紅魔館の役立たず (猫敷)
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Einleitende Kapitel
紅魔館の役立たず


 どうも皆様、はじめまして。間宮ともうします。私、紅魔館というお屋敷で、女ではありますが、執事をさせていただいております。以後お見知りおきくださいませ。

 え? 紅魔館てあの東方Projectのかって? 

 私の前世の記憶が正しければ、Yesと言っておきましょう。

 

「おい」

 

「えっ? あ、はいはい。なんでございましょうか。旦那様」

 

 振り返ると紅魔館の主であり、私のご主人様でもある、吸血鬼スカーレット卿が何やら怖い顔をして立っていた。

 

「我の部屋にワインを持って来るように言ったはずだが?」

 

「……すぐにお持ちします」

 

 ヤベェ、すっかり忘れてました。

 

「ふん。役立たずが」

 

 役立たず。この屋敷において私のあだ名のようになっている呼び名だ。事実であるが。

 

 私には前世の記憶がある。いわゆる転生者というやつである。

 

 私は神様のミスでもなく、知らないまま、訳も分からないまま転生してしまった。

 ただの一般人である私がそんな状態で、生きて行けるはずもなく、空腹で行き倒れていたところを偶然にも、お嬢様に拾われたのである。

 自分に仕えることを強要された私は、すぐさま首を縦に振って傅いた。

 だってそうしなきゃ殺されそうだったんでございますよ!?

 力こそ全て! 強いものには逆らわないのが私の信条である。

 住むところを確保したかったのも理由の一つではある。

 そうして執事の職を与えられたわけだが、今まで前世も含め、人に仕えたことなどないし、執事なんて漫画の世界だけの職だと思っていた。

 

 そして、どうやら私は前世でも無類の生活能力欠落者だったのだろう。家事の知識がほとんど皆無であった。

 自分自身の記憶は曖昧であるが、読み書きなどの知識的な記憶はしっかりしているので、そうなのだろうと自分で納得した。

 

 当然、何一つ満足に与えられた仕事ができない私は次第にこう呼ばれるようになった。紅魔館の役立たず、と。

 

 うん。もう不条理に泣きそうですよ、私。

 

 しかし、旦那様の子供である二人の吸血鬼、レミリア様とフランドール様を見た瞬間は今でも鮮明に思い出せる。驚きとともにこの世界が何なのかを理解したのはあの瞬間だったりする。

 

「では」

 

「……いや、ワインはもう良い。代わりに貴様で我慢してやる」

 

「へ?」

 

 旦那様は私の髪を片手で引っ張り上げると、首元に牙を立てた。

 

 ぎゃあああああ! ち、ちょっと待って。そんなに吸っちゃらめぇぇぇ!!

 

「あがっ……だ、旦那様」

 

「黙れ」

 

 しばらく血を吸われた後、解放された。かなりの量を吸われたのだろうか、全身に力が入らずに、その場に崩れ落ちる。

 そこに旦那様の姿はなかった。本当に散々な目にあった。

 あのクソ主人、人を食料か何かと勘違いしているのではないだろうか。

 

 だるい体を起こし、フラフラと使用人のために設けられた控え室へと向かう。

 

「あら、役立たずじゃない」

 

「ありゃ?」

 

 少し目線を落とせばそこにはレミリアお嬢様がこちらを見上げている。

 

「……あの男にいたぶられたのね」

 

「あはは、また失敗してしまいまして」

 

 そう答えるとお嬢様は眉をひそめた。またやらかしてしまったのだろうか。

 

「お前はいつも笑っているのね」

 

 確かに、なぜだかは分からないが、この顔はいつも笑みを浮かべている。喜怒哀楽がない。すべての表情が貼り付けたような笑みだけなのだ。いや、喜怒哀楽を笑みで表しているのかもしれない。

 

「一体何がお前をそこまで歪めたのかしらね」

 

 そんなこと言われても分かりません。教えてほしいくらいですよ、私が。

 

「だけれど私はその歪さを気に入っている。せいぜい私を楽しませてちょうだいね」

 

 意味分からないから安定のスルーをしましょう。

 

「それでお嬢様、ご用は?」

 

「相変わらず話を逸らすわね。まぁ、いいわ。ゴーレムを2体ほど貸しなさい。部屋の模様替えをするから」

 

「こんな夜中にやることですか、それ」

 

「うるさい。早くしろ」

 

「かしこまりました」

 

 私が指を鳴らすと同時に魔法陣が現れゴーレムを作り出した。

 私これでも魔法が使えるんですよ。

 

 この屋敷が紅魔館と名付けられる前から屋敷の地下には、現在はヴワル魔法図書館と呼ばれている、魔道書ばかりを集めた巨大な図書館があったそうだ。ちなみに私の寝床でもある。

 「主に魔法を使う程度の能力」を偶然にも持っていた私は、そこで魔法を独学で学んだのである。

 

「これでよろしいですか?」

 

「えぇ。少なくとも、お前に任せるよりは安心かしらね」

 

「……さようで」

 

 作り出した、燕尾服にピエロの仮面を付けた人型のゴーレムはレミリアの左右後ろに背筋を正しい控えた。

 何というか、幼い姿をしているが様になるものだ。部下を従えているとカリスマオーラが二割増しである。

 ただ、この小さな吸血鬼様は、自分の考えが合っているかどうかを、あまり気にせずに、口走り行動するのが玉に瑕だ。

 私への過大評価もその一つだと思う。せっかくのカリスマを自分でブレイクしてしまうのだから世話がない。

 

「もったいないお言葉でございます。では、私はこれで」

 

「相変わらず、心にもないことを言うわ」

 

 なぜ、私の言葉は素直に受け取ってもらえないのだろう。この薄ら笑いがいけないのだろうか。

 役立たずな上に、白々しく思われるって、私の印象は最悪じゃないか。

 

 45度に腰を折り、その場を去る。

 

 ……はぁ、何から何まで本当に疲れる館だ。

 特に目下の問題は旦那様であるスカーレット卿である。

 私はあいつが嫌いである。

 お嬢様と妹様の"親"は紅魔館が幻想郷に移った時には存在していなかったはず。長い年月を生きる吸血鬼が自然死するとも考えづらい。となると、幻想郷を吸血鬼が襲撃した吸血鬼異変がまだ起こっていないのではないか?

 確か、あの異変は妖怪の賢者である八雲紫と博麗の巫女が解決したはず。吸血鬼異変は吸血鬼側の敗北で幕を閉じるのである。

 

 つまり、それは何を意味するか。

 

 上手くやればスカーレット卿をぶっ殺せるということだ。いや、私は手を出す気などさらさらないので勝手に自滅してくださる。

 

 うむ、実に楽しみだ。そうなれば、自動的に紅魔館の主はレミリアお嬢様となる。

 そのために少しばかり動くことにしよう。お嬢様もスカーレット卿を毛嫌いしているため、ばれたところであまり問題はないように思う。ばれないようにやるけれどね。

 

 ブツブツと独り言をつぶやきながら廊下を歩いていると、ふと下へと続く階段の横で立ち止まった。別に意味はないが、何と無く地下に幽閉されている狂気の姫君の顔を拝見したくなった。

 フランドール・スカーレット、前に一度だけ見たことはあるが、本当に一瞬だった。会話することもできずに、彼女は旦那様によって地下に幽閉されてしまった。

 彼女には「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」がある。その能力に精神が引き寄せられたのか、精神がその能力を創り出したかは分からないが、少々気が触れているため、危険だと旦那様が判断されたのである。

 

 あぁ、会ってみたい。そんでもって、頬っぺたプニプニしたい! うりうりしたいよ!

 

 そんな妄想を繰り広げていたら、もうニヤニヤがとまらない。

 

 というか、あのクソ主人はなに自分の子供をあんな場所へ閉じ込めているんだよ。確かに、妹様は危険ではある。自分たちの身を守るための処置だというなら、それもしょうがない。だけれど、それでも曲がりなりにも親だろう。閉じ込めておくのは百歩譲って仕方がないとしても、それで良しとするのは違うだろ。どうにかしたいとは思わないのか。

 だんだんと腹が立ってきた。あのクソ主人をぶっ飛ばしてやりたい。

 

「ひっ」

 

 たまたま通りかかった妖精メイドが小さく悲鳴を上げて固まった。

 何だ? 顔に出ていたか?

 なぜかガタガタと震える妖精メイドを心配して近づこうとした刹那、後ろから気配を感じた。

 

「ま、間宮、メイドを虐めないで欲しいのだけれど」

 

「……お嬢様なぜここに?」

 

 妖精メイドは私の気がお嬢様に向いた瞬間、一目散に逃げていった。

 ショックだ。

 

「あのゴーレム、新しい家具を運ばせたら、家具もろとも階段から落ちていったわ」

 

 な、なんですとー!?

 旦那様に見つかったらまた何をされるか分からない。一刻も早く証拠を隠滅せねば!

 

「お嬢様、場所は!? すぐに片付けてきます!」

 

「ち、ちょっと。はぁ、本当にあの役立たずは」

 

 お嬢様が何かを言っていたが気にしない。私は急いで現場へと急行したのだった。

 

 廊下を抜けたその先の階段の下で、私のゴーレムが家具の下敷きになっていた。人の背よりも高いクローゼットである。さすがにあれを二体掛かりで運ぶのは無理があったのではないだろうか。

 

「ぶっ壊れてはないですよね? あー、もう動かないし!」

 

 我ながら、笑ながら怒れる自分は器用だと思う。

 

「家具は無事な様ね」

 

 やって来たお嬢様がクローゼットを撫でる様に見ながら言った。

 

「すぐに何とかします! ばれないうちに!」

 

「あの男に隠すのはいいけれど。私からのお仕置きはなくならないわよ?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人間どもが騒ぎはじめた」

 

 食事の給仕をしているとき、旦那様が口を開いた。誰に言うでもなく。旦那様が役立たずと評する私へ喋りかけることなど、何らかの理由があるとき以外は、絶対にあり得ないことだ。

 

 最近では、旦那様とお嬢様が揃って食事をすることは、全くと言っても差し支えないほど、なくなった。

 旦那様と私の二人だけの空間に、カチャカチャと皿と金属が触れる音が虚しく響く。

 

 吸血鬼狩り。人間が技術革新を起こしてから、どの程度過ぎているかは分からないが、拳銃に小銃といった武器が作られるようになり、昔のように、吸血鬼が一方的に人間を狩るという構図が一変した。下手をすれば吸血鬼も狩られる側になったのである。

 

 ……幻想郷。人間から疎まれ、忘れ去られ、拒絶された者たちの最後の楽園。その情報をこの状況で、旦那様に伝えるとしたら、どのようなことになるだろうか。

 

 きっと素敵なことになるだろう。私の期待は裏切られることはない。

 

「旦那様、楽園に興味はありませんか?」

 

 そう口にする私の顔は、いつも通りの能面の様な、冷たい笑みを浮かべているのだろうか。

 

 きっと私の言葉で誰かが傷つき、誰かが泣く。誰かを不幸にする。

 それでもなお私は言葉を続ける。そうしなければならない。お嬢様や妹様のために。まだ見ぬ、紅美鈴、パチュリ・ノーレッジ、小悪魔、十六夜咲夜のために。紅魔館はこれではダメなのだ。紅魔館の未来のために。

 

「役立たず、何と言った?」

 

「……とても耳寄りなお話を教えてさしあげますよ」

 

 なぁーんか、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。うしろめたいというか、罪悪感というか。

 まぁ、いい。私は善人ではないし悪人でもない。ただの執事である。ちっぽけな存在である私が歴史を創ろうとは思わない。世界を創ろうとも思わない。どちらも荒唐無稽な話だ。

 私は運命という巨大な河を流されるままに進む舟に乗っている。河を塞き止めることなどできはしない。

 私にできることは、舟の進路を少し変えることだけだ。

 

 ……だから私はそっと旦那様に耳打ちをした。

 

 すべては紅魔館の未来のために。というか私の幻想郷満喫ライフのために!

 



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Chinesisches Mädchen
役立たずと中華娘 前


 大きな誤算があった。

 幻想郷がいまだに不安定だったことである。旦那様の話によれば、妖怪と人間は友好的な関係にはないということだ。

 

「だが、あれだけの土地だ。我がものにすれば有効に活用できるのは間違いない」

 

 燕尾服のゴーレムがワイングラスへ血にも見えるワインを注ぐ。

 

 私はドア付近に静かに控えている。中途半端な情報を提供したと、お仕置されるのではないかと内心ビクビクしていたが、どうやらお気に召したようだった。

 

「攻めるのですか?」

 

「まだそのときではない。幻想郷に住まう妖怪どもの不平不満が満ちるのを待つ」

 

 幻想郷の状況が私の考えていたものとは違っていたようではあるが、事は順調に進みつつあるようだった。しかし、こうも上手くいっていいのだろうか。

 

「お前はただの能無しだと思っていたが」

 

「ありがとうございます」

 

 一応は褒められているので、頭を下げることにしよう。

 

「そこでだ。普段、執事としてはお飾りのお前に仕事を与える」

 

「なんなりと」

 

 嫌です。何やらせる気だ。

 どうせ、絶対にろくなことじゃない。

 

「しばらくフランドールにつけ。これ以上、使用人を壊されるとかなわん」

 

「……それは。いえ、かしこまりました」

 

 すぐに言葉を飲んで、頷いた。

 

 おぉ。ちょっとイイことだった。キザったいクソ野郎としか思ってなかったけど、少しはいい事言うじゃないか。

 うひょー! これで妹様をプニプニする大義名分ができたぜ!

 ……いや、待てよ。私、壊されるんじゃないか?

 ガッデーム! 突然言われたって何にも準備してねぇよ!

 

 とにかく、どうにかせねば。

 

「それと、町に妙な気配がある。人間どもが何かを企んでいるのかもしれん、行って収拾をつけろ」

 

「はっ」

 

「私が執事として無能なお前を置いている理由は分かっているだろう。……失敗は許さん」

 

 収拾をつけろ。ようは脅しておとなしくさせてこいというのだ。私が執事としていられるのは、お嬢様のおかげである。給仕としては役立たずな私をお嬢様は自分の専任としてくれている。理由は分からないが、そのおかげで私は平穏な日々を過ごすことができている。

 

 旦那様は私を執事としてはまったく認めていない。それよりも、私の狡猾さを評価してくれているようだ。なので、紅魔館の外との交渉や、面倒ごとを押し付けられている。

 あー、はいはい。口八丁手八丁でここまで生き抜いてきましたよー。自覚してますよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかなぁー」

 

 紅魔館から離れた小高い丘から、双眼鏡を片手に人間の町の状況を観察している。双眼鏡を覗けば見渡せてしまうほどの小さな町。村よりも規模は大きいが、小さな田舎町であることに変わりはない。

 旦那様の言う通り何やら人々の様子がおかしい。

 数人の人間が長の家へと出入りしているのが見える。

 

「仕事増やさないで欲しいなぁ。まったく」

 

 数体のゴーレムを率いて町へと向かう。

 着ているコートに泥が跳ねるのを気にしながら歩くのが非常にめんどくさい。

 

 町へと出向く際は、友好的な態度は決してするなと旦那様から命令されているため、いつも敵意を孕んだ視線が私に突き刺さる。そうに決まっている。

 なのでゴーレムには詰襟の制服にヘルメット、ロングブーツ、小銃といったどこぞの軍隊のような格好をさせている。

 威厳を保つことができれば、武器は必要はないのだが、如何せんいつ人間から襲われるか分からないので、警護のために持たせるようにしたのだ。

 ゴーレム自体にはそこまでの攻撃力がないというのも理由である。

 

 町の入り口へと差し掛かると、見張りだったのだろうか、男の子が一人、慌てて走り去った。くれぐれも面倒ごとにはしたくない。

 事を荒立てたら、旦那様から本当に役立たずの烙印と引導を渡されかねない。

 やばい、そんなことを考えてたら胃が痛くなってきた。

 無職は嫌ぁ!

 

 長の家の前に着いた刹那、ノックもすることなくゴーレムがドアを強引に開けてしまった。

 半自立式だからって少しは私の命令が待てんのかい!

 

 それほど大きくない、というかお世辞にも大きいとは言い難い家なので、ドアを開ければすぐにリビングへと繋がっている。そこでは、慌てて食料やら包帯やら薬やらをしまう、長とその他、数人の姿があった。

 えぇい! こーなれば、どうにでもなれ! とりあえず、悪い奴っぽく振る舞っておけば旦那様からのお叱りを受けずに済む。

 

「長老さん。……それは何を?」

 

「これは、いや。別に大したことではありませんので」

 

「……入っても?」

 

 私の問いに長は、戸惑いながらも頷いた。

 

 うぁー、絶対に何か隠してるよ。

 

「それで、近頃何か変わったことは?」

 

「……特に」

 

 後ろで手を組み、家の中をゆっくりと見て歩く。

 すると、キッチンに置かれた小さな急須と茶壺が目にとまった。それ以外には特に何も無いようだ。

 

 手袋を取りテーブルに投げ置くと、椅子に手を掛ける。

 

「座っても?」

 

「……えぇ」

 

「ありがとうございます。あぁ、長老、あなたも座ってください。ここはあなたの家だ。どうぞ普段通りに」

 

「は、はい」

 

 長は椅子に腰掛けると、パイプを取り出して、マッチを使い火を付ける。

 その行為が一段落したのを見計らって話を切り出した。

 

「長老、ここからの話は我々だけで話したいのですが。プライベートな話にもなるでしょうし。話しやすい様に部下も外で待たせてあるのはお分かりですよね?」

 

「分かりました。おい、お前たち、外してくれるか?」

 

 ゴーレムたちを外で待たせることを条件に他の人間を部屋から出してもらうことにした。

 

「それで、まぁ、さっきもお伺いしましたが、何か村でありませんでしたか?」

 

「……何もないといえば嘘になりますが、すべてお伝えする価値もないたわいもない話ですので」

 

「いやいや、たわいもない話は重要ですよ。一見、くだらないことの様に思えるが、その手の話は物事の片鱗を覗かせる」

 

 そう言うと長は黙り込んでしまった。正直、この返しが一番苦手である。

 

「長老、スカーレット卿はここの領主です。そして、私の主人でもある。私が主人から仰せつかっていることは一つ。この町の秩序を保つこと。それはお分かりですよね?」

 

「はい」

 

「できれば私もあなた方とは友好的な関係のままでいたい。世の中とは悲しいもので、ちょっとした誤解が争いを招く。……お互いに信頼しあっていなければね」

 

「…………」

 

「別段、話すことがないのであればそれでも構いません。私はあなたを信頼している。……しかし、万が一にでも誤解が生まれるようなことがあるのなら、それは予め知らせてもらいたい。例えば、この村に誰かが訪れてきた、とか」

 

 長の肩がびくりと震えた。

 え、もしかして当たっちゃった?

 

「…………」

 

 まだ口を割らないのかジジイ。

 ……ごほん。失言でした。

 

「特には」

 

「そうですか。ところで、あなたにお茶の趣味があったのは驚きでした」

 

「え? あ、あぁ。そうですね、嫌いではないですが」

 

「私もお茶の趣味がありましてね。素晴らしいとは思いませんか? 同じ茶葉から、作り方一つで様々に形を変化させる」

 

 長の顔が少しだけほころんだのが分かった。

 

「えぇ。そうだ! せっかくですからお飲みになってください」

 

「ぜひ」

 

 いそいそとキッチンへ向かう長を後ろから眺めていると、何やらカチャカチャと準備をしはじめた。どうやら、結構めんどくさいようだ。

 

「いやぁ、こんなところで飲めるとは思いませんでしたよ」

 

「はは、あれ程のお屋敷ならすぐに手に入るのでは?」

 

「ところがそうもいかないんですよ。そうだ、よければそれをどうやって手に入れたか教えてはくれませんか?」

 

 長の動きが止まる。小さな湯飲みが倒れ甲高い音が、静かな室内に響いた。

 

「い、いや。私も偶然知り合いから譲ってもらっただけでして」

 

 烏龍茶の茶器など、ここらではまず手に入らないはずである。

 

「もう一度だけ聞く。誰から手に入れた?」

 

 いやぁ、あまりのめんどくささに優しい私もイライラですよ。ブチ切れ寸前ですよ。

 まったく、怒りたくないんだから、怒らせないようにして欲しいものだ。人は怒る理由がなければ怒らないし、怒れない。常日頃、意味もなく怒っている者は変人である。だから、このか弱い老人に敵意と威圧感を向ける私は悪くない。怒らせるから悪いのである。怒らせたから悪いのである。怒らせる奴が悪いのだ。怒らせた奴が悪いのだ。

 怒った私は悪くない。怒る私は悪くない。

 

 はっ! なんか暗黒面に落ちかけてた気が。

 

「……数日前に旅の者がやって来ました」

 

「それで?」

 

「人当たりのいい妖怪の娘でしたが、退魔師に襲われ手負いの状態で」

 

「この町で手当てをしたと」

 

「回復したらすぐに出て行ってもらうはずだったのです! ですが、何を勘違いしたのやら」

 

 なぜそんなに焦っているのだろうか。

 

「あの……」

 

 私が口を開いた瞬間に、外が騒がしくなった。

 

「……なんだ?」

 

「ま、まさか!」

 

 長が慌てて扉を開けると、ゴーレムが一体こちらに吹き飛んできて、玄関を破壊した。

 

 あー、ビックリした! 何だよ!

 

 外へと出ると、中華服姿の人物がゴーレムと戦闘を繰り広げていた。

 

「町の人を苦しめている吸血鬼の手先だな」

 

「……そうだと言ったらどうします?」

 

 冷静を装っているが、私の内心は冷や汗と嬉しさで、ごちゃごちゃの大混乱である。

 だってさ生美鈴だよ! やばい、めっちゃ嬉しいけど、その美鈴にぶっ飛ばされそうだよ! こんちくしょー!

 

「はっ!」

 

 美鈴の蹴りが、彼女を取り囲んでいたゴーレムに炸裂する。蹴りを受けたゴーレムはぐにゃりと身体を曲げ、そのまま倒れ伏した。

 なんともあっけなく。技の豪快さに比例していない倒れ方である。

 もっと漫画みたいに服とか破れるもんだと思ったのだが、あれは本物だ。

 とにかく彼女の技を受けたら死ぬというのは理解できた。手負いの状態でこの強さは反則じゃないだろうか。

 

「お前たち、なんでもいいから何とかしてください。私はまだ死にたくありません」

 

 ゴーレムが私の命令で、先ほどまでは使用していなかった銃剣を小銃の先に取り付け、弾丸を薬室に装填した。この程度であれば致命傷にはならないだろう。

 

 魔法は使えるものの接近戦を得意とする敵とはかなり相性が悪いのである。ましてや相手はあの美鈴、近づかれたら確実に仕留められる。

 

 ゴーレムは残り四体。さて、どうしよう。勝てる気しないんですけどー!!

 

「小賢しい」

 

 なーんか、美鈴のキャラ違うんだけど。もっとおっとり優しい娘じゃないのか!

 

「そう言われましても。撃て」

 

 四発の銃声が響き渡るが、すでに美鈴は弾丸の軌道上にはいなかった。

 すぐさま間合いが詰められ、次弾を装填する間も無く、右ストレートが叩き込まれる。パンチを繰り出し無防備になった美鈴にもう一体のゴーレムが銃剣を突きつける。

 身体を捩り剣先をかわしたところで裏拳が繰り出されゴーレムの顔面に直撃した。

 

「ふー」

 

 ゴーレム二体をあっさりと瞬殺した美鈴は息を吐き、構えを正した。

 

 これ幸いとゴーレムたちも弾丸を装填し直し、美鈴に狙いを定めた。

 

 美鈴の戦法は読めた。彼女はこちらが動くまでは絶対に動かない。直前までこちらの出方を伺っているのである。極限まで精神を研ぎ澄ませて、一瞬の隙をつくのだ。

 

 撃てない。撃ったら次こそやられる。こんな命がけの展開になるなんて、本当に泣きたい。

 

 この際、魔法陣を全方面に展開して薙ぎ払ってやればいいんじゃないか? 町は吹き飛ぶけど私は助かるし、美鈴だって死にはしないだろう。そうだよ。そうしよう。

 ……待て、本当にそれでいいのか? 私は何でこの町を壊さないようにしなければいけない?

 そうだ、旦那様にそう言われたからだ。でも、その旦那様ももう直消える。なら、私にとって、この町を壊さないメリットはなんだ? 命をかけて守らないといけないものか? もちろんNOだ。そもそも、厄介ごとを持ち込んだのはお前らじゃないか。お前らが悪いんだから、結果がどうであれ文句はないだろ。

 

 私は死にたくない。

 

「次で決める」

 

 美鈴が私を見据えてそう言い放った。

 

 

 

 




次回は、役立たずvs華人娘の決着と、妹様の登場になります。


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役立たずと中華娘 後

 

 

 勝負は意外な展開で、なんともあっけなく幕を閉じた。

 私の前には腹部を押さえ、苦しそうに倒れた美鈴の姿がある。そう言えば、手負いだと言っていたのを思い出した。どうやら傷口が開いてしまったのだろう。

 まぁ、傷口が開いて片膝をついた彼女に鉛玉を四発ぶち込んだことも原因だろうが、それは仕方のないことだ。そうしなければ死んでたし、そうしても死なないのであれば問題ない。

 

 ゴーレムが小銃を構えながら美鈴を足で突つく。うめき声を上げるだけの彼女は、もう立ち上がる体力は残っていないようだった。

 

 ありがとう神様! というか、ありがとう名も知らない退魔師さん!

 

「さて、そこのジジイこっちに来い」

 

 まったく、あれほど面倒ごとは先に言えと言ったのに。もう少しで大変なことになってましたよ。だから、何かあれば必ずこちらへ話を通すように言ってるんですよ。

 

「お前のこの娘への施しがすべてを招いたんだぞ。この責任、どうとるつもりだ?」

 

「……誠に申し訳ありませんでした!」

 

 言ってることと思ってることが逆になってるじゃねぇか、私!

 こいつに責任取らせても意味がない。ケジメだのなんだの、そんなことをされても私への得はない。むしろ問題が大きくなってこの話が旦那様に知られる方がまずい。責任とらせたら損にしかならねぇ! おっさんの指なんぞ誰がいるか!

 

「まぁ、今回はそちらに悪意はなかったようですから、不問としましょう。ただし、そこの妖怪娘が回復したらこちらへ寄越してください」

 

 美鈴は確保しておかなければならない。この機会を逃せば、永遠に会えない可能性だってあるのだ。

 

 長は、私の言葉に目を見開いたまま固まっている。

 

「何か問題でも?」

 

「い、いえ! 必ず、必ずそう伝えておきます」

 

「頼みましたよ」

 

 あんまり大事にすると、返って私の立場が危うくなる。この場はこのくらいで収めておかなければならない。

 いいか、あんまり大事になると何度も言うが私の首が飛びかねないんだよ! 首が飛んだら腹いせにお前らの町を木っ端微塵に吹き飛ばしてやる!

 

 あ、そういえば、妹様のお世話を旦那様から仰せつかっていたのを忘れてた。

 いったいいつからだろうか。帰ってから考えよう。私は二体になってしまったゴーレムを従えて、紅魔館へと戻ることにした。

 旦那様への報告はもちろん、問題ありませんでした、だ。

 

「あら、戻ったのね」

 

 館の扉を開けると階段の上でお嬢様がこちらを見下ろしていた。

 

「人間の町で何かあったのかしら?」

 

「その件でお話が」

 

 私は階段を上がり、お嬢様を談話スペースまでエスコートして、紅茶を持って来るように妖精メイドに指示を出した。

 妖精メイドが紅茶を入れるわけではない。正確には、お嬢様のために紅茶を入れるようにメイド長へ伝えに行かせただけである。この館は、私がここに来た時から人間のメイド長によって切り盛りされていた。とても優秀な人材であり、ナイフの名手である。あの全てを見下す旦那様から、彼女が人間であるにもかかわらず、一目置かれる存在であることから、その優秀さは紅魔館の住人全員に認知されている。また、人徳もあるため、部下である妖精メイドたちは彼女へ迷惑をかけぬように懸命に働いている。妖精は基本的に非力であり、知能もそこまで高いとは言えないが、それらを使って館の衣食住と雑務をこなし維持している彼女はやはり素晴らしい人物なのだろう。

 それに引き換え私はと言えば部下はゴーレムの執事や兵士ばかりである。妖精と違って労いの言葉の一つすらかけてくれない。家事などは、妖精よりも、優れているはずなのだが、メイド長からは、機械的で温かみがないと文句を言われた。

 紅魔館のメイド長と執事長は対等な地位であることが不思議でならない。方や役立たずと方や館の機能の中枢であるのだから。

 だだ、任されている仕事が違うことから、彼女は私と違い、紅魔館の方針へ口を出す事はまったくない。

 

 長々と彼女について語ってきたが、私が言いたいことは彼女が人間であるということだ。私がこの館にきて早数十年である。

 それが何を意味するのかは、すでに分かってもらえると思いが、彼女はそれなりに歳をとった。もう定年が近い歳である。そうなれば当然後釜が必要になるわけで。

 

「お嬢様、お待たせいたしました」

 

 扉が開かれキャスター付きのワゴンを押した彼女が現れた。彼女はスカートを両手で摘まむと、お嬢様に頭を下げた。

 

「あぁ、悪いわね。メイド長」

 

「いえ、こちらはお嬢様がお好きなクッキーでございます」

 

 テキパキとそれでいて見ている人を急かされるような気分にさせない手つきで、お茶を用意する姿は、どう言えばいいか言葉が見つからないが、あえて言うならばエレガントである。

 

「さすがはメイド長、慣れてますねぇ」

 

「間宮、本来であればお嬢様付きであるあなたがやるべき仕事のはずですよ」

 

 人間は歳を取れば口調も変わるものだ。それは彼女でも例外ではなかった。昔と違い、角がとれ、優しく諭すような口調で注意をするようになってから、私は彼女が歳をとったことを改めて実感したのである。

 

「メイド長はスカーレット卿付きですからねぇ。いかがです、お嬢様、私が紅茶をお入れしましょうか?」

 

「遠慮するわ。お前の紅茶は不味いもの」

 

「というわけです」

 

 メイド長は呆れたようにため息をつく。いつも通りの反応である。

 

「私もいつまでも現役というわけにはいきません。いつかは動けなくなるときがくる。そうしたとき、館をまとめるのはあなたしかいないのですよ?」

 

「ちょっと……」

 

 お嬢様が、極力この話題を避けようとしているのは知っている。だが、いつかはその時がくる。お嬢様にとってメイド長は良き従者であり、唯一といっていい心許せる人物なのである。しかしだ。いずれ話さなければならないのなら、今話したところで変わりはない。

 

「まぁまぁ、お嬢様。その件でお話が」

 

「……町の話をするんじゃないのかしら?」

 

「そう。その話をすれば、必然的にこの話もしないといけなくなるんですよ」

 

「意味が分からないわ」

 

「町で、そこそこの人材を見つけました。ちょうどいい時期ですから、雇ってみてはいかがでしょう」

 

 にこりとできるだけ優しく言った私をお嬢様は、どうにも言えない表情で見返した。

 おぉう? もしかして私が言いたいこと分かってない?

 

「だから、どういう」

 

「まさかお嬢様ともあろうお方が、私の言わんとしていることをご理解されていない?」

 

「ぐっ。ふ、当然分かってるわよ。私は何でもお見通しなのだ。この、レミリア・スカーレットにはな」

 

「さすがはお嬢様。では、メイド長、お願いします。お嬢様のためにも」

 

 メイド長は全てを理解したかのように頷いた。やはり、出来た人だ。断言しよう、私にはできない!

 

「お嬢様、間宮が言ったことは事実です。……私がいなくても大丈夫なように、しっかりと教育させていただきます」

 

「え? えっ、ちょっと……」

 

「では、旦那様にはお嬢様から、そのようにお伝えください」

 

「だから!」

 

「お嬢様は将来、紅魔館を率いる身です。このようなことにも慣れていかなければなりません」

 

「うー、分かったわよ!」

 

 不貞腐れたお嬢様、マジかーわーいーいー!!

 

「ささ、メイド長もこちらへお座りになってください」

 

 椅子を引き、メイド長へ座るように促すが、彼女は怪訝な顔をして言葉を濁す。

 

「どういうつもり? 私はまだ食事の準備が」

 

「あなたのことだ下ごしらえは終わっているでしょ? あとはお任せください」

 

 コック姿のゴーレムを三体作ると厨房へ向かわせる。

 

「くれぐれもあなたは手を出さないでちょうだい。何をしでかすか分からないから」

 

「ご心配なく。ここにいます」

 

 信用ないなぁ。まぁ、役立たずだから仕方ないか。

 

「メイド長、座ったら? 私も話したい」

 

「お嬢様、ですが」

 

 さらに少し椅子を引き、無言でゆっくりと指をさした。

 

「間宮、あなた……」

 

「メイド長は働き過ぎですよ。たまにはゆっくりとしてみてはどうですか? そう、紅茶でも楽しみながらね」

 

 お嬢様にはメイド長が辞めるということを自覚してもらわなければならないのだ。そのためにこんな茶番を用意しているのだから。昔話に花を咲かせ、今までありがとう、と安いドラマのハッピーエンドになってもらわなくては私が困る。

 私が勝手に話を完結させるためにも。お嬢様には、いつの間にか納得してもらわなければ。あとはこちらで話を進めればいいだけだ。

 

 燕尾服のゴーレムがお嬢様とメイド長に紅茶を注ぐ。

 

「あぁ、そうだ。お嬢様、私はしばらく妹様のお世話をさせていただくことになりました」

 

「お前がか?」

 

「えぇ。旦那様からの言いつけで」

 

「……あの男か」

 

「ご安心ください。私はお嬢様付きの執事でございます」

 

「分かってるわ。お前は私の執事だ」

 

「はい」

 

 旦那様の名を出した途端に、お嬢様が指を噛みながら不機嫌になった。お嬢様は旦那様が私に命令するのを嫌っている。

 

「お前は座らないの?」

 

「私はここで。どうぞ、お二人でお楽しみください」

 

 別れの時が近い。それまでの時間を少しでも楽しんでくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、火をともした燭台をゴーレムに持たせ、妹様の幽閉されている地下牢もとい地下室へと向かった。

 巨大な扉の前で立ち止まると、若干顔が引きつっているのが分かる。結局、ここまで何も考えずに来てしまった。

 いや、妹様もしょっちゅう狂ってるわけではないはずだ。

 鍵を管理している妖精メイドに扉を開けさせる。

 扉をノックするとしばらくして反応があった。

 

「誰?」

 

「間宮でございます。旦那様より妹様のお世話を仰せつかりました」

 

「そう。入ってもいいよ」

 

「それでは失礼します」

 

 ゴーレムを先に立たせ扉を開けて中へと一歩踏み込んだ。なぜだか、鍵番の妖精メイドまでゴーレムの横にいる。用はもう終わっているはずだが。帰るタイミングを逃してしまったのだろうか。

 

「妹様、ほんじ……」

 

「きゃはははははは!! 今日はあなた達が遊んでくれるの?」

 

 狂気に満ちた目を見開きながらこちらへ飛んでくる美しき羽を持つ小さな吸血鬼の姿があった。

 すかさずゆっくりと後ずさり、ゴーレムを残し扉を閉めた。

 

「きゃははははははは!! 早く遊ぼうよ! ねぇ!ねぇ!ねぇ!」

 

「本日はそのおもちゃでお遊びください」

 

 扉に手をかけたまま、聞こえているかも分からないが一応、そう言って頭を下げておく。

 

 危なかったー! なんちゅー罠だ! げ、妖精メイドも残してきちゃったよ。いや、妖精は死なないからいいか。一回休みになってもらおう。今から扉を開けるとか自殺行為過ぎる。

 

「間宮」

 

 名前を呼ばれ、階段の上を見上げればメイドも付けずに自ら燭台を持ったお嬢様が立っていた。

 何を考えているのだろうか。静かにこちらを見据えている。

 

「お嬢様、なぜここに?」

 

「理由が無ければ来ては駄目か?」

 

「いえ、滅相もございません。妹様はご機嫌なようですよ。いろんな意味で」

 

「そうか」

 

 一言だけ残してお嬢様は上へと歩いて行った。どうしたのだろうか?

 いくら考えても答えは出なかった。

 

「……はぁ。部屋のかたづけどうしますかねぇ。妹様が落ち着くまでは、退散することにしますか」

 

 って、暗くて階段見えない! 燭台、部屋の中だし! 開けれないし! でも、階段見えないし! 誰かー!

 

 結局、魔法で火を作り出しすぐに問題は解決したのだが、一人テンパっていたのを思い出して恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 翌日になって門番をしていると、負傷から回復した美鈴が紅魔館を訪ねてきた。

 

 なぜ門番をしているのかと言えば、昨夜、見殺しにした妖精メイドの仕事をこなすハメになったからである。妹様の能力のことをすっかり忘れていた。徹底的に壊されてしまったようだ。

 

 しかし、あの傷で翌日動けるようになるとは思わなかったので、正直驚いている。どんな時でも、にやけ面であるため、表情を汲み取ってもらえないので、いろいろと不便な顔である。

 

「誤解をしてしまっていました。本当にすいませんでした」

 

「誤解が解けたのならそれでかまいませんよ。そちらが素のようですね」

 

「は、はい。少しでも強く見せようと思いまして」

 

 充分に強かったと思う。下手したら、殴り殺される勢いだった。あれを虚勢というなら私は雑魚以下である。

 

「……また旅を?」

 

「それが、路銀も底をついてしまって。別段、目的地もありませんし、どうしようかなぁって」

 

「行き当たりばったりの旅ですか」

 

「ほ、ほら、思い立ったが吉日と言いますし!……って、私、謝りに来たのに。すいません、お仕事中に無駄話を」

 

「大丈夫ですよ。門番は基本的に暇ですからね。ちょうどいい暇つぶしになりますよ」

 

 苦笑いする美鈴。将来、あなたがここで寝てるんですよー?

 

「ところで、あてもないのならここで働きませんか?」

 

「へ? い、いいんですか?」

 

 思ったより美鈴の食いつきがいい。これはチャンスだ。

 

「えぇ。お恥ずかしい話、この館は人手が足りていないんですよ。部屋と朝昼晩の三食付きですよ」

 

「働きます! 働かせてください! 私は紅美鈴と言います。一応、妖怪です」

 

 ばっと音が聞こえるほど勢い良くお辞儀をする。一応、妖怪とは、もう少し妖怪としての自覚を持った方がいいのではないだろうか。私には関係のないことだが。

 

「私は間宮と言います。一応、この館で執事長をさせていただいております」

 

 私も人のことを言えなかった。

 

「どうぞ中へ。旦那様とお嬢様に紹介をしましょう」

 

「は、はい」

 

 扉を開き、美鈴を招き入れる。

 

「あ、これ長老さんから間宮さんへ」

 

 美鈴が差し出したのは、お茶の葉と茶器であった。

 これをどうしろと?

 

「間宮さんがお茶が好きだと言っていたので、お詫びの品にって」

 

「あぁ、それほど興味はありません。それはあなたが使ってください」

 

「え?」

 

 よしゃー、美鈴ゲットだせ!!

 

 

 

 




妹様は一応、登場しました!汗


オリキャラは優しくないです。
すべて自己中心的に考えて事故って自滅するタイプですね。
言動には僕の趣味が、かなり影響してますね。
ほとんどタランティーノ映画の悪役ですが(^_^;)

少しずつこの作品を書くにあたって元ネタにした作品や影響を受けた作品の話をしていきたいですね。
後枠での、無駄話にもお付き合いいただけたら幸いです。


誤字脱字やご感想などありましたら、よろしくお願いします。


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Tägliche
紅魔館にとっての役立たず


 

 

 

レミリア

 

 ずいぶん前に私の専属執事ができた。家事は何をやらせても失敗する駄目な執事である。あまりの不器用さから私を含めて、紅魔館の全員から役立たずと呼ばれるほどである。ただ私の父から、父と言うのも腹立たしいが、紅魔館の外交面はほぼすべて一任されている。

 紅魔館には人間であるが、かなり優秀なメイド長がいる。父の専属メイドである。そのおかげで紅魔館はなんとか正常に機能しているのだ。父のメイドを館の光とするならば、私の執事は闇である。それが私の執事が父のメイドと対等に扱われている由縁である。

 メイド長は、表情豊かで普段は穏やかな微笑みを浮かべているが、私が悪さをすれば表情を変えてそれを咎めてくる。別段、腹は立たない。諭すように注意するときもあれば、声を荒げるときもあった。彼女の怒りにはいつも私たちに対する慈愛の情があった。まるで母親のようなすべてを包み込む優しさが。それが彼女が他のメイドたちから慕われてる一因ではないかと思う。だが、私の執事はいつも能面な冷たい笑みを貼り付けている。私が何をしようが、ただ笑っている。何を考えているのか分からないがときもある、私の執事には表情がない。いや、この表現は適切ではない。私の執事は、笑顔しか顔が作れないのだ。表情の作り方と言うものを知らないようだった。歪んでいる。そんな彼女を見て私は興味を持った。

 彼女を私の専属執事として推薦した理由はもうひとつある。私には運命を操る程度の能力がある。あまり使える能力ではないが、私は人の運命が見える。彼女の運命も見ることができた。真っ暗で、まったく光のない運命。初めて私には人の運命が理解ができなかった。だから、側に置いておきたかった。

 20代前半だと思えた執事の寿命はせいぜい残り50年ほどだと思っていた。だけれど執事はその美しい姿を変えなかった。どれほどの年月が経とうが一切変わらぬ美しい容姿。長い黒髪を煌めかせて冷たく笑い続ける彼女の姿は、妖艶でどこか怪しくもあった。

 

 あぁ、どうしょうもないほど私は彼女に依存している。

 

 屋敷の者を含めて、皆、私のことをスカーレット卿の付属品としてしか見ていなかった。私の執事は違った。私を、レミリア・スカーレットに仕えてくれている。私を私として見てくれるのは、執事の他にはメイド長ぐらいのものだ。しかし、彼女は父のモノ。私の味方は執事しかいないのだ。

 だから、私は執事に依存し続ける。

 

「お嬢様」

 

 いつも通り、私の側には執事がある。そうだ、これでいい。

 

「何?」

 

「珍しく静かですね」

 

「お前、私をなんだと思ってる?」

 

「もちろん次期、紅魔館当主であられるレミリア・スカーレット様です。あぁ、私のご主人様でもありますね」

 

「ふんっ」

 

「お風呂のご用意ができましたが、いかがいたしますか? メイド長が改めて美鈴を挨拶に来させると言っていましたが」

 

「別にかまわないわ」

 

「かしこまりました」

 

 お調子者の執事、冷静な執事、優しい執事、冷酷な執事、いったいどれが本物のお前なの?

 

 ねぇ、私の味方の役立たず。

 

 

 

 

 

 

 

 

美鈴

 

 知らない天井だった。

 そうか、私は負けたのだ。あの笑みを浮かべ漆黒の燕尾服に身を包んだ美しい彼女に。起き上がろうとしたが、まだ力が入らない。体中がズキズキと痛むが、この程度であればすぐに歩けるようになるはずだ。

 なぜ私は生きているのだろう。本当ならばあの場で殺されていてもおかしくはなかったはずだった。

 彼女は町の住人を苦しめる吸血鬼の手先なのだから。

 

「起きたか」

 

「あ、長老さん」

 

 視界の隅に老人の顔が写った。長老である。長老は難しい顔をしながらため息をつき私を見た。

 

「傷は?」

 

「はい。大丈夫です。すぐに動けるようになります」

 

「そうか。なら、すぐに出て行って欲しい」

 

「え?」

 

「あんたは何を勘違いしたのかは知らんが、あの方に危害を加えるなど」

 

「で、でも。この町は吸血鬼に」

 

「我々はあの方に感謝している。あの方が町の管理をするようになってから重税は課されなくなった。高度な技術や知識も授けてもらった。見てくれ」

 

 長老が窓を指さした、その先には楽しそうに笑い、はしゃぐ子供たちの姿があった。その中の一人を長老は特に愛おしそうに見つめる。

 

「わしの孫だ。本来ならば、もうこの世にはいなかった」

 

「それは」

 

「他の子供たちもそうだ。あの方のおかげで産まれたばかりの赤子が死ぬことは、ほとんどなくなった」

 

「…………」

 

「もう分かっただろう。わしらは何も不満はない。今日中に去ってくれ」

 

「……分かりました」

 

「それと、あの方が屋敷に来るようにと。確かに伝えたぞ」

 

 とんでもない勘違いをしていたようだった。吸血鬼といえば人々を虐げる存在としか考えていなかった。

 

 すぐに謝りに行かなければならない。許してもらえるだろうか。まだ、本調子ではないが、急いで支度をしなければならない。

 

 私はその日のうちに紅魔館を目指した。

 なぜだか、早く彼女に会いたいと思った。あの不思議なオーラをまとった彼女のことが頭から離れない。この感情は何なのだろう。私は初めての感覚に戸惑っていた。誰かに教えてほしいほどに。

 きっと罪悪感が私を急かしているのだ。私はその気持ちを無理やり閉じ込めて、自分を納得させることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイド長

 

 間宮が連れてきた人物は私の想像とはまったく異なっていた。

 中華服を着た、明るく笑顔がとても似合う少女だった。妖怪だと聞いてはいる。人間である私よりも、多くの時を生きているはずだが、どうもこの歳になってくると、自分よりも幼く見える娘は、孫のような存在に思えてしまってならない。特にこの娘のような人懐っこい娘には。

 

「紅美鈴と言います! 今日からよろしくお願いします!!」

 

「元気がいいわね」

 

「う、うるさかったですか?」

 

「いいえ。それは、とても大事なことよ。今日から私があなたをメイドとして教育させてもらいます。よろしくお願いしますね」

 

「はい!」

 

「ふふ。それじゃあ、まずは改めてお嬢様へご挨拶に行きましょうか。旦那様はお出かけになっているので、そちらはまた日を改めてということにしましょう」

 

「了解です!」

 

「こら、目上の者には承知しましたを使いなさい」

 

「す、すいません」

 

「では、行きますよ」

 

 彼女を一人前のメイドに育てるのは、いろいろと手がかかりそうであるが、この性格であれば問題ないのかもしれない。新しいメイド服のポケットには、聞いたことを忘れないために、メモ帳とペンが入っているのが見えた。感心するまでの心掛けだ。間宮にも少しは見習ってもらいたい。

 魔法を使いゴーレムに仕事を覚えさせる機械的な彼女とは対照的である。彼女は心を込めて料理を作ったことはないのだろう。失敗していても、それは愛情が補ってくれるものだ。それが彼女には分からない。まるで愛情というものを知らないで育ったようだった。私は、彼女と出会い、少しでも愛を知ってもらおうと努力をしたのだが、すべて無駄に終わってしまったようだ。彼女は心から笑ったことはないのだろう。

 だからこそ、私は不安だった。彼女が新しいメイドを雇おうと言ったとき、どんな人材なのか気が気でならなかったのが正直な気持ちである。

 しかし、私の前に現れたのは、美鈴だった。私は最近、間宮が考えていることが理解しかねている。

 

「お嬢様はどちらに?」

 

 しばらく歩き、ゴーレムを呼び止め尋ねると、浴場を指さした。

 

「お嬢様はもう上がられるかしら?」

 

 浴場の前で待機していた、私とはデザインの違うメイド服の妖精に声をかける。この妖精メイドは間宮の下についているメイドなのだ。

 

「先ほどお入りになられたばかりです」

 

「そう。なら少し待たせてもらいましょう」

 

「執事長から、そのまま通すように言われております。どうぞお進みください」

 

 いくらなんでも、お仕えする身分である私たちが、お嬢様の入浴中にお邪魔をするなど、失礼である。

 

「……お嬢様はなんと?」

 

「執事長のお言葉は、お嬢様のお言葉ですので。それと執事長が、あまりお嬢様をお待たせしないようにと」

 

 浴場へとつながる脱衣所を見ればすでに、扉が開けられ、別の妖精メイドとゴーレムが立っている。

 仕方がないので、美鈴を連れ、中へと入った。間宮のいつもの手である。自然と、咎めようとする私たちの方が、まるで無礼を働いているかのような流れを作り上げるのだ。一度、きちんと注意をしよう。

 

「お嬢様、入浴中に失礼いたします。新しいメイドを連れてまいりました」

 

 中には花びらの散らされた湯船に浸かるお嬢様と、横に控え、笑みを浮かべてこちらに顔を向ける燕尾服の間宮。

 

「えぇ、間宮から聞いているわ。遠慮せずに入りなさい」

 

「ほら、美鈴」

 

「は、はい」

 

 後ろにいた美鈴を前に出す。美鈴は緊張しているようで、動きがどこかぎこちなかった。

 それもそうだろう。間宮の他に、お嬢様の後ろに控えるゴーレムと黒をベースとしたメイド服に身を包んだ妖精メイドたち。いくつもの目が私たちに向けられているのだか。

 浴場は、いたるところにスカーレット家の家紋と、それにあしらわれた装飾が暗く光を放っている。

 

 そして、一糸纏わぬお嬢様が中央の大理石の湯船に、堂々と優雅に存在している。

 

 とても神秘的で美しい。間宮がこの場所に私たちを、呼び寄せたのも納得がいく。

 

 これで、新人に緊張するなという方が無理な話である。

 

 何事にも第一印象というのは大切だ。こういった面では彼女はとても優秀である。実際に彼女がお嬢様についてから、お嬢様を子供として扱う者は減った。ほとんどいなくなったと言っても過言ではない。お嬢様も、もう子供とはいえない歳なのだが、どうしても旦那様と比べてしまうと、子供のように感じてしまっていたのだろう。

 これで、自分自身でしっかりとお嬢様のお世話ができるようになれば、彼女は優秀な執事になれるはずなのに。そういったことにはまったくと言っていいほど努力しないのが、私の悩みの種だ。

 

「ほ、本日からこちらで働かせていただくことになりました。紅美鈴です。一応、妖怪です。よろしくお願いします!!」

 

「あら、可愛いわね。間宮から聞いた話だと、どんな筋肉ダルマが来るかと思っていたのだけれど」

 

「……筋肉ダルマ」

 

「まぁ、いいわ。間宮から推薦されたお前を雇う許可を出したのは、この私だ。お前にはメイドとして、そこにいるメイド長の教育を受けさせることになったが、ここにいる執事がお前の上司だということを忘れるな」

 

「?」

 

「返事はどうした?」

 

「は、はい!」

 

「私の顔に泥を塗らないように、せいぜい頑張りなさい」

 

「承知いたしました!」

 

 ほとんど脅しに近い。聞いていて美鈴が気の毒になってきた。

 

「頑張ってくださいねぇ」

 

「あの」

 

「どうしました?」

 

「まみ、執事長が教育係でないのはどうしてですか?」

 

「間宮でかまいませんよー」

 

 もっともな意見だった。

 

「こいつは、何にもできない役立たずなのよ。これに教育なんてさせたら、それこそ芽を摘むことになるわ」

 

「私、お嬢様の顔に泥を塗ったことはないですよ? パイは塗ったことありますけど」

 

「それよ、それ! どこの世界に主人の顔にパイをぶつけて、爆笑してる執事がいる!」

 

「あれは事故ですよ。絨毯が、こうね、ペラっとめくれてて足を取られたんですよ」

 

「とにかく、そこの新人! こいつと同じことをしたら、八つ裂きにするからそのつもりでいなさい!」

 

 お嬢様、あまり間宮を甘やかしてはダメです。つけあがると私の苦労が増えてしまいます。

 この言葉を言うことができれば、どれほどいいだろうか。それがお嬢様のお決めになったことであれば、極力、私が口をだすことはしたくない。私はただメイドとしてお嬢様を見守っていきたい。それに、私が口を挟むことをお嬢様は嫌う。直接、ご自身から言われたことはないが、私には分かる。お嬢様は旦那様のことを嫌っている。そして、旦那様を自分のコンプレックスと感じている節がある。旦那様の専属メイドを勤めている私が意見するのを快く思わないのは、しょうがないのかもしれないが、少しさみしい気分になる。

 

 間宮のおかげかお嬢様は、自信をつけてきた。彼女が事あるごとに口にする、次期の紅魔館の主という言葉がお嬢様を奮い立たせているのだろうか。悪い意味で言えば、まるで刷り込みのようだ。

 お嬢様と間宮の仲がいいのは周知の事実であるが、それが無機質な人形劇に見えてしまうのは私だけなのだろうか。

 

「あのぉ、メイド長さん」

 

「何かしら? それと私のことはメイド長でいいわよ」

 

「はい。それでメイド長、なんで私とメイド長の服はデザインが違うんですか?」

 

「……それは、あのお二人の心の壁の象徴だからよ」

 

「心の壁、ですか?」

 

「えぇ。あれが見えるかしら?」

 

 そこにではゴーレムや妖精メイドが、大広間の長いテーブルに晩餐の準備をしている。

 今日はお嬢様と旦那様が同じテーブルで夕食をとる貴重な夜だ。

 

「あれがどうしたんです?」

 

「旦那様のテーブルは私の妖精メイドが、お嬢様のテーブルは間宮のゴーレムと妖精メイドが、それぞれ別に晩餐の支度をしているでしょう? あれが紅魔館の現状なのよ」

 

「あ」

 

 この娘は察しがいいようで助かった。先ほどのお嬢様の言葉の意味も、理解したようだ。

 

「間宮の食事には人の温かさがない。お嬢様には、なるべく私が食事を作っているわ。……単なる私のわがままなのだけれど、あの子には、温もりを知ってもらいたいの。って、つまらない話をしてしまったわね。ごめんなさい」

 

「いえ! とても素敵だと思います! 不肖ながら誠心誠意、努力させていただきます。早く一人前になれるように!」

 

 あぁ。この娘になら、紅魔館を任せられる。彼女の顔を見て私はそう確信した。美鈴ならば、私がいなくなった後もお嬢様を支えてくれるはずだ。間宮とは別の方向で。

 

「私の指導は厳しいわよ?」

 

「望むところです。これから、よろしくお願いします!」

 

 私は堪らずに、美鈴の頭を撫でてしまった。

 

 間宮、あなたにしてはいい仕事をしたんじゃない?

 

 

 

 

 

 




というわけで、今回は主人公視点からではなく、各登場キャラ視点でお送りさせていただきました。

メイド長、最初は美鈴のためのモブキャラだったんですが、書いてるうちに熱が入ってしまいました。
この作品では貴重なザ・良い人です。


ちなみに、2話の「役立たずと中華娘 前」は映画イングロリアス・バスターズをはじめ、マカロニウエスタンのパロディが入っています。

では、また次回。


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Verrückte Prinzessin
嘘つきな役立たずと狂ったお姫様 前


「はいはい、落とさないようにお願いしますねー」

 

 ゴーレムに人の身長ほどある箱を屋敷の中に運ばせていると、メイド長と美鈴がやって来た。

 

「間宮、それは?」

 

「ちょっとした道具ですよ。妹様用の」

 

「……なぜ、そのゴーレムが?」

 

 燕尾服のゴーレムではなく兵士のゴーレムが運ぶ荷物にメイド長は眉をひそめた。しかも、それを妹様に使うというのだから、なおさらなのかもしれないが、メイド長は相変わらず勘が鋭い。美鈴は、メイド長の後ろからピョコっと顔を出し、首を傾げている。

 なに、やだ、めっちゃ可愛い。

 それはそうと、ここでメイド長に出くわしたのはまずかった。それほど致命的なことでないにせよ、下手に隠すといろいろと勘ぐられる可能性が高い。そうなれば、少なからず今後の私の予定に影響を及ぼすだろう。ここは、正直に箱の中身を見せた方が得策だ。

 

「中身、ご覧になりますか?」

 

「ぜひともそうしてもらいたいわ」

 

 ゴーレムが箱の蓋をバールで開け、中身を見せたとなんに、さらにメイド長の眉間にシワがよる。これは、メイド長の機嫌を知るための一種の目印である。私は眉間バロメーターと呼んでいる。ちなみに、つい最近、ご本人様にもばれてしまった。お嬢様との会話をどこかで聞いていたらしく、お嬢様が去ってから、私のもとへ鬼がやってきた。

 

「な、なんですか? ……筒がいっぱい」

 

「ガトリング銃」

 

「おや、メイド長、よくご存知で」

 

「私も実物を目にするのは初めてです」

 

「そりゃ結構、値が張りますあらねぇ。手に入れるの大変だったんですよ、これ。じゃ、私はこれで」

 

「待ちなさい。まさかそれをフランドール様に使うつもりではないでしょうね」

 

 はい、捕まったー。はい、話が長くなるー。はい、めんどくさいー。

 

「大丈夫ですよ。別に殺そうというわけではありませんので」

 

「そういう問題ではありません。妹様にこのような野蛮なものを」

 

「では、あなたが地下へ行かれます? 五体満足どころか、原型もとどめないほど壊されてしまうと思いますが」

 

「……それでも!」

 

「旦那様からは、死ななければ何をしてもかまわないと言われてますし、お嬢様の許可もとってあります。そして、妹様の世話係はあなたでなく私だ。旦那様が、あなたではなく、この私を選んだ時点で、あなたのやり方では妹様に通用しないとお考えになられているのだと思いますが?」

 

 実際のところは、死んでも問題のない人選なのだろうが。そんなことは、どうでもいい。今はこのメイド長を言いくるめることができれば、問題は解決するのである。物は言いようだ。

 

「メイド長はご自分の仕事に集中なさってください」

 

 妹様は今後の重要なキーマンである。部外者に、余計なことはされたくない。

 あの狂気のお姫様には、しばらくの間は不自由をしていただかなくてはならない。すべては紅魔館を、お嬢様を導くためだ。

 なにも一生、妹様をあのままにするつもりはない。これは布石なのだ。必要悪というものだ。

 

「ご納得していただけたようで、なによりです」

 

 フランドール・スカーレットは孤独である。旦那様の命によって、その生涯のほとんどを地下の牢獄で過ごしているのだ。誰にも会えず、誰もと話せず、誰にも関われず。誰からも恐れられている。

 この館では、その存在自体が希薄なのである。触らぬ神に祟りなし、誰も自ら妹様に関わろうとはしない。記憶から消し去ろうとしている。だが、これだけは言える。お嬢様は妹様を愛している。どうしようもないほどに。妹様を閉じ込めた旦那様に殺意を抱くほどに。その気持ちは、妹様には届いていないのだが。

 

「お前は、戦争でも始めるつもりか?」

 

「これは、お嬢様。すでに寝室に行かれたものかと思ってましたが」

 

「私を寝室まで、案内して、着替えさせるのはお前の仕事よ!」

 

「もちろんです? さぁ、寝室までご案内しますよ」

 

「お前、忘れてただろ!」

 

 お嬢様を寝室まで、案内し、着替えをお手伝いする。

 んー、相変わらずのチッパイ、ご馳走様でございます!

 

「ねぇ」

 

「なんです?」

 

「お前、今からフランドールのところへ行くのよね」

 

 ベッドに身を沈めたお嬢様がこちらを見つめる。

 

「えぇ」

 

「私は、寝れないの。さっきお前が怒らせたせいね。眠気が吹き飛んでしまった。だから、責任を持って私を眠らせなさい」

 

 なんてわがままな。

 そもそも、吸血鬼が夜に寝るというのもおかしな話である。お嬢様は基本的に不規則な生活をしている。不摂生をさせるなとメイド長から何度かお叱りを受けたことがあるのだが、別に吸血鬼は風邪を引くわけでも、病にかかるわけでもない。

 寝たいときに寝て起きたいときに起きるというのはこの上のない贅沢だ。寝起きの微睡み、惰眠を貪るあの5分間は本当に心地いい。

 体に悪いわけでもなく、至福のときを過ごせるのだ。それのどこがメイド長は気に入らないのだろうか。

 合理的な考えはときに、非合理的な結果を生むとメイド長は言っていたが、それは自己責任だ。

 

「お嬢様がご自身から、寝たいとおっしゃるのは珍しいですね」

 

「私だってそんな気分になるときはあるさ」

 

「メイド長がお喜びになりますよ」

 

「ふん。いつも口うるさく小言を言われるわ。まったく人間は健康に気を使い過ぎよね」

 

「まぁ、吸血鬼であるお嬢様には、あまり関係のないことですから」

 

「そうね」

 

「そうお考えのお嬢様が今日はまたなぜ?」

 

「そうやって探りを入れるのはよしなさいと言っているでしょ。お前の悪い癖だ」

 

「申し訳ございません」

 

「……寝れないな」

 

「ホットミルクでもご用意しましょうか?」

 

「……私は子供か」

 

「それでは睡眠薬を? 吸血鬼用に調合されたものがありますよ」

 

「ホットミルクでいいわ」

 

「かしこまりました」

 

 部屋の前で待機している妖精メイドにホットミルクを持ってくるように伝え、お嬢様のもとへ戻る。

 

「しばらくお待ちください」

 

「吸血鬼用に調合された睡眠薬なんて始めて聞いたわ。便利なもの持ってるわね」

 

「あぁ、あれは嘘です。作ろうと思えば作ることはできますが、それなりに時間がかかりますから」

 

「なっ。私がそっちを選んだらどうするつもりだったのよ?」

 

「小麦粉でもラムネでも、それらしい物をお出しするつもりでした」

 

 よく聞く、思い込み療法というものだ。正確には、プラシーボ効果と言うらしい。偽薬を処方しても、それを薬だと信じ込ませることによって何らかの改善効果がみられるというアレである。ノンアルコールやジュースで酔っ払ってしまうのもプラシーボ効果の一例である。また、自分の実力を伸ばす場合にも用いられる。まだまだ自分に伸び代があると信じ込ませることで実力以上の成果を出せるのだ。

 

「お前は本当に嘘つきだな」

 

「嘘も、ばれなければ真ですよ。すべては信じること、それこそが自分にとっての真実となる」

 

「誰からの受け売り?」

 

「誰かからの。たぶん昔の偉い人の。物事は前向きに考えることが重要なんですよ」

 

「前向きに、ねえ。そう上手くいくかしら?」

 

「上手くいかないからこそです。辛く悲しいことであっても、その真実を嘘にできる日がきっときます」

 

「嘘って便利なものね」

 

 今のお嬢様の表情は先日、地下で見た表情と、とてもよく似ている。

 

「お前は執事より詐欺師の方が向いてるかもね」

 

「ここをクビになったら、考えますよ」

 

「そうか」

 

 お嬢様のおっしゃる通り嘘はとても便利だ。嫌な真実よりよっぽどいい。他人も自分も守ることができる。劇薬も使いようによっては、特効薬となるのだ。

 

「じゃあ、お前がメイド長にちょくちょくついてる嘘はどうなのかしら? どうも、いい様に私の名を使っているようだけど?」

 

 ばーれーてーたー!!

 まさか、ここでその話が登場してしまうとは思ってもみなかった。

 どう弁解しようか、脳みそをフル回転させるが、まったく言い訳が浮かばない。完全に不意打ちだった。

 焦る私に対してお嬢様は何だか楽しそうだ。私がどんな言い訳をするのかを待ち構えているらしい。それ以前に、焦る私の姿を楽しんでいるのだろうか。

 

「屋敷の掃除をサボった言い訳は、お嬢様が後でやればいいと言ったからだったかしら?」

 

「い、いやー。あのですねぇ」

 

「後でやればいいと言ったから、か。5歳児でも、もっとマシな嘘をつくわよ? 他にも似たようなのがいくつかあるのだけれど、聞くか?」

 

 な、何で知ってるのでしょうか。

 

「晩餐の支度をサボった言い訳は、私の言いつけがあったからなのよね。私はお前に何を言いつけたのだったかな? 長く生きたせいか、少し物忘れがな」

 

「それは、もうお嬢様が歳をとったからではないでしょうか? あ、あははは……」

 

「あ?」

 

「なんでもないです」

 

 自分で、言ったんじゃないかー!

 それよりだ。やばいぞ、私の悪行が筒抜けになっている。まさか、スパイか!? 誰だ、内通者は!

 

「しかも、サボった仕事は妖精メイドにやらせているのよね」

 

「…………」

 

「申し開きはあるか? あるのなら、言ってみなさい。聞くだけは聞いてやるぞ。お前のことだ。とても素晴らしい言い分があるのだろうかな。ほら、早く。それで、私が納得するかは、また別問題だがな」

 

 もう完全に目がドSになっている。こういったときのお嬢様は、タチが悪い。少しずつ、追い詰めてくるのだ。ジリジリと壁に追いやってくる。下手なことを言えば、すぐに墓穴を掘ってしまう。まるで、ゆっくりと首を絞められているかのようである。逃げ道は完全に塞がれてしまった。

 こんなところで、カリスマパワーを使わないで欲しいものだ。

 だって私が困るから! もう泣きたいよ!

 知っていていい様に泳がされていたかと思うと、もう崩れ落ちそうになる。

 

 ならば、やることは一つだ。

 

「メイド長が、お孫さんからもらった、誕生日プレゼントのマグカップ」

 

「……おい、なぜ知ってる?」

 

「ご自身で、料理を作ってみたくなったんですよね。始めて使う道具ばっかりで、楽しくなって、はしゃいでたら、肘をぶつけて落としちゃったんですよね」

 

「お前、さては見てたな! 私が困ってるのを見て楽しんでたな! やめろ、細かく説明しながら言うな!」

 

 ふっはははー! 私だって、ちゃんとネタは掴んでるのですよー!

 

「必死に涙をためて、割れてしまった取っ手をくっつけようとしてるお嬢様を陰ながら応援しておりました」

 

「助けに来なさいよ! バカ執事!」

 

「あー、メイド長、悲しんでたなー」

 

「ぐぬぬ。……おい、間宮」

 

「なんでしょうか?」

 

「争いは何も生まない。ここは、一つ穏便に済ませようじゃないの」

 

「さすがはお嬢様でございます」

 

 カリスマな表情に戻ったお嬢様はこちらに握手を求めてきた。私もそれに笑顔で応じる。まるで、好敵手との勝負の後のような雰囲気である。

 なんだろう、この茶番は。

 しかし、本当にヒヤッとさせられた。やはり持つものは情報である。

 

「それでは、お嬢様。私は妹様のお部屋へ行ってまいります」

 

「殺されないようにしなさい」

 

「死にませんよ。例えお嬢様に死ねと言われようが死にません」

 

「お前、本当にいい度胸してるな! はぁ、まったく。とにかくだ、お前に一つ頼みたいことがある」

 

「私にですか?」

 

「えぇ。近々、私の友人を迎えに行って欲しい。今朝方、屋敷に手紙が届いたのよ。どうも、あちらで何かあったらしいわ。詳しいことはまた後日、伝えるから」

 

「承知しました」

 

 腰をおって、礼をして部屋を出た。お嬢様の話は気になるが、今は気にしていられない。

 

 今夜は月が紅く光る満月だ。その月に照らされながら、妹様の部屋へと向かう。

 

 きっと妹様はこの世界を憎んでいる。そうに違いない。私のことも、お嬢様のことも、メイド長のことも、旦那様のことも、この紅魔館のことも、そして、自分自身のことも。憎くて憎くてたまらないはずだ。それが妹様の原動力なのだ。恨みが、怒りが、悲しみが、今の妹様を創り上げ、生かしている。今はそれでいい。幸せは自力で作ることはできないが、恨み、怒りは自力で作ることができる。正の感情が有限だとすれば、負の感情は無限である。ならば、それを利用させてもらおう。妹様を生かすためには、それこそが必要なのだ。中途半端な優しさや、施しなど不要である。

 意味を持って怒り、意味を持って憎くみ、意味を持って狂えばいい。そのすべてに理由がある。それが妹様の意思の一部なのだから。

 意味を持った狂人でいてもらえば、今は問題ない。意味を持たない狂人など、無意味な廃人と同等でしかないのだから。

 

 きっと白黒の魔法使いが、妹様を救ってくれるだろう。

 幻想郷が妹様に光を与えてくれるだろう。私にはできないことを、私には与えてあげられないものを、妹様に授けてくれるはずだ。

 

 だから私は妹様を憐れまない、同情もしない、優しさなど抱かない。そんなものは、私以外が彼女に与えてくれる。私がすべきはちょっとした小細工だ。

 私はどこまでいっても道化師でしかない。

 

 そう遠くない未来、妹様がこの世界を、この大地を、この空を、笑顔で駆け回ることができる日がやってくる。

 お嬢様と二人、手を取り合いながら無邪気に触れ合える日が。その時は、私もふてぶてしくその日常に参加させてもらうとしよう。

 

 それまではぜってぇー死なねぇ!

 美幼女が二人で戯れる姿を見て萌えてやる!

 

「妹様、失礼したします」

 

 私は、ゴーレムを率いて、牢獄の扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 




物は言いよう、嘘も方便が執事の座右の銘です。


元々は「優しく、明るく、嘘がつけない、純粋さを持っている女の子」が主人公の初期設定だったはずが。
なぜこうなったし!

すべての作品を通して思うことは、純粋にいい人な主人公が書けない!泣
映画でもアニメでも、悪役が好きになっちゃうんですよね。
仮面ライダー? もちろんショッカーが好きです! ちなみにイカデビルが一番好きな怪人です笑

ではまた次回。
誤字脱字やご感想などありましたら、よろしくお願いします。


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嘘つきな役立たずと狂ったお姫様 後

 巨大な置き時計が時を刻む音だけが、静かな空間にこだましている。

 眠気を誘うにはちょうどいいリズムである。

 地下にある図書館の一角で、本に埋もれながら、私は机に足を投げ出すような形で、仮眠をとっていた。昨夜は、いろいろとお楽しみし過ぎてしまった。妹様のお世話は、結局明け方まで続き、当の本人は、現在ぐっすりと夢の中である。それに引き換え私は満身創痍で、完徹をしてしまい、シャワーやら何やらやることが、まだ残っているにも関わらず、こうしてグータラしてしまっている。まるで試験前の学生のような気分だ。疲れているのなら、早くやることを済ませて、寝てしまえばいいのだが、疲れているからこそ、動きたくない。無駄な時間を過ごしているのは、分かっているし、非効率的なことも重々承知である。こうしている間に、着替えてシャワーを浴びてしまえば、すぐに寝床に移動できるはずなのに。動きたくないのだ。いっそのこと、このまま寝てしまいたいが、汚れを落とさずに、というのも気が引ける。どうせなら綺麗な身体で、気持ち良く寝たい。

 身体を動かしたせいか、死と隣り合わせだった緊張感のせいか、どちらのせいかは分からないが、変に頭が冴えてしまっている。体はかなり怠いはずなのにも関わらず、眠気があまりないというのはどういうことなのだろうか。いや、そう感じてしまっているだけなのかもしれない、実際のところ眠くないと思っているはずなのに、目は薄く開いているだけなのが分かる。

 今の姿勢を保っているのが、きつくなってきたので、寝返りをするように姿勢を変えると、横に積んであった魔道書がどさりと音を立てて崩れ、別の積み上げられたものまで押し倒したが、もう気にならない。

 ネクタイを緩めて、シャツのボタンを開けると、白手袋をとって、ネクタイとともに机へ投げ捨てた。

 幸い、今日は暇を出してもらっているし、もうしばらくグダグダしていよう。

 

「眩しっ」

 

 天井よりの壁に切られたステンドグラスから、朝日が差し込み私に降り注いでいる。きっと外では、小鳥のさえずりが聞こえているのだろう。こんなにも朝日が、清々しいと感じたのはいつぶりだろうか。あぁ、生きている。ふと最近は鈍感になってしまった、己の生について改めて考えさせられる時間である。

 

「喉渇いた」

 

 重い体を起こして、コーヒーを入れることにした。上着を脱ぎ、ベストとシャツの姿でカップに液体を注ぐ。湯気に乗って香りがほのかに漂う。

 

「……よく生きてたよな、私。まぁ、私が死んだわけじゃないから、生きてるのは当然か。いやいや、一歩間違えば殺られてましたよね。……はぁ」

 

 思い出しただけでげんなりする。

 

「なんて格好をしてるのかしら」

 

 驚いた。いきなり声をかけられたことにもだが、それがメイド長だったことにもだ。

 

「あぁ、メイド長。私、今日は休日なので、このくらいは目をつむっていただけませんか?」

 

「紅魔館の執事たるもの、いつもきちんとしていなさい」

 

「……覚えておきますよ。それで、また何のようですか? メイド長がここへいらっしゃるなんて珍しい」

 

「妹様に何をしたの? ずいぶんとおとなしくなられたようだけれど」

 

「なに、ちょっとした小手先のアイディアですよ。コーヒーいかがです? 淹れたてですよー」

 

「いただくわ」

 

 メイド長が椅子に座ると私はコーヒーを注いだカップを差し出した。

 

「これで、少しだけでも妹様とお嬢様の距離が縮まってくれればいいのだけれどね」

 

「どーでしょうねぇ。それは、本人様どうしの問題ですから」

 

「従者として、心配ではないのかしら?」

 

「ん? 違いますよ。私は心配なんてしてません。あのお二人ならきっと仲直りなさるでしょう。理由はどうあれ、惹かれあってますから。問題はどれくらいの時間がかかるのかってことですねー」

 

「えらい自信ね」

 

「お二人の軋轢は、妹様の狂気的な人格に原因がある。人格など所詮は混ぜ物です。そう、例えばこのコーヒーのように。メイド長、お砂糖とミルクは?」

 

「いただくわ。私も少し疲れました。……間宮、あなたは、砂糖を入れすぎですよ」

 

「いいじゃないですか。甘いのが好きなんですから」

 

「適量にしなさい」

 

「はーい。んー、美味しい。それで……えっと、どこまで話ましたっけ。そうそう、メイド長はこのコーヒーに砂糖ではなく、塩が入っていたとしたら、どうしますか?」

 

「その意図は?」

 

「まぁまぁ、そんなに構えないでくださいよ。私なら、捨てて、入れ直しますね。メイド長もそうでしょうけど」

 

「…………」

 

「修正不可能と思ったら捨ててしまうのが道理です」

 

「その話と妹様の人格が関係あるとでも言いたいのかしら?」

 

「おっしゃる通り。先ほども言いましたが、人格など所詮は混ぜ物だ。様々な出来事から影響を受け、変わり、そうなってしまったらもう戻せない。今のお嬢様にとって妹様は塩入りのコーヒーだ。普通なら捨ててしまうのに、捨てないのはなぜか?」

 

「馬鹿馬鹿しい。妹様はコーヒーではないでしょ」

 

「これまたおっしゃる通り。要はそこですよ。その違いは何か。無機物と有機物だから? それとも、生きているから? 違う。妹様だからです。その者への思い入れ。それだけだ」

 

「そんなこと分かりきってます。お嬢様の妹様に対する愛よ」

 

「愛、愛ですか。しかし、そんな抽象的な表現で片付けてしまえるような単純なものですかね」

 

「では、あなたは何だと思うの?」

 

「そうですね。お嬢様の妹様に対する思い、考え。さて、なんでしょうねー。そうしてしまったことの償いか、そうなってしまったことへの哀れみか、捨てることへの恐怖か、はたまた全てのことへの無尽の慈悲か」

 

「あなたは……」

 

「さぁ、私にも分かりません」

 

「…………」

 

「それを決めるのは、我々ではない。決めるのは、お嬢様ご自身ですから」

 

 そんな、分かりきったことを、私は笑顔で答えた。

 

 置き時計は正午ちょうどを指し示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何十発という銃声がこだまし、何かが潰れ引き裂かれる音が響き、狂気の笑い声が支配する、そんな世界。

 

「あはははははー!! 今日は逃げないんだね! お人形さんいっぱい連れて遊びに来てくれたんだ!!」

 

 破壊の中心には、とても楽しそうに笑うフランドール・スカーレットがいた。応戦するゴーレムを気にもとめずになぎ払うその姿はまるですべてを破壊し尽くす荒らしのようだった。

 

「えぇ、お嬢様のお世話をせよと旦那様から言われているので」

 

 軽口を叩いてみるが正直、恐怖心しかない。あの狂気の目に獲物として捉えられていると考えただけで、身がすくみ、手足が震える。麻痺してしまっているかのようだ。

 

 妹様を絶対に近づけてはならない。間合いに入られたら、一巻の終わりだ。リーチに入らなくても、妹様の能力で、攻撃される。常に移動していなければ、一瞬で木っ端微塵になる。

 

「キュッとしてドカーン!」

 

「げっ」

 

 慌てて右に飛ぶと、私を庇うように盾になっていたゴーレムが吹き飛んだ。文字通り、真っ二つになった残骸が宙を舞う。

 無防備になった私に、重機を操るゴーレムが、援護射撃を開始する。妹様に何十発もの弾丸が撃ち込まれる。しかし、あまり効果がないのか、ピンピンしている。肉は割かれ、体には風穴があき、出血しているはずなのに。やはり、銀の弾丸でも用意しておくべきだった。ここまで頑丈ならば、それでもまったく問題なかったはずだ。私は、それを怠った自分を少し呪ってやりないと思った。

 

「いったいなー!!」

 

「申し訳ありませんっ」

 

 ゴーレムの後ろまで避難すると、体制立て直す。妹様と私の間には常に一定の距離を保つようにしている。その間をゴーレムたちで固めると、簡易的であるが、私の陣地ができあがるからだ。

 

「またそうやって隠れる。私、あなたの戦い方嫌い。そうやってすぐに逃げられるようにしてるんだ」

 

 大正解である。まともに戦っても勝ち目はない。ではどうすればいいか、地の利を活かし、戦い方を工夫し、相手の少しでも先を読むしかない。とにかく、今は耐えなければならない。耐え続け、妹様の狂気が薄らぐのを待つ。妹様の戸惑いに、隙に漬け込み、一気に畳み掛けるしかない。

 

「出てきなよ」

 

「…………」

 

「出てこいよー!!!」

 

 これは、まずいかもしれない。いや、なぜ仮定形にしたのか、これは本当にまずい。

 激怒した妹様が、一直線でこちらへと突っ込んでくる。命中しているはずの弾丸はまるで歯が立たないのか、弾かれてしまっているようだ。これではストッピングパワーなど、当てにできない。

 

「お前たち行きなさい。早く行け! 止めろ!」

 

 一体、二体とゴーレムが破壊されてゆく。死が着実にこちらへと近づいて来るのが分かる。

 こんな状態で冷静なれるはずがないのに、なぜだろうか、妹様が目の前で笑みを浮かべ腕を振りかざしているのを見た刹那、私は冷静だった。静かに確実に自らの死を悟った。

 衝撃が体に走る。不思議と痛みは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……壊れちゃった」

 

 ゴーレムの残骸が散らばる、そこで少女はうなだれていた。

 死屍累々の上に存在する幼き彼女はまさに、最狂の吸血鬼のようだった。

 

「みんな壊れちゃう。みんな私から逃げていく。もう、嫌だよ」

 

 狂気というものに取り憑かれた彼女が流す涙を初めて目にした。力なく泣く彼女は、それだけ見れば、本当にか弱い少女のようだ。いや、間違いなく少女はか弱いのだろう。体ではなく、心が。

 

 だからこそ、私はこんな小細工までしているのだ。

 

「あまり泣かれると、可愛らしい瞳が腫れてしまいますよ?」

 

 扉を開き、部屋へと入った私は、優しく妹様に言葉をかける。

 すぐには反応が無かったが、少ししてから妹様がこちらに顔を向けた。

 

「なんで?」

 

「良く出来ているでしょう? それ」

 

 足元に転がっている執事服を身につけた人形を指さす。これを作るのには少しばかり骨が折れた。まぁ、結果からすれば、真っ黒な、どう見ても、よろしくない魔道書を引っ張り出した甲斐があったようだ。

 内心どうなるか、かなりビクビクだったが。

 悪魔との契約なんて、まっぴらごめんだったが、その心配は杞憂だった。

 正直、人形が勝とうが負けようがどちらでもよかった。

 

 

 

「さて、妹様。私とお話しませんか?」

 

「私と? さっきも逃げた癖に、よくそんなこと言えるね」

 

「逃げてませんよ。私は、たった今、この場に来たばかりです。それで、私のお誘いへのお答えは?」

 

「いいよ。話してあげる」

 

「感謝いたします。では、何か飲み物でもいかがです?」

 

 もちろん私がいれたものではない。このために、しっかりとした人を連れてきたのである。

 

「メイド長、お茶は一つで結構ですよー」

 

「もう用意はできてるわ」

 

「さすが、手際がいい。ありがとうございます」

 

 もう用は終わったとばかりにメイド長は、去っていった。

 様子を見る限り、怒っていたようだ。やはり後からありがたいお説教が待っているのだろう。だが、今はそんなことを気にしているときではない。

 

 ゴーレムにテーブルと椅子を運ばせ、妹様をエスコートする。

 

「どうでもいいけど、話って? まさか、ただお茶をするわけじゃないよね?」

 

「そのまさかと言ったらいかがします?」

 

「出てけ」

 

「冗談ですよ」

 

 怖ぇー! ちょっと冗談を言っただけじゃないですか!

 

 妹様の怒気を孕んだ視線に、汗が噴き出しそうである。

 

「でも、親睦を深めるために少しだけ、どーでもいいお話をしましょうよ。もちろん、私は従者で、あなたは、仕えられる者だ。その区別は承知していますので」

 

「意味が分からない。そんなことして何になるの?」

 

「だから親睦を深めるためですって。話題は、そうだな。んー。……何かあります? 話題って」

 

「知らないし」

 

「どんなことでもかまいませんよ。これは、ただの雑談ですから、和気あいあいと楽しみましょうよ。例えば、妹様の嫌いなものだとか好きなものだとか。食べ物でも飲み物でも。なんでもいいですよ。ちなみに私は働くことが嫌いです」

 

「聞いてないよ」

 

「あ、ところで、妹様は紅茶はお好きでした? コーヒーの方が良かったですか? まぁ、まさか、妹様がコーヒー党だとは思えませんけどね」

 

「別にどっちでもいいし、気にしない」

 

「それは、コーヒーも飲める? それとも、コーヒーは嫌いだけど仕方がなく飲む? どちらです?」

 

「そんなこと考えたことない。いちいち聞かないでよ」

 

「なら、今考えてください。私、とても興味があります」

 

「そのにやけ面やめてよ」

 

「生まれ持っての顔ですから、治しようがありません。ほらほら、答えてくださいよー。会話のキャッチボール、キャッチボール」

 

「それしかないのであれば仕方がなく飲むよ。いちいち、文句言ってもしょうがないし」

 

 この質問から分かったことが一つある。それは、妹様がわがままな性格でも馬鹿でもないということだ。狂っていても合理的に物事を考える人物だといえる。

 

「じゃあ、嫌いな人っていますか?」

 

「普通、好きな人を聞くんじゃないの?」

 

「……じゃあ、好きな人からどうぞ?」

 

「性格悪いな。バーカ」

 

「では、嫌いな人は?」

 

「……言わない」

 

「そうですか。意外でした」

 

「…………」

 

「妹様は普段何をされているんですか?」

 

「別に」

 

「いつも狂っているわけじゃないでしょう?」

 

「じゃあ、そっちがなにしてるか教えてよ。そしたら、私も教えてあげる」

 

「お仕事ですよ。役立たずですから、しょっちゅうお説教をされてますが」

 

「へー、誰から?」

 

「ほとんどメイド長とお嬢様に。長いんですよ、あれ。一度始まると、一生終わらないと思えます。あー、やだやだ」

 

「この不真面目執事」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「別に褒めてないから。私は、いつもあそこにいるよ。あのボロボロのベッドで座ってる。いつからか、片付けに来るメイドもいなくなった。もう私も気にしない。だって、すぐボロボロになっちゃうから」

 

 まるで、自分みたい。そんな言葉が聞こえた気がした。

 では、そろそろ本題に入るとしよう。いよいよだ。

 

「この地下室に閉じ込められたことを恨んでいますか?」

 

「そんなの当たり前だよ。ずっと、ずっとこの薄暗いところに閉じ込められたら」

 

「確かに私も恨むでしょうね。自由を奪われ、何もかもを抑圧されれば、そう思われるのも当然です」

 

「……同情してくれるんだね」

 

「いいえ。そうしなければならない理由があるとすれば、これは合理的な処置だと思います」

 

「ならあなたも閉じ込められてみなよ! 何十年も何百年も! あなたも絶対に恨む!! 自分を閉じ込めた奴を、きっと恨んで憎くてたまらなく殺したくなる!!!」

 

「……先ほどの質問をもう一度するようですが、妹様は恨んでいますか?」

 

「しつこい!!」

 

「旦那様を」

 

「そうだよ!」

 

「レミリア様を嫌っていますか?」

 

「っ!」

 

 お嬢様の名を聞いて妹様が息を飲むのが分かった。

 

「なぜ答えに詰まるんです? 閉じ込められたことに納得できないのであれば恨めばいい。閉じ込めた者を。あなたを閉じ込めた者は誰です? それを良しとしている者は誰です? さぁ、その名を叫べばいい。あなたにはその権利がある。憎くて憎くてたまらなく殺してやりたい者はあなたが一番よく知っているはずだ」

 

「うるさい! うるさい、うるさい」

 

「なぜ言わないんです? ほら、大きな声で言ってやりましょうよ。館まで響く声で」

 

「うるさああああーい!!」

 

「…………」

 

 肩を上下させて息を荒げる妹様を私はただ見つめていた。私のすることは彼女を咎めることではない。彼女を救うことでもない。

 妹様はやはりお嬢様のことも憎んでいるのだろう。それでも、そうだったとしても、きっと妹様も心のどこかでは理解しているのだ。お嬢様の気持ちを、自分自身の気持ちを。

 お嬢様はいつも地下へと続く階段へ足を運んでいる。会うことも会話することもしないけれど、お嬢様は妹様のそばにいるのである。

 その気配を妹様が気づかないわけがない。けれど、その気持ちを自分でも分からなくて、その気持ちを受け入れられなくて、どうしたらいいのか彷徨っているのだ。理解していることを理解できない苦しみと、その得体の知れない気持ちを受け入れられない葛藤が彼女の中で渦巻いている。頭で理解することと、心で理解することは、まったく違うのである。私がそれを妹様に気づかせることはない。私の問いかけに言葉を詰まらせたという事実だけで充分だ。私などが言わずとも、妹様はご自分で気づくだろう。だから、何も言わない。私がやることは、それでないと分かっているから。

 

 妹様は聡明だ。きっと一人でも気づくことができるという安心感を私は得ることができた。

 

「じゃあどうすればいいの! さっきから全部分かったような顔しやがって! 教えてよ!!」

 

「それは私が言うことじゃありませんよ。第一、私はあなたではないですから。ご自分で答えを出すしかありません。誰も、それをあなたに教えてはくれない。私が教えたとして、それはあなたの答えじゃない」

 

「もうわけが分からないの。自分でもどうしていいのか、何がしたいのか、分からない」

 

「深く考えすぎずに、ご自分のしたいことをすればいいのでは?」

 

「自分の?」

 

「えぇ。そうだ、私も鬼じゃありませんから、これを差し上げますよ」

 

 私は、装飾の施された銀のブレスレットをポケットから取り出すと、テーブルの上に置いて、妹様の前へ滑らせた。

 

「魔法のおまじないをかけてあります。狂気を抑えてくれる」

 

「……もう狂わなくて済むの?」

 

「いえ、魔法も完璧ではありませんから。どうなるかは、妹様次第ですよ」

 

 もちろん嘘である。私に妹様の狂気を抑えられるほどの力はない。そんな力があれば、とっくにやっている。これは、そう、思い込み療法なのである。

 

「くれるならもらうよ。どう、似合う?」

 

「よくお似合いですよ」

 

「嘘臭さっ。……でも、いいや」

 

「妹様、私はあなたを救うことはできません。しかし、見捨てません」

 

「何それ、意味ないじゃん」

 

「えぇ、私はただの役立たずなので。邪魔なら、気にせずに無視なさっていただいてかまいませんよ」

 

「あなたみたいな騒がしいのがいたら嫌でも気になるよ」

 

「ごもっとも。しばらくは私が妹様のお世話係です。仲良くやっていきましょう?」

 

 呆れ笑か、失笑か、それが私が見た初めての妹様の笑顔だった。

 

「そーですね。とりあえず、初仕事はお部屋の片付けをしましょうか。壁紙、何色がいいか希望ございます?」

 

「ピンク!」

 

「却下で」

 

「なんでだよ!」

 

 これで、お膳立ては終わった。あとは、ゆっくり寝て待てってね。

 

 

 魔理沙と妹様が、イチャイチャするところが早く見たいぜー!

 

 




コーヒーに塩を入れる飲み方ってあるみたいですね。やりたくないですが笑w

どうも無駄話が長くなっちゃいます(^^;;
一応、会話の中に伏線を入れてあるので、後から回収していく感じです。





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紫の魔法使いとなんちゃってミステリー 前


今回はオールオマージュ&パロディでお送りいたします。



 窓から流れる景色を眺めている。車輪が小石に乗るたびに、がたり体がと揺れる。これだから、馬車は余り好きではない。最近は自動車というものが登場した。私にはどういう仕組みで動いているのか、よく理解ができないし、する気もないのだが、科学というものらしい。

 科学の進歩は、人に富をもたらし、私たち人ならざる者に貧をもたらした。人間の妖怪への恐怖心を消し去り、そして、人間に妖怪へ立ち向かう力を与えた。

 進歩により、この世界は人間が優位に立ったのである。歴史は人間が創り上げ、破壊するものとなった。世界は人間が支配している。

 妖怪が排斥されつつある世界、それが人の世というわけだ。それが悪いことだとは思わない。多は少に勝つのは当たり前なのだ。戦争においても、政治的取り決めにおいても。すべてにおいて、圧倒的多数が勝利してきた。それが、多数決の原理でもある。人間中心主義は今に始まったことではない。人ならざる存在の中でも高位者たちが、人の姿をしていることを思えばあながち間違いではないと思う。もっとも人間が神に似たのか、神が人間に似たのか、神が人間を創造したのか、人間が神を捏造したのか、そんな神学的な話をする気もない。それこそ人間の領分なのだから。

 

 私は感情論者ではない、そうなることが必然なのだと感じているだけだ。たが、それでも傍観者でありたいと思った。受け入れながらも、自分に降りかかることからは逃れたいのだ。自分勝手な言い分ではある。それは理解しているが、別にそう考えるのは私だけではないはずだ。だから、私とは、意思を持つ生物とはそういうものだ、と受け入れることにした。理論的には破綻しているが、論理的には成立しているので良しとしよう。

 

 私の名前はパチュリー・ノーレッジ。馬車に揺られ、自分の不幸を呪いながら、逃げ続けている魔女だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔女狩り。

 魔女裁判。

 今だに受け継がれる悪しき風趣だ。そして、私が追われる最大の理由だ。

 捕まれば確実に命はない。だから、逃げ続けなければならない。この数ヶ月、ぐっすり寝られたのはいつだったのか覚えていない。

 

 まったく科学が進歩しつつある時代に魔女狩りなんて。

 

「魔女である私がそんな事を考えるなんて、とんだ皮肉ね」

 

 ふと言葉に出してしまった。どのくらい走っただろうか。辺りはすっかり建物もなく、緑豊かな自然が広がっている。

 そんな景色を眺めていると、故郷を思い出してしまう。100年以上生きているのに、まるで子供のようだ。己の弱さが本当に嫌になる。一人の時間は好きな方だったはずなのに、最近では、それが苦痛だ。静かな時間は、自分の嫌な面を見つけるのにもってこいだから。

 

「あのよぉ」

 

「何かしら?」

 

 雇った御者が馬車を止め、小窓からこちらに声をかけてきた。埃や砂を避けるためにかけているサングラスのせいか、妙に悪人のように見えてしまう。

 

「道のど真ん中に女が。……なんでも、馬が倒れて、乗せて欲しいと言ってるんだが、どうする?」

 

 不自然な歯切れの悪さに、私は眉を潜めた。もちろん彼にではない。彼にそう感じさせた、道の真ん中に立っているという明らかに不審者と思われる女に対してである。

 立場上、他人は信用できないし、信用しないようにしている。しかも、こんな山路で、この雨の中、乗せて欲しいと言う人間など、到底信用できない。

 

「私から見える所まで来るように伝えなさい」

 

「OK、承知しましたよ、お嬢ちゃん」

 

 いちいち一言多い奴だ。会ったときから度々この御者にはイラっとするさせられるが、目的地までの道を熟知している者が彼だけだったので、仕方なく雇ったのである。

 

「はぁーい、小さなお嬢さん」

 

「それで、あなたはどうしてこんな所にいるのかしら?」

 

「不運が度重なって途方にくれてるしがない旅人と言ったところよ」

 

 そう考えつつ、言われるがままに姿を現した不審者に質問をする。

 黒いハットにトレンチコートを身につけた不審者は、私を見るなり、ジェスチャーを交え自分の状況を説明し始めた。

 

「この先にある街へ行く途中に不運にも馬が倒れちゃったのよ。そして、不運にも私は一人だった。その上この雨。これだけでも充分なんだけど、もうひとつ不運を付け加えるとすれば、嵐になりそうっていうことよね」

 

 彼女の指さす方に目をやれば、どす黒く分厚い雨雲が、空を支配していた。もうすぐここへもやってくるだろう。雨の酷さが、まるでカーテンのようにはっきりと認識できる。

 

「だけど、幸運にも小さなお嬢さんが通りかかってくれた。私にはお嬢さんが天使に見えるわ」

 

「そうなの。……そう感じているのなら悪いけど、まだ乗せるとは言ってないわ。いくつか質問してもいいかしら?」

 

「どうぞ。もとより私には決める権利なんてないしね。ここではあんたが主導権を握っているし。いくつでも質問してくれてかまわないわよ。ただ、少しばかり急いだ方が良さそうだけどね。嵐がそこまできてるから」

 

「そいつの言う通りだ。早くしてくれ、こんな山ん中であれに追いつかれたら、ひとたまりもないからな。一緒に心中するのはごめんだ。死ぬなら、こんな場所じゃなくて、柔らかいベッドの上で美人を侍らせながら逝きたいね」

 

「あなたの死に際なんて、どうでもいいわ。私は、私が納得しない限り、乗せない。私が進めと言うまで馬車は進まないし、止まれと言うまで止まらないの。あなたを雇ったのは私よ。だから、あなたは私の命令に従う義務があるの。……そこのあなた、乗りたいのであれば、質問にしっかり考えてから答えた方がいいわよ。あなたは今日いくつも不幸にあってるようだけど、あなたの答え次第では、私はこの出会いを、あなたにとって最後の不運にすることができる」

 

「あー、了解。なるべくあんたのご期待に添えるように努力しようかしら。さぁ、質問をどうぞ?」

 

「なぜ街へ?」

 

「ある者を殺しに」

 

「それは私情かしら?」

 

「違うわ。こう見えても法に仕える身でね。明後日までに、街へ行って、囚人の首に縄をかけてやらなきゃならいの。いわゆる死刑執行人てやつよ。どう、軽蔑する?」

 

「いいえ。素敵なお仕事ね」

 

「あはは、よくそう皮肉られるわ。あまりいい噂をされたことがないし、それなりに長く街に滞在すると、冷酷なあだ名をつけられることだってある、だけどね、私はそれを気にしない。いい、あだ名ってのは、私が成した功績を讃えるものなのよ。私以外にそのあだ名で呼ばれるものはいない。なぜでしょーか、それは私が特別なことを成し遂げているからってわけ」

 

「あなたの考えはよく理解できたわ。でも、そんなことは私にとってどうでもいいの。あなたが何をしてどう呼ばれていようが、気にしない。あなたの話を証明することは?」

 

「鞄に書類が入ってるわよ?」

 

「武器は?」

 

「拳銃二丁。必要ならそちらに渡すけど? ただ、相棒だからさ、できれば丁重に扱って欲しいのよね」

 

「ガンマン気取りかしら?」

 

「職業柄というやつよ。いろんな、それもある意味かなり愉快な奴らから恨みを買ってるからね」

 

「その相棒のエスコートは私がするわ。こちらに渡しなさい」

 

「それは実にありがたいわね。それで、この相棒を預かるってことは私は馬車に乗ることができると思ってかまわないの?」

 

「合格はしてないわ。及第点といったところよ。……乗りなさい」

 

「意外と手厳しいのね。はい、どーぞ」

 

 こちらが言うよりも早く、彼女は銃をホルスターから取り出し、引き金に指がかからないように、銃口を自分の方へと向けて、銃を渡してきた。まったく、察しが良いのか、調子が良いだけか。

 

「いや、本当に助かったわー。どうもありがとう、小さなお嬢さん」

 

 彼女は馬車へ乗り込み、濡れた外套を脱ぎ捨てるように、右隣へ置くと私に礼を述べる。

 

「気まぐれよ。それに、私はあなたを完全には……いいえ、まったくと言ってもかまわないくらい信用していない。少しでもおかしなことをすれば、あなたから預かった相棒が火を吹くことになるわ」

 

 拳銃の撃鉄を軽くコックしてわざとらしく音を立てる。

 

「あら、可愛い顔してそれの扱い方を知ってるのね」

 

「簡単なことよ。この撃鉄を起こして引き金を引けば弾が飛び出してあなたの頭がざくろのように弾け飛ぶ。簡単でしょ? 子供にだって分かるわ」

 

「あら、怖い怖い。なるべくお嬢さんの機嫌を損ねない方がいいみたい」

 

「……理解してくれたようでありがたいわ」

 

「えぇ、理解したわ。でも、世間話くらいはいいんじゃない? どうしてこんな辺鄙なところに、あんたみたいなお嬢さんがいるのか、気になってるのよ」

 

「お嬢さんと呼ばないでくれるかしら?」

 

「じゃあ何て? あいにく私はあんたの名前を知らないのよ。なら容姿から特徴を見繕って呼び名をつけるしかないと思うんだけど。違う? 小さなお嬢さん」

 

「パチュリー・ノーレッジよ。姓でも名でも、どちらでも呼んでくれてかまわないわ。そして、私に名乗らせたのなら、あなたが名乗らないのは不公平だと思うのだけれど?」

 

「テーター・フェアバルターよ。仲間内からはバルターと呼ばれてるわ。よろしく、パチュリー」

 

「……えぇ」

 

「で、何でここにいるの?」

 

「答える義理は無いわね」

 

「つまらないわね。じゃあ、推測でもしてみようかしら」

 

「余計な詮索は無しと言わなかったかしら?」

 

「詮索じゃなくて勝手な推測よ。嫌なら聞かないで?」

 

「嫌でも耳に入ってくるのよ」

 

「それはお気の毒ね。んー、そうね。あんた訳ありね」

 

「どうしてかしら?」

 

「荷物よ」

 

「荷物?」

 

「そ、荷物。こういう馬車って大概荷物は屋根に積むわよね。でも、それがない。雨で、中に入れたとも考えられるけど、ここにあるのはあんたのバックと私のバックの二つだけ。どう考えてもあんたには似つかわしくないわ。見たところ良いとこの出みたいだし、旅行にしたってもう少し見なりには気を配るでしょ。そのバックじゃ入るのはせいぜい必要最低限の物だけだろうからね」

 

「…………」

 

「いい格好をしてる割に、足に履いてるのはヒールじゃなくてブーツ。それに少し丈の短いドレススカートなのは、いつでも逃げられるようにかしらね」

 

「そろそろ……」

 

「というのは冗談よ。どう楽しめたかしら?」

 

「なかなか面白い性格をしてるみたいね」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

「はぁ」

 

「そう常に気を張ってると疲れるわよ? 臨機応変に使い分けなきゃ自滅しちゃうわ」

 

「そこまで器用に生きれたら誰も苦労しないのよ。……あなたみたいにね」

 

「どうかしら。案外、能天気なだけなのかも知れないわよ?」

 

「どの口が」

 

 次第に馬車に打ち付ける雨音が激しくなってきた。後方の嵐が私たちを呑み込もうと迫っているのだろう。この山中であんなものに喰われたらひとたまりもない。それは分かっているはずなのに、私に焦りは生まれてこない。ガラスの向こうに映る景色がどうにも現実味を帯びていないように思えてならないのだ。

 冷静とも違う感覚。自分でも自分が何をどう感じているのか分からない、漠然とした恐怖感。それでもなお、私はただ外を眺めているしかできなかった。

 

 再び馬車が止まった。

 

「何? どーしたのよ?」

 

「さぁ。ちょっと御者、何してるの。早く進みなさい」

 

 車内の伝声管に声を伝える。すぐに御者の野太い声が響いた。

 

「また人だ。ちくしょう、何なんだ今日はよぉ! 遭難者のピクニックかよ」

 

「ピクニックしてるから遭難するのよ、おバカさん」

 

「黙れ、うだうだ吐かすとてめぇも下ろすぞ! で、雇い主さんよ、どうするんだ。まっすぐこっちに向かってくるぞ」

 

「ですって。まぁ、怪しいわよね。私が言うのもなんだけどさ」

 

 まったく。頭が痛くなる私に対してバルターはケラケラと笑い、パイプを優雅にふかしながら足を組んでいる。

 

「今日は厄日ね。ろくなことがないわ」

 

「それについては私も同感だし、あんたに同情してあげるわ」

 

 そんな会話をしているうちに第二の不審者が馬車のとを叩いた。

 私は拳銃を突き出して、馬車から離れるように伝えた。外套の上に布地のマントのようなものを羽織っているが、どう見てもびしょ濡れなことが分かる。

 

「いきなりそんな物騒なものを突きつけることないんじゃないかな?」

 

「……それはあなたが怪しいからよ。これは当然の処置だわ」

 

「怪しいって? 私が? 私はショシャナ・アメレール、警官だよ!」

 

「ならどうしてこんなところにいるの? 見たところ事件が起こりそうな気配もないけど」

 

「この雨のせいさ。馬がぬかるみにはまって足を折ったんだ。それで楽にしてやろうと撃ち殺した」

 

「あら、奇遇ね。自称警官さん」

 

 私たちの会話にバルターが割って入った。どうも彼女が口を開くと事がややこしくなる。絶対に。

 

「君も、私と一緒なのか?」

 

「そ、こっちの小さいお嬢さん……じゃなかったパチュリーに拾われたしがない旅人よ」

 

「なら、ちょうど良かった。君からも彼女を説得してくれないか? こんなところに置き去りにされたらそれこそ死んだも同然だ」

 

「私が、あんたを?」

 

「ああ。頼むよ」

 

「それをしたとしてあんたは馬車に乗れるかも知れないけど、私のメリットはなに?」

 

「私はこの先にある町の警官だよ。町に着けばそれ相応のお礼をさせてもらう」

 

「……論外ね。それにはあんたが警官だってことを証明しなきゃならない。それに、私まで機嫌を損ねて馬車を降ろされかねないしね。ねぇ?」

 

「えぇ。あなたのことは信用してないから」

 

「悪いわね。ご覧の通りよ、自力で頑張りなさい」

 

「こういう言い方はなるべくしたくなかったが、私を見捨てれば後悔することになる。君らは、警官である私を見捨てるんだ。どういうことになるか分かるかい? 町の警官たちが君らを追い、ブタ箱にぶち込むんだ」

 

「その証拠は?」

 

「証拠だって? 私はここを動かない。嵐が晴れたら仲間が私を見つけるはずだ。君らは、絶対に疑われる。問い詰められ続けるぞ。仲間は不審な点が僅かでもあれば諦めない。そういう連中だからだ。それにだ、もし私が生きてこの嵐を乗り切れたら、確実に逮捕して、処刑台に送ってやる。殺人未遂犯として!」

 

 雨で体温を奪われ、凍えて震えながらショシャナと名乗った彼女は私たちを睨みつけている。

 バルターが小声で、耳打ちをしてきた。

 

「乗せてやった方がいいんじゃないの? あんたの為にもね。あいつが言ってることが本当だって証拠はないけど、嘘だっていう証拠もないわけだからね」

 

 離れ際に、バルターは上目遣いに私に笑いかけた。ニヤリと。

 

「銃は私が預かるわ」

 

「丸腰で情けない姿を町の人たちに晒せっていうのかい? それはごめんだ」

 

「なら、ここで野垂れ死なさい。別に私はかまわない。あなたには選択する権利をあげるわ」

 

「……分かったよ」

 

「結構。銃は町に着く前には返してあげるから心配ないわ。さぁ、早く乗りなさい。もう、嵐に追いつかれてる」

 

「できれば脅す前にその言葉を聞きたかったよ。君らと険悪にはなりなくなかったから」

 

「あー、気にしなくていいわよ。はじめっから険悪だったから」

 

「えぇ、主にバルター、あなたのせいでね」

 

「はいはい。御者、とっとと馬車を出しなさいよ」

 

「うるせえ。てめぇには指図されねえ」

 

「つれないわねぇ。あと、警官さん、そのマントか何か知らないけど、捨ててきなさいよ。私まで濡れるわ」

 

「……はぁ、ほら捨てたよ。これで満足かな?」

 

「どうもありがとう」

 

 なぜこんなことになってしまったのか。私が招いたわけではない、不本意な結果に、私は再びため息をもらす。

 喧々諤々のピクニックに嫌気を感じつつ、本を開く。

 何気なく手にとってしまった三流の小説である。特に面白いわけでもなく、盛り上がるわけでもなく、かと言ってそこまでつまらないわけでもなく。

 ミステリーなのか、サスペンスなのか、それすら曖昧に感じてしまう内容となっている。

 

「ねぇ、それ面白いの?」

 

「中途半端にはね」

 

「微妙な評価ね。ところで推理ものの一番の欠点を知ってる?」

 

「さあ。一応、聞いてあげるわ」

 

「主人公が疑われない小説がほとんどなのよね。有名私立探偵だが、知らないけど絶対的に一容疑者なのは変わらないはずなのにね」

 

「確かにね」

 

「でもそれでいてあまり違和感を覚えないのはなぜか。それは、主人公だからよ。常にそれを中心に物語が展開し、都合良く事実が作られているから。周りの登場人物は主人公を引き立たせる為のスパイスに過ぎないのよ」

 

「それなら、私もこういう話を知ってる。昔、ジョンという、まぁよくいる悪ガキがいたんだ。平凡そうな顔をして、頭もお世辞にもいいとは言えなかった。だが、そいつが周りと違ったところは、常に物事の中心に立っていたことだ。ある日、ジョンは友人の家で物を壊した。ジョンはそのことを黙っていた。誰かが気づくまで。そして、疑われたのはその友人だった。事情を聞かれたジョンがそれとなく友人の名を出したからだ。それを大人たちは信じた。いや、信じたというよりも、当然のように受け入れたんだ。なぜならジョンがその場の主人公的な立ち位置にいたからさ」

 

「なんであんたがそれを知ってるのよ?」

 

「壊すところを見ていたからさ。動揺した私をジョンはウインクひとつで押し込めた。私はそれで悟ったね。これは彼の才能なんだと」

 

「見返りには何を?」

 

「美味しいケーキと紅茶にありつけた」

 

「はっ、結局はそれってわけね」

 

「あぁ、それじゃ私は寝るよ。着いたら起こしてくれ」

 

 そう言って彼女は帽子を深くかぶり直すと、寝息をたてはじめたのだった。

 

 和気あいあいと盛り上がっているのに、何処か気まずい。まるでお互いに腹の探り合いをしているようだ。この喉に小骨が刺さっているような違和感がとても気持ちが悪かった。

 

 馬車はひたすらに走り続けていた。

 この先に惨劇が待っていることなど露知らず。

 

 

 

 




今回は前書きにも書いたとおり、ほぼパロディ&オマージュとなってます。
100%僕の趣味です(^_^;)

すこし長くなりそいなので、もしかすると今回は前中後の三本立てになるかもしれません。

では、また次回に。


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beschwöre den teufelche
役立たずと小さき悪魔 前


【重要】かも…
皆さま
お世話になっております。
猫敷でございます。

現状、カクヨム様への投稿を考えており、(これも決めかねているところではございますが…)
東方projectを原作とすることが可能かどうかを確認しております。
また、パロディについても同様です。
応援いただいている皆様をお待たせしてしまう形となり大変申し訳ございません。
今しばらくお待ちくだい。
経緯といたしましては、カクヨム様でオリジナルの小説を投稿させていただいており、
サイトを一本化したいと考えております。
皆様にご不便ををおかけしてしまい、申し訳ございません。
長らくお待たせしてしまいましたが、今後最新話は投稿していきます。
そう長くはないと思いますが完結しっかり走り切りたいと思います。
長らく息切れしてしまい大変申し訳ございませんでした。
原作の東方project様につきましても、再度勉強して参りたいと思います。

ここまで応援いただいて本当に嬉しい限りです。
二転三転してしまうかもしれませんが、
何卒よろしくお願い致します。


 悪魔とは、特定の宗教文化に根ざした悪しき超自然的存在や、悪を象徴する超越的存在をあらわす言葉である。

 神と対峙するものとして描かれる偶像とされる。

 

 ある一説では、その者の魂と引き換えに契約者の願いを叶えてくれるという。

 

 人間がそう信じているから、悪魔はそれを逆手にとってつけ込んでくるのだ。悪魔がそうしたのか、人間がそうされたのか、はたまたその逆か。まぁ、そんなものはどちらでもいいが。

 だが、このシステムは素晴らしい。どちらも、利を得るシステムだ。何かを得れば何かを失い、何かを行えば対価を得る。世の道理にかなったシステムである。まさに神が造られた理想的な理と言えるのではないだろうか。さすが神様である。

 

 悪魔は長らく、不条理へのどうしようもない怒りを向ける対象として、都合よく扱われてきた。

 しかし、どんなに不条理だと思える出来事であっても、突き詰めていけば何てことはなく、必ず筋が通っている。この世には偶然などなく、必然しかないという。確かにそうかもしれない。そういった者は、卓越した何かを持った優れ者なのだろう。ならば、私もこう言おう、この世には不条理などなく、条理しか存在しないと。すべての物事には原因があり、原因には必ず理由がある。そこに主観など存在しない。この世は主観ではなく、客観のみで構築されているのである。例えば、何の罪もない子供が通学中、居眠り運転のトラックに轢かれ、その尊い生命を失ったのしよう。なぜ子供は命を落とさないといけなかったのか。母はきっとこう嘆くはずだ。なぜ私の子供が、と。その問いに私は自信を持ってこう答えるとしよう。「おたくの息子さんが通学するためにその道を通ったからだ。そして、トラックの運転手が居眠りをしたからだよ」と。確かに、嘆かわしいことだが、主観を排除すれば、答えはいたって簡単なことで、子供がその道を通ったという原因にも突き詰めていけば、明確な理由が存在し、運転手が居眠りをしたという原因にも同じく理由がある。その理由にも理由があり、理由の理由にも理由がある。これのどこに、綻びがあるのだろう。完璧な解答なのではないだろうか。ことのつまり全ては因果性として概念ずけてしまえばいいのである。

 だから、人々は口々にこういうのだ、仕方のないことであり、不幸な事故だった、と。

 不幸は、罪が招くのではない、偶然が招くのではない。理由の積み重ねこそが不幸の正体である。つまり、理由こそが不幸を不幸たらしめるのである。

 その不幸や不条理を齎らし不幸や不条理に付け入るものを悪魔というのならば、悪魔とは種族を越えた観念的な存在とも言えるのではないだろうか。

 つまり、狭義の悪魔を種族であるとするならば、広義の悪魔とはもっと得体の知れない、それこそ悪魔的な不気味でえげつない何かである。

 その気になればどの様な者でさえも広義の悪魔になり得るのだ。

 

 例えば、人間でさえも。

 例えば、どんな凡人でも。

 そう、例えば、そこのあなたであったとしても。

 

 さてさて、ではでは。都合よく話をすり替えたところで、偏見にまみれた話をしたところで、一通り自分に言い訳を言い聞かせたところで、私は心を鬼にして彼女をご招待しようと思う。

 

 動かない大図書館には優秀な司書が必要なのだから。

 

 

 

 

 エントランスのドアが開け放たれる。独特の寂れたような擦り切れるような音と共に、薄暗かった屋内へと光が射した。

 

「久しぶりね。パチュリー・ノーレッジ」

 

 紅魔館へと到着したパチュリー様を、エントランスから階段を上がったところに設けられている踊り場から、お嬢様がこちらを見下ろしながら迎え入れた。

 

「久方ぶりね。レミリア・スカーレット」

 

 パチュリー様と同じくエントランスからお嬢様を見上げる。なぜだか勝ち誇った表情だ。まったく、意味もなく、無駄なカリスマを出さないでいただきたい。カリスマの無駄遣いであるし、普段からあれでは飛んだあばずれと思われてしまう。

 私がどれだけの苦労を乗り越えてお嬢様を、ここまでの存在に創り上げたのかをご理解していただきたいものである。

 

「お嬢様、ご飯はまだですよー」

 

「私は猫じゃないぞ!」

 

 それはごもっとも。ただ、こうも差し出した猫じゃらしに飛びついていただけると猫にも見えてくるので不思議である。

 

「まったくお前は空気もへったくれもあったもんじゃないわね」

 

「あぁ、そういえばこの前、買ってきた紅茶がありますがお飲みになります?」

 

「相変わらず話を聞かないんだな。飲むわよ! 早く用事いなさい」

 

「承知です。さぁ、お前たち、パチュリー様のお荷物をお運びしてください」

 

 ゴーレムが地下の大図書館へと続く扉を開く。

 大図書館を目の当たりにして、パチュリー様が一瞬息を飲んだのが分かった。それもそのはずだ。この図書館には、数十年、いや数百年の長なきに渡り養われ培われた英知が集結しているのだ。完成するのにどれほどの年月を費やしたかと思える魔道書がずらりと陳列されているのだ。その一冊に一体何人もの命が捧げられたのか。ここは、数多の魔女や魔道師の生涯をかけた集大成の保管所なのである。

 

 階段の最上部から、ずらりと建ち並ぶ巨大な本棚の数々。その光景はまさに圧巻と言えるだろう。

 手すりに手をかけたまま、まじまじとその光景を眺めるパチュリー様は、表情にこそ出ていないが、雰囲気から心底、心を躍らせているようだった。

 

「お気に召されましたか?」

 

「ここは?」

 

「ヴワル魔法図書館と呼ばれています。由来は、えーと何だったかなぁ。すいません、忘れました」

 

「あなたは、ここの館の執事じゃないのかしら?」

 

「私、ここではまだまだ新参者でして。えー、ここだけの話、あまりこの館の歴史には。今度、お調べしておきます」

 

「はぁ、いいわ。自分で調べた方が早そうだし」

 

「そうですか。では、ぜひご自分でお調べになってください。さぁ、こちらへどうぞ」

 

「待って」

 

「何か?」

 

「ここはあなたの生活の場ではないの?」

 

「お気になさらずに。今日から、ここをご自由にお使いください。あぁ、図書館の隅に私の部屋があるので、そこだけ使わせていただけるとありがたいですがね」

 

「それは構わないけれど。あなた、本当にそれでいいの?」

 

「えぇ。ここの本は全て読んでしまいましたし。なかなかいい時間つぶしにはなりましたよ」

 

「それなら尚のこと愛着があるんじゃないかしら?」

 

「あー。いえね、私あの……、整理が苦手でしてね」

 

「は?」

 

「いや、だからですね。整理が苦手でして、もうどこに何があるのやらさっぱり。なにせですね、これだけの広大な図書館ですからね、一度、見失うと見つけるのは至難の業でなんですよ。えーと、なので、何冊か本を探してるうちに、全て読んでしまったというわけで。時間だけは、しこたまありましたからね。読んだ本が身になっているかは、できれば聞かないでください」

 

「あなた……。はぁ、まあいいわ。それで、目当ての本は見つかったのかしら?」

 

「いやー、それがまったくでして」

 

「つくづく……。いや、何でもないわ。ん? ちょっと待ちなさい。あなた、全て読んだんじゃないの?」

 

「ええ。読みましたよ? 膨大な時間をかけて」

 

「なら、探していた本も当然読んでるはずじゃ」

 

「ははは。言ったでしょう、時間がかかったと。……探してた本が何かを忘れました。ほら、あるじゃないですが。あー、えっと、そうそう。辞書で言葉を調べてたら最後は全然違う箇所を読んでることみたいな。なので、少しでも有効に使える方に譲った方が本のためにもなると思いましてね」

 

「全ての本を読んでいることにも驚きはしたけど、これはそれ以上だわ」

 

 パチュリー様が心底呆れ顔をしている。そして、駄目押しとも思える、頭を抱えたような動作。

 

 だって無理なんだもーん。

 

 千などという桁をはるかに超えている書物の整理など整理整頓という才能に見放された私にできるわけがない。人間が水に浮かないように。間宮は整頓ができないのである。

 

「じゃあ。まだ、片付けは済んでいないというわけね」

 

「申し訳ございません。大まかなところは終わってるんですが。細かいところまでは。えーと、何してるんだろう。ちょっとお待ちください」

 

 パチュリー様に断りを入れてから、いつまでたっても現れる様子のないメイドを呼ぶために階段下からその人物の名前を呼んでみることにする。

 

「めーりん! おーい」

 

「はーい。何ですか」

 

 慌てたように階段を駆け下りてくる美鈴の姿に、メイド長が見たら、メイドの基礎からこってりとご教授されるのだろうと、いらぬ心配をしてしまう。

 

「美鈴、こちらお嬢様のご友人で、パチュリー・ノーレッジ様。パチュリー様、紅魔館のメイドで紅美鈴です」

 

「パチュリーよ。好きに呼んでくれて構わないわ」

 

「紅美鈴といいます。よろしくお願いします」

 

「それでは、しばらくこの美鈴を置いていきますので、何かご不自由があればおっしゃってください」

 

「分かったわ。よろしくね美鈴」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチュリー様が紅魔館へいらしてから数日後のことである。

 

「幻想郷を手に入れる」

 

 その言葉を待っていなかったと言えば嘘になる。いや、期待すらしていたのかもしれない。ただ、だからこそ、その言葉に戦慄を覚え、高揚した。

 

 感情を殺すように、旦那様のグラスへワインを注ぐ、まだ私が口を挟むべきではない。

 

「頃合だろう。すでに、我々の戦力は十分。そして、もはや幻想郷は一枚岩ではない」

 

 えらい自信であるが、旦那様は何もわかっていない。確かに、幻想郷の妖怪は気力を無くしている。箱庭の生活に嫌気がさしはじめている。しかしだ、幻想郷が一枚岩ではないにしろ、妖怪の賢者の、博麗の巫女の、花妖怪の、冥界の亡霊の本当の恐ろしさを理解してはいない。

 私は知っている。これは、負け戦なのだ。この敗北は決定事項なのだ。どんなに報いようとも勝てるものではない。だが、この敗北は紅魔館にとって必要なのである。

 この争いで紅魔館は、きっと沢山のものを失うだろう。きっと悔やむだろう。だが、それこそが不可欠なのだ。敗北によってすべてを失うことこそが、紅魔館を白紙に戻すただ一つの方法なのだ。

 伝統も、思い出も、柵も、呪いもすべてが無に還ることこそが、レミリア・スカーレットの時代を始めるための布石と言える。

 たくさん壊れたら、たくさん創りだせばいい。たくさん死んだら、たくさん産み出せばいい。

 必要ないものを捨て、必要なものを拾えばいい。

 私は敗北主義者ではない、勝ってこその争いだ。しかし、今回ばかりは、完膚なきまでの敗北が待ち遠しくてしょうがない。

 あぁ、私はそのときどのような気持ちになるのだろうか。

 悲しみと怒りを抱くことができるだろうか。お嬢様を慰め、あやすことができるだろうか。ともに泣くことができるだろうか。

 否。無理だ。

 きっと私は嬉しさに舞い上がっていることだろう。

 

「恐れながら」

 

「なんだ?」

 

「戦争を仕掛けるのならば、もう少しばかり準備をした方がよろしいかと」

 

「なに? これ以上に何が必要だと?」

 

 旦那様の問いに、私は一拍置いてから笑顔で答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 私の後ろには美鈴が何やら疲れたように続いている。仕方のないことだと思う。もともと見ず知らずの人間たちを、勘違いにしろ、助けようとするお人好しである。そんな美鈴にとって取り繕いもせずに謀略談義を広げる空間はそもそも肌に合わなかったのだろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「すっごい、怖かったですよ! 何ですかあれ」

 

「あれ話してませんでしたっけ?」

 

「聞いてませんよ」

 

「言ってなかったっけ?」

 

「言ってないですよ。言葉を変えても答えは変わりません」

 

「まぁどちらでもいいけどもさ。それでね、美鈴。急いで図書館で探して欲しものがあるんだけども。えーと、どこにやったかな。あれー、ん、あったあった。はいこれ、メモにまとめておきましたから、急いで見つけてちょうだい」

 

「私まだ地下の掃除があるんですよ」

 

「あれ、まだ終わってなかったの?」

 

「そんなにすぐには終わりませんよ」

 

「そっちは後でも大丈夫ですから。いいね、最優先でやってください」

 

「……勘弁してくださいよ。結構わがままなんですから、あの方。ゴーレムにやらせてくださいよ」

 

「あいつらあんまりオツムが良くないので、なんともねー。とりあえず、はい、頑張って!」

 

「うぅ、分かりましたよ」

 

 そう行って問答無用、取りつく島も与えずに美鈴を図書館へと送り出した。彼女は渋々といったように、こちらに背を向けて歩き出す。

 しばらく先にはなるが、美鈴には門番というスーパーお昼寝タイムが待っているのだからしばらくはみっちり働いてもらってもバチは当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、紅魔館をリフォームしようかと」

 

「ちょっと待て。いきなり何よ、リフォームって」

 

 紅茶の注がれたティーカップを片手にお嬢様が、嫌気がさしたような表情でテーブルに頬杖をつきながらこちらに目をやっている。

 横にいらっしゃるパチュリー様は優雅に我関せずといった様子で読書を続ける。

 

 昼の日の光が差し込めるベランダで優雅なティータイムをお過ごしだったようであるが、そんなことは関係ないとしよう。

 おっと、後ろのメイド長の視線がまるでナイフのように突き刺さっているが、それもこの際は気にしないとしよう。

 

「んー、言葉の通りですが。えーと、正確な定義は作り直すことですか?」

 

「言葉の意味は聞いてないわ。お前、以前から私を小馬鹿にしているだろう?」

 

「いえ、滅相もございます」

 

「……ここで私に八つ裂きにされるか、メイド長に串刺しにされるか選ばせてやろう。ほら、選べ」

 

「崇高なるレミリア様に恐れ入るばかりでございます」

 

「選べ」

 

 ここまでにこやかなお嬢様の笑顔を目にしたのはいつぶりだろうか。この手にカメラを持っていないのをこれほど悔やんだことはない。

 願うことなら永久保存版として部屋に飾って起きたいくらいだ。メイド長への良い取引材料にもなったことだろうに。

 

「細かいことは後々ご説明しますが、この紅魔館はこの先、強大な勢力との戦争に突入することになります」

 

「そうらしいな」

 

「おや、ご存知なようで」

 

「あの男がそうすると言っているようね。さしずめ、勢力拡大が目的なのだろう? まったく、ただの自己満足に付き合わされる私たちの身になってほしいものね」

 

「ご明察でございます。そこで、この館にも少しばかり細工を」

 

「館に侵入されることがあればもうお終いよ」

 

「何事も備えあれば憂いなしというでしょう?」

 

「……いいわ。好きにしろ」

 

「ありがとうございます」

 

 これで正式に、館の改装に取り掛かることができる。

 しかし、メイド長は先程からまったくと言っていいほど口を挟まない。私よりも遥かに旦那様から信頼されている彼女であれば詳細を知っていてもおかしくはないはずなのだが。やはり、メイドたるものですぎた真似をしないように心がけているのだろうか。主人が倒れるときは共に、と言うわけである。その従者精神には尊敬の念を送らざるおえない。

 

「マカロンです」

 

 美鈴がテキパキとお茶請けを運んでくる。

 

「これは。お前が作ったのかしら?」

 

「はい。お口に合えばいいんですけど」

 

「どれ。……ん、悪くないわね」

 

「ありがとうございます。メイド長、お嬢様に褒めてもらえました」

 

 まさに、優雅なティータイムといった雰囲気である。

 従者の働きを褒める主人に、笑顔で嬉しがる従者、それを微笑みながら見つめる師匠。

 

 あー、メイド長が私には向けたことのない微笑みを。どれほどまでにといえば、最初の頃は一切笑わない人間なのだと思っていたほどだ。

 

 うきうきとした表情で、新たな紅茶を準備する美鈴にタイミングを見計らって話しかけた。

 

「あ、間宮さん。マカロンお一ついかがですか?」

 

 キラキラっと効果音が流れ出しそうな満開スマイル。

 あー、うん。美鈴の可愛さを再確認できただけでお腹いっぱいです。

 

「それで、見つけたの?」

 

「何ですか?」

 

「何ですかって何のために地下の雑用を頼んだと思ってるだい? 例の探し物ですよ」

 

「そんなの探してる暇なんてありませんよ。あ、これは見つけました」

 

「それは見習い魔法使いの導入書でしょ。もっと重厚なやつですよ」

 

「あそこみんな重厚な本だらけですよ!」

 

「んー、やっぱりあの中から二冊を探すのは至難の技ですか。とりあえず美鈴ね、ゴーレムを何体か貸しますから引き続き頑張ってみてください」

 

「間宮さんは」

 

「お嬢様のお世話を疎かにするとメイド長に串刺しにされかねないので。まぁ、手が空いたら手伝いに行くよ。じゃあ、頑張ってね」

 

「もー。私だって仕事あるんですよー」

 

 文句を聞く前にその場から退散することにする。相変わらずメイド長は私にだけ厳しすぎるのだから仕方なし。しばらくは美鈴に動いてもらうとしよう。

 

 え? いやいや、仕事サボってるのがバレたとかそんなんじゃありませんよ? またまたぁ、面白いことをおっしゃる。

 

 すでに時は動き出した。吉と出るか凶と出るかはまさに神のみが知っている。

 

 

 

 



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間話

 20世紀初頭。ヨーロッパ某所にて。

 

「間宮さん、間宮さん!」

 

「なーにぃ? 美鈴ね、私は寝てるんですよ。駅に着くまでは起こすんじゃないよぉ」

 

 子どものようにはしゃぐ美鈴の声に、間宮は気だるそうに列車の座席から身を起こし、かけていたサングラスをずらした。

 

「でもほら都会ですよ! 間宮さん、ほらほら!」

 

「いいんですよ都会は。人混みにビルに橋に、どこ見ても人、人、人、建物、建物、建物。どこも変わらないんですから。でもね、私の良い夢は変わっちゃうんですよ。せっかく人が億万長者になって豪遊してたのに」

 

「もー、そんなこと言わないで見ましょうよー! でっかいお城ですよー」

 

「ただの屋敷でしょー? いいですよ、見なくても。で、今何時? もう着くの?」

 

「えっと、ちょっと待ってくださいね。時計どこやったかな、あれ? こっちに入れたはずなのに。な、無くしちゃったー!」

 

「バッグの右横のポケットを見てみなさい」

 

「メイド長?」

 

「いいから、見てみなさい」

 

「んー。ありました! よかった〜」

 

「いやー、さすがメイド長ですね。よくご覧になってらっしゃる」

 

「間宮、あなたは椅子に脚をかけるのをやめなさい。それと、我々の目的を忘れてはないかしら? これは旦那様の大切なご用事なのですよ」

 

「えー、はい。それはもうしっかりと充分に理解しているつもりです。大事な用事ですからねー」

 

 目的地へと向かう列車。紅魔館の使用人一同はスカーレット卿の命によって、ある屋敷へと向かっていた。

 

「というのは、建前ですし、一応休暇扱いなんですから。もう少し肩の力を抜かれたらどうですか? まぁ、私も多少仕事がありますがね」

 

 間宮からしてみれば、これは彼女自身が言ったように、単なる休暇のようなものなのである、その証拠にメイド長が支給品の外套を身につけているのに対して、間宮はオーダーメイドの外套をまとい執事服ではなく、光沢のある黒スーツに紫のネクタイを結んでいる。

 ちなみに美鈴にいたってはすっかり観光気分なようで、カメラを首から下げているほどだ。先ほどから、いろいろと、はしゃぎながらシャッターを切っている。

 

 そんな二人にメイド長は常に眉間にシワを寄せ、ため息をついていた。

 

「いいえ。旦那様から仰せつかっている以上これは休暇などではありません」

 

「あー。はい、分かりました。それではメイド長はメイド長の。私は私の仕事を全うしましょう」

 

「よろしい」

 

「メイド長、私、これから食堂車でランチをしようと思ってるんですが、どうですかご一緒に」

 

 まるで理解していない間宮の態度に、メイド長は頭を抱えてしまった。彼女のことである、きっと頼まれてもいないのに、紅魔館の面子がどうのと言いながら、豪勢な食事を頼むのであろう。

 

「お腹ペコペコです!」

 

「え、君も来るの?」

 

「行きます!」

 

「美鈴、来るのはいいですけど私の食事まで食べないでくださいね。あなた大食らいなんですから」

 

「ダメです。おとなしくしていなさい。昼食は次の駅で済ませますよ。間宮、だいたいあなたはいつもいつも……」

 

「あのー」

 

「なんですか、美鈴」

 

「間宮さん、行っちゃいましたけど」

 

 メイド長が、美鈴の指さす方向へと目をやると、そこには開け放たれた客室のドアが虚しくがたついた音を立て揺れていた。

 

 メイド長のこめかみにくっきりと青筋が立ったのは言うまでもなく、取り残された美鈴だけが小一時間ほど小言を言われたのだった。

 

 

 

「これとこれはどう違うの?」

 

「こちらはデザートに特製のアイスが付きますが」

 

「じゃあこっちだ。美鈴、決まりましたか?」

 

「え、えーと。これとこれとこれを!」

 

 給仕は思いもよらない大量の注文を受けて慌ててメモに書きつけている。

 

「それから、それからですねー」

 

 いまだにメニューを凝視している美鈴に間宮が呆れながら、給仕に下がるように伝えた。

 

「あー、まだ……」

 

「美鈴、頼みすぎですよ」

 

「だって、さっきまで私、メイド長にお灸を添えられてたんですよー。私、悪くないじゃないですか。1時間ですよ、1時間。考えられますか!? 間宮さんは私が怒られてる間、ゆっくりご飯食べてたんですよね。いいですよね。私だって、お腹減りましたよ!」

 

「あははは、そりゃー、ご苦労様でしたね」

 

 間宮が軽く美鈴をあしらっていると、先ほど彼女が頼んだパフェがテーブルまで運ばれてきた。

 間宮はそれを見て、顔を輝かせたが、すぐに眉がピクリと動き、運ばれてきたパフェを穴が開くほど眺めながら、何やら考え始めた。どこが、そんなに気に入らないのだろうと美鈴は首をかしげる。

 彼女は常に能面のような笑みを顔に貼り付けているが、それでもしっかりと喜怒哀楽の感情を有している。長い付き合いで、と言ってもそれほど長いわけでもないのだが、美鈴にはなんとなく彼女の感情が読み取れるようになっていた。ちなみにメイド長は的確に間宮の感情を読み取れるというのだから、さすがとしか言いようがない。

 

「これ、ミックスベリーパフェ?」

 

「はい。こちらがミックスベリーパフェになります」

 

「んー、あっそう。じゃあ、これは?」

 

「キウイです」

 

「……キウイ? ミックスベリーパフェにキウイが?」

 

「はい。キウイです」

 

「いや、キウイは分かるんだけどもさ。何でキウイが?」

 

「そういった商品となっておりまして」

 

 どうにも要領の得ない会話が続き、それを聞いていた美鈴がさすがに口を挟んだ。

 

「あの、間宮さん。何か?」

 

「美鈴、見てくださいよ。ミックスベリーを頼んだのにキウイが入ってるんですよ、これ。信じられない」

 

 給仕を気にしてか、間宮は美鈴に顔を近づけて小声で話しているが、給仕にはまる聞こえのようだ。

 

「それが?」

 

「いや、キウイ嫌いなんですよ」

 

「それでも……」

 

「まぁ、いいや。ねぇ、君ね。えーと、ちょっと給仕さんね」

 

「はい」

 

「ミックスベリーなのに何でキウイを入れてるんですか?」

 

「それはー。シェフがですね……」

 

「シェフが? いや、でもね。ミックスベリーと書いてあったら普通はイチゴだけじゃない? ほら、あのちっちゃい、木になるやつ。美鈴、何でしたっけ。ほらこのくらいの……」

 

「きいちごとかブラックベリーとかですか?」

 

「そう。それですよ、それ。給仕さん、普通はね。ミックスベリーと書いてあったら、それだと思うでしょう?」

 

「私に言われましても。よろしければ、おさげいたしましょうか?」

 

「私が言ってるのはそういうことじゃなくてですね。なぜ、ミックスベリーにキウイを入れる必要があるのってことなんですよ」

 

「そのことについては、私からは何とも。別のものと、お取替えするというのは」

 

「んー、私が言いたいのはそういうことじゃなくてですねー。伝わらないかなぁ」

 

「何でしょう?」

 

「だーかーらー、キウイが入っているのならですね。ミックスベリーパフェの横にキウイが入っていますよと注意書きをですね」

 

 話が伝わらないためか、眉間にシワを寄せながら文句を言う間宮に、給仕も美鈴も困惑気味であるが、そんなことはお構いなしに彼女はさらに捲したてる。

 後ろから、メイド服の鬼が近づいているとも知らずに。

 

 列車は目的地へと向け汽笛を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで最後か?」

 

「ええ。残りは、地下のものだけですかね。そちらも、もう終わるでしょう」

 

 きらびやかに飾り付けられた大広間とは対照的な兵士たちが絵画や美術品などを次々と運び出し、トラックへと積み込んで行く。

 外には、大量のトラックが待機しており、積み込みが終わった一台が出発すれば、新たなトラックが到着すると言った具合である。当然、兵員の数も大量であり、騒然としている。

 兵士の軍服はこの国の国軍のものであり、トラックにも国軍のマークが描かれている。

 

「そうか」

 

「すでに輸送用の列車は到着していますし、この分ならあと二日ほどで積み込めると思いますよ」

 

 慌ただしく作業を急ぐ兵士たちを横目に、マントを羽織り金細工を身につけた髭面の男と、黒スーツの間宮がすっかり汚れた絨毯を歩いていく。

 

「それは仕事が早い。さすが、スカーレット卿の執事殿だ」

 

「まぁそれなりの人員を投入していますから経費はかかってますがね。あとでまとめて請求しますのでよろしくお願いします」

 

「まったくここを放棄せねばならぬとは。恩知らずの下民どもめ!」

 

「武力で国を治めても、人心の掌握はできないと言うことですよ。人を支配するにはカリスマ性が必要だ」

 

「くっ」

 

「とは言え、ときに人間は自由からの逃亡を選ぶ。それはいつか。どうです、ご存知で?」

 

「お前と謎かけをする気にはならん。なぜ大臣である私がそんな問いに答えなければならん」

 

「結構、ではお教えしましょう。それは、戦時ですよ。生存本能から人間は仲間を作りたがり、自分の生きる場を確保しようとする。人々は強い国を目指し、強い指導者を求める。国をまとめるためには、争いを作り出せばいい。外部の敵によって、結束力は増し、統制力は高まり、権力は増長する。しかし、それが平時ともなればこの体たらくだ」

 

「ではどうしろというのだ」

 

「人間は一つの集合体であり、単一の経済主体だ。ただし、その制度が分割され、そこから矛盾が生じ、不平不満が蔓延する。さて、私は助言はしましたよ。あとは、あなた次第だ」

 

 ジェスチャーを交えながら軽快に男の前を歩いていた間宮は、突然口を閉じると一拍置いてピタリと歩みを止め、軽やかに男に向き直りやはり表情の分からない怪しい笑みを浮かべ上目遣いで再び口を開いた。

 

「なに?」

 

「あなたが頂点に君臨するのですよ」

 

「待ってくれ。話が……」

 

「これは、主からの手紙です。必ずお読みください。メイド長」

 

 音もなく現れたメイド長が、腰を折りながら手紙を差し出した。

 すでに間宮は男の方向など見ておらず、開け放たれた窓のふちに両手を置き景色を眺めていた。

 

「大臣」

 

「何だね?」

 

「どうぞスカーレット卿を失望させることがないように、お願いしますね?」

 

 その言葉に男は、息を飲み神妙な面持ちで頷いた。

 すると間宮が何やら話し始める。こういう場合の彼女は人一倍口がよく回るのである。

 

「ああそうだ。こんな笑い話を聞いたことがありますよ。あるところに、友人に裏切られ、全財産を失い、荒れた暮らしで体を壊し、不治の病に冒され、 ひとり寂しく死の床についている男がいた。

 突然、目の前にシルクハットをかぶり片眼鏡を付けた、いかにも紳士であろう男が現れてこう言いました。

『どんな願い事でも構いませんので、あなたがかなえたい事を3つ言ってください』

 男は即答した。

『友情と財産と健康が欲しい!』

 そして、感激して男は続けた。

『ありがとう! もう何と言ってよいのか……』

『いいえ、どういたしまして』

 紳士は答えて言った。

 

『いえいえ、こちらこそ……』」

 

 するとそこへ兵士が1人やってきて敬礼をする。軍靴の踵からカツンと高く綺麗な音が響く。

 

「閣下、積み込みが終わりました」

 

「そうか。ご苦労」

 

 兵士はもう一度敬礼をするとその場を後にして、小走りでトラックの近くまで行くと再び指揮を取り始めた。

 

「それでは、我々もこれで失礼させていただきましょうか。ね、メイド長。あ、そうだそうだ。これ請求書ですので。確かにお渡ししましたよ。それでは」

 

「小切手でいいかね?」

 

「結構ですよ。ええ、確かに。それでは私どもはこれで。行きましょうか、メイド長」

 

「閣下、失礼いたしますわ。またどこかでお目にかかれれば」

 

 間宮が陽気に手を鳴らし、玄関へと歩き始める。メイド長も男へと軽く会釈をするとそれに続いていく。

 

「あ、待ってください」

 

その後ろに控えていた美鈴も慌てたように二人の後を追いかけた。

 

 メイド長は前を歩いている間宮に歩みを揃えた。

 

「あれが、あなたの仕事だったのね」

 

「あー、まぁそうなりますね。ここは紅魔館の資金源、無くなってもらっちゃ困ります。お金がなくちゃ生活できませんからね。紅魔館を維持するためには莫大なお金がかかりますし、妖怪だってこの世で生きていくためには必要なことですよ」

 

「なぜ黙っていたの?」

 

「なぜ? 言う必要がないと思っただけですよ。深い意味はありません。だからほら、そんなに怖い顔をしないでくださいって」

 

「…………」

 

「しかしまぁ、強者が弱者の制度に甘んじているとは。飛んだ笑い話ですかね。これではどちらが飼われているのやら」

 

 間宮はそう言って口元に指を当てながらケタケタと笑う。やはり彼女はどこまでも不謹慎であるとメイド長は思った。

 

「おっと口が滑りましたかね。この話はここで終わりということで。これ以上口を開くと怖い怖いどこかの誰かに殺されかねませんし。それに人の歴史に妖怪が付属するのか、妖怪の歴史に人間が従属するのかなんてメイド長は興味がない話でしょう?」

 

 ね?と間宮は無理矢理にメイド長を説き伏せる形で話を終わらせる。

 

「さぁ、観光しましょうか。これ、名所をまとめたパンフレットがあったので人数分、拝借してきました。どうぞ」

 

「だから、遊びではないと何度も」

 

「帰りの列車までの時間つぶしですよ。すでにルートの方は考えてあるのでご安心ください。まずはここですね。この店の紅茶は絶品だそうですよ。どうです、お嬢様方のお土産に」

 

「はぁ、分かりました。ただし、必要以上の贅沢は禁止です。この条件を飲めるのなら付き合いましょう」

 

「んー、善処しましょう。はい」

 

 あまり考えた様子もなく答える間宮にメイド長はそれ以上何も言わなかった。

 

「あの、間宮さん」

 

「美鈴、どうしました?」

 

「さっきのお話の続きって……」

 

「あー、あれですか?」

 

「はい」

 

「続き気になります?」

 

「気になります!」

 

「どうしましょうかねぇ」

 

「もー、もったいぶらずに教えてくださいよぉ」

 

「んー、実は……」

 

 オチを知りたくて目を輝かせる美鈴に間宮は顔を近づける。

 

「私も知りません」

 

「…………え?」

 

 えー!と肩を落とす美鈴の横で、そんな答えを予想していたメイド長は無表情でため息をついたのだった。




書き出します。
何卒宜しくお願い致します。
社畜なのでお手柔らかにしていただけると助かります泣


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