落ちこぼれ魔法師が異端の力を手に入れて世界最強になっちゃった (高巻柚宇)
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異端の力
プロローグ


 魔法。それは己の体内に眠る魔力を、魔法陣を通すことによって、はじめてその形になる。

 

 魔法はこの世界において、重要な日用品であり、同時に強力な武器だった。魔法師はその魔法で己の地位を確立し、非魔法師はそんな魔法師たちを支える。

 

 この世界はそうやって、成り立っていた。

 

 

 

 

 

 無機質な赤茶色の地面があたり一面に広がり、草木などは見当たらない乾燥した土地。視界に入ってくるものは赤茶色の大きな岩や山だけ。

 

 人の姿を見つけることはおろか、いる気配もない。そんな土地、暗黒領に現在セイヤは一人の少女といっしょに立っていた。

 

 セイヤの隣に立つ少女は綺麗な白い髪に、これまたきれいな紅い目をしていて、見る者を魅了するほど美しい顔たちをしている。

 

 身長こそ少し低いがその少女を一言で表すのであれば、完成された美少女が一番似合うであろう。

 

 そんな少女の容姿は金髪碧眼のセイヤとは真逆の存在だった。

 

 「セイヤ……」

 

 白髪紅眼の美少女が前方を指さしながらセイヤのことを呼ぶ。セイヤは白髪紅眼の少女、ユアの指さす方向に目を向けると、そこにあるものを見つける。

 

 セイヤの視線の先にあったのは、牛のような動物の大群。しかもその大群が、セイヤたちの方へと猛スピードで迫って来ていた。それは数にして約3000程。

 

 「また魔獣か」

 「みたい……」

 

 セイヤは牛のような動物の大群のことを見て魔獣と言った。

 

 魔獣とは人の住まない地、暗黒領に住み着いている動物のことで、普通の人間には対処できないほどの強さをもっている動物のことを指す。

 

 魔獣は種にもよるが基本的に最弱な種でも、並みの魔法師が数人がかりでやっと一体を倒すことができるくらいだ。だがセイヤたちに迫ってくる魔獣はどう見ても最弱な種の魔獣ではない。

 

 そんな魔獣が3000体もセイヤたちに向かって迫って来ていた。

 

 「セイヤ……どうする?」

 「俺がやる」

 

 迫りくる魔獣の大群に向かって右手を突き出しながら魔力の練成を体内で始めるセイヤ。ユアは何もせずただ安心しきった顔でセイヤのことを見ている。

 

 「『闇波』」

 

 セイヤが魔法名を発して魔法を行使した直後、二人に向かって猛スピードで迫っていた3000体近い魔獣の大群は、一瞬にして、その姿を消した。

 

 あとに残ったのは魔獣たちが走る際に立てた土煙だけ。

 

 ユアがその光景を見て一言。

 

 「やっぱり闇属性は便利……」

 「確かにな。異端の力と言われるだけのことはある」

 

 自分の右手を見ながらセイヤはそんなことを言うのであった。



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セナビアの落ちこぼれ

 五月の始まりを知らせるような心地いい風が吹く中、今日も新たな一日が始まろうとしていた。しかし昨日まで休日だったこともあり、世の学生たちはどこか疲れた様子で学園へと登校している。

 

 それはここ、セナビア魔法学園の生徒も同じだった。

 

 セナビア魔法学園はレイリア王国に十校しかない魔法学園の一つであり、ウィンディスタン地方北部のオルナの街にある。

 

 さらにこのセナビア魔法学園はウィンディスタン地方に三つしかない魔法学園の中でも、とくに名高い魔法学園だ。

 

 そんなセナビア魔法学園の生徒の中でも、特に憂鬱な顔をしながら、いつもと同じように遅刻ギリギリに教室に向かう生徒がいた。

 

 金髪碧眼の気弱そうな少年の名前はキリスナ=セイヤ、この学園の二年生に在籍する生徒である。

 

 憂鬱そうな顔で歩いてたセイヤは自分の所属するクラスの前に着くと、教室の扉を開けて足早に自分の席のある窓側の一番前へと行き、座った。

 

 クラスメイト達は一瞬セイヤの方を見るが、すぐに興味を失ったかのように友人との雑談を再開させる。クラスメイト達はセイヤのことが、まるで見えないかのように視界に入れなかった。

 

 しかし、だれもが皆一緒ではなく、セイヤのもとにいつもと同じように男子生徒三人がセイヤの訪れ、これまたいつもと同じ皮肉を言う。

 

「よぉ、今日もよく来たな。アンノーン」

「毎日、毎日よく学校に来れるなぁ。アンノーン」

「アンノーンだから仕方ないか~。だって自分の家族も知らないんだからな~」

 

 今日も日課のようにセイヤに嫌味を言うのはザック=ルニアス、ホア=ティール、シュラ=ナインズの三人。この三人はセイヤの所属するクラスの中で、セイヤと会話してくれる珍しい生徒たちだった。

 

 だが三人の態度は見るからに友好的とはいえず、非友好的な雰囲気を丸出しだ。三人の少年はこの会話をまるでゲームの村人のように毎日飽きずに続けている。

 

 なぜこの三人が毎日のようにセイヤに絡むのかというと、理由はセイヤの生い立ちにあった。

 

 セイヤは現在、一人で暮らしながらこのセナビア魔法学園に通っている。セイヤが一人暮らしをする理由は、単純に親がいないためだ。

 

 といっても、ただ親がいないだけではこの三人も毎日絡んで来たりせず、クラスメイト達もセイヤともっと交流していただろう。

 

 問題はセイヤの親がいないだけではなく、セイヤが親のことや、自分の一族のことを何も知らないことであった。

 

 魔法師にとって家柄というのは特に重要なもので、家柄がその一族の王国内での地位を決めることもある。

 

 ましてや、セイヤの通うセナビア魔法学園があるウィンディスタン地方では、特に家柄を重視する傾向が強く、学園内のカーストも家柄によって決まったりするほどである。

 

 そのため家柄もなく、家族に関してなにも知らないセイヤは、何も知らないことから、unknown、アンノーンと呼ばれ、クラス中、いや、学園中からまるでいないかのように扱われていた。

 

 たとえセイヤが困っていても誰も助けることはない。逆にセイヤが誰かを助けようとしても、そのものはセイヤのことを無視し続けて関わらないようにする。

 

 関わって変な噂が立ち、自分の家柄に傷を付けるくらいなら、気にせず無視して関わらないようにするというのがクラスメートの基本的なスタンスなのだ。

 

 だが毎朝セイヤに絡む三人だけは違っていた。

 

 黒髪短髪で体つきの良いガキ大将という感じの男はザック=ルニアスといい、ルニアス家の二男である。ルニアス家というのはウィンディスタンに所属する中級魔法師一族であり、主に火属性魔法を得意としている。

 

 茶髪のチャラそうな男はホア=ティールといい、ティール家の三男である。ティール家もルニアス家と同様にウィンディスタンに所属する魔法師一族であるが、ルニアス家と違い初級魔法師一族だ。

 

 最後に坊主頭の丸っこく、いかにも動きがとろそうな男がシュラ=ナインズといい、ナインズ家の二男である。ナインズ家はティール家同様、ウィンディスタンに所属する初級魔法師一族だ。

 

 レイリア王国の人口の約半分は魔法師であり、残りの半分が非魔法師の人々である。

 

 魔法師は主に家業を継ぐか、王国の防衛職に就くかなどで生計を立てており、王国の防衛職に就く魔法師は実力や一族のランクが高ければ高いほど、重要職に就くことができる。

 

 魔法師には特級魔法師、上級魔法師、中級魔法師、初級魔法師という四つの階級に分類され、階級が上がれば上がるほどその数は少なくなっていく。例えば特級魔法師はレイリア王国内でも十二人しかいない。

 

 そして一族の階級はその一族の当主の階級によって決まる。

 

 例えばザックの一族は中級魔法師一族となっているが、中級魔法師はザックの父親であり、ザック自身はまだ初級魔法師だ。

 

 だが、いくらザックが初級魔法師だからと言っても彼は中級魔法師一族のため、初級魔法師一族の初級魔法師よりは立場が上である。

 

 なので初級魔法師一族最底辺のセイヤは、中級魔法師一族のザックに逆らうことはできず、いつも苦笑いをしながら受け流すしかない。

 

 これが毎日の日課だった。

 

 そんな時間も学園の始業のチャイムが鳴れば終わるので、それまでの我慢だ。家の力も実力もないセイヤがもし他人に暴言暴行を行った場合、その正当性に限らずセイヤは退学となるだろう。

 

 いくらセイヤが正しくとも、家の力というものがある限り、セイヤは魔法師最底辺でセナビア魔法学園最弱だ。

 

 ザックたちがセイヤに絡み始めてから一分もたたずに始業のチャイムが鳴り、セイヤたちのクラスの担任であるラミアが教室に入ってくる。

 

 赤く長い髪と、赤い瞳を持つラミアからはクールな大人の色気というものが感じられる。しかしその視線はいつにも増して厳しい。

 

 ラミアは中級魔法師一族であり、彼女自身も中級魔法師である。セナビア魔法学園の中でも彼女は近接戦闘でトップクラスの実力を備えており、ウィンディスタンでも名の知れた火属性使いの魔法師だ。

 

 そんな彼女がいつも以上に厳しい表情をしていることを、クラスメイト全員が察する。

 

 「皆、おはよう。欠席者は……いないな。さて重要な連絡事項があるから心して聞け。近頃この付近で魔法師を狙った人攫いが多発してる。この件に関しては教会だけでなく、聖教会からも調査隊がでるそうだから犯人はすぐに捕まると思うが、一応気を付けるように」

 

 彼女に言った教会とは各地を管理する機関であり、その教会をまとめ上げるのはレイリア王国の中央王国首都、ラインッツにある聖教会だ。

 

 聖教会には昔までリーナ=マリアという女神がいたが、数十年前に突如消えて今では臣下だった者たちが合同で七賢人としてこのレイリア王国を統治している。

 

 そして教会は中央王国の周りに三等分されたフレスタン、アクエリスタン、ウィンディスタンの各地の中心部にあり、各地を管理している機関だ。

 

 教会には女神などは存在せず、各地の代表数名と聖教会から派遣された数名で成り立っている。

 

 レイリア王国を上空から見るとその形はドーナッツ型だ。

 

 首都がある中央王国を中心とし、その周りにフレスタン、アクエリスタン、ウィンディスタンが三等分されるように存在し、この三つの地方の外周りを大きな壁が囲んでいる。

 

 壁の外には暗黒領と呼ばれる地が広がっており、人の代わりに魔獣と呼ばれる獣が住んでおり、魔獣はとても凶暴でたびたび壁の中に侵入してくることもある。

 

 魔獣が侵入してきた場合や、事件などが起きた場合、各地の教会が責任を持って解決することになっている。しかし、凶悪事件や甚大な被害が出て各地の教会だけではどうしようもできない場合に限って、聖教会から人員が派遣されることがあるのだ

 

 つまり今回の事件も、凶悪な事件か甚大な被害が出ているかのどちらかということだ。

 

 ところでなぜ人攫いなどがあるかというと、簡単に言ってしまえば魔法師は身代金や人身売買によって金になるからだ。攫われた家はわが子を取り返そうと身代金を払い、人身売買をすれば魔法師の値は高い。

 

 特に中級魔法師以上はかなり高額になる。なぜなら中級魔法師以上の一族にはその一族の固有魔法というものが存在するからだ。

 

 固有魔法とは、中級魔法師になるための必須条件であり、その一族の象徴ともいえるものだ。

 

 もし攫われた子が固有魔法を所持していた場合、その子は一族の秘密を所持しているといっても過言ではない。

 

 その子が他の一族に売られた場合、一族の固有魔法の秘密が流失してしまうため、一族はそれだけを何としても防ごうとする。よって大金になるのだ。

 

 攫われた子が固有魔法を持たなかった場合でも、長男だけは必死に取り返そうとする。それは長男が一族の次期党首になりえる可能性が高く、幼少の頃より手塩にかけて育てられたことが多いから。

 

 逆に二男、三男の場合は取り戻そうとはするがそこまで必死にはならない。

 

 魔法を使えるのに捕まったのは自己責任であり、生き残りたかったら自分の力で何とかしろという事だ。

 

 これは一見、非情なように見えるが、魔法を扱う者としては当然のことであり、大抵の魔法師は覚悟している。

 

 見捨てられた子の道は大抵売り飛ばされて傭兵になるか、首輪を付けられて奴隷にされるかの二択であり、どちらにしても攫った方からすれば金になる。

 

 このように魔法師の価値は高く、需要の高いため人攫いは金になるのだ。

 

 なので魔法師の卵が集まる魔法学園は、言ってしまえば大金のたまり場なのである。といっても、実戦経験豊富な教師陣がいて、簡単には人攫いができないが。

 

 だから魔法学園がある街での人攫いは珍しかった。

 

 「連絡は以上だ」

 

 連絡を終えたラミアは最後にそう言い残して、教室から出て行く。こうしてセナビア魔法学園の新たな一にが始まるのだった。



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魔法

 セナビア魔法学園の一日は六つの授業から構成されている。これはほとんどの魔法学園でも共通のことであり、基本的に二時間単位で区切られている。

 

 一、二時間目に座学で魔法の理論を学び、少し長い休み時間をはさみ、三、四時間目は自主練の時間になる。

 

 自主練の時間は各自の課題や悩みを解決するための時間であり、場合によっては教師陣に相談することも可能だ。

 

 そして昼休みを挟んだ後の五、六時間目には魔法や武術を組み込んだ実践演習や実践訓練などが行われていた。

 

 魔法は基本的に理論、技術、適正の三分野から構成されており、この三つが合わさって初めて魔法を行使することができる。

 

 理論とはその名の通り、魔法がどのように構成されているのか、またその構成要素はなにかというものだ。

 

 技術は魔法師の技量であり、その魔法師の上手さともいえる。努力次第で上達が可能な唯一の分野だ。

 

 そして適性とは魔法属性への適正である。魔法師は生まれつき、基本属性となる四つの属性、火、水、風、光のどれかを持って生まれ、すべての魔法はこの四つの属性から成り立っている。

 

 中には二つ以上の適性を生まれつき備えている魔法師もおり、生まれた当初から複数の属性を同時に使う複合魔法が扱えるということも可能だ。

 

 適性がある属性の魔法は簡単に扱えるが、適性のない属性の魔法を使うのは難しい。なので、魔法師は生まれた当初からある程度、自分の使える魔法が決まっているのだ。

 

 以上の三つが魔法の大切なことである。ちなみにセイヤの適正属性は光だが、強力な光属性魔法はおろか、簡単な魔法でも完全詠唱が必要になるほど魔法が不得意であった。

 

 理由としては両親がいないため幼少時の魔法訓練ができなかったことが大きい。

 

 幼少期に訓練できなかったということは、人よりも魔法の基本を習う時期が遅いということであり、すでにこの時点で周りと圧倒的な差が開いてしまっている。

 

 なのでセイヤはひたすら剣術を鍛え、座学を勉強していた。おかげでセイヤの座学の成績はかなりいい。

 

 

 

 

 

 セイヤは担任のラミアが教室から出ていくと、授業の準備を始めた。一時間目の授業は「詠唱説明」、魔法を発動する際に使う詠唱の意味についての理解していくという授業だ。

 

 魔法を発動する際の詠唱の一言一言にはそれぞれ意味が存在し、その意味が魔法陣を構成する。同属性の二種類の魔法の詠唱で、被ってる単語があれば、その単語は属性を表す言葉ということになる。

 

 例えば火属性初級魔法『火弾(ファイヤーバレット)』の詠唱は次の通りだ。

 

 「我、火の加護を受ける者。今、我に加護を。『火弾(ファイヤーバレット)』」

 

 ここでは「火の加護を受ける者」というフレーズで火属性魔法を使うことを示している。他にも火属性を現す言葉はあるが、この言葉が一番ポピュラーな言葉だ。

 

 セイヤが授業の準備をしている三人の影が近づいてくる。もちろんあの三人ザック、ホア、シュラだ。

 

 「アンノーン、もう授業の準備かぁ?」

 「意識が高いな」

 「まあ、アンノーンは人一倍努力しないとな~」

 

 三人は毎朝だけではなく、ほとんど毎回の休み時間のたびにセイヤに絡んでいた。セイヤも毎度毎度のことなので、いつものように低姿勢で応える。

 

 下手な態度をとって三人の機嫌を損ねて、もっと面倒くさいことになるよりは、プライドを捨てた方がセイヤにとっても楽だから。

 

 「うん……僕はみんなに劣っているからね。頑張らないと」

 

 ザック達の言葉にセイヤは苦笑いをしながら答える。いつもならここでセイヤのことを馬鹿にし満足して席に戻っていくのだが、残念なことに今日の三人はいつもより機嫌が悪かった。

 

 「おいおいアンノーン。その言いようだと俺らに追いつくみたいじゃないかぁ」

 

 ザックが憎たらしい笑みを浮かべながらセイヤのことを見る。

 

 「別に僕はそんな意味で言ったんじゃ……」

 

 セイヤは誤解を解こうとするが、簡単に解けるわけない。なにしろ三人はわざとやっているのだから。

 

 「調子に乗るなよアンノーン」

 「そうだぞ~」

 「別に……」

 

 何を言っても悪い方向へと持っていかれる。だが黙るとそれはそれで無視と捉えられてしまうため、言葉に詰まるセイヤ。

 

 しかしザックはそれさえも口答えとして取った。どうやらザックの機嫌はかなり悪いらしい。

 

 「あぁん? 口答えするのか?」

 「調子に乗ったんだから謝罪しないとな」

 「土下座かな~」

 

 三人がセイヤの土下座を要求し始める。どう考えてもやりすぎだ。けれどもクラスの中に三人を止める者はいない。

 

 クラスにはザックたちよりも家柄が高いものはいるが、セイヤを助ける者はいるはずもなかった。

 

 「ハハッ、それはいい。じゃあ土下座な」

 「調子に乗ってすいませーんて言えよ」

 「早くしろよな~アンノ~ン」

 

 セイヤはそういわれ、ゆっくりと地面に手をつく。

 

 その顔にはプライドというものはなく、まるで作業のように土下座をして謝罪をする。そんな光景をクラス中がチラチラと見ているが、やはり止める者はいない。

 

 「調子に乗ってすいませんでした。許してください」

 「「「ギャハハハハハハハ」」」

 

 ザック達はセイヤの土下座を見て大声で笑う。そしてザックが土下座をしているセイヤの頭を踏みながら言った。

 

 「初級魔法師の最底辺が中級魔法師一族様に口答えしてるんじゃねえよ。あっ、あとこれは暴行ではなく制裁だからな。ふっはははは」

 

 ザックの行為には一応だが正当性がある。

 

 魔法師の世界では下級一族が上級一族に逆らった場合、上級一族にはその下級一族に向けての制裁権があり、その制裁権を行使した場合、過剰ではないと判断されたら合法として許されるのだ。

 

 そして今ザックがやっていることは合法のうちに収まっていた。

 

 もしこれでザックがセイヤのことを殴ったり、ほかの二人がセイヤに手を出したらそれは問題になるが、ザックたちはその辺のことを理解しているため、そんなドジは踏まない。

 

 クラスメイト達はセイヤたちが見えないふりをしながら、雑談やら授業の準備などをしている。

 

 セイヤは毎日のようにこのような仕打ちを受けていた。

 

 少しでも反論したら謝罪させられる毎日。現状を変えようにも家柄のない初級魔法師一人にはどうすることもできない。

 

 そんな苦痛の時間も授業が始まれば強制的に終わりを迎える。詠唱説明の担当教諭であるボクトが教室に入ってきて、詠唱説明の授業を始めた。

 

 教壇に立ち黒板に次々と単語を書いていくボクトは魔法詠唱学の世界で有名な人物だ。彼は魔法発動時の詠唱破棄に関しての研究をしており、理論上無詠唱を可能にしていた偉大な人物だ。

 

 しかし発表した際に無詠唱はリスクが高く危険であるという結論に至り、そのことも発表すると、称賛の声を受けると同時に可能性の否定について責められ、一躍時の人になった人物だった。

 

 それ以降、彼は研究は続けているものの、今は教育の方に力を入れているらしい。

 

 「詠唱に必要なものは最低でも三つ。まずは属性の付与。これがないと魔法陣構築は不可能と言えるでしょう。そして次に魔法の構成内容の単語。攻撃用なのか防御用なのか、貫くのか放つのか。これがなければただの魔力爆発になってしまいます……」

 

 このように授業が続き、一時間目が終わると次は二時間目の座学だ。

 

 本日の二時間目の座学は「属性別特殊効果」についてであり、基本中の基本ことである。この授業は基本的なことをするだけで、セイヤにとってもあまりためにならない。

 

 そのためセイヤは授業を聞くふりをしながら詠唱の復習をする。

 

 セイヤと同じように授業を聞いているふりをして寝ている生徒はたくさんいたが、「属性別特殊効果」の教師はそんな生徒たちを気にしたそぶりは見せず淡々と授業を進めた。

 

 ちなみに、属性別特殊効果というのは各魔法属性に存在する副産物のようなものだ。火なら『活性化』、水なら『沈静化』、風なら『硬化』、光なら『上昇』の効果が魔法に付与させることが可能であり、意外と使える技術である。

 

 ほとんどの生徒が聞いていない二時間目が終わり、長い休みに入ると、セイヤはザックたちに見つからないよう足早に教室を出た。

 

 セイヤが教室を出て足早に向かうのは校舎の屋上。セナビア魔法学園の屋上は通常、生徒の立ち入りを禁止しているのだが、セイヤだけは特別に許可されていた。

 

 セイヤは毎日その屋上で、この休み時間から四時間目の自主練が終わるまで過ごしている。

 

 これはセイヤのためであると同時に、他の生徒のためでもあった。

 

 アンノーンと軽蔑されているセイヤと同じ場所で自主練をすれば、その場の空気は空気が微妙になり、セイヤにとっても他の生徒にとっても心地が悪い。

 

 なので、気を利かせたラミアが屋上の使用許可をとってくれたのだ。

 

 屋上使用の許可はセイヤにとってもありがたく、一人で集中できる空間を有効活用させてもらっている。

 

セイヤが鉄製の扉を開けて屋上に着くと、そこには先客がいた。



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セイヤの保護者

 屋上にいたのは紺色のスーツを着た、ちょっとぽっちゃりした優しい目の初老の男性。口周りには黒いひげが生えており、印象としては優しいおじさまといった感じだ。

 

 実をいうと、彼はこのセナビア魔法学園の学園長であり、同時にセイヤの保護者でもあるエドワードという男性であった。

 

 エドワードとセイヤが初めて出会ったのは、セイヤが十歳の時。

 

 当時のセイヤは記憶を失っており、ウィンディスタンの街をさまよっていた。そんなところを偶然エドワードによって保護され、それ以来セイヤとエドワードは一緒に暮らすようになったのだ。

 

 エドワードには子供がいなかったため、セイヤのことを実の息子のように可愛がり、魔法も教えた。しかしそんな幸せもすぐに終りを迎えてしまう。

 

 セナビア魔法学園に通う生徒の保護者達から、魔法学園の学園長が一個人に魔法を教えるのはどうか、といった声が上がり始めたのだ。

 

 最初はセイヤのことを養子にすると言い出したエドワードだったが、セイヤの生い立ちや能力を知った、他の一族に止められ、エドワードは泣く泣くセイヤのことを手放すしかなかった。

 

 しかしそれでも、せめてもとエドワードは自分の保有していた別荘にセイヤを住まわせ、自分の目に届く範囲のセナビア魔法学園に入学させることにした。

 

 セイヤがセナビア魔法学園に入学以来、二人は学校がある日は毎日中休みに屋上で会うようになっている。

 

 エドワードはセイヤにとっても実の父親のような存在であり、同時に魔法の師匠でもある。

 

 といっても、毎日話すことは他愛のないことだ。だが二人にとってこの時間がとても大切だった。

 

 そして今日もエドワードはセイヤにある提案をする。

 

 「セイヤ、わたしは君を息子のように思っている」

 「ありがとう先生。僕も先生を父親のように思ってるよ」

 「なら私の息子になれ。養子になれば、セイヤがアンノーンと言われ軽蔑されることもなくなるんだぞ」

 

 エドワードはセイヤが受けているいじめを知っている。

 

 しかし彼の立場上、問題にならないことに関わることはできない。セイヤが助けを求めれば、すぐに手を出すことができるのだが、セイヤはエドワードに助けを求めることはなかった。

 

 これ以上、エドワードに迷惑をかけたくない。その思いがセイヤの心にあったから。

 

 なので彼はセイヤに何回も自分の養子になるようにと提案している。

 

 もしセイヤがエドワードの養子になれば、セイヤは確かな家柄を手に入れることができ、今のいじめも当然なくなる。だがセイヤはそれを断固として受け入れなかった。

 

 例え一族が反対したところで一度養子にする手続きさえしてしまえば、セイヤはもうエドワードの子供だ。エドワードにはそれほどの覚悟がある。

 

 「先生それはできないよ。僕は先生に保護されてからいっぱい助けてもらった。これ以上は迷惑かけられない」

 

 セイヤの言う迷惑とはセナビア魔法学園長が養子に迎えたのがアンノーンであるということだ。

 

 エドワードには子供がいないため、セイヤを引き取ると必然的に次期当主がセイヤになる。

 

 そんなことになったらエドワードの一族の名に傷をつけることになってしまう。

 

 それに加え、セイヤを養子にすることは、法律的にもいろいろ厳しいところがあるのだ。

 

 そこのところをよく理解しているセイヤは、エドワードの提案を受けることは決してなかった。

 

 「そうか。私はそんなことは気にしないから気が変わったらすぐに言いなさい」

 「ありがとう先生」

 「じゃあがんばるんだぞ」

 

 そういってエドワード先生は屋上から出ていったが、その背中はとても残念そうだ。そして、屋上から出ていったエドワードは、扉の近くに潜んでいた人影に気づくことはなかった。

 

 屋上に残ったセイヤは三時間目に突入すると、自主練を始める。

 

 まずは自分の体の中で光属性の魔力を練成させ、セイヤの周りに光属性の魔力を纏わせ始めた。黄色い魔力がゆっくりセイヤの体を包み込んでいく、が、次の瞬間、光属性の魔力が弾けて消えてしまう。

 

 セイヤは魔力の練成をやめて頭をかく。

 

 「う~んやっぱり無理か。無詠唱でやるのは厳しいな。といってもこの魔法はオリジナルだから完全な詠唱もわからないし」

 

 セイヤはそんなことを言いながらも、再び光属性の魔力を体の中で練成する。光属性の魔力がセイヤの体の周りに纏わりつくが、すぐにはじけ飛び、消えてしまう。

 

 セイヤは座りながら、もう一度同じことをしてみるが、次も同じところではじけ飛ぶ。

 

 セイヤが試していたのはセイヤのオリジナル魔法だ。

 

 オリジナル魔法は理論から構築するため、詠唱がなかなか決まらない。なので開発にはものすごい時間を要する。そのためこの世界で新魔法が開発されるのはとても珍しいことであるのだ。

 

 そんなことにセイヤは挑戦していた。

 

 「詠唱を入れてみるか。でもこの間、光属性と強化と魔力常駐の単語使ったけど成功しなかったしな……」

 

 そんな独り言を言いながら、セイヤは大の字で寝そべながら空に浮いている雲を眺める。

 

 セイヤは今試しているオリジナル魔法のことを師匠であるエドワードに相談してみたのだが、すぐにやめるように言われた。

 

 理由はいたってシンプル。

 

 セイヤの魔法は、理論もしっかりとしてないというのに、すでに発動段階になっていたから。魔法は理論をしっかりと理解していないと、いつ不測の事態に陥るかわからない。

 

 それに間違った詠唱同士を組み合わせてしまうと、術者を傷つけてしまうことだってある。

 

 言ってしまえば詠唱は化学の薬品と同じだ。単体では危険でなくとも、混ぜてしまえば人体に有害なものになる。

 

 なので、このままでは危険だと判断したエドワードはセイヤに新魔法の開発をやめるように言ったのだ。だがセイヤはエドワードに秘密で魔法の開発を続けていた。

 

 それはもし、もし、この魔法が完成すればセイヤの戦闘能力が飛躍的に上がるからだ。そうすれば自分を見下す人々を見返すことができるかもしれない。

 

 この新たな魔法にはそんなセイヤの願いがこもっていた。

 

 セイヤはその後何回も同じことを三時間目の終わりまで続けたが、結局成功することはなかった。

 

 

 

 

 

 四時間目の授業に入ると、セイヤは先ほどとは違い、新たな魔法の訓練に取り掛かる。

 

 セイヤは木の枝を握りながら、詠唱を始める。

 

 「我、光の加護を受けるもの。示せ光の力『光延(スプリード)』」

 

 詠唱を終えると、木の枝が光りだす。厳密には木の枝が光属性の魔力に纏われた。

 

 セイヤは枝に流し込む魔力量を上げる。

 

 すると枝の長さが三倍になる。三倍といっても枝の長さがではなく、枝の纏う光が延びて枝の三倍の長さになったのだ。

 

 セイヤはそのまま光の長さを保ち、次に長さを二倍に下げる。

 

 二倍になったらそこで留め、そしてすぐに六倍にしようとした。しかし、六倍になる前に枝が折れて、魔力が消えてしまう。

 

 「くそ、やぱっりか。もう少しやわらかく、もう一度」

 

 セイヤが練習している魔法は光属性初級魔法『光延(スプリード)』といい、対象の長さを光属性の魔力で延ばすことができるという魔法だ。

 

 そして今やっているのは枝の長さを光を使い自由自在に変える訓練。

 

 セイヤはこの魔法を自由自在に操って戦闘中、剣の長さを自由自在に変えられないかと考えていた。

 

 なぜ木の枝なのかというと、戦闘中の剣には衝撃があるため、衝撃の無い今の状態で枝を折っているようでは戦闘中に剣が折れてしまうからである。

 

 セイヤはその後もずっと同じことをやったが、毎回枝を折ってしまってい、結局今日の自主練の時間に成功した魔法は一つもなかった。

 

 

 

 

 

 そして時は昼休みに入る。

 

 セイヤは毎日昼休みになると、学園外へと出る。向かうのは学園から少し離れた距離にあるパン屋だ。パン屋の名前は「ベイク・ジョン」といい、昔エドワードによく連れてこられた店である。

 

 セイヤはこの店を気にいっており、昼食はいつもここでとっていた。店の中に入ると、「ベイク・ジョン」の亭主ジョンがセイヤに声をかける。

 

 「いらっしゃい。セイヤ」

 「こんにちはおじさん」

 「いつものでいいか?」

 「うん、お願い」

 

 そう言って、ジョンはパンをトレーに乗せていく。セイヤは常連のためもうメニューを覚えられていたのだ。

 

 ジョンは大きな体にスキンヘッド、口の周りには黒く濃いひげが生えており、こわもての感じだが、話してみると意外と優しく、非常に親しみやすい男性だ。

 

 ジョンはパンを乗せたトレーをセイヤに渡し、セイヤからお金を受け取る。

 

 「セイヤ、これはサービスな」

 

 そう言ってメロンパンとアップルパイ、アイスティーの乗ったトレーの上に真っ赤なリンゴを乗せる。

 

 「ありがとう」

 「そうだセイヤ。エドワードのやろうにもたまには来いって言っといてくれや」

 「わかったよ」

 

 そう答えたセイヤはトレーを持ちオープンテラスへ座り昼食を取り始める。

 

 セイヤがこの店を気に入っているのはパンがおいしいからだけでなく、魔法師がいないからだ。

 

 魔法師でないジョンも他の常連客もセイヤのことをアンノーンと軽蔑することもなく、普通に接してくれる。そのため、セイヤは気を使わずに済むので昼食はいつもここに来るのだ。

 

 セイヤはパンを食べながら、自分の新たな戦闘スタイルを考える。

 

 自主練で特訓していた二つの魔法を使い、近接型で自分だけの新たな戦闘スタイルを確立しようとしているが、どちらもまだ成功していないため、実現は難しい。

 

 けれども、新たな戦闘スタイルが完成したら、セイヤの実力はかなり高くなるのも事実。そのため、どうしても早く完成させたい。

 

 セイヤの考える戦闘スタイルとは速度重視の超近接型の戦闘だが、中距離にも対応できるというものだ。

 

 三時間目に練習していた魔法だけだと、超近接型の戦闘は有利なのだが、中距離になった途端に厳しくなる。

 

 そのため四時間目に練習していた『光延(スプリード)』で、その問題を対応しようと考えていた。単純な魔法だけで確立できるこのスタイルは魔法をうまく使えないセイヤに一番合った戦闘スタイルである。

 

 セイヤはパンを食べ終えるとトレーをジョンに返す。

 

 「ごちそうさま。また来るね」

 「おう、午後も頑張れよ。セイヤ」

 「うん」

 

 ジョンにお礼を言い、セイヤは学園の午後の授業、実践訓練へと向かうのであった。



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実践訓練1

 セナビア魔法学園の訓練所は広大な荒地をドーム化しており、その中で訓練を行う。

 

 訓練といっても種類は様々であり、近接武器だけを使用した格闘、魔法だけを使った遠距離攻撃、武器と魔法両方を使った戦闘などがある。

 

 しかし、どれもこれも将来魔法師が戦闘に使うために必要なことだ。

 

 魔法師の戦闘はなにも人同士のだけではない。そこには暗黒領に住む魔獣も含まれる。

 

 と言っても、各地の教会が暗黒領を警戒しており、魔獣を発見次第すぐに魔法師を派遣して殲滅するため、魔獣が街を襲うことはほとんどない。

 

 それでもたまに、強力な魔獣などが相手では簡単に殲滅することができず、街への侵入を許してしまうこともある。

 

 強力な魔獣が攻めてきた場合、王国に十二人しかいない特級魔法師や、聖教会が部隊を出してくれるため、時間はかかるにせよ殲滅することは容易だ。

 

 おかげでレイリア王国は、女神失踪以外に大きな問題はなく、長年平和を保っていた。

 

 話は戻り、セナビア魔法学園訓練所。ドーム内には特別な結界が張ってあり、その結界内では受けたダメージは体に影響せずに精神へと直接ダメージになる。

 

 なので結界内で死ぬことは絶対無く、致死相当のダメージを受けるても、気絶して、光の塵となり結界の外へと送り出されるだけだ。

 

 セイヤはそんな訓練の時間が一番嫌だった。魔法は基本的に生まれた時から習うものだが、セイヤが習い始めたのは彼が十歳の時。

 

 その時点で周りの人間と十年は差がついてしまっている。そんなセイヤが周りの人間と対等に戦うことなどできるわけもない。

 

 さらに戦闘訓練の時間ならザックたちはセイヤに合法的に暴行を加えることができる。

 

 一応セイヤも反撃をすることはできるが、そうするとザックの機嫌が悪くなり訓練後に何をさせられるかわからない。

 

 なのでセイヤにはいつも逃げるしか、選択肢がなかった。

 

 セイヤたちが訓練場で待っていると、赤髪の担任ラミアが訓練場へと入ってくる。ラミアは全員がいることを確認すると、訓練について説明を始めた。

 

「今日の訓練はサバイバルだ。範囲はドーム内全て。武器使用、魔法使用は共に可能。意識を失った時点でリタイヤ。質問のある者は? ………………いないな。以上。諸君の健闘を祈る」

 

 質問がないことを確認したラミアはドームに備え付けてある観覧席へと向かい腰を下ろす。

 

 観覧席には反射魔法を使ったスクリーンがあり、訓練場内を一望できる。ラミアはそのスクリーンを見て、各自の動きをいつも確認していた。

 

 訓練が始まるため、セイヤやクラスメイト達はスタート地点を決めるために散らばっていく。

 

 憂鬱な顔をしながらも、セイヤは隠れる場所を探していると、例の三人組ザック、ホア、シュラがセイヤに近づいてくる。

 

「アンノーン、お互い頑張ろうぜぇ」

 

 ザックはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらセイヤに向かってそういった。訓練はサバイバルだ。全員が敵であるが、共闘して一人ずつ倒すことも立派な戦略のため許されている。

 

 つまり三人はセイヤをリンチしたとしても、それは反則にはならない。

 

 ザックたちが何を考えているのか、セイヤは分かっていたが、どうすることも出来ない。

 

 対策として、セイヤも共闘すればいいのだが、アンノーンと蔑まれているセイヤと共闘してくれるクラスメイトなど、当然いるはずもない。つまり今日もセイヤは一人で戦うしかないのだ。

 

 「そうだね……。お互い頑張ろうね」

 「フフッ。あぁ~頑張ろうぜアンノーン」

 

 不敵な笑みを浮かべながらセイヤの前から三人は去っていった。

 

 (……はぁ、やだな訓練。どうにかして逃げ切らないと…………)

 

 そして授業開始のチャイムが鳴る。

 

 チャイムがなると、同時に結界内が荒地から緑の森へと姿を変えていく。これは結界がもっている幻覚の力だ。

 

 幻覚と言っても森の木に触れることはできるし、登ることもできる。なので現在のこの空間を完全な森といっても過言ではない。

 

 「制限時間は2時間だ。訓練開始!」

 

 ラミアの開始の合図と同時に、数箇所から爆発音が聞こえはじめる。

 

 荒地から森に姿を変えても敵の位置は大体把握できるため、すぐに戦闘が起きてもおかしくない。セイヤは戦闘に備えるため自分の相棒とも呼べる武器を魔法で召喚する。

 

 「我、光の使徒。現れよ。ホリンズ!」

 

 セイヤが詠唱を唱えると、黄色い魔法陣が展開され、中から二本の短剣が出てきてセイヤの手に収まる。

 

 これは武器召喚という基本中の基本の魔法であり、セイヤが召喚した武器は「双剣ホリンズ」という武器。

 

 セイヤは自分の使える少ない魔法の中でも、この魔法をよく使っていた。魔法が使えないなら剣術を頑張ればいい、というのがセイヤの考えである。

 

 魔法は初級魔法、中級魔法、上級魔法のように分かれていて、級が上がれば上がるほど強力な魔法になる。

 

 ちなみに魔法のランクと魔法師のランクは関係なく、上級魔法を使う初級魔法師なども数は極めて希少だが存在する。

 

 このほかにも禁術指定された魔法や、一族の固有魔法などが存在するが、基本的にすべてランク付けされている。

 

 ホリンズを召喚したセイヤは、そのまま走って爆発のする方へと向かった。これは戦闘に加わるわけではなく、三人のリンチから逃げるためだ。

 

 激しい戦闘域に入れば入るほど、セイヤのことを追ってくるであろう三人が他の戦闘に巻き込まれる可能性が高くなり、リンチを受ける可能性が低くなる。

 

 それに運がよければ、あの三人が他の生徒にやられてリタイヤするかもしれない。

 

 幸いあの三人組以外はセイヤには無干渉を貫いているため、ほかのクラスメイトが三人に加わりリンチを受けるということは無く、遭遇したとしても普通に戦うだけだ。

 

 セイヤが爆発音のする所に到着すると案の定、激しい戦闘が行われていた。

 

 戦闘をしていたのは赤髪坊主頭の筋肉質な大男、カイルド=デーナスと、眼鏡をかけた金髪の小柄な少年クリス=ハニアートだ。

 

 どちらともセイヤのクラスメイトで実力も高い魔法師である。

 

 カイルドはその筋肉質な体で大きなハンマーを持ちながら、火属性の魔法を使っており、クリスの方はカイルドの攻撃を避けながら光属性の魔法で応戦していた。

 

 「我、火の加護を受ける者。今、我に加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 

 カイルドのハンマーに赤い魔法陣が展開され、火を纏う。そしてカイルドがハンマーを振る度に、火の弾が放たれクリスに向かって襲い掛かった。

 

 「甘いよ! 我、光の加護を受けるもの。今その光を輝かせ。『光壁(シャイニング・ウォール)』」

 

 クリスの前に魔法陣が展開されると、同時に二つの光の壁が出現してクリスを守る。

 

 クリスが使った魔法は光属性中級魔法『光壁(シャイニング・ウォール)』と言い、自分の正面に光の壁を発動して防御する、最もポピュラーな防御魔法の一つだ。

 

 しかしクリスの魔法はそれで終わりではなかった。

 

 クリスは光属性の特殊効果である『上昇』を発動する。二つの『光壁(シャイニング・ウォール)』はお互いの防御力を上昇させあい、通常の五倍ほどの防御力になっていく。

 

 そしてカイルドの『火弾(ファイヤー・バレット)』」が、クリスの二重の『光壁(シャイニング・ウォール)』」を壊すことはできずに霧散する。

 

 (やっぱりクリス君はスゴイや……。光属性の中級魔法をあんなにも使いこなすなんて……。僕には無理だな……)

 

 クリスとカイルドの戦いはセイヤの年ぐらいになるとできても当然のことなのだが、もちろんセイヤにはそのようなことはできない。

 

 まず魔法を行使しようにもクリスより詠唱が遅い。次に二つ以上の魔法を同時に行使することなど厳しい。

 

 そんな事を考えながら二人の戦闘を見ていたセイヤだったが、突然セイヤのことを寒気が襲った。それはまるで後ろに腹のすかせた蛇がいるかのような感覚。

 

 セイヤの体にまとわりつく嫌な感じて恐る恐る後ろを向くと、そこにはニヤニヤと気持ち悪い笑を浮かべながら、魔法陣を展開させているザック達の姿があった。

 

 「よぉ~アンノーン。探したぜ」

 「ザック君……」

 

 セイヤは急いで手の中にある双剣ホリンズを構えようとしたが遅かった。ザックが展開していた魔法陣から赤い鎖が出現してセイヤの足に巻き付く。

 

 セイヤは足に巻き付いた鎖を外そうとしたが、鎖は火属性の魔法だったため、触った瞬間に高熱がセイヤの手を襲う。足の方は幸い制服が長ズボンだったため、熱を感じることは無かったが動けない。

 

 ザックが使った魔法は火属性初級魔法『火鎖(ひぐさり)』。この鎖はたとえ切れたとしても、すぐに活性化して鎖に戻るので捕獲の際はよく使われている。

 

 ザックはセイヤの足に巻き付けた鎖を引っ張りながら言う。

 

 「ハハッ。アンノーン俺達も訓練を始めようぜぇ。といってもここじゃなんだから移動するか」

 

 ザックは鎖を持ちながら走って移動を開始する。

 

 ホアとシュラもザックに続き走り出すが、セイヤの足は『火鎖』のせいで自由が利かないため、必然的に地面を這いつくばる形になってしまう。

 

「クッ……」

 

 森の地面特有のデコボコが容赦なくセイヤのことを打ち付けるが、ザック達はそんなことを気にせずセイヤを引っ張りながら走り続ける。

 

 引きずられる事五分、セイヤの顔や制服は泥だらけになりながら連れてこられた場所は小さな広場のようなところ。

 

 おそらくここでザックたちは訓練という名のリンチをするのだとセイヤは感じていた。

 

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらセイヤのことをみる三人。その眼からは恐ろしいほどの蔑みと憎しみが感じられた。



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実践訓練2

 ザック、ホア、シュラの三人に周りを囲まれたセイヤ。

 

 逃げようにも逃げることができない。周辺には人がいる様子もなく、誰かと遭遇することもなさそうだ。といっても、セイヤと遭遇したところでセイヤに加勢するものなどいないのだが。

 

 三人はセイヤのことを蔑みの目で見る。

 

 「アンノーン。楽しい戦闘を始めようぜぇ」

 「サバイバルだからなぁ。みんな敵だ」

 「でもまず誰か共闘しないか~? まず一人倒そうぜ〜」

 「そうだなぁ。じゃあまずはアンノーンからだな!」

 

 わかりきっていた茶番を繰り広げた三人は、セイヤに向かって次々と魔法を行使していく。

 

 「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 「我、風の加護を受ける者。今、我に風の加護を。『風刃(ふうじん)』」

 

 三人の行使した魔法が次々とセイヤのことを襲い、火の弾や空気でできた刃がセイヤの体に次々と傷を負わせていく。

 

 「くっ……」

 

 セイヤは双剣ホリンズでその攻撃を防ぐが、行使された魔法の数が多すぎるため、致命傷になる攻撃だけを防ぐので精いっぱいだった。

 

 無数の攻撃の嵐を受けているセイヤだが、その体に傷などはつかない。

 

 なぜなら訓練所に張ってある特殊な結界のおかげだ。しかしダメージ自体は精神に行くため、セイヤは苦悶の表情を浮かべる。

 

 三人が使っている魔法はいずれも初級魔法に分類されるが、魔法を満足に使えないセイヤにとっては強力な攻撃だった。

 

 今もどうにかホリンズで攻撃を防いでいるが、いつセイヤの集中力が切れてもおかしくはない。

 

 「どうしたぁアンノーン? 反撃しないのか?」

 「それとも反撃できないのかぁ?」

 「そういえばお前魔法使えなかったな~」

 「「「ギャハハハハハ……」」」

 

 セイヤが守りに徹している姿を見て、大声をあげながら笑う三人。確かにセイヤは魔法が十分に使えなかったが、三人程度のなら反撃することは可能である。

 

 けれどもセイヤは絶対反撃はしないと決めていた。

 

 もしここで反撃でもした場合、普段からきついいじめが更にきつくなってしまう。ザックはそういう男だとセイヤは知っている。

 

 そしてザックたちもまた、セイヤが反撃してこないことをわかっていた。

 

 「我、光の加護を……うわぁぁぁ」

 「ハハッ、アンノーンしっかり詠唱しないと魔法は出ないぞ?」

 「うっ……」

 「ザックどうする? とどめさすか?」

 「いや、まだだ。まだまだ戦闘しないとなぁ。ギャハハハハハ」

 

 反撃はしないが、防御魔法で自分の身を守ろうとしたセイヤ。しかし詠唱が完了する前に、強制的に詠唱を中断させられてしまう。

 

 ザックたちはセイヤが反撃してこないことをわかっていたため、防御を考える必要がない。なので思う存分セイヤに攻撃することができ、防御させる気など全くない。

 

 そんな中、セイヤのことを痛めつけている三人だったが、ザックだけは心の底から歓喜の笑いを上げていて、他の二人とは何かが違っていた。

 

 普段では見たことがないザックの姿に、ホアとシュラは少しだけ戸惑う。

 

 ザックの様子がおかしいことはセイヤも薄々感じていた。いつもなら気が済んだらすぐにセイヤのことをリタイヤさせるというのに、今日だけは違っている。

 

 セイヤのことを痛めつけても、痛めつけても、満足した様子はなく、攻撃を続けているのだ。

 

 そんなザックの様子を見て、セイヤはこのままだと自分の身が危ないという事を理解する。しかし防御しようにも、防御魔法の発動など三人が許してくれるわけもない。

 

 いまだ数々の攻撃がセイヤのことを襲う中、セイヤはある手段を考える。

 

 それはいつも三時間目に練習している魔法。

 

 一度も成功はしていないが、あの魔法ならこの状況を打開することができるとセイヤは確信していた。

 

 成功するかなんてわからない。

 

 けれども、ここであの魔法を使わなければいけないとセイヤは本能的に感じた。

 

 双剣ホリンズで致命傷になりそうな攻撃を防ぎながら、体内で光属性の魔力を錬成し始めるセイヤ。焦る必要はない。そう自分に言い聞かせて、セイヤは落ち着く。

 

 「アンノーンがなんかしようとしてるぜ」

 「どうせ不発だろ」

 「無駄なあがきをするね~」

 

 三人はセイヤが何かをしようとしていることはわかったが、詠唱をしていないため、魔法が発動するわけがないと確信していた。

 

 理論上、無詠唱での魔法の行使は可能だとされているが、そんな芸当ができるのは一部の力を持っている魔法師だけだ。そしてセイヤはそのような魔法師ではない。

 

 並の魔法師が詠唱破棄をするには、魔晶石と言う補助具が必要になるが、目の前にいるセイヤが例え魔晶石を持っていたとしても、使えるとは思えない。

 

 つまり、セイヤが無詠唱で魔法を行使することは不可能である。ザックたちはそう思っていた。

 

 「ふぅ……」

 

 セイヤは落ち着きながらも、心の底ではかなり焦っていた。もし今から行使する魔法が成功しなかった場合、自分がどうなるかわからない。

 

 今のザックの様子を見る限り、下手したら自分はザックに殺されるかもしれない。そんな恐怖がセイヤの魔力を高めていく。

 

 セイヤの魔法が発動直前になって、三人はようやく気付いた。セイヤがやろうとしていることは詳しくわからないが、セイヤから感じる魔力がいつもと違うという事に。

 

 焦った三人はすぐに追加の魔法をセイヤに向かって行使する。

 

 「『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 「『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 「『風刃(ふうじん)』」

 

 三人がセイヤに向かって行使した魔法はセイヤに被弾するはずだった。しかし次の瞬間、さきほどまで苦悶の表情を浮かべていたセイヤの姿が、一瞬にして三人の視界から消える。

 

 「「「何っ?」」」

 

 三人は自分たちの行使した魔法がただ地面に当たり、砂煙を上げる様子を見ながら固まる。それは何が起きたか理解できなかった故の結果。

 

 セイヤの姿を捉えることはできなかったが、セイヤがリタイヤしたわけではないということ理解する三人。

 

 三人はすぐに周りを見渡して、セイヤの姿を探すと、セイヤの姿は三人の後方の少し離れたところにあった。

 

 体中を光属性の魔力に包まれていて輝いているセイヤ。正確に言えば、セイヤが光属性の魔力を纏っていると言った方が正しいだろう。

 

 (いける!)

 

 セイヤは心の中で魔法が成功していたのを喜ぶ。

 

 セイヤが使った魔法はセイヤのオリジナル魔法『纏光(けいこう)』と言い、自分の体全体に光属性の魔力を纏わせることによって、光属性の魔力の特殊効果である『上昇』を発動し、自身の身体能力を底上げするという魔法だ。

 

 防御もできず、反撃もできないのなら、ただ攻撃を避ければいい。セイヤはそう考えて、『纏光(けいこう)』を行使した。

 

 結果は見ての通り、ザックたちは誰もセイヤの移動する姿を視界に捉えることができなかった。

 

 「アンノーン……」

 

 ザックが怒りを丸出しでセイヤのことを睨む。防御するのでもなく反撃を受けたのでもなく、ただ避けられた。そのことが、ザックにとっては一番の屈辱的なことであった。

 

 攻撃に全神経を注いでいたザックはセイヤの姿に集中していたにもかかわらず、それでもセイヤの動きを捉えられず、あまつさえ背後まで取られてしまったのだ。

 

 しかもセイヤの使った魔法をザックは知らないし、聞いたこともない。アンノーンであるセイヤに自分は劣った。

 

 その事実はザックにとっては本当に許せないことであった。

 

 「調子に乗ってんじゃねーよ! アンノーンごときが! 我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 

 セイヤに向かって『火弾(ファイヤー・バレット)』を行使するザックだが、『纏光(けいこう)』により身体能力が上昇したセイヤの姿を捉えることができない。

 

 そしてセイヤはザックの攻撃を悠々と回避をする。そのことがさらにザックの怒りを募らせるが、セイヤは気にしない。

 

 もう、ザックたちの攻撃が当たる気がしなかったから。

 

 「おい、お前らも攻撃をしろ。三人で行くぞ」

 「おっ、おう」

 「う、うん」

 

 ザックの鬼のような形相に驚く二人。だがすぐにセイヤに向かって魔法を行使する。

 

 「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 「我、風の加護を受ける者。今、我に風の加護を。『風刃(ふうじん)』」

 

 三人からセイヤに向かって放たれる火の弾や風の刃だが、『纏光(けいこう)』状態にあるセイヤには、その攻撃がまるで止まっているかのように見えていた。

 

 「ちっ、なんでだ」

 

 セイヤに攻撃が当たらないことにさらに苛立つザック。

 

 (やっぱり、遅い)

 

 先ほどまでとは信じられないほど、自分が強くなっていると感じたセイヤは、このまま反撃できるのではないかと思う。

 

 『纏光(けいこう)』があれば、ザックたちから逃げることは容易だ。それならここで反撃しても問題ない。

 

 (なら、やるしかない)

 

 反撃を決意したセイヤは、両手に握るホリンズでザックたちに斬りかかろうとする。いまだザックたちはセイヤの速度に反応することはできていない。

 

 これなら三人相手でも問題なかった。

 

 「えっ?」

 

 しかし、まずはザックからと思い一歩目を踏み出した瞬間、セイヤは急激に体が重くなっていくのを感じる。そしてそのまま足をもつれさせてしまい、地面に倒れこんでしまった。

 

 「どうして……」

 

 いつの間にかセイヤの体に纏っていた光属性の魔力は姿を消し、『纏光(けいこう)』状態は解除されていた。

 

 「そんな……」

 「よぉ、アンノーン」

 

 『纏光(けいこう)』が消えたことに呆然としているセイヤに対し、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているザック。

 

 その瞳には憎悪の念が渦巻いていた。



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実践訓練3

 突如として『纏光(けいこう)』が解けてしまい、無防備な姿をザックたちに晒してしまったセイヤ。

 

 だがセイヤは、なぜ『纏光(けいこう)』が急に解けたのか理解していなかった。

 

 実を言うとセイヤは『纏光(けいこう)』に使う魔力量を図り間違えていたのだ。

 

 『纏光(けいこう)』は光属性の魔力を身に纏うことで、身体能力を上昇させる魔法だとセイヤは考えていた。しかしそれだけでは魔法を発動することができない。

 

 なぜならそのままの肉体では上昇した身体能力に耐えることができず、自らで自らの肉体を壊してしまうから。

 

 なので光属性の魔力で肉体の耐久力も上げなくてはいけない。

 

 セイヤは無意識のうちに肉体の耐久力を上昇させていたため、予想よりも魔力消費量が多く、魔力欠乏を起こしてしまったのだ。

 

 冷静に考えればすぐにわかることだが、今のセイヤにそんなことを考える余裕はなかった。

 

 「どうしたぁ、アンノーン。さっきの魔法は使わなくてもいいのか?」

 

 セイヤの無様な姿を見て喜々とするザックは、セイヤに向かって魔法を行使する。

 

 「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾(ファイヤー・バレット)』」

 

 ザックは次々と『火弾(ファイヤー・バレット)』」をセイヤに向かって行使していき、セイヤはその攻撃を防ぐ暇もなく全て受けてしまう。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁ」

 「まだまだこんなんで終わらねーぞ」

 

 一切の容赦がないザックの攻撃にセイヤは苦しみ、ただ見ていたホアとシュラが急いでザックのことを止めにかかる。

 

 「おい、ちょっとやりすぎだろ」

 「そうだよ~。さすがにこれはダメだよ~」

 

 自分のことを止めようとする二人を、ザックはにらみつけた。

 

 「黙れ。お前らもこうなりたくなかったら中級魔法師一族に逆らうな」

 

 何かに取り付かれたように荒れ狂うザック。

 

 その姿は二人の知るザックとはかけ離れていた。しかし止めようにも、ザックは中級魔法師一族で二人は初級魔法師一族。逆らえば当然セイヤと同じ目にあう可能性もあるため、黙って見てるしかなかい。

 

 「おらおら、どうしたアンノーン。これで終わりか? あぁん? このクズ魔法師が」

 「うっ……」

 

 ザックの攻撃のほとんどを体中に受け、地面に倒れこむセイヤ。すでに意識がなくなりそうで、限界なのがわかるが、ザックはそれでも攻撃をやめない。

 

 「『火弾(ファイヤー・バレット)!』」

 「やりすぎだってザック」

 「そうだよ。これ以上は~」

 

 ホアとシュラの二人はザックに飛び掛かりながら魔法を行使するのを止める。

 

 いくらザックが中級魔法師一族だとしても、無抵抗の魔法師に過剰の攻撃を加えるのは、たとえ訓練であろうとも褒められたことではない。

 

 下手をしたら学園から何らかの罰則が下り、三人の家柄に傷をつけてしまう。

 

 「離せ!」

 「待てってザック」

 「そうだよ~」

 「うるせぇ。こいつは学園長に会って自分の地盤を固めようとしているクズ野郎だ。そんなやつをかばう必要がどこにある?」

 

 ザックが急に言い出したことを理解できない二人。そんな二人にザックは午前中の出来事を伝える。

 

 「学園長が言っていた。こいつを学園長の養子として迎えたいと。そしたらこいつのいじめもなくなると。こいつは俺と同じ中級魔法師一族になるために学園長に媚を売っていたんだ」

 「なんだよそれ……」

 

 ザックの言葉に、ホアが言葉を失う。

 

 「こいつは中級魔法師一族である学園長の養子になることで、俺と対等になろうとしてる。俺はこいつと対等になるなんて、ごめんだ」

 

 ザックの言っていることはあながち間違ってはいないが、それでも事実とは異なっている。午前中、ザックは偶然セイヤとエドワードが屋上で会話しているのを聞いていた。

 

 本来は生徒が入ることが許されていない屋上に生徒は近づかない。

 

 しかしセイヤはまるで許可されいるのかのように(実際は許可されている)堂々と屋上に向かっていたため、ザックはセイヤに着いて行ったのだ。

 

 そこでザックが見たのが親しげに会話をしているセイヤとエドワードであった。

 

 二人は一生徒と学園長と言うような関係には見えず、ザックは扉に耳をつけ、二人の会話を盗み聞ぎしようとした。しかし扉が鉄製のため、会話の全てを聞くことができなかったのだ。

 

 ザックが聞けたのは、セイヤを養子にするというフレーズだけ。そしてザックは聞こえたフレーズからセイヤたちの会話を予想し、それをいつの間にか真実だと確信してしまったのだ。

 

 「ちっ……が」

 

 ザックの主張が間違っている、誤解が混じっている、そう伝えたかったセイヤだが、ザックの攻撃によりダメージが激しく言葉を発することができない。

 

 しかも運が悪いことに、ザックはセイヤが舌打ちをしたと認識してしまい、再び攻撃を始めようとする。

 

 先ほどまでザックを止めようとしていた二人も、ザックの話を聞いてしまったら止めることはできない。

 

 目の前にいるアンノーンこと、セイヤが自分たちよりも上の地位になろうとしているのだ。そんなことを認められるはずもない。

 

 「まだ終わらないぞアンノーン」

 「さすがに汚いぜ、アンノーン」

 「そうだ~そうだ~」

 

 三人はセイヤに向けて軽蔑の目を向けながら魔法を行使しようとする。次に攻撃を受けたらリタイヤしてしまう。

 

 そう直感的に悟ったセイヤだったが、魔力欠乏の状態ではどうしようもできない。今のセイヤにできることは、ただ現実を受け止めることだけだ。

 

 「終わりだ」

 「うっ……」

 

 セイヤが三人から魔法が放たれ、自分の負けを覚悟した時だった。 

 

 「『風牙(ふうが)』」

 

 その時、一つの大きな風が吹き、魔法を発動しようとしたザック達を吹き飛ばして木に打ち付けた。

 

 「えっ……?」

 

 何が起きたのか理解できなかったセイヤは、今にも途切れそうな意識を何とかとどめ、風の吹いてきた方を見る。

 

 そこには手を前にかざしたままの体勢の短い銀髪の少年がいた。

 

 風属性中級魔法である『風牙』を放ち、ザックたち三人を気に打ち付けたのはジン=ハイント。上級魔法師一族ハイント家の魔法師であり、セイヤたちのクラスメイトだ。

 

 上級魔法師一族とは、基本属性から派生した属性の固有魔法を持つ一族。その数はレイリア王国内でも少ないが、同時にそれほどの強さを持っているということだ。

 

 ジンの使った魔法は風属性中級魔法『風牙(ふうが)』。これは風属性初級魔法である『風刃(ふうじん)』を同時に複数放ち、刃で牙を作るといった魔法である。

 

 『風刃(ふうじん)』を同時に撃つ際、少しでもタイミングがズレればお互いにぶつかり合い威力がなくなってしまう。なので『風牙(ふうが)』はかなりの技術を必要とする魔法である。

 

 「てめぇ……」

 

 木に打ち付けられたザックが、立ち上がりジンのほうを睨む。一方、ホアとシュラの二人は気に打ち付けられた衝撃で、意識を朦朧としている。

 

 「ジン。どういうつもりだぁ?  人の獲物を横取りするとは」

 「別に……ただ目の前に三人いたから倒しに来ただけ……」

 

 ザックの問いに対し、ぶっきらぼうに答えるジン。その態度がザックのことをさらに苛立たせる。

 

 「てめぇ! ふざけんなよ」

 「ふざけてない」

 

 ジンの行動はいたって普通のことであり、ザックが文句を言える筋合いはない。ましてや相手は中級魔法師一族のザックよりも上である上級魔法師一族。

 

 もしジンがザックのように気性の荒い少年だったら、制裁があってもおかしくはない。だがそんなことにも気づけないほど、ザックは興奮していた。

 

 「チッ。ふざけやがって」

 「何度言わせる。ふざけてない」

 

 ジンのそんな態度が、ますますザックを苛立たせる。今にもジンに飛び掛かかかりそうな様子のザックだが、どうあがいたって実力が違っていた。

 

 そのことを本能的に理解していたザックはジンの攻撃を警戒する。

 

 「その言動がふざけ……あぁ?」

 

 その時、ジンがどんな攻撃を仕掛けてくるのかと警戒していたザックの胸を、何かが背後から貫いた。

 

 ゆっくりと視線を下ろし自分の胸を見たザックは自分の胸を貫く光を見つける。

 

 後ろを向き、その光を辿っていくと、そこにはうつぶせに倒れながらも、顔と右腕だけをこちらに向けているセイヤの姿があった。

 

 「アンノーン……てめぇ……」

 

 セイヤのことを憎しみを含んだ目で睨みつけるザックだが、次の瞬間、光の塵となってリタイヤする。

 

 (やった……)

 

 ザックのことを自分の手でリタイヤさせたセイヤは心の中で喜ぶ。最初こそ反撃する気はなかったセイヤだったが、ジンの登場によってザックに最大の隙が生まれた。

 

 そこからはただ無心で後のことも考えずにザックに向かって光属性初級魔法である『光延(スプリード)』をホリンズに行使していたのだ。

 

 『光延(スプリード)』はセイヤが四時間目に練習した魔法だ。あの時は枝を折ってしまったりしていたが、今は不意打ち、剣の耐久度などは関係ない。

 

 ただザックに届くぐらいの長ささえあればいい。

 

 セイヤはそうして魔法を行使して、初めてザックのことをリタイヤさせた。

 

 ザックを自分の手でリタイヤさせたことに、うれしさをにじみ出すセイヤ。そしてセイヤは自分のことを助けてくれたジンにお礼を言う。

 

 まさかアンノーンである自分を助けてくれるクラスメイトなどいないと思っていたセイヤは、そのこともかなり嬉しかった。

 

 「えっと……ジン君助けてくれてありがとう」

 「助けてない」

 「えっ?」

 

 衝撃の答えが返ってきてセイヤは戸惑う。

 

 「でもさっき三人を倒すって……」

 「それはお前が倒れてて見えなかったから。そしてお前も倒す」

 「えっ?」

 

 次の瞬間、セイヤの意識はぷつんと切れた。

 

 ジンの風によって、首を切られてリタイヤしたのだ。今回の授業はサバイバルであり、周りは全員が敵である。そのことをセイヤはもう少し考えておくべきだった。

 

 その後、ジンは木に打ち付けられてのびている二人もリタイヤさせて、新たな戦闘域へと向かう。

 

 ジンによってリタイヤさせられたセイヤの授業はここで終わりだ。

 

 しかしセイヤの一日はまだ終わらない。また新たな問題がセイヤのことを待っているのであった。




 読んでいただきありがとうございます。次もよろしくお願いします。


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問題発生

 セイヤが目を覚ますと、目の前に白い天井が広がっていた。周りを見ると、ところどころに医療器具などが置かれ、セイヤは自分がベットの上に寝ていたことを理解する。

 

 どうやらリタイヤしたセイヤは保健室に運ばれたらしく、周りを見るとザック達も寝ていた。

 

 「あっ……」

 

 セイヤは先ほどの自分の行動を思い出し、ザックたちを起こさないように静かにベッドから出て保健室を出る。

 

 保健室から出たセイヤは時計を見て、時間を確認した。すると訓練開始からちょうど一時間が経過したところで、まだ実践訓練をやっているであろう時間だった。

 

 セイヤは乾いたのどを潤すために学園内に設置されている売店へと向かうことにする。

 

 売店は訓練所や体育館などがある棟にはないため、一度教室などがある本棟に戻らなくてはならない。

 

 魔法学園は施設がしっかりとしている分、校舎も大きく、棟の移動も一苦労だ。セイヤは五分ほどかけて、本棟に戻り売店へと到着した。

 

 「あれ?」

 

 疲労回復効果があるエナジードリンクを買おうとしたセイヤだったが、あることの気づく。セイヤのポケットに入っているはずだった財布がないのだ。

 

 いったいどこに行ってしまったのかとセイヤは考える。

 

 実践訓練時には確かにポケットにあったため、可能性としては保健室のベッドの中。

 

 「そんな……」

 

 自分の失態に気づき絶望するセイヤ。

 

 保健室にはザックたちがいる。しかし財布を取り戻さないことには今晩の夕食が買えない。セイヤは迷った末、ザックたちがまだ寝ていることを祈りつつ保健室へと向かう。

 

 保健室に戻ってきたセイヤはザック達を起こさないように、そーっと保健室の扉を開けた。

 

 幸いザック達はまだ気を寝ているようで、安心したセイヤは自分の寝ていたベットの中を探す。

 

 しかし財布の姿はベッドの中にはなく、慌ててベッドの下まで探すセイヤ。そんな時、セイヤの背後からとても低い声が聞こえた。

 

 「アンノーン。探しているのはこれかぁ?」

 

 セイヤは「しまった……」と、思いながらも、ゆっくりと後ろへと振り返る。するとそこには、案の定セイヤの財布を持ちながら気持ち悪いぐらいの笑みを浮かべるザックがいた。

 

 その周りでは意識を取り戻したのであろうシュラとホアも、気持ち悪い笑みを浮かべている。どうやら三人はすでに意識取り戻したらしく、セイヤが戻ってくるのを待っていたようだ。

 

 「アンノーン聞いたぜ。ザックのこと刺したらしいな?」

 「やるね~。アンノーンくせに~」

 

 三人の顔を見たセイヤはすぐにこれから何をされるのかを悟った。逆らえば制裁と言う名の暴力を受け、財布も返してもらえないだろう。

 

 「これを返して欲しかったら、大人しく着いて来いアンノーン」

 「わ、わかったよザック君。だから財布は返して」

 「なんだその態度? 着いて来たらって言ってるだろ」

 

 ザックの機嫌はセイヤの見てきた中で過去最大で悪い。

 

 それもそのはずだ。ザックはセイヤが中級魔法師一族になるためにエドワードと密会したと誤解し、先ほどは背後から不意を突かれて初級魔法師最底辺であるセイヤに刺されたのだ。

 

 

 

 

 

 セイヤはザック達に連れられて学校の敷地外にある路地裏まで引っ張られた。

 

 この路地裏は人通りも少なく、なかなか人目につかない場所である。ましてや今は授業時間内。当然ながら魔法学園の関係者は学園にいるため、まずここには人が来ることはない。

 

 そんな路地裏で、セイヤに対する暴行が始まった。

 

 「おらっ! アンノーンさっきはよくを俺を刺してくれたなぁ」

 「アンノーンの分際で中級になろうなんて生意気なんだよ。調子に乗ってんじゃねーぞ」

 「あれ~どうしたのアンノーン? なんか言ってみたら~?」

 「ゲホッゲホッ……」

 

 体中を蹴られ、踏まれ、傷を負うセイヤ。

 

 ここには訓練所のように結界などあるわけもなく、肉体に傷が残る。セイヤは腹や胸などを重点的に踏まれ息ができなくなる。

 

 「おいアンノーン。まだまだ終わらないぞぉ? 調子に乗ったんだからちゃんと責任取れよ。おらぁ! お前みたいな雑魚が中級魔法師一族になろうなっておこがましいんだよ」

 「そうだ! 学園長に媚びを撃ってまで俺たちの上に立ちたいか? ふざけるな! そんなの実力をつけてからしろよ」

 「そうだぞ~。お前みたいな最弱は一生初級の底辺にいればいいんだ~」

 「ウッ……」

 

 三人は誤解したままセイヤに暴行を続けるが、セイヤはすでに誤解を解く気にもなれなかった。どうせ真実を話したところで、三人が信じるわけもなく、暴行も終わるわけではない。

 

 逆に反抗したと言われて、さらに暴行を受けてしまう可能性だってある。それならこのままおとなしく暴行が終わるのを待てばいい。そんなことを考えていたセイヤ。

 

 「このクズ魔法師が!」

 「悔しかったら正々堂々と戦いやがれ」

 「そうだ~そうだ~」

 

 いったいどれだけ蹴られただろうか。

 

 セイヤはそう考えたが、脳がそれ以上考えることをやめてしまい、次第に意識が遠くなっていくような感覚を覚える。セイヤの顔には切り傷や痣がたくさんできていて、それは服の中も同じだった。

 

 (まだ終わらないのか……)

 

 セイヤは暴行の時間をいつも以上に長く感じる。

 

 いつもは訓練時間のため、肉体にダメージは来ないが、今は違う。蹴られた分だけ体には傷が残り、負担がどんどんのしかかる。

 

 そしていつも以上に長い暴行がさらにセイヤの心に負担を与える。

 

 精神と肉体への同時の負担は、想像以上だった。

 

 (痛い……痛いよ……誰か……誰か助けて……)

 

 急に目頭が熱くなり始めるセイヤ。それは自分の心の奥底に眠る弱いセイヤだ。セイヤはクラクラする頭で必死に祈る。

 

 (誰でもいいから……助けて)

 

 セイヤがそう思った直後、涙目になりながら揺れる視界に人影を捉えた。

 

 この惨状を見つけた街の人が止めに来たのか? そう期待したセイヤだったがすぐに違うと確信する。そして同時にとてつもない悪寒がセイヤのことを襲った。

 

 複数の男たちが路地裏へと入って来るが、その雰囲気は平和とはいいがたく、彼らの手には拳銃が握られていた。

 

 魔法のあるこの世界で拳銃は存在するが、使う者は非魔法師の闇組織しかいない。魔法師にとって拳銃など脅威に値せず、非魔法師の人々は何かあったら教会に依頼するため、まず拳銃など使う文化はほとんどない。

 

 セイヤは拳銃を本で見たことがあるだけで、本物は今回初めて見た。しかし一目で男たちの手にする拳銃は危険だと確信できた。

 

 ザックたちはセイヤに暴行を加えることに集中しており気づいていない。

 

 セイヤは三人に後ろから危険が迫ってると伝えようとするが、胸を踏みつけられたままのためうまく声が出ない。

 

 「うっ……うし……」

 「ああん? 聞こえないな~」

 「うぅっ」

 

 どうにかしてザックたちに後ろから迫る脅威を伝えようとするが、ザックたちは聞く耳を持たず、さらにセイヤの胸を強く踏みつぶす。

 

 胸が圧迫され、セイヤはうまく呼吸をすることができない。そんなセイヤの視線の先では男たちがザックたちに向けて拳銃を構えていた。

 

 拳銃の引き金を引いていく男たち。

 

 パスッパスッパスッ

 

 直後、拳銃を持った男たちがザック達に向かって次々と発泡し、ザック達は被弾すると意識を失う。男たちは三人の気絶を確認すると路地の入口に向かって叫んだ。

 

 すると、新たな男たちが姿を現す。

 

 「捕獲完了だ」 

 「よし馬車に乗せろ。研究室まで運ぶぞ」

 「ああ」

 

 セイヤは男たちの手際の良さを見て、すぐに魔法師を狙った人攫いだと理解する。そしてセイヤはラミアが朝に言っていた事件を思い出しながらどうにか手掛かりを残そうと考えた。

 

 (何か手掛かりを残せば聖教会が……)

 

 パスッ

 

 しかしセイヤも拳銃で撃たれてしまい、そこで意識を失った。



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狂った科学者

 冷たい。セイヤはそう感じた瞬間、一気に意識を覚醒させる。

 

 目を覚ましたセイヤが周りを見ると、そこには無機質な材質でできた壁と鉄格子が広がっており、自分たちが人工的に作られたであろう牢屋にいることが分かった。

 

 「ここは……」

 

 気を失う前のことを思い出そうとしたセイヤは、周りで倒れているザックたちを見つける。ザックたちは全員手足を手錠で拘束されており、セイヤもよく見ると、手足を手上で拘束されていた。

 

 「ザック君! ザック君!」

 

 セイヤは気を失っているザックのことを揺す。幸いザックは数回揺しただけで意識を取り戻し、ホアたちもすぐに意識を取り戻した。

 

 意識を取り戻したザックたちは自分たちが拘束されていることに気づくと、すぐにセイヤに詰め寄り説明を求める。

 

 「おい、アンノーン。てめぇなにをした? ここはどこだ?」

 

 この状況をセイヤの犯行だと決めつけたザックがセイヤに跳びかかる。セイヤは慌ててザックのことをなだめながら説明を始めた。

 

 「ザック君待って! 僕は何もしてないよ。ザック君達に危害を加えたのは闇組織の男達なんだよ!」

 「あぁ? 闇組織だぁ? 信じると思ってるのか?」

 「本当だよ。僕だってつかまってる」

 「あぁん? どうせお前が仕組んだだろぉ」

 

 ザックが大声で叫びながらセイヤにつかみかかっていると、ホアとシュラがセイヤに助け舟を出す。二人とも冷静に状況を判断したらしい。

 

 「おいザック! どうやら俺ら捕まったみたいだぞ。ほらこの手錠をみろ。それにここの作り……」

 「おかしいな~魔法が使えないよ~」

 「なに、魔法が使えないだと? どういうことだぁ? おぃアンノーン」

 

 ザックは魔法が使えないのも、セイヤの仕業だと思っていた。

 

 「待って……僕にも分からないよ。でもわかっているのは僕達は麻酔銃のようなものを撃たれて、ここに運ばれて来たってことだよ」

 

 セイヤが言っていることは事実なのだが、ザックにしてみればセイヤに暴行を加えていた時、急に意識を失ったのだ。

 

 そう簡単にセイヤのことを信じることはできない。

 

 「ザック、どうやらアンノーンの言ってることは本当みたいだ。この手錠はおそらく魔封石でできている。魔封石を扱っているのは闇組織ぐらいだ。それにアンノーンがこんな施設に魔封石を準備できるとは思えない」

 「魔封石だと……それは本当か、ホア?」

 「ああ、間違いない。一度実物を触らしてもらったことがあるが、この手錠はその時に触った魔封石と同じだ。おそらく犯人は……」

 

 魔封石とはその名のとおり魔法師の魔法を封じる鉱物である。

 

 本来は聖教会などが犯罪を犯した魔法師を逮捕するためなどに使われているのだが、一部の裏社会では誘拐などに使われていた。

 

 希少性が高く、簡単に手に入るほど安くもないため、個人の魔法師が扱うことは不可能だ。

 

 「となると、これは朝に先生が言っていた人攫いってやつか。ちっ、面倒くさいのに巻き込まれたな」

 「そうなるな。それも魔封石を使っていることを考えると、犯人は相当大きな組織だぜ」

 「どうする~?」

 

 現状が人攫いによるものだとやっと理解したザック。

 

 さすがにセイヤが魔封石を手に入れるのは不可能なため、ザックもセイヤが無実であるとわかる。しかしセイヤが犯人でないとなると、状況がさらに悪くなることをザックは知っていた。

 

 「この件には聖教会も動いてると言っていたが、おそらく現状で助けが来る確率は低いな」

 

 ザックの顔はいつものいじめっ子ではなく、まじめな中級魔法師一族の顔なっていた。その顔を見たホアとシュラにも緊張がはしる。

 

 いくら魔法師と言っても中身は子供であり、状況判断が正気でできるかわからない。そういう場合は、一番地位の高いものに従えというのがセナビア魔法学園での教えであるため、全員ザックの指示に従うことになる。

 

 「どうするのザック君?」

 「脱獄するしかないだろうな」

 

 いつもと違い、セイヤの質問にもちゃんと答えるザック。

 

 今は助かることが最優先事項のためザックはセイヤをいじめるなどはしない。この場から全員助かることは、中級魔法師で四人のリーダーであるザックの責任だ。

 

 「脱獄するってどうするんだ?」

 「そうだよザック~」

 

 不安になる二人だが、二人も魔法師だ。多少の荒事には慣れておかなければならない。

 

 「まずは四人での協力して、脱獄するチャンスを伺うぞ。」

 「ああ」

 「そだね~」

 

 今の状況を考えればザックがセイヤのことを仲間扱いするのは、しごく当然のことなのだが、ザックが言葉に出して協力といったことを、セイヤは内心うれしく思う。

 

 もしこのまま全員で脱獄できれば、僕たちは窮地を共にした友達になれるのではないか、とセイヤはついつい考えてしまう。

 

 「脱獄と言ったて、まずはこの手錠をどうにかしないと」

 「ああ、そうだ。アンノーン、敵はどういうやつだった?」

 「えっと、はっきりとは見えなかったけどガタイはそんなに良くない男たちで、手には拳銃を持っていた。僕たちはその拳銃で撃たれて気を失ったんだ」

 

 セイヤの説明を聞き、考え込むザック。

 

 「拳銃か……となると相手は非魔法師団体の可能性が高いな」

 「たしかに~」

 「じゃあ、この手錠がなくなれば?」

 「ああ、俺たちの勝ちだ」

 

 もうザックの顔はいじめっ子ではなく、セイヤたちの命を預かったリーダーと言う顔だ。緊急事態に対し、すぐに切り替えられるというところは、流石は中級魔法師一族である。

 

 そんなザックの姿にセイヤたちは自然と信頼を寄せていく。

 

 「問題はどうやって手上のカギを取り戻すかだが……」

 「まさか見張りが腰につけてきたりはしないだろうな」

 「まさか~」

 「そうだよザック君。まさかそんなマヌケな……」

 

 ジャラジャラ

 

 そんなときジャラジャラと鍵のようなものを腰につけた体つきの良い男が二人と、やせ細った不健康そうな白衣を着た男が姿を現す。

 

 

 「どうやら起きたようだな」

 「「「「キタァァァァァァァァーーーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼」」」」

 

 白衣の男がそんなことを言いながら薄汚い笑みを浮かべてセイヤたちの方を見るが、セイヤたちはまさか本当にカギを持った見張りが来るとは思っておらず、ついつい叫んでしまう。

 

 そんなセイヤたちをみて白衣の男は首をかしげたが、すぐにザックが男を問いただす。

 

 「てめぇ、どうゆうつもりだ? ルニアス家に手を出すとはいい度胸じゃねーか?」

 

 白衣の男に対してザックは自分の家柄を示す。それは一種の威嚇行為であり、何かあれば中級魔法師一族が動くぞと言う警告でもあった。

 

 「ルニアス家? そんな一族は知らんな。それとお前らは私の実験道具だ。あまり騒ぐべきではないぞ」

 「実験道具だぁ? ふざけるな。今すぐ出せ!」

 「うるさい奴だな」

 

 白衣の男に実験道具扱いされ逆上するザックだったが、白衣の男がポケットからリモコンのようなものを出し操作をすると、急に苦しみ出す。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 ザックの大きな悲鳴が牢屋内に響く。

 

 「次騒いだら今の二倍の電流を流す。モルモットはモルモットらしくおとなしくしてろ。ついでに言うとここはフレスタンであって、ウィンディスタンの常識は通じない。それだけは覚えておけ」

 「「「「なっ……」」」」

 

 レイリア王国フレスタンは上空から見るとドーナッツの上三分の一にある地方で、その地での地位はウィンディスタンのような家柄ではなく、個人の実力で決まる完全実力主義の地方だ。

 

 そんなフレスタンにほかの地方の魔法師が連れてこられた理由は一つしかない。

 

 セイヤは今まで噂には聞いたことがあったが、本当に行われているとは思っていなかった。まさかと思いながらも、セイヤは恐る恐る白衣の男に聞く。

 

 「もしかして僕らが連れてこられたのは、あなたがフレスタン内での実力をつけるための人体実験ってところですか?」

 

 セイヤの質問に対し、白衣を着た男は嬉しそうな表情を浮かべる。その表情からセイヤは自分の質問があっていると理解し、同時に絶望する。

 

 「話のわかる餓鬼はいい。そうだ、お前の言う通りお前らはフレスタンでの我らの地位を向上する為の道具として役立ってもらう」

 

 フレスタンは完全な実力主義だけあって、教会のトップたちも戦闘で決めるほどである。力がすべてのフレスタンでは、今回のような人体実験はあまり珍しいことではない。

 

 特に非魔法師の魔法師化や魔法師造兵などは表ざたにはされていないが、かなり存在する。

 

 セイヤは白衣の男に対して疑問をぶつける。

 

 「いくらフレスタンでも人体実験がバレたらあなたは終わりじゃないですか? それに、ここがフレスタンである以上、聖教会も動き出した今では、もう終わりだと思いますが」

 

 セイヤの言う通り、魔法師の人体実験は禁止されている。もしそんなことが知れれば、たとえいくら実力をつけても、地位などを得ることはできない。

 

 しかし白衣の男はセイヤの言ったことに対して鼻で笑った。

 

 「クックックッ。残念だな餓鬼。ばれることはないんだよ。なぜならここはフレスタンではなくフレスタンに近い暗黒領なのだから」

 「暗黒領だと……お前ら正気かぁ」

 「まじかよ……」

 「そんな……」

 

 暗黒領と言う言葉を聞き一同は絶望すると同時に、目の前の白衣の男に恐怖を覚えた。暗黒領、それは強力な獣である魔獣が住む地であり、人など寄り付かない。

 

 いくら聖教会と言えどもまさか犯人が暗黒領にいるとは思わないだろう。

 

 そしてもしセイヤたちが脱獄したところで、ここが暗黒領である以上無事に帰れるわけがなかった。



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見捨てられたセイヤ

 ここが暗黒領という衝撃の事実を語られたザックたちが信じられないだの、頭がおかしいだのと、小声で言い始める。

 

 「おかしいだろ……」

 「五月蝿いモルモット共だな。また電気を流すぞ?」

 「「「「くっ……」」」」

 

 そんなザックたちの反応を見て、白衣を着た男が再びリモコンを見せびらかす。それによりセイヤ達は黙るしかなくなる。

 

 「わかれば、よろしい」

 「ひとついいですか?」

 

 白衣の男に対して、セイヤが質問をする。

 

 「なんだ? 話の分かる餓鬼」

 

 どうやら白衣の男はセイヤに対しては比較的いい感情を持っているらしく、質問などにも答えてくれるようだ。

 

 だからセイヤは少しでも情報を集めようとした。

 

 「最近ウィンディスタンで多発してる人攫いはあなたが原因ですか?」

 

 もしウィンディスタンでの人攫いも目の前の白衣の男であるのなら、おそらく攫った魔法師の数も、ものすごいはずだ。

 

 それはつまり、犯行に及んだ数も多いという事であり、もしかしたら何かしらの失態を犯しているかもしれない。

 

 セイヤはそれに期待していた。

 

 「ほぉ……よくわかっているな。その通りだ。と言ってもウィンディスタンだけではない。アクエリスタンからも攫っている」

 「そんな……」

 

 想像以上の答えが返ってきて、言葉を失うセイヤだが、同時に希望も見えた。

 

 男の証言通りなら、フレスタン、ウィンディスタン、アクエリスタンの三つの地方の教会と聖教会、つまりレイリアの全機関が捜索に動いていることになる。

 

 それなら時間を稼げばいつか助けが来るはずだ。

 

 「もう何人の魔法師を攫っては殺したか。クフフフ」

 「なんて野郎だ……」

 「完全に狂ってる」

 「そんな~」

 「好きに言っているがいい。哀れなモルモットたちよ」

 

 完全に目の前の男は狂っている。魔法師のことをただの実験道具としか思っておらず、人の命に対してもまるで罪悪感がない。

 

 これは一刻も早く対策を立てなければならない問題である。セイヤは有益な情報を手に入れられたので、この男が去ったらすぐにザックたちと作戦会議をしなければいけないと考えた。

 

 「せいぜいおとなしくしているんだな」

 

 白衣の男はそう言い残して、立ち去ろうとしたが、そこに一人の男が白衣の男に駆け寄ってきて耳打ちをする。

 

 すると、駆け寄ってきた男の話を聞いた白衣の男はにやりと笑みを浮かべながら、セイヤたちの方を見て言った。

 

 「残念な知らせだ。私たちはいま金に困っている。そこでとりあえず貴様らの中から一人選べ。今からそいつの臓器を貰うことにする。知っているか? 魔法師の臓器は高く売れるのさ」

 「「「「なっ……」」」」

 「私は優しいからなお前らに選択の余地を与える。三分で決めろ」

 

 ニヤニヤと極悪な笑みを浮かべている白衣の男は、まるでセイヤたちの話し合いを楽しみにしているようだった。

 

 自分の命を前にしてどのような選択をするのか。白衣の男にとってはそんな人間の醜さが何より好物だった。

 

 「狂いすぎだろ……」

 「無駄口叩く暇があったらさっさと決めろデカブツ。また電気を流されたいか?」

 「くそっ……」

 「早く決めないとこっちで選ぶぞぉ? クヒヒヒ」

 

 セイヤはどうすればいいのかを考える。ここにいるのは先ほど協力しようと誓った仲間たち。まずは男に聞かれないように話し合いをしたいところなので、時間を稼ぐべきか。

 

 そんなことを考えながら仲間たちのことを見たセイヤだったが、仲間たちはセイヤのことを見つめていた。

 

 「えっ……まさか……待ってよみんな! さっき……」

 「うるせぇ! アンノーン、俺は中級魔法師一族だぞ」

 「そうだアンノーン。お前は死んでも悲しむ人がいないだろ? 俺らには家族がいる」

 「頼んだよアンノーン~がんばれ~」

 「それに、これこそお前にできる唯一の協力だろ」

 「ちょっと待っ『決まったようだな』……」

 

 白衣を着た男がそう言うと、後ろに控えていた男たちが牢のカギを開けセイヤのことを連れ出す。

 

 その際、ザックたちが抵抗できないようにと白衣の男がザックたちに電流を流していたため、ザックたちはカギを奪うことができない。

 

 そもそもザックたちは狂っている白衣の男を目の前にして脱獄する勇気を失っていた。

 

 「さて、話のわかる餓鬼だったが仕方ない」

 「待ってよ! ザック君! ホア君! シュラ君! 仲間って言ったじゃん!」

 「「「ああ、そうだ。だからじゃあな! アンノーン。お前の犠牲は無駄にしないぜ」」」

 

 ザックたちは狂ったような笑みを浮かべながらセイヤのことを見送る。三人は自分が生き残るために必死であり、おそらくこれからも仲間のことを見捨てていくのだろう。

 

 別れ際まで裏切った三人を睨むセイヤだったが、その後、目隠しをされてしまう。

 

 目隠しをされたセイヤは男たちに連れられてどこかへと向かう。

 

 途中、階段を上ったようなので、セイヤたちが今まで地下にいたという事が分かったが、そんなことセイヤにとってはもうどうでもよかった。

 

 ある部屋に着くと男たちがセイヤの目隠しを外す。するとそこは手術室のようなところであり、広い部屋の真ん中に一つのベットが置いてあった。

 

 セイヤはその真ん中のベッドに寝かされ首、手首、足首、お腹に拘束を受けてベットに貼り付けられてしまう。

 

 抵抗しようにも、体は拘束され、魔法も魔封石の影響で使えない。そんなセイヤのことを大きなライトが照らした。

 

 少しすると、手術着に着替えた白衣の男が手術室に入って来る。隣には助手のような研究者もいて、まさに手術直前であった。

 

 白衣の男と助手の男は手術機器などをセットしていき、セイヤはなんとか抵抗しようと暴れるが、ベットに貼り付けられたままなので動けない。

 

 そんなセイヤに対して白衣の男が言う。

 

 「私も鬼ではない。遺言くらいは聞いてやるぞ。話のわかる餓鬼よ」

 

 それが情けか、はたまた男の気まぐれか、わからないが、セイヤにとってはどちらでもよかった。セイヤは一生懸命に命乞いをする。

 

 「やめてください! お願いします。助けてください。何でもするから!」

 「なるほど。残念だがそれはできない話だ。ここでお別れだな、話のわかる餓鬼よ」

 「ンーンーンー! ンーンーンー!」

 

 男はセイヤに麻酔をかけるために、セイヤの口にマスクを押し当てる。そして徐々に麻酔が効き始め、セイヤ意識を奪っていく。

 

 意識がかすんでいく中、セイヤは考える。

 

 (なぜ僕なんだろう……なぜ僕はアンノーンと言われて軽蔑されるんだ……なぜ僕には親がいないのだろう……なぜ僕にはちゃんとした記憶がないのだろう……もし僕がアンノーンじゃなかったら……もし僕に本当の家族がいれば……なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜ、なぜ?)

 

 セイヤは自分の人生はなんと虚しいものなのだと感じていた。

 

 十歳までの記憶がなく、保護されてからも教えて貰えた魔法は基本のごく少し。学園に入ったら学園中からアンノーンと軽蔑され、訓練ではクラスメイトからリンチを受け、拉致されたけど仲間ができたと思ったら裏切られ……。

 

 (あぁ、僕はこのまま惨めに死んでいくんだ。つまらない人生だったな……。もっと僕に力があったら……)

 

 もしあの時、反撃していなかったら、もし財布を取りにいかなかったら、もしエドワードの養子になっていたのなら、もし今日学園を欠席していたら、もし魔法学園に通わなかったら。

 

 そんな後悔を思い返すセイヤ。

 

 そしてついに、麻酔によってセイヤの思考が止まりそうになる。

 

 麻酔に抗い続けようとするセイヤだったが、ふと思った。

 

 どうせ殺されるのだったら、このまま麻酔に抗い続けて痛みながら死ぬより、素直に麻酔で意識を失って楽に死んだ方がいいのでは、と。

 

 そう考えたセイヤは自ら意識を手離そうとする。

 

 そんな時だった。

 

(憎いか?)

 

 セイヤの頭の中で声がした。



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覚醒

 セイヤの中で響いた声は、セイヤが今まで聞いたこともない声だった。その声からは憎悪や殺意など負の感情が濃密に感じられ、とてもとても深い闇のようである。

 

 その闇は、セイヤのことを飲み込むのことなど造作もないように感じられた。

 

 しかしとても深いはずの闇は、不思議とセイヤに怖いという感情を抱かせず、どこか懐かしいといった感情を抱かせていた。

 

 目の前に渦巻く深い深い闇にセイヤは問いかける。

 

 (誰?)

 (憎いか? 少年?)

 

 深い闇の声はセイヤに向かって問う。セイヤは謎の声を無視することができずに会話を始めてしまった。

 

 (憎いって?)

 (見捨てたあいつらが、理不尽な扱いが、この世界が)

 

 セイヤは謎の声が自分の心の中にスーッと入って来るのを感じた。その感覚は、まるで謎の声が自分の心と話しているようで、セイヤは自然と思っていることを口にしてしまう。

 

 だがそれは入ってはいけない領域への一歩であり、セイヤはもう戻れないところまで来てしまっているということでもあった。

 

 けれども、嘘をつくことはできない。

 

 (憎い。見捨てたあいつらが。理不尽な扱いが。こんなひどい世界も憎い)

 

 セイヤは言ってしまった。それはついに入ってはいけない領域へと入ってしまったことを表していた。

 

 (そうか……なら少年に力を)

 (力をくれるの?)

 

 セイヤは力と言う単語に反応する。その単語は今までセイヤが持つことのできなかったものであり、セイヤが何よりも心の底から欲するものだ。

 

 (違う。少年はもう持っている。全てを消滅させる最強の力を)

 (すべてを消滅させる力? そんな力、僕は持ってないよ)

 

 セイヤにはすべてを消滅させる力など持っていない。そんなことはアンノーンと軽蔑されて来たセイヤが一番知っていることだ。

 

 (持っている。ただ、忘れているだけだ。思い出せ少年。本当のお前の力を)

 (本当の僕の力を思い出す?)

 

 セイヤがそう言うと声の主である深い闇がセイヤの方へと迫る。

 

 いつものセイヤだったら逃げるか防御するかの二択だが、この時はなぜかどちらでもなく、受け入れるという選択をとった。

 

 なぜそんな選択をしたのか、セイヤ自身わからなかったが、何となくその深い闇を拒絶する気にはなれなかったのだ。

 

 深い闇がセイヤのことをどんどんと飲み込んでいく。闇に飲み込まれたセイヤは闇の中で不思議な体験をするのだった。

 

 

 

 

 

 十二年前 レイリア王国ウィンディスタン地方南部 エルネルニタの街

 

 街から離れたところにある深い森の中に二つの人影があった。

 

 「パパ~」

 「どうしたセイヤ?」

 「みてみて、紫の魔法陣」

 

 二つの人影の正体は一組の親子だ。父親は平均よりも高い身長に、まるでルビーのように輝く紅い瞳と色が抜け落ちたかのような白い髪をしている。

 

 さらに顔には特徴的な大きい傷跡があり、初めて見たものは誰もがその男のことを怖いと感じるであろう。しかし、今の男の顔は完全にやさしい父親の顔であった。

 

 子供の方は五歳になるくらいの男の子だ。金色の髪にきれいな青い瞳を持つ少年は、一見父親とは似ていない容姿だが、どこか纏う雰囲気というのが似ていた。

 

 少年の手の上には、特徴的な紫色の魔法陣が展開してある。

 

 少年が魔法陣を展開していることから親子は二人とも魔法師ということがわかる。

 

 魔法師なら自分の子が魔法陣を展開したりすると子供の成長を感じられうれしくなるものだが、父親の顔はとてもうれしいという顔には見えず、むしろ悲しそうだった。

 

 なぜなら、金髪の少年が展開している魔法陣は、レイリア王国では異端の力として扱われてしまう魔法だから。

 

 レイリア王国では光属性の魔法陣なら黄色、火属性の魔法陣なら赤、水属性の魔法陣なら青、風属性の魔法陣なら緑であり、派生した魔法陣なら他の色になり得るが、紫などという色にはなることはない。

 

 これは魔法師の間での常識であり、不変の事実であった。だがこれはレイリア王国の常識であり、世界の常識ではない。

 

 レイリア王国の周りには暗黒領というものが広がっており、暗黒領には魔獣がたくさん住んでいて、人などは一人も住んでいない。

 

 ということも、レイリア王国での常識である。

 

 しかし現実は違った。

 

 暗黒領にも国が存在している。正確にはレイリア王国との間に暗黒領を挟むような形で存在する国。

 

 その国の名前はダクリア帝国といい、レイリア王国と同じようにたくさんの人々が暮らしている。

 

 ダクリア帝国の大きさはレイリア王国の中央王国と変わりない。そのかわり、同じような大きさの都市が七つ、ダクリア帝国の傘下として存在している。

 

 その都市に名前などなく、ダクリア一区からダクリア七区と単純な名前で呼ばれていた。

 

 七つの都市はダクリア帝国に隣接せず、暗黒領を挟んで点在している。このダクリア帝国と傘下の七区を合わせた国を、その国ではダクリア大帝国という。

 

 ダクリア大帝国は、大魔王ルシファーがトップに就くのが伝統であり、各区には魔王と言われる者たちが君臨していた。

 

 ダクリア大帝国の魔法の常識は、レイリア王国とは違う。

 

 闇属性の魔法陣なら紫、火属性の魔法陣なら赤、水属性の魔法陣なら青、風属性の魔法陣なら緑となっており、帝国には光属性の魔法という概念が存在しない。

 

 そんな二つの国は、間に魔獣の住処である暗黒領を挟むため、交流は皆無だ。

 

 しかしお互いがお互いの存在を知らないというわけでもなく、レイリア王国でも一部の人間は、ダクリア大帝国の存在を知っている。

 

 その一部というのは聖教会のなかでもとくに地位の高い者たちである。彼らはダクリア大帝国と闇属性魔法の存在を民衆には秘匿していた。 

 

 話は親子に戻る。

 

 「遂にセイヤも闇属性を……」

 「パパ?」

 

 父親らしき人は男の子が展開する魔方陣を見て、ついにこの時が来たかという顔をしている。子供の方は父親のことを見て首をかしげていた。

 

 「セイヤ。この紫の魔法陣はパパの前以外で使っちゃだめだぞ」

 「なんで?」

 「この紫の魔法陣を使うと友達とかいなくなっちゃうからだ。ロナちゃんがいなくなるのはいやだろ?」

 「いやだ~」

 「じゃあ使わないって約束な。セイヤ」

 「うん! 約束」

 

 少年は元気よく返事をして父親に抱きつき、父親も少年のことをやさしい笑顔で受け止める。

 

 「さて帰るか。ママも待ってるぞ」

 「うん!」

 

 親子は肩車をすると、家に帰るために歩いて森を出た。

 

 親子が住宅街に入ると、そこには小さいがおしゃれな家が何軒も建っており、親子はその中の一つである自宅に入っていく。

 

 親子がちょうど家に着くと、家の中から綺麗な金髪の女性が出て来た。

 

 「ママ!」

 「おかえりセイヤ、あなた」

 「ただいま、ママ!」

 

 子供は笑顔で母親のほうへ駆け出す。

 

 「あぁ、ただいま……」

 

 ママと言われた女性は、きれいな金髪を腰の上まで伸ばし、鮮やかな青い瞳を持っており、とても子持ちのようには見えないほど美しい。

 

 母親は子供が近寄ってくると、優しく抱き上げて自分の腕の中へ抱き、子供と夫に優しい笑顔を向ける。

 

 子供は母親に抱っこされながらニコニコしていた。

 

 しかし父親の方の顔がさえなことに気づいた妻が、不思議に思い、優しく夫に質問をする。

 

 「どうしたのあなた?」

 「セイヤが闇属性の魔法陣を展開した」

 「そう……遂にこの時が来たのね」

 

 母親の表情が一瞬にして曇る。しかし父親の話はこれで終わりではない。

 

 「あぁ、そろそろ光属性の魔法陣も展開するだろう」

 「そうね……そしていつかはその上の……」

 「ママ?」

 「大丈夫よセイヤ」

 

 父親は覚悟を決めた顔で妻に向き合い、それに応えるように妻は夫にうなずいた。

 

 「あと五年だな……」

 「えぇ、あなた。その後は、セイヤにがんばって貰うしか……」

 

 次の瞬間、母親が泣き出す。

 

 「ママ?」

 

 子供が心配そうに聞く

 

 「ごめんねセイヤ。ごめんね」

 「セイヤ。明日からパパと魔法の特訓をしよう。あの紫の魔法も使いこなせるようにしないとな」

 「うん!」

 

 母親は子供を大事に抱き、父親も母親と子供に抱きついた。

 

 ここでセイヤの意識は深い闇から解放される。

 

 

 

 

 

 (思い……出した……。あれが僕の……いや俺の両親)

 (思い出したか。それがお前の力だ)

 (お前は一体誰なんだ?)

 

 セイヤは黒い声の主に問う。しかし答えは得られない。

 

 (私はお前の記憶の一種でありお前でもある。だから私の力を存分に使え)

 

 そう言い残して、深い闇はどこかへと消えていった。最後までセイヤは声の正体がわからなかったが、敵ではないということは確かだ。

 

 (そうか。ありがとな……記憶を返してくれて)

 

 セイヤは最後に記憶を返してくれた謎の声にお礼を言う。

 

 

 

 

 

 セイヤはゆっくりと目を覚ました。

 

 目を覚ましたセイヤのことを見て、白衣の男が「なに? 起きただと!? 麻酔が効かなかったのか!?」などと言っているが、セイヤには関係ない。

 

 「『闇波』」

 

 セイヤがつぶやいた瞬間、紫の波がセイヤから発せられて、セイヤを拘束していた拘束具を消滅させる。

 

 その光景に、白衣の男はありえないという目をしながら叫ぶ。

 

「貴様ぁぁぁぁぁ一体何をした? なんだこれは? こんなの聞いたことないぞ。貴様は一体何者だ?」

 

 白衣の男は先ほどまでの余裕を失って、今では完全に無様な姿さらしている。

 

 しかし無理もないことだ。研究者だった白衣の男は、自分の知識量に相当の自信を持っていたのだが、セイヤが使った魔法は男の知識にはなかった。

 

 この国の魔法はすべて知っている、と自負していた男が知らない魔法を使われ、冷静さを失う。

 

 だがセイヤが使った魔法は本来レイリア王国には存在せず、その名前さえ聖教会によって秘匿にされているため知らなくて当然だ。

 

 セイヤはそんな白衣の男に構わず右手を前に出して魔法を行使する。

 

 そこには白衣の男に対する殺意や理不尽なこの世に対する恨みなどはない。あるのはただの魔力だけ。

 

 セイヤはこの時すでに、白衣の男や、この世界に対する関心を失っていた。

 

 「『闇震』」

 

 セイヤの言葉の直後、セイヤを中心に全方向へと一つの大きな波が発生した。

 

 その波に触れたものはすべて消滅させられていき、その存在があったこともわからなくなる。

 

 消滅したのは人間も同じであり、白衣の男は亡骸も残さず、その姿を一瞬にして跡形もなく消した。

 

 そしてセイヤの周りに広がるのはただの更地。この場所に施設があったと言ったら誰が信じるだろうか、というくらい何もない。

 

 広がるのはただの暗黒領だけで、一緒に捕まったザックたちがどうなったかなどわからない。しかしセイヤにとってはすでにどうでもいいことだ。

 

 セイヤは更地になったあたり一面を見て、小さく息を吐きつぶやいた。

 

 「これが闇属性魔法か……」

 

 闇属性。ダクリア大帝国に存在する魔法であり、特殊効果は『消滅』。あらゆるものを消滅させることのできる魔法であり、光属性と相反する魔法だ。

 

 空を見上げながらセイヤは自分の思想が変わっていることに気付く。

 

 謎の体験をする前までは、争いごとは避け、平和的解決を望んでいた自分がいたが、今は違っていた。

 

 歯向かうものがいれば、消滅させればいい。干渉してこないものには興味がない。

 

 まるで人間をやめたかのような感覚。今の自分が人間なのか、セイヤにはわからなかった。

 

 セイヤの心はこの時すでに枯れていた。

 

 だからセイヤはこれから自分がどうすればいいのかわからない。何をしたいのか、何をすべきなのか、自分では全く思いつかない。

 

 「ん?」

 

 そんな時、セイヤは十メートルほど先で、うつ伏せで倒れている少女を見つけた。

 



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ユア=アルーニャ

 セイヤは目の前で少女が倒れているのを見つけたが、すでに生きているとは思ってはいなかった。

 

 なぜなら、セイヤが先ほど行使した魔法は、自分以外のものすべてを消滅させる魔法であり、少女の体が残っているだけでも奇跡に近いから。

 

 少女の体が残っている可能性として考えられることは、少女がとっさに光属性の魔法で自分のことを防御したが、結局セイヤの『闇震』の威力に勝てず、体だけ残してこの世を去ったというところだろう。

 

 闇属性と光属性はお互いに得意とし同時に不得意とする相対している属性である。

 

 拮抗する二つの属性は最終的に魔法の威力で勝敗が決するため、セイヤの全魔力を使って行使した『闇震』はかなりの威力だった。

 

 セイヤの使った『闇震』は闇属性上級魔法に分類される強力な魔法であったが、その魔法を使う魔法師はほとんどいない。

 

 なぜなら『闇震』は魔法師の全魔力を代償にして周囲のすべてを無差別に消滅させる魔法であり、ほとんどの場合が自爆や、相手を道連れにする際に使われる魔法だから。

 

 一方、セイヤが最初に使った魔法は闇属性初級魔法『闇波』と言い、闇属性魔法の中でも基本中の基本の魔法である。

 

 魔法師が消滅させたいと思う対象だけを消滅させることができる魔法であり、その中でも最大の特徴は、詠唱までも消滅させることができるというところだろう。

 

 闇属性を使う魔法師の中でもレベルの高い魔法師は、他の魔法を使う際に、複合魔法と同じような感覚だが、微妙に早いタイミングで『闇波』を行使して、本当に行使したい魔法の詠唱を消滅をさせることが出来る。

 

 これは理論上の無詠唱だ。先ほどセイヤが『闇震』を無詠唱で行使できたのもこれが理由であった。

 

 しかし、レベルの低い魔法師が同じことを行おうとした場合、タイミングが合わず、本来行使したい魔法自体を消滅させてしまい、ただ魔力を発散させるだけになってしまう。

 

 このことからセイヤのレベルがどのくらい高いかがわかる。

 

 そんな時だった。

 

 「なに?」

 

 目の前ですでに息を引き取ったと思われる少女が動いたことに、セイヤは驚いた。

 

 「どういうことだ……」

 

 セイヤは自分の全力に近い『闇震』を受けても生き残った少女が何者なのか気になったため、少女に近づいく。

 

 しかし倒れている少女に近づくセイヤの動きには、少女に対する警戒がかなり含まれている。それは少女が何者かわからない以上、隙を作るわけにいかないから。

 

 いつでも闇属性を行使できる状態でセイヤは少女に話しかけた。

 

 「おい、大丈夫か?」

 「…………」

 「おい、大丈夫か?」

 「んっ……」

 

 セイヤの呼びかけで少女が目を覚ます。

 

 少女が目を覚ましたことにひとまず安心を覚え、セイヤはそこで初めて少女の全身を視界にとらえた。

 

 目を覚ました少女は、スラッと伸びた色白の手足に、見る者を魅了するほど綺麗な赤い瞳、さらさらと艶のある白く長い髪に、端正な顔たちをしており、その少女はお世辞抜きで、絶世の美少女だった。

 

 だが、たとえ絶世の美少女だろうとも、セイヤは警戒を解かない。すると少女が初めて言葉を発する。

 

 「…………誰?」

 

 その声は澄んでいて、とてもきれいな声だった。

 

 セイヤはそんな少女に自分の名前を言う。

 

 「俺か? 俺はセイヤ、キリスナ=セイヤだ。お前は?」

 

 セイヤが自分の名前を名乗ると、少女も小さな声で自分の名前を言う。

 

 「ユア……ユア=アルーニャ」

 「ユアか。ユア、どこか痛いところとかはないか?」

 

 セイヤはすぐにユアの身体に違和感がないかを確認する。

 

 別にセイヤは戦闘狂でもなければ、人を殺すことに快感を覚えているわけでもない。

 

 一応、人は死なないほうがいいと思っているし、自分もあまり人を殺したくないと思っている。だからセイヤはユアのことを心配していた。

 

 「大丈夫……」

 「そっか、それはよかった」

 

 ユアの言葉を聞き、セイヤは一安心する。けれども、セイヤはまだユアに対する警戒を解かない。

 

 なぜなら今のユアの状況には違和感しかないから。

 

 本来の力を取り戻したセイヤの魔力に対抗しえる力を持っているであろうユアが、なぜ非魔法師ごときに捕まったのか。

 

 それにいくら魔封石があるからといって、セイヤの闇属性に対抗しうる光属性を持っていれば、逃げることは容易だ。

 

 なので、セイヤはそこらへんの事情をまとめてユアに聞く。

 

 「なんでユアは捕まっていたんだ?」

 「油断してた……いきなり後ろから薬品を嗅がされて、気づいたら閉じ込められていた……でも急に全部消えた……」

 

 ユア曰く、彼女はアクエリスタンに住んでいる十六歳の魔法師で、魔法学年二年の学生魔法師であり、学園からの帰り道で油断していたところを誘拐されたそうだ。

 

 ユアの説明を聞き、セイヤは驚愕する。それは油断して捕まったことでもなければ、薬品ごときに負けたことでもない。

 

 ユアが十六歳で、セイヤの同級生という事だ。

 

 ユアの見た目は確かに美少女であるが、その外見はどう見たって訓練生にしか見えない。纏う雰囲気がどこかボーっとしているせいかもしれないが、初見で十六歳と見破ることはできないであろう。

 

 そんなユアがセイヤのことを見つめる。

 

 ユアの綺麗な紅い瞳が無表情なユアの表情をどこか神秘的にしており、セイヤはユアの視線に居心地の悪さを覚えた。

 

 「なんだよ? そんなにジロジロ見て」

 「セイヤは十七歳……私よりお兄ちゃん……」

 「まぁ、そうだな。同級生だけど」

 

 急に何を言い出すのか、と思うセイヤ。この時点でセイヤのユアに対する警戒は完全に解かれており、むしろユアという少女に興味が湧いていた。

 

 しかしユアという少女はセイヤの想像を絶する存在だった。

 

 「だから家まで送って……」

 「———————————はっ?」

 

 急に何を言い出すのか…………セイヤは全く理解ができなかった。

 

 「家まで送って……」

 「いや、まて。なぜそうなる? ユアも魔法師なら一人で帰れるだろ。しかも俺が年上だとしても学年は変わらないだろ? ふつうそれは同い年というのだが……」

 

 常識を超えるユアの要求に、セイヤは何と言えばいいかわからない。

 

 だがそんなセイヤにことを置いて、ユアは説明を続ける。

 

 「学年は一緒でもお兄ちゃんはお兄ちゃん……今はセイヤが十七歳……私は十六歳……セイヤの方がお兄ちゃん。それに一人じゃ無理……」

 

 そんな答えにセイヤは唖然とする。よくわからない理論を言われた上に、一人じゃ帰れないから家まで送れというのだ。

 

 いくらユアが少女だとしても、ここから近くにあるであろうフレスタンに戻れば、いくらでもアクエリスタンに帰る手段はある。

 

 教会に行けば手続きをしてくれるはずだし、アクエリスタンに入ればもう家に着いたも同然だ。なのにユアはなぜか無理と言った。

 

 仕方なくセイヤはユアに聞くことにする。

 

 「なんでだ?」

 「ダリス大峡谷を通るから……」

 「はっ?」

 

 今度こそセイヤは完全に言葉を失い、目の前の少女のことを理解できなくなる。

 

 ユアの言ったことは常人の考えでは到底考えつかないほど、ぶっ飛んでいることだから。

 

 「ダリス大峡谷ってあの暗黒領にある超強い魔獣達がいるっていう?」

 「そう……」

 

 どや顔で答えるユア。

 

 なんと彼女は強力な魔獣たちの巣窟であるダリス大峡谷を通ると言い出したのだ。

 

 ダリス大峡谷とはフレスタンとアクエリスタンの境界線の延長上にある大峡谷のことであり、強力な魔獣の住処として知られている。

 

 また、なんでもウンディーネも住んでいるという噂があり、人々は絶対に近づかない場所だ。

 

 ダリス大峡谷に行った者は絶対に帰ってこないという噂はレイリア王国でも誰が知っていることである。

 

 昔、どこかの馬鹿な魔法師達がウンディーネを探しに行き、ダリス大峡谷の魔獣達に追いかけられて死んだ挙句、その魔獣達がフレスタンに進行したという事件があったぐらいだ。

 

 なのになぜ彼女はダリス大峡谷を通ろうとするのか、セイヤには理解できない。はたしてユアにどのような理由があればそのような考えに行き着くのか。

 

 「なんでドヤ顔なんだよ! 普通にフレスタンから帰ればいいじゃないか」

 「無理……私は多くの人が苦手……人が多いところは一人で通れない……。だから人のいないダリス大峡谷を通る……ということでセイヤ着いてきて……」

 

 何を言っているのか全く分からないユアに唖然とするセイヤ。

 

 要約すると、ユアは人混みが苦手だから人のいないダリス大峡谷を通って境界を越えたいと言っているのだ。ダリス大峡谷には強力な魔獣たちがいるというのに。

 

 「いや、それこそ無理だから」

 

 当然、セイヤはそんな提案に乗る気はない。どうにかして生き残れたというのに、これからまた自殺行為をする気などセイヤには毛頭なかった。

 

 そこでセイヤはあることに気づく。

 

 「なぁ、俺が一緒に行けばフレスタンから帰れるのか?」

 

 一人がだめなら二人で行けばいい。だがこのとき、セイヤはユアという人間の考えを完全には把握できていなかった。

 

 「ダメ……セイヤはフレスタンに着いたらそのまま消えるかもしれない……。だから逃げられないダリス大峡谷に行く……もう決定事項……セイヤも着いてくる……」

 

 頑なにダリス大峡谷を通ろうとするユア。いくら人混みが苦手だからといって、それだけであのダリス大峡谷を通ろうとするとは考えられない。

 

 再び、セイヤの中でユアに対する疑念が生じ始めた。

 

 セイヤがユアのことを疑い出したように、ユアもまた、セイヤのことを心の底から信頼しているわけではない。

 

 ユアにはある秘密がある。もしその秘密がセイヤにバレれば、セイヤはどのような行動をとるかわからない。

 

 だからこそ、ユアはダリス大峡谷を通るという方法を選んだのだ。

 

 しかし、例えユアがどう思っていようとも、セイヤには認めることが出来ない。なによりよくわからない少女とダリス大峡谷に行くなど自殺行為である。

 

 「まてまて、逃げないから、しっかり家まで送るから。だからフレスタンに行こう。なぁユアもう一度考え直せ」

  「信じられない……それにダリス大峡谷に行くのはセイヤのためでもある……」 「なっ……」

 

 ユアの言葉を聞き、一瞬にしてセイヤの表情が変わった。

 

 「俺のため?」

 「そう……セイヤが持っている闇属性は人目に付くと大変……」

 「なぜ闇属性魔法のことを知っている?」

 

 セイヤの纏う雰囲気が一瞬にして変わった。

 

 なぜ目の前の少女は闇属性の存在を知っているのか。闇属性の存在は聖教会の中でも一部の人間しか知らない超機密事項であり、聖教会が必死に隠しているものである。

 

 セイヤはもしかしたらユアはダクリアから送られてきたスパイではないかと考えたが、すぐにそんなことは無いと理解する。

 

 もしユアがダクリアのスパイだというのであれば、ユアの選んだ人は相当の馬鹿だから。

 

 ユアの性格はスパイをするには向いていない。ダクリアが送り込んでくるスパイならもっとしっかりとしている人のはずである。

 

 セイヤがそんなことを考えていると、ユアがどこで闇属性を知ったのかを言う。

 

 「お父さんから聞いたことがある……でも本物を見たのはさっきが初めて……」

 「ユアの父さんって何者だよ?」

 「お父さんはすごい人……」

 

 興味深い話にセイヤは考える。ユアの父親は闇属性の存在を知っている。それはつまり、セイヤ以上にレイリアとダクリアの関係について知っているかもしれない。

 

 もしかしたら、セイヤのまだ思い出せてない記憶のヒントになるかも、セイヤはそう考えた。

 

 実はセイヤはまだ記憶をすべて取り戻したわけではない。さっき取り戻した記憶はセイヤが八歳までの記憶で、まだ八歳から十歳の記憶を思い出せていなかったのだ。

 

 たしかにセイヤの闇属性は人目に付くと危ない。下手をしたらレイリア王国に入った瞬間に、たくさん魔法師から攻撃をされるかもしれない。

 

 そうなってしまえばセイヤの人生は終わりだ。

 

 それにユアの父親が気になる。闇属性魔法の存在とその対処法を知っている存在。いったいユアの父親は何者なのか。

 

 今のセイヤにとって闇属性は最大の懸念材料だ。もしウィンディスタンに戻っても、その存在を知られてしまった場合、どうしていいかわからない。

 

 だがユアに着いていけば見つかるリスクが低く、安全にレイリア王国に入ることができる可能性がある。

 

 ダリス大峡谷は確かに危ないところだ。しかし今のセイヤには闇属性という強力な力がある。

 

 場合によっては、強力だが単純な魔獣より、非力だが頭の利く人間の方が厄介かもしれない。それなら力技でどうにかなるダリス大峡谷を通る方がいいだろう。

 

 それにもしユアが裏切ったりしても、その時は闇属性ですべてを消滅させればいい。

 

 だからこそ、セイヤは覚悟を決めた。

 

 「わかった、ダリス大峡谷に行こう」

 「ありがとう……」

 

 こうして、二人はダリス大峡谷に行くことになった。



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聖属性

 ダリス大峡谷に向かうことが決まったセイヤとユアであったが、問題が二つあった。

 

 一つはダリス大峡谷に行くにしても、セイヤは『闇震』により魔力をほとんど使っていたため、残りの魔力がゼロに近い。

 

 二つ目はセイヤは現在地を詳しく知らず、ここがどこにあり、ダリス大峡谷がどっちにあるのかを知らない。

 

 そのことをユアに言ってみたところ、ユアは大丈夫の一言だった。

 

 「なあユア、大丈夫ってどういうことだ?」

 「セイヤの魔力は私が戻す……ダリス大峡谷はあっち……。捕まってる間に地図を見てたから問題ない……」

 「おいおい、戻すって……つか、なんで地図見れたんだよ?」

 「看守をずーっと見てたら地図をくれた。これでも見てろって」

 

 あぁ~看守さんその気持ちわかりますよ。こんな子にずっと見られてたらやばいですよね~。このときセイヤは看守に同情をするのであったが、その看守に届いたかは知らない。

 

 そしてもう一つの問題であるセイヤの魔力を回復させるということだが、常識的にそんなことはできない。

 

 魔力というのは魔法師の力の源であり、言うのであればスタミナと一緒である。

 

 回復するには食事や休息、睡眠などが必要で、魔法で戻すことなど不可能。唯一聖教会にいた女神様ができたと言われているくらいだ。

 

 ユアはそんなことを考えてたセイヤに向かって、問答無用で魔法を行使する。

 

 「『聖花(せいか)』」

 

 次の瞬間、セイヤの全身は白い光に包まれた。そして同時に、セイヤは自分の中から魔力がどんどんにじみ出るのを感じ、あっという間にセイヤの魔力は全回復してしまう。

 

 「ユア、今のなんだ? 『聖花(せいか)』なんて魔法聞いたことないぞ。光属性にそんな魔法あったか?」

 

 自分の知識にない光属性魔法に驚くセイヤ。落ちこぼれ魔法師だったセイヤはいつか使えると信じて、光属性の魔法については固有魔法まで含めてすべて暗記している。

 

 けれども、今ユアが使った魔法をセイヤは知らない。

 

 「今のは光属性の魔法じゃない……今のは聖属性の魔法……」

 「聖属性だと……」

 

 聖属性という言葉にセイヤは言葉を失う。

 

 なぜなら、聖属性こそが聖教会にいた女神様の使う魔法属性であり、聖教会の聖の字は女神様の使う聖属性からとったものであったから。

 

 聖属性魔法はかなり珍しいでは表現できないほどの魔法である。聖属性魔法の使い手は百年に一人と言われ、その百年に一人の逸材が聖教会の女神となるのだ。

 

 もしユアが聖属性魔法を使えることが聖教会に知られた場合、ユアはすぐに新たな女神となり、人々から崇拝されるだろう。

 

 それくらい聖属性魔法は貴重な属性なのだ。

 

 魔法には全部で三種類存在する。基本魔法、派生魔法、複合魔法の三つ。

 

 通常、すべての魔法は基本魔法、派生魔法、複合魔法という三つの種類の魔法に分けられる。

 

 基本魔法とは、火、水、風、光の四属性の魔法のことを指す。

 

 例えば、『光壁(シャイニング・ウォール)』や『火弾(ファイヤーバレット)』などといった魔法は基本魔法と呼ばれ、セイヤが今回使用した『闇波』などの闇属性魔法も分類上では基本魔法になる。

 

 では、派生魔法とは何かというと、それは言葉の通り基本属性から派生した魔法のことである。

 

 具体的には氷属性や炎属性がわかりやすい。氷属性は水属性から派生した属性の魔法であり、炎属性は火属性から派生した魔法である。

 

 派生した魔法属性にも特殊効果が存在するが、その特殊効果は基本的には派生前の属性の特殊効果を引き継ぐ。

 

 つまり氷属性は「沈静化」、炎属性は「活性化」だ。中にはもちろん例外があるが、基本的にはこの常識が通用する。

 

 複合魔法というのはその名のとおり複数の魔法を合わせた魔法であり、具体例はセイヤの『闇震』を無詠唱で行使したことが近いだろう。

 

 行使のタイミングは微妙に違うが、セイヤの先ほどの魔法は『闇震』と『闇波』の複合魔法と言っても問題はない。

 

 しかしユアの使った聖属性はこの派生に関する概念にも複合という概念にも唯一当てはまらない例外だった。

 

 聖属性魔法は分類上、光属性魔法の上位種になっているが、光属性魔法を使う魔法師は聖属性魔法を使えるようにはなることは決してない。

 

 つまり聖属性は光属性でありながら、光属性ではないということだ。

 

 もちろん聖属性魔法にも特殊効果があり、その名は『発生』という。

 

 これは対象を発生させる効果であるが、どちらかというと、生成という言葉に近い。聖属性の魔法は武器や魔力を無から生成することができる特別な力なのだ。

 

 実はユアがセイヤの闇属性を防いだ理由は光属性で拮抗させたのではなく、聖属性で闇属性を消し飛ばしたからであった。

 

 闇属性は基本魔法に分類され、聖属性は派生魔法に分類される。基本魔法と派生魔法では、派生魔法のほうが強力であるため、最初から勝負にならない。

 

 聖教会にいた女神様は、発生で魔力を生み出すと同時に光属性魔法を使い上昇させて魔力を超回復させることができたと言われているが、ユアがさっきやったのも同じものである。

 

 セイヤはユアによって魔力を全回復した。

 

 「すごいなユア」 

 「セイヤこれでダリス大峡谷に行ける……」

 「まあそうなるな。ところでなんで聖属性が使えるのかといっても無駄なんだろ?」

 「なんか昔から使える……理由はわからない……」

 「そうか」

 

 昔から使えたのに聖教会に知られていないということは、おそらくユアの父親が関わっているのだろうとセイヤは考える。一体ユアの父親は何者なのか。

 

 「セイヤ早く行こう……」

 

 考え事をしていたセイヤの手をユアが引っ張る。

 

 「そうだな」

 

 この時セイヤは頭の中でユアの母親がもしかしたら女神じゃないかと考えていた。

 

 女神の娘なら聖属性魔法を使える理由も理解できる。そして何よりユアの父親が聖教会の人間だったら、闇属性のことを知っていてもおかしくはない。

 

 女神が消えた時期とユアの年を考えれば、完全に否定することはできない。同時に、そのことを隠せるユアの父親に恐怖を覚えるセイヤ。

 

 そんなことを考えながら、セイヤはユアとともに歩き出し、ダリス大峡谷を目指すのだった。



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ダリス大峡谷へ

 「セイヤ……」

 

 白髪紅眼の美少女であるユアが前の方を指さしながら、セイヤのことを呼ぶ。セイヤはユアの指がさす方向に目を向けると、あるものを発見した。

 

 そこにいたのは牛のような動物の大群。しかもその大群が、セイヤたちの方へと向かって猛スピードで迫って来ていた。

 

 数にして約3000程。

 

 「また魔獣か」

 「みたい……」

 「セイヤ……どうする?」

 「俺がやる」

 

 自分たちに向かって迫り来る魔獣の大群に向かって、右手を突き出しながら魔力の練成を体内で始めるセイヤ。ユアは何もせず、ただ安心しきった顔でセイヤのことを見ている。

 

 「『闇波』」

 

 セイヤがそう言った直後、二人に向かって猛スピードで攻めて来た3000近い魔獣の大群は、その姿を一瞬で消した。そして残ったのは魔獣たちが起こした土煙だけ。

 

 ユアがその光景を見て一言。

 

 「やっぱり闇属性は便利……」

 「確かにな。異端の力と言われるだけのことはある」

 

 セイヤとユアはダリス大峡谷にまっすぐと進もうとしていたのだが、魔獣やら大きな山やらなどが行くてを阻んだ。

 

 だから仕方がないので、セイヤがそのすべてを闇属性魔法で消滅させていた。

 

 『闇波』によって消費したセイヤの魔力をユアの『聖花』が回復させることにより、二人は超効率的にダリス大峡谷へと向かうことができている。

 

 セイヤたちが捕らわれていた施設の周辺には緑がなく、大きな岩がごろごろしているような土地で、ほかには岩山や枯れた木などがあった。

 

 しかし現在は、そこに一本のまっすぐな道ができている。この道は当然セイヤが『闇波』で問答無用に消滅させてきた道である。

 

 そんな超効率的な進み方をしているセイヤとユアは、遂に緑豊かな森へとたどり着く。

 

 あたり一面を無機質な岩などに囲まれている暗黒領の中にある、この緑豊かな森は、まるで広大な砂漠にあるオアシスみたいだ。

 

 二人は久しぶりの緑にテンションを上げて、森の中へと入っていったが、すぐにあるものと遭遇する。

 

 顔は完璧イノシシ、けれども体がツキノワグマで、二足歩行をしている魔獣。

 

 二足歩行のイノシシ頭のクマは一頭だけではなく、集団で行動していた。

 

 その数はざっとを100を超えており、頭と体のバランスがとても悪い動物が100体もいる光景はとても異様である。

 

 100体を超える怪物達は鋭く尖った爪をセイヤたちの方へと向けており、その姿はかなりの威圧感を放っていた。

 

 実はこの怪物たちは聖教会が管理する資料に乗っていてる魔獣である。

 

 種族名 ボアド

 危険度 ★★★★

 詳細  並の魔法師では相手にならない強さを持つ魔獣であり、群れで行動することが多い。遭遇したらすぐに逃げるべき。速度はそんなに早くはないため逃げ方を考えれば生存可能。

 

 と書かれていたが、セイヤとユアが聖教会の資料などを知っているはずがないため、魔獣の名前などわからない。

 

 通常、この手の資料は暗黒領の魔獣討伐に行くことのある上級魔法師以上しか見ることのできない資料であり、ついさっきまで初級魔法師最底辺だったセイヤが知る由もない。

 

 ユアはわからないが、顔を見る限り知っているという様子はないようだ。

 

 「体のバランス悪いな」

 「気持ち悪い……」

 

 二人はボアドの詳細を知らないので、ただ気持ち悪い魔獣たちと認識するしかなかった。

 

 ボアドの群れはセイヤたちを見るとすぐに戦闘態勢に入った。

 

 なので、セイヤはすぐにボアドたちの群れに向かって『闇波』を行使する。これでボアドたちは一気に消滅する、はずだった。しかし、ボアドの群れに変化は訪れない。

 

 「おいおい、嘘だろ」

 

 ボアドのなんともない様子を見て、驚きながらも、セイヤはすぐに新たな魔法を行使する。

 

 「これならどうだ……『闇風』」

 

 セイヤの行使した魔法は闇属性初級魔法『闇風』といい、相手を消滅させるのではなく、斬りつけることを目的にした魔法だ。

 

 カマイタチを起こして斬りつけるこの魔法は、消滅の効果がない分、攻撃力が高く、ボアドを斬りつけることは造作もない、はずだった。しかし、またしてもボアドたちに魔法が効かない。

 

 「なっ……マジかよ」

 「セイヤどうする?」

 「やばいな。俺の魔法がきかない」

 

 魔法の効かないボアドに対して、焦るセイヤ。

 

 セナビア魔法学園の座学で習ったことを思い出そうとするが、暗黒領に関しての授業はほとんどないため有効な打開策が思いつかない。

 

 その時、ユアがハッとした顔をしてあることを思い出す。

 

 「セイヤ……もしかしたら魔法耐性があるのかも……。前にお父さんが言ってた……変なのには魔法耐性があって武器攻撃ならきくと……」

 「なるほど。試してみる価値はありそうだな」

 

 セイヤはユアの言葉を信じて、試してみることにした。

 

 ユアの父親は聖教会の関係者であり、地位はかなり高い方だとセイヤは思っている。なので情報の信憑性は高い。

 

 セイヤはすぐに愛剣であるホリンズを召喚する。『闇波』があるため、魔法発動に詠唱は必要ないセイヤの手には、一瞬にしてホリンズが握られた。

 

 一方、ボアドたちもただ見ているだけではなく、いつの間にか散開しており、セイヤたちのことを囲んでいる。

 

 森の中は木が多いが、幸いボアドたちの体は大きいため見失うことはない。

 

 セイヤが双剣ホリンズを構えると、ボアドたちも動き出す。

 

 二頭のボアドがセイヤに向かって突っ込むが、セイヤもそのボアドたちに走って突っ込んでいき、光属性の魔力を自分の足へと流し込む。

 

 そして一歩を踏み出すと同時に加速してボアド二頭のわき腹にそれぞれ一本ずつホリンズを刺した。

 

 ボアドたちはセイヤの急な加速に反応できずに攻撃を受けてしまう。

 

 セイヤの加速は『纏光(けいこう)』を部分的に発動した魔法、『単光(たんこう)』だ。

 

 「よし!」

 

 ボアドの体にホリンズが刺さることを確認すると、セイヤはそのままホリンズに闇属性の魔力を流し込む。

 

 「外から通じないなら、内からはどうだ」

 

 体内に闇属性魔力を流し込まれた二頭のボアドは、次の瞬間、体内はみるみる消滅していき、魔力耐性のある毛皮だけを残して絶命した。

 

 仲間が毛皮だけを残して消えていく光景を見たボアドたちは、一斉に興奮し始める。それは目の前で起きた非現実的なことに対する恐怖と、同胞がやられてことに対しての怒りが入り混じったものだ。

 

 「どうやらこいつらの体の中には魔力が効くみたいだぞ。効かないのは外のだけだ」

 「わかった……」

 

 セイヤの言葉を聞いたユアは魔法を行使する。

 

 「『聖成(せいせい)』ユリエル」

 

 魔法名を言った直後、ユアの右手には白を基調にしたレイピアが姿を現して握られる。

 

 ユアの使った魔法は聖属性初級魔法『聖成(せいせい)』といい、名前の通り聖属性魔法の特殊効果である「発生」によりレイピアを生成したのだ。

 

 ユアが生成したレイピアはユリエルといって、ユアのよく使う武器の一つである。

 

 ユリエルを生成したユアは自分に対して突っ込んでくるボアド三体の腹にユリエルを刺して、すぐに抜く。

 

 もちろんこのぐらいではボアドたちは死なず、ユアに爪で切りかかろうとした。

 

 しかし、ボアドたちはユアに触れることはできなかった。

 

 ユアに切りかかる直前、ボアドは三体とも体内から弾けて肉塊になってしまったのだ。血しぶきがものすごい勢いで飛ぶが、ユアは光属性中級魔法『光壁(シャイニング・ウォール)』を展開して何事もなかったかのように避ける。

 

 「おいおい嘘だろ……」

 

 ユアの攻撃を見て、苦笑いを浮かべるセイヤ。ユアの攻撃方法と同じような攻撃方法をセイヤは一度だけ本で読んだことがある。

 

 それは火属性を使う魔法師の中でも、特にレベルの高い魔法師が使う技であり、相手の体内に火属性の魔力を流し込むことで、体内を活性化させるという技だ。

 

 活性化された体内に対して、活性化されていない肉体の表面は耐えられず、内から弾けてしまう。そして残るのは対象の体内にあったものだけ。

 

 ユアの攻撃方法はその攻撃方法に似ていたが、火属性を使っている兆候はない。ユアが使っていた魔力属性は光属性であり、光属性の魔力では本来できることのない芸当。

 

 しかしセイヤの目の前にいるユアは、それをやってのけた。

 

 ならユアはいったいどうやってそんな芸当をやってのけたのか。答えはボアドの体内に光属性の魔力を流し込み、体全身の機能を上昇させたのだ。

 

 光属性の特殊効果は「上昇」であり、対象を上昇させる効果がある。ユアはその「上昇」をボアド全身に発動させた。

 

 本来なら全身の能力が上昇したことにより、ボアドは強化されることになるのだが、ボアドの毛皮は魔法耐性があり上昇することはない。

 

 風船を膨らませる時、中の空気だけを増やしたところで風船自体の耐久力をどうにかしないと、ただ空気の入れすぎで爆発してしまう。それと同じだ。

 

 耐久力の上がっていないボアドの毛皮は、上昇したボアドの体内の働きに耐えられずに弾けてしまう。

 

 心臓の鼓動が上昇し、血流が早くなり、脳も活性化しようとも、体の耐久力も上昇しなければただの暴走でしかない。

 

 この技はおそらく聖属性を扱うユアにしかできないものだ。普通の魔法師がいくら頑張ったところで、自分ではなく他の者の全身を上昇させることなどまずできない。

 

 見た目こそグロテスクだが、他の者を強化する姿はまさしく聖教会の女神と似ている、とセイヤは思った。

 

 一方、ボアドの群れは全員が戦慄していた。

 

 片や刺された瞬間に体の内側がなくなったように毛皮を残して絶命していき、片や刺された次の瞬間には体の内部から弾けて肉塊になり絶命してしまう。

 

 普通の動物なら野生の本能で二人の恐ろしさを知って逃げるであろうが、ボアド達は今まで魔獣にも人にも負けたことのないというプライドがあった。

 

 その安いプライドがボアドたちをつき動かし、セイヤとユアに突っ込ませる。

 

 セイヤは突っ込んでくるボアドたちに対してホリンズを刺すと同時に闇属性の魔力流しこみ、次の獲物へと向う。

 

 ホリンズで刺したボアドが絶命するの確認することもなく、次から次へと刺していく。

 

 ユアの方も自分に対して突っ込んでくるボアド達に次々とユリエルを刺しては抜いていく。ボアドは刺された瞬間こそ生きているが、次の瞬間には体内から弾け肉塊になってしまう。

 

 ユアもボアドが肉塊になるかは気にせず、どんどんと次の獲物にまたユリエル刺しては抜いていく。

 

 そんな一方的な殲滅も気が付けば終わっていた。

 

 セイヤの周りには毛皮だけを残したボアドの死体たちが、ユアの周りにはボアドの姿を確認させないほど無残な肉塊だけが残っていた。

 

 毛皮と肉塊の数は大体同じことから、仕留めた数はお互い同じ事がわかる。

 

 

 

 

 その後、セイヤとユアはボアドの群れ以外は特に問題なく森を抜け、目の前には第一目標のダリス大峡谷をとらえた。

 

 ダリス大峡谷の底は名前通り見えないほど深い。

 

 セイヤ達が立っているところは、一歩踏み出せば断崖絶壁というところで、試しにセイヤが石ころを投げてみるが、底にぶつかるような音がしなかった。

 

 そんな深い谷のはるか向こうの方には、大きな山脈が見え、異様な雰囲気を出している。

 

 「なあ、ユア。これどうするんだ? まさか飛び込むとか言わないよな?」

 

 ユアならそのまま飛ぶといいそうなので、先に確認する必要がある。

 

 「セイヤ飛べる?」

 「はい?」

 「だから飛べる?」

 「いや、ふつう人間は飛べないと思うのだが」

 

 よく意味が分からないことを言い出すユアに、セイヤは困惑する。そして瞬間的にユアの考えを理解して、セイヤは焦った。

 

 「まさか……」

 「なら飛び込むしかない……」

 「なっ……」

 

 ユアの理論は言ってしまえば二択からの消去法だ。

 

 人は飛べない。だったら飛び込むしかない。

 

 という至ってシンプルな考え方であり、他の手段を探すという考えはないらしい。

 

 ユアが優しくセイヤの手を握る。

 

 しかしなぜかその手は絶対に離さないといわんばかりにセイヤの手を強く握っており、セイヤは一瞬で背筋が凍るのを感じた。

 

 「じゃあ……行こう……」

 「なっ、待てぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 

 次の瞬間、ユアがセイヤの手を引きながら、大峡谷の中に飛び込む。そして二人の姿は暗闇の中に消えていった。



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