 

『あら、意外ね。アルの反応から見て、貴方も「奴が義弟(おとうと)など認めんぞ」くらいは言うと思ったのだけど』

 

『フン。これでも一誠とは親二人とイリナに次いで長い付き合いなんだ。今お前が言った様な気持ちもけしてない訳ではないが、コイツを長年見ていれば心境の一つや二つは変わりもするさ』

 

 明らかにそっぽを向きながら言っていそうなドライグの台詞に、今度は僕が笑い出しそうになった。何とも素直でない親友である。その一方で、グイベルさんはドライグの心境の変化に理解を示した。

 

『その気持ち、私も解るわ。付き合いが一月程しかない私だって同じだもの』

 

『そうか。……いや、それもそうだろう。一誠の感性は明らかに俺よりもお前の方が近い。ならば、感化されるのが俺より早いのも当然だな』

 

『流石はドライグね。私の事も一誠の事も良く解っているじゃない』

 

 ……完全に夫婦の会話を始めてしまったドライグとグイベルさんに割って入る勇気は僕にはなかった。だが、タンニーン様は違った。

 

「ドライグ、グイベル殿。夫婦で楽しく話をしているところを申し訳ないが、これだけは確認させてくれ。赤龍帝の小僧、立会人というのは今目覚めたばかりのドライグという事でいいのか?」

 

 タンニーン様がドライグとグイベルさんの会話にあえて割って入ってくれた事に内心感謝しながら、僕はタンニーン様に答えを返す。

 

「はい、その通りです。ですが、もう暫くお待ちを。これから()()()()()()()()()

 

「……どういう事だ?」

 

 タンニーン様が訝しげにしているのをあえて無視した僕は、神器を赤龍帝の籠手として発現すると同時に倍加発動のカウントダウンを開始した。その上でドライグに最終確認をする。

 

「ドライグ、いけるな?」

 

『あぁ。既に呪文は完成している。それに今からやろうとしている事には禁手(バランス・ブレイカー)の発現と新型覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の完成が必須だったが、それについてはグイベルが達成してくれた。残る必要条件は……』

 

「ドライグの姿を(かたど)れるだけの膨大なオーラ!」

 

『Maximum Boost!!!!!!』

 

 極大倍加(マキシマム・ブースト)によって全ての準備が完了した所で僕はドライグに改めて呼びかける。

 

「では、始めようか。ドライグ」

 

『あぁ、始めよう。一誠』

 

 そして、僕達は今後における最大の切り札となる筈の新たな能力を発動し始めた。

 

 

 

Side:アザゼル

 

「……始まりますね」

 

 VIP席でイッセーとタンニーンのエキシビジョンマッチを観戦している俺の隣に座っているミカエルからの言葉には、軽い溜息が混じっていた。確かに、今から始まる事を思えば溜息の一つや二つは吐きたくもなるか。ただ、今ここに来ている奴等の事を思えば、軽く笑い飛ばせる様な事にはならないんだよなぁ。実際、「なんでお前まで来ているんだよ?」って奴がかなりの数に及んでいる。

 ……高天原から素戔嗚(スサノオ)が来ているのは解る。アイツはイッセーの事を気に入っていたからな。更に日本神話に近しい地獄からは閻魔大王夫妻が来ている。この時点で既におかしいが旦那の方はイッセーの旧知の友人だからな、まぁ納得はできるさ。一方、悪魔の貴族連中の中で特に目立っていたのがバアル家だ。何せ現当主と次期当主のサイラオーグだけならともかく、現当主の父である先代、更には初代まで来ているのだ。また、おそらく護衛としてだろうな。初代の側にはパンツスーツ姿のエルレもいる。大王家がここまで派手にパフォーマンスをやっているのは、既に貴族の間では公然の秘密と化しているイッセーとエルレの婚姻話を搦めてイッセーを大王家の一員として認めていると大々的に知らしめる為だろうな。……実に効果的だな。何せ大王家の後ろ盾を得る事で聖魔和合が大きく前進するんだ。それについては天界や俺達はもちろんグレモリー家やシトリー家も文句を言う訳にはいかない。それどころか歓迎すらしなきゃいけねぇところだ。そうやってイッセーが大王家の一員であると周りに少しずつ認識させていく事で、イッセーと俺達を切り離して自分達の方へと引き込んでいくって訳か。正直な所、俺ですら手の打ち様がなくなりつつある。サーゼクスもこの状況に内心焦っているだろうな。まぁかなりヤバい状況に追い込まれつつあるが、こちらについても納得できる。

 ……だがな、ハーデス。テメェは駄目だ。何だって所属神話の主神の兄貴がわざわざこんな所に来てるんだよ。しかもイッセーと初めて接触を持ったのは、それこそ昨日の今日だろうが。一体、何を考えてやがる? 俺はハーデスの様子を伺っていたが、どうやらハーデスは今回ここに来た意図を隠す気がないらしく、俺と同等の力量を持つであろう最上級死神を相手に堂々とイッセーについて語っていた。

 

《ハーデス様、よろしいのですか。一応、あの者はコウモリの要素を持っているのですが》

 

《確かに私はカラスとコウモリを認めてはいない。死者の魂を冥府に誘い安息を与えるという我等の管轄を侵害し、更には悪魔としての生を強要する様なコウモリ共は特にな。だが、死者に対する礼儀を知っている者についてはその限りではない。何より、あの赤龍帝はあのヘラクレスが人としての生を終えた後にケルトの地へと流れたマルミアドワーズを我等の元へと返す様にケルトの神々に働きかけ、その上でオリュンポスに話を持ち掛ける為の伝手として冥府の神たる私を頼り、更にはオリュンポスへの返還の話が纏まればマルミアドワーズを私に託すと断言した。あの者は、これらの事を通して我等に対する敬意と信頼を示してみせたのだ。ならば、偽りなき赤心に対しては神の一柱としてしっかりと応えてやらねばなるまい? 我等は他人の領地に平然と踏み入り、そこに住まう者達を食い物にする様な恥知らずのコウモリ共とは違うのだからな》

 

《確かに。死したる者を安息の地たる冥府へと案内する務めを担う我等死神に対して嫌悪するどころか敬意を示す者など、それなりに永く生きてはきましたが数える程しかおりませぬ。あの者はその数少ない者の一人。そこらの恥知らずなコウモリ共と同列に並べるなど、あの者に対して無礼にも程がございました》

 

 あの骸骨神、部下と一緒になってイッセーを褒め称える振りして俺達にケンカを売ってやがる。そもそもイッセーに対する称賛自体が余りにやり過ぎで本気とは到底思えねぇ。だが、だからと言って売られたケンカをこっちが買った場合、待っていましたとばかりに「己が過ちを認めぬ様な野蛮なコウモリ共に赤龍帝は預けておけぬ」と言い放ってイッセーを自分達の陣営に掻っ攫うつもりだ。それに、向こうの言っている事の内容自体は至って正論であるだけに、こっちからはそう簡単に反論できねぇ。……堪えろ。そして貴族共にも堪えさせろよ、サーゼクス。連中の言い分に一言でも反論した瞬間、こっちの負けだからな。

 政治的には火花がバチバチ散る様な熱い駆け引きが続いている中、イッセー達が遂に行動を開始した。

 

『我、目覚めるは』

 

 覇龍と思しき呪文を唱え始めたのがドライグであると知って、観客はどよめき始めた。……そりゃ、そうだよな。初めてコイツを見た時には、俺はおろかミカエルやサーゼクス、果てはアリスやヴァーリ、アルビオンですら完全に言葉を失っていたからな。

 

『未だ知られざる天へと挑む赤き龍の帝王なり』

 

 ……それだけに、ドライグ自らがこの呪文を唱えている事に大きな意味がある。

 

『無限の和を()り、夢幻の覇を廃す』

 

 このVIP席に集まっている観客の中でも特に永い刻を生きている連中はこの呪文の一節を聞いて唖然としている。まぁ無理もないか。アレだけ覇に拘って白い龍(バニシング・ドラゴン)と長年争い続けたドライグが、自らの口で「俺は覇より和を選ぶ」って宣言しちまったんだからな。おまけに「覇」の頭に「夢幻」をつけて「夢物語の覇などいらん」と断言までしちまっている。イッセーは今までの二天龍のあり方を既に根底から覆しているが、これで完全にトドメを刺す格好になったな。

 

『我、王覇を超えし新たな赤を纏う天の龍帝と成りて』

 

 そして、親友(ダチ)のイッセーが王道とも覇道とも異なる全く新しい道に挑んでいるから、自分もまた王道も覇道も超えた存在になるという訳だ。

 

『汝に無窮なる静謐へと続く真道を授けよう』

 

 ……でなきゃ、「与える」でもなく「導く」でもなく「授ける」なんて言葉は出て来ねぇ。真道を押し付けるのではなく、真道まで手を引っ張っていくのでもなく、ただ真道があるって事を教えるだけなんだからな。

 

『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!!!』

 

 そして、極大倍加で小さな世界を形成する程に増幅された膨大なオーラがイッセーの周りに集まってドライグの姿を形作る新型覇龍が完成したところで、今まで高速神言で呪文を唱え続けていたイッセーが初めて通常の呪文詠唱を始めた。

 

「故に、我が声に応え現れ出でよ! 汝、赤き龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)……!」

 

 呪文詠唱と同時に両手を横に広げると、イッセーの頭上に巨大な魔方陣が展開される。中央に描かれた紋章の意匠は、ドライグのものだ。そしてイッセーの体から六個の兵士(ポーン)の駒が飛び出した。そして、まるで衛星の様にイッセーの周りを静かに回り始める。内訳は変異の駒(ミューテーション・ピース)に変化したソーナの駒が二個、通常の駒であるリアスの駒が四個だ。因みに、対象がグイベルの場合はソーナの駒が一個減って五個になる。

 

「ア・ドライグ・ゴッホ!」

 

 イッセーはドライグの真名を呼びながら、右手を大きく天に掲げた。それに合わせて、イッセーを覆っていたオーラがドライグの姿を模ったまま、円を描く様に動く六個の兵士の駒と共にイッセーから離れていく。そして、オーラと兵士の駒は次第に上昇スピードを上げていき、イッセーの頭上に展開された魔方陣へと勢い良く飛び込んだ、その次の瞬間。

 

「オォォォォォォォッッッ!!!!!!」

 

 イッセーの呼び掛けに応じる様に、魔方陣を通り抜けたドライグの生の雄叫びが響き渡る。……そう、生の雄叫びだ。神器越しじゃねぇ、正真正銘その肉体から発せられた雄叫びだ。生前の姿を模ったオーラと六個の兵士の駒と共に魔方陣を通り抜けた事で、その魂を実体化させたドライグが天に向かって雄々しく叫ぶ様は正に威風堂々。龍王と龍神の狭間にあるドラゴンとして特別視される天龍の名に相応しいものだった。そして、ドライグはここで改めて名乗りを上げる。

 

「我が名はア・ドライグ・ゴッホ! 天を背負いし赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)! 永き刻の果てに巡り会った友によって、たった今ここに再臨した! 我が声が聞こえる者よ! 我が姿が見える者よ! 今この場に立ち会えた事を幸運に思うがいい! 何故なら、お前達はやがて知る事になるからだ! この瞬間、最も新しき神話の幕が上がったのだとな!」

 

 ……そう。これこそがイッセーとドライグ、そしてグイベルが切り拓いたドラゴン系神器の新たなステージ。覇龍で神器から引き出す対象を封印されているドラゴンの力でなく魂そのものとし、生前の姿を模った膨大なオーラと媒体(イッセーの場合は自分に使用されている悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だ)を使って一時的に固定、更に赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)を改良した特殊な術式に通す事で実体化させる。あらゆる神器を作り出した聖書の神の想定を完全に外れているという意味で、正に規格外れの能力だ。そして、神器に封印されたドラゴンの限定解放ともいうべきこの新能力の名前は……!

 

 

第二話 真覇龍(ジャガーノート・アドベント)

 

 

 神器に封印されたドラゴンの魂から力の一部だけなんてケチ臭い事は言わずに、ドラゴンの魂そのものを直接引き出す。だから、覇龍を超えた真なる覇龍。また、ドラゴンという圧倒的な破壊を齎す力の権化を降臨させる。だから、ジャガーノート・アドベント(圧倒的な破壊力の降臨)。この名をイッセーから聞かされた時、何とも言い得て妙だと俺は思った。

 それだけに、あの二天龍の片割れが実体を伴って復活したとも取れる今の光景に多くの奴は完全に絶句している。……グイベルを対象として全く同じ事を目の前でやられた俺達の様にな。そんな中、ハーデスだけはむしろ面白がっているとしか思えない様な反応を見せていた。

 

《ハーデス様。これは……!》

 

《ファファファ。いくら本来の器から解き放たれているとはいえ、あの赤い龍の魂を神器による束縛から解放した上で実体化させるとなぁ。自ら神器を手掛けた聖書の神も今頃は臍を噛んで悔しがっていよう。その様な無様な姿を想像すれば、長年の溜飲も幾らかは下がるというものだ。しかも神器に封印されていた魂を実体化させただけであって生き返らせた訳ではないのだから、我々の管轄を侵害するものでもない。私を不快にする事しかせぬカラスやコウモリ共とは違い、死の在り様と死者を尊重するあの者は私を何度も喜ばせてくれる。いや、実に愉快だ》

 

 ハーデスはそう言い終わっても、なお笑い続けている。あの骸骨ジジィ、どうやらイッセーを完全に引き抜き対象としてロックオンした様だ。ひょっとして、俺達に対する当てつけも兼ねていただけでイッセーの事を本気で褒めていたのか? だとすれば、ただでさえオーフィスから狙われている所に大王家も加わってかなりゴタゴタしてるってのに、これからは別の外部勢力からも狙われる事になるのか、イッセーの奴は。モテる男は辛いってのは世界共通の真理ではあるが、いくら何でも限度ってのがあるだろう。

 ……それに加えて、例のブツを超特急で仕上げねぇといけなくなった。俺の隣で真覇龍によるドライグ降臨の一部始終を見たヴァーリの奴が、かなりヤバい気配を発し始めたからな。

 

「……これで、一誠の名は一つの伝説となったな。それに引き換え、俺は何だ? ようやく新型覇龍に目途が立っただけじゃないか。白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)の名が聞いて呆れるな」

 

『ヴァーリ。言っておくが』

 

「解っているさ、アルビオン。新型覇龍と真覇龍に至るまでに掛けた時間と苦労は、完全にゼロから始めて手探りでここまで切り拓いてきた一誠の方が圧倒的に多いんだ。これくらいの差が出るのはむしろ当然で、俺は二天龍の先駆者である一誠に対して敬意すら抱いているよ」

 

 密かに新型覇龍に目途が立っていると聞いて俺は驚いたものの、アルビオンとのやり取りを聞いているとヴァーリが比較的に冷静である事に気付いた。

 

「……真なる覇龍に至るにはどうすればいいのか。それがかなりの部分で解っていて、それでもなお思い通りに行かない。そんな俺自身の不甲斐無さが余りにも腹立たしい。ただそれだけの事さ」

 

 ただ、イッセーのライバルと公言しておきながら、実情が全く追い付いていない自分に苛立っていたのだ。……あるいは今ここに来ている閻魔大王に後で相談しないといけないかもしれねぇな。

 

 どうか俺の息子みたいな奴を鬼の流儀で鍛えてやってはもらえないか。……ってな。

 

Side end

 

 

 

 真覇龍によってドライグを実体化させた僕は、タンニーン様に立会人の呼び出しが終わった事を伝える。

 

「お待たせしました。それでは始めましょう」

 

 しかし、タンニーン様はなかなか返事をしようとしない。その様子を訝しく思っていると、タンニーン様はやがて大声で笑い始めた。

 

「ハッハッハッハッハッ! まさか、覇龍を今までとは異なる形で発動させた上で、更に別の術式を上乗せする事でドライグの魂を実体化させるとはな! 長年生きてきたが、流石にこの様な事は初めてだ!」

 

 そう言って暫く笑い続けた後で、タンニーン様はドライグに話しかける。

 

「それにしてもドライグ。「無限の和を選り、夢幻の覇を廃す」とはよく言ったものだ。アレだけ覇に拘っていたお前がそこまで変わるか。……いや、そうではないな。グイベル殿を一度喪ったからこそ、覇に拘ったという事か」

 

「俺がグイベルを殺した事になっている、あのふざけた伝承を貴様は知らないのか?」

 

 ドライグがケルトの建国伝承について尋ねると、タンニーン様からは少々意外な答えが返ってきた。

 

「知っているさ。それで本当にグイベル殿を殺したのか、一度お前に直接確認しようと思ってウェールズの地を訪ねたのだがな。ただ呆然と夕陽を眺めているお前の姿を遠目で確認した時に悟ったよ。お前はグイベル殿を殺したのではなく、喪ったのだとな」

 

 ……そして、グイベルさんを喪った悲しみに沈むドライグと顔を合わせる事なく、そのまま立ち去ったのだろう。それを察したドライグは短いながらも感謝の言葉を伝える。

 

「……礼を言っておくぞ。タンニーン」

 

「何、それには及ばんさ。ドライグ」

 

 永い時間を生きてきた漢だけにできる短いながらも濃密なやり取りを終えたところで、タンニーン様は改めて僕に話しかけてきた。

 

「本当の事を言えばな、サーゼクスからは全力で戦ってくれと頼まれていた。しかし俺とお前とは体躯の差が余りに大き過ぎる事を踏まえて、俺はお遊び程度で終わらせるつもりだった。だがな……」

 

 ここで一旦言葉を切ると、タンニーン様はオーラを一気に開放する。

 

「小僧、お前とは全力で戦ってやる。それが一度は死に別れたこの夫婦を喜びの内に再会させてくれた事への返礼となるからな」

 

 そして、重みすら感じられる程の濃密な殺気をぶつけてきた。

 

「一誠、あんな事を言われているが?」

 

 ドライグは僕を煽る様に語りかけて来る。だが、それに僕はあえて乗った。

 

「確かにお前を立会人にした事で、今の僕には赤龍帝の籠手の能力が使えない。だが、僕はお前を含めた赤き龍の帝王達の意志と期待を背負ってここに立っている。それなのに見縊られたままではお前や皆に申し訳ないよ」

 

 そう言いながら、ドライグを対象として真覇龍を発動させた事で黎龍后の籠手に戻った神器に右手を添える。

 

「まして、僕にはグイベルさんという心強い相棒もいる。だから、相手が誰であろうとも負ける気がしない」

 

『そういう事よ。だから、ドライグ』

 

 グイベルさんがドライグに呼び掛けると、ドライグは立会人としての務めを果たす事を伝えてきた。

 

「あぁ。タンニーンに勝利してお前と一誠が名を上げるところをしっかりと見届けさせてもらうぞ」

 

 そうして僕達の戦闘準備が整ったところで、グレイフィアさんの声が聞こえてきた。

 

「本日のエキシビジョンマッチの審判役(アービター)を務めさせて頂きます、魔王サーゼクス・ルシファー様の女王(クィーン)、グレイフィア・ルキフグスでございます。ただ今より兵藤一誠様とタンニーン様のエキシビジョンマッチを開始致しますが、両者共によろしいですね?」

 

 戦闘開始の最終確認に対して、タンニーン様と僕は揃って承諾の返事をする。

 

「あぁ、もちろんだ」

 

「大丈夫です。いつでもいけます」

 

 ……そして。

 

「それでは、始め!」

 

 グレイフィアさんによる戦闘開始の合図で、僕とタンニーン様のエキシビジョンマッチが始まった。

 




いかがだったでしょうか?

兵藤一誠の進化はまだまだ続きます。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第三話 赤き天龍帝と魔龍聖の戯れ

Side:匙元士郎

 

 一誠達が神の子を見張る者(グリゴリ)本部からそれぞれの次の目的地へと向かっていった後もここに残って色々していた俺と草下、姫島先輩にギャスパーの四人は本部内にある談話室の一つに来ていた。この談話室は他にもサハリエル様やアルマロス様、そして姫島先輩のお父さんであるバラキエル様もいる。そこに備え付けてあるモニターで一誠とタンニーン様のエキシビジョンマッチのライブ放送を一緒に見ていたんだが、一誠が神器(セイクリッド・ギア)の中にいたドライグの魂を実体化させるという誰もが目を疑う様な事を仕出かした。しかも、その理由はドライグを今回のエキシビジョンマッチの立会人とする為だという。もはや言葉が出ない状況を前に、俺の側で独立具現化していたヴリトラは本当に面白そうな声で俺に話しかけてきた。

 

『相棒。兵藤一誠は本当に面白いな。もし同じ状況で我をあの様に完全な形で実体化した場合、お前ならどうする?』

 

 ヴリトラからの問い掛けだが、その答えは一つしかないだろう。

 

「そりゃあ、せっかく実体化させたんだから、お前の手を借りて一緒に戦うだろうな。もし俺があの状況になったら、黒い龍脈(アブソープション・ライン)の本来の力であるラインしか使えなくなるからな。しかも相手はタンニーン様だ。流石に俺一人じゃ勝負にならねぇよ」

 

『そうか? 相棒ならば、幾重にも張り巡らせたラインの罠で雁字搦めにした所でガイアフォースをぶち込むくらいは平然とやってのけそうだが』

 

 おいおい。ヴリトラの奴、いくら何でも買いかぶり過ぎだろ? ……まぁ、確かにできなくはないとは思うけどな。

 

「十回やって一回成功すればいい方だよ。それにそれだけやってもタンニーン様に深手を負わせるのが関の山で、後は地力の差で圧倒されておしまいだろうな」

 

 尤も、これがエキシビジョンマッチという試合でなく殺し合いの実戦だったら、今ヴリトラが挙げた手段はおろか俺自身の命さえも囮に使い、理論上は神すら殺せるという「殺し技」を仕掛けて一発逆転を狙うんだろうけどな。

 

『……まぁそういう事にしておいてやろう』

 

 俺の言葉を聞いたヴリトラもそれ以上は追及してこなかった。たぶん、アイツも解っているんだろうな。試合と実戦では、色々とやり方が変わってくるって事はな。

 

「それでは、始め!」

 

 ヴリトラとの会話を打ち切ったところで、グレイフィアさんがエキシビジョンマッチの開始を告げた。それと同時に、タンニーン様は炎の球を幾つも口から吐き出してきた。明らかに威力より連射性を重視してはいるがそれでも人間一人なら丸々呑み込んでしまえる程の大きさの炎の球を、一誠は魔力を集めた両手だけで次々と受け流していく。……あの炎の球、俺じゃ龍の牢獄(シャドウ・プリズン)以外の手段ではまず防げない様な代物だぞ。それを軽々と受け流してしまうのを見れば、一誠がどれだけ長い時間をかけて格闘術を磨いてきたのかが解る。今頃はこのエキシビジョンマッチをVIP席で観戦している筈のサイラオーグの旦那も一誠の技量に感服しているんだろうな。

 こうして暫くは炎の球を捌いていた一誠だが、前に出て来ようとしないタンニーン様に対して挑発を兼ねて話しかけた。

 

「体格差を利用して肉弾戦を仕掛けてくると思っていましたが、かなり慎重になられていますね」

 

「グイベル殿の中和の波動に嵌まるのは、俺としても御免被りたいからな!」

 

 タンニーン様から炎の球と共に凄く実感の籠った言葉が飛び出してくると、グイベルさんが一誠に事情を説明した。

 

『ゴメンなさい、一誠。以前会った時に少し手合わせしたのよ。それで遠慮なく中和の波動で能力を無効化したら、ドライグの時と同じ様になっちゃって……』

 

 ……あれ? ドライグとグイベルさんが戦った時って、確かグイベルさんが能力を完全に中和した後はガチの肉弾戦を繰り広げたんじゃなかったか? それでどうにかドライグが勝ったんだけど、肉体の強さに性別の差がなかったら負けていたかもしれなかったって、一誠は言っていたな。……という事は……!

 

 ここでどうも俺と同じ事に思い至ったらしい一誠が、引き続き吐き出される炎の球を捌きながらタンニーン様に問い掛ける。

 

「あの。申し訳ありませんが、ひょっとして……?」

 

「……それ以上は訊かないでくれ。あれは俺の一生の不覚だ」

 

 俺と一誠が思い至った「ガチの肉弾戦でグイベルさんに負けた」という想像がどうやら正解だった様で、俺の額から自然と冷や汗が流れ出てしまった。……グイベルさん。ひょっとしなくても、今もなお生きていたら龍王の一頭に数えられていたんじゃないのか? 俺がそう思っていると、それを察したのか、ヴリトラが俺の考えを肯定してきた。

 

『それは間違いないだろうな。そもそも単純な強さでは我々龍王と呼ばれたドラゴンの中でも最強であるティアマットが自ら「生きていれば自分と対等だった」と認めたのだろう? それにドライグやアルビオンですらグイベルの中和の波動によって全ての能力を無効化されたのであれば、それを免れ得るのはグレートレッドとオーフィス、後はそれこそインドの三大神くらいだぞ』

 

 ……そりゃ、ドライグもアルビオンもグイベルさんに一目置く訳だ。まぁそれだけじゃないのは、二頭の言葉を聞いていれば自然と解る事なんだけどな。

 

「さて、数もだいたい揃ったな。小僧、少し試させてもらうぞ」

 

 俺がグイベルさんの事をいろいろ考えている内に、いつの間にか炎の球を吐き出すのを止めていたタンニーン様が右手の指で一度手招きすると、一誠の後ろから突然炎の球が襲いかかってきた。その炎の球を一誠は危なげなく躱したものの、炎の球はそれ一個だけではなかった。

 

「……成る程。あの炎の球はただの牽制ではなく、次の攻撃の準備でもありましたか」

 

「これでも俺は転生悪魔だ。吐き出す炎に魔力を混ぜる事で、こういった事も可能になる。まぁ手慰みに覚えた手品の様なものだが、遠慮なく楽しんでくれ」

 

 タンニーン様はそう言って、一誠の周りに浮かんでいる百個以上の炎の球を一斉に操作し始めた。炎の球が僅かにタイミングをずらして同時に襲いかかり、時には目の前で爆発して視界を塞ぎ、あるいは全く同じ軌道に重なって一個しか見えない様に動く。ここまでやるかと言わんばかりの手数の多さに、流石の一誠も少し困った様な表情を浮かべていた。

 

「手慰みに覚えた割にはかなり精度の高い遠隔操作ですね。……それにしても、まさかここまで早く()()を使う事になるとは思いませんでした」

 

『でも、ちょうど良かったじゃない。これでまた一つ証明されることになるわ。私の力は何も中和の波動だけじゃないって』

 

「まぁ、それもそうですけどね」

 

 炎の球に包囲されている割に結構な余裕のある一誠とグイベルさんが交わす会話を聞いている内に、俺は一誠が何を考えているのかを解った。……おい、一誠。まさかアレを出すつもりか? アザゼル先生をして「あれは中和の波動以上のチートだ。いや、むしろバグと言うべきか」と言わしめたあの能力を。

 

「では、いきますか。……黎龍后からの届け物(イニシアチブ・ウェーブ・デリバリー)!」

 

『Propagate!!』

 

 ……前に伸ばした左手の籠手の宝玉から音声が発せられた次の瞬間。一誠の周りに飛び交っていた炎の球は、あっという間に全て弾け飛んだ。

 

「……小僧、今のはなんだ? 俺の炎の球を中和したのでなく、炎の球に込められていた魔力が何かと反応して爆発した様に見えたが?」

 

 訝しい表情を浮かべるタンニーン様を映像越しに見て、ヴリトラは感心した様な素振りを見せる。

 

『ホウ。タンニーンも気付いたか。まぁ今のはある程度の実力を持った奴であれば、見ているだけでも解るからな。それも当然か』

 

 ヴリトラがそう語る脇では、バラキエル様は姫島先輩に話しかけていた。

 

「朱乃、兵藤君のあの力を見た事があるのか?」

 

「えぇ。……と言っても、私が見たのは別の使い方です。まさか、あの様な使い方があるとは思いませんでしたわ」

 

 流石にバラキエル様と姫島先輩は一誠がどんな能力を使ったのかが解ったらしい。その一方で、流石に見ただけでは解らなかったらしく、草下がギャスパーに一誠が今何をしたのかを尋ねた。この中で最も「見る」事に長けているのがギャスパーだからだ。

 

「ギャスパー君。今の、解った?」

 

「ハイ、解りました。実際にあんな使い方をしているのを、何度か見た事がありますしね」

 

 ギャスパーはハッキリとそう断言した。コイツもコイツで自分の力に対してかなり自信をつけて来ているな。いい傾向だ。……それだけに、グレモリー眷属との対戦ではやはりコイツも要注意だな。

 

「流石ですね。それでほぼ正解です。端的に言えば、私の持つ天使の光力を炎の球に仕込まれた魔力に直接送り付けたといったところでしょうか」

 

 映像の中の一誠が伝搬能力である黎龍后からの届け物を端的に説明すると、タンニーン様は感心した様な素振りを見せた。

 

「……成る程な。グイベル殿の波動の力に己の光力を乗せたという訳か。しかも炎には一切干渉せずに直接魔力のみにぶつけるとは、何とも恐ろしい事をするものだ。……小僧。貴様はその気になれば、俺の心臓に直接光力を送り付ける事もできるのではないのか?」

 

 ……そう。これこそがアザゼル総督に「バグだ」と言わしめた最大の理由だ。何せ、自分の選んだ対象に自分が選んだ力を一方的に送り付ける事ができるのだ。当然、タンニーン様が今言った様な使い方も一誠とグイベルさんなら十分可能だ。

 

「対処法はいくつかあります。ただ……」

 

 タンニーン様からの問い掛けに一誠はこう答えた。確かに対処法はある。俺や祐斗は一誠からそれを教えてもらっているし、実行するのも一応は可能だ。……だが。

 

「それが可能な者が相当に限られてくるという事か。だからこそ、小僧はレーティングゲームの参戦が禁じられているのだな。ようやく納得したぞ」

 

 タンニーン様の言った通り、対象可能なのは相当に限られていて、駒王学園の生徒の中でそれができるのは俺と祐斗の他にあらゆるものを停められる力を持つバロールと計都(けいと)さんから本物の仙術や道術を教わっている塔城さんだけだ。グレモリー先輩や会長、レイヴェル様、紫藤さんはおろか、実は瑞貴先輩ですら伝搬能力を使われた時の対処法がないらしい。……だからって、「だったら、使わせなければいい」と言わんばかりに一誠相手に積極的に斬りかかり、実際に使う隙を与えなかった瑞貴先輩はやっぱりおかしいと思う。

 そうしている内に、タンニーン様は一誠にある問い掛けをしてきた。

 

「話は変わるが、小僧。俺の名がどういう意味を持っているのか、知っているか?」

 

 ……一体、タンニーン様はどんな意図でこんな事を訊いてきたんだ? 俺がタンニーン様の意図が解らずに首を傾げていると、一誠が少し間を空けて答えた。

 

「……聖書の神が創造したという「水に群がるもの」。その中でも魚介類を意味する「蠢く生き物」ではない「大きな怪獣」を指す言葉だったと記憶していますが?」

 

 すると、タンニーン様は満足げに頷いてから自分の事について語り始めた。

 

「あぁ、その通りだ。俺はその名が意味する通り、本来は聖書の神によって海に住まう様に創造されたドラゴンなのだ。当然、火の息など扱える筈もなく、むしろ水を吐くのを得意としていた。……あのバカがやらかすまではな」

 

「あのバカがやらかす、とは?」

 

「人間の始祖であるアダムがイヴと共に禁忌を犯した事でエデンの園から追放された件だ。その件で聖書の神は蛇とドラゴンが大嫌いになってな、あのバカは存在自体を抹消されたが神の怒りはそれでは収まらなかったという訳だ。その結果、聖書の神に直接創造された俺は完全に属性が反転して海に住まう事ができなくなり、代わりに荒野に住まう事を余儀なくされた。そのせいだろうな、ヘブライ語で俺の名に似た言葉が荒野に住まう生き物の事を指す様になった。……そして」

 

 タンニーン様はここで少し長めに息を吸い込むと、明後日の方向を向いて火の息を吐いた。

 

「俺の吐き出す物は、属性の反転によって水から火へと変わった。これが、海に住まうものの名を持つ俺が火の息を吐き出せる理由だ」

 

 ……火の息がぶつかった先には、巨大なクレーターが出来上がっていた。それにしても、属性の反転か。生まれ持った力がある日突然変わって、今まで住んでいた場所にも住めなくなって、タンニーン様はきっと困惑した筈だ。それでも一から鍛え直してここまで持ってきたのかと思うと、自然とタンニーン様には頭が下がる。

 

「さて、小僧。隕石の衝突にすら匹敵すると言われる俺の火の息に、お前はどう立ち向かう?」

 

 己の火の息に絶対の自信を見せるタンニーン様からの問い掛けに対し、一誠はこう答えた。

 

「では、まずはそれを証明して頂きましょう」

 

 ……おいおい。お前、そこまでやるのか?

 

 一誠の言葉を聞いて、俺は呆れた。一方、アレを見た事がないらしい草下や姫島先輩は首を傾げているものの、一誠の直弟子であるギャスパーの顔色は真っ青だ。きっとアレを見た事があるのだろう。すると、ギャスパーが一瞬目を閉じて開くと、その雰囲気が一変する。

 

「やれやれ。解ってはいたけど、あの人は本当にやる時にはトコトンやるね」

 

 どうやらバロールも完全に呆れたらしい。……そして、現実は無情だった。

 

「土の精霊よ。我が声に耳を傾け、いと高き天空に漂いし大いなる石をここに降ろしたまえ。我はその石を以て邪なる者への鉄槌とせん」

 

 右手を上に掲げた一誠の呪文詠唱が進むにつれ、一誠の立つ位置から200 m程上空に巨大な魔方陣が展開される。直径は30 m程だろうか。俺の知っている悪魔の魔方陣の様式には全く当て嵌まらない、一誠独自のものだった。その魔方陣から少しずつ現れてきたのは、魔方陣の直径に匹敵する程の巨大な岩だ。

 

「えっ? ……えぇぇぇぇぇっっ!!!! 一君! それ、やり過ぎ! 絶対やり過ぎよ!」

 

 それを見た草下は一瞬唖然とした後、大声を上げて驚いた。そしてやり過ぎだと言い始める。

 

「……ヴリトラ団長。まさか、ドライグ教授はメテオインパクトを己の魔法で再現するつもりなのか?」

 

 一方、アルマロス様からいつの間にか怪人軍団の団長扱いされている俺は、アルマロス様からの問い掛けに答えていく。

 

「ご明察の通りです、アルマロス様。土の高等精霊魔法、メテオフォール。宇宙に漂う隕石の一つを土の精霊の力で呼び出し、それを敵に向けて音速を遥かに超えた速度で打ち出す攻撃魔法ですよ」

 

「うぅむ。神器を始め様々な研究分野への造詣が深く、またヴリトラ団長を始めとする優れた戦士を何人も輩出するなどトレーナーとしても極めて優秀。更にはオーフィスを退けるなど個人の武勇にも秀でているのは知っていたが、まさか魔法においても一流を超えていたとは。……アザゼル、本当に恨むぞ」

 

 アルマロス様はそう言って、一誠を自分達の陣営に招き損ねた事を惜しみ始めた。この方は言い回しこそこんなだが、一誠の事をとても高く評価している。その意味では、堕天使勢力における一誠の有力なシンパの一人と言えるだろう。

 

「まさか、メテオインパクトそのものと呼べる精霊魔法があるとは思いませんでしたわ。いえ、あれは精霊魔法というよりは隕石を召喚して高速で打ち出す複合魔法と言った方がいいかもしれませんわね」

 

 一方、メテオフォールについて分析している姫島先輩は冷静だ。……いや、単に草下の余りの驚き具合を見た事でかえって頭が冷えただけなのかもしれない。

 

「……面白い!」

 

 ただ、一誠が何をしようとしているのかを理解したタンニーン様ご本人はむしろ面白いと断言して、大きく息を吸い込んだ。

 

「メテオフォール!」

 

 そして、一誠の右手がタンニーン様に向けて振り下ろされると共に、魔方陣の効果で音の速さを遥かに超えて加速された巨大な岩は上空200 mから一気にタンニーン様を目掛けて落ち始める。それと同時に、タンニーン様は隕石に向かって先程荒野にクレーターを作った時とは比べ物にならない威力と規模の火の息を吐き出す。

 やがて一誠による隕石落下とタンニーン様の火の息が真正面から激突し、世間に広く伝わっている事が本当に正しいのかを検証し始めた。

 

 ……あれ? この戦いって確か、タンニーン様が一誠を試しているんだよな? それがなんで逆にタンニーン様の方が試されているんだ?

 

Side end

 

 

 

 メテオフォールとタンニーン様の火の息の激突が始まってから十数秒後、戦場は静寂に包まれていた。そうした静寂を打ち破る様に、タンニーン様は安堵の息を吐く。

 

「……どうやら、俺の火の息に対する評価は妥当なものである事を証明できたようだな」

 

 ……そう。僕のメテオフォールはタンニーン様の全力の火の息によって完全に粉砕、いや蒸発していた。

 

「まさか、砕くどころか蒸発させてしまうとは思いませんでした。これなら主成分が鉄の隕石でもよかったかもしれません」

 

「それをやられると、粉々にするならともかく焼き尽くすのは流石に無理だな」

 

 そう言いながらもニヤリとするタンニーン様には、まだまだ余裕があった。全力の火の息ではあったのだろうが、全力の攻撃を何度も出せる程の体力を持っているからだろう。

 

「では、今度はこちらが試させてもらうぞ!」

 

 そして、今度は僕に全力の火の息を放ってくる。

 

「残念ですが、既にその火の息を構成する力の波動は解析し終えています」

 

『Wave!』

 

 しかし、最初に使われた炎の球を捌く際にタンニーン様のオーラと魔力の解析は既に終えているので、僕はここで中和の波動を使用した。それと同時に、風の精霊に僕に向かってくる風を止めるように頼む。火の息を構成するタンニーン様のオーラと魔力は中和の波動によって消滅した為に火は消え去った。だが、全ての物を吹き飛ばす勢いで吐き出された息そのものがまだ残っているので、それを風の精霊が抑え込む。

 

「単に中和の波動を使っただけでは、火は消せても俺が吐き出した息はそのままだ。それが解らぬなら遠慮なく吹き飛んでもらおうと思っていたが、流石にそこまで間抜けでもなかったな」

 

「以前、似た様な状況になって似た様な手段で対処した時に死ぬ程痛い目を見た事がありましたので」

 

 タンニーン様との掛け合いを少し楽しみながら赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)の準備をしていると、タンニーン様は遂に決断した。

 

「こうなってくると、もはや俺に残された手は一つだけだな。……小僧、死ぬなよ?」

 

 僕に一言警告すると、タンニーン様は翼を広げて一気に僕との間合いを詰めてきた。それに合わせて、僕も赤い龍の理力改式を発動して全身を赤いオーラで覆う。

 

「オォォォォォォッッッ!!!!」

 

「ハァァァァァァッッッ!!!!」

 

 そして、タンニーン様の巨大な拳を僕の拳で迎撃する。拳同士の激突で生じた凄まじい衝撃波が戦場である荒野を揺らし、立会人であるドライグの所まで届く。

 

「……一誠め。改式による強化があるとはいえ、十倍近い体格差の相手に生身の拳で拮抗するか。どうやら、俺が寝る前の状態からまた身体能力が上がった様だな。鍛錬は精神世界での模擬戦が主体になっていた様だが、それでこれなら精神世界での成長がそのまま肉体に反映される様になったのか。全く、アイツはあと何回常識から逸脱すれば気が済むのやら」

 

 明らかに褒めてはいないドライグの言葉に若干ムッとしながらも、今はそれを無視してタンニーン様に集中する。

 

「やるな! この体格差を物ともしないか! ……ならば、これはどうだ!」

 

 タンニーン様はそう言うと、拳を何度も繰り出してきた。僕もそれに応じる事で拳の打ち合いに持ち込む。僕とタンニーン様の拳が衝突する度に衝撃波が生じて荒野を揺らし、その影響で地面に罅が入り始めた。この分では、あと十分も続ければ地面の罅は地割れへと変わるだろう。それだけのやり取りが数分ほど続いた後、タンニーン様は突如拳を止めるとそのままこちらに背中を向ける。……いや。

 

「尻尾か!」

 

 間一髪、尻尾による薙ぎ払いをジャンプで躱した僕だがここで失敗を悟った。尻尾を振り切った勢いを利用して正面に向き直したタンニーン様は、そのまま両手を僕に伸ばして捕まえてしまった。そして、両手に力を入れて僕の体を握り締める。

 

「……油断したな、小僧。こうなってしまえば、もはやお前の逆転の目はない。俺の勝ちだ」

 

 ……しかし、タンニーン様の勝利宣言をグイベルさんが否定した。

 

『甘いわよ、タンニーン。確かに、身体能力は貴方の方が上だし、こうなってしまうと一誠は身動きが取れなくなるわね。……でも、気付いているかしら? 貴方、このまま一誠を握り潰せると思っているの?』

 

「グイベル殿、それは一体どういう意味……!」

 

 タンニーン様はここで自分の手の異常に気付いた。

 

「手が痺れて、力が入らないだと!」

 

 僕がタンニーン様の掌にある点穴を衝いて気の流れを大きく乱した事で、手が痺れて力が入らない様になっていたのだ。そして、僕は腕に力を入れて握力の著しく弱まったタンニーン様の手を少しずつ抉じ開けていく。

 

「歴代の赤龍帝の中には、赤龍帝である事が発覚しなければ二十代で仙人となっていた程の天才道士がいます。私は歴代の赤龍帝から教えを受けているので、仙術の基礎である気功術も当然使えます」

 

 僕が歴代赤龍帝の中にいる道士から教えを受けていた事を語ると、タンニーン様は自分の失敗を悟って悔しがる。

 

「……油断していたのは、むしろ体格差に驕っていた俺の方だったか! 何という迂闊!」

 

 しかし、タンニーン様はそれでも何とか僕を握り締めようと手に無理矢理力を加えていく。既に全身の気の流れが激しく乱れている為に指一本動かす事も相当に辛い筈だが、この辺りは流石の精神力だろう。……だが。

 

『Tune!』

 

 タンニーン様の肉体に直接触れた事で、肉体を構成する物質の固有振動数の解析は終了した。

 

「ハァッ!」

 

 僕は全身から赤い龍の理力改式のオーラを噴き出す事でタンニーン様の手を一気に撥ね退けると、そのままタンニーン様の懐に入り込む。

 

「仙気発剄!」

 

 そして、黎龍后の籠手を着けた左手で鳩尾と思われる部分に掌底を当てると、そのまま仙術の奥義の一つである仙気発剄を繰り出した。

 

「グハッ……!」

 

 タンニーン様は腹部に強烈な一撃を食らった事で腹の中の息を全て吐き出す。しかし、タンニーン様の闘志は未だ折れていない。

 

「……まだだ!」

 

 そうして再び両手を伸ばして僕を捕まえようとするが、その前に僕の最後の攻撃が発動した。

 

「そして、これがグイベルさんの、波動の力だ! ソリタリーウェーブ!」

 

『Wave!』

 

 ……杖または素手で接触する事で対象の固有振動数を解析し、それに合わせた振動エネルギーを叩き込んで粉砕する近接戦用の攻撃魔法、ブレイクインパルス。これを波動の力で再現したのだ。しかも、固有振動数を解析するまでの数秒間、対象に接触し続けなければならないブレイクインパルスと異なり、黎龍后の籠手は一度接触しただけで波長を解析してしまう為に即時発動が可能になる。そして、ソリタリーウェーブと僕が称した固有振動数に合わせた振動エネルギーを鳩尾に直接叩き込まれた以上、如何に龍王といえども唯では済まない。

 

「……ガハァッ!!!! 」

 

 タンニーン様の口から大量の血が吐き出されると共に、その体がゆっくりと崩れ落ちていく。やがて、荒野中に響き渡る程の大きな地響きと共に、タンニーン様の体は地面に沈んだ。

 

「……恐ろしい男だな、小僧。いや、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)。まさか、元とはいえ龍王を相手取って体格差を物ともせずに真っ向勝負で打ち負かすとはな」

 

 ……話す言葉に淀みがない。今は地面に沈んでいるタンニーン様だが、どうやら余り効いてはいない様だ。だが、まだ勝負がついていないにも関わらず、立会人のドライグが翼を広げてこちらに近寄ってきた。そして半ば呆れた様にタンニーン様に話しかける。

 

「対象を完全に粉砕するブレイクインパルスをグイベルの力で再現した攻撃をまともに食らってまだ口が利けるとは、貴様も大概タフだな。タンニーン。……だが、もうそれだけしかできんのだろう?」

 

「あぁ。俺が自分の意思で動かせるのはもはや口だけだ。それ以外はピクリとも反応してくれんよ。これが実戦なら、後はもうトドメを刺されるのを待つだけだな。……これ以上ない、俺の完敗だ」

 

 タンニーン様はその身を地面に沈めたまま、己の敗北を宣言した。その言葉の通りに体が全く動かないのだろう、体中から力が抜けてグッタリとしていた。ここで、グレイフィアさんのアナウンスが異相空間内に響き渡る。

 

「……タンニーン様より投了(リザイン)が宣言されました。よって、エキシビジョンマッチは兵藤一誠様の勝利です」

 

 エキシビジョンマッチの勝者を告げるグレイフィアさんの声と同時に、僕は黎龍后の籠手を装着した左腕を天に突き上げた。

 

 僕は、かつて龍王と謳われた強きドラゴンに勝利したのだ。

 




いかがだったでしょうか?

……まさかここまですんなり書けるとは思いもよりませんでした。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第四話 波乱の予兆

Side:アザゼル

 

 実体化したドライグの立ち会いの元で行われたイッセーとタンニーンのエキシビジョンマッチは、イッセーの勝利で終わった。だが、VIP席からは声はおろか物音一つしない異様な静寂に包まれていた。まぁ無理もないな。悪魔に転生したとはいえ、龍王としての実力は未だ健在であるタンニーンが殆ど何もさせてもらえないまま、イッセーに完敗したんだからな。しかも、イッセーは二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)の証である真聖剣や倍加を始めとするドライグの能力といった本来の戦闘手段を温存したまま(尤もドライグの能力はドライグを実体化させた事で使えなくなっていただけなんだが)、グイベルの持つ波動の力とメテオインパクトを再現してしまう程の魔法の技量、使い手が希少な仙術の基礎である気功術、そして十倍近い体格差を物ともしない強烈なオーラと身体能力が合わさった格闘術だけで勝っちまっている。今までは半信半疑だった奴も多かった「イッセーが中心になってオーフィスを退けた」って話も、これで信憑性が大きく増しただろう。

 

 ……だから、そろそろ本来やるべき事をやったらどうなんだ?

 

 未だ何も行動を起こさない観客達に、俺は苛立ちを覚え始めた。イッセーの晴れの舞台であるこの場には当然ながら俺やミカエル、それにサーゼクス達四大魔王がいるのはもちろんだが、イッセーの主の家であるグレモリー家とシトリー家の現当主も夫人同伴で来ている。またフェニックス家については、レイヴェル以外は現当主の孫も含めた家族総出という大盤振る舞いだ。一体どれだけイッセーに惚れ込んでいるんだよ、フェニックス家は。……まぁそれは一先ず脇に置いておくとして、この三家はイッセーと親密な関係を持っている為に率先してイッセーを称賛する事ができない。身内を率先して称賛するなど、ただの身贔屓でしかないからだ。だから、先に自分達以外の誰かにイッセーを称賛する行動を取ってもらわない限り、この三家はイッセーをこの場で称賛できない。実際、グレモリー卿は苦々しい表情で歯噛みしているし、シトリー卿は明らかに苛立っていた。この二人の気持ちについては俺も同感だ。むしろレイヴェルをイッセーの元に早くから送っているフェニックス卿が悠然と構えている事に驚いた。「慌てる必要などない。結果は自ずとついてくる」と言わんばかりの立ち振る舞いからは、イッセーに対するフェニックス卿の絶対的な信頼が伺える。……それだけに、今の状況が余計に俺を苛立たせる。

 

 貴様等、仮にも貴族だろうが。何で、戦い終えた者達を称賛する行動をとれないんだ? 別に形だけでも構わないんだぞ。それとも何か? そんな事も思い至らないくらいに脳みそが腐っているのか?

 

 余りに鈍い悪魔の貴族共に俺の堪忍袋の緒が今にも切れそうになっていたが、どうやらそれは杞憂に終わった様だ。……戦い終えた戦士達を称える拍手の音が鳴り始めた。

 

「まったく。この場にいる者達は素晴らしき戦いを見せてくれた(つわもの)達に対する礼儀も知らぬのか? これでは旦那様の旧友の顔を立てる程度の付き合いに留めた方がよいかもしれんな」

 

「ヤミー、その様な事を申すものではない。この場にいる者達はただ一誠の力を目の当たりにして呆気に取られているだけなのだ。それに、真に強き者達を認め敬うのは我等鬼が自ら美点として誇るもの。ならば、まずは我等が先陣を切って(つわもの)達を称えようではないか」

 

「フム、確かに旦那様の言う通りだ」

 

 高天原との関わりが深い地獄を統べる閻魔大王夫婦だ。それにしても、物の言い様がイッセーから詳しく聞いていた通りで嘘が全くない。その為、イッセーとタンニーンの戦いぶりを心から称賛しているのが解る。あの分だと、腹芸なんて欠片も考えてねぇんだろうな。……鬼に横道なし、か。まだ幼かったからとはいえ、あのイッセーが影響を受ける訳だぜ。

 こうして、まずは尚武の気風を色濃く表す鬼族の二人が称賛の拍手を送ると、これに続いたのは素戔嗚だった。

 

「確かに、俺とした事が一誠の戦いぶりに見惚れてしまい、真っ先にするべき事を忘れていた。礼を言うぞ、閻魔大王、ヤミー妃。お陰で恥を晒さずに済んだ」

 

 素戔嗚はそう言って閻魔大王夫婦に会釈する事で感謝の意を伝えた。対する二人も心得たもので、二人揃って軽く会釈する事で返礼とした。すると、あのハーデスさえも拍手をし始めた。

 

《ファファファ。あいにく、私はそこらのカラスやコウモリと違って戦士への礼儀を心得ているのでな》

 

 冥界の神であるハーデスが同伴している部下と共に拍手し始めた事でようやく頭に血が巡り出したのか、少しずつではあるが拍手の音が増え始める。……ここで、大王家が動いた。

 

「良き物を見せてもらった。今はただ親善大使殿とタンニーン殿の健闘を称えるとしよう」

 

 バアル家の初代当主、ゼクラム・バアルが称賛の言葉と共に拍手し始めたのだ。それに先代と現当主、エルレ、サイラオーグの四人が続く。……ここまで来れば、選民意識の強い悪魔の貴族といえども行動を起こさない訳にはいかねぇよな。拍手の数が一気に増えた。これによって、グレモリー家・シトリー家・フェニックス家の三家はようやくイッセーへの称賛の拍手を送れる様になった。VIP席にようやく響き始めた拍手の雨に、三家の大人達の顔には安堵の表情が浮かんでいた。それにフェニックス家現当主の孫については、ついさっきまで思いっきり沈んだ表情だったのに今では輝く様な笑顔に変わっている。

 状況がようやくまともなものになったのを受けて俺もやっと一息つけると思っていた所に、ミカエルが拍手をしながら話しかけてきた。

 

「アザゼル。貴方、相当に物騒な事を考えていましたね? いつになく眉間に皺が寄っていましたよ」

 

 ……いかに腐れ縁とはいえ、付き合いが長いってのはやっぱり考えものだな。考えている事がすぐにバレちまう。だから、ここは包み隠さず正直に話す事にした。

 

「考えもするさ。悪魔の貴族共がここまで頭の回転が悪いとは思わなかったからな。お前は違うのか?」

 

「私は天使達の長ですからね。我慢強くなければやっていられませんよ」

 

 ……何気にコイツも相当に変わっているな。少し前ならこんな事はまず言わない奴だったのに、随分と世俗に塗れた言い方をする様になったんだからな。だから、あえて訊いてみた。

 

「やっぱ、イッセーか?」

 

「……ですね。初めて兵藤君に会った時に耳にしたHail Holy Queen。それが私に世俗と交わる事の大切さを教えてくれましたから」

 

 おいおい。どんなHail Holy Queenを聴けば、そんな結論が出るんだよ?

 

 ……そう思ったんだが、これ以上野暮な事を考えるのは止めておいた方がいいな。イッセーが頭の固い天使長をも変えた。それだけで十分だからな。VIP席に響き渡る万雷の拍手の中、俺は最も若いダチが成し遂げた偉業をまた一つ知った。きっと、これからもこんな風に過ごしていくんだろうな。

 

 随分と年寄り染みた考えだが、けして悪くねぇ。……そう思っちまったら、俺もいよいよ潮時かねぇ?

 

Side end

 

 

 

 タンニーン様との対戦後、僕はその場でタンニーン様の治療を施していた。使ったのは、水の高等精霊魔法であるトータルヒーリング。口以外は何も動かせない程のダメージを受けたタンニーン様が動けるように回復するまで、おそらく十秒程度しかかかっていない。この圧倒的なまでの回復の速さは流石と言えるだろう。

 

「フム。俺の経験上、内臓へのダメージは回復が遅いものなのだが、それがここまで早く回復するとはな。しかも基礎とは言え仙術で乱された気の流れまで元に戻してしまうなど、流石に俺も聞いた事がない。元とはいえ龍王を降す程の高い戦闘技術に加え、魔法に仙術、更には神器(セイクリッド・ギア)の活用法と実に様々な方面にも通じている。やはりお前は強者の多かった歴代の赤龍帝の中でも特に突出した存在だったな」

 

 体の様子を確認していたタンニーン様が感心した素振りで僕に話しかけると、ドライグが僕の事を自慢し始めた。

 

「それだけではないぞ。一誠は真正の召喚師(サモナー)で、上級の幻想種も呼び出せる。一番の有名所を挙げれば、三大怪物の一頭であるベヒーモスの長だな。それに一誠が高校に上がる前だから、だいたい二年程前か。幻界でミドガルズオルムの意識体と遭遇した時に一誠が話し相手になってやったんだが、奴が一誠の事を大層気に入ってな。自分から申し出て、一誠と召喚契約を交わしているぞ」

 

『あぁ、ドライグ。一つ付け加えて。ティアマットも一誠と召喚契約を交わしているわ。貴方が眠ってから割とすぐ後にね』

 

「ホウ。元々リディアとの繋がりで器と力を認めさせたら召喚契約を交わすという話になっていたが、俺が寝ている間にそんな面白い事になっていたのか。……この分なら、他にも色々と面白い話が聞けそうだな」

 

 ドライグの自慢話とグイベルさんの補足を聞いたタンニーン様は驚きを隠せなかった。ただ、その驚き方は僕の想定とはかなり違っていた。

 

「ベヒーモスの長やティアマットと召喚契約を交わしている事にも驚いたが、それよりもあの怠け者が自分から召喚契約を申し出た、だと? ……不味いな、神々の黄昏(ラグナロク)が近いかもしれん」

 

「……ミド。普段は深海の底で寝て過ごしているとは聞いていたけど、まさか自分から積極的に動いたことで世界の崩壊を心配されるなんて、君は一体どれだけ怠け者なんだ?」

 

 割と真剣な表情でタンニーン様が口にした内容に、僕は頭を押さえつつ溜息を吐いてしまった。そうした僕の反応を見たタンニーン様は、ニヤリと笑いながら僕との対戦の感想を伝えてきた。

 

「冗談はさておき、名は確かイッセーと言ったか? 戦いが散々な結果に終わってしまった事への悔しさこそあるが、だからと言ってお前への恨みや辛みといった感情は不思議と湧いてこないな。むしろ、お前とは一から鍛え直してもう一度戦いたいと思えてしまう。……これは案外クセになるかもしれんな」

 

 ……この反応。ひょっとして、またなのか?

 

 ここ最近割と見かけたものと同じ反応をタンニーン様がしている事に対して、ドライグはニヤリとしながら話しかける。

 

「タンニーンよ。そう感じたのなら、既に手遅れだな。何せ、一誠は宿敵である筈のアルビオンが対等の友と認め、生身の肉体があれば直接戦ってみたいと言っていたくらいだ。俺もオーフィスと戦うまでは精神世界で偶に模擬戦をしていたが、やはり楽しくて仕方がない。……強き友と力を競い合う。俺達ドラゴンにとっては正に至福の時と言えるだろう?』

 

 そのドライグの言葉に、タンニーン様は一瞬呆気に取られた後で爆笑し始めた。

 

「……クッ。ハッハッハッハッハッハッ! 成る程! 言ってみれば、ドラゴンを酔わせる極上の美酒の様なものか! これはいい!」

 

 そう言いながら爆笑し続けるタンニーン様に、僕はどう反応したらいいのか解らずにいた。そして一頻り笑ってから、タンニーン様は真面目な表情に戻って話し始める。

 

「イッセーよ。最上級悪魔である俺の名前で、お前を上級悪魔に推薦する。今回の対戦結果と聖魔和合親善大使を務める魔王の代務者という立場から考えても、おそらくは通る筈だ」

 

 ……確かに、昇格試験の受験資格を得るには魔王か上層部、そして最上級悪魔の推薦が必要だった筈。因みに中級悪魔の場合は推薦者が一名だったが、上級悪魔の場合は形式では二名以上だ。しかし、受験資格を確実に得たいなら三名は必要になる。ただ、いくらなんでも早過ぎるという事で却下してくれたサーゼクスさんやセラフォルー様も、本心では僕を上級悪魔に推薦したがっていた。そうした状況の中で大王家が積極的に動いた事で、上級悪魔への半ば強制的な昇格と眷属契約の解約を伴う独立が避けられなくなってしまった。こうなると、本来なら味方にするべき中堅層以下からの反発は大きなものとなり、地盤固めもままならなくなるだろう。しかし、ここでタンニーン様が僕の上級悪魔昇進への推薦者に加わった事で、本来の形での上級悪魔への昇格が現実味を帯びてきたのだ。

 

「そもそもお前はドライグの力や真聖剣こそが主力なのだろう? 俺に対してそれらを温存して勝てる奴が、たかが中級悪魔など冗談ではない。それにこの分では、お前が上級悪魔に昇格するのを心待ちにしている者も多かろう。俺がその切っ掛けを作ってやるから、そいつ等の想いに応える為にもさっさと上級悪魔まで上がってやれ。それがお互いの為だ」

 

 そう言って僕の背中を押してくるタンニーン様に、僕は少し戸惑っている。しかし、タンニーン様の話はまだ終わっていなかった。

 

「それにだ。今回の戦いで、お前の器と力は存分に見せてもらった。それらを認めた証として、ミドガルズオルムやティアマットに続いて俺もまたお前と召喚契約を交わそう。この際だ。既にお前という美酒に酔っている連中と同様、俺もまたトコトン酔わせてもらうぞ」

 

 元とはいえ龍王との召喚契約。召喚師としては正に名誉と言えるだろう。しかも三頭目だ。これで、龍王と呼ばれたドラゴンの半数が僕と召喚契約を交わす事になる。事が余りに大きい為、僕は改めてタンニーン様に確認を取った。

 

「……よろしいのですか?」

 

 その答えは、正に豪胆そのものだった。

 

「あぁ、召喚するのがお前なら大歓迎だ。それと、他人行儀な敬語など止せ。これからお前とは、対等の友人として付き合っていきたいのだ。それにお前は既に三頭もの龍王に認められている。だったら、もっと堂々としていろ。お前に卑屈になられると、お前を認めた俺達の沽券にも関わる」

 

 ……タンニーンは更に強く僕の背中を押して来た。ならば、この新しい友人の期待に応えてみせよう。

 

「……解ったよ、タンニーン。ミドにティアマット、そしてお前という三頭もの誇り高き龍王達に認められた者として、堂々と振る舞ってみせるさ」

 

「そう来なくてはな。新たなる強き友よ」

 

 僕達は、そう言ってからお互いに暫く笑い合っていた。一頻り笑い終えた所で、僕のすぐ側に魔方陣が展開された。……仕方のない子だ。僕が戻ってくるのを待ち切れなかったか。

 

「イッセーよ。その魔方陣は?」

 

「大丈夫だ、タンニーン。心配いらないよ」

 

 突如現れた魔方陣に警戒心を見せるタンニーンだったが、僕が心配無用である事を伝えた所で魔方陣から等身大化したままのアウラが飛び出してきた。

 

「パパー!」

 

 アウラは僕の胸目掛けて思いっきり飛び込んできたので、僕は押し倒されない様に腰に力を入れてアウラを抱き止める。

 

「コラコラ。駄目じゃないか、アウラ。ちゃんとお爺ちゃん達と一緒に待っていなきゃ」

 

 アウラを抱いたままで僕が軽く注意すると、アウラは口を尖らせて文句を言い始めた。

 

「……だって。パパ、試合が終わったのになかなか戻って来ないんだもん。それにママが「そろそろ場所を変えた方がいいよ」ってパパに伝えてきてって」

 

 何とも子供らしいアウラの理由とイリナからの伝言を聞いて、僕は笑いを堪え切れずに吹き出してしまった。

 

「アハハハ。ゴメン、ゴメン。確かに、今の話は場所を変えてからするべきだったね」

 

 そう言ってアウラに謝りながら頭を撫でていると、アウラは尖らせていた口を笑みに変えた。

 

「パパが解ってくれたから、もういいの」

 

 そう言ってニコニコしているアウラに心が温まる僕だが、タンニーンは状況がよく解っていない様でドライグに確認していた。

 

「ドライグ。今イッセーが抱きかかえている少女は、もしや……」

 

「お前の想像通りだ、タンニーン。あれは一誠の娘だ。名をアウラという。生まれ方こそ少々特殊なものではあるがな」

 

「ホウ……」

 

 ドライグの説明を受けた事で、タンニーンはアウラに興味津々といった反応を見せる。一方、アウラはドライグの方を向くと、そのまま僕の腕から離れてドライグの顔まで飛んでいった。そして、ドライグを思いっきり叱り出す。

 

「ドライグ小父ちゃん! あたし、ドライグ小父ちゃんが眠っちゃって寂しかったけど、二ヶ月待てば起きてくるって我慢して待ってたんだよ! それなのに、二日前には起きてたのに教えてくれないなんて、ひどい!」

 

「ウォッ! ……いや、アウラ。一応、事情があってだな」

 

 アウラに叱られたドライグは弁解しようとするが、アウラの勢いに押されてあまり上手く話せずにいる。アウラも一応「ドライグとグイベルさんの両方が起きていると、神器が崩壊して僕も死ぬ」という事情を理解している。理解してはいるのだが。

 

「解ってる! 解ってるけど、それとこれとは話が違うの!」

 

 ……という事らしい。普段は殆ど我儘を言わない代わりに一度臍を曲げると中々機嫌を直してくれない辺り、アウラもやはり年相応の子供なのだ。

 

「いや、だからな……」

 

 そして、完全にアウラに頭が上がらなくなっているドライグの姿をタンニーンは面白そうに見ている。

 

「ドライグの奴、イッセーの娘には頭が上がらないな」

 

 タンニーンの言葉に僕は内心同意した。だが、それには理由がある。グイベルさんも妻としての勘でそれを察していた。

 

『ひょっとしたら、ドライグはアウラちゃんの事を娘の様に思っているのかもしれないわね。私達って、子供を授かる前に死に別れてしまったから』

 

 ……実際、その通りだ。ドライグはアウラにあるいはグイベルさんとの間に生まれてきたかもしれない子供と重ね合わせていた。まだグイベルさんの事が発覚する前だったが、一度だけドライグはその心情を僕に語ってくれた。

 

 ひょっとしたら、あんな元気が良くて可愛い娘を俺も授かっていたかもしれないな、と。

 

「成る程。だから、ドライグは困った様な素振りこそ見せてはいるが、どこか楽しそうなのだな」

 

 グイベルさんの発言を受けて、タンニーンは納得する素振りを見せた。そのままアウラとドライグの事を見つめ続ける瞳には、旧友がようやく本来の姿に戻った事への喜びが浮かんでいた。

 

 

 

 アウラによるドライグへのお叱りは「背中に乗せて飛ぶ約束はお友達も一緒にする」という事でようやく落ち着いた。そこでアウラがようやくタンニーンの事に気づいて自己紹介したのだが、タンニーンが僕と対等の友人関係を築いた事を伝えるとアウラが遠慮なく「タンニーン小父ちゃん」と呼び出した。それで機嫌を良くしたタンニーンがいよいよ召喚契約について切り出してくる。

 

「さて、この際だ。冥界の者はもちろんの事、アウラにも見せてやるとしよう。本当の召喚契約とは一体どういったものなのかを、な」

 

 タンニーンの言葉に、僕も同意する。

 

「確かに、この際だからアウラにも冥界に住む人達にも見てもらった方がいいな。それにドライグがこの件でも立会人となってくれる。これだけの好条件が揃っているのなら、この場での召喚契約を断る理由が見当たらないか。では、やろう。タンニーン」

 

「あぁ」

 

 僕とタンニーンはお互いの意思確認を済ませると、ドライグとアウラから少し離れた場所へと移動する。

 

「……召喚契約(サモン・コントラクト)!」

 

 そこで僕が地面に手を添えると、巨大で複雑な魔方陣が展開される。……召喚契約用の特殊な魔方陣だ。その魔方陣の中で僕とタンニーンが向かい合わせに立ち、それぞれ掌を切ってそこから大地に血を垂らした後、召喚契約の宣誓を上げる。

 

「「我等、今此処に血よりも尚濃く、鋼よりも尚堅く、天よりも尚尊き契約を交わす!」」

 

 その言葉と共に、魔方陣の中にいる僕達の足元からそれぞれの魔力光がほのかに灯った。そして、召喚契約の呪文を詠唱し始める。

 

「我、汝の魂を尊び、その力に相応しき汝の真なる名を呼ぶ者なり!」

 

「我、汝の器を認め、我が真なる名を呼ぶ汝の声に応える者なり!」

 

 互いの立場を知らしめると、足元の魔力光がその輝きを増した。

 

「我が名は兵藤一誠! 数多の騎士を統べる王の称号を継ぐ者にして、歴代の赤き龍の帝王に戴かれし赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)なり!」

 

「我が真なる名はタンニーン! かつて龍の王位にありし魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)なり!」

 

 ここで僕とタンニーンがお互いに名乗り合うと、両方のオーラが奔流となって立ち昇る。

 

「我は天の理によりて善を敷き、また冥の理によりて悪を敷く者! 即ち、永劫なる生命の理によりて星の子を守護する者なり!」

 

 僕が召喚師の定義を宣誓する事で、お互いの魔力が混じり始めた。

 

「なれば、生命の理に従いその使命を果たせ! 我は汝が守護者たり得る限り、不破の助力を此処に誓おう!」

 

 タンニーンが助力の宣誓を挙げると、混じり合った魔力光が魔方陣を満たしていく。

 

「我、その誓いに応える事を此処に誓う!」

 

 僕が返答の宣誓を行うと同時に、魔方陣の紋章に入り混じった魔力が行き渡った。

 

「我、その誓いが破られぬ事を此処に願う!」

 

 タンニーンが僕の宣誓に対する不破の祈祷を行う事で、魔方陣の輝きが一層増す。

 

「「今、我等の誓いと願いが交わり、一つの契約を為す!」」

 

 やがて、魔方陣全体から混じり合ったオーラの奔流が噴き出した。その魔力の奔流が治まると、僕とタンニーンは召喚契約の成立を宣言する。

 

「「契約は、此処に成った! 願わくは、我等の契約が悠久を超えて永遠とならん事を!」」

 

 ……こうして、ドライグが見届け、アウラが目を輝かせる中、僕は心強い味方をまた一人得る事ができた。

 

 

 

Side:木場祐斗

 

 僕達は今、イッセー君に与えられていた控室のモニターでイッセー君とタンニーン様が召喚契約を交わす一部始終を目の当たりにした。

 ……以前元士郎君とアーシアさんの使い魔探しの際にイッセー君がパンデモニウムと召喚契約を交わしたのを見た事があるけど、召喚契約が成立するまでの光景は何度見ても心が震える。それはきっと、大部分の冥界の住人達が今感じている事だろう。召喚師と幻想種がお互いを認め合い、尊重し合う事で初めて為される召喚契約。この召喚契約の精神は使い魔契約にも通じるものだと、かつてイッセー君とザトゥージさんは言っていた。でも、僕はこうも思うのだ。

 

 悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を用いた眷属契約もまた、本来はこうした精神の元で行われるべきなのではないのか、と。

 

 そして、おそらくは今僕が考えた事を冥界の住人達にも考えてほしくて、イッセー君はまだエキシビジョンマッチのライブ放送が続いている中であえてタンニーン様との召喚契約を実行したんだろう。

 ……イッセー君は本気だ。本気で悪魔を、冥界を、そして世界そのものを変えようと挑んでいる。しかも神話体系の勢力図とか信仰を含めた思想とか、そんな小さな事じゃない。悪魔は今後どの様に生きていくべきなのか。冥界は今後どの様な道を歩んでいくべきなのか。そして世界は今後どうあるべきなのか。そうしたこれからの在り方を、イッセー君は変化の対象としている。その意味では、確かにイッセー君は僕達とは明らかに異なる道を既に歩いている様に見えるのだろう。でも、そうじゃない。そうじゃないのだ。何故なら、僕の主は現ルシファーの妹でグレモリー家の次期当主である部長だからだ。部長はその血縁の関係上、当主の座を受け継いだ後は冥界の政治に深く関わる事になる。そうなると、当然ながらイッセー君と仕事する機会もあるだろうから、部長の歩む道の遥か先をイッセー君が進んでいるだけだと言えるし、部長の歩む道はそのまま眷属として共にある僕達の歩む道にもなる。だから、僕達とイッセー君の歩む道は今もなお繋がっているのだ。

 それを僕達の中でいち早く理解していたのは、実は草下さんだ。それを踏まえると、イッセー君に対する理解度においては部長よりもイッセー君と接した時間が長い会長すら凌駕しているのかもしれない。それに、イッセー君の僧侶(ビショップ)がレイヴェル様とギャスパー君でほぼ決定しているにも関わらず、草下さんは全く諦めていない。元士郎君の話だと「ギャスパーについては一誠とグレモリー家の繋がりを保つという政治的な理由の他に、もしギャスパーが暴走したら止められるのが一誠以外には殆どいないという現実的な理由もあるから確定しているんだけどな。レイヴェル様についてはどうもそうじゃないらしいんだ」との事。詳しい内容までは元士郎君も解らないみたいだけど、この分だとイッセー君が独立した後に従える事になる眷属に誰がなるのか、まだまだ荒れる事になりそうだ。

 ……そう。冥界中にライブ放映されている中で、最上級悪魔であるタンニーン様がイッセー君を上級悪魔に推薦すると明言した。しかも、力だけなら魔王にすら匹敵するというその元龍王に対して、イッセー君は余力を残して勝利している。こうなってくると、上級悪魔の昇格試験の受験資格をイッセー君が得るのはそう難しい話ではなく、イッセー君の能力からすれば一発で合格するのはまず間違いないだろう。つまり、まだエルレ様との婚約が発表されていないにも関わらず、イッセー君が上級悪魔として率いる事になる天龍帝眷属の話が一気に現実味を帯びてきたのだ。こうなると周りが一気に騒ぎ出すだろうし、イッセー君との婚姻がダメなら一族の者を眷属にする事でイッセー君と繋がりを持とうとする貴族や旧家も少なからず出てくるだろう。……イッセー君の眷属になるという事は、対オーフィスの最前線に立たなければならないという事を碌に考えもせずに。

 

 ……イッセー君。これからきっと大変な事になるよ。

 

 僕はこれから頭と胃の痛みに苛まれそうなイッセー君のこれからに心から同情した。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一年半前に張った「馬車の馬から覚えのある力の波動を一誠が感じ取る」伏線を今回ようやく回収できました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第五話 堰は開かれた

Side:アザゼル

 

 ……イッセーの奴、相変わらずとんでもない爆弾を放り込んで来やがる。

 

 エキシビジョンマッチのライブ放送は、その後イッセーとタンニーンが召喚契約を交わす所まで放送された。しかもその少し前に「既にティアマットとミドガルズオルムとは召喚契約を交わしている」という衝撃の事実まで明かされている。まぁ俺やミカエル、サーゼクスの三人はイッセー本人から教えてもらっているし、他に教える奴については俺達に一任されている。それで、シェムハザを始めとする神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部には俺から重要機密として直接説明しているから、下の奴等が動揺してもシェムハザ達が説明する事でそこまで大きな騒ぎにはならないだろう。天界はどうなんだろうな? そう思ってミカエルの方を向くと、ドヤ顔で俺の方を見てやがる。この分だと熾天使(セラフ)には既に通達済みで、天界の方も多少騒動にはなるかもしれねぇがすぐに落ち着く事になりそうだ。

 こうなると、問題はイッセーが直接所属している悪魔勢力だな。サーゼクスは一応、同僚の魔王には教えている様だ。アジュカもファルビウムもそれ程驚いちゃいないし、セラフォルーに至っては出来の良い部下を自慢している様な素振りすらしている。それに悪魔としての主であるリアスとソーナについてはイッセー自身が予め伝えていたらしく、グレモリー卿夫妻とシトリー卿夫妻は特に動揺は見られなかった。それどころか滅多にお目にかかれない召喚契約の一部始終を見られた事に喜んでいる様だ。しかし、いっそ淡白とすら言えるくらいに冷静な反応なのはこのくらいで、後の連中は騒然としていた。そりゃそうだろうな。転生してからまだ半年も経っていないにも関わらずに政治の都合で魔王の代務者に持ち上げられたとばかり思っていた若造が、実は転生前から既に龍王の一頭と召喚契約を交わすという前代未聞(実際は歴代赤龍帝でも最高位の一人であるリディアがティアマットと召喚契約していたから史上二人目になるんだが)の偉業を成し遂げていたんだからな。これでイッセーがいる限り、龍王最強で今も偶に暴れる事があるティアマットと普段は眠っているが起きて暴れた時の被害が尋常でないミドガルズオルムは悪魔に早々危害を加えないだろう。……そう思うんだろうな、上層部の老害共は。だが忘れちゃいけねぇのは、あくまで「イッセーがいる限り」だ。これでもしイッセーに危害を加えようとすれば、アリスを始めとする歴代赤龍帝だけでなくティアマットにミドガルズオルム、そして今さっき新たに召喚契約を交わしたタンニーンとタンニーン配下のドラゴン達が揃って敵に回るだろう。そこのところを、老害共は本当に解ってんだろうな? 頼むから、欲にボケてイッセーに無茶な事を押しつけんじゃねぇぞ。天から堕ちた堕天使である俺だが、久しぶりに天に向かって祈りたくなった。

 それでイッセーが真覇龍(ジャガーノート・アドベント)によるドライグの実体化を解除すると、既に基礎設計が終わって現在は俺が組み立て中である例のブツが完成するまでドライグは再び眠りについた。なお、例のブツの基礎設計については、ロシウの爺さんと計都(けいと)が展開した精神のみを加速させる特殊な結界の中で半年に渡ってイッセーと俺、アジュカの三人で話し合った末に完成した。その際、技術者としてのタイプが違う俺とアジュカだけでは反りが合わなかっただろうが、俺ともアジュカとも話の合うイッセーが間に入った事でスムーズに話し合いが進み、気がつけば一週間不眠不休で語り合っていたなんて事もザラだった。そんな濃密な時間を半年も過ごした事でイッセーとアジュカは同じ技術者仲間として親しくなり、イッセーはプライベートではアジュカの事を「アジュカさん」と呼ぶようになった。アジュカの奴も親友のサーゼクスとイッセーが父親友達という事もあって、イッセーとはかなり親しげに語らい合う様になり、そのお陰で当初予定していたものとは大幅に性能が上乗せされた傑作が出来上がった。今後の予定としては俺が基礎設計に基づいて組み立てた後、アジュカが術式を組み込んでから最終調整を当事者であるイッセーにやってもらう事になっているが、俺としてはどんな風にアジュカとイッセーが仕上げてくるのか、非常に楽しみだ。ただドライグが目覚めるまでに完成する見込みだったので完成にはあと一月程かかるが、焦って変な不具合を起こす様な欠陥品にする訳にもいかないからな。ここはヴァーリ専用のヤツとの同時進行でじっくりと進めさせてもらうさ。

 それで話を戻すが、ドライグが眠った後にイッセーが異相空間から控室に戻ってきた訳なんだが、イッセーはこの後にVIP席で観戦していた貴族達に挨拶しに来る事になっていた。しかし、ここで少々厄介な事になった。一部の貴族達がイッセーにアウラの同伴を求めてきたのだ。……その目的は、俺から見ても明らかだ。イッセー本人との婚姻という最も有効な繋がりを既に大王家に奪われた以上、イッセーの娘でタンニーンにも気に入られ、更には二天龍の片割れが全く頭の上がらない存在である事をまざまざと見せつける格好となったアウラを通じてイッセーとの繋がりを確保しようって事だろう。何というか、過酷な貴族社会の中で生き残ろうと形振り構わず全力を尽くしているって点では貴族達を評価できるんだが、だからと言ってそれを表に出し過ぎなのは頂けねぇ。そんなんだから、もっと身近にあったミリキャスっていう有力な繋がりを得られなかったって事に少しは気付けよ。

 ……尤も、アウラがイッセーとイリナ、レイヴェルの三人と共にVIP席にやってくると、すぐに声をかけてきた一、二歳年上と思しき貴族の女の子にとんでもない事を言っちまったんだがな。

 

「貴族の人達は確かに偉いと思うけど、それはあなたじゃなくて、あなたのパパやお爺ちゃん達なんだよ。だって、あなたはまだ何もしてないんだもん。だから、これからいっぱい頑張って、自分にできる事を見つけて少しずつやっていくの。そうしたら心から「偉い」って思ってもらえるし、あなたの子供だって胸を張って言えると思うの。自分のママはとっても偉いんだって。そうやって皆から「偉い」って思ってもらえる事を家族でずっと積み上げてきたから、貴族の人達はとっても偉いんだよ」

 

 この時、近くにいた初代バアルはこのアウラの言葉を聞いて目を見開いた後、大笑いした。

 

「まさかこの様な幼子の口から貴族が貴族たる由縁を聞かされるとはな。やはり長生きはするものだ」

 

 そう言って初代バアルはアウラの頭を撫でると、アウラは少々照れ臭そうだったが笑みを浮かべて受け入れていた。……これで、アウラは「赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の娘」だけでなく「幼いながらも初代バアルが直々に認めた才女」という新たな風評を得てしまった。しかも、おそらくは「何故自分は皆からチヤホヤされているんだろう?」という疑問を心の何処かで抱いていたんだろうな。その貴族の女の子はアウラの言葉にすっかり感銘を受けてしまい、「後でまたいっぱいお話しましょうね!」と身分を超えた友好関係を築いてしまった。こういう事をさらっとやっちまう辺り、やっぱりアウラはイッセーの娘だった。

 ……それにしても、初代バアルの動きは本当に早かった。アウラの言葉に目を見張ったのは、間違いなく事実だろう。それを褒める言葉にも嘘はない。そんな薄っぺらい言葉など、父親譲りの慧眼を持つアウラは即座に見抜いてしまうのだから。ただ、初代バアルがアウラの事を偽りなく褒めた事でアウラは初代バアルを通じて大王家に少なからず好意を抱いた筈だ。遠からず義母となるエルレや従兄弟に当たるサイラオーグとの関係が良好である事もそれを後押しするだろう。そして、それ等全てを見越した上で、アウラを大王家に取り込む好機と判断した初代バアルは即座に動いてみせたって訳だ。全く、油断も隙もあったモンじゃねぇ。だが、ここは大王派の中でも特に厄介な奴がイッセーを敵視していないという確証が得られただけでもよしとしておこう。楽観はよくないが、悲観し過ぎても不味いからな。

 そうしてまずはアウラの無自覚な先制パンチが炸裂して場が騒然としている中、イッセーがイリナとレイヴェル、アウラ、そして初代バアルからイッセーの護衛に就くように命じられたエルレの四人を伴ってハーデス、素戔嗚(スサノオ)、閻魔大王夫妻の順で外部勢力の賓客に挨拶していった。四人とも上機嫌でイッセーと会話を交わしていったが、特に閻魔大王の言葉には所々で年の離れた友人同士の様な気安さも感じられた。実際、イッセーと閻魔大王は異世界の桃太郎と共に旅をした戦友だしな。それで俺達三大勢力のトップへの挨拶も終えた所で、貴族達の多くはイッセーに群がってエキシビジョンマッチの戦いぶりを称賛しながらも言質を取ろうとイッセーの隙を窺っていた。……イッセーがそんな手合いに隙を晒す様なら、如何に決定権がないとは言え言葉一つ間違えば勢力が傾く恐れのある外交官に就けたりしねぇよ。現にイッセーは笑みを浮かべて貴族達と楽しげに会話をしながらも、相手に付け入る隙を一切与えなかった。それならと一部は標的をアウラに変えたものの、今度は幼い為に加減が解らないアウラから容赦のない質問を遠慮なくぶつけられて返答に窮する始末だ。本当ならここで遠慮なく隙を衝くべきなんだろうが、イッセーはあまり踏み込もうとはしなかった。おそらくは自分を通してグレモリー・シトリー両家が余計な恨みを買う事になると踏んで深追いを避けたんだろう。ただ、変に舐められない様にキッチリ釘を刺す辺り、イッセーのやる事には本当に卒がねぇ。まぁ自分の事を先生と慕ってくるゼファードル・グラシャラボラスやリシャールに対しては、流石のイッセーも周りに隙を突かれない程度には気を緩めて接していたんだけどな。

 

 こうして、冥界を大きく揺るがしたであろうタンニーンとのエキシビジョンマッチの後もイッセーはその圧倒的な存在感を貴族達に知らしめた訳だが、翌日にはその影響が早速現れた。

 

 まず動いたのは魔法使い。目的は()()リアスとソーナの共有眷属である内にイッセーと契約を交わす事で、その内容はイッセーが修めている魔術や魔法に関する知識の教授だ。これについては、メテオフォールやトータルヒーリングといった高等精霊魔法を使用してみせたり、元龍王であるタンニーンと召喚契約を交わしてみせたりとイッセーが色々とやらかした時点で予想はできていた。それでまぁとりあえずはグレモリー・シトリー両家で魔法使いや魔術師の書類審査をしたそうなのだが、リアスもソーナも呆れ返っていた。……二人が呆れるのも無理はねぇ。何せ、イッセーへの対価を用意できていない時点でどいつもこいつも問題外だったからな。まぁハッキリ言っちまうと、イッセーへの対価が用意できるのは魔導師としてはイッセーを上回っているロシウの爺さんとはやてくらいなものだからな。後はイッセーから色々と教わっている事から魔法使いとしての弟子になっているルフェイがどうにかいけるかってところだ。だから、書類審査の時点で全員不採用が決定しているこっちの方は特に問題ない。

 次に動いたのは、貴族連中。……と言っても、七十二柱や番外の悪魔(エキストラ・デーモン)の様な名家や旧家よりは、様々な理由で爵位を剥奪された没落貴族の方が多い。その目当てはズバリ、タンニーンからの推薦で遠からず昇格試験の資格を得て上級悪魔となるだろうイッセーの率いるいわば天龍帝眷属に一族の者を加えてもらう事だ。実際にそうした連中を眷属として多く従えているサイラオーグの話では、「家の再興を願う者達にとって、叔父上は希望の星に見えたのでしょう」との事。確かに、イッセーの眷属となる事で功名を上げていけば、家の再興もけして夢じゃねぇだろう。だが、そもそもイッセーが相手取る事になるのは油断も慢心もしない全力のオーフィスだって事を本当の意味で解っているのか、かなり疑わしい。どうもイッセーが中心となってオーフィスをあと一歩のところまで追い詰めた事でオーフィスを過小評価する傾向があるみたいだな。そんな自分も相手も解っていない奴なんて、こっちからお断りだ。……サイラオーグの奴もさっきの台詞の後に「その輝きに目が眩み、叔父上の前に立ち塞がる敵が誰なのかを忘れている様ですが」と呆れた様子で言葉を続けている辺り、俺と同じ様な事を考えたんだろうな。

 ただ、有象無象が巻き起こす騒動をさらっと無視して、……って訳にもいかなかった。魔法使いとの契約の件については、希望者全員が最低条件を満たしていなかったからイッセーに面倒をかける手間が省けた。没落貴族の眷属の件も二桁程度ならイッセーの手を煩わせる事もなかったんだが、流石に三桁を超えて四桁に迫りつつあるとなれば当事者となるイッセーが直接対処しないと今後の風評に響いてくる。だから、イッセーはまずロシウの爺さんや計都といった智に長けた歴代赤龍帝と共に様々な趣向を凝らして陸上競技場程の広さを持つ巨大迷路を一日がかりで作り出し、一週間後に眷属選考会を開いてこの巨大迷路を制限時間内にクリアできた者と面談する旨を眷属希望者全員に連絡した。ちょうど若手対抗戦の開幕試合であるリアス達とソーナ達の対戦から二日後なので、イッセーとしても動きやすいという考えがあるのだろう。

 ……ただこの巨大迷路、実はとんだ食わせ物だった。まず、この巨大迷路はどのルートを進んでもけして出口には辿り着けない。その為、途中で迷路の攻略に行き詰った時にどうするのかを考える事になる。実際、眷属希望者ごとに対応した術式をバラバラにしたものを入口から到達可能な箇所にばら撒いており、それらを全て集めて術式を完成させた後に自分の魔力を通して発動させた状態で入口から出るというのが正式な攻略法なんだが、ロシウの爺さんがこの迷路全体に「出口を探す」方向に思考を誘導する魔術を仕込んでいるのでなかなか別の可能性を考えようとする気が起こらない。また、迷路の破壊が禁じられていない事から実は出口まで壁を壊し続けるという裏技の攻略法も認められているのだが、この迷路の壁がまた曲者で物理的な意味でも神秘的な意味でも非常に堅いのだ。試しに早朝鍛錬に参加しているイッセーと同年代の連中に同じ強度の壁を攻撃してもらった結果、純粋なパワーだけで破壊できたのは先祖帰りで石造りの城を持ち上げちまう程の怪力を誇るセタンタとデュランダルを本当の意味で使いこなしつつあるゼノヴィア、そしてただでさえトップクラスの破壊力だったのがベルセルクに師事した事で更に増したサイラオーグの三人だけだった。尤も、剣の技量がもはや世界最高峰と言ってもけして過言ではない武藤や神滅具の中でも二番目に強いとされる煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)を持つデュリオはもちろんの事、武藤に次ぐ剣の技量と武具創造系では最高クラスである和剣鍛造(ソード・フォージ)を有する木場、ヴリトラの能力で力を削ってから黒炎で焼き尽くす匙、時間停止の対象がとうとう原子の振動にまで及ぶ様になったギャスパーの様に既に力量が最上級悪魔の領域に突入している面々、更には()(どう)(りき)の奥義である神の武器の召喚が可能なイリナやソーナ、「滅び」の魔力を使えるリアス、魔力凝縮の極みと言えるカイザーフェニックスが使えるレイヴェルといった連中は己の持つ能力で壁を破壊していたが。ただ最近バラキエルと和解した事で本格的に堕天使の力を使い始め、結果として光魔の御雷は流石にまだだが魔力の雷と光力を混ぜた独自の雷光を完全に自分の物とした朱乃ですら破壊力が足りなかったのだから、イッセーの作った迷宮の壁がどれだけ堅いのかがよく解る。つまり、イッセーの迷宮を攻略するにはロシウの爺さんが仕込んだ思考誘導の魔術に抵抗し得るだけの抵抗力や精神力、それに迷路の謎を解き明かせる程の賢さもしくは最低でも上級悪魔の最上位になり得る程の実力を併せ持つ必要があるのだ。

 そこで実際に「探知」の使用を禁じたリアスを含めたグレモリー・シトリー両眷属とセタンタ、サイラオーグといったイッセーと同年代の連中にテストしてもらったんだが、意外にもサイラオーグ以外は迷路の各地にばら撒かれた術式を全て集めるところまではクリアした。何でも怪しいと思ったらすぐに精神世界面(アストラル・サイド)の視点でも確認する事をイッセーに習慣付けられたらしい。ただ、ここから術式をどう使うのかで明暗が分かれた。元々知略に秀でたレイヴェルやソーナ、匙、それとロシウの爺さんから「探知」で得た情報を活用できる様に知略面を徹底的に鍛えられたリアスは純粋に迷宮のカラクリを解いてクリアし、「見る」事に長けたギャスパーや仙術使いとして鋭い感覚を持つ小猫、己の全てを以て剣を捉えるという剣の極意を体得している武藤や木場は集めた術式と入口の共鳴反応に気付いてクリアした。意外だったのは、ルーン魔術を巧みに使って迷宮のカラクリを解き明かしたセタンタだ。どうやらセタンタは突撃志向が強過ぎるだけで頭の出来はかなりいいらしい。後はサポートタイプでもかなり頭を使わないといけない花戒と草下がどうにか時間内に謎を解いたのみで残りは裏技で強引にクリアしようとしたものの、壁を破壊できるイリナとゼノヴィア、サイラオーグの三人以外は手の打ち様がなくなり時間切れとなった。既に上級悪魔の枠を超えかけているレイヴェルやリアス、ソーナに追いつきつつある朱乃ですらクリアできなかった巨大迷路ではあるが、それくらい心身の強い奴でないとオーフィスに対峙しただけで使いものにならなくなる可能性が高い。それを踏まえればイッセーの設定した迷路の難易度はけして間違ってはいないし、眷属希望者の中で攻略できる奴はきっとゼロだろう。

 

 ……何だか今俺の立てた攻略者ゼロという予想が思いっきりフラグになっている様な気もするが、それはさておきだ。眷属選考会の為の巨大迷路を完成させたその翌日、俺とイッセーはフェニックス卿から誘いを受けてフェニックス家の本邸を訪れていた。そこでライザーからレイヴェルに関する意外な事実を知らされたんだが、その後で超の付く大物がイッセーを訪ねてきた。

 

「聖魔和合の推進の為の外遊、ご苦労であったな。兵藤よ」

 

 ライザーの話が終わり、談話室でイッセーとイリナ、アウラの三人家族とルヴァル、ライザー、レイヴェル、リシャールのフェニックス一家に混じって俺も談笑していた所にフェニックス卿直々の案内でやってきたのは、冥界の生きた伝説であるエギトフ・ネビロスだ。この爺さん、一万年以上生きている俺達神の子を見張る者(グリゴリ)の創立メンバーよりも遥かに年上の筈だ。何せ、俺達が地上から冥界への移住を余儀なくされた時に見かけた姿と今の姿が殆ど変わっていないんだからな。しかも魔力で容姿を一切変化させずにだ。下手すると北欧神話の主神であるオーディンと同世代か、あるいはそれ以上かもしれねぇな。悪魔としては一万年だが、異教の神として生きてきた時間も含めるとやはりオーディンと同世代であろう初代バアルもこの爺さんには一目置いているのもその為だろう。

 

「有難きお言葉を頂き、恐悦至極に存じ上げます」

 

 一方、声をかけられたイッセーはネビロスの前に移動してから跪くと、労いの言葉に対する感謝の意を伝える。それを受け取ったネビロスは早速この場を訪れた目的を話し始めた。

 

「兵藤、本日儂がここを訪れた目的は二つ。一つは昨日行われた会議における決定事項を貴様に言い渡す為だ」

 

「決定事項とは?」

 

「兵藤、貴様に上級悪魔昇格試験の受験許可が下りた。試験については、今後予定されているスケジュールを考慮して翌日に取り行うものとする。なお、戦闘試験については推薦者の一人であるタンニーンから免除の申請が出されており、満場一致で承認されている。少々乱暴な言い方をすれば、「腕力の強さは認めよう。ならば、今度は頭の良さを見せてみろ」と言ったところだな」

 

 おいおい。幾ら何でも展開が早過ぎだろう。急転直下もいい所だ。まるで、最初からこの様な筋書きであったかの様な……。

 

 以前は不安げな反応を見せたアウラが今度はリシャールと一緒になって喜んでいる中、余りにトントン拍子に事が進む事に訝しく思っていた俺はそこでハッとなった。……この爺、こうなる様に予め陰で動いていやがった。だが、一体いつからだ? こうもスムーズに行くには、相当前から手回ししていないとまず無理な筈だ。だが、仮にイッセーと初めて会った時からとしても僅か二月程、下手するとリアス達も出席した若手悪魔の会合の時からとして僅か半月という可能性もある。これほど短い期間にも関わらずに何処からも殆ど反発が出ないところまで仕込み終えていたという事実を前にして、俺は冥界の生きた伝説が未だ健在である事を思い知らされた。

 ……だが、この爺さんの話はまだ終わっていない。何故なら、ネビロスがイッセーを訪ねてきた目的は二つあるからだ。そして、ネビロスは二つ目の目的を語り出した。

 

「そしてもう一つは、先日貴様に持ち掛けた事に対する答えを聞く為だ」

 

 ……遂に来たか。

 

 俺はネビロスが唐突に言い出した言葉の意味を理解した。実は、例のブツの基礎設計の為に半年程イッセーやアジュカと共に過ごした際、俺は若手悪魔の会合の後に何があったのかをイッセーから聞かされていた。だから、この時にネビロスがイッセーに何を持ち掛けたのか、俺は知っている。その場に居合わせたレイヴェルや既にイッセーから教えられているイリナも俺と同じ様にハッとした様な素振りを見せる。だが、イッセーの娘であるアウラやライザー、ルヴァル、リシャール、そしてネビロスを案内してきたフェニックス卿は一体何の話なのか、まるで理解できていない様だ。

 ……そして当事者であるイッセーは、ただ瞳を閉じて何かを考えるだけだった。だが、それもほんの数秒で終わり、瞳を開けたイッセーはネビロスに静かに語りかけ始める。

 

「今から申し上げる事、その全てを承認して頂けるのであれば」

 

「聞こう」

 

 イッセーの申し出に対して、ネビロスは間髪入れずに話を聞く構えを見せた。

 

「一つ目は、この話は私が正式に上級悪魔に昇格して初めて有効とする事」

 

「承認する」

 

「二つ目は、血縁を含めた私の人間関係は全てそのままとする事」

 

「承認する」

 

「三つ目は、現時点より以前に私が交わしていた契約や約束事の全てを私に履行させる事」

 

「承認する」

 

 イッセーが淡々と条件を出していくと、ネビロスは何ら迷いなく次々と承認する。何が起こっているのか、未だにアウラもレイヴェルを除くフェニックス家の面々も良く解っていない様だ。だが、途轍もなく大きな事が起こっている事だけは嫌でも理解できるのだろう。誰一人余計な口を挟もうとはしなかった。そうしたやり取りの果てに、イッセーは最後の条件を切り出す。

 

「最後は、私は引き続き兵藤一誠を名乗り、新たに頂く姓についてはあくまで貴族としての称号に留める事」

 

「承認する」

 

 ここで、フェニックス卿の表情が明らかに変わった。どうやらネビロスがイッセーに持ち掛けた話の内容に気付いたらしい。まぁ無理もねぇな。もしこの話が本当に成立すれば、イッセーは……!

 

「条件を挙げた私が申し上げるのも変な話でありますが、本当によろしいのですか?」

 

「構わん。貴様に対する儂の仕打ちを思えば、むしろよくここまで歩み寄ってくれたと感謝するところだ。……因みにな、この話だが貴様の両親は既に承知しているぞ」

 

 事の重大さに気付いたフェニックス卿を余所に、イッセーとネビロスは淡々と話を進めていく。その中でイッセーの両親についてネビロスが触れると、イッセーはやはり淡々と答えた。

 

「知っております。先日、両親と顔を合わせた際に教えられましたので」

 

「そうか。では、貴様の父が儂に何と言ったのかを知っているか?」

 

「いえ。でき得るのであれば、お教え頂きたく」

 

 ここでネビロスから意外な話が出てきたので、イッセーが話を聞く構えを見せる。そこでネビロスはイッセーの父親が言ったという言葉を語り始めた。

 

「息子がこれから何千年も生きていく中、人間である私と妻はどれだけ頑張ってもあと三十年程しか一緒にいてやれません。だからこそ、お願いします。どうか、私達がいなくなった後も息子が素直に甘えられる場所になってあげて下さい。……とな」

 

 ネビロスから父親の言葉を教えられたイッセーは、顔を俯かせるとそのまま肩を震わせた。誰がどう見ても、イッセーが涙を堪えているとしか思えない。……だが、イッセーが泣きたくなるのも無理はねぇ。イッセーの父親がネビロスに言ったこの言葉には、イッセーの両親の様々な思いが込められている。息子の何千年という永い生涯のほんの僅かな期間しか側にいてやれないという無念と人間から見ればあまりに永く遠いイッセーの今後に対する不安。そして何より、イッセーの今後において自分達の手が届かなくなるのならそれができる者に後を託すという深い愛情。

 ネビロスもそれを理解していたらしく、イッセーの両親に対しては敬意を示す言葉使いへと改めていた。

 

「当人の意思次第であるが、その願いは確かに承った。……貴様の両親に申し上げた儂の返事だ」

 

「総監察官のご厚意、深く感謝致します」

 

 ここまで話が進めば流石に解ったのだろう。ライザーとルヴァルが驚きを露わにした。だが、二人の反応を余所にネビロスはその身を談話室の扉の方へと翻す。

 

「では、儂はこれで失礼する。兵藤。……いや、一誠。次に会う時は」

 

「はい。総監察官の事を義父上とお呼びできる様に致しましょう」

 

 イッセーの返事を聞いたネビロスは一瞬だけ口元を緩めると、そのまま談話室を出て行ってしまった。

 ……今までもかなりのスピードで突き進んでいた筈のイッセーの歩みだが、これで更に加速する事になるだろう。それこそ、少しでも気を抜けば俺ですらあっという間に置いて行かれる程にな。

 

 だから、これからもしっかりと気合を入れて追い駆けていけよ。若造共。

 

Side end

 



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第六話 歩み寄りの先に

 ……今から半月ほど前。

 

 リアス部長とソーナ会長、サイラオーグ、シーグヴァイラさん(ライザーの親友ならば敬称はやめて欲しいとの事)、ゼファードル(生徒に敬称はやめて下さいとの事)、ディオドラ殿の四大魔王と上層部への謁見が無事に終わった事で関係者が次々と退出していく中、僕とレイヴェル、総監察官、そして執事長の四人はそのまま部屋に居続けた。やがて部屋に残っているのが僕達だけとなった所で、総監察官から場所を変える事を持ち掛けられた。僕はそれを了承し、レイヴェルを伴って先程まで若手悪魔達がいた所まで降りていく。その後ろを総監察官と執事長が続くが、下に辿り着くまで特に言葉を発する事はなかった。そうして下の階に辿り着くと、総監察官が早速用件を切り出した。

 

「兵藤。貴様、ネビロス家に入る気はないか?」

 

「……ハッ?」

 

 余りに予想外な事を持ち掛けられ、僕は呆気に取られた。だが、総監察官の話は続く。

 

「具体的には、貴様を儂とクレアの養子とした上でネビロス家の次期当主として公式に認定する。……何故この様な事を儂が持ち掛けたのか、貴様には心当たりがあろう?」

 

 ここまで言われて、僕はハッとなった。確かに、僕は他の勢力には絶対に知られてはならないクレア様の正体をご本人から教えられている。見方によっては冥界の最重要機密ともいえる情報を握っている僕を、総監察官がこのまま放置しておく筈がなかったのだ。本来ならば総監察官が僕の口封じに動いても何らおかしくはないのだが、ここで僕が魔王の代務者として聖魔和合親善大使の任に就いている事が抑止力になっている。ここで既に他の勢力とのパイプを作り上げている僕を消すと、その勢力から疑いの目を向けられて悪魔勢力が立ち行かなくなる恐れがある。それを理解できない総監察官ではないし、口封じができないのならせめて目の届く場所に置いておくのが妥当だろう。

 

「一誠様?」

 

 ただ、こうした事情をよく解っていないレイヴェルが不安げな表情を浮かべてこちらを見ている。……しかし、流石にそれをレイヴェルに教える訳にはいかなかった。

 

「Need to know. 済まないが、私からはこれ以上は何も言えない」

 

 総監察官の前である事から公の言葉遣いでレイヴェルにそう伝えると、レイヴェルは不満を少し見せつつもそれ以上追及してこなくなった。

 

「実を言えば、シトリー卿からシトリー家の総意として貴様を養子に迎え入れるべきと持ち掛けられていた。だが、この様な話に乗るつもりなど儂にはなかった。お互いに色々と抱えておるからな」

 

 レイヴェルがそれ以上踏み込まない姿勢を見せた事で、総監察官は話を持ち掛けてきた経緯と本音を語ってきた。……シトリー卿が総監察官に持ち掛けてきたという事実については驚いたが、本音についてはその通りだと思う。僕はあの日、総監察官の用意周到な差配によって人間である事を止めた。いや、止めさせられたというべきだろう。そして、それまで抱いてきた夢も諦めなければならなくなった。だから、僕にとって総監察官は人間としての僕を殺した仇敵である。そうした因縁のある僕がここで総監察官の言うままにネビロス家に入ったとしても、まともな付き合いができるとは到底思えなかった。

 

「だが、そうも言っておれなくなった。事情は先程言った通り。その上、この話についてはグレモリー家も賛同している。つまり、貴様の主二人はこの話に同意しているのだ。故に儂は貴様にこう言わせてもらおう」

 

 それだけに、既にグレモリー家も承知済みであるという事実に少なからず驚く中、その後に続く言葉が僕の心に余りにも重く圧し掛かる。

 

「兵藤。貴様には、儂を恨む己を殺してもらうぞ」

 

 ……この後、僕を次期当主として迎え入れる用意があるというネビロス家について執事長から説明があった。

 

 ネビロス家は悪魔創世の時から初代である総監察官が今もなお現役を続けている最古参の名家であり、貴族としては最も下である男爵の爵位を持っているものの本来ならば最上位である大公の爵位を持っていても何らおかしくはない。だが、ネビロス家は邸から半径5 kmの土地を除く領地を悪魔創世の混乱から情勢が落ち着いてきた所で先代四大魔王に献上しており、その後も度々あった爵位の昇格や領地の加増の話も「強大な権を持つ者にはあえて禄を少なくし、その分を権なき者に与えて不満を解消すべし」として全て断っている。一応、何らかの形で功績が認められた事を明確にしなければならないという事で政府から直接与えられる俸給については加増を受け入れているが、領地の加増に比べれば微々たるものである。何故なら、所有する領地の住民から徴収した税の内、政府に上納する分を差し引いた残りはそのまま自分達の物とする事を許されているからだ。その為、中には法外な税率を定めて私腹を肥やす家も少なからず出ているが、そうした家は大抵が領地の管理運営に失敗して破産、その責を負って爵位剥奪の上で領地を始めとする私財の殆どを政府に取り押さえられて没落している。その様な愚を総監察官が犯すとも思えないが、総監察官曰く「ただでさえ監察の仕事が忙しいのに、広大な領地の管理運営までやっていては流石に身が持たん」との事だった。確かにそれも理由の一つだろう。だが、おそらくは収入の大部分を俸給に依存する事で絶大な権限を持っている事への妬みや恨みの類を緩和し、監察という難しい仕事を滞りなく進める為の処世術としての意味合いの方が強い筈だ。

 

「だからこそ、我がイポス本家は私情を超えて冥界に奉仕する旦那様にお仕えしているのです」

 

 執事長はネビロス家の説明を終えた後、誇らしげにそう語っていた。それは己の生き方に誇りと自信を持つ男の顔だった。……執事長自身、僕の目から見ても相当の傑物である。自らを新たな当主としてイポス伯爵家を再興させれば、冥界にその名を轟かせる事はそう難しくない筈だ。それにも関わらず、ネビロス家に仕える執事という立場を堅持している。それ程の方なのだ、エギトフ・ネビロスという方は。当然、大王家や大公家を始めとするソロモン七十二柱でも序列の高い家から養子を迎え入れる話を何度も持ち掛けられていた。しかし、総監察官は持ち掛けられてきた養子縁組の話を全て断っている。「儂の後を継ぐには実力が足りない」との事らしいのだが、それ以上に最後まで子を為せなかったクレア様を慮っての事なのだと思う。

 

 ……そうした様々な事を全て覆して、何故僕を養子に迎え入れる事にしたのか。

 

 それがどうしても解らずにいると、総監察官の方から声を掛けられた。

 

「兵藤。正直に言おう。これで本当によいのか、儂は今でも悩んでいる。話を持ち掛けた儂ですらこうなのだ、貴様がこの場で答えを出せるとは思えん。よって、返事は外遊から戻ってきてからでいい。その時は儂自ら出向いて答えを聞こう。また、貴様の身内と上位者の中で貴様が信用できると判断した者に対してはこの件について相談する事も認めよう。だが、フェニックスの娘よ。貴様がこの話を外に漏らす事は認めぬ。それがたとえ親兄弟であってもな。……話は以上だ」

 

 返事については猶予を与える事とレイヴェルについては他言無用である事を伝えた総監察官はそのまま執事長と共に部屋を出ていった。……本来であれば頭を下げて最敬礼で見送らなければならないのだが、事の余りの大きさに深く考え込んでいた僕はそれを完全に忘れてしまっていた。レイヴェルの話では、その後で流石に不味いと判断して声を掛けるまでのおよそ一時間、僕はただその場に呆然と立ち尽くしていたらしい。

 

 ……それだけ、持ち掛けられた話が余りにも現実離れし過ぎていたのだ。

 

 

 

 総監察官が談話室を後にするのを見送りながら養子縁組の話を持ち掛けられた当時の事を思い返していると、アウラが真っ先に僕に詰め寄ってきた。

 

「ねぇパパ。何でパパのパパはお爺ちゃんだけなのに、ネビロスのお爺ちゃんを「ちちうえ」って呼ぶの?」

 

 ……実はグレモリー領の温泉で父さんや母さん、そしてエルレと鉢合わせした時、僕に総監察官との養子縁組の話が来ている事を総監察官自ら説明と謝罪に来たと父さんから教えてもらっていた。ただその際、母さんがアウラを連れ立って露天風呂に向かっており、アウラだけはこの話を聞いていないのだ。それに、この時の僕はまだこの養子縁組の話をどうするのか悩んでおり、アウラに話すのはハッキリと決断してからだと考えていた。だから、結果的にアウラに隠し事をする事になってしまった。

 

「それを今から説明するよ、アウラ」

 

 僕はアウラにそう伝えたものの、僕に隠し事をされた形のアウラの目には明らかに不満の色が現れていた。こればかりは決断の遅れた僕のせいなのだから、仕方がないだろう。その一方、事情を知っていたレイヴェルについてはライザーが問い詰めていた。

 

「レイヴェル。総監察官が答えを聞きに来たと仰った時、お前はその話に明らかに心当たりがあったな。つまり、お前はこの話を知っていたんだな?」

 

「はい。私は知っていました。半月ほど前に行われた若手悪魔の会合が終わった後、ネビロス様から一誠様に直々にお話をなされたのです。その時に私も立ち合いましたので……」

 

 総監察官が僕に話を持ち掛けた時の状況をレイヴェルが説明すると、フェニックス卿はこちらの事情を察してくれた。

 

「その分では、お前には他言無用である事を総監察官から命令されたな。そういう事であれば、総監察官の命に従ったお前を私達が責める訳にもいくまい」

 

「お父様、申し訳ありませんでしたわ」

 

 レイヴェルがフェニックス卿に謝罪した所で、いよいよ本題に入る。

 

「では、そろそろお話ししてもよろしいでしょうか?」

 

 僕がそう呼び掛けると、この場にいた全員が僕に頷き返した。そして、僕は若手悪魔の会合が終わった後の事を話し始めた……。

 

 

 

Interlude

 

 一誠がネビロス家との養子縁組について説明している頃、フェニックス家の本邸を後にしたエギトフ・ネビロスはシトリー家の本邸にいた。執事長の案内で応接間に辿り着くと、そこでシトリー家の現当主が待っていた。

 

「総監察官、お待ちしておりました」

 

 シトリー卿はソファーから立ち上がると、そのまま一礼してエギトフを出迎える。

 

「シトリー卿。歓迎してくれるのは嬉しいが、今の儂は少々時間が惜しい。何せ、これから回らなければならない場所が幾つかあるのでな」

 

 エギトフがシトリー卿にあまり時間の余裕がない事を伝えると、シトリー卿は理解を示した。

 

「承知しました。では、早速話を始めましょう」

 

 そうしてエギトフが上座に、シトリー卿がそれに向かい合う形でそれぞれソファーに座ると、シトリー卿が早速話を切りだした。

 

「して、首尾はどうなったのでしょうか?」

 

 しかし、シトリー卿の問い掛けにエギトフが答えるまでに数秒ほど間があった。

 

「……貴公の次女には少々申し訳ない結果となった」

 

 歯に衣着せぬ物言いで有名なエギトフとしては少々珍しい迂遠な表現の返答を聞いて、シトリー卿は複雑な思いを抱く。

 

「そうですか。兵藤君は……」

 

「ウム、あ奴はネビロス家の者となる事を受け入れてくれた。ただ相当に悩んだ様だな。承諾する上で幾つか条件を出してきた」

 

 一誠が条件を出したという事をエギトフから聞かされ、シトリー卿は少し意外に思った。そこでエギトフにその条件について話を聞く事にした。

 

「因みに、その条件とは?」

 

「この話は上級悪魔に昇格して初めて成立する事。血縁を含めた人間関係は全て維持する事。以前に交わした契約や約束事は履行させる事。そして、己は引き続き兵藤一誠を名乗り、ネビロスの姓はあくまで貴族としての称号に留める事。この四つだ」

 

 一誠が出した条件を聞いたシトリー卿は、先の三つの条件については妥当であると判断した。最初の条件については「ネビロス家に気に入られたから上級悪魔に昇格した」のではなく「上級悪魔に昇格した事でネビロス家に見出された」とする事で、あくまで実力を認められたからだという実力主義に基づくものだと知らしめる為であるし、二つ目と三つ目の条件についても一誠の持つ個人的な繋がりは冥界にとっても有益なものが多く、契約や約束事の履行についても悪魔として為さねばならない義務である。エギトフも一誠のそうした意図を即座に理解したからこそ、条件を出された時に即答で承認したのである。それだけに、最後の条件をエギトフが受け入れた事にシトリー卿は首を傾げてしまった。

 

「確かに今の状況でいきなり一誠・ネビロスと名を変えてしまえば、成り上がり者という印象が少々強過ぎる。あ奴はそれを懸念したのであろうな」

 

 エギトフは苦笑交じりにそう語ったものの、シトリー卿はやはり納得できずにいた。

 

「総監察官。貴方は本当にそれでよろしいのですか?」

 

「構わぬよ。あ奴がこの様な条件を出してきたのは、人間を止めるように仕向けた儂に対する蟠りと折り合いをつける為でもある。それにクレアとの間に子を為せなかった時点で、ネビロスという家は儂一代で終わらせるつもりだった。それがあ奴のお陰で、貴族としての称号という形ではあるが代々受け継がれていくものへと変わったのだ。儂もクレアもそれで十分だ」

 

(……総監察官の意志はもはや変わらない)

 

 そう悟ったシトリー卿はこの件に関してはもう何も言わない事にした。そして、話題を別のものへと変える。

 

「話は変わりますが、この後はどちらに向かわれますか?」

 

「まずはバアル家だな。そこで事の次第を説明せねばなるまい。まぁゼクラムには既に話をして了承も得ている以上、今代やその取り巻きがどう騒いでもこの話が覆る事はあるまい。……いや。儂の見立て以上の先見の明を持っているあの者の事だ、むしろ率先して受け入れるかもしれぬな」

 

 エギトフの予想を聞いたシトリー卿は、最初こそバアル家の現当主からの反発が強いのではと思ったものの、すぐに現当主が率先して受け入れる理由に思い至った。

 

「三つ目の条件によってエルレ・ベル殿との婚姻についても履行される事から、兵藤君を通じて今までどの家とも一定の距離を置いてきたネビロス家との誼を得られるからでしょうか?」

 

 シトリー卿がエギトフに確認を取ると、エギトフは「そういう事だ」と簡潔に答えた。自分の考えが合っていた事にシトリー卿は安堵の息を吐くと共に、長女から一誠の悪魔からの嫁取り話が持ち上がった事で自ら立ち上げたプロジェクトの変遷に思いを馳せた。

 

「正直な所、ここまで話が大きくなるとは思っておりませんでした」

 

「例のプロジェクトの事か? 確か、冥界側の花嫁を選ぶ権利を与える為に爵位を持つ家に一誠を養子として入れ、正式に次期当主とするという話だったが」

 

 エギトフがプロジェクトについて確認を取ると、シトリー卿はプロジェクトをどの様に進めていたのかを語り始めた。……この時、エギトフが一誠の事を姓でなく名で呼んだ事にシトリー卿は気づいていなかった。

 

「はい。実の所、七十二柱に名を連ねる家はもちろんの事、番外の悪魔(エクストラ・デーモン)でもアバドン家やマモン家、ベルフェゴール家といった大きな名家となると逆効果になりますので、少し格の落ちる家に兵藤君を養子に迎える話を持ち掛けたのです。そこで兵藤君が創意工夫の才に溢れている事と現当主が老齢でもはや跡取りが見込めない事から、創意工夫の家として知られるグザファン家が私の話に耳を傾け始めていました。本来であれば、それで充分だったのですが……」

 

「誤算だったのは、今代のバアルが一誠を取り込む為に妾腹とはいえ己の妹を花嫁として推挙してきた事だな」

 

「はい。事ここに至ってしまった以上、兵藤君が大王家に完全に取り込まれない様にするには総監察官にお願いする以外に手立てがありませんでした」

 

 シトリー卿はそこまで語ると、深い溜息を吐いた。……シトリー卿にしてみれば、エギトフに一誠を養子に迎える話を持ち掛けるのは一世一代の賭けだった。ここで冥界の生きた伝説であるエギトフから不興を買ってしまえば、シトリー家はおろかレヴィアタンを務める長女セラフォルーにまで悪影響が及びかねなかったからである。それが最終的に上手く纏まった事で、シトリー卿はここ一月足らずの間に背負い続けた肩の荷をようやく下ろす事ができた。その安堵の思いが強いのか、未だにエギトフのちょっとした変化に気付いていない。

 

「……それにしても、まさかゼクラムがあの娘御を政略結婚に使う許可を出すとはな。ゼクラムとは悪魔創世以来の付き合いだが、流石にこれは読み切れなんだわ」

 

「エルレ・ベル殿をご存知なのですか?」

 

 プロジェクトの話を聞き終えた所でエギトフがエルレの事を知っている素振りを見せた為、シトリー卿は反射的に確認を取る。それに対するエギトフの返事は意外なものであった。

 

「正確には、あの娘御の母親の方だがな。ただ、あの娘御の名が挙がった時点で誰も相手にならなかったであろうよ。それこそ、貴公の上の娘であるレヴィアタン様であってもな」

 

「どういう事でしょうか? 如何にエルレ・ベル殿が大王家の現当主の妹とは言え、セラフォルーが敵わないとは到底思えないのですが」

 

色々と問題のある長女ではあるもののやはり娘が可愛いシトリー卿にとって、今の話は流石に聞き逃せない事であった。そこでシトリー卿は相手が誰なのかを忘れたかの様に勢い込んで問い詰めてしまった。一方、問い詰められたエギトフは思わず苦笑する。

 

「いずれは魔王様達を始めとする上層部にあの娘御について話をする事になる。となれば、当然レヴィアタン様を通して貴公の耳にも入ろう。ならば、貴公に今この場で教えてもそう大した違いはあるまい」

 

 シトリー卿にそう前置きをした後、エギトフはエルレの出生について語り始めた……。

 

 

 

 エギトフの話は十分程で終わり、その後エギトフはシトリー家の本邸を後にした。次に向かうのは、冥界の一大派閥である大王派を率いるバアル家。エギトフに特別に許可されている地点まで転移で移動してから徒歩でバアル家の本邸に向かう中、その後に向かう事になる家の者達がどう反応するのかを考えたエギトフは少しばかり憂鬱になったものの、これはいかんと気を取り直す。

 

(……既に一誠から承諾を得るという最大の難関を突破したのだ。ならば、後は最後まで詰め切るのみよ)

 

 決意を新たに足取り強くバアル家の本邸に向かうエギトフであったが、その口元には僅かながらに笑みが零れていた。

 一方、シトリー家の本邸を立ち去るエギトフを見送ったシトリー卿だが、自分の書斎に一人入るとそのまま腰が抜けた様に書斎の椅子に座り込んでしまった。そして、深い溜息と共にガックリと肩を落とす。

 

(やっと分不相応な肩の荷を下ろせたかと思えば、また別の分不相応な重荷を背負わされてしまったか。そもそも、私は本来ならばシトリーの家を守るのが手一杯な器しか持たない男。その様な男に、時代は一体何を望んでいるのだろうな)

 

 ……どうやら、シトリー卿の苦難はまだまだ続く様である。

 

Interlude end

 

 

 

 若手悪魔の会合が終わった後の事を全て話し終えた僕は、そのままネビロス家の養子縁組の話を受け入れるに至るまでの経緯を話していく。

 

「……受け入れる事を決断したのは、本当につい先程です。それまでずっと迷っていましたし、迷っている状態でアウラに話す訳にもいきませんでした。それに他の方からの意見が欲しくて、サーゼクスさんやアザゼルさん、それにアジュカさんにも相談に乗って頂きました」

 

「あぁ。だから、俺はこの件については知っていた。ある意味で新鮮だったぜ。あのイッセーが判断に迷って俺達大人に相談しに来るなんてな。まぁ俺もサーゼクスも、そしてアジュカでさえもイッセーに対する答えは一緒だった。……どれだけ悩んでもいい。その代わり、最後は必ず自分で決めろってな」

 

 アザゼルさんが相談に乗った時の事を話すと、イリナも話に加わってきた。

 

「実を言えば、私もイッセーくんからこの話を打ち明けられていました。身内であれば相談してもいいのなら、私でも問題ないだろうという事で……」

 

 そこでライザーがイリナに質問をしてきた。

 

「今の話、何気に惚気が入ってないか? ……まぁいい。それで、君は一誠になんて答えたんだ?」

 

「小父さまや小母さまにはちゃんと話をしないとダメだよって。それだけです。ただ、ネビロス総監察官から説明を受けた事を逆に私達の方が小父さまから聞かされちゃいましたけど」

 

 イリナが最後に苦笑いを浮かべながら話を終えると、ルヴァルさんがウンウンと何度も頷いていた。

 

「……成る程。君は正しく兵藤君と寄り添い合って歩んでいるのだな」

 

 そう言って僕とイリナの事をルヴァルさんが見ている中、アウラが僕に質問をしてきた。

 

「ねぇパパ。なんでネビロスのお爺ちゃんをもう一人のパパにしようって決めたの?」

 

 ……これは少々答えにくい事を訊かれてしまった。だが、少しばかり(ぼか)す様な言葉でアウラの質問に答える。

 

「そもそもの前提条件が間違っていたからだよ」

 

 実は高天原から帰ってきた後、はやての護衛として行動しているロシウに念話で密かに調査を頼んだ。ロシウの使用する魔法の中に、物や土地に宿る残留思念を読み取るサイコメトリーの様なものがある。それを駒王町全域で使用してここ二年間に一体何があったのかを調べてもらったのだ。それと同時に専属コーチとして小猫ちゃんについている計都(けいと)にも密かに八卦を立てさせた結果、両者の得た結論が完全に一致した。

 ……二年前のヒドゥン襲来以来、総監察官は僕の事をずっと見守っていたのだ。しかも、他の神話勢力に僕の事を知られない様に密かに手を回してもいた。僕が一度は全てを諦め、人間である事を止めたあの時も、僕が万策尽きた所に僕の身柄の確保の為に現れ、人間界における自分の手駒とする事で僕と家族の身の安全を保証すると共に僕が人間のままで引き続き夢を追い駆けられる様に密かに手配し始めていた。つまり、僕はあの時に人間を止める必要などなかったのだ。

 この事実を僕に伝えてきた時、計都は何とも言えなさそうな表情を浮かべていたし、ロシウに至っては「儂の生涯で間違いなく最大級の失態じゃな。真に申し訳ない」と躊躇いなく頭を下げて謝ってきた。僕自身、公開授業の時に自分が総監察官に仕出かした事を思い出し、もう恥ずかしくて堪らなかった。それこそ、穴があったらそこに入り込んでそのまま一生過ごしてしまいたいくらいに。だがそれにも関わらず、総監察官は僕に対する態度を一切変えてこなかった。おそらくは、僕に真実を知られない様にする為に。そして、自ら買って出た憎まれ役を最期まで貫き通すつもりだろう。

 

 ……だから、決めた。もうその必要などないのだと、あの人にしっかりと伝える為に。

 

「パパ、その前提条件って何?」

 

 アウラが僕の暈す様な返答に対して更に質問を重ねてきたので、僕は端的な言葉を返す。

 

「それを訊かれるとちょっと答えに困るけどアウラに解り易く言うなら、僕が総監察官の事を勘違いして酷い事を言っちゃったってところかな?」

 

「そっか~。だったら、今度会った時にはちゃんとゴメンなさいしないとダメだよ。パパ」

 

 ……本当に。本当に、この子は物事の本質をよく捉えている。案外、アウラは僕よりも見るべき所をしっかりと見ている父さんの方に似ているのかもしれない。

 

「うん。そうだね。アウラの言う通りだ。その為にも、まずは明日の試験を頑張らないとね」

 

 そして、アウラに答えた様にまずは明日の昇格試験を合格して上級悪魔に昇進しなければならない。そういう条件を自分でつけたのだ、自分の言葉にはしっかりと責任を持たないといけなかった。

 

 そうして翌日。若手対抗戦の開幕戦の三日前となり、堕天使領に残っていた面々が戻ってきた頃、僕は首都リリスにおいて秘密裏に行われた上級悪魔の昇格試験を受けた。

 あくまで僕一人の為の試験であり、筆記試験については総監察官が直々に作成した問題を使用し、面接試験では上層部を始めとする貴族や名家、旧家への挨拶回りを一通りこなしてきた僕ですらお会いした事のない年配の方達が面接官を務めていた。

 

 冥界には、まだこれ程の方達が控えていたのか。

 

 面接試験で初めてお会いした方達を見た時、僕は悪魔勢力の底力を垣間見た様な気がした。

 

 ……大王家現当主の妹であるエルレとの婚約と併せて、僕が上級悪魔の昇格試験を受験して見事合格した事を冥界中に公表されたのは、その翌日の事だった。

 

 

 

「して、貴様達から見たあ奴はどうであった?」

 

「ガッハッハッ! 口惜しいのぅ! もう少し早く会っておけば、貴様に盗られる前に儂の孫の婿にしておったものを!」

 

「……面白い。この一言に尽きるわね。それにあの子、気付いていたわよ。面接の間、私の雹が自分の頭を狙っていたのをね」

 

「ホウ? 貴様の「雹殺」を気取ったのか。頭でっかちでないのは知っておったが、これでますます口惜しくなったわ」

 

「……フム。では、よいのだな?」

 

「応よ! 悪魔軍の元総大将、ギズル・サタナキア! 兵藤一誠を貴様の養子とする事を認めよう! それと、例の件も合わせて承知してやるわ!」

 

「同じく悪魔軍退役中将、ハーマ・フルーレティ。ネビロス家の養子縁組を承認します。それと、私も例の件を引き受けましょう。……あとは、クレアによろしく言っておいて」

 

「……感謝するぞ。我が旧友(とも)よ」

 

 その裏で、総監察官が旧き友人達に声をかけていた事も知らずに。

 




いかがだったでしょうか?

今はただ奔流の如く。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第七話 始めの一歩

Side:リアス・グレモリー

 

 ―――― 八月十八日。

 

 若手対抗戦の開幕戦となるソーナ達との対戦を明後日に控えたこの日、エルレ叔母様との婚約と併せてイッセーが昨日受けた上級悪魔の昇格試験を見事合格した事が公表された。また、その前日にイッセーがネビロス総監察官に自ら提示した「正式に上級悪魔に昇格して初めて有効とする」という条件もこれでクリアされた為、ネビロス総監察官との養子縁組がこれで本決まりとなる。つまり、これからネビロス家の次期当主となるイッセーは私とソーナとの眷属契約を解約して本当の意味で独立する。公の立場も三大勢力共通の親善大使を務める魔王の代務者という側近中の側近である所に、爵位こそ男爵と最下層であっても悪魔創世の時から初代が未だ現役であるネビロス家の次期当主という貴族としての身分も加わった事で本格的に私達より上になった。今後は公の場においてイッセーに敬語を使わないといけなくなるだろう。それに対する抵抗感が殆どないのは、きっとイッセーが私達グレモリー・シトリー両眷属はおろか駒王町における三大勢力関係者の実質的なリーダーだったからだろう。それに、イッセーは密かに対テロ対策チームを三大勢力の有力な若手から選抜する形で結成する一方で、三大勢力の和平締結に不満を抱えている悪魔祓い(エクソシスト)達への対策として悪魔の方から紳士協定を宣言するべきだという考えを持っている。紳士協定は一言で言えば「人間界に極力迷惑をかけない」事を重視していて、その中には堕天使や天界との協力体制を治安活動にも広げていく事も含まれている。具体的には三大勢力間での情報の共有や合同捜査チームの結成、更には人間界に悪影響を齎している悪魔については悪魔祓いによる討伐を許可すると言った所だ。もちろん旧態依然とした貴族達からの反発は強いと思う。でも、「これらを悪魔側から持ち掛ける事でこちらに歩み寄る意志がある事を悪魔祓い達に伝える事が大切なんです」とイッセーは語った。この様に既に悪魔勢力の枠を超えて三大勢力全体を見据えて行動しているイッセーを見れば、とてもじゃないけど自分がイッセーの上位者などと思える筈がない。それどころか、これこそが本来あるべき形じゃないのかとさえ思えてしまう。

 お父様からシトリー家が進めているプロジェクトの内容とグレモリー家もこれに賛同する旨を聞かされた時から、覚悟はしていた。大王家に完全に取り込まれない様にするにはそれしかなかった事も、頭では解っている。それどころか、イッセーが頭角を現してその実力に相応しい立場へと駆け上がっていくのは素直に嬉しいと思える。……それでも、寂しいものはやっぱり寂しいのだ。 

 

「……という事で、今夜開かれるお兄様達主催のパーティーは上級悪魔へ昇進したイッセーのお披露目も兼ねているの。そして」

 

「そこでネビロス総監察官との養子縁組が発表されるという訳ですか。……イッセー君、気が付けば部長よりも偉い人になってしまいましたわね」

 

 そうした複雑な思いを抱きながら、今はグレモリー邸に集まっている皆に今日の予定について説明している。因みに、当事者であるイッセーはネビロス総監察官に呼ばれてこの場にはいない。その際、ネビロス総監察官からは身内の他には眷属候補者も連れてくる様に言われた事から、身内としてはイリナさんとアウラちゃん、眷属候補者としてはレイヴェルと武藤君、コノル君、そしてギャスパーも同行している。更にさっき婚約が発表されたばかりのエルレ叔母様も直接現地に向かう事になっている。実情を知る私達からすればこれだけのメンバーを集めたネビロス総監察官の目的が気になる所なのだけど、どうやら「会わせておきたい者がいる」との事らしい。ただ、冥界の生きた伝説からの紹介である以上はきっと只者ではないと思う。あるいは私はおろか魔王であるお兄様ですらお会いした事のない方かもしれない。そんな方達をイッセー達はこれから紹介されるのだ。……確かに朱乃の言う通りではあるけれど、少しだけ違う所がある。

 

「朱乃。確かに今回の件でイッセーは公の場においても私やソーナよりも上になったわ。でも、今までの事を振り返ってみなさい。……眷属の(キング)である私達を立ててくれていただけで、イッセーは最初からあらゆる意味で私達よりも上だったのよ」

 

 私のこの言葉に、直接言われた朱乃はおろか他の皆も納得の表情を浮かべた。でも、その後で残念そうな表情へと変わる。

 

「……それでも、やっぱり残念です。イッセー先輩には、計都(けいと)師父とベルセルク師叔(スース)を紹介して頂いた事への恩返しをしたかったんですけど」

 

「それを言うなら、私もだ。イッセーがストラーダ猊下との手合わせを通じて聖剣との向き合い方とパワーの真髄を教えてくれたお陰で、私は本当の意味でデュランダルの担い手になれた。後は共に戦う事でそれをイッセーに直接見てもらいたかったんだが……」

 

「それを言い出すと、この場にいる皆がそうなってしまいますわね。私だって、父様と和解するのに随分と骨を折ってもらいましたし、そのお陰で雷光が使える様になりましたわ。それどころか、光魔の御雷(みかずち)という私の力の完成形まで見せてもらって、本当にどうお礼を言ったらいいのか」

 

 イッセーのお陰で自分に秘められていた力と共に新しい力さえも得た小猫やゼノヴィア、朱乃は恩返しをできないままイッセーと別れる事を悔やんでいた。

 

「私もイッセーさんがいなかったら、たぶんレイナーレ様の手で聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を抜かれて命を落としていたと思います」

 

 また、イッセーによって色々な意味で救われたアーシアはイッセーへの感謝を改めて口にしている。もしこの場にギャスパーがいれば、きっと同じ様な事を言っていた筈。でも、その表情にはやはり寂しいという思いが現れていた。そうした暗い雰囲気の中で、祐斗が皆に声をかける。

 

「皆、そこまでにした方がいいと思うよ。確かにイッセー君が部長の眷属でなくなるのは、僕としてもとても残念だよ。けれど、イッセー君と過ごしてきた日々とその中で培われてきた繋がりまでなくなる訳じゃない。だから、僕達は笑顔でイッセー君とギャスパー君を送り出してあげるべきなんじゃないかな? ……そうですよね、部長」

 

 ……どうやら、祐斗は既にイッセー達がいなくなった後のグレモリー眷属を支える為の決意と覚悟を固めているみたいだった。だから、私も祐斗の決意と覚悟に応える。

 

「そうね、祐斗の言う通りよ。だから、まずはイッセーとギャスパーがネビロス総監察官の邸から戻ってきたら、イッセーの上級悪魔への昇格を思いっきりお祝いしましょう。それでいいわね?」

 

「「「「「ハイ!」」」」」

 

 そんな私の呼び掛けに皆も元気に応えてくれた。これなら、イッセー達がいなくなっても私達は大丈夫。私はそう確信できた。

 

Side end

 

 

 

 僕が上級悪魔の昇格試験に合格したという発表が冥界中に行われてから間もなく、総監察官からの呼び出しを受けた。紹介したい者がいるとの事であり、更には身内や僕の眷属候補者も連れてくる様に言われた僕は、早速イリナとアウラ、レイヴェル、瑞貴、ギャスパー君、そしてはやての使った時の隧道でこちらにやってきたセタンタと共にネビロス家の邸へと向かっていた。ただ、流石に邸まで直接転移する訳にはいかず、ドゥンも体の小さなアウラ込みで三人しか乗れない事から大人数での移動手段が必要になったのだが、それについては総監察官が大型の馬車を手配してくれた。

 

「……いよいよね」

 

 その道中、馬車の中でイリナが僕に話しかけてきたのでそれに応える。

 

「あぁ、そうだね」

 

 僕もイリナも少ない言葉でやり取りしていると、僕とイリナの間に座っているアウラも話に加わってきた。

 

「ねぇ、パパ。ネビロスのお爺ちゃんがパパに会わせたい人って、どんな人なのかなぁ?」

 

 それは僕も気になっていた。総監察官がわざわざ紹介の為に僕達を呼び出す程だ。かなりの重要人物なのは間違いない。……ただ、解るのはそれだけだ。ならば、変な先入観など持たない方がいいだろう。

 

「流石にそれは僕にも解らないよ。だから、会ってみてのお楽しみという事にしておこうか?」

 

「ウン!」

 

 僕が出した結論をそのままアウラに伝えると、アウラも納得したのか笑顔で頷いてくれた。アウラとの話が終わるとそれを見計らっていたのか、僕達の向かいに座っている瑞貴が話しかけてきた。

 

「それにしても、ネビロス総監察官は本当にやる事に卒がないね。僕達は大人数での移動手段を持たないのを見越して、大型の馬車を予め手配しておくなんてね」

 

 そこに瑞貴の隣に座っているレイヴェルも加わってくる。

 

「悪魔創世からあらゆる機関を監察し続けたネビロス様であれば、これぐらいの手配は造作もない事だと思いますわ。……でも、ギャスパーさん。流石にそれは気の回し過ぎです。私達三人で座ってもまだスペースは十分にありますのに」

 

 レイヴェルがそう言ってアウラの足元に視線をやると、そこには床に寝そべった一頭の狼がいた。……そう。この狼、実は馬車のスペースを少しでも広く確保しようと気を遣ったギャスパー君がヴァンパイアの能力で変身した姿なのだ。ただ、これは流石に罪悪感が大きい。現にレイヴェルは非常に申し訳なさそうな表情を浮かべている。すると、ギャスパー君が話しかけてきた。

 

「僕の事なら気にしないでいいよ、レイヴェルさん。動物好きのアウラちゃんを喜ばせようって目的だってある訳だし」

 

 自分の問い掛けに対してややはにかんだ様に答えたギャスパー君の様子を見て、レイヴェルはとりあえず納得する事にした様だ。実際に馬車に乗り込んでからギャスパー君が狼に変身した時には、アウラは大喜びで狼のギャスパー君に抱き着いていたのでギャスパー君の言っている事はけして間違っていない。因みに、リアス部長との交換(トレード)によって僕の眷属になる事が決まった事から、レイヴェルは同じ眷属仲間としての呼び方に変える様にギャスパー君に頼んでおり、ギャスパー君もそれを了承している。

 

「強がっている様子もありませんから、今はその言葉を信用しますわ。……ただ、あちらの方はどうにかなりませんの?」

 

 レイヴェルが馬車の窓から外を見ながら呆れた様に言った。……レイヴェルが呆れるのも無理はない。何故なら、馬車のすぐ横ではセタンタが護衛と称して()()()()()()()()()()()のだから。

 

「何だ、知らないのか? 俺の祖先であるクー・フーリンはな、当時はどの馬よりも足が速い事から馬の王と呼ばれたマッハよりも更に速かったんだよ。だから、その末裔である俺だってこれぐらいはお手の物なのさ」

 

「それくらいは私も知っていますし、そういう事を言いたい訳ではないのですけど……」

 

 レイヴェルの発言に対してセタンタはここまでかなりの距離を馬車と並走しているにも関わらず、まるで疲れていない様な涼しい表情でそう語る。……クー・フーリンの末裔だからできるとセタンタは言っているが、いくら末裔でも本来ならここまではできない筈だ。おそらくだが、セタンタは先祖帰りによってクー・フーリンに迫る程の潜在能力を持っているのだろう。ただ、ここでレイヴェルが自分の事を完全に棚に上げた事を言い出した。

 

「……私が申し上げるのも何なのですけど、一誠様の眷属となる方は私以外の全員がどこかおかしいですわ。セタンタはもちろんですけど、ギャスパーさんも古の魔神の力だけでなくダンピールとして生まれ持った様々な力も使いこなしていますし、瑞貴さんに至っては先程浄水成聖(アクア・コンセクレート)と閻水で作った聖水の剣で空間を切り裂いて私達と合流していますもの」

 

 このレイヴェルの発言に対し、他の三人が一斉にツッコミを入れ始める。

 

「いや、一誠さんの話に色々な分野で平然とついていける時点でお前も十分おかしいからな。レイヴェル」

 

「セタンタの言う通りだね。レイヴェルは自分の頭脳が一誠と同様に希少なものである事をもう少し自覚した方がいいよ」

 

「それに「一発の火力だけなら俺にも匹敵する」なんて、アザゼル先生も言っていたんだよ。それなのに僕達だけがおかしいなんて酷いよ、レイヴェルさん」

 

 瑞貴達三人からの集中砲火をまともに食らって、レイヴェルは少し涙目だ。

 

「ウゥッ。皆さん、何もそこまで言わなくても……」

 

「「「だったら、自分だけ普通だなんて言うな!」」」

 

 しかし、三人は追撃の手を緩めずにトドメを刺してしまった。完全にやり込められた格好のレイヴェルはシュンとなっている。……この様に軽口を交えたやり取りを自然にできるのであれば、僕達はきっと大丈夫だろう。

 こうした楽しいやり取りを暫く続けていると、前で馬車を操っている御者からネビロス家の邸に到着する事が伝えられた。

 

「皆様、間もなく到着致します」

 

 ……今から向かう場所は、これから冥界における僕の家となる。改めて考えると、本当に奇妙なものだった。

 

 

 

 ネビロス家の邸に到着した僕達は、正門で待っていた執事長に案内されて応接間に入る。すると、応接間には先客がいた。

 

「ヨウ、一誠。今日は俺の方が早かったぞ」

 

「その様だね、エルレ」

 

 気配で誰かは解っていたが、先客はやはりエルレだった。僕達より早くここに到着した事で勝ち誇っているエルレに声をかけると、アウラがエルレに駆け寄って挨拶をする。

 

「こんにちは、エルレ小母ちゃん! ……それとも、エルレママって呼んだ方がいい?」

 

 アウラは先程僕とエルレの婚約が発表された事でエルレの呼び方をどうするのか迷っている様だ。そのアウラの迷いをエルレはしっかりと感じ取っていた。

 

「ついさっき俺と一誠の婚約が冥界中に公表されたからね。それを気にしているんだろうけど、アウラの呼びたい呼び方でいいぞ。アウラ」

 

「……だったら、もう少しだけエルレ小母ちゃんでいい?」

 

 少しだけ申し訳なさそうに確認をとるアウラに対して、エルレはアウラの頭を軽く撫でてから膝を落とし、アウラと視線を合わせながら答える。

 

「それでいいよ、アウラ。前にも言ったけど、俺の事を「ママ」と呼ぶのはアウラが心から呼びたくなってからでいいんだからね」

 

「……ウン!」

 

 アウラへの返事をエルレが優しく語りかけた事で、アウラの表情は不安げなものから笑顔へと変わる。僕と婚約したエルレの事をまだ「ママ」と呼べない事に対して、アウラは罪悪感を抱いていたのだろう。その辺りもエルレはしっかりと感じ取っていたのだ。

 

「……これが生きてきた時間と経験の差なのかな?」

 

 こうした二人のやり取りを見たイリナが僕に小声で尋ねてきた内容が、僕には少し意外だった。しかし、イリナが少し落ち込んでいるのを見て考えを改めた。……イリナも僕と同じで、まだ大人になり切れない女の子なのだと。だから、イリナの肩を軽く抱き寄せてからこう答えた。

 

「エルレにできてイリナにできない事がある様に、イリナにできてエルレにできない事だってあるんだ。だから、そこまで気にしなくてもいいと思うよ」

 

「……ウン!」

 

 僕の慰めで元気を取り戻したのだろう。落ち込んでいたイリナが笑顔で返事をしてくれた。どうやら、イリナを上手く慰める事ができた様だ。僕がホッとしていると、イリナを除けば付き合いが最も長い瑞貴がからかってきた。

 

「相変わらず仲がいいね、二人とも。この分なら、アウラちゃんの弟か妹が出来るのもそう遠くはないかな?」

 

 すると、瑞貴のからかいにレイヴェルとセタンタが乗ってきた。

 

「その時には、ぜひ私にお任せ下さいませ。立派な紳士淑女にお育て致しますわ」

 

「頭を使う方がレイヴェルなら、体を動かす方は俺に任せて下さい。お二人のご期待に応えてみせますよ」

 

「でも、セタンタ。一誠先輩とイリナ先輩の子供を教えるって、当然ケルトの流儀でやるんでしょ?」

 

 ここでギャスパー君がセタンタの教育方針を確認すると、セタンタは迷う事なく頷いた。

 

「当り前だろ? 強くなるならこれが一番だからな」

 

「……いや、幾ら強くなるからって達成か死かの二択しかないケルト式は明らかにやり過ぎだよ。だから、ここは一誠先輩から色々教わっている「僕」の方が適役じゃないのかなぁ?」

 

 ……セタンタの教育方針に問題があると指摘する一方で、さりげなく自分の方を教師にする様に持ち掛けてくる。その為の手段を選ばない辺り、ギャスパー君もかなり逞しくなっていた。尤も、それに勘付いたセタンタもセタンタだが。

 

「……あいつ、実は中々に腹黒い奴なんだな。一体いつの間に入れ替わっていたんだよ、ご先祖のひい爺さん?」

 

「あらら、気付かれちゃったか。一応、交代したのは教育方針を君に尋ねた後なんだけどね。こういった駆け引きの類はギャスパーより「僕」の方が得意だから交代したんだけど、よく気付いたよ。その辺りの勘の鋭さはひ孫譲りかもしれないね」

 

 ギャスパー君と交代して表に出てきたバロールがそう言ってセタンタを褒めると、セタンタは満更でもない表情を浮かべた。

 

「ご先祖のひい爺さんにそう言われると、ちょっとした自慢話にできるな」

 

 一方、ギャスパー君とバロールが密かに入れ替わっていた事に気付けなかったレイヴェルは、少しばかり悔しそうにしている。

 

「私とした事が、ギャスパーさんとバロールさんの入れ替わりに気付かなかったなんて。……セタンタには負けていられませんわ」

 

 レイヴェルは握り拳を作りながら、更なる精進を一人誓っていた。一方、自分のからかいから始まった他愛のない話を一歩引いて聞いていた瑞貴は笑みを浮かべて僕達に話しかけてきた。

 

「一誠、イリナ。この分なら、ここでも楽しい日々を過ごせるんじゃないかな?」

 

「瑞貴の言う通りだね。これからが楽しみだよ」

 

「私もそう思います。瑞貴さん」

 

 そうしてこれからの楽しい日々に思いを馳せている所で、僕達を案内してからその場を離れていた執事長が再び応接間に入ってきた。

 

「皆様、お待たせ致しました。旦那様、奥様。どうぞお入り下さい」

 

 そう言って扉の脇に退いて一礼すると、総監察官とクレア様が入ってきた。お二人が応接室の中に入った所で執事長が入れ替わりで部屋を出てそのまま扉を閉めると、総監察官はまずはこの中で最上位者となるエルレに話しかけた。

 

「エルレ・ベル殿。まずはこちらからの急な呼び出しに応えてくれた事、心より感謝する」

 

「いえ。今後の付き合いを考えると、総監察官の呼び出しに応じないという選択肢は私にはありませんから」

 

「そう言ってもらえると、多少は気が楽になるというものだ」

 

 異母兄である大王家の現当主にすら気安く話しかけるエルレも、流石に総監察官に対しては敬語を使っていた。そうして二人が通過儀礼の様なやり取りを終えると、総監察官が次に話しかけてきたのは僕だった。

 

「さて、例の件について貴様が持ち掛けてきた条件の一つはつい先程達成された。……ならば、解るな?」

 

 総監察官は明らかに呼び方を強制する様な言い方をしている。やはり、最後まで憎まれ役を買って出るつもりなのだろう。……だから。

 

「ハイ。今まで僕の事を温かく見守ってくれた事を深く感謝すると共に、今後ともご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します。……義父上」

 

 あえて素の言葉使いで僕が全てを知っている事をぶちまけた。総監察官、いや義父上は一瞬目を見開いた後に僕に問い掛けてくる。

 

「……いつ、気付いた?」

 

「高天原に赴いた際、実は二年前の次元災害において日本神族もまた対処に動こうとしていた事を知りました。その時に義父上の発言に矛盾がある事に気付いたのです。後はロシウと計都の二人に今までの事を全て調べさせました」

 

「では、ネビロス家の養子入りの話を承諾した時には既に知っていたという事だな。……儂もとんだ道化を演じたものだ」

 

 義父上は僕に一杯食わされたと悟って、苦笑いを浮かべる。すると、義母上は口に手を当ててクスクスと笑い出した。

 

「ウフフ。エギトフったら、珍しく一杯食わされたわね。でも、きっとこれで良かったのよ。これでもうお互いに遠慮する必要がなくなったのだから」

 

「……少々癪ではあるが、そう思う事にするか」

 

 義母上に促される形で義父上は苦笑いを収めると、そのまま話の本題へと入ろうとした。

 

「さて。今見た通り、我がネビロス家が一誠を養子として迎え入れた事は本人の承諾を得ている。それを踏まえた上で本題に入ろうか」

 

 しかし、その前に「お待ち下さい、まだ旦那様がお呼びになられていません!」という執事長の声と共に突然応接間の扉が開いた。

 

「ガッハッハッ! 兵藤よ、昨日ぶりじゃのぅ! いや、今となってはエギトフの倅と呼ぶべきか!」

 

 開口一番そう言い放ちながら応接室に入ってきたのは、何故か紋付き袴という和服の礼装を着た巨躯の老人だった。完全に白髪で頭頂部に至っては完全に禿げ上がっている事から、悪魔としてもかなりの高齢である事は間違いない。その一方で、顔から下は和服越しからも解る程に筋骨隆々としていて、明らかに老人の物ではなかった。……ストラーダ司祭枢機卿といい、この方といい、偉い立場にいる者は年老いてもなお体を鍛えなければならない決まりでもあるのかと錯覚してしまいそうだ。義父上も細身ではあるが老いによる体幹の歪みが全く見られず、未だに鍛錬を欠かしていないのが解るので尚更そう思えてくる。因みに、この方には昨日お会いしているが、見た目通りのお人柄に少々押されてしまった。

 

「まったく。貴方はもう少し落ち着きというものを持ったらどうなの?」

 

 先に入ってきた方を窘めながら応接間に入ってきたのは、シックなレディース用のビジネススーツを纏った黒髪の女性だ。見た目で言えばおそらく母さんと同年代で言葉遣いも相手が知り合いだからかやや気安い感じであるが、視線を向けられるだけで自ずと身が引き締まるほど厳格な雰囲気を纏っている。この方もまた昨日お会いしたばかりだ。

 

「ギズル・サタナキア様。ハーマ・フルーレティ様。昨日は貴重なお時間を頂き、誠に有難うございました」

 

 僕は昨日の上級悪魔の昇格試験において面接官を務められたお二人の名前を呼び、改めて感謝の言葉を伝える。それに対して驚いたのは、フェニックス家の令嬢で冥界の歴史にも詳しいレイヴェルだ。

 

「あの、一誠様。今、サタナキア様とフルーレティ様のお名前が出てきましたのですけど、ひょっとして……?」

 

 目の前の現状が信じられないと言った表情で尋ねてきたレイヴェルに対して、僕はただ事実だけをハッキリと伝える。

 

「レイヴェルの想像した通りだよ。お二人とも、悪魔創世の際に義父上と共に悪魔勢力の基盤をお築きになられた方達だ」

 

 僕がお二人の事を説明すると、お二人は間をおかずに自らの現状を語ってきた。

 

「尤も、とっくの昔に現役を引退して、今は余生を面白可笑しく過ごしておるがのぅ!」

 

「それは冥界中を宛てもなくフラフラとしている貴方だけよ。私は騒ぎにならない様に少し変装して後進の指導に当たっているわ。魔力の波長も誤魔化すと、案外バレないものなのよ」

 

「……はて、どこの誰じゃったかのぅ? 久々に会うた時に「若い子達に何かを教えるのがとても楽しい」なんぞ()かしておったのは?」

 

「さぁ、誰かしらね? ここ最近、物忘れが激しくて困るわ」

 

 創世期の元勲とも言うべきお二人の間で挑発混じりの軽口が応酬する中、最初に問い掛けてきたレイヴェルはガックリと肩を落としていた。

 

「……軍の総大将でありながら常に最前線に立ち、その剛腕一つで立ちはだかる敵を殴り倒していったという冥界無双と戦う前から既に勝利していると謳われる程の軍略の冴えで悪魔という種族を先代魔王様達の元に統一した冥界史上最強の軍略家が、まさかこの様な方達だったなんて……」

 

 ……ただ、フルーレティ様はともかくサタナキア様についてはある程度こうなるのは予想できた筈だ。

 

「レイヴェル。サタナキア様は先代の四大魔王陛下が堕天使と天界に戦争を仕掛けようとした際にそれを思い留まる様に諫言したものの、受け入れられなかった為にこれ以上は大任に堪えられないとして軍をお退きになっている。その際、自ら(したた)めた辞表を先代ルシファー陛下の顔に直接叩き付けたという逸話は結構有名な筈だよ?」

 

「私は事実を面白可笑しく誇張した作り話の類だと思っていたのです! ……ですがこの分では本当にやっていそうで、それが余計にショックで……」

 

 少し涙目のレイヴェルはその後、言葉を続ける事はなかった。……どうやら、思い描いてきたイメージとのギャップの大きさにショックを隠し切れないらしい。それを察した義父上はお二人を窘める。

 

「そこまでにせぬか。これ以上は貴様達と同期である儂の沽券に関わる」

 

 最後は呆れた様な様子の義父上に、流石のお二人も軽口の応酬をやめてしまった。

 

「フン。ここは貴様の邸だ。ならば、邸の主の顔を立てねばならんのぅ」

 

「……フゥ。助かったわ、エギトフ」

 

 サタナキア様は渋々といった所だったが、一方のフルーレティ様は止め時を探っていた様で安堵の息と共に感謝の言葉を義父上に伝えていた。お二人の反応から場が収まったと見た義父上は、早速本題に入る。

 

「全く、年甲斐もなくはしゃぎおって。……では、ようやく場が収まった所で本題に入ろうか。一誠が先に挨拶をしたのでその必要などないのだろうが、一応は紹介させてもらうぞ。この阿呆はギズル・サタナキア。悪魔軍の退役大将だ。もう一人はハーマ・フルーレティ。悪魔軍の退役中将で参謀長を務めていた事もある」

 

「ギズル・サタナキアじゃ! これでもそこらの神よりも長生きしておるぞ! 悪魔の中で儂と同世代なのはエギトフやクレアにハーマ、後は悪魔になる前も含めればゼクラムの奴ぐらいかのぅ!」

 

「ハーマ・フルーレティよ。この場にいるお爺ちゃんやお婆ちゃんに比べたら私は少し若そうに見えているかもしれないけれど、これでもエギトフ達とはそう変わらない歳なの」

 

 お二人の自己紹介が終わった所で、義父上から意外な事が伝えられた。

 

「それでこの二人についてだが、一誠。貴様が現在三大勢力の垣根を超えて築きつつあるコミュニティの特別顧問に据えてみぬか? 因みに、この二人からは既に承諾を得ている。後は貴様次第だ」

 

 ……それはとても光栄な事ではあるが、流石にやり過ぎだと思ってしまうのは果たして考え過ぎなのだろうか?

 




いかがだったでしょうか?

……憧れの人の実情を知ってガッカリする事って、よくありますよね?

では、また次の話でお会いしましょう。


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第八話 パーティーに行こう

Side:アザゼル

 

「今夜魔王主催で行われるパーティーに、俺だけでなくクローズも同行させる?」

 

 イッセーの上級悪魔昇格試験の合格と現大王の妹であるエルレとの婚約が冥界中で発表された後、神の子を見張る者(グリゴリ)本部に戻っていた俺はヴァーリにクローズと一緒にこっちに来るように連絡を入れた。それでこっちに来た二人に呼び寄せた理由を話すとヴァーリが首を傾げてきたので、俺は事情を説明する。

 

「あぁ。この際だから、クローズがお前だけでなくイッセーの関係者でもある事を悪魔の貴族連中にハッキリと知らしめようと思ってな。しかも今回のパーティーでイッセーがエギトフ・ネビロスの養子になる事も発表される事になっているから、次期当主たるイッセーの意向に沿う形でネビロス家もクローズと深く関わる事になる。イッセーが養子入りの条件に入れた「血縁を含めた人間関係は全てそのままとする」と「養子入りを承諾する以前に交わしていた契約や約束事の全てを履行させる」がここで生きてくるって訳だ。これで万が一クローズの素性がバレても、神輿に担ごうなんて考える奴はいなくなるだろうぜ。それこそ、冥界の生きた伝説にケンカを売る様なよっぽどのバカでもない限りはな」

 

 俺の説明を聞き終えると、ヴァーリは納得の表情を見せた。

 

「それで、本来なら俺だけ呼べばいい所をクローズも一緒に呼んだという訳か」

 

 ……しかし、ヴァーリに説明していて思ったんだが、イッセーの奴はきっとこれも見越した上で今俺が言った条件をネビロスに提示したんだろうな。一度交わした約束は必ず果たそうとする誠実で義理堅い所はあるし、その為ならばいい意味で手段を選ばない機転の良さと覚悟もある。今まで七十二柱に名を連ねる名家はもちろんの事、大公家や大王家、果ては先代魔王が直々に持ち掛けた養子縁組の話さえも断ってきたネビロスが、シトリー家から持ち掛けられたイッセーを養子に迎える話を受け入れる訳だ。

 イッセーの深謀遠慮をまた一つを見せつけられた所で、今まで黙っていたクローズが口を開いた。

 

「……ウン、決めた」

 

 そこで、カテレアが何かを決めたらしいクローズに問い掛ける。

 

『クローズ、どうかしたの? 何かを決意したみたいだけど』

 

 母親からの問い掛けに対するクローズの答えは、ヴァーリはおろか俺ですら驚きを隠せないものだった。

 

「お母さん。ボクね、少しでもイッセー兄ちゃんやアザゼル小父さん達の助けになりたいんだ。だから、お母さんの家の名前を、レヴィアタンを名乗るよ」

 

 ここでカテレアはその理由をクローズに尋ねる。

 

『どうして、そうしたいって思ったのかしら?』

 

「……正直に言うとね、レヴィアタンって名前にいい印象なんて全然ないよ。だって、レヴィアタンって名前のせいでボクもお父さんも、そしてお母さんも殺されてしまったんだから。でもね。……ううん。だからこそ、ボクは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 レヴィアタンには絶対に負けたくない、か。旧魔王派のトップの口からはけして出て来ない言葉だろうな。だが、これが八歳のガキのする決断なのか? 一端の大人でも中々できるモンじゃねぇぞ。

 

 クローズの決断とそれに至った理由に俺がある種の感動を抱く中、カテレアは最愛の息子の決断を受け入れた。

 

『……そう。クローズ、私は貴方の気持ちを尊重するわ。私も応援するから、できる所までやってみなさい』

 

「ウン!」

 

 母親の応援を受けて笑顔で頷くクローズだが、俺はその顔がとても尊いものに見えた。

 ……禍の団(カオス・ブリゲード)の主流である旧魔王派は旧魔王の末裔が自らを真なる魔王としている事から自分達の事を真魔王派なんて名乗っているんだが、ヴァーリとクローズを見ていると陳腐に聞こえてしょうがねぇな。ヴァーリはルシファーの息子であるあの野郎から散々虐待されているし、クローズに至ってはレヴィアタンの血を引く事から同じ血を引くアルベオの手引きで自分と父親が殺された上にアルベオ自身の手で母親も殺されている。普通なら今までのクローズみたいに家の名前を忌み嫌ったって全く不思議じゃねぇのに、ヴァーリは最初から、クローズも今この瞬間から家の名前から逃げようとはせずに真っ向から向き合っている。数日前のアウラが言い放った「貴族が偉いのは先祖代々「偉い」事を積み重ねてきたからであって、まだ何もしていない奴はけして偉いとは言えない」って意味合いの言葉を、先代魔王の血を引いているってだけで驕り高ぶっているベルゼブブとアスモデウスの末裔に聞かせてやりたいぜ。尤も、それらを聞いて恥じ入る様な殊勝な奴等なら、そもそもテロリストになっちゃいないんだがな。

 

「……参ったな。俺と一誠が後見する必要なんて全くないじゃないか」

 

 一方、クローズの決断を見届けたヴァーリは完全に苦笑いだ。確かにヴァーリの言う通り、ここまでしっかりしている奴の後見なんて変な話だが、だからと言ってやる事がなくなった訳じゃない。まずはそれをヴァーリに教えていく。

 

「確かにその通りなんだが、クローズはまだ十歳にも満たないガキだからな。それにカテレアも実体化できるとはいえ肉体は既に滅んでいるから、悪魔社会で表に出る訳にもいかない。となれば、諸々の手続きには本人以外の付き添いが必要になってくるんだが……」

 

「その付き添いを後見人である俺や一誠がやらなければならないという訳か。後はクローズを色々な意味でしっかりと鍛えていけばカテレアと交わした約束を果たせると思っていたんだが、そう甘いものではなかったんだな」

 

 ……ヴァーリ。口ではそう言っているが、その割には「まだやるべき事がある」と解って嬉しそうな顔をしているぞ? 尤も、それをヴァーリに伝えたら機嫌を損ねるかもしれねぇから、この場は黙っておくけどな。その代わり、ヴァーリ達にはそろそろパーティー会場に向けて出発する為の準備をする様に伝える。

 

「さて。ヴァーリにクローズ、お前達はまず服を着替えろ。パーティー用の正装はこっちで既に用意しているからな、ちゃんとそっちを着ろよ。それで元から同行する予定のシェムハザとバラキエルを待ってから、パーティー会場のホテルに向かうぞ」

 

 そう言って俺が正装を手渡すと、ヴァーリは着替えの為にクローズを連れて自分の部屋へと向かった。その二つの背中を見送りながら、俺は今夜のパーティーは酷く荒れそうだと半ば確信していた。

 

 ……尤も、ここで俺が想像したものとは別の意味で酷く荒れる事になったんだがな。

 

Side end

 

 

 

 ネビロス邸での用件を終えた僕達は、一先ずグレモリー邸に戻って来ていた。今夜行われるパーティーの会場となるホテルはシトリー領よりグレモリー領の方が近く、シトリー眷属がグレモリー眷属と共に会場入りする事になったからだ。因みに、行きと違って帰りは転移が使えるので、僕の時の隧道で皆を先にグレモリー邸に送った。そして自分はクォ・ヴァディスで空間を切り裂き、新たに同行する事になったお二人を伴って空間の裂け目を通った。

 ……ただ、それを目の当たりにしたリアス部長の表情は完全に呆れていた。そして、剣士である祐斗とゼノヴィア、そして巴柄さんに問い掛ける。

 

「ねぇ、祐斗、ゼノヴィア。それと巡さん。イッセーやレオンハルト、武藤君、それにアーサー・ペンドラゴンはいとも簡単にやってみせているけれど、空間を切り裂いて別の場所へ移動するなんて事は普通できるものなのかしら?」

 

「すみません、部長。僕の場合はそれ専用の魔剣なり聖剣なりを作ればイッセー君と同じ事ができますので、僕からは何とも。ただ、今イッセー君がやった事は純粋な剣の技量の他に魔術的な素養が必要なので、イッセー君や瑞貴さん、アーサーさんと同じ事ができるのは師匠(マスター)のご剣友であると同時に超一流の魔導師でもあるツァイトローゼさんだけで、師匠は流石に遠距離移動まではできないみたいです」

 

 最初に答えたのは祐斗であるが、言っている事は大体合っている。単に空間を切り裂くだけならレオンハルトなら己の技量だけでできるし、それを応用しての移動も半径数 km以内なら可能だが、その範囲を超えると話が変わってくるのだ。その辺りをゼノヴィアが説明していく。

 

「部長、木場はこんな事を言っているが普通は無理だぞ。現に全てを切り裂けるデュランダルの担い手である私でも、イッセー達の様な事はできないよ。確かに空間を切り裂くだけならその内できる様にはなるだろうけど、空間を超えて目の届かない場所に刃を届かせるには何処に切り込むのかをしっかりと認識する必要がある。剣一筋で魔術的な素養が殆どない私では、目の届かない遠い場所でも直接見ている様に認識できる千里眼の様な事がどうしてもできないんだ」

 

 そして、「空間を切り裂く」事について一般的な観点から答えたのが巴柄さんだ。

 

「いえいえいえ! 今ゼノヴィアさんは「その内できる様になる」なんて簡単そうに言いましたけど、そもそも空間を切り裂くなんて事自体が普通できませんからね! そこの所を勘違いしたらダメですよ!」

 

 こうして三人の意見を聞き終えたリアス部長は何度も深く頷いた。

 

「……そう、そうよね。巡さんの言った通り、空間を剣で切り裂くなんて普通はできないのよね。私もそれを解ってはいるの。ただイッセーと付き合っていたら、いつの間にか自分の常識と一般的な常識との間にズレができてしまうから、偶にこうやって一般常識を確認しないといけないのよ」

 

 ……リアス部長から随分と酷い事を言われてしまった。しかも、半数以上はウンウンと頷いている。僕はこの事実を目の当たりにして、すっかり肩を落としてしまった。ここで、この場においては僕やリヒトに最も近い瑞貴がリアス部長の発言を一切無視する様に「空間を切り裂いての遠距離移動」について補足説明を始めた。瑞貴が変な雰囲気を少しでも変えようとしているのは、誰の目にも明らかだった。

 

「因みに、僕は氷紋剣を使うに当たってそれなりに魔術や魔法を齧っているから遠距離移動はできるし、古式の悪魔祓い(エクソシズム)を修めている事から精霊達と語らい合える義父さんも同じ事ができるけど、流石に冥界と人間界を繋ぐ様な斬り方は一誠と師にしかできないよ。アーサーさんも「一般の方を誤って斬ってしまう可能性を考えると、流石に手が出せませんでしたよ」という事だったしね。尤も、一誠が箱庭世界(リトル・リージョン)を開放して実際に一度訪れた事で、僕もアーサーさんも次元を超える斬り方を誰にも迷惑をかけずに練習できる様になったんだけどね」

 

 ……道理で、ここ最近になって箱庭世界の森林に生えている木々の一部に明らかに剣で切り裂かれたと思われる痕跡が見られる様になった訳だ。しかもだんだん傷が増えなくなってきているのを踏まえると、瑞貴とアーサーさんが「空間斬りによる次元間移動」を修得するのもそう遠くはないだろう。

 

「武藤先輩、貴方は一体何処を目指しているんですか……」

 

 瑞貴の補足説明が終わった所で、剣士としては一般的な巴柄さんは溜息を深く吐いた。一方、この補足説明で大きな反応を見せたのは、祐斗だ。

 

「瑞貴さん、後で詳しいやり方を教えて下さい。どうせなら、僕も剣の能力頼みでなく自分の技量でもできる様になりたいですから」

 

「あぁ、いいよ。案外、僕達が苦戦している所は既にクリアしている祐斗の方が僕達より先にできる様になるかもしれないね」

 

 祐斗は今二人のやっている事に自分も参加する旨を伝えると、瑞貴も快く受け入れる構えを見せている。……その内、剣を振る方向と実際に刃が出てくる場所がバラバラという異次元の戦いを見る事になりそうだ。

 

「……そう。祐斗、貴方はもうイッセー側の存在になってしまったのね」

 

 そして、祐斗と瑞貴のやり取りを目の当たりにして、リアス部長は何処か遠くを見つめる様な視線を祐斗に向けていた。これで更に変な方向へと雰囲気が変わってしまったが、それを吹き飛ばしたのはこの方だった。

 

「ガッハッハッ! エギトフの倅よ、これは随分と活きのいい奴等が揃っておるのぅ! こいつは色々と楽しみだわい!」

 

 僕と一緒にこちらにやってきたギズル様だ。僕に同行してきた和装姿の巨躯の老人による突然の大音声に、ネビロス邸を訪れたメンバー以外は驚きを隠せない。一方、ギズル様と共に僕についてきたハーマ様も既にネビロス邸で顔を合わせたレイヴェルの他にソーナ会長と元士郎を一目見て笑みを浮かべる。

 

「成る程、この子達はなかなか見所がありそうね。これなら教え甲斐がありそうだわ」

 

 お二人の反応を見て、ソーナ会長は僕にお二人の素性を尋ねてきた。

 

「あの、一誠君。この方達は一体……?」

 

 僕がソーナ会長の問い掛けに応える為にお二人を紹介しようとすると、ギズル様から待ったがかかった。

 

「エギトフの倅よ、儂等の紹介はいらんぞ。己の事じゃ、己の口で直接伝えんとのぅ」

 

 そして、一歩前に踏み出すとそのまま自己紹介を始める。

 

「儂の名はギズル・サタナキアじゃ! ただの隠居のジジィじゃが、エギトフの奴から貴様達を鍛える様に頼まれておる!」

 

「サ、サタナキア様ですって! あの冥界無双で有名な元悪魔軍大将の!」

 

 ギズル様の自己紹介を聞いてリアス部長が唖然としている中、ハーマ様が続けて自己紹介を行う。

 

「私はハーマ・フルーレティよ。私の場合は戦い方よりも頭の使い方を教える事になりそうね」

 

「冥界史上最強の軍略家と謳われるフルーレティ様までご一緒なのですか……!」

 

 ハーマ様の自己紹介を聞いて今度はソーナ会長が驚きを露わにする中、悪魔創世における英雄二人の登場に他の皆もようやく事態を呑み込めたらしく、困惑の表情を浮かべていた。そこで、僕がネビロス邸で何があったのかを説明する。

 

「実は、先程箱庭世界で早朝鍛錬を行っているコミュニティの特別顧問として総監察官、いえ義父上からお二人を推薦されまして……」

 

「……この事をお知りになられたら、お兄様達ですら開いた口が塞がらなくなりそうだわ」

 

 余りに豪華過ぎる特別顧問の登場に、リアス部長は頭痛を抑える様な素振りを見せた。その一方で、ソーナ会長は前向きに受け取る構えを見せる。……いや、開き直ったというべきかもしれない。

 

「それだけネビロス総監察官が一誠君に期待しているという事ですから、ここは先達の方々からのご厚意を素直にお受けしましょう。それに戦術や戦略を嗜む者としては、フルーレティ様から直接ご指導を頂けるなんて本当に有難い事ですし」

 

「それもそうね」

 

 リアス部長がソーナ会長の意見を受け入れたのを見て、レイヴェルが話を切り上げて今夜のパーティーについて触れてきた。

 

「皆様、そろそろ魔王様主催のパーティーへ向かう準備を致しましょう。ここでパーティーの開始時刻に遅れる様な事があれば、格好が付きませんわ」

 

 ……ちょうどいいタイミングで為された事もあって、レイヴェルからの提案は誰からも反対されなかった。

 

 それからおよそ一時間後、サーゼクスさん達が主催するパーティーの会場となっているホテルに向かう時間となった。服装については、男性陣がタキシードで女性陣はドレスだった。なお、僕は正式に礼装と認定されている不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の上から魔王の代務者の証である外套を纏っている。当然ながら僕達男性陣が先に準備が終わり、二十分程広間で待っていると着替え終えた女性陣が現れた。女性陣のドレスで着飾った華麗な姿を見て、一昔前のギャスパー君ならおそらくドレス姿だっただろうなと思っていると、小猫ちゃんがギャスパー君の過去を全力で暴露した。

 

「……女装趣味だった昔のギャー君なら、絶対こっちを着てたと思う」

 

「小猫ちゃん、僕の黒歴史を他の人達にバラすなんて酷いよ! ……確かにあの頃の僕なら、きっと「可愛いから」とか言ってドレスを来ていたんだろうけど。あぁ、どうして僕は女装趣味に逃げていたんだろう。今となっては、ただ恥ずかしいだけだよ……」

 

 どう考えても黒歴史であろう過去を暴露されたギャスパー君は、頭を抱え込む程に思いっきりヘコんでいた。ソーナ会長以外のシトリー眷属の皆はかつてのギャスパー君は対人恐怖症で引き籠っていた事しか知らない為に訳が解らず困惑していたが、朱乃さんが事情を説明して納得していた。特にシトリー眷属の中では最初にギャスパー君に接触した元士郎は、あの時のリアス部長達が何故ギャスパー君を見て驚いていたのか、ようやく理解できたらしい。

 

「あぁ。それじゃ俺が例の「ギャスパー君育成計画」に参加し始めたちょうどその時から、今のギャスパーになったんだな。だから、あの時のギャスパーの姿に一誠以外の皆が驚いていた訳か。だけど、間が良かったのか、悪かったのか。こうなってくると、ギャスパーの女装姿がどれくらいなのか興味が出てくるな」

 

 元士郎はそう言って、ギャスパー君を思いっきり弄り出した。

 

「もう勘弁して下さいよ、元士郎先輩。僕はその恥ずかしい過去を少しでも早く忘れてしまいたいんですぅ……」

 

 元士郎にまで弄られ始めた事で、ギャスパー君は完全にヘタレていた。その姿を見て皆がクスクスと笑っていると、僕は大きな力を持った存在が複数、上空から近寄って来るのを感じ取った。しかも、その一つは最近知り合ったばかりのものだ。

 

「……来たか、タンニーン」

 

 そう。今こちらに向かっているのは、つい先日友人となったタンニーンだ。タンニーンからの提案で、自分の眷属となっているドラゴン達と共に僕達をパーティー会場まで連れて行ってくれる事になっていたのだ。そこで皆を連れ立って中庭に向かってから暫くすると、タンニーンがグレモリー邸の中庭に降り立った。その後、タンニーンに続いてタンニーンとほぼ同じ体格のドラゴン達が次々と中庭に降り立っていく。15 m級の巨大なドラゴンが並び立つ光景は中々に壮観だった。タンニーン達が全員中庭に降り立った所で、早速僕が声をかける。連れていくのはグレモリー・シトリー両眷属と他数名だが、タンニーンが提案したのはあくまで僕個人に対してだったからだ。

 

「タンニーン、来てくれたか」

 

「あぁ。俺から提案した事だ。約束は守るさ」

 

 タンニーンと軽く挨拶を交わした後、僕はタンニーンの眷属達と一頭一頭目を合わせていく。そして、目を合わせて感じた事をそのままタンニーンに伝えた。

 

「……成る程。タンニーンが最大で十五名しか選べない眷属とする訳だ。誰もが澄んだ、とても良い目をしている」

 

「余り褒めてやるな、イッセー。言ったのがお前となると、少なからず図に乗るぞ」

 

 己の眷属に対して何とも厳しいタンニーンの言葉であるが、だからこそ僕は彼等を褒めたのだ。

 

「お前は身内に厳しそうだからな。だから、代わりに僕が褒めているのさ。それに、眷属とは主にとって何物にも代えがたい宝であり、誰に対しても憚る事のない誇りそのものだ。少なくとも、僕はそうであろうと努めてきた。それに立場が変わる今後は、そうしてもらえる様に努めていきたいと思っている。……お前は違うのか、タンニーン?」

 

「ここで「俺はお前とは違う」と答えたら、俺は元龍王の名を名乗れん様になるな」

 

 僕の問い掛けに対し、答えが決まっているタンニーンは完全に苦笑いだ。そして形勢不利を悟ると、タンニーンは本来の目的を持ち出した。

 

「さて。立ち話もこれくらいにして、そろそろパーティー会場に向かうぞ」

 

 その言葉に異存などある筈もなく、僕達はタンニーン達の背に乗り込んでいった。

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

「眷属とは主にとって何物にも代えがたい宝であり、誰に対しても憚る事のない誇りそのものだ。少なくとも、僕はそうであろうと努めてきた」

 

 一誠君がタンニーン様に向かってそう言った時、私はもう少しで時間を掛けて施した化粧を涙で台無しにするところだった。ふとリアスの方を向くと、リアスもまた涙が零れそうになるのを必死に堪えていた。

 

 ……こんなの、反則です。世界で一番愛している男性(ヒト)にこんな事を言ってもらえて、嬉しくない訳がない。でも、だからこそ、一誠君が独り立ちして私達の元を離れていくのが余計に寂しいと思えてしまう。できる事なら、もっと長い時間を共に手を取り合って歩んで行きたかったのだから。

 

 そんな複雑な思いを胸に、私はタンニーン様の眷属の背に乗ってパーティー会場へと向かっている。なお、サタナキア様とフルーレティ様は「隠居して久しい年寄り二人が折角のパーティーに水を差す事もあるまい」という事で、そのまま私達をお見送りになられた。ここでふとタンニーン様の方を向くと、その背には一誠君とイリナ、そして一誠君との婚約が発表されたばかりのエルレ様が乗っており、アウラちゃんはタンニーン様の頭の上という特等席でとてもはしゃいでいた。それがとても微笑ましいと思う一方で、タンニーン様と話をしているらしい一誠君の側に寄り添うイリナとアウラちゃんの様子をしっかりと見ているエルレ様を見た私は思わず溜息を吐いた。

 

「一君達を見ているのが辛いですか、会長?」

 

 そこで私と同じドラゴンに乗っている憐耶が声を掛けてきた。憐耶は私の僧侶(ビショップ)であると同時に、一誠君を巡る恋のライバルでもある。だから、一誠君の事に関しては素直に打ち明ける事ができた。

 

「辛くないと言えば、嘘になりますね。どうしてその場所にいるのが私でなくエルレ様なのか、その事実を悔しく思う事が時々ありますから」

 

 すると、憐耶は意外な事を言い出した。

 

「それなら、少し見方を変えてみませんか?」

 

「どういう事ですか、憐耶?」

 

 憐耶の提案の意味が解らずに私が問い掛けると、憐耶は早速話を始める。

 

「まず始めに、私は一君の事を諦めたつもりなんて全然ありません。それだけは勘違いなさらないで下さいね」

 

 憐耶の鬼気迫る表情からの念押しに、私はただ頷く事しかできなかった。それを見た憐耶は表情を普段の穏やかなものに変えると、自分の心情を語り出した。

 

「……でも、それだけじゃありません。私は一君の背中を少しでも支えてあげたいんです。それがどんな形であったとしても。一君の僧侶になる事も、その為の手段の一つ。もちろんこれもまだ諦めてはいません。でも、たとえ僧侶枠が私以外の人で完全に埋まってしまったとしても、その時はまた別の方法を考えます。例えば、一君の側で一緒に戦えなかったら遠くからサポートできる様にしますし、一君の戦いについて行けなかったとしても、その時は一君が後ろを振り返らなくてもいい様に私が一君の帰る場所を守ります。私でも一君を支えられる方法なんて、探そうと思えば幾らでもあるんです」

 

 ……私は完全に言葉を失っていた。一誠君の背中を支えるという一点に関して、憐耶は私達の誰よりも貪欲だったのだ。

 

「一君に必ず追い付いて、その背中を支えてみせる。この想いは今でも変わっていません。でも最近になって、それだけじゃダメだって気付いたんです。一君はこれから色々な場所に行く事になると思います。でも、その全てにイリナがついて行ける訳じゃないんです。まして、今は会長の僧侶である私は尚更です。だったら、自分のいるべき場所で、自分なりのやり方で、自分にできる精一杯の力で、私が一君の為に何ができるのか。それを考えていかなきゃいけないって」

 

 でも、その貪欲さの根幹となっている想いが何なのか、それは私にも解る。

 

「だって、一君の事を本気で愛しているから。それこそ、イリナにだって負けないくらいに」

 

 何故なら、私もまた全く同じ思いを胸に抱いているのだから。

 

 自分の考えの全てを語り終えた憐耶は、私に向かって再び問い掛ける。

 

「……会長は、違うんですか?」

 

 ……つい先程、一誠君に同じ様に問い掛けられたタンニーン様が何故苦笑いをしたのか。それを今、私は実感していた。

 

「先程のタンニーン様ではありませんが、ここで「違う」と答えてしまうと、私は以前の発言を全面撤回しないといけませんね」

 

「それって、「私より後から来た人達には絶対に負けたくない」ですか?」

 

 一誠君絡みの私の発言なんて他に幾らでもあるでしょうに、それを即座に、しかもピンポイントで思い至るとは。それが少しだけ可笑しかった。

 

「えぇ、そうです。ただここ最近は本当に色々ありましたから、いつの間にかそれを忘れてしまっていたみたいですね」

 

 同時に、イリナと交わした契約を自覚し直す事ができた。

 

 私は最期の瞬間まで一誠君の事を愛し、そして支え続ける。例え立場は違えども、心は赤き龍の帝王にして数多在る騎士達の王を愛し支える王妃(クィーン)として。

 

 その為に私ができる事とは、一体何なのか。

 

 その答えが、私の夢の新しい追い駆け方に繋がっている様な気がした。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一誠とその周辺にスポットが当たっている陰で、スポットの光が当たっていないキャラもまた着実に前へと歩いているのです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第九話 波乱の幕開け

※2018/7/4 大王家当主の台詞を修正


 タンニーン達の背に乗って冥界の空を飛ぶ事、一時間。サーゼクスさん達が主催するパーティー会場であるホテルに到着した。ただ、このホテルの規模が人間界では到底考えられないもので、高さは百 mを超えている上に敷地も駒王町が丸々収まってしまいそうだ。人間界とほぼ同じ面積でありながら、地表の七割を占める海がない事から利用可能な陸地は人間界の二倍以上という広大な冥界だからこそ可能な建築物だろう。当然、ホテル周辺の施設も充実しており、魔王主催とあって警備体制もかなり厳重なものが敷かれている。そうした警戒態勢の中、タンニーン達はスポーツ競技用と思われる施設に降り立った。途中でタンニーン達を誘導する為にライトが照らされたのを踏まえると、予め話を通していたのだろう。

 

「さて、到着したぞ」

 

「ありがとう、タンニーン小父ちゃん!」

 

 ドラゴン達の背から降りた後、真っ先にお礼を言ったのはアウラだった。僕もアウラに続く形で感謝の言葉を伝えた後、タンニーンに今後の予定を確認する。

 

「ありがとう、タンニーン。お陰で助かったよ。それで、この後の予定はどうなっているんだ?」

 

「俺達はこの後、別の場所に用意された大型の悪魔専用の待機スペースに向かう事にしている。いくら俺が悪魔の駒(イーヴィル・ピース)で悪魔に転生しているとはいえ、俺達ドラゴンは冥界では嫌われ者だからな。わざわざ顰蹙を買いにメイン会場まで出向こうとは思わんよ」

 

 こちらに来るまでの間、タンニーンから悪魔に転生した経緯(レーティングゲームを通じて様々な存在と戦う為と人間界では絶滅したドラゴンアップルしか食べられない種族の為に冥界におけるドラゴンアップルの植生地を領地として確保する為)を説明してもらっていた時にも感じていたが、タンニーン自身もまたそうである様に「冥界ではドラゴンは嫌われ者」と広く認識されている現状は少し不味い。だから、まずはこちらから歩み寄る姿勢を見せる事にした。

 

「そうか。だったら、パーティーが一段落した所でそちらに向かう事にするよ」

 

「大丈夫なのか、イッセー? 今回のパーティーは唯でさえ魔王が主催している上に、上級悪魔に昇格したお前のお披露目も兼ねているのだろう?」

 

 僕がパーティーのメイン会場から抜け出して自分達の所に向かう事を不安視するタンニーンからそう問われたので、僕は口実をしっかりと作ってある事を伝える。

 

「聖魔和合を推し進める上で、同じ冥界に住まう隣人達を蔑ろにする訳にはいかない。それで上を納得させるし、それぐらいの我儘は押し通してみせるさ。……さて、レイヴェル。この場合、僕は誰と一緒に行ったらいいのかな?」

 

 そこで、地上に降り立ってすぐに僕の側に来ていたレイヴェルにそう問いかけると、レイヴェルは早速意見を出してきた。

 

「そういう事でしたら、私とイリナさん、後はアウラさんとエルレ様でしょうか?」

 

「その四人を選んだ理由は?」

 

 僕が四人を選んだ理由を確認すると、レイヴェルは即答で返してきた。今回の堕天使領、天界、高天原と悪魔とは別の勢力への外遊を通して、レイヴェルもまた成長していたのだ。

 

「まず一誠様は先程パーティーを抜け出してタンニーン様達の元を訪れる事について、聖魔和合を推し進める上で必要な事だと仰いました。それならば、聖魔和合親善大使の元に出向している私とイリナさんの同行は必須となります。それにアウラさんをお連れになる事で、一誠様が家族ぐるみでタンニーン様を始めとするドラゴンの方達と親しくお付き合いなさっている事をアピールする事ができます。冥界におけるドラゴンの方達への悪感情を緩和する上で非常に効果的でしょう。後はエルレ様のご同行で一誠様と大王家の関係が良好であるとお示しになって、他の名族や旧家の方々からの余計な手出しを抑え込んでしまいましょう」

 

 ……レイヴェルから返ってきた答えは、僕の望んだ中でも最上のものだった。だから、僕もその流れに乗る。

 

「レイヴェル、一人追加だ。ソーナ会長の許可を頂いた上で元士郎にも同行してもらうべきだと思うけど、どうかな?」

 

「龍王ヴリトラが意識を取り戻した事と宿主である匙様が共に戦う相棒として認められた事。それらをドラゴンの方達にも広く知って頂く為ですね? それでよろしいかと」

 

 レイヴェルは僕の提案に対して即答で賛同する素振りを見せた。なお、レイヴェルはフェニックス家の令嬢から僕の眷属へと立場が大きく変わるという事で、僕の上級悪魔への昇格が決まった時点から祐斗と元士郎に対する敬称を「殿」から「様」へと変えている。ただ、タンニーン達の元へ向かう際に元士郎も同行させる事については、僕に言われるまでもなくレイヴェルも解っていた筈だ。しかもレイヴェルの性質が「覇」である以上、夏休みに入る前のレイヴェルであれば自らの口でしっかりと進言していただろう。だが、それでは周りからの反感を買い易く、結果として多くの敵を作る事になりかねない。だから、レイヴェルは同行者に元士郎の名前をあえて挙げずに上司である僕に挙げさせた事で、僕に花を持たせるだけでなく周りから反感を買わない様にも立ち回ってみせたのだ。……天界への外遊の際、僕がやってみせた様に。

 

「これで、僕がレイヴェルに教える事は殆どなくなってしまったね」

 

 僕がレイヴェルへの指導がほぼ完了した事を告げると、レイヴェルはクスクスと笑い出した。

 

「あら、やっぱりそういう事でしたのね。ご自分でもしっかりとお考えになられているのに、あえてその様な事をお尋ねになるなんて。一誠様も困った方ですわ」

 

 僕に試された事に対して、レイヴェルは怒りもせずに余裕の笑みを浮かべて受け止めていた。僕はレイヴェルのその姿に頼もしさを感じた。一方、レイヴェルの立て板に水の様な説明を聞いたタンニーンは口元に笑みを浮かべる。

 

「フッ。そこまで考えているのなら、特に問題はなさそうだな。何とも頼もしい女王(クィーン)ではないか」

 

「……まぁね」

 

 レイヴェルがライザーの僧侶(ビショップ)である事を知っている皆からすれば、今のタンニーンの言葉は見当違いなものだった。……だが、僕はそれをあえて訂正しなかった。

 

「では、お前達が来るのを楽しみにしているぞ。イッセー」

 

「あぁ。また後で」

 

 タンニーンは最後にそう言って、他のドラゴン達と共にこの場を飛び立っていった。しっかりと約束した以上、大型の悪魔専用の待機スペースの場所を後で確認しないといけないが、まずはパーティーのメイン会場に向かうのが先だった。皆にそう呼び掛けようとしたのだが、実は同い年である事から対オーフィス戦で共に戦って以来よく話す様になったセタンタとギャスパー君が小声で話し合っている光景が見えた。

 

「……おい、ギャスパー。お前、何処までついていけた?」

 

「元々一誠先輩と一緒に仕事をしているレイヴェルさんとイリナ先輩についてはすぐに思い付いたし、アウラちゃんも京都に住む妖怪のお姫様とお友達になったって言っていたから、もしかしたらありかもしれないって思ってはいたよ。それに元士郎先輩についてもドラゴン繋がりでありかなって思っていたけど、聖魔和合親善大使の仕事とは関わりのないエルレ様までは流石に考えが及ばなかったよ」

 

 ギャスパー君の答えを聞いたセタンタは、何とも言えない表情を浮かべる。

 

「だったら、俺よりはマシだな。俺もイリナさんとレイヴェル、元さんは思い付けたんだが、エルレさんとアウラお嬢さんがダメだった。まぁレイヴェルが思い付けずに一誠さんが付け足した元さんを自力で思い付いた分、俺の頭もそうそう捨てたモンじゃないよな」

 

 ここでセタンタは安堵の息を吐いたものの、すぐに溜息へと変わってしまった。

 

「まぁ、それでも頭の出来に関してはレイヴェルの方が数段上な事に変わりはないんだけどな。結局の所、戦闘以外でも色々な場面で活躍できる分、レイヴェルの方が俺達よりも一誠さんの力になれるんだよなぁ……」

 

 セタンタは若干悔しげにそう言ってはいるが、僕は必ずしもそうは思わない。確かに、活動範囲の広い僕にとって、様々な分野で話し合う事のできるレイヴェルは非常に心強い。だが、今後もオーフィスの様に隔絶した実力の持ち主と対峙する可能性が高い僕にとって、戦闘能力の高い味方は一人でも多い方がいいのも確かだ。その意味では、セタンタの様に戦いしかできない代わりにどれほど追い詰められた状況であっても最後まで共に戦ってくれる存在はレイヴェルと同じくらいに心強い存在なのだ。セタンタにはいつかその事を解ってほしいと思う。

 ……ただ、今はまだゼテギネアで軍師として重ねてきた実戦での実践経験の差で僕の方が上手ではあるが、そうした経験が余りないにも関わらず政治家でも第一人者と呼べる人達についていけているレイヴェルの才気は本当に凄まじい。レイヴェルが僕を追い越してしまうのも、そう遠い未来ではないだろう。正に才気煥発という言葉が相応しいレイヴェルについて、セタンタに続く形でギャスパー君も話し始める。

 

「レイヴェルさんって、あれで僕達は皆おかしいけど自分は普通だって本気で思っているから困っちゃうよね。色々な分野で一誠先輩に平然とついて行けるレイヴェルさんに比べたら、実戦経験は瑞貴先輩に次いで豊富なセタンタはともかく本格的に修行し始めてからまだ二ヶ月程度の僕なんてまだまだなのに……」

 

 ギャスパー君が今言った事についてだが、溜息混じりであった前半部分はその通りだと納得できる。だが、自虐を交えた後半部分には異議を申し立てたい。実際、ギャスパー君と同じ一年生の小猫ちゃんが思いっきりツッコミを入れてきた。

 

「ギャー君、その台詞は鏡を見て言ってほしい。ここにいる一年生の中で一番おかしいの、明らかにギャー君だから。それに比べたら、私はまだ常識の範疇」

 

 すると、偶々近くにいた同学年の留流子ちゃんが小猫ちゃんに抗議する。ただ、早朝鍛錬に参加する様になって接する機会が増えた為か、小猫ちゃんへの呼び方が一気にフレンドリーなものへと変わっていた。

 

「ちょっと待って! 一般人の私から見たら、小猫ちゃんだって十分おかしいよ! パワーと防御力に特化した戦車(ルーク)なのに仙術や道術込みならスペック的に騎士(ナイト)も僧侶もこなせるって、普通あり得ないんだけど!」

 

 そして、この中では唯一駒王学園には通っていないセタンタが割と冷静に留流子ちゃんを切り捨てた。

 

「一般人? テメェが? ……確か、アサルトエールだったか? 一誠さんから教わったっていう強襲用の高速飛翔魔法は。それに慣れてきたお陰で、戦闘中のスピードが音を超えかけている奴の何処が一般人なんだよ。テメェだって、傍から見れば十分頭がおかしいレベルだって事に気付けよ。いくら元さんに少しでも近づきたいからって、そんな所まで真似してどうすんだよ」

 

「わっ、私にしょんなつもりなんてないじょ!」

 

 留流子ちゃんはそう言って強く否定してはいるが、明らかに噛み噛みになってしまっているので図星なのだろう。

 

「図星かよ。だからって、何もそこまで焦らなくてもいいだろうが……」

 

 セタンタもそれに気づいた様で、呆れた様な表情を浮かべている。……この様に成長著しい一年生達が同い年のセタンタも交えてワイワイ騒ぐ一方で、三年生組が密かに話し合っていた。耳に入ってきた話の内容から、どうやら物事の捉え方について思う所があったらしい。

 

「私達の中でイッセーと同じ高さの視点を持っているのって、今の所はレイヴェルだけかもしれないわね」

 

「私も戦術や戦略を嗜んではいますが、政治も一線級であるレイヴェルさんと比べると少し低い位置からのものになってしまいますね。……フルーレティ様からは、まず今よりも上の視点の持ち方をご教授して頂く事になりそうです」

 

「私も今後の事を考えると、「探知」に頼らない所でもっと視野を広げないといけないわね。その意味では、フルーレティ様が特別顧問を引き受けて下さった事はもっけの幸いだったわ」

 

 リアス部長とソーナ会長はハーマ様から教わる事で視点の高さと視野の広さを得ようと考える一方、女王である朱乃さんと椿姫さんも考え方を改めようとしていた。

 

「私も椿姫も、(キング)の片腕である女王としてもう少し上の方から物事が見える様にならないと色々と不味そうですわね」

 

「現に武藤君は若手最強の剣士でありながら戦術や戦略、更には政治も私達以上に解っていますから、会長の女王としては少し自信をなくしてしまいそうです」

 

 そこで、朱乃さんと椿姫さんの話を聞いた瑞貴が二人に自らの実体験に基づくアドバイスを与える。

 

「僕の場合、義父さんというあらゆる意味で目標にできる人が側にいたからそれを真似しただけだよ。その経験から言わせてもらうと、一人でいいから目標にできる人を見つけた方がいいね。そうする事で、自分でも驚くくらいに成長が速くなる。一誠や祐斗、元士郎の様に目標を見つけて急成長した好例が身近にかなりいるから、僕の言っている事が解ってもらえると思うけど」

 

「成る程、確かに武藤君の言う通りですわね」

 

「では、私は誰を目標にしましょうか……」

 

 瑞貴のアドバイスに納得した朱乃さんと椿姫さんが早速目標とするべき人について考え始めた時、ホテルの従業員から声を掛けられた。

 

「お迎えに上がりました。こちらへどうぞ」

 

 そして、僕達は待ち受けていた大型のリムジンに乗って、パーティーのメイン会場へと移動し始めた。因みに、僕は眷属としていられるのはこれが最後という事で、リアス部長やソーナ会長と同乗する事になった。

 

「……ここ四ヶ月足らず、凄く濃いものでしたね」

 

「そうね。私自身、昔の私が今の私を見たら絶対に信じられないわ。それくらい自分が変わったって自覚があるもの」

 

「それは私も同じですよ、リアス。これから先、何百年、何千年と過ごしたとしても、きっとこの四ヶ月に勝る事はないのでしょうね。この期間で手に入れたものが、余りにも多過ぎますから」

 

 そう言って感慨に耽るお二人ではあるが、それではまるで僕とは二度と会えない様ではないか。そう思った僕は、この雰囲気を変えようと試みた。

 

「まるで今生の別れになる様な事を言っていますね」

 

 すると、お二人はまるで悪戯が成功した様に無邪気な笑みを浮かべた。

 

「あら、ある意味ではそうじゃない。王と眷属としては確かに今生の別れとなるのだから」

 

「それどころか、今後は立場が逆転するのですから、今の内に一誠君の主という立場を満喫しておこうかと」

 

 ……何とも逞しいお二人である。それだけに、僕がいなくなった後もこのお二人なら大丈夫だろう。

 

「では、今暫くお付き合い致しましょう。我が君(マイ・ロード)ご主君(マイ・キング)

 

 だから、ホテルに到着するまでお二人の戯れに僕も乗る事にした。これが、お二人への最後のご奉公となるのだから。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 神の子を見張る者(グリゴリ)本部からパーティーに向かう俺達はまずサーゼクスの元へ向かった。悪魔と堕天使が本気で協調路線に舵を切った事を改めて示す上で、双方のトップが揃ってパーティーに会場入りした方がいいとサーゼクスから持ち掛けられたからだ。……こっちから持ち掛けようと思っていた事を先んじて持ち掛ける事で、サーゼクスは主導権を取りにきたのだ。全く、手強い男になったモンだよ。サーゼクスの奴は。ただ、俺やシェムハザ、バラキエル、そして護衛であるヴァーリに混じってクローズもいた事には流石に驚いていた。そこでクローズの決意を含めて事情を説明すると、サーゼクスは感嘆の息を吐く。

 

「そうか。クローズ君がレヴィアタンを名乗るのか……」

 

「あぁ。堕天使総督としての本音を言わせてもらうと、クローズがレヴィアタンを名乗って俺達の支持を表明するのはかなり大きい。人間との混血の上に一度死んで魂だけになっていた所を悪魔の駒で蘇生したとは言え、先代レヴィアタンの歴とした直系だからな。しかもレヴィアタンの象徴たる無敵鱗(インビジブル・スケイル)まで発現しているんだ。レヴィアタンを名乗るには十分過ぎるだろう。まぁそのせいでレヴィアタンの正統なる後継者としてクローズを祭り上げようとする奴もけして出ない訳じゃないだろうが、その辺りは後見人としてネビロス家の次期当主たるイッセーと先代ルシファーの曾孫であるヴァーリがついているからあまり心配はしてねぇよ」

 

 俺がクローズがレヴィアタンを名乗る事で、サーゼクスはイッセーがエギトフ・ネビロスに四つの条件を持ち掛けた意図を察した。

 

「そうか。だから、イッセー君はあの様な条件を」

 

「あぁ、そういう事だ。アイツ、一体何処まで先を見据えているんだろうな。まぁ、流石にクローズの決意とそこに至るまでの成長までは読み切れてねぇだろうよ」

 

 尤も、そこまで読み切れていたら、俺はここまでイッセーに肩入れしていないだろうがな。サーゼクスの奴も苦笑を浮かべながらこんな事を言っているから、きっと同じ気持ちなんだろう。

 

「そこまで読めていたら、イッセー君は唯の予言者だよ」

 

「全くだな。そんなんじゃ、アイツと付き合っていても全然楽しくねぇよ」

 

 ……で、サーゼクスと共にパーティーの会場入りしてから暫くすると、会場内にいた悪魔達がどよめき始めた。そこで入口の方を向くと、ちょうどリアス達グレモリー眷属とソーナ達シトリー眷属が入ってきた所だった。その中には当然ながら双方の共有眷属であるイッセーも含まれている。イッセーの側にはイリナとアウラ、レイヴェル、そして婚約が発表されたばかりのエルレがおり、またイッセーの護衛を買って出ているであろうセタンタが密かに周囲を警戒していた。会場内の悪魔達のどよめきはリアスやソーナに対するものも少なからずあるだろうが、その大半は間違いなくイッセーを対象としたものだろう。そこで、まずは俺が真っ先に声を掛ける。

 

「ヨウ、イッセー!」

 

 声を掛けてから俺達が歩み寄ると、イッセーが明らかに公の場での言葉遣いで挨拶してきた。

 

「これはアザゼル総督。私如きに親しくお言葉を掛けて頂き、誠にありがとうございます」

 

 イッセーのこの対応に、俺は少しムッとなった。「何もそこまで畏まらなくても」と思ったんだが、周囲の視線がこっちに集まっているのを察して考えを改めた。

 

「まぁ、ここには貴族達の目があるからな。イッセーがお堅い態度と言葉遣いになるのも仕方ねぇか」

 

 ……解っちゃいたが、本当に面倒臭ぇな。悪魔の貴族社会ってのは。まぁ、イッセーの奴はそれを承知の上で貴族社会のど真ん中へと飛び込んでいるんだ、外野である俺がこれ以上あれこれ言うのはただの野暮になっちまうな。俺はそう思っていたんだが、ここにはあえて空気を読まずにズケズケと物を言っちまう奴がいた。

 

「本当に面倒な話だな、アザゼル」

 

「そう思うんなら、お前も少しはイッセーを見習って俺への態度と言葉遣いをそれらしいものにしたらどうなんだ、ヴァーリ?」

 

 もう少しTPOを弁える様に育てるべきだったか? そんな後悔が少しだけ頭を擡げてきたが、それよりもまずはこっちの方だな。

 

「さて、イッセー。まずはコイツの話を聞いてやってくれ」

 

 そう言って俺がイッセーの前に立たせたのは、クローズだ。

 

「クローズ?」

 

 こんな場所にいる筈のないクローズを見たイッセーは首を傾げているが、それもクローズの発言を聞くまでだった。

 

「イッセー兄ちゃん。ボク、これからはクローズ・レヴィアタンって名乗るよ。だって、ボクはお母さんの、カテレア・レヴィアタンの息子だから」

 

 クローズの口から飛び出したレヴィアタンの名前とカテレアの息子という言葉が少しずつ周りに伝わっていくと、会場内が再びざわついて来た。そんな中、イッセーは俺にどういう事なのかを問い質す。

 

「アザゼル総督、これは一体?」

 

「今、クローズの言った通りさ。コイツは誰に言われるでもなく、自分の意志でレヴィアタンを名乗る事を決断した。何でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだとさ」

 

 俺が端的に説明すると、イッセーはクローズと目を合わせて話しかけた。

 

「凄いね、クローズ。子供の成長は速いってよく言われるけど、まさかここまでとは思わなかったよ」

 

 イッセーが心を込めてクローズの事を褒めると、クローズは少し照れ臭そうな表情を浮かべた。ここでヴァーリが白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)とは異なるもう一つの肩書を本格的に使う事を宣言する。

 

「一誠。クローズと同様、俺もまた本格的にルシファーを名乗るつもりだ」

 

 これだけでヴァーリの意図を察したイッセーは、フッと口元に笑みを浮かべた。

 

「そうか。……お互い、これから忙しくなるな」

 

「そうだな。確かに面倒な事になりそうなんだが、それでも最後までやり切るさ。それがカテレアと交わした約束だからな」

 

 同じく不敵な笑みを浮かべたヴァーリは、イッセーと軽く拳を突き合わせる。カテレアから託されたクローズの成長を見守ると共に、害を為す者達から守り通す。その決意と覚悟を改めて確認し合っていた。

 

 ……凄く絵になる光景じゃねぇか。

 

「アザゼルの言った通りだったな。これなら特に大きな問題は出ないだろう。それにしても、死を目前にしながらも最後の力を振り絞り、クローズ君の後見人として二人を指名したカテレア・レヴィアタンの慧眼には本当に感服するよ」

 

 そう言いながらサーゼクスがこちらに歩み寄ってきた。そして、そのままイッセーに話しかける。

 

「さて、兵藤親善大使。そろそろ君の事を皆に知らせるとしようか。既にお二方もあちらでお待ちになっているのでね」

 

 サーゼクスはそう言ってからパーティー会場に備え付けてある演壇の方を向いた。それに釣られる形で俺達も演壇に視線を向けると、そこには妻と思しき老婦人を伴ったエギトフ・ネビロスがいた。

 

「承知致しました、ルシファー陛下」

 

 それで事情を察したイッセーは承知の旨を伝えると、そのままサーゼクスと共に演壇へと向かう。サーゼクスに伴われて演壇に向かうイッセーの姿を見た悪魔達は、特に騒ぐ事なくサーゼクスとイッセーを見送っていく。きっと、冥界中に伝えられた上級悪魔への昇格とエルレとの婚約の件をこの場で改めて発表すると考えているんだろう。

 

 ……さぁて。今から行われる重大発表を耳にして、一体何人が驚かずにいられるのやら。

 

 そんな少々底意地の悪い事を考えていると、演壇に辿り着いたサーゼクスがイッセーを後ろに控えさせた上で話を始めた。

 

「私達魔王が主催した今夜のパーティーだが、皆楽しんでいる様で何よりだ」

 

 この一言で始まったサーゼクスのスピーチは、若手対抗戦に出場する若い悪魔達を激励する内容で五分程続いた。一応、このパーティーはリアスやソーナといった若い連中の為に用意したって建前があるらしいからな。そうして本来ならそこで終わる筈であるスピーチだが、そこに急遽付け足した様に「では最後に、この場を借りて皆に知らせておきたい事がある」と前置きしてから後ろに控えていたイッセーを呼んだ。イッセーは前に出ると、そのままサーゼクスの隣に立つ。そして、サーゼクスは本題に入った。

 

「本日、このパーティーに先立って発表した通り、私達魔王の代務者である兵藤親善大使はこの度、上級悪魔への昇格と大王家の現当主の妹君であるエルレ・ベル殿との婚約が決定した。だが、ここでもう一つ新たに知らせておきたい事がある」

 

 サーゼクスのこの発言に、会場にいる悪魔の中でほんの一部であるが驚きの表情を浮かべた。同じステージにエギトフ・ネビロスが夫人を伴って立っている事で、勘のいい奴がその可能性に気付いたらしい。

 

「実は、兵藤親善大使にはかねてより今私の後ろに控えているネビロス総監察官から養子縁組の話が持ち掛けられていた」

 

 ここで冥界の生きた伝説との養子縁組の話がイッセーに持ち掛けられていた事が公表された事で、多くの悪魔達が戸惑いを見せる。しかし、サーゼクスはその様な反応を気にも留めずに話を続ける。

 

「その際に提示された条件の一つに「この話は正式に上級悪魔に昇格して初めて有効とする」というものがあったのだが、兵藤親善大使はつい先日行われた上級悪魔の昇格試験を合格した事でこの条件を見事達成した」

 

 養子縁組成立の為の条件については、どうやらイッセーから持ち掛けたのではなくエギトフ・ネビロスが持ち掛けた形にしたらしい。確かに、ここでバカ正直にイッセーの方から条件を持ち掛けたって話しちまうのは、明らかに悪手だ。尤も、何も知らなかった奴等にとってはそれどころの話じゃないんだろうがな。現に、この場にいる悪魔達のどよめきの声が更に大きなものへと変わっている。

 

「そして、兵藤親善大使はつい先程ネビロス総監察官から直々に次期当主として正式に指名された。これによって、兵藤親善大使は上級悪魔に昇格の上で悪魔の駒を用いた眷属契約に関する例外事項を適用し、リアス・グレモリー及びソーナ・シトリーとの眷属契約を解約する事となる。なお、実際に適用されたのは兵藤親善大使が初めてであるが、この例外事項は悪魔の駒の開発が成功した時点で既に制定されていたものであり、彼の為に新たに制定した訳ではない事を伝えておこう」

 

 サーゼクスの説明がここまで終わった時点で、今までどよめいていたのが嘘の様に静まり返った。サーゼクスが横に一歩ずれてからその場所に歩み出たのが、当事者の一人であるエギトフ・ネビロスだからだ。

 

「先程ルシファー様が仰せになられた事であるが、それは紛れもない事実である。その上で、諸君に頼みたい事がある。この兵藤一誠という男は、子宝にとうとう恵まれなかった我等夫婦がようやく手に入れる事のできた存在なのだ。故に、どうか我等と血が繋がっておらぬという事で見下し、蔑む様な事だけはしないで頂きたい」

 

 冥界の生きた伝説が、養子に迎えた男の為に頭を下げた。その光景にこの場にいた悪魔は絶句している。しかし、エギトフ・ネビロスの話はここで終わらなかった。

 

「ただし、これだけは申し上げておく。仮にその様な蛮行に及ぶ者があれば、我がネビロス家はその者に対して容赦の二文字を捨てる事になるだろう。それだけは、覚えておいて頂きたい」

 

 この爺さん、なんて強烈な脅しをかけてやがる。お陰で殆どの奴がすっかり萎縮しちまっているぞ。……だが、この爺さんの脅しに委縮するどころか便乗する奴がここにいた。

 

「フム。ではその様な愚挙があれば、我が大王家もネビロス家に協力する事にしようか。仮にも腹違いとはいえ妹の婿にと余が見込んだ男を蔑むのだ。それは即ち我が大王家に対する挑戦でもある。まして、ネビロス卿は初代様の盟友なのだ。ならば、大王家としてはその挑戦を受けて立たねばならぬな」

 

 エルレの腹違いの兄にしてサイラオーグの父親、つまりバアル大王家の現当主だ。しかし、これは不味い。不味過ぎるぞ。現当主のこの発言によって、この場にいる悪魔達は「ネビロス家と大王家がイッセーを通じて繋がった」と強烈に印象づけられた筈だ。お陰でグレモリー家とシトリー家に所属していた事実に基づくイッセーの印象がかなり上書きされちまっている。どうやら、大王家で厄介なのは初代だけじゃなかったらしい。いや、そもそもイッセーとエルレの婚約を企てたのは現当主だってのは、エルレから教えてもらっていたんだ。だったら、もっと現当主にも警戒してしかるべきだったし、それを怠ってしまったのは明らかに俺の落ち度だ。荒れる、荒れると思っちゃいたが、まさかこんな荒れ方をするとは流石に思わなかった。明らかに後手に回ってしまった俺は、もはや溜息を吐く以外にできる事がなくなっちまっていた。

 

 ……尤も、こんな大荒れの状況ですら、今思えばホンの始まりに過ぎなかったんだがな。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

……あと二話程でやっと次章予告で挙げた所まで辿り着きそうです。少々頑張り過ぎました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十話 巣立ちの刻

 僕が義父上との養子縁組によってネビロス家次期当主に指名された事、それに伴って眷属契約を解約して本当の意味で独立する事をサーゼクスさんから発表された。更にその後で義父上と大王家現当主から飛び出した爆弾発言と立て続けにサプライズが発生した事で、パーティー会場は完全に静まり返ってしまった。やがてパーティーが再開されたものの暫くは静かなままで、パーティーの出席者達がようやく再起動を果たしたと思ったら、真っ先にしたのは演壇から降りて改めてネビロス家の次期当主として義父上と義母上、そしてジェベル執事長と共に挨拶周りに向かおうとしていた僕への挨拶だった。余りにも立て続けに声を掛けてくるのでまずは落ち着いてもらう様に声を掛けようとしたのだが、その前にジェベル執事長が動いた。

 

「皆様。どうか若様へのご挨拶は、旦那様に近い方から順番でお願い致します。他の方は申し訳ございませんが、今暫くお待ち下さい」

 

 執事長はそう言うと、この場を一気に仕切ってしまった。……あまりに手慣れている事から、この様な事は日常茶飯事なのだろう。そこで、義父上が僕に声を掛けてきた。

 

「一誠。今、声を掛けてきた者達の顔は全員覚えたな?」

 

「はい。先に名乗られた方についてはお名前も一致させています。ですが、義父上からかなり離れている方については少なからずお待たせする事になりますので、まずは他のご用件を優先して頂きましょう。しかる後にこちらから改めてご挨拶に伺うという事で」

 

 尋ねられた事に答えるついでにどう対応するべきかを伝えると、義父上は特に反対する事なく僕の意見を受け入れてくれた。

 

「ウム、それで良かろう。因みに、貴様なら別に小分けにせずともきっちり応対できたであろう?」

 

 ……ここでYesと答えてしまうと流石に不遜に過ぎるので、あえてお茶を濁す事にする。

 

「義父上のご想像にお任せ致します」

 

「フッ。言いよるわ」

 

 口元に軽く笑みを浮かべる義父上の反応から、完全にバレている事はすぐに解った。やはり、義父上に隠し事はまずできないらしい。すると、義母上が口元を手で押さえてクスクスと笑い出した。

 

「あらあら。二人とも、やっぱり似た者同士ね。今のやり取りを聞いて、皆さんが唖然としていますよ」

 

 確かに、我を争う様にこちらに声を掛けに来ていた方達は揃って呆然としている。その反応に対して、義父上が少し首を傾げながら僕に確認を取ってきた。

 

「……一誠。儂の言った事はそれ程難しい事だったか?」

 

「多くの者達を束ねるのであれば、できて当然である。私はそう教わっていますが、それ故に普通であればそうそうにできる事ではないとも思っています」

 

「フム。儂は気がつけばそれができる様になっておったからな。そういうものだとばかり思っていたのだが、どうやら違っていた様だな」

 

 義父上は僕の答えに納得する素振りを見せたのだが、その際に口にした内容には僕も流石に驚いた。一度に多くの人間から報告を受け、それぞれに対応した指示を出さなければならない立場であれば、これは必須のスキルである。僕はロシウからそう教わっているし、実際に何度も練習した末に修得したスキルだ。それを義父上は「気がつけばできる様になっていた」のだから、凄まじいとしか言い様がない。そうしたやり取りを義父上と交わしていると、ジェベル執事長が声を掛けてきた。

 

「旦那様、若様。お戯れはそれくらいに為された方が」

 

 ……別に遊んでいる訳ではないのだが、あえてそれを口には出さない。出せば顰蹙を買ってしまいそうなのが、雰囲気から容易に察せられたからだ。義父上も同様だったらしく、まずは話を元に戻す事にした様だ。

 

「おっと、そうだな。貴重な時間を割いて我等の元に来られたのだ。それを我等の都合で待たせてしまうのは流石に申し訳ない」

 

「義父上の仰せの通りですね。では、義父上。早速ですが」

 

「ウム、始めるとしようか」

 

 ……こうして、僕のネビロス家次期当主デビューは微妙に白けた様な雰囲気の中で行われた。

 

 僕が挨拶に来た貴族達の応対に追われている頃、他の皆は何をしているのかと言えば、(キング)であるリアス部長とソーナ会長、その側近たる女王(クィーン)である朱乃さんと椿姫さんについては、パーティーに出席している名家や旧家の関係者への挨拶周りをしていた。なお、椿姫さんは密かに想いを寄せている(と本人は思っているだけで実際は誰の目にも明らかで、解っていないのは想いを寄せられている本人だけ)祐斗の元に行けない事から内心かなり落ち込んでいる様だ。それをポーカーフェイスで隠し切っているのは流石だと思うが。一方、そうした挨拶周りとは関係のない面々は思い思いの行動をしていた。

 タイプこそ違えど容姿が整っている事から注目を集めやすい女性陣の中でも特に目立っていたのは、花より団子と言わんばかりにパーティーに出された料理の数々をひたすら平らげている小猫ちゃんだ。また、元士郎に想いを寄せている桃さんと留流子ちゃんは元士郎の両脇に陣取って、お互いを激しく牽制している。その元士郎といえば、何故その様な事になっているのか解らずにかなり動揺していた。一方、多くの男性から声を掛けられてアタフタしているアーシアをゼノヴィアがフォロー、というよりは片っ端から追い返している。あの分では、ゼノヴィアはパーティーが終わった後でリアス部長に叱られそうだ。現に同じ二年生である巴柄さんと翼紗さん、憐耶さんの三人は声を掛けられてもしっかりと応対しているのだから、弁解の余地はない。そして祐斗はその甘いルックスから招待客の女性の方に声を掛けられる事が多く、笑顔でしっかりと応対している。ただ、あの笑顔は営業用のものなので、実際には何故ここまで女性から声を掛けられているのか解らずに戸惑っているのだろう。……祐斗といい、元士郎といい、普段はかなり鋭いくせにこうした異性からの好意に対しては別人の様に鈍くなってしまうのは一体何故なのだろうか?

 一方、外賓である堕天使側といえば、アザゼルさんはパーティー会場に用意されていたカジノで遊び倒していた。

 

 ……らしいと言えばらしいのだが、堕天使の総督が社交界の場でその様な行動をしていてもいいのだろうか?

 

 そこでふとファルビウム様と話をしていたシェムハザさんと目が合ったので、僕はアザゼルさんの方に視線を向けた。その意図に気付いたシェムハザさんは大きく溜息を吐くと、力なく首を横に振るだけだった。……心中、お察しします。一方、バラキエルさんは悪魔の上層部の方と話をしているが、時々朱乃さんのいる方向に視線を向けている事から朱乃さんが心配で仕方がないのだろう。バラキエルさんには、むしろ朱乃さんには視線を向けずに堕天使幹部としての仕事を全うしてほしいと思う。そうする事で頼りになる父親の姿を朱乃さんに見せる事ができるのだから。

 そして、残った面々は僕と行動を共にしていた。まぁこれは当然と言えば当然である。イリナとレイヴェルは聖魔和合親善大使の元に出向しているし、アウラは幼いので一人にする訳にもいかない。エルレも既に婚約が発表されているので当然一緒だ。それに、既に僕の眷属に内定している瑞貴、セタンタ、ギャスパー君の三人については、この際だから顔を通しておこうという意図もある。そして、堕天使側からもヴァーリとクローズの二人が僕達と行動を共にしていたのだが。

 

「……ヴァーリ兄ちゃん」

 

「クローズ。ウンザリしているのは俺も一緒だが、ここは堪えてくれ。流石に最初からいきなりボイコットするのは、色々と不味いからな」

 

「解ったよ」

 

 ……貴族達の挨拶が一区切りつき、義父上達と別行動となった所で今度はヴァーリとクローズが貴族達に声を掛けられる様になった。それによって、二人は早くもグロッキーになりつつある。まぁ先代魔王の血族である事を大々的に明かした以上、こうなる事は解っていたのだ。ここはむしろいい経験だと割り切ってもらうしかない。

 

「流石の白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)も、社交界の荒波を乗りこなすのに悪戦苦闘なさっていますわね」

 

 レイヴェルが二人の様子を見てクスリと笑うと、イリナが話に加わってきた。

 

「でも、自分で選んだ結果でそうなったんだもの。だから、ここは踏ん張り時よ。その辺りはヴァーリもカテレアさんも、そしてクローズ君も解っている筈だわ」

 

「確かにな。まぁこれもいい経験になるだろうさ」

 

 そう言って、レイヴェルとイリナの会話に割り込んできたのはライザーだった。

 

「ヨウ、一誠。……いや、ネビロス家次期当主殿とお呼びした方がよろしいか?」

 

「その様な事を仰せになるのならば、私も大公家次期当主の婚約者(フィアンセ)殿とお呼びしなければなりませんが?」

 

 冗談にしては余りに酷い事を言って来たので僕もやり返すと、ライザーは降参の意を示してきた。

 

「……あぁ。止めだ、止め。お前にまでそんな風に呼ばれるのは、流石に嫌だからな」

 

「僕だってそれは同じだよ、ライザー」

 

 そうして普段のやり取りに戻すと、ライザーの同伴者が声を掛けてきた。

 

「お久しぶりです、兵藤親善大使。いえ、ここはライザーに合わせて一誠さんとお呼び致しましょうか」

 

「えぇ、それで構いませんよ。シーグヴァイラさん」

 

 ライザーの婚約者であるシーグヴァイラさんだ。大公家の次期当主という事で普段はとても冷静な女性なのだが、一つだけ困った点がある。ロボットアニメの熱狂的なファンで、その話になると我を忘れて食いついてくる事だ。尤も、僕自身も空想の科学技術を何とか再現しようと四苦八苦する程度にはSFファンをやっているので、シーグヴァイラさんとは割と話が合うのだが。それに対して少なからず危機感を持っているのは、最近「ダンガムはまず何を見たらいい?」と僕に相談してきたライザーだ。因みに、僕は原点であるファーストと終着点であるAをライザーに推した。この辺りは人によって好みが分かれるところであるが、けして大きくは外れていないと思う。

 

「おいおい。これ以上、俺の婚約者と意気投合しないでくれよ。俺だってそれなりに努力はしているんだからな」

 

 ライザーはそう言って釘を刺しに来るが、僕もシーグヴァイラさんもそうした気持ちは微塵もない。

 

「ハハッ。心配しなくても、僕もシーグヴァイラさんもそんなつもりは毛頭ないよ。ライザー」

 

「全くです。一誠さんはあくまで同好の士であって、それ以上はあり得ません」

 

 もちろんライザーもそれは十分解っているので、「だろうな」と軽く笑みを浮かべて流してしまった。正直な所、自分でも少々オタク染みた所はあると自覚しているが、ダンガム一つでこれだけ会話が弾むのだ。だから、それでいいのだと僕は思う。

 

 ……そこで気を僅かに抜いたのがいけなかったのだろう。僕が異変に気付いたのは、一定範囲内の空間を外界から隔離するタイプの結界が展開された時だった。

 

「イッセーくん?」

 

 その時、僕の反応を見て怪訝に思ったイリナが尋ねて来た。

 

「一誠、お前も気付いたか」

 

「ライザー?」

 

 ライザーも勘付いた様で、首を傾げるシーグヴァイラさんを余所に僕に確認を取ってきた。

 

「あぁ。それに、その分だとヴァーリと瑞貴も気付いているね?」

 

「もちろんだ。かなり巧みに隠してはいるが、俺の目を誤魔化す所まではいかなかった様だな」

 

「だけど、敵の察知に長けているレイヴェルとギャスパー君でさえ気付かなかったとなると、相手は結構に厄介だね」

 

 ヴァーリと瑞貴も気付いたのを確認した事で、僕はこの場にいる他の皆に状況を手短に説明する。

 

「どうやら、このホテルの敷地内で空間隔離型の結界が展開された様だ。使用されている力の大部分が魔力だけど、少し妖気と仙気が混じっている。そうなると、おそらくは仙術または道術を扱える元妖怪の転生悪魔によるものだろう。レイヴェル、その様な存在に心当たりは?」

 

 僕の問い掛けに対し、レイヴェルはすぐさま答えて来た。

 

「SS級に指定されている黒歌という「はぐれ」悪魔が、その条件を全て満たしていますわ。元は猫魈(ねこしょう)という猫又の上位種である黒歌は、確か妖術の他に仙術も扱う事ができた筈です。そして、実力は最上級悪魔に匹敵すると言われている大物でもありますわ」

 

 レイヴェルの返答を聞いた僕は、ここでヴァーリに確認を取る。以前、ヴァーリからある事を聞いていたからだ。

 

「ヴァーリ。確か、黒歌は……」

 

「あぁ。お前が覚えている通り、禍の団(カオス・ブリゲード)で俺が作ったチームの一員だった。ただ、流石にSS級の「はぐれ」悪魔が三大勢力のお膝元にノコノコ出向く訳にはいかなかったんだろうな。彼女だけは俺達から離れて禍の団に残っているよ」

 

 ヴァーリは僕の記憶に間違いがない事を保証してくれた。それだけに、彼女の目的が見えてこない。仮にこのパーティーにテロを仕掛けたいのならば、わざわざここから離れた場所を結界で隔離する必要などないからだ。そこで現状を把握する為に周囲の気配を確かめると、リアス部長と小猫ちゃんの気配を感じられない事に気付いた。僕は慌てて祐斗に念話を飛ばす。

 

〈祐斗! リアス部長と小猫ちゃんはどうした!〉

 

 僕の突然の念話に祐斗は少々驚いた様だったが、直ぐに返事をしてくれた。

 

〈……そう言えば、いつの間にかこのフロアからいなくなっているね。いや、それどころかホテルの敷地内から二人の気配が感じられない……?〉

 

 その答えを聞いた時点で、僕は全てを悟った。そして、頼れる親友二人に呼び掛ける。

 

〈祐斗、元士郎! パーティーを楽しんでいる所を申し訳ないけど、力を貸してくれ! リアス部長と小猫ちゃんが危ない!〉

 

 ……僕の件で既に波乱に満ちたパーティーになっていたのだが、どうやら波乱はまだまだ続く様だった。

 

 

 

Side:塔城小猫

 

 パーティー会場で不審な黒猫を見かけた時から、薄々気づいてはいました。

 

「久しぶりだにゃ、白音。あの小さかった白音がここまで大きくなってるなんて、お姉ちゃんは今とっても感動してるにゃ」

 

 ……その黒猫から、とても懐かしい妖気の気配を感じていましたから。

 

「ただ会場に紛れ込ませた黒猫一匹見ただけで此処まで来てくれるとは、流石に思ってなかったにゃ。ひょっとして、お姉ちゃんに逢いたかったの?」

 

 でも、その妖気の中にかなりの濃さで邪気が入り混じっていて、それ故に感情の抑制が利かなくなっているのだと確信しました。……計都(けいと)師父の仰った通りです。

 

「でも、これで白音を呼び出す手間が省けたわね」

 

 だから、この人はもう昔の優しかったあの人じゃない。……その笑顔からは、何かが罅割れてしまった様な印象を感じるから。

 

「白音。そっちにいたら、全力で暴れるオーフィスの巻き添えになって死んじゃうわ。だから、このままお姉ちゃんと一緒に来るにゃ」

 

「……黒歌姉様」

 

 数年前に道を違えてしまった実の姉と再会した私が最初に感じたのは、凍える様な恐怖でも、燃え滾る様な憤りでもなく、ただただ胸を締め付ける様な深い哀しみでした。

 

 私達は幼い頃に親を亡くし、それ以降は姉妹力を合わせて生きてきました。でも、それでも子供である以上は中々餌にありつけず、次第に追い詰められていく中でとある上級悪魔に拾われました。そして、姉様が眷属となる事で飢えに苦しむ事のない生活ができるようになりました。でも、それも長くは続きませんでした。悪魔に転生した事で秘められていた才能が開花し、仙術を自力で身につけるまでに至った姉様が突如豹変、恩のある主を殺してしまったんです。そして他の眷属の方も返り討ちにして、そのまま逃亡しました。……妹である私を置き去りにして。

 それから、私の地獄が始まりました。姉の暴走の責任を一身に背負う事になった私に対して行われる激しい虐待に暴行。私の存在を全否定する様な罵詈雑言の数々。常に浴びせ掛けられる敵意と殺意。……正直に言って、如何にこの身が幼かったと言っても殺されたり犯されたりしなかったのが不思議なくらいです。それでも当時の幼い私には到底耐えられる物でなく、精神が恐慌を来たして発狂する一歩手前でした。でも、発狂する前にサーゼクス様に引き取られてから部長の側で養生する事になり、やがて戦車(ルーク)の駒で部長の眷属となった時に「塔城小猫」の名を頂いたのです。白音という辛い過去と決別するという意味を込めて。

 ……それからの私は幸せでした。尤も、体の方は姉様の主殺し以来、五月の合宿の時まで殆ど成長しませんでしたけど。それだけに、もし何も変わらないまま今の状況を迎えていたら、きっと恐怖に打ち震えるだけだったでしょう。

 

 でも、今は違います。

 

「……お断りします」

 

 私に秘められていた可能性を見出し、道を違えない様に厳しくも優しく指導してくれた計都(けいと)師父がいる。

 

「白音?」

 

 宿命(かこ)を受け入れた上で、困難(いま)を乗り越えていく強さを教えてくれたベルセルク師叔(スース)がいる。

 

「私はもう、一人では何もできない甘ったれた子猫じゃない。親の様な姉であった貴女から巣立った、小さくとも一人前の猫です」

 

 そんな二人の尊敬できる師匠を紹介する事で、私を新しい道へと導いてくれたイッセー先輩がいる。

 

「私は、真実を知っています。姉様はけして仙術のせいで狂った訳ではない事、そして主殺しが私を守る為であった事も。今の私は、それを知る事ができるんです」

 

 そして、血の繋がりはなくても、私の事を温かく見守り続けてくれた部長、朱乃さん、祐斗先輩(かぞく)がいる。

 

「その上で、あえてこう言わせて頂きます」

 

 だから、はっきりと伝えよう。私はもう貴女の助けなど要らない事を。自分一人の足で立ち、そして生きていける事を。

 

「……敵地に置き去りにした妹を、今頃拾いに来るなんて。甘ったれるのもいい加減にしろ、このダメ姉貴」

 

 私はハッキリとそう答えると、姉様は何故かショックを受けているみたいでした。でも、もっといっぱい言いたい事があるのをグッと堪えてこの程度で済ませてあげたんですから、姉様にはむしろ私に感謝してほしいくらいです。

 

「よく言ったわ、小猫!」

 

 ここで私を心配したのか、密かに尾行していた部長が飛び出して来ました。……尤も、自分の尾行が私にも姉様にも気付かれている事に気付いていたからでしょうけど。そして、私の側に駆け寄ってきた部長は私に質問してきました。

 

「でも、小猫。真実とは一体どういう事なの? 黒歌の主殺しが貴女を守る為と言っていたけれど、それと関係が?」

 

 そこで私は計都師父の協力の元、ついに知ることのできた真実を部長に伝えました。

 

「どうも私もまた姉様と同じく仙術の素質があると睨んだかつての主が、私に無理矢理仙術を修得させようとしたみたいです。……眷属契約の条件に私達姉妹を保護するという項目が入っていた上に、当時の幼い私では仙術によって齎される強大な力に耐えられない事が解っていたにも関わらず、です」

 

 ……それに姉様が主殺しに手を染めた最大の理由は、姉様との房中術で得られた恩恵に味を占めたかつての主が、まだ体も心も成熟していない私にも同じ事をさせようと目論んでいたからです。でも、流石にこれは部長には話せません。情の深い部長の事がこの事実を知れば、かつての主の実家に乗り込んでしまいそうですから。……でも、どうやら無駄な努力に終わってしまいそうです。部長はしばらく目を閉じ、数秒程してから目を開くと心を落ち着ける様に何度も大きく深呼吸をしてから話し始めました。

 

「……成る程ね。黒歌の主殺しには、悪魔にとっては絶対である契約を違反した事への報復という意味合いもあったのね。それに主があんな事をしようとしていたのなら、私が黒歌でも同じ事をしていたわね。あんなのが私と同じ貴族だなんて、恥ずかしくて堪らないわ」

 

 部長は最初こそ怒っていましたが、次第に肩を落としていきました。大丈夫です、同じ貴族だとしても部長はあんな性犯罪者とは違います。私がそう思っている事に気付いたのか、部長はすぐに気を取り直すと私に確認を取って来ました。

 

「ところで、小猫。「探知」による貴女からの連鎖の爆発で確認したから、私も今小猫が言った事が真実だと解ったのだけど、小猫は計都仕込みの八卦で調べたのかしら?」

 

 部長の疑問も当然ですから、私は説明を始めます。……「探知」と同系統のチート技能である八卦の事を。

 

「はい。これを用いると過去に起こった事、現在起こっている事、そして未来に起こる事を垣間見ることができますから。ただ圧星術という八卦を狂わせる方法もありますから、得られた情報が真実であると一概には言えません。なので、そう言った物に左右されること無く真実を知る事のできる部長の「探知」には流石に一歩劣ります。ですけど、今回の場合は事実を隠蔽するべき悪魔にその技術がないので、まず間違いないでしょう」

 

 ……そう。仙術や道術を身につける上で基本である八卦を読む訓練の中で、気まぐれに姉様の件を読んでみたのが切っ掛けでした。念の為に計都師父にも読んでもらって間違いなく真実だと解った時、私は涙を抑える事ができませんでした。

 

 姉様は、私のせいで「はぐれ」悪魔として命を狙われ続ける事になったのですから。

 

 でも、八卦で占った結果というだけでは証拠にはなり得ませんし、向こうも既に物的証拠を全て破棄しているでしょう。もはや無罪はおろか情状酌量による減刑を勝ち取る事さえも難しい以上、せめて姉様がこれからは自分の事だけを考えられる様にする為に独り立ちする事を宣言したんです。因みに、八卦についてはイッセー先輩も使用できます。だからこそ、グレモリーの特性である「探知」を覚醒する所まで部長を導く事ができたのでしょう。

 こうして私の説明を聞き終えた部長ですが、とても深い溜息を吐いていました。……最近、部長は溜息を吐いてばかりです。

 

「イッセーや計都もそうだけど、貴女も十分非常識な存在になっちゃったわね」

 

 そして、部長は姉様にどうするのかを問いかけました。

 

「それで黒歌。貴女の妹は貴女から独り立ちする事をはっきりと宣言したわ。親代わりの姉としてはどうするつもりなの?」

 

 ……悪魔に転生したとはいえ、私も姉様も猫又である以上は妖怪の流儀に従う必要があります。私が独り立ちすると宣言した以上、本来ならここで手を引かなくてはなりません。

 

「だったら、生意気言っている白音にお仕置きして、さっさと連れていくだけにゃ! 既にここら一帯の空間を結界で覆って外界から遮断してるから、ここで何をやっても誰にも気づかれないわ! 後は貴女をコロコロすれば、白音を連れてそのままグッバイにゃ!」

 

 姉様は魔力を戦闘レベルにまで引き上げました。……やっぱり、私を連れ出して一緒に暮らしたいみたいです。その私への愛情は嬉しいのですが、今となってはただ重いだけです。

 

「部長。姉様の相手は私一人でします。私が姉様から独り立ちした事を明確な形で示さないと、姉様は解ってくれません。ですので、手出し無用でお願いします」

 

 その私の言葉に部長は暫く悩みましたが、やがて決断したのか大きく頷いてくれました。

 

「解ったわ、小猫。この際、行ける所まで行ってみなさい。でも、勝敗が決したと判断した時点でライザーに突入の合図を送るし、私も手を出すわよ? それだけは解って頂戴」

 

 部長はそう言うと、私から離れて後ろに下がっていきました。でも、姉様は部長に対して嘲笑いながらそれは無理だと断言します。

 

「さっきの話を聞いてなかったのにゃ? 助けは呼べないって今言ったばかりなのに」

 

 確かに、普通なら無理でしょう。でも、私達は普通じゃありません。それを部長は説明しました。

 

「貴女には悪いけど、私達が普段使っている念話なら問題なく通じるわよ。現に、イッセー達には既に今の状況を伝えてあるわ。尤も、イッセー達は今それどころじゃないみたいだから、まだ自由に動けるライザーに救援を頼んだ訳だけど」

 

「……ハッ?」

 

 既に連絡済みだと明かされた事で呆気に取られる姉様に対して、部長は説明を続けます。

 

「今私が使った念話の術式は、私の知る限りにおいて間違いなく最高位である魔導師が構築したもの。それこそレヴィアタン様が自分よりも実力が上だと認めて、素直に教えを請う程のね。それとも貴女、まさか自分の力が魔王様を凌駕しているなんて自惚れているのかしら?」

 

 部長のやや挑発的な発言に対して、姉様は小さく舌打ちしました。こちらに向かっているというライザーさん(妹の友達ならもっと気さくに呼んでくれても構わないと言われた)は今や「フェニックス家の超新星」と呼ばれてトップランカーに名を連ねようとしていますし、その実力もヴェネラナ様やエルレ様とほぼ同等と最上級悪魔でもかなり上の方に来る方です。いくらSS級で実力は最上級悪魔と同等と言われる姉様と言えども、情報も準備も無しに挑める相手ではないのでしょう。そうした焦りを少し表情に浮かべた姉様は、私が本当に一人で対峙したのを見ると呆れた素振りで話しかけてきました。

 

「ところで、白音。まさか本当に一人でお姉ちゃんと戦うつもり? 解っているでしょ? 白音じゃ私には」

 

「縮地法」

 

 その瞬間、私は既に姉様の懐に入り込んでいました。姉様は未だに現実を理解し切れていないのか、完全に呆けた表情を見せています。

 

「……えっ?」

 

 そして胸の中心に手を添えると、そのまま通背拳へと移行しました。通背拳をまともに食らった姉様は、肺の中の空気を全て押し出された様な声を上げます。そうして慌ててその場から離れて間合いを取りましたが、咳き込みながらこちらを見つめる姉様の顔には明らかに驚きの表情が浮かんでいました。

 

「ゴホッ、ゴホッ! い、今のは一体何だったの! 白音の動きを見るどころか、気の流れを読む事すらできなかったにゃ!」

 

 その姉様の疑問に対して答える義理などありませんけど、この際です。思い切って現実を突き付ける事にしました。

 

「……気の流れで動きが読めなかったは当然です。そもそも、私は一歩も動いていないんですから」

 

 でも、私の言葉を聞いても姉様は全く理解できないと言った面持ちでした。

 

「白音。一体、何を言っているの?」

 

 だから、私はしっかりと説明しました。もはや、私は姉様とは違うという事を。

 

「縮地法。ただし、一歩目から最高速に持って行く事で疑似的に再現した武術の歩法ではなく、自分と対象の間の空間を縮めるという代表的な仙術の一つです」

 

 そこまで聞いた姉様はようやく理解したらしく、さっき以上に驚いていました。

 

「白音! 貴女、まさか既に仙術を!」

 

「……私は歴代の赤龍帝でも最高位に位置する道士(タオシー)の赤龍帝である計都師父に師事し、正統な道術と仙術、更には須弥山から放たれた刺客との戦いの中で師父が自ら作り上げたという闘仙術を学びました。流石に適性のあった術以外は基礎的なものしか修得していませんけど、それでも我流で修めた為に基礎的な部分が所々抜け落ちてしまった姉様よりは仙術に深く通じていると思いますよ」

 

 私の返事を聞いて、姉様が今度こそ呆然自失となってしまいました。私が自分でない相手から自分以上の仙術を教わったという事実に。そして、私は万感を込めて姉様に訣別の言葉を告げます。

 

「姉様。……いえ、黒歌。私は貴女が側にいなくても、一人で十分生きていけます。だから私の事なんて忘れて、自分が幸せになる事だけを考えて生きて下さい」

 

 でも、黒歌はそれを受け入れようとはしませんでした。

 

「……嫌よ。白音、貴女を絶対に連れて行くわ! たとえ力尽くになったとしても! そして私は取り返すのよ! 親がいなくてお腹が空いてばかりだったけど、それでも二人で力を合わせて一緒に生きてきた! そんな、とても幸せだったあの日々を!」

 

 今までとは明らかに異なる言葉遣いをする黒歌の表情からは、今まであった余裕なんて完全に吹き飛んでいました。もはや油断などはなく、最上級悪魔と同等と言われるその実力を発揮して来る筈です。つまり、此処からが本番でした。

 ……だからこそ、私は今ここで黒歌という私にとって最も大きな壁を乗り越えてみせる。()()()()()()()()()()を活かし、お互いにとっての最善の未来を勝ち取る為に。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

なお、黒歌の主殺しの最後のきっかけについてですが、原作中でも房中術が出ている以上、黒歌の主が男性であればこういった可能性もあり得るので取り上げてみました。
尤も、アニメ版では女性だった様なので、原作でもそうなる可能性が高いのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十一話 黒と白の二重唱

Side:リアス・グレモリー

 

 かつてヴァーリが禍の団(カオス・ブリゲード)で作ったチームの一員でありながら、唯一ヴァーリ達から離れて禍の団に残った黒歌が小猫を連れ去りにやってきた。ただ黒歌にしてみれば、比較的安全な場所にいた筈の妹がいつの間にか命がいくつあっても足りない過酷な戦場に巻き込まれようとしているのを知って、慌てて迎えに来たといったところだろう。それに対して小猫が姉からの巣立ちによる訣別を宣言し、それを黒歌が拒んだ事で血の繋がった姉妹同士の戦いが始まった。……でも、その戦いが進むにつれて私は驚きを隠し切れなくなっていた。

 

「同じ仙術使いでも、ここまで差が出るものなの……!」

 

 一方は為す術なく、ただ無残にやられていた。放たれる攻撃の全てを制圧されて、為す術がないままに攻撃を受ける。何とかダメージを最小限にはしているけれど、それでも速攻から持久戦に切り替えてしまえば何ら問題ない程度だった。それだけに、私の目の前で繰り広げられている光景を受け入れられる者は殆ど居ないだろう。

 

 実力は最上級悪魔に匹敵すると言われるSS級「はぐれ」悪魔、黒歌。

 

「既に猫又として成熟している私が、まだ成熟してない筈の白音に手も足も出ないなんて。どうしてこんな事になっているの? まさか白音が言った通り、白音は私なんてもう必要ないっていう事なの?」

 

 ……その黒歌が、まだ成熟していない上にあらゆる経験が下回っている筈の小猫に一方的にやられているのだから。

 

 

 

 小猫の決別宣言を黒歌が拒絶する形で姉妹対決が始まると、黒歌はまず自らの妖気で作ったと思われる霧をこちらに放ってきた。私は「探知」を即座に発動して調べてみたけど、この霧は悪魔や妖怪に対してのみ有効な毒で構成されていた。きっとこれで私と小猫を無力化した後で小猫を連れ去り、私をそのまま放置するつもりみたいね。格上を相手にしている以上は私に構う余裕なんて小猫にはないと判断した私は、体に薄く「滅び」の魔力を纏う事で自分の身を守ろうとした。でも、小猫が「()ッ!」という独特の掛け声と共に毒霧に向かって指を差した瞬間、毒霧が霧散してしまった。小猫は毒霧を構成する妖気に自分の気を送り込む事で妖気を散らして毒霧を無効化したのだけど、お陰で私が自分の身を守ろうとした意味がなくなってしまい、何とも言えない気分になる。

 

「確かに、この毒霧はとても強力です。でも我流の為か、力の練り込み方がかなり甘いです。この程度なら、まだ仙術を齧ったばかりの私でも何とか制圧できます。まして計都(けいと)師父だったら、毒霧を出そうとした瞬間に妖気ごと制圧されてしまいますよ。黒歌」

 

「クッ! この毒霧は初見でこんな簡単に攻略されるものじゃないのに!」

 

 毒霧を制圧した小猫は容赦のない言葉で黒歌の心を乱して隙を作ると、再び縮地法を用いて黒歌の懐に入る。そして、武術に疎い私ですら美しいと思える程に一切の無駄のない動作で正拳突きを放った。小猫の一撃を食らった黒歌は、呻き声を上げる事すらできずに木を何本も折りながら吹き飛ばされていく。

 

「……真拳」

 

 放った後で技の名前を言う小猫だけど、黒歌がとっさに僅かでも後ろに飛んだ事でクリーンヒットには至らなかった事を悟って眉間に皺を寄せた。一方、かろうじて直撃だけは避けた黒歌は、吹き飛ばされたのを利用して小猫からある程度の距離を確保できた。

 

「それなら、これでどうかしら!」

 

 そこで黒歌は魔力を一気に高めた後、猫の妖怪としての俊敏性を活かした高速移動で一箇所に留まる事無く強力な魔力弾を連射し始めた。魔力弾の威力については流石にレイヴェルのカイザーフェニックス程ではないものの、それでも朱乃の雷光を確実に上回っている。それを連発できるのだから、実力は最上級悪魔と同等というのはけして間違ってはいなかった。それに対して小猫は俊敏性を強化する軽身功を使って魔力弾を回避しながら黒歌を追い駆けていくけれど、流石にイッセーや計都の様に動きながら縮地法を使う事はできないのでなかなか黒歌との距離を詰められずにいる。黒歌はこのまま小猫との距離を確保しつつ遠距離からの攻撃を繰り返す事で、格闘戦に特化している筈の小猫に何もさせないつもりなのだろう。しかも、いつの間にか黒歌の人数が増えていて、気がつけば十人程の黒歌が縦横無尽に森の中を駆け巡りながら小猫に魔力弾を放ってきている。

 ……計都に師事する前だったら、小猫はその内に数の暴力に押されて対処し切れなくなっていた。でも、今の小猫にその手は通用しない。

 

「疾ッ!」

 

 小猫が掛け声と共に魔力弾に向かって手をかざすと、五本の雷が轟音と共に降り注いで黒歌の魔力弾を全てかき消してしまった。五本の雷を轟音と共に落とす事で破邪の法とする五雷亮響の術だ。この術は妖術や魔力に対して特に効果がある。小猫は術が有効な内に大きく息を吸ってから息を詰めた後、その場に立ち止まると同時に走り回っている黒歌達の全てを無視して全く違う方向を向いた。そして両拳を上下に重ねて筒を作るとそのまま口の前に持っていき、「疾ッ!」という掛け声と共に詰めていた息を吹き付ける。

 

「にゃっ!」

 

 すると、小猫が向いている方向から黒歌の悲鳴が聞こえてきた。それと同時に今まで見えていた黒歌達の姿が全て黒猫のものへと変わり、新たに右肩を押さえて蹲った黒歌が現れる。押さえた右肩からは鮮血が流れ出ていた。さっき毒霧を調べる際に発動した「探知」はそのままにしてあるから、私は小猫や黒歌のやっている事が解る。因みに、小猫が黒歌への攻撃に使ったのは「気鑽(きさん)」の術。天地の霊気を大量に含んだ息を両手で作った筒の中で圧縮・加速する事で全てを穿つ霊風の弾丸を放つというものだ。ただ、小猫が凄いのはそこじゃない。

 黒歌は駆け回る途中で攻撃力のある式神を出して幻術で自分の姿へと変えた後、別の幻術で自分の姿を隠して式神と入れ替わっている。そうして少しずつ自分の姿に変えた式神を増やしながら小猫が式神からの攻撃に手一杯になった所で奇襲するつもりだったのだ。どちらも「探知」を発動させていなかったら、私では見破れなかったでしょうね。

 でも、小猫は黒歌の数が増えた時点で仙気を目に集めて、真っ赤な瞳と金色の虹彩を持つ火眼金睛へと変えた。この目になると余程高度な物でない限り、妖術や幻術を打ち破って真実を見抜く事ができる。それによって、小猫は黒歌の幻術の全てを打ち破り、正確に攻撃を当てる事ができたのだ。なお、この火眼金睛もまた八卦と同様に仙術もしくは道術の基礎となる術の一つであり、同時に仙人や道士が妖怪に対して優位に立てる要素の一つでもあるのだけど、使うのが計都クラスの道士や仙人になるとただ目を合わせるだけで「妖」や「魔」に属する者の力を制圧して動けなくしてしまうとの事だった。計都がかの孫悟空こと闘戦勝仏に手傷を負わせたという話も、これなら納得よね。

 ……それだけに自分の作戦に必勝を期していた黒歌の動揺はとても大きく、離れた場所にいる私からでもハッキリと解るくらいに顔に出ていた。何せ、自分の使用する全ての術が全く通用していないのだから。しかも相手は自分より遥かに経験が劣る筈の実の妹。そしてこの現状は、小猫が既に姉の元を離れて独り立ちできる程の力を得ている事を示していた。その結果、さっきの黒歌の言葉に繋がったのだ。

 

 血の繋がった実の妹を敵地に置き去りにした挙句に何年も放置し続けておきながら、どうしてそんな言葉を未練がましくも本人の前で言えるのか。……黒歌側の事情を「探知」の応用である連鎖の爆発で知っていなければ、きっとこの場で今思った事をそのまま口にしていたと思う。

 

 主殺しを実行した際、黒歌はその為に必要な力を得ようと仙術を使って外の気を必死に集める余りに一緒に邪気を大量に取り込んでしまった。その結果、邪気による暴走で理性を失った黒歌は主を殺害した後、駆け付けてきた眷属達とも大立ち回りを演じている。そして生存本能に従ってその場から一目散に逃走してしまったのだ。その後、かなりの時間が掛かったものの取り込んだ邪気が薄れた事で正気に戻った黒歌は、仙術の暴走で我を失っていたとは言え置き去りにしてしまった最愛の妹がどうなったのかを自らの手で調べ上げている。因みに、小猫はその時点で既にお兄様に保護されていたものの、敵意と殺意に囲まれて幾度も虐待を受けた事で精神が崩壊寸前だった。姉の名前を聞いた時が特に酷く、その時まで全く反応していなかったのが嘘の様にただひたすら恨み節を吐き続けた。かと思えば、突然恐怖に震えながら泣き喚き、更には必死に助けを求める事もあるなど反応がバラバラで情緒が非常に不安定だった。そんな状況でもし黒歌が小猫の前に姿を見せようものなら、それが切っ掛けで小猫の精神が完全に破綻していたと思う。それだけ、当時の小猫は精神的に追い詰められていたのだ。そして、小猫を取り戻そうと密かに様子を窺っていた黒歌は、そんな小猫の悲惨な姿を目の当たりにしてしまった。

 

 ……だから、当時の黒歌は小猫を迎えにいくのを断念した。いえ、断念せざるを得なかったと言うべきね。当時の小猫にとって、自分こそが最も会ってはいけない存在だったのだから。

 

「どうして、仲の良かった姉妹がここまですれ違う事になってしまったのかしらね……」

 

 小猫が黒歌の事で苦しみ、そして立ち直っていったのを間近で見てきた私は、黒歌に関する真相を知ってしまった事で何とも言えない複雑な感情を抱いてしまった。でも、事ここに至っては私にできる事なんてもう何もない。後はこの姉妹がお互いにどんな答えを出すのかを見届けるしかなかった。

 ここで小猫と黒歌の姉妹対決に目を戻す。ただ、もはや黒歌が勝機を見出すには格闘戦しかない。何せ、妖術に魔力、幻術、そして実は切り札の一つだった毒霧さえも小猫には通用しなかったのだ。それなら、小猫に接近して体に一撃加えると同時に気の流れを乱す事で小猫を無力化するしかない。でも、小猫が最も得意とするのがその格闘戦である以上、完全に一か八かの博打になる。だったら、ここで一度逃げて体勢を立て直してから再戦すればいいと普通は思うのかもしれないけれど、それでは自分の負けを認めなければならないし、同時に再戦するまでの僅かな間であっても小猫が独り立ちして自分の元を離れる事を認める事になる。小猫を手放したくない黒歌にとって、それだけはけして認められないのだろう。

 そこで、黒歌は一計を案じた。もう一度毒霧を、しかも自身の姿が隠れる程の濃さで展開してきたのだ。このままでは制圧が間に合わずに、私にまで毒霧が届いてしまう。一応さっきの備えはそのままにしてあるけど、小猫は私の手を煩わせたくなかったのか、胸の前で手印を組むと軽く呪文を唱えて息を吹き出す。すると、小猫の息は強烈な霊気を含む炎となって毒霧を全て焼き払ってしまった。牛魔王の息子で西遊記にも登場している紅孩児も使用している三昧真火の術だ。流石に紅孩児の様に竜王の降らせた滝の様な雨を物ともせずに闘戦勝仏を瀕死に追い遣る様な常軌を逸した威力こそ出せないものの、猫又が火車(カシャ)という火に関連する能力を持つ事から小猫との相性が良く、通常よりも強力な炎が出せるらしい。でも、私を気にして毒霧の対処を優先してしまった為に、気配を殺す事に全力を注いだ黒歌が小猫の懐まで踏み込んでしまった。そして、黒歌は小猫の脇腹にその手を添える。

 

「もらったわ!」

 

 黒歌は確かに自分の気を流し込んだのだろう。これによって、小猫は気の流れを乱されて体の自由を奪われてしまう筈だった。……でも、あの計都がこの様な事態を読めない筈がなかった。

 

「残念ですけど、それも私には通じません。計都師父からは、仙術の基礎である気功術の対策も叩き込まれています」

 

 黒歌が添えた脇腹とは逆の脇腹に自分の手を添えた小猫の声が、黒歌の最後の希望を打ち砕く。逆方向から同質の気を流した事で、黒歌の気を相殺したのだろう。そして、勝負を賭けた一撃が完全に無効化された事で呆然としている黒歌の致命的な隙を、小猫はけして見逃さなかった。

 

「これが、今の私でも扱える仙術の奥義!」

 

 小猫は黒歌の鳩尾に利き手を添えると、そこから筋力強化の剛身功、身体の気を活性化させる内気功、天然自然の気を取り込む外気功を一度に発動する。

 

「仙気、発剄!」

 

 そして、足を踏み込むと同時に全身の力を黒歌の鳩尾に当てた利き手に集約、高めた気と共に一気に放つ。それによって相手の内臓と気脈を完全に破壊するという、タンニーンとのエキシビジョンマッチでイッセーも使った仙術の奥義、仙気発剄だ。小猫が勝負を賭けた仙気発剄が発動してから数秒の間、辺りは完全に静まり返っていた。そして、小猫が黒歌の鳩尾に添えていた手をゆっくりと引いて一歩下がる。

 

「……し、ろ……ね…………」

 

 黒歌が力無くそう呟くと、ゆっくりと崩れ落ちていった。どうやら完全に気を失ってしまったみたいだ。……小猫が自分から離れていくのが余程嫌だったんだろう、その顔は涙で濡れていた。

 

「黒歌。仙術以外の全てにおいて勝っていた貴女が私に負けた理由はたった一つ。……そう、たった一つだけなんです」

 

 黒歌が完全に戦闘不能となったのを確認した小猫は、ただ淡々と今回の敗因を語りかける。

 

「私は今の貴女を知っていたけれど、貴女は今の私を知らなかった。ただ、それだけです」

 

 実は、計都は小猫に頼まれて八卦を使った時、この日、この時、この場所で小猫が黒歌と対峙する運命にある事を知った。そこで黒歌の持っている能力の全てを八卦を使って暴くと共に、黒歌に勝ちたいという小猫の意を酌んでその対抗策を徹底的に仕込み、対黒歌に特化させた。本来ならもっと時間をかけて修得させるべき縮地法や気鑽を強引に修得させたのもその為。小猫が極めて短い期間で黒歌に勝つには、それしかなかったのだ。逆に言えば、黒歌以外の相手では総合力では黒歌に劣る私やソーナにも負けてしまう様な脆さが今の小猫にはあるので、疎かにせざるを得なかった基礎の固め直しが小猫の今後の課題だ。

 

「そうじゃなかったら、今ここで倒れていたのはきっと私だった筈ですから」

 

 ……でも、小猫の顔からは、そうまでして掴み取った勝利の喜びなんてものはまるで感じられず、むしろ姉に対する哀しみと巣立つ事への寂しさがそこにはあった。

 

「置き去りにされてから何度も生き地獄を味わっては、その原因となった貴女の事を恨みに思った時もありました。邪気を取り込み過ぎてただひたすらに暴れ回る貴女の姿を思い出しては、その恐ろしさに怯えて泣き喚いた事もありました。でも、それでも私は貴女の事を変わらずに愛し続けて、いつか迎えに来てくれるとずっと信じて待っていました。そして、色々な人達の支えや導きで貴女への恨みや怯え、そして甘えを振り払って自分の足で立つ事のできた今なら、貴女の今後の幸せを心から祈る事ができます」

 

 そして、小猫は自分の想いの全てを黒歌に伝えていく。黒歌は気絶しているけれど、だからこそ言える事なのでしょうね。……小猫のこんな想いを直接聞いてしまったら、黒歌はきっと自分で自分を許せなくなってしまうから。

 

「……さようなら、黒歌姉様。次に会う事があれば、貴女の後ろに隠れている白音(わたし)ではなく、目の前に立っている塔城小猫()を見て下さいね。たとえ、その時にはまだ敵同士であったとしても」

 

 最後に黒歌への別れの言葉を告げた時、小猫は穏やかな笑みを浮かべたまま一粒だけ涙を零していた。そんな小猫にかけるべき言葉を見つけられない自分自身が、余りに情けなくて仕方がない。やがて、小猫は涙を振り払うとそのまま私の元へと戻ってきた。……空から人影が降りて来たのは、その直後だった。

 

「あっちゃ~。どうやら間に合わなかったみたいだぜぃ。まぁ想像とは真反対だった分、まだ良かったと言えるのかもしれないけどねぃ」

 

 ……自他ともに認めるセタンタ君のライバル、美猴だ。彼はこちらから尋ねる前に、自分からどうしてここに来たのかを説明し始めた。

 

「二人とも、何故俺っちがここにいるんだって顔してるなぁ。それなんだけどな、今日のパーティーにはヴァーリと一緒にクローズの奴もこっちに来てるだろ? それで弟分が可愛いルフェイに頼まれて、隠密行動に長けた俺っちがこっそりこっちの様子を見に来たって訳さ。そうしたら、何か空間がいい感じで歪んでいるのを見つけてなぁ。しかも明らかに覚えのあるモンだったから、それで急いでこっちに駆け付けて来たんだけどよぅ。まさか、妹を攫いに来た黒歌がその妹に返り討ちにされているとは思わなかったぜぃ」

 

 美猴はそう言うと、小猫に対して感心する様な素振りを見せた。そして、小猫の師匠である計都に話が及ぶ。

 

「それにしても、黒歌の妹を短期間でここまで仕込んじまうとはねぇ。計都のオッサンも大したモンだぜぃ。あの化物ジジィをして「最後に出会った強敵」なんて言わしめたのは、けして伊達じゃないって事かねぃ」

 

 実は、ヴァーリが仲間と共に早朝鍛錬の参加を申し出た時に美猴は計都に一度挑んでいるのだけど、計都が中指で美猴を指差しただけで全く動けなくなるなんて散々な結果で終わっている。何でも直接触れる事無く点穴を突いて気の流れを止めてしまう点断の術というものがあるみたいで、この時は美猴に全身麻痺の点断を使用したとの事だった。それ以来、美猴は仙術使いとしては明らかに格上である計都に対して、自分の祖先である闘戦勝仏が強敵と認める程の強者として一目置く様になっている。

 

「私の自慢の師父ですから。それに、あのイッセー先輩を育て上げた実績もあるんです。指導者としても優秀なのは、今更言うまでもありません」

 

 小猫は自分の師匠を褒められた事で堂々と胸を張っている。それについては私も異論はないけれど、今の小猫の素振りがまるでイッセーの事を自慢しているアウラちゃんみたいで少し可笑しかった。まぁ親子でも別におかしくない年齢差なので、あるいは心の何処かで計都の事を父親の様に思っているのかもしれないわね。そんな小猫の感情を察したのか、美猴は「まっ、それもそうだな」と軽く笑みを浮かべて話を切り上げると、そのまま小猫に黒歌の容体について尋ねてきた。

 

「ところでよぅ。その計都のオッサン仕込みの結構ヤバそうな一撃が綺麗に入っちまっていたけど、黒歌は本当に大丈夫なのかい?」

 

 美猴からの問い掛けに対して、小猫は淡々と答えていく。

 

「仙気発剄については手加減しました。だから、死ぬ事はないと思います。ただ気脈が完全に機能不全に陥っているので、数日は身動き一つ取れません。むしろ、手加減の利かない気鑽による右肩の傷の方が重傷の筈ですが……」

 

 その小猫の見立てを受けて、美猴は自らも黒歌の状態を調べた上で右肩の傷に処置を施して止血した後、小猫の見立てに対して納得した様な表情を浮かべた。

 

「……確かに体の方は気が上手く流れていないから数日は動けねぇだろうが、後遺症は特になさそうだぜぃ。右肩も綺麗に風穴が開いちまっているが、この程度の傷なら計都のオッサンに幾つか分けてもらった薬丹があるし、他にも治す手立てはいくらでもあるからな。こっちもあんまり気にしなくてもよさそうだねぃ。まぁ結果としちゃ、俺っちが黒歌を抑える手間が省けたってところか」

 

 ここで美猴は表情をやや苦いものへと変えた。そして、とても言い辛そうな素振りで話を始める。

 

「それでな、黒歌の「はぐれ」の件について俺っちが言うのも何だけどよぅ……」

 

 ここまで聞いた時点で美猴がこちらに何を頼みたいのかを悟ったので、私が黒歌の「はぐれ」に関する事情を知っている事を美猴に伝える。

 

「そちらについては、私の方からお兄様達に話をしておくわ。私はさっき「探知」の応用法を使った事で黒歌の主殺しに関する真相を知っているのよ。……八卦で天数を読んだ小猫もね。ただ今回、それでも小猫が黒歌と戦ったのは、小猫が独り立ちする事を黒歌に認めさせるって目的があったからなのよ。そうする事で黒歌を自分という柵から解放する為にもね」

 

 私の説明を聞き終えた美猴は、納得した表情を浮かべた。

 

「……そういう事だったのかい。それなら、黒歌が今回やった事にも少しは意味があったって事だねぃ」

 

 ここで黒歌が気を失った事で結界も解けたらしく、結界の外で待機していたライザーが駆け付けてきた。そして、私達に声を掛けてくる。

 

「どうやら終わった様だな、リアス。小猫もよくやった。お前が姉越えを果たした事を、レイヴェルはきっと自分の事の様に喜ぶだろう」

 

 すると、美猴は気絶している黒歌に対して同情的な視線を向けた。

 

「あらら。こりゃ黒歌もツキがなかったねぃ。仮にここで妹に勝っていたとしても、次にライザー・フェニックスが控えていた訳かい。これじゃどっちにしろ、黒歌は望みを叶えられなかっただろうなぁ」

 

 美猴はそう言うと、話題を大きく変えて来た。

 

「ここで話はコロッと変わるけどよぅ、イッセーが上級悪魔に昇格するのに合わせて冥界でも最古の名家と言われるネビロス家の次期当主として完全に独立したって聞いたぜぃ。俺っちとしてはイッセーに直接祝いの言葉を掛けたかったんだけど、流石に今は無理そうだから一先ずイッセーの主だったアンタにオメデトウって言わせてもらうぜぃ」

 

 美猴がイッセーの昇格と独立のお祝いを告げた所で、小猫が私にイッセーの事について尋ねてくる。

 

「……部長、さっきの話ですけど」

 

「イッセーは今それどころじゃないって事かしら?」

 

 私が確認を取ると、小猫は深く頷いた。……そうね。SS級「はぐれ」悪魔が潜入しているなんで普通ならパーティーが中止になるくらいの緊急事態なんだけど、それよりも優先される様な事態が発生しているなんて小猫じゃなくても気になるわね。私はライザーの方を見ると、ライザーが頷いて説明役を買って出てくれた。

 

「それなら、パーティーのメイン会場から動けなくなった一誠の代わりに救援を頼まれた俺から説明しよう。……と言っても、事態の深刻さはすぐにでも理解できるんだがな」

 

 そして、ライザーはパーティー会場で発生している緊急事態について説明した。

 

「今さっき、一誠を狙ってオーフィスがパーティー会場に現れたんだよ。しかも、明らかに強そうな仲間と一緒にな。それで本当なら眷属悪魔で一誠とは離れていた事から動き易い祐斗と元士郎をこっちの救援に向かわせる予定だったんだが、アイツ等は前回の戦いでオーフィスから目をつけられているみたいでな。それでオーフィスとの接点がなくてノーマークな俺がこっちに来たって訳だ」

 

 ……本当、イッセーってどうしてこうもトラブルに見舞われるのかしら? それとも、これも強い力を引き寄せるというドラゴンの宿命なのかもしれないわね。そんなイッセーの今後を思うと、私は溜息を吐きたくなった。

 

Side end

 

 

 

「パパ。このバナナ、とっても美味しいよ!」

 

 僕の隣で美味しそうにバナナを食べているのは、僕の大切な娘であるアウラ。

 

「これ、おいしい」

 

 右手に食べ掛けのバナナを握ってそう語るのは、僕の元へと訪れた招かれざる客人。

 

「お気に召されましたか?」

 

 その様子を見て即座に伺いを立てるのは、ネビロス家が誇る執事長。ジェベル・イポス。

 

「ウン!」

 

 アウラが笑顔で応える一方で、招かれざる客人も心なしか嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「……我、これをもっと食べる」

 

「あっ、だったらあたしも!」

 

「承知致しました。直ちにお持ちしましょう」

 

 招かれざる客人からの要望にアウラも同意したのを受けて、ジェベル執事長がバナナの調達の為にテーブルから離れる。そこで、招かれざる客人は向かいに座る僕の方へと視線を向けた。

 

「……ドライグ、前に戦った時とは比べ物にならないくらいに強くなっている。光の力も、ドライグ自身も。我、新しい仲間を探したのはやはり正解だった」

 

 そう語る招かれざる客人の名は、オーフィス。今から二月程前に僕を狙って駒王学園を襲撃してきた、この世界における最強の龍神だ。

 

 ……僕は今、最強の敵とテーブルを共にしていた。ただ、問題はそれだけではない。

 

 オーフィスと一緒にやってきた黒いコートの長身の男。僕とギャスパー君に視線を向けるこの男は、金と黒が入り乱れた髪と右が金で左が黒という特徴的なオッドアイという容貌をしているが、纏っているオーラが余りに濃密で精神世界で会ったドライグとほぼ同等の強さを感じられる。また、ある意味で同郷と言えるグイベルさんとは顔見知りであり、その出会いを境に人間界と冥界を回りながら己の研鑽に励んでいたという。そうした長年の研鑽の結果、僕が今まで出会って来た存在の中でも特に桁外れだったオーフィスに次ぐ、それこそ全盛期のドライグやアルビオン、そして三千大千世界様と同等クラスの強さを得るに至ったのだろう。

 

 それほどの強者である彼の名は、クロウ・クルワッハ。三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)という別の呼び名を持つ、邪龍の筆頭格にして最強の一角だ。

 

 ……そして、これだけの強者を味方に引き込んでしまう程、僕を己の眷属とする事にオーフィスは拘っていた。

 




いかがだったでしょうか?

拙作では、必要に応じて原作キャラの登場を大幅に繰り上げています。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十二話 無限、再来

Overview

 

 時は小猫が黒歌と対峙した直後まで遡る。

 

 ホテルの敷地内で空間を隔離するタイプの結界が張られた事と敷地内でリアスと小猫の気配を感知できない事を結びつけた一誠は、すぐに表情を元の平静なものに戻したものの一瞬だけ焦りの表情を浮かべてしまった。それを見たライザーが一誠に問い質そうとしたのだが、その前に一誠に声を掛けてきた者がいた。

 

「やぁ、イッセー君。今宵のパーティーは楽しんでいるかな?」

 

 パーティーの主催者である魔王サーゼクス・ルシファーである。その隣には同僚で同じく魔王のアジュカ・ベルゼブブもいる。魔王二人が揃って現れた状況にこの場にいる殆どの者が驚く中、サーゼクスからプライベートの呼び方で話しかけられた一誠は溜息を一つ吐いた。

 

「……お願いしますから、ここでイッセー君は止めて下さい。サーゼクスさん」

 

 元々、一誠には「公務から離れた時には、普段の言葉使いと態度で接する様に」という命令がサーゼクスから下されている。そして、このパーティーは魔王主催ではあるもののそこまで格式張ったものはない事から、サーゼクスは公務から離れていると判断してあえてプライベートの呼び方をしたのだ。その為、一誠は内心不味い事になったと思いながらも、魔王直々の命令に従って普段の言葉遣いで応対するしかなかった。そこに、同じく技術者仲間という事で一誠と公私共に親しくなったアジュカも便乗する。

 

「いいじゃないか、イッセー君。魔王も偶には羽目を外したり、羽を伸ばしたりしてみたくなるものなんだよ」

 

「アジュカさんまで何を言っているんですか。パーティーとしてはそこまで格式張ったものでないとはいえ、流石にやり過ぎです。お二人とも、こちらを怖い顔で見ているグレイフィアさんに後でしっかりと叱られて下さいね」

 

 魔王としては余りに気安い二人の言動に対して、一誠は頭が痛くなりつつもしっかりと釘を刺した。一方、愛妻からの説教が決定した事でサーゼクスはガクッと肩を落とすものの、その後すぐに表情を真剣なものへと改めた。

 

「……さて。気楽なおしゃべりはこれぐらいにして、本題に入ろうか」

 

「その前に、俺の事も忘れないでくれよ」

 

 サーゼクスが本題に入ろうとした所で、先程までスロットに夢中になっていた筈のアザゼルもまた一誠の元に近付いてきていた。そこで、サーゼクスがアザゼルに確認を取る。

 

「アザゼルも既に気付いていたのか」

 

「当たり前だ。そりゃ神器研究に没頭して体も勘も鈍っていた以前の俺なら、たぶん気付かなかったんだろうがな。ここ最近はお前やイッセーと一緒に早朝トレーニングやってるお陰で、全盛期の力と勘を取り戻しつつあるんだ。それで気付かなかったら、ただのバカだろう」

 

 アザゼルから確認を取った所で、サーゼクスは一誠に状況説明を求めた。

 

「イッセー君、早速だが状況の説明を頼む。私やアジュカ、それにアザゼルもホテルの敷地内に結界が張られた事には気付いているんだが、君はもう少し深い所まで見えていそうだからね」

 

「解りました。少し待って下さい」

 

 これを受けて一誠は、風の精霊に頼んで自分の近くにいる関係者のみに声が聞こえる様にした。そして、事情の説明を始める。

 

「では説明します。先程、ホテルの敷地内からリアス部長と小猫ちゃんの気配を感知できなくなりました。それとつい先程空間隔離型の結界を展開したのがSS級「はぐれ」悪魔の黒歌であると思われる事から……」

 

「その黒歌によって、リアスと小猫君が結界に閉じ込められた。そう考えるのが妥当といったところか」

 

 一誠の説明を受けてサーゼクスがそう結論付けると、一誠は、自分は自由に動けない状況である事を説明する。

 

「その通りです。ただ、ここで僕が直接二人を助けに行く事はできません。現在注目を集めている僕がいきなりこの場を離れてしまえば、パーティーに参加なされている方達の間で騒ぎになります。そこで黒歌の件が判明したら、騒ぎが大きくなって下手をするとパニックになりかねません。当然、パーティーの主催者であるサーゼクスさんとアジュカさん、外賓であるアザゼルさんも駄目です」

 

 一誠の説明が終わると、それに合わせてヴァーリと瑞貴が自分達の置かれている状況について述べ始めた。

 

「それなら、ルシファーの末裔である事を公言した俺も同じ理由でダメだな。ただ俺達は既に割り切っているんだが、ルフェイがまだ諦め切れなくてね。黒歌に会った時にはもう一度説得してほしいと頼まれているから、俺としては何とかしてやろうと思っているんだが、流石に今回は見送らないと不味いか」

 

「こうなると婚約者として一誠の側にいないといけないエルレさんはもちろん、一誠の眷属候補として注目を集めている僕とセタンタ、ギャスパー君もダメだね。イリナとレイヴェルもこの状況だと一誠の側から離れられないけど、それ以前に実力は最上級悪魔に匹敵するという黒歌を相手取るには少々厳しい」

 

 一誠とヴァーリ、瑞貴の三人が意見を出し終えると、それらを踏まえて結論を出したのはアザゼルだった。

 

「そうなると、ここは実力と立場が以前のイッセーみたいに全く合ってねぇ上に現在イッセーと離れていて比較的動き易い木場と匙を動かすべきだな。元々最上級悪魔の領域に至っている二人が組んで当たれば、相手が最上級悪魔と同等クラスでも特に問題はねぇだろう」

 

 一誠は自分もまたアザゼルと同じ結論に至っていたので、すぐに賛成の意を示す。

 

「僕も同じ考えです。それで二人には既に協力を求めて同意を得ていますから、後はこのまま救援に向かってもらえばいい。……そう、思っていたんですけどね」

 

 しかし、ここで一誠は視線をこの場にいる誰とも合わせずに全く別の方向へと向けた。一誠が黒歌による異常に気付いた時、同時に敬意や羨望、侮蔑、嫌悪といった様々な感情を乗せた視線のどれとも異なる感情の籠った視線がある事にも気付いた。一誠はその視線の主と一度対峙した事がある。……いや。あれだけ鮮烈な印象を残しているのだ。忘れようがなかった。

 

「イッセーくん?」

 

 一誠が誰とも視線を合わせていない事にイリナは首を傾げたものの、だったら自分もと一誠と同じ方向へと視線を向けた。

 

「……えっ?」

 

 そして、イリナは自分の今見ているものが信じられなくなった。そうした二人の挙動に不審な物を覚えた他の者も一斉に同じ方向を向く。

 

「オイオイ、これ以上は流石に勘弁してくれよ。アイツ、イッセー欲しさにここまで乗り込んでくるのか?」

 

 一誠達が何を見ているのかを確認したアザゼルは、本気で頭を抱えたくなってきた。唯でさえ一誠争奪戦において攻勢を強めて来ている大王家に頭を悩ませているのだ。これ以上の厄介事は勘弁してほしいというのがアザゼルの本音だった。

 

「こちらを、いえ一誠さんと視線を合わせた事で笑みを浮かべている十歳程のゴシックロリータの女の子と黒いコートの男ですか? 女の子はともかく、あの黒いコートの男については確かに場違いな服装をしていますが……」

 

 一方、ライザーの婚約者という事でこの場に居合わせたシーグヴァイラは、視線の先にいた二人にこの場にいる者達の多くが何故そこまで驚いているのか首を傾げる。だが、数ある悪魔の中でも超越者と呼ばれる程の隔絶した実力を持つアジュカは違った。

 

「サーゼクス。……あの子がそうなのか?」

 

「あぁ、その通りだよ。アジュカ。ただここで仕掛けて来るとは、流石に思わなかった」

 

 少女に対する認識を共有したサーゼクスとアジュカは、少しでも向こうに動きがあればすぐさま全力を出せる様に臨戦態勢に入る。少女と男の二人組はそれを知ってか知らずか、やがて脇目も振らずに一誠達に向かって歩き始めた。駒王学園における首脳会談に出席していた為に少女の正体を知っているレイヴェルは、乱れに乱れた思考を必死に立て直しながら現状を確認し始める。……それだけに、余りに信じ難い結論を出す羽目になってしまった。

 

「……一体。一体、いつの間にここへ潜り込んだというのですか! 魔王様主催のパーティーという事で、ここの警備は極めて厳重に手配されている筈! それ等全てを完璧に掻い潜ったなんて、到底信じられませんわ!」

 

「だが、現実にそうなっている。現に今セラフォルー・レヴィアタンの側を通っているが、彼女はあの二人に全く気づいていない。元々女性悪魔の中では最強であるところに、あのロシウに鍛えられた事で更に実力を増した彼女が、だ。どちらも自分の力を完全に隠し切っているという事だな」

 

 レイヴェルの驚愕に対してヴァーリが現実を冷静に突き付けた所で、状況の変化に取り残されているライザーが一誠に確認を取る。

 

「それで、一誠。アイツ等は何者だ?」

 

 それに対し、一誠は極めて簡潔に答えた。

 

「黒いコートの男については僕も解らない。だが、女の子の事はよく知っている。……あの子は、オーフィスだ」

 

 これで、オーフィスとは面識のなかったライザーとシーグヴァイラ、そしてエルレの三人はようやく事態が極めて深刻である事を理解した。……それこそ、ホテルの敷地内にSS級「はぐれ」悪魔が潜伏している事など二の次となってしまう程に。

 

「一誠。あれがオーフィスなのか? あの女の子からは特に何も感じられないぞ。言ったのがお前じゃなかったら、性質の悪い冗談だと笑い飛ばしている所だな。……それが逆に恐ろしいと思える辺り、俺もそれなりに成長しているって事か」

 

 ライザーは発言者が一誠でなければ冗談としか受け取れない現状を前に、むしろ恐れを抱いてしまった。オーフィスと断言した少女からまるで強者の気配が感じられない事で、逆に自分との隔絶した力量差を実感してしまったからだ。それを察したのか、一誠はライザーにリアスと小猫の救援に向かう様に頼み込む。

 

「ライザー。済まないが、リアス部長と小猫ちゃんの救援には祐斗と元士郎の代わりにお前が向かってくれないか?」

 

「どういう事だ? ……いや、アイツ等は既にオーフィスに目をつけられているんだったな。この状況でアイツ等が行動を起こしたら、流石に向こうも反応するか。それなら、この場で動けるのは確かに俺だけになるな。解った、すぐに向かおう」

 

 オーフィスとの戦いについて話を聞いていたライザーは、オーフィスが一誠以外にも一誠の番いと見ているイリナやオーフィスと直接戦ってみせた者達に目を付けている事も知っていた。その為、一誠からの急な要請についても納得と共に快諾したのだ。それを受けて、一誠はリアスが既に念話で現状を伝えてきた事をライザーに教える。

 

「助かるよ、ライザー。それと今、リアス部長から念話が入った。どうやら黒歌の目的は妹の小猫ちゃんらしい。それとこちらの現状は既に伝えてある。後はリアス部長からの合図で突入する手筈になっているから、結界の前まで辿り着いたらそこで待機してくれ」

 

「解った。……一誠、お前は目の前にいるオーフィスに専念してくれ。その代わり、こっちの方は俺に任せろ」

 

「頼む」

 

 ライザーは一誠から二人の事を託されると、怪しまれない様に同伴者であるシーグヴァイラを伴って不審に思われない程度の速さでパーティー会場の出入り口の方へと移動を始めた。もちろんオーフィスもその同行者もそうした動きには気がついているが、ライザー達に興味がないのか、特に反応を示さなかった。そうして二人が無事に会場を後にした所で、セラフォルーにすら悟らせない程に己の力を完全に隠し切っているオーフィスについて、瑞貴が自らの推論を一誠に語る。

 

「ところで、今オーフィスが力を隠し切っている件についてだけど、どうもそれなりに鍛え直したらしいね。一度一誠に殺されかけた事で、オーフィスの中で何かが変わったんだろうか?」

 

「いや。以前の戦いでも、最後は自分とは異なる存在であるドライグと完全に同じオーラを引き出してみせたんだ。それを踏まえると、鍛え直したというよりは自分の中にある無限の可能性を見つめ直して、そこから新しい方向に開拓し始めたと言った方が正しいだろう」

 

「成る程ね。今までは力の大きさだけだったオーフィスの「無限」がより高次元なものになってきているという事か。ここまで来ると、いっそ何もかも投げ出したくなるね。そんな事やったって、全く以て意味はないんだけどね」

 

 世界最強を誇るオーフィスが更に成長するという余りに絶望的な事実を目の当たりにしながらも、それについて冷静に意見を交わし合う一誠と瑞貴に対してセタンタは少しだけ呆れてしまった。そして、いつでも戦える様に静かに意識を研ぎ澄ませていく。

 

「瑞貴さん、一誠さん。随分呑気な事を言っていますけど、それって全然洒落になっていませんよ。……まぁ向こうが()るってんなら、俺はただ一誠さんと一緒に戦うだけですけどね」

 

 しかし、今にも先手必勝とばかりに前に飛び出しそうなセタンタに対して、一瞬瞳を閉じたギャスパーが待ったを掛けた。

 

「……いや、セタンタ。それはちょっと待った方がいい。どうも厄介なのはウロボロスだけじゃなさそうだ」

 

「ご先祖のひい爺さんか?」

 

 セタンタがギャスパーの気配が変わった事を悟って本人に確認すると、バロールは軽く頷いた。そして、オーフィスの同行者について話し始める。

 

「ウロボロスに付き添っている黒いコートの男。あの男から微かに感じ取れるオーラには覚えがある。……まさか、生きていたとはね。クロウ・クルワッハ。「僕」としては嬉しさと驚きが半々ってところかな?」

 

 バロールから飛び出した爆弾発言に、この場にいた者達は驚きを隠せない。その中で最初に口を開いたのは、エルレだった。

 

「おいおい、ドラゴンの中でも特に厄介な部類になる邪龍の中でも筆頭格の一頭じゃないか。オーフィスはそんなのまで禍の団(カオス・ブリゲード)に引っ張り込んだのか? ……でもこうなってくると、地獄の鬼って新しい伝手があるのを差し引いても、戦力が全然足りないな。この際、冥界で一誠達の帰る家を守るつもりだった俺も一緒に闘える様に手配するべきかな?」

 

(尤も、俺程度じゃ雀の涙ほどの気休めにもならないんだろうけどな)

 

 エルレは一誠の戦いに自分も参戦する意志を示す一方で、この二人を相手に自分の力量ではあまり一誠達の助けにならない事も解っていた。ここで、グイベルが初めて話に加わってくる。

 

『クロウ・クルワッハか。そう言えば、巣立ちと同時にアルと別れてから暫くした頃に彼と会った事があったわね』

 

『姉者、それは本当か?』

 

 双子の弟とは言え、流石に初耳だったのだろう。アルビオンが確認を取ると、グイベルは当時の事を話し始めた。

 

『えぇ。まだドライグと会う前だったのだけど、その時は顔を合わせた瞬間に襲いかかってきたから会話らしい会話なんて殆どしてないわね。それに当時の彼ってそこまで強くはなかったから、軽く捻った後はそれで終わりにしてあげたのよ。まぁ、当時の彼はまだ自分の力を上手く使いこなせていなかったからだけど。ただそれが余程悔しかったのでしょうね。私の前から去る前に「お前と再戦する時まで、この地にはけして足を踏み入れない」なんて誓約(ゲッシュ)を立てていたわ』

 

『その時は未熟だったとはいえ、邪龍の筆頭格を軽く捻ってしまうとはな。流石だ、姉者』

 

 敬愛する姉の話をアルビオンは無条件で受け入れるが、クロウ・クルワッハと関係の深いバロールはそういう訳にもいかない。バロールは慌てて待ったをかけた。

 

「ちょっと待った。「僕」はクロウと契約した際にタンニーンの様な龍王達と比べても何ら遜色ないくらいの力を与えているから、たとえ力を使いこなせなくても大抵の相手はごり押しで勝てる筈だけどね。それを「そこまで強くはなかったから、軽く捻って終わりにしてあげた」って……」

 

 バロールはそれ以上言葉を続ける事ができなかった。嘘や見栄の類を言う様なグイベルでない事はここ最近の付き合いで解っていたからだ。しかし、グイベルはクロウ・クルワッハの力は以前とは違う事も伝えてきた。

 

『ただ、今のクロウ・クルワッハの力は私の知っている彼とは比べ物にならないわ。生前の私だとちょっと厳しいわね。それこそ生前のドライグやアル、それにアリスと同じくらいじゃないかしら?』

 

 グイベルから飛び出してきた衝撃的な言葉に一同が息を呑む一方で、アルビオンはある単語が気になったのでそれを尋ねてみた。

 

『姉者。今、生前の自分では厳しいと言ったな。では、一誠が波動の力の可能性を開拓した事で生前より確実に強くなっている今の姉者ならば、どうだ?』

 

 すると、グイベルから意外な答えが返ってくる。

 

『ソリタリーウェーブが上手く決まりさえすれば、今のクロウ・クルワッハが相手でも勝てると思うわ。ただ、そこまで持って行けるかどうか、こればかりはやってみないと解らないわね』

 

『……という事は、今の姉者にとって私やドライグはけして勝てない相手ではないという事か。それに真覇龍(ジャガーノート・アドベント)という私達が自ら戦う事のできる手段が既にある以上、私もドライグもうかうかしていられんな』

 

 口では「うかうかしていられない」と言いはしたものの、一誠という相棒を得た事で死してなお成長してみせた姉の事をアルビオンは内心とても誇らしく思った。そして、敬愛する姉が誇れる弟である様に更なる研鑽に励む事を密かに誓う。その一方で、一誠はオーフィスとクロウ・クルワッハにどう対処するべきか悩んでいた。

 ここでオーフィスの目的である「兵藤一誠の眷属化」を拒絶してしまえば、その瞬間にオーフィスとの戦闘が始まる。しかも、相手はオーフィスだけでなく、グイベルが二天龍と同等の域にまで力を高めていると判断したクロウ・クルワッハもいる。ただ、一誠達の方も四大魔王が勢揃いしている上に全盛期の力と勘を取り戻しつつある堕天使総督と堕天使としては最上位の戦闘力を持つ幹部二人もいる。更にはやての護衛に回っている事からこの場にいないレオンハルトとロシウを除いた歴代最高位の赤龍帝達が参戦可能であり、仲間達もここ一月余りで大きく成長している。その為、オーフィス達の圧倒的な力を前に即時全滅という事はまずないのだが、それだけにここで戦えば巻き添えによる被害が大きくなり過ぎる。特に冥界の生きた伝説である義父エギトフや大王家の現当主に被害が及んだ場合に悪魔勢力内のパワーバランスがどう転ぶのか、一誠ですら読み切れずにいた。

 

(ここでの戦闘は極力避けるべきだな。その為には……)

 

 ここで、一誠はオーフィスに向けていた視線を別の方向へ向けた。そこにいたのは、既に状況を把握して一誠達の方を見ているネビロス夫妻である。一誠は義父であるエギトフと視線を合わせた後、今度は側に控えていたジェベルの方に視線を向ける。これだけで全てを察したエギトフは軽く頷く事で許可を出し、同じく新たに仕える事となった若君の命令内容を理解したジェベルもまた胸に手を当てて頭を下げた。これで自分の意志はしっかりと伝わったと一誠は判断する。

 一誠がアイコンタクトでこうしたやり取りを密かに行っている中、グイベルとアルビオン、バロールの三人の話を聞いていたアジュカはふと疑問に思った事をそのまま口に出してしまった。

 

「こうなってくると、如何にボロボロだったとはいえ龍王あるいは天龍にも値するであろうグイベルの魂を、何故聖書の神はただの龍の手(トゥワイス・クリティカル)に封印したのだろうな?」

 

 すると、話が変な方向に向かい出したと悟った一誠が、慌ててこれ以上の話をやめる様に頼み始める。

 

「あの、この話はそこまでにしてくれませんか? このままでは、イリナが変な結論を出してしまいそうなので……」

 

 ……しかし、一誠のこの行動は僅かに遅かった。

 

「まさか、主のドラゴンを見る目が節穴だった? ……ううん。いくら異世界のドラゴンの因子があるとはいえ、主にお仕えするべき天使が流石にそんな事を考えたら不敬にも程があるわ。でも……」

 

 そう言って頭を横に振って悪い考えを追い出そうとするイリナを見て、エルレは一誠に既に手遅れである事を伝える。

 

「なぁ一誠。イリナの口から「神の目は節穴」って言葉が出ている時点で、既に手遅れの様な気がするんだけど」

 

「だから、今の話を早くやめて欲しかったんだ。イリナって割と思い込みが激しい所があるし、そのせいか時々とんでもない事を言ったりやったりするんだよ。いつもならその前に僕が止めているんだけど、今回はちょっと出遅れちゃったな」

 

 そうして返ってきた一誠の辛辣ともいえる言葉に、エルレは少々戸惑ってしまった。

 

「ヘ、ヘェ。イリナって、そんな所もあるんだ。それは流石に初めて聞いたな」

 

(一誠の奴、イリナに対しては割と遠慮とか容赦とかしないんだな。でも、気の置けない関係って案外こういうものかもしれないね)

 

 それと同時に、エルレは一誠とイリナのあり方を羨ましく思っている自分に気づいて、身内から男よりも男らしいとよく言われる自分にもこんな乙女心があったのかと少しだけ可笑しくなった。

 ……そうした賑やかなやり取りも、オーフィスとクロウ・クルワッハが一誠達の前に立った所で終わってしまった。

 

「ドライグ、久しい」

 

 オーフィスは一誠のみに視線を向けて話しかけると、自分の目的をハッキリと告げた。

 

「我、ドライグを迎えに来た。ドライグさえ連れていけば、番いの天使も他の者も皆ついて来る。だから、まずはドライグを確実に連れていく。その為にクロウ・クルワッハを連れてきた」

 

 ここまで真っ直ぐに目的を告げられた上に後ろにいるクロウ・クルワッハも既に臨戦態勢に入っている以上、下手に話を逸らしても効果はない。そう判断した一誠がオーフィスの言葉にどう切り返すべきかを悩んでいると、一誠の側にいたアウラがオーフィスに話しかけた。

 

「ねぇ。一つ訊いてもいい?」

 

 アウラに問い掛けられたオーフィスは、ここで初めて一誠以外に視線を向けた。これで自分の言葉を聞いてくれると判断したアウラは、早速オーフィスに質問する。

 

「どうして、あなたはパパをお人形さんにしてしまおうとするの?」

 

 すると、オーフィスは何故か首を傾げた。そして、そのまま答えを返す。

 

「人形? 我にそんなつもりはない。ただドライグには我と契約を交わしてから、我の眷属として一緒にグレートレッドと戦ってほしいだけ」

 

「でも、あの時は確かにあなたの力でパパの心が消えそうになってたんだよ? だから、パパも小父ちゃん達も一生懸命頑張ったのに」

 

 アウラが改めて「蛇」を入れられた時の一誠に何が起こっていたのかを伝えると、オーフィスはますます理解できないといった表情を浮かべた。

 

「あの「蛇」、我の力でドライグを強くするのと同時に我とドライグを繋ぐ為のもの。ただ、それだけ」

 

 ここでオーフィスの勘違いに気付いた一誠は、それをオーフィスに指摘する。

 

「オーフィス。お前は一つ、大きな勘違いをしている。それでは僕はお前の眷属ではなく、端末になってしまう。だから、あの「蛇」は宿主である僕の精神を消去する特性を持ってしまったんだ」

 

「端末? ……眷属と何が違う?」

 

 端末と眷属の違いが解らないオーフィスは一誠にその違いが何なのかを尋ねてきた。一誠はそれをこの場での戦闘を回避する好機と判断して、まずは端末と眷属の違いについて説明する。

 

「眷属の場合、主従関係ではあるが「個」と「個」の繋がりがある。その一方、端末は主が遠隔操作する唯の操り人形で「個」と「個」の繋がりなんてものはない。お前はその違いを理解していなかったから、アウラが今言った様な事が起こったんだ」

 

 更に、一誠は今のオーフィスのやり方では望み通りの成果がけして得られない事も伝える。

 

「それに、僕がそんなものになってしまえば、真聖剣はけして応えてはくれないだろう。真聖剣が、そして星の意思が認めてくれたのはあくまで僕の心であって、体でも魂でもないのだから。それではお前の望みは叶わないんじゃないか、オーフィス?」

 

 一誠の説明が終わると、オーフィスは肩を落としてしまった。自分ですら知らなかった無限の力のカラクリを解き明かしてみせた事で、オーフィスは味方である筈の禍の団のメンバーよりも一誠の事を信用しているところがある。その為、一誠の説明を素直に受け入れたオーフィスは少し考え方を変える事にした。

 

「それなら、どうすればドライグは我の眷属になってくれる?」

 

 オーフィスから懇願とも取れる言葉が飛び出したのを受けて、一誠は流れが変わったと判断した。そこでオーフィスに揺さぶりをかける。

 

「さぁ? そもそも、僕がオーフィスの眷属になればどんなメリットがあるのか。それに眷属となる代価としてオーフィスが僕に何を与えてくれるのか。そういった事をまるで教えてもらっていない以上、僕には答えようがないよ。これでも僕は悪魔の一員だからね。契約に関してはちょっと煩いよ」

 

(さて、これでどう出る?)

 

 すると、オーフィスは一誠の話に乗ってきた。

 

「……解った。今日はドライグと話をする。ドライグと戦わずにドライグが我の眷属になるのなら、我もそっちの方がいい」

 

 オーフィスが交渉の席に座る意志を示した所で、一誠の命令を遂行し終えたジェベルが一誠に声をかける。

 

「若様、お持て成しの用意ができました」

 

 これを受けて、一誠はジェベルに案内を命じた。

 

「そうか。では、執事長」

 

「畏まりました。若様、オーフィス様。こちらです」

 

 そう言ってジェベルが手で指し示した先には、座席が向かい合わせに置かれたテーブルがあった。一誠のアイコンタクトによる命令を受けたジェベルが、一誠とオーフィスがテーブルを共にできる様に急遽準備したものである。それにも関わらず、そのテーブルには乱れというものが全くなく、まるで最初からその為に用意されていた様であった。その見事な仕事ぶりに、一誠はジェベルを称賛する。

 

「見事だ、執事長」

 

「お褒め頂き、誠に有難うございます」

 

 そして、一誠はジェベルにオーフィスとの交渉の席における給仕を命じた。

 

「執事長、この席の給仕を任せたい。他の者に任せるには、少々荷が重過ぎる」

 

「元よりその心積もりでした。お任せ下さい、若様」

 

 ジェベルが一誠の命を受けた後、一誠とオーフィスは向かい合わせに用意された席に座る。すると、アウラが一誠に声を掛けてきた。

 

「ねぇパパ。あたしも一緒に座っていい?」

 

 アウラからの頼み事に対して、一誠はアウラの同席を認めないつもりだった。しかし、オーフィスを交渉の席に座らせる事でこの場での戦闘を回避できた最大の功労者はアウラである事を思い出した。

 

「解ったよ、アウラ。それで、席は僕の隣でいいかな?」

 

「ウン!」

 

 そこで、あえてアウラの同席を認める事にした。ここまでの経緯から、自分よりもアウラの方がオーフィスも話を聞いてくれるかもしれないと判断した為だ。また、アウラとオーフィスのやり取りを見ている内に、一誠もまたオーフィスに対する見方が変わってきた。

 

 ……オーフィスと精神的に最も近いのは、幼く純粋なアウラなのかもしれない、と。

 

 こうして、悪魔の超越者二人と堕天使総督という冥界の首脳陣が見守る中、兵藤一誠とオーフィスの対談が始まった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……どうやら、アウラはまた一つ伝説を作ってしまった様です。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十三話 無限との対談

 アウラの問い掛けが切っ掛けとなり、どうにかこの場でオーフィスとクロウ・クルワッハとの戦闘を避ける事ができた。そうして密かにジェベル執事長に用意してもらったテーブルに向かい合わせに座ると、僕はまず自己紹介から始めた。

 

「正直言って今更だとは思うけど、まずは自己紹介をさせてもらおう。僕の名前は兵藤一誠。色々と肩書は多いけど、この場においては二天龍の一角である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグとその妻の黎い麗龍(ウェルシュ・グレイス・ドラゴン)グイベルの魂をこの身に宿す者と称した方がいいかな?」

 

『私はグイベル。前も言ったけど、何故か黎い邪龍(ウェルシュ・ヴィラン・ドラゴン)の名前でドライグに討たれた事になっているわ。それとドライグは今眠っているし、この場でドライグを知らない人はいないからドライグの紹介は省きましょう』

 

「あたしの名前は兵藤アウラ! パパ、兵藤一誠の娘です!」

 

 僕に続いてグイベルさんとアウラが自己紹介を終えると、それに応じる形でオーフィス達が自己紹介を始める。

 

「我、オーフィス」

 

「クロウ・クルワッハだ。……久しいな、グイベル殿」

 

 共に簡略化された自己紹介を終えた後、クロウ・クルワッハがグイベルさんに敬称で呼び掛けると、グイベルさんは少しばかり驚いていた。

 

『あら。まさか貴方から敬称で呼ばれるなんて思わなかったわ。前は問答無用で襲いかかってきたのに、どういう風の吹き回し?』

 

「今思えば、あれは完全に若気の至りだった。少しばかり強い力を貰っていい気になったバカなガキが図に乗って本物相手にケンカを売ったら、高々と伸びた鼻っ柱を根元から綺麗に圧し折られた。ただそれだけの話だ。……いや、今はむしろ感謝している。あの時に貴女に本物の強さを見せてもらわなければ、俺は修行と見聞を兼ねて人間界と冥界を見て回る事はあってもここまで強くなろうとは思わなかった筈だ」

 

 余りに堂々としたクロウ・クルワッハの発言に、グイベルさんはただ「そう」と言葉少なに答えただけだった。ここでジェベル執事長が声を掛けてくる。

 

「皆様、何かご希望の物はおありでしょうか?」

 

 ……相手がオーフィスとクロウ・クルワッハと解っていながらも平然と給仕としての務めを果たしている時点で、この人もやはり只者ではない。そうした中、真っ先に声を上げたのはアウラだった。

 

「あの。だったら、バナナがいいんだけど……」

 

 流石のアウラも少し遠慮がちに注文しているが、ジェベル執事長はアウラを安心させる為に笑みを浮かべて注文を受け入れた。

 

「畏まりました、お嬢様。直ちにお持ちしましょう」

 

 ジェベル執事長がそう言ってバナナの調達の為にテーブルを離れた所で、アウラが何故バナナを頼んだのかを話し始めた。

 

「あのね。バナナって、なかよしフルーツなんだよ」

 

 「なかよしフルーツ」という言葉を聞いて、オーフィスもクロウ・クルワッハも首を傾げている。まぁほぼ間違いなく初めて聞いた言葉だから、この反応も無理はない。ただ、アウラなりの根拠はしっかりとある。

 

「だって、長さも太さも違うのに、ケンカしないで一緒にくっついてるから。それに、皆でバナナを食べると美味しくって皆一緒に笑顔になっちゃうし、同じ気持ちで笑顔になったら心が近付いて仲良くなれるの。だから、なかよしフルーツなんだよ」

 

 今アウラの言っている事は、毎日書いている日記の中にも書いてあった。この「なかよしフルーツ」の(くだり)を初めて読んだ時、僕はハッとさせられた。喜びにしろ、あるいは苦労にしろ、何かを分かち合う事で一つの集団が心を一つにしていく事は往々にしてある事だ。野球を始めとする団体スポーツがその最たる例だろう。それをアウラは「バナナを一緒に食べる」というありふれた行為で表現してしまった。しかも、バナナ自体にも心を近付ける要素がある事を含ませている。もちろん、アウラはそこまで深く考えてはいないだろう。ただバナナを実際に見て思った事や家族皆でバナナを一緒に食べて感じた事を素直に表現しただけの筈だ。

 

「それで最初にバナナを一緒に食べてほしいんだけど、ダメかな?」

 

 ……そして。

 

「我、バナナを食べてみる。ドライグの子が言った事、ちょっと気になる」

 

 だからこそ、純粋なアウラの言葉がアウラと同じく純粋なオーフィスに届いたのだ。

 

 

 

 それから暫くしてジェベル執事長がバナナを持ってくると、アウラとオーフィスは早速バナナを堪能した。オーフィスは初めて口にしたというバナナを気に入ったらしく、お代わりを要求してきた。アウラもそれに同調したのでジェベル執事長が再びバナナの調達に席を離れると、オーフィスが僕に視線を向けて話しかけてきた。

 

「……ドライグ、前に戦った時とは比べ物にならないくらいに強くなっている。光の力も、ドライグ自身も。我、新しい仲間を探したのはやはり正解だった」

 

 ……どうやら、僕が密かに修行に励んでいたのと真聖剣が完成したのを勘付いたらしい。この辺りは流石というべきだろうか。ただ、一度死にかけたのが余程応えたらしく、生命の危険に対する警戒心が以前とは比べ物にならない。臆病になったとも言えるが、こうした臆病さは大小の差こそあれ命ある者であれば必ず持っているものだ。その意味では、オーフィスはようやく命ある者となったのだろう。

 

「それで新しい仲間として邪龍の筆頭格で所在不明だったクロウ・クルワッハを探し出して迎えようなんて、普通は誰も考えないよ。クロウ・クルワッハも誰かに黙って従う様な存在でもなさそうだしね」

 

 僕はここでクロウ・クルワッハにオーフィスへの望みが何かを尋ねる。

 

「だからこそ、訊きたい。クロウ・クルワッハ、貴方はオーフィスに何を望んだ?」

 

 すると、クロウ・クルワッハは何ら躊躇いなく答えを返してきた。

 

「俺はドラゴンの行き着く先が見たい。グイベル殿との再戦の為に己を一から鍛え直す中でグイベル殿の死を知り、その後はグイベル殿以外には誰にも負けぬ様にと更なる高みを目指してひたすら研鑽に励み続けた。そうして人間界と冥界を渡り歩く内に、いつしかそう思う様になっていたのだ」

 

 ……ドラゴンの行き着く先が見たい。

 

 そう口にしたクロウ・クルワッハの目はどこか遠くを見据えており、邪龍と呼ばれる様な存在にはとても見えなかった。

 

「それを為すには、強き者との血沸き肉躍る様な戦いが一番だ。特に二天龍の宿命を変革し、龍王と呼ばれるドラゴンの半数を味方につけ、遂にはオーフィスに死の恐怖を教えるという前人未到の偉業を成し遂げたお前が相手であれば、それが明確に見えてくる筈」

 

「だから、僕と敵対するオーフィスの呼び掛けに応じたと?」

 

 僕がオーフィス側に就いた理由についてそう確認すると、クロウ・クルワッハは深く頷く。すると、クロウ・クルワッハに発言の訂正を求めてきた者がいた。

 

『一つ訂正しろ、クロウ・クルワッハ。兵藤一誠の味方についた龍王は半数ではない。半数以上だ』

 

 既に大蛇として具現化し、僕とアウラの後ろでとぐろを巻いているヴリトラだ。その側にはヴリトラの宿主にして相棒である元士郎、更に祐斗もいる。

 

「ヴリトラ、目覚めた?」

 

 黒炎を纏う大蛇を見たオーフィスがそう尋ねると、ヴリトラと元士郎はハッキリと答えを返す。

 

『相棒、そして兵藤一誠を始めとする相棒の仲間達のお陰でな』

 

「まぁ、そういう事さ。それと一つ言っとくぜ、オーフィス。前回は途中でついていけなくなったけどな、今度は最後まで食らい付いてみせるぜ」

 

 そう宣言して静かに闘志を燃やす元士郎に対して、祐斗は少し怒った様な素振りを見せた。

 

「元士郎君。それは途中で気絶させられた僕やセタンタ君への当て付けかい?」

 

 確かにセタンタと共に気絶させられてしまった祐斗にとって、様々な形で最後までサポートし続けた元士郎に「途中でついていけなくなった」とは絶対に言ってほしくない筈だ。尤も、祐斗も本気で怒っている訳ではないのだが。

 

「でも、今度は最後まで食らい付いてみせるというのは僕も同意するよ。オーフィス、今度はただ攻撃を防ぐだけでなく、僕の剣を君に届かせてみせよう」

 

 元士郎と同じ様に祐斗も闘志を燃やしながらハッキリと宣言すると、オーフィスは元士郎と祐斗の事を不思議そうに見ている。そして、当事者でない僕ですら少々反応に困る事を言い出した。

 

「……不思議。何故かは解らない。でも、お前達二人からはドライグから感じた「無限」とはまた別の何かが感じられる。これなら、ドライグと一緒に我の眷属にしてもいい」

 

 オーフィスからの唐突な「我の眷属」宣言を前に、元士郎もヴリトラも少なからず困惑した表情を浮かべる。

 

「なぁ、ヴリトラ。この場合、俺はどう反応したらいいんだ?」

 

『世界最強の存在からここまで高く評価されている事を喜べばいいのか、それ故に最強の敵に全く油断してもらえない事を嘆けばいいのか。確かにこれは判断に困るな』

 

 一方、祐斗の方はかなり前向きに捉えていた。

 

「元士郎君、ここは素直に喜んでおこうよ。眷属悪魔である僕達の評価は、そのまま僕達の主である部長や会長の評価に繋がるからね」

 

 祐斗の意見を聞いた元士郎は、一片の迷いもなく同意する。

 

「それもそうだな。それに、そもそも全力のオーフィスとは真っ向からやり合うつもりだったんだ。だったら、やる事は何一つ変わらねぇよな」

 

「そういう事だよ」

 

 そうしてオーフィスを前に改めて真っ向から立ち向かう決意を固める二人だったが、そこに待ったがかかる。

 

「もう、匙君に木場君。せっかくイッセーくんとアウラちゃんが頑張ってオーフィスと話し合いができる様にしたのに、最初から戦うのを前提に話をしちゃダメでしょ?」

 

 バナナの調達を終えたジェベル執事長と一緒にこちらに来たイリナだ。

 

「だから、ハイ」

 

 そう言って二人に差し出したのは、ジェベル執事長から受け取ったバナナだった。

 

「さっきアウラちゃんも言っていたけど、まずは皆でバナナを食べて一緒に笑顔になっちゃいましょう。話をするなら、それからね」

 

 屈託のない笑顔でそう語るイリナにすっかり毒気を抜かれたのか、祐斗も元士郎もお互いに向き合うとそのまま苦笑いを浮かべてしまった。

 

「確かに、最初から喧嘩腰じゃ親善大使であるイッセー君の邪魔になってしまうね」

 

「気合の入れ過ぎでから回って、かえって先走りになっちまったか。ゴメン、紫藤さん。それと、バナナは有難く頂くよ」

 

 二人はイリナからバナナを受け取ると、そのまま皮を剥いて食べ始めた。因みに、元士郎はヴリトラの分もイリナからしっかりと受け取っている。

 

「おっ。このバナナ、メチャクチャ美味いな」

 

『確かにな。だが、仮とはいえ肉体を得た我が最初に口にするのがバナナだとは流石に思わなかったぞ』

 

「何せ、魔王様が主催するパーティーに出されているものだからね。バナナだって滅多にお目にかかれないくらいの最高級品の筈だよ」

 

「成る程な。だったら、もっとじっくりと味わいながら食べないとな」

 

 二人と一頭が今食べているバナナについて話をする中、イリナはジェベル執事長からバナナをもう一本受け取ると、クロウ・クルワッハに近付いてそのまま差し出す。

 

「よかったら、貴方もどうぞ」

 

 まさか自分にも差し出されるとは思わなかったのか、クロウ・クルワッハは鳩が豆鉄砲を食った様な表情を浮かべた。

 

「……貰おう」

 

 気を取り直したクロウ・クルワッハはそう言ってイリナが差し出したバナナを受け取ると、バナナの皮を剥いて一気に齧り付く。

 

「美味い」

 

 クロウ・クルワッハはそう言って、口元に僅かながらも笑みを浮かべた。どうやらバナナをお気に召した様だ。そうしている内に、ジェベル執事長によってお代わりのバナナがテーブルの上に置かれる。

 

「お嬢様、オーフィス様。お待たせしました。バナナでございます」

 

「ありがとう、執事長さん!」

 

「我、頂く」

 

 アウラとオーフィスはそう言うと、早速バナナに手を伸ばして食べ始めた。何とも微笑ましい光景の中、クロウ・クルワッハにバナナを渡し終えたイリナが僕に話しかけてくる。

 

「ねぇ、イッセーくん。こうして見ると、オーフィスってまるでアウラちゃんのお友達みたいね?」

 

 ……ある意味、イリナの言う通りかもしれない。何せ、二人は似た者同士だ。何か一つでも切っ掛けがあれば、簡単に友達になってしまうだろう。だから、それをイリナに伝える。

 

「アウラとオーフィスの会話を聞いていて気付いた事があるんだ。……オーフィスは、アウラと一緒で純粋なんだってね。だからこそ、「グレートレッドを倒す」という見せ掛けだけの代価を用意した者達の声にそのまま疑いを持たずに応えてしまうし、周りの影響で容易に善悪が変わってしまう。今だって、見た目通りの言動をしているのはアウラの影響がかなり大きいと思う。まぁ最初に戦った時の老人の姿だと、それがよく解らなくて不気味に見えていたんだけどね。見た目の印象はけしてバカにならないという事が、この件で改めて思い知らされたよ」

 

 最後は少しばかり溜息が混じってしまったが、それを察したのだろう。イリナが慰めの言葉を掛けてくれた。

 

「そもそも出会い頭にいきなり心を消されかけたんだもの。如何にイッセーくんでも、警戒心が先に立つのはしょうがないわ。それでも本当の事が解ったらすぐに振り切れちゃうのが、イッセーくんの凄い所だけど」

 

 せっかくイリナが褒めてくれたのだが、それは立場上必要な事だった。その事をイリナに伝える。

 

「そうでないと、聖魔和合親善大使なんてとても務まらないよ」

 

「それはそうかもしれないけど、それをちゃんと実行できるんだから、やっぱりイッセーくんは凄いのよ」

 

 だが、イリナは自分の考えを変えようとはしなかった。この様に、過ちを認めたらすぐに改めるといった柔軟な一面がある一方で、一度こうだと決めたらなかなか意見を変えない頑固な一面もイリナにはある。だから、大抵は僕の方が先に折れてしまう。

 

「イリナには敵わないなぁ」

 

 ……それに、愛する女性に褒められて嬉しくない男などまずいない。だから、僕はイリナには敵わないのだ。

 

 アウラとオーフィスがバナナを食べている傍らでイリナと他愛のないやり取りをしていると、アウラが僕とイリナに声を掛けてきた。

 

「ねぇ。パパ、ママ。二人も一緒にバナナを食べないの?」

 

 ……アウラがバナナになかよしフルーツの魔法をかけてくれたのだ。それに乗らない手はなかった。

 

「おっと、それもそうだね。イリナ、僕達もバナナを食べようか」

 

「えぇ」

 

 そして、ジェベル執事長が気を利かせて僕の隣に新たに用意した椅子にイリナが座ると、僕達はテーブルの上にあるバナナに手を伸ばした。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 ……一体何なんだろうな。このバナナを中心とした平和な光景は。

 

 同じテーブルでイッセーとイリナ、アウラの三人親子とオーフィスが、それぞれの後ろでは匙と木場、ヴリトラ、更にクロウ・クルワッハまでもがバナナを美味そうに食べているのを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。

 

「なぁ、サーゼクス。イッセーとイリナ、それにアウラの三人が揃ったら、大抵の奴と仲良くなれるんじゃないか?」

 

 堪らずサーゼクスに今思った事をそのまま尋ねると、サーゼクスは少し笑みを浮かべながら答えてきた。

 

「私も同じ事を考えていたよ、アザゼル。……それにしても、バナナはなかよしフルーツ、か。何ともアウラちゃんらしい発想だ」

 

 確かに、サーゼクスの言う通りだ。しかも、アウラの思い付きで根拠なんて全くなかった筈の「なかよしフルーツ」があの場ではしっかりと機能している。アウラが言い出した事でオーフィスが興味を持ち、イリナがそれをオーフィス以外にもしっかりと広げ、最後にイッセーが自分も一緒になって食べる事で仕上げた訳だ。

 ……案外、「なかよしフルーツ」の話はこれからマジになっちまうかもしれねぇな。

 

「これでオーフィスとの間である程度話がまとまったら、今後はなかよしフルーツのゲンを担ぐ形で話し合いの前にバナナを食べる様にするか?」

 

「それも悪くないかもしれないね」

 

 俺としては唯のバカ話のつもりだったが、軽く返したサーゼクスの目はかなりマジだった。……藪蛇だったかもしれねぇ。

 

『どうだ、クロウ・クルワッハ? これが兵藤一誠の仲間達だ。中々に面白いだろう?』

 

「あぁ。確かに面白い」

 

 そんな俺を尻目に随分と呑気なモンだな。ヴリトラにクロウ・クルワッハ。ちっとばかり羨ましいぜ。

 

 そうしてイッセー達がなかよしフルーツを堪能した所で、オーフィスがいきなりイッセーが自分の眷属になった時にどうなるのかを語り始めた。きっと、イッセーが自分の眷属になった時のメリットについて説明するつもりなんだろう。

 

「我と契約を交わして眷属になれば、ドライグは我から直接力を受け取れる様になる。勿論、ドライグの心を消す様な渡し方はしない。それでも、ドライグならたぶん我とグレートレッド以外には誰にも負けなくなる。それはヴリトラと剣使いの二人もだいたい一緒。違うのは、勝てない相手がドライグよりちょっと多いだけ」

 

 ……まぁカテレアの話だと、素の強さは最上級悪魔の最下位程度だという他の旧魔王の末裔でも、オーフィスの「蛇」で魔王級にまで力を引き上げちまうらしいからな。しかもイッセーの場合、「蛇」どころかオーフィスから直接力を受け取る形になるし、そもそも素で魔王を通り越して神仏クラス、その中でも戦いを得意とする戦神と同等の域にまで至っているんだ。ここまで好条件が揃っていれば、夢幻と無限以外に負けなくなるのも道理だろう。

 

 だが、そんな強いだけで中身のない力を求める様なイッセーじゃない。

 

「けして強くなりたくない訳ではないけれど、ただ与えられるだけの力はあまり欲しいとは思わないかな」

 

「何故?」

 

 理由を尋ねられたイッセーは早速オーフィスに答えたんだが、その答えに俺は深い共感を覚えた。

 

「まぁ端的に言えば、僕はただ貰うだけでは満足できないからかな? それに、一から新しく作ったり元からあるものを改良したりする方がずっと楽しいしね」

 

 俺やイッセー、それにアジュカの様な技術者気質の奴にとって、研究とか開発とかの成果ってのは誰かから与えられるモンじゃねぇ。自分の手で掴み取るモンだ。そして、それは戦う力だって同じ事だ。だから、俺はイッセーの答えに共感するし、アジュカの奴も頷いている。

 ……意外だったのは、断られたオーフィスもまたイッセーの答えにそれなりの理解を示した事だ。

 

「ドライグの言っている事、何となく解る気がする。我、あれから自分の事を考え直して、色々試してみた。そうして、我、我が思っているよりたくさんのものを持っている事を知った。何故か、それがとても嬉しかった」

 

 おい。ちょっと待て。何か今、とんでもなく恐ろしい仮説が立っちまったんだが、嘘だよな?

 

 俺は嘘であってくれと心から願ったが、イッセーとオーフィスのやり取りでその願いは脆くも崩れ去った。

 

「オーフィスの「無限」の根幹になっている「無」には、あらゆる「有」が含まれている。今まではただ力だけを引き出していたけど、引き出せるのは何もそれだけじゃないって事に気付いたのかな?」

 

「そう。我、「無限」の中身を増やした。ドライグが我の「無限」を解き明かしたお陰。それに、ドライグは自分の持っている力から新しい力を作ってみせた。だから、我もそれを真似した」

 

 ……マジかよ。イッセーと武藤が推測した通りじゃねぇか。いや、ある意味それ以上だ。全然シャレになってねぇぞ。

 

「まさか、世界最強のドラゴンまで一誠シンドロームに罹っちまうとはな。……こんなの、一体どうしろって言うんだ。俺はもう頭が痛ぇよ」

 

 武藤じゃないが、こんな最悪にも程がある状況を前にしたら、本当に何もかも放り出して逃げたくなるな。まぁ流石にそれを言葉にする程、俺は空気を読めない男じゃねぇが。すると、アジュカから意外な意見が飛び出してきた。

 

「それなら、俺達も大王家を見習えばいいんじゃないか?」

 

「アジュカ? ……いや、そういう事か。確かに悪い手ではないな」

 

 アジュカの意見にサーゼクスも同意するが、これは一種の賭けだ。確かにイッセーを餌にする形でオーフィスをこっちに引き込んじまえば、最大最強の敵はいなくなり、新たに最大最強の味方が増える。だが、その代わりに俺達以外のほぼ全ての神話勢力が敵に回りかねない。そんな特大のリスクがこの賭けにはある。それに身内から調子に乗ってバカをやり出す奴だって当然出てくるから、そういったバカ共を抑え切れねぇと賭けに負ける事になる。

 ……本当にどうしようもなくなったらそれしかないんだろうが、流石にまだ早過ぎる。当事者であるイッセーが全く動揺してないからな。それどころか、何かを確信した様でその表情からは余裕すら感じられる。

 

「オーフィスが前よりも強くなったのは解っていたけど、まさか自分以外の存在を見習う形で成長するなんてね。普通なら、最強の存在が更に成長したんだから絶望しかないんだろうけど……」

 

「ダイダ王子の仰っていた通りだったわね。これなら、何とかなりそうだわ」

 

 イッセーに続く形になったイリナの言葉で、俺はイッセーが何を確信したのかを理解した。他の奴はサーゼクス達を含めて首を傾げているが、こればかりはその場に居合わせた奴でないと解らないよな。現に俺と同じくその場に居合わせたレイヴェルだけは、イッセー達の言葉の意味をしっかりと理解していた。

 その一方、自分が前より強くなったという事実に対するイッセー達の反応を見たオーフィスは、むしろ嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「我、前より確実に強くなった。でも、ドライグの心、それを知っても全然揺らいでいない。我が感じたドライグの「無限」、やはり一つだけではなかった」

 

 オーフィスがイッセーの中の何に「無限」を見出だしたのか、正直に言えば興味がある。だが、今は棚に上げておかないとな。

 

「だから、我、ドライグが欲しい」

 

 ……オーフィスのイッセーを求める意志が、更に強いものになっちまったからな。

 

「結局、そこに行きつく訳か」

 

 イッセーは溜め息混じりでそう言うと、何かを決断する様に一度深く頷く。そして、とんでもない事を言い出した。

 

「オーフィス。一度でいい。僕と一緒に次元の狭間に行って、グレートレッドと話をしてみないか?」

 

 イッセーからの突然の提案に、オーフィスもクロウ・クルワッハもすぐには反応できなかった。いや、イッセーの意図が解らずに反応できなかったのは俺達も一緒だ。ただ、イッセーが頭角を表し始めた時から共に歩み、その薫陶を受けてきたレイヴェルだけは別だった。

 

「一誠様。先程は教える事が殆どなくなったなんて仰っていましたけど、そんな事はありませんわ。私、一誠様が仰るまでその可能性に気付けませんでしたもの」

 

 そのレイヴェルから続けて出てきた言葉で、俺はイッセーの意図を理解した。

 

「オーフィスが禍の団(カオス・ブリゲード)の首領として担がれ、また一誠様を眷属に望む理由を解消する為、グレートレッドとオーフィスの間に立って和解に至らせる。天界と冥界という本来は相容れない両者の和平と共存共栄を謳う聖魔和合を立ち上げ、その実現に奔走する一誠様以外にはけして為し得ない事ですわ」

 

 あぁ。確かにイッセーらしいな。ただオーフィスを相手取るよりも遥かに困難な方法をあえて選んじまうところなんて特にな。

 

 ……結局、オーフィスはイッセーの提案に対して「少し考える時間が欲しい」と答えただけだった。そうしてオーフィスとクロウ・クルワッハは誰にも気づかれずに静かに立ち去っていった訳だが、最後に二人はイッセー直々の指名で給仕を行っていたネビロス家の執事長からお土産としてバナナが入った袋を受け取っていた。どうやら、オーフィスもクロウ・クルワッハもバナナを大変お気に召したらしい。単に食い意地が張っているだけなのか、それとも「なかよしフルーツ」だから気に入ったのか。

 おそらくは前者なんだろうが、後者も少なからず入っている。あの場にいた奴でそう思ったのは、果たして俺だけかね?

 

Side end

 

 

 

Interlude

 

 一誠がオーフィスにグレートレッドとの対話を提案している頃。

 

 魔王主催のパーティーが催されているホテルのフロントでは、鎧を纏った銀髪の女性を伴った隻眼の老人が主催者側の対応の遅さに呆れていた。

 

「やれやれ。老体をわざわざ招いておきながら出迎え一つできんとはのぅ。まぁ儂等より先に来た客が大物中の大物じゃからな。大目に見てやらねば流石に可哀想かの?」

 

「オーディン様?」

 

 鎧姿である事から明らかに護衛と思われる女性は、オーディンと呼びかけた隻眼の老人から飛び出した寛大な言葉に首を傾げる。オーディンは密かに遠見の術でパーティー会場の状況を確認していたのだが、魔術や魔法の使い手としての技量に明らかな差がある事から彼女はそれを察する事ができなかったのだ。そうした女性の反応にはあえて目を向けず、オーディンは口元に笑みを浮かべる。

 

「ほっほっほ。まさか、あの無限をして模倣に至らしめるとはのぅ。これはやはり本物じゃろうな」

 

 実は、オーディンにはある目的があった。そして、その目的はこの時点で既にほぼ達成している。だが、オーディンはあともう一押し欲しいと思った。

 

「さて。後は赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の器がどれほどのものなのか、実際に会って確かめるとするかのぅ」

 

 すぐ側にいる女性にすら聞こえない程の小声で楽しげにそう呟くオーディンだが、その目には真贋を見極めようとする強い意志が宿っていた。

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

これでようやっとレーティングゲームに入れそうです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十四話 古き者達

 オーフィスとの対談が無事に終わり、オーフィスとクロウ・クルワッハが静かに立ち去った。すると、セラフォルー様がかなり慌てた様子でこちらへ近づいてくる。その表情からは焦りの色がハッキリと出ている事から、どうやら僕とオーフィスが対談していたのに途中で気付いた様だ。そして、僕達の様子を何度も確認してホッと安堵の息を吐く。

 

「イッセー君、アウラちゃん。二人とも、本当に無事で良かった。ソーナちゃんから念話でイッセー君達の状況を教えてもらってから様子を見てたんだけど、本当に心配したんだからね」

 

「今回は本当にアウラのお陰です。アウラのちょっとした疑問からオーフィスの勘違いを正せましたし、なかよしフルーツを一緒に食べようと勧めた事でオーフィスだけでなくクロウ・クルワッハも戦意が薄れましたから」

 

 今回の対談については、本当にアウラが最大の功労者だった。アウラの頭を撫でながらその事を伝えると、セラフォルー様は納得の表情を浮かべた。どうも対談の内容についてはかなりの部分を聞いていたらしい。

 

「アウラちゃんは「優しい魔法少女になりたい」って言ってるけど、もうそんな必要なんてないのかもね☆」

 

 その上で、セラフォルー様は僕の隣にいるアウラの顔を見ながらこの様な事を言って来た。その言葉の意味を察して、僕は言葉遣いこそ公のものであるが心から同意する。

 

「私もそう思います。レヴィアタン陛下」

 

 ……バナナになかよしフルーツの魔法を掛けて、食べた皆の心をほんの少しだけ近付けたアウラは、「優しい魔法少女になる」という夢を既に叶えているのだから。

 

 その後、セラフォルー様からパーティーを抜け出してタンニーン達のいる大型の悪魔専用の待機スペースに向かう許可を頂いた。そして、元の主の家だったり、個人的に親しかったり、あるいは婚約者の家だったりと色々な理由で近しい為に後回しにしていたグレモリー家・シトリー家・フェニックス家・バアル家への挨拶周りを終えてからタンニーンの元へと向かった。ただ、当初の予定ではイリナとレイヴェル、アウラ、エルレ、会場に向かう途中でソーナ会長から同行の許可を貰った上で本人からも同意を得ている元士郎だけが同行する事になっていたのだが、四家への挨拶周りを行った際に新たに三人同行する事になった。

 

「僕、実はタンニーン様にお会いするのはこれが初めてなんだ」

 

「そうなんだぁ。よかったね、ミリキャス君!」

 

「ウン、アウラちゃん!」

 

 新しい出逢いへの期待に目を輝かせているのは、グレモリー卿に連れられてパーティーに来ていたミリキャス君。

 

「一誠先生、僕達の我儘を聞いてくれてありがとうございます!」

 

「リシャール。一誠様からの折角のご厚意、けして無為にしてはいけませんわ」

 

「はい! レイヴェル叔母上!」

 

 同行を認めた事に対する感謝の言葉を伝えてきたのは、フェニックス家の次期当主として出席していたルヴァルさんについて来ていたリシャール君。

 

「兵藤先生、済みません。何か、先生の仕事に俺まで便乗したみたいになってしまって……」

 

 そう言って申し訳なさそうに謝ってきたのは、挨拶周りの途中で僕に話しかけてきたゼファードルだ。彼は以前にリアス部長やソーナ会長、サイラオーグ、シーグヴァイラさんといった若手悪魔がサーゼクスさん達に謁見した際、僕の教えを受ける事をサーゼクスさんから勧められている。その関係でタンニーンとの対戦後に再会して以来、通信教育の様な形でゼファードルに色々と教える様になった。ゼファードルの同行を認めたのもその一環だ。何より、この三人が同行してくれるのは僕にとってもかなり大きい。それをゼファードルに説明する。

 

「いや。正直に言わせてもらうと、僕としてはむしろ助かったよ。ゼファードルやミリキャス君、リシャール君の様な子供達が率先してドラゴンと触れ合ってくれれば、冥界では嫌われ者になっているドラゴンへの偏見を少しずつでもなくしていけるからね」

 

 すると、レイヴェルが違う視点からの補足説明を始めた。

 

「リシャールを含め、一誠様のお力を承知しているなら「どうせならもっと大きな形で話を進めればいいのに」と思われるかもしれませんわね。実際、一誠様であればもっと大々的に物事を為せると私も思いますわ。ですけど、一誠様は一見大した功績にならず、またご自分の能力に不釣り合いな小さな仕事であっても、けして軽視なされずに丁寧に取り組まれます。それは、そうした小さな仕事の積み重ねこそが将来の大事業を支える土台となる事をよくご存知だからです。リシャールもミリキャス様も、そしてゼファードルさんも将来は人の上に立つ事になるでしょうから、今私の申し上げた事をしっかりとお覚えになって頂きたいですわ」

 

 レイヴェルの補足説明を受けたゼファードルの僕を見る目が、更に輝きを増した。ふと気がつくと、ゼファードルと同じ様な視線をミリキャス君とリシャール君からも感じる。年下の子供達、特にアウラと同い年となるミリキャス君とリシャール君からの視線にこそばゆいものを感じていると、元士郎がからかい気味に話しかけてきた。

 

「ギャスパーに指導している時もそうだけどな。お前って、本当にいい先生をしているよな。一誠」

 

「レイヴェルの補足説明が良かったんだよ。それにお前だって、その内にそうなるつもりなんだろう。元士郎?」

 

 僕がそうやり返すと、元士郎は何ら動揺する事なく堂々と頷いてみせた。

 

「あぁ、そうだぜ。だからな、今は先生の先輩がやっている事をしっかり見て、そこからいい所をどんどん盗んでやろうと思っているのさ」

 

 元士郎がそう言ってニヤリと笑みを浮かべると、パーティー会場を出る直前に合流してきた方がクスクスと笑い出した。

 

「アラアラ。一誠って周りの子達に恵まれているのね。本当、エギトフとよく似ているわ」

 

 ……フロントに来ているという旧知の友人を出迎える為、途中まで同行する事になった義母上だ。そこで、イリナが僕と義父上が似ている点について確認を取った。

 

「そうなのですか、クレア様?」

 

「えぇ。私やエギトフ、ギズルにサーナって、悪魔創世以前に冥界で生まれ育った存在でしょ。それで悪魔創世以前には外の勢力との付き合いがあったの。特にエギトフなんて積極的に冥界の外に出向いていたから、結構顔が広いのよ。でも、悪魔創世以降はそうした付き合いを完全に断ってしまったの。変な疑いを持たれる訳にはいかないからってね」

 

「人に歴史ありって訳か。まぁ俺達は人じゃないけどな」

 

 義母上から明かされた意外な事実を聞いて、この中では義母上に次いで年長であるエルレが冗談を交えながら応じる一方で、僕は義父上達の歩んだ道程が僕の想像より遥かに長く遠いものである事を実感した。……どうやら、僕がこれから引き継ぐ事になるものは想像以上に重く、またそれ故に尊いものであるらしい。

 その後も主に子供達が義母上と話をしながらタンニーン達の元へと向かっていたのだが、エレベーターから降りてホテルのフロントに出ると、そこには隻眼で床に着く程に長い顎鬚を伸ばしたローブ姿の老人が、こちらに戻ってきたリアス部長に絡んでいた。一緒に戻ってきたライザーとおそらくは老人の付き人であろう鎧姿の女性がそれを止めようとしていたのだが、鎧姿の女性は隻眼の老人から何かを言われると、突然床にへたり込んで泣き出してしまった。

 ……幾ら義母上が混沌(カオス)のアライメントを司るからと言って、何もここまで混沌とした状況を作り出さなくてもいいだろうに。そう思った僕は、けして悪くない筈だ。だが、混沌とした状況にも関わらず、義母上は平然と隻眼の老人に声をかける。

 

「お久しぶりね、ウォーダン。元気そうで何よりだわ」

 

 ウォーダン? ……いや、まさか。

 

 義母上の口から飛び出した名前から、僕は老人の正体についてだいたい予想がついた。おそらく、オーフィスの対談の際に千里眼の様な術でこちらを見ていたのはこの方だろう。一方、ウォーダンと呼ばれた隻眼の老人も少し驚いた様な素振りを見せつつも義母上に応じる。

 

「その名前で呼ばれるのも、随分と久しぶりじゃの。それにしても、まさか儂の出迎えに来るのがお主だとは思わんかったぞ。クレアよ」

 

 明らかに顔見知りらしいお二人の会話を聞いて、鎧姿の女性がウォーダンと呼ばれる老人に確認を取る。

 

「あの、オーディン様? その方はお知り合いなのですか?」

 

 ……僕の予想通り、隻眼の老人は北欧神話の主神であるオーディン様だった。リアス部長やライザー、小猫ちゃんを含めた皆が老人の正体を知って驚く中、僕は自分の予想が当たった事にホッと胸を撫で下ろす。その一方で、鎧姿の女性からお互いの関係を尋ねられたお二人は驚くべき答えを返してきた。

 

「このご婦人の名はクレア・ネビロス。儂の若い頃からの腐れ縁でエギトフ・ネビロスという男がおるんじゃが、その奥方じゃ。そもそも、ここにいるクレアを始めとする悪魔創世前から生きておる連中は冥界生まれの精霊であるから、聖書の神の定めた悪魔の枠組みから外れておっての。その為、「魔」の力を持っておる事から一応は悪魔勢力に属しておるが、その気になればいつでも悪魔の肩書を捨てられるんじゃよ。実際、冥界に悪魔と堕天使が堕ちてくる一万年前まで、偶に地上に出向いたエギトフと顔を合わせておったし、儂の方もこっそりと冥界にあるあ奴の邸を訪ねてはあ奴等をからかっておったわ」

 

「でも、冥界に堕ちてきた子達の面倒を看る為に、あの人はそれっきりウォーダンを含めた外の付き合いを全て断ってしまったの。あの人はいつもそう。たとえ嫌な事でも必要だと思えば率先してやってしまうものだから、よく誤解されるのよ」

 

 先程エルレが言った様に「人に歴史あり」とはよく言ったものであるが、義父上や義母上のそれは余りにも桁が違っていた。僕も含めて全員が絶句している中、オーディン様は話題を義父上に対するものへと変える。

 

「ところで、クレアよ。あ奴は今でも現役を張っておるんじゃろ? 全く、さっさと引退して若造共に後を任せてしまえばいいものを。何度か知恵を貸してもらった事のある儂が言うのも何じゃが、あ奴は少々面倒見が良過ぎるわ」

 

「でも、ウォーダン。それは貴方も一緒でしょう? そもそも子宝に恵まれなかった私達と違って、貴方には優しく聡明なバルドルも強くて頼もしいヴィーザルもいるのよ。それなら、今貴方が自分で言った様にあの子達を始めとする若い子達に道を譲って、後は自分達の足で前へと進ませなさいな。でないと、ちょっとした事で簡単に足を掬われてしまうわよ。あの子達も、そして貴方も」

 

 ……北欧神話の主神であるオーディン様に対して義母上がここまで言ってしまうとは、流石に僕も思わなかった。一方、言われた側であるオーディン様は苦笑こそ浮かべているものの、けして不快とも無礼とも思ってはいない様だ。きっと、それを言えるだけの資格を義母上が持っているとお思いになられているからだろう。

 

「……全く。おっとりしとる様で芯は鋼よりも強くしなやかなのは、一万年経っても変わらんのぅ」

 

「私もエギトフも、一万年程度でそんなに変わったりしないわよ。ウォーダン、貴方だってそうでしょう?」

 

「確かにお主の言う通りじゃな。ホッホッホ」

 

 一万年という気が遠くなる程の永い期間、お互いに接する事がなかったにも関わらず、お二人はまるで数日ぶりに会ったかの様にお互いに笑みを浮かべながら会話を楽しんでいる。そうしたお二人の姿に皆が少なからず驚く中、僕はこれからの永い生涯を楽しく生きるコツの様な物を見つけた様な気がした。ここで義母上が話題を変えて、僕達をオーディン様に紹介すると言って来た。

 

「一誠。この際だから、ウォーダンに貴方達を紹介するわね。これから永い付き合いになるでしょうから」

 

 確かにその通りだ。それに高天原に出向いた事で今後は外の勢力との外交の窓口となる以上、ここで主神であるオーディン様に顔を知ってもらえるのは非常に都合がいい。

 

「承知しました。よろしくお願いします」

 

 僕が義母上の提案を承知すると、義母上は早速僕達の紹介を始めた。その時の義母上はとても楽しそうで、それを見ているオーディン様もつられた様に笑みを浮かべている。ただ、僕をネビロス家の次期当主として養子に迎えた事を話すと、オーディン様は驚いた様な表情を見せた。

 

「ホウ。これは中々面白い事を聞いたのぉ。それを言ったのがお主でなければ、嘘の一言で片付けておったわ。それにしても、儂が「養子を取れ」と散々言って来たのにずっと断り続けたエギトフがのぅ……」

 

 オーディン様が遠い昔を懐かしむ様な素振りを見せる中、義母上はリアス部長達にはオーディン様への急な応対に感謝を告げると共に、僕達には本来の目的を果たす様に言い付けて来た。

 

「リアス・グレモリーさん、ライザー・フェニックスさん。それと、確か塔城小猫さんだったかしら。ウォーダンへの急な応対、お疲れ様でしたね。ここからは旧知である私に任せて下さいな。それと一誠、貴方達はやるべき仕事をしっかりとやってきなさい。いいわね?」

 

 すると、僕の仕事についてオーディン様が義母上に尋ねてくる。

 

「んっ? クレア、仕事とは何じゃ?」

 

「冥界で嫌われ者になっているドラゴンへの偏見を少しでも改善する為に、これから小さな子供達と一緒にタンニーンが待機している所まで出向いて親睦を深めるんですって。これについては、直接の上司になっているレヴィアタン様も認めているわ」

 

 義母上がオーディン様の疑問に答えると、オーディン様は納得の表情で僕の事を見た。

 

「フム。まずは身内のゴタゴタを少しずつでも解決していこうと言った所かの。まぁ、あの何を考えておるのか解らん所のあるオーフィスとしっかり話ができておったんじゃ。それくらいは軽くやってのけるじゃろうて」

 

 そうしてオーディン様の疑問が解決した所で、僕はタンニーン達の元へと向かう事にした。義母上がオーディン様に応対してくれるのであれば、セラフォルー様から命じられていた出迎えの件を後回しにできるからだ。

 

「では、行って参ります。義母上。それとライザー」

 

「えぇ。しっかりやってきなさい」

 

「解っている。リアスと小猫は俺がパーティー会場まで送っていくから、二人の心配は無用だ」

 

 そうして出発の挨拶を終えた僕は、イリナ達と共にリアス部長や小猫ちゃん、ライザー、オーディン様、ロスヴァイセさん(オーディン様のお付きである鎧姿の女性の名前だ。最初は敬称を付けて呼んだのだが、義理とはいえ主神の知人の息子にそう呼ばれた事でかえって恐縮されてしまった為、最終的には年上という事で「さん」付けで落ち着いた)、そして義母上に見送られながらホテルのフロントを後にした。

 

 

 

Side:セラフォルー・レヴィアタン

 

 私達魔王が主催したパーティーが何事もなく終わり、出席した人達の多くが二次会の会場へと向かう中、サーゼクスちゃんから冥界の首脳陣に対して緊急招集を掛けられた。きっと、いつの間にかパーティー会場に侵入していたオーフィスの事ね。……ネビロス家の執事長さん(この人、実は冥界における最高の執事さんでグレイフィアちゃんがグレモリー家のメイドになる為の研修でお世話になった先生でもある)が準備したと思われるテーブルにイッセー君とアウラちゃんの二人が座っているのを見て、相手は誰なのかと確認したらそれがオーフィスだったと解った時、私は訳が解らなくなっちゃった。「どうして? 何で貴女がそこにいるの?」って。それで慌ててイッセー君達の所に駆け寄ろうとしたけど、その前にソーナちゃんから念話が来た。ロシウ先生が手を加えたものでそうそう盗聴される事もないから、他の人に聞かれる心配はない。

 

〈お姉様、少しお待ち頂けますか。この場での戦闘を避ける為、一誠君がアウラちゃんの質問を切っ掛けにしてオーフィスに対談を持ち掛けて、今上手くいったところなんです〉

 

 ソーナちゃんからこう言われて、私は内心驚きながらもイッセー君達の様子を見る事にした。そして、執事長さんが持ってきたバナナをアウラちゃんとオーフィスが仲良く食べ始めた時、私は衝撃を受けた。

 

― あのね。バナナって、なかよしフルーツなんだよ。だって、長さも太さも違うのに、ケンカしないで一緒にくっついてるから。それに、皆でバナナを食べると美味しくって皆一緒に笑顔になっちゃうし、同じ気持ちで笑顔になったら心が近付いて仲良くなれるの。だから、なかよしフルーツなんだよ ―

 

 アウラちゃんが執事長さんにバナナを頼んだ後でオーフィスに話した事なんだけど、それが私の目の前で実現していた。そして、こう思ったの。アウラちゃんは魔法少女である私に憧れてくれるし、私やはーたん先輩みたいな魔法少女になりたいって言ってるけど、実際はアウラちゃんこそが皆の心に優しさを届けられる「本当の魔法少女」なんだって。

 ……結局、この場はイッセー君がオーフィスにグレートレッドとの対話を持ち掛けて、オーフィスが考える時間が欲しいと言った所でお開きになった。ただ、いくつか大きな収穫もあった。オーフィスがこの場に連れてきたドラゴンが邪龍の筆頭格の一頭であるクロウ・クルワッハだった事。オーフィスがイッセー君に影響されて「無限」の中身を増やし、より強くなった事。これだけならハッキリ言って絶望的なんだけど、自分以外の存在に影響される事からオーフィスの心はけして無限じゃない事がハッキリした。これで「懲らしめる剣」が使えるイッセー君ならオーフィスにも有効打を与えられるから、結果としてはこの上ない朗報になって私は心からホッとした。

 また、それとは別にリアスちゃんの眷属である木場君と一緒にサジ君もオーフィスから「我の眷属にしてもいい」と高く評価されたのは、サジ君の主であるソーナちゃんの評価にも繋がるから素直に嬉しいと思ってる。正直な所、コカビエルを完全に無力化したり、首脳会談で仕掛けられたテロを実質完封したり、果ては世界最強のオーフィスをあと一歩の所まで追い詰めて退けたりとイッセー君の余りに華々しい戦功の影に隠れちゃっているけど、この二人ってそもそもコカビエルとの最終決戦に参戦してケルベロスやオルトロスの大群を相手に無傷で退けるって上級悪魔でもちょっと難しい事をやっちゃってるから、上層部の間でも実はそれなりに評価されてた。そこにオーフィスに真っ向から立ち向かってイッセー君復帰までの時間稼ぎに成功、その後も力及ばず途中で脱落しちゃったけどそれまではイッセー君達と一緒に奮戦して五体満足で生き残っちゃうなんて最上級悪魔はおろか魔王である私でもちょっと難しそうな事をやってのけたから、二人がもう少し功績を重ねたらイッセー君の時みたいに早急に中級悪魔に昇格させた方がいいって意見も最近じゃ出てきてる。

 だから、最近は「時代が変わった」って思う事がよくある。私達四大魔王の中でも特に飛び抜けて強いサーゼクスちゃんやアジュカちゃんはともかく、グレイフィアちゃんやタンニーンちゃんみたいな同格の実力者が結構いる私やファルビーの出番はそろそろ終わりなのかもしれない。……もしそうなっても、その時は「優しい魔法少女になる」って夢に全力を注ぐだけだから、私としては一向に構わないんだけどね☆

 こんな風に色々な事を考えながら集合場所として指定された部屋に向かうと、そこにはサーゼクスちゃんとアジュカちゃん、それに神の子を見張る者(グリゴリ)のトップ3であるアザゼルとシェムハザ、それに朱乃ちゃんのお父さんが集まっていた。私が来てすぐにファルビーも部屋に入ってきた所で会議が始まり、まずはサーゼクスちゃんの事情説明を受けた。

 オーフィスの侵入については既に知っていたし、ホテルの敷地内で結界が張られた事もイッセー君達がすぐに手を打つだろうって放っておいたんだけど、流石に潜入していたのがSS級「はぐれ」悪魔の黒歌である事までは解らなかった。……というよりは、結界を構成している魔力に妖気と仙気が混じっている事から考察を進めて相手の種族をほぼ特定したイッセー君とそれから即座に黒歌の名前を出してきたレイヴェルちゃんが凄過ぎる。アザゼルも言っていたけど、私の次のレヴィアタンになるのは本当にレイヴェルちゃんかもしれない。でもそれ以上に、実はオーフィスとクロウ・クルワッハは私の側を通り過ぎていた事を知らされて、私はそれに全く気付いていなかった事に今まで生きてきた中でも五本の指に入るくらいのショックを受けてそのまま気を失いそうになっちゃった。ただ、イッセー君がオーフィスからの視線を感じ取ってオーフィス達を視界に捉えるまで、その時イッセー君と一緒にいたサーゼクスちゃんやアジュカちゃん、アザゼルの三人でさえオーフィス達の事に気づいていなかったという事なので、ちょっとホッとしちゃった。そして、すぐにそんな事でホッとしちゃった自分の弱さが嫌になった。その後、今回は対談だけに留まり戦闘が避けられたからパーティーの出席者は全員助かったんだけど、かなりギリギリな状況だった事を悟ってとても冷たいものを背中に感じちゃったのは、たぶん私だけじゃないと思う。

 

「まさか、その様な事になっていたとは……」

 

 神の子を見張る者の副総督であるシェムハザさんも、事の余りの大きさに言葉がなかなか出て来ないみたいだった。そこで、アザゼルは今回の件のおける堕天使側の対応について指示を出す。

 

「シェムハザ。今回の件についてだが、黒歌の方は警備の穴を突かれたんだから悪魔側の失態には違いない。だが、オーフィス達の方は流石に不問にしろよ。今回はオーフィスがイッセーに熱烈な視線を送っていたからイッセーがそれを感じ取れただけで、実際は誰が何をやっても見つけられねぇよ。現にイッセーが視線をオーフィス達に向けるまで、俺とサーゼクス、アジュカも含めて誰一人オーフィス達に気付いていなかったんだからな」

 

「アザゼルがそう言うのであれば……」

 

 シェムハザさんはやや不服そうではあったけど、最後は承服した。確かに堕天使のトップであるアザゼルのすぐ側に最大級の脅威がいたにも関わらず全く気付いていなかった事は紛れもない事実だし、トップの危機に全く動かなかったという意味で堕天使側もまた失態を犯しているからだ。

 

「ところで、当事者である兵藤親善大使は今どちらに?」

 

 ここで朱乃ちゃんのお父さんであるバラキエルさんがイッセー君の事について尋ねてきたので、悪魔側のイッセー君の上司である私が答えた。

 

「イッセー君は冥界に住むドラゴンとの親睦の為に、パーティーを途中で抜け出してタンニーンちゃん達のいる所へ向かったの☆ それでこの会議の事は既に伝えてあるから、そろそろ来るとは思うんだけど……」

 

 パーティーの途中でイッセー君が私に会場を抜け出す許可を貰う際に説明を受けたんだけど、イッセー君はタンニーンちゃんと話をした時に冥界でドラゴンが忌み嫌われている現状を知って、政治的な意味でも戦略的な意味でもそれを何とかして改善したいって考えていたみたい。それで考え付いたのが、聖魔和合親善大使としての仕事の一環としてドラゴン達と親しく接する事で冥界内部の融和を図る事だった。……イッセー君がこっちに来てくれて以来、今までは足の引っ張り合いでなかなか取り掛かれなかった事がスムーズに行われる様になってる。駒王協定が締結されてからすぐの時に、アザゼルがイッセー君の事を「三大勢力全体を見渡しても代わりが利かない、堕天使総督や四大魔王以上の重要人物」と言っていたらしいけど、ここに来て改めて実感した。それは説明を終えた後で「あくまで可能性としてですが」と前置きした後でイッセー君が話した事にも表れている。

 

「場合によっては、パーティーが終わるまでには戻れないかもしれません」

 

 ……実はオーフィスと対峙している間、それを誰かが少し離れた場所から見ていた事にイッセー君は気づいてた。イッセー君の近くにいてそれに気付いたのは、サーゼクスちゃんとアジュカちゃんだけ。つまり、力量が神の領域に至っている人達だけなのだ。そうなると遠くから見ていた人も神かその領域に至っている存在なので、私達四大魔王でないと出迎えとしてはつり合いが取れなくなってしまう。そこで、私達魔王の代務者として聖魔和合親善大使を務めているイッセー君なら、私達の代役としてどうにかつり合いは取れるという訳。その人はパーティー会場であるこのホテルのフロントにいるみたいだから、タンニーンちゃんの元に向かう前にイッセー君に対応してもらう事にしたんだけど、そうすると流石にパーティーが行われている間に戻ってくるのは難しいってイッセー君は言ってた。ファルビーじゃないけど、イッセー君はちょっと働き過ぎだと思う。だから、上司としての命令で強制的に休ませるくらいでイッセー君にはちょうどいいのかもしれない。

 ……ただ、その遠くから見ていたのって、一体誰なんだろう? その疑問だけが、私の中で解消されていなかったんだけど。

 

「遅れて申し訳ありません。聖魔和合親善大使、兵藤一誠です。入室の許可をお願い致します」

 

 部屋の外からイッセー君の声が聞こえてきた。ただ、続けて出てきた言葉に私はおろか他の皆も驚きを隠せない。

 

「なお、先程こちらにお越しになられたオーディン様をお連れ致しております」

 

 確か、オーディン様を含めた外のお客様の冥界入りは明日の予定だった筈だけど、それがどうして今ここに来てるの? ……遠くからイッセー君とオーフィスの対談を見ていたのは誰だったのかはこれで解ったけど、また別の疑問が湧いてきて私の頭が痛くなってきた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

最新刊で明らかになったネビロス家についてですが、拙作はこのまま最後まで独自設定で行きます。予めご了承ください。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十五話 腐れ縁も縁の内

Side:アザゼル

 

 サーゼクス達が主催したパーティーが終わった後で行われた緊急会議の最中、タンニーンとその眷属達のいる大型の悪魔専用の待機スペースに出向いていたイッセーが部屋の外から声を掛けてきた。結局、イッセー達はパーティーが終わるまで戻って来なかったのを考えると、たぶんオーフィスとの対談の際に千里眼の類でこちらを窺っていたという存在に対応していたんだろう。

 

「なお、先程こちらにお越しになられたオーディン様をお連れ致しております」

 

 ……ただ、イッセーの口から飛び出してきた名前を聞いて、この場にいた奴は()()全員が度肝を抜かれた。何故全員でないか、だって? ……覗き見していた奴の力量をサーゼクスとアジュカがある程度察していたからだよ。

 

「成る程。そういう事なら、覗き見を察知できたのが俺を含めて三人だけだったのも頷けるな」

 

「それにしても、覗き見していたのは冥界入りが明日の予定だったオーディン殿だったとはね。流石にこれは予想外だったよ」

 

 だから、イッセーの声に何ら滞りなく反応して、サーゼクスがイッセー達の入室許可を出した。それで一言「失礼致します」と声を掛けてから扉を開けたイッセーが脇に避けると、オーディンがヴァルキリーと思われる鎧姿の女を連れて部屋に入ってきた。それを確認したイッセーが最後に部屋に入ると、そのままドアをゆっくりと閉める。オーディンは俺達の姿を確認すると、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべながら肩を叩く素振りを見せた。

 

「ヤレヤレ。随分と遅い出迎えじゃったが、若造共は老体の出迎え一つまともにできんのか? お陰で老体に残された貴重な時間を無駄にしてしまったわい」

 

 早速俺達の出迎えが遅れた事に対して皮肉交じりに文句を言ってきたオーディンに対して、セラフォルーがすぐさま弁明しようとする。しかし、その前にオーディンは不機嫌そうな表情からいきなりニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……と、普通なら文句の一つでも言っている所じゃな。しかし、今回儂の出迎えが遅れた事については特に気にしておらんよ。何せ、儂より先に来ておった客が客じゃ。儂にも無理な事を若造共に押し付けるのは、流石に筋が通らんからの」

 

 ……だったら、最初から文句なんて言ってんじゃねぇよ。このクソジジィ。

 

 俺がオーディンのクソジジィっぷりに腹を立てていると、サーゼクスが席を立って招く。

 

「お久しゅうございます、北の主神オーディン殿」

 

「サーゼクスか。ゲーム観戦の招待、来てやったぞい」

 

 オーディンがサーゼクスの招きに応じて近付くと、サーゼクスの顔をまじまじと見始めた。そして、サーゼクスに問いかける。

 

「しかし、サーゼクスよ。お主、本当に変わったのぅ。最後に直接顔を合わせた時とはまるで別人じゃ。「男子三日会わざれば刮目して見よ」とはよく言われるが、今のお主は正にそれじゃよ」

 

 流石と言うべきなんだろうな。オーディンはサーゼクスの飛躍的とも言える成長に一目で気付きやがった。そうして感心する様な素振りを見せるオーディンに対して、サーゼクスは堂々と胸を張って答える。

 

「そうですね。一言で申し上げるのであれば、私は新たな友を得たのですよ。オーディン殿がこうして目を見張る程に私が変わったのであれば、それはきっと新たな友のお陰でしょう」

 

 ……そうだな。一誠シンドロームに感染したお前なら、そういう答えを返すよな。

 

 俺もそうだが、オーディンもまたサーゼクスの答えに納得した様だ。ウンウンと深く頷くと、サーゼクスにアドバイスを送ってきた。

 

「成る程のぅ。……サーゼクスよ。今後も魔王ルシファーとして冥界を背負って立つ意志と覚悟があるのなら、新たに得たという友を大切にするのじゃな。その者はお主にとって何者にも代え難い存在となるであろうよ」

 

「金言、肝に銘じましょう」

 

 サーゼクスは頭を下げて感謝の言葉を伝えると、側に控えていたグレイフィアにオーディンの為の席を用意する様に命じた。そうして上座となる場所に席が用意されると、オーディンがどっかりと腰を下ろす。その後ろには護衛を兼ねたお付きと思われるヴァルキリーが控える格好だ。最後にドアの側に立っていたイッセーが空いている席に移動してそこに座ると、オーディンはいきなり話題を変えてきた。

 

「さてと。オーフィスとクロウ・クルワッハという招かれざる客の話もいいんじゃが、儂はレーティングゲームを観に来たんじゃよ。正確に言えば、オーフィスに真っ向から立ち向かって五体満足で生き残った将来有望な若者達をのぅ。それで一誠や。今回出場する者達の内、お主なら誰を推すのかの?」

 

 おい、ジジィ。何であんたは初対面のイッセーをいきなり名前で、しかも親しげに呼んでるんだよ?

 

 俺達と異なり、イッセーに対しては明らかに親しげな態度を見せるオーディンの問い掛けに対して、イッセーは軽く笑みを浮かべながら応じる。

 

「それでしたら……」

 

 そうしてイッセーが挙げた二つの名前を聞いて、オーディン以外の全員が驚きを隠せなかった。……いや、片方についてはまだ理解できる。ルールやフィールドによってはほぼ独壇場になるし、何より()()()()()()()()()()からな。それだけに、もう片方が俺から見ても意外だった。そんな俺達の反応を余所に、オーディンは二人の名前を挙げた理由をイッセーに尋ねる。

 

「フム。……今回のゲームでは儂等の所にも名前が聞こえておる水氷の聖剣使いが出場するにも関わらず、あえてその者等の名を挙げた理由は?」

 

 しかし、イッセーはあえてこの場での回答を避けてみせた。

 

「私としてはここでお教えしてもよいのですが、それでは折角の楽しみが半減してしまいますので、ここは二日後のゲームを観てのお楽しみという事でお願い致します。尤も、オーディン様がそれでも構わないと仰せであればお教えしますが、いかが致しましょう?」

 

「ホッホッホ、それはいかんのぅ。それなら、明後日のゲームを楽しみにするかの」

 

 そう言って、オーディンは明後日の対戦を心待ちにする様な笑みを浮かべる。それと同時に、オーディンは明らかにイッセーとの会話を楽しんでいた。

 

 一体、イッセーとオーディンの間で何があったんだ?

 

 ……この後、黒歌の事も含めて話し合いが行われたものの、結局はこの場にいた誰もが胸に抱いたこの疑問を解消する事ができず、俺達がその答えを得たのは翌日の早朝トレーニングの時だった。

 

Side end

 

 

 

 サーゼクスさん達主催のパーティーの後で行われた冥界の首脳陣による緊急会議は、ギリギリで日付が変わる前に終わった。何故ここまで時間が掛かったのかと言えば、パーティーに潜入してきた黒歌の身柄をどうするのかでかなり揉めたからだ。黒歌は黒歌対策を徹底的に行った小猫ちゃんによって鎮圧された後、一足遅れで現場に到着した美猴によって神の子を見張る者(グリゴリ)の本部へと移送されていた。かつて禍の団(カオス・ブリゲード)で組んだチームの仲間だったという事でもう一度だけ説得を試みたいとの事だが、これには独断専行が過ぎるとして悪魔側が異議を申し立てる事になった。悪魔側にしてみれば、主殺しの「はぐれ」悪魔という事で何としても自分達の手で処罰したいという思いがある。ただ、ここで実体化した計都(けいと)から黒歌の主殺しに関する事情が説明され、更にアジュカさんから悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の隠し機能の中にボイスレコーダーやドライブレコーダーの様なものがあると明かされた事で、そこから得られる情報次第では黒歌に対して情状酌量の余地が出てきた。その為、最終的には一先ず黒歌の身柄は神の子を見張る者で預かる事となり、ヴァーリ達による説得と並行して黒歌の悪魔の駒に残されている情報に基づく事実確認を最優先する事になった。

 そうしたパーティーの裏側で起こった騒動の後始末も一区切りついた所で緊急会議はお開きとなり、現在は冥界の実家となったネビロス家の邸へ()()()()()所だ。ただ、この時間帯ともなると、僕がまだ上級悪魔昇格の儀式を終えていない為に交換(トレード)が成立していない瑞貴とギャスパー君はそれぞれの主の元へ戻っているだろうし、まだ幼いアウラは夜更かしなどできないので今頃夢の中だろう。それにアウラに付き添う形でイリナも寝室に入っているのはほぼ間違いない事から、僕の帰りを待っているのは義父上と義母上の他にはレイヴェルとセタンタ、そして婚約者であるエルレの三人だろう。この様な状況で帰るとなると、流石に馬車では足が遅過ぎて待たせている皆に申し訳ない事から、ここはドゥンを呼び出す事にした。ただし、この帰宅には当然ながら同行者がいる。

 

「ほっほっほ。たまにはこうしてスレイプニルに跨って大地を駆けるのもよいのぅ」

 

 僕の隣で八本足の軍馬スレイプニルを久しぶりに駆って、楽しそうにしているウォーダン小父さんだ。……実は先程、プライベートでは親しみを込めて「ウォーダン小父さん」と呼ぶ様に言われてしまったのだ。どうやら幾度となく養子を取る様に勧めても頑として受け付けなかった旧友がようやく迎えた義息子という事で、僕はかなり気に入られている様だった。一方、ウォーダン小父さんの隣にはロスヴァイセさんがドゥンの上で大人しく座っている。

 

〈ところで、顔色がかなり悪い様ですが大丈夫ですかな、ロスヴァイセ殿?〉

 

「ハ、ハイ。私は大丈夫ですよ、ドゥンさん。むしろ頬を通り過ぎる風が凄く気持ちいいです。でも、風が気持ちいいのと同じくらい胃が凄く痛くて……」

 

 ドゥンに声を掛けられたロスヴァイセさんは返事を返した後で胃の辺りを押さえていた。一方、ウォーダン小父さんはその様子を見て呆れた表情を浮かべている。

 

「ロスヴァイセよ、折角一誠の厚意でかのアーサー王の愛馬に乗せてもらっておるんじゃ。ならば、この貴重な時間をもっと楽しまんか。そんなだから、彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーなんじゃよ」

 

「か、彼氏がいないなんて、今は関係ないじゃないですか! だいたい、そんな世界的に有名な伝説に名前が残っている様な凄い馬に主である兵藤親善大使を差し置いて私が乗っている事がおかしいんです! ……うぅっ。叫んだら余計に胃が……」

 

 ウォーダン小父さんから未だに交際経験のない事をからかわれて激しく反応したロスヴァイセさんだったが、それが唯でさえ痛めている胃に響いた様でそのまま胃の辺りを両手で押さえながら蹲ってしまった。その様子を見て、ウォーダン小父さんは深い溜息を吐く。

 

「全く、相変わらずお堅い奴じゃな。もっとリラックスして心に余裕を持てば、男なんぞ幾らでも寄って来るというにの」

 

 ウォーダン小父さんはそう言うと、興味津々と行った面持ちで僕の方を向いた。

 

「それにしても不思議なものじゃな。地面に手を伸ばして土を無造作に掴んだかと思えばそのまま放り投げて、更にはその上に乗ってしまうとはの。それに本気のスレイプニルには流石に敵わんのだろうが、それでもそこらの魔獣よりも遥かに速い。これが東洋の神秘というヤツかの、一誠や?」

 

「はい、ウォーダン小父さん。これは道術の基礎である五遁の一つ、土遁の術です。今は詳しい説明を省きますが、要はこの術を使うと地面の上であればどの様な険しい地形であってもスイスイと移動する事ができるんです」

 

「ホウホウ。それは中々に便利な術じゃの。そこら中にある土を使うだけで良いというお手軽な所が特に気に入ったぞい」

 

 ……そう。僕は道術の基礎である五遁の一つ、土遁の術を使って移動していた。この土遁の術は手で掴んで放り投げた土の上に乗る事で地面の上を高速で移動できる様になる。なお、火遁であれば火に乗れるので火に巻かれても簡単に脱出できるし、水遁は水に乗るので水上移動はもちろん水中移動も可能であり、海の底にある神殿に直接出向く事もできる。更に五遁の上位種にあたる光遁に至っては光そのものに乗る為、移動速度は文字通り光速で光のある場所ならどこへでも行く事が可能だ。それは天界ですら例外ではない事から、もし僕がドゥンと出逢わなければ、天界への移動手段はほぼ間違いなく光遁になっていただろう。

 そうして僕は土遁の術を用いてドゥンやスレイプニルに何ら劣らない速さで移動している訳だが、ようやく開き直ったのか、胃痛が治まったらしいロスヴァイセさんはこちらを見ながら首を傾げている。

 

「いくらスレイプニルやドゥンさんが合わせているとはいえ、何でたったあれだけの動作でこれ程のスピードを出す事ができるんですか? いえ、そもそも私達の魔法体系の理論だと地面から掴み取って投げた土に乗って移動するという手段そのものがまずあり得ません。でも、放り投げた土に向かって幾つかのルーンを魔力で刻んで、それらを連動させればあるいは……」

 

 土遁に関する考察が知らず知らずのうちに口を衝いて出ているロスヴァイセさんはどうやら研究者気質な所があるらしい。そうすると、同じく研究者気質な僕やアザゼルさん、アジュカさんとは気が合うのかもしれない。ただ、流石に今は場違いなので、ウォーダン小父さんがロスヴァイセさんを窘めた。

 

「ロスヴァイセよ、そこまでにしておかんか。儂とて今の一誠の説明でますます興味が出てきたが、これ以上は堂々巡りにしかならんぞい」

 

「……そうですね。後で兵藤親善大使からお話をゆっくりとお伺いする事にします」

 

 そうしてロスヴァイセさんが気を取り直した所で、次第にネビロス邸が見えてきた。

 

「ウォーダン小父さん、そろそろ到着しますよ」

 

「ウム。儂の目にも見えてきたわ。……懐かしいの、あの邸を見るのは。実に一万年ぶりじゃ」

 

 ネビロス邸を見たウォーダン小父さんの口から万感の思いが込められていた言葉が出てくる中、僕は緊急会議に向かうまでの事を思い返していた。

 

 

 

 タンニーンを始めとするドラゴン達との交流の為、僕はイリナとレイヴェル、元士郎、エルレ、そして子供達四人を連れて大型の悪魔専用の待機スペースを訪れた。そこにはタンニーン達以外にもメインのパーティー会場に入れなかった者達が用意された食事と共に会話を楽しんでいた。その中にはサイラオーグの戦車(ルーク)であるガンドマ・バラムとラードラ・ブネもおり、周りがざわついた事を不審に思い入口を見たら僕達がいたという事で二人はかなり驚いていた。ただ、怪力が特色であるバラム家の出で3 m程の巨体を持つ事からメインの会場には入れなかったと思われるガンドマならともかく、長身ではあるが細身でけしてメイン会場に入れない訳でないラードラがここにいる事にアウラを始めとする子供達は皆、首を傾げている。そこで話を聞くと、どうやらあまり言葉を発しようとしないガンドマを一人残していくのを忍びないと思ったラードラが同じ戦車である誼で共にいる事にしたとの事だった。

 ラードラの説明を聞き終えた僕は、ラードラがドラゴンを司るブネ家の出身である事を踏まえた上でちょっとした事を思い付いた。そこで、僕はガンドマとラードラにエルレの供をする様に伝えるとそのままタンニーンの元へと向かう。元とはいえ龍王であるタンニーンのオーラを間近で感じる事で、ラードラにとって一つの切っ掛けになればと思ったのだ。尤も、いくらサイラオーグの手で鍛えられているからとはいえ、心の準備もなく突然タンニーンと真っ向から対峙するのは流石にきつかったらしく、ガンドマもラードラも緊張の余りにすっかり固まってしまい、その一方で何ら物怖じせずに憧憬の眼差しでタンニーンを見上げているミリキャス君とリシャール君、更にはタンニーンと目があっても視線を逸らさずに受け止めてみせたゼファードルの姿を見て、エルレが「二人とも、しっかりしろ! あんな小さな子供達に肝っ玉で負けてどうするんだ!」と一喝する一幕もあったのだが。

 そうしてタンニーンにヴリトラの復活を伝える一方でその宿主である元士郎を紹介したり、エルレが自分の責任でラードラをタンニーンの元に修行に出す事を提案してそれが受け入れられたり、更には大型の悪魔専用の待機スペースという事で子供達がドラゴン以外の種族とも積極的に接触したりするなど、結果的には僕の想定以上の成果を出してタンニーン達との交流が終わった。そしてウォーダン小父さんに応対している義母上の元へと向かう最中、ジェベル執事長を伴った義父上が現れた。

 

「一誠か。その様子では、ドラゴン達との交流は上手くいった様だな」

 

 義父上が話しかけてきたので、僕はここにいる理由について尋ねてみる。

 

「ハイ、同行してくれた子供達のお陰です。ところで、義父上はなぜこちらに?」

 

「パーティーの出席者との顔合わせが一区切りついたのでな、そろそろウォーダンの相手をクレアと交代しようと思ったのだ」

 

 それを聞いて納得すると同時にウォーダン小父さんの遠見の術を義父上もまた看破していたという事実に気付いて内心驚いた僕は、ちょうどウォーダン小父さんの出迎えの件もあったので義父上達と同行する事にした。その際、子供達をイリナ達に任せて僕一人だけで同行するつもりだったのだが、義父上から子供達も伴う様に言われた。「ウォーダンには既に紹介しているのだ。もう少しだけ子供達に付き合ってもらった方が都合がよい」との事であり、僕も滅多にない貴重な機会という事で義父上の意見を受け入れる事にした。こうしてウォーダン小父さんと義母上のいる一室に到着した僕達は、ジェベル執事長が確認を取った後で部屋に入っていく。そこには既に立ち上がっていたウォーダン小父さんとソファーに座ったままの義母上がいた。そして義父上とウォーダン小父さんはお互いに歩み寄っていく。再会の握手を交わすのだろうと思った僕はそのまま見ていたのだが、お二人の次の行動は完全に予想外だった。

 

「「……フンッ!」」

 

 お二人は、距離を詰めた所でお互いに渾身の右フックを決めたのだ。そしてそのままダブルノックアウトで床に倒れ込んでしまった。明らかに蛮行と解る事を仕出かしたお二人に対し、ロスヴァイセさんは顔が真っ青になる。僕達の方も理由がさっぱり解らない事からどうすればいいのか判断がつかず、ジェベル執事長でさえも少なからず困惑する中、お二人との付き合いが万年単位という桁外れの長さである義母上だけが倒れ込んだ二人の事を「アラアラ」と微笑ましげに見ていた。やがて、床に倒れ込んでいたお二人に対して平然と声をかける。

 

「二人とも、そろそろ起きて下さいな。一誠達はもちろんですけど、ウォーダンには初めて会ったジェベルも流石に驚いていますよ。いい大人が二人して若い子達を困らせちゃダメでしょう?」

 

 すると、お二人は同時にムクリと体を起こした。そして、お互いに床に座り込んで殴られた頬を擦りながらおよそ一万年ぶりとなる会話を始める。

 

「久しいな、風来坊のウォーダン。その助平面は相も変わらずだが、拳もまた相変わらずで何よりだ」

 

「それはこちらの台詞じゃ、エギトフよ。お前の方こそ、その無愛想な面は最後に会った一万年前と少しも変わらんのぅ。まぁ若造共の子守りを今も変わらず続けておる様じゃから腕が鈍っておらんか試してやったが、杞憂じゃったな」

 

 双方共に殴りかかった上に毒舌交じりの再会の言葉を交わしているにも関わらず、お互いにそれを恨みに思っている様子が一切見られず、それどころか親愛の情すら感じられる。そうしたお二人の会話を聞いて、半ば混乱気味のロスヴァイセさんがウォーダン小父さんに確認を取った。

 

「あの、オーディン様? その方はお知り合いなのですか?」

 

 すると、お二人がお互いの関係についての説明を始めた。

 

「ロスヴァイセよ、こ奴がエギトフ・ネビロス。儂と同世代の奴で、儂がまだ世界中を放浪しておった頃からの腐れ縁じゃよ。実際、冥界に悪魔と堕天使が堕ちてくるまで、こ奴は頻繁に地上に出てきては偶に儂と顔を合わせておったわ」

 

「そうしてたまたま出会った縁で、ウォーダンが他の兄弟と共に原始の巨人であるユミルを討った時やルーンの奥義を得ようとした時に知恵を貸してやった事もある。それに今でこそ多少は落ち着いてものを考えている様だが、若い頃は本当に猪の様な奴でな。後先考えずに行動しては問題を起こし、その度に儂が尻拭いをやってやったものだ。……尤も、そうした失態の数々を歴史の闇に葬り去った事で、ウォーダンは実に様々な呼ばれ方をする様になったのだがな」

 

「よく言うわい。お前が散々悩んでなお思い付かんかったクレアへのプロポーズの言葉を代わりに考えてやったのは、詩文の神でもある儂じゃろうが。それで上手くいったんじゃから、少しは儂に感謝したらどうじゃ?」

 

「その詩文の才の大本である詩の蜜酒を手に入れる際も、儂が知恵を貸してやったんだがな。貸したものを別の形で返してもらって、一体何が悪い」

 

 お二人の口から次々と飛び出してくる神話の裏話に、僕達はどうするべきか判断がつかなくなってきた。子供達もまた訳が解らずにキョトンとした表情を浮かべている。その一方で、義母上だけは相も変わらずにお二人の事を微笑ましそうに見ていたが、突然特大の爆弾を投下してきた。

 

「アラ。それで最初のプロポーズは詩みたいに綺麗な言葉だったのね。それで「エギトフらしくないわ」って言ったら、この人は「性に合わない真似をして済まない」と謝ってから「私と結婚してくれ」ってシンプルに言い直していたわよ」

 

 その爆弾の煽りを真っ先に受けたのはウォーダン小父さんだった。

 

「な、なんじゃとぉっ! エギトフ、お前は儂の苦労を一体何だと思っておるんじゃ! 詩文の神たるこの儂が、三日三晩不眠不休で考え抜いた末に完成させた傑作中の傑作だったんじゃぞ!」

 

 怒りを露わに激しく抗議するウォーダン小父さんに対して、義父上も感情を露わに反論する。

 

「喧しいわ! そもそも儂に似合わん言葉を羅列した貴様の方が悪い! お陰でクレアの前でとんだ恥を晒してしまったではないか!」

 

 そうして当時の事で激しく口ゲンカし始めたお二人の姿に、最初は皆と同様に僕もただ驚くばかりだった。……しかし、お二人の口ゲンカの様子を見ている内にある事に気づいた僕はそのまま放っておく事にした。すると、アウラが僕に何故お二人の口ゲンカを止めないのかを訊いてきた。

 

「ねぇ、パパ。どうしてお爺ちゃん達のケンカを止めないの?」

 

 このアウラの質問にミリキャス君とリシャール君もウンウンと頷く。しかし、アウラのこの質問に真っ先に答えたのは意外にもゼファードルだった。

 

「あ~。このケンカ、俺がダチとよくやるのと同じ様なモンだから、このまま放っておいても別に問題ないんじゃないかな?」

 

 どうやら、ゼファードルは実体験からこのケンカの本質に気が付いた様らしい。だから、ゼファードルの判断が正しい事を伝える。

 

「よく見ているね、ゼファードル。その通りだよ」

 

 僕の返事を聞いたゼファードルがホッと安堵の息を吐く一方で、ますます解らなくなって首を傾げるアウラ達にイリナが声を掛けた。

 

「アウラちゃん、ミリキャス君、リシャール君。お二人の事をよく見てみて。そうしたら解るから」

 

 イリナにそう言われた事で、アウラ達は首を傾げつつもお二人の口ゲンカをジッと見つめる。それから少しして、アウラはある事に気付いて僕とイリナに確認を取る。

 

「あれっ? 二人とも、ケンカしているのに何だか楽しそうだよ?」

 

「それに、酷い言葉は全然言ってないみたいです」

 

「何だかケンカというにはちょっと違う様な……?」

 

 アウラに続いてミリキャス君とリシャール君も答えた所で、イリナは答え合わせを始める。

 

「三人が今言った通りよ。お二人とも、自分の気持ちや意見を相手に激しくぶつけちゃってるけど、相手をバカにしたり傷付けたりする様な言葉は全然言っていないの」

 

「それに義母上の話だとお互いに一万年ぶりに会ったそうだから、ひょっとすると久しぶりの口ゲンカを少し楽しんでいるのかもしれないね。三人に解り易く言うと、お二人はケンカするほど仲がいいんだよ」

 

 僕達が三人の質問に答え終わると、アウラは納得すると同時に笑顔を浮かべた。

 

「そっかぁ。ネビロスのお爺ちゃんとお髭のお爺ちゃんって、とっても仲良しなんだぁ」

 

 そうしたアウラの言葉に納得した様に頷くミリキャス君とリシャール君に触発されたのか、僕もクスクスと忍び笑いをしてしまった。

 

「どうしたの、イッセーくん?」

 

「いやね、まさか自他ともに厳しい義父上にこれ程気安く接する事のできる相手がいるなんて流石に思ってなかったんだよ。それに義父上にもオーディン様にも若さ故の過ちというものがあったんだって、そう思ったら少し可笑しくなっちゃってね」

 

 少し笑い声混じりにイリナの質問に応えると、義母上が笑みを浮かべながら義父上とウォーダン小父さんに話しかける。

 

「……だそうですよ、二人とも?」

 

 すると、義父上もウォーダン小父さんもすっかり頭が冷えた様で口論を止めてしまった。

 

「すっかり毒気を抜かれてしまったな」

 

「そうじゃな。……エギトフよ、いい義息子を見つけたのぅ」

 

 ウォーダン小父さんがそう言うと、義父上はニヤリと笑みを浮かべる。義父上の反応はただそれだけだったが、その意図はウォーダン小父さんに確かに伝わっていた。

 

「さて、エギトフよ。一万年ぶりの再会とようやく義息子を迎え入れた事を祝して、今夜はお前の邸でトコトン飲むぞい」

 

「そういう事なら、儂のコレクションの中でも特上の奴を開けてやろう。儂としても久々に美味い酒を飲みたかったからな」

 

「ほう。お前が特上と見なしたのであれば、コイツはかなり期待できそうじゃのぅ。楽しみじゃ」

 

 飲む予定の酒について期待を膨らませるウォーダン小父さんに親しく話しかける義父上の様子を見ていると、エルレが僕とイリナに声を掛けていた。

 

「今初めて思った事なんだけどな。一誠、イリナ。お前達って、ただアウラの親だけじゃなくて、大人の役目もしっかりとこなしているんだな。何たって、アウラ以外の子供達にも当たり前の様に物事を教えられるんだからな」

 

 すると、何かを考え込んでいたレイヴェルがまるで胸のあたりでつっかえていたものがストンと落ちた様な表情を浮かべる。

 

「……あぁっ! 先程のお二人の為さり様をどう申し上げればいいのか悩んでいましたけれど、正にエルレ様の仰る通りですわ!」

 

 そして、元士郎もまたエルレの言葉に納得する様にウンウンと頷いていた。

 

「一誠も紫藤さんも、本当に俺達の先を突き進んでいるんだな。ただこうなってくると、アウラちゃんが「小父ちゃん」「小母ちゃん」って呼んでくれている俺達だって、少しは大人の真似事くらいできる様にならないといけないよなぁ」

 

 こうした言葉の数々にイリナと二人して照れてしまい、その一方でアウラがエッヘンと胸を張っていたのは言うまでもない。

 

 それからウォーダン小父さんと義父上の語らいに僕達も参加する事になったのだが、その際にウォーダン小父さんやエルレ、元士郎からは「結婚する前から夫婦をやっている」と散々からかわれてしまった。今後はプライベートではウォーダン小父さんと呼ぶ様に言われたのもこの時だ。

 

 ……因みに。

 

「見せつけているんですか! 見せつけているんですね! 年上なのに生まれてからまだ一度も彼氏を作った事がないこの私に! ……わぁぁぁぁぁんっ! 私だって、私だって、いい人見つけてイチャイチャしたいのにぃぃぃっ!」

 

 そう言って、大声で泣きながら床を何度も叩いて悔しがっている銀髪の戦乙女については、流石にフォローし切れなかった。

 

 こうしたやり取りがあって、僕達はパーティーが終わるまでに戻る事ができず、セラフォルー様から緊急会議に出席する様に念話で連絡を受ける事になった。すると、この際だから顔だけでも見せておこうという事で、ウォーダン小父さんとそのお付きであるロスヴァイセさんも同行する事になった。その際、最後まで付き合わせる形になってしまった子供達については、ミリキャス君はイリナと元士郎が、リシャール君はレイヴェルが、そしてゼファードルは僕の婚約者で大王家の分家であるベル家当主のエルレがそれぞれの親に送り届けているので問題はなかった。

 

 ……そして今、僕達はネビロス邸へと帰ってきた。ただこの分だと、今夜は義父上とウォーダン小父さんに付き合う形で徹夜になりそうで、僕は少しだけ溜息を吐いた。

 




いかがだったでしょうか?

……難産でした。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十六話 対戦前日

Side:紫藤イリナ

 

 イッセーくんのネビロス家への養子入りを公表したのを皮切りに、SS級「はぐれ」悪魔で小猫さん(ソーナやリアスさんの眷属である皆が早朝鍛錬に参加する様になってから名前呼びできるくらいに親しくなった)のお姉さんである黒歌の潜入に加えて、オーフィスやクロウ・クルワッハとの対談と立て続けに事件が起こったサーゼクスさん達主催のパーティーが終わった。イッセーくんとウォーダン様、ロスヴァイセさんの三人を残して私達はネビロス邸に戻ると、私はアウラちゃんと一緒にお風呂に入ってからベッドに入るとそのまま眠ってしまった。本当はアウラちゃんが眠ってから部屋を出てイッセーくんが帰ってくるまで待っているつもりだったんだけど、そのイッセーくんから「僕の事は気にしないでそのままアウラと一緒に眠って欲しい」と頼まれちゃったからだ。

 ……正直に言うと、他の皆に凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、「お前はまずアウラを優先しろ」ってエルレが言ってくれて心が少し軽くなった。それでいつもの時間に目が覚めると、ベッドの側で椅子に腰かけて私達を見守っているイッセーくんがいた。

 

「おはよう、イリナ」

 

 イッセーくんは私が起きたのを確認すると優しい声で朝の挨拶をしてきた。私は少し寝惚けた状態で反射的に挨拶を返す。

 

「……おはよう、イッセーくん」

 

 それでつい背伸びをして完全に目を覚ました所で、私はハッとなった。

 

「……ねぇ、イッセーくん?」

 

「ちゃんと確認のノックはしたし、声も掛けたよ。着替えている最中にいきなりドアを開けるなんて真似は流石にしたくなかったからね。それで返事がなかったから、二人を起こそうと思って部屋に入ってきたんだ」

 

 私の訊きたい事を逸早く察したイッセーくんは、ちゃんとマナーを守った上で部屋に入ってきた事を伝えてきた。ここ最近は三人で一緒に眠る事が多かったからそこまで私に気を遣わなくてもいいのにと思う一方で、イッセーくんの紳士としての気遣いがすっごく嬉しいって気持ちも確かにある。アウラちゃんのママをやっているとはいえ、私だって花も恥じらう女子高生。乙女心はとっても複雑なのだ。

 そんな複雑な乙女心に揺れながらイッセーくんと朝のやり取りをしていると、アウラちゃんも目を覚ましたみたいで体を起こしてきた。

 

「おはよう。パパ、ママ」

 

 まだ少し眠いのか、目元を指でコシコシと擦りながら朝の挨拶をするアウラちゃんの可愛らしい姿に私もイッセーくんも笑みを浮かべる。

 

「おはよう、アウラ」

 

「おはよう、アウラちゃん」

 

 二人揃ってアウラちゃんに挨拶を返すと、アウラちゃんはとても嬉しそうな表情を浮かべる。そこで私はイッセーくんの服装が昨日のパーティーで来ていた不滅なる緋(エターナル・スカーレット)のままである事に気付いた。そこで私は早速イッセーくんに確認を取る。

 

「ねぇ、イッセーくん。ひょっとして、眠ってないの?」

 

 すると、イッセーくんは少しだけ溜息を吐いてから正直に答えてきた。

 

「そうだよ。この邸に戻ってきたのは日付が変わってからだったし、その後で義父上とウォーダン小父さんの話し相手をしていたら、そのまま夜が明けちゃってね」

 

 そう答えるイッセーくんだけど、その顔色から少し疲れが出ているのが解ったから、今日の早朝鍛錬はどうするのかを尋ねる。

 

「それで、今朝の鍛錬は大丈夫なの?」

 

「流石にいつものメニューをこなすのはちょっとキツイかな? ここで変に頑張って怪我しても意味がないし今日は見学者がいるから、軽めの基礎トレーニングをこなした後に見学の案内をして、それから指導役に専念して終わりかな」

 

 イッセーくんから「けして無理も無茶もしない」という答えが返ってきたから、私はホッとした。そして、今から着替える事をイッセーくんに伝える。

 

「イッセー君。私達、今から着替えるから」

 

「解った。外で待っているよ」

 

 イッセーくんはそう言うと、そのまま部屋を出ようとした。でも、まるで忘れ物を思い出したかの様に振り返ると、まだベッドの上にいるアウラちゃんの元に近づいてきた。そしてアウラちゃんの前髪を掻き上げると、そのおでこに軽くキスをする。そのままイッセーくんが私に顔を近付けてくるのを見て、全てを察した私はそっと目を閉じて顎を上げる。そして、お互いの唇を合わせてちょっとの間だけ温もりを分かち合った。

 

「じゃあ、また後で」

 

「ウン」

 

 唇を離した後で言葉を交わすと、イッセーくんは今度こそ部屋を出ていった。……これまた最近になって始めた事だけど、アウラちゃんの目の前でもついやっちゃうくらいに私もイッセーくんも病みつきになったのは私達二人だけの秘密。そんなこんなでアウラちゃんと二人でトレーニング用のジャージに着替えていると、アウラちゃんが私に話しかけてきた。

 

「ママ、あのね……?」

 

 それはちょっとしたお願いだったけど、私はすぐに受け入れた。自分のお願いが受け入れられた事を喜ぶアウラちゃんの満面の笑顔を見て、私もイッセーくんもこの瞬間の為に頑張っているんだって改めて思った。

 

 ……さて、それじゃ準備しなきゃね。イッセーくん、()()を見たら驚いてくれるかな?

 

Side end

 

 

 

 イリナとアウラが着替えるという事で部屋を出ると、外で待っていたエルレが早速話しかけてきた。

 

「一誠、二人は?」

 

「部屋に入った時には二人ともまだ寝ていたけど、いつも起きている時間になったらすぐに起きたよ。それで今は着替えているところ」

 

「成る程ねぇ。親しき仲にも礼儀ありってところか。その辺はきっちりしてるんだね」

 

 ウンウンとエルレが頷く中、僕は徹夜させてしまった皆に謝った。

 

「皆、ゴメン。僕に付き合う形で徹夜させてしまって」

 

「ホント、その通りだよな。最初の方は総監察官とオーディン殿の昔話が主だったけど、途中からはお前の魔法講座だったからね。確かに徹夜の原因の半分はお前だよ、一誠」

 

 エルレの容赦のない言葉が僕の胸にグサリと突き刺さる。そこにセタンタからフォローが入った。

 

「あまり気にしないで下さいよ、一誠さん。そのお陰で色々な意味で面白い話が聞けたって事で、俺としては凄く儲け物でしたから」

 

「それに、確かロスヴァイセさんでしたか。オーディン様のお付きの方も一誠様のお話にかなり食いついていましたわね。自然との調和を旨とした自然魔法に関しては特に」

 

 セタンタのフォローに続くレイヴェルの言葉を聞いた僕は、ロスヴァイセさんの人物評を皆に伝える。

 

「こっちに戻ってくる時にも、僕が使った土遁の術にかなり興味を示していたからね。それに話している内容も理路整然としていてすごく解り易かったし、彼女は魔法研究に関してはかなりの物を持っていると思うよ」

 

「では、この際ですから私達と北欧神話勢力との技術交流と将来有望な若手の育成を兼ねて、魔法分野の共同研究プロジェクトを立ち上げてみてはどうでしょうか?」

 

 僕の人物評に基づいたであろうレイヴェルからの提案に、僕は少なからず興味を抱いた。

 

「成る程。その共同研究に若手研究者の一人としてロスヴァイセさんを招聘するという訳か」

 

「はい。ただその場合、魔法や魔術がこちらと比べて数段進んでいる北欧神話に共同研究の話を持ち掛ける訳ですから、こちらとしても相当の実力者を出さないと面目を保てないという問題がありますわ」

 

 確かにレイヴェルの言う通り、悪魔勢力は魔法関係では北欧神話の後塵を拝している以上、それこそ悪魔勢力における魔法研究の第一人者でもなければつり合いが取れないだろう。そこで話を聞いていたエルレが早速該当者を挙げてきた。

 

「こうなってくると、術式開発の天才であるベルゼブブ様と自然魔法なんて新しい魔法系統の他にも魔法理論を幾つも作り上げている一誠、北欧式も含めた魔法全般を極めているロシウの爺さん、仙術と道術のスペシャリストである計都(けいと)、後はジオ義兄さんの僧侶(ビショップ)とサーゼクスの所のマクレガーが向こうとも対等にやれそうだけど、肝心の若手が一誠以外にいないなぁ。ただそれとは別枠ではやてが夜天の書に記されている異世界の魔法を一部でも公開してくれれば、こっちの面目は十分保てるんだけどね……」

 

 エルレがはやての名前を挙げた所で、レイヴェルが釘を刺す。

 

「エルレ様。そもそもはやてさんは一誠様の身内であって、私達悪魔勢力に所属している訳ではありません。ですから、はやてさんをこちらの頭数に入れてはいけませんわ」

 

「それは俺も解ってるって。今のは宝くじを買って当たれば儲け物ってくらいの話さ。たださ、はやては近い内に一誠とは別に魔法関係に強い後ろ盾を持っておいた方がいいだろうね。はやての持っている夜天の書はそれだけヤバい代物なんだよ」

 

 エルレもレイヴェルの言った事は重々承知の上であり、どうやら後で口にした事が本命だった様だ。そうしたエルレの考えに僕も同意する。

 

「あれは言ってみれば、異世界のセファー・ラジエルだからね。そんな夜天の書の詳細がバレたら、世界中の魔術師がはやてを狙ってくるのは間違いないな。……この場合、魔術組織としては新興勢力で独自の魔法も受け入れやすく、更に創立者のマクレガーさんと前に所属していたルフェイという伝手がある黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)か、あるいはアジュカさんが独自に有しているというベルゼビュートが妥当かな」

 

 僕は身近にいる関係者を元に候補となる組織の名前を挙げていったが、ここでレイヴェルが意外な事を提案してきた。

 

「いっそのこと、一誠様達で新しい組織を立ち上げた上で魔法分野の共同研究もそちらでやってしまう方が色々と都合がいいかもしれませんわね。下手に既存の組織にはやてさんを入れてしまうと、後々大きな揉め事が起こってしまいそうですし……」

 

「そういう形であれば、他の勢力も共同研究への新規参入がしやすくなるな。それにはやてを技術提供者として頭数に入れられるし、他の勢力に紹介する手間も省ける」

 

 魔法に関する新組織の設立か。レイヴェルとエルレの意見を聞いて中々に魅力的な話だとは思ったが、僕個人の責任で話を進めるには流石に事が大き過ぎる。

 

「……流石に事が少々大き過ぎるから、とりあえずはサーゼクスさん達に相談かな」

 

 僕がレイヴェルの提案について上層部に話を上げる事を決めた所で、寝室のドアが内側から開いた。

 

「イッセーくん、お待たせ」

 

 そこにいたのはジャージ姿のイリナとアウラだ。ただし、アウラの髪型はいつものロングストレートではなかった。

 

「エヘヘ。ねぇ、パパ。()()、似合ってる?」

 

 少し照れ臭そうに訊いて来るアウラの赤い髪はイリナと同じくツインテールで纏められていて、それがまた外を元気一杯に走り回る快活なアウラによく似合っていた。だから、僕の感想をそのままアウラに伝える。

 

「良く似合っているよ、アウラ。ところで、イリナとお揃いにしたのかな?」

 

「ウン! 今日はママとお揃いにしてって、あたしがママにお願いしたの!」

 

 何とも微笑ましいアウラの言葉を聞いて、僕の頬の筋肉がどうしても緩んでしまう。……この感情を指して親バカというのなら、僕はそれを甘んじて受け入れよう。誰が何と言おうとも、やっぱり娘は可愛いのだ。

 

「……親バカだな、一誠。このままギュッと抱きしめたいくらいにアウラが可愛いのは激しく同意するけどね」

 

 エルレの遠慮のないツッコミと逆にこちらがツッコミを入れたい本音を聞いて頭が冷えた僕は、コホンと一息吐くとそのまま応接室に向かう事を皆に伝える。

 

「それじゃあ、皆揃ったらから応接室にいこうか。今日は見学客もいるからね」

 

 そうして僕達は応接室に向かった。そこで待っていたのは、今日から早速特別顧問として参加してくれるギズル様とハーマ様。……そして。

 

「これで全員揃った様じゃな。それでは、一誠や。早速参ろうかの」

 

 既に早朝鍛錬を見学する旨を伝えてきたウォーダン小父さんと、その後ろで僕達にペコペコ頭を下げて謝っているロスヴァイセさんがいた。

 

 ……今日は朝から大騒ぎになりそうだった。

 

 

 

「……話は解った。解ったんだが、流石にこれは想像の斜め上だぞ」

 

 箱庭世界(リトル・リージョン)で早朝鍛錬に参加するメンバーが全員揃ったところで義父上とウォーダン小父さんの事情を説明し終えると、アザゼルさんは頭痛を抑える様な素振りを見せた。

 

「すみません、アザゼルさん。義父上の顔がここまで広いとは流石に思っていませんでした」

 

 僕はもう少しネビロス家について義父上や義母上から話を聞くべきだったとしてアザゼルさんに謝罪したのだが、アザゼルさんは手をヒラヒラと振って軽く水に流してしまった。

 

「あぁ、これはお前が気にする話じゃねぇよ。お前やサーゼクス達はおろか一万年以上生きている俺達やミカエル達だってこんなの想定しろってのは流石に無理だからな」

 

 その一方、サーゼクスさんはウォーダン小父さんが僕に好意的な態度を示した理由について納得の表情を浮かべていた。

 

「オーディン殿が初対面である筈のイッセー君に好意的だったのは、その為だったという事ですか」

 

「まぁ、そういう事じゃ。それに今はまだ儂個人の繋がりだけではあるが、一誠を通して少しずつお主達に歩み寄っていこうと思っておる。それを好機として掴み取るか、それとも手を(こまね)いてダメにするかはお主達次第じゃよ」

 

 ウォーダン小父さんがサーゼクスさん達を諭す一方、セラフォルー様は近くにいたソーナ会長に小声で尋ねていた。

 

「ねぇ、ソーナちゃん。ソーナちゃん達はそんなに驚いていないみたいだけど、イッセー君達と一緒にタンニーンちゃんの所に行った匙君から話を聞いていたの?」

 

「はい。色々と驚くべき事をサジから聞かされて、私も少なからず混乱してしまいました。ただ、同時にこうも思ったのです。一誠君もネビロス総監察官も実は似た者同士だったのだと」

 

「あ~、確かに。イッセー君って、厳しい時にはすっごく厳しいのよね☆ それで、リアスちゃんもこの事を知ってたの?」

 

 ソーナ会長の答えに納得したセラフォルー様から突然話を振られたリアス部長は、それでも落ち着いて即答する。

 

「私は黒歌の件が終わってから小猫やライザーと共にパーティーに戻る時にお会いしていました。ただ、私達が別れた後で総監察官とオーディン様が一万年ぶりに再会なさった時、最初になされた事がお互いの顔面への右フックだったとミリキャスから聞いた時には流石に唖然としてしまいましたわ」

 

 リアス部長の語る内容が余りに意外だったのだろう。セラフォルー様が信じられないといった表情でリアス部長に問い返した。

 

「えっ? あの自他ともに厳しいネビロスのお爺様がそんな事をしちゃったの?」

 

「はい。聞けば、流石のイッセーもこれには唖然としたらしく、平然と受け入れていたのは総監察官の奥方様ただお一人だったそうです。その後もまるで子供みたいな口ゲンカをなさる等、本当に親しい間柄だったとの事です」

 

 リアス部長から話を聞き終えたセラフォルー様は最初こそ困惑していたが、次第に笑みを浮かべ始めた。

 

「……ネビロスのお爺様ってとっても堅くて厳しい人だと思ってたけど、実はとっても面白い人だったのね。私、何だかネビロスのお爺様に親近感が湧いてきちゃった☆」

 

 最後にセラフォルー様がそう締め括ったところで、ウォーダン小父さんはギズル様とハーマ様に話しかける。

 

「それにしても、生真面目な所のあるハーマはともかく自由奔放が手足を付けている様なお主まで力を貸しておったとはのぅ。流石に驚いたぞ、ギズルよ」

 

「儂等が何度「養子を取れ」と言っても全く聞く耳持たんかったあの頑固者が、背中を押されたとはいえ自ら望んで迎えた男じゃぞ。まして直に話をしたら、広く深いものの考え方や一度こうと決めたら余程の事がない限りはけして曲げん頑固ぶりが若い頃のヤツによう似とると来た。これで気に入らんなんぞ、嘘じゃろうて」

 

 自らの問い掛けに対するギズル様の答えに、ウォーダン小父さんは笑みを浮かべて共感していた。

 

「そう言われると、確かにお主の言う通りじゃな。それに昨日はエギトフはもちろん一誠とも夜を徹して色々と話をしたんじゃが、一誠からは魔法について色々と面白い話が聞けたしの。それだけでも今回冥界に来た甲斐が十分にあったわい」

 

 ウォーダン小父さんがウンウンと頷く中、サーゼクスさんがギズル様とハーマ様に義父上の交友関係について尋ね始める。

 

「サタナキア殿、フルーレティ殿。お二人にお尋ねしますが、ネビロス総監察官にはこの様な交友関係が他にも……?」

 

 今までの話の流れから考えても、お二人の答えはある意味必然だった。

 

「当然あるぞ。ここまで来て他にないとかまずあり得んわ」

 

「冥界の中だけで十分に満足していた私達とは違って、エギトフは積極的に外との交流を図っていたわ。確か、ウォーダンの他には銀の腕のヌァザとも結構長い付き合いだし、ゼクラムだって冥界に堕ちてきてからの付き合いである私達とは違って聖書の神に敗れて蝿の王と貶められる前からの知り合いだった筈よ。後は冥府の神であるハーデス殿から奥さんへの接し方について何度か相談を受けた事があったかしら。彼は冥府に赴任する前から冥界に住んでいた私達とは良き隣人として付き合ってくれていたんだけど、聖書の神によって冥界に堕とされてきたアザゼル達堕天使やルシファーを始めとする始まりの悪魔達の事は気に入らなかったみたいね」

 

 ……ただ、初代大王であるゼクラム様以外の義父上の友人が僕の想定の斜め上を行っていたのだ。

 

「冥界の先住民達の厚意で冥界に住まわせてもらっているにも関わらず、彼等に対する感謝の念がまるで感じられないのは何事だ。それがハーデス殿の言い分じゃな。儂等は別にそんな事なぞ気にしておらんというにの」

 

 続けて飛び出したギズル様の言葉に、ウォーダン小父さんは溜息を吐く。

 

「お主達のそのやり過ぎと言ってもけして過言でない寛大な態度に付け入ってやりたい放題しておる様にしか見えんから、ハーデスは自分よりも後から来た若造共やそんな若造共を冥界に押し込めた聖書の神に憤慨しとるんじゃがのぅ。儂とてサーゼクス達が未だ現役を張っておるエギトフを尊重しておらねば、こうしてわざわざ出向こうとも思わんかったわ。……そういう事じゃから、一誠がエギトフの威を笠に着る様な真似でもせん限り、ハーデスが一誠と敵対する事はおそらくあるまい」

 

 ハーデス様が僕とは敵対しない事を言及した所でウォーダン小父さんの話は終わった。暫く沈黙が続いた後、外交担当であるセラフォルー様が口を開いた。

 

「イッセー君って、ネビロスのお爺様の子供になった事でますます私達三大勢力に欠かせない存在になっちゃったね」

 

 セラフォルー様のやや溜息混じりの言葉にアザゼルさんとバラキエルさんが応じる。

 

「まぁな。ただでさえ俺達と違ってイッセーは代えの利かない重要人物である上に今まで俺達との交流がなかった地獄の鬼達とも個人で友好関係を持っているんだ。そこにネビロスの爺さんの人脈まで加わったら……」

 

「他の神話勢力との協力体制の構築が捗る反面、兵藤君抜きでは今後の外交が立ち行かなくなる恐れもある。だからこそ、積極的に兵藤君の排除を狙う輩も少なからず出てくるな。禍の団(カオス・ブリゲード)などはその筆頭だろう」

 

 バラキエルさんの禍の団に対する懸念に対し、アザゼルさんはそれを否定する。

 

「いや、バラキエル。そうでもねぇぞ。確かに、禍の団の連中がイッセーを最優先で殺したいのは間違いない。ただ、トップにして最大戦力であるオーフィスはイッセーを自分の眷属に迎えたがっているんだ。そんなオーフィスの意向に背けば即座に壊滅させられるのは誰が見ても明らかなだけに、連中はイッセーにはけして手を出せねぇのさ。そういう意味では、連中はまだ安心できる。それだけに厄介なのが……」

 

「我々三大勢力の中にいる筈のいわば反天龍帝勢力という訳か」

 

 サーゼクスさんがそう言うと、アザゼルさんはそれとは別の可能性を挙げてきた。

 

「もしくはあのクソ野郎だな。イッセーが本格的に表舞台に出始めた事で、アイツはイッセーにちょっかいを出す準備を既に始めていると考えていいだろう。おそらく今サーゼクスが挙げた反天龍帝勢力にも接触している筈だ」

 

 アザゼルさんの「クソ野郎」という言葉を聞いたところで、ヴァーリが溢れんばかりの憎悪と共にその名を口にする。

 

「リゼヴィム……!」

 

 すると、サーナ様とギズル様がリゼヴィム・リヴァン・ルシファーについて語り始めた。

 

「リゼヴィム? ……あぁ、ルシファーが散々頭を悩ませていたバカ息子の事ね」

 

「確かにルシファーの後継者としては十分な魔力も頭脳もあったし、生まれ持った能力が希少であったのは儂も認める。じゃが、その捻じ曲がった性根が全てを台無しにしておったのぅ」

 

「ただ、ある意味では聖書の神の最大の被害者とも言えるわね。聖書の神によって「悪」にして「魔」であると定義付けられた影響をルシファー以上に受けているのがあのバカ息子だから」

 

「じゃが、だからと言って同情する必要はないぞ。何せ先の戦争でルシファーが死んだ時、本来ならその後を継がねばならぬ所を「興味ない」の一点張りで後を継ごうとはしなかったからのぅ」

 

 結局のところ、お二人はリゼヴィム・リヴァン・ルシファーの事については「能力だけは認めるが魔王としては相応しくない」と判断している様だ。そして、お二人の話によってヴァーリの心に新たな火が灯る。

 

「……だったら、俺が奴を殺しても悪魔としては全く問題ないという事になるな。むしろ俺個人の復讐でなくこれ以上奴にルシファーの名を穢させないという大義名分が出来た事で、奴を殺す理由が増えた」

 

 そう言って握り拳に力を込めるヴァーリの顔には、まるで獲物を前にした獰猛な獣の様な笑みが浮かんでいた。ヴァーリから剣呑な雰囲気が漂う中、それを打ち払う様にウォーダン小父さんがパンパンと手を打ち鳴らす。

 

「これこれ、血生臭い話はここまでにせんか。そもそも儂は一誠が主催者である早朝トレーニングの見学に来たんじゃ。それを台無しにされても困るぞい」

 

 確かにウォーダン小父さんの言う通りだ。だから、僕も主催者として早朝鍛錬の開始を告げる。

 

「これより、本日の早朝鍛錬を始めます。参加者の方はそれぞれ割り振られた場所に向かって下さい。特に若手対抗戦の開幕戦を明日に控えたグレモリー眷属とシトリー眷属は、対戦の時に悔いを残さない様にしっかりと最終調整に励んで下さい。それでは、解散」

 

 僕の解散の宣言と共に、早朝鍛錬の参加者はそれぞれに割り当てられた場所へと向かっていった。僕の他にこの場に残ったのは、見学者であるウォーダン小父さんとロスヴァイセさん、それに僕が直接指導する必要のある参加者の内で明日の対戦には無関係なイリナとルフェイ、後はアウラとミリキャス君、クローズの年少トリオの合計七人だ。ここで、ウォーダン小父さんが口を開く。

 

「では、一誠や。まずはお主の指導者ぶりを見せてもらおうかの」

 

 期待に満ちた眼差しを向けるウォーダン小父さんとそれに負けないくらいに目を輝かせているロスヴァイセさんの様子に、僕は少しだけ笑みを浮かべた。ただやるべき事はしっかりとやらないといけないので、まずはそれをお二人に伝える。

 

「それより先にまずは基礎トレーニングをさせて下さい。流石に少しは体を動かさないと鈍ってしまいますし、基礎を怠ると後が怖いですから」

 

「それもそうじゃのぅ」

 

 そうしてウォーダン小父さんの許可を貰った僕は、早速他の皆と一緒に基礎トレーニングに取り掛かった。

 

 その後、イリナに話したものとはやや順番が変わってしまったものの、概ね順調に早朝鍛錬を終えた。ただ、実は風の()(どう)(りき)の適性があった為に少し前から指導しているルフェイと地の魔動力を扱えるイリナに魔動力の指導をしていた所、ロスヴァイセさんがすぐに食いついてきた為にかなり長い時間を魔動力の説明に割く事になってしまったのは少しだけ失敗だった。

 早朝鍛錬が終わった後、僕は二時間程仮眠を取った。そして、ネビロス家の次期当主として、それ以上に義父上が自ら望んで迎え入れた養子としてこの日の午後にネビロス邸を訪れた客人達に応対する事になったのだが、正直に言おう。

 ……昨夜のパーティー以上に心身共に疲れた。それだけ、訪れた客人達が大物過ぎた。

 

 

 

 そして、翌日。若手対抗戦の開幕戦であるグレモリー眷属とシトリー眷属の対戦が予定通りに行われる事になった。

 ……皆には冥界入りしてから鍛え続けてきた成果を存分に出して、最後まで悔いのない様に頑張って欲しい。もはや皆と一緒にレーティングゲームに参加する事が叶わない立場となった僕は、そう願わずにはいられなかった。

 




いかがだったでしょうか?

最近滞りがちの筆が、これで乗ってくれるといいのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十七話 対戦直前

Side:木場祐斗

 

 ……八月二十日。

 イッセー君のネビロス家の養子入りが公表されたパーティーから二日が経ったこの日、若手対抗戦の開幕戦であるグレモリー眷属とシトリー眷属の対戦が行われる。僕達グレモリー眷属はグレモリー家の本邸地下にある専用の大型魔方陣で今回のフィールドに向かう前に最後のミーティングを行っていた。まずはアザゼル先生によるシトリー眷属についての話から始まる。

 

「シトリー眷属についてだが、最初はシェムハザを通じて反転(リバース)の技術を提供する予定だった。これはカウンター系神器(セイクリッド・ギア)に関する研究成果を元にしたもので、対象の能力の属性を文字通り反転する事ができる。例えばアーシアの癒しの力を破壊の力に、聖剣の聖なるオーラを「魔」のオーラに、と言ったところだな。ただ今のままだと色々と弊害が多くてな。そこでイッセーが道具に付与して能力でなく機能として利用する事で負担を大きく軽減するって新しい方向性を示してきたんだ。その辺りについては、神の子を見張る者(グリゴリ)の本部に滞在していた木場とギャスパーはもちろん天界に行ったアーシアとゼノヴィアも解るだろう?」

 

「ひょっとして、私達が天界に滞在する際に身に付けていたリストバンドの事ですか?」

 

「魔力の気配を反転させるなんてどういう技術を使ったんだと思っていたんだが、そういう事だったのか。流石はイッセーと言ったところだね」

 

 イッセー君からは神の子を見張る者の技術者とも意見交換したとは聞いていたけど、ここまで直接的な事まで言っていたなんてね。アーシアさんとゼノヴィアの言葉を聞いて、僕は自分だけ前に突き進むのではなく皆も一緒に前に進める様に背中をそっと押す親友が誇らしく思えた。でも、アザゼル先生の話にはまだ続きがあった。

 

「それでせっかくより安全で確実な方向性をイッセーが示してくれたのに、将来有望な若手を危険に晒してまで今までの方向性を試すのは流石にどうなんだって話になってな。結局、ソーナ達への反転の提供は見送られた。まぁ仮に提供を強行したところで、魔力を反転させた聖なるオーラで攻撃したら死亡事故が発生する恐れがあるってこれまたイッセーが指摘してきたから、かなり厳しい使用制限が敷かれていたんだろうがな」

 

 初めてレーティングゲームで使用される予定だった技術なのに、あらゆるケースを想定して不安要素をでき得る限り排除する。イッセー君はそれをあっさりとこなしてしまった訳だ。ただ我武者羅に前に突き進むのではなく、先を見据えた上で万全を期してから先に進む。だから、イッセー君はけして大きな失敗をしない。……それこそ、駒王学園でのテロ鎮圧後にテロリストの首領であるオーフィスからピンポイントで奇襲されるといった想定外にも程がある事態でも起こらない限り。

 

「その頭脳は全てを見通す神の如し、か。あの時のユーベルーナのイッセーに対する評価は本当に言い得て妙だったわね。それでアザゼル、どうしてわざわざそんな話を?」

 

 部長はアザゼル先生にそう尋ねたけど、確かにそうだ。結局は提供されなかった事を対戦直前に話しても意味はない筈。

 

「その代わりとなるものをシトリー眷属に提供したからさ。流石に詳しい内容は言えないが、反転の代用としては十分いけると俺達は判断した」

 

 そうして返って来たアザゼル先生の答えにある懸念を抱いた。

 

「まさかとは思いますけど……」

 

「安心しろ、木場。流石に鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)は貸し出してねぇ。そもそも模倣能力の中身が余りにヤバ過ぎて早々表に出せる物じゃないし、何よりアレを一番使いこなせるのは間違いなくイッセーだ。だったら、アレを託す相手はイッセー以外にあり得ねぇよ」

 

「確かに、私の力の究極形を即興で再現できたのはイッセー君だからこそ、でしたわね」

 

 それを聞いて、僕はホッとした。朱乃さんも明らかに安堵の表情を浮かべている。これを使って回復役でありながら自らも最前線で戦える会長を模倣されたら、ただでさえ少ない勝ち目が完全になくなるからだ。すると、僕達のやり取りを側で聞いていた部長が不敵な笑みを浮かべた。

 

「アザゼル、語るに落ちたわね。鏡映しの英雄()貸し出してないという事は、つまりそれ以外の人工神器をソーナ達に貸し出した。そうでしょう?」

 

 部長がアザゼル先生にそう確認を取ると、アザゼル先生は手を頭に当てて天を仰いだ。

 

「あっちゃ~、俺とした事がつい気が緩んじまっていたか。まぁせめてもの意地だ。ここはあえてノーコメントとさせてもらうぜ」

 

 ……実質、「それで正解だ」と言っている様なものだった。ただこうなってくると、一体どんな人工神器が貸し出されたのか、非常に気になる。特に神の子を見張る者の本部に行った時に見た狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)が貸し出されていると非常に厄介だ。だから、まずは皆に危機感を共有してもらう事にする。

 

「部長、もし向こうがどういう形であれ鎖を所持していたら注意して下さい。狡兎の枷鎖というかなり厄介な人工神器の可能性が高いです」

 

「私も祐斗君の意見に同意しますわ」

 

「僕もです。しかも狡兎の枷鎖が貸し出されていた場合、実戦投入の目途が立ったからだと思いますので、他の物と比べても特に完成度が高い筈です」

 

 僕の懸念に対して、朱乃さんとギャスパー君が同意してきた。僕達三人は直に性能確認テストを見ているから解るけど、アレは本当に厄介だ。しかもあれから更に強化されている可能性だってある。だから、警戒し過ぎてもまず損はしない。

 

「そう言えば、イッセー達と一緒に俺達の本部に来たお前達は狡兎の枷鎖の性能確認テストに立ち会っていたな。あれがイッセーの指摘でガラリと変わった事も知っているお前達なら、真っ先に警戒するよなぁ」

 

 どうやら今回の対戦にサプライズ要素を加えたかったらしいアザゼル先生は、目論みの一つが少し失敗した事に少しだけ落胆の表情を見せた。

 

「祐斗、朱乃、ギャスパー。その話は後で聞かせてもらうから、今は話を先に進めましょう。アザゼル、神の子を見張る者がソーナ達に提供する予定だった技術やその代替として人工神器が貸与された事は承知したわ。この分だと、人工神器の習熟訓練については早朝鍛錬以外の場でやっていたのでしょう。諜報系の極みと言える「探知」の使い手である私とした事が、情報戦でソーナに後れを取ってしまうなんてね」

 

 部長はやや悔しげな表情を浮かべながら話を一旦打ち切ると、つい三日前まで神の子を見張る者の本部にいたギャスパー君と朱乃さんに声を掛ける。

 

「それで朱乃、ギャスパー。確認したいのだけど、貴方達と一緒にいた匙君と憐耶はどれくらい強くなったの?」

 

 部長の確認に対して、ギャスパー君と朱乃さんはしばらく考え込んだ後で驚くべき答えを返して来た。

 

「……正直に言います。元士郎先輩も凄く強くなっていますけど、僕が今怖いと思っているのはむしろ草下先輩の方です。今回の冥界入りで一番伸びたのは間違いなくあの人だと僕は思います。それこそ、ヴリトラが目覚める前の元士郎先輩が相手だったら互角とは言わなくてもある程度は一人で渡り合えるくらいに」

 

「私も父様から雷光の指導を受けて完全に仕上げてきましたし、他の属性の魔力にも光力を乗せられる様になった事で以前とは比べ物にならないくらいに強くなった自信がありますけど、それでも草下さんを一人で相手取るのはちょっと厳しいかもしれませんわね」

 

 ギャスパー君と朱乃さんの返事を聞いて、この場にいた皆が息を飲んだ。

 

「二人の言う通りだ。俺が直々に監督した訓練を全てクリアした上に別物と言ってもいいくらいに強化された結界鋲(メガ・シールド)改め絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)を手にした今のアイツなら、木場やギャスパーをぶつけてもかなり手古摺るぞ。まぁ正直に言うとだ、俺もあそこまで大きく化けるとは流石に思っていなかった。草下に秘められていた特性を見出し、その上で特製の結界鋲を作成して直接手渡したイッセーの人物鑑定眼の凄まじさが改めて浮き彫りになった格好だな」

 

 二人の後で付け足されたアザゼル先生の草下さんに対する高い評価に、皆は信じられない様な表情を浮かべている。ただ、部長だけは別だった。

 

「イリナさんはもちろん悪魔社会では目上になる私とソーナを前に怖じる事無く堂々と宣戦布告してきたあの時から解っていたけれど、やっぱりここまで駆け上がって来たわね。憐耶」

 

 部長は感慨深げにそう呟くと、朱乃さんとギャスパー君の二人に改めて確認を取る。

 

「それで二人とも、憐耶もソーナ達の主力の一人と見なしていいのね?」

 

 先に部長の問い掛けに答えたのは朱乃さんだった。

 

「はい、それについては断言できます。今の草下さんはサポートタイプの新しい在り方を確立させたと言っても過言ではありませんわ」

 

「僕としては、草下先輩を早急に抑えないとかなり危険だと言わせて頂きます。今の草下先輩はフィールドの広さによっては味方全員を援護できますから、できれば霧化(トランス・ミスト)の超高速移動が使える僕が対処した方がいいと思います」

 

 朱乃さんがハッキリと肯定した後でギャスパー君が戦略上の注意点を伝えて来た。ギリギリまで側にいた朱乃さんとギャスパー君にここまで言わせる以上、草下さんは相当に強くなっているのだろう。部長も僕と同じ考えに至ったみたいで、深い溜息を吐いた。

 

「悩ましいわね。戦術と戦略に秀でた上に()(どう)(りき)でアーシアと同じく回復役もこなせるソーナの下にこちらのエースである祐斗と対等な匙君、そして何より今回の参加メンバーの中では間違いなく最強の武藤君がいる。この時点で既に私達の方が圧倒的に不利なのに、憐耶が新たな主力として一気に駆け上がってきた。更に他の子も一人一人は一芸に特化している上に人工神器を所持している可能性もあるからけして侮れない。そして連携に至っては、元々個人戦よりも集団戦を重視していたから私達よりも数段上手いと来ているわ。こうなってくると、祐斗とギャスパーでどうにか武藤君と匙君を抑えている間、残った私達で数的不利を個々で勝る質で引っ繰り返すしかないわね。来賓の方や上層部の方といった観客からの受けはかなり悪くなるでしょうけど、そもそも私達の方が不利な状況なのよ。ここは私達が挑戦者としてソーナ達に立ち向かうくらいの気持ちで行かないとけして勝てないわ」

 

 部長は自分達が圧倒的に不利であるとしっかりと受け止めた上で、それでも諦めずに貪欲に勝ちに行く事をハッキリと示した。これに対して、朱乃さんが部長の側近として真っ先に賛同する。

 

「正直に言って凄く悔しいですけど、今回はそういう姿勢で行くべきですわね。でもそうなると、今回の対戦の鍵を握るのは……」

 

 途中で止めた朱乃さんの言葉に、ゼノヴィアも同意する。

 

「確かに、今の実力を完全には知らない筈の向こうにとって小猫はこの上ない穴馬(ダークホース)になるな」

 

 そう、その場に居合わせた部長の話ではSS級の「はぐれ」で最上級悪魔と同等クラスと言われた実の姉である黒歌に殆ど何もさせなかったという小猫ちゃんだ。ただあくまで対策を練りに練って対黒歌に特化させたから完勝できたのであって、実際には部長や会長、レイヴェルさんには流石にまだ勝てないらしい。だがそれでも向こうとこちらの評価の間に少なからずズレのある小猫ちゃんであれば、今回の対戦における僕達の勝利の鍵となり得るのだ。小猫ちゃんも自身の役割を理解した様で、しっかりと頷く。

 

「……解りました、何とかやってみます」

 

 その後もミーティングは続き、やがてバトルフィールドに向かう時間になった。僕達は対戦用の衣服に着替えると、移動用の魔方陣に向かう。なお、今回の対戦の戦装束として駒王学園の夏服を着ているのは部長と僕、ギャスパー君、小猫ちゃんの四人で、朱乃さんは実家に縁のある巫女服、アーシアさんは修道女服、ゼノヴィアは悪魔祓い(エクソシスト)時代から愛用している戦闘服だ。見送りの為に同行してきた部長のご両親とミリキャス様、そしてアザゼル先生が見守る中、僕達は魔方陣の上に乗った。すると、魔方陣が起動して光に包まれる。やがて光が収まると、僕達の目の前にはテーブルが幾つも立ち並んでいた。

 

「ここは……?」

 

 僕は周りの状況を確認していると、ファストフードの店が連なっていた。どうやら飲食フロアの様だ。そこでグレモリー眷属の中では最も足が速い僕はフロアから出て奥の方を見渡す。そこには多くの店がずらりと並び、天井は吹き抜けノアトリウムになっていてガラスから光が零れている。これらの構造が僕の記憶の中にある身近な建物と完全に一致した。

 

「駒王学園の近くにあるデパートですわね」

 

 朱乃さんの言う通りだった。このデパートは二階建てで建物自体はけして高い物ではないけど、代わりに吹き抜けの長いショッピングモールになっている事から横面積がかなりのものになっている。また屋上は駐車場になっているし、それとは別に立体駐車場も存在している。この様に建物の構造をよく知っているという意味で本来なら地の利があるけど、それは向こうも同じだからけして有利になる訳ではない。

 

「私とソーナの双方に縁のある建物をバトルフィールドに選んだという訳ね。駒王学園にしなかったのは私達が一度ライザーとの対戦でそこでの戦いを経験しているからでしょうね」

 

 このデパートを対戦の舞台に選んだ理由について確信を得た部長が皆にそう説明する。たぶんその通りだと、僕も思う。きっと双方に地の利がある事を前提として今回のバトルフィールドを設定したのだろう。そうして自分達の置かれている状況を確認し終えた所で、店内アナウンスがグレイフィアさんの声で流れ始める。

 

「皆様、この度のレーティングゲームの審判役(アビーター)を務めさせて頂きますルシファー眷属の女王(クィーン)、グレイフィア・ルキフグスでございます。どうぞ、よろしくお願い致します」

 

 最初にグレイフィアさんが挨拶を終えると、早速今回の対戦についての説明を始めた。

 

「今回の対戦では、リアス様とソーナ様が通われる学舎である駒王学園の近隣に存在するデパートを再現したフィールドをご用意致しました。両陣営、転移された先が本陣となります。リアス様の本陣は二階の東側、ソーナ様の本陣は一階の西側となりますので、兵士(ポーン)の方は昇格(プロモーション)をする際、相手の本陣まで赴いて下さい。なお、今回の対戦には特別なルールがございますので、送付されている資料をご確認下さい。回復品であるフェニックスの涙については、両陣営ともに回復手段を有している事から支給されておりません。なお、作戦時間はこれより三十分で、この時間内での相手との接触は禁じられております。またゲームは作戦時間終了と同時に開始となりますのでご注意ください」

 

 グレイフィアさんの説明が終わりかけたが、その前にギャスパー君が声を上げた。

 

「申し訳ありません、グレイフィア様。自己申告になりますけど、ヴァンパイアの特性を用いての眷属化を全面禁止とさせて下さい。この方法で僕の眷属にされた方は永続的に僕に従う事になる上に、僕が眷属化を解けばそのまま死んでしまいます。そうなれば、この対戦で開幕する事になる若手対抗戦の意義が失われてしまうと思うんです」

 

 確かにその通りだけど、この場で自分からあえて不利になる事を申告するなんて。だけど、皆は唖然としている中で僕だけは何処か納得していた。

 

 ……この対戦はただ功績の為に勝てばいいという訳ではなく、あくまでお互いの今後に繋がる様にしなければならないのだから。

 

 ギャスパー君はそれをしっかりと理解していた。だからこその自己申告なのだろう。そうして、暫くの沈黙の後にグレイフィアさんが返答した。

 

「ギャスパー・ヴラディ選手の自己申告を受理致します。それでは、これより作戦時間とします」

 

 そして、僕達は早速転送されてきた一枚の紙に記載された特別ルールを確認し始める。暫くして読み終えると、部長は軽く溜息を吐いた。

 

「今回の対戦、私の「探知」と小猫の八卦については全面使用禁止となっているわ。まぁ作戦を立てる意味がなくなるからこれは当然ね。それとギャスパーについても、例のアレは原則使用禁止になっているわね」

 

「……それも当然だよ。確かにあの二人に対してはそう簡単にいかないだろうけど、レーティングゲームは基本的に(キング)が倒れた時点で終わりだからね」

 

 やや呆れた様な素振りでそう語るのは、ギャスパー君と入れ替わったバロール君だ。ただ、バロール君の言っている事はけして間違っていない。それだけ凄まじいのだ、禁夜と(フォービトゥン)真闇た(・インヴェイ)りし翳(ド・バロール)の朔獣(・ザ・ビースト)という能力は。

 

「そして、今回の対戦には特殊ルールとして「バトルフィールドとなるデパートを破壊し尽くさない事」があるわ。つまり、広範囲に影響の出る攻撃が実質禁止されているのよ。違反者については許容範囲を超えると退場処分もあり得るから、私と朱乃、それにゼノヴィアの特長を殆ど生かせないわね」

 

 特別ルールについて読み終えた部長は、グレモリー眷属の自慢である強大な攻撃力を大幅に制限されて少々頭が痛い様だ。しかし、そう都合の悪い事ばかりじゃない。現に、ギャスパー君がそれを口に出していた。

 

「でも、僕にとってはむしろ好都合です。さっき自己申告で禁止にしてもらった眷属化とアレ以外の能力については禁止されていませんし、何より……」

 

 そのギャスパー君の言葉を僕が続ける。

 

「成る程、確かに奇襲を仕掛けるには好都合だよ。特に潜み寄る夜霧の怪人(イルーシヴ・ストーカー)が使えるのは有難いね」

 

 僕の言葉を肯定する様にギャスパー君が大きく頷いた所で、アーシアさんが少し首を傾げながらゼノヴィアに質問した。

 

「あの、ゼノヴィアさん。あの天井の丸いものって、何ですか?」

 

 そう言ってアーシアさんが指差したのは、ドーム型の防犯カメラだった。尋ねられたゼノヴィアは早速アーシアさんに説明する。

 

「……あぁ、防犯カメラか。あのカメラを通して神の教えに背いて罪を犯す者がいないか、店の者達が見張っているんだよ」

 

「そうなんですか。前にイッセーさんから教えてもらった時には長くて四角いものだったんですけど、あんな丸い物もあるんですね。でも、ここには私達の他には会長さん達しかいないのにちゃんと見張っているなんて、とても立派ですね」

 

 ゼノヴィアの説明を聞いてアーシアさんは納得する素振りを見せていたけど、続けて出てきた言葉に僕は違和感を抱いた。

 

 ……防犯カメラが、ちゃんと見張っている?

 

 ここで部長がハッとして、すぐにギャスパー君に指示を出す。

 

「小猫! ギャスパー! 急いで気配察知を行いなさい!」

 

「は、はい。解りました」

 

「既にやっています!」

 

 部長からの指示を受けて小猫ちゃんが慌てて猫又としての姿を露わにして気配察知を始める一方で、ギャスパー君はアーシアさんの発言に違和感を抱いた時点で即座に行動を開始していた。

 

「……えっ?」

 

 暫くして、ギャスパー君は唖然とした表情を浮かべた。

 

「ねぇ、小猫ちゃん。ちょっと確認してほしいんだけど……」

 

 そして、少し出遅れてしまった小猫ちゃんに何故か確認をお願いしたところ、小猫ちゃんは信じられないものを見た様な表情を浮かべる。

 

「……私も今確認した。でも、正直言って自信ない。だって……」

 

「いいよ、小猫ちゃん。その反応で僕の察知した気配はけして間違いじゃなかったって確信が持てたから」

 

「じゃあ、やっぱり……!」

 

 ギャスパー君と小猫ちゃんは二人で言葉を交わす内に最終的にはお互いに頷き合っていた。そんな様子を見た部長が二人に尋ねてみる。

 

「どうしたのかしら、二人とも?」

 

 そうして帰って来た答えが余りにも意外だった。

 

「今回の気配察知は敵対する相手を対象にしたダンピールの特性でなく、風の精霊と感応して行いました。それで向こうの本陣からかなり離れた場所に二つの気配を感じたんです。一つは元士郎先輩。そしてもう一つは……」

 

「何故かこのバトルフィールドに来ているイッセー先輩です」

 

「……はっ?」

 

 部長はもちろんこの場にいた皆が唖然とする中、僕は一つの事だけ考えていた。

 

 ……イッセー君。この対戦に君は一体何を仕込んだんだい?

 

Side end

 

 

 

Side:草下 憐耶

 

「失礼致します。審判役のグレイフィアです。たった今、解放条件が満たされましたので、勝利条件及び敗北条件を変更致します」

 

 作戦時間の途中でグレイフィアさんのアナウンスが流れ始めたのは、防犯カメラが生きている事に気付いた匙君が会長に進言してそのまま単独行動に移り、その先で一君と遭遇した直後だった。

 

「勝利条件と敗北条件を変更? どういう事ですか?」

 

 今まで聞いた事のない事態に会長は驚きを隠せないでいる。たぶんリアス様達も同じだろう。そうしている内に、グレイフィアさんの説明が始まった。

 

「現在、このバトルフィールドに双方の共有眷属である兵藤一誠聖魔和合親善大使がいらっしゃいます。皆様には作戦時間が終了してから兵藤親善大使を自陣営の本陣までお連れした後、この後に展開される魔方陣でこちらに転送して頂きます。この転送が終了した時点でゲームは終了、転送を成功させた陣営の勝利となります。なお、この転送には兵藤親善大使が魔方陣の中に一定時間いる事とそれまで最低一人は魔力を魔方陣に送り続ける事が必要となります。一方、兵藤親善大使に攻撃を三回当ててしまうか致命傷となり得る威力の攻撃を一度でも当ててしまうとゲームは終了し、両陣営の敗北となります」

 

 ……こんなレーティングゲームのルール、少なくとも私は今まで聞いた事がない。それで皆と視線を合わせるけど、皆揃って首を横に振る。そして、レーティングゲームの学校を作る為にレーティングゲームのあらゆるルールを熟知している会長もまた首を横に振った以上、ほぼ間違いなく史上初の試みの筈。でも、驚くべき事はそれだけじゃなかった。

 

「また今回のゲームでは、王が撃破(テイク)されても敗北とはなりません。その場合、残っている眷属の中で最も駒の価値の高い方が王の代理となります。なお、相手の陣営を全滅させても兵藤親善大使を転送するまではゲームは続行となり、対戦時間内に転送できなければ勝利条件が達成されなかったとして敗北となりますので先程お知らせした敗北条件と併せてご注意下さい。以上が勝利条件及び敗北条件の変更点となります」

 

 グレイフィアさんのアナウンスが終わると同時にさっき説明のあった一君を転送する為の魔方陣が床に現れてきたけど、私はそれどころじゃなかった。

 王が倒れても敗北にならず、最も駒の価値の高い者が王の代理になる。今まで聞いた事のないルールではあるけど、ただ王が倒れても敗北にならないルールの対戦方式なら既に幾つかある。球技形式のランペイジ・ボールもその一つだけど、ハッキリ言って戦闘行為がゲームの勝利に余り寄与しないから成立しうるものだと思う。だから、戦闘主体である対戦方式でこのルールが採用される意味が私には解らなかった。……でも、それを理解できた人がここにいた。

 

「これはまたかなり実戦的な対戦方式を仕込んできたね」

 

 この中では間違いなく実戦経験が一番豊富な武藤先輩だ。副会長は早速武藤君にどういう事なのかを問いかける。

 

「どういう事ですか、武藤君?」

 

「真羅さん、これは一誠を魔王様に置き換えてみると理解できると思うよ。それを踏まえて訊くけど、もし今の様な状況に実際になったとしたら、優先するべきは僕達の王である支取会長と魔王様のどちらになるのかな?」

 

「そ、それは……」

 

 質問した筈が逆に質問されている副会長は答えを言い淀んでいる。……ううん、副会長だけじゃない。私達皆が答えを出せずにいる。私達にはとても選べそうにない質問だから。でも、会長だけは違っていた。

 

「今の様に魔王様を安全な場所までお連れする必要があり、尚且つ私よりも強い相手が複数追っ手にいる事が解っているのであれば、おそらくは実力上位である武藤君とサジ、更に絶界の秘蜂の使い手で防御と斥候に秀でた憐耶を魔王様の護衛に付けて、私自身は残った皆を率いて殿を務める事になるでしょうね。それが冥界にとっての最善ですから」

 

 会長は自分よりも魔王様を優先し、その上で自分より強い二人の他に私も魔王様に付けると断言した。私への評価が会長の中ではかなり高い事に驚いたけど、他の皆は会長の決断に驚きを隠せないでいる。留流子ちゃんに至っては驚愕の声をハッキリと出してしまっている。

 

「そんな……!」

 

 でも、武藤先輩はどこまでも冷静だった。

 

「実際、それで正解だよ。眷属にとって主である王は絶対である様に、全ての悪魔にとって魔王様は絶対だ。それがこの悪魔社会の根幹を為している。この事実とどう向き合っていくのか、それを一誠は僕達に問い掛けているんだよ」

 

 武藤先輩の話を聞いた会長は、やがて一つの確信を得た様に深く頷く。

 

「私とリアスに対する一誠君の最後のご奉公として渡された宿題という訳ですね」

 

「少々厳し過ぎる気もするけどね。ただね、こんな事は普通ならまずやろうとは思わないし、たとえやりたくてもけしてやれないよ。それだけ無茶な事を一誠はやっているという事だけは解っていてほしい」

 

 ……一君。そこまで私達の事を考えてくれていたんだね。

 

 会長と武藤先輩のやり取りを聞いてそれが解った私は、とても嬉しいと素直に思えた。きっと、会長も同じ思いを抱いていると思う。だからこそ、さっきまで固かった表情に一瞬だけ笑みが浮かんでいた。

 

「これで解ったと思いますが、今回の対戦は一誠君の争奪戦です。ですが、既にサジが一誠君に接触してくれた事で、リアス達は対戦相手との接触が禁じられている作戦時間の間に一誠君の元へ直接向かう事ができません。これは大きなアドバンテージです。作戦時間は残り少ないですが、一誠君をここまで護衛して魔方陣で転送する為の作戦を一から立て直します。いいですね?」

 

「「「「「「ハイ!」」」」」」

 

 今までにないルールで行われる、若手対抗戦の開幕戦。その幕は間もなく落とされようとしている。でも、私のやる事は今までと変わらない。絶界の護蜂を使って、皆を全力でサポートする。

 

 私のいるべき場所で、私なりのやり方で、私にできる精一杯の力で。

 

 それが私、草下憐耶の戦いなのだから。

 

Side end

 

 

 

Interlude

 

 なお、対戦方式が大きく変わった事で両陣営とも作戦の変更を余儀なくされた頃の親友同士の会話は以下の通りである。

 

「それにしても、まさか作戦時間が開始してから二分もしない内にここを探し始めるとは思わなかったよ」

 

「本来なら中身のないハリボテでいい筈の防犯カメラが生きているんだったら、まずはそれらをまとめて操作できる中央管理室を押さえないと色々不味いだろ。それで会長に許可を貰って急いで探し回ってみれば、まさかお前がいるとは思わなかったぜ」

 

「ネビロス家の次期当主が内定しているとはいえ、僕の立場はまだリアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様の共有眷属なんだ。だったら、たとえ一緒に戦えなくても別の形で参加したいと思っても不思議じゃないだろう?」

 

「確かにな。俺がお前の立場でも、きっと同じ事を考えているよ。だけど正直な話、かなり無茶だったんじゃないか?」

 

「そうだな。実際、ネビロス家への養子入りが決まった時点で後はもう見守る事しかできないと諦めていたよ。そうしたら、義母上から背中を押されたんだ。立つ鳥は跡を濁さないものだけど、そこに未練を残していたら意味がないのよってね」

 

「クレア様って本当に器の大きな方だよな。……それで、未練を残さない様にこんな形で参加したって訳か」

 

「まぁね。ただ囚われの身で王子様の助けを待つお姫様役でもないと流石に無理だったけどね」

 

「現実にはまずあり得ないけどな。だいたい、お前がただ助けを待っている様なタマかよ。……だけど、これでこっちもあっちも限られた時間で一生懸命に考えた作戦が全部台無しだな」

 

「現地に入ってから判明した事で前以て準備していた作戦が全てパー、一時撤退もできない以上はその場で一からやり直すしかない。……なんて、実際の戦いではよくある事だよ」

 

「……お前って、ここぞって時には本当に遠慮も容赦もしねぇよな」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

……これで、単純な力のぶつかり合いとはいかなくなりました。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十八話 親善大使争奪戦 ― 序盤 ―

Overview

 

「これは中々面白い事になってきたぞい」

 

 VIP席でグレモリー眷属とシトリー眷属による若手対抗戦の開幕戦の対戦方式が一誠によって密かに用意された新方式にその場で変更されたのを観て、オーディンは床に着く程に長く伸ばした髭を撫でながら笑みを浮かべていた。

 

 ……作戦時間の終了までにバトルフィールドの何処かに隠れている自分と誰か一人でも接触する。これが対戦に仕込んだものの解放条件であり、その為のヒントを所々に用意している。

 

 この日の前日、オーディンは対戦を盛り上げる為の要素として一誠からそういう趣旨の説明を受けていた。その内容から、オーディンは作戦時間の半分を過ぎた辺りで疑問を抱き始めるものの解放条件を満たすには至らない、仮に運良く満たせたとしてもおそらくは作戦時間の終了間際であると見ていた。それが蓋を開けてみれば、作戦時間開始から二分もしない内に防犯カメラが生きている事を元士郎が察し、すぐさま行動を開始した事に驚きを隠せなかった。その結果、防犯カメラを始めとするデパートの情報が集約する中央管理室にいた一誠との接触に成功した事で、作戦時間を半分以上残したまま解放条件を達成したのである。しかも「作戦時間の間は相手への接触を禁じる」というルールを逆手に取る事で、変更された勝利条件に必須である護衛対象をゲーム開始前から確保するという大きなアドバンテージまで齎している。

 この時点で既に大きな功績を上げてしまった元士郎の事を、オーディンは高く評価した。それと同時に、何故二日前に自分が一押しの選手を尋ねた時に一誠が元士郎の名前を出さなかったのかも悟った。

 

「成る程のぅ。確かにこれ程の働きをするのであれば、自ずと儂等の注目を集める事になる。だから、特に自分が推す必要はないという訳じゃな。こうなってくると、一誠がこ奴を差し置いてまで推してきた二人がどんな事をやってくるのか、楽しみでならんわい」

 

 すると、オーディンの独り言が聞こえたのか、髪の色がほぼ白一色である事から老年と思しき男が声を掛けてきた。

 

「ホウ。二代目(セカンド)はあの者でなく他の者を推していたのか。その人選の理由、ぜひとも聞いてみたいものだな」

 

 右腕が銀で拵えた精巧な義手である事が最大の特徴と言えるこの男の名は、ヌァザ。ギリシャ神話の主神であるゼウスに例えられる程の絶大な力を持つ戦いの神でダーナ神族の王を務めた事もあるが、神話においてバロールもしくはクロウ・クルワッハによって妃と共に討たれた事になっている。しかし、実際はバロールに敗れた際に義手とはいえ右腕を再び失ったのを機に第一線から退き、そのまま表に出る事なく静かに隠居生活に入ったのである。やがて長い時が過ぎて、一誠がマルミアドワーズをギリシャ神族に返還する話をケルト神話勢力に持ち掛けると、ヌァザは再誕したエクスカリバーを担う二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)として相応しいかを見極める為に一誠と剣を交えた。その際、ヌァザは老いによって肉体こそかなり衰えていたものの、隠居生活での無聊を慰める為に鍛え続けていた剣技で補う事で全盛期に迫る程の猛攻を一誠に繰り出している。そして、その猛攻が途切れるまで見事に捌き切った一誠の事をヌァザは騎士王(ナイト・オーナー)の後継者として正式に認め、それ以降は二代目と呼ぶ様になった。なお、前日に旧友と一万年ぶりに再会して以来、ヌァザは二代目という呼び方に別の意味も込める様になっている。

 そういった経緯を当事者であるヌァザと一誠から聞いていたオーディンは、ヌァザの言葉に同意する。

 

「フム。確かにそれについては儂も興味があるのぅ。まぁそれはこの対戦が終わってから、一誠に直接教えてもらうとしようかの」

 

 ここでオーディンは話題を変えて、前日にヌァザがネビロス邸に訪れた時の事を話し始めた。

 

「それにしても、バロールに殺されたと話に聞いていたお主が冥界にあるエギトフの邸に現れた時には流石に驚いたぞい。失った右腕の代わりに銀で拵えた義手を嵌めてまで王の座に拘ったお主が、どういう風の吹き回しで王位を退いたんじゃ?」

 

 オーディンは王である事に拘っていたヌァザが何故こうもあっさりと王位を退いたのか、どうしても気になった。クレアから「後は若い者に任せた方がいい」と言われた事も少なからず影響している。そうした心境から口を衝いて出てきた質問だったのだが、ヌァザは特に何でもない事の様に答え始めた。

 

「バロールに敗れた時に右腕を再び失った事で悟ったのだ。儂の時代はもう終わった、後はただ去るのみだとな。それでルーに王位を譲ってから森の奥で静かに隠居していたのだが、あの二代目が新生したエクスカリバーを携えて現れたと聞いて、流石にこれはもう一働きせねばならんと思うたのよ」

 

「それで昨日お主達に聞いた通り、自らの手で一誠を試したのか。しかし、剣を扱う神は数あれど技においては五本の指に入るであろうお主に剣で認められるとはのぅ。一誠が星の意志に連なるエクスカリバーに選ばれたのも道理という訳じゃな」

 

 ヌァザの剣の腕前についてはアースガルズにまで届いていた事もあって、その彼に認められた一誠の事をオーディンは好ましく思っていた。そのオーディンの反応を見たヌァザは、そのまま自ら冥界に足を運んだ理由を語り始める。

 

「それから暫くして、あの頑固者のエギトフが自ら望んで養子を迎えたと聞いた。ならば、その養子の顔を直に見てみようと思うて冥界を訪れたのよ。……尤も、それが儂直々に騎士王の後継者と認めた二代目だったとは流石に思いもしなかったがな」

 

「儂もクレアから話を聞いた時にはお主と同じ思いを抱いたぞい。しかも、その知恵と気質がエギトフの若い頃によう似とると儂等よりも付き合いの長いギズルとサーナのお墨付きまである。……あるいは、エギトフと一誠は出会うべくして出会うたのかもしれんの」

 

「……そうだな」

 

 お互いの一誠に対する印象を語り終えたところで、所属する神話の異なる二柱の神はここで一旦話を切り上げた。そして、視線をVIP席に設置されている大型モニターへと向ける。

 

「さて。老いぼれ同士のおしゃべりはここまでにして、後は二代目に近しい者達がどこまでやれるかを見極めるとしようか」

 

「そうじゃのぅ」

 

 そうして二柱が暫くモニターを見ていると、どうやら一誠と最初に接触した者以外はゲーム開始時に本陣にいなければならないルールになっていたらしく、両陣営とも本陣で少しでも見落としがない様に必死に意見を集めて検討していた。そうした若者達の悪戦苦闘する様を、二柱の神は微笑ましげに見ている。

 

 ……様々な神話で語られる神々の中でも特に永い時を生きてきた二柱の神にとって、苦悩しながらも前に向かって歩み続ける若者達を見守るのもまた道楽の一つであった。やがて、三十分間の作戦時間が終了すると同時に店内アナウンスが流れ始める。

 

「開始のお時間となりました。なお、今回のゲームは短期決戦(ブリッツ)形式であり、制限時間は三時間となっております。それでは、ゲームスタートです」

 

 審判役(アービター)のグレイフィアから対戦開始が告げられると同時に、リアスは苦い表情を浮かべた。

 

「参ったわね。作戦時間がゲーム開始前に設定されていた時点で制限時間は余り長くないとは思っていたけど、たった三時間とは思わなかったわ。これだと作戦プランは短期決戦仕様のDしか使えないわね」

 

 リアスはまず一誠に最初に接触した事で自動的に護衛となっている元士郎への対策を最優先として作戦を幾つか考えていたのだが、その大半が少なからず時間を必要とするものだった。その為、制限時間が三時間と短い時間でそれ等の作戦をそのまま実行すれば、時間切れになるのが目に見えていた。

 

「部長、こればかりは仕方ありませんわ。そもそもあの匙君に対して力押しでいっても、ラインを使った(トラップ)で返り討ちにされるのオチですもの」

 

 朱乃からの慰めを聞いて、リアスは少し気が楽になる。そして、時間内で勝利条件を達成可能な唯一の作戦を採用する決断を下す。

 

「皆、作戦プランは今言った通りDで行くわよ。かなりリスキーだけど、三時間以内にソーナ達に勝つにはそれしかないわ」

 

 余りに思い切りの良過ぎるリアスの決断に、グレモリー眷属は一瞬息を飲む。しかし、驚いた後の切り替えもまた早かった。

 

「確かにそれしかありませんわね。解りました、前線の方は私が指揮を執りますわ」

 

 前線の指揮を担当する朱乃は、今度こそ女王(クィーン)の務めを果たすと期していた。

 

「私にとっては、変に何かを企むよりも解り易くていいな。それと、アーシアの事は私が守ってみせるよ」

 

「お願いします、ゼノヴィアさん。その代わり、私も皆さんをリタイアなんて絶対させません。倒れても必ず救い上げてみせます」

 

 ゼノヴィアは前線に出る事になったアーシアを守る事を、アーシアは他の仲間とは違う戦いをする事をそれぞれ誓い合う。

 

「ギャー君。この作戦、鍵になるのは一発勝負になる私達の連携」

 

「ウン。僕が必ず合わせてみせるから、その時がきたら小猫ちゃんは迷わずに一直線に行って」

 

「……解った。やってみせる」

 

 この作戦の要である小猫とギャスパーの一年生コンビは、もう一度作戦内容を確認し合う。

 

「祐斗」

 

「……五分、いえ十分。何としてでも持たせてみせます。その間に勝ちを決めて下さい」

 

「えぇ、それで十分よ。必ずやり遂げてみせるわ」

 

 そして、作戦の締めを担当するグレモリー眷属のエースである祐斗と(キング)のリアスもまた作戦内容を改めて確認する。ただし、どちらも非常に泥臭い役目を務める事になる為、観客からの受けはけして良くはない事を二人は理解している。それでも、やるのだ。その全ては、強敵たるシトリー眷属に勝利する為に。

 

 

 

 ゲーム開始から二分後、まず動いたのは一誠を確保した元士郎だった。元士郎は一誠を連れて静かに中央管理室を出る。

 

「さて。そろそろ行くぞ、一誠。何、心配するな。お前には流れ弾一つ当てさせはしねぇよ」

 

「……まぁこの状況なら、確かにその心配はないね。それにしても本当に用意がいいな、元士郎」

 

「今回のバトルフィールドの広さなら、何処に居ても草下の援護が受けられるからな。だったら、これくらいの用意は当然だろ?」

 

「あぁ、そうだな。僕がシトリー眷属としてここに立っていても、お前と同じ事をしているよ」

 

 お互いに軽口を交わす二人だったが、一誠は自分の足で歩いていない。……結界に包まれてプカプカと浮いていた。

 

 ……絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)

 

 怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)の感覚共有を始めとする幾つかの新機能を搭載させた事で、もはや完全に別物と呼べるほどに強化された結界鋲(メガ・シールド)である。その端末を一基、元士郎は憐耶から預かっていた。そして、ゲーム開始と同時に端末から新たに八基、まるで分身でもする様に現れてそのまま一誠の周りに防御結界を展開してしまったのだ。

 

「それじゃ、いきますかね」

 

 元士郎はある程度通路を進んだところで黒い龍脈(アブソープション・ライン)を発動した。そして、グレモリー眷属の本陣に続く通路の方を向いてそのまま右腕を一振りする。その一瞬で通路の至る所にラインが張り巡らされた。

 

「さて、まずはこんなところだな。……それと、そろそろ出て来いよ。ギャスパー。もうここまで来てるんだろ?」

 

 元士郎がそう言って後ろを振り向くと、そこにはシトリー眷属の本陣にはけして行かせまいと立ち塞がるギャスパーの姿があった。ギャスパーは元士郎の隙のなさにただ苦笑いするしかない。

 

「……本当に油断も隙もないですね、元士郎先輩。その防御結界がなかったら、開幕霧化(トランス・ミスト)で一誠先輩を確保、そのまま本陣まで駆け込む事だってできたのに」

 

「お前の霧化能力がどれだけえげつないかを知っていたら、誰だって警戒するさ。何せ基本的に物理攻撃は無効、なのに霧のままでの攻撃が可能。更にそっちの本陣から一瞬でここまで来る程の超高速移動もできるし、二人までなら霧の中に取り込んでそのまま小さな隙間を通り抜けられるとか、本当に訳が解んねぇよ。だから、草下に頼んで端末を一つ借りてきたんだよ。護衛の務めをきっちり果たせるようにってな」

 

 元士郎は少し不貞腐れた様に話すギャスパーに対して、微かに笑みを浮かべた。……一見、元士郎とギャスパーはとても対戦中とは思えない程に呑気な会話をしている様だが、実際にはギャスパーが姿を露わした瞬間から戦闘が既に始まっていた。防御結界の基点である端末の位置を確認し、叩いてしまえば分身も消す事ができる本体を見極めようとするギャスパーに対し、密かに極細のラインを伸ばしてギャスパーに接続しようとする元士郎。それに気づいたギャスパーはラインを停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)でこっそり止めてみせれば、元士郎は視線が自分から逸れた一瞬の隙を突いてギャスパーの影にヴリトラを行かせようとする。しかしそこは闇の精霊との親和性が高いギャスパー、ヴリトラの影を利用した転移を警戒して自分の影には予め転移の媒体にできない様に魔力で蓋をしてあった。不貞腐れた様子のギャスパーに対する元士郎の笑みには、既にヴリトラによる奇襲の対策が施されていた事への苦笑いも含まれていた。

 

 ……一般の観客からはまるで解らない静かで熱い戦いであったが、解る者には解っていた。その一人であり、婚約者という事でこの対戦に参加している為にこの場にいない一誠の代理を務めているエルレは二人の成長ぶりに感嘆の声を上げる。

 

「元士郎の奴、また腕を上げやがった。次に()る時は、最初から本気で行かないともう勝てないね。ギャー坊もギャー坊でバロール抜きなのによく元士郎に食らいついているよ。最初に狙っていた一誠の確保は流石に無理だったけど、本命である時間稼ぎの方は上手くいってるからまずは上々ってところか」

 

「……ただ余りに戦い方が高度かつ静か過ぎて、解る方が殆どいらっしゃらないみたいですわ。エルレ様」

 

 VIP席にいる悪魔の上層部の大半が殆ど動いていない様に見える元士郎とギャスパーに不満の声を上げているのを見て、レイヴェルが不安を覗かせている。しかし、エルレはこればかりは仕方がないと思っていた。元士郎とギャスパーのやっている事が、明らかに若手悪魔の域を逸脱していたからだ。

 

「それは仕方がないさ、レイヴェル。あそこまで行くと、トップランカーが解説の一つでもしてやらないと流石に理解できないからね」

 

「逆に言えば、それを自力で解る人は実力も確かって事になるのかしら?」

 

 エルレの言葉を聞いてイリナがそう尋ねると、エルレは深く頷く。

 

「あぁ。最低でも最上級悪魔の領域に片足を突っ込んでいる筈さ。つまり、今の元士郎とギャー坊の戦いが解るアンタ達はそれだけの力があるって事なんだよ。イリナ、レイヴェル」

 

「流石にそこまで強くなったとは、とても思えないのですけど……」

 

 エルレの保証を聞いても自分の強さに少し自信を持てずにいるレイヴェルだったが、流石にそれは過小評価が過ぎていた。その点をエルレは訂正する。

 

「そりゃ周りが一誠を始め色々とおかしい連中ばかりだからね。自然とレイヴェルの中での強さの基準が上がっているだけさ。例えば、カイザーフェニックス。今のアンタの力なら、当てさえすれば切り札込みのサイ坊にだって十分通用するよ。それくらいに使用した魔力に対する破壊力の比率が馬鹿げているんだ。因みにな、同じ魔力量でも俺の雷霆だとカイザーフェニックス程の威力は出ないんだよ」

 

「あれってイッセーくんが炎の魔力でやると不死鳥の形になるからカイザーフェニックスって名前になっているだけで、元々は魂の形が現れるくらいに思いっきり魔力とか光力みたいな魂の力を凝縮する事で初めて発動する技なのよ。それを考えると、確かにそれくらいの威力が出てもけしておかしくはないわね」

 

「私達フェニックス家が一誠様を受け入れている大きな理由の一つでもありますわ。だって、そうでしょう? 炎の魔力を極限まで凝縮すれば、魂の形が私達と同じフェニックスとして現れるのですから」

 

 イリナとレイヴェルがカイザーフェニックスの原理について話すと、エルレは少し驚く様な素振りを見せた。

 

「あれっ? それってそんな理屈の技だったのか? ……それならもし俺がやったらどんな形になるのか、ちょっと興味が出てきたな」

 

 そう言って、エルレは無邪気な笑みを浮かべた。この話の流れにレイヴェルも乗る。

 

「そう考えると、他の皆さんにも一度試して頂きたい所ですわね。……イリナさん、エルレ様。おしゃべりはここまでに致しましょう。状況が動き出しましたわ」

 

 モニターを脇見で確認したレイヴェルからそう告げられたイリナとエルレがモニターに視線を戻すと、そこには胸当てと籠手、脚甲を身に着けた留流子が今正にギャスパーに後ろから回し蹴りを喰らわそうとする姿があった。

 

「えぇぇぇい!」

 

 留流子はグレモリー眷属との対戦が決まった時点でこのまま両方の訓練をやっていては両方とも間に合わないと判断し、ソーナと一誠の二人に相談の上で螺旋丸の訓練は一時中止、代わりに強襲用高速飛翔魔法であるアサルトエールの習熟に専念する事にした。その結果、流石に魔力の羽を全て展開するところまではいかなかったものの、両肩と腰の所に展開した上で高速機動時の安定性に重点を置いた事で音速でもかなりの精度で動けるまでに至っていた。当然、それだけのスピードで攻撃をすれば反動も大きくなるが、一誠が予め用意していた「高速戦闘時の攻撃による反動を緩和する為の装備」を身に纏う事でその問題も解決している。

 そうして絶界の秘蜂の端末を数基伴った留流子が音速で奇襲を仕掛けた結果、元士郎に集中していた為にバロールが危険を伝えるまで留流子の接近に気付かなかったギャスパーの反応が一瞬遅れる。

 

「クッ!」

 

 とっさに両腕を交差すると同時に魔力を集める事で防御力を上げたギャスパーであったが、流石に踏み止まるには足腰の強さが足りずにそのまま通路の壁に叩きつけられてしまった。その様な大きな隙を見逃す様な元士郎ではなく、一誠を連れてギャスパーが立ち塞がっていた通路を一気に駆け抜けるとすぐさま留流子に指示を出す。

 

「仁村! そのまま俺と一誠がこの通路を抜けるまでギャスパーを足止めしろ! ただし、無理だと思ったら素直に退けよ! いざとなったら草下が援護してくれるし、何よりゲームはまだ始まったばかりだからな!」

 

「はい! 任せて下さい、元士郎先輩!」

 

 一方、密かに想いを寄せている男性から指示を受けた留流子は、指示を出した後は一切後ろを振り返る事無く駆けていく元士郎の姿に自分の事を信じてくれていると感じて嬉しくなり、思わず名前で元士郎を呼んでしまった。一誠と共に元士郎がその場から立ち去った後でその事に気づいた留流子は思わず顔を赤くしてしまうが、それどころじゃないと慌てて気を取り直す。

 

「イタタタ……。こんな簡単に不意打ちされるなんて、元士郎先輩にちょっと集中し過ぎていたのかな?」

 

 確かに防御こそされたものの、回し蹴りが入った時には確かな手応えがあった。しかも蹴った勢いそのままに壁に叩き付けてもいる。それにも関わらず、回し蹴りを止めた腕を擦っているギャスパーにはダメージが入った様子がまるで見られない。その事実に、留流子は改めて思い知らされた。今自分の目の前にいるのは、もはや自分の力に不慣れで一緒に訓練していた同級生ではなく、駒王学園関係者の中でも上位に位置する実力者なのだと。だから、このまま元士郎の指示通りに憐耶の援護を受けながら音速機動で撹乱する事で少しでもギャスパーを足止めするつもりだった。

 

「でも、本命の仕事はちゃんと達成できたし、後はもう一仕事こなすだけだね」

 

 しかし、留流子はギャスパーに対する見込みがまだまだ甘かった事を思い知らされる。

 

「ところで、仁村さん。ダレン・シャンって小説、知ってる?」

 

 

 

 留流子にギャスパーの足止めを任せた元士郎は、特に留流子からの連絡がない事とリタイアの放送がない事から足止めが今の所は上手くいっていると判断していた。そうして後ろを振り返る事無くスタッフオンリーのフロアの出入り口まで辿り着くと、元士郎は警戒しながらそのドアを開けてまずは自分が二階の通常のフロアに出る。

 ……しかし、そこにデュランダルを既に解放していたゼノヴィアが強烈な一撃を放ってきた。完全に待ち伏せされていた状況から、元士郎はギャスパーが真っ先に仕掛けてきたのはこの為の時間稼ぎが本命だった事を悟る。そして龍の牢獄(シャドウ・プリズン)で防ごうとするが、その前にデパート中に絶界の秘蜂の端末を飛ばして斥候を開始していた事でゼノヴィアの攻撃を憐耶が逸早く発見した。憐耶は即座に端末を大量に分身させると同時にそれらを元士郎の元へと飛ばし、最低個数で形成できる面の結界を何枚も割り込ませた。そうする事でゼノヴィアの攻撃はその威力をかなり減衰させるものの、このままでは元士郎にまで届いてしまいそうだった。

 

「爆芯!」

 

 そこに、魔力爆縮を利用した高速移動術である爆芯を使用した翼紗が割って入る。彼女の左手には巨大な盾が握られていた。

 

「いくらデュランダルの一撃とはいえ、憐耶に大きく削られた後なら!」

 

 翼紗は左手に握った巨大な盾を掲げると、その名を叫ぶ。

 

「守り切れ! 精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)!」

 

 すると、盾から強い光が放たれて一回り大きな光の盾を形成する。それと同時にゼノヴィアの一撃が光の盾と激突するが、事前に威力を削っていたのが功を奏して無事に防ぎ切る事ができた。本体である盾の損傷も殆どない。元士郎は翼紗に感謝の言葉を伝える。

 

「助かったぜ、由良。お陰で力を温存できた」

 

 だが、礼を言われた翼紗の方は苦笑を浮かべていた。ソーナの指示はあくまで「敵と接触する前に元士郎と合流する」だったからだ。

 

「本当ならもっと余裕を持って合流する筈だったのが、色々な意味でかなりギリギリになってしまったけどね。それにしても今の攻撃、余波で余計な破壊をする様子がなかった。一体どんな特訓をしたら、ここまでできる様になるんだろうね?」

 

「一誠のせいだな。それで大体説明が付く」

 

 首を傾げる翼紗に元士郎はそう答えるが、余りに酷い言い草だった為に一誠は異議を唱える。

 

「元士郎、流石にそれは酷くないか? 前にも言ったけど、先代の担い手であるストラーダ司祭枢機卿に天界で鍛え直してもらったからだよ。何でもかんでも僕のせいにするな」

 

「いやいや、その前に絶対にお前の影響を受けているって。そうでなきゃ、大量破壊の禁止ってルールがあるのにあんな堂々とデュランダルを振り回せる訳ないだろ」

 

 元士郎が即座にそう言い返すと、翼紗はウンウンと頷く事で同意を示す。それを見た一誠は少なからずショックを受けた。

 

「そんな、翼紗さんまでウンウンって……」

 

「では、本人に直接訊いてみようか。ゼノヴィア、本当の所はどうなんだ?」

 

 対戦相手である翼紗から問い掛けられたゼノヴィアは、迷いを全く見せる事無く答えを返す。

 

「イッセーの()()じゃない。イッセーの()()だよ。確かに天界でストラーダ猊下から鍛えて頂いたのは事実だ。だがそれ以上に、イッセーが猊下との手合わせの中で聖剣との向き合い方と本物のパワーの在り方を教えてくれた。だから、私はデュランダルと解り合えたんだ」

 

 そう言って、ゼノヴィアは静かにデュランダルを構えた。

 

「だから、イッセー。お前と猊下が教えてくれた本物のパワーに私が何処まで近付けたのか、そこでしっかりと見ていてくれ」

 

 荒々しさはそのままに、しかし刀身から迸るオーラの余波が周りの物を壊す事がないデュランダルの様子を見て、翼紗は「合流後は元士郎と共に一誠を護衛する」という指示をあえて反故にする決断を下す。

 

「デュランダルから放たれるオーラの印象が最後に見た時とは全然違う。荒々しいのは変わらないけど、そのまま安定している様な感じだ。……匙。この人工神器(セイクリッド・ギア)をフルに使って何処まで足止めできるか解らないけど、ここは私に任せて会長達との合流を急いでくれ。今のデュランダルの状態から判断すると、ゼノヴィアの手元が狂ったら絶界の秘蜂の防御結界を抜いて一誠に致命傷を負わせかねない」

 

 翼紗の決断に、元士郎はすぐに応じた。翼紗の言葉を通信越しに聞いたソーナからその通りにする様に指示があったからだ。ただ、元士郎はその前から先を急ぐ決断をしていた為、ソーナからの指示に戸惑いはしなかった。

 

「解った。遠慮なく行かせてもらうぜ、由良。それと今はギャスパーの足止めをしている仁村を後でそっちに回すそうだ。だから、仁村が合流するまで何とか耐えてくれ」

 

「了解だ」

 

 こうしたやり取りを終えて元士郎が一誠を連れて本陣の方向へと向かうと同時に、翼紗は爆芯を使用してゼノヴィアに猛スピードで突撃する。それに対してゼノヴィアは、何故か翼紗との間合いを一定に保つ様に退いた。翼紗はゼノヴィアの意外な行動に一瞬首を傾げたが、今は一誠と元士郎からゼノヴィアを遠ざけるのが最優先と判断してそのままゼノヴィアを追い掛ける。

 ……ゼノヴィアを追撃する翼紗に光の力を伴う激しい雷が襲いかかったのは、元士郎が二階から一階に下りて間もなくだった。

 

「……ここまで綺麗に奇襲を決めても、対処してしまうのね」

 

 父であるバラキエルの教えを受けて完全に自分の物とした雷光の一撃を放った朱乃であったが、完全に不意を突かれた翼紗の周りに防御結界が張られている光景を見て奇襲が失敗に終わった事を悟った。

 

「どうして部長と副部長、ギャスパーの三人が揃って憐耶を警戒していたのか、目の前の光景を見てよく解ったよ。確かにあれは相当に厄介だ」

 

 朱乃から各個撃破を狙う為に翼紗を釣り出してほしいと頼まれて見事に実行してみせたゼノヴィアは、三人から説明を受けていた憐耶の手強さをはっきりと理解した。そして、釣り出されたと判断してすぐに後退を始めた翼紗に対し、朱乃とゼノヴィアは追撃を仕掛けようとする。しかし、それを実行する事はできなかった。

 

「くっ! やっぱりそう来るか!」

 

 絶界の秘蜂の端末が十基、二人に迫っていたからだ。このままでは二人とも結界に閉じ込められると判断した二人は即座に散開してその場を離れるが、今度は端末から魔力刃が発生して体を貫かんと追撃してくる。それをそれぞれ雷光とデュランダルで撃ち落とすも、ゼノヴィアのすぐ後ろに別の端末が待ち構えていた。

 

「ハッ!」

 

 それを見た朱乃が抜き打ちに近い形で雷光を放ち、ゼノヴィアの後ろの端末を撃ち落とした事でこの場はどうにかなったものの、既に翼紗は撤退を終えた後で各個撃破という本来の目的は果たせなくなった。しかも、端末は隙あらばいつでも攻撃を仕掛けようと一定の距離を保ったまま二人の周囲に展開している。

 

「……お前は本当に厄介過ぎるぞ、憐耶!」

 

 この場にいない相手に自分達が抑え込まれているという事実にゼノヴィアの口からこの様な発言が飛び出してしまったが、それこそが今この瞬間にグレモリー眷属の中で成立した憐耶に対する共通認識である。

 

 ……グレモリー眷属とシトリー眷属の戦いは、既に序盤から中盤へと移行しつつあった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

どうも駒王学園は魔窟と化している様です。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第十九話 親善大使争奪戦 ― 中盤 ―

Side:アザゼル

 

「バトルフィールドにあのデパートが選ばれた時点で解っちゃいたんだが、やっぱり草下の独壇場になっちまったなぁ……」

 

 イッセーが密かに仕込んでいた新方式でのゲームが序盤戦を終えた所で、VIP席のモニターで観戦していた俺は頭を掻きながら深い溜息を吐いた。それを見たクローズが早速尋ねてくる。

 

「そこまで凄いの、アザゼル小父さん?」

 

「あぁ。後でソーナに話をしておくから、一度試しに草下と手合わせしてみろ。どれだけ厄介なのか、身に染みて理解できるぞ」

 

 俺はクローズにそう伝えながら、二日前の事を思い出していた。

 ……二日前、サーゼクス達が主催したパーティーの後で行われた緊急会議の時、オーディンに一押しの選手を尋ねられたイッセーは二人の名前を挙げた。その内の一人が今もなお本陣からフィールドの至る所に絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)の端末を飛ばして情報収集と援護を同時にこなしている草下であり、イッセーがコイツを推した事については俺も納得していた。何せコイツには俺自ら特訓メニューを作ったし、絶界の秘蜂についても感覚を共有させる事で有効範囲を広げて斥候としても使える様にするというイッセーの強化案に対して、俺は怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)の能力を結界鋲(メガ・シールド)に移植、更に新たな能力を二つ追加する事でそれ以上の物へと仕上げてみせた。そして、追加した能力の一つである「実体を持った分身を形成する」能力によって無数に増える端末を状況に応じて様々な役目を果たす蜂に見立て、自分がそれらを従える女王蜂であると共にシトリー眷属の皆を守れる兵蜂でもありたいという草下の強い意志を受けて、俺は強化された結界鋲の新たな名前を絶界の秘蜂とした。だから、このまま草下が自分の仕事をこなし続ければ、ソーナ達が()()()勝つ。そう断言できるくらいには、今の草下の強さを俺は理解している。それを踏まえた上でリアス達が不利な状況を引っ繰り返すには、ソーナや武藤、匙といった主力よりもまずはこのバトルフィールドでは全ての戦闘に対して援護可能な草下をどうにかして抑えなければならない。……だが、ソーナが敷いた布陣を考えるとそれがそもそも難しい。

 

「それにしても本陣にいる草下の護衛としてあえて眷属最強の武藤をつけるって、ソーナも随分とえげつない事をしてるな。武藤を抜くのは、一人じゃ俺でもかなり難しいってのに」

 

「ルフェイを叩くにはまずアーサーを抜かないといけない状況だと解釈すれば、確かに俺でも一人だと相当に手古摺りそうだな」

 

 俺がソーナの布陣について話をすると、ヴァーリも自分の身内に置き換える事で状況の厄介さを理解した。だが、ソーナが打った手はそれだけじゃない。ギャスパーがバロールという切り札が使えない以上、唯一武藤とまともに撃ち合える可能性のある木場が立体駐車場の地下を経由するルートでシトリー眷属の本陣に向かっていたんだが、女王(クィーン)の真羅と花戒のチームをそこに配置して木場の足止めをさせている。ただ真羅はけして接近戦が弱い訳ではないんだが、流石に木場を一人で相手取るのは無茶が過ぎるし、単に一対一なら一分も持たないだろう。そんな圧倒的な実力差をカバーしているのが、シトリー眷属の僧侶(ビショップ)コンビだ。真羅が対処できない分を草下が防御結界でしっかりカバーする一方、花戒が得意の補助魔法で木場の動きを次々と阻害した結果、真羅は木場を相手にそれなりに打ち合えている。しかも元々がスピード重視のテクニックタイプである木場の場合、行動を停止させる為に攻撃を封じるストームスパーク以上に移動を停止させる為に機動力を封じるブラックウィリウォが天敵の様で、その表情には少なからず苦いものが含まれている。その為、木場と直接打ち合っているのは真羅だが、実質的にはサポートタイプである二人が上手く抑え込んでいると言ってもけして過言じゃないだろう。この様に補助魔法は使用する魔法を正しく選択した上で発動させるタイミングを上手く合わせる事ができれば、格上相手でも動きを抑え込む事ができるし、それによって戦いの流れも大きく変わる。

 ……それにしてもだ。確か、ゼテギネアだったか? イッセーが花戒に教えた補助魔法のある世界は? あっちの補助魔法、俺から見ても有効かつ特異的なものばかりだぞ。身体能力や武具の強化や弱体化、それに毒や麻痺の様な状態異常を引き起こす様な魔法はこっちでも一般的だったりするし、イッセーが対オーフィス戦で使った時流加速魔法のクイックムーブみたいに時間の流れを操作する魔法は儀式レベルの大魔法ではあるがこっちにも一応ある。だが、今花戒が使っている行動や移動そのものを停止する魔法なんてものは、流石にこっちにはない。おそらくゼテギネアでは魔法が戦場で当たり前の様に使われている事から、戦術や戦略に深く関わる形での魔法研究が進んでいるんだろうな。まぁ、そのお陰で人工神器(セイクリッド・ギア)の新しい方向性が見えてきたから、向こうでは店で呪文書が売られているくらいに一般的なものに限定したとはいえゼテギネアの魔法を教えてくれたイッセーやロシウの爺さんには本当に感謝しているんだがな。

 

「流石にこれはヤバいと判断したんだろうな。リアスの奴、アーシアとゼノヴィアを木場の元に急行させたか」

 

 そんな事を思いながら、俺は立体駐車場の地下を映すものとはまた別のモニターに目を向ける。そこにはソーナが積極的に前に出ているのとは対照的に、グレモリー眷属の本陣に一人だけ残って指示を出しているリアスの姿があった。つまり、普段なら後方で待機して治療に専念する筈のアーシアは最初から前線に出向いていた事になる。その理由については、花戒の使う補助魔法が今どれだけ活躍しているのか、そしてアーシアが何も聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)による強力な回復能力だけでなく、白魔術を修めた事で解毒や解呪といった方向にも魔力を扱える事を知っていれば自ずと理解できる。戦闘力に乏しいアーシアに護衛をつけてでも前線に出さないと、花戒に対抗できずに戦局を挽回できないって訳だ。

 ……普段は余り目立たないサポートタイプの面々だが、今回のゲームにおいては他の誰よりも戦局を左右する重要な役目を果たしている。これでアーシアもまた草下や花戒と共に今回のゲームで本領を発揮したら、今後のレーティングゲームの基本戦術がサポートを重視したものへと間違いなく変わっちまうだろうな。イッセーが草下と一緒にアーシアをオーディンのジジィに推した理由もきっとこれだとは思うが、それだと一緒に花戒も推す筈だ。だとしたら、アーシアについては別の理由もある可能性が高い。

 こんな風に色々と考えながら、俺は改めてソーナ達を映しているモニターの方へ視線を向ける。

 

「それにしてもソーナの奴、随分と思い切った選択をしたな」

 

「それって、ソーナのお姉さんが他の人と一緒に前に出ている事?」

 

「あぁ、そうだ。普段のアイツはそういう事を余り好まないからな。だから少し驚いているのさ」

 

 俺の独り言を耳にしたクローズからの質問に対して、俺はそう答えた。草下に最強の護衛をつける一方で真羅がしっかりとしたサポートを受けられる様に手配したソーナは、自らはあえて陣頭指揮を執る事を選択した。確かに今の草下の実力と今回のバトルフィールドの広さを考えると、草下を本陣に固定して戦場全体の情報収集と援護に専念させた方が色々と都合がいい。それにソーナ自身が前に出る事で問題が前線で起こっても迅速に対応できる様にした上に、水の()(どう)(りき)を扱える事から自ら戦いながら傷付いた仲間をその場で回復させる事だってできる。この辺が自力では戦えない為に前に出すには護衛を割く必要があるアーシアと異なる点だ。もちろんソーナが積極的に前に出ればそれだけ(キング)と回復役を同時に失う危険が跳ね上がる訳だから本来ならけして取るべきでない悪手なんだろうが、今回のゲームに限っては撃破(テイク)にはなっても投了(リザイン)にはならず、駒の価値が一番大きい奴が王の代行となってゲームが続行される。だからこそ、普段ならけしてやらない事をソーナはあえてやってきた。ソーナ自身、作戦時間の途中でこの方針を伝える際に「これが通常のルールであれば、私がこの様な戦術を執る事はありません。きっとリアスもそう思っているでしょう。だからこそ、今回の対戦ではやる価値があるのです」なんて言っているしな。

 ……ただ匙がゲーム開始前にイッセーを確保したとはいえ、リアス達が完全に後手に回っているのはやはりソーナ達との間に圧倒的な数の差があるのが大きい。唯でさえリアス達の方が二人少ないのに、絶界の秘蜂の分身能力で更に圧倒的な物量差が生じている。そして、その分だけソーナ達は他の場所や役目に眷属を割く余裕が生まれるし、リアス達は更に後手に回っちまうって訳だ。そうした積み重ねの結果、今の優位を築いた上で保ち続けているんだから、ソーナの戦術眼と指揮能力は確かなものなんだろう。

 

「ここまで不利な状況をソーナと草下が作り出した以上、それを引っ繰り返すのは相当に骨だぞ。どうする、リアス?」

 

 俺はそうリアスに語りかけたが、別のモニターを見てすぐに考えを改めた。ギャスパーがさっきとは立場を逆転させて仁科の足止めをやっていたのだ。

 

「アイツ、フリットを戦闘にも使える様に自分で改良していたのか……!」

 

「フリット? アザゼル、それは何だ?」

 

 フリットという言葉を初めて聞いたであろうヴァーリは、早速俺に尋ねてきた。そこで俺は早速ヴァーリとクローズに説明を開始する。……と言っても、俺自身ギャスパーの師匠であるイッセーから訓練の監督を頼まれた時に説明を受けて、そこで初めて知った事なんだがな。

 フリット。ダレン・シャンという児童向けのファンタジー小説に出てくるヴァンパイアの高速移動術の事で、地面を滑る様に走る事で人間の目に留まらない程のスピードが出るらしい。この小説のヴァンパイアは実際のヴァンパイアとかなり違うからフリットの再現なんてまず無理だと俺は思っていたんだが、ギャスパーはイッセー監修の元でトライ&エラーを何度も繰り返す事で完全な再現に成功しちまった。ただ、フリットの独特な踏み込み方ではスピードが出る代わりに小回りが利かなくなるのでその場からの緊急離脱や長距離移動に使う事になるとイッセーから聞かされていた。だが、どうやらギャスパーは諦める事無く独力で戦闘にも使える様に改良を加えていたらしい。そのお陰で仁村はイッセーと匙の安全が確保された時点で音速飛行でギャスパーを一気に振り切る筈が、逆にギャスパーから足止めを食らって味方と合流できずにいる。しかも削減走法(シェービング・ラン)も同時に発動させているらしく、体力と魔力を削られ続けた仁村は既に息が荒くアサルトエールも維持できなくなっている。しかも、仁村を援護していた絶界の秘蜂の端末も全てが分身だったのか、削減走法の効果によって影も形もなくなっている。この分では、あと二、三分程で仁村は強制リタイアに追い込まれそうだ。

 ……如何に変異の駒(ミューテーション・ピース)とはいえ使われているのが僧侶の駒だから、アイツ自身の強化はあくまで魔力に特化している筈なんだが、一体何をどうしたら特殊能力抜きで騎士(ナイト)をも凌駕し得るスピードが出せる様になるんだよ?

 

「ギャスパー・ヴラディか。強いのは、何も神器だけではなかったという事だな」

 

 ギャスパーもまたチーム非常識の一員だった事を改めて思い知らされながらフリットの説明を終えると、ヴァーリはギャスパーに対して感心の声を上げていた。まぁ元々停止世界の邪眼を歴代でも最高に近いレベルで使いこなしていたギャスパーに対して、ヴァーリは少なからず興味を示していた。だから、こんな反応をしてもけしておかしな話じゃない。

 

「レオンハルトの小父さんやロシウのお爺ちゃん達と同じだね」

 

『確かに、あの男達はたとえ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)がなくとも己の力量だけで神とすら渡り合えそうだな。……それにしても赤龍帝にはその様な強者が何人もいるのに、何故白龍皇にはその様な強者が出て来なかったのだ?』

 

 クローズの口から「神器も強力だが、それ以上に保有者本人が桁外れの強者」の具体例が出されると、アルビオンは歴代の赤龍帝と白龍皇を比べて嘆きの声を上げる。まぁ気持ちは解るぜ。明らかに赤龍帝の方が人材の集まりがいいからな。ただ、そうなっちまう背景が白龍皇の能力にあるのもまた事実だ。その点を俺は説明する。

 

「単純に能力の違いだろうな。まず赤龍帝の方は自分の力を高める能力だから、地力が強ければ強い程効果が増す。もちろんそれで満足しちまう奴が大半だが、中にはレオンハルトやニコラスみたいに赤龍帝の籠手には頼るまいと最後まで使わなかったり、ベルセルクの様にそこに鍛え甲斐を感じて自分自身をトコトン鍛え抜いたりする奴が出てくる。一方、白龍皇は相手を弱体化させてその力を奪っちまう能力だ。そんな能力を使っていると、神器の力はともかく自分の力を鍛えようという発想がなかなか出て来ねぇよ。どれだけ敵の方が強くても、その力を奪ってから自分より下のレベルまで引き摺り下ろせばいいんだからな。そうした能力の違いがモチベーションの違いとなり、歴代の赤龍帝と白龍皇の差となったんだろうな」

 

『その割には歴代最高位の者達の半数とは生前に会った事がないのだが。……いや、私とドライグの因縁を己の意志と力で断ち切れる程に心身共に強い者達だったという事か』

 

 俺の説明に最初はやや不満を見せていたアルビオンだったが、やがて考えを改めると納得する素振りを見せた。二天龍の因縁を断ち切る程の強者、か。確かにそれは強そうだな。俺はそう思ったが、それはヴァーリも同じだった様だ。

 

「そういう事になるな。そして、話をしっかり通しさえすれば、そうした真の強者達と思う存分に戦えるのが今の俺達だ」

 

『先代以前とは比べ物にならないくらいに恵まれているな。それに、私としてもレオンハルトやロシウといった歴代最高位の者達とは自分で直接戦ってみたいのだ。その為にも、ヴァーリ』

 

「あぁ。真覇龍(ジャガーノート・アドベント)、必ず完成させるぞ」

 

『姉者もドライグも一誠と共に通った道だ。ならば、私達に通れない筈がない』

 

 アルビオンが歴代最高位の赤龍帝達と直接戦う為、ヴァーリとアルビオンは改めて真覇龍の完成を誓っている。まだ出会ったばかりのヴァーリが少し俺が鍛えてやるだけで凄まじいスピードで成長していくのを見て、俺は今代以降の赤龍帝はヴァーリという絶対に勝てない相手を迎えて悲惨だなと思っていたが、蓋を開けてみればむしろヴァーリの方が追い駆ける形になっていた。まぁヴァーリと同時にイッセーの事も知っていたら、また違う事を考えていたんだろうがな。

 そうしてモニターでギャスパーが仁村をもう少しの所まで追い込んでいるを見ている一方で、別のモニターには立体駐車場の地下にゼノヴィアとアーシアが到着した所が映し出されていた。このままアーシアのサポートを受けつつ木場とゼノヴィアの二人で押し切るのかと思いきや、何と木場はゼノヴィアが真羅に向かってデュランダルを振り下ろし、それを真羅が躱した一瞬の隙を突いてソーナ達の本陣へ向かい始めた。それに気付いた真羅は木場を追おうとするが、ゼノヴィアが再び襲いかかってきた為にそれを断念する。流石に自分の得物と技量ではデュランダルの強大な破壊力を受け止めるのも受け流すのも無理だと解っている真羅は、ゼノヴィアの攻撃を紙一重で躱しながら打ち合う形でゼノヴィアと戦い始めた。一方、真羅と花戒を援護していた絶界の秘蜂の端末の一部は木場の本陣への侵攻を止めるべくすぐに包囲した。しかし、木場が短剣サイズの聖魔剣を包囲した端末の真後ろに創造、そのまま串刺しにして撃ち落とした。流石に端末だけなら、木場は簡単に対処できるらしい。そうして、立体駐車場の戦いは役者を変えながらもより激しいものへと変わっていく。ただ、切り札の数は明らかに真羅達の方が上だ。真羅には攻防一体の追憶の鏡(ミラー・アリス)があるし、花戒にも追憶の鏡に負けない切り札を()()()()()。ただ、ゼノヴィアもアーシアもその存在を知っているから、ゼノヴィアは果敢に攻めかかりながらも剣の振り自体はギリギリ寸止め可能な所に抑えているし、アーシアも既にラッセーを呼び出して花戒の動向次第でいつでも攻撃できる様に待機させている。この分なら、ここの戦いは暫く膠着状態になるだろうな。

 そう判断した俺はまた別のモニターに目を向ける。そこには一階で匙と一度合流した後でそのままイッセーと共に本陣へ向かわせたソーナが、騎士(ナイト)の巡と朱乃達に釣り出されかけた由良を率いて朱乃と小猫と戦っている所が映し出されていた。朱乃は完全に自分の物とした雷光でソーナ達に攻撃を仕掛けるが、精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)を構えた由良によって止められてしまう。まぁ草下がかなり削ったとはいえゼノヴィアによるデュランダルの一撃を防ぎ切ったんだ、それくらいはやってのけるだろう。そこに、小猫が軽身功を使って騎士クラスに増したスピードで一気に由良との間合いを詰める。朱乃の攻撃を受け止めている隙を突かれた格好となった由良の胴に小猫は掌底を当てる事で気の流れを乱そうとするが、悔しそうな表情を一瞬浮かべると由良への攻撃を中断してすぐにその場を飛び退いた。その次の瞬間、巡が繰り出した真空斬が小猫のいた場所を通り過ぎる。一方、間一髪で攻撃を躱した小猫だが、着地する瞬間を狙われた。ソーナが水の魔動力の一つで小さな水飛沫をマシンガンの様にぶつけるスプラッシュを放ってきたのだ。しかしここは朱乃が雷光を放ち、ソーナの攻撃を全て撃ち落とす事で防いでみせる。どうやら、ここの戦いは両者共に決め手を欠いて拮抗している様だ。ここまでの戦闘の流れを見る感じでは、計都(けいと)が鍛えた事でパワー・テクニック・ウィザードの三タイプを兼任できる様になった小猫が、ウィザードタイプに特化している朱乃を上手くフォローする事で数的不利をどうにか跳ね返しているといったところだろう。……小猫の方が明らかに女王っぽい戦い方をしているってのは、朱乃には言わない方がいいんだろうな。

 そして、ここで観客達から少なからず声が上がる。それで俺が他のモニターを確認すると、シトリー眷属の本陣に匙とイッセーが辿り着くとほぼ同時に立体駐車場を抜けた木場も駆け付け、早速その手にした聖魔剣で匙に襲いかかった所だった。しかし、木場の攻撃を受け止めたのは、匙ではなかった。

 

「ここで僕を止めに来ますか。……瑞貴さん」

 

「元士郎が一誠を連れて戻ってきたからね。だったら、ここは草下さんの護衛を元士郎に任せて僕が動くべきだろう」

 

 閻水で形成した聖水の剣で聖魔剣を受け止めた武藤がそう語ると、木場は戦いの場には不釣り合いな程に穏やかな笑みを浮かべる。

 

「相変わらず、油断も隙もない人だ。……でも、ここは押し通ります!」

 

「させはしないさ!」

 

 そして聖魔剣を消すと同時に競覇の双極剣(ツインズ・オブ・コントラディクション)を発動して双子の剣の王を手に取ると、木場はそのまま武藤と斬り合いを始めた。……仮に俺が接近戦で勝負を挑んだとしても、武藤はおろか木場にすら勝てないな。そう思える程に、俺から見た武藤と木場の剣の腕は凄まじかった。むしろソーナの僧侶コンビは木場をよくあそこまで抑え込めたと素直に感心する。

 

「力には技、技には魔法、そして魔法には力、か」

 

 イッセーの戦闘理論の一つをつい呟いてしまったが、これとさっきのを見ている限りじゃ理に適っているとしか言い様がないな。この理論に基づくと、スピード重視で技巧派の木場にとってサポートに特化しているとはいえ魔法型である草下と花戒との相性はけして良くない。そこに同じ技巧派である程度なら木場の攻撃を受け止められる真羅も二人としっかり連携できていたものだから、力量差で相性の悪さを覆すまでには至らなかったってところか。……だから、「技には魔法」というイッセーの戦闘理論を今度は木場が実践する。

 

「流石ですね、瑞貴さん。これが純粋な剣術勝負なら、僕は為す術なくやられていましたよ。……でも、だからこそこれを遠慮なく出せます!」

 

 木場はそう言うと、左腰に神器の本体である魔鞘を発現させる。

 

「ここで和剣鍛造(ソード・フォージ)の本体にして最大の切り札たる魔鞘を出すとはね。それで、どうするんだい?」

 

「こうするんですよ」

 

 武藤から魔鞘の用途を尋ねられた木場は、右手に持っていた天覇の聖極剣(ブレード・オブ・マーター)を魔鞘に収める。

 

「この状況で聖剣の王を魔鞘に収めた? 一体どういう……!」

 

 武藤は祐斗の行動を見て訝しげな表情を浮かべるが、すぐさまその場を離れる。

 

「……危ないね。もう少し判断が遅れていたら、聖剣で体中を串刺しにされるところだったよ。成る程、これが祐斗の新しい可能性って事かな?」

 

「やっぱり初見で見抜いてきましたか。まぁイッセー君との付き合いが僕達の中では一番長い瑞貴さんなら、こういう事には慣れているからすぐにバレるとは思っていましたけどね」

 

 武藤が立っていた場所には何本もの聖剣が突き刺さっていた。その光景を見て、武藤は自分の推論を木場に語っていく。

 

「本来なら競覇の双極剣を発動すると、聖剣や魔剣を創造する本来の能力が使えなくなる。それは今まで創造してきた聖剣と魔剣をそれぞれ一本に凝縮しているからだと聞いていたけど、その内の片方を本体である魔鞘に戻す事で本来の能力を使える様にするとは思わなかったよ。……でも、流石に創造できるのは魔鞘に戻した聖剣だけなんだろう?」

 

 ……その通りだ。イッセーがその可能性に気付いてシェムハザに伝えた後、木場が早速試してみて判明した事だった。そして、これにはまだ先があるんだが、武藤はそれにも薄々感づいていそうだな。武藤が一番恐ろしいのは、世界最高峰の剣術でも氷紋剣でもなく、冷静にして怜悧な思考から生まれる洞察力とそれをどんな状況でも保てる強靭な精神力かもしれねぇな。仮にコイツと敵対した場合、初見かつ初手で殺し切らないと即座に対応されて一気に詰まれそうだ。木場もこれには苦笑いを浮かべるしかないらしい。

 

「たった一回、こっちから攻撃を仕掛けただけでそこまで見抜きますか。流石ですね」

 

「もっと理不尽な事を目の前で何度もされたら、自然とそうなるさ」

 

 そして、今度は武藤が自分から木場に仕掛けてきた。

 

「まぁどちらにしろ、使われると厄介な能力(モノ)だと解っているんだ。だったら、使う余裕なんて与えなければいい」

 

 ……八回。武藤が突きを繰り出した回数だ。しかも、俺の目でもそれらがほぼ同時にしか見えなかった。だが、木場は両手持ちに切り替えた冥覇の魔極剣(ソード・オブ・アドバーサリー)で武藤の八段突きを見事に捌き切る。武藤もそうだが木場もまた明らかにルーキーの域を逸脱しているな。現に剣の技量では数ある神々の中でもトップクラスのヌァザもこの二人の攻防に「ホゥ」と感心の声を上げている。

 

「これを捌き切るか。また腕を上げたね、祐斗」

 

「いや、こんなとんでもない八段突きをそんな簡単に繰り出さないで下さいよ、瑞貴さん。まぁ流石に威力の方はお師匠様の三段突きの方が上ですから、僕でもどうにか捌けましたけどね」

 

 木場からの返事に武藤は軽く笑みを浮かべると、更に剣の速さを上げて斬りかかる。それを木場は軽く受け流してから反撃を仕掛けたが、既に武藤は受け流された剣を戻して簡単に防いでしまった。そして、それを境に二人の斬り合いは更に速く、鋭く、そして熾烈となっていく。……だが、最初の十秒ほどで解る奴には解ってしまう。ヴァーリもその中の一人だった。

 

「……木場祐斗も頑張ってはいるが、やはり武藤瑞貴が数段上か」

 

「あぁ。木場も馬鹿げた速さで成長してはいるんだが、それ以上にアーサーという好敵手と競い合う事で武藤が壁を一つ超えたな。あの分なら、俺やトンヌラとも十分に渡り合えるぞ」

 

「アーサーもアーサーで既に俺と初めて会った時とは比べ物にならないくらいに強くなっているからな。そんなアーサーと対等なら、当然そうなるさ」

 

 ヴァーリの何処か誇らしげな言葉に、俺は納得した。何せイッセーという生涯の好敵手を見つけた事で急成長を遂げた本人の言葉だ。説得力がまるで違う。この分だと、セタンタと美猴の二人もそう時間を掛けずに同じ領域まで駆け上がってきそうだな。

 ……俺としては今回の対戦で一番の見所と見込んでいた木場と匙の親友対決を見たかったんだが、流石にイッセーを本陣にある転送用の魔方陣まで送り届ける必要がある状況がそれを許さなかった。それに、ある意味では兄弟対決といえる木場と武藤の対決も十分に見応えがあるから、これで先ずは良しとしよう。そう思っていた矢先だった。

 

『ソーナ・シトリー様の兵士(ポーン)、リタイア』

 

 仁村が遂に体力切れで強制リタイアとなり、グレイフィアのアナウンスが流れた。その数秒後にイッセーに本陣にある転送用の魔方陣に入ってもらう為、草下が防御結界を一時的に解いた瞬間、グレモリー眷属が動いた。

 

「朱乃さん、後はお願いします!」

 

 朱乃と共にソーナ達と戦っていた小猫が突然、その場から消えた。……いや、違う。シトリー眷属の本陣を移すモニターに、光に乗った小猫の姿が映っていた。

 

「……小猫の奴、既に光遁まで使えたのか!」

 

 光のあるところなら天界にすら行く事ができ、しかも文字通り光の速さで移動するという光遁の術。確かに道術の基礎の部類とはいえ五遁の術より上位の術を、まさか修行を始めてからまだ二ヶ月程という小猫が使えるとは思わなかった。これには流石の武藤も面食らっているが、木場を相手取っている以上は小猫を止める事ができない。そして本陣に突撃した小猫を迎撃しようと匙が身構えるも、それ以上の事はできなかった。

 

護封剣(ブレード・バインド)!」

 

 武藤と熾烈な斬り合いを演じていた木場が、不利になるのを承知で匙の周りに三本の聖剣を飛ばしてきたからだ。そして、匙の周りに突き刺さった三本の聖剣が光を放つと、聖剣の光が匙を拘束し始める。

 

「チィッ! やってくれたな、祐斗!」

 

 動きを止められた匙は漆黒の領域(デリート・フィールド)を自分の周りに使用する事で聖剣の力を削りにかかるが、流石に一瞬で削り切る事はできない様だ。そうして完全にフリーになった小猫は光遁を飛び降りるとその勢いのまま草下に突撃する。

 

「ハァァァァッ!」

 

 そして筋力強化の剛気功を使ったパワー全開の拳を草下に見舞う。しかし、草下は本物の端末を六基使って強力な防御結界を形成、小猫の一撃を防ぎ切る。それを見た小猫はそのまま連続して拳を打ち続けるが、防御結界をなかなか崩せずにいる。そしてその間に他の端末が小猫を包囲した。これで小猫がやられるな、そう思った次の瞬間だった。

 

「行って、()()()()!」

 

 小猫の言葉と同時にイッセーが霧に包まれると、そのままグレモリー眷属の本陣に向かって一直線に飛んでいってしまった。そのカラクリに真っ先に気付いたのは、匙だった。

 

「クソッ! ギャスパーの奴、小さな虫に化けて塔城さんにくっついていたな! 仁村の足止めをしていたのは、俺達の目を逸らす為の仕込みか!」

 

 未だに護封剣の効果でその場を動けずにいる匙は、悔しそうな表情を浮かべている。武藤もまた木場を相手にしながらギャスパーを止めるのは流石に無理らしく、してやられたと苦笑いを浮かべている。草下の方もどうにか端末を先回りさせて防御結界で捕えようとするが、小猫から強烈な攻撃を受け続けている為に他の端末の動きが少なからず鈍くなっている。そんな状態では霧となって超高速で移動するギャスパーの動きを捉えるのは無理だった。他のシトリー眷属についても立体駐車場の地下にいる真羅と花戒は論外であるし、ソーナ達も一人になった朱乃が全体攻撃を仕掛け続ける事で足止めを食らっている。よって、誰もギャスパーを止める事ができなかった。

 

「部長! 一誠先輩を無事に確保しました!」

 

 やがてギャスパーが無事に本陣に辿り着いて任務完了の報告をすると、リアスはギャスパーに次の指示を出す。

 

「ギャスパー、よくやったわ! それと、イッセーを魔方陣の中に入れた後の魔力供給はそのまま貴方がやりなさい! 転送完了までの時間稼ぎは私がやるわ!」

 

「……はい!」

 

 自ら時間稼ぎをやるというリアスの指示に一瞬逡巡したギャスパーだが、すぐに気を取り直すと言われた通りに行動する。イッセーが転送用の魔方陣に入り、その魔方陣にギャスパーが魔力を供給すると、魔方陣が光を放って起動した。それと同時に転送完了までのカウントダウンが始まる。魔方陣の上に浮かび上がった数字は、三百。そして一秒ごとにそのカウントは一ずつ減っていく。それで全てを察したリアスは端的に指示を出す。

 

「皆、あと五分! 死ぬ気で持ち堪えるわよ!」

 

 一方、グレモリー眷属の本陣の近くまで飛ばしていた端末からその光景を確認した草下は、すぐさまグレモリー眷属の本陣の現状をソーナに知らせる。それを受けたソーナはリアスと同じく端的に指示を出した。

 

「この五分が正念場です! 一誠君の転送を何としてでも阻止しますよ!」

 

 ……まだ始まってから一時間も経っちゃいないが、ゲームは既に中盤を終えて終盤へと差し掛かっていた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

グレモリー眷属のギリギリな綱渡りはまだまだ続きます。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十話 親善大使争奪戦 ― 終盤 ―

 ついさっきまでソーナ会長の本陣にある転送用の魔方陣に入ろうとしていたのに、今はそこから最も遠い地点にある魔方陣の中で自分が転送されるのを静かに待っている。……グレモリー眷属の皆が積み重ねてきた数々の手が一気に花を開き、圧倒的に不利だった形勢を一気に逆転させたのだ。その見事なまでの逆転劇に、僕はただ感嘆の声を上げるしかない。

 

「ソーナ会長はけして悪手を打った訳じゃない。むしろ打った手自体は妙手と言えるものばかりだった。でも、リアス部長を始めとする皆の勝利にかける執念がそれを上回ったと言ったところかな」

 

 転送用の魔方陣に魔力を送り続けているギャスパー君にそう話しかけると、ギャスパー君はその通りであると頷く。

 

「はい、それについては胸を張って言えます。でも……」

 

 そう言って不安げな表情を浮かべるギャスパー君を見て、僕はしっかりと現状を理解していると悟った。

 

「その分なら解っているみたいだね。ここで勝利を決め切れなかったら、リアス部長達にはもう後がないって事に」

 

 僕が確認を取ると、ギャスパー君はただ頷くだけだった。……数も戦況も不利な状態から無理に無理を重ねて、やっとの思いで掴み取った勝機だ。それだけにここで躓くと、ゲームの形勢が再びソーナ会長達へと傾いてしまう。しかも、今度は挽回が不可能なレベルで。それだけに、本当ならグレモリー眷属の中では祐斗に次ぐ強さを持つ自分が元士郎か憐耶さんを抑えに行きたい筈だ。だが、それが許されない現状にギャスパー君は苦しんでいる。

 

「……一誠先輩」

 

「どうしたのかな?」

 

「こんなにも辛くて苦しい思いを、一誠先輩はこれからずっとしていく事になるんですよね?」

 

 ……ここでそういう質問が出てくるから、僕はギャスパー君に凄く期待しているのだ。だから、この質問にはしっかりと答えなければならない。それがギャスパー君の師匠としての務めだった。

 

「そうだね。これから先、僕は余程の事がない限りは自分から皆を助けに行けないし、皆の前に立って直接守る事もできないだろう。……守りたいと思っているのに逆に守ってもらうって、結構辛いし苦しいよ?」

 

「僕も今それを実感しています。なんで、ここで魔力を供給しているのが僕なんだって。むしろ眷属である僕が時間稼ぎをするべきじゃないのかって」

 

 憐耶さんが繰り出してくる絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)の端末を一基でも本陣に入れない様に必死に撃ち落としているリアス部長の姿を目の当たりにしながら、ギャスパー君は苦悩する己の心中を語っていく。悪魔社会の常識であればギャスパー君の言う通りだろう。ただ、今でこそどうにか水際で防ぎ切ってはいるが、それは憐耶さんが小猫ちゃんの攻撃への対処にかなりの部分で意識を割いており、その代償として他の端末の制御が甘くなっているからだ。その為、小猫ちゃんによる抑えが何らかの形でなくなってしまえば絶界の秘蜂の制御が元通りとなり、水際で抑え切れなくなって本陣へと入り込む端末が確実に出てくる。そうなると転送用の魔方陣への魔力供給者を守る為に防御結界を展開する必要があるが、ギャスパー君では絶界の秘蜂の攻撃を防ぎ切れるだけの強度を防御結界に持たせる事ができない。一方でリアス部長は破滅の盾(ルイン・シェイド)という形でそれができる。だから、現在の役割分担こそがグレモリー眷属が勝利する為の最善策だった。

 

「……でも、だからこそ、僕はここで踏み止まらないといけないんですね」

 

 それ等を全て飲み込んだ上でのギャスパー君の言葉を聞いて、僕はその通りだと肯定する。

 

「うん。それでいいんだよ、ギャスパー君。それが最終的に皆を守る事に繋がっていくんだ。自分のやるべき事を、自分のいるべき場所で、自分なりのやり方で、そして自分にできる精一杯の力でやり切る。これはどんな立場であっても変わる事のないとても大切な事だと、僕は思っている」

 

 最後に今までの経験から得た物の見方の一つについて語ると、ギャスパー君は自分にもそれができるのかを尋ねてきた。

 

「……僕も、そんな風にできるんでしょうか?」

 

 だから、僕は断言する。

 

「できるよ。少なくとも、僕はそう信じている」

 

 いつか、ギャスパー君は僕の元から巣立ち、より高く広い世界へと羽ばたいていく。……そういう男だと、僕は見込んでいるのだから。

 

 ギャスパー君と師弟として話をしている間に、魔方陣の上に浮かび上がったカウントが半分を切った。僕の転送まで残り二分半、このままグレモリー眷属が一気に決めてしまうのか。この対戦を観戦している多くの人は今もそう思っている筈だ。ただ、忘れてはならない。戦いには必ず相手がおり、全てが自分達の思惑通りに行くという事は十中八九あり得ないという事を。

 

〈部長、すみま……〉

 

 小猫ちゃんから念話が届いたもののそれが途中で途切れた瞬間、リアス部長は即座に自ら本陣前に敷いた防衛線を放棄してギャスパー君と僕の元へと走り始めた。それから僅か二、三秒後、その後ろを絶界の秘蜂の端末が幾つも追い駆ける。そのスピードはつい先程までリアス部長が撃ち落としていた時とは比べ物にならないくらいに速かった。そして、リアス部長が必死に僕達の元へと駆け付ける中、グレイフィアさんのアナウンスが流れる。

 

『リアス・グレモリー様の戦車(ルーク)、リタイア』

 

「破滅の盾!」

 

 そのアナウンスが終わると同時に端末より僅かに早く僕達の元に辿り着いたリアス部長は、僕とギャスパー君、そして自分の三人を覆う形で破滅の盾を展開する。それとほぼ同時に魔力刃を展開した絶界の秘蜂の端末がギャスパー君目掛けて突撃してきたが、その直前に展開された破滅の盾に衝突してそのまま崩れ去る。

 

「……本当にギリギリだったわね。小猫の念話が途切れてからここまで退くのを一瞬でも躊躇っていたら、破滅の盾が間に合わずに魔力供給で身動きが取れないギャスパーを狙い撃ちされて撃破(テイク)されていたかもしれないわ」

 

 ホッと安堵の息を吐きながらそう語るリアス部長だったが、その額には汗が流れている。その汗がけして端末の迎撃で動き回った事によるものだけではない事は見ていてすぐに解った。ギャスパー君も戦況が一気に悪化したのを悟って、リアス部長に確認を取る。

 

「部長、草下先輩の抑えに回っていた小猫ちゃんを撃破したのは、やはり……」

 

「えぇ、祐斗の護封剣(ブレード・バインド)を自力で解除した匙君でしょうね。あの子の実力なら、不意打ちで小猫をすぐに撃破するのはそう難しい事じゃないもの。そうなると小猫の抑えがなくなった憐耶は元通りに動ける様になるし、武藤君を相手に時間稼ぎをしてくれている祐斗も匙君と憐耶から挟み打ちされたら流石に持たないわ。そこまで行けば、後はもう総崩れね。もう一度形勢を逆転させるなんてまず無理よ」

 

 余りに悲観的ではあるが、現実はおそらくその通りに推移するだろう。それだけ、リアス部長は現在の戦況を冷静に見極め、その上で自分達の末路を直視していた。だからこそ、リアス部長は自信を持って断言する。

 

「でも、そうなる前に必ず勝てる。それだけの時間を皆が稼いでくれるわ」

 

 ……しかし、事はそう簡単には上手く運ばないものだ。破滅の盾に強烈な一撃が叩き込まれたのは、そう断言した次の瞬間だった。破滅の盾は見事に耐え切ったものの、攻撃を繰り出してきた人物を確認したリアス部長が驚きの声を上げる。

 

「椿姫! ゼノヴィアとアーシアが足止めしている筈の貴女がどうしてここに!」

 

「私達がゼノヴィアさん達を打ち破ったからですよ、リアス様。ただ桃には重要な役目を任せてきたので、私だけここに来たという訳です」

 

 椿姫さんから語られる余りにも予想外な内容の話を聞いて、リアス部長の動揺は激しい。

 

「そんな……! ゼノヴィアとアーシアからは負けたという連絡は来てないし、二人がリタイアしたってアナウンスもまだ流れていないわよ!」

 

「確かにゼノヴィア先輩とアーシア先輩、それにラッセーの気配がまだ感じられますし、そのすぐ側に花戒先輩の気配もあります。だから、おそらくは花戒先輩の手で無力化されているんだと思います」

 

 気配察知に長けたギャスパー君からの報告で、リアス部長は自分の打った手が悪手になった事を認めるしかなかった。

 

「憐耶はもちろん花戒さんの事も注意していたし、その対策としてアーシアをゼノヴィアに同行させたのに、それでもまだ足りなかったっていうの?」

 

 実は、その通りだった。風の精霊に頼んで立体駐車場における戦いの一部始終を見せてもらった僕は、改めて皆が強くなっていると実感した。

 ……桃さんは新たに夜天の書に記載されているグレイプニルの術式を組み込む事で拘束用人工神器(セイクリッド・ギア)としての完成度を大きく上げた狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)をアザゼルさんから借り受けていた。それだけなら狡兎の枷鎖でゼノヴィアを拘束、無力化してからアーシアを撃破する形で防衛線を突破していた筈だ。それをあえて二人とも撃破しない事で情報の伝達を少しでも遅らせる事ができたのは、桃さんがスロウムーブとクイックムーブをギリギリで修得していたからだ。とは言っても、今の桃さんでは至近距離から使用した上で相手が無防備でないと成功しない為、敵に使う場合は余程弱っていないとまず通用しない。しかし、それを可能にしたのが椿姫さんの追憶の鑑(ミラー・アリス)だった。

 具体的には、椿姫さんはゼノヴィアが自分に向かってデュランダルを上段から振り下ろすその瞬間に展開する事でゼノヴィアの動きを一瞬止め、その隙を突いて長刀(なぎなた)の刃に魔力を集めて爆縮させるという破壊力重視の一撃(爆砕撃と名付けたそうだ)を鏡の裏側に叩き込んだのだ。その結果、砕けた追憶の鑑からその時全身を映し出していたゼノヴィアに向かって強烈な威力の衝撃波が放たれ、その対象となったゼノヴィアはデュランダルをとっさに前に掲げる事で致命傷こそ避けたが意識が朦朧としていてまともに動ける状態ではなくなってしまった。それを見たアーシアはすぐに癒しの力を飛ばしてゼノヴィアの体を回復させようとしたが、その前に桃さんが放った狡兎の枷鎖によって拘束されてしまい、身動きが完全に取れなくなってしまった。そして、桃さんはアーシアを守ろうとしたラッセーを睡眠魔法のバルミーブリーズで無力化すると、そのまま拘束されたアーシアの元に駆け寄ってスロウムーブを掛けた。これによって体はおろか意識さえも時間の流れに沿って遅くなってしまうので、身動きはもちろん念話や通信機で現状を伝える事もできなくなる。これで情報を遮断した桃さんは次に意識が朦朧としている為にまともに通信できないゼノヴィアにもスロウムーブを掛けている。その後、スロウムーブの効果が切れる直前に再び掛け直す事で二人の完全無力化に成功した桃さんは、最後に椿姫さんにクイックムーブを使用する事でここまでの移動時間を大幅に短縮する事にも成功している。桃さんのここまでの活躍ぶりを見て、VIP席では今頃ちょっとした騒ぎになっているかもしれない。

 ただ、ゼノヴィアとアーシアの二人を立体駐車場の抑えとして祐斗に先行させたのを悪手とするのは少々酷だろう。元々グレモリー眷属にはシトリー眷属に対する数的不利があり、これ以上人数を割くと他の場所が破綻してしまう可能性が大きかった。しかも一発勝負となるギャスパー君と小猫ちゃんの連携を仕掛ける機会は、僕がシトリー眷属の本陣に到着して転送用の魔方陣に入る際に防御結界を一時的に解除する一瞬しかなく、その時には最大の障害となる瑞貴と元士郎を祐斗が抑える必要がある。だから、立体駐車場の抑えについてはゼノヴィアとアーシアの二人に任せるしかなかったのだ。

 

「もう時間がありません。さっさと一誠君を取り戻させて頂きます」

 

 桃さんが作り出してくれた貴重な時間を少しでも無駄にしない為、椿姫さんは長刀を構えて破滅の盾に挑む。その周りには絶界の秘蜂の端末も浮かんでおり、バックアップ体制も万全だ。

 

「正直に言えば、武藤君と匙君さえ足止めできれば後は何とかなると思っていたのだけど、どうやら見当違いもいい所だったみたいね」

 

 数的不利を個人の質で一時的に抑え込む形で逃げ切る筈だった戦略が崩れてしまった状況を前に、リアス部長は笑みを浮かべてみせる。明らかに苦笑いであり、痩せ我慢も多分に含まれている。それでもあえて笑ってみせる事で自分と味方の士気を鼓舞しようとしたのだ。

 

「こうなったら、根競べよ。イッセーの転送が完了するのが先か、それとも破滅の盾が破られるのが先か」

 

 そうして爆砕撃による連続攻撃と絶界の秘蜂のアウトレンジアタックをひたすら耐える一方で、リアス部長はあえて通信機を使わずに念話で朱乃さんに確認を取る。

 

〈朱乃、そちらはどう?〉

 

〈申し訳ありません、部長。たった今、巡さんに抜かれてしまいましたわ〉

 

 朱乃さんの返事を聞いて、戦況は悪化の一途を辿っていると実感したリアス部長はゴクリとつばを飲み込んだ。ただ、向かって来ている相手の名前に首を傾げたリアス部長は朱乃さんに確認を取る。

 

〈朱乃。イッセーのC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)をヒントに編み出した奥の手は使っているの?〉

 

〈いいえ、まだですわ。それに、今の状況では使いたくとも使えません〉

 

 ここで朱乃さんの奥の手について少しだけ触れると、朱乃さんは僕がアウラに自分の魔力の全てを預ける事で龍天使化したのをヒントに、自分に使われている女王の駒に魔力の全てを預ける事で堕天使化する事が可能になっていた。これによって悪魔に対しては絶大な攻撃力を有する様になったのだが、いくつか問題がある。まず発動するには魔力を女王の駒に預けた上で光力を堕天使化に必要なレベルにまで高める必要があり、その為に九十秒間、魔力と光力が完全に使えなくなる。また、堕天使になっていられるのが五分程である上に堕天使化が解けると一気に戦闘不能に陥る程に心身の消耗も激しい。その為、今回の様に一人で複数を相手取っていると、堕天使化どころかその準備すら碌にできなくなる。なお、これらの問題は訓練を重ねる事で改善されていく筈なのだが、完成したのが神の子を見張る者(グリゴリ)本部の滞在最終日だった為に今回の対戦には流石に間に合わなかった。

 

〈確かに朱乃の状況を考えると、準備中は何もできなくなると言ってもいい奥の手はまず使えないわね。ただ朱乃、ソーナはどうも攻撃範囲の広い貴女をこちらに行かせたくないみたいよ。だから、騎士(ナイト)で足の速い巡さんをこっちに向かわせる一方で、自分はゼノヴィアの一撃を防いでみせた由良さんを手元に残して貴女を足止めする事を選んだ。それなら、当初の予定通りに最後までソーナ達を足止めして。こちらは私が何とか持ち堪えてみせるわ〉

 

 リアス部長がソーナ会長の思惑を推測した上で朱乃さんに引き続きソーナ会長達の足止めを命じる。そして、その命令を朱乃さんは受け入れた。……だが、リアス部長の推測には一つだけ不足がある。そして、その事実をリアス部長と朱乃さんは知る由もない。それがこの戦況でどう作用するのか、それはこれから解る事だ。

 

〈了解ですわ。……リアス。お互いに最後まで〉

 

〈えぇ、やり切るわよ。今さっきイッセーがギャスパーに教えていた様に〉

 

〈〈自分のやるべき事を、自分のいるべき場所で、自分なりのやり方で、そして自分にできる精一杯の力で〉〉

 

 最後にお互いに声を揃えてそう言うと、リアス部長は少しずつ削られつつあった破滅の盾に魔力を更に注いでより強固なものへと変える。それと同時に轟音がここまで聞こえてくる様になった。朱乃さんもまた雷光の出力を引き上げた様だ。

 

「お待たせしました、副会長」

 

 そこに駆け付けてきたのは、ソーナ会長の援護で朱乃さんを抜いて来た巴柄さんだった。椿姫さんは転送用の魔方陣の上に浮かぶ数字が残り百を切ったのを確認すると、巴柄さんに指示を出す。

 

「いえ、いいタイミングですよ。では、巴柄。早速ですが」

 

「はい。リアス様の破滅の盾は私が破壊しますから、仕上げの方をお願いします」

 

 巴柄さんはそう言って右手に握っていた紅蓮を正眼に構えると、静かに魔力を高めていく。それと同時に紅蓮に大量の魔力を収束させているのか、次第に刃に集められた魔力が強い輝きを放ち始めた。その光景を前にリアス部長とギャスパー君は息を飲む。……どうやら、巴柄さんはここでリタイアになりそうだ。

 

「行きます!……花は散るが定め! 桜花雷爆斬!」

 

 そして、巴柄さんは気合の入った声と共に騎士(ナイト)の眷属悪魔の特長である高い俊敏性を生かして破滅の盾の目前まで一気に駆け込むと、その勢いのまま魔力を込めた紅蓮で袈裟斬りを仕掛ける。すると、衝突した紅蓮と破滅の盾の間に雷と爆発が発生した。この袈裟斬りからの一撃では流石に破壊力が足りずに破滅の盾は健在だが、僕が教えている剣術の奥義を使う為に必要な「力の集束点を見極める」為の訓練の成果がここで出る。

 

「そんな、今の一撃で破滅の盾の構成が歪められたというの!」

 

 典型的なテクニックタイプである筈の巴柄さんがたった一撃で破滅の盾の構成を歪ませた事に驚くリアス部長だが、タネさえ解ればすぐに納得するだろう。何故なら、巴柄さんが今やった事の先に僕や瑞貴、祐斗が皆の前でよくやっている「力の集束点を突いて攻撃を無力化する」があるからだ。力の集束点を見極める過程で力の流れを見る必要がある事から、巴柄さんは魔力の流れを読んで破滅の盾の構成が最も脆い箇所を見極め、そこに今の一撃を当ててみせたのだ。だが、巴柄さんの攻撃はここで終わりではない。今の一撃を放った勢いをそのまま破滅の盾の脇を通り過ぎると、振り向き様に二撃目の右薙を繰り出す。この右薙もまた的確に構成の脆い箇所に当たり、雷と爆発による上乗せもあって破滅の盾の構成を更に歪ませる。リアス部長もギャスパー君も巴柄さんの繰り出す妙技を前に既に言葉を失っていた。

 

「ハァァァァァッ!!!!」

 

 そして、二撃目の勢いで一撃目を繰り出した時とほぼ同じ位置に戻ってくると、再び振り向き様に一撃目以上の踏み込みから三撃目となる切り上げを繰り出す。切っ先が足元から頭の高さに来る程に振り上げるこの三撃目こそが実は本命であり、雷と爆発の威力も一撃目や二撃目とは比べ物にならない。そして、この最強最後の一撃もまた構成の脆い箇所をしっかりと捉えていた。

 

「……見事です、巴柄」

 

 強烈な三連撃に込められた魔力の残渣が美しい桜吹雪となって辺り一面を舞うという幻想的な光景が広がる中、椿姫さんは巴柄さんを称賛する。……リアス部長が全力を込めた破滅の盾は巴柄さんの桜花雷爆斬によって完全に破壊された。その為、魔力の殆どを失う形となったリアス部長に戦う力などもはや残ってはいない。それだけに、リアス部長は目の前の現実が到底信じられないといった表情で呆然としている。

 ただ、巴柄さんに教えている剣術の中で最も威力の高い桜花雷爆斬だが、一つだけ大きな欠点がある。他の技とは比べ物にならないくらいに体力と魔力の消耗が激しいのだ。どれくらいの消耗になるかといえば、今の巴柄さんの実力ではたとえ体力と魔力が万全であっても一度放てば暫くは立っていられなくなる程だ。まして、巴柄さんはここに来る前に朱乃さんや小猫ちゃんと激しく戦っている為に少なからず消耗している。その様な状態で桜花雷爆斬を放てばどうなるのか。それは膝がガクガクと震え、息も絶え絶えで視線も虚ろな巴柄さんの今の状態を見れば誰でも解る。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……。これが一誠君や武藤先輩、木場君だったら、魔力の集束点を正確に突く事で簡単に破滅の盾を破壊していたんですけどね。まだ集束点を見極め切れない私じゃ、リタイアを覚悟で桜花雷爆斬を使うしかありませんでした。副会長。後は、お任せします……」

 

 そこまで言った所で、巴柄さんは膝から崩れ落ち、そのまま床へと倒れ込む。……既に精根尽き果てていた巴柄さんは完全に意識を失っていた。その時点で戦闘不能と判断された巴柄さんの体を光が覆っていき、そして転移していく。

 

『ソーナ・シトリー様の騎士、リタイア』

 

 巴柄さんのリタイアを告げるアナウンスが流れる中、椿姫さんは自分の神器である追憶の鏡を展開すると同時に長刀の刃に魔力を収束していた。……追憶の鏡はリアス部長とギャスパー君、そして僕のいる方向に向いていたが、鏡に映っていたのはリアス部長とギャスパー君の二人だけだった。……神の子を見張る者本部で僕の立てた新解釈に伴う実証実験の結果、鏡に映る対象を所有者が任意で選べる事が新たに判明したのだ。もちろんそう簡単にできる事ではなく、相当の集中力が必要となる事から万全の状態でも一回使えればいい方だとアザゼルさんは結論付けている。つまり、複数ある切り札の中でも更に奥の手というべきものを椿姫さんは切ってきた。

 

「えぇ。任されましたよ、巴柄。ここまで好条件が揃えば、私一人でもリアス様とヴラディ君を撃破できます。これを使えば私もリタイアする事になるでしょうけど、後は会長達が上手くやってくれるでしょう」

 

 そして、椿姫さんは裏側から渾身の爆砕撃を叩き込む為、残っている魔力のほぼ全てを込めた長刀を振り上げる。これでリアス部長とギャスパー君が撃破されるのはもちろん、仮にギャスパー君が転送用の魔方陣への魔力供給を一時中断して椿姫さんを撃破しても僕の転送をとりあえずは阻止できる為、椿姫さんにしてみればどちらに転んでも損はない。一度でも同一人物からの魔力供給が途絶えると、また一からやり直しになる様にこの魔方陣は設定されているからだ。ギャスパー君もそれを薄々と勘付いているのだろう、カウントがまだ六十以上残っている為に八方塞がりとなった事でギリッと歯を強く噛み締めている。しかも、ギャスパー君を追憶の鏡で倍増する衝撃波から守り抜く為、自分が女性としては長身である事とギャスパー君が自分より一回り小さな体格である事を利用してリアス部長がギャスパー君に覆い被さった。それにより、ギャスパー君は逆に転送用の魔方陣から手を離して椿姫さんと戦う事を決断してしまった様だ。そして、ギャスパー君が魔方陣から手を離す為にまずは魔力供給を止めようとした時だった。

 

 ……この対戦における決定的な転機が訪れたのは。

 

 

 

Interlude

 

 グレモリー眷属の本陣でリアスが懸命に耐え忍んでいる一方で、シトリー眷属の本陣では祐斗もまた憐耶の援護を得た瑞貴と元士郎を相手に死力を尽くして足止めをしていた。

 しかし、唯でさえ格上で万に一つでも勝機があればいい方である瑞貴を相手取っている所に、相手に繋いだラインを地面に繋ぎ直して強制的に力を排出するイグゾースト・フローによる奇襲で小猫を撃破した元士郎から挟み打ちを仕掛けられ、更にそのサポートに小猫から解放された憐耶も加わったのである。祐斗はもはやこの場からの離脱すら不可能となった。尤も、そうなる事は最初から解っていた事であり、それ故に小猫のリタイア後はただ瑞貴と元士郎の足止めだけに全力を注いでいたのだが。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 

 それでも、やはり三人を相手に足止めするのは流石に無茶であった。息を激しく乱す祐斗の体は既に裂傷と火傷によってボロボロであり、また自ら流した血によって全身が真っ赤に染まっている。更には手足には幾つか何かで貫通された傷口すらある。本来であれば、これだけの深手を負っていると審判役(アービター)の判断でリタイアしているところであるが、祐斗はそうなっていなかった。

 

「まさか、この土壇場で「呪いを祓う聖剣」とか「魔力の結合を散らす聖剣」とか「水に関係する属性攻撃を無効化する聖剣」なんてピンポイントで俺達に刺さる聖剣を作り出すとはな。しかも、強制リタイアを回避する為に「持っている者の傷を自動で癒す聖剣」なんて一誠が持っている静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)に似た様な効果の代物まで作っちまった。アザゼル先生からは、聖剣に回復能力を持たせるのは今まで誰もやった事がないから龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の属性を持たせるのと同じくらいに難易度が高いって聞いていたんだけどな。それをやってしまうなんて、お前はやっぱり凄いぜ。祐斗」

 

「僕がせっかく作りだした対抗手段を黒い龍脈(アブソープション・ライン)漆黒の領域(デリート・フィールド)の融合技で全て無効化した元士郎君に言われても、ただの嫌味にしか聞こえないね……」

 

 元士郎の心からの称賛を聞いた祐斗だが、自分が懸命に絞り出した手の数々にあっさりと対処してしまった本人に言われてもあまり嬉しくはなかった。……尤も、それで手加減する様な男を親友に持った覚えなど、祐斗にはないのだが。現に聖剣計画の被験者だった頃からの付き合いで祐斗の事を弟の様に思っている瑞貴は、流石に祐斗が即死しない程度の手加減こそしていたが、グレモリー眷属の作戦行動を見逃す様な真似は一切していない。だからこそ、瑞貴はここまで自分達を手古摺らせた祐斗の成長を内心ではとても喜んでいた。

 

「まさか三人がかりでここまで手古摺るとは思わなかったよ。祐斗、君は剣の腕や神器の能力を鍛えただけでなく、一誠の様な諦めの悪さも一緒に手に入れていたんだね。……でも、それもここまでだ」

 

 そして、瑞貴はそれとこれとは話は別だと言わんばかりに祐斗の腹部にしっかりと聖水の剣を突き刺した後、そのまま閻水の能力を解除する。それによって瑞貴の神器である浄水成聖(アクア・コンセクレート)で生成された最高純度の聖水が祐斗の体の中に直接入り込んだ。このままでは聖水で内臓を焼かれてしまい、生死に関わる事態になりかねない。そう判断したグレイフィアがリタイアの為に祐斗を転移させようとした時だった。

 

「聖霊達が、歌っている……?」

 

 エクスカリバーの守護精霊であるカリスから聖霊の加護を与えられた瑞貴が、バトルフィールドに異変が起こっている事に気付いたのは。

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

グレモリー眷属とシトリー眷属の対戦は次話で決着します。どうかお楽しみに。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十一話 親善大使争奪戦 ― 決着 ―

2019.1.13 修正


Prologue

 

 ……VIP席にて。

 

「成る程のぅ。一誠を中心としてあのオーフィスを退けるだけの事はあるわい。こうして改めて見てみると、一誠を筆頭に悪魔勢力の次世代は中々に豊作じゃな。儂にはバルドルやヴィーザルがいるとはいえ、少々羨ましいのぅ」

 

「こちらの方はセタンタがクー・フーリンの領域に近付きつつある事から、若手の最有望株として期待していたんだがな。全くの偶然で出会ったという二代目(セカンド)に取られてしまったわ。まぁそれについては良かろう。結果として、セタンタを通じて二代目と強き縁を結ぶ事ができたのだからな」

 

「むむっ。こうなってくると、こちらも誰か差し出すなり出向させるなりせんといかんのぅ。そうせんと、その内に一誠が作り出す時流から取り残されてしまいそうじゃ。……それならいっその事、一誠と殆ど年の変わらんロスヴァイセを一誠独自の魔法理論を学ぶ為の留学生として駒王学園に送り込むのもありかのぅ」

 

「オ、オーディン様! 一体何をお考えなんですか!」

 

「いやいや、一誠の魔法や魔術の腕前を考えるとそうそう悪い話でもないぞい。それにの、一誠の他にも一誠が自ら自分以上と認めた妹がおるし、何より一誠達をあれ程の領域にまで育て上げたロシウという稀代の傑物までおる。あ奴については柵が何もなかったら魔法部門の最高顧問として儂自ら勧誘しておるところじゃよ。これ程までに人材に恵まれた環境なんぞ、世界中を探してもそう多くはないと思うがの?」

 

「そ、それは確かにそうですけど……」

 

「そもそもじゃ。お前自身、口ではそう言っておっても腹の内は違うのじゃろう?」

 

「……オーディン様!」

 

「若い娘をからかうのはその辺にしておけ、オーディンよ。さて、このままソーナ・シトリーが二代目の転送を阻止してしまえば、後は残っている戦力の差で大勢が決してしまいそうだが……」

 

「まだ何かある。そう言いたそうじゃな。確かに、草下憐耶については一誠が推した通りの活躍をしておる。しかし、もう一人のアーシア・アルジェントだったかの。そちらの方は余りパッとしておらんのぅ」

 

「オーディン様。お言葉ですが、ソーナ・シトリーさんのもう一人の僧侶(ビショップ)である花戒桃さんが使っていた強力な補助魔法を無効化していたのは十分に評価できる事なのでは……?」

 

「お前の言っておる事は儂も解っておる。じゃがのぅ、それだけであれば一誠はその二人と一緒にその花戒とやらも推しておるわ。それにも関わらず推さなんだのは、アーシア・アルジェントだけが持つ何かがあるという事じゃよ。尤も、それを見ぬままにこのゲームは終わってしまいそうじゃが……」

 

「オーディンよ。貴様の今言っておる事だが、どうやらこれから見られそうだぞ」

 

「ホゥ、どれどれ……」

 

Prologue end

 

 

 

Overview

 

 桃によってスロウムーブを掛けられてしまったアーシアは、ゼノヴィアが重傷を負って戦えなくなった事はおろか狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)で縛られて動けなくなった事すらリアスに伝える事ができなくなっていた。今もどうにかしてリアスに念話を送ろうと奮闘しているものの、どうしてもリアスと念話が繋がらない。……正確には、スロウムーブでアーシアに流れる時間が著しく遅くなっている為にアーシアの念話がそもそも発動すらしていなかった。自分にできる事が既に無くなってしまったと悟って途方に暮れる中、アーシアの頭の中に浮かんできたのは一誠と出会ってからの事だった。

 

 道に迷って困っている所を一誠に助けてもらった事。レイナーレに騙されている事を見抜いた一誠に再び助けてもらった事。一誠の優しさに惹かれた事で長い時間を一誠と共にありたいと願い、人間をやめて悪魔になった事。ニコラスと武藤礼司という尊敬すべき先達を二人も紹介してもらった事。そして、聖書の神の死をコカビエルから知らされた時、一誠によって絶望を希望に変えてもらった事。

 

(それにも関わらず、私はイッセーさんに全然恩返しできていない)

 

 その様な無力感に苛まれるアーシアであるが、同時に解っている事もあった。もし自分がその様な事を考えていると知れば、一誠は「僕がアーシアを助けたかったんだから、別に気にしなくてもいいよ」と言ってくるであろうと。アーシア自身、今まで癒しの力で治してきた信者達に対して同じ様な事を言ってきたのだから。

 

(……私って、誰かに助けてもらわないと何もできないんだ)

 

 だからこそ余計に自分の無力さが悔しく、悲しく、そして情けないといった感情が湧き上がり、やがて涙という形でアーシアの目から零れていく。すると、アーシアは信仰の師であるニコラスの教えを思い出した。

 

― この世界にある全ての物は主のお作りになられたものです。……主の教えを説く者としてはこの様に教えるのですが、実際には主以外の神々もおられますので当然ながら事実とは異なっています ―

 

 少しだけ気不味そうな表情を浮かべた後、ニコラスはこう続けた。

 

― ですがあえて事実に背く形であってもその様に記されているのは、この世界にある全てのものと私達人間が繋がっているからです。そして真摯に祈りを捧げる事でその繋がりを辿って小さきもの達と心を交わし、ほんの少しだけ力をお借りする事で邪な力や魂を祓い清める。それが本来の悪魔祓い(エクソシズム)であり、悪魔祓い(エクソシスト)としての私はこちらの方を専門としています。また応用としては、お借りした力を別の方向に利用する事もできます。私は心霊医術に使っていましたし、聖剣使いである武藤神父は聖剣の力をより高める事ができます。……アーシア。異端として破門された事で主のご加護を失ってもなお聖霊達に愛されている貴女であれば、本来のものとも私とも違う事ができるのかもしれませんね ―

 

 ここまで思い出した時、アーシアはふとある可能性に思い至った。悪魔祓い(エクソシズム)の真髄は、あくまで小さきもの達と心を交わしてその力を借り受ける事。しかし、誰かにただ借り受けるのはどうしても気が引けてしまう事から、アーシアは未だに力を借り受ける事ができずにいた。

 

(だったら、小さきもの達から力を借り受けるんじゃなくて、小さきもの達に私の力を皆さんの元に届けてもらう様にお願いすれば……!)

 

 そして、その手本となる能力をアーシアは既に何度も見ている。しかも、最初は実際に自分の力を送り届けてもらう形で。自分のやるべき事を見出したアーシアは、身動きが取れない中でそっと目を閉じると静かに祈り始めた。

 

「父と子と聖霊の名の元に、どうか私の力を皆さんにお届け下さい……!」

 

(無理かもしれない。無駄かもしれない。でも、私にはそれしかできない。だから、敵と戦って倒すのではなく、皆さんの、そして私の愛する人が死なない様に心から支える。それが私の意志で選んだ私の戦い方。そして私の生きる道だから)

 

 ……そして、その祈りは確かに届いた。

 

「アーシア?」

 

 追憶の鏡(ミラー・アリス)による椿姫の強烈な一撃からギャスパーを少しで守ろうと覆い被さっていたリアスは、かつてライザーとのレーティングゲームの対戦でアーシアに使ってもらった魔力強化の魔力と同じ力が自分に働いている事に気付いた。

 

「……これなら、いける!」

 

 魔力の強化の具合から残された魔力の全てを振り絞れば何とか防げると確信したリアスは、すぐさまギャスパーに覆い被さるのを止めて振り返り、両手を椿姫に向かって突き出す。そのリアスの行動に驚いたのは、転送用の魔方陣への魔力供給を止めようとしていたギャスパーと爆砕撃の為に長刀(なぎなた)を振り下ろそうとしていた椿姫だ。

 

「部長? ……って、いけない!」

 

 リアスの心変わりに驚いたギャスパーは止めようとした魔力供給を慌てて再開する。そのお陰でどうにか魔方陣への魔力供給が途切れずに済み、カウントも継続していた。

 

「クッ! ですが、如何にリアス様とはいえ残り僅かな魔力でこの一撃は防げませんよ!」

 

 一方、椿姫の方はリアスの消耗具合からたとえ破滅の盾(ルイン・シェイド)を使われても押し切れると判断し、そのまま追憶の鏡に爆砕撃を叩き込む。その瞬間に追憶の鏡は砕け散り、威力が倍増した衝撃波が鏡に映っていたリアスとギャスパーに襲いかかる。

 

「この一撃だけでいい、何とか持ち堪えて!」

 

 それに対して、リアスは破滅の盾を再び全方位に展開する。衝撃波の方に集中して展開しなかったのは、その隙を憐耶に突かれる恐れがあったからだ。だが、その分どうしても魔力の消耗が激しくなる。……その結果。

 

「まさか、あの状況で私の渾身の一撃を防ぎ切られてしまうとは思いませんでした。ですが、リアス様。貴女もこれ以上は……」

 

「えぇ、そうね。私も完全に魔力を使い果たしてしまったわ。お互い、後はもうリタイアを待つだけね……」

 

 残っている力の全てを使い果たしたリアスと椿姫は、既に意識を保つ事すら難しい状態になっていた。そして、まずは椿姫が床に倒れ込み、そのまま意識を失う。

 

『ソーナ・シトリー様の女王(クィーン)、リタイア』

 

 次に床に膝をついた状態だったリアスがそのままギャスパーの方へと倒れ込んだ。既に意識が朦朧としている事から、グレイフィアはこれ以上の戦闘続行は不可能と判断してリアスの強制転移を始める。

 

「ギャスパー、後は頼むわね。……あぁ、憐耶の遠隔攻撃については心配いらないわ。だって、貴方を守る盾はまだ残っているもの」

 

 最後にリアスは笑みを浮かべながらギャスパーにそう伝えると、そのまま転移の光に包まれて消えてしまった。

 

『リアス・グレモリー様、リタイア。よって、これ以降はリアス・グレモリー様の女王である姫島朱乃選手が(キング)の代理となります』

 

 グレモリー眷属の王のリタイアを通告するアナウンスがデパート中に流れる中、異変はシトリー眷属の本陣でも起こっていた。

 

「祐斗の体が、凄いスピードで治ってきてるのか……!」

 

 ただでさえ全身が傷だらけでボロボロになっている所に加えて、瑞貴によって最高純度の聖水を腹の中に仕込まれた事で強制リタイアとなる筈だった祐斗の体が急速に癒されていくのを見て、元士郎は思わず息を飲んだ。しかも、異変は祐斗だけに留まらない。絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)の端末で確認した憐耶が元士郎にその事実を伝える。

 

「それだけじゃないわ、匙君。リアス様と姫島先輩にも、何か加護の様なものが働いているみたいよ」

 

「草下、具体的には?」

 

 元士郎が詳細を伝えると、俄かには信じがたい事実が憐耶の口から語られた。

 

「姫島先輩の方は純粋に雷光の威力が上がったみたいで、会長が切り札のウェーブカイザーで対抗しているみたい。でも、姫島先輩以上に凄いのはリアス様よ。……追憶の鏡を使った副会長の渾身の一撃を、残り僅かな魔力を振り絞った破滅の盾で耐え切ってしまったわ」

 

「……それで、力を使い果たしたグレモリー先輩は副会長と一緒にリタイアしたって訳か。そうなると、向こうの本陣にいるのはギャスパーだけって事になるな」

 

 それだけでも驚きの事実であったが、リアスのリタイアという代償があっただけに元士郎はどうにか納得できた。しかし、それ以上に信じ難かったのはその後だった。

 

「えぇ。それで誰も守る人がいなくなったギャスパー君に早速攻撃を仕掛けているんだけど、何故か攻撃が通らないのよ。どうも、ギャスパー君の周りに強力な防御結界が張られているみたい。それと魔力の質から考えて、私が言ってきた事も今こうして目の前で起こっている事も、全部アーシアさんが一人でやっている筈よ」

 

「なんだって!」

 

 桃のスロウムーブによって時間の流れを遅延させられている状況で一体何をすればその様な事ができるのか、まるで理解できない元士郎は驚きを隠せないでいた。しかし、すぐさま頭を切り替える。今、自分達の目の前には間もなく回復が終わる強敵がいるからだ。しかも残された時間はほんの僅か。……取るべき道は、一つだった。

 

「元士郎。ここは僕達に任せて、今すぐグレモリー眷属の本陣に向かうんだ」

 

 しかし、自分が祐斗の相手をする事を元士郎が伝える前に瑞貴から指示が出されてしまった。元士郎はすぐに反論しようとするが、その前に瑞貴からその理由を語られる。

 

「一誠が転送するまでの残り時間が、既に一分を切っている。今から向こうの本陣に向かっても、僕の足では流石に間に合わないよ。これが実戦なら空間を切る事で向こうの本陣に移動するなり、あるいはそのまま魔力を供給しているギャスパー君を攻撃するなりすればいいんだけど、あいにく今回のルールで空間を切る事自体が明確に禁止されているからね。でも、元士郎が一人で向かえばまだ間に合う可能性がある。……だから、行け! 元士郎!」

 

 瑞貴から今まで聞いた事のない強い口調で改めて指示された元士郎は、この場を瑞貴達に任せる事にした。

 

「……解りました。ここはお願いします」

 

「そうはさせないよ、元士郎君!」

 

 ここで回復が完了した祐斗がすぐさま聖剣を幾つも元士郎の周りに創造すると同時に冥覇の魔極剣(ソード・オブ・アドバーサリー)で元士郎に斬りかかる。しかし、聖剣の方は憐耶が魔力刃を展開した端末をぶつける事で対処する一方、祐斗の直接攻撃の方は瑞貴がすぐさま閻水で形成した聖水の剣で受け止めた。

 

「今までは僕達が祐斗に足止めされていたけど、今度は僕達が祐斗を足止めする番だ」

 

 ここで生まれた膠着状態の隙を突いて、憐耶が瑞貴と祐斗の二人を囲い込む様に防御結界を展開する。……これで、祐斗は結界の中にいる瑞貴と結界の外にいる憐耶の二人を倒さない限り、この場から動けなくなった。

 

「行って、匙君!」

 

 祐斗の封じ込めに成功した憐耶からの後押しを受けて、元士郎は早速走り始める。そのまま後ろを振り返る事無く吹き抜けのアトリウムとなっている天井が直接見える場所まで移動すると、元士郎は黒い龍脈(アブソープション・ライン)の本体を発現している右手を掲げてから天井まで一気にラインを伸ばす。そして、軽くジャンプすると同時に荷物満載の4 tトラックを引き摺り寄せる程のパワーで一気に巻き上げた。その結果、元士郎はほぼ一瞬でデパートの天井まで移動する。

 

「さて、グレモリー眷属の本陣は確かあっちだったな。……流石にここから一度で直接行くのは無理か。だったら、()()で行くしかないよな」

 

 元士郎はそう呟くと、天井からラインを切り離して次の目標地点にラインを伸ばす。そこから再びラインを巻き上げる事で変則的な高速移動を開始した。そうして何度かラインを繋ぎ直しながら移動した所で、元士郎に気付いた朱乃が空中で身動きが取れない一瞬の隙を突いて雷光による強烈な一撃を放つ。しかし、元士郎は右手の黒い龍脈から伸ばしたラインを切り離すと同時に右足の装甲から一階の床にラインを伸ばしてすぐに巻き上げる事であっさりと回避する。

 そうして床に着地した元士郎は邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)を発動すると黒炎を球状に形成・圧縮してから振り向き様に朱乃に向かって投げつけた。大きさこそ野球の硬式球程だが込められている力の大きさに寒気を感じた朱乃はかなり余裕を持って回避する。それでも巫女服の袖が少し焦げてしまった。なお、今朱乃が身に纏っている巫女服は一誠やロシウによって様々な術式が施されている為、並みの防具を遥かに上回る防御力を誇る代物である。それにも関わらず余波だけで焦がしてしまう程の威力に朱乃は息を飲むが、それによって意識が逸れた一瞬の隙を突いて元士郎は攻撃の届かない場所までさっさと移動してしまった。ここであれ程の威力の火球なら壁にぶつかればペナルティが期待できると思い至った朱乃はソーナ達に警戒しつつ振り返って確認したが、火球は壁に当たる前に既に霧散していたらしく、壁には破壊の跡はおろか焦げ跡一つ着いていなかった。

 ……攻撃を受けてからこの場を離脱するまでの元士郎の鮮やかな手並みを見て、朱乃はもはや溜息を吐く事しかできない。

 

「悪魔に転生してからまだ数ヶ月しか経っていないと聞いていたけれど、これを見た人は誰も信じようとはしないわね。それにまだ飛行には慣れていないと聞いていたからこれなら回避できないと思って攻撃を仕掛けたのに、あんな形で対処するなんて……!」

 

 一方、元士郎の主であるソーナも黒い龍脈のラインを用いた変則的な高速移動の元ネタを知っているだけに、やや呆れた様な笑みを浮かべている。

 

「あれは漫画やアニメの中にあったワイヤーアクションをラインで再現したものらしいですよ。本人曰く「俺の黒い龍脈ならできそうなんで、やってみました」との事でしたが、やはりサジもチーム非常識の一員でしたね」

 

 今が正念場であるのに何処か達観した様なソーナの言い様に、朱乃は既にソーナが元士郎に全てを託している事を悟った。……だからこそ、朱乃もまた自分の為すべき事を果たそうと動く。

 

「あら。そういう事でしたら、私達は常識人同士でもう暫く戦いましょうか?」

 

「そうしましょう。私は既にサジに全てを託しました。後はただ、己の為すべき事を果たすのみです」

 

 お互いに言葉を交わしつつ、朱乃はいつでも雷光を放てる様に両手に雷の魔力を迸らせ、一方のソーナも手にしているウェーブカイザーを中央で分離、双剣モードにして身構える。

 

「……ここで「貴女達も既に常識人の枠からはみ出している」と私がツッコんでも、比較対象が一誠達なだけに即座に否定されるだけなんだろうな」

 

 再び雷光と水の()(どう)(りき)が激突する中、やや取り残された感のある翼紗の口から何ともやるせない独り言が溜息と共に零れ落ちた。

 

 ……そして、再びグレイフィアのアナウンスが流れる。

 

『ソーナ・シトリー様の僧侶、リタイア』

 

「……やられたのは、桃か! でも、一体誰が!」

 

 僧侶のリタイアを告げるアナウンスを聞いてすぐに絶界の秘蜂の端末が健在である事を確認した翼紗は、撃破(テイク)されたのは桃である事を即座に悟った。それだけに桃を撃破したのは誰なのか、それが解らなかった。それに対し、ソーナは即座に指示を出す。

 

「翼紗! 今、憐耶から連絡がありました! 桃を撃破したのは、アルジェントさんが何らかの手段で回復させたゼノヴィアさんです! 既に端末を切り落としながらあちらの本陣に帰還しつつあるとの事ですから、貴女がゼノヴィアさんを足止めしなさい!」

 

「そうはさせませんわ!」

 

 しかし、ゼノヴィアの戦線復帰を本人から知らされている朱乃はそうはさせまいと、雷光を翼紗に放つ。翼紗はすぐに精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)を前に出して雷光を防ぐ。しかし、そのせいで完全に足を止められてしまった。

 

「アラアラ。私が「常識人同士でもう暫く戦いましょうか」って言った事、もう忘れちゃったのかしら? 由良さん、貴女だって私達と同じ常識人だから、当然付き合ってくれるんでしょう?」

 

 ウフフと笑みを浮かべながらそう語りかける朱乃であったが、その目は「ここから先は一歩たりとも通さない」と言っていた。

 

(不味いな。この状態で下手に動くと、私がやられる)

 

 アーシアの魔力強化によって威力を増した雷光を実際に防いでみて、翼紗はその様に感じた。

 

「会長、どうやら本当に匙に全てを託す以外にないようです」

 

「えぇ、そうですね。ただ、桃が完全に無力化した筈のゼノヴィアさんが戦線復帰してきたのは完全に計算外でした。これがサジの足を引っ張る様な事にならなければいいのですが……」

 

 最後の最後で詰めを誤ったと、ソーナは密かに思っていた。万全を期すのであれば、椿姫がグレモリー眷属の本陣に突入した事でゼノヴィアとアーシアの無力化を隠す必要がなくなった時点で憐耶に二人を撃破させ、その後でフリーとなった桃を自分達の元へと呼び寄せるべきだったのだ。桃の使用する補助魔法の中には魔法や魔力の軌道を逸らしてしまうものや魔力の発動そのものを阻害するものも含まれている為、朱乃との相性もけして悪くはなかったのだから。

 

「……私も、まだまだですね」

 

 最善手を選び損ねたソーナはそう自嘲すると、すぐに頭を切り替えて朱乃に全力で対処する事を決めた。

 

 こうしてそれぞれの場所で戦いが激しくなる中、グレモリー眷属の本陣にある転送用の魔方陣から浮かび上がるカウントが遂に残り十五となった。その間もギャスパーを仕留めようと絶界の秘蜂の端末が何度も攻撃を仕掛けるものの、ギャスパーの周りにはかなり強力な防御結界が張られており、端末はそれを抜けないでいる。正確には少しずつ削ってはいるので、時間を掛ければ防御結界を抜いてギャスパーに攻撃を仕掛ける事はできる。しかし、その肝心の時間が残り少ない為に憐耶が一誠の転送を阻止するのは実質不可能だった。ただ、シトリー眷属はけして勝利の女神から見放された訳ではない。

 

 ……転送用の魔方陣に、一本のラインが接続された。

 

 それを見たギャスパーが視線をラインの先に向けると、そこにはシトリー眷属の本陣というグレモリー眷属の本陣から最も遠い場所にいた筈の元士郎がいた。驚愕の表情を浮かべるギャスパーに対し、元士郎はニヤリを笑みを浮かべる。

 

(悪いな、ギャスパー。折角ここまで積み上げてきたお前達の頑張りだけど、これで全て台無しにさせてもらうぜ)

 

 後は先程祐斗の対抗策を全て無効化した様に漆黒の領域(デリート・フィールド)の力をラインを通じて魔方陣に送り込み、魔力を削り落とす事で転送用の魔方陣を機能停止に追い込むだけだった。

 

「そうはさせんぞ、匙!」

 

 しかし、それを実行しようとした正にその時、地下駐車場からデュランダルの聖なるオーラを後方に噴き出す事で強引に高速移動したゼノヴィアが駆け付け、まだかなりの距離があるにも関わらず、デュランダルを上段から一気に振り下ろす。それによって聖なるオーラの斬撃が放たれ、魔方陣に接続したラインを断ち切った。いくらヴリトラの復活によって大幅に強化されたラインとは言え、流石に一本だけではデュランダルの一撃には耐えられなかった。

 

「匙。イッセーの転送が終わるまで、私に付き合ってもらうぞ」

 

 不敵な笑みを浮かべるゼノヴィアは再びデュランダルを後方に向けて聖なるオーラを噴き出すと、その勢いで元士郎に体当たりしてそのままグレモリー眷属の本陣から遠ざけていく。

 本来であればデュランダルで斬りかかっている所であり、実際に元士郎を確認した時点ではゼノヴィアもそのつもりでいた。しかし、いざそれをやろうとした時に元士郎と一瞬だけ目が合ったが、元士郎はそのまま視線を元に戻した。その瞬間、ゼノヴィアの背筋に悪寒が走ると同時にある考えが頭を過ぎる。

 

(…ひょっとして、匙はこちらの攻撃を防ぐ気がないのか?)

 

 ただの勘で特に根拠もなかったが、だからこそ正しいと直感したゼノヴィアは、元士郎を斬り伏せるのではなく本陣から離すべきだと判断してラインを断ち切った後の攻撃をデュランダルによる一撃から体当たりへと切り替えたのだ。

 ……ゼノヴィアの勘は、実際に当たっていた。元士郎はゼノヴィアのデュランダルを食らってでも一誠の転送阻止を優先するつもりだった。だから、ゼノヴィアが体当たりを仕掛けてきた事に元士郎は少なからず驚いている。ただ、ゼノヴィアの体当たりを食らう直前に残り時間が十秒を切っていたのを確認しているにも関わらず、元士郎の顔に焦りの色はなかった。

 

『あの娘の読みは中々良かったが、残念だったな。相棒の本命は我の方だ』

 

 その言葉と共に転送用の魔方陣のすぐ側にあるテーブルの影から出てきたのは、実体化したヴリトラだ。元士郎はグレモリー眷属の本陣に到着する直前、自分が一誠の転送を阻止してからギャスパーに奇襲を仕掛けさせるつもりでテーブルの影にヴリトラを送り込んでいたのだ。

 

『予定のタイミングより少々早いが、ここで仕留めさせてもらうぞ!』

 

 ゼノヴィアという最後の盾まで失ったギャスパーに対して、ヴリトラはそう言うと同時にギャスパーに向けて強烈な黒炎を吐き出す。いくらアーシアの防御結界があるとはいえ、流石にこれを防ぎ切る程の力はない。……だが、ギャスパーにはまだ切り札があった。

 

「魔力を流しながらでも、僕のこの目は使えるんだ!」

 

 ギャスパーの持つ神器(セイクリッド・ギア)で本来の代名詞と言える停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)だ。ただし、流石に魔力との併用となる以上はどうしても出力が落ちてしまう。まして、相手は本来の実力とは程遠いとはいえ五大龍王の一角。ほんの数秒でも止める事ができればいい方だった。

 

(でも、そのほんの数秒で十分。……十分なんだ)

 

 停止世界の邪眼によって数秒だけ止まった黒炎だが、やがて防御結界を突き破るとその勢いのままにギャスパーの体を焼いていく。それと同時にギャスパーの体をアーシアの力が癒しているのだが焼け石に水そのものであり、そう遠くない内にギャスパーはリタイアの判定を受ける事になる。しかし、それでも魔力供給を続けるギャスパーの顔は全身の焼ける苦痛で歪む事はなく、それどころか笑みすら浮かんでいた。

 

「僕達の勝利だ……!」

 

 その言葉と共に転送用の魔方陣のカウントがゼロを示し、一誠がバトルフィールドから転送される。そして、審判役(アービター)のグレイフィアから最後のアナウンスが流れ始めた。

 

『兵藤親善大使の転送を確認しました。よって、今回の対戦はリアス・グレモリー様の勝利です』

 

 ……こうして、対戦直前での兵藤一誠考案の新方式へのルール変更というサプライズから始まった若手対抗戦の開幕試合は、王であるリアス・グレモリーがリタイアに追い込まれながらも最後まで転送の手順を途切れさせなかったグレモリー眷属の勝利に終わった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……どうにか、ここまで持って来れました

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十二話 対戦後の四方山話

 若手対抗戦の開幕試合は激闘の末、グレモリー眷属の勝利に終わった。ただ、対戦の内容については薄氷の勝利としか言い様のないものだった。(キング)であるリアス部長がリタイアしたり、転送用の魔方陣への魔力供給を担当していたギャスパー君が攻撃に晒されてリタイア寸前まで追い込まれたりと、何かが一つ違っていれば対戦の勝敗は引っ繰り返っていただろう。相手に押されて危うく躓きかけたリアス部長も最善策を選び損ねたソーナ会長も色々と反省点は多いから、これらを糧に更なる成長を遂げるのだろう。

 

 ……ただそれは少し後の話であって、対戦が終わったばかりの今は何も考えずにただゆっくりと休んでほしいと思う。

 

 そうして転送用の魔方陣に予め転送先として設定されていたVIP席の中央付近に現れた僕を、満場の拍手が出迎えた。三十秒ほど経ってもまだ鳴り止まない拍手の中、イリナとエルレ、レイヴェルの三人が近付いてくる。

 

「お疲れ様、イッセーくん」

 

「一誠、こっちの仕事は俺とレイヴェルで済ませておいたよ」

 

「一誠様、こちらを」

 

 イリナが労いの言葉をかけ、エルレが僕の代理で行った仕事の報告をした後、レイヴェルが代務者の証である外套を差し出してきた。

 

「ありがとう。イリナ、エルレ、レイヴェル」

 

 三人に感謝を伝えてから代務者の証を受け取ると、それを駒王学園の夏服の上から纏った。そして、今回は悪魔勢力に所属する者としての謁見である事から天界所属のイリナにはこの場で待ってもらい、エルレとレイヴェルの二人を連れ立って悪魔勢力のトップであるサーゼクスさんの前に出る。

 

「ルシファー陛下。此度の対戦におきましては私の愚見をお認め頂きました事、心より感謝致します。これで私を見出して頂きましたリアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様より賜りしご厚恩に僅かながらでも報いる事ができました」

 

 その場で跪いて今回の対戦で僕の意見を通してくれた事への感謝を伝えると、サーゼクスさんから今回の件に関する所見を告げられる。

 

「確かにこのサプライズ企画を持ち込んできた時には私も流石に驚いたが、結果は見ての通りだ。兵藤親善大使、愚見などと謙遜せずに堂々と胸を張るといい。それだけの事を君はやってみせたのだからね」

 

「お褒め頂き、恐縮でございます」

 

 サーゼクスさんから好評を頂いた事に対して再び感謝の言葉を伝えると、次にアジュカさんが声を掛けてきた。

 

「今回は短期決戦(ブリッツ)形式だった事とゲーム開始前にシトリー眷属が君を確保した事もあって制限時間の半分も消費しない内に決着がついてしまったが、その短さをまるで感じさせない手に汗握る試合展開だった。そこで、まずはこの新しい対戦方式の名称を教えてほしいのだが……」

 

 アジュカさんから新方式の名称について尋ねられたので、僕は密かに考えていたものを挙げる。

 

「この対戦方式の名は、ロイヤル・エスコートでございます。ベルゼブブ陛下」

 

「成る程。この新しい対戦方式が想定しているのは、私達魔王の様な重要人物を対象とした敵地からの救出作戦。それを踏まえた上でこの名称にしたのは、全ての悪魔は(キング)と見定めた者に対して忠実なる護衛であるべしという君の願いを込めての事かな?」

 

「ベルゼブブ陛下のご明察の通りでございます」

 

 アジュカさんが推測した新方式の名称の所以が正解である事を僕が伝えると、アジュカさんは満足げな笑みを浮かべて頷いた。

 ……ここでアジュカさんが「魔王」と言い切らずに「王と見定めた者」とややボカした表現に留めたのは、解釈によっては冥界に住まう者達を守るべき王と見定める事も可能だと気付いたからだろう。でなければ、「これだから、君は面白いんだよ」と呟いたりはしない筈だ。そして、アジュカさんはここで自らの意向を明らかにする。

 

「実はリアス・グレモリーとソーナ・シトリーが対戦している途中から「この新方式はいつから公式戦で採用されるのか」という問い合わせがレーティングゲーム本戦の運営の方に殺到しているとの事でね。そこでトップランカー数名によるテストマッチを通じて様々な角度から検証を行い、その上でルールの最終調整を行った後にこのロイヤル・エスコートをレーティングゲームの新しい対戦方式として正式に採用しようと考えているんだよ」

 

 アジュカさんの発言によって、この場の大部分を占める悪魔の貴族達が感嘆の声を上げる。反対の声が特に上がらなかったのは、それだけ先程まで行われていたグレモリー眷属とシトリー眷属の試合が高く評価されているからだろう。そして、アジュカさんはそのまま他の魔王様達の意志を確認する。

 

「サーゼクス、セラフォルー、ファルビウム。お前達はどう思う? 俺の考えは今言った通りなんだが」

 

「見ていて面白そうだったから、僕はやってもいいと思うよ。だいたいさ、レーティングゲームに関する事って僕の管轄外だから、ここで僕が口を出すのも何か違うと思うんだよね」

 

「私もいいよ☆ それに今回イッセー君がやった囚われのお姫様役、せめて一回だけでもいいから本物の魔王である私もやってみたいなぁって☆」

 

「私としても特に異論はないな。まだ成熟していない悪魔同士の対戦でもこれだけのグッドゲームになったのだ。レーティングゲームの本戦、特にトップランカー同士の対戦であれば一体どれだけの名勝負になるのか。それが今から楽しみでしょうがないよ」

 

 意外にもファルビウム様が最初に承認する旨を返すと、セラフォルー様とサーゼクスさんがそれに続く形で承認してきた。

 

「では、決まりだな」

 

 四大魔王全員の承認が得られた事でアジュカさんがそう宣言すると、先程と変わらない程の大きな拍手が始まった。正直な事を言えば、ロイヤル・エスコートはこの場限りでも構わないと思っていた。しかし、実際に皆にやってもらって気付いたのだが、このロイヤル・エスコートには色々な可能性が秘められている。例えばワンデイ・ロング・ウォーと組み合わせる事で護衛対象の捜索方針に始まり、本陣までの護送ルート、更に転送終了までの護衛プランの設定と戦略性が著しく増す上に防御や補助、更には諜報や索敵などレーティングゲームでは余り脚光を浴びない裏方となるサポートタイプが重要な役割を担う事になる。この様にルールの設定の仕方によっては、ただ力任せに敵を殴り倒すだけではけして勝てない様にする事もできるのだ。

 ……それにレーティングゲームに関しては自分の手を完全に離れている事もあって興味を殆ど失っていた筈のアジュカさんが積極的に動いたのを見ると、ロイヤル・エスコートの可能性に気付いて再び興味が湧いてきたのかもしれない。

 こうして満場の拍手の中で僕のサーゼクスさん達への簡単な謁見が終わり、僕達がイリナの元へと戻ったところでVIP席にいた方達が所々で集まって今回の対戦について色々と話し始めた。これによって僕達への視線の数が一気に減ったのを受けて、僕の後ろに控えていたレイヴェルが話しかけてくる。

 

「これでまた一つ、一誠様の功績が増えましたわね」

 

「別にこれを狙っていた訳じゃないよ。ただ実際にやってみた結果として、ロイヤル・エスコートには想像以上に多くの可能性が秘められていたってだけなんだ」

 

 別に点数稼ぎの為でなかった事を伝えると、レイヴェルはクスクスと笑い出した。

 

「世の中、得てしてそういうものですわ。それにしても、一誠様が読み違えるなんて珍しい事もあるのですね」

 

「そんな事は別に珍しくとも何ともないさ。僕だって何度も読み違えたからこそ、それを二度と繰り返さない様にレイヴェルが誤解するくらいには読みの精度を上げ続ける事ができた。ただそれだけの事だよ」

 

 微妙に誤解しているレイヴェルにそう言うと、レイヴェルは納得したらしくウンウンと軽く頷いた。

 

「頭も体も使い続けていかないと、どんどん鈍ってしまって上手く働かなくなりますものね」

 

 ……その言葉、できれば一度ゼノヴィアに聞かせてやってほしい。

 

 イリナからゼノヴィアの悪癖について聞かされていた僕がそう思っていると、イリナがその考えをそのまま口に出してしまった。

 

「その言葉、一度ゼノヴィアに言ってほしいわ。ゼノヴィアって、自分一人か周りに頼れる人がいない時は結構思慮深いところがあるけど、そうでない時には考える事を人に任せて怠けちゃうんだもの」

 

「確かに、ゼノヴィアさんにはその様な言動が度々見受けられますわね。一誠様の騎士(ナイト)になる事をお望みであるのなら、それではいけないというのに……」

 

 レイヴェルはそう言うと、最後に溜息を一つ吐いた。そこにエルレが話に加わってくる。

 

「でも、今回の対戦じゃそれなりに考えて動いていたと思うぞ。元士郎と対峙した時だって、あの時元士郎を直接斬りに行っていたら、ほぼ間違いなく一誠の転送を阻止されていただろうからね。それをとっさの判断でラインだけ切った後は本陣から遠ざける様に動いたんだから、ゼノヴィアは頑張った方だよ。まぁヴリトラをギャー坊のすぐ側にあったテーブルの影に潜ませていた元士郎の方が一枚上手だったんだけどね」

 

 ……自分で考えて実行した事が上手くいった事への喜びとそれでも一歩及ばなかったという悔しさの両方を知った今のゼノヴィアであれば。

 エルレのゼノヴィア評を聞いてそう判断した僕は、ゼノヴィアの指導方針に新たな方向性を打ち出す事にした。

 

「それなら、今の内にゼノヴィアにロシウを講師とする戦術と戦略の授業を受けさせようかな? 鉄は熱い内に叩けってね」

 

「いきなり私達と一緒にハーマ様から教えを賜るのは流石に無理がありますものね。それでよろしいかと」

 

 レイヴェルがゼノヴィアの指導方針に納得して頷いた所でちょうど話が一段落着いたのだが、それに合わせたのだろう。アザゼルさん達がこちらに近付いて来た。

 

「ヨウ、イッセー! 今回も派手にやらかしたなぁ。まぁこの対戦で何かやるってのは聞いていたんだが、まさか全く新しい対戦方式を作戦時間中にサプライズでブチ込むとは流石に思ってなかったぜ」

 

 開口一番そう言って来たアザゼルさんに対して、まずは軽く挨拶を入れる。

 

「これはアザゼル総督。此度はお楽しみ頂けた様で何よりでございます」

 

「オウ、楽しませてもらったぞ。それに人工神器(セイクリッド・ギア)を貸し出した連中がそれぞれの場所で活躍してくれたお陰で、そっちとの技術提携が上手くいったと胸を張って言えるだけの成果も得られた。神の子を見張る者(グリゴリ)の総督としても、今回の対戦は十分に満足できるものだったぜ」

 

 そう語るアザゼルさんは本当に上機嫌だ。それだけ今回の対戦で得られた成果が大きかったのだろう。次にヴァーリが話しかけてきた。

 

「俺もそれなりには楽しませてもらったぞ。色々と興味深いものが見られたからな」

 

 ……それなりには、か。

 

「中々に辛口の評価だな、ヴァーリ。瑞貴の全力が見られなかったからか?」

 

「そちらの方は最初から諦めていたよ。ギャスパー・ヴラディに一切の制限が掛かっていないのならともかく、今の木場祐斗では流石に武藤瑞貴に全力を出させる所まではいかないからな。全力が見られなくて残念だったのは、むしろ匙元士郎の方だ」

 

 今回の対戦で注目していたのは瑞貴でなく元士郎の方だったというヴァーリの答えを聞いて、僕は納得していた。確かに今回の対戦において、元士郎は僕の護衛を最優先していたし、グレモリー眷属の本陣に連れ去られた後は祐斗の足止めを食らった事もあって前線で暴れる機会が殆どなかった。それだけに期待外れに終わった事で全体の評価が少々辛口になっても心情的には仕方がないのだろう。そう思っていると、アルビオンが話に加わってきた。

 

『ただ、今回初めて見せた「ラインによる変則的かつ立体的な高速移動」についてはヴァーリも素直に感心していたぞ』

 

「尤も、白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を持つ俺には通用しないがな。ただ、あの男の事だ。移動に使用するラインを見せつける一方で目視が困難な程に細いラインを使った罠の十や二十は軽く仕込んでくる筈だ。それが解っただけでも、このゲームを見る価値が十分にあったよ」

 

 アルビオンから元士郎のラインを用いた立体機動をヴァーリが評価していた事を聞かされ、ヴァーリもそれを軸にした戦術の可能性を垣間見た事でそれなりとはいえ楽しめた事を伝えられた僕は、ここである疑問をぶつけてみた。

 

「成る程。ただ、元士郎だけだと「色々と」が余分になるな。それは何処から出てきたんだ?」

 

「確か、花戒桃だったか。もう一人のソーナ・シトリーの僧侶(ビショップ)の名前は。彼女の補助魔法は俺から見ても中々のものだった。だから、早速盗ませてもらったぞ」

 

 そう言って、ヴァーリは魔方陣を手元に展開してみせた。……あの術式を最後まで進めると、時流加速魔法であるクイックムーブが発動する。魔力の応用で再現できる補助魔法を見取り稽古の形で盗み取ったという事か。本当に抜け目のない男だ。この辺り、父親的存在であろうアザゼルさんにそっくりだと心から思う。

 

「忘れていたよ、ヴァーリ。お前が魔導においても天才だったって事を」

 

『実際にドライグだけでなく姉者をも宿しているお前と戦う場合、姉者の能力で私の能力が全て無効化される。それを承知の上で真っ向から挑むのであれば、ヴァーリは白龍皇の能力とは別の戦う手段を講じなければならない。その意味では実にいいタイミングだったぞ』

 

「尤も、この場で盗めたのはあくまで対オーフィス戦で一度直接見た時流加速魔法だけで、残りは流石にモニター越しでは無理だったんだがな。まぁアザゼルの話だと向こうで一般的な魔法については既に術式の提供を受けているとの事だから、まずはそちらを押さえる事にするさ」

 

 逆に言えば、モニター越しでなければ魔力の流れや術式の詳細な構成を把握した上で盗み取る事ができるのだから、ヴァーリもまた規格外の天才という事だろう。しかも歴代白龍皇の誰よりも強くなる事に貪欲と来ている。……十年後には素でサーゼクスさん達の領域まで駆け上がってきそうなヴァーリの天才ぶりに、僕はただ溜息を吐きたくなった。

 

「ヴァーリ、僕が向こうの魔法を呪文書なしで使える様になるまで結構時間がかかっているんだぞ。それを半分以上省略するなんて、正直に言えばお前の底なしの才能が羨ましいよ」

 

 称賛と羨望が入り混じる複雑な感情を抱きながら僕がそう言うと、ヴァーリは何故か呆れた様な表情を浮かべる。

 

「その台詞、二十年にも満たない人生で歴代赤龍帝の全てを継承したというお前にだけは言われたくないな。俺も流石に一般的な学問や音楽といった戦いに直結しないものまで身につけようとは思わないし、おそらくは無理だろう。そんな無理難題を迷いなく始めて、そして最後までやり通せるのがオーフィスも認めたお前の強さなんだろうな」

 

 ……ロシウや計都(けいと)から魔導や道術の奥義をまだ教わっていないし、教えるつもりはないとハッキリ言われているので全てとは到底言えないのだが、ここで言ってもしょうがないので訂正はしない事にする。そこで、義父上の旧友であるウォーダン小父さんとヌァザ様のお二方が僕に声を掛けてきた。

 

「ホッホッホ。一誠や、今日はとても良いものをみせてもらったぞい」

 

「ウム。それについては儂もオーディンに同意しよう」

 

 お二方のお褒めの言葉に、僕は感謝の言葉を伝えてから頭を下げてお辞儀する。

 

「勿体無いお言葉、誠にありがとうございます。オーディン様、ヌァザ様」

 

「……ここでプライベートでの呼び方をするのは流石に不味いか。仕方ないのぅ」

 

 ウォーダン小父さんが物足りなさそうな表情を浮かべて溜息を吐くが、こればかりは仕方がないので我慢してもらうしかない。そこで、ヌァザ様の口から意外な言葉が飛び出してきた。

 

「さて、二代目(セカンド)。眷属選考会は確か二日後だったな?」

 

 ヌァザ様のこの発言に周りがざわつき始めた。本音を言えばここでそれを言ってほしくはなかったのだが、こうなるともはや隠し通すのは不可能なので肯定するしかない。

 

「ヌァザ様の仰せの通りです。ですが、眷属希望者には選抜試験の連絡を入れる際に他言無用と伝えております。故に本来であればヌァザ様を始めとする外来の方々がお知りになる事などあり得ない筈なのですが……」

 

 知る手立てのない眷属選考会の開催日を知っていたヌァザ様の事を怪訝に思ったが、僕の身近に伝手となり得る者がいた事に気付いた。

 

「……セタンタでしょうか?」

 

「二代目よ、セタンタはそなたの言いつけ通りに口を閉ざそうとしたのだ。それを儂が無理に聞き出したのだから、どうかヤツの事を叱らないでやってくれ」

 

 非はセタンタでなく自分にあると断言されてしまった以上、僕からはもう何も言えなくなってしまった。

 

「ヌァザ様がそう仰せであれば、此度の事は不問に致します」

 

 溜息混じりにそう伝えると、ヌァザ様も流石にバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「済まぬな、二代目」

 

「いえ、私も些か口が過ぎました。お許し下さい」

 

 こうしてお互いに謝罪した事でこの話はここまでと手打ちにした。

 

「あの、オーディン様。かつてはダーナ神族の王であられたヌァザ様に対して全く気圧されずにお話しになっていますけど、兵藤親善大使って本当に私よりも年下なんですか?」

 

「エギトフとクレアの話ではその筈なんじゃのぅ。あれだけ堂々としておるのを見とると、とても信じられんわい。これで実はバルドルやヴィーザルと同世代だと改めて言われたら、儂は疑うどころか納得と共に受け入れてしまいそうじゃ」

 

「どれだけ若くても、妻子持ちになるとやっぱり肝の据わり方が違うんでしょうかね? ……紫藤さんとベルさんが羨ましい」

 

 ……かすかに聞こえてくるウォーダン小父さんとロスヴァイセさんのひそひそ話の内容に、僕はただ苦笑するしかなかった。それを何となく悟ったのか、ここでアザゼルさんが話題を変えてきた。

 

「しかし、初代バアルはもちろんの事、オーディンの爺さんにハーデス、更にはヌァザ殿とネビロスの爺さんの顔は一体どれくらい広いんだ? イッセーはイッセーで日本に限定すれば俺達以上に顔が広いし、ここまで来るとお前さん達だけで大半の勢力と話ができそうだな。全く、とんでもねぇ話だぜ」

 

 このアザゼルさんの強引な路線変更にウォーダン小父さんとヌァザ様が乗ってきた。

 

「それについてはアザゼル坊の言う通りじゃな。腐れ縁の儂とてエギトフの知り合いを全て知っておる訳ではないからのぅ。まぁ、昨日は一誠の顔の広さの方に驚かされたんじゃがな」

 

「ウム、ドライグを直接知っている儂とて()()には流石に驚いた。世界は想像以上に広いのだと、この歳になって改めて思い知らされたわ」

 

 お二人の反応を見たアザゼルさんは訝しげな表情を浮かべると、僕にどういう事か尋ねてきた。

 

「おい、イッセー。一体何の話だ?」

 

「実は……」

 

 そこで僕が事情を説明しようとすると、別の方から声を掛けられた。

 

「よー、幼き(つわもの)。今日は楽しませてもらったぜ。ま、昨日程じゃなかったンだが、流石に()()と比べるのは野暮ってヤツだろうさ」

 

 幼き兵と声を掛けられた方を向くと、そこには五分刈りの頭に丸レンズのサングラスを掛け、首に数珠を巻いたアロハシャツ姿の男性がいた。

 

「帝釈天様、お楽しみ頂けた様で何よりでございます」

 

 ……そう。この方の名は帝釈天。インド神話においてはインドラという別の名前を持つ須弥山勢力の主神にして、あらゆる神話勢力を視野に入れてもなおトップクラスに位置する武神でもある。それ程の方が凄く上機嫌で僕と肩を組むと、バンバンと肩を叩いてきた。

 

「それにしても、昨日のお前はホントに凄かったなぁ! お陰ですっかり盛り上がっちまって、途中から俺も思わず参戦しちまったZE! それでも最終的には負けちまうンだから、()()()はやっぱとんでもねェ! ま、俺としちゃ久々に本気の全開でギッチギチにやり合ったから大満足だけどな!」

 

 僕に対して明らかに親しげな態度を示す帝釈天様を見て、アザゼルさん達は呆気に取られている。すると、帝釈天様と一緒におられた方が声を掛けてきた。

 

「一誠よ、久しいな」

 

 ……おそらくは打ち出の小槌を使ったのだろう。僕の記憶にあるものよりかなり小さくなってはいるが、あの戦いを通して己の過ちを認めた後の威厳に満ちたお姿は三百年の時を経てもなお変わっていなかった。僕は帝釈天様が組んでいた肩を放して頂いたのに合わせて最敬礼の形で深くお辞儀すると、再会の挨拶を始める。

 

「お久しぶりでございます、伐折羅(バサラ)王様」

 

「ウム。ダイダや風神達から既に話を聞いてはいたが、この目で一度確認しようと思ってな。帝釈天殿と()()に無理を言って急遽代わってもらったのだ」

 

 そう言って、伐折羅王様は僕の目をジッと見始める。そのまま十秒ほど経つと、伐折羅王様は満足げに頷いた。

 

「一誠よ。確かにダイダ達の言った通りであった。誠に良き男に育ったな。桃太郎達もまた草葉の陰で喜んでいよう」

 

「伐折羅王様。お褒めの言葉、有難く頂戴致します」

 

 鬼の言葉には一切の嘘がない。だからこそ、伐折羅王様に褒められた事が凄く嬉しかった。

 

「あ~、イッセー。話があまりに急過ぎて、俺達は完全に置いてけぼりを食らっているんだが……」

 

 頭を掻きつつ心なしか申し訳なさげにそう言って来たアザゼルさんに応えたのは、僕ではなくエルレだった。

 

「あぁ、確かに昨日ネビロス邸にいなかった総督達は解らなくてもしょうがないよな。正直な話、その場にいてイリナから説明を受けた俺ですら今でも信じられないからな」

 

「……どういう事だ?」

 

 エルレの言葉にヴァーリは首を傾げるが、アザゼルさんは何かに勘付いた様で帝釈天様に尋ね始めた。

 

「帝釈天殿、一つ確認してもよろしいか?」

 

「何だ、アザ坊。随分と神妙な面をしてるな。ひょっとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事でも確認してェのか? だったら、その答えはYESだぜ」

 

 しかし尋ねたかった事を帝釈天様が先取りした上で答えを返してしまった事で、アザゼルさんはとても深い溜息を一つ吐いた。

 

「……納得したよ。本人じゃないが、その次に強いダイダ王子の戦いっぷりは実際にこの目で見たからな。エルレの信じられない気持ちがよく解るぜ」

 

「アザゼル小父さん?」

 

 アザゼルさんのガクッと肩を落とした様子に今度はクローズが首を傾げるが、ヴァーリはここでハッとした素振りを見せる。……ヴァーリには一度話をした事があったから、その可能性に思い至った様だ。

 

「まさか、そういう事なのか?」

 

 その様子を見た帝釈天様はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どうやら気付いた様だな、白龍皇。いや、白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)と呼んだ方がいいか?」

 

 そして、そのまま昨日あった事を話し始めた。

 

「昨日な、俺の知る限りでも間違いなく史上最強の鬼が俺と一緒にこっちに来たんだが、この機を逃すと次の機会がいつ来るのか解らんって事で幼き兵とガチでやり合ったのさ。場所は幼き兵が個人で持ってるっていう異相空間で、名前は確か箱庭世界(リトル・リージョン)だったか? その場には俺とそこのお嬢ちゃん達の他にネビロス夫婦、後はネビロスの邸に来ていたオーディンにヌァザ、ハーデスも立ち会っているぜ」

 

 ここで尽かさず、アザゼルさんが疑問をぶつける。

 

「なんでそこでハーデスの名前も出てくるんだ? ……いや、話を聞いた限りじゃハーデスは冥界の先住民であるネビロスの爺さん達を特別視してるんだったな。それにイッセーの事もかなり気に入っている様子だったし、そんな二人が養子縁組で親子になったって聞けば当然会いに来るわな」

 

 結局、自分で答えに辿り着いたアザゼルさんは再び溜息を吐いた。この僅かな時間で一体何回溜息を吐いているのだろうか? ……度重なる心労で体裁を繕う余裕すらなくなってしまったアザゼルさんの事が次第に心配になってきた。

 

「それで、その続きは? 正直に言えば、その先を聞くのがスゲェ怖いんだが……」

 

「ま、アザ坊の想像した通りだ。唯でさえ神器抜きでも戦闘専門の神と同等クラスの奴と互角にやり合える幼き兵が赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)も噂の真聖剣もフルに使ったってのに、それでもアイツの方が圧倒してたぜ。流石は向こうの須弥山の主ってとこだな」

 

 アザゼルさんに促される形で帝釈天様が続きをお話になったところで、ヴァーリが感嘆の声を上げる。

 

「参ったな、想像以上だ」

 

『ウム。全盛期の私やドライグ、それに今の姉者とクロウ・クルワッハならば同じ事ができるだろうが、まさか私達の他にも実際にやれる者がいたとはな。単騎で私達二天龍と渡り合えるという一誠の目利きは正しかったという事になる』

 

 アルビオンも納得の声を上げる一方、アザゼルさんは相当に胃が痛い様でお腹に手を当てる素振りを隠そうともしていない。

 

「こりゃ、いよいよ総督の俺が主体になって話を進めないといけなくなったな。今までとはまた別の意味で地獄の鬼族を敵に回せなくなっちまったぞ。まさか、この俺が胃痛に苦しむ事になるとはな……」

 

 ……後でロシウ特製の胃薬をアザゼルさんに渡しておこう。

 

 心の中でそう決めた所で、帝釈天様は話の続きを語り始めた。

 

「そして、そんな劣勢の中でも幼き兵は一歩も退かずに闘い続けたンだよ。三百年前にアイツが語った通りだったって訳だ。そんなのを目の前にしてよ、戦の神が盛り上がらない訳がねェよな。……で、後は最初に言った通りさ」

 

 昨日あった事についてそう締め括った帝釈天様に対して、クローズは()()()について正直に尋ねる。

 

「あの、それでイッセー兄ちゃんが闘った人って誰なの?」

 

 明らかに一勢力の長に対する言葉遣いでなかったが、流石に幼いクローズを叱責する訳にもいかず、帝釈天様は苦笑しながらもクローズの質問に答えた。

 

「……三千大千世界。俺は縮めて三千世界って呼んでるんだが、神や仏にすらケンカを売れる奴がゴロゴロいる鬼族の中でも文句無しで最強の男だ」

 

 ……僕の知り得る限りでも次元違いの強さを誇る存在の名前が、初めて公の場で明かされた瞬間だった。

 




いかがだったでしょうか?
……実は一誠にとって前日の方が大変だった、という話です。
では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十三話 野に在りし益荒男達

2018.7.29 タンニーンに関する記述を訂正


Side:アザゼル

 

 リアスとソーナの対戦から二日が経った。この日、上級悪魔に昇格するイッセーの眷属候補を決める眷属選考会が開催された。現在はレーティングゲームにも使われている使い捨ての異相空間に設置されたイッセー達謹製の迷路に眷属希望者が挑んでいるところだ。なおこの迷路用の位相空間は十個用意されており、それぞれに希望者が百人いるから一度に千人試験する事が可能だ。それに既に二度目の試験に入っており、これで全員の試験が終わる。一度目の試験では迷路の攻略者は一人も出なかった。まぁ上級悪魔でも相当の実力者でないと攻略不可能な難易度だからな。そうなっても何ら不思議じゃねぇし、()()()()()()()()()()このまま攻略者がゼロでも全くおかしくない。

 ……本来なら、この眷属選考会は極秘で行われる予定だったからここまで大袈裟な事をやる必要はなかった。イッセーが求めているのは対オーフィス戦における即戦力である以上、派閥やら家格やらを一切考えずに実力重視で選びたかったからな。しかし、二日前にヌァザがVIP席でバラしちまったせいで貴族連中に知られてしまい、その結果として昨日一日だけで送られてきた書類の数が一気に増えて最終的には二千近くにまで膨れ上がっちまった。おそらくは少しでも自分達との繋がりがある奴を片っ端から送り込んできたからだろうが、余りにも節操がなさすぎる。

 ただ、ここ最近のイッセーの事を考えると貴族連中が形振り構わず動くのも無理はねぇんだがな。何せ唯でさえ魔王の代務者として聖魔和合親善大使を務めている冥界の若き俊英としてその名を知られ始めた所に、悪魔に転生したが龍王としての強さは未だ健在であるタンニーンを相手に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)と真聖剣を温存してなお完勝、そのタンニーン本人の推薦もあって眷属悪魔としては史上最短期間での上級悪魔への昇格を決めたんだ。そこに来て龍王の半数と召喚契約を交わしているわ、腹違いとはいえ悪魔勢力における最大派閥を取り仕切る大王家の現当主の妹と婚約するわ、果ては冥界の生きた伝説であるネビロスの爺さんから直々に養子として迎え入れられるわで、イッセーの立場はもはや四大魔王や大王家であってもそう簡単には覆せない程に盤石となった。

 ……しかも、だ。俺は今、選考会の様子をモニターで確認できる様に用意された審査員席にいるんだが、ここにいるのはイッセーやネビロス夫婦、それに四大魔王の代表としてここに来ているセラフォルーだけじゃない。

 

「……親善大使としての直接の上司に当たるセラフォルーはともかく、何でアンタ達までここにいるんだよ? こう言っちゃなんだが、あくまで一個人の眷属候補を決める選考会でしかないんだぞ。さっさと帰って仕事しろよ」

 

 俺は横に座っている連中にそう言ってみた。……だが、こんな言葉一つで帰ってくれる様な素直な連中でない事を俺はよく解っている。

 

「ホッホッホ。その一個人が今や超の付く大物だからじゃよ。しかも今後の事も考えると、一誠の元に馳せ参じる者を直に見ておくのはけして悪い事ではなかろうて」

 

「儂はそもそも隠居の身だ、向こうに帰ってもやる仕事なんぞない。それに事がここまで大きくなったのは、一昨日に口を滑らせた儂のせいだ。ここにおるのはその詫びも兼ねている」

 

 まぁ、オーディンとヌァザはいいさ。ネビロスの爺さんの旧友だけあって養子に迎え入れられたイッセーの事を甥っ子の様に見ている節があるし、口に出した理由も一応は筋が通っているからな。

 

「HAHAHA。いちいち細かい事を気にするンじゃねぇよ、アザ坊。だいたいな、あの「幼き(つわもの)」が自分と共に戦う眷属を選ぶンだぞ。こっちとしちゃ気にならねェのがおかしいってモンだZE」

 

 帝釈天も完全に個人的な興味が目的になってはいるが、理解はできるさ。俺だって、もし今回の件で選ばれる奴が出てくるんだったら、やっぱり気になってしょうがないからな。それに帝釈天本人にはイッセーともネビロスの爺さんとも直接の面識はなかったが、イッセーが友人(ダチ)である三千世界の知り合いだったのと実際に三千世界と真っ向からやり合うイッセーの姿を目の当たりした事でイッセーの事を気に入っている節があるから、こっちもまぁ問題ねぇだろう。

 

『私はむしろ逆だな。コウモリ共が余計な真似をせぬ様に見張りに来たのだ。それにしても、養子殿はコウモリ共への気遣いが過ぎる。書類選考の時点で取るに足らぬと明らかに解る者など「オーフィスと戦う眷属としては余りにも力不足」と問答無用で落としてしまえばいいものを』

 

 ……あぁ。正直な話、できれば俺もそうしたいし、イッセーにもそうしてほしいと思っている。ただな、ハーデス。それをお前が言うと、何か胡散臭いんだよ。いや、イッセーの今後に関わる事だからマジで言ってるのは、俺も解っちゃいるんだがな。

 

「桃太郎達の事を直接知っている儂としては、弱さの中に強さを秘めた者もいるのではないかと少し期待しておるのだがな」

 

 そんな中で前向きな意見を言ってくれたのは、二日前に冥界に出向いてきた伐折羅(バサラ)王だ。……あのダイダ王子の親父だけあって、威風堂々って言葉がよく似合っている。それにこの際だからと昨日の早朝トレーニングで軽く手合わせしてみたんだが、俺やバラキエル、セラフォルーだと三人がかりでもまるで相手にならなかった。この分だと(ダウン・フ)(ォール・)(ドラゴン・)(アナザー)(・アーマー)に加えて閃光(ブレイザー・)(シャイ)暗黒(ニング・オア)(・ダー)龍絶剣(クネス・ブレード)もデッド・オア・アライブ込みでフルに使わないとかなり厳しいな。因みに、伐折羅王は俺達とやり合った後にヌァザとちょっとした運動代わりに軽く手合わせしていたが、ヌァザと何ら見劣りしない強さを見せつけていた。日本神族に近しい地獄の統治者である閻魔大王の上に立つ鬼族の王として何ら恥じない強さを、伐折羅王は確かに持っていた。

 ……それだけに、二日前の対戦が終わった後での出来事が余計に衝撃的なものへと変わっちまうんだよなぁ。

 

 

 

 リアスとソーナの対戦が終わり、VIP席にいた観客達も満足して帰っていった後、俺はヴァーリとクローズを伴ってオーディンやヌァザ、更にはハーデスと帝釈天も宿泊しているというネビロス邸に向かった。これには三千世界の事を耳にしてぜひ会っておきたいというサーゼクスの他、急遽冥界を訪れて三千世界と交代する形で帝釈天の同行者になったという伐折羅王も同行している。そうしてネビロス家の執事長とアウラに出迎えられた俺達は暫く邸の主であるネビロスの爺さんと話をした後、中庭で瞑想中という三千世界に会いに行く事にした。そこで俺達は芝生の上に直接座禅を組み、目を閉じて瞑想している存在を目の当たりにした。

 鍛え上げられた肉体はくすんだ焼鉄色(やきてついろ)をしており、背丈は3 m程と人型としてはそれなりに大きい方だ。その一方で、整える事無く伸びるに任せた緑髪の頭には三つの顔があり、それぞれの額には二本の角が生え、裂けた大口から鋭い牙を覗かせている。その姿は異形の者が少なからずいる悪魔から見ても異質だろう。しかし、その気配は厳かながらも穏やかである事からそこら辺にいる神々よりも神々しさを感じる。そして何より、その恐ろしい外見からは余りにもかけ離れた気配を放っているにも関わらず、違和感がまるでないという事実が到底信じられなかった。

 ……これがイッセーをして「単騎で二天龍と渡り合える」と言わしめ、またイッセーが持てる力のほぼ全てを使って挑んでもなお圧倒され、更に途中から強者ランキングで一桁台に入る帝釈天と二人がかりで挑んでも敵わなかったという史上最強の鬼、三千世界か。俺も一万年を超えて生きてきたが、ここまで色々な意味で桁の外れた存在を目の当たりにしたのはそれこそオーフィス以来だ。実際に会った事がねぇから断言はできないが、あるいは二天龍はおろかあの破壊神にすら匹敵するかもしれねぇとその時の俺は思った。

 

「おい、イッセー。お前、本当にあんなの相手に途中までたった一人でやり合ったのか?」

 

 だから、俺はつい三日前にガチでやり合ったというイッセーにあえて確認を取った。すると、イッセーは当然の様に頷きながら答えを返してきた。

 

「はい。僕自身、何処までやれるかを一度しっかりと確かめてみたかったので」

 

『お陰でもう一ヶ月は寝ているつもりだったのが、いきなり叩き起こされる羽目になってな。それで今は俺の代わりにグイベルが眠っているという訳だ』

 

 本来ならまだ寝ている予定だったドライグもイッセーに続いて答えた事で、それが紛れもない事実である事がハッキリした。

 

「ホッホッホ。儂もヌァザもあの時の戦いに立ち会っておったんじゃが、年甲斐もなく血が滾ってのぅ」

 

「その後、儂もオーディンと組んで三千世界に戦いを挑んでみたが、まるで歯が立たなんだ。先程も言ったが、世界は想像以上に広いとこの歳になって改めて思い知らされたぞ」

 

 ……北欧神話の主神とかつて神々の王を務めた歴戦の戦神が二人がかりでも勝てないって、正直シャレになってねぇんだが。

 

『私は閻魔大王や伐折羅王から三千世界の事を聞かされていたのでな、話に何ら違わぬ強さにむしろ納得してしまったぞ。それだけに、圧倒的な力量差を前にしてもなお怖じる事なく戦い続けた養子殿の勇ましさが際立っていた。アレ程の勇ましさであれば、あのオーフィスを撃退できたのも頷ける』

 

 流石にハーデスは三千世界の事を話には聞いていたらしく、三千世界に戦いを挑みこそしなかったがその強さは十分に納得のいくものだったらしい。その上で圧倒的格上相手に最後まで戦い抜いたイッセーの事を褒めていた。……いくらお気に入りだった奴が旧友の養子になったからって、流石に少しばかり露骨過ぎるんじゃねぇのか? そんなハーデスのイッセーに対する特別扱いに俺が眉を(ひそ)めていると、アルビオンがドライグに三千世界と戦った感想を尋ねる。

 

『それでドライグ。実際に一誠と共に三千世界と戦ってみた感想は?』

 

『端的に言えばアリスとベルセルクとロシウを足し合わせた様な存在だな。ハッキリ言って、グイベルとは相性が悪過ぎる。それで一誠は完成した真聖剣だけでなく、俺を叩き起こしてからグイベルと交代させた上で赤龍帝の籠手もフルで使ったという訳だ。当然、真聖剣の七種の能力にDouble Dimension、極大倍加(マキシマム・ブースト)、更には格闘系の最大火力である龍拳も使っているぞ』

 

『つまり、我等の肉体の強さにあの二人の経験と技術が加わっている様なものか。一誠が姉者の波動を除く全ての力を使ってもなお圧倒される訳だな』

 

『因みに真聖剣の奥の手である最終幻想(ラスト・ファンタズム)だが、一誠は「武の技量で負けている以上、威力だけを引き上げてもまず通用しない」と判断してあえて使わなかった。実際、俺から見てもまともに当たるとは到底思えなかったからな。一誠の判断は正しかったと言えるだろう。……一誠が六年前に経験した戦いがどれだけ過酷だったのか、この戦いを見て俺もようやく理解できたよ』

 

 何だよ、それは。桁外れにも程があるだろうが。

 

 およそ千年前に二天龍と実際に戦い、ここ最近になってイッセーやアリスだけでなくロシウの爺さんやベルセルクとも模擬戦でやり合う様になった俺にしてみれば、ドライグとアルビオンの言葉にただ唖然とするしかなかった。そんな中、今まで瞑想していた三千世界が目を開けて初対面である俺達に視線を向けると自ら名乗り始めた。

 

「この邸の主のお客人か。我が名は三千世界。旧き友と語らい合う為、帝釈天殿の供としてこの地に参った者なり。だがその目的も既に満足のいく形で果たし、後はただ伐折羅王様を地獄へとお送りしてから須弥山へと帰るのみ」

 

 三千世界が淡々と名乗りを終えると、ドライグが三千世界に自ら挑戦する旨を伝える。

 

『待て、三千世界。その前に俺と一度戦ってもらうぞ。真覇龍(ジャガーノート・アドベント)がある今なら、俺が直接戦う事ができるからな』

 

 ドライグからの挑戦に対し、三千世界は即答で快諾した。

 

「面白い。その挑戦、受けて立とうではないか。折角の機会だ。一誠と共に歩むという赤き龍の力と心、この目でしかと確かめさせてもらおう」

 

『あぁ、けして期待外れなんて事にはならんから安心しろ。……ククッ。戦いを前にここまで血が滾るのは、それこそアルビオン以来だな』

 

 こうして俺達の目の前で最強の鬼と二天龍の一頭である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)の対戦が決まる中、ヴァーリが不敵な笑みを浮かべる。

 

「あの赤い龍が戦いを前に血を滾らせる程の相手か。真覇龍完成へのモチベーションがこれで更に上がったな」

 

『頼むぞ、ヴァーリ。あのドライグにここまで言わせた相手だ、でき得るなら私も直接戦ってみたい』

 

 アルビオンもアルビオンで、おそらくはドライグ以来となる強敵の出現を大いに歓迎している。……この分だと、クロウ・クルワッハが三千世界の存在を知ったら、すぐにでも須弥山に押し掛けてきそうだな。そして、そんな二天龍の様子を見た帝釈天は満足げな笑みを浮かべている。

 

「HAHAHA。その名も高き二天龍も三千世界相手には血が滾るか。そうだよな、コイツ程「強い」ってどういう事なのかを体現している存在(ヤツ)はそうそういねェからな」

 

 すると、帝釈天からの賛辞を受けた三千世界からとんでもねぇ発言が飛び出してきた。

 

「帝釈天殿はそう言ってくれるが、オレなど所詮は己の力に恐れを抱いて一度鬼の軍から身を引いた臆病者に過ぎぬ。それを思えば、まだまだこれからよ」

 

 おい、ちょっと待て。誰がどう見ても世界最強クラスなのに、それでもまだ物足りねぇって言うのか? 一体何を目指して何処に向かっているんだ、コイツはよ。

 

 これだけの強さを持っているんなら、普通はまずあり得ない発言と考え方に俺はおろか他の面々も少なからず困惑する中、帝釈天は面白くてしょうがないと言わんばかりに大笑いし始めやがった。

 

「ハッハッハァッ! そうさ! これだよ! これが俺の望んでいた本物の強ェ奴なンだよ! だから、三千世界と付き合うのが面白くて仕方ねェのさ!」

 

 ……確かに、戦いを司る神の中でも特に戦闘狂の気の強い帝釈天なら三千世界の事を気に入るのは当然だろうな。

 

「アザゼルさん、この程度で驚いても仕方ないですよ。鬼の人達って皆さん大体こんな感じで向上心に溢れていますから」

 

 それにイッセーはイッセーで「しょうがないなぁ」と言わんばかりに平然と受け入れているし、イリナもウンウンと頷いている。なまじ鬼族の事をよく知っているだけに、コイツ等はコイツ等で強さに対する考え方が明らかに一般常識から逸脱してやがる。……というか、地獄の鬼族がこんなのばっかりって、そりゃ一騎当千の強者揃いと言われるくらいに強くなるのも当然だな。

 

「これは後で私も三千世界殿と手合わせした方が良さそうだな。近い将来にオーフィスやクロウ・クルワッハと戦う事を考えると、上には上がいるのだとここで改めて実感しておきたい」

 

 しかも、三大勢力最強の魔王がそれに感化される形で更に上を目指す事を決意しやがった。……まぁオーフィスから狙われているイッセーの現状を考えると、そうならざるを得ないんだがな。

 

「こりゃ死ぬ気で頑張らねぇと、このまま置いてけぼりを食っちまいそうだな」

 

 だから、俺も元々マジだったがそこから更にギアを上げるつもりだ。しかし、その為に神器の研究を疎かにする気はねぇし、聖魔和合の仕事に手を抜くつもりもない。あれもこれもキッチリこなさなきゃいけないのが、堕天使総督の辛い所だな。何より、俺達の背中を見てくれるガキ共が少なからずいてくれるんだ。それで頑張らない訳にはいかねぇしな。

 

 

 

 ……結局の所、あの時の俺もまた三千世界の飽くなき向上心に()てられていたんだ。尤も、その事に気付いたのはそれから一晩寝た事で頭が冷えた後だったんだがな。その後、箱庭世界(リトル・リージョン)で行われたドライグ対三千世界の戦いは正直に言って余り思い出したくねぇ。何せ、二千年程前に目の当たりにしたドライグとアルビオンの戦いに匹敵する程に凄まじかったんだからな。前にイッセーが体格差をものともせずにタンニーンと殴り合いをやったんだが、それがそのまま再現されていた。ただし、双方の拳とその余波の威力はその時の比じゃないがな。そこからドライグが倍加と譲渡によって限界まで強化した怪光線を目から放てば、三千世界は凄まじい威力の雷撃(向こうの人間や鬼の使う術の中でも最高クラスの威力を持つ術で「雷電」というらしい)で相殺するし、ドライグが尻尾からの強烈な一撃を「透過」を使って通そうとすると、「透過」の力そのものに拳を当てて破壊、それと同時に尻尾の一撃をも受け止めてしまうという訳の解らん事を平然とこなしてきた。……あのイッセーが赤龍帝の籠手と真聖剣をフルに使っても圧倒された訳だぜ。

 イッセーやネビロスの爺さんがモニターの一つ一つをしっかりと確認している中、俺はどうせ()()()()()()イッセー達が作り上げた迷路を突破できないだろうと高を括って三千世界の事を思い返していたんだが、オーディンの口から出てきた言葉で現実に引き戻された。

 

「ホウ、やはりあ奴は突破してきたか。さて、あ奴の他に突破してくるヤツが果たして出てくるかのぅ」

 

 その言葉を受けて、俺は早速迷路の攻略者を映したモニターを確認する。そこにはイッセーと同世代と思われる紫髪の美丈夫が映っていた。一見すれば細身でヴァーリとそう変わらない背丈の優男であるが、その視線の強さと鋭さが益荒男としての内面を露わにしている。だが、それ以上に特徴的なのは少年の携えた黒一色の鎚矛(メイス)だ。余りに特異的な形状をした鎚矛の長さは身の丈のおよそ二倍。その内の半分が通常の槌矛の柄頭に相当する部分になっており、大剣にも似た形状ではあるもののフランジが四方に出ている事から分類上は出縁型になるだろう。……アレを一度でも見た事のある奴なら、その使い手が誰なのか即座に思い至る。俺もまたその内の一人であるし、若い頃に変化したあの姿は最後に対峙してからおよそ千年の永い時を経た今もなお俺の目に焼き付いている。

 

「お前なら、この程度の壁は当然ぶち破ってくるよな。……なぁ、「魔王の鉄鎚(メイス・ザ・アスモデウス)」」

 

 いっそ懐かしさすら感じる姿を見ながら、俺は昨日の出来事を思い返していた。

 

 

 

 三千世界とドライグの戦いが両者決着付かずの引き分けに終わった後、俺達はそのままネビロス家に宿泊する事にした。そしてその翌日、それぞれの勢力のトップやそれに近い奴がこの場に揃っているという事で、ネビロスの爺さんに頼んで一室借りてから禍の団(カオス・ブリゲード)対策についてちょっとした会議が行われた。……と言っても、基本的には各自で臨機応変に対応する方針に変わりはなく、強いて言えばオーフィスについてはイッセーに一任する事が満場一致で決定したのが成果と言えるだろう。

 その後、部屋を移動してイッセーとネビロスの爺さんを中心に談笑していた所に執事長に案内されて入ってきたのは、共に人間であれば二十代半ば程と思われる黒髪の女性と二、三歳程の小さな女の子を連れ立った、やはり人間であれば三十歳前後と思われる紫髪の偉丈夫だった。背丈こそイッセーとヴァーリの中間ぐらいであるがその肉体は明らかにイッセー達よりも鍛えられており、更にその顔は口髭を生やした気品のある容姿であると共にその眼には歴戦の強者が持つ独特の強い輝きを秘めている。一方で女の方は端麗な容姿ながらも大人しげな雰囲気を持っており、やや耳が長く尖っている事から純血の悪魔である事が伺える。また男と同じ紫髪と女に似た容姿の女の子は、俺達の方を見ると女の後ろに隠れてしまった。そして、そこから少し顔を覗かせてこちらの様子を伺っている。たぶん知らない奴ばかりで恥ずかしがっているんだろう。柄にもなく微笑ましいと思っちまったが、それもこの三人の自己紹介を聞くまでだった。

 

「皆々様、お初にお目に掛かります。我が名はガレオ・マルコシアスと申します」

 

「妻のアーラです。この子は私達の娘でロズマと申します。ロズマ、ご挨拶なさい」

 

「……ロズマです」

 

 アーラと名乗った女から背を押されて前に出てきた女の子は、小さな声ではあったがしっかりと名乗った。ただやはり恥ずかしかったんだろうな、自己紹介が終わるとすぐに母親の背中に隠れてしまった。何とも微笑ましい光景だと思うが、それ以上に重要な事がある。

 

「おい、ちょっと待て! ガレオ・マルコシアスだと! 先代アスモデウスの親衛隊(ロイヤルガード)の中でも特に「魔王の鉄鎚」と呼ばれていた奴じゃねぇか!」

 

 ……大戦末期に彗星の如く現れたコイツのことはよく覚えている。どうやら先代アスモデウスの元に配属された親衛隊の中でも最後の一人らしく、それ故に先代に(いた)く気に入られていた様だ。実際、アスモデウスを含む先代魔王達が聖書の神に挑んでいる際には他の親衛隊と同様にミカエルを始めとする熾天使(セラフ)の足止めを任されている。そうした役目柄、親衛隊は隊員の入れ替わりが激しいんだがコイツは何度も生き残り、ついには熾天使達の隙を突いて聖書の神に一撃食らわせるなんて大金星を上げた。「魔王の鉄槌」と呼ばれる様になったのもそれからだ。

 大人になって口髭も生やしていた事で顔付きがすっかり変わっちまっていたからすぐには気付かなかったが、俺はおよそ千年前の大戦末期に数回程顔を合わせた強敵が突然現れた事への驚きの余りについ我を忘れて問い質してしまった。それは俺以上に関係の深いカテレアも同様だったらしく、クローズの左手からつい声を出してしまう。

 

『ミカエル達の隙を突いて聖書の神に一撃を入れた功績を先代の方々から称えられ、その報償として冥府でのみ産出するという特殊な素材で作られた鎚矛をアスモデウス様から直々に授けられたという豪勇の士がどうしてここに……! 』

 

 すると、今度はカテレアの声が聞こえた事に驚いたガレオ・マルコシアスがクローズ、正確にはクローズの左手に宿っているカテレアに尋ねた。

 

「そのお声、もしやカテレア様でございますか? 貴女様は人間界の駒王町で首脳会談が行われた折に傍流であるアルベオ・レヴィアタンによって討たれてしまわれたとお聞きしていたのですが……」

 

『それについては別に間違ってはいませんよ、ガレオ。確かに私の肉体は既に滅んでいます。ただ、今はそちらにいる兵藤一誠さんを始めとする赤龍帝の方々のお陰で息子のクローズが保有している赤龍帝の籠手のレプリカを宿代とする事で魂を現世に残しているのです。……これでいいでしょうか?』

 

「承知しました、カテレア様」

 

 流石に先代レヴィアタンの末裔でしかも嫡流であるカテレアには遠慮がある様で、ガレオ・マルコシアスはカテレアの説明を受け入れる事にしたらしい。そして、そのまま今回ネビロス邸を訪れた目的について話し始めた。

 

「此度は我が槌矛を兵藤親善大使にお捧げしたく、ネビロス様に願い出てこちらに参上致しました。先の大戦や内戦においては分家の末子故に最前線に立ち続け、また聖書の神と対峙してなお生き伸びた我が身であれば、来るべきオーフィスとの戦いにおいても兵藤親善大使のお力になれるでしょう」

 

 ガレオ・マルコシアスから驚くべき申し出を受けたイッセーだが、どうやら納得のいかない所があったらしく、その点について尋ねていた。

 

「マルコシアス殿。今アザゼル総督やカテレア女史が仰せになられた様な名高き勇士である貴方が、何故私の眷属あるいは配下となる等と仰せになられたのでしょうか? 確か、マルコシアス家は既に嫡流が途絶えている筈。ならば、政府に名乗り出ればそのままマルコシアス家の爵位を継承できる筈ですが」

 

 すると、ガレオ・マルコシアスはイッセーの質問に対して冷静に答え始めた。

 

「それについてですが、政府も魔王様達も私によるマルコシアス家の再興をけしてお認めにならないでしょう。理由は単純明快。内戦の際に私が付き従ったのはアスモデウス様の末裔であるアスモデウス家だからです。そして、内戦が現政府側の勝利に終わり、アスモデウス家の存続を条件に投降した私はマルコシアス家の最後の生き残りである事、更にはネビロス様と初代バアル様のお取り成しを受けた事もあって死罪こそ免れましたが、マルコシアス家が有していた領地を始めとする全財産と爵位を没収の上で辺境へと流されたのです」

 

「彼の言葉に偽りがない事は、現ルシファーである私が保証しよう。それに、私としては彼ならばマルコシアス家の再興を許しても構わないと思っているのだが、流石に周りが納得してくれそうにないのでね。希望に添えず申し訳ない」

 

 ガレオ・マルコシアスの説明とそれに対するサーゼクスの保証と補足を聞いた事で、イッセーは納得する素振りを見せた。確かに最後は投降したとはいえ、先代アスモデウスの親衛隊を務めた上に内乱においてもアスモデウス家に従った忠烈無比な強者に実家の再興などさせる訳がないよな。

 

「成る程。確かにその様な事情があるのでしたら、現時点での家の再興は難しいでしょう」

 

 政府に名乗り出ない理由に納得した事をイッセーが伝えると、ガレオ・マルコシアスは説明を再開した。

 

「そこで大戦が自然消滅する間際にアスモデウス様が囲っていた妾の中から下賜された妻と二人、貧しいながらも静かに暮らしていたのです。ですが、つい三年前にようやく子に恵まれ、それに伴い先立つ物に乏しい我が身を嘆いている所に、先のエキシビジョンマッチにおいて兵藤親善大使の上級悪魔の昇格のお話が持ち上がり……」

 

 つまり、イッセーの元で功を重ねる事で苦しい家計を改善しながらかつての罪を贖い、その上でマルコシアス家の再興を叶えようと言ったところか。確かに筋は通っているし、イリナやエルレ、ヴァーリは納得がいった様に頷いている。

 

 ……だがな、それだけではまだ足りねぇよ。

 

「おい、ガレオ・マルコシアス。これだけは聞かせろ。……確か、アーラと言ったな。お前の妻は一体何者だ?」

 

 俺が抜き打ちで問い掛けた事で、ガレオ・マルコシアスは一瞬だけだが確かに反応を示した。それを見た俺は一気に畳みかける。

 

「マルコシアス家は総じて嘘を嫌うという悪魔としては非常に珍しい気質で、それに伴い他人に対して誠実である事でも有名だ。そんな奴がいくらテロリストの仲間になったからといって主君筋であるアスモデウス家を離反する筈がねぇ。だとすれば、アスモデウス家よりも優先するべき何かがあると判断するべきだ。イッセーもその可能性には気付いていた様だが、お前に気を遣ったのかあえて尋ねようとはしなかった。だからこそ、俺の方から尋ねさせてもらったぜ」

 

 まぁ、ここは悪魔勢力としては部外者だが三大勢力全体では関係者である俺が聞き出すのが一番角の立たないやり方だからな。役割分担はしっかりやるのが俺の主義だ。そして、俺からの追及を受けて観念したのか、ガレオ・マルコシアスは何故かネビロスの爺さんに確認を取る。

 

「……やはり堕天使の総督殿の目は誤魔化せなかったか。ネビロス様、いかが致しましょうか?」

 

「フム。この際だ、この場にいる者達全員に事情を説明した方が良かろう。ただ、流石に子供達は遠慮した方が良いな。さて、どうするか……」

 

 ここでネビロスの爺さんが頭を捻っている時点で、事が相当に厄介であるのは間違いない。だから、子供達をこの場から外すべきなんだろうが、それでは誰が子供達の面倒を見るべきなのか。しかし、それを解決してくれたのはネビロスの爺さんの奥さんだった。

 

「それじゃ、子供達は私が面倒を見ましょうか。アウラちゃん、クローズ君、ロズマちゃん。お婆ちゃんと一緒に行きましょうね」

 

『では、クローズの代わりに私が話を聞きましょう。……赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)

 

 そして、クローズの代わりに話を聞く為にカテレアが赤龍帝再臨で実体化してきた。これに驚いたのが、ガレオ・マルコシアスだ。

 

「カ、カテレア様。つい先程、肉体は滅んだとお伺いしたばかりなのですが、これは一体……?」

 

「それについては、特殊な術式で一時的に魂を実体化させただけですよ。これも歴代の赤龍帝の方々のお陰です」

 

「……赤龍帝とは、ここまで凄まじい存在だったのですな」

 

 ガレオ・マルコシアスは歴代赤龍帝の凄まじさに感嘆した。これは俺もサーゼクスも一度は通った道だ。コイツの気持ちはよく解る。そうしている内にネビロスの爺さんの奥さんがアウラ達を連れてこの部屋を出ていった所で、ガレオ・マルコシアスは妻であるアーラの素性を明かし始めた。

 

「では、お話し致しましょう」

 

 ……ただ、その内容はある意味で俺の予想を超えていた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

あと二話で切り良く第三章を終われるといいのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十四話 眷属選考会の成果

 アザゼルさんとカテレアさんの話を聞くだけでも冥界屈指の勇士と解るガレオ・マルコシアス殿が僕の元に馳せ参じてきた。その理由も一応は筋の通ったものではあるものの、それだけではない事はすぐに解った。ただこれが義父上に願い出た上での事である以上、僕がそれを指摘するのは流石に憚られる。僕の側にいたレイヴェルに視線を向けると、軽く首を横に振る事でこちらからは追及しない様に釘を刺してきた。やはりレイヴェルも裏に何かある事には気付いていた様だ。すると、僕達に代わってアザゼルさんがその点を追及してくれた。この辺りのアザゼルさんの立ち回りの上手さは流石としか言い様がない。そして、アザゼルさんからの追及を受けてこれ以上は誤魔化し切れないと判断したマルコシアス殿は、やはり予め事情を知っていた義父上の許可を得た上で義母上がアウラとクローズ、ロズマちゃんを部屋から連れ出した後、奥方であるアーラ夫人の素性を明かし始める。

 

「実は私の妻であるアーラ、いえアーラ様は先代アスモデウス様のご落胤なのです」

 

 ……いきなりの核弾頭だった。いや、その可能性をけして考えていなかった訳ではない。魔王ともなれば正室や側室だけでなく外に作った妾や側仕えとも情を交わす事が多く、それによって子を儲ける事も少なくない。そうして得られた子を使って有能な臣下と血縁を結ぶ事でより強固な関係を築いて離反や反逆を防ぐ。歴史を紐解けば枚挙に暇がないくらいによく使われる手段であるがそれでもやはり驚きを隠せないし、程度の差こそあるがこの場にいる全員が驚くのも無理はない。例外は、事情を知っていたであろう義父上だけだ。結果として少し落ち着かない雰囲気になってしまったが、マルコシアス殿の説明は続く。

 

「先代アスモデウス様は暇乞いをしたお手付きの側仕えが身籠っている事にお気付きになると、そのまま暇乞いをお認めになって母子共に市井にお隠しになられていたのです。ですが、アーラ様が兵藤親善大使と同じ年頃にまで成長なされると、己の栄達を望む者達がその機を得ようとしてアーラ様の事を探り始めました。その動きをお察しになった先代アスモデウス様はアーラ様をあえてご自身の妾としてお召し上げになる事でお子である事実をお隠しになり、その後は先の大戦における最終決戦直前に下賜という形で私にアーラ様を託されたのです。先代アスモデウス様はアーラ様を私に下賜する前夜に私を密かにお呼びになると、アーラ様を私と引き合わせになられた上で事情をご説明になり、最後に「体面上この者を妾としているが、体は未だ清いままだ。我が娘の事、頼んだぞ」と仰せになられました。おそらく、この時点でアスモデウス様は己の死を覚悟なされていたのでしょう」

 

 ここまでの事情を聞いて驚いたのは、アーラ夫人に対する先代アスモデウスの扱い方だ。言い方は悪いが、お手付きにした側仕えとの間に出来た子供に対して普通はここまで手の込んだ事をしない。それにも関わらず、先代アスモデウスはアーラ夫人を守る為に色々と手を打ち続けている以上、もはやアーラ夫人は先代アスモデウスの愛娘と言い切ってしまっていいだろう。そして、マルコシアス殿は先代アスモデウスから直々に愛娘を託された。ここまで条件が揃ってしまえば、流石にマルコシアス殿にとっての優先順位はアスモデウス家よりもアーラ夫人の方が上になる。それに、マルコシアス殿が何を望んでここに来たのかもこれで理解できた。もしアーラ夫人の事情が判明すれば、既に現政府に反逆したアスモデウス家の代わりに彼女を担ぎ上げる者が現れても全くおかしくないし、アスモデウス家の方はまず間違いなくアーラ夫人の排除に動く。そこまで解れば、後は簡単だ。しかし、マルコシアス殿の説明はまだ終わってはいなかった。

 

「そして、つい三ヶ月ほど前にクルゼレイ・アスモデウス様より使者が遣わされ、「冥界の乱れ切った秩序を正す為、今こそ真なる魔王として起つ。貴様は我に代わって愚か者共に魔王の鉄槌を下せ」とのご下命を賜りました。その際、「真なる魔王への忠誠の証として妻と子を差し出せ」とも……」

 

 ……正直に言おう。クルゼレイ・アスモデウスの言動を耳にして、僕は余りの愚かさに頭が痛くなった。そうした先代魔王の末裔の言動に対して、ヌァザ様はまるで吐き捨てる様に辛辣な言葉を言い放つ。

 

「何とも解り易い人質の取り方よな。しかも、明らかに信の置けぬ新参者ならともかく、かつては己の身柄と引き換えに主家を守り抜いてみせた忠臣に対してそれをやるとはな。そのクルゼレイとやら、どうやら王の何たるかをまるで解ってはおらん様だ」

 

 一方、カテレアさんは頭痛を抑える様に額に手を当ててしまっている。どうやら同じ先代魔王の末裔である事から、クルゼレイ・アスモデウスとはかなり親しい付き合いをしていたらしい。それだけに余計に堪えるのだろう。

 

「クルゼレイ。そんな事をやれば、ガレオの様に有能かつ信用も信頼もできる味方の心が離れていく事に何故気づかないの? それとも未だにアスモデウス様の名前に囚われてしまっているの? 何一つ見ようとも聞こうともしなかった昔の私の様に……」

 

『……だが、いっそ滑稽とすら思える無様さは実にコウモリらしいではないか。だから、私は常々言っているのだ。私が統治する事になった冥府へと初めて赴いた際、右も左も解らなかった私に手を差し伸べてくれたネビロス殿達を、あの様なコウモリ共と同類にするべきではないとな』

 

 かつて親しくしていた者の愚行に苦悩するカテレアさんに対しては僅かに憐憫の視線を向けつつも、ハーデス様は悪魔に対する嫌悪感を隠そうともせずに侮蔑の言葉を放つ。だが、内容自体は至って正論であるだけに、僕からは何も反論できなかった。それはアザゼルさんも同様らしく、居心地の悪そうな表情を浮かべている。

 

「あ~、これについては流石に俺からは何も言えねぇな。言い方こそ少しばかりキツイが、ヌァザ殿とハーデス殿の言ってる事は何も間違ってねぇからな」

 

「お二方の憤りはご尤もですし、悪魔の同胞として非常に恥じ入る思いです。ここまで愚かな振る舞いをするのであれば、後顧の憂いを断つ意味でもやはり勢力闘争に勝利した時点で先代魔王の末裔達は全員処断するべきだったのかもしれません。ですが……」

 

 サーゼクスさんはサーゼクスさんで、同胞の余りの言動に恥じ入ってしまっていた。ただ先代魔王の末裔達を処断すべき時にそうできなかった事情について説明しようとすると、その前に帝釈天様がその事情を言い当ててきた。

 

「俺から見ても中々だと思える様な男が己の命を懸けて嘆願したンだ。流石に聞き届けない訳にもいかねェよな。だがそうなると、他の連中も生かさなきゃ筋が通らねェ事になる。……その結果が、このザマだ」

 

「じゃがのぅ、時を経て立派に更生したカテレアやその息子で儂から見ても将来性のあるクローズ坊やの事を思えば、当時のサーゼクス達の判断を一概に誤りとは言えんぞい。それにサーゼクスよ。仮にこの男の嘆願を退けていた場合、今の比較的平和な冥界などまずあり得なかったのではないかの?」

 

 ここでウォーダン小父さんからのフォローが入ったので、サーゼクスさんは当時の四大魔王とマルコシアス殿の力量から予想された未来図を話し始める。

 

「……はい。その時はセラフォルーとファルビウムのどちらか、あるいは両方を道連れにされていたでしょう。冥界もまた今とは全く異なるものになっていたかもしれません」

 

 これを聞いたイリナが思わずサーゼクスさんに確認を取る。

 

「あの、ルシファー様。ひょっとして、ガレオ・マルコシアスさんはレヴィアタン様達と同等の強さを持っているんでしょうか?」

 

「……ある意味、それ以上かもしれないね。ガレオ・マルコシアスは大戦時において熾天使(セラフ)を相手に何度も足止めの任を全うし、更に内戦の時も実戦経験の差で私やアジュカですら退けるのは困難を極めた。それを考えると、もし内戦の際に彼が最初からこちらの陣営に属していたら、アスモデウスを襲名していたのはファルビウムではなく彼だった筈だ。それ程の実力者が先代魔王の末裔達を戦場から逃がす為に一人殿に残り、功に逸って抜け駆けをした追撃部隊を一時間もかけずに壊滅させた後に主家の存続を条件として投降を申し出てきた時、本音を言えば「助かった」と思ったよ。これでやっと悪魔同士の殺し合いが終息に向かうとね」

 

 サーゼクスさんから想像以上の答えが帰ってきた事で、イリナはクルゼレイ・アスモデウスへの疑問を口にする。

 

「そんな立派な人に「妻と子供を差し出せ」って、そのクルゼレイって人は一体何を考えてるの? どう考えても悪手でしかないのに……」

 

 イリナの疑問に答えたのは、レイヴェルとエルレだった。

 

「イリナさん。何か考えがあっての事とある意味で期待していらっしゃるみたいですけど、おそらくは何も考えていないと思われますわ」

 

「仮に考えていたとしても、せいぜい「自分は真なる魔王の末裔だから、下っ端にそうさせるのは当然だ」ってところじゃないか?」

 

「レイヴェル・フェニックスさんとエルレ・ベルさんの仰っている事でほぼ正解ですね。私自身の恥を晒す話になってしまいますが、夫と出会う前の私もそういう考え方をしていましたから」

 

「因みに、禍の団(カオス・ブリゲード)に合流した旧魔王派はほぼ全員が魔王の末裔という権威に縋り付いているし、縋り付かれた方もまた魔王の末裔である事に囚われている。そうした雰囲気に呑まれる事のなかったカテレアは、本当に例外中の例外だったよ」

 

 カテレアさんが自らの過去と照らし合わせる形でレイヴェルとエルレの考えの正しさを保証し、更にヴァーリがダメ押しする形で禍の団の旧魔王派の実情を語ると、イリナは完全に絶句してしまった。まさかここまで酷いとは思っていなかったのだ。その一方で、エルレは明らかに不機嫌な表情へと変わる。

 

「……自分で言っといて何だけどさ、クルゼレイって奴の考え方はやっぱり気に入らないね。もしソイツに直接会う事があったら、その顔面に全力で雷霆をぶつけてやるよ」

 

 何とも剛毅な話にこの場にいる年配の方達は微笑ましげにエルレを見ているが、僕には解る。……エルレは何処までも本気だ、と。何より、エルレの場合はそれを実行できるだけの度胸も実力もある。もしクルゼレイ・アスモデウスが近くに現れたら、我先に飛び出して行かないか少し不安になった。そうした僕の気持ちを余所に、ここまで沈黙を守ってきた伐折羅(バサラ)王様が口を開いた。

 

「ガレオ・マルコシアスと言ったな。儂からも一つ尋ねよう。血筋で祭り上げられぬ様に妻子の身の安全を確保する為。確かに、ネビロス殿を通じて一誠の元に馳せ参じた真の理由ではあろう。……だが、娘の名はロズマと言ったか。理由の重さとしては妻より娘の方が大きいのではないのか?」

 

 ……流石だった。僕にはそれ以外に言い様がなかった。そして、帝釈天様も伐折羅王様のお言葉に同意する。

 

「流石だな、伐折羅王。あの三千世界が自分の上に立つ王だと認めるだけはあるZE。ま、俺も少しばかり気にはなってたンだよ。あの小さな体から僅かしか感じねェ魔力の量に矛盾した、それこそそこにいる悪魔の超越者と同等クラスの圧倒的な質と密度にな」

 

 最後にサーゼクス様を親指で指しながらの帝釈天様の追及を受けて、マルコシアス殿はアーラ夫人と目を合わせると軽く頷いた。そして、ロズマちゃんについてアーラ夫人から話し始めた。

 

「……はい、その通りでございます。今でこそ強力な魔力封じで外に出て来ない様にしてありますが、ロズマは先代アスモデウス様の親衛隊(ロイヤルガード)を務めた夫が「既に先代アスモデウス様を超えているかもしれない」と判断する程の膨大な魔力を秘めています」

 

 アーラ夫人の語った内容は流石に予想外だったのだろう。サーゼクスさんはマルコシアス殿に確認を取る。

 

「ガレオ・マルコシアス。夫人の今の言葉は本当かね?」

 

「ハッ。アーラ様の仰っている事は全て真実でございます。また、体の動かし方や魔力の扱い方一つ取っても、在りし日のアスモデウス様を感じさせるものがあり……」

 

 ここで一瞬言葉が途切れた後、マルコシアス殿はまるで絞り出す様に話を続けた。

 

「育て方によっては、ルシファー様やベルゼブブ様にも届き得るやもしれませぬ」

 

 ……想像以上の答えが返ってきた。しかもそれを語ったのは、先代魔王の親衛隊を務めた歴戦の勇士。親の贔屓目があったとしても、そこまで過剰に評価するとも思えない。現に、アザゼルさんは頭を掻きながら溜息を吐く。

 

「参ったな。唯でさえルシファーとレヴィアタンから「魔王の血を引く二天龍」なんて冗談みたいな存在が生まれてるってのに、今度はアスモデウスから超越者かよ。しかもそいつの父親が先代の親衛隊を務めた「魔王の鉄槌(メイス・ザ・アスモデウス)」と来ている。だったら、先が見えているクルゼレイを排斥してロズマって娘を新しい旗頭に据えようって考える奴が出てきても全くおかしくねぇな。……それにしても、ミリキャスも含めてこうも立て続けに冗談みたいな存在が生まれてくるとは、悪魔という種族に今何が起こっているんだ?」

 

 最後の方は明らかに愚痴になっていたが、そう言いたい気持ちも解る気がする。僕と義父上、そしてサーゼクスさんの三人はその理由に心当たりがあるだけに尚更だ。

 ……そして、この時点でマルコシアス殿の申し出を退けるという選択肢が完全になくなった。

 

「私には先代アスモデウス様と共に過ごした期間が殆どありませんから、父であるという実感は今でも殆どございません。ですから、私は魔王の娘としての何かが欲しいとは思いませんし、ロズマにはこれからも普通の女の子としての生活をさせてあげたいのです。ただ、私が先代アスモデウス様の娘であるせいで、またロズマに常軌を逸した強い力を持たせてしまったせいで、夫にはこれまで忠節を尽くしてきた主の家を離反するという苦衷の決断をさせてしまいました……ッ!」

 

 そうした中、愛する夫と娘に余りに重いものを背負わせてしまったと今にも自責の念に押し潰されそうなアーラ夫人の姿に、マルコシアス殿は優しく声をかける。

 

「アーラ様……」

 

 すると、アーラ夫人はマルコシアス殿の呼び方に激しく反応した。

 

「あなた、お願い。「アーラ様」はもう止めて。私は先代アスモデウスの娘である前にガレオ・マルコシアスの妻、アーラ・マルコシアスなのよ。だから、今まで通りに「アーラ」と呼んで」

 

 愛する夫から「妻」ではなく「主の娘」としての特別扱いを受けるのが余程嫌だったのだろう。自分の心情を必死に訴えるアーラ夫人に、マルコシアス殿は軽く溜息を吐いた後でそれを受け入れる事をアーラ夫人に伝える。

 

「……解った。「アーラ様」と呼ぶのも、先代アスモデウス様のご息女として接するのもこれで最後だ。それでよいな?」

 

「えぇ!」

 

 満面の笑みを浮かべるアーラ夫人に優しく微笑みかけるマルコシアス殿の姿に、ウォーダン小父さんは満足げな笑みを浮かべてウンウンと頷いた。

 

「ホッホッホ。仲睦まじい夫婦の姿はいつ見てもいいものじゃ。のぅ、エギトフよ?」

 

「ウォーダンよ、何故そこで一誠でなく儂に訊く?」

 

 義父上、何故そこで僕の名前が出てくるんですか?

 

 そう問いかけようとしたが、その前にウォーダン小父さんが義父上の質問に答える。

 

「この中で一番仲睦まじい夫婦をやっておるのが、間違いなくお前達だからじゃよ。確かに結婚する前から夫婦をやっておる一誠とイリナも見ていて微笑ましいんじゃが、流石にお前達には敵わんわ。のぅ、お主達もそう思うじゃろ?」

 

 ……義父上と義母上に対するウォーダン小父さんの夫婦としての評価とそれに対する同意を僕達に求めたのが切っ掛けとなり、この部屋に暫く笑い声が続いたのは言うまでもない。

 

 

 

 その後、アーラ夫人とロズマちゃんに関しては最重要機密として扱う事になり、待遇についてもアーラ夫人本人の希望通りとなった。なお、義母上に連れられてクローズやアウラと一緒に部屋を出たロズマちゃんだが、一緒に遊んでくれたという事で二人にすっかり懐いて「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と笑顔で呼んでくれる様になったそうだ。今まで自分が一番年下だったアウラは「お姉ちゃん」と呼ばれた事が余程嬉しかった様で、その時の事を話したり日記に書いたりしている時の表情はずっと笑顔のままだった。また翌日に僕の眷属選考会がある事をここで初めて知ったマルコシアス殿は自ら選考会を受ける事を申し出てきた。伝手やコネで得られた地位と立場ではいずれ破綻する。ならば、ここで実力をハッキリと示す必要がある。マルコシアス殿はそう語った。ただ流石にそのままの姿では大騒ぎになるのは間違いないので、選考会ではあえて僕と同年代の姿に変化してもらう事にした。

 ……そして、現在。マルコシアス殿はやはり迷路を攻略してきた。しかも、マルコシアス殿の象徴と言える鎚矛(メイス)は術式を全て回収してから魔力を通して出口に向かう際に最短距離で移動する為に使われただけで、迷路自体は正当な方法で攻略している。何とも頼もしい方が僕の元に馳せ参じてくれたと心底思った。

 

「まずはガレオ・マルコシアスが迷路を攻略したか。さて、この男の他に迷路の攻略者は出てくるかな?」

 

 ヌァザ様がそう言って、他のモニターを見ようとした時だった。

 

「どうやら儂の期待外れにはならなかった様だな」

 

 伐折羅王様が満足げな笑みを浮かべてそう仰るのとほぼ同時に、迷路の攻略者が次々とモニターに映し出される。……やがて制限時間を迎えた事で選考会は終了、迷路の攻略者は最終的にマルコシアス殿を含めて五人となった。マルコシアス殿を除けば攻略者ゼロもあり得ただけに、予想以上に多い攻略者の数にアザゼルさんは少なからず驚いている。しかし、前日にロズマちゃんの事があったのですぐに冷静になった。

 

「オイオイオイ……。二千人近くも集まれば、あるいは一人くらい魔王の鉄槌(メイス・ザ・アスモデウス)の他にも攻略する奴が出るかもしれねぇとは思っていたが、まさか四人も出てくるとはな。……まぁ、ロズマの件で悪魔から強い奴が生まれやすくなっているのがハッキリしたから、そこまで驚く事でもないか。それでイッセー、攻略者の内に貴族連中からの推薦者はいるか?」

 

「攻略者の中では唯一の女性であるメロエ・アムドゥスキアス殿が大王家からの推薦ですね。残りの方は推薦者がいませんので、自らの意志でこの選考会に参加した事になります」

 

 僕がアザゼルさんの質問に答えると、義父上は悪魔の貴族に関する事情をよく知らない他の方々の為にアムドゥスキアス家に関する説明を始めた。

 

「アムドゥスキアス家は断絶した旧七十二柱の中でも楽器や声を媒体とする音の魔力を得手としている事から音楽に関する造詣も深く、現在も冥界の音楽家の三分の一を輩出している一族だ。しかし、大王家も意外な者を推薦したものだな。それだけこの者の力量を高く買っているという事か」

 

「それで何故家が断絶したままなんじゃ? それだけ大勢の者を世に送り出しているのなら、家の再興も容易かろうに」

 

 最初にアムドゥスキアス家の説明を聞けば誰もが疑問に思う事をウォーダン小父さんが口に出すと、義父上の説明を聞いただけで大方の事情を察したアザゼルさんが義父上に代わって答える。

 

「成る程、大体読めたぜ。一口にお家断絶って言っても、あくまで貴族としてってところか?」

 

「総督殿の言う通りだ。音楽活動に情熱を注ぐ余りに領地の経営を疎かにして領民を困窮させた為、儂が総監察官の権限で爵位剥奪と領地没収の処分を下したのだ。本来であればそのまま私財を食い潰して野に埋もれていく所なのだが、どうもこの一族は貴族である事に対する執着心に乏しくてな。逆に貴族でなくなった事をいい事に他の名家の庇護を堂々と受け入れ、自分達が音楽活動に専念できる環境を作り出したのだ。ある意味、貴族として没落した事で本領を発揮し始めた一族と言えような」

 

 アザゼルさんの答えに義父上が補足を付ける形でアムドゥスキアス家に関する説明が終わると、帝釈天様は少し感心した様な素振りを見せた。

 

「これはまた随分と逞しい一族だZE。ま、魔王の末裔とは名ばかりの連中に比べりゃ遥かにマシだし面白ェから、俺は別にいいンだけどな」

 

『アレより酷い輩などいるのか? ……いや、そもそもアレが以前のコウモリ共の頂点だったな。ならば、その下がコウモリ共の中にいても何らおかしくはないか』

 

 一方、相変わらず悪魔に対しては辛辣なハーデス様の言葉にセラフォルー様は少しムッとしながらも他の攻略者について尋ねてきた。

 

「……それで、イッセー君。他にはどんな人が攻略してきたの?」

 

 それを受けて、僕は残りの攻略者の名前を読み上げていった。

 

「今回の眷属選考会で見事迷路を攻略したのは、先に挙げたお二人の他、ロッド・ハーゲンティ殿、ボリノーン・カイム殿、ジュナ・ランバージャック殿です。……なお、ランバージャック殿以外は断絶した旧七十二柱の姓を名乗っておられます」

 

「「錬金」のハーゲンティに「傾聴」のカイムか。あの迷路を攻略した所を確認したが、本物でまず間違いなかろう。それにしても、七十二柱の中でも大戦初期に断絶したカイム家に生き残りがいたとはな。先の大戦において「探知」のグレモリーと同様に真っ先に狙われ、本家はおろか分家さえも一人残さず討たれていた筈なのだが……」

 

 僕が読み上げた攻略者の姓を聞いて、義父上はその特性をすぐさま挙げると共にカイム家については生き残りがいた事に少し驚いていた。……フェニックス家の書庫に収められている書物の大部分を読破した僕は、それらの特性についての知識がある。どちらも非常に有用な特性だ。ただ、流石に「傾聴」についてはその単語だけでは特性の詳細を掴み切れないので、ヌァザ様が義父上に確認してきた。

 

「「錬金」は儂も何となく解るが、「傾聴」という特性は儂も流石に初めて聞いたな。エギトフよ、差し支えがなければ教えてくれぬか?」

 

「簡単に言えば、話を聞く事に特化した諜報系の特性だ。ただし、話を聞く対象を一切選ばないのが最大の特徴だな」

 

「その一族から尋ねられた場合、隠し事が一切できないという事か?」

 

 ……確かに義父上が語った内容だけでは、ヌァザ様がそう思っても無理はない。だが、実際はそうではない。だから、僕が補足する。

 

「いえ、それ以上に性質が悪いです。動物や植物はもちろん魂や精霊といった実体を持たない存在、更には石や鉄といった命なき無機物、果ては大気の流れや海の波といった唯の現象からも話が聞けます。そして、そうして得られた情報には一切の嘘がありません」

 

 つまり、「傾聴」を使えばこの世界に存在するありとあらゆる物から情報を集められる為、諜報系においてはグレモリー家の「探知」に次ぐ強力な特性なのだ。その事を理解したヌァザ様は驚きを露わにする。

 

「……何だ、それは。情報収集に関してはほぼ無敵ではないか」

 

「それを最初に知った時には俺も同じ反応をしたぜ、ヌァザ殿。実際に悪魔勢力が俺達に戦争を仕掛けた当初、俺達が何処で何をしているのかなんてグレモリーやカイムには完全に筒抜けだったからな。だから、俺達は真っ先にグレモリーとカイムを潰しに行ったんだよ。まぁ当時の魔王達は「探知」と「傾聴」を天秤にかけて「探知」を取ったんで、俺達が潰し切れたのはカイムだけだったんだがな」

 

 溜息混じりで大戦初期の実情についてアザゼルさんが語ると、ヌァザ様は納得する様に頷いた。

 

「結果として、「目」は奪えずとも「耳」を塞ぐ事はできたという事か。儂がそちらの立場であっても、同じ行動を取っていたであろうよ。……そして今、堕天使達がかつて恐れた「耳」が二代目(セカンド)の元に馳せ参じたという訳だな」

 

「そういう事になるな。まぁ旧魔王派に行かなくて助かったってところか」

 

 アザゼルさんはそう言った後、まるで何かに気付いた様な素振りを見せる。

 

「……おい、ちょっと待て。ただでさえ「全てを見通す神の頭脳」なんて言われているイッセーの眷属に「傾聴」のカイムが加わるのか? 鬼に金棒なんて可愛いモンじゃねぇぞ」

 

「それに「錬金」という特性がその名の通りであれば、物作りも得意な一誠の眷属に物質変化を得意とする奴も加わるんじゃろう? これは中々に面白い事になってきたのぅ」

 

 ウォーダン小父さんの言う通りだった。これで色々と研究開発が進むと思えば、ハーゲンティ家の末裔が加わる事はこの上ない吉報だった。しかし、ここでハーデス様がかなり物騒な事を言い出す。

 

『そのカイムとやらが馳せ参じたのが養子殿の元でなければ、私はその者に対して刺客を送り込んでいたな。冥界と隣り合わせといえる冥府にしてみれば、「錬金」はともかく「傾聴」は明らかに危険過ぎる』

 

 ……この場でこの発言という事は、僕と義父上が信用されているという事かな? 僕の受け取り方が正しかった事を証明する様に、アザゼルさんがハーデス様に対応する。

 

「それを先の大戦で実行したのが俺達だからな、ハーデス殿の懸念も解るさ。それにこの場でそれを堂々と口にしたって事は、実行する気がねぇって事だろう? それを疑う様な事はしねぇよ。ただ、部下はしっかり抑えてくれよ」

 

『解っておる。死神(グリム・リッパー)達には私からしっかりと言いつけておこう。別にコウモリやカラスからどう思われようと一向に構わんが、流石にネビロス殿や養子殿には嫌われたくないのでな』

 

 ハーデス様が配下である死神達を抑える事を明言した所で、義父上が最後の攻略者であるジュナ・ランバージャックについて僕に尋ねてきた。

 

「それで残りのジュナ・ランバージャックだが、貴様はどう見た?」

 

「迷路の壁を破壊する際、手に持った木製の棍棒に魔力を流して強化していました。おそらくは打撃主体ではないかと思うのですが……」

 

 ……その動き方が棍棒を振るうにはそぐわないものだった。むしろ、棍棒の先端に何かが付いているのが前提になっている様に思えるのだ。そして、それは義父上も同様だった。

 

「それだけではない何かを貴様も感じたか。……今回の眷属選考会、どうやら一筋縄ではいかぬ様だな」

 

「気のせいかな? イッセー君の元に扱いの難しい人ばかり集まっている気がするんだけど」

 

 義父上の溜息混じりの言葉に反応したセラフォルー様の一言が、やけに耳に残った。

 




いかがだったでしょうか?

断絶した元七十二柱の独自設定を考えるのは結構楽しいです。

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十五話 類は友を呼ぶ

2019.1.13 修正


 眷属選考会の結果、ロシウ達と協力して用意した迷路を攻略したのはガレオ・マルコシアス殿を含めて五名だった。そこで昨日の段階で既に僕の眷属入りが確定しているマルコシアス殿を除く迷路の攻略者を一人ずつ、義父上とセラフォルー様の立ち会いの元、僕が中心となって面接する事にした。その間、アザゼルさん達には面接の様子を別室からモニターで確認して頂く手筈となっている。そうして事前に送られてきた書類と迷路を攻略した時の映像を僕と一緒に面接するイリナとレイヴェル、エルレの三人も交えて改めて確認する為、最初に大王家の推薦枠であるメロエ・アムドゥスキアスの書類のコピーを三人に渡す。しかし、銀髪を後ろに軽くひっつめてバレッタで止めた、人間で言えば二十代後半と思われる容姿で優しく微笑む女性の写真を見た所でエルレがいきなり声を上げる。

 

「一誠、ちょっと待て! 何でメロエ先生が一誠の眷属選考会に参加してるんだよ!」

 

「この方は昨日になって大王家から推薦された方で、貴族の推薦を受けて合格した唯一の人物だよ。……エルレ、知り合いなのか?」

 

 メロエ・アムドゥスキアスが大王家からの推薦である事を伝えた上で知り合いなのかを尋ねると、エルレは彼女の事について話し始めた。

 

「……あぁ。ネビロス総監察官とレヴィアタン様もいるし、ちゃんと説明するよ。今俺がメロエ先生と呼んだこの人だけど歴としたアムドゥスキアスの本家の生まれでさ、歳は確か俺より二百歳くらい上だったかな? それで幼い頃の俺に家庭教師として音楽について色々と教えてくれたんだ。まぁ一誠達が今想像した通り、最初は俺も音楽なんて性に合わなくて何度も授業から逃げ出したよ。でも、何度俺に逃げ出されてもけして諦めようとしないメロエ先生に根負けしてさ。それで音楽を教わる様になったんだけど、その時の授業が凄く面白くてね。気が付いたら、貴族として恥ずかしくない程度には歌もピアノの演奏もできる様になっていたんだ。それから時が過ぎて一人前の大人になってから偶に小さい子供達にお菓子を持っていく時に歌を歌ってあげる様になって、それで「メロエ先生がいなかったら、こんな些細な事すら俺はできなかったんだな」って思ったら、メロエ先生にはもう足を向けて眠れなくなっちゃったよ」

 

 エルレは懐かしげにメロエ・アムドゥスキアスとの思い出を語るが、その顔には優しい微笑みを浮かべていた。……甥であるサイラオーグの話では、ここ最近のエルレからは男よりも男らしいと言われる程の勇ましい姿よりも女性らしく母性に溢れた優しい姿の方をよく見られる様になったという。

 

「叔父上と義叔母上、そしてアウラのお陰です。叔母上に今まで欠けていたものの全てを、貴方達が与えてくれた」

 

 サイラオーグがそう言って僕とイリナ、アウラの三人に深く頭を下げて感謝の気持ちを伝えてきた時、僕はエルレにやるべき事をちゃんとやれているのだと安堵した。……色々と複雑な経緯こそあるが、彼女もまたイリナとはまた違った意味で大切な女性なのだから。

 

「成る程、それでメロエ先生という訳か。……いい先生だったんだね」

 

「あぁ、俺の自慢の先生だよ。特に音楽に懸ける情熱は冥界一なんじゃないかって思えるくらいだった。その割には親父が俺に何人か就けた家庭教師の中で一番強かったんだけど、その辺はまぁいいか」

 

 何気に聞き逃せない事を言い出したエルレに対して、イリナがすぐに待ったをかけた。

 

「ちょっと待って、エルレ。その家庭教師の中には護身術とか魔力を使った戦い方とかを教える人もいたのよね?」

 

「あぁ、確かにいたな。それでも一番強かったのがメロエ先生なんだよ。まぁ一誠達と比べたら、アイツ等って明らかに教え方が下手だし腕っ節も言う程強くはなかったけどね」

 

 イリナの質問に対するエルレの答えを聞いて、僕は大王家の先代当主の思惑を察した。そしてレイヴェルに確認を取る。

 

「レイヴェル。この話、どう思う?」

 

「先代の大王様はエルレ様が戦いに関心を持たないよう、あえて格の落ちる方を家庭教師にお就けになったと思われますわ」

 

「……やはりか」

 

 レイヴェルの考えが僕と一致している事を確認すると、横から僕達のやり取りを聞いていたエルレはダークブラウンの美しい髪を掻き毟りながら溜息を吐く。

 

「薄々そうじゃないかって思ってはいたけど、一誠とレイヴェルの考えが一致したんならまず間違いないね。全く、親父の奴は何考えているんだか……」

 

 大王家の先代当主の思惑が何処にあったのか、為人をよくは知らない僕では流石に読み切れなった。婚姻戦略の駒として使える様にする為なのか、それとも一人の父親として娘を荒事から遠ざける為なのか。娘を持つ父親としては後者であってほしいと思うが……。

 そうしている内に少し重い空気になりかけたが、エルレが強引に話を元に戻す事でどうにか雰囲気を変える事ができた。

 

「まぁこの話はそれくらいにして続きだ、続き。それで俺が成熟した事でお役御免となって、今は大王領の片田舎で小学校の音楽教師をしながら作曲活動ものんびりやってるってこの間届いた手紙には書いてあったんだけどねぇ……」

 

 それでも、やはり恩師が荒事の真っ只中に飛び込もうとするのを受け入れられないらしく、エルレの表情は未だ暗いままだ。そこでセラフォルー様が実際にメロエ・アムドゥスキアスの実力について確認する。

 

「ねぇ、エルレちゃん。そのメロエ先生って人の強さって、イッセー君達で言えば誰が一番近いの?」

 

「……そうですね。レヴィアタン様に解り易い様にソーナの眷属に当てはめると、絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)を使って色々な事をやれる憐耶が強さも戦い方も一番近いと思いますよ。メロエ先生は音の魔力を使って相手を直接攻撃するのはもちろん、歌や楽曲を通して自分や味方を強化したり敵を弱体化したりもできますから。ただ強さについてはあくまで俺がアリスかはやてぐらいの時の話なので、あまり宛てにはしないで下さい」

 

 数秒程考え込んでからエルレはそう答えたが、確かにそれだけの時間があれば強くなる事も弱くなる事も十分あり得る。そして、この迷路を攻略できたという事は……。

 

「エルレの先生は確実に強くなっているよ。いや、正確には巧くなっているかな?」

 

 僕の意見をエルレに伝えると、エルレは同意してきた。

 

「確かに、メロエ先生が音の魔力を物探しで使ってるところなんて俺は一度も見た事がなかったな。そうなると一誠の言う通り、「強くなった」ってよりも「巧くなった」ってのが正しいかもね」

 

 ……その気になればいつでも貴族としてお家再興ができるだけの力量がありながら、自分のやりたい事、やるべき事を優先する。そういう意味ではジェベル執事長に似ている人だと思った。そして、僕はメロエ・アムドゥスキアスに関する結論を出す。

 

「エルレの先生は大王家の隠し玉の一つってところかな? そんな彼女をこういう形で出してきたという事は……」

 

「それだけ一誠様との関係を重要視しているという事ですわね。大王家にしてみれば一誠様とエルレ様の婚約を通じてネビロス家とも誼を通じる事ができたのですから、それをより強固にしようと考えても何らおかしくはありませんわ」

 

 レイヴェルも同じ結論に至った上に義父上も無言で頷いたので、まず間違いないだろう。……向こうが正攻法で来ている上にこちらには全くと言っていい程に損がない以上、下手に突っぱねる訳にもいかない。それにエルレの話から為人も信用できる為、彼女を僕の眷属に迎え入れるのはほぼ決定だろう。エルレも同じ結論に至っていて、次の迷路攻略者の書類を手にする。

 

「後は面接を通して最終確認をしてしまえば、メロエ先生の天龍帝眷属入りはほぼ決まりだな。それで次はロッド・ハーゲンティか。どれどれ……」

 

 そして書類に書かれている年齢と添付されていた写真を見て、驚きの声を上げる。

 

「えぇっ! この髭面でちっこいオッサンが俺より年下ぁっ!」

 

 確かに以前の小猫ちゃんよりも背が低い上に痩せぎすな体格、更には猫背で髭面と強烈な印象の外見を見た後で悪魔としては若過ぎるとすら言える実年齢を知ると、そのギャップに普通は驚くだろう。ただ、そのギャップには理由がある。

 

「……って、なんだ。ドワーフとのハーフなのか。それならこの髭面と背の低さも納得だな」

 

「その割には、体からも動きからもあまり力強さを感じないけど……」

 

 書類に書かれてある血筋を確認して納得したエルレとは対照的に、物質変換の特性である「錬金」の応用で迷路の壁を分解しながら出口に向かう所を見ていたイリナはロッド・ハーゲンティの肉体や動きに力強さを感じない事に首を傾げている。そこで僕は書類に書かれてある内容と実際に迷路を攻略する様子を確認した事で立てた仮説をイリナに伝えた。

 

「彼の場合、悪魔とドワーフのハーフというよりはドワーフに悪魔の血が入った事で闇の妖精であるドヴェルグに先祖返りしたと見るべきだろうね。実際、提出された書類にも「普通の悪魔よりも太陽の光に弱い」とはっきり書いてあるよ」

 

「ドヴェルグ……。北欧神話によると、太陽の光に当たると体が石になってしまうそうですわ。流石にそこまで酷いものではないと思いますけど……」

 

 一方、レイヴェルは少々不満げな表情を浮かべている。その理由は僕の活動範囲があくまで人間界を中心としているからだ。その点を踏まえて、エルレが意見を出してきた。

 

「そんな弱点があるんなら、普段は人間界で生活している一誠の側には置いておけないな。まぁハーゲンティの特性である「錬金」は研究開発に向いているし当の本人も技術者志望だから、コイツには冥界で頑張ってもらえばいいさ。ただ問題は、コイツについては別に一誠の眷属でなくてもいいって事なんだけど……」

 

 ……エルレの言う通りだった。むしろ僕でなく冥界で僕の留守を預かる事になるエルレの眷属になってもらった方が、僕にとっても本人にとっても都合が良いだろう。ただ、この様な事を流石に本人の意志を確認せずに決める訳にはいかなかった。

 

「その辺は本人に直接確認するよ。その為の面接だからね」

 

「それもそうだな」

 

 僕の意見にエルレも同意した所で、話は三人目の攻略者に移る。

 

「それで次はボリノーン・カイムさんね」

 

 炎が燃え立つ様に逆立つ赤髪とカラフルな柄のバンダナ、そして背中に生えた一対の濡羽色の翼が特徴的な二十代前半の若者といった容姿であるボリノーン・カイムの書類を手に取ったところで、イリナが僕に質問をしてきた。

 

「ねぇ、イッセーくん。ちょっと気になったんだけど、あれだけアザゼルさんが警戒して、ネビロス総監察官も生き残りがいた事に驚いていたカイム家の人がどうやって今まで生き延びてこられたのかしら?」

 

 ……正直に言おう。最初に彼の書類を確認した時、僕は彼についてその外見と血統からカイムの姓を名乗ってはいても「傾聴」の特性は既に失われているとばかり思っていた。そうでなければ到底生き残れるとは思えないからだ。それだけに迷路そのものから正式の攻略法を聞き出すという想定外にも程がある方法で迷路を攻略してみせた時、僕は驚きを隠せなかった。しかも「傾聴」の詳細を知った事でハーデス様は「彼が馳せ参じていた相手が僕でなければ、刺客を送り込んでいた」と断言する程に警戒している。だから、イリナがこうした疑問を抱くのも当然だった。しかし、イリナの疑問に対するしっかりとした答えを今の僕は持ち合わせていなかった。

 

「この書類に書かれてある情報から一応考えられる事はあるけど、情報が少な過ぎてあくまで仮説止まりだよ。一応、八卦を使えばすぐにでも確認が取れるけど、リアス部長の件があるからこの状況では使いたくないんだ」

 

 コカビエルとの最終決戦の時、リアス部長はゼノヴィアに対して「探知」を使用した際に連鎖の爆発が起こってしまい、ゼノヴィアを通してイリナの過去、更には僕の過去をも見てしまった事がある。グレモリーの「探知」の凄まじさを物語る出来事だったが、それだけに知ってはならない事を知ってしまう事で味方を失って破滅しかねない為、僕はリアス部長に「探知」をけして多用しない様に諫言した。その僕が、この状況で八卦を使う訳にはいかない。

 

「確かにここで八卦を使っちゃうと、あの時リアスさんに言った言葉に説得力がなくなっちゃうわね。因みにイッセーくんが考えた仮説って何?」

 

 僕がリアス部長に諫言した時にその場に居合わせた事もあって、イリナは「この状況で八卦はけして使わない」事について納得してくれた。そこから更に僕が立てた仮説についても尋ねてきたので、僕は特に隠す事もなく素直に答える。

 

「外見からも解るし書類にも書いてあるけど、ボリノーン・カイム殿は堕天使の父親と悪魔の母親を持つハーフだ。でも、母親は「傾聴」はおろか特別な魔力なんて持たない一般の下級悪魔だと書かれてある。そこで考えられるのが、母方に由来する先祖返りなんだけど……」

 

「その割には、あまり悪魔としての特徴が見られませんわね。むしろこれだけ堕天使としての特徴が出ていると、純血の堕天使だと言われた方がよほど納得できますわ」

 

 レイヴェルが今指摘した通りだ。先祖返りであれば悪魔としての特徴が色濃く出てくる筈なのだが、ボリノーン・カイムの場合はどう見ても父親の血を色濃く受け継いでいる。だから、あくまで仮説止まりであり、それをイリナに伝える。

 

「だから、あくまで仮説止まりなんだ。これ以上となると、後はもう本人から直接教えてもらう以外に手がないよ。あくまで本人の意志を尊重する形になるけど」

 

「これから味方になる人に話を強制させる訳にはいかない。そうよね、イッセーくん?」

 

 イリナも相手のプライバシーを尊重しないといけない事はちゃんと解っている。だからこそ、あえて僕に確認を取ってきた。

 

「その通りだよ、イリナ。ロッド・ハーゲンティ殿の時にも言ったけど、その為の面接だしね」

 

 そして、ボリノーン・カイムの話を切り上げて、最後となるジュナ・ランバージャックについての確認を始めた……。

 

 

 

 なお、僕達が面接について話し合っている時、セラフォルー様と義父上との間にこの様なやり取りがあったらしい。

 

「ねぇ、ネビロスのお爺様。どうして自分から意見を出そうとしないの?」

 

「ここで年寄りが出しゃばっても、余りいい事はありませんからな。それに今ここで話し合われているのは、あくまで倅の眷属に関する事。ならば、倅を中心として話を進めるべきでしょう」

 

「……ネビロスのお爺様って、実はイッセー君だけじゃなくて兵藤の小父さまにも似てるかも」

 

 

 

Overview

 

 ネビロス家の次期当主となった一誠の眷属選考会が終わってから二時間後、見事迷路を攻略した者達はネビロス家の執事長であるジェベル・イポスによってネビロス邸の一室へと案内された。

 

「これからレヴィアタン様と旦那様がお立ち会いの元、若様を始めとする方達が皆様と面接を行います。先程の試験と面接の結果を踏まえまして、眷属としての採用を判断するとの事です。これからお一人ずつ私が若様のお待ちになられているお部屋にご案内致しますので、他の方はこの部屋でお待ち下さい」

 

 面接に関する説明が終わると、ジェベルはまず一誠と同年代の頃の姿に変化していたガレオ・マルコシアスの名を呼び、そのまま面接の場へと案内する。その後、ボリノーン・カイム、メロエ・アムドゥスキアス、ロッド・ハーゲンティの順に迎えに来たジェベルと共に部屋を出ていき、部屋に残ったのがジュナ・ランバージャックのみとなった頃にはジェベルの説明から既に二時間もの時間が経っていた。しかし、ジュナは長時間待たされているにも関わらず、ただソファーに腰掛けて静かに己の番が来るのを待っていた。

 

(チクショウ。何でこんな事になっちまったんだよ……ッ!)

 

 ……いや、「静かに待っていた」と言うには語弊がある。ジュナは周りが見えなくなる程に一人思い悩んでいた。やがて部屋にいるのが自分一人である事に気付いたジュナは、ガタガタと体を震わせながら頭を抱え込むとひたすら髪を掻き毟る。黒眼黒髪で眉が太く、更に筋骨隆々で一誠より一回り大きな体格である事からともすれば日本人格闘家にも見えるジュナであるが、その中身はあくまで瑞貴の義兄弟である薫やカノンと同じ十五歳の少年でしかない。

 

(あんなデカくて隕石を実際に焼き尽くしちまったタンニーン様を、俺より小さいのに真っ向勝負で叩きのめす様なスゲェ人を殺せ。そんな事、田舎住まいの木こりの倅にできる訳ねぇだろ!)

 

 ジュナの家は名うての木こりで村の稼ぎ頭である父と花作りの名人である母のお陰でどうにかテレビを買える程度には収入が安定しており、冥界中に放映された一誠とタンニーンのエキシビジョンマッチも見る事ができた。自分とそう変わらない年齢で自分より小さな少年が、誰がどう見ても強そうなドラゴンを相手に真っ向から立ち向かい、そして勝ってしまった。また対戦前に二天龍の片割れであるドライグを実体化させたり、対戦後に元とはいえ龍王と対等の友人関係を結んで召喚契約を交わしたりと誰もが予想すらできなかった出来事を立て続けに起こした。そして、そうした驚くべき出来事を目の当たりにした衝撃と興奮をジュナは今もはっきりと覚えている。

 

(オレも、あんな強くてカッコいい男になりたい)

 

 この瞬間、ジュナは一誠に対して純粋な憧れを抱いた。この感情はおそらくは冥界に住まう多くの少年達が抱いたものと同じものであろう。しかし、その様な憧れの存在も今となっては恐怖の対象でしかなかった。

 

(一瞬だ、きっと一瞬でオレはあの人に殺されちまうんだ。……怖ぇ。怖ぇよ。山で腹空かせたデカイ魔獣に出くわした時よりもずっと怖ぇ)

 

 その為、ジュナは死への恐怖と絶望に心が折れかけていた。しかし、ある強い思いが恐怖と絶望に震えるジュナをギリギリでこの場に押し留めていた。

 

(だけど、オレがやらなきゃ親父とお袋は……ッ!)

 

 冥界にとって色々な意味で衝撃的なエキシビジョンマッチの一部始終をその目に焼き付けた翌日。いつもの様に山に向かい、必要な分の木を切り倒してから木材の集積場に運び終えたジュナが鼻歌交じりに上機嫌で家に帰ると、いつもなら笑顔で迎えてくれる筈の母親がいなかった。その代わりに食事の時に使うテーブルの上にあったのは、一枚の手紙。

 

 ―― 旧き貴族の末裔たる誇りを忘れた不出来な親に成り代わり、偽りの魔王に媚び諂う下賤な赤龍帝に死の制裁を加えよ。なお、仕損じた場合は子の責を親に問う事とする。

 

 ジュナは手紙に書かれてある「旧き貴族の末裔」の意味がよく解らなかった。父も母もその様な立派な身分でない事は、一人息子である自分が一番よく知っているからだ。強いて言えば、母譲りの「草木に流すと成長を促す」魔力と山に住む魔獣に襲われた時の為にと棍棒と見紛うばかりの大きさを持つ松明を使った戦い方を父から教わったくらい。たったそれだけの事でどうしてこんな事になっているのか、ジュナはいくら考えてもまるで見当がつかなかった。

 ……結局、夜が明けるまで一睡もせずに待っていたが父親はとうとう帰って来なかった。これで両親が何者かによって攫われた事が決定的となり、ジュナは顔を洗って徹夜した事でボンヤリとしている頭を少しでもスッキリさせようと思い、外にある井戸に向かおうとした。そうしてドアを開けると、家の入口のすぐ側に一枚の手紙が置いてあった。ジュナはすぐに手紙を拾い上げると、書かれてある内容を確認する。

 

(それで手紙に書かれてあった通り、今日の朝に間に合う様にネビロス様のお邸に来てみれば、突然何処かに連れていかれて「この迷路を通って出口まで辿り着いて下さい」だからなぁ。まぁ「壁を壊すな」ってルールがなかったお陰で、こうして木こりの倅で学のないオレでも何とかクリアできたけどな。それにしても迷路をクリアした奴がオレを含めて五人だけってかなり少ねぇな。きっと皆、律儀に出口を目指して時間切れになったんだろうな。……何か、悪い事しちまったぜ)

 

 そこまで考えると、ジュナは次第に自分だけがズルをした様な気がして他の者に対する申し訳なさが湧いてきた。しかし、ジュナは知らない。そもそも「迷路の壁を壊さない」というルールをあえて外してある事。そして、ロシウが迷路に仕込んだ思考誘導の魔法を振り払い、更に一誠達謹製の迷路の壁を破壊するのは上級悪魔でもかなりの実力者でなければ不可能である事を。

 

「お待たせしました。ジュナ・ランバージャック様、今からお部屋までご案内致します」

 

(どうせオレにやれる事なんて、最初から一つしかないんだ。だったら、これ以上怖がっていてもしょうがねぇ。オレも男だ。死ぬまでとことん前のめりでいってやる。……そうだよな、親父)

 

 だからこそ、面接の場へ案内する為にジェベルが部屋に入ってきた頃には、強力な思考誘導の魔法を振り払う程の精神力で体が震える程の恐怖を抑え込み、一誠の暗殺を決意できてしまった。

 

(若様という圧倒的強者に対する恐怖と絶望を乗り越えてきたか。伊達にあの迷路を攻略してはいないという事だな)

 

 ……尤も、如何に実力があるとはいえ実戦経験が皆無と言っていい少年の殺意など、冥界における最高の執事であるジェベルは容易に察してしまうのだが。しかし、ジェベルはジュナに対して特に何かをする訳でもなく、そのまま案内を続ける。暫く歩くとあるドアの前でジェベルが止まり、ドアを四回ノックする。

 

「ジェベルです。ジュナ・ランバージャック様をお連れ致しました」

 

 ジェベルが部屋の中にいる相手に声をかけると、ジュナには聞こえなかったものの入室の許可が出たらしく、ジェベルは脇に避けるとジュナに入室を促す。

 

「どうぞ、お入り下さい」

 

 だが、ジュナは戸惑いを覚えていた。こうまでトントン拍子で一誠の前に立てる事に不安を覚えたのだ。だが、もう後には退けない。握り込んだ拳の中にある冥界に自生する特殊な杉の種を密かに確認すると、ジュナはそのまま部屋の中に駆け込む事はせずに「失礼します」と声をかけてからゆっくりと部屋に入ろうとする。まだ自分の前に執事がいる為にこのままだと邪魔されると思ったからだ。しかし、色々な意味で緊張していたジュナは最初の一歩で右手と右足が一緒に出てしまった。余りに恥ずかしい姿をジェベルの前で晒してしまった事で、ジュナは完全に固まってしまった。そこでジェベルはジュナの不安を取り除く為に声をかける。

 

「ランバージャック様。ご不安になるのは解りますが、どうか心をお鎮めになって中でお待ちになられている方達とお会い下さいませ」

 

 ジェベルのこの言葉で、ジュナは緊張で強張っていた体がフッと軽くなった様な気がした。そして、今度は手足を交互に出してドアを開ける。部屋の中を確認したジュナは、今度こそ言葉を失った。

 

「……えっ?」

 

 部屋の中にいたのは一誠達ではなく、何者かによって攫われていた筈の両親だった。想像外にも程がある展開にジュナの頭は真っ白になったが、これだけはハッキリしていた。

 

「親父! お袋!」

 

 ……これで、自分も両親も死なずに済むのだと。

 

 

 

 ジュナが攫われた筈の両親の元へと駆け寄り、抱擁を交わす事でお互いの無事を確認している頃、別室ではその様子をモニターで確認しながら天龍帝眷属の候補者達が初顔合わせを行っていた。

 

「何とか間に合いましたわね。これも面接が始まってすぐに「お願いします! どうかあのガキとガキの家族を助けてやってはくれませんか!」と土下座してからジュナ・ランバージャックさんの状況を説明なされたボリノーン様のお陰ですわ」

 

 ここ一週間で聖魔和合親善大使の側近として各神話勢力の上層部に広く顔を知られる様になったレイヴェルがボリノーンに感謝の言葉を伝えると、ボリノーンは照れ臭そうな表情を浮かべる。

 

「いやいや、そんな大した事じゃありませんって。俺はただ怖くて泣いてるガキの涙を止めてやりたかっただけでさぁ」

 

 ボリノーンは自分達と一緒に面接の待合室に入ってきたジュナの只ならぬ様子を見て、それが義に悖る行為である事を承知の上で「傾聴」を密かに使用した。それによってジュナを含むランバージャック一家の状況を把握したボリノーンは、ネビロス家の次期当主となった一誠の眷属となる事で身の安全を確保するという目論みを擲ち、ランバージャック一家の救出を懇願したのである。

 ただ今思い返すと相当に青臭い事をやったと恥ずかしくなったボリノーンは、あえて謙遜する事で己の気恥ずかしさを誤魔化した。その様子を見て、メロエは「ウフフ」と口を押さえながら笑っていた。

 

「言葉は少し乱暴ですけど、とても優しい方なのですね。でも結局のところ、考えていた事は皆さん一緒でしたか」

 

「当然である。年端もいかん子供があれだけ恐怖に慄いているのを見て放置する等、いい大人のする事ではないのだ」

 

 腕を組みながらそう答えたのは、外見だけならこの中でも最年長だと間違われそうなロッドだ。……実は最初に呼ばれたガレオも含め、ジュナの尋常でない様子から自分の面接よりまずはジュナの事を優先してほしいと一誠達に頼んでいたのだ。一方、一誠に急遽冥界に来る様に言われたセタンタはジュナに対して感心する素振りを見せる。

 

「それに、アイツはそれでも最後には一誠さん相手に噛み付く覚悟を決めていやがった。あの分なら、たとえオーフィスが相手でも立ち向かっていけるだろうな」

 

 また、一誠がリアスに「探知」でジュナの両親の場所を探す様に頼む際に招集をかけられたギャスパーは、サイラオーグとそう変わらないくらいに立派な体格をしているジュナが自分達より年下である事に困惑すると共にその恵まれた体格を少し羨ましがっていた。

 

「あれで僕やセタンタより年下なのが、ちょっと信じられないけどね。……僕もあれくらい逞しければ、女の子みたいで可愛いなんて言われなくなるのになぁ」

 

 そして、やはりソーナを通じて一誠からの招集を受けた瑞貴はいつもの様に穏やかな表情をしている。しかし、その(はらわた)はマグマの様に煮え繰り返っていた。

 瑞貴はリアスの「探知」によって見張りの目が離れた隙を確認した上で監禁場所に向かって空間を超えて切り込む事でジュナの両親の救出に成功したものの、その体には明らかに暴行を受けた跡があったのだ。

 

「そんな親思いの優しい子に一誠の暗殺を強要させたんだ。まして両親に対しては身勝手な理由で暴行まで加えている。……ここまでやっている以上、それ相応の報いを与えてやらないとね」

 

「既に我等が(キング)より「遠慮も容赦も一切無用」とのお言葉を頂いており、魔王様もこれをお認めになられた。ならば、後はただ行くのみ」

 

 既に変化を解いて本来の姿に戻っているガレオがそう発言すると、レイヴェルはガレオの意見を容れて直ちに出撃を宣言する。

 

「ガレオ様の仰る通りですわ。それでは皆様、そろそろ参りましょう。なお一誠様の代理として僭越ながら私、レイヴェル・フェニックスが皆様の指揮を執らせて頂きます。赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の逆鱗に触れた事、冥府の深淵よりも深く後悔させて差し上げましょう」

 

 レイヴェルの出撃宣言に対し、その場にいた者達は何ら異議を唱える事なく応じた。どうやら、人間以外の種族であっても類は友を呼ぶ様である。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

どうやら冥界編はもう少しだけ続く事になりそうです……

では、また次の話でお会いしましょう。


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第二十六話 天龍帝を頂く者達

 迷路の攻略者への面接を行うに際して、まずは既に内定しているガレオ(呼び捨てにせねば働きませぬぞとの事)を呼び出して他の攻略者に対する印象を尋ねてみた。すると、攻略者の中では最年少であるジュナ・ランバージャック君が何故か酷く怯えていると告げられた。そこで僕達は次に予定していたジュナ君をとりあえず後回しにしてから、順番を繰り上げてボリノーン・カイム氏と面接する事にした。そうして部屋に入ってきたボリノーン氏だったが、用意された椅子の側に来るとその場で土下座、更にジュナ君とその家族の救助を嘆願してきた事で事態が急変した。彼が様子のおかしいジュナ君に対して密かに「傾聴」を使用した結果、ジュナ君が両親を人質にされた上に僕の暗殺を強要されている事が判明したのだ。そこで相手に気取られない様に引き続きメロエ・アムドゥスキアス女史とロッド・ハーゲンティ氏の面接を行う一方、リアス部長の力を借りて暗殺を強要した主犯格を暴き出し、瑞貴にジュナ君の両親を密かに救出する様に指示を出した。なお、メロエ女史とロッド氏からも面接開始早々に「明らかに様子のおかしい子がいるので、まずはそちらの対処を優先してほしい」との申し出があった。その為、本当の意味での面接はまだ誰も行っていない。

 ……そして、瑞貴が無事に救出したランバージャック夫婦の体に明らかに暴行を受けた痕跡があるのを見た瞬間、僕の頭の中から容赦の二文字が消し飛んだ。もしこの身が聖魔和合親善大使でなければ、また基本的に戦闘行為を禁止されていなければ、僕は使える手段を全て使って僕と同じ時代に生きている事を後悔させていただろう。だが、僕は理性を総動員して今にも溢れ出そうな怒りをどうにか抑え込み、ジュナ君以外の眷属候補者全員の意志を確認した上でレイヴェルに預けると今回の件の対処を一任した。ここで聖魔和合親善大使としての自分を台無しにする訳にはいかないからだ。その後、魔王であるセラフォルー様と天界の所属であるイリナの立ち会いの元でランバージャック夫婦から色々と事情聴取を行った上でランバージャック一家の今後について検討した結果、ランバージャック夫婦についてはネビロス家が所有する山の管理人を任せる形でネビロス家が保護する事になった。

 

「あの夫婦についてはそれでよかろう。次にあの小僧についてだが……」

 

 そうして次にジュナ君の今後についての話し合いを始めようとしたところで、ジュナ君を案内していたジェベル執事長が戻ってきた。

 

「旦那様、若様。ジェベルでございます」

 

「入れ」

 

 義父上の許可を得ると、ジェベル執事長は「失礼致します」と一声掛けてからこの部屋に入ってきた。そして報告を行う。

 

「旦那様、若様。ジュナ・ランバージャック様をご両親の元までご案内致しました。それに伴い、若様への殺意も霧散した様でございます」

 

「そうか、ご苦労であった。……それで、ジェベル。その小僧、貴様はどう見た?」

 

 ジェベル執事長からの報告を聞き終えると、義父上はジュナ君について尋ねた。それに対し、ジェベル執事長は極めて簡潔に答える。

 

「一言で申し上げれば、種でしょうか」

 

「種?」

 

「ホウ、そうきたか」

 

 ジェベル執事長の答えにセラフォルー様が首を傾げる一方、義父上は感心する素振りを見せた。好対照な二人の反応を見たジェベル執事長は、何故そう評したのかを説明し始める。

 

「ハイ。ジュナ・ランバージャック様は若様のご用意なされたあの迷路を生まれ持った素質だけで攻略なさいました。しかし、それ故に本来であれば実感を伴わない筈の若様との力量差を正確に理解してしまい、間近に迫る死への恐怖と絶望に苛まれておりました。生半可な者であれば、ここで心が折れていた事でしょう。ですが、あの方はご両親を守りたい一心で踏み止まり、遂には恐怖と絶望を乗り越えられました。確かに抑えるべき殺意や殺気を露わにするなど今は未熟な面が目立ちますが、それはまだ大地に植えられたばかりの種であるが故。あの類稀なる素質に勝るとも劣らない強き心があれば、そう遠くない内に自ら殻を破って芽を出す事でしょう。ただ、芽を出した後につきましては……」

 

 ここで執事長は何故か言い淀んだ。それを見た義父上がどう続くのかを察してその言葉を口にする。

 

「育て方次第で如何様にも化ける。そういう事か」

 

「旦那様の仰せの通りでございます。まして、あの方をお育てになるのが若様ともなれば一体どれ程のものになるのか、私には想像もつきません。ただ野に生える名もなき草として平穏のままに終わる事を選ぶのか、それとも暴風に晒されてもなお折れる事無く大輪の花を咲かせるのか、あるいは冥界の空を支え得る程の大樹へと至るのか……」

 

 ……冥界最古の名家であるネビロス家の執事長を務めている以上、人物鑑定についても人後に落ちないものがある筈だ。その彼にここまで言わせた意味を悟り、義父上はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「あの小僧、貴様にそこまで言わせるか。此度の一件、図らずも小僧の器量を見定める良い機会となったな。それで一誠、貴様はどうする?」

 

 義父上にジュナ君の扱いについて尋ねられた僕は、迷路攻略に至るまでの一部始終と執事長によるジュナ君の人物評を踏まえた上で答えを返す。

 

「まずは一年程、時間を頂きます。全てはそれからかと」

 

「フム。如何に貴様とてまだ殻を破っていない種から()()()()()()使える様にするには、流石にそれくらいの時間が必要となるか。……だが、それをやるだけの価値があの小僧には確かにある」

 

 僕の返答に納得の表情で頷く義父上だが、エルレやセラフォルー様は首を傾げている。しかし、暫くすると二人とも僕の考えに気付いたらしく、納得の表情に変わった。

 

「つまり、あの坊やには元士郎やセタンタだけでなくサイ坊にもなれる可能性があるって事か」

 

「そっか☆ そういう事なら、確かにジュナ君はただ強いってだけじゃダメだね☆ それでイッセー君、具体的にはどうするつもりなの?」

 

 セラフォルー様からジュナ君の指導方針について尋ねられた僕は、頭の中にあった考えをそのまま伝える。

 

「あくまで本人とご両親及びリアス部長とソーナ会長と相談した上での話ではありますが、特に問題がなければジュナ君には人間界に来てもらい、僕達の下で色々と学んでもらう事になるでしょう」

 

「成る程ね。あの坊やを自分の手元に置いて色々指導しつつ、偶にご恩返しの一環としてリーアやソーナの元に出向させて経験も積ませるって訳か。そうする事で、一誠はもちろん瑞貴とギャー坊もそう遠くない内に抜ける事になるリーアやソーナの戦力の穴をある程度は埋める事もできるな」

 

「ふぇ~。イッセー君って、ホントによく考えてるね☆」

 

 僕の答えとエルレの解釈を聞いてセラフォルー様が納得した所で、今度はイリナが意見を出してきた。

 

「イッセーくん、それなら預けるのは主にソーナにしてみたら? 今まで山で木こりとして生活してきたジュナ君を一から指導するのって、ソーナが夢を叶える上でもいい経験になると思うんだけど」

 

「僕もそのつもりで考えていたよ。今イリナが言ったのとシトリー眷属にはパワータイプが不足している現状を踏まえた上でね」

 

 僕がイリナと同じ考えを持っている事を伝えると、真剣な表情を浮かべていたイリナが安堵の笑みを浮かべる。その微笑みを見た僕も思わず頬が緩んでしまった。すると、これ見よがしにエルレが大きな溜息を吐く。

 

「一誠といい、ジオ義兄さんといい、サーゼクスといい、最近じゃドライグに総監察官、ガレオ・マルコシアスもか。どうして俺の周りの男共は、奥さんといるとこうも簡単に口の中が砂糖塗れになるくらいに甘い雰囲気を作っちまうんだか。まぁ兵藤のお義父さんとお義母さんもそんな所あるから俺もやるなとは言わないけどさ、せめてもう少し状況って奴を考えてくれよな……」

 

 ……僕もイリナもそのつもりは全くなかったのだが、エルレからそう見えた以上はそうなのだろう。イリナと一緒に表情を引き締めると、それを確認した義父上が声をかけてくる。

 

「さて、そろそろあの者達の元に向かうぞ。此度の一件に関する説明をせねばならんからな」

 

「解りました、義父上」

 

 そうして、僕達はジェベル執事長の先導でランバージャック一家のいる部屋へと向かった。

 

 

 

Overview

 

 一誠達がランバージャック一家の元に向かっている頃、一誠から指揮権を預かったレイヴェルは明らかに貴族の所有物と解る豪勢な城の前に来ていた。この城の持ち主の領地にはランバージャック一家が生活の糧を得ている山やその麓の村も含まれており、その跡取り息子が禍の団(カオス・ブリゲード)に所属する旧魔王派に通じてランバージャック夫婦の拉致およびジュナによる一誠暗殺を後押しした事が判明している。そこで、レイヴェルはまず跡取り息子の身柄を押さえる事にしたのだ。

 

「それでは、始めましょう」

 

 レイヴェルが作戦の開始を宣言すると、瑞貴とメロエ・アムドゥスキアスが頷く。なお、現在レイヴェルと共にいるのはこの二人だけであり、他のメンバーは別行動を取っている。レイヴェルの宣言を聞いたメロエは一度大きく息を吸うと、冥界で一般的に歌われている子守唄を歌い始めた。音楽活動で冥界にその名を轟かせるアムドゥスキアス家の嫡流である彼女の歌声はとても美しく、また歌唱力も抜群で一度耳にすれば二度と忘れられなくなる程だった。レイヴェルは内心このまま静かに聞いていたいという誘惑に駆られながらもそれを振り切ると風の魔力を発動してメロエの歌声を城の中へと送り始めた。アムドゥスキアス家の血を引く者は声や楽器の音色を媒体とする音の魔力を扱う事ができる。例えば今回歌われている子守唄の場合、聞いた者を心穏やかに眠らせてしまうのだ。まして嫡流の生まれであるメロエの力は一族でもトップクラスである為、並みの上級悪魔では彼女の子守唄に対抗する事はできなかった。メロエが子守唄を歌い切った所で、レイヴェルはメロエの歌声を届ける為に使用した風の魔力を転用して城の中を確認する。

 

「……城の中にいる方は全員スヤスヤとお眠りになっているみたいですわね。メロエ様、お見事ですわ」

 

「いえいえ、それ程でも。私の歌がお役に立てた様で何よりです」

 

 確認を終えたレイヴェルの称賛の声に対し、メロエは少し謙遜を交えながらも素直に受け取った。

 

「レイヴェル、そろそろ行こうか」

 

 二人の護衛である瑞貴がそう提案すると、レイヴェルは軽く頷く。それを受けて瑞貴は己の神器(セイクリッド・ギア)である浄水成聖(アクア・コンセクレート)を発動させると、精製した聖水を閻水に伝わらせて聖水の剣を形成した。そして目にも留まらぬ速さで一振りすると、目の前の空間が裂けてそこから城の中と思われる光景が見えてきた。メロエは初めて見る光景に驚きを隠せなかったが、気を取り直すと既に空間の裂け目に向かって歩き始めていた二人に追い付く。そうして空間の裂け目を通って三人が城の中へと入ると、そこには貴族と思しき痩せぎすの青年が一人床に横たわっていた。レイヴェルは青年の元に歩み寄ると、膝を屈めて顔を確認する。

 

「ニスロク家の次期当主、グレマ・ニスロク様に間違いありませんわ」

 

 レイヴェルは自信を持って断言した。しかし、いくらレイヴェルの記憶力がずば抜けている上に初代が料理長として先代ベルゼブブに仕えたという事で先代魔王とは少なからず縁があるとはいえ、ソロモン七十二柱や番外の悪魔(エキストラ・デーモン)程に有名という訳でもない貴族の次期当主を一目で確認できた事に瑞貴は疑問を抱く。そして、レイヴェル本人に直接尋ねた。

 

「レイヴェル。どうして彼の事を知っているのかな?」

 

 すると、レイヴェルは少々躊躇う素振りを見せた後で意外な答えを返す。

 

「……実はこの方、私の婚約者として候補に挙がった方の一人なのです」

 

「成る程。レイヴェル様の出向先である兵藤親善大使を亡き者とした後に冥界へのご帰還を働きかけ、その上で婚約の話を復活させようといったところですか。確かに動機としては十分ですけど、それにしては納得のいかないお顔をなされていますね?」

 

 瑞貴の疑問に対するレイヴェルの答えに納得する一方でその時の表情に疑問を持ったメロエがその事について言及すると、レイヴェルは少し溜息を吐いてから自分の婚約に関する話を始めた。

 

「そもそも私の婚約についてはまだ内輪話の段階でして、婚約者に相応しい方を何人かピックアップしてより詳細な調査を始めたばかりでした。まして、その後すぐにライザーお兄様が一誠様と友誼を交わしたのを機にこの話はそれまでとなりましたので、婚約者候補だった事実をこの方が知る由など全くないのです。……ない筈なのですけど」

 

「ニスロク家の成り立ちを考えると、おそらくは料理人関係の伝手を通じてその事実を知ってしまった。そんなところかな?」

 

 話の途中で瑞貴が確認すると、レイヴェルは深く頷いてから自身の考えを話す。

 

「先程メロエ様が仰った通り、一誠様さえいなくなれば、以前は候補に上がる所まで進んだ私との婚約話が復活するかもしれない。いえ、この方の中では復活するという確信がおありだった。だからこそ、ニスロク家にとっては旧主であるベルゼブブ家が率いる旧魔王派からの呼び掛けに応じる形で今回の凶行に及んだのでしょう」

 

 レイヴェルはそう断言した事で瑞貴とメロエは納得した。しかし、その一方でレイヴェルは今回の一件には黒幕である旧魔王派の陰で「探知」の特性を持つリアスや「傾聴」の特性を持つボリノーン・カイムでも捉え切れなかった別の存在が動いている事にも気づいていた。そして、それが誰なのかも既に見当をつけている。なお、リアスやボリノーンが真の黒幕と呼ぶべき存在を捉え切れなかったのは、「探知」と「傾聴」には調べる対象をある程度絞らないと膨大な情報を処理し切れないという共通の欠点がある為だ。

 

(フェニックス家と公私共に親密な一誠様の暗殺を手配しておきながら、それでもなおフェニックス家との婚姻が成立し得る。その様な事、それこそ魔王様直々に命じられでもしなければ確信なんて持てませんわ。まして、冥界の覇権を失って久しいベルゼブブ家がかつての地位に返り咲けるなど、本気で信じている訳でもないでしょう。であれば、ベルゼブブ家とは別に魔王様と同等かそれ以上の権威をお持ちの方と繋がっている事になりますけど……)

 

 ただ当然ながら、その様な存在などレイヴェルの知る限りにおいては両手に収まる程度しかいない。その筆頭になるのは大王派の真のトップであるゼクラム・バアルであるが、彼が陰で動いていた可能性はかなり低い。何せ、一誠は妾腹であるが大王家現当主の妹エルレの婚約者であると同時にゼクラム本人の盟友であるエギトフ・ネビロスが自ら養子に迎えた男でもある為、大王家にとっては冥界最古の名家であるネビロス家との橋渡し役を務める重要人物である。その様な貴重極まる存在を積極的に排除する理由がゼクラムを始めとする大王家には存在しなかった。また、ゼクラム以外にもギズルやサーナ、それにメフィスト・フェレスといった最古参の悪魔も該当するもののいずれも一誠とは敵対関係にない為、もはや()()()以外に真の黒幕となり得る者が存在しなかった。だが、今のレイヴェルには確固たる証拠を掴む以上に優先すべき事がある。

 

(いえ。それ以前にまだ内輪での話で表に全く出ていない筈の私の婚約に関する情報を、瑞貴さんが今挙げた伝手だけで本当に手に入れる事ができたのか。まずはその確認からですわね)

 

 その為に実家であるフェニックス家を一から洗い直す事を決意したレイヴェルだったが、そこでポンと肩を叩かれた事で思考が途切れる。

 

「レイヴェル、そこまでだよ。そこから先はお父上であるフェニックス卿や冥界の上の人達の仕事だ」

 

 瑞貴はレイヴェルを窘めると、一誠の眷属である事の意味を語り始めた。

 

「一誠は聖魔和合の象徴である三大勢力共通の親善大使という役目を魔王様に代わって務めている身だ。だからこそ、穢れる事はけして許されない。でも、それはそう遠くない内に一誠の眷属となる僕達も一緒なんだよ。冥界では眷属を通して(キング)を見るからね。そんな僕達の中でも、今後あらゆる場面で一誠に同行して他の神話勢力の上層部とも顔を合わせる事になるレイヴェルは特に注意しないとね」

 

(だから、君が一誠の代わりに穢れようなんて考えたら駄目だ。君の立つべき場所はそこじゃないよ)

 

 瑞貴が言外にそう言っているのは、レイヴェルにもすぐに察する事ができた。この時点でレイヴェルは今後も暗闘を仕掛けてくるであろう反天龍帝勢力とその影に隠れている存在に対抗する為、一誠の代わりに穢れる事を覚悟していた。しかし、そのレイヴェルの覚悟を察した瑞貴によって水を差される格好となってしまった。そして、レイヴェルは溜息と共に考えを改める。

 

「一誠様は「教える事は殆どなくなった」と仰って下さいましたけど、この様な形で窘められてしまうのでは私もまだまだですわね」

 

(だからこそ、一誠様と共に日の当たる場所に立ち、誰にも後ろ指を差されない方法で一誠様を全力でお支えする。それが今の私にできる全てですわ)

 

 こうして、レイヴェルは己の内に秘めていた「覇」と決別し、王佐の正道とも言うべき手段で一誠を支える事を決意した。

 

(成る程、大王様が兵藤親善大使の事を「敵に回すべきではない」と判断なさる訳ですね。親善大使ご本人が稀代の英傑である事は間違いありませんけれど、周りを取り巻く人達もまた一廉の人物でしたか)

 

 そうしたレイヴェルと瑞貴のやり取りの一部始終を見ていたメロエは、エルレとは少なからず縁のある自分を一誠の元に遣わしたのはこういう事だったのかと思い知らされた。なお、彼女には「一誠およびその周辺の状況を大王家に報告する」という命令が大王家の現当主から下されていた為、今のレイヴェルと瑞貴のやり取りも当然ながら報告する事になる。一誠を極力大王家寄りにしておきたい大王家にとって二人はけして喜ばしい存在ではない筈だが、その割にはメロエはあまり危機感を抱いていなかった。

 

(まぁ、その様な事は先程の面接でお会いしたエルレ様のお顔を見れば誰にでも解る事ですけどね。なので、まずはそれで大王様達に驚いて頂きましょうか)

 

 ……かつて音楽の家庭教師として側にいた時には一度も見た事のなかった、女性らしさに溢れた優しく穏やかなエルレの表情。そして、その表情を引き出したのがほぼ間違いなく一誠とその周りの者達との触れ合いであるという事実こそが、彼女にとっての全てなのだから。

 

 

 

 一方、他の天龍帝眷属の候補者達はレイヴェル達とは別の場所にいた。

 

「着きましたぜ。ここが連中のアジトでさぁ」

 

 今回の一誠暗殺計画の為にニスロク家の次期当主に接触していた旧魔王派の拠点まで案内したのは、「傾聴」の魔力で情報のほぼ全てを聞き出したボリノーンである。その彼に到着を伝えられると、この中では最年長であるガレオ・マルコシアスが応じた。

 

「成る程。これ程の難所に造られていれば、探り当てるまでに相当な時間を費やしていたであろうな。流石はカイムの末裔、かつては冥界の耳と謳われし力は未だ健在と言ったところか」

 

 拠点周辺の地形を確認したガレオの言う通り、この拠点は冥界でもかなりの辺境で地形のかなり入り組んだ場所に造られており、通常の手段ではその存在を察知するだけで相当の手間と時間が掛かる筈だった。それらを一気に省略してみせたのだから、ガレオが感心するのも無理はない。しかし、その称賛をボリノーンは素直に受け取れなかった。

 

「ガレオの旦那、そいつはよして下せぇや。そりゃ俺も少なからず力になったとは思いますがね、それ以上にグレモリー家のお嬢さんの方が貢献してるじゃありませんか。それに俺の先祖は偉かったのかもしれねぇが、それで俺の格が鰻登りになるってのはまた話が違うでしょう。それどころか、俺の場合は図に乗ってちょいと羽目を外すだけで即()()ですぜ?」

 

 ボリノーンがそう言いながら右手の手刀で自分の首をトントンと叩く仕草をしてみせると、ガレオは頭を下げて謝罪する。

 

「確かに貴殿の言う通りだな。申し訳ない、私が些か無粋であった」

 

 まさか大戦末期に聖書の神に一撃加えたという冥界屈指の英雄から頭を下げられるとは思わなかったボリノーンは、少々面食らいつつも表面上は冷静に対応した。

 

「いえ、俺の方もちょいとばかり口が過ぎました。ですんで、ここは一つお互い様という事で水に流しませんかね?」

 

「貴殿がそれでよいのであれば、承知しよう。……さて、一番槍は誰が付ける? 誰も名乗りを上げぬのであれば、私がやるつもりだが」

 

 ボリノーンとのやり取りを切り上げたガレオが一番槍について触れると、セタンタが真っ先に名乗りを上げる。

 

「だったら、俺にやらせて下さいよ。一誠さんの一の舎弟であるこの俺が、ここで先陣を切らねぇ訳にはいかないですからね」

 

 この場においてはギャスパーと並んで最年少でありながら最古参であるセタンタが一番槍を志願したのを受けて、ガレオはセタンタに先陣を任せる判断を下す。

 

「フム。では、ここはセタンタに先陣を任せる事にしよう。取りこぼした分は私達で叩く故、心置きなく暴れてくるといい」

 

 ガレオの声掛けにセタンタが頷いてみせる一方、案内役を務めたボリノーンは特に口を出す様な事をしなかった。しかし、内心では旧魔王派に対して激しく憤っていた。「傾聴」という特性を持つが故に闇の世界でも特に深い所までどっぷりと浸かっていたボリノーンにとって、裏稼業の者が私利私欲で無関係なカタギに手を出すのは絶対的な禁忌(タブー)である。よって、その禁忌を平然と破ってきた旧魔王派には裏稼業の筋を通す必要があった。

 

(やる気満々なセタンタにはちぃとばかり申し訳ねぇが、連中へのケジメは裏で俺がキッチリ付けねぇとな。でねぇと、筋が通らねぇぜ)

 

 こうしたやり取りを終えた所で、拠点から出撃した悪魔を中心とする軍勢が次第に近づいてくる。それを確認したガレオは溜息を深く吐いた。

 

「こちらは特に隠密行動を取っていた訳でもないにも関わらず、この反応の遅さ。……確かに、私は己の都合でクルゼレイ様と袂を分かった。しかし、先代アスモデウス様より賜ったご高恩に少しでも報いたいと願う気持ちは今も変わってはおらず、また私があえて去ってみせる事で現状に目を向けて少しでもお考えを改めて頂けたらとも思った」

 

 一誠の元に馳せ参じたもう一つの理由を自ら口にしたガレオであったが、その理由だけに落胆もまた大きかった。

 

「だが、その答えとしてこれ程までに不甲斐ないものを見る事になるとは流石に思わなかったぞ……!」

 

 旧主に付き従う者達の不甲斐なさに対する怒りと落胆を隠し切れず、それを抑え込もうと今にも爪が皮膚を破ってしまいそうな程に拳を強く握り締めるガレオに対して、セタンタは気遣う様な言葉をかける。

 

「ガレオさん、それ以上は気にしない方がいいですよ。人間にしろ悪魔にしろ、解らねぇ奴は何をどうしようと本当に解っちゃくれませんからね。まして、解ろうともしねぇ奴なら尚更ですよ。……それじゃ、ガレオさんの鬱憤晴らしも兼ねていっちょ派手に暴れてくるか」

 

 そうしてゲイボルグを脇に抱えると、そのまま旧魔王派の軍勢に突撃しようとした時だった。

 

「下種共が。一体何処まで腐ってやがる」

 

 ……今までの陽気なものとは明らかに異なるドスの効いた声が、ボクノーンの口から飛び出してきたのは。

 

「皆さん、どうか落ち着いて聞いて下せぇよ。……今出てきている悪魔なんですがね、三分の一が十もいかねぇガキ共が無理矢理体をデカくされて戦わされているだけなんでさぁ」

 

 怒髪天を衝き、眦が裂ける程に目を見開くボクノーンの発言に対して納得の表情を浮かべたのは、この中では最も「見る」事に長けたギャスパーだった。

 

「さっきから何故あんな自分の体を傷つける様な肉体強化の術式を張り付けているんだろうって思っていたんですけど、そういう事だったんですね。……唯でさえあの人の逆鱗に触れているっていうのに、まさかそこから更に上乗せしてくるなんてね。「僕」が向こうにいたら、形振り構わず逃げ出している所だよ。「僕」もギャスパーも死にたくないし、死んだ方がマシな思いだってしたくないからね」

 

 途中から入れ替わったバロールは旧魔王派に対して完全に呆れた素振りを見せる一方で、ガレオは明らかに見分けがついているギャスパーに確認を取る。

 

「ギャスパー。術式が見えている貴公ならば、子供達と賊共を区別できるな?」

 

 「かつては主を同じくした同士」から「討ち果たすべき卑劣なる賊」へと見方を完全に切り替えたガレオに対して、傍から聞けば冷淡とすら感じられる声で答えを返すギャスパーの額には既に瞳の刻印が輝いていた。

 

「えぇ。それについては全く問題ありません。それに向こうは全員僕の神器(セイクリッド・ギア)の有効射程範囲に入っています。それならいっそ、僕とバロールの二人でやってきましょうか?」

 

『シトリー眷属とのレーティングゲームでは「僕」が出るのを禁止されていたからね。だから、セタンタには悪いけど、ここは「僕」達に譲ってもらうよ』

 

 既に自分達だけでやる気満々なギャスパーとバロールであるが、だからと言って黙って役目を譲る様なセタンタではない。

 

「ギャスパー、ご先祖のひい爺さん。そんな野暮な事を言うなよ。俺も一誠さんや神父、瑞貴さんと何度か仕事やった縁でこういう事には慣れてるから、誰が無理矢理戦わされているのか大体解るし、助け方だって心得ている。だから、俺にもやらせろよ」

 

 そう言いながら一歩も退かない姿勢を見せるセタンタであったが、ここで思いもしなかった者から待ったが掛かる。

 

「この様な身形で言っても到底信じてもらえぬとは思うのだが、一つだけ言っておきたいのである」

 

 この中で最も小柄で風貌もけして良いとは言えない男、ロッド・ハーゲンティが旧魔王派の軍勢に向かって歩み出すと自らの想いを語り出した。

 

「我輩にとって、子供の笑顔を見る事が何よりの喜びなのである。子供の笑顔は未来の至宝。我輩が技術者を志すのも、全ては我輩の作ったもので子供達に喜んでもらい、その輝く瞳で希望に満ちた未来を見てもらう為」

 

 歩みを止める事無くただ淡々と思いを語るロッドであったが、天龍帝眷属候補は誰一人彼の言葉を遮ろうとはしなかった。

 

「だが、あ奴等は我輩の、我々悪魔の、そして冥界を含めたあらゆる世界の至宝を土足で踏み躙った」

 

 ……この場において、誰よりも怒り狂っていたのがこの男である事を全員が理解したのだから。

 

「故に、あ奴等には我輩が太陽をくれてやるのである。冥界の(そら)にある紛い物ではない、本物の太陽を」

 

 

 

 それから数時間後、内通者であるグレマ・ニスロクを確保したまま合流したレイヴェル達は、表面が完全にガラス化した巨大なクレーターと武器を掲げて走り出そうとする姿勢のまま固まっている旧魔王派の軍勢、そして百人以上の子供達を相手にあの手この手で喜ばせようと悪戦苦闘する別働隊のメンバーを見て、一体何が起こったのかと暫く頭を悩ませたという。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……一年以上に渡る大スランプでした。

では、また次の話でお会いしましょう。


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