Galaxian 2279 (TOKAS)
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プロローグ <UGSF>
古来より人類の歴史が何かしらの戦いの歴史であるように、今なおも刻まれる歴史からも戦いが消える事は無い。
それが、人類が己の住む天体の人間である事を証明する『地球人』という呼称から、果てなく広い銀河の人間である『銀河人』を自称するようになった時代でもだ。
地球の人口飽和を解決するべく各国家政府が結合されUG――政府連合(United Government)が設立し、その政府連合を元に銀河連邦(United Galaxy)が編成され、同じ人間同士の争いが表向きには消えたとも言えるこの時代での人類の共通の敵は、外敵……外宇宙からの未知なる脅威であった。
二二四三年、銀河連邦宇宙軍(United Galaxy Space Force)――UGSFは、未確認知的機械種(Unknown Intellectual Mechanaized Species)――UIMSと遭遇。交戦に入り、新型特殊航宙機を投入し撃退をする。
続く二二四五年には、その派生種であるUIMSΔとの戦闘に入る。戦いには勝利したが、その代償として一つの惑星を失う事になった。
UIMSとの二度の戦いの後、UGSFは一つのプロジェクトを発動した。
また新たに襲来するであろう外敵に対抗するべく、その外敵が発見された時点でどんな手段を使ってでも外敵に対抗できる航宙機を即時開発する為の、特殊航宙機開発計画。
最初の特殊航宙機の名称から名前と取られ、D計画と呼ばれた。
このD計画は、外敵であるUIMSの技術すらも貪欲に取り込み、多くの技術を投入した結果、航宙機の小型化・高機能化を達成する。これが、小機体でありながら大威力を兼ね備えているという先鋭された兵器開発の流れを生み出す事になった。
この流れは銀河の歴史において必然であったのかもしれない。
何故なら、人類は新たなる脅威と出会い、そして永劫のような時の間、敵と戦い続けるからだ。
永遠に繰り返されるかもしれない、終わる事の見えない、長い長い時の間を。
これから記述される内容は、銀河人――ギャラクシアンの戦いの記録、いや『記憶』である。
歴史の事実は消えずとも、その事実以外の不必要な物事は忘れさられ、消えていく。
しかし、物語という記憶は語り継ぐ者がいる限り、形を変えながらも人々の間に語り継がれていく。
そう、これは果てない銀河の歴史の中で、人々の間でいつか忘れ去られていくかもしれない、戦いの『物語』である。
United Galaxy Space Force SS
Galaxian 2279
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PHASE 1 <ALIENS>
人類が次元跳躍機関であるワープ・ドライブを現実のものとし、太陽系外への開拓の手を伸ばし、自らを銀河人――ギャラクシアンと呼ぶようになって約八○年。
宇宙においての幾多の戦いを経て、何時また襲い来るかわからない外敵に心の底で怯えながらも、人々は幾億の星々が瞬く宇宙という海を己の庭の如く自由に行き来していた。
既に領星が六○を超え、人口も四○○億を超えているという銀河連邦にとって、銀河系はまさに人類にとっての新たな庭という認識であっただろう。
それは『ギャラクシアン』の自称からも伺えることだ。
見方によっては一種の慢心であり、傲慢であるかもしれないが、未知の存在への恐怖を隠し自らを奮い立たせるために縋るモノとしては『ギャラクシアン』の呼称は充分なものでもあった。
複雑な思いを抱えながらも、銀河人らは何事もなく宇宙の海を飛び交っていた。
そう、何事も無いはずだった。
奴等が襲い来るその瞬間までは……
宇宙空間を見ているとポール・M・オーリアットは思い出す事がある。
この黒い海を閃光で染めた三六年前の戦いだ。
敵による地球破壊を阻止するべく、UGSF全艦隊を敵の囮とし、この戦いの為に開発された戦術用重戦闘艇を単機突入させる事により敵機動要塞兵器を破壊するという作戦。
その『囮』のうちの一つの艦にポールは砲手――ガンナーの一人として乗員していた。
作戦の内容からして、生きて帰れる保障は何もなかった。
事前のブリーフィングにおいても、暗に『死を覚悟して挑め』と言われた程だ。
軍隊に所属した以上、いつ死んでもおかしくないものとポール自身も認識はしていた。
しかし、その『死』を間際にして僅かに『逃げたい』とも思った。
それでもポールが逃げる事はなかった。
自分一人が戦いに加わったところで戦果が変わるとも限らない
だが、自分一人が逃げたところで何かが変わるわけじゃない。
何も変わらないのであるのなら、今自分がやれる事をやるだけだ。
他のガンナーやクルー、艦長……。全てのUGSF隊員もそう思っている事だろう
そう考え、ポールはそのまま作戦に参加した。
言葉通りに死を覚悟して。
そしてポールは心の中で叫んだ。
『全てはUGSFのために!』
誰に言うまでもない、自分への決意を表す言葉だった。
無我夢中だった。
ただ目の前に映った敵に向かって引き金を引き続けていた。
囮ではあるが、可能な限り敵を倒す。それがガンナーとしてのポールの役目であった。
艦が揺れ、狙いがズレようと、外れようと、とにかく敵に向かって撃ち続けた。
黒い宇宙が光線で瞬き、爆発が黒を一瞬白く染め、また閃光の宇宙に戻る。延々と回り続ける万華鏡のような、一種の幻想の世界がそこには描かれていた。
視界を縦横無尽に飛び交う敵……UIMSの数々。
多くがのっぺりとした表層をした、無駄という無駄が省かれているかのような、色がそのまま形になっているとでも言うような、異形の機体。UGSFの艦と全く違うデザインをしていて、一目で敵であることがわかった。
存在そのものが兵器だという奴らにパイロットやクルーは存在しない。目に見えている物自体が奴らであり、敵だ。どこか人間離れしたデザインになるのも道理だった。
そんな奴らに対し、互いに情けなどという言葉も存在しない。必要が無い。倒すか倒されるかだけだ。
どこから沸いてくるのかわからないほどにポールには意気込みだけはあった。
しかし、ガンナー一人の気持ちだけで勝てるほど戦いは甘くは無い。
肝心の戦い自体はUGSFの劣勢であった。
敵の艦が一つ落ちる度に、味方の艦が二隻、三隻と宇宙の藻屑となって姿を消した。
そしてまた一つ、二つ……。
敵に数に押され、UGSF艦艇は次々と姿を消していく。
まだ数の上では全体の半分以上の艦が残ってはいたが、勢いは明らかに敵側にあった。
やがて敵の前衛艦隊は機動要塞の後背に周り、守りを固め始めた。
艦隊の陣形の維持すら困難になり、もはや絶望かと思われたその時だった。
空間に僅かな揺らぎがあった。
星々が歪み、どこからか白い閃光が発せられ、何かの形を形成していく。
一つの形が出来上がると、その光が剥がれるように消えていき、一つの艦が姿を現した。
ワープアウトだ。
そう、一つの艦が発進し、ワープ……次元を跳躍してやってきたのだ。
戦いの最中に姿を見せたのは、既存のUGSF艦艇よりも小型ながら、全身に甲冑を装着した騎士のような凛々しさを感じさせる白いカラーリングの機体。この作戦の為に作られた『竜騎兵』の名を持つ戦術用重戦闘艇だった。
様々な事情から『竜騎兵』は作戦開始時においても完成しておらず、ギリギリまで開発が続いたのだが、どうやら開発が間に合ったようだ。
出現した『竜騎兵』は、ワープ後の勢いそのままにUIMSの前衛艦隊へと突撃した。
機体の中央に在る砲台から、言葉通り四方八方に光を発し、UIMSを蹴散らすその姿は、『竜騎兵』の言葉の響きから想像される姿そのものだ。
『竜騎兵』が敵艦隊の旗艦を撃沈すると、劣勢な状況ながらも喚起の声すら上がった。その名前が伊達ではない事を『竜騎兵』は自らの力で証明したのだ。
全が奮い立つ中、『竜騎兵』は敵機動要塞へと突入していった。
作戦の全ては『竜騎兵』にかかっていた。機動要塞内の詳細は実際に戦ったか上層部以外は知るよしもない事だが、『竜騎兵』により一度かき回された戦場の勢いはUGSF側にあった。
囮としての役目は果たしたが、まだ戦いは終わっていない。地球が救われるその時まで作戦は終わらない。だからUGSF全艦隊は戦った。懸命に戦い続けた。『竜騎兵』に全ての思いをかけながら。
そのうち、敵機動要塞の様子が一変した。
要塞全体が赤く染まり、そこらかしこに爆発が発生していた。
そこに全艦隊に一つの通達が入った。
『M8774D 成功』。
どうやら『竜騎兵』が敵目標の破壊に成功したらしい。地球は救われたのだ。
続いて全艦隊の緊急撤収命令も通達される。どうやら敵要塞の様子が異常な事にも関係があるようだった。
命令に従い、全ての艦は要塞近辺からの離脱……ワープ準備に入った。
空間が歪み、ポールの乗っていた艦が白い光の中を駆けようとしたその時、敵要塞から脱出する『竜騎兵』の姿が見えた。
ほんの僅かの間だけだが、その姿はポールの目に焼きついてはなれなかった。
やがて、敵機動要塞は崩壊し、敵UIMS艦隊も殆どがその爆発に巻き込まれた。
この機にと、UGSFは反撃に転じた。
奴らに感情があるかは定かではないが、旗艦も失い、いま要塞も落とされたUIMS艦隊の勢いは衰えを見せていた。
『竜騎兵』の帰還が確認されてからも、UGSF艦隊の戦いは続いた。奴らUIMSを全て倒すまでが作戦だからだ。
要塞跡周辺のUIMS艦艇の駆逐を完了すると、残ったUIMSは集結し、現星系外周へと移動を開始し始めた。どうやら撤退行動らしかった。
これがUGSFの勝利と確信する証明になったようで、まもなく司令部から作戦の完了が宣言された。
これらが三六年前……二二四三年の『オペレーション・キャノンシードデストラクション』だ。それから二年後の二二四五年の惑星コーネウスの戦いと共に、UGSFにとってUIMSとの戦いは忘れる事はできなかった。
「オーリアット艦長」
不意に聞こえた呼び声にポールは現実に戻った。
「……ああ、すまない。何か?」
「いえ、特に用事ではないのですが……」
目を逸らした部下を見て、ポールは心配されている事を察した。
「私は大丈夫だよ。まだまだ」
こうは言ったものの、妙に昔の事を思い出すのは年のせいかとポールは思っていた。
「『キャノンシード』の英雄ですからね、艦長は」
「年寄りをからかうものじゃない」
あの作戦に参加していて未だにUGSFに所属している事から、よく話の引き合いに出されはするが、ポールはあくまで囮のうちの一砲手でしかなかった。それが偶々生き残り、家庭を育み、UGSF隊員としての使命を全うしているうちに、小さな艦の艦長という役職に落ち着いていた。『二つの戦いに参加しただけの軍にしがみ付いている年寄り』と嫌味を言う者もいたが、それはごく一部の者だけであり、大抵の場合はポールを心配する部下のように、多くの隊員に慕われていた。それに、艦長という立場であっても、銀河に跨るUGSFの幾千もの艦隊のうちの、さらに一つの艦の長でしかない。ポールの気持ち的には、昔から何も変わってはいないつもりだ。
「とはいえ……もうすぐ私もお役御免だろうね」
「そんな、艦長はまだ」
部下がポールを思ってくれているのはよくわかっていた。
しかし、老体にムチを打ち続けるのもそろそろ限界だとも思っていた。かつての地球の軍でならとっくに退役している大佐という階級と年齢だが、平均寿命も延び、銀河を航行するような時代にそんなのはただの言い訳でしかない。それでも、ポールはもう自分の限界が近いものと感じていた。
「年には勝てんさ。この遠征が終わったらゆっくり息子夫婦や孫と仲良く暮らすつもりだよ」
そう言ってポールは視線を写真立てに移した。画像データを表示するデジタルなフォトフレームなどではなく、本当の写真を入れてある写真立てだ。大した理由はなく、ポールの趣味である。
写真には、中央にポールが立ち、その右隣にポールの息子とその妻が立ち、左側にはランドセルを背負った少女が立っていた。いかにも幸せそうな家族の写真だった。
「今、お孫さんお幾つでしたっけ」
ちらりと写真を見た部下がポールに尋ねた。
「今年で一六になるはずだ。だが、今でも私にとってはこの頃からずっと可愛い孫だよ」
古い写真の入った写真立てを手にして、ポールは孫への思いを馳せた。そして、あわよくばこの小さな幸せが続くのであれば続いて欲しいと思った。
「君も早くこういう家庭を作る事だね」
先ほどのお返しとばかりにポールは年頃である部下に言う。
「その時は是非艦長に仲人をお願いします」
「ああ、楽しみにしているよ」
口約束ではあるが、できることならそれを現実にしたいものだとポールは思った。
心の底で、本当に思っていた。
だが、ポールと部下の願いが叶う事はなかった。
まずその警告と言わんばかりに突如として艦全体に警報が発せられた。
「……なんだ!?」
ポールは思わず叫んだ。
音からして緊急度の高い警報である事はわかったが、今までにこんな事は無かった。
「わかりません! あまりに突然で」
当たり前だが、近くにいた部下も同じく状況が理解できていなかった。
ポールがスクリーンを見ると、艦隊全体で攻撃を受けていると思しき光景が映っていた。
「一体何なんだ……」
攻撃と思しきと表現するしかない程に、ポールには今の状況が理解できなかった。
どこからか光線が発せられたかと思うと、それが艦を貫き、爆発し、一つ、また一つと姿を消していく。
「これはまるで……」
ポールの脳裏にかつてのUIMSとの戦いが思い返された。
だがそんなはずは無い。この攻撃が奴らだと言うのなら、UGSFが先にそれを確認しているはずだ。幾ら末端の艦とはいえ、知らされないなんて事は無い。
そして、この攻撃がUIMSであるのなら、奴らの姿がどこかにあるはずだ。
それなのに、奴らの姿は見えない。
敵と思しき存在の姿が見えない。
そう、何も見えないのだ。
確かに何かがいるはずなのに見えなかった。
見えるのは、僅かに瞬時に発せられては消える光と、やられていく味方の艦だけだ。
周辺の爆発の衝撃に揺れる艦だが、その揺れはどんどん激しくなってきた。
状況を確認しようとはするが、どこもかしこも混乱していた。
「脱出だ! この宙域から逃げるんだ!」
ポールは叫んだ。
艦長として、全てのクルーを守る為に、現状出来る事を判断し、それを叫んだ。
「は、はい!」
部下がそれに答えた、その刹那。
「うわぁっ!」
艦全体が激しく揺れた。
続いて爆発の音が聞こえ、そしてまた艦が揺れる。
「わからない……」
ポールは立ち尽くしていた。
火災も発生し、どうにか生きているコンピュータの表示にもエラーなどの情報が錯綜し、どこもかしこも赤い色で染まったブリッジで、読み込めない今の状況にただ唖然となっていた。
どこからか聞こえる奇妙な音がブリッジ全体に鳴り響いていたが、今のポールの耳には何も聞こえていなかった。
もはや、艦の事も、部下の事も、孫の事すらも頭に思い浮かばなかった。
突然の事が全てを消し飛ばしたからだ。
そして、その事の詳細がポールには理解できなかった。
何があったのか。何故こうなったのか。何がやってきたのか。
頭の中が交錯するポールは、最期に見えたものを思わず呟いた。
目に焼きついたその存在を形容する言葉を。
「虫……」
それはポールが本当に見たかは定かではなく、幻か何かだったかもしれない。
だが、今となっては確認する事も証明することもできない。
この銀河に彼の居ない今となっては。
二二七九年初頭、遠征艦隊はそのまま消息を絶った。
後日、艦隊が消息を絶ったと思われる宙域に調査艦隊が派遣され、直前のデータと艦艇の残骸から事故ではなく、何かしらの勢力による攻撃行為の結果と分析された。とはいえ、データが殆ど無い状態のため、憶測の域は出なかった。しかし、敵はUIMSとは別の存在である事は状況のデータからしても伺えた。
新たなる脅威が確認されたことによりUGSF全体が揺れた。
二度のUIMSとの戦いから数十年。かねてから開発の為に開発を続けられてきたような『D計画』に日の目が当たると不謹慎ながらも喜ぶ者さえもいた。
だが、現状では『姿の見えない未知なる敵』という認識である為に、有効な対抗策が浮かぶ事はなかった。
いつまた襲いくるかわからない脅威に、全銀河のUGSF隊員は緊張で張り詰めていた。
そんな中、とある銀河連邦領星にある基地で一つの小さな式が行われた。
ポール・M・オーリアット大佐を含めた遠征艦隊の隊員たちの合同葬儀だ。
かつての公式の戦いであるキャノンシードデストラクションでの戦死者とは違い、大々的に公表される事もないが為に有志たちにより基地内部で行われた、とても小さな葬式である。
どこか甘美なムードを漂わせる曲が流れる中、隊員たちは亡くなった者を弔っていた。明日はわが身かとも思いながらも、何故今と多くの隊員が思っていた。
「……何の曲だ?」
UGSF隊員の一人であるユウキ・サワムラは隣の隊員に尋ねた。夢幻的な香りを漂わせながらも、どこか悲壮感を思わせる曲がなんとなく気になったからだ。
「シバの女王。確かかなり古い曲だよ」
ユウキの親友でもあるライアン・ニックスはその疑問に答えた。
大佐が自分が死ぬ時にはこの曲を流してくれと言っていたという事も教えた。だが、本当にその時が来るとはライアンも思ってはいなかった。
「あの人らしいな」
分け隔ても無く多くの隊員に接し、皆から良く思われていた、どこか古いものが好みであった大佐を思い出し、ユウキはつぶやいた。
基地に配属されているユウキと、艦長である大佐とは、立場が立場なだけに直接話す事自体はあまりなかったが、大佐の人柄の良さだけは感じていた。
「ああ、自分と同じ名前を持つ奴が演奏した曲だともよく言っていたよ……」
なんでもない時に聴けば良いメロディである曲が、大佐との思い出や多くの隊員が亡くなったという事実と重なり、弔う隊員たちの目に涙を呼んだ。
「英雄でもやっぱり死ぬんだな……」
「……人、だからな」
ユウキとライアンの二人は泣きはしなかった。
しかし、他の隊員と同じ、いやそれ以上に悲しみを感じていた。
今の気持ちを表す言葉がうまく出てこないくらいに。
ただ、とても重く、苦しかった。
葬儀を終え、皆で片づけをしていると、ユウキは上官の一人に声をかけられた。彼が今回の葬儀をやろうと言い出した発起人でもある。
「……これは?」
厳重に包まれた何かを手渡されて、ユウキは一体何かと尋ねた。
「オーリアット大佐のものだ」
つまりは遺品だということらしい。
「これが……何か」
物が何かがわかっても、それを渡された理由がユウキにはわからなかった。
「大佐の家に届けてもらいたい」
「俺がですか」
「そうだ。おれが行きたい所だが、そうもいかなくてな」
上官は先ほどまでの葬儀の場を指差し、暗に後始末をする必要があると述べた。どうやら葬儀を行う自体結構無理をしたようだ。
「了解しました」
「じゃあ本当に頼んだぞ」
そう言うと上官は軽く手を振って、『後始末』へと向かった。
「はっ」
ユウキの方も軽く敬礼をした。
そして、改めて手渡された大佐の遺品をじっと見つめた。軽く了解はしたものの、かなり重たい事を頼まれたのかもしれない、とも思った。
「……で、なんでオレまで一緒なんだ? 今更な事だけどよ」
助手席に座るライアンがユウキに聞いた。
今、二人で宇宙の基地から地上に降り、大佐の家へと向かっている所だった。
基地のある星と同じ所にオーリアット大佐の家族が住んでいるということもあり、上官の頼みでもあったのだろう。
「UGSF隊員とはいえ、見知らぬ男が一人で行っては怪しいだろう。だからといって大人数で行くような事でもない。二人で行くのが一番だ」
ユウキは持論を述べた。実際のところは一人で行くには気分としては重たかったからだ。
「素直に一人じゃ寂しいと言えよ」
「一人じゃ寂しい」
「……本当に言う奴がいるか」
「ここにいる」
「そういう意味じゃないっての」
「……さて、ついたぞ」
二人で軽口を叩いているうちに、車は大佐の家に到着した。
適当なところに車を止め、二人で閉じられている門へと向かった。
「へぇ、さすがは立派な家だ」
立派な家構えを見て、ライアンは感心する。
「ほら、こっちだ」
インターホンを見つけたユウキはライアンを引っ張る。
そして、二人してカメラのついたインターホンの前にきちんと並ぶと、ボタンを押した。
電子音によるチャイムが鳴り、少し間が空いてから声が聞こえてきた。
『はい、どちらさまですか』
透き通るような女の子の声だった。
「あ、えっと……」
「UGSFです」
思わず慌てふためくライアンと、そんな事関係なしに敬礼をするユウキ。
『UG……もしかして、祖父の事ですか?』
察しが早いのか、彼女は二人に問いかけてきた。
「はい。オーリアット大佐の遺品を届けにきました」
「お、おい」
ストレートに言うユウキを抑えようとするライアンだが、もう遅かった。
『……今、開けますから。お入りください』
彼女がそう言うと、門が自動的に開いた。
「さ、行くぞ」
門が開くが間もなくユウキは足を踏み入れた。
「お前って奴は……ま、いいけどさ」
連れて来ておいてさっさと行くユウキに呆れながらも、ライアンはその後ろをついていった。門から少し歩き、玄関まで着くと、改めてインターホンを鳴らした。
「ようこそ」
開いた玄関の扉の向こうには、先ほどの透き通った声をしたボブカットの少女が立っていた。美少女と言うのがしっくりくる彼女の姿には、オーリアット大佐の写真の面影が確かにあった。
「お、あ……どうも」
ライアンは彼女に見とれ、思わず頭を下げた。
「お邪魔します」
一方のユウキはそんな事は気にせず、ずかずかと家の中に足を踏み入れた。
「あ、おい……」
ライアンが止める間もなく、ユウキは先に行き、むしろ中から早く来いと呼んできた。
「どうぞ」
「……すいません」
彼女もそう言ってくれた事もあり、ライアンはまた頭を下げ、大佐の家の敷居を跨いだ。
本当に色々な意味で申し訳ないと思いながら。
「改めて、UGSFのライアン・ニックスです」
「ユウキ・サワムラです」
まず、二人で彼女に自己紹介をした。
「ノシカ……ノシカ・M・オーリアットです」
敬礼する二人に彼女、ノシカは小さく頭を下げた。
「あー、えっと……」
「これが、遺品です」
「お、おい、だからお前……」
どう切り出すか迷っていたライアンを余所に、ユウキは手渡された包みをノシカの前に差し出した。ライアンの小声の注意なんてお構いなしだ。
「コレが……」
「どうぞ」
ノシカが包みを手に取ると、ユウキはそれを今ここで開けてもかまわないと伝える。
「いやだからお前なあ……」
「いえ。……失礼します」
頭をかくライアン。それに大丈夫だと言い、ノシカは二人に断り、包みを開けた。
何十にも包まれていた、包みを開け終えると、三人とも一瞬言葉を失った。
「……写真立て」
最初に口を開いたのはノシカだった。
一緒に手紙が同封されており、それによると、艦隊の残骸が漂う中で奇跡的にそこに残っていたのがこの写真立てだと言う。放射線だのの処置はしているので問題は無い、とも書いてあった。
若干色あせながらも、その写真はオーリアット大佐が生きていた時と同じように、そこに在った。何も変わらないままに、笑顔のオーリアット大佐を写したままに。
「おじいちゃん……」
搾り出したような震えたノシカの声。
そこに込められた思いは、二人も嫌と言うほど感じた。
重くなった空気の中、ユウキは立ち上がり、言った。
「……それでは失礼します」
「おい、ユウ……!」
さっさと帰ろうとするユウキを、ライアンは止めようとはするが、その歩みは早かった。
「いいんです、今日は本当にありがとうございましたニックスさん」
「いや、ほんとすいません……本当に」
互いに謝り合うノシカとライアン。
二人が謝って済む事ではないが、お互いにそうしなければ気が済まなかった。
「それでは、その……お邪魔しました」
ノシカに挨拶をして、ライアンはユウキを追いかけて玄関へと向かった。
それからノシカも急いで玄関に向かい、二人を門まで送り、家に戻ってきた。
父も母もまだ帰ってきていないこのオーリアット家に居るのは、ノシカだけだ。
だが、祖父が生きていれば、寂しい事はなかったはずだ。
祖父が生きてさえいれば、こんな悲しい事を覚える事もなかったはずだ。
二人がいる間は押さえていた気持ちが、一人になり、凝られきれなかった。
ノシカは泣いた。
祖父を呼び、ただ泣いた。
祖父のくれたプレゼントのオルゴールを手に、ひたすらに泣いた。
幻想的な曲を奏でるそのオルゴールを祖父がくれたあの日を思い出して、泣いた。
もう、祖父はいないのだから。
「あれでよかったのかよ」
オーリアット大佐の家を後にして、基地へ戻る途中、ライアンはユウキにさっきの態度について突っかかった。
「いいわけはない」
それにそっけなくユウキは答える。
「だったら何故」
「今はこうするしかない、今は」
唇をかみ締め、眉をしかめるユウキ。その顔はとても苦々しい。
「今は?」
「多くの仲間を殺した奴らが、もしUIMSだと言うのなら俺は今すぐにでも出撃して倒したいと思っている。だが、今はまだ敵の正体がわかっていない。だから俺には何も出来ない。何をする事もできない。戦うべき手段がわからないんだ。今はまだ、UGSFの隊員として訓練を続けるしかない。命令を実行するだけでしかないんだ……!」
ユウキの不器用な怒りが声として吐露された瞬間だった。
オーリアット家でも、何も考えずにぶしつけは事をしたわけじゃない。ただ渡せと命令されたからそれに従ったまでだとユウキは言っていた。
「……悪かったな」
長々と語ったユウキに対してライアンは謝罪した。
「……いや、俺も悪かった」
ユウキの方も謝った。
「多分、お前の今の気持ちはUGSFの皆が思ってることだよ」
「だが、気持ちだけでは戦えない」
「……そうだな」
やるせない気持ちを抱える二人。
その気持ちも、多くの隊員が抱えてるであろう気持ちのはずだ。
UGSFも未知の脅威への対策を講じたかった。
しかし、データが足りない以上、何もわからない以上、手も足も出なかった。
規模は違えど、まるでかつてのUIMSとの戦いの状況の繰り返しであった。
今のUGSFは、とにかく敵のデータが欲しかった。
たとえ僅かのデータであっても。
謎の敵により艦隊が消息を絶った宙域からほどなく近い所に銀河連邦領星の一つがあり、その星でテラフォーミングが行われていた。
銀河連邦が発見した当初は荒れ果てていた星だが、今では言葉通りに緑の星と生まれ変わっていた。だがまだ完全に環境の調整ができていない為、今のところ民間人はおらず、主にUGSF地上部隊によって星の管理・警備が成されていた。
暫く前の『新たな脅威』についての事は、この星の隊員たちにも伝わっており、日々警戒を怠ってはいなかったが、緑以外はまだ何も無いような星でやれる事は何もなかった。
この星に何かあるとすれば、地球と同じくらいに美しい夕焼けくらいだろう。
「ふぅ……」
このUGSF隊員も、その夕焼けを見る度に不思議な気持ちになっていた。
空だけでなく、遠巻きに見える山をも赤く染める、この星系の太陽の光。それにわずかに照らされて見える、地球で言えば月に当たる近くの衛星。地球と同じような感じがありながらも、どこか違う風景。
夕焼けの陽は人の心に訴えるものがあるのか、地球生まれではない彼にも何かを思わせるものがあった。
「……ん?」
彼が見つめていた空に何かが見えた気がした。
隕石か何かだったのだろうかと思ったが刹那、明らかに空で何かが光るのが見えた。
「なんだ……?」
光の加減からして何かが爆発したかのようだった。
ちょうど彼が見た方向には衛星基地があったような覚えがあった。
まさか、とは思った。だが断言は出来なかった。
続いて奇妙な音が彼の耳に入った。
まるで何かの音色のような、鳴き声のような、今まで聞いた事もない音だった。
どこからともかく響いてくるような音は、少し前まで安らいでいた彼の心に不安を生んだ。
奇妙な音は近づいているようにも聴こえたし、変わらないようにも思えた。
音の距離感が掴めない。それが不安を大きくしていった。
思わず彼が夕日から目を背けた瞬間、新たな音が響いた。
かなり遠くからの爆発音だった。
「なっ!」
驚き、彼はその方向を見ると、煙が立っているのが見えた。
あの辺りには確か彼の所属とは別の地上基地があったはずだ。それが一体何故。
彼の頭に疑問が渦巻いていった。
「……また!?」
また奇妙な音が聴こえてきた。
今度は彼の方に近づいているようだった。
だが、本当に近づいているのかはわからない。本当にわからない。
彼には何もかもがわからなかった。
思わずうろたえ、視線が泳いだ。
「そうだ、連絡……」
彼が通信機に手を当てたその時だった。
上空mからの、奇妙な、甲高い音が彼の耳を貫いた。
防音機能もあるはずのヘルメットを付けていながらも、その音は彼の頭に響いた。
意味は無いものの、思わず耳を押さえて頭を上げると、彼の目に信じられない物が映った。
「む、虫……!」
そう、巨大な虫だった。
大きな二つの眼がついた頭に、箱のような胸部、そこから団子のように丸い形が幾つも繋がって伸びた身体。四つの足を生やし、複数の翅で空を飛ぶ、どこか彼が小さい頃に何かで見た地球の虫――トンボを思わせる存在。その姿は『虫』と言うしか他がなかった。
そんな巨大な虫が、いま彼の目の前の空を飛んでいたのだ。
この星に居るはずのない。いるわけのない、巨大な虫が。
『巨大虫』は、先ほどから聴こえていた奇妙な音を発しながら彼の頭の上を飛び越えていった。そして、何かを投下……いや、発射したようだった。
その『何か』はまっすぐに、彼の目に映る建造物へと向かい、当たると爆発をした。
どうやら小型のミサイルのようだった。
彼が動かない、いや動けない間にも新たに『巨大虫』は空から飛来してきた。
この星の空。つまり宇宙からの侵略だった。
宇宙から次々と現れる『巨大虫』。
緑、緑、そしてまた緑。
夕焼けで染まっていた惑星の空は、『巨大虫』と、その『巨大虫』らが発射するミサイルにより、あっという間に書き換えられた。
星一面に広がっていたはずの緑が、爆発火災により赤く燃え上がる。
空には黒煙が広がり、赤くも灰色の空になっていく。
敵の照準は甘いものではあったが、敵自身の速さと、縦横無尽に撃たれるミサイルが、しらみつぶしに惑星全体燃やしていった。
彼自身の記憶もそこで途絶える事になった。
『巨大虫』の姿が脳裏に刻まれたまま。
その領星からの連絡は、その日から途絶える事となった。
後日、遠征艦隊消息途絶時と同様に派遣されたUGSFの調査艦隊によって惑星の調査が行われた。艦隊の時と同じように、全滅に等しい惨状ではあったが、数名の生存者を確認、即時に保護・治療が行われ、『彼』共々事についての査問が行われた。
「一体何があった」
「虫……。巨大な虫が、襲ってきたんだ」
余程のショックだったのか、彼は殆どが『巨大な虫』の事しか口にしなかった。
それから時間をかけ、当事者のうちでもっとも敵の事を知っていそうな彼に設問が続けられた。
UGSFとしては、奴らに対するデータがとにかく欲しかった。
基地や惑星も限りなく破壊され、殆どのデータが残っておらず、今頼れるのは不確かながらも、証言という情報だけだった。
流石のUGSFでも、人間の脳からデータだけを抜き出すような技術も無く、そんな事をするつもりも今のところはなかった。
だからこそ粘り強く、様々な方法で彼から情報を引き出した。
「……では、色は?」
一人の隊員が彼に尋ねる。
「緑……そう、緑だった」
彼は頭に浮かんだそれを答えた。
隊員は情報端末を操作し、彼の言うように画面に映っているスケッチに色をつけた。
「なるほど……。では、こういう感じだったか?」
そう言って、隊員は彼に情報端末を見せた。
その端末には、彼の証言を元に『巨大虫』の姿が描かれていた。
つまりは想像図だ。
あくまで想像である為に、実際に彼が見た物とは違うものではあったが、大方の形は彼に言う形そのままに描かれたはずであった。
「う……」
「どうした? 違ったのか?」
頭を抱える彼に隊員は問いかけた。その瞬間。
「……う、うわああああああああああああ!!」
彼は突然に叫んだ。発狂だった。
そのスケッチは、実物とは違う『虫のような戦闘兵器』という絵ではあったが、彼の恐怖を思い出させるには充分な出来だった。
「救護班! 今すぐ彼を!」
「虫だ! 虫だ! 虫が! がああああああ!!」
彼は入院を余儀なくされ、彼からの情報の引き出しは中断された。
それからも情報を引き出す事は続いたが、有用な情報はあまり引き出せなかった。
不確定な要素が多いながらも、残されたデータや彼から引き出した情報を元に、UGSFは敵をUIMSとは別の、新たなる脅威として認定した。
我々とは異なる、適性外宇宙生命体の戦闘兵器による二度の襲撃。これだけでも外敵として考えるには充分な事だった。
一度目の襲撃に関しては、初のUIMS遭遇時同様に油断していた事や、敵の特性と思われる高速機動性にUGSF艦艇が対抗できなかった為、と考えられた。かつてのWW2における戦艦と航空機の戦いのように。
二度目についても、敵が艦艇に比べて小型ではあるとはいえ、人間と比べれば流石に巨大な存在であり、それに対する方法も軍内部で考えられてはいただろうが、あくまで机上の空論レベルであり、実際にその対策方法が無かったが為に、あんな結果となった、とされた。
表沙汰になれば問題ではあっただろうが、詳細は秘匿され、ただ新たなる敵が確認された事だけが公表された。
コードネームは『エイリアン』。
そう、UGSFの新たな敵は地球外生命体。エイリアンだ。
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PHASE 2 <GALAXIP>
UGSFが『エイリアン』による襲撃の生存者からの情報引き出しをしている間も、二度の襲撃地点から奴らが移動したと推測される宙域への艦隊派遣による偵察調査・情報収集も行われていたが、ロクな対抗策も無く、正体のわからない敵に対してでは派遣ごとの艦隊の被害は大きかった。
多くの隊員や艦艇を犠牲にしたが、その数度の調査により幾つかの事が判明した。
それらを統合した情報はこうである。
まず、敵『エイリアン』は、当初見た目だけが虫、もしくは虫に酷似した機体に搭乗した異星人だと思われていたが、実際には生身で宇宙を飛来する宇宙の昆虫とも言うような存在である事が判明した。
そして、奴らのその行動も虫に近いものと推測できる程度のデータが得られた。
奴らは基本的には体色以外はほぼ同じような個体ではあるが、それぞれの色……緑、紫、赤の三色ごとに特徴が存在していると思われた。
襲撃の生存者が見たという緑の個体は、群れの中で一番数が多い種類のようだった。軍で言えば一般兵といったところだろう。
その中で特別な旗艦……ボス、リーダーと思しき存在が在り、その旗艦の何体かを中心となって編隊を組み、集団……群れとなって宇宙空間を超高速で移動をしているらしいということだ。速度や移動距離などを考えても、どうやらどこかの宇宙から我が銀河連邦領内へとやってきたようだった
おそらくは数十体で一つの群れになっていて、その群れが移動の最中に何かしらの敵を発見すると、ある程度の距離まで編隊のまま近づき、距離が詰まると一機一機が独立して攻撃を仕掛けてくる、という生態……パターンのようだった。
攻撃手段は、体内で精製されているであろう生体ミサイルとも言うべき弾丸を発射するのが主であり、自らの……個体ごとの死など関係ないと言わんばかりに体当たりによる特攻を仕掛けてくるのも特徴だ。
襲撃時に聴こえたという怪音については、未だに詳細が判明しないが、多分奴らの飛行時に発生する一種の行動音と、呼吸音が何かしらの力で響き伝わっているものではないかとの見解が出された。一部ではその力はテレパシー的な力ではないかと考えられたが、あまりの荒唐無稽な考えであり、その意見は却下されていた。
奇怪な音を発し、曲線を描くような不思議な動きをし、ミサイルを発射しつつも敵を惑わす。そして、自らの体すらも武器として襲撃してきた侵略者。
それがUGSFの敵対する『エイリアン』である。
以上が、現在のUGSFにあるデータの概要だ。
これらのデータにはかなりの推測が入っており、全てが合っている保証は無い。
しかし、今の人類……『ギャラクシアン』には、現実に『エイリアン』からの脅威が迫っており、今わかっている事を元に対策を立てるしか道はなかった。
侵略してきた意思疎通の出来ない存在とは戦うしかない。
それがUGSF上層部の決定だった。
現に、UGSFはそうしてUIMSと接触し、戦い、生き残ってきた。
ならば、また同じように戦い、勝てばいいだけだ。
上がそう方針を決めたからには、事は着々と進められる事となった。
その外敵が発見された時点でどんな手段を使ってでも外敵に対抗できる航宙機を即時開発する為の、特殊航宙機開発計画。通称D計画。
数十年前から続いているこの計画は、当の外敵が現れる事が無かった為に、事実上有名無実なだけの計画となってはいたが、ついに表舞台へと引っ張り出される事となった。
だが、即時開発といってもあまりにも時間が足りなかった。無さすぎたのだ。
コンピュータによる多くの作業の自動化・高速化により、古来の航空機や艦船の開発と比べて実際の開発期間は大幅に短縮された時代ではあるが、かつての『竜騎兵』ですら、様々なゴタゴタがあったとはいえ、一からの開発に三年という時間がかかっていた。
UIMS戦の時には、接触から戦いまでの間に時間的余裕があったが為に、どうにか『竜騎兵』の開発が間に合ったわけだが、今回の場合はそうではない。敵『エイリアン』の脅威は目前に迫っており、今なおもどこかで銀河連邦の民やUGSF隊員が被害を受けているかもしれない状況だ。とにかく対抗策を出す事。それが今のD計画に求められていた。
そこで、UGSFは『竜騎兵』の二の舞にならぬよう、今回はまず作戦を立案し、それに合わせて既に開発されている、もしくは開発中である機体をベースに新たな機体を完成させるという手順を取る事となった。
そして集められた多くの幹部による何度かの議論を重ねられた結果、
「航宙機にて超高速移動する『エイリアン』編隊へ単独接近、『エイリアン』との相対速度を合わせ、反撃してくるであろう奴らの傍に留まり、迎撃する」
……という強襲作戦に決定した。
その他に、ドラグーン――『竜騎兵』を改修または新たに小型のドラグーンを設計・建造して敵陣に突撃させるプランや、UIMSの技術を応用した無人機編隊の突撃プラン、少し外れるものの多脚機動戦車――ヴィークルの改造強襲プランや、新たな特殊スーツ及びに携帯兵器の開発による単独での兵士突撃プランなど、様々な作戦プランが挙がったが、その中で選ばれたのが一番開発期間が短く済みそうな今回の航宙機単独強襲作戦であった。
かなり無謀な作戦ではあるが、『竜騎兵』の名前が挙がったように、単独で一騎当千の活躍を見せるという夢を信じる者がUGSFの上層部に多くいるらしい事が、今回の作戦が決定した理由かもしれなかった。
どちらしても、作戦が決まった以上、ベースとなる機体の選抜が行われる事となった。
そこで白羽の矢が立ったのが、『ギャラクシップ』と呼ばれていた試作戦闘航宙機であった。
形式番号 GFX―001。通称『ギャラクシップ』。小型ながらも大出力のエンジンを搭載し、両翼部分に長いエネルギータンクを取り付けてある、独特の形状をした航宙機である。
全ての性能において速度を優先とした試作機であり、戦闘機とされてはいたがクセが強く、速度以外の部分では難点が多い為に、試作されたものの持て余していたような機体であった。
だが、今回の作戦において、その『速度』が必要となった。
今までの敵とは違う超高速航行をする奴らに速さで追いつくこと。それが第一であった。
作戦が決まり、命令が通達され、D計画に携わるスタッフは早速『ギャラクシップ』の改造に入った。
まず機体には、どれだけの速度で放り出されても衝撃で壊れないという程の特殊なデータレコーダが積まれる事となった。たとえ迎撃されても敵のデータだけは残せるようにして、後々回収して役立てるためだと言う。通信によるデータ送信も行われるつもりだが、念の為に複数のデータ入手の方法を用意する事からの追加搭載であった。
それ以外にも命令に従い、様々な改修が行われた。ベースの機体があるとはいえ、いわれ通りの命令に従い、仕様を合わせるのは困難を極めた。細かな要求が多かったからだ。
それらの改修の最中、問題となったのは肝心の兵装であった。
小型でありながらも速度を出す事を優先としたギャラクシップのエネルギー伝導は、正直に言えばかなり悪いものであった。
あまりの燃費の悪さの為に小さな機体内部のエネルギータンクでは足りず、両翼にタンクが追加され、そのタンクの長さも少しずつ伸びていき、どうにかエネルギーのチャージ時間と伝導時間に釣り合いが取れるレベルとなってタンクの延長が止まった頃には、ギャラクシップ独特の形状が出来上がっていた。
改修前の『ギャラクシップ』であれば、レーザーの一門ぐらいは搭載できたのだが、今回の作戦において開発時に想定してなかった機器が搭載される事になり、エネルギー伝達やスペースの関係で武装が詰めない事が判明した。
常に巡航速度を維持して飛行するのであれば、スペック上はどうにかレーザーを撃つぐらいはできなくもないのだが、今回においては高速移動する……もしかしたら亜光速で移動をするかもしれない『エイリアン』に追いつく事が必要不可欠であり、可能な限り最高速度を維持して航行する事になる可能性が非常に高い。
つまり、『今』の『ギャラクシップ』には、武装を使う余力も積むスペースも無いということだ。
このままでは戦う事も出来ない欠陥兵器になるだけだった。
後の時代になれば、技術の発展により、より小型で大威力なレーザー砲を積む事も容易になるかもしれないが、今は何十年何百年と待っている余裕は無かった。
例え『今』は欠陥兵器であっても、それを作戦に投入すると決められた以上は何とかするしかない。それがスタッフに課せられた使命であった。
そこで問題の解決をするべく、スタッフ同士による会議が行われる事となった。
「武器か……」
スタッフの一人がつぶやく。
いざ会議が開かれはしたが、どのスタッフも頭を抱え、悩んでいた。
皆で知恵を集めればどうにかなるものと思われたが、その肝心の知恵が中々出てこなかった。
「どうしてもレーザーは積めないんですか?」
若手の一人が尋ねる。彼なりの素直な疑問であった。
「ああ。ビーム、レーザー、とにかく兵装に回せるだけの余裕は無い」
中年のスタッフがスクリーンボードに映されたギャラクシップを指して言った。
一緒に表示されているスペックも、見る者が見れば極端で無理のある設計であった。
先進的な航宙機として産まれはしたが、その形を含めて今の時代にはあまりにも先進的すぎて、存在自体が鋭く尖りすぎていた。
「やはり外付けになるか」
スタッフが端末を操作して、試しにギャラクシップのデータを弄くる。それに合わせて、スクリーンボードの方も同期して表示されているデータが変わっていた。
「剣でも付けるんですか? スターソードとか言っちゃって」
若手が端末を弄り、ギャラクシップの機首に長い剣を付け足す。
ただでさえ独特の形状が、より変わった形状になる。
「馬鹿。宇宙じゃ少しでもぶつかっただけで終わりだぞ」
中年スタッフの方も端末を操作して、若手が弄った結果を元に戻した。
「……いや、何か付けるならここしか無いんじゃないか」
一人のスタッフが、さらにまたデータを戻す。そして、付け足された剣を機体下部に付け直す。
「まるで銃剣だな」
見たままの印象をつぶやく中年スタッフ。
「とはいえ、剣は却下だ」
そういってスタッフが若手の一人の頭を軽く叩く。
「何か外付けするにしても、そう何発も撃てないじゃないですか」
頭を抑えながら、若手はまたギャラクシップのデータを弄くる。
ミサイルランチャーを吊り下げられたその姿はとても奇妙なものであった。
「まあ確かにそうなんだが……」
中年スタッフが頭を抱える。その姿は偶然にも頭を抑えていた若手と同じ姿であった。
「大多数に相手するってのでなければなあ……」
ぼやきながら、スタッフはギャラクシップに長いミサイルを一基吊り下げたデータにする。
見方によっては機首から生えているようにも見えるそれもまた独特の姿であった。
「そういや、敵はミサイル生成してるんですよね?」
「そうらしいな」
若手の言葉を聞き、スクリーンの表示を切り替え、エイリアンのデータを映した。
先に描かれた想像図を元に、得られたデータと合わせて考えられた奴らの姿だった。
口から発射されていると思われるエイリアンの生体ミサイルは、体内に精製器官が存在しているが為に弾切れもなく、縦横無尽に打ち続ける事が可能だと推測されていた。
「こっちもミサイル作れればいいんですけどねえ」
エイリアンの精製器官と思しき部分のデータをそのままギャラクシップに付け足す若手。
冗談半分諦め半分の気分のようだった。
「大昔のロボットアニメじゃないんだぞ、そんな無限の弾なんて……」
若手の言葉に苦言を言う中年スタッフ。その言葉を一人のスタッフの言葉が遮った。
「……もしかしたら可能かもしれないぞ、ミサイル精製」
それこそ冗談のような一言だった。
「え?」
「突然何を言っているんだ」
他のスタッフが驚き、そのスタッフに突っ込みが入った。
「まずは、これを見てくれ」
そのスタッフがとあるデータを呼び出し、スクリーンに映した。
「……えっと、これって確か」
「UIMS、だな」
映し出されたのは、色がそのまま載ったような表層をしたUGSFでは見ないデザインをした航宙艦……UIMSのデータだった。
「これがどうした?」
いきなりそんなものを見せられ、何事かと中年は聞く。
「まず、UIMSはただ兵器というだけでなく、部品の一つ一つも奴らUIMSであるという事は知っているな」
「はい、それがUGSFの敵だと叩き込まれました」
スタッフの一人の問いかけに若手が答える。
接触当初から交戦時まで、UIMSはただの無機物兵器かと思われていたが、その後の分析により、奴らの兵装と思われていた物まで奴らUIMSそのものでる事が判明していた。
「これらレーザー砲もミサイル自体もUIMSであり、奴らの体というわけだ」
「はぁ」
さらにスタッフは言葉を続ける。
UIMSは個々に存在しながらも、小さな個体はより大きな個体に寄生……共存して存在しているらしいのだ。
だが、そんな事を今になって言うスタッフに、一人の若手は生返事を返すしかなかった。
「そして、そのUIMSの技術の幾つかは既に銀河連邦でも使われていて、今でもその分析は続いている」
「ああ、そうだな」
中年スタッフの答えるように、それはスタッフの皆が理解していた。
ギャラクシップにもそれらの技術は使われており、だからこそ小型で大出力のエンジンを開発され、アンバランスな機体が存在する理由になっていた。
「それでいて、奴らの生態自体にも我がUGSFでも使われている技術と共通する面も存在した。だからこそ我々も技術を取り込む事も出来ているわけだ」
「……それで、何が言いたいんです?」
言葉を繰り返すスタッフに若手が聞き返す。
「まさか……」
何かを察した中年スタッフが目を見開く。
それに答えるかのように、一人のスタッフが答えた。
「……そうだ、ミサイルを精製するUIMSを俺たちの手で造るんだ」
スタッフの考え出したギャラクシップの兵装解決方法。それは、外付けする為の武器として人工UIMSとも言えるミサイル砲を作り出す事だった。
エネルギーをチャージして無限に近い攻撃が出来る武装が載せられないのであれば、発射してもミサイル自体を精製……チャージするミサイル砲を搭載すればいい。
荒唐無稽で無茶に輪をかけたような考えであった。
しかし、そういう無茶をどうにか貫き通すのが銀河連邦という政府であり、UGSFという組織であった、
その後、他に大した案も挙がらず、何しろそのスタッフの熱意もあってか、ギャラクシップ搭載用の新型ミサイルの開発が開始される事となった。
スタッフが熱弁をふるったように、UIMSの生態……いわゆるコアの部分には銀河連邦でも使われている技術と通じる部分があり、それならばUGSFでもUIMSと同じ特性を持った存在を作り出すのも可能ではないか、という算段であった。
機械・物体でありながらも成長・進化をするというUIMSの特性を利用し、ミサイル発射砲の部分を本体とし、ミサイル部分を外皮とし、発射しても一種の成長・進化の形として再生させるという設計だったが、やはりそう簡単に生み出せるものではなかった。
人工的にUIMS的な存在を生み出すという初の試みの為、うまく形は出来たもののミサイル部分が発射できなかったり、発射できてもミサイルとしての威力を発揮できなかったり、発射はされてもうまく再生……チャージができなかったり、再生の時間があまりにもかかったり……。とにかく試行錯誤の連続であった。
多くの時間を割き、スタッフの労力もつぎ込まれ、あと二月ほどで年が終わるという頃になって、ようやく新型ミサイル……『コスミックミサイル』は完成を見せた。
完成したその形はチャージの関係で細く長い形状をしており、全体の殆どはナノバイトと呼ばれる技術を利用して生成された。開発の契機の関係もあって詳しい事はUGSFの機密情報となっている。
ミサイル自身の威力は、敵『エイリアン』の耐久性が不明な為に、現時点で可能な限りの破壊力を持たされ、それが超高速で発射されれば現時点では対抗できるであろう敵は居ないものと思われた。
ちなみに、このミサイルの発射速度の関係で、見方によってはレーザーが発射されたかのようにしか見えなかったり、元々のGFX―001に搭載されていた兵装の関係もあり、ビーム砲だのレーザー砲だのと呼ばれたりする呼称の混乱が生まれたりもした。
紆余曲折はあったが、GFX―001の改造機にコスミックミサイルが装備され、GFX―001a ギャラクシップが正式にロールアウトした。
元々の両翼部分の伸びたタンクに、機体下部に細く長いミサイルを見せるその姿は実に独特の姿だった。
コスミックミサイル共々、用意できたのは数機分……現時点では、予備機を含めて三機が完成しただけだったが、作戦の内容上一機だけでも機体が存在していれば問題はなかった。
そうしてギャラクシップは完成して即座に作戦へと投入される事となった。
GFX―001aのロールアウトと前後して、作戦に参加する……ギャラクシップに搭乗するパイロットの選抜もされていた。
新たなる敵と戦う作戦に先陣を切れるということでUGSF隊員自身による志願者の数は多かったが、今回は単機強襲による作戦ということもあり、その倍率は厳しいものであった。
超高速において航宙機を安定して操縦出来るだけの操縦技術、ミサイルのチャージ時間の関係で一発必中を求められる射撃技術、どれだけの敵が存在するか不明な為に長時間を戦い抜けるだけの体力とメンタル、不意の事態にその時に出来る事を即時判断し行動できるだけの応用力……。
少人数での作戦……おそらくは一対多数になると思われる作戦において、パイロット一人一人へ重い責任が課せられる為、それに比例して要求される技術のハードルはとても高いものとなっていた。
数多くの隊員が選抜からふるい落とされ、数十名に絞られた中に、ユウキ・サワムラの名前があった。彼なりの『エイリアン』への執念……いや、表現しきれない感情のぶつけ所としての結果だったのかもしれない。とにかく、彼の名前はそこに存在していた。
数日後にさらに人員を絞る為の選抜試験が行われると通達され、ユウキが自室に戻る途中で妙な物が彼の目に入った。
「……なんだこれ」
『エイリアン』の例の想像図が描かれ、下の方に『たて! 銀河戦士』などと適当なコピーが書かれた、どこか現実離れした内容のポスター。
壁に貼られただけのポスターではあったが、それを見て思わずユウキはぼやいた。
おそらくは、UGSFが今こんな敵と戦っていると一般層に宣伝する為の物だろう。
別に基地内部に貼られていてもおかしくはない物ではあるが、ユウキには微妙な気分させた代物でしかなかった。
ユウキは痒くなった首筋を少しかくと、再び歩き出し、自室の方へと向かった。
道を暫く歩き、エレベーターに乗った所でライアンと一緒になった。
「よお、選抜はどうだった?」
「まだ何とかしがみ付いている」
ライアンの問いかけに。ユウキは自分なりに答える。
「どうだか」
ユウキのパイロットとしての腕は中々の物だと思っているライアンは軽口で返した。
ちなみにライアンの方は身の程をわきまえて、作戦には志願せずにいた。
「……だが、なんとしてもやってやるつもりだ」
ユウキは先ほどのポスターに描かれた『エイリアン』の姿を思い浮かべ、今にも殴りたくなる気持ちを拳を握り締めて抑えた。
「……ああ、そうだ。おいコレ」
エレベーターを降り、二人で歩いている途中、ふとライアンが何かを差し出した。
「なんだコレ」
ユウキに手渡されたのは、白い封筒……いわゆる手紙らしかった。
メール……いわゆる郵便物と言えば電子メールが当たり前になった時代ではあるが、ポスターみたいな物が未だにあるように、手紙自体もまだ無くなってはいない時代ではあるが、実際に手紙を出したり書いたりするのはとても珍しい事だった。
「ラブレター」
アクセントをつけて答えるライアン。
ニヤついた感じのライアンの顔と手に持った封筒を見比べ、ユウキは尋ねた。
「お前からか?」
「……んなわけあるか。冗談だ冗談」
冗談を信じたユウキに対し、ライアンは呆れて封筒を指差す。
封の閉じた面ばかりしか見てなかったので、ユウキは手首を返し、封筒のもう片面を見た。
そこには可憐で丁寧な文字で、UGSF基地のユウキとライアンに向けた宛名と、差出人である女性の名前が書かれていた。
「ノシカ・M・オーリアット……」
その名前をユウキは確認するように呟いた。どこかで聞いたような気のする名前だった。
「そ。あの時の大佐のお孫さん……だったよな彼女」
名前の呼び上げに続けて、ライアンは手紙の本当の差出人を言う。と言っても、ライアンの方もうろ覚えな部分もあってか、頼り気の無い言葉尻だった。
「……ああ、あの時の」
大佐と聞いて、ユウキはようやく誰かを思い出した。オーリアットの名前の時点で気づくべきだったとも思った。
二人で暫く前にオーリアット大佐の家に遺品を届けた時に会った少女。ノシカ。
一度会ったきりの彼女からの手紙、それも今ごろになってなんて何故だろうと思った。
「メールじゃなくて実物の手紙。流石はオーリアット大佐の家族だけあるよな」
「……手紙」
ライアンの言葉を聞き、改めてユウキは封筒をまじまじと見つめた。
よく見ると、既に封は開けられており、封の開けられ方からしてどうやらライアンは既に読んだ後のようだ。だからこそユウキに渡したのだろう。
「読んだのか」
念のためにとユウキは尋ねた。
「ああ、お前も読めばわかるさ」
そう言うと、ライアンは歩みを進めた。
「じゃ、頑張れよな選抜」
小さく何かのジェスチャーをすると、ライアンは別の道に入り、ユウキの前から姿を消した。
「読めば……」
またユウキは封筒を見た。確かにライアンの言うように、読まない限りは彼女から手紙が来たということしかわからないだろう。
それから自室に戻り、一度開かれている封を開け、中に入っている便箋を広げた。
「ん……」
紙から香る微かな匂いが彼女の匂いのように思えた。あくまでユウキの気のせいではありかもしれないが。
「む……」
鼻を少しこすってから、ユウキは均等丁寧に書かれた文字を一文字一文字読み始めた。
『突然のお手紙、失礼します。
先日は祖父の遺品を届けていただきありがとうございました。
ですが、あの時の私には祖父が亡くなった事からの悲しみしか頭に無く、不躾な応対しかできず、誠に申し訳ありませんでした。
祖父との仲は悪いものではなかったのですが、祖父の仕事が仕事である為にあまり思い出と言えるものはあまり無く、あの遺品が手元にある数少ない思い出となります。
互いに幼い頃の思い出ばかりでしたが、祖父が亡くなり、改めて私の中で大事な存在だったと気づかされました。
時間がかかったものの、ようやく筆を取る決意が出来、こうして今の私の思いを伝える事ができるようになりました。
あの時は本当にすみませんでした。
そして、よろしければ少しでも祖父の、オーリアット大佐というUGSFの隊員がいたことを覚えておいてください。
たとえ肉体は宇宙の星になったとしても、誰かが覚えている限り、真の意味で祖父が死ぬ事は無いと私は思っています。
身勝手なお願いではありますが、祖父の事を覚えておいてください。お願いします。
最期に、こんな手紙を読んでいただきありがとうございました。
いつまでも生きてUGSFとしての誇りを忘れず、頑張ってください。
ノシカ・M・オーリアット』
「……重いな」
手紙を読み終え、ユウキは小さく言った。
この手紙は彼女……ノシカなりの思いのぶつけ方なのだろう。だが、それは重いものと思えば、どこまでも重くなるものだった。
「だけど、やってみせるさ……今だけは」
ユウキは決意を固めた。
別に彼女のためというわけじゃない、だが奴らに……『エイリアン』に対抗するべき手段がようやく考えられ、自分がその手段を使って戦えるかもしれないという機会を掴みかけている今、ユウキ自身やれる事をやるだけだった。
たとえユウキが選抜から落ちたとしても、誰かが必ず仲間の仇をとってくれるだろう。
だが、ユウキは出来る事なら自らの手で奴らに制裁を下してやりたかった。
UGSFとしての正義を。銀河人としての正義を。
ただのエゴと言ってしまえばそれまでだろう。
それでも、今の銀河連邦には、UGSFには、言葉も通じないであろう奴らとは戦う選択肢しかありえなかった。
あと少しでギャラクシップがロールアウトするという頃、作戦参加パイロットの最終選抜が終わり、予備員を含めて四名の隊員が選ばれた。
ギャラクシップが完成した時点で作戦開始とし、隊員四名はギャラクシップ共々航宙母艦に搭乗、その時点で『エイリアン』が航行していると思われる作戦宙域まで接近、出撃して『エイリアン』を撃退する、と四名に通達された。
その四人の中には、彼なりの執念なのかユウキ・サワムラも残っていた。
かつてのUIMS戦と同じように、無茶に無茶を重ねたような作戦案ではあったが、それがUGSFだと言う事をユウキを含めた隊員の皆が知っていた。
それでも、『エイリアン』と戦う機会を得た以上は、とにかく戦うだけだった。
UGSFの誇りを胸に。
そして、ギャラクシアンとしての誇りをかけて。
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PHASE 3 <GALAXIAN>
銀河人。かつての人類が地球人と名乗っていた時と同様に、自称はしているものの普段はそれほど意識せず、まず呼ばれる事の少ない呼び名である。
しかし、今の銀河連邦……いや、UGSFの全ての人間の心の奥底にあるであろう、自らの存在を主張する名前だ。敵エイリアンに立ち向かう銀河人――『ギャラクシアン』として。
UGSF隊員のユウキ・サワムラにとっても、自分が銀河の人間……ギャラクシアンであるという自覚はあったが、呼び方としては馴染みが薄いものだった。
だが、これから敵と……『エイリアン』と対峙する自分を何者かと問われれば、その答えは『ギャラクシアン』でしかない。今ここに居る自分を確立するキーワードとして、『ギャラクシアン』が一番しっくり来る言葉だった。
UGSFの航宙母艦に搭乗して見る宇宙がユウキにそんな事を考えさせた。
作戦前だという事で不安になっているのかもしれない、とユウキは我ながら思った。
「サワムラ隊員……だったかな」
そんな時、ふとユウキは誰かから声をかけられた。
その声を聞いて、ユウキは現実に戻った。
「……はい?」
返事をして振り返ると、白衣を着た男が立っていた。
「あんたは?」
「ギャラクシップ開発スタッフの一人だ」
男はユウキの問いかけに大雑把な自己紹介をした。自分は名乗るほどの事でもないとでも言わんばかりだが、一応名札を傾けて見せた辺りは名乗るだけの名前はあるようだった。まあそういうタイプの男なのだろう、とユウキは納得する事にした。
「で、スタッフさんが俺に何か」
改めてユウキはスタッフの男に尋ねる。
大した理由は無いだろうが、一応聞いておこうと思ったからだ。
「なに、ちょっとした世間話だ。作戦前に不安を抱えるパイロットの心を解きほぐすのもUGSFに所属する者の役目だろうからね」
スタッフはさらりと答えた。要はなんとなくといったところだろう。
「機体だけでなく隊員のメンテまで出来るなんて優秀だな」
事実、話しかけられた事により不安の比率の大きかったユウキの気持ちは幾分か違ったものにはなっていた。彼なりに思うものとして、そんな言葉を返した。
「お世辞を言うならギャラクシップ自体に言ってくれ」
そう言うとスタッフは小さく指で招く仕草を見せた。
「作戦前に乗る機体ぐらい見ておいて損は無いだろう」
スタッフに連れられ、格納庫にまで来たユウキはギャラクシップを見て一言こう言った。
「……変な形だな」
ユウキなりに思って、そのまま口から出た言葉だった。
作戦開始時刻まで特にすることもなく、スタッフの言うがままに見に来てみたものの、
いざ実物を目にしたら、そう言うしかなかった。ユウキも一応データには目を通してはいたが、実際に見るとやはり感覚が違っていた。
「言うねえ。ま、確かにそうなんだが……」
スタッフが少し体を傾けて頭をかく。
ギャラクシップが変わったデザインである事は自覚しているようだった。
「それでも性能だけは保証する。今のUGSFでは間違いなく最速の機体だ」
自信ありげな声でスタッフは言う。
しかしユウキにはどうにも信じがたかった。
UGSFで現在使われている航宙機の何れにも似つかないギャラクシップ独特の形状とサイズがスタッフの自信の大きさに値すると思えなかった。
「そうか」
とはいえ、UGSFが使うと決めた機体である以上は、何かしら応えてくれるものなのだろう、とユウキは思うことにした。
「アレはレーザーか?」
ユウキは気持ちを切り替えるべく、ギャラクシップ本体の下部から飛び出したように突き出ているモノについてスタッフに聞いた。
槍か何かのようにも見えなくもない、長い棒状の何か。砲塔としてもやはり変な形だと思ったからだ。
「いいや、ミサイルだ」
「ミサイル……あれが?」
改めてユウキは突き出たものを見てみたが、翼らしきものは無く、まだ特殊なレーダーのアンテナか砲塔だと言った方がしっくりくるものだった。
「ああ、間違いなくミサイルだ」
「一発限りの特攻機か」
「いや、ちゃんと弾も補充されるから心配は不要だ」
ユウキの皮肉とも言える言葉ではあるが、スタッフの自信は少しも揺るがない。
「……ま、詳しい事はお偉いさんが説明してくれるさ」
「そういうものか」
「そういうものさ」
二人でそんな受け答えをしていると、艦内に警報が鳴り響いた。
唐突に艦内に鳴り出した音に気づき、スタッフは格納庫の出口を指す仕草を見せる。
鳴り出した音からして、集合しろとの事らしかった。
その直後、ご丁寧にユウキを含めたパイロットたちを名指しで呼び出し、作戦会議室に集合しろとの放送がなされた。
「ほら、急がないと大変だぞ」
スタッフは急ぐようユウキに促す。
「ああ。すまなかったな」
そう言って、ユウキはスタッフに背を向けて格納庫を後にした。
「……ま、なるようになるだろう」
その姿を見たスタッフはただ頭をかいていた。
艦内放送のままにユウキは急いで作戦会議室に向かい、出来るだけ早く辿り着いた。
部屋に入ると、既に他のパイロットは直立して待機しており、ユウキが一番最後であった。
「遅れて申し訳ありません」
ユウキは深々と頭を下げ、侘びの言葉を入れた。
「今か始めるところだ。いいから付きたまえ」
「は」
上官の言葉に従い、ユウキは他のパイロットの横に並びついた。
他のパイロットは、心の底でどう思っているかはわからないが、表向きには特にユウキの事には何も反応はしなかった。
では、全員そろった所で作戦についての説明を開始する」
その言葉を聞き、。みな上官の方に注目する。
「皆も一応知ってはいるだろうが、今作戦は我が銀河連邦が初遭遇したETI……外宇宙生命体、コードネーム『エイリアン』の掃討作戦である」
一度言葉を区切ると、上官は端末機器を操作し、大型スクリーンに映像を映し出す。
表示されたのは、様々な所で使われているエイリアンの想像図だった。
周りには憶測ではあるが、エイリアンのデータも表示されていた。
「奴らエイリアンは、我々UGSFの艦艇や居住惑星を強襲し、度重なる偵察・接触行動においても我々に意思疎通を見せる事なく、敵対行動しか見せない事から、銀河連邦の敵として認定された」
上官は続けて端末を操作し、スクリーンの映像を切り替えた。
エイリアンの想像図と比較するように、かつての敵であるUIMSと『竜騎兵』が映し出された。
その比較図は、エイリアンがとても小さな存在である事がよくわかるものだった。
「二度の前例に従い、GUSFではドラグーンの使用も考えられていたが、今回の敵であるエイリアンは小型で尚且つ機敏な動きをする存在であり、ドラグーンでは不利であるということで、D計画に基づき開発された新型機が今回投入される事となった」
ギャラクシップの映像とデータが映し出される。
UIMS等と比べても小さく、想定されるエイリアンとのサイズと同じ程度であった。
「GFX―001a、ギャラクシップ。これが今回使われる航宙機だ」
上官の台詞を聞き、初見時にユウキが変な形だと思ったように、他パイロットもそれを目にした瞬間少し……わからない程度ではあったが困惑したような態度が見られた。
「搭載武装はコスミックミサイル一基。このミサイルは特殊精製による構造により、発射後にミサイルが再生……装填され、再発射が可能となっている。ただし、装填時間にはバラつきがあり、その点を考えた上での作戦執行が君たちに求められる」
スタッフが言ったようにミサイルについての解説があり、ユウキは何か首が痒い感じになった。それでも確かにわかりやすい説明ではあった。
ミサイルについての説明が終わると、機体についても説明がされた。
その辺りはユウキがスタッフに教えられた事と大体同じであった。
とにかくギャラクシップが妙な見た目によらない航宙機であるらしい事は他パイロットにも伝わっただろう。
「君たちはこのギャラクシップに搭乗し、エイリアン集団に強襲突撃をしての撃退をしてもらう」
上官はそう言うと、作戦ルートの解説図をスクリーンに映した。
進攻予想ルートが含まれたその図を見る限りでは、太陽系に近づいており、最終的な目標は地球であるようだった。
「奴らエイリアンは虫と同じような生態で行動しており、実際の虫が明かりに引かれてその周りを飛び回るように、エイリアンも同じく人類や惑星に引かれ飛び回り、その一番引かれているものが地球自体であると予測されている」
上官が言うには、それが正しいかは未だ不明であるが、奴らの進攻予想は今の所外れてはいない為に今回の作戦もそのまま決行されることとなったそうだ。
「この作戦が発動された時点で君たちは特別昇任されることとなる。その意味は言わずともわかっているだろう」
上官は暗に『生きて帰る事が出来る保証は無い』とユウキたちに告げた。
作戦内容からして無茶もいい所で、死んで当然であるかもしれない。
現に作戦終了時についての事は何も語られていないからだ。
だが、ユウキを含めたパイロット達はUGSFの隊員として居る以上は覚悟の上だった。
『全てはUGSFのために』。かつてのオーリアット大佐が心の底で叫んだように、UGSF隊員の心の根底にある言葉。
未知なる敵への恐れや怯えが無いわけではない。
それでも、UGSF隊員として逃げるわけにはいかない。
ユウキは今ここで逃げるわけにはいかなかった。
彼女からの、ノシカから託された僅かな思いのせいもあった。
それ以上にユウキは自らの手で奴らを、エイリアンを倒したかった。
他の隊員も多かれ少なかれ思うことは同じはずである。
だから皆は逃げずに其処に居た。これから開始される作戦の為に。
「……質問があるものは挙手を」
皆の顔を見て上官は尋ねたが、誰も何も言わなかった。
疑問など無い。もはやあるのは覚悟だけだった。
「……よろしい。ではこれより当作戦……オペレーション・エイリアンエクスターミネーションを開始する」
二二七九年一一月一日 銀河標準時間一○:○○、作戦は開始された。
作戦名の呼称された瞬間、その場の空気も変わった。
もはや逃げる事は許されない。
ただ敵に立ち向かうだけだった。
「総員、出撃」
「はっ」
その言葉と共にユウキたちパイロットは敬礼をし、了解の合図をした。
敬礼を終え、部屋の中のパイロットは一人ずつ急ぎ足で退室していった。
ユウキは部屋に入ったのも一番最後だったこともあり、出ていくのも最後という形になっていた。
出撃するべく格納庫へ急ぐ途中、ユウキは先ほどスタッフに見せてもらったギャラクシップは三機しか用意されていなかった事を思い出した。
だが、今回の作戦に選抜されたパイロットはユウキを入れた上での『予備隊員を含めた』四人。
作戦開始直前まで何があるかわからない以上、もしもの事を考えておくのは当然ではあるだろう。しかし、先ほど集まったのも四人であり、ユウキ共々皆何も問題はなさそうに見えていた。
こういう場合、一人は残るように言われたりするのかもしれないが、特に何も言われることはなかった。
「……あいつにでも聞いてみるか」
足を急がせながら、ユウキはぼそりと呟いた。
あのスタッフにでも聞けば何かわかるだろうと思い、ひとまず急ぐ事にした。
ユウキは自分なりに急いだつもりではあったが、皆行く場所も同じである以上、部屋から出た順番そのままの格納庫への到着となった。
既に他パイロットがヘルメットを被り、装備を付けて搭乗の準備をしている所だった。
つまり、ユウキが乗るべき空いた機体が見当たらないという事だった。
「ようやく来たな、サワムラ隊員」
ユウキが横からの声に顔を向けると、例の開発スタッフの男がそこに居た。
「あんたか」
「ああ、早く君も準備しないとドヤされるぞ」
「機体も無いのにどうしろって言うんだ」
スタッフの台詞に、ユウキは他パイロットや他のスタッフが群がっているギャラクシップに視線を向けてぼやいた。
そんなユウキにスタッフはこう言ってのけた。
「君の機体は今用意してるところだよ」
「……用意だって?」
ユウキは自分の耳を疑り、その言葉を聞き返した。
「そう、用意だ」
スタッフは格納庫の奥の方を指した。
ユウキの居る場所からではあまり見えないが、確かに何かしら作業をしているようだった。
「UGSFはこの作戦において、ギャラクシップが損傷もしくは途中撃破された場合も見越して母艦内で航宙機建造をしながら作戦決行をするプランも考えてたらしくてね。ギリギリまで実行するかしないか決まらなかったそうだが、作戦に投入できる機体は多い方がいいということで、自分を含めたスタッフが動員されたのさ。小型で建造し易いであろうというお言葉もついてね」
「無茶苦茶な話だな……」
スタッフの言い訳のような説明にユウキは思わず顔をしかめた。
「軍はいつだって無茶振りをしてきた、そうだろう?」
「まあ、そうだな」
ユウキは以前調べた過去の戦いの詳細を思い出して、スタッフの言葉に納得をすることにした。
「とにかくサワムラ隊員、君の乗るギャラクシップは今造っている。準備だけして待っていてくれ」
急に真面目ぶった口調で言うスタッフ。
「了解した」
それに応えてユウキも真面目に返す。
続けて一つ気になった事をスタッフに聞いた。
「それで、あんたは何もしなくていいのか」
「自分の担当箇所は既にやってある。それに言っただろう、パイロットと会話するのも大事な役目だ」
要はこのスタッフが今する事は無く暇ではあるらしい。
「……了解した」
気になっていた事は聞くだけ聞いたので、ユウキはとっとと出撃の準備をする事にした。
準備といっても、機体が無い以上は出来る事はあまり無い。
念のため、着用しているパイロットスーツの不備を確認したが、特に問題は無かった。
まがりなりにもUGSFで採用されているだけあって、耐久性はかなりのものだ。
作業していると思しき格納庫の奥の方にユウキが足を向けると、確かに造りかけのギャラクシップの姿がそこにあった。
「かかりそうだな……」
まだ完成しそうにない状況を見て、ユウキは諦めて待機し続けることにした。
待てば必ず完成する。そして機体に搭乗して、戦うに行ける。
だからユウキはとにかく待つ事にした。
あともう少しだ。もう少し。
実際の時間からすれば僅かな時間ではあったが、その間はユウキにとっては何十分にも何時間にも感じられた。
だが、その長い時間もスタッフの言葉により、ようやく終わりを告げた。
「待たせたな、ユウキ・サワムラ隊員」
「やっとか」
ユウキが俯けていた顔を上げると、視線の先に作戦発動前に見せられたギャラクシップと同じモノが完成していた。
唯一の武器であるコスミックミサイルを搭載した独特の形状の航宙機。これからユウキが乗り、出撃する機体だ。
ユウキは横に置いておいたヘルメットを手に取り、機体のコクピットへと向かった。
「健闘を祈るよ」
スタッフの激励にユウキは小さく手を振って応えた。わかっているさと言う代わりに。
ギャラクシップの所まで行くと、ユウキは梯子……いや、脚立だろうか、とにかく急ごしらえの足場を登ってコクピットに入った。
別に横たわるわけではないが、まるで棺桶のように思える航宙機のコクピット。
飛んで戦うというモノの性質上、操縦場所は狭く苦しいものであるが、特殊なセンサーなどの搭載がされているが為に余計に狭いものであった。
ユウキは出撃ではなく出棺でもするかのような気分になってきた。
「まあいい……」
その思いを払拭すべく小さな声を出してから、ユウキはヘルメットを被った。
それに続いてヘルメットに内蔵されている各種機能を機体のセンサー等と同期させる。
各種テストも行ったが、どれにもエラーの表示は無かった。何も問題は無い。
ユウキがコクピットで調整をしている間にも、機体はリフトにより移動させられていた。
ギャラクシップはリフトによって母艦の中を上昇していく。
出撃準備を終えたユウキは、右手で操縦桿を握りながらキャノピー越しに様子を見ていた。
この母艦の上部に急造されたカタパルトまでリフトは上昇する。
それまでに見える構造から、艦一つにも複雑に入り組んでいる事がよくわかる。
やがてリフトの駆動音が止まった。
よくよくユウキが目の前を見ると、一面の黒にまばらに輝く光点の数々が広がっていた。
一言で言えば宇宙だ。
機体が母艦の上部……外にあるカタパルトの所まで上がってきた証だ。
『機体。カタパルト接続開始……』
耳に響く無機質な声が、ようやく出撃である事をユウキに感じさせた。
カタパルトに上がってくるまでにも何かしらの声が聞こえていたのかもしれないが、ユウキはただこれから立ち向かう敵の事と、宇宙を行く事だけで頭が一杯であった。
ギャラクシップは僅かに前方に移動させられ、カタパルトに乗せられる。
『カタパルト接続完了……』
その声に合わせて、ユウキはギャラクシップのエンジンに火を入れ、出力を上げていく。
コクピットにいる限りでは何も音は響かないが、ディスプレイに表示されている現在のエンジン出力は他UGSF航宙機と比べると並外れたものであった。
『カウントを開始します……』
出撃カウントの声。ギャラクシップのディスプレイにも数字が表示される。
『3……』
発進ということでユウキも思わず固唾を呑む。
この先に奴らがいる。そして奴らを戦える。そう思うと、僅かにも心臓は高鳴った。
『2……』
数字は順当に減っていく。
慣れているつもりの発進だが、ユウキは体が震えそうなほどだった。
だが、その気持ちを押し殺した。
もはや逃げられないと己に言い聞かせて。
『1……』
そして、この作戦には銀河連邦の……銀河人としての誇りがかかっている。
直接言葉にする事ではないが、UGSFの皆が思っているであろう事。
その思いと共に、ユウキは今行く。
『0……』
カウントが終わった瞬間、ユウキの体全体に力がかかる。そして視界の下部に見えていた母艦が姿を消した。
ユウキの乗ったギャラクシップは今、母艦から出撃したのだ。
「ぐッ……」
出撃時の勢いから来る一時期的な息苦しさからユウキの口から声が漏れる。
スーツや機体のおかげで幾分軽減はされているが、それ以上の瞬間的な加速により視界までもが潰れそうなほどに圧力がかかった。
母艦から見れば、ギャラクシップは砲弾や光学兵器のように瞬時に飛び出していったように見えただろう。
だが、今のギャラクシップの中からすれば何も音は聞こえない。勢いも感じさせない。
果ての無い宇宙の海を独り静かに漂っているようにも感じさせるだろう。
ユウキには首絞めの後に窮屈な棺桶の中に座り込んでいるような気分を覚えさせていた。
だが、ギャラクシップのディスプレイに表示される速度の数字と、ユウキの視界を流れては消えていく遠くの星が、今確かに宇宙を飛んでいる事を証明していた。
「……おかしいな」
ディスプレイに映るレーダーを見て、ユウキは少し首を傾げた。
作戦進行のルートの確認の為にと確認してみたのだが、何も映っていなかったからだ。
速度が速すぎるせいでまともに動作していないのかと表示を切り替えたりしたが、動作自体はちゃんとしているようだった。
既に他の機体……三機のギャラクシップが先行している以上、何かしらの反応があるはずなのだが、何も表示はされていない。
それに敵……エイリアンも、どこかに居るはずなのだが、それらの姿も映っていなかった。確かエイリアンは生物らしいそうだが、それでレーダーに反応しないなんて事もないとは思いたかった。
しかし、現に何もレーダーに映らず、敵も味方も位置のつかめない状況ではどうしようもない。
仕方なくユウキが他ギャラクシップか母艦と連絡を取るべく通信機に手をかけようとした瞬間だった。
「んっ……!?」
急にユウキの耳に妙な音が聴こえ始めた。
聞いた事のない奇妙な音だった。
何かの呼吸音のような、心臓音のような、何かしらのリズムによって奏でられている低い音。
それが段々と、段々と、大きくなっていく。
聴こえると表現したものの、まるで頭の中に伝わっているかのような音だった。
わからない、これは一体なんなんだ。ユウキは困惑した。
思わずヘルメット越しに耳を押さえようとしたその時、微かにレーダーに反応があった。
「これは……!」
レーダーの光点の数は、2……8……16……。どんどん増えていった。
その反応の数が増えるごとに奇妙な音もより大きく響いてくるようだった。
そして約40の反応が確認できたところで、ユウキも遠目ながら反応の正体が確認できた。
群れを成し超高速で宇宙空間を飛行する謎の生物。
今ユウキが確認できただけでも緑色をした個体と紫色の個体……奇妙な造詣と相まってまさにエイリアンと言うにふさわしい姿をしている存在だった。
奇妙な音もおそらくはあいつらが発している音なのだろう。理屈まではわからないが、奴らに近づく事により、それがユウキに聞こえているのかもしれない。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
ユウキは今ようやく敵と対面……正しくは、群れで飛ぶ奴らに追いつく事ができたのだ。
今乗っているギャラクシップによって。
「ついに……!」
ユウキは意を決して操縦桿を強く握り締めた。
続いて、奴らを目視し適度な距離をおけるところまでに機体の速度を合わせる。
奴らと相対速度が合ったところでトリガーを引いてミサイルを発射しようとした刹那、低い奇妙な音とは別に甲高い奇妙な音がユウキの耳に響いた。
「くぅ……!」
唐突な事により思いがけずユウキは操縦桿を倒してしまう。
ギャラクシップが僅かに左に傾き、真っ直ぐエイリアンに向かって飛んでいたのが反れていく。
機体の姿勢を戻そうとした瞬間、キャノピーに何かの影が横切った。
「……ぬッ!」
よく見ると、その影は緑のエイリアンだった。
一匹の個体がこちらの方向に向かって飛んで来た……いや、間違いなくユウキのギャラクシップと相討ちするつもりで飛んできたようだった。
甲高い音もどうやらあいつらの飛行時……攻撃時に発せられる音のようだった。
その証拠に、また次々と音が聞こえては、緑のエイリアンが曲線を描くような動きでギャラクシップを目指して飛んできていた。
先ほどの操作は偶然にもユウキの命拾いとなったようだ。
だが、もう偶然は無いだろう。ユウキ自身もそう思った。
敵も反撃に出た以上、もはやレーダーを見て悠長に敵を狙ってはいられない。
UGSFの隊員として、己の経験と勘に頼るだけだ。
『行くぞ!』
ユウキは心の中で叫び、目に映るモノだけに集中した。聞こえる奇妙な音など関係ない。惑わされるわけにはいかない。
目視だけでエイリアン自身による体当たりやミサイルを完全に回避できるわけじゃないが、奴らがするであろう動きを読み、それに合わせてギャラクシップを操作した。
速さを追求した機体であるが為に旋回性能……避ける動きは厳しいものではあったが、そこはユウキ自身の勘によって補われた。
そしてこちらからの攻撃としてコスミックミサイルを発射するべくトリガーを引いた。
音も無く発射されるミサイルではあるが、電子音による擬似的な発射音が再生されることにより、何時発射されたかは確認できた。
コスミックミサイルの当たったエイリアンの個体は一発で爆沈した。
宇宙から消滅した奴らを哀れだと思う余裕はユウキには無い。
次の瞬間には自分も同じ運命になっているかもしれないからだ。
もしかしたら他のギャラクシップは既にそういう運命を辿っている可能性は高かった。
それでもユウキはとにかくトリガーを引き、ミサイルを撃ち続けた。
今はただ、戦うだけだった。
目の前のエイリアンを倒す為に。
ただ、ひたすらに。
エイリアンの数自体は多かったが、ギャラクシップの前では多勢に無勢などという事はなかった。
一発一発を確実に当てていけばエイリアンは間違いなく戦力を減らしていったからだ。
時折体を反転させたり、思いがけない挙動をしたりもしたが、今のユウキには読めない動きではなかった。
上官から聞いたように装填時間にはバラ付きはあったが、ユウキはその時間をも読んでは機体を操作してミサイルを発射し続けた。
ミサイルに当たっては消滅していくエイリアン。
だが、それ以上に幾百幾千もの銀河連邦の人間が、銀河人がエイリアンの攻撃によって命を散らしていた。
彼らの仇を取るというのであれば、これだけではまだ足りない。まだ足りなさすぎた。
だからユウキは今この宇宙にいるエイリアンを駆逐するつもりでいた。
作戦名である『エイリアンエクスターミネーション』の通りに。
そしてレーダーにも映っている最後の一匹に向けて、ミサイルを撃ち込んだ。
最後のエイリアンは避けるような動きをしたが、それすらも読んでユウキの操縦の前には無意味であった。
ミサイルが命中し、爆沈、消滅するエイリアン。
この瞬間、ギャラクシップのレーダーからエイリアンの群れは消失した。
低く響く音も聞こえない、高い音も無い、宇宙の静寂が訪れる。
ユウキはこの戦いに勝ったのだ。
戦いを観測していると思われるUGSFでは歓喜の声が上がったかもしれない。
しかし、ユウキは安心していなかった。
一度レーダーに反応が無かったのに、ある時を境に姿を見せたエイリアンの事だ。まだ何があるかわからない。
「んッ……」
ユウキの予感が的中したのか、また奇妙な音が聞こえてきた。低く響き渡る奇妙な音だ。
まさかと思い、レーダーを見るといつの間にか複数の反応……エイリアンの反応があった。
ただ宇宙空間が広がるだけだった前方にもエイリアンの群れが出現していた。
「……やはりか」
あくまでユウキ自身の推測でしかないが、奴らエイリアンは超高速で移動しているだけでなく、擬態機能と思しき能力を持っているではないかと思われた。
エイリアンがその能力を使う事により、レーダーにも反応せず、目視すらもさせないのではないかという推論。
光速での移動……もしくはワープ能力を持っているかとも思ったが、それなら予兆らしき現象が現れるはずだからだ。
何にしても、奴らの群れはまた現れた。それだけのことだ。
「いいだろう……」
何度現れようと、何匹出てこようと、奴らが目の前に居るのであれば戦う。戦ってみせる。ユウキの心はそう決まっていた。
この狭い棺桶の中で言葉通りに最期を迎えようとも、エイリアンを倒せる限り倒す。
銀河人の一人として……ギャラクシアンとして……!
『さあ来いエイリアン!』
心の中の叫びと共に、ユウキの戦いが再開された。
その叫びに呼応したかのように、エイリアンもまた攻撃を開始してきた。
甲高い快音、弧を描くような動き、音もなく撃たれるミサイル。
それらを避け、ミサイルを撃ち、奴らに当てる。
単純なようで一瞬たりとも気の抜けない小さな宇宙戦争。
何時終わるともしれない戦いが、また始まった。
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エピローグ <HISTORY>
ユウキがギャラクシップでエイリアンと戦い続けている頃、ノシカ・M・オーリアットはUGSFの作戦など露知らず、ちょうど外出から家へと戻ってきた所だった。
「……あれ」
ノシカが自宅のポストを見ると、珍しく手紙が届いていた。
電子メールが当たり前となり、実際の手紙を出すのもそうだが、届くのも珍しいものであった。
もしかしてと思い、ノシカはその手紙を手にとって宛名を確認すると、大きく『UGSF』と書かれていた。
一瞬、ノシカはどきりとしたが、よくよく見ると、『ユウキ・サワムラ』の名前が書かれてもいた。
「ユウキ……あ」
その名前を見てノシカはしばらく前に家に来たUGSF隊員の顔を思い出した。
それに自分の送った手紙は届いたようで、その返事が来たらしいので、ノシカは少しだけうれしくなった。
家の中に入り、ノシカはいそいそと手紙を開け、中の便箋を取り出した。
そして便箋を広げ、書かれた内容を読もうとしたが、それはわざわざ畏まって読むまでもないものであった。
「……『仇は取ります。』」
ユウキからの手紙の内容は、ただそれだけであり、大きな字で書かれていただけであった。
「……ふふ」
ノシカは思わず笑ってしまった。
あまりに率直すぎる内容が、あの時の……祖父の死をそのままに伝えに来た時の態度と全く同じすぎたからだ。
「不器用な人……」
複雑な微笑をしつつ、ノシカはユウキの事を思った。
そして、自分の変な願いに返事をくれた事に小さく感謝をした。
そんなノシカの想いが伝わっているかはわからないが、この瞬間にもユウキは遠い宇宙で戦い続けていた。
一方通行ではあるが、どちらも心の底にお互いへの思いがあった。
それからのユウキの戦いが何時まで続いたのか、エイリアンが一体どれだけの数だけ存在したのかは未だにわからないし、記録にも残ってはいない。
だが後の時代、銀河連邦の歴史にはこう記されている。
『二二七九年。
銀河連邦初の外宇宙生命体となる「エイリアン」と初遭遇。
試作 小型航宙機「ギャラクシップ」を投入。エイリアンを撃退するに至る』
歴史の事実は消えずとも、その事実以外の不必要な物事は忘れさられ、消えていく。
それでも、幾多もの忘れ去られていく記憶はどこかに存在し続ける。
僅かでも、誰かが覚えている限りは消えることは無い。
彼と彼女の間に交わされた手紙のように。
これは果てない銀河の歴史の中で、人々の間でいつか忘れ去られていく、一人のギャラクシアンの戦いの『物語』である。
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