テイルズオブゼスティリアでやってみた (609)
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第一章 運命の始まり
toz 第一話 始まり


導師の伝承…

はるかな神話時代、世界が闇に覆われると、いずこより現れ光を取り戻した

時代が変わろうとも、世が乱れる度に

人々は伝承を語り、救いを願う

その度に導師は姿を現し、闇を振り払ったという

しかし、平和が訪れると導師は姿を消した……

彼らはどこへ……その答えを知る者はいなかった

いつしか人々の記憶から、伝承の中へと消えていった

 

闇は……世界を再び覆わんとしていた

導師の名が再び語られ始めた

だが、いまだ導師は姿を見せなかった……

 

 

――少女が最初の記憶として覚えていたのは、一人の人間の少年と天族の少年。

人間の少年の髪は焦げ茶に、瞳は緑色。

天族の少年は毛先が水色がかった銀髪、瞳は紫だった。

彼らは自分を見下ろしている。

人間の少年は自分を心配し、天族の少年はそんな彼に代わり、自分を警戒している。

朦朧としたその意識の中で、ただそれだけを見ていた。

 

次に目を覚ました時には、ベットの上だった。

布団から手を出すと、包帯が巻かれている。

それから、老人の天族が入ってきた。

その老人の天族の話によれば、あの時どうやら自分は怪我をしていたようだ。

どうしてそうなったのかは知らない。

そして私をここに連れてきたのは、あの二人の少年たちだという。

 

私は老人の天族に名を聞かれ、〝レイ〟と、名乗る。

だが、それが本当に自身の名のかは解らない。

それからずっと、そこに居続けた。

あの人間の少年と天族の少年は見舞いに来た。

彼らの話を聞く度、自分が何故あそこに居たかは、彼らも知らないようだ。

何より、彼らの話によると〝天族〟という者達を視える事に驚いていた。

 

怪我が治っても、私はこの〝イヅチ〟と言う天族の村に住むことになった。

私はあれから何も思い出せない。

だが、何かしら思い出すものもある。

それはいつも唐突に、歌を歌い出す事だ。

これは自身が確実に覚えているゆういつのもの。

そして彼ら二人の事を〝兄〟と呼び、あの天族の老人を〝ジイジ〟と呼んだ。

 

一人の小さな少女が、外を見ていた。

長い紫の髪が日に反射する。

白いコートのようなワンピース服に短パン。

 

私がこのイヅチに来て、五年が経った。

今日も、兄二人は遺跡に行っている。

私は壁にもたれていた。

無表情で空を見ていると、ジイジが来た。

 

「寝てなくて大丈夫なのか?」

 

私は頷く。

 

「私も…付い…て行…けば…良…かった‥。」

「駄目じゃ。体調が悪いのだから、安静にしておるのじゃ。」

 

 

私はそのまま空を見ていた。

と、私は何かに気が付く。

そのまま立ち上がり、歩いて行く。

 

「どこに行くのじゃ?」

「散…歩‥すぐ…に…帰…る‥。」

 

そう言って、歩いて行った。

 

 

――ある少女が森の中を歩いていた。

茶髪の縦ロール風のサイドテールを揺らしながら、跳ねた前髪も揺れている。

疲れているようだが、緑色の瞳は強く輝いていた。

 

「‥ここを通れば、〝カムラン〟に着けつはずだ…。そうすればきっと‥」

 

彼女は歩き続ける。

その彼女を視ていた小さな少女。

その小さな少女は、日の光に当てられ綺麗な長い紫色の髪。

だが、その表情は前髪に隠れて見えない。

服装は黒を基準としたワンピースのようなコートに短パンが見える。

小さな少女は小さく呟いた。

 

「…カムラン……ただの人間が、あの地に向かえば飲まれるだけだ。」

 

視つめる彼女は諦めずに歩き続ける。

小さな少女は彼女を視つめながら、

 

「…想いも、覚悟も、本気と言うことか‥。良いだろう、ならばその道を導いてやろう。」

 

小さな少女は彼女に問いかける。

 

「?」

 

彼女はどこからか聞こえてきた声に戸惑っていた。

しかし、どこからか歌が流れてくる。

それに導かれるかのように、その方向へと進む。

 

しばらくすると、辺りに雷が鳴り始める。

 

「…ゼンライか…。悪いが邪魔させて貰う。」

 

雷≪いかづち≫が、歩く彼女に当たる。

しかしその直前、彼女は魔法陣に護られ、どこかに飛ばされた。

 

「後は、お前次第だ……末席の王女よ。」

 

風が小さな少女を包み込む。

 

「…あちらでも動きがあったようだな‥。さて、どのように運命は動き出すかな…。」

 

そしてその場所から、小さな少女の姿は消えていた。

 

 

――遺跡を嬉しそうに歩く、紺の服を着た焦げ茶髪の少年。

と、少年は壁画に描かれている絵に近付く。

それを嬉しそうに見た後、古びた本を取り出す。

ページをめくり、挿絵をみる。

それは壁画と同じ絵が描かれていた。

 

「やっぱり!聖剣を掲げる英雄……『導師』の壁画だ!」

 

少年は嬉しそうに声を出し、浮かれている。

そして足場が崩れ、後ろに転ぶ。

 

「……ようやく見つけた。」

 

と、本を抱きしめる。

すると、後ろから声を掛けられる。

 

「スレイ、僕の所はハズレだったよ。」

 

スレイが声の方を向くと、青と白を基準とした服、足元くらいに長いマントのような服を着ていた。

毛先が水色がかった銀髪の少年が立っていた。

 

「ミクリオ!」

 

ミクリオは腕を組んだまま、

 

「先を越されたね、今回は。」

「へへ。」

 

と、嬉しそうにスレイはピースをする。

 

そして、ミクリオを見上げながら、

 

「やっぱり『アスガード時代』以前には導師は身近に居たんだよ。」

「そう断じるのは早計じゃないか?」

 

だが、ミクリオは疑問否定を返す。

そして彼は歩きながら、スレイに言う。

 

「なりより、まだこの遺跡がアスガード以前のものか保証はないんだ。模造品かもしれない。」

「この規模の遺跡で様式まで則った構造建築なんてしないんじゃないか?」

 

互いに意見をぶつけ合う。

それを止めるかのように、どこからか歌が流れ聞こえてくる。

 

「…この歌、レイが歌っているのか?」

「今回は調子が悪そうだったから置いてきたけど‥近くに来ているのかもしれないね。」

 

そう言っていると、空に雷雲が出てきて暗くなる。

雷鳴がなり始め、二人はその空を見て険しくなる。

 

スレイも立ち上がり、近づく。

 

「何だかまずいぞ……」

「ミクリオ、あれって……」

「遺跡探検はここまでだ!スレイ!」

 

と、ミクリオは走り出す。

スレイも、その後を追おうとするが、壁画をもう一度見る。

そんなスレイに、ミクリオが叫ぶ。

 

「スレイ!こっちだ!早く!」

 

スレイは急いで、ミクリオを追う。

ミクリオは走りながら、彼に言う。

 

「何をしている!」

 

が、先を走るミクリオの足場が崩れた。

スレイは速度を上げて、ミクリオの下へ駆ける。

そして、彼の襟を捕まえる。

 

「ふぅー、間一髪。」

 

ミクリオは自分の足元に空いた穴を見つめた。

パラパラと、瓦礫や小石が落ちていく。

 

ミクリオは、落ち着いて言う。

 

「頼むよ。早く上げてくれ。」

 

スレイは言われた通り、ミクリオを引き上げる。

 

「ん~~~…」

 

が、スレイの足場も崩れたのだ。

 

「「う、うわぁーー‼」」

 

二人して、穴の底へ落ちていく。

そして、スレイの叫び声が響いていく。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

対して、ミクリオの方は冷静に下を見る。

地面が迫り切っている。

彼は体勢を立て直し、杖を取り出す。

 

「双流放て!ツインフロウ!」

 

水柱を作り上げ、スレイを弾き出す。

スレイはそのままちょっとした水たまりへと落ちる。

自分も何とか着地をする。

 

「痛‥ってー…」

 

スレイはちょっとした水たまりの中で、背中とお尻の辺りをさする。

ミクリオは、スレイに近付き声を掛ける。

 

「スレイ!とっさの判断だったけど、上手くいったろう?これで貸し借りなしだ。」

 

と、腰に手を当てて言う。

スレイは少しだけムッとした真剣な顔で、ミクリオの後ろを見る。

 

「これは‼」

 

ミクリオも後ろを見る。

 

「地下にも遺跡があったなんて……」

 

辺りは木の蔓に覆われていた遺跡であった。

 

「落ちたのに感謝だな……」

 

そんなスレイの言葉に、ミクリオは呆れる。

 

「まったく…。」

 

が、しかしすぐに真剣な顔になり、

 

「それより戻る方法を見つけないと。」

 

そう言って、スレイに近付く。

 

「ああ、うん。」

 

そして、スレイを引き起こす。

 

「しっかし、レイを連れて来なくて正解だな。」

「そうだね。今回、付いて来ていたら危なかったね。」

 

 

すぐ傍の扉を出てみると、そこは大きな穴が開いていた。

 

「うは~、高っ!」

 

と、驚いているスレイ。

そんなスレイに、ミクリオは冷静に先程の事を言う。

 

「さっきも相当だったけど?」

「石板あったし。気にしてらんないだろ。」

 

と、ミクリオを見て言うのであった。

 

「ああ、そうですか。」

 

ミクリオはそんな彼を、面倒のように受け流す。

と、スレイは下の階の反対側にあるもの‥いや、倒れている人を見付ける。

 

「ん?誰か……倒れている?」

 

そして、その人物は女性だった。

その女性の指先が小さく動く。

 

「あのさ、ミクリオ……」

「?」

 

スレイは、彼に恐る恐る言う。

 

「あれ……人間だ。」

「まさか⁉」

 

その言葉に、ミクリオは驚きながら近付く。

そして、歩き出すスレイに、ミクリオはすぐに声を掛ける。

 

「待て。人間には関わらない方がいい。」

「放っておけない。まだ生きてんだから。」

 

スレイはミクリオを見つめて言いう。

その瞳は強かった。

それに負けたミクリオは、

 

「わかった。僕も手伝う。とにかく、もっと辺りを調べよう。」

「ん!」

 

スレイは嬉しそうに言う。

 

 

下に向かって進んでいくと、蜘蛛の巣が多い。

これを見る限り、長い間この辺は誰も足を踏み入れていないことが解る。

と、とある一室で、スレイは何かの気配を感じる。

 

「どうかした――」

「しっ。」

 

辺りを探っていると、

 

「……上だ!」

 

と、スレイは上を見て叫ぶ。

スレイの立っていた場所に、強大蜘蛛が落ちてきた。

その巨大蜘蛛からは、黒いオーラのようなものが視える。

ミクリオは武器である杖をすぐに取り出す。

 

「こんなでかいクモ、初めて見た……!」

「ぼうっとしないで、スレイ構えて!」

 

ミクリオが、すぐに彼を注意する。

 

二人で、強大蜘蛛と対峙する。

強大蜘蛛を吹き飛ばすと、ミクリオがあることに気が付く。

 

「こいつ、まさか…‥‥憑魔≪ひょうま≫……?」

「憑魔≪ひょうま≫?本当か……?」

 

ミクリオの言葉に、スレイも驚く。

 

「見るのは初めてだけどね……」

「なんで憑魔≪ひょうま≫なんてバケモンがこんなところに。」

 

そして大蜘蛛は起き上がり、動き出す。

 

「逃げる気だ!」

 

追撃しようとするスレイの肩を、ミクリオが止める。

 

「忘れてないよね?ジイジの言葉。」

「あ……」

 

スレイは、思い出したかのような顔で思い出す。

 

――「憑魔≪ひょうま≫……?」」

 

二人の子供の声が響く。

そこに一人の老人が思い出される。

その老人・ジイジが幼い二人に話聞かせる。

 

「そうじゃ、憑魔≪ひょうま≫じゃ。〝穢れ〟が生んだ恐ろしい魔物じゃ。ヤツらを倒せるのは特別な者だけがあやつる『浄化の力』のみ。」

 

ジイジは一度キセルを吸い、

 

「二人とも。憑魔≪ひょうま≫に出会ったらすぐに逃げるのじゃ。忘れてはならんぞ。我らに憑魔≪ひょうま≫を退治することは出来ないのじゃ。よいな?」

 

と、ジイジは僕らの頭をなでる。

 

 

「『浄化の力』がないと憑魔≪ひょうま≫は倒せない……」

「今は追い払えただけで満足しないと。」

 

と、言い聞かせる。

しかし、スレイは背を向け、

 

「なら、なおさらだな。」

「?」

 

そして再び、ミクリオを見て、

 

「急いで、彼女を助けなきゃ。あんなのがうろついてんだから。」

 

二人は急いで、彼女の元へ急ぐ。

 

途中の部屋で、スレイはあるものを見付けた。

 

「これって……」

 

と、見ていたそれを、横からミクリオが取り上げる。

 

「わ、なになに⁉」

「僕が預かっておく。夢中になったら止まらないからね。無事戻れたらちゃんと返すさ。」

「あははは……お願いします。」

 

しかし‥‥

 

「見えているのに行けないのはなんとももどかしいな。」

「飛べそう?」

「君次第じゃない?見てみたら?」

 

と、ミクリオの言うように、少しはみ出ている所を見る。

 

「どうだい?」

 

底は大きく開いている。

 

「はは。やっぱり無理だ。」

 

自分の足元の瓦礫が下に落ちる。

 

「あっぶね!」

「驚かせるなよ!」

「悪い悪い。」

 

心配するミクリオに素直に謝る。

 

「やはりこちらからは行けないか。」

「構造上、繋がっているはずだ。」

「ま、戻って調べてみよう。」

 

再び歩きながら、最初の道へ戻る。

戻った場所を見たミクリオが、

 

「なるほど。そういうことか。」

「ミクリオ?」

「スレイも気付いたろう?」

「あ、ああ!まさか空中を歩けるなんてな。」

「正確には透明な橋だけどね。」

「ちゃんと人が乗れるのかな……」

「なんだ、今日は妙に冴えてるね。」

「ふふふ。」

 

ミクリオに褒められ、スレイは喜ぶ。

が、ミクリオは追い打ちをかける。

 

「『今日は』ね。」

「ちぇ。」

 

と、拗ねるスレイであった。

 

ミクリオは氷を扱い、視えない橋に掛ける。

すると氷に覆われ、橋が姿を現す。

そしてその橋の上を歩いていく。

 

「大丈夫そうだな。」

「うん。ホントすごいよ。この橋。どうやったんだろ?」

「こんなもの、人間の技術じゃ作り出せないはずだ。」

「ってことはこの橋だけは『神代の時代』ぐらい古いものってことか?」

「どうかな……いずれにせよ。僕たちのような者に頼んで、力を借りたのは間違いないだろう。」

「そこまでしてあっち側に、人を入れたくなかったんだ。」

「この先はイズチに繋がってる。聖域を守るためには当然とも言えるね。」

「昔、神殿へ祈りに訪れた人々も、断崖を渡れないと思い込まされたんだろうな。」

「さっきまでの僕たちのように、な。けど、よく気付いたね、スレイ。君の直感にも感心させられるよ。」

「お?」

「ごくごく稀にね。」

「褒めてくれたと思ったら、これだ。」

 

そして彼女に近付く。

彼女は、白を基準とした服に短パンで、手足には鎧をつけている。

髪は横でカールしている。

息があるのを確かめ、スレイは彼女の武器と思わしき槍を手に持つ。

 

「やっぱり考え直そう。あの時とは状況が違う。」

 

しかし、スレイは彼女の肩を揺らす。

 

「スレイ!」

 

何度か肩を揺らし、

 

「あの……大丈夫?」

 

すると、彼女は意識を取り戻す。

 

「うぅ……あれ……?」

 

スレイはホッとする。

 

「私は……確か森で……」

 

そして彼女は、スレイに気が付く。

すぐに自分の武器を探す。

 

「これ?」

 

スレイは、彼女の武器と思わしき槍を、彼女の目の前に出す。

彼女はスレイを警戒しつつ、彼を見てから自分の武器を見る。

彼女は自分の武器を手に取り、立ち上がる。

スレイも立ち上がった。

そこにミクリオが、スレイと彼女の間に入る。

 

「わ!」

 

と、女性に向かって大きな声を出す。

だがしかし、彼女は平然と自身に着いた土汚れを落とす。

彼女に顔を近付け、まじまじと見た後、離れた。

 

「本当の意味でタダの人間だ。」

 

と、スレイの肩をポンと叩いて、彼に言う。

スレイも、ミクリオに安心したように、

 

「……だな。」

 

スレイは、彼女と目が合う。

 

「大丈夫そうだ。」

「ありがとう……心配をかけたようだ。君は?」

 

そう聞けれ、黙っているスレイに、

 

「名前。」

 

スレイの後ろから、呆れたように言う。

スレイは気付いたかのように、

 

「そっか。えっと……名前。そう、オレはスレイ。」

「スレイ……」

「うん。よろしく。」

 

と、彼女はスレイに、

 

「スレイ。この近くで落ち着ける所はないだろうか?都まで帰る準備を整えようと思うのだが……」

「都から来たんだ。」

 

スレイは小さく呟く。

 

「……どうだろう?」

 

彼女は礼儀正しく、背筋を伸ばす。

 

「うーん。」

 

と、腕を組んで悩んだ末、

 

「オレの住んでいるとこに来なよ。」

 

しかしその回答に、ミクリオが後ろから、

 

「スレイ、それは…」

 

が、彼女は申し訳なさそうに、

 

「いいのか?何者ともしれない私を案内しても?」

 

しかしスレイは彼女ではなく、後ろにいるミクリオを見ながら、

 

「困っている人を放っとくなんてできない。」

 

そして彼女に笑顔で、

 

「そんだけ!」

 

後ろのミクリオは、腕を組んで呆れ、怒る。

 

「大体、名乗らないのも変だ。怪しいと思うのが普通だと、思うけど?」

 

彼女は視えていないミクリオの言葉が聞こえたかのように、彼から視線を外し、

 

「君は……私の名を尋ねないのか?」

「事情があるんだろ。でも悪いやつには見えないよ。」

「……スレイ。重ねて感謝する。」

「ジイジのカミナリ、覚悟しておくんだね。」

「……うん。」

 

スレイの後ろからミクリオがそっと言う。

スレイは肩を落とす。

 

「何か……⁇」

「ううん。何でもない。とにかくあっちだ!さー行こう!」

 

と、歩き出す。

進みながら、ミクリオはスレイに忠告する。

 

「蒸し返すつもりはないけど、目は離さないようにね。」

「うん。彼女、困ってる状況じゃなきゃいいな。」

「はぁ。……いつもながら甘い‼」

 

そう言って、遺跡の外に出る。

青空の下、スレイは腕を伸ばしたりする。

 

「はぁ~、無事帰ってこれた!」

「なんという美しさだ……」

 

彼女は外の景色を見て、心打たれていた。

スレイとミクリオは、彼女を見る。

 

辺りは自然と空に囲まれ、所々に遺跡の跡が残っている。

その風景に、

 

「まるで神話に出てくる〝天族〟たちが暮らす神殿のよう……」

「ホントに『天族』って呼ぶんだ。」

「何かおかしいだろうか?」

「ううん。『神、霊、魑魅魍魎といった姿なき超常存在を、人は畏敬の念を込めて“天族”と呼ぶ。』。」

 

と、後ろにいるミクリオをチラ見しながら言う。

その言葉に、彼女は驚いていた。

 

「でしょ?」

「『天遺見聞録』の引用……」

「じゃじゃん!」

 

と先程、遺跡の壁画を見ていた時に出していた古びた本を出す。

それを嬉しそうに、彼女に見せる。

 

「君も読んだのか。」

「君も、ってことは……?」

「幼い頃にそれは何度も。」

 

話し込みそうになるスレイに、ミクリオは彼を肘で突く。

 

「あっと、オレの村はここから少し行った所だから。行こうか。」

「了解した。」

 

そして、村に向かって歩き出す。

 

「ねぇ、天遺見聞録って子ども向けの本なの?」

「うん?」

「さっき子どもの頃に読んだって。」

「大人も大勢読んでいるよ。私が早熟だったのだろう。」

「なんだ。そっかぁ……うん、素晴らしい本だからね。」

「ああ。」

「和んじゃって……。どうなることやら。」

 

そんな二人に、ミクリオは呆れる。

 

「ここがオレの村。イズチだ。」

「カムランではなくイズチ……やはり噂はウソだったか……。」

 

しばらく進むと、シカのようなトナカイのような生き物がいる。

その生き物を見た彼女は、

 

「な、なんだあの生き物は⁉」

「なにって……山羊≪ハイランドゴート≫だよ。」

「山羊?これほど大きなものが……。凄いツノ……伝説に聞くドラゴンのようだ。」

「ははは、ドラゴンってお伽噺の?君って面白い人だな。」

「近づいたら危険だ!気が荒い野生種だろう……」

「大丈夫。友達だから。小さい頃は四、五回吹っ飛ばされたけどね。」

「友達……なのか?」

「うん。時々ミルクを分けてもらって、村のみんなとチーズやヨーグルトをつくるんだ。」

「それは楽しそうだ。」

「楽しいよ。すごく。」

 

そして、イズチの村に入る。

彼女はイズチの村に入ると、辺りを嬉しそうに見る。

ミクリオは、

 

「ジイジに報告してくる。」

「黙っとくわけにいかないよな。」

「後で来るんだろう?」

 

ミクリオに頷く。

そして、

 

「みんな、来て。紹介するよ。」

 

自分の近くには、人が集まってきている。

彼女を見て、驚いている。

そして彼女もまた、スレイの言っている言葉を不思議がっている。

彼女の目には、風景しか見えていない。

対して、スレイの目には天族といわれる者達が視えている。

そんなスレイは、村人達と楽しそうに、それでいて困ったように話していた。

そんな彼の姿は、彼女にとっては不思議でしかない。

そして彼は、彼女を見て、

 

「これが杜≪もり≫で暮らすオレの家族。」

 

と、集まった人々を背に言う。

が、彼女から出た言葉はやはり、

 

「これは?芝居?それとも何かの演出か?」

「……何でもない。忘れて。」

「君は面白い人だな。」

「……はは。」

 

そんな二人の会話を遠くから、ミクリオは見ていた。

それを確認してから、ジイジの所に向かう。

 

「あれがオレん家。」

 

と、岩に囲まれた家を指さす。

 

「先行って休んでてよ。オレ、ちょっと用があるから。」

「村の中を拝見しても?」

「いいけど、みんなを怒らせないでね。」

「なるほど。ここは天族の杜≪もり≫、と言いたいのだな。」

「そう!それ!」

「では、粗相のないようにしなければ。ふふ」

 

と、彼女は嬉しそうに歩き出した。

 

「さて。ミクリオ、ジイジに上手く話してくれてるかな……」

 

スレイはジイジの所に向かう。

 

 

スレイと別れ、ジイジに家に来たミクリオ。

玄関の前には、小さな少女が座って寝ていた。

日の光に当てらた綺麗な長い紫色の髪。

服装は白を基準としたワンピースのようなコートに短パンが見える。

小さな少女を見ていると、小さな少女は目を覚ます。

 

「…お…はよ…う…ミク兄…。」

「ああ、おはよう。でも何でここで寝ているんだ、レイ?」

「…さぁ?…で…も…散…歩に…出た。…あれ…お兄…ちゃん…は?」

「後から来るよ。さ、中に入ろう。」

「うん…。」

 

二人で中に入る。

そして、先程の事をジイジに話す。

しばらくして、スレイが入って来る。

 

「ま、スレイから直接聞いてください。」

「しょうのない……。」

 

正座をして、話していたミクリオの横にスレイも座る。

正面に座るジイジは、キセルで肩を叩きながら聞いている。

 

「このバッカも―――ん!」

 

と、大声が響く。

スレイは驚いた後、苦笑いする。

 

「ただいま……ジイジ」

「なぜ人間を我らの地に連れ込んだ!」

 

怒るジイジに、ミクリオは冷静に言う。

 

「ジイジ……スレイの言い分も聞くって言ったじゃないですか。」

「今から聞くところじゃ!スレイや、わかっていながら戒めを破ったのか?」

「ごめんよ、ジイジ。放っておけなかったんだ……それにレイの時だって…」

「あの時とは状況が違う。この地に禍をもたらすだけだ、人間は。」

「オレも――人間だよ。それにレイも。」

「お前はワシらと共に暮らしてきた事でワシらの存在を捉え、言葉を交わす力を育んだ。普通の人間には出来ぬことじゃ。……そしてレイも、我らを見る事が出来る。この大きな違いがわからぬお前ではないだろう。」

「確かに……レイと違って、あの子に霊応力≪れいのうりょく≫はないみたいだった。」

「それでもスレイにとって初めて出会った同年代の人間だったんです。」

 

スレイに助け舟をするミクリオ。

 

「だが、同じものを見聞き出来ねば、共に生きる仲間とは言えん。」

「……。」

「ワシはこの地を護りながら、赤ん坊だった時からお前たち二人を育ててきた。」

「うん、感謝してる……」

「それはお前たちが他のみなと同様に、この杜を守る存在となるからだ。無用な侵入者は排除せねばならない。みなの平和な暮らしのために。」

「はい……」

 

ジイジの言葉に、素直に返事をするスレイ。

そこに物音が聞こえる。

そこを見ると、眠たそうな顔をした小さな少女。

 

「…お…帰り…お…兄ちゃ…ん。」

「ただいま、レイ。」

「…怒…られ…てる…?」

 

その言葉に、ミクリオは優しく言う。

 

「いや、気にしなくても大丈夫だよ。」

「ああ、起こしてごめんな。」

 

そして小さな少女・レイは、眠たそうな目を擦りながら、

 

「私…は…やっ…ぱり…邪…魔?」

「「‼」」

 

二人は慌てて、

 

「「そんな事はない!」」

「…ホン…ト?…ジ…イジ…も?」

「ああ、そうじゃ。…では、行くのじゃ。スレイ。」

「せめて、あの子の準備ができるまで待っていい?」

「ふぅ……急げよ。」

「ありがとう。」

 

ジイジは優しくスレイに言う。

そして立ち上がり、出口に向かう。

ミクリオはそれを横目で見て、ジイジに目を向ける。

 

「ジイジ……」

「わかっておるよ、ミクリオ。あの子の気持ちはまっすぐで正しい。だからこそ、ワシは心配なのじゃ。」

 

それを聞いて、レイはしばらく二人を見つめた後、外に出る。

 

 

スレイは、ジイジの家を出た後、自分の家に向かう。

そして、家で彼女を待つ。

しばらくして、ミクリオが入って来る。

 

「スレイ。」

 

彼の所まで行くと、遺跡で没収したものを渡す。

スレイは嬉しそうに、それを受け取る。

 

「あ、これ!」

 

それは片方しかない手袋だった。

指先は開いており、手首の所には数珠と羽が付いていた。

何より、手の甲の所には大きな紋章が付いている。

それをまじまじ見たスレイは、

 

「なぁ、この紋章って……」

「ああ。『導師の紋章』だね。」

「だよな!」

 

それを手に着け、嬉しそうに言う。

 

「天族と交信し、彼の力を意のままに操り、圧倒的な力を発言する者。導師か……んふふ!」

「導師になったつもりかい?」

「どうかな?」

 

ミクリオの言葉に、決めポーズを決めるスレイ。

 

「暗黒の世を救う救世主、には見えないね。」

「黙るのだ、天族よ。」

「お断り。」

「むぅ。」

 

と、コントを繰り出す。

そんなスレイに、

 

「ほら、発掘したもので遊ばない。」

「だな。」

 

ミクリオは玄関の方を見て、

 

「彼女、遅いな。」

「ちょっと見てくるよ。」

「…人間はスレイとレイだけだし、僕らが見えない彼女はかなり奇妙に思っているかもしれない。変に怪しまれたり、警戒されたりしないように気をつけなよ?ま、今でも十分警戒してる感じだけど。」

 

それを聞いて、外に出るスレイ。

彼女を探しに行く。

 

――とあるイズチの村の大きな岩の上、一人の小さな少女が立っていた。

日に当てられ、紫色の長い髪が反射している。

黒いワンピースのようなコート服が、風になびく。

顔は相変わらず前髪に隠れて見えない。

 

「…導師…天族と交信し、彼の力を意のままに操り、圧倒的な力を発言する者。…暗黒の世を救う救世主。……運命の輪は繋がった。今宵はどの物語が紡がれるか…。」

 

彼女は身をひるがえす。

その姿は風に包まれ、また消えた。

 

 

スレイは、彼女を意外と早く見付ける事が出来た。

 

「うーん……」

「楽しめた?」

「ああ。だが、ずっと誰かに見られてるようでなんだか……」

 

彼女の言う通り、すぐ傍には村の人が彼女を視ている。

スレイはそれを苦笑いで視る。

 

「…何…し…て…るの…みん…な…。あ…お兄…ちゃん…。」

 

そこに一人の小さな少女が現れる。

白いワンピースのようなコート服が風になびいている。

小さな少女は、スレイと彼女の傍による。

 

「子ども…」

 

彼女の言葉で、スレイは当たり前の事を思い出す。

 

「そうだよ!レイは人間だから見えるんだった。」

「スレイ?」

 

困惑の表情を浮かべる彼女に、慌ててスレイは言う。

 

「な、何でんもない。この子はオレの妹のレイ。」

「スレイの妹か…。では、私を見ていたのは君か?」

「……ん…?」

 

レイは首を斜めにした。

 

「あ、ああ、そうかもしれないな!レイ、この人はしばらくこの村に滞在するんだ。」

「しばらくお世話なる。」

 

レイと目線を合わせる彼女。

レイは彼女をジーと見つめる。

赤い瞳が彼女の緑色の瞳を除いている。

そして彼女にしか聞こえない声で、

 

「…矛盾…。貴女、嘘と…本心の…間に…いる。…それ故に、飲まれ…そうで…飲ま…れない。…でも、貴女…の望む…未来に…願うそれは…貴女には荷が重い。…彼の地に入れば…今の…貴女は…簡単…に飲ま…れる。…いくら…本当の…気持ちに…嘘と理屈…信念を…並べても…今の…貴女が…そのまま…では…その夢…は叶…わない。何より…貴女は…周りが…見≪視≫え…てい…ない。」

 

そう言われた彼女は目を見開く。

そしてレイから離れる。

 

「…き、君は?」

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない。」

 

レイは、スレイを見上げると、

 

「…帰…る。…ま…た明…日。」

 

と、さっそうとこの場を離れていった。

微妙な空気になったので、

 

「……ごはんにしようか。」

「すまない……実はもう限界だった……。」

「じゃ、オレの家に行こう。」

「あ、あの子も居るのか?」

「あー、いや。あの子は違う場所に住んでいるんだ。」

「兄妹なのにか?」

「うん。あ、でも時々は居るけど…。」

「そうか…。」

 

二人は、スレイの家に歩き出す。

 

「気ぃ遣わせちゃったかな。」

 

スレイは家の前に居るミクリオを見た。

それに、あの時のレイに関しても、そんな風に思えた。

その独り言に戸惑う彼女に、

 

「ううん、なんでも。さぁ、入って。」

 

二人で食事を取っていた。

その途中、彼女は何かを真剣に考えている。

スレイは、口元を拭きながら話しかける。

 

「ねぇ。」

「うん?」

「君がいる都ってどんなとこ?」

「私が暮らしているのはハイランド王国の都レディレイク。」

「レディレイクって……聖剣伝承の⁉」

「知っているのか。」

「天遺見聞録にあったよ。湖の乙女の護る聖剣を抜いた者が導師になるって伝承があるんだよね?」

「ああ、恵まれた水源を持つ都で、酒と祭りが好きな、陽気な人々で溢れていた。」

「溢れて『いた』?」

「昔はそうだった……」

 

彼女のその言葉に、

 

「下界の人たちは大変なんだな。」

「下界?」

「山を下りた先のこと。オレ、ここから出たことがないんだ。」

「一人…いや、あの子と共にずっとここに?スレイこそ大変な境遇だったのだな……。」

「はは。そうだ、明日からの帰り支度、手伝うよ。何がいる?保存食とかカバンとか?」

「そうだな、あと少々の道具類と寝袋があれば。」

「わかった。じゃあまずは狩りだね。明日案内するよ。」

「ありがとう、感謝する。」

 

二人は少し話してから、互いに眠りに入った。



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toz 第二話 旅立ち

翌朝、スレイが外に出るとミクリオが居た。

 

「おはよう、スレイ。」

「おはよう、ミクリオ……」

 

と遠くから、

 

「ミクリオ、早く。のんびりしている暇はないぞ。」

「わかってる。すぐ行くよ。ジイジに色々仰せつかってね……しばらくは忙殺されそうだ。」

「そっか……こっちのことは気にしないで。」

 

後ろには気が付いていないが、彼女が居た。

スレイは会話をしているが、彼以外誰も居ない。

独り言を言うスレイを見て悩む。

 

ミクリオは真剣な顔で、

 

「スレイ、ジイジの気持ちも……」

「うん。わかってる。」

 

するとまた遠くから、

 

「ミクリオ!」

「じゃあ、また。」

「ああ。」

 

と、ミクリオは去って行く。

後ろを振り向くと、彼女が立っていた。

 

「あ、おはよう。よく眠れた?」

「おはよう、久々にぐっすりと眠れた気がする。」

「じゃあ、早速行こうか。ウリボアが沢山いる。良い狩場なんだ。」

「了解した。」

 

二人は歩き出す。

村の入り口の所に小さな少女が立っていた。

小さな少女は相変わらず、長い紫の長い髪がなびいていた。

それに合わせ、白いコートのようなワンピースの服も風に乗っていた。

 

「おは…よう…お兄…ちゃ…ん。…さっ…きミク兄…みん…なと…出…掛けた…。」

「おはよう、レイ。なんかジイジに色々頼まれたらしいんだ。」

「そっか…。」

 

そう言って、レイは後ろの彼女に挨拶する。

 

「…お…はよ…う…」

「あ、ああ。おはよう。」

 

レイは、ギクシャクする彼女をしばらく見た後、

 

「お…兄ちゃ…んは…ど…こ…に行…く?」

「ウルボア狩りに行くところだ。」

「…私…も行っ…て…も良…い?」

「いいけど、遠くから見てるんだぞ。」

 

頷くレイ。

 

途中、山羊≪ハイランドゴード≫の所による。

レイが近付き、山羊≪ハイランドゴード≫の頭を撫でる。

 

「こ…の前…あり…がと…う。…君た…ちの…ミル…クで…ヨー…グルト…作っ…た。…美…味…しか…った…」

 

その光景を見た彼女は、どこか驚き、安心していた。

 

「どうしたの?」

「あ、いや。何と言うか、安心してしまって。」

「?」

「あの子供は、どこか子供らしくなかったから…。何と言うか…妙に大人びていると言うか…。いや、感情に乏しいと言うか…。」

「うーん、それは言えるかもしれないね。レイはここに来た時から、ああだったから。」

「うん?スレイは生まれた時から、ここに居たのだろう?」

「うん、オレはね。でもレイは、数年前に怪我をしてここに来たんだ。その前の記憶はないみたいで、行く当てもないからここに居る。だから、オレとレイとは血の繋がりはない。でも、大切な妹だ。」

「…そうだったのか…。では、もしかしたらあの子は…」

「私…の…話?」

「え?」

 

難しい顔をしていた彼女の目の前に、レイは見上げていた。

 

「い、いや。何でもない。」

「じゃあ…あっち…。ウリボア、居る。」

「ああ、了解した。」

 

三人で、森に入って行く。

そして猪に似た生き物を見付けた。

スレイと彼女は岩陰に隠れ、レイはすぐに木の陰に隠れる。

気の陰から、二人を見守る。

 

「いたよ。ウリボア」

「あれがウリボア……」

「あいつの肉は燻製にしたら保存にも利くし、なかなかイケるんだ。皮も素材として色々使えるしね。」

「少々気の毒だが……」

「やめとく?」

「いや。現実は心得ている。それに、都では得られない経験だ。」

「なるほど。」

 

そして、ウリボアが背を向けて動き出す。

 

「今だ!いくよ!」

 

と、狩りを始める。

彼女の槍さばきを見たスレイは、

 

「すごい槍さばきだ。」

「ありがとう、君こそたいしたものだ」

 

と、次々狩っていく。

 

「よっし。もう何頭か必要だな。」

「見当たらないな。」

「よ~く探せばいるよ。」

 

と、ウリボアを探す。

レイは二人に近付き、

 

「お兄ちゃん…あっちに…いる。」

「お、ありがとう。ホント、レイは見付けるの早いな。じゃあ、行こうか。」

「ああ。」

 

狩りを行いながら、

 

「ねぇ、レディレイクまではどれくらい?」

「そうだな……2~3日というところどろう。」

「ちか!そうだったんだ。」

「だが山麓≪さんろく≫の森は深くはないのに、迷ってしまう事が多いんだ。」

「ジイジの〝領域〟の力だな……」

「ジ…イジ…の力…雷…強い…。」

「そうだな。」

 

狩りを終え、スレイの家に帰って来た。

 

彼女はベッドで休んでいた。

彼女は身を起こし、暖炉のような所で本を読んでいたスレイ。

その膝に、レイは眠っていた。

そんな二人を見る。

 

「スレイ。」

「あ、起こしちゃった?ごめん。」

「よほどのお気に入りなのだな。その本が。」

「子どもの頃から何度も読み返して――」

「――いつか世界中の遺跡を回るのが夢なんだ。天遺見聞録を読んだ者、皆がそう言う。かくいう私もその一人。」

 

彼女は嬉しそうに言う。

その声に、レイも目を擦りながら起きる。

が、嬉しそうな顔が一転、暗くなる。

 

「だが今、世界に遺跡探求の旅などという余裕はないんだ。十数年前から、世界各地は人智の及ばないような〝災厄〟に見舞われている。」

「……災厄?」

「……。」

「謎の疫病に止まらない嵐、人体自然発火……死人が歩き回ったなどと、めちゃくちゃな噂まである始末。もうしかしたら、君の妹もそう言った所から逃げてきたのかもしれないと、私は思う。」

「ちょ、ちょっと待って。なんというか……」

「信じられない?それとも面白そう?」

「あ、いや……」

「だが、事態は深刻だ。」

「?」

「災厄によって引き起こされた大陸全土の異常気象。それが原因で近い将来、作物の実りがなくなり飢餓がやってくるだろう。最大の問題は、窮した国々の間で、略奪戦争が起きるかもしれないという事。そうなってはもう止められない。」

「何か手はないの?」

「見当もつかない……伝承にすがる程……」

「だから遺跡を?」

 

ちょっとした間が出た。

 

「いいよ。無理に話さなくても。さ、オレももう寝る。おやすみ~」

 

そうして、寝に入る二人。

レイはそんな二人を見た。

そして聞こえない程の声で、

 

「世界は変わらない…。いつの世も…平和は続かない。気が付いた時には…すでに遅い。悲しき思い…抱く願いは…儚く散る…。」

「レイ?」

「…おやすみ。」

 

と、スレイの横に寝る。

レイに毛布を掛け、

 

「おやすみ。」

 

 

――翌朝。

起きた時は、横にレイは居なかった。

おそらく、ジイジの所だと思われる。

そう考えながら、外に出るスレイ。

彼女はすでに出ていた。

 

「おはよう。スレイ。」

「おはよう。」

 

そう言っていると、歌声が響いてくる。

 

「この歌は…どこかで…」

「お、レイだな。」

「あの子が?」

「ああ。良い歌だろう。」

「ああ、そうだな。心がとても落ち着く。」

「じゃ、今日は昨日狩ったウリボアから、保存食とかカバンとか色々作らなくちゃ。」

「よろしく頼む。」

「はは。そんな楽しいもんじゃないけどな。」

「さぁ、まず私はどうすれば?」

 

と、中に入っていく。

 

レイはジイジの家の岩上に居た。

歌を歌い終わると、風が気持ち良く自分を包む。

この辺り一片の風景を見ながら、昨日の彼女の話を思い出す。

 

――十数年前から、世界各地は人智の及ばないような〝災厄〟に見舞われている。

謎の疫病に止まらない嵐、人体自然発火……死人が歩き回ったなどと、めちゃくちゃな噂まである始末。もうしかしたら、君の妹もそう言った所から逃げてきたのかもしれないと、私は思う。

 

レイは空を見上げる。

 

「………。」

 

青い空を見ていた自分の瞳は違うものを映し出す。

 

――燃え盛る炎、悲鳴と恐怖が入り混じった人…そして人々からは認識されない天族。

誰もが逃げる反対側には‥‥

 

「うぅ…!」

 

レイは頭を抱える。

それに合わせるかのように、風が荒れ出す。

 

――燃える炎に交じって、穢れが充満し始める。

 

レイの息遣いが荒くなり、意識を失って後ろに倒れこんだ。

が、それを支えた者が居た。

それは、天族の老人だった。

その天族の老人は、自分の腕の中で眠っている小さな少女を見る。

 

「むぅー…。」

 

 

レイが目を覚ますと、そこは布団だった。

 

「起きたか?」

「ジイジ…おはよう…。」

 

レイは目を擦りながら、挨拶する。

 

「ああ、おはよう。気分はどうじゃ?」

「…普…通…」

「そうか…。なら、良いが…。」

 

レイは外を見る。

先程歌を歌った覚えはある。

が、その先は思い出せない。

 

「……お兄ちゃん…のとこ…行ってくる。」

「ん?そうか。」

「うん…行っ…て…きま…す。」

「ああ、行っておいで。」

 

と、布団から出ていく。

 

 

スレイの家の中に入る。

二人はウルボアの肉を焼いたり、毛皮を塗っていたりしていた。

レイはそれを手伝った。

全てが完成し、スレイと彼女は向かい合って座る。

レイはスレイの横に座る。

 

「結局すべて君らにやらせてしまったな……。」

「いいって。慣れてるし。ね、レイ。」

 

と、スレイに聞かれ、頷くレイ。

 

「おかげで明日には発てそうだ。ありがとう、スレイ。それに、レイも。」

「そう……よかった!じゃ、明日に備えてゆっくり休んでね。」

 

と、立ち上がる。

 

「オレ、ジイジに伝えてくるから。」

「私…も…行…く…。」

 

二人は、外に出ていく。

外に出て、歩きながらスレイは、

 

「もっと下界の話聞きたかったな……」

「……お兄…ちゃん?」

「ん、何でもないよ。」

 

そして、ジイジの家に入る。

 

「た…だ…いま…ジイジ…。」

「ん、お帰り。」

「ジイジ、明日出発するって。」

「そうか……出発は皆で見送ろう。客人には違いなかったわけじゃからな。」

「うん!」

 

と、ジイジも笑顔を向ける。

 

翌朝、彼女を見送る。

スレイの横にはレイもいる。

無論、彼女には視えていないが、天族達も後ろに居た。

村の入り口で立ち止まり、

 

「スレイ、本当に世話になった。無論、レイも。」

 

レイは彼女を見つめた。

 

「ホントにここまででいいの?」

「ああ。これ以上迷惑はかけられない。」

「そっか。」

「……」

「大丈夫。渡した地図通りに行けば、森も迷わないよ。」

「あ、いや、それは信用している。」

 

彼女は少し間を取って、

 

「アリーシャ。」

「え?」

 

彼女はスレイの顔を見つめ、

 

「私の名はアリーシャ・ディフダ。」

「アリーシャ……」

「君は何も言わずに、何者とも知れぬ私を助けてくれた。それに引き替え、私は我が身可愛さに名すら告げず……騎士として恥ずべき事であった。どうか……許して頂きたい。」

「そんなこと……」

「そ…れは…仕…方な…い。…人…間は…弱…い誰も…が…自…分を選…ぶ。」

 

レイは、彼女・アリーシャを見ていった。

アリーシャはそれに少し微笑み、真剣な顔をする。

 

「スレイ、私はー」

「ん?」

「私は、天族は本当に存在していると思う。天遺見聞録に記された数々の伝承はお伽噺などではないと。」

「うん。」

「今、世界中で起きている災厄……それを鎮められるのは伝承に残る存在ではないのかと。」

「導師だね。」

「……君らは笑わないんだな。都では誰もがバカにしたのに。」

「…そ…う思…うか…は自分…次第。…他…の人は…関…係な…い。」

 

レイはアリーシャの目を…いや、瞳を視ていた。

 

「そうだな。それに、オレも信じているから。」

「君は本当に気持ちのいい人だ。無論、レイも。」

 

彼女は少し間を取って、

 

「レディレイクの都ではまもなく聖剣祭≪せいけんさい≫が始まる。導師伝承をなぞらえた『剣の試練』も行う予定だ。」

 

その言葉に、レイは少しだけ反応する。

が、それは小さすぎて誰も気が付かなかった。

そしてアリーシャは、スレイを見て、

 

「スレイ。『剣の試練』に挑んでみないか。」

「え……」

 

そう言われ、スレイは後ろに居るジイジを見る。

 

「では行く。」

 

と言って、歩き出す。

 

「スレイ、今の話、考えてみて欲しい。」

「どうして……」

「伝承にある導師……それはきっと……」

 

そしてもう一度スレイを嬉しそうに見て、

 

「スレイ、君のような人物だと思うから。」

「……」

 

そして去って行った。

 

スレイは、アリーシャの去る姿を見ていた。

そんな彼の肩を誰かが掴んだ。

その人物はミクリオだった。

彼の左手には変わった短剣が握られている。

 

「これは?」

 

と、その短剣を握る。

 

「僕はジイジに言われて、あのあとずっと遺跡であの女騎士の手がかりを探していたんだ。」

「じゃあこれはアリーシャの……」

「ハイランド王家の紋章だ。」

「アリーシャ・ディフダ……ただの騎士ではないようだね。」

 

そう言っていると、後ろからジイジが二人に言う。

 

「辛いだろうがな……これでよかったんじゃ。」

 

レイの眼はある人物を視た。

その目に映る者は、黒い何かを纏っていた。

 

「…入…り…込…んだ。」

 

それはレイの小さな呟きだった。

それを聞いたジイジは何かに反応する。

そして、ジイジの表情が険しくなる。

ミクリオが何かを察し、

 

「ジイジ?」

「何者かがワシの領域に侵入してきた……」

 

そして、ジイジは片足で地面を一叩きする。

強い力で、地面に波動が伝わる。

 

「むぅ!気配を隠したか。こざかしい!」

 

ジイジは、皆に振り返り、

 

「聞け!皆のもの!何者かが侵入した!探すのじゃ!気配を隠したことからおそらく憑魔≪ひょうま≫じゃ!心して探索にあたれ!」

 

皆は動き出す。

スレイは、ジイジに言う。

 

「オレたちも行くよ!」

「うむ。憑魔≪ひょうま≫であれば事態は急を要する。頼んだぞ。」

 

スレイとミクリオは、

 

「森の方をあたろうと思うが、どう思う?」

「うん。そうしよう。」

 

スレイとミクリオが動き出す。

 

レイは森に来ていた。

実はジイジが皆に指示している時に、すでにあの場から離れていた。

 

「……。」

 

辺りを見ていると、ちょうど一人の天族に会う。

 

「…マ…イセ…ン…。」

「ん?レイか…。お前はすぐに村に帰れ。」

 

そう言って、離れようとする彼の腕を掴む。

 

「何だ?」

「ダ…メ…帰る…の…はマイ…セン…の…ほう。…この…ま…まだと…マイ…セン危…ない。」

「は⁉」

「…あ…れ…は穢…れを纏…って…る。」

「知っている。ジイジも、あれはおそらく憑魔≪ひょうま≫と言っていた。…やっぱり、お前が何かしたのか。」

「…違…う。」

 

と言っていると、レイは真横を見る。

すぐ傍に、穢れを纏った者が居た。

その者に、レイは木に叩き付けられた。

 

「うぅ。」

 

と、意識が朦朧とする。

そんな中、マイセンの方を見る。

マイセンは、敵を引き付けていた。

 

 

――マイセンは森の中にある遺跡のような砦に出た。

自身の怪我を庇いながら、ここまで来た。

と、風が吹き荒れた。

 

「どうして、そこまでして助ける。嫌っていた筈なのに…。」

「誰だ⁉」

 

マイセンは声のする方を見上げる。

声の主は、壊れた柱の上に居た。

小さな少女だ。

紫色の髪と黒いコートのようなワンピースの服を風になびかせていた。

日の光のせいで、顔は見えない。

 

「答えろ。嫌っていた相手をなぜ助ける。人間の子供と天族の子供と違い、受け入れてすらいなかったはずだ。」

「――からだ…」

 

小さな少女はマイセンを視据えていた。

 

「それでも大切な仲間だ。何より、お前とは違うからな。」

「…理屈ではそうでも、貴様自身の心はそうではないようだ。」

「何だと!」

「叶えられる願いは一つだけ。お前のその願いのどちらかだ。」

 

見えていないのに、まるで鋭い目で見られているかのような重圧がマイセンを襲う。

それでもマイセンは、力強い瞳でその者を見た。

 

「なら、決まっている。願いは―――」

 

 

しばらくして、マイセンの悲鳴をレイは聞いた。

そこに向かって走る。

 

「…マ…イセ…ン…」

「おや、さっきの…惜しいですね。あともう少し早ければ、死ぬ瞬間が見れたのに…。」

「…哀れな…人間。お前の…望む…それは叶わない。いくら…天族を…喰べて≪たべて≫…力を手に…入れても…」

「んんー?おかしなガキだ。そこで大人しくしていな。次はお前だから、さ。」

 

そう言って、マイセンの亡骸をむさぼり始める。

 

 

――同時刻、スレイとミクリオは森の中に居た。

 

「ぎぃやぁぁぁ!」

 

と、探索していたスレイとミクリオの耳に、悲鳴が聞こえて来た。

二人がその場に急ぐと、一人の天族が何者かに襲われていた。

そしてすぐ傍に、小さな少女を見付けた。

 

「マイセン⁉レイ⁉」

「おかしいねぇ。ここには主菜≪メインディッシュ≫しかないはずなんだが……また新たに二人もお出ましかい。うーん、これは順番変更だねぇ。」

 

その人物がスレイとミクリオの方を向く。

人間のような姿だが、耳や目は吊り上がっている。

いわゆる、狐のような面持ちだ。

 

ミクリオは、驚愕する。

 

「なんだこいつは……これが憑魔≪ひょうま≫だって言うのか……。ここは君が来るような所じゃない。立ち去るんだ。」

 

慎重に言うミクリオだが、その声は震えている。

それが解るかのように、相手は笑い出す。

 

「クックク、カッカッカ。小僧が生意気に。全身恐怖が丸出しになってるぜ。ほら、力んで腕もガチガチ。」

「ダ…メ…お兄…ちゃん。…そ…れ罠…」

 

が、相手のその言葉に、スレイは自分の腕を見る。

その隙を相手は、炎を出した。

その炎が、スレイの腕に襲い掛かる。

 

「うぁあ!」

 

スレイはすぐに腕の炎を消そうとする。

ミクリオがすぐに、炎を消す。

 

「スレイ!」

 

スレイは、腕を抑える。

 

「ぐふ、お前さん旨そうな匂いがするねぇ。」

「何……だって?」

「言わせるのかい……お前さんを喰いたいって。」

「ふざけるな!」

 

ミクリオは叫ぶ。

二人は戦闘態勢に入る。

 

「最初から全開だ。レイ、そこに隠れてろ!憑魔≪ひょうま≫、オレの奥義を見せてやる!」

 

二人は優勢だ。

しかし動きが硬い。

 

レイは歌を歌い出す。

それは全体に響き渡る。

それに合わせ、風が吹き出す。

すると、二人の動きは軽くなる。

対して、敵の憑魔≪ひょうま≫は苦しそうな顔をする。

 

レイは歌い続ける。

と、敵の憑魔≪ひょうま≫がこちらに来る。

そして、レイの首を絞める。

 

「「レイ‼」」

「ガキのくせに何故⁉まぁーいい、ここで死ね!」

 

と、爪でレイを斬り付けようとした瞬間、結界のようなものがレイを守る。

敵は何が起きたか解らない。

無論、スレイとミクリオもだ。

しかし、スレイとミクリオはその隙を狙って、敵に一撃を与えた。

 

「くぬ。」

「大丈夫か、レイ。それにしても、口ほどにもないじゃないか。」

「さあ、まだやんのか!」

「去れ!」

 

二人は、敵に追い打ちを掛ける。

しかし敵は、嬉しそうにマイセンの亡骸に近付く。

 

「げほっ……ダ…メ…。」

 

そして、マイセンの亡骸を食べる。

 

「な!」

「マイセン!」

 

そして敵は、再びスレイとミクリオの方を見る。

 

「こいつ……マイセンを……これが…憑魔の本当の……」

 

敵がさらに攻撃を仕掛けようとした時、

 

「去れ。邪悪なる者よ。」

「それともみんなで相手してやろうか。」

 

と、ジイジと他の皆が居た。

 

「ふん……つまみ食いにかまけて主菜≪メインディッシュ≫を逃すのは面白くない。」

 

そう言って、敵は姿を消した。

敵が消えた後、スレイは俯いた。

 

「マイセン…」

 

レイは歌を歌い出す。

それに合わせ、風が吹き、花びらも舞う。

それはまるで、彼を送るかのように…。

スレイは胸の前で、マイセンに対し、弔いを向ける。

そして、その場に居た全員が、マイセンに対し、弔いを送る。

 

「後はワシらに任せい。」

 

ミクリオは、先程の疑問をぶつける。

 

「ジイジ、さっきのキツネ人間は憑魔≪ひょうま≫だったのですか?我々と会話を交わすなんて……」

「うむ。あれは人間が憑魔と化した姿じゃ。憑かれたと言ってもいい。」

 

ジイジの言葉に、スレイの表情は暗くなる。

 

「人が憑魔に……?」

「…人…も…天…族で…さえも穢…れは…纏う。人は…欲…望に…天…族は理…性を…失う。決…して…抗…うこ…とは…出来…ない。」

 

レイは呟いた。

スレイとミクリオは、神妙な面持ちでレイを見る。

少しの間を置いて、ジイジが言う。

 

「さぁ、お前たちはさっさと戻って休め。」

「そうします。さ、帰ろう。」

「あ、うん。」

 

スレイは歩き出す。

ミクリオは、ジイジを見る。

 

「……動きはじめたのかもしれんのぉ。」

 

ジイジはミクリオに近付いた。

そして少し会話をして、ミクリオも歩いて行った。

 

レイはジイジに話し掛ける。

 

「ジ…イジ…」

「なんじゃ。」

「ごめ…ん…なさい。私の…せい…でマイ…センを…死せ…た。」

「…マイセンはお前さんを助けたんじゃ。それに、お前さんの歌のおかげで、ここに来れた。」

「……。」

「さ、お前さんも休んでおいで。」

 

レイは頷いて、歩いて行った。

 

 

――しばらくして、天族の老人の所につむじ風が起こる。

 

「お前の同胞の願いは叶えた。しかし…己が命ではなく、他者の命を選ぶとは…」

 

吹き荒れる風の中には、小さな少女が居る。

黒いコートのようなワンピースの服と髪が大きくなびいている。

風の勢いが強く、表情は解らない。

 

「…やはり、目覚めておったか。いや、まだ半分…と、言ったところか…。お前さんか、あの人間の娘を入れたのは…」

「彼の地には入れないさ。私にも盟約がある。しかし、導くことは出来る。ゼンライ、運命の和は繋がり、すでに動き出している。…お前も、決断の時だ。」

 

そして再びつむじ風が巻き起こる。

風が収まった時には、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女少女は消えていた。

 

 

スレイは自分の家のベッドで、横になって休んでいた。。

そして、先程の憑魔を思い出していた。

 

「あいつ一体何しに……」

 

――おかしいねぇ。ここには主菜≪メインディッシュ≫しかないはずなんだが……

 

「……」

 

――主菜≪メインディッシュ≫を逃すのは面白くない

 

「まさかあいつの狙いって……!」

 

そう言って、ガバッと起き上がる。

そして、自分の横に置いたアリーシャの短剣を見た。

何かを決意し、ベッドからでる。

荷造りをして、外に出る。

 

「黙って行って……驚くだろうな。みんな。ごめん!」

 

村の入り口に向かて歩き出す。

 

入り口に着くと、後ろを振り返る。

 

「よし!」

「何が?」

 

と、真横から声を掛けられた。

 

「わ!ミクリオ⁉どうして⁉」

「抜け駆けなんてさせないさ。」

「え……」

「僕も行く。」

「ミクリオ!」

「…私…も行…く。」

「て、レイも⁉」

 

驚くスレイをしり目に、

 

「歩きながら話そう。時間が惜しい。」

 

そう言って、歩き出すミクリオとレイ。

 

「あのキツネ男の言葉……狙いはアリーシャと考えるのが自然だ。」

「ミクリオも気付いたんだ。」

「当然。さ、急ごう。」

 

スレイは、ミクリオの前に出て、

 

「ミクリオ!」

「な、なんだよ。改まって。」

「来てくれて、すげーうれしい!」

「ウソひとつつけない君じゃ、人間の中ではやっていけないだろうからね。」

 

そして二人は腕を合わせる。

レイはそれを見上げる。

 

「…私…も居…て…う…れし…い?」

「もちろん。」

 

レイは二人から視線を外す。

 

「でも、レイを連れてくのはまずいんじゃ…。それに、ジイジ…怒ってるよな。」

「ジイジは覚悟していたのさ。いつか君らが旅立つことを。」

「大げさだなぁ~。一生会えなくなるわけじゃないのに。」

「わかってるんだ、ジイジには。旅立ったら、君はもう人間の中で生きていくって。」

 

そして、ジイジのキセルを取り出す。

 

「これはジイジの……」

「人間の社会ではお金が必要だ。困ったらこれを売って足しにしろって。」

「……」

 

ジイジのキセルを受け取るスレイ。

 

「そして君に伝言だ。『自由に、自らの思う道を生きよ。お前の人生を精一杯』だってさ。それに外に出れば、レイの事も解るかもしれない。後、レイの面倒は僕らでしっかり見ろってさ。」

 

そして、ジイジのキセルを大切に包む。

そして歩き出す。

 

辺りは霧のような雲に包まれていた。

道を下りながら、進んでいく。

一番前を歩くミクリオが何かに気が付く。

ミクリオは立ち止まり、前を見る。

霧のような雲が晴れる。

ちょうど日の出も出てきている。

 

「すごい…!」

 

高い岩崖から滝が流れ出て、辺りは村しか知らない彼らにとっては神秘の宝庫だった。

 

ーー人はあまりに無力だ。

それ故、時代が窮すると導師の出現を祈る

 

スレイは嬉しそうに、駆け寄る。

 

「うわあ!」

 

目を輝せながら、

 

「これが――世界‼」

 

ーーこの後『災厄の時代』と呼ばれた時代に現れた導師の物語が開ける

 

彼らの後ろ、小さな少女が立っていた。

黒いコートのようなワンピースの服が風に乗っている。

 

「世界に対し、人も天族も弱い。それ故に、世界に生きるもの皆、救いを、導師を願う。さて、この災厄の時代に生まれし導師の器よ、お前の…いや、お前達の物語を見せて貰おう。」

 

風が吹き荒れ、小さな少女の姿は消えた。

 

彼らは森に出た。

 

「この森を抜ければ湖が見えてくる。斜面を下って行けばいいはずだ。」

「わかった!……って、やけに詳しいな?」

「まあね。この日のために情報を集めていたから。」

「こっそり⁉ずるいぞ!な、レイ。」

「…?」

「レイに振ってどうするんだ。」

 

と、森の中を進んでいく。

森を向けると、岩と川に囲まれた道に出る。

 

レイが二人に言う。

 

「…来…た…」

 

道中、狼型の魔物に遭遇する。

スレイとミクリオは、戦闘態勢に入る。

 

「こいつは狼…いや、憑魔≪ひょうま≫か!」

 

戦い終わると、

 

「いきなり憑魔≪ひょうま≫に当たるなんてついてない。……もしかしてオレらが見えてるのをわかって寄ってきてる?」

「どうだろう。まだ断定できない。」

「……ま…た来…た。」

 

何度か、憑魔≪ひょうま≫と戦闘を行った。

 

「やっぱり偶然じゃない。明らかにオレたちに寄ってきてる。」

 

憑魔≪ひょうま≫に気をつけながら進み、

 

「…あれ。」

 

レイの指さす方向に、

 

「見えた、湖だ!」

「大きな街がある!行ってみよう。」

 

近付いていくと、

 

「なんか下界に来たんだって実感してきたな~!」

「あっちこっちに目移りして、道に迷わないように。レイも、僕らから離れないようにね。」

 

レイは頷く。

スレイは、嬉しそうに自慢する。

 

「はっはっは。地図があるから大丈夫なのだよ。」

「ああ、天遺見聞録に載っていたっけ。」

「ただ古い地図だから、自分で書き足して使わないとだけど。」

 

橋に近付くと、

 

「人…がいっ…ぱい…」

「何かもめてるな。」

「ホントだ。馬車が止まってる。」

 

そう言て、橋に近付いた。



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toz 第三話 導師の誕生

とある商人馬車に近付く。

赤髪の少女と長身の男性に話し掛ける。

 

「あたしらは『セキレイの羽』。商人のキャラバン隊だよ。」

「俺が隊長のエギーユ。その子はロゼだ。よろしくな。」

 

レイは二人を見上げる。

赤髪の少女・ロゼと目が合う。

 

「…風の…加護…。貴女は…二つの顔…がある。でも…どちらも…貴女は…貴女のまま…それは…これからの…貴女を…きっと救う…。」

 

それは小さな呟きだった。

ロゼは少し反応したが、レイの呟きに聞こえていなかったスレイが、

 

「オレはスレイ、こっちは妹のレイ。よろしく!」

「今度はちゃんと自己紹介したね。」

 

後ろから、ミクリオに言われた。

 

「うっせ。」

 

と、スレイは小声で言う。

スレイはすぐに質問する。

 

「あ、えーっと、キャラバン隊って事は旅をしてるの?」

「そう!世界を股にかけてんだ。」

「へぇ!」

「俺たちは通商条約に守られている。だからどの街も基本フリーパスだ。」

「密売とか持ちかけてくるヘンなのもいるけどあたしらは信用第一!」

「やばい仕事をこなす同業者もいるが俺たちは俺たちのやり方でやる。」

「それがあたしたちのプライドってヤツ!」

 

それを聞いたミクリオが、

 

「ふむ。これが人間の商魂ってヤツか?」

「そうなんだ。なるほどな~」

 

スレイも関心する。

 

「しばらくレディレイクに滞在するつもりだ。なんか入り用なら遠慮なくいってくれよ。」

「うん。ありがと。」

「営業する前に馬車をなんとかして欲しいんだけど。」

「はは…。」

 

ミクリオの言葉に、スレイは苦笑いする。

とロゼが、スレイの持っていた短剣を見る。

 

「立派なナイフ~!ね、1000ガルドでゆずってくれない?」

 

スレイは素直に断る。

 

「そっか。残念。気が変わったらよろしく、ね!」

 

 

彼らから離れ、レイとスレイはすぐ傍にいた犬を撫でる。

 

「ミクリオも撫でてみたら?犬?」

「こういう動物は僕らの存在を感じていて、苦手だ……」

「それ…はミク…兄…がそ…う…思っ…て近…付い…ている…から。」

「ぷ、ははは。」

「笑うなよ。誰だって苦手なものぐらいある。」

 

レイを橋に残し、スレイとミクリオは橋の入り口に戻ってみる。

すると、

 

「数日前アリーシャ姫がここを通って都に戻ったらしい。俺も噂の騎士姫を見たかったよ。」

 

と、言うのを聞いた。

 

「アリーシャ姫か……」

「無事に都に着いたみたいで一安心だ。」

「あのキツネ男は追いつかなかったらしいな。それにしても王家の者だったのか…」

「まさかお姫様だったなんてね。」

「姫が騎士、しかも遺跡に探索?どんな事情が……」

「考えてもしょうがないよ。」

「だね。あのキツネ男も街に入って彼女を狙ってるかもしれないし。」

「早くアリーシャに知らせてあげなきゃ。」

 

話をまとめてもう一度、橋に戻る。

家中を着けた騎士兵に、声を掛ける。

 

「街に入る申請かな?今のうちに済ませれば馬車が動いたらすぐに入れるぞ。」

「うん。じゃあ、そうします。」

「…お兄ちゃん…馬車…動く…。」

 

すると、馬車が動けるようになった。

ロゼが大声で、

 

「みなさん、ご迷惑をお掛けしました!」

「ちょうどいいタイミングだったな。レディレイクにようこそ。」

 

先程のセキレイの羽の人達に手を振って、別れる。

橋を渡りきると、街に入る。

辺りは、立派な建物が並んでいる。

 

「すっげえ!ここがレディレイクの都か~!」

「なるほど……人間の街はこんな感じなのか。ちょっと圧倒されるな。」

「だよなー!」

 

二人は驚きと喜びに満ちる。

対して、レイの瞳は視た。

 

「…加…護の…な…い街。」

 

さらに周りを視る。

彼女の瞳には、黒い球体のようなものがいくつも視えている。

 

「…穢れ…この街は…穢れ…に満…ちて…いる…。」

 

レイの呟きには気付かなかった二人。

そんな二人は、周りを見ていた。

が、ミクリオはすぐに気を引き締める。

 

「さて、僕たちは観光に来たわけじゃない。まずはアリーシャを探すべきか、それともキツネ男からか……」

「とりあえず、街を回ってみようと思うんだ。」

「情報集めだね。了解。」

 

街の探索を始める。

 

とある店の前で、

 

「お兄さん、どうこの服?本物のシルク生地だよ。今なら860ガルド。お買い得だろ?」

 

スレイは亭主に近付く。

 

「へえ、安いんだ?」

 

レイはその場に近付かず、

 

「ミク…兄…憑…魔≪ひょうま≫が…い…る。……あ…の人…の欲…望の…形…醜…い姿…」

 

ミクリオもそれを確認して、

 

「スレイ、奥。」

 

スレイが奥を見ると、耳のとがったゴブリンのような生き物と目が合う。

 

「あ……!追い払えた方がいいよな?」

「どうやって?露天商に襲い掛かった暴漢として、衛兵に捕まるのがオチさ。周りの人にとっては、普通の人間なんだから。」

「そっか……。」

 

と、その場を後にする。

再び歩き出し、広い出店のような場所に出る。

 

そして聖堂を見て、

 

「は~、聖堂ってこんなに華やかなものなのか。」

「さすがに導師伝承が残る街だね。それだけに気になる……〝加護領域〟を感じない。」

「そういえば……イズチではジイジの加護を常に感じてたのに。」

「ジイジが特別大きな力を持っているから、あれほどだったとしてもだ。この街はとにかく穢れが強い……。ちょっと気分が悪くなるくらいだ。」

「あ、大丈夫なのか?ミクリオ。」

「まだね。」

「ミ…ク兄…」

 

と、レイはミクリオの手を握る。

すると、ミクリオは気分的に楽になる。

 

「ありがとう。でも、正直長居するのは遠慮したくなってきてる。想像していたより憑魔≪ひょうま≫も多いし。」

「オレたちってホント無力だよな……。憑魔の姿が見えてるってのに。」

「もどかしいけど……しょうがない。僕たちに浄化の力はなんてないんだから。それに憑魔≪ひょうま≫に憑かれてる人間にも理由がある。邪な心に付け入られてるのさ。」

「こんなに華やかな街なのにな……。」

「これが普通なのかもな。人の街では。」

「……そ…の普…通も…人…々…は忘…れる。」

 

レイは小さく呟いた。

 

「でも、聖堂に『湖の乙女』が守るという聖剣があるのか……って並ぶ気?」

「まさか!今はアリーシャの安全が大事。」

「今は、ね。」

 

と、階段の近くに行くと、老人と子供が居た。

 

「わかるか、坊や。どんなに苦しくてもスリなんてしちゃいけない。」

「うっせー!じじい!死ね!」

 

と、子供は怒鳴り、走り去っていく。

レイは、それをじっと見ていた。

無論、スレイとミクリオも、だ。

 

奥に進むと、大きな虎獣のような憑魔≪ひょうま≫が殴り合っていた。

周りの人達は盛り上がっている。

 

「そろそろぶっ倒れな。」

「ハエが止まったのかと思ったぜ。おりゃ!」

 

殴り合いを続ける者達。

その光景にスレイは、

 

「すごいな……」

「ああ……近付かない方がいい。」

 

と、引き返す。

 

――黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が居た。

その黒いコートのようなワンピースの服を着た少女は殴り合うその場を見て、

 

「変わらない。心は醜い、だからそうなる。」

 

 

路地裏に行くと、先程老人に暴言を吐いていたスリの子供が居た。

 

「なんだよ!まだ何かあんのか!」

 

スレイが少年の顔を見ると、

 

「うわあ!」

 

その子供はゴブリンのような姿に変わる。

 

「…心…の歪…みが…起…き始…めた…」

「何驚いてんのさ?」

 

そして、スレイの横のミクリオを見て、

 

「あれ、そっちのお兄ちゃん、なんか旨そうな匂いがするね……」

「スレイ、レイ、逃げるぞ!」

 

その場からすぐに逃げる。

ゴブリンのような姿に変わった子供の近くに、黒いコートのようなワンピースの服を着た少女が立っていた。

 

「気をつけろ、人間の子よ。それ以上いくと…戻れなくなるぞ。」

 

ゴブリンのような姿に変わった子供が声の方に振り返るが、誰も居なかった。

 

 

しばらく街を回って、

 

「ホント賑やかだなぁ。人がいっぱいだ。」

「気を抜かないで。それだけ彼らの邪な心に憑かれた憑魔≪ひょうま≫も多いって事だ。」

 

そして街に流れる水車に目を向ける。

 

「でっけえー!水車って、水の力で小麦を挽くんだよな?」

「それだけじゃない。脱穀や製糸などにも利用しているらしい。これだけの人間が生活しているんだ。色々大がかりな仕掛けが必要なんだろう。」

 

レイは川を覗き込み、

 

「…汚…い人…の心…。」

 

レイの言葉に、ミクリオは何かに気が付く。

しかしスレイは、

 

「いつ頃作られたものなんだろう?土台はずいぶん古い様式に見えるけど水車の部分は結構新しいし――」

「スレイ。」

「ん?」

「水が、かなり穢れている。」

「なんだって!」

「この穢れた水は街の横縦に流れているものだ。つまり……ジイジの言う通り――」

「人が穢れを生んでいるのか……」

「…自…然は…も…っとも染…まり…やす…い。…そ…して天…族も…。」

 

それから、貴族街に入る。

 

「穢…れ…こ…の穢れ…はあの…人間…。」

 

レイは遠くを視ていた。

が、二人はすでに歩いていた。

そしてレイは、二人の傍から離れていた。

 

奥の屋敷の方に行ってみると、犬の鳴き声が聞こえる。

それは尋常ではない。

見てみると、犬が隅の方を見て吠えている。

と、炎が浮かび上がり、男性が一人飛び出し、塀の上に乗る。

 

「お前は!」

 

そして、飛び去って行った。

 

「間違いない、キツネ男だ!」

「追いかけよう!」

 

犬が二人を手伝うように、導く。

走りながら、

 

「あのキツネ男、狙いはやっぱりアリーシャ?」

「だろうね。騒ぎになったから一旦退いたのかも。」

 

そして二人は今になって気が付く。

 

「そういえば、レイは⁉」

「いつからいない⁉」

「探した方が良いけど…」

「あのキツネ男をほっとくこともできない…。」

 

と、風が吹き荒れる。

 

「あのキツネ男の所に、探し物はあるぞ。」

 

声が響いて来た。

二人は警戒するが、怪しい気配はしない。

 

「とりあえず、あのキツネ男を追おう!」

「ああ!」

 

と、キツネ男を追い掛ける。

 

「それにしてもなんて逃げ足の早さだ。」

「わんこがまだ追ってる!絶対逃がさない!」

 

聖堂の裏に着くと、犬と一緒に白いコートのような服を着た小さな少女も居た。

 

「…もはや…戻る…事も…出来ない。…哀れ…な…人間…」

「よかった、無事だ。」

「ああ。それにどうやら追い詰めたようだ。」

「ミクリオ、準備は?」

「できてるよ。レイは下がって。」

 

レイは二人の後ろに下がる。

二人が前に出る。

すると、辺りが暗くなる。

二人は辺りを警戒する。

 

「ミ…ク兄…気…を付…けて…」

 

そうレイが言うと、ミクリオを狙ってキツネ男が迫る。

それをスレイが体当たりして難を逃れる。

キツネ男の爪が宙を斬る。

 

「ちっ」

「お前の好きにはさせないぞ!キツネ!」

 

スレイはキツネ男に怒鳴る。

スレイとミクリオは武器を取り出す。

 

「あくまで邪魔ぁするってか。」

 

キツネ男との戦闘が始まる。

一度、距離を取る二人。

 

「にゃろっ!なんだって前より強いんだよ⁉」

「イズチではジイジの加護領域が、こいつを弱体化させていたのかもしれない!」

「…それ…だけ…じゃ…ない。マ…イセンを…食…べて力…を…得た。それ…にこ…の…穢…れの中…では…」

 

キツネ男は両手に青い炎を作り出し、

 

「丸焦げになって後悔しな!そーらっ!」

 

それが二人に命中し、スレイは後ろに転がり、ミクリオは壁に叩き付けられる。

 

「ぐ!」

「ミクリオ!」

 

ミクリオはそのまま気絶する。

スレイは体勢を整える。

 

レイはスレイの前に立つ。

両手を広げた。

 

「レイ?」

「…哀れ…な人間…」

 

そして風が吹き荒れる。

レイの瞳はキツネ男を視据える。

そしてどこからかレイの声とこだまする。

 

「「…己の願いもはき違い、すでに人に戻る事も出来ない…」」

 

レイの瞳は、赤く光り出す。

キツネ男は何かに脅え始める。

 

「「偽りの仮面をかぶり、全てを騙す愚かな人間よ。これ以上私を怒らせるな!」」

「や、やめろぉ!その眼で俺を見るなぁ!」

 

と、レイに突っ込んでくる。

しかしレイは、それと同時にその場で頭を押さえた。

 

「「…怒る?…この私が?」」

 

風がそれに合わせ、乱れ始めた。

辺りの陰も闇を増す。

 

スレイは立ち上がろうとするが、駄目だった。

 

「レイ‼」

「…お…兄ちゃ…ん…」

 

レイは、スレイの方を見る。

と、同時にキツネ男の爪が、レイの左腕を斬り付ける。

そして、スレイの横に転ぶ。

 

「…う…」

「レイ⁉くそ‼」

 

そしてキツネ男は優越に浸る。

 

「くっくっく。今回はしっかり殺すぜぇ。雑魚のくせに、俺の邪魔しやがったんだからなぁ!」

 

と、近付こうとするキツネ男とスレイの間に、ナイフが突き刺さる。

その方向に目を向け用とすると同時に、レイの声がした。

 

「…お兄…ちゃん…動…いちゃダ…メ…」

 

スレイの背後に黒い服を纏い、仮面を付けた一人現れ、ナイフを彼の首に突き立てる。

無論、スレイの横でレイも、ナイフを首に突き立てられていた。

向かいでは、キツネ男は仮面を付けた黒い服を纏った者達に囲まれ、ナイフを向けられていた。

 

「と……頭領……」

 

レイは、スレイにナイフを突き立てている者を視る。

 

「風の…使い手…復讐に…駆られ…る者。…貴方は…その器…を死なせ…ると解って…いながら…加護を…与えている。」

「黙っていなさい。」

 

レイはナイフを近付けられる。

 

「その子には手を出すな!」

「…大人しくしていれば、何もしない。」

 

そしてキツネ男は、弁解を始める。

 

「ち、違うんだ頭領……これは―」

「黙れ……」

 

立ち上がろうとするキツネ男の左足に、ナイフを投げた。

 

「ひ、ぎゃぁぁ!」

 

と悲鳴を上げ、倒れこもうとしたところを仮面を付けた黒服達に捕まれる。

スレイは動かず、

 

「おまえたちは一体……」

「三度は言わない……黙れ。」

 

キツネ男を掴んだ者がそれを遮る。

そして、頭領と思われるスレイの後ろの人物が、

 

「ルナール、掟を忘れたか?」

 

キツネ男・ルナールは首を振る。

ルナールの横の黒服が、

 

「次はない。いいな?」

 

ルナールは首を縦に振り続ける。

頭領が命令する。

 

「行け。」

 

他の黒服達はルナールを抱えて歩いていく。

そして歩きながら、

 

「アリーシャ姫の暗殺の依頼は手違いだった」

「もう我らが狙うことはない。」

 

スレイは黒服達に、

 

「信じろっていうのか。」

「我らにも矜恃≪きょうじ≫がある。」

 

そして後ろにいる者に振り向こうとすると、ナイフを突き立てられる。

 

「振り向くな!」

「姫は何かと敵の多い身。暗殺も姫の排除を狙った手段のひとつに過ぎない。」

 

と、レイとスレイにナイフを突き立てていた者が居なくなる。

姿なき黒服達の声が響く。

 

「我らへの詮索などに割く猶予はないぞ。姫が気がかりなら、聖剣の祭壇に急ぐんだな。」

「何でそんなこと教えるんだ。」

「矜恃≪きょうじ≫と行ったろう。」

 

スレイはムスッとした顔で、

 

「一応……お礼は言った方がいいのかな。」

「ふふ。」

 

彼らの気配は完全に消えた。

そして、辺りも明るくなる。

レイは、彼らの消えた空を視ていた。

 

「う……」

 

そして、ミクリオが目を覚ます。

スレイは彼の元に駆け寄る。

 

「ミクリオ!大丈夫か。」

「ああ……一体何が。って、レイ!怪我をしているじゃないか!」

 

と言って、近付いて来たレイに治癒術を掛ける。

スレイは先程の事を手短に言う。

 

「助けられたらしい。暗殺組織に。」

「どういうこと?」

「アリーシャを狙ったのは手違いだったみたいだ。キツネ男は、そいつらに連れて行かれた。それより、アリーシャに別の危機が迫ってるみたい。」

「みたい、みたいって……」

「しょうがないだろ!とにかく、聖剣の祭壇に急がなきゃ。」

 

レイの治療も終わり、祭壇へ急ぐ。

 

裏口に向かうと、一人の男性が出て来た。

そして近付くスレイに、騎士兵が入り口を塞ぐ。

 

「何だ。祭りを見たいなら表に回らないか。」

「でも、今お兄さん通ってきたよね。」

 

と、その人を見る。

 

「そりゃ、僕は運営に協力してるし。」

 

と、言って去って行く。

 

「そういうことだ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ。」

「急いでるんだ。そこを何とか!」

「ダメだ!」

 

と、追い返される。

仕方ないので、一度その場を離れる。

 

「でも、正門に戻って並んでいる暇はない。どうしたら…」

「手、貸そうか?」

 

階段を下りると、先程の男性とセキレイの羽の商人・ロゼが居た。

近付いて行くと、

 

「なんか切羽詰まってたから。どうにかして剣の祭壇に行きたいんじゃ?」

「そうなんだ!アリーシャが……」

 

続きを言おうとするスレイに、

 

「それは余計なこと。」

 

と、ミクリオが注意する。

 

「と、とにかく助けてくれるならすっごくうれしいよ!」

「じゃあ、お金が必要だね。」

「お金?」

「そう、さっきの兵士に渡す『袖の下』。僕たちが頼んだ上で掴ませれば通してもらえると思う。」

「いくらぐらい要るの?」

「そうだな~。まぁ1000ガルドもあれば確実かな。」

「そんなに持ってないな。」

「じゃあ、何か買い取ろっか?」

「お金になるようなものか……」

 

と、レイがそれを断った。

 

「そ…の必…要な…い。」

「「「「え?」」」」

「…ご…めん…な…さい。お…兄ちゃんの…こ…とは忘…れて。」

 

と、スレイの腕を引っ張る。

 

「ちょ、レイ⁉」

「大…丈…夫。」

「スレイ、ここはレイに任せよう。」

「え、わ、わかった。ロゼ、何かごめん。」

「うーん、いいよ。頑張ってねぇー。」

 

と別れ、再び門に来た。

 

「また、お前たちか。祭りを見たいなら、正門に…」

「お兄…ちゃん…ナイ…フ。」

「え?」

「ああ、そうか!スレイ、アリーシャのナイフを見せるんだ。」

「へ?わ、わかった。」

 

スレイは、騎士兵にアリーシャのナイフを見せる。

と、騎士兵はそれを見て立たずまいを直し、

 

「し、失礼しました。王家の関係者だったとは…どうぞ、お通り下さい。」

 

道が開く。

 

中に入る前に、

 

「レイ、よく思い出したな。」

「……?」

「…たまたま、だったのかな。」

「まぁ、いいや。レイのおかげで、中に入れる。」

 

中に入ると、盛り上がっていた。

 

「うーん……」

「せっかく入れたのにここからじゃ祭壇が見えない、とか考えてる?」

「はは……つい……」

「お、おいミクリオ。」

「ふふふ。僕の特権だよ。」

 

と、離れて行った。

 

「ちぇ…」

 

 

そして同時に、

 

「…さて、導師の器よ。お前は何を望み、何を願う。」

 

ーー黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が後ろに居た。

無論、スレイ達は気が付いていない。

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は、そっと姿を消した。

 

スレイは拗ねながら、ミクリオに近付いた。

 

「……火の…使…い手…。そ…れに探…し人…も…居た。」

 

レイは呟いていた。

スレイはそれには気が付いていなかったが。

するとミクリオが、

 

「おい!スレイ!ちょっと見てくれ。」

「ん?何?」

 

と、やり取りしている時、下の方には横にカールした髪をした女性が居た。

 

「スレイ?」

 

その声のする方に、スレイが目を向けると、

 

「アリーシャ!」

 

と、言って近付く。

レイも、スレイと共に行く。

 

「やはりスレイ!それにレイも、来てくれたのか。よくぞ都へ。」

 

と、アリーシャの横にいた女性が、

 

「姫。こちらは?」

「彼がスレイです。そしてこの子が、彼の妹のレイです。」

「ああ、辺境の地で姫を救ったという……」

「スレイ、こちらはマルトラン卿。今回の聖剣祭の実行委員長を務めて下さっている。そして私の槍術の師匠でもあるんだ。」

「よろしく!オレはスレイ、こっちは妹のレイです。」

「よろしく。スレイ殿。それに、レイ殿。」

 

と、レイはずっと見ていた女性・マルトランと目が合う。

 

「…すでに…持つ者…。」

「ん?」

「すでに…決めた…想いに…迷いを…持つ。…捨てたい…自分と…捨てれ…ない自分。」

「……。」

「関わった…時間…だけ貴女…には…忘れる…事は…出来な…い。」

 

互いに、数秒見合った。

そして、スレイと見合う。

 

「貴殿の妹君は変わっているな。」

「はは…。」

 

と、アリーシャはすぐに、

 

「スレイ、都へはやはり剣の試練に?」

「それだけじゃないんだ。実は……」

 

と、周りに誰もいない所に移動する。

そして、暗殺者の話をする。

 

「その怪しい一団の言うことは事実だ。私の事を快く思わない者たちは多い。だが、それに臆するわけにはいかないんだ。」

 

レイはアリーシャを見る。

彼女は強い眼をしていた。

しかし、

 

「…本心は…隠せない…。」

 

それは小さな呟きだった。

故に、誰の耳にも届かない。

 

「けどアリーシャ……」

「……ありがとう、スレイ。心遣い本当に感謝する。もうすぐ聖剣祭最後の祭事、『浄炎入灯』が始まる。最後まで見ていってくれ。」

 

そして、アリーシャはマルトラン卿と歩いて行った。

ミクリオがスレイに寄り、

 

「あれが為政者の覚悟か……」

「なんかすごいね……」

 

そして思い出したかのように、

 

「そうだ!スレイ。剣の台座を見てくれ!」

「え、うん。」

 

と、台座に近付いて行く。

そこには、聖剣が突き刺さっている。

そしてその前の所には、銀髪の長い髪を結い上げ、赤を基本としたワンピースの服を着た女性が寝ていた。

 

「みんなには見えていないってことは天族なんだ!」

「彼女と話せなきゃ、剣は抜けないんだろう。普通の人間じゃダメなわけだ。」

 

スレイは女性を見て言った。

 

――動くことも出来ないこの場所に、時が来るまで待ち続けた。来るかも解らない導師の器を…

 

隅の方で、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が呟いた。

 

スレイは目を輝かせ、

 

「すっげえ!伝承は本当だったんだ!」

「ミクリオ!声かけてみてよ!」

「僕が⁉」

「オレだとみんなに変な目で見られるだろ。」

「しかしだな……」

 

と、うなだれているミクリオが決断する前に、アリーシャとマルトラン卿が祭壇に立つ。

そしてマルトラン卿が、

 

「人々よ。レディレイクの人々よ。この数年、皆が楽しみにしていた聖剣祭も世相を鑑みて慎んできた。だが今年はアリーシャ殿下のご理解と全面的な協力のにより開催する運びとなった。」

「最近は異常気象や疫病、不作や隣国との政情不安など憂事≪うれいごと≫も多い。だが、こんな時代だからこそ、伝統ある祭事をおろそかにしてはならないと私は考える。」

 

周りの人々からの拍手が響き渡る。

 

「さぁ、湖の乙女よ!その力を現したまえ!」

 

そう言って、マルトラン卿は手に持っていた松明を後ろの祭壇へ灯す。

それに合わせ、聖剣の前に居た湖の乙女が目を覚ます。

そしてアリーシャは、下に降りていく。

そして騎士兵から書簡を受け取り、戻る。

 

「湖の乙女よ。我らの憂い、罪をその猛き炎で浄化したまえ。」

 

それを悲しそうな瞳で、湖の乙女は見る。

 

――さぁ、人間の醜い心が現れるぞ。この件に私は関与しない。これはお前達自身が望み、生み出した結果だ。…お前達の決断を見せて貰おう。

 

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は聖堂全体を視据え、姿を消した。

 

スレイの後ろに居たレイは、何かに反応する。

それにスレイとミクリオは気付いていなかった。

 

「……始ま…る心…の暴…走…が…」

 

レイは頭を抱える。

その瞳は、赤く光り出す。

 

「レディレイクの人々よ!この祭りを私たちの平和と繁栄の祈りとしよう!」

 

しかし人々は、声を上げる。

 

「祈りがなんだってんだ!これで俺たちの仕事が戻ってくるってのか、ええ!」

「評議会が武具や作物の通商権を独有したのは、戦争をおっぱじめるためだろう!」

「俺たちをのたれ死にさせる気かっ!」

「こんなもんは評議会の自己満足だ!俺たちはこんなご機嫌取りにゃ誤魔化されねえぞ!」

「黙れ!祭りの邪魔をするな!」

 

騎士兵が、槍を向ける。

 

「やめないか!」

 

そんな彼らを、アリーシャが止める。

 

「へっ。ざまぁ見ろ。」

「貴様!」

 

と、騎士兵は槍を振るう。

人々は逃げまどい始める。

 

それを見たミクリオは、

 

「仕組まれたんだ……この暴動は!」

「あの衛兵!」

 

そして祭壇の上に居たマルトラン卿は、

 

「大臣の仕業に間違いない。」

「勢力争いに守るべき民を巻き込むとは!そこまで腐ったか!」

「アリーシャ!」

 

アリーシャに向かって、何かをしようとしていたところをスレイが止める。

 

「スレイ!危険だ!」

「お…兄…ちゃん…ミク…兄…」

 

と、レイが祭壇へ近付いて来た。

 

「あ…も…う遅…い…」

 

レイは、その場で頭を抱え、座り込む。

 

「いけません!敵意に身を任せては!」

 

湖の乙女が立ち上がり、叫んだ。

そして、レイと湖の乙女の声が被る。

 

「「憑魔≪ひょうま≫が…」」

 

スレイとミクリオは、レイと湖の乙女を見る。

 

「…生ま…れる…」「…生まれてしまう!」

 

その言葉と同時であった。

祭りに来ていた一人の男性が、苦しみ出す。

 

「うぁぁぁー‼」

 

そして大きな穢れが生み出され、その男性は獣の姿となる。

 

「憑魔≪ひょうま≫になったのか……?」

「人の邪心が穢れを生み、穢れが憑魔≪ひょうま≫を生む……。このままでは……」

 

レイと同じように、頭を抱えていた湖の乙女に、スレイは聞いた。

 

「湖の乙女!なんとかできないのか⁉」

 

そんなスレイの姿を、アリーシャは見た。

そしてミクリオも、

 

「あなたは『浄化の力』をもっているんだろう⁉」

「天族?それにあなたは私が……?」

 

レイも座り込んだその場で、湖の乙女を見る。

いや、その奥の炎を見た。

 

「ダ…メ…そっ…ちに行…って…はも…う…引…き返…せな…くなる…」

「…あなた…その瞳は…」

 

湖の乙女の言う通り、レイの瞳は赤く光っている。

そして炎を視る瞳は揺れていた。

 

それと同時であった。

憑魔とかした男性が、スレイとミクリオを間を割って、炎の燃える祭壇へ飛び込んだ。

そしてその炎は、黒い炎へと変わる。

 

「…穢…れの…炎…どん…どん…増幅す…る…」

 

それが辺りへと飛び散り、燃え上がる。

 

「なんてことだ……」

「ミクリオ、火を消してくれ!」

「あの黒い炎は憑魔≪ひょうま≫といっていい!僕に何とか出来るのは普通の炎だけだぞ。」

「わかった!」

 

と、走り出す。

それを見ていたアリーシャは、

 

「スレイ、それにレイ、君らはもしや本当に天族が見えて……」

 

そしてレイは、辺りを見る。

 

「どんどん…増える。心の…恐怖が…絶望が…怒りが…悲しみが…」

 

それに合わせ、スライムの憑魔≪ひょうま≫が生まれる。

 

「スレイ、まずいぞ……。憑魔≪ひょうま≫がどんどん沸いてくる……」

 

ミクリオが天術を使用しながら、炎を食い止める。

湖の乙女は、静かに言う。

 

「浄化の力は私が振るうのではなく、この剣を引き抜き、私の剣となった者が操る力なのです……」

「それなら!」

 

スレイは聖剣の元に駆けよる。

そしてその剣を握ろうとした時、

 

「お待ちください!私の剣となるということは私を宿す『器』となり、宿命を背負うということ。浄化の力を操り、超人的な能力を得る代償に人に疎まれ、心を打ちのめされる事もあるでしょう。憑魔≪ひょうま≫から人や天族を救うため、苦渋の決断を迫られることも……それは想像を超えた孤独な戦いです。」

 

湖の乙女はスレイに言う。

それを聞いたミクリオは、

 

「それが導師の宿命……?それを今、受け入れろっていうのか!」

「そうですわ。だから……」

「君の名前を聞いても良いかな。」

「あ、はい。ライラです。」

「ライラ……オレ、世界中の遺跡を探検したいんだ。古代の歴史には、人と天族が幸せに暮らす知識が眠ってるって信じてるから。俺の夢は、伝説の時代みたいに、人と天族が幸せに暮らす方法を見つけること。憑魔≪ひょうま≫を浄化することで人と天族を救えるなら…それはオレの追いかけてる夢と繋がってるんじゃないかって思う。」

「スレイ……君は……」

 

ミクリオは、彼を見つめる。

湖の乙女・ライラは彼を見上げる。

 

「スレイさん……」

「だからライラ…オレは『導師』になる!この身を君の器として捧げ、運命を背負う!」

 

ライラは、スレイに近付く。

 

「私はずっと待っていました。穢れを生まない純粋で清らかな心を持ち、私の声が届く者が現れるのを。」

 

そして、スレイの左手を握る。

すると、スレイの体は魔法陣が包む。

 

「さあ!スレイさん!剣を!」

「よぉし!」

 

ライラとアリーシャが見守る中、スレイは剣を握る。

そして引き抜く。

スレイが左手に着けていた導師の紋章が付いた手袋が光り出す。

剣から炎が溢れ出し、光が彼を覆う。

吹き荒れる風と光。

その中で、ライラは黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女を見た。

 

「器が導師になったか…。導師の道はいばらの道。お前の望むその願いは、全ての導師が願い、破滅した。災厄の時代に生まれ指導しよ、お前も同じになるのかどうか興味がある。…見届けよう、これからも…」

 

そしてひときわ大きな風が吹き荒れる。

 

「この災厄を変えし、新たな導師の誕生だ!」

 

その声が、辺りに響く。

ライラが再び見た時には、少女は居なかった。

 

光と風が、収まった。

人々は、剣を抜いたスレイを見る。

 

「スレイさん…」

 

ライラはすぐに札を取り出し、青い炎が穢れの炎を浄化する。

そしてスレイは後ろの炎の祭壇を見る。

 

「スレイ……本当に⁉」

「アリーシャ、下がってて。」

「スレイ、憑魔は任せていいんだね!」

「うん。残った火とレイを頼む。」

 

ミクリオは嬉しそうに、残り火を消す。

 

スライムの憑魔≪ひょうま≫達が一か所に集まって来る。

そして人狼の憑魔≪ひょうま≫が、スレイに襲い掛かる。

スレイはそれを剣で弾く。

次々と襲ってくる憑魔≪ひょうま≫を倒してく。

 

ミクリオは、炎を消してレイの所に駆け寄る。

レイはスレイとライラを見ていた。

その瞳はいつもの赤に戻っていた。

そして俯き、

 

「「…私が……」」

 

レイの声は誰かとこだましていた。

 

「レイ!」

「…ミク…兄…」

 

レイはミクリオを見上げる。

と、スレイ達の方で、

 

「やりますわよ!スレイさん!」

「うん!」

 

と、戦闘態勢に入る。

 

「狼人間…?憑魔≪ひょうま≫化したのか…⁉」

「スライム達は私の炎で対処します。導師の力で彼らを浄化してください!」

「了解!」

 

狼の憑魔≪ひょうま≫を倒す。

しかし、炎はまだ穢れたままだった。

 

「なに⁉」

「そんな!」

 

炎の祭壇は浄化され、一人の男性を抱える。

 

「スレイ!」

「スレイ……本当に……」

 

スレイはアリーシャを見て、

 

「うん。オレ、導師になったよ。」

 

周りは喜びに満ちる。

その後ろから、衛兵を連れてやって来る一人の男性。

 

「静まれ!静まれい!」

 

マルトラン卿は、その人物を見て舌打ちをする。

 

「バルトロ大臣……」

「アリーシャ殿下。暴動が起きたと報告がありましたが……」

「ええ。ですが、もう収束しました。」

 

スレイを指示しながら、

 

「導師の出現によって。」

「なんですと?レディレイクの人々よ。此度の聖剣祭はこれにて幕とする。」

「さぁ、皆さん。ご退場なされよ。」

 

衛兵達が、人々を誘導する。

 

「殿下、後日顛末を伺いたい。マルトラン卿もよろしいか。」

 

二人は大臣に頷く。

大臣は引き返し、去って行く。

 

「……導師、だと?チッ。」

 

レイはその大臣を見ていた。

 

「…己が欲の…ために…他者を…捨てるか…」

 

大臣が去った後、ライラがスレイを見て言う。

 

「それではスレイさん、私はあなたの内≪なか≫に戻りますね。」

「あ、うん。オレが器だもんな。」

 

ライラは光の球体になって、スレイの中に入った。

そしてミクリオが、

 

「不思議な光景だよ……」

「あ、れ?」

 

スレイはふら付き、膝をつく。

アリーシャがそれに気が付き、

 

「スレイ?」

「どうした?」

 

ミクリオが駆け寄る。

レイもスレイを見て、

 

「反…動が…きた…」

 

そして、スレイの中に入ったライラの声が聞こえる。

その声はどこか明るい。

 

「私が入ったせいですね。三日三晩は高熱にうなされると思いますわ。」

 

ミクリオが、すぐに突っ込む。

 

「どうして⁉」

「体に入った異質な力を排除しようとする人の機能なのでしょう。」

「天族に輿入れした人は、大抵寝込んでしまいます。」

「人が『器』になるとそうなるのか……」

 

アリーシャがスレイに駆け寄り、

 

「やば……もうダメ。」

「スレイ⁉大丈夫なのか?」

「大丈夫くない……ちょっと三日ぐらい寝込むね……」

 

そしてスレイは、アリーシャの膝に倒れこんだ。

 

「ちょっ、スレイ……⁉」

 

周りの人々は、特に男性は悲観していた。

 

「ミク…兄…周…りの…人…ざわ…つい…てる。…で…も悪…い敵…意は感…じない。」

「…これが人の世でいうラッキーなシチュエーションというやつか?」

 

スレイはその後、本当に寝込む。



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toz 第四話 気持ち

レイ達は宿屋に居た。

そしてスレイは、ベッドで横になっている。

 

スレイが眠っている頃、ライラは一度部屋を出た。

部屋の隅からそよ風が吹いて来た。

ライラは部屋の隅を見る。

暗闇の中から、黒いコートのようなワンピースの服を着た少女が現れる。

辺りが暗いため、表情は見えない。

 

「やはり、あなた…だったのですね。」

「主神よ、何を躊躇っている。お前自身が望み、待ち続けたのだろう…導師の器を。」

「ええ。ですが、導師になるという事は…」

「簡単ではない。お前が言っていた通り孤独が付きまとう。これはいつの世も続く宿命だ。だが、それを望み、受け入れたのはあの人間だ。あれも、先代導師達のように破滅の道を辿るか…それとも、己の道を貫き続けるか…。さて、あの導師はどの道を辿るか。」

「…あなたは変わってませんね。他者の心に対し、容赦がない。しかし、変化はあるように思われます。」

「変化、だと?」

「ええ。あの時、あなたはスレイさんに対し、『興味がある』とはっきりと言ってました。」

「ああ…。それは私も驚いて…」

 

と、言葉が止まった。

 

「そう。あなたは知らず知らずのうちに、感情を出しているのですよ。おそらくは、白の子との共鳴ではありませんか?」

「…かもしれないな。しかし、我らは元より感情と言う…いや、心と言う概念は存在しない。」

「皆が皆、そうではないでしょう。」

「少なくとも、私はそうだ。対になる奴とは違う。私は願いを叶える者にして、裁判者。…主神よ、これまで待ち続けたお前に敬意を持って、忠告してやろう。あれは私と違い抜け殻だ。心や穢れに、異常なまでに反応する。人や天族の心をすぐに見抜き、射貫く。…お前も気をつける事だ。」

 

と、つむじ風が起こった。

ライラは目を瞑り、収まった頃には小さな少女は居なくなっていた。

 

「…どうし…たの?」

「…レイさん…。いえ、アリーシャさんは?」

「…帰っ…た。」

「そうですか。では、中に入りましょう。」

 

と、中に入った。

 

 

スレイの眠るベッドの横で、レイは彼を見ていた。

と、スレイが目を覚ます。

そして体を勢いよく起こす。

 

「お兄…ちゃ…ん起…きた…」

「目が覚めた?」

「おはようございます。スレイさん。」

「おはよう。三人とも。」

「気分はどう?」

 

ミクリオが、素早く確認する。

スレイが辺りをきょろきょろ見渡す。

 

「うん。もう大丈夫。ここは?あれからどうなったんだ?」

「お兄…ちゃん…恨み…買った。」

「へ?」

 

ライラが少し笑って、

 

「ここはレディレイクの宿屋です。アリーシャさんが手配してくださったんです。」

「そして君はホントに三日三晩寝込んだ。」

「そっか。」

「スレイさん、ミクリオさん、レイさん、少し街を歩きませんか。」

「うん。いいよ。」

「…散…歩…」

「じゃあ、行こうか。」

 

スレイが、宿の入り口に出ると、

 

「目が覚めたのかい。」

「良かった~」

「あら、意外と若いのね。」

「導師様~!」

 

と、歓声を浴びる。

浮かれるスレイに、

 

「一躍有名人だな。」

「……そうですね。」

「…今…はた…だ純…粋に喜…んで…る…で…も今…に変…わる。…それ…が人…の心…」

「レイさん…」

 

ライラはスレイとミクリオの後ろで、無表情でその風景を見ていたレイを見る。

ライラは無意識に、レイの頭を撫でていた。

 

「…何?」

「い、いえ。何でもありません。」

 

と店の亭主が、

 

「腹減ってるだろ、導師殿。すぐ支度するよ!」

「ありがとう、おじさん。けど、ちょっと出てくるよ。」

「そうかい?じゃあ支度して待ってるとするよ。お代は気にしなくて良いからな。俺のおごりだよ。」

「ホント!ありがとう。じゃ、ちょっと行ってくる。」

 

宿屋を出ると、

 

「人はほとんどいないな。まだ早朝だからか。」

 

ミクリオが辺りを伺う。

スレイは足元を見て、

 

「どうかしたのか?」

「ん‥…なんか変な感じがするんだよ。胸が押さえつけられるような……」

「なんだって……」

 

「…お兄…ちゃん…穢…れを感…じてる…」

 

レイの呟きにライラが、

 

「まさか、もう……?」

 

スレイとミクリオは、ライラを見る。

 

「スレイさん、それは穢れですわ。私の器となった事で感じるようになったのです。私の力が早くも馴染んできている証ですわ。」

「へぇ~、そうなんだ。けど、穢れって……こんなに?」

「はい。人々が活動し始めると、もっと穢れを感じると思いますわ。」

「ん?という事は、レイも感じてるという事だよね?」

「そう…ですね。この子も感じています。おそらくは、今のスレイさん以上に。」

「この感じを⁉」

「…レイ、大丈夫なのか?今のスレイ以上なら…苦しいのか?」

「…平…気…視え…るけど…今…はあの…時…ほ…どじゃな…い。そ…れに…穢…れは天…族の…方…が危…ない。」

「…ミクリオ、気をつけて。」

「ああ、わかった。」

「でも、レイは詳しいよな。ジイジに聞いたのか?」

「…………。」

「レイ?」

 

スレイとミクリオは、黙り込むレイを見た。

しかしライラが先に進み、

 

「さ、こちらへ。」

 

と、湖を一望できる所に移動する。

スレイは湖を見て、

 

「ホント、綺麗な湖だな。」

「で…も穢…れが…多…い。」

「ああ。レイの言う通り、この湖の美しさとは裏腹に、レディレイクの街は穢れてしまっている……」

「うん。オレも穢れを感じるようになって実感した。このままじゃいけないよ。」

 

ライラは湖を見ながら、

 

「ここレディレイクだけではなく、世界は確実に蝕まれていっています。このように美しい景色であっても、天族の加護がないことを何となく感じるでしょう。」

「うん。イズチではずっとジイジの加護を感じてた。なのにここでは何も……」

「ライラ、僕たちに、ただレディレイクの状態を再確認させたかった訳じゃないだろう?」

「大事な話があるんだね。」

 

ライラはスレイとミクリオの方を向く。

 

「はい。お二人に改めてお伝えいたしますわ。導師のなすべき使命を。導師は人や天族に災厄を与える憑魔≪ひょうま≫を浄化の力をあやつり鎮める事ができます。これこそが導師の力と言えますが、それをなす事が導師の使命とは言えませんわ。導師が鎮めるべきは憑魔≪ひょうま≫を生む『穢れ』の源泉とも言える存在『災禍の顕主』。」

「「災禍の顕主……」」

「はい。私たちは古来よりそう呼び習わしていますの。どの時代でも多くの憑魔≪ひょうま≫が跋扈≪ばっこ≫する背景には異常に穢れを持ち、その穢れで憑魔≪ひょうま≫を生み出す、災禍の顕主が存在していたのですわ。災禍の顕主は、時に世界のあり方を大きく変えてしまいますわ。それほどの災厄をもたらすのです。」

「待って。たしか天遺見聞録には200年程前から導師が現れなくなったって……」

「その200年前にも未曾有≪みぞう≫の災厄が世界を襲ったとも記されてたな……まさか?」

「あれは…呪い…の塊…でもあ…る。人々の…悲しみ…憎しみ…恨み…色…々な…不の…感情が…入り…混じっ…た者…」

 

そして小さな声で、呟いた。

 

「「…だからこそ、今回の災禍の顕主は…強い呪いに縛られた者…。」」

 

それは、スレイ達には聞こえていなかった。

 

「わかったよ、ライラ。その災禍の顕主っていう穢れの大元みたいなヤツを見つけ出し、鎮めるのが導師の使命なんだね。」

「だけど、そいつはいったいどこにいるんだ?」

「今は導師の使命を理解してくれれば、それで十分ですわ。」

「え。」

 

ライラは再び湖を見つめた。

その瞳はどこか悲しそうだった。

 

「私はスレイさんに答えを導き出して欲しいのです。後悔のないスレイさんの答えを。スレイさんのままで、使命は忘れず、けれど縛られずに。」

「オレの答え……」

「そのために、スレイさん。災禍の顕主が何をこの世界にもたらしているのか。そしてこの世界で人と天族がどのように生きているのか。」

 

ライラはスレイに振り返り、彼を見て言う。

 

「その目で確かめて欲しいのです。」

「確かにオレはまだこの世界のこと、全然知らない……」

「世界を旅して、色々識って……その上で導き出した答えを持って、災禍の顕主に相対して欲しいのです。」

「……。」

 

悩み込むスレイに、ミクリオが言う。

 

「難しく考える事はないんじゃないか?要は世界を旅して回ればいいって事だろう。」

「世…界は…大…きいよ…うで…小さ…い…」

「ですわ!」

 

ライラも明るい声で言う。

 

「……うん。」

 

が、スレイの頭は抱えきれなくなり、

 

「とにかく飯!もう腹が減りすぎて倒れそう!レイもそうだよな!」

「……じゃあ…そう…し…てお…いてい…いよ。」

「じゃあ、宿に戻ろうか。スレイが倒れる前にね。」

「…うん。」「はい。」

 

と、レイとライラは同時に言う。

 

宿屋に戻りながら歩いていると、

 

「世界中を旅したいなって思っていたけどさ…それがこんなに色々な事と繋がってくのが、なんか不思議だけど、面白いよな。」

 

そのセリフを聞いたミクリオが、

 

「はぁ……スレイほど世間知らずな導師なんて、きっと史上初だろうな。」

「ジイジ…も心…配してた。」

「そっかな~。ライラ、オレ以外の導師ってどんな人だったの?」

 

ライラに振るが、

 

「え?えっと……聞いてませんでした。」

 

と、視線を外す。

 

「オレ以外の導師ってどんな人だったの?」

「……聞いてませんでした……」

 

と、さらに視線を外す。

 

「ライラ……」

「はい……」

「何か隠してる?」

「今日は良い天気になりそうですわね……」

「どうやら話したくないらしい。」

「理由は聞いてもいいのか?」

「…誓…約…」

 

レイの呟きに、スレイとミクリオは、レイを見ていた。

 

「レイさんの言う通り、私は〝誓約〟をかけ、それを守る事で他の者にはない特別な力を発揮できるようになったのです。なので、その誓約に則って禁じている事があるんです。」

 

ライラは、二人を見て言った。

 

「ライラはしゃべっちゃいけない事があるってわけ?」

「特別な力とは浄化の力の事だろう?」

「あ!蝶々ですわ。」

「…解…りやす…い…。嘘…になっ…てない…」「誤魔化すのヘタすぎ……」

 

レイとミクリオは言った。

 

「別にいいんじゃないか。それを知るためにも世界中を旅するんだと思えば。」

「各地で導師の伝承を追えばわかる事か。」

「はい♪まったくその通りです♪」

 

ライラは、めちゃくちゃ明るく言った。

 

「君の他にも浄化の力を操る天族は居るのかい?」

「早く宿に戻らないとお腹減ったスレイさんが倒れちゃうんですよね。たしか!」

 

また話を反らした。

ミクリオは既に諦め切った顔をしていた。

 

「帰りましょう!もしかしたらすでにすっかり冷めちゃってるかもしれませんわ!ね、レイさん!」

「…そう…かも…ね…」

「ははは……戻るとしようか。」

 

宿屋に着いたら亭主に話し掛け、食事を始めた。

 

食事を終えると、

 

「あぁ~、お腹いっぱい。な、レイ。」

 

と、レイは頷く。

 

「はは。良い食べっぷりだったよ。」

「おいしかった!けど……ホントにタダでいいの?」

「ああ。いいとも。」

「ありがとう、おじさん!」

 

と、スレイに荷物を持った人が寄って来る。

 

「導師殿、これ。アリーシャ殿下からのお届け物だよ。」

「え?なんだろ。」

「これは……手紙とオレの剣と荷物と……服?」

「丁度いい。着替えなよ。君、ちょっと臭うぞ。」

「…確か…に…」

「はは……そうします。」

 

着替え終わったスレイの姿を見たレイ達は、

 

「…導…師の…服…」「まぁ♪」「へぇ。」

 

と、感心する。

 

「どうかな?」

 

周りの人達からも、

 

「おお!似合うよ。導師様。」

「ホント、かっこいいわ。」

 

と、歓声がでる。

ライラは嬉しそうに、

 

「レディレイクに伝わる導師のいでたちですね。よくお似合いですわ。」

「馬子にも衣裳って言うしね。」

「…大丈…夫…カッ…コイイ…よ?」

「疑問形かぁ…。ミクリオに関しては、素直にうらやましいって言ったら?」

「絶対言わない。で、手紙にはなんて?」

「ああ。えっと……」

 

ーースレイ。突然倒れて驚いた。

宿ではよく休めただろうか?貴殿が私たちには見えぬ天族と本当に交流を持っていると理解したとき、湖の乙女の聖剣を抜いたとき、あの祭りでの暴動を見事に鎮めたとき、私の胸はこれ以上ないほど高鳴った。

そこで私に浮かんだ言葉は『ありがとう』だった。おかしいだろうか?

やはり手紙では上手く伝わらない気がしてしまう。

もう貴殿は導師として、世界を救う旅に出てしまうかもしれないが、目が覚めたのなら是非我が邸宅を訪れて欲しい。

追伸:贈った服は袖を通してもらえただろうか。

伝承の導師の衣装になぞらえたものだ。

気に入ってもらえると幸いだ。

 

「手…紙に…嘘…はな…い…」

「アリーシャさん、良い方ですわね。」

「うん。お礼を言うのはオレの方なのに。」

「じゃあ行ってちゃんと話すといい。」

「まずはそれだな。行こう。」

 

と、レイ達はアリーシャの元へ歩いていく。

アリーシャの元へ行く途中、

 

「祭りが終わって、街もちょっと落ち着いたな。」

「替わりに導師が噂になってるね。」

「…みん…な…導…師と言…う光を…手に…入れ…た。だか…ら…今は…他人…事。」

「……レイさん…」

「…何?」

「いえ、何でもありません。」

 

アリーシャ邸がある貴族街に入る。

アリーシャ邸の前に来ると、

 

「これは導師殿。」

 

と、騎士兵に声を掛けられた。

 

「アリーシャ様にご用ですか?今ならテラスにおられますよ。」

「ありがとう。行ってみるよ。」

 

アリーシャは確かにテラスに居た。

アリーシャがこちらに気が付く。

 

「スレイ!それにレイも!来てくれたのか。」

「アリーシャ。」

「導師の装束、よく似合ってるな。」

「ありがとう。」

「ミク兄…あ…あい…うの…何…て言…う…んだっ…け?」

「馬子にも衣裳だよ。」

「ミクリオ、レイを使ってオレに当たるなよ。ホントしつこいな~。」

「事実だろ。」

「…ケン…カ?」

「違うと思いますわよ。」

 

と、やり取りをしていると、

 

「……もしや、そこに天族の方がおられる?」

 

アリーシャはスレイの近くを見る。

 

「……そうだって言っても信じられる。」

「正直、あの聖剣祭の出来事があるまでは信じられなかっただろう。それに、出会った当初、君のことなんていうか……その……少し変わった人と認識していた。それにレイも…。」

「ははは……」

「まぁ、事実だね。」

 

と、スレイはミクリオをアリーシャの目の前に押していく。

レイも近くに近付く。

そして、スレイはすぐにミクリオの横に行き、

 

「ここに居るんだ。ミクリオってのが。」

 

アリーシャは視えないミクリオに近付く。

ミクリオは視線を外す。

と、アリーシャは頭を下げた。

 

「これまでの無礼を許していただきたい。天族ミクリオ様。」

 

と、ミクリオは顔を少し赤くし、

 

「べ、別に無礼とは思っていないから。」

「別に無礼だなんて思ってないって。」

「…ミク…兄…顔…赤い…照…れて…る?」

「レイ、余計なことは言わなくて良いから。」

「ははは。図星か。」

 

そしてスレイは少し下がり、

 

「そしてここに居るのがライラ。みんなが湖の乙女って呼んでいる人。」

 

ライラはお辞儀をする。

天族を説明する彼の姿に、

 

「……君は本当に導師になるべくしてなったのだな。」

 

アリーシャはスレイ達に背を向け、

 

「それに引き換え私は……我々はこれほど身近に天族の方々が居ても、どうすることもできない。」

「それは違いますわ。」

「聞こえないって。」

 

ミクリオの言葉に、ライラは思い出したかのように頭を押さえた。

 

「……お兄…ちゃん…を通…せば…いい。」

「そうですね。スレイさん。」

 

ライラはスレイを見て、

 

「アリーシャさんの手を握ってみてください。」

「え?うん。」

 

スレイはアリーシャに寄り、

 

「アリーシャ、手を。」

 

と、アリーシャの出した手を握る。

 

「これでいい?」

 

と、ライラは力を溜め、

 

「あー、あー、聞こえますかー?」

 

が、アリーシャに反応はない。

 

「……聞こえてないみたいだよ。」

「む~。ではスレイさん、目を閉じて。」

 

スレイは困ったように目を瞑る。

 

「あー、アリーシャさん、聞こえますか~?」

「ダメみたい。」

「スレイさん目を閉じて、今度は息も止めてください!」

 

スレイは困り顔で、目を瞑り、息を止める。

そしてスレイの頭に手を当てる。

 

「アリーシャさん!」

「…ダメみたいだけど?」

 

スレイは頑張って、息を止めている。

それを見たレイが、ライラの服を掴む。

 

「レイ?」

 

レイは目を瞑る。

すると、そよ風がどこからか吹いてくる。

 

「…早…く…お兄ちゃ…んの…息が…持た…ない…」

「はい。」

 

ライラはもう一度、

 

「アリーシャさん。」

 

と、アリーシャは辺りをきょろきょろする。

 

「聞こえる!女性の声が!」

「本当に?」

 

と、ミクリオも驚く。

ライラは嬉しそうにしている。

 

「んんん~~~‼」

 

と、スレイが唸る。

が、ライラは続ける。

 

「アリーシャさん。私たち天族はあなたたちの心を見ています。万物への感謝の気持ちを忘れないでください。私たちは感謝には恩恵で応えます。けして天族を蔑ろにしないでください。その心が穢れを生み、災厄を生むのです。」

 

ライラはミクリオを見る。

その意図に気付いたミクリオは、

 

「大丈夫さ、アリーシャ。君の感謝の気持ちはちゃんと届いて……」

「ぶはー!」

 

と、スレイの限界がきた。

 

「「「あっ!」」」

「スレイ!もう一度!」

 

と、スレイに詰め寄る。

 

「え~……なんかもっと良い方法ない?」

「今のスレイさんではこれしかなさそうですわ。スレイさんがもっと私の力に馴染み、器としても導師としても力をつければ、これほど知覚遮断する必要はなくなると思います。」

「それじゃ、オレが導師として力をつけたら、天族の声をみんなが聞くことができるのか?」

「いえ。アリーシャさんはスレイさんほどではないですが、元々才能があるから聞こえたのでしょう。」

「そっか……。単純じゃないみたい。」

 

と、アリーシャを見て言う。

アリーシャはとても嬉しそうに、

 

「だが、私でも言葉を交わせた。天族は間違いなく私たちと共にある事がわかった。それだけで……」

「ドキドキする?」

「ああ!」

「伝承はお伽噺じゃない……よし!」

 

と、スレイはテラスを降りていく。

 

「アリーシャ!オレ達しばらく街にいるから!用があったら報せて!それじゃ。」

「あ、ああ。ではまた。」

 

と、歩いて行った。

 

「スレイさん?」

「探検家の虫が騒いだのさ。」

 

去る前にレイは、アリーシャの前に居たままだった。

心配して、ミクリオが傍にいる。

そしてレイは、アリーシャを見上げ、

 

「…何?」

「ああ。イズチでの君の言葉…あれからずっと考えていた。だが、私は未だに解らないのだ。」

「…何か言ったのか、アリーシャに?」

「言っ…た。…答…えは…近く…にあ…る。で…も今…は…まだ…あなた自身…解らな…い。貴女…の描く…未来の…願いは…私ではなく…貴女…の大…切な…友の存…在で…気付…く。」

「…君は本当に凄い子だな。だが、友とはスレイの事だろうか?」

「………。」

「…答えない、か。しかしレイも、あのような兄を持てて嬉しいだろう。しかも導師にもなったのだ。」

「…嬉…し…い?…導…師は…貴女…が思っ…ている…程…簡単じゃ…ない。」

「え?」

「…行こ…ミク兄…」

「ああ…スレイも待っているだろうしな。だが、レイ…君は…」

 

と、歩いて行った。

スレイ達と合流すると、

 

「さ、早く行こうぜ。」

「慌てないで。遺跡は逃げないよ。」

「え!よくわかったな。オレが何考えているか。」

「抜け駆けはさせないって言ったろう?さあ、どうするんだ?」

「もう一度街を回ろう。きっとどこかに手掛かりがある。」

「わかった。」

「ふふふ。」

 

一通り街を見た。

と、レイがどこかに歩き出す。

 

「ちょ、レイ!どこに行くんだ?」

「…こっち…」

 

と、裏通りに来た。

話し込んでいる作業員男性達を指差し、

 

「あの…人…の…話…」

 

と言うので、耳を傾ける。

 

「さっきの点呼で、あいつの返事がなかったけど、まだ地下水路から戻ってないのか?」

 

と言うのを聞いた。

 

「地下水路か……怪しいね。」

「一人戻ってこない、か……大丈夫かな。」

 

そして地下水路の入り口に向かう。

 

「行くの?」

「うん。戻ってこない人が心配だ。」

「スレイさん。」

 

と、中に入る。

 

「…穢れ…の…溜ま…り場…」

 

レイは後ろで呟いた。

そしてスレイも、足元を見る。

 

「スレイさん、感じるのですね。」

「うん。街中より断然穢れてる感じがする。」

「本当にスレイさんは素晴らしい才能をお持ちですね。どんどん力が馴染んでいっている。」

「早…すぎ…る…くらい…」

「レイ?」

「…ええ。レイさんの言う通り、私の想像よりずっと早いですわ。」

「そうなんだ。」

「はい。導師たる真の能力開放も、そう遠くないかもしれません。」

「それってどういう能力?」

 

と、ミクリオが問いかけると、

 

「あいた!すみません。なんですか?」

 

こけたふりをした。

 

「ま、見れば分かるだろう。」

「だな。」

 

と、二人は早くも対応した。

置くへと進む。

すると、スライム型の憑魔≪ひょうま≫が、男性を喰らっていた。

 

「憑魔≪ひょうま≫だ。下がれ、ミクリオ!レイ!」

「何を言う!僕だって……」

「オレとライラで大丈夫。心配するなって!」

「……」

 

そんなスレイを見たミクリオは、拳を握りしめた。

レイはミクリオのその手を握る。

 

「レイ…。スレイ達の邪魔になる。少し下がろう。」

「…ミク兄…。ミク…兄…にも…できる事…はある…。」

 

スライム型の憑魔≪ひょうま≫を倒し、喰われていた男性を救い出す。

 

「ゴホゴホ……君が助けてくれたのか。オレはどうなっていたんだ?」

「説明しても分かってもらえないでしょうね。」

「えっと……おぼれていたみたいです。」

「そうか……いやぁ、情けないな……戻っておとなしく休んでおくよ。」

 

と、起き上がる。

ふら付く男性を手伝おうとするが、

 

「なに、大丈夫。一人で戻れるよ。」

 

男性は戻って行った。

 

「よかった。これで心置きなく遺跡探検できるな。」

 

が、ミクリオはそうではなかった。

 

「ミクリオ?」

「次からは僕も戦う。」

「ミクリオじゃ憑魔≪ひょうま≫を浄化できないだろう。」

「じゃあこれからずっと君の後ろで指をくわえて見てろっていうのか?」

 

二人は険悪の雰囲気になる。

 

「僕は足手まといになるためについてきたんじゃない!」

「ミクリオ……」

 

ライラはレイに、

 

「レ、レイさん!どうしましょうか?」

「こ…のま…までい…い。…二人と…も互い…を知…り過ぎ…てい…るから見…えていな…い。」

 

ミクリオは、ライラに詰め寄る。

 

「…ライラ、僕も浄化の力を得る方法はない?」

「方法は一つ……ミクリオさんが私の力に連なるもの陪神≪ばいしん≫となることですわ。そして私の器たるスレイさんに宿るのです。」

 

それを、ミクリオはすぐに決断する。

 

「じゃあ、それで。」

「陪神≪ばいしん≫…になれ…ば…自…由はな…い。」

 

そしてそれを、スレイが止める。

 

「ダメだ!ミクリオ。そんなこと簡単に決めちゃ!」

「君に言われたくないな。君だって導師になるってあっさり決めたじゃないか。」

「それとこれとは別だろ。ミクリオは憑魔≪ひょうま≫を浄化するのが夢なのか?違うだろう!」

「僕は天族だ!天族の天敵とも言える憑魔≪ひょうま≫を浄化したいって思うのは自然なことだと思うけど?」

「カエルがヘビを退治したいって思わないだろ!」

「僕はカエルじゃない!」

「何ムキになってんだ!ちゃんと聞いてくれ!ミクリオ!」

 

スレイはミクリオの肩を掴む。

 

「……ムキになってなどいない。」

 

その手を外した。

 

「ミクリオ……」

「足手まといは宿で待っているよ。」

 

と、歩いていく。

それをレイが追いかける。

ライラは心配そうに、

 

「スレイさん、追いかけなくては……」

「宿で待ってるって言ってんだ。放っとこ!」

 

そこでライラは何かを納得したように、

 

「青春ですね?男の友情!そうですね?」

「……」

「でもそれならスレイさん。意地悪ですわ。ミクリオさんの気持ち、わかっているんでしょう?」

 

と、優しく問いかけた。

スレイはムスッとした顔で考え込む。

 

 

ミクリオが外で出ると、風が吹き荒れていた。

風が強すぎ、目を瞑る。

 

「…お前も、導師も、互いにいた時間が長過ぎた。故に、互いの事を自分の事に心配しあい、自分の事のように共感してしまう。」

「だ、誰だ‼い、いや…この声はあの時の…」

「探し物は見付かったろ?さて、お前が本当に導師の器と…いや、あの人間と共にいる事を望むのであれば、いずれお前に必要なものは手に入る。だが、それを手に出来るかは、お前自身の心のみだ。」

 

と、より一層の風が吹き荒れる。

風が収まり、目を開けるが誰も居なかった。

 

「…ミク…兄…」

 

と、後ろからレイに話し掛けられた。

 

「レイ…ごめん、考えたい事があるんだ。一人にしてくれ。」

「…わかっ…た。…でも…無茶は…ダメ…」

 

と、行って、レイは戻って行った。

 

 

レイが戻ると、ライラが何かを決意した。

スレイに嬉しそうな顔をして、

 

「………決めましたわ!」

「え?何を!」

「進む事をですわ。うん、それがいいです。」

「なんかわかんないんだけど……」

「さぁ、遺跡探検に出発ですわ♪」

「…出…発…。」

「レイ⁉」

「ミク…兄が…一人に…してくれ…って…」

「そ、そうか……」

 

レイ達は奥に向かって、歩いていた。

と、仕掛け扉の前に出た。

 

「開き方はわかりそうですか?」

「ハイランド王家の紋章……鍵穴のない扉……」

「…見た…目に…騙さ…れて…はダ…メ。」

「そうだな。これは扉じゃない…そう、封印だ。」

「封印、ですか?」

「見つかった遺物や遺構が時の権力者にとって不都合なものだった場合、人目につかないように禁忌扱いして封印してたんだって。」

 

と、その扉の封印に触れ、

 

「ってことは、ここのカギは封印を施した王家のゆかりものか……」

 

と、ライラは手を合わせた。

 

「な、何?」

「スレイさんは本当に遺跡が好きなんですね。」

「うん。子どもの頃から遊びって言えば、ミクリオと時々レイも連れての遺跡探検だったから。ミクリオのやつ、オレが何か見つけたら、次の日すぐ別の何かを見つけてきて……」

 

と、嬉しそうに話す。

そこで何かに気が付く。

が、ライラが優しく、

 

「それで?」

「別に。それだけ。」

「…どっ…ちも…頑固…」

 

と、その話は終えた。

ライラは仕方なく、

 

「カギはわかりました?」

「あ、うん。もうちょっと扉調べてみる。」

「…お兄…ちゃん…そこ…」

「んん?これか?」

 

と、汚れを落とす。

 

「あとはカギか。」

「…ナイフ……」

「あ、これか。」

 

ナイフを押し当てると、扉が開く。

 

「…開く…よ。」

「よし!」

「それにしても変わったカギですね……ナイフにしか見えませんわ。」

「ナイフなんだけどね。」

 

と、さらに奥に進む。

 

と、一番奥に進みと、大きな剣の刺さった石造の元へでた。

その中央には、色んな色に光る宝石があった。

 

「…祭…壇の…間…大…地の…記…憶…」

 

レイは、中央の宝石を視て、呟き、俯いた。

が、スレイはそれには気が付かなかった。

 

「すげ~……でっかい剣だな~。」

「ここがアスガード時代に作られた聖剣の祭壇跡です。」

 

そしてライラは、聖剣の祭壇跡へと進む。

 

「ライラ、ここのこと知って……ライラ?」

 

ライラは上段まで上がって行った。

レイとスレイも、その後ろに付いて行く。

ライラは、聖剣を見上げ、

 

「先代導師とは、ここで契約をしたんです。」

「そっか…。でも何で話してくれなかったんだ?」

「…は闇に…飲まれた…」

 

レイは聖剣の祭壇跡にある宝石を視たまま言った。

 

「レイ?」「レイさん…」

 

少しの間があった後、ライラは話を変えた。

 

「…スレイさんとミクリオさんがとても楽しそうだったので。お二人の遺跡の探求心に水を差したくなかったんですの。」

 

ライラはスレイを見て、

 

「そしてもうひとつ。スレイさんのためですわ。」

「オレのため?」

「スレイさん。導師だからといって全てを一人で抱え込む必要はありません。どうですか?この遺跡にたどり着いて。これまでよりも心が躍らなかったでしょう。スレイさん。理由はわかっていますね?」

「……うん、けど……」

 

レイはスレイを見上げ、

 

「…お兄ちゃん…もミク兄…も気付い…てる。でも…それを…言葉に…できな…い。言いたく…ないと…思ってる。」

「ええ。レイさんの言う通りです。友達に宿命という重荷を背負わせたくない、ですね?」

「……なんでもお見通しなんだな、レイとライラは。」

「いつの時代でも導師とその天族の友人が必ずぶつかる問題なんです。」

「長い…時…間…共に…過ごせ…ば過…ごす…ほど…互いに。」

「ふふ。レイさんは優しいですね。」

「…優し…い?」

「はい。さて、スレイさん、ミクリオさんの気持ち、わかりますわね?」

「うん。」

「なら、もう私が言うことはありませんわ。おそらく、レイさんも。」

「…たぶん…」

「ありがとう、レイ、ライラ。」

 

と、ここでスレイは疑問をぶつける。

 

「でも、ここが聖剣の祭壇……ここが導師の契約の場だったんだな。」

 

「遥か昔の話ですが。」

「剣って導師のシンボルなのか?」

「いえ?どうしてそう思うんですの?」

「イズチの遺跡で『聖剣を掲げる英雄』―導師の壁画を見つけたし、ライラだって剣に宿って導師を待ってたしさ。」

「ふふ。必ずしも導師が剣を振るったわけではありませんわ。導師の剣は、災厄や穢れを斬り、未来を拓いて欲しいという人々の願いを表したものなのでしょう。」

「…最…初の…導師が…剣を扱…っていた…から。人々は…それを…見て…夢と…希望を…持って…時代…の導師…に繋げ…た。」

「そうなの?ミクリオから聞いたのか?」

「‥‥‥?」

「…まいいか。しかし、希望の象徴……この剣は……」

「その剣はちょっと変わったものですわね。」

「儀礼剣だと思う。遺跡で見つけたんだ。」

「だから刃がないのですね。」

「護身には十分なんだ。ミクリオとの稽古にも便利だし。」

「……必要以上に傷付けない剣なのですわね。」

「いつも…ミク兄…と…ボロボロ…」

「ふふ。」

「だから、未来を斬り拓くのは難しいかもしれないけどね。」

「スレイさん、剣はあくまでも象徴です。何をもって何を斬るのか―それを識ることが大切なのですわ。」

「わかった……答えを探してみる。」

「ええ。そして、私がこの祭壇を訪れた本当の理由は……これをスレイさんに託すためですわ。」

 

と、中央に置かれていた宝石をスレイに渡す。

 

「宝石?」

「人の世では『瞳石≪どうせき≫』と呼ばれているようです。しかし本来は『大地の記憶』というべきものですわ。」

「瞳石≪どうせき≫……大地の記憶……」

「…歴…史。…時…代の…流れ…」

 

レイは視線を反らし、小さく呟いた。

ライラから瞳石≪どうせき≫を受け取り、

 

「スレイさん、見えますか?」

「へ?何が?」

「スレイさん、それは天族を感じられる力、霊応力を持つ方にそこに刻まれた記憶を見せるもの。災禍の顕主を識るための道標となりえるもののはずです。」

「……何も見えないけど……」

「そのようですわね……不思議ですわ。」

 

と、スレイは瞳石≪どうせき≫をしまい、歩き出す。

 

「スレイさん?」

「帰ろ。ここで考えててもわかんないし。」

「ですが……」

 

と、レイを見る。

 

「今…はそ…の時…じゃない…。」

「…え?」

 

そしてレイは、スレイの後ろに付いて行った。

 

「必要があればまた来たらいいさ。」

 

そして納得したように、

 

「ミクリオさんと……ですわね。」

 

と、ライラもその後に付いて行く。

 

帰り道の途中、閉じられた扉に気が付く。

 

「ここも封印されてる?内側から?」

「…導師…を生み…出す…ため…」

「導師を生み出す?」

「レイさんの言う通り、ここは導師を生み出すために作られた祭壇なんです。」

「浄化の炎を操れないと開かない仕掛けになっているのですわ。」

「なんだって?それじゃ導師になれなかった人は、ここから出れず……?」

「…死ん…だ…」

「はい……哀しい時代の産物ですわ。」

「…‥‥」

「スレイさんはすでに私に輿入れしています。力もどんどん馴染んでいる。すでに浄化の炎をある程度操れるはずですわ。」

「なるほど……それでこの燭台に火をともせばいいんだな。」

「…進めば…穢れ…に…当たる。…悲しみ…怒り…恐怖…憎しみ…無念…負の心…」

「はい。この先はここで倒れた導師になれなかった人達の想いが穢れとなり、澱みのようになっていますの。」

「憑魔≪ひょうま≫がうごめいているってことか。」

「はい。注意が必要ですわ。」

「わかった。レイ、オレから離れるな。」

 

レイは頷く。

スレイは灯台に炎を灯す。

扉が開き、中へ進む。



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toz 第五話 神依≪カムイ≫

レイ達は奥へと進むさなか、大量のスライム型の憑魔≪ひょうま≫と出会う。

 

「またか。ホントすごい数だ。」

「これほどとは……」

「…お兄ちゃん…神依≪カムイ≫…化…できる…」

 

それを聞いたライラは、

 

「スレイさん、力が開放されるというか、新たな力が沸き上がるというか…そんな感覚はありませんか?」

「特にそんな感じはしないけど……」

「さすがにまだですよね……」

 

と、さらに増える。

スライム型の憑魔≪ひょうま≫に囲まれた。

 

「こいつら……どんだけいるんだよ!」

「スレイさん、急いで突破しましょう!」

「うん!レイ!離れず、巻き込まれずに、だ!」

「…わかった…」

 

レイは辺りを見渡す。

スライム型の憑魔≪ひょうま≫はどんどん増えてく。

 

「キリがない!」

「防御に徹してください!必ず逆転できます!」

 

苦戦する二人を見て、レイは歌を歌い出す。

それに合わせ、風が吹き始める。

歌が流れると、スライム型の憑魔≪ひょうま≫の動きが鈍くなった。

そしてライラが、声を上げる。

 

「きた⁉来ましたわ!」

「何?ライラ!」

「スレイさん、導師の真の力を見せる時です!」

「導師の?」

 

ライラはスレイの中に入る。

そして、スレイとライラの心の中で、

 

「私の真の名を捧げますー」

「これが…君の…」

「その名を唱えるのです!そして、溢れる力をとどめ、身に纏うのです。それこそが導師たるものの真の力!」

「わかった!やってみる!」

 

そして敵を見据え、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』‼」

 

炎の魔法陣が浮かび上がり、そこから剣が現れる。

そしてスレイを包み、彼の姿が変わる。

全身が赤と白の服となり、後ろの毛が長く、白に近い白銀となる。

そして瞳の色も、緑から赤へと変わる。

 

「これが神依≪カムイ≫ですわ!」

「神依≪カムイ≫…すごい力がみなぎってる……よっし、一気に鎮めてやる。」

 

と、大量にいたスライム型の憑魔≪ひょうま≫を倒す。

 

「決まったな!」

「スレイさん、素晴らしいですわ。」

 

レイも歌を止め、スレイを見ていた。

 

「「…導師…人にして人にあらず。強すぎ力は心を弱くする…」」

 

その後、ライラは説明する。

 

「神依≪カムイ≫こそ、導師たる証。これで本当の意味で導師となったのです。」

「でも危なかったな~。」

「お兄ちゃん…」

 

レイはスレイに近付く。

 

「お、レイ。さっきはありがと。手伝おうとしてくれたんだよな。でも、土壇場で力に目覚めたって事なのかな。」

「……はい。一時はどうなる事かと思いました。本当に素晴らしいですわ。スレイさん。」

「そんなに褒められると照れるな……。」

「…バカ…は褒…めて…伸ばせ。」

「レイ⁉ミクリオが教えたのか⁉」

「…?」

「ふふふ。ところでスレイさん?もう憑魔≪ひょうま≫は倒した事ですし、そろそろ神依≪カムイ≫を解きませんか?」

「どうやるのかな……」

「は?」

「解けないんだけど……」

「ええ~!そんな事ってあるんですの?」

「「…ごく稀に。」」「こっちが聞きたいよ!」

 

レイとスレイは同時に言った。

テンパっているスレイには聞こえていない。

そしてライラは、

 

「信じられない早さで神依≪カムイ≫の力を発現出来たと思えば、解除ができないなんて……スレイさんは、はめちゃめちゃなのですね。はちゃめちゃ導師…ぷっ。ふふふ。」

「…はちゃ…めちゃ…導師…確かに…そう…かも…」

「ライラ…それにレイまで…」

 

と、レイはスレイの手を握る。

風が軽く吹くと、

 

「あ、解けた。」

 

スレイの神依≪カムイ≫は解けた。

それを見たライラは、

 

「神依≪カムイ≫を発動した後は、自然に解けるのを待つことにしましょうか。しばらくすれば、きっと自在に操れるようになりますわ。」

「そうだね。」

 

そして、外に出る事が出来た。

 

「やっと出られた。な、レイ。」

「…うん…」

 

と、レイは遠くをみる。

ライラはスレイの方を見て、

 

「これからどうなさいます?スレイさん?」

「……宿には居ないんじゃないかな。」

「あら、ミクリオさんは宿に戻るっておっしゃってましたけど。」

「……ここの地下って、あんな遺跡が広がってるんだよね?なら、ミクリオは、ここじゃない別の入り口を探してると思う。たぶん。」

「え?」

 

そしてスレイに詰め寄る。

 

「ミクリオさん一人で遺跡に⁉危険すぎます!無謀すぎます!今この街は、憑魔≪ひょうま≫がすごく増えてきいるんです!その強さも、今さっきスレイさんが体験した通り!なのに、なぜそんなに落ち着いているんですの⁉」

 

と、早口で言う。

 

「大丈夫だよ。危険と分かってるトコに無茶してもぐったりするヤツじゃない。自分だけじゃ憑魔≪ひょうま≫を浄化できないってことも、ちゃんとわきまえてるよ。ミクリオは。ね、レイ。」

「…ん。」

 

遠くをみたまま言った。

 

「……。」

「心配ないよ。」

「……信じてらっしゃるんですね、ミクリオさんのこと。」

 

スレイは照れながら言った。

 

「腐れ縁なだけでだって。」

「なるほど、ミクリオさんはスレイさんに張り合って遺跡探しをしている最中なので、宿には戻っていない。そして、一人で危険なこともしていない、と。」

「…意地っ…張…り。」

 

少しの間があり、嬉しそうに言う。

 

「……では、この後どうしましょうか、スレイさん?」

「ちょっと意地悪だよね、ライラって。」

「そうでしょうか?」

「そう…だと…思う…」

「え!え⁉」

「それ…でど…うす…るの?」

「これをアリーシャに返したいんだ、まずは。」

 

と、アリーシャのナイフを出す。

ライラは落ち着き、

 

「扉に開けるのに使ったナイフ。」

「初めてアリーシャに会った遺跡で見つけたんだ。王家ゆかりの品みたいだし、きっと大事なものだと思う。導師としての活動を始める前に返してあげたいと思って。」

「……ですね。」

 

と、レイはすぐ傍の陰を横目で見ていた。

スレイはライラに、

 

「ライラ、オレに説明したいことがあるんでしょ?導師のやることについて。あのときの話の続きをさ。」

「……おっしゃるとおりですわ。そのためにはまず私からも、アリーシャさんにお聞きしたいことがありますの。」

「なら、丁度いいね。アリーシャの屋敷に行こう。」

「ミクリオさんも見つかるかもですし。」

「あ、ああ……きっと適当に引き上げてくるはずだしね。」

 

スレイは視線を外して言った。

 

「ふふふ、それだと本当に丁度いいですわね。」

「やっぱりライラ、意地悪だよ。」

 

と、歩いて行く。

レイはずっと陰の方を見ていた。

そっと離れていったのを見た後、自分もスレイの後を追う。

 

「「………醜い人間の欲、か。」」

 

アリーシャの屋敷に向かう途中、下水道で助けた男性が居た。

 

「おお!無事だったか、兄ちゃん!さっきは助かったよ、本当にありがとう。」

「ううん、大したことはしてないよ。」

「オレ達からもお礼を言うわせてもらうぜ。」

「オレたちゃ、てっきり、こいつが先に帰ったもんだと思ってたからよぉ~。」

「なぁなぁ、あんたもしかして導師じゃねぇのか?噂に聞いていた恰好と、そっくりだ。」

「あ~、えっと……」

「ほおお、聖剣を抜いたって例の男か!只者じゃねぇと思ってたが、納得だ。」

「助けてもらったお礼だ。この後、飯でもどうだい?」

「はっはっは、まさか噂の導師様と知り合いになれるとはな!母ちゃんと娘に自慢できるよ。」

「あっその、オレは……」

 

と、何とか話をつける。

スレイは声援を受け、別れた。

 

と言うのを、ライラと共に後ろで見ていた。

が、風が吹いて来たのを感じる。

 

「…いつの世も、最初だけ。信じれば信じるほど現実は辛く、叶えたいと想う願いは儚く散る。」

 

と、風が吹き、黒いコートのようなワンピースの服を着た少女がライラの後ろに現れる。

 

「…それは、お前が契約を行ったあの先代導師のようにな…。」

「…貴女にとって、あの方は変化の一片だったのでは?それにスレイさんやミクリオさんの事も…」

「…さぁな。だとしても、私は変わらない。裁判者としているだけの事だ。…それと忠告だ。末席の王女は従士には向かないぞ。」

 

と、再び風が吹き、少女は消えた。

 

ライラはスレイに近付いた。

 

「賑やかな方達でしたね。」

「お兄ちゃん…楽し…そう…だった。」

「うーん、でもちょっと戸惑っちゃうよ。イズチの皆はもっとのんびりしてる感じだったし。だろ?」

 

と、レイを見る。

レイもスレイを見上げる。

 

「…そう…だね…。」

「…ずっと天族の村で育ったんでしたね?人間はスレイさん…いえ、レイさんと二人で…」

「そう。それ以外の人間を見たのはアリーシャが初めて。」

「そうですか……」

 

と、アリーシャの屋敷にアリーシャの屋敷に向かう。

 

屋敷に着くと、アリーシャと青い騎士服を着た女性と話をしていた。

 

「できる限りのことをしてみるが、保証はしてやれん状況だ。すまん。」

「とんでもありません。お気遣いありがとうございます。」

「お前のことだ。覚悟はしているのだろうが。」

「……はい。今の私にできることに力を尽くします。」

「我が弟子の愛すべき長所ではあるが、その性格が大臣たちの不安を煽るのだろうな。あまり無理はするなよ。なにかあれば報せをよこす。」

「はい……」

 

と、アリーシャはこちらに気が付く。

 

「スレイ!レイ!」

「っと……こんにちは。」

 

レイは青い騎士服を着た女性が一瞬、何を視たのか理会した。

だから傍には寄らなかった。

スレイは近付き、

 

「やっぱ、出直すよ。」

「気にするな。もう帰るところだ。」

「あなたは-」

「聖剣祭では世話になったな、導師スレイ。ハイランド王国軍顧問、教導騎士マルトランだ。これからもアリーシャの力になってやってくれ。友人としてで構わないから。」

「はい、もちろんです。」

 

青い騎士服を着た女性・マルトラン卿はもう一度、何かを視たのをレイは見ていた。

そしてそれに、ライラも気が付いたようだった。

マルトラン卿はレイを見た。

 

「貴殿も、アリーシャのことを支えてくれ。」

「……それが…貴女の…本当…の…願い…なら…。でも…違うよ…うで…それを…願って…いる。…かつて…の自…分と…重な…るから…?それとも…捨てた…想い…を思…い出し…た?」

「…貴殿は…本当にあの時の…」

 

レイの瞳は彼女の瞳を視ていた。

その瞳は赤く光ったり、戻ったりしていた。

と、アリーシャが遠くから、

 

「師匠≪せんせい≫?」

「何でもない。では、な。」

 

マルトラン卿は歩いて行った。

レイはスレイ達に近付いて行った。

 

「レイ、師匠≪せんせい≫と何を話していたんだ?」

「……。」

 

レイは無言だった。

そしてアリーシャではなく、空を見上げていた。

 

「…なんかごめん。時々こうなんだ。でも、格好いい人だな。空気がピシッとした。」

「だろう?私の目標とする方だ。立ち話もなんだね。どうぞ。」

 

テラスの方へ歩き出す。

レイも空を見るのを止め、彼等に付いて行く。

テラスに着いた時、スレイとアリーシャの話は進んでいた。

 

「遺跡を探検していると思っていたよ。」

「うん。そうなんだけどー」

「…いじ…っぱ…り…」

「え?」

「き、気にしないで。まずこれを。」

 

スレイは、アリーシャにナイフを返す。

 

「私のナイフ!そうか、イズチの遺跡で?」

「やっぱりアリーシャのだったのか。」

「我が家に伝わるとても大切なものなんだ。もう戻らないと思ってた……」

 

それを受け取り、

 

「ありがとう、スレイ。」

 

と、和んでいると、

 

「あのぉ、そろそろ私の用事に移ってもよろしいでしょうか?」

 

と、スレイの中に居たライラが声を掛ける。

 

「失礼しました!ライラ様!」

 

と、ここで気が付く。

 

「アリーシャ、今?」

 

レイはアリーシャを見上げる。

 

「聞こえた!確かにライラ様のお声が!」

「これは驚きです。」

 

ライラはスレイの中から出てくる。

 

「アリーシャさん。」

「?」

 

しかし、ライラの声と姿は見えていなかった。

 

「…まだ…難し…い。」

「なるほど。」

「ライラ?」

「説明しますから、もう一度手を繋いでください。」

「ライラが説明してくれるって。もう一回手、繋いでもらっていい?」

 

と、スレイはアリーシャに説明しながら、手を出す。

 

「ああ。」

 

アリーシャもその手を握る。

スレイは目を瞑る。

そしてライラはもう一度、スレイの中に入った。

 

「こんにちは、アリーシャさん。聞こえますよね?」

「はい!聞こえます、ライラ様!」

「まだ息を止めていないのに。」

「スレイさんが私の力により馴染んだのです。以前ほど感覚を遮断しなくても同じことができるくらいに。」

「特に変わった気はしないけど。」

「…見た…目じゃ…ない。お兄ちゃんの…中の…力の…話。」

「良かったよ。話すたびに、スレイにあんなマネをさせては申し訳ないからね。」

「はは。あれはあれで面白かったけど。」

「では、改めてよろしいですか?」

「そうだった。ライラがアリーシャに用があるんだって。」

「私に?」

「力を貸していただきたいのですわ。『地の主』と『器』を見つけるために。」

「それは……どういうものでしょう?」

「まずは、この世界の仕組みからお話しないといけませんね。古来、天族と人は力を合わせて穢れから自分たちの土地を守ってきました。」

「天族と人が協力して……」

「力ある天族は、穢れのない清らかな物を『器』とすると『地の主』という存在になります。そして、器と共に人々に祀られることで、穢れを退ける『加護領域』を広げる力を得るのです。本来、聖堂とは、地の主を祀り、穢れから土地を守るためのものなんですの。」

「「そして人々は…それを当たり前のこととし、恩恵と言う存在を、天族と言う存在を忘れた。天族は人々から離れ、関わりを絶つ者も増えた。」」

「…レイさんの言うように、現にこの街の聖堂には、地の主も器もなく、正しく祀ろうとする者もいません。」

「それが、よくないことが続く原因なんだ。」

「そう。いくら導師が穢れを祓っても、地の主の加護なしでその土地を守り続けることはできません。」

「わかった。ライラが聞きたかったのは地の主の器となる者の心当たりと……」

「それらをそろえた聖堂を正しく祀ることができるかどうか、この二つですね?」

「はい。どうでしょうか?」

「まず聖堂についてですが、我が国のほとんどの聖職者は天族への感謝の心を失っています。」

「そんな……」

「ですが、最近祭司となったブルーノという者がいます。祭りの準備にも尽力してくれた真摯な人物です。」

「その方なら?」

「任せられると思います。」

 

アリーシャはスレイの手を離し、

 

「善は急げだ。聖堂に行って話してくるよ。」

 

と、歩いて行った。

スレイは歩いて行ったアリーシャの背を見送りながら、

 

「気が早いなぁ。」

 

スレイの中から、ライラも出て来た。

 

「私たちも。善は急げですよ。」

 

そう言って、スレイも歩き出した。

ライラはテラスの机にメモ書きを置いて、スレイの後を追う。

 

「「…遥か昔から変わらない。人々は簡単に忘れる。どの時代でも簡単に心を変える。天族は人間とは違う時間軸に生き、より多く人間の心に触れた。人と言う生き物と関わる事をやめた。それでも―」」

 

レイは、テラスから出て、空を見上げながら呟いていた。

と、先を歩いていたスレイが、

 

「レイー、置いてっちゃうぞー。」

 

レイはスレイの元に駆けて行った。

隣まで来ると、スレイを見上げ、

 

「…関わりを…捨てられ…ない。」

「何か言ったか?」

「…何…でも…ない。」

 

スレイの手を握って、歩き出す。

 

「もう見えなくなっちゃった。行き先は聖堂だろうけど……」

「…急…がば…回れ…」

「ふふ。そうですわね。アリーシャさんはちょっとオテンバさんですわね。」

 

 

聖堂に着き、レイは立ち止る。

 

「どうした、レイ?」

 

レイはスレイから離れ、木々の日蔭に向かって歩いて行った。

 

「どうしたんだろ?」

「…何か思う所があるのではないですか。」

「うーん。レーイ!その辺に居るんだぞ!」

 

レイは振り返り、頷いた。

スレイは中に入ると、すぐにアリーシャと合流した。

 

「スレイ!あれ、レイは?」

「あー…外に居る。」

「そうか…。後、ブルーノ司祭は、所用で街に出かけてしまったそうだ。」

「仕方ないね。じゃあ、器の方の心当たりは?」

「穢れなき器になりえるもの……」

 

アリーシャは少し考えて、スレイの手を握る。

 

「街の北東のガラハド遺跡に清らかな滝があります。代々のハイランド王が、戴冠式の前に身を清めてきた聖水なのですが―」

「清らかな水……確かに天族の器になり得るものですが―」

「が?なに?」

「遺跡に獣が棲みついたのだ。退治に向かった兵士十名を返り討ちにするような奴が。」

「……憑魔≪ひょうま≫かな?」

「おそらくは……」

「じゃあ、急がないと滝の水も穢れてしまうかもしれない。他にも気になる事があるんだね。」

「……今のレディレイクには穢れが満ちています。きっとその聖水も祀る前に影響を受けてしまいますわ。」

「水は、穢れの影響を受けやすい性質なんですの。」

「そうなのか……なにかいい方法は?」

「もちろん方法はありますが……それには、水の天族の協力が必要ですわ。」

「火の属性の私は、水と相性がよくないのです。」

「水の天族か……」

「はい。」

「……」

「そういえば、ミクリオ様は?一度もお声が聞こえないが。」

「ちょっとね。ケンカしちゃった。」

「いろいろありまして。」

「ああ。それでレイが意地っ張りって言っていたのか。」

「とにかくガラハド遺跡へ!憑魔≪ひょうま≫なら倒さないと。」

 

スレイは少しムスッとした感じで言った。

 

「そうですね。まずは出来ることから始めましょう。」

 

そしてアリーシャは、決意したことを言う。

 

「スレイ、私も連れて行って欲しい。」

「憑魔≪ひょうま≫と戦うのは無理だよ。アリーシャには。」

「だが……!」

「スレイさん、主神が陪神を収めるように、導師も『従士』をもつことができるのです。アリーシャさんが従士となれば、スレイさんの領域内でなら憑魔≪ひょうま≫と戦えるでしょう。」

「従士……」

 

ライラはスレイの中から出て来る。

そしてスレイに、

 

「ただし―」

 

スレイの耳元で深刻そうな顔で、彼だけに言う。

と、アリーシャはスレイの手を放す。

 

「この聖堂は……いやハイランドの聖堂は私が生まれた頃から、ずっとこんな様子だった。私は穢れたハイランドしか知らなかったんだ……。お願いだ、スレイ。私を君の従士にして欲しい。」

 

そして力強い瞳で、スレイを見つめる。

 

「私は見てみたいんだ。穢れのない故郷を!」

「それがアリーシャの夢なんだな。…わかったよ。アリーシャ。」

 

と、スレイは言った。

そんなライラは少しだけ考え込むように、沈黙した。

しかし、すぐにスレイがライラに、

 

「……で、どうすれば?」

「私の詠唱の後に、アリーシャさんに古代語の真名を与えてあげてください。」

「アリーシャに名前を……か。」

 

そしてライラは、スレイとアリーシャの手を取り、詠唱を始める。

 

「我が宿りし聖なる枝に新たなる芽いずる。花は実に。実は種に。巡りし宿縁をここに寿≪ことほ≫かん。」

 

と、炎がライラを中心に光のように出る。

そして魔方陣がアリーシャを包み込む。

 

「今、導師の意になる命を与え、連理の証とせん。覚えよ、従士たる汝の真名は―」

「『マオクス=アメッカ≪笑顔のアリーシャ≫』。」

 

アリーシャの中に炎の光が入った。

そして、アリーシャはスレイに近付いた。

 

「改めてよろしく、スレイ。」

「こちらこそ、アリーシャ。」

 

と、ライラは窓の付近で合図を送ってから、スレイ達と共に歩いて行った。

 

 

同時刻、聖堂近くの屋根の上には黒いコートのような服を着た小さな少女が立っていた。

紫色の長い髪が、風に合わせ揺れる。

そして小さな少女の瞳は、聖堂でのスレイ達の姿を視ていた。

 

「穢れなき聖水は、穢れあるものを呼び寄せる。あの主神は知らないが、かつてハイランド王は願った。あれは私の加護の元にある。故に、あの聖水は穢れない。……しかし、忠告してやったと言うのに末席の王女を従士にしたか。…さて、あちらはあちらでどうなるか…。」

 

と、風が小さな少女を包み込み、そこに姿は無かった。

 

 

スレイ達が聖堂を出る数分前、ミクリオは外から聖堂の中を見ていた。

そこに、誰かが近付いて来る足音が聞こえて来た。

 

「誰だ⁉」

 

ミクリオがそこを見ると、白いコートのような服を着た小さな少女が立っていた。

 

「…レイ…。いつから気付いていた?」

「…ちょっ…と前…くらい…」

「そうか…」

「…ミク兄…が…まだ…本当に…望む…のなら…これから…行く…所に…ミク兄…が望…む第…一歩が…ある。」

「レイ?」

「「…それに…あの従士は長くは持たない。」」

 

そう言って、ミクリオを見るレイの瞳は赤く光っていた。

 

「…じゃあ…後でね…」

 

聖堂の入り口に向かう彼女の瞳は元の赤に戻っていた。

ミクリオはしばらくレイの後ろ姿を見た後、もう一度聖堂の中を見た。

 

 

スレイは外に出ると、レイが入り口で待っていた。

スレイはレイに、

 

「今から遺跡に行くことになったけど、レイはどうする?憑魔≪ひょうま≫も居るし、宿屋で…」

「…一緒に…行く…」

 

と、レイはスレイを見上げて言った。

 

「分かったよ。でも、ちゃんと傍に居るんだぞ。」

 

レイは頷く。

そして、ガラハド遺跡に向かって歩き出す。

道中、アリーシャはスレイに思い出したように言う。

 

「それにしても…ふふ。」

「な、なに?」

「いや、なに…スレイは相変わらず、妹には甘いのだなっと思ってな。」

「…本当は宿屋とかにいて欲しいけど、ミクリオも居ない今、レイを一人にするのはちょっとなぁ…。その、いろいろと不思議感いっぱいの子だから…。」

「…確かに、レイは不思議な子だ。しかし、それならスレイも不思議な奴だぞ。」

「えぇー。」

 

ライラがスレイとアリーシャの手を握らせ、

 

「確かにそうですわね。」

「ライラ様もそう思いますよね。」

 

と、アリーシャと会話ができるようにする。

 

「はい。とっても。ね、レイさん?」

「…?」

 

と、話していると、アリーシャは嬉しそうにしていた。

 

「どうかされましたか?アリーシャさん。」

「いえ。改めて本当に天族がいるんだと思って。こうしてお話しできるなんて夢のようです。」

「アリーシャも天遺見聞録を読んで、ずっと天族に憧れてたんだって。」

「ふふ、私も嬉しいですわ。アリーシャさんとお話できるようになって。」

 

笑顔で言っていたアリーシャは、真剣な表情へと変わる。

 

「今思えば、あの時も本当にいたのだな。スレイの…いや、スレイ達の家族が。」

「あの時……?」

「以前、始まりの村の手がかりを探してスレイとレイの故郷に迷い込んでしまったのです。その時、スレイに家族を紹介されたのですが、私はお芝居だと思って、失礼なことを……」

「そうですか。始まりの村を―」

「……。」

 

レイはライラを見上げていた。

ライラもまた、どこか遠い目をしていた。

それには気付いていないスレイは、

 

「平気だよ。みんな気がいいから。ね、レイ。」

「…そう…だね。」

「そう言ってもらえるとありがたい。ミクリオ様にも早く会えるといいのだが。」

「うん……そうだね……。」

「いじっ…ぱり…」

「ふふ、そうですわね。」

 

 

街の外に出ると、憑魔≪ひょうま≫と出くわす。

 

「こ、こいつは⁉」

 

初めて憑魔≪ひょうま≫を見るアリーシャは、武器を構えながら驚く。

 

「来るよ、アリーシャ!レイは安全な所に!」

 

レイは木々の後ろに行く。

 

「落ち着いて、普段の力を発揮してください。」

 

アリーシャは最初こそ戸惑ったが、憑魔≪ひょうま≫を倒した。

レイは彼等に近付く。

 

「終…わった…」

「ああ、レイは大丈夫そうだな。」

「これが憑魔≪ひょうま≫…」

「アリーシャ…」

「すまない。大丈夫だ。」

「では、先を急ぎましょう。」

 

と、先を進む。

レイはスレイの横を歩くが、時々後ろを気にしながら歩いていた。

 

ミクリオは皆から離れて歩いていた。

と、背後に誰かの気配がする。

振り向こうとするが、強い風がそれを阻んだ。

 

「この感じ…もしかして⁉」

「ほう。少しは理解したか。話が早くすむ。」

「今度は何の用だ!」

「…お前の決断を聞いてやろうと思ってな。」

「…お前には関係ない。…だが、何故僕に…いや、僕らに関わる。」

「…なに、ただの気まぐれだ。さて、あの遺跡に入れば、後は決断だけだ。ま、急ぐことだな。」

 

と、風がやんだ。

ミクリオは振り向きもせず、先を急いだ。

 

 

スレイ達はガラハド遺跡を見付け、中に入る。

 

「遺跡の奥に滝があるんだよね?」

「そう。聖水を汲む滝は遺跡の一番奥だ。しかし、兵士を襲ったヤツが出てくるかもしれない。慎重に進もう。」

「レイ、はぐれないように…って、いない⁉」

 

スレイが周りを見渡す。

アリーシャが入り口の方へ戻ろうとした時、レイが入って来た。

 

「「よかった~。」」

「…?」

「レイさんがいなくて探してたんですよ。」

「…ごめ…んな…さい。」

「いや、オレも見てなかったから、おあいこだ。レイ、はぐれるとまずいから手を繋いで行くぞ。」

「…ん…」

 

彼等は奥へと進む。

中央の所まで来ると、部屋の真ん中に弓が飾られていた。

 

「弓か……儀式用っぽいね。」

 

と、スレイは弓を調べ始める。

ライラは弓を見て、驚いていた。

 

「『神器』ですよ、この弓!」

「神器?と、そうだ。」

 

スレイはアリーシャの手を繋ぎ、目を瞑る。

そしてライラに聞く、

 

「この弓が神器って?どういうもの?」

「神器は、導師と天族が行う神依≪カムイ≫の姿を決定付ける、言わば『神依≪カムイ≫の型』ですわ。」

「神依≪カムイ≫の……型。」

「そっか、ライラの聖剣!」

「そう。レディレイクの聖剣も神器です。」

「それでライラの神依≪カムイ≫は剣なのか。」

 

と、スレイは、ライラに真剣な表情で聞いた。

 

「ね。ライラの聖剣を使えば、他の天族とも神依≪カムイ≫できるのかな?」

 

ライラもまた、真剣な表情で答えた。

 

「それは……場合によりますわ。」

 

そしてライラは、今回は大人しく見ているだけのレイを一目見た。

レイは弓の神器を見つめていた。

そして、説明を始めた。

 

「まず、以前言った通り、導師であるスレイさんの主神である私の陪神≪ばいしん≫になってもらう必要があります。」

「陪神≪ばいしん≫とはなんなのでしょう?」

「わかり易く言えば、私の力の影響下に入って、スレイさんに協力して頂くということですわ。」

「……」

「もう一つ、神器の属性の問題があります。私が火であるように、自然を操る天族も、一人一人扱える属性が違うのです。」

「神器にも属性があるのなら……天族の属性にあった神器でなければ神依≪カムイ≫はできない?」

「その通りですわ。この弓は水の神器のようですね。」

 

スレイは、弓の神器を深刻な表情で見た。

 

「そしてミクリオさんは水の――」

 

しかし、ライラが全てを言う前に、スレイが遮った。

 

「さ、行こう。」

「え⁉」

 

驚くアリーシャに、ライラが説明する。

 

「スレイさんは、ミクリオさんを陪神≪ばいしん≫にしたくないんです。」

「なぜだ?私を従士にしたのと同じことだろう。」

「アリーシャは必要としてただろ?自分の夢のために導師の力を。」

 

と、アリーシャの手を放す。

そして背中を向け、

 

「けど、ミクリオは――」

 

と、歩き出して行った。

ライラもその後ろに付いて行った。

アリーシャも仕方ないくその後ろを追う。

 

レイは後ろを向き、

 

「…ミク兄…。ミク兄も…お兄ちゃん…の…気持…ちが…解ってる…。それに…お兄ちゃん…もミク兄…の気持ち…を解っ…てる。この…選択を…取れば…後…戻りは…出来…ない。」

 

何所からか風が吹きて来る。

 

「「二人の運命の輪が大きく動き出す。そして真実も、な。」」

 

レイの瞳は赤く光っていた。

と、先を進んでいたスレイの声が聞こえる。

 

「レーーイ!」

 

それを聞いたレイの瞳は元の赤に戻っていた。

そして、しばらく同じ所を見た後、スレイの後を追う。

 

 

スレイ達に追いついたレイは彼等の話を聞いていた。

 

「そう言えば、スレイ。あの弓の神器の台座に何か書いてあったな。古代語のようだったが?」

「ああ、確か…えっと、『遺跡や遺物を気軽に持ち帰ったり傷付けちゃダメだからねっ!モチロン宝箱は別だけどー♪』だったかな。」

「やけに軽いノリですわね。」

「いえ……盗掘と学術研究は、本来紙一重。『行為の本質を見極めよ』という教えではないでしょうか?」

「こっちは重すぎですわ!」

 

と、アリーシャが突っ込みをいれた。

逆にスレイは、

 

「そういう解釈もできるけど、これは昔の人が残した冗談じゃないかなあ。な、レイ。」

 

と、横に居たレイに言うのだが、振られたレイは遠くを見ながら、

 

「「あの馬鹿は、いつの間にあんなものを…あれほど関わる必要はないと――」」

 

なにやら珍しく小さく呟いていたが、何を言っているかは解らなかった。

しかしその表情は、それでも無表情であった。

そしてアリーシャは、より深く考え込んだ。

 

「なるほど……遺跡は人がつくったもの。古人も私たちと同じ人というわけか。深いものだな。」

 

それを見たライラは苦笑いしながら、

 

「本当に真面目なんですね、アリーシャさんは。」

 

さらに奥に向かって歩いて行く。

と、憑魔≪ひょうま≫の気配を感じる。

 

「お兄ちゃん…」

「ああ。アリーシャ。」

「多いぞ。」

 

三人は戦闘態勢に入る。

そしてライラは炎を散らしたが、

 

「⁉」

「ど、どこ⁉」

 

周りに敵は見当たらない。

レイは上を見上げる。

そしてスレイも気付いた。

 

「上だ‼」

 

と、スレイはレイを抱え、全員後ろに下がる。

上から、自分達の居た所にムカデ型の憑魔≪ひょうま≫が襲ってきた。

スレイはレイを降し、敵を見る。

 

「姿さえ見えれば!」

 

と、アリーシャが武器を構え、敵に向かって行こうとする。

 

「だめ!こいつは毒を!」

 

ライラの注意を聞き、スレイがそれを止める。

 

「アリーシャ!」

「くぅ!」

 

アリーシャは急ブレーキをかける。

レイは少し考えてから、歌を歌い出した。

すると、敵のムカデ型憑魔≪ひょうま≫は苦しみだすと、レイを見据えた。

敵のムカデ型憑魔≪ひょうま≫は攻撃をしながら、こちらに向かって来て、レイを狙う。

 

「まずい!アリーシャは下がってて!ライラ!」

「……はい!」

「『フォエス=メイマ』!」

 

と、神依≪カムイ≫を行う。

スレイが攻撃を行っていくが、

 

「くっ、こいつら神依≪カムイ≫の攻撃を⁉」

「火耐性を持つ憑魔≪ひょうま≫のようです!私の力では…」

「スレイ。」

「けど、やるしかない!」

 

しかし、神依≪カムイ≫が解ける。

そして歌を歌っているレイに向かっていく。

 

「くそ!はぁ、はぁ…」

 

敵は咆哮を上げながらどんどん近付いて来る。

そして敵の数も増える。

 

「まだこんなに……」

「くそ……」

 

そしてムカデ型の憑魔≪ひょうま≫の牙がレイに当たる前に、

 

「ツインフロウ!」

 

と、水属性の攻撃がムカデ型の憑魔≪ひょうま≫に直撃する。

レイは歌いながら、撃った者を見た。

彼を見るその瞳は赤く光っていた。

そして歌っていた歌の声をさらに大きくした。

スレイもそこを見ると、弓の神器を片手に持ったミクリオが居た。

 

「ミクリオ!タイミングよすぎだ――ろぅ⁉」

 

と、こちらに来るミクリオに寄ろうとするが、彼はスレイを素通りした。

ミクリオはライラの所に行き、

 

「ライラ、陪神≪ばいしん≫契約を。」

「……よろしいのですか?」

「おい、ミクリオ!」

 

ミクリオはスレイに向き直り、

 

「確かに僕は手堅いクセに意地っ張りだ!」

「あ……」

「認めるよ。陪神≪ばいしん≫になる事だって意地を張ったさ。けどスレイは!肝心なことをわかっていない!」

 

と、力強い目で彼に言う。

スレイも、それには負けず、

 

「わかってるよ!だから、お前を巻き込みたくないんだ――」

「うぬぼれるなよ。」

「!」

「思ってるのか?自分だけの夢だって。」

 

と、言い争いをしている彼らに迫りくるムカデ型の憑魔≪ひょうま≫が襲い掛かる。

が、それをアリーシャが止めた。

 

「スレイ!ミクリオ様に応えて!」

「アリーシャさん、声が?」

 

と、ライラが驚きながら、さっきからずっと歌い続けているレイを一目見た。

そして、スレイは決意した。

 

「オレたちの夢、だ。」

 

と、スレイとミクリオは互いの腕を当てる。

そしてライラを見て、

 

「「さぁ、ライラ!」」

「わかりましたわ!」

 

と、スレイはムカデ型の憑魔≪ひょうま≫の元へ、ミクリオはライラと契約を始めた。

 

「静謐たる流れに連なり生まれし者よ―」

 

と、ミクリオとライラの元にムカデ型の憑魔≪ひょうま≫が襲う。

 

「ミクリオっ!ライラっ!」

 

しかし、どこかから強い風が吹き、敵の動きが一時止まる。

その隙に、ライラは早口になる。

 

「今、契りを交わし、我が煌々たる猛り、清浄へ至る輝きの一助とならん。汝、承諾の意志あらば、その名を告げー」

 

その風が止むと、ライラは笑顔になり、

 

「ーるのは省略!」

「省略⁉」

 

と、ミクリオは驚く。

そして、スレイの中に転移する。

 

「神依≪カムイ≫、いけます!ミクリオさん!スレイさんに真名を!」

 

スレイの中から出たミクリオは、彼と背中合わせになり、

 

「そんなのとっくに。」

「知ってるって。」

「まぁ!」

 

二人は互いに言う。

 

「いくぞ、ミクリオ!」

「さっさと終わらせよう!」

「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫』‼」

 

スレイは弓を握り、水の魔法陣が彼を包む。

彼はライラの時とは違い、水色と白を基準とした服へと変わる。

髪は彼女の時と同じで白銀へと変わり、後ろに長くなる。

そして、瞳は緑から水色へと変わる。

 

「これが、俺たちの神依≪カムイ≫!」

「スレイ、狙いは僕が!」

「ああ、タイミングはまかせろ!」

 

すぐに大量だった憑魔≪ひょうま≫を倒しきった。

それを見たレイも歌を歌うのを止めた。

と、アリーシャが嬉しそうに、

 

「すごいよ、スレイ!ミクリオ様!」

 

と、スレイは今度はすぐに神依≪カムイ≫が解けた。

 

「あら、解除できたんですの?」

 

ライラが、近付きながら言った。

 

「そういえば、なんか自然に……」

「どうして急に……」

 

ライラは心配そうに言った。

そこにレイも近付いて来た。

しかしスレイは苦笑いで、

 

「いいじゃないか。理由なんて。」

 

そして笑顔になり、

 

「とにかく神依≪カムイ≫を自由に操れるようになったって事だろ。」

「ようやく一人前って訳だね。」

「うっせ。」

「なるほど……解除できなかった理由はそういう事でしたのね。」

 

と、ライラは嬉しそうに言った。

 

「ミクリオ、ありが――」

 

スレイはミクリオにお礼を言おうとするが、ミクリオは止めた。

 

「礼なんかいらない。僕は、僕の夢のためにやったんだからな。」

「わかってるって。」

 

と、嬉しそうに取っ付き合う。

レイはアリーシャを横で一目見た後、スレイとミクリオに近付いた。

そんな二人の姿を見たライラが、

 

「……なんだか羨ましい。」

「ですね。」

 

アリーシャはライラを見て言った。

そして彼女は気が付く。

 

「アリーシャさん、あなた?」

「はい。お声だけでなく姿も見えるように。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「アリーシャ、天族が見えるようになったの?」

「きっとスレイの力が強くなったからだな。」

 

と、スレイの視覚が一瞬狭くなり、ふら付く。

レイはスレイの手を握る。

そんなレイ達に、苦笑いで言う。

 

「はは、少しは勝ち目がでてきたかな?災禍の顕主ってやつに。」

「スレイ――」

 

ミクリオが何か言う前に、アリーシャが声を掛ける。

 

「ライラ様、ミクリオ様。助けていただいて感謝いたします。」

「いや、なんでもないよ。この程度……」

「いらないんじゃなかったっけ、お礼?」

 

と、スレイとミクリオは再び取っ付き合う。

レイはスレイから手を放す。

それを見たライラは、

 

「……心配なさそうですね。」

 

アリーシャは頷き、

 

「さぁ、滝はこの先です!」

 

と、さらに奥へと進む。



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toz 第六話 人の心

レイ達は奥に向かって歩いていると、先程の事を思い出したアリーシャがレイに言う。

 

「それにしてもレイの歌は相変わらずいい歌だった。それに憑魔≪ひょうま≫もなんだか動きが鈍っていたように思えたが…」

 

レイはスレイと手を繋いで歩いていた。

当の本人は無表情で歩き続けていた。

スレイはレイを見て、

 

「そうなんだよなぁ…。前にもあったけど、ミクリオはどう思う?」

「気になってはいるが…今はそれよりもやる事があると思うけど?」

「ミクリオさんの言う通りです。今は先を急ぎましょう。」

「…それもそうか。」

 

レイはスレイと手を繋いだまま、アリーシャと共に歩いて行った。

 

「ライラ。…レイに関して何か知っているのか?」

「……今は何も言えません。さ、私たちも追いかけましょう。」

「…わかった。今はそう言うことにしとくよ。」

 

二人は彼らの後を追う。

 

 

最奥まで行くと、広い所に出た。

そして、小さな滝のような大きな水場に出る。

スレイがそこに近付き、水の様子を見る。

 

「うん、清らかさは充分です。」

 

ライラが水を確かめた。

 

「ミクリオさん。この水を凍らせることはできますか?」

「え?ああ、多分。」

「では、凍らせて聖堂に持ち込みましょう。氷は穢れに染まりにくい性質があるんです。」

「わかった。やってみる。」

 

ミクリオは水場に近付き、拳以上の大きさの氷の塊を作り出す。

それを宙に浮かせ、

 

「ありがとうございます。これくらいあれば。」

「これが融けてしまう前に残りの問題も解決しないとですね。」

 

レイは無言でスレイを見上げた。

すると、スレイが何かに反応する。

 

「あっ!」

 

と、スレイの持っていた瞳石≪どうせき≫が光り出した。

すると、光が全員を包む。

 

――とある家の中、一人の男性が机に向かって何かを書いていた。

その男性のすぐ傍には赤ん坊を抱えた女性が立っていた。

男性は女性の方へ向かい、机の上の書き物だけが映る。

男性が書いていた書き物は次第に本へと変わる。

それは『天遺見聞録』へとなった。

 

その映像が終わり、スレイはライラに聞いた。

 

「ライラ、今のって……」

「大地の記憶ですわ。やっと反応しましたね。」

 

と、ライラはレイを見た。

レイはスレイの持つ瞳石≪どうせき≫を見つめていた。

ミクリオは瞬時に理会した。

 

「つまり、実際にあったこと!」

「見たか、ミクリオ?天遺見聞録を書いてた。」

「ああ。さっきの人が作者なんだ。」

「……。」

 

レイは俯き、再び顔を上げると、そっと水場に向かって歩いて行った。

水場の自分の顔を見ると、その瞳は赤く光っていた。

そして映っているのは自分と同じ瞳を持ち、同じく無表情で立っている黒いコートのようなワンピースの服を着た少女。

しばらくの間、レイはそれを見ていた。

 

「大地の記憶は他にもあります。手に入れれば過去に関する知識を得られるはずですわ。」

「なんか興奮してきた!」

 

と、腕を上げて盛り上がるスレイ。

レイもそちらに振り返る。

瞳の赤に戻る。

そして、そんなスレイに、ミクリオは冷静に言った。

 

「やっとひとつ終わったんだ。そんなに気負うと体が持たないぞ。」

「あぁ……」

「…あ…お兄ちゃん…」

 

レイが何か言う前に、スレイは真後ろに倒れた。

 

「って、スレイ⁉」「スレイさん⁉」「スレイ⁉」

 

三人は声を上げた。

そして皆、スレイに駆け寄る。

アリーシャがスレイに触れると、

 

「すごい熱!」

「……ミクリオさんと契約した反動ですね。宿に持って休めば、よくなりますわ。」

「僕がおぶっていくよ。スレイを冷やす用の氷も作らないとね。」

「…ミク兄…」

「大丈夫だ。」

 

と、レイの頭を撫で、スレイをおぶって宿屋に向かった。

 

 

スレイが瞳をうっすと開けると、少女の声が聞こえる。

 

「熱、下がったみたいです。」

 

そして、その周りにも誰か傍にいるのが解った。

その一人が声を発する。

 

「たった一日で順応するなんて。私の時は三日はかかったのに。」

「…お兄…ちゃん…は導師の…器と…しても…有能…きっと…これ…から…も。」

「……才能あるんだな。導師として。」

「ミクリオさん――」

「そうそう。手紙、助かったよ、ライラ。おかげでみんなを追いかけられた。」

「趣味なんですの。お手紙を書くのが。」

 

そして、視界がぼんやりとはっきりする。

 

「う……ううん……」

 

と、スレイは体を起こす。

 

「目が覚めたか、スレイ。」

「おは…よう…お兄ちゃん…」

「おはよう…」

 

それから、色々思い出した。

 

「そっか……また倒れちゃったんだ。ミクリオが?」

 

と、ミクリオを見る。

 

「おかげで腰が痛い。」

 

そこで、アリーシャが思い出したように笑う。

 

「ふふ、スレイが浮いているように見えてね。それをレイがうまく片手で持ち上げているように見えて…それはそれで大変だったが…一応、宿には手品師だと説明しておいたよ。」

「…頑…張っ…た?」

「そうだな。レイのおかげだ。」

「はは……騙すのは苦手なんだけど。」

 

と、立ち上がったスレイだったが、ふら付く。

 

「無理をしないでください。まだ寝ていた方が…」

「オレなら平気。凍らせた水が融ける前に、地の主と聖堂を祀る人を探さないと。」

 

と、歩き出す。

レイはスレイに駆けて行き、その手を握る。

ライラは不安そうな表情で、

 

「ですけど……」

「導師は言ってもきかない。それをフォローするのが仕事だろ?主神と陪神≪ばいしん≫と従士の。」

 

と、ミクリオはそれぞれの顔を見る。

二人は頷いた。

 

ミクリオが思い出したように言い出した。

 

「そういえば、アリーシャの真名は『マオクス=アメッカ≪笑顔のアリーシャ≫』という名だったな。」

「はい。ミクリオ様。」

「スレイにしては良い名を付けたな。な、レイ。」

「…そう…だね…。お兄ちゃん…にしては…」

「しては、ってなんだよ!二人して!」

「ふふ。スレイさん、ミクリオさんが帰ってきて嬉しそうですね。」

「…そうだね…」

「…それにしても、スレイは古代語を扱えるのだな。都でも使えるのは学者くらいなのに。」

「遺跡の碑文とかを調べるために覚えたんだ。独学だし、まだまだだけどね。」

「私の真名の意味を教えてもらってもいいだろうか?……問題なければ。」

「問題?」

「いや……『無鉄砲姫』とか『おてんばアリーシャ』などという意味なら聞かない方がいいかと……」

「あはは!違うよ。それだったらミクリオが褒めないよ。」

「そうだね。安心していいよ。」

「ん?で、では、どう言う意味なのだ?」

「『マオクス=アメッカ』は『笑顔のアリーシャ』って意味。」

「『笑顔のアリーシャ』……?」

「ナイフを返した時、すごく嬉しそうに笑っただろ?また、あんな笑顔を見たいなって思ったんだ。アリーシャの夢を叶えて、ね。」

 

と、スレイは真顔で言った。

が、急に不安になったのか、

 

「……問題あった?」

「い、いや。少し驚いただけだ。」

 

と、少し赤くなったアリーシャが言う。

 

「真顔でそんなことを言われたのは初めてだから……」

「ミク兄…お兄ちゃんは…無意…識に…敵を…増や‥すタイ…プ?」

「……かもしれないね。」

 

レイはミクリオにこっそり言った。

と、横に居たライラが少し笑い、

 

「それにしも…ふふ、言えちゃう人なのですね。スレイさんは。」

「そのようですね。」

「オレ、変なこと言ったかなあ?な、レイ?」

「…知ら…ない…」

「えぇー」

「ありがとう、スレイ。君がつけてくれた真名、大切にするよ。」

 

と、アリーシャは笑顔で言って、スレイとレイと共に歩いて行った。

後ろでライラとミクリオは話をしていた。

 

「それにしても…大変なこともありましたけど、やっぱり旅は楽しいですね。」

「そうか。ライラは長い間聖剣に宿っていたいから旅は久しぶりなんだね。」

「ええ。ミクリオさんは初めての旅なんですよね?」

「スレイと…たぶんレイもね。だから、仲間ができて頼もしいよ。あらためてだけど、陪神≪ばいしん≫としてよろしく。」

「こちらこそ心強いですわ。よろしくお願いします。」

「ライラもだけど、アリーシャが仲間になってくれたのもよかった。」

 

と、ミクリオは真剣な表情になり、

 

「スレイは、ずっと天族の中で独りだったからね。レイも居たけど、それは妹として。スレイと同い年の人間の仲間がいればと思っていたんだ。」

「スレイさんは、愛情を受けて育ったように思いますけど?」

「それはそうだよ。けどきっと、人にしかわからないこと、見えないものは多いと思うんだ……」

「ミクリオさん……」

 

と、ミクリオは口に手を覆う。

 

「っと。今のこと、スレイには――」

「はい。主神と陪神≪ばいしん≫の秘密ですね。」

 

そして、スレイ達の後ろを歩いて行く。

 

しばらく街の中で、ブルーノ祭司を探した。

そして、とある一角の家の前で、祭司と女性が話していた。

 

「この土地を守護せし天族よ、彼の者の願いを聞き届けたまえ。」

「いつもありがとうございます、ブルーノさま。おかげで息子の足も大分よくなりますた。」

「いえいえ、貴女が真摯に祈りを捧げ続けたからこそです。これからも、純粋な気持ちを忘れずに、祈りと息子さんの看護を――」

 

と、女性は頭を下げながら、袋を出し、祭司に掲げる。

 

「……これは?」

「聖堂への奉納金でございます。」

「そのようなものは不要と申し上げたはずですが。」

 

祭司は真剣な顔で女性に言う。

しかし女性は頭を下げたまま、

 

「どうか受け取ってください!私は気づいたのです。ただの祈祷は天族への非礼だと。見返りだけを求める邪な祈りだと。」

 

それを聞いたスレイとアリーシャは互いに見合ったが、すぐに二人に視線を戻す。

レイもそのやり取りを無表情で見ていた。

しかし、レイは女性の本質を見抜いていた。

 

そして祭司は、女性に優しく問う。

 

「……誰かに言われたのですか?」

「誰か……というわけでは……」

「息子さんの治療には、お金が必要でしょう?このお金は息子さんのために使って――」

 

しかし、女性は勢いよく顔を上げ、声を上げる。

 

「息子も同じ気持ちです!誰も彼もが言うんですっ!息子の怪我は、タダで天族に祈った罰だと!」

「!」

 

そして少し落ち着き、

 

「中には、私とブルーノ様が……その……破廉恥な噂をたてるものまで……どうか…どうか私たちを助けると思ってお納めてください。」

「……わかりました。貴方と息子さんのお気持ちとして、ありがたく頂戴します。」

 

そして祭司は女性から袋に入ったお金を受け取った。

女性は安心したように、

 

「ああ、ありがとうございます!これで後ろ指をさされずにすみます。司祭さまに、天族の加護があらんことを。」

 

と、祭司に祈りを捧げ、去って行った。

残された祭司は小さく呟いた。

 

「天族の加護を……」

 

そして、女性から受け取った袋の金を見て、哀しそうに言う。

 

「……酒でも買うか。」

 

そして歩き出したが、こちらに気が付き、

 

「姫様⁉」

「……お願いがあって参りました。」

「わ……私などに?」

 

驚く祭司をよそに、アリーシャは落ち着いて言う。

 

「聖堂に新たな天族を祀り、そのお世話をお願いしたいと。導師スレイからの依頼です。」

「導師⁉この方が噂の――」

 

そして祭司は女性から受け取った袋を見せ、

 

「……も、申し訳ありません……」

 

と、頭を下げる。

しかしアリーシャは、

 

「あなたを責めるつもりなど。人の心が荒んだのは王家の責任です。」

 

そこでスレイが、

 

「あのー、すいません。」

 

スレイは祭司に近付く。

 

「はじめまして。オレ、スレイっていいます。」

 

そしてその場に正座をした。

レイもスレイを真似て、スレイの後ろで正座する。

 

「レディレイクを守るためにあなたに聖堂を祀ってほしいんです。」

 

そして頭を下げた。

 

「オレが勝手に聖剣を持ちだしたせいで迷惑をかけちゃって、ごめんなさい。まだ導師になったばかりの新米だけど、頑張りますから、よろしくお願いします。」

 

そして、祭司は慌てて同じように正座をした。

 

「いやっ!はいっ!勿論です‼どうか顔をお上げください‼」

「ありがとうございます。」

「はぁ……」

 

と、見守っていたアリーシャが笑い出す。

 

「ふふふっ。私からも改めてお願いします。」

 

と、同じように正座をする。

 

「どうか力をお貸し下さい。まだ不慣れな……でも、とても気さくな導師様を助けるために。」

「ああ……。お二人のご用命、身に余る光栄でございます。微力なる身ではありますが全身全霊をもって務めさせていただきます。」

「よかった。足、痺れちゃったけど。」

 

と、崩れた。

 

「スレイ。」「はははは!」

 

と、二人に笑われる。

そんな中、レイは後ろでそのやり取りを見続け小さく呟いた。

 

「「…あの導師とは違うやり方…か。いや、本質は似ているのか?」」

 

しばらくして、

 

「ではブルーノ司祭、準備が整いましたらまたお訪ねいたします。」

「はい。お気をつけて。」

 

と、祭司は頭を一度下げてから去って行った。

全てが終わった後、ミクリオがため息をついた。

 

「はぁ……なんて頼み方だ。」

「…珍し…い頼…み…方?」

「かもね。」

「えぇー。」

「でも、スレイさんらしいですわ。」

「はい。祭司も救われたと思います。」

 

ブルーノ司祭と別れてから、スレイがライラに言っていた。

 

「後は地の主か……。ライラがなるってわけにはいかないのか?聖剣を器にしてさ。」

「可能でしたが……もうあの聖剣は、スレイさんの一部になってしまいましたわ。それに……」

「それに?」

 

ライラは悲しそうな顔で言った。

 

「私にはこの街の人に祀られる資格などないのです。地の主になりこの土地と結びつくことよりも旅に出る事を望み、穢れを放置し続けましたから。」

 

「…………ライラって、どれくらいあの聖剣に宿ってたの?」

「もう……十年以上になります。」

「そんな長い間導師を待ってたんだね。世界の人たちのために。」

「スレイさん……」

「始まったばかりだよ。導師の旅は。」

「はい!これからですわね。」

 

ライラは嬉しそうに言った。

そして、次の目的の為に動き出す。

 

道中、スレイは思い出したように、

 

「そういえば、聖剣祭って『湖の乙女』のお祭りなんだよね。ライラが祀られてたってこと?」

「湖の乙女は、レディレイクの古い伝承ですわ。」

「そう。聖剣で人々の罪を浄化する猛き御方。霧とともに湖を歩き、黒き炎で魔を滅す。月夜に歌い、迷える民に励ましを与える心優しき乙女――と伝えられている。」

 

ライラは、スレイとミクリオの間に居る小さな少女を見つめる。

と、スレイが驚きの声を上げた。

 

「ライラって水の上を歩けるの⁉」

「まさか!それほど軽くはありませんわ。」

「今の……いくつかの言い伝えが混じっているように思えたけど?」

 

ミクリオが冷静に分析した。

ライラも頷き、

 

「そうですね。私がこの街に来た時には、すでに伝承はあったんですの。」

「じゃあ、湖の乙女は別の天族?」

「はい。でも、ご不在だったので聖剣を器にさせていただいたのです。」

「導師を待つために、だね。」

「地下水道の遺跡で見たように、レディレイクは導師に関わりの深い街ですから。」

「ずっと独りで……お寂しかったでしょう?」

 

アリーシャは悲しそうに言うが、当の本人は明るく言った。

 

「それほどでも。寂しい時は、歌を歌ったり、街の人たちの悩みを聞いたりしていましたから。」

「それって伝承の⁉」

「そうか。霊応力をもつ人間がそれに気づいて――」

「それまでの言い伝えに別の事実が混ざって新しい伝承が生まれた。歴史って、こんな風に伝わるんだな。」

 

と、言いながら歩いて行く。

スレイ達の後ろに移動していたレイはその風を感じた。

 

 

――黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が、木の陰に居た。

彼らの会話を聞いた小さな少女は呟く。

 

「伝承は時に人の願望…。古くから伝えようと思う意思とは違い、いつだって簡単に塗り替えらえる。あの導師が望んだように、そして今宵の導師がどのような伝承を作るかは…それを望んだ人々とそれを見守る天族によって紡がれる…。」

 

風が吹き荒れる。

 

 

一行はレディレイクの近くにある大川にやって来た。

レディレイクと違い、そこは大雨であった。

騎士兵にアリーシャが話し掛ける。

 

「なにがあった。」

 

騎士兵は姿勢を正し、

 

「グリフレット橋崩壊の調査であります。長雨による氾濫が原因かと。」

 

スレイとレイは川の方へ近付く。

レイは川を視つめた。

 

「…雨…じゃ…ない。」

 

スレイも川を見て、

 

「レイの言う通りだ。原因は長雨じゃない。」

 

スレイの中に居るミクリオとライラが、

 

「水位に比べて流れが異常だ。」

「嫌な気配を感じますわ。」

「うん。」

 

スレイは騎士兵の方へ向く。

それと同時であった。

レイの瞳はあるものを捉えた。

 

「…穢れに…飲まれ…た者が…いる…。あれは…」

 

スレイ達はそれには気付かなかったが、スレイは騎士兵に言う。

 

「避難した方がいい。」

「ほう、わかってる奴がおる。」

 

と、年を取った男性が感心していた。

が、騎士兵の方は声を上げる。

 

「誰だ、貴様は⁉」

 

しかし、アリーシャはスレイに賛同する。

 

「わかった。スレイの言に従おう。」

 

と、周りからは、

 

「スレイって……?噂の導師か。」

「だったら氾濫を鎮めてくれるかも。」

「鎮められるものか……水神様の祟りを。」

 

木の陰に座り込む男性が言った。

スレイは、その言葉に疑問を持つ。

 

「水神?」

「恐ろしい影さ……一瞬で橋を叩き壊すほどの――なにかだ。」

 

と、騎士兵が怒声を上げる。

 

「貴様!またそんな寝言を!」

 

レイはスレイに近付き、服を引っ張る。

 

「どうした、レイ?」

「…来るよ…」

「へ?何が――」

 

と言った時、何かの雄叫びが聞こえて来た。

それに伴い、川の中に竜巻が生まれた。

その中には、黒い何かがうごめいていた。

 

「な、なんだ⁉」

「水神様だっ!」

 

騎士兵がそれを見上げた。

傍にいた人々は、悲鳴を上げる。

スレイと、アリーシャはすぐに、

 

「逃げろっ!」

「命令だ!早くっ‼」

 

人々はすぐさま逃げ出した。

そして竜巻の中からヘビのような憑魔≪ひょうま≫が現れた。

すぐに全員戦闘態勢に入った。

 

「こいつ、普通の人にも見えるのか⁉」

「ウロボロス?こんな場所にいるなんて!人の目には竜巻などに見えているのでしょう。」

「…手強そうだ!レイ、安全なところに!」

「…わかった…」

 

レイはすぐに岩陰の所に行く。

 

スレイ達は神依≪カムイ≫を駆使しながら、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫と戦っていく。

が、途中ヘビのような憑魔≪ひょうま≫が岩陰に居たレイを見付け、襲ってくる。

 

「レイ‼」

 

すぐにミクリオがレイを抱えた。

レイの居た所の岩は粉々になった。

 

「大丈夫か!」

 

ミクリオがレイをみながら言った。

レイは頷き、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫を見た。

ミクリオは、レイの瞳が赤く光っているのに気が付いた。

そのレイが、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫をみながら、歌を歌い出した。

敵の意識がそれた隙を付いて、

 

「ライラ!決めよう‼」

「はい!スレイさん‼」

 

スレイはライラとの神依≪カムイ≫で、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫を倒した。

ヘビのような憑魔≪ひょうま≫が崩れ落ちた。

雨も止み始めた。

レイが、崩れ落ちたヘビのような憑魔≪ひょうま≫に歌いながら近付いた。

 

「レイ!」

「待ってください。スレイさん。」

 

近付くスレイをライラが止めた。

ミクリオはスレイ達に近付いた。

そしてレイの歌に合わせるように風が吹き荒れる。

すると、ヘビのような憑魔≪ひょうま≫は人の姿へと変わった。

レイは歌うのを止め、その者を見ていた。

そして、それを見たスレイとミクリオは、

 

「なっ⁉」

「憑魔≪ひょうま≫が……天族になった!」

 

そこにライラが否定した。

 

「逆ですわ。実体化するほどの憑魔≪ひょうま≫は天族が憑魔≪ひょうま≫化したものなのです。」

 

その言葉にミクリオは、

 

「天族が憑魔≪ひょうま≫になるだって⁉」

 

ライラは頷く。

 

「そして完全に憑魔≪ひょうま≫化した天族はこう呼ばれます。『ドラゴン』と。」

「ドラゴンが実在するってこと⁉」

 

スレイの言葉にも、ライラは頷いた。

スレイは俯き、呟く。

 

「伝説が本当に……」

 

と、スレイの横に来たレイが、スレイの服を引き、

 

「…起き…た…よ。」

「え?」

 

と、倒れていた天族が、

 

「うう……」

 

目を覚ます。

天族は起き上がり、壊れた橋を見た。

 

「この橋を壊したというのか……私が。」

 

そして、こちらに振り返り、

 

「恥ずかしい限りだ。君たちが浄化してくれなかったらどうなっていたか。感謝する。」

「オレたちも、あなたを救えてよかったです。えっと……」

「ウーノだよ。若き導師。」

「スレイです。ウーノさん、助けた代わりっていうとアレだけど、お願いをきいてくれませんか?」

「お願い?」

 

スレイは頷き、

 

「レディレイクの加護をお願いしたいんです。」

「しかし、今のあの街は――」

 

と、考え込む。

アリーシャの所には、騎士兵がやって来た。

 

「アリーシャ様……お怪我は?」

「大丈夫。竜巻も消えたよ。」

 

と、周りに居た人々が、

 

「だから、大丈夫って言ったろ!姫様には導師様がついてんだから!」

「貴様だってビビりまくってただろうが⁉」

「しかし、急に雨もやんだし、流れも落ち着いてきましたね。」

「これって導師の力……なのかな。」

「導師なんて、お伽噺だと思ってたけど、なんか信じたくなっちまった。」

「こら、導師様と呼べ!導師様と。」

「俺……導師様が竜巻を斬ったように見えたよ。こんなこと、信じてもらえないだろうけど……」

「いいじゃねぇか!信じるなら水神の祟りより、導師の奇跡の方が夢があらぁ!」

「こら!導師様と呼ばんか!」

 

と、笑い出した。

その光景を見守っていたスレイ達。

そして天族ウーノは、

 

「まだ、こんな人々がいるのか……いや、君が取り戻してくれたのだな。」

「じゃあ、加護を?」

「ならせてもらうよ。レディレイクの土地の神に。」

「ありがとう、ウーノさん!」

 

と、天族ウーノはライラを見て、

 

「君が主神か?よい導師を選んだようだな。」

「そう思います。」

 

ライラは頷いた。

そして近付いて来たアリーシャが、

 

「行こう。ブルーノ司祭が待っている。」

 

と、レディレイクに戻る。

レイは彼らの話を聞きながら、斜め後ろの岩陰を横目で見ていた。

そして、そっと離れるのも感じていた。

そしてすぐに、スレイ達の元に駆けて行った。

 

レディレイクに戻り、聖堂に着いた。

ブルーノ司祭に話し掛け、聖堂の中央に器を用意した。

ライラが氷を溶かす。

氷が水になったのを見たブルーノ司祭は、

 

「おお……まさに奇跡の力……」

 

そんなブルーノ司祭を見た天族ウーノは、

 

「我らの存在をまったく感じていないようだな……」

 

そんなブルーノ司祭は嬉しそうに、

 

「この聖水、心して祀らせていただきます。」

 

そして、天族ウーノの斜め横を見て、

 

「天族ウーノ様、ふつつか者ですがどうぞ末永くよろしくお願いいたします。」

 

そんなブルーノ司祭の姿を見た天族ウーノは、スレイを見て、

 

「ふっ……だが、真摯な男のようだな。」

 

そして天族ウーノは聖水を器として、中に入った。

それと同時に、清いそよ風が街全体を包んだ。

 

「…結界…が…出来…た。」

 

アリーシャは、自分自身を見るかのように、

 

「なんだろう?今、体の中を風が通ったような……。」

「この街に加護が戻ったのです。」

 

そしてウーノが再び姿を現し、

 

「私の領域で街を覆った。だが、加護を維持するには人々の協力が不可欠だ。」

「ですね。加護を助けるには、祈りだけではなく様々な方法があります。」

「例えば?」

 

ライラの言葉にスレイがすぐに質問した。

 

「例えば……」

 

ライラは深く考えた答えを聞いたスレイは、

 

「――なるほどね。わかった、やってみるよ。」

「やれやれ、手間がかかるね。」

「私も微力を尽くします。」

 

と、ミクリオとブルーノ司祭は言う。

 

「…また…か…」

 

天族ウーノは、何かに気が付いた。

 

「ん?」

「どうした?」

「まだ強い穢れを感じる。そう遠くはない。街中だ。」

 

と、その方向を指差した。

その方向を見たアリーシャは、

 

「そっちは王宮の……」

 

レイはスレイの服の裾を取り、後ろに隠れる形で顔だけを壁陰に隠れる者へと顔を向ける。

と、アリーシャの言葉を遮るように、一人の男性の声が響く。

 

「それが天族との会話というものですか?独り言にしか見えませんね。」

「あなたは……?」

 

ブルーノ司祭が、壁陰に背を預けている男性に問う。

男性はこちらに歩いてきて、スレイに手紙を渡と、

 

「ハイランド内務大臣バルトロ閣下の使いです。」

 

一度頭を下げ、もう一度顔を上げると、続きを言う。

 

「レディレイクのために辛苦されている導師スレイを、私的な食事に招待したいと。無論、妹君もご一緒に。」

「…ずっと…お兄…ちゃん…の近く…に居…た。こっち…を見て…いた…人。」

 

スレイの後ろに隠れながらいたレイが呟いた。

その意図に気付いたアリーシャが、

 

「見張っていたのか。スレイを。」

「とんでもない。驚いていたところですよ。限りなく低いとはいえ、王位継承権をもつハイランド王女が、噂の導師と親密な御関係とは。姫様の愛する民衆も、さぞや喜ぶことでしょうな。」

「勘ぐりだ。そのような――。」

「アリーシャ。」

 

抗議しようとするアリーシャをスレイが止める。

スレイは真剣な面持ちで、男性に聞く。

 

「どこにいけばいい?」

「ラウドテブル王宮。」

「わかった。バルトロさんによろしく伝えて。」

 

男性は頭を一度下げると、去って行った。

男性が去った後、アリーシャは不安そうにそれでいて悲しそうに、

 

「大臣たちには関わらない方がいい。私は、彼らから……」

 

しかしスレイは明るい声で、

 

「穢れがある方角っぽいし。丁度いいよ。」

「すまない。甘えてしまって。」

 

暗い表情のままのアリーシャに、ミクリオが、

 

「気にしないでいいよ。王宮を見たいってのが本心だから。」

「王宮って初めてだ。案内よろしくね。」

「君にとっては同じなんだな。」

 

アリーシャは悲しそうに言った。

それをレイだけが聞いた。

そして、歩き出すスレイ達に、天族ウーノが引き止める。

 

「待ってくれ。その前に、主神に話がある。」

「私ですか?」

「ああ。」

 

ライラは天族ウーノに近付き、彼らは話を始めた。

その間スレイ達は王宮などの話をしていた。

 

「それで私に何の御用でしょうか。」

「うむ。君はあの少女について気が付いているのか?」

「……はい。あの方と関わりが深いと思っております。それに、もう一人会ってますから。」

「……なるほど。君は何度かあの人達に会ったことがあるのか…。」

「ウーノさんも会ったことがあるのでしょう?あの方達を見たことのある人しか気配はわかりませんし。」

「ああ。二回ほどあった。と、言っても話したことがあるは彼女の方だけだが。」

 

そして天族ウーノは、腕を組んで思い出を語った。

 

「あれはレディレイクの加護があった頃のことだ。無論、湖の乙女の伝承が出来るもっと前…そして、導師も多かったころだ。レディレイクは今ほど栄えてはいなかったが、加護はどこよりも強かった。噂では器も無しで。私も一度見てみたいと思ってレディレイクを訪れた。あの人はこの聖堂の窓際によく居たそうだよ。」

 

若き頃の天族ウーノは聖堂の窓際に居た白と黒のコートのようなワンピース服を着た一人十代後半の少女を見付けた。

その少女は紫色の長い髪を一つに結い上げ、日に当たっていた髪が綺麗に反射していた。

顔は目元を隠す仮面を付けていた為、表情は分からないが瞳が赤いのは解った。

その少女は天族ウーノに気付いたが、興味がないのか視線を反らした。

しかし、天族ウーノは彼女に話し掛けた。

 

「君はここの地の主を知っているかい?」

「……地の主は存在しない。ここは天族の加護とは少し違うからな。」

「……やっぱりそうか。領域に入った時から違和感は感じていたが。」

「わかったら、さっさと去れ。」

「君は変わった人間だな。」

「人間と一緒にするな。」

「では、我らと同じ天族か?それにしては独特の気配を感じるが…」

「…天族でもない。」

「ん?では、なんだというのだ。」

「……言う必要があると思うか?」

「……ないな。」

 

と、少女はどこかに歩き出した。

と思いきや、入り口で人間の子供に捕まっていた。

彼女は何をするでもなく、ただ無表情で子供達の話を聞いていた。

そこに導師の服を着た者達がやって来た。

子供達はそこに駆けて行った。

解放された少女は、今度は同じ白と黒のコートを纏った十代後半の少年に捕まっていた。

少年の方も、紫色の長い髪を一つに束ねていた。

しかし彼女と違い、下に縛っていた。

そして、彼女と同じく目元を仮面で隠していた。

だが、瞳は同じでも、表情はコロコロ変わっていた。

しばらく少年と話した後、少女はどこかに歩いて行った。

少年の方は一度天族ウーノを見た後、笑って去って行った。

 

天族ウーノはしばらくレディレイクを見た後、もう一度聖堂に行ったが、あの時の少年少女は居なかった。

と、天族ウーノは、導師達に声を掛けられた。

 

「貴方は始めて見る天族の方ですね?」

「ああ。少しここを立ち入りさせて貰った。それにしても、ここの加護領域は凄いな。」

「そうですよね!私はまだ導師見習いで、詳しくは知らないのですが…聞いた話では、この街の一番偉い導師様がある方と契約して百年結界を作る…というのを聞きました。」

 

と、もう一人の導師が、

 

「私は、現導師様と同等の力を持った方がこの結界を作ったと聞いたが?」

 

と、導師見習い達は話が盛り上がっていた。

天族ウーノは、彼らに別れを告げ、レディレイクを離れた。

 

時代は流れ、あの凄い加護の消えたレディレイクに、天族ウーノは再び訪れた。

前の時より、はるかに繁栄した街が出来ていた。

それと同じくらい人は繁栄していたが、導師の数は減っていた。

そして、天族を見れる者も減った。

 

天族ウーノは、聖堂にやって来た。

そして、窓際にいた少女に驚いた。

それはあの時見た少女と瓜二つの少女が立っていた。

その少女と目が合った。

あの時と同じように、その少女は興味なさそうに視線を外した。

 

「…君は私が見えるのだな。」

「……だったら?」

「……いや。少し驚いてね。」

「見えることが、か。」

「それもそうだが、前に始めてここを訪れた時…今の君に瓜二つの少女が同じようにそこに居た者だったから。」

「…ああ。あの時の奴か。」

「ん?」

「お前も物好きだな。今のこの街に来るなど……」

 

と、彼女は話すのを止め、中央に向かう。

すると怪我をした数人の導師達がやって来た。

その中で、一番年齢の高い導師が中央に立つ彼女を見て、

 

「…ああ…貴女の言った通りでしたよ。我らは何も守れなかった…」

「それで?」

「…もはや我らに導師としての資格はない…。どうかお願いです!我らの願いを…これからの導師の未来を…」

「…無理だな。」

「え⁉」

「…そもそも、私はすでにお前達の願いを果たした。そして、私と対になるあいつも、お前達の願いを果たした。そしてもはや、お前達の望む導師は存在しない。いたとしても……あるのは同じ未来だ。」

「そ、そんな⁉では、どうしたらいいのだ⁉」

「……では、今世紀最後の導師よ。あそこにある何かがわかるか。」

 

と、レイは視線だけを天族ウーノに向けた。

しかし導師は悲しそうに首を振った。

 

「もう私には何も見えません…」

 

彼女は視線を導師達に戻した。

他の導師達も同じように首を振った。

そして彼女の導師達を見る瞳は真っ赤に光っていた。

それを見た時、天族ウーノは理解した。

 

「……そうか。あれが……裁判者…。」

 

彼女は祭壇の中央に剣を突き刺した。

それと同時であった。

何人かの人々が入って来た。

 

「お前達の前任の導師に感謝するのだな。今これより、この聖剣を抜いた者が湖の乙女の加護の元、新たな導師となる。」

 

と、彼女が離れると陰の中から一人の少女が現れた。

彼女はその場に座り、

 

「新たな天族がこの器に入るまでは、お前がここの番人だ。」

 

彼女は少女に言い、その場を去って行った。

天族ウーノは、彼女を追う。

 

「ま、待ってくれ!」

 

彼女は立ち止まり、彼に振り返る。

 

「なんだ。」

「君に…いや、貴女に聞きたいことがある。」

 

沈黙が肯定の証のように、彼女は黙って天族ウーノを見ていた。

 

「なぜ、願いを叶えた彼らの願いを叶えたのだ。噂では貴女は一つしか願いを叶えないと聞いた…なのに……」

「……確かに私は、その者の望む本当の願いを叶える者だ。しかし、それと同時に託された願いや希望を繋げるのも、我らの役目。それに、あの聖剣を抜くのはおそらく災厄の時代の導師だ。その前任は同じ地でありながら、別の場所で契約する。それが何年先か、何百年先かなど、私の知ったことではないがな。」

 

その場に強い風が吹き荒れる。

それが収まった時には彼女の姿はなかった。

その後、聖堂に戻った天族ウーノは、導師達を見ていた。

怪我をした導師達は一か月後には皆亡くなっていた。

 

天族ウーノはライラを見て、

 

「その後私は何度か、このレディレイクを訪れるようになっていた。」

「では、あの時憑魔≪ひょうま≫となっていたのは……」

「ああ。この地に再び訪れようときたは良いが、穢れに当てられたようだ。しかし、あの子供はあの人とは違うようで似ているのだな。」

「ふふ。……確かにあの方のようで、違いますわね。でも、本質は今でも変わらないようですわよ。」

「そうか。本当にあの人らしいな。さて、長く引き止めてしまいすまなかった。」

「いえ。私もよいお話を聞けましたわ。今度、お話しするときは私の知っていることを話させて貰います。」

「ああ。楽しみにしているよ。」

 

と、ライラは天族ウーノに別れを告げ、スレイ達の元へ行く。

 

「もういいの?」

「はい。」

「では、行こうか。」

 

と、歩き始めた。

 

貴族街に入り、王宮前に来た。

レイは王宮を見上げ、

 

「「…いつの世も変わらんな…」」

 

小さく呟いていた。

そして入り口を入ろうとすると、騎士兵に止められた。

アリーシャが、

 

「なんのマネだ⁉」

 

騎士兵は平然と、

 

「失礼しました、アリーシャ様。バルトロ様の命は、導師スレイとその妹君をお通しせよとのことでしたから。」

 

アリーシャは一歩下がり、

 

「くっ……」

 

と、厳しい表情をする。

騎士兵はそのまま、

 

「バルトロ閣下は接客中です。しばし客室でお待ちください。こちらへ。」

 

と、中へと誘導される。

アリーシャが後ろで、

 

「自分から呼び出しておいて……」

 

と、静かに怒っていた。

そしてミクリオも、

 

「今は大人しくしておいた方がいい。アリーシャの体裁を悪くはできないしね。」

 

そして部屋に入る。

 

「しばらくこの部屋でお待ちを。」

 

スレイ達は各々部屋の中探った。

と、言っても、見えないライラやミクリオが。

そして、大量の本を目の前に、スレイは大喜びで、

 

「すっげ……本がこんなに!」

「…本が…いっぱ…い。」

 

と、レイは一冊の本を取り、読み始める。

 

「しかし、さすが王宮だね。貴重な本が揃っている。」

 

「遺跡や歴史の本も多いな。全部読んでみたいけど……」

 

と、スレイとミクリオが真剣に話していると、ライラが一冊の本を見て、

 

「あの本、面白そうな題名ですね。」

「『くるおしき愛の叫び』……詩集かな?」

「ちょっと読んでみるか。」

 

と、ミクリオが本を取ろうとする。

スレイが、ミクリオに、

 

「おい、本が浮いて見えるって!」

「大丈夫。アリーシャがカバーしてくれてる。」

「まったく。オレが持つから貸して。」

 

そして、その本を読んでいったミクリオ達は、

 

「……なるほど。これはくるおしいな。」

「愛と苦悩を叫びながら、青すぎる情熱がほとばしっていますわ。」

「十年後に読み返した作者が、自分のあまりの若さにもだえ回るのが見えるようだ。」

「そういう意味でも、くるおしいですわね。」

 

と、ミクリオの一言にライラが賛同するが、

 

「そう?いいこと言ってると思うけど。」

「「え⁉」」

 

と、スレイが平然と言った。

ミクリオが呆れながら、

 

「スレイ、君ってヤツは……」

「情熱家なんですね。」

 

と、ライラも苦笑いで言う。

 

「うう、二人の視線……なんかくるおしい!」

 

スレイは唸っていた。

手に取っていた本を読み終わって、スレイ達を見ていたレイはそんな彼らを見てから、もう一冊本を手に取った。

ミクリオもレイの横で、本を読み始めた。

スレイの視線にミクリオは、

 

「今のうちにゆっくりしておくよ。この後、一騒動ありそうだからね。丁度、いい本もそろってるし。」

「おまえなぁー。」

 

スレイは仕方なく、食器を見ていたライラの元へ行く。

 

「政に関わる人間は穢れに染まりやすいんですの。皆がアリーシャさんのようならいいのですが……」

「ライラ…」

 

スレイは暗い表情のアリーシャの元へ行った。

 

「アリーシャ、大丈夫?」

「ああ。……幼い王を擁する大臣たちは煙たがっているんだ。継承順位が低いくせに、政治に口を出す私を。すまない。君にまで嫌な思いを……」

「それが…人の…因果…。気…にし…すぎる…と…真名…が泣…く。」

 

俯いたアリーシャの顔を除くレイが居た。

アリーシャは驚いて、顔を上げる。

 

「レイの言う通り。アリーシャは笑顔が一番だよ。」

「…ああ、そうだな。その方がいいな。ありがとう。」

「しかしレイ、もう本はいいのか?」

「もう…全部…読ん…だ。」

「「え?」」

 

と、レイは騎士兵に向かって歩いて行った。

スレイはアリーシャと顔を合わせた後、スレイはレイを追う。

と、騎士兵がミクリオの居る方を見て、

 

「本が……浮いて……?」

 

スレイとレイの視線に気が付いた騎士兵は、

 

「なんでもない、忘れてくれ。」

 

そう言うのと同時であった。

入り口から騎士兵の一人が入ってきて、

 

「バルトロ様の準備が整いました。円卓の間へどうぞ。」

 

アリーシャが入り口に近付くと、

 

「姫様は、お待ちを。」

「なぜだ!」

「アリーシャ様には別命が下されるとの内示がありました。」

「マーリンドの件か。」

「はい。そのまま御待機を。」

「……わかった。」

「アリーシャ……?」

 

アリーシャはスレイに近付き、

 

「前からあった仕事の話なんだ。すまないが、私は残るよ。」

「こちらへ。円卓の間へご案内します。」

 

と、スレイとレイは案内される。

 

「今の、待たせておいてわざと?」

「だね。穢れが消えないわけだよ。」

 

と、スレイとミクリオは小さな声で言った。

 

円卓の間はとても大きく広かった。

その中央奥に長い机が置かれていて、四人ほど座っていた。

そして最奥の中央に座っていたのが、バルトロ大臣だった。

 

「待たせたな、導師よ。遠慮なくかけたまえ。」

 

机の上には豪華な料理が並んでいた。

それを見たミクリオが、

 

「毒でも入ってそうだ。」

 

それを察したかのように、

 

「心配無用。毒など入っていない。」

「我々は君とお近づきになりたいのだよ。」

 

と、バルトロ大臣が紹介を始める。

 

「紹介しよう。こちらは軍を統括するマティア軍機大臣。」

 

スレイから見て、左手前にいた丸刈りの怖そうな顔付の青服を着た男性。

 

「ハイランドの法を司るシモン律領博士。」

 

スレイから見て、右側にいた坊主頭のツンとした顔付きで、気品そうな服装をした男性。

 

「最高位の聖職者、ナタエル大司教。」

 

スレイから見て、左奥に座っていた白い聖職服をきた中肉老人男性。

そのナタエル大司教が、

 

「そして、王の輔弼≪ほひつ≫たる内務卿……」

「バルトロだ。」

 

と、スレイの前奥に座り、偉そうにしているバルトロ。

スレイは立ったまま、

 

「スレイです。こっちは妹のレイ。招待してくれてありがとう。オレも話をしたかったんだ。」

 

そう言って座る。

レイも、スレイの横に座る。

そしてスレイを見ていた。

彼は、料理に手を出す。

それをミクリオが注意した。

 

「おい、素直に信じすぎ。」

 

バルトロ大臣はそれを見て、

 

「度胸はあるようだな。それとも、単なる愚か者か……」

「美味しいな。アリーシャも一緒なら、もっと良かったけど。」

 

その一言で、

 

「どういう関係なのだね?アリーシャ殿下とは。」

 

レイはスレイから視線を外し、大臣たちを見据えていた。

その瞳はうっすらと赤く光り始めていた。

 

「友達だよ。オレを外の世界に誘ってくれた。」

「建前はいい。腹を割って話そうじゃないか。」

「?」

 

解らないでいるスレイとミクリオに、ライラが説明する。

 

「スレイさんとアリーシャさんが、お互いを利用してなにか企んでるのだろうと言っているのですわ。」

「アリーシャを利用なんてしてないし、導師はそういう存在じゃない。」

 

スレイは真剣な表情で言うが、

 

「さぁて。本物の導師など見たことはないのでな。」

「疑われているね。当然だけど。」

「いいよ。信じられないなら。」

 

と、左横にいるミクリオに言う。

しかし大臣は、

 

「よくはない。王族がニセ導師を使って人気取りをしたとねれば致命的な醜聞だ。」

「脅迫か。」

 

ミクリオがすぐに察する。

ライラも表情が厳しくなる。

スレイは、

 

「……証明すればいいのか?本物の導師だって。」

「ふっ、本物かどうかなどどうでもいい。問題は、国民が君を支持し始めてる事実だ。」

「民というものは、常に劇的な救済を求め、安易に欲望を託すからな。」

 

その言葉に、ライラは悲しそうに俯き、

 

「確かに……人々の過剰な期待には歴代の導師も苦しんできました……」

「民衆は、まことに愚かで低俗。非常に残念だが、これは事実なのだ。」

「しかし、だからこそ君の存在が有効となる。」

「オレが?なんで?」

 

大臣はスレイを見据え、

 

「単刀直入に言おう。我々の配下に入れ、導師スレイ。ハイランドを守護する導師として、国民の士気を高揚させてもらいたいのだ。」

「近年、災害が続いたせいか、国民に厭世≪えんせい≫感が広まって困っているのだよ。」

「まったく愚民どもが!ローランスとの開戦も近いというのに!」

「もちろん十分な礼はする。」

 

そう言ってバルトロ大臣は、スレイの前に金の入った袋を投げた。

 

「前金だ。聞くところによると、君は遺跡に興味をもっているそうだな?我らの仲間になるなら、遺跡探索や、記録収集に十分な便宜を図ろうじゃないか。」

「………」

「アリーシャ姫に義理立てしても無意味だぞ。」

「かの姫は、疫病の街マーリンドに左遷されるのだからな。」

 

その言葉に、ミクリオとライラが反応する。

 

「アリーシャが疫病の街に⁉」

「強情な騎士姫も、あの街で苦労すれば身の程を思い知るでしょう。」

「もっとも、本人が疫病にかかれば、その後悔も役には立たぬでしょうが。」

「「「ふははははは!」」」

 

と、笑い出す。

 

レイの頭の中には声が響いていた。

 

――我々がいくら世のために動いても、王や大臣たちはこの世を穢す!

――我らが希望だと、国のためだと、世界のためだと言っときながら、皆、我らを恐れ、利用し、簡単に切り捨てる。

――天族への恩恵を忘れ、自国の民を、次期気高き王を、国を穢す!

――許せない!許さない!あのような者達を我らは許さない!お願いだ、我らの願いを叶えてくれ‼

 

そしてバルトロ大臣は、スレイをなおも見て、

 

「そういうわけだ。考えるまでもあるまい?」

「断るよ。残念だな。話して分かる人たちじゃなかった。」

 

スレイはそう言って、立ち上がる。

笑いが止まる。

そしてスレイが、続きを言う。

 

「むしろよかったよ。さ、レイ。帰ろう。」

 

スレイはレイの手を取り、背を向けて歩いて行く。

その後ろからバルトロ大臣が、

 

「ニセ導師風情が後悔するぞ!アリーシャともども潰してくれる――」

 

その言葉にスレイは、一度大臣に振り返り「ニッ」と笑った。

なおも進むと、

 

「待てっ!」

 

扉の向こうからアリーシャの声が聞こえて来た。

そしてレイは、後ろのバルトロ大臣が鈴を鳴らそうとしたのを見た。

 

「一体どういうことだ!王宮内に武装兵団を配するとは!」

「これはバルトロ様の命で……うああっ!」

 

と、アリーシャが無理やり扉をこじ開け、入って来た。

バルトロ大臣は「ちっ」と、舌打ちをしていた。

 

「スレイをどうする気だ、バルトロ卿!兵を退かせろ!」

 

怒るアリーシャにスレイは落ち着いて、

 

「王宮の見学はすんだよ。行こう、アリーシャ。」

 

そして歩きながら、

 

「自分の夢は自分でかなえるよ。オレもアリーシャも。」

「ああ、もちろんだ!」

 

進み出したスレイ達に、バルトロ大臣が騎士兵に言った。

 

「民を惑わすイカサマ導師を成敗いたします!下がらないと怪我をしますぞ!」

 

そこで風が吹き荒れた。

そしてレイの頭の中には、先程の声とは違った声が響く。

 

――その願いは叶えられない。それは願いではなく、盟約。私と盟約を交わすこととなる。そして対価にお前達は……

――構いません!我らとてわかっています。我らの言ったこの願いはいくら世のためとはいえ、命のやり取り。我は業を背負いましょう……

 

スレイは横に居たレイを見た。

そして、横に居たミクリオとライラも、レイを見る。

 

「「…いつの世も変わらんな。こんなくだらん話をする為に呼び、その結果がこれか…」」

「レイ?」

 

レイは彼らに振り返り、彼らを見ていた。

その瞳は真っ赤に光っていた。

レイの髪や服がが揺らぎ始める。

そしてレイを中心に、部屋の中に竜巻のように突風が吹き始めた。

 

「「昔からお前達のような者共を幾度となく見て来た。…さて、先程お前達は自国の民を愚民と呼び、末席とは言え、自国の姫を侮辱した…。そしてその姫をお前達は…これはもう、殺されてもおかしくはないよな…。」」

 

より一層風が強まり、ガラスにヒビや食器が割れ始めた。

そして影が、まるで生きているかのような動きをし始める。

竜巻の中心に居るレイの服は時折、白から黒に変わっているかのように見えた。

 

「レイ!」

「いけません、スレイさん‼今のレイさんに…いえ、彼女に触れては!」

 

スレイが、レイに手を伸ばそうとすると、ライラが止める。

 

「で、でも!」

「このままじゃ、色々とまずいぞ!」

「ライラ、ごめん。レイは、オレの…オレたちの妹だ‼ミクリオ!」

「ああ!」

「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫』!」

「スレイ!ミクリオ様!」「スレイさん‼ミクリオさん‼」

 

と、スレイはミクリオと神依≪カムイ≫で風の中に走って行った。

 

「「裁判者の名のもと、彼の導師との盟約により、いまここで――」」

 

レイはなおも風を強くし、影が大臣達を襲おうとした時、

 

「レイ‼」

 

と、スレイがミクリオと神依≪カムイ≫状態で、竜巻のような風を割った。

そして、レイの肩を掴んだ。

そのスレイの頬には風で斬れたのだろう傷があった。

 

「「離せ、導師。これはお前には関係ない。」」

「関係はある!お前は、オレたちの妹だ!」

「「……お前は…いや、お前達は、あの導師と同じ瞳をしているんだな…今回だけは、その瞳に免じて、今は返してやろう。」」

「「あの導師?」」

 

大臣達を襲おうとした影が静かに消え、強い風が弾けるように消えた。

 

「…お兄…ちゃん…ミク…兄…」

 

と、レイはその場に座りこんだ。

スレイが神依≪カムイ≫を解き、ミクリオがレイの横に膝をつく。

アリーシャとライラが傍に掛けて来た。

そして少し間を取って、バルトロ大臣が、

 

「はっ、ニセ導師の妹は化物か…。あの娘を捉えよ!」

「レイ、オレたちの傍を離れるな。」

「…ん…」

 

と、ミクリオに支えられながら、立ち上がった。

襲ってくる騎士兵達をスレイ達がひとまず動けなくしていく。

だが、その力にミクリオが、

 

「やりすぎじゃないのか、スレイ⁉」

「…違…う…」

「レイさんの言う通りです。スレイさんの力が強すぎるんです!」

「なら、スレイ。もっと力を抑えないと!」

「そう言われても!」

「いけない、これ以上やったら…!」

「……お兄ちゃん…」

 

レイは歌を歌い始めた。

その歌が風を呼び、スレイの力を抑えるかのように、スレイを包んだ。

しかし、スレイの戦う姿を見た祭司は頭を抑え、

 

「この力……本物……⁉あの娘といい…これは…」

「バルトロ卿。今の騒ぎは忘れる。その代り、もう二度と導師スレイに手出ししないでもらいたい。」

 

騎士兵達を黙らせ、アリーシャは大臣たちに言う。

アリーシャが彼らに言うが、バルトロ大臣は一種の恐怖じみた顔で、

 

「バカな!放置したら国の治安が!いや、こんなものをローランスに利用されでもしたら――」

「…風が…来た…」

 

レイは真横の窓を見た。

外はすっかり夜であった。

大臣達とスレイ達の真横にある窓が突如と開く。

 

「うっ⁉」

 

スレイはすぐに反応する。

窓から風が入り込み、部屋の火を消した。

部屋は一気に闇へと変わる。

その闇の中、何者かが大臣達を捉え、その首に刃物を突き付ける。

 

「国より自分の心配をした方がいい。」

 

その声に、スレイとアリーシャは身構える。

 

「あなたたちは⁉」

「『風の骨』。」

 

その名を聞いたアリーシャは、

 

「暗殺ギルド⁉」

「そう。こいつらは我らを謀り、姫殿下の暗殺を依頼した。」

「!」

 

その言葉に、アリーシャは悲しそうな顔をする。

スレイはすぐに、

 

「バルトロ大臣が、アリーシャを殺そうとしたっていうのか?」

 

と、バルトロ大臣はすぐに否定する。

 

「な、なにをバカなっ!」

「違ったか?殺すか。」

 

バルトロ大臣を抑え、刃物を突き付けていた者は、さらに刃物を近付けた。

 

「ひい……っ!」

「「やめろっ!」」

 

スレイとアリーシャは同時に言った。

そしてアリーシャは、

 

「頼む。やめてくれ。ハイランドに必要な者なのだ。」

「「……不思議な者だ。」」

 

それは誰も聞き取れないほどのレイの呟きだった。

そして、アリーシャの言葉を聞いた彼らは、

 

「ふふ、噂通りね。よく聞け、バルトロ卿。我らは矜恃に反する殺しはしない。」

「侮るな!」

 

と、勢いよく突き付けていたナイフを外し、首に柄を当て、気絶させた。

 

「ひ……」

 

小さな悲鳴を上げ、倒れ込んだバルトロ大臣を死んだと思ったアリーシャは厳しい表情で、

 

「なぜっ⁉」

「大丈夫。殺してないよ。」

 

スレイがそう言うと、バルトロ大臣を抑えていた者が倒れ込んだ彼を蹴った。

 

「がっ!ごほ……ごほ……」

 

バルトロ大臣は咳込む。

その声にアリーシャはひとまず安心する。

 

「変わった暗殺者だね。王宮にまで忍び込むなんてね。」

 

ミクリオが疑問を言っていたが、目を覚ましたバルトロ大臣が、鈴を鳴らしながら叫ぶ。

 

「で、であえっ!曲者だ!」

「やばいぞ、スレイ。」

 

ミクリオが厳しい表情で言う。

そして、暗殺ギルド・風の骨は暗闇の中部屋を出ていく。

 

「お前たちのおかげで、仕事が一手ですんだ。」

「返礼だ。ついて来い。」

 

と、走って行く。

スレイはレイを抱き上げ、

 

「とりあえず、奴らに付いて行こう。」

「そうだな。」

 

スレイはレイを抱いたまま、走っていく。

後ろからは、大臣達が叫んでいた。

 

「こ、腰が抜けた……」

「ああ、天族よ……!どうか我が身をお守りください……!」

「ど、導師に風の骨……!王宮を汚し、我らに恥をかかせた罪は重いぞ⁉」

「許さん……ぞ!こんな異常な力を野放しにするなどハイランドのために断じて許可できんっ!」

 

入り口に出た瞬間、その扉は檻によって塞がれた。

そして、騎士兵に囲まれる。

アリーシャが、

 

「強行突破しか!」

「だめだ!オレの力じゃ殺しちゃう!」

「…あっち…」

 

と、レイが指さすと、横方から風の骨の者の声が響く。

 

「早くしろ!こっちだ!」

 

彼らが走って行く。

それを追い掛ける。

走りながらスレイは、

 

「騒ぎを起こしてごめん!助かったよ、アリーシャ!」

「とんでもない、謝るのは私の方だ……。だが、兵が追ってくる!今は急ごう!」

「ああ!」

 

と、厨房に着き、壁が開く。

 

「あとは自分で切り抜けなよ。」

 

スレイが何かを言う前に、スレイの目の前に風のような何かが阻んだ。

それを見たライラが、

 

「これは!」

 

しかし、騎士兵の声が聞こえて来たので、先を急ぐ。

通路を抜けると、水道遺跡に出た。

アリーシャが驚きの声を上げる。

 

「厨房が、こんな場所に繋がっていたなんて。」

「すごいな。かなり広そうだ……」

「うむ、王宮の地下にこんな空間があるとは……どこに通じているのだろう……?」

 

しばらく歩きながら、スレイとミクリオは話し合う。

レイはスレイから降り、手を繋いで歩いていた。

 

「風の骨は知っていたんだな。この抜け道を。」

「けど、警告のためにここまでやるなんてまともじゃないよ。」

 

と、ある一角に地下牢を見付けた。

 

「秘密の地下牢……ですわね。」

「ああ。かなりの穢れを感じる。」

「どんな人間が閉じ込められたのかな?」

「…人間…の欲…邪魔…者を排…除に…適した…場所…」

「さぞ怨みを残したのでしょうね。王家への怨みを……」

 

レイの言葉にアリーシャが悲しそうな表情になり、背を向けた。

スレイがすぐに、

 

「アリーシャが気に病むことじゃ。」

「私は大丈夫だ。とにかく地上への出口を探そう。」

「開いている檻もありますわ。用心して進みましょう。」

 

用心しながら歩いて行く。

と、アリーシャはスレイに、改めて悲しそうなでいて真剣な表情で、

 

「スレイ……王宮でのことは……」

「ん?」

「なんと言ったらいいか……本当にすまなかった。レイにも何というか…その…すまない。」

「気にしないでよ。」

「……なぜ…謝る…の…かわから…ない。する…必…要は…ある…の?…それ…に…お兄ちゃん…なら…あれく…らいは…簡…単に…切り…抜け…られ…る。」

「けど、あそこまでするなんて。もちろん、私も、スレイなら大丈夫とわかっていたが……。」

 

スレイを見つめて、アリーシャが言う。

スレイは真剣な表情で、

 

「ううん。アリーシャが来てくれなかったら多分バルトロさんたちは殺されてたよ。」

「……愚かだと思うだろう?自分を殺そうとした者を助けるなんて。けど、あれは計算なんだ。彼らがいなくなった混乱は、私でも収拾できない。それで私は……」

「自分のことより、国のことを優先した。」

「…それは…ある意…味できな…いこと。…本当…に国の…こと…を思って…いる…人に…しかで…きな…い…選択。」

「だろ?」

 

と、スレイは最期は笑顔で言った。

 

「いけない。謝りに来たのに愚痴を聞かせてしまった。」

「よいのだ、従士よ。これも導師の重要な役目なのだ。」

「…そう…なの?」

「うむ。そうなのだ。」

「感謝します、導師よ。ふつつかな従士に御命令があれば、なんなりと。」

「あはは。じゃあ、ひとつお願い。」

「ふふ。遠慮なく言ってくれ。」

 

スレイは頬を掻きながら、苦笑いで言う。

 

「あとで兵士の人たちに誤っておいて。『ぶっとばしちゃってごめん』って。」

「お安い御用だ。兵たちも君が手加減してくれたことはよくわかっているはずだよ。」

 

と言うのを、後ろでミクリオとライラは聞いていた。

 

「まったく聞いていられないね。」

「聞いちゃいましたけど。」

「別に聞きたかったわけじゃない。」

「でも、心配なんですよね?」

「……スレイは、なんでも背負いすぎるところがあるからね。レイはレイで、何も言わないからな。それだけだよ。」

 

と、ミクリオはそっぽを向く。

しかし、前でスレイと手を繋いでいたレイが立ち止まる。

スレイも立ち止まり、レイを見下ろす。

 

「レイ?」

「…来た…憑…魔≪ひょうま≫…」

 

その言葉に、全員が戦闘態勢に入る。

レイはスレイの手を放し、後ろに下がる。

角から上が女性で、下がヘビのような憑魔≪ひょうま≫が現れた。

 

「どうやら穢れの源は!」

「この……エキドナのようです!」

「あまりにも深い…恨みを抱いているようだ…」

「スレイ、アリーシャ!敵の動きを見落とすな!」

 

レイの歌が流れ、全体を包む。

そよ風が心地よく流れた。

スレイは神依≪カムイ≫を駆使して、憑魔≪ひょうま≫を倒した。

その後、スレイは何かに気が付いた。

 

「ああ、そうか。」

 

と、「ポン」と手を叩いた。

ミクリオが、スレイに問う。

 

「なに?」

「多分ここ、聖剣の遺跡と繋がってるよ。」

「燭台も建築も同じ様式、か。」

 

ライラは歩きながら、水路に近付く。

 

「言われてみれば、そこはかとなく懐かしい。」

「同じ時代にあったこれだけの水路を別々に運用するはずがないよ。」

「聖剣の遺跡まで行けば、外に出られるな。」

 

そしてスレイは嬉しそうに、

 

「レディレイクは、巨大な地下遺跡の上に建てられた街だったんだな。」

「嬉しそうに笑うんだな。こんな時でも。」

 

そんなスレイに、アリーシャが言う。

 

「変……かな?どんな時でもオレはオレだし。」

「なるほど。その通りだね。」

 

アリーシャはスレイの言葉に驚いた後、嬉しそうに言った。

しかし、

 

「甘やかすなよ、アリーシャ。」

 

ライラと同じく水路を調べていたミクリオが、

 

「スレイは自覚するべきなんだから。自分が変だって。ね、レイ。」

「…ん?」

「そんな変人に付き合う人も、かなり変だと思いますけど?」

 

と、ライラがミクリオを見下ろしながら言う。

ミクリオはライラに、

 

「鏡、見たら?」

 

と言うので、レイもライラに近付き、自分を見下ろした。

そこには聖水の水場で見た時と同じで、自分と同じ赤い瞳、無表情な黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が立っていた。

だが、ライラの方は水に映った自分を、

 

「まぁ、なんて可憐な乙女。」

 

と、喜ぶライラをミクリオが呆れていた。

ライラはしゃがみ、レイの肩を掴み、

 

「ここにも可愛らしいお嬢さんが。」

 

と言う。

そんな光景を見ていたスレイは、

 

「こんな仲間に変って言われたくないよ。」

「ふふっ!あははは!」

 

と、アリーシャは笑い出した。

しばらく笑った後、先へ進む。

 

しばらく進み、出口が見えて来た。

と、出口間近で、レイがスレイの服の裾を引っ張った。

 

「どうした、レイ?」

「もしかして、また憑魔≪ひょうま≫か⁉」

 

と、辺りを警戒するがその気配はない。

スレイがしゃがむ。

 

「…さい…」

「え?」

「…ごめ…んな…さい。私の…せい…でお…兄ちゃ…んと…ミク兄…に…怪我…させ…た。」

「あー…あれはレイのせいじゃない。な、ミクリオ。」

「その通りだ。レイは気にしなくていいよ。」

「それに、レイが化物だというのなら、兄であるオレも、化物だ。」

 

スレイは笑顔でそう言った。

 

「スレイ。すまないがいいか?」

「うん。ちょっと待って。」

 

スレイはアリーシャの元にいった。

レイはスレイを見た後、俯いた。

ミクリオが心配そうに、

 

「どういした。どこか悪いのか?」

 

レイは首を振り、

 

「…わか…らな…い。なぜ…か…ここ…が…あた…たか…い?」

 

と、ミクリオを見上げて、自分の胸の服を掴む。

ライラが優し表情でレイの頭を撫で、

 

「きっと、嬉しいのですわ。」

「嬉…し…い?」

 

と、ミクリオが、レイの前にしゃがむ。

 

「言っておくが、君の兄はスレイだけじゃない。レイが化物だったら、天族である僕も、化物だ。」

「……ん。」

 

レイは、ミクリオに抱き付いた。

 

スレイはアリーシャと少し話した後、アリーシャの視線に気が付いた。

 

「どうした?」

「いや、本当にスレイはいつものスレイだと思ってね。私も見習うよ。」

 

そして、近付いて来たレイ達と共に、外に出た。

外に出ると、明るい日差しが彼らを迎える。

 

「やっと出れた。」

「すっかり日が昇ってる。」

「ん……?」

 

と、スレイは空を見ていたが、ふら付いた。

それに気が付いたミクリオが、

 

「スレイ?」

「あ、ああ。まぶしくて立ち眩んじゃったよ!」

 

と、笑いながら言う。

レイはそんなスレイを見上げた。

 

「はは、私も寝不足でフラフラだ。」

「……?」

 

だが、ミクリオはまだ疑問に持っていた。

 

「そういえば今さらだけど、王宮は大丈夫かな?」

「心配ない。直に兵の配備も解かれると思う。私達もひとまず安心できるはずだよ。さて、屋敷は追手がかかっているはずだ。宿で一休みしよう。湿った服も乾かさないと風を引いてしまう。」

「くしゅん!…ですわね。」

「お兄ちゃん…行こ…」

 

と、レイがスレイの手を握ろうとして倒れた。

 

「レイ⁉」

 

ミクリオが、レイを抱き上げ、

 

「少し熱があるな。」

「スレイの次はレイか。宿屋に急ごう。」

 

急いで宿屋に向かった。

 

宿屋に着き、レイをベッドに寝かせる。

レイの寝息を確かめ、それぞれ一息つく。

ライラが暖炉に火をつけ、

 

「また起こっちゃいましたわね。一騒動。」

「おかげで穢れが払えた。」

「かなり結果論だけどな。」

「「……。」」

 

ライラが静かに問う。

 

「大丈夫ですか。スレイさん、ミクリオさん。」

「…ああ。いや…なぁ、スレイ。」

「何だ、ミクリオ。」

 

ミクリオはレイの横で彼女を見ているスレイを見て言った。

 

「君も気付いているだろ。レイのこと。」

「…うーん、まぁ…。」

「あの時、レイはレイじゃなかった。こんなことは何度かあったけど…あそこまでじゃなかった。それに、もともとレイは起きてる時間の方が多かった。」

「…それが普通なのではないのですか、ミクリオ様。」

 

同じくスレイの横のベッドで落ち着いていたアリーシャが聞く。

 

「…レイは元々寝ている時間の方が多いんだ。でも、旅に出てからそれは減っていた気がする。それにレイはいつもああいう感じだから、さ。」

「…確かにレイは、普通の子とは違うと思います。それこそ、導師となったスレイに近い何かを感じます。でも……」

「スレイさんとは違い、怖い…ですか?」

 

黙って聞いていたライラが、優しくそれでいて厳しく言う。

それはアリーシャだけではなく、スレイとミクリオにも言うかのように。

 

「はい。特に…その瞳が赤く光っている時など……あれもあったのか?」

 

スレイは寝息を立てているレイを見て、

 

「…いや。今までそんなことはなかった。それにあの時のレイは…あの時の…声の人に似ている。」

「それは僕も思っていた。性質が似ているという感じか…。それにレイはあの時、君の事を『導師』と言っていた。何より、服も違った。」

「服が?」

「…白ではなく、黒い服装だった。レイは、もしかしたら人ではないのかもね。」

「じゃあ、天族?でも、レイは最初から見えていただろ?」

「……では、スレイさんとミクリオさんは…人でも天族でもないレイさんをどうしますか?」

「どうもしないさ。な、ミクリオ。」

「ああ。だってレイは僕たちの大事な――」

 

スレイとミクリオは互いに見合って、

 

「「妹だから。」」

「ですね。よかったですわ。」

「本当によかった。これで、ここに思い残すことはない。」

 

ライラとアリーシャが笑顔で言う。

が、アリーシャの言葉を聞き、

 

「そんな最期みたいに。」

 

ミクリオの一言に、アリーシャは厳しい表情で言う。

 

「……最期なのです。私はマーリンドに行きます。」

「……って、疫病の街だろ⁉あんな奴らに従うのか?」

 

ミクリオは立ち上がり、スレイもアリーシャに向き直る。

アリーシャはスレイ達を見て、

 

「大臣たちの思惑はどうあれ、命令は正式なもの。何より――」

 

アリーシャは強い瞳で、

 

「マーリンドが疫病に苦しんでいるのは事実。私はできることをしたいんだ。ハイランドの民のために。」

 

「アリーシャ……」

 

と、アリーシャは俯き、

 

「バルトロたちは笑うだろうけど。」

「わかった。オレも一緒に行く。」

 

と、スレイは立ち上がった。

さらに後ろからは、

 

「…お兄ちゃん…が…行くな…ら…私…も行…く。」

 

レイが目を擦りながら起きた。

しかし、アリーシャはすぐに否定した。

 

「ダメだ、私に関わっては。さっきだって、巻き込んでしまった。」

「でも、どうやってマーリンドへ?橋は流されちゃっている。」

「それは…………なんとかする。」

 

と、悲しそうに言う。

スレイは腰に手を当て、笑顔で言う。

 

「だったら、一緒になんとかしよう。な、レイ。」

「……ん。」

 

そしてライラも、

 

「その方が早くなんとかなりますわ。」

「どのみち橋は必要だしね、僕らにも。」

「みんな……」

 

アリーシャは皆を見渡した。

そして立ち上がり、お礼を言おうとしたアリーシャに、

 

「お礼はいいよ。昨日の料理、すっごく美味しかったし。」

「さぁ、橋の様子を見に行きましょう。」

 

スレイ達は壊れた橋に向かって歩いて行く。

道中スレイは思い出したかのように、

 

「それにしても、すっごい腕前だったよな。」

「あの暗殺者たちか。」

「ああ。憑魔≪ひょうま≫並の力を感じた。」

「だが……普通の人間だったよな?」

「と思う。」

「……」

 

ライラは遠くをみるような目をした。

スレイ達は考え込む。

 

「でも、なんで憑魔≪ひょうま≫じゃないんだろ?」

「それは……」

「…あれ…は…風…の加…護を…受け…てい…る。」

「へ?」「え?」「ん?」

 

レイの言葉に、ライラ以外は疑問の声を上げた。

ライラが手を合わせて、

 

「じ、実はいい人とか…そういうことでは?」

 

それにアリーシャが、

 

「そんな。大陸一の暗殺ギルドなのですよ。」

「アリーシャは詳しいのか?風の骨のこと。」

 

ミクリオが、アリーシャを見て言った。

アリーシャは真剣な表情で、

 

「有名ですから。顔を見た者もいないから、断片情報からの推測なのですが貴族、裏社会の大物、軍人など、百名近くの暗殺に関わっているといわれています。半分都市伝説と思っていましたが……」

「あの腕なら納得だな。」

「でも、実際に憑魔≪ひょうま≫ではありませんでしたわ。」

「なにか事情があると……?」

「それはわかりませんが。」

「…裏…切り…復…讐…」

「それが…事情かな……」

 

スレイは手を繋いで歩いていたレイを一目見た後、考え込む。

ミクリオが呆れたように、

 

「会って確かめたいなんて言うなよ。」

「言わなくても、また会うかもだろ?」

「全力で遠慮したいけどね、僕は。」

 

と、道を進む。

 

橋が見える所まで来ると、

 

「まったく作業が行われていない……?どういうことだ。」

 

アリーシャはスレイと見合い、スレイも頷く。

 

「すまない。」

 

アリーシャは作業員である騎士兵達の方へ走って行く。

ここで、アリーシャとは別行動となった。

橋の近くにスレイ達が行くと、人々は導師の話をしているが、その一方で水の濁流が問題となっていたようだ。

人々の話を聞き、ライラがぽつりと言い出した。

 

「スレイさん、全然導師と思われていませんね。」

「…自…分勝…手な…人ば…かり。」

「そうだな。だが、アテにされて大騒ぎになるよりマシさ。それに、スレイはそんな事よりも別の事が気になってるらしい。」

「……橋の復旧作業ですわね?」

「うん。これ程進んでないなんて思ってなかったよ。」

「まだしばらくはマーリンドは孤立状態か。」

「なんとかしてあげたいな。」

 

スレイとミクリオは悲しそうに言った。

 

「……何も…変わ…ら…ない…」

 

レイは小さく呟いた。

それをライラは辛そうな、それでいて悲しく彼らを見守る。

橋に近付くにつれて、人々の言葉が重くそれでいて軽い。

 

「何だか嫌な感じだな。」

「ですが責めることはできませんわ。」

「うん。誰だって疫病は怖いもんな。」

「…いつ…だって…人は他…人事。…いざ…我が…身に…降り…かか…れば…他者の…せい。」

「…そうですね。でも…」

 

ライラはその後の言葉は言えなかった。

 

スレイ達は川辺に居る一人の老人に近付く。

 

「はぁ……」

 

と、老人はスレイを見ると、

 

「おお!その出で立ち!そなた導師殿では?」

「うん。スレイっていいます。」

「ワシは向こう岸の街マーリンドの代表ネイフトという。スレイ殿、水神様の祟りを鎮めてくれたそうな……本当に感謝しておりますぞ。」

 

と、頭を下げた。

スレイは首を振り、

 

「そんなの気にしないで。」

 

そして老人は沈黙した。

レイは老人を見上げた。

そしてスレイは、老人に問う。

 

「ネイフトさん?何かオレに話があるんじゃないですか?」

「ああ、うむ……導師殿が水神様を鎮めてくれたことにより、いずれここも穏やかな流れになり橋も架けられるじゃろう。じゃがそれでは遅すぎる……なんとか急いで薬を届けたいのじゃ。」

 

レイはスレイを見上げた。

その目はスレイを見据えていた。

 

「そっか、なら……」

 

続きを言おうとするスレイに、ライラが声を掛ける。

 

「スレイさん。」

 

と、ライラは真剣な顔で首を振る。

スレイはそのライラの真剣な顔に、

 

「えーっと。」

 

スレイは困り果てる。

老人は首を振って、

 

「……いや、すまなんだ。導師殿。つい頼る気持ちが出てしまった。橋の崩壊も天族への感謝を忘れた人々への報いのようなもの。それを忘れず、橋の復旧に尽力を尽力するとしよう。」

 

スレイはもう一度、ライラを見る。

ライラは同じく真剣な顔で、首を振る。

 

「ごめん。力になれなくて……」

「気になさるな。そなたは存在自体が希望なのじゃ。むしろ欝々としていた時に現れてくれてよかったわい。」

「オレも何かできることを探してみるよ。ホントゴメン。」

 

老人は頷いて、去って行った。

ミクリオが、老人の背中を見て、

 

「天族への感謝を忘れていない、いい人物だ。」

「うん。なんとか助けてあげたい。ライラ、どうして手伝っちゃダメなんだ?」

「僕も知りたい。スレイと従者であるアリーシャ、レイだけなら僕の力でこの川を渡ることは可能だ。薬を届けるぐらいできるけど?」

「…それでは…意味…がな…いか…ら。…いず…れ…お兄ちゃん…は利用…され…人々…はお…兄ちゃん…を求…める…」

「レイさんの言う通りです。スレイさんが導師の力を駆使して荷を届けてしまうと、他の人も同様にスレイさんに荷を運ぶことを求めるようになりますわ。」

「……僕らは運送屋じゃない、か。」

 

スレイがすぐに、別の案を言う。

 

「じゃあ渡し船の船頭さんを……」

 

ライラは首を振る。

 

「それは、その方に負担を押し付ける結果になるかもしれません。」

 

スレイはさらに考え込み、

 

「……根本的な問題を解決しろって事だね?ライラ。」

 

ライラは首を傾ける。

スレイとミクリオは、互いに考える。

 

「つまり橋の復旧を手伝うって事か。しかも、その後導師の力をアテにされないように。」

「……橋の基礎部分を岩で作り上げる事はできないかな。地の天族に頼んで川底を隆起させて。」

「確かにそれは導師にしか出来ないし、その後の橋の復旧作業は人に委ねられる方法だ。」

「どう?ライラ?」

 

スレイとミクリオは、ライラを見る。

そしてライラは笑顔で言う。

 

「はい♪良いと思いますわ。ここの西にそびえる『霊峰』と呼ばれる山に、地の天族の方がおられたはずですわ。」

 

レイはそんな彼らを見守っていた。

その瞳が一瞬赤く光ったのだが、彼らは気がつかなかった。

 

「アリーシャにも伝えよう。」

 

スレイ達はアリーシャの元へ歩いて行く。

アリーシャを見付け、話し掛ける。

 

「アリーシャ、ちょっといい?」

 

スレイに気が付いたアリーシャは、話し相手に言う。

 

「あとで話の続きをしたい。そのつもりでいてくれ。」

「わかってますよ。」

 

相手はぶっきらぼうに行った。

その様子を見たスレイは、アリーシャと移動しながら、

 

「……どうしたの?」

「ああ……マーリンドのためにもなんとか作業に身を入れて欲しいと、話していたんだが……」

 

アリーシャの表情は暗い。

ミクリオが目の前で、

 

「旗色が悪いということか。」

「諦めるという類のものではありませんので辛抱強く話してみるつもりです。それでスレイ。話があるんだろう?」

「うん。橋の復旧のために霊峰に居るっていう地の天族にお願いして、橋の基礎となる岩場を作ってもらおうかなって。」

 

その言葉を聞いたアリーシャは、スレイに詰め寄り、

 

「そ、そんなことができるのか?」

「はい。可能だと思いますわ。」

 

アリーシャは、スレイから少し離れ、黙り込む。

スレイ達は互いに見合った。

アリーシャは顔を上げ、

 

「スレイ。私は彼らをちゃんと説得したい。すまないがここに残っていいだろうか。」

「うん。こっちは任せて。だから……」

「そっちは頼んだよ。アリーシャ。」

 

スレイは頷き、ミクリオが笑顔で言う。

それにアリーシャも、笑顔で答える。

 

「ああ。任せてくれ。」

「じゃあ行ってくれるよ。霊峰ってところに。」

 

と、いき込んだが、老人に止められた。

 

「お待ちなされ。今、霊峰に行くと言われたか?」

「何かそれに問題が?」

「……霊峰レイフォルクへは近付かぬ方がよいでしょうな。かの山はドラゴン伝説が伝わる場所でしてな。人が立ち入るべきでないと云われておる。」

「え?ドラゴン伝説?天遺見聞録にはそんなこと書いてなかったけど……」

 

スレイとアリーシャはライラを見る。

ライラは首を振る。

次にミクリオを見る。

ミクリオも、首を振る。

スレイとアリーシャは老人を見る。

 

「『八天竜の伝説』……ご存じないかな?」

 

スレイはアリーシャを見る。

 

「世界各地に残る、天族を裏切り、地獄に落ちたという八匹の竜の伝説だな。」

「ふむふむ。」

「その伝説の竜の一匹が、霊峰レイフォルクにいるという噂じゃ。」

「え、でも天遺見聞録にはそんなこと……」

「かの書物が全ての伝承について記しているとは、限らないのではないですかな。」

 

スレイは少しだけ拗ねたが、

 

「忠告ありがとう。でも行かなきゃならないんだ。」

「スレイ……」

「きっと大丈夫。ライラも知らないみたいだしね。」

 

アリーシャと老人に別れを告げ、歩いて行った。

レイはずっと黙って彼らを見ていたが、スレイが歩き出したので、その後を追う。

 

スレイ達は橋からしばらく歩いた所にある霊峰に行く。

霊峰に着くと、辺りは岩崖がそびえている。

 

「……ドラ…ゴン…結…界…風…」

 

レイは霊峰を見上げながら言った。

しかし、スレイ達は聞いてなかった。

スレイが霊峰を見渡し、

 

「近くで見ると、ホントすごい山だな~。」

「まさに霊峰の名をふさわしいな。それにしても……ドラゴンか……」

「ちょっと信じられないよな。なぁー、レイ。」

「……。」

「少なくとも私が以前訪れたときには、その姿は見えませんでしたわ。」

 

ライラは思い出しながら言った。

 

「それって前の導師との旅?」

「いきなりしりとり大会~!では、レイさん!」

「…パス…」

「え⁉えっと、あんぱん!あ、終わってしまいましたわ!」

 

と、手を合わせて明後日の方向を見た。

その姿にミクリオが、

 

「めちゃくちゃだ……」

「はは……例の誓約だね……」

「と、ともかく!仮に本当にドラゴンが居るなら、今の私たちでは全く太刀打ちできませんわ。」

「もし出会ってしまったら逃げろって事か。」

「出会わない事を祈るよ。」

 

と、歩き始める。

進んですぐに、レイがスレイの服の裾を引っ張る。

 

「…憑…魔≪ひょうま≫が…い…る。」

 

スレイ達はすぐに戦闘態勢に入る。

そこに、でかい体にでかいツノ、でかい武器を持った憑魔≪ひょうま≫が現れる。

スレイ達が苦戦しながら戦い始めてた。

レイは辺りを見渡し、とある一角を見てから、歌を歌い出した。

敵の動きが鈍るが、それでも敵憑魔≪ひょうま≫の方が強かった。

と、敵憑魔≪ひょうま≫の武器を振り回し、その風圧でレイが岩壁に叩き付けられた。

 

「レイ⁉」

 

スレイ達はすぐに駆け寄るが、敵の動きが鋭くなり、苦戦した。

そこに、男性の声が響いた。

 

「見てらんねーぜ。ボーヤたち。」

 

その声の方を見ると、銀の長い髪をたらし、しかし毛先が少し緑になっていた天族男性だった。

男性は上半身裸で、薄黒い肌で、肌にはペイントが入っていた。

背中には銀色の銃があった。

そして緑の羽根のついたネックレスをつけていた。

 

レイは体を起こし、スレイ達の近くに行く。

そして、彼を見た。

その瞳は真っ赤に光っていた。

 

男性は怖そうな目付きと顔付で、腰にある銃を取り出した。

そして笑いながら、自分の頭の横に銃を突きつけ撃った。

緑色の閃光が走り、彼は前のりになる。

すると、彼を中心に風が吹き荒れる。

それは緑色の竜巻となす。

 

「このザビーダ兄さんがお手本ってヤツを見せてやるぜぃ。」

 

と、彼は顔を上げ、もの凄い速さで敵憑魔≪ひょうま≫に突っ込んでいく。

彼は敵憑魔≪ひょうま≫を風が切り裂いていった。

そして彼は「ニッ」と笑うと、ゆっくり敵憑魔≪ひょうま≫に近付いた。

そして再び銃を取り出し、弾をそうてんする。

それを敵憑魔≪ひょうま≫に向けた。

 

ライラが珍しく怒りながら声を上げた。

 

「いけません!」

 

しかし彼は弾丸を撃った。

敵憑魔≪ひょうま≫は青い炎を纏って、後ろに倒れた。

その光景をただ見ているだけであったスレイが、

 

「殺……した……?」

 

ミクリオが怒りながら、

 

「貴様!」

「憑魔≪ひょうま≫は地獄へ連れてってやるのが俺の流儀さ。」

 

しかし、当の本人は歩きながら、そう言って敵憑魔≪ひょうま≫の方へ行った。

倒れ込んだ敵憑魔≪ひょうま≫の所には天族が倒れていた。

スレイは悲しそうに、

 

「オレたちの力なら殺さずに鎮められたのに……」

 

彼は一度、その天族の所で座った後、立ち上がり、

 

「んならボーヤたちがちゃーんと勝てば良かったんじゃねぇ?それに、殺す事で救えるヤツも……いるかもよ?な、嬢ちゃん。」

「……」

 

と、スレイ達を見て、そしてレイを見て言った。

ミクリオはなおも怒りながら、

 

「…レイに変な事を教えるな!そもそも、よくも天族が……」

 

しかし彼は笑い出した。

 

「あっはっはっは!お美しい!導師様ご一行はいつの時代も優等生揃いだ、なぁ?」

 

と、今度はライラを見て言った。

ライラは悲しそうに、彼を見た。

 

「オレが導師って知ってたのか?」

「わかるさ。憑魔≪ひょうま≫に挑む物好きなんざ、そうはいないからな。俺はザビーダ。よ・ろ・し・く、導師様。」

 

と、彼はスレイ目掛けてペンデュラムを向けた。

スレイはそれを避ける。

 

「何を!」

 

ミクリオが問いただそうとするが、天族ザビーダはスレイ達を見据え、

 

「あんた達には霊峰はまだ早いなぁ。ドラゴンがあくびしただけで眠っちまいそうだ。永遠にな。そうだろ、嬢ちゃん。」

「……」

 

レイと天族ザビーダは互いに見据え合っていた。

レイの瞳は相変わらず赤く光っていた。

 

「ドラゴン退治が、私たちの目的ではありませんわ。」

 

と、ライラが静かに言う。

 

「そうなん?それもつまらないな。ライバルが居た方が燃えるのに。」

「ザビーダ、ドラゴンと闘うつもりなんだな。」

「そのつもりだったんだが……」

 

一度レイを見た後、

 

「パスするって今決めた。」

 

そしてまたしても、ペンデュラムを投げた。

今度はスレイだけでなく、ミクリオとライラにもだ。

三人はすぐさま避ける。

 

「いい加減にしろ。」

 

ミクリオが睨みながら言う。

 

「ヒュ~♪今度はよく出来ましたってか?」

 

そして、スレイに向けて、ペンデュラムを投げ続け、それを全て避ける。

スレイは、天族・ザビーダを見ながら、

 

「一体何が狙いだ!ザビーダ!」

「ヤツに導師様ご一行っていうご馳走を、みすみすくれてやる気はないってこと!」

 

と、戦闘態勢に入る。

 

「ドラゴンに食われて力の一部になるくらいなら…ここで死んだほうが人様、俺様のためだって!」

 

しばらく交戦を行い、スレイと天族ザビーダは互いに向かい合って、睨み合っていた。

そこにレイが、天族ザビーダの横に来て、赤い瞳が彼を射貫く。

 

「「……いつまでこの茶番をやるつもりだ。私を呼び出した上に、待たせるとは……」」

「い、いや…呼んでないし、待たせてもないって!」

「「…ほーう…」」

 

と、風が吹き荒れ始め、レイの足元の影が揺らぎ始めた。

それと同時であった。

スレイが突っ込んできた。

天族ザビーダは手を上げて、

 

「たんま!悪かった!悪かったって!」

 

スレイは急ブレーキを掛け、天族・ザビーダを睨んだ。

 

「もうこれぐらいにしようぜ?」

「そっちから仕掛けてきたんじゃないか。」

 

と、ミクリオも、武器を構えたまま、睨みつけて言う。

 

「だから悪かったてば。俺は敵じゃないって。」

 

彼は笑いながら言う。

その後、真剣な顔で、

 

「もういいだろ?な?」

「はい。私たちも争うのは無益ですわ。そうですね、レイさん。」

 

と、ライラが言う。

レイは、無表情でそっぽを向く。

その瞳は相変わらず赤く光っていた。

それを聞いた天族ザビーダは、すぐに反応した。

 

「さっすが話がわかる!」

 

天族ザビーダは歩き出し、ライラの横を通り、

 

「俺たちゃ目指してること、そのものは同じなんだし、な?」

 

ライラは睨んでいたが、最後の方の言葉と肩に腕を置かれてからは顔が暗くなった。

 

「知りません。」

「俺は坊やの陪神≪ばいしん≫にはなる気ないけどな?」

 

そして、ライラから離れる。

ライラは怒りながら、

 

「ザビーダさん!」

「わーった!わーったって!もう邪魔しないよ。導師殿。」

「スレイだ。」

「はいはい、導師スレイね。俺もう行くから。ドラゴンからはちゃんと逃げてくれよ。」

「ここにはホントにドラゴンが居るのか?」

「あんたの目は何のために付いてるんだい?スレイ殿。」

 

そしてレイの横に来ると、

 

「そうだ、そうだ!嬢ちゃん、一言だけ言うぜ。この機にどんと楽しみな!」

 

そして去って行った。

 

「「…楽しむ、だと?」」

 

レイは赤く光っていた瞳で、天族ザビーダを見た。

 

彼が去った後、ミクリオはまだ睨んだ顔で、

 

「何なんだあいつは……」

「あいつの力……浄化っていうより、むしろ穢れが食う尽くされたような……」

「…………」

 

ライラは悲しそうに俯いた。

 

「僕はあんなヤツ認めない。殺してまで憑魔≪ひょうま≫を狩る天族なんて。」

「ああ。許せない。」

「「…それは個人の思いに過ぎないがな。」」

「レイ?」

 

レイはスレイ達に近付く。

そのレイの瞳は元の赤に戻る。

 

「行きましょう。今の私たちの目的を果たすために。」

「うん。」

 

しかし、ミクリオがレイを見下ろし、

 

「その前に、レイ。さっき、怪我はしてない?」

「…大…丈夫…だっ…た。」

「ならいいけど…。」

「じゃ、それともう一つ。」

 

スレイは先程死んだ天族の元へ行き、

 

「ちょっと待ってて。今弔うから。」

 

スレイは岩陰の隅に小さな墓を作る。

レイの歌が彼を弔う。

そして小さな墓を見る悲しそうなスレイの姿を見たライラは、

 

「スレイさん……」

「責任を感じているのさ……」

 

スレイは立ち上がり、

 

「レイ、ありがとう。さ、行こう。ミクリオ、レイ、ライラ。」

 

 

中盤に来ると、レイはスレイの手を握ったまま上を見上げていた。

それに気が付いたミクリオが、

 

「どうかしたのか、レイ?」

「……ん。」

 

レイが指さすと、上から誰かが飛び降りて来た。

その者は黒に近い服装で、フードを被り、顔全体を仮面で隠していた。

腕を組んだその者は、スレイを見ていた。

 

「お前は暗殺団の……?オレを狙ってるのか?それとも、レイの方か?何で?」

「……小さい方は違う。貴様が導師であると吹聴しているおかげで、人心がどれほど乱されているか……」

「え、でもオレ、本当に導師……」

「それを証明できるのか?できまい!」

 

と、襲い掛かって来た。

 

「くっ!」

 

すかさずスレイは、戦闘態勢に入った。

スレイは何とかして、倒した。

 

「つ、強い……」

 

そう言って、倒れ込んだ。

スレイは倒れたその者に近づこうとしたが、彼の前にナイフを突き刺さった。

投げられた方向を見上げると、誰もいない。

彼らの前には風を纏ったもう一人の暗殺者が現れた。

その気配に、

 

「……引くべきだ。あれは尋常じゃない。」

「ですね……憑魔≪ひょうま≫でもありませんし。」

「そうしよう。むしろ逃げる機会をくれてるって気がする。」

 

三人は互いに見合って言う。

現れた暗殺者は、倒れた暗殺者を抱えて歩いて行った。

彼らの後姿を見て、

 

「また襲ってくるだろうな……。」

 

 

さらに奥に進むと、とある一角に小さな祠を見付けた。

スレイは少しだけ手を合わせた。

レイもそれを見習う。

 

「行こうか。」

 

と、二人を見て言う。

ライラが不思議そうに、

 

「スレイさん、今回は探検家の虫は騒がないんですの?祠に何か伝承にまつわるモノがあるかもしれませんのに。」

「確かに興味はあるけど、橋の復旧ができなくて困っている人の事を考えるとね。ガマンガマン。遺跡調査はいつでも出来るよ。」

 

と、笑顔で言う。

 

「スレイさん……私、あなたの事、少し誤解してたようですわ。ごめんなさい……スレイさん。」

「謝るようなことじゃない。日頃の行いのせいだしね。そうだろ、レイ。」

「…そう…だね…」

「それも、そうですわね。」

「そこで納得するんだ……。」

 

そして再び歩きながら、ライラは思い出したかのように怒りだした。

 

「まったくあの方ときたら!」

「さっきの奴のこと聞きたいけど……」

「いつもいつも不真面目で!」

「あの不思議な道具のことも聞きたいが……」

「しかも乙女の前でハダカなんて!」

 

と、スレイとミクリオはライラが一人怒る傍ら、静かに話していた。

ミクリオは苦笑いで言う。

 

「今はやめておいた方がよさそうだね。レイもそう思うだろう。」

「……そう…だね…。お兄…ちゃん…は?」

「もちろん、賛成。」

 

と、少し広く高いところで、スレイは言う。

 

「本当に綺麗なところだな。そうだろ、レイ!」

「……ん。でも、ここは……」

「レイさん?…でも、ここはドラゴン伝説のおかげで、人があまり立ち入らないから穢れが少ないのでしょう。」

「祠もあった。ここが天族の住み処に間違いないどろう。」

「もしかしてここのドラゴン伝説はこの祠を守ろうとした人間がデマを流したのかな。」

「うむ……そうだとしてもあまり効果はなかったようだ。あの時、花が添えられていた。人が来ている証拠だ。」

「その祀られてる天族も見当たらないけど……」

「人に祀られている天族が祠から離れてるなんて……ちょっと普通じゃないね。」

「……まさかドラゴンに……?」

「ですが、本当にドラゴンが居るのならこの程度の穢れではすまないと思うのですが……」

「――があるから……」

「ん?」「レイ?」「レイさん?」

「……。」

「…もっと進んでみるしかないね。」

「うん。」

 

 

レイは中腹に近付くに連れて、周りをきょろきょろすることが多くなった。

それに気が付いたミクリオが、

 

「レイ、どうした?」

「……」

 

レイは無言で辺りをきょろきょろ見ているだけだった。

 

「…どうしたんだろ?」

「さぁ?ライラ、わかる?」

「い、いえ。私にもわかりませんわ。」

 

彼らはその理由が解らずにいたが、先を進みことにした。

 

 

中腹まで来ると、空気が一変した。

空気が重く体に、心に、のしかかる。

レイは空を見上げる。

 

「なんだ……これ……」

 

ライラとミクリオは辺りを見渡す。

 

「そんな!これは領域?」

 

スレイは驚く。

 

「領域?こんなに穢れてるのが?」

 

ライラは切羽詰まった声で、

 

「スレイさん、逃げましょう!領域は強い力を持つ者が身にまとうものですの。そこに善悪も穢れも関係ありませんわ。」

「え、けど……」

 

ミクリオも、厳しい表情で、

 

「ジイジがそうだっただろう!この領域の主に僕らの侵入は悟られてるはずだ!」

 

と、レイは空を見ながら呟いた。

 

「…もう…遅…い…。悲し…みと…後…悔に…包ま…れた…者が…来…る…」

 

空から何か大きなものが羽ばたく音が聞こえてくる。

スレイ達も空を見あがる。

遠くから黒い何かが飛んでくる。

それはだんだん近づいてきて、突風がこの場を覆う。

それは吹き飛ばされそうなほどである。

スレイ達はその場で何とか持ちこたえる。

レイだけは平然と立っていたが、それに気づく余裕すらない。

 

「これが……伝説の……破滅の使徒……ドラゴン……!はは……やばいな。」

「こんなの……逃げるのも不可能だ……」

「私のせいですわ……。レイさんはきっと、これに気付いていたんですわ!それなのに、自分の記憶を頼って、ドラゴンなど居るはずないとタカをくくってしまった……」

 

ドラゴンは地に降り、こりらに咆哮を浴びせる。

ドラゴンは四本脚でしっかり岩に乗り、固いうろこに囲まれ、ツノと牙が大きい。

 

「じゃあ、このドラゴンは最近現れたってこと?」

 

そして何かに気が付いたライラは、驚きの声を上げる。

 

「まさか!あなたは……エドナさん⁉ああ……エドナさん……まさかあなたがドラゴンになってしまうなんて。」

 

その後、悲しみに暮れるライラ。

しかし前から、女性の声がした。

 

「そんなわけないでしょ。」

 

その声と共に、ドラゴンは岩の中に閉じ込められた。

そしてその下の岩陰には、傘の橋に人形を付けた傘をさしていた。

その傘で顔を隠した薄着の白とオレンジを基準とした後ろにオレンジのリボンを付けたワンピースの服を着た少女。

少女はこちらに歩いてくる。

ライラは少女を見て、

 

「え、エドナさんが二人?」

 

少女は傘を上げる。

少女の顔は、幼かったが、凛とした水色の瞳を感じた。

髪は金髪で左に結い上げていた。

右手にだけ手袋をし、首にもチョーカーをしていた。

 

「だからなんでそうなるの?」

 

そして、閉じ込めたドラゴンを見上げ、

 

「だめよ、お兄ちゃん。」

「お兄ちゃんって……」

「…もう…理…性も…言葉…も通…じな…い…ただ…の獣…と…なった…」

 

そして天族の少女は悲しそうに俯き、

 

「もうワタシの声も届かないのね……」

 

レイはスレイの服の裾を引っ張る。

 

「…出て…く…る。」

 

それと同時であった。

ドラゴンを閉じ込めていた少女が、スレイ達を見て、

 

「来るわ、全力で逃げて!」

 

それと同時だった。

ドラゴンは岩を壊して出て来た。

そのさなか、ミクリオは確認する。

 

「彼女が探していた天族なの?ライラ。」

「はい。」

 

彼女はこちらに近付いてきて、

 

「話している場合?走って!」

 

ドラゴンを見上げていたレイを、スレイが抱えて走り出す。

それに、ミクリオとライラも続く。

 

必死に走りながら、領域をやっと抜けた。

スレイはレイを降し、彼は膝を付いて、

 

「ハァハァハァ……」

 

と、スレイだけでなく、ミクリオとライラも息を切らす。

 

「お…兄ちゃん…大丈…夫?」

「あ、ああ…」

 

天族の少女は、傘を折りたたみ、地面に傘を突き立てる。

そして、息を切らしているスレイ達に、

 

「まったく。バカなの?」

「へ?」

 

スレイは息を切らしながら、彼女を見上げる。

彼女は彼らに背を向けたまま、

 

「何なの?ドラゴンバスターの勇名が欲しかったの?」

「エドナさぁん!」

 

しかし、ライラの声が響く。

はこちらに振り返る。

それと同時だった。

ライラが彼女に抱き付いた。

 

「ドラゴンになってしまったのかと……ホントに良かったですわ。」

「あなたは相変わらずね。そのマイペースな性格、直した方がいいわ。」

 

彼女はつまらなそうな、面倒な顔で言った。

ライラは彼女を離した所で、ミクリオが彼女に言う。

 

「僕たちは、君を探しに来たんだ。」

「じゃあ、うかつにドラゴンの領域に入ったの?やっぱりバカね。」

「こいつ……」

「ごめんなさい……」

 

ミクリオはその彼女の言葉に、少しイラつきを覚える。

それを、ライラが静かに謝った。

 

「まったく……」

 

彼女は傘を抜き、歩きながら、スレイに近付いた。

そしてスレイを見上げる。

 

「で?」

「え?」

「ワタシに何の用かしら?」

「あ、うん。オレはスレイ。君の力を貸して欲しいんだ。」

「壊れた橋を復旧できるように、橋の基礎を作ってやってほしい。」

 

スレイの言葉に、ミクリオが続けて言った。

 

「無理ね。」

「「「え!」」」

 

しかし彼女は即答だった。

三人は驚く。

彼女は再び傘を開き、クルクル回しながら歩き、

 

「ワタシは人間が嫌い。自分本位で感情的。困った時だけワタシたちに頼ってきて……ホント面倒。あなたもそう思うでしょ?」

 

レイと目が合った彼女は言う。

レイは無言で彼女を見ていただけだった。

そして彼女はさらに歩き、一度立ち止まると、

 

「それに、お兄ちゃんを置いてなんていけないから。」

 

その言葉に、スレイは疑問を持つ。

 

「お兄ちゃん……あのドラゴン?」

「そう。彼はアイゼン……ワタシのたった1人の家族よ。」

「けど……エドナ、だっけ。ここに居るのは危険すぎる。」

「そうだよ。何か考えがあるのかい?」

 

と、スレイとミクリオは彼女に言う。

 

「それはっ!」

 

彼女は振り返り、俯きながら口ごもる。

 

「えっと……」

 

無言になった彼女を見た彼らは、互いに見合った。

そしてやっと口を開く。

 

「鎮める方法を探してたけど、どうにもならなかったわ。」

「オレなら鎮められるかな?」

「知らないの?」

 

スレイの言葉に、彼女はスレイを驚いたように見た。

ライラは悲しく、それでいて厳しい表情で言う。

 

「ドラゴンとして実体化してしまうと、浄化の炎でも鎮められないんですの。」

「それじゃあ、エドナのお兄さんは救えないのか?」

「殺すしかない。まぁ、できればの話ね。……絶対の存在であるあいつでも、何もしてはくれなかったのだから……。」

 

彼女は、俯きながら言う。

そして最後の方はレイの方を見て、小さく悲しそうに、悔しそうに呟いた。

レイはそれに気付き、それを黙って見聞きしていた。

スレイはその言葉を聞いて、厳しい表情で天族ザビーダの言葉を思い出す。

 

――それに、殺す事で救えるヤツも……いるかもよ?

 

「認めたくない……が……」

 

おそらく、ミクリオも同じ事を思い出したのだろう。

スレイは真剣な顔で、彼女に言う。

 

「とにかくエドナ、ここは危険だ。オレたちに協力してくれとは言わない。せめて離れよう。」

「そうした方がいい。」

 

ミクリオもそれに賛同する。

しかし彼女は、

 

「あなた達には関係ないわ。」

「けどエドナさん……」

「放っておいて。」

 

ライラも心配しながら言うが、彼女は譲らない。

 

「…貴女の…兄は…そ…れを…望…んでな…い。貴…女を…傷つけ…たくな…いと…思って…いる。…そし…て…それ…は…貴女…も気…付いてい…る。…それ…で…も貴…女は…ここ…に留…まる…の?」

 

レイは彼女に近付いて、彼女にしか聞こえない声で言った。

しかし彼女は、そっぽを向く。

そして、彼女の足元の地面が盛り上げり、彼女は飛んで行った。

それを目で追いながら見ていたが、見えなくなるとミクリオが、

 

「協力してもらうのは難しそうだ。」

「それは別の方法を考えよう。それより、ここに彼女を置いていけない。」

「そうですわね。」

「しょうがない。追いかけよう。」

 

スレイの言葉に、ライラは頷く。

ミクリオも、それに賛同した。

彼らは歩き出す。

 

 

天族エドナは、天族ザビーダが殺した天族の墓の前に居た。

その天族エドナの背に、スレイは呼びかける。

 

「エドナ!」

「これは?」

 

天族エドナはスレイに問う。

その小さな墓をスレイは悲しそうに見た。

 

「あなたが弔ってあげたの?」

「うん。オレにもそれぐらいは出来るから。」

「そう……」

 

彼女は小さな墓を見つめたまま、呟いた。

スレイはもう一度、真剣な顔で彼女言う。

 

「エドナ。」

 

彼女はスレイに振り返り、

 

「何?いくら危険でもここを離れるつもりはないわよ。」

 

スレイ達から少し離れた所で、彼らと向き合う。

スレイは少し考えて、彼女を見つめ、

 

「……なら、一緒にアイゼンを鎮める方法を探しに行こう。」

「話したでしょう?方法なんてないわ。」

 

断言する彼女に、スレイは問いかける。

 

「……本当にそうなのかな。」

「?」

 

スレイはさっきとは違い、少し嬉しそうな顔で、

 

「天族も導師もドラゴンも……本当にいたからさ。この世界にはまだ明かされていない伝説がいっぱいある。きっと、ドラゴンを鎮める方法もどこかに眠ってるんじゃないかな。」

 

最期は腕を組んで、それを本当に思い描くかのように言う。

レイはそんなスレイを見上げた。

その瞳は赤く光点していた。

そして、スレイのその姿を見たミクリオは、呆れたように言う。

 

「また始まったよ。」

「うっせ。」

 

天族エドナも、半信半疑の表情で、

 

「それを信じろって言うの?」

「うん。無理かな……?」

 

もう一度真剣な顔で、スレイは言う。

その後、苦笑いする。

天族エドナは少し考え、静かに言った。

 

「わかったわ、スレイ。一緒に行く。」

 

その言葉に、スレイは嬉しそうにする。

そしてライラも、手を合わせて嬉しそうに、

 

「エドナさん!」

 

と、言うが、彼女はすぐに彼らに言った。

 

「言っとくけど。」

「何?」

「どうしてもここから連れ出したいのなら、引っ張ってでも連れて行けば良かったのよ。伝説を追いかけるとか、自分を信じてとか、そんなので女の子を誘うなんて時代錯誤。説得力ゼロ。」

 

と、淡々と言って、スレイを見る。

スレイは圧倒され、苦笑いで後ろに少し引き下がる。

 

「そ、そう言われても……」

「スレイには無理だな。レイもそう思うだろ。」

「……ん?」

 

スレイの横に居たミクリオがすぐに言う。

レイの方は、首をかしげる。

そして当のスレイはがっくりと肩を落とす。

天族エドナはライラに近付き、

 

「さぁ、ライラ、陪神≪ばいしん≫契約を。」

「ちょっと待って!そこまでは……」

「誘ったのはそっちじゃないかしら?そうよね、そこのおチビちゃん。」

 

と、レイを見た。

レイは無表情で頷いた。

 

「……でも……」

 

続きを言おうとしたが、天族エドナの傘についている人形と目が合った。

そしてそれ以上レイは何も言わなかった。

スレイはエドナを見て言う。

 

「そうだけど……」

「いずれにせよ、ここを離れるのなら新しい器に移らないと。すぐに穢れに侵されてしまうわ。そこまで考えてなかったのかしら?」

「あ……」

「バカね、ホントに。」

 

と、止めようとするスレイだったのだが、彼女の言う通りなので言い返せない。

 

「さ、ライラ。」

 

そして天族エドナは、ライラの方を見る。

ライラは天族エドナを見下ろし、

 

「本当によろしいのですか?エドナさん、人間はお嫌いなのでしょう?」

「人間は嫌いだけど、この子は嫌いじゃないわ。」

 

天族エドナはスレイを見上げて言った。

 

「ありがとう、エドナ。」

「約束よ。アイゼンを救う方法、きっと探し出して。」

「一緒に、ね。」

 

と、背を向けた彼女に、スレイはその背に優しく言った。

そしてライラは、契約を始めた。

 

「毅然たる顕れに宿り生まれし者よ。今、契りを交わし、我が煌々たる猛り、清浄へ至る輝きの一助とならん。汝、承諾の意思あらば其の名を告げん。」

「『ハクディム=ユーバ≪早咲きのエドナ≫』」

 

そして、スレイの中に入ったが、すぐに出て来た。

 

「ふぅ。」

 

そして、少し距離を置き、傘を前に、何かをし始めた。

そこからは、どこかに隠していたのだろうに持つらしい物の音が「カチャカチャ」聞こえてくる。

 

「これ使って。」

 

と、そこから一つ手に取り、スレイに渡す。

それは鉄鋼のようなものだった。

それを見たライラが、

 

「エドナさん……器となりうる神器を持ってたんですの?」

 

それを聞いたスレイも、複雑そうな顔をした。

そしてスレイの横で、ミクリオが言う。

 

「……やられたね。スレイ。」

「はは……女心は難しい……」

「さ、連れて行って。世界に。」

「うん。よろしく、エドナ!」

 

歩きながら、ミクリオとスレイと手を繋いでいたレイに、エドナは聞く。

 

「ねぇ水のボーヤとそこのおチビちゃん。名前は?」

「僕はミクリオ!ボーヤじゃない。」

「……」

「あちらはレイさんですよ。エドナさん。」

 

無言のレイの代わりに、ライラが言う。

そしてミクリオは怒りながら言った。

 

「聞かない名前ね……。ミクリオボーヤ。」

「好きに読んでくれ……」

「じゃあミボとおチビちゃん。」

「ミクリオと呼んでもらう!いいね!レイもそうだろ!」

「……?」

「ふぅ……しょうがない。」

 

さっき以上に怒りだしたミクリオ。

その光景を見たライラが、

 

「エドナさん……もうカカア天下ですの?」

「そう。」

「ちょっと待ってくれないか……意味がわからない。」

 

ミクリオはさらに怒りだす。

と、これまで黙っていたスレイが大声を上げた。

 

「もう!頭ん中で漫才しないでくれ!」

 

その声に、天族三人は静かになった。

出口に向かって歩き出す。

辺りはもうすっかり夜であった。

と、出口から出た所でレイは立ち止まる。

手を繋いでいたスレイも立ち止まる。

すると、闇夜の木々から黒服に身に纏った仮面をつけた風の骨の一員の一人。

 

「…風の…加護…を持つ…者。」

 

レイは小さく呟く。

そしてその者を見たスレイは、

 

「君は……頭領って呼ばれてた人だな。」

 

スレイはその者に真剣な顔で、訴える。

 

「オレは本当に導師なんだ。信じてもらえないかもだけど。」

「……本物か偽物かなんて関係ない!」

 

と、武器を構える。

そして襲い掛かる。

スレイはレイの手を放し、自分も構える。

 

「…領…域の…中…に入…った…」

「何者かの加護領域を感じます!」

「何だって⁉」

 

ライラはすぐに感じ取った。

そして、戦闘を行っていくうちに相手の力に触れ、ミクリオは驚きを上げる。

 

「こいつ、導師級の霊応力を持っているのか⁉」

「ですが、この人は私たちが見えていませんわ!」

「おしゃべりはここまでね。この子強いわ。」

「わかってる!」

 

ライラも指摘するが、見えていないのは本当のようだった。

そして、エドナが注意を促す。

交戦していたスレイは距離を取り、レイを抱えて逃走する。

しばらく逃げて、

 

「あれ?追ってこない?」

 

後ろを振り返る。

すると、その者は倒れ込んだ。

 

「…限…界…」

 

そしてそれを見たライラが心配そうに、

 

「どうやらあれは輿入れしたのではないようですわ。その証拠にあの人に反動が出てしまっている。」

 

と、強い風が吹き荒れた。

そしてスレイ達の前には、銀髪に近い髪に、黒い帽子を被っていた。

黒いジャケットにズボンで、全体的に黒い服装の男性。

目元は前髪が長くて見えない。

 

その人物を見たライラは思い出したかのように呟く。

 

「あれは……デゼルさん!」

「知っているのか?ライラ。」

 

ミクリオはライラを見て言う。

そしてライラは説明した。

 

「流浪を好み、最強と詠われた傭兵団を気に行って共に旅をしていたと聞いていますが……」

 

しかし彼は、倒れた暗殺者を連れて消えた。

 

「どうして暗殺者に?」

「……その傭兵団に何かあったのかしらね。」

 

エドナの言葉にスレイは、

 

「訳があるんだな。暗殺者と共に居なければならない何かが。」

「それにしても暗殺者と共に居て憑魔≪ひょうま≫になってないなんて。」

「…穢れ…が…な…い…から…」

「レイの言うように、あの暗殺者が穢れを生んでないんだ。」

「まさか……」

 

その言葉にライラが説明した。

 

「純粋で清らかな心をもつ人は穢れを生まない……。」

「…あれは…信じ…てい…る。それに…全…てが…全て…悪い…と…も限ら…ない。」

「え?」

「それに…お兄…ちゃ…んも…あの…人と…同…じ…そして…あの…人は…お兄ちゃ…んと…同じ…だ…から…」

「そうですわよ。あの時の暗殺者はスレイさんと同じなのです。」

 

ライラは少し嬉しそうに言う。

しかしミクリオは、

 

「暗殺者が純粋で清らかだって?そんな事ってあるのか?」

「見た通りよ。」

 

ミクリオの横に居たエドナが肯定する。

そして、複雑そうな表情のスレイを見たミクリオは、

 

「スレイ……」

「本物か偽物かなんて関係ない、か……」

 

そしてスレイは、ライラを見る。

 

「ライラ。これが君の言う導師の宿命なんだね。」

 

ライラが言う前に、エドナがスレイを見上げて言う。

 

「そう。人間はあなたの気持ちなんて考えもしない。」

「……自分…の心…を優…先す…る…身…勝手…な人…間。」

「おチビちゃんの言う通りよ。だから仕方がないのよ。それが人間なんだから。」

 

そしてライラも、悲しそうに言う。

 

「はい……これだけは耐えるしかありません……」

「タフなのが取り柄でよかったな。スレイ。」

「あはは。まったくだ。」

 

と、ミクリオはあえて明るく言った。

そしてスレイも笑って言うのである。

スレイ達は橋を目指して歩き出した。

 

道中、エドナはスレイに聞く。

 

「スレイ、聞いてもいい?」

「ああ。なんでも。」

「あなた、暗殺者に狙われてるのよね。」

「うん。どうもそうみたいだ。」

「恨みを買ったの?なぜか穢れのない暗殺者に。」

「そんな覚えはないんだけど……」

 

エドナは傘をクルクルさせながら、スレイを見上げていた。

当のスレイは、懸命に思い出していた。

 

「覚えもないのに、なぜか天族が憑いた、これまたなぜか穢れのない暗殺者に襲われたわけ?」

 

エドナは真顔で、さらに早口で言った。

スレイは戸惑いながらも、

 

「い、いや。理由はオレが導師だからだと思う。」

「なるほど。導師だから……。傭兵団にいたはずのなぜが憑魔≪ひょうま≫にならない天族が憑いた、これまたなぜか穢れのない暗殺者に狙われていたのね。状況は理解したわ。」

「よ、よかったよ。わかってもらえて。」

 

これまた早口で言ったエドナに、苦笑いでスレイは言った。

そしてエドナは、半眼でスレイを見る。

 

「ようするに、ほとんどわかってないってことね。」

「……だね。」

 

 

橋に着き、橋の復旧作業具合を見る。

が、進んではいなかった。

 

「やっぱり協力してもらえないのかい?」

 

ミクリオは、エドナを見て言う。

エドナはスレイを見上げ、

 

「導師は天族を司り、操るものでしょ?好きにすればいいわ。」

「そんなのイヤだ。道具扱いじゃないか。エドナがイヤなら別の方法を考えるよ。」

「どうしても女の子からやらせてって言わせたいのね。」

「ちょ!」

 

エドナは半眼で、傘を肩にトントンさせながら言った。

スレイは後ずさり、ライラが怒った。

 

「スレイさん!穢れますよ!」

「変なヤツだとわかっていたつもりだったが……レイ、スレイから少し距離を置こうか。」

「……?」

 

ミクリオでさえも、スレイの後ろで言った。

そしてスレイと手を繋いでいない方の手を取る。

と、エドナは呆れたかのように、

 

「何なの?その使い古された反応……もういい。最初から手伝うつもりだったわ。」

「「「はぁ……」」」

 

三人は肩を落として、ため息をついた。

 

「お礼は?」

「ありがとうございますー。」

 

スレイを見上げるエドナに、彼は棒読みのように言った。

橋に近付き、スレイは老人に話し掛けた。

 

「おお、お戻りか。スレイ殿。」

「様子はどんな感じなんですか?」

「橋復旧の目処は、まったく立ちませんわい。」

「ネイフトさん。オレが橋を復旧出来るようにします。」

「復旧出来るように、じゃと?スレイ殿、いったい何を……」

 

だが、スレイはその先を言う事はなかった。

老人は疑問に思いながらも、

 

「ともかく、アリーシャ殿下を読んでこよう。しばし待っていてくだされ。」

 

スレイは頷き、老人は歩いて行った。

スレイが橋に近付く。

しかしライラが、

 

「お待ちください、今すぐやるつもりなんですの?」

「うん。すぐに安心させてあげたいし。」

「ですが……」

 

ライラは辺りを見渡す。

そこには多いくの人が居る。

 

「人智を超えた力を示したあなたを、人間がどう思うのか、わかってるの?」

 

エドナはスレイを見上げて警告するが、

 

「……わかってるつもりだ。」

「……ない。」

「レイ?」

「…わか…って…な…い。…人…間は…孤…独に…は勝…てな…い。」

「おチビちゃんの言う通りよ。それに、化け物扱いされて傷つかない人間はいないと思ってたわ。」

「……」

 

スレイは俯いた。

ミクリオは真剣な顔で、

 

「僕は止めるつもりはないけど。三人が誰のために言ってくれてるのか、よく考えてから決めるんだね。」

「うん……」

 

そしてスレイは考え付いた末、橋造りは後にする。

 

「そう、あとにするのね。」

「うん。もっと深夜になって人が寝静まってからやるよ。」

「そう。」

「それがいいですわ。」

 

ライラとエドナは嬉しそうにする。

そしてスレイは、

 

「ごめん。みんな心配してくれて。オレ、焦ってたのかな……」

「抱え込むのは君の悪い癖だな。」

「うん。気をつける。」

 

そこに、老人がアリーシャを連れて戻って来た。

 

「スレイ、戻ったんだな。」

「アリーシャ。」

「スレイ殿、それで何をなさるつもりか?」

「あ、えーと……」

 

口ごもるスレイを見た後、ミクリオはアリーシャに近付き、

 

「アリーシャ。あまり人目につくのも良くないと話し合って、深夜を待つ事になったんだ。だから……」

 

そう言って、アリーシャの横の老人を見る。

アリーシャもその意味を理解し、

 

「ともかく、もう日も落ちた。すべては明日の事としないか。」

「ふむ。そうですな。」

 

スレイも頷く。

 

「ではスレイ、また明日に。それでネイフト殿、マーリンドの物資運び込みだが……」

「あ、ああ、うむ……」

 

と、歩いて行った。

その背を見ながら、

 

「ありがとう。アリーシャ。」

「では、深夜になるまで待ちましょう。」

 

それぞれ深夜になるまで待った。

その中、レイは空を見上げていた。

風が吹き荒れ、頭の中に声が響く。

 

――なぜ止めた?

 

その声に、レイは返答する。

 

「…わ…から…な…い。」

――無意識と言うやつか?まぁ、いい。お前はどうしたい。

「…知ら…な…い。」

――……意思を持ったかと思ったが、気のせいか。

「……」

――いずれにせよ。お前は、お前のままではいられない。あの導師もまた、選ばなくてはならない。

「……」

――……もうしばらくだけ、時間をやろう。だから答えを見つけろ。

「…………」

 

風は止み、レイは動き出すスレイ達の元へ行った。

 

しばらくして、スレイ達は橋に来た。

レイはスレイの手を放し、ミクリオの手を握る。

そして、岩陰に目線を送った後、スレイを見る。

アリーシャは辺りに誰もいないことを確認する。

そしてスレイと頷き合い、

 

「よし、やろう。」

 

スレイはエドナと神依≪カムイ≫化をする。

いつもと同じで、後ろ髪が伸び、一つに束ねある。

そして白に黄色の装飾品が付き、瞳もオレンジへと変わる。

そしてその横には大きな鉄鋼のようなものが浮かぶ。

荒れ狂う川の波を前に、スレイは拳を一発撃ちこむ。

すると、大きな岩が橋を中心に三つ並ぶ。

霊応力がない者がみれば、スレイがただ地面に拳を振るい、岩を出現させたように見える。

 

「こ、これは!」

 

スレイ達の元に、声が響く。

そこを見ると、老人が歩いて来た。

 

「ネイフトさん……」

「ま、まさかこんなことが……これが導師の力……」

 

アリーシャが、老人に近付き、

 

「ネイフト殿、これは……」

 

しかし老人は、興奮していた。

 

「これでマーリンドは救われる!有り難いことじゃ!」

 

それは恐怖ではなく、紛れもない感謝の言葉。

 

「ありがとう!本当にありがとう!導師スレイ!」

 

そう言って、スレイに近付いた。

スレイは照れたように、

 

「お、お礼なんて良いよ!」

「スレイ殿、このまま出立するつもりですな?人目を忍んでいるのじゃから。」

「うん。このままマーリンドに行くつもり。」

「やはり……ではアリーシャ殿下も共にお行きなされ。」

 

と、アリーシャを見る。

 

「ネイフト殿?」

「アリーシャ殿下……難しい立場じゃろうが、マーリンドでの任務は正念場。いち早く向かい、誠意と能力を示さねばなりますまい。」

「ご存知だったのか……」

「お二人のような方々が先にマーリンドに向かわれるのなら、ワシもまずは一安心。頼みましたぞ。橋の事はお任せくだされ。」

 

老人はスレイとアリーシャを見て言う。

スレイも頷き、

 

「わかりました。」

「すまない。ネイフト殿。感謝する。」

「ワシも見事に橋を復旧させて見せますとも!」

 

そして老人はアリーシャと話し合う。

その光景を見ていた天族組は、

 

「分かってくれる人もいる。」

「ええ。」

 

と、スレイは嬉しそうに、

 

「へへ。やっぱり嬉しいな。」

「感動して泣かないでね。おチビちゃんもそうよね?」

「……」

 

エドナは問いかけるが、レイは答えなかった。

スレイは、アリーシャと話していた老人に、

 

「ネイフトさん、薬をもらえますか?」

「それもお願いしてもよいのかの?」

「うん。」

「ありがたい。よろしく頼みます。」

 

と、スレイに薬を手渡す。

スレイはそれをしまいながら、

 

「それじゃ、ネイフトさん、色々ありがとう。」

「なんの。礼を言うのはこっちのほうじゃ。」

「さぁ、アリーシャ、行こう。」

 

エドナは一度アリーシャを見た後、目を反らす。

 

「本当に私も一緒に川を渡れるのか?」

「うん。レイとアリーシャだけなら。それに、契約もしたからね。」

 

アリーシャはもう一度老人を見て、

 

「ネイフト殿、心遣い感謝する。それでは。」

 

スレイとアリーシャは歩き出す。

レイはミクリオを手を放し、スレイの元へ駆けて行く。

老人は手を振りながら、

 

「スレイ殿!本当にありがとう!アリーシャ殿下、マーリンドを頼みますぞ!」

 

天族組もそれに続いてスレイ達と歩いて行った。

 

「この薬、早く届けてあげないとね。」

「ああ!マーリンドは目の前だ。急ごう!」

 

と、進み続ける。



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toz 第七話 マーリンドの街

が、アリーシャは驚きと喜びの顔で、

 

「……すごいな……導師にとっては荒れた河など障害にならないんだな。」

「ですが、あまり人前で見せるべき力ではありません。」

「うん……そうだろうな。」

「そうよ。この子みたいにいちいち反応されて面倒だもの。」

「エドナ様……申し訳ありませんでした……」

 

アリーシャは頭を下げる。

 

「そうよ。反省なさい。それに自己紹介しあっただけなのに、もう名前で呼んでくるなんて随分馴れ馴れしいのね。」

 

エドナは傘についている人形を握り込む。

 

「申し訳ありません……」

 

アリーシャは再び頭を下げる。

そしてエドナは傘を回しながら、

 

「お詫びにノルミンダンスを踊りなさい。」

「の、ノル?」

 

アリーシャは聞きなれない単語に困惑する。

 

「わからないの?反省なさい。」

「申し訳ありません……」

 

アリーシャはまたしても、再び頭を下げた。

エドナは半笑いで、

 

「お詫びにノルミンダンスを――」

「無理矢理もとに戻さないでくれ!」

 

ミクリオが大声で突っ込んだ。

深夜の間にアリーシャとエドナは自己紹介をすませていた。

その度に会話するが、このようにアリーシャはエドナの餌食になっていた。

 

そしてミクリオはさらに続ける。

 

「ライラ!エドナが、アリーシャをからかってるだけってわかるだろう!なぜ止めないんだ!」

「おい、ミクリオ…そんな大声出したら、レイが起きちゃうだろ。」

 

と、スレイの背で寝ているレイを見る。

小さく寝息を立てていたレイは目を擦りながら、

 

「……ん……」

「ほら起きちゃった。」

 

と、ライラは本当に申し訳なさなそうに、

 

「すみません……。少しでもお話しした方が仲良くなれるかなと……」

 

最後の方は、若干面白そうに言う。

 

「レイ、すまない。が、しかし…アリーシャ、エドナはこう言うヤツなんだ。言ってる事をいちいち真に受けなくていい。」

 

ミクリオがそう言っている間、エドナはミクリオに下を出した。

その後、拗ねていた。

 

「言うわね。ミボのくせに。」

 

エドナは半笑い言った。

アリーシャはそれにすぐに反応した。

 

「ミボ?」

「わからないの?反省し――」

「もういいよ!」

 

ここまでくると、スレイが止めた。

 

さらに進み小道に入ると、岩の所にリスのような小動物を見付けた。

 

「あっ!かわいい!」

「ただのリスでしょ。」

 

一人盛り上がるアリーシャに、エドナはスパッと言う。

アリーシャはさらに盛り上がり、

 

「いえ、あのフワフワ尻尾はフォルクエンリスです。とても貴重な種類で――」

「落ち着きなさい。」

「でも、あんなにフワフワモコモコでかわいいと思いませんか、エドナ様?」

「そう。カワイイものをやたらカワイがる自分をカワイイと思ってもらいたいのね?あのおチビちゃんみたいに。」

 

そう言って指さす方には、無表情でそのフワフワモコモコのフォルクエンリスを頭や手に持っているレイ。

否、一方的に気にいられているレイがいた。

スレイやライラが触ろうとすると逃げ出し、手を引っ込めるとまたレイの所にやって来ていた。

それをミクリオが観察していた。

アリーシャは少し頬を赤くし、

 

「い、いえ!そんなつもりは!」

「静かに。フワフワが逃げちゃうでしょ。」

 

エドナはアリーシャに近付き、小声で言う。

 

「ですね。反省します。」

「おわびにリスリスダンスを踊りなさい。フワフワバージョンで。」

「リスリスダンス⁉フワフワバージョン⁇」

 

エドナはまたしても、半笑いで言った。

アリーシャは真剣な顔で、そのダンスについて考え込んでいる。

そして二人に近付いて来たミクリオとライラは、その光景を見て、

 

「イジられてますね。アリーシャさん。」

「放っておいていいのか?」

 

そして、考え込んでいたアリーシャは、

 

「わかりました、エドナ様!リスリスダンス・フワフワバージョンの指導をお願いします!」

「ワタシは厳しいわよ?」

「望むところです!」

 

と、アリーシャは覚悟を決めていた。

それを見たライラが嬉しそうに、

 

「いいんじゃないでしょうか。楽しそうですし。」

「確かに。」

 

と、ミクリオも笑って言った。

 

さらに歩いて行くと、祠を見付けた。

レイは未だにリスが頭の上に乗っていた。

その為、レイはアリーシャに捕まっていた。

その祠を見たスレイが、興味津々で見る。

 

「天族を祀る祠かな?」

「ええ。かつては器だったようですね。」

「かつて……か。」

「昔は、こんな祠があちこちにあって、加護が広がっていたんだろうね。」

 

ミクリオも、己の考えを言う。

 

「そうですね。祈りを捧げる人も大勢いました。」

「少ないかもだけど、今も祈る人はいるよ。ほら、エドナの山の祠。あそこにも花が添えられて――」

「あれはワタシよ。」

「え?」

「あの祠は、お墓代わりだもの。お兄ちゃんが食い殺した人間たちのね。」

「でも……それは……」

 

スレイは表情を暗くする。

エドナは真剣な顔で、

 

「同情はいらない。悪いのは人間たちだし。ドラゴンの噂を聞いて面白半分で来るから、ああなったのよ。」

「……」

 

三人は沈黙した。

そこに、レイとアリーシャがやって来た。

 

「どうかしたのか?」「お兄ちゃん…ミク兄…」

「何でもないわ。さ、行くわよ。」

 

エドナは傘を回しながら、歩いて行った。

 

その後すぐ、マーリンドの入り口を見付け、中に入る。

レディレイクとは違い自然に囲まれた集落のような街だった。

だが、辺りは暗かった。

それは今が真夜中というだけではないだろう。

穢れが満ちている。

スレイから降りていたレイは空を見上げる。

その瞳はあるものを映す。

そしてスレイも、街を見て言葉を失う。

 

「……」

「これは……疫病のせいか……」

 

そしてレイは目線を前に戻す。

そして握っていたスレイの手に力を入れる。

 

「レイ?」

 

そしてレイは目の前を指さす。

そこには弱り切った犬が鳴き声を上げながら歩いてくる。

それを見たミクリオは、

 

「うわぁ!」

 

と、悲鳴をあげながら後ろに下がる。

 

「ミクリオ様、犬が苦手なんですね。」

「そ、それほどでも――」

「心臓がドッグドッグしちゃうだけですのよ。」

 

と、ライラは楽しそうに言う。

 

犬は近付いてくる。

それが唸り声に変わる。

 

「…遅か…った…」

「え?」

 

その言葉の意図に気が付いたエドナは犬を見て、

 

「ちょっと!」

 

それと同時であった。

犬は憑魔≪ひょうま≫となる。

そして戦闘を行う事となった。

それは簡単に浄化する事が出来た。

 

「街の中に、こんな憑魔≪ひょうま≫が……」

「当然だよ。こんなに穢れが溢れてたら。」

 

そしてもう一度、街を見た。

 

「あれ…は憑…魔≪ひょうま≫…だけ…ど…ただ…の憑…魔≪ひょうま≫…じゃな…い。」

「おチビちゃんの言う通りよ。しかも今の、犬憑魔≪ひょうま≫じゃない。」

 

と、ライラを見上げる。

ライラも真剣な顔で、

 

「はい。憑魔≪ひょうま≫ハウンドドッグ。病原体が憑魔≪ひょうま≫化したものですの。」

 

そう言って見た先には、憑魔≪ひょうま≫ハウンドドッグが一人の女性の横に居た。

そして、それは女性の中に入った。

ミクリオもその光景を見て、

 

「疫病そのものってことか……⁉」

 

その言葉にアリーシャは、自身の腕を強く握った。

レイはそれを横目で見た。

 

スレイはレイの手を取り、

 

「とにかく聖堂へ。薬を届けないと。」

 

急いで聖堂に向かう。

 

街の奥にある聖堂に入ると、中は病人でいっぱいであった。

そして、聖堂の中に居た騎士兵たちがアリーシャを見ると、

 

「アリーシャ様!よくご無事で!」

「薬を持ってきた。状況は?」

 

二人の騎士兵が寄ってきて、説明する。

 

「……感染は歯止めがかかりません。」

 

そう言って、辺りを見渡す。

中には市民だけでなく、騎士兵も居た。

 

「警備兵まで罹患し、野犬の群れすら退治できない有様です。」

「このままでは国全体に感染が広がる恐れも……」

「そんな……」

 

アリーシャはその報告に落ち込む。

 

レイはスレイの手を放す。

そしてそっとその場を離れた。

 

スレイは急いで、薬を手渡す。

 

「まず薬を!患者たちに!」

「は、はい!」

 

騎士兵は薬を受け取り、駆けて行った。

スレイはアリーシャに、

 

「大丈夫さ。薬とか救護体制が整えば。」

「ああ。」

「ハウンドドッグも僕たちで退治しよう。」

 

ミクリオの言葉に、スレイとアリーシャは頷く。

後ろからライラとエドナが、

 

「でも、疫病を生んでいる原因はおそらく別ですわ。」

「穢れを受けた強力な憑魔≪ひょうま≫ね。」

 

と、聖堂の中を少し回る。

 

「患者の人達、助かるといいな……」

「ネイフト殿に託された薬で、快方に向かってくれてるといいが……自分の無力さが悔しいよ。」

 

患者たちの様子を見ていたスレイ達。

 

「うぅ……こんな所で寝てるわけには!」

「いいから寝てろ。死んじまったら意味がない。」

「娘が死んだ……娘が死んじまった……なんでだよ……たった七年しか生きてないのに……」

「くるしぃ……よぉ……お母……さぁん……」

「うう……もううちの子は……ううっ……」

「届いた薬だけじゃ、全員分にはとても足りない。ネイフトさんが来るまでみんながもつかどうか……」

「王都も救援を考えているはずです。それが到着するまでどれだけもつか、ですな……」

 

事態は深刻だった。

 

「ところでスレイ。」

「何?」

「レイはどこに行ったんだ?」

「へ?……レイはどこに行った⁉ミクリオ!」

「僕も気づかなかった!どこに行ったんだ⁉」

 

スレイとミクリオ、アリーシャ、ライラは、懸命に辺りを探す。

と、その彼らにエドナが、

 

「おチビちゃんなら、さっきスレイが薬を渡している時に出て行ったわよ。」

「「「「え?」」」」

 

彼らはエドナを見る。

そしてミクリオが、

 

「そう言う事は早く言ってくれ!」

「あら、公認なのかと思ったわ。」

 

と、エドナは聖堂の入り口に向かう。

 

「探すんでしょ。行くわよ、ミボ。」

「おい!」

 

と、エドナの後を追う。

聖堂から出て、スレイは空を見上げた。

羽ばたき音が聞こえてくる。

そして空高く、黒い点が見える。

それをよく見ると、ドラゴンの形に見える。

 

「ドラゴン⁉」

「違う、憑魔≪ひょうま≫よ。人間たちが気付いていない。」

 

そしてその憑魔≪ひょうま≫が降りて来た。

 

「降りる!あっちだ!」

「ですが、レイさんはどうするんですの?」

「あー、そうだった!」

 

スレイは頭を掻く。

と、一人の騎士兵が、

 

「アリーシャ様。どうなされましたか?」

「子どもを見なかったか?白い服に長い紫色の髪をした少女だ。」

「その子供でしたら、あちらの方に走って行きましたよ。」

 

その方向を見ると、

 

「あっちはさっき憑魔≪ひょうま≫が降りた方向だ!」

 

ミクリオがスレイ達に言う。

アリーシャ達は騎士兵に礼を言って、その場に駆けて行った。

 

そこは広い広場のような場所だった。

その一角に、憑魔≪ひょうま≫がいた。

赤みを帯びた鱗、やはりその姿はドラゴンだった。

 

「まさか戦う気か?ドラゴンっぽいぞ⁉」

 

ミクリオが注意するが、

 

「それを確かめないとだろ。引き際の判断は――」

「僕まかせ、だろう?いいけど、従えよ。」

 

スレイは頷き、近付く。

 

「憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピー。ドラゴンの幼体のひとつですわ。」

「街の穢れが、パピーに力を与えているみたいね。」

 

それを聞いたアリーシャは武器を手に、

 

「なら、今のうちになんとかしないと!」

「「落ち着いて、アリーシャ!」」

 

スレイとミクリオはアリーシャに言う。

と、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーはスレイ達の方を見る。

 

「やば!」

 

スレイ達もそれに気が付く。

スレイ達は一目散にその場から離れる。

そして聖堂の中へと逃げ込んだ。

外からは憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーの唸り声が聞こえる。

 

「ふぅ……」

「危ないところだった……」

 

そんなスレイとアリーシャの姿に、聖堂の人々は不思議そうに見ていた。

 

「さ、騒がせてすまない――」

「……」

 

考え込むスレイに、エドナは呆れたように言う。

 

「まだやる気?おチビちゃんも居なかったのに。」

「でも、ほっておけないだろ?」

 

と、聖堂の中を見る。

そこには横になって苦しんでいる人々がいる。

そしてスレイは、エドナを見て、

 

「エドナ、街の穢れがあいつに力を与えてるって言ったよね?」

「……多分だけど。」

「じゃあ、まずそれを祓えば。」

「ええ。パピーの力を弱められるはずですわ。」

「なんとも面倒な方法だね。」

「そうだけど『損して得をとれ』だ。」

 

スレイ達に近付いて来たアリーシャは、

 

「その作戦がいいと思う。……例えは違う気がするが。」

「力を弱めても、下に降ろさないと戦えないぞ。」

「その方法もきっとあるさ。みんながいれば。」

 

スレイは笑顔で言う。

エドナは傘を開き、顔を隠す。

 

「面倒×2。」

「『急がば回れ』ですよ、エドナさん。」

「それです、ライラ様!『損して得をとれ』じゃなくて……」

「『急がば回れ作戦』開始だ。」

 

スレイ達は街を回り始める。

歩きながら、スレイは言う。

 

「それにしても、レイはどこにいちゃったんだ。」

「……まったくだ。スレイならともかく。」

「オレならって何だよ。」

「言った意味そのままだよ。」

 

スレイ達は穢れの塊を浄化しつつ、レイを探す。

 

「これが、あのマーリンドだなんて……」

 

アリーシャは改めて言葉にする。

ライラも思い出しながら、

 

「歴史ある街なんですよね?天遺見聞録にも紹介されているとか。」

「うん。一回来てみたかったんだ。『聖なる大樹そびえし学都、マーリンド。その梢に輝くは、学問の実と芸術の華』」

「『この木陰に遊ばずして、いかにして大陸の知と美を語るべきや』……ってね。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言う。

だが、エドナは冷静に言う。

 

「花も実も枯れちゃってる感じ。」

「またそういうこと言う。」

「ですが、事実です……」

 

ミクリオは呆れるが、アリーシャは深刻そうな顔で言った。

スレイは明るく、

 

「けど、また春がくれば花が咲くし、秋には実がなるよ。」

「はい。学問や芸術への情熱が消えない限り、何度でも。ね?」

「確かに。それは歴史が証明してるね。」

「頭のお花は、もう満開ね。」

 

エドナは半笑いしながら言った。

アリーシャは少し悲しそうな表情で、

 

「エドナ様はお嫌いですか……お花?」

「別に好きだけど。キレイな花ならね。」

 

と、傘を広げ、背を向けて言う。

そして、さっそうと歩いて行った。

 

スレイは悲しそうに言った。

 

「ここも加護天族はいないんだな。」

「そのようね。」

「世界中がこうだとは思いたくないが……」

 

と、エドナは平然と言う。

 

「人間嫌いの天族は少なくないと思うわ。」

「……もう人と天族は共存してないのかな。」

 

スレイは悲しそうに言う。

エドナはさらに、真顔で言う。

 

「人と天族が共存できるとか思ってるの?夢物語ね。」

 

そんなエドナの言葉に、ミクリオは、怒りながら言う。

 

「夢とは限らないだろう。」

「けど、現実はこうよ。」

「難しいのはわかってる。でも、現実にそういう時代はあったんだ。」

「遺跡にも天遺見聞録にも証拠が残ってる。」

 

スレイとミクリオは、真剣な眼差しでエドナを見る。

しかし、エドナは相変わらず、

 

「それ、いつの話?」

「大昔の話だね。けど、今もエドナみたいな天族がいる。」

「は?」

「加護も取り戻せるってわかったしね。」

「そう。加護復活は共存への第一歩だと思うんだ。だから、よろしく頼むよ。エドナも。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言う。

 

「まったく勝手ね。だから人間は……」

 

エドナは傘を回しながら、背を向ける。

その背に、ミクリオが自慢げに言う。

 

「慣れた方がいいよ。」

「勝手なヤツが多いわ。」

 

エドナは、ミクリオに振り返って怒った。

 

 

さらに、歩き込む。

スレイは歩きながら考え込んだ。

 

「何だろう、「なりかけの憑魔≪ひょうま≫」みたいな……」

「ああ、私も感じ取れる。これまで戦った憑魔≪ひょうま≫よりは力はまだ小さいようだが、確かにいるな。スレイ。これは街の入り口で見た、「憑魔≪ひょうま≫ハウンドドッグ」と同じものではないだろうか?スレイとライラ様の炎なら浄化できるはずだし、念のため、今のうちから手を打っておかないか?もしかしたら、マーリンドに広がる疫病を少しは抑えられるかも。」

 

と、歩いて行くと一人の女性を見た。

多くの本を持った女性に、スレイは話し掛ける。

 

「運ぶの手伝おうか?」

「い、いいえ。いいのよ。」

 

スレイはその本の表紙を見て、

 

「『モンマス文化史』に『ジェフリー文書』!」

 

嬉しそうに言った。

女性はスレイの視線を外し、

 

「戦災で貴重な書物が散逸しないよう別の場所に隠しているのよ。」

「そういうことなら、尚更オレも――」

「本当にいいの!秘密の場所なのよ。」

 

しかし女性はかたくなに拒否した。

そして辺りを見渡した後、スレイに小声で言う。

 

「このことは言わないでね。本を守るためだから。」

 

そう言って離れて行った。

そしてミクリオはその後姿を見ながら、

 

「怪しすぎ。」

「そうかな……?」

 

そんなスレイの言葉に、エドナも言う。

 

「でしょう?聞いてもないのに言い訳をペラペラ。」

 

アリーシャも思い出しながら、

 

「秘密の書庫なんて聞いたこともないが。」

「さっきの本のおばさん、アリーシャはどう思う?」

「私も、あの女性が気になる。スレイ、もう少し彼女を調べてみないか?」

 

そう言って、女性の事も追うことにした。

無論、レイも探しながら。

 

――とある家にて一人の老人が横になっていた。

老人は窓を眺めながら外を見ていた。

すると、風が吹いた。

目を瞑り開くと、そこには黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が立っていた。

 

「お前さんは?」

「……願いを叶えに来た。お前の本当の願いを。」

「…ふぉほふぉほ。これは優しいお嬢さんだ。この老いぼれの願いを聞いてくれるのかい?じゃあ、話し相手になってはくれんかのぉ。」

「違う。お前の本当の願いだ。」

「……ワシの願い……それは無理じゃよ。」

「なぜだ。」

「それは……そう、ワシは死ぬ前にもう一度、綺麗なこの街を見たかった。しかし、それはもはや叶わぬ。」

「……その願いは叶う。私の役目だ。」

 

そう言って、再び風が吹いた。

老人は夢でも見ていたかのように、そこには誰もいなかった。

 

しばらくすると、どこからか歌声が響いてきた。

とても清らかな歌声だった。

体を起こし、歌声のする方を見る。

すると、先程とは違う服の色をした小さな少女が老人の窓の前下で歌っていた。

近くには街を歩いていた人々が、その小さな少女の歌を聞いていた。

老人は再び横になり、目を瞑る。

すると、懐かしい街の風景が見えた。

病が流行してしまう前の、賑やかでおっとりとした街の風景。

それは老人だけではなかったようだ。

その小さな少女の歌声を聴いた人々は、気持ちよさそうにしていた。

しばらくして老人は久々に、心地の良い眠りについた。

 

レイは歌を終え、老人の居た窓を見る。

その瞳は赤く光っていた。

しばらくして、レイはその場を離れた。

 

スレイ達は聞き覚えのある歌声を聴いた。

その場に向かって急ぐと、人々が嬉しそうに話していた。

 

「さっきの小さい子の歌、とても良かったわ。」

「ホントに。今日はとてもいい気持だ。」

 

そう話している人々。

窓際に居た老人に、スレイが話し掛ける。

 

「あの、その子供って、白い服に長い紫色の髪をした子供ですか?」

「そうじゃよ。」

「今どこに行ったかわかりますか?妹なんですけど、はぐれちゃって。」

「そうなのか。確か、聖堂の方に行ったぞ。そうそう、あの子にお礼を言っておいておくれ。ワシの願った通りだった、と。おかげで死ぬ前に、あの光景を再び見ることができた、と。」

「……わかった。ありがとう。」

 

そう言って、スレイ達はその場を後にする。

老人の言葉を聞いたエドナはライラと共に後ろに居た。

そして傘を回しながら、怒っていた。

 

「エドナさん、どうしました?」

「ムカつくのよ。あの女の変わらなさに。」

「……あの方は昔からああですよ。」

「だからよ。あの人間がおそらく願ったのは昔のこの街の風景。もし、あの人間がこの街を元に戻すことを願っていれば、あの女はいとも簡単に元に戻す。ボウヤたちがどれだけ頑張ろうと。」

「エドナさん……」

 

エドナは傘についていた人形を力強く握る。

そんなエドナを、ライラは悲しそうにみる。

 

「お兄ちゃん時もそうだった。私がお兄ちゃんを戻してほしいと願った…なのに、「それは本当の願いではない。」の一言。本当にムカつく。」

 

握っていた人形をさらに強く握った。

そこに、スレイ達がやって来た。

 

「どうかしたのか?」

「何でもないわ。それより、聖堂へ行くんでしょ。さっさと行くわよ、ミボ。」

「その呼び方はやめろ!」

 

と、傘を回しながら、エドナは歩いて行った。

それを、怒りながら、追うミクリオ。

 

「さ、私たちも行きましょう。」

 

と、ライラ達も聖堂に向かって歩き出した。

 

聖堂に戻ると、苦しんでいた人々が安心したかのように眠っていた。

アリーシャが騎士兵に話し掛けた。

 

「これは一体……」

「アリーシャ様。いえ、実はあそこで苦しんでいた子供に、変わった子供が話し込んでいまして。そしたら、その変わった子供が歌を歌い出しましてね。それがまたとてもいい歌で……」

 

騎士兵は思い出したかのように、嬉しそうに言う。

 

「それは白い服に長い紫色の髪をした子供か?」

「はい、そうです。」

「その子供はどこに行ったか分かるか?」

「それが、外に出て行ってしまって。何でも探しものがあるとか、なんとか……」

「……そうか。わかった、礼を言う。」

 

そう言って、アリーシャは騎士兵と別れた。

スレイに、

 

「もうここにはいないようだ。何でも探しものがある、とか。」

「もしかしてレイも、オレたちを探しているのか?」

「かもしれないね。早く見付けだそう。」

「ああ!」

 

スレイ達は再び、聖堂を後にする。

 

――小さな少女は墓の前に居た。

そこに本を抱えた女性がやって来た。

小さな少女は、女性に振り返る。

 

「「……それはお前にとって、喜びを得るものだったか。今ならまだ戻れるぞ。お前の娘はそれを望んでいない。お前の娘の願いは、お前に笑顔を取り戻すこと。本当は気付いているんだろう。」

 

小さな少女は、赤く光る瞳で女性を見据えた。

そして、女性の横を歩き去って行った。

 

スレイ達は聖堂をでると、見覚えのある女性を見付けた。

それは、聖堂横の墓場にあの本の女性が居た。

女性は墓の前で悲しそうに立っている。

女性はこちらに気が付き、

 

「この墓地には娘が眠っているの。あの子も本が好きだった……。」

 

と、呟いた。

スレイ達はその場を離れるが、

 

「……」

「疑いたくないのはわかるけど、怪しいだろ?」

 

考え込むスレイに、ミクリオが言う。

スレイは俯きながら、

 

「本を墓地に埋めるわけないもんな……」

「私も気になる。隠れて様子を見てみよう。」

「……わかった。」

 

アリーシャの提案を受けることにする。

 

陰に隠れて様子を見ていると、一人の男性が女性に近付く。

そして女性は男性の前に本を出した。

そして男性は、

 

「……調子にのるんじゃねぇぞ、アガサ。いいとこ1000だ。」

 

物音に気が付いた男性が、

 

「アガサっ!」

 

それはスレイ達だった。

そして女性は、スレイを見て、驚きの声を上げる。

 

「あなたは!」

「本を守るって嘘だったんだ。」

「……ずっと母一人娘一人で苦労してきたのよ。苦しい暮らし、救われない死――嫌ってほど苦しんだのよ⁉少しだけいい目を見たっていいでしょっ!あの子供といい……どうして私の邪魔をするのよ⁉」

 

女性はスレイを見て、叫んだ。

その女性の周りには穢れが生まれる。

 

「穢れが……!」

 

アリーシャは女性に近付き、本を女性から奪う。

 

「これは返してもらうぞ。」

 

そして、アリーシャは男の方を睨む。

男はその場を去る。

そしてもう一度、女性を見て、

 

「警備隊に引き渡す。横領と窃盗の罪だ。」

「ふふ……わかってたのよ。いつかはこうなるって。」

 

女性は悲しそうに言う。

すると、次第に穢れが収まっていく。

 

「穢れが収まっていく⁉」

 

ミクリオはそれに驚いていた。

そして女性はスレイに近付き、

 

「私には、もう必要ないわ。ネイフト代表に返してもらえるかしら?」

「……」

 

と、スレイに手渡した。

その後、女性が居なくなった後、

 

「捕まって穢れがはれるなんて。」

「きっと心の底では望んでいたんですわ。罰せられることを。」

 

スレイはライラの言葉に頷き、

 

「あの人、やっぱり本が大好きだったんだな。」

「めんどうね、人間って。」

「これで良かったかな?アガサさんにとって……」

「……穢れがどう生まれるのか、今回のことで私は一つ学べたと思う。難しいかもしれないけど、彼女にとっても今回のことが救いとなるように祈るしかない……」

 

そう言って、墓地を後にした。

広場の奥に足を運ぶ。

 

「目につくハウンドドッグは倒せたようだな。」

「疫病も少しは落ち着くだろ。」

「一時しのぎかもだけど。」

「無駄ではありませんわ。穢れもある程度祓えましたし。」

 

と、各々言う。

そしてスレイは古びた洋館のような美術館前へと来る。

 

「……本当に行くのか?」

「ミクリオ様は幽霊も苦手なのですか?」

「手、お繋ぎしましょうか?いないレイさんの代わりに。」

 

と、疑問をぶつけるミクリオに、アリーシャとライラは言う。

ミクリオは少し怒りながら、

 

「じゃなくて。わかってるだろう、スレイ?」

「かなりの領域を感じる。強い憑魔≪ひょうま≫がいるな。」

 

スレイ達はその館を見上げて言いう。

と、ライラは真剣な顔で、

 

「きっと『アート』驚くような奴ですわね。」

 

ライラは手を合わせて、笑顔で言う。

 

「美術館だけに。」

 

その言葉に、隣にいたエドナはライラを半眼で見る。

傘で肩をトントンする。

スレイは苦笑いで、ミクリオは呆れたように、ライラに背を向ける。

 

「今のは『アート』と『美術』をかけた場を和ますための洒落で――」

「説明いらない。」

 

と、説明を始めたが、エドナの一言が飛ぶ。

それを聞いていたアリーシャが、

 

「あ!今気付きました!」

「要りましたわね、説明。」

 

と、後ろで会話していた。

スレイとミクリオは扉が開いているのに気が付いた。

それを見て、

 

「さっさと来いってさ。」

 

スレイは後ろの三人に言う。

それに応じるかのように、また扉が開く。

 

「行くしかないか。」

「そうよ、ミボ。それに、あのおチビちゃんもこの中に居るかもよ。」

「は⁉」

「だって、あそこに子供の足跡があるもの。」

 

と、エドナは傘でそこを指す。

ミクリオはそこを見て、

 

「本当だ。子供の足跡……」

「さ、覚悟は決まったわね。行くわよ、ミボ。」

 

と、美術館に向かて歩き出した。

 

中に入り、奥に進むにつれて、中は凄く荒れていた。

ミクリオが悲しそうに、

 

「貴重な文化が……」

「ひどい……許せないな。ここって貴重な場所じゃないの?」

 

スレイはアリーシャに聞く。

アリーシャは申し訳なさそうな顔で、

 

「もちろんダムノニア美術館はハイランドの文化財を多数所蔵する重要な場所だった。それがこんなに荒れ果ててしまっているなんて……」

「……とりあえずはレイさんを探しましょう。」

「そうですね、ライラ様。」

「しかし、レイはここに何の用があるんだ?レイも憑魔≪ひょうま≫の存在には気付いているはずだ。」

「だよなあ……」

「むしろ、それが原因なんじゃない。」

 

エドナは疑問がる二人に言う。

ミクリオは、エドナを見て、

 

「どういう意味だ?」

「あのおチビちゃんは、スレイと違って穢れを感じやすいのよ。だから意思とは関係なく、人や天族、憑魔≪ひょうま≫や穢れ、心に引き寄せられやすいのよ。」

「エドナさんの言う通りですね。逆に言えば、感じやすいが故に憑魔≪ひょうま≫に狙われやすいとも言えます。スレイさん、思い出してみてください。」

「確かに……レイは憑魔≪ひょうま≫によく狙われていた。」

「つまりおチビちゃんはうってつけのご馳走みたいなものなのよ。」

「なら、早く見付けださないとな。行くぞ、スレイ!」

「ああ!」

 

二人の歩みは速くなった。

が、壁に掛けてあった絵が音を立てて落ちた。

スレイがその絵の前に進み、壁に書いてある文字を読んだ。

 

「えっと、『麦は踏むほど強くなる。やつらを踏んだらどうなるか?ドスンとお腹を潰したら口から内臓飛び出した!』……」

 

そして、それを読み終わると扉が開いた。

 

「ね、アリーシャ。あの絵の裏の文字って――」

「あ、ああ。なんなんだろうな。悪趣味にもほどがある……本当に気味の悪い落書きだ。血で書いたみたいな……」

 

アリーシャは若干震えながら言った。

そう言っていると、辺りから子供の笑い声が響いた。

それはレイの声ではなく、複数の子供の声だった。

全員が無言になり、ひたすら先を進む。

 

二階に上がり、すぐ近くの石造に目を向ける。

そこには同じように文字が書かれていた。

スレイはその文字を読み上げる。

 

「うーんと、『剣を一振り右手が落ちた。剣を二振り左手が落ちる。悪い盗人泣き叫ぶ。痛い痛いと泣き叫ぶ。剣を三振り首が落ちた。盗人はもううるさくない。』。」

「これって導師の像?……センスのないイタズラね。」

 

エドナが像を見て言う。

すると、辺りから子供のブーイングが聞こえる。

 

「レイはこんな所を一人で進んだのか⁉」

「なんというか……その、勇気がありますね。」

「わ、私には無理です……」

「そ、そうだな。」

 

と、各自びくびくしているが、

 

「そもそも、あのおチビちゃんにそう言った恐怖と言う感情があるのかしら?」

「あ、あるだろう!それぐらい!」

 

と、ミクリオが言ったら、物音が割れる音がする。

一行はさらに奥に進む。

 

彼らはさらに奥に進むと、子供の笑い声が響く。

最奥の部屋に着いた。

すると、部屋の奥に壁に掛けられた絵があった。

スレイ達はその絵を見る。

それは子供の絵がだった。

そして、部屋に笑い声が響き渡る。

 

「アハハハハハハッ‼」

 

そしてスレイ達の後ろに、黄金の鎧騎士が槍を片手に現れる。

スレイ達は戦闘態勢に入る。

 

「この憑魔≪ひょうま≫が全ての元凶のようだな!」

「よかったわねミクリオ、オバケじゃなくて。」

「だ~か~らぁ~」

「じゃれあいは後!」

 

スレイが注意を促す。

戦いは大変だった。

そして、何とか敵を打倒す。

と、黄金の鎧騎士の中から、小さな生き物が出てきた。

そして、スレイに近付いてくる。

 

「あかん~!あかんてえ~!」

 

その小さな生き物は鎧の兜を被ったまま、スレイを見上げる。

 

「もお~、あかんゆうてるやんか~!も、このいけずう~!」

 

その生き物は腰を振りながら言う。

その呆気なさから、スレイは戸惑いながら謝る。

 

「え……えっと……ごめん。」

 

そしてライラは、その生き物を見て、悲しそうに俯いた。

 

「私、バカでしたわ。アタックさんがいると思わなかったなんて。」

 

そして、その生き物は嬉しそうにライラの方を見る。

 

「あ~!ライラはんやんか~!久しぶりやな~♥」

 

そして、ライラにテトテト駆けて行ったが、ライラはそれを避けた。

その生き物は滑り込んだ。

そして顔を上げ、

 

「ぐぬぬ……相変わらずの鉄壁やな~……」

「お知り合い……ですか?」

 

アリーシャは戸惑いながらも聞く。

 

「ええ。昔、ちょっと。」

 

そして今度はテトテト歩きながら、アリーシャに言う。

 

「ウチはアタックゆうねん~。よろしゅうな~♪」

 

それを聞いたミクリオはその生き物を見ながら、

 

「変な名前だな。」

 

すると、その生き物はミクリオに怒った。

 

「失礼やな~!『アタック』は〝ノルミン天族″に伝わる由緒のある名前やねんで~?はんなりしてるやろ~?」

「エドナ様の傘についているのと似てます……よね?」

 

と、アリーシャはエドナの傘を見る。

するとライラが、

 

「あ!エドナさんの、それに触れちゃうとすっごく長くなるので、後ほどに……」

 

と、苦笑いで言う。

 

「そうなん?」「そう……なんですか?」

 

エドナはそっぽを向く。

 

「ライラ、ノルミン天族って?」

「ちょっと変わった天族ですの。地の主になるほどの力はありませんが、他の天族のお手伝いができるんです。」

 

と、ノルミン天族アタックは、ライラの説明に決めポーズを取る。

 

「お手伝い?」

 

このことにはミクリオも知らないのだろう、ライラに聞く。

 

「天族の力をイイ感じに強めてくれるメイドさんみたいなもの……といえばいいでしょうか。」

「さすががライラはんやね~!ウチのことを、よおわかってはるわ~。」

 

と、またライラに向かってトテトテ駆けて行った。

が、ライラはまたしても、避けた。

逆にスレイとミクリオは、ライラの説明に悩んでいた。

 

「メイドさん……?わかったような、わからないような?」

「ライラの説明って、時々適当だよね。」

 

しかし、ノルミン天族アタックは嬉しそうに言う。

 

「むふふ~、ヤボテンさんにはわからへんよ~♪ウチとライラはんの関係はな~。」

 

と、ふんぞり返る。

それを見たミクリオは呆れながら、

 

「余裕で想像つくけど。」

「まあ、ライラはんのお連れさんやしぃ~。ぶぶ漬けでもごちそうするわ~。」

「あ!それより、子供見なかった⁉白い服に長い紫色の髪をした。」

「……う~ん、それは裁……」

「あー!あー!」

 

ノルミン天族アタックの声をライラが遮った。

 

「子供よ、とても小さいね。」

 

エドナが、ノルミン天族アタックを見下ろして言う。

ノルミン天族アタックは、ポンッと手を叩き、

 

「それやったらあの子やねえ~。確かあっちで寝てるでぇ~。」

 

と、テトテト駆けて行った。

スレイ達はその後ろを付いて行く。

 

「随分変わった天族だなぁ~」

 

しかしスレイの一言にもアリーシャは反応せず、

 

「ノルミン天族とエドナ様のご関係とは一体……?妙に気になる……」

 

と、一人呟いていた。

 

案内された所に行くと、確かにレイは居た。

近くには絵や小物が落ちていた。

その間に挟まるかのように、レイは寝ていた。

否、気絶していた。

 

「「レイ‼」」

 

スレイとミクリオは急いで駆け寄る。

幸いレイは大した怪我はしていなかった。

と、レイの横近くにあった絵が落ちているのを見て、ノルミン天族アタックは、

 

「二コラの『日だまりの少女』が……ジャンリュックの『佇む人』も……ひどすぎるわ!誰がこんなことをしたんやな~⁉」

 

と、ジタバタする。

 

「それは……」

 

スレイはレイを抱えながら、言葉に詰まる。

 

「あなたよ。憑魔≪ひょうま≫化した。」

 

それをエドナの言葉にした。

ノルミン天族アタックは肩を落とした。

 

「思い出した……ウチや……。ウチがムチャクチャにしたんやな……大事な大事な宝もんを――」

 

と、周りを見渡す。

 

「うう……うわああ〰ん‼」

 

と、泣きながら走って行った。

 

ノルミン天族アタックは部屋を出てすぐの渡り廊下で泣いていた。

 

「ぐす……ひっく……」

 

それを悲しそうに、スレイ達は見た。

そしてライラが優しく聞く。

 

「アタックさん。あなたが憑魔≪ひょうま≫になるなんて、なにがあったんですの?」

「辛いかもしれないけど、教えてくれないか?」

 

ノルミン天族アタックは頷き、

 

「あんな~……ウチ、芸術が大好きでな~。ずうっと前に、ここに棲みついてん~。大勢さんと美術品を見てるだけでほっこりしてな~。祀られへんでも寂しなかったんや~……」

「いいな。そんな生活。」

 

スレイはノルミン天族アタックを見下ろして言う。

ノルミン天族アタックは立ち上がり、

 

「幸せやったん……ほんまに……」

 

そう言って、また歩き出した。

スレイはその後姿を見て、

 

「アタックのこと、ほっとけないよな?」

「ああ。アタック様のお話を最後まで聞こう。」

 

アリーシャは同意する。

 

ノルミン天族アタックを見付け、続きを聞く。

 

「けどな……国の争いが始まって、人間は変わってしもたんや……敵の国の人がつくった作品やからって、けなしたり、燃やしたりし始めてん……」

 

その言葉を聞き、ミクリオは少し怒りながら、

 

「芸術を利用したんだな。戦意高揚に。」

「その通りです。」

 

アリーシャは俯きながら言う。

 

「それだけやない……そのうちに美術品の横流しが始まってな……」

「それでこんなに……」

 

スレイは辺りを見渡す。

 

「そいつらは金を手にして笑たんや……『すっきりしたな。戦争様々だ』ゆうて……。」

 

そして、ノルミン天族アタックは彼らに背を向ける。

 

「悲しかってん……悔しかってん……許せへんかってん……!せやしっ!ウチは憑魔≪ひょうま≫になってしもたんや……。」

 

スレイはレイをミクリオに渡し、ノルミン天族アタックの背中の前に、膝をつく。

 

「アタックが悪いんじゃないよ。」

「おおきに。せやけど……ちょっぴりひとりにさして欲しいねん……。」

 

ライラが近付こうとして、スレイが止める。

ノルミン天族アタックから少し離れ、

 

「美術館の真実、か。」

「アタック様に非はない……。すべては人……そして国が……。」

 

そう言って、その場を離れた。

 

「……。」

 

スレイは悲しそうに空を見上げる。

そのスレイに、

 

「まさか芸術への想いから、穢れが生まれるなんてね。」

「うん。驚いた。」

「アタック様を追いつめたのはハイランドだ。私がもっとしっかりしていれば……。」

 

ライラはスレイ達を見て、

 

「穢れは、どんな心からも生まれますわ。」

 

そして、ライラの後ろで傘を地面に突いていたエドナが、

 

「特に危ないのは他人への憎悪。」

「はい。そして私たち天族は、器からの影響を特に強く受けます。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「オレが、穢れを生みだしたら、みんなもヤバいってこと?」

 

ライラは頷く。

 

「全員が憑魔≪ひょうま≫になる恐れがあります。」

「……。」

 

スレイは俯いた。

そしてライラは、スレイとアリーシャの前に出ると、

 

「スレイさん、アリーシャさん。人は、お二人が考えている以上に力をもつ者に依存し、絶望します。自身の理想、そして自分にできることを見誤らないでください。救うべき人間への想いは、導師の大敵でもあるのですわ。」

 

二人は頷き、

 

「うん。わかった。」

 

スレイは言うが、後ろでミクリオが、

 

「だから、その堅苦しさが危ないんだって。」

「あ。そうだね。」

 

と、スレイは苦笑いする。

その横で、アリーシャも手を当てて笑う。

ライラも笑いながら、

 

「ふふ、余計な心配ですわね。スレイさんには。」

「心配する前にやろう。」

「私たちにできることを、だな。」

 

エドナは空を見上げる。

そこには憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーが飛んでいた。

 

しばらくして、レイが目を覚ます。

 

「……ん……」

 

レイは目を擦りながら、スレイから降りる。

 

「レイ、大丈夫か?」

「どこか痛いところはない?」

 

心配するスレイとミクリオの姿に、

 

「過保護ブラザーズね。心配し過ぎじゃない?」

 

と、エドナが言う。

ミクリオがエドナを見て、

 

「当たり前だ!レイは子供で、僕たちの妹だからな!」

「……そんな偉そうに。ミボのクセに。」

「ちょ、やめ、やめろ!」

 

と、エドナは傘でミクリオを突く。

ミクリオが怒っていたのだが、

 

「それで、おチビちゃん。何でこの美術館に来たの?」

「そうだよ!レイ、急にいなくなってあっちこっち探したんだぞ!」

「……ごめん…なさい……。」

「あ、いや、こっちこそゴメンな。居なくなったの気付けなくて。」

 

と、スレイは頭を撫でる。

そしてレイは無表情で、後ろの美術館の窓を指差し、

 

「呼ばれ…た…の…。あそ…こ…の子…供たち…に。」

 

と、頭を撫でていたスレイの手が止まる。

 

「「「「「え?」」」」」

 

五人は声を揃えて言った。

そしてレイが指さす窓を見るが誰もいない。

 

「えっと……レイ、じょ、冗談はよしてくれ。」

 

アリーシャが若干ビビりながら言った。

レイは首を横にし、

 

「……呼ば…れたの…は事…実。…彼らに…友…達を…助け…て欲…しい…自分…たち…を探…し…出して…欲し…かっ…た…って。後…ここ…に誰か…が来て…欲しかっ…たっ…て…」

 

スレイ達は互いに見合っていた。

レイは窓を見つめ、

 

「……お兄…ちゃんたち…に感…謝して…る。久々…に誰…かと…遊べ…たって。…友達…を助け…てく…れたって…」

「そ、そうか…それは良かった。」

「スレイ、顔引きつってるわよ。」

 

エドナは傘を広げ、傘をクルクルしながら言った。

スレイは背筋を伸ばし、

 

「と、とりあえずレイも戻って来たし、次行こう!」

 

と、歩き出した。

しばらく歩き、スレイは手を繋いでいたレイを見下ろし、

 

「そうそう、レイ。おじいさんが喜んでたよ。願いが叶ったとかなんとか…。」

「それに、レイの歌声を聴いた人々が君に感謝していたよ。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言うが、当の本人は無表情で、

 

「……何…のこ…と?」

「へ?」

「レイが僕たちから離れていた間の話だけど?」

「…知ら…ない…」

 

と、スレイ達から視線を外す。

 

「えっと…?」

 

エドナが傘を回しながら、

 

「それより、パピーをどうしにかするんでしょ。」

「あ、う、うん。ライラ。穢れ、結構祓えたかな?」

「ええ、かなり。でもパピーを下に降ろす方法を見つけないと。」

 

と、エドナが珍しく真剣に言う。

 

「スレイ、大樹の元へ行ってくれない?」

「え?うん、わかった。エドナ、どうするつもりなんだろ?」

「エドナ様に何かお考えがあるのだろう。大樹の根元に行ってみよう。」

 

大樹の元にくると、エドナは皆の前に立つ。

 

「どうするんです、エドナさん。」

「ここで待って。」

「どなたをです?」

 

エドナは背を向け、

 

「ワタシをよ。決まってるでしょ。」

 

そして歩いて行った。

スレイとミクリオは互いに見合って、沈黙した。

しばらく大樹の下で待っていた。

スレイは座り、レイはその膝で寝ていた。

その横にミクリオが立ち、その傍にアリーシャとライラが立っていた。

辺りは風が吹き、木々を鳴らす。

 

「どこ行ちゃったのかな、エドナ?」

「まったく勝手なやつだよ。」

 

と、ミクリオの後ろに人影がうつる。

そして、後頭部に打撃が入る。

 

「痛っ!」

「お待たせ。」

 

ミクリオが後ろを見ると、エドナが立っていた。

それで、自分が彼女の傘で叩かれたのがわかる。

 

「なにするんだ!」

 

ミクリオはエドナに怒る。

そしてミクリオの声に、レイも起きる。

 

「……?」

 

が、ミクリオはエドナの傍にいるものに気付く。

 

「……あれ?」

 

そしてライラもそのものを見て、手を合わせて喜んでいた。

そのものとは、兜を被った小さな生き物。

アリーシャは驚きながら、

 

「アタック様?」

 

ノルミン天族アタックは嬉しそうに、

 

「手伝いにきたで~!ウチの力がお役に立つらしいやんか~?」

 

それにスレイが立ち上がり、

 

「そうか!」

「アタックの力を僕の矢にあわせればー」

「パピーを撃ち落とせる!」

「エドナはんが、みんな頑張ってるって教えてくれはったんや~。」

 

その一言に、エドナはノルミン天族アタックを睨みながら、地面を叩いた。

そして傘を開き、顔を隠す。

 

「街が元気になればな~、芸術を愛する心を戻るはずやってゆうてな~。」

「ありがとう、エドナ。」

「いい案思いついただけよ。」

 

スレイは頷く。

レイは空を見上げる。

すると、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーの唸り声が聞こえる。

スレイ達も空を見上げる。

 

「いらしゃいましたわね。」

「まずい、この暗さじゃ奴の姿が。」

 

アリーシャが空を睨みながら言うが、

 

「だからいいのよ。大暴れしても人間には見えないもの。」

 

と、エドナが言う。

それにミクリオは関心していた。

 

「そこまで考えて……じゃあ、どうやってあいつを捉えるかも――」

「それは知らない。」

 

エドナは傘を閉じながら言った。

と、ミクリオの横のスレイは、

 

「今夜は満月のはずだ。月明かりさえあれば。」

 

ミクリオは空を見上げ、

 

「雲は流れているな。」

「月が…あれ…ばいい…の?」

「ああ。そうすれば、撃ち落とせる!」

「……そう……」

 

レイが呟いた後、風がさらに吹き荒れる。

月を隠していた雲がサッと流れて行く。

 

「探しましょう。月明かりを利用できる射撃位置を。」

 

スレイ達は頷く。

 

「ウチも、何でも手伝うで!憑魔≪ひょうま≫になってしもた罪を償いたいんや。」

 

そう言っているうちに、空を見ていたレイが、スレイを引っ張って歩き出した。

 

「ここ…がい…い。」

 

レイが言ったその先には家があった。

それを見たスレイは、

 

「確かに、ここだな。」

 

スレイ、ミクリオ、ノルミン天族アタックは、屋根に上がる。

そして、スレイとミクリオは手をタッチしてから、神依≪カムイ≫化をする。

そして矢をつがえて、構える。

 

「アタックさん!」

 

ライラが合図を送る。

 

「はいな~!パワー・ガ・ノルミン!」

 

ノルミン天族アタックが光り出し、光をスレイに送る。

すると、スレイの構える弓が大きくなり、力を増す。

 

「ぐぬぬ……すごい力やあ~……!一発しかお助けできひんわ~……!」

 

そのスレイをライラとアリーシャが見守る。

スレイの目には大きな月が輝いている。

 

「……」

 

スレイは標的を探す。

 

「一発で十分だ。スレイ、狙いは僕が。」

「……ああ。タイミングはまかせろ。」

 

そこに歌声が響く。

それに引き寄せられるかのように、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーが姿を現す。

そしてそれが月と被る。

 

「「今だ!」」

 

スレイは矢を放つ。

それは勢いよく飛んでいき、憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーに命中する。

そして落ちてくる。

ノルミン天族アタックは嬉しそうに、ポーズを決める。

 

「さすが!」

 

スレイも嬉しそうに言う。

そして「ドスン」と、落ちた。

スレイ達は屋根から飛び降り、ライラとアリーシャも武器を手に走り出す。

 

「まだ!ここからが本番だ!」

 

彼らは武器を構え、戦闘に入る。

 

「この大きさと迫力でドラゴンパピー……冗談だろ?」

 

ミクリオは驚きを隠せない。

そんなミクリオにエドナは、

 

「実際のドラゴンとの格の差は、もう見ている筈よ。」

「俺たちはやるべきことをよってここにいる!」

「そうです!今のスレイさん達なら!」

 

盛り上がる者達とは違い、

 

「……ま、いいわ。死なない程度に頑張って。」

 

苦戦しながらも、神依≪カムイ≫を駆使する。

そしてなんとか憑魔≪ひょうま≫ドラゴンパピーを倒した。

 

「やったあ!ドラゴンを!」

「パピーだけど。」

 

エドナは傘を開いてスレイに言う。

 

「確かに……本当のドラゴンには程遠いかもしれないけど――」

「ああ、たどり着けないわけじゃない!」

 

その一言に、ミクリオとスレイは力強く言った。

その姿に、エドナは彼らから視線を外し、嬉しそうに小さく微笑んだ。

 

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は、彼らの戦いとその後の姿を木の陰から見ていた。

 

「……どこまでもつかな。お前達の絆も、想いも……そして、家族も……」

 

小さな少女は、風と共に消えた。

 

 

「……お兄ちゃん……」

 

戦い終わったところを見たレイはスレイ達に近付いた。

そしてスレイ達と話していた。

ミクリオは後ろで悩んでいたノルミン天族アタックに声を掛けた。

 

「どうしたんだ?」

「う~ん。いやな~あの子供はん、裁判者かと思ったんやけど~違ったみたいや~。よかったわ~。それに~ウチ、憑魔≪ひょうま≫化してた時にな~、あの子供はんを思いっきり傷つけてもうたん。人間じゃなくても、死んどうるくらいの~。でもどうやらウチの勘違いやったみたいや~。ホント、よかったわ~。」

 

ミクリオは考え込んだ。

そして思い出すのはレイフォルクの時、憑魔≪ひょうま≫によって岩に叩き付けられたレイの姿。

普通の人間なら、骨が折れていてもおかしくない衝撃だった。

しかし、幸いレイは大した怪我はなかった。

 

「……アタック。君の言うその裁判者って何だ?」

「なんや、お前はん知らんのか?人間ならともかく、天族は知ってるでぇ~。」

 

と、ドヤ顔っぽい感じで言う。

ミクリオは怒りを抑え、

 

「悪かったな。で、裁判者って?」

「裁判者ゆうのは~その名の通り、この世界全てを審判してる者やで~。本当に願う、ただ一つの願い事を叶えてくれる者やでぇ~。しかしなぁ~、あの女子はんは何にも興味をしめはへん人でなぁ~。いっつも、無表情で世界を見るんよ~。でも、対となる審判者の男子はんは、逆にぃ~とっても感情豊かなんよぉ~。でも、強い言葉をすぐ叶えてしまう怖い人なんやわ~。」

「……」

 

ミクリオは言葉を失った。

レイを探している時、老人は願いが叶ったと言っていたのを思い出す。

それに、ライラやエドナ、レディレイクに居る天族ウーノも、レイを見た時、感じた時の反応を考える。

それを思い出すと、その裁判者とレイの関係を無下にできない何かがある。

それだけではない。

レイの事をノルミン天族アタックに聞いた時、真っ先に出た言葉はレイではなく、おそらくはその裁判者。

そして、ライラはノルミン天族アタックの言葉を途中で止め、エドナが改めて聞いていた。

それらの事も考え、ミクリオは改めてレイを見る。

レイは、スレイとアリーシャ、ライラと話していた。

と言うより、スレイと会話していた。

 

「何してんの、ミボ。」

「あ!エドナはん~。いやなぁ~、裁判者と審判者について教えて欲しいゆうてな~教えてあげてたんよ!」

 

と、決めポーズを取った。

エドナは傘をさしたまま、決めポーズを取っているノルミン天族アタックを睨んだ。

 

「アンタ、ホント余計な事しか言わないわね。」

 

そして、ミクリオを見上げ、

 

「で、アンタはそれを聞いてあのおチビちゃんをどう思うわけ?」

「……多分、僕が思うにレイと君たちの言うその二人と深く関わりがあると思う。」

「それで?スレイにも言うの?」

「いや、今は言わない。それに例え、レイが何者であろうと、僕もスレイもレイに対する態度を変えるつもりはない。」

 

ミクリオは一度首を振った後、エドナを見て行った。

エドナはそれを見た後、ミクリオに背を向け、

 

「あっそ。」

 

そして歩いて行った。

ミクリオとノルミン天族アタックもそれについて行く。

そしてレイはいつぞやの時のように、憑魔≪ひょうま≫に近付いた。

レイが歌に合わせ、風が吹く。

そして青い炎に包まれ、一人の天族の男性が現れる。

その天族はすぐに目を覚まし、

 

「浄化の炎……あんたは導師か?」

 

スレイは頷く。

そしてレイを見下ろし、

 

「それに君は……」

 

レイはミクリオの後ろに行き、彼の後ろにしがみ付いた。

その姿を見たライラは、

 

「珍しい。スレイさんではなく、ミクリオさんの所に行くなんて!」

「ちょ、それどういう意味⁉」

「アハハ。と、いけない。えっと、あなたはマーリンドの?」

 

天族の男性は頷く。

 

「加護天族のロハンだ。」

 

が、彼は肩を落とし、

 

「だった……というべきか。ドラゴンになりかかっちまった俺には、もうこの街を守る資格はないだろうよ。」

「そんなことは――」

 

スレイが言うよりも早く、アリーシャが天族ロハンの前に片膝をつく。

レイはミクリオの後ろからそれを見ていた。

その瞳は赤く光っていた。

 

「ロハン様。ハイランド王国王女アリーシャ・ディフダと申します。あなたを憑魔≪ひょうま≫にしてしまった責は、人心を荒廃させた私たち、ハイランド王室にあります。ですが、必ず立て直して見せます!罰が必要なら、私が受けます。ですから、どうか今一度だけ加護をお与えください。」

「なんとも一途な姫さんだな。俺が見えるのかい?」

 

天族ロハンはアリーシャを見下ろし、アリーシャも天族ロハンを見上げる。

 

「はい。スレイの従士にしてもらいましたから。」

「従士……」

 

その言葉に、天族ロハンは眉を寄せた。

レイはそれを見逃さなかった。

そしてスレイを見て、

 

「平気なのか?」

「え?」

 

ライラ以外の者の顔には疑問が浮かぶ。

無論、レイには無表情で彼らを見ていた。

 

しかしミクリオは思い当たるのがあるのだろう俯き、考えていた。

それをレイは見上げていた。

そして、スレイを見る。

スレイは笑顔だった。

おそらく本人は知っているからだろう。

そしてその隣に居たライラも悲しそうに、それでいて強い瞳で見ていた。

それを理解し、

 

「……そうか。」

 

そして天族ロハンは空を見上げ、

 

「街の穢れが……ずいぶん減っている。あんたが祓ったんだな。」

 

スレイを見て、言った。

しかしスレイは首を振り、

 

「みんなで、だよ。」

 

天族ロハンは頷き、

 

「……わかった。俺でよければやってみよう。」

 

そしていつの間にか、彼の足元に移動していたノルミン天族アタック。

ノルミン天族アタックは彼の足元から、

 

「ウチも手伝うで~!」

「ありがとう!」「ありがとうございます!」

 

と、スレイと立ち上がったアリーシャが同時に言う。

そしてレイはそっとミクリオの後ろから離れ、すぐ近くの大樹に触れた。

そして近付いて来た天族ロハンとノルミン天族アタックから隠れるように、茂みに隠れる。

天族ロハンは大樹に近付く、その時彼は茂みに小さな少女を見た。

 

「……さすがに穢れていないな。大樹を器にして加護領域を展開するぞ。」

 

と、足元のノルミン天族アタックを見る。

 

「はいな~!パワー・ガ・ノルミン!」

 

手を上げ、領域を展開させた。

そして気付いた。

 

「むっ!これは……⁉」

「どうされたのですか?」

 

二人はスレイ達に振り返る。

 

「近くにな~、まだ強い憑魔がいるみたいなんや~。」

「そいつの領域が邪魔して、ザコ憑魔≪ひょうま≫の侵入を止められねえ。」

「どこにいるんだ?そいつは。」

「……南西だ。遠くない。」

 

アリーシャがスレイを見て、

 

「スレイ、そいつを倒さないと!」

「けど、今オレたちが街を離れるのは……」

 

エドナが呆れたように、

 

「ザコ警備隊は倒れてるし、ザコ憑魔≪ひょうま≫は入ってくるし。」

 

しかし、ライラは大樹の所に咲いていた花を見付けた。

そして嬉しそうに、

 

「スレイさん、見て!」

「大樹が華を!」

 

スレイも嬉しそうに言う。

ミクリオがそれを見ながら、

 

「『聖なる大樹そびえし学都、マーリンド』」

「『その梢に輝くは、学問の実と芸術の華』」

 

と、スレイが嬉しそうに続く。

 

「この華みたいに戻るよな。学問も芸術も。」

「きっとな!」

「大したものね。」

 

エドナがスレイの横で、ボソッと言う。

と、スレイが、

 

「くしゅんっ!あれ……誰か噂した?」

「花粉のせいでしょ。」

 

と、そこでノルミン天族アタックは嬉しそうに言う。

 

「ライラはん、ええ導師はんを見つけはったみたいやな~。よかったわ、ホンマに~。」

「ありがとうございます。」

「昔馴染みなんだよな、二人は。」

 

スレイはライラを見て言う。

ライラは思い出すように言う。

 

「一時期、ノルミン天族のみなさんと旅をしたことがあるんですの。」

「ライラはんは、ウチらの憧れでな~。一族四十九人、まとめて陪神≪ばいしん≫にしてんか~って頼んだこともあってんで~。」

「契約しなかったんだ?」

「え、ええ……」

「『いいお友達でいましょう』ゆわれてな~……」

 

ノルミン天族アタックは悲しそうに言う。

それをエドナは淡々と言った。

 

「罪な女ね。」

 

そしてミクリオも、

 

「いやいや、四十九人は多過ぎだろ。」

「そのショックでな~、みんなセンチメンタルな旅に出てしまってん~……」

 

その言葉に、ライラは驚きを隠せなかった。

 

「ええ~!なんでそうなるんですか⁉」

 

そしてエドナはまたしても、淡々言う。

 

「罪すぎる女ね。」

「そんなこと言われましても……」

 

と、落ち込むライラに、

 

「気にせんでもええわ~。ウチら、基本ポジティブやし~。みんな、思い出を心の小箱にしまって、明るう生きている思うわ~。」

「思い出はどうでもいいけど、ノルどもが役に立つのは事実よ。見つけたら、とっつかまえましょう。」

 

エドナは傘で指さしながら言う。

 

「憑魔≪ひょうま≫になったらかわいそうだしな。」

「また仲間に会えたら嬉しいわ~!お役に立つさかい、よろしゅう~。」

 

そしてスレイはふら付いた。

 

「「スレイ⁉」」

 

ミクリオとアリーシャがスレイを心配する。

レイが茂みから出てきて、スレイの足に抱き付いた。

そよ風がスレイを包む。

そしてスレイは、レイの頭を撫でながら、

 

「ご、ごめん。ちょっと立くらんだ。」

 

と、ミクリオとアリーシャに苦笑いした。

エドナが気をきかせて、

 

「要休息。宿屋へゴー。」

「ですね。休めばいい案がでるかもですし。」

 

と、スレイ達は歩き出した。

そして、天族ロハンはスレイを見て、

 

「ふっ、若い導師が身を削っているんだ。ふてくされてる場合じゃないよな。」

 

その声が聞こえたアリーシャは、

 

「身を削る……?」

 

不安そうに、一瞬天族ロハンを見た。

レイはスレイからそっと離れた。

そしてスレイは、アリーシャの様子に気が付く。

 

「アリーシャ?なんか疲れてるみたいだけど?」

「いや……私は平気だ。君こそ、今夜は大変だったんだ。早く宿で休んでくれ。」

 

と、宿屋に急ぐ。

道中、スレイは思い出したように言う。

 

「ホント、ノルミンの力って面白いな。」

「顔ほどじゃないけど。」

 

エドナは傘で顔を隠しながら、半眼でボソッと言う。

ライラは明るい声で、

 

「ノルミンさんたちのお助け能力は素晴らしいですわ。それぞれ効果も違いますし。」

「顔は完全に同じなのにね。」

 

エドナは傘で顔を隠し、また半眼でボソッと言う。

スレイは興味津々で、

 

「組み合わせ方で効果が変わるんだよな?」

「生意気すぎ。ノルのクセに。」

 

エドナは傘で顔を隠し、またしても、半眼でボソッと言う。

ライラは手を合わせて、スレイの質問に答える。

 

「はい。組み合わせられるノルミンさんの数も増えていくはずですわ。」

「ノル×≪かける≫ノル=≪イコール≫ノル地獄。」

 

エドナは傘で顔を隠し、やっぱり半眼でボソッと言う。

スレイは頬を掻きながら、

 

「ノルミンに厳しいよね、エドナは。」

「別に。ただちょっと因縁があって。問い詰めたいことが77個、苦情が108個、訴えたい案件が32個!あるだけよ。」

 

エドナは真顔で言った。

スレイは苦笑いで、

 

「複雑なんだな……」

 

スレイはそれには深く関わらず、宿屋を急ぐ。

しかし、レイが居ないことにスレイが気付く。

 

「あれ⁉またレイが居ない⁉」

 

探しに行こうとするスレイを、

 

「待て、スレイ。レイは僕が探してくる。だから先に、宿屋に行っていてくれ。」

 

ミクリオがレイを探しに行った。

 

 

天族ロハンの大樹の陰に気配を感じた。

そこに風が吹き、

 

「やはり君だったか……。この器を浄化し、さらにはあの若き導師を助けていたのは……」

 

と、闇夜の中から声がする。

 

「器の浄化は、この大樹自身が望んだことだ。お前と共にもう一度この街の加護を、と。私はその願いを叶えたに過ぎない。それに導師に手を貸したつもりはない。」

「しかし君は、あの導師に随分と興味があるように思えたが?」

「……さぁな。しかし、災禍の顕主に会う前に死なれては意味がない。それでも、死ぬような時があるのなら、それはそれまでの器だったと言うだけだ。導師が死のうが、その後世界が穢れようが、私には関係ない。今宵はお前たち心ある者達の引き起こした災厄だからな。」

 

天族ロハンは腕を組んで、

 

「君は変わらないな……。」

「変化を求める方が無理があるだろうさ。」

「だが君は、現導師に随分と興味があるように思えるが?」

「……あの主神といい、お前達はすぐそれに結びつけるのだな。」

 

天族ロハンは少し笑い、

 

「否定はしないんだな。しかし君なら、監視をする際、彼らから距離を取っていようが取るまいが、気配を悟られずに出来たはずだ。」

「……出来るな。私もこのようにしているのは、理由がある。盟約と託されたもの……だからな。」

 

そう言って、風が吹き、小さな少女の気配は消えていた。

代わりに、別の小さな少女が彼の後ろに現れた。

 

「君は……」

 

白いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女を天族ロハンは見た。

 

「……?」

 

と、ノルミン天族アタックがやって来た。

 

「あれー、子供はんやないか~。子供はん、何であそこに居たん?」

 

レイはしゃがみ、

 

「……あなた…に伝えて…おく。子供…たちが…君とい…た時間…は楽し…かった…君を…あん…なにし…てご…めんな…さい…っだ…って…」

「えっと~、何のことや?」

 

そこにミクリオがやって来たので、レイは彼の手を取り、さっそうとその場を後にした。

 

スレイは宿屋のベランダで、遠い目で空を見上げていた。

 

「…………ま、そのうち慣れるだろ。」

 

と、視線を戻した。

そしてそれを見ていたミクリオに、スレイは気付いた。

 

「なんだ、まだ起きてたのか?」

「……さっきから居たんだが。」

「無言でなんだよー。遠慮するような間でもないだろ。」

「ああ。そんな間じゃないよな?」

 

ミクリオはスレイを見据えて行った。

そしてスレイもそれに気づき、

 

「もちろん。」

「もう寝るよ。」

 

そう言って、部屋の中に入って行った。

スレイはその背中に、

 

「……ごめんな。」

「おやすみ、だろ。」

 

そう言った。

実はそれを隅の方で見ていた黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が居た。

その小さな少女は小さく、

 

「……相変わらずの似た者同士と言う訳か……」

 

そして小さな少女も姿を消した。

 

 

宿屋で休み、朝がやって来た。

スレイとレイは起き、ミクリオと共に外へ出る。

すでにアリーシャが待っていた。

 

「具合はどうだ?」

「平気平気。」

 

心配するアリーシャに、スレイは笑顔で言う。

そしてミクリオが、

 

「昨日のは知恵熱だからね。そうだろ、レイ。」

 

レイはミクリオを見上げた後、頷いた。

反論するかと思ったスレイは、

 

「そうなんだよね~。」

「おい。なんでボケた僕とレイがつっこまなきゃならないんだ?」

 

そして笑うにスレイに、アリーシャも笑った。

 

「ふふ、いつものスレイだな。よかった。」

 

と、そこに荷を運んでいた商人がやって来た。

 

「導師殿!いいところに。」

「エギーユさん。」

 

そして、男性の横に居た赤髪の少女が立ち上がり、

 

「橋の話聞いたよ。すっごいね!」

「あれは……まあ……」

 

スレイは俯きながら答える。

 

「まあ?なんでもいいけど、受け取りサインちょうだい。」

 

と、少女ロゼは書類を前に出す。

 

「え?オレ?」

「追加の薬よ。」

「ネイフトって人から頼まれた分だ。」

「あ……!」

 

スレイは笑顔になる。

 

「不景気な顔すんなって。ね、妹ちゃん。」

 

スレイの近くに来た少女ロゼがスレイ達に言う。

レイは少女を見上げ、視線を外した。

 

「はは、そうだな。」

 

と、スレイは笑いながらサインを書き始めた。

 

「あと、伝言。『マーリンドに向かう傭兵団を見つけ、街の警備を頼んだのですが断られてしまいました。レディレイクに援軍を要求しましたが少し時間がかかりそうです。』だって。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「……傭兵団!その手が!」

 

と、アリーシャを見る。

 

「傭兵に憑魔≪ひょうま≫が倒せるだろうか?」

 

ライラがアリーシャを見て言う。

 

「ハウンドドッグ級は無理でしょうけど、ただの動物憑魔≪ひょうま≫くらいなら。」

「凶暴だけど見えるし。しょせんザコだし。ね、おチビちゃん。」

 

エドナもそれにつけ足す。

エドナに言われたレイは、彼女を見た後頷く。

しかしミクリオが、

 

「けど、警備を断ったって。」

「私が頼んでみます。誠心誠意。」

 

スレイはアリーシャに、

 

「それに傭兵って、お金で雇う兵士だよな?」

「そうだが……人々の為に何とか引き受けて貰わねば……」

「わかった。とにかく会ってみよう。」

 

戸惑う彼女をよそに、スレイはサインした書類を渡し、

 

「伝言、伝えてくれてありがとう。」

 

そして少女は聞く。

 

「ねえ、なんでこんな面倒なことしてんの?」

「なんでって……困っている人をほっとくのイヤだから。」

 

スレイは真顔で言った。

少女ロゼはそれを見て、

 

「……ふーん、わかった。スレイが変な奴だって。」

 

そう言って、歩いて行った。

 

「さて、薬はどこに?」

「聖堂に頼むよ。」

「承知した。」

 

スレイは、商人たちに、

 

「ね、途中で傭兵団見なかった?マーリンドに向かったっていう。」

「『木立の傭兵団』なら一緒だったよ。この街にいるんじゃないか?補給をするって言ってたから。」

 

そう言って、聖堂に向かって行った。

スレイ達も、傭兵団を探しに街を回る。

 

 

そして、聖堂近くにその傭兵団らしき団体を見付けた。

 

「補給急げ!こんな物騒な街に長居は無用だ。」

 

そして、彼らの周りには野犬達が倒れていた。

レイはその野犬達を見た。

そしてそれが何なのかが解る。

そして彼らの周り居た、街の人達は驚いた顔をしていた。

 

「なにがあったの?」

「聖堂を襲おうとした野犬の群れをあいつらが倒したのさ。いやあ、見事な連携だったよ。」

 

そしてライラも、野犬たちを見た。

 

「あの犬、憑魔≪ひょうま≫ですわ。」

 

そしてエドナもそれを見て、

 

「ただのザコじゃないようね。人間にしてはだけど。」

 

スレイとミクリオ、アリーシャは彼らに近付く。

無論、スレイと手を繋いでいたレイも。

そしてスレイは、体格のでかい男性に話し掛ける。

 

「あの。頼みがあるんだけど。」

「あん?俺たちは『木立の傭兵団』だ。ガキの子守は受け付けないぜ。」

 

レイは男性を見上げる。

そしてスレイは相手をしっかり見て、

 

「あなたたちにしかできない仕事だ。」

 

男はスレイ達に近付き、

 

「団長のルーカスだ。仕事ってのは?」

「しばらくの間マーリンドを守って欲しい。」

 

男性ルーカスは腕を組み、

 

「あ~、前にも頼まれたが断った。疫病の街の警護なんておっかなすぎる。」

 

そして、彼の後ろに居た鎧を着た男性が、

 

「団長。こいつ、噂の導師ですぜ。」

「橋の奇跡のか?こんな若造って冗談だろ~!」

 

その言葉に、ミクリオは怒っていた。

が、スレイは続ける。

 

「マーリンドを元に戻す方法を見つけたんだ。それには街を空けなきゃならない。けど、警備隊は疫病でまともに戦えないし。」

「代わりに俺たちが……ってか。俺たちを利用して、美味しいところを独り占めする腹なんじゃ?」

 

その言葉に、アリーシャは首を振り、

 

「そんなことはしない!」

「口で言われてもな。」

「じゃあ、どうすればいい?」

「教えてやるよ、導師様。傭兵ってのは金で動くもんだ。本気ならこれからいう金額をもってきな。話はそれからだ。5000ガルド。どうするよ、導師様?」

 

そしてスレイはすぐにその金額を渡す。

 

「へぇ……思ってた導師とは違うな。ちょっとは信用できそうだ。」

 

その言葉に、アリーシャは眉を寄せて男性ルーカスを見る。

 

「金を出せば信用するのか?」

「じゃあよ。なんで動いたら御満足なんだ?」

 

男性ルーカスはアリーシャを見て行った。

アリーシャは視線を反らさず、

 

「……使命感や義侠心だ。」

「俺の部下が疫病で死んだとしてだ。そんなもんが残された身内を世話してくれんのか?一生?」

「そ、それは……」

 

アリーシャは口ごもる。

男ルーカスは続ける。

 

「だが、金があれば報いてやることができる。俺は、部下たちとそう契約している。だから奴らは命懸けで戦えるんだ。」

「う……」

 

アリーシャは悲しそうに俯いた。

 

「もっと現実を見な、お嬢ちゃん。」

「現実……か。」

 

スレイはその言葉を深く考えていた。

そして男性ルーカスは、

 

「さて、依頼はこの街の警備だったな。承るが、見返りに――」

 

男性ルーカスはスレイに近付き、

 

「この街好きにしちゃっていいよな?」

 

レイはスレイを見上げる。

そしてミクリオも、スレイを見て、

 

「本当にいいのか、スレイ?」

 

スレイはミクリオを横目で見て、

 

「心配ないよ。契約を重んじる人が、そんなことしないさ。」

 

そうして、男性ルーカスを見る。

男性ルーカスは嬉しそうに、

 

「合格だな。」

 

そして男ルーカスは部下に振り返り、

 

「仕事だ、野郎ども!全隊でマーリンドの警備にあたる!1,2番隊は外周、3番隊は市内を固めろ!警備隊へは俺が話をつける!導師直々の依頼だ。気合いを入れろよ!」

 

と、歩きながら、命令を下す。

 

「おおお〰っ‼」

 

そして、移動を始めた。

男性ルーカスはスレイに振り返り、袋を投げた。

 

「これは?」

「釣りだよ。仕事は適正価格で受ける主義でな。」

「まあ!意外にお得!」

 

と、ライラは手を合わせて言った。

それが会話になるかのように、

 

「こうみえてもお客様本位なんだ。」

 

そしてスレイ達は彼らから離れた。

レイはスレイの手を放し、男性ルーカスの元に駆けて行った。

 

「何だ、お嬢さん?」

「どうして…」

 

レイは男ルーカスを見上げる。

 

「「何故、そこまでしてお前達は命を懸ける。確かに、人の生きる営みには見返りが必要だろう。しかしそれならば、このような仕事はしなければいい。」」

「確かにそうだな。だがな、お嬢さん。これは誰かがやらねばならないんだ。国の兵は国の為、王の為、命令に従い、命を出さなきゃならん。だが、俺たちのような者なら、そんな命令はない。命も金の分だけで済む。それにな、俺たちのような者にしか、残せぬものもある。何と言うか、それが俺たちの絆であり、結び付きなんだろうさ。ま、お嬢さんにはわからんだろうがな。」

 

小さな少女の瞳にはある少年との会話を映し出す。

 

――人間や天族には、俺たちにはない絆や結び付きのようなものが沢山ある。だからこそ、彼らは互いに惹かれあい、絆を結ぶ。

――逆を言えば、それがあるが故に過ちを繰り返すのだろう。

――だからだよ。それがあるから関わりを捨てれず、紡ぎ続けるんだよ。

 

それは少年が笑顔で言った言葉。

今のレイにはその少年の顔は解らない。

靄がかかっているかのように、反射して見えない。

そして男性ルーカスから視線を外し、

 

「「……ああ、わからんな。本当にわからない。」」

 

そして顔を上げ、

 

「…頑張っ‥て…」

「ん?ああ。」

 

そしてレイは男性ルーカスから離れて行った。

 

スレイはアリーシャに、

 

「『木立の傭兵団』って、いい人たちだな!」

「……試された、という事なのだろうな。正直釈然としないが……だが、これでしばらく街は安全だ。よしとしよう。我々も、目的を果たそう!」

「ああ!」

 

と、レイが戻ってきて、街を出る。

 

道中スレイは、思い出しながら言う。

 

「ルーカスに木立の傭兵団か。変わった連中だな、レイ。」

「……ん。」

 

スレイと手を繋いでレイは頷く。

 

「あんな繋がりもあるんだな……」

「一応、筋は通ってるし。あいつらの理屈だけど。」

 

アリーシャの言葉に、エドナが淡々と言う。

 

「彼らのように信じるものに自分の有り様を委ねる人間は、むしろ純粋なんですわ。」

「確かに穢れは感じなかったね。」

 

ライラの言葉に、ミクリオは思い出しながら言う。

そしてアリーシャは、

 

「つまり、穢れとは単純な善悪ではないと……?」

「悪人でも――いや、悪人だからこそ穢れないこともありえるわけか。」

 

ミクリオも考えを言う。

スレイは苦笑いで、

 

「はぁ……穢れって難しいんだね。な、レイ。」

「……かもね。」

 

そんなスレイの姿に、

 

「ふふ、そんな風に悩めるスレイさんの心が大切なんですよ。」

「私もそう思うよ、スレイ。」

 

ライラとアリーシャが微笑んで言う。

 

「純粋というより単純なだけな気もするけど。」

「……否定できないね。」

 

エドナは傘で顔を隠しながら、半眼で言う。

そしてミクリオも、口を片手で覆いながら言った。

そしてスレイは、

 

「あ〰!ますます難しいっ!」

 

スレイは拳を握って叫んだ。

 

一行はボールス遺跡にやって来た。

レイは空を見上げ、握っていたスレイの手を強く握る。

そしてミクリオが、

 

「ピリピリくる……この奥になにかいるぞ。」

「はい。私にもわかるほど嫌な気配です。」

 

アリーシャが辺りを見渡しながら言う。

 

「この森の憑魔≪ひょうま≫、浄化しないとな!」

 

彼らは奥へと進む。

 

途中、古びた遺跡後を見付けた。

それは崩れ落ちていた。

それをスレイは悲しそうに見る。

ミクリオがそれを見て、

 

「この森も遺跡だったんだな。」

「どの遺跡も憑魔≪ひょうま≫の住み処になっちゃってる。本当に広まってるんだな、穢れが。」

「スレイさん……」

 

ライラは悲しそうに彼を見る。

無論、ミクリオやアリーシャも。

そしてミクリオは、

 

「……遺跡が憑魔≪ひょうま≫の巣なのは、僕も残念だよ。」

 

レイがスレイの手を引っ張り、

 

「なら…お兄ちゃん…たちが…ここを…元に…戻せば…いい。」

「レイの言う通りだ!探検しながら憑魔≪ひょうま≫も祓えるのは、一石二鳥じゃないか?どんな探検家や歴史家もできなかった冒険だ。」

 

ミクリオも、笑顔でスレイに言う。

そのミクリオにスレイは、

 

「前向きだなぁ、ミクリオは。レイの一言にここまで付け足すなんて……」

「はあ⁉」

 

逆にスレイの言葉に、スレイ以外の皆が驚いていた。

と言っても、レイは相変わらずの無表情だった。

そしてスレイは続ける。

 

「うん。悩んでても答えは出ないしな。それくらいノーテンキな方がいいよ。」

「スレイさんに言われると……」

「ショックですよね。」

 

ライラとアリーシャが、視線を外しながら言う。

スレイは大声で、

 

「行こうぜ!ポジティブミクリオ!」

 

と、後半は悪戯顔で言う。

その顔に、ミクリオは拳を握りながら、

 

「お前!わかって言っているだろ⁉」

「略して」

「ポジリオ?」

 

と、エドナも意地悪顔で、ライラもそれに乗り言った。

 

「略すな!」

 

ミクリオは大声で言った。

彼らは笑いながら、先を急いだ。

 

と、アリーシャがレイを見ていたのをミクリオが気付く。

 

「アリーシャ、レイがどうかしたか?」

「ミクリオ様。いえ、ただ前よりもレイの話し方が変わったような感じがして。何と言うか、聞きやすくなったというか……」

 

ミクリオは思い出したように言う。

 

「確かに、昔よりもそうだな。」

「レイは昔からあのような感じで?」

「ああ。昔は今以上に無口だった。僕とスレイの後ろを付いて来て――」

「まるでヒヨコのようね。」

「はい。とても可愛らしいですわ!」

 

いつの間にか、近くに居たエドナが傘を回しながら言った。

そしてライラも、手を合わせて言う。

 

「それで、あのおチビちゃんはいつ頃から変わったの?」

「……きっかけはスレイだな。いっつも無言で後ろについて来て、スレイの無茶ぶりにつき合わされて。……あの時、遺跡のトラップで落とし穴に落ちてさ。しばらくの間その落とし穴の中に居たんだけど、スレイが突然言い出したんだ。『まるで、本当の兄弟みたいだ!』って。それに『オレとミクリオがお兄ちゃんで、レイが妹だ!』って。その時、レイが〝兄妹″っていう単語に疑問を持って、『だったら、それを知るためにオレらを兄と思えばいいんだよ!だって、イズチの皆が家族だ!』ってスレイが陽気に言ってだから僕も……。それからだね、レイが僕らを兄と呼び、イズチの皆を家族としてみるようになったのは。それに、僕たちに喋るのが多くなった。」

「ふーん。」

「レイのことを変えたのは、スレイとミクリオ様と言うわけですね。」

「いや、僕らだけじゃないよ。最近のレイは多くの人と触れ合って、変わったと思う。だからお礼を言うよ。」

「……誰しも変われる、ある方がよく、ある人に言っていた言葉通りですわ!」

「あの方?」「ある人?」

 

ライラは手を合わせて、嬉しそうに言う。

ミクリオとアリーシャはライラの言葉に出た人が気になるが、

 

「おーい、みんな!置いてちゃうよー!」

 

スレイの声が響く。

どうやら歩くスピードがいつの間にか、遅れていたようだ。

アリーシャとミクリオが急いで追いかける。

 

「……誰しも変われる…あいつが絶対に言わないことを言ったその人物はスレイ並みに、物凄くバカな人ね。」

「かもしれませんね。」

 

二人も、スレイ達の元に急ぐ。

 

と、スレイが宝箱を見付け開けると、中から瓶に入った液体を見付けた。

それを見たスレイとミクリオは、

 

「これって……まさか『エリクシール』⁉」

「マオテラスがつくったっていう万能薬!」

 

と、ライラが明後日の方向を見て、

 

「あ、ヒメウスバシロチョウですわ。」

 

その様子を見たスレイが、

 

「……ライラって時々不思議だよね。レイもそう思うだろ?」

「……ん?」

 

しかし、レイは首を傾げるだけ。

 

「それよりエリクシールだ。本物かな?」

「天遺見聞録によれば、エリクシールの生成術は過去に失われているってあったけど。」

 

ミクリオとスレイが難しい顔をしながら話し込むが、

 

「あ、マエカドコエンマコガネ発見!」

「……舐めてみればわかるかも?」

「おい、大丈夫か⁉」

「一滴くらいなら。」

 

と、一滴舐めるスレイ。

 

「うわっ!回復した!回復したぞ、レイ!」

「…おめ…でと…」

「本物だ!」

 

そしてスレイは悲しそうに、

 

「これ、普通に買えると便利なんだけどな。」

「それは難しいですね。人の世界に残っているエリクシールは教会が管理しているはずですから。」

「へぇ、教会が。」

 

そんなライラにミクリオが、

 

「もう虫のことはいいんだ。」

 

と、半笑いした。

ライラはまたしても、明後日の方向を見た。

 

一番奥まで来た一行。

そこは広く、木々が多い。

そしてスレイは辺りを見渡す。

レイがスレイの手を放し、

 

「…いた…」

 

スレイもそれが目に入り、

 

「みんな!」

「来ますわ!」

 

ライラがその敵を見ら見付ける。

球根のようなでかい植物憑魔≪ひょうま≫が現れる。

全員戦闘態勢に入る。

 

「この地に生息するプラントの親玉なのか⁈」

「いいえ、ウロボロス同様、変異憑魔≪ひょうま≫のようです!」

「変異憑魔≪ひょうま≫?」

「恐らく、異形の宝珠による悪影響かと……」

「ナイトアーサー、エキドナも持っていた奴か。」

 

マーリンドの美術館での憑魔≪ひょうま≫化したノルミン天族アタックの姿とレディレイクの水道遺跡の時に出会った上が女性、下がヘビだった憑魔≪ひょうま≫を思い出す。

 

「…気を引き締めてかかるぞ!」

 

スレイ達は敵を囲み、スレイとアリーシャが前方で敵の動きを止めつつ、術を使うミクリオ達をサポートする。

今回もレイはさっそうと歌を歌っていた。

 

敵は崩れ落ち、スレイは息を整えながら、

 

「ふぅ……これでマーリンドの加護が――」

 

そう言ってスレイは後ろに居たライラとエドナに振り返る。

そして敵が再び動き出した。

 

「お兄ちゃん!」

 

それと同時だった。

レイが大声でスレイの前に出た。

そして、敵の動きに気が付いたミクリオとアリーシャが、

 

「スレイ!」「はああああ!」

 

武器を片手にスレイの前に出る。

スレイも敵を見るが、右半分が見えていなかった。

そしてミクリオとアリーシャ、レイが吹っ飛ばされた。

ミクリオはレイを包んで守る。

 

「レイ!アリーシャ!」

 

スレイはライラと神依≪カムイ≫化し、

 

「このぉ!」

 

と、敵を叩き斬った。

憑魔≪ひょうま≫は浄化した。

そしてレイ達の傍に駆け寄る。

レイはミクリオが庇ったため無傷だった。

そしてミクリオも、何とか軽傷ですんだ。

アリーシャはまだ気絶していた。

ミクリオはアリーシャの様子を見ていた。

ライラが浄化と治癒をする。

 

「レイ、武器もないのに前に出るなて!」

 

スレイがレイの肩を掴む。

レイはスレイの手を放し、ミクリオの後ろに隠れた。

レイは無言だった。

 

「だが、レイが最初に気付かなかったら危なかった。」

 

ミクリオが、スレイを見て言う。

そしてエドナが、スレイの目元に傘の先を突き出した。

 

「見えてないんじゃない、目?だからおチビちゃんが、常にアンタのとこに居たんじゃないの。」

 

エドナが怒りながら言う。

ライラは心配そうに、

 

「やはり従者契約の反動が……」

「いや……オレがぼうっとしてたから……」

「ヘタしたら死んでたわ。レイもアリーシャもミクリオも。」

 

本気でエドナは怒っていた。

 

「僕はいい!アリーシャの為に黙っていたんだ。スレイは……それにおそらくレイも。」

 

ミクリオはエドナを見て言った。

レイもミクリオの後ろから顔を出す。

そしてライラも、

 

「そうだと思います。ですが――」

「限界でしょ。」

 

エドナのその言葉に、沈黙する。

そしてスレイは、

 

「わかった――」

「……スレイ。」

 

そこに、アリーシャが目を覚ました。

 

「アリーシャ!よかった!」

 

スレイは笑顔になる。

しかし、天族三人組は暗い顔のままだ。

そしてアリーシャは悲しそうに、苦しそうにスレイを見上げた。

 

「大丈夫だ……私なら。」

 

そしてスレイはライラを見た。

ライラはそれを酌んで、

 

「ロハンさんの領域、展開できたようですわね。」

「一件落着。帰りましょう。」

 

エドナもここは酌んだようだった。

 

「ルーカスたちの様子も気になるしね。」

 

ミクリオは立ち上がる。

 

「行こ。」

 

と、スレイはアリーシャに手を差し出す。

アリーシャもその手を取り、立ち上がる。

 

「……すまない。」

 

それをレイは後ろから見ていた。

そして自分の胸の服を掴み、視線を外した。

と、風が吹く。

 

――なぜ、導師を助けた。

「わからない……」

――なぜ、お前はあの導師の瞳から逃げた。

「わからない……ただ‥見たく…なかった。」

――なぜ、お前は今彼らから視線を外した。

「わからない……でも…ここが…痛い?」

 

彼らは暗い表情のまま、マーリンドに戻る。

 

 

街に戻ると、今までとは違い、明るさが戻っていた。

人々に元気が戻っていたのだ。

その姿にホッとする半面、悲しそうにしていた人たちもいる。

街を歩いていると、スレイ達がレイを探していた時の老人の家の前に来た。

そこには何人かの人々が悲しそうに泣いていた。

 

「何かあったんですか?」

 

スレイが話し掛けると、涙をぬぐいながら女性が話し始めた。

 

「父が亡くなったの。」

「ご、ごめんなさい。」

「いいえ。仕方がないのよ。この街は疫病に溢れてしまっているけど、父は寿命だったんです。その疫病はだいぶ良くなったけど、それでも多くの人が疫病で亡くなったわ。それに比べれば、父はいい方です。それに父は、最後は安らかな顔で逝きました。夢を見たそうです。懐かしい街の風景を。とても嬉しそうに。」

 

レイは、スレイの手を握っていた手を放し、歌を歌い出した。

それに合わせるかのように、風に乗って花びらが舞った。

そして歌い終わると、スレイの手を取り歩いて行った。

 

「え?え⁉」

 

スレイは戸惑いながら、レイに引かれて歩いて行った。

アリーシャが女性に、

 

「貴女の父君に静かな眠りと天族の加護があらんことを。」

「ありがとうございます。あなた達にも、天族の加護がありますように。」

 

そして、アリーシャもその場を離れた。

 

 

スレイ達は聖堂近くに居た男性に近付く。

 

「よう、導師。街の治安は見ての通りだ。」

「さすがだね。助かったよ。」

「そっちの首尾は?」

「なんとかなったよ。」

「そりゃよかったな。じゃ、俺たちはそろそろ出て行くぜ。警備隊も活動を再開したし、別の依頼も入ったんでな。」

 

笑顔で言う男性ルーカスに、スレイとアリーシャは俯く。

 

「なーに、お互い生きてれば、またどこかで会うこともあるだろう。ただし戦場で敵同士になったら手加減はしないぜ?はっはっは!」

 

そこにライラが、

 

「私たちも宿で一度休みましょう。」

「うん。」

 

そして彼と離れた。

宿屋に向かいながら、

 

「どうした?元気ないけど……」

「……あ、ああ……すまない……。今日はもう宿を取るのだったな、早く行こう。」

 

アリーシャはスレイとの視線をすぐ外してしまうのだった。

 

宿屋に着き、部屋に入る一行。

レイは部屋についてそうそう、窓の方を見ていた。

 

「今日はゆっくり休もう。」

 

アリーシャはスレイに聞く。

 

「明日には立つのか?マーリンドを。」

「……うん。そのつもり。」

 

と、そこに声が響く。

 

「なぜだ?」

 

そこに黒服を纏った者が現れる。

その者を見たスレイは、

 

「お前は……!」

 

その者は風の骨の暗殺者。

暗殺者はなおも問う。

 

「なぜだ?」

「……なにが?」

 

スレイは警戒しながら聞く。

 

「……」

 

沈黙する暗殺者の傍に、一人の天族の男性が現れる。

 

「天族⁉」

 

レイはその天族男性を見つめた。

そしてライラは、現れた天族男性を見据え、

 

「やはりあの方に憑いて――」

 

天族男性はスレイ達に歩み寄り、

 

「なぜマーリンドに留まらない?」

「突然なんなんだ!」

 

ミクリオはその天族男性を見ながら言う。

 

「ガキは黙れ。導師に聞いているんだ。」

 

天族男性は腕を組み、

 

「まぜ街を救った恩と称賛を捨てる?なぜそうまで自分を犠牲にする?」

 

スレイは警戒を解き、彼を真っすぐ見て、

 

「オレにできることはやった。別の場所に知りたいことがある。それだけだよ。」

 

黙っていた暗殺者は、

 

「……変わってるな。」

「そっちこそ。」

「ふん。」

 

そして、暗殺者は天族男性と共に、風のように消えた。

アリーシャはスレイを見て、

 

「あの者たちは……?」

「わからない。けど、オレ以外にもいるんだな。天族と一緒の人間が。」

「暗殺者だけどね。」

 

嬉しそうに言うスレイに対し、エドナは淡々と言った。

ミクリオは少し拗ねたみたいに、

 

「あんな奴のことはどうでもいいさ。問題は僕たちがどうするかだ。行き先は、スレイ?」

 

スレイはミクリオに振り返る。

そして頷き、

 

「決まってる。ローランス帝国だ。」

「いいですね!憑魔≪ひょうま≫にも遺跡にも国境線はありませんし。」

「よね。」

 

手を合わせて喜ぶライラと、小首をかしげるエドナ。

アリーシャは眉を寄せて俯く。

 

 

――辺りは燃えていた。

人間の叫ぶ声。

炎に交じり、穢れが舞っている。

辺りには憑魔≪ひょうま≫が動き出す。

それを黒い何かが喰い潰していた。

笛の音が響いている。

自分は歩いていた。

何故、歩いているかは解らない。

燃え盛る炎と穢れの中を通り、奥を見る。

誰かが立っていた。

その誰かが微笑みながら、剣をこちらに構えた。

一瞬の暗闇、次に瞳に映ったのは暗い空だった。

横を向くと、血が流れている。

そこにずっと居たのだろう者は、なおも自分を見ている気がした。

その者は嬉しそうに、悲しそうに、再び剣を振り上げる。

 

「……」

 

レイは目を覚ます。

何の夢を見ていたのか思い出せない。

レイは顔を横に向ける。

隣には気持ちよさそうに寝ているスレイが居る。

と、小声で聞き知った声がする。

 

「どうかしたのか?」

 

その声の方を見ると、本を読んでいたミクリオがこちらを見ていた。

レイは首を振る。

 

「……ミク兄……」

「なに?」

「……何でも…ない。」

 

そう言って、またレイは寝出した。

ミクリオはレイの隣に居るスレイに、

 

「で、君はどう思う?」

「うーん、なんだろうな。」

 

スレイは体を起こし、

 

「もしかしたら、外に出てから自分のことを思い出してるのかもな。」

「昔のレイ、か……」

「ま、でも何があってもオレらは変わらないけどさ。」

「ふ、いつも君には驚かされるよ。」

「……お前が聞いたレイのこと、いつか話してくれよ。」

「……知っていたのか?」

「何年一緒に居ると思ってんの?」

「そうだね。話せる時が来たら話すよ。」

「ああ。」

 

そう言って、二人ももう一度寝に入った。

 

翌朝、スレイ達は起きると、ライラがスレイに言う。

 

「スレイさん。ロハンさんたちに挨拶していきましょう。」

「ああ。そうだね。」

 

その中、アリーシャは無言だった。

レイはアリーシャを見上げたが、すぐに元に戻る。

 

大樹の元に居る天族ロハン達の元に着くと、

 

「ライラはん~!上手くいったみたいやんか~。」

 

そう言って、嬉しそうにライラの元にテトテト駆けて行く。

そしてジャンプするが、ライラは横に避けた。

ノルミン天族アタックはまたしても、地面にダイブした。

天族ロハンは、

 

「少しずつだが、大樹に祈りを捧げる人間も戻ってきた。俺も頑張ってみるよ。」

 

と、見る方には祈りを捧げる人々がいる。

スレイも嬉しそうに、

 

「よかった。これで安心して旅立てる。」

 

と、後ろから起きて歩いて来たノルミン天族アタックが、

 

「え~!行ってしまわはるんか~?」

 

悲しそうに言った。

ライラは足元のノルミン天族アタックを優しく微笑み、

 

「アタックさんもお元気で。」

 

レイはスレイの手を放し、アリーシャの元に行き、

 

「決めて…いる…ことが…あるなら…口に…すれば…いい。…貴女…には…貴女の…意志…がある…」

 

アリーシャを見上げて言った。

そしてもう一度、スレイの手を握る。

そしてアリーシャは、決意した。

 

「わ……私は残る!」

「え?」

 

アリーシャは地面を見つめたまま、

 

「だって……正式にロハン様を祀る人を見つけた方がいいだろうし……」

 

そしてミクリオはそんなアリーシャを見て、

 

「アリーシャ、もしかして――」

 

アリーシャは続ける。

 

「レディレイクにマーリンドの状況も報告しなくては!バルトロたちのほとぼりも冷めた頃だし、一緒にいたら、また巻き込んでしまう。もちろんもっと一緒に旅をしたい。だが……」

 

ライラはスレイを見る。

 

「スレイさん……」

 

スレイは頷く。

レイはスレイの手を放す。

そしてスレイは、アリーシャに近付く。

 

「今までありがとう、アリーシャ。」

 

そしてアリーシャに、手を出す。

アリーシャもスレイと向き合い、

 

「……こちらこそ。ありがとう、スレイ。」

 

そう言って、スレイの手を両手で包む。

が、エドナが彼らの真ん中に行き、傘を広げた。

二人は後ろに少し下がった。

 

「雰囲気つくりすぎ。」

「一生の別れでもあるまいし。そうだろ、レイ。」

 

エドナに続き、ミクリオも呆れたように言う。

レイはただ見ていただけで、ミクリオの言葉には小首をかしげた。

 

アリーシャは改めて、スレイを見る。

 

「頑張るよ。穢れのないハイランドをつくるために。」

「オレも、オレの夢を追う。」

 

互いに頷き合い、アリーシャは歩いて行った。

 

「旅の無事を。」

「また来てな~!」

 

天族ロハンとノルミン天族アタックが、声を掛ける。

スレイも頷き、歩き出した。

 

と、一人の男性が、妙な事を言っていた。

 

「キレイに光る石がボールス遺跡の奥に転がってたって話を聞いたんだけどよ。価値のある物とも限らねえし、わざわざ拾いに行くのも微妙だよな。」

 

それを聞いたミクリオは、

 

「キレイに光る石……ちょっと興味があるな。なにかの遺物かもかもしれない。」

 

そして、今度は陰に居た子供たちが、

 

「せっかくボールス遺跡まで行ったのに父ちゃんたちに見つかっちゃったな。キレイに光るっていう石、探したかったのに。ま、しょーがないか。」

 

と、言っていた。

とりあえずスレイ達は、遺跡に向かうことにした。

 

最奥に進むと、確かにキレイに光る石があった。

レイはそれを手に取り、スレイに渡した。

スレイが持つと光り出した。

 

――どこかの社のような入り口。

一人の男性が、人々と楽しく話していた。

そして彼らに指示を出していた。

そのすぐ近くに、大きな樹の下に人がいた。

それはそんな様子を一人の女性が、赤ん坊を抱き見守っていたのだ。

嬉しそうに、慈しむように。

 

スレイは腕を組み、

 

「天遺見聞録を書いた人は村長……?新しい村をつくってるみたいだったけど。ミクリオ。思ったんだけど、もしかしてあの人導師だったりしないかな?導師が天遺見聞録を書いたとしたら色々納得が――」

「……」

 

しかし珍しくミクリオは黙り込んでいた。

 

「ミクリオ?」

「あ……すまない。なんだって?」

「いや……めずらしいな。ミクリオがボーっとするなんて。」

 

スレイがそう言うと、ライラが腕をぐっと握り、

 

「略してミボ―ですわね!」

「上手い。」

 

エドナも納得した。

 

「上手くない。そうだろ、レイ。」

「…………かもね。」

 

長い間をあけて言った。

そして、スレイはミクリオの顔をのぞみ込みながら、

 

「大丈夫か?どっか悪いんじゃ……」

「平気だよ。ちょっとボンヤリしただけ。なぜかね……」

 

ミクリオは最後、悲しそうに言った。

レイはミクリオの手を握って、

 

「今日…は…ミク兄…と…手を…繋ぐ。」

「ありがとう、レイ。」

 

そしてライラも思い出したように言う。

 

「スレイさん。そういえば書庫のカギを。」

「そうだった。ネイフトさんに返さないと。」

 

そう言って、スレイはマーリンドに戻る。

そして書庫に向かった。

スレイは、書庫の前の老人に話し掛ける。

 

「ネイフトさん!」

 

そして老人は、スレイの方を見て、

 

「おお、スレイ殿。」

「これを届けに。アガサさんから頼まれていたんです。」

 

そう言って、カギを渡す。

 

「書庫の鍵じゃな。わざわざかたじけない。」

 

と、老人ネイフトの右横に居た男の子が、

 

「おれ、大人になったらマルトラン様のあとをつぐ!二代目の青い戦乙女≪ヴァルキリー≫になるんだ。」

 

しかし、老人ネイフトの左横に居た女の子が、

 

「男は戦乙女≪ヴァルキリー≫にはなれませんー!マルトラン様の弟子になるのはアタシですー!」

「そっちこそムリだね!おまえの服、青くないし!」

「いいのー!お母さんに青い服買ってもらうし!」

 

と、喧嘩を始めた。

それを見たスレイは、

 

「大人気だな。」

 

すると、老人ネイフトが説明する。

 

「マルトラン殿はこの街の出じゃからのう。跡継ぎが皆亡くなり彼女が継ぐことになったのじゃが、責任感は人一倍だがとても体の弱い子じゃったから、さぞ厳しく自分を鍛えたんじゃろう。戦乙女≪ヴァルキリー≫と怖れられるほど……」

「……逆なんだな。」

 

スレイはその言葉に、そう言った。

老人ネイフトは、

 

「逆?」

「うん。おかげでひとつわかった。」

 

そう言うと、老人ネイフトは笑い出す。

 

「はっはっは!よくわからんがお役に立てて光栄じゃ!」

「もう一個聞きたいんだけど、瞳石≪どうせき≫っていうの知らない?」

「瞳石≪どうせき≫なら、ひとつもっとるよ。街の復興を願って、聖堂に納めてきたところじゃ。」

「譲ってもらえませんか?調べてることがあって。」

「他ならぬ導師殿の頼み。どうぞ持っていってくだされ。」

「ありがとう!」

 

スレイ達は聖堂に向かって歩いて行く。

歩きながら、ミクリオがスレイに、

 

「スレイ、マルトランが逆って――」

「鈍いわね。ニブミボ。」

 

と、エドナが言う。

それをミクリオは拳を握りしめて、

 

「アリーシャとだって今言おうとしてた。」

「しかも言いにくい。いい加減にしなさい。ニブミボ。」

「話を聞いてくれ……」

 

ミクリオはさらに怒っていた。

スレイは苦笑いで、

 

「対照的なのが悪いわけじゃないけど。」

「きっかけや境遇は異なっても目指したものが同じだったのでしょう。」

 

ライラも静かに言う。

 

「自ら望んで王族の責務を果たそうとし、思うようにいっていないアリーシャと、強いられ、望んでもいない騎士となり功績を挙げ尊敬を集めているマルトラン、か。」

「うまくいかないこともあるだろうな。」

「そう感じているかもね。その二人も。」

 

スレイの言葉に、エドナは淡々と言った。

 

そして聖堂に入り、瞳石≪どうせき≫を入手する。

スレイがそれに触れると、光り出す。

 

――白いレンガに包まれた広い場所。

そこに多くの人が整列していた。

その者たちの頭上には二人の男性がいる。

一人は高価なものを身に纏い、その者の前に膝ま付く男性。

その高価なものを身に纏った者は手にしていた剣をその者に渡す。

その者はそれを受け取り、剣を抜く。

そしてそれを掲げ、下に居る者達に叫ぶ。

それに歓声を上げる人々。

その姿に、二人は笑顔で応える。

 

それが終わると、スレイは腕を組んで、

 

「ミクリオ、どういう意味だと思う?」

「王が剣を渡していた。状況から見て、軍の出陣式だね。受け取った男は、きっと将軍だ。」

 

ミクリオも同じように腕を組んで言う。

そこにライラも、静かに言う。

 

「軍装からするとローランスですね。いつ頃のものかは、わかりませんが。」

 

そしてスレイは嬉しそうに、

 

「まさに英雄って感じだったな。」

「けど、どういう意味があるんだろう?歴史的にはよくある場面だと思うけど。」

「続きを見ることができればわかるんじゃないでしょうか?」

「あるのかな?続きも。」

「わからないけど探してみよう。隠された歴史だとしたらワクワクするしな。」

 

スレイはそう言って、聖堂を後にした。

そして聖堂の入り口には、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が立っていた。

その小さな少女は、スレイ達の後姿を見て、

 

「……英雄、か。人は身勝手な生き物だ。勝手に英雄と祀り上げ、すぐに蹴落とす。残されたものはただ絶望のみ…」

 

そして風が小さな少女を包む。

 

「私は忠告した。それを無視したのは――」

 

そう言って、姿はもうなかった。

 

 

街の入り口に行くと、一人の騎士兵が馬に乗ってやって来た。

 

「で、伝令……緊急だ!」

 

その騎士兵は怪我をしていた。

スレイが駆け寄り、

 

「どうした!しっかり!」

「帝国が……ローランス帝国が攻めてきた。」

「なんだって?」

 

ミクリオが厳しい顔で、

 

「戦争がはじめるのか……」

 

レイは空を見上げた。

そして騎士兵は弱弱しい声で、

 

「マーリンドの者たちには君が報せてくれ。自分は都に!」

「ケガしてるのに!無茶だよ。」

 

だが、騎士兵は今度は力強い声で、

 

「一刻の猶予もないんだ!」

 

スレイはライラを見る。

ライラは首を振る。

スレイはもう一度、騎士兵を見る。

騎士兵は出発するように、馬の向きを変えた。

スレイはもう一度、ライラを見る。

ライラは頷く。

そしてスレイに近付く。

スレイはライラと神依≪カムイ≫化した状態で、騎士兵に手を差し出した。

 

「気をつけて。」

 

騎士兵は手を握る。

そして騎士兵を治癒術が覆う。

 

「くれぐれも無茶しないで。」

「ありがとう。」

 

騎士兵は頷き、馬で駆けて行った。

それを見送りながら、エドナがスレイに言う。

 

「さ、みんなに報せましょ。」

 

スレイ達は頷く。

そして動き出す。

ミクリオは空を見上げているレイに声を掛けようとするが、

 

「「……早すぎる。あいつが仕組んだのか?」」

 

レイの瞳は赤く光っていた。

そして視線をミクリオに向けると、

 

「「……報せに行くのだろ。」」

 

そう言って、歩き出した。

ミクリオは黙ってその後ろについて行った。

 

大樹の元に行くと、男性が大声で、

 

「野郎ども!仕事の時間だ!たっぷり都の連中に実力を見せつけろ!」

「うおーー!」

 

スレイはそれを見て、少し考え、

 

「オレも行く。」

「そうだな。彼らをみすみす死なせるのも目覚めが悪いだろう。」

 

スレイとミクリオはそう言うが、

 

「いけません!」

 

ライラが悲しく、それでいて厳しい表情で言う。

 

「導師が戦争に介入すれば、手を貸した陣営に勝利をもたらしてしまいますわ。」

「じゃあ、黙って見てろって言うのかい?」

 

ミクリオはライラを見ながら言う。

そしてエドナが、

 

「そうよ。人間たちが落としどころを見せつけるしかないの。」

「導師の力があれば、救える人たちもいるんじゃないか。」

 

スレイはエドナを見ながらそう言うが、

 

「「では、他は見捨てるのか?」」

 

レイはスレイを見上げて言う。

 

「え?」

 

ライラがそれに付け加える。

 

「ハイランドの人々は救えるかもしれません。ですが……」

「その代わりにローランスの人々は救えない、か。」

 

その意図に気付いたミクリオが答えた。

そしてエドナはスレイ達を見ながら、

 

「そう。それが戦争。戦争に正義も悪もないんだから。」

「導師の力は世界のありように大きく影響します。まして戦争に介入するとどれほど歪みを生み出すか……」

「……わかった。ルーカス達も村の人と一緒に避難してもらおう。それならいいだろう?」

「はい。」

 

ライラは頷く。

ミクリオがスレイに、

 

「じゃあ早速ルーカスに話そう。さっきの調子だとすぐにも出発するつもりかもしれない。」

「うん。」

 

スレイは駆けて行った。

 

「ルーカス。村の人達と一緒に避難して欲しいんだ。」

「なぜだ⁉戦場は俺達の仕事場だぞ。それにせっかくマーリンドもここまで立ち直ったんじゃないか。ローランス軍にめちゃくちゃにされてもいいのか。」

 

スレイは彼を見つめ、

 

「……オレはルーカス達が心配なんだよ。」

「ううむ……」

 

彼は考え込む。

そんな彼に、スレイは一言。

 

「お願い。」

 

しばし沈黙の後、彼は呟く。

 

「……グリフレット川を越えた先まで避難しよう。」

 

そして街を見て、

 

「悔しいな。ようやく活気が戻ってきたこの街を見捨てるのか。」

 

その後姿に、スレイは力強く言う。

 

「大事なものは、はっきりしてる。」

「へっ、かなわねぇな。導師殿にはよ。野郎ども、住民を連れて北のグリフレット川まで避難する!そのつもりで準備しろ!」

「ありがとう、ルーカス。」

「導師もしっかり準備しとけよ。橋もまだ完全には普及してない。しばらく川辺で野営になるかもしれんからな。」

「うん。わかった。」

 

そして準備を整えにかかる。

レイの瞳は元に戻り、スレイの後について行く。

 

――レンガに囲まれたとある街の中、仮面を着けた一人の少年が歩いていた。

リンゴを片手に投げながら、鼻歌を歌っていた。

それに合わせるかのように、後ろの下で束ねた紫色の長い髪を揺らしていた。

彼はとある角に足を止め、壁に寄りかかる。

 

「や、久しぶり。サイモンちゃん。」

 

と、少年は顔を向ける。

そこには座り込んでいた少女が居る。

少女は紫色の髪を左右に結い上げ、全てに対して虚ろな、興味のない目をしている。

それに合うかのように、紫を纏っている。

ワンピースとも違う格好ではあった。

 

「何の用?」

「ん~、特に用はないよ。ただ目についただけ。」

「相変わらずの変人ね。」

「え~、君には言われたくないな。で、君はこの状況どう思う?ローランス帝国の早期戦争。」

 

少年は行きかう人々を、特に武器を手に持って歩く兵を見ながら言う。

 

「どうせ、あなたが仕組んだことでしょう。」

「そうだよ、だってお願いされちゃったもん。俺は俺の仕事をしただけだよ。」

 

そして持っていたリンゴを指先で回し始めた。

 

「それでね、俺の探し物が見つからないだ。どこに居るんだろう。」

「自分で殺したんじゃないのか。」

「んー、殺したよ。でも俺達は、殺し合いはできても……本当に殺すことはできない。俺らが死ぬのはこの世界が終わったとき。」

 

そう言って、壁からくるりと横に回転して、

 

「ねぇ、サイモンちゃん。この世界ってさ、このリンゴと同じだと思わない?」

「は?」

「だってさ、この世界はこのリンゴのようにはっきりしている。そして中身はとっても甘いはずなのに、味が違う。酸っぱいのも、出来の悪い物もある。」

 

そして回していたリンゴを片手で掴み、かじる。

 

「そしてひとかじりすれば、簡単に原型を壊しちゃう。」

 

少年は空を見上げ、

 

「あの子は世界に興味はない。でも僕は興味がある。とても面白くて仕方がない。なのに……あの導師のせいで、変化が訪れた。言霊と言う呪縛をあの子にかけた。」

 

そして片手でリンゴを握りつぶした。

仮面の間からのぞく、少年の瞳は赤く光っていた。

そして笑顔に戻った少年は、

 

「じゃ、俺は行くよ。俺が介入したってわかれば、あの子がくるかもしれない。あの子は誰よりも世界の秩序を大切にする。本来ない歴史、あの子は潰しにくる……絶対に……」

 

そう言って、少年は風に包まれ消えた。

座っていた少女は立ち上がり、闇の中へと消えた。

 

 

スレイ達は準備を整え、大樹の元に集まった。

 

「こっちはいいぞ。行くか。グリフレット川へ。」

「ああ。」

 

スレイ達は村人を連れて、街を出る。

すると進む前の方から、ハイランドの騎士兵達がやって来た。

そして馬に乗った片目の潰れた男性が前に出て来て、

 

「私はハイランド軍師団長ランドン。導師はいるか?」

 

スレイは前に歩み出る。

 

「オレです。」

 

男はニット笑い、

 

「貴様が……?」

 

そしてルーカスが、

 

「ランドン師団長殿、導師にご用でこの戦列か?」

「貴様は木立の傭兵団、ルーカスだな。……丁度いい、貴様も聞け。アリーシャ殿下の件だ。」

 

騎士兵が一人前に出て、書状を前に読み上げる。

 

「アリーシャ殿下の導師を利用した国政への悪評の流布とローランス帝国進軍を手引きした疑いにより、その身を拘束した。」

「「……相変わらずの醜さだな、人間は。」」

 

レイは小さく呟いた。

そしてスレイは怒りながら、

 

「アリーシャはそんな事してない!間違いだ!」

「これは逮捕ではなく容疑だ。導師。」

 

そしてエドナはこの光景を見て、

 

「なんだか雲行きが怪しくなってきたわね。」

 

ライラも厳しい表情で見守る。

 

「導師スレイが力を振るい、この戦に勝利をもたらせば、その容疑も晴れるであろう。」

「バカな!」

 

ミクリオは叫ぶが、相手には聞こえない。

そしてスレイは俯く。

そしてライラとエドナは察した。

 

「スレイさん、受け入れましょう。」

「仕方ないかもね。もしこのままアリーシャが命を落としたら……」

「はい。スレイさんは自らを責めてしまうでしょう。」

「そうなると、いくらスレイでも穢れと結びついてしまうかもしれない。そう言いたいんだね?」

 

ミクリオはライラたちを見る。

ライラは頷く。

 

「穢れた導師は戦争なんかとは比べものにならないほど、世界を悪い方向へと誘うわ。」

「ほら、さっと行ってさっと終わらせよう。きっと何とかなる。僕たちが付いてる。」

 

ミクリオはスレイの肩を叩く。

そしてスレイは頷き、

 

「オレが戦えば、アリーシャを解放するんだな。」

「勝利、をもたらせば、だ。」

「俺たちもいくぜ。」

 

ルーカスが、スレイに近付きながら言う。

 

「やっぱ戦いもせずに逃げる事はできねぇよ。俺たちには数々の戦いで得た誇りがあるんだ。」

「よかろう。指揮官は私だ。それを忘れるなよ。」

 

男は向きを変え、

 

「では導師。戦場で待っているぞ。」

 

そう言って、去って行った。

 

「なーに、俺たちがいれば導師の出番なんかないって。」

 

ルーカスはそう言って、歩いて行く。

俯くスレイにライラが、

 

「スレイさん。顔を上げて下さい。」

「さっき言ったよな?僕たちが付いてる。」

「バカ正直に戦争に付き合うことはないわ。面倒だし。適当に終わらせましょ。」

「「それに今宵は、私がそれをさせない。こんな所で、穢れては意味がない。」」

 

天族組がスレイに声を掛ける。

エドナの横でレイは小さく呟いた。

スレイは振り返り、

 

「……みんな、ありがとう。」

 

スレイから少し離れ、ミクリオは怒っていた。

 

「まったく、なんでこんなことに……」

「今回の相手は人間。しかも戦争。それが問題ね。」

「はい。退けるためとはいえ、人を傷付けなければならない……それはスレイさんの心の痛みとなって穢れを生む原因になるかもしれません。」

 

ライラは悲しい声で言う。

 

「そんな……それじゃ導師が穢れないのって、針の穴を通すようなものってことじゃないか?」

「それが人と関わるということ……そして、それが『導師の道』なのですわ。」

 

ライラが力強くいう。

しかしエドナは、

 

「アリーシャのこと、ぱーっと忘れちゃえば簡単なのにね。」

「できるわけない。」

 

ミクリオは即答だった。

そしてエドナは真剣な表情で、

 

「わかってる。だからあの子は導師なんてやってるんでしょ?」

「ええ。」

「……覚悟を決めなきゃってことだな。僕も。」

 

そして、スレイの元に戻る。

スレイの所に戻り、人が集まっている所に見知った相手が居た。

そちらも気付いたようだ。

赤髪の少女ロゼが話し掛ける。

 

「聞いてた。ひどすぎ!戦争なんて放っといたら?」

「あいつらあんたを利用するだけ利用してアリーシャ殿下も殺しちまうかもしれんぜ。」

 

と、村人達も言う。

しかしスレイは首を振り、

 

「やっぱり行くよ。」

「けど……」

 

少女ロゼはなおも怒る。

セキレイの羽エギーユも言う。

 

「アリーシャ殿下の事は俺たちみんなが濡れ衣だってわかってる。これからレディレイクに行って直談判してみるさ。」

 

老人ネイフトも、声を上げる。

 

「うむ。評議会もさすがにこれだけの民の声を黙殺はできんじゃろうて。」

「だから安心していっといで。」

「必ず帰ってきてね!」

「うむ。待っておりますぞ。」

 

と、女性や子供も言う。

スレイは笑顔で、

 

「ありがとう、みんな。行ってくるよ。」

 

スレイは歩き出す。

レイは少女ロゼの服の袖を引っ張る。

 

「ん?なに?」

 

ロゼがしゃがむ。

レイは少女ロゼの耳元まで近付き、

 

「「これが国による陰謀だと思うのであれば、動けばいい。その為の、お前達の矜恃≪きょうじ≫なのだろう。」」

 

彼女だけに聞こえる声で言った。

そしてスレイを追いかけて行った。

こうして、スレイ達は戦場へと足を運ぶのである。



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toz 第八話 戦場

戦場は今までとは違った。

 

穢れが充満していた。

辺りは雲に覆われ、薄暗い。

そして無数の矢が飛び交っている。

それは一直線に身構えていた楯に突き刺さる。

だが、矢の数が多すぎて楯の間から矢が刺さる。

人がまた一人、また一人と崩れ落ちていく。

互いに睨み合って、矢を射ち合う。

その光景は自分の命を、仲間の命を、国の為に、家族の為に、大切な者の為に、落としていく。

それは互いに思うもの。

それを解ってはいるが、すでに戦は始まっている。

後戻りはできない。

 

「進め!我がローランスの力を見せつけてやるのだ!」

「ローランスに遅れを取るな!」

 

互いにぶつかりあう。

彼らはまた一人、また一人と進んでいく。

それと同じくらい仲間が、友が、目の前で崩れ落ちていく。

そしてまた、同じくらい進んでいくのである。

 

その光景を高い岩の上で見ていた少年が居た。

仮面をかぶり、後ろに束ねた長い紫の髪が風に乗ってなびいていた。

それに合わせ、コートも風に舞っている。

少年はこの戦場の光景を笑ってみていた。

 

「相変わらず人間は変わらないな。失うとわかっていて、戦いを始める。人は忘れる生き物だ。大事なものを失ってもなお、それに慣れ、忘れる。さて、あの子は来ているかな。」

 

少年の姿は風に乗って、消えた。

 

グレイブガント盆地の陣営にスレイ達は来た。

陣営を見たミクリオは、

 

「あれだな。」

「自分のうちにある、正しいと思う気持ちは見失わないで、スレイさん。」

「そんなに心配しないで。大丈夫だから。レイも離れないで。」

「……」

 

レイは無言で彼の後ろに付いて行く。

中に入ると全体がピリピリしていた。

けが人も多く、また一人、また一人と運び込まれる。

そしてそれと同じだけ、武器を手に駆けて行く。

 

「「穢れがすでに多過ぎるな…。相変わらず人間は変わらない。失うとわかっていて、戦いを始める。人は忘れる生き物だ。大事なものを失ってもなお、それに慣れ、忘れる。あいつはここに来ているのか。」」

 

レイは辺りを見て小さく呟いた。

 

スレイがテントに入ると、

 

「来たか。導師よ。」

 

片目の潰れた師団長がいた。

スレイは師団長に、

 

「ルーカスたちは?」

「右翼戦法、奇襲部隊だ。」

 

スレイは背を向け、歩き出す。

レイもそれに付いて行く。

スレイのその背に、

 

「待たれよ、導師!貴様には中央に展開した……指揮に従え!導師!ここは私の戦場だ。」

 

スレイは背を向けたまま、

 

「……オレのやるべきことは変わらない。ここが誰の戦場でも、だ!」

 

そう言うスレイの後ろで、レイが騎士兵に捕まった。

 

「レイ!」

「動くな、導師!私の指揮に従え!」

 

だが、レイは自分を捕まえている騎士兵を見据える。

騎士兵はその瞳を見て震えあがる。

彼の目の前には、闇が見えた。

そして大きな闇が自分を飲込む。

騎士兵はレイを放す。

そして、腰を抜かした。

 

「何をしている!」

 

レイはそれを無視し、スレイの手を引いた。

そして彼らはここを離れた。

その姿を見て、

 

「大体、ガキ一人…いや、二人がどれほどのものか!大臣の目も曇ったものだ!我らも出るぞ!」

 

 

スレイ達は入り口の所に来た。

スレイは繋いでいたレイの手を放した。

そしてレイを見下ろして、

 

「レイ、お前はここに残れ。これから行くのは戦場だ。危険がいっぱいなんだ。」

「確かにそうですが……」

「ここに置いて行くのもまずいと思うわよ。」

「そうだ、スレイ。だったら僕らで守った方が……」

 

天族組はスレイを見て言う。

しかしスレイは首を振り、

 

「確かに、そうかもしれない。でも、ここでならアリーシャに会えるかもしれない。その方がいいはずだ。」

「だけど……」

 

ミクリオが続きを言う前に、レイはスレイの手を取った。

 

「「今、安全なのは傍に居ることだ。」」

 

レイはスレイの目を見て言う。

レイの瞳はいつもと同じだった。

だが、どこか違う違和感をスレイ達は感じている。

スレイは追及せず、

 

「わかった。でも本当に危ないんだ。傍を離れないで。」

「……」

 

レイは無言だったが、彼の傍に居た。

つまりは了承したという事だ。

 

スレイ達は戦場を歩いていく。

 

「これが……戦場なんだね。」

 

スレイは戦場を見て言った。

 

「はい。この風景だけは昔も今も変わりません。」

「人が人じゃないみたいだ。」

「事実そうよ。」

 

ライラの言葉に、ミクリオは悲しそうに言う。

そしてエドナが真剣な目で言う。

 

「英雄とか豪傑とか呼ばれた連中って大抵は憑魔≪ひょうま≫なんだから。」

「戦場ほど穢れを生み、人がそれを受け入れてしまう場所もありませんから。」

「そんなところで名を残した者が英雄……か。憑魔≪ひょうま≫だと言われれば納得だね。」

 

天族三人組は悲しそうに言う。

そしてエドナも思い出しながら、

 

「たしか、百勝将軍ディンドランとか、大昔に大陸を統一したメリオダス王とかも。」

「歴史の本に絶対出てくる名前だな。」

「『暗黒時代』を終わらせたクローディン王も?」

 

スレイは悲しそうに言うが、

 

「彼は……違います。クローディンさんは導師だったと聞いていますわ。」

「そうなんだ。知らなかっただけで、ずっといたんだな。導師も憑魔≪ひょうま≫も……」

「「…………。」」

 

レイは彼らの会話を静かに聞いていた。

 

 

少し高い崖の所まで来た。

ミクリオが端の方を見て、

 

「あっちの崖上なら、きっとルーカスたちも見つけやすい。」

「その分敵にも気付かれやすいルートね。」

 

エドナが注意す中、騎士兵達の声が響く。

 

「伝令!傭兵団の奇襲からの挟撃は失敗。本体に合流する。急げ!」

「何だって⁉」

 

ミクリオが驚きの声を上げる。

スレイは騎士兵に駆け寄る。

 

「ルーカス達を見捨てるつもりなのか!」

「彼らの犠牲を糧にせねば、より多くの兵が命を落とす!」

 

レイはスレイを見据える。

スレイは、騎士兵に詰め寄り、

 

「彼らはまだ戦ってるじゃないか!」

「これは戦争なんだ!いくぞ!」

 

騎士兵達は歩いて行った。

俯くスレイに、ミクリオが声を掛ける。

 

「スレイ、彼は兵士としての役目を果たしているだけだ。責められないよ。」

「くそ!」

 

と、剣や槍といった武器のぶつかり合う金属音が響く。

それに合わせ、人の声も聞こえてくる。

そちらの方を見ると、岩と岩の間から戦っている姿を見えた。

スレイはそれを見て、

 

「こんな殺し合い、バカげてる!」

「「それが人間だ。そしてそれは新たな怒りや憎しみ、悲しみを生み出す。」」

 

レイは無表情でその光景を見る。

その瞳には、人と人が戦い合う姿が映っている。

ライラは悲しそうに、辛そうに、

 

「レイさんの……いえ、確かに人々の怒りや憎しみであふれかえっていますわ。」

「息苦しさの原因はそれだね。戦場はまさに〝穢れの坩堝≪るつぼ≫″だ。」

 

ミクリオもそこを見て言った。

スレイは戦いを見つめる。

その中に、見知った人物を見た。

一人で敵を二人相手にし、睨み合っている。

 

「あれか!」

 

スレイは叫ぶ。

そしてエドナが、その背に最後の忠告をする。

 

「いくのね?」

 

スレイは振り返り、

 

「うん!頼むぞ、みんな!」

 

ミクリオ達は頷く。

そしてスレイは、レイを背負い走り出す。

岩崖を飛び、

 

「『ルズローシヴ=レレイ』!」

 

着地する。

レイを降ろし、

 

「レイ、絶対に離れるな!」

 

ミクリオと神依≪カムイ≫化する。

そして敵を薙ぎ払っていく。

 

「ぐわぁ!」

 

その場に居た者全員が、その方を見る。

 

「だいじょうぶ。手加減はしてるよ。」

 

敵は皆、武器を構え、スレイに突進する。

 

「どけ!道を開けてくれよ!」

「スレイ、油断して足下すくわれるなよ。」

「わかってる。」

 

ライラとエドナはスレイの姿を見て言う。

 

「スレイさん…怒ってますわね。」

「怒りたくもなるでしょうね。」

 

レイはスレイ達に付いて行きながら、スレイの戦う姿を見ていた。

無論、レイを襲ってくる騎士兵もいるが、それはミクリオ達が守る。

それでも、それをくぐって来る者はいる。

しかしその者達は、レイの瞳を見る。

そしてその者は、恐怖に脅え、腰を抜かす。

そして口々に言う。

〝化物〟、〝悪魔〟と……。

 

スレイは剣一本で敵を薙ぎ払っていく。

そしてスレイの姿を見た敵兵は、

 

「なんだこいつ、ただの長剣一本で……」

 

スレイの後ろから剣を振り下ろそうとした者は、何かに吹っ飛ばされた。

 

「うわ!」

 

そして地面に尻を付き、

 

「なっ!なんだ!何に防がれたんだ!」

 

それを防いだのは、彼と背中合わせになっていたミクリオ。

だが、それを彼らは見えていない。

そして、敵兵達はそんなスレイに脅え、

 

「ば、化物……」

 

それはルーカス達も見ていた。

 

「何がおきてやがる……?」

「導師⁉」

 

敵兵の誰かがそう言った。

そしてスレイはゆっくり歩きながら、

 

「どいてくれ。」

「くっ。弓兵!」

 

しかし、敵兵は退かない。

スレイは今度はライラと神依≪カムイ≫化をする。

敵の弓を燃やし尽くす。

 

「バカな……」

 

敵はなおも武器を手に、スレイに襲い掛かる。

スレイはそれを剣一振りで、薙ぎ払う。

スレイは、ルーカスに近付いた。

 

「これが導師の本気≪ちから≫なのか……」

 

彼の声が少し震えていたのをレイは気付いている。

 

「ルーカス、帰ろう。」

 

スレイは、彼を見ながら言った。

彼は震える声と、戸惑う声で、

 

「あ、ああ……」

 

スレイは敵兵に振り返り、声を張る。

 

「退け!ローランス兵!」

 

それは近くではなく、頭に響く。

敵兵は頭を抑えながら、

 

「なんだ⁉声が頭の中に……!」

「何者だ、貴様ぁぁっ!」

「次はない!退け!」

 

スレイは、エドナと神依≪カムイ≫化し、敵を岩で突き上げる。

次々と岩を出現させ、敵を追い払う。

 

「あ、悪魔だ!ハイランドが悪魔を連れてきた!」

「退け!退け!」

 

敵兵達は脅えながら、逃げて行く。

レイはそれをただ黙って見ていた。

そして、スレイに向き直る。

 

岩も元に戻り、スレイは再びルーカスを見る。

ルーカスは脅えていた。

それを見たスレイは俯く。

だが、ルーカスを見て、

 

「本当に無事でよかった。」

 

そして彼らから離れて行く。

彼のその悲しそうな背にミクリオは、

 

「スレイ、彼らもいつか分かってくれる。」

「そうですわ。」

 

ライラもスレイを見て言う。

スレイは少し悲しそうに、

 

「ありがとう……気休めでも今はうれしい。」

「泣いてもいいけど?」

 

エドナが優しく聞くが、

 

「ううん。まだ終わってないから。」

 

スレイ達は戦場を再び歩き出す。

レイはそれを後ろから見ていた。

 

「「人は己と異なる者、力、存在を認めない。それに対し、怖れ、恐怖する。決して受け入れようとしない。それが例え、自分達が祀る相手だとしても。」」

 

レイは、悲しそうな彼の背にそう呟く。

 

 

――高い岩の上で、少年は不思議な光景を見た。

一方的に倒されるローランス兵。

 

「あれ?もしかして天族がここに居るのかな?でも、こんな穢れた場所に来たら、ドラゴンになりそうだけど……」

 

と、少年の頭に声が響く。

 

ーー退け!ローランス兵!次はない!退け!

 

そして少年の瞳には、燃える矢、突如現れる岩を見た。

少年は嬉しそうに、

 

「へぇー、まだ導師が居るんだ。もういないと思ったけど…。」

 

少年は岩から降りる。

 

「導師が戦争に参加……しかも、片方の国に加担してる。それだけじゃない、複数の天族を従えているなんて…これは面白くなりそうだよね。君たちも、そう思わない?」

 

少年は横を見る。

そこには、ローランス兵だけでなく、ハイランド兵も居た。

兵達は突然現れた少年に驚いていた。

そして、一人の兵が少年を切り裂く。

大量の血がその場を浸すが、

 

「ちょっと、人が問いかけてるんだから……」

 

少年は自分を切り裂いた兵に近付き、

 

「ちゃんと答えてよ。」

 

笑ってそう言った。

兵は震えあがり、

 

「なんだこいつ!化物か⁉」

 

そう言った兵は崩れ落ちた。

大量の血が少年の足元に流れる。

少年は兵の持っていた剣を握り、

 

「それ、僕の問いに関係ない。」

 

少年は剣についた血を払い、

 

「で、君たちはどう思う?」

 

そう言って、残りの兵達を見る。

兵士達は、悲鳴を上げながら逃げ出した。

 

「誰も答えない……か。」

 

そう言って、少年は地面を蹴る。

握った剣で兵士を切り裂いていく。

最後に残った兵士を見下ろし、

 

「やっぱり、人間って弱いよね?」

 

兵士は声にならない悲鳴を上げていた。

見上げる少年は顔にまで血が付き、その服も、手も、足も、己の血ではない血をつけていた。

そして見下ろす少年の瞳は赤く光っていた。

少年は笑みを浮かべて、

 

「でも、そんな弱い人間だからこそ、面白いんだけどね。」

 

そして剣を突き刺した。

少年は歩きながら、

 

「かなり汚しちゃったな……。キレイにしないと。これ、見つかったら怒られちゃう。」

 

そう言って、少年は振り返り、

 

「喰らえ。」

 

指を鳴らした。

少年の足元の影が動き出す。

その陰から黒い何かが飛び出し、兵士の死体を喰らい尽くした。

その場には血も、死体も、武器でさえも残ってはいなかった。

そして風が少年を包み、弾ける。

少年には血すらついてはいなかった。

少年は鼻歌を歌いながら、歩いて行った。

 

 

戦場は悪化していく。

ハイランド兵による火のついた石攻撃などやローランス兵による大矢を撃ち上げる。

ハイランド兵の投げた火石は空中でローランス兵の大矢とぶつかり、砕け落ちる。

しかし、そのまま火石となったまま、大地に、人の上に落ちてくる。

 

多くの人がぶつかり合う。

武器を手に、自分と同じ人に。

剣や槍のぶつかり合う金属音。

人が倒れる音、人に剣が、槍が刺さる、切り裂く鈍い音。

人の怒声、悲痛、様々な音が鳴り響く。

様々な鈍い音と共に彼らは歩く。

 

兵の一人はその瞳で見た。

突如、地面から岩が尽き出る。

多くの人間がそれによって宙に飛ぶ。

岩が尽き出る大きな音に合わせ、歩く音がする。

一人の少年とその後ろに居る小さな少女。

少年が歩く度、その行先を作るかのように岩が尽き出る。

 

 

「何が起こっている⁉」

「一時退却だ!退け―‼」

 

ローランス兵たちは一目散に逃げて行く。

我先にと、武器を捨て、自国の旗を踏んで、一目散に逃げて行く。

彼らのその姿を見て、ハイランド兵は自国の勝利とばかりに剣や槍を掲げ、歓声を上げる。

その先に居る一人の少年の悲しき瞳に気付かずに……。

 

「「悲しき哀れな導師……お前はこの先どうする。」」

 

風が彼らを包み込む。

全てを包み込む。

土煙となって、戦場を包み込んだ。

 

「終わったわね。」

 

エドナがスレイの背に言う。

 

「あとはここに生まれてしまった憑魔≪ひょうま≫を鎮めないと。」

「スレイさん……。」

「ま、今回はとことん付き合ってあげるよ。」

 

ミクリオは優しく彼に言う。

スレイはミクリオに振り返り、

 

「ありがとう。ミクリオ。」

 

そして再び、歩き出す。

しばらく歩いていると、どこかで見たことのある人を見た。

 

「あの人まだ……!」

 

スレイはその人物に駆けて行く。

 

「掃討しろ!一人も逃がすな!」

「師団長さん!もう勝敗は決してる!」

「導師か。何を甘いことを。ここで徹底的に打ちのめせば、以後も優位に立てるであろうが。」

 

と、嬉しそうに言う。

 

「そんな事のために!」

「スレイさん、この人に何を言っても無駄ですわ。」

 

ライラはスレイに少し怒りながら言う。

そして、師団長の男はなおも続ける。

 

「導師、貴様の働きのおかげでこれほど圧倒できるのだ。もっと誇られよ!くっくっく!」

 

スレイは背を向け、

 

「くっ!約束通り……アリーシャは必ず解放してよ。」

 

エドナは師団長を見て、

 

「なんて醜い人間なのかしら。」

「スレイ、こんな状態でいくら憑魔≪ひょうま≫を鎮めても焼け石に水だ。」

「ですわね。落ち着くまでここから離れましょう。」

「わかった……」

 

そして彼らはこの場を離れる。

 

しばらく歩くと、笛の音が流れてきた。

そしてスレイ達の目の前にどう見てもおかしな者達が歩いていた。

ハイランド兵だけでなく、ローランス兵も居た。

彼らはまるでゾンビのように歩き、近付いてくる。

スレイとミクリオはそのゾンビ兵を見て言う。

 

「な、何だあれ⁉」

「まるで生気を感じない!」

 

スレイ達は応戦を始める。

しかし、彼らは今まで戦場に居た憑魔≪ひょうま≫とは違う。

 

「まずいですわ!これはただの憑魔≪ひょうま≫ではありません!」

「まったくよ。いくら叩き潰しても、起き上がって来る。」

 

ライラとエドナにも、緊張が走る。

レイがスレイ達の前に歩き出てきた。

 

「「……やはりいるのか、あいつは。」」

 

そう言うと、レイにゾンビ兵が襲い掛かる。

 

「「レイ!」」

 

スレイとミクリオが駆け寄るとするが、レイは手を振り払う。

すると、ゾンビ兵が吹き飛んだ。

 

「な⁉」

 

スレイとミクリオは立ち止まる。

ライラとエドナは、目を見張った。

 

「やっぱり、アンタだったのね。」

 

エドナが傘をたたみながら、歩き寄る。

レイを風が包み、弾ける。

そこにはレイの姿をした黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が現れた。

 

「何をそんなに怒っている。陪神≪ばいしん≫。」

「アンタのそのやり方が気に入らないのよ。アンタ、ずっとスレイを見ていたでしょ。」

「無論だ。それに言ったろ、〝今安全なのは、傍に居ることだ〟っと。それに、今回のこの戦は本来、歴史にはない事だからな。ハイランドとローランスの戦争はもう少し後だ。」

「では、この戦争は仕組まれたと?」

 

ライラとエドナは怒っているようだった。

だが、目の前の黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は無表情で、

 

「そうだ。大方、あいつがローランスの方で願いを叶えたんだろ。だが、これはやり過ぎだ。」

 

小さな少女の足者の陰が揺らぎ始める。

そして、再びこちらにやって来るゾンビ兵を見据え、

 

「喰らえ。」

 

指を鳴らす。

足元の影から黒い何かが飛び出し、ゾンビ兵を喰らい尽くす。

そして、その場には何も居なくなった。

 

「さて、導師。此度の戦、お前達の理とは異なるもの。故に、少しだけ力を貸してやろう。」

 

そう言いて、霧が発生し始めた。

それは戦場を全体を包み込んだ。

 

「裁判者たる我が名において、扉の開錠を命ずる。カギを開け、審判者!」

 

スレイ達は見た。

霧の中に大きな扉があるのを。

 

――少年は笛を吹いていた。

先程見た導師にさっき殺してしまった兵達を向かわせた。

 

「さてさて、あの導師はどうなるかなぁ~♪」

 

笛を吹くのを止め、岩の上で遠くから様子を見ていた。

が、とある一角の所に、見覚えのある人物を見つけた。

彼はその人物の前に降り立った。

 

「久しぶり。」

 

少年の目の前には大きな穢れを纏った大男が立っていた。

その大男は戦場を見下ろしていた。

 

「と言うより、無視ですか。ま、いいけど。」

 

と言って、少年も戦場を見下ろした。

 

「相変わらず人間は醜いよね。逃げ回る敵兵をここぞとばかりに追いかけ回す。もう勝敗は決してるのに。」

 

そう言いながら、大男を見上げた。

すると、獅子のような顔が少年を睨んでいた。

 

「うっわ……なになに、もしかしてまだ怒ってるの?だって仕方ないじゃん。君をそんなにしたのは呪い。確かに俺も手を貸したさ。だって、それが俺の仕事だもん。」

 

そう言いながら、後ろにケンケンしながら下がる。

と、少年は空を睨んだ。

霧が発生し出したのだ。

少年は嬉しそうに笑い、

 

「アハハ!あの子やっぱり来たんだ!」

 

そして少年の所に声が聞こえてきた。

 

ーー裁判者たる我が名において、扉の開錠を命ずる。カギを開け、審判者!

 

少年は笑みを浮かべ、

 

「いいよ♪」

 

そう言って、胸に手を当てる。

 

「審判者たる我が名において、鍵を開ける。開錠!」

 

そう言うと、風が吹き荒れた。

しばらくすると、少年は同じように言う。

 

「審判者たる我が名において、鍵を掛ける。閉錠!」

 

そう言って、ルンルンで大男に近付いた。

霧も薄まっていく。

笑みを浮かべていたが、すぐにその笑みが消えた。

 

「あれ?もう反応が消えちゃった……。それに扉を使うってことは、まだ万全じゃないのかな?」

 

少年はつまらなそうに、

 

「ま、いいや。居なくなったならここに居る必要もないね。俺はもう行くよ。探し物は見付からないから面白いってね。」

 

風が少年を包む。

 

「また会おうか、じゃあねぇ~。」

 

そう言って、風と共に消えた

 

 

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は、声を聴いた。

 

ーー審判者たる我が名において、鍵を開ける。開錠!

 

その言葉と共に、扉が開く。

すると、扉の中に穢れが吸い込まれていく。

しばらくすると、再び声が響く。

 

ーー審判者たる我が名において、鍵を掛ける。閉錠!

 

扉が閉まると、小さな少女は胸を抑える。

そして霧が収まっていく。

 

「……さて、導師。今回の件での穢れはある程度こちらで引き受けた。後は人間次第だな。」

「……わかった。」

 

スレイは頷いた。

そして小さな少女を見つめて、

 

「一つ君に聞きたい。」

「なんだ、導師。」

 

小さな少女は、スレイを見上げる。

 

「君はレイに憑いているのか。」

「……いや。それは少し違うな。だが、今はそれで構わない。」

 

赤く光る瞳で小さな少女は言う。

ミクリオは小さな少女を見つめ、

 

「君は、レイが何者か知っているのか?」

「……陪神≪ばいしん≫、聞きたいことは一つだったんじゃないか。」

「……それはつまり知っているという事だろう。」

 

互いに見つめ合った。

そして小さな少女は視線を外し、

 

「お前達がどう思うと、今の関係は保てないぞ。今はまだ記憶があいまいだから傍に居れるが、記憶が戻ればおそらく去るだろうな。」

 

小さな少女はスレイとミクリオを見据えた。

スレイは眉を寄せて、

 

「その時が来たら、考えるさ。それより、レイを返してくれ。」

「ダメだ。」

「なぜだ⁉前の時はすぐに返しただろう。」

 

ミクリオが詰め寄る。

しかし小さな少女は、変わらずの無表情で、

 

「あの時とは状況が違う。なにより、お前達に従う理由はない。」

「な⁉」

「……なら、この状況が終われば、レイを返してくれるのか。」

 

スレイはまっすぐ小さな少女を見る。

 

「……ああ。終わればな。」

 

そう言って、小さな少女は空を見上げた。

視線を再びスレイに変え、

 

「導師、お前に忠告だ。この先には行くな。今のお前では簡単に穢れるぞ。」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイはライラを見る。

 

「行くのですね。」

「うん。この先に何があろうと、レイはほっとけない。例え、今のレイがレイでなくても!」

「無論、僕も行くよ。」

「まったく。バカなボウヤ達ね。仕方ないから付き合ってあげる。行くわよ、ミボ。」

 

と、エドナが歩いて行った。

それをミクリオが怒りながら、追いかけた。

小さな少女は振り返る。

導師一行が進んできていた。

 

「忠告してやったのだがな……。まあいい。」

 

小さな少女は導師が近くに来るのを待った。

そしてまた上を目指して歩き出した。

 

スレイ達は前を歩く小さな少女に付いて行っていた。

と、いきなり空気が変わった。

押しつぶされるかのような息苦しさ。

穢れに満ちた領域。

 

「う、っぐ!」

 

スレイは胸を抑えて、膝をついた。

エドナが周りを見て、

 

「この領域……今まで感じたどれよりも……」

「……冗談じゃない。」

 

ミクリオは辺りを見渡して言う。

そしてライラは、

 

「これ程の穢れ……まさか!」

 

そして見上がる先には大きな穢れの塊が目の前に広がる。

エドナが珍しく脅えながら、

 

「何なの……これ……」

 

なおも穢れは膨れ上がる。

そしてライラは叫ぶ。

 

「スレイさん!これ程の邪悪な領域を持つものは、かの者しか考えられませんわ!」

 

ミクリオはその穢れの塊を見上げながら、

 

「まさか、災禍の顕主……」

 

スレイは胸を抑えながら、辺りを見る。

そこにはいまだ戦うハイランド兵とローランス兵。

しかし、状況が変わる。

味方同士で戦い始めたのだ。

それを見たエドナは、

 

「あの人達、正気を失ってしまったようだわ。」

 

スレイは苦しみながら立ち上がる。

 

「と、止めなきゃ!」

「スレイ!」

 

スレイはふら付きながら、走って行った。

その背をミクリオが叫ぶ。

 

「いけません!今の私たちが敵う相手では……」

 

ライラもその背に叫ぶ。

スレイは振り返り、

 

「わかってる。やばくなったら逃げるよ!みんなの命も預かってるんだ。」

 

ミクリオがスレイを追いかける。

ライラは悲しそうに俯く。

 

「しょうがない子ね。」

 

エドナは呆れながら、それでいて少し嬉しそうに言う。

まるで弟をたしなめるかのように。

小さな少女はそれを見ていた。

ライラが小さな少女に振り返り、

 

「このことがわかっていらして、黙っていたのですか⁉」

「私は忠告したはずだ。」

「ですが、かの者とわかっていれば……全力で止めました!」

 

と、ライラと小さな少女は睨み合っていた。

小さな少女は視線を外した。

 

「まったく。お前には感謝されぞ、恨まれる筋合いはないぞ。こちらとて、リスクは負っている。本来ならマーリンドまではもたなかったさ。それに今回も、な。」

「もしかして……」

 

そしてライラは見た。

少なくとも自分の知る裁判者は疲労したところなど見たことがない。

だが今、目の前にいる裁判者は疲労している。

 

「それより、追いかけなくていいのか。」

 

小さな少女はそう言って駆けて行った。

ライラとエドナも急いで走って行った。

 

「それに、このような場所で穢れても、死なれても意味がないからな。」

 

スレイに追いつき、進み続ける。

と、小さな少女は上を見る。

そして、スレイに視線を戻し、

 

「気を付けないと死ぬぞ、導師。」

 

そして、スレイに剣を振り下ろしてきた憑魔≪ひょうま≫がいた。

彼はそれを見上げる。

しかし受け止められず、吹き飛ぶ。

 

「スレイさん!」

 

スレイは体勢を整える。

 

「スレイ!」

 

目の前には大剣を持った、片目が潰れた大きな狼のような憑魔≪ひょうま≫だった。

それを見たエドナは、

 

「この憑魔≪ひょうま≫……」

「導師よ。このハイランドの武功を邪魔立てする気だろう……許さんぞ!さあ、立て!大臣も貴様の首を見れば、私と導師のどちらが国にとって必要かわかるだろう!」

 

ライラは悲しそうに、

 

「ダメですわ!この方はもう完全に憑魔≪ひょうま≫と化している!」

「やるしかなさそうね。」

「今の状態でこいつと戦うのか⁉」

「みんな、踏ん張ってくれ!」

 

スレイ達は戦闘を始めた。

小さな少女は、片隅でそれを見る。

 

戦闘ははっきり言ってきつかった。

スレイ達はおされていた。

 

「さすがに、しぶと過ぎないか…?」

 

ミクリオは戦いながら言う。

スレイも剣で応戦しながら、

 

「出し惜しみをしていたら勝てない…!」

「スレイ!あれをやる気か⁈」

「ああ!神依≪カムイ≫に使う力を、この剣に注ぐ!」

 

スレイは力強く踏み込み、

 

「終わらせる!剣よ吠えろ!雷迅双豹牙‼」

 

敵を斬り上げる。

それでも苦戦は続く。

 

「まったく見ていられないな。少しだけ手伝ってやろう。」

 

小さな少女は憑魔≪ひょうま≫の前に立った。

そして片手を前に出し、握る。

それと同時だった。

氷の刃が憑魔≪ひょうま≫を貫く。

憑魔≪ひょうま≫が大剣を小さな少女に振り下ろすが、

 

「なに⁉」

 

小さな少女の前で剣が止まった。

いや、止められた。

小さな少女の足元の影が剣を砕いた。

 

「あとは、お前達でやれ。」

 

そう言って、少女は後ろに下がる。

スレイ達は一気に決めにかかった。

そして、スレイが最後の一撃を与える。

 

「おのれええ‼」

「穢れが消えない⁉」

「ダメですわ!この領域の力はすでに私の浄化の力をはるかに上回っています。」

「根本を取り除かないとダメか……」

「けど、この領域の主を退けるのは無理よ。」

「行くしかない……!」

 

スレイは覚悟を決める。

しかしライラが、それを必死に止める。

 

「無茶ですわ!」

 

スレイはライラに向き直り、

 

「ライラ!お願いだ!オレたちがやらないと、この戦いは止まらない!」

 

ライラはスレイの瞳の強さに負けた。

俯いた後、顔を上げ、丘を見る。

 

「……あの丘の上が穢れの中心のようです。」

 

そう言って、スレイも見る。

大きな穢れの塊が見える。

スレイは背を向け、

 

「ごめん。」

 

ミクリオはスレイの方を向き、

 

「詫びなんて不要だ。僕たちは死なないからね。」

「ミクリオ……そうだよな!」

「行くのなら早く行きましょ。」

「はい。」

 

と、歩き始めた。

 

「まったく……どこまでも馬鹿だな。今宵の導師も……」

 

小さな少女は彼らの後ろに付いて行く。

 

道中スレイは憑魔≪ひょうま≫に襲われる。

 

「うおおおおっ!」

 

スレイは交戦するが、

 

「なんか、さっきみたいに倒せない!」

「こっちが弱ってるからだけじゃないな。」

「兵士達、すでに憑魔≪ひょうま≫と結びついてるのね。」

「兵士全員が…?スレイさん、これ以上は…」

 

スレイ達は極力戦闘を避けながら、丘を目指す。

丘を上がって行くと、戦う兵士憑魔≪ひょうま≫の中央に大きな人影が見える。

それは黒く、穢れを纏った者だった。

後ろ姿からもわかるくらい穢れが目に見える。

エドナはその姿を見て、脅えながら後ろに一歩下がる。

スレイは覚悟を決めて、声を出す。

 

「おまえが……」

 

その者はゆっくりと顔をこちらに向ける。

 

「……新たな導師が現れていたとはな。」

 

その顔はまるで獅子のようだった。

押しつぶされそうな気持ちを必死に耐えるスレイ達。

そして、穢れを纏った大男はスレイに振り返る。

スレイは拳を握りしめ、見つめる。

その姿に、

 

「恐ろしいか?」

「なに?」

「死の予感……甘美であろうが……」

 

穢れを纏った大男は笑みを浮かべながら言う。

スレイはその姿に恐怖を覚える。

首を振り、その気持ちを抑え込む。

 

「ら、ライラ!」

「は、はい!」

 

スレイは手を上げ、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

ライラの真名を叫ぶ。

 

「「スレイ!」」

 

ミクリオとエドナも叫び、スレイの中に入る。

そして、神依≪カムイ≫化するスレイを見て、

 

「ほぅ。」

 

穢れを纏った大男は感心する。

スレイは炎を纏った剣を握り、向かっていく。

 

「うおおおおっ!」

 

しかし剣は、いとも簡単に掴まれた。

そして、押しても引いても、びくともしない。

 

「はぁはぁ。」

 

そして、神依≪カムイ≫が解ける。

 

「きゃ!」

 

ライラは弾き出された。

なおも、穢れを纏った大男は笑みを浮かべてスレイに近付く。

彼の纏っている穢れがスレイを覆い始める。

と、そのスレイの前に小さな少女が歩み出る。

彼の穢れを風が防ぐ。

それを見た穢れを纏った大男は歩みを止め、

 

「貴様は……そうか、これは傑作だ。よもや、そこまで弱っていたとは!これほど近付いてもなお、お前の力をほとんど感じない。」

「無駄話は後にしろ。あいつはどこにいる。」

 

二人は睨み合った。

が、穢れを纏った大男は笑い出す。

 

「フ、フハハハッ!あやつは既にここにはいない。扉を閉めてさっさといなくなったわ。しかし、これではあやつが気付かないのも無理はない。その姿のように弱く、限界がきている。だからさっき、扉を使ったのであろう?」

「……お前、扉についてどこまで知っている。」

 

穢れを纏った大男は笑みを浮かべるだけであった。

小さな少女は、無表情のその顔には似つかわしくない強い殺気を纏った瞳で、

 

「扉に触れることは禁忌と知れ!」

「その禁忌に近付けたのは貴様らだ。今の導師と同じく、貴様があいつに関わったからだ。」

 

小さな少女は目を見張った。

そして睨む。

スレイ達はこれ見てる事しかできない。

しかしその中で、ライラは悲しそうに小さな少女を見ていた。

 

「貴様の後ろの導師は目映いばかりに無垢よな。ゆえに、誰よりも良い色に染まりそうだ。」

 

そして再び穢れを纏った大男は近付いてくる。

小さな少女は風の防壁を強くする。

しかし押され、彼らは崖端まで追いつめられる。

 

「今の貴様に浄化の力はない。そして、その限られた力ではワシを止めることはできん!」

 

そして穢れを纏った大男は咆哮する。

小さな少女の風の防壁が壊された。

そして胸を抑え、

 

「……!」

 

そして膝をつく。

彼女を風が包み、乱れ始める。

その間から見える小さな少女の姿は、白と黒と交互に交差する。

そして穢れを纏った大男が、地面を蹴ると、穢れが濃くなった。

 

「今の貴様ではワシを止める事さえできぬ。半分しかない貴様ではな!」

 

風が弾け、白いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が現れる。

小さな少女は胸を抑え、見上げていた。

その瞳は赤く光っている。

小さな少女は立ち上がり、歌を歌い出す。

が、小さな少女の目の前に来ていた穢れを纏った大男は、

 

「無駄だ。今の貴様ではな!」

 

手を振り上げた。

大きな風圧が起こり、

 

「うっ!」

 

いとも簡単に小さな少女を吹き飛ばした。

 

「レイ‼」

 

スレイが手を伸ばすが、小さな少女レイはそのまま崖下へと落ちていく。

レイはすぐに暗闇の中へと消えた。

そして再び、穢れを纏った大男は咆哮を上げると、スレイを穢れが覆う。

スレイは膝をつき、口を押える。

 

「うっ!ぐっ!」

 

口を拭い、顔を上がると、そこには穢れを纏った大男はいなかった。

しかし、声だけが響く。

 

「我が名はヘルダルフ。若き導師よ……生き延びて見せられるか?……フフフ……」

「一体何なんだ……」

 

スレイは呟く。

そしてスレイは気付く。

 

「ミクリオ?おい、ライラ!エドナ!」

 

辺りを見渡し、彼らを探すがいない。

スレイの瞳は不安げに揺れる。

と、横から歩く音が聞こえて来る。

スレイは少しほっとしたように、

 

「ミクリオ?」

 

と、音の方に振り返るが、それはミクリオではなかった。

穢れを纏った騎士憑魔≪ひょうま≫達であった。

スレイは剣を構え、

 

「こいつら……いつのまに……」

 

スレイは後ろを見る。

後ろは崖だ。

そして、視線を敵に戻すと、すでに騎士憑魔≪ひょうま≫の一人が剣を振り上げていた。

スレイはすぐに避ける。

が、その先にはまた別の騎士憑魔≪ひょうま≫が拳を振るう。

スレイはそれをもろに頬に受ける。

彼の口には血が滲む。

体勢を整えようとした先に、続く騎士憑魔≪ひょうま≫の拳。

それを、剣で防ぐ。

が、それは人に力とは思えぬ力で、スレイに圧し掛かる。

スレイは歯を食いしばる。

そして、必死に声にする。

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

しかし何も起こらない。

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

再び言うが、ライラの気配もしない。

スレイの瞳は少し諦めていた。

しかし、自分を抑え込んでいた力が弱くなる。

スレイが顔を上げると、騎士憑魔≪ひょうま≫の首にナイフが突き刺さっていた。

そしてそれをやったのは、黒に身を包んだ風の骨の暗殺者。

騎士憑魔≪ひょうま≫から穢れは消え、崩れ落ちる。

 

「まったく!何で!」

 

風の骨の暗殺者はスレイの前で背を向け言った。

が、スレイはそれを虚ろな瞳で見た後、意識がもうろうとする。

そして倒れ込んだ。

風の骨の暗殺者はそれに気づき、そちらを向く。

が、別の騎士憑魔≪ひょうま≫が風の骨の暗殺者を殴る。

それを腕で防ぎ、距離を取る。

後ろから来る騎士憑魔≪ひょうま≫と、目の前から来る騎士憑魔≪ひょうま≫の間を高く飛ぶ。

彼らは互いにぶつかり合って、倒れた。

風の骨の暗殺者は、目の前の騎士憑魔≪ひょうま≫を飛び越え、スレイの横に行く。

そして、先程騎士憑魔≪ひょうま≫の首に刺したナイフを抜き、後ろから来る騎士憑魔≪ひょうま≫の足に投げる。

それが刺さり、体制が崩れた隙に、スレイを抱えて崖に向かって走る。

しかし、騎士憑魔≪ひょうま≫の一人の投げた槍が、風の骨の暗殺者に向かう。

それは顔に着けていた仮面をかすった。

バランスを崩したまま、二人は崖下へと落ちていく。

二人は暗闇の中に消え、水しぶきが上がる。

 

 

スレイは風のそよ風と木々の音を感じ、目を覚ます。

そこは森に囲まれた場所であった。

起き上がり、横を見る。

そこには黒を身に纏った風の骨の暗殺者が気絶していた。

 

「助けてくれたのか……」

 

そして立ち上がり、傍による。

スレイが近付くと、スレイは驚いた。

それは見知った相手だった。

髪が赤い少女ロゼだった。

スレイは少しほっとし、辺りに叫ぶ。

 

「ミクリオ!」

 

だが、返事も気配もしない。

 

「……レイも心配だし。それに、あの獅子の男……一体何をしたんだ。」

 

スレイは辺りを見渡す。

スレイは足音を聞き、瞬時にしゃがむ。

そして辺りを警戒する。

 

「追手か⁉」

 

スレイは急いで、少女ロゼをおぶり、

 

「とにかくここを離れなきゃ……」

 

背おわれた少女ロゼはスレイの背で目を開けるが、再び目を閉じた。

そしてスレイは森の中を歩き出す。

 

森の中を歩き、中心辺りまでくる。

と、スレイの背から、少女ロゼの声がする。

 

「う……」

 

そしてスレイは目を開けた少女ロゼと、目を合わせた。

 

「あ……目が覚めた?君が暗殺団の頭領だったんだな。」

「……びっくりした?」

「うん。まあね。」

「君の妹からは何も聞いてないの?」

「え?レイから?何で?」

「ふーん、そっか。何でもない。」

 

少女ロゼは視線を外した。

そしてスレイは、少女ロゼを見たまま、

 

「名前、なんて呼べばいい?」

「ロゼでいいよ。ねぇ、スレイ。なんで放っとかなかったの。」

 

少女ロゼはスレイを見て言う

 

「目の前で倒れてたら助けるでしょ。」

 

スレイは平然と言う。

 

「それが暗殺ギルドの人間でも?」

「それじゃロゼはどうしてオレを助けてくれたんだ?暗殺ギルドの人間なのに。」

「わかんない。助けてよかったのかこれから判断する。」

 

スレイは苦笑いする。

 

「いい人なのは確かなんだよね……」

 

と、少女ロゼは小さく呟いた。

 

「え?」

 

そして、顔を上げ、辺りを見た後、スレイに顔を近付ける。

 

「スレイ……誰かが見てる。」

「ああ。」

 

スレイも気付いたのだろう。

すぐに察する。

 

「ねえ、北に向かって。そこにあたしたちの隠れ家にしてる遺跡があるんだ。」

「え、でも……追手にばれちゃってもいいの?」

 

と、少女ロゼを背おったまま、歩き出す。

心配するスレイに対し、少女ロゼは明るく、

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

そしてスレイは少女ロゼを見て、

 

「ってゆっか、もう下ろすよ?」

 

と、下そうとしたが、少女ロゼは、

 

「このまま行こ。その方が油断させられるし。」

「ちぇ。」

 

と、少女ロゼはスレイの背に頭を伏せた。

そしてスレイは少女ロゼを背おったまま、歩き出す。



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第二章 動き出す運命
toz 第九話 新たな仲間


スレイは少女ロゼを背おったまま、森の中を進む。

そしてその彼らを追うのは小さな足音。

 

スレイは遺跡の入り口まで来た。

すると、奥の方から何人かが走って来る。

そしてセキレイの羽の一員として見ている者達だ。

しかし彼らはあの時とは違い、黒を身に纏っていた。

 

「頭領!」

 

そしてスレイを見た彼らは、

 

「こいつ……例の導師……?」

 

スレイに背おわれていた少女ロゼは、スレイから急いでおり、

 

「話しはあと。追手を誘い込んだんだ。まずはその始末が先。」

「え!」

 

少女ロゼ達は駆けて行った。

その後姿に、

 

「おい、ロ――」

「待った。」

 

話し掛けようとしたが、それを腕を掴まれ、止められる。

スレイを止めたのは、彼がセキレイの羽の時に会っているトルメと言う少年。

スレイは彼に、

 

「ホントに追手を殺すのか?」

 

「相手次第かな?」

「なんかイヤなんだ。ロゼみたいな子が人を殺すの。」

 

少年は少し嬉しそうにしたが、スレイはそれには気付かず腕をほどく。

 

「あ!」

 

そして駆けて行った。

 

少し走ったところに、スレイを止めるかのように暗殺ギルドの二人が止める。

しかしそれを飛び越え武器を手に着地する。

そしてスレイは驚いた。

 

「え?君たちが……?」

 

それは数人の子供だった。

スレイは武器をしまう。

が、暗殺ギルドの人間が彼らを囲む。

少女ロゼが子供の一人の首にナイフを近付ける。

子供達を囲む彼らもナイフを構えている。

 

「敗残兵狩りの相手を間違えたな。見ての通りあたしらは軍人じゃない。」

 

そして子供を開放する。

 

「もう行って。」

 

そしてお金の入った袋を投げ渡す。

子供達は脅えながら走り去って行く。

少女ロゼはその背に、

 

「敗残兵狩りなんてもうやめときな。」

 

彼らが去った後、少女ロゼは悲しそうに、

 

「……いたたまれないよ。」

 

そして仲間に振り返る。

と、少女ロゼの仲間の一人が怒りながら、

 

「ローランスも何を血迷ったのか……ローランス上層部は何考えてんだろう。」

「ハイランドは姫が抑えていたというのに、ローランスが突然開戦か。さすがに予想できん。」

 

もう一人が、呆れたように言う。

そしてスレイは少女ロゼは悲しそうに、

 

「……おかげであんな子どもまで野盗まがいのマネをしなきゃいけない。」

「けど、ま、たくましく生きてる。」

 

スレイは彼らの言葉を聞き、少し考え、意外そうな顔で少女ロゼを見ていた。

そしてその視線に気付いた少女ロゼは、

 

「何?その顔。」

「いや……」

 

そして視線を外した。

そんなスレイに、

 

「僕ら暗殺ギルドやってっけど、だれかれ構わず殺してる訳じゃないよ。」

「殺さなければならない者以外は殺さないさ。」

 

そういう彼らに、スレイは聞く。

 

「じゃあ、オレは?」

 

それに答えたのは、少女ロゼだった。

 

「少なくとも闇討ちみたいなマネはしない。けどスレイ、導師がやっぱり人を迷わせる邪悪な存在でしかないなら……」

 

少女ロゼはスレイに近付き、

 

「躊躇なく殺る。忘れんなよ。」

 

スレイはそれを苦笑いで受け止める。

そんな彼に、

 

「もう遅いぞ?助けたこと後悔しても。」

「だが、どうやって見極める?頭領。」

「それなのよ。」

 

仲間が聞くが、少女ロゼは腕を組んで悩む。

そしてスレイは笑い出した。

 

「ぷ……ははは!」

「ん?」

 

その彼に少女ロゼは見る。

スレイは頭を掻きながら、

 

「ごめん、なんかおかしくて。」

「さ、隠れ家はこっち。しばらく休めるよ。」

「俺たちは他に追手がいないか辺りを見てくる。」

「サンキュ。任せた。」

 

そして少女ロゼの仲間は別れて走って行く。

と、先程の少年トルメがスレイに振り返り、

 

「そうそう、隠れ家に君の家族がいるよ。早く行ってあげな。」

 

そして駆けて行った。

スレイはすぐに、

 

「家族……レイか!」

「じゃ、急いで行こうか。」

「ああ!」

 

遺跡の方へと戻る。

 

遺跡をの入り口を目指して行くと、少女ロゼが声を上げた。

 

「メーヴィンおじさん!」

 

そして駆けて行った。

少女ロゼの先には、背中に大きな本を背おった探検家の格好をした老人がいた。

 

「久しぶりだな。お嬢。」

 

スレイもそこに駆けて行く。

そしてスレイを見た探検家の格好をした老人は、

 

「そっちのは……今、話題の導師か。」

 

スレイは戸惑いながらも、

 

「スレイっていいます。なぜ導師ってわかったんですか?」

 

その言葉に、探検家の格好をした老人は笑いながら、

 

「はっはっは。天然だな。その恰好を見ればわかる。」

 

そしてスレイはポンと手を叩き、納得した。

少女ロゼはスレイに、

 

「この人はメーヴィン。ギルドの一員じゃないけど、恩人なんだ。今時珍しい探検家よ。」

「へぇ!」

 

スレイは嬉しそうに彼を見る。

 

「気ままに旅してこれの足跡を追うのが気に入ってるってだけだ。」

 

そう言って、一冊の本を取り出す。

それを見たスレイは、

 

「天遺見聞録!」

 

スレイは自分の持っている天遺見聞録を取り出す。

彼とは色違い。

いや、年季の違いだろう。

互いに嬉しそうに見合う。

そして天遺見聞録をしまい、探検家メーヴィンは少女ロゼを見る。

 

「お嬢、戦争が始まったと聞いて気になってたんだが……問題なさそうか?」

「うーん。このアジトはもう捨てる。依頼もしばらく様子を見た方がよさそう。」

 

それを聞いて、スレイは落ち込みながら、

 

「もしかしてオレのせい?」

「導師が暗殺ギルドの心配か?変わったやつだな。」

「そうなのよ。」

 

と、二人は面白おかしく言う。

スレイは苦笑いになるだけだ。

そして探検家メーヴィンは、

 

「さて、俺はもう行くとするか。」

「え、もう?」

「ああ。あのチビちゃんも落ち着いたからな。」

「それって……レイは、レイは大丈夫なんですか⁉」

 

スレイは探検家メーヴィンに詰め寄る。

探検家メーヴィンはスレイの肩に手を置き、

 

「ん?ということは、お前があのチビちゃんの兄ちゃんか。なら、安心しな。大した怪我はしてない。熱もだいぶ下がって、後はゆっくり休めば大丈夫だ。川で見つけた時は驚いたがな。」

 

スレイは落ち着いた。

そして探検家メーヴィンは少女ロゼを見て、

 

「あんまりのんびりするなよ、お嬢。導師の出現、戦争勃発……これから時代が大きく動くぞ。」

「うん。わかってる。」

 

探検家メーヴィンは今度はスレイを見て、

 

「スレイ。せっかくここに来たんだ。奥にある遺跡の謎を解明してみせな。」

「え?どういう事?」

「ここは天遺見聞録に載ってない。他にもいくつかそんな遺跡や伝承がある。そんなに発見が困難なワケじゃないのにだ。なんか、裏があると思わねえか?」

「……自分の目で確かめたときにこそ伝承の本当の意味が見える……」

 

スレイは静かに言った。

それに探検家メーヴィンは、

 

「上出来だ。スレイ、また会おうぜ。お嬢もな。」

「うん。また。」

「じゃあね。おじさん。」

 

探検家メーヴィンは歩いて行く。

そして少女ロゼは、

 

「さ、中に入って。」

 

スレイは長い梯子を降り、遺跡の中に入る。

それを見届けた少女ロゼは、

 

「あー疲れた!今日はもう寝る!と、妹ちゃんの所に行かなきゃね。」

 

少女ロゼは仲間に場所を聞き、案内する。

そこにはベッドの上で寝息を静かに叩ている小さな少女がいた。

まだ少し熱があるのだろう、頭に濡れタオルをのせている。

スレイは髪を撫でると、小さな少女は目を開ける。

 

「あ……ゴメン、起こしちゃった?」

 

小さな少女は首を振る。

 

「レイ……ホントゴメンな。守ってやれなくて……」

 

レイは悲しそうになスレイの瞳を見た。

手を伸ばし、手を握る。

かすかな風がスレイを包んだ。

 

「レイ?」

「お兄ちゃん……あのとき…私に…手を…伸ばして…くれた。それ…だけで…いい。」

 

そう言って、また寝に入った。

それを見届けた少女ロゼは、

 

「スレイも適当に奥のベッド使って。」

「ありがとう。ロゼ。」

「勝手にどっか行くなよ。まだ安全かどうかもわからないんだし。」

 

そして少女ロゼは、歩いて行った。

スレイは一度レイから離れ、この遺跡を少し回る。

そして、閉じられた扉を見て、

 

「この先がここの遺跡の深部か。塞がれているな……」

 

しばらく歩いた後、レイの寝ている部屋に戻る。

もう一度様子を見てから、隣のベッドに横になる。

 

そして休みを少し取ると、聞き慣れた声がする。

 

「まったく、スレイのヤツ……もうちょっと警戒するもんだろう。」

「仲間はずれが寂しいのね。」

「声が届かないのって本当にもどかしいですわね。それにしてもミクリオさん、よかったですわね。」

「そうね。あのおチビちゃんが吹き飛ばされてから、落ち着きがなかったものね。」

「当たり前だ!スレイはスレイで、警戒心がないし!レイはレイで行方不明だったし!」

 

と、叫び始める。

それを聞いたスレイは勢いよく起き上がる。

 

「みんな!」

「スレイ!元に戻ったのか?」

 

と、スレイの中からミクリオ、ライラ、エドナが出てくる。

ライラは嬉しそうに手を合わせ、

 

「本当、よかったですわ。」

 

と、大声を上げる。

スレイは彼らを見渡し、

 

「いなくなったのかと……すげー焦った!」

「ヘルダルフとか言う獅子の顔の男、あの時一体何をしたんだ?」

 

ミクリオが考え込む。

それをエドナが、

 

「考えたことない?二つの領域が重なったら、どちらの加護が強く影響するか。」

「どいうこと?」

 

スレイは聞く。

それにライラが答える。

 

「スレイさんの導師としての領域がかの者のそれに打ち負けたのです。」

「そのせいでスレイの霊応力が一時的にマヒしたってわけか。」

「しょうがないわ。ドラゴンよりも強く、穢れた領域を持っているんだもの。」

「じゃあ、レイの熱も?」

 

と、ミクリオは後ろで寝ているレイを見る。

レイは寝ていた。

 

「いいえ、おそらくそれだけではありません。レイさんの場合はこれまでの負荷が一気に出たのでしょう。レイさんは無意識のうちにスレイさんの負担を肩代わりしていたのですわ。」

「え?」

「アリーシャさんの従士による負荷、急激な穢れによる体の負荷を……レイさんの圧倒的に大きな霊応力がスレイさんを助けていたんですの。そして今回、あの方との大きな乱れで、限界がきたのかと……」

「つまり、あのおチビちゃんはアンタがアリーシャと契約したときからきっと理解していたのよ。アリーシャは従士に向かないと。才能はあっても、霊応力が圧倒的に足りなかった。そんな状態で、神依≪カムイ≫やドラゴンの領域に入ったり、それを解いてからも、穢れに満ちたあの戦場に行った。気に入らないけど、アイツがおチビちゃんと入れ替えてなかったら……」

「スレイさんは穢れに負けて、落ちていましたわ……」

 

ライラは悲しそうに、エドナは少し怒りながら言った。

 

「そう……だったんだ……」

 

スレイは落ち込んだ。

そんなスレイに、

 

「君だけのせいじゃないって言ってるだろ。それに気づけなかった僕も悪い。」

「ミクリオ……」

「わかったら話を進めましょ。」

「あ……うん。ライラ、ヘルダルフ……あいつが災禍の顕主なのか?」

「まず間違いないでしょう。あれほどの穢れをまとうものは他にないと思いますわ。」

「じゃあ、あいつがあれほどの穢れと力を持ったのは何か理由があるって訳か。」

 

そう言って、スレイは瞳石≪どうせき≫を取り出す。

 

「当然だろうな。あんなのが自然に生まれてたまるか。」

 

ミクリオは少し怒りながら言う。

ライラは静かに、

 

「それを識り、スレイさんが答えを持ってかの者に挑まなければ……あ!」

 

真剣な表情で言っていたライラだったが、斜め前を見て、表情が変わった。

ライラがそちらの方向を指差し、

 

「スレイさん……」

 

スレイがそちらを見ると、そこには黒を身に纏った赤髪の少女ロゼを先頭に、暗殺ギルドのメンバーが立っていた。

そして少女ロゼが、

 

「妹ちゃんはまだ寝てるし……何ブツブツ言ってるの?」

 

スレイは少女ロゼの方を見て、

 

「あ、ああ。ここに仲間がいるんだ。」

 

と、スレイは横を見る。

少女ロゼはそんなスレイを呆れたように、

 

「は⁉」

「……天族なんだけど。」

 

そして少女ロゼは戸惑いながら、

 

「そ、そういうの笑えないよ。」

 

と、スレイは思いつく。

 

「ライラ、彼女なら『アレ』で声が聞こえるんじゃない?」

「そうですわね。やってみましょう。」

 

スレイとライラは互いに嬉しそうに言う。

スレイは少女ロゼに近付き、手を握る。

 

「な、何?」

「耳を澄まして。ロゼ。」

 

と、スレイは目を瞑る。

ロゼは不安げな顔で、辺りをきょろきょろし始める。

が、覚悟を決めて目を瞑る。

 

「ロゼさん、聞こえ……」

「ぎゃぁぁぁぁ‼」

 

ライラがしゃべり途中で、少女ロゼは目を大きく開け、叫ぶ。

そしてスレイとの手を思いっきり振る。

 

「ちょっロゼ!」

「ろ、ロゼさん、落ち着いて……」

 

ライラも落ち着かせるために言うのだが、

 

「聞こえない!ばか!放せ!」

 

より一層、スレイとの手を振る。

 

「ロゼ!聞いて!」

 

そしてスレイの後ろに居たエドナが納得したように意地悪顔で手を叩く。

それをミクリオは呆れたように見る。

エドナは、少女ロゼの背後に回り、耳元で囁く。

 

「お化けだぞ~。」

 

少女ロゼは動きが止まる。

スレイ達は少女ロゼを見る。

が、彼女は凄い形相で、

 

「だぁぁぁああああ!」

 

と、スレイの顔面を思いっきり殴った。

スレイは回転しながら飛んだ。

 

「ちょっー!」

 

そして落ちた。

 

「あぁーあ。」

 

エドナが冷めた目でそれを見る。

スレイは白目になって、倒れていた。

それを後ろの暗殺ギルド仲間も、頭を抱えていた。

いや、むしろ呆れていた。

何しろ笑い出すものもいたからだ。

そしてまた一人、その光景を見ていた人物が……。

それに気づき、仲間の一人が、

 

「と、頭領……あれ。」

「え?」

 

そちらを見ると、ベッドの上で座り込んみ、無表情で固まっていた小さな少女がいた。

ロゼはしばらくして、その場から駆けて行った。

 

ミクリオとライラはその光景を口を開けて、呆然と見ていた。

そこにやっと、レイがベッドから降り、無言でスレイを揺する。

暗殺ギルドの仲間は笑いながら、

 

「あははは。ダブーに触れちゃったね。導師殿。」

「頭領、そっち系てんでダメだから。」

 

そしてスレイは起き上がる。

 

「そーですか……」

 

そしてエドナを見る。

エドナはすぐ視線を反らした。

立ち上がるスレイに、

 

「導師。楽にしててくれ。何かあったら呼ぶ。」

「けど、しばらくここに居てもらうよ。君への対応が決まるまでね。」

 

そして彼らは出て行った。

 

ミクリオは少し残念そうに、

 

「僕の中での暗殺者イメージが崩壊していくよ……」

「皆さん良い方たちですね。」

「うん。レイも助けてくれたし。な、レイ。」

「……ん。」

 

そこでエドナは思い出したように、

 

「ロゼって子は天族を信じたくないようだけど。」

「きっとすごい資質をお持ちですのに……」

「ああ。彼女、穢れも感じない。」

 

スレイは嬉しそうに言う。

ミクリオが腕を組み、

 

「ロゼが天族を知覚できないのは、彼女自身が拒絶しているからなんだな。」

 

そしてスレイは改めて、部屋の外へ出る。

 

「レイ、もう起きて大丈夫か?」

「平気……大分…良い。それに……夢を…見た…から…」

「夢?」

「……」

 

レイは無言になった。

と、壁に寄りかかる一人の男性を見つけた。

 

「あれは……」

「……たしかデゼル。」

 

スレイとミクリオは思い出すように言う。

スレイは彼に近付き、話し掛ける。

 

「デゼル、色々聞きたい事があるんだ。」

「フッ。奇遇だな。俺も聞きたい事がある。天族の力をまとって戦うあの力はなんだ。」

「神依≪カムイ≫のことか?」

「神依≪カムイ≫……そうか、あれが……」

 

彼は腕を組んで、考え込む。

そして、

 

「俺もあの力を得られるのか?」

 

レイは彼を見上げる。

ライラが説明する。

 

「神依≪カムイ≫は天族と導師が一体となって行使するものです。」

「お互いが力を合わせるんだ。手に入れるって類のものじゃないよ。」

「ふん……面倒な力だ。だが、確かに強い。」

 

と、彼は呟く。

 

「全く意図がつかめない。何なんだ?」

 

ミクリオがそう言うと、天族デゼルは淡々と言う。

 

「品定めさ。俺の目的に繋がっているかどうかのな。」

 

そして歩いて行った。

が、途中で止まり、

 

「もうひとつ答えろ。あの娘……ロゼは神依≪カムイ≫の力を発現できると思うか?」

 

スレイとミクリオは互いに見合った。

そしてライラを見る。

 

「彼女なら可能かもしれません。それほどの資質を秘めていると思います。」

「そうか……」

「けど、今のままじゃ一生無理ね。どんなに資質があっても、あの子は天族を拒絶してるもの。誰のせいかしらね。」

 

エドナは傘を肩でトントンさせながら、淡々と言い、天族デゼルを見た。

天族デゼルは一度それを見た後、舌打ちして、歩いて行った。

 

「「…そこまでして復讐を遂げたいか……哀れな天族だ。」」

 

レイはその背を見て、小さく呟いた。

そしてミクリオも、天族デゼルのその背を見たまま、

 

「……結局こっちの話は聞く耳なしか。風の天族はよくわからないのばかりだ。」

「神依≪カムイ≫の力を求める天族か……」

 

スレイは小さく呟いた。

そして、遺跡の入り口に向かって歩き出す。

 

「スレイさん、どちらへ?」

 

スレイは振り返り、

 

「うん。戦場に戻ってみようかと思うんだ。」

 

その言葉に、天族組は驚いた。

レイはスレイを見上げる。

ミクリオは怒りながら、

 

「何を言っているんだ!」

「また霊応力を遮断されるかもしれないのよ?」

 

エドナも呆れたように言う。

が、スレイは、

 

「けど、手をこまねいてる訳にもいかない。とにかく何かを掴まないと……」

「僕が反対だ。無謀すぎる。」

「災禍の顕主は導師が何とかしないといけない。だから行かなきゃいけない。そうだろ、ライラ。」

 

そう言って、ライラを見るが、

 

「いいえ。」

 

ライラは首を振る。

 

「え……」

 

そしてライラはゆっくりと言う。

 

「焦らないで、スレイさん。」

「あなたが自分を見失ったらどうなるか、話したはずよね。」

 

エドナはスレイを見つめて言う。

スレイはゆっくりと、

 

「……導師が穢れてしまったら、世界はさらなる災厄に見舞われる……」

「そうです。忘れないでください。」

「たしかにやってみなきゃわからない事もある。だけど、今はその時じゃないと思うね、僕は。」

「はい。今スレイさんに必要なのは休息ですわ。」

 

ライラは手を合わせて言った。

ミクリオはスレイを見て、

 

「僕に提案がある。奥の遺跡を探索に行かないか。あのメーヴィンとかいう男の言葉も興味深い。」

 

と、腕を組んで言う。

そしてスレイも、腕を組み、

 

「遺跡探検か……」

「名案ですわ。そうしましょう、スレイさん。」

「そういう事らしいけど?」

 

ライラが嬉しそうに言って、エドナが小首をかしげる。

スレイは笑顔になり、

 

「よぉし!久々にがっつりやるか!」

「ああ!」

「ふふ。元気が出てきました。」

「休息をとるんじゃなかったのかしら。」

「導師としての、ね。」

「じゃあ、早速行ってみよう。」

 

スレイは張り切って言った。

そして彼らは嬉しそうに歩いて行った。

その後姿に、

 

「「賢明な判断だ。導師の穢れは今を見れば本当にわかる事だ。……さて、あの人間の娘はどうするかな。」」

 

レイもその後ろに付いて行く。

 

 

スレイは歩きながら、

 

「けどミクリオ、メーヴィンとの話聞こえてたんだ。」

「君が僕たちを知覚できなかっただけだ。他の事も全部見てた。ずっと傍に居たからな。」

 

ミクリオは少し安心したように言う。

が、スレイの横から、

 

「で、仲間はずれにされて泣いてた。」

「泣いてない!」

 

ミクリオは頬を赤くして怒鳴った。

レイがミクリオの服を引っ張り、

 

「泣いて…たの…ミク兄…?手を…繋ぐ?」

「泣いてない、泣いてないから!でも、手は繋いでいいよ。」

「寂しかったんでしょ。」

 

と、手を繋ぐミクリオに、エドナは笑みを浮かべながら言う。

そしてスレイも笑った。

 

扉の前に来ると、

 

「さて、何よりもまずはこの扉だな。」

 

スレイとミクリオは扉に近付き、調べ始める。

その光景をライラは嬉しそうに、エドナはつまらなそうに見る。

ちなみにレイは、ミクリオの所に居た。

理由は簡単。

手を繋いでいたから。

 

と、調べまくっていた所に声が響く。

 

「それ全然開け方わからないんだよね。どうでもいいから放っておいたんだけど。」

 

スレイが後ろを振り向くと、商人姿でもなく、暗殺ギルドの衣装でもないロゼが立っていた。

動きやすく、物を多くしまえそうな服だ。

首にスカーフを巻き、腰には二本のナイフがある。

 

ライラとエドナは嬉しそうな顔になる。

 

「開きそう?」

「どうかな……ちゃんと調べてみないと。」

「そ。」

 

二人の会話のやり取りに、ライラは少し驚き、嬉しそうにする。

そしてレイもそれを見ていた。

今だに調べているスレイを見つめる少女ロゼ。

その視線に気付いたスレイは、

 

「……何?」

「別に。ただの導師観察。気にせず続けて。」

「ヘンなの……」

 

スレイはミクリオに近付く。

 

「入り口自体が閉じられてる遺跡か……やはり閉じられてる意味があるんだろう。」

「けど封印の類じゃないな。カギ穴すらないし。」

「スレイ、久々に勝負といかないか?」

「いいよ。絶対オレが先に開け方見つけてやる。」

 

自信満々にスレイは言う。

それを嬉しそうにミクリオは、

 

「ふふん。負け越してるのを忘れてるようだな。そうだろ、レイ。」

「そう…だね。…頑張れ…お兄ちゃん。」

「おう!」

 

そしてミクリオは扉を探る。

 

「鍵穴が見当たらないとすれば、まず鍵穴以外の扉を動かす仕組みがある、と考えるべきだろう。閂≪かんぬき≫やつっかえ棒のようなモノか、押したり引いたりするスイッチのようなものか……」

 

一人でブツブツ言いながら、調べまくる。

スレイも扉を調べていたが、扉をじっと見ているエドナの方へ行った。

エドナは扉を見ながら、

 

「面倒ね……ぶち破ってもいい?」

 

と、その言葉が聞こえたミクリオが、振り返る。

 

「バカな!貴重な遺跡を破壊するなんて!」

 

ミクリオはエドナに怒鳴った。

エドナはつまらなそうに、そっぽ向いた。

 

「とりあえずぶち破らないでいてあげるから、さっさと開けなさい。こういうの好きなんでしょ?」

「ああ!」

 

そしてスレイは再び扉を調べる。

ライラはスレイに、

 

「ロゼさん、ずっと見てますね。」

 

スレイは振り返り、

 

「変わった子だよ。ホント。」

 

ライラは微笑む。

と、スレイは今度は少女ロゼの方を見て、

 

「やば……ライラたちとはなしてるとまたパンチされちゃいそうだ。」

「ぷっ!ふふふ。」

 

ライラは口に手を当て笑う。

 

「な、何?」

「あの時のスレイさんとロゼさん、ホントおかしかったですわ。ふふふ。」

 

と、心の底から笑う。

スレイは肩を落とし、

 

「……他人事だと思って……」

 

そして二人でこちらを見ているロゼを見てから、笑った。

 

「でも……ロゼさん、デゼルさんのことはご存じではないようですね……」

「うん。今は黙っておこう。」

「そうですわね。」

 

その光景を少女ロゼは見ていた。

そして、近くに居たレイに話し掛けた。

 

「ねぇ、レイ。」

「……何。」

 

少女ロゼは、レイを見下ろし、

 

「聞いてもいい。スレイの事、レイ自身はどう思っているの?」

 

レイは少女ロゼを見上げ、

 

「……お兄ちゃんで…導師。…人間なのに…穢れを…知らずに…生き…守られて…きた。どんな…ものに…対しても…優しく…それでいて…自分の事…のように…思える…珍しい…人間。…でも…だからこそ…傷付き…やすく…背負って…しまう。…それでも…決して…弱音を…吐かない…強い…心の…持ち主…」

 

ミクリオとエドナはレイのその言葉を聞き、驚いていた。

そして少女ロゼも何となく理解した。

 

「ふーん。スレイもかなり変わってるけど、レイも相当変わってるよね。」

「……そう…なの?」

 

レイは視線だけを隣に居たミクリオに向けて聞く。

ミクリオは悩んでいた。

しかし少女ロゼにはミクリオは見えていないので、

 

「え⁉こっちに疑問をぶつける⁉ま、でもレイは前にあった時より、よっぽど人らしくなった気がする。何というか、感覚的に。」

 

少女ロゼは視線を外し、頭を掻いていた。

レイは変わらず無表情で、少女ロゼを見上げていた。

が、視線をスレイの方に向けた。

スレイはライラと共に笑っていた。

 

「もう一つだけ聞いてもいい?」

「……この際…だから…いいよ。」

 

少女ロゼはもう一度、レイを見下ろし、

 

「何でスレイに、私の事言わなかったの。気付いてたんでしょ、私が風の骨の頭領って。」

「なんだって⁉そうなのか、レイ。」

 

レイは小さく頷く。

 

「どうやら、そうみたいね。」

 

エドナは傘を地面に突いていた。

そしてレイは少女ロゼを見て、

 

「言う…必要が…なかった…から。多分…お兄ちゃんに…言っても…お兄ちゃんは…貴女に…対する…態度は…変わら…ない…と思う…。でも…言わ…なかった…本当の…理由は…多分…言わなく…ても…きっと…お兄ちゃん…なら…気付いた…から…かな?」

「また疑問形…。でも、それはあたしもそう思う。何となく、だけど。でもさ、あたしがまたスレイの命を狙いに行くかも、とか思わなかったの実際。それに、今この時も。」

「思わ…ない。…もし…来た…としても…貴女は…お兄ちゃん…の…命は…取らない…と…わかって…いる…から。…それに…今も…」

 

この言葉に、ミクリオとエドナはもう一度、レイを見る。

そして少女ロゼも、レイを見据え、

 

「なぜ?」

「殺す…理由が…ない…から。…確かに…導師と…言う…曖昧な…ものは…天族と…言う…存在…と…同じ…。そして…導師…と言う…本当の…意味…を…知ら…ない…人間は…導師を…祀り…怖れる。…導師は…そんな…孤独…を…一人で…抱える…。でもきっと…貴女は…他の…人間…とは…違い…それを…自分…なり…に…受け…入れる…と…思う…から…。」

 

少し沈黙した後、少女ロゼは頭を掻きながら、

 

「やっぱ、レイも変わってるわ。」

「あと…私も…思い…出した。…お礼…言って…なかった。…助けて…くれて…ありがとう…。あの時…は…本当に…動け…なかった…から…。貴女の…仲間に…言って…おいて。」

「それはいいけど、そういうのは直接言った方がいいかもよ。それにレイをここに連れて来たのは、メーヴィンおじさんだって聞いたよ。」

 

レイは周りを見て、

 

「貴女の…仲間…は…今…忙しい。…それに…あの人間は…今…ここに…居ない。」

「確かにそっか……。わかった。あたしから言っておく。」

「……ん。」

 

少女ロゼも周りを見て、言った。

レイが少女ロゼと話していた間、ミクリオはエドナに、

 

「レイは興味が無いようで、ちゃんと見てるんだな……」

「アンタたちが知らないだけで、あのおチビちゃんは色々見てるわ。だからこそ、もしかしたら自分の置かれている状況を一番理解しているかもしれないわ。」

「それってやっぱり……あの裁判者のこと?」

「ええ。アンタだって気付いてるんでしょ。あのおチビちゃんのしゃべり方、あいつに似てきた。違うわね、似たというより――」

 

エドナは最後の方は言葉を濁した。

ミクリオはそんなエドナを見る。

 

「……記憶が戻れば、僕らの元を去る……か。それでも僕らはきっと……」

 

ミクリオは視線をレイに向けた。

レイは少女ロゼと話し込んでいた。

 

ライラと話し終わったスレイは、ずっと見ている少女ロゼに近付いた。

 

「扉の奥、どうなってるんだろうね。」

 

その言葉にスレイは嬉しそうに、

 

「お、ロゼも遺跡に興味あるんだ。」

 

しかし少女ロゼの方は、

 

「全っ然。」

 

首を振った。

そして、スレイを見て言う。

 

「今あたしが興味あるのはスレイだって。」

「そ、そう……」

「そうそう、このアジトの中、もう自由に調べちゃって良いよ。ここは放棄することにしたから。出発の準備も大体終わったし。みんなもう気にしないから、スレイがしたいようにやっちゃって。」

「そういうことなら!」

 

スレイは色々調べに行った。

 

レイは色々探っているスレイに近付いた。

 

「お、レイ。レイも、何か見付けたら教えてくれ。」

「……わかった。」

 

と、レイは部屋の隅の盛り上げっている床を見る。

スレイの服を引っ張り、指さす。

スレイがその床を踏むと、下に沈んだ。

 

「お、これかも!レイのお手柄だな。」

 

と、頭を撫でる。

そして次を探しに行く。

探しながらスレイはレイに聞く。

 

「レイはさ、ロゼのことどう思う?」

 

レイも探しながらスレイに言う。

 

「…あの…人間…とは…違った…意味で…お兄ちゃんを…受け…入れ…られる…人間。」

「あの人間……?もしかして、アリーシャのこと?」

 

レイは頷く。

そして続ける。

 

「あの人間は…己の…抱く…理想や…責任に…押し…潰され…やすい。…でも…彼女は…決して…諦めよう…とは…しない…強い…瞳を…持って…いる。…対して…あっち…の…人間は…すべて…受け…入れても…なお…変わら…ない…自分…を…持って…いる。…人も…天族も…変わる…。でも…彼女は…心が…変わら…ない。…だから…こそ…穢れない。」

「レイが凄いな。この短時間で、ロゼのことちゃんと見てる。」

 

スレイは嬉しそうに言った。

そしてレイの頭を撫でながら、

 

「オレも、そう思う。ロゼは何があっても変わらない気がする。それにアリーシャも、ちゃんと自分の理想を叶えられる。それはそう信じる。」

 

そしてスレイは辺りを見渡し、

 

「さて、他にも入り口に関わるものがないか探すか!」

「……ん。」

 

そして、四つくらい床を踏み、レイとスレイは扉の前に戻る。

スレイが扉に戻ると、入り口が開く。

 

「来た!」

「「おぉ~。」」

 

ライラ、少女ロゼは大いに驚く。

エドナはそれを見て、

 

「待ちくたびれたわ。」

 

ミクリオは考え込む。

 

「なるほど。さっきのが扉の回転を邪魔してたって訳か。」

 

スレイは嬉しそうに、

 

「へへ。今回はオレの勝ちだな。」

「どうやらね。でも、ほとんどがレイの発見だから……レイの勝ちだね。」

 

ミクリオはレイを見下ろす。

 

「な⁉で、でも、確かにそうだ……」「……?」

 

スレイは肩を落とした。

そして当の本人であるレイは首をかしげていた。

スレイ達が遺跡の中に入ろうとした時、

 

「さて、と」

 

ミクリオの前を少女ロゼが歩いた。

スレイは彼女を見て、

 

「ロゼも行くのか?」

「うん。スレイが行くならね。」

 

と、笑顔で言う。

スレイは真剣な顔になり、

 

「ロゼ、遺跡の中には人にとって魔物と言える程手強い獣がいることがあるんだ。そんな奴らをオレは憑魔≪ひょうま≫って呼んでる。」

「ふんふん。」

 

少女ロゼは腕を組み、一応聞いている。

そしてスレイは半信半疑で、

 

「聞いてる?」

「憑魔≪ひょうま≫、めっちゃつよの獣、でしょ。聞いてる聞いてる。」

 

と、普通に言う。

スレイは、そんなロゼに、

 

「危ないかもしれないんだって。」

「スレイがだいじょうぶなら私もだいじょうぶ。知ってるでしょ。あたしの実力。」

 

少女ロゼは自信満々に言う。

スレイは眉を寄せて、不安げになる。

が、当の本人である少女ロゼは、

 

「いい退屈しのぎができそう♪」

「あ!」

 

とても楽しそうだった。

そして先陣をきって歩いて行った。

スレイが苦笑いしてみていると、今度は無言で天族デゼルがスレイ達の前を歩いて行く。

 

「俺もいく。おまえたちに余計な手間はかけさせん。」

「けどデゼルは憑魔≪ひょうま≫を浄化できないじゃないか。」

「ふん。」

「あ~。」

 

と、肩を落としたスレイ。

そのスレイにミクリオが、

 

「いざとなれば助けてやればいいさ。」

「ですね。せっかくの遺跡探検です。楽しみましょう。」

「奇妙なバカンスになりそうね。」

 

ライラは手を合わせて嬉しそうに言い、エドナはつまらなそうに言った。

スレイは横に居たレイに、

 

「じゃ、レイ。何があるかわからないから手を繋いでいくか。」

 

いつもなら、すぐに手を繋ぐレイなのだが……。

 

「今日は…ミク兄と…手を…繋ぐ。…最近…ずっと…お兄ちゃん…ばっかり…だった…から…」

 

レイは首を振り、レイはミクリオの傍に行き、

 

「ミク兄…手…繋い…で…いい…?」

「もちろんだとも。」

 

そう言って、手を繋いで歩いて行った。

それを見たエドナとライラは、

 

「振られたわね。」

「振られちゃいましたね。」

「う~。」

 

スレイは肩を落としながら歩いて行く。

 

 

遺跡の奥に進んでいく。

ライラは辺りを見ながら、

 

「それほど穢れは感じませんね。」

「ふむ。いい探検になりそうじゃないか。」

 

と、ミクリオは嬉しそうに言う。

 

「でも…気を…つけた…方が…いいよ。」

「そうだね。」

 

会話をしていたレイの左横で少女ロゼが、

 

「何を気をつけるの?」

「……色々。」

「ふーん。ところでさ、レイ。」

「…何…?」

 

少女ロゼはレイの歩き方を見た。

左手を宙にあげ、握っている。

それはまるで誰かと手を繋いでいるかのような……。

 

「何でそんな歩き方なのさ。それじゃまるで……」

「ミク兄…と…歩いて…いる…から…」

「ミク兄?」

 

レイは左横に居る少女ロゼを見て、

 

「そう…。貴女…の…横で…歩いて…」

「ウソ⁉ヤダ!冗談止めて、レイまで!」

「冗談…じゃ…ない。…本当に…横に…」

「ぎゃああああ!」

 

と、少女ロゼは両手を思いっきり振り回す。

 

「ちょっ!危ないじゃないか!」

 

ミクリオはその手を避ける。

と、少女ロゼの回し蹴りが飛んでくる。

それをしゃがんだ。

そして少女ロゼは、走って行った。

レイは視線をミクリオに下し、

 

「ミク兄…大丈夫…だった?」

「何とかね。危うく、スレイみたいになる所だった。」

「オレみたいってなんだよ。あれ、ホントに凄かったんだからな!」

「それは見てたからわかるさ。」

 

と、歩いて行く。

その光景を見ていたライラとエドナは、

 

「あのおチビちゃん、前より会話するようになったわね。」

「そうですわね。こちらからの問いかけや、話し掛けに応じてくれるようになりました。」

「ホントよね。前はスレイとミクリオ以外は話しける事も、答える事もないんだから。」

 

二人は歩きながら、会話を続ける。

 

「でも、おチビちゃんはあれで大丈夫なのかしら。どんどんあいつに似てきた。いえ、戻ってきた。」

「そうですわね……。もし、記憶が戻った時……感情や今のスレイさんたちの記憶をどのように受け止めるのか……私としてはちゃんと見届けたいと思ってます。」

「ワタシは変わらないと思うけどね。でも、今のおチビちゃんも残ってて欲しいとは思うわ。」

「ええ、本当にそうですわね。」

 

二人は前を歩く三人をそっと見守る。

 

 

と、先を進んでいた少女ロゼが、何かを見つけたらしい。

 

「何これ……レバー?」

 

スレイは壁に仕込まれたレバーを、少女ロゼがいじってるのを見る。

スレイは急いで、少女ロゼ叫び、近付こうとする。

 

「ロゼ!待った!遺跡の仕掛けを不用意にさわっちゃ……」

 

言ってる傍から、すでにそれを下してしまった少女ロゼ。

彼女は反動で、尻餅をつく。

そしてスレイの目の前で、扉が閉まる。

スレイは反対側、つまり入り口を見る。

そこも、音を立てて閉まった。

スレイは急いで、扉を調べるが、

 

「だめだ。カギ穴もない。」

 

エドナは扉を睨み、

 

「……なに?いきなりこれなの?」

 

ライラも保身状態で、

 

「あはは……どうしましょうか……?」

 

ミクリオは呆れたように、

 

「やれやれ……いきなり出鼻を挫かれるとは……とりあえず向こうにいるロゼと話ができないか、試してみたら?」

「これ…以上…何か…しでかす…前に…」

「レイの言う通りだな……。試してみよう。」

 

スレイは扉の向こうに叫ぶ。

 

「ロゼー、聞こえるー?」

 

と、向こう側から呆れた声が聞こえる。

 

「あらら。」

「あらら、じゃないだろう!」

 

スレイは呆れつつ、怒りながら言う。

これを引き起こした当の本人の少女は、

 

「やー、でも結局作動させたっしょ?行き止まりだったし。」

「うっ。」

 

と、小さな四角い穴から向こう側の少女ロゼが見える。

スレイは肩を落とした。

実際、少女ロゼの言う通り、あの先は行き止まりだった。

なので、スレイもいじろうとは思っていたのだ。

そしてスレイ後ろでミクリオは、

 

「読まれてるよ、スレイ。」

 

と、また何やらガチャガチャ聞こえてくる。

 

「あれ、戻んないや。」

 

その言葉に、ライラは再び放心。

エドナは半眼で、ミクリオは考え込む。

そしてレイは無表情の無言だった。

 

「どうすんだよこれ!」

 

スレイは叫ぶが、小さな四角い穴から見える少女ロゼは、奥を見て、

 

「奥開いたし、ちょっと見てくる。そこ動かないで。」

 

と、歩いて行った。

スレイはその背に、

 

「動けないんだよ!」

「あはは、怒んなって。」

「まいったな。」

 

スレイは困った。

後ろから、

 

「はぁ~~……タイクツ……メンドクサイ……。スレイ、どうにかしなさい。」

 

と、床を傘で突いているエドナ。

 

「本当に困ってしまいましたね……。なんとか脱出できないか、もう一度、扉や壁を調べてみたらどうでしょう?」

 

ライラが壁を見渡して言った。

スレイは壁を調べ、同じように調べていたミクリオに近付いた。

傍にはレイもいる。

これは単に、傍に居たからだが、レイはじっと、扉を見ていた。

調べていたミクリオは、

 

「壁の継ぎ目がほとんど目立っていない。この遺跡、マビノギオより精度が高いかもしれないぞ。」

「本当だよな~。」

 

と、あっちこっち調べ回したが、

 

「ダメだ。内側からはどうしようもない。ロゼを信じて待とう。」

 

そしてライラは、この機を使いスレイに言う。

 

「ロゼさんを私たちの旅に誘いませんか?」

「え、何?突然。」

 

ライラの言葉に困惑したスレイだが、ミクリオは頷き、

 

「僕は同意だ。スレイのいい仲間になると思う。」

「ミクリオまで……」

 

そしてミクリオは思い出すように、

 

「ジイジが言ってた、『同じものを見て、聞くことのできる真の仲間』だよ。」

「真の仲間か……。」

「良いんじゃない?」

「ロゼさんの霊応力はスレイさんと比肩するほどのものです。アリーシャさんの時のように従士の代償でお互い苦しむ事もないと思いますわ。そうですわね、レイさん。」

「……ん。…あの…人間は…それを…可能…と…する…だけの…霊応力…の…持ち主。」

 

レイは依然と扉を見ていた。

だが、ライラを視線だけ向けて言った。

そしてエドナが、スレイを見上げ、

 

「それに人間がスレイだけだと時々面倒なのもわかったし。」

「けど……」

 

それでもスレイは、俯いて考え込む。

そして顔を上げ、

 

「導師の宿命に巻き込むわけにはいかない。」

「やっぱり君が気にするのはそこなんだな。」

「スレイさん、ここまでの旅は辛い事ばかりでしたか?」

 

ライラは優しく問いかける。

スレイは首を振り、

 

「ううん。楽しいこともいっぱいあった。」

「導師の使命に飲み込まれる程度か?僕たちの夢は?」

 

ミクリオも、優しく問いかけた。

 

「……違うよな。」

「言いたいこと、わかったようね。」

 

エドナは嬉しそうに言った。

スレイは頷き、

 

「うん。何でも抱え込むな、だね。」

「スレイさんの責任感、うれしく思いますわ。ですが、スレイさんにはスレイさんの歩き方があるはずです。」

「無理して走っても途中で倒れるだけ。」

「オレにあったやり方を見つけださなきゃって事だな。」

「そのためにも仲間が多いのは心強いだろう?」

「そうだな。」

 

決意するスレイだが、ミクリオは笑いながら、

 

「決めるのはあの子だけどね。」

「まずは話して私たちの事理解してもらわないと。」

「……いきなりの難関。」

「いずれにせよ、戻ってくるのを待つしかないね。」

 

スレイ達は互いに頷き合う。

 

スレイはミクリオに近付き、

 

「まさかジッとしている事になるとはね。」

「昔を思い出して楽しいよ。これも遺跡探検の醍醐味だよな。」

 

スレイは嬉しそうに言うが、

 

「僕は閉じ込められた事なんてほどんどないけど。」

「オレが仕掛けを解除してやった事もあるだろう。」

「ごくごく稀にね。それに、解除したのはほとんどレイだ。」

 

と、レイを見る。

レイは扉を見ていたが、何かに呆れていた。

目の前のスレイは、

 

「ちぇ。」

 

と、スレイは肩を落とした。

ミクリオは感心したように、

 

「それにしても変わった遺跡だな。」

「閉鎖された空間、覗き窓のある扉……」

「そして外からの操作で部屋の仕掛けが作動する、か……」

「「そうか!実験場だ!」」

 

二人は互いに言って笑う。

それにライラとエドナは驚いた。

 

「ここが実験のためのものなら、中からは開かないだろう。完全にロゼ任せだね。」

「でも何の実験をしていたのかは調べられるよ。」

「脱出できるかどうかわからないってのに、君は本当にお気楽だな。」

「うっせ。」

「しかし実験場とは言ったものの、ここがどういう性格を持った場所だったかは、まだ分からない。その「観察」がどんなものだったのか……興味が尽きないね。」

 

と、ミクリオは興味津々で言っていたが、ライラが心配そうに、

 

「大丈夫でしょうか、心配ですね。」

「信じて待つしかないよ。」

 

スレイはライラにそう言うが、レイが天井を見上げて、

 

「…落ち…て…くる…」

「ん?」

 

スレイも天井を見上げる。

 

「なんですの?」

 

ガタンと言う音共に、天井が開く。

そしてそこから、ヘビが落ちてくる。

 

「わ!」

 

だが、しかしただの蛇ではない。

 

「憑魔≪ひょうま≫です!」

 

ライラが叫ぶ。

スレイは武器を構え、

 

「とにかく戦う準備を!」

 

と、戦闘を開始する。

スレイは戦いながら、

 

「まさか、ロゼが何か仕掛けを?」

「まったく、とんだトラブルメーカーだ!」

 

と、戦っていた後ろの方から、

 

「あれ~、ダメだった?……って何してんの?」

「憑魔≪ひょうま≫が!」

 

しかし、ロゼには憑魔≪ひょうま≫が見えていないので、

 

「その土埃が?なんかよくわからないけど……」

「気にしないで他を当たって!」

「了解了解~」

 

しばらくして、ロゼがまた言う。

 

「まだ騒いでる。やっぱりなんかあるの?」

「ああもう!…じゃあ今お化けと戦ってるの!」

 

スレイはぶっきらぼうに言った。

ロゼは即答で、

 

「ハイ気にしないことにしましたー!」

 

ロゼがいなくなったのを見て、レイは歌を歌い始める。

敵の動きが鈍くなったところで、スレイ達は一気に憑魔≪ひょうま≫を片付ける。

 

「ふぅ~。」

 

スレイは武器をしまいながら、息をつく。

 

「驚きましたわ。」

「なんか嫌な予感がするんだけど……」

 

ミクリオは頭を抱えて言う。

エドナも、

 

「珍しく気が合うわね。ワタシもよ。」

「……同じ…く…」

 

レイも珍しく、スレイを見て言った。

 

「はは……大丈夫だよ……たぶん……」

 

スレイはそう言いながら、肩を落とした。

そんなスレイの背に、ライラが手を合わせて言う。

 

「いきなりヘビ憑魔≪ひょうま≫が降ってくるなんて、なかなかヘビーな仕掛けですわね。」

 

その一言に、全員が一瞬ライラを見て、黙り込んだ。

そしてエドナがしびれを切らし始めた。

 

「……遅いわね。ワタシも行けばよかった。」

「はは……」

 

スレイはそれに笑うしかない。

そしてレイが、

 

「また…やらかした……」

 

と、一言呟いた。

スレイ達がレイを見たが、ガタンと言う音がする。

 

「なんか音した?」

「したわね。」

 

エドナは即答だった。

そして部屋の壁から何かが吹き出てくる。

 

「煙だ!」

「ホント、大変ね。」

「なんか他人事なんですけど。」

 

エドナを見て、スレイは言うが、

 

「ええ。煙で困るのは人間のスレイだけ……あとおチビちゃんだけよ、がんばって。」

「えー!」

「エドナ、冗談を言ってる場合じゃないよ。」

「ひとまず態勢を整えましょう。」

「それに…これは…天族も…危ない…やつ…」

「しょうがないわね……」

 

エドナはスレイの中に入る。

それと同時だった。

 

「スレイ!だいじょうぶなの⁉」

「ロゼ、近付いちゃダメだ!オレは大丈夫だから、他を見てみて。」

「お兄ちゃん……あれ。」

 

レイが指さす方向には床が盛り上がっている。

スレイはそれを見て、

 

「よし!あれだ!」

 

スレイは四つの床を踏みに行く。

駆け足が聞いていた少女ロゼは、

 

「ごめん……なんかさすがに反省……」

「だいじょうぶだって!」

 

そう言ったスレイに、

 

「心が広いのね。スレイ。」

 

そのエドナの言葉に、ミクリオが笑いながら、

 

「ふふ。昔のスレイそのものだからな。」

「あはは。考えなしで色々いじってきて学習したんだよな。」

「スレイ、ホントごめん。すぐ別の調べてくるから。」

 

そして、煙が充満する前に解除できた。

スレイは心の底から、

 

「ふ~。」

 

スレイは辺りを見渡す。

そしてエドナも、

 

「もうだいじょうぶみたいね。」

「うん。」

 

と、スレイは明るく言う。

その姿にエドナが、

 

「なんだか楽しそうね。」

「うん。なんかこういうの久しぶりだなって感じるよ。」

「そう。その感じを大事にする事ね。」

 

そして扉が開いた。

 

「開きましたわ。」

 

ライラが少し嬉しそうに言う。

そしてレイは前に歩み出た。

スレイは体を固くする。

 

「この感じ……領域⁉」

 

スレイとミクリオは扉の端に隠れ、奥を見る。

 

「かなり強力な存在だぞ。しかもこの穢れ……憑魔≪ひょうま≫だな。」

 

レイが奥に向かって駆けて行った。

 

「レイ⁉」

 

それと同時だった。

 

「キャ――――‼」

「ロゼの声だ。」

「急ごう!」

 

と、奥の方から少女ロゼの悲鳴が聞こえて来た。

スレイ達は急いで向かう。

 

レイの歌声が聞こえてくる。

そして、少女ロゼの戸惑いの声。

 

「なになになに‼」

「そんなドラゴンニュートっ⁉」

 

その先を見ると、大きなドラゴンに近い姿をした二本の剣を振り回す憑魔≪ひょうま≫。

少女ロゼの前で歌を歌うレイと、憑魔≪ひょうま≫の攻撃を防いでいる天族デゼルの姿。

 

スレイはライラに聞く。

 

「やばい奴なのか?」

「ドラゴンの幼体のひとつですわ。」

「危険な憑魔≪ひょうま≫って事か。」

 

少女ロゼの目の前では、土埃が風と共に吹き荒れる。

その目に見えない何かに、少女ロゼは脅える。

 

「もうやだ~‼」

 

その姿を見たエドナが、

 

「そろそろ限界みたい。」

「いくぞ!みんな!」

 

スレイは武器を手に、憑魔の横に行く。

 

「おい!憑魔≪ひょうま≫!お前の相手はこっちだ!」

「スレイ?」「導師⁉」

 

少女ロゼと天族デゼルはスレイ達を見る。

 

「構わないようなら逃げましょう!」

「ああ。とにかくロゼたちが逃げられる時間を稼げれば!」

「ロゼ、逃げろ!」

 

少女ロゼはレイに手を引かれ、その場から移動する。

しかし、攻撃が通用しない。

 

「私たちの持つ属性では効果が見込めません!」

「どうするの?くたびれるのは嫌よ。」

「分かってるんだけど…!」

「……」

 

ミクリオは考え込んだ。

そしてそれを見たレイは隣に居た少女ロゼを見た。

 

「…貴女が…目に…見え…ない…何かに…脅えて…いる…のは…見え…ない…から…だけ…じゃない。…過去に…囚われ…て…いる…から。…かつて…は…見えて…いた…一部を…無意識…の…うちに…忘れて…いる…から…」

 

少女ロゼはレイを見下ろし、考えた後、

 

「わぁぁぁぁぁ‼」

 

と、両手にナイフを持って、スレイ達の方へ駆けて行った。

しかも目を瞑って。

それを見て、スレイは驚く。

 

「ロゼ、何やってんだ!逃げろって言ったじゃないか!」

 

だが、憑魔≪ひょうま≫の前を過ぎて行った。

そしてそこをレイも、普通に歩いて行った。

流石にこれは憑魔≪ひょうま≫も拍子抜けだったのだろう、見送った。

スレイの前に来ると、

 

「け、けどさ……あたしのせいでしょ?そんなになってるの!」

 

ボロボロになっているスレイに、詰め寄る。

スレイは少女ロゼを見て、

 

「気にしてないから!」

 

憑魔≪ひょうま≫が武器を手に、再び動き出す。

スレイは少女ロゼを突き飛ばし、憑魔≪ひょうま≫に向かって行った。

少女ロゼは尻餅をついたまま、スレイを見る。

 

「む~。」

 

そしてミクリオはそのロゼを見た後、

 

「スレイ、僕抜きでしばらく耐えてくれ。」

「え……」

 

レイは尻餅ついているロゼの服を握った。

そしてミクリオを見た。

ミクリオは、少女ロゼを見下ろして、

 

「ロゼ。」

「ひっ⁉」

 

ロゼはレイに抱き付いた。

そして辺りを見渡す。

つまり聞く耳はあるようだ。

 

「感心にも今度は耳を傾けてるね。」

「うぐぐ……」

 

少女ロゼはレイにおもいっきり締め付ける。

それをレイは無表情で、受け止めている。

 

「ロゼ、怖がってもいい。そのまま我慢して聞いて欲しい。」

「……う?」

 

ミクリオはゆっくり話し始める。

 

「スレイはあんなヤツだ。幼なじみの僕でも見ててハラハラする。僕たち天族は確かにスレイの仲間だ。だけど、スレイと同じものを見たり聞いたりできてるのか、正直わからない。」

「スレイとレイだけが……人間だから?それとも、スレイだけが導師だから?」

「両方だ。スレイには本当の意味で、導師の宿命を共感できる人間の仲間がいないに等しい。」

「……あたしにスレイの仲間になって欲しいんだ。」

「決めるのは君だけどね。ね、レイ。」

 

ミクリオは優しく言う。

そしてレイも頷く。

少女ロゼは考え込んだ。

そして土埃を含んだ竜巻と戦っているスレイを見る。

そして、レイが見る方向の方を見る。

 

「……ねぇ、名前なんて――」

「ミクリオ!来てくれ!」

 

スレイが叫んだ。

その声に、ミクリオは歩きながら、

 

「はいはい。」

 

少女ロゼは呟く。

 

「ミクリオ……レイが言った……ミク兄?」

 

レイは頷く。

少女ロゼは大声で言う。

 

「ミクリオ!」

 

ミクリオは振り返る。

少女ロゼはレイから離れ、目を閉じて立ち上がる。

そして目をゆっくり開ける。

 

「むむむ!」

 

少女ロゼの前には水色の髪をした少年がうっすらと見え始める。

そこに向かってゆっくり近付いて行く。

 

「え⁉」

 

そしてそれがくっきり見えた。

 

「わっ!」

 

そして手を上げ、突き飛ばした。

 

「だぁあああ!」

「ちょーっ!」

 

ミクリオは後ろに転がって行った。

 

「あ……」

 

レイは転がって行くミクリオを見た。

そして少女ロゼは自分の手を見る。

ミクリオはスレイの所まで転がって行った。

 

「ミクリオ⁈」

 

そして少女ロゼは自分の手を見つめながら、

 

「はぁ……はぁ……見えた……けど、やっぱ……こ、こ……」

 

ミクリオは天井を見上げながら、

 

「さ、さすがにひどいんじゃないか……?これは……」

 

少女ロゼは叫ぶ。

 

「勘弁して!やってやるから!スレイ!ミクリオ!それと……」

 

少女ロゼは自分の横を通り過ぎた黒い服の男性を見る。

何だか親近感を感じる。

が、スレイに視線を向けると、化物が目に入る。

 

「ぎゃああああ~‼」

「何?何なんだ?」

 

スレイは敵の剣を防ぎながら言う。

少女ロゼは必死に言葉にする。

 

「あ、あ、あたしも戦う!」

 

起き上がったミクリオは、

 

「彼女は決心したようだ。もちろん彼女の意思でね。」

 

ライラが、ロゼに笑いかけ、近付く。

 

「……ありがとう。」

 

スレイは少女ロゼに言う。

スレイはライラに、

 

「ライラ、時間を稼ぐ!その間に従士の契約を!」

「ですが、スレイさんに真名を付けてもらわないと――」

 

スレイは敵に向かいながら叫ぶ。

 

「『ウィクエク=ウィク≪ロゼはロゼ≫』!」

「え!」

「それがロゼに与える真名!」

 

レイはライラと目が合った。

ライラは苦笑いで、

 

「わ、わかりましたわ。」

 

スレイは敵と再び剣を交える。

 

「無理に突っ込むな!もう少しの辛抱だ!」

「ああ!とにかく時間を稼ぐ。」

 

しばらく戦っていると、スレイが驚きの声を出す。

 

「え!」

「どうした?」

「デゼルがライラの陪神≪ばいしん≫に⁈」

「何⁈」

 

そう言っていた傍から、後ろから声が響く。

 

「たぁぁぁ‼」

 

と、ライラと神依≪カムイ≫化したロゼが炎を纏った剣を振り下ろす。

スレイの時は違い、伸びた髪を上に結い上げ、白を基準とした赤。

一種のドレスのような格好だった。

そしてスレイと同じく瞳の色も、変わっていた。

 

「お待たせ!」「お待たせしました!」

 

ロゼはスレイを見て言う。

 

「ライラ!ロゼ!」

 

敵の一撃を互いに左右に避け、

 

「なんか、めちゃやれそう!」

「よぉし!一気に――」

「決めるぞ、導師!遊びはもう終わりだ!俺の神依≪カムイ≫を発現させろ!」

 

と、その言葉を遮るデゼル。

そして着地したスレイに、短剣の神器を渡す。

 

「デゼル!お前なんで――」

 

しかしデゼルは無言だった。

スレイは敵を見て、

 

「終わったらちゃんと説明してくれよ!」

「ふん!」

 

と言うのを、最初から最後まで見届けた後、レイは歌を歌いだす。

 

「『ルウィーユ=ユクム≪濁りなき瞳デゼル≫』!」

 

スレイはデゼルと神依≪カムイ≫する。

白を基準とした緑に、背には羽のような剣がある。

 

「神依≪カムイ≫…これが!」

 

デゼルは驚きを現す。

そしてライラはロゼに、

 

「実戦で実戦ですよロゼさん!」

「なんですと⁉」

 

こちらも戦いながら、ロゼは驚きを上げる。

そしてスレイとロゼ二人で神依≪カムイ≫を組み合わせて、戦闘を行っていく。

ロゼの介入で、戦いがスムーズになる。

そして、ロゼがエドナと神依≪カムイ≫をし、一撃を与える。

 

「やった!」

 

憑魔≪ひょうま≫は崩れ落ちる。

レイは歌いながら、憑魔≪ひょうま≫に近付き、憑魔≪ひょうま≫は浄化された。

レイは歌うのを止め、浄化されたものをみる。

浄化された憑魔≪ひょうま≫は、真っ白い毛色に、足先と尻尾が紫で首にバンドのような布を着けた犬へと変わる。

 

「犬の天族?」

 

ミクリオはそれを見て言った。

レイはしゃがんで、犬の天族に触れる。

風が犬の天族を包む。

 

スレイは嬉しそうに、エドナと神依≪カムイ≫化したロゼを見て言う。

 

「うまくいったな!ロゼ!」

 

しかしロゼは、膝をつく。

レイはロゼを見る。

 

「ロゼ……?」

「……うう!」

「ロー」

 

スレイが近付こうとした。

が、スレイを押しのけられた。

それは、デゼルが声を上げて、膝をついて苦しむロゼに駆け寄る。

 

「おい!しっかりしろ!」

 

そしてロゼの肩を支える。

しかし、

 

「ロゼだと思った?ワタシよ。」

 

それはエドナの声だった。

ロゼとエドナの神依≪カムイ≫化が解け、ロゼは倒れた。

デゼルは立ち上がり、

 

「っざけんな!てめえ!」

 

エドナに怒鳴りつける。

彼女はそれには気にせず、

 

「よっぽどこの子にご執心なのね。」

 

ロゼを見てから、デゼルを見上げる。

 

「なんのつもりだ!」

「あら。あなたが陪神≪ばいしん≫になったワケがスレイたちにわかりやすく伝わったと思うけれど?」

 

エドナはスレイ達の方を見る。

スレイは嬉しそうにしていた。

 

「導師、俺は――」

「わかったよ。デゼル。」

 

スレイは嬉しそうに言う。

が、デゼルは怒鳴る。

 

「聞け!」

「デゼルさんは神依≪カムイ≫の力で成したい事があるそうですわ。」

「そうだ。そのためにお前たちを利用させてもらう。」

 

デゼルはスレイ達を見ながら言う。

ミクリオはデゼルに聞く。

 

「……何をしようって言うんだ?」

「復讐だ。俺の友を殺し、『風の傭兵団』に濡れ衣を着せ、犯罪者へと堕とし、暗殺ギルドとしてしか生きていけなくした、憑魔≪ひょうま≫へのな。」

「なんだ。それなら歓迎するよ。その憑魔≪ひょうま≫を鎮めればいいんだな。」

「ふん……それだと救うだけだ。俺の目的は復讐だと言ったろう。」

「殺そうっていうのか!」

 

デゼルは怒るミクリオに、鼻で笑う。

ミクリオは怒りながら、

 

「ライラ、何故こんなヤツを陪神≪ばいしん≫に招き入れたんだ。」

「こんな方だからですわ。復讐に取り憑かれたデゼルさんがこれまで憑魔≪ひょうま≫にならずに済んだのは、穢れない器があったからこそです。」

「……ロゼか。」

「そうか……ロゼが僕たちと共に来るのなら、デゼルは穢れなき器を失い、いずれ復讐心が穢れと結びつき憑魔≪ひょうま≫と化す……」

 

ミクリオは落ち着きを取り戻し、デゼルを見て言った。

 

「復讐の相手と同じ憑魔≪ひょうま≫になるなんざ、死んでもごめんだからな。……おまえらが招いた結果だ。」

「けど、あなたの望んだ結果でもあるんじゃないかしら。」

 

エドナはきつく言う。

 

「ふん。否定はしない。神依≪カムイ≫の力がどんなもんか、この身で理解できたからな。」

「…あの…風の…天族…とは…また…違う…理由。…復讐に…意味…は…なく…とも…やらず…には…いられない。」

 

黙ってみていたレイが、デゼルを見て言う。

スレイ達も、レイを見る。

そしてデゼルはレイを見下ろし、怒る。

 

「意味がないだと!」

「ない…。だって…貴方が…友と…呼んだ…その…天族の友は…それを…望ま…ない。…そして…貴方が…復讐…を…遂げ…たい…と…思った…先に…ある…末路は…その…忘れ…形見…さえも…壊す。…貴方は…それを…理解…して…いて…なお…それを…行おう…と…して…いる。」

「お前に何がわかる!」

 

レイの瞳は赤く光っていた。

そして風がレイを包み、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が現れる。

 

「分かっているさ。お前に…いや、『風の傭兵団』の家族であり、仲間たちに、復讐を止めてくれと願ったのはお前が友と言う天族だ。あの天族は、お前が誰よりも復讐に駆られることを理解していた。故に、その願いを願った。お前達『風の傭兵団』をあの現場から逃がし、次に生きる希望を手に入れた事で、風の傭兵は風の骨として生きた。少なくともお前たとは違い、復讐は考えは薄くなったの思うがな。そしてお前もまた、その記憶を偽っている事で、復讐を変えようとしているがな。」

 

小さな少女は無表情で、デゼルを見上げて言う。

しかし、その少女の瞳は赤く、強い光を灯していた。

 

「よくわからんガキが!例え、あいつがそれを望もうが、何かしてようが、俺は復讐を遂げる!」

 

二人は睨みあう。

スレイはデゼルを見て、

 

「……事情はわかった。」

 

そしてミクリオも再び怒りながら、

 

「一緒に行く以上、勝手な振る舞いはさせないぞ。」

 

デゼルはスレイ達の方へもう一度視線を戻し、

 

「ふ……ちゃんと協力はする。俺も天族の端くれだ。導師の活動に異論があるはずはないだろう。」

「……確かに。」

「そういえばそっか。」

 

ミクリオとスレイは納得する。

そしてデゼルはロゼを見下ろして、

 

「ロゼには俺の話は黙っていてもらおう。その娘は自分の意志と力で、これまで生き抜いたと思っている。俺が後ろで何をしてきたかなど、知る必要はないからな。」

「デゼルさん……」

 

それは少し悲しく辛そうだった。

そして気絶しているロゼにエドナが神依≪カムイ≫化し、

 

「これでみんなトモダチ、ね!」

 

明るい声で言った後、語尾は単直に言った。

デゼルは怒りながら、

 

「その娘で遊ぶな!ちゃんと看てやれ!」

「大丈夫よ。怖くて気絶してただけだから。あなたが床に叩き付けた事の方が効いていると思うわ。」

「ぐっ。」

 

エドナは淡々と言った。

その言葉に、デゼルは帽子を深くする。

意外と堪えたようだ。

ライラが全体を見て、

 

「ロゼさんが目覚めるまでここで休憩しましょうか。こちらの天族の方もまだ意識を戻しませんし。」

「そうしよう。」

 

それぞれ休憩に入る。

 

ミクリオは、スレイを見て、

 

「随分大所帯になったな。」

「うん。ロゼもデゼルも面白いヤツだ。」

「ロゼはともかく、デゼルがそれを聞いたら猛然と反論するだろうね。」

 

と、デゼル方を見て言う。

 

「あははは。想像できるな。」

「オレ、この遺跡探検で、改めて自分が気負ってたんだってわかった。サンキュ、ミクリオ。」

「僕は心配なんてしてないよ。……とはいえ、ロゼの怖がりぶりはちょっと心配だな。ツッコミの必要が増えそうで。」

 

ミクリオは笑いながらそう言った。

 

スレイは岩陰にいるエドナの所に行った。

エドナはスレイを見上げ、

 

「言っておくことがあるわ。」

「何?」

「あのロゼって子だけど、簡単に力が通り過ぎる。」

 

エドナは視線を寝ているロゼに向け、

 

「気絶している間に、勝手に神依≪カムイ≫を発現して、体を操れる程ね。」

「どういうこと?」

 

エドナはスレイに視線を戻し、

 

「天族の力に馴染みすぎているのよ。おそらくデゼルが長い間、いびつに干渉し続けた結果ね。彼はこれまで何度も意識のないロゼを操ってたんじゃないかしら。そうでないとあの力の通り方に説明がつかないわ。」

「……デゼルは復讐のために、ロゼを利用し続けてきたって事か……」

「そして彼の望む通り、ロゼが神依≪カムイ≫も発現させたわ。意識を奪えば自由に操る事ができる、理想の器に仕上がったって事よ。アイツも、そんな感じの事を言っていたし。覚えておく事ね。」

 

最後の方は、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女のままのレイの方を睨んで言った。

それを小さな少女は簡単に受け流す。

 

「……わかった。」

「ホント、仲間と一緒にやっかい事も増えたようね。まぁ、頑張るのはアンタだけど。」

「え~。」

 

スレイは苦笑いする。

そしてスレイは気絶したロゼのとこに行く。

ライラは気絶したロゼの傍に居た。

スレイの視線に気付いたライラが、

 

「デゼルさんの事が気がかりですの?」

「うん。まあね。」

「デゼルが憑魔≪ひょうま≫を殺そうとするなら、なんとか止めたいから。」

 

と、ライラの隣に座る。

 

「いざとなれば私が主神としての権限で陪神≪ばいしん≫である彼を拘束しますわ。」

「そんなことができるんだ。」

「ですが、そうしなくて済むのが一番です。主神と陪神≪ばいしん≫とは言いますが、それ以前に仲間でありたいですからね。」

 

ライラは嬉しそうに、慈しむように言う。

 

「ライラ……」

「デゼルさんも、導師であるスレイさんと旅をすれば、復讐よりもやりたい事が見つかるかもしれません。彼も天族なんですもの。」

 

ライラはデゼルを見て言う。

それにスレイは頷く。

そしてライラは視線をロゼに戻し、笑う。

 

「ふふ、ロゼさんたら、いつの間にかスヤスヤと眠っちゃってますわ。」

 

スレイもそれを見て笑う。

そしてスレイは、岩に背を預けていたデゼルの方へ行く。

そして彼を見ていたスレイ。

その視線に気付いたデゼルは、

 

「……何か用か。」

「あ、うん。そう言われたら何もないけど…」

「けどなんだ。」

 

デゼルはぶっきらぼうに言う。

 

「オレさ、ロゼとデゼルってなんか好きなんだ。」

 

嬉しそうにスレイは言った。

そんなスレイの方を見て、

 

「はぁ?何を言ってる!」

「人と天族が一緒に旅してるのなんて、オレたちだけだと思ってたからさ。」

「……以前は珍しいものでもなかった。」

 

デゼルは思い出すかのように、語り出す。

 

「人はオレたちが見えなくても、声が聞こえなくてもそこに居る事を感じ、共に笑い、共に泣けた。」

「風の骨のみんなはそうじゃないのか?」

「そうだ!だからオレは……!」

 

と、怒る。

 

「デゼル……」

「……言っておく。邪魔だけは許さん。たとえお前が導師であったとしてもだ。」

 

デゼルは、スレイに背を向けて言った。

 

ロゼの近くに戻ると、エドナが黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女のままのレイを見て、

 

「で、アンタはいつまでそのままなのよ。」

 

小さな少女は、岩の上で全体を見ていた。

エドナを見下ろし、

 

「陪神≪ばいしん≫、お前はつくづく私に対し、怒りをぶつけるのだな。」

「ワタシ、アンタのこと、嫌いだから。」

「だろうな。大方、ドラゴンになった兄の事を根に持っているのだろう。」

「……!ホント、アンタのこと嫌いよ!」

 

エドナは傘を広げ、背を向ける。

 

「けど、どうしてまたレイの体に?」

「……この際だから言っとくが、これは私の器でもあるぞ。そのことを忘れるな。」

 

岩の上から降り、ミクリオの前でそう言った。

小さな少女は、スレイの方を見て、

 

「前回のことで、お前が導師として使えなくなるのではないかと思っていたが……案外、平気そうだな。」

「まるで、スレイがアンタの道具みたいな言い方ね。」

「実際、導師と言うのは道具だ。人間も、天族も、導師と言う器が欲しいのだ。今でこそないが、昔は国同士で導師の取り合いを行ったり、逆に導師を多く輩出しようとしてた事だってある。」

 

小さな少女は全体を見据え、

 

「導師と言う器は、強大な力を持ったいわば武器であり、象徴だ。その導師が多ければ多い程、国は天族からの恩恵を、力を、そして富を得られる。いつからか、時代はそう変化した。なにせ、導師一人で国を……いや、世界を手に入れる事は簡単だ。事実、今回ハイランドはお前を利用しただろう。ま、お前一人で国ひとつ落とすのは簡単だ。無論、今のお前では世界は無理だろうがな。」

「オレは、導師の力で国を、世界を手に入れようとは思わない。」

「お前がそうでも、お前の周りはそうではない。それは人も、天族も、だ。それこそ、お前が仲間だと、家族だと想うこいつらもだ。」

「みんなはそうじゃない!」

「そうだ!僕らはスレイにそんなことはさせないし、させようとも思わない。」

「ええ。もし、そうなるのであれば……私たちはスレイさを守りますわ。」

 

小さな少女は黙って、彼らを見る。

相変わらずの無表情だが、瞳は断然この中では強かった。

が、犬の天族の方を見ると、

 

「どうやら時間が来たようだな。導師、災禍の顕主には関わってもいいが、私の対とは関わるな。あれはもう、穢れている。」

「……!それはどういう――」

 

ライラが小さな少女に詰め寄ろうとしたが、風が小さな少女を包んだ。

弾けると、いつものレイが現れる。

 

「……お兄ちゃん……起き…た…みたい…」

 

そう言うと、

 

「う……む……」

 

かすかな声が聞こえて来た。

そちらの方を見ると、犬の天族が起き上がる。

 

「目が覚めたようだね。」

 

ミクリオが犬の天族を見下ろしていった。

犬の天族に理由を話すと、

 

「がっはっは、それは助かった。礼を言うぞ。導師殿、天族の同胞≪はらから≫よ。」

 

そしてレイの方を見ると、

 

「……まさか、あなた様まで力を貸してくれるとは思いませんでしたぞ、裁判者。」

 

その言葉を聞いたデゼルが、

 

「裁判者⁉こいつが⁉」

 

しかし、レイは犬の天族を見て、

 

「…違う…」

「へ?」

「…少なく…とも…私は……レイ…は…違う。」

「つまり、黒い方が裁判者か……。そうか、あれが……」

 

デゼルは考え込んでいた。

その後沈黙するレイ。

犬の天族は頷き、

 

「そうかそうか。わかったよ、お嬢さん。」

 

レイは頷く。

そしてスレイは、犬の天族を見て、

 

「スレイです。妹のレイに、ライラにエドナ、デゼルにミクリオ、あっちで寝てるのが……」

 

と、横から順に紹介していく。

ロゼを紹介しようとしたら、当の本人が起き上がり、

 

「わんこがしゃべってる!」

 

犬の天族を見て言う。

 

「ロゼ、目が覚めたんだ。」

「うん。」

 

犬の天族は、スレイ達を見上げ、

 

「ワシはオイシだ。こう見えても歴とした天族だぞ。」

「へぇ~。まさに天族の神秘ってかんじ。」

 

ロゼは感心して言う。

 

「がっはっは!よろしくの。」

「よろしく!あたしはロゼ。」

「もう慣れたみたい。」

 

スレイは小さくライラに言う。

ライラは笑顔で、

 

「さあ、戻りましょうか。ロゼさんも目覚めた事ですし。」

 

そう言うと、ロゼは悲しそうな顔になる。

ミクリオはそれを見て、

 

「……そういう訳でもないようだ。」

「怖い?叫ぶ?パンチ?」

 

エドナはロゼを見上げて言う。

 

「遊んでるんじゃない。戻るんだろうが。」

 

デゼルはそんなエドナを見て言う。

 

「……ん。」

 

スレイも俯き、考え込む。

そんなところに、

 

「ちょい待ち!まだ何も見つけてない。んで、この遺跡にはまだ先がある。」

「つまり、やることはひとつ。」

「そう。」

 

そしてスレイとロゼは声を合わせて、

 

「「進もう。」」

「確かに遺跡探検はまだ終わってないからな。」

 

ミクリオの言葉にデゼルは鼻で笑い、エドナはつまらなそうに、

 

「まだバカンスは終わらないようね。ね、おチビちゃん。」

「……そう…みたい…だね…」

「では、奥に進みましょう。さあ、スレイさん。」

 

ライラがスレイを見て、スレイは頷く。

 

「ありがとう、みんな。じゃあオイシさん。オレたちもうちょっと遺跡、調べます。」

 

犬の天族オイシは笑いながら、

 

「がっはっは!面白い導師一行だの。気を付けてな。」

「じゃあね!わんこ天族さん。」

 

と、彼らは歩き出す。

 

スレイは遠くを見ながら、

 

「どうなったんだろな?戦争の結果。」

「さあねえ。ローランス軍が崩れたのまでは確認したけど。」

「直後にハイランドも将を失い撤退した。勝敗は引き分けといったところだな。」

 

ロゼとデゼルが、スレイに言う。

するとロゼは、

 

「あんたもあそこにいたんだ?」

「……戦場を見るのが趣味でな。」

「ふうん。」

 

デゼルは帽子深くし、ロゼから顔をそむける。

 

「オレがやったことが、そのまま結果に結びついたわけか。」

「ライラが言った通りだな。」

「アリーシャとルーカスは大丈夫かな。」

 

スレイは腕を組んで悩む。

 

「ルーカスは平気だろう。アリーシャのことは……ハイランドを信じるしかないね。」

「だよな……。」

 

スレイはさらに落ち込む。

そんなミクリオは明るく、

 

「とにかく!僕らにできるだけのことはやったさ。」

「だよな!」

 

そこでロゼは思い出したように、

 

「そういえば別れたんだ?アリーシャ姫と。」

「うん。マーリンドで。」

「アリーシャにはアリーシャの夢があるからね。」

「もしかして、あたしって後釜?」

 

少し拗ねたように言うロゼに、

 

「「そんなつもりはないよ!」」

 

二人は声を揃えて言った。

と、ロゼは笑いながら、

 

「あはは!変な聞き方してごめん。気にしなくていいよ。一緒に行くって自分で決めたんだからさ。逆にお姫様役を求められても困る。」

 

少し悪顔のようないたずら顔で言うロゼに、

 

「「それはわかってる。」」

 

即答だった。

二人は声を揃えて言った。

ロゼはそれに少し落ち込みながら、

 

「わかってるのはいいけど……即答は失礼じゃない⁉」

 

ロゼは叫ぶ。

それを二人は苦笑いし、デゼルは背を向けた。

 

前を歩いていたミクリオは立ち止まる。

石像などを見て、

 

「ドラゴン……八天竜の石像か?」

「いや、数があわない。ドラゴン信仰の建物なのは間違いないと思うけど。」

「時代を考えると、八天竜伝承の原型になった信仰かもしれないな。」

「神頼み~はわかるとしてもさ、なんでそれがドラゴンなんだろ。」

 

と、三人は悩む。

そこに傘を開き、背を向けていたエドナが、

 

「どうにもできない力をもった存在。恐怖の象徴だからでしょ。荒神として祀れば助かると思ったんじゃない?」

「「あ……」」

 

スレイとミクリオは互いに見合った。

 

「あちこち回ったけど、足跡も見たことないけどね。あ。レイフォルクの側で聞いた雷の音はドラゴンっぽかったかも。」

 

と、ロゼは思い出す。

スレイとミクリオは互いに俯いた。

 

「本物よ、それ。」

 

エドナは淡々と言った。

 

「またまたあ!」

 

と、笑うロゼの服をレイは引っ張る。

ロゼが見下ろすと、レイは首を振った。

 

「行ってみればわかるわ。命はなくなるだろうけど。」

「え……」

 

ロゼはスレイとミクリオの方を見る。

 

「オレたち、レイフォルクでドラゴンに会ったんだ。」

「そのドラゴンはエドナのお兄さんで……」

 

と、スレイ達は思い出し、悲しそうに言った。

だが、ロゼは不思議そうに、

 

「は?エドナは天族でしょ?」

 

これまで黙って聞いていたデゼルが、

 

「不思議はない。ドラゴンは穢れきった天族が実体化した化け物だからな。」

「……」

 

ロゼは黙り込んでしまった。

そのロゼに、

 

「別に謝らなくてもいいわよ。ドラゴンを拝むのがバカみたいっていうのは同意だから。」

 

そう言って、エドナは歩いて行く。

 

しばらく遺跡の中を見て回り、

 

「ロゼも遺跡に興味出てきたんだな!」

 

スレイは嬉しそうに言うが、

 

「そういうのはスレイに任せる!さっき色々いじったけど、もうさっぱりだもん。ここに入ってきた時みたいに、スレイの好きに踏んだり押したりしてみたら?また罠があるかもだけど、そん時はドンマイで。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「レイ、何があるかわからないから……いや、起こるかわからないから、手を繋いで行くか。」

 

と、スレイは手を出すが、

 

「…じゃあ…ミク兄…と…いい?」

「僕は構わないさ。」

 

と、手を繋いで歩き出す。

 

「振られたな。」

「振られたわね。」

「振られちゃいましたね。」

「振られちゃったね、スレイ。」

 

と、デゼル、エドナ、ライラ、ロゼの順番で言った。

スレイは、拳を握りしめ、

 

「あーもう、みんなそっとしておいて!」

 

と、叫んだ。

 

スレイは憑魔≪ひょうま≫との戦闘でのロゼの姿を見て、

 

「ロゼは最初から見えてたら、天族も憑魔≪ひょうま≫も怖がらないんだな。」

「そりゃあそうでしょ。最初から見えるって事は居るって事だよね?見なかったのが見えるって事は、居ないって思ってたのに、ホントは居るって事。まじこわくない?」

 

ロゼの説明に、スレイはロゼから視線を反らしながら、

 

「わかるようなわからないような……ミクリオたち、苦労しそう……」

 

と、呟く。

 

 

大体遺跡の中心に着た時、ロゼが床に落ちている光る石を見つけた。

 

「あ!なんか発見!」

 

スレイもそれを見て、

 

「あれは……!」

 

スレイはその石、瞳石≪どうせき≫を拾う。

瞳石≪どうせき≫は光り出す。

 

ーーそこは戦場だった。

服装の違う兵士達が戦っている。

武器がぶつかり合う金属音、人々の悲しみ、怒り、恐怖の入り混じった声が響く。

それを高い場所から見下ろす穢れの塊がある。

その塊は獅子の顔を持った男。

そしてその隣には、髪を左右に結い上げた少女が立っていた。

その戦場を見下ろし、獅子の顔の男・ヘルダルフは大きく笑みを浮かべる。

すると、戦場に居た兵士は次々と憑魔≪ひょうま≫と化していく。

それはどんどん広がり、敵味方関係なしに殺し合う。

憑魔≪ひょうま≫と化した兵士はどんどん我を忘れ、憑魔≪ひょうま≫と同化していく。

 

戦場は村を包み、街を包む。

辺りはもう、瓦礫の山に、死体に、火の海だ。

兵士が武器を持たない人を、関係のない村を街を破壊し、殺していく。

それは新たな憑魔≪ひょうま≫を生み出す。

そして無残に、無念に死んでいく村人の怨念が新たな憑魔≪ひょうま≫を生み出し、兵を薙ぎ払う。

 

また一つ、また一つと穢れが広がっていく。

この連鎖は終わらない。

 

瞳石≪どうせき≫の過去の記憶を見たロゼは、

 

「……なんなのこれ……あの化け物は……」

「大地の記憶。過去の出来事が記録されているんだ。」

 

スレイは静かにロゼに言う。

ミクリオは疑問にしながら言う。

 

「……各国での戦争の様子なのか?」

「それをあいつが……ヘルダルフが利用して、穢れの坩堝を生み出しているって事か……」

「憑魔≪ひょうま≫同士を争わせて、より力をもった憑魔≪ひょうま≫を生み出そうとしてるんだわ。」

「反吐が出る……」

 

エドナとデゼルは呆れたように言う。

ライラは静かに、

 

「かの者の心は深い闇の底かもしれません……」

「これが災禍の顕主……」

 

彼らは深刻そうな顔つきになる。

レイはそれを黙って見上げ、聞いていた。

 

 

遺跡の最奥に到着したスレイ達。

ロゼが辺りを見渡し、

 

「ここが一番奥?」

「そうらしい。」

 

ミクリオがそう言うと、ロゼは怖がった。

そんな彼女を見て、

 

「ホントにいつか慣れるのか……?」

 

レイは部屋の奥の壁を見つめる。

そしてライラが壁に描かれている壁画を見て、

 

「これは導師となる者の試練を描いた壁画のようですわ。こんなところにこんなものがあるなんて……」

「これが導師の試練を……」

 

それは大きな広い壁に書かれた大陸の地図。

ロゼはそれを指差しながら、

 

「このシミみたいなのがグリンウッド大陸を示してんの?んで、この印ついてるところに導師は行かなきゃってわけ?」

「ライラ、そういう事?」

 

と、スレイはライラの方を見る。

ライラはハッとした顔になり、目を見開いて、

 

「今日の晩ご飯はマーボーカレーですわ!」

 

と、叫んだ。

それを後ろでエドナが呆れる。

スレイも察した。

肩を落とし、

 

「気にしないで……ライラは自分にかけた誓約で、話せない事があると時々こうなるんだ。」

「ダイエットみたいなもん?」

 

ロゼの言葉に、ライラは笑う。

ミクリオはその地図を見て、

 

「印の場所は4つか。」

「レイクピロー高地の北部にひとつ、大陸中央南端にふたつ……」

「最後のはウェストロンホルドの裂け谷方面ね。」

 

デゼルとエドナも、その印のなる大陸の名を言う。

 

「試練っていうぐらいだからクリアしたら何かいいことありそう。超便利道具が手に入るとかパワーアップするとか。」

 

ロゼは楽しそうに言う。

スレイはそれを聞き、

 

「それだ!もしかしたら強い領域にも負けない力が手に入るかも!」

「……ヘルダルフに対する光明が少し見えたかな。」

 

ミクリオも納得する。

ロゼは頷きながら、

 

「ふんふん。全然わからん。領域?ヘルダルフ?」

「あ、えっと。」

 

どう説明しようかと、スレイが説明しようとすると、

 

「いい。ご飯食べる時にでも話して。収穫あったってことでしょ?」

「ああ。ここの探検は終了かな。」

「そ。じゃあ戻ろ。退屈しのぎに退屈するとは思わなかったぜ。」

「まったくだわ。」

「まったくだ。」

 

ロゼの言葉に、エドナとデゼルが即答で納得した。

ライラは俯きながら、

 

「ノーコメント。」

「はは……」

 

スレイは軽く笑う。

スレイはロゼを見て、

 

「えっと……そんなに退屈だった?」

「ううん、面白かったよ。ライラの変なリアクション!」

 

スレイは肩を落とす。

それを見ていたレイは小さく、

 

「「試練は思っている程簡単ではないがな。」」

 

そう呟いて、壁画を見る。

 

帰り際、スレイはミクリオに、

 

「あの壁画の模様、似てないか?ペンドラゴの神殿ってのの模様に。」

「天遺見聞録に載ってるのとは確かに似てるな。」

「どっちかが模倣なんじゃないかな。」

「ふむ……ということは、ここは『アスガード隆盛期』の遺跡ということか。ペンドラゴの神殿がそうだからな。」

 

スレイは悩み込む。

この二人の会話を聞いていたロゼは、ミクリオと手を繋いでいるレイに、

 

「ね、レイ。」

「……何?」

「話し付いていけてる?私は無理なんだけど。」

「…いけ…てる…これは…基礎…固め…」

「ウソ⁉」

「ウソ…だから…」

「え⁉」

「じゃ…ない…かも…しれ…ない。」

「どっち⁉」

「調べて…みたら?」

 

ロゼは頭を抱える。

と、悩んでいたスレイが、

 

「うーん。ペンドラゴの神殿も見てみたいなぁ。」

 

と、言う。

それを聞いたロゼは厳しい表情になり、

 

「それはちょっとむずいよ。」

「え、なんで?」

「ペンドラゴはローランス帝国の首都、神殿は教会の総本部。今や教会関係者、しかもトップ連中しか入れないって事。」

 

しかしスレイは諦めるどころか、嬉しそうに、

 

「そっか~。」

「全然諦めてないな……」

 

ミクリオは呆れたように言う。

 

 

犬の天族オイシは戻って来たスレイ達を見て、

 

「戻ったか。その顔は収穫あったのか?」

「うん。けど……」

 

エドナが淡々と説明する。

 

「大地の記憶とか、導師の試練とか……なんだか色々あって面倒になってきてる。」

「ふぅむ……」

「どれから行こうか……」

 

悩むスレイに、

 

「ちゃんと考えろ。世界を巡る事になる。動きやすくするべきだろう。」

 

デゼルの言葉を聞いたロゼは、

 

「ん……じゃあペンドラゴはどう?スレイはきっとローランスのエライさんに目、付けられてるだろうからさ。イヤイヤ戦争に参加させられたって、ちゃんと話しといた方がいいかも。」

「なるほど……その方がローランス帝国内では活動しやすそうですわ。」

「人間ならではのアプローチだな。」

 

ロゼの言葉に、ライラとミクリオは納得した。

デゼルもそうであるかのように、鼻で笑う。

と、犬の天族オイシが、

 

「考えはまとまったようじゃの。」

「うん。オイシさんはここに残りますか?」

「そうじゃな。愛着もあるからの。ただ、このままでいられないのも事実。」

「何かまずいの?」

 

ロゼは首をかしげる。

スレイはロゼを見ながら、

 

「天族を祀ってくれる人が必要なんだ。神殿や教会みたいに。」

「でないとまた穢れと結びついて憑魔≪ひょうま≫になる危険がある。」

 

ミクリオの言葉に、

 

「……んじゃ、誰か探して連れてくる。それでいい?」

「いいのか?アジトなんじゃ……」

「いいから任せとけって、ね?」

 

ロゼは自信満々に言う。

 

「かたじけない。導師殿のおかげでしばらくは大丈夫。折を見て連れてきてくれい。たっぷり加護を与えてやるぞい。」

 

と、尻尾を振りながら、犬の天族オイシは言う。

ロゼは笑う。

スレイは犬の天族オイシを見て、

 

「じゃあオイシさん、また!」

「がっはっは!またの!」

 

スレイ達は歩き出していく。

レイは犬の天族オイシの前にしゃがみ、

 

「……これは…おまけ。」

 

そう言って抱き付く。

風が一人と一匹を優しく包む。

 

「これで…だいぶ…楽に…なる。」

「がっはっは!お嬢さんも、優しいな。」

「…優し…い?」

「ああ。優しい子じゃよ。ほら、お嬢さんもはよう行かんと。」

「……ん。またね。」

 

レイも立ち上がり、スレイ達の元に駆けて行く。

それを見た犬の天族オイシは嬉しそうに、

 

「がっはっは!ホント、あの頃とあまり変わりませんな~。」

 

犬の天族オイシは彼らが見えなくなるまで、彼らの歩いて行った方を見続けた。

 

 

スレイは歩きながら、

 

「オイシさんのことはいいの?」

「別にいいって。なんなら新しいアジトに招待するよ。最初から見えてれば怖くないしね。」

 

と、ルンルンで歩いて行く。

スレイはそれを苦笑いで見るのであった。

 

最初の入り口まで戻ると、

 

「さって。じゃあ出発は明日ね!」

「今から行こうって思ってたんだけど……」

「着の身着のままはさすがにノーサンキュ!アタシとレイは女の子、おーけー?」

 

と、レイを見下ろす。

 

「……?……ん?」

 

レイはロゼを見た後、スレイやミクリオを見上げる。

 

「あ……」

 

と、スレイはなんとなく理解する。

ロゼは一転、真剣な表情で、

 

「スレイ。」

「ん?」

「今までもずっとあんな……憑魔≪ひょうま≫?と戦ってたんだ。普通の人には見えない化け物と。」

「うん。」

「……これからも?」

「ああ。さっき話に出たヘルダルフってのが災禍の顕主って言って……」

 

と、スレイが腕を組んで話し始めたが、

 

「待った!長い話はご飯食べながら、ね!」

 

そう言って歩いて行った。

 

 

翌朝、レイは空を見上げていた。

大きな木の隙間から暖かい日の光が自分にあたる。

スレイもまた、気持ちのいい風を感じながら、

 

「行こう!」

 

スレイ達は旅発つ。



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toz 第十話 ラストンベル

スレイ達は森の中を歩く。

スレイは森を少し進んだところで、

 

「ロゼ。」

「ん?なに?改まっちゃって。」

「……導師の使命についてなんだけど。」

「大地の記憶で見た災禍の顕主ってのをやっつけるってやつね。それがなに?」

「オレ、戦場で会ったんだ。災禍の顕主に。」

「そうなんだ。」

「けど、まるで歯が立たなかったんだ。」

 

と、思い出して落ち込む。

そこに、

 

「無様に霊応力まで封じられてな。」

 

デゼルが淡々と言う。

 

「ふむ。そこをあたしが助けたんだ。で?」

「でって……つまり危険なんだよ、この旅は。正直、勝ち目があるかどうかもわからない。今なら引き返せる。」

 

スレイは拳を握りしめる。

だが、ロゼは笑顔で、

 

「勝ち目を探すの手伝うし、勝ち目がなければ逃げればいいっしょ。大丈夫だって。スレイは実力も現実もわかってるじゃない。ね、レイ。」

「……ん。」

 

レイはスレイを見上がる。

 

「それに、レイもいるんだよ。ここであたしは逃げ出したりしない。」

 

スレイの前で、腰に手を当て胸を張る。

そんなロゼを見て、スレイは頬を掻きながら、

 

「……ありがとう。」

「なにが?」

「とにかく、さ。」

「ようわからんけど……どういたしまして。」

 

デゼルは小さな声で、

 

「問題ない。やばくなったら逃げるだけだ。」

 

と呟いていたのを、レイは聞いていた。

スレイは歩きながら、

 

「じゃあ、改めて……ロゼ、これからもよろしく。」

「おう!どんと任せろ!レイも、どんどんアタシを頼ってね。……お化け以外なら!」

「……多分……」

 

スレイと手を繋いでいたレイは、無表情で前を向いて言った。

 

「あはは。」

 

スレイは苦笑いで進む。

そしてロゼは、両手を後ろの手にして、

 

「それにしても、まさか天族と旅することになるなんてねえ。」

「まあ、よろしく頼むよ。」

 

突然のミクリオの声に、ロゼは飛び跳ねる。

 

「ぎゃあ!よろしくはいいけど、声だけとか怖いんだってばぁ……」

「……まさかこんな恐がりと旅することになるなんてね。」

「ははは……」

 

スレイはまたしても、苦笑いで進んでいく。

そして無言のデゼルに、

 

「デゼルも、よろしく。」

 

それでも無言だった。

しかも、その無言の中にも何かを感じる。

 

「なんか緊張感出てきた。冒険っぽいな!」

「……違うと思うけど?そうだろ、レイ。」

 

スレイの言葉に、ミクリオは呆れながら言う。

 

「…そう…かも…」

 

ロゼは少し後ろを歩いていた。

前の方では、レイとスレイが手を繋いで歩いている。

 

「あの、ロゼさん――」

 

と、頭の中でライラの声が響く。

ロゼは飛び跳ねる。

 

「ひいいっ!」

「あ!失礼しました!」

 

ライラは外に出て、ロゼを見る。

 

「これで。」

「い、いいよ。で、なに?」

「戦場でのお礼をいいたくて。スレイさんを救ってくださってありがとうございました。」

「気にしなくていいって。とっさにやっただけだし。」

「いいえ、あの勇気と気迫には感動しましたわ。」

「そ、そう?」

 

照れながら言うロゼに、

 

「おい。」

 

と、頭の中でデゼルの声が響く。

ロゼはまた飛び跳ね、

 

「ひううっ!姿を見せろってばっ!」

 

ロゼは出て来たデゼルに怒りながら、

 

「でっ!なに?」

「いや……おだてられて無茶をするなと……驚かせて、すまん。」

 

デゼルは帽子を深くかぶり、ロゼから視線を外す。

ロゼは腰に手を当て、

 

「わかればよし!」

 

と、一言デゼルに言って、速足で歩いて行った。

デゼルは空を見上げ、

 

「思わず謝ってしまった。」

「あの時以上の気迫でしたわね。」

 

ライラも手を合わせて、空を見上げた。

 

 

ミクリオは歩きながら、エドナに聞いた。

 

「僕も誓約をすれば、ライラみたいな力を得られるのかな……?」

 

しかしエドナは真剣な表情で、

 

「やめておきなさい。誓約は特別すぎる力よ。そんなものに頼らなくても力を磨き上げれば、自分だけの術は身につくわ。」

「エドナは……もってるのか?そういう術。」

「当たり前でしょ。」

 

エドナは即答だった。

ミクリオはエドナに詰め寄り、

 

「どんなのだ!見せてくれないか?」

 

エドナは意地悪顔になり、

 

「ふふふ、大胆なこと言うのね。大人の階段を登る気満々じゃない。」

「う……変な言い方はやめろ!」

 

ミクリオはエドナから少し離れ、怒る。

エドナは意地悪顔のまま、

 

「どんなに見たい?どうしてもってお願いするなら特別に見せてあげてもいいけど。」

「……いやいい。」

「せっかくのチャンスをボーに振るミクリオ……略してボミね。」

 

そう言って、歩いて行った。

ミクリオは真剣な表情で、

 

「力を磨き上げるか……」

 

そしてミクリオも、歩いて行く。

 

森の中で広い場所に出た。

とある大きな大樹の所に、大きな三本ツノのカブトムシを見つけた。

スレイはそれを見上げ、

 

「うわ!なんかスゴイのがいる!」

「ああ、ローランスオオカブトムシだね。」

「へぇ~、イズチにはいなかったよ。カッコイイなあ!な、レイ!」

 

レイもその大きな三本ツノのカブトムシを見て、

 

「あ……う…ん?」

 

と、首を傾げていた。

ロゼは悪い顔をしながら、

 

「スレイみたいな物好きが多くてね。良い値で売れるんだよ。」

 

と、スレイとロゼと共に見ていたデゼルが、

 

「……違う。」

「え?」

「そいつはヴァーグランオオクワガタだ。」

「クワガタなんだ!」

 

ロゼは明後日の方向を見て、

 

「あー……似たようなもんでしょ?どっちもツノついてるし。」

「全然違う。カブトのはツノだが、クワガタのはアゴだ。」

「うぐっ!」

「詳しいな、デゼル!」

 

スレイの目は輝いていた。

デゼルは横を向き、

 

「ふん、常識だ。」

「けど、発達は異なるけど用法は……?」

「どちらも闘争用だが、クワガタは腐葉土や朽木に潜るためにも使うな。」

「似てるけど別の道具ってことだな。」

 

スレイは感心していた。

ロゼは、スレイ達を見て、

 

「要するにアレね!お好み焼き用のコテともんじゃ焼き用のヘラみたいなもんだと!」

「いや、それは……」

「何を言ってるかわからん。」

「…絶対…違う…」

 

と、三人は言う。

ロゼはそれを少し怒りながら、

 

「なんだよー、意気投合しちゃって!」

 

と、歩いて行く。

 

そして今度は、大きな切り株を見つける。

スレイはまたしても、

 

「見ろよ、ミクリオ!でっかい切り株だ!」

「ふむ……年輪からすると樹齢千年は越えてるね。」

 

ミクリオは切り株の切り口を見て言う。

 

「……数えたのか?ヒマだな。」

「目測でわかるだろう!二十年の幅を目安にして半径が五十倍あれば千年だ。な、レイ!」

「……そう…だけど…あそこ…が…」

 

と、指さす。

スレイがみると、

 

「確かに、やけに年輪が詰まってる場所があるぞ。」

「本当だ。なぜだろう?」

「気候が冷え込んだか、日差しが弱かった時代があったんだろう。」

 

と、後ろからデゼルが言う。

スレイは嬉しそうに、

 

「そうか!それで木が成長できなくて年輪が狭まった。」

「大体……千年くらい前か。」

「木も歴史を記録してるんだな。」

 

スレイは感心する。

ミクリオは腕を組み、

 

「しかし、よく気付いたね。」

「ちょっと考えればわかることだ。」

 

そう言うと、歩いて行った。

 

休憩中、ロゼはブツブツ何かを言いながら悩んでいた。

 

「ブツブツブツブツ……うう~ん。」

 

そんなロゼにスレイとライラが、

 

「どうしたの、ロゼ?」

「具合でも悪いのですか?」

 

と、近付くが、気付かずブツブツ言っている。

レイがロゼの顔を見上げる。

 

「フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫、ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫、ハクディム=ユーバ≪早咲きのエドナ≫、ルウィーユ=ユクム≪濁りなき瞳デゼル≫!」

 

レイはそれを聞き、納得した。

と、今度は大声で、

 

「フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫、ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫、ハクディム=ユーバ≪早咲きのエドナ≫、ルウィーユ=ユクム≪濁りなき瞳デゼル≫!」

 

それはスレイ達にも聞こえ、スレイもまた、大声を上げる。

 

「ちょ、いきなり何⁉」

「それ、こっちのセリフ!ライラと契約した時、三秒で憶えろって超早口で叩き込まれたんだよー!おかげで頭から消えないし~!」

 

ライラは手を合わせて、視線を外し、

 

「あの時は緊急だったもので、つい。」

「時々強引だからね、ライラって……」

「お化けとは別の意味で怖い~!」

 

スレイは苦笑いで、ロゼは暗い顔で言う。

ライラはレイを見下ろし、

 

「私ってそんなに怖いですか?」

「……あー……」

 

何か言おうとして、レイはそっぽ向いた。

ライラは頬を膨らませた。

 

「……もういいです。それより、ロゼさん。この際わからない事があれば聞きますよ。」

 

ロゼはスレイを見て、

 

「じゃあさ、『ウィクエク=ウィク』……あたしの真名って、どういう意味?」

「ああ。『ロゼはロゼ』って意味。」

「『ロゼはロゼ』……なんか手抜きっぽくない?」

 

ロゼはスレイに怒りながら言う。

そんなスレイは、

 

「そう?ぱっと思いついたんだけど結構あってない?」

 

ライラは視線を外しながら、

 

「あの時は緊急事態でしたから。」

 

ロゼは半眼になり、

 

「またそれ⁉……う~ん……アリーシャ姫も従士だったんだよね?なんて真名つけたの?」

「『マオクス=アメッカ』。意味は『笑顔のアリーシャ』だ。」

「わかった。手抜きじゃなくて、ひいきですね?ねぇ、レイもそう思うよね?」

「…なに…が?…真名…が?…それ…なら…お兄ちゃん…の…言った…意味…そのまま…だと…思う…けど…」

「うっわ~……なんか…遠回しに弄られている気がする。」

 

ロゼは肩を落とす。

そしてロゼは顔を上げ、

 

「もうこれは絶対ひいきだ!」

「え⁉なんで?」

 

そしてロゼはスレイの目の前で、笑顔になる。

 

「あたしの笑顔だって、なかなかのもんなのに。」

 

そしてスレイは後ろに下がりながら、

 

「ちょっ、ロゼ!雰囲気が怖いよ!」

 

レイはミクリオの元に歩いて行った。

つまり、関わりたくないと……。

ライラはそれを見た後、苦笑いでロゼに言う。

 

「ロゼさん。スレイさんは素でこう言う方なので……」

「わかってる。スレイこそ『スレイはスレイ』だよね。」

 

スレイ達は笑った後、スレイはレイの歩いて行った方へ歩いて行く。

 

レイはミクリオを見ていた。

 

「水よ!敵を穿て!鋭き氷、拡散せよ!くっ……ここで拡散を自在に操れれば……くっ!」

 

ミクリオは技の練習をしていた。

レイはそれをずっと見ていたのだ。

 

「…今のは…弱かった…。」

「そうだな。抑え込みが弱すぎた。けど感覚はつかめてきたぞ。」

「…がんばれ…ミク兄…」

「ああ!」

 

そしてもう一人、それを見ていた者が……。

 

「ミクリオ、お前……」

 

休憩が終わるまで、ミクリオは技の練習をしていた。

 

スレイと別れた後、ロゼはエドナの所にいた。

エドナの靴を見て、

 

「ねえ、エドナ。」

「なに?」

「エドナのブーツってさ、なんかブカブカじゃない?」

「文句ある?」

 

若干怒り気味のエドナを笑顔で見上げたロゼは、

 

「全然。ただ、歩きにくくないかなって。」

 

エドナは真剣な表情で、

 

「……元は、お兄ちゃんのだからよ。ワタシの足に合うように調整してあるから、気にしないで。」

「じゃあ、そのグローブも?」

「お揃いだけど。それが?」

 

ロゼは笑顔で、

 

「ワンピースと似合ってるよね。ちょっと変わってるけど。」

 

エドナは一瞬嬉しそうにした後、ロゼに背を向ける。

 

「……お兄ちゃんもそういってくれたわ。」

「え?」

 

エドナは小さく呟いた。

彼女はロゼに振り返り、

 

「別に。あなたには似合わないって言ったのよ。」

 

エドナは悪戯顔でいったのだが、

 

「あはは。それはそうだ。」

 

ロゼは腹を抱えて笑いながら言う。

 

「……変なヤツ。」

 

エドナは再び背を向け、呟いた。

そしてエドナは歩いて行く。

と、ロゼの後ろから視線を感じる。

ロゼがそこを見ると、考えながらロゼを見るデゼル。

 

「……なんか用?」

 

と、デゼルはロゼを見て、

 

「おい。」

「ロゼ。」

 

ロゼは頬を膨らませながら言う。

デゼルは即答で、

 

「知っている。」

「じゃあ、名前呼んで。」

「ロゼ。」

「はいはい。なんでしょう?」

 

ロゼは笑顔でデゼルを見る。

 

「ああいうマネはよせ。」

「どういうマネよ?」

 

考えるロゼに舌打ちしたのち、

 

「……導師の背におぶわれていただろう。」

「ちょ!見てたの⁉」

「たまたまな。」

 

ロゼは震えながら、

 

「うう……そういうのが怖いんだよなあ、天族って!」

「体を預けるなど無防備すぎる。」

「それで油断させて殲滅って作戦じゃん。」

 

ロゼは頬を膨らませる。

だが、デゼルは腕を組んで、

 

「……年頃の娘のすることじゃないだろう。」

「殲滅が?」

「背負われることがだ!」

「年頃の娘は背負われるのはまずいんだ?」

「無防備なのがだ!」

「だからそういう作戦って言ってんじゃん!」

 

と、ロゼがボケ、デゼルが突っ込むを行いながら怒りあう。

 

「もういい……」

 

デゼルは疲れ切ったように言い、歩いて行った。

 

「?わけがわからん……」

 

ロゼはその姿を見て、腕を組んだ。

 

 

休憩が終わり、彼らは再び歩き出す。

するとスレイが、遠くに見える門を見つけた。

 

「街だ。ここって、もうローランス?」

「そ。ラストンベル。」

「有名ですわよね。商人と職人が集まる街として。」

「そうそう。以外に物知り――」

 

ライラが嬉しそうに言い、ロゼもそれに乗っていたが、

 

「って、頭の中に話しかけるの禁止だってー!」

「す、すみません。」

 

頭を抱えながら、叫ぶ。

門の近くに行くと、行列ができていた。

門の兵士が、

 

「列に並び、待て!従わぬ者は処罰する!」

 

その言葉に、列に並んでいた男性が、

 

「勘弁してくれよ。時間がないってのに。」

 

その男性に、スレイは問いかける。

 

「……なんの検問?」

 

男性は振り返り、

 

「軍のに決まってるだろう。本格的な大戦になるかもしれないんだからな。」

 

と、男性はスレイの格好を見て、

 

「……兄ちゃんはひっかかるかもな。」

「えっ!なんで⁉」

 

と、スレイが叫んだ。

すると門の兵士が、

 

「うしろ!騒がしいぞ!」

「すみませーん!」

 

ロゼが営業スマイルを送る。

静かになったところで男性は理由を話す。

 

「導師が出たって噂あったろ?」

「あった。ハイランドでしょ?」

 

ロゼが男性の会話にスムーズに入る。

男性は腕を組んで、困ったように言う。

 

「それがな、ローランスにもいるらしいんだ。」

 

その言葉に、レイは男性を見上げる。

そしてスレイは意外そうな顔で、

 

「へぇ!ローランスにも。」

「……ローランス帝国は、導師をよく思ってない?」

 

ロゼは腕を組んで、男性を見る。

 

「ああ。騎士団は戦力と見て警戒してるし、教会は異端者として取り締まろうとしてる。おまけにこの街じゃ、なんか不可解な事件が起こってるらしくて――」

 

と、行ってる後ろから、

 

「次!」

「おっと、オレの番だ。そういうわけだから、せいぜい気をつけな。」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイはロゼを見て、

 

「ローランスにも導師がいるのかな?」

「その可能性はあるね。けど気をつけた方がいいよ。導師を騙る悪党は、もっと大勢いるから。」

 

スレイは頷く。

と、スレイは検問の方を見て不安そうに、

 

「大丈夫かな?不安になってきた。」

 

レイはスレイの手を放し、ロゼの方に行く。

ミクリオがロゼに、

 

「素性は隠した方がいいみたいだけど、スレイにウソをつけっていうのは……」

「…無理…」

 

レイはロゼを見上げて。

ライラも同じように、

 

「ですわね。ニワトリさんにゆで卵を産めっていうようなものですわよね。」

「同意。」

 

エドナも即答だった。

デゼルは淡々と、

 

「なら、逃げる準備をしておくんだな。」

 

ロゼは頭を抑えながら、

 

「通行証も持ってるし、任せとけって。だからしばらく頭の中でしゃべらない。わかった?」

「面倒を起こさなければな。」

 

デゼルは注意深く言う。

 

「いいの?」

 

ロゼはスレイを見て、

 

「ほら、しゃべんな。」

 

と、兵士の声が響く。

 

「次!」

 

スレイ達は門をくぐる。

 

門をくぐると、そこはレンガに囲まれた家が並ぶ。

そして周りの兵とは違った甲冑を着た男子騎士兵がやって来る。

兜は被っておらず、少し髭を生やし、生真面目そうな顔をしている。

その隊長格っぽい騎士兵がスレイ達の前に来る。

 

「自分は、ローランス帝国白皇騎士団、団長セルゲイ・ストレルカである。帝国の安寧に資する検問への諸君の協力に、衷心より謝意を表すものである!」

 

スレイの中から出て来た天族組。

そしてそれを見たエドナは、

 

「なにこいつ?堅苦し病?暑苦し病?」

 

ロゼは腰につけたカバンから、紙を取り出す。

 

「はい、商隊ギルド発行の通行証。ここに来た目的は手形の回収ね。」

 

それを見た騎士セルゲイは、

 

「『セキレイの羽』か。手際がいいな。」

 

ロゼは騎士セルゲイを見上げ、

 

「期限がせまってるから気が気じゃなくて。取り引き先は、大通りにある酒屋の――」

 

騎士セルゲイは思い出すように、

 

「ああ、ボリス酒桜か。あそこは手広く商いをしているようだな。」

 

レイは騎士セルゲイを見上げる。

その瞳の奥を見た。

 

「ウチも色々お世話になっております。他にはなにか?」

 

ロゼは明るく言う。

騎士セルゲイは首を振った。

 

「ない。検問への協力、痛み入る。」

「お疲れ様です~!」

 

と、ロゼは営業スマイルを送る。

そして、歩いて行く。

レイとスレイも、ロゼの後ろを歩いて行く。

が、騎士セルゲイはスレイを見て、

 

「次は、そちらの男と、娘だ。男の方は妙な身なりだが、護衛か?」

 

スレイはとっさに振り返り、何か言おうとした。

が、その前にエドナが傘でど突いた。

スレイは痛みを堪える。

ロゼが、とっさに言う。

 

「っと……女の一人旅はぶっそうなんで。で、小さい方は妹です。」

 

騎士セルゲイは、ロゼの背を見て、

 

「娘の方はわかった。だが、なぜ護衛が儀礼剣をさげているのだ?」

 

その言葉に、ミクリオは驚きながら、

 

「スレイの剣が儀礼剣って⁉重心のの差を見切ったのか。」

 

デゼルも警戒しながら、

 

「ただのバカじゃなさそうだな。」

 

そして逃げ出す準備をするデゼルだが、ロゼがそれを止める。

 

「待った。周り。」

 

周りには人が多すぎる。

デゼルは舌打ちする。

ロゼは笑顔で振り返り、

 

「えっと、もちろん理由があって――」

 

と、説明しようとしたが、

 

「そちらの男に聞いている。」

 

騎士セルゲイは、完全に警戒している。

そしてロゼも、このままではスレイに答えさせることとなるので、

 

「やば……」

 

ライラが考え込み、

 

「私の言う通りに。」

 

スレイは頷き、騎士セルゲイを見る。

ロゼもそれを見守り、レイもスレイを見上げる。

そしてスレイは片言で言い始める。

 

「ご不審はごもっとも。実は私はとある地方領主の御曹司なのだす。」

 

と、言い間違えるスレイに、エドナがど突く。

スレイはそれを耐えながら、

 

「……なのです。」

「むう⁉」

 

騎士セルゲイは、さらに疑問に陥る。

 

「ロゼ。」

 

ミクリオがロゼに言う。

ロゼもそれを察し、付け加えるのだが……。

 

「そう!お坊ちゃんなんです、ウチの亭主!」

 

ミクリオもそれに驚き、デゼルは帽子を深くし、呆れる。

ライラもまた新たな設定に、

 

「えっ、そんな設定⁉」

 

ロゼは頭を掻く。

ミクリオとライラは考え込む。

ライラの言葉をスレイが言う。

 

「フォークより重いものを持ったことがない箱入り息子が、ひょんなことから旅商人と恋に落ち、燃え上がる情熱のままに、すべてを捨て駆け落ちしたのが一年前……」

「へぇ、そうだったんだ?」

「そう…いう…もの…なの?」

 

それを聞いて、ロゼがレイを見て、レイはロゼを見て問いかける。

それに、ミクリオが物凄く驚き、とっさにスレイに、言葉を言わせる。

 

「妻にも、妹にも、秘密のこの事実!」

 

スレイは困り顔で続けていく。

 

「世間に出て、無力な若造と知りましたが、それでも妻を、妹を、守るのが夫の務めと思いつめ……」

 

と、ライラとエドナが、スレイの腕を持ち上げ、剣を握らせ、振る。

 

「見せかけの儀礼剣を下げて周囲に強がって見せているのです。」

 

ミクリオも反対側のスレイの腕を上げたりする。

 

「悲しい男の意地と、お笑いくだしゃい。」

 

最期にまた噛むスレイの頭を、後ろからとっさにデゼルが押す。

 

「うぐっ⁉」

 

スレイは小さく、

 

「ごめん……」

 

それを見たロゼは、スレイの肩に手を置き、

 

「結構頑張ってるよ!ドンマイ!」

 

ライラはすぐにスレイに、ロゼに言う言葉を言わせる。

 

「おお!妻よ!その一言でオレは生きていけるだろう!」

 

と、見合い、エドナがスレイの手をロゼの手の上に乗せる。

レイは無表情で、それを見ていた。

そして騎士セルゲイを見て、無意識に後ろに一歩下がる。

騎士セルゲイは頷きながら、

 

「……愛という名の種さえあれば、どんな荒れ野にも花は咲くだろう。強く生きるのだぞ!」

 

と、彼は悲しそうな顔をした後、背を向けた。

そして、

 

「次!」

 

それを聞き、スレイ達は歩き出す。

レイは歩く前に、もう一度騎士セルゲイを見た。

そしてスレイの元に駆けて行く。

しばらく歩き、

 

「よくわからないけど通されちゃったね。みんなのおかげだ。」

「相手がよかったとしか言いようがないけど。」

「結果オーライだね。」

 

と、ミクリオとロゼは後ろのセルゲイを見る。

ライラもロゼに振り返り、

 

「案外お役に立ちますでしょう?見えないというのも。」

「……そうだね。しゃべんな、なんて言ってゴメン。」

 

ライラは手を合わせて、

 

「じゃあ、もう頭の中で話しても――」

「それは別。コワイしキモイ。」

 

と、即答だった。

 

「キモイはひどいですわ~……」

 

ライラは落ち込む。

そのライラに、スレイは優しく言う。

 

「あせらず行こうよ、ライラ。」

 

ライラは頷く。

話が付いたとこで、ミクリオがスレイを見て、

 

「さて、スレイ。僕らはあせってペンドラゴに向かうのかな?」

「ええと……」

 

スレイは周りを見た。

 

「『この街はいろいろ面白そう』だろ?」

「そう!だから――」

「『せっかくだし探検していこう』と言いたい。」

「超~言いたい!」

 

と、ミクリオはスレイを見る。

そしてスレイは、大喜びでそれを言う。

 

「なんか面白そう!ね、レイ!」

 

それを見たロゼものる。

 

「……ん?」

 

レイは喜ぶスレイとミクリオを見て、

 

「そう…だね…」

 

と、言う。

彼らは歩いて行く。

ライラはそれを見守り、エドナがライラに、

 

「ボーヤばっかり。」

「だから気が合うんですよ。きっと私たちとも。」

 

ライラは嬉しそうに言う。

 

「天族と人間がか……?ふん。」

 

一人ボソッと言って、歩いて行った。

 

ロゼがいきなり、思いついたかのように、

 

「ねぇ、スレイ。」

「なに?」

「別行動しようよ。女と男に別れて!」

 

ロゼは嬉しそうに言う。

 

「なんでまた。」

「決まってんじゃん!面白そうだから!」

「まぁ、いいけど……」

 

と、レイを見下ろすスレイ。

レイは何かを察し、スレイの足にしがみ付く。

そしてデゼルもまた、無言でロゼの後ろに行く。

ロゼとエドナが意地悪顔になり、

 

「デゼルはあっち、レイはこっちね。」

「そうよ、たまにはお兄ちゃん離れをなさい。そして、過保護~ズもね。」

 

ロゼはデゼルの背を押し、スレイの方へ押しやる。

と、スレイの足にしがみ付くレイの腕をロゼとエドナが抱えて歩いて行く。

 

「ちょっ!おい、ロゼ!」

「お兄ちゃん……ミク兄……」

 

二人は互いに引き離され、

 

「じゃ、後でもう一度ここに集合ね!」

 

と、歩いて行った。

 

残されたスレイ達は、それを見た後、街を探索する。

と、街の店を見て回ったり、街の風景を見る。

 

「お!見て見ろよ、ミクリオ!変な形の置物がある!」

「本当だ……何だろう、見たことがないな。」

 

と、二人は駆けて行き、それを調べ始める。

そんな二人に、

 

「おい!勝手に動き回るな!」

 

怒りながら、スレイ達の後ろに付いて行く。

ミクリオと共に、変な置物を調べていたスレイだったが、どこからか聞き覚えのあるメロディーの鼻歌が聞こえてくる。

スレイは立ち上がり、それを耳で探りながら歩き……

 

「うわっ!」「おっと!」

 

と、角の方で人と盛大にぶつかる。

 

「スレイ!」「あのバカ!」

 

ミクリオとデゼルは互いに言い、スレイに駆け寄る。

スレイは尻餅を付き、ぶつかった相手は袋に入ったリンゴを落としそうになる。

スレイはとっさにそれを空中でキャッチする。

 

「おお~!ナイスキャッチ。じゃなくて、ごめんね。ちょっとよそ見してたもんだから。」

 

と、スレイに手を差し出す。

スレイはその手を取り、立ち上がる。

スレイはぶつかった相手を見る。

 

自分と同い年くらいの少年。

長い紫色の長い髪を後ろ下で束ね、黒のコートのような服を着ていた。

彼の顔を見ると、どこか覚えのある顔で、赤い瞳をしていた。

少年は笑顔で、

 

「俺はゼロ。そっちは?」

「オレはスレイ。こっちこそゴメン。オレもよそ見してた。」

 

と、彼の差し出した手を握りながらスレイは答える。

彼は改めてスレイの格好を興味深そうに見て、

 

「それにしても……今時珍しいね、導師の格好なんて。」

「わかるの?これが導師服って?」

「おい、スレイ!」

 

スレイは即答で言ってしまった。

ミクリオがスレイを見て言い、スレイは苦笑いした。

デゼルに関してはもう呆れ果てている。

少年ゼロは微笑みかけ、

 

「わかるさ、何せ色々見て来たからね。君のはあちらの国の導師服に似てる。」

「そんなのもわかるんだ。」

「スレイ!」

 

スレイはまたしても、答えてしまう。

それをミクリオが、睨む。

 

「案外、戦場に居た導師って君だったりしてね、スレイ。」

 

と、一瞬鋭い目つきになり、すぐに笑顔に戻る。

 

「あ、でもそうだったとしても、言わないから安心して。」

「えっと…」

 

今度は何かを言う前に、ミクリオがスレイの前で睨んでいた。

スレイは苦笑いで、少年ゼロを見る。

 

「ゼ、ゼロはここの街の人?」

「ん?いや、旅人だよ。」

「へぇ、どうしてここに?」

 

スレイがそういうと、彼は今までとは違う笑みを浮かべ、

 

「探しものを探している最中なんだ。全然見つからなくてさ。そっちは?」

「オレは仲間と旅をしてるんだ。今別行動で傍には居ないけど。」

「へぇ~……もしかして、導師と来たら、従士だったりして?」

 

彼は笑顔に戻り、そう言った。

即答しそうなスレイの口を、ミクリオが抑える。

 

少年ゼロは笑みを浮かべ、スレイの横を通り過ぎ、

 

「じゃ、俺はそろそろ行くよ。」

「あ、これ!」

 

スレイは持っていたリンゴを抱え、少年ゼロを見る。

 

「あ~……あげるよ。君の事、気にいちゃったから。……それに丁度、数が合うだろ?」

 

スレイは持っていたリンゴの数を数え、自分達の今の人数を確認した。

 

「三つ……確かに!」

「はは。じゃ、またどこかで会おうね、スレイ。」

 

そう言って、少年ゼロは手を振って歩いて行った。

デゼルとミクリオは彼に警戒を向けた。

しかしスレイはその背に、

 

「ああ!ゼロの方も、早く見つかると言いな。」

 

と、叫ぶ。

少年ゼロはそれを聞きながら、

 

「案外、本当に導師だったりして。なにせ、天族もいたし。……そうなると、やっぱりあの戦場に居たのは彼かな。あの戦場で生き延びたんだ……それとも、ヘルダルフが生かしたのかな?彼なら絶対関わると思ったけど…。ま、別にいいっか。」

 

そう言いながら歩く少年ゼロを風が包み込む。

少年ゼロの衣装は、黒いコートのような服から、白と黒のコートのような服に変わる。

少年ゼロは大勢の人ごみの中、天族を連れた赤い髪の少女とすれ違う。

立ち止まり、彼女達を見る。

 

「天族を連れた人間か……。じゃあ、あれがスレイのお仲間かな?あの従士も、相当霊応力が高いなぁ~。さて、俺の探しものは見付かるかな。」

 

少年は懐から仮面を取り出し、目元につける。

そして風と共に消えた。

 

少年ゼロと別れてしばらくして、スレイの足に重みがつく。

スレイが見下ろすと、小さな少女がしがみ付いていた。

 

「レイ?」

 

すると、

 

「おーい、スレイ!」

「あれ、ロゼ?」

 

ロゼとライラ、エドナが歩いてくる。

 

「どうしたんだ一体?そっちから、追いかけてくるなんて。」

 

ロゼは頭を掻きながら、

 

「それがさ、レイが不機嫌で不機嫌で……最終的に逃げ出してさ。」

「逆よ、ロゼのハイテンションに色々連れましたあげく、それについていけなくて逃げたのよ。」

「ロゼさんは気付いてなくて……。まぁ、私たちも同罪ですね……」

 

と、ライラは落ち込んだ。

スレイは持っていたリンゴをレイに手渡し、

 

「貰ったものだけどレイにあげるから機嫌直そう、な。ロゼも悪気はなかったからさ。」

 

レイはスレイを見上げ、リンゴを受け取る。

 

「それにしても、あのゼロっていう人間……変わっていたな。」

「ああ。変わった気配をしていた。お前は気付いただろ。」

 

ミクリオとデゼルが思い出しながら言う。

ライラはミクリオとデゼルを見た。

ミクリオは真剣な表情で、

 

「ああ。彼にはまるで、僕らが見えていたように思える。それだけじゃない。あの顔……どこかで見たことあるような……」

「ミクリオも?実はオレもなんだ。昔、誰かに……うーんと……」

 

と、互いに思い出す。

そしてミクリオがロゼを見て、

 

「あー!」

「なになに⁉」

 

と、ロゼを指した。

ミクリオはスレイを見て、

 

「覚えてないか、スレイ!遺跡だよ、遺跡!」

「あ~‼」

 

二人は互いに見合った。

 

「なに、結局何なの⁉」

 

ロゼは困惑したように言う。

そしてスレイは思い出したように、

 

「昔、初めてイズチで遺跡を見つけて、入り込んだ。」

「だけど、僕ら道に迷うわ、罠にかかるわで、大変だった。」

「でも、楽しかったよな。」

 

と、思い出す。

そしてミクリオは真剣な表情に戻り、

 

「それで、僕とスレイがある仕掛けをいじってしまったんだ。そしたら、床が開いて下には針が出てて、本当にヤバイと思ったよ。」

「でも、そこでオレらの襟元を掴んでくれた人がいてさ。その人にそっくりだったんだ。」

「で、その人が僕らに『冒険を求める事は悪い事ではない。しかし、時と場合を考えろ。知識も力のないただのガキには何もできないことが多い。まずはお前達の持っているその本で知識を得ろ。そしてお前達の目で確かめたときにこそ、伝承の本当の意味が見えるはずだ。』って。」

「ん?どこかで聞いたぞ?どこだっけ?」

「メーヴィンに言っていた言葉だ。」

 

悩むロゼに、デゼルが言う。

 

「それだ!」

「スレイ、アンタ……」

「た、確かにあの人の言葉で本気で遺跡を知ろうと思ったさ!で、でもさ、あの時、本当にオレもそう思ったんだって!」

「ま、僕でもそう言っていたさ。それだけ、あの時のあの人は、僕らにそれだけの影響を与えたって事だ。」

 

ミクリオは、胸を張って言う。

 

「だよな!」

 

スレイは嬉しそうに言った。

 

「まったくガキね。」

「そうだね。スレイとミクリオはホント仲良しだ。ん?でもそうなるとレイは?一緒に居たんだね?」

 

ロゼは二人を見て言う。

エドナはロゼを見上げ、

 

「知らないの?スレイ達とおチビちゃんは本当の兄妹じゃないのよ。」

「知っていたのか、エドナ。」

 

スレイはエドナの方を見る。

すると、ライラもどうやらそうらしいと解る。

ミクリオは二人のレイに対する態度で、大体そうだろうとは思っていた。

 

「へぇー、そうなんだ。確かに、スレイとは似てないもんね。でも、結構似てると思うけどな。」

「どこがだ。」

 

と、自信満々に言うロゼに、デゼルが聞くと、

 

「中身が、だよ。」

 

その言葉に、みんな驚いた。

と言っても、当の本人のレイはリンゴを見つめていた。

 

ーーねぇ、君はリンゴを何にとらえる?俺は世界かな。

 

頭の中に声が響いた。

 

「……心……」

「ん?」

 

レイの突然の呟きに、スレイはレイを見下ろす。

レイはスレイを見上げ、

 

「昔……リンゴ…を…世界と…例えた…人…が…いる。…でも…私は…心…だと…思う。」

 

その言葉に、ライラは悲しそうにレイを見る。

 

「なんで?」

 

ロゼもスレイの持っていたリンゴを取り、一つ指先で回す。

 

「だって……人も…天族も…他の…生き物も…心は…見え…てる。…だけど…それは…形が…ある…ようで…見え…ない。…それが…感情…という…形…だと…わかる…。けど…リンゴは…甘い…と…分かって…いても…かじって…みない…と…本当の…味は…わから…ない…。それが…苦かったり…酸っぱ…かった…り…する。…心も…同じ…。…見え…ている…感情と…本当の…感情…は…触れ…合って…みない…と…わから…ない。」

「うーんと?」

「つまり、リンゴのように形ははっきりしてる。感情も、嬉しいとか、悲しいとか、はっきりしてる。でも、実際に思っている感情は違うって事。」

「そうですね。例えば、顔は笑っているのに、実際は悲しんでいるとか、ですかね。」

 

エドナとライラが付け足す。

 

「あ~!だから、リンゴの中身ね。確かにそうかもね。」

 

ロゼは回していたリンゴ掴み、ひとかじりする。

 

「ん~!美味しい、甘い!」

「行儀が悪いぞ!」

「ケチ!」

 

ミクリオがすかさずロゼに言った。

ロゼはそっぽ向く。

スレイはずっと悩んでいた。

そして自分の手にあるリンゴを見て、

 

「オレは両方だと思う。でも、オレはこのリンゴを絆だと思うな。」

「は?」

 

ミクリオはスレイを見た。

 

「だって、絆も目に見えてるようで見えないだろ。でも、見えないけどちゃんと見えてる。中身はわからないけど、ちゃんと繋がってるってわかる。そして一度できた絆は、簡単には壊せない。それってつまり、味はともかく、中身は入ってるってわかりきってる事だし。」

 

スレイの言葉に、全員が沈黙した。

レイもスレイを見上げる瞳が揺れている。

 

ーー私は絆だと思うよ。このリンゴのように、目には見えないだろうけど、ちゃんとあるとわかる。なにより、こうして誰かと絆を結ぶことができる。そしてできた絆は縁≪えにし≫となり、紡がれる。一度で来た縁≪絆≫は簡単には壊せないさ。現に、君たちと私たちがそうだろ?

 

誰の声かわからない。

だが、これだけ覚えている。

強く、穢れのない瞳。

希望と夢を追い、懸命に頑張ろうと必死な瞳。

その瞳で自分≪レイ≫を見上げ、嬉しそうな声と共に言う。

 

そのシーンとなった空気に、スレイは頬を掻きながら、

 

「あれ?オレ、変なこと言った?」

「いや、なんかスレイが物凄く頭がいい人に見えただけ。」

「ああ。スレイだとは思えない程。」

「少しだけ見直したわ。」

「バカだが、本気のバカってことか。」

 

ロゼ、ミクリオ、エドナ、デゼルが、スレイを見て言った。

 

「え⁉えー⁉」

 

スレイは困惑していた。

ライラは悲しそうに呟いた。

 

「……スレイさんも、同じことを言うのですね。」

 

そして笑顔になると、

 

「さて、みなさん。今からでも遅くありません。街を探検しましょう。」

「このタイミングで?」

 

スレイは若干落ち込んだ声で言う。

ライラは手を合わせて、

 

「このタイミングだからこそです。」

「わかった。じゃ、みんなで探検だ!レイ、はぐれるとまずいから手を繋ご。」

 

スレイは手を出すが、レイは首を振った。

ミクリオは中腰になり、

 

「じゃ、僕と行くか?」

 

レイは首を振り、

 

「一人…で…歩く…」

 

と、先陣を切って歩いて行った。

その二人に、

 

「振られたな。」

「振られたわね。」

「振られちゃいましたね。」

「あちゃー、振られちゃったね、スレイ、ミクリオ。」

 

デゼル、エドナ、ライラ、ロゼの順に言った。

二人は互いに見て、

 

「そ、そんなことないさ。」

「そうだよ。スレイはともかく、僕はそうじゃないさ。」

「だから、二人で振られたんでしょ。」

「「う!」」

 

ロゼは、二人を見つめて言う。

肩を落とした二人に、戻って来たレイが、

 

「…やっぱり…繋ぐ…」

「「どっちと?」」

 

互いに言って、互いに見合うスレイとミクリオ。

レイは二人を見上げ、

 

「…両方…と…」

 

そう言って、持っていたリンゴをライラに渡した。

ライラはリンゴを見つめた後、二人と手を繋ぐレイを見た。

 

「あ~、私も手を繋ぎたい~。」

 

ロゼは三人の後ろ姿を見て体を揺らす。

そして、その顔を見上げたエドナの顔は悪戯顔で、

 

「単純ね。ホント。デゼルと繋いだら?」

「な⁉」

 

デゼルは激しく動揺する。

ロゼは笑顔で、

 

「お!それいいね。デゼル、繋ご!」

 

デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「他の人間から見たら、違和感半端ないと思うぞ。そうなれば、お前の嫌いなお化けと繋がるが、それでもいいと思うなら――」

「やっぱり止めた!一人で行こう!」

 

と、歩き出した。

エドナは相変わらずのつまらなそうな顔で、

 

「意気地なし。」

 

と、デゼルの腹を傘で突く。

 

「おい、やめろ!」

 

デゼルは抵抗しながら歩き出す。

 

「ホント、仲の良いパティ―ですわね。」

 

ライラもその後に続く。

 

スレイは上を見上げる。

塔の上には、大きな鐘がある。

さらにその下にも、いくつかの鐘がある。

 

「この鐘楼、機械仕掛けなのか!」

 

と、スレイは興味深そうに言った。

ロゼも自信満々に、

 

「そう、ラストンベルの名物!歯車がバーって動いてね。鐘の音が音楽に聞こえるんだよ。」

「それは聞いてみたいですわね。」

「う~ん、さすが職人の街。すごい技術だな。な、レイ!」

「……ん。」

 

それを聞いたロゼは、

 

「あ。興味そっち……?」

「動力はどうなってるんだろう?」

 

スレイの言葉にロゼも疑問に持つ。

 

「さぁ?なんだろ。」

 

レイは辺りを見て、

 

「水……?」

 

デゼルも辺りを探り、

 

「水を汲み上げる音がする。おそらく地下水脈の流れを利用しているんだろう。」

「地下水脈⁉」

 

ロゼが驚いていた。

スレイも、同じように、

 

「本当?そんな風に見えないけど。」

「籠城用に隠してあるんだ。元々、ここは砦としてつくられた場所だからな。」

「それで城壁に囲まれてるのか!」

「この鐘楼も元は狼煙台だ。」

 

デゼルは淡々と説明していく。

 

「そんな過去が……面白いなあ!」

「まったく男どもは。注目するとこ違いすぎ。」

 

ロゼは呆れたように言う。

ライラは手を合わせて、

 

「ふふ。でも面白いですわよね?ね、レイさん?」

「……そう…だね……」

 

と、ロゼを見上げる。

 

「まあね。」

 

皆で色々見て回る。

スレイはデゼルに、

 

「デゼルは遺跡に詳しいの?ほら、色々知っているから。」

 

デゼルは淡々と言い始める。

 

「各地を転々として、多少の知識はあるがお前のように興味を持って探索したことはないな。」

「見つけた物から広がる発想を、新しい発見で真理に近づけたり、逆に広がるのが楽しいんだ。」

「人間が注目したり、昔から残っているものに、その土地特有の『匂い』を感じることは俺にもある。」

「匂いか……オレにもわかるようになるかな?」

 

スレイは、考えながら言う。

デゼルはスレイを見ながら、

 

「経験で二流にはなれる。一流になるには才能だがな。」

「頑張ってみる。オレが見落としそうになってたら教えてくれると助かるよ。」

 

スレイは腰に手を当て、瞳に希望と夢をのせてに言う。

デゼルはスレイを見て、

 

「ああ……お前の趣味を邪魔しない範囲でな。」

 

そして、それを黙って聞いていたレイはデゼルを見上げていた。

スレイは先を歩いていたので、デゼルがレイを見下ろし、

 

「……何だ。スレイならもう前だぞ。」

「……」

「………」

 

デゼルの言葉に無言でいた。

そして互いに無言で見合っていた。

と、レイは前を見て、

 

「……何…でも…ない……」

 

そう言って、スレイの元に駆けて行った。

 

「変な奴だな。」

 

デゼルが疑問に思ったが、気にしないことにした。

スレイは街を歩きながら、

 

「それにしても検問の時の芝居。よく思いついたよな。レイもそう思うだろ。」

「……かもね……」

「うん、うん。特にライラが本気だったね。」

「実は、ずっとああいうお芝居に憧れていて。一度やってみたかったんですの。」

 

ライラの目は輝いていた。

 

「それにしたって急にセルフが出てくるのはすごいよ。」

「経験値が違うのよ。人間とは。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら、スレイに言った。

スレイは真顔に戻って、

 

「そっか。天族って見た目通りの年じゃないんだっけ。」

「……ライラって本当は何歳なの?」

 

ロゼも、ライラを見て言う。

 

「そういえばオレも知らないや。」

「俺より年上な気もする……」

 

スレイは、思い出したようにライラを見る。

そしてデゼルもライラの方を見る。

 

「それは非公開です!レイさんも、そうですよね!」

「…………」

 

ライラは大声で言った。

レイは無言でそっぽ向いた。

 

「何でレイがでるのさ。」

「そうそう。」

「そ、それは……えっと……」

 

スレイとロゼはライラに詰め寄った。

ライラは手を合わせながら、目線を反らす。

 

「振るならお前だろに……」

「こういう時のアドリブはきかないのね。」

 

デゼルは帽子を深くかぶり、エドナは半笑いでライラを見た。

 

 

高台のある方に行くと、探検家メーヴィンが居た。

 

「おお、スレイ。それにチビちゃんも元気なったみたいだな。」

 

レイは頷く。

 

「あの…時は…ありがとう。」

「……チビちゃんは……いや、元気が一番だ。」

 

と、レイの頭を豪快に撫でる。

レイはしばらくして、スレイの後ろに隠れる。

 

「ちっと強すぎたか?」

 

探検家メーヴィンは髭を撫でながら言う。

スレイは苦笑いで、

 

「あはは。気にしないで。大体いつもこうなるから。」

「そうか?おお、それはそうと、スレイ。おめえ、お嬢とはうまくいってるか?じゃじゃ馬だが、ウソのない娘だ。気長に付き合ってやってくれ。なんたって導師と暗殺ギルド。聞いたこともない珍コンビだからな。どうなるか俺も興味津々だぜ。はっはっは!無論、チビちゃんもな。」

 

レイは顔を出し、

 

「……多分……」

「多分、か。ま、今はそれでいいさ。はっはっは!」

 

と、笑う。

スレイは探検家メーヴィンを見て、

 

「じゃ、オレたちもう少し街を見て回るから。」

「じゃじゃ馬とか、おじさんもひどいな。でもま、感覚的にはそうだからいいや。」

「感覚もなにも、事実よ。」

「事実だな。」

「事実だ。」

「そ、それはロゼさんの良いところでもありますわ!」

 

エドナ、ミクリオ、デゼルが、各々続けて言う。

ライラは苦笑いで、ロゼに言った。

スレイも苦笑いで、

 

「あはは。じゃ、メイビンさん、また。」

「じゃあね、おじさん。」

「おお。」

 

探検家メーヴィンに別れを告げ、歩き出す。

 

高台の公園に行き、大景色を見ていた。

レイは空を見上げる。

空が近くはっきり見える。

その空を見て、

 

「「…嫌な雲だ。」」

 

レイはスレイ達の側による。

と、その近くに居た若干老けた男性が何かを呟いていた。

 

「蒼い疾風が……戦乙女≪ヴァルキリー≫が迫ってくる……」

 

男性は震えながら言っていた。

それをベンチの近くに居る女性が教えてくれた。

 

「いつも公園にいるお爺さん、まだ四十だそうよ。昔酷い目にあって、ああなっちゃったらしいのよ。」

 

スレイ達はもう一度男性を見てから、下に降りた。

 

そして街を歩いていると、人々の中では殺人事件の話をしていた。

 

「殺されたのは教会の熱心な信徒ばかりって話さ。しかもみんなひどい殺され方らしいな。噂じゃ、食いちぎられたみたに喉が……まったく、この街は天族に見放されちまったのかね。」

「もう連続で三人も殺されてる。同一犯のようなのに、ろくな手掛かりがない……。わかってるのは、殺人が起こるのが決まって月夜ってくらいか……」

 

それは街人だけでなく、兵士も口にしていた。

 

スレイはミクリオを見て、

 

「殺人事件か……」

「物騒だな。ローランスの街も。」

 

スレイとミクリオは街の人の話を聞き、互いに見合っていた。

レイは黙ってそれを聞き、空を見上げていた。

 

「マーガッレトめ!聖堂に天族がいないだなんてまったく罰当たりなことを!」

 

斜め後ろの街人が怒鳴っているのを聞いた。

 

「……事実…なのに……」

 

レイは空を見上げながら言った。

 

街を見て回っていると、街の小道で、

 

「マジかよ!エリクシールが売られてるって!」

「ああ。ハイランドとローランスの貴族の間でエリクシールが流行ってるんだと。」

「けど、アレは普通に出回るもんじゃない。教会が管理してるはずだろ……?」

「その教会のお墨付きで売られてるって話だぜ。けっこうな効き目でな、長寿の妙薬ってもっぱらの評判だ。」

「すごいじゃねえか!」

「もっとすごいのは値段でな。金持ち貴族しか手が出せない代物だってよ。」

「結局そんなオチかよ……」

 

それを聞いたスレイは、

 

「教会がエリクシールを売り捌いている……?」

「なんだか奇妙な話だな。」

「…………」

 

スレイはミクリオと共に、考え込んでいた。

レイはそれを聞き、目を鋭くしていた。

その瞳は赤く光っていた。

 

ミクリオは街を歩きながら、

 

「最近、犬に吠えられなくなった気がする。」

 

そう言って、周りに居る犬達を見る。

エドナが傘をクルクル回しながら、指さす。

 

「原因はあれよ。」

 

エドナの指さす方を見るミクリオ。

 

「レイ?それにデゼル?レイはいつものこととはいえ、犬が……懐いている?」

 

そこに居たのは、犬に一方的に好かれているレイの姿。

そして子犬を優しく抱き上げ、頬を舐められているデゼルの姿。

デゼルは子犬を降ろし、ミクリオ達を見て、

 

「…どうした、何か用か。」

「いや、意外だな、犬は平気なのか?」

「平気も何も、彼等は物言わぬ相棒だろう。お前の歩み寄りが足りないんじゃないか?あの妹みたいに。」

 

と、デゼルは無表情で母犬と見つめ合い、足には子犬たちが群がっているレイを見る。

ミクリオは片手で顔を覆い、

 

「いやいや、吠えるだろ、犬……。」

 

デゼルは真剣な表情で、

 

「吠えるのはお前の持つ不安を感じ、その不安の正体がわからないからだ。」

「早い話、先にビビるからよ。」

「僕としては吠えたのが先と主張したいんだが……」

 

傘をクルクル回しながら、無表情でエドナが言う。

そしてミクリオは半眼の呆れ半分、諦め半分の顔で言う。

 

「…ミク兄…」

「ん?お帰り、レイ。」

 

ミクリオが見下ろすと、レイがミクリオの服の裾を握っていた。

ミクリオはレイの頭を撫でながら、

 

「もういいのか?」

「…あの子達…が…勝手に…来た…だけ。あと…ミク兄…の…ことは…面白い…から…だって。…大半は…」

 

と、レイはデゼルを見上げ、

 

「…あと…母犬が…子供と…遊んで…くれて…ありがとう…だって。」

 

そう言って、スレイの元に掛けて行く。

 

「「「…………」」」

 

デゼルが帽子を深く被り、

 

「お、お前の妹は犬と喋るのか?」

「い、いや……多分ないと思うけど……」

「あのおチビちゃん。前に霊の声とか、他にもあったわよね。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら、背を向けて言う。

ミクリオは視線を空に向けた。

 

「おいおい、マジかよ。」

 

デゼルは背を向けて言う。

 

 

しばらく歩いていると、ロゼが空を見上げ、

 

「ふわぁ~……今日も暑いよねぇ……」

「そうですわね。日に焼けてしまいそうです……。エドナさん、その傘は日よけ用ですの?」

 

ライラは傘をさしているエドナを見る。

エドナは淡々と、

 

「見た通りよ。」

「天族も日焼けするんだ?エドナ、肌白いもんね~。納得。」

「エドナさんの傘は日よけにもなり、雨よけにもなり、憑魔≪ひょうま≫まで退けてしまいますものね。」

「そっか。エドナの傘は一石三鳥だね。」

「いいえ!エドナさんのトレードマークにもなっていますから、一石四鳥です。」

「それを言うなら、お気に入りのマスコットも付けられるし、一石五鳥でしょ。」

「ではでは、その日の気分によって変えられるアイテムですから一石……」

 

ライラとロゼは楽しそうに言う。

が、更に続けていうライラにエドナが、

 

「カサねるわね。カサだけに。」

 

半笑いしながら言う。

ライラは悲しそうに、

 

「上手いこと言われてしまいましたわ~!」

「これで一石何鳥かしらね?」

 

半笑いで続けた。

何だかんだで、面白ながら街を歩きながら進んでいた。

 

 

聖堂前に来ると、

 

「しかし、よろくしありませんなあ。こんなご時世に昼間から。」

「まあまあ、司祭様。例の件のお礼でございますから。」

「しかしフォートン枢機卿を始め、お偉方は、なにかと厳しいお方揃いゆえ……」

「わかっております。教会への献金は、これからも十分に。」

 

そう言って、祭司服の男性と市民男性が歩いて行った。

レイはそれを見て、

 

「…醜い…人間……」

 

小さく呟く。

スレイも、彼らを見て、

 

「司祭さん、ちょっと嫌な感じだったな……」

「まあね。今じゃ、どこもあんなだけど。」

 

そしてライラが聖堂の方を見て、

 

「あそこが、この街の聖堂のようですわね。」

「のぞいてみよう。」

 

スレイ達は聖堂の方へ行く。

扉の前で、スレイとミクリオはどうするかを話をする。

ロゼはその二人を見守る。

レイはロゼの横で、門の所に居る男性を横目で見る。

そしてロゼに、視線で合図を送る。

ロゼもそれに気づいているらしく、「大丈夫。」と口パクで言う。

ロゼは勢いよく回れ右する。

駆け足で、門の所に居る男性に駆け寄る。

デゼルも、ロゼの後ろに付く。

男性はロゼに小声で、

 

「『依頼』『ローランス教会』。」

「……了解。」

 

と、男性から依頼を受け取る。

そしてロゼはデゼルを見た後、元の場所に駆けて行く。

 

中に入り、スレイは辺りを見渡し、

 

「ここが聖堂だな。」

「年代は新しいけど、なかなか立派な造りだ。」

 

ミクリオも見渡しながら言う。

レイは聖堂に入ってから、入り口の方をずっと見ていた。

ライラは大きな声で、

 

「こんにちはー!お邪魔しますー!」

 

ロゼは辺りを見渡しながら、

 

「ちょ!また見えないのに声がするとか?」

 

しかし反応はない。

 

「いないっぽいな。」

「お化けが?」

「加護天族が。」

 

スレイはロゼを見て言う。

そしてミクリオも振り返り、

 

「さっきの祭司を見れば想像つくけど。」

 

デゼルが壁にもたれながら、

 

「どこも同じだ。近頃はな。」

「で、どうするの?加護する天族を捜す?」

 

エドナは腰を掛ける。

スレイは腕を組んで、

 

「けど、手掛かりもないしな……」

 

悩むスレイに、ライラが近付き、

 

「スレイさん、必ずしも加護の復活にこだわらなくていいんですよ。」

「いいのかな?」

 

スレイはミクリオを見て言う。

ミクリオも考え、

 

「いいんじゃないか?ここは穢れは多くないようだし。そもそも、スレイひとりで世界を救えるわけもないんだから。」

「はい。肝心なのは、スレイさんが見識を広め、力を育むことですわ。」

 

スレイはまっすぐライラを見て、

 

「災禍の顕主に対するために、だね。」

「尾行にも気づけないようじゃ先は長そうだな。むしろ、そっちのガキの方が見込みがある。」

 

と、デゼルは淡々と言う。

スレイはデゼルを見た後、レイを見る。

レイは入り口を見ていた。

そして後ろから、

 

「こんなところで何者と話している?」

 

スレイが振り返ると、騎士セルゲイが立っていた。

騎士セルゲイは腰にある剣に触れながら、

 

「大通りの酒屋に急いでいたのではないのか?なんといったか――」

「は、はい。ボリス酒楼です!」

 

ロゼがとっさに答える。

しかし騎士セルゲイは彼らを見据え、

 

「ラストンベルにそんな店はない。」

 

座っていたエドナは立ち上がり、壁にもたれていたデゼルは警戒態勢に入る。

そして全員が身構える。

無論レイは無表情でそれを見ている。

 

「こいつは一人だ。眠らせてとっとと行くぞ!」

 

デゼルはペンデュラムを投げる。

だが、騎士セルゲイは腰から剣を抜き、それを弾く。

 

「見えてるのか⁉」

「違う。ただの腕の立つ人間よ。そうでしょ、おチビちゃん。」

 

レイはエドナを見て頷く。

エドナはスレイを見て、

 

「スレイ、人間同士でヨロシクね。」

 

そう言って再び座った。

ロゼはエドナを見て、

 

「え?そういうもんなの?」

「これは人間の問題だからね。」

 

スレイは納得していた。

騎士セルゲイはスレイを見て、

 

「外へ出よう。」

 

スレイは騎士セルゲイと共に外へ出る。

レイもその後ろに続く。

二人は互いに向かい合う。

 

「欺いたことは謝ろう。その上で、あらためて――」

 

騎士セルゲイは剣を構える。

 

「貴公等の正体を教えてもらうか。」

 

スレイは騎士セルゲイと剣を交える。

剣の腕でいえば、スレイの方が下だ。

騎士セルゲイは気のようなものを圧縮し、獅子の形をしたものを放つ。

そんな剣技を見たスレイは、

 

「ぐうっ!なんだ今の技!」

「我が国に伝わる、闘気を込めて放つ奥義だ!」

 

だが、スレイも負けてはいられない。

秘奥義を放つ。

 

「終わらせる!剣よ吠えろ!雷迅双豹牙‼」

 

騎士セルゲイを斬り上げる。

スレイは騎士セルゲイから距離を開ける。

騎士セルゲイは膝を着く。

 

「ぐうう……」

 

スレイは剣をしまう。

それを見たデゼルは後ろで、

 

「甘いな。後で後悔するぞ。」

 

スレイはデゼルを見て、

 

「大丈夫だよ。心配してくれるのは嬉しいけど。」

「……返しも甘い。」

 

そう言って歩いて行った。

騎士セルゲイはそれを見て、

 

「天族と話しているのか?やはり検問の時のアレは――」

 

スレイは騎士セルゲイに振り返る。

 

「セルゲイさん、ウソついてごめん。」

 

と、頭を下げる。

レイ達は二人に近付く。

 

「こちらこそ非礼をお詫びします。導師よ。」

「え?」

 

騎士セルゲイは立ち上がる。

スレイは困惑し騎士セルゲイを見る。

 

「剣を交えれば相手の力はわかる。名を聞かせてもえるだろうか?」

「スレイ。」

「導師スレイ。貴公の力を貸してもらえないだろか。ローランス帝国のために。」

 

ロゼは騎士セルゲイを見ながら、

 

「ローランスは導師を警戒してるって聞いたけど?」

「そうだ。騎士団はフォートン枢機卿同様の力をもつという理由で危険視し、教会は、フォートン枢機卿を脅かす存在として異端扱いしている。」

 

ライラが真剣な表情で、

 

「枢機卿ということは、教皇に次ぐ教会の№2ですわね。」

「幼帝の補佐として、実際に帝国を仕切っているヒト。」

 

ロゼも真剣な表情で言う。

騎士セルゲイは頷き、

 

「いかにも。そして導師と同じ奇跡を体現するといわれている者だ。」

 

その言葉に、スレイ達は驚く。

レイは教会の門の所に顔を向ける。

その瞳は赤く光り、見据えていた。

スレイは騎士セルゲイに、

 

「導師と同じって――⁉」

 

しかし、教会の門入り口から、

 

「どういうことですかなあ?騎士が勝手に聖堂に立ち入るとは!」

 

スレイ達はそちらを向く。

そこには司祭服を着た男性が立っていた。

 

「まさか、我が信者にフォートン枢機卿の悪口を吹き込んでおられるのか?」

「司祭殿、そんなことは……!」

「問答は無用!出て行っていただきましょう。」

 

そう言って、教会の中に入って行く。

騎士セルゲイは小声で、

 

「公園に来てくれ。話の続きはそこで。」

 

スレイは頷く。

騎士セルゲイは歩いて行く。

 

ミクリオは歩きながら、

 

「ラストンベルにも地の主はいなかったね。」

「天族は何人か見かけたけど、共存って感じじゃなかったよな……」

 

スレイは周りを見ながら言う。

ロゼは真剣な表情で、

 

「でもさ、見えないけど本当はいたんだね。今までもああだったって思うと……コワ~!」

 

ロゼは最後の方は背を向けて言う。

それを見たデゼルは帽子を深く被り、舌打ちする。

スレイは苦笑いしながら、

 

「それでも昔の人は天族に敬意を払っていたんだよ。」

「そのお返しに天族は人に加護を与えていた。」

 

ミクリオもそれに続く。

ロゼは二人を見て、

 

「それが『共存の時代』?」

「うん。」

 

スレイは頷く。

が、横からデゼルは、

 

「だが人間どもは、目に見えるものしか信じなくなった。」

「人は…自分…と…違う…ものを…簡単には…受け…入れられない。」

 

レイは無表情で言う。

ミクリオは悲しそうに、

 

「仕方がないけどね。スレイやレイ、ロゼみたいに天族が見える人はほとんどいないみたいだし。」

「見えないのにいるのは怖いけど……悲しいよね。いるのに気付いてもらえないなんて。」

 

ロゼも悲しそうに言う。

スレイはそれを見て、同じように悲しい表情で、

 

「みんながロゼみたいに思ってくれるといいんだけどな。」

 

デゼルは無言で空を見上げる。

 

 

スレイ達も高台の公園に向かう。

騎士セルゲイを見付け、近寄る。

 

「……先ほどはすまない。みっともないところを見せてしまった。」

 

騎士セルゲイは悔しそうに、悲しそうに俯き、

 

「……教皇様がいらした時は、騎士団と教会もこうではなかったのだが。」

「教皇様?」

 

騎士セルゲイは顔を上げ、

 

「教皇マシドラ様は先代皇帝陛下も信頼された人徳厚き方だった。あの方の御命令なら、騎士団も喜んで従う。」

 

騎士セルゲイは胸に手を当て、尊敬しながら言う。

ロゼは、騎士セルゲイを見て、

 

「だった……ってことは。」

「一年前に行方不明になってしまわれた。その混乱に乗じたかのように、フォートンが台頭し、あっという間に権力を掌握してしまったのだ。」

 

「枢機卿が教皇になにかしたって考えてるんだ。」

 

ロゼは腕を組んで考える。

スレイは騎士セルゲイを見て、

 

「証拠はあるの?」

「いや。騎士団の総力を挙げて捜索したが、手掛かりはつかめなかった。だが、枢機卿の周辺を探った騎士が行方不明になっている。十八人も。」

 

それを聞いたスレイは厳しい表情になる。

エドナも、

 

「怪しすぎね。」

「認めたくないが、枢機卿に対するには、我らにない超常の力が必要らしい。」

 

騎士セルゲイはまっすぐスレイを見て、

 

「導師スレイ、恥を承知で頼みたい。枢機卿の正体を探ってもらえないだろうか?」

 

スレイは考え込む。

 

「枢機卿がいるのってペンドラゴの教会だよね?普通の人が入れない神殿があるっていう。」

「そうだ。立ち入りの許可については、こちらで手を回せる。」

 

スレイは顔を上げ、

 

「わかった、枢機卿に会ってみるよ。」

「おお、かたじけない!自分は先行して手はずを整える。」

 

そして騎士セルゲイは眉を寄せ、ロゼを見る。

 

「奥方も、さぞ御主人が心配だろう。許されよ。」

「へ?」

 

ロゼは騎士セルゲイを見た。

騎士セルゲイはスレイを見て、

 

「ではペンドラゴで!到着したら騎士団塔まで足を運ばれたい。」

 

スレイは頷く。

そして騎士セルゲイは歩いて行く。

ロゼはその後ろ姿を口を開けて見る。

ミクリオもまた、

 

「夫婦っていうことは信じてるのか⁉」

「「変な人だな~。」」

 

スレイとロゼは口をそろえて言う。

 

「純粋な方なのですね。」

「純粋なバカだ。」

 

そんな騎士セルゲイの後をレイが追いかける。

 

「え⁉レイ⁉」

「スレイさん、ここは私が。」

「ならワタシも行くわ。見えない方が何かと便利だし。」

「だったら僕も。」

「アンタはスレイと今後の事を話しなさい。」

 

そう言って、ライラとエドナがレイを追いかける。

 

 

レイは騎士セルゲイを追いかける。

ライラとエドナはすでにレイの後ろまで来ていた。

それに気づいた彼は振り返り、

 

「ん?どうした妹君。」

 

レイは騎士セルゲイを見上げ、

 

「あ……えっと…お兄ちゃん…の…こと…信じて…くれて…ありがとう。…それに…検問…の…時…すぐに…理解…して…くれた。」

 

騎士セルゲイはしゃがみ、レイと視線を合わせる。

 

「あの時は半ば半信半疑ではあった。だが、君の兄君と直に剣を交えればわかる。」

 

そう言って笑いかける。

それを見たライラとエドナは、

 

「ふふ。レイさん、変わりましたね。」

「ええ。前はああやって、自分から会話をする子じゃなかった。ワタシは嫌いじゃないわ、今のあの子。」

「前はお嫌いで?」

「普通。」

 

そう言って、エドナは傘を回し始める。

と、騎士セルゲイと話していたレイは、彼から少し離れる。

 

「……む?どうした?気分でも悪いのか?」

 

騎士セルゲイはレイに手を伸ばす。

が、それをレイは払い除ける。

 

「「……なんでもない。」」

「そうか?」

 

そう言って、騎士セルゲイは立ち上がる。

 

「では、私は先を行くよ。」

 

歩き始めようとする彼に、

 

「「待て。……私はお前のような礼節ある人間にはそれと同じだけの礼節を返す。」」

 

レイは騎士セルゲイを見上げる。

その瞳は赤く光っている。

 

「「お前は理由はどうあれ、他の醜い人間とは違い自身の目で見極めようとする者だ。こんな世の中で、そんな人間騎士を見るのは二人目だ。いや、三人目になるか。まぁ、それはともかく……お前は何を願い、何を望む。自身か、国か、それとも……身内か。」」

 

その赤く光る瞳が彼を見据える。

 

「そ、それはどういう意味でだろうか?」

「「わかっているのだろう。お前は国の為に、自身の招いた決断で、身内を失うかもしれないという恐怖と不安。仲間の死は割り切れる。が、身内はそうはいかない。お前の今望むその願いは、どちらを選ぶか見させて貰おう……人間騎士。」」

 

そう言って、騎士セルゲイに背を向ける。

が、顔だけ彼を見て、

 

「お前は意外に純粋のようだ。お前のようなタイプは穢れに染まりやすい。せいぜい気をつけることだ。」

 

そして前を見て、歩いて行く。

ライラとエドナの所まで行くと、立ち止まり後ろを横目で騎士セルゲイを見る。

彼は困惑した顔をした後、歩き出した。

レイはライラとエドナを見て、

 

「「主神、今の導師にペンドラゴは無理だ。」」

「……それはどういう意味で、ですか?」

「「無論、実力だ。あれはまだまだ弱すぎる。」」

 

エドナは、レイを睨みながら、

 

「アンタ、あの子をどうしたいわけ。ボーヤたちの話……つまり、子どもの頃から監視してるってことよね。」

「「……その理由をお前に話す義理はない。」」

「なら、あの人間に言っていたことは?スレイに関わる人間すべてに何かする気?」

 

レイは、エドナを見据える。

赤く光る瞳がエドナを貫く。

エドナは一歩下がった後、レイを睨む。

傘を掴むその手が強くなる。

レイは視線を外し、

 

「「……私が言う必要はない。知りたいのであれば、自分で知れ。」」

 

エドナはレイを睨み続ける。

ライラは真剣な表情で、

 

「……それは主神である私にも言えない事ですか?」

 

レイはライラを横目で見て、

 

「「それは何に、対してだ。」」

「今までのエドナさんの問いに対して。」

「「……例え、主神であろうと話す気もなければ、話す理由もない。」」

 

ライラも、レイを睨み始める。

 

「それに……礼節と言いながら、言っていたことはいつものアンタと変わらない。ホント、アンタのこと嫌いよ。」

 

エドナは、傘についているノルミン人形を思いっきり握る。

レイは腰に手を当て、

 

「「別にお前に好かれようとは思っていない。無論、他に対してもな。大体、私がお前達内側の者に関わっている時点で、有り難いと思え。本来なら、こういうことは私の対の役目だ。」」

 

そう言って、ライラとエドナを見る。

そして瞬きをすると、光っていた瞳は普通の赤に戻る。

睨んでいる二人が目に入ったレイは、ライラとエドナを見て、

 

「…どう…したの…?」

 

エドナは傘を回しながら、

 

「何でもないわ。」

 

そう言って、歩き出す。

ライラもレイを見て、

 

「何でもありませんわ。さ、スレイさんたちの元に戻りましょう。」

 

レイは頷き、ライラ達と歩いて行く。

レイ達が戻ると、レイはロゼを見て、

 

「そう言えば…いつ…お兄ちゃん…と…夫婦に…なった…の?」

 

レイの瞳は本気だった。

ロゼは驚き、レイを見下ろす。

そしてミクリオも、レイを見て、

 

「え⁉こっちも⁉」

「いつ…どこで…」

「えーっと……」

 

レイはロゼに詰め寄る。

無表情の中に、何か怖い気配を感じる。

これにはライラとエドナも驚き、デゼルはスレイを見る。

なおもロゼを見上げながら、詰め寄るレイから視線を外すロゼ。

そしてスレイを見て、

 

「スレイ、パス!」

 

と、言ってデゼルの背の後ろに隠れる。

 

「ちょっ!ロゼ⁉」「おい、何をする!」

 

スレイとデゼルはロゼを見る。

ロゼは下を出し、片目をつぶって手を合わせていた。

レイはスレイを見上がる。

 

「えっと……その……な?」

「…何…が…?」

 

スレイは額に凄い汗が出てくる。

そして笑顔なのにどこか哀れだ。

その笑顔が崩れ、ミクリオ、ライラ、エドナを見て、

 

「パス!」

「「ええ~⁉」」

 

ミクリオとライラは声を合わせる。

そしてエドナがスレイを半眼で見て、

 

「バカなの。違ったわ、元々本当のバカだったわね。」

 

と、怒っていた。

ミクリオとライラは互いに見合いエドナを見る。

エドナは傘を広げ、背を向ける。

あたふたしている場に、デゼルがレイに近付き、

 

「あれは芝居だ。お前も理解しているだろう。」

「……本当…に?」

「ああ。」

 

互いに見合い、レイはロゼを見る。

ロゼはコクコクと首を縦に頷く。

さらにスレイ達を見る。

スレイ、ライラも首をコクコクと首を縦に頷く。

ミクリオは一度だけ大きく頷く。

エドナは傘をクルクル回す。

レイはデゼルを見上げ、

 

「…わかった…」

 

レイはスレイを見上げ、

 

「…抱っこ…」

「わかった。」

 

と、スレイは笑顔でレイを抱き上げる。

レイはスレイの胸に顔を埋める。

場が大分収まったところで、ミクリオは腰に手を当て、

 

「それにしても、またやっかいそうな事件だ。」

「けれど、これで教会神殿に入れそうですわ。」

 

ライラは手を合わせて言う。

 

「ああ。ついでにローランスのエライ人に言い訳もできそうだし。」

「そのエライさんが問題なんだけどな……」

 

スレイは明るく言うが、ミクリオは淡々と言う。

スレイはロゼを見て、

 

「でも、ローランスも色々もめてるんだ……」

「結局、お偉いさんの権力争いじゃないの?付き合わさせれる一般人はたまったもんじゃないよ。」

「そうね。人間はみんないつだってそういうもんよ。それで、ペンドラゴへはどうするの。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら言う。

 

「皇都ペンドラゴに行く前に、ロゼの用事を済ませようと思うんだ。」

「用事ですか?」

「そ。このラストンベルにフィルとトルがいるはずなんだ!アジトの引っ越しも気になるしね。」

 

スレイ達はロゼのギルドメンバーを捜しに行く。

 

スレイはレイを抱っこしたまま歩き続ける。

レイはスレイの腕の中で眠っていた。

ミクリオはスレイを見て、

 

「スレイ、交代しようか?」

「いや、大丈夫。それにミクリオがここで交代したら……レイが浮いたように見えちゃうだろ。」

「それはそうだけど……」

「なら、あたしが代わろうか?」

 

と、ロゼがスレイとミクリオを見て言う。

二人は互いに見合い、

 

「止めといた方がいいと思うけど……」

「そうだね。いくらロゼとも親睦が深まったとはいえ――」

 

ロゼは笑顔で近付き、

 

「大丈夫、大丈夫!それに、寝てれば気付かないって!」

 

スレイからレイを抱き取る。

ロゼがしっかり抱きかかえ、

 

「ね?寝てれば気付かないって。」

 

スレイとミクリオは不安そうに見る。

ライラとエドナが、ロゼの腕の中で眠るレイを見て、

 

「こうして大人しく寝てれば、ただの人間の子供なのにね。」

「……そうですわね。でも、寝てるとは言え……レイさんがスレイさんとミクリオさん以外の方を受け入れるなんて――」

 

と、ライラも嬉しそうに言っている傍から、寝ているレイが何かに反応する。

デゼルが若干焦りながら、

 

「やっぱりスレイに戻しておけ。起きてぐずられると—―」

 

レイが目を擦りながら、起きる。

そしてロゼを見上げる。

ロゼは笑顔で返すが……。

 

「…………」

 

レイは無表情でロゼを見続ける。

ロゼの笑顔はだんだん引きつっていく。

 

「…………」

 

レイはなおも、無表情でロゼを見続ける。

ロゼは額に汗が出てくる。

周りもなんだか緊迫してくる。

 

「…………」

 

そしていまだ無表情を続けるレイ。

ロゼはレイを抱えたまま、

 

「だーーー‼」

「でしょうね。」

「やっぱり……」

「ダメでしたね。」

「これだったら、ぐずった方がまだマシだ。」

「ロゼ、貸して。」

 

スレイはロゼからレイを受け取る。

レイはスレイの元に戻るとまたスレイの胸に顔を埋めて寝始めた。

そのままスレイはレイを再び抱えたまま歩き出す。

そして教会前を通り、

 

「本当に対立してるんだな。ローランスの騎士と教会って。」

 

スレイは悲しそうに言う。

ミクリオは逆に怒りながら言う。

 

「人を守るための組織だろうに。」

 

ライラは静かに、

 

「人が集まれば、どうしても集団の意識が芽生えてしまいます。それが組織の力となる場合もありますが強い穢れを生み、衝突を引き起こすことの方が多いのです。」

「戦争とかだね。」

 

スレイは悲しそうに空を見上がる。

ライラも自分の手を握り合わせ、

 

「最大のものはそう。教会と騎士団の対立も、小さな戦争といえるでしょう。」

「『戦争、すなわち人の歴史である』本に書いてあったことを実感するよ。」

 

ミクリオも悲しそうに言う。

スレイはライラを見て、

 

「……オレは関わらない方がいいのかな?」

「スレイさんはどう思いますか?」

「オレは知りたい。酷い現実だとしても、それも世界のひとつだと思うから。」

 

スレイの瞳は強かった。

レイは一度眼をうっすらと開け、再び閉じる。

ライラは笑顔になり、

 

「でしたら参りましょう。スレイさんの旅なのですから。」

「オレとオレを信じてくれるみんなの旅、だよ。」

 

スレイも笑顔で言った。

スレイ達は再び歩き出す。

 

歩きながら、スレイの中で、ライラが顎に人差し指を立て、

 

「ロゼさん、少しは私たちに馴染んでくれたでしょうか?」

「だいぶ慣れたんじゃないかな。怖がりだけど、さっぱりしたヤツだし。」

 

スレイが明るく言うが、ミクリオは真剣な表情で、

 

「いや、案外根が深いのかもしれないぞ。ロゼの恐怖感は、あんなに強い霊応力を打ち消すほどのものだったんだから。」

「誰かさんのせいで。」

 

と、エドナは隅に居る帽子を被った男性を見る。

その帽子を被った男性デゼルは、

 

「お前たちに言い訳をする気はない。」

「そんなロゼが自分の意思で付き合ってくれてるんだ。大丈夫だよ、きっと。」

 

スレイは笑顔で言う。

ミクリオは苦笑いしながら、

 

「そう信じたいよ。ロゼみたいな人間の仲間は、なかなか見つかるもんじゃないだろうし。」

 

エドナは半笑いで、

 

「いろいろなイミで、ね。」

「そう、いろいろなイミで。」

 

ミクリオも笑いながら言う。

 

「ま、おチビちゃんも相当いろんなイミで、だけど。」

「レイはいいんだよ。元からこうだから。」

「あら、そこは認めるのね。」

「なっ⁉」

 

悪戯顔になるエドナに、ミクリオが怒る。

すると、ライラが微笑む。

 

「ふふふ。」

「どうしたの?」

 

スレイがライラに問いかけると、

 

「いえ、私たちもレイさんだけでなく、少しロゼさんにも慣れたんだなって。」

「そうだね。」

「……」

 

デゼルだけは、無言となる。

と、後ろから、

 

「うわっ!レイはまだ寝てるし……という事は、またスレイが見えないライラたちと喋ってる!こ、こわ~っ!」

 

ロゼがスレイを見て怯える。

それを見たスレイは、

 

「先は長いかもだけど……」

「あせらず行きましょう、スレイさん。」

 

ライラも苦笑いしながら言う。

スレイは歩きながら、

 

「それにしても、この街、色々物騒な噂があるよな。」

「ああ。災厄の時代を実感するね。」

 

ミクリオもそれに同意する。

スレイは悲しそうに、

 

「憑魔≪ひょうま≫が関わってるっぽい噂も多い……」

「興味がおありなら調べてみては?」

 

ライラがスレイを見て言う。

スレイは考えながら、

 

「けど約束もあるし……」

「別に寄り道してもいいんじゃない?約束破るわけじゃないし。」

「ええ。私もロゼさんに賛成です。」

「僕もだ。意味のない遠慮には意味がない。」

 

ロゼ、ライラ、ミクリオが明るく言う。

スレイも嬉しそうに、

 

「はは、そりゃあそうだ。わかった。後悔しないように行くよ。」

「関わって後悔することも多そうだけど。」

 

エドナは後ろで小さく呟いた。

 

ロゼのギルドメンバーを探している最中、一人の天族を見付ける。

 

「おぉ、君は導師か!若者よ、不躾だが頼みがある。この街の地の主だったサインドという天族が先日街を捨て、出て行ってしまったのだ。そのサインドを探してもらいたい。このところ憑魔≪ひょうま≫が増えて、私では難しいのだ……。サインドは『湖に行く』と言っていた。おそらく、カンブリア地底洞にある地底湖のことだろう。君の余裕ができた時で構わない。どうか、よろしく頼む……。」

 

スレイは頷き、離れる。

 

「どうやら加護天族は憑魔≪ひょうま≫になっていないようですわね。」

「出て行った、というのが気になるな。」

「そうだな。」

 

と、歩いている先にロゼのギルドメンバーを見付けた。

ロゼが二人に近付く。

 

「どう?アジトの引っ越し進んでる?」

「うん。新アジトは緑青林マロリーがいいんじゃないかって。下見してること。」

「丁度良かった。頭領の意見が欲しかったんだ。」

「やっぱ、あたしが行かないと決まらないか!」

 

と、ロゼは明るく言うが、ギルドメンバートルメは首を振り、

 

「ううん、アジトじゃなくてセキレイの羽の仕事。」

「新商品の仕入れで悩んでいるんだ。『マーボーまん』と『カレーまん』どっちがいいと思う?」

 

と、ギルドメンバーフィルがロゼを見る。

ロゼは大声で、

 

「『マーボーカレーまん』で!」

 

と、指を鳴らす。

スレイの腕の中で寝ていたレイが目を覚ます。

ギルドメンバートルメは苦笑いしながら、

 

「それ、ただの頭領の好物じゃない。」

「ノンノン!頭領としての冷静な判断だって。今の世界は必要としているはず!奇跡のコラボが生み出すあの美味しさを!」

 

大喜びで言うロゼを、ギルドメンバーフィルも苦笑いしながら、

 

「思いっきり私情入ってる気がするけど。」

「わかった。それでいこう。」

 

と、二人は納得する。

それを見たスレイは、

 

「いろいろやってるんだ。」

 

ギルドメンバーフィルはスレイを見て、

 

「いろいろの方がほとんどだよ。それに『仕事』は、金額関係ないしね。」

「そうなんだ……」

「で、生活のために商人やってるってわけ。」

 

ロゼが明るく言う。

それを付け足すように、

 

「はは、主にエギーユがね。」

「新商品のGOサイン出すのは、あたしでしょ。」

「じゃ、私たちは地道な商売に戻るから。」

「頭領も緑青林マロリーに行ってみて。みんなも下見してるから。」

 

若干拗ねるロゼに、二人は明るく言う。

ロゼは機嫌を直し、

 

「おう!そっちも頑張って。」

 

と、二人と別れる。

二人と別れた後、レイはスレイを見上げ、

 

「…降りる…」

「ん?もういいのか?」

 

レイは頷く。

そしてスレイと手を繋ぐ。

 

「で、これからどうするの。」

 

エドナが傘をクルクル回しながら言う。

 

「とりあえずは、ペンドラゴを目指しながら行こう。加護天族の事も気になるし。」

 

スレイ達はラストンベルの街を後にする。



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toz 第十一話 寄り道

とある森の中。

穢れに満ちた道を、鼻歌を歌いながら歩いていた少年がいた。

彼は仮面をつけ、紫の長い髪を後ろ下で一つに束ねていた。

そして白と黒のコートのような服を風になびかせていた。

と、彼は鼻歌を止め、とある人物の背に話し掛ける。

 

「や、戦場ぶりだね。何か面白い事あった?」

 

少年の話し掛けた相手は振り返る。

相手は穢れを纏い、獅子の顔を持っていた。

そして彼のすぐ傍には、無表情に近い顔で、紫の髪を左右に結った天族の少女が立っていた。

少年は少女に手を振る。

が、少女は完全無視であった。

 

「それはお前の方ではないか、審判者。」

 

獅子の顔の人物は少年見下ろして言う。

少年は仮面越しでも解るくらい笑顔となり、

 

「まぁね。街でちょっと、面白い子にあってね。多分君も知ってる人かな?」

「……導師か?」

 

審判者は嬉しそうに、

 

「やっぱり君が生かしたの、彼?」

「いや。ワシではない。」

 

互いに見合う。

そして獅子の顔の人物は、

 

「お前の探しもの……あの導師と共にいたぞ。」

「え?でも気配感じなかったけどな……。ま、いいや。こっちで確かめてみるよ。」

 

そして審判者から笑顔が消え、

 

「もし仮に、導師と共にいるのであれば……」

 

が、再び笑顔に戻り、

 

「あ、でも安心して良いよ。俺も彼の事は嫌いじゃないから、殺しはしない……多分ね。」

 

そう言って、風と共に消えた。

審判者が居なくなった後、隣にいた天族の少女が、

 

「よろしいのですか?」

「構わん。」

 

そう言って、獅子の顔の人物は歩き出した。

少女はお辞儀をした後、別方向に歩いて行く。

 

 

スレイ達は草海を歩いていた。

見通りのいい広い高原のような場所を歩く。

 

「そういえば、アジトの下見、立ち会わないといけないんだろ?」

 

スレイはロゼを見て言う。

ロゼは頭に手を組みながら、

 

「まあね。アジトには結構こだわる派だし。悪いけど付き合ってくれる?この北にあると思うから。」

 

歩いていると、大きく斜めになった塔を見付けた。

それを見たスレイとミクリオは互いに興奮し、

 

「斜塔!こんなにおおきかったのか!」

「ミクリオ、壊れたところで素材がわかるぞ!」

「うむ……一見普通の素材だが、これだとここまで傾斜して原型を保てるはずがない。」

「天響術が使われてた?」

「ああ。だとすると、これは神代の時代に近い遺跡ってことになる。」

「やっぱりか!」

「なんなん?二人とも興奮しちゃって。レイ、わかる?」

 

と、ロゼはレイを見下ろす。

レイは無表情で、

 

「本に…載って…いる…所。」

「そ!ずっと見たかった塔なんだ。」

「この斜塔は、天遺見聞録に特筆されているからね。」

「すげえよな!思ってたより全然でかい!」

「しかも、これほど見事に残っているとは。」

 

レイとは対照的に、スレイとミクリオは大いに喜ぶ。

それを見たロゼは、

 

「憧れなの?こんな斜めってる塔が。」

「それが問題なんだ!どうしてこうなったか?」

「普通に考えれば地殻変動だろうね。」

 

二人は本を広げ、語り出す。

 

「けど、周りに断層の跡はないぞ。」

「じゃあ、地盤沈下?洪水の影響も考えられるか……」

「元から斜めに建てられた可能性は?」

「否定はしないが、一体なんのために?」

「結局それだよな。問題は。宗教施設、墓、日時計……」

「大がかりな天響術の仕掛けだったのかも……?」

 

そしてスレイはロゼを見て、

 

「ロゼ!ロゼはどう思う?」

「へっ?えっと……話長い。」

「「……」」

 

ロゼの言葉に、二人は口を開ける。

そして固まった。

 

「あれ。固まっちゃった。どうしよう、レイ。」

「……さあ……。でも…わかった…事は…ある。」

「「ロゼが興味が無さすぎること……」」

 

スレイとミクリオは肩を落としながら言った。

スレイ達は緑青林マロリーに来た。

すぐ傍にいたロゼのギルド仲間の元へ行く。

ロゼが辺りを見渡し、

 

「ここが新アジト?」

「――の候補だ。奥を調べるが一緒に行くか?」

「ちょっと見てくるよ。悪いけど、ここで待ってて。」

 

ロゼは奥に歩いて行く。

スレイ達はここで休憩を取る。

スレイはこの際なので、ロゼの仲間に色々聞くことにした。

 

「最近は商談ばかりで、剣より算盤の使い方の方が上手くなっちまった。五年前を思えば、それも悪くはないがな……」

「もちろん商売上の活動拠点はあちこちにある。だが、俺たちは国や街を信用してないからな。秘密のアジトが必要なのさ。」

「秘密のアジト……スレイの好きそうな言葉ね。」

 

エドナが傘をクルクル回しながら言う。

 

「俺たちは、仕事で傷付いた仲間の面倒も最後までみる。同じ道を選んだ家族だからな。」

 

武器を手入れしながら彼らは言う。

 

「ヴァーグラン森林の惨敗兵狩りどもは山賊行為まで始めたそうだぜ。後戻りできない場所に踏み込んじまったか……」

 

「先代の頃を思うと仲間もずいぶん減っちまった……。その分、頭領やアン兄妹が一人前になってくれたけどな。」

「早いもんだな。時が経つのは。」

 

デゼルが懐かしむように言う。

 

「頭領は、先代のブラド様によく似ているよ。俺たちを繋げる、あの雰囲気がね。」

 

「ブラドさん……ロゼさんのお父上でしょうか?」

 

ライラが腕を組み、顎に指を当てながら首をかしげる。

 

「ルナールと会ったのは、二年前だ。物心ついた時からずっと盗人だったらしい。俺たちに手を出したのを返り討ちにしたら、妙に懐いてきた。ずっと独りだったから、仲間ができて嬉しいと言っていたんだが……」

 

それを聞いたミクリオが腰に手を当て、

 

「あのキツネ、その頃はまだ憑魔≪ひょうま≫じゃなかったのか?いや、最初からウソを吐いていた可能性もなるか……」

 

と、眉を寄せて考え込む。

 

「聞いて、聞いて!『マーボーカレーまん』大当たりだよ!」

「これはセキレイの羽の主力商品になっちゃうかも。」

 

そこに、二人組の男女が歩いて来た。

二人はスレイ達に近付き、熱々のヤツを手渡す。

 

「導師と妹ちゃんにも一個あげる。『マーボーカレーまん』はセキレイの羽印でヨロシク!」

「ありがとう。」「……ありがと。」

 

そのやり取りを見たミクリオが、

 

「これが暗殺ギルドの会話とはね。」

「平和でいいじゃありませんか。」

 

ライラが嬉しそうに言う。

そこにロゼも戻ってくる。

 

「う~ん……隠れるにはいいけど、攻められた時に不安があるよね。」

「確かにな……。仕方ない。別の場所を探そう。」

「ごめん、待たせちゃったね。」

「頭領、トルたちが戻ってる。」

「お、どうだった?」

 

ロゼが腰に手を当て聞く。

スレイが笑顔で、

 

「はは、『マーボーカレーまん』が大当たりだって――」

 

と、言っていたが、双子の妹の方が真剣な表情で、

 

「高利貸しのロマーノ商会。表向きは合法だけど十中八九黒。」

「破産させた家は三十以上。全部家財差し押さえて自分のものにしてる。離散した家族の末路は……言うまでもないよね。」

 

二人はロゼに近付きながら言う。

 

「それ、なんか仕掛けがあるなあ。エギーユ。」

「二班と四班でトルたちをフォロー。ロマーノ商会の絡繰りを探れ。」

「了解。」

「みんなよろしく。」

 

そしてその場にいた者達はロゼ以外皆消えた。

ライラがそれを見て、口に手を当て驚く。

 

「人も姿を消せるのですね。」

「さって!あたしたちも行こっか。」

「……あ、ああ。」

 

スレイはさっきの今まで、呆気に取られていた。

後ろの方で、デゼルが帽子を深くかぶり、

 

「さすがだな。」

 

スレイは腕を組んで、

 

「風の骨……阿吽の呼吸だな。」

「そう?家族みたいなもんだからかな。」

「家族……か。」

 

ロゼは腕を組んで嬉しそうに言う。

ライラはロゼを見て、

 

「ブラドさんという方はロゼさんのお父上なのですか?」

「ああ、先代団長ね。あたしを拾ってくれた人だよ。」

「拾った……?」

 

ライラは腕を組んで、指を顎に当てる。

 

「あたし、北の方の戦場で迷子になってたらしいんだ。」

「オレと同じだ。」

「天族も親はいませんわ。」

「そっか……みんなも。」

「けど、家族の感じはわかるよ。」

「僕たちを育ててくれたジイジたちだ。」

「あたしも一緒。風の骨のみんなは、同じ道を選んでくれた家族なんだ。」

 

スレイ達は嬉しそうに言う。

 

「……親……家族……」

 

レイは空を見上げて呟く。

そしてエドナがロゼを見て、

 

「いいの?暗殺ギルドの道でも。」

「あたしはよかった思ってる。バラバラになるより、ずっと。」

「そう……」

「よかった……か。」

 

デゼルは後ろを向き、空を見上げて呟く。

と、レイがスレイを見上げ、

 

「ところ…で…お兄ちゃん。」

「なに?」

「これはどうするの?」

「ああ!」

 

と、スレイはまだ暖かいマーボーカレーまんをみんなで食べ始める。

 

「やっぱ『マーボーカレーまん』当たったでしょー。」

「美味いもんなー!」

 

二人は食べながら言う。

レイも黙って食べ続ける。

 

「二人ともお行儀悪いですわよ。」

「けど、あったかいうちに食べないとー。」

「美味しくないもんなー!」

「ゴクリ……」

 

デゼルが視線を反らす。

エドナが傘についている人形を握りしめ、

 

「ムカつくわね。一口よこしなさい。」

「ああ。分け合うのが仲間だろう。」

「みなさん、はしたないですわよ!」

 

と、ライラは怒る。

しかし、スレイとロゼが、

 

「「ライラも食べるー?」」

「いただきますわ!」

 

即答であった。

 

「は!」

 

そして、口元に手を当てた。

レイはミクリオを見上げ、

 

「ミク兄……はい…あーん。」

 

と、手を上げる。

 

「レイ、ありがと。」

 

そして一口食べ、

 

「確かに美味しい!」

「おチビちゃん、ワタシにもよこしなさい。」

「……はい。」

「これは、確かに美味しいわ!ムカつくけど!」

 

エドナは人形をさらに握りしめる。

 

「ズルイですわー!」

 

ライラはむくれる。

 

「あはは。はい、ライラ。」

「デゼルも、ほら。」

 

と、ロゼとスレイはマーボーカレーまんをちぎって二人に渡す。

 

「これは!」「美味しいですわ!」

 

二人は声を上げる。

その後彼らはペンドラゴに向かって歩き出す。

さらに進んで行くと、レイが立ち止まる。

 

「レイ?」

 

レイと手を繋いでいたスレイは、レイを見る。

 

「………」

 

レイは辺りを見渡し、スレイの手を離す。

 

「……呼んでる……」

 

レイは木に囲まれた一角に向かって、走って行った。

 

「「レイ!」」

 

スレイとミクリオがすぐに追いかける。

無論、ライラ達も追いかける。

レイを追いかけていると、雨がパラパラと降り出した。

 

「うわ、雨だ。ついてないー!」

 

ロゼは叫ぶ。

 

「別に。スレイの中は濡れないし。」

 

エドナはロゼを見て言う。

ロゼは怖がりながら、

 

「う……それ取り憑いてるみたいでコワイ……。けどちょっとズルイ……」

 

と、少し先でレイが立ち止まり、また辺りを見渡していた。

 

「レイ、一体どうしたんだ?」

 

ミクリオがレイに聞くがそれに答えず、辺りを見渡す。

そしてまた駆け出した。

 

「また⁉」

 

スレイ達が追いかけようとした矢先、スレイ達の前に強大な憑魔≪ひょうま≫が現れた。

それはまるで、大きなクマのような憑魔≪ひょうま≫だった。

ミクリオが、言いながら武器を構える。

 

「こんな時に!」

「ミクリオ!レイは頼む!」

「こっち片付けたら追いかけるからさ。」

 

スレイとロゼは武器を構えながら言う。

 

「そういうことよ。さっさと追いかけないさい。」

「こちらは私たちも付いています。」

「ふん。どっちにせよ、こいつは倒さんと先には行けん。」

 

エドナ、ライラ、デゼルも武器を構えながら言う。

ミクリオは武器をしまい、

 

「わかった!スレイ、油断するなよ!」

「ああ!ミクリオも、レイを見失うなよ!」

「当たり前だ!」

 

ミクリオは駆けだした。

 

スレイ達は憑魔≪ひょうま≫との戦闘を始める。

スレイはライラと、ロゼはエドナと神依≪カムイ≫化を行う。

デゼルは敵の背後から攻める。

しかし、思いのほか敵にダメージが入らない。

 

「こいつ……底知れぬ体力だ!」

「ホント、装甲はそうでもないのに、体力がありすぎよ。」

「あーもう!これじゃあらちが明かない!」

 

デゼルとエドナ、ロゼは敵から距離を開けて言う。

スレイが炎を纏った剣を敵の頭上から振り落とす。

 

「はあああああ!」

 

だが、敵はそれをいとも簡単に振り払う。

 

「スレイさん!」

「わかってる!」

 

スレイはとっさに受け身の態勢を取り、空中で態勢を整える。

ロゼの近くで着地し、武器を構える。

スレイ達は敵と睨み合いながら、

 

「はぁはぁ……くそ!」

「どうする、スレイ。このままじゃ、まずいよ。」

「ミボに言った手前、ここで逃げ出すわけにもいかない。」

「ええ。それに、ミクリオさんとレイさんが戻らないとここを離脱する事もできません。」

 

敵は向こうからは攻めてこないが、今現在も見逃してはくれなさそうだ。

と、デゼルが空を見上げ、警戒する。

 

「おい、気をつけろ!何か来るぞ!」

 

スレイ達も空を見上げるが、雨雲と雨しか認識できない。

が、スレイ達も気付く。

空が光り出し、竜巻が現れた。

光は雷となり、敵を頭から貫いた。

竜巻はスレイ達の前に降り立ち、弾けた。

そしてそこには一人の少年が現れる。

長い紫色の髪を後ろ下で縛り、黒と白のコートのような服をなびかせていた。

 

「なになに⁉一体なんなの⁉」

 

ロゼはスレイと少年を交互に見る。

スレイも困惑しながら、

 

「オレが聞きたいよ!」

 

と、雷に打たれた敵が意識を取り戻した。

 

「へぇ~、今のも平気なんだ。珍しい憑魔≪ひょうま≫だ。それにしても、この仕事……やるなら外側のあの子の仕事なのに……。」

 

少年の後ろ姿からでも解るくらい余裕の態度だ。

敵が咆哮を上げながら、拳を振り上げる。

スレイが走りながら、

 

「危ない!」

「いやいや、危ないのは――」

 

少年は明るい声で、

 

「君の方だよ、導師。」

 

影の中から槍が出てきて、彼はそれを掴む。

彼は回しながら構えた。

すると、雷が槍を包む。

そして敵の拳を受け流し、槍で貫いた。

その瞬間、大量の雷≪電気≫が敵を内側から焼き尽くした。

憑魔≪ひょうま≫は、炎に包まれて消えた。

 

「あの憑魔≪ひょうま≫を簡単に……」

「すごっ!」

 

デゼルはなおも警戒しながら、ロゼは口を大きく開けて言った。

少年は槍を一振りし、スレイ達を見た。

彼は目元に仮面をつけていた。

しかしその仮面越しからでも解るくらい彼は笑顔だった。

そして、彼の仮面の間から除く赤く光る瞳がスレイ達を見据えた。

スレイ達には聞こえない小さな声で、

 

「本当に導師だったんだ。それにやっぱりあの子が従士だったか。」

 

少年はスレイを近付く。

が、その前でスレイとの神依≪カムイ≫化を解いたライラがスレイの前に出た。

少年は足を止め、

 

「久しぶりだね、主神さん。」

「はい。そうですわね。」

 

二人は静かに見つめ合う。

否、睨み合う。

 

「でも、さ……導師だけでなく、従士の子も相当霊応力強いし、神依≪カムイ≫もできるなんて、今宵の導師と従士は見込みがあるね。」

 

エドナもロゼとの神依≪カムイ≫化を解き、前に出る。

そして少年を見て、

 

「もしかしなくても、アンタが審判者。」

 

少年は手をポンと叩き、

 

「そういえば、そっか。あの戦場では、じかに会ってないもんね。」

「あの戦場にいたのか⁉」

 

スレイは少年を見て言う。

少年は、スレイに笑顔を向け、

 

「覚えてない?やたら強いゾンビ兵のこと。」

「あ……」

 

スレイは思い出したように眉を寄せる。

ロゼに関しては、スレイを凝視していた。

ライラは珍しく怒りながら、

 

「やはりあれは貴方の仕業でしたか。通りで、あの方が自らの手で滅したわけですわ。」

 

それを聞いた少年はからは笑みが消え、

 

「じゃあやっぱり、彼の言った通り……あの子はここにいるの?」

 

ライラはただ黙って少年を見る。

と、スレイは少年に聞く。

 

「彼……っていうのは?」

 

少年は笑顔に戻り、右手を腰に当て、

 

「ん~、君たちに解りやすく言えば……今宵の災禍の顕主。」

 

スレイ達は緊張が走る。

そしてライラ以外が武器を構える。

ロゼはスレイを見て、

 

「ねぇ、スレイ。災禍の顕主って、スレイの敵だよね。」

「ああ…。」

「ということは、だ……こいつは審判者でありながら、敵に手を貸しているって事だ!」

 

デゼルの言葉に、少年は左手の人差し指を横に振る。

 

「ちっちっち。それは違うよ、風の陪神≪ばいしん≫さん。俺は確かに災禍の顕主には会っているけど、手を貸してはないよ……ほとんどね。」

「楽しそうに言うのね。」

 

少年はエドナの方を見て、

 

「もちろん♪だって、面白いからに決まってるじゃん。」

「どうしてです!あなただって世界が滅ぶことは望んでいないはずです!」

「ん~、俺は別にどうでもいいかな。願いで世界が滅ぶなら、それはそれでいい。俺たちが一番望まないことは、願い以外の事で世界が滅ぶこと。特にそれを思っているのは、彼女の方かな。でも彼女の場合、俺と違って感情という概念がないから、意志と言ってもいいかもしれなね。で、感情のある俺が今思う事は、退屈するのが一番嫌いってことかな。」

 

少年は笑顔でそう言う。

そして少年と天族組は睨み合う。

と、そこにロゼが手を上げて、

 

「ハイハイ!そもそも、審判者ってなに⁉」

 

全員がロゼを見る。

そしてスレイも手を上げて、

 

「あ~、そういえばオレもあんまり知らない。」

 

天族組は無言になる。

そこに笑い声が響く。

 

「あははは!はは……はぁはぁ、笑い疲れた。腹痛って~!」

 

見ると腹を抱えて笑っている少年がいた。

少年はスレイ達を見て、

 

「では改めて、俺は審判者と言う世界を裁く者だよ。で、君たちとよく関わる方は、裁判者と言う世界を管理する者だよ。」

「へぇ~、じゃあ天族?」

 

ロゼは首を傾げて言う。

 

「違うよ。勿論、人間でもないけど。」

「ん~?ちなみに、よく関わる方ってスレイは知ってんの?」

「う~ん……なんとなく。」

 

スレイは頭を掻きながら、苦笑いする。

 

「それにしても、やっぱり面白いなあ~、今宵の導師は……よかったね、主神さん。」

「何がですか?」

「そんなの決まってる。先代と同じにはしたくないんでしょ、彼のこと。彼はとても大切に育てられたみたいだね。穢れなき瞳、何色にも染まりそうな白。」

 

審判者は笑顔とは違う怖い笑みを浮かべる。

ライラは額に出た汗が頬を伝う。

審判者は指をパチンと鳴らす。

すると、彼を中心に領域が展開される。

スレイは胸を抑えて、膝を着く。

ロゼも周りを見渡す。

 

「何これ⁉」

「領域よ。しかもこれは……穢れ!」

 

エドナも脅えながら、辺りを見渡す。

審判者はスレイを見据え、

 

「ほら頑張って自分の領域を守らないと、器である君を含めたみんなが穢れるよ。」

「スレイさん!」「スレイ!」

「デゼル!」

「ああ!」

 

ロゼとデゼルは神依≪カムイ≫をする。

 

「「『ルウィーユ=ユクム≪濁りなき瞳デゼル≫』!」」

 

そして剣を、審判者に向けて投げる。

しかしそれは、彼の足元の影から出た黒い手に砕かれた。

 

「もぉ~、せっかちなんだけら。俺はそこの導師を気にっているから殺さないよ、今は。」

 

もう一度パチンと指を鳴らすと、二人の神依≪カムイ≫が強制的に解ける。

そして領域も消える。

 

「バカな!神依≪カムイ≫は外部から操られるのか⁉」

 

デゼルはライラを見る。

 

「いいえ!そんなことは、彼らでも無理なはずです‼」

 

スレイは呼吸を整え、少年を見る。

 

「一体何がどうなってるんだ⁉」

 

審判者は笑みを浮かべていた。

が、彼の前に矢が撃ち込まれる。

 

 

ーーミクリオはレイを追いかける。

レイは一本の古びた木の前に立ち止まる。

ミクリオは息を整え、レイを見る。

そしてその木を見て、ミクリオは息をのんだ。

一本の古びた木に穢れが集まっていた。

それとは対照的に、周りの木は生き生きとしている。

 

「なんだこれは……」

 

ミクリオは周りを見て言った。

レイは穢れの纏った木に近付く。

 

「レイ⁉」

 

レイは木に触れ、

 

「私を…呼んだ…のは…あなたたち…。」

 

レイを中心に風が渦巻く。

 

「「しかし、お前の願いは叶えられるが、周りのお前達の願いを叶えるのは難しい。例え、この古木の穢れを祓っても、この古木自身の寿命はもう残り少ない。お前達の望む願いとは違ってしまう。」」

 

木々がそれに答えるかのようにガサガサと音を出す。

 

「「……なるほど。ではそうしよう。」」

 

レイは歌を歌い出す。

歌に合わせ、この辺一帯を風が包み込む。

古びた木に憑いていた穢れは綺麗に祓われた。

歌を止め、レイは風に包まれた。

そして再び現れたのは、黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女。

そして目を瞑ると、古びた木は燃えだした。

 

「な⁉」

 

ミクリオは見ているしかできなかった。

小さな少女は再び目を開け、

 

「これでお前達の願いも叶えた。」

 

そう言って、身をひるがえす。

小さな少女はミクリオを見て、

 

「どうした、陪神≪ばいしん≫。さっきから口が開いたままだぞ。」

 

ミクリオはハッとして、小さな少女を見る。

 

「一体、何をしたんだ。」

 

小さな少女は腕を組んで悩んだ後、

 

「……いいだろう。教えてやる。これは私の役目だ。私は裁判者として、この世界に住まいし者の本当の願いを一つ叶える。あの穢れを含んだ古木は、これ以上抱えることのできなくなった穢れの浄化。つまり同胞を救って欲しいと願った。そしてその周りの木々は、そんな古木を生かして欲しいと願った。」

「それなら君は、穢れは浄化しても、古木の命は見捨てたという事だろ。」

「否定はしない。が、肯定もしない。彼らの願いは生かすこと。私は古木の魂を新たな苗床とし、生かした。」

 

そう言って、燃えカスを見た。

ミクリオもその燃えカスを見る。

そこには小さな芽が出ていた。

小さな少女は目線をミクリオに戻し、

 

「願いは果たした。この後どうなるかは知らん。穢れに染まるか、守られるか。」

「それは責任を放棄するという事か!」

「違う。私は願いを叶えるのが役目であって、叶えたものの末路は知ったことではない。私にとって重要なのは、その願いを叶える事だ。」

「もしも、その願いによって世界が滅んでも、か。」

「そうだ。その願いを望んだのはそのものだ。私ではない。仮にその願いで世界が滅んでも、私はどうも思わない。私たちが最も阻止しなければならないものは、願い以外のことで世界が滅ぶことだ。」

 

小さな少女は無表情で、そう言う。

 

「……今のあいつが何を思っているかは知らないがな。」

 

ミクリオには聞こえない声で小さな少女は呟いた。

ミクリオは拳を握りしめ、

 

「間違ってる。僕は認めない。」

「別に、お前に認めてもらう必要はない。」

 

と、睨み合っていると一帯を穢れの領域が包み込む。

 

「な⁉穢れの領域⁉」

 

ミクリオは辺りを見渡す。

小さな少女は空を見上げ、

 

「これは……」

 

小さな少女は地面に手を付き、

 

「…この地の加護よ、我に従え。我を器とし、穢れを流せ。」

 

強大な魔法陣が小さな少女を中心に展開された。

凄い勢いで、周りを穢していた穢れが一気に魔法陣の中心にいる小さな少女の元へと集まってくる。

そしてそれは小さな少女の中へ入っていく。

 

「おい!そんなことをすれば、レイの体が!」

「黙れ、陪神≪ばいしん≫。この穢れは、本来ここにあってはならない穢れだ。それがここに流れる方がもっと危ないと知れ。」

「はぁ⁉」

 

困惑するミクリオに、小さな少女は無表情で続ける。

 

「これだけの穢れ、いつどこで新たな憑魔≪ひょうま≫が生まれてもおかしくはない。それは本来生まれるはずのない憑魔≪ひょうま≫だ。この一帯全体のバランスを崩しかねない。」

「だが!」

「これは、私の器だ。お前には関係ない!」

 

小さな少女は無表情で赤く光っている瞳でミクリオを貫く。

ミクリオの頬を汗が伝う。

領域が消え、小さな少女の魔法陣も消える。

小さな少女は立ち上がり、

 

「陪神≪ばいしん≫、お前の神器を貸せ。」

「なぜだ!」

「お前の所の導師を救うため、といえば解るか。」

「どういう意味だ。」

「簡単だ。導師が危ないという事だ。お前は神器に入っていればいい。無論、お前に穢れは流れないから安心しろ。」

「そうじゃない!理由を言え!」

 

ミクリオは小さな少女を怒鳴るが、

 

「やるのか、やらないのか、どっちだ。」

 

小さな少女は聞く耳を持たない。

ミクリオは渋々神器を小さな少女に手渡し、神器の中に入る。

そして小さな少女は走り出す。

 

スレイ達の近くに行くと、仮面をつけた少年がいた。

ミクリオは神器の中から、状況を見る。

どうやら危険だと言うのは理解した。

そして小さな少女は弓を構え、弦を引く。

狙いを定め、仮面をつけた少年の足元に突き刺さる。

さらに、後、左、右と矢が放たれ、氷が少年を覆う。

 

「なんて力だ……」

 

ミクリオは神器の中から、その圧倒的な力に触れた。

そう言った瞬間、ミクリオは小さな少女の闇を見た。

圧倒的に暗い。

前後左右に立っているのか、浮いているのかさえ解らない。

 

「あまり触れないことを進める。飲み込まれるぞ。」

「はぁはぁ……」

 

ミクリオは神器の中で震えた。

 

「何がどうなって……」

「私たちの中は少し複雑でな。何万、何千という時の中で生まれた穢れのようなものがある。世界自身が抱える穢れの器として、私たちは存在しているとも言えるな。」

 

ミクリオは黙り込む。

そして小さな少女はスレイ達の前に来た。

 

「主神、ここを離れるぞ。あいつが出てくる前に。」

「わかりました。」

「待ってくれ!ミクリオがまだ……」

 

と、小さな少女はスレイに神器を投げる。

スレイはそれを受け取ると、ミクリオが出てくる。

 

「わかったら、さっさと行くぞ。」

 

小さな少女は駆けだした。

スレイ達も、その後ろに続く。

ロゼが走りながら、

 

「あれって……レイ、だよね?」

「そうだけれど、そうじゃない。詳しいことは後で話す。」

「りょーかい。」

 

スレイ達はその場からいなくなった。

彼らが居なくなってしばらくすると、氷が割れる。

 

「まったく……相変わらず短気だ。大方、さっきの領域を怒ってるんだろうな。いや、そもそもその感情すらなかったか……」

 

審判者は服についた氷の破片を叩く。

腰に手を当て、

 

「ま、いいや。あの子が導師の側にいる事がわかったし。……また会いに行くよ。」

 

彼は風と共に姿を消した。

 

 

スレイ達がパルバレイ牧耕地に入ると、大雨であった。

とりあえず、近くにあった小屋の中に避難する。

ライラが暖炉の火をつけ、全員の服を乾かす。

 

「それにしても、わからないことだらけだ。で、レイは随分と雰囲気変わったね。まるであの時みたい。」

 

と、ロゼは黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女を見る。

 

「私だったからな。」

「は?当たり前じゃん……」

 

ロゼは首を傾げて言うが、腰に手を当て、

 

「ううん、違う。今なら何となくだけどわかる。レイだけど、やっぱりレイじゃない。スレイ、どういうこと?」

「えっと、なんて言えばいいかな?」

 

スレイは腕を組んで、悩む。

それに答えたのは小さな少女だった。

 

「私は裁判者。つい今しがたまで審判者といただろ。あれとは対となる存在だ。」

「あ~!スレイ達によく関わる方!」

 

と、手をポンと叩く。

小さな少女はライラを見て、

 

「主神、忠告したはずだ。あれには関わるな、と。」

「あちらから関わって来たんです。」

 

と、ライラと小さな少女は睨み合う。

スレイはミクリオを見て、

 

「ミクリオはその辺のこと、最初から知ってたのか?」

「いや。僕自身詳しくはない。むしろマーリンドの街でアタックからそれらしい事は聞いたけど、その時初めて存在を知った。」

 

小さな少女はスレイを見て、

 

「あいつからはどんな説明があった。」

「審判者は世界を裁く者で、裁判者は世界を管理する者、ってこと。あと、ヘルダルフに関わってるってこと。」

 

小さな少女は腕を組み、左手を口の方へ持っていき少し悩み、

 

「……お前もだいぶ導師らしくなり、まともな従士も付いたことだし……いいか。」

 

小さな少女は腰に手を当て、

 

「何が知りたい?」

 

スレイはまっすぐ小さな少女を見て、

 

「君や彼について。」

「……私たちは世界が生まれたその時から存在する。この世界を管理し、裁くもの。世界を調整しているといってもいい。わかりやすく言えば、この世には多くの理が存在する。人としての理、天族としての理、世界の理。私たちはそれを正しく流れるようにしている。」

「う~んと、どういう感じ?」

 

ロゼは頭を抱える。

 

「……例えば、歴史や生死。本に書かれている歴史、そしてお前たち自身の生死を考えて見ろ。本に書かれている歴史がもし起こらなければ、自分と言う存在がなければどうなるか。」

「えっと……あたしが居なかったら、そもそもこういった出会いとかないとか?」

 

と、スレイ達を見る。

悩んでいたスレイとミクリオが、顔を思いっきり上げる。

 

「そうか!本来あるべき時代がなければ、狂ってしまう。」

「そして人物にしてもそうだ!その人がいなければ、それは歴史だけでなく、世界に影響する!」

 

スレイとミクリオは互いに見合う。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「つまり?」

「つまり、ずれが生じてしまうのです。」

「簡単に言えば、歯車よ。」

「歯車は決められた数、決められた回転で動き続ける。だが、一つでも歯車が増えてり減ったりすると、動きにずれが生じる。」

 

ライラ、エドナ、デゼルが淡々と言う。

ロゼも理解し、スレイとミクリオを見て、

 

「なるほど。そのずれが最初は小さくても、それが積み重なれば――」

「「世界自身が狂う。」」

 

スレイとミクリオは声を揃えて言う。

だが、ミクリオは小さな少女を見て、

 

「でも、あの時君は願いがどうのって言っていた。あれは世界を狂わせないのか?」

「私たちが願いを叶えるのは、それもまた世界の仕組みの一つだからだ。だが、誰かまわず叶えるわけではない。私はその者の本当の願いを、あいつは本当の声を叶える。その願いが世界を滅ぶ事を望んでも、な。」

「その願いはずれではなく、仕組みの一つだから?」

 

ロゼは眉を寄せて、小さな少女を見る。

 

「そうだ。」

 

小さな少女は無表情でそれに答える。

ライラは真剣な表情で、

 

「貴女は以前、審判者は穢れていると言っていました。ですが、あの方が領域を展開する前はそうではなった……。それに、神依≪カムイ≫の事も、どうしてあの方は強制的に解除できたのです。」

「……あれは私と違い、本来その場にない穢れの吸収とその場にあるべき穢れの放出。そして、心がある。」

「じゃあ、君は?彼も、君には心がないって……心ってどういうこと?」

 

スレイは小さな少女を見る。

小さな少女は変わらない無表情で、

 

「私は浄化と汚染。そしてそれに伴うために、感情……つまり、心と言う概念がはない。」

「ん?汚染……ってまさか⁉」

「そのまさかだ、従士。私は本来その場にない穢れの浄化と、その場にあるべき穢れを生み出す…つまり汚染だ。心があれば、穢れを飲込んだとき、生み出したとき、自身が穢れる恐れがある。現に私は、感情というものを通しやすく、感じやすい。が、外部として関わる私は心を持たないようにできている。故に、その心配はない。しかしあいつは、内側として関わるために心を持っている。」

 

小さな少女は、視線を雨降る外に向け、

 

「導師の減少に伴い、本来生まれるはずではなかった穢れが大量に出た。私の浄化だけでなく、あいつもまた、その穢れを吸収し続けた。それでも本来なら穢れるはずはなかった。私同様、あいつもまた、言霊を受けたのだ。」

「言霊?」

 

小さな少女はスレイに視線を戻し、

 

「災厄の時代を引き起こした人物が、私たちに言ったのだ。『君たちが人としての感情をちゃんと知っていれば、きっと何かが変わっただろうに……』。その言葉は私たちを縛った。」

「つまり、君たちは人と同じように穢れを生むってこと?」

 

スレイは眉を寄せ、心配そうに小さな少女を見る。

 

「あいつは、な。私の事は、今はまだ知らなくていい。」

 

小さな少女はスレイを見据えた。

 

「で、神依≪カムイ≫の方は?」

 

エドナはイラつきながら聞く。

 

「……お前達は神依≪カムイ≫を何だと思ってる。」

「え?……天族の力を纏う的な?」

 

ロゼは再び困惑しながら言う。

 

「……そもそも、お前達人間と天族を繋ぐ神器を作り出したのは私だ。そして、その基礎を構築したのも、私たちだ。」

「え⁉」「ウソ⁉」

 

スレイとロゼは目を大きく開けた。

そして天族組も驚く。

 

「本来、私たちが関わるものと関わることのない穢れ、それをどうにかしたいと抗っていたのが人間と天族だ。しかし、穢れを祓う事も、憑魔≪ひょうま≫を倒す事も、どうしてもできなかった。このままでは世界が狂う。だから私たちが一度だけ、関わる事のない穢れに関わった。そのときできたのが、神器と神依≪カムイ≫だ。人間を器とし、主神と呼ばれる浄化の炎を持つ天族を結びつけるために神器が必要だった。そして、憑魔≪ひょうま≫を倒すのに神依≪カムイ≫が必要だった。」

「それで、神器を扱えたのか……」

 

ミクリオは自分の持つ弓の神器を見た。

 

「まって……それってつまり、君たちが初代導師ってこと?」

 

スレイの言葉に、全員が小さな少女を凝視しする。

 

「ん?確かに、悪魔だの、化物だの、と言うのとは別に呼ばれたことはあったな。だが、それはすぐに別の人間へと変わったがな。」

 

スレイとミクリオ、ロゼは口を開いたまま、固まっていた。

 

「で、アンタは今平気なの?」

 

小さな少女はエドナを見て、

 

「珍しく、怒りや憎しみ以外の感情を向けるな、陪神≪ばいしん≫。」

「ワタシはアンタに対してじゃなく、アンタの器≪レイ≫に言ってんのよ。アンタのその汗、また無茶させたんでしょ。」

「……そうだ。吸収と放出が彼の方なら、あの時発生した穢れを吸収したのは……」

 

ミクリオは小さな少女を見る。

小さな少女は無表情だが、その額には汗が出ている。

 

「否定はしない。本来なら吸収するのは得意ではない。だが仮に、私が吸収を行ても、浄化の力ですぐに打ち消せる。」

「ですが、今はそれができない……そういうことですね。」

 

小さな少女はライラを赤く光る瞳で睨む。

 

「災禍の顕主が言っていただろう。限られた力、半分だと。そして忘れるな、これは私の器だ。」

 

そして風が小さな少女を包み込む。

その風が収まると、白いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女が倒れた。

 

「レイ!」

 

スレイがレイを抱え込む。

 

「凄い熱だ!」

「と、とりあえずここに休ませよう。」

 

ロゼはベッドを整える。

スレイはレイをベッドに寝かせ、ミクリオがレイの頭を冷やす。

 

「今日はここで休みを取りましょう。外も雨がひどいですし。」

「そうだな。無理して進んで、また審判者に出くわしたら大変だ。」

 

デゼルは外を警戒しながら言う。

スレイも頷き、

 

「そうだな。」

 

ロゼは寝ているレイを見て、

 

「で、結局のところ……レイは何なの?」

「え?」

 

スレイはロゼを見上げる。

ロゼは真剣な表情で、スレイを見る。

 

「さっきまでのレイが、裁判者……つまり世界を管理してる、えっと……いわゆる導師みたいなものって思えばいいんでしょ。じゃあ、レイは?このこと知ってんの?そもそも何で、裁判者は天族みたいにレイを器にしてんのさ。」

「それは……」

 

スレイは俯く。

ロゼはミクリオを見る。

ミクリオも眉を寄せて、俯いていた。

そこに、

 

「多分、おチビちゃんは理解しているはずよ。でも、理解してない。」

 

エドナがロゼを見て言う。

ロゼはエドナを見て、

 

「は?それって結局どっちなのさ?」

 

ライラは三人を見て、

 

「ロゼさん。いいえ、スレイさんとミクリオさんも気が付いているはずです。レイさんは感情に対して何も示していないことを。それは最初からレイさん自身の感情がないからです。」

「そんなことはない!現にレイは、イズチの村でも、レディレイクの教会でも…いいや、それ以外の場所でも、感情はあった!あんな奴とは違う!」

 

ミクリオは眉を思いっきり寄せ、ライラを見て言った。

 

「それは、おチビちゃんはあいつと同じで、他者の感情を感じ取りやすいからよ。誰かの強い感情がおチビちゃんを通して、現れたに過ぎない。」

「ミクリオさん、スレイさんが聖剣を抜く前の事を覚えていますか。あの時、教会に居た多くの人は恐怖や怒り、不安と言った感情で溢れかえっていた。それはアリーシャさんも同じです。そしてそれはミクリオさんたちも感じ取っていたはずです。」

「確かに、あの時のレイは今まで見た中で一番感情的だった……でも!」

 

ミクリオはなおも否定する。

 

「俺から見ても、そこのチビは感情がないと言ってもいい。それはまるで、人形だ。こいつは他者の感情を通しやすい……いや、その者の心を読んでいると言った方が早い。現に俺の時がそうだった。」

 

デゼルは淡々と言う。

今まで俯いていたスレイは顔を上げ、

 

「……ライラ、前にあの裁判者は言った。今は記憶がないから傍にいる。けど、記憶が戻ったらオレらの前からいなくなるって。今回の話を聞いて思った。レイは、裁判者本人なのか?憑かれているわけではなくて……」

 

スレイは悲しそうに、辛そうに言った。

 

「スレイさん……。はい、多分そうですわ。いいえ、レイさんはあの裁判者の半分と言っていいと思います。何らかの理由で、半分に分かれてしまった考えるべきでしょう。そしてレイさんは……その分かれてしまった無の中でできた人格と思われます。」

「でなきゃ、おチビちゃんはこうはならないわ。」

「どうして?」

 

ロゼは首をかしげる。

 

「仮に、レイと言う人物が本当に存在して器としていたのなら、アイツは器である体に、こんな無茶はしないし、させない。それはアイツが嫌う、歴史にない事だから。それにアイツは、自分の力が弱くなっても、こんなことは決してしない。アイツ自身、半分に分かれたとしても、裁判者としてあり続ける。たとえそれが、記憶のない自分であろうと……。」

 

エドナはレイを見て、

 

「現におチビちゃんは、裁判者として動いたこともある。多分、本人には自覚も理由もなしに。ただ勝手に体動き、引き寄せられ、そして引き寄せてしまう。」

「……レイは憑魔≪ひょうま≫にとって、うってつけのご馳走……前にエドナが言ってたっけ…。」

「ええ、事実よ。裁判者という事を除いても、おチビちゃんの霊応力はこの中で一番ずば抜けているわ。だからこそ、染まりやすく、惹かれやすい。」

 

スレイとミクリオは再び俯く。

エドナは淡々と続ける。

 

「もう一つ考えられるのは、逆におチビちゃんが裁判者に憑いているというパターン。でも、アイツが願いでそうなったとしても、そうでなくても、こんなことはしない。もし仮にするとするならば、疑似体を作るわ。だから結局、おチビちゃんは作られた存在なのよ。」

 

ロゼはライラを見て、

 

「でもさ、レイは変わりつつあるよね?」

「はい。レイさん自身が意思を、心を持ち始めようとしています。それはきっと、スレイさんとミクリオさんの力です。」

 

スレイとミクリオは互いに顔を上げ、見た。

そして苦笑いして、

 

「それならきっと……」

「オレたちだけじゃなく、みんなのおかげだ。」

 

スレイとミクリオはライラ達に言った。

 

「でも、おチビちゃん自身が理解し始めた時、アンタたちはどうするの?」

 

エドナはスレイとミクリオを見つめる。

二人は笑顔に戻り、

 

「その時はレイの気持ちを知るだけさ。」

「そ。それで、一緒に考える。レイがしたいように、オレたちが支ればいい。だから何も変わらない。」

「レイは僕たちの大切な妹だ、だろ。」

「ああ!」

 

スレイとミクリオは互いに腕を合わせた。

そして、スレイ達はそれぞれ休息入る。

 

 

ーー燃え盛る炎。

炎に交じり、穢れが舞っている。

人間達の叫び声、その声に交じり、悲痛な叫びが響き渡る。

それに交じり、笛の音が響いてくる。

 

「…………」

 

炎と炎の間を歩き続ける。

辺りには憑魔≪ひょうま≫が動き出す。

それを自分の足元から出てくる黒い影のようなものが喰い潰していく。

 

「………お前はそこまで落ちたか………」

 

燃え盛る炎と穢れの中を通り、奥を見る。

その先は炎に包まれて見えない。

いや違う。

見ることを私が拒んでいる。

だから見る事が出来ない。

その見えない方にいる人物を見る。

だが、その誰かが微笑んでいるのは解る。

 

「君は変わりつつある。あの導師のせいで……」

「それはお前自身の事も含めてか。」

 

その誰かは、剣をこちらに構えた。

 

「……かもしれないね。前の俺だったら、こうは思わなかった。」

 

自分の影から剣を握り、剣を構える。

戦場で聞いた金属のぶつかり合う金属音。

剣を交える誰かの感情が、モヤモヤしたかのように流れ込んでくる。

 

「……ああ、そうか……お前は――」

 

そして一瞬の暗闇、次に瞳に映ったのは暗い空だった。

横を向くと、血が流れている。

そこにずっと居たのだろう誰かは、なおも自分を見ていた。

 

「苦しんだ。前はここまで苦しい思いはしなかったのに……。」

 

その者は嬉しそうに、悲しそうに、再び剣を振り上げる。

 

レイは目を覚ました。

自分の目に映るのは木材の屋根。

視線を横に変えると、床に座り込み寝ているスレイ。

そしてその後ろに、こちらを向いて座り寝ているミクリオ。

さらに反対を見ると、それぞれ休んでいるライラ達が見えた。

レイは視線を上に戻し、目を瞑る。

 

ーー随分と落ち着いているのだな。

 

頭の中で声が響く。

レイは心の中でその声に答える。

 

「落ち着いている…確かにそうかもしれない。でも、あれは私の記憶なの。」

ーーそれを決めるはお前自身だ。

「貴女は何を求めるの。」

ーー珍しく自分から問いかけてきたか……。私は何も求めない。だが、お前と言う存在がどうなるかは見定めなくてはならない。

「……もしあれが貴女の記憶なら……あの人はなぜあんなに辛そうで……あなたも辛そうなの?」

ーー……あいつはともかく、私が辛いだと?

「そう…だから貴女は、あの人に斬られたとき……悲しそうに彼を見上げた。」

ーー……さてな。それより、導師が起きたようだぞ。

 

レイは再び瞼を開ける。

横に視線を変えると、

 

「レイ!よかった!」

 

スレイが笑顔で言う。

ミクリオも近付き、レイの額に手を当て、

 

「熱は下がったみたいだね。まだどこか気分の悪いところはあるかい?」

 

レイは首を振る。

そして起き上がる。

 

「お!レイもう元気になったの?」

「もう平気。」

 

レイはロゼをも見て言う。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「えーっと……今のレイはレイだよね?」

「……そうだけど?」

「あー……ごめん。」

 

と、視線を外す。

レイはベッドから降り、外の雨を見る。

 

「……穢れを含む雨……か。」

 

小さく呟く。

デゼルはスレイを見て、

 

「それで、これからどうする。」

「ペンドラゴへ向かいたい所だけど、レイもまだ不安だし。」

「確かにそうだね。それにこの雨だ。」

 

そこにレイがスレイを見上げ、

 

「私なら平気。もう動ける。」

「でも……」

「それにこの雨は止まない。」

「え?」

 

スレイ達はレイを見る。

 

「これは意図的に降らせてる雨。だからこの雨を降らせてる人間を止めない限り、降り続ける。」

 

スレイは腕を組んで、

 

「セルゲイさんが言ってた枢機卿の力……かな?」

「う~ん。本当にそんな力があるのか疑問ではあるけど……」

「ねぇ、スレイ。ここはもうペンドラゴに行っちゃおうよ。」

「そうね。いつまでもここに居ても、意味がないならさっさと行きましょ。」

 

スレイは全体を見て、頷く。

 

「よし、行こう!」

 

スレイ達は支度を始める。

 

雨が降る中、スレイ達は進んでいく。

 

「くしゅ!この雨寒すぎ……」

「へくちゅっ!……ですね。」

「はっくしょん!チキショウ!」

 

と、エドナ、ライラ、デゼルがくしゃみをする。

ロゼは歩きながら、

 

「もー!コワイっていうかウルサイ!」

 

頭の中で響く声にロゼは怒る。

そして意外そうな顔で、

 

「てか、天族も普通にクシャミするんだね……」

 

と、言ってるとスレイは苦笑いで、

 

「ロゼは天族をどう思ってるんだろ……」

 

すると、レイが麦の近くにある鍬を見ていた。

スレイもそれを見て、

 

「鍬が……忘れ物かな?」

「なってないね。大切な仕事道具だろうに。」

 

ミクリオが呆れながら言う。

 

「でも、麦畑は見事ですわ。」

「ああ。災厄の時代といっても、まだまだ豊かなところは残ってるんだな。」

 

ライラとスレイは嬉しそうに言うが、

 

「一見ね。」

「一見?」

 

スレイはロゼを見る。

そしてデゼルも、

 

「麦をよく見てみろ。」

「……ん?」

「これは!」

「実が全然入ってない!」

「こっちも!モミの中はカビだけだ。」

 

スレイとミクリオが大声を上げる。

デゼルは淡々と言った。

 

「コガネカビだ。この一帯は全滅だろうな。」

「全滅……」

「最近広がりまくってるの。この分じゃ、今年の収穫も期待できないなぁ……」

 

ロゼは悲しそうに、眉を寄せて言う。

ミクリオは悲しそうに麦と鍬を見て、

 

「……鍬を放り出すわけだ。」

「ライラ、これも……?」

「災禍の顕主が生み出した結果のひとつでしょうね。」

「これが……災厄の時代か。」

 

場の空気は思い。

その中、レイは麦に触れていた。

 

「どうしたの、おチビちゃん。」

 

エドナはレイを見ながら言う。

レイは麦を見たまま、

 

「この子たちは生きながらにして、死んでる。」

「えっと?」

 

ロゼは首をかしげる。

 

「この子たちは、自分たちが生きてる事すら知らない。この地に芽吹いた時から穢れの影響で、願いすらも知らず、ただそこに存在するだけ……この地を浄化しても、この子たちは元には戻らない。」

「そっか……でもさ、この地が浄化されれば、この子たちの子供や孫が芽吹いた時は違うでしょ?」

 

ロゼはしゃがみ、レイと同じように麦を触りながら言う。

レイはロゼを見る。

そしてロゼは笑顔を向ける。

 

「そう……だね。そうなれば時代の麦たちは、かつてのように穢れを吸収する。」

「ん?」

「人間は穢れを生む。それは日常でも、それ以外でも。人間が関わる水や木々、つまり自然はそんな人間の穢れを吸収し、大地へと流す。その大地の穢れは、世界が受け止める。そして世界が受け止めた穢れは、裁判者と審判者が時代に合わせて調節していく。そうする事で世界は形を保ち続ける。」

 

ロゼはスレイを見る。

スレイは、レイを見て、

 

「レイ……もしかして……」

 

レイはスレイに振り返る。

ジッとスレイを見て、

 

「……だって。」

「へ?」

 

レイは歩き出した。

スレイはミクリオを見た。

ミクリオは首を振る。

そのままライラ達に見る。

ライラは首を振り、デゼルは帽子を深くかぶる。

つまり知らないという事だ。

エドナはスレイを見て、

 

「今はそうしときましょ。それより、行っちゃったわよ。」

「あ!」

 

スレイ達はレイを追いかける。

 

レイは歩きながら、声に耳を傾けていた。

 

ーーなぜ私の事を言うのをやめた?

「お兄ちゃんとミク兄が悲しそうな、寂しいような顔をしたから。」

ーー相変わらずお前は導師と陪神≪ばいしん≫中心だな。

「……お兄ちゃんたちがそうしたから。」

ーーお前の意志はないのか?

「……知らない。」

 

と、後ろから聞きなれた声がする。

 

「レーイ、待ってくれ!」

 

レイは立ち止まり、スレイの手を握る。

ロゼも追いつき、

 

「スレイ、ヒドイ!だからって置いてくことないじゃん!」

「あはは、ごめん。」

 

一行はペンドラゴに向かって再び歩き出す。



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toz 第十二話 聖なる帝都ペンドラゴ

歩いていると、レンガに囲まれた城壁が見えてきた。

帝都ペンドラゴの門だ。

スレイ達はそれをくぐる。

 

スレイは目を輝かせ、

 

「大っきいなぁ!これが――」

「そう。グリンウッド大陸最大の都ペンドラゴですわ。」

 

ライラは手を合わせて言う。

スレイは辺りを見渡しながら、

 

「えっと宿は――」

「広場にある正面にある宿がお勧めだよ。」

 

ロゼがスレイを見て言う。

スレイはロゼを見て、

 

「詳しいんだな。」

「ちょっとね。昔、よく来てたから。」

 

ロゼは悲しそうに言った。

それをどことなく察したライラは、広場の噴水を見て、

 

「立派な噴水ですわねえ。」

「ペンドラゴ名物のひとつだよ。詳しくは知らないけど、地下水道で遠くから水を引いてるんだって。」

 

ロゼはライラに説明する。

ライラはロゼを見て、

 

「そうなんですか。」

「無駄に水が噴き出すものをわざわざつくるなんて。やっぱり人間ってバカよね。」

 

エドナは淡々と言うが、ライラは左手を胸に当て、

 

「天響術も使わずに高度な技術だと思いますけど。」

「無駄。無意味。徒労。」

 

だが、エドナは変わらず淡々と言う。

ロゼは腕を組んで、

 

「別名『憤怒の噴水』って言うんだ。」

「憤怒の?なぜそんな名前を?」

「なんか水道の調子が悪いらしくてさ。時々……」

「ひゃあああっ⁉」

 

と、エドナが悲鳴を上げ、尻餅をつく。

エドナを見ると、傘をさしていたので雨には濡れなかった。

しかし、噴水の水がエドナを直撃した。

エドナは全身がびしょびしょになった。

 

「……」

 

エドナは座り込んだまま、ロゼを睨み上げる。

ロゼは笑いを堪えながら、

 

「こうなるから。」

「なるほど。」

 

ライラも手を合わせて、視線を外した。

エドナは今度は噴水を睨み、

 

「人間バカすぎっ!」

 

それを見ていたスレイ達は、

 

「なんか、楽しそうだな。」

「そうだね。」

 

ミクリオとスレイは苦笑いする。

 

「楽しそうなの?」

「何故、俺に聞く。」

「なんとなく。」

「知らん。」

 

レイはデゼルに聞き、二人は最終的に横目同士で見つめ合う。

否、睨み合う。

 

「と、とりあえず、宿屋に行こう!な!」

「そうだね!そうしよう。」

 

スレイとミクリオは互いに見合って言う。

 

レイは何かに反応する。

そして広場を上がって行った。

スレイ達も広場を上がると、一人の人を何人かの騎士兵達が剣を構えて立っていた。

スレイとロゼはそこを眉を寄せて、見る。

そこには見知った人物もいた。

騎士兵に剣を向けられていた人物は持っていた剣を振りまくる。

スレイ達の目には、その人物は憑魔に見えている。

そしてその人物の振るう剣を、弾く見知った騎士兵。

 

「はあ!」

 

そして、その人物の腕を軽く斬る。

 

「ぎゃあああ!」

 

その人物は腕を抑え、騎士兵達を見渡す。

 

「ちぃ!」

 

と、その人物は舌打ちをして、高くジャンプした。

そしてそのまま、高台へ着地して逃げた。

騎士兵達はすぐに追いかける。

スレイは見知った騎士兵に近付く。

 

「セルゲイさん!」

 

見知った騎士兵セルゲイはスレイを見て、

 

「……枢機卿の配下だ。捕らえようとしたのだが、ただ者ではなかった。」

 

ロゼは逃げたその人物の方を見て、

 

「とんでもない動きね。」

「見えただろう。憑魔≪ひょうま≫だ。」

 

デゼルがロゼに言う。

ミクリオもそこを睨みながら、

 

「枢機卿の配下が憑魔≪ひょうま≫になってるとは……」

 

一人の騎士兵が騎士セルゲイに近付き、

 

「申し訳ありません。教会神殿に逃げ込まれました。」

 

騎士セルゲイは頷く。

ライラは眉を寄せて、

 

「事実のようですわね。」

 

騎士セルゲイはスレイを再び見て、

 

「おそらく奴は連絡係だと思う――」

 

と、スレイに説明をしようとした時、

 

「うごっ⁉」

 

エドナが騎士セルゲイの横腹を傘で突いた。

騎士セルゲイは口を開け、驚きながらその部分を見る。

そして周りを見渡す。

エドナは気にせず、傘を広げ、

 

「雨、寒いんですけど。長話、迷惑なんですけど。」

 

ライラも豪快に、

 

「へくちゅっ!へくちゅっ!」

 

と、レイはライラを見上げる。

ライラは頬を赤らめて、恥ずかしがる。

 

「くちゅん!」

 

レイは鼻をすする。

 

「……お兄ちゃん、抱っこ。」

「わかった。」

 

スレイはレイを抱き上げる。

 

「うわ、こんなに冷えていたのか……」

 

ロゼは騎士セルゲイに歩み寄り、

 

「詳しい話は雨宿りできるところでお願い。レイもそうだけど、仲間が寒がって。天族だって風邪ひくんだよ。」

「ロゼさん……」

 

ライラはロゼを見た。

スレイも嬉しそうにロゼを見ていた。

ロゼは腰に手を当て、

 

「見えない人にはわからないだろうけどね。」

 

スレイは頷く。

 

「し、失礼した。天族の方々もおられるのですな。我が騎士団塔へおいでください。」

 

と、騎士セルゲイはロゼを見て、

 

「優しい奥方だ。」

「うん。」

 

スレイも頷く。

ロゼは頭を掻き、苦笑いする。

そして騎士セルゲイは歩き出す。

 

「まだ奥方なんて言ってる。」

 

ミクリオは呆れたように、デゼルに言うが、

 

「……」

 

デゼルは腕を組んだまま、黙り込んだ。

 

「優しいんだな、ロゼ。」

「あはは、普通だって!あたしも寒いし……ハックション!」

 

と、レイはスレイを見上げ、

 

「……いつ奥方になったの?」

「え?」

「……いつ?」

「えっと……」

 

ミクリオが抱っこされてるレイに近付き、

 

「セルゲイの言う奥方は、従士の事を言うんだよ。」

「……ふーん。ならいいよ。」

 

と、スレイにギュッとしがみ付いた。

ロゼは小声で、

 

「ライラ、あんなこと言っていいの?」

「大丈夫ですよ、私たちならともかく、ミクリオさんが言ったんですから。」

「ああ、なるほど。」

 

と、スレイ達も騎士団塔へ歩き出す。

 

スレイ達は騎士団塔へ入る。

中は広く、騎士兵達が武器の手入れや休憩をしていた。

スレイ達は騎士セルゲイに近付く。

 

「ここなら落ち着いて話ができる。」

 

スレイはレイを降ろし、騎士セルゲイを見て、

 

「なんとかなった?教会に入る手続き。」

「許可は得たが……先ほどの事件の後では警戒されるだろうな。」

 

ロゼは腕を組んで、

 

「警戒は元からでしょ。今更関係ないんじゃない?」

「そうだよな。やましいことはないし、行ってみよう。」

 

ライラはミクリオを見て、

 

「ロゼさんがいらしてから、スレイさんの積極さに磨きがかかった気がしますわね。」

「心配する方の苦労も倍だけど。」

 

と、ミクリオは肩をすくめて言った。

騎士セルゲイはスレイを見て、

 

「世話をかける。」

 

スレイは笑みを浮かべ、明るい声で、

 

「決めたのはオレだから。それに教会の中の神殿を見るのも目的なんだ。」

「貴公は、どこか教皇様を思い起こさせる。あの方も、人のために身を惜しまぬ方だった。」

 

それを聞いたエドナは椅子に座り、

 

「無駄な苦労好きなのね。」

 

スレイはエドナを気にせず、

 

「そうなんだ……」

「宿を用意した。天族の方々も今晩はゆっくり休んでもらいたい。」

 

そう言った騎士セルゲイだが、彼の後ろに控えていた騎士兵の一人が、

 

「ですが団長。潜入したボリスが連絡を絶ってもう三日です。急いだ方が――」

 

しかし騎士セルゲイはそれを目で止める。

ロゼは騎士セルゲイに、

 

「ボリスって?」

 

しかし騎士セルゲイは、

 

「この長雨で、食糧事情はよくないが、ペンドラゴ名物のドラゴ鍋を用意させよう。」

 

そんな騎士セルゲイの姿に、

 

「心配ではないのですか!たった一人の弟でしょう?」

 

それにスレイ達は驚く。

ライラとエドナは眉を寄せて、レイを見る。

レイは騎士セルゲイを見た後、壁の方へ歩いて行く。

 

「これ以上、自分たちのツケを貴公等に背負わせたくないのだ。今は体を休めてくれ。」

 

騎士セルゲイは静かに言う。

ライラはスレイを見て、

 

「セルゲイさんのお言葉に甘えましょう。」

「……わかった。ありがとう。」

 

スレイは壁の方に行ったレイの所に行く。

レイは壁に掛けられていた絵を見ていた。

その絵は一人の男性の肖像画だった。

スレイはその絵を見て、

 

「この人、大地の記憶の……⁉」

 

ミクリオが題名を見る。

 

「白皇騎士団初代団長将軍ゲオルク……ヘルダルフ!」

 

ミクリオは大声を上げる。

スレイもそれを聞き、大声を上げる。

 

「ヘルダルフ!」

「しかも描かれたのは二十年以上前だ。」

 

驚く二人に、エドナは静かに、

 

「大地の記憶に残ってるはずよね。」

「この人が、あのヘルダルフ……」

 

スレイはジッとその肖像画を見た。

ロゼもその肖像画を見て、

 

「こいつが災禍の顕主の正体って……ホントに?」

「わからない。オレたちには獅子の憑魔≪ひょうま≫にしか見えなかったから。けどライラは、大地の記憶は災禍の顕主を識るための道標だって言った。」

「それに出てきた人間がヘルダルフだったんだ。同一人物と考えるのが自然だろう。」

 

ミクリオも付け足す。

ロゼは腰に手を当て、

 

「なるほど。納得。ふうん……案外渋いオジサマだね。」

「うん。オレたちの父親くらいの年齢かな。」

「二十年以上前の時点で、ね。」

「騎士団の初代団長だった。」

「肖像画を飾ってるってことは、セルゲイさんたちが尊敬してる人なんだろうな……」

 

何かを察したミクリオは、

 

「スレイ。」

「大丈夫。ちょっと思っただけだよ。災禍の顕主は正体不明の化け物じゃなくて、オレと同じ人間なんだなって。」

「「「…………」」」

 

レイ、ミクリオ、ロゼは無言で彼を見つめる。

レイはスレイに、

 

「お兄ちゃん、この後どうするの?」

「え?あ、ああ。宿屋に行く事にした。」

「そう。」

 

スレイ達は騎士団塔を後にする。

 

スレイは宿屋に向かいながら、

 

「セルゲイさんって、いい人だな。」

「はい。帝国の騎士団を率いるには正直すぎる気もしますけど。」

 

ライラは頬に手を当てて言う。

スレイも、

 

「だな。ちゃんとやれてるのかな?」

「ああいう人だからこそ、人望は厚い。」

「そうそう。それに、他人の心配してる場合じゃないと思うけど。」

 

そう言って歩き続ける。

レイは視線を騎士団塔へ向け、

 

「だからこそ、ああいう人間は秤に賭けられたとき……悲しい選択を取る。」

 

レイは視線をスレイに戻し、その後ろに付いて行く。

 

 

宿屋に入り、騎士セルゲイが手配してくれた料理を食べる。

ロゼはお腹を摩りながら、

 

「ぷふ~!ごちそうさま~!げっぷ。」

 

それを見ていたデゼルは、

 

「おい、下品だぞ。」

 

それをロゼは笑顔で返す。

レイはそれをジッと見て、スレイは驚いたように見ていた。

そしてロゼを見ながら、

 

「よく食べるなぁ。」

 

そしてミクリオも、それを見ていた。

ミクリオは、スレイと自分の間にいるレイに、

 

「あれはマネしちゃダメだぞ。」

 

レイは頷く。

そしてミクリオは自分の斜め前を見る。

 

「こっちの二人もね。」

 

と、ライラとエドナを見る。

ライラは手を合わせて、

 

「結構なお味だったので、つい……」

「ドラゴ鍋。85点。」

 

エドナは淡々と言う。

と、ロゼがスレイとミクリオを睨みながら、

 

「食べれる時に食べとく主義なの。というより、レイはそれだけで足りるの?ほとんど食べてないよね?」

 

レイは自分の皿を見る。

半分以上が残っている。

 

「…………」

 

ジッと見ているレイに、

 

「無理して食べなくてもいいぞ。」

「……」

 

レイは再びスプーンを手に取り、料理を口に運ぼうとするが、

 

「……」

 

その手を止めてしまう。

それを見たスレイはレイのスプーンと皿を取り、

 

「よし、オレに任せろ!」

 

と、口の中にかきこむ。

そして食べ切り、

 

「ごちそうさま!」

 

レイはスレイを見て、

 

「ありがとう。」

「大丈夫、大丈夫!それより、レイは大丈夫か?どこか調子が悪い?」

 

レイは首を振る。

 

「……前はこうじゃなかった……」

「ん?」

「何でもない。何で貴女はその主義なの?」

 

レイはロゼを見て言う。

 

「子供の時から仕込まれたんだ。戦士の鉄則だって。」

 

ロゼは嬉しそうに言う。

それを聞いたデゼルは俯き、

 

「戦士……か。」

「戦士?ロゼたちは暗殺ギルドだろ?」

 

ミクリオが聞くと、ロゼは腕を組んで、

 

「ん~とね、昔は違ったんだよ。あたしたち、前は傭兵団だったんだ。大陸一なんて呼ばれた。」

「傭兵団……」

 

スレイは小さく呟いた。

そしてロゼは立ち上がり、

 

「ふぁ~あ……」

 

と、大きなあくびを開ける。

ロゼはスレイ達を見て、

 

「先に休むね。明日は仕事だし。」

 

スレイは頷く。

ロゼが居なくなった後、スレイとミクリオはデゼルを見て、

 

「ロゼの傭兵団って、もしかして前にデゼルが言ってたやつ?」

「『風の傭兵団』だったね。」

「聞いたことありますわ。たった百人で二万の大軍を敗走させ、一晩で三つの城を落とすほどの力をもっていたとか。」

 

ライラがスレイ達の方を見て言う。

 

「……ああ。主にローランスに雇われて活躍した伝説的な傭兵団だ。」

「メチャつよじゃないか!」

 

スレイは大声で言う。

ライラは続ける。

 

「その上、信義に厚く、当時のローランス皇帝も右腕として頼るほどの存在だった……はずですが?」

 

デゼルは俯き、

 

「確かにそう『だった』。だが、ローランス皇家が裏切りやがったんだ。俺の仇とつるんでな。」

「ローランス皇家が憑魔≪ひょうま≫と組んでるだって⁉」

 

デゼルはスレイを見て、

 

「驚くほどのことか?」

「いや……人と憑魔≪ひょうま≫は、別の存在じゃないんだしな。」

「はい。むしろ裏表の関係と言っていいでしょう。」

「むしろ、枢機卿の力が憑魔≪ひょうま≫のものだとしたら、つじつまが合う。」

 

ミクリオが眉を寄せて、言う。

レイはデゼルを見る。

と、デゼルは立ち上がり、

 

「……ロゼが裏口から外に出た。目を離すとこれだ!」

 

彼は怒りながら、走り出した。

スレイも立ち上がり、

 

「おい、デゼル⁉」

 

レイも椅子から降り、その後を追うかのように走って行く。

 

「え⁉レイ⁉」

 

スレイ達もその後を追う。

 

「まさか暗殺の依頼があったのか?」

 

ミクリオが言うと、ライラが声を上げて、

 

「どなたを?ロゼさん一人で⁉」

「どっちにしろマズイよ!」

 

スレイは走るスピードを上げる。

高台の方へ行くと、

 

「どしたの?みんなして?」

「ロゼこそ、なんでこんなトコに?」

「ただの散歩。なんか食べすぎちゃって。」

 

ロゼは明るく言う。

デゼルが呆れたように、

 

「ったく、本能のまま動くんじゃない。」

 

スレイも、ロゼを見ながら、

 

「誰かを暗殺する気なのかと思っちゃったよ。」

「するよ。依頼があったし。」

 

と、笑顔で言う。

スレイ達は驚く。

無論、デゼルは知っているので驚かないが。

ロゼは腕を組んで、

 

「『戦いを起こしたヤツを殺してくれ』って。この前の戦争で息子さんを亡くした人から。今回の進攻は一年前に皇帝に進言されてた。マシドラ教皇の名でね。」

「まさか教皇様を⁉」

 

驚くスレイだが、後ろからミクリオが、

 

「待て。教皇の名前は使われただけじゃないのか?行方不明なんだから。」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。微妙だからね、失踪した時期と。そこはよく調べなきゃ。」

「もし調べた結果が――」

 

スレイが全てを言う前に、ロゼは力強い目で、

 

「悪なら殺る。それが風の骨だよ。」

「相手が教皇でも?」

 

ミクリオが再度聞く。

ロゼはまっすぐ見て、

 

「教皇でも皇帝でも、導師でもね。」

 

全体は無言となった。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「あれ……?あたしなんか変なこと言った?」

 

スレイは笑い出した。

 

「ははは。そこまで言い切って訊かないでよ。」

「もちろん、見境なく殺すわけじゃないよ。どんな奴かちゃんと確かめてから。」

「ん、よくわかった。ロゼのこと。」

「そう?ならいいけど。」

 

ミクリオはロゼから視線を外し、

 

「僕もわかった気がするよ。ロゼが穢れを生まないわけが。」

「スレイ並みに変なヤツ。」

「嘘のない方なんですね。ロゼさんって。」

「昔からそうさ。こいつはな……」

 

デゼルが最後に小さく呟いた。

レイは空を見上げる。

雨が自分を打ち付ける。

 

「……人間は変な生き物……そしてそれを取り巻く多くのものも……変だ。」

ーー……かもしれないな。

 

レイはその後無言で、スレイ達を見た。

 

宿屋に戻り、

 

「でも、教皇様って、戦争を起こすような人なのか?」

「セルゲイさんの話とは印象が違いますよね。」

 

スレイの言葉に、ライラも同意する。

 

「大国の主導者だよ。一筋縄じゃいかない男なんだろうね。」

 

ミクリオも眉を寄せて言う。

と、そこに、

 

「はいはーい!今日はここまで!明日に備えて寝るよ!」

 

ロゼが手を叩きながら言う。

 

「……それもそうか。」

「そ。じゃあ、女子組はこっちね。」

 

と、ロゼがレイを抱える。

レイは身を固くし、

 

「え?なんで?」

「なんでって……レイも女の子でしょ。」

「イヤ、ヤダ、降ろして!」

 

レイは暴れ出す。

ロゼはそれを驚きながら、

 

「ちょっ!危ないって!」

 

と、ロゼの手から滑り落ちたレイは尻餅を着く。

すぐに立ち上がり、スレイの足にしがみ付く。

 

「私はお兄ちゃんとミク兄と一緒でいい。それ以外は嫌だ。」

 

と、無言が訪れる。

それはロゼだけでなく、スレイ達も驚いていたからだ。

 

「……でもさ、レイ……」

「絶対に嫌だ!」

「随分と子供らしいこと。」

 

エドナは淡々と言う。

と、レイは頭を抑え、

 

「…………」

「レイ?」

 

もう一度ロゼを見て、

 

「お兄ちゃんとミク兄以外は絶対に認めない!」

 

と言い切り、スレイ達の方の部屋に駆けこんだ。

デゼルが呆れたように、

 

「諦めた方がよさそうだな。」

「そのようですわね。」

「にしても、随分と感情的だったね。」

「そうだな。あんなレイ……見たことない。」

「ああ。嬉しいような複雑な気持ちだ。」

 

スレイとミクリオは俯く。

スレイが顔を上げ、

 

「レイはレイのままでいて欲しい……」

「スレイ……そう……だな。」

「じゃ、オレたちも寝るよ。じゃ、また明日。」

 

スレイは最後明るく言って、部屋に向かった。

ミクリオとデゼルもその後に付いて行く。

 

「なんか、複雑だね。嬉しいけど、なんかこう……」

「そうですわね。何だかモヤモヤしていて……」

「ギャップ?」

「それだ!」「それですわ!」

 

悩むロゼとライラに、エドナが淡々と言う。

 

「でも確かにそうね。おチビちゃん姿の裁判者としてだけでなく、これまでのおチビちゃんを見てきた者としては……あそこまで感情的なおチビちゃんは始めて見るわ。」

 

そして沈黙する。

ロゼが、

 

「あたしたちも寝よ。考え込んでもいいことはないし。」

「ですね。」

 

ロゼたちも部屋に向かった。

 

ロゼは部屋に着くなり、ベッドの上で腹を摩る。

 

「今日は食べ過ぎちゃったな~。……ちょっとお腹が痛い……」

「あらあら。食べ過ぎはいけませんわよ。」

「ちなみに天族は食べ過ぎてお腹壊したり太ったりとかしないの?」

 

ロゼは腕を組んで、首を摩する。

ライラは頬に手を当て、顔を赤くして、

 

「メルヘンな言い方をしますと『想いは形になる』という感じですわね。」

「なんのこっちゃ。」

「カロリーを摂取して太るのではなく、『これだけ食べたら太るだろうな』という思いが形に。」

「わーお。逆に言うと、思わなければオッケーってこと?」

 

ライラは左手を握りしめ、険しい表情で、

 

「いえ、事象の否定は穢れに繋がります。天族に現実逃避は許されないのですわ。結局のところ、人間と同じに考えていただけると。」

 

最期は左手を口元に当て、明るい声で言った。

ロゼはそれを呆れたように、

 

「ややこし。」

 

そしてそんな二人を見ていたエドナは、

 

「バカらしいわね、まったく。」

 

と、言って床に入った。

 

 

レイはミクリオと寝ていた。

だが、目は冴えていた。

それに気が付いたミクリオが、

 

「眠れないのか?」

「……ごめんなさい。」

「謝ることはないさ。」

 

レイはミクリオの方に体を寄せ、

 

「……不思議と今は眠くない。前はすぐに寝れたのに…。」

 

レイはミクリオを見上げ、

 

「ミク兄は今日も、技の特訓をやるの?」

「気付いていたのか?」

「なんとなく。休憩以外でもやってるとは思っただけ。」

「なるほど。じゃあ、レイが眠くなるまで付き合ってくれるか?」

 

レイは頷く。

そしてそっと、部屋から抜け出す。

 

「水よ!敵を穿て!鋭き氷、拡散せよ!」

 

ミクリオは技の練習をしていた。

それをレイは雨に濡れない所で、それを座って見ていた。

 

「よし……かなり安定してきた。」

 

と、そんなミクリオに、

 

「精が出ますわね。」

 

ライラがレイの横に来た。

ミクリオは若干驚き、

 

「いや、これは別に……」

 

ライラもレイの横に座り、

 

「思った以上に複雑でしたね。ローランスの事情も。」

 

ミクリオもこちらにやって来て、

 

「騎士団と教会の対立だけでも頭が痛いのに、風の骨の暗殺やデゼルの復讐まで絡んできたからね。」

「枢機卿に、デゼルさんの仇……強力な憑魔≪ひょうま≫とぶつかることになるかもしれません。」

「ロゼのことも気にかけないと。信じているけど、彼女だって人間だ。穢れてしまう危険性はついてまわる。」

「はい。導師と同じか、それ以上に。」

 

二人は真剣な表情で、見つめ合った。

が、ミクリオは腰に手を当て、呆れたように、

 

「なのに本人たちは案外お気楽だ。イヤになるよ。そうだろ、レイ。」

 

レイは視線をあっちこっち向けた後、

 

「……でも、それがあの二人だと思う。それに、ミク兄が傍にいるから。」

「ふふ。レイさんの言う通りですよ。ミクリオさんが一緒だからですよ。」

「どうだか。」

 

と、ライラは優しく微笑み、

 

「私もそうですし。レイさんも、ね?」

 

レイはミクリオを見て頷いた。

 

「僕は、僕のためにやっているだけさ。こう見えても向上心が強いんだ。」

 

ミクリオは顔を片手で隠して、照れながら言う。

 

「ふふ。こう見えても、ですか。」

「そうだよ。若いからね。」

 

そういう彼をライラはなおも優しく微笑む。

と、レイが目を擦り始める。

 

「そろそろ寝るか、レイ?」

 

レイは頷く。

そして目を擦りながら、

 

「ミク兄、抱っこ。」

「ああ。」

 

と、レイを抱き上げる。

ライラも立ち上がり、

 

「では、おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」

 

レイもライラに手を振る。

 

 

次の朝、今日もペンドラゴは雨だった。

スレイ達は早速、教会神殿に向かう。

そして中に入った。

中は広く、人もほとんどいなかった。

ロゼは小さい声で、

 

「あっさり入れちゃった。」

 

ライラは辺りを見渡して、

 

「ここは一般信者用の講堂のようですわね。」

 

ロゼも辺りを見渡し、

 

「その割に人いなくない?」

 

スレイも辺りを見て、

 

「このまま入っていいのかな?」

「話はついてるはずだけど……やっぱ一言言った方がよくない?」

 

スレイ達は警戒しつつも、奥へと進む。

奥へ行くと、一人の若い祭司が三人の子供達と話をしていた。

 

「最高の力を持つ五人の天族、〝五大神″のお名前を全部言えるかな?」

「えっと、えっと……」

 

と、悩む男の子。

だが、真ん中の女の子が手を上げて、

 

「ムスヒ!あと、あと、ウマシア!」

 

そして、もう一人の男の子が手を上げて、

 

「ハヤヒノとアメノチ!」

「そう。そして最後の大神は、この教会神殿に祀られている――」

 

祭司が優しくゆっくり言う。

子供達は手を上げて、

 

「「「マオテラス‼」」」

 

レイはそれを黙って聞き、その場を見つめる。

ライラは最後の天族の名を聞き、悲しそうに反応し、俯く。

それをエドナとデゼルは気付く。

祭司は子供達を見下ろし、

 

「そう。マオテラス様は、グリンウッド大陸のすべてに加護をあたえてくださる天族ですね。」

 

それを聞いたスレイは嬉しそうに、

 

「教会神殿には、マオテラスが祀られてるのか!」

「五大神とは超大物が出てきたな。」

 

ミクリオも驚きを隠せない。

 

「マオテラスなら、災禍の顕主に対抗する方法を知ってる可能性は高いよな。」

 

スレイはミクリオを見て言う。

そんな二人の姿を見ていたロゼは、

 

「そんなスゴイ奴なんだ?」

「なんたって五大神の筆頭だからね。」

 

と、若い祭司はスレイの方に寄り、

 

「スレイさんですね?ようこそ、ローランス本部教会へ。お話は伺っています。どうぞ奥へ。」

 

若い祭司は案内に従って進む。

 

「さっすが教会神殿……!」

「間違いなくアスガード時代隆盛期の建築物だな。」

 

スレイとミクリオの短剣心が高まっていく。

そんな二人に、

 

「感心もいいけど、警戒を忘れない。」

「だって、想像してたより、ずっとすごいよ!」

「だから落ち着けってば!」

 

ロゼは怒りながら、言う。

レイはそのやり取りを無表情で見ていた。

 

中間地点の場所に来ると、中央に石碑が立っていた。

そこに近付くと、

 

「これは『導師の試練』と、それを越えることで得られる『秘力』について書かれている碑文です。」

「『導師の秘力』!」

 

と、嬉しそうに言う。

スレイの後ろで、ミクリオが、

 

「本物かな?」

 

と、レイとスレイとミクリオはライラの方を見る。

するとライラは明後日の方向を見て、

 

「カナカナカナ~♪あ、ヒグラシが鳴いていますわね。」

 

と、明るい声と笑顔で踊っていた。

それを見たスレイとミクリオは、

 

「本物っぽいな!」「本物っぽいね!」

 

と、同時に言う。

ちなみにライラのこの行動に、エドナは無表情で見て、デゼルは呆れ、ロゼは引いていた。

スレイはその碑文を見て、

 

「解説っぽい古代文字があるけど。」

「文章になってない。きっと暗号なんだ。」

 

ミクリオも同じように見て言う。

スレイとミクリオはお互いに見合い、

 

「秘力っていうくらいだしな。どこかに解読のヒントは……」

 

と、話し合っていると、

 

「あのー。これ、なんて書いてあるの?」

 

ロゼが碑文を指差しながら言う。

が、若い祭司は首を振る。

 

「わかりません。この碑文は、暗号で示されていてその解読法は代々教皇様だけに伝えられるのです。」

「教皇様に読んでもらわないとダメってことか……」

 

腕を組んで悩むスレイ。

レイは辺りを見渡す。

その瞳は赤く光っていた。

そして突如、その場は穢れの領域に包まれた。

天族の皆は穢れによって姿が見えなくなる。

ミクリオがスレイを見て、

 

「スレイ!」

 

と、言って消えた。

スレイは若い祭司を見ると、彼は石化されていた。

スレイはロゼを見て、

 

「ここはまずい!外へ!」

 

スレイはレイを抱えて走り出す。

ロゼもそれに続く。

 

「気持ち悪い……なにこれ⁉まるであの時みたいな……」

「うん。あの時とは若干違うけど、これは憑魔≪ひょうま≫の領域!ヘルダルフの時と同じだ!」

 

教会神殿の入り口の方へ戻って来た。

最初、若い祭司と話していた子供達も石化していた。

スレイは子供達を見て、

 

「生きている。けど……」

「……石みたい固まってる。」

 

スレイはロゼを見て、

 

「ロゼは大丈夫か⁉」

「大丈夫……じゃなくなりそう!全力で脱出っ!」

「だな!レイは大丈夫か⁉」

「私は平気、それよりお兄ちゃん入り口気をつけて。」

 

レイは入り口の方を赤く光っている瞳で見ていた。

スレイは入り口の方を見る。

人影が見える。

スレイはレイを抱えたまま、ロゼと共に入り口に向かう。

するとその人影は、はっきりと解る。

白い祭司服を身に纏った女性だった。

 

「もうお帰りですか、導師よ?」

「うぅ⁉」

 

スレイとロゼは急ブレーキを掛ける。

女性はゆっくりと歩いてくる。

 

「ローランス教会枢機卿フォートンです。」

 

スレイはレイを降ろし、警戒しながら女性を見る。

 

「この領域は……あなたが。」

 

枢機卿フォートンは立ち止まり、スレイを見る。

 

「ここまで動けるなら合格ですね。その力を私に預けませんか、民のために。」

「ハイランドでも同じこと言われたよ。」

「バルトロのような俗物と一緒にされるのは心外ですね。」

「俗物っぽい台詞だよ、それ。」

 

ロゼは枢機卿フォートンを睨んで言う。

枢機卿フォートンはロゼを見て、

 

「少なくとも、そんな挑発に乗る程度ではありません。」

「おお、一本とられた。」

 

枢機卿フォートンはスレイを再び見て、

 

「私の願いはただ一つ。帝国がこの災厄の時代を乗り越えること。」

 

枢機卿フォートンは視線を上にし、

 

「それは民の結束なしには不可能でしょう。しかし、愛国心のみでそれを行うにはローランスは強大すぎる。」

 

視線をスレイ達に戻し、

 

「導師よ。古来より、国家が何をもって民をまとめてきたか知っていますか?」

「……信仰かな。」

「そう。人は、心の救済のために最も尽くし、価値観を違える集団に対し、最大の結束を発揮します。つまり、我が教会こそがローランスの要にふさわしい。」

「それがあなたの考えなんだ。」

「民を導く者としての理念です。導師の名と力が加われば、より多くの民を救うことができるでしょう。」

「なら騎士団と協力すればいい。それが一番みんなのためになるだろ?」

「私の意に従って働くというなら喜んで迎え入れますよ。例え、教皇が逃亡したとも知らぬ愚かな騎士団であっても。」

 

ロゼは驚き、

 

「教皇が逃げた?あんたが監禁してるんじゃないの?」

「いいえ。教皇――いや、マシドラは自ら逃げ出したのですよ。帝国と信徒への債務を、すべて投げ出して。そのような男をどう思いますか?」

 

レイはスレイを見上げる。

 

「……無責任だと思う。本当なら。」

「そうでしょう?なのに騎士団のように、そんな卑怯者を未だに信奉する愚か者が多い。結束のためには、マシドラを見つけだし処罰する必要があります。」

「処罰?」

 

ロゼは眉を寄せて、枢機卿フォートンを見る。

 

「そう。私を疑う無礼者どもに与えたのと同じ罰を。」

 

枢機卿フォートンは深い笑みを浮かべる。

 

「……それはそれで、身勝手な理由だな。」

「なんでって?」

「お前は力を間違ってるんだよ。」

 

レイは枢機卿フォートンを赤く光る瞳で見据える。

そしてスレイは枢機卿フォートンをまっすぐ見て、

 

「ああ、そうだ。それは困るな。教皇様には碑文の意味を教えてもらわないといけないんだ。」

「必要ないでしょう?協力するのなら。」

 

スレイは枢機卿フォートンをなおもまっすぐ見つめ、

 

「どうしても知りたいんだ。オレは。」

 

枢機卿フォートンはゆっくり頷き、

 

「わかりました。つまり私の理念を――」

 

と、領域の質が上がった。

 

「うぐっ⁉」

「体がっ‼」

 

枢機卿フォートンは杖を取り出し、

 

「拒否するのですね!」

「……結局、お前も同じか。愚かな人間、が。」

 

レイが前に歩み出る。

その瞳は赤く光っている。

 

「この気配、その瞳……いや、違う、違う!その目で私を見るな!」

 

レイは地面を思いっきり叩く。

すると、領域が揺らぐ。

 

「ス……――レイ!」

 

ミクリオの声が響く。

スレイ達は上を見上げる。

空間を斬って天族組が現れた。

ミクリオは杖を手に、スレイの前に立つ。

 

「スレイ!」

 

スレイは嬉しそうに彼を見る。

そしてデゼルはロゼの手を掴み、

 

「退くぞ、ロゼ‼」

 

ミクリオは水の氷壁を作り、霧を発生させた。

それにより、敵から姿を消してその場を離脱する。

枢機卿フォートンはスレイが居た場所を杖で叩き付ける。

が、霧が晴れた時、そこにスレイ達は居なかった。

ある者もを除いては……。

 

「くっ⁉」

 

枢機卿フォートンは扉を方を見て、

 

「貴女の力を借り、一瞬とはいえ、私の領域を破って天族と繋がった……。楽しみですね。」

 

と、視線を斜め後ろにいる小さな少女に向ける。

黒いコートのようなワンピースの服を着た小さな少女は、

 

「私にはわからない感情だ。」

「何故、彼らと逃げなかったのです。」

 

枢機卿フォートンは小さな少女を見る。

 

「……さっきまであれほど否定していたと言うのに……随分と落ち着いているのだな。」

「質問しているのは私の方です。今の貴女なら、私でも――」

 

と、枢機卿フォートンは黙り込む。

その頬から汗が一滴落ちる。

 

「勘違いしてないか。確かに今の私は半分だけだが……お前一人くらい簡単に喰えるぞ。」

 

小さな少女の足元からの影からは何かが蠢き出てきている。

そして枢機卿フォートンを見る赤く光る瞳は、彼女を鋭く見据える。

 

「お前が望んで手に入れた力だ。私自身は何も言わないさ。だが、権力は別だ。それが私の中にある盟約に反するなら……導師達ではなく、私がお前を殺そう。」

 

そう言うと、小さな少女を風が包み込む。

 

「それを忘れるな。」

 

突風が教会内を吹き荒れた。

そしてそれが収まった時には、小さな少女の姿はなかった。

 

 

スレイ達は教会から何とか逃げ出しながら、

 

「消えた!なにこれ⁉」

「『霊霧の衣』だ。」

 

驚くロゼに、ミクリオが即答で答える。

スレイは嬉しそうに、

 

「隠れて練習してた術だろ!すごいな!」

「話はあと!騎士団塔まで逃げるんだ。」

 

ミクリオが叫びながら言う。

彼らは走って騎士団塔へ向かう。

 

騎士団塔まで来て、中に入ろうとしたが、

 

「ヤボ用!先行ってて!」

 

ロゼが奥の方にいる男性の元へ駆けて行く。

スレイはそのロゼの背を見て、

 

「あ……うん。」

 

スレイは中へ入る。

スレイは騎士セルゲイに近付き、教会神殿での枢機卿フォートンの言っていた話をする。

騎士セルゲイは困惑しながら、

 

「マシドラ様が自ら逃げた……⁉」

「ごめん。詳しい話はきけなかった。逃げるのに精一杯で。」

「いや、捕らえれていないと、わかっただけでも充分な成果だ。」

 

スレイは頷き、ミクリオを見て、

 

「ミクリオ、サンキュー。」

「これくらい普通さ。」

 

スレイのお礼を聞いた騎士セルゲイはスレイの見る方を見て、

 

「天族ミクリオ殿。貴殿の勇気に敬意を表す。」

「……別にいいけど。」

 

眉を寄せるミクリオに、後ろからデゼルが、

 

「調子に乗るな。目を眩ましただけだ。」

 

ミクリオは視線だけをデゼルを見る。

エドナはスレイを見て、

 

「アイツの領域をなんとかしないと。」

 

スレイは頷き、

 

「教皇様に碑文を読んでもらって秘力を手に入れよう。」

「けど、肝心の教皇の居場所は?騎士団が一年捜して見つからなかったんだぞ。」

 

ミクリオの言葉に答えたのは後ろからの声だった。

 

「それは枢機卿に捕まってるって思い込みで捜してたからじゃないかな?」

 

ロゼがこちらに歩きながら、

 

「つかんだよ。教皇の居場所の手がかり。」

 

スレイはロゼを見て、

 

「本当⁉」

「大陸の南にあるゴドジンって村。ホントかどうかは行ってみないとわからないけど。」

 

早口で言うロゼに、騎士セルゲイは驚きながら、

 

「どうやってそんな情報を⁉」

 

ロゼは笑顔で腰に手を当て、

 

「それは……企業秘密。導師の身内ってことで納得して。」

 

騎士セルゲイは頷き、

 

「なるほど、さすがは導師の奥方。ゴドジンに捜索隊を派遣しよう。」

「待った。こっちが教皇を捜そうとするのは枢機卿もわかっているはずだ。」

「下手に騎士団が動いたら、教皇様の居場所を教えてしまうことになりますわ。」

「僕たちだけなら。」

 

と、ミクリオとライラがスレイを見て言う。

スレイもそれを理解し、

 

「隠れて行動できる……か。」

 

スレイは騎士セルゲイを見て、

 

「ゴドジンにはオレたちが行くよ。」

「しかし、それではあまりにも――。」

「任せとけって。言うでしょ?『ヘビの道はヘビー』……だっけ?」

 

首をかしげるロゼの言葉に足すように、

 

「『蛇の道はべび』、『憑魔≪ひょうま≫の相手は導師』ですわね。」

「そういうこと。」

「……かたじけない。」

「あ、その代りっていったらだけど、ローランスの通行証をもらえないかな?オレ、ハイランド軍の味方って誤解されてるかもしれなくて。」

 

騎士セルゲイは頷き、

 

「貴公がどんな人物かは十分承知している。早急に手配しよう。」

「よかった。これで一安心。」

「ところで、身内といえば……貴公の妹君は?」

「「「え⁉」」」

 

スレイ、ミクリオ、ロゼは辺りを見渡す。

スレイとミクリオは顔を青くし、

 

「「え?え⁉」」

「もしかして……置いてきちゃった?」

 

ロゼはデゼルを見る。

 

「オレはお前で手一杯だった。」

 

そして、ライラとエドナを見る。

 

「ワタシは自分で手一杯よ。」

「私も気が付きませんでしたわ……」

「どうしよう、ミクリオ⁉今から連れ戻しに……」

「待て、スレイ!今行けば、危ない!計画を立てて――」

 

と、スレイとミクリオは話し始める。

それを見た騎士セルゲイが話しかける前に、

 

「何の話?」

「うむ。どうやら、導師殿の妹君が教会神殿に置き去りに……」

 

騎士セルゲイは自分で言っている内に気付き、下を見る。

そこには自分を見上げる小さな少女。

 

「……導師殿、大丈夫だ。」

「大丈夫じゃないよ!」

 

と、スレイが凄い勢いで、騎士セルゲイを見る。

騎士セルゲイはスレイを見て、もう一度下を見る。

スレイ以外の皆は騎士セルゲイの側にいる人物に気が付いた。

だがスレイは、

 

「あー、どうしよう!どうすれば――」

「スレイ!」

「なに、ロゼ⁉今忙しい!」

「じゃなくて、はい!」

 

と、スレイの頭を騎士セルゲイの足元に向けた。

スレイは固まっていた。

 

「ただいま。」

「おかえり……え?」

 

そしてスレイはレイを抱き上げ、

 

「レイ―‼」

 

そして抱きしめる。

 

「よかった、よかった!ゴメン、気付けなくて!」

「……なんか……ごめんなさい?」

 

レイはミクリオに目を向ける。

 

「半々かな。」

「そう……」

 

そんな姿にホッとした騎士セルゲイは顔を引き締め、

 

「導師殿、自分からも、ひとつ伝えておきたいことがある。表に出てもらえないか。」

 

そう言いて、外に出て行く騎士セルゲイ。

スレイもレイを降ろし、付いて行く。

 

外に出て、雨の中二人は向き合う。

 

「貴公との戦いで自分が使った技を覚えているか?」

 

スレイは頷く。

 

「あれは『獅子戦吼』。代々騎士団に伝えられてきた奥義だ。」

 

騎士セルゲイはスレイに背を向け、距離を取りながら、

 

「今の使い手は自分と、弟のボリスのみになってしまったが……」

 

そして再びスレイを見て、

 

「それを貴公に伝授したい。受けてもらえるだろうか?」

「わかった。」

 

スレイは頷く。

二人は剣を抜く。

 

スレイはそれを感覚と、体で覚えて行く。

しばらくして、

 

「獅子戦吼!」

 

スレイは見事、獅子戦吼を習得した。

二人は剣をしまい、

 

「素晴らしい飲み込みの早さだ。すまない。無骨者ゆえこんなものしか報いる術を知らないのだ。」

 

スレイは首を振り、

 

「ううん、すごい技だよ。ありがとう、セルゲイさん。」

 

騎士セルゲイはスレイに近付き、

 

「もう我々は同門だ。セルゲイでかまわない。」

「オレもスレイでいいよ。」

「スレイ。教皇様が逃げ出したとは信じたくはない。だが、この事件には自分の知らない裏があるようだ。」

「わかった。教皇様を見つけて事情を確かめよう。」

 

そして二人は手を握りあう。

 

「頼む。」

 

 

騎士団塔の中へ戻り、スレイ達は話し合っていた。

ミクリオがロゼを見て、

 

「ロゼ、教皇の情報って風の骨がつかんだのか?」

「まね。教会関係のお金の流れからチョチョっとね。」

「さすがですわ。騎士団とは違うやり方ですね。」

「これくらい当然。暗殺ギルドなめんなよ。」

 

ロゼは腰に手を当て、ドヤ顔する。

 

「暗殺……か。」

 

スレイが呟く。

と、そこに騎士セルゲイが近付いて来た。

 

「スレイ、通行証だ。」

 

スレイはそれを受け取り、

 

「ありがとう。、これで安心して旅ができるよ。」

 

だが、騎士セルゲイは眉を寄せ、

 

「それが、ゴドジンに通じるバイロブクリフ崖道が落石で塞がれたという情報が入った。」

 

それを聞いたライラが手を合わせて、笑顔で、

 

「それは岩だけに――」

「『ガーン!』って感じだね。」

 

ライラの前に居たロゼが大声で言う。

そして笑顔でライラを見る。

ライラはロゼを悲しそうに近付き、

 

「ああっ!ロゼさんのオチ泥棒!」

 

スレイはそれを苦笑いした後、騎士セルゲイを見て、

 

「他に道は?」

「凱旋草海の南にある『ガンブリア地底同』を通り抜けるしかないだろう。」

「わかった。地下の抜け道だね!」

 

嬉しそうに言うスレイに、ロゼが呆れたように、

 

「そこ、ワクワクするトコ?」

「するトコだよ。」

 

スレイは真顔で言った。

レイがロゼの服の裾を引っ張り、

 

「ドンマイ。」

「え⁉私が、変なの⁉」

「あはは。本当にスレイ達は面白いな。気をつけて。」

「ああ。行ってくるよ。」

 

スレイ達は騎士団塔を後にする。

 

スレイは歩きながら、

 

「やっぱり枢機卿は憑魔≪ひょうま≫だったな。」

「ああ。正体まではつかめなかったがな。」

 

デゼルは重い口調で言った。

ミクリオは悲しそうに言う。

 

「つまり、民のためと言ってはいたが、自分の欲望で動いてるってことだね。」

「そんなもんよ。人間なんて。」

「強すぎるほどの責任感をもった方でしたね。自分がなんとかしなかればという想いが、自己正当化と結びついてしまったのだと思います。」

 

ライラが思い出しながら言う。

 

「よーするに、器じゃなかったってことだよね。教皇が逃げたのが原因なのかも?」

 

ロゼが腕を組み、首を摩りながら言う。

ライラは祈るのように手を握り、

 

「それはわかりませんが……」

「ロゼの仕事に関わることだよね。」

「そ。だから教皇を見つけて、どんな奴か見極めないと。」

 

ロゼは腰に手を当て、真剣な表情で言う。

スレイはそれを空を見上げ、黙り込む。

そんなスレイにミクリオは、

 

「スレイ、とにかく秘力を手に入れないと。後のことは後のことだ。」

「そうだな。教皇様を捜そう。」

 

スレイが真剣な表情で言う。

と、ロゼが笑顔で、

 

「ゴドジンへゴー!」

 

と言うが、

 

「その前に……おチビちゃんはあの碑文の解読方法を知ってるでしょ。」

 

エドナが傘先をレイの目の前に向ける。

全員が立ち止まる。

スレイとミクリオが、

 

「ちょ、エドナ⁉」「おい、エドナ!」

 

レイは無表情で目の前のエドナを見る。

 

「知ってる。…でも……」

 

ゆっくりと瞬きを一回して、

 

「それをお前に……いや、お前達に教える義理はない。」

 

そう言って、傘の先をどかす。

レイは腰に手を当て、赤く光っている瞳がエドナを見る。

 

「大体あれは、導師の……お前達のための試練だ。私が関与する義理も、必要性もない。すぐ傍に裁判者が居るからと甘えるな、陪神≪ばいしん≫。」

 

エドナは傘を地面にガシガシ突きながら、

 

「大体、あれを作ったのもアンタでしょ。それとも、審判者の方かしら。」

「どちらも半正解だ。あの碑文について私から言う事は何もない。……これに聞いても同じだ。その前に私が言わせない。」

 

そう言って、左手を胸に当てる。

レイの赤く光っている瞳が、エドナを見据える。

エドナは一本下がった後、傘を握りしめる。

レイは視線を外し、

 

「手が早い事だ。」

「は?」

「せいぜいあがけ。そして……この器を変えて見せろ、導師。――のようにな。」

「え?」

 

最期にレイはスレイを見据えて言った。

そして再び瞬きすると、レイは頭を右手で抑える。

ミクリオがしゃがみ、

 

「大丈夫か?」

 

レイは頷く。

 

「ホント、アイツ嫌い!」

「……私も?」

「は?」

 

レイはエドナを見て言う。

エドナは黙ってレイを見た。

そして傘をさし、

 

「おチビちゃんは嫌いじゃないわ。ほら、行くわよ。」

 

そう言って、エドナは歩き出す。

レイもその後ろに付いて行く。

スレイは頭を掻き、

 

「えっと?」

「今は進むしかないってことだ。」

 

ミクリオはスレイを見て言った。

そして彼らの後ろに付いて行く。

 

「だな!」

 

スレイも追いかける。

ロゼはそれを見て、

 

「なんだかな~。」

 

と、言いながら付いて行く。

ライラとデゼルも黙って付いて行く。

 

「しっかし、あの裁判者に喧嘩を売るとは……あいつは馬鹿か?」

「エドナさんだからこそですよ。エドナさんはレイさんを気に入ってますから。それにお兄さんの事も大好きでしたから……」

「そんなもんか。」

「そんなもんですよ。」

 

二人は前を歩く彼らを見て言う。

 

 

門の所に来ると、レイが素早く門の斜め右上を見る。

武装した憑魔≪ひょうま≫が立っていた。

スレイ達もそれに気づく。

 

「憑魔≪ひょうま≫!枢機卿の見張りか。」

 

ミクリオが、そこを見らみながら言う。

ライラが手を合わせて、

 

「スレイさん、見張りの目を誤魔化さないと。」

「ああ!ミクリオ!」

「任せろ。」

 

スレイは水の氷壁を作り出す。

そして門を出る。

 

「脱出成功!」

「これで枢機卿を出し抜けたかな。」

 

と、ロゼとミクリオが明るい声で言う。

ライラは心配そうに、

 

「だといいんですけど。」

 

レイは視線を感じ、門の方を見上げる。

赤く光っている瞳を持つ、白と黒のコートのような服を着た少年が立っていた。

その人物を見て、レイの瞳は揺らぎだす。

自分の胸の服を掴み、俯く。

 

「レイ?」

 

スレイが心配そうに声を掛けた。

レイはそっと同じ場所を見る。

そこにはもう人影はなかった。

レイはスレイの手を取り、

 

「何でもない。」

「ならいいけど……。よし、それじゃあ、行こう!」

 

そして彼らは歩き出す。

 

 

門の上で導師服を着た少年達を見ていた人物が居た。

その人物は、嬉しそうにそれを見る少年であった。

雨雫が彼の長い紫の髪を伝って地面に落ちる。

顔には目元を隠す仮面。

その顔には、笑みが浮かんでいた。

 

「なるほどね。通りで俺が気付かない訳だ。」

 

その赤く光る瞳が、導師服を着た少年の横に居る小さな少女を見据えていた。

その小さな少女が自分を見上げる。

 

「おっと。」

 

彼は門から離れる。

風に煽られ、白と黒のコートのような服がなびく。

 

「そっか、そっか。君はそういう風になったのか。」

 

嬉しそうに言いながら、笑みを浮かべて風と共に消えた。



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toz 第十三話 寄り道その2

彼らは凱旋海草を抜け、地底洞の中へと進む。

 

「ここで湖も探さないとな。」

「ああ、『湖に向かった天族』が居るかは分かんないけど、もう調査の騎士もいないだろうし、良いんじゃない?地下洞窟だから、道に迷わないようにしないとね。」

 

スレイは辺りを見ながら言う。

ロゼも、手を頭にのせて言う。

 

「でも、本当に通り抜けれるのかなー?」

「心配ない。」

 

疑問視しているロゼに、デゼルが即答で言う。

ロゼはデゼルを見ながら、

 

「言い切るねえ。勘?」

「違う。風が動いているからだ。」

 

デゼルが顔を少し上げて言う。

と、前を歩いていたスレイとミクリオが、

 

「秘密の抜け道って、ロマンだよなあ。」

「地下というのが、さらにね。」

「そうそう!たくさん出口があったりすると最高!」

「滝の裏とか井戸の中に繋がってるんだよね。」

「やっぱ、わかってるなー!ミクリオ!」

 

と、二人は盛り上がる。

ロゼは呆れたように、

 

「ぜんっぜんわかんない。」

「わかりたくないし。」

 

即答で言うエドナに、ライラが苦笑いで、

 

「男性はお好きなんですよ。こいうの。ね、レイさん。」

「……あー……うん?」

「また疑問形だし。てか、『男性は』っていうより……」

「『ガキは』ね。」

 

エドナは半笑いで言った。

それでもなお、前を歩いている二人は盛り上がって進んで行く。

 

迷路のように続く洞窟を突き進む。

と、レイは壁に出来た化石を見つけた。

 

「お兄さん、ミク兄、あれ。」

 

スレイの服の裾を引っ張る。

スレイ達がレイの指さす方を見ると、大きなムカデのようなそうではないような化石を見た。

スレイとミクリオは口を開けて固まる。

ロゼが力強く、

 

「なっ!なんじゃこりゃー⁉」

「でっかいエビね。」

 

エドナは淡々と言う。

ミクリオがまだ驚きを隠せないかのように、

 

「化石……だよな?」

「すっげえ。昔はこんなのがいたんだ。」

「とっつかまえてフライにしたかったわね。」

 

エドナはなおも淡々と言う。

が、それをスルーし、ミクリオが、

 

「この外見……憑魔か……?」

「憑魔≪ひょうま≫が化石に?まさか。」

「だが、ならないという保証もない。」

 

二人は手を組みながら、考え込む。

 

「刺身でもイケる確証はあるわ。」

 

エドナは一人まだ淡々と言う。

と、ロゼも腕を組み、首を摩りながら、

 

「ん~。これどっちが頭?」

「右だろ。」「左だろ。」

 

スレイとミクリオが同時に言う。

 

「どっちが頭かわからん生き物?変なの~。」

「いえ。エビもミソとシッポの美味しさは甲乙つけがたい。」

 

エドナはまだ続けていた。

スレイは再び腕を組み、

 

「ホント、何だろうな、こいつ……?」

「だからエビだってば。」

 

エドナは最後まで一人言っていた。

それを見ていたレイはライラとデゼルを見上げ、

 

「あれは会話になってるの?」

「さぁ?」

「知らん。」

 

と、それぞれ疑問に持ったまま、次へと進む。

 

進んでいくと、レイが地面に落ちている光る石を見つける。

レイはスレイの服の裾を引っ張る。

スレイもそれに気づき、

 

「あれ!大地の記憶じゃないか⁉」

 

スレイ達はそれに近付き、スレイがそれに触れる。

 

 

ーー炎がどこかの門の入り口を燃やし、包み込む。

それはすべてを飲み込んでいゆく。

辺りは一変闇となる。

闇の中、一人の男性が歩いていた。

その足取りは重く、彼自身も俯いている。

かれに起きた事を映し出すかのように、闇の中に騎士兵達が現れる。

彼を慕っていたであろう騎士兵達は、彼から遠ざかっていく。

そして、自分を称えた王ですらも、自分を罵り、自分を否定する。

それは王だけではない。

全ての人々だ。

自分を嘲笑い、罵り、軽蔑する。

何度も何度も……。

そして彼はその場を後にする。

 

スレイは考え、

 

「追放された……ってことかな?軍や国から。」

「戦争に負けたんじゃない?多分だけど。」

 

ロゼも同じように考えながら言う。

ミクリオは悲しそうに、

 

「あんなに声援を受けていたのに、なんだかね。」

「いなかったのかな。助けてくれた人……」

 

スレイも悲しそうに瞳石≪どうせき≫言う。

エドナはスレイ達を見て、淡々と言う。

 

「そんなものよ。人の世なんて……ね、おチビちゃん。」

 

と、エドナはレイを見る。

 

「…………」

 

が、レイは無言で自分の胸の服を掴み、俯いていた。

 

「おチビちゃん?」

「………何でもない………」

 

レイは顔を上げ、前を見る。

 

「それより来たよ。」

「え?」

 

と、言うと目の前に、一人の天族の女性が現れた。

それにロゼは悲鳴を上げる。

 

「ひっ⁉」

 

だが、それには気にせず、天族の女性は話し始めた。

 

「驚いた。今の世に、まだ導師がいたのですね。」

「驚いたのはこっちだよ。」

 

ロゼは頭を掻きながら、言った。

スレイは頭を一度深く下げてから、

 

「スレイっていいます。あなたは……」

「サインドと申します。導師スレイ。」

 

天族サインドは軽く頭を下げてから言った。

ライラが女性を見て、

 

「ラストンベルを加護されていた方ですね?」

「……ええ。以前は。」

「もう一度加護を頼めないかな?ラストンベルの聖堂には天族がいなくて、妙な事件も起こってるみたいなんだ。」

「それは加護とは無縁です。」

 

スレイは天族サインドに言うが、彼女は即答で答えた。

デゼルが腕を組み、

 

「なぜそう言い切れる?」

「私が器としていたのは鐘楼の鐘でしたから。」

「そう。ラストンベルの聖堂は形だけのものなのね。」

「いずれにせよ、もう私には関係のないこと……。……私は人間が分からなくなりました。そっとしておいてもらえませんか。」

「理由をお聞かせ願えませんか?」

「……ごめんなさい。」

 

天族サインドは再び姿を消した。

 

「無理強いはできないけど……」

「色々引っかかるな。もっと情報を集めるべきだ。」

「そうだな。ラストンベルの人に聞いてみよう。何かわかるかもしれない。」

 

そう言いてその場を後にする。

レイは最後天族サインドが立っていた場所に、

 

「悩むのは構わない。でも、貴女を待つ人間はいた。でも、もう遅いけど……」

 

そう言って、スレイ達の後を追う。

天族サインドは再び現れ、俯いた。

 

レイはスレイ達に追いつき、

 

「戻るの?」

「ああ、このままほっとけないからな。今ならラストンベルも近い。」

「そう。」

 

そう言って、一行はラストンベルへ向かう。

 

 

ラストンベルに着き、スレイは街の人々から情報を集める。

街に着くなり、レイはどこかに歩き出した。

 

「え⁉レイ⁉」

 

スレイが追いかけようとすると、

 

「待ちなさい。私が行くわ。」

 

エドナが傘をたたみ、

 

「アンタたちは情報を集めさなさい。ミボも、いいわね。」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイとミクリオは互いに見合い、不安そうな顔をするが、

 

「じゃ、ちゃちゃっと情報を集めるよ!ここはあたしに任せなさい!」

 

と、ロゼが自信満々に言う。

 

「何を任せるの?」

「ん?」「え?」

 

スレイの後ろから声がした。

スレイは振り向き、ロゼはスレイの後ろを見る。

一人の少年が立っていた。

少年は黒いコートのような服を着て、長い紫色の長い髪を後ろで一つ縛りしていた。

その少年が後ろで組んでスレイを見ていた。

 

「や、スレイ。」

「ゼロ!」

「また会えたね。」

 

と、ロゼが手を上げて、

 

「ハイハイ!あたしはロゼ。で、どちらさん?」

「ん?あ、そっか。僕はゼロ。」

「あ~!リンゴの!」

 

ロゼがポンと手を叩く。

少年ゼロは笑顔で、

 

「よろしくね、従士さん。」

「へ?なんで…」

「だって、導師の仲間って言ったら天族と従士でしょ。」

「あ~、なるほど。」

 

ミクリオは隣のライラが眉を寄せて少年ゼロを見ていることに気付く。

デゼルが小声で、

 

「試してみるか……」

「なにを?」

「決まってる。こいつが見えてるのか、見えてないのか、だ。」

 

デゼルはペンデュラムを少年ゼロに向けて投げる。

少年ゼロの顔にあたる瞬間、

 

「お、ガルド見っけ。」

 

少年ゼロはしゃがんだ。

そしてそれを拾い上げ、

 

「はい、スレイ。君のでしょ?」

「え?あ、う、うん?ごめん……」

「ん?何が?」

「いや、なんでもない。」

 

スレイはぎこちなく、少年ゼロからガルドを受け取る。

ロゼは後ろに振り返り、

 

「デゼル!危ないでしょ。」

「だが、ロゼ……」

「だがじゃない!」

「むー……」

 

デゼルに怒りだし、デゼルは帽子を深くかぶる。

それを見た少年ゼロは笑う。

 

「あはは、君のお仲間は面白いね。」

「あはは、まあね。」

 

スレイも苦笑いする。

その光景を遠くから見ていたレイとエドナ。

エドナは横のレイを見て、

 

「おチビちゃん、今は行かない方がよさそうよ。」

「どうして?」

「どうしてって……アンタ、あの男のことわからないの?」

「人間だけど……人間ではない人のこと?」

「ええ、そうよ。」

「……あの気配は知ってる……でも思い出せない。」

「そう。ならこのままここに――」

 

と、レイは大人にぶつかった。

いや、ぶつけられた。

 

「おっと、ごめんよ。」「おチビちゃん!」

 

ぶつかった大人はそう言って、去った。

レイはそのまま、人ごみ飲まれ、押され、流される。

 

「うわっ!」

「あぶねえな。」

 

そしてレイはスレイ達の前に押し出された。

転びそうになった所を、

 

「おっと、大丈夫?」

「レイ⁉」

 

レイは捕まれた自分の腕を掴んでいる少年を見上げる。

そのまま彼を見た。

そこにエドナも歩いて来た。

 

「遅かった……」

「エドナさん。」

「どうなると思う、あれ。」

「わかりません。」

 

エドナはそのままライラの元まで行き、傘をさして小声で話す。

 

「あれ?大丈夫?」

 

少年ゼロはレイを立て直す。

レイはその後も彼を見た後、スレイの後ろに隠れた。

スレイは手を掻きながら、

 

「ごめん、ゼロ。この子はオレの妹のレイ。初めての人には大抵こうなんだ。」

「ふ~ん、そっか。そういう感じか……」

 

少年ゼロは小声で言った。

スレイは足元に隠れてるレイに、

 

「レイ、さっきはどこに行っていたんだ?」

「呼ばれたんだけど……いなかった。」

「へ?」

 

レイは無表情でそう答えた。

それを見た少年ゼロは笑顔で二人を見た。

そして片足を付き、スレイの後ろに隠れているレイに、

 

「俺はゼロ、君さえよかったら、お話ししない?」

 

レイは顔を出し、

 

「なんの?」

「う~ん、そうだな……そうだ!君のお兄さんについて、は?」

「話す。」

 

レイはスレイの後ろから出て来た。

スレイの服の裾を握り、

 

「お兄ちゃん達の何を聞きたいの?」

「そうだな~、お兄さんは強い?」

「……強いと言えば強い。でも、どちらも純粋で穢れやすい。それでも、穢れない心の持ち主。」

「へぇー、じゃあ……お兄さんは好き?」

「好き?」

「そ、好きかどうか。」

「ゼロ?」

 

スレイはゼロを見下ろし、レイは考え込む。

ゼロはスレイを見上げ、

 

「だって、気になるじゃん。導師の妹って。」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ。」

 

レイは少年ゼロを見て、

 

「好きってなに?」

「え⁉まさかの問返し⁉」

「お、出た!レイの疑問返し!」

 

少年ゼロが驚く中、ロゼは笑顔で言った。

少年ゼロは腕を組んで、

 

「えっと、好きっていうのは……その人とずっと居たいって事かな?」

「ちょ、何でアタシを見るの⁉」

 

少年ゼロは言いながらロゼを見る。

ロゼは一歩後ろに下がり、少年ゼロを見る。

 

「だって、スレイに聞いてもわからないだろし。」

「あー……なるほど。もうそれでいいんじゃない?」

「君も案外、雑だね。」

 

頭を掻きながら言うロゼを見て、少年ゼロは苦笑いする。

それを聞いたレイは、

 

「それが好きって感情なら……私はお兄ちゃん達といたい?」

「あはは、それも疑問形か。」

 

少年ゼロは笑い、立ち上がる。

 

「ま、でも……それならもう少しだけ、居ていいよ。」

 

少年ゼロは小声で呟く。

 

「どうしたの?」

「ん?なんでもないよ。スレイ、ちゃんとその子を守ってあげなよ。」

 

少年ゼロはスレイを見据えて言う。

そして小さい声で、

 

「でないと、あの子に消されちゃうよ。」

 

スレイはまっすぐ少年ゼロを見て、

 

「もちろん、そのつもりだ!」

「ならよし。」

「ところで、ゼロの探しものはみつかったの?」

 

少年ゼロはレイを一回見た後、

 

「ああ、見つかったよ。半分だけね。」

「半分だけ?」

「そ、半分だけ。今はそれでいいや。」

「へ~。じゃあ残り半分、あたしのギルドで探してあげようか?」

 

ロゼは少年ゼロを見て言う。

それにデゼルが、

 

「おい、ロゼ!」

「大丈夫、大丈夫!あたし、商会ギルドに入ってるから情報は多い方だよ。」

 

ロゼは後ろにウインクと親指を立てて、決める。

そして少年ゼロを見て、

 

「お金さえしっかりしてくれれば、あたしらで探してあげる。もちろん、初回って事で安くしとくよ。」

「ここで商売を始めるか、普通。」

「いつでもどこでも商売を行えるのが、商人ってもんよ。」

 

ロゼは腰に手を当て、スレイに言った。

と、少年ゼロは腹を抑えて笑い出した。

 

「あはは。本当、君の仲間は面白い。もっと君らのことが気にいっちゃった。」

「そう?」「そんなに?」

 

二人は互いに見合う。

少年ゼロは涙を拭いながら、

 

「そうだよ、君たちみたいな人間は好きだ。純粋にね。」

「ふ~ん、アンタもだいぶ変わってると思うけど。」

「そう?ならそうしといて。あと、探しものは自分で探すよ。その方が面白いからね。」

 

ロゼの言葉に、少年ゼロは笑顔で答える。

少年ゼロは身を翻し、

 

「じゃ、俺はこの辺で。」

「うん、またね。」

「じゃあね~。」

 

と、歩き出す少年ゼロにスレイとロゼは手を振る。

少年ゼロが去った後、聞き込みを再開した。

エドナはライラを見上げ、

 

「どうやら本当にあのおチビちゃんは、彼のことに気付いていないようね。」

「そうですわね。それに、彼の方も今回はただのゼロという人間の少年で来ているみたいですわ。」

「でも、油断はできない。こっちは一度、彼に事実上は襲われてる。」

「はい。それに今回は街中です。私たちは目立った動きは取れません。」

 

ライラとエドナは互いに頷き合う。

そしてロゼの聞き込みの元、一人の子供の名前が浮上した。

 

「宿屋んとこのマーガレットちゃん、家出したんだってな……。嘘つき呼ばわりされて、あんなことされれば気持ちはわかるけど。」

「だよな。子ども相手に酷いことをするよな。とめられなかった俺も同罪だけどさ……」

 

それを聞いたエドナが、

 

「どうやらマーガレットって子が何か知ってそうね。」

「いじめられてたみたいだし、なんかヤな予感がする……」

 

ロゼも、俯きながら言う。

スレイは腕を組み、

 

「マーガレットっていう子、気になるな。」

 

ライラが、スレイを見て、

 

「スレイさん、宿で休みませんか?」

「そだね。宿屋がマーガレットの家みたいだし。」

 

宿屋に行き、少女マーガレットの情報を聞くが、

 

「マーガレットの手かかり、特にないね。」

「嫌な話は、そこら中で聞けるが……」

 

ロゼとミクリオは悲しそうに言う。

スレイは腕を組み、

 

「……もしかして、サインド、マーガレットと知り合いだったんじゃないかな。」

「……つまりマーガレットさんは天族と話ができるほどの霊応力があったのではと?」

 

ライラがまっすぐスレイを見る。

スレイも、ライラをまっすぐ見て、

 

「ああ。二人は友達だったのかもしれない。けど……」

「何かがあった。」

「うん。」

 

デゼルの言葉に、スレイは頷く。

ミクリオが全体を見て、

 

「これは是が非にもマーガレットと会って話すべきだ。」

「小さい子がそう遠くまで行けるはずがないしさ。明日は街の近くを捜してみよ。」

「誰を捜すの?」

「「え⁉」」

 

と、後ろから声を掛けられた。

振り返った先には、

 

「や、スレイ、ロゼ。それに、レイも。」

「「ゼロ!?」」

 

少年ゼロが立っていた。

彼は笑顔で右手を上げて、

 

「さっき振り。君たちもこの宿を利用してたんだ。」

「ゼロの方こそ。」

「言ってくれれば、一緒にご飯も食べたのに。」

 

スレイとロゼは彼に近付く。

ミクリオは腕を組んで考え込み、デゼルは警戒心マックスだ。

ライラとエドナは後ろでそれを見守る。

と、レイが外を勢いよく見る。

 

「レイ?どうし――」

 

スレイがレイに聞こうとした瞬間、

 

「きゃあああっ!」

 

と、この宿の女将の叫び声が聞こえる。

全員がそれに反応する。

 

「悲鳴⁉」

「外だ!」

 

全員が外へ走る。

外に出ると、満月の光が街を照らす。

そしてその光の下には宿屋の女将の側に、狼型の憑魔≪ひょうま≫がいた。

それを見た少年ゼロは、

 

「人狼か……」

「ゼロ、まさか見えてるの⁉」

 

スレイはゼロを見て言う。

ゼロは腰に右手を当て、

 

「ん?ああ…俺、目はいい方なんだ。ただちょっと他人とは違うけど。」

 

と、左人差し指で、目を指差す。

スレイとロゼは武器を取り出し、

 

「じゃあ、レイをお願いしてもいいか?」

「ん~……じゃあ、任された。じゃ、こっちにいようか。」

「……」

 

黙って憑魔≪ひょうま≫を見ているレイを、少年ゼロは抱きかかえ後ろに下がる。

スレイ達は彼らが下がったのを確認して、戦闘を開始した。

 

「ルーガルー!月夜に凶暴化する憑魔≪ひょうま≫ですわ!」

「こいつが殺人事件の犯人か!」

 

スレイ達は憑魔≪ひょうま≫と戦闘を行う。

見た目ほど強くはなかった。

レイは自分を抱き上げている少年ゼロを見上げ、

 

「降ろして。」

「ん?いいよ。けど、無茶はダメだよ、レイ。」

「…………」

 

レイは降りるとすぐに、狼型憑魔≪ひょうま≫の元に駆けて行く。

スレイが最後の一撃を加える。

 

「あれ、なんか弱い……?」

「ひい……狼の化け物!」

 

宿屋の女将は狼型憑魔≪ひょうま≫を見て悲鳴を上げる。

 

「人間って酷いね。実の……子供だって言うのに。」

 

少年ゼロは冷たく微笑み、目を細めて、歩く。

宿の女将さんの反応を見たスレイは、

 

「女将さんも霊応力が⁉」

 

と、一瞬の隙をついて狼型の憑魔≪ひょうま≫は逃げ出した。

 

「しまった!」

 

レイはそれを追っていく。

それを見た少年ゼロも追いかける。

 

「言ってる場合か!追うぞ!」

 

スレイ達もそれを急いで追いかける。

狼型の憑魔≪ひょうま≫はラストンベルの街の外に出た。

狼型の憑魔≪ひょうま≫を見つけ近付くと、

 

「二体いる⁉しかも……」

「仲間を食べてるのか!」

 

その先には共食いをしている憑魔≪ひょうま≫がいた。

そしてその傍にも、レイと少年ゼロがいた。

 

「あは、君そこまで強い意志を持ちながら……残念だよ。」

 

狼型の憑魔≪ひょうま≫の振り上げる爪を少年ゼロは自身の短刀で受け止めていた。

その後ろで腕を抑えているレイ。

そしてレイは歌を歌っていた。

スレイが剣を振りながら、

 

「はぁあああ!」

 

と、少年ゼロから憑魔≪ひょうま≫を離す。

 

「大丈夫か!」

「やあ、スレイ。君との約束、ちょっと守れなかったかな。思いのほか、あの子が強情で。」

 

と、後ろを見る。

そこには左腕を抑えているレイだが、そこからは血が流れている。

そして憑魔≪ひょうま≫を見るその瞳は赤く点滅していた。

 

「レイ⁉」

「それより、スレイ……来たよ!」

「くっ!ゼロ!もう一度、レイを頼む。」

「ああ。今度こそ、任された。」

 

スレイ達は再び戦闘態勢に入った。

 

「ライラ、こいつもルーガルーか?」

「この者は憑魔≪ひょうま≫ブリードウルフ!獣が変化した憑魔≪ひょうま≫ですわ!」

「動きは素早いけど、その後のスキは大きいわ。」

 

戦闘中、レイの歌声が響く。

先程の憑魔≪ひょうま≫の時とは違い若干苦戦しながらも、敵を倒す。

狼型の憑魔≪ひょうま≫は、少女と犬へと変わる。

それを見たスレイとミクリオは驚く。

 

「なっ……!」

「どういうことだ、これは⁉」

 

ロゼは膝を着き、

 

「……マーガレット?」

「わたしが……わかるの?お母さんも……お化けっていったのに……」

 

スレイ達も膝を着いて少女の話を聞く。

ロゼは優しく、

 

「わかるよ。お化けなんかじゃないって。」

「ううん。お化けになっちゃったの……わたしもワックも、いっぱい怒ったから……」

 

そこにレイも近付く。

抑えていた腕はすでに治癒していた。

レイもそこに座り、少女の話を聞きながら、横たわる犬を撫でる。

 

「ワックは、すごくこわいお化けになって街の人たちを殺しちゃった……わたし、こわくなってお母さんに助けてって言いに行ったんだけど、お母さんは……」

「大丈夫、すぐ迎えに来てくれるよ。」

「ほんと?よかったぁ……」

 

弱弱しく微笑む少女をレイは見て、

 

「だからこそ、あなたたちは私を呼んだ。」

「レイ?」

 

スレイ達はレイを見る。

レイは空を見上げ、

 

「あなた達の望んだ願いは叶えた。今にあなたたちの会いたかった者は来る。」

 

そしてそこに、天族の女性が近付いて来た。

ライラが天族の女性を見て、

 

「サインドさん……!」

 

天族サインドも膝を着き、

 

「憑魔≪ひょうま≫の気配を感じて来たんです。なぜか懐かしい感じがしたから。」

 

すると、少女は弱弱しい声で、

 

「ホントだ……サインドの声が聞こえる……」

「クゥン……」

「ワック……鐘のトコに行こ……サインドがまってる……よ……」

 

そう言って、少女は息を引き取った。

皆、目を瞑り悲しむ。

 

「マーガレット……私が逃げなければ、こんなことには……」

「サインド……」

「マーガレットはただ『聖堂に天族はいない』と言っただけなのに……」

「その発言がイジメへと繋がった……」

「そう……国同士の対立が激しくなる中で、教会は信徒の統制を強めていきました。彼らは、価値観を違える者に対し、強硬に反発するようになったのです。例え、子どもの戯れ言であっても。」

「それで街を出たのね。人間に愛想を尽かして。」

 

エドナが天族サインドを見て言った。

そこに少年ゼロが近付き、

 

「この子は自分がいじめられた事より、友である天族の者を偽られたことの方が辛かった。いつしか、友である天族は姿を消してしまった。それを自分のせいだと思いこみ、友である天族が戻ってきてくれる事を願った。それを同じように見て、聞いて、遊び、話した子は願った……大事な友を二人も気付つけたこの街の人間が憎いと。」

「ゼロ?」

 

スレイ達は少年ゼロを見る。

彼は今までに見たことのない怖い顔をしていた。

レイだけがそれを気にせず、冷たくなっていく一人と一匹を見ていた。

 

「やっぱり、僕たちが見えて⁉」

 

ミクリオが眉を寄せて少年ゼロを見る。

少年ゼロはいつもの笑顔に戻り、

 

「ねぇ、スレイ。君はこの世界をどう思う?こんな穢れて、身勝手な愚かな世界を。」

 

少年ゼロは冷たい笑みを浮かべてスレイを見る。

 

「教えてくれないかな……導師様。」

 

スレイは立ち上がり、少年ゼロをまっすぐ見て、

 

「それでもオレは世界を守りたい。確かに世界は穢れて、身勝手かもしれない。でも、だからこそオレはこの世界と共に生きたい。」

「ふ、あはははは!さすがスレイ!」

 

彼は腹を抱えて笑い出す。

彼は涙を拭いながら、

 

「そうだね、君のその穢れなき瞳が濁らない事を祈るよ。」

 

彼はスレイの横を歩き、

 

「スレイ、君はどんな物語を紡ぐのか、興味がわいた。だから簡単に死なないでね、導師様。」

 

そう言って、スレイの肩をポンと叩いて去って行く。

少年ゼロはライラと目が合い、

 

「彼はあの導師とは随分と似てるようで違う。そんな怖い目で見ないでよ。大丈夫、少なくても……ゼロの間は君の大事な導師を殺しはしないさ、主神さん。」

 

彼はライラにしか聞こえない声で言う。

その彼は表情はとても冷たい笑みを浮かべていた。

そして彼の瞳が真っ赤に光る。

 

「っと、あの子に気付かれちゃう。またね。」

 

彼は手を振って、歩いて行った。

彼が去った後、天族サインドは立ち上がり、

 

「……導師スレイ。私にもう一度あの街を加護させてもらえませんか?」

 

天族サインドはスレイを見て言う。

スレイは複雑そうな顔で、

 

「頼みたいけど、あの街はまだ――」

「それでもやるきなんだよ。」

 

ロゼが立ち上がり、真剣な表情でスレイを見る。

そして彼女を見て、

 

「ね?」

「はい。友達を嘘吐きにしたくないから。」

 

そう言って、歩いて行った。

そして鐘の音が鳴り響く。

辺りはもうすっかり朝であった。

レイは最後に彼女達に弔いの歌を歌い、宿に戻る。

スレイは悲しそうに、

 

「俺、霊応力があるのはいいことだって思ってた。けど、そうとは限らないのかな。」

「見えるようになる前と後じゃ、全然違う世界だもん。人によっちゃ悪い方に転がる事もありそう。」

「……要はそいつや周りの捉え方次第だ。」

 

ロゼとデゼルが互いに言う。

 

「人は皆、同じものを見る。けど、それが同じものとは限らない。」

「ま、おチビちゃん達の言うように、それぞれの価値観ってことね。」

「ですが価値観の相違が、争いの呼び水でもあります。」

「それぞれ違う世界を生きている……人と天族の共生が難しい大きな理由だな。」

 

レイ、エドナ、ライラ、ミクリオも、その後に続けて言う。

スレイは真剣な目で、

 

「導師と人も……だよな。」

「大切なのは他の人の価値観を認められる心ですわ。」

「そそ。どうやっても同じ人間にはなれないし。なにより、今回のは霊応力関係ないっしょ。イジメた連中が悪い。」

 

腰に手を当て、怒るロゼ。

そのロゼの姿にライラは嬉しそうに、

 

「受け入れてくださるのですね、ロゼさん!」

「てか、あるものはあるんだから、前向きに考えなきゃ損でしょ?」

 

腕を組んで、自信満々に言うロゼの中に、エドナが入り、

 

「いいこと言うじゃなーい。ロゼのクセにー。」

「ぎゃあ!頭の中でしゃべらなってば!」

 

悲鳴を上げるロゼの中から出たエドナは、半笑いしながら、

 

「いい加減認めないよ。天族はこういうものだって。」

「こういうのがキモコワイってのもあたしの価値観!」

 

ロゼは思いっきり叫んだ。

レイは空を見上げ、

 

「どうやっても同じ人間にはなれない……か。じゃあ、私は……どうしたいんだろう。」

 

彼らはラストンベルで一日休息を取る事にした。

と、ミクリオとロゼは犬に囲まれているデゼルを見つけた。

デゼルが子犬を抱き上げ、

 

「……そうか。」

 

その光景に、ミクリオは呆れ若干引いている。

逆にロゼは嬉しそうに見ていた。

 

「増えているぞ、犬……」

「デゼルに犬望があるじゃない?」

 

と、デゼルは子犬を見て、

 

「……それはいかんな。」

 

犬と会話を始めたデゼル。

 

「会話してるぞ、犬と……」

 

ミクリオは驚く。

するとロゼは、

 

「あたしらも普通の人から見れば似たようなもんでしょ。」

「犬と一緒にするなよ。」

 

ミクリオは腰に手を当て、そっぽ向く。

と、そこにデゼルがやって来て、

 

「犬は同じだと思ってんぞ。……いい意味でな。そうだろ?」

 

と、足元のレイを見る。

レイは無言だった。

そしてレイの頭の上には子犬が乗っており、足元には犬でいっぱいだ。

 

「こっちも増えてるし……」

 

ミクリオは後ろに下がる。

ロゼは悪戯顔にも似た笑顔で、

 

「犬って大人だねえ。」

「なら僕も大人ってことにしといてくれ……」

「逃げてるがな。」

「逃げてるけどね。」

 

デゼルとロゼは互いに見合って言った。

レイは頭に乗っている子犬を降ろし、

 

「逃げてるけど。」

 

と、小さく呟いた。

 

スレイ達は宿で食事を取る。

そしてまたロゼは大量に食べて、

 

「ふぅ~。食った食った!幸せ~!げぷ。」

「ロゼさぁ、ほんとそれ良くないよ。」

「女性としての前に人としてどうかと思う。」

 

スレイとミクリオが呆れながら言う。

そしてデゼルも、ロゼを見て、

 

「食べるのが早い。落ち着いてゆっくり食え。」

「シチューなんて飲み物だよ。落ち着いて食べたって時間かからないもん。」

「ならせめてげっぷはやめてくれ。それに、レイがマネするようになったらどうしてくれんだ!」

 

ミクリオが怒りながら言う。

レイは今回はライラとエドナの近くで食べていた。

と、言っても間をひとつ開けたスレイの横だが。

そんなレイは、眠たそうにシチューを食べている。

それをライラがハラハラしながら見て、エドナが何かを言っていた。

と、デゼルも若干怒りながら、

 

「何よりもまずシチューは飲み物じゃない。時間をかけて素材の旨みを抽出しそれを凝縮したものだ。ちゃんと味わって食え。」

「味わって食べてますーいちいち小言がウルサイな。」

 

ロゼは頬を膨らませ、拗ねる。

デゼルは腕を組んで、

 

「……まったく。あれこれ奔放なやつだ。」

 

その後、スレイ達は床に入って休むのであった。

彼らは翌日、カンブリア地底洞へと戻る。



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toz 第十四話 忘れられた村ゴドジン

地底洞へと戻り、先を進んでいく。

 

「なぁ、ミクリオ……」

「なんだ?」

「レイのことだけど……なんか、元気ないと思わない?」

「やっぱりスレイも、そう思うか……」

 

と、二人は目の前を歩くレイを見る。

レイはロゼと話しながら歩いている。

 

「ま、考えてもわからない、さ。そうだろ?」

「そう……だよな、うん!」

 

スレイは元気を取り戻して、歩いて行く。

ミクリオはその背を見て、

 

「スレイの手前、ああ言ったが……最近のレイはレイじゃない。」

 

ミクリオは悲しそうに呟いた。

迷路のような構造をどんどんと進み、

 

「……出口が近いよ。多分。」

「お前も感じたのか?」

「なんとなく、風をね。」

 

スレイの言葉に、デゼルは意外そうに言う。

進むその先に、光が見えてくる。

外に出ると、ロゼは嬉しそうに指をパチンと鳴らし、

 

「いよっし、出られた!お日様最高ー!」

 

レイは空を見上げる。

そしてロゼも空を見上げるが、土煙を含んだ強い風が吹き荒れる。

 

「ちょ……言ったそばからなに⁉」

 

見つめるその先には、竜巻と四歩足の鳥型の憑魔≪ひょうま≫がいた。

飛ばされそうになるレイをミクリオが支える。

 

「憑魔≪ひょうま≫ですわ!」

「グリフォンか!こんなところにいるとはな!」

 

ライラとデゼルが憑魔≪ひょうま≫を見て言う。

スレイ達は武器を手に、戦闘態勢に入る。

スレイは敵と交戦しながら、

 

「鳥なのか?獣なのか?」

「いいとこ取りしようとしたらこうなっちゃったとか。」

「今、『鳥』と『取り』をかけましたよね⁉」

「食いつくな食いつくな!あと言いがかり!」

「それはがっかり……」

 

ライラがロゼの言葉に食いつき、ロゼがそれに怒鳴る。

空を飛んでいるので苦戦しながらも、何とか敵にダメージを与え行く。

そして、何とか大ダメージを与えた。

敵憑魔≪ひょうま≫は地面に落ちる。

 

「風を操るのは百年はやかったな。」

「風、ムカツク……」

 

決めるデゼルに、エドナは傘を回しながら淡々と言う。

そして敵憑魔≪ひょうま≫は再び起き上がる。

そして再び突風を起こす。

レイはミクリオの足にしがみ付く。

 

「はわっ……!きゃっ!」

 

と、尻餅を着く。

その風がやんだ時には、憑魔≪ひょうま≫はいなくなっていた。

ライラが駆け寄り、

 

「エドナさん!」

 

スレイも近付き、しゃがむ。

 

「大丈夫、エドナ?」

 

と、手を差し出す。

エドナはその手を取り、立ち上がる。

 

「ちょっと滑っただけよ。」

「手がかかるね、エドナお嬢様は。」

 

ミクリオは腕を組んで、呆れたように言う。

そしてすぐにスレイの中に入った。

エドナはミクリオのいた場所を睨み、地面を蹴り叩く。

 

「……ミボに言われるなんて。」

 

スレイはそれを頭を掻きながら、苦笑いする。

 

そして一行は、バイロブクリフ崖道を進んで行く。

その道のりは簡単ではない。

岩道を一行は進んでいく。

スレイは辺りを見渡し、

 

「この辺り……ずいぶん荒れた土地だな。」

「だね。辺境なのはイズチも同じだけど、ここは狩猟も農耕も難しそうだ。」

「こんなところにも人が住んでるんだな。」

「案外しぶといわよね。人間って。」

「人間は天族と違って、知恵と限りある命を使うしか生きていけない。」

 

エドナの隣で歩いていたレイが無表情で言う。

ミクリオが腕を組み、

 

「確かに人間は色々なものを作り出しているよね。なら、何か特産物があるのかもしれない。」

「そうかもな。」

 

スレイもそれに同意する。

ロゼは一人考え込む。

 

「とにかく目的はゴドジンだ。」

「ロゼ、この道を進めばいいんだな?」

「あ、うん。崖道の端にあるはずだよ。もうすぐだと思う。」

「わかった。また襲われる前に急ごう。」

 

スレイは元気よく進んでいく。

が、次の道を捜す為、スレイ、ミクリオ、ロゼ、エドナが探しに行った。

レイは崖近くぎりぎりの所に居た。

そこにライラとデゼルがやって来た。

 

「レイさん、あまりそちらに行くと危ないですわよ。」

 

レイは顔だけそちらを向けた後、顔を元に戻した。

ライラとデゼルがレイの見ているものを見た。

そこには落ちた木の中に巣をつくって休んでいた鳥がいた。

ライラはデゼルを見て、

 

「なんという鳥ですか?」

「グリフィカイト。トビの一種だ。」

「あちらにも一羽。あんなに高く。」

「ああ。見事に風を読んでいる。」

 

レイは空を見上がる。

ライラも空を見上げ、

 

「気持ちよさそうに飛んでいますわね。」

「……人間が発した穢れにまみれた空だがな。」

 

レイは顔を最初に見ていた鳥に戻す。

ライラもその鳥を見て、

 

「もしかしたらグリフィカイトがグリフォンの正体だったのでしょうか?」

「かもしれん。」

「……穢れは人だけでなく、自然をも蝕みますものね。」

「自然は人間や天族が作り出した穢れを吸収する。そして、それを少しずつ浄化する為のパイプとなる。彼らはそれを続けている。動物は自然の声を一番理解している。だから人間や天族以上に早く穢れる。」

「…………」

 

デゼルは帽子を深くかぶる。

だがライラは、力強い瞳で二人を見る。

 

「ですが、穢れは祓えますわ。」

「……スレイなら、か?」

「私たちなら、ですわ。」

 

ライラは微笑んで言う。

 

「ふん……」

 

デゼルは歩いて行った。

ライラはその背を見て、

 

「デゼルさん……」

 

レイはライラを見上げ、

 

「本当にそう思ってるの?」

「ええ、そうです。」

「じゃあ、頑張らないとね。ミク兄と違って、お兄ちゃんは抱え込むタイプだから。」

 

ライラは膝を着き、レイと視線を合わせ、

 

「では、レイさんも手伝ってください。」

「……?」

「だって、私の言った私たちの中には、レイさんも入ってるのですから。」

 

そう言って優しく微笑み、レイを抱きしめる。

レイはライラのその横顔を見て、目を閉じて顔を彼女の肩に乗せる。

 

「……私にできることはあるの?」

「ありますわ。レイさんにしかできない事が……」

「それは――」

「裁判者ではない、レイさんの、です。」

 

レイが言うよりも早く、ライラはレイに言う。

するとレイはライラの背に腕を回し、抱きしめる。

ライラは少し驚いた後、優しくその背を摩る。

 

「もういい、離して。」

「では、レイさんも私を離してください。」

「あ……」

 

レイはすぐに離れる。

そして空を見ながら、歌を歌い出す。

それは風に乗って、響いていく。

 

「レイさん……」

 

レイはライラを見上げ、

 

「これは私がしたいと思ったから。」

 

レイは胸に手を当て、

 

「これが人間で言う感情というもの、もしくは意志と言うものなら……私は私を知りたい。でも、そう思う事は変?」

「いいえ。人は誰しも自分と言う存在を知っているようで知らないものです。それはきっと、裁判者や審判者も。だからレイさん、その気持ちを忘れないで。」

 

ライラは胸に手を当て、祈るような瞳で言う。

レイが何か言う前に、

 

「おーい!道、見つかったよ!」

 

ロゼの声が響く。

ライラは立ち上がり、

 

「さ、行きましょう。」

「……ん。」

 

レイとライラは皆と合流する。

エドナがライラに小声で、

 

「なにを話していたの?」

「自分について、です。」

「は?」

「ふふ。レイさんも変わりつつある、という事ですわ。」

 

困惑するエドナをよそに、ライラは嬉しそうに言う。

ライラは前を歩くレイを見て、

 

「きっと、レイさんはレイさん自身の答えを見つけ出すと思いますわ。」

「……アンタ、ホントおかんね。」

「まぁ!こんなにたくさんの子供ができて嬉しいですわ。」

 

悪戯顔で言ったエドナだが、ライラは頬に手を当てて、本当に嬉しそうに言うのであった。

エドナはつまらなそうに、

 

「もういいわ。」

「え⁉待ってください、エドナさあ~ん!」

 

ライラを置いて、さっそうと歩いて行った。

 

さらに進むと、高い頂上に小さな村を見つけた。

門を開け、中に入る。

中はのどかだった。

男女の子供達が遊んでいた。

と、スレイ達を見た街の子供が、

 

「あ!よそものだ!」

「こら!そういう言い方しちゃダメって学校で習ったろ?」

「そうだった!」

 

女の子の子供はスレイ達の方を見て、

 

「こんにちは!」

「こんにちは。」

「この新しい建物、学校?」

 

ロゼは前の大きな建物を見る。

それはこの中で一番新しいものだった。

女の子の子供は嬉しそうに、

 

「そうだよ!村長さんがつくったんだよ。」

「村の将来のためにね。」

 

それを聞いたスレイ、ミクリオ、ロゼはそれを見上げ、

 

「「「学校か!」」」

「街のものに比べたら、ささやかすぎるだろう?」

 

後ろから声がする。

スレイ達は振り返りそこを見る。

と、一人の眼鏡をかけた老人と街の大人二人が居た。

スレイは村長であろう人に、

 

「そうなの?オレの育った村にはなかったから。」

「ちょっと憧れだったよね。でも、レイだけは嫌がってたけど。」

 

ミクリオはそう言って、スレイの足元に隠れているレイを見る。

スレイもレイを見下ろして、苦笑いする。

 

「ゴドジン村長のスランジです。こんな辺境まで、どんな用で?」

「えっと、人を――」

 

と、言いかけた時、スレイの目の前にエドナが現れる。

傘を広げた先のことは見えないが、スレイはもごもごしている。

ミクリオはそれを見て一歩下がり、レイはスレイから離れ、ミクリオの後ろに行く。

ロゼがすぐにスレイの前に行き、

 

「仕事で。辺境の食べ物について調べてるとか、そんな感じ。」

「それはご苦労なことです。幸いこの村は、大きな飢饉はにはみまわれていません。」

 

エドナはスレイから離れる。

スレイは肩を落とした後、村長を見る。

と、村長の横の女性と男性が、

 

「それどころか前より豊かなくらい。」

「村長のおかげでな!必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ。」

「また自分の手柄みたいに。」

 

その光景を見て、スレイは小さな声で、

 

「いい村だな。」

「ちょっとイズチを思い出したよ。ね、レイ。」

「……少しだけ。」

「少し?」

「この村は偽りだらけだから。」

「え?」

 

ミクリオの側にいたレイは小さく呟いた。

だから聞こえたのはミクリオだけであった。

と、ロゼがスレイに小さく、

 

「スレイ。」

「ん、わかってる。手分けして教皇様の手がかりを探そう。」

 

スレイ達は頷く。

と、学校を見ていたスレイとロゼに、

 

「村の将来のために学校をつくる。なかなか賢明な判断だね。」

 

ミクリオが言う。

レイはスレイ達を見上げる。

スレイは学校を見上げ、

 

「学校か……通ってみたかったよな。」

「うん。あたしも。」

「ロゼも?」

「ずっと旅暮らしだったからね。風の骨のみんなが先生代わりだったんだ。」

 

ロゼは腰に手を当て、嬉しそうに語り出す。

 

「ロッシュなんて、ああ見えてすごい達筆だし、ブンガクにも詳しいんだよ。」

「へえ。」

「エギーユも色々なことを知ってそうだ。」

「うん。格闘術や忍び込みの仕方を教えてくれた。ま、体育の先生だね。」

「物騒な体育だ……」

 

ミクリオは片手で口元を隠して言う。

と、今度はスレイが腰に手を当て、嬉しそうに語り出す。

 

「オレとミクリオも同じ。イズチのみんなが先生だったんだ。」

「思い出すな。ジイジの礼儀作法の授業が厳しくてね。」

「おかげでミクリオがこんな感じになったわけ。」

 

スレイは頬を掻きながら言った。

ロゼは笑いながら、

 

「あはは。スレイはあんまり覚えなかったんだ。」

「そうでもないけど……」

「そうだろ。天遺見聞録ばかり読んでて困った。」

「ミクリオも似たようなもんだろ⁉」

「僕は歴史と古代語の勉強を兼ねてだよ。」

「オレだってそうだ。」

「要するに、今と同じってことね。」

「まあね。だから寂しいことはなかったけど。」

「もっと大勢と勉強したり遊んだりしたかったなって。」

 

スレイとミクリオはどこか悲しそうに言う。

ロゼも同じように、

 

「……わかるな。その気持ち。」

 

と、ロゼはレイを見て、

 

「で、レイはどうだったの?」

「私?」

「そ、レイもスレイ達と勉強したんだよね?」

「……さあ?」

「へ?」

 

レイはロゼを見上げたまま、首をかしげる。

スレイとミクリオが腰に手を当て、

 

「レイは何というか……」

「勉強は出来てた。むしろ、古代語とかはレイの方が詳しくて。」

「オレらが間違いを指摘された。」

「へぇ~。レイってすごいね。」

 

レイは首をかしげたままだった。

 

「いや、勉強は出来てたんだけど……会話やコミュニケーションを取る方が難しくてね。今でこそよく話すようになったけど、昔は本当に無口で、僕らにでさえ会話をしてくれない時があったんだ。」

「それに、イズチの時は体調をよく崩していたもんな。」

「それも決まって、僕らが遺跡探検の時とかね。」

「それって……」

 

ロゼが眉を寄せる。

スレイとミクリオは真剣な表情で、

 

「うん。今ならわかる。レイはオレらを守ってくれてたって。」

「あの頃の僕らはそれすら気付いていなかった。」

「……ま、でも、レイがレイになったのはきっと、スレイとミクリオの影響だね。」

「「ん?」」

「だって、今のレイが過剰なまでにスレイとミクリオの側にいるのは、二人が大切だって学んだからでしょ?」

 

ロゼは笑顔で二人を見る。

レイに関してはすでに彼らから離れ、ライラ達と話していた。

スレイとミクリオはレイを見て、

 

「だと、いいな。」

「ああ。」

 

そして一行は各自、情報を集める。

 

スレイはライラとロゼの元に行く。

ライラは辺りを見て、ロゼは腕を組んで考え込んでいた。

 

「ゴドジンって幸せそうな村だよね。」

「ええ。前向きで、活気があって。」

「みんな家族みたいだね。」

 

ライラとロゼは、明るい声で言う。

 

「けど、天族の加護は感じないな。」

「はい。加護天族は不在ですわね。一時はかなり荒れていたようです。それを今の村長さんが立て直されたということですわ。」

「だからみんな村長さんを尊敬してるんだな。」

「そうなのでしょうね。ここはずいぶん貧しい土地のようですし。」

「うん。誰にでもできることじゃないよ……」

 

ロゼは眉を寄せて言う。

ライラはロゼを見て、

 

「ロゼさん、どうかされました……?」

「ごめん、ちょっと考え事あって。もうちょっと調べたら、ちゃんと話すよ。」

 

そう言って、ロゼは歩いて行った。

ライラは頬に手を当て、

 

「ですが、このような村なら、きっと地の主とも上手く共存していけると思うのですが……今そうなっていないのが残念ですわね。」

「そうだね。」

 

そしてスレイは、門の入り口前にいるレイとミクリオの所に行く。

ミクリオは腕を組み、辺りを見ていた。

 

「どうした?難しい顔して。」

「妙だな。この村、かなり豊かみたいだ。」

「いいことじゃないか。」

「なぜかが問題。」

 

そう言って、スレイは気が付く。

 

「……収入源か!」

「そう。周りは農業にも狩猟にも適さないやせた土地だ。」

「街道沿いでもないし、特別な産物もないっぽい。」

「変だろ?普通なら真っ先に飢饉に苦しむような村なのに。」

「訳があるんだろな。なにか。」

「ああ。村がやっていけてる特別な理由があるはずだ。……と、言ってもレイが言うまで気付かなかったけど。」

 

ミクリオは遠くをみているレイを見る。

そしてスレイに視線を戻し、

 

「まずはそれを探ってみよう。ただし、村人に警戒されないように気をつけながら、ね。」

 

スレイは頷く。

と、レイはどこかに歩き出す。

追いかけようとするスレイに、

 

「僕が行くよ。」

「頼む。」

 

スレイは再び村を探る。

エドナの側によると、エドナはステップしながら傘を突き出していた。

 

「……どうしたの、エドナ?」

「別に。ミボから受けた屈辱を思い出しているだけ。」

「そ、そうなんだ……」

 

エドナは傘を降ろし、

 

「そんなことより村の奥に遺跡があったわ。相当古くて凝ったものみたい。」

「古いってどれくらい?」

「多分『クローズド・ダーク』より前。ワタシより年上かも。」

「って、『アヴァロストの調律』時代⁉本当なら超貴重だよ、それ!」

 

と、エドナに食って掛かる勢いだったが、スレイは眉を寄せて、

 

「……あれ?えっと、エドナって何歳――」

 

と、スレイの頬ギリギリの所にエドナが傘を尽き出してきた。

スレイは目を大きく開く。

当の本人は怖い目で、

 

「なに?」

「なんでもないです……」

 

スレイはさっそうとその場を後にする。

後ろからは、エドナが再び傘を突き出して、

 

「覚えていなさい……ミボ……」

 

と、聞こえてくる。

スレイは少し奥の木に背を預けているデゼルの元へ行く。

 

「デゼル、教皇様の手がかりあった?」

「……いや。」

「そっか。なんかわかったら教えてくれ。」

 

そう言って離れようとするスレイに、

 

「……違和感がひとつ。あの村長、妙なものを身につけていたな?」

「眼鏡!レンズなんて貴重品、なかなか出回るものじゃない。もってるのは貴族とか聖職者とか……」

「しかもスランジは新参者らしい。状況証拠はそろっている。」

「まさか村長さんが……?」

「可能性を言ったまでだ。事実かどうかは知らん。」

「調べてみる。ありがとう。」

 

スレイがデゼルを見て言うが、彼は即答で、

 

「別にいい。」

「なに?」

「いちいち礼はいらないと言ったんだ。」

「わかった。」

「あと、ロゼの方も何か掴んでいるはずだ。もたもたするなよ。」

 

スレイは頷いて村を歩く。

と、ミクリオを見つけた。

 

「ミクリオ!」

「ん?スレイ。どうした。」

「……レイは?」

「ああ。何でも村長と話してる。」

 

と、視線の先にレイと村長が見える。

レイは話しながら、地面に何かを書いていた。

 

「それより、スレイ。この村はやっぱりおかしい。」

「ああ。……そうだ、ミクリオ。この村、遺跡があるみたいなんだ。」

「それならあれだろ。」

 

と、指さす方に遺跡のようなものが見える。

スレイがミクリオと共に向かおうとすると、

 

「スレイ。」

 

家の壁に隠れていたロゼが、しゃがんで村長を見ていた。

そしてそこに村人がやって来た。

レイは立ち上がり、地面に書いたものを足で消した。

そして村長を見上げ、何かを話した後、その場を離れる。

ミクリオがレイを追いかけようとすると、ロゼの隠れている反対側から現れた。

そしてしゃがむ。

スレイが話し掛けるよりも前に、村人と村長の会話が聞こえてくる。

 

「やつら、村長を捕まえにきたんじゃないのか?」

「冗談じゃねえ!村長がいなくなったらゴドジンは……」

「心配はいらんよ。聖域に入れさえしなければ大丈夫だ。」

 

そう言って、村長が奥に入って行く。

その奥に向かう村長から穢れが出ていた。

 

「穢れが!」

「……一回戻ろ。」

 

ロゼは立ち上がる。

スレイは戻りながら、

 

「村長さんから穢れが……なんで?」

「答えはあの遺跡にあると思う。」

「……だな。やっぱり村長さんが……」

「……まだ結論は早い。けど、理由を調べる理由はあるよね?」

 

スレイ達は全員が集まり、

 

「さて、どうするか。」

「聖域に入る入り口は固められてる。」

「他に入り口はないのか?」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼは指を指しながら、

 

「反対側に崩れた入り口ならあった。」

「じゃあ、ひとまずそこに行こう。」

 

スレイ達はそこに向かう。

スレイはレイを見ながら、

 

「そう言えばレイは、村長さんと何を話したりしてたんだ?」

 

レイはスレイを見上げ、

 

「……内緒……?」

「へ?」

「今、これは話せない。」

「……そっか。」

 

そして崩れた岩場に着く。

その崩れた岩場を見て、

 

「どかすのは無理だね。」

 

ミクリオが言うと、エドナが後ろから

 

「そうでもないけど。」

「エドナの術なら!」

 

スレイはエドナを見る。

ミクリオもエドナを見て、

 

「試してみてくれ。」

「やってあげてもいい。」

 

エドナは傘を広げる。

そしてクルクル回し、ミクリオを見ながら、

 

「ミクリオが『エドナお嬢様、どうか岩をどかしてください』って頼むなら。」

「おい、ふざけてる場合じゃ――」

「手がかるのよ。『エドナお嬢様』はね。」

「ぐっ……根にもつな……」

「ほら、早く言いなさい。」

 

それを聞いたロゼは笑顔になり、スレイとライラは苦笑いする。

レイにいたってはデゼルを見て、

 

「ケンカ?」

「……スキンシップだろ。」

 

エドナは続ける。

 

「『エドナお嬢様、どうか未熟なミボに代わって岩をどかしてくださいませませ』って。」

「増えてるぞ⁉」

「早くしないともっと増えるけど。」

 

エドナは傘をたたみ、肩でトントンする。

ライラが苦笑いえで、

 

「エドナさん、イジワルはその辺にして――」

「この岩をどかして欲しいんだ、エドナ。お願いします。」

 

スレイがエドナを見て言う。

そして頭を下げる。

エドナは首を振りながら、

 

「スレイはいいのよ⁉」

 

スレイは顔を上げ、

 

「オレも、いつの間にか力を貸してもらうのを当たり前に思ってたかもしれない。そういう心のせいで穢れが広まるのを見てきたのにな。感謝を忘れちゃダメなんだよな。天族を祀るにも。仲間と旅をするにも。」

 

エドナはスレイを見上げ、

 

「いいわ。私の『巨魁の腕』を、あなたに預ける。」

「スレイに冗談は通じないよ。」

 

エドナはスレイの中に入る。

スレイは声を上げ、

 

「よーし、未熟なミボに代わって岩をどかしてみるか!」

「それも言うのか⁉」

 

ミクリオは驚きながら言う。

エドナは面白交じりに、

 

「ホント、冗談通じない。」

 

スレイが岩を殴ると、岩が跡形もなく砕け散る。

 

「すげえ威力!」

「そう?」

 

エドナは少し嬉しそうだった。

一行は中へと進む。

 

中に入ると、いくつもの道となっていた。

そしてその近くには箱が多く置かれている。

 

「なんだここ?倉庫みだいだ。」

 

スレイは辺りを見て言う。

ロゼは辺りを探り、

 

「倉庫なんだよ。」

 

そして積み上げられた箱の中から瓶を一つ取り出す。

レイも近くにあった箱から瓶を一つ取り出す。

 

「近頃、貴族の間で流行ってるコレのね。」

 

そして、それをミクリオに手渡す。

ミクリオがそれを見て、

 

「エリクシール⁉」

 

蓋を開け、それを口に含む。

 

「偽物だ。けどなんか体が熱く……」

「偽エリクシールって滋養強壮薬だから。」

 

ミクリオに説明しながら言う。

そしてミクリオは再びそれを口に含む。

 

「しかも結構な依存性がある。」

 

それを聞いたミクリオは急いで吐き出す。

エドナがそれを見ながら、

 

「一回売れば需要が保証される。悪質ね。」

「そんなものが教会のお墨付きで売られているのですか?」

 

ライラも腕を組み、口に指を当て考える。

ロゼは腕を組んで、

 

「証明書はローランス教会の印が押された本物。なのに売上金は、この村に流れ込んでた。」

「調べたお金の流れって、それか。」

 

ロゼは頷く。

ライラは眉を寄せて、

 

「ゴドジンに本物の証明書を書ける人物がいるとすれば……」

「失踪した教皇様。」

 

スレイは眉を寄せて言う。

そしてミクリオとロゼも、

 

「村の資金源も説明がつくね。」

「村長の穢れの理由も。」

 

スレイは俯き、

 

「共犯か。もしくは……」

「村長が教皇か。」

 

デゼルがスレイを見て言う。

そこにエドナが、

 

「ところで、スレイ、ミボ。」

「「なに?」」

「おチビちゃんが偽エリクシールを飲み干してしまったけどいいのかしら?」

「「え⁉」」

 

レイを見ると、偽エリクシールを一本飲み干していた。

ロゼがそれを取り、

 

「あ~……本当に全部飲んじゃった……」

 

と、瓶の口を下にし、上下に振る。

レイは唇を下で舐め、

 

「これはあまり飲まない事を進める。今も昔も、人間にも、天族にも、毒でしかないコレはな。」

「アンタ!」

「怒るな、陪神≪ばいしん≫。器に影響はない。」

「そういうことじゃないわ!」

「器を気にして声をかけたら、私だっただけだろう。」

 

エドナはレイを睨む。

スレイは苦笑いしてそれを見た後、真剣な表情で、

 

「さっきの人間や天族にも毒なんだ?」

「……それは辺りをしっかり見ればわかる。」

「え?」

 

と、レイの見る方から、

 

「貴様らっ!どうやってここにぃッッ‼」

 

そこに現れたのは、虎の姿をした憑魔≪ひょうま≫だった。

スレイ達は戦闘態勢に入る。

ロゼとデゼルがその憑魔≪ひょうま≫を見て、

 

「こいつ、まさかっ!」

「村長か!」

 

広くも狭くもない場所で、動き回る憑魔≪ひょうま≫を抑え込み、抑えながら戦う。

大振りの隙を付き、スレイが止めを刺す。

浄化の炎に包まれ、現れたのは村人だった。

武器をしまい、それを見たロゼは驚きながら、

 

「れっ!村長じゃない⁉」

「やっぱり村長さんを捕まえにきたんだな……?」

 

村人は傷を抑えながら立ち上がる。

そしてスレイ達を見て、

 

「そんなことさせねえっ!」

「やめろ!一体何があったんだ!」

 

そこに村長が間に入る。

スレイは村長を見て、

 

「あなたは……マシドラ教皇様?」

 

村長はスレイを見て、

 

「……調べはついているのだな。」

「なんで教皇様がこんなことを?」

「聞きたいのはこっちだ。なぜ私が教皇などという望んでもいない仕事をしなければならない?私が聖職に就いたのは、家族にささやかな加護を与えたかったから……ただそれだけだったのに。」

「でも、あなたを慕っている人は大勢います。騎士団のセルゲイたちだって。」

 

スレイの言葉を聞いた村長は一歩前にでた。

 

「わかっている!そこの子供と同じ事を言うな!だからできることを必死でやった!自分を顧みず!皆のために何十年も!その結果――!」

 

スレイ達はレイを見る。

そこにはいまだ中身だけ裁判者のままのレイがいた。

村長を無表情で見ているその瞳は鋭い。

そして一歩下がり、俯く。

 

「気が付けば、家を顧みない男と憎まれ私の家族は跡形もなくなっていた……。私は……一体なんのために……」

「そんなものは建前だ。お前は皆のためと言いながら、目を背けていただけだ。自信を祀り上げられ、それに乗り、行動すれば……家族もわかってくれる。自分は正しいと理解してくれると勝手に思い込んでいたに過ぎない。それがいざ振り返ってみたら、自分の思っていた事とは違た結果があったに過ぎない。」

「子供にはわからないこともあるのだ。」

「私はお前達人間社会を知ろうとは思わないさ。そしてこの村のこともな。お前は望んだ結果ではない今も、目を背け、その責任から逃げ出しているだけに過ぎない。」

「私は!」

「別に逃げ出す事は悪い事ではない。人間も、天族も、感情と言う概念を捨てれず、それに囚われ落ちていくに過ぎないのだからな。だが、政に深く関わってしまっているお前は別だ。勝手に祀り上げられ、利用された哀れな導師の盟約、それに反しようとする者は消すだけだ。」

 

そう言って、レイの影が蠢きだす。

それを見た村人は脅えながら、

 

「ば、化け物!」

「レイ!」

 

スレイが大声で、レイを見ながら言う。

レイは一度何かに反応した後、

 

「だが、今はしない。お前のような人間は幾度となく見てきた。せいぜい苦しみ、足掻くことだ。」

 

レイの足元の影は静かに収まり、彼女は入って来た入り口の方へ歩いて行く。

追いかけようとするミクリオに、

 

「入り口に居るだけだ。ここに居てはその人間を殺しかねんからな。」

 

そう言って、さっさと歩いて行く。

村長はその彼女の背を見て、

 

「人の姿をしていながら、人とは異なった理に生きる少年少女。彼らは世界を管理りし、裁く者。そうか……本当に実在していたのか……」

 

村長は再び俯く。

スレイが村長を見て、

 

「それは……」

「教皇クラスに伝わる書物の中の秘文だ。」

「話していいの?」

「もう関係ないさ。」

 

ロゼが腕を組み、

 

「……なら、もう一つ。ハイランドとの戦争には関わったの?」

「彼女の言う通り、私は逃げ出した。戦争も国も民も、全部投げ出して逃げた。すべてがどうでもよくなったのだ。死ぬつもりで森をさまよい、動けなくなったところを彼らに救われた。ゴドジンの皆は、私に何も求めず、ただ家族のように接してくれた。」

 

ライラは悲しそうに村長を見て、

 

「それで村のために働こうと思われたのですね。」

「偽エリクシールを売り捌いてまで。」

 

ミクリオは箱の中に入っている偽エリクシールを見る。

村長は声を上げ、

 

「帝国も教会も知らん。卑怯者と言いたければ言うがいい。今の私は――」

 

村長は顔を上げ、悲しそうに、

 

「村人≪かぞく≫のために生きている。」

「村人≪かぞく≫のため……」

「……か。」

 

ロゼは遠くを見るように呟く。

そしてスレイも、俯いて呟く。

デゼルも何かを思ったのか、帽子を深くかぶる。

ミクリオは腕を組み、考え込みながら、

 

「同情はするよ。けど、教皇を連れ戻さないと。」

「碑文を読まなきゃ秘力が得られないし、セルゲイたちも枢機卿に対抗できない……よな。」

 

スレイは複雑そうに言う。

ライラもスレイを見ながら、

 

「ですが、村長さんの人望と手腕がなかったら加護のないゴドジンはどうなってしまうか……」

「わかるけど、同じことはペンドラゴにも言えるよ。」

 

ミクリオは額を抑えながらいう。

後ろからエドナが、

 

「アイツの言った通り、そもそも、コイツが逃げ出したのが原因。責任を果たさなくていいわけ?」

 

スレイは振り返って、

 

「何か方法あるんじゃないか?碑文を読んでもらってゴドジンに戻るとか。」

「騎士団や教会があの状況では……」

「この人を開放してくれるって思う?」

 

ライラとエドナが指摘する。

スレイは無言となる。

 

「ぐっ……!」

 

苦しみ出す声が聞こえ、スレイは振り返る。

見ると村長が胸を抑え、

 

「げほっ!げほっ!がはっ!」

 

と、崩れ落ちる。

村人とスレイとロゼは、

 

「村長!」「「村長さん⁉」」

 

村長を抱え、外に出る。

外に出て、村長をとりあえず横にする。

村人は村長を囲み、心配そうに見守る。

それを岩陰に隠れ、見ている小さな少女。

 

「村長がゲンキじゃないとツマンナイ。学校でベンキョウおしえてもらえないもん。」

「おれ、いっぱいベンキョウして村長の跡を継ぐんだ!」

 

子供達が話していた。

スレイ達はそれを見て、

 

「でもどうして、村長はいきなり?」

「なにかあるとは思うけど……」

 

と、一人の村人達が、

 

「あのエリクシールは生産時に強い毒素がでる。村長の発作は、そのためだ。この人は危険を承知で、俺たちのために独りでエリクシールを作り続けてきたんだ。おそらくこの人は、もう……」

「頼む、村長を見逃してくれ!偽のエリクシールを売った罪は俺が被るからよ。」

「村長が無責任だっていうなら責任を押しつけた奴らはどうなるんだい?少なくともこの人は、ゴドジンを助けてくれたよ。命懸けでね!」

「村長がどんな人か、みんな知ってる。捕まえる気なら、俺たちは最後まで戦うぞ!」

 

村人達は村長を守るようにスレイ達を見る。

スレイは村人を見て、

 

「安心して。オレの用事はもう済んだよ。」

 

すると、村長が体を起こし、

 

「みんな、落ち着いてくれ……」

 

そして立ち上がり、スレイを見て、

 

「心配はいらない。この方は本物の導師だよ。導師よ、ひとつだけわかってください。村の皆に罪はない。すべては私の――」

 

スレイは首を振る。

 

「オレは事情を知りたかっただけなんだ。だから帰るよ。このまま。」

 

そしてライラとミクリオを見て、

 

「いいかな?」

 

二人は頷く。

が、横から、

 

「……わかんない。」

 

そちらの方を見ると、ロゼが腕を組み、悩んでいた。

 

「けど、スレイがこの人を信じたのはわかった。だからいいよ。」

「ロゼさん……」

 

ライラは悲しそうにロゼを見る。

ロゼもライラを見て、

 

「あるのかな?白でも黒でもないって――」

 

ライラはしばらくロゼと見つめ合った後、

 

「セルゲイさんたちも、きっと理解してくれますわ。」

「問題は枢機卿の領域にどうやって対抗するかだよ。」

 

ミクリオの言葉に、スレイは頬を掻きながら、

 

「それなんだけどさ。きっとあの人は教えてくれないだろうし、解読できないかなー?」

「碑文の暗号をか⁉」

「自分で解く気?」

 

ミクリオとロゼが驚きながら聞く。

 

「無茶じゃないだろ?人が考えた物だし、なにより面白そうだ。」

「そうだけど、せめてヒントくらい教えてもらわないと……」

 

ミクリオがそう言っていると、

 

「導師よ、こちらへおいでください。」

 

そう言って、村長は再び洞窟の中に入って行く。

するとレイもやって来た。

 

「追うのであろう?」

 

スレイ達はその後を追う。

スレイは改めて周りを見て、

 

「ここ、何かを掘った跡っぽいな?」

「この赤い石じゃない?」

 

と、ロゼが立ち止まり、赤石を見て言う。

エドナがそれを見て、

 

「赤精鉱ね。」

「セキセイコウ……?」

 

ロゼが首をかしげて言う。

ライラが説明する。

 

「珍しい鉱物ですわ。地の栄養素が結晶したもので薬になるんですが……」

「本で読んだことがある。毒性も含むから扱いが難しいんだっけ。あ!」

 

そこで気が付いた。

スレイも気付き、

 

「そうか!これが偽エリクシールの材料なんだな。」

「やっぱり、ワタシはアンタが嫌いよ。」

 

エドナはレイを見て言う。

レイは腰に手を当て、

 

「別に好きになってくれとは言ってない。それに、好きになってもらわなくてもいい。」

「大体、何でおチビちゃんのままの状態でのアンタなのよ!」

「変わる必要性がないからだろ。」

 

そう言う彼女を睨み続けるエドナ。

 

「まったく。」

 

そう言うと、レイを風が包む。

そしてその中から、黒いコートのようなワンピースを着た小さな少女が出てくる。

 

「これでいいか、陪神≪ばいしん≫。」

「ふん!で、アンタは全てを知ってて、ああ言ったんでしょ。最初から。」

「エドナ、それって……」

 

スレイがエドナを見て、考える。

ロゼが思い出したように、

 

「そうか、偽エリクシールを飲んだ時……ううん、最初から偽エリクシールの事をすでに知っていた。それに村長に言った言葉……〝せいぜい苦しみ、足掻くことだ″って……。」

「村長の身体についても知ってたってことか……」

 

スレイは俯いた。

小さな少女は歩きながら、

 

「あの人間は、この村の為に生きたいと想っても、いずれ死ぬ。」

「……なんでそんなに平然としていられるんだ。」

「簡単だ。私はお前達とは違う、ただそれだけだ。」

 

そう言って、どんどん進んで行く。

スレイ達はそれぞれ思いながらも進んで行く。

一番奥に行くと、紋章の描かれた扉があった。

 

「ここって……?」

 

ライラはそれを見て、眉を寄せる。

と、村長は扉の前で口を開く。

 

「『導師に四つの秘力あり。すなわち地水火風。其は災禍の顕主に対する剣なり。世界に試しの祠あり。同じく地水火風。其は力と心の試練なり。力は心に発し、心は力を収める。心力合わせば穢れを祓い、心、力に溺るれば己が身を焦がさん。試せや導師、その威を振るいて。応えよ導師、その意を賭して』。」

「秘力の碑文!」

 

スレイは声を上がる。

ミクリオもそれを聞き、

 

「暗記してたのか⁉」

「すごい!全然意味わかんないけど。」

「つまりだね――」

 

スレイがロゼを見て話す前に、ロゼの隣にいたミクリオが、

 

「四つの力を得られる四つの場所がある。そこの試練に合格しろ……ってことだね。」

「……うん。」

 

スレイは若干拗ねながら言う。

ロゼは元気よく、

 

「了解。その場所を探せばいいんだね。」

「いや……ってか、まさかここが!」

 

スレイは扉を見る。

村長は振り返り、

 

「そう。ここが火の試練神殿イグレインです。」

「入ってもいいかな?……って、ここまで勝手に入っちゃったけど。」

「試練の神殿は死の危険を伴う場所とされます。それでも?」

「行くよ。秘密の神殿、見てみたいし!」

「お行きなさい、若き導師よ。ここはあなたのための場所です。」

 

スレイは扉に近付き、

 

「導師の試練、ロゼも受けてくれるのか?」

「あはは、なにを今更!待ってるなんて性分にあわないし。さ!試練の神殿にレッツゴー!」

 

そう言って、彼らは扉の中へと進む。

小さな少女は村長を見上げ、

 

「……未だにしっかり覚えている者がいるとはな。」

「……あの時、貴方から火の試練神殿イグレインの事がでた時……私は悩みました。これは教皇の座に就いた時、先代教皇様より教わった事です。例え、必要とされるかわからぬ事だが、必ず覚え、伝え、繋げて欲しいと。」

「……ならお前は、それを次の者に伝えねばなるまい。己の答えを早く決める事だ。」

 

そう言いて、小さな少女も扉の中へと進んで行く。



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toz 第十五話 火の試練神殿イグレイン

中に入ると、長い通路があった。

それを進み、扉を開く。

中は広く、まさに古代遺跡だった。

さらに下にはマグマがあり、とても暑い。

 

「暑い……まさに火の試練だな。」

「あつ~……!ね、スレイ……脱いでいい?」

 

と、ロゼが真顔で言う。

デゼルが後ろから、

 

「ダメにきまってんだろ!」

「じょ、冗談だって……」

 

その迫力から、ロゼは目を見開いて言う。

スレイは話を変えるように、

 

「ミクリオ、ここって相当古い遺跡だよな?」

「ああ、もしかすると大発見かもしれない。」

「う~!興奮して体が熱くなってきた!」

 

そう言うスレイは腕を上げて言う。

と、ロゼはスレイ片手を振って、

 

「いやいや。ここ本当に熱いんだって。」

 

スレイ達は火属性の憑魔≪ひょうま≫と戦いながら先を進む。

時には扉を開くための仕掛けを解き、迷路のような遺跡を回る。

それを小さな少女は後ろで見ながら進んで行く。

 

スレイは歩きながら、

 

「ゴドジンに来て、教皇様――村長さんが慕われる理由がわかったな。」

「ああ。人間くさいんだね。弱さも含めてね。」

「弱くても……あんな償い方もできるんだな。なんて、オレの選択がホントに正しかったのか、自信ないけど。」

 

スレイはミクリオの言葉に、頬を掻きながら言う。

ライラは口に手を当て、

 

「そういう迷いを含めてスレイさんなのです。少なくとも私たちは、そんなあなたについていきますわ。」

「面倒だけど。」

「とりあえずよかったんじゃないか?ロゼも暗殺しないでくれたし。」

「それはね。まだ迷ってるみたいだけど。」

「スレイさんと同じように、ですわ。」

「このままロゼが殺さない道を選んでくれると嬉しいんだけど。」

「そうですわね。」

 

それを聞き、デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「殺さない道……か。」

 

そう呟いて、歩いて行った。

 

進む中、ライラは岩から突起出ていた赤精鉱があるのに気づいた。

ライラは手を握り合わせ、

 

「こんなに巨大な赤精鉱があるなんて……」

「やばいわね。」

 

エドナもそれを見た。

デゼルがエドナに、

 

「どういうことだ?」

「赤精鉱はね、巨大な火の天響術の影響で生成される鉱物なの。」

「手強い敵がいるってことか。上等だ。」

「油断してると火傷じゃすまないかもよ。」

 

エドナがいつになく真剣な表情で言う。

ライラも悲しそうに、

 

「はい。少なくとも私程度の炎では赤精鉱は生まれません。」

 

と、エドナは後ろを見て、

 

「アンタは別だろうけど。」

「よく分かっているではないか。今の私でもこれくらいがやっとだ。」

 

そう言って、岩に手をかざす。

すると、小さいが赤精鉱が三本ほど突き出た。

 

「思ったより少なかったな。」

 

腰に手を当て、自身の手のひらを見た。

 

「ま、いいか。」

 

そして、ライラ達を見る。

デゼルがライラを見て、

 

「……実際、どれ程だと?」

「火山の爆発レベルです。」

 

ライラがまっすぐ見て言う。

デゼルは反応する。

 

「!ふん。試練の神殿と名乗るだけのことはありそうだな。」

 

そしてデゼルは歩いて行く。

それを見たエドナは、

 

「熱いわね。」

「頼もしいですわ。退くわけにはいきませんから。」

 

ライラとエドナも、歩き出す。

 

「それにしても、相変わらずアイツは気に入らないわ。」

「そうですね。あれでもまだ、本気ではありませんし……」

「なにより、半分の半分の状態……」

「頑張りましょう、エドナさん。」

「そうね。」

 

二人は黙々と歩く。

 

しばらくして、ロゼが汗を拭いながら、

 

「しっかし、ここが試練の神殿なんてすごい偶然だよね?」

 

しかしエドナが傘をクルクル回しながら、

 

「私は納得。あちこちに赤精鉱があったから。」

「そうか。赤精鉱は強力な火の天響術が発動した後に生成される鉱物だものな。」

「強力って、ライラの術みたいな?」

「いいえ。私程度の炎では赤精鉱はつくれませんわ。」

「つまり、ライラ以上の術を使う奴がいるかもってことか……」

 

スレイ達は気を引き締める。

そして中央まで着き、周りを囲む灯台に炎を灯す。

すると中央の紋章が光る。

そしてその紋章の上に乗ると、それは下に下がって行った。

降りると、通路があった。

その奥に扉があり、スレイ達はその扉の中へと入って行く。

すると、円状の石舞台とその奥に紋章が掲げられていた。

スレイとミクリオがその紋章を見て、

 

「あの紋章は……」

「五大神のひとり、ムスヒの神殿か。」

 

ライラは手を合わせ、

 

「原初の火を生み出した天族。世界の始まりと終わりの時に出現するといわれている御方ですわ。ある意味では、裁判者と審判者と同じ方々ですわ。」

 

それを聞き、ミクリオはその紋章を見つめ、

 

「できれば出会いたくない相手だよね。」

「さて、どうすればいいのかな?」

 

スレイもその紋章を見つめて言う。

ロゼが振り返り、

 

「あの石、怪しそう!」

 

スレイ達もロゼの言う意思を見る。

古代文字が掛かれた石碑が立っていた。

 

「怪しい以外は……さっぱりわからん。」

「略して『さぱらん』ね。」

 

エドナが石碑を見つめて言った。

ロゼは意外そうな顔をした。

スレイとミクリオはその石碑に近付く。

 

「古代文字だ。」

「暗号じゃないね。普通に読める。」

 

小さな少女は階段に腰を下ろして、それを見る。

ミクリオとスレイが読み上げる。

 

「『邪なる意に抗さんと欲する善なる者よ』。」

「『四方≪よも≫の石碑に汝が手をかざせ。我、ムスヒの破邪の炎を汝の意に添えん』。」

 

それを見たロゼは、

 

「おお、なんか頭良さそう!」

「遺跡好きの基本だよ。」

 

スレイは笑顔で言う。

ロゼは目をパチクリしながら、

 

「……で、要するに?」

「ええっと、四つの石碑に手をかざせば、ムスヒの力が手に入る……ってコトかな。」

「なんだ、内容は簡単じゃん!」

「簡単……なら、頑張る事だ。私はここで見させてもらう。」

「へ?」

 

ロゼがそう言った途端、領域が展開された。

 

「さて、始まりだ。」

 

小さな少女は階段に座り、頬杖を付いて言う。

ライラは辺りを見て、

 

「スレイさ――」

 

だが、天族組の姿が消えた。

ロゼが紋章の所にいた炎を纏った憑魔≪ひょうま≫を見て、

 

「スレイ!」

「あいつの領域か!」

 

憑魔≪ひょうま≫はこちらにジャンプしてきた。

着地し、咆哮を上がる。

剣と楯を持ち、角の生えた憑魔≪ひょうま≫。

スレイとロゼは武器を構える。

 

「前言撤回!これはやばすぎ!」

「石碑に触って領域を破るんだ!」

「じゃあ、あたしが時間を稼ぐ!」

「頼む!」

 

スレイは四つの石碑を触る。

最期の石碑を触ると、石碑が光り輝く。

天族組が再び現れる。

 

「スレイさん!」

「みんな!」

「領域を打ち破ったんだな!」

「火傷も治った!」

「これでようやく五分五分ってところか…!」

 

そして再び武器を構え、憑魔≪ひょうま≫に向かっていく。

憑魔≪ひょうま≫は攻撃防御ともに強い。

スレイ達は苦戦しながらも、神依≪カムイ≫を駆使して戦う。

少しずつ相手の体力を削いでいき、一撃を与える。

しかし、敵は浄化されず、立ち上がる。

 

「浄化できない⁉」

「……違いますわ。憑魔≪ひょうま≫ではないのです、この方は。」

 

ライラが戦闘態勢を解き、憑魔≪ひょうま≫を見る。

小さな少女はそれを聞き、立ち上がる。

そして彼らの元へ歩いて行く。

武器を構え、立っていた憑魔≪ひょうま≫が、

 

「見抜いたか。この姿が仮初めのものと。」

 

スレイ達は武器を降ろすが、警戒心は解かずにいた。

ライラが姿勢を正し、

 

「貴方は五大神ムスヒ様に仕える護法天族のお一人では?」

「いかにも我が名は、火の護法天族エクセオ。」

「ちっ、憑魔≪ひょうま≫のふりをして俺たちを試してたのか。」

 

デゼルが舌打ちをして言う。

ロゼは後ろのデゼルを見る。

 

「加護を与えるに値する存在かどうか量るため。悪く思うな。」

 

ロゼは再び前を向く。

スレイは剣をしまい、まっすぐ前を見て、

 

「試練の結果は?」

「力の試練は合格だ。ゆえに五大神ムスヒが生みし火の秘力を与えよう。よろしいですか?」

 

と、こちらに歩いて来た小さな少女を見る。

小さな少女は腰に手を当て、護法天族エクセオを見上げる。

 

「なぜ、私に聞く。導師の試練についてはこちらは何もしない、と以前に話したはずだ。その結果、導師がどうなろうとな。」

「アンタ!」

 

小さな少女はエドナを見て、

 

「事実、私は今回何もしていないだろ。」

 

視線を憑魔≪ひょうま≫姿の護法天族エクセオへと向ける。

 

「お前はお前のやるべきことをやれ。」

「そうですか。では……」

 

護法天族エクセオに視線をスレイに戻し、

 

「さぁ、剣を抜け。」

「ありがとう、エクセオさん!」

 

スレイは剣を抜く。

 

「その炎での契約の刻印を刻むのだ。」

 

スレイは剣を見る。

その剣には燃え盛る炎が纏っている。

 

「契約の刻印?」

「簡単なこと。その炎で自分か、炎の契約天族の顔を焼けばよい。」

「え……?」

 

スレイは驚く。

それは他の者もだ。

小さな少女はスレイの答えを黙って待つ。

 

「案ずるな。死にはしない。」

「そういう問題じゃないだろう⁉」

 

ミクリオが若干怒りながら言う。

それはロゼ達もそうであった。

 

「お前たちが望んだ試練だ。覚悟を示してもらうぞ!答えよ、導師!汝は、その炎を何者に向け、何物を焦滅せんとす!」

「オレは――」

 

スレイは燃え盛る剣を顔の前に向ける。

そして剣を睨みながら呼吸を早くする。

意図を察したライラが、

 

「いけません、スレイさん!」

 

スレイは意を決して目をギュッと瞑り、顔に近付ける。

が、

 

「あああっ!」

 

と、ライラの悲鳴を上げる。

スレイは目を開ける。

ライラは燃え盛る炎を纏った剣を握っていた。

 

「ライラ!」

「お願いです!ひとりで全部背負おうとしないでください。その強さは、必ずあなたを気付けてしまいます……。きっとまた……」

 

ライラは何かを思い出し、辛そうに、悲しそうに言う。

そして剣を握ったまま、スレイを見て、

 

「私は……もう同じ過ちは……」

 

スレイは剣を下げる。

ライラもその手を放す。

 

「……ごめん。オレらしくなかったね。」

 

ライラは息を整え、スレイを見る。

スレイは力強い決意の目をライラに向ける。

小さな少女は一歩下がる。

そしてライラもそれに気付き、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

スレイはライラと神依≪カムイ≫する。

そして剣を護法天族エクセオに振りかざし、

 

「こんなことを誰かに強いる穢れだ!」

 

炎の纏いし剣で焼き尽くす。

護法天族エクセオの姿はなかった。

その力を見たミクリオは、

 

「すごいな……」

 

スレイ自身も、ライラとの神依≪カムイ≫を解き、

 

「なんだ今の力?」

 

と、周りを見る。

 

「五大神ムスヒが残した火の秘力。」

 

護法天族エクセオの声だけがどこからか聞こえてくる。

スレイ達は辺りを見渡し、警戒する。

 

「憑魔≪ひょうま≫の領域……そして災禍の顕主に抗するための力だ。」

 

と、スレイ達の目の前に、トカゲ顔をした白い服を纏った人物が現れた。

 

「見事な返答だったぞ、導師よ。」

「憑魔≪ひょうま≫!浄化したのに⁉」

「いや、これが私の本当の姿なのだよ。」

「そうなんだ?じゃあよかった。」

 

スレイ達は警戒を解く。

護法天族エクセオは笑いながら、

 

「ははは、こだわりがないな。さすが二つの試練に合格するだけのことはある。」

「あ!力と心の試練!」

「あらためて挨拶しよう、導師スレイ。私が護法天族エクセオだ。」

「全部わざとだったのか。悪趣味だな。」

 

ミクリオが護法天族エクセオを見て言う。

 

「仕方あるまい。人間の悪趣味に相対するのが導師の運命なのだから。」

「案外、アンタの思いつきもあったりして。」

 

エドナが小さな少女を見て言う。

小さな少女は腰に手を当て、

 

「提案をしたのは事実だ。お前達の嫌とするものは理解しているつもりだからな。」

「アンタにもそう言うのがわかるなんて知らなかったわ。」

 

そう言って、睨み合う。

 

「だがこれは私、というよりはこいつ自身だろ。」

 

そう言って、護法天族エクセオを見上げる。

 

「まあ、確かに多少ケレンがすぎたのは、私がかつて人間だったせいかもしれないな。」

「人間だった⁉」

 

スレイは目を開いて驚く。

 

「おやおや、なにも知らないのだな。天族になって久しいが、元はあの通り。」

 

と、紋章の方を見る。

その先を見ると、小さなへこみがあった。

見ると、人がトカゲのような仮面をかぶった黒服の人物が座っていた。

驚いているスレイに、エドナが説明する。

 

「天族には二種類あるのよ。」

 

スレイはエドナを見る。

 

「天族として生まれた者と人から天族になった者と。」

 

スレイは驚きながら、護法天族エクセオを見る。

 

「驚いたな!」

「新事実だ!」

 

ミクリオも驚きながら言う。

そして二人は互いに意見を言いし始める。

護法天族エクセオは、ライラを見て、

 

「ライラと言ったか?誓約で浄化の炎を手にしたのだな。大変な覚悟をしたのだろう。一体どれほどのものを失った?」

「……なにも。」

 

ライラは首を振る。

そして、護法天族エクセオを見て、

 

「スレイさんは、なくした以上のものを与えてくれる方ですから。」

「ほう。」

 

と、スレイがライラを見て、

 

「オレが、なに?」

 

ライラは手を合わせて、スレイを見る。

 

「いえ……アップルグミ的な方だと。回復と味で二度美味しい。」

「へ?」

 

それを聞いた護法天族エクセオはまた笑い出す。

 

「ははは!お前は面白い導師だということだよ。」

「どういう意味?時々言われるんだけど?」

「いいじゃありませんか。」

 

ライラは嬉しそうに言う。

と、護法天族エクセオは小さな少女を見て、

 

「貴女が気にかける理由はこれですかな?」

「ん?さぁな。」

「……ところで、なぜそのようなお姿と――」

「力か?」

「はい。今の貴女は半分……いえ、それよりも弱弱しい。」

 

護法天族エクセオは目を細め、

 

「違いますな。正確には漏れ出している。だから今の貴女は不安定だ。」

 

その言葉にスレイ達も小さな少女を見る。

小さな少女は無表情で、

 

「こうなる事は大体予想はしていた。これを対処する為にも、早くこの器には答えを出して欲しいものだ。」

「……器。その人間に近い源のことですか?」

「やはりお前には見えているか。ま、そう言うことだ。」

 

二人はしばらく視線を合わせる。

スレイは眉を寄せ、

 

「それってレイのことか?レイは大丈夫なのか?」

「それを決めるのはこの器とお前達だ。だが、早く答えを見つけないと……私が消させてもらうがな。」

「な!」

「何度も言っている。これは私の器だ。それに、私にもやるべきことがある。この器はそれには適さない。いや、邪魔でしかない。」

「貴様!だったらレイから出て行けばいいだろう!」

 

ミクリオが怒りながら、前に出る。

 

「そうなれば、この器は消えるだけだぞ。」

 

赤く光る瞳がミクリオを射貫く。

ミクリオは一歩下がる。

 

「なにもそこまでイジメなくても。そういうところは変わりませんな。」

 

護法天族エクセオが小さな少女を見下ろして言う。

小さな少女は護法天族エクセオを見上げ、

 

「そう言うお前も変わってないが。」

「ははは!そうですか?」

 

小さな少女は腕を組み、

 

「ここにあいつは来たか?」

「審判者なら来てきてませんよ。」

「ならいい。もし来ても、今のあいつとは関わるな。」

「それはまたどうしてです?昔から一緒にいたでしょうに……随分と嫌ってますな。」

「……今のあいつと私とでは考えが違う。あいつもまた答えを出さねばならない。審判者として。」

 

小さな少女は視線をスレイに向け、

 

「試練は終わった。そろそろ返してやる。」

 

そう言いて、小さな少女は風に包まれた。

風が収まると、白いコートのようなワンピース服の少女が倒れていた。

 

「「レイ!」」

 

スレイとミクリオが駆け寄り、体を起こす。

レイは目を擦りながら、

 

「おはよう。」

 

と言いながら立つ。

レイは護法天族エクセオを見上げ、

 

「……ここって火の試練神殿の中?」

「ええ、そうですよ。」

「……そっか。」

 

レイはスレイ達に視線を戻す。

ミクリオが膝を着き、

 

「……ちなみにレイはどこまで覚えてる?」

「……『未熟なミボに変わって岩をどかしてみるか!』って、お兄ちゃんが言ったところまで。」

 

ミクリオは目を見開いて別の意味で驚き、スレイ達は笑う。

ミクリオは笑うスレイ達を見る。

と、スレイ達は笑うのを止め、視線を外す。

レイはその光景を首をかしげて見る。

ロゼが何かを思い出したように、

 

「ところで、レイはあの碑文のことホントに読めてたの?」

 

レイは少し考え、スレイ達を見上げる。

 

「『『導師に四つの秘力あり。すなわち地水火風。其は災禍の顕主に対する剣なり。世界に試しの祠あり。同じく地水火風。其は力と心の試練なり。力は心に発し、心は力を収める。心力合わせば穢れを祓い、心、力に溺るれば己が身を焦がさん。試せや導師、その威を振るいて。応えよ導師、その意を賭して』。」

「村長さんが言ったのと同じだ。」

「じゃあ、ホントにレイは読めてたんだ。」

 

スレイとロゼは互いに見合う。

と、レイは目を擦りながら、コクコクし始める。

 

「ミク兄、抱っこ。」

 

と、手を上げる。

ミクリオはそれを抱き上げ、

 

「はいはい。」

 

その背を摩る。

レイはそのまま眠りに入る。

ミクリオが立ち上がると、

 

「なるほど。力の大半がそちらの方に流れてしまっている状態なのか。」

「それって?」

 

護法天族エクセオの呟きに、スレイが聞く。

護法天族エクセオは腕を組み、

 

「裁判者としての力は世界を壊すこともできるほどの力だ。その膨大なまでの力が漏れ出すしている程、その子の方に流れ出ている。それをその子は無意識にギリギリまでとどめている状態だ。ゆえに、そのように疲れているのだろうな。」

 

スレイ達はレイを見る。

ミクリオに抱っこされ、スヤスヤ寝ている。

スレイは眉を寄せて、

 

「それって……」

「危険ではないが、気をつけた方がいいぞ。その子自身が消えかかっている。今は消える方が小さいが、それがいつ大きくなるか……」

「わかった。気をつけるよ。」

 

ライラは手をパンと一つ叩き、あえて明るい声で言う。

 

「さぁ行きましょう。」

「うむ。では試練はまだ三つ残っている。油断なく精進するがよい。」

 

そう言って、護法天族エクセオは消えた。

スレイ達は入り口へと戻る。

スレイはロゼを見て、

 

「そう言えば、ロゼはわかる?面白い導師の意味?」

「すでに面白いよね。それを聞いちゃうところが。」

「え~。」

 

ロゼはニッコリ笑いながら言う。

それを後ろで天族組は笑っていた。



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toz 第十六話 変化

入り口に戻ると、村長の姿はなかった。

レイも途中で起き、村の方へと戻る。

学校の近くまで行くと、

 

「導師殿!」

 

村長が立っていた。

スレイ達は村長に近付く。

スレイは村長に、

 

「試練は、なんとかなったよ。きっとこれで枢機卿の穢れに対抗できる。」

「昔のフォートンは、誰よりも責任感が強く熱心な信徒でした。その彼女が、なぜ……?」

 

村長は思い出しながら言う。

が、肩を落とし、

 

「いや、私が言えた義理ではありませんが。」

「人の心と穢れ……難しいね。」

「うん。」

 

ロゼが悲しそうに言う。

スレイはロゼを見て、

 

「いつかわかるといいんだけど。心を救う方法が。」

「そだね。」

 

ライラはスレイのその背を見つめ、

 

「……あなたなら、きっと。」

 

そう小さく呟いた。

スレイは村長に別れを告げて、ゴドジンを後にする。

 

 

その光景を高い岩場で見ていた人物達が居た。

強大な穢れを纏った者と紫色の髪を二つに結い上げ、纏っている少女。

そして、嬉しそうに見つめている仮面をつけた白と黒のコートのような服を着た少年。

 

「これでやっと一つ、か。さて、これからもっと楽しくなる。ね?」

 

そう呟いて、少年は隣に居る穢れを纏った者と少女を見る。

 

 

スレイ達は村を出て、

 

「これでいい。オレはそう思う。」

「あたしもこうするって決めてた。正解かどうかはわからないけどね。」

 

そう言って、ペンドラゴへ向かう。

途中、野営をする。

レイ、ミクリオ、ロゼ、デゼルは火を囲みながら、

 

「ペンドラゴ、今頃どうなってるかな?」

 

ロゼは火を見つめながら言う。

ミクリオは膝で寝ているレイの毛布を上げながら、

 

「……あまり時間をかけているとセルゲイたちも動かざるを得なくなるかもしれない。」

「フォートンが罠を仕掛ける余地も広がる。」

 

デゼルの言葉に、ロゼは眉を寄せ、

 

「やなこと言うなあ。」

「事実を言ったまでだ。」

「残念ながらね。」

 

ミクリオは悲しそうに言う。

 

「うん。」

「放置して状況が良くなるものでもない。」

「間違いなくな。」

 

と、そこに食事を持ってきたスレイ達がやって来る。

 

「レイはまだ寝てる?」

「起こすのも――」

 

ミクリオが言いかけるより早く、隣に居たロゼがレイを揺すりながら、

 

「レーイ!ご飯だよー!」

「ちょっ、ロゼ!」

 

ミクリオがロゼに言うが、

 

「……ん。」

 

レイが目を擦りながら、起きる。

エドナが腰を下ろして、

 

「鬼ね。」

「え?」

「あはは。と、とりあえずご飯にしましょうか。」

 

眉を寄せて不思議がるロゼ。

ライラも火の側に腰を掛けて座る。

食事を取りながら、

 

「ミク兄、これあげる。」

 

と、半分ミクリオの器に入れようとするレイ。

ロゼがレイを見ながら、

 

「好き嫌いはダメだよ、レイ。ちゃんと食べないと。」

「別に好き嫌いじゃない。」

「ならいいけど……」

 

レイはミクリオの器に半分入れた。

そして食べ始める。

その姿を見て、

 

「最近、レイさんは食事の量が減りましたね。」

「そうね。前は自分の前にあるものはパクパク食べてたのに。」

「単に腹が減ってないだけじゃないか。俺らと違ってな。」

「確かに戦闘はしないし……でも、歩く量でいったらレイの方が疲れそうだけど……」

 

レイは食べ終わった皿を置く。

 

「レイ、もう少し食べれるなら食べた方がいい。」

「……ん。」

 

と、ミクリオがレイの口にスプーンを向ける。

レイは口を開け食べる。

しばらくして、

 

「もういい。」

「そうか。」

 

と、頭を撫でる。

ロゼも食べ終わり、

 

「ふぅ~、今日も食べた、食べた!げっぷ。」

「ロゼ、それはやめろと――」

「ところでレイ、何でスレイはお兄ちゃんで、ミクリオはミク兄なの?」

 

ミクリオが眉を寄せて、怒ろうとした。

が、ロゼはレイを見てそう問いかけた。

レイは無表情でロゼを見上げ、

 

「お兄ちゃんがそう言えっていったから。」

「へ?」

 

ロゼはスレイを見る。

 

「ああ!それは――」

「最初は普通にスレイお兄ちゃん、ミクリオお兄ちゃんだったんだ。」

 

スレイが言うより、ミクリオが先に言った。

スレイはムッとした顔で、ミクリオを見る。

が、ミクリオはそれをスルーし、

 

「これは前にアリーシャには言ったんだけど、スレイがレイのことを妹にするって言い切ってから色々あってね。イズチでもあまり喋らないレイから兄と言う言葉を出すのにも苦労したよ。何せ、僕らの名前すら最初は言わなかったからね。」

「そうそう!で、オレとミクリオが落とし穴に落ちた時だったよな。俺らを見下ろして、〝スレイ、ミクリオ″って呼んでくれたの!」

「へぇー。」

「昔から無茶ばっかりね、アンタたち。」

 

ロゼは面白そうに聞き、エドナはお茶を飲みながら言う。

ミクリオがさらに続け、

 

「で、やっとお兄ちゃんって呼んでくれた時、スレイが『オレら二人してお兄ちゃんだと、どっちがどっちかわからないよなあ~。そうだ!オレがお兄ちゃんで、ミクリオはミクリオお兄ちゃんでいいな!あー……でも、ミクリオって長いよなあ~。よし、ミクリオは短くしてミク兄にしちゃえ!』って。」

「言った、言った!」

 

ミクリオはスレイのマネをしながら言う。

それにスレイは頷く。

 

「……なんというか、レイは頑張ったね。」

「おチビちゃん偉いわ。褒めてあげる。」

「……まあ、あれだ。」

「レイさんなりに頑張ったんですね。」

 

ロゼ、エドナ、デゼル、ライラはスレイとミクリオに呆れた目を向けて言う。

対してスレイとミクリオは目をパチクリして、

 

「なんで⁉」「なんで僕まで⁉」

 

レイはお茶を飲む。

そして彼らの団らんの姿を見る。

心なしか心臓のところが暖かい気がした。

 

「ミクリオ……」

「ああ!」

 

スレイとミクリオが口を開けて、驚く。

そして、二人は大喜びで、

 

「「レイが笑った‼」」

 

そこにはほんの少し頬を緩ませ、ぎこちなく笑みを浮かべるレイの姿。

ロゼが、

 

「あー、確かにあたしもレイの笑うとこ、始めて見た。」

「始めてもなにも、始めてなんだよ!レイが笑うの!」

「僕らが何年も傍にいるけど、今日ほどレイが笑ったの始めてだ!」

 

二人は立ち上がった。

レイはそんな二人を見て、首をかしげていた。

ライラは手を合わせて、

 

「よかったですわね、スレイさん、ミクリオさん。」

「まったく過保護ね。」

 

エドナはお茶をすすり、レイを見て、

 

「もう一回笑いなさい、おチビちゃん。」

「なんだ、お前は見てないのか。」

「アンタも見てないでしょ。」

「興味ないからな。」

 

二人は睨み合う。

そして場はまた盛り上がって行く。

レイはその感じがどういった感覚なのかはわからない。

だが、この暖かさが続けばいいと思っていた。

レイは茶をすすりながら、小さく笑う。

 

しばらく盛り上がった後、彼らはやっと落ち着き、テントに入った。

そして横になる。

レイはスレイとミクリオの間に寝ていた。

起き上がり、左右を見る。

二人は嬉しそうに寝ている。

レイはそっとそこを抜け出す。

外に出ると、満月が出ていた。

その月明かりを見ながら、

 

「これが心?」

 

そう呟く。

すると、頭の中に声が響く。

 

ーーそうだな。人間や天族、この世界に生きるものがもつものだ。

「これは貴女が持つことはないけど、理解していたもの?」

ーーああ。理解はしていたが、私には持つことのない概念だ。

「あの神殿の時、曖昧だけど何となく見てた。」

ーーそれで?

「お兄ちゃんの決意とあの人の悲しみが伝わって来た。」

ーーだろうな。裁判者である私は他者の感情というものを直に受ける。それ故に、感情というものを知っていながらそれを持つことは絶対にない。

「どうして?」

ーーお前も理解しているのだろう。

「……浄化と穢れ両方を持つから。でもそれなら彼の方も……」

ーーあれは吸収と放出。本来はあれも穢れることはない。吸収し過ぎた場合、私が浄化する。だが……

 

レイは目を開ける。

その赤い瞳に銀色のに光る満月が映す。

 

「「名を持つことで、私たちはこんなにも感情に脆いものと知ってしまった……」」

 

と、後ろからパキッという音がする。

レイがそこを見ると、ライラが立っていた。

 

「レイさん……」

「なに?」

「……いえ、眠れないのですか?」

 

ライラはゆっくりと近付いてくる。

レイは頷く。

ライラは優しく微笑み、

 

「では、ホットミルクを用意しましょうか?あ、ハチミツも入れるといいと聞きました。」

 

ライラは手を合わせて言う。

レイはライラを見上げ、

 

「一緒に飲んでくれるなら。」

 

ライラは少し驚いた後、嬉しそうに、

 

「はい。ご一緒させてもらいます。」

「それ、ワタシも混ぜなさい。」

 

エドナが毛布を持ってやって来た。

ライラがホットミルクを三人分用意し、座ってるレイとエドナの元へ行く。

それを手渡す。

 

「熱いので、ちゃんとフーフーしてくださいね。」

 

レイはそれを受け取る。

と、レイの肩から毛布が落ちる。

エドナがそれを再びかけ、

 

「今日は少し冷えるからしっかりかけなさい。」

「では、火を――」

「じゃあ、三人でこれに包まればいい。」

 

レイは毛布を見て言う。

ライラとエドナは互いに見合った後、

 

「仕方ないわね。」

「ふふ。その方が楽しいですね。」

 

レイを中心に毛布にくるまる。

ホットミルクを飲みながら、満月を見る。

 

「今日は月が綺麗ね。」

「そうですわね。」

 

二人はまったりしながら、ホットミルクを飲む。

レイも湯気の出ているホットミルクをフーフーしてから飲む。

 

「……あったかい。」

 

そう言って、ホットミルクを見つめる。

 

「なんか、おチビちゃんが素直にこういうの始めてね。」

「そうですわね。何だか感動です。」

 

レイはホットミルクを見つめながら、

 

「もし、母や姉というものがあったらこんな感じ?」

「……イズチにはいなかったのですか?」

 

ライラはレイを見下ろす。

 

「いたよ。でも、関わろうとはしなかったことの方が多い。私は、お兄ちゃんとは別の意味で……彼らとは違ったから。その理由は今なら何となくわかる。そう思うと、ジイジは全てを理解した上で、私をお兄ちゃんとミク兄と同じように接してくれた。」

「……おチビちゃん、今どれくらい記憶があるの。その……」

「裁判者として?」

「「‼」」

 

ライラとエドナは目を見開いた。

 

「記憶は曖昧。これが私の記憶なのか、彼女の記憶なのかはわからない。夢としていつも見ていたから。外に出て、イズチの時以上に人や天族、この世界に生きるものの感情、意志と言った概念を受けて、だんだんと心と言った意味を知れた気がする。でも、まだ曖昧。ちゃんと理解できない。でもきっと理解できた時、私は私でいられるかがわからない。違う、いられないと思う。」

「どうしてですか?」

 

ライラは眉を寄せ、悲しそうな瞳でレイを見る。

 

「夢で見る全てのものが辛く、悲しい。時には嬉しいというものもあった。でも、願いを叶えた後の感情のほとんどは後悔と恨みばかりだった。それを理解しても、いつも何も変わらない。変わるのはいつも傍にいた誰か。」

 

レイは残りのホットミルクを一気に飲む。

 

「おチビちゃん?」

「私がその誰かを知ってしまったら、きっとあの時のあの言葉の続きを知ってしまう時だと思う。」

「言葉の続き?」

 

ライラとエドナは互いに見て、レイに戻る。

 

「いつも傍にいた者の感じでいた感情と、自分の感情のようなもの?」

 

レイはコクコク首を揺らしながら言う。

そしてエドナの肩に頭をのせ、寝てしまった。

 

「……動けないわね。」

「そう……ですわね。」

 

エドナは若干ムッとして言った。

そしてライラも、苦笑いで言う。

 

「でも、最近のレイさんの元気のない理由はわかりました。」

「そうね。これで少しは理解できたかしら?」

 

と、視線を横に向ける。

そこにはスレイとミクリオ、ロゼにデゼルまでいた。

 

「ああ。何というか…その……」

「ありがとう、ライラ、エドナ。」

 

スレイとミクリオは二人を見て言う。

 

「別にいいわよ。」

「でも、なんか複雑だな。」

「は?」

 

エドナはミクリオを見上げる。

ミクリオはそっぽ向きながら、

 

「レイが僕ら以外にこういう風になるのが嬉しいようでちょっと嫉妬してしまうなって思っただけだ。」

「確かに。ラストンベルの時のレイは手厳しかったもんね。」

 

ロゼは腕を組んで、思い出しながら言う。

エドナは悪戯顔になり、

 

「素直に羨ましいと言ったらどう?」

「む~!」

 

ロゼは頬を膨らませる。

スレイは眉を寄せ、

 

「レイの言った傍にいた誰かって……あの審判者の人だよね。」

「ええ。裁判者と審判者はほとんど一緒にいましたから。」

 

スレイは苦笑いしながら、

 

「じゃあ、レイを連れてくよ。」

 

と、レイに手を伸ばすが、

 

「いいわ、このままで。」

「え?」

「これで起きたら、ここまでじっとしていたワタシのか弱い肩がかわいそうでしょ。だから今日はこのままでいいわ。」

「ふふ。エドナさんも素直じゃありませんわね。」

「うるさいわよ。」

 

ライラは口に手を当て、笑う。

エドナはそっぽ向く。

 

「というわけで、アンタたちはもう寝なさい。」

「うん。わかった。お休み、ライラ、エドナ。」

「レイのこと頼んだよ。」

 

スレイとミクリオは戻って行く。

デゼルもロゼがテントに戻ったのを見届けてから戻って行った。

 

次の朝、スレイ達はペンドラゴに向かって歩き出す。



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toz 第十七話 それぞれの想い

ペンドラゴへと戻ったスレイ達。

門をくぐってすぐに、騎士兵達が立っていた。

 

「おお、導師殿!」

 

スレイ達は彼らに近付く。

騎士兵達の声は切羽詰まっていた。

 

「教会が白皇騎士団の討伐を皇帝陛下に奏上しました。ニセ導師を奉じて反乱を企てた咎とのことです。」

 

スレイ達は眉を寄せる。

ミクリオが腕を組んで、

 

「対応が早い。ゴドジンのことが、もう伝わっているのか。」

「オレが関わったせいで……」

「スレイはニセじゃないでしょ。口実よ、口実。」

 

ロゼが落ち込むスレイを見て言う。

 

「詳しくは騎士団塔で。団長がお待ちです。」

 

ライラは手を握り、

 

「フォートン枢機卿……やはり油断できない相手ですね。」

「上等だぜ。こっちの準備は整ってる。」

 

デゼルが拳を握る。

スレイ達は騎士団塔へ急ぐ。

 

騎士団塔へ入り、騎士セルゲイに近付く。

 

「スレイ!よく無事で!」

「枢機卿が騎士団の討伐を言い出したって?」

「ああ。きっかけは先ほど届いた手紙だろう。」

 

スレイにその手紙を手渡す。

スレイはその手紙を見て、読み上げる。

 

「『我、ボリス・ストレルカは、フォートン枢機卿の異端技術を目撃す。枢機卿は教会神殿で邪法を用い、ペンドラゴに降りやまぬ雨を降らせている』。」

「枢機卿が雨を降らせただって⁉」

「冗談でしょ⁉」

 

驚くミクリオとロゼ。

だが、デゼル達は、

 

「可能だろうな。あれほどの領域をもつ奴なら。」

「それにここに来る前に、おチビちゃんも言っていたでしょ。この雨は止まない、雨を降らせてる者がいるって。その時、枢機卿かもしれないって事は言っていたはずよ。それに、大陸を動かした天族だっているんだからね。」

 

ライラは、エドナの言葉を悲しく聞く。

スレイがエドナを見て、

 

「大陸を動かす⁉」

 

話を脱線しそうになるスレイに、

 

「スレイさん、今は続きを。」

 

スレイはライラに言われた通り、続きを読み上げる。

 

「『フォートンこそ帝国と民を呪詛する邪なる者なり。我は、すでに枢機卿の呪いに囚われし。後事は、兄、セルゲイと仲間に託す』。」

「事ここに至った以上、枢機卿と戦うしかない。」

 

騎士セルゲイは剣に触れ、力強い目でスレイを見る。

 

「スレイ、教皇様は?」

「……そのことでみんなに伝えなきゃならないことがあるんだ。」

 

スレイはゴドジンでの事を彼らに話す。

騎士セルゲイは肩を落とし、

 

「そうか……あの方は戻られないのか。」

「勝手に決めて、ごめん。」

 

と、騎士兵達は騒ぎ出す。

 

「教皇様が戻られないだって?」

「後ろ盾なしで、どうすればいいんだ⁉」

「これは裏切りじゃないのか⁉」

 

騎士セルゲイは後ろを振り返り、剣を抜く。

そしてそれを床に突き立てる。

彼らを見て、

 

「騎士団こそ!帝国と民を守る盾だったはずだ!今の事態は、我々が自分の責務を教皇様任せにしたせいで起こったのではないのか?誰かに頼る前に、やらねばならないことがあるはずだ。我らが獅子の剣にかけて。」

 

騎士セルゲイは剣を掲げる。

そして騎士兵達も、剣を掲げ、

 

「はっ!獅子の剣にかけて!」

 

やる気満々の彼らにスレイは、

 

「待った!枢機卿の相手は普通の人間には……」

「ここまでで十分だ。」

 

騎士セルゲイは剣をしまい、スレイを見る。

 

「スレイにまで、教皇様と同じ苦しみを背負わせるわけにはいかない。」

「スレイさん。民のためとはいえ、これは政争ですわ。」

 

ライラが後ろからスレイを見て言う。

だがスレイは、

 

「そうだろうけど……」

「その手紙を持ってきたのは誰。」

 

レイが騎士セルゲイを見上げて言う。

騎士セルゲイはレイを見下ろして、

 

「仮面をつけた少年だ。彼は弟ボリスの願いを叶えに来たと言って、この手紙を持ってきた。」

「その仮面の少年って……もしかして審判者か⁉」

 

ミクリオは眉を寄せて言う。

 

「そう……」

 

レイは口に指を当て考え込む。

そしてスレイ達を見て、

 

「なら、こちらにはこちらにしかできない事をすればいい。導師としての役目を。」

「え?」

 

レイは窓を指差す。

ロゼはポンッと手を叩き、

 

「そっか!じゃ、こうしない?あたしたちは枢機卿が本当に雨を降らせてるのかどうか調べる。その間にセルゲイたちは、騎士団を信じてくれるよう皇帝を説得する。」

 

スレイはロゼを見る。

騎士セルゲイは眉を寄せ、

 

「結局、スレイが枢機卿と戦うのではないか?」

「目的は謎を調べることだよ。知りたいでしょ?」

 

そう言ってスレイを見る。

スレイは眉を寄せたまま、黙っている。

ロゼはレイを見て、

 

「レイも、そうだよね?」

「ん。それに私は、見なければならない。あの者の最後の結果を……」

 

そう言って、外を見る。

レイは騎士セルゲイを見上げ、

 

「だから貴方は選んだ答えの道を進めばいい。後悔をしないように……だってそれが、あなた自身の願いの答えであり、弟の願いだから。その願いは叶えて貰うものではなく、自身で掴み取るものだから。」

 

そしてスレイはレイを見た後、決意した。

スレイはロゼを、みんなを見て、

 

「ああ、オレも知りたい。雨を降らせる力があるのかどうか。」

「……すまん。危険な役ばかりさせてしまう。」

 

俯く騎士セルゲイに、

 

「危険なのは、そっちだよ。枢機卿の要請が通っていればアウトだし、皇帝を説得できなくてもお終い。」

「説得できたら枢機卿を捕まえられるよ。きっと。」

 

ロゼは腕を組んで、彼に言う。

そしてスレイも、騎士セルゲイを見て言う。

騎士セルゲイは胸に拳を当て、

 

「必ず説得しよう。民と友のために。」

 

スレイと騎士セルゲイは互いに頷き合う。

スレイ達は教会神殿へと向かう。

 

騎士団塔から出て、

 

「ボリスって弟だったわよね。セルゲイの。」

 

エドナは思い出す。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「枢機卿を探っていたんだ。命懸けで。」

「セルゲイ、冷静な顔をしてたけど……」

「内心は悲しんでいた。それに悔やんでいた。だからこそ、選んだ道をちゃんと進んで欲しい。」

 

レイは胸に手を当てて言う。

その瞳は赤く光っている。

だが、その気配は裁判者ではない。

それが分かっているからこそ、ライラは悲しそうに呟く。

 

「レイさん……」

「行こう、俺たちにできることをやりに!」

 

スレイは前を向いて、歩みが力強くなる。

デゼルがロゼを見て、

 

「おい、こんなことに命を賭ける必要があるのか?」

「あたしは賭けてみてもいいって思ってる。デゼルはどうか知らないけど。」

「ふん。」

 

ロゼも、歩みが強くなった。

デゼルはそっぽ向いて、後に続く。

 

スレイは教会神殿の少し手前で、

 

「教会神殿、正面から入るよ!」

「今更だね。秘力を信じて飛び込もう!」

 

ロゼは腰に手を当て、スレイを見て言う。

そしてスレイは扉に手をかけ開ける。

中に入り、ロゼが見渡しながら、

 

「見張りもいないとか罠っぽすぎるね。」

「けど、これなら思いっきり暴れられる。」

「ふふ、言うねえ。」

 

自信満々に言うスレイに、ロゼは笑みを浮かべる。

スレイ達は奥へと進む。

奥の間に進むと、穢れの領域が展開される。

 

「来たぞ!」

 

ミクリオが叫び、全員が警戒する。

 

「前みたいには!」

 

スレイは地面を触り、領域を破る。

 

「よしっ!」

 

スレイ達は喜びを表す。

ロゼが指を鳴らして喜んだが、

 

「は、いいけど……」

「なんて穢れだ。」

 

ロゼは顔を引きつって周りを見る。

スレイも周りを見て言う。

ミクリオは腕を組み、

 

「枢機卿に憑いているのは、まさかマオテラス?」

 

ライラが手を上げて、

 

「すぐ近くにいるネコのマネをしま~す!にゃあ~!」

 

と、手を添えて言う。

辺りは居たたまれない雰囲気になる。

ロゼが頭を掻きながら、

 

「領域が復活したのかと思った。」

「スベるネタを言うのも誓約?」

 

ミクリオは真顔で聞く。

ライラは肩を落とし、

 

「今のは、結構とっておきだったんですけど。」

 

と、後ろから「ぷっ、くっくっく。」と言う笑いが聞こえた。

エドナは一人背を向けているデゼルを見る。

そしてロゼもまた悲しそうに、

 

「デゼル……まさかウケてる?」

 

と呟きながら見ていた。

スレイはそれには気づかず、

 

「多分、マオテラスじゃない。」

「根拠は?」

 

ミクリオも後ろには触れず、スレイに聞く。

スレイは辺りを探りながら、

 

「マオテラスと同じ五大神ムスヒ配下のエクセオがあの強さだった。この領域も相当だけど、エクセオとは桁違いというほどじゃない。」

「なるほど、論理的だね。めずらしく。」

 

スレイがまともな話をしている中、後ろではデゼルの笑いのツボを探っているロゼとエドナ。

その彼らに、レイは無表情で、

 

「先に行くみたいだけど……いつまでやるの?」

「あ…ごめん、ごめん。」

 

と、ロゼもスレイと共に歩き出す。

そして碑文の元まで行くと扉が開く。

デゼルが奥を見て、

 

「……あの奥。なにかいるぞ。」

「あからさまに罠だな。けど……」

「隠し扉ってワクワクしちゃうよな。」

「否定できないのが悔しいよ。」

 

笑うスレイに、ミクリオは腰に手を当てて言う。

そしてレイは碑文を見上げていた。

ロゼもそれを見て、

 

「村長さん、この文章全部暗記してたんだよね。よくやるなあ……。あ、でもそれを言ったらレイも、か。」

「『導師に四つの秘力あり。すなわち地水火風。其は災禍の顕主に対する剣なり』。」

 

スレイは呟く。

ロゼは目を見開いて、

 

「レイと村長さんが言ったヤツ!覚えてるの⁉」

「大体だけど。」

 

スレイは頬を掻きながら言う。

ミクリオは腰に手を当て、

 

「案外得意だよな。そういうのは。」

「ごめん、スレイ!ちょっと尊敬。」

 

ロゼは真顔で言った。

スレイは目をパチクリしながら、

 

「え?なんで謝られた?」

「しかし、結局導師の秘力ってなんなんだろう?」

 

それを無視し、ミクリオは腕を組んで悩む。

ライラが碑文を見つめ、

 

「自然は地水火風の四つで構成されています。そして、それを司る最古の天族たちがいる。」

「ウマシア、アメノチ、ムスヒ、ハヤヒノだね。」

 

スレイがライラを見て言う。

 

「はい。グリンウッド大陸のあらゆるバランスは彼らによって支えられているのです。」

「そこまでいくと、もう神様だよね。実感ないけど。」

「それは僕たちも同じだ。天響術の源も彼らのはずだが、意識することはないものな。」

「五大神とは裁判者や審判者とはまた違った意味で、そういうレベルの存在なのですわ。おそらく秘力とは、彼らの加護を得て地水火風の力をより強く発現させるものなのでしょう。」

「災禍の顕主に対抗するために……か。」

「すごい力だけど、戦いのためなのは残念だね。」

 

スレイとミクリオは悲しそうに言う。

ロゼは唸りながら、

 

「う~ん、ということは、だ。裁判者と審判者も、ある意味では神様みたいな存在ってことだよね。」

「そうなるね。でも、彼らは神様と言うより……」

「どこか子供って感じがする。」

「あ~、なんとなくわかるかも。」

 

スレイとミクリオ、ロゼは互いに見合って言う。

レイはそれを聞いて、小さく呟いた。

 

「そう思えるのは凄いことだと思う。この感情が意外性とかそういうのかな?」

 

レイは歩き出す彼らの後ろに付いて行く。

 

奥へと進むと、迷路と化していた。

そして祭壇の所に瞳石≪どうせき≫があった。

スレイはそれを手に取る。

 

――二人の人物が居た。

一人は見知った長い銀の髪を一つに結い上げ、赤を基準とした服。

そしてもう一人はスレイに似た導師服を着て、導師の紋章のマントを着ていた。

彼らは高い丘の上で話し合っている。

導師服の男性はライラに導師の紋章の手袋を渡し、ライラは少し悲しそうに彼を見ている。

そして俯き、首を振る。

そして導師服を着た男性は祭壇のある鳥居のような門に向かって歩いて行く。

 

ライラは悲しそうに手を握り、俯く。

 

「今の人って……導師だよね?」

「……はい。」

「そっか。落ち着いた雰囲気の人だね。」

 

スレイは笑顔で、ライラに優しく言う。

そしてすぐに横から、

 

「誰かと違って。」

「うっせ。」

 

ミクリオが真顔で言う。

 

「ま、ひとつ事実がわかったし。」

「ああ。次に行こう。」

 

二人は歩き出す。

ライラは顔を上げ、

 

「え?」

「もっと聞かなくていいの?先輩の情報、超貴重でしょ?」

 

ロゼがスレイを追いかけながら聞く。

 

「黙っていたのは理由があるから。でしょ?」

「それくらいわかってるさ。」

 

二人は立ち止まり、ライラに振り返って言う。

 

「スレイさん、ミクリオさん……」

 

ライラは嬉しそうに微笑む。

デゼルが帽子を深くかぶり、

 

「その理由が問題だろうに。後悔しなけりゃいいがな。」

「そんな子供じゃないわよ。あの子たちは。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら言う。

そして歩き出す。

レイはそれに付いて行きながら、

 

「……導師――」

 

その後の言葉は本当に小さく聞き取れないほど、本当に小さい呟きだった。

そしてライラの背を見て、スレイとミクリオの元へ駆けて行く。

 

迷路のような道を進んで行く。

途中、枢機卿の放っていた憑魔≪ひょうま≫と戦うこともあったが、奥へと急ぐ。

 

ロゼは歩きながら、

 

「スレイ、一個いい?」

「うん?」

 

ロゼは首に手を当てながら、

 

「教皇に会って思ったんだけど、戦争の手続きを進めたのは、フォートン枢機卿だと思う。あの村長に開戦の決断は無理だろうしね。」

「それって、ロゼは枢機卿を……」

「スレイは浄化したいんだよね?枢機卿のこと。」

 

全てを言う前に、ロゼは腰に手を当て、スレイをまっすぐ見て言う。

スレイもまっすぐロゼを見て、

 

「ああ。憑魔≪ひょうま≫になっちゃったけど、あの人の責任感は本物だって信じたい。」

「だから浄化すれば救えるかもしれない。」

「そう思ってる。」

「わかった、やってみよう。あたしもフォローするからさ。」

 

ロゼはニッコリ笑顔で言う。

スレイは呆気に取られ、

 

「ロゼ……」

「なにも言うなって。そういうことだから。」

 

ロゼは進んで行く。

それを後ろでレイは黙って聞いていた。

 

そして最奥の部屋へと入る。

中には人の姿をした石像が沢山あった。

どの石像も恐怖に満ちていた。

レイはそれを見て、

 

「…………これが力を得た者の末路か。」

 

スレイ達もその光景を見る。

ロゼはきょろきょろ見渡しながら、

 

「なにここ?美術館??」

「なかなかいい男。」

「美形さんですわね。」

「へー、こういうのがタイプなんだ。」

 

エドナは目の前の男性石像を見て言う。

ライラもその石像を見て、口元に手を当てる。

ロゼもその石像を見た後、ライラとエドナを見た。

そう聞かれたライラとエドナは、

 

「特にそういうわけでは……」

「きらいじゃない。生々しくて芸術的。」

 

スレイも石像を見て、

 

「ほんと。生きてるみたいだな。」

「正確には『生きていた』だな。」

「え?」

 

デゼルがそっと、それでいて重々しく言う。

デゼルが見ていた石像を見て、

 

「セルゲイそっくり⁉」

 

そこには鎧を着た騎士セルゲイとそっくりの石像。

その表情は悔しそうだ。

ライラは眉を寄せ、

 

「スレイさん、この方はセルゲイさんの弟さんでは……?」

「この石像は人間!」

 

スレイも眉を寄せて、周りの石像を見る。

ロゼは目を見開いて、

 

「いるの?人を石に変える憑魔≪ひょうま≫なんて?」

 

レイはある所を見つめる。

そしてライラが思い出しながら、

 

「聞いたことがあります。確か――」

「騒がしいですね。祈りを邪魔しないでください。」

 

奥の方から女性の声が響く。

スレイ達はその方を見て、

 

「祈りって、雨を降らすためのか?」

「その通り。」

「なんで⁉」

 

ロゼは声を上げる。

 

「恐怖で民の心をひとつにするため。追いつめられた民衆の力を導き、帝国に勝利をもたらすのです。邪魔をするものには――」

 

そしてズルズルと何かを引きずる音。

暗闇から出て来たのは憑魔≪ひょうま≫の姿をしたフォートン枢機卿であった。

彼女はゆっくりとこちらにやって来る。

その姿は下はヘビの胴体に、髪までヘビを化していた。

 

「永遠を与えましょう!」

 

ライラは一歩下がり、目を貸しす。

 

「見ないで!メデューサは目があった者を石にします!」

「くそ!」

 

スレイ達は目を隠す。

レイは普通に彼女を見ている。

そしてもう一人。

 

「あたしが突破口を開く!」

「下がってろ!」

 

デゼルが前に出ようとするロゼを引き戻す。

そしてデゼルは前に出て、

 

「愚かな!私は天族も永遠にできるのですよ!」

 

そう言って、デゼルに邪眼を向ける。

デゼルは笑みを浮かべ、

 

「そうかよ!」

 

ペンデュラムをフォートン枢機卿に向けて投げる。

それは彼女に直撃する。

 

「ぐあああっ!」

「は!お前自信は永遠じゃないみたいだな。」

「貴様ぁ……なぜだっ⁉」

 

そして髪のヘビで攻撃する。

それをデゼルは避ける。

 

「うおっと!」

 

そして帽子が落ち、長い前髪の間から瞳が見える。

そしてそれを閉じたり開いたりする。

 

「……そういうことか。」

 

フォートン枢機卿を見るデゼルの瞳は光をさしていない。

つまり何も映していないのだ。

それを知ったロゼは、

 

「デゼル……あんた。」

「目が!」

 

スレイも眉を寄せ、彼を見る。

デゼルは帽子を拾いかぶりながら、

 

「好都合だろ?」

「永遠を与えるというのはやめます。私を邪魔する者には――」

 

デゼルを睨み上げ、

 

「刹那の死をぉぉぉっ‼」

 

スレイ達は武器を手に戦闘態勢に入る。

デゼルが警戒しながら、

 

「来るぞ!奴が目を開いた時は俺を神依≪まと≫え!」

「あんた、見えなくてなんで戦えるの⁉」

「俺をなんだと思ってる?風の動きで全部読めるんだよ!」

「すごいね、見直した!」

「おだてる暇があったら集中しろ!」

 

嬉しそうに言うロゼに、デゼルは注意する。

スレイはデゼルと神依≪カムイ≫をして、フォートン枢機卿と戦闘を行う。

それをしばらく見ていたレイは、歌を歌い出す。

フォートン枢機卿の動きは鈍くなる。

 

「この……この私の邪魔をするなあああっ!」

 

フォートン枢機卿の髪のヘビがレイの首へと巻き付く。

 

「レイ!」

「来るな、導師!」

「くっ!」

 

フォートン枢機卿はレイの首を絞め上げていく。

レイは締め付けるヘビを握る。

そしてレイの赤く光る瞳が、フォートン枢機卿を見下ろす。

 

「お前が……お前が私にこの力をよこしたのだ!私は私の願いのためにこれまでやってきた!」

 

それを聞き、スレイは眉を寄せ、

 

「裁判者が枢機卿に手を貸していた?」

「いいえ、彼女はおそらく願いを叶えただけでしょう。」

「ホント、嫌なヤツ。最後の後始末さえ、何もしないんだから!」

 

ライラとエドナも眉を寄せ、怒るように言う。

フォートン枢機卿は力を強め、

 

「なのに、なのに、私にまたその瞳を向ける!忌々しい‼ああ、忌々しい‼私の邪魔ばかり、どいつもこいつも‼」

「哀れな人間が。これが私が叶えた願いの果ての結果か。やはり変わらん。願いを叶えた所で何も変わらない。いつもあるのはこの感情ばかり。お前も所詮は穢れに飲まれる愚かで、哀れな人間に過ぎなかったな。」

「黙れ!黙れ!黙れ‼今のお前を殺すことぐらい、私にはできるのですよ!貴女に刹那の死をぉぉっ‼」

「止めろ‼」

 

スレイが飛び込むよりも早く、フォートン枢機卿のレイの首を締め付ける方が早かった。

掴んでいたレイの腕は落ち、そのままドサッと地面に落ちる。

 

「「レイ!」」「おチビちゃん!」「マジか⁉」「レイさん⁉」

 

スレイは目を見開いて固まる。

フォートン枢機卿は顔を手で覆い、笑い出す。

 

「あはは、あはははは!何が裁判者だ!所詮はただの人間と変わらない!簡単に殺せるではないか‼そうよ、私はやっぱり――」

「やっぱりなんだ?」

 

フォートン枢機卿は笑いを止め、指の間から仰向けに倒れている小さな少女を見る。

息すらしていなかった小さな少女の胸が上下し始める。

そしてただの赤い瞳は再び赤く光り出す。

 

「自分は正しいと、そう言いたいのか?人間。」

 

小さな少女は風に包まれ、服が白から黒へと変わる。

そして態勢を変え、自分の前に立つ。

先程と変わらぬ赤く光る瞳が自分を見る。

 

「それで、どうだった?私を一瞬とはいえ、殺せた感想は。」

「バカな!バカな!バカな‼そんな、嘘⁉嘘よ‼」

 

小さな少女の足元から出てくる黒い何かが、フォートン枢機卿に近付く。

だが、その動きを止める。

視線をスレイ達へ向け、

 

「お前はどうしたい、導師。」

「え?」

 

スレイは小さな少女を見つめる。

 

「この器を殺され、どうしたい?」

「……レイは本当に⁉」

 

それはスレイではなく、ミクリオの呟きだった。

ロゼとエドナは、小さな少女を見て、

 

「大体、こうなったのはアンタがその人間に力を与えたからでしょ。」

「そうだよ!どうして、こうなる前に止められなかったの!」

「止める必要は私にはない。」

「は?」

 

ロゼは眉を寄せる。

小さな少女は無表情で続ける。

 

「私は願いを叶えるだけだ。その後のことは知らん。穢れに飲まれようが、死のうが、殺されようが、私には関係のないことだ。」

「なっ⁉」

 

ロゼは小さな少女を睨む。

スレイの瞳は小さな少女へ向けられる。

 

「……スレイさん……。」

 

ライラは悲しそうにスレイを見た後、小さな少女に眉を寄せ、

 

「もうこれ以上、レイさんを気付けないで!」

「変な事を言うのだな、主神。まるで、この器に感情があるようではないか。」

「レイさんは、レイさんだけの感情を持っています!まだ幼く、小さな感情ですが、それを必死にわかろうと……理解しようとしているです!それを貴女は――」

「なら、どうすると言うのだ?」

 

赤く光る瞳がライラを射貫く。

ライラは必死にその瞳を睨む。

と、スレイは覚悟を決め、

 

「オレは、そのやり方は間違ってると思う!いくら願いを叶えるのが君の役目でも、こんな結果を出すのはおかしい!だからレイを、返してくれ‼戻ってこい、レイ‼」

 

と、叫ぶ。

その瞬間、小さな少女を風が包み、黒と白が交差する。

白に代わる瞬間、小さな少女はスレイを見て、

 

「なるほど。なら今はそれでいい。早くこの器を――」

 

小さい声で何かを呟き、白い少女がその場に座り込む。

レイはなおも赤く光る瞳で、辺りを見る。

 

「そうよ、そうだわ!だったら、殺し続ければいい‼」

 

フォートン枢機卿は再びレイに髪のヘビを向ける。

しかし、

 

「「させるか!」」

 

ミクリオがそれを防ぎ、スレイが浄化の炎で斬り付ける。

青い炎に包まれながら、フォートン枢機卿はスレイを見る。

 

「導師いぃぃ……」

 

そして倒れ込んだ。

フォートン枢機卿は青い炎に包まれながら、拳を握りしめる。

 

「穢れ……じゃない……!私は民のため!国のためにこの身を捧げてきた!」

「な、なんだ⁉」

「私は……穢れてなどいないっ!」

 

レイはフォートン枢機卿を見つめる。

彼女は再び立ち上がる。

 

「浄化できない⁉」

 

ミクリオがフォートン枢機卿を睨む。

スレイは彼女を見たまま、

 

「ライラ、もう一度!」

「はい!」

「私は……導く者の責務をっ!果たすっ‼」

 

フォートン枢機卿はスレイ達を睨む。

その穢れはどんどんと増えていく。

レイは眉を寄せた。

 

「もう人にすら戻れない。」

 

ロゼも、フォートン枢機卿を睨み、

 

「生み出す穢れが多すぎる……」

「なんとかとめないと。」

「それには枢機卿が自らの心を改めなければ……」

 

ライラの言葉を聞き、ロゼは彼女の方へ視線を向け、

 

「無理だよ、それ。」

 

そしてロゼはレイを見る。

レイは頷く。

ロゼも頷き、視線をフォートン枢機卿へ戻す。

 

「ね、スレイ。正義の心が穢れを生むとしたら、どうすればいいと思う?」

「それは……」

 

スレイは悲しそうに、ロゼを見る。

ロゼはフォートン枢機卿を睨んだまま、

 

「この人がそうなんだよ。世界の正義と自分の正義を一緒にしちゃってる『悪』。」

 

スレイは肩を上下し、呼吸が荒くなる。

 

「殺すしかないだろうな。」

 

デゼルがそう言うと、フォートン枢機卿は笑みを浮かべ、

 

「殺す?私が死んだら帝国を誰が導くというの?幼帝や騎士団に、政治のなにがわかる?導師が心を救えば、飢えがしのげるのかっ⁉見ているだけの裁判者どもとは違うのだ‼」

 

フォートン枢機卿の穢れはより一層濃くなり、

 

「私は責務を……げひっ!正義を!貫ぐううっ!」

「もう完全に心すら壊れた。」

「レイ?」

 

ミクリオがレイを見下ろす。

レイは手を耳に当て、

 

「もうぐちゃぐちゃだ、あの人間は!」

 

眉を寄せ、地面を見つめる。

その足元の影が揺らぎだす。

 

「いひひっ!私が!救いをっ!ひひゃひゃひゃひゃっ!私が!導ぐっ‼」

 

そうして前のりとなる。

ライラもレイの言った言葉を理解し、悲しそうにフォートン枢機卿を見る。

 

「レイさんの言った通り、心が壊れてしまった……」

「ええ、もう人には戻れない。」

「敵意が穢れを強めてしまったのか。」

「オレたちへの……」

 

スレイは覚悟を決めたかのように、前へ歩み寄る。

 

「「「スレイ!」」」「スレイさん!」

 

レイはスレイを見る。

もはや動くことすらないフォートン枢機卿の前に膝を着き、短剣を取り出す。

 

「こんな答えしか出せなくて――」

 

短剣をフォートン枢機卿へと向け、

 

「ごめん。」

 

スレイは目をギュッと瞑る。

そして彼女へと短剣を刺す。

暗闇の中、グサッと言う音がする。

スレイが瞳を開けると、ロゼが自分と枢機卿の間に居た。

スレイの短剣を自身の短剣の一つで止め、ロゼのもう一つの短剣が枢機卿を刺していた。

そしてフォートン枢機卿も、自身の状況を理解し、

 

「――‼」

 

声にならない言葉のような悲鳴を静かに、苦しそうに言いながら倒れた。

スレイはその状況をただ見ているしかない。

そしてロゼは倒れたフォートン枢機卿を見て、

 

「……眠りよ。康寧≪こうねい≫たれ。」

 

フォートン枢機卿は人の姿へと戻る。

 

「なんで……?」

 

スレイはロゼを見上げる。

ロゼは短剣をしまいながら、

 

「あんたの決意はよくわかった。それでも――」

 

そしてスレイを横目で見て、

 

「スレイは殺しちゃダメだと思う。」

「けど、ロゼ……」

「スレイの仕事は生かすこと。あたしの仕事は殺すこと、でしょ?」

 

ロゼは笑みを出しながら、スレイを見て言う。

スレイは複雑そうな悲しそうな顔でロゼを見る。

 

「ロゼ……」

 

ロゼは手を叩き、

 

「さぁ!後片付けは、セルゲイたちにお願いしよ。こっからは、あいつらの仕事。」

 

そう言って、ロゼは歩いて行く。

その後ろをデゼルが歩いて行く。

スレイは立ち上がり、彼らを見る。

ライラは俯きながら言う。

 

「私、ロゼさんは強い方だと思ってました。でも、違いますわね。」

「優しい奴なんだ。」

 

ミクリオも、腕を組んで言う。

エドナは横目でスレイを見て、

 

「スレイ、そんな顔しないの。ロゼの気持ちを無にする気?」

 

スレイは俯き、悔しそうな、悲しそうな、複雑な顔をしていた。

 

「わかってる。でも……悔しいよ。」

「うん。悔しいな。」

 

ミクリオが前を向いたまま言う。

それを聞いたレイは、フォートン枢機卿を見つめる。

 

「間違ってる……いくら願いを叶えるのが君の役目でも、こんな結果を出すのはおかしい、か……。いつかそれは矛盾となる……誰の言葉だったかな……」

 

レイは胸に手を当て、

 

「もしこの人間の願いが違ったのなら、違う願いの叶え方があるのだろうか……。人間も、天族も、この世界に生きる者達は儚く弱い生き物。その願いで手に入れた力を、貴女は誰かと共に使うべきだったのかもしれない。違う……手に入れた力ではなく、誰かと共に力を合わせるべきだったのかもしれない。ああ、だから私たちは――」

 

レイは眉を寄せ、

 

「こんなにもぐちゃぐちゃな感情を、彼らは受け、見続けたのだろうか……。」

「レイ。」

「なに、ミク兄?」

 

レイはミクリオを見上げる。

ミクリオは膝を着き、

 

「レイはその……怪我は大丈夫なのか?」

「……大丈夫。心配しなくても、私は――」

「え?」

 

レイはミクリオに聞こえない声で、最後何かを言った。

ミクリオはその声を聞き取れてはいない。

が、その顔はとても悲しそうであった。

それはレイの悲しそうな、辛そうな笑みのせいだろう。

だが、本人は気が付いていない。

 

「ミクリオ?レイ?」

 

そこにスレイがやって来る。

レイはスレイを見て、

 

「あれ、お兄ちゃん達が好きなやつでしょ。」

 

と、奥の指さす。

スレイとミクリオはそこを見て、

 

「マオテラスの紋章だよな?これは。」

「天遺見聞録が正しければね。」

 

ミクリオは立ち上がる。

 

「けど、ここは空っぽだ。」

「ああ。気配も領域も感じない。といっても、五大神の気配がどんなかなんてわからないけど。」

 

ミクリオは腕を組んで言う。

スレイは天遺見聞録を開き、

 

「そもそもマオテラスって謎の天族だよな。秘力だって地水火風があるのに、マオテラスのはないし。」

「五大神信仰の象徴的存在と思っていたが、裏があるのかもな。」

「……あれは子供にして子供にあらず。」

「「え?」」

 

レイは歩いて行った。

ミクリオはその背を見て、

 

「レイの言葉やマオテラスのこと、ライラはなにか知っていそうだが……」

「聞かない方がいいよな。」

 

スレイは頬を掻きながら言う。

ミクリオは苦笑いして、

 

「かわいそうだ。いろいろな意味で。」

「それにしても……ライラ、いつああいうネタを考えてるんだろうな?」

「それも謎だね。。マオテラス以上に。」

 

スレイは腕を組んで悩み、ミクリオは呆れたように言う。

そしてスレイ達はロゼとデゼルに追いつく。

石像と化してしまった者達を見て、

 

「……やりきれない。」

 

エドナはじっと見つめて言う。

ミクリオも石像となったものを見つめ、

 

「裁判者や審判者なら、彼らを元に戻せるのだろうか?」

「できるでしょうね。でもきっとやらないわよ。」

 

ロゼはエドナを見て、

 

「願いじゃないから?」

「ええ。」

 

そう言うエドナは傘を握りしめる。

レイは呟く。

 

「願いは万能にして災厄を呼ぶ。世界の平和を望んでも、その先にあるのは文化の終わり。この世界に生きる者には、感情と言う心の概念を持つ。だから裁判者や審判者は本当の願いしか叶えない。たとえそれが世界の終わりでも、誰かの大切なものの命や存在でも……」

 

スレイはライラを見て、

 

「……レイ。ライラ、裁判者や審判者の手を借りずに、元に戻す方法は――」

「それは……」

「スレイ、ライラ、困ってる。」

 

ライラは視線を外す。

ロゼはスレイを見つめて言う。

 

「……ごめん。」

「いえ、私こそ……」

「俺にもっと力があれば。」

 

スレイは拳を握りしめる。

そんなスレイに、

 

「図に乗るな。生き死にまで穢れると思うのか?」

「……勘違いしたらダメだよな。」

「妙な同情もだ。」

「そうだな。ボリスはなすべき仕事を果たしたんだ。自分の意志で。」

「私たちもやんなきゃ。」

「ああ。続けよう。俺たちにできることを。」

 

スレイ達は強い瞳を宿す。

帰り際、エドナは辺りを見て、

 

「領域が消えて、はっきりわかった。やっぱり、ここにはマオテラスはいない。」

 

そう言うと、ライラは急に背を向け、

 

「上から読んでも『ライライライラ』。下から読んでも『ライライライラ』。」

「おい。今はそんなことどうでも――」

 

ミクリオがエドナに言うが、エドナは珍しく大声を上げる。

 

「よくない。私たちは、五大神でもない憑魔≪ひょうま≫を鎮められなった。いくらアイツから、力を貰ったとしても。それはつまり、あのひげネコにも勝てないってことだもの。」

「ヘルダルフ……まだ遠いな。」

 

スレイは遠い目をする。

エドナは背を向け、

 

「そう思うならしっかりして。おチビちゃんのこともあるだから。」

「まだまだこれからですわ。」

 

ライラも優しく微笑みながら言う。

ミクリオもスレイを見て、

 

「まだ試練の神殿は三つも残ってるし。」

「くじけるのもまだ早い、よな。」

 

スレイ達が居なくなった後、デゼルは拳を握り、

 

「マオテラスでもヤツでもなかったか……。だが、まだ近くに気配を感じる。ヤツはまだローランスの中枢にいるはずだ。」

 

彼らは教会出口に向かう。

ミクリオが無言で足元を見て歩いていると、

 

「そう。もっと強くなりたいのね。」

 

エドナがミクリオの顔を覗き込んで言う。

ミクリオはガバッと顔を上げ、

 

「なにも言ってないだろう⁉」

「バレバレよ。」

 

ミクリオは歩くペースを上げた。

エドナは傘を開き、

 

「子供ね。」

 

エドナはゆっくり歩いていく。

 

ロゼは思い出したように、

 

「あ!デゼル、さっきは助かったよ。おかげでメデューサにばっちり勝てた!」

「……仕事をしただけだ。俺もお前も。」

 

ロゼはデゼルを見て笑い、歩いて行った。

 

教会神殿を出る。

雨は止み、少しだが日の光が見える。

と、騎士セルゲイが仲間達といた。

 

「スレイ、フォートン枢機卿は?」

「……亡くなった。」

「……そうか。」

 

騎士セルゲイは眉を寄せ、俯いた。

ロゼは騎士セルゲイを見て、

 

「そっちは?」

 

騎士セルゲイは顔を上げ、

 

「皇帝陛下は、我々を信じてくださった。だが、フォートン枢機卿も信じたいと。そこで、双方の言い分を聴取する場を設けると仰せられたのだが――」

「枢機卿は出られないね。」

 

ロゼが言う。

そしてミクリオが腕を組んで、

 

「騎士団が謀殺したと疑われる恐れがあるぞ。」

「ごめん。」

 

スレイが俯いて言った。

騎士セルゲイはスレイを見て、

 

「なんの、スレイが謝ることはない。全ての責めは自分が負う。」

「枢機卿を殺したのはスレイじゃない。本職の殺し屋だよ。」

 

ロゼが騎士セルゲイを見て言った。

そしてロゼは腕を組んで、

 

「そいつは、こんなこと呟いてた。『……眠りよ。康寧≪こうねい≫たれ』。」

 

スレイはロゼを横目で見る。

当の本人は自信満々だ。

騎士セルゲイはロゼを見て、

 

「それは、特級手配の暗殺ギルド『風の骨』が殺害現場に証拠として残す文言!事実なのか?」

「本当だよ。ね?」

 

と、スレイを見るスレイ。

 

「今更だ。気を遣う必要はない。」

 

デゼルがスレイに言う。

スレイは騎士セルゲイを見て、

 

「……ああ。」

 

考え込み、眉を寄せる騎士セルゲイをレイは見上げ、

 

「これから先、貴方は選んだ道に対し、今以上の大きな秤に賭けられる。その一つ一つをどのように選び、進み向かは貴方次第。」

 

スレイ達はレイを驚き、眉を寄せて見る。

そしてレイは、悲しそうに騎士セルゲイを見る。

 

「もし貴方の中に残るその願いを望んだ時、私は貴方の願いを叶える。でも、私はそうならない事を……永遠≪とわ≫に願う。もしそれが行われた時、それは私が貴方を――」

「む?」

「だから貴方は貴方の中にある正義を忘れず、信じてくれればいい。この先、何があろうとも。」

「……貴殿の言いたいことは大体理解した。私も励むとしよう。」

 

騎士セルゲイはスレイを見て、

 

「わかった。暗殺ギルドの件は上層部に報告しておこう。しかし、導師の前で暗殺をなすとは、風の骨――噂以上に恐るべき者たちだ。」

 

そして騎士セルゲイは歩いて行った。

スレイとデゼルはロゼを見る。

ロゼは腰に手を当て、

 

「そりゃあもう。」

「ああ、せいぜいよろしく伝えてくれよ。」

 

デゼルは騎士セルゲイの背を見たまま言う。

気持ちの切り替えは早い。

だがスレイは俯き、

 

「救えなかった。枢機卿も……。」

 

と、ライラが空を見上げ、

 

「雨が――」

 

そしてスレイ達を見て、

 

「少し街を歩いてみませんか。」

 

スレイ達は街を歩き出す。

 

「雨がやんだ……」

「……うん。まぶしいね、お日様。」

 

街を回り、騎士団や祭司達が国のため、民のために動いていた。

街の人々は雨がやみ、日が出てきたことを喜んでいた。

街に明るい声が響き渡る。

 

ライラはスレイを見て、

 

「救えたものもありましたわ、スレイさん。」

「教会神殿も見られたじゃないか。」

 

ミクリオも、腕を組んでスレイに言う。

エドナが傘を前にして、ミクリオの横で傘を回す。

 

「ポジティブミクリオ。略してポミね。」

「うわ⁉やめろって!」

 

ミクリオはそれを腕で庇いながら下がる。

エドナはさらに傘を回しながら、近付く。

しまいには傘を開いたまま、突き出す。

 

スレイは街の人々の笑い合う姿を見ていた。

ロゼも同じように隣で見て、

 

「いつまでもヘコんでんなよ。」

「ロゼ……」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼはスレイに向かい、

 

「『ごめん』も『サンキュー』もなし!スレイもあたしも、やることやったんだから。お互い次も頑張るってことでOK?」

「……OK。」

 

スレイは頭を掻きながら言う。

ロゼは腰に手を当て、

 

「それでOK♪ってことで、一休みね。ちょっと疲れちゃったよ。」

 

そこに騎士セルゲイが近付いてくる。

レイは眉を寄せ、自分の耳を塞ぐ。

 

 

スレイ達を見る二人が居た。

一人は屋根の端に腰を掛け、スレイ達を見る紫を纏った二つ縛りの少女。

少女は無表情で彼らを見つめている。

そして、その隣には仮面をつけ、白と黒のコートのような服と長い紫色の髪を風になびかせている少年。

彼は少女とは対照的に、笑みを浮かべて彼らを見ている。

少年は彼らのすぐ傍にいる小さな少女を見る。

 

「あーあ、今回の件でさらに不安定になってる。だからちゃんと守るように言ってあげたのに……ね、導師スレイ。」

 

彼は笑みをより一層深くして微笑む。

 

 

スレイ達は宿で一泊した。

そして長い長い眠りに入り、朝を迎える。

 

「やっと起きた。」

 

外にいるロゼとデゼルの所に行く。

スレイは頭を掻きながら、

 

「寝過ぎちゃったよ。」

「レイはまだ眠そうだけどね。」

 

ロゼはスレイの服の裾を掴み、目を擦りながら立っているレイを見る。

レイは首をコクコクしていた。

そしてスレイ達は視線を横に向ける。

 

「皇帝陛下は御親政の決意をされた。」

 

そこには騎士セルゲイが騎士団の仲間の前に立ち、命令を下している。

 

「だが、枢機卿が束ねていた強硬派がそれぞれ怪しげな動きをみせている。」

「戦争をしたい奴らか……」

 

それを聞いたロゼ腕を組んで言う。

そしてミクリオも、

 

「まとまりがなくなった分、対処が難しいかもしれないね。」

「また人が……」

 

スレイは落ち込む。

レイは目が覚めたかのように、顔を上げる。

騎士セルゲイを見る。

 

「そうはさせない!」

 

騎士セルゲイがスレイの元へと歩いて来る。

 

「戦争は必ずとめてみせる。スレイたちの努力を無にしないために。」

「頼んだよ、セルゲイ。」

 

スレイと騎士セルゲイは頷く。

そして騎士セルゲイは騎士団と共に歩いて行く。

彼が居なくなった後、スレイは体を伸ばす。

 

「さてと!お腹すいちゃったな。」

「宿で腹ごしらえしよう。」

 

スレイとミクリオは歩き出す。

レイはその後ろに付いて行く。

ロゼは彼らの後ろ姿を見て、

 

「減るはずだよ。何も食べずに寝っぱなしとか。」

「いろいろありましたから。」

「スレイは、ね。」

「正確にはおチビちゃんも、よ。だから寝ないともたなかったのかも。」

「……大丈夫なのかな?きっとまたこんなことあるんだよね?」

「そうね。」

 

ロゼの言葉に、エドナは短く返事する。

ライラは俯く。

そこに明るい声が響く。

 

「おーい?」

 

見上げる方には、スレイ、ミクリオ、デゼル、そしてスレイと手を繋いで歩いているレイ。

ロゼ達は顔を見合い、彼らの元へ歩き出す。

 

「ドラゴ鍋、食べよっか?」

「起きがけからパワフルだねぇ……。でも賛成。」

 

宿屋に入ると、聞き覚えのある声がする。

 

「ドラゴ鍋……70点ってとこだな。」

 

その声の主の所にスレイ達は歩いて行く。

相手も、こちらに気付く。

 

「メーヴィン!」

「聞いたぜ。教会の件。」

「さすが早耳。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

探検家メーヴィンは、スレイを見上げ、

 

「大変だな、導師ってのは。」

「ん、いろいろあるけど……大丈夫。」

「あたしもついてるし。あ、後レイもね。」

「ん。」

「そうか。で、なにかつかめたか?」

 

探検家メーヴィンは目付きを変える。

 

「うん。あそこにマオテラスはいなかった。」

 

そう言うと、ライラの顔付が変わる。

探検家メーヴィンは腕を組み、

 

「ほう?」

「本当なんだって。神殿の奥まで行ったんだから。」

 

ロゼが眉を寄せて言う。

 

「マオテラスは謎の多い天族だ。存在自体を否定する説があるほどだが……」

「存在するよ、マオテラスは。」

「え?」

 

後ろから声が響く。

スレイが振り返ると、黒いコートのような服を着た少年が笑顔で立っていた。

 

「ゼロ!」

「また会ったね、スレイ。それにロゼ。と、レイ。」

 

レイは少年ゼロを見上げ、すぐにミクリオの後ろに隠れる。

少年ゼロはそれには気にせず、

 

「そっちの方は初めてだよね?」

「ああ、彼はメーヴィン。探検家だよ。」

「メーヴィン……そっか、君が。」

 

少年ゼロは笑みを浮かべる。

 

「知り合い?」

「いや、彼自身に会うのは初めてだよ。他のメーヴィンには会ったことあるけど。」

「は?」

 

ロゼは首をかしげる。

少年ゼロは腰に手を当て、

 

「こっちの話。ね、メーヴィンさん。俺はゼロ、ヨロシク。」

「ああ。」

 

彼らは何やら見えない何かと睨み合った。

そして、彼はスレイに近付き、

 

「で、話を戻すけど、天族マオテラスは存在するよ。実際に証拠は残されてるしね。」

「確かに、教会神殿は信仰を集めてきた。アスガード隆盛期からずっとだ。相当強力な天族の加護がないと、そんなことは不可能じゃないか?」

 

ミクリオは腕を組んで考えながら言う。

スレイは眉を寄せて、

 

「つまり、マオテラスは存在し、祀られていたのは事実だと、オレもそう思う。」

「だとすると問題は、いついなくなったか。」

 

二人は悩み出す。

少年ゼロは面白そうに彼らを見ている。

 

「てか、マオテラスって大陸を全部加護するメチャスゴな天族でしょ。なら、いなくなったのは、その加護がなくなった時っしょ?」

「災厄の時代が始まった時か。」

 

ロゼの言葉に、スレイは眉を深く寄せ、呟く。

ミクリオが顔を上げ、

 

「待てよ!マオテラスの失踪が災厄の時代の原因だとすれば……」

「マオテラスの加護が戻れば、災厄は治まる。」

 

二人は頷き合う。

そして決意を固め、

 

「マオテラスを捜そう。」

 

スレイは少年ゼロを見て、

 

「ゼロはマオテラスについてどれくらい知ってる?」

「ん~、そうだなあ……人に簡単に言えるくらいと、言えないくらい?」

「なにそれ。」

 

ロゼは少年ゼロを見て言った。

 

「え~、だって事実だからね。と、俺は君に用があったんだ。」

 

と、膝を着いてレイを見る。

 

「まだ、消えちゃダメだよ。だってまだ俺は――」

 

彼は小さく呟いた。

その彼の表情は深い笑みを浮かべる。

レイはミクリオの足に強く抱き付く。

ミクリオはそんなレイを見下ろす。

少年ゼロは立ち上がると、スレイを見て、

 

「あ!これは教えてあげる。天族マオテラスを知るという事は世界を知るって事だよ。それは過去、現在、そして未来、のね。」

 

彼は深い笑みを浮かべて言う。

スレイを見て、

 

「じゃ、また会おうね。俺、君たちのこと期待してるから。」

「え?」

「頑張って世界を変えてみなよ、若き導師様。」

 

そう言って、手を振って宿を出て行った。

スレイは頭を掻きながら、

 

「何だったんだろう?」

「さぁ?」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼは首をかしげる。

 

「変わった兄≪あん≫ちゃんだ。」

 

探検家メーヴィンは笑う。

と、デゼルも彼の去った方を見て、

 

「相変わらず、変なヤツだ。」

「アンタと同じくらい?」

「はぁ⁉」

 

エドナの一言に、彼は腕を組んで声を上げた。

ミクリオが、スレイを見て、

 

「やっぱり見えてるんじゃないか?」

「かもな。」

 

二人は苦笑いする。

と、レイは彼が出て行った入り口を見ていた。

 

「あ!レイじゃない方はマオテラスについて何か――」

「スレイさん!」

 

スレイをライラが止める。

スレイがレイを見ると、レイは無表情でスレイを見る。

 

「マオテラスを知るという事は世界を知ること。そしてそれは、この災厄の時代の始まりにして終わり。そしてもう一つ。それを知るという事はお兄ちゃん達自信を見ると言うこと。」

「えっと?」

「つまりは私に聞いても、真実は簡単には教えないと言うことだ、導師。」

「うわっ⁉出た‼」

 

ロゼはぎょっとする。

スレイは肩を落とし、

 

「ですよねー……」

「わかったら励めよ、導師。」

 

そう言って、レイはそっぽ向く。

そしてロゼは探検家メーヴィンを見る。

 

「う~ん。おじさん、なんか心当たりない?」

 

探検家メーヴィンは腕を組み、

 

「教会神殿以外だと、マオテラスと同じ五大神の力が残るという四つの遺跡があると……」

「試練の神殿!そこを回るつもりだったんだ。」

「さすが導師だな。」

 

 

スレイは顔を上げ、嬉しそうに言う。

探検家メーヴィンはスレイを見る。

 

「旅の途中で何かわかったら教えて。」

「わかった。俺も伝承を当たってみよう。」

 

探検家メーヴィンは立ち上がる。

スレイの横に行くと、

 

「じゃあな。風邪ひくなよ。チビちゃん、お前さんはもっともっと楽しめよ。」

「私のわかる感情の範囲内なら。」

 

レイは探検家メーヴィンを見上げ、小さく笑う。

探検家メーヴィンはそれに少し驚き、笑う。

スレイとロゼは探検家メーヴィンを見て、

 

「ありがとう。」

「おう!」

 

探検家メーヴィンは歩きながら、

 

「エギーユたちに伝えておくぜ。お嬢たちは元気そうだったってな。」

 

そして出て行った。

エドナはスレイ達を見て、

 

「ハラヘッター。」

 

スレイ達は思い出したかのように、笑う。

食事を取りながら、ライラは楽しそうに食事を取っているスレイ達に目を向ける。

 

「前向きになれたみたいですね。スレイさんも、ロゼさんも。あと、レイさんも?」

「まあね。レイははっきりとはわからないが、変化はあったと思う。スレイに関しては、変に溜めこむ時があるから心配だけど。」

 

ミクリオが嬉しそうに言う。

ライラは彼らを見つめながら、

 

「ですね。」

「ライラもだよ。もっと僕たちを頼ってくれよ。」

「……はい。ですよね。」

 

そしてスレイは食事を取りながら、

 

「マオテラスがいても不思議じゃない場所といえば……」

「五大神にふさわしい器がある場所だろうね。清浄な神殿とか、穢れのない大自然とか。」

 

ミクリオも腕を組み、考える。

ロゼはスプーンを上げ、

 

「なら、試練の神殿は可能性大かも。」

「『導師が困った。どうしよう⁉』。」

 

ライラが真剣な表情で言った。

スレイは頬を掻きながら、

 

「はは、ホントに返しに困るかも。」

「すみません……」

 

ライラは俯いた。

スレイはライラを見て、

 

「ごめん、いいんだよ。」

「何がライラの誓約か、わかってきたしね。」

 

ミクリオは苦笑いで言う。

ライラは顔を上げ、手を合わせる。

そして、明後日の方向を見て、

 

「ブウサギの歌、歌いま~す!ブウサギ美味し~あの耳~♪」

「あ。マオテラス絡み!」

「毒のあるのもあるけどね。」

 

ロゼは腕を組み、首を触りながら、ライラを見る。

レイは鍋の具を混ぜながら言った。

ライラはより一層歌い込み、

 

「ブウサギ美味し~あの皮~♪」

「皮より、身の方が美味しい気もするけど……」

 

レイはなおも鍋の具を混ぜながら言う。

 

「やめなさい。かわいそうよ、色々な意味で。」

 

そこにエドナが真顔で、彼らに言う。

ミクリオは真剣な表情で、

 

「責めてるわけじゃないんだ。ホントに。」

「だよね。おかげで浄化の炎が使えるんだし。」

「知りたいことは、自分の目で確かめればいいんだから。」

 

ロゼ、スレイは笑顔で言う。

ライラは嬉しそうに、

 

「……ありがとうございます。」

「甘いな。相変わらず、どうしようもない導師だ。」

 

デゼルが呆れたように言う。

だが、その表情は楽しような、嬉しそうだ。

ライラはデゼルを見て、

 

「デゼルさんも誓約を⁉」

「今のは違う!」

 

デゼルは拳を上げる。

レイは鍋の具を混ぜながら言う。

 

「で、どうするの?」

「ま。結果的に、導師の修行と、マオテラスの捜索。一石二鳥になったね。」

「もっとだよ。五大神の遺跡を探検できるんだから。」

 

ミクリオとスレイは嬉しそうに言う。

ロゼは呆れたように、

 

「ったくー、遺跡オタクー。」

「こういうのは楽しまなきゃ!」

 

楽しそうに言うスレイに、ライラは表情を暗くし、

 

「命懸けかもしれませんが……」

「それはね。冒険だから。」

「だね。」

「あたしは油断なく行くけどね。」

 

スレイ、ミクリオ、ロゼは自信満々に言う。

ライラは表情が明るくなり、

 

「お供しますわ。どこまでも。」

 

食事が終わり、

 

「さて、試練の神殿をどうやって探すか……」

「大まかな位置はティンタジェルの壁画でつかめるけど。」

「ぶっちゃけ、行って探すしかないね。」

 

と、とりあえずはこの街で旅の支度を整える。

 

ミクリオは気まずそうに、

 

「デゼル……聞きにくいんだが……」

「俺の目のことか?ふん、別に隠していたわけではない。」

「それは仇がやったのか?」

「そうだ。ヤツのせいでこうなった。」

「だからデゼルさんは復讐を――」

 

ライラは悲しそうに手を握る。

デゼルは声を上げ、

 

「言ったはずだぞ。俺の目的は友を殺し、風の傭兵団を潰した仇への復讐だと。」

「自分のことじゃないと?」

 

ミクリオはまっすぐデゼルを見て言う。

デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「この傷は、むしろ感謝しているくらいだ。おかげで風を読む力が格段にあがったからな。今の俺は、お前たちよりほど広く周囲の気配を捕らえることができる。だからこそ、わかる。あのゼロと言う人間のような男とレイは同じ気配がする。そしてレイはとても不安定だ。」

「おそらく、誓約と同じ効果が生まれているのでしょうね。」

 

ライラはじっとデゼルと見る。

デゼルはライラを見て、

 

「つまり、心配も同情も無用と言うことだ。安心して俺の力を利用しろ。フォートンの時のようにな。」

「その代わり僕らの力も利用するから……か。」

「それも言ったはずだな。最初に。」

「……ああ。そうだったな。」

 

デゼルは歩いて行った。

ミクリオとライラはその背を見ていた。

 

ロゼは歩いていたデゼルに近付く。

 

「デゼル、聞いてもいい?」

「なにをだ。」

「友達がいるかどうか。」

「……相手が傷付く質問だな。」

 

デゼルは帽子を深くかぶる。

ロゼは腕を組み、口元に指を当て、

 

「ごめん。そういうつもりはないんだけど。」

「わかっている。俺にも親友はいる。ラファ―ガという風の天族だ。やけに面倒見のいい奴でな。一緒に旅をした間、ずいぶん兄貴風を吹かされたもんさ。」

 

デゼルはまるで遠いところを見るように言う。

ロゼは嬉しそうに言う。

 

「さすが風の天族。」

「ふふ……心配だったんだろうな。危なっかしい若造の俺が。」

「そっか。よかった。」

「よかった?」

 

ロゼは腰に手を当て、

 

「うん。デゼルが一人じゃなくて。あたしも心配だったんだ。なんとなく。」

「いらん心配だ。」

「そ。いらなくてよかった。」

 

ロゼは背を向けて、歩いて行った。

デゼルは帽子を取り、胸に当て、

 

「……だから討つのさ。あいつの仇を。」

 

レイは柱に隠れてぞれぞれの言葉を聞いていた。

耳に手を当て、

 

「色々な感情という名の心が入り混じってる。純粋なものから大きく穢れたものまで……」

ーーそれがこの世界に必要なものであり、不必要なものだ。

「白と黒の裏表。」

ーーそうだ。互いに隣り合わせになっているからこの世界のバランスは保ている。だからどちらか片方がなくなっては意味がなくなる。お前の白と黒はどうなんだ?

「わからない。でも私はどこかで消えたいと思ってる。でも、それと同時に……」

 

レイは空を見上げ、

 

「まだここに、お兄ちゃん達の側にいたい……」

 

一行は皆それぞれの想いに整理をつけ始める。



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toz 第十八話 寄り道その3

スレイは達は食堂に居た男性から話を聞いた。

 

「また『吠え声の季節』が来たな。夜は出歩かないことだ。命が惜しいのなら……な。」

 

そう言って、男性は去って行った。

スレイ達はその日、宿屋に泊まった。

スレイは窓の外を見ていた。

そこにミクリオとがやって来る。

 

「スレイ、まだ寝ないのか?」

「ああ。ちょっと街をみたくなって。」

「……静かだから、逆に歴史の重みが感じられるね。アスガード隆盛期から続く古都ならではだ。」

「今更だけど思うよ。本を読んでた街にいるだなって。」

「古代の旅人なら詩を捧げるところかもしれないな。」

「詩か……」

 

スレイは腕を組み、

 

「『ペンドラゴ 夜の景色も いい感じ』。」

「スレイ。」

 

ミクリオは呆れた目を向ける。

 

「い、今のはアレだけど、練習しなきゃ上手くならないだろ?」

 

と、そこにレイが近寄って来た。

レイはスレイを見上げる。

いや、外を見ていた。

 

「レイ?」

 

と、外から唸り声が聞こえてきた。

スレイとミクリオは驚きながら、

 

「なんだぁっ⁉」

 

そこにらライラ達も駆けつける。

 

「今の声は⁉」

「うるさいわよ、ミクリオ。」

 

エドナが傘に付いていた人形を握りしめて言う。

ミクリオはエドナを見て、

 

「僕じゃない!」

「とにかく外だよ!」

 

スレイ達は外へ駆けだす。

 

「一体何が吠えているんだ⁉」

「この感じだと声の主は街の中だよ!探そう!」

 

スレイ達は街の中を回る。

ライラは辺りを注意深く探る。

 

「今の咆哮は、まさかかの者⁉」

「わからない。あの領域は感じないけど。」

 

スレイも同じように探りながら言う。

後ろの方でデゼルは、

 

「……まさかヤツか?」

 

同じように、辺りを探りながら言う。

 

レイは空を見上げ、

 

「お兄ちゃん、あっちから何か……モヤモヤしたものを感じる。」

「わかった!行ってみよう!」

 

公演広場に行くと、憑魔≪ひょうま≫が立っていた。

赤毛に覆われた大きな体に、虎のような顔。

 

「いたわ。」

 

エドナがそれを見つけた。

スレイ達は駆け下り、武器を構える。

 

「ひげネコじゃなくてトラネコ!」

 

ロゼが敵を見上げる。

と、敵は咆哮を上がる。

 

「なんて咆哮だ…!」

 

ミクリオが眉を寄せて言う。

ライラが敵を見て、

 

「あれは虎武人!きっと虎武流の使い手ですわ。」

「きっと、ってことはでまかせね。」

「バッサリだな、エドナ。」

 

エドナはライラを見て言う。

そんなエドナを見ながら、デゼルは言う。

 

「無用な副詞はトラブルのもとですわね……」

 

ライラは敵を見据えて言った。

スレイ達は戦闘を開始する。

レイが歌を歌い出す。

その歌声は今までとは違う気がした。

 

「なんか、レイの歌変わった?」

「なんというか……」

「想いが入った?」

「「それだ!」」

 

悩んでいたスレイとミクリオはロゼを見て言った。

そして攻防を繰り返していく。

一撃は重いが、耐えて敵憑魔≪ひょうま≫に一撃を与えた後、浄化の炎が敵を包む。

 

「トラネコがブタネコに⁉」

 

ロゼは武器をしまいながら驚く。

さっきまでの憑魔≪ひょうま≫は丸々としたネコへと変わった。

その猫はロゼを見て、

 

「まぁ、失礼なお嬢さんね。」

「じゃあ、デブネコ?」

「「「「「「‼」」」」」」

 

スレイ達は首を傾げて言うレイを見る。

スレイとミクリオは口を開いたまま固まる。

ネコはレイを見上げ、

 

「せめて『ポッチャリさん』と言って。」

「な、なんか……ご、ごめん。」

 

ロゼは視線を外しながら言う。

そしてミクリオは、レイに何かを言っている。

 

「……ハズレか。紛らわしい。」

 

デゼルは舌打ちをしながら言う。

ライラは猫を見て、

 

「もしやムルジム様?」

「ええ、そうよ。」

「有名人?」

 

ロゼはライラを見る。

ライラは手を握り、

 

「一匹狼……いえ、一匹ネコの高位天族で、強い加護の力をもつと聞いています。」

「へぇ~。」

「私としたことがみっともない姿を見せちゃったわね。」

 

天族ムルジムはスレイ達を見上げて言う。

レイが空を見上げ、

 

「仕方ない。ここは色々あり過ぎるから……」

「おチビちゃんの言う通り、この街は人間の欲望で溢れているわ。気に病むことないと思うけど?」

 

エドナは天族ムルジムを見て言う。

だが、天族ムルジムは力強く、

 

「いいえ、償わせて。導師、この街の加護をもたらす天族を探しているのでしょう?」

「え、でも……この街は……」

「ペンドラゴは大都会だ。穢れを消し去ることは不可能だし、教会も権力と結びついている。」

「……ただ自分の欲を満たすだけの願いだってある。」

 

ミクリオが腕を組んで言い、レイは天族ムルジムを見て言う。

 

「でもそれは、真剣に救いを求める声が多いってことでもあるわ。」

「困りはてて天族にすがってるだけだ。」

 

デゼルが淡々と言う。

だが、それにはめげず、

 

「純粋な願いには違いないでしょ?加護を維持していくことはできるわ。」

「それでも、また憑魔≪ひょうま≫になってしまうかもしれない。」

 

スレイは心配しながら、天族ムルジムを見る。

 

「私、考えがあるの。教会の権威を利用してみようと思うのよ。」

「人間の捧げる祈りを自分で選別しようというのか。」

「したたかね。」

 

ミクリオとエドナが意外そうに見る。

レイはジッと天族ムルジムを見つめる。

天族ムルジムはジッと彼らを見て、

 

「私は、考えさせられたのよ。加護がどうあるべきかを。」

「なんかあったの?」

 

ロゼが天族ムルジムを見る。

じっと見ていた天族ムルジムは俯き、

 

「祈りを単純に受け入れて加護を与えるだけでは、誰のためにもならないってことよ。」

「……ふん。小難しいことを。」

 

そして顔を上げ、

 

「……人との共生のためには、天族も色々注意するのは当然なのよ。」

「そっか。その天族も気付いてくれてるといいね。」

「あら。カンの良い子ね。」

 

天族ムルジムは嬉しそうに、ロゼを見る。

スレイもロゼを見て、

 

「え?本人の事じゃないのか?」

「別の天族≪ひと≫の事でしょ?」

「本当、気付いてくれていればいいのだけど。そうでしょ、裁判者。」

 

天族ムルジムはレイを見る。

スレイ達ははっとして、レイを見る。

レイは空を見て、

 

「そうだね。人も天族も誰よりも穢れを生みやすく、飲まれやすい。貴女の言う天族もまた、見て見ぬ振りをしている。それは他でもない、共存の暖かさを知っているから。人は誰しも関わりを持つ。それは気付かぬ内に結ばれている。そしてそれは種族を選ばない。人も、天族も…そしてそれはきっと私たちも、それをどう受け取るかが、問題。」

 

レイは天族ムルジムを再び見て、

 

「貴女の言う通り、ただ与えるだけでは意味がない。だからこそ、それは裁判者達にも言える。でも、それでも――」

 

天族ムルジムを赤く光る瞳で見据える。

 

「私達は願いを叶えた後、関わる事はない。私達の叶える願いとは常にそうであるのだから。」

「そうね。でも、貴女は全てを知っていて知らない。」

「……かもしれんな。」

「だからこそ、貴女は今の貴女を求めると同じだけ、今の貴女を否定している。」

「そうだ。……お前の器が見つかったら、少しだけ手を貸してやる。」

「あら、珍しい。でも、変わらないわね。」

「当然だ。」

 

スレイ達は彼らの会話を見守っていた。

赤く光る瞳が元に戻り、ライラを見る。

ライラは頷き、

 

「お考えはわかりました。適切な器をお探ししますわ。」

「教会神殿の秘文はまだ無事?あれなら信者と距離がとれると思うのだけど。それに、あれには彼らの力も宿ってるし。」

「そうなの⁉」

 

ロゼはライラを見る。

ライラは視線を外す。

 

「あ!ネコで思いつきましたわ!ネコのマネをしますわ!にゃ、にゃ、にゃにゃ~ん!」

「なにそれ。」

 

ネコのような手招きをしているライラに、エドナはつまらなそうに言う。

ライラは肩を落とし、

 

「うう~、エドナさんが冷たい~!」

 

スレイはそれを苦笑いして見た後、天族ムルジムを見て、

 

「無事だよ。お願いします、ムルジムさん。」

「導師さん。色々言ったけど人を信じてないわけじゃないのよ?」

「人も天族も、それぞれわきまえなきゃならないことがある……」

「そう。お互いに、ね。」

 

スレイは腕を組んで言う。

それを天族ムルジムは嬉しそうに見る。

 

スレイ達は教会神殿へとやって来た。

中に入ると、見知った相手を見た。

 

「あれ?今のメーヴィンおじさん?」

 

と、ロゼが言っていると、祭司がロゼを見て、

 

「お知り合いですか?」

「あ、うん。まあ家族みたいなもんです。」

「それはそれは。メーヴィンさんには、いつもお世話になっています。」

「教会が探検家に?」

 

スレイが腕を組んで言うと、

 

「恥ずかしい話ですが、教会が失ってしまった古い伝承を教えていただいているのです。文献に伝承に遺跡……本当によく調べておられて頭が下がりますよ。」

「へえ、さすがだな。」

「おじさん、ちゃんとした探検家だったんだ。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

と、祭司は何かを思い出したかのように、慌て出す。

 

「いけない!お礼を渡し忘れていた!」

「別にいいよ。おじさん、そういうの気にしないから。」

 

腰に手を当て、ロゼが言うが、

 

「そうはいきません。ああ、でも、私は教会の用が……」

「届けようか?オレたちでよければ。」

「すみませんが、お願いできますか?」

 

と、祭司はスレイに手渡す。

 

「メーヴィンさんはガフェリス遺跡で知人に会うと言ってました。」

「わかった。」

 

そして天族ムルジムを教会神殿の碑文の元へ連れて行き、レイが碑文に触った。

魔法陣が浮かび、消えた。

そしてその後、その碑文を器とした。

 

ミクリオは腕を組み、

 

「なかなかのネ……人物だね、ムルジムは。」

「だよね。見た目はデ……ポッチャリだけど。」

 

ロゼが笑いを堪えながら言う。

ライラは手を握り合わせ、

 

「穢れ、祈り、祀られること、加護を与えること……私たち天族も、もっと人との関わり方を考えるべきですわね。ムルジム様のように。」

「もちろん、オレたち人間も。そういう努力の先にあるんだと思う。人は天族が共存する道が。」

「けど、そんなムルジムですら憑魔≪ひょうま≫になった。現実は過酷よ。」

 

エドナはスレイを見上げて言った。

そんなエドナを見て、ミクリオは目を反らしながら、

 

「言い方も過酷だな。」

「現実を見ずに理想を語るな、でしょ?」

 

ロゼが腕を組んで言った。

スレイも頷き、

 

「ああ。このペンドラゴにムルジムが対処できないほどの穢れが溢れた。それは忘れちゃいけない。」

「なんかワケがあったのかもだね。穢れが溢れたのも。」

「そう、ですわね。」

「任せきりにせず、僕らも時々様子を見よう。」

「だな。」

 

と、スレイが何かを思い出す。

 

「あ!そいえばローランスにも導師がいるって……」

「ああ。そんな噂あったね。多分、ペンドラゴあたりにいるんじゃない?エサの多い場所には動物も多い。詐欺師も騙す相手が多いところにいるものだし。」

「なるほどね。」

 

ロゼの言葉に、ミクリオは納得する。

と、レイがミクリオの服の裾を引っ張り、

 

「導師と言う仮面をかぶった人間なら、あそこに居る。」

「ん?どこ、どこ?」

 

と、ロゼが辺りを見渡す。

レイは指さしながら、

 

「デブネコが居た所。」

「!」

 

レイの言葉に、ミクリオが口を開ける。

ミクリオは膝を着き、

 

「レイ、前にも言ったけど……」

「だって、そう言っていた。」

 

と、ロゼを見上げる。

ミクリオはロゼを見上げ、

 

「ロゼ!」

「ご、ごめ~ん!つい。」

「つい、じゃない!」

「と、とりあえずはそこに行ってみよ~。」

 

と、ロゼは手を上げて、歩き出す。

ミクリオは怒りながら付いて行く。

公演広場に行くと、人が集まっていた。

そこに近付くと、騎士セルゲイの斜め前、そして民衆の目の前には一人の男性が立っていた。

 

「お集りいただき感謝します。私が導師マルフォです。」

 

と、民衆の前で偉そうにしている。

民衆の一人が、その導師を見て、

 

「おーい、導師様よ!疫病の街を救ったって噂はマジなのか?」

「なあに、ハイランドの王女を手伝っただけですよ。一晩で橋を架けてね。」

「じゃあ、グレイブガントの戦いをおさめたっていうのは?」

「人同士が争ってる場合ではない。そのことを知らしめたかったのです。苦しい戦いでしたがローランス騎士団の理解をえられました。」

 

と、自信満々に言い放つ。

 

「あれ、白皇騎士団のセルゲイ様よね?」

「まんざらウソでもない……ってことか。」

「はっはっは!幸い捕まらずにすんでいますよ。」

 

騎士セルゲイは眉を寄せて無言で立っていた。

 

「そうよね。ニセ導師なら騎士団が放っておかないわよね。」

「つまりこいつ……この人は……」

「マジで本物の導師か⁉」

「私のことはいい!だが、天族の加護は信じてください!それこそが世界を救う唯一の希望なのですから!皆さんが望まれるなら!この導師マルフォが命を賭して彼らに祈りを届けましょう!」

 

と、胸を張って言っていた。

すると民衆は、

 

「導師マルフォ!」「導師マルフォ!」「世界に天族の加護を!」

 

と、次々歓声を上げる。

そしてロゼは民衆達のやり取りを腕を組んで見ていた。

と、ミクリオは怒りだす。

 

「ふざけるな!全部スレイがやったことだ!セルゲイだってわかっているだろうに。」

「なにかあったのかな?」

「たぶん。」

 

 

騎士セルゲイは眉を深くし、その場から離れる。

レイはそれを横目で見る。

レイは彼に近付く。

 

「言い訳はしない。すまない……スレイ。」

 

と、俯いていた。

レイは向きを変え、スレイ達の元へ歩く。

スレイを見上げ、首を振る。

スレイ達はその場から離れる。

 

「すごい人気だったな!導師マルフォ。」

 

そう言ったスレイに、ロゼは呆れながら、

 

「はいはい。感心しちゃうんだよね、スレイは……けど、セルゲイは、あんなに付きあわされて、やっぱり大変そうだよ。ま、今は邪魔しないようにしとこ。」

 

と、公演広場から去ろうとすると、後ろから騎士兵達が追いかけてきた。

 

「待ってください、導師スレイ!マルフォの件には理由があるのです。」

「わかってる。セルゲイだからね。」

 

スレイは振り返り、頷く。

騎士兵たちは悔しそうに、悲しそうに、

 

「あのマルフォは、どう取り入ったのか、トロワ将軍のお気に入りで。」

「将軍から騎士団に命令が下されたのです。『導師マルフォを警護せよ』と。」

 

それを聞いたミクリオは腰に手を当て、

 

「そんな理由なのか?」

「所詮、帝国に飼われる身だ。」

 

納得していないミクリオに、デゼルが言う。

騎士兵達は肩を震わせ、悔しそうに言う。

 

「トロワ将軍は皇帝陛下とも近しい大貴族で――」

「言い訳は無用!」

 

と、後ろから騎士セルゲイがやって来た。

 

「どんな理由があろうと、自分はスレイの名誉を傷付けた。詫びの言葉しかない。」

「はは、オレに名誉なんて。それより、導師ってあんなに期待されてるんだな。それがわかって良かったよ。」

 

笑って、そういうスレイを見た騎士セルゲイは、

 

「貴公という男は……」

「気にすんなって!セルゲイ、立ってただけじゃない。」

 

ロゼも、笑って言う。

騎士セルゲイは背を向け、

 

「……言えなかったのだ。なにも。自分は本当の導師を知っているというのに――」

「利用されたのね。ああいう生真面目さを。」

「まったく皮肉だよ。穢れていない人間ほど生きづらいなんて。」

「人の集団のやっかいな点ですわね……」

「けど、それの中で生きていくのが人間だよ。」

 

ロゼはライラ達を見て言う。

レイはロゼは見た後、俯く。

 

「それが人間……」

「……難しいな。」

 

スレイは腰に手を当てて言った。

スレイ達は騎士セルゲイに別れを告げて、歩き出す。

 

スレイ達は広場に向かって歩き出す。

と、スレイが商人達を見た。

そしてロゼを見て、

 

「ちょっと聞いてみよっか?瞳石≪どうせき≫の情報。」

「んじゃ、あたしが聞いてくる。」

「大丈夫か?危なそうな奴らだが。」

 

ミクリオが商人達を見て、眉を寄せる。

ロゼは笑いながら、

 

「まかせとけって。商人は皆兄弟。お金大好き仲間!」

 

そして腰に手を当て、自信満々だった。

それを見たミクリオは呆れながら、

 

「いいのかそれ?」

「ここはロゼさんにお任せしましょう。」

「オレたちじゃ騙されても気付けないしな。」

 

ライラとスレイはミクリオを見て言う。

ミクリオは腕を組み、

 

「……一緒にしないでくれ。」

「……ミク兄は違うの?」

「ああ、違うね。」

 

と、レイの問いかけに、自信満々だ。

ロゼは商人達の元へ駆けて行く。

そして話し込む。

レイは話し込む彼らを見据える。

ロゼはしばらく話し、スレイ達の元へ嬉しそうに帰って来た。

 

「情報ゲット!こっから北にある遺跡で瞳石≪どうせき≫を見たって。」

「北の遺跡か。」

「あいつら、なにを笑ってたんだ?」

 

ミクリオは笑っている彼らを見る。

レイはムスッとしていた。

 

「オレを笑ってるのか。」

「ニセ導師と思ってるんだよ。あたしは詐欺の被害者だってさ。」

「勝手なことを!」

「……人間嫌い。」

 

レイがボソッと言った。

ライラはスレイ達を見て、

 

「仕方ないですわ。そういう方は、あちこちにいますし。」

「だが、そんなのと同じ扱いとは……」

「まったくもって同意。」

 

レイはまたしてもボソッと言った。

 

「それに、これでレイさんの機嫌が悪いワケがわかりました。」

 

ライラは怒るレイの姿を見た後、ミクリオの方を見て、手を合わせるのであった。

三人はスレイとミクリオの間にいるレイを見る。

レイは眉を寄せていた。

ロゼは視線を上げ、明るい声で、

 

「相手にしてもしょうがないっしょ。」

「ああ。怖がられるより笑われる方がいいしな。」

 

スレイも視線を上げて言う。

レイはムスッとしたまま、歩き出す。

 

広場に歩いて行くと、噴水近くでロゼのギルドを見つけた。

 

「エギーユ、仕事中?」

「おう、情報取集だ。今日中に五人と会わないと。」

「大変そうだな。」

「エギーユは、あたしたちの目であり耳であり頭脳だからね。」

 

ロゼは腰に手を当て、自信満々に言う。

スレイはロゼを見て、

 

「じゃあ、ロゼの役割は?」

「そりゃあ……頭だよ!頭領なんだから。」

 

ロゼは頭を指差しながら言う。

スレイは腕を組んで、

 

「頭脳のない頭って……頭蓋骨?」

 

レイはロゼを見上げ、

 

「ドンマイ、飾りも立派な仕事。」

「うるさいー!細かいこと言うな。」

 

ロゼは大声で叫ぶ。

それを見たギルド仲間エギーユは腕を組んで笑う。

 

「ははは、頭領は勝利の女神ってところさ。昔は小女神だったがな。」

「小女神?」

 

ギルド仲間エギーユは思い出したかのように、

 

「先代の頃だ。小さな頭領をおぶって戦場を駆け回ったものさ。」

「楽しかったよね、あの頃は。」

「楽しいの?」

 

嬉しそうに言うロゼに、レイは首をかしげて言う。

ギルド仲間エギーユは頷き、腰に手を当て、

 

「ああ。仲間を助けて、敵に勝つ。それだけだった。」

「……そうだったな。」

 

隣の柱の方で腕を組んでいたデゼルも思い出しながら言う。

それは小さい声だったので、ロゼ達には聞こえていない。

ただ一人、レイだけはそちらに視線を向けた。

嬉しそうに言っていたギルド仲間エギーユは表情を変え、

 

「今はそうもいってられん。裏社会は情報が命だ。」

 

真剣な表情で言う。

ロゼも表情が真剣な表情となり、

 

「面白いネタあった?」

「いくつかな。近頃噂の導師マルフォは、以前はローランス帝国の司祭だったらしい。フォートン枢機卿の死に乗じて勢力を広げているようだ。」

「ふんふん。」

 

ロゼは頷く。

 

「それと偽エリクシールの件。本家の教会も、無視できなくなって製造元を調べ始めたらしい。」

「それって、ゴドジンの村長さんが――」

 

スレイは眉を寄せて言う。

が、ギルド仲間エギーユは腕を組み、スレイを見て、

 

「ゴドジン?」

「えっと、それがさ――」

 

ロゼが頭を掻きながら、事情を説明する。

それを聞いたギルド仲間エギーユは、

 

「そんな裏事情があったのか。」

「エギーユ、あたしの決断は――」

「いや。頭領の意思は俺たちの意思だ。だが、見届ける必要はあるだろうな。」

「わかった。そうだよね。」

 

ロゼは頷く。

スレイはロゼを見て、

 

「ゴドジンに行ってみよう。様子を見に。」

「ありがと。」

 

ロゼはギルド仲間エギーユに別れを告げて、街を出る。

 

ペンドラゴを出ると、デゼルがいつになく無言だった。

 

「怖い顔してたわね。ペンドラゴを出た時。」

 

エドナがデゼルを見上げて言いう。

デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「……仇がいる街だからな。」

 

と、さっさと歩いて行った。

 

スレイ達は先に探検家メーヴィンを追って、ガフェリス遺跡へと来た。

入り口傍に、武装した傭兵団が居た。

彼等の一人が、

 

「メーヴィンの旦那はキャメロット大陸橋に用があるんだと。久々にゆっくり呑みたかったのによぉ。」

「メーヴィン、すれちがっちゃったか。」

「ま、落ち着きのない人だから。キャメロット大陸橋で追いつこう!」

「だが、その前にゴドジンに行った方がいいだろうな。」

「だな。」

「だったら、ここで瞳石≪どうせき≫を見つけてからにしたら?」

「そうですわね。その方が一石二鳥ですわ。」

 

スレイ達は奥に進む。

ミクリオはロゼを見て、

 

「で、どの辺なんだ?瞳石≪どうせき≫を見たのは。」

「ごめっ!そこまで聞かなかった。アイツらと、あんま話したくなかったからさー。」

「仕方ない。探そう。」

 

奥に連れて、中はごちゃごちゃしてる所もあった。

スレイはがっかり気味で、

 

「荒らされてるよな。」

「当然だろう。あんな商人たちが出入りしてるんだ。……僕は盗掘に怒ってるんだからな。」

「お、おう。」

 

ミクリオは最後は強めに言った。

スレイは目をパチクリする。

レイはそれに少し笑う。

 

さらに奥に進み、レイはある所に歩き出す。

そこには棺が多くあった。

その大半が開けられ、荒らされていた。

スレイがそれを見て、

 

「この棺、どんな人が入ってたんだろうな。」

「装飾から見て、それなりの身分の人だろう。貴族とか、一族の長とか。」

 

ミクリオもそれを見て言う。

と、ロゼが腕を組み、

 

「確かに!これは、なかなかいい石を使ってますからねえ。」

「ローランス帝国が設立する前かな?時代的には。」

「微妙なところだな。もしかするとローランスの始祖と関係があるかも。」

 

スレイとミクリオは腕を組んで、考え込む。

ロゼも考え込みながら、

 

「ふむう……この手触りからして、『スベスベひんやり様式』と見た!」

 

スレイは悲しそうに、

 

「盗掘されてるのがホント、残念だな。」

「僕たちも、故人の誇りを尊重して調査しないとね。」

 

ミクリオが真剣な表情で言う。

その中、レイは彼らを交互に見ていた。

そしてロゼが、

 

「ゴホゴホ!結構ホコリが溜まってる!つまり『掃除が行き届いていない説』が有力だと!」

 

流石のスレイ達も、ロゼを見て、

 

「ええっと、ロゼ……」

「さっきから何やってんの?」

 

ミクリオが呆れた視線を送り、スレイが頬を掻きながら聞く。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「いやあ、一回スレイたちの趣味に混ざってみようと思ったんだけど――」

 

表情が一変、真顔になり、

 

「ごめん。案外つまんない。」

「……だろうね。」

「無理しないで。」

 

二人は諦め気味にプラス、呆れ気味に言う。

そこにレイが、ロゼを見上げて、

 

「そもそも、見方が違う。会話が成り立ってない。だから邪魔しない。」

「うん。それが良さそう。」

 

ロゼも納得する。

 

「わかったら、さっさと行くわよ。」

 

エドナが傘をクルクル回しながら言う。

ロゼは右手を上げ、

 

「よし、次行こう!」

 

と、先陣をきって行く。

レイもその後ろに付いて行く。

スレイとミクリオは互いに苦笑いして、

 

「行くか。」

「だな。」

 

二人もその後ろに付いて行く。

最奥に行くと、瞳石≪どうせき≫を見つけ、スレイがそれを持つ。

瞳石≪どうせき≫は光り出す。

 

――教会神殿のマオテラスの紋章前。

人々が並んでいた。

彼らは皆、白いマントを羽織っていた仮面をつけた者達。

それには導師の服を着た者もいる。

導師服を着た者は仮面を付けてはいない。

そして一人の仮面をつけた長い髪を上に結い上げた銀髪の女性は、一人の導師服を着た者の手の甲に紋章を刻む。

そしてその紋章が光り、剣を抜く導師の服を着た者。

剣を掲げる。

それを後ろで見守る仮面をつけた者達と導師服を着た者達。

剣を抜いた者に、紋章が包む。

 

スレイは嬉しそうに、興奮気味に、

 

「輿入れの儀式だよな、さっきの?しかも導師があんなに大勢!」

「場所はペンドラゴの教会神殿みたいだった。それにあのマオテラスの紋章……」

 

ミクリオも驚きながら言う。

 

「主神はマオテラスなのかな?」

「私は、ちょっと失礼しますわ。」

 

ライラは悲しそうに、辛そうにそっと物陰に隠れる。

レイはそんなライラを見つめる。

ロゼは腕を組み、左人差し指を顎に当て、

 

「隠れちゃった。なんかイジメみたい。」

「そんなつもりはないんだけど……」

「わかってるけどさ。」

 

デゼルが腕を組み、顎に指を当てながら、

 

「状況証拠から見て、マオテラスが関係している可能性が高いな。」

「うん、あれだけの導師が存在するには、五大神級の力が必要だと思う。」

 

ミクリオの言葉に熱がこもる。

スレイも、腰に手を当て、

 

「そうだな。けど今はこの辺にしておこう。」

「盛り上がるとライラが出てこれないわよ。」

 

エドナはミクリオを見て言う。

ミクリオは一呼吸置き、

 

「ごめん。わかったよ。」

 

レイは胸に手を当て、目を瞑る。

そして目を開き、ライラの元へ歩いて行き、

 

「話は終わった。」

「そうですか……」

 

ライラと共に、スレイ達も元へ行く。

スレイはライラに笑顔を向けた後、

 

「ひとまず目的は果たしたな。」

「欲を言えば、荒らされる前に調べたかったけど、盗掘が始まったのは、かなり昔のようなだね。」

 

ミクリオが辺りを見て言う。

スレイが、ミクリオを見て、

 

「それだけど、一個気付いたんだ。昔ここから持ち出された石や装飾って、ペンドラゴの建築に使われたんじゃないか?」

「……ありうるな。場所と時代から考えて。」

「だろ!どこかに使われているか調べたら、ペンドラゴの隠れた歴史が明らかになるかも。」

「同じようにヴィヴィア水道を利用したレディレイクと比較したら、当時の人々の思考がわかるんじゃないか?」

「それ面白そうだ!さすがミクリオ。」

「それだけじゃない。さらに仮設をすすめると――」

「……お兄ちゃん、ミク兄、盛り上がるのはいいけど……」

 

二人が熱中し始めた中に、レイが二人を見上げて言う。

そしてロゼが頭を掻きながら、

 

「う~ん、なにが面白いのかさぱらんけど。」

「元気はでたようですね。」

 

ライラが手を合わせていう。

デゼルも二人を見ながら、

 

「……妙な奴らだ。」

 

スレイは明るく、

 

「また笑われちゃったか。」

「ノンノン、今のは賞賛の微笑み。本物の遺跡バカへのね。」

「ビバ、遺跡バカ導師ー。」

 

ロゼが笑顔でスレイに言う。

そしてエドナもスレイの中で、棒読みでいうのである。

スレイは苦笑いで、

 

「そんな導師いる?」

「聞いたことはありませんが……」

 

ライラも腕を組み、思い出すように言う。

レイはスレイの服を引っ張り、スレイとミクリオを見て、

 

「ビバ、遺跡バカ導師プラス遺跡バカ陪神≪ばいしん≫。」

「「え?」」

 

ロゼは大笑いで言った。

 

「ぷはっ!じゃ、スレイとミクリオが第一号で。」

「スレイの方は問題ないが、僕もか⁉」

「まあね。」

 

ミクリオは眉を寄せて言う。

そしてスレイは頷いていうのであった。

 

「さて、ゴドジンに行くか!」

 

スレイ達はゴドジンへと向かう。

ゴドジンへと向かいながら、

 

「ゴドジンと村長さんはどうしてるかな。」

「うん……見届ける義務あるよね。村長さんに早く会いに行ってみよっか。」

 

スレイとロゼは互いに見合って言う。

レイは空を見上げ、

 

「穢れが……」

 

そしてスレイ達を見る。

スレイ達は嬉しそうにゴドジンへと向かい始める。

レイは無言でその後ろに付いて行く。

 

ゴドジンの村へと入ると、

 

「村の穢れ、増えてないか?」

 

スレイが辺りを見て言う。

ライラも辺りを見て、

 

「私もそう感じますわ。」

「お兄ちゃん、あそこ。」

 

レイの指さす方に、ニセ導師マルフォが居た。

スレイ達はそこに歩いて行くと、

 

「スランジ村長に用かね?」

「うん。オレ、前に村長さんと――」

「すまないが、遠慮してくれ。村長は病気で面会謝絶なのだ。」

「えっ!村長さんが。」

「だが、心配には及ばない。私が導師の名にかけて治してみせる!」

 

と、自信満々に言う。

ロゼが腕を組み、

 

「導師って……あんたが?」

「はっはっは!導師とばれてしまったか。」

 

ミクリオとエドナが彼の前に立つ。

彼は変わらず、

 

「そう!私こそ噂の導師マルフォ。」

「僕たちがまったく見えていないのに。」

「さすが導師様ねー。」

 

ミクリオとエドナは呆れながら言う。

そしてニセ導師マルフォはスレイを指差し、

 

「君は、見たところ導師に憧れているようですね。気持ちはわかるが、よした方がいい。」

 

そして偉そうに、

 

「導師とは、世間の無理解にさらされながら戦い続ける孤独な存在なのだから。」

「は、はあ……」

 

スレイは苦笑いしながら、頭を掻く。

 

「とにかく村長のことは任せてくれたまえ。この導師マルフォに!」

 

スレイ達はひとまず彼らから離れる。

レイはニセ導師マルフォを見て、

 

「あまり図に乗らない方がいいよ。だって、後が怖くなってしまうのが……人間だから。」

「は?」

 

そう言って、スレイ達の後を追う。

ミクリオは腕を組み、顎に指を当てながら、

 

「病気の原因は、やっぱり穢れかな?」

「信じるの?あんなのの言うことを。それだったら、あの裁判者の方を信じた方が……」

 

ロゼも腕を組んで言う。

ライラは手を握り、

 

「ですが、村の穢れが増しているのは事実ですわ。」

「まずはゴドジンの加護を復活させよう。村長さんと話すのはそれからだ。」

 

スレイはロゼ達を見て言う。

ロゼ達は頷き、

 

「……わかった。本物の導師の仕事だもんね。」

 

加護のことも含めながら、スレイ達は村人達から話も聞く。

すると、スレイ達は子供達が集まっている所に行った。

と、一人の少年を囲み、

 

「ほんとに見たんだよ!ツチノコ!イデル鍾洞にいたんだ!」

「ゲンジツ見ろよー!ウソツキー!キツツキー!」

「うそだねー!ツチノコなんて世界にいませんー!」

「もう、いつまで遊んでいるの?授業はじまるよ!」

 

そう言って、子供達は走って行った。

ミクリオは囲まれていた子供を見て、

 

「あの子、霊応力があるのか?ツチノコって憑魔≪ひょうま≫だよな。」

「はい。警戒心が強くて捕捉がやっかいな憑魔≪ひょうま≫ですわ。」

「お兄ちゃん、行ってみない?」

「そうだな。行ってみるか!」

 

スレイ達はイデル鍾洞へ向かう。

 

 

イデル鍾洞へ入り、子供の言っていたツチノコを探す。

 

「憑魔≪ひょうま≫ツチノコか……」

 

スレイが呟く。

ロゼはスレイを見て、

 

「正体不明だけど、強い憑魔≪ひょうま≫なら加護復活の邪魔になるよね。見つけて浄化しないと。」

「だな!」

 

彼らは進む。

奥に進み、レイがある所を見ていた。

ミクリオが近付き、

 

「これ……ヘリクタイトか!」

「ヘリク……?」

 

ロゼは首をかしげる。

ミクリオは腰に手を当て、

 

「ヘリクタイト。こういうねじくれた鍾乳石のことだよ。」

「確かに……かなりひねくれてるよね。」

 

ロゼも、改めてまじまじと見て言った。

と、ミクリオは腕を組み、顎に指を当てる。

そして苦笑いしながら、

 

「ああ。誰かみたいに。」

 

それを聞いたエドナは傘で顔を隠しながら、ミクリオを半眼で見る。

レイはそんなエドナを見上げる。

ロゼはそれには気づかず、腕を組み、

 

「鍾乳石って、伸びるのにすっごい時間かかるんでしょ?」

「すっごい時間ひねくれ続けたんだろうね。誰かみたいに。」

 

エドナは傘についているノルミン人形を握りしめる。

レイはなおも、その人形とエドナを見る。

 

「変わってるけど……神秘的でキレイだよねえ。」

「ああ。」

 

そして、少しだけ間があり、

 

「ここは言いなさいよっ!」

 

と、エドナはさらに人形を握りしめる。

レイはさっと、スレイの元へ駆けて行く。

スレイの手を握る。

 

「どうした、レイ?」

「ちょっとしたネタをみた。」

「え?」

 

と、後ろからミクリオとエドナの声が響いた。

ロゼがスレイに近付き、

 

「ホント、仲いいよね、あの二人。」

「だよなー。」

 

スレイも見て言う。

レイはライラとデゼルを見て、

 

「……仲いいの?」

「さぁな。」

「きっと、仲がいいんですわ。」

「おい。」

 

デゼルは一度目を反らした後、ライラが手を合わせて言った。

その言葉にデゼルがライラを見たのだ。

レイはそれを見た後、笑う。

 

さらに進むと、ミクリオとロゼがまた違うクリスタルを見つける。

それはオレンジ色に光っている。

 

「キレイな石だな。」

「石黄っていう石よ。」

 

エドナがボソッと言う。

レイはエドナを見た後、ミクリオを見上げる。

 

「ほう。確かに見事な黄色だ。」

「そう。だから昔は顔料とかに使われてた。」

 

エドナは珍しくノリノリだが、声は小さい。

ミクリオはエドナを見て、

 

「やけに詳しいな。」

「もちろん。地の天族だから。」

 

レイは無言で視線をさ迷わせる。

ミクリオは呆れながら、

 

「……どうしたんだ?そのしゃべり方。」

「石黄は、別名雄黄とも言うわ。」

 

エドナが小さい声でそう言うと、黙って聞いていたロゼが自信満々に、

 

「雄黄なら知ってる!毒薬の原料だよね。」

「毒薬⁉」

 

ミクリオは目を見開く。

レイもミクリオを見上げ、

 

「かなり強い毒だよ。」

 

ロゼは腰に手を当て、

 

「そうそう。あたしたちは使わないけど。確かヒ素の一種だったかな。」

「猛毒じゃないか!それを早く言えよ!」

 

ミクリオはエドナを見て言った。

エドナは変わらず小さい声で、

 

「だからずっと言ってたじゃない。」

 

レイはエドナを見る。

そしてミクリオは目を見開いた後、呆れ顔になる。

 

「ヒソヒソ話……か!」

 

ミクリオがそう言うと、エドナはドヤ顔する。

そしてロゼは腹を抱えて笑い出す。

 

「あはは!上手い!」

「笑い事じゃないだろう……」

 

ミクリオはレイを抱えてその場から離れる。

 

 

スレイ達は一番最奥へと足を運んだ。

そしてレイがスレイを止める。

 

「居たよ、でも気を付けて。気付かれたら逃げ出してしまう。」

「なら、ここはあたしに任せて!」

「あと、俺だな。」

 

ロゼとデゼルがそっと近付き、仕掛ける。

そして、スレイ達もそれに合わせて仕掛ける。

 

「「ちっさ!」」

 

スレイとロゼは改めて、声を上げた。

そんな二人に、デゼルが注意する。

 

「動きの速さが半端ないぞ!見失うな!」

「範囲が広い術をテキトーに撃つか…」

 

エドナが呟く。

それを聞いたライラは、

 

「それで足止めできたら、その後はお任せします!」

 

広範囲術を展開する中、スレイとロゼが斬りこみを行う。

洞窟の中にレイの歌声が響く。

素早い動きが若干鈍くなる。

それに合わせ、スレイ達は一気に叩き込む。

 

「よし、決めるぞ!ライラ!」

「はい!」

 

スレイは一度距離を取り、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

炎を纏う剣を振り下ろす。

浄化の炎が憑魔≪ひょうま≫ツチノコを覆う。

そこには一人の天族と瞳石≪どうせき≫へと変わる。

 

「私……憑魔≪ひょうま≫になってたの?ごめんなさい。迷惑かけちゃったわね。」

「ううん。助けられてよかった。」

 

天族は立ち上がり、

 

「私はフォーシアよ。」

 

そして足元の瞳石≪どうせき≫が光る。

 

「あらあら?瞳石≪どうせき≫がこんなところに。」

「大地の記憶!それ、もらえない?」

「ええ、いいわよ。こんなものじゃ、お礼にもならないけど。」

「そんなことないよ。ありがとう。」

 

スレイは首を振って言った。

天族フォーシアは嬉しそうに、

 

「まあまま、欲のない導師様ね。」

「お礼の代わりと言ってはなんだけど、加護を頼めないか?この近くのゴドジンという村なんだが。」

 

ミクリオは天族フォーシアを見て言う。

天族フォーシアは思い出しながら、

 

「ゴドジン……火の試練神殿がある村ね?でも、器はあるのかしら?」

「それは……探すから。」

「大丈夫。行けばちゃんとある。」

「え?」

 

レイは天族フォーシアを見て言う。

 

「その後、あの村の真実を聞き、加護を決めるかは貴女次第。」

 

天族フォーシアは何かを一瞬考えた後、

 

「わかったわ。とりあえず村に行ってみるわね。」

 

天族フォーシアはそう言って消えた。

ロゼはレイを見て、

 

「器あるの?それに真実って……」

「ある。器はお兄ちゃんたちも知っているもの。」

「へぇ~、どんなの?」

 

レイはロゼを見上げて、じっと見た後、

 

「内緒。」

 

と、笑う。

ロゼはキョトンとする。

 

「へ?」

 

そしてそれはスレイ達も、だ。

 

「真実についてはお兄ちゃんたちも知ってるゴドジンの収入源。つまり、偽エリクシールのこと。」

「そうか、そうだね。」

 

レイは真剣な表情で、ロゼを見上げて言った。

ロゼも腰に手を当て、頷く。

後ろの方にいたエドナが傘をクルクル回しながら、

 

「最近のおチビちゃんは感情が表に出やすくなったわね。」

「そうですわね。それに、積極的に関わってくれています。」

「今回は私にも目的があるから。」

 

ライラが笑顔で言ったが、そこにレイがライラを見て言う。

 

「目的?」

 

ロゼが首をかしげた。

レイは頷き、

 

「聞きたいことがある。だから、あの人間に今死なれては困る。それにあの村に入った時の周りの感情をちゃんと知りたい……」

「……わかった。あたしも、スレイも、村長さんのことは気になるし……村に戻ろっか。」

「だね。」

 

スレイとロゼは頷く。

そこにミクリオが、

 

「ゴホン。意気込むのはいいけど、大地の記憶も忘れずに。」

「そうだった!」

 

スレイは瞳石≪どうせき≫を拾う。

瞳石≪どうせき≫は光り出す。

 

――紋章の旗の下、一人の男性が演説をしていた。

彼の言葉にそれを聞く人々も腕を上げて声を上げる。

それはとても多くの人々だった。

そしてその後ろの壁の隅に、ひっそりと立っている紫の服を纏い、左右に髪を結い上げている少女。

景色は変わり、聖堂へと変わる。

そこでも祭司たちはもめていた。

誰もが互いにもめ合っている。

それを見下ろす同じ姿の少女。

少女は腰を掛け、それを面白そうに、無表情のように見る。

再び景色が変わり、多くの兵が並び立つ。

その前に居るのはまたしても同じ少女。

彼女は楽しそうに彼らの前で杖を振る。

景色は一変暗くなる。

岩に囲まれた高い岩場に、穢れを纏った者が立っていた。

その後ろで、先程の少女が膝を着き、首を垂れる。

彼らは下にある何かを見ていた。

 

「なんだ今の……どういうことだ?」

 

スレイは目をパチクリしながら言う。

ミクリオは眉を寄せて、

 

「干渉してるってことじゃないか?ヘルダルフの配下が、人間社会に。」

「穢れを生むためにか?」

「前に見たのと関係あるんじゃない?」

 

ロゼも腰に手を当て、思い出す。

ミクリオも思い出し、

 

「あいつは戦争を利用して憑魔≪ひょうま≫を生んでいた。」

「戦争を起こさせようとしてるのか!」

 

スレイは眉を寄せて怒る。

そこにエドナが冷静に、

 

「これは過去の記録。もうすでに起こしてるんでしょうね。」

「みんな騙されてるんだ、ヘルダルフに。」

「いや、自分の意志で協力してる奴も多いはずだ。」

 

珍しくデゼルが、若干怒りながら言う。

スレイは目を開き、

 

「そんな……」

「ないとは言い切れませんわ。残念ですが。」

「…………」

 

ライラは手を握り、俯く。

スレイは無言で拳を握りしめる。

 

「スレイ、気持ちはわかる。でも今はゴドジンに急ご。」

「ああ。」

 

スレイ達は村に戻る。

レイはその彼らから視線を外し、

 

「……人は争いをやめられない。やめようとしない。同じ過ちを幾度どなく繰り返す。それでも私は……」

 

再び彼らを悲しい目で見つめた後、彼らの元へ駆けて行く。

 

 

村に戻ると、村長がニセ導師マルフォと話していた。

スレイは駆け寄り、

 

「村長さん!起きて大丈夫なの?」

 

と、ニセ導師マルフォがスレイを見て、

 

「案ずるな、青年!すべては丸くおさまった。この導師マルフォの活躍によってな。はっはっは!」

 

ニセ導師マルフォは笑いながら、歩いて行った。

村長はスレイを見て、

 

「……導師よ。心配をおかけした。だが、まだ気分がすぐれないのです。失礼……」

 

そして歩いて行った。

レイは村長を見据える。

ロゼは村長の背を見て、

 

「様子が変だよ。なにかあったんじゃ?」

「あのマルフォという男、村長を脅していたのよ。『教皇の悪事を公表するぞ』って。」

 

スレイ達の後ろに、天族フォーシアが姿を現す。

スレイ達は振り返る。

 

「なんで教皇って⁉」

「お兄ちゃん、思い出して。」

「え?」

 

レイがスレイを見上げる。

スレイは首をかしげる。

ロゼがスレイを見て、

 

「マルフォは元司祭だ。それに教会が偽エリクシールのこと調べてるって。」

 

スレイは手をポンと叩く。

天族フォーシアは手を合わせて、

 

「教えてもらえる?詳しい事情。」

 

二人は頷き、説明する。

それを聞いた天族フォーシアは、

 

「……なるほど。失踪した教皇が偽エリクシールをつくってたのね。」

「けど、それは村のみんなのためなんだ。」

 

スレイは天族フォーシアを見て言う。

彼女は手を合わせて、

 

「村長は、偽エリクシールの販路と製法をマルフォに教えたわ。今後、教会が赤精鉱を買い取ることを条件にね。」

「……どういうこと?」

 

スレイは腕を組み、悩む。

ロゼは腰に手を当て、

 

「脅迫に屈したんじゃなくて、取り引きをしたんだね。」

「そう。教会は前教皇の悪事を不問にする。その代わり偽エリクシールの販売網を手にする。マルフォは調停役として報酬と信用を獲得する。」

「ゴドジンは合法的な収入を得るってわけね。」

 

エドナが傘をたたみ、天族フォーシアを見る。

ミクリオが怒りながら、

 

「罪のもみ消しじゃないか!それに協会が偽エリクシールを売るって?正気の沙汰じゃない!」

 

そこに無言が訪れる。

ライラが悲しそうに、

 

「残念ですが、ありうることです。」

「お金が必要だものね。人の世は。」

 

天族フォーシアも悲しそうに言う。

スレイは肩を落としながら、

 

「あの……この村の加護は……」

 

そして皆が、天族フォーシアを見る。

天族フォーシアは彼らを見て、

 

「器、学校の建物にしようと思うんだけど、どうかしら?」

「いいの?」

 

天族フォーシアは頷く。

そして村長宅を見つめて、

 

「教皇……いえ、村長は自分の死期を悟っているみたいね。それは私の加護でもどうにもならない。」

「だから、村の収入源を残そうとした……⁉」

 

ロゼはすぐに理解した。

天族フォーシアはスレイ達に視線を戻し、

 

「見届けたくなったのよ。彼の決意の結末を。」

「ありがとう、フォーシアさん。」

「どういたしまして。」

 

そう言って、天族フォーシアは消えた。

加護が村を包む。

レイは空を見上げ、目を瞑る。

ロゼは眉を寄せて、

 

「決意の結末……か。」

 

彼らに沈黙が流れる。

スレイは俯き、

 

「加護は回復できたけど、村長さんは……」

「やはり原因は赤精鉱を加工する時の毒素か。」

 

ミクリオは眉を寄せて言う。

ライラは悲しそうに手を握り、

 

「おそらく。あの方はすべてわかってやったのでしょう。」

「むしろ罰を望んでるのかもね。それこそ、アイツが言ったように……」

「罪を犯したから……か。」

 

エドナは冷静に、ロゼは悲しそうに言う。

だが、一呼吸置き、

 

「それが本当なら、風の骨の出番はないね。」

「これがあの方の出した答えなのでしょう。冷たいようですが、これ以上は私たちが関わることではないと思いますわ。」

 

ロゼとライラは真剣な表情で、力強い瞳で言う。

ミクリオは拳を握りしめ、

 

「それでも教会には腹が立つな。天族を祀るなんて聞いて呆れる。」

「あのマルフォってのが仕組んだならやるわね。脇役顔のクセに。」

 

エドナも淡々と言う。

スレイは腕を組み、

 

「けど、穢れは放ってなかった。どういう人間なんだろう?」

「気になるよね。アイツのことは風の骨で調べてみるよ。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

スレイはロゼを見て、

 

「頼む、ロゼ。」

「任せて。」

「で、おチビちゃんはどうするの?」

 

エドナはレイを見る。

スレイ達もレイを見る。

レイは目を開け、スレイ達を見て、

 

「もういい。あの人間の答えは見れた。この村の感情も。それにこの後どうするかは、この村の人間次第。」

 

レイは歩き出し、スレイ達を通り過ぎる。

 

「「今後、権力のある者が、組織が、悪化するようなら私が潰すだけだ。」」

 

レイは立ち止まり、空を見上げ、

 

「「……その時、この村が残ってるかどうかはこの村の今後の腕だがな。」」

 

レイはスレイ達に向き直る。

スレイ達が歩いてくる。

視線を学校に向け、

 

「少なくても、あの建物は紛れもない決意の現れ。できることなら、あの人間の最後の想いを、この村の人間が繋げられればいいのだけど。」

「レイ?」

 

追いついたスレイがレイを見る。

レイの見る学校を見て、

 

「それにしても、レイの言った通りだったな。」

「うん。私たちも知ってるこの村の器になるもの。」

「大切に繋がるといいけど……」

 

スレイ、ロゼ、ミクリオは学校を見つめる。

レイが学校に向かって歩いて行き、手を当てる。

天族フォーシアが、そっとそれを見る。

 

「繋げるのもまた、私の役目だ。」

 

レイは目を瞑り、歌を歌い出す。

それは風に乗り、村全体を包む。

スレイ達もそれを見て、

 

「スレイ……」

「ああ、ミクリオ……」

 

レイの歌を聞いた村人は泣き出した。

そして歌が止むと、暗い顔だった村人は明るくなり、元気に動き出す。

 

「想いは繋げた。後はこの村の人間とあの人間次第。」

 

レイは天族フォーシアを見上げ、

 

「だから長い目で見てあげて。」

「貴女はもしかして――」

 

レイは口元に人差し指を当てる。

そして笑う。

レイはスレイの元へ歩いて行った。

ロゼはレイを見下ろし、

 

「レイ、何をしたの?」

「歌を歌っただけ。」

「ホントに?」

「想いを繋げるのはいけないこと?」

 

レイはスレイを見上げる。

スレイは首を振り、

 

「……いや、やり方は人それぞれだ。」

 

レイは笑顔を向ける。

 

「なら、よかった。」

「レイ、ありがとな。」

「何が?」

「なんとなくかな。」

 

スレイは頬を掻く。

レイはニッコリ笑い、歩き出す。

 

「私も、お兄ちゃんの素直な気持ちは好きだよ。きっとこれが嬉しいと言う感情なんだね。」

 

レイは振り返り、

 

「次に行くんでしょ?」

「ああ!」

 

スレイが歩いて行く。

レイと手を繋いで歩き出す。

 

「なんか……いいね、こういうの。」

「そうですわね。」

 

ロゼとライラはニッと笑って、二人の後ろに続く。

 

「ミボ、アンタも素直に仲間に入れてって言えばいいのに。」

「な⁉」

「だな。大方、『自分もレイの兄だ』と思ってんだろ。」

「う、うるさいな。」

 

と、ミクリオは早歩きで歩いて行く。

 

「ま、実際……おチビちゃんの成長は嬉しいものよ。」

 

エドナも傘をクルクル回しながら、歩いて行く。

デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「が、不安定さは増しているがな。」

 

そう言って自分も歩き出す。

 

スレイ達は村を出て、少ししたところで野営をしていた。

ロゼが、スレイ達を見て、

 

「メイビンおじさんを追うのに、キャメロット大橋に行かなきゃだけど……その前に一度、ハイランドに戻ってみない?」

「またどうしてですか?」

 

ライラが不思議そうにロゼを見る。

ロゼは伸びをしながら、

 

「ん~。特に深い意味はないけど、今までローランスで色々動いて来たからね。ちょっと向こうの様子も気になるって言うのが現状。あたしの仲間が情報を集めているとはいえ、自分でもちゃんと見聞きしないとね。」

「確かにそうだな。ハイランドの情報も聞いてるだけじゃ、真実は解らないか……」

 

ミクリオが腕を組んで言う。

レイが毛布に包まりながら、

 

「私もそれには賛成。あっちにはあっちでのやることは沢山あると思う。」

「じゃあ、決まりだな。とりあえずはハイランドの方に向かおう。」

 

スレイが頷きながら言う。

 

 

翌朝、スレイ達はラストンベルへと来ていた。

レイは空を見上げ、

 

「お兄ちゃん、ミク兄。」

「ん?」「なに?」

「あそこにいこ。」

 

と、レイは高台を指差した。

スレイ達見合い、そこへ行く。

すると、レイは一人の老人の元へ歩いて行く。

スレイ達もその後ろに付いて行く。

 

「戦乙女≪ヴァルキリー≫……マルトラン……」

 

それは前に来たときにも呟いていた見た目は老人の男性。

レイはそれをじっと見つめる。

ロゼは男性に、

 

「おじさんって、マルトランと知り合い?」

「……話したところで、どうせ信じない。」

 

男性は視線を外す。

レイはじっと見続け、

 

「皆が皆、そうでじゃない。」

「レイ。」

 

スレイがレイに声を掛ける。

スレイは一歩前に出て、レイの頭をポンポンと優しく叩く。

スレイは男性を見て、

 

「スレイっていいます。」

 

ロゼも男性に笑顔を向け、

 

「この人導師なんだ。」

 

男性はスレイを見て、

 

「導師?……確かに不思議な気配を感じるが……」

「この方は……わずかに霊応力をもっているようですわね。」

 

ライラがスレイの中から言う。

だが男性は首を一度振り、

 

「いや、それでもやはり……これまで誰も信じてくれなかったんだ……」

「……信じてもらえないの、つらいよね。わかるよ。オレ。けど話を聞いて信じてくれる人もいるからオレ救われてるんだ。」

 

スレイはまっすぐ男性を見て言う。

 

「導師……!」

「聞かせて。おじいさんの話。」

 

男性は一呼吸置き、

 

「十数年前、私はローランスの騎士としてハイランドとの戦いに参加した。そこでぶつかったのだ。蒼き戦乙女≪ヴァルキリー≫の勇名を馳せるマルトランと。我が部隊は、あの女一人に壊滅させられた。あっという間に、な。私は恥も外聞もなく逃げ出した。ただ命が惜しくて……。必死に逃げながら、ふと振り返るとマルトランは……化け物たちに襲われていたんだ!ハイランド軍の鎧を着たトカゲの化け物に!」

 

スレイは眉を寄せ、

 

「憑魔≪ひょうま≫!」

 

男性は悲しそうに呟く。

 

「私は……確かに見た。マルトランが化け物たちに倒されるのを。そしてもう一人、突如風と共に現れた人の姿をした化け物の影から出た黒い何かに、トカゲの化け物たちが喰われるのを!その化け物が動かないマルトランを冷たく見下ろし、そしてマルトランも、あの黒い何かに喰われたんだ!」

 

レイは男性から視線を外す。

男性は震えながら、

 

「だが、あいつは今も生きている……」

「信じるよ。オレは。」

 

スレイは男性から目を反らさず言った。

男性は落ち着き、

 

「ありがとう。さすが本物の導師だな。」

「でしょ!」

 

ロゼがドヤ顔で言う。

 

「これを。どうかこれからも救ってやってくれ。私のような人間を。」

 

男性は腰のカバンから、ちょっとした小物をスレイに手渡す。

スレイはそれを受け取り、

 

「わかった。ありがとう。」

 

そう言って、男性から離れた。

スレイ達は男性から離れた後、

 

「おじさんが言っていたもう一人の化け物って……」

「裁判者か審判者、でしょうね。」

 

ロゼが腰に手を当て、気まずそうに切り出す。

それを察してか、エドナが淡々と言う。

 

「そのどっちかが居たとしたら、その戦いは本来はないものだったって事かな?」

「かもしれないし、そうでじゃないかもしれないわ。」

 

エドナはさらに淡々と言う。

腕を組んでいたミクリオは、

 

「もしかしたら願いがそこにあったとか?」

「それもあるって話よ。」

 

エドナは背を向けて言う。

 

「でも、もしそうならマルトランさんは死んだってこと?」

「でも普通にいたよな。」

 

スレイとミクリオは互いに見合う。

レイは小声で、

 

「喰らったけど、生きてたから吐き出した。」

「「「え?」」」

 

スレイ、ミクリオ、ロゼはレイを見る。

 

「あの人間だった者は、あの時の願いは本当ではなかった。近いものだったけど、少し違ったから。だから捨てた。」

 

レイはそう言って、歩き出した。

エドナはレイの後姿を見て、

 

「……おチビちゃん、こういう時はホント、アイツに似てきた。違う、無意識にアイツが出てる。」

「そうですわね。できればもう少しだけ、レイさんがレイさんのままでいられれば……」

「それができるかどうかは、あのチビしだいだろ。」

 

ライラとデゼルも、その背を見て言う。

が、レイの後を追いながら歩くスレイ達の方は、

 

「待って、もし仮におじさんの言っていたのがレイの方……じゃなくて、裁判者なら、どうしておじさんはレイに気付かないの?」

「それなんだ。前に見た審判者は、僕らと同じくらいの年齢の姿だった。後、火の試練神殿の時に、レイの姿のことを指摘されていた。」

「つまり、レイの今の姿とは別にもう一人の裁判者としての体がどこかにあるかもってことか?」

「どうなんだろう。でも仮にあったとしら、その体は今どこなのさ。」

「それは……」

「知らないけど……」

 

ロゼはスレイとミクリオを見て言う。

スレイとミクリオは視線を反らす。

そこにライラ達が近付き、

 

「バカやってないで、次に行くんだろ。」

「そうよ。早くしなさい、ミボ。」

 

と、追い抜いて行く。

そこにライラが苦笑いで、

 

「今考えてもわからないことは、後に回しましょ。それにきっと、真実をちゃんと知れるときが来るはずです。」

「マオテラスとか?」

 

ロゼが首をかしげて言う。

と、ライラは踊りながら、

 

「さぁ~、次へいきましょう~♪旅が私を~待っていますわ~♪」

 

ライラはそのまま行ってしまった。

スレイ達は互いに見合って、苦笑いした後、彼らの元へ駆けて行く。

レイは追いついたスレイ達を見て、

 

「……遺跡……」

「ん?」

「あの犬天族のいる遺跡がある森に行かない?」

「それも……そうだな。それに敗残兵狩りをやっていた子供達も気になるし。」

「じゃあ、ちょっくら行ってみますか!」

 

ロゼが指を鳴らし、歩き出す。

が、レイは立ち止まる。

 

「レイ?」

 

レイが見る方向を見ると、そこには商人と話す街人が居る。

その会話が耳に入る。

 

「敗残兵狩りの捕縛が始めるって話、聞いたか?あんたらみたいな運送屋も襲われてたみたいだし、これで街道が安全になるといいな。」

 

それを聞いたスレイは、

 

「その敗残兵狩りって、やっぱり前に会った子供たちだよな?」

「言っていた傍からこれか。」

「知らせましょう。正規軍に追われたらひとたまりもありませんわ。」

「だから足洗えって言ったのに。」

「急ごう!」

 

スレイ達は次の目的地へと急ぐ。

スレイ達はヴァーグラン森林へと来た。

そして森を歩き回り、

 

「……これは……」

 

レイはどこかに走り出した。

 

「レイ⁉」

「あっちの方向って確か、アジトがあった方だ!」

「いくぞ、スレイ!」

 

スレイ達も急いで追いかける。

レイに追いつくと、そこには子供達が倒れていた。

スレイは子供達を見て、

 

「みんな……敗残兵狩りの!」

 

ロゼも彼らを見て、

 

「……死んでる。」

「軍がやったのか?」

 

スレイが眉を寄せながら言う。

レイは首を振る。

子供の亡骸を見て、

 

「違う。これは人間の仕業じゃない。」

「レイの言う通りだろう。軍なら死体を放置はしないだろう。ここまでする理由もないしな。」

「じゃあ、誰が――」

 

レイは辺りを見渡す。

そしてかすかな声が聞こえる。

 

「うう……」

 

木から滑り落ちて来た子供が一人いた。

スレイは駆け寄り、

 

「よかった!無事な子がいたのか。」

 

ロゼ達も駆け寄る。

スレイは膝を着き、子供の声を聴く。

 

「言う通り……したの……に……なんで……」

 

レイがその子供を見て、耳を塞ぐ。

眉を寄せ、子供を見る。

ロゼも気付き、

 

「スレイ!この子は!」

 

だが、子供は立ち上がり、

 

「なんで殺したああぁっっ‼」

 

スレイもすぐに距離を取る。

子供は穢れを纏い、木の憑魔≪ひょうま≫と化す。

スレイ達は武器に手をかける。

スレイは武器を構え、

 

「まさかこの子が⁉」

「わかんない!だから事情は後!」

「とにかく浄化を!」

 

戸惑うスレイに、ロゼとミクリオが言い放つ。

スレイ達は防御中心で攻めて行く。

敵は一心不乱で攻撃してくる。

レイは子供の亡骸を見て、

 

「……わかった。それがあなたたちの願いなら!」

 

レイは歌を歌い出す。

その歌はいつもと少し違った。

憑魔≪ひょうま≫を中心に大きな魔法陣が浮かぶ。

その憑魔≪ひょうま≫を見るレイの瞳は赤く光っていた。

敵の動きが止まる。

それを見たロゼとライラは、

 

「スレイ!」「スレイさん!」

「ああ!頼む、ライラ!」

「はい!」

 

スレイはライラと神依≪カムイ≫する。

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

 

浄化の炎が憑魔≪ひょうま≫を包む。

子供は元の姿へと戻る。

スレイは神依≪カムイ≫を解き、再び子供の前に膝を着く。

ミクリオは武器をしまう。

 

「なんとか鎮められた。」

「けど、この子しか助けられなかった……」

 

スレイは肩を落とす。

レイは悲しそうにスレイ達とは反対方向を見る。

そこから弱弱しい子供の声が響く。

 

「うう……」

 

ロゼがそれに気付き、

 

「スレイ、あそこ!」

 

そこには岩陰の隅に横たわる子供が一人いた。

 

「あの子、まだ息が!」

「やはり導師殿。一体何事じゃ?」

 

そして聞き覚えのある声が響く。

現れたのは犬の天族オイシだった。

スレイは彼を見て、

 

「オイシさん!いいところに。」

「ティンタジェル使わせて!」

 

ロゼも彼を見て言う。

犬の天族オイシは周りを見て状況を理解し、

 

「まずは手当じゃな。子供たちはワシに任せろ。」

 

二人の手当てをし、ベッドに寝かせた。

 

「二人とも命に別状はない。しかし意識が戻らんのだ。」

 

レイは視線を外す。

スレイは眉を寄せ、

 

「浄化の失敗?」

「いや、原因は精神的なものじゃろう。」

 

レイは眉を寄せ、自分の右腕を左手で抑える。

スレイ達はそれには気付かず、

 

「敗残兵狩りに何があったんだろう?」

 

スレイが眉を寄せたまま言った。

すると、か細い声が聞こえる。

 

「アイツに……やられたんだ。」

 

それは岩陰に居た子供が目を開ける。

 

「オレたち……アイツの言う通りに山賊をやったのに……」

「アイツ?あんたたち雇われて山賊を?」

 

ロゼが眉を寄せ、子供を見る。

子供は虚ろな瞳で、

 

「うん……敗残兵狩りを続けるか迷ってた時……アイツがいい儲け話があるって。言われたとおりに運送屋を襲ったら荷をすごい高く買い取ってくれた……。『この調子で働けば、近いうちにちゃんとした仕事を紹介してやる』って約束も……」

「誰なの、そいつは?」

「……わかんない。話はリーダーがしてたし、オレはバカだし……。でも……信じてたんだ……普通の仕事に就けるの……嬉しかったから……。なのに突然『証拠は消す』って……アイツの傭兵が……みんなを……」

「証拠は消す……?」

 

ロゼは腕を組む。

少年は涙を流し、

 

「オレが……オレたちがバカだった……でも……バカでも悔しいよ……」

 

レイは子供に視線を向ける。

瞬きをして、子供に近付く。

赤く光る瞳が子供を見据える。

 

「誰か仇を……みんなの……」

「その願い、私が叶える。」

 

子供を見るレイの瞳は赤く光ってる。

その瞳が悲しく揺れる。

 

「ホント?」

「ああ。これはお前の望む仇が叶うまで続く。あちらで眠る子供が何を思うと、な。」

 

瞬きし、その瞳は一変、なんの感情も持たない瞳となる。

だが、嘘はなかった。

 

「ありがとう……」

 

子供弱弱しくズボンのポケットを探り、スレイとロゼを見て、

 

「お金も盗られて……こんなものしかないけど……お願……い……」

 

それは綺麗に輝く瞳石≪どうせき≫。

ミクリオはそれを見て、

 

「大地の記憶!」

「わかった。その依頼、風の骨も受けるよ。」

 

ロゼが子供に優しく答える。

少年は泣きながら気絶した。

スレイは悲しそうに、

 

「ロゼ……」

「すまんの。ワシはなにもしてやれん。無力なものじゃ。」

 

犬の天族オイシは、悲しく肩を落とす。

スレイは瞳石≪どうせき≫を手に取る。

そして光り出す。

 

――どこかの島だろうか。

どこかの海に浮かぶ島。

その島には八本の柱が立っている。

そして一匹のドラゴンが映る。

そのドラゴンは何かを見つめている。

そのドラゴンの下には、穢れを纏った獅子の男が居た。

穢れを纏った獅子の男はドラゴンを見上げる。

ドラゴンは唸りを上げて、穢れを纏った獅子の男に襲い掛かる。

しかしそこに映るのは、ドラゴンを打ち負かす穢れを纏った獅子の男。

ドラゴンは穢れを纏った獅子の男に首を垂れる。

 

スレイは目をパチクリさせ、

 

「ドラゴンを一撃で……!」

「しかも実体化したヤツをね。」

「なんて力だ……」

 

エドナは言いながら、傘を握る力が強くなる。

ライラは手を握り合わせ、悲しそうに無言となる。

レイもまた彼らから視線を外す。

そこにデゼルが重い口調で、

 

「背後の穢れを見ただろう。ヤツに憑いている憑魔≪ひょうま≫が桁違いなんだ。」

「……ああ。オレも、もっと力をつけなきゃ。」

「おお!今のを見てその発言。心配のような、頼もしいような。」

 

ロゼはスレイを肘で突きながら、明るく言う。

それを聞いたスレイ以外の者は苦笑いする。

そしてスレイは改めてロゼを見て、

 

「さっきの依頼……受けるのか?」

「うん。つか、もう受けたし。」

 

ロゼは腰に手を当て、まっすぐスレイを見る。

スレイは眉を寄せて俯く。

ミクリオがロゼを見て、

 

「しかし、いいのか?冷たい言い方だが、あの子たちは悪の片棒を担いでいたんだろう。」

「うん。だからこれは無法の強盗を傭兵が成敗したって事になる。でもあの子たちは仲間と必死に生きようとしてた。悪いことってわかってて、向け出したいとも思ってた。そこにつけ込まれて裏切られ、殺された。あの子たちは正しくなかったけど……それで裏切ったヤツらが正しいって事にもならないよ。」

 

ロゼは力強い瞳で言い切る。

ミクリオは視線を外し、

 

「それは……」

「……ごめん。オレにはわからない。」

 

二人は俯いた。

 

「別に責めてるんじゃないよ。こっちもごめん。それに、他人事じゃないしね。」

 

ロゼは腕を組み、指を顎に当てて言う。

二人はロゼを見てる。

 

「ロゼ……?」

「心配すんなって!当然、背景はしっかり調べるし。憑魔≪ひょうま≫だったら導師の出番だぜ!」

 

ロゼは腰に手を当て、自信満々に言う。

スレイも頷き、

 

「……わかった。」

「まずは黒幕を見つける、だな。」

「そういうこと。そだ!あの子たちの世話をするようエギーユたちに繋ぎつけとくね。」

「お願い。」

 

スレイ達はその場を後にする。

そしてスレイは改めて瞳石≪どうせき≫を見る。

 

「それにしてもキレイだよな、瞳石≪どうせき≫って。」

「けど、キレイすぎるんだ。だから、大半の人間はガラスか、なにかの加工品だと思っているようだね。」

 

ミクリオの指摘に、スレイは腕を組み、

 

「なるほどな。実際はなんなんだろう?」

「自然の鉱物じゃないわね。」

 

エドナがまじまじと瞳石≪どうせき≫を見て言う。

ミクリオは腕を組み、

 

「おそらく、複数の天響術を掛け合わせて生成したんだろう。その上、過去を見せる仕掛けが組み込まれているなんて、信じられない代物だな。」

「好きな過去を自由に見られたらいいのにな。1000年くらいの歴史を全部見てみたいよ。」

「見るだけで1000年かかるぞ。長生きしないとな。」

 

目を輝かせて言うスレイに、ミクリオが苦笑しながら言う。

 

「あ、そうか!」

「天族でも、さすがに無理でしょうね。」

 

ライラが苦笑いする。

ミクリオは腰に手を当て、

 

「瞳石≪どうせき≫も遺跡も、過去の断片にすぎないよ。そこから読み取ったものが重要なんだ。『歴史とは、僕らが心に築く建築物なのだから』。」

「ミクリオ!いいこと言った!」

 

スレイは嬉しそうに言った。

だが、目をパチクリして、

 

「あれ?でもどこかで……」

「だろ?あの人の言葉を借りた。いつか本を書いた時、自分で見つけて使おうと思てるんだ。」

 

ミクリオは腰に手を当て、嬉しそうに言った。

エドナは半笑いし、

 

「そんな野望があったのね。」

 

ミクリオは顔を片手で隠しながら、

 

「いや、僕らの旅を後世に伝えないのはもったいないだろう?」

「私も読んでみたいですわ、ミクリオさんの本。」

「私もミク兄の本読む。」

「進呈するよ。サイン付きでね。」

 

ライラが手を合わせ、レイはミクリオを見上げて言う。

そのライラとレイに、ミクリオは嬉しそうに見て言う。

と、スレイは拳を握りしめ、

 

「くそ~、オレも考えないと!いいセリフとサイン!」

 

そんな彼を皆、苦笑いで見る。

森で、風の骨の仲間と会い、子供達の事を伝える。

ロゼは腰に手を当て、

 

「これでよし!さ、後は情報を待とう。」

「ああ。」

 

今日はそのまま森で野営をしていた。

今回はハイランドへ戻るという事で、イズチの話をしていた。

と、ロゼが腕を組み、

 

「ねぇ、前々から聞こうと思ってたんだけどさ。」

「ん?なに?」

「いや、スレイにじゃなくて、レイに。」

「私?」

 

レイはロゼを見て、首をかしげる。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「えーと、レイはさ、スレイとミクリオはともかく、私たちのことは名前で呼ばないでしょ?イズチの人たちのことは名前で呼んでるみたいだし。」

「アンタ、今更それを言っちゃうのね。」

「私たちもずっと思ってましたからね。」

 

エドナは真顔で、ライラは苦笑いでロゼに言う。

ミクリオは顎に指を当てながら、

 

「そういえば、そうだったな。」

「えー、そうだったか?」

 

スレイは腕を組んで悩む。

デゼルはロゼ達を見ながら、

 

「今更別に名前くらいどうでもいいだろう。」

「よくない!」「よくないわよ。」「よくありませんわ!」

 

ロゼ、エドナ、ライラはデゼルを睨む。

デゼルは腰が少し後ろに引く。

そしてロゼは再び腕を組み、

 

「そもそも、名前を知らないとは思えないし。ね、レイ。深い意味がないならロゼって呼んでみ。」

「待ちなさい。呼ぶにしたって、アンタより長くいるワタシたちの方が先でしょ。」

「そうですわ!そこは譲れま――」

「――じゃないから。」

「へ?」

 

ロゼ達はレイを見る。

レイはロゼ達を見て、

 

「家族じゃないから。お兄ちゃんたちはイズチの皆は家族だって。家族はそうするものだと言った。だから私はそうしてきた。」

「あー、なるほどね。」

 

ロゼは視線を外しながら頭を掻く。

その表情はどこか悲しそうだ。

スレイとミクリオが、レイに声を掛けようとした。

だがレイは一呼吸置き、

 

「だって、あなたたちは家族ではなく……仲間、だから。」

「え?」

「お兄ちゃんたちの仲間。だから家族じゃない。」

 

スレイ達は目をパチクリする。

そしてロゼは笑い出す。

 

「あはは、なるほどね。それは確かにそうだ!」

「よかったわね、嫌われてなくて。」

「それはエドナさん自身もでしょ。」

「そうだよ、素直に喜びなって!」

「うるさいわよ。ワタシは別に何も感じてないわ。」

「またまた~。」

「エドナさん、ここは素直になってはどうですか?」

「いい加減にしないと岩をぶつけるわよ。」

「「ええ‼」」

 

エドナは二人を睨む。

それを見たスレイ達は、

 

「ガキか。」

「まったく、子供だな。」

「かもな。」

 

と、笑ってる。

すると、エドナは人形を握りしめ、

 

「うるさいわよ、ミボ!元々、おチビちゃんと仲がいいからって偉そうに!」

「僕だけ⁉」

「大体、ミボよりスレイの方がおチビちゃんは懐いてるわよね。」

「な⁉そんなことはない!」

 

と、二人は睨み合う。

 

「まぁ、落ち着けよ。ミクリオ。」

「そうだよ。ただエドナは素直じゃないだけで。」

 

スレイとロゼが止めにかかるが、

 

「だからワタシは違うわ。ミボと違って。」

「また繰り返すのか⁉」

 

と、再びエドナが悪戯顔でミクリオを見始める。

そこに、笑い声が響く。

 

「ぷっ、あはは!あー、やっぱりコントだ。」

 

それはレイだった。

レイは口元に手を当て、笑顔で笑っていた。

それを見たスレイ達は口を開けて驚く。

そしてレイは笑顔のまま、

 

「仲間は名前で呼び合うものなの?」

「え?あ、ああ!」

 

問われたスレイは首を縦に大きく頷く。

レイは笑みを深くし、

 

「じゃあ……デゼル!」

「俺か⁉」

「そ、面白そうだから!」

「「デゼル~!」」「デゼルさん!」

 

案の定、デゼルはロゼ達に捕まる。

レイはふと考え込む。

スレイとミクリオはそれを察して、

 

「きっと、アリーシャのことも名前で呼んだら喜ぶよ。」

「ああ。今のレイを見たら驚きそうだ。」

「そう……じゃあ、会ったら言ってみる。」

 

レイはロゼ達を見て、

 

「ライラ、エドナ、ロゼ。これからも、お兄ちゃんとミク兄をよろしく。」

「レイさん‼」

 

ライラは涙を浮かべてレイに抱き付いた。

レイはそんなライラの背をそっと抱きしめる。

ロゼ達も笑顔になる。

ロゼは腰に手を当て、

 

「よしっ!明日は早い。もう寝ようか。レイも――」

「それはイヤ。お兄ちゃんとミク兄と寝る。」

 

そう言って、ライラから離れてスレイとミクリオの腕にダイブする。

ロゼは残念そうに、

 

「あちゃー、振られちゃった。」

「まだその辺はガードが固いですわね。」

「そうね。」

 

解放されたデゼルはぐったりして、帽子を深くかぶる。

そしてそれぞれ床に入るのであった。



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toz 第十九話 再びハイランドへ

スレイ達は再びハイランド側へとやって来た。

フォルクエン丘陵へとやって来ていた。

ロゼが霊峰レイフォルクを見て、

 

「あの山、エドナの家だったんだって?」

「そうよ。今は人を喰らう化け物の巣だけど。」

 

エドナは真顔で言う。

それにロゼは苦笑いし、

 

「そこまで言わなくても。」

「ただの事実よ。もうワタシのことだってわからないんだから。」

 

エドナは淡々と言って、歩いて行く。

その背はとても悲しそうだった。

スレイ達は橋に向かって歩いて行く。

と、レイは橋の所に居た髪を横にロールしながら結い上げている少女を見た。

レイはスレイの服の裾を引っ張り、

 

「あそこ。」

 

スレイ達も気が付き、そこに歩いて行く。

少女は修復された橋を見つめていた。

 

「見事な修復だ。だが、これで……」

「アリーシャ!」

 

スレイはその背に声を掛ける。

少女は振り返る。

そして嬉しそうにこちらに近付いてくる。

 

「スレイ!レイ!こんなところで。ライラ様たちも?」

「もちろんですわ。」

「見えないのが寂しいけど。」

「それが普通だろ。」

 

ライラは優しく微笑み、ミクリオは腰に手を当て寂しそうに言う。

それをデゼルが腕を組み、ミクリオを見て言う。

エドナは何も言わないが、じっとその瞳は彼女を見る。

レイはスレイとミクリオの言葉を思い出し、

 

「大丈夫。アリーシャには見えてないだけで、ちゃんといるよ。」

 

と、微笑む。

そしてスレイも頷く。

少女アリーシャは驚いたようにレイを見る。

レイは首を傾げ、

 

「嫌だった?名前言うの。」

「い、いや、そんなことはない。とても嬉しいよ。ただ、以前とは比べてとても雰囲気が変わったから驚いた。」

 

アリーシャは嬉しそうに微笑む。

レイはそれにとびっきりの笑顔を向ける。

そしてロゼが手を一度くいっと振って、

 

「ども。」

 

少女アリーシャはロゼに近付き、

 

「ロゼ……だったね?王宮に出入りしていたセキレイの羽の。」

「あはは……ちゃんと話すのは初めてですね、アリーシャ姫。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

少女アリーシャは笑顔で、

 

「アリーシャでかまわないよ。」

「ロゼは、オレを助けてくれてるんだ。」

 

それを聞いた少女アリーシャは眉を寄せて、

 

「従士として?」

「大丈夫。どこも悪くないよ。」

「それは私も保証する。」

「そうか。」

 

少女アリーシャは安心する。

そして少し寂しそうに、

 

「スレイの成長もあるだろうが、きっとロゼの力が優れているのだろうな。」

 

と、ロゼに優しく微笑む。

ロゼは驚き、

 

「なんかすごい誉められた!」

「ふふ、スレイに似ているからかな?」

 

二人は互いに微笑む。

が、少女アリーシャの言葉に腕を組み、眉を寄せて、

 

「それは誉められたのかビミョ―……」

「確かに!これはすまない!」

「ちょ!そこで謝る⁉」

 

スレイは眉を寄せて、少女アリーシャを見る。

それを見たレイは腹を抱えて、

 

「ぷっ、あはは!」

 

と、笑い出す。

少女アリーシャはそれを目を見開いて驚いた後、ロゼと共に笑い出す。

 

「ふふふふ!」「あはは!」

「スレイ、お喋りもいいけどここに来た目的。」

 

後ろからミクリオが言う。

後ろを見ると、ライラも手を口に当てて笑っている。

 

「そうだった。アリーシャに聞きたいことがあるんだ。」

「ん?」

 

少女アリーシャに試練神殿のことを話す。

少女アリーシャは腕を組み、指を顎に当てて考える。

 

「試練の神殿か……」

「心当たりある?」

「それかどうかはわからないが、先日、レイクピロー高地で遺跡が発掘されたと報告があった。軍の機密になっていて、詳しく場所はわからないが入り口は巧妙に隠されているらしい。マルトラン師匠≪せんせい≫が調査に向かったところだ。」

 

レイは目を細める。

そして視線を遠くに向ける。

スレイは意外そうな顔をして、

 

「マルトランさんが?」

「発見のきっかけは盗掘団の逮捕でね、彼らは何本かの名刀を持ち帰っていた。それを知った軍は、捜索で戦力が強化できると考えたのだ。」

「つまり戦争のため?」

 

ロゼは腕を組み、眉を寄せる。

そしてスレイ達も眉を寄せる。

少女アリーシャは俯き、

 

「……そうだ。」

 

と、奥の方から、騎士兵の一人が声を上げる。

 

「アリーシャ様!隊長が報告はまだかと。」

 

少女アリーシャは振り返り、

 

「……失礼した。今行く。」

 

スレイ達に振り返り、

 

「すまないが仕事の途中なのだ。ぜひまたレディレイクに寄ってくれ。無事に試練を越えられるように祈っているよ。」

「うん。じゃあまた。」

 

少女アリーシャは優しく微笑む。

スレイは頷く。

少女アリーシャは歩いて行った。

 

「ロゼ、アリーシャと知り合いだったんだな。」

「セキレイの羽は、ハイランド王家御用達だからね。それに風の骨としても会ってるし。もちろん言わなかったけど。」

「それもそうか。」

 

スレイ達は橋を渡る。

渡った先には少女アリーシャが騎士兵に報告していた。

 

「承りました。上層部にもそのように。」

 

そうして騎士兵は歩いて行く。

少女アリーシャは俯いたまま、

 

「見ての通りだよ。橋の視察を命じられたんだ。」

「嫌がらせだね。」

 

ミクリオが腕を組み、怒りながら言う。

スレイは眉を寄せて、

 

「……アリーシャ。」

 

少女アリーシャは振り返り、

 

「大丈夫だ。マルトラン師匠≪せんせい≫も助けてくれるし、まだまだ私は――」

「なんか無理してない?」

「ロゼ。」「ロゼさん。」

 

ロゼはアリーシャを見て言う。

そんなロゼにレイとライラは困り顔をし、エドナは呆れた目を向ける。

それに気付いたロゼは、

 

「ごめん。あたしが言うことじゃなかったね。」

「……いや、その通りなのだろう。いくら気を張ったところで戦争は止められない。毎日逃げたいと思っているよ……」

 

スレイ達は無言になる。

レイは少女アリーシャを見上げる。

その瞳はずっと彼女を映している。

だが、俯いていた少女アリーシャ顔を上げ、

 

「でも、その度に足を止めるんだ。『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ』。師匠≪せんせい≫が教えてくれた言葉が。」

 

少女アリーシャは力強い瞳でそう言った。

レイはその瞳を見て、少し瞳を揺らした。

そして目を閉じ、胸に手を当てて優しく微笑む。

ロゼは明るく、

 

「それが矜恃なんだね、アリーシャの。」

「意地っ張りなだけかもしれないが。」

 

二人は見合う。

レイはそれをじっと見つめる。

そしてロゼは腰に手を当て、

 

「なら、ミクリオと似てるかもね?」

 

と、ロゼはミクリオを見る。

少女アリーシャもミクリオが居るであろう方向を見て、

 

「それは誉められた気が……」

「するでしょ?」

 

レイが二人を見上げて言う。

その顔は真顔だ。

二人はそれを見た後、見合って、

 

「「はははは!」」

 

と、笑い出した。

後ろではミクリオが腕を組み、

 

「僕をオチに使わないでくれ!」

「お兄ちゃんよりはマシでしょ、ミク兄?」

「オレより⁉」「レイ⁉」

 

二人は目を見開いて驚く。

エドナがレイの頭をポンポン叩き、

 

「よくわかってるわね、おチビちゃん。」

「くだらんな。」

 

デゼルが呟く。

エドナはデゼルと睨み合う。

その後少女アリーシャは笑いを止め、表情を戻すと、

 

「さて、私は行くよ。みんな元気で。」

「アリーシャも。」

「またね。」

 

スレイとロゼは少女アリーシャに別れを告げる。

レイは少女アリーシャの手を握り、

 

「アリーシャはアリーシャの信じた道を進めばいい。例えその先にあるのが後悔や裏切り、望まぬ結果だったとしても。きっとアリーシャなら乗り越えられる。アリーシャは一人じゃない。その時支えてくれてる友がいるから。今はわからなくても、ね。」

「レイ……そうだな。私は頑張るよ。」

 

スレイ達を見て頷き、彼女は歩いて行く。

少女アリーシャが去った後、ロゼはレイを見下ろし、

 

「そういえば、レイって時々スパッと人の未来予知っぽいものを言うよね。なんで?」

 

スレイ達もレイを見る。

レイは腰に手を当て、左指を顎に当てる。

その後ロゼを見上げ、

 

「この世に生きるものはみんな、本みたいな感じだからかな。」

「本?」

「ん。生き物は生まれたその時から一ページ目が綴られる。それは最後のページまで隅々まで道のように物語が書かれてる。でも、それは木の枝のように、分かれ道のように多くの選択肢が描かれている。その人次第でその先の未来は固定され、変えられることもある。ページを変えるように簡単に変えられる道と戻せない道のように。」

「えーと、なんとなくわかった。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

レイは目をパチクリした後、スレイを見上げる。

 

「それでこの後はどうするの?」

「ん~。一度、レディレイクに行こっか。イズチに戻る選択肢もあるけど、まずは休もう。」

 

スレイは腕を上げて、伸びをする。

そして一行はレディレイクに向かい、歩き出す。

ロゼは思い出すように、

 

「……アリーシャも一緒に行きたいんじゃないかな。ホントは。」

「え?」

 

ライラがロゼを見る。

ロゼは腕を組み、首を摩り、

 

「なんとなくそう思って。ね、前はアリーシャがスレイの従士だったんだよね。なんで別れちゃったわけ?」

「えっと……別れたっていうか、アリーシャには夢があって……」

 

スレイは腕を組んで眉を寄せて、説明する。

エドナは真顔で、

 

「行きたかったのは本当だと思う。」

「だけど、アリーシャは相性が少し悪かった。」

 

レイも、空を見ながら歩きながら言う。

そしてエドナは、真顔のまま言う。

 

「そう。おチビちゃんの言うように、アリーシャの霊応力は特別というほどじゃなかったから。」

「反動で見えなくなってしまったんだ。」

「スレイさんの目が。」

 

ミクリオとライラが続けて悲しそうに言う。

 

「そっか……それで……今は?まさか隠してないよね?」

「なんともないよ。ホントにホント。」

 

スレイは腰に手を当てて言う。

レイはロゼを見上げ、

 

「それは本当。私も言い切れる。ロゼの霊応力は普通の人間より強い。」

「はい。神依≪カムイ≫化まで可能とするロゼさんの霊応力は導師に匹敵するほどですから。」

 

ライラもロゼを見て、優しく微笑む。

ロゼは改めて納得する。

 

「そうなんだ……。あたし、自分の霊応力に感謝しないとね。うん。」

「感謝……か。」

 

それを聞いたデゼルは一人背を向けて呟く。

レイはそれを横目で見る。

そして視線を戻す。

と、スレイは不安そうに、

 

「そういえば、アリーシャの反逆容疑は解けたんだよな?」

「ああ、戦争の時の『スレイが協力すれば』ってヤツね。あの様子なら大丈夫なんじゃない?アリーシャの屋敷の様子を見れば、もっとはっきりするかもしれないけど、行ってみる?」

 

スレイ達はレディレイクに向かって歩き出す。

ロゼは歩きながら、

 

「ね、アリーシャと旅してた時ってみんなどんな感じだったわけ?」

「少なくともツッコミ疲れはしなかったね。」

 

ミクリオは真顔で言った。

レイは首をかしげる。

そしてそれを聞いたロゼは驚きながら、

 

「え⁉ライラが口をきかなかったってこと?」

「……誰かロゼさんに鏡を。」

 

ライラが祈るのように手を握り、そう言った。

レイは納得し、

 

「多分、見せても変わらないと思う。」

「ですよね。」「えぇー⁉」

 

ライラは肩を落とし、ロゼはさらに驚いた。

そんなこんなでレディレイクに入る。

入った瞬間、レイは耳を塞ぐ。

 

「レイ?」

「何でもない。」

 

レイはスレイの手を握る。

スレイ達は少女アリーシャの屋敷に向かうことにした。

貴族街に入ってすぐ、人だかりができていた。

そこに向かうと、一人の少年を囲む騎士兵と人々。

 

「小僧!観念しろ!現行犯だ!」

「くそ……」

「この声は……」

 

スレイは子供の声に聞き覚えがあった。

そしてレイもその人混みの中を見据える。

その視線の先にはゴブリン姿の憑魔≪ひょうま≫が居た。

 

「憑魔≪ひょうま≫!」

 

ロゼはすぐに反応した。

スレイはロゼを見て、

 

「浄化しよう。」

「うん。」

 

スレイ達はその人混みの中へ入って行く。

レイは小声で、

 

「浄化した所で、変われる人間と変われぬ人間が存在する。さて、あの人間はどちらだろうか……」

 

人混みの中に入ると、騎士兵はイラつきながらスレイを見る。

 

「何か?導師、殿。」

「その子、任せてもらえませんか?」

 

スレイは騎士兵を見て言う。

だが、騎士兵は首を振り、

 

「それはできませんな。スリは現行犯じゃないと捕らえられん。」

「けど……その子は――」

「……罪を犯して捕まったら罰を受ける。当然子供でもね。」

 

眉を寄せるスレイの後ろから、ロゼが腕を組んで厳しい口調で少年≪憑魔≫を見て言う。

騎士兵も少年を見て、

 

「このガキにはその覚悟がなかったって訳だ。」

 

少年≪憑魔≫は黙り込む。

そこにロゼの明るい声が響く。

 

「衛兵さん!この子連れてく前にちょっとスレイに任せてみない?お仕置きよりも導師の言葉の方が、この子を更生させるきっかけになるよ、きっと!」

「無意味なことだ。」

「ちょっとぐらいいいじゃん!その子とスレイが話すの、何か都合が悪いわけ?」

「そういう事を言ってるんじゃない!時間の無駄だと言ってるんだ!」

 

ロゼと騎士兵は言い争いになる。

レイはスレイの手を放し、騎士兵を見上げる。

 

「なんだ?」

「罰を受ける覚悟は、あなた自身にもあると思うけど?」

「は?」

 

レイはロゼを見る。

ロゼは頷き、腰に手を当て、

 

「……さっきこの子は犯した罪の罰を受ける覚悟が無かったって言ったよね。その子の言うように、衛兵さんも、ちゃんと覚悟してる?」

「なに?」

「こちとら世界中を旅してる商人だよ。スリが全然減らないワケ……知らないと思ってる?」

 

ロゼは騎士兵を睨む。

騎士兵は何か思うことがあるのか、戸惑いながら、

 

「へ、へへ……そうか……いくら欲しい?」

「見損なわないでよね!セキレイの羽は信用第一がモットー!スレイ、こいつも牢屋行き決定!」

 

と、スレイに大声で言う。

騎士兵は今度は怒りながら、

 

「ふ、ふざけるなよ!小娘!」

「ふざけているのは、あなたの方だ!」

 

レイの赤く光る瞳が、騎士兵を貫く。

騎士兵は一歩下がる。

そしてスレイも騎士兵を見て、

 

「そうだよ、ふざけてるのはそっちだ。」

「……導師!」

 

恐怖をスレイへの怒りに変える。

レイはその赤く光る瞳を少年≪憑魔≫に向ける。

少年≪憑魔≫は走り出す。

それを見てロゼが、

 

「あ、こら!ちょっと!待て!スレイ!」

「うん。行って。」

「おっけ!」

 

ロゼは少年≪憑魔≫を追う。

そしてそれをデゼルがすぐに追う。

 

「ちっ!世話の焼ける!」

「スレイさん、私も行きますわ。」

「あの子の浄化、頼んだよ。」

 

ライラが二人の後を追う。

レイは騎士兵に視線を戻す。

騎士兵はスレイを見て、

 

「導師と言えど公務の邪魔は許さんぞ。」

 

スレイは黙って騎士兵を見る。

と、周りに居た人々が、

 

「いい加減にしろ!衛兵!あんたのがおかしいって俺でもわかるぞ。」

「そうだ!それでも衛兵か!」

「あんた、あたしらが見てる前で言い面の皮だね!」

「この不良衛兵!」

 

と、騎士兵に声を上げる。

騎士兵は黙り込む。

レイは視線を外し、スレイを見る。

ミクリオもそれを察し、

 

「ここはもういいだろう。ロゼ達を追おう。」

「あ、うん。わかった。」

 

スレイ達はロゼ達を追う。

ロゼ達の元に付いた時には少年≪憑魔≫は浄化されていた。

 

「ふぅ。」

「みなさん。」

「終わったな。」

 

スレイはホッとするが、ロゼは腕を組み、

 

「どうだろう……」

「気になるのならこのガキの根城を見つければいい。」

「しかし、どうやって?」

「案内させるのさ。」

「そうか、泳がせて尾行だね!」

「なるほど……」

「よし。スレイ、ロゼ、レイ、隠れて。この子の目を覚ます。」

 

ミクリオがスレイ達に言う。

スレイ達は頷き、隠れる。

ミクリオが少年に近付く。

エドナはそれを見て、

 

「勝手に進んでるけど……いいの?ライラ?」

「そうですね。尾行までなら……」

 

ライラはそっと呟く。

スレイは一瞬俯く。

レイはそれをそっと横目で見る。

そしてミクリオは少年に水をかける。

 

「う……」

 

少年は起き、立ち上がる。

そして辺りを見渡して、走っていく。

ロゼはすぐに、

 

「行こ!」

「ああ。」

 

追いかけながらスレイは、

 

「あの子、もうスリはしないんじゃないか?浄化できたんだし。」

「ん~。そうとも限らないんだよね。スリも組合があるって話だし。」

「そうなのか⁉」

「あの子が単独犯か組合に上納してるか……確認しなきゃ。」

 

少年は再び貴族街にやってきた。

スレイは眉を寄せ、

 

「ロゼ、さっき言ってたスリが減らない訳って……?」

「取り締まる側が見逃して時々上がり巻き上げてんの。そんで用済みになったら上役への点数稼ぎに捕まえて牢屋行き。さっきのはきっとそれね。」

「そんな事が……」

「レイもそれを知ってたんでしょ。」

「あの人間は欲と嘘にまみれた。よくある人間像だけど。子供の方は裏切りと後悔があった。でももう戻れない所までいっていた。前の時よりも。だからきっと、根を取らないと何も変わらない。例え、浄化しても。」

 

少年は隅の屋敷へと入っていた。

 

「あ!入ってく!」

「……貴族の屋敷?」

「どう見てもあの子の家じゃないな。」

「……これはスリ組合の線かもね。」

「ここがその拠点ってワケだな。」

「おチビちゃんの言うように、また何かやらかしそうね。あの子。」

「もう~しょうがないな~。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

が、ライラが落ち着いた声で、

 

「ロゼさん……残念ですが、これ以上は……」

「完全に人間社会の問題って言いたいんだね。」

「……わざわざ導師が関わる問題ではないかもしれない。」

 

その場は無言へと変わる。

しかしロゼがスレイを見て、

 

「ごめん!あの子ひとりでやってんなら本人の問題かなって割り切る事もできるけど。組合にやらされてるかもしれないんなら話は別。ちゃんと確認したいんだ。」

「やっぱりそうなるわよね。」

 

エドナが傘をクルクル回しながら言う。

ライラはスレイとロゼを見て、

 

「……わかりましたわ。みんなで確認しましょう。」

「いいの⁈」

 

スレイはライラを見る。

そしてロゼは指をパチンと鳴らす。

レイは小さく微笑み彼らを横目で見上げる。

ライラは真剣な表情で、

 

「ただし!確認だけです。スレイさん、ロゼさん。導師と従士の力はお二人の気持ちとは関係なく人の世、心に、強く影響する事がある得る……忘れないでくださいね。」

「わかった。」

「ここに出入りしてる人の確認だけにするね。」

 

そしてしばらく物陰に隠れて屋敷を見張る。

それは数日の間に渡った。

 

「……飽きた。」

「数日間なんの動きもないとは考えてもなかったな……」

「あたし見てるから、宿で待っててもいいよ。」

「大丈夫だって!」

 

スレイはロゼに頷く。

と、ずっと屋敷をジッと見ていたレイが、

 

「動き出した。」

 

その表情は悲しそうだ。

ミクリオもそれに気づき、

 

「静かに。誰か出てくるぞ。」

 

屋敷から出て来たのは子供達だった。

それを見たデゼルが、

 

「ガキばっかじゃねぇか。」

「あの子たち……スリをやらされてたんじゃなかったのか?」

 

ロゼは腰に手を当て、考え込む。

そしてデゼルも、

 

「ここまで付き合ったんだ。最後まで見届けろ。」

「デゼル?」

「ガキどもを追え。屋敷の中は俺が確認しておく。」

「サンキュ。」

 

デゼルは屋敷に向かって歩いて行く。

その背に礼を言う。

エドナは傘をトントンしながら、

 

「しょうがないわね。」

 

子供達の後を追う。

子供達は歩きながら、盗みの算段を話し出す。

 

「いいか、でかい物狙うんじゃないぜ。金か宝石だけ狙うんだ。」

「ホントにそんなのあるわけ?」

「導師ってのがなんかしたみたいでさ、聖堂に寄付とか結構入ってんだって。」

「へぇ、司祭は子供に甘いし楽そうじゃん。やばくなったら泣きゃいいんだし。」

「きゃは♪それなら得意ぃ。」

「なぁ、やっちゃっていいだろ。」

「カモじゃなかったら良いんじゃない?」

 

それを聞いたミクリオは、

 

「これが子どもの言う台詞か……?」

「……時代の闇……」

「……」

「あの子たち、穢れがほとんどない……」

「子供の無邪気さは穢れた大人より残酷な事もある……そんなところね。」

 

そうして歩いていると、デゼルが戻ってくる。

 

「おい。」

「あ、デゼル。どうだった?」

「あの屋敷は空き家だった。ガキどもが勝手に根城にしてたんだろ。」

「じゃあやっぱりあの子たちだけで……」

 

スレイ達が聖堂の裏口へと回る。

 

「よし、ひと稼ぎいくぜ。」

 

子供達はやる気満々だ。

それを見て、スレイは肩を落とす。

 

「はぁ……」

「……大体飲み込めたし、衛兵に通報して終わりにするか?あの子たちは憑魔≪ひょうま≫じゃない訳だし。」

「……いや。」

「見過ごせない。」

「そうだよな。」

 

スレイとロゼは頷き合う。

だが、その前にレイが子供達方に歩いて行く。

スレイも出そうになるが、ロゼに止められる。

そうしている内にレイが、リーダー格の少年に話し掛ける。

 

「ねぇ。」

「あ⁉なんだ⁉」

「今からやることになんの意味も持たない。それでもやるの?」

「うるせいな!」

 

リーダー格の少年がレイを押し飛ばす。

レイは尻餅を着く。

スレイとミクリオがムッとする中、ロゼがそれを止める。

レイは座り込んだまま、子供達をジッと見つめる。

子供達は一歩下がり、

 

「い、行くぞ!」

 

そこに、しびれを切らしたスレイが声を掛ける。

 

「君たち!泥棒なんてやめるんだ。」

「クソ!新手か!なんだよ!オレ、なんにもしてねえだろ!」

 

他の子供達は二手に別れて逃げる。

スレイはレイを起こす。

そのリーダー格の少年にロゼは腰を当て、

 

「もうわかってんのよ。全部。身寄りがない不幸な子どもを演じて、司祭さんから盗み働こうなんて悪知恵がすぎるっての。」

「証拠はあんのかよ!」

「この人は導師。その言葉こそ証拠だよ。」

「そんなのギショウだ!エンザイだ!」

「真っ当に生きてるこのスレイはね、ちゃんと信頼されてんの。アリーシャ姫とか街の色んな人に。アンタはどうなの?信頼されてるワケ?」

 

少年は黙り込む。

 

「観念しな。」

「仕方ないじゃないか!そこのそいつと違って、大人がオレたちを見捨てたんだ!生きてくためには泥棒でもするしかねぇだろ!」

 

と、レイを指差す。

レイはジッと彼を見つめる。

スレイはロゼを見て、

 

「ロゼ……やっぱり……」

「さ、スレイ、衛兵に突きだそ。」

 

少年は衛兵に連れて行かれる。

スレイはブルーノ司祭に声を掛ける。

それを話すと、ブルーノ司祭は悲しそうに、

 

「年端もいかない子どもたちがそんな悪質な窃盗を企んでいたとは……」

「……他の子たちは?」

「それぞれ衛兵に逮捕され、連行されました。」

「そっか……」

「子どもでも罪を犯して捕らわれたら罰せられる。当然なのですが……いたたまれません。」

「うん。」

 

スレイは悲しそうに頷く。

そしてレイはそれを見上げ、俯いた後、再び顔を上げる。

 

「お兄ちゃん、あれ。」

「え?」

 

スレイ達はレイの指差している方を見る。

それは光り輝く石だった。

スレイ達はそこに行き、

 

「これ……大地の記憶じゃないか!」

「それは……街の片から寄付された品のひとつですね。珍しい物のような気がして換金するのをためらっていたのです。」

「おお!ナイスだよ!司祭さん!」

「へ?あ、はぁ。」

 

喜ぶロゼに、ブルーノ司祭は困惑する。

スレイがブルーノ司祭を見て、

 

「ブルーノ司祭、オレ達、これを探してたんだ。」

「だからさ、譲ってくれない?もちろんちゃんとお金払うよ!」

「いえいえ!お代なんて!導師殿の旅路に必要なものなら、是非お持ちください。」

 

ブルーノ司祭は手を振ってそう言った。

そしてスレイを見て、

 

「きっと寄付してくださった方も導師殿の役に立てたとしれば喜んでくださいます。」

「ありがとう。ブルーノ司祭。」

 

スレイは礼を言って、瞳石≪どうせき≫を持つ。

瞳石≪どうせき≫は光り出す。

 

――斜めに建っている塔が見える。

森のとは違う広い高原。

そこに五大神マオテラスの加護の元、多くの導師達が戦っていた。

その先には大量の憑魔≪ひょうま≫の大群。

その憑魔≪ひょうま≫を次々と浄化していく。

 

スレイは腰に手を当て、

 

「あんなにたくさんの導師が浄化の力を振るってたんだな、昔は。」

「それが、なぜかいなくなってしまったんだろう?」

 

レイはスレイ達から視線を戻す。

ライラはスレイ達を見て、

 

「……なぜだと思われますか?」

 

スレイは腕を組み、

 

「導師の存在がマオテラスと関係していたとすると……」

「マオテラスが失踪したから導師も消えた。」

 

ミクリオも腕を組み言うが、それをエドナが傘をクルクル回しながら、

 

「そう決めつけるのは早計じゃない?」

「じゃあ、他にどんな可能性があると思う?」

 

スレイはエドナを見て聞く。

その言葉にレイは悲しそうに俯く。

エドナは傘をクルクル回すのを止め、スレイをじっと見つめて、

 

「例えば、導師が居なくなるほど人が天族を信じなくなったせいかも。」

「大勢いる時代の方が異常だったのかもしれなんな。」

 

デゼルが遠くを見るように言う。

ロゼも腕を組み、

 

「スレイみたいのしか導師になれないとしたら、お人好しが減ったからとか。」

「う~ん……可能性は山ほどあるか。」

「コツコツ情報を集めていくしかないね。」

「はい。そうすれば、きっと答えに辿り着けますわ。」

 

スレイとミクリオは互いに見合って言った。

そしてライラも笑顔を向けていうのであった。

レイはそれを悲しそうに横目で見た。

 

「……人は変わる。それは天族でさえも。」

 

その後スレイ達は天族ウーノに話し掛けた。

 

「ウーノさん!」

「導師。久しいな。」

「だれ?」

 

ロゼは首を傾げて言う。

スレイはロゼを見て、

 

「このレディレイクの加護をしてくれてる地の主のウーノさん。で、ウーノさん。オレの新しい仲間のエドナに、ロゼ、デゼル。」

「ども。」

 

ロゼは手を上げる。

天族ウーノは頷き、

 

「私はウーノだ。」

 

と、天族ウーノは自分を見つめる小さな少女に気付く。

天族ウーノはレイを見下ろし、

 

「君も久しいな。」

「よっぽどこの街が好きなんだ。」

「え?」

 

レイは窓際に歩いて行った。

外を見る小さな少女の姿は昔見た彼女にそっくりだった。

だが、一つ違うのは悲しそうに外を見るその瞳だった。

 

「どうかしたの?ウーノさん?」

「いや、なんでもない。で、何の用だ。」

「いえ、ここに立ち寄ったので、いつぞやの話をしようかと。」

「あ!じゃあ、あたしは司祭さんと話があるから。」

「ならオレも、そっちに行く。また後で、ウーノさん。」

 

ロゼとスレイは歩いて行った。

その後ろに、デゼルが付いて行く。

ミクリオはライラを見て、

 

「なら僕は、レイの所にいるよ。」

「わかりましたわ。エドナさんはどうします?」

「ワタシはアンタの話とやらを聞いてあげるわ。」

「そうですか?では……」

 

ライラは手を合わせて、思い出すように語り出す。

 

「私があの方と会ったのは、本当に偶然です。風に乗って歌声と笛の音が響いていて……私たちはそこに行ってみたのですわ。そしたらあの方たちがいました。」

「って、アイツの話……」

「やめます?」

「いいわ。聞いてあげる。」

 

エドナは傘を肩でトントンする。

その表情はいまいち微妙と言う感じだ。

ライラは手を合わせて、思い出すように続ける。

 

「では……あの方たちは私たちを見て、普通でした。しかし、彼の方は意外そうな顔で私たちに話し掛けたのです。」

 

ライラはその時のことを思い出す。

 

ーー自分の目の前には花畑が広がっていた。

風に乗って、誘われたその先には綺麗な歌声に合わせて、笛の音が奏でられる。

そこには仮面をつけた二人。

一人は長い紫色の長い髪を結い上げ、コートのようなワンピース服を、もう一人も長い紫色の髪を結い下げ、コートのような服を風になびかせている。

髪を結い上げているのは少女の方で、興味なさそうにこちらを見ている。

髪を結い下げているのは少年の方で、彼女とは対照的にとっても表情豊かだった。

少年が笑顔で話しかけて来る。

 

「やあ、こんにちは。俺たちを見つけるなんて、よっぽど耳が良いのか――」

 

彼は目を細め、小さい声で笑みを浮かべる。

 

「それとも霊応力が強いのか。ま、どっちでもいいか。」

 

と、話しかけている内に、もう一人の方が歩いて行く。

それを見た少年は、

 

「え⁉ちょ、ちょっと待って!」

 

少年は少女を追いかける。

が、途中で振り返り、

 

「また、会えたら会おうね~。」

 

と、手を振っていた。

ライラはその状況が飲み込めぬまま、その場に少しいた。

しばらくたったある日、ライラはあの時の少女に会った。

彼女は、あの時と変わらぬ仮面の下からでも解る興味のなさそうな顔で、自分を見る。

だが、ライラは首を振る。

自分を見ることはおそらくできないのだから。

それでもライラは口に出していた。

 

「貴女はあの時の……」

「こんなの所に居ていいのか、主神。」

「え?」

 

ライラは眉を寄せる。

彼女は自分を見てそう言ったのだ。

しかも〝主神″だと。

 

「お前の器の導師は、この先困難にぶつかる。それは世界を覆うほどの後悔と絶望、そして悲しみだ。」

「……それは――」

「どの導師も直面すると言いたいのだろうが、今回は今までとは少し違う。数多の導師達がそうであったように、あの導師自身が災厄を呼ぶ。お前はそれを変えようとしても、気付いた時には遅い。」

 

そう言って、彼女はあの時と同じくさっそうと歩いて行く。

彼女は小さい声で、

 

「お前が望むのであれば、私はお前に力をやろう。」

 

戸惑っていた自分の後ろから、明るい声が響く。

 

「あれ、あの時の主神さんだ。今日は一人?」

「え、あ、はい……」

「元気ないね。どうかしたの?」

 

ライラは悲しそうに俯く。

だが、気持ちを切り替え、

 

「いえ、なんでもありませんわ。それより、あなた方は同じ天族の方なのですか?」

「ん?ああ、違うよ。主神さんは覚えていないかもだけど、俺らは君と何回か普通に会ってるよ。確か、ノルミン天族と旅している時とその前くらいだったかな?」

「え?えぇ⁉」

 

ライラは口に手を抑えて目を見開く。

少年は手を振って、

 

「じゃ、そういうことで。」

「どういうことですか⁉」

「あはは。」

 

少年は楽しそうに、笑いながら歩いて行った。

 

ライラは笑顔で、

 

「と、言う感じですわね。」

「「…………」」

 

二人は無言となる。

エドナは傘の先を床に着く。

 

「なんというか、アイツも審判者も昔から変わらないのね。」

「私は審判者とは直接話してないから何とも言えないが、裁判者はそんな感じであった。」

 

天族ウーノは腕を組み、首を縦に頷く。

 

 

レイは窓際で外を見ていた。

外の人々を見るたびに、レイは眉を寄せる。

そこにミクリオが来たのがわかった。

 

「ミク兄……」

「レイ。スレイとロゼとデゼルはブルーノ司祭の所。ライラとエドナはあそこでウーノと話している。」

「そう……」

 

ライラ達の方を見ると、ライラが手を合わせて話し込んでいる。

レイはミクリオを引っ張り、

 

「ミク兄、そこに座って。」

「ん?……わかった。」

 

レイはミクリオを階段に座らせる。

そのミクリオの足の間にレイも座る。

レイは背をミクリオの胸に預け、

 

「……あの人間の子供は私を見て、自分は大人に見捨てられたと、生きるためにやっていると言っていた。でも、そもそも私には人間の言う両親と言うものを知らないし、持ったこともない。」

「レイ……」

「でも、イズチのみんなと過ごして家族を……ジイジやお兄ちゃん、ミク兄と触れ合って、親や兄妹と言うものを理解できた。ライラやエドナ、ロゼにデゼル……それにアリーシャや他の人と関わって、関わりと言うものを理解できた。お兄ちゃん達といると嬉しいとか、楽しいとか、そう言った……正の感情?と言うものをたくさん理解できたと思う。その反面、他の者達からの悲しいとか、辛いとかそう言った負の感情が凄く解るようになった……」

 

レイはミクリオを見上げ、

 

「だからこそ最近は……ううん、何でもない。」

 

そう言ってレイは俯く。

そしてミクリオには聞こえない声で、

 

「きっと裁判者と審判者は、互いに一緒に居たから支え合えていたんだ。それこそ、この世界における親、姉弟兄妹≪きょうだい≫、家族、仲間、親友、色々な意味で……」

 

と、そこにライラ達が近付いてくる。

レイも顔を上げ、

 

「もう話はいいの?」

「ええ。」

 

ライラは笑顔を向けて言う。

レイはライラ達を見たまま、

 

「お兄ちゃんが来るまで――」

 

レイは話し途中に眉を寄せ、耳を塞ぐ。

そしてミクリオの胸に顔を埋め始めた。

ライラ達が首を傾げてると、聖堂に多くの人が入って来た。

 

「混んで来たわね。」

「そうですわね。外へ出ましょうか。」

 

エドナとライラが周りを見て言う。

ミクリオはレイの手を引き、立ち上がる。

天族ウーノはライラ達を見て、

 

「では、導師が来たら、私の方から言っておこう。」

「お願い致しますわ。」

 

ライラ達は聖堂の入り口に向かう。

が、人混みに飲まれ、レイとミクリオの繋いでいた手が離れる。

レイはそのまま外へ追い出される。

レイは眉を寄せ、耳を塞ぎながら人混みを避けるが、

 

「うぅ……」

 

その場にしゃがむ。

と、誰かが自分を抱き上げる。

そしてレイの顔を胸に押し込み、

 

「今の君に、この人混みは辛いでしょ。今は俺に集中すればいいよ。だから今はお休み。」

 

レイはその声に耳を傾け、そのまま眠った。

 

 

レイと手が離れたミクリオは、レイを必死に探していた。

無論、ライラやエドナも探している。

そこにスレイ、ロゼ、デゼルが合流する。

 

「ミクリオ!」

「スレイ!実は――」

 

ミクリオは簡単に今の状況を説明する。

ロゼは腰に手を当て、

 

「この人混みじゃ仕方ない。急いで、レイを探そう!」

「ああ!」

 

スレイ達は聖堂を出て、入り口近くを探す。

だが、レイの姿は見当たらない。

そこに声が響く。

 

「スレイ。」

 

スレイがそちらに振り返ると、黒いコートのような服を着て、長い紫色の髪を揺らしながら歩いて来た少年。

その少年の腕の中にはレイがうずくまっていった。

スレイ達は少年に駆け寄り、

 

「レイ!……ゼロが見つけてくれたんだ、ありがとう。」

「別にいいよ。でも、ここから離れようか。」

「え?」

「ここじゃ、この子の負荷が大きいから。」

 

と、レイを抱えたまま、人混みの外へと歩いて行く。

スレイ達もその後ろに付いて行く。

周りに人が居なくなると、少年ゼロはスレイに振り返り、

 

「じゃあ、はい。でも、これからは気をつけた方がいいよ。」

「ああ。」

 

スレイは寝ているレイを受け取る。

と、ロゼが腕を組み、

 

「ん~、なんか納得いかん!」

「何が?」

 

少年ゼロは腰に手を当て、ロゼを見る。

ロゼは眉を寄せ、

 

「あたしが、レイを抱えた時は起きたんだけどな……」

「俺の場合は寝た、かな。」

「もっと、納得いかーん‼」

 

と、両腕を上げた。

少年ゼロは笑みを浮かべ、

 

「じゃあ、ロゼより俺の方が仲がいいって事だね。」

「ええ⁉」

 

ロゼは肩を落とす。

少年ゼロはスレイを見て、

 

「でもホント、気をつけた方がいいよ。今のその子は感じやすいみたいだから。……特に感情というものに。」

「ゼロ?」

 

少年ゼロは鋭い目付きなる。

が、すぐに笑顔になり、

 

「レイは人混みとか苦手だろ、多分。」

「あ、ああ……。でもそうだな。レイのことも、ちゃんと守らないとな。」

 

そう言ったスレイを、少年ゼロは一瞬怖い目つきになる。

その一瞬の変化に気付いていないのは、寝ていたレイとそのレイを見ていたスレイだけだった。

ロゼは腰に手を当て、横目で少年とレイを見る。

そこであることに気付き、ロゼは少年を見ながら、

 

「ねぇ、ゼロは兄妹とかいる?」

「ん?……いるよ。生まれた時から一緒にいる子が、ね。今はお互いに別々だけど。」

 

スレイが思い出すように、

 

「じゃあ、ゼロの探しものってその子?あれ、でも半分って……」

「そ。あの子の痕跡を半分見つけたんだ。だから半分。」

「そうなんだ。」「へ~……。」

 

スレイは頷くが、ロゼは眉を寄せる。

少年ゼロはロゼを見て、

 

「でも何で?」

「ん~とね、なんとなく?」

「はは、ロゼは面白いね。」

「スレイの間違いじゃない?」

「そうかも。」

「えぇー。」

 

二人は笑い合う。

スレイは眉を寄せ、二人を見る。

少年ゼロはスレイを見て、

 

「いやー、ごめんごめん。」

「そういえば、ゼロはなんでハイランドに?」

「ちょっと用事があってね。」

「その探し人の?」

「それとは別。スレイ達は?」

「オレたちはこの前言っていた遺跡探し。」

「あ~、なるほど……」

 

少年ゼロは顎に指を当て、少し考えた後、

 

「じゃあ、スレイに一つヒントをあげる。」

「ヒント?」

「そ。このハイランドで遺跡が見つかったのは知ってる?」

「ああ。今軍が調べてるっていう……」

「あそこに行く事を進めるよ。あそこには君の求めるものと、知りたくはなかった真実がある。」

「それって――」

「決めるのは君だよ、スレイ。そしてその選択を見守るか、支えるかは、仲間次第。」

 

少年ゼロは笑みを深くし、

 

「スレイ、俺も、君も、まだまだ互いに知らいないことが多い。この先、困難は山と言うほどあるだろう。それでも君は突き進むだろう。だから俺は、君に手を貸すけど、貸さない。」

 

スレイは真剣な表情で、少年ゼロの言葉に耳を傾けていた。

他の者達も、同じように考え、思い込んでいた。

少年ゼロは彼を見た後、彼らに背を向け、

 

「じゃ、そういうことで。」

「え⁉ゼロ⁈」

 

スレイは驚く。

ロゼは腰に手を当て、彼を見る。

と、少年ゼロは振り返り、

 

「遺跡に向かう前に、一度故郷に帰る事をおすすめするよ。」

「え?ええ⁉」

 

スレイが驚く中、少年ゼロは笑顔で歩いて行った。

ロゼは笑いながら、

 

「いや~、相変わらずゼロは掴みどころがさぱらん!スレイ、良かったね。」

「なにが⁉」

 

スレイに親指を立て、テヘペロ姿のロゼが言う。

そんなロゼに、スレイは目を見開く。

だが、ロゼは表情と気持ちを切り替え、

 

「で、ゼロの言ったレイの真意は?」

「気付いていたんだ。」

「たぶんスレイ以外ね。」

 

ロゼはミクリオを見て言った。

スレイは目をパチクリする。

そしてライラを見るミクリオとロゼ。

ライラは二人を見て、

 

「裁判者は感情を感じやすい……いえ、受けやすいというべきでしょうね。」

「ま、要するに今のおチビちゃんには人が多い場所は、ごちゃごちゃして辛いんでしょうね。現に、最近おチビちゃんは街の中ではよく耳を塞ぐし。」

「そういえばそうだな。そういう時はいつもスレイの側にいたな。」

 

ライラの言葉を付け足すように、エドナが傘をクルクル回しながら言う。

そしてデゼルも思い出しながら言うのである。

ロゼも腕を組み、考えた後、顔を上がる。

 

「確かに!」

「スレイさんは、この中では一番裏表ないからでしょうね。」

「確かにスレイは、その辺に関しては多分ずばいちだ。」

「うんうん。」

 

ライラの言葉に、ミクリオも同意する。

さらにロゼも頷く。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「その次はミクリオとロゼね。」

「なっ⁉」「えぇ⁉」

 

二人は眉を寄せて、エドナを見た。

エドナはドヤ顔をしている。

デゼルに関してはもう、関わりたくないとばかりに背を向けている。

そんな中、ひとり目をパチクリしていたスレイが、

 

「えっと?」

「つまり、感情を本当の意味で理解してきたレイにとって、人の感情が渦巻く場所は辛いってことだ。」

 

ミクリオはスレイを見て言う。

スレイは眠っているレイを見て、

 

「じゃあ、どうしたらいいんだろう。」

「それは……」

 

ライラは手を握り合わせて俯く。

エドナがスレイを見上げ、

 

「アンタがしっかり気持ちを持ってればいいのよ。おチビちゃんは、おチビちゃんなりに自分を変えようと、変わろうとしてる。アイツが何をしてきても、おチビちゃんがしっかりと自分を、自分だと思わせれるようにするのが一番早い。だからアンタは……いいえ、アンタたちは変わらず、いつものアンタたちでいなさい。」

 

最後はスレイだけでなく、ミクリオも見て言う。

二人は互いに見合って、頷く。

ロゼは笑顔になり、

 

「よっし!じゃあ、これからどうする?」

「うん。今度こそアリーシャの屋敷に行ってみよ。」

「決まりだね。」

 

スレイも気持ちを切り替えて言う。

そしてレイを抱えたまま、歩き出す。

ミクリオはその後ろに続く。

 

歩いていると、ロゼが小走りして、皆の前で立ち止まる。

皆止まり、ロゼを見る。

途中で起きたレイも、ロゼを見る。

ちなみにレイは、ロゼが抱きかかえた瞬間に起きたのだ。

ロゼは頭を下げ、上げる。

 

「改めて、ありがとうね、みんな。付き合ってくれて。」

「あれで満足だったわけ?」

 

エドナは真顔で聞く。

スレイも真顔で、

 

「……放っておいてモヤモヤするよりマシだよ。」

「そうだな……」

「ふ、やっぱりお前が一番だな。」

 

スレイの言葉にミクリオも、頷く。

そして後ろではデゼルが帽子を深くかぶり、呟いた。

再び歩き出し、デゼルは思い出すように、

 

「ふん。それにしても、しょうもないヤツらだったな。レディレイクのガキども。」

「……でも、社会に爪弾きにされた子どもは犯罪でもしないと生きていけないのかな……」

 

スレイも思い出すように言った。

ライラも思い出し、悲しそうに俯く。

 

「本当に……悲しい時代ですわ。」

「ざけんじゃねぇ。」

 

だが、デゼルはその二人に怒った。

レイはデゼルを見上げる。

 

「罪を犯してまでも前に進もうとしてるヤツは罪を背負う覚悟で進む。影を胸に落として顔を上げる。あのガキどもはそうじゃねぇ。ただ堕落しただけだ。」

「そんな話しながらこっちみんな!」

 

デゼルはそう言って、ロゼを見る。

それを見たロゼは腰に手を当て、明るく言う。

スレイは驚いたように、

 

「ロゼ……そこまで考えてたんだな……」

「あたしはそんな、頭使ってないから!」

「だよね?ロゼやデゼルにしてはまともだったからビックリ。」

 

レイが首を傾げて二人を見て言った。

デゼル以外の皆がレイを見て、目を見開き、口を開ける。

ロゼが歩き出し、

 

「もうこの話はやめ!こっちの方が辛くなる!」

「天然というやつか……すごいな……」

 

ミクリオは真剣な表情で言う。

そしてライラは手を合わせて、

 

「はい。どちらも、でずね。でもレイさん、どんな境遇であろうと生き方とそれに伴う責任は本人が決める事。……それを理解しているロゼさん……本当にすごいですわね。ね、レイさん。」

「……じゃあ、そういうことで。」

 

ライラとレイは互いに見合った。

と、前で歩き始めていたロゼは腕を上げ、

 

「ああもう!何これこの流れ!」

「あの子たちも突き放された事でとらなきゃならない責任に気付けたんじゃないか。スレイ、ロゼ、君たちのおかげでね。そうだろ、レイ。」

「……うん。」

 

レイはミクリオを見上げて微笑む。

スレイも笑顔を浮かべ、

 

「……そうだといいな。」

「うん。」

 

ロゼは真剣な目をして呟く。

そしてエドナは傘をさし、背を向けて、

 

「……そんな簡単なら災厄の時代はとっくに終わってるけどね。」

「…………」

 

エドナの小さな呟きに、ライラは悲しそうに俯く。

レイはそんな二人に小さな声で、

 

「……それでもきっと今のこのメンバーなら変えられるよ。」

 

そう言って二人に向ける笑顔はどこか悲しそうだった。

そしてレイ以外の皆は歩き出す。

レイは空を見上げ、

 

「この世界の生き物は変わらない……でも、変われる生き物だ。悲劇が連鎖し、繰り返えさられる輪廻だけど、その分繋がりは増えていくから……」

 

そよ風が流れて行く。

それはきっと自分の中にいるもう一人の存在も無意識にそれを望んでいるからだろうか、と思う。

レイは前を歩く彼らを見る。

そして小さく微笑み、彼らも元に駆けて行く。

 

アリーシャ邸に着くと、一人の使用人服を着た女性を見つけた。

スレイは彼女の前まで行き、頭を一度下げながら、

 

「こんにちは。アリーシャいますか?」

 

メイドの女性は眉を寄せて、

 

「……どちら様でしょう?その非礼は、当家を分家と侮ってのことですか?」

「ごめんなさい。スレイって言います。」

 

スレイは困り顔で、頭を掻く。

だが、メイドの女性はスレイの名を聞くと、口に手を当て、

 

「スレイ様⁉失礼しました!いつも姫様から伺っています。あいにく姫様は出かけられていていつ戻られるか……」

「仕事?」

「え、ええ……ローランスに情報を流している者を追っておられるようです。」

 

と、その言葉を聞いたエドナとライラは真剣な表情で、

 

「確かにスパイが動いているわね。いくら審判者が手を貸したとしても、進攻のタイミングを考えると。」

「ええ。アリーシャさんにも容疑がかけられたほどですし。」

「けど、そんなことまでするんだ?ハイランドのお姫様って。」

 

ロゼが頭を掻きながら言う。

メイドの女性は両手を前に出し、手を振る。

 

「いえ、本来は憲兵隊の仕事なのですが、個人で動かれているのです。両国の衝突を引き起こす要素は排除せねばと。」

「すごいけど……真面目すぎじゃない?」

 

ロゼは眉を寄せる。

メイドの女性は悲しそうに、辛そうに、

 

「グレイブガントの戦い以来、さらに無理をなさるようになって……」

「アリーシャらしいけど……」

「心配ですわ。あの方は一人で無茶をなさいますから。少し前も、始まりの村カムランを調べると言って、アロダイトの森に入られたり。」

 

レイはスレイ達から視線を外し、後ろを向く。

スレイはメイドの女性に、

 

「始まりの村カムラン?」

「そこから災厄の時代が始まったっていう村だよね。」

 

ロゼが思い出すように、口にする。

ライラは眉を寄せ、身を固くする。

ロゼはさらに思い出すように、腕を組み、

 

「場所もよくわからない伝説だけど。」

「はい。アロダイトの森の奥に手がかりがあるという噂を聞いて向かわれたのです。」

「それでアリーシャはイズチに来たのか。」

「けど見当違いだったね。ジイジたちから始まりの村の話なんて聞いたこともないし。」

 

スレイは思い出しながら言い、ミクリオも腕を組んで言う。

スレイはミクリオを見て、

 

「ああ、だよ……な。レイも聞いてないだろ。」

「…………」

「レイ?」

 

レイは空を見上げたまま、黙り込んでいた。

後ろではライラは無言で俯いている。

レイはそれを感じ取ってから、スレイに顔を向け、口パクで「内緒」と言う。

スレイはキョトンとした後、メイドの女性を見て、

 

「じゃオレはこれで。アリーシャに、また来るって伝えておいてくだいさい。」

「はい。アリーシャ様のこと、お願いいたします。」

 

メイドの女性は頭を一度下げる。

スレイ達はアリーシャ邸を後にする。

 

スレイは歩きながら、

 

「ハイランドもまだまだ複雑な状況なんだろうな……」

「うん。やっぱ大きい国だからね。政治とか、どうしてもゴチャゴチャしちゃうんだと思う。」

 

ロゼが頭に腕を組み、スレイを見て言う。

そして、スレイの前に立ち、

 

「あのさ、街中にいれば色んな噂が聞けるから、その中で気になる話は詳しく探ってみても良いかもよ?ひょっとしたら、それがアリーシャの助けに繋がるかもしれない。」

 

スレイは頷く。

ロゼはくるっと周り、前を歩きながら、

 

「にっしても、なんか大変だねえ、姫なのに。」

「アリーシャは、いつも大変そうだよ。」

「そこが心配なんだよな……」

 

ミクリオが苦笑いで、スレイは心配そうに言いながら歩く。

スレイ達はとりあえず情報を集め始める。

街を歩いていると、ふとスレイが呟く。

 

「アリーシャの事も気になるけど、……実際、あの子たち、どうなるんだろう……」

「ん?ああ、あの子たちね。子供だし、そんなに長く拘留されないはずだよ。もうしばらくしたら、街に戻るかも。探してみてもいいんじゃない?」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

レイもスレイを見上げて頷く。

 

「そうだな。」

 

スレイも頷く。

 

スレイは街の人から情報を聞く。

レイはスレイの服を引っ張り、指を指す。

指差す方を見ると、商人が話し込んでいた。

 

「マーリンドから来てた、ロゴスってヤツ評議会連中とパイプでもできたのかね。戦争やってからこっち、橋の修理やら軍事物資の調達やら、急に忙しそうにしてやがる。」

 

さらにレイは人込みを避け、また指を指す。

そこにはまた商人達が話し込んでいた。

 

「姫さんが、ここらを嗅ぎ回ってるけど憲兵としちゃ素人丸出しもいいとこだぜ?」

「はは、ちがいねぇ。そういや、マーリンドの商人に妙に羽振りのいいのがいるんだ。ロゴスだっけ?元は宝石商だったのになぁ。」

「そいつ、軍の仕事を独占で請け負ってるらしいわ。どんな伝手か知らないけど、あやかりたいものね。」

 

それを聞いたスレイ達は一度、マーリンドへ向かう。

マーリンドの街でスレイは商人達に話を聞く。

 

「グリフレット橋の修復は、ロゴスの野郎が請け負ったんだ。元々、瞳石≪どうせき≫なんかを扱ってたただの宝石商のくせにな。情報屋がケチってあまり教えてくれなかったがバルトロ大臣直々のご指名らしいぜ。俺のカンだがありゃ、裏でなんかやってるよ。」

 

話を聞き終わり、レイが歩き始める。

スレイ達が後ろに付いて行くと、そこは美術館にいた男性に話し掛ける。

 

「なに?ローランスに通じているスパイの情報が知りたいだと?」

 

男性はスレイをまじまじ見て、

 

「これから出す依頼をこなせたら信用してやってもいいが、どうする?」

 

スレイはロゼ達を見てから、男性に頷く。

男性は腕を組み、

 

「やる気か?なら、緑青林マロリーに棲む孔雀からとれる『孔雀の羽』をもってきてもらおうか。……急いだ方がいいぜ。事実を知りたいならな。」

 

スレイ達は緑青林マロリーへと急ぐ。

 

スレイ達は緑青林マロリーへ入り、

 

「よぉーし!羽を集めるぞー!」

 

ロゼが両手を上げて叫ぶ。

スレイとミクリオは苦笑いし、

 

「ロゼは相変わらず元気だな。」

「だな。よし、オレたちも頑張るか。」

 

レイと残りの天族組はそれを見守る。

しばらく歩いた後、レイは岩上を見た。

そこには真っ白い毛に、赤い瞳をしたウサギがいた。

そのウサギ達とレイは目が合った。

ロゼもそれに気付き、

 

「あ!見て見て!」

「ウサギがいる!」

 

それにスレイも気付いて声を上げる。

そしてウサギ達はレイの方へやって来る。

その内の一匹がレイの頭にのしかかる。

デゼルもウサギを見て、

 

「グリンウッドノウサギだな。」

 

と、スレイとロゼは二人して、

 

「おいしそうだな!」「おいしそうぉ~!」

「なっ⁉」

 

その言葉に、デゼルは腕を組んで驚く。

ロゼは腰に手を当て、

 

「どうかした?」

「そこは……カワイイじゃないのか?」

 

デゼルは組んでいた手を腰に片方当てて聞いた。

その表情は解りづらいが引きつっている。

 

「ああ。かわいい上に美味しいんだ。」

「知らないの?ウサギって高級食材なんだよ。」

 

二人は再び嬉しそうに言う。

デゼルはその分かりにくい表情のまま、

 

「食用でもあるのは事実だが……お前も、そう思うのか?」

 

デゼルはウサギを持ち上げ、目を合わせていたレイを見る。

レイはジッとウサギを見つめたまま、

 

「モフモフ……」

 

レイは何かと葛藤していた。

デゼルは視線をロゼとスレイに戻す。

 

「デゼルも食べてみればわかるって。」

 

ロゼが、肘でデゼルを突きながら言う。

スレイが腕まくりしながら、レイの近くにいるウサギに近付く。

 

「よし。オレが捕まえてさばいてやるよ。」

「遠慮する。」

 

デゼルは腕を組んで、即答で言い放つ。

だが、ロゼはレイの近くにいるウサギに近付きながら、

 

「心配しなくても一番美味しいトコあげるって。」

「いや!天族に食事は必要ない。」

「そう?そんなに言うなら……」

「じゃあ、乾して保存食にしようか。」

「賛成ー!」

 

と、二人は一気にレイの近くにいるウサギに詰め寄った。

デゼルが拳を握りしめ、

 

「ぼさっとしてんじゃねえっ!」

 

大声を上げた。

レイは目を見開き、ウサギを落とす。

他のウサギ達も驚き、逃げ出した。

 

「あ……逃げちゃった。」

 

スレイは残念そうにウサギの逃げた方を見る。

ロゼはデゼルに振り返り、

 

「ちょっと、デゼルー!追い立てるなんてかわいそうでしょ?」

「き、基準がわからん……」

 

デゼルは苦笑いする。

固まっていたレイはハッとして、あたりを見回した。

 

「モフモフ……」

 

レイは残念そうに、先を歩いていたミクリオ達の元へ駆けて行く。

後ろでは、ロゼがデゼルに怒りながら歩いてくる。

それをスレイが苦笑いしながら付いて行く。

 

奥に進み、レイが止まる。

辺りを見渡し、

 

「いた……あそこだよ、お兄ちゃん。」

 

レイの指さす方には人より少し大きい鳥。

その羽は綺麗に輝いている。

 

「よし、やるか!」

 

スレイ達は戦闘態勢に入る。

ロゼが武器を構えながら、

 

「うわー、ド派手な憑魔≪ひょうま≫~。」

「分不相応ね。全部ムシってやるわ。」

「ムシってもしゃあねえだろ……」

 

ムッとしながら言うエドナに、デゼルが鳥憑魔≪ひょうま≫の突進を避けながら言う。

エドナは天響術を繰り出しながら、

 

「羊だってムシられたい季節くらいあるわよ。」

「それ単なる羊エピソードじゃん。」

 

ロゼが敵の攻撃をかわしながら叫ぶ。

と、鳥憑魔≪ひょうま≫がレイに狙いを定めた。

 

「レイはまだ歌っていないぞ⁉」

「あーもう!デゼル!」

「チッ!」

 

ミクリオは水の天響術を詠唱し始め、ロゼがデゼルと神依≪カムイ≫化をする。

レイは固まっていた。

 

「レイ‼」

 

スレイの大声に、レイが反応する。

だが、レイは目線を外せない。

息が荒くなり、

 

「……邪魔だ。」

 

一気にそれが冷め、風が敵を薙ぎ払った。

 

「なっ⁉」「ちょ⁉」

 

デゼルとロゼもその風に巻き込まれた。

態勢を整え、宙に浮く。

ミクリオの天響術が繰り出された。

それが敵に直撃し、

 

「スレイ!」

「ああ!」

 

スレイがライラと神依≪カムイ≫化し、浄化した。

神依≪カムイ≫化を解き、スレイはレイを見る。

 

「えっと……」

「今回は何がどうなったワケ?」

 

エドナが傘をクルクル回しながら、黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女を睨む。

小さな少女は腰に手を当て、

 

「……私の一件だ。そうじゃなくても、あのままでは手遅れだったがな。」

「はぁ⁉」

 

エドナは傘を回すの止め、眉を寄せた。

小さな少女は木の上までジャンプし、背を預ける。

今日はもう戻りそうにないので、野営を始める。

食事の支度をし、ロゼが木の上にいる小さな少女に声を掛ける。

 

「ねぇ、アンタは食事どうするの?レイにはまだ戻らないんでしょ。」

「無論だ。だが、そもそも私達は食事を取る必要はない。」

 

そう言って、ロゼを見下ろす。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「いや、でも、さ。アンタは良くてもレイは食べないとまずいっしょ。」

「……一日くらい食事を取らなくても死にはしない。」

「レイに何かあったらどうする気だ!」

 

ミクリオが、眉を寄せて小さな少女を見上げる。

小さな少女は頬杖を着き、

 

「そもそも、今回の事は半分はそこの陪神のせいだぞ。」

 

と、デゼルを指差す。

デゼルは腕を組んで、考え込む。

 

「俺が……?意味が解らん。」

 

小さな少女は目を細め、

 

「グリンウッドノウサギの件だ。陪神、お前は大声を出しただろ。あれで、ウサギどもの感情が一気に入り込んだせいで、恐怖と言うものを知ってしまった。あの憑魔≪ひょうま≫は、ターゲットを決めていた。それを一心に浴びたからな、身が竦んだのだよ。」

「……マジかよ。」

 

デゼルは帽子を深くかぶる。

なぜなら、エドナの鋭い視線が彼を射貫いているからだ。

スレイは腕を組み、首を傾げながら、

 

「でもそれって……レイがどんどん感情を理解し始めてる証拠だろ?レイが人間らしく……って言うのは変かもしれないけど、レイが色々な事を知っていくことは良い事だと思うな。」

「お前が思っているよりも、それは厳しい選択になる。忘れるな、お前の妹は人間でも、天族でもない。」

 

赤く光る瞳がスレイを射貫く。

その瞳をスレイは目を反らさず、見続ける。

と、小さな少女は腰を木に再び寄りかかり、

 

「ま、その選択肢を出せるかどうかはお前次第だがな、導師。」

 

無言が訪れる。

そこにデゼルが、

 

「おい!」

「なんだ、陪神。」

 

デゼルは小さな少女に何かを投げる。

小さな少女はそれを掴み、見つめる。

それは真っ赤に熟したリンゴ。

小さな少女は視線だけを彼に向ける。

 

「それだけでも食べておけ。あの一件で、俺のせいにされたままでは困るからな。」

「……まぁ、いいだろう。」

 

それを一口かじる。

小さな少女はスレイ達の食事の様子を横目で見ていた。

と、小さな少女は木から飛び降りる。

 

「え?なに?」「どうした?」

 

ロゼとスレイは小さな少女を見る。

デゼルが立ち上がり、

 

「やべぇ……何か来るぞ⁉」

「はい!よくわからない気配です!」

 

ライラも立ち上がり、札を取り出す。

スレイ達も立ち上がり、武器を構える。

小さな少女が体を半分だけ彼らに向け、腰に手を当てる。

 

「何を身構えている。あれは私の領分だ。座っていて良いんだぞ。」

「そうはいかない。君はレイをどう思うと、オレたちの大切な妹なんだ。」

「なら、勝手に見てればいい。」

 

小さな少女は視線を森の闇に向ける。

そこから、赤い瞳がゆらゆらと揺れている。

そして月光に照らされて、その姿があらわらになる。

 

「ギャ―――‼」

 

ロゼは目を見開き、デゼルの後ろに行き、しがみ付く。

デゼルはしがみ付くロゼを引きはがそうとするが、

 

「おい!ロゼ!離れろ‼」

「ムリムリ!ムリ――‼」

 

と、思いっきりデゼルを締め上げる。

小さな少女は横目で騒ぐロゼを見て、

 

「うるさい奴だ。」

「まぁ、ロゼが震え上るのも無理ないわね。」

「ですね。なにせ……」

「ロゼの嫌いなお化け関係だもんな。」

「デゼルには気の毒だが、あのままでいて貰おう。」

 

エドナ、ライラ、スレイミクリオはロゼとデゼルを見て言った。

小さな少女は再び視線を前に戻す。

そこには赤い瞳をゆらゆらしながら歩く、ゾンビ兵達がいた。

ミクリオがそのゾンビ兵を睨みながら、

 

「またどこかに審判者がいるのか?」

「いや、アイツはいない。今回のこれは自然現象だ。」

「バカな⁉自然現象でこんなものがいてたまるか!」

「いいえ、それがあり得るのですわ。」

 

ライラは眉を寄せて、手を握る。

ミクリオとスレイはライラを見る。

 

「本来、穢れは導師の手によって浄化されるものです。ですが、強い穢れを持った者や穢れを持ったまま死んだ者は、それを抱えたままさ迷うことがあります。そして何より厄介なのは、死後です。死にきれない心が穢れを生み、この世をさ迷います。そしてその魂は意志を持たず、生きたものを襲う。」

「そう言ったものを祓うのは導師ではなく、私達の仕事だ。しかし、浄化されない魂は長い月日をかけて少しずつ浄化される。それを見届けるのも、私達の役目だった。」

「だった?」

 

スレイは小さな少女を見つめる。

小さな少女はジッとゾンビ兵を見つめ、

 

「悪いが、今の私にはこれしかできないからな……」

 

そう言って、彼女の影が揺らぎ始めた。

周りの木々がざわめき出す。

 

「喰らい尽くせ。」

 

小さな少女の影から何かが飛び出し、木々や地面を巡ってゾンビ兵を飲込み始めた。

小さな少女は歩き出す。

喰われていくゾンビ兵に、

 

「今の私に、お前達を浄化の道へと導く事はできん。だから……少しの間、眠れ。」

 

小さく囁く。

小さな少女のその光景を始めて見たロゼは、未だデゼルにしがみ付いたまま、

 

「な、なんかあの影……憑魔≪ひょうま≫みたい……」

「憑魔≪ひょうま≫みたいなものだからな。」

 

小さな少女は赤く光る瞳をロゼに向ける。

ロゼはゾンビ兵が居なくなったのを確かめてから、いつも通りのロゼで、

 

「うーん、どういうこと?」

「この世界は色々な理がある。その一つに、私達のこれはある。」

 

そう言って、自分の影を指差す。

そこにはさっきまで動き回っていた影のようなものが、影の中に入っていく。

 

「ま、それを教える事はないがな。」

「えー……」

 

ロゼが腰に手を当てて眉を寄せる。

と、小さな少女はスレイ達の元へ歩いてくると、

 

「さて、そろそろいいだろう。」

「ん?」

 

小さな少女は崩れ落ちる。

そっと風がそよぎ、黒から白へと服が変わる。

スレイはすぐさまレイを抱え、

 

「……寝てるだけみたい……」

「全く、相変わらずのやりたい放題なヤツね。」

 

エドナは傘の先を地面に突きながら、怒っていた。

 

翌日、スレイ達はマーリンドの街に戻った。

スレイ達はあの男性の元へ行き、羽根を渡す。

 

「……両軍の監視を切り抜けたか。なかなかの腕前だな。いいだろう、信用しよう。欲しいのはローランスのスパイ情報だったな?」

 

男性は腕を組み、

 

「レディレイクのヴィヴィア水道遺跡に行ってみな。面白いものが見れるはずだぜ。」

 

スレイ達は男性から離れ、レディレイクへと歩き出す。

スレイは歩きながら、

 

「スパイはヴィヴィア水道遺跡にいるのか。」

「どうだろう?情報屋は『面白いものが見れる』って言っただけだし。とにかく、行ってみないとわからないことも確かだけど。」

 

レイは目を擦りながら、

 

「ミク兄、抱っこ。」

「ん?ああ。」

 

ミクリオはレイを抱き上げる。

レイはミクリオの肩に頭を乗せ、

 

「そこにはアリーシャもいる。」

「え?」

 

ミクリオはレイを見た。

だがレイは、そのまま眠りに入った。

 

 

スレイ達は再びレディレイクに戻り、街の歩いていた。

レイも起き、スレイと手をつないで歩いていた。

すると、スリを行っていたリーダーの子供を見つけた。

 

「ほら、ボウズ!次はこれを宿までだ。」

「チッ。」

 

と、言いながら荷を受け取る。

そしてスレイ達の方を向く。

スレイ達を見た子供は、

 

「あ……お前らのせいで……こんな……」

「とっととしねえか!」

「チッ。」

 

文句を言おうしたが、駄目だった。

子供は嫌々歩き出す。

そしてスレイ達を見て、

 

「みんな大人のいいようにメチャクチャこき使われてる。何が導師だ。何も救ってなんかいない。死んじまえ。」

 

そう言って、横を通り過ぎて行った。

レイはその後姿を見て、小さく微笑む。

 

「口ではそう言っても、気持ちは嘘はつかない。良かったね……」

「ホント。どうやら真面目に働く気になったようだね。」

 

ミクリオも苦笑いで言う。

ロゼも頭を掻きながら、

 

「あたしらは嫌われちゃったみたいだけど……」

「いいさ。真っ当に生きる気になってくれたんなら。」

「スレイさん……」

 

スレイは笑顔で言った。

ライラはそんなスレイを優しく、それでいて悲しく見る。

そしてスレイ達はヴィヴィア水道遺跡に入った。

奥に進み、レイがスレイの手を引く、

 

「ストップ、お兄ちゃん。そこだよ。」

 

レイの言う方向に二人の男性が話していた。

スレイとロゼはすぐに角へ隠れる。

そして梯子を上り、上へと上がる。

そこに聞き覚えのある女性の声が響く。

 

「動くな!機密漏洩の容疑で拘束する!」

 

それは髪を横にカールのように結い上げた騎士服の少女。

ミクリオがスレイの中から出てきて、その光景を見る。

 

「レイの言った通りだったな。アリーシャも同じ結論に辿り着いたか。」

 

下では、密告者が男性に睨みながら、

 

「……どういうことですかな?」

「す、すまん!これは違うのだ。」

 

男性は少女アリーシャの方を向き、

 

「退いてください、姫様!これは……」

「言い訳無用。この者の屋敷を捜索し、ローランスに繋がる証拠は押さえた。グリフレット橋の修復や軍用物資の受注、不正な取り引きの証拠も――」

「それは報酬です!この者の貢献への!」

「貢献……?」

 

少女アリーシャは腕を抑え、眉を寄せる。

男性は腕を組み、

 

「このロゴスは、ローランスとの非公式の外交ルートを担う要人物なのです。」

「どいうこと?」

 

上で聞いていたスレイは眉を寄せた。

スレイの中から出てきていたライラが後ろで、

 

「ハイランドとローランスは表向きは、国交を断絶しています。ですが、あの方を介して水面下で交渉をしていたのでしょう。」

「つまり、スパイじゃなくて連絡係。」

 

ロゼは下を睨んだ後、ライラに視線を送る。

ミクリオは腕を組み、顎に手を掛け、

 

「戦争に進みながら、こんな根回しもしているのか。」

「それが政治というものですわ。」

 

ライラが悲しそうに俯く。

そして下では、

 

「大問題ですぞ。非公式ルートまで潰れたら、どちらかが滅びるまで戦うしかなくなる。」

 

男性が少女アリーシャに怒っていた。

レイはそれを見た後、そっとスレイ達から離れる。

少女アリーシャは困惑しながら、

 

「だが……私には何も知らされて……」

「当然でしょうな。貴女のような方では。」

 

スパイの男性が少女アリーシャを見て言った。

そして彼は続ける。

 

「この短慮がなにを招くか……覚悟されよ!」

 

そして彼は少女アリーシャの横を歩いて行った。

もう一人の男性は、

 

「とにかく善後策を講じなければ。釈明は、あとで聞かせてもらいましょう。」

 

そして彼も、少女アリーシャの横を歩いて行く。

アリーシャは俯き、

 

「……わかった。」

 

少女アリーシャもその場を去っていく。

 

 

少女アリーシャがその場を離れるほんの数秒前、先に歩いていた男性二人の所に声が響いた。

 

「あまり末席の姫をいじめるな。あの姫も、自分の立場や国を想っての行動だ。ま、仮にも末席とは言え……姫に真実を教えていなかったのはお前の責任だ。あの姫が動いていたのを知っているのだろう。」

「だ、誰だ⁉」

 

その声は女性の、しかも子供のような声だと解る。

だが、その姿がどこにもない。

なおもその声は響く。

 

「……それにあの末席の姫はああ見えて、国を守り、治めるだけの器を持つ。今は幼いただの姫だが、近い将来あれは、騎士としても、姫としても、立派な姫騎士になる。」

 

少しの間を置き、その声の主は声質を重くし、

 

「それと……ハイランドにしても、ローランスにしても、これ以上無意味な争いを続けると言うのであれば……お前達の相手は両国同士ではなく、世界になりかねないことを先に伝えておいてやる。」

 

気配が消え、男性二人は急いでその場から離れていく。

その数秒後、少女アリーシャがやって来る。

 

「随分と落ち込んでいるようだな、姫君。」

「だ、誰だ!」

 

少女アリーシャは俯いていた顔を上げる。

辺りを警戒するが、誰も見当たらない。

天族かと思ったが、自分の知る天族とは違う気配を感じ取った。

 

「……末席の姫君、今回の件でさらに自分と言う立場を理解し、自分がどれだけ無能で無力かを知ったはずだ。もう何もせず、おとなしくしていたらどうだ?」

 

少女アリーシャは拳を握りしめ、涙を堪える。

 

「確かに私は、姫としての地位も、知力も、力も、全てにおいてどれだけ弱いかを、改めて認識できた。……だが、私はそれでも抗い続ける。私の想い描く未来のため!導師として苦難に向き合っている友のためにも、私は私の道を進まねばならない!例え、今の自分を何度批難されようと!」

 

少女アリーシャの瞳は力強く輝き、強い心を持っていた。

と、少女アリーシャの真後ろから、

 

「なら、その強い意志と想いを忘れるな。お前の描く道は困難でしかない。だが、それと同じだけ……お前を支えてくれる仲間がいる。お前は一人ではないよ、アリーシャ姫。だから、自分らしくいけばいい。」

 

少女アリーシャは後ろバッと振り返る。

だが、そこには誰もいない。

少女アリーシャは胸に手を当て、

 

「そうだ、私はやり遂げる。私は私のまま、いけばいい……。」

 

少女アリーシャは力強く歩き出す。

 

 

スレイ達は少女アリーシャが去って行った後、彼らの居た場所に降りた。

スレイは心配そうに、

 

「アリーシャ、どうなったかな……?それにアリーシャ……苦労してるみたいだ。」

「まぁ、そういう事だよね。気になるんだったらアリーシャの家、のぞいてみる?」

「そうだね、家に行ってみるか?」

「ああ、そうだな!」

 

ロゼがスレイの背を叩いて言う。

ミクリオも、スレイを見て言うのである。

と、後ろから、光り輝く瞳石≪どうせき≫を持ってやって来たレイが居た。

 

「はい、お兄ちゃん。」

「え?ああ……」

 

スレイはレイから瞳石≪どうせき≫を受け取る。

受け取った瞳石≪どうせき≫が光り出す。

 

――剣を胸の辺りで掲げた導師の紋章がついたマントを纏っていた男性がいた。

その剣から浄化の炎が灯る。

そして彼の前には虎の姿をした憑魔≪ひょうま≫。

彼が憑魔≪ひょうま≫を縦に一刀両断する。

その彼の後ろにもう一体の憑魔≪ひょうま≫が襲い掛かる。

それを守るように、札が憑魔≪ひょうま≫を襲う。

後ろには銀色の髪をなびかせた赤い服を纏ったライラ。

ライラは嬉しそうに男性に笑いかける。

彼女の前には笑顔を向け、親指を立てる男性。

二人は供に旅をしていた。

マーリンドの街、大高原、遺跡跡地、荒野、大自然と色々なところを巡っていた。

 

ライラはその光景を見て、悲しそうに手を握り合わせる。

ロゼは腕を組んで、

 

「すごいね、ライラ。あんな息ぴったりなんて。」

「……若いが相当な使い手だな。」

 

デゼルも映像を振り返って言った。

そしてスレイは真剣な表情で、

 

「うん。あの人に比べたら……」

「スレイはまだまだだね。」

 

ミクリオが腕を組んで、スレイを見た。

スレイは腰に手を当て、笑顔でライラを見る。

 

「ライラ。オレもライラとあんな旅をしてみたい。」

「スレイさん……」

 

ライラは顔を上げ、スレイを見る。

ライラの横からエドナが真顔で、

 

「失礼ね、スレイ。」

「え?」

「はい。同じくらい素敵ですわ。今の皆さんとの旅も。」

 

キョトンとするスレイとは対照的に、ライラは笑顔で答える。

レイはそれを見て、彼らから視線を外し、

 

「……私もだよ。」

 

悲しそうに呟いた。

 

スレイ達は水道遺跡から出て、アリーシャ邸へ向かう。

アリーシャ邸に着くと、少女アリーシャはテラスに居た。

彼女の後ろには前に会ったメイドの女性が立っていた。

近付こうとするスレイを、ロゼが止める。

 

「スレイ、待った!」

 

スレイは立ち止まる。

二人の会話が聞こえ来る。

 

「いかが……でしたか?」

「幸い、噂が広まる前に抑えられた。私が頭を下げて、なかったことになったよ。」

「お辛かったでしょう……」

「はは……なんでもないよ。完全に私の勇み足だったし。」

 

そう言う彼女の声は悲しそうに震えていた。

そして手を握り合わせ、

 

「ディフダ家は、ずっと捨て扶持で生かされてきた分家だ。しかも私の母は、そんな父が気まぐれで見初めた市井の娘……だから皆、許してくれたよ。政治が分からなくて当然だと。」

「アリーシャ様。」

「けど……だからこそ私は正しいことをしたいんだ。皆に認めてもらえるように。亡くなった父母の名誉のために。私は間違っているのだろうか?今しがた、励みを貰い、自分を見つめ直したばかりだと言うのに……私は……」

 

と、涙声へと変わる。

メイドの女性は優しく、

 

「お茶を……お入れしますわね。」

 

スレイ達はそっとその場から離れる。

ライラがスレイに、

 

「一人にしてあげましょう。今は。」

「……ああ。」

 

スレイは頷く。

横ではロゼも頷いた。

そして屋敷を後にする。

レイは一度振り返り、

 

「頑張れ、アリーシャ。」

 

小さく呟き、スレイの手を取って歩き出す。

 

 

アリーシャは空を見上げ、

 

「あの声の主が一瞬、レイだと思ったのだがな……」

 

そう言う彼女を、まるで優しく包むかのように風がそよぐ。

 

 

アリーシャ邸から離れた後、一行は宿屋に向かって歩いていた。

ロゼは顎に手を当て、眉を寄せながら、

 

「お姫様ってのも楽じゃないね。」

「国や政治とは、人の思惑が絡み合ったクモの巣のようなもの。理想だけで渡ろうとすれば、絡め取られてしまうと思います。」

 

ライラは厳しい口調で言った。

スレイは悲しそうに、

 

「けど……オレはアリーシャが間違ってるとは言いたくないよ。」

「アリーシャが頑張る理由を知ってしまったから、余計にね。」

 

ミクリオも悲しそうに言う。

レイはスレイとミクリオを見上げ、

 

「アリーシャが間違っている訳ではない。ただ、今のアリーシャはまだ何も知らないだけ。だからこそ、アリーシャは政治を牛耳る者達に利用される。アリーシャがちゃんと自分のしたい、描きたい未来をちゃんと行うにはまだ幼すぎる。全てにおいて……」

「そうですわね。今の時代、アリーシャさんの純粋さは、とても貴重なものだと思います。ですが、硬すぎる剣は意外に脆いものですわ。」

 

ライラが力強い瞳で、スレイとミクリオを見る。

そしてロゼも腰に手を当て、

 

「うん。それに、アリーシャのは正論だから。」

「正論じゃダメだっていうのか?」

 

ミクリオはロゼを見つめる。

ロゼはまっすぐ見つめたまま、

 

「正しいこと言われて自分が間違ってるの気付いたら、かなり『くる』じゃない?そしたら、ヘコむか逆ギレしちゃうっしょ。」

「……相手も人間だもんな。」

 

スレイは悲しそうに、遠くを見る。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「結果、あの娘が正論を説くほど、自分のいびつさを知る者は敵意を持つ。そういう事ね。」

「正しいはずなのに敵意を持たれ……またアリーシャはそれに真っ向からぶつかり、より強い敵意を生んでしまっているのか。」

「んで、悩んじゃってる。」

 

ミクリオが悲しそうに眉を寄せ言う言葉に、ロゼが答える。

それにデゼルが続き、

 

「……苦悩の連鎖だ。」

「そう言ったもの含めて生きてるってこと。心があるからそういう事が起こる。」

「……つらいな。アリーシャも。」

 

レイの言葉に、スレイは悲しそうに俯く。

そんなスレイに、レイは続ける。

 

「でも、それがあるからきっと、人は変わり、進んで行く。それに、アリーシャの想いは間違っていないから。だからアリーシャも乗り越えられる。アリーシャが自分の想い描く夢を諦めない限りは……」

「はい。私もアリーシャさんの想いが間違っているとは思いませんわ。ただ、レイさんの言うように見極める必要はあるのではないでしょうか?」

 

ライラは真剣な眼差しでスレイを見る。

スレイも真剣な表情になり、

 

「アリーシャだけじゃなくオレも見極めなきゃな。」

 

その日はレディレイクの宿屋に泊まった。



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toz 第二十話 イズチの里

スレイ達は宿屋から出ると、

 

「そう言えば、結局のところ……アリーシャの疑いは晴れたんだよな?」

 

スレイが腕を組んで悩み出す。

ライラがスレイを見て、

 

「アリーシャさんがローランスに通じているという?」

「ああ。そのせいで捕まったって。」

「疑いもなにも、スレイを戦場に行かせるための冤罪でしょ。」

 

エドナが傘を回しながら言う。

ミクリオも、スレイを見て、

 

「そう。こっちは約束は守った。捕まえておく理由はないさ。」

「だよな。よかった。」

 

スレイは嬉しそうに言う。

その後ろで、レイが小さい声で、

 

「……もし仮に、そうであったとしても、私がそれを裁くがな。あのようなもの、我が盟約に反するからな。」

 

エドナが真剣な表情で、

 

「もっとも、前と同じじゃないでしょうけど。」

「え?」

 

スレイはキョトンとして、エドナを見る。

 

「そうでしょ。実際にローランスとの衝突は起こってしまったのよ。それが審判者のせいでも。」

「ええ。結果はどうあれ、アリーシャさんの事は解っても、審判者のような存在を彼らは知らない。」

 

ライラが悲しそうに俯く。

レイはスレイを見上げ、

 

「人は自分の目の前に起きている事しか信じられない者と、他者からの偽りを信じて行動する者がいる。そして、人は戦争を望む者と、拒む者がいる。だから……」

「ああ、だからそんな状況で和平なんて唱えたら……か。」

「微妙な立場が、さらに悪くなるだろうな。」

 

スレイとミクリオは各々、辛そうにする。

レイは笑顔をつくり、

 

「でも、アリーシャなら大丈夫。」

「ええ。おチビちゃんの言う通り、それで大人しくしてくれる子だったらいいんだけどね。」

 

エドナも、スレイとミクリオをまっすぐ見て言う。

ライラは手を握りしめ、

 

「そうですわね、アリーシャさんも王族。大臣たちも無茶はできないはずですが……。」

「アリーシャ……」

 

スレイは視線を落とす。

だが、視線を上げ、

 

「今はアリーシャを信じる。きっと、アリーシャなら次に進むはずだ。それでも、落ち込んでいたら、その時は……」

「僕らが力になればいい。」

「ああ!」

 

スレイとミクリオは互いに見合って頷き合う。

それを見守っていたロゼは二人の背を叩き、

 

「んじゃ、あたしたちはあたしたちのできることをしようか。まずは、導師としての力を上げる、でしょ?」

「ああ!遺跡に向かう!」

「けど、その前に家に帰ろ?」

「え⁉」

 

いき込んだ彼らに、レイが真顔で言った。

レイはスレイを見上げ、

 

「確かに、導師としての力を上げるのも大切。だけど、それを行う前にお兄ちゃんたちは振り返る事も必要だよ。」

「……レイさんの言う通りですわね。スレイさんたちの故郷が近いんです。先にそちらに行きましょう。」

 

と、ライラとレイが率先して歩き出す。

その後ろに、傘をクルクル回しながら付いて行くエドナと無言で歩き出すデゼル。

スレイ、ロゼ、ミクリオは慌てて付いて行った。

途中の森で野営をする。

そして翌朝、一行はスレイ、ミクリオ、レイの故郷であるイズチへと向かった。

森を抜け、レイが嬉しそうに駆けて行く。

岩の門を抜け、レイは一目散にジイジの家の方へ走って行く。

スレイはそれを見て、

 

「レイ、嬉しそうだな。」

「ああ。感情がわかってきて、嬉しいんだろう。ふふ。今のレイを見たら、ジイジだけじゃなくて、みんなびっくりするだろうな。」

「だな。」

 

スレイとミクリオは嬉しそうに言い合う。

と、スレイは走るレイの姿を見ながら、

 

「でもいるかな、ジイジ?このキセル、ジイジに返してあげないとだし。」

「すごく良い品だもん、そのキセル。絶対スレイのお爺ちゃんのお気に入りだったはずだよ。届けるなら、早くしてあげたら?」

 

ロゼがスレイの取り出したキセルを見て言う。

スレイはキセルを握りしめ、

 

「よし!オレらも行くぞ、ミクリオ!」

「仕方ないな。」

 

二人は駆けだした。

その姿を見たエドナが傘をクルクル回しながら、

 

「子供ね。」

「ふふ、嬉しいのでしょう。久々の故郷ですもの。」

「さて、あたしらも行きますか。」

「たく……」

 

ライラ達も三人の後を追う。

と言っても、歩いてだが。

 

ジイジの所に行きながら、スレイは里のみんなと話す。

スレイ達の帰りを嬉しそうに迎えてくれた。

そしてレイを見て驚いていた。

レイはそれには目もくれず、ジイジの家に急ぐ。

家の前に来て、レイは勢いよく入って行く。

 

「ただいま、ジイジ!」

「おかえり、レイ。」

 

そして、ジイジに抱き付いた。

その後ろからスレイが笑顔で、

 

「ジイジ!元気だった?」

 

と、ジイジはスレイを見て、

 

「バッカも――ん!」

「なんだよ⁉いきなり。」

 

スレイは驚いて目を見開く。

ジイジはスレイを見上げ、

 

「まずは挨拶じゃろう!そんな無礼者に育てた覚えはないぞ。」

「黙って出て行ってごめんなさい。」

 

スレイは頭を下げる。

その横で、ミクリオも頭を下げ、

 

「ただいま戻りました。」

「初めましてロゼです!お邪魔します。」

 

と、ロゼも声を上げる。

ジイジは納得し、

 

「うむ、無事でなによりじゃ。レイも随分と変わったの。従士の娘御も歓迎しよう。」

 

ジイジはロゼを見て言う。

ロゼは驚きながら、

 

「わかるの?あたしが従士って。」

「わからいでか。スレイを導師としてミクリオは陪神≪ばいしん≫になったのじゃろう。」

 

ジイジはスレイに視線を向ける。

 

「そして主神は……湖の乙女か。」

 

そう言うと、ライラがスレイの中から出て来た。

 

「お久しぶりです、ゼンライ様。私は――」

「何も言わずともよい。因縁は巡る。避けられぬ世の理じゃ。」

「はい。それでも私は信じたいと思います。必ず正しい未来に至れると。」

 

ライラはまっすぐと、ジイジを見る。

それを見たレイはそっとジイジから離れる。

そしてジイジはレイの頭を撫で、

 

「スレイたちは、いい主神を持ったようじゃの。それに大方、裁判者や審判者についても知ったのだろ。」

 

レイは身を固くし、スレイ達は眉を寄せる。

ライラに至っては静かに一回瞳を閉じ、開ける。

その反応を見たジイジは、

 

「うむ。ところでキセルは役に立ったか?」

「あ……うん。」

「キセルのことはいいんじゃ。お前たちの役に立ったなら。」

 

スレイはそんなジイジに、キセルを取り出す。

 

「でも返すよ。もう大丈夫だから。」

「遠慮せずにもっておれ。」

「本当に大丈夫なんだよ。オレも、ちょっとは成長したからさ。」

「……生意気を言いおって。」

 

ジイジはスレイからキセルを受け取る。

その言葉はどこか嬉しそうだ。

そしてキセルをしまい、代わりにスレイの手に、

 

「なら、代わりにこれをもっていけ。」

「ありがとう、ジイジ。」

「なんの。礼を言うのはこっちじゃ。」

 

スレイは贈り物をしまう。

そしてロゼを見て、

 

「オレは一回自分の家に向かうよ。ロゼはどうする?」

「あたしはちょいと周りを散歩するよ。」

「僕もみんなに話があるからね。外に行くよ。」

「じゃ、後でみんな集合な。レイはどうする?」

「ん?寝てる。」

「はは。そっか。」

 

と、奥の方へ歩いて行った。

スレイ達も外へ出て行く。

ジイジは扉の方を見て、

 

「ふふ……本当に生意気を言うようになりおって……」

 

それを聞いてからレイは床に入った。

 

 

外に出て、レイ以外のみんなが一度集まる。

ライラがスレイを見て、

 

「スレイさん。今回は、ちょっとゆっくりしませんか?」

「疲れてるの、ライラ?」

 

スレイはキョトンとした顔で言う。

ライラは優しく微笑み、

 

「そうではありませんが、たまにはまとまった休養も必要かと。」

「賛成。いいんじゃない?レイもまだ寝てるだろうし。」

 

ロゼも腰に手を当て、笑う。

スレイは嬉しそうに、

 

「そうだな。オレももう少し、イズチのみんなとも話したいし。」

「じゃ、もう一回自由行動ということで。」

 

各々歩いて行った。

スレイはゆっくり歩きながら、故郷を見て回る。

と、イズチのみんなと話をしていたエドナを見つけ、

 

「エドナ。」

「スレイ……ふふ。」

 

エドナはスレイを見て笑った。

スレイは不思議そうな顔をして、

 

「なに?急に。」

「いいえ、わかったのよ。スレイが天然に育った理由が。」

「は?」

「いいからどっか行きなさい。ワタシはまだ話してるんだから。」

「ちぇ。」

 

スレイはその場から離れる。

スレイは、二人の天族が笑いながらロゼに話しているのを見た。

 

「なぜミクリオが杖を武器に選んだか知ってるかい?それはな……スレイとのリーチ差を埋めようとしたからなんだ。」

「ホント、涙なしには聞けない話よね。」

 

と、ロゼがミクリオの話をしていた二人の天族の話を聞き、

 

「気にしてたんだ、ミクリオ……」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

スレイはそれを横目で見てから、その場を離れた。

スレイはジイジとライラが遺跡の方へ行ったと聞いたので、そちらの方へ行ってみる。

と、壮大な景色を見ながら、一人立っていたデゼルの所に行った。

 

「デゼル。」

「スレイか。たく、ここはぬるい村だ。……だが風は、いい風が吹いているな。」

「そっか。」

 

スレイは笑いながら、デゼルから離れた。

スレイは歩きながら、

 

「にっしても、ミクリオどこに行ったんだ?」

 

と、その本人を見つけた。

彼は物陰に隠れて、何かを見聞きしている。

スレイは彼に声を掛ける。

 

「なにしてんだ、ミクリオ?」

「静かに。」

 

と、ミクリオはスレイに振り返らずに言う。

スレイもそっと物陰からミクリオの見るものを見る。

そこにはライラとジイジが何やら悲しく重たい空気で話していた。

 

「そうですか。あの方が私の前に現れた時にはもしやと思いましたが……やはり二人は……」

 

その悲しそうなライラの声に、スレイは回れ右して、

 

「……行こう。」

「スレイ……」

 

ミクリオも振り返りながら言う。

そして二人はその場から離れた。

 

 

ライラは手を握り、悲しそうに言う。

 

「申し訳ありません。そうとも知らず勝手に契約を。」

「いや。契約を結んだのは、あの子らの意志じゃ。この先のことを決めるのも、のう。」

「命にかえて支えます。同じ過ちは、もう二度と。」

 

ライラが俯く。

ジイジは優しくライラに言う。

 

「そう自分を責めるな。先代のことは、どうしようもなかったのじゃ。」

 

と、彼らの後ろに声が響く。

 

「ゼンライの言う通りだ、主神。」

 

ライラ≪主神≫とジイジ≪ゼンライ≫が声の方へ振り返る。

そこには崩れた遺跡の柱に腰を掛けていた黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女がいた。

小さな少女は頬杖をつきながら、

 

「あいつの事は、お前だけのせいではない。色々な因果が混じり合って起きた悲劇だ。」

 

ライラ≪主神≫は目を見開いた後、再び俯いた。

 

「そうかもしれません。それでも、考えてしまうのです。私はもっとできることがあったのではないかと……」

 

小さな少女は目を細めてライラ≪主神≫を見た後、視線をジイジ≪ゼンライ≫に向ける。

ジイジ≪ゼンライ≫は空を見つめ、

 

「すべては縁じゃ。そして縁は、まだつながっておる。」

 

ライラ≪主神≫は顔を上げ、

 

「はい。ゼンライ様のおかげです。」

「いいや、つなげたのはお主とあの子たちじゃよ。そしてお前さんのおかげだ。」

 

ジイジ≪ゼンライ≫は小さな少女を見上げる。

小さな少女は彼らの前に降り立ち、

 

「なぜそうなる。」

「お前さんがレイをつくり、育み、そしてお前さん自身が導きの一手を担っておる。だからこそ、今のワシができることは、あの子らを心配することくらいじゃて。」

「ふふ。危なっかしいところもありますが、あの純粋さは、行く先を照らす光ですわ。」

「……だが、それ故に染まりやすい。その光を失いたくなければ、精々頑張る事だ。」

 

ライラ≪主神≫はジッと小さな少女を見つめ、

 

「……そろそろ、貴方がそうなった理由を教えてくださいませんか?」

 

小さな少女は顎に手を当て、

 

「……簡単な事だ。私が本当の意味で、感情という概念を理解していなかっただろうな。私は感情というものは理解していていた。しかし、私自身が感情を持っていないが故に、気付かず、理解できていなかった。あの者が私達に名を与え、人間へと変えた。そしてそれが大きく小さな歪みを生み出した。だからあいつは狂った。人と言う生を与えた始まりの人間、人と言う感情を教えた呪われた人間。そして、狂いに狂ったアイツの感情すらも気付いてやれなかった。それを気付かせてくれたのは、お前も知る二人だ。」

「…………。」

 

小さな少女は赤く光る瞳をライラ≪主神≫とジイジ≪ライゼン≫に向け、

 

「世界はもう狂いに狂っている。私達が動く事はないが、動かざる得ない事もあるだろうな。世界の狂いを一度、正しく戻すためにも。……だが、そのためには私はいつまでも、この姿でいる事は出来ない。」

 

小さな少女は胸に手を当て、

 

「これが体を明け渡すか、私がこいつを消すか……」

「貴女はまた!」

「まぁ、待て。」

「ゼンライ様!」

 

ライラ≪主神≫は眉を寄せ怒るが、ジイジ≪ゼンライ≫は髭をさすりながら止める。

だが、そのジイジ≪ゼンライ≫の表情は厳しい。

小さな少女は赤く光る瞳を細め、

 

「もしくは、私たち自身が裁判者と審判者として、人として生まれたこいつらを受け入れ……いや、人として生まれたこいつらが、私達を受けいれるか、だ。」

「……貴女は、レイさんを受け入れていると?」

 

小さな少女は無表情のまま、瞳を一度閉じた後、

 

「……さあな。だが、どの選択肢を取るにしても、これを消したくないのであれば……こいつに選ばせることだ。」

 

小さな少女は風に包まれ消えた。

しばらくした後、ライラは空を見上げ、

 

「……ゼンライ様、私は決めました。私は共に歩いていこうと思います。今度こそ後悔しないように。」

「そうじゃの。それこそが人と天族……あわよくば彼らとの在るべき姿かもしれん。」

「お話しできてよかったですわ。」

「ワシもじゃ。あの子らを頼んだぞ。」

 

二人は空を見上げ、微笑む。

 

 

ライラとジイジの居た所から離れたスレイとミクリオ。

ミクリオはスレイを見て、

 

「今の、僕たちの話じゃないか?」

「みたいだな。」

 

スレイは腰に手を当て、自分もミクリオを見て言う。

ミクリオは意外そうな顔で、

 

「いいのか、聞かなくて?」

「ミクリオ。」

 

スレイはジッとミクリオを見る。

ミクリオをスレイから視線を外し、

 

「……すまない。盗み聞きすることじゃないよな。」

「大事なことは、ちゃんと教えてくれてる。ジイジは。」

「ああ。それはライラもだ。さっきのこと、今更だったな。忘れてくれ。」

 

ミクリオは顔を上げ、二人は嬉しそうに微笑む。

そこに風が吹き荒れる。

スレイとミクリオは目を隠し、風が収まって目を開けると、

 

「レイ?」

 

そこにはレイが立っていた。

いや、寝ぼけて空を見上げていた。

ミクリオがそっと近づき、

 

「レイ、大丈夫か?」

「……扉……」

「扉?」

 

ミクリオはスレイを見る。

スレイは首を振る。

と、レイは空を見つめたまま、

 

「……近付けさせない。」

「「?」」

 

スレイとミクリオは眉を寄せて、レイを見た。

レイは目を瞑り、歌い出す。

歌い終わると、

 

「……あれ?お兄ちゃんにミク兄、どうしたの?」

「え?い、いや何でもない。」

「そう…なの?」

「ああ。」

 

レイは二人と手をつないで家に戻る。

その日はイズチで一夜を過ごした。

 

翌朝、スレイ達は社前で、スレイはライラに聞いた。

 

「そういえば、ライラってジイジと知り合いだったのか?」

「ゼンライってジイジの本名なの?」

 

ロゼが首を傾げて聞いた。

レイが手を合わせて、

 

「そうだよ。ジイジの雷は凄いんだよ!」

「ああ。凄いよな。ま、イズチじゃ誰も呼ばないけど。」

 

スレイは腕を組んで悩んだ。

ライラは遠い目で、

 

「以前、お会いしたことがあるんです。一度だけ。」

「な~んか意味深な会話してたよね?」

 

ロゼが首をかしげると、スレイがロゼを見て、

 

「あれ?ロゼも居たのか?」

「え?あー……木の上とか?でも、遠くて聞こえずらかっ……じゃなかった。スレイ達と同じタイミングで離れたけどね!」

 

ロゼは明後日の方向を見ていた。

後ろの方で、ミクリオとエドナは半眼でデゼルを見る。

 

「ウソだな。」「ウソね。」

「なぜ、俺を見る!」

 

ロゼは勢いで、

 

「あれなに?」

「カカオチョコチョコみチョコチョコ!あわせてチョコチョコむチョコチョコ!」

 

ライラは手を合わせて、ロゼの視線から逃げた。

スレイは頬を掻きながら、

 

「また、このパターンか。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「で、いつから知ってたの?スレイ達がゼンライの家族だって。」

「赤折り紙、青折り紙、黄折り紙!赤折り紙、青折り紙、黄折り紙!」

 

ライラは背を向け、一心不乱に連呼する。

その姿に、ロゼが手を握りしめ、叫ぶ。

 

「もー!逆に気になるってー!」

 

レイはスレイとミクリオを見上げる。

スレイは頷き、

 

「俺は別に。オレたちが困ることをジイジがするわけないし。」

「こっちがおかしなことをしたら、どれだけ雷を落とされるかわからないけどね。」

 

ミクリオは苦笑いする。

レイも微笑み、

 

「安心していいよ、ロゼ。少なくとも私は、ジイジが二人を無下にしたのは見たことない。逆に、お兄ちゃんたちがジイジをいっぱい困らせてた!」

「そっか。信じてるんだね。」

 

ロゼは嬉しそうに言う。

そしてスレイは大きく頷き、

 

「ああ。ライラと同じくらいね。」

 

ライラは嬉しそうに微笑む。

レイは彼らに背を向け、嬉しそうに微笑んだ。

彼らはみんなに別れを言って、次の目的地に向かう。



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toz 第二十一話 水の試練神殿ルーフェイ

スレイ達はアリーシャから聞いた遺跡に向かう。

ミクリオが遺跡があると思われる場所を歩きながら、

 

「遺跡の入り口は巧妙に隠されているって言っていたね。」

「注意して探すしかないか。」

 

スレイも辺りを探りながら言う。

みんなで辺りを探っている姿を見たレイはオロオロし、何かを決心した。

レイは滝の方に近付く。

それに気付いたミクリオが、

 

「レイ、そっちは危ないから――」

 

危ないから近付かないように注意しようとした最中、レイは水の中に落ちた。

浅瀬だが、子供のレイにはきつい。

 

「レイ‼」

 

ミクリオは慌てて、レイを抱き上げる。

 

「レイ、大丈夫か⁉」

「ゲホッ……ゴホッ……」

 

レイはある所を指差す。

ミクリオがそこを見ると、滝しかない。

いや、その奥が空洞になっているのにデゼルが気が付いた。

 

「風が妙だと思っていたが、なるほどな。」

「まさか、こんな仕掛けだったとは。」

 

ミクリオがスレイ達を呼び、滝の中へと入って行く。

 

長い空洞を向けた先には、広い洞窟のような場所だった。

所々、水が流れ、落ちてきていた。

上を見上げると、岩橋のように、上に続いていた。

スレイは辺りを見渡し、

 

「ここは……」

「滝にまったく浸食されていない。造られたばかりじゃないとすると……」

 

ミクリオも同じように辺りを見て言う。

 

「天響術が使われている。アヴァロストの調律時代の遺跡だな。」

 

スレイが嬉しそうに言う。

と、スレイ達の目の前から声が響く。

 

「そう。ここは水の試練神殿ルーフェイ。あの人の言った通りだったな。いやはや、導師の来訪は久しぶりだな。」

 

スレイ達が目を向けると、一人のお面をつけた白服の男性が水の上に座っていた。

スレイ達はその者に近付く。

と、お面をつけた男性はレイを見て、

 

「それにしても、裁判者が手を貸すとはどういった辺境ですか?」

「あ……」「え?」

 

スレイがレイを見る。

レイは視線を外したが、すぐにその者を見て、

 

「私ではない。この器がしたことだ。安心しろ、ここからはそのようなことはない。さて、導師。ここからは、お前たちの試練だ。」

 

そこには風に包まれ、白から黒へと服が変わった小さな少女が居た。

スレイは視線をお面をつけた男性に戻し、一度頭を下げた。

 

「導師のスレイです。」

「主神のライラと申します。あなたは水の五大神アメノチ様の……」

 

ライラもスレイの後ろから頭を一度軽く下げ、名乗る。

お面をつけた男性は立ち上がり、

 

「アメノチ様に仕える護法天族アウトルだ。」

「さっそくだけど、水の秘力を授けてもらうにはどうすれば――」

 

と、スレイが試練について聞こうとした矢先、

 

「どこだっ!オレの剣はどこだ~っ‼」

 

どこからか怒鳴り声が響く。

スレイ達は辺りを警戒する。

デゼルが何かに察し、

 

「下がれ!」

 

スレイ達は後ろに下がる。

すると、スレイ達の居た場所に上から何かが落ちてきた。

いや、降ってきた。

ロゼは目を見張り、

 

「なになになに~⁉」

「剣?」

 

そこには数分の剣が刺さっていた。

エドナが上を見上げ、

 

「上になにかいる。」

 

スレイ達はそこを見る。

護法天族アウトルが、静かに言う。

 

「憑魔≪ひょうま≫アシュラだ。」

「アシュラ……怒りを糧に永遠に戦い続けるといわれる強力な憑魔≪ひょうま≫ですわね。」

 

ライラが眉を寄せて説明する。

スレイが護法天族アウトルを見て、

 

「そいつを鎮めるのが試練?」

 

小さな少女は横目で彼を見る。

護法天族アウトルはなおも静かに、

 

「いいや。秘力を与える条件は、彼が憑魔≪ひょうま≫になった理由を明らかにすることだ。」

「単に浄化するんじゃなく理由を探れと?」

 

ミクリオが腕を組んで悩む。

護法天族アウトルは諭すように、

 

「導師ならわかるだろう?その重要さが。」

「はい。」

「大変さも、ね。」

 

スレイは力強く頷くが、後ろでロゼは頭を掻きながら、呟いた。

それを見た護法天族アウトルは笑った。

 

「ふふふ、だから試練なのだよ。健闘を祈る。」

 

そう言った先には彼はすでにいなかった。

そして、小さな少女もそこにはすでにいなかった。

 

 

小さな少女は彼らを上から見下ろしていた。

彼らが奥に進んだのを見ると、視線を前に戻す。

そこには穢れを纏った憑魔≪ひょうま≫がいる。

 

「オレの剣をよこせ~!」

「無理だな。お前の願いはすでに叶えた。そして審判者の奴にも無理だ。お前の元に、剣は戻らない。」

 

小さな少女は赤く光るその瞳で、憑魔≪ひょうま≫を見据える。

そしてさらに上へと上がり、

 

「だろ?」

「はい。私は彼に願い、そしてあなたにも願いましたから。」

「……ああ。」

 

小さな少女は歩き出す。

歩いた先には導師一行が見える。

それを陰から見守ることにした。

 

「今回の試練、あれに邪魔されては面倒だからな。」

 

小さな少女は導師スレイの声に耳を傾ける。

彼の手にはメモ書きが握られている。

 

「『コモン暦二十二年、緑陽の月。水の天族が現れ、導師になれと勧められた。オレには、その資質があるのだという。ただの刀鍛冶のオレが導師になれるのだろうか……?』。」

「これって導師の日記⁉」

 

水の陪神が驚きの声を上げる。

そして導師スレイも、

 

「しかも天族と出会って導師になった人の……」

 

彼らは疑問に思いながらも、次へと進む。

小さな少女も、その後を密かについて行く。

 

再び、メモ書きを見つけ、導師スレイが読み上げる。

 

「『コモン暦二十五年、賢者の月。導師となって三年。この活動は人生を賭けるに足るものだ。だが、穢れは果てしなく生まれてくる。そしてこの月、オレは仮面をつけた変わった二人組に会った。人でも、天族でもない二人組の少年少女。少女が言う。〝いつか、お前は直面する。自分の願いと想いの矛盾に。″少年が笑う。〝いつか、俺らは呼ばれる。君たちに。″二人は風のように消えた。よくはわからなかったが、オレは穢れをなんとかしたい。いや、なんとかしなければ。もっと多くの人を救いたい……』。」

「これも導師の日記?」

 

ロゼは腕を組む。

スレイは頷き、

 

「みたいだ。」

「にしても、ここでも関わってくるのね……あいつら。」

 

エドナは後ろで小さく呟いた。

ライラもそれを聞き、

 

「そのようですわね。」

 

それを聞いた小さく少女は静かに、彼らを見るだけであった。

彼らはさらに奥に進む。

導師スレイはメモ書きを見つけ、読み上げる。

 

「『コモン暦二十八年、車輪の月。ダメだ……日に日に穢れが世を覆っていく。オレは災厄も戦争も止められない。導師なのに力が足りないのだ。穢れを祓うには強い力が必要なのに。』。」

「導師の日記が、なんでこんなトコに⁉」

「意図を感じるね……」

 

再び悩むロゼに、ミクリオが眉を寄せて言う。

小さな少女は何かを思い出すかのように、奥を見る。

そこには護法天族アウトルが俯いていた。

 

「どこも同じ事が起こり、同じような顔をするのだな。」

「ええ。気付いた時にはもう遅い……貴女の言う通りでしたからね。」

「……ほとんどの者は私を責めるが、お前はそうではないのだな。」

「……自分では解りづらいものなのですよ。でもこれだけは言える。貴女がもう少し我らと関わってくれたら、自分は違う選択肢を選ぶことができたのだろうか、と……」

「さぁな。結局は、お前の選んだ選択肢だ。」

 

護法天族アウトルは顔を上げ、また下げて消えた。

そうしてる内に、導師達が動き出した。

小さな少女は壁から背を離し、

 

「さて、あいつらはこの真意に気付けるかな。」

 

さらに奥に進んだ導師達は、またメモ書き見つけた。

スレイが頷き、読み上げる。

 

「『コモン暦三十一年、玉杯の月。輝光銀≪きこうぎん≫が手に入った。これで剣を打とう。オレに足りない力を埋め合わせるために。力を。力を。力を。ひたすらこの想いを念じて。すると、いつかの変わった二人組の一人がオレの前に現れた。少女の方だった。仮面の下から覗く赤く光る瞳がオレを貫く。少女が言う。〝お前の願いを叶えに来た。さて、どうする?″オレは少女の前で叫ぶ。力が欲しい、と。少女は赤く光る瞳を細めて、オレを見る。そしてオレの持っていた輝光銀に触れた。力が溢れる。これならオレの足りない力どころか、オレはその上にいける!早く剣を打とう。この強大な力を形に!』。」

 

それを聞いたライラは拳を握りしめ、

 

「この方は……」

「ずいぶん想いつめちゃったのね。」

「ふん、驚くほどでもないだろう。」

 

エドナとデゼルがスレイの持つ紙を見て言う。

エドナはデゼルを見上げ、

 

「そうね。あの裁判者を呼びつけるほどの強い想いだった、ってだけ。」

「だから何だ。」

「なにも。アンタの想いよりは強いって事よ。」

「俺は!」

 

と、エドナとデゼルが互いに睨み合い、口論しそうになるところに、

 

「はい、はーい!そう言った私情はあと!まずは試練を終えよう。」

 

ロゼが次の扉へと歩いて行く。

スレイ、ミクリオ、ライラも頷き、ロゼの後に付いて行く。

エドナも歩きながら、

 

「その一つにアンタも関わっているのにね。」

「ロゼに余計な事を言うんじゃねぇーぞ!」

「はいはい。」

 

デゼルもエドナの横に行き、怒鳴りつけた。

彼らが居なくなった後、小さな少女は部屋の真ん中にいた。

 

「オレの剣!オレの剣はどこだ~‼」

「……悪いが私は持っていないぞ。大人しくしていたらどうだ。」

「オレの、オレの剣!オレの剣はどこだ~‼」

 

小さな少女はため息をつき、風が穢れを纏った憑魔≪ひょうま≫を包む。

風が消えると、そこには何もなかった。

小さな少女は導師の方に向かい、歩き出す。

 

導師スレイ達近くまで追いつくと、そこにはメモ書きを持った導師が居た。

そして読み上げた。

 

「『コモン暦四十二年、桜花の月。ついにできた。我が二十年の悲願を込めた剣が。この剣があれば斬り倒せる。憑魔≪ひょうま≫を。穢れを。すべての災厄を。』。」

「もしかして、この日記の主が……」

「アシュラなのか⁉」

 

ミクリオは眉を寄せる。

そしてスレイもミクリオの意図に気付き、声を上げる。

 

「でも、可能性はありそうだね。」

 

ロゼも腕を組む。

全員が頷き合い、次の扉に向かう。

歩きながら、スレイが思い出したように言う。

 

「マルトランさんも、ここに来たのかな?」

「入れたとしても、どうにもならないだろうね。」

「こんなトコ進めるのは導師ぐらいだよ。」

 

ミクリオとロゼが互いに厳しい顔で言う。

だが、後ろでライラが静かに、

 

「導師か、もしくは……」

 

その後の言葉は小さくて他の者には聞こえなかった。

小さな少女は横目で彼らを見て、

 

「……さて、真実を知った時、彼らの行動はどう変化するかな。」

 

小さな少女は視線を遠くに向ける。

そこには、青い騎士服を身に纏った女性が視える。

 

導師一行が最終の間の前に着くと、

 

「ねえ、あのアシュラってホントに憑魔≪ひょうま≫?」

 

ロゼが腰に手を当てて、ライラに聞く。

ライラは頷き、

 

「ええ、実際に穢れや領域を感じます。」

「偽者って思うのか?」

 

ミクリオがロゼに聞く。

ロゼは腕を組み、

 

「だって変じゃない?あんなヤバイ憑魔≪ひょうま≫が野放しになってるなんて。」

「なぜ護法天族が放置するのか。」

 

ミクリオも腕を組む。

ロゼは眉をより深く寄せて、

 

「そう。偉くて強い天族なんでしょ?」

「それが試練だからだと思います。護法天族は、特別な使命を与えられた方々ですから。」

 

ライラが力強い瞳で言う。

が、デゼルは腰に手を当て、

 

「要するに奴らの都合ということだろう。」

「そうね。」

「否定はできませんが……」

 

エドナは真顔で、ライラは視線を外して言う。

ミクリオがロゼとデゼルを見て、

 

「二人とも、そういう言い方はないだろう。」

「お前もわかっているはずだ。別に天族は聖人君子じゃない。」

「ましてや正義の味方でもね。」

 

デゼルがミクリオを見ながら言う。

その後に、エドナも真顔で続けた。

 

「それは……」

 

ミクリオは言葉が続かない。

そこに、明るい声で、

 

「納得!二人が言うと説得力あるね。」

 

ロゼが嬉しそうに言う。

デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「……わかればいい。」

「うん。そういう試練ってことなら問題なしだ。」

 

と、腰に手を当てて頷く。

そして一人、腕を組んで悩み続けているスレイを見て、

 

「で、スレイは何をそんなに悩んでんのさ。」

「ん?いや、日記の導師は裁判者に願いを言って叶えてもらった。じゃあ、彼女が言った……〝いつか、お前は直面する。自分の願いと想いの矛盾に。″て言うのはどう言う意味だったんだろうと思って。願いが叶えらえて、憑魔≪ひょうま≫を倒す力は手に入れた。でも、審判者はこう言っていた。〝いつか、俺らは呼ばれる。君たちに。″って、君たちって事はその導師の天族の人の所にも行ったんだよね?じゃあ、その天族は今どこに?」

 

スレイの言葉に、エドナは傘を閉じ、

 

「そのまんまの意味じゃないかしら。」

「え?」

「アイツらが願いを叶える。でも、それで手に入れた力は強大過ぎる。救いたいと想う気持ちは、次第に願っていたものとは違う事がわかってくる。その日記の導師は……スレイ、ある意味ではアンタと同じだったという事よ。そしておそらく、その天族もその結果に何かしらの想いはあるはずよ。」

 

エドナは再び傘を開き、クルクル回しながら言う。

ライラはスレイを見て、

 

「それらを含めて、きっとこの試練には意味があるのだと思いますわ。」

「そう。だから、その真意を掴んだ時、アイツに文句や疑問をぶつければいい。」

 

そう言って、エドナは歩き出す。

スレイは大きく頷き、

 

「そう……だな。うん、そうしよう!」

 

スレイも歩き出す。

それに続けて、他のメンバーも続いて行く。

小さな少女はそれを見届けてから、姿を消した。

 

 

スレイ達が最奥の間に入ると、巨大な憑魔≪ひょうま≫が居た。

六本の腕を持ち、剣や武器を握っている。

そしてその顔は怒りに満ちている。

その憑魔≪ひょうま≫は奥に居る人ではない鎧剣士に剣を交えながら、

 

「それを寄こせえっ!」

 

と、剣と剣で抑え込んでいた。

そのすぐ傍には、黒いワンピース服のような服を着た小さな少女が居る。

 

「あれがアシュラ⁉」

 

スレイは身構えながら言う。

憑魔≪ひょうま≫アシュラは、なおもその鎧騎士と剣を交える。

が、鎧騎士は憑魔≪ひょうま≫アシュラの剣に負け、崩れ落ちる。

そして鎧騎士の持っていた剣を見て、

 

「……これも違う!」

 

と、怒りだす。

 

「どこだっ!オレの剣はどこだ――っっ‼」

 

なおも怒り、怒りに燃える。

 

「オレの剣……?」

 

スレイは眉を寄せて、憑魔≪ひょうま≫アシュラを見る。

そして小さな少女は憑魔≪ひょうま≫アシュラを見上げ、

 

「もはや、まともな理性さえ失ったか。哀れだな。」

「オレの剣をどこにやった!寄こせ!寄こせえ―‼」

 

と、小さな少女に剣を振り落とす。

スレイは駆けだしながら、

 

「レイ!」

「スレイさん!」

 

その彼の手を、ライラが引っ張る。

小さな少女の足元の陰から黒い何かが飛び出し、剣を掴む。

 

「お前に私は殺せない。さて、答えは出たか?」

 

と、奥に居る導師達を見る。

ロゼも眉を寄せ、首を振りながら、

 

「わかんない!なんなの?憑魔≪ひょうま≫が憑魔≪ひょうま≫を襲うなんて。」

 

と、黒い影を薙ぎ払った憑魔≪ひょうま≫アシュラがスレイ達の方を向く。

その姿に、ロゼが悲鳴を上げる。

 

「ひぃっ!」

 

憑魔≪ひょうま≫アシュラはスレイ達を見下ろし、

 

「導師であるオレが!憑魔≪ひょうま≫を倒すのは当然だろう!」

 

それを聞き、ミクリオは目を見張り、

 

「やっぱり⁉アシュラは……!」

「憑魔≪ひょうま≫になった導師⁉」

 

スレイも目を見張る。

憑魔≪ひょうま≫アシュラは歩いていた小さな少女を見て、

 

「返せ……オレの剣を返せ――っ!」

「無駄なことだ。何度も言わせるな。」

「お前が寄こしたあの力!あの力さえあれば!」

 

と、再び小さな少女に剣を向ける。

小さな少女も足元の影が揺らめき、

 

「少し前の私ならともかく、今の私にお前が敵うはずがないだろう。」

 

小さな少女の瞳が光り出す。

その圧倒的な力が足元の影を覆うように膨れ上がる。

スレイ達ですら、その光景に恐怖する。

憑魔≪ひょうま≫アシュラは一歩下がる。

小さな少女が一歩前に出た時、彼女の足元にナイフが突き刺さる。

 

「裁判者が、導師の試練に関わっていいのかな?」

「やはり来ていたか、審判者。」

 

小さな少女は上を見上げる。

そこには岩に腰を下ろして、見下ろしている仮面をつけた少年が居る。

 

「あれを目覚めさせたのは、貴様か。」

「うん。だって、呼ばれたからね……二人に。」

「……ふん。」

 

小さな少女から力が消える。

普通に戻ると、導師スレイを見て、

 

「あとはお前達で見極めろ。」

 

そう言って、消える。

否、審判者である彼の反対側の岩に腰を掛ける。

審判者は向かいに座る小さな少女を見て、

 

「彼らは気付けると思う?」

「……それを含めた試練だ。」

 

小さな少女は下で戦い始める導師達を見る。

 

 

憑魔≪ひょうま≫アシュラはスレイ達を見て、

 

「返せ!オレの剣を!返せえ――っ‼」

「みんな!」

 

スレイ達は戦闘態勢に入る。

憑魔≪ひょうま≫アシュラは剣を振るいながら、

 

「よくもオレの剣を盗んでくれたな!」

「アシュラは怒りの憑魔≪ひょうま≫です!怒りの源が憑魔≪ひょうま≫の原因のはずですわ!」

 

ライラが剣を避けながら叫ぶ。

ミクリオも詠唱が終わり、

 

「つまり、剣を盗まれたせい⁉」

「いや……それだけじゃない!」

 

スレイは剣を弾きながら言う。

なおも憑魔≪ひょうま≫アシュラは怒りながら、

 

「剣を返せ!すべてを浄化するために!」

「アシュラ、おまえは……」

「集中しろ、スレイ!全力で倒すんだ!」

 

悲しそうに憑魔≪ひょうま≫アシュラを見るスレイに、ミクリオが注意する。

しばらく剣を交え、

 

「返せ……その剣は穢れを斬る力……」

「もうやめて。人を救いたいのはわかったから。」

 

ロゼは眉を寄せ、悲しそうに叫ぶ。

憑魔≪ひょうま≫アシュラは呟く。

 

「憑魔≪ひょうま≫を……災厄を……汚い人間を斬る力……」

「人間を!こいつは……」

 

スレイは目を見張り、驚く。

憑魔≪ひょうま≫アシュラは詰め寄り、

 

「オレは!穢れを生むすべてを斬り祓う!」

「世界全部を斬るつもりだったんだ!」

「世界全部を斬るなんて、裁判者達くらいじゃなきゃできないんじゃ!」

「そうか、だから裁判者が現れたんだ。そして、あいつが裁判者に本当に願ったこと!確かに本来の想いから矛盾している!」

 

ミクリオとロゼが眉を寄せて、互いに見た。

スレイは憑魔≪ひょうま≫アシュラを見上げ、

 

「それがアシュラが憑魔≪ひょうま≫になった理由!」

 

と、スレイが叫ぶと声が響く。

 

「正解だよ。」

 

その声を聴くと憑魔≪ひょうま≫アシュラは動きを止め、

 

「この声……は……!」

 

と、辺りを見ていた。

スレイは左手の紋章が光り輝く陣を見て、

 

「力が……水の秘力!」

 

だが、憑魔≪ひょうま≫アシュラは再び動き出し、剣を振るう。

 

「うおおおおっっ‼」

「ミクリオ!」

「ああ!」

 

スレイとミクリオは頷きあう。

 

「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫』‼」

 

二人が神依≪カムイ≫化し、矢を放つ。

その直撃を受けた憑魔≪ひょうま≫アシュラは後ろに倒れ込む。

そして、静かに呟きだす。

 

「……せ……ウ……ル……」

「まだなにか言っている。」

 

エドナがなおも戦闘態勢のまま、敵を見る。

そこに、小さな少女と審判者が降りてきた。

 

「剣を返せ……アウトル……」

「アウトル⁉」

 

ロゼも戦闘態勢のまま、その名に驚く。

小さな少女は憑魔≪ひょうま≫アシュラに近付き、触れる。

青い炎に包まれ、憑魔≪ひょうま≫アシュラは消えた。

スレイは武器をしまいながら、

 

「消えた……」

「スレイさん、まだ警戒を解かないで下さい!」

「そうだ!審判者がいる!」

 

スレイはハッとして、剣に手を掛けるが、

 

「ああ、安心して良いよ。今の俺は争う気はないから。俺が今回ここに居たのは、願いを叶えに来ただけだから。」

「願い?」

 

スレイは審判者を見る。

彼は笑顔で、

 

「そ。俺は呼ばれた。剣を取り戻す為にここから出せ、と。そしてもう一つ、導師がここに来られるように道を作ること。」

「……そうか。レイ……いや、裁判者が『あれを目覚めさせたのは、貴様か。』と、言ったのか!」

「それに道を作るっていうのは、おそらくアリーシャたちが言っていた遺跡の発見と言っていたこと!通りでタイミングがいいと思った‼」

 

ミクリオとロゼが審判者を睨みながら言う。

審判者はなおも笑顔のままだ。

そして小さな少女を見て、

 

「そして、君も願いを叶えに来た。」

「え?」

 

スレイは小さな少女を見る。

小さな少女は腰に手を当てて、

 

「ああ。導師達がこの試練をクリアできれば、あの人間の魂を浄化して欲しい、とな。」

 

それを聞いたエドナは傘を地面に叩きながら、

 

「待ちなさい!そもそも、アンタがあの導師に力を与えなければ、ああはならなかったんじゃないの‼」

「そうであって、そうではない。数多ある選択肢の一つを選んだのはあいつ自信だ。そして手に入れた力に飲み込まれ、願いと想いを見間違え始めた。」

 

小さな少女はエドナを見据える。

そこにスレイが眉を寄せて、

 

「待って!魂を浄化したのなら、なんで消えてしまったんだ。」

「スレイさん。それはあの方が、遥か昔に導師だった方だったからです。穢れを浄化しても肉体はもう……」

 

ライラは悲しそうに、拳を握りしめる。

デゼルが帽子を深くかぶり、

 

「文字どおり、怒りだけで動いていたわけだ。」

「そうだ。そして、お前達自身には私達以外の疑問も出ているはずだ。」

 

小さな少女の言葉に、ミクリオはスレイを見て、

 

「ああ、もう一つの問題はアウトルだ。本当にあいつがアシュラの剣を盗んだのか?」

「……戻ろう。本人に直接確かめる。」

 

スレイ達は駆け出していく。

小さな少女は横を見て、

 

「お前はどうするのだ。」

「待ち人が来たら、帰るよ。」

 

そう言って、歩き出した。

小さな少女も彼を睨んだ後、歩き出す。

 

スレイ達は戻りながら、

 

「アシュラが導師だったなら、ひょっとしてアウトルは……」

「はい。アシュラと契約した天族だったのかも。」

 

ミクリオの言葉に、ライラが頷く。

スレイは悲しそうに、

 

「オレと、みんなみたいな関係だったのかな……だとしたら、全部アウトルのせいだったのか?」

「だとしたら、ひどい尻ぬぐいだよ。まったく!」

 

ロゼが怒る。

が、エドナも怒りながら、

 

「でも、アイツらのせいでもある。これは変わらないわ。」

「……ですから、直接聞くのが一番ですわ。」

 

ライラが力強く言う。

スレイ達は護法天族アウトルの元に急ぐ。

 

護法天族アウトルの元に行くと、すでに小さな少女と審判者が居た。

スレイは護法天族アウトルに近付き、

 

「……アシュラは消滅したよ。」

「手間をかけた。」

 

彼は頷く。

ライラが神妙な面持ちで、スレイの後ろから、

 

「アウトル様。あなたはもしかして――」

「察しの通り。私はアシュラを導師に誘い、器とした天族だよ。」

「剣を盗んだのも?」

「私だ。」

 

ロゼの言葉に頷き、一本の剣を取り出す。

デゼルがそれを見て、

 

「普通じゃないな。」

「見ただけでわかった。」

 

エドナもそれを見て、眉を寄せる。

彼の言うように、その剣は禍々しい穢れを纏っていた。

彼は剣を見て、

 

「輝光銀と呼ばれる〝ミスリル〟の剣だ。これに裁判者の力が加わり、本当に世界を斬るほどの力を秘めている。」

「だから盗んで隠したのですか。」

 

ライラが悲しそうに言う。

そして護法天族アウトルは感情がこもった声で、

 

「そうだ。アシュラが一番斬りたかったのは私なのだろうね。」

 

そして少し悲しそうに続ける。

 

「彼は、ひたすら純粋だった。純粋故に悩み、いつしか赦す心を失ってしまった。」

 

その言葉に、ライラはスレイを見つめる。

小さな少女はそんな彼らを見つめる。

そしてスレイは悲しそうに、

 

「だから、穢れたものを全部斬るためにその剣をつくった……」

「君にならこの剣を渡してもいい。使いこなせば、秘力以上の力となるかもしれない。」

 

護法天族アウトルはスレイに剣を近付ける。

スレイは首を振り、

 

「……遠慮するよ。剣ならもう持ってるから。」

 

と、力強く言う。

ライラは嬉しそうに、

 

「スレイさん……」

「うむ。心の試練も合格だ。」

 

護法天族アウトルは嬉しそうに頷く。

すると、護法天族アウトルの後ろから笑い声が響く。

 

「アハハ!導師スレイ、君は面白い。でも、その選択は間違いだったかもよ?」

「え?」

 

スレイが眉を寄せる。

護法天族アウトルが審判者を見て、

 

「なにを言い出すんですか。これは――」

 

そして審判者が護法天族アウトルから剣を取り上げ、

 

「そう、これは導師試練。彼は導師としては合格したが……その選択が、君たちにもう一つの真実を突きつける。」

 

そう言って、後ろに目を送り、剣を投げる。

彼の見る方から聞き覚えのある声が響く。

 

「では、いらないのなら、私がもらおう。」

 

彼の投げた剣を受け取り、

 

「世界を斬る剣……我が刃にふさわしい。」

「マルトランさん……⁉」

 

スレイが目を見張り、驚く。

小さな少女も審判者を見た後、青い騎士服を着た女性を見る。

ライラが眉を寄せ、

 

「スレイさん!よく見て!」

「うそ!この人って……」

「……憑魔≪ひょうま≫!」

 

青い騎士服の女性マルトランの周りには穢れがにじみ出ている。

彼女はスレイ達を見て、

 

「以前は挨拶もせず失礼した。」

「やはり見えていたのですね。」

 

ライラは彼女を睨む。

ミクリオも警戒しながら、

 

「その剣をどうする気だ?」

「世界を斬るんだよ。アシュラの望んだ如く。」

「なぜそんな……⁉」

 

スレイは眉を深く寄せて、聞く。

彼女はスレイを見据えて、

 

「逆に聞きたいな。なぜアシュラの想いに共感しない?ここまで穢れきった災厄の世と人間は、一度徹底的に壊さねば再生できはしないだろう?これは我が主、災禍の顕主のお考えでもある。」

「あなたはかの者の……」

「こんなことアリーシャが知ったら!」

 

ライラとミクリオは視線を外す。

彼女は冷静に、

 

「傷つくだろうな。だから?」

「利用したんだね。アリーシャを。」

 

ロゼは彼女を睨む。

女性はなおも冷静に、

 

「戦争を起こすには、まず夢見がちな平和論者を暴れさせるのが効果的なのだ。皮肉なことにな。」

「それはお前自身の見解からか。」

 

今まで黙っていた小さな少女が青い騎士服の女性マルトランを見る。

彼女は目を細め、

 

「……さてな。だが、すでにハイランドとローランスの全面衝突は時間の問題となった。」

 

審判者は楽しそうに、青い騎士服の女性マルトランに近付く。

彼女は剣を振り上げ、

 

「もうあの小娘に……利用価値はない!」

「うわっ!」

 

一振りで、かなりの力が空間を斬る。

スレイはそれを避け、女性の居た場所を見る。

そこには女性も、審判者もいない。

 

「マルトランさん……」

 

護法天族アウトルは腕を組み、小さな少女を見る。

 

「やれやれ、とんだことになってしまいましたな。それとも、貴女はこうなる事を知っていたのですか?」

「かもしれんな。」

「そうですか。……導師にとって、我々より現実の方が厳しい試練ということか……」

 

護法天族アウトルは姿を消す。

そして小さな少女も風に包まれ崩れ落ちる。

ミクリオが白いワンピース服のような小さな少女を抱き上げ、スレイを見る。

 

「…………」

「ミクリオさん、スレイさんが……」

 

ライラがそっとミクリオに言う。

ミクリオはスレイを見たまま、

 

「多分アリーシャのことだ。一人で悩むなって言いたいけど……」

「どうすべきか私たちも……」

 

彼らは無言で、その場を後にする。

外に出ると、スレイはみんなを見て、

 

「……オレ、アリーシャに会いに行こうと思うんだ。」

「……わかった。アリーシャの家に行こ。スレイの判断に任せるよ。マルトランのことも。」

 

ロゼがジッとスレイを見る。

彼らはレディレイクに向かって歩き出す。



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toz 第二十二話 真実の先に……

レディレイクに着き、いまだ寝ているレイをスレイが抱きかかえる。

そしてそのままアリーシャ邸に向かう。

途中レイが起き、

 

「……ん?街の中?試練は?」

 

レイが目を擦りながら、周りを見る。

スレイがレイを見下ろし、

 

「おはよ。試練は合格したよ。今はアリーシャの所に向かってる。」

「……アリーシャの師匠≪せんせい≫のことで?」

「!レイ?」

 

スレイだけでなく、他の者も驚いていた。

レイはスレイを見上げ、

 

「違うの?」

「いや、実はそうなんだけど……」

「レイは、いつから知ってたの?マルトランのこと。」

 

ロゼがレイの顔を覗き込む。

レイはスレイから降り、

 

「最初から……?何となくだけど、穢れを纏ってたし。それに……私じゃない私が視ていたから……」

「……そっか。」

 

ロゼは頷く。

スレイは眉を寄せ、

 

「でも、なんでマルトランさんが……」

「ローランス皇帝家に憑魔≪ひょうま≫がいるんだ。ハイランドの騎士が憑魔≪ひょうま≫でも不思議はないだろう。」

「『戦争で名を成す英雄の多くが憑魔≪ひょうま≫』という説が裏付けられてしまったね。」

 

デゼルが腰に手を当て、ミクリオが悲しそうに言った。

スレイは眉を寄せ、

 

「けど、災禍の顕主の考えに従うなんて。」

「それも不思議なことではありません。現に導師だったアシュラも……」

 

ライラが悲しそうに手を握り合わせる。

 

「同じことを考えたんだもんな。」

 

スレイは落ち込んだ。

エドナが力強い目で、

 

「アイツが関わっている時点で、色んなことが怪しいけどね。でも、人を救うため、再生のために、すべてを破壊する……穢れに絶望した人間がはまる落とし穴なのかもね。」

「はい……」

 

ライラは視線を落とす。

レイは空を見上げ、

 

「そう。人はみな、それに陥る。それこそ、純粋に世界を救うとする導師や人間ほど……」

「アリーシャになんて言えばいいんだろう……?」

「てか、教えて大丈夫なのかな?」

 

スレイはアリーシャ邸がある方向を見て、ロゼも腕を組んで言うのであった。

ライラが悲しそうに、

 

「それは……知らずにいては危害を受けるかも。」

「けど、アリーシャは利用し終わったって。」

 

ロゼが悲しそうに言う。

ライラは頷き、

 

「事実……でしょうね。私達に正体を明かしたことから考えて。」

「なにより、アリーシャの支えだったんでしょ?あいつ。」

「そうだね。支えがなくなるどころか、ずっと利用されていたと知ったらアリーシャは……」

 

二人は余計落ち込む。

そこにデゼルが冷静に、

 

「それがマルトランの狙いかもしれんぞ。」

「アリーシャの心をくじくことで開戦を決定的にするつもりなのかも。」

 

エドナも淡々と言う。

スレイは拳を握りしめ、

 

「オレはどうすれば……」

「……人は真実を知り、それをどう受け取るかはその人次第。人の持つ感情とは、人それぞれ違うのだから……」

 

レイはスレイを見上げる。

優しく微笑み、

 

「だからお兄ちゃんの知ったその真実の気持ちを、そのまま伝えればいいと思うし、それをするかはお兄ちゃん次第だよ。」

「レイ……そうだな。」

 

スレイは顔を上げ、アリーシャ邸に向かって歩き出す。

他の者も頷き、付いて行く。

レイは小さい声で、

 

「ウソつき……自分は知らないフリをしてるくせに。」

 

そう言って、水辺に映る自分を見る。

そこには以前まで見えていた黒い小さな少女ではなく、自分が映っていた。

そして、スレイ達の元へ駆けて行く。

 

アリーシャ邸に着くと、少女アリーシャはテラスに居た。

一人ではなく、その師であるマルトランと共に。

少女アリーシャはいつものように、

 

「ハイランドは日々戦争に向かっています。私の声など、もう誰も……」

「ますます立場を悪くしたからな。本当に融通の利かない奴だ。だが――」

「あきらめません。『騎士は守るためのもののために強くあれ』ですから。」

 

少女アリーシャはまっすぐな瞳で師であるマルトランを見る。

彼女は笑い、

 

「ふふ、変わらないな。お前は。」

 

そしてアリーシャ邸を後にしていった。

その姿をレイは物陰に隠れて見ていた。

いや、他の者もそうであった。

そして、居なくなったのを確認して、アリーシャの前に出る。

 

「スレイ!レイクピローの遺跡はどうだった?」

「あ、ああ……手に入ったよ。秘力は。」

「それはよかった。師匠≪せんせい≫とはすれ違いになったようだね。」

 

少女アリーシャは嬉しそうに寄ってくる。

ロゼが気まずそうに、

 

「アリーシャ、そのことだけど――」

「マルトラン師匠≪せんせい≫に稽古をつけてもらっていたんだ。師匠≪せんせい≫と稽古すると力が湧いてくるんだよ。傷だらけになるのが困るが……私が未熟だからだな。」

「ロゼ。」

 

レイはロゼを見上げる。

ロゼは頷き、少女アリーシャを見て、

 

「……どういう人なの?」

「師匠≪せんせい≫は、私にとって……『母のようだ』と言ったら怒られた。『そんな年ではない』って。けれど七つで母を亡くした私に武術を――騎士の誇りを教えてくれた恩人だ。」

「アリ――」

「いつまでも頼ってしまって情けないが。」

 

呼びかけようとしたロゼだが、少女アリーシャが先に苦笑いして言う。

スレイが首を振り、

 

「……そんなことはないよ。」

「大臣たちを説得してみるよ。一度といわず何度でも。」

 

少女アリーシャは力強く言う。

二人は頷く。

レイは小さい声で、

 

「……これがアリーシャの心、か……」

 

そしてスレイ達は少女アリーシャと別れた。

屋敷を離れ、スレイは視線を落とし、

 

「本当のこと言えなかった……」

「スレイ!まだマルトランは近くにいるよ!追わなくていいわけ⁉」

「そうだな!」

 

スレイ達は駆け出す。

走り、見つけた女騎士マルトランに追いつく。

彼女は笑みを受けべ、

 

「いいのか?私の正体をアリーシャに伝えなくて。」

「あんた……ホントに性悪。」

 

ロゼは腕を組んで、彼女を睨む。

スレイはジッと彼女を見て、

 

「……あなたは本当にアリーシャの支えなんだな。」

「それを再確認しただけで真実を伝えられないか。甘い。導師としても戦士としても。」

「用済みなんでしょ?なんでいつまでもアリーシャから離れないのさ。」

「単に興味があるのだよ。頼まれもしないのに国を背負おうとする愚かな姫の末路にな。」

 

そこにスレイが女騎士マルトランを見て、

 

「……やりとげるよ。アリーシャは。」

「ふふ。自分でも信じていないことを。」

「オレは……!」

「そうだろう?君は、アリーシャは私の正体にすら耐えられないと思っているではないか。」

「‼」

 

スレイは眉を寄せ、拳を握りしめる。

ロゼは本気で怒りだし、

 

「うっさい!知らない間にあたしらが始末つければオール解決!」

「慌てるな。じきに舞台は整う。あの方の掌の上でな。」

 

そう言って、背を向けて歩いて行く。

スレイ達は動けずにいた。

 

スレイ達から離れた女騎士は足を止める。

目の前には小さな少女がいる。

白いワンピース服のような服を着ているが、瞳は赤く光っていた。

 

「……お前があの娘から離れないのは、お前がなくしたものをあの娘が持っているからか?それとも、利用してお前自身があの娘に情がわいたからか?そう言った全てにおいて、選ぶことのできない答えを、導師にあそこまでぶつけるのは……本当はお前自身が選びたいからか?それとも、選んでもらいたいのか?」

 

レイは赤く光る瞳で、女騎士マルトランを見上げる。

彼女はレイを睨み、

 

「……私の答えは変わらない。全てはあの方の為、そして私自身の為だ!」

「……そうか。それはお前の望む未来の一つであり、望まぬ未来の一つか。人間とは大変だな。お前自身、触れ合ってしまった時点で切り捨てる事ができず、そして最後は切り捨てられる……か。お前はいつまでも、その矛盾の中に居続ける。だが、あの姫の運命は変わらない。お前が何を望み、何を願おうと、な。」

 

二人は睨み合う。

女騎士マルトランは剣を取り出し、力を込めようとするが、

 

「やめておけ。いくらあの剣を持とうが、私を殺すどころか傷一つつけられない。所詮、お前達は人間に過ぎんのだからな。」

 

小さな少女の足元が揺らぎだす。

女騎士はため息をつき、

 

「今はその時ではない。それは私も心得ている。」

 

小さな少女の横を通り過ぎ、

 

「あの方も、審判者も、すでに動き出すているのだからな。」

「では、伝えておけ。図に乗るな、と。」

「それはどちらにだ?」

「無論、両方だ。」

 

小さな少女は歩き出す。

 

 

レイがスレイ達の所にそっと戻ると、

 

「マルトランの正体を伝えられなかったのは、信じたいって思ってるけど『本当は信じてない』からなのかな……」

「あれはただの挑発だ……」

 

悲しそうに空を見上げるスレイに、ミクリオが同じように悲しそうに言う。

それでも悩むスレイに、

 

「お兄ちゃん。人はね、矛盾を抱えて生きているんだよ。どんな者も、矛盾を抱えて生きている。だからそのお兄ちゃんの想いは、お兄ちゃんの本当の想いではあるけれど、お兄ちゃんにとっての矛盾でもある。でも、見方を変えればその矛盾も本当の意味ではあり得る矛盾なんだよ。」

 

レイがスレイを見上げ、スレイの手を握りしめる。

スレイは瞳を閉じ、開くと、

 

「アリーシャには伝えないでおこう。」

「いいのね?」

 

エドナがスレイを見て言う。

そしてスレイは力強く頷く。

 

「ああ。」

「僕も賛成だ。マルトランの目的はアリーシャに危害を加えることではなさそうだしな。」

 

ミクリオも頷いて言う。

エドナはじっと彼らを見て、

 

「それなら、ワタシの言うことはないわ。」

「ロゼも伝える必要はないって思ってるだろ。」

「マルトランに啖呵切ってたしね。」

 

スレイとミクリオはロゼを見る。

ロゼは苦笑いしながら、

 

「あはは。スレイ、もう話さないって気配だったからあいつの挑発につい先走っちゃったぜ。」

 

その後ろで、デゼルがため息を着く。

スレイは少しの間をあけ、

 

「……正直、今のアリーシャに本当のことを伝えるのが不安なんだ。」

「アリーシャさんは想像以上にマルトランさんを支えにしていますからね。」

 

ライラも悲しそうに、遠くを見る目で言う。

デゼルが厳しい口調で、

 

「どっちでもかまわんが、マルトランと戦≪や≫る時は躊躇するなよ。死ぬぞ。」

「……ああ。それもわかってる。」

 

スレイはまっすぐデゼルを見つめる。

そこにロゼがスレイの肩を叩きながら、

 

「そんな深刻にならなくても大丈夫だって!ほら、決めた事に胸をはれっての!」

「ああ!」

 

スレイは笑顔で頷く。

レイは瞳を閉じた後、開き、スレイ達を見て微笑む。

 

と、スレイはぐっと身を丸めた後、思いっきり腕を伸ばした。

 

「では、改めて……水の試練、なんとか突破したな。」

 

そしてスレイは腰に手を当て、喜びを表す。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「けど。実際はアイツらとアウトルの後始末をさせられただけだったんじゃない?」

「そういう言い方はどうなんだ?」

 

ミクリオがエドナを見る。

エドナもミクリオを見て、

 

「ミボ。本心を言いなさい。」

「まあ……釈然としない気持ちはあるよ。」

 

ミクリオは腰に手を当て、視線を外す。

エドナは真顔で、

 

「でしょ。」

「あれは……導師の最悪の結末を伝えて下さったのだと思います。」

「オレもそう思った。」

 

ライラとスレイはまっすぐ二人を見て言った。

エドナは悪戯顔になり、

 

「ふうん。じゃあ、アシュラが憑魔≪ひょうま≫化しなかったら、どうするつもりだったのかしらね?」

「その時は……別の憑魔≪ひょうま≫で試されたはずです。」

 

それを聞いたスレイがライラを見て、

 

「他にもいるってことか?憑魔≪ひょうま≫になった導師が。」

「長い歴史の中では、大勢。」

「わかった。だから心の試練が大事なんだな。」

「はい。」

 

スレイは頷く。

そしてミクリオも、

 

「そういうことなら納得だ。エドナもいいよな?」

「ワタシはいいのよ。公平な試練であればなんでもね。」

「ずるいぞ。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら、ニッコリと笑う。

そんな彼女の態度に、ミクリオは眉を寄せて怒る。

それを見たスレイは、

 

「ははは!強いなあ、エドナの心は。」

 

と、笑い合っていた。

その姿を見聞きしたレイは、視線を外し、

 

「……私達が長い歴史の中、もう一つの選択肢を言っていたら、世界は違った世界になったのだろうか……」

 

レイは首を振り、スレイの手を握りしめる。

レディレイクでもう一晩宿で休んだ後、ローランス側に戻る。

 

ローランス側に戻り、パルバレイ牧耕地の奥へと進む。

岩岸から広大な海が綺麗に見えた。

それを見ていると、レイの頭の上に変わった蝶が止まる。

それを見たロゼが、

 

「スレイ、このチョウの名前わかる?」

「うーん。見たことないチョウだけど。」

「こういう時は……デゼルー!」

 

ロゼは一人離れて海を見ていたデゼルを笑顔で呼ぶ。

デゼルは無言で近付き、

 

「なんだ。」

「このチョウってどういうの?」

 

と、レイの頭の上に止まっている蝶を指差す。

デゼルは即答で、

 

「俺は図鑑じゃない。」

「動けないから早くしてよ。」

「そうだよ、そう固い事いわずに教えてよ。デゼル先生ー。」

 

と、ロゼは肘でデゼルを突く。

デゼルは舌打ちし、

 

「ちっ、そんなおだてはいらん。」

「やけにこだわるな。」

 

スレイはロゼを不思議そうに見る。

ロゼは蝶を見ながら、

 

「だって……チョウはコレクターに高く売れるんだよ。標本で。」

「あー……人間は好きだよね。それ。」

 

と、スレイとデゼルを見て、頬の横で左手で丸をつくり笑う。

それを聞いた二人は、

 

「標本⁉」

「名前わかんないけど、念のためとっつかまえて標本にしておくかー。レイー、動かないでね。」

 

と、笑顔で近付いてくる。

レイはため息をつき、呆れる。

そこにデゼルが、ロゼを抑え、

 

「待て!そいつは『ゼロバゲニゼ』。チョウに見えるが実はガだ。」

「ガかー。じゃあ売れないね。」

「残念だったな。」

 

ロゼはガッカリする。

デゼルはロゼを離す。

ロゼは残念そうに、蝶を見ていた。

スレイは腕を組んで、

 

「ゼロバゲニゼ……?あ!」

「黙ってろ、スレイ。」

 

何かに気付くスレイに、デゼルが小声で言う。

スレイは頬を掻き、苦笑いしながら、

 

「わかった。これはガだ。ね、レイ。」

「ん。」

 

レイの頭の上から蝶が飛び立ち、彼らはさらに奥へと進む。

 

スレイが奥までくると、

 

「そういえば、この辺に試練神殿があるぽいんだよね。」

「そういえば、そうだね。えーと、それっぽい建物は……」

 

と、ロゼは辺りを見渡す。

しばらくそうした後、

 

「見当たらないなー。……そうだ!」

 

ロゼはミクリオと話していたレイに近付き、

 

「ねえ、レイ。」

「なに?」

 

レイはロゼを見上げる。

ロゼは笑顔で、

 

「この辺にある試練神殿って、どこにあるの?」

 

みんな、ロゼのその行動に、呆気に取られた。

レイは目をパチクリした後、考え込む。

 

「……直接は教えてあげられないから、ヒントはあげる。あっちの方向に、少しだけ何かが渦巻いている。」

 

と、ロゼを見た後、奥の方を指差す。

ロゼは意外そうな顔で、

 

「てっきり教えてくれないのかと思った。」

「……私はロゼのそういうとこ、嫌いじゃないよ。」

 

レイはロゼを見上げて言うが、瞳が赤く光り出し、

 

「……だが、次はないと思え、従士。」

 

と、歩いて行った。

スレイ達はロゼを見る。

 

「……えっと、ごめん。」

 

ロゼは頭を掻きながら、言うのであった。

そして一行はレイの指さした方向へと進む。



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toz 第二十三話 地の試練神殿モルゴース

一行は奥まで行くと、遺跡を見つけた。

その中に入ると、エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「ああ……面倒……」

「なんだよ、エドナ?」

「ここはワタシの番なんでしょ?まったく……なんでこんな面倒な事を……」

 

スレイは苦笑いしながら、エドナを見る。

と、入ってすぐに大きな憑魔≪ひょうま≫を見つけた。

その憑魔≪ひょうま≫は手には斧を持ち、頭には角が生え、牛のようだった。

それを見たロゼは、

 

「うわぁ……」

「いきなりすごいのがいるな……」

 

スレイも頭を掻きながら、苦笑いする。

憑魔≪ひょうま≫を見たライラが、

 

「あれは……ミノタウロスですわね。」

「そうなんだ……あいつがあそこに陣取ってるせいでどうにも……」

 

と、言うと後ろの方から声が響く。

スレイ達は後ろを向く。

そこには白い服を纏った仮面をつけた男性が肩を落としていた。

そしてその者を見たライラは驚きながら、

 

「導師パワント⁉」

「ライラちゃん。いつもながら見事だ……」

 

と、顔を上げ、ライラを上から下まで眺める。

ミクリオ達は呆れ顔になる。

ライラは呆れたように、

 

「相変わらず困った人ですわね……」

「全く、貴様は変わらんな。」

 

と、ライラの横で、いつの間にか黒いワンピース服のような服を着た小さな少女が彼を見上げて言う。

彼は驚き、

 

「うわぁ‼裁判者⁉な、なぜ、そのようなお姿に⁉それは、それでいいが、前の方が~‼」

 

と、腕を目に当て泣き出した。

ミクリオ達はさらに呆れ顔になる。

小さな少女の足元の影が揺らめきだす。

スレイはそれを見て、

 

「こ、この天族も導師だったのか?」

「その通り。死に方ひとつで種族を越える。げにこの世は愉快よな。ですよね、裁判者。」

 

と、泣きやみ、腕を組んで頷く。

そして再びライラを見るのである。

特に、彼女の胸元を……

 

小さな少女の足元の影は治まり、

 

「さてな。あいつの方はそう思っているのではないか。」

「相変わらずですな~。」

 

と、小さな少女を見つめる。

そしてため息をついたが、何かに納得しかのように改めて見るのであった。

ミクリオは呆れながら、

 

「愉快はいいけど、あれじゃ祭壇に近付けないじゃないか。」

 

と、スレイの横に居るロゼを見て、驚きながら近付く。

ロゼは困惑しながら、

 

「なに?」

「導師の力を求めてきたんだよな?試練だろ?そうだろ?」

 

と、腕に力を入れながらロゼに言う。

ロゼは眉を寄せながら、後ろに下がる。

スレイが頭を掻きながら、

 

「うん……まぁ……」

 

と、答えると、彼は残念そうに口を開き、肩を落として、

 

「そっちの娘ではないのか……」

「こいつ、ホントに導師だったの?」

 

ロゼが腕を組み、半眼で彼を睨む。

ライラは手を前に置き、

 

「これでも導師パワントは一万以上の憑魔≪ひょうま≫を鎮めた、天族の間にも名を馳せた方ですのよ。」

「うむ!」

 

と、腕を組み威張る。

ロゼはなおも半眼で、

 

「へぇ、このエロ助がね~。……で、真意は?」

 

と、小さな少女を見る。

小さな少女は腰に手を当て、

 

「見た通りだ。」

 

そうしていると、エドナが傘を広げたまま彼に近付き、

 

「エドナにちょうだい♪おじたまの♥は~や~く~♥」

 

と、甘い声と顎に手を掛け、笑顔で言う。

彼は嬉しそうに、

 

「おお!かわいい子だの~!エドナちゃんか~。」

「おじたま~ん♥ワタシ我慢できないの~♥♥」

 

と、体を左右に揺らしていた。

彼は腕を組んだまま悩み、

 

「おぉ⁈だが試練だからの~。やっぱ祭壇までいかねば……ですよね、裁判者。」

「……ああ。そうだな。だが、私に聞くな。」

「ですが……」

「試練では、我々は関与しないと言ったはずだ。」

 

と、小さな少女は目を細めて言う。

その彼女をエドナが彼には見えないように睨んでいた。

小さな少女はため息をつき、

 

「全く。どうなっても知らんからな、陪神。」

 

小さな少女は風に包まれ、白いワンピース服のような服を着た小さな少女へと変わる。

レイは目をパチクリさせながら、

 

「……?ここは試練神殿?」

 

と、ライラを見上げる。

ライラは頷き、

 

「ええ、そうですわよ。」

「終わった……わけではないみたいだね。」

 

すると、彼は驚いたように、

 

「おぉ‼こっちの方がいい!やっぱりあの方は、いつもの方がいいですからなあ~。」

 

と、レイに近付いて行く。

レイは彼を見て、スレイの後ろに隠れる。

彼は残念そうに、見た。

エドナが再び彼を見上げ、

 

「そ~れ~で~おじたま~♥どうなのぉ~♪」

「すまんのぉ~、エドナちゃん。やっぱりムリかもしれんのぉ~。」

 

と、言うとエドナの態度が変わり、

 

「ちっ……使えない……」

 

と、彼を睨んだ。

レイはさらに奥側に居たミクリオの方の足にしがみ付いた。

そして彼も驚きながら、

 

「え……」

「ワタシに今更試練とか?何なの?」

 

エドナは彼に背を向ける。

彼は困惑しながら、

 

「いや、試練が要るのは導師で……」

「要はあの牛が邪魔で祭壇に戻れない、あの牛を何とかして欲しい、そうなのよね?」

「や、えーっと……」

 

エドナは傘を閉じながら歩いて行く。

他の者も驚き、

 

「ちょっ⁉」

「エドナ?」

「危険ですわ!」

 

スレイは目を見張ってエドナを見る。

そしてロゼとライラも彼女を見て驚く。

レイがその後を追い、

 

「エドナ、ダメ!」

 

しかしそれは遅かった。

エドナは憑魔≪ひょうま≫の前に立つと、

 

「……消えろ。」

 

エドナは怖いほど殺気立っていた。

視線は外していたが、その殺気に憑魔≪ひょうま≫は一歩後ろに下がる。

そしてエドナは憑魔≪ひょうま≫を見上げ、

 

「消・え・ろ。」

 

憑魔≪ひょうま≫は震え上り、エドナの側にいたレイを掴み、すぐさま逃げ出した。

ミクリオが目を見張って、

 

「レイ――⁉」

 

エドナの側についたスレイとロゼは立ち止まり、

 

「レイ⁉」

「スレイ、ちょっとタンマ!一人じゃダメ!」

 

駆け出しそうになるスレイの腕を引っ張る。

エドナは一度深呼吸し、

 

「……あとは祭壇に行けばいいのね?その後、おチビちゃんを拾いに行きましょう。」

「や、あいつを鎮めろっていう試練なんだわ……」

 

だが、答えは違った。

彼は腕を組んで困り果てていた。

 

「え……」

 

スレイ達は彼を見た。

そしてスレイとミクリオは顔を青くした。

ロゼも気まずそうに、

 

「けど、どっか逃げちゃったよ。レイを持って。」

「すごいメンチだったからな……。そしてチビと一緒に逃げたな。」

 

後ろでデゼルが帽子を深くかぶり、呟く。

ミクリオは腕を組み、

 

「……きっと僕たちを見たら逃げ出すに違いない。どうしてくれるんだ、エドナ!レイに何かあったら!」

「はい……」

 

ライラも今回ばかりは呆気に取られていた。

エドナは導師パワントを睨み、

 

「どうしてちゃんと言わないの?バカなの?おチビちゃんに何かあったら、どうしてくれるワケ?」

「すいません……」

 

彼は肩を落として謝るのであった。

エドナは前を向き、

 

「しょうがない。あなたは先に祭壇に行ってていいわ。探して鎮めるから。」

「はい。」

 

エドナはスレイの中に入る。

そして導師パワントは肩を落としながら、歩いて行く。

エドナはスレイの中で、

 

「出発。発進。探検開始。おチビちゃん捜索。」

「エドナさん……実はヘコんでいますわね……」

 

ライラがそう言うと、スレイの中から怒り気味に、

 

「出発。発進。探検開始。おチビちゃん捜索。」

 

スレイは苦笑いし、歩き出す。

 

 

スレイは歩きながら、ロゼを見る。

 

「妙な展開になったな。」

「まさか牛を追っかけるはめになるなんてね~。レイも無事だといいけど。」

「そもそも、なぜレイが連れて行かれたんだ?」

「さあ?でも、何か理由があるんじゃない?」

「……レイ……」

 

スレイ達はドンドン進んで行く。

最初は逃げた方向に進んでみる。

すると、レイが憑魔≪ひょうま≫を見上げ、何か話していた。

 

「――大丈夫、大丈夫だから。」

 

だが、スレイ達を見た瞬間、再びレイを抱えて逃げて行った。

ミクリオは腕を組み、

 

「やっぱり逃げ出した、か……」

「なんとか見つからずに近付かないと。レイが無事なのも確認できたし。」

「だね。それにあの憑魔≪ひょうま≫は、レイに危害を加える気はないみたいだし。」

 

ロゼも頷く。

と、外庭に出ると壊れた木馬おもちゃを見つけた。

ロゼはこれを見て、

 

「むむ……なんでこんなところに木馬が?」

「小さいね。子ども用かな?」

 

スレイも腕を組んで悩む。

そこにエドナが出てきて、傘をさし、

 

「元々子どもの玩具でしょ。」

「だからなんで玩具が試練の神殿に?」

「知らないわよ。でも試練に関わりがあるとは思えないけど?」

「けど、気になるんだよ。」

「なにかのヒントかも?木馬……馬……馬車……」

「人参……馬刺し……バフンウニ……グンカン巻……イクラ丼……あ。違う連想になっちゃった。」

 

スレイとロゼは互いに驚く。

エドナが呆れたように、

 

「可能性があるとしたら、そうやって時間を無駄にさせるための罠ね。」

「バカやってないで、行くぞ。」

「安全だろうとは思うが、レイが心配だ。」

 

と、ミクリオが歩き出す。

 

遠くからレイの声が響いて来た。

その声の方へ行くと、レイが前の時と同じように憑魔≪ひょうま≫に話しかけていた。

 

「――という事があったの。面白いでしょ。君たちにもそう言った事がきっとある。だから聞かせて。」

 

ロゼがデゼルを見て、

 

「いくよ、デゼル!」

「ちっ。仕方ないな。」

 

二人はそっと近付いて行く。

が、隠れていたスレイ達の方で、ライラがくしゃみをしてしまう。

 

「クシュンっ!」

 

それでこちらのことがばれ、レイを再び抱えて逃げて行った。

ロゼはライラを見て、

 

「あ~!ライラ~、また逃げられた!」

「ごめんなさい~!」

「あの巨体でなんて逃げ足だ。」

 

デゼルは逃げ出した方向を見て言う。

 

「仕方ないさ。追いかけよう。」

 

スレイが苦笑いしながら歩き出す。

そして意外そうな顔をしながら、

 

「それにしても、あんな厳つい憑魔≪ひょうま≫なのにめちゃくちゃ怯えてたな。」

「……あれは仕方ないだろう……」

 

デゼルがエドナの方を見ながら言う。

そしてライラが説明を始める。

 

「ミノタウロスは虐げられた者の想いが集合し、歪んでしまったものなんです。いつも怒りを露わにしているのも、その反動なんですの。」

「怒られないように怒ってる感じ?」

「要は逆ギレね。」

「少しは反省すればいいのに……」

 

と、ミクリオは呆れたように言う。

ライラは苦笑いし、

 

「ですから、自分のそんな感情に気付いた……いえ、それを解っていたレイさんだから連れて行ったのではないでしょうか。」

「……むしろ近い存在だったから、かもしれんな。」

「つまり、今もこうして逃げているのは怖いのと、レイを守るため……か。」

 

ミクリオは腕を組み、先を見る。

そしてレイの歌声が響いて来る。

スレイ達は頷き、奥へ入る。

ミクリオがスレイを見て、

 

「スレイ、ここは僕の力で。」

「ああ。」

 

水の膜に身を包み、近付いて行く。

そして憑魔≪ひょうま≫の前に現れる。

レイは歌を止め、スレイ達に笑顔を向ける。

が、憑魔≪ひょうま≫はスレイ達に唸り、斧を振り下ろす。

 

「ブフォオオオオ!」

「危ない!」

 

レイが叫ぶ。

スレイ達はそれを避け、武器を構える。

ロゼが突進しながら、

 

「観念したみたい。」

「こいつも必死だ!みんな気を抜くな!」

 

スレイが、斧を避けながら言う。

すると、多くの子供達の鳴き声が響いてくる。

 

「うわぁぁん!」

「……恐いよね、辛いよね……」

 

その子供の泣き声を聞き、ロゼが眉を寄せながら、

 

「虐げられた者って……まさか子ども?」

「……ありえない話ではないですわ。だからレイさんは……」

「……そうだったの。」

 

ライラとエドナがどこか納得したような顔になる。

なおもその泣き声は響く。

 

「うわぁぁん!」

「お兄ちゃん!」

 

レイはスレイを見て叫ぶ。

スレイは頷き、

 

「ああ、救ってやる!救ってやるからな!」

 

スレイはまっすぐ憑魔≪ひょうま≫を見て言う。

ライラとミクリオが詠唱が終わり、叫ぶ。

 

「はい!穢れから解放することが……」

「この子たちへの鎮魂になる。」

 

そして、スレイはエドナを見て、

 

「エドナ!」

「……わかってるわよ。」

 

二人は互いに見合い、

 

「『ハクディム=レレイ≪早咲のエドナ≫』‼」

 

神依≪カムイ≫化をして、一撃を与える。

憑魔≪ひょうま≫は後ろに崩れ落ちた。

ロゼは武器をしまい、

 

「これで救われたのかな?」

「……そう信じるよ。」

「…………」

 

スレイは憑魔≪ひょうま≫を見て、言う。

そしてエドナも、無言でそれを見る。

そこにはレイが憑魔≪ひょうま≫の頭を撫でていた。

エドナはそこに近付き、膝を着く。

そして優しい声で、

 

「恐がらせてごめんね。」

 

その声に、憑魔≪ひょうま≫エドナを見る。

そしてエドナは優しく微笑み、

 

「ばいばい。安らかに。」

 

そしてレイを見る。

レイは頷き、歌を歌う。

憑魔≪ひょうま≫は炎に包まれ、光の玉が宙に浮いていった。

 

「子ども達の魂が天族となったのか……?」

「さぁね。」

 

ミクリオの問いかけに、エドナはそっけなく答える。

そして歩き出す。

ライラは微笑み、手を合わせ、

 

「さぁ、導師パワントが待つ祭壇に行きましょう。」

「うん。」

「ラジャー!」

 

と、歩き出す。

エドナは先頭を歩きながら、

 

「……やっぱり無知は罪ね。よくわかったわ。」

「エドナさん……」

「もう面倒でも手は抜かないわ。面倒でもね。そうでしょ、おチビちゃん。」

 

エドナは横で歩くレイを見る。

レイは微笑み、頷く。

が、視線を前に戻し、

 

「面倒だけど。」

「エドナさん……」

 

ライラは苦笑いする。

そしてミクリオが、

 

「しかし、ミノタウロスと化していたのが子どもの魂だったとはな……」

「あの子たち……なんでこんなところに居たんだろう。」

「災厄の時代となってから、あのようないたたまれない憑魔≪ひょうま≫が増えています。」

「あの子たちは寂しかった。生まれたのに、認めてもらえなかったんだよ。だから恐くて、恐くて仕方がなかった。」

 

レイが空を見上げながら言う。

ロゼは悲しそうに、

「そっか……あれは親に望まれなかった子ども達なんだ。」

「……捨てられた子たちってことか。」

 

ミクリオが拳を握りしめる。

ライラは辺りを見て、

 

「この地はもしかしたらそのための場として人々に伝わってしまったのかもしれませんね。」

「血が繋がっているのに親から拒絶されるなんて……」

「人とはそういうものだよ。血の繋がっているから大切だと、我が子だといえるものは本当はないのかもしれないね。だって、人は他人とは相いれないものだもの。それが繋がりでもないのなら、人はなぜ、家族を求めるのかな。」

 

レイはスレイ達を見てそう言った。

スレイは拳を握りしめ、

 

「……それは何か違うと思う。血の繋がりなんかなくても、ジイジはオレを大切に育ててくれた。だからきっと、繋がっている人達だって……」

「ああ。やるせないな……」

 

ミクリオも悲しそうに、呟く。

と、暗くなっている二人に、

 

「ほーら!うつむくなっつの!」

 

ロゼがその背を思いっきり叩く。

そしてエドナも傘についた人形を握りしめ、

 

「そうよ。ちゃんと救えたじゃない。あなたのおかげでね。」

「うん。」

「エドナ、妙にしおらしいじゃないか。」

 

ミクリオが意外そうな顔で見る。

エドナは真顔で、

 

「自分の過ちぐらい認められるわ。あなたと違って大人なんだから。」

「そうですか……」

 

ミクリオは腰に手を当て、そっぽ向く。

レイはそれを見て、静かに微笑む。

 

祭壇に着くと、導師パワントがスレイを見て、

 

「どうやら上手くいったな。」

「うん。悲しい憑魔≪ひょうま≫だった。」

「うむ。君も無事で良かった。」

 

と、レイを見る。

レイは微笑む。

彼は腕を組み、

 

「……エドナちゃんがメンチでびびらせてどうなるかと思ったが……」

「さすがに反省したみたいだよ。」

 

と、エドナを見る。

エドナは体を振りながら、

 

「反省シター。」

 

その姿に、スレイ以外はそれぞれ呆れたり、微笑んだりした。

ま、スレイも手を頭にやって、ニット笑うのだが。

それを見た彼も、

 

「……なかなか珍妙な導師一行だな。裁判者を入れた人間もいるし。」

「……え?」

 

ライラがそれを聞き、改めてレイを見た。

そして眉を寄せていた。

ロゼは腕を組み、

 

「で、試練はクリアって事でいいの?」

「うむ。導師、エドナちゃん、祭壇に祈りを捧げるのだ。」

 

二人は奥の祭壇に進み、膝を着いて祈りを捧げる。

そして神依≪カムイ≫化して、力を確かめる。

ミクリオはスレイを見て、

 

「スレイ、エロの悪影響は出てないか?」

「それはヤバイ!お兄ちゃん大丈夫⁉」

 

レイもスレイを見て言った。

スレイはミクリオとレイを見て、

 

「え?そんなのもあるのか?」

「あるのか?」

 

導師パワントもミクリオとレイを見て聞いた。

ミクリオは俯き、

 

「悪かったよ……」

「……?」

 

レイは首をかしげる。

スレイは向きを前に戻し、

 

「どう?エドナ?」

「……力を感じるわ。」

 

そういうと、神依≪カムイ≫化を解く。

後ろの者達は頷き合う。

導師パワントはスレイを見て、

 

「いくのかの?」

「うん。ありがとう、パワントさん。」

 

彼は腕を組み、

 

「何事も事象の前には原因がある。それを理解し、よく考え、そして進め。答えを焦るな。導師の道程は世界に渦巻く情念の根本を理解する事から始まると知れ。」

「はい、ありがとうございます。」

「やっとまともな助言!」

 

ロゼが指をパチンと鳴らす。

すると、彼は胸に手を当て、

 

「きゅぴーん!」

「バカなの?」

 

それを見たエドナは呆れ気味に言う。

彼は後ろに引くが、

 

「でも礼は言っとくわ。」

 

それだけ言って、スレイの中に入る。

彼はレイに視線を向け、

 

「裁判者の器よ、そなたも答えを焦るのではないぞ。」

「……私の答え?」

「ああ。そなたの答えだ。」

 

レイは視線を外した後、

 

「考えてみる。」

 

そう言って、歩き出した。

スレイは彼に敬礼して、

 

「ははは、それじゃあ!」

「うむ。」

 

そして彼も消えた。

彼らは外に出て、デゼルが呟く。

 

「最後の秘力は風か。」

「ゴホ!ゴホ!」

「……つっこまんぞ。」

 

ふざけるエドナに静かに言う。

エドナは真顔で、

 

「ボケてないわよ。熱でもあるんじゃない?」

 

一行は少ししたところで野営を始める。

スレイ達が眠りについたころ、ミクリオは一人腕を組んで悩んでいた。

そこに、ライラとエドナ、レイがやって来て、

 

「ミク兄、見っけ。」

「まだ起きているのですか?」

「ああ。考え事をしてたら眠れなくなって。」

「思春期なのね。」

 

エドナが意外そうな顔でミクリオを見る。

ミクリオは腰に手を当て、

 

「半分はエドナのせいだよ!」

「半分?」

「ああ。前に言ったろ。天族には二種類あるって。」

「……」

 

レイはミクリオを見上げ、そして視線を外した。

そして少しの間を置き、

 

「ええ。天族として生まれた者と人から天族になった者。」

 

エドナが真剣に答える。

ミクリオは腕を組み、

 

「人が天族に転生することがあるわけだな。」

「エクセオやパワントがそうでしょ。元は人間だったって。」

「修行を積めばできるのか?それって。」

 

ミクリオのそれに答えたのはライラだった。

ライラは十とミクリオを見て、

 

「確立された転生術があるわけではありません。」

「方法は二つ。一つは裁判者と審判者がそれを行うこと。エクセオとパワントはそれに近いもの。」

 

レイは、ミクリオに背を向けたまま答えた。

ライラはレイを見た後、ミクリオに視線を戻し、

 

「……そしてもう一つは純粋な心をもった人の魂が導かれ、天族として再生すると伝えられています。」

「修行は純粋な心を得るための方法でしょ。ミイラになるのが純粋かどうかは置いといて。」

「再生すると、天族の赤ん坊が生まれる?」

「いえ。生前の姿をした天族として『出現』するんです。」

「人間だった頃の記憶はなくなるみたいだけど。」

「それは、もう別の人物だと思うが……」

「それはそうだよ。人と天族とでは世の理が違う。でも、あの二人は例外。裁判者と審判者が関わる転生は、記憶もそのまま受け継がれていく。ま、使命があるわけだから当然だけど。」

 

レイは遠くを見ながら呟く。

エドナはため息をついた後、

 

「おチビちゃんの言うように、基本はそうね。天族であって人間じゃないもの。」

「それでも、人だった頃の性格や嗜好、大切な想いは受け継がれると聞きますわ。」

「なるほど。天族も不思議な種族だね。」

「そうですね。改めて考えると。」

 

ライラは手を当て、楽しそうに言う。

ミクリオはライラを見て、

 

「ライラはどっちなんだ?」

「私は……」

 

ライラは考え込んだ後、

 

「すみません。覚えていないんです。」

「女性天族にそれを聞くのはマナー違反よ。」

 

と、傘の先をミクリオに向けるエドナ。

ミクリオは目を見張って、

 

「そ、そうなのか⁉」

「完全にセクハラ。」

「すまない、ライラ!知らなかったんだ。」

 

ミクリオは慌てて謝る。

ライラはきょとんとして、

 

「いえ、別にそんなマナーはありませんけど……ねえ、レイさん。」

「私もそう聞いてる。」

 

レイはくるっと回って、ライラを見る。

ミクリオは眉を寄せてエドナを見る。

エドナは悪戯顔で、

 

「人間だったら転生できそうね。ミボは。」

「エドナ~!」

 

と、怒りだす。

エドナはすました顔で、歩いて行く。

ミクリオも、その後を追って行った。

レイはあくびをしながら、スレイの寝ている所に行く。

ライラは思い出したように、

 

「そういえば、ミクリオさんが悩んでいたもう一つの悩み事って何だったんでしょうか……」

 

ライラは首を傾げたが、

 

「ですが、今は置いときましょう。また相談してくださるでしょうし。」

 

ライラは一人納得して、ロゼの眠る場所に向かう。



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toz 第二十四話 風の試練神殿ギネヴィア

スレイ達は次の試練神殿のあるであろう場所に向かって歩いていた。

一行は情報を元に、ウェストロンホルドの裂け谷に来ていた。

奥に進むと、慰霊の石柱群が並んでいた。

スレイがそれを見て、

 

「この石柱も……生贄に関係するものかな?」

「まったくバカげてる!天族が生贄を喜ぶはずがないだろう!」

 

ミクリオが拳を握りしめて怒る。

エドナも半ば怒り気味で、

 

「頼まれてもいらないわよ。人間の命なんて。」

 

それを聞いたライラは悲しそうに俯く。

レイは呟くように、

 

「それが救いの道だと思い込んでいるからね、人は……」

「ふん。捧げるだの救いだの言ってるが、要は弱いヤツらの逃げ道だろう。」

 

デゼルは呆れたように言う。

スレイはデゼルを見て、

 

「死ぬことが逃げ?」

「死ぬことより辛い現実なんていくらでもあるからな。こんな災厄の世じゃ、特にそうだ。」

「でもそれは弱い者にとっての一つの選択肢であり、導き出した答えの一つ。誰しもが、貴方の知る強い人間とは違う。そしてそれは貴方にも言えること。」

 

レイはデゼルを見上げて言う。

デゼルは帽子を深くかぶり、背を向ける。

ライラは手を握りしめ、

 

「自らを顧みず犠牲にすることはある意味穢れとは正反対の行為ともいえますが……」

「は!生贄が純粋だと?」

 

デゼルは口の橋を上げ、冷たく笑う。

ライラは俯きながら、

 

「もちろん正しいとは思いませんが……」

「どちらも認めたくないな。」

 

ミクリオも同じように俯いた。

そんな彼を見てエドナは、

 

「けど間違ってるとも言い切れない。どっちもね。」

「現実なんだな。それが。」

 

それを聞き、スレイは悲しそうに俯いた。

レイは遠くを見ながら、

 

「そう。この矛盾こそ、何とも言えない生きるという事の問題。それを選ぶのも、選ばせるのも、それは誰にも解らないし、気付けない。否定したいけど、否定できない。だからこそ、人の世は色々なものに溢れている……でしょ?」

 

レイは最後、くるっと回って皆を見る。

そこにロゼがやって来て、

 

「どうしたの、みんな。そんな何とも言えない顔は。」

「何でもない。」

「そうね。ほら、行くわよ。」

 

と、エドナとデゼルがどんどん歩き出していった。

ロゼは首を傾げながら、付いて行く。

スレイ、ミクリオ、ライラも苦笑いし、後に続いた。

レイは再び遠くを見て、

 

「どうして今になって、審判者の言葉がいっぱい出てくるんだろう……そしてどうしてこんなに悲しくなるんだろう……」

 

レイは一呼吸し、スレイ達の後を追う。

 

道を探していると、レイがどこかを見ている事に気付いたライラ。

そこに近付き、レイが見ているものに気付き、

 

「まあ、こんなところに……」

「なにを見ている?」

 

そこにデゼルがやって来る。

ライラがデゼルに振り返り、

 

「崖の上に鳥の巣が。ヒナもいるようですわ。」

 

険しい崖の上に小さな鳥の巣があった。

その中心にはヒナが居た。

そして親鳥がヒナを守るように左右に居た。

デゼルはその方向を見て、

 

「多分シルフイーグルの巣だろう。」

「こんな過酷な場所でも生きているんですね。命が。」

 

ライラは少し悲しそうに鳥の巣を見る。

デゼルは腕を組み、右手を顎に当て、

 

「たしかに過酷だがな。岩場は敵から巣を守る城壁でもある。やまない風も高く飛ぶ力に変わる。そう捨てた場所でもないのかもしれん。」

 

デゼルは最後、流れる風を見るかのように空を見上げる。

そんなデゼルをジッと見つめるライラ。

その視線に気付いたデゼルは、

 

「なんだ?」

 

ライラは胸に手を当て微笑み、

 

「いえ。珍しいなと思って。こうして落ち着いて話すのも。」

「ちっ……気まぐれだ。いい風が吹いているからな。」

 

デゼルは帽子を深くして歩いて行った。

ライラはもう一度、鳥の巣を見た。

 

「ええ。本当に。鳥たちを運ぶ風ですね……」

 

ライラの髪が風になびきながら、その言葉を乗せたかのように、親鳥の一匹が飛んでいく。

レイは横目で彼らを見ていた。

そして小さく笑った後、

 

「いつの世も、命は強く儚い……か。」

 

小さく呟いたレイの前に、

 

「さ、行きましょう。スレイさんたちが心配しますわ。」

 

レイは目の前に出された手を握り、

 

『命は長くて短い。人も、天族も、そしてこの世に生きるすべての生き物の命は強いく、それでいて脆い。それでもなお、彼らはその命を燃やす。終わりくるその時まで……でも、私達は……』

 

レイは胸の服を強く握りしめた。

 

 

奥へと行く道を見つけ突き進んで行くと、古い遺跡を見つけた。

上を見上げても見切れない程、高く大きい。

スレイが右手を腰に手を当て、左手を頭にかざしながら上を見上げる。

 

「すっげえ!こんな高い塔があるんだ。」

 

他の者達も上を見上げる。

ミクリオは腕を組み、顎に手を当て、

 

「遺跡としては相当古いな。少なくともアスガード以前なのは間違いない。」

「……なるほどな。風の試練の地というだけはある。確かに風の気配が違う。」

 

デゼルが真剣な声で言った。

それを聞いたロゼは、

 

「そうなんだ~。」

 

と、少し感心する。

レイは見上げていた空を見上げ、

 

「……あ……」

「「あ?」」「ん?」

 

スレイとミクリオ、そしてロゼが同じように再び上を見上げる。

すると、上から小さな黒い影が落ちてくる。

それが目視できると、人の形だと解る。

 

「ちょ!」

 

ロゼは目を見開いた。

無論、スレイやミクリオ達も。

 

「人だ!」

 

スレイはすぐに左手を上げ、

 

「『ルウィーユ・ユクム≪濁りなき瞳デゼル≫』!」

 

スレイはデゼルと神依≪カムイ≫化し、竜巻を起こす。

その風に包まれ、人(男性)はゆっくりと降りてくる。

スレイは男性を掴み、

 

「ふぅ……」

 

と、安心する。

レイが上を見たまま、

 

「あ……あー……」

 

と、小さく呟いた。

デゼルがそれに気付き、

 

「気を抜くな!まだ何か来る!」

「え?」

 

スレイは再び上を見る。

そこには宙を駆ける馬に乗った首のない騎士だった。

槍と楯を構えてこちらに降りて来る。

 

「デュラハン!死を運ぶ首なしの騎士です!」

 

ライラは眉を寄せて叫ぶ。

スレイは気絶している男性を降ろす。

と、エドナがさらに言う。

 

「……だけじゃないわ。」

「あれは……」

 

スレイも見て眉を寄せた。

その憑魔≪ひょうま≫デュラハンの後ろを壁を走って降りて来る天族の男性。

スレイは驚いたように、

 

「ザビーダ!」

 

そして、真後ろまで近付くと、憑魔≪ひょうま≫デュラハンの背を蹴った。

憑魔≪ひょうま≫デュラハンは地面に叩きつけられる。

当の本人、天族ザビーダは綺麗に着地する。

その後、憑魔≪ひょうま≫デュラハンから距離を取る。

そして、スレイ達と目が合った。

言葉は交わすことはなかった。

何故なら、憑魔≪ひょうま≫デュラハンが少し動き出したからだ。

レイは一歩下がって、それを見ていた。

天族ザビーダは眉を寄せて、構える。

憑魔≪ひょうま≫デュラハンの前にスレイとデゼルが立つ。

スレイは警戒しながら、

 

「また殺すつもりか?」

「ああ。行ったろ?憑魔≪ひょうま≫は地獄へ連れてってやるのが俺の流儀ってな。」

 

彼はポーズを決めて言う。

それを聞いたデゼルは驚き、

 

「何だと?」

「さ、どきな。」

「どかない。殺させない。」

 

スレイは天族ザビーダをジッと見つめた。

そしてスレイとデゼルの後ろにいた憑魔≪ひょうま≫デュラハンは立ち上がる。

レイは憑魔≪ひょうま≫デュラハンを見て、頷いた。

それに反応するかのように、憑魔≪ひょうま≫デュラハンは歩き出す。

 

「スレイ、憑魔≪ひょうま≫が!」

 

ロゼが叫ぶ。

攻撃しようとする天族ザビーダの手に、デゼルのペンジュラムが絡みつく。

デゼルと天族・ザビーダは睨み合う。

 

「ちっ!」

「待て。お前、どうやって憑魔≪ひょうま≫を殺す気だ。」

 

そうしている内に、憑魔≪ひょうま≫デュラハンは消えた。

天族ザビーダはデゼルを睨んだまま、

 

「グラマラスなお姉さん紹介してくれたら教えてやるぜ?」

「ふざけんな!」

 

デゼルは怒る。

そしてペンデュラムを外し、構える。

天族ザビーダは、今度はスレイを見て、

 

「なんか女の子が増えて華やかになったなぁ、導師殿。エドナちゃんも口説き落としてるとはやるじゃん。」

 

と、口の端を上げて笑う。

ロゼは腰に手を当て、

 

「超チャラい。こんな天族もいるんだ。」

「あなた、変わらないわね。」

 

と、ロゼだけでなくエドナも呆れる。

天族ザビーダは嬉しそうに、

 

「はっはっは。なら……」

 

そして真剣な表情になり、

 

「俺様が次に何するかもわかんだろ?エドナちゃん。」

 

腰にある銃をクルクル回しながら取り出し、自分の頭に当てる。

天族ザビーダの後ろ方にいたライラは眉を寄せ、

 

「ザビーダさん⁈」

「戦おうっていうのか⁈理由がわからない!」

 

ミクリオも眉を寄せて、怒りながら言う。

天族ザビーダはニッと笑い、

 

「この先何度もチャチャ入れられるのはごめんだ。無駄弾は撃てないんでな。この際、ザビーダ先生がしっかり躾けてやるよ。」

「お前が殺さなくても憑魔≪ひょうま≫はオレたちが鎮める!だから……」

 

スレイは叫ぶが、天族ザビーダは笑みを深くし、

 

「そうじゃねぇよ、スレイ。譲れないもんがぶつかったら……」

 

そしてその引き金を引く。

ガクッとうなだれた後、風が彼を包む。

そしてその状態で、

 

「ケリはこいつでつける!それも俺の流儀さ!」

 

彼は顔を上げ、睨みつける。

一気に場の雰囲気が戦闘モードに変わる。

 

『さて、どうなるかな……』

 

レイは少し間を取る。

スレイも剣を抜き、全員が戦闘態勢に入る。

 

「さぁて!どれほどのもんになってるかな!」

「ザビーダ!話を聞いてくれ!」

 

天族ザビーダの攻撃をかわしながら、スレイは叫ぶ。

だが、彼は攻撃の手は緩めない。

 

「やなこった!あとにしな!」

 

彼の攻撃は続く。

だが、スレイ達もただやられているだけではなった。

 

『ほう、少しは成長しているようではないか。導師たちは……』

 

彼らの戦いを見て、レイは目を細めた。

否、裁判者はジッと彼らを見つめていた。

そして、疲れがではじめたのは天族ザビーダの方だった。

 

「いてて……何とか言って全然本気じゃねぇの。」

「ではもうやめましょう。」

 

ライラが珍しく怒っていた。

だが、彼は楽しそうに、

 

「へっ!むしろ楽しいのはこっからだろ!」

 

そう言って、スレイに突っ込んだ。

スレイは驚きながらも、

 

「あー、もう!こうなったら、ごめん‼獅子戦哮‼」

 

そのまま天族ザビーダを吹き飛ばした。

スレイは吹っ飛び、仰向けになった彼を見て、

 

「これで終わったか⁉」

「どうかしら。この人に油断は禁物。」

 

エドナは真剣な表情で彼を見る。

しばらくジッと彼を見ていると、ミクリオが警戒しながらも、

 

「……動かないな。」

「やり過ぎたかな……手加減できなかったし……」

 

スレイが心配そうに見つめる。

すると、少し怒った声で、

 

「聞き捨てならないな。」

 

天族ザビーダは体を起こし、立ち上がる。

そして続きを話す。

 

「それじゃ俺様が負けたみたいじゃねーの。」

 

スレイ達が再び戦闘態勢に入るが、

 

「負けたんだろ。」

 

そこにレイが歩いて来た。

レイは風に包まれ、白から黒のコートのようなワンピース服へと変わる。

天族ザビーダを見て、

 

「お前は負けた。」

「それはあの時のお前さんのようにか?」

 

天族ザビーダは口の端を上げて、小さな少女に言う。

小さな少女は目を細め、

 

「何のことだ?」

「わかってるくせにぃ。お宅らも、譲れない何かがあって殺りあったしょ。俺様、見たしぃ。」

「……確かに、あったといえば、あったな。だが、それはつまり私が負けたと言いたいのだろう。」

 

小さな少女の影が揺らぎだし、

 

「さて。今度は私と戦ってみるか、風の天族よ。」

「……あー、はいはい。もうーいいって。それこそ無駄遣いになる。」

 

天族ザビーダは一歩下がり、両手広げて首を振る。

そして彼らに背を向けて、歩き出そうとする彼の背に、

 

「おい、憑魔≪ひょうま≫を殺すんじゃなかったのか。」

 

デゼルが若干ぶっきらぼうに言う。

天族ザビーダは背を向けたまま、

 

「お前らが鎮められなかったらな。」

「ザビーダ……」

 

スレイは警戒を解き、嬉しそうに彼の背を見る。

だが、デゼルは怒りながら、

 

「待て!ザビーダ!神依≪カムイ≫に頼らずどうやって憑魔≪ひょうま≫を殺すんだ!」

 

そう言いながら、彼に近付く。

が、振り返った天族ザビーダは彼に銃口を向ける。

小さな少女は横目で彼ら二人を見た。

デゼルは立ち止まり、

 

「お前はライラの陪神≪ばいしん≫になったんだろ?それこそ殺す必要なんてないんじゃねえの?憑魔≪ひょうま≫を消せるって事で満足しときな。」

「お前に言われたくない!」

「怒んなよ。」

 

天族ザビーダは銃口を彼から離し、銃を見ながら、

 

「これは力を撃ち出す道具だ。俺はこいつで穢れに抗う力を得てる。ま、それはそこにいる裁判者から貰ったもんだがな。」

「俺にも寄こせ。」

 

デゼルは近くいた小さな少女を見る。

だが、小さな少女は腰に手を当て、

 

「無理だ。あれはあいつの願いで生み出したものだ。それにあれは使う者の力の問題もある。」

 

そして天族ザビーダは銃をしまい、

 

「そうだ、倒してるのは俺の実力。」

 

デゼルは舌打ちをしながら、視線を外す。

スレイは天族ザビーダを見て、

 

「ザビーダ、お前は――」

「またにしようぜ?導師殿。今、話してもまたぶつかるだけさ。」

 

だが、天族ザビーダはスレイの話を切った。

そして彼は歩いて行った。

スレイは目をパチクリした後、

 

「話はあとにしろって言ったくせに……」

「相変わらずワケがわかない……」

 

ミクリオも呆れていた。

ロゼは腕を組み、

 

「確かにさぱらんヤツだけど、なんか嫌いじゃないな~、あいつ。」

「……興味深いヤツではある。」

 

デゼルはボソッと言った。

小さな少女はそんな彼を鼻で笑った。

デゼルが小さな少女をジッと見たが、

 

「にしても、デゼル、何でムキになってたの?」

 

ロゼがデゼルを見て言った。

小さな少女はまた鼻で笑った。

デゼルはそっぽを向き、

 

「……さぁな。」

「何それ!言え~。」

 

と、ロゼは彼の首に引っ付いた。

いや、首を腕で挟み、締め上げる。

デゼルはロゼの腕を掴み、

 

「やめろ!」

 

と、抵抗する。

……いや、ある意味仲の良い光景だ?

ライラが手を合わせて、

 

「さぁ、私たちの目的を果たしましょう。」

「うん。人が落ちてきたのも頂上に向かった憑魔≪ひょうま≫もきがかりだし。とにかく登ってみよう。」

 

スレイが頷く。

ロゼもデゼルを離し、

 

「んじゃ、行きますか!」

 

小さな少女はスレイ達の方へと歩いて行き、

 

「さて、私はこのままお前達を見てる事にしよう。前回のように、変な手出しをされても仕方がないからな。」

 

そう言って、歩いていった。

エドナは傘を地面に突き刺し、

 

「アイツ嫌い。」

「あはは、こればかりは仕方ないんじゃ……」

「アイツ嫌い。」

 

スレイが頬を掻きながら言うのだが、エドナは傘を地面に突く。

が、小さな少女が振り返って、戻って来た。

そして塔の上から落ちて来た男性を見て、

 

「あれを忘れていた。」

「……あ、うん。」

 

スレイが男性に声を掛ける。

男性は目を覚まし、立ち上がる。

そして辺りを見渡し、

 

「生きている……私はもう地霊への供物となり救いを求める資格すらないのか……」

 

男性は肩を落とした。

ロゼが小声で、

 

「この人……自分から落ちたんだ。」

 

スレイは後ろの塔に振り返り、見上げた。

 

「生贄の伝承のせいで、この塔が身投げの舞台になっちゃったんだな。」

「バカげてる。歪んだ信仰だな。」

 

ミクリオが呆れたように言う。

スレイは男性に振り返り、

 

「生贄なんて何の意味もないよ。天族はそんな事望んでません。」

 

男性は顔を上げ、

 

「だがあの時確かに神の御使いが見えた……。私は召されたのかと思ったのに……」

「あれが見えたの?」

 

ロゼが声を上げて驚いた。

そしてそれはスレイもだ。

小さな少女は男性を横目で見上げていた。

ライラがスレイ達に説明する。

 

「極限の精神状態が『目』を開かせることは稀にありますわ。」

「今はもうそれも閉じたみたいだけど。」

 

エドナも続けて言う。

スレイは男性を見つめ、

 

「……あれは人や天族に災厄をもたらす存在です。」

「そうそう。あたしらが助けなかったら救いどころか悪い方に力を与えてたんだよ。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

男性は眉を寄せながら、

 

「君たちは……?」

「スレイって言います。」

「わたしたちは導師様ご一行ってワケ。」

 

スレイとロゼは笑顔で言う。

男性は驚いた後、眉をより一層深くした。

ロゼは決め顔で、

 

「あんな高いところから落ちたのを無傷で助けたのが本物って証拠、でしょ?」

 

と、最後は優しく微笑んだ。

だが、彼は戸惑っていた。

 

「まだ信じられないようだ。」

 

ミクリオがスレイを見て言う。

そしてデゼルが腕を組み、

 

「放っておけ。俺たちの目的には関係ない。」

「って言ってるけど?」

 

エドナがスレイを見上げた。

小さな少女はスレイをジッと見つめた。

 

『さて、お前は何を選ぶ。』

 

スレイは心を決め、

 

「導師としての力をみせるよ。」

「本気?」

 

エドナが意外そうな顔をする。

スレイは力強く頷く。

そしてスレイは左手を上げ、

 

「『ハクディム=ユーバ≪早咲きのエドナ≫』!」

 

エドナと神依≪カムイ≫化し、地面を叩く。

 

「うわぁ⁉」

 

すると、男性を囲む柱が突き出した。

男性は驚き、尻餅を着く。

 

「強引ね。嫌いじゃないけど。」

 

エドナがため息をついてから言った。

そして柱は再び地面の中へと消えた。

スレイは神依≪カムイ≫化を解き、

 

「バカなマネはもうしないで。」

 

男性は声を出せずに、震えながら首を縦に振る。

デゼルはスレイを見て、

 

「いくぞ。」

「すぐ側までローランスの辺境巡視隊が来てる。街まで送ってくれるって言ってたから、行ってみてね。」

 

ロゼがそう言ってから、男性から離れた。

スレイが歩きながら、

 

「それにしても、自ら命を絶つなんて……」

「事情はあるんだろけど、悲しいよね……。あの人たちも暗殺者に言われたくないだろけどね。」

 

ロゼも苦笑いしながら言う。

と、エドナが小さな少女を見て、

 

「で、何でアンタはあの人間が気になった訳?」

「別に、あの人間に用があった訳ではない。ただ、そこの導師があの人間に対してどのような対処を取るか、が気になっただけだ。」

 

小さな少女は腰に手を当て、片手を上げる。

そして、スレイを見上げ、

 

「先程のやり方は60点だな。ま、ああでもしないとあの人間は再び同じような事をするだろうな。しかし、人間が伝える伝承は時に残酷だな。確かに自信を極限状態にする為に、自らを追い込んだ試練があったのは事実だが……それが生贄に変わるか。」

「え?」

 

スレイは目をパチクリさせた。

小さな少女は続けた。

 

「かつて、導師の器になる為に見習い導師達が多くいた。だが、その中には導師に欠かせない霊応力がない者や、弱い者もいた。そう言った者達の霊応力を上げる為に、自らを極限状態にする為にああいった事をしていた時期があった、ただそれだけだ。」

 

小さな少女は塔を見上げながら言った。

そして歩いて行く。

ライラは悲しそうに俯き、

 

「それも一つの方法として信じられ、多くの若き導師の器がその命を失いましたわ。」

 

場の空気が重くなりかけたが、

 

「あー!もう!さっさと試練を受けに行こう!善は急げ!」

「急がば回れ、もあるけど。」

「うぅ~~。」

 

ミクリオが苦笑いで突っ込んだ。

ロゼはうなだれるが、ミクリオは微笑んで、

 

「だが、礼を言うよ。」

 

そう言って、歩き出す。

スレイ達も歩き出した。

と、スレイは崩れていた壁を見つけた。

そこを見上げ、

 

「崩れてるな。」

「俺たちには関係ないだろう。」

 

デゼルが呆れたように言う。

ロゼは頭に手を置き、

 

「けど、この高さだよ。無理して登って途中でどうにもならなくなると最悪じゃない?」

「だよな!」

 

スレイが嬉しそうに言う。

ミクリオは真剣に、

 

「外周階段の狭い足場で、さっきの憑魔≪ひょうま≫に襲われたら危険だしな。」

「……塔の中が見たいだけでしょ。この遺跡オタクども。」

 

若干呆れながら、そして怒りながら言った。

スレイとミクリオは互いに明後日の方向を見る。

そこに小さな少女が、

 

「ああ。やめておいた方がいいだろうな。あそこはお前達には無理だ。」

 

小さな少女が少しだけ口の端を上げていった。

エドナが再び怒りだす前に、ライラは微笑んで、

 

「ちゃんと入り口から入りましょう。」

 

スレイとミクリオは若干がっかりぎみに入り口に向かった。

そして歩きながら、スレイが思い出しながら呟く。

 

「しっかし、ザビーダの目的ってなんだろ。」

 

ロゼが顔の横で手を振りながら、

 

「いやいや。目的もだけど、もっと謎があるよ。」

「え?」

「だって、あいつ上半身ハダカで寒くないのかな?」

 

ロゼは空を見上げながら言う。

スレイ達は裁判者を含めて全員が無言となった。

そしてスレイは、話を最初に戻した。

 

「ほんと謎だよな、ザビーダは。」

「うん。面白い天族ってことはわかったけど。」

 

しかし、再びロゼへと戻ってしまう。

ロゼの話が再び脱線しないように、ミクリオがすかさず言う。

 

「言葉も行動も読めなさすぎる。」

「ライラ。あいつのことを教えろ。」

 

デゼルが若干重くなる。

ライラは顎に指を当て、

 

「教えろと言われましても……」

「憑魔≪ひょうま≫狩りのザビーダ。噂はよく聞く男だ。憑魔≪ひょうま≫との戦いが目的らしいが……」

 

デゼルが腕を組み、話し始める。

ミクリオがエドナを見て、

 

「エドナも知り合いだったんだな。」

「微妙にね。」

 

エドナは悪戯顔のようになる。

と、スレイは小さな少女を見て、

 

「えっと、裁判者さんもザビーダと知り合いだったんだよね。」

「ん?知り合いではないな。私はただ、あいつの願いを叶えただけだ。それよりかは、そこの陪神≪ばいしん≫の話の方が解りやすいと思うが?」

 

小さな少女がエドナを見る。

彼女は不機嫌だ。

スレイはエドナを見ると、話し始めた。

 

「あいつ時々レイフォルクに来るのよ。なにが目的かは知らないけど。」

「結局、謎の天族ってことしかわからないね。」

 

ロゼが残念そうに言う。

そしてスレイはポンと手を叩き、

 

「そういえば、デゼルとザビーダって戦い方似てるよな。そこになにかヒントが――」

「知るかよ!」

 

が、デゼルが怒声を上げた。

スレイ達は驚き、口を開ける。

デゼルは帽子を深くかぶり、

 

「……俺の技は、俺が磨き上げたものだ。」

「わかった。」

 

スレイが頷き、歩いていった。

他の者も歩いて行く。

二人を除いて……

 

「くそ!なぜ俺はアイツにこんな……」

 

デゼルは小さく呟いた。

小さな少女は鼻で笑った後、彼らの後ろを歩く。

 

『……お前の記憶には蓋がかかっているからな。復讐に囚われた哀れな天族よ。』

 

小さな少女は横目でデゼルを見あた後、前に視線を戻す。

 

そして、彼らは中へと進む。

 

 

中に入ると、所々途切れた場所があった。

なによりも、中でもかなり高く、岩肌が見える。

そこを気をつけて進み続ける。

 

「変わった遺跡だなぁ。」

 

スレイが辺りを見渡していった。

ミクリオも頷き、

 

「まさに『試練場』だね。」

「こんなものが試練か……ぬるいな。」

 

デゼルが口の端を上げて、笑う。

と、ロゼが頭に手をやりながら、

 

「って、言ってると、そこの裁判者さんがよからぬ事を言い始めるんじゃない?」

「は?」

 

デゼルを含めた全員が小さな少女を見る。

小さな少女は彼らの視線に気付き、

 

「では、黙秘しよう。今ここで、試練を中止しても良いのであれば、助言してやるが?」

「はい!みんな、急いで進むよー!」

 

ロゼが片手を上げて、突き進んでいく。

 

さらに上に進んで行くと、

 

「でも、こんなとこ、導師以外は進めないよな。」

「塔そのものの偉容が人の信仰なんだろう。」

 

スレイに続けて、ミクリオが続ける。

スレイは眉を寄せて、

 

「それが生贄の伝承と交わって身投げの舞台となったのか。」

「そんなこと、誰も望んでないというのに。」

 

ミクリオも拳を握りしめた。

小さな少女は目を細め、

 

『だが、それが事実だ。人の世も、天族の世も。人の行いに天族は止める事は出来ない。そして天族の想いに人は気付けない。』

 

彼らは進む。

その後ろに、小さな少女も続く。

 

進むにつれて仕掛けがあり、それを解いて行く。

エドナが仕掛けを動かすデゼルを見て、

 

「大活躍ね。そのきりもむヤツ。」

「風の試練だからな。」

 

デゼルはそっけなく言う。

エドナは彼の足を突きながら、進んで行った。

 

 

中腹くらいまでくると、休憩を取る。

ミクリオが腕を組み、

 

「やっぱり、明らかに人の手によるものの造りじゃない。」

「だよな。こういったものがあるから、塔そのものが信仰の対象になったのもうなづけるってとこだな。」

「いや、内部はこんなところに普通の人は来れない。やっぱり外観の尊厳さからだろう。」

 

と、ミクリオとスレイの討論が始まる。

すると、ロゼが腕をぐっと前に出し、

 

「も~!そんなことより!そろそろゴールだよね?」

「どうかな~。」

 

スレイは頬を掻きながら、苦笑いする。

ミクリオも、

 

「まだ中腹ぐらいじゃないか?」

 

と、言うとロゼは肩を落とし、

 

「そっか~……」

「ばてたのか?」

 

デゼルが優しくロゼに聞いた。

ロゼは腰に手を当て、笑顔で言う。

 

「ん、だいじょうぶ。ありがと!」

「別に心配などしていない。」

 

デゼルが帽子を深くかぶるが、

 

「だめよ。それじゃだめ。」

「何がだ?」

 

エドナの真顔のダメ出しに、デゼルがムッとしながら言う。

エドナは真顔のまま続ける。

 

「ミボ。見本を見せなさない。」

「なぜ僕に振るんだ!っていうか何の見本だ!」

 

ミクリオが怒りながら言う。

エドナは傘についている人形を握り潰しながら、

 

「ライラ!」

「え?あ、えーっと、ぐるぐるしても大丈夫。まかせて安心デゼル印の『瞬天の迅』。離れた崖でもひとっ飛び、デゼル印の『瞬天の迅』。今ならデゼルさん付きでお値段控え置き500ガルド。」

 

と、腕を前にぐっと握って、決める。

デゼルがすかさず突っ込んだ。

 

「安すぎるぞ‼というより、なんなんだこれは!」

「それよ。それを最初からやればいいのよ。」

 

逆にエドナは真顔で言う。

デゼルは怒りながら、

 

「何がだ……何でだ……!」

 

と、言い争いを始める彼らに、スレイが目をパチクリさせてから、

 

「なんだかんだでデゼルも付き合いいいよな。あんなのエドナの暇つぶしなのに。」

「あはは。楽しそうだし、おっけーおっけー。」

「僕は君の気持がわかるよ……デゼル……」

 

腰に手を当てて笑うロゼと、呆れたように、それでいて疲れたようにミクリオが言った。

その後ろでそれを見ていた小さな少女は、

 

「全く。この導師一行は賑やかだな。まるで……あいつや昔の導師や器達みたいに……だが、あの一行も……こんな感じだったな。」

 

最後の方はどこか遠くを見ながら呟いた。

 

休息も終わり、さらに上へと突き進んでいく。

そして、また仕掛けを解いているデゼルに、

 

「まさに大活躍ね。そのきりもむヤツ。」

「風の試練だからな。」

 

エドナは同じように言うが、デゼルもまた同じように言った。

そこにミクリオが、

 

「デゼル……違う返し方しないとずっと続くよ。」

「ふん……」

 

デゼルは颯爽と歩いて行く。

 

しばらくして、再びエドナは声を明るくして、

 

「世紀の大活躍ね。そのきりもむヤツ。」

「きりもむからな。」

 

今回は違う返しをしたデゼル。

それを見たライラが、

 

「で、デゼルさん!がんばりましたわ!」

「ふん……」

「ただのフォローだから!」

 

歩いて行くデゼルの背に、ロゼがポンポン叩きながら言う。

小さな少女はワイワイ盛り上がって進む彼らを見て、

 

『全く。導師の試練をこんなに楽しそうに進む奴なんていないというのに……。だが、これこそが本来の姿なのかもしれんな。互いに助け合う……自分の持たない部分を持つ者が支え、協力する。それでも、それができないのが人であり、天族である。……今の私とあいつがそうであるように……な、審判者。』

 

スレイ達は最後の間に入って行く。

小さな少女は瞳をゆっくりと開け、彼らに続いた。

 

外に出ると、すぐに白いローブに包まれ、仮面を着けた護法天族が現れた。

 

「ようこそ。若き導師よ。」

「お久しぶりでございます、導師ワーデル。」

 

ライラが彼を見て言う。

そして彼の方も、

 

「久しいな。ライラよ。」

「導師って……この天族≪ひと≫が?」

 

スレイが驚いていた。

彼らは優しく、

 

「もう数百年も前のことだ。」

「……エクセオと同じというわけか。」

 

ミクリオが腕を組んで考え込む。

護法天族ワーデルはスレイ達の後ろに居た小さな少女を見て、

 

「……え?」

「久しいな。ん?どうした。」

 

小さな少女が腰に手を当て、彼を見る。

彼は一歩下がり、

 

「い、いえ。何でもありませよ。ただ、生前貴女の方には酷く恐ろしい目にあわされたので……」

「なんだ。今でもあれにこだわってるのか。いい加減慣れればいいものを。」

「無理です!今思い出しただけでも……」

 

と、小刻みに震え出す。

が、そこにデゼルが壁にもたれながら、

 

「俺たちはそんな話をしに来たわけじゃない。」

「ああ。そうであろうとも。」

 

彼は平静さを取り戻し、デゼルを見て言った。

そしてデゼルを見たまま、

 

「若き風の天族よ。」

「デゼルだ。」

「……デゼルよ。この塔の存在そのものが試練。頂上に至ったそなたらは、それを乗り越えたということだな。あとは私の心次第ということになる。」

「なんか。含みあるね。」

 

ロゼが眉を寄せて、彼を見る。

スレイが眉を寄せ、

 

「……入り口で会った憑魔≪ひょうま≫と……生贄に関わる事じゃないかな。」

「ふむ。良い洞察だ。さぁ、頂の舞台へと行くが良い。見せてもらうぞ。若き導師、その同胞≪はらから≫よ。」

 

そう言って、彼は消えた。

スレイ達は上へと向かう。

小さな少女はそれを見た後、彼らとは別のルートで頂上に向かった。

 

小さな少女は頂上の柱の一角の上に腰を下ろしていた。

そこにスレイ達が来るのが見える。

 

「さて、どうする?」

 

 

スレイ達が頂上まで行くと、中央が大きな円状となった舞台。

そして左右には長い通路が水平に伸びている。

そしてその一角に、一人の女性が立っていた。

ロゼが眉を寄せ、

 

「人がいる!」

「あの首なしの憑魔はどこだ……?」

 

デゼルは辺りを見渡した。

ロゼは女性の背に駆けて行き、

 

「待ったあっ!」

「こないで!」

 

だが、女性は振り返り、泣き叫ぶような声で叫んだ。

ロゼの動きが止まる。

スレイがロゼの隣まで行き、優しく問いかける。

 

「なんで生贄になんてなろうとしてるの?」

「もう私は死ぬしかないの……」

 

そして女性は語り出す。

 

「私は人を殺めた……家族を食い物にしていた男を……。そのせいで私たち家族は見知らぬ人からも石を投げられ、ののしられ、苦しむ結果となってしまった……。家族の幸せを守りたかっただけなのに。伝承に則りここで神への生贄として身を投じれば、少なくとも私の汚名は名誉へと転じる事ができる……それだけが私の救い……。私は生きていても苦しいだけ……もう死ぬしかないの!」

「もういい。放っておけ、スレイ。」

 

デゼルが腕を組んでうんざりしたように言った。

スレイは眉を寄せ、悲しそうに、

 

「デゼル?」

 

そこに小さな少女が降りてきて、

 

「全くもって人間とは愚かな生き物だ。そこの陪神≪ばいしん≫がそうなるのも無理はない。あの人間は弱すぎる。」

「え?」

 

スレイはさらに眉を深く寄せる。

そしてデゼルは怒りながら言い始める。

 

「……家族のために手を汚した事を後悔するだと?汚名を名誉に転じるだと?こいつは誰かに認められたいだけだ。自分は悪くなかったと。」

 

そんなデゼルの雰囲気にロゼは困惑しながら、

 

「何怒ってんの?デゼル。」

「怒ってねぇよ。」

 

そしてデゼルの言っている事を何となく理解したスレイはどう言っていいか解らない。

小さな少女は横目で彼を見て、再び柱の上に腰を降ろす。

その瞬間、辺りは穢れの領域に包まれる。

 

「憑魔≪ひょうま≫の領域だ!」

 

スレイが警戒する。

暗雲の中から馬に乗った首なし騎士が現れる。

そこに突風が起き、女性は後ろに落ちる。

 

「あっ⁉〰‼」

 

女性は声にならない悲鳴を上げる。

そして落ちそうになったが、何とか壁に捕まる。

だが、そう長くはない。

 

「!」「ちっ!」

 

スレイとデゼルは互いに声を上げる。

無論、同じように見ていたロゼも、驚く。

女性は恐怖にかられながら必死に捕まっていた。

スレイとデゼルは駆け出す。

ロゼはデゼルを見て、

 

「デゼル!」

「ロゼ!ミクリオ!首なし野郎を止めとけ!」

 

デゼルは走りながら言う。

ロゼとロゼは、

 

「おっけ!」「わかった!」

「出番なしってワケね?」

 

エドナがつまらなそうに言う。

そんなエドナに、ライラが優しく微笑み、

 

「お任せしましょう。エドナさん。」

 

ロゼとミクリオは神依≪カムイ≫化をして、二人が憑魔≪ひょうま≫の横を通る時に矢を放つ。

そしてスレイよりも速く、デゼルが走って行く。

 

「デゼル……!」

「死にたがりがなんで必死にしがみついている……!」

 

そして力尽きて手が壁から外れた彼女の手を、デゼルが掴む。

 

「うう……」

「デゼル!」

 

追いついたスレイが手を伸ばす。

デゼルは掴んでいる彼女の方の手を上げる。

 

「ふん!」

 

そしてスレイが女性の手を掴み、引き上げる。

そんな中、憑魔≪ひょうま≫が動こうとするが、

 

「よそ見すんな、首なし!」

 

ミクリオと神依≪カムイ≫化したロゼが矢を放つ。

 

「……さてさて、どうなるでしょうか。」

「知らん。その為の試練だろう。」

「そ、そうですよね。も、申し訳ありません。」

 

すぐ横に現れた護法天族ワーデルに、小さな少女はそっけなく答えた。

目の前の彼らの方では、女性が恐怖に震えていた。

そしてデゼルも上がってくる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

そして二人は互いにニッと笑う。

スレイは真剣な表情に戻し、

 

「自分のした事が正しいのか……わからない時ってあるよね。確かに。一人じゃぐるぐるしちゃったりするし。けど、生贄になるから罪を許してって言われても、天族のみんなもどうしようもないんだ。」

「……私は!」

 

女性は泣き出した。

スレイは続ける。

 

「せっかく守った家族を残しても……。……なんの意味もなくても……やっぱり生贄として身を投げたい?」

「……うう。……たくない……死にたく……ない……です。」

 

女性は泣きながらそう言った。

デゼルは女性に背を向け、

 

「無様でも足掻け……それが手を汚した者の道だ。」

「偉そうに言ってるけど、オレも仲間によく抱え込むなって言われてるんだ。家族がいるんだからさ。一緒に考えればきっといい方法あるよ!」

「はい……」

 

女性は涙を拭いながら言う。

小さな少女はそれを見て、小さく笑った。

それを見た護法天族ワーデルは驚いた。

小さな少女は護法天族ワーデルを横目で見た。

護法天族ワーデルはビックンと震えた後、スレイとデゼルの方へ行った。

二人の背に、彼は言う。

 

「……う、うむ。だが、まだ終わってない。」

「その通りだ!」

 

スレイとデゼルは彼の横を走り抜けていく。

そしてロゼとミクリオと合流し、

 

「こいつをやっつけなきゃ!」

 

ロゼが武器を構えなおす。

スレイ達も武器を構える。

 

小さな少女は上で、

 

「さて、ここからが正念場だ。見せて貰うぞ、導師。」

 

 

スレイ達は一斉に攻撃を掛ける。

その姿を見て、

 

「彼らは晴れる事のない想いの塊にして、哀れななれの果てだ。その想いは重く、正当だと信じ身を投げた者。死を覚悟した者ほど、この世の未練を残してさ迷う。その想いに気付けるか、導師。」

 

スレイはデゼルと神依≪カムイ≫化して、憑魔≪ひょうま≫と剣を交える。

そして、覚悟を決めて一撃を与えた。

憑魔≪ひょうま≫は崩れ落ちる。

それを見届け、小さな少女は彼らの前に降り、

 

「もう大丈夫だ。お前達の想いは紡がれる。安心して成仏しろ。」

 

小さく彼らに呟くと、憑魔≪ひょうま≫は青い炎に包まれて、浄化された。

空は領域が消え、青空に戻る。

デゼルが消えた憑魔≪ひょうま≫の所を見て、

 

「身を投げた生贄のなれの果てだったか。」

「歪んだ信仰が生んだ歪んだ偶像か……」

 

ミクリオがそれに続けた。

スレイは泣き疲れ、座り込んだままの女性の所に行く。

 

「さ、もう大丈夫。立てる?」

 

女性は頷き、立ち上がる。

 

「……あの……もしかしてあなたは……導師様……?」

「スレイって言います。」

 

そう言って頭を下げる。

女性は勇気を振り絞って続ける。

 

「もしや……神……いや天族の方々も側におられる?」

「うん。ここにいるデゼルっていう風の天族があなたの命を救ってくれたんだ。」

 

スレイはデゼルの居る右を見て言う。

デゼルはぶっきらぼうに、

 

「余計な事を言うな!」

「あ、ありがとうございます!デゼル様!本当にありがとうございます‼私……これから堂々と生きたいっていいます。私が私自身をもっと信じます。」

 

女性はデゼルの居る方向に大声で言う。

そして、再び涙を流す。

デゼルは帽子を深くし、

 

「ふん……」

「超照れてるし。」

 

ロゼはそんなデゼルを見て笑う。

スレイは女性を見て、

 

「オレたち、まだここに用があるんだ。一人で下に降りられる?」

「はい。大丈夫です。」

 

女性は力強く頷く。

 

「街には辺境巡視隊の方に連れて行ってもらいます。」

「うん。それがいいよ。」

 

ロゼも頷く。

そして女性は歩いて行った。

その背を見て、

 

「ホントよかった。でも、信仰って難しいな。」

「そうかな?逆に簡単に信じるからダメなんじゃない?信じるって、結構難しいことだと思うけどな。」

 

歩きながら言うロゼの前に、小さな少女が見上げていた。

 

「だが、その事すら考える者も居なくなったがな。」

「そ、そうですか……」

 

小さな少女は護法天族ワーデルのいる中央の方へ行く。

そこを見ると、護法天族の男性は肩を落としていた。

それをライラが慰めていた。

スレイは頬を掻きながら、

 

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だ。」

 

彼は姿勢を正し、

 

「ゴホン。力はもちろんの事、心、絆も見せてもらった。風の秘力を得る資格は十分にある。」

「……心?絆だと?ふん……」

 

デゼルは困惑し、それでいてそっけなく言う。

護法天族ワーデルはデゼルを見て、

 

「デゼルよ。気付いているだろう?その身に脈付いているものに。それは拒絶するものではない。現にお前は言葉なくとも仲間の声を感じ、自ら動いたではないか。」

「……ご託は済んだか。さっさとやれ。」

 

デゼルは腕を組んだまま、そっけなく言った。

小さな少女はそれを横目で見て、

 

「素直ではないな。」

「うるさい。」

 

デゼルは小さな少女としばらく睨み合った。

そこに、ロゼが不思議そうに、

 

「仲良くなるのに抵抗があるってワケ?なんで?」

「聞かれているぞ、陪神≪ばいしん≫。」

 

小さな少女はデゼルを見上げる。

デゼルは小さく舌打ちをした後、

 

「非常にならなければ成せない事がある。……お前らもそれは気付いているはずだ。」

「……仲間のおかげで乗り越えられるものもあろう。この神殿へと至り、試練を乗り越え、この祭壇に立っている事こそがその証。」

 

護法天族ワーデルはそう言った。

そして、護法天族ワーデルは二人に言う。

 

「さぁ、祈りを捧げるがよい。」

 

スレイとデゼルは膝を降り、左手を胸に当てる。

 

「若き風の天族、若き導師よ。これからの道程に何が訪れるかいかなる可能性も想像しておくことだ。この旅路の果てに導き出した光を見失うことのないようにな。」

「はい。」

「光など……」

 

スレイは頷くが、デゼルは小さくそう呟いた。

そして二人は神依≪カムイ≫化する。

 

と、小さな少女が歩いて来て、

 

「さて、試練も終わったことだし……私は私の仕事をするか。」

「え?ちょっと待って下さい⁉ま、まさかとは思いますが……」

 

護法天族ワーデルは、おどおどし始めた。

小さな少女は腰に手を当て、

 

「仕方ないだろう、来てしまったのだから。」

「そんな普通のように言わないで下さい!」

 

そんな二人のやり取りに、疑問に思っていると、

 

「ぐぎゃわああああ‼」

「こ、この咆哮って……」

「……ドラゴン⁉」

 

スレイとミクリオは目を見開いた。

そして穢れの領域が展開された。

 

「おいおいおい‼冗談じゃないぞ!」

「せっかく試練が終わったのにぃ~!」

 

スレイと神依≪カムイ≫中のデゼルとロゼが互いに声を上げる。

小さな少女は彼らに振り返り、

 

「別にお前達は何もせずともよい。言ったろ、これは私の仕事だと。」

 

そう言った小さな少女の前に、巨大な図体と鱗や爪、牙を持ったドラゴンが降り立つ。

護法天族ワーデルは、頭を抱えながら、

 

「って、これのタイプは絶対あなたが呼んだんですよね⁉」

「……だって、楽だろ。それに、ここは絶好の場所だ。」

「あー!何回目ですか⁉」

「確か……百――」

「やっぱりいいです!」

 

二人が会話を続けるが、目の前のドラゴンは唸りを上げて今にも襲い掛かりそうだ。

スレイ達は緊迫している中、

 

「さて、動くか。」

「……まさかとは思いますが……」

「この姿では動きづらいからな。諦めろ。」

「…………」

 

護法天族ワーデルは肩を落とした。

そして小さな少女の足元の影が中の円全体に広がっていく。

それがスレイ達の足元にも来ると、

 

「なになに⁉この嫌な感じ!」

「これは……なんというか穢れに近いような。」

 

ロゼは肩を摩り、スレイは眉を寄せて、足元の影を見る。

エドナが傘を握り、

 

「……相変わらず、嫌な気配ね。」

「ええ。これが時代を長く生きる天族だけが知る、裁判者と審判者の恐ろしさの内の一つです。」

 

ライラも警戒しながら言う。

そんな中、ドラゴンの足元にも影が行き渡る。

ドラゴンは唸りを強くし、小さな少女に牙をむく。

が、足元の黒い影がドラゴンを飲込み始める。

 

「本来なら、もう少し弱らせてから喰うのだが……まぁ、問題はないだろう。……今ならな……」

 

そして、それを見る彼女の瞳は赤く光り、ある種の恐ろしさをかもし出していた。

 

「まぁ、実際……この導師の試練の遺跡は、彼女たちが創ったので文句は言えませんが……」

「そうなの⁉」

 

ロゼが肩を落としたままの護法天族ワーデルを見る。

彼はその状態のまま、

 

「そうです、そうなんです。ここだけでなく、他の試練神殿すべてが、彼らによって一日でできた。だからこの遺跡に関しては、何があっても私達が穢れに直接触れる事はないのだよ。」

「だが、試練神殿は五大神を崇めているはずだ。」

 

ミクリオが眉を寄せる。

護法天族ワーデルは顔を上げ、

 

「それも、彼女たちと盟約と契約をしている。だから彼女は、我ら護法天族の出す導師の試練には手を出さない。それ故に、我らは五大神の残した力をちゃんと導師に与えられるように、見極めなくてはいけないのだよ。」

 

そう言った彼の頭を影が叩いた。

 

「ぐぇふ!な、何をするんですか⁉」

「しゃべり過ぎだ。お前もここで喰らって、別の奴を置くぞ。」

「ええぇ⁉」

「だが、今は時間が惜しい。次に持ち越しだ。」

「は、はい……」

 

彼は再び肩を落とした。

知らず知らずのうちに、ドラゴンは体の半分以上が影の中へと飲み込まれていた。

その間も、小さな少女の表情は一つも変わっていない。

 

「前の時もゾンビ兵の憑魔≪ひょうま≫を、あの影に喰わせていたが……」

「あれは穢れの根元だよ。人、天族、世界が抱える穢れの集合体とも言えるね。それを彼らは、身の内にとどめている。そしてあれは、彼らの力の一部に過ぎない。だから恐いんだよ。底知れぬ彼らの強さに。」

 

そう言った彼の頭を再び影が叩いた。

彼はただ一言、「申し訳ありません。」とだけ言った。

ドラゴンが跡形もなくなると、領域も消えた。

 

「さて、これであやつも来世に転生できるだろう。人か、天族か、何になるかは知らんが。」

 

と、体をほぐす。

スレイが小さな少女を見て、

 

「……転生?」

「ああ。転生……いや、生まれ変わる、といった方がお前達には解りやすいだろう。私やあいつが憑魔≪ひょうま≫を相手にするのは、大抵もう本体がないものだ。対して、お前のような導師という存在が相手にする憑魔≪ひょうま≫のほとんどはまだ本体があるものばかりだ。事実、導師の力とはそういった事をする為のものでもあるからな。だが、肉体なきものを導師が浄化しても、魂だけは未だにさ迷い続ける。その魂はさ迷い続け、再び憑魔≪ひょうま≫と化す。さっきのはそう言った方の類だ。故に我らは、導師が浄化した魂や本体≪肉体≫がない憑魔≪ひょうま≫を相手にする事で、その魂を流れの中に戻す。そして長い年月をかけ、その魂は再び新たな肉体≪本体≫を得るのだ。それが人か、天族、はたまた草木や生まれながらの憑魔≪ひょうま≫かもしれない。ま、そういう事だ。」

 

スレイは目をパチクリしていた。

そしてロゼが頭を掻きながら、

 

「ん~、でもさ。元々、導師の力を作ったのは裁判者と審判者……なんだよね?」

「ああ。そうなるな。」

「じゃ、災禍の顕主もその気になれば、二人だけでも十分って事で、導師もいらなかったかもって事だよね?」

「確かに、私達がその気になれば世界も壊せる。だが、それ故に私達はお前達の和には関わらないのだ。しかし、関わらない事をずっとすれば、世界に対応できず滅びの道を辿るだけだ。だから私達は内側と外側に別れ、それぞれの役割を担っている。……それに、私が今宵の災禍の顕主を倒したところで、世界の穢れは晴れる事はないぞ。根本を変えない限りな。」

 

そして小さな少女は目を細め、

 

「そして、私達が直接関与するという事は、災禍の顕主以上の世界の崩壊を招くが……それでもいいか。」

「ごめん。今のはなかった方向で。」

 

ロゼは両手を前に合わせ、頭を下げる。

小さな少女は腰に手を当て、

 

「……まぁ、今回はそういう事にしておこう。」

「……根本……もしかしてそれが、ザビーダが言っていた審判者との対立の原因?」

 

スレイが真剣な表情で、小さな少女を見つめた。

小さな少女は彼らに背を向け、

 

「……さぁな。ワーデル、続きをやれ。」

「え……あ、はい。」

 

そう言うと、小さな少女は風に包まれ、レイ≪白い少女≫へと変わる。

護法天族ワーデルはスレイとデゼルに振り返り、

 

「ゴホン。ではな。導師スレイ。そなたの旅路に光りあらん事を。」

 

そして二人はやっと神依≪カムイ≫化を解く。

スレイは護法天族ワーデルを見て、

 

「うん。ありがとう。ワーデルさん。おかげで秘力以外にもいろいろ知れたよ。」

「では、私はこれで失礼します。裁判者の器よ、あまり彼らをいじめてはダメですよ、と……あの人に伝えておいてください。」

 

そう言うと、彼は姿を消した。

レイは護法天族ワーデルの居た所を見て、

 

「……え?あ、うん……だ、そうです?」

 

レイは自分の胸に手を当て、首を傾げながら言う。

ライラはそれを聞き、じっとレイを見つめていた。

 

『……レイさんはやっぱり……』

 

ライラが一人考え込んでいたが、そこにやっと側に来れたロゼが、

 

「で、どう?ばっちり?」

 

スレイは苦笑いしていた表情を戻し、

 

「うん。」

 

そしてスレイは色々と思い出し、ロゼを見つめる。

ロゼは目をパチクリして、

 

「何?」

「なんか、ありがと。」

 

そう言って、頭を下げた。

ロゼは腰に手を当て、

 

「は?」

「デゼルさん、無理なさる事はないのですよ。」

 

ライラが優しく彼を見て言う。

だが、デゼルは無言であった。

 

「出番は終わったってことかしらね。」

「……もうここには用はない。いくぞ。」

 

エドナがそう言うと、デゼルは背を向けて言った。

スレイは肩を落とし、

 

「ふぅ……」

「大丈夫ですか?また力に当てられたのでは……」

 

ライラが心配そうにスレイを見る。

スレイは顔を上げ、

 

「平気だよ。心配してくれてありがとう。」

「四つの秘力はそろった。ヘルダルフに対抗できるかな?」

 

ミクリオが腰に手を当て、左手を顎に当てて言う。

ライラが眉を寄せ、

 

「それは……」

「やってみなくちゃわからない、だろ?」

 

だが、スレイは笑顔で言う。

ロゼも頷き、

 

「うん。つまりソイツを捜すと。」

「手掛かりナシよ。どこから手をつける?」

 

エドナが、傘を肩でトントンしながら言う。

ミクリオが眉を深くし、

 

「最初に会った場所からが鉄則だろうね。」

「わかった。戦場だな。」

 

スレイが頷いた。



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toz 第二十五話 振り返り≪人物紹介≫

辺りは全てにおいて真っ暗だった。

と、そこに赤く光る瞳が見えた。

そして明かりが灯り、黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が現れる。

 

小さな少女≪裁判者≫「さて。今回はお話ではく、これまでの事をまとめようと思う。まずは感想に礼を言う。感想にも書かれていた私と私の器……君達の所ではレイと言った方が解りがいいか。そこにも触れようと思っている。だが、このままでは表示が解りずらくなるので、私は〝黒〟と前に出させて貰うぞ。無論、私の器≪レイ≫の方は普通に前に出させて貰う。これでも大丈夫だと言う人は、気長に見て欲しい。」

 

と、そこにスレイ達が入って来た。

 

スレイ「お?なんだ、ここ?」

ミクリオ「まさか、レイを探していたらこんな所に迷い込むなんて……」

エドナ「全くよ。しかも、居たのはおチビちゃんじゃなくて、アイツなんて!」

ライラ「まぁまぁ、エドナさん。あの方でも見つかって良かったじゃないですか。」

ロゼ「そうだよ、エドナ!体は一緒なんだし。」

黒「悪いが、ここは異空間でな。私と器≪レイ≫は別々だ。」

デゼル「……の、ようだな。」

 

デゼルが見つめる先には、目を覚ました白いコートのようなワンピース服を来た小さな少女≪レイ≫がいた。

 

レイ「お兄ちゃん、ミク兄……それにみんなも、おはよう……あれ?」

黒「こうやって直接お前と会うのは初めてだったな。まぁ、それは今回は置いておこう。さて、ここでの進行は私が勧めさせて貰う。あいつが来る前にな。故に、お前にも手伝って貰うぞ。」

レイ「何をするの?」

黒「簡単だ。まずは人物紹介からだ。下にTOZの登場人物を小説で進んでいる所までの情報を乗せた。無論、この小説内の設定も入っている。」

 

≪TOZ 登場人物≫

 

スレイ:導師 種族:人間

・イズチ出身の少年。

・ミクリオとは幼少の頃からの付き合い。

・『天遺見聞録』を幼い頃より愛用して読んでおり、遺跡やそれにまつわる伝説などの話が大好きな遺跡オタク。

・性格は穏やかで、ウソをつけないお人よしで、何事も抱え込むタイプ。

だが、心は強く、仲間を信じる事は誰にも負けない。

・人と天族が共に暮らせる日を願っている。

・妹≪レイ≫に関してはシスコンまでの過保護ぷり。

・本人は気付いていないが、裁判者に幼い頃会っている。

 

レイ「お兄ちゃんは優しい。でも、誰でも信じようって気持ちが大きいから騙されたり、傷ついたりする。でも、心が強いから穢れる事はない。導師としても日々、みんなのおかげで成長している。」

スレイ「そうだよなぁ。俺、みんなのおかげで、ここまでやってこれたまもんな。」

 

ミクリオ:陪神≪ばいしん≫ 種族:水の天族

・イズチ出身の若き天族。

・スレイと同い年で、天族の中ではかなり若い。

・スレイ同様、『天遺見聞録』を幼い頃より愛用しており、イズチではスレイと共に遺跡で探検していた。

 無論、スレイと同じくらいの遺跡オタクである。

・性格は真面目で、子供ぽいところが少しある。

 スレイのお人よしぶりを心配する反面、人間であるスレイを天族である自分が守らなくては、と思っている。

 だが、導師として成長する彼に、守るのではなく、仲間として支えるという想いも入るようになる。

・エドナによくおもちゃにされる。

・スレイ同様、妹≪レイ≫に関してはシスコンで過保護。

 時々、スレイとどちらが上の兄か争うことも……

・スレイ同様、本人は気づいていないが、幼い頃に裁判者と会っている。

・真名は『ルズローシヴ=レレイ』

 意味は『執行者ミクリオ』

 

レイ「ミク兄は、お兄ちゃんと同じくらい優しい。それにお兄ちゃんと常に勝負して、張り合っている良き幼馴染にして、ライバル。そして、大切な仲間。ジイジに色々教育を受けて、凄く言葉遣いが丁寧で大人って感じ。だけど、時には子供っぽいところもある。お兄ちゃんが穢れることなく、導師としてやっていけるはミク兄が居たからかもしれない。そして、ミク兄が穢れないのも、お兄ちゃんが居たからだと思う。あと、よく犬達やエドナのおもちゃにされてる。」

ミクリオ「認めたくはないが、スレイはイズチの時より成長してる。それは僕自身もそうだと思っている。あと、おもちゃにされてない!」

 

ライラ:主神 種族:火の天族

・湖の都レディレイクの湖の乙女としていた。

 現在のレディレイクの地の主ウーノとの話で、聖剣にいたのは裁判者が作り出した女性。

 その者がどうなったのか、どうして自分が湖の乙女としてそこに居たかは不明。

・主神になる為に盟約があり、それを振られても口に出すことができない。

 だが、解り過ぎる誤魔化し方なのですぐ関連するものだとばれる。

・どうやらスレイ以外との導師とも旅をしているようだ。

 そして、ノルミン天族とも縁がある。

・性格はとても優しいお母さんのようなお姉さん。

 優しく、それでいてときには厳しい態度でみんなを見守る。

 最近では、レイの教育けん、成長を見る。

・裁判者だけなく、審判者ともなにやら関わりがあるようだ。

・真名は『フェエス=メイマ』

 意味は『清浄なるライラ』

 

レイ「ライラなんというか、お母さんみたいなお姉さん?もし、私に母親や姉が居たらこんな感じなのかもしない。あ、でも近所のおばちゃん、っていうのもあり得るかも。でも、やっぱりライラはいつもみんなを見守ってる。それでいて、導きの一手を担ってくれている人だと思う。ちなみに、ノルミン天族は加護をもたらす天族達の助けをしてくれる者たちだよ。」

ライラ「レイさん!私のことそんな風に見てくれていたのですね。でも、近所のおばちゃんは酷いですわ。」

 

エドナ:陪神≪ばいしん≫ 種族:地の天族

・人間嫌いの天族

 だが、スレイやアリーシャ、ロゼには心を開き始めている。

・つまらなくなったら、ミクリオで遊ぶ。

 アリーシャが居た時は、おもにアリーシャが餌食に……

・兄がドラゴンとなってしまっており、そのことで裁判者となにやら揉めたようだ。

 故に、裁判者は嫌いだが、レイのことは心配している。

・傘にはノルミンの人形?をつけており、その人形?に怒りをぶつける事もしばしば……

・真名は『ハクディム=ユーバ』

 意味は『早咲のエドナ』

 

レイ「エドナはわがままなお姉さんって感じかな?でも、優しいってことは知ってるよ。それに、なんだかんだ言って、お兄ちゃんやミク兄達のことも心配とかしてるし。」

エドナ「おチビちゃん……わがままは余計よ。ま、これからもミボの事をいじめたおしてやるわ。」

 

アリーシャ・ディフダ:元従士にしてお姫様 種族:人間

・ハイランド王国のお姫様にして騎士でもある。

 だが、姫としての地位は低いところにある。

・スレイの従士をしていたが、自身の霊応力の低さと夢の為にスレイとは違う道を進む。

・真面目過ぎて抱え込みすぎるタイプ。

 だが、スレイ同様、心は強く次に進む勇気を持っている。

・マルトランを師匠とし、騎士道を学んだ。

 それ故に、マルトランのことを母や姉のように慕い尊敬している。

・国の為、民のために動く。

 それ故に、大臣たちにはよく思われていない。

 そして命を狙われていた時期もある。

・世界の災厄を目にし、始まりの村カムランに向かう途中、裁判者≪小さな少女≫の導きにより遺跡でスレイとミクリオに会う。

 そしてスレイとミクリオを外の世界へと導くきっかけを作った。

・当初、レイのことは変わった子供と思っていた。

 最近では普通の子と変わらないと思っている。

・従士としての真名は『マオクス=アメッカ≪笑顔のアリーシャ≫』

 

レイ「アリーシャは道は違えど、お兄ちゃんと同じくらいの強い信念を持った人。だからその強い信念に押し潰されないか、私は心配……でも、アリーシャならその夢を自分の力で叶える事ができると信じてる。彼女の事も……きっと……」

アリーシャ「レイ……私は頑張るよ。だが、彼女の事とは何の事だろうか?」

 

ロゼ:従士にして暗殺ギルドの頭領

・ギルド『セキレイの羽』の一員であり、暗殺集団『風の骨』の頭領。

 幼少時は「勝利の小女神』と呼ばれていた。

・スレイと同等、もしくはそれ以上かもしれないくらいの霊応力を持っている。

 なので、アリーシャでも無理だった神依≪カムイ≫化もできた。

・性格はとても明るく、困難があっても乗り越える事の出来る明るさを持つ。

 また、お化けなどが苦手で、当初の頃は頭の中の天族の声や急に見えるようになった天族に脅えていた。

・ギルドとしての顔は良い商売人で、暗殺者としての顔は自らの矜恃に従って動く。

 その際、スレイは生かすのが仕事であり、自分はスレイの逆の事をすることを決めている。

・レイのことに関しては、自分にも懐いて欲しいと思っている。

 街であったゼロと言う少年と、レイの関係や裁判者、審判者の関係にもうすうす気づき始めている。

・従士としての真名は『ウィクエク=ウィク≪ロゼはロゼ≫』

 

レイ「ロゼははっきり言って、とてもウルサイ。何というか……近所のはちゃめちゃお姉さんみたいな感じ。ロゼが暗殺者として動いても、穢れないのはきっと、何事にも揺るがない自身の信念があるからだと思う。といっても、ロゼと仲良くするとは別の話だけど。……冗談だけど。」

ロゼ「……ちょっと、以外にもレイが冷たい……。ま、今聞いても答えてくれないことは次に持ち越し!信頼を手に入れるには時間と気長に待てる気持ちが大切ってね!」

 

デゼル:陪神≪ばいしん≫ 種族:風の天族

・ロゼは知らないが、セキレイの羽の者達の過去を知る。

・ロゼ達を加護していた天族の男性を友とし、彼らと共に旅をしていた。

 だが、ある事をきっかけに彼らが暗殺ギルドとして動くことになった際、ロゼを守り、手助けしていた。

・友を殺した憑魔≪ひょうま≫を探し、復讐しようとしている。

・興味を示さないことが多々あるが、本当は優しく世話好き。

 また、色々な事を知っている。

 特に動物関係に詳しく、動物好き。

・レイに関しては特に興味を持っていないが、裁判者の方には思う事がある。

・真名は『ルウィーユ=ユクム』

 意味は『穢れなき瞳デゼル』

 

レイ「デゼルは動物好き。そして動物も、彼のその気持ちを知ってるからとても懐いている。復讐に燃えているけど、ロゼが心配で心配なお父さん……かな?安くて安心、デゼル印の家政婦さん!料理も、知識も、戦闘もできるデゼル印の家政婦さん!今なら300ガルドで提供中!」

デゼル「おい!ライラの時より安いぞ!大体なんだ、お父さんって!っておい、チビ!勝手にどっかに行くな!全く、アイツといい、裁判者といい勝手すぎるぞ!」

 

ザビーダ:謎の憑魔≪ひょうま≫を狩る天族 天族:風の天族

・銃≪ジークフリート≫の力を使い、憑魔≪ひょうま≫と戦う。

・いつも唐突に……いや、憑魔≪ひょうま≫が居る所に現れる。

・性格はよくわからない。

 軽口を話し、女性に対して物凄く下心がある。

 また、荒々しい手段を用いてスレイと戦う事も。

・お調子者っぽいが、何やら自身の想う事があって行動しているようだ。

・ライラやエドナとは顔見知り。

・裁判者と審判者のことも何かしら知っているよう。

 裁判者との願いで、銃≪ジークフリート≫を入手?

・真名は不明

 

レイ「……あれに対しては何もいうことはないなぁ……」

ザビーダ「酷いなぁ、俺様泣いちゃうぞぉ~。」

黒「なら、勝手に泣いていろ。そして大人しくしていろ。」

デゼル「何でこいつがここに居やがる⁉」

黒「その辺に居たから連れ込んだ。」

ザビーダ「そうなのよ。俺様、モテモテ~♪」

デゼル「それより、この前の意味を言え!」

ザビーダ「じゃあさぁ~、べっぴんさんを紹介してくれよぉ~。」

デゼル「黙れ!」

黒「貴様らうるさいぞ。まとめて喰うぞ。」

デゼル・ザビーダ「「…………」」

 

黒「さて。静かになったところで、TOZの悪役の方の紹介をしよう。奴らは呼ぶと色々とややこしくなるので、呼ぶのはやめておくか。」

 

災禍の顕主≪ヘルダルフ≫

・災厄の時代の災禍の顕主。

 獅子のような大男。

・大地の記憶を見る限り、戦場に度々現れ穢れを広げている。

・裁判者と審判者とは何やら関わりがある模様。

 なお、審判者とは度々会っている。

 そして、双方の対立の事もなにやら知っている。

・災禍の顕主になる前は、ローランスの騎士団団長だった。

 

サイモン

・災禍の顕主の側にいる謎の女性

・審判者とも顔見知りで、何やら裁判者との対立の事を知っている模様。

・なぜ、災禍の顕主に協力しているかは不明。

 

黒「まぁ、この二人は私やあいつの事を知っている人物だ。

  特に災禍の顕主は、今回の大本を知る者でもある。

  その辺は後々解ってくる。

  さて、次はそれなりにお話のカギとなる人物達だ。」

 

ジイジ≪ゼンライ≫

・スレイ、ミクリオ、レイの育ての親

・天族の社イズチの加護をする高位天族の一人にして、長老

・ライラと面識があり、どうやらスレイとミクリオの出生を知っている模様

 また、レイが最初から裁判者と関わりがあった事も承知の上で引き取る。

・裁判者とは何やら互いに意味深な会話をする事もしばしば……

・スレイとミクリオが導師と陪神≪ばいしん≫となる事を予想していた。

 現在は三人の成長を願い、見守っている。

 

メーヴィン

・ロゼの知り合いの探検家

・明るい性格で、色々と詳しく、人脈もある。

・裁判者と審判者の事を知っているのか、知らないのかよく解らないそぶりを見せる事も。

 事実、レイに対してどこか思うところがあるようだ。

 

マルトラン

・アリーシャの師匠

・『蒼き戦乙女≪ヴァルキリー≫』として世に知られている。

・アリーシャに厳しく、時には優しく接する。

・現段階では、災禍の顕主と関わりを持っている模様。

 なお、裁判者と審判者とも同様である。

 

ルナール

・ロゼの風の骨の一員。

 だが、憑魔≪ひょうま≫である事をロゼはまだ知らない。

・当初、アリーシャ暗殺の際にスレイ達と会う。

 その後、最初の方でちょくちょく出てきていたが、現在の状況は不明。

・ロゼに対し、脅える素振りがうかがえた。

 

セルゲイ・ストレルカ

・ローランス帝国白凰騎士団の団長

・真面目過ぎ、物凄く熱血な性格で、涙もろい。

 だが、洞察力はあり、スレイもとい、ロゼの嘘に探りを入れる程。

 その反面、スレイとロゼが夫婦という嘘を信じている。

・剣の実力もさることながら、目には視えていないデゼルの攻撃を防ぐ。

 そしてスレイの剣の腕を見込み、騎士団の技『獅子戦吼』を伝授。

・忠誠心が強く、国の為、同士の為に、そして己の正義の為に動く。

 

ルーカス

・マーリンドで出会った凄腕傭兵団『木立の傭兵団』の団長

・人柄がよく、人を見分ける才能がある。

 ある種、スレイやアリーシャに大人の社会を見せる。

・ハイランドとローランスとの戦争の際、スレイの導師としての力を目の当たりにし、恐怖した。

 現在はどうなっているかは不明。

 だが、スレイにとっては良き友人である。

 

黒「他にも色々と関わった者達がいるが、今回はこれだけにしておこう。だが、こうしてみると今宵の導師の『縁』とは深いな。この出会いがあったからこそ、今宵の導師は大きく成長する事ができたのだろうな。そして、器≪レイ≫もまた、その関わりを見てきたからこそ、心や絆を見ることができたのだろう。さて、ここからはオリジナルキャラについてだ。」

 

レイ:裁判者の器? 種族:人間?

・外見年齢としてはエドナよりも背が低い、十代前半

・数年前、怪我をしてイズチに迷い込む。

 そこでスレイとミクリオによって、イズチに関わりを持つ。

・イズチでははっきり覚えている事は、自身の名と歌のみ。

・イズチに居た頃はよく体調を崩し、寝ていた。

・当初、感情や言葉が乏しく、スレイやミクリオの事も兄とは呼んでいなかった。

 だが、遺跡での一件でどうやら二人の事を兄と呼び、慕う。

・アリーシャやロゼ、他の者達にも予言めいた事を呟いたり、その者の本質を言う。

・基本、スレイとミクリオ以外には懐いていない。

 が、最近では『仲間』にも積極的に関わりを持つ。

・現在では感情を知り、自身も感情に触れ、表情も豊かになって来た。

 その反面、人の心が聞こえるかのような裁判者としての力も強くなり、街など人の多い所を嫌う。

・自身が裁判者本人なのか、裁判者が造り出した疑似人格なのかは不明。

 だが、ジイジ≪ゼンライ≫との会話で、そのような事を示唆していた。

・ライラやエドナはレイの中に、いや、もしかしたらレイ自身を最初から裁判者としてみていた可能性もある。

・最初の頃は裁判者の記憶とおもしき『夢』を見ていたが、現在はどうなのかは不明。

 だが、レイ自身が裁判者として動いたり、話したりすることも増えた。

 現に、試練神殿では度々そう言われていた。

・審判者とは直接深い関わりを持っていないが、審判者や裁判者の事を理解しようとしている模様

 その反面、スレイ達と共に居たいと無意識に想う

・服装としては白いコートのようなワンピース服を着ており、長い紫色の髪で瞳は赤。

 

裁判者:レイ? 種族:不明

・世界を管理する者で、外側を担当

・生きるものの本当の願いを一方的に叶えるだけで、後始末は何もしなければ関わることもない。

 また、穢れの浄化や憑魔≪ひょうま≫を浄化している。

・話によれば、彼らは長い時を生きている。

 また、導師という仕組みやそれにまつわる試練神殿などを造ったらしい。

・性格としては、ほとんど……いや、全くもって他人≪生きるもの≫に興味を示さない。

 それ故に、感情という概念は知っていても、それを本当の意味で理解する事ができなかった。

・審判者とは昔は一緒に居たらしいが、現在は仲が悪いようだ。

 だが、それといった戦闘も行われてはいない。

・ライラ達とも面識があり、仲が悪いようだ。

 また、今宵の事情や災厄の理由も知っているかのような事を言う。

・数多の導師達や天族、願いを叶えた者達の心に触れている為、ある意味では生きるものに嫌気がさしている?

 また、導師や誰かと誓約や盟約を多くしており、その都度それを示唆する事を口にしている。

・レイの事を器といい、レイの答えを待っている。

 また、本人はいつでもレイを消せると示唆している。

・スレイとミクリオが幼い頃、遺跡で会っている模様。

 その時は今のスレイ達くらいの少女、女性だったらしい。

 現に、試練神殿の護法天族や彼女を知る天族は疑問にしていた。

・よく、自身の影で攻撃をしたりしる。

 だが、神器を使って攻撃することも可能とのこと。

・前は器≪レイ≫にも話し掛けや問いかけに答えていたが、現在はその辺はない。

・服装としては黒いコートのようなワンピース服を着ており、長い紫色の髪で瞳は赤。

 

審判者:少年ゼロ 種族:人間もとい不明

・世界を裁く者で、内側を担当

・生きるものの強い言葉の願いを叶える。

 彼も裁判者同様、後始末をしない。

・スレイ達と同じくらいの年の青少年。

・審判者としてスレイ達に会う時は黒と白のコートのような服を着ており、仮面をつけている。

 街では黒いコートのような服を着ている。

・性格は裁判者の彼女とは違い表情が豊かで、常に笑顔。

 その反面、裁判者の事が関わると、鋭い目つきになり恐いほどの殺気を飛ばす。

・裁判者と何かあったようだが、彼女を探している模様。

 現在はレイが裁判者、器としている事を知っており、何もせずにいる。

・災禍の顕主に大きく関わっている。

 彼曰く、楽しいから。

 だが、スレイ達の事も気に入っており、度々現れては助言や問いをかけることも。

・裁判者同様、影が動く。

・ライラとは特に面識が深いらしく、先代導師の事にも少し触れている。

 裁判者同様、今宵の災厄や災禍の顕主について知ってる模様。

 また、その陰から武器を出して応戦することも。

・レイの歌う歌を笛の音で奏でる。

 

黒「と、まぁ……このような感じだ。解り辛い所もあるかもしれんが、そこは察して欲しい。現在で言えるのはここまでだな。」

レイ「……後半、私の意味ない気がする。」

スレイ「確かに、ほとんどあっちの方が言ってたもんな。」

ミクリオ「ま、レイにしては頑張った方だよ。」

エドナ「そうね。誉めてあげるわ、おチビちゃん。」

ライラ「本当に……最初の頃のレイさんとは大違いですわ!」

ロゼ「全くだよ。この調子で頑張ろうね、レイ。」

デゼル「……何だ、この過保護……いや、茶番は。」

ロゼ「えぇ~、デゼルも素直になろうよ。」

デゼル「意味が解らん。」

ロゼ「またまた~!」

デゼル「事実だ。それよりも、ザビーダはどこに行った!まだ聞きたい事があったんだが、居なくなった!」

スレイ「そう言えば、いないな。」

エドナ「気づかなかったわ。」

ミクリオ「別にいいんじゃないか。」

ライラ「ミクリオさん、仮にも同じ天族なのですから少しくらいは気に掛けてあげてください。」

ミクリオ「あれと同じ、っていうのはどうかと……」

エドナ「そうじゃなくても、ヒドイ言いぐさね。」

ライラ「ええ⁉」

黒「うるさいぞ。あの男なら先程外に捨てた。お前達ももう帰る時間だ。」

 

そう言って、スレイ達の足元に穴が開いた。

彼らは悲鳴を上げながら、落ちていった。

 

黒「さて、これで静かになった。」

レイ「なぜ、私だけ残したの?」

黒「お前にはまだいう事があるからな。」

レイ「なに?」

黒「……早く答えを出せ。そして、道を見つけろ。」

レイ「え?」

黒「ではな。」

 

そしてレイの足元にも穴が開き、レイは落ちていった。

 

黒「では、今回はこれで終わりだ。この後も引き続きこの話を見てくれると幸いだ。何かと至らぬ事も多いが、気長に見て欲しい。では、また本編で……」

 

そう言って、辺りは再び闇に包まれた。

そこは完全な闇と化す……



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toz 第二十六話 寄り道4

スレイ達は次の目的地の為に移動を始めていた。

そして日も暮れて来たので野営をしていた。

そして、スレイとロゼはすでに眠りの中である。

ミクリオは隣に居るレイを見た後、スレイの事を思い出した。

 

「しかし、本当に秘力を全て集められるとはな……」

「ま、ボウヤたちにしては頑張ったわね。」

 

エドナがホットミルクを飲みながら言う。

ミクリオはそっぽ向きながら、

 

「そうだね。エドナがミノタウロスを睨み切らせて逃がした時は驚いたけどね。さすが、エドナお嬢様だ。」

「何が言いたいの、ミボ。」

「別に。」

 

二人は互いに睨み合う。

レイはホットミルクを飲みながら、

 

「……でも事実。それにエドナは最後、あの子達の気持ちに気付いてくれた。それにお兄ちゃん一人……ううん、皆と言う仲間が居たからお兄ちゃんは試練をクリアでき、ほかの導師達の掴めなかったものに近付いている。」

「……レイ……」

 

ミクリオが隣のレイを悲しく見た。

レイは立ち上がり、

 

「明日も早いからもう寝る。お休み。」

「……ああ。お休み。」

 

レイはスレイの眠るテントの中に入って行く。

ライラはミクリオを見て、

 

「ミクリオさん。」

「なんだい、ライラ。」

「レイさんは着々と裁判者に戻ろうとしています。」

「な⁉」

「……ですが、レイさん自身もまた、レイさんでいようと動いています。だから、レイさんの伸ばす手を離さないでください。」

「……ライラ。ああ。」

 

ミクリオは腰を上げ、

 

「じゃあ。僕も、もう寝るよ。」

「はい。」

 

ライラが優しく微笑みかける。

デゼルが木にもたれながら、

 

「相変わらず、甘ちゃんだな。はっきり言ってやればいいものを。」

「何をです?」

「あのチビがもうじき消える、っということをだ。」

「デゼルさん……気付いて?」

「は。あの甘ちゃん共はともかく、そいつも薄々気付いてんだろ。」

 

そう言って、エドナの方を見る。

エドナはコップを置き、

 

「ええ。火の試練神殿と水の試練神殿の時はあまり気にしていなかったけど、他の二つは違った。護法天族が裁判者の存在に気付いてすらいなかった。それに、水の試練神殿の時、アイツはアシュラを倒せるだけの力を持っていた。そして、風の試練神殿の時には……アイツそのものともとれる力……。それはつまり、力はもう完全に元に戻っているんでしょうね。でも、器であるレイ≪おチビちゃん≫は違う。体は人間そのものになりかかっているんじゃないかしら。だから、護法天族達はおチビちゃんを『器』と言い切った。」

「……はい。私もそう思っています。ですが、それは逆を言えばレイさんが自身の道を決めようとしている。そして裁判者である彼女はレイさんにその道を出す答えを待っている……」

「は。要は時間の問題だ。」

「あら、意外とおチビちゃんにも思い入れが?」

「……ないな。俺は俺の目的がある。せいぜい邪魔にならないようにして欲しいだけだ。」

「……まだ復讐する事をお考えで?」

「当たり前だ。俺はその為にここに居るんだからな。」

 

デゼルは立ち上がり、その場を離れた。

ライラとエドナは互いに見合い、

 

「まったく、みんなガキなんだから。」

「ふふ。そうですわね。」

 

二人もロゼの居るテントに歩いて行く。

 

 

翌朝、一行は戦場に向かう前に用事を済ませる事にした。

まず、探検家メーヴィンを追いながら、報集めも兼ねてキャメロット大橋に向かった。

長く大きな橋に、スレイは目を輝かせる。

 

「おお!凄いな!」

「ガキね。」

 

エドナが傘をクルクル回しながら、呆れていた。

中間まで行くと、商売小屋や商人達が大勢いた。

 

「それなりに、賑やかなところだね。」

「みたいだな。」

 

ミクリオとスレイが辺りを見渡した。

ロゼが手を上げて、

 

「んじゃ、あたしは情報を集めてくる!」

「仕方ない、俺も付いて行く。」

「素直に心配って言えばいいのに。」

 

デゼルが帽子を深くして言う姿に、レイが彼を見上げて言った。

 

「うるさいぞ、チビ。ほら、行くぞ。」

 

デゼルはロゼの横を通り過ぎって言った。

ロゼは笑いながら、

 

「はいはい。」

「返事は一回で十分だ。」

 

そう言いながら歩いて行く。

残された組は残された組で、情報を集める事にした。

するとレイが商人達の会話に入って行った。

 

「それ詳しく教えて。」

「ん?何だ、嬢ちゃん。別に面白くもなんともないぜ。」

「構わない。」

「そうか?」

 

そこに、スレイがやって来る。

 

「いたいた。レイ、急に居なくならないでくれ。」

「ごめん。でも、お兄ちゃんもこの人の話を聞くと言い。」

「へ?何の話?」

 

スレイは商人を見た。

商人は頭を掻きながら、

 

「いや、なに……ここんとこな、ザフゴット原野で凶暴なゾウが出るって噂があってな。胡散臭いとは思うが、実際原野を進んで襲われたって言ってる商人がかなりいるって話だ。だから兄ちゃん達も気をつけな。噂の真偽はどうあれ、西に行くときは気ぃつけな。」

 

ロゼが戻って来て、

 

「瞳石≪どうせき≫についての情報ゲット!なんでも、ホルサの村人に売ったって言う商人がいて、西のザフゴット原野を越えた所だって。」

「お!瞳石≪どうせき≫の情報来た!」

 

スレイは大喜びだった。

だが、ロゼが真剣な表情になり、

 

「でも、以前って言っていたからどれくらいだろうね。」

「なんだ?ロゼ、まさか嫌な予感?」

 

ミクリオがロゼを見る。

ロゼは頷きながら、

 

「しちゃうね。ホルサ村の話、最近聞かないし。」

「それだけじゃない。ザフゴット原野を通るなら、凶暴なゾウが居るみたいだし。」

「……そういえば、そうだな。多分、憑魔≪ひょうま≫だよな……」

 

レイの言葉にスレイが苦笑いする。

すると、さらにこんな話を聞いた。

どうやらホルサ村は全滅したと言う噂のようだ。

さらに、この数年辺境の村がいくつも滅んでいるらしい。

他にも、体が石みたいに固まってしまう病気も広まっているらしい。

これに関しては憑魔≪ひょうま≫かもしれないと踏んでいる。

 

スレイが一通り見た後、

 

「メーヴィン、居ないね。」

「そうだね。」

 

レイは辺りを見た後、

 

「お兄ちゃん、もし可能ならさっき言っていた瞳石≪どうせき≫の方を当たらない?」

「ん?そうだな。そうするか。」

 

スレイは頷いた。

そして一行は、ザフゴット原野に足を踏み入れる。

広がるのは砂、高い岩柱、そこまで多くない木々だった。

少し砂漠に近い何かを感じる。

 

それを歩き続け、その奥の一角に朽ち果てた村の痕跡を見つけた。

レイは遠くを見るような目で、

 

「いる……悲しみに囚われた哀れな人間のなれの果て……」

 

スレイはその悲惨な光景を見て、

 

「当たっちゃったな、ロゼの勘。」

「まだだよ。予感続行中。」

「お兄ちゃん、力のある憑魔≪ひょうま≫がいるよ。」

 

レイの指さす方には穢れを放つ憑魔≪ひょうま≫が居た。

スレイは気を引き締めて、

 

「……わかった。油断するなよ、みんな。」

「特にお前がな。」

 

デゼルが力み過ぎているスレイに言う。

ロゼが後ろから、スレイは前から憑魔≪ひょうま≫に攻撃を仕掛ける。

レイは少し離れた所で、歌を歌い始める。

スレイはヘビのような体、髪もヘビと化しているその憑魔≪ひょうま≫を見て、

 

「やっぱりメデューサか!」

「この者はステンノー!同族の憑魔≪ひょうま≫ですわ!」

 

ライラが炎の天響術で動きを封じて言う。

ミクリオが水の天響術の詠唱が終わり放つ。

 

「どっちにしろ、石化には注意なんだろ?」

「石化を防ぐ手段は限られています!」

「徹底的に防御よ!」

 

エドナが土の天響術を詠唱しながら言う。

スレイは頷きながら、

 

「ああ!わかった!」

 

石化を注意しながら、神依≪カムイ≫化を駆使して戦闘を行っていく。

レイは憑魔≪ひょうま≫の標的にならないよう、廃墟の影を利用して歌を歌い続ける。

スレイ達の攻撃が徐々に憑魔≪ひょうま≫にヒットしていく。

その度に、憑魔≪ひょうま≫は高笑いをして、スレイ達を石化しようとする。

そして、ミクリオ、エドナ、神依≪カムイ≫化したロゼとデゼルの攻撃が敵の背後からヒットする。

大きくできた敵の隙を突いて、スレイがライラと神依≪カムイ≫化をし、一撃を与える。

 

憑魔≪ひょうま≫は一歩後ろに下がる。

レイもスレイ達の元に行く。

憑魔≪ひょうま≫は唸り声を上がる。

 

「ぐうう……るる……」

 

レイはジッとその憑魔≪ひょうま≫を見つめる。

スレイは憑魔≪ひょうま≫の放つ穢れを見て、

 

「なんて穢れだ……!」

「哀れで悲しき者だな……」

 

レイは呟いた。

そして憑魔≪ひょうま≫は呟き始めた。

 

「私は貴方を信じたのに……すべてを捨てて……なのになぜ……」

「スレイ、浄化を!」

 

ロゼが武器を構えたまま言う。

スレイはその憑魔≪ひょうま≫の苦しそうな面持ちに、戸惑いを見せる。

 

「なぜあんな女にいい〰っ!」

「……逃げる、か……」

 

穢れを爆発させ、姿を消し始めた。

スレイはすぐにその場に駆けるが、

 

「しまった……!」

 

だが、すでにその姿はなくなった。

デゼルがスレイに、

 

「もう遅い。迷ったな。」

 

スレイは地面を見つめ、黙り込む。

ロゼはスレイを心配そうに見て、

 

「……スレイ。」

「済んだことは仕方ない。村を調べてみよう。」

 

ミクリオが武器をしまい、そう言う。

ライラが頷き、

 

「ええ。無事な人がいるかもしれませんし。」

 

そう言って、村を探索する。

一通り見たが、村には人はいなかった。

あったのは瓦礫の山ばかりだった。

そしてロゼが、スレイを見て、

 

「スレイ。枢機卿の事想い出してたっしょ。」

 

レイはスレイとロゼを見上げる。

スレイは肩を落として、

 

「……一瞬だけ。」

「迷っちゃうなら、どっかの宿で待ってれば?あたし、片付けとくし。」

 

ロゼが腰に手を当て、まっすぐした目で言う。

スレイは顔を上げ、

 

「何言ってんだ。ロゼだけじゃ浄化できないだろ。」

「けど、殺れる。」

 

ロゼは力強い瞳をスレイに向ける。

スレイは眉を寄せ、

 

「そんなの……!」

「スレイ、迷ってたらその隙につけ込まれちゃう。敵を気遣ったせいで、仲間が傷つくなんて絶対イヤ。」

「……つまりオレは邪魔だって言うのか。」

「そ。」

 

ロゼは即答だった。

そこにミクリオが眉を寄せ、

 

「待ってくれ、ロゼ。スレイは!」

「ミク兄。」

 

レイがミクリオの服の裾を引っ張り、首を振る。

そしてライラも、

 

「ミクリオさん、ここは。」

 

と、彼を見つめる。

そしてスレイは深呼吸し、

 

「……もう迷わないから。」

「別に迷うなって言ってんじゃないけど、やるってんならしっかりやろ。」

「ああ。」

 

スレイは頷く。

ミクリオはそっぽ向きながら、

 

「……なんだよ。気を遣った僕がバカみたいじゃないか。」

「ふふ、そんなことはありませんわ。」

「『みたい』じゃないってことよね。」

「違う!」「違います!」

 

二人は声を揃えて言った。

レイはそれを見上げ、少し笑った。

 

しばらくして、レイはスレイの横に歩いて行き、

 

「はい、お兄ちゃん。」

「瞳石≪どうせき≫!どこで?」

「向こうに落ちてた。」

 

レイはスレイに瞳石≪どうせき≫を渡す。

それが光り出す。

 

――それは男性だった。

そう、ローランス帝国の白凰騎士団の初代騎士団長の男だった。

彼は疲れ切っていた。

表情は暗く、瞳は闇に覆われていた。

彼の家族や友人だろうか、何人かの人々が嬉しそうに彼に笑いかける。

それはとても楽しそうに、嬉しそうに彼に笑いかけ、彼を呼ぶ。

だが、それは突如変化する。

闇に飲まれる者、殺される者、炎に包まれる者、自殺する者、不慮の事故にあう者、

彼の表情は怒り、悲しみ、恐怖、色々な思いがぐちゃまぜになり、崩れていく。

彼は涙を流し、顔を覆う。

そして一人、悲しみと恐怖にかられていた。

 

それを見終わったスレイが少しの間を置き、

 

「なにが……あったんだ?」

「亡くなったってこと……じゃないかな?家族が。」

 

ロゼが腕を組み、眉を寄せて言う。

レイは彼らに背を向け、空を見上げる。

エドナが真剣な表情で、

 

「多分ね。しかも次々と、ほぼ全員。」

 

ライラは手を握り合わせ、悲しそうに俯く。

ミクリオがスレイを見て、

 

「偶然とは思えないね。」

「殺された……ってこと?」

 

スレイはその後、黙り込んだ。

レイが歌を歌い出す。

それは村全体を包み、爽やかな風がそよぐ。

スレイはレイを見て、

 

「レイ、ありがと。くよくよしてても仕方ない、か……よし!」

「行くのね。」

「ああ!」

 

エドナはスレイを見上げる。

そしてスレイは大きく頷き、歩き出す。

あの憑魔≪ひょうま≫を追う。

レイは廃墟とかした村を見て、

 

「……前にも……違う、約束……?」

 

レイの眼には、顔を思い出せない小さな少年の子供がちらつく。

そしてそのすぐ傍に天族の男性が居た気がした。

 

レイは首を振り、スレイ達の後ろに付いて行く。

再びザフゴット原野を足を踏み入れる。

スレイが思い出したかのように、

 

「そういや、強大なゾウいないな……」

「ああ。それも憑魔≪ひょうま≫だと思ったんだが。」

 

ミクリオも辺りを見渡す。

ロゼが頭で手を組んで、

 

「ま。そういう時もあるって。それより、メーヴィンおじさんがキャメロット大橋に戻ってるかもしれないし、戻ろっか。その巨大ゾウはまた来た時に対処しよ。」

「そうだな。」

 

スレイ達はキャメロット大橋に向かって戻る。

戻って探検家メーヴィンを探していると、ある商人に会った。

 

「メーヴィンさんとは祖父の代からのおつきあいです。頼めばどんな品でも探し出してくれる、不思議な人ですよ。」

「それで、メーヴィンおじさんは今どこに?」

「そうでしたね。たしか、別口で頼まれものがあるそうで、ガンガレン遺跡に行くとおしゃっていました。」

 

そう言って、商人と別れる。

スレイは腕を組み、

 

「それにしても捕まらないな、メーヴィンと。」

「あたしは逆に燃えてきた!次こそとっつかまえてやる!さ、行くよ、スレイ!」

「ああ!」

 

ロゼは腕を上げて盛り上がる。

ミクリオが呆れたように、

 

「まるで罪人を捕まえる衛兵みたいだな……」

「悪いことしたの?」

「してない、してない。」

「そ。」

 

ミクリオは手を振って言った。

レイは少し笑って、ミクリオと共に歩いて行く。

 

 

一行は探検家メーヴィンを追って、ガンガレン遺跡までやって来た。

スレイとロゼが肩を回しながら、

 

「さて、メーヴィンを探すぞ!」

「今度こそ、捕まえてやる!」

「おいおい。」

 

そんな二人の姿にミクリオが呆れていた。

レイは歩き出し、

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。意外と近くにいるみたい。」

「え?」

「こっち。」

 

そういって、レイを先頭に歩き出す。

レイが進む先に、人影が見えて来た。

遺跡を調べている探検家の姿だ。

ロゼがその後姿に、

 

「いたいた!メーヴィンおじさん!」

「お?どうした、こんなところで。」

 

探検家メーヴィンはこちらに振り返る。

スレイが探検家メーヴィンに説明する。

 

「ペンドラゴの司祭に頼まれたんだ。お礼を渡してくれって。」

「それでバカ正直に追ってきたのか?」

 

探検家メーヴィンは彼らを見た。

レイはジッと彼らを見る。

 

「おじさんが教えてくれたんじゃない。『商売も人間も信用が第一だ』って。」

「司祭さんとも約束したしね。」

 

ロゼは腕を組み、スレイは腰に手を当て、笑顔で言う。

彼は笑みを浮かべ、

 

「面白いコンビだぜ、まったく。」

「それにしても顔が広いだな。メーヴィンって。」

 

スレイが思い出したように言う。

彼は笑みを浮かべたまま、

 

「いつの間にかできた腐れ縁だ。まあ、そんな縁≪えにし≫こそが世界だとも言えるがな。」

「追う方は大変だけどね。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

彼は笑いながら、

 

「はは、勘弁しろって。お礼は、お前らにやるから。」

「そんな。悪いよ。」

「遠慮するな。こういうことから腐れ縁が始まるんだぜ?」

「……わかった。ありがとう。」

 

スレイは頷いた。

レイは彼らから視線を外し、背を向けて、

 

「縁≪えにし≫こそが世界……か。あいつやあの導師が願い、想っていたものだな……」

 

レイは彼らに視線を戻し、見る。

すると、ロゼが腰に手を当て、

 

「あれ?そうすると、ここまで来た意味って……?」

「ははは!考えすぎだぜ、お嬢!純粋な心を忘れるなよ。」

 

そう言いながら、歩いて行った。

スレイとミクリオは互いに見合って、笑った。

 

その日はここで野営をした。

レイは久しぶりに夢を見た。

 

――そこは森の中だった。

空には黄金に輝く綺麗な満月。

そこに歌と笛の音が響き合う。

その歌と笛の音は木の上からだった。

そして、その歌と音色に耳を傾けている人物が二人いた。

男性と女性だ。

しかし、二人の顔は見えない。

そして、自分の隣に居る笛を奏でている者の顔も見えない。

だが、自然とこの記憶は悪いものではないと自分≪レイ≫は思う。

前にずっと見ていた記憶は悲しいものばかりだった。

戦場、願いのなれの果て、悲しみ、絶望……色んな感情が入り混じった重く辛いと思う記憶。

だが、これはとても安らかな気持ちになれる。

 

レイは一度目を覚まし、再び目を閉じた。

その目からは一筋の涙が流れ出ていた。



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第三章 運命のその先に
toz 第二十七話 気付き始めた心


スレイ達は戦場に向かって歩いていた。

ヴァーグラン森林を超え、グレイブガント盆地へと入る。

レイは耳を塞ぎ、深呼吸した後、一人で歩き出す。

 

ローランス帝国側の野営地に向かうと、ロゼの仲間が居た。

双子の兄弟だ。

そして衛兵たちと話していた。

 

「荷は確認した。さすがセキレイの羽、いい品だ。次も頼みたいが……」

「申し訳ないけど、別の仕事が入ってて。またの機会にお願いします。」

 

そう言って頭を軽く下げる。

ロゼはその二人の背に、

 

「フィル、トル。」

「頭領!ちょうど良かった!」

「仕事?」

 

ロゼは二人に近付いて行く。

双子の兄の方がロゼを見て、

 

「そう。実は――」

「トル。」

 

妹が彼の耳とで、話を止めさせる。

後ろの衛兵を気にし、小声で、

 

「……っと、ここじゃあマズイね。」

「とにかくこっちへ。」

「了解。」

 

スレイ達は場所を移動する。

ヴァーグラン森林に戻る。

 

「ローランス秘書官が接触してきた。仕事の依頼があるらしい。」

「なんだと⁈」

 

デゼルが大声を上げる。

レイは彼らをジッと見つめる。

ロゼが眉を寄せ、

 

「秘書官って皇帝付きの執事?」

「うん。それに気になる情報も入ってきたよ。妃殿下が病没した弟の子を自分の養子として迎えようとしているらしいって。」

「……たしか今のローランス皇帝は前皇帝と別の女性の子だよね。」

「そして妃殿下は、あの事件で自分の子と共謀して、皇位を自分の直系に継がせようとした。秘書官はそれを忘れてはいないだろうね。」

 

レイは彼らに背を向け、腕を組み考え込む。

そうしている中、ロゼは頷き、

 

「いいわ。あたしが処理する。」

 

その答えに双子は驚き、

 

「受けるの?私たちの仇敵と言えるヤツからの依頼を。」

「忘れないで。本当にやらなきゃダメな仕事なら、依頼主が誰でも関係ない。それが私たち、でしょ?」

 

ロゼはジッと二人を見る。

二人はどこか納得のいく顔で、

 

「そう……だよね。頭領、すごいよ。」

「頭領の名はダテじゃないってね!」

 

ロゼは腰に手を当て、笑顔で言う。

そんなロゼをスレイは真剣な表情で見つめていた。

 

「あはは。依頼人とどう接触しようか?」

「ペンドラゴの城に忍び込むよ。」

「本気かい⁉」

「呼び出したって本当の依頼主はこないでしょ。代理人じゃ意味がないんだ。ちゃんと見極めたいから。」

「わかった。城に行くならみんなを呼ばないと……」

 

双子が悩みながら言うと、ずっと黙っていたスレイが一歩前に出て、

 

「大丈夫。オレも行くから。導師として見過ごせない事があるんだ。」

「え。」

 

ロゼはスレイを見て驚いた。

そしてずっと考え込んでいたレイがロゼを見上げ、

 

「私も行こう。」

「はい?や、でも、レイ?」

「わ・た・し・が、行くのだ。この意味、お前なら解るだろう。」

 

赤く光る瞳が、ロゼを見つめる。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「あー……なるほどね。でも……」

 

双子は疑問に思った後、ロゼを見て、

 

「えっと、いいの?」

「どうするの頭領?」

 

悩んでいるロゼに、ライラが説明する。

 

「ロゼさん、ローランス皇族は憑魔≪ひょうま≫との関わりがあるらしいのです。」

「僕たちだけで行く方がいい。それにレイの……いや、裁判者のこともあるし。」

 

ミクリオが付け足す。

ロゼは二人を見て、

 

「……トル、フィル。あたしらだけで行くよ。その方が動きやすい。」

「……わかった。気を付けて、頭領。」

「スレイ、頭領を頼むよ。」

「ああ。」

 

二人は歩いて行く。

エドナがイラついたように、

 

「で、何でアンタは協力する気なの?」

 

小さな少女は腰に手を当て、

 

「なに。今回は選択の一つで道が変わると言うだけだ。それだけではない。今回は前回と違い、皇族の……そして関わっている者の中に、私の仕事があると言うだけだ。」

「それってどういう?」

 

ロゼが眉を寄せながら言う。

小さな少女はロゼ達をジッと見て、

 

「以前、器が話していただろう。生きるもの全ては本のようだと。紡がれる道は枝のように多い。今回はその分かれ道の内の一つという事だ。選択肢は二つ。私はその出された選択の結果によって、動かねばならない。」

「なるほどね~。」

 

ロゼとスレイは腕組んで頷いていた。

小さな少女は彼らには聞こえない声で、

 

「その選択肢を選ぶのはお前だがな、導師。」

 

小さな少女は赤く光る瞳を細めて、スレイを見た。

だが、すぐに彼らに背を向け、

 

「では、その時が来たら、私は表に出よう。」

 

そう言って、振り返るのはレイだった。

レイは目をパチクリした後、首を傾げた。

そしてロゼは少しの間を置いた後、スレイに背を向け、

 

「……でも、なんか悪いね。風の骨の事に付き合わせちゃって、さ。」

「やっぱ心配だし、ほっとけないよ。憑魔≪ひょうま≫だけじゃなく、裁判者も絡んでるのならなおさらだ。」

 

デゼルがスレイを見て、

 

「……やっとだ!ついてに来た!行くぞ!ペンドラゴに!」

「デゼル……。ホントにやるつもりなのか。」

「今更だな。」

 

二人の会話に、ロゼが首を傾げ、

 

「何の話?」

「お前が知る必要はない。」

「何それ!言え〰!」

 

と、いつかの時みたいに、彼の首に腕を回し、首を絞める。

デゼルはそれを振り解きながら、

 

「やめろ!くっつくんじゃない!」

「仲のよろしいこと。」

 

それを見たエドナが棒読みで言う。

レイはそれをジッと向け、俯いた。

そしてデゼルはロゼを離し、エドナに怒鳴りながら、

 

「黙れ!とっとと行くぞ!」

「デゼル。ローランス皇族は本当に憑魔≪ひょうま≫なんだな?」

 

スレイがジッと彼の背を見つめる。

デゼルは背を向けたまま、

 

「火付きの悪いやつだ。行けばわかる。それに、やつも絡んできたんだ。」

 

デゼルは歩いて行く。

スレイはライラを見て、

 

「ライラ……」

「わかっていますわ。スレイさん。」

 

その雰囲気に、ロゼは少し拗ねたように、

 

「なんかあたしに黙っている事多くない?」

「ごめん……」

「ちゃんと話せるようになるまで、もう少しお待ちください。」

「ま、いいわ。わかった。」

 

ロゼも納得し、一行はペンドラゴへと進むことにした。

 

 

ペンドラゴの少し手前で、彼らは野営を始める事にした。

デゼルはイライラしていた。

 

「たく!やっと来たっていうのにここで足止めとは!」

「いいじゃん、デゼル。理由はよくわかんないけど、焦って失敗するよりかはいいでしょ?」

 

ロゼが巻木を整えながら言う。

デゼルは舌打ちをした後、どこかに歩いて行く。

レイは彼の背に付いて行く。

しばらくした所で、デゼルが立ち止まり、

 

「何だ、チビ。」

「…………」

 

レイは無言だった。

デゼルは背を向けたまま、

 

「だから何だ、チビ。」

「…………」

 

デゼルはしばらく黙ったままのレイに振り返る。

レイはデゼルを見上げていた。

デゼルは怒鳴りながら、

 

「だから何だと、聞いている。黙っていないで言え、チビ。」

「…………」

 

それでも黙り込んでいるレイ。

デゼルが舌打ちをし、再び背を向け歩き出そうとすると、

 

「デゼル。」

「あ?」

 

デゼルは振り返り、レイを見る。

レイはジッとデゼルを見つめたまま、

 

「本当にやるつもりなの?」

「……当たり前だ。その為に俺はここにいる。」

「それで、ロゼが死ぬようなことがあっても?」

「……そうだ。止めるつもりなら――」

「止める気はない。」

「あ?」

「止める気はない。それが貴方の選んだ選択なら、それは貴方の運命だから。そして、その結果でロゼが死んでも、それはそれでロゼの運命でしかない。」

「だったら――」

 

レイは胸を抑え、そしてデゼルを悲しそうに見上げる。

 

「……それでも、私は貴方にその選択肢を選んで欲しくない。結果はどうあれ、貴方はロゼを大切にしている。そしてお兄ちゃん達の事も。何より、貴方はぬくもりを知る人だ。だから復讐という選択肢を選んだ。このまま続けても、貴方を生かし、貴方にその選択肢を選ばせた友は……それを望まない。」

「……お前に何がわかる!本当の願いを叶えるのがお前達なら、俺の願いを叶えない道理がない。俺は本当に復讐を選んだ。あいつが何を想っていようが、だ。俺はあいつの仇を討つ!それにお前は、前回は動かなかった。聞けば、王族が絡む事にはお前も関わると聞く。なのに、あの時は動かなかった。それが今になって動くとはどういう事だ!」

「……願いに関しては、それがデゼルの本当の願いではないから、としか言えない。そして貴方が言う前回のことは……決まっていた運命だからとしか言えない……」

「は。運命だと?ふざけるな!お前はいつもそうだ。裁判者は未来を知っていて、その者の運命とやらを知っていて、見捨てる!助けようとすらしない!」

「それは――」

「自分には関わりがない、世界の認める未来だから、運命だからと言いたいのだろう。だったら、なおさら俺に関わるな!」

「……デゼル……」

 

レイは俯く。

デゼルは帽子を深くし、

 

「俺はやると決めた。変える気はもうとうない!何があろうと!」

 

レイは彼に背を向け、

 

「……デゼル。貴方が選ぶその道に、裁判者が関わる。貴方の願いは叶う。裁判者が貴方の願いを叶えるから。でも、それは復讐ではないもの……貴方が気付けることを私は願うよ。」

「は。余計なお世話だ。俺は復讐以外何も望まない。それに、お前自身はどうなんだ。お前も、答えを出せていないだろ。自分が消えかかっているというのに。」

「……私は……自分の答えに気付いているのだと思う。でも、それを言葉にできる程の感情も、意志もない。でも、貴方は違う。だからデゼル……未来を諦めないで。」

 

レイは背を向けたまま言うと、歩いて行った。

レイは歩きながら、

 

「……あの風の人にも……手伝って貰おう……ごめん、デゼル。それでも私は……」

 

レイは風に身を包む。

レイが居なくなった後、デゼルは木にもたれ、

 

「たく。裁判者ではなく、あいつ≪レイ≫自身が話すとな……」

 

デゼルはしばらくそうした後、スレイ達の元へ戻る。

今日は会話も少なく、みんな床に入って休んだ。

 

スレイ達はペンドラゴの門の近くまで歩いて来た。

すると、スレイと手を繋いていたレイが立ち止まる。

そして、ジッと木の陰を見つめる。

スレイもそこを見ると、一人の天族の男性が木にもたれていた。

長髪で、上半身裸にペイントが入った謎の天族。

 

「ザビーダ!」

「偶然……ってかんじじゃないね。」

 

天族ザビーダはこちらに一度、手を振る。

デゼルは天族ザビーダを睨む。

彼は木にもたれたまま、

 

「今回の相手だけは俺に任せなって。悪いことは言わないから。」

「ふざけんなよ。ザビーダ。」

 

デゼルはさらに睨みながら言う。

ザビーダは今までとは違い、真剣な表情で、

 

「ふざけてないぜ。特に今回はな。ま、聞く耳持たないってんなら、俺はいつも通りやらせてもらうだけだけどな。」

「行かせるか!」

 

デゼルが歩き出す天族ザビーダに、ペンジュラムで攻撃する。

だが、彼はいとも簡単に避けた。

その余裕差に、見ていたエドナはイライラしながら地面を蹴っていた。

しかし、天族ザビーダは頷いた後、

 

「わかったよ。デゼル……。俺にはどうしてもケリをつけなきゃならんヤツがあと二人いる。」

 

そして拳を握りしめる。

レイは俯く。

天族ザビーダは銃に手を掛け、

 

「だからこの最後の2発はその時のために大事に取ってたもんだ。」

 

そして弾丸を詰め込む。

ミクリオが眉を寄せ、

 

「お、おい。話が見えない。」

「ミク坊。男の本気は、本気で受けとめるもんだ。覚えておけ!」

 

そう言って、銃を頭に向け引鉄を引く。

風が彼を中心に吹き荒れる。

レイは顔を上げ、一歩下がる。

その瞳は悲しみに満ちていた。

天族ザビーダはスレイ達に振り返り、

 

「さぁ!来な!」

「上等だ!」

 

天族ザビーダとデゼルは武器を構える。

ロゼは眉を寄せ、

 

「なんでこうなんの!」

「しょうがない!やるぞ!」

 

スレイ達も武器を手に構える。

デゼルは天族ザビーダの攻撃を交わし、ペンジュラムを投げる。

 

「てめえの酔狂で俺の目的を邪魔させねえ!」

「その酔狂に勝ってから吠えな!」

 

天族ザビーダも、デゼルの攻撃を交わしながら言う。

ザビーダは再び攻撃しながら、

 

「スレイ!こいつは俺がシメる!俺を引っ込めんじゃないぜ‼」

 

二人の激突はすごい迫力だった。

スレイは何とか二人を止めようと、

 

「頭を冷やせ!デゼル!ザビーダも!」

「ここで引けるか!」

「こりゃ、本気のケンカっつったろ!」

 

二人はなおも交戦を続ける。

 

レイはそれを悲しそうにじっと見つめる。

 

「互いに譲れない想い……私は……」

 

そして、デゼルの一撃が天族ザビーダにヒットする。

天族ザビーダは膝を着いた。

 

「はぁはぁ……」

 

なおも攻撃しようとするデゼル。

スレイが駆け寄りながら、

 

「デゼル!」

「うるせえ!黙ってろ!」

 

デゼルはペンジュラムを投げた。

だが、天族ザビーダの前に、レイが両手を広げて立つ。

そしてジッとデゼルを見る。

ミクリオが目を見開き、

 

「レイ!」

「ちっ!もう止まんねぇ!」

 

レイの頭にあたりそうになった瞬間、天族ザビーダがレイを引き寄せた。

デゼルのペンジュラムは地面に刺さる。

そしてそれを引き戻す。

ロゼがデゼルの背を叩き、

 

「まったく、頭冷えた?」

「ああ……すまん。」

 

デゼルは帽子を深くかぶる。

天族ザビーダはレイを離す。

 

「大丈夫だったか、嬢ちゃん。」

「……逆に助けられた。ありがとう。」

「お安い御用よ。……でも、ちっと注意した方がいいぜ。怪我しない為にもな。」

「……貴方をここに呼んだのは私……そのせいで貴方に何かあればそれは私の責任。貴方の歴史を狂わせる。……違う、私は……ごめん、なさい……」

 

レイは小声でそう言うと、服をギュッと握る。

天族ザビーダはレイの頭を撫でた。

 

「わりぃーな、嬢ちゃん。そんな顔をさせるつもりはなかった。それに、こんな結果で。」

「ううん。ありがとう……」

 

天族ザビーダは立ち上がり、デゼルを見る。

 

「それにしても、……ってぇ……やるようになったじゃねえの……」

 

そして銃を取り出し、弾丸を入れてそれをスレイに渡す。

視線をデゼルに向け、

 

「スレイ……こいつが憑魔≪ひょうま≫を殺すのを止められねえ時はこいつを撃て。これの力なら穢れと結びつくのをしばらくは防げる。」

「わかった。」

 

スレイは頷く。

天族ザビーダは伸びをし、

 

「最後の一発をくれてやるんだ。この貸し、後で返せよ。」

 

スレイは銃をしまい、頷く。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「何故そこまで……?」

 

ロゼやスレイも改めて天族ザビーダを見る。

彼らはため息をついた後、

 

「へっ、何となくさ……」

 

デゼルは帽子をさらに深くかぶり、舌打ちをする。

天族ザビーダは門を見て、

 

「行けよ。俺ぁ、ちっと寝るわ。」

 

そう言って、木陰にあたり、大の字で横になる。

そして空を見上げ、目を瞑る。

 

スレイ達は門に向かって歩いて行く。

スレイはしまった銃を触り、

 

「でも、ザビーダ、なぜこの道具をオレに……?」

「「なんとなく」って言ってたね。多分、本心なんじゃない?」

 

ロゼは頭に手をやって、答えた。

スレイも苦笑いする。

 

「かもな。しっかし、不思議なものだよな、コレ。」

「ザビーダがくれたやつか。あいつは力を撃ち出す道具だと……」

 

ミクリオが腕を組んで言う。

スレイが頷いて、

 

「言ってた。これで穢れに対抗する力を得てるって。」

「自分を撃てば力を増し、誰かに撃てば穢れとの結びつきを断つ。そういう『力の矢』を撃つための『専用の弓』というところか。」

「この弾に、その力が?」

「おそらく。それに、コレを創ったのは裁判者だ。そう言った力があるのは当然だと思う。」

「そしてこれが最後の一発か……」

「そうなるね。僕たちじゃ作りが分からない以上は。」

「分解してみたらなんかわかるかも――」

「スレイ。」

「わかってる。元に戻せなくなるだけだよな。」

 

スレイが頬を掻く。

ミクリオは真剣な表情で、

 

「慎重に扱おう。貴重なものなのは間違いない。」

 

デゼルは後ろを歩きながら、

 

「力を撃ち出す……か。」

 

そう言って、歩いて行く。

 

レイはスレイがペンドラゴの門を開ける前に、

 

「……決めなきゃ。でも……」

 

レイは空を見上げ、悲しそうに呟いた。

そして一行は門を開け、中に入って行く。



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toz 第二十八話 デゼルの復讐……

中に入り、ロゼがスレイに小声で言う。

 

「城に忍び込むのは夜。宿で時間潰そっか。」

 

スレイ達は宿屋に向かう。

スレイはずっと外を見ているレイを見る。

そしてミクリオに小声で、

 

「なぁ、ミクリオ。」

「わかってる。レイのことだろ。」

「ああ。なんか悩み事でもあるのかな。」

「……デゼルの事じゃない。」

 

スレイとミクリオの後ろからエドナが言った。

二人はビックンと体を動かし、

 

「「うわぁ、エドナ⁉」」

「うるさいわよ。おチビちゃんに気付かれるでしょ。」

 

エドナは傘で二人を突いた。

そしてエドナを見て、

 

「で、何でレイがデゼルの事で悩むのさ。」

「相変わらずミボはバカね。」

「な⁉」

 

ミクリオは拳を握りしめる。

エドナは傘を収め、

 

「いい、あのおチビちゃんはおチビちゃんなりに、ワタシたちのことを考えているの。で、あのおチビちゃんは今のワタシたちの感情を誰よりも感じ取っているはずよ。」

「それも……そうか。大切な仲間だもんな。」

「スレイ。」

「ああ。」

 

二人は頷き、レイの元に歩いて行った。

エドナは三人を見て、

 

「ま。実際はどうなのかは分からないけどね。でも、きっと変わっているとワタシは思うわ。」

 

エドナは背を向け、歩いて行った。

しばらく宿屋で時間を潰し、夜になるのを待った。

そして夜になり、スレイ達は外に出た。

 

スレイはロゼを見て、

 

「さて、どうやって忍び込む?」

「城に行く前に街の様子を一通り確認させてくれる?忍び込む場所が場所だし、念のため色々と下見しておきたいんだ。」

 

そう言って、街を回り始める。

そしてしばらく歩いていると、レイが立ち止まる。

 

「レイ?」

 

スレイがレイを見る。

レイはジッと暗闇を見つめる。

すると、一人の人物が歩いてくる。

 

「これはこれは頭領……ようこそ。」

「……ルナール⁉どうしてここに⁉」

 

ロゼは眉を寄せて、驚いた。

そこには風の骨の衣装を着たキツネ顔の男。

 

「いや~、なに。そこの審判者に聞いたのさ。」

 

そういう彼の斜め後ろの塀の上に腰を掛けた仮面をつけた少年。

彼は一度手を上げて、こちらを見ている。

 

そしてロゼはその驚きを隠せないまま、

 

「それにあんた、その姿……憑魔≪ひょうま≫?」

「くっくっく。」

 

憑魔≪ひょうま≫ルナールは笑い出す。

スレイとロゼは身構える。

彼は楽しそうに、

 

「おお、怖い。いい目だなぁ!頭領!」

 

そう言って、ロゼの睨む瞳を見る。

デゼルが彼を睨み、

 

「今てめえらにかける時間はない!速攻ケリつけてやるからとっとと来い!」

 

デゼルが構える。

ミクリオが眉を寄せ、

 

「審判者とも戦う気か⁉」

「はっはぁ。いい感じの怒りだなぁ。やっぱり喰いたくてしょうがない!」

 

憑魔≪ひょうま≫ルナールは構える。

そして、仮面をつけた少年、審判者も塀から降りて来た。

スレイは武器を手に、

 

「来るぞ!」

 

そして、憑魔≪ひょうま≫ルナールは襲い掛かる。

レイは俯いて、眉を寄せ、服をギュッと強く握る。

 

ライラが炎で憑魔≪ひょうま≫ルナールの攻撃を防ぐ。

 

「この者は自らの発する穢れが強すぎる……」

「それじゃ、枢機卿と同じだっていうのか?」

「……くっ!」

「倒した後の事なんて今は考えなくていい!」

「……わかった!」

 

スレイ達は動きのない審判者は後回しにして、襲い掛かる憑魔≪ひょうま≫ルナールを片付ける。

動きは速いが、捉えられない早さでもない。

憑魔≪ひょうま≫ルナールの攻撃を防ぎ、スレイ達も攻撃をする。

その彼らの戦いを見た審判者は、

 

「へぇ~、それなりに成長しているね。うん。さすが、導師の試練を全て乗り越えただけはある。」

 

そして口の端を上げて、嬉しそうに言った。

そうしている内にも、憑魔≪ひょうま≫ルナールの方が押されていた。

彼らから距離を取り、

 

「くっそ!まだ足りないのかい……!」

「ここまでだよ。ルナール!」

 

ロゼが彼を睨みつける。

スレイがすかさず、

 

「ライラ!」

「わかりましたわ!」

 

ライラが浄化の炎を出そうとしたが、

 

「はーい、そこまで。」

 

憑魔≪ひょうま≫ルナールの前に立つ。

彼は影から槍を取り出し、

 

「今度は俺が相手になろうかな。」

 

そう言って武器を構える。

スレイ達は再び武器を構えなおすが、

 

「そこまでだ、審判者!なるほど、私がはっきり視えなかったはずだ。今回、皇族ではなく、お前だったからか。」

 

レイが前に出てくる。

スレイ達は驚き、レイを見る。

そしてレイは審判者を見つめ、

 

「……これ以上は私が、許さない!」

「……俺としては君のためを想ってやってるんだけど?迷っている君の、ね。」

「確かに私は迷ってる。これから出される彼らの選択に。でも、それを貴方達に邪魔されるのだけは違うと思うから!」

 

そう言って、レイの瞳は赤く光り出し、影が揺らめき出す。

レイは手を前に出し、

 

「私は裁判者ほど、上手くこれを使えない。だから手加減はできないよ!」

 

そう言って、影が審判者を襲う。

彼の槍は雷がビリビリ流れ始める。

 

「そ。なら、俺も手加減できないかもね。」

 

その影を一太刀で切り裂く。

そして第二波がレイやスレイ達の足元に飛来する。

 

「うわっ!」「くっ!」

 

スレイ達は吹き飛ばされる。

すぐに起き上がり、武器を構える。

レイも立ち上がり、

 

「……私じゃ、今の彼に……でも!」

 

だが、レイは目を見開き、膝を着く。

自身の身を抱え込む。

 

「レイ⁉」

「ダ、ダメ、お兄ちゃん……」

 

レイに触ろうとして、影がスレイを襲いそうになる。

スレイは伸ばした手を引く。

彼は槍を地面につけ、

 

「あーあ、逆に飲まれそうになってるね。気をつけた方がいいよ、若き導師。」

「な⁉」

 

スレイはレイを再び見る。

レイは大きく息を吸い、瞳を閉じる。

影は落ち着き、収まっていく。

レイは地面に手を着き、

 

「はぁ、はぁ……」

 

肩を上下させていた。

最後に大きく息を着き、立ち上がる。

そして審判者を睨んでいた。

審判者は武器を影の中に納め、拍手する。

 

「凄い、凄い。あ、でも安心して。僕はこれで引くよ。本命が来たからね。」

 

そういうと、辺りの気配が変わる。

そして領域が展開される。

エドナが辺りを見渡し、

 

「何?この感覚……」

「気をつけろ……まだ何かいる!」

 

ミクリオが眉を寄せ、辺りに目をやる。

そして、そこに少女の声が響いた。

 

「余計なことはしないでもらおうか。」

「この声は……!」

 

デゼルは辺りを見渡しながら、警戒を強くする。

審判者は腰に手をやって、

 

「いやー。ゴメン、ゴメン。可愛い小さな器≪レイ≫が気になちゃって。ついてでに、導師の力も。」

 

彼の声は明るく、面白そうに言う。

だが、後ろの憑魔≪ひょうま≫ルナールは怒りながら、

 

「うるさい!俺の邪魔をしようってか?」

「キツネ。おまえの役目は彼らを誘う事であろう。余計なマネをしてあの方の怒りを買ったらどうしてくれる!貴様もだ、審判者。」

 

少女の声は怒りと恐怖気味に言った。

憑魔≪ひょうま≫ルナールは目を見開き、

 

「うっ。」

 

そう言って、走り出した。

ロゼが眉を寄せ、

 

「待て!」

 

対して、審判者の方は面白そうに、

 

「え~、俺には関係ないかな~。」

 

と、ロゼの行く手を塞ぐ。

そして女性の声はなおも続く。

 

「ちっ。……だが、予定外でだったが利用させて貰おう。」

 

そういうと、物陰から数人の人物が現れる。

それは全て同じ事物だった。

そう、すべて憑魔≪ひょうま≫ルナールの姿だったのだ。

スレイが武器を構えながら、

 

「わ!なんだこれ!」

「さ。頑張って、若き導師。俺は高みの見物をさせて貰うね。」

 

彼が背を向け歩き出すと、憑魔≪ひょうま≫ルナールは襲い掛かる。

一時的にすべての憑魔≪ひょうま≫を蹴散らす。

姿が消えると、再び声が響く。

 

「さぁ、早く追わねばキツネを取り逃がすぞ。娘。貴様らをここに誘った裏切り者をな……」

「!……じゃあ、あの依頼は……」

「罠か!」

「ルナール……!」

 

ロゼとデゼルは一目散に走り出す。

それを追って、スレイ達も追いかける。

スレイは走りながら、

 

「でもこれって幻⁉」

「夢じゃないのは確実!ホッペつねったら痛いし!」

 

そしてデゼルも走りながら、

 

「遊んでんじゃねえ!出て来い!」

「ふっふっふ。そう急くな。前座を楽しめ。」

 

声は楽しそうに笑う。

デゼルはさらに怒り、

 

「ざけやって!」

「デゼルさん、この声の主をご存じなんですの?」

 

ライラが走りながら、デゼルを見る。

デゼルは拳を握りしめ、

 

「忘れるものか……!俺の狙う相手の声を!」

「なんだって……」

 

ミクリオが眉を寄せた。

レイは唇を噛みしめる。

 

『……デゼル……』

 

エドナは走りながら、ライラを見る。

 

「ライラ、気付いてる?」

「はい。この領域は穢れを持っていませんわ。」

「この状態を作り出してるのは憑魔≪ひょうま≫じゃないってことか。」

「……どうなってるんだ。」

 

スレイ達は困惑を辿る。

レイの瞳は揺らぐ。

 

スレイ達は奥へと進んで行く。

すると憑魔≪ひょうま≫ルナールの声がする。

 

「もういいだろ?な?出してくれ!」

「あの方の意向を無視することは許さん。わかったか?」

「わ、わかった!」

 

彼は少し脅えながら言う。

そして聖堂の入り口に憑魔≪ひょうま≫ルナールを見つける。

 

「ルナール!」

「ひぃ!」

 

ロゼが声を上げると、彼は一瞬脅えるが、

 

「!お兄ちゃん!」

 

レイが叫ぶと、憑魔≪ひょうま≫ルナールは発光し出した。

スレイ達は目を手でかざし、目を瞑る。

スレイ達が再び目を開けると、憑魔≪ひょうま≫ルナールはすでに居なかった。

 

「どうなってるんだ……」

 

そして代わりに一人の少女が現れる。

 

聖堂の屋根の上、審判者は下の光景を眺め、

 

「さて、導師スレイとそのお仲間よ。君たちはどちらの選択肢を選ぶかな。」

 

スレイ達の前の少女は紫の服を身に纏い、髪を左右に結い上げていた。

そしてスレイ達を見ていた。

レイは眉を寄せる。

そしてそれに気付いたデゼルも、殺気が出る。

少女は口を開く。

 

「前座にしては有意義だった。娘よ。なかなか良い怒りだった。それが憎悪として芽吹けばあの方も喜ばれよう。」

 

少女は手を広げ、ロゼを見て首を傾げる。

ロゼは眉を寄せ、

 

「……何?こいつ……」

 

ロゼを背で隠し、デゼルは少女を睨み、

 

「待ちわびた……!」

「機は熟したろう?お互いにな。」

 

そして戦闘を開始しようとするデゼルに、スレイが止める。

 

「待て、デゼル!こいつは憑魔≪ひょうま≫じゃない!」

「関係あるか!ダチを憑魔≪ひょうま≫にし、風の傭兵団を貶めたおまえらは絶対殺す!」

 

ロゼはデゼルの言葉に、戸惑いながら、

 

「何言ってんの?デゼル?」

 

そのロゼの言葉に、少女は目を細め、

 

「ほう。この娘にはまだ語ってなかったのか。」

 

スレイは息をのむ。

レイは眉を深くし、少女を見る。

少女の声は楽しそうに、

 

「いい。実にいい!最高のお膳立てではないか!」

 

攻撃しようとするデゼルの腕をスレイが掴み、

 

「デゼル!やめるんだ!」

「放せ!俺はこの時のためだけに生きてきた!」

 

スレイを見て、怒鳴るデゼル。

そこにロゼが二人を見て、

 

「ちょっと!いい加減感じ悪いぞ!スレイ!デゼル!何なわけ⁈」

「ロゼ……それは……」

 

レイがロゼの手を伸ばすが、自分の目の前に黒いコートのようなワンピース服を着た少女が現れた。

いや、自分の瞳にしか視えていない。

レイは目を見開いた。

そうしていると、スレイ達の前に居る少女が、

 

「……娘、私が教えてやろう。この者は死んだ友との絆の証である風の傭兵団の存続を願うあまりに、霊応力の高いお前を時に操り、利用して、お前たちを暗殺集団という闇社会の住人に仕立て上げた。」

 

デゼルは少女を睨み、歯を食いしばる。

ロゼは瞳を大きく開き、少女の声に耳を傾ける。

 

「そして憑魔≪ひょうま≫を殺すために神依≪カムイ≫の力に目をつけ、全ては友の仇を討つためと言い聞かせ、お前に干渉し続け、復讐の器となるよう仕向けた。」

 

ロゼの瞳は揺らぐ。

デゼルはイラつきながら、

 

「そうだ!貴様への復讐!そのために俺は全てを投げうつ!」

「この不思議ちゃんに付き合うのは良くないわ。」

「同意だ!嫌な予感しかしない!」

 

エドナとミクリオが眉を寄せて、声を上げる。

ライラも察し、スレイの背に、

 

「退きましょう!スレイさん!」

 

だが、少女が目を見開き、

 

「させぬよ。」

 

少女が光り出すと、そこには穢れを纏った物体が現れる。

レイは首を振り、

 

「ダメ、ダメ!ダメ‼」

 

ライラは眉を深くし、

 

「突然憑魔≪ひょうま≫に⁉なぜ……」

「言葉では思い出せないのなら……別の方法を使わせてもらう。」

「やっと正体を現しやがったな!」

 

そう言って、デゼルは構える。

スレイも武器を構え、

 

「くそ!」

「絶対殺す!それこそが俺の存在理由!」

 

そう言って、攻撃を仕掛けるデゼル。

その間にも、少女の声は響く。

 

「よくもこれ程に自己肯定の幻に溺れたものだ……」

「何を言ってやがる!」

「なんとも憐れだ。理解はできるんがな。」

 

スレイ達は憑魔≪ひょうま≫の攻撃を交わしつつ、懐に入り攻撃を繰り出す。

だが、与えられるダメージは少ない。

レイは彼らの戦う姿を見ながら、

 

「ダメ!これ以上は……!」

――今回は手出し無用だ。大人しくしていろ。

「どうして⁉」

――これは人の世の出来事。故に、この件に関るのは後だ。私……裁判者が動くのは選択を見てからだ。

「私は!私なら止められる。二人を救える‼」

――無理だ。お前は私の力を使った。

「……!私は……それにあれは!」

 

レイは瞳を揺らす。

そうしていると、スレイ達の方では動きがあった。

 

「思い出せ。お前が本当は何を望んでいたか。」

「……るせぇ。」

「あの時、友をどうして、何故失ったか……憑魔≪ひょうま≫を殺したあと、その穢れがどうなるのか……それでも思惑通りの術で復讐を成し遂げると?」

「うるせえ!」

 

デゼルの怒りの叫び声が響く。

少女の声はなおも楽しそうに続く。

 

「よく思い出せ。友を失ったのは私のせいか?なぜ風の傭兵団の存続を願う……何が本心だ?」

「ご託はもういい!」

「これほどとはな。憐れに過ぎるではないか!」

 

デゼルの怒りの風の天響術がヒットする。

その隙に、スレイがライラを見て、

 

「よし!ライラ、浄化を……」

 

ライラは頷く。

だが、デゼルが武器を構えなおし、

 

「そうはいくか!こいつはぶっ殺すんだ。」

 

そう言って、デゼルは力を強め、

 

「デゼル⁉はぅ⁉」

 

ロゼの中に入った。

レイは瞳を大きく揺らし、

 

「ダメ……デゼル……ダメ――‼」

 

小さな少女を横切り、ロゼの方に駆けて行く。

小さな少女はレイを横目で見る。

小さな少女は消える。

スレイもその異常な雰囲気を察する。

ロゼは神依≪カムイ≫化の姿となる。

 

「ロゼ!」「デゼルさん!」

 

スレイとライラは叫ぶ。

レイも近付いたが、ロゼはいや、デゼルはスレイ達を見て、憑魔≪ひょうま≫に向かっていく。

レイは立ち止まり、

 

「……遅かった……!」

 

ライラは眉を寄せ、札を取り出し、

 

「仕方ありませんわね!」

 

だが、目を見開いた。

 

「契約破棄⁉まさか⁉」

「デゼル!」

 

スレイは叫ぶ。

スレイは銃を取り出す。

だが、あの少女が目の前に立ち、両手を広げる。

 

「おっと。最後までやらせてやりたまえ。」

「おまえ?どうして。」

 

スレイは目を見開く。

レイは少女を睨み、

 

「そこを退いて!」

 

少女は笑い出す。

ミクリオがスレイの横に並び、

 

「スレイ、構ってる場合じゃない!」

「わかってる!」

「ふっふっふ……」

 

少女はさらに笑うと、少女が増える。

エドナが武器を構えながら、

 

「またなの?」

「私は他者の感覚に作用し、惑わすことが出来る。」

「では突然憑魔≪ひょうま≫になったように見えたのも……」

 

ライラは火の天響術を発動させて言う。

少女はそれを避け、

 

「察しの通り。あの憑魔≪ひょうま≫は本物だがな。そしてその正体を知っているのは――」

 

少女はレイを見て楽しそうに笑う。

レイは少女を睨む。

だが、その瞳に再び黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が現れる。

 

――力は貸せないな。いや、使わせない……か。

「邪魔をしないで!」

 

レイは拳を握りしめる。

スレイは攻撃を避けながら、

 

「ライラ!主神の命でデゼルを止めてくれ!」

「無理です!陪神≪ばいしん≫契約は破棄されました!」

 

ライラは首を振る。

ミクリオがライラを見て、

 

「そんなことできるのか⁉」

「普通は無理です!陪神≪ばいしん≫から一方的になんて!あるとすれば……」

「審判者か!」

 

少女は攻撃を繰り出しながら、

 

「ほう……ますますおもしろい……」

「おまえは何が狙いなんだ!」

「導師、貴様は知るべきなのだ。」

「何?」

「見せてやろう。『彼』という天族の業を……」

「……!」

 

レイは目を見開いた。

その瞳を悲しく揺らしながら……

少女は語る。

 

「彼は自分の力で正しく加護を与えていたにすぎない。」

 

少女の奥では神依≪カムイ≫化したロゼの姿をしたデゼルが、憑魔≪ひょうま≫に攻撃を繰り返していた。

少女の声は続く。

 

「だが天族の加護とは人にとって幸であるとは限らない。」

 

憑魔≪ひょうま≫の大きな一つの瞳が神依≪カムイ≫化したロゼの姿が映る。

デゼルの声が響き渡る。

 

「やっとだ!やっと貴様を殺せる!」

 

レイはそこを見て、

 

「ダメ、デゼル!その人は……!」

「レイ?」

 

スレイはレイを見た。

レイは首を振りながら叫ぶ。

そして刃を振り降ろす。

 

「死ねぇー‼」

 

だが、デゼル≪ロゼ≫の動きが止まった。

その憑魔≪ひょうま≫は瞼を一度閉じ、開いたその中には一人の男性の顔が浮かび上がる。

そして記憶の蓋は開かれた。

 

――それは懐かしい記憶。

そこには草原にロゼとエギーユ、そして鎧などに身を包んだ仲間たち。

彼は訓練を始める。

それを高い所からそれを見守るのはデゼルと天族の男性。

天族の男性の服装は今のデゼルそのものだった。

彼は嬉しそうに言う。

 

「あいつらとの旅は本当、楽しい……冥利に尽きるだろ?」

「ああ。感謝してる。」

 

デゼルもまた、楽しそうに言う。

さらに月日は流れ……

 

「大陸一の風の傭兵団を是非ともローランスに連ねたいのです。」

「あたしがコナン皇子と婚約?夢みたい!」

 

そこはローランス皇子とロゼ達。

ロゼの目は輝いていた。

そしてまたも、天族の男性は見守っていた。

そしてロゼを見つめ、

 

「よかった。旅が終わっちまうのは残念だがな。」

 

だが、デゼルの心は泣いていた。

 

――……イヤだ。終わらないでくれ……

 

 

さらに時は少し進み、ローランスの皇子が兵に言う。

 

「ぬかるなよ。行かぬか!」

「コナン皇子!団長が居ないんです!」

 

そこにロゼがやって来る。

彼は不敵に、君の悪い笑顔になる。

デゼルが叫ぶ。

 

「その子に近づくんじゃねえ。」

「私に指図する貴様は何者か。」

 

だが、それに皇子は答えた。

デゼルの横に居た天族の男性は身構え、

 

「こいつ……すでに憑魔≪ひょうま≫に……」

「え?誰に話して……?」

 

ロゼは戸惑う。

そうの皇子の顔は豹変する。

 

「貴様らのその旨そうな匂い……たまらんなぁ!」

 

そしてそんな彼らの後ろの塀の上には、あの少女が降り立つ。

 

「何故これほどの短時間で憑魔≪ひょうま≫と化したのだろうな?」

 

そして少女はデゼルの横の天族の男性の横に降りる。

天族の男性は彼女を見る。

そしてデゼルもまた同じく見た。

そこにエギーユが掛けて来る。

 

「皇子!俺たちが第一皇子を殺しただと⁉何の冗談だ!」

「衛兵!逆族がここに!」

 

皇子は兵に命令し、エギーユを捕らえる。

 

「罠にかけたな……俺たちを!」

 

そしてエギーユは連れて行かれる。

ロゼは目を見開く。

デゼルの横の天族の男性は、

 

「なぜこんな事に……」

「風の傭兵団、団長ブラドは第一皇子レオンを殺害。身柄をペンドラゴ守隊によって拘束された。よって貴様ら全員も拘束する。」

 

皇子は命令する。

少女は楽しそうに言う。

 

「わかるだろう?コナン皇子が憑魔≪ひょうま≫と化し、我欲に従い、邪魔者を除こうと考えたからだ。」

 

彼からは穢れが満ちる。

そして彼の横の衛兵たちからも穢れが溢れる。

少女は楽しそうに続ける。

 

「そして……コナン皇子が憑魔≪ひょうま≫になった原因もわかっていよう?」

 

そう言って、男性の横に居たデゼルを見て、

 

「『彼』だ。」

 

デゼルはハッとした顔になる。

そして天族の男性を見る。

天族の男性もまたデゼルを見る。

ロゼはその場に虚ろな瞳で座り込んだ。

そして皇子を見上げる。

 

「おまえは私のものとなるなら特別に赦免しよう。」

「なっ⁉」

「ぐふふ。次期皇帝の側妾≪そばめ≫となれる!これほどの栄誉はあるまい!」

 

皇子は笑う。

少女も笑う。

ロゼは立ち上がり、二本の短剣を構える。

デゼルの横に居た天族の男性は駆け出す。

 

「こんのー!」

 

ロゼは皇子に突っ込む。

皇子の手には穢れに満ちた玉をロゼに向ける。

 

「間に合え!」

 

ロゼに穢れの玉が当たる前に、ロゼを庇う。

そして皇子の手を薙ぎ払った。

ロゼの刃は皇子にあたる。

 

「ぎゃああああ!」

 

彼の中の穢れが爆発した。

 

「うおぉおお!」

 

それがロゼに行く瞬間、再び天族の男性がロゼを庇ったのだ。

彼は穢れに飲まれる。

 

「ぐ、うぅぅああ!」

 

デゼルはそれをただ見ている事しかできなかった。

デゼルはその場に膝を着く。

少女は言う。

 

「すべて貴様の加護の賜物≪たまもの≫……人はその力を持つものを何というか知っているか?」

 

彼女は嬉しそうに、楽しそうに言う。

 

「疫病神だ。あーはは、はは!」

「……俺のせい……だった?」

 

デゼルは彼を見る。

穢れに包まれ、穢れて行く。

 

「全て……俺の……?」

 

 

ロゼ≪デゼル≫は目を見開いた。

そしてスレイもまた目を見開いた。

そう、あの憑魔《ひょうま》はデゼルの親友天族ラファーガ本人だったのだ。

少女は後ろを見て、

 

「彼もどうやら全て思い出したようだ。」

「ダメ、逃げて!」

 

レイが叫ぶよりも早く、その隙を突かれ、ロゼの体は憑魔≪ひょうま≫に貫かれた。

レイは目を見開いた。

その瞳が大きく揺れる。

デゼルがロゼの中で、憑魔≪ひょうま≫に抵抗する。

だが、ダメだった。

ロゼ≪デゼル≫は後ろに倒れ込む。

 

「ロゼ!デゼル!」

 

スレイとレイは同時だった。

 

「どけぇー‼」「邪魔だ!」

 

スレイはミクリオと神依≪カムイ≫化し、レイの影と共に少女を薙ぎ払う。

そしてスレイの放った水の矢が、少女の本体にあたる。

 

「うっ。」

 

少女は尻餅を着き、倒れ込む。

だが、すぐに起きあがり、

 

「くっふふ。さぁ、ここからだ導師。括目するのだな。」

 

ロゼとデゼルの神依≪カムイ≫化が解ける。

そしてロゼは穢れに飲み込まれる。

スレイがミクリオと神依≪カムイ≫化したまま、突っ込む。

レイもまた、目の前の小さな少女を横切って、駆け出す。

小さな少女は駆け抜く彼らに言う。

 

――さぁ、導師達……選択のときだ。

 

そう言って、再び消えた。

 

彼らの元まで来たスレイはミクリオとの神依≪カムイ≫を解き、敵の攻撃を防ぐ。

ミクリオが倒れ込むデゼルを腕を抱え、その場から離れる。

そして少し離れた所で、彼を仰向けにする。

彼の腹には穢れの攻撃が残っている。

そこにレイが駆け寄り、

 

「デゼル!」

 

そう言って、穢れのある彼の腹に手を置く。

すると魔法陣が浮かび上がる。

ミクリオはこの魔法陣に見覚えがあった。

 

「これは……あの時の……レイ……」

 

それは自身の中に穢れを移し替えるものだ。

そしてデゼルはやっと言葉を発する。

 

「ロ……ゼ……」

 

ミクリオは立ち上がり、

 

「デゼル!ここを動くな。いいね!レイ……」

「デゼルは任せて。……何としてでも!」

「わかった!」

 

そしてスレイの元に駆けて行く。

スレイは敵を薙ぎ払い、ライラと神依≪カムイ≫化する。

そして炎の纏った剣を振り下ろす。

 

「こいつ!」

「いけません!」

 

ライラがそれを止める。

 

「ロゼさんのあの負傷!たとえ穢れを浄化しても負荷に耐える体力は残っていませんわ。」

 

スレイは敵から距離をとる。

ライラは悲痛な声で叫ぶ。

 

「だから攻撃してはいけません!ロゼさんが……!」

「このままだとロゼは完全に憑魔≪ひょうま≫に……」

「あの怪我じゃその前に命が尽きてしまうわ。」

 

ミクリオやエドナも叫ぶ。

そこに少女の楽しそうな声が響く。

 

「導師は時に決断を迫られる……そうだろう?決めたまえよ。憐れな道化の命も尽きるぞ?」

「お黙りなさい‼」

 

ライラが本気で怒っていた。

そこにデゼルの声が響く。

 

「スレイ、いったん下がれ!俺に策がある!」

「デゼルさん⁈」

 

スレイはライラとの神依≪カムイ≫を解く。

 

 

レイはデゼルの穢れを自信に移し替えていた。

そのレイの手をデゼルが握る。

 

「デゼル!待って、もうすぐ――」

「いや……いい!それよりも……ロゼだ!」

「でも!」

 

デゼルは寝たまま、レイの頭に手を置き撫でる。

 

「俺は俺の選択を取る。だから頼む、レイ≪裁判者≫!」

 

レイはの瞳が揺らぐ。

レイは瞼を閉じ、そして開くその瞳は真っ赤に光り出す。

 

「……わかった……私は、デゼルの意思に従う。」

 

そしてデゼルはスレイに叫ぶ。

 

 

ライラが結界をつくる。

その間にスレイ達はデゼルとレイの元にいく。

デゼルは横になったままだった。

そしてその腹にはまだ穢れが残っている。

そこに少女の声が響く。

 

「自棄を起こす事だけはやめてくれ、導師よ!それではせっかくここまで整った舞台が台無しだ。」

 

ミクリオとエドナが左右を警戒する。

その中、レイが立ち上がり、

 

「黙れ、天族!これ以上、私を怒らせるな!」

 

レイが地面を一蹴りすると、その波動が行き渡り、少女の声が聞こえなくなる。

そのレイの瞳は真っ赤に光っている。

 

スレイがデゼルの前に膝を着く。

 

「……スレイ、聞け。」

 

デゼルは弱弱しい声で言う。

スレイは眉を寄せ、

 

「デゼル、無理するな。」

「いいから聞け……憑魔≪ひょうま≫と……ロゼの結びつきだけを……破壊するんだ。」

 

デゼルの言葉に、ミクリオとエドナも彼を見る。

そしてライラも眉を寄せ、悲しそうに言う。

 

「たとえ導師であっても、そんな奇跡のようなこと……」

「できるわけがない……」

 

ミクリオも首を振る。

エドナは一度レイを見た。

レイは俯いていた。

デゼルはスレイを見て、

 

「……スレイ、ザビーダから預かった、……アレを貸せ。これは力を撃ち出すもんなんだろう?」

 

そしてデゼルは銃を手に起き上がる。

 

「俺がその力になる。俺自身を攻撃として撃ち出せ。」

「なんだって?」

 

エドナはそれを察した。

まっすぐデゼルを見て、

 

「憑魔≪ひょうま≫と同化しつつも、意思のある攻撃となって繋がりを見つけて、そこにのみ打撃を与えられる……そういいたいのね。」

「それはただの特攻だ!」

 

ミクリオが怒る。

デゼルは力を振り絞り、

 

「……これに込められてる最後の弾の力と俺の残りの力を振り絞って合わせれば、きっと飲み込まれずに繋がりだけをぶっ潰せる。」

「それでも力が足りない。」

 

レイがデゼルを見つめる。

そしてデゼルを見つめ、

 

「だから私が残りの分を補う。あの人にも、あの人達にも邪魔はさせない。デゼルの意思がある限り。」

「ああ……スレイ……俺にもロゼにも、もう時間がない……わかるだろう。」

「デゼル……」

 

スレイは眉を寄せて、見つめる。

そして憑魔≪ひょうま≫のすぐ傍に居た。

デゼルは銃口を自信に向ける。

その表情は穏やかだった。

 

「デゼル⁉」

 

そしてその引き金を引く。

彼は風の渦が包み込む。

スレイ達は眉を寄せた。

そしてデゼルはスレイを見下ろし、

 

「頼むぜ……しくじるなよ!」

 

そう言って、スレイの中に入る。

スレイは胸に手を当て、覚悟を決める。

そしてデゼルと神依≪カムイ≫化をし、憑魔≪ひょうま≫に銃口を向ける。

レイもまたスレイの横に立ち、

 

「デゼルの本当の願い、私が叶える!叶えてみせる!」

 

レイが歌を歌い出す。

そしてスレイは引鉄を引く。

 

「うわぁぁ!」

 

弾丸は憑魔≪ひょうま≫へと当たる。

レイの後ろで小さな少女が呟く。

 

――まったく、これでは私は表には出られないな。……だが、選択は見れた。そしてあの天族の願いも叶えねばならん。故に、手伝ってやろう、器……

 

小さな少女はレイの方に歩いて行き、レイと一つになる。

力が急激に増し、それは想いを繋げる。

 

 

デゼルは光の濁流の中、ロゼを見上げる。

 

「ロゼ……俺は謝らなきゃならん。」

 

ロゼはデゼルを見つめる。

デゼルは続ける。

 

「俺のせいでおまえを……風の傭兵団を不幸にした。すまなかった。」

 

そう言って、デゼルは俯いた。

そこに、ロゼの声が響く。

 

「言いたかったのはそれ?」

 

デゼルが顔を上げる。

ロゼは腰に手を当て、デゼルを優しく見つめる。

 

「ハタから見たら不幸って事になるのかもだけど、あたしはぜんっぜん、不幸とか感じた事ないよ。五年前のあの出来事で、あたし達はバラバラになってもおかしくなかったのに。風の骨、セキレイの羽としてまた一緒に旅ができた。」

 

ロゼは遠くを見るように言う。

嬉しそうに、誇らしげに、

 

「嬉しかった。感謝してるよ、あたしは。」

 

そう言って、笑顔になる。

俯くデゼルの肩を叩き、

 

「ほーら!言いたいことがあんでしょ。」

「……俺は半端もんだ。結局、何も碌≪ろく≫にできなかった。けど、たったひとつだけ。ちゃんと出来たよ。そのたったひとつをやり遂げられた事が本当に嬉しい。俺も……感謝してる。サンキュウな。」

 

彼のその濁りなき済んだ瞳がロゼを見る。

その顔は誇らしげで、嬉しそうだった。

彼の体はロゼより上にゆっくり上がっていく。

だからロゼはそれにまっすぐ見て、笑顔で、

 

「おう。」

 

そして、そこにレイの歌が聞こえてくる。

デゼルは懐かしむようにそれを聞き、

 

「スレイたちに、おまえらとの旅、悪くなかったって言っといてくれ。」

「おう!」

 

ロゼは彼を見上げ、力強い瞳で頷く。

 

「あいつらがもし悩んでたら……おまえら、やりたいことがあるんだろうが!いつまでもくよくよしてると俺の鎖で締め上げるぞ!ってケツを叩いてくれよ。」

「おう!」

 

デゼルはどんどん上がっていく。

ロゼは涙を堪え、頷く。

見えなくなるその最後の一瞬まで。

デゼルはロゼを見下ろし、最高の笑顔を向ける。

 

「じゃあな。そのままでガンバレよ。」

「おう!」

 

ロゼは最後の返事を大声で叫ぶ。

光がロゼを包む。

 

 

スレイはロゼを揺する。

 

「ロゼ!」

 

ロゼは目を開き、スレイ達を見上げる。

そのロゼの体には穢れも、傷もない。

ライラはホッとしたように、

 

「良かった……」

 

ロゼはハッとして、辺りを見渡す。

そこにはデゼルの姿も、憑魔≪ひょうま≫の姿もない。

ただ一人、あの少女以外は……

 

「彼の死をどう思う?」

 

彼女はこちらに歩きながら、いう。

 

「なぁ、導師。どう思う?彼のように、人に惹かれるほど……」

 

そして目の前まで来て、

 

「加護を与えれば与えるほど人を不幸にする天族は存在してはならないのだろうか。」

 

ライラが眉を寄せて、怒りの瞳を彼女に向ける。

だが、彼女は続ける。

 

「彼の存在自体が悪で、滅されるべきなのだろうか。」

「そんなワケない!」

 

ロゼは眉を寄せて、少女に叫ぶ。

少女は冷たい視線をロゼに向け、

 

「吠えるなぁ。娘よ。貴様も一時は同じ理由で導師を葬ろうとしたと言うのに。」

「!」

 

ロゼは目を見張る。

そこに影が少女を喰らおうとする。

それを審判者が彼女を喰らおうとする影を斬る。

 

「ふぅ~、危なかったね。」

「余計なお世話だ。」

 

そう言って二人は歩いてくるレイを見る。

赤く真っ赤に光る瞳が、二人を見て、

 

「これ以上のここでの導師の干渉を今すぐやめろ!さもなくば、私は全身全霊を持って、お前達を喰らい尽くす!」

「……まったく。裁判者の言葉とは思えないな。」

「黙れ!」

 

審判者は、仮面をつけていても解るほどの殺気が辺りを漂い、

 

「俺は、レイと言う存在を大切に思ってるんだけど――」

「……兄弟姉妹《きょうだい》ケンカならよそでやれ。私は巻き込まれるのはゴメンだ。」

 

少女がため息を着きながら言う。

そう言うと、彼の方もため息をついた後、殺気を消す。

スレイは少女を見て、

 

「お前は一体何者なんだ。」

「我が名はサイモン。彼と同じく業を背負った憐れな天族だよ。」

 

そこに天族ザビーダが駆け込んできた。

現状を察し、天族サイモンを睨む。

彼女もまた、彼を見て、

 

「この舞台は幕だな。」

 

彼女は背を向け、歩いて行こうとする。

その背に、

 

「待て!」

 

スレイは彼女を睨む。

無論、他の者達も。

天族サイモンは目を細め、

 

「今は悼んでやりたまえ。」

「そういことなら、俺も帰るかな。じゃあね。」

 

そう言って、裁判者も彼女と共に歩いて行った。

 

天族ザビーダがデゼルが被っていた帽子を拾い上げ、見つめる。

その瞳はとても悲しそうだった。

一行は無言となる。

 

しばらくしてレイがロゼを見る。

 

「……ロゼ、ごめんなさい。」

 

そう言って、悲しそな瞳を向ける。

スレイがレイとロゼを見て、

 

「それだったら俺も謝らなきゃいけない。ごめん、ロゼ。」

「無論、僕たちもだ。」

 

ミクリオが、スレイに続く。

そしてライラとエドナも頷く。

ロゼは立ち上がり、

 

「あはは!気にすんなって!もう気にしてない――」

「違う……」

「レイ?」

 

レイは自分の服の裾を握りしめ、

 

「私は知ってた。こうなる運命を……知ってて何もできなかった!本気で止めようとしなかった‼︎私《裁判者》なら二人とも……彼も救う手があった!なのに……」

 

レイは瞳を大きく揺らしながら言う。

ロゼは頭を掻き、

 

「だとしても、変わらない運命もある。それに、私も真実を知れた。そしてデゼルも自信を見つめ直し、自分に誇れるものを持てた。何より、やっと自分の大切なものを口にできたんだよ。あたしも、改めて大切なものを見れた。だからレイ、ありがとう。」

 

レイは首を振る。

そこに優しいそよ風がそっと彼らを包む。

レイは口を開け、瞳を揺らす。

 

「……デゼル……」

 

レイの頬に涙がつたう。

全員が驚いた。

ロゼが慌てて、

 

「いや、レイ⁉︎泣かすつもりじゃ――」

「う、う……うわぁぁーー‼︎」

 

と、泣き出した。

スレイがしゃがみ、レイを抱き寄せる。

 

「そうだよな。辛かったんだな……ごめん、気付いてあげられなくて。でも、ありがとう。レイが頑張ってくれたから、デゼルもきっと勇気を持てたんだと思う。」

「うわぁぁー‼︎」

 

レイはスレイにしがみつく。

その背をスレイは優しくさする。

そして少し落ち着くと、

 

「そうか……悲しかったんだ……あの人も、彼も……」

 

レイの瞳には一人の導師のマントを羽織った男性がよぎる。

だが、それはすぐに消える。

レイは先ほどとは違う涙を流し、

 

「あの人を失ったことを……助けられなかったことを……」

「レイ?」

 

スレイはレイを見る。

そしてライラは手を口元に当て、目を見開いた。

当のレイはそう呟くと、スレイの肩で眠っていた。

 

 

その後、宿屋に向かい眠っているレイをベッドに寝かす。

そして他のもたちは気持ちを整理する為に、それぞれ外に出ていた。

レイが目を覚ます。

いや、レイじゃない方のレイが目を覚ます。

 

「……さて、行くか。」

 

小さな少女は風に包まれ、白から黒へと変わり、外に出た。

 

スレイ達は各自で別れていた。

その中、スレイは噴水の前に立っていた。

そこにミクリオがやって来る。

 

「みんなにも明日の朝ここに集合と伝えておいた。たまには一人になるのもいいだろうしな。」

「サンキュ、ミクリオ。」

 

そう言って小さく笑うスレイに、

 

「……スレイ、レイにああいった矢先、あまり気に病むなよ。」

「ん……」

 

ミクリオは一呼吸した後、

 

「……デゼルの死も、彼の業も、あのサイモンの言葉も……災禍の顕主を鎮めるために、導師は受け入れなくてはならないんだろうか。」

「うまく気持ちがまとまらないよ。」

「嫌ならやめればいい。」

「ミクリオ!」

 

スレイはミクリオを見つめた。

ミクリオは静かに、

 

「最後まで聞いてくれ。導師の使命や宿命などに押しつぶされるぐらいなら……いつでもやめればいい、少なからずそう思ってた。昨日まではな。でも今は違う。」

「デゼルのためにも、答えを見つけ出したい。」

「そうだ。彼に報いるとかそんなのじゃない。ただ知りたい。もう同じ事は繰り返さないために。」

 

ミクリオがスレイを見て言う。

彼は力強く、拳を握りしめて言う。

 

「だからもう、やめればいいなんて思ってない。」

「きっと答えを見つけ出さないとな。」

「ああ。導師の使命だからじゃない。僕たちの旅は僕たちのものだ。」

「そうだな。ありが――」

「礼は不要だ。僕の事を話しただけだからな。続けよう。僕たちの答えを探す旅を。」

 

二人は小さく笑い、頷いた。

そんな彼らを屋根の上から見ていた小さな少女がいた。

夜の暗さに紛れ、その身を闇と同化させていた。

ただ一つ、暗闇の中で光る赤い瞳以外は。

その小さな少女は満月を見上げ、

 

「お前が生かし、お前の妹が守った子供達はちゃんと成長している。お前の妹が想い、願った通りに……」

 

そう言って、その場を後にする。

 

ミクリオはスレイに背を向け、

 

「じゃあ、僕もちょっとぶらついてくる。」

 

そう言って歩いて行った。

スレイも月明かりが灯る街を歩く。

 

聖堂の方に行くと、エドナがベンチに座り、月を眺めていた。

そしてスレイに気が付くと、その状態のまま言う。

 

「……あの不思議ちゃん。自分は業を背負うものだって言ってたわね。」

「ああ。導師は悲しい業を背負った天族の事を知る必要があるとも言ってた。」

「人にとって存在しているだけで悪という者――死を解放と言うこともあるわ。そこに居るだけで望まない結果を導くものにとって死は――」

「エドナ!それ以上は言わせない!」

 

スレイは眉を寄せて大声を上げた。

エドナはスレイを見て、

 

「……バカね。デゼルの事じゃないわ。」

「お兄さんの事でもダメだ。言っちゃ。」

 

エドナはまっすぐスレイを見つめ、

 

「言ったとしても、そんなのただの言葉じゃない。それも何度も耳にしたでしょ。」

「それでもイヤなんだ。今、聞きたくない。」

 

スレイは少し悲しそうな声で言う。

エドナは視線を落とし、

 

「……そう。じゃ、話は終わりね。」

「ん……」

 

スレイはエドナに背を向け、トボトボ歩いて行く。

その背に、

 

「スレイ!」

 

スレイはエドナに振り返る。

エドナは立ち上がり、

 

「言いたかったのは、デゼルは救われてたんじゃないかって事。」

 

そしてスレイから視線を外し、

 

「さっきのはワタシが悪い。謝る。ごめん。」

 

そして最後はスレイを見つめた。

スレイは笑顔を彼女に向け、

 

「ありがとう。エドナ。」

「どういたしまして。」

 

エドナは傘を広げ、スレイに背を向ける。

その表情はどこか嬉しそうだ。

スレイは再び歩き出す。

エドナはベンチに座り、月を見上げ、

 

「……今の気持ちをまとめるのには、夜は短すぎるわね。でも、今回の事で裁判者も、審判者も、本当は……でも、それでもワタシは許せない。」

 

それを屋根の上で、小さな少女は聞いていた。

立ち上げり、エドナを一目見てから次の屋根へと移る。

 

「人も、天族も、闇はある。加護とは時に幸せを、不幸を運ぶ。加護を与える天族もまた、心あるもの。故に、人々が同じ人を、天族を、信じられなくなったと同じように、天族もまた、同じ天族を、人を信じられない。喜びも、悲しみも、連鎖を引き起こす。いつかそれは終わりに、そして始まりに繋がっている。人の世も、天族の世も、同じように……」

 

小さな少女は前を歩くスレイを見下ろす。

その儚く、小さく、純粋な心にして、命。

 

「見極めろ、導師。お前自身の目で、心で……」

 

スレイはエドナと別れた後、高台に来ていた。

そこにはライラが一人、黙々と何かをしていた。

 

「ライラ、何してるんだ。」

「これですか?」

 

ライラがスレイにそれを見せる。

ライラの手には紙で作られた一羽の白い鳥の形をした紙細工だった。

スレイは目を見開いて、驚いた。

 

「すごい!どうなってるんだこれ。」

「こうやって紙細工をしていると落ち着くんですの。余計な事を考えなくなって、どんどん自分の世界に入っていって……」

「へぇ~。」

「……スレイさん、一人で抱え込まないでくださいね。」

「……今回のは抱え込んでなくても辛いな。」

 

スレイは視線を外し、

 

「ホントにああすることしかなかったのかとか、ちゃんと話しあっとくべきだったんじゃないかって。色々考えちゃうよ。そう思うと、今になってレイの気持ちがよくわかる。」

 

スレイは悲しそうに瞳を揺らす。

小さな少女は屋根の上からそれを見ていた。

そしてライラは鳥の形をした紙細工をスレイに渡し、

 

「スレイさん、反省することはいい事です。ですが、後悔はダメですわよ。」

 

彼女はスレイに優しく微笑む。

スレイはライラを見て、

 

「ライラ?」

「人の習慣に、亡くなった方への追悼を込めた紙の舟を河に流すというのがあるんですって。デゼルさんは風の天族でしたから、風に舞う鳥が良いじゃないかって思ったんですの。さぁ、スレイさん。送りましょう。」

 

だが、スレイは鳥の形の紙細工を見たまま、動かなかった。

しかしスレイは、顔を上げ、優しく鳥の形をした紙細工を空に上げる。

ライラもそれを見て、力を使う。

だが、鳥の形の紙細工は降下していく。

二人が戸惑うように見合う。

それを見た小さな少女は、

 

「……仕方がないな。」

 

小さな少女は歌い出す。

スレイは聞き覚えのある歌を耳にする。

それに合わせ、そよ風がスレイ達を優しく撫でていく。

さらに、風に合わせ鳥の形の紙細工は上がっていく。

そして見上げるそこには、綺麗な月が照らしていた。

鳥の形の紙細工は早く、それでいて、高く上がっていく。

スレイはそれを見つめ、

 

「……きっと届いたよな。」

 

そして隣のライラを見る。

彼女は目を瞑り、黙とうを送る。

スレイはそれを優しく、嬉しそうに見る。

そして、優しく声を掛ける。

 

「ライラ……」

「はい。」

「ありがとう。けど、ライラも一人で抱え込んじゃダメだよ。」

「私は大丈夫!心配ご無用ですわ。」

 

ライラは明るい声で言う。

ライラは月夜を見上げ、

 

「私はもうしばらくここにいます。風が気持ちいですし。」

「そっか。じゃあオレ先に戻るよ。……なんか、あの人も起きてるみたいだし。」

「……そう……ですね。」

 

ライラは月夜を見ていた瞳が揺れる。

そしてスレイが居なくなった後、

 

「……私もまだまだですわね。」

 

スレイは宿に向かいながらレイを……いや、裁判者を探しながら歩いていた。

すると、見覚えのある後姿を見つけた。

その人物はデゼルの帽子をクルクル人差し指で回していた。

そしてその人物もまた、スレイの気配に気づき、

 

「なぁ……導師殿。あいつ……デゼルのヤツの最期はどうだった?」

 

そう言って、スレイに振り返った。

スレイは天族ザビーダを見上げ、

 

「……笑ってたって。」

「そっか……あいつの望みはかなったのかねぇ。」

 

天族ザビーダはクルクル回す帽子を見る。

スレイは俯き、

 

「……ザビーダ、デゼルの事知ってたんだな。」

 

そして顔を上げて、彼を見る。

天族ザビーダは、どこか楽しそうに、懐かしむように、

 

「まぁな……あいつがもっとガキの時に、当時の仲間と助けてやった事があったんよ。」

「じゃあデゼルとザビーダの戦い方が似てるのは……」

「そ。あいつが真似してたってわけ。なのに全然俺に気付かないでやんの。色々かなぐり捨てたんだろうよ。思い出すらな。」

 

最後の方は帽子を回すのを止め、暗い口調だった。

スレイはデゼルの帽子を見つめる。

彼は帽子を被り、

 

「捨てられたんなら拾やいいってな。あんたらはちゃんと拾ったんじゃね?」

 

そう言って、口の端を上げる。

スレイは少し驚いたように、

 

「ザビーダ。慰めてくれてるのか?」

「おうよ。これからは俺様の大事な器だからな。穢れられたらたまったもんじゃない。」

 

と、彼は腰に手を当てて言う。

スレイは目をパチクリさせて、

 

「え?」

「っつーことで、これからひとっ走り、ライラと陪神≪ばいしん≫契約いってくらぁ。」

「なんでそうなるんだよ!」

「俺はもう一人じゃ、憑魔≪ひょうま≫を始末できなくなっちまっただろ?それに一緒に行けば導師殿への貸しを、いつでも取り立てられるってな。」

「そんな事勝手に決めるなって。」

 

スレイは詰め寄るが、天族ザビーダは笑いながら、

 

「まぁいいじゃねえの。それにあの嬢ちゃんの借りも返さなきゃならん。」

「え?」

「んじゃあ、明日な!導師殿。」

 

そう言って、歩いて行った。

そして、天族ザビーダは階段を降りると、

 

「と、言うわけだ。これから、お世話になるぜ。嬢ちゃんにも、そう言っておいてくれ。」

「知るか。自分で言え。」

「ケチだな。」

「だが、何故動いた。あれの弾丸が少なくなっていたことはお前自身が理解していたと思っていたが?」

「そりゃー、あんなに必死めいた顔で、〝デゼルを止めて‼”って、言われたら動きたくなっちゃうだろ。それに、何だかんだ言って、アイツは俺の弟みたいな奴で、俺の願いで望んだアイツと同じくらい大切だったんだ。」

「……そうか。……それと、今回は器が世話をかけたな。」

「へ?」

 

天族ザビーダが声のしていた所を見たが、そこには誰もいなかった。

天族ザビーダは頭に手をやり、

 

「いやー、珍しい事もあったもんだ。」

 

そう言って、再び歩いて行った。

 

 

スレイは頭を掻きながら、

 

「まったく……。」

 

と、歩いていると、

 

「スレイ。」

「んん?」

 

そこにはロゼが居た。

ロゼはスレイを見て、

 

「あたしさ、あの時、最後にデゼルと話したんだ。で、その時のあいつ見て、ずっと忘れてたこと思い出した。あたし、ちっちゃい頃にあいつに会ってた。きっとその時からあいつはあたしを守ってたんだね。」

 

ロゼは懐かしむように、それでいて嬉しそうに言った。

スレイは俯き、

 

「……デゼルはロゼにそれを知られたくなかったんだ。ロゼは自分の力で生き抜いてきたと思ってるからって。」

「確かにそのつもりだったけどね。けど、話してくれなかった事の方がイヤだよ。おかげであたしは感謝もしない、思い込みバカみたい。」

 

ロゼはスレイの前で、腕を組んで頬を膨らませる。

スレイはロゼを見て、

 

「ごめん……」

「これからはちゃんと話して、ね!」

 

と、腰に手を当て、ニッコリ笑う。

スレイは小さく笑い、

 

「ああ。……ちゃっと安心した。すごくへこんでるんじゃないかって思ってたから。」

「ん~。なんかいっぺんに色々あったからかな。あいつに二度と会えないって実感もわかないし。前にも、裁判者がなんか生まれ変わる的な事言ってたじゃん。もしかしたら、デゼルは案外はやく生まれ変わってて、あたしたちを見てたりしてね。……なーんて……」

 

ロゼは頭を掻きながら、

 

「それに、サイモンってのに言われたことも、やっぱ間違ってたのは自分かなって納得しちゃってるし。」

「……ロゼってすごいな。」

「考え込むのが苦手なだけ。ほら。今日はゆっくり休みな、スレイ。」

「そうするよ。」

 

スレイがそう言うと、ロゼは頷く。

そこに、再び聞き覚えのある歌が流れてくる。

スレイはレイ≪裁判者≫の歌が聞こえた場所に行ってみた。

そこには月明かりに照らされ、まるで光り輝いているかのような小さな少女が居た。

小さな少女は歌うのを止め、スレイを見る。

 

「……来たか、導師。」

「ああ。その……体は平気なのか?レイがあれこれやって……疲れてたみたいだから……」

 

小さな少女は腰に手を当て、

 

「ああ。私はな。」

「!じゃあ、レイは‼」

「安心しろ。器にも影響はない。体の影響は、な。」

「…………」

 

スレイは小さな少女を見つめる。

いや、眉を寄せて睨む。

小さな少女は目を細め、

 

「そう睨むな。今回の件で解ったはずだ。器は私に、裁判者に戻ろうとしている。」

「君が途中で出たり入ったりしてたんじゃないのか?」

「いいや。今回の件に、私は一度も出ていない。全て器がやったことだ。私の力を使ってな。」

 

小さな少女はスレイを見据える。

その赤く光る瞳で……

 

「新たな風の陪神≪ばいしん≫を入れ、お前はこれからこの災厄の時代の真実に触れる。お前はお前自身の答えを出さねばならん。無論、お前の仲間もこの後の先の答えを。」

 

小さな少女はスレイに背を向け、

 

「……導師、時機にこの器は思い出す。そして私達の中のものに気付く。この器を大切に想うのであれば、器の答えを聞き、その手を放すな。そして器を器とし、あれとともに、歯車の一つとしろ。」

「……それって……?」

「私から言える事はこれだけだ。後はお前達で知れ。今回の事をいつまでも引きずっていては、想いを繋げたあの風の天族の想いは無駄になるぞ。いつの世も、こういう事は幾度となくあった。だが、どの導師も、仲間も、……そして時に災禍の顕主もまた、託された想いを繋げていた。お前も、そしてお前の仲間も、あの風の天族の想いを無下にするなよ。」

 

そう言って歩いて行った。

スレイは頭を掻きながら、

 

「……相変わらず、よく解らない人だ……でも、あの人なりに励ましてくれたのかな?」

 

スレイは照れくさそうに笑う。

が、すぐにハッとして、

 

「じゃなくて!あの人、ちゃんと宿屋に行ってくれたかな⁉」

 

スレイは宿屋に急いで帰る。

部屋に入ると、肩を上下して寝ているレイが居た。

スレイはホッとして、自分も床に入る。

 

「想いを無下にしない、っか。そうだよな……デゼルの想いは今も傍に残ってる。でも……」

 

そう言って、力強い瞳で天井を見つめる。

その左手は胸にあった。

そしてスレイは眠気が襲い、そのまま眠る。

 

レイは起き上がり、スレイの寝顔を見る。

そして安心したように、だが不安そうに再び布団に入って眠る。

 

ミクリオが部屋に入ると、スレイとレイが眠っていた。

その表情はとても穏やかでもあった。

 

「良かった……ホント。」

 

そう言って、ミクリオも床に入る。

 

それぞれの想いと共に、全員が今日という夜をそれぞれの想いで過ごした……



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toz 第二十九話 想いを繋いで……そして新たな仲間

翌朝、レイはスレイと共に噴水の所に行った。

目を擦りながらそこに歩いて行く。

ロゼがこちらを見て、

 

「おはよう、スレイ、レイ。よく眠れた?」

「ああ……」

「おチビちゃんは眠そうね。」

 

エドナはレイを見て言う。

そしてスレイを見て、

 

「ま、スレイもそうは見えないけど。」

 

と、スレイは頭を掻く。

そこに、天族ザビーダが声を掛ける。

 

「よう、スレイ。」

「ザビーダ。まだこの街に居たのか。」

 

スレイが眉を寄せる。

天族ザビーダは両手を肩まで左右上げ、

 

「つれないねぇ、なぁ、ライラ?」

 

ライラは辺りを見た後、天族ザビーダを見て、

 

「さぁ、全員揃いましたわ。陪神≪ばいしん≫契約をする理由をお聞かせください。」

「はいはい。」

 

レイは天族ザビーダを見つめる。

天族ザビーダは真剣な表情になり、

 

「俺の目的は導師殿の旅路と繋がってるのさ。」

「ザビーダの目的……」

 

ミクリオが首を傾げる。

そして思い出すように、

 

「たしか決着を付けなきゃいけない相手がいるってヤツか。」

 

それを聞き、スレイは何かに気付く。

スレイの脳裏に黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が浮かぶ。

 

「そ。一人は可愛いエドナちゃんの兄貴。」

 

そう言って、エドナを見る。

エドナはその視線を避ける。

ライラもまた、エドナを見る。

その表情は暗い。

天族ザビーダは続ける。

 

「もう一人は……マオテラス。」

 

そう言って、今度はライラを見る。

レイは目を細める。

そして彼の視線を受けたライラはハッとして、俯いた。

ロゼが腕を組んで、

 

「マオテラスって五大神の?」

「本来このグリンウッド大陸はマオテラスが護ってるはずだろ?なのにあの坊やは姿を消し、それと時を同じくして災禍の顕主が現れたっていうじゃないか。しかも、それに合わせて裁判者と審判者も互いに対立し始めた。」

 

彼は腰に手をやって説明する。

ロゼは眉を深くし、

 

「こりゃどういうわけだ?」

 

そう言ってスレイを見る。

スレイは考え込んでいた。

ミクリオが何かに気付き、

 

「まさか……」

「俺はそのまさかだと思い至ったわけさ。」

「マオテラスが憑魔≪ひょうま≫になって、ヘルダルフと結びついているって言うのか。それに対し、裁判者と審判者の方でも何か起きた。」

「……確かめないといけないわね。」

 

ミクリオは深刻な表情で、エドナもまた、神妙な面持ちだ。

レイは遠くを見る目になる。

ライラはスレイ達に振り返り、

 

「そのためにはかの者との接触は不可欠ですわ。それに、そこには審判者もいるかもしれませんし。」

「となればヘルダルフの領域下でかつ、審判者にも対抗できる力を振るえないといけないが……」

 

ミクリオが顎に手をやって眉を深くする。

レイは腰に手を当て、顎に手をやって、考え込む。

天族ザビーダが、

 

「そこで俺様の出番ってわけだ。デゼルの抜けた穴を俺が埋めれば、少なくともヤツの領域内でも普通に動ける。どうだ?利害も一致してるっしょ?」

 

彼は一度、デゼルの帽子を持ちあげて言った。

ライラはスレイに振り返り、

 

「……どうしましょう?スレイさん?」

 

だが、ライラの問いかけにスレイは反応しなかった。

レイは横目でスレイを見る。

 

『言葉で取り繕っても、導師も所詮は子供か……。だが、あの従士はあの風の天族の意志と想いを継いだ。後はあの従士

に任せるか。』

 

そう言って、一度目を瞑り開ける。

レイはスレイを見上げた。

そしてミクリオが、

 

「スレイ!」

 

スレイは顔を上げ、

 

「あ、うん。なんだっけ?」

 

それを見たロゼはスレイをじっと見て、

 

「スレイ……ちょっといい?」

「え……」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼは大声で、

 

「おまえら、やりたいことがあるんだろうが!いつまでもくよくよしてると俺の鎖で締め上げるぞ!」

 

スレイ達はハッとする。

無論、天族ザビーダもだ。

ロゼのその姿にデゼルを重ねたのだ。

レイは小さく嬉しそうに、懐かしむように笑う。

ロゼは懐かしむように、

 

「あいつの言葉だよ。」

 

そして空を見上げ、

 

「頼まれたんだ。スレイ達のケツ叩いてくれって。そんで……あたしにはそのまま……ガンバレって。」

 

そしてロゼの瞳には涙がたまる。

震える声で、

 

「だから、あたしは……このまま……ガンバろうって…………」

 

そして涙を流す。

ロゼはそれに気付き、

 

「あたし……なんで泣いてんの……」

「ロゼ。」

 

ロゼは必死にその涙を拭う。

レイは動こうとしたが、ロゼの感情が伝わり動くのを止めた。

ロゼはスレイ達に背を向け、

 

「……あいつ、スレイたちと旅できて……良かったって……」

 

スレイはロゼの肩に手を置く。

ロゼは涙ぐむその声で続ける。

 

「あたし……全然気付いてなくて……」

 

そしてスレイの方に振り返る。

 

「あいつ……笑って…………あたし……もっと話しとけば……」

 

そして涙をぐっと飲み込み、再びスレイ達に背を向ける。

 

「あー、もう!以上!」

 

スレイはロゼの背に、

 

「……デゼルの言葉、確かに受け取ったよ。最後まで面倒見がいいな。デゼルは。」

「まったくだ。」

「ロゼ。もう大丈夫だな。」

 

ロゼはスレイに振り返り、笑顔でスレイに言う。

 

「それ、あたしの台詞だし。」

 

天族組は嬉しそうに笑う。

レイは瞳を揺らし、

 

「良かった。」

 

と、小さく呟く。

スレイは空を見上げ、ライラ達に振り返ると、

 

「よし!行こう!」

 

そう言って、スレイは歩き出した。

天族ザビーダはハッとして、

 

「待ってっつーの!陪神≪ばいしん≫契約どうなった!」

「あ!」

 

スレイは口を開けて振り返る。

そこにレイの笑い声が響く。

それにつられ、他の者達も笑い出した。

 

 

陪神≪ばいしん≫契約が終えたザビーダは、レイを見下ろす。

 

「と、言うわけだ。嬢ちゃん。よろしく頼むわ。」

「……貴方はお兄ちゃんの仲間になったの?」

「そうだ。」

 

ザビーダは腰に手を当て、決め顔になる。

レイはザビーダを見上げ、

 

「そう。なら、よろしく、ザビーダ。」

 

そう言って、レイはミクリオとスレイの元へ歩いて行った。

そして小さく呟いた。

 

「誰しも皆、失ってから気付く。だが、人はその後悔や悲しみを乗り越え、歩んでゆく。」

 

それは小さすぎて誰の耳にも届かない。

そして後ろでは、エドナが傘でザビーダを突き始めた。

 

「ちょ!痛い、痛いって、エドナちゃん!」

「どういうつもり。今まであれこれちょっかいだして来たくせに、仲間にコロッと入ってすぐにおチビちゃんに名前呼ばれるなんて!反省なさい!」

「は?意味わかんねぇーって!ちょ!だから痛いって!」

 

エドナは文句を言いながら、さらに突いて行く。

ザビーダはとうとうライラを見て、

 

「ライラ~、助けてくれ~。ロゼちゃんでもいいから~!」

 

ライラとロゼは互いに見合った後、

 

「ごめん、ザビーダ。こればっかりは、エドナに同意。」

「ですね。私たちですら、名前を呼んで貰うのに苦労したのですから。入ってすぐのザビーダさんが、すぐ呼ばれるのが悪いんです。」

 

と、ロゼは頭を掻きながら、ライラはそっぽ向いて言った。

ザビーダは肩を落とし、

 

「そんな~、俺様どうしらいいのさぁ~。」

「だから反省なさい!」

「ちょ!だからやめってくれって!」

 

エドナはさらに突きまくる。

それを遠くから見ていたスレイとミクリオとレイは、

 

「早速仲がいいな!」

「い、いや、あれは多分、エドナの逆鱗に触れたんだろ。」

「エドナだけじゃないけど。」

「「ん?」」

 

レイはそっぽ向いて言った。

解放されたザビーダは、

 

「さって!どうすんだ?」

「予定通り、グレイブガンド盆地に行ってみようと思う。」

「最初にヘルダルフに会った場所だからね。」

 

スレイとミクリオは頷き合う。

ザビーダは彼らの先頭を歩き、

 

「グレイブガンド盆地な!了解ー!」

 

と、どんどん歩いて行く。

が、途中振り返り、

 

「手っ取り早く俺がここに馴染むために、お前らに頼みたいことがある。……お前らの弱点を俺に教えてくれ!特に、裁判者!」

「教えるかそんなもの!」

 

ミクリオが叫んだ。

そして、レイはザビーダを見上げ、

 

「……わからない。」

「だよな~。しっかし、ミク坊は冷たいねえ~。嬢ちゃんは教えてくれたのに。ちなみに俺は教えられるぜ?実は俺、気温が低い日は肌寒い。」

「教えてもなけりゃ、見りゃ分かる上にじゃあ着れ!」

 

今度はロゼが叫ぶ。

ザビーダは口の端を上げ、

 

「もっと重大な秘密がいいのかい?ホントのところ、女の涙に弱い。」

「んな情報いらない。」

 

エドナが冷たい視線を送る。

彼は笑い出し、

 

「おねだり上手過ぎだろ~これはヤバいぜ!……地属性に強いが火属性には弱い。」

「……知ってた。」

 

スレイが真顔で言った。

彼は腕を組み、

 

「これもダメか~!他にお得な情報っていったら、俺の目測だと、ライラは上から……」

「弱点の話じゃなくなってますわ!」

 

ライラはザビーダを睨んだ。

ロゼは呆れ、

 

「……もはや馴染む馴染まないの、意味がさぱらん。」

 

ロゼ達は彼をおいて歩いて行った。

スレイ達も歩き出す。

 

前を歩くのはスレイ達男組で、後ろは女子組だ。

そしてレイは真ん中にいた。

スレイは歩きながら、

 

「ザビーダ、デゼルの穴を埋めるって言ったよな?」

「おうよ。いい女には百言くらい言っちまうが、男には二言はないぜ。」

「けど、それってできるのか?」

「おろ、疑われてる?俺様の実力知ってるだろ。」

 

スレイの言葉に、ザビーダが自信満々に言う。

ミクリオは呆れたように、

 

「知りたくなかったが無理矢理教えられたからね。」

「いやあ、悪かったって。」

「実力はわかってる。けど風の秘力は?もう一度とりにいかなくてもいいのか?」

 

スレイは腕を組んで悩む。

ザビーダは帽子を上げ、

 

「そのことなら心配無用。秘力ってのは導師が身につけたもんだ。だから問題なし!俺様みたいな実力派の風の天族がいればな。そうだろ、嬢ちゃん!」

 

ザビーダはレイを見る。

レイはザビーダを見上げ、

 

「実力はともかく。秘力は貴方の言うように、あの力は導師の中に宿る。あれは元々、導師を鍛えるものであり、導師の成長を図るものだから。」

「ヒュー、手厳しいねぇ~。」

 

そう言って、早歩きしていく。

ザビーダは口笛を吹いて言った。

スレイは少し間を置いた後、

 

「それならよかった!」

「無駄にはならないさ。」

「無駄にはしないよ。」

 

ザビーダとスレイは互いに見合う。

レイはそれを見て、小さく微笑んだ。

と、ミクリオが意外そうな顔で、

 

「ちょっと意外だが、ザビーダは秘力や導師のことに詳しいんだな。」

「くくく、そりゃあ軽軽を積んだ大人の男だからよ。安心して頼ってくれていいんだぜえ♪」

 

と、口の端を上げる。

二人は少し距離を置き、

 

「なんだろうな?この安心できない感じは……」

「ははは……」

 

ミクリオの言葉に、スレイは苦笑いする。

 

道中休息を取るスレイ達。

各自、自由行動をしていた。

しばらくしてエドナはザビーダに、

 

「ザビーダ。あの話のことちゃんと聞かせて。」

「あの話って……告白の返事だっけ?」

「誤魔化さないで。言ったでしょ。お兄ちゃんと決着をつけるって。」

 

エドナは彼を睨む。

レイはそれを目にして、木陰に隠れた。

ザビーダは腰に手を当て、

 

「そのままの意味さ。アイゼンとは、ちょっと因縁があってね。」

「それがどんな因縁か聞いてるの。それに裁判者も関わってるみたいだし。」

「『妹さんを僕にください』って言ったら殴られた。」

「ウソね。」

「けど、絶対やるだろ。アイツ?」

 

と、笑う。

エドナはまっすぐ彼を見上げ、

 

「……わかった。話す気はないのね。」

 

そう言って、エドナは歩いて行った。

レイは視線を落とし、俯いた。

ザビーダは笑い、

 

「くくく、アイツが心配するわけだ。」

「本当はどうなんですの?」

「なにか頼まれたんじゃないの?エドナのお兄さんに。」

 

そこにライラとロゼがやって来る。

だが、彼はとぼけ顔で、

 

「さあて、どうだったかな?」

「もしかして誓約なのですか?」

「いやいや、そんな大したもんじゃないって。」

 

と、笑うが、真剣な表情になり、

 

「けど、口にしないもんだろ。男の約束ってのは。」

 

レイが視線を上げると、ロゼ達がまだ話している。

 

「じゃあ、質問を変える。ザビーダは、なんで憑魔≪ひょうま≫を殺すわけ?」

「こりゃまたドストレートな質問で。」

「誤魔化すような問題じゃないでしょ。」

「確かにそうだ。」

「つまり、それが俺の流儀だからさ。」

 

ザビーダは口の端をニッと上げる。

ライラは静かに、ジッとザビーダを見つめ、

 

「殺すことが……ですか?」

「そうなっちまうこともある。」

「浄化しようとしてもできない奴がいるもんね。」

 

ロゼは視線を落とす。

ザビーダは顎に手を当て、

 

「ああ。元に戻せない憑魔≪ひょうま≫もいる。」

「それでも……スレイさんは元に戻す方法を見つけると約束したんです。エドナさんと。」

 

ライラは手を握り合わせ、まっすぐザビーダを見た。

ザビーダは遠くを見るように、

 

「……導師らしいねえ。ま、それが見つかんなかった時にケジメをつけるならかまわねぇさ。」

「ケジメか……」

「殺すということですわね。」

 

二人が眉を寄せて悲しく俯く。

が、ザビーダは二人を見て、

 

「ちょっと違う。答えを出すってことさ。」

 

ライラはハッとして、顔を上げた。

レイもまた瞳を揺らす。

デゼルは腰に手を当て、笑う。

 

「今いいこと言ったぜ~、俺様。」

 

レイは視線を落とし、歩いて行った。

その後、ロゼとライラはその場から離れた。

その日は森で野営にした。

 

 

ミクリオはエドナの傘を見て、

 

「度々気になってはいたんだが……」

「なによ。」

「地の天族であるエドナが、どうして水属性っぽい傘を武器に選んでいるんだ?」

「……まあ、教えておいてもいいかしら。理由はね、地の天族だからよ。」

「……?」

「地・水・火・風の優劣関係は知ってるでしょう?地は水を調伏できる。ということは……特に天響術の行使の際、優位な属性を触媒にすることで霊力を引き出す効率を高めるの。」

「何だって……!」

「一応言っておくけど、ライラも風に舞う紙葉絵を使っているし、ペンデュラムは地属性の鉱石を触媒にしてるわ。アンタの使っている杖は基本的に土属性。水の天族のくせに不利なもの使ってバーカバーカ。」

 

と、悪戯顔になる。

ミクリオは拳を握りしめる。

だが、エドナは真剣な表情になり、

 

「……と言いたいところだけど。」

「もう言ってるぞ!」

「負荷をかけて鍛錬する目的や、天響術ではなく物理的な攻撃を起点にするのであれば、別に間違ってないわよ。長い間生きていると、より楽な道を選びたくなるもの。もし今に満足せず、もっと強くなりたいのなら……自らに鎖をかけて、苦難の道を歩くのもいいかもね。……天才を超えたいのなら。」

「エドナ。」

「まあどうせ知らずに使ってたんだからやっぱりバーカバーカ。」

 

と、再び悪戯顔になった。

ミクリオは拳を握りしめ、

 

「ぐっ……!」

 

レイはそれを見て笑っていた。

そして二人はまだ続けていた。

 

食事を終え、スレイとロゼはテントに入る前に寝てしまった。

二人は互いに寄りかかって口を開けて寝ている。

スレイの足元にはレイも寝ていた。

ザビーダが彼らを見て、

 

「人間が背負うには、あまりに辛いことが重なっちまったかねえ。」

「私が連れ出さなければ……いえ、詮無きことですわね。」

「苦しいことがイヤなら、部屋に閉じこもっていればいいわ。『外』に出たのは彼らの意志よ。」

「ああ。別に誰かに責任を取ってもらいたいなんて思っていないさ。スレイも、ロゼも……そしてレイも。」

 

悲しそうな表情で言うライラに、エドナとミクリオが言う。

レイは目を開けた。

彼らには背を向けた状態なので天族組は気付いていない。

ザビーダは顎に手をやり、

 

「コイツらすっかり天族との生活に慣れきっちまってるみたいだが、最初っからこうなんかい?」

「スレイと僕は赤ん坊のころから一緒だったからな。レイも途中介入だけど一緒にいたし。」

「……ミクリオにも小っちゃいころがあったのかい?」

「失礼だな!」

「悪い悪い。さぞかし小さいころは、素直でよい子だったんだろうなあ。」

「悪いね、今は素直じゃなくて。」

 

ザビーダの言葉に、ミクリオはそっぽ向く。

レイは目を伏せた。

そして胸の服を握りしめ、眉を寄せた。

 

 

グレイブガンド盆地に向かう途中の街で、スレイ達は宿に泊まっていた。

するとザビーダがスレイを見つけ、

 

「導師殿、ライラ達は?」

「疲れたから、みんなサウナに入るって。」

「……あの嬢ちゃんも、か?」

「ああ。ロゼ達に連れてかれた。」

 

すると、ザビーダは腕を組んで悩んだ後、スレイを見て、

 

「スレイ、サウナ行こうぜ!」

「後でいいよ。オレは。」

「つれないこと言うなって。男はハダカのつきあいが大事なんだぜ?」

「普段でもハダカだろ、ザビーダは。」

「意外に心は厚着してんだって。そんな殻は脱ぎすてて絆を深めたいわけよ。共犯的な関係でな。」

 

そう言うと、スレイは腕を組んで、

 

「もしかして……風で女サウナを探る気じゃ……?」

「お?真面目な顔してわかってんじゃねえか。この不良導師♪」

「やめた方がいいよ。絶対気付かれるって。それにレイもいるし。」

 

と、そっぽ向いて拗ねる。

ザビーダは腕を組んで、

 

「ふう……損得で考える大人にはなりたくないねえ……しっとりと流れる汗、熱く火照った体……サウナという健康的かつマニアックな美がそこにある。スレイ……一緒に美の狩人になろうぜ。」

 

そう言って、スレイの肩を寄せる。

そこにミクリオがやって来た。

 

「ふう……いい汗かいた。スレイたちもサウナに入ったら?」

「こういうこと?」

「あってるけど違うっ!」

「ん?」

 

ミクリオは首を傾げた。

そしてそこにレイもポッカポッカで出て来た。

 

「何やってるの?」

「さぁ?」

 

レイはジッとザビーダを見上げ、

 

「…………」

「なになに、コレ。」

 

ザビーダはスレイとミクリオを見る。

二人は肩を上げる。

レイはザビーダに背を向け、

 

「ロゼ達の所に戻る。」

「え?あ、うん。珍しいな。」

「ん。ザビーダの思っていた事を全て話して――」

 

ザビーダはレイの口を押えて持ち上げる。

 

「ちょーと、待とうかぁ!お兄さんとちょっと話しよ~ぜ。」

 

レイはそれを外し、

 

「……する話はない。」

「いやいや、俺様があるのよ!」

「じゃあ、ロゼ達の所ですれば?」

「それはちょっと~……」

 

と、二人はやり取りをしていた。

それを見たミクリオはスレイを見て、

 

「で、結局何なのさ。」

「ははは……」

 

スレイは苦笑いするだけであった。



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toz 第三十話 戦い

スレイ達はグレイブガンド盆地向かう為、再びヴァーグラン森林にやって来た。

ザビーダが介入したことで、デゼルの時とは違う明るさがあった。

ザビーダがレイの前で腰を下ろし、

 

「しっかし、裁判者の方も随分と丸くなったな。」

「丸くなったのはおチビちゃんの方よ。アイツは何も変わってないわ。」

 

エドナがムッとしながら言う。

ザビーダは頷きながら、

 

「ほーう。んじゃ、嬢ちゃん。お前さんはどう思ってんだ、実際。」

 

ザビーダはレイを見据える。

と、ライラが苦笑しながら、

 

「やっぱり、ザビーダさんは凄いですわね。」

「ん~?何がぁ~?」

 

と、期待しながらライラを見るザビーダ。

エドナが真顔で、

 

「ある意味で、よ。大体、ワタシたちですら、その辺は最近触れていなかったのに。」

「それをズバッと言っちゃうんだもん。」

 

ロゼも笑いながら言う。

ザビーダ決め顔になり、

 

「なるほどね。ま、そこがザビーダお兄さんの凄いとこよ。」

「で、ザビーダ……レイはとっくにスレイと歩いて行ったけど?」

「ハァ⁉」

 

ミクリオに指摘に、ザビーダは前を向く。

そこにはさっきまでいたレイはいない。

 

レイはスレイと手を繋ぎ歩いていた。

スレイはレイを見て、

 

「いいのかなあ……ザビーダのこと、ほっといて……」

「いいんじゃない?さ、お兄ちゃん。みんなが来るの待とっか。」

「そうだな。」

 

レイはスレとの手を放し、みんなが来るのを待つ。

スレイは追いついて来た皆に駆け寄っていく。

レイは小声で、

 

「……ごめんね、お兄ちゃん。でも私はまだ……この答えを知りたくない……」

 

そしてレイも、彼らの元に駆けて行く。

 

 

グレイブガンド盆地に入り、辺りを探りながら歩いて行く。

しばらく回り、スレイは腕を組みながら、

 

「グレイブガンドにヘルダルフはいないみたいだ。」

「そのようですね。秘力があっても、近くにいれば強い領域は感じるはずですわ。」

「別の場所を捜すしかないね。」

 

ライラとミクリオも同じように言う。

ロゼも考えながら、

 

「にしても、なんか手がかりがないと。」

「同意。無駄足はイヤよ。」

 

エドナは真顔だった。

スレイは悩みながら、

 

「あの穢れは、そうそう隠せるものじゃないはずだけど……。」

 

と、他の者達も考えこむ。

ザビーダが思い出すように、

 

「穢れか……妙に強い穢れを感じたことはある。」

「いつ?」

「前にお前たちとやりあった後。ギネヴィアの塔からペンドラゴに戻る途中だ。」

「ペンドラゴの南西辺りかな。」

 

ロゼが地形を思い出しながら言う。

スレイが頷き、

 

「よし。行ってみよう!」

「信じていいのか?こんなテキトーな情報。」

 

ザビーダがスレイを見て言う。

スレイはニット笑い、

 

「調べる価値はあるさ。」

「ダメで元々!」

「無駄足だったら刺すけどね。」

 

ロゼは腰に手を当て叫ぶが、エドナは傘を深くして小さく呟いた。

それに、ライラとミクリオは苦笑する。

レイはミクリオの足にしがみ付く。

ザビーダは笑いながら、

 

「へいへい、覚悟しときますよ。」

 

 

スレイ達はアイフリードの狩場に足を踏み入れた。

レイはスレイと繋いでいた手を放し、

 

「いる……あいつがここに……」

 

そうレイが言うと、辺り一帯が穢れの領域に包まれる。

ライラは警戒しながら、

 

「この領域の力は……!」

「レイの言うアイツが誰かはどっちかわからないけど、ヘルダルフが居る……間違いない。」

 

スレイも真剣な表情になる。

ロゼは腰に手を当て、

 

「……大詰めってやつ?」

「ああ!ヘルダルフ!」

「いよいよだね……。気合い入れて行こ、スレイ!」

 

スレイ達は奥へと進む。

レイが睨むように見つめるその先には獅子の顔をした大男と、仮面をつけた少年。

 

「ヘルダルフ!審判者!」

 

スレイが災禍の顕主を睨みながら言う。

初めて災禍の顕主を見たロゼは、

 

「うわ~……露骨に強そ~。」

「前のようには行かないぞ。」

 

スレイ達は武器を構える。

災禍の顕主はスレイを見下ろし、

 

「……そうあってもらわねばな。」

「どういう意味だ。」

 

ミクリオが睨みつける。

審判者は楽しそうに笑顔だった。

そして災禍の顕主は口の端を上げ、

 

「……行く先々に憑魔≪ひょうま≫の領域があったのが偶然だとでも?」

「……全てあんたの掌の上……そう言いたい訳かい。」

 

ザビーダの声音が変わる。

災禍の顕主はニッと笑う。

エドナは眉を寄せ、

 

「……敵に塩を送ったつもり?」

「軍で指揮を執っていたヤツだ。今も何か企んでいるのかもしれない。」

「……駆け引きってワケ?」

 

ミクリオとロゼは災禍の顕主を睨み、見据えながら言う。

ライラが警戒しながら、スレイを見る。

 

「スレイさん、油断なさらないで。」

「ああ。こいつらは謎が多すぎる。」

 

スレイも警戒を強める。

レイはその間も、審判者を睨んでいた。

そして審判者もまた、嬉しそうに楽しそうにレイを見つめている。

エドナはジッと災禍の顕主の見ながら、

 

「不気味ね……家族を失って慟哭してた者が、ここまで変わっているのも。」

「……孤独なヤツはそうじゃないヤツとは、時間の流れが違うのさ。」

 

ザビーダは相変わらず、声音が低い状態で言う。

それを聞くと、レイと審判者は一度スレイ達を見据えた後、再び互いに見合う。

そして災禍の顕主もまた、それに反応したのだ。

だが、それに気付いていなかったスレイ達。

ロゼがスレイを横目で見ながら、

 

「で、こいつがホントにマオテラスと結びついてんのか……どうやって確認すんの?」

「当たってぶつかるしか無いかもよ。」

「それは危険すぎる。」

 

ザビーダの言葉に、ミクリオがすぐに否定する。

エドナがミクリオを見ながら、

 

「じゃあどうするのかしら?」

 

スレイは一呼吸置き、災禍の顕主を見ながら、

 

「……ヘルダルフ、答えろ。お前は――」

「はぁーっはっはっは!ふっふっふっふ。」

 

災禍の顕主は笑い出す。

それも大声で。

ロゼが眉を深く寄せ、

 

「な、何笑ってんだ!」

 

災禍の顕主は笑みを消し、

 

「あまりによくしゃべるのでな。」

「!」

「ワシは災禍の顕主。貴様は導師。この両者が邂逅≪かいこう≫はすなわち戦い。そうであろうが?」

 

災禍の顕主の穢れが増す。

ロゼは目を見開き、

 

「うわわ!」

「スレイさん!」

「来るぞ!みんな!」

 

スレイ達は戦闘を開始する。

災禍の顕主はスレイに言う。

 

「見せてよ、導師!お前と言う器を!」

「気圧されるもんか!」

 

スレイ達は災禍の顕主の攻撃を交わしつつ、攻撃を与えていく。

レイが彼らの戦闘を見て、動こうとした。

が、そこに短剣が飛ぶ。

レイは動くのを止めると、それは地面に刺さる。

 

「ダメだよ。あれは導師と災禍の顕主の戦い。俺達の出る幕はない。」

「……私は――」

「君は裁判者だ。たとえ、君と言う人間が、器になれてもね。」

「!それは――」

「君は裁判者である事をやめられない。現に、裁判者という力を振い、行動せざるおえない。それが俺らの中にある全てだから。」

「……なら、貴方も審判者として動いているはず。なのに貴方は……?」

 

レイは左を頭に、右手を胸に当てた。

頭の中で何かがグルグル回っている。

何かを思い出しそうで思い出せない。

審判者はうっすらと笑みを深くする。

 

戦闘を行っていたスレイ達の方は攻防戦を続けていた。

ミクリオは水の天響術を決めた後、

 

「さすがにケタが違う、が……」

「いける!」

 

ロゼもザビーダと神依≪カムイ≫化して言う。

その中、スレイと神依≪カムイ≫化していたライラだけが、スレイの中で眉を寄せる。

だが、そうは言っても相手は強い。

中々大きなダメージを与えられない。

 

「これがあの時と同じ青二才どもとはな。」

 

災禍の顕主は楽しそうに言う。

ザビーダはロゼの中で、

 

「……押してるのに何か嫌な感じだ。」

「あなたと意見が合うなんてね。」

 

エドナも土の天響術を繰り出しながら言う。

そしてライラと神依≪カムイ≫していたスレイが一撃を与えた。

災禍の顕主は後ろに少しずれる。

 

「どうだ!」

「……うれしいか?」

「何⁉」

 

スレイが叫ぶと、災禍の顕主はそう呟いた。

ミクリオは眉を寄せた。

レイは何かを感じ取り、スレイ達の元へ駆けて行く。

審判者は「やれやれ」と言う顔で、彼もまた歩き出す。

災禍の顕主は平然とした顔で、

 

「このまま戦えばワシを討てる。そう感じているだろう?それこそがお前たちの望みであろうが。」

「……何なんだ!お前は!」

 

スレイがライラとの神依≪カムイ≫を解いて、災禍の顕主を見る。

彼は続ける。

 

「ワシにはそれがただの欲望に見えるぞ。ふふ。溺れるか?その甘美な泉に。」

 

そこにレイがスレイ達の前に立った。

レイは後ろのスレイ達を……スレイを横目で見た。

そして悲しそうに瞳を揺らした後、赤く光る瞳で災禍の顕主を見る。

 

「随分と導師で遊ぶのだな、ヘルダルフ。いや、災禍の顕主。」

「……裁判者。それはお前自身ではないか。なぁ、器≪レイ≫。」

「!戯言だな。私は――」

「今のお前はあの時とは違うが、あの場所に居た『レイ』と言う人間だ。無論、審判者もな。」

 

それを聞いたライラは悲しそうに顔を伏せた。

審判者は災禍の顕主の隣に並ぶと、

 

「えー、俺も?ま、俺は否定しないけど、あの子は否定してるみたいだよ。ま、どちらにせよ。裁判者がこれに関わる時点で、君は裁判者ではなく、やっぱり器≪レイ≫だ。だけど、その身に纏う力は裁判者でしかない。」

「……黙れ。」

「君は君自身を捨てれず、裁判者という力に縋っている。裁判者という存在を疑惑に思いながらも――」

「黙れ!」

 

レイの足元の影が審判者と災禍の顕主を襲う。

が、レイの瞳にはまたしても黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が現れる。

その小さな少女が瞳をこちらに向ける。

自分と同じ赤く光る瞳で……

 

「私の邪魔をしないで!私はお兄ちゃん達を――」

――それはお前の意志であって、裁判者の力を使う理由にはならない。

 

小さな少女はレイに近付き、レイの眼の前で指を鳴らす。

影が消え、レイは弾かれた。

 

「レイ!」

 

ミクリオがレイを支える。

レイは左目を抑えていた。

そこからは血が流れている。

審判者はレイを見て、

 

「君の意志ではまだ、裁判者自身は動いてくれないみたいだね。」

「ふん。所詮は偽りの人の器よ。」

 

災禍の顕主もまた、レイを見て言った。

スレイは眉を寄せ、

 

「……ライラ!決着をつける!もう一度、神依≪カムイ≫を!」

 

だが、ライラはレイを見て武器をしまった。

それを見たロゼは、

 

「どうしたの?」

 

ライラは自身の手を握り合わせ、

 

「スレイさん、このまま決着を付ける事が後悔のないスレイさんの答えなんですの?」

 

スレイはライラを見た。

そしてエドナもスレイを見て、

 

「そうね。今のワタシたちの目的は、このひげネコと戦う事だけだったからしら?どうしておチビちゃんがあいつに逆らってまでも、あいつの前に出たと思う?」

 

だが、災禍の顕主はスレイを見て、

 

「災禍の顕主を鎮める事が導師の使命……何も間違ってはおらん。」

「やれるもんならやってみろって挑発してるのか?」

 

ミクリオがレイを支え、治癒術をかけながら言う。

だが、ミクリオがいつもと違うのは治癒をかけているレイの傷が一向に治らないからだ。

そしてエドナが、

 

「……違うわ。」

「何か狙ってやがるな。」

 

ザビーダは警戒を強める。

すると、災禍の顕主は、

 

「……サイモン!」

「……ここに。」

 

そして天族サイモンが現れ、災禍の顕主に頭を下げる。

災禍の顕主は静かに命じる。

 

「邪魔者を除く。」

「は!」

 

そう言うと、天族サイモンは杖をかざす。

レイが血が流れる瞳を抑えながら、

 

「…気をつけて……!」

 

そして天族サイモンにより、黒い幕が辺りを覆う。

ライラが警戒しながら、

 

「幻術ですわ!」

「注意しろ!みんな!」

 

スレイもハッとして、叫んだ。

ミクリオはエドナにレイを渡し、スレイと神依≪カムイ≫する。

そしてロゼも、ザビーダからライラに神依≪カムイ≫する。

だが、災禍の顕主は拳を地面に叩き付け、

 

「もう遅い。」

 

穢れが爆発する。

スレイとロゼは上に高く飛ぶ。

ザビーダはレイとエドナを抱えて飛ぶ。

そこに天族サイモンが現れ、攻撃繰り出す。

それが直撃する。

 

「ぐあ!」

 

スレイとロゼの神依≪カムイ≫が解け、スレイとライラ以外は穢れの球体に飲み込まれた。

審判者はそれを見て、

 

「へぇ~。」

 

と、拍手していた。

スレイは飲み込まれたみんなを見上げた後、災禍の顕主を睨む。

ライラも今度は警戒を強くする。

 

「……ほう。力をつけたな。……あの穢れの量でどれほど遮断できる?」

 

災禍の顕主は天族サイモンを見下ろした。

天族サイモンは少し震えた声で、

 

「かほど強いものですと10分程度しか……それに裁判者が力を使えばすぐに壊れてしまいます。……申し訳もありません……」

「ま……よいわ。」

 

そして天族サイモンはもう一度災禍の顕主に頭を下げて、姿を消す。

スレイは災禍の顕主を睨みながら、

 

「何をした!ヘルダルフ!」

「来ますわ!」

 

スレイとライラは神依≪カムイ≫し、彼の拳を受け止める。

すると、球体の一つが弾け、黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が岩の上に降りる。

審判者は短剣を投げる。

が、小さな少女の影がそれを止めた。

 

「私はあの器と違う。手を出すつもりはない。が、お前が私に手を出すのであれば、殺る。」

 

そう言って、二人は睨み合う。

そしてスレイは災禍の顕主の拳を弾き、後ろに飛ぶ。

 

「形成が逆転したか?」

 

災禍の顕主は笑みを浮かべる。

スレイは剣を構えなおし、

 

「くっそ……!」

「勝利の期待から不安、焦躁、死の予感へと……!」

「くっ!」

「スレイさん、気持ちを強く持って!……かの者は!」

「ライラ!」

 

スレイは災禍の顕主の攻撃を避けながら言う。

そしてそれを聞いていた災禍の顕主は、

 

「……やはり邪魔だ!」

 

そう言って、彼は審判者を見た。

審判者は彼を見て、

 

「仕方ないな。」

 

裁判者が審判者の投げた短剣を審判者に投げる。

が、それよりも早く、彼は指を鳴らした。

すると、スレイとライラの神依≪カムイ≫が解ける。

そしてライラに、災禍の顕主の拳が迫る。

 

「ハッ!」

 

スレイがすぐに、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫‼」

「ぬ!」

 

しかしスレイ達は再び神依≪カムイ≫化できた。

災禍の顕主が審判者を見ると、彼の心臓の所には短剣が刺さり、岩に叩き付けられていた。

そして裁判者が災禍の顕主を睨んでいる。

 

スレイは神依≪カムイ≫化が解ける。

災禍の顕主を睨みながら、

 

「ライラ、ヘルダルフはまだ答えを出せないオレにつけ込もうとしている。そう言いたいんだろ?」

 

災禍の顕主は視線をスレイに向ける。

 

「このままこいつと戦ってたら、もっとつけ込まれてどうにもできなくなりそうだ。」

「スレイさん!わかりましたわ!」

「みんなを助け――」

「逃すものかよ。」

 

災禍の顕主が詰めよる。

スレイはおもいっきり、

 

「獅子戦吼‼とにかく弱点を攻めるしかない!」

 

だが、災禍の顕主は笑いながら、

 

「それが……獅子戦吼だと?笑わせるわ‼」

 

そして災禍の顕主はスレイの目の前で、同じく獅子戦吼を繰り出した。

そしてスレイを吹き飛ばす。

スレイは岩に叩き付けられる。

 

「ぐわっ!うぐっ‼」

「スレイさん……」

 

その風圧に巻き込まれたライラも地面に叩き付けられた。

そしてそのライラを穢れに満ちた足が踏みつける。

 

「あぁ!」

 

さらに、その穢れに満ちた手にはスレイが首を絞められている。

 

「ぐぅ!」

 

 

裁判者はそれをただ見ていた。

だが、その瞳が揺れ出す。

 

「大人しく見ていろ。」

――お兄ちゃん……お兄ちゃん‼

 

小さな少女は風に包まれ、白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が現れる。

その左目はまだ癒えていない。

そして、手を伸ばしながらスレイの元に駆けて行く。

 

災禍の顕主はスレイを締め上げ、

 

「抗うな。」

「……イヤだ!絶対に諦めない……!」

「抗う事……そのいびつさに気付くがよい。」

「な、に……」

 

そこに、レイがライラを踏みつける災禍の顕主の足をどかそうとする。

 

「レイさん‼」

「ライラを……お兄ちゃんを……放せ!」

「いけません、レイさん!今のレイさんでは‼」

 

災禍の顕主は片手でレイを腹の辺りで掴み、締め上げる

 

「お前もまた哀れだな。あいつの言霊に縛られた憐れな器……」

「哀れなのは貴方も同じだ。あの導師の……人間の呪いに……縛られて……!」

 

レイは右目の瞳を大きく揺らした。

そして頭を抑えた。

涙を流しながら、何かを思い出しそうで思い出せない。

それを見た災禍の顕主は目を細め、

 

「……サイモン。従士を解け。」

「はっ!」

 

天族サイモンは再び現れ、ロゼを解く。

ロゼはおもいっきり尻餅を着く。

 

「あいた!」

 

そして掴んでいたレイを離す。

レイは地面に落ち、気絶していた。

 

「レイさん!何を……」

 

ライラはレイを見た後、ロゼを見つめる。

災禍の顕主は穢れに満ちた玉を凝縮し始める。

 

「抗ったとてどういにもならなぬ事を受け入れよ。導師。」

「や、めろ……!」

 

それをロゼに向ける。

ロゼは仁王立ちになり、腰に手を当て、首を振る。

そして災禍の顕主を睨み、

 

「なめんなっての。ね?ライラ。」

 

ライラはロゼを見つめた。

そしてロゼはまっすぐこちらに駆けてくる。

 

「ふん!」

 

災禍の顕主の顕主の真上に飛んで行くと、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫‼』」

 

そしてライラと神依≪カムイ≫化して、攻撃を切り裂く。

神依≪カムイ≫を解き、ライラが災禍の顕主にスレイを握る所に炎をぶつける。

スレイは彼から解け、レイを抱えて離れる。

ロゼは天族サイモンの前に着地し、短剣を向ける。

 

「くぅ!」

 

ロゼは天族サイモンの喉元に短剣の刃を向け、

 

「形勢逆転かな。」

「……討つのか?天族であるその者を?」

 

災禍の顕主はロゼを見る。

ロゼは彼を見て、

 

「あたしの仕事は殺す事。覚えておいて。」

「……サイモン。」

「……御意のままに。」

 

災禍の顕主は先程と同じく、穢れの玉をロゼと天族サイモンに向ける。

 

「なっ!」

 

そして放つ。

二人は吹き飛ばされる。

 

「きゃあああ!」

 

そして、地面に叩き付けられる。

スレイはロゼの元に駆けよる。

 

「ロゼ!」

 

ライラも駆け寄り、ロゼに治癒術をかける。

審判者が災禍の顕主の隣に立ち、

 

「うっわ~、サイモンちゃんごとやったんだ。」

「無論だ。」

 

そして彼は心臓に刺さっていた短剣をクルクル回す。

彼の心臓には刺さっていた痕跡がないくらい血も、服も破けていなかった。

天族サイモンは空を見上げ、

 

「くっふふふ……」

 

そう笑うと、気絶した。

そしてそれと同時に、ミクリオ達をつかめていた穢れの球体は解かれる。

三人は地面に落ち、気絶していた。

 

「……もはや弄するのは無駄だな。」

 

そして腕を組み、スレイを見る。

 

「……導師スレイ、ワシに降れ。共に世界を元の姿に戻そうではないか。」

「な⁉」

 

スレイは目を見張る。

審判者は口笛を吹いて、彼を見た。

レイは目を覚まし、開く。

左目はまだ血が流れている。

そして開いているその右目は虚ろだった。

まるでこれからの会話をただ聞くだけかのように……

 

ライラはロゼの治癒を終え、災禍の顕主を睨みながら、

 

「災禍の顕主と共に行く先など、ただ穢れるのみ……そんな事――」

「それの何がおかしい?何もせずとも穢れは生まれ、ごく限られた浄化の力を持つ者によってのみ滅される。これが自然な事だとでもいうのか?」

「憑魔≪ひょうま≫は人も天族も傷つける存在です!」

「だから穢れに抗う事が自然だと?笑止な……穢れに抗っている者と身を任せている者……。どちらが苦しんでいたか。これまでの旅路で目の当たりにしたろう。」

「おまえ……」

 

スレイは災禍の顕主をジッと見つめた。

それは彼の想いに何かを感じたかもしれない。

そしてロゼが眉を寄せ、彼を睨み上げる。

 

「自分が苦しいのがイヤだったから、他のみんなもそれがイヤだと思ってるんだ。」

 

災禍の顕主は一度間を置き、

 

「……導師スレイ、もう一度言う。ワシに降れ。人々に恩恵を与えるために穢れに抗う事を課せられ、天族と称されて縛り付けられている者たちを、憑魔≪ひょうま≫という本来の姿に戻すのだ。」

 

スレイは瞳を閉じ、開く。

そして立ち上がり、力強い瞳で彼を見つめ、

 

「断るよ。」

「……では雌雄を決するとしよう。」

「それも断る。今はその時じゃない気がする。」

 

スレイは立ち上がったロゼとライラを一度見てから言った。

レイはそれを聞き、再び地面に倒れる。

そしてスレイの言葉に、審判者が笑い出した。

 

「あはは!やっぱ、面白いな。今宵の導師は!」

 

そして笑いを止め、災禍の顕主を横目で見て、

 

「いいじゃない?彼らはまだ真実を知らない。今ここで終わらせても、面白みがないし。」

 

災禍の顕主は口の端をニッと上げ、

 

「そうだな。それに言うことよ。だが、いずれその身で知る事となろう。世界の……人と天族、そして裁判者と審判者の真の姿をな。」

 

背を向け、そう言うと姿を消した。

審判者は倒れている天族サイモンを抱き上げ、

 

「じゃ、俺も今日の所は帰るよ。また会おうね、導師。」

 

彼は風に包まれ、消えた。

スレイは彼らの居た場所をしばらく睨んだ。

そしてスレイとライラは倒れているレイを、ロゼはミクリオ達の方へ行く。

スレイがレイの傷を見て、

 

「ライラ、治癒術でなんとかならないか?」

「……申し訳ありません。これはただの傷ではありませんわ。裁判者が……レイさんの力を封じる為にしたもののようです。」

「そんな……」

「ですが、どうやら血はもう止まっています。おそらくもうじき左目は直るでしょう。」

「ホント?」

「ええ。」

 

ライラはレイの左目を優しくなでながら言った。

スレイはレイを抱き上げ、ロゼ達の元に行く。

そして目を覚まし、今までの状況を話す。

ザビーダが腕を組み、

 

「間違いない。あいつはマオテラスと繋がってんな。ヤツの穢れに遮断された時、気配を感じた。」

「だが、マオテラスの影も形もなかったじゃないか。」

 

ミクリオがザビーダを見て言う。

エドナが真剣な表情で、

 

「もっと考えて。見えてないと思ってたのに、実はずっと見えてたとしたら?」

「……見えているのに意識してなかったもの……」

 

スレイ・ミクリオ・ロゼは考え込む。

そしてハッとして、顔を見合わせた。

ロゼが地面を蹴りながら、

 

「これ?」

「大地か!」

 

スレイも改めて周りを見る。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「……ヤツ繋がってるものが、グリンウッド大陸を器としてるって……?」

「そう。そんなヤツぁ、一人しか考えられないってワケだ。」

 

ザビーダが地面を睨みながら言う。

ミクリオがザビーダを見て、

 

「だがそれなら――」

「そうだとしてさ。大地を浄化するってできんの?それにヘルダルフが器になってんならわかるけどさ。大地を器としてるのが、なんでヘルダルフとも繋がってんの?」

 

ロゼがミクリオの言葉を遮って、一気に話した。

スレイとミクリオは再び考え込む。

そしてスレイは、

 

「……マオテラスを探そう。ヘルダルフが本当に大地を器としてる憑魔≪ひょうま≫となってしまったマオテラスと繋がってるとしたら、マオテラス自身を浄化しないかぎり、ヘルダルフを鎮める事なんてできない。」

「だが……これまでの旅路で得た、マオテラス伝承にも所在を示すものなんてなかったぞ。」

 

ミクリオがスレイを見た。

そしてレイが目を覚まし、目を開ける。

左目はまだ開けずにいた。

そして右目はやはり虚ろなまま、

 

「……真実のカギを持ち、語り部の一族……『刻遺の語り部』を探すといい。だが、よく考える事だ。これは真実を知る事となる。その覚悟を持ってその者の所に行け……」

 

レイは再び瞳を閉じ、眠った。

 

「それって誰よ?」

 

ロゼが頭を掻いた。

ライラが一度瞳を閉じ、開く。

そしてスレイ達を見て、

 

「……メーヴィンさんを探しましょう。」

「メーヴィンおじさん?」

 

ロゼはライラを見た。

そしてザビーダもまたライラを見て、二人は頷き合った。

ミクリオはハッとして、

 

「そうか……彼もマオテラス伝承を追って旅を続けているだったな。」

「何かマオテラスの手がかりを得てるかも!それに裁判者のいう『刻遺の語り部』もわかるかも!」

 

スレイも頷きながらいう。

ロゼは空を見上げ、

 

「けど、おじさん、どうやって見つけよっか……」

「私に心当たりがありますわ。ローグリンの遺跡を守る方々に会いましょう。」

 

ライラがスレイを見て言う。

スレイはレイをミクリオに渡し、天遺見聞録を開く。

そしてページをめくり、

 

「ローグリン……確かザフゴット原野にある遺跡だな。」

「ええ。」

 

スレイは天遺見聞録を閉じ、しまう。

エドナが傘で突きながら、

 

「決まったわね。じゃ行くわよ。ミボ。」

「わかったからつつかないでくれ……レイに当たる。」

 

そしてスレイ達は歩き出す。

ライラは静かに、それでいて力強い瞳で彼らの歩く姿を見る。

ザビーダがライラの隣に行き、

 

「良いのかねぇ、これで?」

「信じます……これは賭けですわ。裁判者とそして私自身の……」

 

ライラはそう言って、歩き出す。

ザビーダは帽子を深くかぶり、歩き出す。



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toz 第三十一話 改めて

スレイ達はローグリン遺跡に向かう途中、森で野営していた。

レイはまだ寝ている。

各自、気持ちの整理をつけるため自由行動していた。

 

ロゼは拳を握りしめ、

 

「あいつ……なんで……」

 

その姿に、ライラが心配そうに近付く。

ザビーダもそれに気づき、近付く。

ライラが、

 

「ロゼさん、もしかしてかの者にやられた怪我が……?」

「あ!それは平気!」

 

ロゼは腰に手を当て、笑う。

 

「みっともないよねえ。人質とったのにやられるなんて。」

「いえ。恐るべきは迷いなく攻撃したかの者です。そして……」

「サイモン、だよな。」

「はい。」

 

ライラとザビーダは真剣な表情で言う。

そしてロゼは思い出すように、

 

「あいつの幻覚、なんでもありだもんね。」

「確かに彼女の幻覚能力は普通ではありません。でも、もっと異常なことがあります。」

「あいつが……穢れてないこと?」

 

ロゼがジッとライラを見つめる。

ライラは頷き、

 

「そう。つまり純粋に信じているのです。かの者の理想を、心から。」

「なんで信じられるわけ⁉あいつ撃たれたのに笑ってた。なんでそこまで――」

「それは彼女にしかわからないことでしょう……」

 

ライラが手を握り合わせる。

ザビーダが帽子を深くかぶり、

 

「だが、サイモンが天族のまま、ヘルの野郎に従っているのは幻覚じゃない。」

「……わかった。ヤバイのはサイモンの純粋さなんだね。」

 

ロゼは腰に手を当てて言う。

ザビーダはさらに深く帽子をかぶり、

 

「皮肉だがな。」

「……うん。」

 

ロゼも俯いた後、顔を上げ、

 

「で、レイの方は?」

「……まだ眠っていますわ。」

「……ま、今回は前回のも込めて……裁判者のお仕置きが来たってところだろうよ。」

「でも、だからってあれは!」

「……ええ。だから、レイさんが目を覚ましたら、私たちはいつも通りに接しましょう。」

「ん……そうだね!」

 

ロゼは大きく頷いた。

そしてテントに向かって歩いて行った。

ザビーダはライラを見て、

 

「ま、実際……今回の件で、裁判者がどう出てくるか、だな。」

「はい。」

 

二人も、テントのある方へ歩いて行く。

 

翌朝、レイは目を覚ます。

ライラが手を合わせ、

 

「レイさん!良かったですわ!」

 

レイは身を起こし、

 

「……?」

 

そしてレイは左目の包帯に触った。

ライラが肩を落としながら言う。

 

「その……血は止まっていたのですが……その……」

「大丈夫。ありがとう。」

 

そう言って、包帯を取り始める。

エドナがジッとレイを見て、

 

「もう取って平気そうなの?」

「ん。」

 

そう言って包帯を外し、左目を開く。

左目は傷跡一つない。

左目をパチパチさせた後、

 

「……。」

「……大丈夫ですか?」

 

レイは頷いた。

エドナは立ち上がり、

 

「じゃあ、私はボウヤたちに言ってくるわ。」

「はい。」

 

ライラは頷く。

レイは黙り込んだまま、考え込んでいた。

そして立ち上がり、テントを出る。

そこに、スレイ達が駆けてくる。

 

「レイ!本当に大丈夫か⁉」

「痛いところはないか⁉」

 

二人は詰め寄った。

ロゼが二人の襟首を掴み、

 

「はいはーい!過保護兄貴ども、落ち着け。」

「あはは、ゴメン……」「す、すまない。」

 

二人は肩を落とす。

そこにザビーダが笑いながら、

 

「がはは!スレイとミク坊は過保護だね~。」

 

と、腹を抱える姿を見たミクリオは、

 

「べ、別にいいだろ!」

「……。」

 

レイはそれをただ見ていた。

そして視線を外し、

 

「心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫だから……」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイ達は互いに見合った後、旅支度をすませる。

 

スレイ達一行はキャメロット大橋を目指して歩いていた。

途中の森の中、休息を取る。

すると、一人の少年を見つけた。

 

「あれ?ゼロ?」

「ん?ああ、スレイ。それにロゼにレイ。」

 

スレイとロゼは彼に近付く。

 

「でも、なんでここに?」

「ん~、ちょっと気になった事があったんだけど……」

 

そして目を細め、小声で、

 

「どうやら大丈夫みたいだ。」

 

二人に笑顔を向け、

 

「もう用はすんだよ。で、君たちは?」

「俺たちはローグリン遺跡に向かう途中。」

「ローグリーン遺跡……誰かを探してるとか?」

「そ。メーヴィンおじさんを探してるんだ。」

「……そう。あの人を。」

 

そう言って、少年ゼロはライラを見た。

だが、すぐに笑顔になって、

 

「ところでスレイ。」

「ん?なに?」

「何でレイはあんなに離れてるのさ。」

 

そう言って、指さす。

そしてスレイとロゼがそこを見ると、ミクリオの足にしがみ付き、隠れているレイの姿。

ロゼは目をパチクリした後、レイの元に歩いて行く。

 

「レイ?どうしたの?」

「……ほっといて……」

 

レイは視線を外す。

ロゼがしゃがみ、レイのおでこにでこピンをする。

 

「ダメだぞ。挨拶は大事だぞ~!」

 

そう言って、レイを抱き上げた。

エドナがロゼをじっと見て、

 

「アンタがそれを言うのね。」

「でも、ロゼさんは挨拶はしっかりする方ですよ。」

 

ライラが苦笑いする。

ザビーダは帽子を深くかぶる。

その視線は少年ゼロをじっと睨んでいた。

かれもまた、その視線に気付いているが、それを流している。

 

「ほら、レイ。」

「……どうも……」

「うん。」

 

レイはロゼに抱きかかえられたまま、挨拶をした。

少年ゼロはレイの頭を左側で撫でる。

レイはビックっと反応した。

 

「あれ?嫌われてる?」

 

と、スレイを見た。

スレイは頭を掻きながら、

 

「おっかしーな。前は平気そうだったのに。」

「理由は?」

 

と、ロゼはレイを引き寄せて聞いた。

レイはロゼの視線を交わし、

 

「……別に……」

 

と、スレイがレイに近付き、頭に軽くチョップした。

 

「レイ、それは感じ悪いぞ。」

「……ごめんなさい……」

 

レイは視線を落とした。

スレイは頭を撫で、

 

「わかればいいよ。」

 

レイはスレイを見た後、瞳を揺らした。

そして少年ゼロを見て、

 

「……どうも……」

「う、うん?」

 

少年ゼロは笑顔のまま答えた。

レイはロゼを見て、

 

「降ろして。」

「え?あ、うん。」

 

ロゼがレイを降ろすと、レイはミクリオの足にしがみ付き、隠れた。

スレイとロゼは頭を掻きながら、

 

「ところでゼロはどこに行くんだ?」

「ん~、どこかな?気ままに旅をするさ。」

「へ~。……ところでゼロ。」

 

ロゼは真剣な表情になる。

ジッと少年ゼロを見て、

 

「ゼロは天族が視えるの?」

「ロゼ?」

 

スレイが不思議そうにロゼを見た。

少年ゼロは笑顔のまま、しばらくロゼを見た後、

 

「うん。視えるね。」

「え⁉憑魔≪ひょうま≫が視えてるんだから、やっぱりそうか……」

 

スレイがバッと少年ゼロを見る。

少年ゼロはレイの居る方を指差す。

正確には、レイがしがみ付いているミクリオを。

 

「そこにいるのは水の天族の人でしょ。始めて会った時から一緒に居るよね。導師の君のとこに居るんだから、陪神≪ばいしん≫でしょ?」

「……ああ。やっぱり最初から僕らが視えていたんだな。」

「もちろん。でも、俺自身は君たちに名のられていないかったから、その方がいいのかなって。」

「……否定はしない。」

 

ミクリオは彼を警戒しながら言う。

少年ゼロは笑顔のまま、

 

「でも、どうして今頃?」

「……前々から気になってたんだ。それだけ。」

「そ。」

 

ロゼは腰に手を当てて言った。

そして辺りに風が吹いた。

 

「……用事ができた。俺は行くよ。」

「え?あ、うん。」

 

少年ゼロはスレイの横に来ると、

 

「スレイ。また会おう。」

「ああ。」

 

そう言って、彼は歩いて行った。

レイは彼の背をジッと見つめていた。

ロゼが頭を掻きながら、

 

「やっぱり、ゼロはさぱらん。」

「でも、なんでミクリオだけだったのかな。」

 

スレイが腕を組んで、首を傾げる。

ロゼは左手を腰に当てたまま、右手を顎に当てる。

 

「それは……あそこで睨んでる風の天族や、不機嫌そうにしてる土の天族に、掴みどころのない表情だった火の天族よりかは、レイがしがみ付いてる水の天族の方が絡みがよかったんじゃない?」

「なるほど~!」

「待ってくれ!それってどうなんだ⁉」

 

ミクリオはハッとしたように、ロゼを見た。

ロゼは笑いながら、逃げるように歩いて行く。

 

「あはは!」

「ロゼ!」

 

ミクリオはそれを追っていく。

ライラが手を合わせ、

 

「さ。私たちも、行きましょう。」

「そうね。」

 

エドナも傘を回しながら歩いて行く。

ザビーダも帽子を深くしたまま、歩き出した。

スレイは近付いて来たレイを見下ろし、

 

「俺たちも行くか。」

「ん……」

 

レイは頷く。

そしてレイは歩いて行った。

スレイは目をパチクリして、

 

「あれ?オレ、振られた?」

「……そう……なのでしょうか?」

 

スレイはレイに差し出していた右手を見て言った。

ライラも首を傾げてスレイを見ていた。

 

一行は帝都ペンドラゴに来た。

そこで旅に必要な道具を集める。

と、スレイ、ミクリオ、エドナと共に居たレイが、

スレイ達の買い物が終わるまで、店外の隅で待っていた。

そして人をジっと見ていた。

 

「……お兄ちゃんたち早く終わらないかな……」

 

レイでしばらく立っていると、ライラ達の方が買い物が終わりこちらに近付いてくる。

レイはそれに気付かず、立っていた。

と、レイの左上から植木が落ちてきていた。

 

「危ない!」

「え?」

 

女性の声にレイは上を見上げるが、

 

「……?」

 

レイの眼には植木は見えていない。

そして上にはロゼが見えた。

 

「あ、あっぶな~……」

「ごめんなさい!大丈夫だった!」

 

女性が店の中から掛けて、こちらに来た。

ロゼが植木を渡し、

 

「ギリセーフ。今度は気をつけてね。」

「ええ。本当にごめんなさいね。お詫びと言ってはなんだけど、はい。」

 

女性はクッキーをレイに手渡した。

レイは女性を見上げ、

 

「ありがとう……」

 

女性は最後にもう一度謝ってから、店の中に入って行った。

そこにライラとザビーダが来て、

 

「危なかったですわ。」

「ああ。ロゼちゃんが行かなきゃ、当たってたな。」

 

ロゼは少し間を置き、

 

「レイ。」

「ん?」

 

ロゼはレイの左目近くに、短剣を向けた。

レイはキョトンとしていた。

ライラとザビーダは少し驚いていたが、何か思い当たる事があるかのように納得していた。

 

「やっぱりね。」

 

ロゼは短剣をしまい、レイを見下ろして、

 

「レイ。左目見えていないっしょ。」

「……そんなことないよ。さっきのは一瞬何が起きたのか分からなかっただけ。」

「ウソ。」

 

ロゼは即答だった。

レイは首を振り、

 

「ホントだよ。」

「なら、今の私の思っている事わかる?」

「……え?」

 

レイは視線を少しオドオドさせた後、無言となった。

ロゼはしゃがみ、

 

「いつものレイなら、街に入ってすぐにスレイかミクリオの手を握ってた。でも、今回はそれをしなかった。それに、こうして離れてるのも普段はありえない。ま、例外はあるけど。それでも、いつものレイとはやっぱり違った。この前の影響だよね?」

 

レイは頷いた。

そしてロゼを見上げ、

 

「……左目は裁判者としての力が封じられてるから治りが遅いの。でも、しばらくすれば見えるようになる。でもそれ以上に怖いのは……人の心が読めないこと。確かにごちゃごちゃし過ぎて気持ちが悪いけど、それ以上に何も聞こえなくて……何を想っているのか……何を考えているのか分からないの怖い。だから……行動の理由が分からなくて……どうしたらいいのか分からないの……」

「そっか。ゴメン。」

「え?」

「ゼロのとき。だからあんな風だったんだね。気付いてあげられなかった。」

 

そう言って、ロゼは手を合わせた。

レイは眉を寄せ、どうしていいかわからずライラを見た。

ライラは優しく微笑み、

 

「今のレイさんが思っている事を、レイの思うままに言えばいいのですよ。」

 

レイは少し考えて、

 

「ロゼ……別にロゼが謝る事じゃないよ。私はロゼ達のように人間でもないし、天族でもない。今まで分からずに聞こえてきてたものや、何気なくしてたことができなくなって……不安で……でもそれと同じくらいやっぱり自分は人間にはなれないって思って……もちろん天族にも。私は……あの人なんだなって……あの人の力に頼ってたんだなって……」

「レイ……」

「だから……ロゼ、どうしていいのか分からないくて恐いの。周りが、人が、天族が、世界が……誰かに側にいて欲しい。でも、どうしたらいいのか分からなくて不安で……」

 

ライラがレイの前でしゃがみ、引き寄せた。

レイの背を摩り、

 

「それが普通なんですの。生きる人たちみんな。相手が何を想い、感じ、そして行動しているか解らない……。でも、だから人は人と関わる事で、その人を知り、絆を深め、共に過ごすのですわ。それは人間も、天族も、そしてきっとそれを読める裁判者や審判者もまた、同じように……」

「ライラ……」

 

レイはギュッとライラにしがみ付いた。

ライラはもう一度、優しく微笑み、

 

「怖いときは怖いと、不安な時は不安だと、素直に言ってください。私たちが傍にいますわ。ね、ロゼさん。」

「もちろん!」

 

ロゼは大きく頷いた。

それを聞いたザビーダは、

 

「え⁉その中に俺様入ってる⁉その口調だと俺様、場外されてね?」

「え?違うの?」

「ロゼちゃ~ん!」

 

ロゼがニット笑いながら言うと、ザビーダは肩を落とした。

それを見たレイは、笑い出した。

ライラがレイを離し、

 

「やっと笑ってくださいましたね。実は私も、不安だったんですの。レイさんが、私のことを嫌いになってしまったのではないか、と。」

「ライラ、そこはあたしたち、でしょ。」

「ええ。」

 

ロゼが付け足した。

レイは首を思いっきり振って、

 

「そんなことはないよ!ライラ達の事も好きだよ。お兄ちゃん達の次に!」

「次なんだ。」

 

ロゼは苦笑いする。

レイはジッと彼らを見て、

 

「だから嫌われるのが、恐がられるのが……イヤ……だった。他の人達みたいに、嫌われるんじゃないかって……」

「大丈夫ですわ。私達はレイさんが大、大、大好きです。」

「ん。」

 

レイはライラに再びしがみ付いた。

ロゼは嬉しそうに笑った後、

 

「それにしても、ライラばっかりズルイ!」

「え?」

 

ライラはロゼを見ると、拗ねていた。

ロゼは頬を膨らませている。

ザビーダは笑いながら、

 

「仕方ないぜ、ロゼちゃ~ん。なんたって、お母ん体質なんだから。」

「それもそうか。なら仕方ない。」

「ロゼには無理だね。ライラは皆のお母さん……ザビーダ抜きで。」

「ふふ。そうですわね。」

「え?えぇ~⁉」

 

ロゼとレイとライラは笑いながらそう言った。

ザビーダは肩を落とした。

そこにスレイ達も店の中から出て来た。

レイはロゼと共に前を歩いていた。

スレイ達はライラから先程の事を話した。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「やっぱりね。」

「エドナは最初から気付いてたのか?」

 

ミクリオは前を歩くエドナを見る。

エドナは傘をクルクル回したまま、

 

「ええ。アイツが何もせずに、あの子を起こすわけないわ。前の時も、その前の時も……裁判者が関わるたびに、おチビちゃんは色々と変わった。だから今回もそうだと思ったわ。」

「……なるほどな……」

 

ミクリオは納得する。

スレイはライラを見て、

 

「レイが見えないって俺の時みたいな?」

「スレイさんのとは少し違いますわ。今はおそらく完全に見えていないと思われます。ですが、レイさんは人とは違い、傷の治りは早いです。」

「でも、痛みは感じる……よな?」

「……多分……」

 

ライラは俯いた。

スレイは頬をバシバシ叩き、

 

「よし!今度は俺がレイをカバーする!」

 

そしてレイとロゼの方に駆けて行った。

ミクリオはジッとその背を見て、

 

「全く。勢いだけはいいんだから!」

「素直に出遅れた事を認めたら?」

「違う!」

 

ミクリオはエドナの言葉を聞き、早歩きで歩いて行った。

 

 

キャメロット大橋につき、レイが海を見ていた。

と、ロゼもそこに来て、

 

「お!こんなトコまで登ってきてる。」

 

レイもそこに見ると、赤いカニが何匹か上がってきていた。

そこにスレイとミクリオ達がやって来た。

そしてスレイはそこに居たカニを見て、目を見開きレイを抱え、

 

「下がれ、ロゼ!」

「憑魔≪ひょうま≫だ!」

 

ミクリオも杖を出し、構える。

レイはスレイを見上げる。

その表情はいたって本気だ。

逆にロゼは、

 

「は?なに言ってんの?」

「なにじゃない!」

「その赤いヤツから離れろ!」

 

ロゼは目をパチクリした後、片手を振って、

 

「いやいや。これ、ただのカニだから。」

 

だが、スレイはさらにレイをカニから離し、

 

「ただのじゃない!足が8本もあるぞ!」

「それがカニよ。」

 

後ろにさがるスレイを見て、エドナが言う。

そして同じように杖を構え、後ろにさがりながらミクリオが、

 

「そのハサミは凶器だろう。」

「それがカニですわ。」

 

ライラが苦笑しながら言う。

スレイが眉を深くし、

 

「けど甲羅もトゲトゲだし……」

「それがカニ。」

 

レイがスレイを見上げて言う。

ミクリオも眉をさらに深くし、

 

「泡を吹いて小型のヤツもたくさんいて……」

「100%≪パー≫カニだ。」

 

ザビーダが笑い出す。

二人は目をパチクリし、スレイがレイを降ろし、

 

「……マジで?」

「マジで。普通に海にいる生き物。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

ライラもカニを見つめ、

 

「しかも美味しい。」

「こんな生き物が普通だとは……」

「海って怖いな……」

 

ミクリオとスレイはジッとカニを見つめた。

そしてロゼはその二人を見て、

 

「変なの。どうでもいいことはいっぱい知ってるのに。」

「山育ちだから海の知識がないのですね。」

 

ライラがさらに苦笑いする。

レイは興味津々にカニを見ている二人を見て、

 

「ホント、変だね。」

 

小さく呟いた。

 

 

そして再びザフゴット原野にやって来た。

その砂漠とかした土地を歩きながら、

 

「にっしても、やっぱりあつ~。脱いでいい?」

「またそれ?火の試練神殿でも言ってたよね。」

 

ロゼが手を顔に仰ぎながらいう。

そんなロゼにスレイは眉を寄せた。

ロゼはスレイを見て、

 

「脱いでいい~?」

「ダ~メ。大体、前に来た時は言ってなかったでしょ。」

 

スレイはロゼに言う。

ロゼは頭で手を組みながら、

 

「ケチ。」

「全く残念だぜ。」

 

ザビーダも肩を落とした。

レイがミクリオを見上げ、

 

「なにが残念なの?」

「え?え~と……レ、レイは知らない方がいいこと。」

「……解った。ザビーダがエドナに突かれることをしたという事だね。」

「あ、ああ……」

 

そこを見ると、エドナが傘でザビーダを突いていた。

しばらく歩き続け、

 

「Oh!オアシス!命の泉!」

 

ザビーダが砂漠の中にある湖を見つけた。

そしてそこに駆けて行く。

スレイ達も歩いて付いて行くと、ザビーダは水際に膝を着き左手を胸に当て、右手を天に向ける。

 

「お前は荒れ地に生まれた女神!」

「なんだそのテンションは⁉」

 

その姿を見たミクリオはレイをザビーダから遠ざけながら言う。

そしてザビーダは立ち上がり、ミクリオを見ながら、

 

「水の天族ならわかるだろ、ミク坊!この水のありがたさが。」

「わかるが……それほどでは……」

 

ミクリオはレイを抱え、後ろにさがる。

ザビーダはライラ達の方に近寄り、

 

「いいんだぜ、ライラ!火の天族の火照った体を投げ入れちゃっても。」

「遠慮しますわ。清らかな泉ですが……」

 

ライラも手を合わせて後ろにさがる。

ザビーダはミクリオに抱かれているレイを見て、

 

「んじゃ、嬢ちゃんはどうだ!熱いだろ!気持ちいいぞぉ~!」

「……熱い?気持ちいい?何それ?」

「えぇ⁉まさかの疑問返し⁉」

 

ザビーダは一歩下がった。

が、ザビーダはさらに近付き、

 

「んじゃ、んじゃ、エドナちゃん!地の天族を代表して、一緒に飛び込もうぜ!最高の大地の恵みに!」

「空気読めないのね。風の天族のくせに。」

 

エドナは真顔で言った。

ザビーダは背を向け、肩を落とす。

 

「今の……地味にグサッときた。」

「涙を拭きなさい。この命の泉で。」

「……そうするわ。」

 

エドナは傘をクルクルさせて言った。

ザビーダは泉に近付く。

が、そこにスレイとロゼが近付いて来て、

 

「ぷっはー!美味しかった!」

「だな。あれ?みんなは飲まないの?」

 

それを見たザビーダは泉とは逆方向に走って行った。

ロゼがその背を見て、

 

「なにあれ?」

「さぁ?」

 

スレイもその背を見て首を傾げた。

 

 

さらに一行は進み、あたりが暗くなってきたので野営を始める。

食事が終わり、それぞれテントに入る準備をする。

 

「さて、明日も早い寝るか。」

「そうだな。」

 

スレイとミクリオは立ち上がる。

レイも立ち上がり、二人の元に行くと、

 

「もしかして、嬢ちゃんも俺らと同じテント?」

 

ザビーダは目をパチクリした。

ロゼがザビーダを見て、

 

「あ、そっか。ザビーダは真面な野営は初めてか。」

「そういえばそうですわね。前の時はレイさんは一人で寝てましたし。」

「その前の野営はテント張らずにそれぞれ寝てたし。」

 

と、ライラとエドナも納得した。

ザビーダはスレイとミクリオを見て、

 

「一つ聞くが、デゼルもその中に居たのか?」

「時々ね。」

 

ミクリオが不思議そうな顔で言う。

ザビーダは目元を抑え、

 

「あのデゼルが、ねー。俺様、少し感動。」

「……いつもはお兄ちゃん達の間で寝てるんだけど、前に間違えてデゼルの横で寝てたら怒られた。」

「あー……あったね。そういの。俺も怒られた。」

 

スレイが頭を掻く。

そしてレイは思い出すように、

 

「ロゼがデゼルの肩で寝てる時も、ロゼが起きてからロゼに怒ってた。」

「あったあった!」

 

ロゼは思い出し笑いをする。

それを聞いたザビーダはさらに目元を手で押さえ、

 

「なんだかんだ言って、アイツ馴染んでたんだな。」

「そうですわね。」

「全く。地味に思い出を残していくわね。」

 

ライラは微笑み、エドナは人形を握りながら言う。

レイはエドナを見て、

 

「思い出?これが?」

「ええ。そうよ。」

「……そう、なんだ……これが……思い出……」

 

レイがそう言うと、顔をガバっと上げた。

すると、風が吹き荒れた。

スレイ達は顔を腕で防ぐ。

レイの瞳はある人物たちの会話が光景が視えて来た。

 

――そこは森の中。

自分が見上がるのは森、空、大地、その先の街や人、天族、世界そのものだった。

そこに男性の声が下から聞こえる。

 

「君は彼と違って、随分とつまらなそうに景色を見るんだね。」

 

自分≪裁判者≫は彼には向かず、

 

「……自然の景色は時代と共に変わる。だが、人の世はいつの時代も変わらない。戦争で多くの命が失われ、争うことでそれが間違いだったと思った頃にはもう遅い。失った者は大きい。だが、それと同時に新たな命を育む。」

「うん。失った命は戻らない。でも、新たな命が時代を繋いでいく。」

「それでも人はそれを忘れ、再び戦争を起こす。何も変わらない。いくら導師が穢れを祓っても、人は何度も穢れを生む。」

「それでも、人は繋がりを忘れない。次に繋げることを知ってる。どんなにいがみ合った相手でも、いつかはきっと分かり合える。私はそう信じるさ。」

 

視線が下の声の彼の方を見る。

彼は木にもたれ、上を見上げていた。

その顔は靄がかかったように見えない。

いや、実際は見た事がある。

そして自分≪裁判者≫は彼を見て、

 

「それがお前の言う絆≪縁≫か。」

「ああ。」

 

彼は嬉しそうにそう言っているのが分かる。

 

風が止み、レイはハッとする。

そして左目が視えている事に気付く。

だが、力はまだ戻っていない。

レイはスレイ達を見る。

 

「凄い風だったな。」

「全くだ。テントは大丈夫か?」

「大丈夫みたい。」

 

スレイ・ミクリオ・ロゼは言う。

レイは瞳を揺らし、

 

「もし、あれが記憶で、思い出と言うものなら……彼との出会いはきっと……」

 

レイは服の裾をギュッと握りしめた。

そして再びスレイ達を見て、

 

「お兄ちゃん。今日はもう寝よ。」

「そうだな。てか、その為に立ったんだった。」

 

スレイがレイに手を伸ばす。

レイがそれを握ろうとした時、

 

「レイ。今日はあたしらと寝ない?」

 

ロゼが笑顔で言った。

レイはスレイに伸ばしていた手を止め、ロゼを見る。

 

「……いいよ。」

「だよねー。やっぱりまだダメだよね。レイはやっぱりガードが――」

 

ロゼは頭を掻きながらそう言って、無言となり、

 

「え⁉今なんて⁉」

「だからいいよって。」

「ウソ⁉」

「本当。」

 

レイはそう言うと、ロゼ達のテントの方に駆けて行った。

ロゼは笑顔になって、

 

「やったー!これなら私が寝てるレイを抱っこしても起きないよね⁉」

「ソレとアレは別じゃない。」

「かもしれませんわね。」

 

と、エドナとライラは立ち上がった。

そしてテントに歩き出した。

ロゼはハッとしてすぐに立ち上がり、

 

「ちょっと待って!」

 

二人を追いかけた。

残されたスレイはレイに差し伸べていた手を見て、

 

「……なんか、さみいしな。」

「そうだな。」

 

ミクリオも嬉しそうな悲しそうな表情で言った。

そしてテントに歩いて行った。

そして一人取り残されたザビーダは、

 

「え⁉ってか、俺様乗り遅れた⁉」

 

そう言って、彼も後始末をしてテントに入った。



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toz 第三十二話 真実を知るために

翌朝、スレイ達は目的のローグリーン遺跡についた。

街を探索るスレイ達。

すると、街人が話をしていた。

 

「なぁ、知ってるか?ザフゴットの南にあるプリズナーバック湿原に村を興した聖女の話。わざわざあんな辺境に行くなんて。本当の聖女様だったのか、それとも……」

 

それを聞いたザビーダは口の端をニッと上げ、

 

「聖女ときたか。おっかねえ。」

「怖い?なんで?」

 

スレイは首を傾げた。

彼はスレイの方に手を回し、

 

「お子様導師にゃわかんねぇか?」

「……さっぱり。」

 

スレイが腕を組んで首を傾げていると、

 

「ぐわぁ⁉」

「あんた、スレイに何してんのよ。」

 

エドナがザビーダの背を傘でおもいっきり突いた。

ザビーダがエドナに振り返り、

 

「ひどいなぁ~、エドナちゃん。そんなに俺様に構って欲しかったのかい?」

「死ぬの。ここで死にたいの。死ねばいいわ。」

 

エドナは傘を構える。

ザビーダは一歩下がり、

 

「うわぁ⁉目が本気なんですけど⁉」

 

そして二人の攻防戦が始まった。

と、ある一角で商人と男女の街人が切羽詰まった感じで話していた。

 

「せめて薬だけでもなんとかならないか?」

「すまんな。こっちも命懸けなんだ。」

 

そして商人は歩いて行った。

男性と女性の街人は肩を落とす。

ロゼが腕を組んで、

 

「ご主人、ご主人、今の値段ってめっちゃぼられてるよ?」

「……わかっています。でも、こんな辺境では旅商人だけが頼りで。」

 

男性は振り返って言う。

ロゼは眉を寄せ、

 

「でも、相場の五倍はやりすぎ!」

「ザフゴット原野に一頭の凶暴なゾウがいて、商隊を襲っているのです。被害と危険の分、値が上がると……」

 

ロゼが頭を掻きながら、

 

「ゾウ相手なら逃げるとか、罠張るとか、いくらでも方法ありそうだけどなぁ。」

「ですが騎馬商隊や武装商隊まで全滅していまして。」

「……やっぱり普通じゃないな。前に聞いた通り、か。」

 

スレイは腕を組んで言う。

女性がスレイを見て、

 

「そちらの方は……もしかして導師様?」

「えっと、一応。スレイっていいます。」

「おお!お噂は伝わっていますよ。」

「貴方は世界の希望ですわ。どうか頑張って。」

「必要なものがあったら言ってください。お役に立てるかもしれない。」

「ありがとう。気持ちだけで十分です。」

 

二人はお辞儀をして、歩いて行った。

レイがスレイの側に駆けて行き、

 

「話し終わった?」

「うん。終わった。」

 

スレイがレイの頭を撫でる。

ミクリオが、歩いて行く二人を見て、

 

「導師信仰が篤いんだな。」

「このローグリーンは昔からそうなんです。純粋な敬意なのでしょうね。」

 

ライラがミクリオを見て言う。

スレイは少し俯き、

 

「自分たちが大変なのに……」

「出番なんじゃない?本物の導師の。」

 

ロゼがニッと笑いながら言う。

スレイは顔を上げ、

 

「みたいだな。」

「じゃあ、早いとこメーヴィンおじさんを探そう。」

「ああ。」

 

二人ははりっきって歩いて行く。

それを見ていると、天族の男性を見つけた。

彼が独り言のように、

 

「いやあ、あいつは丸かったな。ワシの二千年の人生で一番丸かった。丸すぎて、まるで夢のようだった。それぐらい丸かった。ああまでワシに『丸い』と思わせたたら、大したもんだ。まさかトリスイゾル洞であんなヤツに出会えるとはなあ。」

 

ライラは拳を胸のあたりで握り合わせ、

 

「そこまで丸いなんて……まさかアルマ次郎さん⁉」

「トリスイゾル洞で見たって言ってたよね。行ってみよう!」

「ええ。行きましょう。」

 

ロゼの言葉に、ライラの瞳が燃え上がる。

ミクリオが二人を見て、

 

「この街でメーヴィンを探すんじゃなかったか?」

「脱線したね。」

 

レイも二人を見て言った。

ライラがハッとしたように、頬の手を当て、

 

「私たら……すみません。」

「じゃあ、メーヴィンおじさんを見つけてから行こうか。」

 

ロゼが腰に手を当てていう。

そして街を一通り歩き、探検家の服を身に纏った一人の男性を見つけた。

スレイ達は探していた人物の側に行く。

 

「メーヴィン!」

「おじさん!」

 

スレイとロゼが彼、探検家メーヴィンに話し掛ける。

レイはライラを見た後、彼を見た。

彼はこちらに近付き、

 

「よう。スレイ、お嬢、それにチビちゃん。元気そうだな。」

 

スレイは頷いて、

 

「よかった、ここにいて。マオテラスの事、なにかわかった?」

「藪から棒だな。特にこれといってないな。」

 

すると、ライラが一歩前に出て、

 

「メーヴィンさん。禁忌を犯す行為だとわかっていますわ。」

 

彼に話し掛ける。

その姿にスレイとミクリオ、ロゼは驚く。

ライラはジッと彼を見つめ、

 

「ですが、今や唯一人の導師となったスレイさんが後悔なくその道を歩めるよう、力をお貸しください。」

 

そしてスレイが探検家メーヴィンを見て、

 

「メーヴィン……もしかして聞こえてるのか?」

「ん?何の事――」

「刻遺の。頼むわ。」

 

探検家メーヴィンの話をザビーダが割り込む。

彼はいたって本気だった。

それを見たエドナが、探検家メーヴィンを見て、

 

「そう……この人が今の『語り部』なのね。」

「「「語り部?」」」

 

エドナの言葉にスレイ・ミクリオ・ロゼの声がはもった。

だが、スレイは思い出したように、

 

「そう言えば、裁判者……の方も、そんなこと言ってたよな。」

「ああ。たしか……〝真実のカギを持ち、語り部の一族……『刻遺の語り部』を探すといい。だが、よく考える事だ。これは真実を知る事となる。その覚悟を持ってその者の所に行け″だったか。」

 

ミクリオも腕を組んで言う。

探検家メーヴィンはレイを見る。

レイもまた彼を見ていた。

そして頷く。

探検家メーヴィンは真剣な表情になり、

 

「ったく……それほどのタマだったワケか。今回のヤツは。」

「それもありますが……」

 

ライラは悲しそうに俯く。

探検家メーヴィンは続ける。

 

「……おまえらに俺が力を貸す……それがどういう意味かもわかってるんだな?」

「はい……」

 

ライラは顔を上げ、まっすぐ彼を見る。

彼はフッと笑い、

 

「怖い女だ。」

「さぱらん。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

ミクリオも頷き、

 

「まったくだ。ライラ、メーヴィン、ちゃんと説明してくれ。」

「まぁ、待て。お前らは今、俺にとってかなり重大な選択を迫ってるんだぜ?」

 

探検家メーヴィンは本気だった。

スレイは思い出した。

 

「さっきの禁忌を犯すことになるってヤツか。」

「そんなところだ。」

 

レイはジッと彼を見る。

そんなレイは彼と目が合い、また頷く。

彼は腕を組み、続ける。

 

「が、それでも探検家としてなら助言はやれる。繋がらないってことは、まだ欠けたピースがあるって考えるのが妥当だ。それと、遺物は遺跡だけにあるわけじゃない。このふたつだな。」

 

そしてスレイは何を示しているのかわかり、

 

「……大地の記憶の事をいってるのか?」

「たしかにアレじゃ、断片的にしかわからなんかったもんね。」

 

ロゼも頭を掻きながら言い、ミクリオは眉を寄せながら、

 

「何を知っているんだ?」

「とりあえず思い当たるところを探ってみろ。全てはそれからだ。」

「相変わらず回りくどいぞ。おじさん。」

 

ロゼは腰に手を当てて唸った。

探検家メーヴィンは少し笑い、

 

「もう俺はここから離れない。だから心ゆくまで探してこい。」

「わかった。行ってくる。」

「なんかありがと、おじさん。」

 

スレイとロゼは頷く。

ライラはどこかホッとしたように、視線を落とした後、探検家メーヴィンを見る。

彼はスレイとロゼに笑顔を向けていたが、スレイ達が背を向けて歩き出すと、真剣な表情になる。

レイは探検家メーヴィンを見て、

 

「お前自身にも時間はある。それまでに答えを出しておけ。」

「あんた自身でここに導いておいてか?」

「ああ。私は選択の一つを与えたに過ぎない。そしてその選択を選ぶかどうかはお前達自身だ。」

「変わらんな。チビちゃんは変わったと思ったが――」

「世界は変わる。あの導師の選択で。それ次第では私達のこれからの世界に、お前達に関わる理が変わる。」

 

レイはいや、裁判者は彼を見上げて言う。

探検家メーヴィンは髭を摩り、

 

「ほう。今回は本当に大きな選択……ということか。だが、それはお前さん達が変わると言うことか?」

「……ああ。かもしれんな。だが、この歯車の乱れは簡単には治まらない。長い年月が必要となるだろう。」

「……俺はその先は見られんな。」

「それでも繋げる事はできるさ。お前はそれだけの事をしている。」

「だと、いいがな。」

 

レイ≪裁判者≫は彼に背を向け、先を歩くスレイ達の元へ歩いて行く。

 

 

探検家メーヴィンと別れて、スレイは空を見上げ、

 

「大地の記憶を集めろ……か。」

「地道に探すしかなさそうだね。おじさんもヒントくれればいいのに。」

 

ロゼも同じように空を見上げて言う。

ライラは手を合わせて、

 

「頑張りましょう。真実を知るためにも。」

「だな。」

 

スレイは頷いて、前を向いて歩いて行く。

しばらく歩き、

 

「刻遺の語り部……」

「ん?」

 

スレイが呟いたのを聞き、ザビーダが反応した。

レイは手を繋いでいるスレイを見上げる。

スレイはザビーダを見て、

 

「ザビーダもメーヴィンを知ってたんだな。裁判者はなんとなくだけど予想はつくし。」

「あの男……ってか語り部のことはな。んで、カマかけたら当たっちまったわけ。」

 

ザビーダが笑いながら言う。

レイがスレイ達を見上げ、

 

「語り部は人間には知られてないけど、結構知られてると聞くよ。」

 

エドナが真剣な表情で、

 

「ええ。おチビちゃんの言う通り、語り部は、よく知られた存在よ。長く生きる天族の間ではね。」

「それなら教えてくれれば……」

 

ミクリオがエドナを見た。

エドナは鋭い目つきになり、

 

「同時にタブーでもあるけど。」

「天族にとっても、人にとってもな。」

 

ザビーダも真剣な表情で言う。

ミクリオは二人を見て、

 

「それってどういう――」

「大地の記憶を集めよう、ミクリオ。きっと話を聞くだけじゃダメなんだ。」

 

ミクリオの言葉をスレイが遮った。

そしてミクリオは、

 

「自分の目で確かめたときにこそ、伝承の本当の意味が見える……か。」

「そういうこと。だよな!」

 

スレイは笑顔になる。

そして周りの者達も笑顔になる。

レイは小さく、

 

「お兄ちゃんなら……ううん、あなた達ならきっと……」

 

レイはスレイの手をギュッと握りしめる。

そしてスレイ達はザフゴット原野の半分までくると、

 

「さて、話だとこの辺だよね。おそらく憑魔≪ひょうま≫だよね。商人を襲うゾウって。」

 

ロゼが辺りを見渡して言う。

スレイも頷き、

 

「ああ、まず間違いないな。」

「レイはなんとなく気配でわからない?」

 

ロゼがレイを見る。

レイは首を振り、

 

「ごめんなさい。今は裁判者の力がないから……はっきりとはわからない。」

「そっか。ゴメン。」

 

ロゼが謝る。

レイはロゼを見上げ、

 

「ううん。でも、感覚的にはこの辺で間違いないよ。」

「じゃあ、この辺を探ろう。」

 

スレイが腰に手を当てて言う。

一行は商人を襲う憑魔≪ひょうま≫を探す。

しばらく辺りを探索していると、レイは立ち止まる。

 

「レイ?」

 

スレイがレイを見下ろす。

レイは辺りを見渡し、

 

「……いた!」

 

レイが指さす方向に、強大なゾウが居た。

スレイ達は背後からそのゾウに近付く。

そして奇襲をかける。

ロゼが憑魔≪ひょうま≫に攻撃を仕掛けながら、

 

「この憑魔≪ひょうま≫……なんて大きさなの。なにより重さがハンパなさそうだけど……」

「踏まれたらもだえ苦しむころになるわよ。」

 

エドナが天響術を繰り出しながら言った。

ザビーダもまた、天響術を繰り出しながら、

 

「だからロゼちゃん、あんまし近付くなよ!」

「了ー解!」

 

ロゼは繰り出されるゾウの長い鼻を避けながら言った。

そしてスレイも、叩き付ける足を避けながら、

 

「うわぁ⁉ホント、ハンパないな!」

「スレイ、あまり気を抜くなよ!」

「わかってるって!」

「スレイさん、右です!」

 

スレイはゾウの足を避ける。

そして、時に神依≪カムイ≫を用いて敵に少しずつダメージを与える。

レイが後ろでスレイに叫ぶ。

 

「お兄ちゃん!次、鼻の攻撃が来たら隙ができるよ!」

「よし!ミクリオ!」

「ああ!」

 

スレイはミクリオと見合う。

そして、二人は神依≪カムイ≫をする。

 

「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリオ≫』‼」

「来るよ、スレイ!」

「ああ!」

 

そして鼻の攻撃を避け、こんしんの一撃を与える。

すかさず、スレイはライラを見て、

 

「『フェエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』‼」

 

浄化の炎で切り裂く。

炎に包まれた憑魔≪ひょうま≫は一人の天族老人へと変わる。

彼はスレイ達を座り込んだ状態で見上げた。

そして立ち上がると、肩を落とした。

 

「不覚……このワシが憑魔≪ひょうま≫なんぞに……」

「大丈夫ですか?」

 

スレイが彼に近付く。

レイも離れてたところからスレイ達の元に駆けて来る。

彼は顔を上げ、

 

「手間をかけたようじゃの、導師殿。ワシはアラカンという者じゃ。教えてくれ。ワシはなにをしてしまったんじゃ?」

「それは……」

「人を襲った。」

 

レイが天族アラカンを見上げて言う。

ロゼは腕組み、付け足す。

 

「そ。オバケゾウになって行商人を襲っちゃったんだよ。」

「なんということじゃ……」

 

彼は再び肩を落とした。

レイは彼を見上げたまま、

 

「そのせいで、多くの人間が苦しんでた。」

「これまたそうなんだ。ローグリーンの人々が困っちゃってね。それであたしたち、それをなんとかしたくて。」

 

ロゼが再び付け足す。

彼は顔を再び上げ、

 

「ローグリーン……導師信仰の民か。加護天族はおらんのか?」

「今は。それでも信仰を守って、苦しい生活に耐えてるんだ。」

 

スレイが彼を見て言う。

彼は腕を組み、考え込む。

 

「ううむ……」

「憑魔≪ひょうま≫がやったことだ。仕方ないさ。」

 

ミクリオが彼に言う。

が、彼はスレイ達を見て、

 

「いや。昔のワシは簡単に穢れる人間たちをバカにしとった。」

「それは事実。貴方は至って間違っていない。」

 

レイは変わらず言った。

が、天族アラカンは首を振り、

 

「違うんじゃ。ワシ自身が憑魔≪ひょうま≫になって、信仰を貫いている人間を苦しめてしまった。恥ずかしい限りじゃ……」

 

彼は再び肩を落とす。

ロゼが腰に手を当てて、

 

「もう過ぎた事でくよくよしない!大事なのはこれからどうするか、でしょ?」

 

彼はふさぎ込んだままだった。

ライラは彼を見て、

 

「アラカンさんは、かなりの力をお持ちとお見受けします。ローグリーンの加護をお願いできないでしょうか?」

「器はオレたちが探すから。」

 

スレイも続けて言う。

彼は顔を上げ、

 

「純粋な人間たちが住み続けた場所なら、ローグリーンの塔自体を器にできるはずじゃろうて。」

「じゃあ!」

「むしろワシから頼みたい。せめてもの罪滅ぼしじゃ。」

「ありがとう!」

「よろしくね!きっと祀られ甲斐あるから。」

 

スレイとロゼが笑顔で言う。

彼は頷き、ローグリーンに向かって歩いて行った。

ライラはスレイを見て、

 

「ゾウはもう出ないとローグリーンに伝えましょう。」

「これでらくになるよな。ローグリーンの生活。」

「だといいけど……」

 

ロゼは腰に手を当てて言った。

一行はとりあえずローグリン遺跡に向かう。

歩いている途中ロゼは、

 

「にっしても、レイは直球だね。」

「アンタがそれを言うのね。」

 

エドナは傘をクルクル回しながら言った。

レイはロゼを見上げ、

 

「直球……?変だった?」

「変と言うより、グッサってくる感じ?」

「……痛い?」

「う~ん、かもね。その、人の心に。」

「……そう。感情や心が分からないって不便だね。」

 

レイは視線を落とす。

ライラがレイを見て、

 

「違いますわ。」

「……?」

「感情や心が分からないから、その人を知り、察してあげるのです。自分だったらこうするとか、自分ならこうして欲しいとか。そうやって、相手を思いやり、絆を深めていくのですわ。」

「……難しいね。」

「ええ。だからこそ、大切なんですわ。」

 

レイはライラを見上げて苦笑した。

そしてライラもまた、苦笑していうのである。

 

 

ローグリーン遺跡に戻る。

天族アラカンは無事塔に着き、器としていた。

そしてスレイ達はさっきの男性と女性にゾウの事を伝えた。

二人はそれを聞き、スレイにお礼を言って歩いて行った。

と、商人が話しているのが聞こえた。

 

「やはり、辺境にはそれ相応の相場ってのがありまして。特別な交易品でもあれば話は別なんですがねぇ……」

「値段が下がり始めたようだがまだまだ高ぇな。やっぱここでの調達は止めといた方が良いか。」

 

それを聞いていたロゼは腕を組み、

 

「うーん……やっぱり一度、高値に落ち着いた相場はちょっとやそっとじゃ戻らないな~。」

「だが商人たちも冷たいとは思うが、穢れているという訳じゃない。」

「ええ。」

 

ミクリオの言葉にライラも静かに頷く。

スレイは肩を落とし、

 

「加護を戻しても、問題が全部解決全部解決するわけじゃないんだよな……」

「加護は人の心を変えるわけではありませんから。」

「難しいよな。」

 

ライラの言葉にさらに肩を落とすスレイ。

レイがスレイを見上げ、

 

「でも、ここには救いがある。」

「ええ。救いはローグリーンの人たちに憎しみやあきらめがないことですわ。」

 

ライラは嬉しそうに言う。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「どの道、導師の出る幕じゃないわよ。」

「うん、こっからは商人が工夫するとこ!」

 

ロゼが腰に手を当てて言った。

レイは周りを見渡し、人々の表情を見る。

そして小さく微笑む。

ローグリーン遺跡を歩いていると、ロゼの仲間の一人を見つけた。

ロゼは彼に話し掛ける。

 

「エギーユ、掘り出し物あった?」

「あったぜ、頭領。前に瞳石≪どうせき≫を探してるって言ってたろ。」

「大地の記憶!見つかったの?」

「そうなんだが一足違いで買われちまった。」

 

それを聞くと、ロゼは眉を寄せ、頭を掻く。

 

「スレイ以外に欲しがる人がいるんだ?」

「買ったのは考古学を学んでいる司祭だそうだ。」

「考古学!遺跡を調べてるのかな?」

 

今度はスレイが大喜びだった。

 

「詳しくは知らんが、何冊も本を書いてるとか。」

「本を!すごいな。」

「……本……」

 

これにはスレイだけでなく、レイの瞳も輝く。

そしてミクリオも、

 

「内容には興味あるね。」

「あるある!」

 

レイはさらに瞳を輝かせる。

するとエドナが半眼で、

 

「またなの?脱線の流れなの?」

 

エドナが怒りだす前にロゼが、

 

「で、その学者さんは?」

「なにかの調査で、プリズナーバック湿原のリヒトワーク灰枯林に行ったらしい。」

「また危ない場所に。」

 

ロゼは腕を組んだ。

ミクリオは苦笑して、

 

「調べたい気持ちはよくわかるが。」

「心配だ。行ってみよう。」

 

スレイ達は頷く。

そして彼と別れ、ロゼがレイを見下ろし、

 

「にっしても、レイも本に興味があるんだ。」

「うん。裁判者や審判者もよく本を読んでたよ。」

「え⁉これまた人間らしい事で。」

 

ロゼが頭を掻きながら言う。

レイはロゼを見上げ、

 

「えっと、彼らは決まったところに長くはあまり居ないの。でも、場合によっては何もせずにそこにいる事もあったから……何というか、人や天族で言う『ひま』?な時間に本を読んでた。」

「あいつらにそんな単語があったのね。」

 

エドナが人形を握りつぶす。

レイはそれには気付かず、

 

「本はその時代の歴史、想いもそうだけど、人間は天族よりもその人生は短い。そんな人間達が自身の生きた証として本を残したり、次世代に残したい想いや願いとかも記されていて……裁判者は審判者が渡してきた本を気長に読んでた。その本の書いた者の想いという感情を感じ、それを見てただけだけど、人間や天族がどうのように世界を見ているのか、と言うのが分かる点では本はいいと言う結論になったみたい。」

「……だからハイランドの王宮で本を読み終わるのが早かったのか?」

 

ミクリオが思い出すように言う。

レイは頷き、

 

「うん。あそこにある本は書かれた当初や、世に出回った頃には呼んでいるから中身知ってるし。でも、どんどんと新しい本を出すから、飽きると言うことはないね。それに昔はただ見ていただけだったけど、今は書いた人の気持ちとか、自分の気持ち?みたいな感じで見ることができるからとてもいいと思うんだ。」

 

レイは嬉しそうに言う。

スレイも嬉しそうに、

 

「そっか。レイは裁判者を通して色んな本を読んだんだな。オレもたくさん本を読みたいな。」

「ああ。いつか世の中の全ての本を読んでみよう。」

「ああ!」

 

ミクリオもそれに賛同し、歩いて行く。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「ホント、ガキなんだから。」

 

そう言って、他の者達も歩いて行く。

一行は学者が向かったというプリズナーバック湿原に向かう。

スレイがその人物を思い浮かべながら、

 

「どんな人だろ、考古学者って?」

「それってスレイと似た趣味なんでしょ?きっと変人よ。」

 

エドナは傘をいつも以上にクルクル回しながら言う。

レイはエドナたちの方を見る。

 

「変人?お兄ちゃんは変人?」

「へ?あー、多分……てか、絶対。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

ミクリオはスレイを見て、

 

「ひどい言われようだ……」

「ヒドイよな~。」

 

スレイはレイを見下ろす。

レイは首を傾げ、ロゼを見つめる。

 

「ヒドイの?酷かったの?」

「え?え~と……」

 

ロゼは視線を外し、

 

「さ~!急いで行こう!」

 

ロゼは颯爽と歩いて行った。

そして一行はプリズナーバック湿原に足を踏み入れる。

 

「オレたちの知らない遺跡の話聞けるかな?」

 

スレイは辺りを見渡しながら言う。

ライラが優しく微笑みながら、

 

「ふふ、聞けるといいですね。」

「……!」

 

レイは自分の足元を見る。

影が揺らいでいる。

そして一気に色んなものが見聞きできるようになる。

ライラがレイを見て、

 

「どうしました、レイさん?」

「……なんでもない。」

 

レイはスレイの元に駆けて行き、手を繋ぐ。

洞窟を抜け、辺りは風景は砂漠から一気に変わる。

枯れ木や湿った地面、所々に岩々があり、大きな葉があり、空は薄暗い。

その中を歩くが、

 

「うわぁ⁉」

「ちょ、スレイ!」

 

足元が滑り、スレイが派手に滑って転んだ。

ロゼが驚いてスレイを見た。

無論、手を繋いでいたレイも……

 

「大丈夫か、レイ。」

 

水沼に落ちたレイをミクリオが抱き上げる。

 

「くっしゅん。」

 

レイはミクリオにしがみ付いた。

ライラが炎でレイの服を乾かす。

ミクリオはスレイを見て、

 

「スレイ!足元には気をつけろ!」

「ゴ、ゴメン……」

 

レイはそのままミクリオに抱かれたまま進む。

進むにつれ、

 

「……気配を感じる……あそこ。」

 

レイの指さす方向には廃村があった。

村に入り、スレイが辺りを見渡し、

 

「ここが聖女の村……?」

「誰もいない……」

 

ロゼも辺りを見て言う。

だが、ザビーダが目を細め、

 

「……こともないようだぜ。嬢ちゃんの言う通りにな。」

 

その先には憑魔≪ひょうま≫がいた。

レイはミクリオに抱かれたまま、空に手を伸ばす。

 

「……ここも同じ……」

 

そして手を戻し、憑魔≪ひょうま≫を見る。

ヒト型に近いが、下と頭はヘビとなっている。

そういつぞやの憑魔≪ひょうま≫と同じ系統だ。

そして憑魔≪ひょうま≫もまた、こちらに気が付き攻撃を繰り出してきた。

ライラは札を構え、

 

「この者はエウリュアレーです!」

「ステンノーじゃないのか⁉」

 

スレイは敵の攻撃を防ぎながら言う。

ロゼは敵に攻撃しながら、

 

「スレイ!考えるのは後!」

「ああ!」

 

スレイは攻撃を繰り出す。

レイはミクリオから降り、ミクリオも参戦する。

スレイとロゼは時に神依≪カムイ≫を用いて戦闘するが、

 

「しぶといわね。」

「みたいだな。」

 

エドナとザビーダが天響術を繰り出しながら言う。

レイは瞳を閉じ、開くと歌を歌い出す。

辺りが大きな魔法陣に包まれた。

敵の動きが止まり、頭を抱えて唸り出す。

スレイはその隙を突き、一撃を与えた。

レイは歌うのを止め、スレイの横に立つ。

敵は後ろにさがり、

 

「げひひひっ……わかったわ……!人の欲望は底なしだって……!」

「ライラ!」

「はい!」

 

スレイはライラを見る。

そしてライラもスレイを見た。

 

「聖女なんてもちあげて……!全部押しつけて……!」

 

憑魔≪ひょうま≫エウリュアレーは頭を抱えて唸る。

レイはビックンと反応し、胸を抑える。

 

「……あぁ……!」

「レイ⁉」

 

ミクリオはレイを見る。

レイは呼吸が荒くなる。

憑魔≪ひょうま≫は続ける。

 

「自分はなにもしないクセに!子どもたちは病気で死んだのに!」

 

そしてレイは胸を抑えたまま、

 

「「私のせいじゃないのにいぃぃっ!」」

 

レイと憑魔≪ひょうま≫の声が被る。

そして憑魔≪ひょうま≫から強い穢れが凝縮される。

 

「やばいぞ!下がれ!」

 

ザビーダが叫ぶ。

そしてそれを爆発させた。

それが収まると、憑魔≪ひょうま≫は居なくなっており、レイは倒れていた。

ミクリオがレイを抱え、ザビーダが敵が居た所を睨みながら、

 

「余力を残してやがったか。」

「くそ!また浄化できなかった。」

 

スレイは眉を寄せる。

エドナが傘を開き、

 

「敵が一枚上手だったわね。」

「ねぇ、今の憑魔≪ひょうま≫が……」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

ミクリオも頷き、

 

「ああ……聖女だったんだろう。信じた民衆に裏切られて……」

「メデューサ種は、独善や憎悪に染まった女性が変化≪へんげ≫した憑魔≪ひょうま≫とされています。」

 

ライラがスレイを見て言う。

ザビーダが肩を少し上げ、

 

「道理で睨まれると固まっちまうわけだ。」

 

レイが目を覚まし、スレイを見る。

スレイが心配そうに、

 

「レイ。大丈――」

「……お兄ちゃん。彼女たちの事を知りたいのなら、教会を調べて。そこに彼女たちの悲しみと憎悪の真実の一部がある。」

「レイ……お前……」

「それが彼女に邪魔されずに、私ができること。」

 

レイはミクリオにしがみ付いた。

ロゼが頷き、

 

「うん。……レイの言う通り、聖女は修道女なんだしね。ペンドラゴの教会行けばなんか手がかりあるかも。」

「ああ。調べてみよう。理由はどうあれ、あんな憑魔≪ひょうま≫を野放しにはできない。」

 

スレイも頷く。

ライラは二人を見て、

 

「そのためにも、はやく考古学者の方を探さなくてはなりませんね。」

「ああ!その人もほっとけないしな。」

 

スレイ達は再び歩き出す。

ロゼがミクリオにしがみ付いているレイを見て、

 

「にっしても、いつの間にかレイは力?的なもの戻ったの?」

「ここに入って少ししてから。でも……裁判者の気配が遠い……他の所に意識が飛んでる気がする。」

 

そう言って、顔を上げ、空を遠い目で見る感じで見る。

ロゼは頭を掻き、

 

「ま。あんまし、無理すんなよ。」

「ん。お兄ちゃんほど無茶はしない。」

「ならよし!」

「何が⁉」

 

頷くレイとロゼをスレイは驚いたように見た。

さらに歩いて行くと、

 

「うわぁ⁉」

 

スレイが少しへこんだ地面に足が落ちる。

ロゼが笑いながら、

 

「スレイ、足元注意!」

「はは、ゴメン……」

 

そしてスレイは改めてそのへこみを見て、

 

「ん~。この形……足あ――」

「言わなくてもいいわ。言うと出てくるパターンよ。」

 

エドナが傘でスレイを突いた。

と、レイとロゼが、

 

「足跡だ。ドラゴンかな……」「足跡だよね。これって。」

 

同時に言った。

エドナが傘を構えて、

 

「言うなって言うと言うパターンなのね!」

 

レイは前の方にいるミクリオの方に逃げて言った。

ザビーダが笑いながら、

 

「すかすパターンみたいだな。」

「どうでもいいわよ。」

 

エドナは構えていた傘をザビーダに突き刺した。

ザビーダは突かれた所を抑える。

ロゼが頭を掻きながら、

 

「で、この池はやっぱり?」

「足跡だろうな。ドラゴンか巨人かデカ足憑魔≪ひょうま≫の。だが、嬢ちゃんがドラゴンって言ってたからかもしれんな。」

 

ザビーダが笑いながら言う。

スレイが腕を組み、

 

「でも、ずいぶん古いものみたいだ。今、ここにいるってわけじゃなさそう。」

「こんなデカブツ、ここ以外でも会いたくないけど。」

 

エドナが傘を広げた。

ロゼが足跡らしきものをじっと見て、

 

「あらためて見ると不思議だよね。」

「ああ。人がこんな巨大な憑魔≪ひょうま≫に変わるなんてな。」

 

スレイが腕を組んで言う。

ザビーダがスレイ達を見て、

 

「思うんだがよ。元々俺らはドラゴンサイズの欲望を抱えてて、抑えこんでるだけなのかもな。それが吹き出して憑魔≪ひょうま≫が生まれるとしたら、あいつらは俺たちの『心そのもの』ってことだ。そう考えると納得できねえか?憑魔≪ひょうま≫がいくらデカくても。」

 

そしてザビーダはスレイ達が不思議そうな顔で自分を見ているのに気づく。

ザビーダは顎に手を当てたまま、

 

「あん?おかしなこと言ったか?」

「ううん……まともすぎてビックリしただけ。」

「なんかごめん。」

 

ロゼとスレイは一歩ずつ下がっていく。

エドナが悪戯顔で、

 

「柄にもないことを言ってひかれるパターンね。」

「ひでえ⁉」

 

ザビーダは目を見開いた。

 

レイはミクリオの側に行くと、

 

「ん?どうした?」

「……ある種のエドナの逆鱗に触れた?」

「は?」

 

レイはミクリオの手を握って言う。

ライラがミクリオを見て、

 

「何かあったのでしょうか?」

「さぁ?」

 

と、後ろの彼らを見ると、

 

「……でもなさそうだけどな。」

「みたいですね。」

 

そこにはエドナにど突かれているザビーダの姿。

二人は変わった植物や景色に目を戻す。

 

そして、リヒトワーグ灰枯林に入る。

途中まで進み、レイが立ち止まり、

 

「……何かいる……」

 

そう言って、レイが辺りを探って指さした。

その先には強大な岩の巨人が立っていた。

ザビーダがいち早くレイの指すものを理解し、

 

「おおっと!やばそうなのがいやがる!」

 

スレイ達もそれに気付き、

 

「せっ……」

「説明不要のデカさー‼」

 

スレイが言う前にロゼが大声で叫んだ。

ライラがロゼを見て、

 

「えっ?あ、そうですか……」

「したかったん、説明……?」

 

ザビーダがライラを見る。

エドナが傘を閉じ、

 

「でも、今ので……」

 

そう言って、敵を見る。

そしてロゼの声でこちらに気付いた強大な岩の巨人が近付いて来た。

スレイ達は武器を構える。

レイが歌を歌う。

そしてスレイとロゼは神依≪カムイ≫をして、敵と交戦する。

敵の防御率が高く、長期戦となる。

と、岩の巨人はレイの方に歩いて行た。

足をドシンと一回大きく踏み込んだ。

地面が軽く揺れ、レイは尻餅を着いた。

そこに敵の拳が振るう。

 

「ちぃ!」

 

ザビーダがスライディングしてレイを抱えて、それを防ぐ。

だが、第二派が来る。

レイは影で敵の腕を掴んで、

 

「ザビーダ、着地よろしく。」

「へ?」

 

そのまま、上へとジャンプした。

正確には影がテコの原理となった。

高く上がったレイとザビーダ。

ザビーダが地面に風を使って着地を和らげるが、一気に足に重みがかかる。

彼はしばし固まり、

 

「……よ、よ~し!何とかなったぜえ!」

「……ん。」

 

レイは降りて、再び歌を歌う。

そして、エドナと神依≪カムイ≫をしていたスレイが、思いっきり地面を叩く。

その反動で、レイは再び尻餅を着いた。

 

「……二回目……」

 

レイは岩の巨人を見上げ、睨んだ。

影が敵を締め上げる。

スレイ達はレイを見ると、物凄く怒っていた。

スレイはミクリオと神依≪カムイ≫をして、一撃を与え、傷が出来た。

そこにライラとすぐ神依≪カムイ≫をして浄化の炎を思いっきり叩き斬る。

レイはムーと頬を膨らませ、スレイ達に背を向けた。

ミクリオはスレイを見て、

 

「思ったより危険だぞ、ここは。色々な意味で。」

「学者さんを早く探さないと。色んな意味で。」

 

スレイもミクリオを見て言う。

と、そこに一人の司祭服を着た男性が歩いて来た。

 

「なんだ今のは……?」

 

スレイは司祭を見て、

 

「あなたが考古学の人?」

「岩の嵐を……斬っていた……」

 

彼は脅えながらスレイを見る。

レイが歩いて来て、司祭を見た後背を向けて、

 

「……ムカつく。人間嫌い……」

 

と、ボソッと言った。

司祭はレイを見て、

 

「こ、こっちの子は影が……」

 

司祭はさらに震え上る。

スレイが慌てて、

 

「違うんだ。あれは憑魔≪ひょうま≫ていう――」

 

だが、司祭は近付いてくるスレイを、

 

「ち、近寄るな!化け物っ!」

 

と、走り去って言った。

スレイは口を開け、

 

「あ……」

 

レイは思いっきり、頬を膨らませた。

ロゼは走って行く司祭を見て、

 

「なんだよ!助けに来てあげたのに!」

「瞳石≪どうせき≫目当てだけどね。」

 

エドナがレイの頭を撫でながら言う。

ロゼがエドナを見ながら、

 

「そうだけど、スレイはそれだけじゃないし!」

「スレイ……」

 

ミクリオは不安そうにスレイを見る。

が、当の本人は笑顔で、

 

「とにかく無事でよかったよな。」

「それは、ね。」

「そうだけど~!」

 

ミクリオは苦笑し、ロゼは納得しきれない顔で言う。

と、ライラが少し離れた所にキラキラ光る石を見つけた。

 

「見てください!大地の記憶が。」

「学者が落としたんだろう。」

 

ミクリオもそれに気付いた。

ザビーダがそれを拾い、

 

「もらっとこうぜ。ここまで来た駄賃だ。」

「いいのかな……?」

 

スレイが頭を掻きながら言うと、

 

「別にいいと思う!」

「そうだよ、いいの!それくらい!」

 

レイとロゼが怒りながら言う。

少し落ち着いたロゼが、

 

「そういや、よく裁判者が怒らなかったね。」

「何が?」

 

レイがロゼを見上げる。

ロゼが頭を掻きながら、

 

「ほら、さっき思いっきり力使ってたじゃん。」

「あー……あれはよく裁判者もやるよ。」

「へ?」

 

ミクリオ以外の天族組は何か思い出したように、各々視線を反らす。

レイはロゼを見たまま、

 

「で、その度に審判者が『相変わらず短気だなぁ~』って、笑って剣を交えてた。」

「「「…………」」」

 

スレイとミクリオとロゼは口を開けたまま、固まった。

レイは首を傾げる。

そしてスレイは思い出したかのように、

 

「そ、そうだ!大地の記憶!」

 

スレイはザビーダから瞳石≪どうせき≫を受け取る。

 

――辺りは闇で覆われていた。

数多くの憑魔≪ひょうま≫達が蠢いている。

将軍と呼ばれた男性は虚ろな瞳でそれを瞳に映す。

彼の髪は金から白へと変わり、顔にはしわや痩せ衰えて、骨の形が分かる。

そんな彼を無数の憑魔≪ひょうま≫達が喰らい出す。

彼は暗い空を見上げ、されるがままとなっていた。

彼は穢れに身を任せ、包まれる。

そこに、旅をしていた家族連れが歩いてくる。

その瞳には、無残な人の亡骸。

そして穢れを身に纏った巨大な獅子の男。

その男が振り返り、襲い掛かる。

彼は冷たく、怒り狂った顔をしていた。

辺りに赤い、血柱が吹き荒れた。

家族は地面に倒れ、血を流していた。

そしてすぐ傍には咆哮を上げている獅子の男。

その表情はどこか悲しく、哀れで、辛そうであり、怒りに狂っているかのようだった。

 

 

レイはスレイにしがみ付く。

スレイはレイの頭を撫で、

 

「これがヘルダルフ――災禍の顕主が生まれた瞬間……」

「アイツも……人間だったんだよね。今更だけど。」

 

ロゼが空を見上げて言う。

ライラは手を握り合わせ、

 

「はい。冷徹ではあっても、当たり前に家族を愛する……」

「そんな人間が災禍の顕主になるのか。」

 

ミクリオが拳を握りしめた。

ロゼは視線をスレイ達の方に向け、

 

「家族を失ったから?」

「なんかのせいっていうより、自分の意思でなったように見えたがな。」

「そうね。」

 

ザビーダは帽子を深くし、エドナは傘で顔を隠す。

レイがスレイにしがみ付いたまま、

 

『……彼は受け入れた。自らの呪いを……全てを憎み、悲しみ、かけられた呪いをさらに恨んで、呪って……』

 

レイはスレイの足に思いっきりしがみ付く。

スレイはレイを抱き上げ、

 

「オレたちが理解できることじゃないのかもしれない。けど……きっとヘルダルフはやめたんだ。抗うことを。でも、どうして……?」

 

しばらく沈黙が続く。

スレイ達はひとまず野営のできる場所まで歩く。

ミクリオがスレイを見て、

 

「残念だったな。遺跡の話、できるとよかったが。」

「いいさ。会えてもミクリオの考えは聞いてもらえなかっただろうし。」

 

スレイが笑いながら言う。

ミクリオは眉を寄せて、

 

「僕は別に……」

「でも、オレの知ってることは、オレたちが探検して考えたことじゃないか。」

「見解は同じじゃないけどな。」

「結構な。」

 

二人は互いに笑う。

ロゼの隣に居たレイは後ろを横目で見て、笑った。

と、ロゼは後ろ向きで歩き、

 

「こらー!もたもたするな、遺跡オタクども!」

 

その声を聞いたスレイは、

 

「ロゼ、意外にまだ怒ってる。」

「あれは自分のためじゃなく――」

「わかってるよ。おかげで冷静になれた。」

「いいパートナーじゃないか。」

 

スレイは頷く。

と、ロゼが大声で、

 

「もおー!駆け足ー!」

「今行く!」「今行くよ!」

 

二人は大声で叫んで走り出す。

彼らはザフゴット原野に戻り、野営の準備を始める。

そして各々気持ちを整える。

スレイは火にあたりながら、スレイは伸びをする。

 

「今日は少し疲れたな。」

「ああ。やらなきゃいけないことが多かったからね。」

 

ミクリオはスレイを見て言う。

スレイは燃える火を見て、

 

「大地の記憶に語り部、裁判者に審判者……。俺たちの知らない秘密だらけなんだよな。世界って。」

「まったくだ。振り回されて隠されて……釈然としないよな。」

 

その二人の会話に、ロゼがお茶を渡しながら、

 

「てかさ。それが普通じゃない?」

「ロゼ?」

 

それを受けとり、スレイはロゼを見上げる。

ロゼは腰に手を当て、

 

「商人の世界だって秘密だらけだよ。相場にギルドのしきたり、人脈に仕入のルート。談合とか口に出せないアレやコレや……毎日がそういう秘密との戦いなわけよ。」

「なるほど……そうだよな。」

「それが僕たちの場合は、マオテラスや過去の歴史ということか。」

「当然そうなるよな。導師なんだから。」

「しかも好きでやってるんでしょ?」

「もちろん!」

「おっしゃる通り。」

「わかればよし!んじゃ、また明日も秘密と戦いましょう!」

 

スレイ達は盛り上がっていた。

レイはそれを遠目で見て嬉しそうに笑う。

と、後ろの方ではライラが怒りながら、ザビーダに近付いて行った。

レイがそこに近付いて行く。

 

「ザビーダさん。お願いがあります。」

「なんだい?怖い顔して。」

「いいかげんに服を着てください!その恰好は教育上、よろしくありませんわ。特に、家にはレイさんも居るんですから!」

 

ライラは腰に手を当てて怒る。

ザビーダはすました顔で、

 

「そうしたいのは山々なんだが、これが俺の誓約でさ。」

「そう……だったのですか⁉」

「ああ。それが俺の一人旅できた理由さ。」

 

と、エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「誓約を課しているのが自分だけと思わないことね。」

「まさかエドナさんも?」

「そうよ。お兄ちゃんが山から出さないように――」

 

エドナは重い口調で言った。

レイがそれを聞き、さっと木の後ろに隠れる。

レイは恐る恐る、そっと聞き耳を立てる。

 

「毎日ピーナッツを年の分だけ食べてる。」

「俺も肌を焼いて一月に一枚脱皮しないとダメでさ。」

 

だが、エドナは若干声色を変えて言う。

そしてザビーダがそれに続く。

レイは目をパチクリし、首を傾げる。

エドナは続けて、

 

「あ。デゼルも、歯をヤスリでギザギザにするのが誓約だって言ってたわ。」

「どこまで本気かわかりませんわね……」

 

ライラが苦笑した。

ザビーダは笑いながら、

 

「くくく、ライラには言われたくないねえ。」

「そういうものでしょ?天族の誓約って。」

「はい。真実は各々の心に。それが誓約ですわね。」

 

ライラは胸に手を当てて言う。

レイは小さく笑って、そっとその場を離れた。



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toz 第三十三話 真実を知るために~その2~

スレイ達は翌朝、帝都ペンドラゴに向かって歩いていた。

スレイは嬉しそうに、少し不安そうに思い出す。

 

「今頃、セルゲイ達頑張ってるよな。」

「そりゃあ、頑張ってもらわないと困るよ。セルゲイたちはただの騎士団じゃなくて、政治の調整や街の警備までやってるんだから。どうせ行くんだから、陣中見舞い行ってみる?」

「そうだな。」

 

ロゼの言葉に、スレイは頷く。

帝都ペンドラゴに入り、

 

「レイ、手を繋ぐか?」

「え?」

 

スレイがレイを見下ろしていった。

レイはそれに首を傾げた。

ロゼは意外そうに、

 

「ほら、裁判者の力が戻って色々ごちゃごちゃしちゃってるんじゃない?」

「あー……うん。今は大丈夫、かな?辛くなったらお兄ちゃんの手を握るよ。」

「そっか。わかった。」

 

そして街の中に入り、辺りを歩く。

少し街の雰囲気は変わっていた。

街人達の声が聞こえてくる。

 

「もう何日連続で続いているんだ、って感じだぜ。しかも殺されてるのは、貧しいやつらばかりときてる。ほんと許せねえよ。」

「まぁこれまでの事を考えたら、今晩も事件が起こるかもしれないんだ。確かに騎士団にはなんとかしてほしいもんだな。夜の警備はもっと強化するとかよ。」

「騎士団に文句言いたくなる気持ちは分かるぜ。教会とモメたりとか、なんか本文からズレてんだよな。」

「市民に疑心が広がってしまっている……。しかし、この状況では私にできることは……」

 

と、どこか殺気立っており、司祭までもが暗かった。

一人の女性にロゼが話し掛け、街の状況を聞いた。

 

「すみません。なんか、街の様子が変って感じなんですけど……何があったんですか?」

「実は……ここ何日か連続で殺人事件が起きててね。その被害者の遺族たちが騒いでいるのよ。殺されたのは貧しい市民ばかりでね。近頃は国も不安定だから、余計黙ってられないんだよ。そうそう、犯行は決まって夜らしいんだけど、犯人の手掛かりはほとんど無いんだってさ。あんたらも、夜にであるくのは控えておきな。万が一があるかもしれないよ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 

そう言って、離れる。

そして教会に入り、レイが歩いて行く。

スレイ達はその後ろに付いて行くと、

 

「ここ。後はお兄ちゃんたち自身で見つけて。」

「……ああ。」

 

スレイ達はレイに案内された本棚を調べ始める。

そしてロゼが一冊の本を見て、

 

「スレイ。これ。」

「これって……」

 

スレイ達は本の中身を読む。

 

――エニド・フォートン。

フォートン三姉妹の長姉

明朗快活な修道女であったが、エリック司祭と通じ、不義の子を成す。

両人ともに破門。

ザフゴット原野の果てのホルサ村に追放処分となる

――ロディーヌ・フォートン。

フォートン三姉妹の次姉

慈愛と奉仕の精神にあふれた修道女。

その貢身によって一部信仰者から聖女の尊名を得る

プリズナーバック湿原の開拓計画に賛同。

信者を率いて移住を果たす

開拓計画の詳細については別資料を参照のこと

――リュネット・フォートン。

フォートン三姉妹の末妹

豊富な学識を備え、弁舌に秀でた修道女。

教会の内部、財務の再建に功績を残す

マシドラ教皇失踪後、数々の軌跡を残し、枢機卿に選出される

――付記。

三姉妹の出身地はグレイブガンド盆地の奥にあるフォートン村

極貧の村ゆえに、三姉妹は口減らしのため半強制的に修道女にされていたと思われる

 

それを見終わったスレイは顔を上げ、

 

「まさかメデューサ種の正体って……」

「どっちも枢機卿の姉なのかもね。」

 

エドナが少し首を傾げて言う。

スレイが驚きながら、

 

「あるのか?そんな偶然が。」

「レイ……裁判者には聞けないから、本人に聞いてみるしかないよね。ホントのことは。」

 

ロゼが腰に手を当てていう。

ミクリオはロゼを見て、

 

「どうやって?」

「それは……えっと……」

 

ロゼが腕を組んで悩む。

それぞれ悩み出す。

レイがロゼの服の裾を引っ張る。

ロゼはしゃがみ、耳元で言う。

 

「彼らの帰りたかった最初の原点。三人が共に居られた少ない時間……」

 

ロゼがレイを見て、

 

「故郷……」

 

レイは瞳を揺らす。

ロゼは頷き、立ち上がって、

 

「故郷に帰ってる気がする。」

「それも勘か?」

 

ミクリオが聞く。

ロゼがミクリオを見て、

 

「ま、ね。そういうものだよ、人間って。ね?」

 

そう言ってレイを見た。

レイは少し笑った。

ミクリオは腕を組んだまま、

 

「……まあ、心理的には可能性はあるが。」

「くくく、一理の半分くらいはありそうだ。」

 

ザビーダはレイを見た後、笑う。

スレイはそれには気付かず、

 

「それにロゼの勘って当たるしな。」

「ですが、今は無理ですわ。グレイブガンド盆地は閉鎖されていますから。」

 

ライラがスレイ達を見る。

スレイは顎に手を当て、

 

「機会を待つしかないか……」

 

全員は頷く。

 

スレイ達が騎士セルゲイに会いに、騎士団塔へ行くと、

 

「一体なにやってんだ、騎士団は!」

「もう十人も殺されてるのに、手がかりもつかめないなんて……」

 

騎士セルゲイは市民達に囲まれていた。

そして騎士セルゲイは市民達を落ち着かせる。

 

「どうか落ち着いてくれ。我々も全力で捜査を進めている。」

 

だが、市民達はその熱気は収まらない。

 

「捕まえなきゃ意味ないだろう!殺人鬼が野放しなんだぞ!」

「皆の不安はわかるが、信じてもらいたい。騎士の名誉に賭けて必ず捕らえる。」

 

騎士セルゲイは胸に手を当てて言う。

レイは目を細め、それを見る。

そして小さく、

 

「本当、感情って厄介だ……」

 

市民達はそれでも収まっていなかった。

 

「ふん。団長さんは別の名誉に目が眩んでいるって、もっぱらの噂だぜ。やけに熱心に政治に口を出してるってな。」

「そういうことか。そりゃあ、庶民の命より権力の方が大事だろうさ!」

「違う!そのようなことは断じて!」

 

騎士セルゲイは眉を深くする。

そこに、司祭の男性が市民達の前に出る。

 

「皆さん。フォートン枢機卿の件も未だ捜査中。騎士団も人手が足りないのでしょう。騎士といえども、人。その無力を責めてはいけません。」

 

そう言うと、人々は渋々その場を後にする。

レイは司祭をじっと見て、

 

「……なるほど、あの人……」

 

小さく呟いた。

そして騎士セルゲイは司祭の男性を見て、

 

「……お気遣い、かたじけない。アミシスト司祭。」

「人は弱い。それを認めなくてはいけません。己の本性に気付かぬ傲慢さこそ真の悪なのですから。」

 

司祭も騎士セルゲイに振り返って言う。

騎士セルゲイは拳を握りしめ、

 

「人は無力です。だからこそ自分は全力を尽くそうと思います。」

 

そして最後はまっすぐに司祭の顔を見て言う。

司祭は優しく微笑み、

 

「さすがはセルゲイ団長。その心がけにこそ救いをもたらすでしょう。」

 

そう言って、司祭は歩いて行った。

レイはその司祭を見つめ、

 

「さて、あの人間は願いをどうするか……」

 

その後、騎士セルゲイに視線を戻す。

そして騎士セルゲイは近付いて来たスレイ達の方を見て、

 

「すまないが、見ての通りだ。自分は捜査に向かわねばならない。」

 

スレイは頷く。

彼も頷き、歩いて行く。

レイがスレイに何か言う前に、ミクリオが腕を組み、

 

「連続殺人事件……これって憑魔≪ひょうま≫の仕業じゃないか?」

「調べてみよう。」

「うん。さすがにほっとけないもんね。大きな騒ぎになってるみたいだし、街の人に聞き込みすれば何かしら情報は掴めるんじゃないかな。」

「だな。」

 

レイは空を見上げる。

首を振った後、スレイ達の元に駆けて行く。

ロゼを中心に、聞き込みを行う。

と、一人の男性がぼやいていた。

 

「事件の犯行が夜ってのはまぁ分かるけどさぁ。犯人の手掛かりが見つからないのはどうしてだろうな。」

 

その言葉通り、聞き込みを行うと誰もが同じような事を言う。

ミクリオがスレイを見て、

 

「どうやら夜行性の憑魔≪ひょうま≫のようだな。夜を待って調べてみよう。」

「なーんかひっかかるなあ。」

「何かって?」

 

ミクリオはロゼを見る。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「『なーんか』だよ。上手く言えないんだけど。」

「とりあえず、夜を待とう。」

 

スレイがミクリオとロゼを見る。

二人は頷く。

そして街を歩いていると、一人の商人が仲間の商人に話していた。

 

「ゾッドのやつ、ウェストロンホルドの裂け谷から、まだ、戻ってないらしいな。瞳石≪どうせき≫なんて面倒なもんより、もっと地道に商売すればいいんだがな。」

 

それを聞いたスレイが、

 

「瞳石≪どうせき≫を扱う宝石商か。」

「この殺人事件が解決したら、ウェストロンホルドの裂け谷に向かいましょう。」

「そうだな。」

 

スレイが頷く。

そして宿屋に行き、夜になるのを待つ。

 

夜になるまで、レイは寝ていた。

そして夢を久々に見た。

門が視える。

そしてその近くに女性の気配がする。

どこか懐かしく、誰かに似た女性。

私≪レイ≫がその女性に手を伸ばそうとした時、

 

「ダメだ。あいつに触れる事は、今のお前には許されない。」

「……どうして?」

 

レイは掴まれたその手の主を見る。

自分と同じ顔、同じ服だが色だけが違う小さな少女。

彼女はいつもと変わらない裁判者の顔で、

 

「あれに近付いていいのは盟約を知っている私≪裁判者≫だけだ。導師達の方に動きが出たな。早く行け。」

 

レイは後ろを振り返る。

スレイ達の声が聞こえる。

レイが目を覚ます瞬間、彼女は呟いた。

 

「ここまで来れるようになったのなら、お前は今に全てを思い出す。」

「え?それは――」

 

だが、彼女に問う前に目が覚めた。

レイは起き上がり、辺りを見る。

スレイ達はいない。

レイは部屋を出て、外に居たスレイ達に近付いた。

 

「レイ、起きたのか?」

「私も行く。」

 

スレイが目をパチクリしていった。

レイは夜の街を見る。

月が街を照らす。

 

「……」

「気味が悪いですよね。何か出そうで。」

 

ライラがレイが黙り込んだままだったので、余計にそう思えた。

だが、ロゼは腕を組んで、

 

「う~ん……」

 

深刻そうな顔で唸っているロゼを見て、ライラが焦ったのように、

 

「怖がらせてしまいましたか?」

「ううん。妙に気持ち悪くてさ……」

 

スレイ達は街を歩く。

と、レイが立ち止まり、辺りを見渡す。

 

「レイ?」

 

スレイがレイを見下ろすと、

 

「……やっぱり……あっちか……」

 

レイは走り出した。

スレイは驚いて、

 

「え⁉レイ⁉」

「とりあえず追うよ、スレイ!」

「あ、ああ!」

 

ロゼがスレイを追い越して叫ぶ。

スレイも急いで走り出す。

レイが行った先は教会神殿だった。

そしてその先には騎士セルゲイと倒れ込んだ人がいた。

ロゼはそれを見て、

 

「スレイ、あそこ!」

 

スレイとロゼが急いで二人の元に駆けよる。

が、レイはそれを追い越して中に向かう。

 

「レイ!」

 

スレイが走るレイを見る。

ロゼは倒れている男性を見ると、彼は苦しそうに呟く。

 

「なぜ……不満を言っただけ……なのに……」

「いかん!毒を飲まされてる。」

 

騎士セルゲイが彼に処置を施す。

スレイが手伝おうとすると、騎士セルゲイがスレイを見て、

 

「は!いかん、スレイ!犯人は教会の中だ!すまないが、先に行っててくれ!」

「わかった!ロゼ、急いで教会の中へ行くぞ!」

「了解!レイも色んな意味で心配!それに逃したらまた被害者が出る!絶対追い詰めなきゃ。」

 

スレイとロゼは中に駆けこむ。

奥に走りながら進みながら、

 

「例の殺人鬼か⁉なんで教会に⁉」

「とりあえず、考えるのは後!急ぐよ!」

 

ロゼがスレイを見て言う。

スレイが扉を開けると、レイが倒れていた。

そしてスレイがレイの眼の前に居る人物を見て驚いた。

 

「うっ⁉」

 

その殺人鬼だと思われる人物は司祭の服を着た男性。

そして彼の周りには四人の市民が倒れていた。

ミクリオが倒れている人達を見て、

 

「死んでる……のか。」

 

そして倒れているレイを見る。

 

「レイは……大丈夫なのか⁉」

 

そこに騎士セルゲイも駆けつける。

そう司祭は騎士団塔で、騎士セルゲイと会話していた司祭アミシスト。

司祭は嬉しそうに微笑み、ミクリオを見て、

 

「死ではなく浄化ですよ、天族様。悪を浄化したのです。この少女には申し訳ない事をしました。ですが、この少女も――」

「こいつ、僕の声が!」

 

そして全員が武器に手を掻ける。

対して司祭はなおも嬉しそうに、

 

「なにを今更。夢の中で何度も、道を示してくださったではありませんか。『救世こそ私の使命だ』と。」

 

と、レイの方がビックンと動き、

 

「ゴホッ!……ゲホッ!」

 

レイが身を起こす。

そして、司祭を見上げた。

 

「……これは……そうですか。あんたは死ぬべきではないと、天族様が助けたのですね。」

「違う。」

「……え?」

「私自信は人に近い。裁判者とて、毒を盛られれば一時的には死ぬ。でも、人や天族の作り出す毒に私≪裁判者≫は死なない。」

 

レイの瞳が赤く光る。

そしてレイは立ち上がり、

 

「貴方は願いと想いをはき違えている。本来なら私≪裁判者≫が叶えるべき願いを、あの人間達と同じようにはき違えた。貴方が与える死が、救いと……」

 

それを聞いた騎士セルゲイが、

 

「つまり、救いだというのか?こんな殺人が。」

 

騎士セルゲイは眉を深くして言う。

司祭から笑顔が消え、

 

「この者達が悪いのです。己の弱さを認めようとしない。それどころか、一方的に国や騎士団、果ては教会まで非難する始末。なんと醜悪な者ども……。これが穢れでなくてなんだというのです?」

「……本気でいってるんだね?」

 

ロゼが司祭を睨む。

そしてレイも瞳を細める。

彼は至って真剣な表情で、

 

「それこそ冗談ではない。この世は絶望的に穢れている。醜悪なる者を消さねば、すぐに滅びてしまう。残酷なのはわかっています。だが、やらねば。それが私の使命なのですから。」

「……憐れな人間……」

 

レイは小さく呟いた。

スレイは後ろのライラを見て、

 

「ライラ、この人は……」

「はい。憑魔≪ひょうま≫ではありません。」

 

スレイ達は武器から手を放す。

レイは騎士セルゲイを見て、

 

「この件は導師が関わる件ではなくなった。どうする?」

 

騎士セルゲイは一呼吸置き、司祭の前に歩いて行く。

レイは横にずれる。

そして彼は司祭を見て、

 

「……アミシスト司祭。連続殺人の容疑で逮捕する。」

 

司祭は優しく微笑み、

 

「ふふ、私は人の法で縛るのですか?愚かですが、責めはしません。」

 

レイは司祭を横目で見上げる。

彼は騎士セルゲイを見つめ、

 

「知ってますよ。貴方の弟はフォートン枢機卿を害そうとして返り討ちにあったとか。」

 

騎士セルゲイは司祭から視線を外し、拳を握りしめる。

彼は続けた。

 

「大方、教会に災厄の責を押しつけようとした、弱い人間だったのでしょう。貴方はそんな弟の罪を必死に償おうとしている。救われるべきは健気な心がけです。」

「勝手なことを――!」

 

スレイが眉を寄せて怒る。

だが、騎士セルゲイがさらに拳を強く握りしめ、

 

「いいのだ、スレイ。」

 

と、そこにレイが笑い出した。

 

「クス、クスクス。」

「何がおかしいのです?」

 

司祭がレイを見る。

笑うのを止め、レイも司祭を見る。

 

「憐れを通り越して愚かだね。人間は本当に……感情という不可解なものに囚われ、こうも簡単に同族を落とす。これを愚かと言わず、何と言う?」

 

スレイ達は眉を寄せて、困惑していた。

司祭もまた、困惑していた。

 

「あなたは……」

「でも、貴方の言う通り。セルゲイの弟の心は弱かった。だからあの人間に負けた。」

「ああ。そうだ。あながち間違っていない。」

 

騎士セルゲイが呟いた。

司祭は再び騎士セルゲイを見て、

 

「そうでしょうとも。どうか悩みを話してください。貴方のような方を救うのが私の使命なのですから。」

 

騎士セルゲイは目を瞑り、顔を上げる。

レイは横目で騎士セルゲイを見据える。

彼は目を開き、

 

「スレイ、天族の方々。どうか見捨てないで欲しい……人間を。」

 

そう口にした。

レイは一度瞳を揺らした後、瞬きをする。

そして騎士セルゲイは再び司祭を見つめ、

 

「ご同行を。」

「……ええ、いいでしょう。」

 

と、歩き出す司祭の手を掴み、

 

「……忘れるな。今回はお前自身に自覚がなかったから、私は直接手は出さない。が、お前自身に自覚が芽生え、同じことをした時は、お前に手を下すのは人でも、天族でも、導師でもなく、私だ。」

 

赤く光る瞳が彼を射貫いた。

彼は一瞬脅えた後、騎士セルゲイと共に歩いて行く。

レイは騎士セルゲイの背を見て、

 

「一つだけ言っておく。お前の弟は弱った。だが、あいつ≪審判者≫を呼ぶだけの意志は強かった。私≪裁判者≫ではなく、あいつ≪審判者≫を。なにより、お前の弟は最後までお前を信じていた。これは事実だ。だからお前ははき違えるな。器や導師が想うように。」

 

騎士セルゲイは一度立ち止まり、再び歩いて行った。

その後すぐに、騎士セルゲイが手配した騎士団の者たちが、司祭に殺された人々を運んで行った。

ロゼがレイ≪裁判者≫を睨んで、

 

「で、アンタはいつからアンタだったの?」

「人間騎士が懺悔したときだ。」

「ウソ!」

 

ロゼが眉を深くして言った。

レイ≪裁判者≫はロゼを見て、

 

「事実だ。あの司祭の人間を見た時から器は気付いていた。が、それをお前達に言わなかったのも、ここに一人で先に入ったのも、器の意志だ。そしてあの言葉と感情を口に出させたのも、な。」

「な⁉」

 

ロゼは目を見開いた。

レイ≪裁判者≫はスレイを見て、

 

「導師、器は他人の感情だけでなく、自身の感情も理解し始めた証拠であり、結果だ。だが、今回は力が戻るのが早くて良かったな。」

「どういう意味だ?」

 

スレイがジッとレイ≪裁判者≫を見つめる。

彼女は何食わぬ表情で、

 

「今回、器が裁判者の力が戻る前に毒を盛られていれば、こうも早く蘇生する事はなかっただろう。」

「それはアンタが、おチビちゃんの力を封じたからでしょ!」

 

エドナが声を上げる。

だが、レイ≪裁判者≫は赤く光る瞳を全員に向け、

 

「では、世界をも壊すことのできる力を私情で使っていいと?」

「はあ?私情って……」

 

エドナは傘を握りしめて言う。

彼女はそのまま続けた。

 

「ああ、私情だ。……そうだな。お前達のことろで言う……『アイツのせいだ』、『アイツが悪い』、『殺されて当然のヤツだ』と、裁判者が人間や天族共と同じように私情を挟み、力を使って殺したりしたら、憑魔≪ひょうま≫以上に達が悪いぞ。そう思わないのは、我らの力を本当の意味で理解していないからか?それとも理解したくないからか?」

 

スレイ達は無言となる。

彼女は視線を外し、

 

「それと、今回の件の事は入れ替わった後も、器自身も視ていた。説明は不要だ。」

「どうして急に……」

 

レイ≪裁判者≫はスレイを見て、

 

「最早、入れ替わった時に私が何をしているかを、器に知られてもいいと言うことだ。忘れるな導師、お前がどう思うと一度狂い出した歯車は、簡単には戻らない。むしろ直すより、それを元々あった歯車にした方が早い。」

「え?」

「私≪裁判者≫から、導師への最期の私情だ。」

 

そう言って、瞬きをする。

少し間を置いた後、

 

「……エドナの言った通り、あの人嫌いかも……」

 

そう呟き、聖堂の荷をあさり出した。

スレイが慌てて、

 

「ちょ、レイ⁉」

「大丈夫。えっと……確かこの辺に転がった……」

 

と、開いていた荷の隙間の中に入って行った。

しばらくレイはその中でごそごそ聞こえてくる。

出てこないレイが荷物をあさってる間、スレイは改めて司祭を思い出す。

 

「あんな人がいるなんて……」

 

スレイの呟きに、ロゼが反応した。

スレイを見て、

 

「うん……ショックだよね。けど、本当に人なのかな?」

「あれは人だよ。あの憑魔≪ひょうま≫となって、精神を壊した人間とは似ていて違う。」

 

レイが荷物の中から言う。

ロゼはレイが入った荷物の方を見て、

 

「レイ。今のレイは――」

「あった!」

 

と、ロゼの言葉をさえぎって、本人が荷物の中から這い出てくる。

出て来たレイの手の中には、光り輝く瞳石≪どうせき≫があった。

 

「瞳石≪どうせき≫⁉」

「でも、勝手に持ち出したら……」

 

ロゼとスレイが互いに見合う。

レイが二人を見上げ、

 

「大丈夫。死んでしまった人間が持っていたものだから。身内もいないみたいだし、奉納される前に殺されたから盗っても大丈夫。むしろ、その方がいい。」

 

レイは瞳石≪どうせき≫をじっと見て言う。

スレイが頭を掻いて、どうしようかとしていた時、

 

「もしや、導師様?」

「え?あ、はい。」

 

そこには一人の司祭が居た。

司祭はスレイに嬉しそうに近付居た後、悲しそうに頭を下げた。

 

「この度は我が司祭の一人がとんだ無礼を……申し訳ありません!なにかご迷惑をお掛けしてしまったお詫びをさせて下さい!」

「え⁉いや……頭をあげてください。オレは……」

 

スレイは頭を上げない司祭をじっと見て、ロゼを見た。

ロゼは考え込んだ後、

 

「じゃあさ、この子の持ってる瞳石≪どうせき≫をくれない?それで今回はチャラ。それでもまだ悔やむ気持ちがあるなら、騎士団と一緒に街の人たちの為に尽力を尽くして。ね?」

「ああ。」

 

スレイも頷く。

司祭は頭を上げ、涙を流して、

 

「あ、ありがとうございます!導師様!」

 

そう言って、司祭は歩いて行った。

レイは首を傾げ、

 

「……これでよかったの?」

「ああ。むしろこの方がよかった。」

 

スレイはホッとしたように言う。

レイは視線を外し、

 

「そ。」

 

スレイがレイの持つ瞳石≪どうせき≫を取る瞬間、

 

「待った!」

 

ロゼがスレイの手を止める。

スレイはロゼを見て、

 

「ロゼ?」

「スレイ、ちょい待ち。」

 

そしてロゼは膝を着いて、レイと目線を合わせ、

 

「ねえ、レイ。」

「……なに?」

 

レイは視線を外す。

ロゼがレイの肩を掴んで、

 

「私の眼を見て答えて。あの時の司祭に言った言葉……あれは本当にレイの言葉?」

「……」

 

レイは視線を外したまま、無言だった。

ロゼはジッとレイを見つめる。

レイは俯き、顔を上げて、ロゼを見る。

 

「……そうだよ。あの時口にしたのは私。裁判者じゃない。でも、裁判者。」

「ん?」

 

ロゼは目を一度パチクリした。

レイは瞳を揺らし、

 

「私自身があの人間の心を見て、憐れだと、愚かだと思った。でも、それと同じだけ……人間はいつの世も変わらないと思った。あの人間も、あの枢機卿の女も……所詮は同じ。人の叶える願いは、想う願いはいつだって……くだらない。同じ人同士で争う。それは時に天族だってある。でも、まだ天族の方が少ない……」

「レイ……」

「それに思い出した。裁判者は……私は人も、天族も、心あるものが嫌いだと……いつも変わらない者達を見続け、感情のないあの裁判者が自覚もなく思えるほどに……」

 

レイの瞳は揺れる。

その瞳で、

 

「……でも、それと同じだけ私≪裁判者≫は知ってしまった。変われるものだと……一時的とはいえ、そう思える日々は、時間はあった。なのに目を背けた。その結果が審判者との対峙……。それに私自身はロゼ達の事が好きなの……嫌いだと思いたくない!でも、あの時人間に言った言葉は……私自身に向けた言葉でもあった。こんなことなら感情を知りたくはなかった……そうすればこう思わずにいられたのに……」

 

と、ロゼがレイの頬をバシっと叩いた。

レイは驚いて、ロゼを見つめた。

無論、スレイ達も驚いた。

特にスレイとミクリオが。

ロゼは力強い目で、

 

「レイ。さっき裁判者は目を背けたっていったよね?でも、あの裁判者は少なくともそれに気付き、向き合ってるんじゃないかと思ってる。ライラ達の知る裁判者の態度や話、短い間だけど関わって来たあたしが、そう思える。もし、それに気付き、目を背けたと思い続けているのなら……それは裁判者じゃなくてレイの方。確かにあたしたちは簡単に争いを始める。穢れを生む。でも、ちゃんと向き合う心もある。それはレイも見てきた。だから苦しいんだよ。それにちゃんと向き合うって事は。レイは、このまま目を背け続けるの?」

 

ロゼの言葉を聞き、レイは思い出した。

あの時の審判者の本当の言葉の意味を、そして裁判者の心を……。

 

――苦しんだ。前はここまで苦しい思いはしなかったのに……

 

彼の苦しそうな、悲しそうな表情が仮面をつけていても分かる。

あの時の顔を、裁判者の心を、私≪レイ≫は思い出した。

レイは涙を流した。

レイは首を振る。

 

「私は私として、目を背けたくない。違う。私は向き合わなくちゃいけない。」

「うん!」

 

ロゼはレイの頭を撫でる。

レイはしばらく泣いた後、スレイに瞳石≪どうせき≫を渡す。

スレイが持つと、光り出し、映像が流れ込む。

 

――ローランスの将軍は残された赤子を見る。

だが、その赤子を見て彼は絶望する。

抱き上げるその赤子は人ではなく穢れに満ちた憑魔≪ひょうま≫。

彼は絶望し、絶叫する。

自らその赤子の命を絶つ。

 

レイは背を向ける。

ロゼが瞳を揺らしながら、

 

「なんなの今の?赤ちゃんが……」

 

スレイもひどく動揺し、

 

「ウソだろ、ライラ?あんなことが本当にあるなんて――」

「大地の記憶は、過去に起こった事実を記録するものですわ。」

 

ライラは手を握り合わせ、俯く。

スレイは眉を寄せながら、

 

「事実……なのか……」

「しかも、ただの事件じゃない。天響術でなきゃ、ああはならない。」

 

ミクリオは拳を握りしめる。

レイの瞳は赤く光る。

スレイは顎に手を当て、

 

「憑魔≪ひょうま≫か天族が人間に術をかけたって⁉」

「もしくは裁判者か審判者が願いを叶えたか……。おそらく目的は復讐ね。」

 

エドナがジッとスレイを見る。

ザビーダは口の端を上げ、

 

「おっかない術だねえ。いや、願いかもしれんな。いや、怖いのはかけた、願った奴の方かな?」

「けど家族は関係ないだろ!」

 

スレイは拳を握った。

レイは天井を見上げる。

その赤く光る瞳は揺れる。

エドナはスレイをジッと見たまま、

 

「生きる目的を奪うのが目的だったのかも。直接殺すよりも、ずっと残酷だし。」

「いるのか?そこまでされなきゃいけない人が……」

 

スレイは拳を強く握りしめた。

レイは出口み向かって歩き出した。

 

「レイ。」

 

ミクリオがそれに気付き、他の者も気付いた。

レイはスレイ達に背を向けたまま、

 

「……もう朝になっちゃったみたいだよ。」

 

そう言って扉を開け、入り口の方へ歩いて行った。

エドナが歩き出し、

 

「仮に、願いだったとしたら……さっきの今で、おチビちゃんは何を思うのかしらね。」

「はは、成程ね。まだ大地の記憶は残ってる。今は立ち止まる所じゃあねえな。」

 

ザビーダも帽子を深くかぶって歩き出す。

ライラも頷き、

 

「ええ。ロゼさんがレイさんに言ったように、私達も向き合わなくてはなりませんわね。」

 

ライラが歩き出す。

ロゼがスレイとミクリオの思いっきり叩き、

 

「ほーら、いつまでもくよくよしない!怖い顔しない!前に進むよ!」

 

そう言って、ロゼはニッと笑った。

スレイとミクリオは互いに見て、歩き出す。

 

外に出て、日を浴びた。

ロゼが腕を伸ばしながら、

 

「あ!変な感じの理由がわかったよ。この事件に殺気が感じられなかったからなんだ。」

「成程な。あの司祭、殺しを浄化とかぬかしてたな。」

 

ザビーダが顎に手を当てて言う。

ロゼが空を見上げているレイを見て、

 

「だから、レイは私達にアイツが犯人って言わなかったのか。」

「え?」

 

スレイがロゼを見る。

ロゼが視線をスレイに変え、腰に手を当てて、

 

「だって、この件を調べた理由は殺人鬼が憑魔≪ひょうま≫だと思ったから。それは導師としての仕事として、騎士団を手伝えた。でもこれが憑魔≪ひょうま≫ではなく、人のしでかした事なら、導師はこれに関わるべきではない。でしょ、ライラ。」

「ええ。そうなりますわね。レイはそれを理解した上で、それを飲込んだ。そしておそらく、あの人たちがああなる前に、きっと止めようとしたんですわ。」

 

ライラはレイを見て言う。

ロゼがスレイを見たまま、

 

「でも、着いた時にはもう遅かった。そして現場を見られたから、レイも……殺された。でも、本来なら巻き込まれる事のなかったレイを殺しても、アイツは穢れなっかた。」

 

エドナが傘をさし、

 

「あいつは心の底から思ってたのね。あれが全部世界のためになるって。」

「だから穢れを生まず、憑魔≪ひょうま≫にならなかった。これがもっとも恐ろしい事です。」

 

ライラが視線をスレイ達に戻して手を握り合わせる。

スレイは視線を落とし、

 

「どうしてあんなに心が歪んでしまったんだろう……」

「あの男、夢の中で天族に導かれたと言っていた。仮に裁判者……はないな。審判者が関わっていたら、裁判者は最初から何かするだろうし……。やっぱり、それが原因かもしれないな。」

 

ミクリオが思い出すように言った。

ライラが悲しそうに、

 

「そんな形のないものに……」

「……実体の無いもの……幻……幻覚⁉」

 

スレイが呟きながら言った。

それに全員がハッとする。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「不思議ちゃんが何かしたのかもね。」

「サイモンが何かしたんだとしても、絶対に罪の意識だけではごまかせない。人殺しは罪……どんな理由つけても。その罪の意識を感じないで殺めていたあいつは、怪物だったんだよ。」

 

ロゼは力強い目でそう言った。

ザビーダは口の端を上げ、

 

「弱ぇ奴、おっかねぇ奴、強ぇ奴、いろんなのがいるって事だな。」

「はい。そしてセルゲイさんのような方も。」

 

ライラがスレイを見る。

スレイも頷き、

 

「ああ。わかってる。」

 

スレイ達はレイに近付いて行った。

レイは差し伸べるスレイの手を取って歩き出す。

 

 

宿屋で一休みし、スレイ達は宝石商を探しにウェストロンホルドの裂け谷に向かう。

ウェストロンホルドの裂け谷に着き、歩いていた。

すると、辺境巡視隊たちが何人かの怪我をした男性を連行していた。

スレイが話し掛ける。

 

「えっと、何があったんですか?」

「ん?なに、こいつらは、旅人を襲って宝石を奪っていたんだ。ペンドラゴに連行してしかるべき処罰する。何者かに逆襲されたらしいが、因果応報だな。」

「少し話しても大丈夫ですか?」

「早くすませてくれよ。」

 

スレイは商人に話し掛けた。

 

「えっと……もしかしなくても、アンタがゾッドさん?」

「だったら何だ?」

「えっと……瞳石≪どうせき≫はどうなったのかな~って……」

「ああ⁉それだったら、突然男が襲ってきて、俺の瞳石≪どうせき≫を喰っちまったんだ!」

 

そう怒鳴って、連れて行かれた。

スレイは頭を掻く。

ライラが顎に指を持っていき、

 

「瞳石≪どうせき≫を食べた……その者は憑魔≪ひょうま≫のようですわね。」

「ですよねー……」

 

スレイ達は奥に進む。

奥に進み、レイが立ち止まる。

 

「レイ?」

 

スレイが見下ろすと、レイは指を指し、

 

「お兄ちゃん……アレはどうする?」

 

スレイはレイの指さす方をみると、木の乗り物に乗ったゴブリンが物凄い形相でこちらに向かって走って来る。

スレイはレイを抱え、

 

「み、みんな逃げろ!」

「へ?」

 

ロゼがスレイを見ると、レイを抱えたスレイが物凄い勢いで走っている。

その後ろのものを見て、

 

「ちょ、スレイ!何連れてきてるの⁉」

 

ロゼも走り出す。

天族組はスレイの中に入った。

ザビーダが笑いながら、

 

「スレイ~、ガンバ!」

「卑怯だぞ!みんな~!」

 

スレイは走りながら叫ぶ。

と、エドナが普段通りに、

 

「バカなの。バカなのね。」

 

そう言って、出てきて、地面を叩く。

と、地面から突起が出てきて、ゴブリンは思いっきりひっくり返った。

突起が地面に戻り、スレイはレイを降ろして武器を構える。

そしてスレイは剣を振るいながら、

 

「ゴブリンロード……!」

「ということは……!」

 

ミクリオも出てきて、天響術を繰り出す。

スレイは攻撃を仕掛けながら言う。

 

「あの乗り物のマスタークラスということか……!」

「言うと思ったよ……!」

 

ミクリオがスレイを見て突っ込んだ。

敵との攻防戦の末、スレイは敵を浄化する。

レイがミクリオを見上げ、

 

「戦ってるとき、お兄ちゃん少し楽しそうだった。」

「だろうね。あの乗り物に乗りたくてうずうずしてたから。」

 

ミクリオが若干呆れて言う。

そして浄化した憑魔≪ひょうま≫の居た所には瞳石≪どうせき≫が輝いていた。

スレイはそれを手に取った。

 

――将軍と呼ばれた男は一人、暗い部屋の中で頭を抱えていた。

彼の頭の中には記憶が流れる。

彼は一人生きる希望を失い、自ら自殺を図る。

首を吊ったが、息を吹き返す。

自らの体に剣を突き刺すが、傷が癒え息を吹き返す。

窓から身を投げても息を吹き返した。

毒を飲み、もがき苦しんだ後、自分は生きていた。

ならばと火をつけ、焼いた。

映像は赤い炎に包まれた。

 

スレイは視線を落とし、

 

「命を絶とうとしたのか……何度も。」

「結局、死にきれなかったみたいだが。」

 

ミクリオも視線を落とす。

ライラは背を向け、俯いた。

レイはジッとスレイの持つ瞳石≪どうせき≫を見つめる。

と、ロゼが頭に手をやり、

 

「けどおかしくない?こんなに失敗するなんて。」

「本気じゃなかったんでしょ。」

 

エドナが傘をクルクル回す。

ロゼはエドナを見て、

 

「そうは見えなかったよ。」

「うん。むしろ死にたがってる感じがした。」

 

スレイも頷く。

レイは背を向け、俯く。

 

「そう、彼は死にたがった。強く願うほどに……でも、それは叶えることのできない願い……」

 

レイはスレイ達にも聞こえない声で呟いた。

ミクリオは顔を上げ、

 

「偶然じゃないってことか?これも。」

「そこまでは……」

 

スレイは眉を寄せる。

エドナは首を傾げ、

 

「わからないことだらけね。」

「そんなもんさ。世の中は。」

 

ザビーダがスレイとミクリオをガシっと捕まえて言う。

そしてスレイはハッとして、

 

「だからヘルダルフは諦めたのか……?」

 

その場の全員が一瞬暗い雰囲気に包まれた。

しばらくそれが続いたが、レイがスレイを見て、

 

「大地の記憶……大分集まったね。そして災禍の顕主についても、少しは理解できた?」

「……ああ。」

 

スレイは視線を落とす。

レイは空を悲しそうに見た後、ロゼを見る。

ロゼは察しがつき、

 

「うん、色々分かったもんね。でもさ。決定的な事が欠けてる。ヘルダルフがどうしてあんな事になったのか。」

「……けど、あいつの心の痛みは十分過ぎるほどわかった。」

 

スレイは視線を落としてまま、呟いた。

ザビーダがスレイの肩に手をかけて、

 

「おろ。導師殿、同情しちまったのかい?」

「同情なのかな。わかんない。」

 

スレイは頬を掻く。

レイは瞳を揺らしながらスレイを見る。

ロゼが腕を上げて、

 

「も~、厳しすぎるぞライラ。知らないままの方が揺らがないってのに。」

「……ごめんなさい。」

 

ライラは手を握り合わせる。

ミクリオがロゼを見て、

 

「だが実際……どうするのが正しいのか……難しい問題だよ。」

「ライラは正解を出せっていってるかい?」

 

もう片方の腕で、ミクリオを抱き寄せて、ザビーダが聞く。

 

「「「え?」」」

 

スレイ、ロゼ、ミクリオはザビーダを見た。

ライラはザビーダを見て、

 

「ザビーダさん!」

「あちゃ……怒られちゃった。」

 

ザビーダは両手を上げて、一歩下がる。

エドナがスレイ達を見て、

 

「……で、どうするの?ここで話し込んでてもしょうがないと思うけど?」

「メーヴィンのところに戻ろう。」

 

スレイが頷いて言った。

ロゼは微笑み、

 

「だね。おじさんも、もう考えまとまったかもしれないし。」

 

そう言って、一行は歩き出す。

そしてしばらく歩いてスレイは空を見上げ、

 

「……何となくわかった。ヘルダルフには、オレの前に導師だった人の何かがからんでいるんだ。」

 

レイとライラはハッとしたしたように、スレイを見た。

ミクリオが納得したように、

 

「……そうか。ライラが直接話さずに、語り部と言うのメーヴィンに協力を求めたわけだからな。」

 

ライラが視線を落とす。

そこに、エドナが傘を構えて……

 

「痛っ!何なんだ!傘はそうやって使うものじゃないだろう!レイがマネしたらどうしてくれるんだ!」

 

突いて来たエドナに怒りながらミクリオが言う。

レイはミクリオを見て、

 

「傘は武器でしょ?」

「違う!」

 

ミクリオは則否定した。

が、ザビーダが笑いながら、

 

「ふふん。乙女心のわからなんやつめ。」

「ふん。」

 

そしてエドナは今度はザビーダに傘を突く。

ザビーダはそれを避けながら、

 

「いて!ツンツンすんなっての!ハ!これがツンデレ!」

「ツンデレ?」

 

レイは首を傾げた。

と、そこに笑い声が聞こえた。

 

「ぷっ!」

 

それはライラだった。

そしてエドナは思いっきりザビーダに一撃を与える。

 

「ぐぁ!いてぇ!結構本気――」

「ザビーダ、サンキュ。和ませようとしてくれて。」

 

ロゼが笑顔で言う。

ザビーダは決め顔になり、

 

「惚れてもいいぜ?」

「調子のりすぎ。」

「ぐはぁ!」

 

エドナが最後の一撃を与える。

レイは一人、首を傾げ、

 

「ツンデレ?」

 

と、悩んでいた。



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toz 第三十四話 記憶と真実

近くに森らしい森を見つけ、そこで野営をする。

レイがロゼと共に森を探索していると、レイは木の上になっているリンゴを見つける。

そしてロゼもそれに気付き、

 

「お!美味しそうなリンゴ♪あたしが採ってこようか?」

 

と、レイを見る。

レイは首を振り、

 

「自分で採ってくる。」

 

そう言って、木に登り始める。

ロゼもいちをレイを追いかけて登り出す。

リンゴのすぐ側まで登った時、スレイとミクリオ、ライラがやって来た。

 

「お!美味しそうなリンゴだな。レイ、気をつけろ。」

「レイ、危ないから気をつけるんだぞ。」

「そうですよ。落ちないようにしてくださいね。」

 

と、三人が言った。

ロゼは下を見下ろして、

 

「ちょっと、ちょっと!あたしの心配はないワケ⁉」

 

と、ロゼは頬を膨らませる。

スレイは頬を掻きながら、

 

「いや、ロゼはほら……何というか……」

「サルみたいだから、大丈夫だろ。」

「でも、サルも木から落ちる、というのもありますわよ。」

 

と、ライラが口に手を当てて苦笑する。

レイはリンゴに手を伸ばしながら、

 

「大丈夫。あと少しで届――」

 

そう言って、レイはスレイ達を見た。

それが別の光景へと変わる。

ライラは変わらないが、スレイはマントを羽織った男性、ミクリオは以前大地の記憶で見た女性に変わる。

レイは目を見開き、頭の中に声が響く。

それはいつかの男性の声……

 

――君たちは無から有を創りだし、有から無を創りだすんだよね。つまり、0から1を、1から0をって感じだろ。

 

そして見ていた映像が、自分を見上げる導師のマントをした男性へと変わる。

その男性のすぐ隣にはライラがいた。

そして気付く。

これは記憶だ……

 

「だったらなんだ。」

「いや……うん。決めた!君たちの名前を私がつけよう。」

「必要ない。」「面白そう!」

 

と、聞き覚えのある審判者の声もする。

男性は嬉しそうに、

 

「う~ん、よし!じゃあ、レイとゼロ。君たちの名前だ。」

 

彼は指を指しながら言う。

そして腕を組み、

 

「君たちは互いに相対だけど、同じだ。だからいいと思う。」

 

と、自信満々に言う。

隣を見ると、長い髪を束ね、黒いコートのような服を着た少年、審判者。

だが、彼は仮面を付けていない。

そしてその顔には見覚えがある。

そう、何度か会った少年ゼロだ。

彼は嬉しそうに、

 

「いいね。まるで人間や天族みたいだ。」

 

私≪裁判者≫は下へ降り、

 

「私には必要ないな。内側には関与しないしな。お前だけが使えばいい。」

「えー、俺は君にも使いたいなぁ~♪」

 

と、同じように降りて来た少年ゼロ。

そして裁判者と審判者の会話に変わる。

 

「内側のお前とは違い、外側の私には必要ない。ただ、それだけだ。」

「全く、君は相変わらず堅いなぁー。」

 

彼は苦笑いで、持っていたリンゴをクルクル回す。

導師のマントを羽織った男性は隣に居たライラを見て、

 

「いいと思ったんだがな。」

「そうですわね。」

 

と、ライラは口元に手を当てて、クスクス小さく笑う。

 

 

レイはハッとしたように、ビックと動き、後ろに滑り落ちる。

 

「え⁉レイ⁉」

 

ロゼがとっさにレイの腕を掴み、

 

「あー、ムリ‼」

 

と、一緒に落ちる。

そこにザビーダがやって来て、レイとロゼを抱き抱えた。

 

「おいおい、大丈夫かい。そんなにザビーダお兄さんの胸の中に、飛び込みたかったのか?」

 

二人はザビーダを見て、

 

「寝言は寝て言って。」「暗殺してもいい?」

 

そして冷たい視線を送る。

ザビーダは残念そうに二人を下ろす。

ロゼがザビーダを改めて見て、

 

「でも、サンキュ。」

「いいってことよ。」

 

レイはライラを見た後、視線を外す。

スレイはホッとしたように、

 

「でも、怪我がなくてよかった。」

「そうだな。その点はザビーダに感謝だな。しかし……レイ、どうしたんだ?」

 

ミクリオの問いかけに、レイは何かを言おうとして、視線を落とす。

 

「……滑っただけ。」

 

そう言って、テントのある方へ歩いて行った。

スレイとミクリオは互いに見合って、

 

「変だな。」「変だね。」

 

そして話し合いを始めた。

それを見たザビーダは頭を掻きながら、

 

「いやー、全くもっての過保護ぷりだなあ~。」

「そうですわね……」

 

ライラは苦笑して言う。

そしてライラ自身もレイの違和感に気付いていた。

 

スレイ達はローグリーン遺跡に向かう。

そしてスレイ達は探検家メーヴィンの元へ歩いて行く。

彼はスレイを見て、

 

「収穫あったか?」

「……ヘルダルフが苦しみや痛みを持ってるのはわかった。」

 

スレイはジッと彼を見て言う。

ロゼは腕を組んで、

 

「まるで呪いみたいだったね。」

「なるほど……永遠の孤独に縛る呪いか……」

「ふむ。」

 

ミクリオもそれに続いた。

それに探検家メーヴィンは髭を摩る。

ライラは手を握り合わせ、

 

「あの時、かの者は私たちとの邂逅で、スレイさんの心をなぶって堕ちた導師へと誘おうとしていました。ですが、後にはスレイさんに同胞にならないかと手を差し伸べてきましたわ。」

「災禍の顕主が導師に手を差し伸べる、か……」

 

探検家メーヴィンは腕を組む。

スレイは彼を強い瞳で見て、

 

「オレ、知りたい。ヘルダルフがどうしてあんな事になったのか。」

「けど、それはおじさんの禁忌≪タブー≫に触れるんだよね。」

「僕らはそれがどういう意味を持っているのかわかってない。勝手なことを言っているんだろう。だが……」

「やっぱりダメかな……?」

 

ロゼ、ミクリオ、スレイがそれぞれ言う。

レイがスレイの前に立ち、見上げる。

彼を見る瞳は赤く光る。

 

「本当に、真実を知る覚悟がある?後悔はない?」

 

レイはジッと見つめる。

スレイは力強く頷く。

そしてミクリオを見る。

ミクリオも頷き、ロゼもレイを見て頷く。

レイはライラを見て、

 

「ライラもあの人の……悲しみと絶望に触れる。覚悟はある?」

「レイさん……もしかして……」

 

レイは瞳を揺らしながらライラを見つめる。

ライラは一度瞬きをして、頷く。

レイは探検家メーヴィンを見上げ、

 

「刻遺の語り部、貴方もこれからの覚悟は?」

「ふう。その為の答えを俺はここで決めた。」

 

レイは俯き、顔を上げる。

 

「なら、私も覚悟を決める。私自身の為にも。そして、貴方の想うその願いを、私が叶える。裁判者として。」

「……どうやら、チビちゃんは一皮むけたな。」

 

そう言って、頭を撫でる。

レイは頷き、

 

「それはきっと……あなたたち、心ある者達のおかげだよ。そのおかげで私は向き合える勇気を貰った。」

「そうか。」

 

そう言って、さらに頭を撫でた。

そして探検家メーヴィンは彼らに背を向け、

 

「……ま、ついて来な。」

「メーヴィンさん。本当に……」

 

歩き出す彼の背にライラが悲しそうに、辛そうにそう言う。

最後の彼に対する覚悟だ。

それが解る彼は、

 

「語り継ぐ物語も未来がなくなっちゃ意味がない。そのためだな。」

 

そう言って歩いて行く。

ミクリオ以外の天族組は互いに見合って、スレイ達と共に歩いて行く。

そして高台の閉ざされていた扉を開ける。

高い壁に囲まれていた。

天井は崩壊していて、日の光が石碑を照らしている。

そしてそこは、花に囲まれた祭壇のよう。

その中央奥には強大な石碑が置かれている。

 

スレイはその石碑を見上げ、

 

「うわぁ……すげぇ……こんなでっかい石碑にびっしり何か描いてある!」

「『神代の時代』のものか?初めて見るものだな……」

 

ミクリオも同じように見上げて言う。

エドナがミクリオを傘で突きながら、

 

「またなの?この遺跡オタクどもめ。」

「ふふ。」

 

ライラはそれを見て笑った。

そして探検家メーヴィンの後ろに付いて行く。

 

「この石碑はただの人にとっては特に意味のない石塊≪いしくれ≫だ。が、〝刻遺の語り部″は真の機能を発動させられる。」

 

探検家メーヴィンはスレイ達を見て言う。

スレイは腕を組み、

 

「刻遺の語り部……」

「刻遺の語り部は、人、天族、憑魔≪ひょうま≫……導師や災禍の顕主の物語を後生に語り継ぐ者。俺はその運命を背負った一族の末裔だ。語り部は公平であるために、時代の趨勢≪すうせい≫に関わるのを禁じている。が……さっきも言ったように、覚悟を決めたよ。」

 

そう言って、光り輝く瞳石≪どうせき≫を取り出した。

スレイは少し驚き、

 

「それは大地の記憶?」

「まだ他にもあったのか。」

 

ミクリオもそれを見る。

探検家メーヴィンは自分の手の瞳石≪どうせき≫を見て、

 

「他のはともかく、裁判者がこれは刻遺の語り部が持つようにと手渡してきた。」

「やっぱり、メーヴィンも裁判者を知ってるんだな。」

 

スレイは探検家メーヴィンを見た。

彼は頷き、

 

「ああ。審判者という存在も、知っているぜ。ま、会ったのはあの時が初めてだったがな。それに俺も、こいつだけは人に見せたくなかったんでな。だから俺も素直に、先にいただいた。」

「では、それが……」

 

ライラは顔に緊張が走る。

探検家メーヴィンは重いく量で、

 

「そうだ。『災厄の時代』が記憶されている。おまえらに『災厄の始まり』を体験させてやる。感じてこい。光と闇を。全員石碑に手を振れろ。無論、チビちゃんも、だ。」

「私も?」

「ああ。なにせ、あそこは……」

「……わかった。」

「そして目を閉じるんだ。」

 

スレイ達は石碑に触れ、目を閉じる。

そして古代語を彼は詠唱する。

 

「偉大なる大地の神よ。契約者『刻遺』に御心示したまえ。」

 

そしてスレイ達は光に包まれる。

最後に彼は諭すように、

 

「これは答え合わせじゃない。ただ、感じてこい。いいな。」

 

そしてスレイ達は森に囲まれた、広い場所に立っていた。

自然が満ちた景色のいい広野。

そこは今まで旅をした場所のどこでもない。

 

スレイが辺りを見渡す。

 

「……どうなったんだ?」

「どこここ?見た事無いとこなんだけど……」

 

ロゼも辺りを見渡して言う。

レイは瞳を揺らしながら、

 

「……ここは記憶の中……」

「そうか。『災厄の始まり』を体験しているんだ。つまりここは……」

「始まりの村〝カムラン"か!」

 

スレイとミクリオが互いに見合う。

そしてレイが歩いて行った。

ザビーダがそれを見て、

 

「んじゃ、俺様たちも進んでみましょうかね。」

「反対の反対。」

 

エドナは傘を開きながら言う。

少し行くと、レイが立ち止まっていた。

スレイ達もそこに行く。

すると、村人と思われる人々と鎧騎士たちがいた。

 

「なんか人が集まってる。」

「ホントだ。」

 

ロゼがそこに近付き、スレイもそこに行く。

スレイが人々に触れると、彼は通り向けた。

 

「うわぁ⁉」

「これは記憶だ。触れても無駄だぜ。」

 

ザビーダが笑いながら言う。

と、一人の若い男性が一歩前に出て、

 

「将軍……こんな生活をいつまで続けさせるつもりだ。」

 

彼の見る先には若い頃の災禍の顕主ヘルダルフが居た。

 

「ハイランドに進攻から守っているのだ。むしろ感謝して欲しいのだがな。導師よ。」

「え⁉この人が先代の導師!」

 

スレイはその男性を見る。

そして先代導師の横に居た赤ん坊を抱いた女性が、

 

「あなた方が来てから半年……こんなのは守ってるなんて言いません!軟禁です!」

「それにハイランド王国が動き出したのも、あんた達ローランス軍がこの村を接収したからだろ!」

 

村人たちも軍を睨んで言う。

ロゼが頭を掻き、

 

「聞こえてもいないみたい。」

「ええ。あくまで大地の記憶が見せてるものですもの。」

 

ライラが手を握り合わせる。

レイはそこを悲しそうに見つめる。

将軍と呼ばれていた災禍の顕主ヘルダルフは導師を見据え、

 

「……この村の戦略的価値を、導師の興した村というだけで看過できはしない。ここは誰も足を踏み入れる事のできなかった未踏の地。それはどの国も同じ事よ。」

「時間の問題だったと?」

 

先代導師は眉を寄せて、彼を見る。

彼は続ける。

 

「ハイランドの蒼き戦乙女≪ヴァルキリー≫の台頭ぶりを思えばな。」

「……もういい。行ってくれ。」

 

先代導師は拳を握りしめた。

ローランス軍は歩いて行く。

村人が先代導師を見て、

 

「ミケル様!いいんですか!このままで!あいつら、マオテラス様の神殿まで砦みたいにしちまったんですよ!どれだけ天族を冒涜すれば気が済むんだ!」

「それだけじゃない!ついこないだは、ゼロ様が止めなければ……あいつら!」

「ああ!レイ様も止めなければ、アイツらのせいでもっと酷い事に!」

 

それを聞いたスレイ達はレイを見た。

そしてスレイが、

 

「ゼロ様?」

 

レイは先代導師と赤ん坊を抱いた女性を見る。

赤ん坊を抱いた女性は不安そうに先代導師を見る。

 

「兄さん……」

「ミューズ、案ずるな。カムランは確かに北の国境線としては重要な位置にある。ここを押さえたら両国とも自在に首都に兵を進められる。彼らもないがしろにはしないはずだ。それにここは二人の生まれた場所……彼らもきっと……」

 

先代導師は小さく笑って、彼女の肩を乗せて、そう言った。

だが、村人は怒ったように、

 

「信じるんですか?あの将軍の言葉を!」

「彼らがどうであれ、私たちが信じるのを忘れてはいけません。」

 

先代導師は村人たちを見る。

彼は続ける。

 

「家族をもてぬ導師の我が身。みんなやミューズは私が守る。必ず……」

「始まりの村はヘルダルフに接収されたんだな。」

 

スレイは俯く。

ライラが先代導師とその妹を見て、

 

「そして戦渦に巻き込まれていったんです。」

「まぁでも、確かに放っとく訳ないよね。」

 

ロゼも腕を組んで言う。

その視線の先には村人たちをなだめる先代導師。

そしてミクリオは赤ん坊を抱いた先代導師の妹を見つめた。

それに気付いたスレイが、

 

「ミクリオ?どうかしたか?」

「ん?ああ。」

 

レイはミクリオを見た後、俯いた。

ミクリオは腕を組んで、

 

「これじゃマオテラスに悪意を向けてるも同然だな。加護が失われて当然だ。それに、ここはレイの生まれた所でもあったんだな。」

 

そう言って、レイを見下ろす。

レイは俯いたまま、

 

「ん。ここは世界の始まりの場所でもある。ここで裁判者と審判者が生まれた。この地はそれ故に、結界で覆われていた。でも、先代導師は二人を説得して許しを得て、この地に村を造った。そして、本当の意味でレイと……ゼロと言う人間が生まれた場所……」

 

最後の方は小さすぎてスレイ達には聞こえていない。

ミクリオはスレイ達を見て、

 

「まだ先はあるだろう。神殿の方に向かおう。」

「ん。」

 

スレイも頷く。

神殿に向かう途中、村人たちが、

 

「ローランスはミケル様が、マオテラス様を連れ出した事に気付いているんじゃ……」

「いや、ローランスとしては北の大国への牽制≪けんせい≫の方が強い。開戦の名目が欲しいんだろう。」

「バカげてる……。だからあのお二方も、怒っていらしゃるんだ‼」

 

村人たちは怒っていた。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「まったくだわ。でもそれが人間。そしてあの時言った、裁判者の私情で力を使った結果がもしかしたら……」

「だな。これだけはいつの時代もかわらないねぇ。ただ、エドナちゃんの言うように……」

 

ザビーダが帽子を深くかぶる。

レイは奥へと歩いて行く。

スレイ達もそれを追う。

そして村人が今度は不安そうに、

 

「導師様の話だと、神殿が穢されて、村の加護がなくなりつつあるって……」

「……まさかマオテラス様が憑魔≪ひょうま≫に⁉」

「導師様を信じよう。命に代えてもそれだけは、阻止すると言ってくださってる。それにいざとなれば、レイ様とゼロ様が何とかしてくださるだろうて……」

「……けどよ。あのお二方はともかく、導師様を失うぐらいなら、いっそみんなで疎開した方がいいのかもしれないぜ。」

 

ライラが手をに強く握り合わせる。

 

「ミケル様にそんな事ができるわけがありませんわ……」

「ああ。導師だからね。」

 

ミクリオが頷く。

スレイも俯いた。

 

「マオテラスを穢れのさなか、置き去りになんて考えもしないと思う。」

「スレイさん……」

 

ライラはスレイを見つめた。

レイは歩きながら、

 

「それでも、人の心は簡単に変わってしまう……」

「レイ……」

 

スレイ達は歩き出す。

スレイは歩きながら、

 

「なんとなく分かった。」

「何が?」

 

ロゼがスレイを見た。

スレイは辺りを見て、

 

「この大地の記憶は裁判者と審判者の記憶そのものなんだ。」

「そうか!これだけの膨大な力を紡ぎだせ、そして歴史を知っているのは他でもない彼らだ。」

「あー!だから大地の記憶の中に、裁判者と審判者の姿が一度も出てこなかったのか。」

 

ミクリオとロゼもそれに納得した。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「ま、当然でしょうね。それに刻遺の語り部は手渡された、と言っていたわ。そんな事が可能なのも、アイツらだけ。それに、今回刻遺の語り部は感じろと言ってたわ。現に、いつもの映像だけでなく、こうして見聞きできるもの。」

「それに審判者が災禍の顕主の近くに居た事で、よりヤローの事を詳しく知れた。なにより、大地の記憶があいつの事が多かった。つまり、最初から導かれてたんだ。」

 

ザビーダは肩を少し上げていった。

レイはスレイ達を見て、

 

「それだけはないよ。大地の記憶は、マオテラスの意志も入ってる。マオテラスは大地そのものだからね。これを残すことを決めたのも、彼の強い意志があったから。」

 

レイは彼らに背を向けたまま、言った。

スレイ達がある進んだ先に、ローランス軍の姿が見えた。

そして神殿と思られる入り口に、将軍だった頃の災禍の顕主が立っている。

 

「こんな片田舎の村が北の大国制圧の足がかりになるのなら、導師なぞにいくら疎まれても安いものよ。無論、あんな小生意気なガキどもにも、な。」

 

と、そこに一人の兵が走って来る。

 

「何ごとだ?」

「敵の襲撃です!」

 

兵がその走って来た兵を見て、

 

「北の大国が来たか!」

「い、いえ!ハイランド軍のようです。」

「……なかなかに釣られぬものよ。」

 

将軍と呼ばれた災禍の顕主ヘルダルフは、腕を組む。

そして兵を見て、

 

「兵をまとめろ。撤収する。」

「反撃しないのですか?」

「ハイランドとの小競り合いに兵を失えと?愚の骨頂よ。」

 

そう言って、歩いて行った。

一人の兵が、

 

「こうなってはこの村はただのゴミクズってことだ。撤収するぞ!伝令急げ!」

 

その光景を見たロゼが怒りながら、

 

「ありえない!村の人々の幸せをなんだと思ってんだ!」

「この村が滅びたのは、こんなくだらない理由だったのか……!」

「くっ!」

 

ミクリオとスレイも拳を握りしめた。

レイもまた、拳を握りしめた。

そしてレイは顔を上げ、

 

「そして災厄の時代が始まる……」

 

レイがそう言うと、景色が変わる。

炎が自分達を包む。

スレイ達は驚くが、それが熱くないことに気付く。

そして辺りを見ると、燃える家々、逃げまどう人々……

ハイランド兵に立ち向かい、倒れていく村の人々……

中には何も抵抗できない村人まで殺している。

 

「やめろー‼」

 

スレイは叫んだ。

そして触れぬと解っていて、兵の肩に触れる。

助けられないと解っていて、、村人の前に立つ。

スレイは拳を握りしめる。

 

村人達はしきりに、

 

「マオテラス様ー!」「ミケル様ー!」「レイ様ー!」「ゼロ様ー!」

 

と、各々救いを求めて叫んでいた。

ライラは拳を強く握りしめるスレイを見て、

 

「スレイさん……」

「干渉できないのがより虚しさを強めるよ……」

 

ミクリオが眉を寄せて俯く。

そこに先代導師が走って来た。

辺りを見渡し、

 

「ヘルダルフは何をしているんだ‼」

「……ヘルダルフは……村を捨てて逃げ……た……」

 

血を流し、倒れていた村人の一人が先代導師を見て言った。

先代導師は空を見上げ、

 

「頼む!レイ!ゼロ!手を貸してくれ!頼む‼」

 

彼は大声で叫んだ。

そこにハイランド兵が近付いて来た。

 

「ローランスの犬が!こんな山奥でコソコソと!」

 

先代導師は地面に落ちていた剣を拾い上げ、応戦する。

が、彼の剣は簡単に弾かれ、彼は地面に倒れる。

そこにハイランド兵が槍を近付ける。

 

「ミケル様!」

 

ライラが眉を寄せて、口元を手を当て悲鳴を上げる。

彼に槍が刺さる瞬間、

 

「ひひひ!あっちにもいるぞ!」

 

他のハイランド兵の声が響く。

そして、先代導師にやりを構えていた兵士が、

 

「ぐわぁ⁉」

 

と、兵士が倒れ込んだ。

先代導師が兵を見ると、彼の背には四本の短剣が刺さっていた。

視線を上げると、そこには少年が立っていた。

 

「ゼロ!」

 

紫色の長い髪を下で一つに縛り、黒いコートのような服をきた少年。

その少年の顔を見たスレイが、

 

「ゼロ⁉」

「やっぱり……」

 

スレイは驚いていたが、ロゼは腰に手を当てて眉を寄せる。

 

そして先代導師は改めて周りを見る。

燃える村、血を流し倒れている村人達、いまだ聞こえる悲鳴を悲痛……

 

「なぜ……どうしてこんな事に……」

 

悲嘆していた先代導師の元に、

 

「全く。これだから人間は愚かだね。導師ミケル、僕は賛成した派だから君を責められないけど……これはあの子の言った通り、君は人間を信じるべきではなったね。」

 

その少年が右手に持っている短剣をポンポン上に上げては掴んで、また上げては掴んでと手遊びをしながら言った。

先代導師は俯き、

 

「ゼロ……すまない。だが、手を貸してくれ!レイはどこに?」

 

そして立ち上がり、辺りを見る。

少年ゼロは手遊びしていた短剣を握り、先代導師の方に投げる。

その短剣は彼の後ろに飛んでいき、彼を狙っていた兵の首に刺さる。

 

「あの子ならいないよ。今は願いを叶えに、外にいる。時機に戻ってくるとは思うけど……これはマズイね。あの子に怒られちゃう。」

「……もう一度言う、ゼロ。手を貸してくれ!だから頼む!審判者の力を貸してくれ!」

 

先代導師は頭を下げた。

スレイは眉を寄せ、

 

「審判者……ゼロが?」

 

そしてレイを見た。

レイは眉を寄せて、少年ゼロと先代導師を見ていた。

 

「……ん。彼が審判者で間違いはないよ。……そして……」

「そして?」

 

ロゼがレイを見る。

レイはスレイ達を見上げ、

 

「この時、導師ミケルは、審判者に頼るべきではなかった。そうすればあそこまでには……なにより、彼はすでに怒っていた。そして私も……この地には二人が護らねばならないモノがあった。そして私も、彼も、導師ミケルと彼の妹……そして彼女の赤子には、思い入れがあった。この後私も、彼も……」

 

そう言って、レイはスレイに背を向けて走って行った。

と、少年ゼロ、いや審判者は彼を見て、

 

「残念だけど、それはムリ。君のその声に僕は応えられない。」

「な⁉」

 

先代導師は顔を上げる。

彼は赤く光る瞳で、先代導師を見ていた。

 

「でも、この村で過ごしたゼロと言う人間でなら、君達に手を貸せる。」

「ゼロ!ありがとう!」

「それより、これ持っといて。いちを、身を守るものは必要でしょ。」

 

そう言って、短剣を渡す。

先代導師はそれを受け取る。

少年ゼロは辺りを見て、

 

「で、ミューズと赤ん坊は?」

 

そう彼が問いかけに先代導師が答えようとした時、二人の所に怪我をした村人の女性が歩いて来た。

 

「導師様、ゼロ様、ミューズ様が神殿に!」

「なんだって⁉」

 

彼女は最後の力を振り絞り、

 

「ローランス軍に援助を求めに……」

 

彼女は倒れ込み、息を絶った。

そして彼は眉を寄せて、そしてスレイも同じように眉を寄せて、

 

「「けどヘルダルフはもう逃げてる!」」

 

声を合わせた。

少年ゼロは神殿の方を見て、

 

「行くよ、ミケル!」

「ああ!ミューズ!無事でいてくれ!」

 

二人は走って行った。

スレイも駆け出し、

 

「神殿に急ごう!」

「ああ!」

 

ミクリオも駆け出す。

その背に、

 

「お待ちください。」

 

ライラが止める。

そしてジッと二人を見て、

 

「同じ導師という立場からスレイさんが、あの方に感情移入することはわかりますわ。ですが、メーヴィンさんの言葉を思い出してください。ミクリオさんも。」

 

二人は俯く。

ミクリオが眉を寄せ、

 

「……すまない。ただ……」

「結末に嫌な予感しかしないんだ。」

 

スレイが悲しそうに顔を上げた。

ロゼが二人に歩み寄りながら、

 

「今まで知った事、十分繋がった感じするもんね。」

「……それでも見届けなきゃいけないんだろ?」

 

スレイが拳を強く握りしめる。

ライラは頷く。

 

「ええ。だからレイさんは、聞いたのです。覚悟はあるか、と。」

 

と、そこに声が響いた。

 

「ハイランド兵につぐ、今すぐこの地を離れろ。これ以上この地を穢すのであれば、お前達に待つのは死だけだ。」

 

そこに、一人の少女が現れる。

紫色の長い髪を結い上げ、顔は少年ゼロと少し似ていた。

そして黒いコートのようなワンピース服が風に乗ってなびく。

そこに、村人が一人やって来て、

 

「レイ様!お願いです、導師様を……ミューズ様を……マオテラス様を……助けてください‼」

 

そう言って、背後から斬られた。

ハイランド兵はその少女を見て、

 

「お前か、生意気な口出しをしていたのは!」

「だったら何だ、人間。直ちにこの地から消え失せろ。ここは、貴様らのような人間がいていい場所ではない。」

 

兵は詰め寄りながら、

 

「だったら、お前が死ね!」

 

剣を振り下ろす。

が、その振り下ろした兵士が鎧の上から血を噴出した。

少女の手には剣が握られていた。

そして彼女の足元の影が揺らいでいた。

彼女は赤く光る瞳で冷たく他の兵を見ながら、

 

「二度は言わない。さっさと消え失せろ、人間ども。」

 

兵は震え上りながら、逃げ出していく。

スレイとミクリオが驚いていた。

ロゼが同じように驚きながら、

 

「あれが本来の裁判者……じゃあ、あれが本来のレイの姿って事だよね?」

「ええ。あれが本来の裁判者の姿です。」

 

ライラが彼女を見ながら言う。

そしてスレイは彼女を見て、

 

「……ちょっと待って!あの人は……」

「ああ!あの人は遺跡で幼い頃僕らを助けてくれた……あの人だ!」

 

二人が互いに見合った。

 

「あの人間はすでにこの地から消えたか。」

 

裁判者は遠くを見て言った。

そして彼女は神殿の方を見て、

 

「……あっちか……ミケル、結局お前も……ほかの導師と変わらないな、このままでは……」

 

そう言って、駆け出した。

スレイとミクリオは頷き合い、

 

「行こう。」

「ああ。」

 

神殿に向かって駆け出した。

ロゼは腕を組みながら、

 

「でも、スレイはともかくさ。ミクリオもなんからしくない。」

 

ライラがロゼを見た。

そしてエドナが少し首を傾げながら、

 

「当然ね。あの子じゃなくても気付くもの。」

「だな。それが嫌な結末に繋がってるのなら、なおさらってヤツさ。なにより……」

 

ザビーダもどこか後味の悪いように、それに続いた。

そしてロゼはエドナとザビーダを見て、

 

「みんなも感じてたんだ。ミクリオと導師兄妹が似てるって。それなら……裁判者は……」

「……行きましょう。もうすぐ全てわかりますわ。」

 

ライラが手を強く握りしめ、先を走るスレイとミクリオの背を見つめた。

そしてロゼ達も走り出す。

 

スレイ達が神殿に近付くと、女性の悲鳴が聞こえて来た。

 

「イヤ――‼」

 

神殿の入り口からはハイランド兵が歩いてくる。

その表情はどこが面白がっていた。

先代導師と少年ゼロがそこに着くと、兵達は武器を構えて襲ってきた。

少年ゼロは影から剣を取り出し、

 

「こっちは俺が。君はミューズのとこへ!」

「ああ!すまない、ゼロ!」

 

敵を薙ぎ払いながら、少年ゼロは言う。

そして出来た隙間から、祭壇へと上がっていく。

スレイ達も上へと上がっていく。

そこにはレイも居た。

レイは泣いていた。

そしてスレイ達の前には、燃え盛る祭壇が見えた。

そして先代導師の妹が倒れ、その燃え盛る祭壇に手を伸ばしながら、

 

「あの子が!あの子が‼」

 

先代導師が炎の中に飛び込み、赤ん坊に覆いかぶさる。

そして抱き上げ、戻ろうとした。

が、その足が止まり、赤子を見つめた。

彼は今にも切れそうなか細い声で、

 

「生きてる……生きているが……これでは……」

 

そして先代導師は祭壇を見る。

穢れが浮き出ていた。

 

「マオテラス……」

 

そして妹へと目を送る。

妹もまた、死にかけていた。

彼は空を見上げ、涙を流しながら、

 

「全てが失われた……マオテラスは憑魔≪ひょうま≫と化し、この子はもう……」

 

そこに少年ゼロが駆けて来る。

 

「ミューズ!」

「ゼロ様!」

 

そして少年ゼロは炎の中の先代導師を見て、

 

「マズイ……マズイ!……このままでは‼……待つんだ、ミケル!その願いは――」

 

だが、先代導師の声音と目付きが変わる。

 

「一人の男のくだらなぬ野心のせいで……」

「兄さん?」

 

少年ゼロが彼の元に駆けだす。

先代導師は祭壇へと歩き出す。

 

「待って……」

 

だが、彼は無言で炎の中を歩き続ける。

先代導師の妹は手を伸ばしながら、

 

「やめて、お願い!ゼロ様、お願いです!兄さんを止めてください!」

 

だが、少年ゼロが彼に近付く前に、先代導師の方が先に祭壇へと上がる。

そしてその祭壇に赤子を乗せ、ゼロから受け取った短剣を握る。

妹の悲痛な叫ぶが彼の背から伝わった。

 

「兄さ~ん‼」

 

彼は短剣を上げ、

 

「この災厄をもたらした者に……『永遠の孤独』を!」

 

振り下ろす。

その瞬間、審判者の瞳が真っ赤に光り出し、

 

「……その願い……聞き届けた……」

 

彼の影が祭壇を飲込んだ。

そして穢れの柱が立った。

先代導師の妹は涙を流し、必死に手を伸ばしながら、

 

「イヤ――!」

 

悲痛な叫びを出した。

そこに裁判者が駆け付けた。

 

「……やはり、お前もほかの導師と同じ末路を辿ったか……」

 

裁判者は炎の中に入って行く。

そして祭壇まで行くと、赤く光る瞳を彼に向ける。

先代導師は膝を着き、

 

「ヘルダルフ……自らが生み出した地獄を背負え……!」

 

そして涙を流す。

 

「……こんな答えになってしまったよ……」

 

そして彼は裁判者を見上げ、

 

「君の言った通りだった……頼む、この子を救ってくれ!自分が君達にとって、愚かな事をしたと自覚はある。だが、私は……私にできる事はもはやこれしか……」

 

裁判者は祭壇に乗せられた赤子を見る。

赤子は穢れに染まりきっていた。

 

「お前の願いだけでは……この子は救えない。この子はもう、人としては生きられない。」

「なら、どうすればいい!私にはもう何もないのに!」

「お前の願いと命をもって、この子を生かす。そして、私の力があれば可能だ。だが、お前はあの人間……ヘルダルフに呪いをかけた。私は盟約に従い、お前の命をもらい受ける。そしてもう一つの盟約に従い、魂の一部をヘルダルフの呪いに対し、私は貰わねばならない。その残りのすべての魂と霊応力の全てをもって、この子を生かす。」

「ああ……それで構わない。すまない、すまないな……」

 

そう言って、穢れに満ちたその赤子を見る。

裁判者の影が揺らめきだし、彼の前に近付いて行く。

彼は最後に裁判者と審判者を見上げ、

 

「……もし、君達が本当の意味で、人だったのなら……違う道があったのだろうか。こんな答えにならずに済んだのだろうか……。もし、君たちが人としての感情をちゃんと知っていれば、きっと何か変わっただろうに……」

 

そう言って、彼は影に飲まれて言った。

裁判者と審判者は瞳を一度揺らした後、

 

「……俺は行くよ。時期にこの村は穢れに包まれる。ここの後始末は君の担当だ。」

「……ああ。そうだな……」

 

審判者は風に包まれ、消えた。

裁判者は穢れに満ちた赤子を抱き上げ、魔法陣が浮かぶ。

その魔法陣が赤子の中に入っていった。

そして、先代導師の妹の所に連れて行く。

彼女は泣きながら赤子を抱きしめる。

裁判者は膝を着き、

 

「……時期にゼンライが村に来る。あいつに、この村の最期の赤子を預けろ。」

 

そして裁判者は瞬きを一度し、

 

「ミューズ、私と盟約と誓約を結べ。」

「え?」

「時期にこの村を中心に憑魔≪ひょうま≫マオテラスの穢れが満ちる。そしてそれはこの世界全てを飲込む。そして私はその後、扉の番人としてこの世界を破壊し、再生させねばならない。」

「そんな⁉」

「だから……扉を使う。お前は導師ミケルの後始末をするんだ。」

 

先代導師の妹ミューズは瞳を揺らしながら、

 

「なにを……何をすればいいんですか?」

「扉を封じろ。だが、お前の霊応力だけでは封じきれない。だから私と誓約を結び、お前が命を賭けて、カムランを中心とした扉を封じろ。」

 

エドナが傘についた人形を握りしめ、

 

「あいつ!またあんな事!」

 

裁判者は続ける。

 

「私は扉を守る番人として、お前と盟約を結ぶ。この地を、マオテラスを鎮める事のできる導師の器を導く。そしてお前の命が持つ限りの間、カギを持つ者以外は、この地には誰も入れさせない。そうすれば私は、お前に力を貸せる。お前の命は幾分か持つ。そして再び、その子と会える確率は上がる。」

 

先代導師の妹ミューズは、自身の子を見つめる。

そして顔を上げ、

 

「なら、もう一つ。約束してください。」

「何をだ。」

「この地で生まれた子を見守ってください。私の代わりに……お願いします。」

 

裁判者は頷き、

 

「ああ。解った。約束しよう、ミューズ。」

 

そう言って、彼女は先代導師の妹に手をかざす。

魔法陣浮かび、彼女の中に入っていった。

裁判者は彼女の方に触れた。

すると、彼女の酷かった傷が癒える。

 

「裁判者はこうする事でしか出来なった……この村で起きてしまったこの悲劇を治めるには、こうするしか。……でなければ裁判者は、この村に関わったもの全てを消さねばならなかった。」

「それって……」

 

ロゼが眉を寄せる。

レイは瞳を揺らしながら、

 

「そう……さっき言ってた世界そのもの破壊の本当の理由。……それは裁判者と審判者を含めた本当の意味での世界の破壊……だから審判者は後始末と言ったんだよ。」

 

レイが見つめていた裁判者は立ち上がり、

 

「これである程度は動けるな。なら、行け。」

「あ、あの……レイ様は?」

「私はまだ、やることがある。」

 

そう言って、風が彼女を包み消えた。

映像が変わり、森へとなる。

そこにはローランス兵が歩いていた。

そして、その中央には将軍と呼ばれた災禍の顕主ヘルダルフが歩いていた。

 

「止まれ!」

 

将軍と呼ばれた災禍の顕主ヘルダルフの前には、ハイランド兵が武器を構えてやって来た。

彼は兵を睨み、

 

「この撤退を予見していたか……蒼き戦乙女≪ヴァルキリー≫の兵か。」

 

彼がそう言った時、空が闇に満ちる。

そしてそこに、穢れの塊が彼に向かって飛んできた。

彼は膝を着く。

そしてそれは、彼の中に入り込む。

空は晴れ、彼の近くに居た兵は皆倒れた。

それを見た兵の一人が、

 

「落雷だと⁈将軍!」

「ぬ……」

 

彼が立ち上がると、ハイランド兵の二人が、

 

「ヘルダルフ!覚悟!」

「ぐはっ!」

 

槍を彼に突き刺した。

彼からは大量の血が流れ出る。

だが、彼は槍が刺さったまま立っていた。

刺していたハイランド兵は、

 

「な、何だとっ⁉」

 

その状況に飲み込めなかった。

彼が兵に拳を繰り出す。

が、それは穢れを纏い、兵を吹き飛ばす。

 

「ぐ、う……」

 

その彼が息を少し荒らしながら居ると、今度は矢が心臓に向かって飛んできた。

それは彼の心臓に突き刺さる。

 

「うっ!」

 

だが、彼は立っていた。

それを見たハイランド兵は後ろに後退しながら、恐怖に震え出す。

将軍と呼ばれた災禍の顕主ヘルダルフは心臓に刺さった矢を抜き取った。

血が流れたが、それが止まり再生されていく。

するとハイランド兵は、

 

「く、来るな!化け物‼」

 

ハイランド兵は逃げ出した。

将軍と呼ばれた災禍の顕主ヘルダルフは自身の兵達を見る。

 

「ぐ。」

 

自信の兵達も、自分を見て逃げ出していった。

彼は一人、森で呆然と立ち尽くす。

スレイ達は無言となる。

そしてその呆然と立ち尽くす将軍と呼ばれた災禍の顕主ヘルダルフの前に、一人の少女が現れる。

彼は少女を見て、

 

「き、貴様は……!」

「だから言ったのだ。あの村には関わるな、と。忠告は何度もしたぞ、人間。」

 

そこには冷たく、赤く光る瞳を彼に向ける裁判者。

彼女はその瞳で彼を見つめ、

 

「あいつは最後まで信じようとした。その想いをお前は蔑ろにした。お前はこれから、あの導師が受けた全ての悲しみ、憎悪、後悔……それら全てをその身で味わう。」

 

そうして彼女は彼に背を向ける。

 

「そして抗う事もできず、お前は苦しみ続ける。終わる事のない永遠の孤独を……」

 

そう言って彼女は闇に消えた。

レイは立ち尽くす彼を見つめ、

 

「裁判者は目を背けた。」

「え?」

 

スレイがレイを見る。

レイは彼を見つめたまま、

 

「これから起きる事は大地の記憶で、お兄ちゃん達は知ってる。私は見ていた……彼が災禍の顕主となるその瞬間まで……。裁判者と審判者は、彼が何度も何度も生死を繰り返し、絶望していた時……彼の前に一度現れた。彼が何度も強く自分を殺してくれと願った。それは強く、叶えるに匹敵するほど。だけど、彼のその願いよりも、導師ミケルの呪いの方が強かった。だから彼らは呼ばれても、それを叶える事はしなかった。」

 

そして空を見上げ、

 

「そして裁判者は、ヘルダルフの願いは叶えられなくても……彼の家族の願いは叶えられた。」

「それは……」

 

スレイは眉を寄せ、レイを見る。

辺りは闇へと変わる。

レイはスレイ達に振り返り、

 

「彼に残された最後の家族。あの憑魔≪ひょうま≫と化した赤子……彼の命は救ってくれと言う家族の願いを、私は拒否した。でも、裁判者としては叶えなくてはいけない。だから彼が殺した後、あの赤子の魂を浄化し、生まれ変わらした。本来、その赤子を歩むはずだった運命をそのまま……」

「ん、なるほどね。」

 

ザビーダは帽子で顔を隠す。

エドナは悲しそうに、少し怒ったように、

 

「ひげネコは憑魔≪ひょうま≫になったんじゃない。憑魔≪ひょうま≫にされたのね。」

「……しかも最凶の呪詛をかけられた者として。」

 

ライラは悲しそうに上を見上げる。

暗い真っ暗な……

そしてロゼも同じように上を見上げ、

 

「そんで、それをやったのが先代導師、そしてそれを手伝ったのが……裁判者と審判者、か。」

「それじゃ僕は……」

 

ミクリオは俯いたまま、呟いた。

光が広がり、辺りは再びカムランへと変わる。

燃え盛る炎は消え、焼け焦げた家々、焦げた地面が広がる。

ロゼが辺りを見て、

 

「ここは……広場辺り?」

「終わらないのはまだ先があるってことね。」

 

エドナが傘を肩でトントンする。

その先にはレイが居る。

レイは頷き、歩いて行く。

 

「……まだあるのか。」

 

ミクリオは拳を握りしめる。

その姿をスレイは眉を寄せ、

 

「ミクリオ……」

「そろそろ全部だろ?ちゃっちゃと見て帰ろうじゃないの。な?」

 

ザビーダがミクリオの背を叩いて、歩いて行った。

ミクリオは無言で、歩き出す。

ロゼがスレイとミクリオを見て、

 

「……めっちゃヘコんじゃったぽい?」

「そりゃ、な……」

 

スレイは視線を外す。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「なんかごめんね。あたしそんなヘコんでなくてさ。」

「そんなの気にする事じゃないだろ。」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼは変わらず、頭を掻きながら、

 

「ん~。仲間がヘコんでる時に自分がヘコんでないのって、やっぱあたし、なんか抜けてるんじゃないかな~って。」

「……ロゼ。スレイの言うとおりだ。気にする事じゃない。むしろ……その……」

「ん……だな。」

 

ミクリオとスレイは互いに見合った。

そしてロゼを見て、

 

「「ごめん!」」

「へ?」

「オレ達こそ、そんな心配かけちゃってさ。」

「もうしばらく気持ちの整理に時間はかかるが……大丈夫。だから安心してくれ。」

 

二人はロゼに頭を下げた。

そして顔を上げた。

ロゼは笑顔で、

 

「了・解!」

 

そして先を歩いていたレイが村の入り口で立ち止まる。

スレイ達もそこに行くと、向こうから三人の天族が歩いてくる。

そして戦闘を歩いていた老人天族が立ち止まり、辺りを見て、

 

「なんということじゃ……」

「穢れがひどくて気分が悪くなってきた……」

 

連れの天族二人は胸を抑える。

老人天族は空を見上げ、

 

「このあり得ない程の強大な穢れは、裁判者が言った通りだな……」

「……では裁判者の言う通り、マオテラスが……」

 

そして老人天族は結界に護られた赤子を抱く女性に近付く。

 

「この災厄が影響して早産となったのであろうか。母も子も報われんのう……幸いしたのは、この赤子を裁判者が護ったことか……」

 

そう言いうと、裁判者が張った結界が消える。

老人天族は赤子を宙に浮かす。

そして近付け、

 

「……これも縁か。」

 

そして少し考えて、赤子を頭上に高く上げ、結界を張る。

それを見た連れの天族は、

 

「人間の子ですよ!」

「この世に生まれ落ちた瞬間にあるのは器の差だけの事よ。」

「ですが、これほどの未熟児……持って数ヶ月では……」

「……かもしれんのう。」

 

老人天族は赤子を見上げる。

そこに、女性の声が響く。

 

「ゼンライ様……!」

 

老人天族がそこを見る。

そこには赤子を抱き、必死に掛けて来た。

そして疲れ果て、膝を着く。

 

「おお、ミューズか。何が起きた?」

「詳しい話をしている時間はありません。穢れがイズチに流れる前に封じなければ……」

 

そう言って、彼女は老人天族ゼンライの頭上に居る赤子に気付いた。

 

「その子は……?」

 

老人天族ゼンライは、すぐ近くの女性を見る。

先代導師の妹ミューズも、その女性を見て、

 

「セレンの……?身籠もっていたなんて……」

 

そして老人天族ゼンライは先代導師の妹ミューズを見て、

 

「マオテラスをこの地に縛るため……イズチへの道を封ずる人柱になる気じゃな。大方、裁判者が持ち出したのだな。だがの。大地の器とするマオテラスじゃ。ここに留める事はできても、それは気休めに過ぎん。それが解っていてどうして裁判者は……それに今回の件は……」

「そうです。裁判者と審判者である彼らの力を借り、この地に芽吹いたのは事実です。それでもこれは……人間の……私たちが招ねいた事ですから。だからこそ、私はあの方と盟約と誓約を結んだ。」

 

彼女は力強い瞳で言った。

老人天族ゼンライはひげを摩り、

 

「導師は?」

 

彼女は悲しそうに首を振った。

そこに一人の少女が現れる。

 

「あれは死んだ。その身をもって、この災厄を起こし、そこの赤子を助けた。」

 

それは裁判者だった。

連れの天族達は俯き、

 

「導師……ついに絶えてしまうのか。」

「かもしれん……が、縁が希望を繋いだのう。」

 

老人天族ゼンライも空を見上げる。

そして先代導師の妹ミューズが抱いていた赤子を宙に浮かせ、自身の頭上に持っていく。

そして人間の子と同じ結界の中に入れる。

裁判者は天族達を見て、

 

「どうやら、察しがついたようだな。ゼンライ。」

「うむ。お前さんはこの子らを使う気だな。」

「ああ。私はミューズと盟約を交わした。導師の器を導く、とな。」

「だが……ミューズの子は、お前さんが天族に生まれ変わらせたが、人間の子の命は乏しい。」

 

裁判者は赤く光る瞳を天族達に向け、

 

「それを、お前達が生かすのだ。」

「アンタの不始末をこちらに押し付ける気か!」

「それにこの子は穢れを纏っている!それをイズチに持って行けと⁉」

 

連れの天族たちが怒りだす。

裁判者は赤く光る瞳で彼らを射貫き、

 

「その子供が天族になりきれば、穢れは消える。晴れてお前と同じ同族だ。」

「だが、ワシの加護とて限度がある。」

「……お前の加護以外で、その赤子が死ぬのならそれまでだ。ミューズの子はともかく、導師の器は……別の器を無理やりにでも造り出す。」

「レ……イ……様?」

 

先代導師の妹ミューズが眉を寄せて、彼女を見る。

それを聞いたエドナが、

 

「アイツ!」

「エドナの気持ちわかるよ、こればっかしは。」

「ええ。」

 

ロゼとライラが眉を寄せる。

だが、裁判者は宙に浮く人間の赤子を見て、

 

「……だが、この赤子は簡単には死なないだろう。」

「曖昧じゃな。」

「残念だが、私の眼にはこの赤子の未来は見えん。靄のかかったように見ずらいのだよ。つまりこの赤子の未来は、まだ定まっていないと言うことだ。それでも私は、この赤子が成長し、聖剣を抜く姿を昔視た。それに未来なら、ミューズの子もまた然り。だが、この子らの物語は果てしなく続くことだけは視える。」

 

先代導師の妹ミューズは俯いた後、顔を上げ、

 

「だからレイ様は……ゼンライ様に、その子たちを導師と陪神≪ばいしん≫となるよう育てろと言うことですか?」

「ああ。」

「そんな事が?」

 

先代導師の妹ミューズは老人天族ゼンライを見る。

 

「……人と天族の赤子が共に成長すれば……あるいはの。全てはこの子ら次第の事。」

 

そう言って老人天族ゼンライは赤子を見る。

その姿をスレイとミクリオは瞳を揺らして見つめる。

そして老人天族ゼンライは先代導師の妹ミューズを見て、

 

「希望……確かに預かった。」

「「ジイジ……」」

 

二人はジッと見つめ続ける。

先代導師の妹ミューズは赤子を見て、

 

「ありがとうございます。ゼンライ様!」

 

そして赤子を彼女の方に近付ける。

彼女は立ち上がり、泣きながら赤子の結界を抱きながら、

 

「さようなら、ミクリオ……私の坊や。」

 

裁判者はそれを見て、彼らに背を向ける。

 

「スレイ。」

「ん?」

 

老人天族ゼンライが裁判者を見つめる。

彼女は背を向けたまま、

 

「自らの命と引き換えに守り抜いて、その赤子を守った……その母親が、息絶えるその時に言った……その子の名だ。」

 

そう言って、彼女は消えた。

そして辺りは光に包まれ、スレイ達は元の石碑の前に意識が戻る。

そしてスレイは俯き、

 

「ジイジ……」

 

ロゼがスレイの横に来て、

 

「スレイはあの村の生き残りだったんだ。」

「んで、ミク坊は裁判者の力と奉じられて天族になったんだな。」

 

ザビーダは帽子を深くする。

ミクリオは肩を少し上げ、

 

「……生け贄だったわけだ。そして僕がどことなく先代導師の妹に想い入れがあったのは、裁判者の力で天族になったからだったワケだ。」

「泣いてもいいけど?」

 

エドナが彼の背に言う。

ミクリオはエドナに振り返り、

 

「泣くわけないだろう。驚いたけど悲しいわけじゃない。マオテラスの居所もわかった。そして幼い頃、裁判者が僕らを助けたわけも。あとはどんな答えを出すかだ。」

 

そしてスレイを見る。

他の者達もスレイを見る。

そしてスレイは頷き、

 

「ああ。」

「で、答えは出たわけ?」

 

ロゼがスレイを見つめる。

スレイは頷き、

 

「どうしたいかは決まった。それが答えって言えるかはわからないけど。」

「……では、メーヴィンさんとレイさんにも聞いていただきましょう。」

 

ライラがそう言った。

ロゼが辺りを見て、

 

「……見当たらないよ?」

「ついさっきまで石碑を発動させてたんだ。その辺にいるだろう。きっとレイも、そこにいるはずだ。」

「そうだな。探そう。」

 

ミクリオはスレイを見る。

スレイは頷く。

と、聞き覚えのある歌が流れて来た。

スレイ達はその歌声の元へ歩いて行く。

スレイは歩きながら、

 

「……悲しい事件だったな。ヘルダルフや導師ミケルだけじゃない、裁判者や審判者……色々なものが絡み合っててさ。」

「先代導師があんなことしちゃったの、あの村の惨状をみたらわかるっちゃわかるけど。……どん底まで絶望しちゃたからってだけじゃ、あの人の友達でもないと納得しないんじゃないかな。」

 

ロゼが腰に手を当てていう。

ミクリオも頷き、

 

「ああ。彼の行いが原因で多くの者たちの運命が定められてしまった。」

「そうね。彼がかけた永遠の孤独という呪いは、へげネコに災禍の顕主としての道を拓いてしまった。ひげネコは元々世を恨んでたり、憑魔≪ひょうま≫の世界にしようとしたわけじゃないのに。」

 

エドナは傘で顔を隠して言う。

ロゼは顎に手を当て、

 

「ハイランド、ローランス両方とも、あれを見る限り外道って見えちゃうけど……きっと根底にあるのは自国の安定なんだろうし。」

「先代導師がマオテラスを連れ去ったことを、秘密にしてたのも悪い結果に繋でいる。結果として何もしないヤツらに良いように暴れられて、マオテラスは憑魔≪ひょうま≫になっちまった。」

 

ザビーダは帽子を取り、クルクル回しながら言う。

スレイは俯き、

 

「そうだな。話してれば、もっと理解や協力を得られたかもしれない。」

「先代導師は自分の身内といえる者しか、信用してなかったともとれる。共になくとも先代導師を信じていた者にとって、これほど傷つく事もないだろう。」

 

ミクリオは呟く。

ライラは手を握り合わせ、

 

「……そうですわね。あのお方が純粋にみんなの幸せを願っていたとしても、伝わらなければ……」

「先代導師がどうであっても。ヘルダルフがひどい事をしたってのも変わんないよ。自分の野心のために他人を踏みつけるなんて。それと同じだけ、彼の願いを叶えた裁判者や審判者も許せない!」

 

ロゼが怒りだす。

そしてザビーダは帽子を被り、

 

「だが、新たな疑問は生まれた。」

「疑問?」

 

スレイが彼を見る。

彼はスレイを見て、

 

「ヘルダルフやマオテラスはわかった。じゃ、何故裁判者と審判者が対立を始めたか。そして……」

「どうして裁判者がおチビちゃんになったか、でしょ。いくら先代導師があの二人に言霊を言ったからって、多分ここまでには本来はならない。」

「ああ。」

 

エドナがザビーダを見上げる。

ザビーダはそれに頷く。

ミクリオが空を見上げ、

 

「まとまらないな……さすがに。」

「でも、メーヴィンはただ感じてこいって言ってた。感じた事をそのまま伝えるよ。」

 

スレイは力強い瞳で言った。

 

 

スレイ達よりも先に、意識を戻したレイは歩き出す。

すぐ傍の壊れかけた扉の部屋に入る。

そこには落ちた天井の崩れ落ちた石の所に座る探検家メーヴィンの姿。

レイは彼の近くの同じく天井から崩れ落ちた石の上に座る。

 

「……時期にお兄ちゃん達は目が覚めるよ。」

「そうか。」

 

そう言って、キセルを取り出し、吸い始める。

レイは空を見上げ、

 

「お兄ちゃんとミクリオは母親が想た通りに育ったと、私は思うよ。と、言っても私自身は親を持ったことも、子を持ったこともないから肯定は出来ないけど……」

 

そして探検家メーヴィンを見つめ、

 

「貴方の願い……もう一つの方を願えば……」

「おっと、そこまで。確かに俺は旅を続けたいし、あいつら紡ぎ出した未来も見たいさ。だがな、それを願えば……俺はきっと後悔して生きることになる。せっかく繋げた想いが無駄になっちまう。だから俺は、アイツらの為に、自分の為に時間をくれ。」

「……わかった。」

「それとな……」

「ん?」

「お前さんの歌が聞きたい。いつだっか、お前さんの……裁判者の歌を聞いた。ダメか?」

 

彼は笑いながら、そう言った。

レイは空を見上げ、

 

「今の私の歌でよければ、貴方の為に、貴方に贈ろう。刻遺の語り部……いや、メーヴィン。」

 

そして彼を見る。

彼はニッと、笑う。

レイは歌を歌い出す。

しばらくして、スレイ達が入って来た。

レイの歌は続く。

レイは彼らに視線を向けた後、探検家メーヴィンの方を見る。

そして、彼らも探検家メーヴィンに気付く。

探検家メーヴィンは立ち上がり、

 

「戻ったな。」

「なんでこんなとこに?」

 

ロゼが彼を見る。

彼は腰に右手を当てて、

 

「なに、石碑が傷付くのは避けたいんでな。どうだった?」

 

そう言って、スレイを見る。

スレイは彼を見つめ、

 

「……誰が悪いってくくれないけど、誰も正しくなかった、そう感じたよ。」

「そうか。それがわかりゃいい。あとは……答えだ。」

 

そう言って、探検家メーヴィンは腕を組む。

レイはスレイを見つめる。

その間も歌は続く。

そしてライラも、

 

「聞かせてください。スレイさんの答えを。」

 

スレイは少し間をあけ、

 

「……オレ、ヘルダルフを救いたい。オレが導師だから災禍の顕主を鎮めるんじゃなくて、先代の導師ミケルの後始末でもなくて。……やっぱさ、穢れて憑魔≪ひょうま≫になった天族は救うのに、穢れのせいで不幸になった人は自分の責任って放っとくの、なんか違うと思うんだ。」

 

それを聞いたレイは、スレイを見て嬉しそうに微笑む。

ライラは驚いたように、確認をするように、

 

「それが、スレイさんの……」

「答えになってるのかな。」

 

スレイはライラに振り返る。

ミクリオはスレイを見て、

 

「……ヘルダルフのような人間はいくらでもいる。あの事件では全て悪い方向に繋がっていっただけだ。」

「……ヘルダルフに同情すんなとまではいわないけどさ。平和な村をあんな事件に巻き込んどいて、何の報いも受けないなんて、そんなの絶対おかしいし。今、酷い事していいってワケないと思うけど?」

 

ロゼは怒りながら、腕を組む。

スレイは頷き、

 

「ああ。それは許せないよ、確かに。絶対止める。」

「そう上でヤツを救うってか。」

 

探検家メーヴィンがスレイに聞く。

スレイは振り返り、

 

「人と天族、両方とも幸せにするにはヘルダルフみたいに、憑魔≪ひょうま≫にされた人も救えないとな!」

 

探検家メーヴィンは彼をジッと見つめる。

レイは嬉しそうに、悲しそうに、空を見上げる。

ミクリオはスレイの背を見て、

 

「そうか……君は……」

「本当にバカね。」

 

エドナもスレイを見て言う。

ロゼは嬉しそうにスレイを見て、

 

「ん!そういえばスレイはこんなヤツだった!」

「……はい。スレイさんはこんな方です。」

 

ライラも手を合わせて言う。

ザビーダは帽子を上げ、

 

「そういうことらしいぜ?刻遺の?」

「あいつにとっての救い……そりゃ……孤独を終わらせる事だ。この意味がわかってるのか。」

 

探検家メーヴィンはスレイを見据える。

スレイは右手を握りしめる。

そしてその拳を見て、

 

「……命を絶つって事かもしれないな。」

「スレイ……」

 

ロゼがスレイを見つめる。

そしてライラも、

 

「……できますの?スレイさん。」

「だな……重要なのは答えよりも、むしろそっちだ。」

 

探検家メーヴィンもそれに同意する。

ライラは頷き、

 

「はい。重要なのはもう迷わないか……いえ、自分の答えを信じぬき、それに至れるかですわ。」

「そのために何が起きようとが、どんな事になろうとも、な。」

 

そう言って、探検家メーヴィンは戦闘態勢に入る。

スレイ達も、身構える。

ロゼが二本の短剣を握り、

 

「何?決意を戦いで証明して見せろってかんじ?」

「平たく言えばそんなところだ。刻≪とき≫にとり遺されたものを倒すには、力の繋がりを断つしかない。その方法を示してみろ。」

 

探検家メーヴィンは完全に戦闘態勢に入る。

スレイは眉を寄せ、

 

「刻≪とき≫にとり遺されたもの……。まさかメーヴィン……?」

「力の繋がりを断つ方法だって……?」

 

ミクリオは考え込む。

探検家メーヴィンは空を見上げ、

 

「『永遠の孤独は呪い』か……なるほどな。」

「おじさん……」

 

ロゼは彼を見つめる。

だが、すぐに殺気を出し、

 

「さぁ、見せてみろ!」

 

レイはそれを見つめる。

瞳を揺らし、彼らの出す答えを見る。

そして探検家メーヴィンの強い意志を感じ、自分は歌い続ける。

 

「手加減不要!これは遊びじゃないぞ!」

 

探検家メーヴィンが先攻をきった。

スレイは剣を抜き、

 

「!けど力の繋がりを断つ方法なんて……」

「それにその方法を使ったとして……」

 

ミクリオも杖を出す。

ロゼが探検家メーヴィンのキセルを短剣で防ぎ、

 

「おじさんはどうなっちゃうんだよ!」

「おまえらが迷う元、わかったな?ケリをつけろ!」

 

彼はロゼを蹴り飛ばす。

ライラがロゼを治療しながら、

 

「メーヴィンさんの想いを無駄にしないで!」

 

スレイは覚悟を決め、彼と対峙する。

と言うより、守りに入る。

彼は少し距離を置き、

 

「見たいのはそんな表面上の強さじゃないぞ。」

「本当に不死身なのか……彼らのように!」

 

ミクリオが眉を寄せて彼を見る。

彼は口の端を上げ、

 

「もうわかってるんだろう?俺を倒す方法を。」

 

探検家メーヴィンの強い意志のこもった瞳を見る。

彼を見つめ、

 

「ああ……仲間を意志ある攻撃にして撃ち込み、力の繋がりを撃ち抜けばいいんだろ。」

「……デゼルがやったっていう……」

 

ロゼが眉を寄せて、視線を落とす。

探検家メーヴィンはスレイを見つめ、

 

「……何故それをしない?俺は憑魔≪ひょうま≫じゃない。今の方法を使っても、仲間が穢れに飲まれる心配はない。」

 

スレイは眉を寄せて視線を落とす。

彼は続ける。

 

「認めたくないか。……俺にその方法を示すって事は、ヘルダルフもそれでしか討てないのを認めるという事だからな。」

「……なんか他の方法ってないの?おじさん!例えば、裁判者や審判者に頼るとか!」

 

ロゼは彼を眉を寄せて、すがるように言う。

探検家メーヴィンは腕を組み、

 

「ない。ライラの浄化の力といえど、ヘルダルフほどの穢れが祓えるのもか。そして審判者が、お前らに力を貸すことは絶対にないと言い切れる。無論、裁判者はあの性格上、手を出してくることもあるまい。願いなら別だが、お前らが裁判者を呼ぶだけの、叶えるだけの願いを紡ぎだせるとも限らない。経験したろう。」

「スレイ……ロゼ……」

 

ミクリオが二人を見る。

探検家メーヴィンはなおも伏せてる彼らに、

 

「お前らは命を秤に乗せられると、途端に揺らいでしまう。仲間の命ならなおさらな。だがそのせいで迷い、迷って出した答えで失敗したら、二度と立ち上がれないだろう。それじゃ美徳が悪徳に変わっちまう。」

 

それにはミクリオも俯く。

 

「ですが、信じた答えに殉じれば、もし失敗しても必ず再び立てます。恐れるべきは失敗ではありません。失敗を恐れ、答えを信じられない事ですわ。」

 

ライラは探検家メーヴィンを見た後、後半はスレイ達を見て言う。

スレイは横目で彼女を見る。

 

「ライラ……」

 

ライラはスレイの横に歩み寄ると、

 

「さあ、スレイさん!」

 

探検家メーヴィンの方を見て、構える。

スレイは拳を強く握りしめる。

探検家メーヴィンはレイを見る。

そしてレイは歌いながら、頷く。

探検家メーヴィンはスレイ達を見て、

 

「茶番にしたいのなら終わらせてやる!」

 

彼はキセルをスレイの方に飛ばす。

それは回転しながら向かっていく。

 

「示せ!言葉だけじゃないと!」

 

スレイは剣でそれを防ぐ。

そして跳ね返したキセルを探検家メーヴィンは再び握り、

 

「信じる心を!」

 

彼は懇親の一撃をスレイに与える。

そしてスレイを壁に叩き付けた。

その余波で、ロゼとミクリオ、ライラも吹き飛ばされる。

彼は背を向け、

 

「……ライラ。残念だったな。こいつらわかっちゃいないみたいだ。無駄だったな……全て……」

 

そして歩き出す。

その背に、

 

「いえ……もう少しですわ。時に自分の無力に怒りを覚えても、時に仲間を失って悲しんでも、道を惑わせようとする悪意に見≪まみ≫えても、ちゃんとスレイさん達は自分のままここまで来たのです。」

 

ライラが身を起こしながら言う。

そしてスレイ、ロゼ、ミクリオは少しずつ力を入れて、体を起こしていく。

ライラは彼らを見つめ、そして探検家メーヴィンを見る。

そして手を広げて、

 

「悩みながらも穢れることなく、みんなでここまで。」

 

探検家メーヴィンはそれを見て、

 

「たいした女だ。」

 

そして今まで見守っていたエドナは、

 

「言っとくわ。ワタシは後悔したくないし、させたくもない。」

「スレイ、ロゼちゃん。マヒしちゃったん?憑魔≪ひょうま≫とやりあってるかぎり基本、命がけだろ?今更じゃね?」

 

同じように、見守っていたザビーダが被っていた帽子を取り、クルクル回しながら言う。

ロゼは二人を見て、

 

「エドナ……ザビーダ……」

「ロゼ。二人の言うとおりだ。」

 

そのロゼの背に、ミクリオが言う。

そしてスレイを見て、

 

「スレイ、レディレイクで僕が言った事、覚えてるか?僕は足手まといになるためについてきたんじゃない。そう言ったよな。改めて言った方がいいかい?」

「……いいや。」

 

スレイは首を振る。

ライラが手を握り合わせ、スレイを見る。

 

「導師スレイが信じる答えは、きっと災厄の時代に終焉をもたらしますわ。」

「さぁ、僕たちにも見せてくれ。」

 

ミクリオが彼の背に叫ぶ。

そして天族組は彼の背に、叫ぶ。

 

「「「スレイ!」」」「スレイさん!」

「みんな……」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼはスレイを見て、とびっきりの笑顔で頷く。

それを見た探検家メーヴィンは、

 

「……いい仲間じゃないか。」

「ああ。」

 

そして立ち上がり、探検家メーヴィンを見つめる。

レイはその瞬間、瞳を大きく揺らす。

スレイ達の未来を見た。

彼らの想い願う未来を……一つの選択肢として。

レイは涙を流す。

そしてそこに災禍の顕主ヘルダルフのもう一つの選択肢も……

 

『……それは……誰もが願うもの。だけど手に入れられず、崩れ落ちる。でも、その願いならきっと……私≪裁判者≫ではなく、お兄ちゃん達自身で手に入れなければならない。それがお兄ちゃん達の後悔のない選択肢の一つ……なら、私自身の答えと願いは……」

 

スレイは銃≪ジークフリート≫を取り出し、

 

「いくぞ!」

「こい!」

 

彼は構える。

スレイはミクリオと神依≪カムイ≫をして、

 

「メーヴィン!これが!答えだ!」

 

そう言って、引鉄を引こうとした。

が、探検家メーヴィンは倒れ込む。

 

「おじさん⁈」

 

ロゼが彼に駆け寄る。

そしてスレイも、

 

「メーヴィン?」

 

神依≪カムイ≫を解いて、駆け寄った。

無論、他の者達も。

レイだけは未だ同じ場所で歌い続ける。

スレイが探検家メーヴィンの前で膝を着く。

彼は弱弱しい声で、

 

「……受け止めてやるまで持つと思ったんだが……なにせ、裁判者に願ったからな。」

「メーヴィン?」

 

ライラがスレイの反対側に座り、

 

「メーヴィンさん……ごめんなさい。」

 

そして頭を下げた。

エドナが彼を見て、

 

「あなたもバカね。」

「違いない……だが後悔はない。」

 

探検家メーヴィンは小さく笑う。

スレイは眉を寄せて、

 

「どうしたんだ!何を言ってるんだ!」

「おじさん!」

 

ロゼがライラの隣に手を着いて、彼の顔を見つめる。

すると彼は空を見上げ、

 

「禁忌を犯したからな……」

「誓約で得た特別な力はそれを破れば消え失せる……そういうこった。」

 

ザビーダが帽子を深くかぶり、真剣な表情で言う。

ミクリオは彼を見て、

 

「それじゃ最初から……」

「……ライラを責めるなよ。そして裁判者……いや、チビちゃんにもな。お前らのためにこれが正しいと信じたんだ……俺も自分で決めた……」

 

スレイは瞳を揺らしながら、だが力強い瞳で、

 

「オレも信じるよ。自分の答え……仲間を。そのためにやらなきゃいけない事を迷わない……後悔しないために!」

 

他の者達も頷く。

探検家メーヴィンはポケットから一つの石を取り出す。

それは光り輝く瞳石≪どうせき≫。

だが、いつものとは少し違た。

 

「まだ……あったのか?」

 

ミクリオが眉を寄せる。

探検家メーヴィンは首を振り、

 

「……これは大地の記憶じゃない。裁判者の想いに対する記憶だ。カムランの村の記憶を渡された時、一緒に渡された。」

 

スレイはそれを受け取る。

だが、何も起こらない。

探検家メーヴィンは小さく笑い、

 

「……反応しないと言うことは、まだチビちゃんが裁判者としての記憶を……本当の意味で、全て取り戻していない証拠だ。そしてチビちゃんが答えを出していない証拠でもある。」

「え?」

「……裁判者はこれを渡した時に言った。この瞳石≪どうせき≫は裁判者の力を持った『レイ』という器が導師の側に居たら、俺の意思で導師に渡せと。刻遺の語り部としてではなく、一人の導師の関係者として……。半信半疑だったが、本当に一緒に居たんだからビックリだった。それに背も縮んでたしな……」

 

探検家メーヴィンはスレイを見上げ、

 

「……スレイ、あの二人は長い時を生き続けた。それこそ、天族よりも……。二人はまだ本当の意味で子供なんだ……成長途中の、な……だから、あの二人を変えてやってくれ……先代導師ミケルのように……」

「それはメーヴィンが、この瞳石≪どうせき≫を見たから?」

「……ああ、半分だけだが……俺はそう思った。」

「半分だけ?」

「ああ……裁判者はすでに答えを決めてるって事だ。」

 

スレイは眉寄せて、困惑する。

そしてミクリオを見上げた。

 

「……たとえ何が起ころうと、レイは僕たちの妹だ、じゃないの?」

「……ああ!そうだよな!」

 

スレイは頷き、探検家メーヴィンを見た。

彼は嬉しそうに笑い、

 

「……そろそろお別れだ。スレイ、チビちゃんにお礼を言っといてくれ。歌、ありがとなって。」

「……ああ。……オレ、メーヴィンに教えて貰ったこと絶対忘れない。ずっと伝えていく!」

「スレイ、お前……」

 

探検家メーヴィンは弱弱しくなっていく。

その彼はスレイの言葉を聞き、眉を寄せた。

スレイは頷き、ロゼを見る。

ロゼもスレイを力強い瞳で見る。

探検家メーヴィンは笑う。

 

「……ふ。俺が看取られるなんて……考えたことも……なかった。だから……チビちゃんだけの歌でいいと思ったのにな……あり……が……」

 

最後スレイの方を見て、最後まで言えずに手が落ちる。

そして持っていたキセルが地面に転がる。

レイは瞳を揺らし、歌が止まる。

 

「……さよなら……メーヴィン……刻遺の語り部よ。」

 

そう言って、スレイ達の元へ歩いて行く。

スレイはとっさに瞳石≪どうせき≫をしまった。

レイはスレイを見て、

 

「……埋葬するの?」

「ああ。」

 

スレイは頷き、探検家メーヴィンを抱き上げる。

そして遺跡のすぐ傍に小さいが墓をつくる。

スレイはその墓に彼のキセルと花を置く。

レイは歌を歌い出した。

歌い終わり、

 

「これで本当のお別れ。」

「ああ。」

 

スレイは後ろに振り返り、

 

「行こう!」

「カムランだね。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

スレイは頷き、

 

「ああ。マオテラスはそこにまだ居るはずだ。」

「とにかく、まずはイズチへ。」

 

ミクリオが腕を組む。

スレイも腕を組み、

 

「カムランへ通じる道があるはずだ。村が崩壊した直後にジイジが駆けつけたし。」

 

それにロゼがポンと手を叩き、

 

「そっか。カムランってイズチの近くだったんだ。」

「おそらくね。それだとハイランドとローランス、北の大国にとって戦略的に重要という条件にも合う。」

 

ミクリオが地形を思い出すながら言う。

ザビーダが腕を組み、

 

「ま、そうだろうな。ただしカムランへの道は封じられているみてえだが。」

「……僕の母によってね。」

「泣いても――」

「泣かないって言ってるだろう!」

 

俯いたミクリオにエドナがいつものように言う。

ミクリオはすぐに顔を上げ、反論した。

ザビーダは肩を少し上げ、

 

「ま、それだけじゃないがな。カムランへの道はミク坊の母親。そしてその扉に近付くには裁判者の許可がいる。で、おそらくマオテラスが居ると思われる扉には裁判者だけでなく、審判者の許可も必要だろうな。」

「そうか……扉の守る番人とか言っていたな。 だが、審判者は協力することはないとメーヴィンが断言していた。だとすれば、どうやって行くかだが……」

 

そう言って、ミクリオはレイを見る。

そしてスレイもレイを見て、

 

「可能ならその辺教えてくれる、レイ?」

「……」

 

レイは無言だった。

スレイは頭を掻きながら、

 

「やっぱ、その辺は教えてくれないか……仕方ない、自分達で――」

「あ……ごめん。なに、お兄ちゃん?」

「へ?」

 

レイはスレイを見上げた。

スレイはレイを見て、

 

「え、あ、はい。えっと、カムランに行く扉とマオテラスがいるかもしれない扉についてなんだけど……」

「……」

 

レイはスレイを見上げて、黙り込んだ。

スレイは再び頭を掻きながら、

 

「やっぱりムリか……」

「……今回の大地の記憶で見て、お兄ちゃん達も知ったよね。カムランへの扉はミューズによって封じてある。そしてそれを裁判者が彼女との盟約で、巧妙に隠している。そしてその中に入るには、扉にはカギが必要。でも、多分……ヘルダルフはその扉にまだ気づいていないと思う。もし気付いていれば、彼はすぐにでも行くと思うから。でも仮にカムランに入るための扉を見つけた場合、審判者がそれを壊すだろうね。あの扉は本来の扉ではなく、カムランに入るための扉に過ぎないから。」

 

レイはスレイだけでなく、全員を見て言った。

そしてレイは続ける。

 

「そして憑魔≪ひょうま≫と化しているマオテラスがいるのは、大地の記憶で見たあの神殿の中の最奥の扉の中。でも、審判者はマオテラスのいる扉にヘルダルフを案内できても、カギは渡さないと思う。それは審判者として、そして導師ミケルを知る者として、そしてマオテラスとの盟約によって、それは絶対にしないと私は思う。」

「そう……つまり、その為にはカギが必須になるのね。カムランに入るにも、マオテラスの所に行くにも。で、そのカギはどうやったら手に入るかが問題ね。そうね、おチビちゃん。」

 

エドナがいつになく真剣に聞く。

レイは頷く。

 

「ん。でも、カギについては言えない。これはとても大切な事だから。」

「そう。なら、頑張りなさい、スレイ。」

「え⁉あ、うん!ガンバル‼」

 

スレイはは意外に素直なエドナに驚いた。

そして、一行はひとまずカムランに入るための扉とカギについて調べ始める事にする。

だが、その為にもその先に災禍の顕主ヘルダルフに会わなくてはならない。

 

「……いよいよ決戦ですわね。」

「終わらせましょ。」

「だな。」

 

ライラの言葉に、エドナ、ザビーダが続いた。

スレイは頷く。

ロゼが腰に手を当てて、

 

「でも、マオテラスとヘルダルフの繋がりが無くなったらもう何も心配しなくていいのかな。」

「どうだろう……。大地を器とするほどの存在だ。果たしてそれだけでいいか……」

 

ミクリオは腕を組む。

スレイも腕を組み、

 

「ああ。大地の穢れ全てを浄化しなきゃダメかもしれない。」

「どうなん?ライラ?」

 

ザビーダはライラを見た。

ライラは視線を外し、手を合わせて、

 

「たけやぶやけた!はい!」

「「たけやぶやけた!」」

 

ザビーダは大笑いしながら、ライラと共に言う。

ミクリオは呆れながら、

 

「絶対わざと振ってる……」

「本来、大地の穢れは裁判者と審判者だけでなく、あの坊やも浄化してた。そしてあの子の力は大地の営み、そのもの。」

 

エドナが説明した。

スレイが顎に手をやり、

 

「自浄作用みたいなもんか。」

「……今回はそれだけじゃ足りないかもねぇ。」

 

ザビーダは手を上げた。

ライラがスレイを見て、

 

「導師の活動は大地の自浄作用を、外から助けているといえます。」

「裁判者と審判者はともかく、マオテラスは限界があるからね。それを知り、共に浄化をしていた数多くいた導師達は……」

「今はスレイ一人、か。」

 

ライラの言葉に続いたレイの言葉に、ロゼは頭に手をやってため息をつく。

スレイはロゼを見て、

 

「ちゃんと考えないといけないな。けど、考え込んでもしょうがない。」

「だね。」

 

ロゼも頷く。

そしてスレイは皆を見て、

 

「よし、ヘルダルフを探そう!」

「きっと見つかるよ。あいつ、『頭隠して穢れ隠さず』だからね。」

 

彼らは歩き出した。



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toz 第三十五話 寄り道5

一行は野営をしていた。

ザビーダは火を調節しながら、

 

「なあ、ロゼ。メーヴィンとは古いつきあいだったんだよな。どんな出会いだったんだ?」

「あたしらが追われてた時に助けてくれたんだよ。事情も聞かずにアジトを紹介してくれて。」

 

ロゼは伸びをしながら言う。

スレイは思い出しながら、

 

「それがティンタジェル遺跡。」

「そう。奥がああなってるとは思わなかったけど。」

「ふうん。」

 

ザビーダは調節しながら、曖昧な返事だった。

そのザビーダにロゼが、

 

「なによ。言いたいとこあるならはっきり。」

「いや、あいつはロゼの霊応力を見抜いた上で、接触してきたのかもなって。つまり、語り部の情報収集目的で。それか、裁判者に言われたとか。」

「なあんだ。そんなこと。」

「そんなこと?」

「うん。どっちでもいいし。あたしたちは、おじさんと知り合えて助かったし楽しかった。それでいいよ。」

 

ロゼは笑顔でそう言った。

ザビーダは今度はスレイに、

 

「スレイもそう思うか?お前に接触したのも狙いがあったのかもよ。」

「う~ん。」

 

スレイは腕を組み、考え込む。

そして笑顔で、

 

「オレもどっちでもいいよ。オレに探検の心得を教えてくれた人。それがメーヴィンだ。」

「問題ある?」

 

ロゼが今度はザビーダに聞く。

ザビーダは笑いながら、

 

「ちょっとあるな。勘ぐった俺が悪者っぽくなっちまった。」

「気にしなくてもいいって。元々だから。」

「ひでえ!」

 

ロゼが笑いながら言った。

そして立ち上がり、

 

「さって、ライラ達の所に行ってくるわ。」

 

そう言って、歩いて行った。

その入れ違いに、ミクリオが歩いて来た。

スレイは銃≪ジークフリート≫を取り出し、

 

「そういえば、この道具は……災禍の顕主を討つためのものだったのか。」

「そのためつーか、マオ坊と結びついたヘルの野郎には効くかも……ってことだろうね。」

 

ザビーダは木に寄りかかり、空を見て言う。

ミクリオは座り、

 

「ザビーダはそうと知って、これをスレイに?」

「ばれちまったか……」

 

そう言って、深刻そうな表情になる。

が、すぐにいつも通り笑いながら、

 

「……なーんて、言えればカッコいいんだがな。言ったろ。なんとなくだって。さすがの俺様も、裁判者みてえに予知能力はねえし。」

「そもそも、これは何なんだ?ザビーダは、どうやって手に入れたんだ?」

 

スレイが銃≪ジークフリート≫を色々な角度で見ながら言う。

ザビーダは帽子を顔にかぶせ、

 

「前に裁判者が、俺様の願いを元に創ったと言ったろ。だが、それ自体を創り出したのは俺様じゃない。俺様は、元々あったその銃≪ジークフリード≫の弾丸を願った。ま、大方、そん時にここまで奴には視えてたのかもしれんな。俺様も案外、奴にいいように使われたのかもねぇ~。」

「……わかった。これ以上はきかない。」

 

スレイはザビーダを見て言う。

ザビーダは帽子を少し上げ、

 

「だが……意志が偶然を引き寄せることもある。それをこう呼ぶんだろうさ。『宿命』ってな。」

「宿命……か。」

 

スレイは呟いた。

ザビーダは帽子を下げ、

 

「なんにせよ、そいつはもうお前のもんだ。どう使おうかもお前次第。」

「引き金を引いた結果が偶然か宿命かも。」

 

ミクリオがそう言うと、スレイは銃≪ジークフリート≫を見つめ、

 

「オレ次第……か。」

「ああ。それにメーヴィンが最後に渡した裁判者の記憶。」

「それも気になるよな……でも、今何も起こらないなら仕方ないさ。」

「それはそうだが……」

 

明るく言うスレイに、ミクリオは複雑そうな顔をする。

それを見たスレイは、

 

「なんだよ、ミクリオ。」

「いや、別に。」

 

ミクリオはそっぽ向いた。

ザビーダは笑いながら、

 

「くは。スレイ、ミク坊は嬢ちゃんが居なくなるんじゃないかって不安なんだよ。」

「そうなのか!」

「違う!」

 

逆にスレイは納得した。

だが、ミクリオは否定する。

スレイはミクリオを見て、

 

「違うのか?オレはそうだけど。」

「……否定はしない。が、肯定もしないからな!」

「何でそんなにツンツンしてんだよ。」

 

スレイは腕を組んで悩む。

ザビーダはまたしても笑いながら、

 

「くはは!そりゃ、スレイばっかりに嬢ちゃんが入り浸りだからだろぉ~。」

「ち・が・う‼」

 

ミクリオはザビーダの言葉に眉を寄せて、大声で言った。

 

 

エドナは地面に傘を突きながら、

 

「まったく、アイツ!」

「エドナさん、どうしましたか?」

 

そこにライラが心配そうにやって来る。

エドナは傘を開き、

 

「別に。裁判者に怒ってただけよ。」

「……今回はどうしてですか?」

 

エドナはライラに背を向け、

 

「決まってるじゃない。カムランでのことよ。」

「それは……仕方ないと思います。」

「ええ。カムランの事件は、ね。」

「え?」

 

エドナはライラに振り返り、

 

「アイツ……いざとなれば導師の器は、別の器を無理やりにでも造り出す……そう言ったのよ。アイツは自分がなるとは言わなかった。全ての後始末を他人に放り投げて!」

「ええ……そうですわね。でも、あの方はミューズ様に自身がなるのではなく、導くと言うことで盟約を結んだ。あの方なりの私情だったのではないかと私は思うのです。」

「私情?」

「はい。あの方は昔、スレイさんが聖剣を抜くのを見ました。そしておそらく、この災厄をもたらすのがミケル様だと知っていました。知っていて、結局は止める事もできずに……その未来は起こってしまった。メーヴィンさんが、あの方たちは子供と言いましたわ。そして私も今ならそう思います。」

 

ライラは胸に手を当て、俯く。

そしてライラは顔を上げ、エドナを見ると、

 

「あの方達は私達と違い、創られた感情で今まで生きて来た。それこそ、天族よりも遥か長く。そんな彼らは生まれたばかりの赤子と同じ、そんな彼らを今のようにしたのはきっと……心ある私たちなのですわ。だからあの方たちは、最初から全てを諦め、関わりを断ってしまう。でも、今回ばかりは違った。導師ミケルと言う人間の心に、あの方たちは心を動かした。やっと成長の一歩を歩み出せたのですわ。だからあの方は、スレイさんに……いえ、スレイさんとミクリオさんに、賭けたのかもしれません。」

 

エドナはしばらく沈黙した後、

 

「成程ね。それでもやっぱり、私はあいつのこと嫌いだわ。全てを見透かしていて、何もしないアイツに。」

「エドナさん……」

 

ライラはエドナを見つめた。

そこにロゼが歩いて来た。

 

「どうしたん?そんな暗い顔して。」

「別に。」

 

エドナは傘を閉じる。

そしてロゼを見て、

 

「で、なに?」

「ん~、これと言って理由はないかな。」

「は?バカなの。バカなのね。」

 

エドナは呆れた。

ライラは苦笑して、

 

「エドナさん……」

「でも、今日は顔を上げた方がいいかもね。」

 

ロゼは腰に手を当てる。

エドナは一層呆れ、

 

「は?」

「だって、こんなにきれいな夜空なんだもん!」

 

そう言って、顔を上げた。

二人も顔を上げる。

 

「……気付きませんでしたわ。いつの間にか、こんなきれいな夜空になってたなんて……」

「ま、今日は色々気持ちの整理が必要だからね。」

 

そう言って、ロゼは空を見上げたまま、目線だけをエドナに向けた。

エドナは夜空を見上げたまま、

 

「……ま、そういう事にしといてあげるわ。」

 

三人はしばらく夜空を見上げていた。

 

 

夜になり、レイは月を見上げていた。

 

「……誰しも変わる……確かに貴方の言う通りだ、導師ミケル。裁判者も、審判者も、後から気付いた自分の気持ちに。それは扉を……禁忌の扉を使おうとしたくらい……でも、裁判者はそれをしなった。それはきっと……ロゼの言った通り、目を背けるのを止めたからだろうね。私もちゃんと向き合おう……自分に……それはきっと彼も同じ。そうでしょ、審判者……いいえ、ゼロ。」

 

そしてレイはスレイ達のいる場所に戻る。

 

 

スレイ達は災禍の顕主ヘルダルフの情報を得る為、各地を巡っていた。

と、レイが立ち止まる。

 

「レイ……?」

 

スレイがレイを見下ろした。

レイが見つめる先には教会があった。

スレイはレイを抱き上げ、

 

「行ってみるか?気になるんだろ?」

「…………」

 

レイは無言だった。

スレイはロゼを見た。

 

「別にいいんじゃない?行ってみて損はないと思う。勘だけど。」

「勘なんですか?」

「おう。」

 

ライラはロゼを見て聞いた。

スレイ達はその教会に向かって歩いて行った。

と、歩いていると子供達がやって来た。

 

「なんか変なヤツが来た!」

「ホントだ!」

「変なヤツー!」

 

と、スレイを指差して言った。

その子供達の頭をベシッと叩いた。

 

「「「痛ったぁーー‼」」」

 

子供達は頭を抑える。

そして、後ろを振り返り、

 

「何するんだよ、チグサくん!」

「暴力反対!」

「そうだ!そうだ!」

 

と、子供達はブーブーいいながら、文句を言う。

そこには杖を突いた一人の青年が居る。

その後ろにはもう一人、同じ年頃の青年がいた。

彼の方は物凄い目で子供達を睨んでいた。

子供達を叩いた方の青年は、もう一度子供達をベシッと叩いた。

 

「うるさい!そもそも、お前達が悪いだろ。」

 

そしてその者は、スレイ達を見て、

 

「うちのガキどもが悪かったな。何分、甘やかされて育ったもんだから。」

「い、いや……うん。大丈夫。」

 

スレイは目をパチクリした。

子供達は彼の足を蹴って、

 

「フンだ!チグサくんのバーカ!」

「「バーカバーカ‼」」

 

と、走って行った。

彼の側に居たもう一人の青年は、

 

「大丈夫か、チグサ。」

「ああ、大丈夫だ。リー君。」

「それはやめろと言ってる。それにしても、まったくあのガキどもと来たら!」

「いや、いいんだ。同世代の子供が少ないし、遊び場も少ない。遊び足りないんだろ。」

「そんな事だったら、お前だって。」

「俺はいいさ。お前らが居てくれたし。」

 

と、彼は青年と話していた。

そしてハッとしたように、

 

「えっと、悪いな。」

「それよりも、足は大丈夫?」

 

ロゼが彼の足を見て言う。

子供達が蹴っていったのは、彼が足を引きずる方の足だったのだ。

彼は笑いながら、

 

「はは、平気平気。慣れてるからな。」

「それは生まれつき?」

 

ロゼは腰に手を当てて言う。

彼が答える前に、もう一人の方の青年が、

 

「すまないが、長話になるようなら、こいつを座らせてやってくれ。」

「うん、ごめん。えっと何所で話せばいい?」

「あそこで。」

 

そう言って、指さす方には簡易的なベンチがある。

そこに移動する。

 

「それにしても、導師がまだ存在していたとはな。」

 

と、スレイを見て言う。

スレイは彼を見て、

 

「やっぱりあなたは天族の人?それに彼には霊応力があるのか?」

「ああ。」

「ここの加護天族の?」

 

ロゼも聞いた。

彼は首を振り、

 

「いや、俺はチグサの世話をしてるだけだ。その一環で、この地を少しだけ護ってるに過ぎん。」

「じゃあ、加護天族じゃん。」

「……俺はリリク。今はこの教会の加護をしている。で、こいつはチグサ。」

 

と、椅子に座った彼を指差す。

スレイが彼らを見て、

 

「俺はスレイ。で、こっちはロゼ。この子はレイ。で、ミクリオ、ライラ、エドナにザビーダ。」

 

スレイが説明する。

ザビーダが天族リリクを見て、

 

「聞くが、今はつー事は、最近か?」

「ああ。ここ十年くらいだ。」

「意外と長い気もするけど、天族としてみたら短いのか。」

 

スレイはライラを見る。

ライラは顎に指を当て、

 

「人によりますわね。」

「それで、アンタは何故ここにいるの?」

 

エドナが天族リリクを見る。

彼は青年チグサを見る。

青年チグサがスレイ達を見て、

 

「それは俺が。俺らはここから遠くの小さな村リクドっていう村に住んでたんだ。だけど、十数年くらい前に村全土が火事にあっちまって、生き残った村人で疎開したんだ。だけど、天族の祟りだとか、天族の罰だって事で、不吉な村の出身という事で受け入れてもらえなくてな。この廃墟と化した教会に、隠れ住んでんだ。」

「と言うことは、災厄の時代が始まった頃辺りか……。」

「なら、そう言われても仕方ないわね。」

 

ロゼとエドナが言う。

そこに、

 

「それでその時、その足になったの?」

 

ずっと黙り込んだままだったレイが、彼に聞いた。

彼は頷き、

 

「ああ。村から逃げるときにな。この足じゃなきゃ、村に戻って友達がどうなったか確かめに行きたいが……俺じゃ、何もできないからな。リリクに行って貰おうにも、あそこは穢れが強いからな。それに、ここの人たちを見捨てることもできんしな。」

 

スレイ達に?マークが浮かぶ。

彼は自分を指差し、

 

「俺、こう見えてもその小さな村の村長の孫だったんだ。でも、あとを継ぐはずだった父さんが死んだもんだから、俺が継がなきゃらん。友達とも約束したしな。」

「なるほどねぇ~。でも、穢れが強いとなると……」

「導師の役目、だな。」

 

ロゼとスレイは互いに見合う。

レイは小さく、

 

「……友……達……約……束……」

 

と、青年チグサはスレイの抱くレイを見て、

 

「ところでお前、姉とかいる?」

「なんで?」

 

レイは彼を見つめる。

彼は頭を掻きながら、

 

「いや、何でって……君に似た女性に会ったことあるからだよ。」

「もしかして、裁判者かな?」

 

スレイはライラを見た。

ライラは頷き、

 

「かもしれませんね。」

 

と、そこに子供達を連れた女性が来る。

 

「あ、いたいた。チグサ君、ちょっといいかしら?」

「え?あ、うん。ちょっとゴメン。」

 

彼は立ち上がる。

天族リリクが付いて行こうとすると、

 

「いいよ、俺だけで。導師様たちの相手をお願い。」

「……わかった。」

 

そして歩いて行った。

天族リリクはスレイを見て、

 

「導師、先の話だが……チグサが言った女性とは裁判者で間違いない。その時、俺たちも居た。」

「俺たち?」

 

スレイは首を傾げる。

天族リリクは頷き、

 

「ああ。チグサの言った村の加護をしていたのは俺の兄貴だ。チグサが生まれた時から、俺たちはあいつを見てきた。そしてアイツは俺らを見る事ができ、共に過ごした。当時、アイツと同い年の子供はいなかったし、相手をしてくれる近い者も、大人もいなかったからな。」

「でも、その村で何が起きたの?」

 

ロゼが腰に手を当てて聞く。

天族リリクは背を向け、

 

「憑魔≪ひょうま≫に襲われたんだ。穢れの炎に包まれた。兄貴は……村に居続けてると思う。チグサと約束しちまったからな……」

「約束……」

 

レイは空を見上げた。

スレイは天族リリクを見て、

 

「よし。今からその村に行ってみよう!」

「今から?」

「善は急げだろ。」

 

スレイは皆を見て笑う。

天族リリクはスレイ達の方を振り返り、

 

「すまない、導師。」

「じゃ、行ってくる。」

 

スレイ達は歩いて行った。

しばらくしてレイが、ライラを見る。

 

「ライラ。」

「なんですか?」

 

ライラはスレイの肩から顔を出すレイを見る。

レイはライラをじっと見て、

 

「……約束とは守るもの?」

「え?ええ、そうですわね。約束は繋がりでもありますから。」

「そう……だよね……」

 

レイはスレイの方に顔を埋めた。

それから数日、村を目指して歩いていたある日。

レイが立ち止まる。

そしてスレイを見上げ、首を傾げながら、

 

「……お兄ちゃん、人が倒れてる?」

「え⁉どこ?」

 

レイは歩き出す。

そこには怪我をした子供が居た。

ミクリオとライラが治癒術をかけ、スレイが声を掛ける。

 

「大丈夫、君?」

 

そして揺すると、

 

「……ん……?」

 

そして目を開け、スレイを見た。

彼は起き上がり、

 

「誰?」

「え?あ、ああ。オレはスレイ。」

「ふーん。ま、いいや。助けてくれてあんがと。」

「う、うん。」

 

スレイが頬を掻いていると、女性の声が聞こえてくる。

 

「イノー、どこにいるのー?イノー。」

「母さん、ここだよ。」

 

すると、茂みの中からお腹を支えながら出て来た。

女性がふら付く。

ロゼが女性を支え、

 

「ちょっと、お母さん。お腹に赤ちゃんいるんでしょ、無茶はダメだよ。」

「ご、ごめんなさい。でも大丈夫。」

 

そしてスレイ達を見て、

 

「どうやら息子がお世話になったみたいで……ありがとうございました。その、何もお礼ができませんがよければ家に……」

「スレイ、この人危なそうだし。」

「そうだな。」

 

ロゼが小声でスレイに言う。

そしてスレイも頷き、彼女を支えながら家に向かう。

家に向かう途中、村人にあったがスレイ達を睨んでいた。

ロゼはそれを横目で睨む。

 

スレイが、女性を椅子に座らせ、

 

「あまり無理はしないでくだいね。」

「ええ。本当にありがとうございました。」

「あ、そうそう!この辺にリクドって村知らない?火事にあったって言う。」

 

ロゼが女性に聞く。

女性はロゼを見上げ、

 

「リクド村……」

「それ、俺らの居た村だ。」

「え?」

 

女性は俯いてしまったが、代わりに子供の方が言った。

彼はスレイを見て、

 

「俺と母さんは村が火事になった時、森で倒れてたんだ。で、親父が助けてくれた。」

「……主人はこの村の村長の弟だったんです。だから不幸を呼んだ村の人間だと言われましたが、主人が庇ってくれて……この子もその主人の子なので……主人無き、この村に置いてもらっているのです。」

 

女性は俯きながらそう言った。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「成程ね。それであの態度か。」

「……それで村には何の用で……」

「ああ、えっと……仕事みたいなもの?」

 

スレイを見る。

ロゼはスレイを指さし、

 

「えっとね、この人こう見えても導師なんだ。」

「導師様……」

 

そしてスレイは頷き、

 

「うん。オレ、スレイって言います。ここから少し遠いけど、リクド村のみんなは教会の方にいるよ。」

「もし、ここが居ずらいならそっちの方に言った方がいいかもよ。」

 

ロゼも言うが、

 

「ありがとうございます。ですが、私は……」

「子供のことを想うのであれば、この村から早く出た方がいい。でないと、手遅れになる。」

 

レイは女性を見て言った。

女性はお腹を摩り、

 

「そうかもしれないわね……でも、今は無理よ。行けたとしてもこの子が生まれてから……いいえ、生まれても子供を連れて旅に出るのは難しい事だわ。」

 

スレイ達は無言になったが、

 

「そっか。そうだよね。」

 

ロゼが頭を掻く。

そしてスレイは、

 

「それじゃあ、オレらは行くよ。早くその村に行かなきゃいけないし。体に気をつけて。」

「君も、お母さんと生まれてくる子を守るんだよ。」

「ああ!」

 

ロゼが子供の頭を撫でて言う。

そして村を出て行く。

しばらく歩き、辺りが暗くなる。

ザビーダが辺りを見て、

 

「そろそろ野営の準備をした方がよさそうだな。」

 

と、レイは立ち止まり、村のある方を振り返る。

それを見たロゼが、

 

「……レイ。」

「なに?」

 

ロゼがレイと目線を合わせ、

 

「レイはどうしたい?」

「え?」

「前に言ったしょ。聞かせて、レイの気持ち。」

 

レイは俯き、顔を上げる。

 

「……ロゼ、あの親子を助けて。あの親子の運命は本来ああではなった。でも、お腹の子が居る時点で彼らの運命はそれに肯定された。だから裁判者は手が出せない。でも私は、彼らにこれから起こる事を……止めたい!」

「よし!スレイ!」

 

ロゼはスレイを見上がる。

スレイは頷き、

 

「ああ!オレたちがあの親子と一緒に教会に行けばいい。」

「その後、もう一回こっちに来ればいい。」

 

ロゼは立ち上がる。

だが、レイは瞳を揺らし、

 

「……!そんな⁉どうして……」

 

レイは村の方に走って行く。

スレイ達も慌てて走り出した。

 

村につくと、なんだか雰囲気が違った。

穢れがどこからか流れ込んでいた。

そして奥に行くと、

 

「母さん!母さん‼」

 

あの子供イノが母親を揺らしながら泣いていた。

女性の腕には生まれたばかりと思われる赤ん坊が抱かれていた。

二人は遠目でも分かるくらい傷つき、そして息をしていないと解る。

そこを村人達が囲っていた。

そして太った村長らしき男性が命令し、村人二人が子供の腕を掴み上げた。

母親は蹴り飛ばされ、囲いの外に転がった。

スレイとロゼが眉を寄せ、

 

「何をやってるんだ!」

「あいては子供だよ!」

 

だが、村人はスレイ達を見る。

そして女性を指差し、

 

「俺は聞いたぞ!お前達、リクド村を調べるって!」

「私も聞いたわ。この村に不幸を呼び起こしに来たのね!」

「大体、この女と子供が来てからこの村は呪われた!」

「そうよ、農作は育たない!疫病は流行る!」

「村長の弟さんが死んだのだって、こいつらが来たせいで病気にかかったんだ!」

 

村人達は次々と怒りを口にする。

スレイとロゼも怒る。

 

「それは彼らとは関係ない!」

「そうだよ!何でもかんでも、二人のせいにしたいだけでしょ!」

 

そこに奥に居た太った村長らしき男性が、

 

「いいや、こいつらのせいだ!だからこの村の加護がなくなったのだ!だから災厄の種を処刑し、加護を取り戻す!」

「バカな!そんな事に意味はない!」

 

ミクリオが眉を寄せ怒る。

スレイが村長を見て、

 

「そんなことしても、天族は喜ばない!それに、ここにはそもそも天族はいない!」

「うるさい!」

 

村長は怒り狂っていた。

レイは転がっていた女性の元に座り、赤子を抱き上げた。

母親は燃えだした。

そして赤子を抱きしめる。

ライラがスレイを見て、

 

「スレイさん。彼らは……」

「ああ、穢れに飲まれようとしてる!」

 

スレイは辺りを見る。

穢れはどんどんと濃くなっていく。

レイは赤子を抱き、ライラの服の裾を引っ張る。

そしてライラを見上げる。

 

「ライラ、この子が穢れないように護って。」

「え?でもその子はもう……」

「お願い。」

「……わかりましたわ。」

 

そう言って、ライラが赤子を受け取る。

すると、息をしていなかった赤子が再び息をし始めた。

ライラはレイを見た。

レイは今度は子供の方を見つめていた。

エドナが傘を肩でトントンしながら、

 

「仕方ないわね、手伝ってあげるわ。スレイ、どうするの?」

「何とかして、村人からあの子供を助けないと。」

 

ロゼがスレイを見る。

だが、ザビーダが何かに気付き、レイを見た。

そしてスレイを見て、

 

「早めに何とかしないとマズそうだぞ、スレイ。嬢ちゃんの様子がおかしい!」

 

そう言って、レイを見ると、

 

「ダメ……ダメ!」

 

そう呟きながら、耳元を抑えていた。

そして腕を掴まれていた子供が、

 

「……も……で……まえ……」

 

そしてレイは大声を上げた。

 

「ダメ!その願いを口にしないで!」

 

だが、子供は空を見上げ叫んだ。

 

「こんな村も、村人も、死んで消えちまえ‼」

 

その瞬間、レイが瞳を見開く。

瞳が赤く光り出し、風がレイを包む。

そして弾け飛ぶと、黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が現れる。

その瞳は赤く光っていた。

スレイ達が止めるまもなく、小さな少女は村人の輪の中に入って行く。

 

そして子供の方は、村長が彼を殴ろとしていた。

 

「このガキ!」

 

だが、子供の前に小さな少女が歩み出て来た。

その小さな少女は子供を見て、

 

「その願い、私が叶えてやろう。」

「え?」

 

子供が小さな少女を見た。

その瞬間、村人全員が影のような鋭い何かに串刺しにされた。

血しぶきが、小さな少女と少年にかかる。

子供は目を見開く。

自分の手にも顔にも血がついている。

そして子供は見た。

化け物のような影が、今度は膨れ上がり村全土を飲込んだ。

それが地面に消えると、そこには村も、人も居た形跡がない。

ただの更地となっていた。

小さな少女は地面に尻餅をついた子供を見て、

 

「お前の願いは叶えた。」

「……ちがう!俺は……俺は!」

 

子供は頭を抱える。

そこにスレイ達が来て、

 

「裁判者!なんでこんな事を!」

「私は願いを叶えたまでだ。」

 

スレイが拳を握りしめ、怒って言った。

それを小さな少女、いや、裁判者が平然と答えた。

スレイは眉を深く寄せ、

 

「だからって、ここまでする必要はなかった!」

「それがこの子供の願いだ。」

 

そう言って、スレイを見た。

小さな少女の顔にも、服にも血がついている。

と、子供は震えながら母親を見た。

だが、その母親は炎に包まれ、今にも跡形もなく燃え切りそうになっていた。

 

「母さん!」

 

そして母親は跡形もなく燃え切った。

スレイ達も始めてそれに気付き、

 

「アンタ!」

「あれも、あの人間の母親が望んだことだ。」

 

裁判者は腰に手を当てて言う。

そして子供を見た後、

 

「私の役目は終わった。」

 

そう言って、風が裁判者を包む。

そして弾け飛ぶと、白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が現れる。

レイは子供を見て、

 

「……ごめんなさい。」

「……ない……も……」

 

そして子供を穢れが包む。

子供は熊のような虎のような憑魔≪ひょうま≫と変わる。

そしてレイをその爪で投げ飛ばた。

 

「マズイ!ミクリオ!」

 

スレイがミクリオと神依≪カムイ≫をする。

そして矢を彼に向けるが、

 

「俺も……俺も……」

 

子供だった憑魔≪ひょうま≫はレイの上に被さり、涙を流した。

スレイが眉を寄せて、困惑した。

ロゼがそれに気付き、

 

「スレイ!」

「あ、ああ!」

 

スレイは再び狙いを定める。

と、子供だった憑魔≪ひょうま≫は大きな声で、

 

「許さない!許さない‼俺も同じように殺してくれ!」

 

レイは涙を流し、

 

「ごめんなさい……それはできない。それは貴女の母親の願いに反する……」

「頼む!俺も、俺も殺してくれ‼」

 

すると、レイに爪を振り上げる。

ロゼがスレイを見て、

 

「スレイ‼」

「くそっ!」

 

スレイが矢を離そうとした時、

 

「ぐっ!ぐはっ!」

 

子供だった憑魔≪ひょうま≫に槍が突き刺さり、雷が内部を走った。

レイに血しぶきがかかる。

今度はレイの方がそれを目の辺りにする。

そして、彼は影に、闇に飲まれていった。

レイは瞳を揺らす。

スレイは神依≪カムイ≫を解く。

そしてスレイ達も状況が飲めずに、困惑した。

レイが地面を握りしめ、

 

「……あの子の願いの方が強かったんだね……」

「そうだよ。」

 

そう言って、一人の少年が歩いて来た。

彼は長い紫の髪を下に束ねていて、黒いコートのような服を着ている。

 

「ゼ……ロ……」

 

スレイが彼を見て呟いた。

その少年、ゼロと言われた彼はスレイに振り返る。

 

「や、スレイ。君は怒っているかもしれないけど……君が殺らなかったから、俺がやった。」

「……ゼロ。君は……本当に、審判者なのか。」

 

スレイは拳を握りしめる。

少年ゼロはニット笑い出し、

 

「フフ、アハハ‼やっぱりそうか!メーヴィン……刻遺の語り部を探してたみたいだから、もしかしたらって思ったけど……石碑の力を使ったか。なら、カムランの真実も知ったんだろ?災禍の顕主ヘルダルフを恨んでる?それともこの災厄をもたらした先代導師ミケルを恨んでる?」

 

手を広げて、赤く光る瞳を笑顔で、スレイに向ける。

ミクリオは眉を寄せ、少年ゼロ、いや、審判者を見て、

 

「何で……何で、そんな風に笑っていられるんだ!楽しそうなんだ!君にとっても、先代導師ミケルは――」

「君たちの言うところの大切な存在……かい?かもしれないね。俺も、あの子も、ミケルやミューズ……そして君を大切に思っていたからね。ミクリオ。」

 

そう言って、ミクリオを見た。

目を細め、

 

「君はミューズに似てる。そしてミケルにも。君を見た時、もしかしたらって思ったさ。だけど……今はもう、君を見たらミケルを思い出して笑いが込み上がる!」

「な⁉」

 

ミクリオはさらに眉を寄せた。

彼は腕を広げ、

 

「だってそうだろ?俺らを変えたのは他でもない彼だ。俺は賛同した。だから彼がカムランで引き起こした事は否定できない。が、肯定もしない。俺をこうしたのは、他でもないアイツなんだ!」

 

そう言って、彼を風が包む。

そして弾け飛ぶと、黒と白コートのような服へと変わり、仮面を取り出して目元に着けた。

 

「私≪レイ≫も、貴方≪ゼロ≫も、先代導師ミケルによって作り出された……そしてそれを人として存在させたのも、先代導師ミケル……。だけど、私≪レイ≫も、ゼロも、他でもない裁判者と審判者が器として、人として存在を続けさせた。」

 

レイは立ち上がり、彼を見ながら言った。

その瞳は赤く光っている。

審判者はレイに近付きながら、

 

「そう……だね。俺も、ゼロという人間を演じるのは嫌いじゃない。でも、それでもやっぱりゼロは審判者に向かない。違うな、審判者として動きたくないんだよ。そうミケルによって思い知らされた。だから俺は苦しかった。辛かったさ。でも、これでやっと続きができる。」

 

そしてレイの前に立つと、影から剣を取り出し、

 

「やっと、君を殺せるよ……レイ!」

 

そして剣を振り下ろし、レイを斬り付けた。

スレイ達は息をのんだ。

レイは一歩下がり、

 

「……はぁ、はぁ……」

 

赤く光る瞳を彼に向ける。

が、その瞳を自分の後ろに向ける。

後ろは崖となっていた。

レイの足元には血が流れ出る。

その血が、崖の方に流れている。

 

『……さっきので地形が変化したんだ……あの下は確か……』

 

審判者は剣についた血を見て、

 

「痛い?苦しい?感情を知った君だ。そして『レイ』と言う器は出来ている……君を完全に消滅させ、裁判者を元に戻す。そして本来、来るべきはずだった歴史に戻す。そして始めからやり直せばいい……それでもダメなら、裁判者を完全に一度、消滅させればいい。」

「ゼロ……いいえ、審判者。貴方のその答えは間違ってる。」

「間違ってはないさ。むしろ、間違えているのは君。君のその願いは、裁判者として矛盾している。」

 

レイは首を振り、

 

「私はそうかもしれない。けど、なら貴方は……何故そんなに泣いているの?」

 

審判者は再び剣を振り上げる。

そこに、水の矢と風の刃が襲い掛かる。

審判者はそれを剣で薙ぎ払う。

審判者が横目で後ろを見た。

 

「ゼロ!いや、審判者!それ以上はさせない!」

「アンタが何を想うが、レイはあたしらの大切な仲間なんだよ!」

 

そこにはミクリオと神依≪カムイ≫をしたスレイと、ザビーダと神依≪カムイ≫をしたロゼが居た。

ロゼが再び審判者に攻撃を仕掛ける。

エドナも、詠唱が終わり、天響術を繰り出す。

ライラは赤子を抱き、天響術を繰り出す。

レイはスレイ達を見て、

 

「お兄ちゃん……ミク兄……みんな!」

 

レイは血の付いた手を彼らに伸ばす。

スレイが神依≪カムイ≫をしたまま、手を伸ばしながらこちらに走って来る。

レイの手を掴もうとした時、グサグサっとスレイの後ろから短剣が二本飛んできたナイフがレイに刺さる。

スレイが横を見ると、ロゼが木に叩き付けられていた。

そして、レイの前に来た審判者の剣が、再びレイを斬り上げた。

 

「ゴメン……お兄ちゃん……ミク兄……」

 

レイがそう呟くと、レイはスレイを着き飛ばす。

そして、レイと側に居た審判者の足元が影によって崩壊する。

そのまま二人は崖下に落ちていった。

スレイが下を見る。

その先に小さいが村らしき痕跡が見えた。

スレイは立ち上がり、

 

「行こう!」

 

ロゼも立ち上がり、頷いて迂回して下に行く。

走りながらエドナが、

 

「それより、ライラ。その赤ん坊はなに?」

「レイさんに託されました。」

 

ライラは赤子を大切そうに抱きながら走る。

ロゼが赤子を見て、

 

「もしかして、あの赤ん坊?生きてたの?」

「いいえ、死んでいましたわ。でも、息を吹き返しました。」

 

ライラが首を一度振ってから言う。

そして村らしき所に着くと、

 

「ここがもしかして……リクド村?」

「完全に廃村ね。」

 

ロゼとエドナが辺りを見て言う。

スレイが一歩村に入った瞬間、穢れの領域が広がった。

 

「な⁉」

「穢れ!」

 

ミクリオとスレイは空を見上げる。

ザビーダが前を見て、

 

「スレイ!こりゃあ、マズいぞ!」

 

その先には穢れに満ちたドラゴン≪憑魔≫が現れる。

スレイは武器を構え、

 

「くそぉ!ロゼ、ミクリオ!」

「わかってる!僕たちでレイを探してくる!」

「その間、耐えてよ!」

 

ミクリオとロゼは駆け出しながら言う。

スレイは頷き、

 

「ああ!頼んだぞ!」

 

スレイ達は戦闘を始めた。

 

 

レイは身を起こす。

空は穢れに満ちていた。

辺りを見て、

 

「……この村はやっぱり……約……束を……果たさなきゃ……」

 

レイはヨロヨロと歩き出す。

そのしばらく後、審判者も身を起こし、

 

「痛てて。容赦ないな。……あれ?この村は……そっかぁ。」

 

彼はニット笑い、歩き出す。

 

 

ロゼがミクリオと共に走っていると、鈴の音が聞こえた。

そこに行くと、レイが瓦礫をどかしていた。

 

「「レイ!」」

 

二人はレイの元に駆け出す。

レイは一心不乱に瓦礫をどかす。

そして瓦礫の隙間に手を伸ばし、

 

「……あともう少し……取れた……」

 

そして手にしたものを見る。

それは鈴のついたお守りだ。

それを胸に当て、

 

「後は……彼との約束を果たすだけ……」

 

レイは立ち上がる。

そこに審判者の剣が振り下ろされる。

だが、それは水の矢で弾かれた。

レイが前を見ると、ロゼがミクリオと神依≪カムイ≫をしていた。

後ろには審判者が再び剣を振り下ろす。

レイを風が包み、彼の剣は弾かれた。

 

「全く。世話のかかる。」

 

そこには黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女、裁判者が現れる。

そしてロゼ達の方に行くと、

 

「器がこれを見つけられた褒美だ。従士、私の手を握れ。」

「はぁ⁉」

 

ロゼは差し出された裁判者の手を見た。

彼女は早くしろと言う顔で、ロゼを睨む。

ロゼが手を握ると、影が自分達を飲込んだ。

 

ロゼがハッとすると、そこはスレイ達の前だった。

スレイ達も驚いたように急に現れたロゼ達を見た。

 

「スレイ⁉」「ロゼ⁉」

 

裁判者は憑魔≪ひょうま≫を見上げ、

 

「随分と穢れたな。お前にまだ意志はあるか?地の主よ。」

 

それを聞いたスレイが、

 

「地の主って……じゃあ、こいつはチグサ達が言っていた人⁉」

「想像はしてたけど、これほどまでになっていたなんてな。」

 

ザビーダも納得したように腕を組む。

裁判者は手に握っていたお守りを手の平に乗せたまま、持ち上げる。

 

「あの時の子供の願い……いや、約束か。かなり保留にしていたが果たした。さて、お前の願いを……約束を果たしに来たぞ、地の主。」

 

裁判者の手の平に乗ったお守りを見たドラゴン≪憑魔≫は動きを止め、涙を流す。

そしてお守りに手を伸ばしながら、

 

「あ……ああ……!チグサ……リリク……!最後にもう一度……彼らに会いたい……」

 

裁判者の影から弓が出てくる。

影がドラゴンを拘束し、裁判者は弓を構える。

そしてそれを構え、

 

「……ああ。その願い、私が叶えよう。」

 

雷を纏った無数の矢がドラゴンに振りかかる。

ドラゴンからは悲痛な悲鳴のような咆哮を上げる。

そして最後の強い力を纏った矢がドラゴンを貫いた。

黒い炎に包まれたドラゴンから光が現れ、それは彼女が持っていたお守りの中に入っていく。

そして彼女の影は飛んできた無数の短剣を弾き飛ばす。

その影は剣をや槍といった武器を手にしていた。

スレイ達がロゼの元に来て、その傍の裁判者を見る。

審判者が笑いながら、

 

「あは、あははは!どうして、神器を創りだし、扱っているにも関わらず……どうして君は元に戻らない!」

「まだ器の答えを聞いてないからな。」

 

裁判者は冷たい瞳で彼を見つめる。

彼は裁判者を見て、

 

「君らしくないな。君が答えを待つ?あは、何の冗談だい。大体、君だって気付いているはずだ!この狂い出した歯車はもう元には戻らない!」

「ああ。だろうな。」

「なら!」

 

審判者は裁判者を睨みつける。

だが、裁判者はそれを受け流し、

 

「だが、その狂い出した歯車を元に戻すのではなく、狂いを正す方法をこいつらは持っている。」

「それこそが、笑いだよ。彼らの想い、願うそれは闇に覆われてる!」

「お前の今の眼ならそうだろうな。彼らの中には二つの選択肢がある。それは他でもない、ミケルが生かし、ミューズが繋げた希望。それと共に、闇に負けず、強い意志を持った導師の器と仲間。だから彼らには選択肢が二つあるんだ。一つはお前の言うように闇に負けた選択肢。そしてもう一つはその闇の中に弱くも光り輝く一筋の希望。そしてこの器に答えを出させた未来だ。」

 

その裁判者の言葉に、彼は顔に片手を当て、

 

「……あはは!君がそんな賭けみたいな事をするなんてね!君もやっぱり狂ってる!」

「私達は願いを叶える。だが、その願いをどうするかは、願いを叶えた本人だ。だから後始末はしない。それは他でもない願いの代償を理解する為に。」

 

裁判者は矢を審判者に向け、

 

「それにお前は言ったろ。カムランの後始末は私だと。」

「だからこんなバカげた方法を取ったと?」

 

審判者は影から槍を取り出し、構える。

そして突っ込んでくる。

裁判者は矢を放ち、

 

「そうだ。だから審判者、お前も答えを見いだせ。」

 

槍で矢を払った審判者の地面から剣が突き出し、貫いた。

そして魔法陣が浮かび、

 

「裁判者たる我が名において、地よ。審判者をどこかに飛ばせ。」

 

そう言いうと、魔法陣の中に審判者は飲み込まれていった。

裁判者は歌を歌い出す。

風が辺りを包み、この地を浄化する。

そしてライラを見て、

 

「あまり近付くな、主神。近付けば、その赤子を殺させねばならん。」

「では、やはり……」

「……その赤子を生かしたのは私ではなく、器だ。」

 

そう言って、指をパチンと鳴らす。

一瞬だった。

自分達の居た場所が、教会の前になる。

そこに丁度、青年チグサと天族リリクが出て来た。

 

「導師スレイ?」

「え?え⁉チグサさん⁉リリクさん⁉」

 

スレイが辺りを見渡し、二人を見て驚く。

裁判者が青年チグサを見上げ、

 

「……あの時とは逆になったか。さて、これでお前との約束は果たしたぞ。」

 

そう言って、彼にお守りを見せる。

彼は驚き、それを手に取る。

 

「……これは!な、何でお前が⁉」

「言ったろ、その願いは私が叶えると。」

「……じゃあ、ホントにお前は……」

 

そう言って、お守りを見つめ涙を流す。

その涙がお守りにあたり、光り出した。

 

「チグサ……リリク……」

 

そしてその光が収まると、天族リリクそっくりの天族の男性が現れる。

青年チグサと天族リリクは彼を見て、

 

「クー君!」「兄貴!」

 

彼は苦笑いし、

 

「チグサ、約束守れなくてごめんな。俺はもう行かなきゃならん。お前が村に帰ってくるまで村は俺が守ると約束したのに、本当にごめんな。リリク、俺の代わりにチグサを頼むよ。いや、俺の分も、か。」

「くー君!」「兄貴……」

 

そして笑顔で青年チグサの頭に手を乗せ、天族リリクの肩に手を当て、

 

「俺は先に逝くが、お前達を見守ってる。俺の分まで、この世界を見てくれ。」

 

そう言って、光の粒子が出始め、体が薄くなっていく。

彼は泣きながら、

 

「お、俺、ちゃんとクー君との約束を果たすよ!俺、俺が皆を、村の皆を守るから!」

「兄貴、チグサの事は任せておいてくれ。約束だ。」

 

彼はそれを聞き、笑顔で消えた。

裁判者はライラの抱いていた赤子を影で掴む。

 

「あ!」

「安心しろ、主神。もう、殺すつもりはない。」

 

裁判者はそれを青年チグサの方に持っていく。

彼は赤子を抱き、

 

「その赤子をお前が育てろ。」

「はい?」

「その子はまだ、何色にも染まっていない。お前が本当に村に戻る気があるのであれば、お前がそこの村長となり、その子の親として育て、次に繋げろ。そしてその村の加護はお前がやれ。」

「裁判者、君は一体何を考えている。」

 

天族リリクは裁判者を睨む。

裁判者は背を向け、

 

「それが、私がお前達の村にできる手助けだと言ってるのだ。あの村はすでに浄化した。後はお前達次第と言う事だ。」

「ん?こいつ女の子なのか。」

 

青年チグサが赤子を見て言う。

そして裁判者を見て、

 

「この子の名は?」

「ない。つける前に母親が死に、兄も死んだからな。」

「そうか……。じゃあ、ミライだな。」

 

青年チグサが赤子をあやしながら言う。

スレイが青年チグサを見て、

 

「えっと、それは……」

「その子を育てる気はあるって事?」

 

ロゼが真剣な表情で言う。

青年チグサは頷き、

 

「ああ。理由はどうあれ、この子を育てる人は必要だ。旅をしてる導師殿一行には無理だろうし。だったら、これも何かの縁として、俺がこの子の親になるよ。この子には、これからの未来を見て欲しいからな。母親と兄貴の分まで……だからリリク、手伝ってくれ。」

「……仕方がないな。」

 

裁判者はそれを背で聞き、風が包む。

レイが風の中から出てきて、赤子と彼らを見る。

青年チグサが、レイを見て、

 

「抱いてみるか?」

「え?」

 

そう言って、足を引きずり近付いて来た。

そして天族リリクに支えられながら、レイに手渡した。

レイはその赤子を抱くと、赤子は笑い出した。

レイは瞳を揺らし、

 

「……とても脆くて、壊れやすい……でも、その命は母親が守ろうとしたもの……強く生きてね、ミライ。」

 

スレイ達は驚いた。

その時、裁判者の瞳石≪どうせき≫が少しだけ光った気がした。

そしてスレイを見て、

 

「で、お兄ちゃん……どうしたらいい……」

 

と、小刻みに震え出す。

スレイは慌てて赤子を抱く。

 

「可愛いな。」

 

スレイが赤子を見て言う。

他の者達も、赤子を見て微笑む。

ライラが微笑み、

 

「そうですわね。」

 

スレイは赤子を青年チグサに渡し、別れを告げて歩いて行った。

 

――そこは花畑。

そこに一人花畑で遊んでいた子供が居た。

その子供は嬉しそうに顔を上げ、

 

「あ、今日も来てくれたの?」

「ん。」

 

そう言って、子供を目線に合わせてその声の主は頭を撫でる。

その声の主は、

 

「私もお兄ちゃん達にこうして貰うのが好きだったんだ。貴女はパパは好き?」

「うん。二人とも大好き!」

「そ。なら、迎えに来たから帰らないと。」

 

そう指さす方向には、二人の男性が歩いてくる。

一人は杖を支えに、もう一人は相方を支えながら。

子供は立ち上がり、

 

「パパ―‼」

 

と、駆けだした。

そして二人の足にしがみ付き、

 

「チグサパパ、リリクパパ!」

「さ、帰ろ。ミライ。」

「うん。」

 

そう言って、歩いて行った。

声の主は微笑み、風と共に消えた。



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toz 第三十六話 アリーシャの別れ

スレイ達は情報を集めて、キャメロット大橋に来ていた。

すると、橋に居た商人達が大騒ぎしていた。

 

「おい、聞いたか!また戦争だってよ!」

「ああ。今度はローランスとハイランドも本気だ。すげえ衝突になるって話だ。」

「戦場はまたグレイブガント盆地あたりか」

「こうしちゃいられねぇ!」

「ああ!食料に武器!」

「薬に、棺桶!稼ぎ時だな!」

「「「がははは!」」」

 

商人達は笑う。

レイは辺りを見て、小さく呟く。

 

「……歴史が狂いに狂いまくってる……それに、人は……」

 

スレイは眉を寄せ、

 

「本気の戦争……⁉」

 

そしてロゼ達を見て、

 

「まずい!前以上に穢れが集まったら!」

「それこそが狙いなのでしょう。」

「ヘルダルフの……か。」

 

ライラが眉を寄せ、ザビーダが少し睨むように言う。

ロゼが腰に手を当てて、

 

「それか……人間か、審判者か。」

 

ミクリオがスレイを見て、

 

「とにかく行ってみよう。グレイブガント盆地あたりらしい。」

 

スレイ達は急いでグレイブガント盆地に向かう。

スレイ達がグレイブガント盆地に着くと、

 

「……これは……」

 

レイは駆け出した。

スレイはそれを追いながら、

 

「レイ⁉」

 

そしてレイは立ち止まった。

そこには一人の天族の女性が、地面に座り込んでいた。

スレイが膝を着き、

 

「どうしたんですか⁉」

 

女性は泣きながら、

 

「ああ……あの人が……さらわれてしまったの!獅子の顔をした憑魔≪ひょうま≫にっ!」

「ヘルダルフ!」

 

スレイは眉を寄せた。

レイは拳を握りしめる。

 

「審判者、何を考えている!それは……‼」

「レイ?」

 

ロゼは首を傾げて、レイを見た。

ライラが女性の前に膝を着き、

 

「お気持ちは察します。ですが、ここは危険です。どうか非難を。」

「でも、でも……!あの人が!」

「すぐにこの地から離れろとは言わない。ただ、この地は穢れに満ちる。いや、満ち過ぎている。このままでは……貴女も憑魔≪ひょうま≫と化してしまう。」

 

レイは女性を見る。

女性はさらに涙を流し、

 

「ああ!ああ‼あの人は……‼」

「……貴女が望むのであれば、私は叶えよう。でも、今はその時ではない。」

「……あなたは……」

 

そう言って、レイは駆け出した。

スレイは立ち上がり、

 

「とりあえず、安全な所に逃げて!」

 

そしてレイを追って駆けだした。

 

 

スレイはレイの駆け出した方へ行くと、そこはローランス軍の陣営地だった。

スレイとロゼは物陰に隠れる。

兵達が慌ただしく動いていた。

 

「青嵐騎士団の被害報告!負傷118!死亡30!」

「衛生兵!包帯が足らんぞ!」

「気をつけろ……化け物みたいな女騎士が……」

「伝令!敵部隊に負傷約50を与えり!」

 

スレイは息をのむ。

そしてロゼは鋭い目つきで戦況を把握する。

そしてミクリオが眉を寄せ、

 

「決着したのか?」

「冗談だろ。」

 

ザビーダが肩を少し上げる。

ライラが厳しい表情で、

 

「多分、先発部隊の小競り合いでしょう。」

「両国の本隊同士の衝突なら、この程度で済むはずがないもんね。」

 

ロゼが兵達の状況を整理し、ライラを見ながら言う。

スレイは眉を深くし、

 

「この程度って……」

「言葉通りだよ、お兄ちゃん。」

 

どこに居たのか、崖の上からレイが降りて来た。

その瞳は赤く光っている。

 

「いつの世も、本気の戦争とは命の取り合い。国の為、仲間の為、家族の為、自身の栄誉の為……人それぞれ想いは違えど、同じ意志の元にぶつかり合う。中にはこの戦争を楽しみ、殺すことを面白がってる者もいるけど、根本は変わらない。今はまだ、遊び程度。でなければ、この程度の負傷、死傷ではすまない。」

「レイ……」

 

スレイはレイを見た。

レイは慌ただしく動く兵達を見て、

 

「くだらない、愚かな人間……本当、いつの世も変わらないな。」

 

スレイが言葉をかけようとした時、

 

「白皇騎士団はまだか!」

「ラストンベルの避難誘導に、手まどっている模様です!」

「くっ!そんな場合かっ!」

 

ローランス軍兵の熱気はさらに荒々しくなる。

ライラはスレイを見て、

 

「スレイさん、このままここにいても。」

「白皇騎士団がラストンベルにいるって。」

「セルゲイに会ってみよう。」

 

ロゼとミクリオがスレイを見る。

スレイは立ち上がり、

 

「……そうだな。全面衝突だけは止めないと!」

「うん。いくとこまでいっちゃう気がする。今度こそ!それにさらわれた天族も気になるし!」

「ああ!」

 

スレイ達は走り出す。

レイは一度、兵達を見てからスレイ達を追う。

 

ヴァーグラン森林に入ると、レイはハッとしたように何かを察した。

辺りを見渡し、

 

「お兄ちゃん!ロゼ!」

 

走っていたスレイ達は止まり、振り返る。

レイが指さす方向には、怪我をしてヨロヨロしながら歩く少年。

そして膝を着いて、座り込む。

その少年はロゼを見て、

 

「と、頭領……」

「何があったの、トル?」

 

ロゼは眉を寄せて、彼の元に行く。

彼はロゼを見て、

 

「みんなが……ペンドラゴで捕まっちゃった。枢機卿の暗殺の容疑……僕たちがハイランドに頼まれてやったって。」

「なんで?あれはあたしが勝手に――」

「ルナールが帝国に持ちかけたんだ。そういうことにすればいいって。」

 

それを聞いたミクリオは腕を組み、

 

「なるほど。帝国は開戦の大義名分を探していただろうからね。」

「枢機卿の暗殺をハイランドが謀ったことにできれば。」

「十分すぎるな。」

 

ライラとザビーダが眉を寄せる。

スレイは腕を組み、考え込む。

ロゼの仲間トルは立ち上がり、

 

「ルナールに罠を張られて……エギーユが盾になって僕だけ……。ごめん……逃げるのが精一杯だった。」

 

そして彼は涙を流す。

ロゼは瞳を揺らし、

 

「覚悟はしてた……そういう仕事だから。けど……」

「行ってもいいよ、ロゼ。」

 

スレイが考えをまとめ、ロゼを見て言う。

ロゼは眉を寄せて、スレイを見る。

 

「止めないとヤバイじゃない、戦争。」

「けど、大義名分を得たらやることは決まってる。」

「証拠隠滅だわな。」

 

ミクリオとザビーダはロゼを見る。

エドナもロゼを見て、

 

「放ってけないんでしょ。どうせ。」

「家族は大切ですもの。」

 

ライラも頷く。

スレイはロゼを見つめ、

 

「自分で言ったじゃないか。ロゼとオレの仕事は違うって。」

「……ロゼ。今行かなきゃ、きっと後悔するよ。今のロゼの中にある選択肢は二つ。家族を救うか見捨てるか。貴方はどちらを取るの?」

 

レイはロゼを見つめる。

ロゼは瞳を揺らし、その瞳は力強い瞳に代わる。

そしてロゼは頷き、

 

「ありがと!行ってくる!」

 

そして駆けて行った。

ライラはスレイを見て、

 

「私たちはどうします?風の骨救出と戦争。」

「どっちもなんとかしなきゃだが、体はひとつ。」

 

ザビーダもスレイを見る。

ミクリオもスレイを見て、

 

「セルゲイはラストンベル。」

「ハイランド陣地にはアリーシャがいるかもね。」

 

エドナは傘をトントンして、彼に言う。

ザビーダは帽子を取り、クルクル回しながら、

 

「ここら辺、洞窟を通ってハイランドへ抜けられたよな、確か。」

「ラモラック洞穴ね。」

 

エドナが付け足す。

そして、一人残ったロゼの仲間トルは傷を抑え、

 

「情けないけど、今の僕じゃ足でまといになるだけだ。けど、君たちなら頭領を……。ごめん……頼れる義理じゃないのはわかってる。」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイは眉を寄せる。

レイはスレイを見上げ、

 

「私は、お兄ちゃんの選択に従うよ。でもお兄ちゃんなら、もう選択を選んでる。どれかを止めるか、それとも全てを止めるか。」

 

スレイは考え込み、

 

「俺は――まず、アリーシャの方に行く。優勢なハイランド軍なら、アリーシャの言葉を聞くと思うし。そしてセルゲイの所に行って、両国の衝突を少しでも遅らせて貰う。その隙に、ロゼの援護に向かう。」

「……なるほどね。それで行こう。」

 

ミクリオが頷く。

スレイはレイを見て、

 

「レイも、それでいいか?」

「何で私に聞くの?私はお兄ちゃんの選択に従うと言った。」

 

レイは首を傾げる。

スレイは頭を掻きながら、

 

「いや、レイはレイとしての感情と裁判者としての感情があるかも、って思って……」

 

レイは瞳を揺らし、小さく笑って、

 

「私はこの世界で一番人間は信用できないと思ってる。でも、人間以上に儚く、脆く、感情に左右される生き物は少ない。それは天族もそうかもしれないけど、天族はその区切りがはっきりしてる。」

 

そして真剣な表情で、

 

「だから、私はお兄ちゃんが結んだ縁≪えにし≫を、絆を信じる。」

 

そして瞬きし、

 

「導師、見せてみろ。あの先代導師ミケルのように。そしてミケルとは違った選択の答えを。」

 

そう言って再び瞬きして、

 

「さ、行こう。お兄ちゃん。」

「ああ!」

 

そしてスレイ達は少女アリーシャに会いに、ハイランドへと向かう。

 

ハイランド側に向かい、ハイランド軍陣営地に来た。

辺りは穢れに満ちていた。

そして中に入り、少女アリーシャを探す。

そこに聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。

 

「総攻撃の準備急げ!勅命が下り次第、総力をもってローランス軍を殲滅する!」

 

そう兵に命令する青い騎士服を纏った女性。

兵は敬礼し、走って行く。

そしてその女性・騎士マルトランはこちらを見て、

 

「これは導師スレイ。ようこそ我が陣地へ。丁度いい。まもなく総攻撃を命ずる勅命が届く予定なのだ。君たちがよく知る人物を使者としてね。」

「まさか……!」

 

スレイは眉を寄せた。

ライラも眉を寄せ、口元を手で覆い、

 

「アリーシャさんにそんな役目を⁉」

 

騎士マルトランは腕を組み、

 

「ふふふ。バルトロの小細工だろうが面白い趣向だ。素直に届ければ大戦が始めり、拒否すれば反逆罪で処罰できる――アリーシャの困り顔が目に浮かぶよ。」

「あなたは……!」

 

スレイは拳を握りしめる。

レイは彼女をいつになく、険しく睨みつけていた。

彼女はスレイを見つめ、

 

「私を斬るか?いいだろう。お前をローランスの刺客だと叫べば、勅命がなくとも総攻撃の名分が立つ。」

「くっ!」

 

スレイは俯く。

ザビーダは騎士マルトランを睨みながら言う。

 

「こりゃあ分が悪いぜ。どうにも。」

「兵たちを抑えるにはアリーシャの力が必要だ。」

 

ミクリオが周りを見て言う。

騎士マルトランは目を細め、

 

「アリーシャ……か。」

 

そして力強い瞳で、スレイ達を見る。

 

「やってみるがいい。できるものならな。」

 

そう言って、背を向けて歩いて行った。

レイはその背を見つめた。

 

「……貴女の願いが叶うか、アリーシャの願いが叶うか……でも、貴女のその選択はきっと……」

 

そしてスレイ達はすでに歩き出していた。

レイもその後に付いて行く。

グレイブガント盆地から出て、

 

「陣地にアリーシャはいなっかった。レディレイクに行ってみよう。」

 

ミクリオがスレイを見る。

ライラが俯き、

 

「でも、アリーシャさんを頼ればマルトランさんが憑魔≪ひょうま≫だと教えることになりますが……」

「傷つくわね。あの子。」

 

エドナは傘をクルクル回していう。

スレイは拳を握りしめ、

 

「それでもアリーシャを頼るしか……」

 

そして一行は急いでレディレイクに向かう。

 

 

レディレイクに着き、アリーシャ邸に向かう。

家の前に着くと、

 

「戦いの邪魔ばかり、よくもぉっ!」

「ハイランドの面汚しが!」

 

兵達が数人、騎士アリーシャに武器を構えていた。

騎士アリーシャは身構え、

 

「急になにをっ⁉」

「アリーシャ!」

 

そこにスレイが駆け込む。

スレイが武器を手に、憑魔≪ひょうま≫兵を落ち着かせる。

騎士アリーシャは現れたスレイとレイを見て、

 

「スレイ⁉レイ⁉」

「話は後!……ライラ!」

「はい!」

 

ライラとレイが騎士アリーシャの元へ駆けて行く。

そしてレイが騎士アリーシャの服を引っ張り、

 

「アリーシャ、手を出して。お兄ちゃんと従士契約を復活させる。」

「だが、スレイに負担が……」

「大丈夫、今のお兄ちゃんなら。」

 

レイは騎士アリーシャを見つめる。

騎士アリーシャは頷き、手を出す。

その手をライラが握る。

そして契約が復活する。

ライラはスレイに叫ぶ。

 

「従士契約、復活させました!」

 

アリーシャは槍を構える。

憑魔≪ひょうま≫兵に突っ込んで行く。

ザビーダがアリーシャに当たりそうになる憑魔≪ひょうま≫兵の武器を弾き飛ばしながら、

 

「よ、お姫様、俺はザビーダ。よろしくな。」

「は、はあ。」

 

アリーシャは首を少し傾けた。

ザビーダは笑いながら、

 

「その顔、聞きたいことがあるって言ってるぜ?」

「いえ、今は戦いに集中します!」

 

アリーシャは再び敵に向かって突っ込んで行った。

レイがザビーダを見上げ、

 

「はい、ガンバ。」

「お、おう……」

 

ザビーダも敵を防ぎに行く。

そして戦いながら、説明をする。

そしてアリーシャと共に、敵を吹き飛ばし、

 

「と、まぁ、おおよそはそんな事情さ。」

「そうですか……」

 

アリーシャは武器をしまう。

ミクリオはザビーダを睨んで、

 

「ザビーダの話ばっかりだぞ。」

「あはは、まぁおいおいね。」

 

スレイは苦笑いする。

そこにザビーダが、

 

「だって、俺様……嬢ちゃんに背中押してもらったし♪」

「押してない。」

 

レイはそっぽ向く。

スレイは真剣な表情に戻り、

 

「でも何で、兵士がアリーシャを?」

「私がもたもたしているからだろう。攻撃を命ずる勅命を届けずにな。」

 

アリーシャは封筒を取り出して、それを見つめる。

ミクリオは腕を組み、

 

「そこまで憎悪と不満が……」

「見ての通りです。戦争は……とめられそうにありません。」

 

アリーシャは背を向ける。

レイは腕を組む。

エドナはアリーシャの背に、

 

「あきらめるの?」

「だって、どうしようもないではありませんか!ローランスを討てと王の命令――勅命は出されてしまったのです!」

 

アリーシャが珍しく怒鳴り声を出した。

ザビーダが帽子を上げ、

 

「そんなもの握りつぶしちまえば?都合が悪いなら。」

「ザビーダ様。握りつぶすとはどういう意味でしょう?」

 

アリーシャは振り返り、眉を寄せる。

ザビーダはニット笑い、

 

「そのままさ。命令書を隠しちまえってこと。」

「無茶な!」

 

アリーシャはさらに眉を寄せた。

ミクリオもザビーダを見上げ、

 

「そうだ。アリーシャにできるはずが――」

「別に強制はしないよ。悲しみにくれる憂い顔も嫌いじゃないしな。」

 

ザビーダは両手を肩まで上げて、首を少し振った。

アリーシャは黙り込む。

レイはアリーシャを見上げ、

 

「アリーシャ。私はライラ達に、自分の気持ちは言うべきだと教わった。だからアリーシャも自分の気持ちに素直になって。もちろん、ザビーダのいうように、強制はしない。お兄ちゃんに協力すると言うことは、国を敵に回す行為かもしれない。それに、アリーシャにとって大切なものを失う結果になるかもしれない。だから、アリーシャのしたいように、想うようにして。」

 

しばらくしてアリーシャは俯いた。

 

「スレイ、戦争をとめるには、ザビーダ様の言う通りにするしかないようだ。また力を貸してもらえないだろうか。」

 

そして、顔を上げた。

ライラが手を握り合わせ、俯く。

 

「レイさんがさっき言ったように、本当にいいのですか?国に反抗することになるますわよ?」

「承知の上です。」

 

アリーシャは強い眼差しで、頷く。

スレイは頷き、

 

「わかった。」

「アリーシャが覚悟を決めたのなら、嫌とは言えないね。」

 

ミクリオはスレイを見て言う。

アリーシャは奥のザビーダを見て、

 

「ザビーダ様も。頼りにしてよろしいか?」

「健気な姫のためとあらば。泣きそうな顔より、ずっと好みだしな。」

 

ザビーダは帽子を上げ、ニッと笑う。

アリーシャは照れながら、視線を外す。

レイはザビーダを見上げ、

 

「アリーシャを泣かしたら、ザビーダは岩の下敷き。アリーシャに手を出したら、火あぶりね。」

「ちょおおぉ!嬢ちゃん⁉」

 

ザビーダは目を見開いて、レイを見た。

エドナが意地悪顔になり、

 

「いいわね。いつでも、どこでも、やってやるわ。」

「そう……ですわね。私も、いつでも、どこでもやりますわ。」

 

ライラも手を合わせて、笑顔で言う。

ザビーダは一歩下がりながら、

 

「ちょっ⁉なんか三人とも目が本気なんですけど⁉」

「日頃の行いだね。」

「はは……」

 

ミクリオは半眼で、スレイは頬を掻きながら苦笑いする。

アリーシャも少し笑った後、真剣な表情に戻り、

 

「幸い、軍を指揮しているのはマルトラン師匠≪せんせい≫だ。きっと師匠≪せんせい≫も協力してくれる。」

 

スレイ達はそれを聞き、各々反応する。

それに気付いたアリーシャは首を少し傾げ、

 

「……どうした?」

「それは無理よ。マルトランは憑魔≪ひょうま≫だもの。」

 

エドナがアリーシャを見て言った。

その表情は少しだけ暗い。

 

「え……⁉」

 

アリーシャの表情が変わる。

目を見開き、固まる。

レイは視線を外す。

 

「災禍の顕主の配下として戦争を煽った張本人なのよ。」

「エドナ!」

 

ミクリオが振り返って、眉を寄せた。

ライラもエドナに振り返った。

エドナは眉寄せて、

 

「教えておかないとマズいでしょ。」

「だな。後ろから刺されてからじゃ遅い。」

 

ザビーダも振り返った二人を見て言う。

アリーシャは眉を寄せ、胸に手を当て、

 

「うそだ!冗談でも言っていいことと悪いことが!」

「落ち着いて!アリーシャさん!」

 

ライラがアリーシャに歩み寄る。

アリーシャは泣きそうな顔で、

 

「そんな……マルトラン師匠≪せんせい≫は……ずっと私を励ましてくれて――」

 

スレイはアリーシャの視線を外した。

レイは俯いた後、顔を上げ、

 

「エドナの言う通りだよ。私は言った。『お兄ちゃんに協力すると言うことは、国を敵に回す行為かもしれない。それに、アリーシャにとって大切なものを失う結果になるかもしれない』っと。そしてアリーシャは選んだ。こっちの選択肢を。」

 

アリーシャは一度俯くと、顔を上げ、

 

「……取り乱してすまない。会えばわかることだ。マルトラン師匠≪せんせい≫に。」

 

そして一人先に歩き出す。

ザビーダは肩を少し上げ、

 

「また泣きそうな顔になっちまったか。」

 

スレイは俯き、顔を上げる。

そしてアリーシャの後を追う。

合流し、街の入り口まで来ると、アリーシャが立ち止まる。

 

「……スレイ。目は……大丈夫だろうか?」

 

スレイはアリーシャに振り返り、

 

「大丈夫。見えるよ。」

「お兄ちゃんも、あれから力をつけたからね。」

 

レイはスレイを見上げて言う。

アリーシャは少しほっとしたように、

 

「よかった。成長したのだな。」

「けど、少しかすんでる。」

 

アリーシャはスレイの言葉に目を見開き、

 

「少しって!戦いでは致命傷に――」

「だとしても、これはアリーシャが見届けるべきことだと思う。」

 

スレイはまっすぐ彼女を見て言う。

レイは少し笑って、アリーシャを見て頷く。

 

「スレイ……レイ……」

 

アリーシャは眉を寄せて、瞳を揺らす。

エドナが傘を肩でトントンさせ、

 

「今更よ。ウダウダ言わない。」

「どうせスレイにフォローがいる事は変わらないし。ね、レイ。」

 

ミクリオは腕を組んで、スレイを見た。

レイはミクリオを見て、

 

「ん。そうだね。」

 

スレイはアリーシャを見つめ、

 

「行こう、アリーシャ。」

「……ああ!」

 

アリーシャも力強く頷く。

外に出て、しばらくした後、今度はスレイが立ち止まる。

そしてアリーシャに思いっきり頭を下げた。

 

「アリーシャ!……あの、マルトランさんのこと黙っててごめん。」

「スレイ、顔を上げてくれ。私のことを、考えてくれたのだろう?謝るのは私の方だ。こんなに動揺してしまう自分が情けない……」

 

アリーシャは俯いた。

レイはアリーシャを見上げ、

 

「それはアリーシャが本当に、あの人を想っているから。大切だと。それが人にとって当たり前の事なんだよ。」

「ありがとう、レイ。」

 

アリーシャはレイを見て少し笑った。

スレイ達は戦場に急ぐ。

フォルクエン丘陵を進んでいると、レイが立ち止まった。

スレイもそれに気付き警戒する。

スレイ達の前からは青い騎士服を纏った女性が歩いてくる。

アリーシャがその女性を見て、

 

「師匠≪せんせい≫……!」

 

青い騎士服を纏った女性マルトランはスレイ達の前で止まり、しばしスレイ達と睨み合った。

その後アリーシャを見て、

 

「……やっと気付いたか。私の正体に。」

「なぜ……」

 

アリーシャは瞳を揺らして、騎士マルトランを見る。

彼女はアリーシャを見つめ、

 

「私の信じる理想のためだ。お前が使者だろう。総攻撃を命じる勅命を渡せ。」

 

そう言って、腰に手を当ててアリーシャを見据える。

アリーシャは歯を食いしばり、騎士マルトランを睨む。

騎士マルトランはアリーシャ達を見て、

 

「では、力ずくで奪うとしよう。……来い。ここでは人目につく。」

 

そう言って、歩いて行った。

スレイはアリーシャを見て、

 

「アリーシャ……」

「師匠≪せんせい≫は……ずっと私を……」

 

アリーシャは拳を握りしめる。

スレイ達は騎士マルトランを追って、ボールス遺跡に入った。

アリーシャは歩きながら、

 

「なぜ……なぜこんな……」

「アリーシャ……」

 

スレイは心配そうに彼女を見る。

ミクリオもアリーシャを見てから、ライラを見て、

 

「ライラ、マルトランはなんの憑魔≪ひょうま≫なんだ?」

「それが……正体が見えないのです。」

 

ライラは首を振りながら言う。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「わかるのは手強いってことだけか。」

「強い美人。相手にとって不足はないね。」

 

ザビーダはニット笑いながら言う。

と、そのとき地面が揺れる。

否、地面から岩が飛び出した。

そしてレイとアリーシャだけがスレイ達と別れ離れとなる。

スレイはエドナと神依≪カムイ≫をし、岩を叩くが何の変化も現れない。

レイは岩を触り、

 

「審判者の仕業か……お兄ちゃん!私とアリーシャは別方向から合流する!お兄ちゃん達はそのまま進んで。」

「スレイ。そうしてくれ。必ず追いつく!」

 

と、岩の向こう側からスレイの声が響く。

 

「わかった!気をつけて!」

「ああ!」

 

アリーシャが返事をし、レイを見る。

レイはすでに辺りを見渡し、

 

「アリーシャ、ここから行こう。」

 

レイは岩を登り始める。

その先は少し森がかったようになっていた。

レイに続き、アリーシャも岩を登る。

そして森の中を進んで行く。

レイは歩きながら、

 

「アリーシャ、もし憑魔≪ひょうま≫が現れたら――」

「レイ、憑魔≪ひょうま≫が現れたら私が守る。その時は私の後ろに隠れてくれ。」

 

アリーシャがその時の事を先に話した。

レイは自分の後ろに、と言おうとしたので少しビックリした。

なので、アリーシャを見上げ、

 

「……なら、私はアリーシャを守るよ。」

「え?」

「お互いに無茶はしない程度にね。」

「ああ!」

 

アリーシャは頷く。

さらに突き進み、レイがアリーシャを止める。

 

「待って、アリーシャ!」

 

レイとアリーシャの前には無数のゾンビのような兵が現れる。

赤く光る眼がゆらゆらと闇の中から出てくる。

アリーシャは恐怖にかられたが、すぐに槍を構えてレイの前に立つ。

レイは震えながらも、力強く立つアリーシャを見て、

 

「ありがとう、アリーシャ。でも、あれはただの憑魔≪ひょうま≫じゃない。」

 

そしてアリーシャの前に立つ。

アリーシャは眉を寄せて、

 

「レイ!」

「大丈夫。でも、私の前には出てはダメ。」

 

そう言うと、レイの足元の影が揺らめき出した。

レイの瞳も赤く光り出す。

 

「今からやる事を、お兄ちゃん達には内緒にしておいて。でないと、お兄ちゃん達の側に居られなくなる……」

 

レイは手を前に出す。

影がゾンビ兵達を襲う。

が、中には対抗する者もいる。

 

「抵抗するか……だが、お前達をあるべき所に返さねばならない。裁判者として!」

 

レイは前に出していた手を左右に広げる。

魔法陣が浮かび、結界を張る。

影から弓を取り出し、

 

「アリーシャ、恐かったら目を閉じていて……」

「わ、私は……」

 

アリーシャは構えていた槍を強く握りしめ、自分を保っていた。

レイは弦を引く。

そしてそれを放つと、雷がゾンビ兵達を襲う。

 

「あなたたちは帰らねばならない。喰らえ!」

 

レイの影は痺れて動かなくなった無数のゾンビ兵達を喰らい出す。

影がゾンビ兵達を喰らい尽くすと、影に戻る。

レイは弓も影に戻す。

 

「れ、レイ……」

「怖いのは当然。お兄ちゃん達も、前は恐がってたし。今も、かもだけど。」

「君は憑魔≪ひょうま≫なのか?」

 

レイは首を振り、アリーシャに振り返る。

そしてアリーシャを見上げ、

 

「私は憑魔≪ひょうま≫ではないよ。」

「では――」

「でも、人でも、導師でも、従士でもない。勿論、天族でも。」

 

アリーシャは眉寄せる。

レイは悲しそうに笑い、

 

「結構、ややこしいから詳しくは言えないんだけど……アリーシャにも、解りやすく言えば……人間、天族、憑魔≪ひょうま≫、ありとあらゆる世界の理や歴史を見届けるもの……って思ってくれればいいよ。」

「レイ……は……昔のことを思い出したのか?」

「ん~、まぁ……そんな感じ。」

 

レイはアリーシャに手を差し出し、

 

「さ、行こう。お兄ちゃん達が待ってる。そしてアリーシャはアリーシャの出した選択を信じ、進んで。そして忘れないで、アリーシャは一人じゃない。今もこの先も。それは前にも言ったけど、友が貴方を支え、そしてその友を貴女が支える。ま、信じる信じないは、アリーシャ次第だけど。」

「……ああ。レイ、約束だ。今回の事はスレイには言わない。」

 

そしてレイの手を取る。

レイは微笑み、

 

「ん。ありがとう、アリーシャ。」

 

そして森を抜け、下に降りる。

と、走って来る足音があった。

 

「レイ!アリーシャ!」

「スレイ!」

 

スレイは二人を見て、

 

「良かった。無事みたいだ。」

「ああ。心配をかけた。」

「さぁ、行こう。」

 

スレイはアリーシャを力強く見た。

アリーシャは頷く。

そして騎士マルトランの元に着くと、彼女は自身の影から穢れに包まれた槍が出て来た。

 

「大仕事が控えている。手早く終わらせよう。」

「なぜです!師匠≪せんせい≫っ!」

「この期に及んで、まだ問いを吐くかっ!」

「……っ!」

 

アリーシャは眉を寄せ、歯を食いしばる。

騎士マルトランは槍を構え、

 

「今見ているものが現実であり事実だ。そんな基本もわきまえぬ者が導こうなど、笑止極まる。」

「理解はしています。でも……」

「では、悟っただろう。お前の青臭い理想など、一片の意味も持たないという現実を。国にとっても。民にとっても。もちろん私にとってもだ。」

「だったら!どうして私を支えるフリをしたんですか⁉」

「ふたつだけ利用価値があったからだ。お前は、ハイランドとローランスを最大の力で衝突させるための道具だった。バルトロを反発させ暴走させる役には立った。」

 

アリーシャは俯き、黙り込む。

スレイは眉を寄せ、

 

「アリーシャの理想には、意味も価値もあるよ。」

「ああ。少なくともスレイは信じてる。」

「スレイさんだけではありませんわ。」

 

スレイの言葉に、ミクリオ、ライラが続いた。

騎士マルトランはスレイ達を見て、

 

「愛弟子への最期の授業だ。邪魔しないでもらいたいな。」

「邪魔が入るのが現実ってもんさ。」

「そっちもよくしゃべるのね。この期に及んで。」

 

ザビーダとエドナが騎士マルトランを見て言う。

騎士マルトランは少し間を置いた後、

 

「確かに。最早かわすのは刃だけで十分だ。もうひとつの価値のためにもな。」

 

最後の方は小さく呟いた。

そしてレイが騎士マルトランの前に歩み出る。

そして赤く光る瞳で、騎士マルトランを見る。

騎士マルトランは槍をレイに向け、

 

「貴様でも邪魔はさせんぞ、裁判者!」

 

そして槍を突き出す。

影が槍の先を掴み、

 

「別に手を出す気はない。私はお前達の選択の結果を見るだけだ。」

 

そして槍を押しやった。

赤く光る瞳で、レイでなく、裁判者として彼女に言った。

 

「お前の中にあるその想いが最終的にどういう結果になるか、のな。現に、私はお前の話が終わるまでは手を出さなかっただろ。」

 

レイ≪裁判者≫は岩の上に乗った。

そしてアリーシャを見た後、視線を全体に戻した。

騎士マルトランは槍を構えなおす。

 

「アリーシャは下がって。」

 

スレイ達が武器を構える。

だが、アリーシャは一度瞬きし、槍を構える。

スレイはそれを見て、

 

「わかった。」

 

そしてアリーシャは騎士マルトランに突っ込む。

 

「やってみせる!」

「ふん!隙だらけだぞ、アリーシャ!」

 

騎士マルトランはアリーシャの槍を簡単に弾く。

そして槍先でない方で、叩き飛ばす。

そこにザビーダの天響術を繰り出す。

 

「ライラ!こいつの弱点は?」

「わかりません……この方は!憑魔≪ひょうま≫なのに正体を抑え込んでいる!」

 

ザビーダの天響術を避けた騎士マルトランは槍をザビーダに突き出してくる。

ザビーダもそれを避けながら、ライラの説明を聞いた。

彼女から距離を取り、

 

「へぇ~、それはすげえ!」

 

そして天響術を再び繰り出した。

そこにエドナ、ミクリオ、ライラの天響術も繰り出した。

だが、それらすべてを騎士マルトランは切り裂いた。

 

アリーシャは立ち上がり、再び槍を構えて騎士マルトランに突っ込んで行く。

そこにスレイも加わるが、騎士マルトランは華麗な槍さばきで受け流す。

それでもアリーシャは何度も挑んで行く。

その姿を、瞳を騎士マルトランは見つめた。

そして騎士マルトランは槍に力を込めて、アリーシャを叩き飛ばす。

レイ≪裁判者≫はそれを見て、

 

「それが貴女の≪お前の≫選択か……」

 

そしてアリーシャは踏みとどまり、スレイを見て、

 

「スレイ!」

 

そこにタイミングを合わせたように、天族達の天響術を繰り出した。

そこにスレイが浄化の炎を纏った剣で、騎士マルトランを包み込む。

 

「う、うわぁ!」

 

騎士マルトランは膝を着く。

だが、浄化の炎は穢れの炎へと変わる。

そしてそれは消えた。

レイ≪裁判者≫はスレイ達も元に降りてきた。

ライラは騎士マルトランのそれを見て、

 

「この方も……!」

「ふふ、浄化などされてたまるか……真に浄化されるべきはっ!」

 

そして騎士マルトランは立ち上がる。

彼女はスレイ達を、裁判者≪レイ≫を睨み、

 

「この世界の方なのだから!」

「もうやめてください、師匠≪せんせい≫‼あなたは災禍の顕主に騙されてるんです‼」

 

アリーシャは泣きそうな顔、瞳で彼女を見る。

騎士マルトランはじっとそれを見た後、少し笑い、アリーシャの方に歩いてくる。

 

「……どこまでも優しいな。私は、そんなお前が――」

 

そしてアリーシャの方に手を伸ばし、彼女の槍を掴んで自身に刺した。

アリーシャは眉を寄せ、目を見開く。

騎士マルトランは顔を上げ、アリーシャを一度見た後、

 

「がはっ……‼」

 

そして俯いたまま、

 

「反吐が出るほど嫌いだったよ。」

「……っ‼」

 

そしてアリーシャの顔に手を伸ばし、その頬を触る。

アリーシャの表情は戸惑いと悲しみになっていた。

騎士マルトランはいつもの師としての顔で、

 

「これが現実だよ……アリーシャ。」

 

そう言って、後ろに倒れ込んだ。

アリーシャの槍には穢れに塗れた血がついていた。

アリーシャは瞳を揺らし、悲しみに震え出す。

そしてその場に座り込んだ。

騎士マルトランは空を見上げ、

 

「あの方の理想に身を捧げた証――後悔は……ない。」

 

そして騎士マルトランは穢れの中に飲み込まれた。

アリーシャはその場所に手を伸ばす。

だが、それはすでに消え、何も残っていない。

 

「あああ……!」

 

アリーシャは涙を目に溜め、俯いた。

スレイがその肩に手を伸ばした時、

 

「ううっ……‼」

「アリーシャ!」

 

アリーシャは走り出した。

スレイもそれをすぐに追いかける。

 

 

レイは消えた騎士マルトランの居た場所を見て、

 

「……お前の願いは叶えられない。だが、想いは繋げられる。」

 

そう言って、走って行ったスレイ達を追いかける。

 

 

アリーシャは立ち止まり、俯いていた。

その背に、スレイが声をかけた。

 

「アリーシャ……」

「もう嫌だ……」

 

そう言って、アリーシャは泣きながらスレイに振り返った。

そしてスレイの胸に抱き付き、

 

「嫌だ!嫌だ!家に帰りたい!知らないよ!戦争も国も民も!陰口を言われるのも、意地悪されるのも、もうたくさん!王女も騎士もやめる。バルトロでも誰でも勝手にすればいい!」

 

泣きながらそう叫ぶ。

スレイはアリーシャの肩に手を乗せる。

そこにレイ≪裁判者≫現れる。

 

「では、全てを捨て自分は逃げ出すと?今までやってきたこと全てを投げだし、民の期待や想いに背を向けて。」

「だって、みんなのためにって頑張っても……いいことなんかなかった……なにも……」

「本当に?あの騎士は、何も教えなかった?……アリーシャの繋げた縁≪えにし≫や想いは、なにも生まなかった?」

 

レイ≪裁判者≫はスレイに泣き縋っているアリーシャを見つめる。

その表情は裁判者というより、レイだった。

レイは優しく、それでいて厳しい瞳でアリーシャを見つめる。

アリーシャは首を振り、

 

「ああ……なのに……それなのに……」

「思っちゃうんだよな。戦争を止めたいって。」

 

スレイが優しく微笑みながら言う。

そしてアリーシャの見上げたスレイの顔は、ニッと笑う。

 

「なんかオレも同じカンジだから。」

「『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ』」

 

アリーシャは思い出すように、噛みしめるように呟く。

レイは嬉しそうに微笑んだ。

アリーシャは続ける。

 

「師匠≪せんせい≫の言葉が耳から離れないんだ。きっと私を騙すための言葉だったのに……」

「あの人が嘘を言ったとしても、アリーシャが受け止めた気持ちは本物だろ?」

 

そう言って、スレイはアリーシャの手を強く握りしめる。

そして力強い瞳で、

 

「それで今ここにいるアリーシャは、間違いなく現実だよ。オレが保証する。」

 

アリーシャは涙を拭い、スレイを見上がる。

そして笑顔に戻り、

 

「ふふ……みっともない現実を見せてしまった!ハイランド軍のことは任せてくれ。最後まで青臭くあがいてみせるよ。それが私だから!」

 

スレイは頷く。

そしてアリーシャも頷き、背を向ける。

そしてハイランド軍がある陣地のある方向に走って行く。

 

「若いねぇ~!素であんなセリフを。」

 

ザビーダがニット笑いながら言う。

ミクリオは視線を外し、

 

「すまない。」

 

そしてエドナが顔を覆って泣いているライラを見て、

 

「なに泣いているわけ?あなたまで。」

「だって感動して……」

「なんか言った?」

 

スレイはきょとんとして、後ろに振り返った。

ライラ以外の天族組は、

 

「「「別に。」」」

 

スレイは頭を掻いた。

が、手を上げて、

 

「次はセルゲイの所に行こう!」

「ああ。そうだな。」

 

そう言って歩き出す。

レイは胸を抑え、

 

「もう少し……もう少しだけ……」

 

そう言って、手をギュッと握りしめた後、スレイ達を追う。



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toz 第三十七話 騎士セルゲイの意志

騎士セルゲイが居るラストンベルに向かって歩いていたスレイ達。

スレイは俯き、黙り込んだまま歩いていた。

その背に、ミクリオが、

 

「スレイ、アリーシャのこと考えているのか?」

「ああ。大丈夫って信じてるけど、マルトランさんの最期の言葉が……」

「『反吐が出るほど嫌いだった』か。」

「うん。あれはきつかっただろうなって。」

「十年以上も信じてきた師匠の言葉だものな……」

 

ミクリオも、俯いて黙り込んだ。

そこに、二人の背を叩き、

 

「女の言葉をそのまま受け止めるなよ。青年たち。」

 

スレイは顔を上げ、

 

「別の意味があるっていうのか?」

「さあて。千年生きても女心は謎だ。けど、打算だけの関係を続けるには十年は長すぎる。」

「マルトランにはアリーシャへの愛情もあったと?」

 

ミクリオもザビーダに聞く。

ザビーダはニット笑い、

 

「憎しみも愛の形のひとつさ。本人がどう感じたかはわからないがな。」

「そうかもしれないが……」

「難しいんだな。」

 

ミクリオとスレイは遠い目をする。

ザビーダは再び二人の背を叩き、

 

「難しいってわかるのが第一歩だ。なんにせよ、心配しすぎなくていいと思うぜ。女は強い。男が思うよりずっとな。」

 

スレイは自分の頬をバシッと叩くと、

 

「よし!」

 

と、気合を入れて歩いて行った。

後ろを歩いていた天族組。

ミクリオは歩きながら、

 

「だが、マルトランは、アリーシャにふたつ利用価値があったって言ってたけど……あとひとつは何だったんだろ?」

 

そして腕を組んで悩み出す。

ライラが悲しそうに俯き、

 

「それは、おそらく……」

「災禍の顕主の目的から考えると――」

 

エドナが傘の柄を握りしめる。

ミクリオも察しがつき、

 

「スレイを穢れさせる道具にすること、か。」

「多分殺すことでね。避けられたけど。」

 

エドナはさらに傘の柄を強く握りしめる。

そしてミクリオも怒りながら、

 

「だとしたら、なんという……」

 

ライラは黙り込む。

そこにザビーダが明るい声で、

 

「案外、アリーシャに手取り足取り武術をしこむのが快感だった~とかじゃね?」

「最低だな、ザビーダ。」

 

ミクリオはザビーダにそっぽ向きながら言う。

エドナもザビーダを冷たい視線を送り、

 

「あなたが死ねばいいのに。」

「次の無言は、拒絶の無言ですわよ?」

 

ライラもザビーダを冷たい目で見た後、三人は歩いて行った。

ザビーダは驚き、

 

「ちょ⁉空気を和ませようとしただけなのに!」

「ふふ。でも、案外そうかもね。」

「へ?」

 

それを聞いていたレイはザビーダにそう言って、ミクリオの横に駆けて行った。

ザビーダを後ろに置いて行ったミクリオはスレイの横で、

 

「セルゲイはローランス軍をとめられるかな?」

「大丈夫さ。セルゲイなら石にかじりついてでも。」

 

スレイは自信満々に言う。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「……逆に不安なんだけど。ね、おチビちゃん。」

「え?あ……ん。そうだね。」

 

同じようにスレイの横に来たレイが、空を見上げて言う。

 

そしてスレイ達はラストンベルに入った。

セルゲイを探して歩いていると、教会の方で怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「信じられるかよ!勝手なことばかり言いやがって!」

「そうだ!戦ってハイランドを追い返せよ!」

「頼む!落ち着いて聞いてくれ!」

 

そこに聞き覚えのある声を聞き、スレイ達は教会に入った。

騎士セルゲイが街人に囲まれていた。

 

スレイは騎士セルゲイに近付いた。

彼はスレイを見て、

 

「すまない。開戦を止められなかった。」

「まだ最悪じゃないよ。」

「うむ。なんとか最小限の被害でとどめたい。そのために住民の避難を――」

 

そうスレイと話していると、

 

「なにが避難だよ!」

 

子供が騎士セルゲイを見上げて怒りだす。

スレイ達はその子供を見る。

 

「逃げる前に戦え!父ちゃんと兄ちゃんを殺したハイランドと!」

「あんたは和平派だったよな!避難とか言って、ハイランドに街を明け渡す気じゃねぇのか?」

「そんなの嫌だ!」

 

騎士セルゲイは首を振り、

 

「違う!本当に危険なのだ!ハイランドは全軍をあげて進攻してきている!」

「こっちも全軍で攻めればいい!」

「それでは果てしない殺し合いに――」

「敵を殺すのが騎士の仕事だろ!なあ、みんな!」

「そうだ!ハイランドなんかやっちまえよ!」

「冗談じゃないわよ!街も財産も明け渡すなんて!」

「勝手なことばかり言いやがって!」

「守れよ!俺たちを!」

 

最早、大人子供関係なしに不満と怒りが満ちている。

騎士セルゲイはスレイを横目で見て、

 

「……一度街を出よう。」

 

スレイも頷き、彼と共に歩いて行く。

レイは横目で街人を見て、

 

「本当、人間は醜い……だが、なるほどな……」

 

そう言って、スレイを追う。

街を出ると、他の騎士仲間も居た。

その騎士たちは、

 

「街の奴ら、団長の気持ちも知らず勝手なことを!」

「……彼らの気持ちもわかる。先のハイランドの戦いでは大勢死んだのだ。」

 

騎士セルゲイは視線を落として言う。

スレイは街の方を見て、

 

「それにしても……」

「住民の穢れが急に強まりました。」

「別の原因があるんじゃないか?」

 

ライラとミクリオがスレイを見て言う。

スレイは騎士セルゲイに振り返り、

 

「セルゲイ、オレたちも手伝うよ。まだ戦いを止める希望はあるさ。アリーシャもハイランド軍を抑えるために、頑張ってるはずだから。」

「アリーシャ姫の噂は聞いている。お会いしてみたいものだが――」

 

と言った時だった。

 

「うああっ!」

 

悲鳴が上がる。

レイは辺りを探った。

その先には子供の目の前に兵が囲う。

だが、スレイ達の眼には、

 

「憑魔≪ひょうま≫!」

 

騎士セルゲイは剣を抜き、駆け出す。

スレイがその背に、

 

「セルゲイ、こいつらは!」

 

憑魔≪ひょうま≫兵が剣を振り上げる。

 

「父ちゃんっ!」

 

そこに騎士セルゲイが弾き、

 

「……普通ではないな。だが――」

 

そこに他の騎士仲間もそろう。

 

「整列!三の陣!ローランスの民を傷付けるなら退くことはできない。逃げろ、少年!」

「うう……。」

 

子供は街に逃げ込む。

ミクリオがスレイを見て、

 

「スレイ、僕たちも!」

「わかってる!」

 

だが、その瞬間領域が展開される。

否、幻術のような結界に閉じ込められた。

 

「邪魔をしないでくれたまえ。」

 

そこには街で怒っていた街人の一人が立っていた。

それが光に包まれ、一人の少女に変わる。

それは紫の髪を左右に結い上げた天族の女性サイモン。

 

「せっかくのお膳立てしたんだ。」

「全部お前の仕業か!」

 

スレイは眉を寄せる。

そして天族サイモンは煽るように消えたり現れたりする。

スレイ達はそれを追う。

 

「くっ、見失ったか……?」

 

ミクリオが辺りを見渡す。

スレイも見渡し、

 

「いや……あっちになにかいる。」

 

そこに行くと、騎士セルゲイとその仲間たちだった。

ザビーダは彼に近付き、以外そうな顔で言う。

 

「はぁ?なんでこんなとこに?」

「なに、敵を片付けたからさ。」

 

そのザビーダの問いかけに、騎士セルゲイは応えた。

スレイは身構え、

 

「ザビーダ!」

 

そう言うと、騎士セルゲイがザビーダを斬り付けようとする。

 

「うおっと!」

 

ザビーダはそれをすんでで避ける。

そして騎士セルゲイはニット笑い、

 

「いかん、いかん。つい返事をしてしまった。」

 

そして騎士セルゲイは天族サイモンに変わる。

ザビーダは身構え、

 

「風まで騙すとは、すげぇ幻術だな。」

「術者はマヌケだけど。」

 

エドナも傘を構えながら言う。

レイは一歩下がって、行く末を見守る。

騎士だった者達も憑魔≪ひょうま≫に変わる。

 

「根が真面目なものでね。」

「セルゲイの姿で何をする気だ。」

 

スレイは天族サイモンを睨む。

彼女は笑いながら、

 

「使い道はいくらでもある。」

 

そして再び騎士セルゲイの姿になり、

 

「邪魔だった本人も、今頃憑魔≪ひょうま≫に殺されているだろうしな!」

 

そして斬りかかって来た。

 

「ははは!さあこい、導師よ!」

 

スレイは攻撃を交わしつつ、仕掛ける。

そしてミクリオも天響術を繰り出し、

 

「くっ!やりにくい!」

「それが狙いだ。情をかけるなよ!」

 

ザビーダが敵を薙ぎ払いながら言う。

スレイも技を繰り出し、

 

「わかってる!こいつはセルゲイじゃない!」

 

スレイは気持ちを切り替え、どんどん攻めていく。

しばらく戦うと、天族サイモンは姿を戻し笑う。

 

「まったく……容赦がないのだな。」

「……おまえはセルゲイじゃないからな。」

「なるほど。あの騎士と同じ思考だ。友だから助けるが、敵なら殺す。穢れてなければ守るが、憑魔≪ひょうま≫は消す。実に単純で素晴らしい世界だ。お前達にとっては。」

 

スレイは天族サイモンを睨んで黙り込む。

そして天族サイモンはレイを見て、

 

「主もだ、裁判者。審判者がゆっておったぞ。情が消せずに未だに元に戻らないとな。」

 

レイは天族サイモンを睨む。

ミクリオは天族サイモンを見て、

 

「なにがいいたい?」

 

天族サイモンは蔑みにも似た目になり、

 

「ただのエゴだと言ってるのだよ。穢れの源であるエゴだと。」

「そんなこと――」

 

ライラは眉を寄せる。

だが、天族サイモンはニット笑いながら、

 

「私が煽ったとはいえ、住民たちの怒りや憎しみはごく当然のものだ。だが、お前たちはそれを穢れと呼び、消そうとする。導師の使命だの騎士道だのの名目の元に。そして時に、裁判者や審判者が。さて、誰が保証するのだ?そんなお前たちが穢れていないと。」

「違います!スレイさんは穢れてなど!」

 

ライラは怒りながら言う。

天族サイモンは目を細め、

 

「違わないだろう。お前の知る先代導師も――」

 

ライラは目を見開く。

レイが天族サイモンを見て、

 

「穢れたな。導師であったのに。」

 

その瞳は怒りに燃えていた。

天族サイモンは目を細め、

 

「そんな風だから、審判者は主を殺したのではないか。何度も。」

「かもしれませんな。だが、今回の選択を出すのは我らではない。我らはあくまで、見届けるだけだ。」

 

そこにスレイが、

 

「使命でも、誰かのためだからでもない。自分が信じてることをやっているだけだ。オレも、セルゲイたちも。」

「今更、開き直るか。」

「今更じゃない。ずっとそうしてきた。」

「これからもね。」

 

スレイの言葉に、ミクリオが続く。

天族サイモンはつまらなそうに、

 

「皆に支えられて、か。それが弛まぬ所以≪ゆえん≫か。」

 

そして消えた。

ライラはスレイを見て、

 

「スレイさん……」

「戻ろう。大丈夫さ、セルゲイも。」

 

ライラに振り返る。

そして騎士セルゲイ達の元に戻る。

 

「スレイ!あそこ!」

 

ミクリオが先を見つめて言う。

ザビーダは口の端をニッと上げ、

 

「……終わったようだな。戦いは。」

 

スレイは駆けて行く。

 

「セルゲイ!」

 

そこには怪我をした騎士セルゲイと仲間たち。

そして倒れ込んだ敵と、味方もちらほらいる。

騎士セルゲイは傷を抑え、

 

「自分は大丈夫……だ。だが……」

 

仲間が何人かやられ、損害も大きい。

レイが怪我をした人たちに治癒術をかける。

そこに、

 

「セルゲイ殿。」

 

振り返ると、街人たちが立っていた。

 

「……事情は聞いた。この子を助けてくれたそうだな。」

「俺……父ちゃんと兄ちゃんの仇を討つつもりで……」

「気持ちはわかる。だが、激情に駆られて飛びかかるだけでは、獣と同じになってしまう。」

「……それでもいいと思ってた。ハイランドの奴を一人でも殺せれば、死んでもいいって……」

 

子供のその言葉に、スレイが声を上げた。

 

「いいわけない!俺たちは人間だ!もっと別の道を見つけられるはずだろ!」

 

レイはその言葉を聞き、俯いた。

騎士セルゲイはスレイを見た後、

 

「ともに探してはくれまいか。皆が生きるための道を。」

「……わかった。話だけは聞こう。」

「かたじけない。」

 

街人達は街に入って行く。

騎士セルゲイはそれを見つめ、

 

「本当はな、スレイ。自分も獣のように戦いのだ。こんな嘘吐きの自分は、きっと穢れているのだろうな。」

「穢れてなんかないよ。」

 

スレイは笑顔で騎士セルゲイに言う。

そして騎士セルゲイはスレイを見た。

そして互いに笑った。

二人は街の中に入って行く。

しばらく二人で戦場についての話す。

 

「わかった。スレイ、なんとか全面衝突だけは防ごう。」

「ああ、頼む。セルゲイ。」

 

そう言って、騎士セルゲイと別れる。

スレイは帝都ペンドラゴに向かう。



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toz 第三十八話 ロゼの家族

スレイはペンドラゴに急ぎながら、

 

「ロゼはどうしてるかな?無茶してないといいけど……」

「無茶を期待しないのは無茶かもな……」

 

ミクリオがそう言うと、スレイは苦笑いし、

 

「い、急いで向かおう!」

 

 

帝都ペンドラゴに着くと、街の人達が集まっていた。

スレイ達はそこに近付く。

 

「また、やりやがったか。」

「これで五件目だな。」

 

スレイは近くに居た街人に聞く。

 

「なにがあったの?」

「知らないのか?ここんとこ毎晩、貴族の屋敷が襲われてるんだ。」

「それが妙な盗賊でな。襲う度にあんな張り紙を残していきやがる。」

 

そして街人が見つめる。

スレイもその見つめる先を見る。

そして目を見開き、

 

「『ルナールと再会が先か。貴族どもの財が尽きるのが先か。風の骨・頭領』。」

「一緒に、奪った金をばら撒いていくんだ。残念だったな。もうちょっと早くくれば拾えたんだが。」

「受けたくねぇよ。悪党の施しなんざ。」

 

街人は歩いて行った。

スレイもその場を離れ、腕を組んだ。

ミクリオが眉を寄せ、

 

「ロゼ、一人で無茶を……」

「今、気をもんでも、どうにもなりませんわ。」

「ロゼが動くとしたら夜だ。夜を待とう。」

 

スレイ達は宿屋に向かう。

レイは張り紙を見て、

 

「……信じるしかない……人の力を……」

 

そう言って、スレイ達を追う。

 

 

夜、スレイ達は宿屋を出る。

ライラがスレイを見て、

 

「貴族街を探ってみましょう。ロゼさんに会えるかもしれませんわ。」

 

スレイは頷き、貴族街に向かう。

そして歩いていると、レイが何かに反応する。

それに気付いたザビーダが、スレイの肩を掴む。

 

「待った。」

 

そしてザビーダが一軒の家に近付く。

スレイもそっと近付く。

そこから声が聞こえて来た。

 

「約束の金を払えないって、どういうことだい?」

 

聞き覚えのある声だった。

そして貴族だろう者の声も聞こえて来た。

 

「当然だ。どれだけの被害がでたと思っている。」

「警備30名が負傷。被害総額は2000万ガルド以上だぞ。」

「知らないね。警備がマヌケだからだろ。」

 

面白そうに聞き覚えのある声の主は言う。

貴族だろう者の声は、イラつきながら、

 

「賊は貴様が目的だと言ってるが?」

 

そう言うと、黙り込んだ。

そして他の貴族だろう者の声が、

 

「明朝、風の骨の処刑を執行する。そこでケリをつけろ。」

「報酬の件はそれからだ。」

「どうやって頭領を誘き出す?」

「それを考えるのが貴様の仕事だ。」

「元仲間だ。いくらでも連絡の方法はあるだろう?」

「……わかったよ。」

 

それを聞き、スレイ達はひとまず物陰に隠れる。

屋敷の中から聞き覚えのある声の主、ルナールが走って行く。

ザビーダとスレイがそれを追いかけようとするが、目の前に穢れに身を包んだ兵が現れる。

 

「憑魔≪ひょうま≫⁉」

 

スレイとザビーダは素早く兵を抑えにかかる。

だが、抑え終わった時にはもうすでに風の骨のルナールはいなかった。

ザビーダが舌打ちし、

 

「くそ!キツネ見失った。」

 

そこにライラ達が駆けて来る。

「捜そう。夜明け前に見つけないと!」

 

スレイがみんなを見る。

そして駆けて行く。

 

 

風の骨のルナールが出て言った後、貴族の家の窓が勢いよく開いた。

そこに黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が赤く光る瞳を向けていた。

そして小さな少女が呟いた。

 

「なるほど。審判者が願いを叶えたのはお前の声か。だが、その後はかなり不正に近いな……」

 

そして目を細める。

その足元の影が揺らめき出し、

 

「喰らいたい所ではあるが、願いならば仕方ない。だが、覚えておけ人間ども。次はない。」

 

そう言って、風が吹き荒れると、小さな少女は居なくなっていた。

貴族達は震え上り、その場に腰を抜かして倒れ込んだ。

 

 

レイはスレイ達の元に戻り、

 

「お兄ちゃん。明朝と言うことは、今夜のうちにロゼは仲間を救おうとすると思う。なら、それを利用してあのキツネが何か仕掛けてくると思わない?」

「なるほど。確かに一理ある。スレイ。」

 

ミクリオは腕を組んだ。

そしてスレイを見る。

 

「ああ。だけど、問題はそれがどこで行われるか……」

「……人が集まりやすく、かつ処刑できる所……そうか!」

「あそこか!」

 

スレイとミクリオは互いに見合い、駆け出す。

広場のような演技場のような場所に行く。

その舞台の上には吊るされた黒い服装をした元たちと、キツネ顔の憑魔≪ひょうま≫がいる。

そして同じく黒い服を着たロゼが短剣をその憑魔≪ひょうま≫に向けて睨んでいた。

スレイ達はその場に急いで行く。

 

ロゼは短剣を向け、

 

「やっと会えたね。ルナール。」

「ああ、あんたのお膳立ての通りにな。」

「助かったよ。さすがに牢の中じゃ手が出せなかったから。」

 

それを聞いた憑魔≪ひょうま≫ルナールは片手を顔に当て、震え出す。

そして笑い出した。

 

「かかかかっ!」

 

そして笑いを止め、

 

「めんどくさいと思ったが気が変わった。やっぱり――この手で殺してやるよぉっ!」

 

と、ロゼに突っ込んで行く。

その拳は炎に纏っている。

その拳でロゼを殴る。

ロゼは腕でそれを庇いながら、後ろに吹き飛ぶ。

 

「あうっ!」

 

だが、体制を整え、着地する。

縛られていた仲間が、

 

「頭領!」

「ダメだ!逃げろ!」

 

そこに憑魔≪ひょうま≫ルナールが嬉しそうに、楽しそうに襲い掛かる。

 

「どうしたぁ⁉ボロボロじゃねぇか!」

 

だが、ロゼに襲い掛かる前に憑魔≪ひょうま≫ルナールに、ペンデュラムが襲う。

 

「うおっ⁉」

 

それを瞬時に避ける。

その投げた方向を見ると、スレイ達がすでにロゼ達の前に居た。

ロゼは嬉しそうに皆を見た。

ペンデュラムを投げたザビーダは、帽子を触り、

 

「悪いな。この子が死ぬと悲しむ奴がいるんだ。」

「こいつは任せろ!」

「ロゼはみんなを!」

 

スレイとミクリオが武器を出しながら言う。

ロゼは二人を見て、

 

「ごめん!すぐ合流するから!」

 

仲間の元へ走って行く。

レイは少し考え、ロゼを追う。

憑魔≪ひょうま≫ルナールは一度ロゼを見てから、スレイを睨み、

 

「導師か……」

 

そして襲い掛かって来る。

スレイは剣を構えて応戦する。

 

「油断すんなよ!このキツネは!」

「はい!穢れが異常に強まりました!」

 

ライラがスレイを援護しながら言う。

一方、ロゼの方は仲間の元に着き、

 

「助けに来たよ、フィル!」

「ありがとう、頭領……」

「生きてるよね、エギーユ!」

「だ、大丈夫だ。」

 

ロゼが助けた仲間をレイが治癒術をかける。

レイはある程度治癒が終わり、スレイ達を見る。

 

ザビーダが憑魔≪ひょうま≫ルナールにペンデュラムを投げる。

それを交わしながら、憑魔≪ひょうま≫ルナールが近付いて行く。

そしてすぐ傍までくると、

 

「まずは一匹っ!」

「くっ!」

 

ザビーダは後ろに避けようとするが、間に合いそうにない。

そこに短剣が突き刺さる。

 

「うおっ⁉」

 

それはロゼの短剣だ。

ロゼが上から降りてきて、短剣を抜く。

ザビーダはロゼを見て、

 

「助かった。」

「さっきのお礼。」

 

ロゼはニッと笑う。

スレイも駆けつけ、

 

「いけるのか?」

「つけるよ。身内の不始末は。」

 

そして短剣を構える。

空はすでに火が出始めている。

憑魔≪ひょうま≫ルナールは大声で怒りに燃える。

 

「うるせえっ‼」

 

そして再び襲い掛かって来る。

ロゼが短剣を振るう。

それを避け、ロゼに襲い掛かろうとする炎をミクリオの天響術で防ぐ。

そうやって、敵の攻撃を仲間が防ぎつつ、攻める方法で戦っていく。

勢いのあった憑魔≪ひょうま≫ルナールだったが、だんだんと勢いが落ちていく。

憑魔≪ひょうま≫ルナールは助けたロゼの仲間に近付く。

 

「くくくっ!」

 

レイは彼らの前に立つ。

憑魔≪ひょうま≫ルナールは前に移動し、レイの首を締め上げる。

スレイは動きを止める。

 

「お、お兄ちゃん。大丈夫、私は……どうなっても死なないから……」

「それでも痛みや恐怖は感じるだろ!」

 

レイはスレイを見つめる。

だが、レイの首を絞める方の手が炎に包まれる。

 

「くくく、くはははぁ‼」

「ルナール‼」

 

ロゼが眉を寄せて睨みつかる。

と、レイがその腕を掴む。

 

「憐れだな、否定しているその気持ちは、お前が求めていたものであり、縋っていたものだというのに……」

「黙れ!」

「……だが、お前の歩んだ道がそれを肯定し、否定を続けている……か。」

「俺の炎で燃やし尽くしてやる!その目が、その目が気に入らん‼」

 

するとレイが掴んでいた憑魔≪ひょうま≫ルナールの腕に黒い炎が燃え上がる。

 

「ぐあぁ⁉」

 

憑魔≪ひょうま≫ルナールはレイを離す。

レイは赤く光る瞳で彼を見つめ、

 

「だが、それとこれとは話が別だ。人間無勢がいきがるな!」

 

と、黒い炎をぶつけた。

憑魔≪ひょうま≫ルナールはスレイ達の方に吹き飛ばされた。

レイはその場に膝を着く。

そしてスレイがその隙を狙って、浄化の炎を叩き付ける。

だが、その炎の中で憑魔≪ひょうま≫ルナールは笑っていた。

 

「くくく……あれと違って、焼けないねぇ、導師ぃ……」

 

スレイは身構え、

 

「これは――」

「枢機卿と同じ。」

 

ロゼの仲間たちは困惑しながら、

 

「と……頭領。」

「一体なにが……」

 

ロゼが憑魔≪ひょうま≫ルナールに近付く。

スレイがロゼを見る。

 

「ロゼ。」

「あたしの仕事。」

 

そう言って、浄化の炎に包まれる憑魔≪ひょうま≫ルナールに突っ込んで行く。

そして彼を短剣で突き刺す。

 

「がっ……‼」

「『……眠りよ、康寧たれ』。」

「ざけん……じゃねえ……!安らぎもクソもあるか……。格好つけようが人殺しだ。ただの。」

「わかってる。」

「家族ゴッコの建前のクセに。」

「だったら?」

 

苦しみながら言う彼に、ロゼは静かに言う。

すると、彼の穢れが膨れ上がり、

 

「きめぇんだよぉ。」

「あっ⁉」

 

ロゼは吹き飛ばされた。

空中で回転し、着地して彼を見る。

 

「死ぬほどなあっ!」

 

そして穢れの炎に包まれ、彼は消えた。

そこに仲間のトルが駆け込んできた。

 

「頭領!」

 

ロゼは仲間に振り返り、そして憑魔≪ひょうま≫ルナールが居た場所を見つめた。

そこに仲間たちが集っている。

 

ザビーダは手を着いて座り込んでいるレイに近付いた。

レイは顔を上げ、

 

「ザビーダ……」

「大丈夫かい、嬢ちゃん。」

 

そう言ってしゃがむ。

 

「ちょうどよかった。抱っこしてくれない。」

「なになに、俺様の魅力に惹かれちゃった?」

「違う。……今、こうしてるのがやっとだから。」

 

そう言って、ザビーダは真剣な表情になり、レイを見た。

レイの手は自身を支えるのさえ、震えていた。

ザビーダは目を細める。

 

「嬢ちゃん。」

「ん。さすがに人間の体に近い今、あの力は負荷が大きい。ドラゴンをも焼き尽くし、喰らう黒い業火……ま、昔は他のもやっていたけど……。でもあれじゃないと影は、ロゼの大切な家族を喰べてしまいかねなかったから。でも、久しぶりに使ったな……」

 

そう言って、空を見上げた。

ザビーダはレイを抱えて立つ。

 

「こりゃあ、スレイとミク坊に嫉妬されちゃうな。」

「するの?」

「さてな。」

 

そう言って、スレイ達の方に歩いて行く。

 

 

ロゼ達の方は話し込んでいた。

ミクリオはその姿を見て、

 

「大丈夫かな、ロゼ……」

「エギーユ達が一緒だ。心配ないさ。」

 

スレイが仲間と共に居るロゼを見ながら言う。

ミクリオも頷き、

 

「そうだな。しかし残念だよ。ルナールにロゼたちの気持ちが伝わらなかったのは……」

「伝わっていたのかもしれませんわ。」

 

ライラも仲間と共に居るロゼを見ながら言った。

スレイはロゼを見て、

 

「どういうこと?」

「ルナールさんは、家族や仲間を否定したかったのだと思います。裁判者も、そのような事を言ってましたわ。だからこそロゼさんたちにこだわった。」

 

ライラはスレイを見る。

エドナもスレイを見上げ、

 

「多分、認めたら否定されると思ったのね。独りで生きてきた自分が。こればっかりは裁判者に同意するわ。」

 

それを聞いたミクリオは眉を寄せ、

 

「バカな!苦しい時にこだわってなんの得が――」

「そう簡単には捨てられないのさ。重い過去であるほどな。」

 

そこにレイを連れて来たザビーダが言う。

ライラは黙り込む。

そしてスレイは俯き、

 

「風の骨は、過去をみんなで背負って生きてる。それが許せなかったのかもな……」

「だとしたら……悲しいヤツだね。」

 

ロゼの仲間達を帝都ペンドラゴから逃がす。

ロゼがその仲間の背を見つめる。

スレイはロゼの背に、

 

「ロゼ……」

「……あたしは大丈夫。」

 

ロゼは拳を握りしめる。

そしてレイはその背を見つめた後、ザビーダを見上げ、

 

「もういい。降ろして。」

「はいよ。」

 

そして降りると、壁を見上げ、

 

「いつまでそこで、見ているつもりだ。」

 

スレイ達も上を見る。

すると紫髪を左右に結い上げた少女が現れる。

そしてスレイ達の前に降り立つ。

 

「やはり主には見つかってしまったか……」

「サイモン!」

 

スレイは天族サイモンを睨む。

天族サイモンは笑いながら、

 

「導師、何やら策を投じていたようだがもう遅い。ハイランド軍とローランス軍は本隊同士で衝突を始めた。お主が託していたハイランドの姫も、ローランスの騎士も無駄だったのだ。」

「違う。二人が頑張ってくれたからロゼを助けに来れた。二人のおかげだ。」

「スレイ、戦場に急ご。これはあたしの意志。」

 

ロゼがスレイに振り返る。

スレイはロゼを見て頷く。

と、レイは天族サイモンを見て、

 

「……審判者に伝えろ。お前の答えに裁判者は同意した。だが、お前のやり方には同意しないと。」

「なぜ私が言わねばならない?」

「言わないのであれば、それはそれで構わん。だが、ここでお前が死ぬだけだ。」

 

そう言うと、影がヘビのようにニョッキと地面から出てくる。

天族サイモンは一歩後ろに下がって消えた。

スレイはレイを見下ろして、

 

「レイ?」

「さ、行こう。お兄ちゃん。手遅れになる前に。」

 

そう言って、レイは先に歩き出した。

スレイは戸惑いながらも、歩き出す。



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toz 第三十九話 戦争

一人の少年が岩に座り、戦場を眺めていた。

そこに紫色の髪を左右に結い上げた少女が現れる。

彼の背後に居る穢れを纏った男性に頭を下げる。

そしてその少女は、

 

「審判者。」

「なに?サイモンちゃん。」

 

少年は振り返る。

仮面をつけたにもかかわらず、瞳は赤く、笑顔が解る。

少女、天族サイモンは無表情で、

 

「裁判者がお前に伝えろと。『お前の答えに裁判者は同意した。だが、お前のやり方には同意しないと』とな。」

「へぇ~。でも多分、それは裁判者じゃなくて器≪レイ≫の方だね。俺の答えに否定してたわりには、肯定しちゃったんだ。ま、当然か。俺らと感情ある者とは、見ている世界が一緒になる事は絶対にないもんね。」

 

少年、審判者は笑い出す。

そして立ち上がり、

 

「君の願いを叶えてあげようか?ヘルダルフが君を穢れの渦に落とす前に。」

 

だが、審判者の影に捕らえられた天族の男性は恐怖に駆られしゃべる事もできない。

審判者は残念そうに、

 

「しゃべる事もできない、か……。さてさて、導師は間に合うかな。ね、スレイ。」

 

戦場を見下ろして、彼はニッと笑う。

そして視線を戦場についた若き導師に向け、見つめていた。

審判者は影を消す。

そして穢れを纏った獅子の男が、天族の男性を戦場へと突き落とした。

 

 

スレイ達は戦場に戻って来た。

そして息をのむ。

 

ハイランドとローランスが全面衝突を行っている。

いつぞやの剣と剣がむつかり合い、所々に金属音が響く。

怒鳴り声、悲鳴が響き渡る。

次々と人が敵に、剣に斬られ、槍に刺され、地面に倒れて行く。

敵を討ち、仲間を助けに来た敵にまた斬られ、刺されてと連鎖が続いて行く。

そしてそれは憑魔≪ひょうま≫を生み、穢れと共に広がっていく。

それは次第に人の戦いではなく、憑魔≪ひょうま≫同士の戦いへと変わっていく。

 

それの穢れの中に落とされた天族の男性は身を起こし、それをまじかで見ていた。

彼は首を振り、頭を抱えて震え出す。

穢れが彼を中心に渦を巻き、柱のようになる。

彼はその中で、涙を流し苦痛と悲鳴と恐怖に叫ぶ。

そして中には雷鳴が轟き始め、光が闇へと変わり爆発する。

 

兵達は争いを止め、その中心を見た。

爆風が彼らを襲う。

彼らは腕を当てそれを収まるのを待つ。

そして収まってその先を見ると、強大な足が頭上から振って来た。

それを避け、逃げまどう。

彼らの前に現れたのは強大なドラゴン。

ドラゴンはシッポで地面ごと兵を薙ぎ払う。

さらに、ドラゴンが唸りを上げると雷が戦場を襲う。

そしてドラゴンが死体を貪り食う。

ドラゴンは顔を上げ、逃げまどう兵達を見て唸り出す。

そこにドラゴンが炎を吐く。

兵達は炎に包まれる。

辺りは火の戦場へと変わる。

 

スレイはローランス軍陣営地を走り抜けながら、

 

「ライラ、あれは――!」

「ああ……生まれてしまった……」

 

ライラは走りながら、俯く。

スレイは拳を握りしめる。

レイは眉を寄せ、歯を食いしばる。

 

「ドラゴン……!本当にいるなんてぇ……!」

「あんな化物……!どうにかできるか……!」

「ははは!終わりだ!世界はもう!」

 

通り過ぎて行く兵達は心身ともに抜け殻のようになっていた。

完全に諦め、虚ろとなっている。

 

ロゼは走りながら、兵達を横目で見る。

 

「……見えてるんだね。」

「ああ。完全に実体化してる。」

 

ミクリオがロゼを見て言う。

 

そしてスレイ達はハイランド軍陣営地へと足を踏み入れる。

 

「ドラゴンだぁ!ドラゴンが出たぁっ!」

「ああ……助けて……母さん……」

「痛え……痛えよぉ……」

「アリーシャ様の言う通りにしていれば、こんなことには……」

 

ドラゴンの方に近付くにつれてけが人が増えていく。

怪我を負いながら必死に逃げる者、岩にもたれて救いを求める者……

それを見ながら、そこを通り抜けていく。

エドナは走りながら、いつも以上の真剣な表情で、

 

「なんとかできるの?あれを。」

「できなきゃ救えねぇさ。誰もな。」

 

ザビーダがニッと口の端を上げる。

だが、その表情は真剣だ。

 

 

そしてスレイ達はドラゴンの前へときた。

ロゼが見上げ、

 

「やっぱでかい……!」

「ドラゴン!」

 

スレイはドラゴンを見上げて睨む。

 

「スレイさん、あそこ!」

 

ライラが指さすところに、傭兵ルーカス達が居た。

スレイは目を見開く。

彼らのすぐ傍にドラゴンが迫る。

スレイが剣を抜き、走り出す。

ライラとミクリオが急いで天響術を詠唱する。

 

「グロロロ……」

「くそ……ここまでか……」

 

傭兵ルーカスの目の前に、ドラゴンの口が迫りくる。

そこに声が響く。

 

「うおおぉ!あきらめるなぁぁぁっ!」

「ギャイヤァァ〰っ‼」

 

ドラゴンの頭を叩き付けたスレイが彼らの前に着地する。

スレイはすぐに、

 

「立って‼」

「はあぁ!」

 

そしてそこにロゼが短剣でドラゴンを斬り付ける。

傭兵ルーカス達を見て、

 

「走れぇー‼」

 

スレイとロゼがドラゴンを足止めしている間に、傭兵ルーカスが仲間を抱えてその場を離れる。

地面を滑り、下に流れる。

そこに軍を連れた騎士アリーシャと騎士セルゲイがやって来る。

 

「一体なにが起こっている⁉」

 

騎士アリーシャが、傭兵ルーカスを見て言う。

彼は騎士アリーシャを見て、

 

「ドラゴンと戦ってるんだ……スレイが!」

 

それを聞き、騎士アリーシャ達は上を見る。

そこにはドラゴンと戦うスレイ達が遠目から見える。

そしてスレイ達の声が響く。

 

「「生きるんだ‼」」

 

スレイ達は必死にドラゴンと戦う。

スレイ達はドラゴンに立ち向かっていた。

ロゼは果敢に挑む。

 

「あたしも!あんたも!」

「もちろん!こんなところで死ぬ気はないよ!」

 

スレイも果敢に挑みながら言う。

天族組は天響術を繰り出す。

だが、ドラゴンは一向に疲労も、傷も大して受けていない。

 

「グロロロッ‼」

 

ドラゴンは近くの穢れが自身に取り込む。

ロゼはドラゴンから距離を取り、

 

「しぶとい……!」

「穢れを食べているのです。自分を恐れる人間たちの。」

 

ライラが悲しそうにドラゴンを見上げる。

ザビーダは冷や汗を拭いながら、

 

「さすが質が悪い。」

 

スレイ達にも、不安を拭いきれない。

それでも果敢に挑み続ける。

レイはドラゴンと戦うスレイ達を見た後、

 

「私は私のできる事を!」

 

そう言って、傭兵ルーカス達が滑った地面を降る。

 

 

遠目でその戦いを見ていたハイランド軍とローランス軍。

騎士セルゲイでも、なかば諦めた瞳で、

 

「勝てないのか……導師の力をもってしても。」

 

他の兵達も、

 

「立っているだけでも奇跡だ。」

「なんで戦えるんだ……?」

 

そこに小さな少女が転がり込んできた。

そして立ち上がり、彼らの前に行く。

騎士アリーシャと騎士セルゲイが、

 

「レイ⁉」「妹君⁉」

 

レイはすぐに彼らの前に行き、

 

「アリーシャ、セルゲイ。お願い、お兄ちゃん達を助けて。」

「だ、だが……」

「我々には……」

 

二人は眉を寄せる。

二人は解っている。

彼らの方に行っても、足を引っ張るだけだと。

 

「共にドラゴンの前に立つだけが、戦うのではない。ドラゴンに隙や足止めをしてくれるだけでいい!一人一人で無理でも……あなた達、双方が共に手を合わせれば大きな力になる!お兄ちゃんが繋げた想いを、絆を、縁を壊さないんで!そうすれば、私もあなた達に手を貸せる!お願い、アリーシャ、セルゲイ!」

 

二人は俯き、顔を上げて互いに見つめ合った。

そして未だドラゴンと戦っているスレイ達を見る。

 

「これが導師か……」

 

そこに傭兵ルーカスが呟いていた。

騎士セルゲイは首を振り、呟く。

その瞳は先程と違い力強い。

 

「……いや、違う。」

「これがスレイなんだ。」

 

アリーシャの瞳にも先程と違い力強くなる。

騎士アリーシャと騎士セルゲイが後ろに振り返り、

 

「すぐに兵と矢をかき集めろ!」

「全戦力を持って、導師スレイを援護する!」

 

二人は兵に命令する。

だが、大半の兵達は震え、脅えている。

 

「無理です、アリーシャ様!」「セルゲイ隊長、無理があります!」

 

脅える兵達を見て、

騎士セルゲイは胸を張って、声を上げる。

 

「我々が脅えるのはドラゴンではない!真に脅えるのは自分自身の心だ!奮い立て!我々が今すべきことは戦争か!否!力を合わせて、ドラゴンを、自身の中にある恐怖を打倒すことこそが真の戦いだ!」

「そうだ!私たちがここで逃げれば、あのドラゴンは私たちの国に、民に、仲間に、家族に襲い掛かるだろう!我々は騎士だ!国の為に、民の為に、仲間の為に、家族の為に、立ち上がれ!」

 

騎士アリーシャも、兵を見渡して声を張った。

兵達は互いに見合い、

 

「す、すぐに武器を用意しろ!」

「動けるものをかき集めろ!」

 

兵達は動き出す。

そして多くの兵が集まる。

 

「ハイランドの力を見せつけろー‼」「ローランスの力を見せつけろー‼」

「否!ハイランドでもなく、ローランスでもない!」

「我々人間の力を見せつけるのだ!」

 

騎士セルゲイと騎士アリーシャが先頭に立って、声を上げた。

レイは二人の前に立つ。

 

「アリーシャ、セルゲイ、ありがとう。これで私は力を使える!」

 

レイは前に手を出す。

魔法陣が自分の前に出て、手を左右に広げるとそれは巨大な魔法陣に変わる。

 

「裁判者たる我が名において、その業を燃やせ!祖は虚無の神髄、汝の想いを力に変え、奮い立て‼」

 

それが空に浮かび、レイは二人を見る。

 

「あの魔法陣に矢を放って!」

 

そう言って、手を広げたまま、歌を歌い出す。

二人は驚きながらも頷く。

 

「「わかった!」」

 

 

スレイ達は何度も何度もドラゴンに攻撃を仕掛ける。

時に交わし、神依≪カムイ≫し、攻撃し、神依≪カムイ≫を解いて攻撃を交わす。

それの繰り返しだった。

それでも未だにドラゴンはピンピンしている。

 

ロゼがドラゴンのシッポで吹き飛ばされた。

 

「うわぁあ!」

 

だが、空中で態勢を整えて着地する。

息を整えながら、

 

「やば……結構限界かも……」

 

そこにドラゴンが近付く。

スレイがロゼに叫ぶ。

 

「ロゼ!」

 

そこに聞き覚えのある歌が聞こえてくる。

そしてドラゴンの背に無数の矢が突き刺さる。

ドラゴンが咆哮を上げる。

 

スレイが矢が飛ばされてきた方向を見ると、空中に巨大な魔法陣が浮かんでいた。

そこに矢が飛び、その魔法陣を通り抜けるとそれは黒い炎を纏ってドラゴンに向かっていく。

そしてその奥には手を広げて歌っているレイと、騎士アリーシャ、騎士セルゲイ、傭兵ルーカスの他に、ハイランド軍、ローランス軍と多くの者達が居た。

両軍ともに、魔法陣に向かって矢を放っていた。

騎士アリーシャがスレイを見上げ、

 

「スレイ、私達も戦う!」

「恐れるな!ドラゴンなど!」

 

騎士セルゲイが声を上げる。

そして傭兵ルーカスも、

 

「でかいトカゲだ!」

 

そう言うと、そこに居たすべての兵達が腕を上げ、叫ぶ。

 

「おおおおお――っ‼」

 

その声に、ロゼは立ち上がり、

 

「はは、なんか希望出てきたかも。」

「オレもだ。もうちょっとだけ――」

 

レイの歌が全体を包む。

そしてスレイ達の怪我を、疲労を吹っ飛ばす。

二人は見合い、ドラゴンに武器を構え、

 

「「やってみるかぁ!」」

 

ドラゴンに突っ込んで行く。

その間も、矢はドラゴンに向かって突き刺さる。

騎士アリーシャの声が響く。

 

「てぇーーっ‼」

「はあああ!」

「せやああ!」

 

そして兵達の声も響く。

だが、そこにドラゴンがこちらを向く。

そして火を噴き出した。

レイは歌を止め、手を前に出し、魔法陣でそれを防ぐ。

だが、支えきれずに、けれど懸命に踏みとどまる。

 

「私だけの力じゃ……」

 

しかし、レイは驚いた。

後ろを誰かが支えた。

 

「大丈夫だ、レイ。」

「アリーシャ?」

 

騎士アリーシャはレイを支えたまま、

 

「私に言ったではないか。一人ではないと。なら、レイも同じだ。レイも一人ではない。私が、ついている。」

「いや、アリーシャ姫。我々が、だ。」

 

そう言って、騎士セルゲイもレイを支える。

レイは瞳を揺らし二人を横目で見た。

そして前を向き、力を籠める。

そこに影が現れ、二人を弾き飛ばした。

 

「アリーシャ、セルゲイ!」

 

レイの瞳が赤く光り出す。

 

「絶対、守り抜く!お兄ちゃんが繋げた縁を!それに応えた彼らの想いを!」

――仕方がない。私も力を貸そう。今回はあの導師の縁を繋げたお前に免じてな。さぁ、真の裁判者としての力を使うぞ。

 

それは自分と同じ小さな少女。

違うのは表情と服の色。

その小さな少女がレイの手を後ろから握る。

レイは目を閉じ、開く。

その瞳は真っ赤に燃え上がる。

 

「裁判者たる我が名において、命ずる!審判者の力を一時封じる‼拘束せよ!」

 

 

遠くでドラゴンと戦う彼らを見ていた審判者。

だが、裁判者が手を貸したことで戦況が変わる。

彼が少しちょっかいを出した。

そして再びちょっかいを出そうとした彼の影が、彼自身を拘束し、体の中に消えた。

彼はクルッと振り返ると、

 

「あっちゃー、先を越された。これじゃ、俺はこれ以上何もできないや。ま、この後のことは見てるしかないね。」

 

と、面白ろそうに言いった。

 

 

スレイがエドナと神依≪カムイ≫をして、ドラゴンを殴り飛ばす。

ドラゴンが再びスレイ達の方を向く。

レイはドラゴンの炎を何とか防ぎ、再び手を横に広げて歌い出す。

騎士アリーシャと騎士セルゲイも立ち上がり、再び矢をドラゴンに向けて放つ。

 

そしてついにドラゴンが倒れる。

ロゼはガッツポーズになり、

 

「やったぁ。スレイ、さぁ。」

 

そしてスレイを見る。

スレイは剣をドラゴンに向けて構えるが、自分の剣をじっと見つめた。

その間も、ドラゴンは体勢を整えようと起き上がる。

そしてスレイ達を見て睨んでいる。

スレイは瞳を閉じ、そして開いてドラゴンを見つめる。

再び力強く剣を構え、ロゼを見る。

ロゼもまたスレイを見る。

そして笑みを浮かべる。

スレイは覚悟を決めて、ドラゴンを見て、

 

「『フォエス=メイマ≪清浄なるライラ≫』!」

「『ハクディム=ユーバ≪早咲きのエドナ≫』!」

 

ロゼもドラゴンを見つめて声を上げる。

スレイはライラと、ロゼはエドナと神依≪カムイ≫をして、ドラゴンが振り上げた手を交わす。

ロゼがドラゴンに拳を上げながら、

 

「これでぇっ!」

「決めるっ‼」

 

スレイも炎を纏った剣をドラゴンに叩き込む。

ドラゴンは咆哮を上げながら暴れる。

そして空に飛び上がった。

スレイとロゼはそれに必死に耐え、力を籠める。

ドラゴンが吐く炎が雲を弾き、光が戦場を包む。

 

レイは空を見上げ、

 

「貴方の願いは私が叶える。その想い、貴方の大切な人に……」

 

レイは魔法陣を消し、胸に手を当てて歌う。

そして歌を止め、騎士アリーシャと騎士セルゲイに笑顔を向ける。

騎士アリーシャの瞳が輝き、空の光を見上げ、

 

「やった……」

「人間の勝利だ!」

 

騎士セルゲイが兵達に振り返って手を上げる。

兵達は大声で叫ぶ。

 

「おおぉぉ――っ‼」

 

そこにはハイランド軍もローランス軍も関係なしに、互いに肩を抱き合って喜ぶ者、腕を組み合って喜ぶ者、互いに手を上げて喜ぶ者達。

時に笑い、泣き崩れる者、それを共に笑い、支えるのは自国の仲間であり、敵だった者達。

そこにはもはや憎しみはなく、ただただ喜びを分かつ仲間が居た。

騎士アリーシャはそれを嬉しそうに見守る。

そして微笑み、空を見上げる。

 

レイもその光景を見て、

 

「これがお兄ちゃん達が繋げた想い……そして人間の想いという名の力……」

 

レイは胸に手を当てた。

そしてその場を騎士アリーシャと騎士セルゲイが仕切り、一時的に戦争は中止となった。

騎士セルゲイがレイを見て、

 

「妹君、貴殿はどうする?スレイ達を探しに――」

「お兄ちゃん達は多分、三日くらい経たないと見つからないよ。多分、今日はドラゴンと戦って、みんな疲れて寝てるだろうし。」

「では、我が軍で貴殿を保護しよう。」

 

レイは首を振り、騎士アリーシャの手を握り、

 

「私はアリーシャといるよ。それに今日、明日は互いにこの戦争の後始末やら、話し合いとかあるでしょ。それに私がアリーシャの側に居た方が、セルゲイに会いに行きやすいし。ね?」

「……何でもお見通しか。セルゲイ殿、今後のことをまた後程。」

 

騎士アリーシャはレイに苦笑いした後、真剣な表情になって騎士セルゲイを見た。

騎士セルゲイも頷き、

 

「私もかねてより、アリーシャ姫とはお話をしたかった。また後程、話し合おう。」

 

そう言って、騎士セルゲイは歩いて行く。

レイも騎士アリーシャと共に、彼とは別の方に歩いて行く。

 

 

スレイとロゼは森の中で横になって空を見上げていた。

 

「「はぁ……はぁ……」」

 

そしてスレイの中からミクリオが出てきて、戦場の方を見た。

 

「消えたな。穢れの気配。」

「……ああ。」

 

スレイは立ち上がり、戦場の方を見る。

そしてその気配を感じ取り、目を瞑る。

ロゼも立ち上がり、

 

「ちょっと疲れたね。さすがに。」

「……うん。」

「やることはやったよ。」

 

ロゼがスレイを見て言う。

そしてライラ、エドナ、ザビーダも出てきて、

 

「そうですわ。レイさんもレイさんなりに協力してくれました。」

「そうね。アリーシャ達を説得したのは、おそらくあの子でしょうし。裁判者は、絶対に自分からは動かないもの。」

「いやー、随分とたくましくなって。」

 

戦場の方を見て言う。

スレイは目を開き、

 

「うん。でも、レイもそうだけど、みんなも力を合わせてくれたおかげだ。」

「だね。」

 

ロゼは笑顔で頷く。

そしてくるっと回り、

 

「一休みしよ。元アジトとかどう?」

「でも、レイは……」

「あの嬢ちゃんのことだ。誰かの側に居るって。」

「そうね。大方、アリーシャかセルゲイでしょうね。」

 

眉を寄せるスレイに、ザビーダとエドナがすでに歩きながら言う。

ミクリオも頷き、歩き出す。

 

「そうだな。その辺はスレイよりしっかりしているから大丈夫だろう。」

「ですわね。」

 

ライラも頷き、歩き出した。

ロゼはスレイに振り返り、

 

「行くよ、スレイ。」

「わ、わかった……」

 

スレイとロゼも歩き出した。

ミクリオは歩きながら、

 

「ふぅ……こっちもクタクタだ。」

「……はい。ドラゴンを倒したんですものね。」

 

ライラが俯きながら言う。

エドナは無言で歩く。

ザビーダが帽子をクルクル回しながら、

 

「最悪の事態をなんとかしたんだ。今は生き残ったことを喜ぼうぜ。な。」

 

スレイ達は遺跡についた途端、布団の中に入る。

そしてすぐに眠ってしまった。

そのスレイの寝顔を見たミクリオは苦笑しながら、

 

「しまりのない顔だ。」

「元からでしょ。」

 

エドナはロゼの寝るベッドに腰を掛けながら言う。

そんな光景をライラは遠くから見つめていた。

そこにザビーダが近くに腰を掛け、

 

「心配いらねぇよ。スレイは大したヤ奴だ。」

「それはもう。ですが……」

「しっかりしすぎてても……ってか。母親の心境だな。」

 

そう言うと、ライラは少し頬を膨らませ、

 

「せめて姉にしてください。……歳、離れてますけど。」

 

そして再び寝ているスレイ達の方を見ると、ミクリオはスレイの横のベッドに、エドナはロゼのベッドに腰を掛けたまま寝ていた。

ザビーダもそれを一度見た後、

 

「俺らも一休みしようぜ。お姉さん。」

「はい。みなさんに毛布を掛けてから。」

 

そう言って、立ち上がり彼らに毛布を掛ける。

 

 

レイは騎士アリーシャの元に居た。

彼女は今は今後の話し合いをしている。

レイは月を見上げていた。

 

「……もう少しだけ時間が欲しいな……」

 

そう言ってしばらく月を見ていた。

と、そこに騎士アリーシャがやって来た。

 

「まだ起きていたのか?」

「ん。頑張ってるアリーシャより先には寝ないよ。」

「ふふ。では、一緒に寝てくれないか?さすがに今日は疲れた。」

「ん。いいよ。」

 

そう言って、彼女の元に行く。



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toz 第四十話 戦争のあと

翌朝、スレイは起き上がる。

外で体をほぐしながら、

 

「ライラ……天族だったんだよな?あのドラゴンも。多分……」

「はい……女性の言った方だと思われますわ。おそらく、強い力を持った方だったはずです。おそらくかの者が捕らえ、閉じ込めたのでしょう。戦場の穢れが集まる場所に。」

「生贄として、か。」

 

スレイは拳を握りしめる。

ライラはジッとスレイを見つめ、

 

「スレイさん。戦場は世界の縮図といえるでしょう。あらゆる感情が渦巻いています。」

「恐怖や憎しみだね。ドラゴンを生むほどの。」

「それだけではありません。ドラゴンに立ち向かう勇気もありました。それはスレイさんが呼び起こし、レイさんが繋げたものですわ。」

「……絶望するわけにはいかないよな。そんなオレが。信じよう。セルゲイたちを……人の世界を。」

「はい。信じますわ。私たちもスレイさんを。」

 

そこに、ロゼが最後に起きて来た。

頭を掻き、あくびをしながら、

 

「ふぉふぁほ~……」

「おはよ。」

 

スレイはロゼに振り返って言った。

ザビーダはロゼを見て、

 

「……でもないだろ。三日も寝っぱなしだったのに。」

「うっそ⁉通りでお腹すきすぎと思った!レイは大丈夫かなぁ~。」

 

ロゼは驚いた。

ミクリオがロゼを見て、

 

「とりあえずは食事にしよう。レイを迎えに行くのは、その後だ。」

「ですね。スレイさんも、さっき起きたところですし。」

 

ライラがロゼを見て言う。

そこにスレイが近付き、

 

「食べ終わったら、ラストンベルに行ってみよう。あの後どうなったか見届けなきゃ。それにレイの居場所も。」

「仕事人間ねえ。あたしが言うのもアレだけど。」

「気にならない?」

「そりゃあ……なる!」

 

ロゼは笑顔でそう言った。

そして腰に手を当てて、

 

「また戦争始める気なら殺しとかなきゃだし。」

 

それを聞いたスレイは少し苦笑いし、エドナが半眼で、

 

「置いてった方がいいんじゃない?」

「はは……」

 

 

食事を取りながら、スレイは呟く。

 

「戦争、終わるよな?」

「当然!さすがに気付いたっしょ?戦争なんかやってる場合じゃないって。」

 

ロゼは速攻で食べて言う。

ミクリオが眉を寄せ、

 

「おい!いくらお腹が空いているからって行儀が悪いぞ!レイがマネしたら……」

 

そう言ってミクリオは頬を掻いた。

ロゼはニヤッと笑い、

 

「ですよねー、でも今はレイいないしー。」

「なんだかんだ言って、アンタも相当心配なのね。」

 

エドナも悪戯顔になった。

ミクリオはそっぽ向いて、

 

「う、うるさい!」

 

 

食事を終え、ラストンベルに向かう。

と、入り口の所に人影を見つけた。

ミクリオがいち早くそれを見つけ、

 

「おい、スレイ。」

「アリーシャにルーカスだ。それにレイもいる!」

 

スレイ達はそこに近付く。

すると騎士アリーシャの声が聞こえてきた。

 

「ハイランド大国の使者として停戦の交渉に参った。ローランス帝国代表と面会をお願いしたい。」

「セルゲイ、いる?」

 

レイも門を警備している兵士を見上げる。

兵士は槍で門を×にして、二人を見て、

 

「導師の妹君を通す事ができますが、ハイランドの姫は申し訳ありません。勿論、お通ししたいのは山々ですが公式には、未だハイランドと交戦中で……」

「国家レベルの判断です。一兵卒の独断では、いかんとも――」

 

そこに、スレイの声が響く。

 

「レイ!アリーシャ!ルーカス!」

「お兄ちゃん!」

 

レイはクルッと反転し、スレイに抱き付いた。

スレイがレイを抱き上げる。

騎士アリーシャも振り返り、

 

「スレイ!」

「はは!やっぱり生きてやがったな!」

 

傭兵ルーカスも笑う。

騎士アリーシャはローランス兵に一言入れてから、スレイに近付く。

スレイはアリーシャを見て、

 

「ローランスと話しに?」

「ああ。停戦の機会は今しかないと思ってな。」

「よくやるねぇ。ハイランドの姫がろくに護衛も連れずに。」

 

ロゼが腰に手を当てて、言う。

傭兵ルーカスが腰に手を当てて、

 

「最高の護衛がついてるっての。」

「この程度の危険で争いがとまるのなら安いものだ。だが、人の立場とは難しいものでな……」

 

そう言って、悩む。

スレイが門兵に近付き、

 

「導師殿……」

「白皇騎士団の人だよね?セルゲイを呼んでくれないかな。スレイの友達のアリーシャが訪ねて来たって。」

「友人同士の面会あれば、騎士が関与するものではありません。」

 

そう言って、槍をどかす。

そこに男性の声が響く。

 

「まったく。融通の利かない部下で申し訳ない。」

 

それは騎士セルゲイだった。

スレイは腰に手を当てて、

 

「仕方ないよ。団長が堅苦しいから。」

「ははは!一本とられたな。」

 

そしてスレイに近付いた。

騎士アリーシャも近付くと、騎士セルゲイは彼女を見て、

 

「アリーシャさんですね。スレイの友人、セルゲイと申します。」

 

そう言って、手を差し出す。

騎士アリーシャも、その手を握り、

 

「アリーシャです。先日はお世話になりました。」

「こちらこそ。よろしければお茶でもいかがでしょう?」

「喜んで。スレイたちが開いてくれた道だ。」

「決して無駄にはしない。」

 

そう言って、二人はスレイを見た。

スレイは頷く。

二人は街に入って行く。

と、後ろの方でどこか嬉しそうに傭兵ルーカスが、

 

「あーあ、傭兵の仕事がなくなっちまいそうだ。ヤケ酒だ。つきあいな、スレイ。」

 

そう言って、彼も歩いて行く。

スレイも苦笑いして歩いて行く。

 

「にっしても、レイはスレイから離れないね。」

「ん。ミク兄にも抱っこしてもらいたい。」

「けど、街中だもんね。」

 

ロゼがニヤッと笑ってミクリオを見た。

ミクリオはプイッとそっぽ向く。

ロゼは真顔に戻り、

 

「で、レイ。あたしたちがいない間は、アリーシャ姫の所に?」

「ん。一緒に居た。」

「へぇ~。何してたの?」

 

ロゼが首を少し傾げた。

レイは思い出しますように、

 

「えっと、一緒にご飯食べたり、お話したり、お風呂入ったり、寝たり……色々?」

「な⁉何かズルイ!」

 

ロゼは手を上げた。

ライラが苦笑いし、

 

「ロゼさんとはある意味では真逆ですものね。」

「全くだよ!つい最近まで完全スルーだったのに!」

 

と、少し拗ねていたロゼ。

レイが視線を落として、

 

「……つい最近まで、まともに人と関わると言うことが解らなかったから……。アリーシャと旅をしてた時は、まともに話した事もなかったし。」

「そっか……そうだよね……」

 

ロゼも視線を落とす。

スレイがレイに声を掛けようとした時、レイは顔を上げ、

 

「と、いうのは建前で、アリーシャの方がロゼより扱いやすいから。」

「え⁉」

 

ロゼは顔を上げて驚いた。

スレイもこればっかりは驚いた。

エドナが傘をクルクル回しながら、

 

「おチビちゃんもなかなか、やるようになったじゃない。」

 

そう言って教会に足を踏み入れる。

と、すでに傭兵ルーカスは兵達と飲み出していた。

スレイ少し捕まった後、騎士アリーシャ達の居る中に入る。

 

「では。続きは後日。」

「はい。よろしくお願いします。」

 

すると、ある程度の話は終わったようだった。

二人は握手を交わしていた。

 

「ありゃ、もう終わったの?」

「初回はな。ペンドラゴの城に招待されたよ。」

 

ロゼの問いに、騎士アリーシャは振り返って言う。

スレイは少し不安そうに、

 

「……アリーシャ一人で?」

 

彼女は頷く。

そして力強く、

 

「その代り、ローランス皇帝陛下が直々に交渉してくださるそうだ。末席の王女の私と対等に。」

「共にドラゴンと戦った戦友だ。ローランスは礼儀を心得ているよ。」

 

騎士セルゲイも頷く。

スレイも頷く。

 

「そっか。」

 

それを遠目で見ていた天族組。

ミクリオが振り返り、

 

「あとは任せてよさそうだね。」

 

ライラも頷く。

ザビーダが笑いながら、

 

「『ドラゴン出て、地固まる』だな。」

 

それを聞いたライラがザビーダに振り返り、

 

「あ!上手いこと言われてしまいました。」

「どういう競争意識?」

 

エドナが呆れる。

 

 

スレイがミクリオ達に振り返り、見つめていると、

 

「スレイも一緒にペンドラゴに行かないか?君は両国の架け橋として重要な人物だ。」

「ありがとう。」

 

スレイは騎士アリーシャを見る。

そして彼女を見つめ、

 

「けど、それはアリーシャが叶える夢だよ。」

「……そうだね。」

 

彼女は胸に手を当て、少し間を置き、真っ直ぐスレイを見て、

 

「旅の無事を祈るよ。」

 

スレイは頷き、

 

「アリーシャも。セルゲイも。」

 

二人は頷く。

ロゼが笑いながら、

 

「外で酔っ払ってるオジサンも、ね。」

 

騎士アリーシャ達は少し笑った後、真剣な表情になる。

 

「できることを精一杯やろう。お互いの夢のために。」

「アリーシャ姫のことは任せてくれ。自分も全力を尽くす。」

 

そして二人に挨拶してその場を後にする。

 

 

教会を出て、街を歩いていた。

ロゼは意外そうな顔で、

 

「にっしても、あっさり断ったなー。せっかくのデートの誘いなのに。導師ってモテないよね、絶対。」

「ま、仕方ないね。」

 

ミクリオも苦笑する。

ライラも苦笑して、

 

「スレイさんですし。」

「ね。」

 

エドナは悪戯顔になる。

ザビーダは爆笑し、

 

「はは!どうやらそのようだな。」

 

前を歩くスレイとレイには聞こえていない。

と、スレイはレイを見て、

 

「そういえば、アリーシャ達に助けを頼んでくれたのレイだろ。ありがとう。」

 

レイは首を振る。

 

「あれは、お兄ちゃんが紡いだ縁、絆だよ。そして彼らはそれに応えた。だから私は手を貸せた。」

「でも、やっぱり言わせてくれ。ありがとう。」

 

スレイはニッと笑う。

レイはスレイにギュッと抱き付く。

街の入り口では、街人達が嬉しそうに話していた。

 

「なんとか平和決まりそうだってよ。いやぁ~、アリーシャ姫は大した御方だな。」

「まったくだよ。ウチの亭主にも見習わせなきゃ!」

 

夫婦が笑い合う。

子供が兵士に、犬を撫でながら、

 

「この子も喜んでいるよ!センソーがなくなって。」

「そうだな。おじさんもそう思うよ。」

 

兵士は膝を着いて行った。

そして立ち上がり、ハイランド兵を見て、

 

「一杯どうだ、戦友。」

「……ああ、喜んで。」

 

と、見合う。

スレイはそれを見守る。

その背に、ロゼが声を掛ける。

 

「明日にしよ。出発。」

「え、でも……」

 

ライラが口に手を当て、あくびをする。

 

「ふぁああ~……急に眠気が……」

 

スレイがそこを見ると、

 

「ツツツ……俺も腰痛が。」

 

ザビーダが腰に手を当てて言う。

エドナがすまし顔で、

 

「いい部屋とってね。」

「私も眠い。」

 

レイもスレイを見上げた。

ミクリオはスレイを見て、

 

「スレイ。」

 

スレイはロゼを見る。

ロゼは頷く。

そしてスレイも頷いた。

 

 

夜、各々街に出ていた。

ロゼはラストンベルのシンボルであるベルの上まで上がり、腰を掛けていた。

そこにはライラも供をしていた。

ロゼは夜空を見上げ、そしてライラを見上げた。

 

「ありがとう、ライラ。付き合ってくれて。」

「いえいえ。私も街の様子を見たいと思ってましたから。」

 

そう言って、街を見下ろす。

ロゼも街を見下ろして、

 

「これがスレイの導いたものなんだよね。」

 

その先には街の人たち、ローランス兵だけでなくハイランド兵もちらほらいる。

その人達は楽しそうに、嬉しそうに行きかっている。

 

「ええ。きっとスレイさんも彼らを見て、これまでの事に想いを馳せてますわ。エドナさんやザビーダさんも、導師との旅という経験をして、これまでの事……これからの事に想いを馳せているかもしれませんね。そしてレイさんも、きっと……」

「あはは。あたしたちみたいにね。」

 

ロゼは笑う。

ライラは夜空を見上げ、

 

「エドナさんは聡明な方です。きっと今、決戦に向け気持ちの整理をなさろうとしているでしょうね。私たちの中でもっとも色んなものを見聞きしているザビーダさんと話をしてるんじゃないでしょうか。」

「よく見てるんだな~。学校の先生みたい。」

 

ライラは笑い、ロゼの横に座る。

 

「ふふ。ロゼさんも私にお話があるんでしょう?」

 

ロゼは少し驚いた後、少し間を置いて、

 

「……ドラゴンが現れた時、スレイはすぐ答えを見つけたよね。この戦場でこれ以上殺させたり、殺されたりして欲しくないって。」

「ええ。そしてすぐにそのために、なさねばならない事も決めましたわね。志を持った方は時間の流れを超えてしまったかのように、思わされる事がありますわ。」

「すごいよね。」

「けど、ロゼさんはそれに、危うさを感じてるのですね?少しでも気を抜くとまた迷ってしまいそうで、つとめて気を張っているんじゃないかと。」

「……気付いていないのはスレイ本人だけじゃないかな。張り詰めた糸って、ほんのちょっとのきっかけで、プッツリいっちゃうでしょ。」

「不安なのですか?」

 

ロゼは首を振る。

 

「ん~ん。不安とかじゃないんだ。どんな事になっても、何が起きても、あたしが何とかしたい、ってか、する。」

「ふふ。それがロゼさんの答えなんですのね。」

「そうなのかな。あたし昔からずっとこうだよ?」

「……ロゼさんが穢れを生まない理由、わかった気がします。」

「だからみんな安心して、ばーんとやっちゃって欲しいんだ。」

 

そして夜空に手を上げる。

だが、すぐにライラを見て、

 

「けど、後の事はまかせて、なんて言うつもりはないよ!あたしも最後まできっちり付き合うからさ!」

「ふふ。ロゼさん、そのお話は皆さんに、聞いていただいた方が良いのではないですか?そうすればきっとエドナさんもザビーダさんも、勇気づけられると思いますわ。」

「あの二人に改まってあたしがついてる!的な事言うのって、なんか不思議な感じ。」

「確かに。」

 

ライラは笑う。

ロゼは足をぶらぶらさせながら、

 

「ま、あの二人でもあたしが何か言ったぐらいで、元気でるんならいっちょ話してやるか。」

「言葉をかけてくれる……それだけで十分なのです。それが仲間ですわ。ですがロゼさん、何故私にはお話してくださったんです?」

 

ライラがロゼを見る。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「ん~。何となくライラもあたしと同じ事、考えてるんじゃないかって思って。抱え込んだままにしなくていいよって、言いたかったんだ。」

 

ライラは口元に手を当て、驚いた。

ロゼも驚ろき、

 

「え、何?そんな驚く事?」

 

ライラはい瞳を揺らし、そして笑顔になり、正面を向いて手を叩く。

そしてロゼに顔を近付け、

 

「ロゼさんと私って似ているんですのね。」

 

そして夜空を見上げ、嬉しそうに手を合わせたまま、

 

「勝手に決意してしまったり、自分の役割を決めつけたりしてしまうところが。」

「あ~、そうかも。」

 

ロゼも納得し、腕を組み、

 

「だから同じ考えてんじゃないかって、気がしたのか。なるほどな~。」

 

そして二人は互いに見合って笑う。

 

「ふふふ。」「あはは。」

 

ライラは一呼吸し、

 

「ロゼさん、ありがとうございます。楽になった気がしますわ。」

「そう?なら良かった。」

 

そしてライラはロゼの手を握り、

 

「この出会いに感謝しておりますわ、ロゼさん。」

「ライラって芝居がかってるよね。ホント。」

 

ロゼは笑いながら言う。

ライラは少し拗ねたように、

 

「もう!ロゼさん!」

「はがが!さぁ、みんなに伝えに行こ!」

 

ロゼは立ち上がり、ライラに手を差し伸べる。

ライラは頷き、その手を取る。

そこにレイの歌声が聞こえてきた。

二人はその声に耳を傾けながら、歩き出す。

 

 

エドナは夜空を見上げながら、街を歩く。

と、エドナは子供の泣き声に立ち止まる。

そこには泣きじゃくる妹をあやす兄の姿。

そして、妹を連れて歩いて行く。

エドナはしばらくそれを見た後、ある場所に向かって歩き出す。

その先にはザビーダが居た。

ザビーダは振り返り、

 

「……明日は吹雪か?エドナちゃんが俺様に会いに来るなんてな。」

「答えて。あなたはどうして憑魔≪ひょうま≫を殺してたの?」

「なんでそんなことを聞くんだ?……しかも今。」

「……彼らを救うため?」

 

ザビーダは少し歩く。

エドナは彼に、

 

「スレイみたいに、救うためにはやらなきゃいけないって事、覚悟したの?」

 

ザビーダは振り返り、

 

「……そっか。エドナは認め切れてないんだな。死が救いになるって事を。今まであえて言葉にして、なんとか認めようとしてたってわけか。」

 

エドナは視線を外して、無言になる。

そして彼の後ろに付いて行く。

ザビーダはエドナの前を歩きながら、

 

「ったく。女の子は複雑だな。だからこそソソられるんだけども!」

 

そう言って歩きながら、一度エドナにヒューというポーズを取った。

そして前を見て歩き続ける。

 

「まったく……バカなの?」

「ああ。バカさ。俺は見つけたひとつの方法を、信じる事しかできねぇヤツだからな。」

 

彼の言葉に、エドナは立ち止まる。

俯いたまま、

 

「……どうして信じられるの?」

 

ザビーダはジッとエドナを見た後、エドナに近付き、

 

「俺はダチや同族の誇りを守ってやりたいだけさ。誰も望んで憑魔≪ひょうま≫になったわけじゃない。けどよ、憑魔≪ひょうま≫になるってなぁどういうことか、わかるだろ?だから終わらせてやるのさ。そいつの誇りのために。」

 

そう言って、エドナの頭を一度突いた。

エドナはそこを抑え、彼を見上げ、

 

「それで救われたと思う?」

「さあな。んなこたぁ、そいつが死んだあと、あの世で考えてくれるだろ。」

 

そう言って、エドナに背を向けて夜空を見上げる。

エドナは視線を外し、

 

「……潔いのね。きっと、それが覚悟なんだわ。」

 

ザビーダはクルッと回り、エドナの方に手をやって、

 

「惚れそう?」

 

そう言って笑顔を向け、決め顔をする。

エドナは傘を閉じ、彼の顔に傘の先を突き出した。

 

「痛てっ!」

 

そしてエドナに背を向け、顔を抑える。

だが、すぐに気持ちを切り替え、

 

「つか、エドナちゃんたちはもうひとつ、覚悟をしとかなきゃダメなんじゃないの?」

 

そう言って、振り返った。

エドナは傘を開き、

 

「ヘルダルフを討った後、スレイがマオテラスをどうするか……そしておチビちゃんが裁判者としてどうするのかね。それはもういいわ。覚悟してる。あの子達が決めた事を受け入れるだけ。」

 

そう言いながら、ザビーダの横を歩いて行く。

ザビーダはその後姿を見て、

 

「……そっか。むしろそれのがすげえけどな。」

「ダチが苦しむのを黙って受け入れる……。俺ぁ、できるかどうかわからねえわ。」

 

エドナの横を通り、そして前に中腰になる。

そこにエドナが彼の肩に手を置く。

 

「気にする事はないわ。どうせ最後までみんな一緒よ。」

 

そして歩いて行った。

ザビーダは立ち上がり、

 

「んじゃ、そん時俺様がブルってたら、優しく抱きしめてくれ。」

 

歩くエドナに叫ぶ。

エドナは立ち止まり、彼に振り返る。

彼に笑顔を向け、

 

「イヤよ。」

 

そして歩いて行った。

ザビーダは笑い、エドナと共に歩いて行く。

そこにレイの歌声が響いてきた。

 

 

スレイは高台から街を見ていた。

そこにミクリオが歩いて来た。

スレイは夜空を見上げ、

 

「……すごい星空だな。」

「ああ。」

 

スレイの見上げる星は川のように大きく流れるかのように暗い空を輝かせている。

スレイは夜空を見上げ、

 

「……誰が言ったんだっけ。星の数だけ想いがあるって。うまい事言うよな。」

「その想いそれぞれが輝いていると比喩したものだな。よっぽどのロマンチストだったんだろう。」

 

スレイは夜空を見上げたまま、

 

「……オレ、旅してわかったよ。自分からは見えていない星もあるのに、見えないから輝いてないって思われる事もある。」

「……実際、イズチから見上がるだけじゃ、見えない星もたくさんあったな。」

「誰だって気付きさえすれば、その輝きがわかると思うんだ。アリーシャだってみんなの声を聞いたから、初めて本当の意味でわかってくれたんだから。」

 

スレイはミクリオを見る。

ミクリオは笑い出し、

 

「あの時の君は傑作だった。」

 

そう言うと、スレイがミクリオを突き始める。

ミクリオはそれをガードし、

 

「あはは。」「ふふふ。」

 

二人は笑い出す。

そして思い出すように、

 

「すげえワクワクしたよ。あの時。他の人たちも天族に気付けるかもって。」

「だがあれだって君が感覚を遮断しなければ……」

 

ミクリオは笑いながら言って、途中で止めた。

そして眉を寄せ、真剣な表情になり、

 

「……そうか。決戦のあとどうするか、考えたんだな。」

「うん。オレがマオテラスを宿して全ての感覚を閉じれば、グリンウッド全域に力をゆだねられるんじゃないか。そうすれば導師になれるほどの素質がなくても、従士はオレと同じように力を操れるんじゃないかって。」

 

ミクリオは腕を組み、顎に手を当てる。

 

「確かに君の全ての感覚を従士にゆだねればあるいは……。アリーシャの事を考えると、力を振るえる従士の数も増えるかもしれない。新たな導師の出現を期待するよりかは、ずっと建設的な考えと言えるね。」

「だろ?」

「だが、その行動の意味をわかって言ってるのか?」

 

ミクリオは眉を寄せて、スレイを見る。

そこにレイの歌声が響く。

スレイはそれに少し耳を傾け、少し歩いた。

 

「マオテラスの自浄作用に任せられるくらい従士となった人が大地の穢れを鎮めるまで。オレは眠り続けなきゃいけない。」

「マオテラスと繋がり、刻≪とき≫にとり遺され、何年……いや、何百年待つか……。そもそも天族を知覚できる人が現れても、天族と共に生きる道を選ぶかどうかはわからないぞ?」

「信じるさ。」

 

ミクリオは拳を握り、

 

「……夢はどうなるんだ?世界中の遺跡を探検するんだろ?」

「オレが忘れない限り終わらない。」

 

スレイはミクリオを見た。

ミクリオはしばらく考えた後、スレイを見て、

 

「……わかった。」

「サンキュ。ミクリオ。」

 

だが、ミクリオは視線を落とし、

 

「だが、カムランに行くにはイズチに行く。……ジイジにはなんて言う?」

「……話さないで行こう。」

「スレイ!」

 

ミクリオは顔を上げる。

スレイは笑顔で、

 

「必要ないだろう。また会えるんだから。」

「……そうだな。わかった。」

「でも、その間はレイのこと頼んだぞ。」

「ああ。」

 

そう言って腕をぶつけ合い、誓いを交わす。

 

 

レイは一人高いところから夜空を、月を見上げていた。

 

「お兄ちゃんが願うそれは、かつて人間の初代導師が行ったこと……でも、きっとお兄ちゃんはあの時とは違う道を拓く。だから私はこの答えでいいんだ……お兄ちゃん達の為にも……」

 

レイは瞳を揺らし、夜空を背に歌い出す。

そしてスレイとミクリオの元に、みんなが集まったのを見る。

自分もそこに行く。

 

 

スレイとミクリオのやり取りを見ていたエドナは、

 

「まったく……ホントバカね。」

 

スレイとミクリオが振り返る。

そしてそこには歌に導かれたかのように、

 

「男がバカなかじゃなくて、女が頭良すぎるのさ。なぁ?」

 

ザビーダがミクリオの肩に手をかける。

ロゼと共にライラがやって来る。

ロゼもスレイ達近付き、

 

「なにそれ、人生観?」

「そうなの?」

 

レイも歩いて来た。

ライラはレイを見て微笑む。

スレイはみんなを見渡し、

 

「なんだ。みんな揃っちゃったな。」

「さっきの話、みんなも聞いていただろう?」

 

ミクリオも同じように見て言った。

ザビーダがミクリオの肩から手を外す。

ライラは頷く。

 

「ええ。」

「ったく……エドナじゃないけど。」

「ホント。」

 

ロゼは腕を組み、ザビーダはニット笑い、

 

「「バカ。」」

 

スレイは嬉しそうにミクリオを見る。

ミクリオも笑顔で彼を見る。

そしてザビーダ、エドナ、ライラ、ロゼ、レイを見る。

ロゼはスレイをど突いた。

スレイは笑い、

 

「出発しようか。」

「え?朝まで待たないの?」

 

ロゼは驚く。

ライラも驚ろき、

 

「アリーシャさんたちに挨拶もなしに?」

 

スレイは顔を上げ、夜空を見上げる。

 

「この星空の下で出発したいんだ。そうすれば星空を見るたびに、今日を思い出せそうな気がするから。」

「今日の君はやけにロマンチストだな。」

 

ミクリオも腕を組んで夜空を見上げる。

そして肩をぶつけた。

スレイはキョトンとして、

 

「そうかな。」

「どうするの?いくの?」

 

エドナはスレイを見る。

スレイは頷く。

 

「ああ。」

「決戦ですわね。」

 

ライラも決意して、スレイを見る。

スレイは力強く頷く。

 

「ああ。」

「んじゃ、気合い入れていきますか。」

 

ザビーダがそう言うと、風が吹く。

帽子が飛び、スレイの元に落ちる。

そして仲間を見て、

 

「行こう!」

 

スレイ達は頷いて歩き出す。

スレイは歩きながら帽子を被る。

そしてみんなは笑い、ザビーダが帽子を取って歩いてく。



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toz 第四十一話 気持ちの整理

スレイは歩きながら、

 

「まずは、イズチに向かおう!」

「だね。あるはずだもんね。マオテラスとヘルダルフがいるカムランに通じる道が。」

「それに行けば、鍵のこともわかるだろうし。」

 

ロゼも頷き、ミクリオも頷いている。

と、いき満々に歩いている。

だが、レイが立ち止まる。

スレイが振り返り、

 

「レイ?」

 

レイは視線を左右に見てから、頷き、

 

「お、お兄ちゃん。そのことなんだけど……」

「「「ん?」」」

 

スレイ、ロゼ、ミクリオは首をかしげる。

レイは近くに居たザビーダの足に隠れ、顔だけ出す。

 

「裁判者があのドラゴンとの戦いの時、審判者の力を封じたんだ。で、多分まだ解けていない。だからそんなに焦らなくても……大丈夫。本当の意味で、やり残した事をしても時間はあるよ。ちゃんと、向き合えるように。」

 

そう言って、みんなを見た。

レイは遠くを見つめ、

 

「災禍の顕主ヘルダルフも、カムランに入るためは裁判者の封印を壊さなきゃいけない。そのためには、審判者の力は必須のとなる。その必須となる審判者の力を使えない間は多分大人しくしてると思う……」

 

そう言ってレイはザビーダの足に隠れる。

エドナは半眼で、

 

「そういうところは抜け目ないわね。この気持ちをぶち壊す。まさにアイツらしいわ。」

 

そう言って、地面に傘を地面に突きはずめる。

ライラはそれを見てハラハラし始める。

ザビーダは笑いながら、

 

「ははは!こりゃあ、いい!ついでだ、スレイ。少しぶらついて行こうぜ。」

 

スレイは眉を寄せて腕を組む。

 

「う~ん……」

 

と、ロゼがポンと手を叩き、

 

「そうだよ、スレイ。メデューサたちの事や、敗残兵狩りの子供達の事も色々まだあるし。」

「だよな。うん!」

 

スレイは頷く。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「で、敗残兵狩りの方だけど、ロッシュが裏取ってるとこ。ハイランドに言ってるみたいだから追いかけてみる?予定通りなら、フォルクエン丘陵あたりで落ち合えるはずだよ。その道中に、三姉妹の故郷があった村が、グレイブガンド盆地だから、そこを通っていけばいい。」

「うん。そうしよう。」

 

スレイ達はグレイブガンド盆地に向かって歩き出す。

 

日が昇り、グレイブガンド盆地を歩いていた。

と、歩いているとハイランド兵とローランス兵が居た。

彼はスレイ達に気付き、

 

「おお、導師殿!このような場所で!」

「そっちこそ。こんなとこで何してるんですか?」

「はい。合同で国境線の警備を行っているのですが、地図にない不審な村を発見。調べようとしていたところで。」

 

スレイとロゼは互いに見合う。

そしてスレイは、兵を見る。

 

「その調査、オレたちに任せてもらえませんか?」

「それがいいね。もしあいつらが戻ってたら……」

 

ロゼも頷く。

兵は互いに見合い、そしてスレイを見る。

 

「どういうことですか?」

「導師じゃないと太刀打ちできない危険が待ってるかもしれないんだ。」

「ですが……」

「頼む。オレはみんなが心配なんだ。」

 

スレイは力強い目で言う。

兵とは再び見合い、頷く。

 

「……わかりました。」

 

兵と別れ、進んで行く。

村に向かいながら、夜になった。

スレイ達は野営をする。

ザビーダはスレイと火の番をしていた。

そのザビーダは火をいじりながら、

 

「しっかし、マジで倒せたな、ドラゴン。大したもんだ。さすが俺様が見込んだ男だ。」

「わかってるよ。エドナのお兄さんのことだろ。」

 

スレイはジッとザビーダを見つめる。

ザビーダは真剣な表情になり、

 

「気付いてるかもだが、〝ジークフリート″で俺たちをアイゼンに撃ち込めば――」

「穢れを切り離し、元に戻せるかもしれない。」

「だが、所詮は可能性だぜ。何発必要なのか……そもそも本当にできるのかすらわからねえ。」

「ああ。今じゃないってわかっているよ。」

「……悪い。余計な口出しだったな。」

 

ザビーダは空を見上げる。

スレイは腕を組み、

 

「世界中を探せば、別の方法があるかもしれないけど……」

「そうだな。それこそ裁判者や審判者の力を使えばあるいは……だが、それは決してしない。それに、俺は根元を知ってる。憑魔≪ひょうま≫になっちまう者の気持ちを……。だが、ヘルの野郎は待ってくれねぇだろうな。」

「今やらなかったら、できなくなる。」

「別に強制はしないぜ?」

 

ザビーダはスレイを見て、ニッと笑う。

スレイもニット笑い、

 

「……独りでもやるから、だよな。」

「そういうこと。」

 

と、そこにレイがやって来た。

レイはザビーダの耳元に顔を近付け、何かをゴニョゴニョ言っている。

そしてザビーダはニット笑い、立ち上がる。

そしてレイの頭に手を乗せ、

 

「はは、任せときな。」

 

そう言って、一人奥の方に歩いて行った。

スレイはレイを見て、

 

「何を言ったんだ?」

 

レイはスレイを見て、

 

「ん~、後輩に先輩の助言。」

「は?」

 

レイは小さく笑い、スレイの横に座る。

 

 

ミクリオは一人、野営場から離れた所で俯いていた。

 

「……とうとう手を下してしまったか。」

「いやあ、ほれぼれする一撃だったな!二人の覚悟がこもっててよ。」

 

そこに、ザビーダがやって来て、ミクリオの肩に手を乗せる。

ミクリオは俯いたまま、

 

「今回は止めなかったな……ロゼは。」

「ん?前は止めたん?」

 

ザビーダがミクリオから腕を離した。

ミクリオは顔を上げ、

 

「ああ。どうしても浄化できなかった枢機卿を殺したのはロゼだった。『スレイの仕事は生かすこと。あたしの仕事は殺すこと』と言って。」

「くくく、らしいな。」

「もちろんロゼに手を汚して欲しかったわけじゃない。でも、なぜ今回は――」

 

ミクリオを言っていたが、ザビーダは真剣な表情になり、

 

「スレイは、答えを出した。ロゼは、その力になりたいと思った。なにも変わってないだろ?そういう意味じゃ。」

「……その通りだな。ロゼの方がスレイのことを、よく考えているのかもしれない。」

「つっても、本当のところは本人に聞かなきゃわからないがな。」

 

と、笑う。

ミクリオは首を振り、

 

「いや。聞く必要はないよ。僕が信じればいいことだ。」

「そうかい。」

 

ミクリオは火の番をしているスレイの元に歩いて行った。

ザビーダもその後ろに付いて行った。

 

翌朝、スレイ達は廃村を見つけた。

レイは中に入り、辺りを見渡す。

そしてロゼを見る。

ロゼは視線に気付き、

 

「なんかいるよ!」

「……しかも二体だ。」

 

ザビーダは声を低くする。

スレイはそこを見る。

二体のヘビの髪をし、下はヘビの胴体を持つ憑魔≪ひょうま≫。

スレイは眉を寄せ、

 

「村に戻ってるってことは、やっぱり!」

「枢機卿の姉妹なのね。」

 

エドナが傘を構え、天響術を詠唱を始める。

敵もこちらに気付き、襲い掛かる。

スレイは剣を抜く。

ライラが攻撃を避け、

 

「石化対策がなければ、決して勝てません……!」

「わかってる!」

 

そう言って、応戦を始める。

レイは少し考え、歌を歌い出す。

ザビーダが背後をに周り、死角をついて攻撃をする。

ミクリオも離れて天響術を詠唱を始める。

ロゼも懐に飛び込む。

ロゼに石化が当たりそうになった時、ロゼの影が動く。

そしてロゼを引っ張った。

 

「えぇ―⁉」

 

ロゼは尻餅をついてレイを見る。

レイはそっぽ向いていた。

ロゼはニット笑い、

 

「サンキュー!」

 

そう言って、再び短剣を構えて走って行く。

レイは小さく笑い、歌い続けた。

そしてスレイとロゼが神依≪カムイ≫に同時なる。

二人は力を籠めて、一撃を与えた。

 

憑魔≪ひょうま≫二体は浄化の炎に包まれ、崩れ落ちた。

そこには女性が二人いた。

スレイは武器をしまい、

 

「ふう……」

「お疲れ!」

「ロゼこそ。」

 

そこに兵が駆け込んでくる。

 

「導師殿、今の騒ぎは!」

「この女性たちは……?」

 

ロゼが兵を見て、

 

「倒れてたの。保護をお願い。」

「了解しました。眠り病患者かもしれませんね。」

「眠り病?」

 

スレイが兵を見る。

レイもスレイ達に近付く。

兵はスレイを見て、

 

「この辺りの古い記録を照合してみたのですが、どうやらここは二十年前に滅びたフォートンという村のようです。」

「記録によると、全員が無気力になり、ひたすら眠りをむさぼる病に罹ったとか。まるで夢という幻に閉じ込められたかのように。」

「スレイ、それって。」

 

ロゼはスレイを見る。

スレイは無言になる。

 

「では、導師殿。後の事はお任せください。」

 

スレイ達は頷き、村から出る。

ミクリオが村を遠目で見て、

 

「やりきれないな。枢機卿たちは、どう生きても憑魔≪ひょうま≫になるか、死ぬしかない運命だったのか?」

「それは……」

 

スレイは俯く。

レイはスレイを見る。

そして空を見上げ、

 

「感情を持つ者は決まられた運命を持つ。でも、それをどうするかは、結局のところ……自分次第。」

 

そう言って、ライラを見る。

ライラは頷き、

 

「はい。運命というのは確かに存在します。そしてレイさんの言う通りなのかもしれない。だがら、全てが決まっているなんて思いたくありませんわ。」

「運命とかって考えた事ないなぁ。みんな白と黒のギリギリで生きてる。どう転ぶなんてわかんない。あの姉妹達はみんな黒の方に進んだ。だから憑魔≪ひょうま≫になった。そんだけでしょ。」

 

ロゼは腰に手を当てて、いう。

スレイは顔を上げ、

 

「白か黒かは自分で選べる?」

「当然でしょ?自分の人生だよ?」

「スレイさん。」

 

ライラは微笑む。

スレイは笑顔になり、

 

「ああ。ロゼの言う通りだな。」

 

そう言って歩き出す。

スレイ達はフォルクエン丘陵に行き、ロゼの仲間を探す。

そして橋の近くで見つけた。

 

「いたいた。おーい!」

「頭領!」

 

そして話し合う。

しばらくして、

 

「で、頭領に別々の要件を伝えに来たんだが。」

「どうも別じゃなさそうなの。」

「なんじゃそりゃ?」

 

ロゼは頭を掻く。

 

「あたしのは高利貸しロマーノ商会の続報。代表のロマーノは相当な美術マニアね。破産させられた人のほとんどは、美術品を借金の担保にしてた。」

「俺は敗残兵狩りの子どもたちの件だ。彼らが襲ったのは破産した人々が雇った運送屋だった。奪われたのは、借金の担保になるはずだった美術品だ。」

「偶然なのかそれ⁉」

 

聞いていたスレイが驚きを隠せない。

ロゼは腕を組み、

 

「『物事は偶然の繋がりが生み出すもの。けど利害が繋がる時は、必ず誰かの意思が働いている』。」

「そうだ。」

「ロマーノは担保を届かないことを理由に、契約違反を言い立て、追い込みをかけた。それが大勢が破産した理由だったよ。」

「借金の形≪かた≫も美術品?」

「一切がっさい自分のものにしてる。」

 

それを聞いたミクリオは眉を寄せ、

 

「美術品を手に入れるための自演強盗か……」

「証拠がないと法では裁けないんでしょう?」

 

エドナがスレイ達を見る。

ライラが俯き、

 

「あるとすれば、利用した子どもたちだけだったのでしょうね。」

「だから証拠を消したってわけだ。クズのやるこたぁ、いつも同じだな。」

 

ザビーダが帽子を深くかぶる。

ロゼは頷き、

 

「わかった。あたしが直に探ってみる。」

「ロマーノは、マーリンドに向かったらしいが……気を付けろ。」

「手練れの護衛がついてるはずだよ。」

「了解。二人は調査続けて。」

 

そしてロゼはスレイを見て、

 

「スレイ――」

「オレも行くよ。」

「私も行く。彼の願いが関わってるから。」

 

スレイはロゼを見る。

そしてレイもまた、ロゼを見上げる。

ロゼは頷く。

 

「サンキュ。」

 

スレイ達は急いでマーリンドに向かう。

そして美術館に足を踏み入れる。

と、奥から声が聞こえてくる。

 

「大分荒らされているが、まあいい。改修資金はたっぷりあるからな。」

「回収した金で改修とは、洒落てますな。」

 

と、一人の男性と鎧を着た傭兵らしき人達が話していた。

スレイがその背に、

 

「あなたがロマーノさん?」

「なんだお前たちは?ここは私が借り切っている。」

 

中央に居た男性が振り返る。

ロゼが腰に手を当てて、

 

「聞きたいことがあって来たの。美術品なんて普通に買えばいい。なんでわざわざ汚いマネをするの?」

「やっぱり直球か……」

 

ミクリオが頭を抱える。

エドナも呆れながら、

 

「でしょうね。」

「お前は?」

 

男性はイラつきながらロゼを見る。

ロゼは目付きを変え、

 

「風の骨。」

「暗殺ギルド⁉」

 

周りに居た傭兵達は身構える。

だが、男性は笑い出す。

 

「ふん、小娘が。何の冗談だ。」

「冗談?」

「う……」

「相手を破産させて財産を没収。利用した子どもは皆殺し。やり過ぎたね。」

「……し、証拠があるのか。」

「ロマーノ。ズレてるって気付いてる?」

 

そう言って、ロゼは短剣を構える。

男性は周りの傭兵を見て、

 

「お前ら!ワシを守れ!護衛の仕事をしろ!」

 

だが、数人は逃げ出した。

何故なら、ロゼの後ろのレイの影から出てきたヘビのようなものが睨みつけていたからだ。

そして残った傭兵は憑魔≪ひょうま≫と化す。

 

「憑魔≪ひょうま≫!」

「最ッ高の裏付け、ありがと。ロマーノ。」

 

スレイ達も武器を構える。

そして憑魔≪ひょうま≫の攻撃を防ぎながら、

 

「子供たちがやったは、こいつらか!」

 

スレイが憑魔≪ひょうま≫を吹き飛ばす。

そしてロゼも同じように吹き飛ばす。

そこにすかさず、ミクリオとライラエドナの天響術が繰り出され、ザビーダのパンチが決まった。

スレイの浄化の炎で兵を元に戻す。

男性はその圧倒的な力に腰を抜かし、

 

「ひぃ……⁉」

「なんであんな酷い事をしたんだ!美術品のなんかのために。」

 

スレイが怒るが、

 

「なんか……だと?」

 

彼は立ち上がり、叫ぶ。

 

「美を取り戻すためだ!お前のようなバカ者から!美を金に替える俗物から!金で買う?認めてたまるか!俗物どもの所有権など!本物の美は!真の理解者が所有すべきなのだから!そう!価値ある美術品はすべて私が管理する。これは世界の美を守る聖戦なのだ!この歴史的偉業のためなら!ガキの死など些細なことだ!」

「浄化……できる?」

 

ロゼは怖い顔で、彼を睨みつける。

スレイは拳を握りしめ、

 

「こいつは……穢れを放っていない。」

「だよね。」

「待ってくれ、ロゼ――」

 

短剣を構えるロゼを、ミクリオが止める。

と、男性は兵と共に逃げ出す。

 

「だ、誰かあぁっ!」

 

その背をロゼが追い、

 

「……眠りよ、康寧たれ。」

 

だが、ロゼの振り下ろす短剣を影が掴む。

そして逃げる彼らも影に捕まっていた。

そしてもう何人か、風の骨の者達も影に捕まっていた。

 

「あっ!」

「いつの間に。」

 

スレイとミクリオは風の骨の者達を見て、驚く。

ロゼはレイを見て、

 

「レイ!」

「ゴメン、ロゼ。でも、ロゼの家族には手を出さない。そして出させない。だってこれは――裁判者の仕事だ。あの子供と死んだ人間達の願い叶えるための。」

 

そう言って、レイの瞳が赤く光る。

影が男性と兵の腕や足を喰らい出す。

 

「や、やめてくれ!」

 

彼らは泣き叫ぶ。

 

「己の欲に身を包んだ。愚かな選択。だが、自身はそれを美化しすぎた。それは良くも悪くも、自身以外に恨みを買ったな。憐れな人間よ。」

 

そう言って、彼らは影に完全に喰われていった。

レイがロゼを見て、

 

「今回の件、人の世で治めるのに、ロゼのギルドの名が欲しいのならすればいい。」

 

そう言って、彼らを影から離す。

ロゼはレイを見た後、風の骨の仲間を見て、

 

「さっき喰われた兵士たちは?」

「あの者達の身元も洗った。」

「三十人以上殺している誘拐犯だ。被害者の身内から依頼が出てた。」

「なるほど。やっぱり、全て知っての行動か……でも、依頼は完了したという事で。」

「依頼主への報告はどうする?」

「子どもたちには、あたしが知らせるよ。そっちはお願い。でも、喰われたのはなしと言う方向で。」

「わかった。」

 

そしてロゼはスレイ達を見て、

 

「一緒に行ってくれる?」

「……もちろん。」

 

そう言って、風の骨の者達と別れて遺跡に向かう。

ミクリオは歩きながら、

 

「平気か、スレイ?」

「大丈夫だよ。悪いな、気を遣わせて。」

「いや。大丈夫ならいい。」

 

スレイは頷いて、ロゼと共に急いで歩いて行く。

ミクリオはレイを見下ろし、

 

「レイの方も大丈夫か?」

「私は何ともない。」

「そうか……」

 

ミクリオは複雑そうにレイを見た。

そして遺跡近くまで行くと、

 

「……でも!……ならいい!」

 

と、レイが走り出した。

 

「レイ⁉」

 

そして悲鳴が聞こえてくる。

 

「うあああっ!」

 

スレイ達も急いで駆けつける。

レイが願いを託された方の子供と犬の天族オイシの前で、木の憑魔≪ひょうま≫を睨んでいた。

そしてすぐ近くにはロゼの仲間が倒れていた。

 

「なぜっ!殺したあああっ‼」

「とめてくれ!導師殿!」

 

犬の天族オイシはスレイを見る。

スレイとロゼは武器を構え、

 

「ライラ!」

 

だが、木の憑魔≪ひょうま≫はレイを薙ぎ払い岩に叩き付けた。

レイは手を伸ばし、

 

「待って!その子は違う!」

 

だが、木の憑魔≪ひょうま≫は子どもを押し潰した。

 

「ぎゃあああ〰‼」

 

スレイの浄化の炎は間に合わなかった。

木の憑魔≪ひょうま≫浄化し、横に寝かせた。

その間に、子供の墓を作る。

レイはミクリオが治療する前に彼らの前に来た。

そして子供と子供の墓の前で横になっている子供を見る。

 

「意識を取り戻した途端、暴れ出したんだよ。ものすごい力でとめられなかった……」

「混乱した意識が、仲間が殺された記憶に支配されてしまったんじゃろう。」

 

ロゼの仲間と犬の天族オイシの言葉で、ライラが悲しそうに、

 

「それでまた憑魔≪ひょうま≫になってしまったんですね。」

「救えなかった……結局。」

 

スレイは拳を握りしめる。

ロゼが眉を寄せ、

 

「そんなことないって。スレイが浄化しなかったら、きっとこの子は何十人も殺しちゃったはずだよ。仲間への想いが、そんな結果になったら、それこそ救われなかった。この子は……可哀想だったけどね。」

「風の骨と裁判者がその子どもの願いを叶え、仇を討った。ある意味で、そいつの願いも叶ったんじゃねえの?」

 

ザビーダが帽子を下げて言う。

ロゼは首を振り、

 

「ううん。実際に討ったのは裁判者。あたしたちはケジメをつけることしかできなかった。あんなのは本当の救いになんてならないよ。」

「ロゼ……」

 

スレイはロゼを見る。

そしてミクリオもロゼを見て、

 

「だったらなぜ?」

「今回の事とかさ、今の世の中、酷いことって多いでしょ?それが当たり前にならないように、せめて自分たちの出来ることをやろうって。」

 

ロゼは拳を握りしめる。

ライラはロゼを見つめ、

 

「そう決めたのが『風の骨』なのですね。」

「うん。風の傭兵団として酷い目にあったあたしらだからこそのケジメってね。」

「だから、ロゼの仕事は殺すこと……」

 

ロゼの言葉にスレイが俯く。

ロゼは頷く。

 

「そう。けど、殺さなくていい世界が一番だってわかってる。エギーユやフィル、トル、ロッシュ、他のみんなも。あたしもね。けど、スレイは本当に救えるんだから。自身をもってバーンとやっちゃって!」

「オレの仕事は生かすこと。」

 

スレイは顔を上げて言う。

ロゼは笑顔でスレイを見る。

 

「そゆこと。」

 

レイはそれを聞いた後、子供の前に座り、

 

「あなたが仲間への想いと意志があるのなら、抗いなさい。」

 

そう言って、子供の胸の前に光を当てる。

そして犬の天族オイシを見て、

 

「あなたも選択肢を好きに選べばいい。」

 

そう言って、子供から離れる。

犬の天族オイシはスレイを見上げ、

 

「導師殿、この子の憑魔≪ひょうま≫になっちまう気持ちは痛いほどわかる……だからこの子の加護を任せてくれんか?大丈夫。仲間の死を悼む祈りが加護を支えてくれるはずじゃ。」

「わかった。お願いします、オイシさん。」

 

スレイ達は別れを告げて、その場を後にする。

ロゼは歩きながら、

 

「そだ。あと一個言っとくことあった。ありがとうね、スレイ、レイ。」

「え、なに?」

 

スレイはロゼを見て驚く。

そしてレイもロゼを不思議そうに見上げる。

ロゼは二人を見て、

 

「あたしに殺して欲しくないって思ってくれてること。後悔とかしてないけど、心配してくれるのは嬉しいよ。」

「ロゼの――風の骨の決意はよくわかった。それでも、やっぱりオレの気持ちは変わらないよ。無論、レイの方もね。」

 

レイは俯く。

ロゼはスレイの肩を叩いて、

 

「ったく、頑固だなぁ。」

「お互い様だろう。」

「敵には回したくないね。でしょ、レイ。」

「ん。」

 

レイは顔を上げて頷く。

スレイは笑いながら、

 

「よかったよ。ロゼがオレの従士で、レイがオレの妹で。」

 

そう言って、レイを抱え込んだ。

レイはギュッとスレイにしがみ付く。

 

スレイ達はハイランドに向けて歩いていた。

その途中で、野営をして休んでいた。

と、皆で火を囲っていると、

 

「ね。みんなが加護を与えたら、どんな感じになるのかな?てか、裁判者や審判者にもそういうのあるの?」

 

ロゼが唐突に聞いて来た。

レイは考えながら、

 

「うーん、あるといえばある。ないといえばない。でも、感覚的には……審判者は『幸運災厄』、裁判者は『傍若無人』。」

「へぇ……で、ほかのみんなは?」

「そうだな……僕なら、やはり『学業成熟』だろうな。」

 

ミクリオが考えながらいう。

スレイがライラを見て、

 

「ライラは『家内安全』かな?」

「ふふ、そうですわね。」

 

ライラが口に手を当てて笑う。

ザビーダはニット笑い、

 

「俺は『縁結び』かな。もちろん、いい女と俺様の。」

「ワタシは『無病息災』かしら。」

 

エドナが淡々という。

ロゼがそれに食いつき、

 

「へ?意外。」

「そうでもないわ。今まで何度も雷に直撃されたり、レイフォルクの頂上から転げ落ちたり、土砂崩れに巻き込まれたり――」

 

エドナは淡々と説明を始める。

レイはそれを聞いて、ある男性を思い出す。

そしてザビーダも心当たりがあるのか、渋い顔になる。

 

「タンスの角に足の小指をぶつけたり、ノドに魚の小骨がひっかかったりしたけど、こうして無事でいるもの。」

「すげー!一部すごくないけど、大筋すごい!」

「エドナって運がいいんだな。」

 

ロゼは大盛り上がり、スレイは目をパチクリして言った。

エドナはなおも淡々と、

 

「不思議なことにね。だから、ドラゴンになったお兄ちゃんの近くにいても死ななかった。」

 

最後の方は小声で言った。

スレイ達は無言になる。

レイはエドナの傘についてるノルミン天族の人形?をみつめる。

そしてザビーダも空を見上げ、

 

「偶然ってわけじゃないかもだがな。」

「どういう意味?」

 

ロゼがザビーダを見る。

ザビーダはニット笑いながら、

 

「さあーてな。」

 

と、笑うだけだった。

スレイはジッと炎を見つめて、考え込んでいた。

レディレイクに向かって歩いていると、霊峰レイフォルクが見える。

スレイはエドナを見て、

 

「……やっぱり行こう。」

「……なにが。」

 

エドナは傘で顔を隠す。

スレイは歩き出し、

 

「じゃあ、オレとザビーダだけで行ってくる。」

「よっしゃ!行くか!」

 

そう言って、ザビーダも付いて行く。

レイもその後ろに付いて行き、次々とその後ろに付いて行く。

エドナは小声で、

 

「なんなのよ、まったく……」

 

そしてエドナも付いて行った。

頂上付近までくると、穢れの領域が展開されている。

 

「スレイ……ここってまさか……」

 

ロゼは改めて周りを見渡す。

そしてエドナは傘を閉じ、

 

「で、どういうつもりなの。」

「それは――」

 

スレイがエドナに振り返る。

そしてザビーダが真剣な表情で、

 

「アイゼンを殺すってことさ。」

 

エドナが傘を握りしめる。

そしてスレイを見つめ、

 

「待って。ワタシとの約束は……!」

「悪いな。俺の約束はアイツをぶっ殺すってことなんだわ。」

 

ザビーダがジッとエドナを見つめる。

エドナは俯き、

 

「……そう。見極めたのね。お兄ちゃんを救う方法はヘルダルフと同じだって。」

 

エドナは顔を上げ、レイを悲しそうに、睨みながら見つめ、

 

「裁判者!ワタシの願いを叶えて!お兄ちゃんを元に――」

「ごめん、エドナ……それはエドナの本当の願いじゃない。それに、彼は答えを出した結果があの姿なの。それだけは忘れないで。」

 

レイはエドナをジッと見つめる。

エドナは傘をさらに握りしめ、

 

「……そうよね。それ以外に、ドラゴンを元に戻すことなんてできない。だから殺すしかないのよ。」

「エドナ……」

 

スレイは彼女をジッと見つめる。

エドナは傘を広げ、彼らに背を向ける。

 

「気にしなくていいわ。本当はわかってる。アレはもう、ただの化け物だって。人や天族を何十人も殺して食べた怪物。ワタシのことだってエサとしか思ってない。なのに、叶えて貰いとわかっていて、ありもしない可能性にすがって、逃げることもできなかった。何百年もずっと無駄に縛り付けられて……頭ではわかってるのに、お兄ちゃんってだけで……。殺さないと……アレが生きてる限り、ワタシは――」

「『オレがドラゴンになったら殺してくれ。きっとエドナが苦しむから』。」

 

エドナの言葉を遮り、ザビーダが思い出すように言う。

エドナはザビーダを見上げる。

 

「それって……」

 

そしてエドナは眉を寄せて怒鳴った。

 

「なによそれ⁉勝手なことばかり!勝手に旅に出て!勝手にドラゴンになって!ワタシが、どんなに寂しかったか――」

 

そして崩れ落ち、

 

「お兄ちゃん……もう一度……会いたいよ……」

 

傘で顔を隠す。

その声は震え、泣き声が聞こえる。

ザビーダが一人歩いて行く。

 

「お兄……ちゃん。うう……う……」

 

泣き出すエドナに、スレイは一言……

 

「ごめん、エドナ……」

 

そう言って、スレイ達も歩き出す。

レイは泣き続けるエドナを見て、

 

『エドナの願いは叶えるよ。それがエドナの願いだから……』

 

そしてレイもスレイ達の後を追う。

頂上に近づくにつれ、穢れが強くなる。

ロゼは歩きながら、

 

「叶えてあげなきゃね。アイゼンの望み。」

「ああ。エドナが自由になることが、アイゼンの救いなんだと思う。」

 

スレイも歩きながら言う。

ミクリオは今も泣いているだろうエドナを想い、拳を握りしめる。

 

「こうするしかないんだよな。ヘルダルフと戦う前に。」

「はい。エドナさんのためにも。」

 

ライラも手を握り合わせる。

そして頂上まで行くと、ザビーダが一人立っていた。

ザビーダはやれやれと言う感じで、肩を上げる。

 

「ホント、あきれるほど優等生揃いだ。」

「あったりまえでしょ。」

 

ロゼが腰に手を当てて自信満々に言う。

ライラもザビーダのその背に、

 

「お独りで背負わないでください。」

「優等生だがバカだな。こんなことにつきあうなんてよ。」

 

ザビーダは小さく笑う。

と、スレイ達よりも後ろから、

 

「本当にそうよね。」

 

そこにはいつものエドナが立っていた。

レイは少しほっとしたように、エドナを見る。

ザビーダはそれを横目で見て、

 

「で、何で嬢ちゃんは今回の件に首を突っ込む。今までも、関わるつっても一歩引いていた。なのに――」

 

レイはザビーダをジッと見つめて、

 

「彼との盟約だから……それがあの場に居た者達との盟約。そして彼らに関しては、彼女の代わりに見届けると盟約を交わした。」

「なるほどね……んで、嬢ちゃんは……」

 

ザビーダはその先を言わず、傘を握りしめるエドナを見て、

 

「ブルってるなら抱きしめてやるけど?」

「イヤよ。バカ。」

「上等だ。」

 

そっぽ向く、ザビーダはニット笑う。

スレイは瞳を閉じ、開くと、

 

「決めよう。今ここで。」

「来るよ。」

 

レイが中央を見つめる。

空から咆哮が鳴り響く。

そしてその中央に穢れを纏ったドラゴン・アイゼンが、降り立つ。

ドラゴン・アイゼンはスレイ達を見て、唸っていた。

ザビーダはドラゴン・アイゼンを見て、

 

「悪ぃ!待たせちまったな!」

「この時が来ちゃったよ、お兄ちゃん。」

 

エドナもドラゴン・アイゼンを見つめた。

ザビーダとスレイが、エドナとロゼが神依≪カムイ≫する。

それのサポートにライラとミクリオが天響術を詠唱し、繰り出す。

レイは岩の上に立ち、ドラゴンを影を使って空に上げないようにする。

そしてスレイとロゼと神依≪カムイ≫していたザビーダとエドナは、

 

「行くぞ、スレイ!」「決めるわよ、ロゼ!」

「ああ!」「うん!」

 

同時に一撃を与えた。

そしてドラゴン・アイゼンは崩れ落ちる。

神依≪カムイ≫を解き、エドナは崩れ落ちたドラゴン・アイゼンを見つめる。

スレイはその背を見つめ、

 

「……エドナ。」

「何も言わないで。……わかってると思うから。」

 

スレイは俯く。

そしてドラゴン・アイゼンが黒い炎に包まれる。

ザビーダはそれをじっと見つめる。

そしてエドナも、それを見つめ、

 

「ごめんね。苦しませて。」

 

そこにレイの歌が響き渡る。

そして泣き出しそうなエドナの頭に手が置かれた。

 

「泣くな、エドナ。すまなかった。そしてありがとうな。」

 

エドナがバッと顔を上げる。

そしてスレイ達もそこを見て驚いた。

エドナと同じ髪の色、同じ瞳を持った黒い服を着た男性が小さく笑っていた。

エドナは瞳を揺らし、

 

「お……お兄ちゃん……」

「アイゼン……」

 

そしてザビーダも、その男性を見て驚いていた。

男性、アイゼンはザビーダを見て、

 

「世話をかけたな。」

 

そう言って、最後にエドナの髪を撫でる。

彼は消えかかり、

 

「今のあなたのコインは裏と表、どちらだろうね。」

 

レイは彼を見て言った。

男性は小さく笑うだけだった。

そして消えていった。

エドナはその場に座り込み、

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……うう……」

 

そして泣き出した。

レイは燃え切ったドラゴン・アイゼンが居た場所を見て、

 

「彼の願いは、もう一度エドナに会いたい。自分が自分である内に、エドナにもう一度……」

 

エドナは涙を拭いながら、レイを見る。

レイは未だそこを見つめ、

 

「彼は自身の呪いのせいで、エドナを危険にしてしまう自分が嫌だった。だから、エドナと共に過ごすため、その呪いを解く旅に出た。でも、その方法は見つからずにいた。そんな彼に、ある人間が言った。『呪いを含めて自分自身だ』と。それは彼にとって救いだった。彼は呪いを自分の一つとし、生きた。『自分の舵は自分で取る』と言うのが、彼の信条らしいよ。それに、それはエドナにも解ると思うよ。彼の想いの詰まった手紙を受け取ったでしょ。」

 

レイはエドナに振り返る。

エドナは立ち上がり、

 

「少しだけ、一人にさせて。」

 

そう言って、歩いて行った。

ザビーダはレイの頭に手を乗せ、

 

「ありがとな。」

「貴方もね。」

 

レイはザビーダを見上げる。

そしてスレイ達を見て、

 

「さ、彼のお墓をつくってあげよう。エドナがまたここに戻って来られるように。」

「ああ。」

 

そう言って、スレイ達はお墓をつくりだす。

そして小さなお墓ができた。

ロゼが手を合わせて、

 

「できたね。ささやかだけど。」

 

そして隣で手を合わせていたスレイを見て、

 

「それにしても、エドナにそっくりな人だったね。」

「……うん。」

 

スレイは立ち上がり、思い出しながら言う。

そこにザビーダが、スレイの肩に腕を置き、

 

「スレイ。お前は、ばっちりけじめをつけたんだ。思いつめんじゃねえって。」

「大丈夫だよ、オレは。」

「気にすんな。さっきの見た限りじゃ、野郎も満足してるだろうしな。」

 

と、笑いながらいう。

ロゼも立ち上がり、

 

「あんたも?」

「……俺もさ。」

 

ザビーダは真剣な表情に戻った。

ミクリオはエドナが歩いて行った方向を見て、

 

「けど、エドナは時間が必要かもしれないね。」

「はい。何百年も積み重ねた想いですから。」

 

ライラもその方向を見て言った。

ザビーダはスレイの肩から腕を離し、

 

「『エドナは泣き虫だけど、芯は強い子だ』。」

「それってアイゼンの?」

 

ロゼが呟いた彼を見た。

ザビーダはいつも通りの笑顔で、

 

「知ってるだろ?俺たちも。」

「ああ。だよな。」

 

スレイも頷いて言った。

そしてレイを見て、

 

「レイはアイゼンを知ってたんだよな?」

「私っていうより、裁判者がね。」

 

手を合わせていたレイが、スレイ達の方に振り返る。

そして立ち上がり、

 

「彼は、今のこの世界の理をつくった最初の天族と知り合いだったからね。」

「それって……もしかして……」

「でも、その先は内緒。お兄ちゃんたち自身で調べて。」

 

レイは小さく笑う。

そして、レイはザビーダの方に近付き、

 

「その頃にザビーダにも会ったよね。」

「会ったなぁ~、そういや。」

 

と、二人で見合っていた。

ミクリオが腕を組み、

 

「昔のザビーダか……」

「なになに、気になっちゃう?俺様の過去♪今なら俺様、大サービス!何でも教えちゃうぜぇ~♪」

「別に。」「全然。」「興味ないな。」「興味ありませんわ。」

 

声を揃えて彼らは言った。

ザビーダは肩を落とし、

 

「嬢ちゃ~ん。酷くね、みんな。」

「いつものことでしょ。」

「えぇ―⁉」

 

レイも即答で言った。

ザビーダはさらに肩を落とす。

レイは小さく笑い、

 

「でも、昔のザビーダはお兄ちゃんやエドナみたいだった。性格は今とあまり変わらないけど。」

「意外だな。」

 

ミクリオがジッとザビーダを見る。

レイは彼らを見て、

 

「昔は一時だけ全世界で天族や憑魔≪ひょうま≫を見ることができた世界があったからね。その時に、ザビーダは導師にいいように使われてた。他にも、エドナのお兄さんに『生きる』という意味。そして、彼とある事を約束をした。その理由は自分の彼女――」

「と、こっからは内緒だ。」

 

と、ザビーダがレイの口を押えた。

ザビーダは懐かしむかのようにアイゼンンの墓を見て、

 

「ま、だが……そうだな。そのおかげで俺は、俺でいられるわけだからな……」

 

と、そこにエドナがやって来た。

花を墓に添え、

 

「行きましょ。」

 

そう言って、再び歩き出した。

下に降りていると、中腹辺りでエドナがスレイの背を見て、

 

「スレイ、ちょっといい?」

「いいけど……どうかしたの?」

 

スレイが立ち止まり振り返ると、エドナは傘で背を向けたままだった。

 

「どうもしないわ。気にしないで。」

 

スレイは頷き、

 

「……うん。わかった。」

「顔を見たくないってことかな?」

 

ミクリオが不安そうにスレイに小さく呟く。

スレイも小さく、

 

「だとしても、オレはエドナの言う通りにするよ。」

「勘違いしないで。ただの個人的な理由よ。」

 

エドナはいつのように言った。

レイは小さく笑う。

ライラが遠くを見るように、

 

「腫れているからじゃないでしょうか。目が。」

「そっか。あんなに泣いたからね。」

 

ロゼも思い出すように眉を寄せる。

ミクリオも不安そうに、だが少し安心したように、

 

「それならいいんだが。」

「よくないぜ~。背中で語る大人の色気に気付かなきゃな。な、嬢ちゃん。」

「え?」

 

と、レイは首を傾げる。

エドナが背を向けたまま、

 

「黙りなさい、オヤジザビーダ。略してオジーダ。おチビちゃんに変な事を教えない。」

「はっは~!調子戻ってるじゃないの~。」

 

ザビーダが笑いながら言う。

だが俯き、ボソッと、

 

「ちょっと傷ついた。」

「ははは。」

 

その姿にスレイは苦笑いする。

そしてエドナの背を見て、

 

「で、用事ってなんなの?」

「丁度いいから今のうちに、みんなに言っておこうと思って。一度しか言わないから。」

 

そして、エドナは少し間をあけ、

 

「ありがと。ありがと。」

 

小さく言った。

スレイは真剣な表情で、

 

「えっと……二回言ったけど?」

「ひとつはアイツの分だろ。なぁ親友。」

 

そう言って、ザビーダはエドナの兄である天族アイゼンが眠る頂上を見て言う。

と、ザビーダは目線をスレイに変え、

 

「スレイ、ついでに俺も言っとくわ。おかげでダチとの約束を果たせた。サンキューな。」

 

そしてスレイ達は歩き出す。

 

スレイ達は野営をして今日は休んでいた。

スレイは木にもたれてよだれを流して寝ていた。

そのスレイの肩に、ロゼは頭を乗せて寝ていた。

 

「ぐぅぐぅ。」「すぅすぅ。」

 

その二人に毛布を掛け、不安そうに見ていたライラ。

と、そこにレイとミクリオがやって来た。

 

「微笑ましく眺めてるって顔じゃないね。」

「……見つけた答えを信じると頑張ってるお二人が、無理をなさってないかと。」

「ライラが思ってるほど、お兄ちゃん達はやわじゃない。」

 

手を握り合わせるライラを、レイが見上がる。

ミクリオは首を傾げる。

木にもたれていたザビーダが帽子を上げ、

 

「アイゼンの事だろ。」

「……はい。」

 

ライラは視線を落とす。

そしてザビーダも視線を落とし、

 

「なら、無理してるに決まってるだろ。いくら自分で決めたからって、ホントは嫌な事だったんだ。」

「……そうだな。」

 

ミクリオも視線を落とす。

ザビーダは視線を上げ、笑いながら、

 

「だが、嬢ちゃんの言うように、スレイ達はやわじゃない。それにしょうがねぇ。なんたって、決めちまったのも事実だ。」

「ザビーダさん……」

 

ライラは視線を上げて、彼を見る。

ミクリオも視線を上げ、

 

「ザビーダ……君も……」

「ふぅ。導師様ご一行、俺様は大したもんだと思ってんぜ?嫌な事だからって逃げずに、ちゃんと応えたんだからな。」

 

ミクリオは驚きながらザビーダを見た。

 

「ザビーダ……」

「ったく……言わせんなって、こんな事。な、嬢ちゃん。」

「ん。」

 

レイはザビーダの横に座る。

そのレイの頭をポンポン叩きながら言う。

ライラが微笑み、そこに腰を掛ける。

 

「そうですね……そうでした。」

「そうゆうこと。」

 

と、ザビーダはニット笑う。

ミクリオはレイの横に座り、腕を組む。

 

「どういうことだ?」

「わからないの?ミボ。まだまだ子供ね。」

 

そこにエドナが歩いて来た。

ミクリオはやって来たエドナを見て、

 

「エドナ⁉」

「ミクリオさん、心配するのではなくて――ムググ!」

「しゃべりすぎ。」

 

しゃべるライラの口を、エドナが抑え込む。

ザビーダはミクリオを見て、

 

「これ宿題な、ミク坊。」

「何がなんだか……」

 

ミクリオは呆れた顔になる。

エドナから解放されたライラはミクリオに微笑み、

 

「ふふ。ミクリオさんは、ずっと前に気付いているはずですわ。ね、レイさん。」

「ん。」

 

レイは眠そうにあくびをする。

ミクリオはなおも困惑し、

 

「?これがさぱらんということか……」

「ははは!嬢ちゃん、俺様と寝るか?」

「ん………」

 

すでにレイは首がカクカクしてる。

そしてコテンと彼の足に寝落ちした。

ザビーダはもろに笑い、

 

「いっやー、俺様モテモテ――って、うわ⁉」

 

そこにエドナの傘が突き刺さる。

ザビーダは首を横にずらす。

ザビーダのもたれていた木に突き刺さった傘を抜き、

 

「調子に乗らない!死にたいの?てか、死になさい。」

「エドナ!レイが危ないだろ!」

「俺様の心配は⁉」

「必要ありませんわ。」

 

と、ライラが即答で言った。

彼らの楽しそう?な会話は続くのであった……

 

翌朝、エドナが珍しく声を上げる。

 

「ちょっとみんな集まって。」

「どうしたんだ。」

 

スレイ達が集まってくる。

エドナはスレイ達を見て、

 

「こんなものを見つけたの。」

「手紙ですか?」

 

ライラが見るエドナの手には、手紙があった。

スレイがその手紙の分を読む。

 

「『一筆啓上。盟約の時はきたれり。汝らの力量を量りたく候。火の試練神殿イグレイン最深部まで来られたし。逃げても責めはせぬ。うぬらが惰弱と判断するのみ』。」

 

レイはそれを聞き、小さく呆れたように笑う。

 

『変わらないな。』

 

ロゼは呆れたように、

 

「なんじゃこりゃ?」

「呼び出しだ。火の試練神殿に来いって。」

 

スレイはロゼを見て言う。

ザビーダは腰に手を当てて、顎に指をやる。

 

「あからさまにケンカ売ってやがんな。」

「誰なんだ、相手は?」

 

ミクリオが腕を組み聞くが、それを遮りエドナが、

 

「気になるわね。『盟約の時』っていうのが。」

「珍しいじゃないか。女の勘?」

 

ザビーダがニット笑う。

エドナは真顔で、

 

「……かもね。」

「わかった。行ってみよう。」

 

スレイは頷く。

そして翌朝、火の試練神殿に向かう。

 

火の試練神殿の最深部まで来ると、ノルミン天族達が集まっていた。

そしてマーリンドのノルミン天族アタックもそこに居た。

彼が振り返り、

 

「あ、導師はんたち。なんでここに~?」

「手紙で呼ばれたんだ。アタックたちこそ。」

 

スレイが彼を見下ろして聞く。

彼は続け、

 

「ウチらもおんなじや~。『時はきた』ゆうはって……」

 

レイは苦笑し、呆れたようにエドナの傘を見つめる。

否、エドナの傘についているノルミン天族の人形?を……

そしてそこに渋い声が響く。

 

「盟約の――そして、解放の時は来たれり!」

「な、なんだあ⁉」

 

ロゼが声を上げて辺りを見渡す。

そしてスレイ達やノルミン天族達も。

だが、エドナは半眼で自分の傘のノルミン天族の人形?を見ていた。

そしてエドナは傘のノルミン天族の人形?は光り出す。

その光が収まると、紐から外れる。

宙を舞いながら、ノルミン天族達と同じ身長になった人形?が着地する。

スレイが驚きながら、

 

「マスコットがノルミンに!お前は……⁉」

「ふっ、冥土の見上げに覚えておくがいい。我が名は――」

「フェニックス。」

 

と、レイがそのノルミン天族を見つめて言った。

そして他のノルミン天族達も彼に近付き、

 

「あ~、フェニックス兄さんやんか~。なつかしな~。」

「お久しゅう~。元気やったか~?」

「そら、元気やろ~。兄さんはノルミン天族最強のお人やし~。」

「兄さんから元気をとったら、なんも残らんしな~。」

「そやそや。その元気さで裁判者を倒した事もあるさかい。」

 

と、ノルミン天族がワイワイ話す。

スレイがそれを聞き、

 

「ノルミン天族最強⁉」

「しかも裁判者を倒した事あるのか⁉」

 

ミクリオも驚いて彼を見る。

レイは真顔で、

 

「ないよ。一撃を与えただけ、顔面に。だから倒してない。」

「「…………」」

 

スレイとミクリオは無言でレイを見た。

そして、ノルミン天族最強らしい彼が、スレイ達を見て、

 

「我が名はフェニックス!ノルミン天族最強の漢≪おとこ≫なり!」

「全部先に言われてるけど。」

 

ロゼが頭を掻きながら言う。

彼は肩を落とし、

 

「くっ……秘かに練習した段取りが……」

「彼らに事前に言わない、貴方が悪い。」

 

レイは肩を落とすノルミン天族フェニックスを見て言う。

スレイは頭を掻きながら、

 

「えっと……フェニックスが、オレたちを呼び出したのか?」

「ふっ、そうだ。我はマスコットに身をやつし、秘かに汝らの力を量ってきた。」

「負けたからでしょ。」「気付いてたけど。」

 

レイは真顔で、エドナは半眼で、彼を見て言う。

後ろのライラとザビーダはすでに視線を外していた。

と、ノルミン天族アタックが、彼を見て、

 

「実はウチもやねん~。」

「怪しすぎて、フツーにバレバレやろ~?」

「せやけども、黙っとかんと兄さんの立場がないやんか~。」

「せやな~。兄さん、形から入るお人やし~。」

 

他のノルミン天族達も次々と言う。

彼はググッと手を握りしめ、

 

「ぐぬぬ……」

「オレは、びっくりしたよ。」

 

スレイが苦笑いしながら言う。

ノルミン天族フェニックスはスレイを見て、

 

「……偽りではあるまいな?」

「一応。」

 

スレイは視線を彼から外した。

ロゼは半笑いする。

と、彼は自信が戻ったのか、

 

「ふははは、笑止!その程度の者には渡せぬぞ!」

「は?渡すって――⁉」

 

スレイは視線を彼に戻す。

彼はスレイを見据え、

 

「知りたくば、力を示してみせよ!」

 

そう言って、横に一回転してジャンプし着地すると、構える。

レイは一歩後ろに下がる。

 

スレイはノルミン天族フェニックスの攻撃を剣で受け、

 

「くっ!一体なんで戦うんだ⁉」

「いいじゃねえか。漢は拳で語るもんさ。」

 

ザビーダが笑いながら、彼と拳を交えながら言う。

エドナはそんな彼もろとも、天響術をそこに放ち、

 

「とにかく全力でボコるわよ。」

「あ~もう!わかんないけど、わかった!」

 

スレイも剣を振るう。

ザビーダはエドナを見て、

 

「だからって、俺様ごとやるのひどくない⁉」

「ひどくない。居たのが悪い。」

 

エドナは再び天響術を詠唱し始める。

そして彼らの戦闘は続き、スレイが彼を剣で叩き飛ばして決着がついた。

ノルミン天族フェニックスは膝を着く。

だが、すぐに立ち上がり、

 

「さすが導師だ……認めよう。エドナを託すに足る漢と。」

「エドナを?」

 

ミクリオが腕を組んで悩む。

だが、エドナは納得し、

 

「……やっぱりそうだったのね。」

「そっか。フェニックスって、エドナのお兄さんが残した形見。」

 

ロゼも納得した。

ミクリオはノルミン天族フェニックスを見て、

 

「アイゼンに頼まれてエドナを守っていたのか。ノルミンの能力≪ちから≫で。」

「ドラゴン化したアイゼンからも。」

 

スレイも彼を見る。

ノルミン天族フェニックスは視線を外して、

 

「ふっ……もはや語ることはなし。」

「漢じゃねえか。」

 

ザビーダはニット笑う。

ライラがノルミン天族フェニックスを見て、

 

「フェニックスさんは、これからどうされるのですか?」

「知れたこと……」

 

彼は周りを見て、

 

「我は独立闘争を再開する!汝らが我が一族を集めたのは千載一遇の好機!我は、今この瞬間に第二次ノルミン独立闘争の開始を宣言する!立てよ、ノルミン!我が同胞≪はらから≫よ!いざ、革命の咆哮をあげん!」

 

そう言って、横に一回転して決めポーズを取る。

レイはそれをつまらなそうに、呆れたように見た。

と、ノルミン天族アタックが、ノルミン天族フェニックスを見て、

 

「兄さん~、そういうノリめんどいって、前にきっぱりゆうたやんかいさ~。」

「別にウチらコキ使われてへんしな~。」

「むしろ導師はんたちを、お助けできて嬉しいわ~。」

「兄さんも、ライラはんのお側で、一緒にほちゃほちゃしよ~や~。」

「それに~、また裁判者と戦うんのは骨が折れまっせ~。」

 

と、次々と彼に言った。

ノルミン天族フェニックスは肩を落とし、

 

「くうっ……相変わらず惰弱無双なノルミン節……」

 

が、すぐに顔を上げ、

 

「だが、我はあきらめぬ!我が名はフェニックス!我が野望も不死鳥!必ずノルミンのノルミンによるノルミンのための覇権を打ち立ててみせる!」

 

そう言って再び横に一回転して、決めポーズを取る。

レイは冷たい視線をノルミン天族フェニックスに向け、

 

「言っておくけど、裁判者はもう面倒なので関わらないからね。少なくとも、意見がまとまるまでは。てか、関わりたくない。」

 

その雰囲気は怖い。

ノルミン天族フェニックスはめげずに拳を握りしめて、演説を続けた。

エドナは半眼で、

 

「……ま、頑張って。」

 

スレイも苦笑いする。

ロゼも苦笑いで、

 

「とりあえず協力してもらおっか?ノルミン世論がまとまるまで。」

「そうだな。」

 

そう言って、いまだに討論をしている彼らに別れを告げて歩き出す。

ミクリオがレイを見て、

 

「レイも行こうか。」

 

レイはノルミン天族フェニックスを見て、ため息をつく。

そしてミクリオと手を繋ぎ、スレイ達に付いて行く。

彼らから別れて、ロゼがエドナを見る。

 

「エドナは気付いてたんだよね?フェニックスが本物のノルミンだって。」

「まあね。フェイントをかけて振り返ると、結構な確率で目があったし。思いっきり目をそらすのよ、アイツ。」

「こわっ!かなり不気味じゃない、それ?」

「というか、ムカつくわよね。ストーカー的な意味で。」

 

と、頬を膨らませるエドナ。

ロゼは引きつった顔で、

 

「ひょっとして、それで逆さ吊りに?」

「それに思いっきり、握りつぶしてた。」

 

レイが思い出すように言った。

ライラが視線を外し、手を合わせて、

 

「フェニックスさんも、使命感でしたことですから。」

「じゃなかったら、磔≪はりつけ≫にしてたわよ。」

 

エドナは真顔だった。

ザビーダがエドナを見て、

 

「そのフェニックスから、エドナちゃんへ伝言だぜ。『エドナ、汝は我から巣立った。飛べ、どこまでも高く』だとさ。」

「うわ、上から目線……つか、意味不明?」

 

ロゼが呆れた。

ライラがなおも視線を外して、手を合わせたまま、

 

「とても情熱的な方なんですよ。ちょっと空気が読めないだけで……」

「かなり読めてない時が多いけど……それでも……」

 

そしてレイはエドナを見て、小さく笑う。

エドナは小さく、

 

「確かに前より高く飛べるかもね。ちょっとだけ傘が軽いもの。」

 

そう言って、エドナは歩いて行く。

翌朝、エドナは傘を開いていた。

その傘にはノルミン天族の人形がついていた。

ロゼがそれに気付き、

 

「あれ⁉エドナの傘にフェニックスがついてる!」

「気にしなくてもいいわ。今度は本物の人形だから。」

 

エドナが振り返って、そう言った。

レイはそれを見て、小さく笑う。

ライラは人形を見つめ、

 

「どうされたのですか、それ?」

「フェニックスの置き土産よ。こんな手紙と一緒に。」

「なになに……」

 

エドナが持つ手紙をロゼが興味深そうに見つめる。

ライラが手紙を受け取り、読み上げる。

 

「『この人形は、我が夜なべしをしてつくりしものなり。これを身代わりに我がいない寂しさを埋めるがいい。側にはおらぬが心配無用。我は不死鳥。汝の心にフェニックスはいつでも蘇る』。」

「まったく、お節介で面倒でくどいヤツよね。」

 

エドナは頬を膨らませる。

それはどこか嬉しそうだ。

ロゼは笑顔で、

 

「でも、つけるんだ?」

「なにもないと傘のバランスが気持ち悪いからよ。繊細なのよ。意外に。」

 

エドナは背を向ける。

その背に、ライラが笑顔で、

 

「はい。」

「繊細だね。ね、レイ。」

「ん。」

 

ロゼとレイは互いに見合って笑う。

 

スレイ達は決戦の前に、探検家メーヴィンの墓参りを兼ねて、塔の街ローグリンにやって来た。

そして探検家メーヴィンの墓に手を合わせて居た。

と、スレイ達は老人天族に声を掛けられた。

 

「お前さん、冒険詩人メーヴィンを知っておるか?遺跡を巡り、太古を讃える詩を歌った美貌の詩人じゃよ。たしか……トリスイゾル洞に、住んでいたはずじゃ。」

 

そう言って、歩いて行った。

ロゼは腕を組み、

 

「美貌の冒険詩人メーヴィン⁉どういうこと?」

「わからないけど……気になるよな。」

 

スレイがロゼを見ると、

 

「なる×100!」

「……マネされた!」

 

エドナはロゼを見た。

レイは空を見あた後、スレイ達を見た。

そして一行はトリスイゾル洞に向かう。

 

トリスイゾル洞に来ると、レイがどこかに向かって歩いて行く。

スレイ達もそれに付いて行くと、一人の女性天族が居た。

スレイが女性天族を見て、

 

「あなたは?」

「天族アカシャと申します。導師よ、こんな僻地にどんな御用でしょう?」

「オレはスレイです。えっと――」

 

スレイは一度頭を下げる。

ロゼが、天族アカシャを見て、

 

「ここにメーヴィンって詩人がいるって聞いたんだけど、知ってますか?」

「詩人メーヴィン……彼女なら、そこで眠っています。」

 

そう言って、後ろに振り返り、奥にあった棺を見る。

レイもそれを見つめる。

スレイもそれを見て、

 

「……亡くなった?」

「もう300年も前に。縁あって私が墓守をしています。」

「300年……話し違うじゃない……」

 

ロゼは頭を掻き、戸惑う。

ライラが静かに、

 

「長命な天族には時々あるんです。時間の感覚がずれてしまうことが。情報をくれた方にとっては、300年前の話が数年前のことのように思えていたのでしょう。」

「あ、俺もあるわ。プリンとって置いたら、うっかり100年経ってた。」

 

ザビーダは手を叩いていう。

ミクリオがライラとエドナを見て、

 

「そうなのか?」

「ないわよ。」

 

エドナは即答。

ライラは首を振る。

天族アカシャは振り返り、

 

「彼女にどんな御用があったのですか?」

「オレの知り合いにもメーヴィンって探検家がいて、その人の家族かと思ったんだけど……」

「偶然同じ名前だっただけみたいだね。」

 

スレイとロゼが互いに一度見会ってからいう。

天族アカシャはスレイとロゼを見て、

 

「偶然ではありません。その探検家も、刻遺の語り部でしょう?」

「『も』って。」

 

スレイは天族アカシャを見つめる。

 

「詩人メーヴィンも語り部でした。語り部は個の名を持たない一族。『メーヴィン』とは一族が代々受け継ぐ名なのです。」

「つまり、詩人は何代か前のメーヴィンか!」

 

ミクリオは腕を組んで言う。

ザビーダは帽子を深くし、

 

「メーヴィン……『看取る者』って意味だっけか?」

 

そしてレイを見る。

レイもまた、ザビーダを見ていた。

レイは目が合ったザビーダから目を反らす。

天族アカシャは頷き、

 

「彼らは、その名と共に誓約を受け継ぎ、世界を傍観する宿命を負うのです。」

「しかし、なぜそんな宿命を?」

 

ミクリオは考え込む。

ザビーダはレイをジッと見た後、

 

「初代がなんかやらかしちまって、強制的に誓約が与えられた……とかなんとかだっけ?」

「私も詳しくは……。すべてを知るのは語り部だけでしょう。今代のメーヴィンは?」

「最後は看取ったけど……」

 

スレイは俯く。

天族アカシャは頷き、

 

「……そうですか。『我は世界を見る者、歴史を見る者。眺むる世界に人あり、流れる歴史に人がいる。人よ征け。世界を回せ。我は見る、我は見る。輪廻の果てを。佇む体は独りでも、我が心は人とあり。恩讐因果を飲込んで、我が心は人とあり』。」

「それ、詩人メーヴィンの?」

 

スレイは顔を上げる。

ライラは微笑み、

 

「人への愛情に満ちた詩ですわね。」

「はい。彼女だけでなく一族皆の夢なのでしょう。語り部は、孤独ゆえに世界を愛し、人を愛する。あなた方に看取られた今代は、きっと幸せだったと思います。」

「だといいね……」

 

ロゼは小さく笑う。

スレイも小さく笑い、

 

「応えなきゃな。メーヴィンが託してくれた想いに。」

 

ロゼ達は頷く。

レイは小さく笑ってから歩き出すスレイ達に付いて行く。

前を歩くロゼは、

 

「メーヴィンおじさんには、難しい事情があったんだね。」

「ああ。特別な宿命を背負ってたんだな。」

 

スレイは彼を思い出す。

ロゼもまた彼を思い出し、

 

「それでも……おじさんは、いつもセキレイの羽を手伝ってくれたよ。」

「オレには探検家の心得を教えてくれた。」

「とにかく世界中を飛び回ってて。」

「オレたちに道を示してくれた。」

「うん!それがメーヴィンおじさんだよね。どんな事情や宿命があっても――」

「メーヴィンはメーヴィンだ。」

「スレイがスレイのように、ね!」

「ロゼがロゼのように、だよ。」

「マネすんなよー。」

「そっちこそ。」

 

と、笑い出した。

それをミクリオとライラは互いに見合って笑う。

後ろを歩いていたザビーダは、

 

「そういや、初代メーヴィンになるのか……アイツは面白い奴だったな、嬢ちゃん。」

 

そう言って自分の前を歩くレイを鋭い目で見る。

エドナもそれに気付き、レイを見る。

レイは前を見ながら、

 

「ん。あれは変わった人間だった。『儂はドラゴンも驚く大魔法使いじゃ~!』って盛り上がってた。あそこは奇妙な仲間揃いだったし。」

 

その者のマネするかのように手を横に広げて揺らす。

だが、それを後ろで手を合わせ、

 

「それに彼女は師であるあの人の想いも継いだ。師の犯した業を背負って、仲間の意志を継いだ。メーヴィンとは、それを知った者が受け継いでいった想いでもある。だから、今なら解るな……彼らの決意と言うものが……」

 

そう言って、前で盛り上がってるスレイ達の方に駆けて行く。

ザビーダはそれをじっと見て、

 

「……だよなあ~、俺もその頃は若かったわ。」

「知り合いだったのね。」

「その頃だからな。アイゼンに会ったのは。」

「……そう……」

 

エドナはザビーダをちらっと見て、そのまま歩いて行った。

ザビーダは小さく笑い、

 

「ホント、あん時のアイツらは変わった仲間揃いだったぜ。」

 

そう言って、自分も盛り上がっている彼らの方に歩いて行く。

と、スレイが思い出したように言った。

 

「そういえば、ライラが気にしてたアルマなとかって、この辺に居るんだよな?」

「そうです!アルマ次郎さんがいるかもです!」

 

と、ライラに闘志が燃える。

そしてスレイ達を見て、

 

「探しましょう!アルマ次郎さんを!」

「は、はい……」

 

スレイ達はその熱意に負けた。

スレイ達は洞窟を探索し、レイが立ち止まる。

そして指差す。

そこにはダンゴムシのような憑魔≪ひょうま≫がいた。

ライラは目を見張り、

 

「違う!アルマ次郎さんじゃない!」

「丸いけど団子蟲じゃん!」

 

ロゼもそれを見て唸った。

そしてライラは札を取り出し構える。

 

「この程度の丸さではマルでダメですわ!」

 

そう言って、一人戦闘を始めた。

 

「ライラ⁉」

 

スレイは剣を抜いて、ライラを追いかける。

エドナが天響術を詠唱し始め、

 

「まったく、仕方ないわね。」

「まぁ~、仕掛けちまったもんはしゃーねぇー!」

 

そう言って、攻撃を仕掛けた。

ミクリオとロゼは眉を寄せ、

 

「えぇ―⁉」「意味が解らん!」

 

と、言いつつも、武器を構えて戦い出す二人。

そんな彼らのやり取りを見ていたレイは、

 

『……楽しそうだな……』

 

一人、後ろに下がって見ていた。

と、ライラがこん身一撃を与え、

 

「今回は何も見ていなかった。そうですわ、何も!」

 

そう言って、歩き出す。

スレイ達も苦笑いしながら、歩き出す。

 

スレイ達は帝都ペンドラゴに立ち寄った。

騎士団塔に行くと、騎士セルゲイが立っていた。

スレイは彼に近付く。

 

「セルゲイ。ハイランドとの交渉はどうなった?」

「皇帝陛下とハイランド王は平和に同意された。だが、実務交渉が難航している。」

 

騎士セルゲイの言葉に、スレイは首をかしげる。

 

「一番偉い人が許可したのに?」

「それは形式だよ。実務では保守派は面子に賭けて条件をゆずらないし。推進派も、これを機に利権を得ようとしている輩がほとんどだ。味方の中に敵がいて、敵の中にも味方がいる。混沌極まりない状況だ。」

「はぁ……聞いてるだけで疲れる。」

 

スレイは肩を落とす。

レイはスレイ達に背を向けて、

 

「それが人間の作り出した理……人が人を縛る為の秩序……か。」

 

ロゼが腕を組み、騎士セルゲイを見る。

 

「大変だねえ、セルゲイも。」

「なんの。スレイや奥方の苦労に比べれば。それに貴殿の妹君も。」

 

レイは騎士セルゲイを笑顔で見て、

 

「ん。お兄ちゃんを支える立派な従士だよ。ね、ロゼ?」

 

と、ジッとロゼを見る。

ロゼは一歩下がる。

それを見ていたザビーダは、声を殺して笑っていた。

そこにエドナが傘で突く。

ロゼは騎士セルゲイを見て、

 

「えっと、その奥方っていうの実は……」

「奥方。困難な道を共に進む人がいるというのは、とても幸せなことだ。」

 

だが、彼は胸に手を当てて言う。

そしてスレイを見て、

 

「前ばかり見ている男は、なかなかその幸福に気付かないものだが。」

 

スレイは苦笑する。

騎士セルゲイは再びロゼを見て、

 

「どうか見守ってやってもらいたい。」

「わかった。任せて!」

 

ロゼは頷く。

騎士セルゲイは笑い、

 

「はは、許されよ。自分が言うまでもないことだったな。おっと、次の会議の時間だ。失礼する。」

 

そう言って歩き出そうとする彼に、

 

「セルゲイ――」

「心配無用、自分は折れない。ここまでの道を築いてくれた者のためにも。」

 

そう言って歩いて行った。

レイは騎士セルゲイを見て、微笑む。

だが、レイはロゼを笑顔で見上げた。

 

「ロゼ、ミク兄が前に言ってたように、セルゲイのいう奥方は……従士だよね。」

「ちょ⁉レイ⁉雰囲気が怖いよ!」

「えー?笑顔だよ、私。」

「いやいや!スレイー!ミクリオー!」

 

と、ロゼは両手を上げる。

ミクリオがレイを抱き上げ、

 

「レイ、前にも言った通りだから!そうだろ、スレイ!」

「ああ!」

 

必死な二人の姿を見たザビーダは、今度は声を上げて笑い出した。

それをエドナが傘で突きまくった。

スレイ達は今日は、ペンドラゴで宿を取って休んでいた。

と、休んでいたスレイとミクリオの元に、ザビーダがやって来た。

 

「ライラたちは?」

 

ザビーダは周りを見て言った。

スレイがザビーダを見て、

 

「みんなサウナに入るって。レイも付いて行ったよ。」

「っしゃ!サウナ行こうぜ!ミク坊も!」

 

ザビーダは嬉しそうにはしゃぐ。

ミクリオは読んでいた本のページをめくり、

 

「僕は後でいい。」

「反論は却下!男はハダカのついあいが以下略!」

 

と、ミクリオの読んでいた本を取り上げる。

そして二人を無理やり連れて行く。

ミクリオは怒りながら、

 

「なんなんだよ、もう!」

 

そして連れて行かれたスレイとミクリオだったが、彼らはサウナで討論を開始していた。

 

「……というわけで、燻製用の小屋がサウナの原型という説が有力なようだ。」

 

だが、ザビーダは別の事に集中していた。

 

「風を読みきる……俺様ならできるはず!」

 

スレイがミクリオの説を聞き、

 

「ふうん……どっちにしろ北方の文化だったんだよな。それがグリンウッド全土に広がったんだろう?」

「改めて言われると不思議だな。」

 

と、彼らの横の方では、

 

「エドナちゃんと嬢ちゃんはパス!エドナちゃんは三千年後くらいにまたな。嬢ちゃんは元の姿くらいになったら!熱気を駆け抜けて……届け!」

 

スレイは腕を組み、

 

「昔は大陸全体が寒かったから……とか?」

「ありうるのか?そんなことが。」

 

ミクリオも腕を組む。

と、スレイが手をポンと叩き、

 

「あっ!ヴァーグラン森林の切り株!」

「デゼルが言ってたな!気候が冷え込んだか日差しが弱かった時代があったって。」

 

ミクリオもハッとする。

そして横でも、

 

「あつっ!風が弾かれた⁉嬢ちゃんに気付かれたか⁉いや、ライラの炎か……!」

 

ミクリオは嬉しそうに、

 

「思わぬものが繋がったね。」

「新しい歴史が証明できるかもしれない。」

 

そして熱気付いた彼らは、

 

「「「ふぅ……」」」

 

そして汗を拭い、

 

「熱いな。」「熱いね。」「熱い。」

 

そう言って、もう少しだけサウナに居た。

 

 

レイはロゼ達に誘われてサウナに来ていた。

ライラに体や髪を洗って貰い、湯につかる。

横にエドナが来て、

 

「おチビちゃん、沈まないようにね。」

「ん。浅瀬に居る。」

「でも、ちゃんと肩までつかるんですよ。」

「ん。つかる。」

 

ライラも湯につかりながら言う。

その上を飛び越えて、

 

「とぉう!」

 

と、ロゼがお湯に飛び込んだ。

エドナが水しぶきを防ぎ、

 

「バカなの。アホなの。」

「ごめん、ごめん。でも、やりたくって。」

 

ロゼは謝りながら、つかる。

エドナはそっぽ向き、

 

「まったく、子供ね。」

 

と、レイが顔を上げる。

 

『……お兄ちゃん達も入ったんだ……』

 

そして、スレイとミクリオの討論が響いて来た。

エドナは天井を見上げ、

 

「うるさいわね。男サウナ。」

「どうせスレイとミクリオが、サウナの歴史とかで盛り上がってるんでしょ。」

 

ロゼが笑いながら言う。

ライラも頬に手を当て、

 

「『なぜサウナが大陸中に広がったんだろう?』とかですね。」

「そうそう。」

 

ロゼは大笑いする。

エドナが顔をお湯に戻し、

 

「そして、けしからんマネをしている他一名。」

 

と、言ってレイを見た。

レイはさっきから何かを見つめている。

そしてビクンと一度脅え、ライラから距離を取った。

ライラが笑顔で、

 

「大丈夫です。怪しい風は燃やしておきましたから。」

「ヤボだよねえ。もっと落ち着いて、このアツアツ天国を楽しめばいいのに。」

 

そして横を見るロゼ。

そこには岩に身を預けてうっとり気持ち良さそうにつかっているライラの姿。

 

「はい。身も心も浄化されるよう……」

「この気持ちよさに気付けないなんて、ホント男って――」

 

エドナもうっとりしながら言った。

そして声を合わせて、

 

「子どもね。」「子どもだよねー。」「子どもですよね。」

 

と言うのを聞き、レイは目をパチクリし、

 

『そう……なんだ……』

 

と、水で遊んでいた。

そしてしばらくして上がるのだった。

 

ハイランドに戻って来た。

そして霊峰レイフォルクが見えてきた。

スレイはエドナを見て、

 

「エドナ、アイゼンの墓参りに行こう。」

「……そうね。」

 

エドナは霊峰を見つめて言う。

そして頂上を目指して歩き出す。

頂上まで来ると、スレイ達は天族アイゼンの墓の前で手を合わせていた。

そしてエドナが彼の墓に花や人形、置物を添えて、

 

「……お土産よ。お兄ちゃん。」

 

そして立ち上がり、墓を見つめる。

 

「アイゼンがいつもお土産くれたのも、こういう気持ちだったのかもね。」

 

レイはエドナを見て、小さく笑う。

そして横では、

 

「一緒に行かなくても、お土産で思い出を繋げられるもんね。」

 

ロゼがニット笑う。

エドナはロゼを見て、

 

「へぇ。旅烏≪たびがらす≫のあなたらしい台詞ね。」

「エドナも気持ちは同じだろ?」

 

スレイは小さく笑う。

エドナはそっぽ向きながら、

 

「違うわ。教えないけど。」

「あはは、かなりエドナっぽい台詞なんだけど。」

 

ロゼは腰に手を当てて笑う。

エドナは天族アイゼンの墓を見て、

 

「言うわね。」

 

そして空を見上げて彼を思い出す。

ロゼがエドナの背を見て、

 

「お兄さんっても別の人なんだし、同じ気持ちじゃなくても良いんじゃない?」

 

そしてエドナはハッとしたように、ロゼをに振り返り、

 

「透視能力?」

「マジで⁉」

 

スレイもロゼを見上げた。

それも手をポンと叩き、

 

「ロゼにも私と同じような能力が。」

「「ないない。」」

 

と、ロゼとデゼルは声を合わせた。

そしてレイは一人笑い出した。

それにつられて、ライラも笑い出す。

エドナはお墓を見つめ、

 

「そうね……お兄ちゃんと同じものを見てるのかなんて、どうでも良いことだったわ。」

「そういう事ではありませんわ。」

 

ライラがエドナの背に優しく微笑みながら言う。

ロゼも微笑みながら、

 

「そうだよ。お兄ちゃんと違ったこと感じてても、悩まなくていいよって意味。」

「だな。エドナの旅はエドナのものなんだから。」

 

と、スレイもエドナの背に言う。

エドナは背を向けたまま、

 

「……面倒な子たちね。心配いらない。良いことばかりじゃないけど旅は楽しい。」

「うわ!」

 

と、今まで黙って聞いていたミクリオが一歩下がって驚いた。

スレイも少し驚き、

 

「エドナが気持ちを素直に!」

「赤飯だ!人間はそうするらしいぜ!」

 

ザビーダは手を叩きながら笑う。

レイはそのザビーダを見て、

 

「お祝いごと?」

「ああ!そうだ!」

 

と、なおも笑う。

レイはビクンと何かに反応し、ライラの後ろに走って隠れた。

その中、ミクリオはエドナの背を見て、

 

「いやまて、落ち着け、これは罠だ。」

 

と、エドナが怒りマックスの顔で振り返る。

そして傘で彼らをど突いた。

 

「いて!」「いた!」「いった!」

 

軽傷だったスレイは頭を掻き、腹を抑えるミクリオ、ザビーダに関してはかなりボロボロだ。

エドナは傘を開き、

 

「……って、お兄ちゃんは思ったのかなって話。さ、行きましょう。」

 

そう言って、さっそうと歩いて行く。

スレイは頷き、

 

「ああ。」

 

そう言って歩いて行く。

ザビーダは天族アイゼンの墓を見つめ、

 

「またな。」

 

彼も歩き出す。

一人先に歩いていたエドナは嬉しそうに、

 

「行ってくるね。お兄ちゃん。」

 

その足取りは軽い。

 

スレイ達はレディレイクに居た。

そして今日一日はレディレイクの街の宿で、休息を兼ねて休んでいた。

レイは部屋でスレイと本を読んでいた。

そこに、ミクリオが汗を拭いながら部屋に入ってくる。

スレイはミクリオを見て笑い、

 

「特訓か?ミクリオ。」

「特訓?なんのことだ?」

 

ミクリオは椅子に腰を掛ける。

スレイは苦笑いし、

 

「そっか。にっしも長い旅になったよな。出発の時は思いもしなかった。」

 

レイはスレイと呼んでいた本を閉じる。

ミクリオはスレイを見て、

 

「覚えてるか?イズチを出た時のこと。」

「忘れるわけないだろ。あんなに輝いてた世界をさ。な、レイ。」

 

と、スレイはおもい出しながらレイの頭の上に手を置いた。

レイはスレイを見上げ、

 

「……うん。」

「今は……どう見えるだろう?」

 

ミクリオは遠い目をしながら言う。

スレイは腕を組み、

 

「どうだろうなあ……」

「見てみないか?イズチに行って。」

「……そうだな。行ってみるか。」

 

と、スレイは腰を上がる。

ミクリオは驚き、

 

「今から行くのか?」

「善は急げだ。」

「だが……」

「なら、私が連れてく。」

「「え?」」

 

レイが立ち上がり、スレイとミクリオの手を掴む。

と、レイの影が三人を飲込んだ。

二人が目を開けると、すでにそこはイズチだった。

そしてレイは指を指す。

その先には広大な空、そして雲が包み込んでいる。

スレイとミクリオはそこを見つめる。

ミクリオは遠くを見つめ、

 

「やっぱり広かったな……世界は。」

「まだ早いんじゃないか。言い切るのは。」

 

スレイも遠くをみるように言う。

レイは岩に座って遠くを見る。

ミクリオは変わらず遠くを見つめ、

 

「早いって……散々旅をしただろう?」

「そうだな。」

「けど、天遺見聞録にある『火を噴く山』もまだ見てない。北にあるっていう『氷でできた大地』も。その向こうにだって、きっと世界は広がってる。」

「ものスゴイ困難もね。」

「もちろんな。けど、それは――なんとかしようぜ。」

 

と、自信満々で腰に手を当てて言う。

そんなスレイに、ミクリオは苦笑いで、

 

「まったく……あきれてものが言えないよ。」

 

レイは二人を見て微笑む。

と、スレイは腕を組み、

 

「あれ?なんか用があったんじゃないのか?」

「どうだったかな。忘れた。」

「適当だなー。だろー、レイ。」

 

そう言って、スレイはレイに振り返る。

ミクリオも振り返り、

 

「スレイ相手にはこれぐらいでいいのさ。な、レイ。」

「うーん、かもしれないし、そうじゃないかもしれないね。」

 

と、レイとミクリオは笑い出す。

スレイは頭を掻きながら、

 

「ひっで!」

「思い出したら言うよ。」

 

ミクリオは小さく笑って言う。

スレイは伸びをして、

 

「また今度か。」

「まだ今度だ。」

 

と、二人はレイを見て、

 

「その時はレイも一緒だからな。」

「また一緒に来よう。」

 

レイは瞳を揺らし、笑う。

そして立ち上がり、二人の元に駆けより、

 

「ん。約束ね。」

「「ああ。約束だ。」」

 

と、笑い合う。

ジイジ達に会ってから、スレイ達はレイの影で、宿屋の部屋に戻った。

スレイ達が戻ってしばらくして、レイが一人どこかに出て行った。

気になったスレイ達がそっとついて行くと、レイは地面に浮かんだ魔法陣に吸い込まれて消えた。

 

「「レイ⁉」」

 

そう言って、スレイとミクリオがその魔法陣に近付くと、二人も飲み込まれた。

ロゼ達は互いに見合って、その魔法陣に近付く。

そして飲み込まれた。

 

「お兄ちゃん、ミク兄。おーい、みんな。」

 

と、スレイ達はハッとしたように目を開ける。

スレイ達は起き上がり、辺りを見る。

とある一角は岩々が連なり、その間から光る柱が見える。

さらに見晴らしのいいところでは、海が見える。

辺りには巨大な骨も転がっていた。

 

「さっきのは……天響術?」

「それに、裁判者の力が加わった者ね。そしてこれは、移動に使うもののようね。」

 

辺りをきょろきょろ見渡すスレイに、エドナが言う。

ミクリオは腕を組み、考え込む。

 

「遺構に遺った……移動の……まさか……これ……『旅の門』⁈」

「え!神代の時代の文献に言葉だけ出てる、あの?」

 

スレイとミクリオは互いに見合う。

そして彼らの前にいるレイを見る。

レイは向かれた視線にそっぽ向く。

そして同じように辺りを見ていたライラが、

 

「これは……私も初めて見ましたわ。」

「……くるね。これは。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

ザビーダも腕を組んで笑いながら、

 

「はっはっは。だろうなぁ。」

「つまりこの先には……」

「神代の時代の遺跡が!」

 

だが、ミクリオとスレイは興味深そうにその先を見つめる。

エドナが呆れたように、

 

「のんきね。この気配、わかるでしょ?」

「ああ……危険なところなんだろうな。」

 

スレイはワクワクするように言う。

ロゼが呆れたように、

 

「けど、行くでしょ。」

「ああ。危険なら、なおさら調べておかないと。」

 

スレイは頷く。

レイはスレイ達を見上げ、

 

「なら、本当に危険な場所だから気をつけてね。」

 

そう言って、レイが歩いて行く。

スレイとミクリオは互いに見合って苦笑いして歩き出す。

エドナは歩くレイを見て、

 

「おチビちゃんに言われると、なんか納得がいかないわ。」

「ははは!まったくだ。」

 

そう言って、エドナとロゼも歩き出す。

ザビーダはライラを見て、

 

「止めないんだな。」

「ええ。迷って出した答えで失敗したら、二度と立ち上がれない。でも――信じた答えに殉じれば、失敗しても必ず立ち上がれますから。」

「信じてるってワケかい。」

 

ライラは頷く。

そして互いに見合って、スレイ達に付いて行く。

 

スレイは嬉しそうに、

 

「旅の門、神代の時代の遺跡か……」

「かは、わからないけど……注意は怠らないこと!」

「わかってるって!」

 

スレイとミクリオはどんどんと辺りを調べまくる。

と、スレイとミクリオは浜辺で見たこともない種を見つけた。

 

「なんだろう?なんかの実……かな?」

「それにしても変わったものだね。見たことあるか、ロゼ?」

 

スレイとミクリオが種を調べて、ロゼを見た。

ロゼは腕を組んで悩み、

 

「う~ん……ないなあ。旅でも商品でも。」

「もしかして海の向こうから流れ着いた?」

「海の向こう⁉」

 

スレイの言葉にミクリオが目を見開く。

ロゼも驚きながら、

 

「そこに、こんな実をつける樹が生えた場所があるって?すごいこと考えるな。」

「不思議じゃないだろ?事実、見たこともない実がある。それに、こんな妙な場所だってあったんだ。」

 

スレイは嬉しそうに語る。

ロゼも微笑み、

 

「うん。不思議じゃないね。」

「海の向こうか……ロマンだね。」

 

ミクリオは海を見つめて言う。

スレイも見つめて、

 

「ああ、行ってみたいな。いつか。」

 

と、その姿を見て聞いていたレイは同じように海を見つめて、

 

『実際に、向こうはあるけど……内緒にしとこ。』

 

そして彼らを見て微笑んで、歩き出す。

スレイとミクリオは再び探索を始める。

と、高い岩場で、ドラゴンの骨を見つけた。

スレイが驚きながらそれを調べ、

 

「これ、ドラゴンの骨か!」

「これを調べたら、ドラゴンの存在が核心にもっと迫れるかもしれないな。」

 

ミクリオも同じように骨を調べながら言う。

ロゼは微妙な顔つきで、

 

「へぇ~。二人って、手羽先食べててもなんか見つけ出しそう。」

「鳥の羽と動物の足の骨って、不思議なほど似てるんだよ。もしかして――」

 

と、ドラゴンの骨を調べながらスレイがロゼのと言葉に反応した。

ロゼは呆れたように、

 

「なんか始まったし。」

「バカ。」

 

エドナはロゼを半眼で見た。

そして同じように調べていたミクリオがスレイを見て、

 

「問題は不死身のドラゴンが死んでるってことだ。」

「しかも四足種――最強のドラゴンが、です。」

 

ライラがジッと、ドラゴンの骨を見つめる。

スレイが腕を組んで、

 

「こいつを倒したヤツがいるってことだな。」

「もしくは『いた』だな。」

 

ザビーダはニット笑う。

エドナが黙り込む。

ザビーダはエドナを見て、

 

「怖かったら手握ろうか?」

「違う。地脈が変なのよ。」

「おりょ?マジ返しかよ。」

「あなた、なにか知ってるんじゃない?」

 

エドナがザビーダを睨みつける。

ザビーダはレイを見つめた。

黙って聞いていたレイはザビーダと目が合う。

レイは知らん顔をする。

ザビーダは口の端を上げ、

 

「……八天竜の巣『だった』。大昔はな。けど行くんだろ?ここが何でも、よ。」

 

と、ザビーダは最後真面目な表情で言う。

スレイは頷き、

 

「ああ……気を抜くなよ、みんな。」

「オッケー!骨になったらスレイに研究されちゃうしね。」

 

と、ロゼが笑いながら歩いて行く。

ライラ達も笑いながら、歩いて行く。

レイはザビーダを見上げ、笑った後歩いて行く。

と、その奥の方にあった光る柱をスレイが調べると、光に包まれる。

光が収まると、スレイ達は辺りが空に浮いているかのような場所に来た。

というより、下は雲で覆われている。

ロゼが辺りを見て、拳を握りしめて叫ぶ。

 

「なんだこりゃー⁉」

「術で隔離された空間だこりゃー!」

 

と、ロゼと同じポーズで、ザビーダも笑いながら叫ぶ。

スレイが苦笑いで、

 

「はは!ザビーダのボケで冷静になれた。」

「そりゃよかった。ボケボケしてたら死んじまうからな。」

 

ザビーダは帽子を上がる。

奥に進むと、ピンクに近い紫のような髪をした少女がいた。

その髪を左右に結い上げているが、地面に着きそうなくらい長い髪だった。

服は白を基準とした赤いラインがある。

そして拳には武器があった。

ミクリオがその少女を見て、

 

「女の子⁉なんでこんなところに?」

「気をつけて。ワタシたちに気付いてる。この子ただ者じゃないわよ。」

 

エドナがそう言うと、その少女の武器で憑魔≪ひょうま≫を倒した。

そして少女は、こちらを見て構えている。

ミクリオが武器を取り出し、

 

「ああ。見た目で油断は禁物だ!」

「……今、ワタシを見て言ったわね?」

 

エドナはミクリオを睨んだ。

そしてレイは彼らの空気を読み、一歩下がった。

少女が攻撃を仕掛けてくる。

スレイ達は戦闘を開始する。

少女の攻撃を避け、天族組が天響術を繰り出す。

そしてスレイとロゼが接近戦で応戦する。

と、スレイとロゼの息の合った攻撃がヒットする。

少女は一歩後ろに下がる。

さらに攻撃しそうになる少女の前にレイが前に出る。

そして少女に笑顔を向ける。

 

「とりあえず、お話しようっか。」

 

と、言うと少女は警戒しながらも、スレイ達を見る。

スレイが剣をしまい、

 

「君は……天族なのか?」

「天族?」

 

少女は眉を寄せる。

ミクリオも武器をしまい、

 

「僕たちが見えているんだろう?」

「聞こえてないみたいよ。」

 

ロゼが困惑しながら言う。

少女はスレイの奥を見つめ、

 

「それはなに?あなたの周りの四つの光。」

 

どうやら少女の瞳には天族達は赤、青、黄色、緑の球体に見えるみたいだ。

レイが少女を見て、

 

「天族の気配は感じるのか……」

「仲間だよ。見えないけど友達なんだ。」

 

スレイが笑顔で言う。

少女は何かを思い出すように、

 

「ともだち……」

 

レイはジッと少女を見つめる。

そして少女は警戒を解き、スレイ達を見て、

 

「ごめんね。『それ』なんて言って。」

「いいんだ。君は……?」

 

スレイが少女を見て言う。

そして天族組も警戒を解く。

少女はスレイを見て、

 

「わたしはソフィ・ラント。」

「ソフィ。なんで襲ってきたかも聞いて良い?ワケあるんでしょ?」

 

ロゼも警戒を解いて聞く。

少女ソフィは俯き、

 

「『強力な見えない力が時空を歪めている。力の源を断たないと元の世界に帰れない』って。」

「それは……」

 

スレイも困惑する。

少女ソフィが顔を上げ、

 

「譜術士≪フォニマー≫のおじさんが、そう言ったの。」

 

そして背を向け、外の方を見て、

 

「見えない力の源……探さないと。」

 

そう言って、歩いて行った。

エドナがその背を見て、

 

「変わった子……」

「ね。」

 

ロゼも腕を組んで言った。

ミクリオはスレイを見て、

 

「僕たちや憑魔≪ひょうま≫を直感で捉えてるみたいだったな。」

「よほど清らかな心をお持ちなのでしょう。」

 

ライラがスレイ達を見て言う。

そしてザビーダは笑いながら、

 

「実は人ならぬ力をもってる……とかな。」

「悪い子には見えなかったけど。」

 

スレイは困惑して言うと、ずっと腕を組んで考え込んでいたレイが、

 

「そうか!そういうことか……あー、何でこのタイミングでこういう事を起きるかな……。審判者の力借りたかったなぁ……。ま、いいか。私だけで……事実、かなり昔の時は審判者のおふざけが入ったし……よし!」

 

と言って、レイは少女ソフィを追いかけて言った。

スレイはさらに困惑し、

 

「え?え⁉何が⁉」

「それは後!」

「追うぞ!スレイ!」

 

そう言って、スレイ以外の全員がレイを追う。

スレイも走り出す。

そしてミクリオが走りながら、

 

「さっきの子、憑魔≪ひょうま≫……じゃないよな?」

「なぜそう思うの?かわいいから?かわいいからね?」

 

エドナが走りながらミクリオに言った。

ロゼはニヤニヤしながら、

 

「女子に夢見る年頃なんだねぇ。」

「問題ないよ。君たちが夢を覚ましてくれるからね。」

 

そう言って、走るスピードを上げるミクリオ。

と、その先に穢れを纏ったドラゴンが現れる。

その大きさは小さい方だったが、相手はドラゴン。

攻撃力は強い。

それに注意して攻撃を繰り出す。

そして倒すと、ロゼが武器をしまい、

 

「まさかドラゴンと戦う事になるなてね~。」

「同じ構造物が他にもあるわ。きっとまだ居るでしょうね。」

 

エドナがスレイ達を見る。

スレイが辺りを見渡し、

 

「ホントにここはドラゴンの巣なんだな。」

 

そして再び走り出す。

ミクリオは思い出すように言う。

 

「捉えられているのように見えたが……」

 

ロゼがハッとしたように、

 

「じゃあ、罠だ。ドラゴンホイホイ的な。」

「しかし、捕獲できるなら倒せるはずだ。生かしてある理由がわからない。」

 

ミクリオが考えながら言う。

ロゼは走りながら、頭に指を当て、

 

「う~ん……」

「ドラゴンを利用する気だったとか……」

 

スレイも考え込む。

そしてライラも、

 

「単にドラゴンを飼っている……なんてことはありませんよね。」

「それだ!飼ってるんだよ。」

 

ロゼがバッと顔を上げた。

そしてスッキリした顔で、

 

「お乳を搾るために、牛を飼う牧場!ここ、牧場に似てる気がする。」

「ほほう。」

 

それを聞いたザビーダは、面白そうにロゼを見た。

ミクリオは苦笑して、

 

「ドラゴンを家畜にして、一体何を搾るって――」

 

そしてザビーダ以外がハッとした。

スレイが呟くように、

 

「『穢れ』か。」

 

ザビーダはその答えにニッと笑う。

ライラがどこか納得したように、

 

「……この遺跡の術は、ひとつに連動しているように見えますわ。」

「つまりここは穢れを絞り出す回路……?だとしたら、やっぱり裁判者と審判者か……」

 

ミクリオが眉を寄せる。

そしてスレイも眉を寄せ、

 

「その仮説、確かめないといけないな。」

 

スレイ達はレイの元に急ぐ。

と、今度はドラゴンの代わりに、一人の男性を見つけた。

男性は長い茶色の髪に、眼鏡をつけ、青い服を身に纏った騎士とは違うが、それに近い何かを感じ取れる。

その男性がスレイ達を見て、いきなり術を放ってきた。

ザビーダがそれを避け、

 

「こいつ!俺たちが見えてやがる!」

「メガネだから?」

 

ロゼも術を避けて言う。

が、ザビーダは近くに居たミクリオを見て、

 

「そうなん?」

「知るわけないだろ⁉」

 

ミクリオが叫ぶ。

そして彼の術と槍の攻撃を防ぎながら、スレイは彼に近付く。

そして大声で、

 

「オレたちの話を聞いてくれ!」

 

と、言って彼の前で剣を捨てた。

 

「「スレイ⁉」」

 

ミクリオとロゼは目を見開いた。

と、男性は意外そうな顔で攻撃を辞めた。

そしてスレイと少し話し、

 

「いやはや、見えない敵だらけ。やっかいな世界ですねえ。」

「それで……あなたは……?」

 

スレイが聞くと、男性はスレイ達を見て、

 

「これは申し遅れました。私はジェイド・カーティス。」

「オレはスレイっていいます。」

「ジェイドさんは見えているのですね?私たちや憑魔≪ひょうま≫が。」

 

ライラがそう言うと、彼は頷き、

 

「ええ。例え不可視でも、空間構成素子にはなんらかの影響を及ぼしているはず。その揺らぎを検出、視覚化するよう眼鏡に細工をしてみたのですが……」

「はは!マジでメガネが理由だったか。」

 

と、ザビーダが手を上げて笑うが、

 

「……とかだったら面白いですね。」

「じゃあなぜ見えてるんだ?それに声まで。」

「さぁ?」

 

と、男性ジェイドは笑う。

ミクリオは拳を握りしめ、

 

「こいつ……」

「ミボの苦手なタイプのようね。」

「エドナと同じだ。」

 

エドナがミクリオを見て言う。

そしてスレイが苦笑いで、そう言った。

その背に、エドナは睨みつけた。

そのやり取りを見た男性ジェイドは笑う。

 

「はっはっは、おふざけはそのくらいにして、そろそろ私が元の世界へ戻る方法を教えていただきましょうか。」

「……別の世界から来たって言うのか?」

 

スレイは驚く。

男性ジェイドは頷き、

 

「はい、何らかの力が時空に干渉して、私たちをこの世界に引きずり込んだようです。詳しく調べないとなんとも言えませんが、この遺跡が発する力場が原因なのは間違いなさそうですね。まったく迷惑な話です。」

「ですが、私たちもどうしたらいいか……裁判者や審判者ならともかく……」

 

ライラが俯く。

男性ジェイドは笑いながら、

 

「おや、あなた方も知らないと言うのですか。その裁判者や審判者という者はどこに?」

「え~と……審判者は現在は対立中で、レイ……っていうか、裁判者は……」

「行方不明ね。」

 

ロゼが頭を掻き、エドナが淡々と言う。

男性ジェイドは腕を組み、

 

「これは困りましたね……。ふむ……やはり力の発生源を叩くしかありませんか。」

「力の発生源……領域のことか?」

 

スレイが聞くと、

 

「それをそう呼んでいるのなら、そうなりますね。……しかし、強力な領域は複数あるようです。となると……あのお嬢さんの方が、元凶に当たってしまうかもしれませんね。」

「え?」

「いえ、こちらの話です。では私はこれで。」

 

そう言って、男性ジェイドは歩いて行った。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「なんだあれ……」

「別の世界なんて……信じられないよね。」

 

ロゼは笑いながら言う。

ザビーダはロゼを見て、

 

「ロゼちゃん。それをここで言う?」

「……それもそっか。」

 

ロゼは辺りを見て言う。

そしてスレイ達は再びレイを探しに走り出す。

と、ザビーダは口の端を上げ、

 

「今のメガネ男は『ナスとは反対』だな。」

「?そのココロは?」

 

ロゼが首を傾げながら彼を見る。

ザビーダは決め顔で、

 

「『煮ても焼いても揚げても食えない』。」

「なるほど!」

 

そして行った先にいたドラゴン達を倒して先に突き進む。

奥に行くにつれて穢れも強くなる。

と、頂上まで行くと、レイと少女ソフィ、そして男性ジェイドが居た。

スレイがそこに駆け込み、

 

「レイ!」

「お兄ちゃん。……ごめん、お兄ちゃん達のこと……忘れてた。」

 

レイは苦笑いする。

スレイとミクリオは目を見開き、

 

「「えぇ⁉」」

 

そしてスレイは気持ちを何とか切り替え、

 

「……また会ったね。」

「おや。これはいいところに。」

「絶対今のはわかってて言っただろ!」

 

ミクリオは男性ジェイドの言葉に、拳を握りしめる。

そしてロゼも腕を組み、

 

「本当にいいとこ?」

「はい。この遺跡の強い力の発生源は、すべて消滅したというのに私たちが戻れる様子はありません。そして、あなたの妹さんが言うには……残った強い力の源はあなた方だけ。となれば答えはひとつです。」

 

男性ジェイドはミクリオの事は完全スルーで、笑顔で言う。

ミクリオは腕を組み、

 

「……僕らが元凶だと?」

「この子のいう事は少し難しい。でも、ジェイドとこの子が言うには、元凶を消す方法はひとつだって。」

 

ミクリオの問いに、少女ソフィが答える。

 

「僕の声が!」

「うん。聞こえるし見えるよ。ジェイドにメガネ、つくってもらったから。」

 

確かに少女ソフィは眼鏡をつけていた。

 

「お揃いです。」

 

と、男性ジェイドは眼鏡を上げる。

ミクリオは半眼で、

 

「やっぱり眼鏡だったんじゃないか……」

 

少女ソフィはスレイ達を見て、

 

「わたし、どうしても帰らなきゃいけないの。みんながいる世界へ。約束したから……!」

「だからそれは――」

「私も異世界の技術には惹かれますが、こんなはた迷惑な建築は好きになれそうにありませんのでね。」

 

と、男性ジェイドはレイの言葉を遮った。

そして少女ソフィは構える。

男性ジェイドも、警戒を強くする。

そしてスレイ達も構える。

ザビーダは男性ジェイドを見て、

 

「なるほど。戦≪や≫る準備は万端ってか。」

「飲み込みが早くて助かります。」

「ごめんね。」

 

そして彼らの戦闘が始まった。

ミクリオは彼らの攻撃を避けながら、

 

「くっ!僕らは元凶なんかじゃ……」

 

だが、同じように攻撃を避けたロゼは、

 

「スレイ、あのメガネがいっぱいあれば!」

「みんな天族が見えるようになるかも!」

 

と、スレイも攻撃を避けて、ロゼと見合った。

ミクリオは眉を寄せて、

 

「二人とも集中しろ!」

 

ミクリオが二人に怒った。

その間も戦闘は悪化していく。

レイはため息をつく。

そして笑顔で全員を影で捕まえる。

 

「と・り・あ・え・ず、戦闘を今すぐやめなさい!」

「ちょっ⁉レイ⁉」

「なんかキャラ変わってない⁉」

 

スレイとロゼが驚いてレイを見る。

レイは笑顔のまま、

 

「ただでさえ、この場所嫌いなのに……アイツらに呼び出される。その理由はまた異世界人を迷い込ませたこと……さらには審判者の力も使えない。裁判者の力ひとつでやらなきゃいけないの。一人で後処理もしなきゃいけない……アイツら……!」

 

そして最後の方は何というか怖かった。

ライラがレイを見て、

 

「わ、わかりました!今すぐやめます!ね、ミクリオさん!」

「ああ!わかったから、その、な?」

「そうだぜ、嬢ちゃん~。奴≪やっこ≫さん達も戦闘はもうやめる、そうだろ?」

 

と、ザビーダが少女ソフィと男性ジェイドを見る。

少女ソフィが無言で首を縦に振る。

レイは彼らを解放する。

男性ジェイドは笑いながら、

 

「いや~、さすがですねえ。」

「……うん、ジェイド。この人たち、強いよ。特に……あの子が……」

 

と、少女ソフィはレイから少しだけ距離を取る。

男性ジェイドは頷き、

 

「ええ、これなら勝てるかもしれません。」

「やっぱり試してたんだな。」

 

スレイは苦笑いする。

エドナは男性ジェイドを睨み、

 

「おかげで飛んだとばっちりよ。」

「おや、気付いていましたか。」

「うん。レイと違って殺気がなかったから……」

 

と、ロゼは視線を外す。

ミクリオは若干怒りながら、

 

「油断したら、どうなったかわからないけどね。そのおかげで……」

 

拳を握りしめるミクリオに、

 

「ちゃんと話さなくてごめんね。えっと……」

「ミクリオ。」

 

ミクリオは拳を収めて言った。

少女ソフィは頷いて、

 

「ミクリオ。」

「この遺跡は、ある力を抽出し、特定の対象に流し込む構造をもっていました。その対象こそ、時空を歪めている元凶。しかし――」

「その力は、この世界独自のもの。わたしたちじゃ消せないみたい。」

 

少女ソフィが俯く。

スレイは二人を見て、

 

「穢れって言うんだ。」

「それ、消せる?」

「ええ。浄化の力を持つ私たちなら可能ですわ。」

 

ライラが少女ソフィを見て言う。

そしてロゼも腰に手を当てて、

 

「あたし達が元の世界に戻したげる!」

「安心していい。ソフィ。」

 

ミクリオは優しく微笑む。

そして少女ソフィは嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう。」

「その気になっていただけたようでなによりです。ま、実際彼女の言う通りではありましたが、何分心配性でしてね。では、しっかり頼みましたよ。」

 

男性ジェイドは笑いながら言う。

その言葉に、

 

「「「「ちゃっかりしすぎ。」」」」

 

ロゼ、ミクリオ、エドナ、ザビーダは彼を見る。

レイは拗ねたように男性ジェイドを睨んだ。

男性ジェイドはなおも笑いながら、

 

「きれいにハモりましたねえ。」

「危険だってわかってる。でも……」

 

少女ソフィは俯く。

ミクリオは彼女を見て、

 

「ソフィ、さっきも言ったろう。安心していい。」

「任せて!オレは穢れを祓う導師だから!」

 

スレイも頷いて言った。

そしてレイを見る。

 

「で、どうすればいい?」

「穢れを祓うのはお兄ちゃん達が。その道は私がひく。浄化できたら、彼らを返す道を私が出すから大丈夫。」

 

そう言って、レイは腕を前に出し、少女ソフィと男性ジェイドの後ろに魔法陣が浮かび上がる。

レイはスレイ達を見て、

 

「あれに入ればいいよ。無論、私も行くから安心して。」

「わかった。」

 

そしてスレイ達は魔法陣の上に乗る。

 

「お願いしますよ。」

「気を付けて。」

 

二人がスレイ達を見送る。

スレイ達は頷く。

光が彼らを包む。

その場所は最初にスレイ達が来た場所だった。

そしてスレイ達が発見したドラゴンの骨が穢れを纏って動き出す。

ロゼは眉を寄せて、

 

「まさかの元凶発見!」

「こいつだったのか!」

 

スレイも眉を寄せる。

ザビーダはレイを見下ろし、

 

「嬢ちゃんは気付いてたのか?」

「気付いていたら、放置すると?」

「だよなー……」

 

レイは笑顔で彼を見上げた。

ザビーダは視線を外した。

エドナがレイを見て、

 

「それより、死んでるヤツをどうやって倒す気?」

「穢れを祓えばいい。」

「……具体的に。」

 

と、レイはエドナにキョトンとして言う。

スレイが武器を構え、

 

「こいつは穢れで動いてるはずだ!」

「はい!溜め込んだ穢れを祓えば!」

 

ライラも天響術を詠唱し始める。

ザビーダも天響術を詠唱し、

 

「けど、ドラゴン三体分だぜ?」

「なら、四倍分ファイトで!」

 

ロゼがドラゴンに突っ込んで行く。

レイは歌を歌い始める。

そして時には影でドラゴンの動きを止める。

そこにスレイ達は一斉攻撃にかかる。

それを繰り返し、スレイとロゼはライラとミクリオと神依≪カムイ≫をして、ドラゴンに一撃を与えた。

そしてドラゴンは黒い炎に包まれる。

ザビーダは帽子を深くかぶり、

 

「逝けよな……今度こそ。」

「なんとか祓えましたわね。」

 

ライラがザビーダを見る。

ザビーダは小さく笑う。

 

「やっとな。」

 

そこに魔法陣に乗って男性ジェイドと少女ソフィがやって来た。

 

「お見事です。」

「みんな、大丈夫?」

 

スレイ達は頷く。

男性ジェイドは辺りを見渡し、

 

「ここが稼働をやめたわけではありませんが、穢れの流出は止まったようです。」

「……お礼にあげるね。メガネ。」

 

少女ソフィは眼鏡を外し、ミクリオに渡す。

ミクリオはそれを受け取り、

 

「あ、ありがとう。」

「あれ?まだミクリオが見える。わたし、見えるようになった!」

 

と、少女ソフィは嬉しそうにミクリオを見た。

男性ジェイドは笑顔で、

 

「ソフィの純粋な心が生んだ奇跡ですね。」

「テキトー。」

 

エドナがスパッと言った。

ミクリオは眼鏡を持たない拳を握りしめ、

 

「じゃあこの眼鏡は……」

「もちろん、ただの眼鏡です。」

「こいつ……」

 

と、レイが二人を見て、

 

「さて。じゃあ、あなた達をそれぞれ元の世界に戻すね。」

「ええ。お願いしますね。それにしても、あなた方が言った裁判者とは……随分と幼いんですね。」

「うん。わたしよりも子供。」

「人は見かけによらないらしいよ。事実、私はこのメンバーの中で、一番年齢が上だからね。」

「おやおや、それは驚きです。」

「それにこの姿も、一つの手段に過ぎないからね。元の裁判者なら、もっと苦労したはずだよ。」

「「「「「「確かに……」」」」」」

 

スレイ達は頷いた。

そしてレイの瞳が赤く光り出す。

腕を前に出し、魔法陣をつくり出す。

 

「裁判者の名の元、異界への門を開く。異界の旅人を元の世界の旅路へと誘え。」

 

そして二人の体が光り出す。

 

「どうやら本当に帰れるようですね。」

「帰れる!アスベルたちのところへ。」

 

二人はホッとしたように言う。

レイは二人を見て、

 

「とりあえず、こちらの世界の事情に巻き込んでごめん。元の世界で頑張ってね。」

 

ロゼも腰に手を当てて、二人を見る。

 

「よかったね。二人とも。」

「ありがとう。おかげで約束、守れるよ。」

「なかなか有意義な体験でした。あまり繰り返したいと思いませんがね。一応、礼を言っておきますよ。助かりました。」

「はは。」

 

スレイは笑う。

 

「ありがとう。」

 

最後に少女ソフィの声が響いた。

そして二人は光に包まれて消えた。

二人が消えた後、ミクリオが呟く。

 

「別の世界か……なんか夢みたいだな。」

「夢じゃないって。」

「夢じゃないさ。」

 

ロゼとスレイがミクリオを見て言う。

エドナは黙り込む。

ライラがエドナを見て、

 

「どうかなさいましたか、エドナさん?」

「地脈が活発化してる。」

「え⁉」

「どういうことだ?」

 

エドナの言葉に、ライラとミクリオが驚く。

エドナは二人を見て、

 

「大地が力を増してるのよ。つまり、それを器とするマオテラスも。」

「ヘルの野郎も……か。」

 

ザビーダの目付きが変わる。

ミクリオは眉を寄せて、

 

「しかし、なぜ突然?」

「……活発化ではなく、元に戻ったのかも。この地、カースランドの発する穢れは、時空を歪めるほどでした。それに、レイさんが言ってましたし。『後始末もしなきゃいけない』と。」

 

ライラが手を握りしめる。

エドナも真剣な表情で、

 

「なるほど。それが大地を歪め、地脈の流れを抑えていたとすれば。」

「俺たちと裁判者が、それを止めちまったのが原因か。」

 

ザビーダも納得する。

ライラは俯き、

 

「すみません……私が事前に気ついていれば……」

「それでもやっただろうね。スレイもロゼも。それに裁判者も、ね。」

 

ミクリオがライラを見て言う。

エドナは意外そうな顔で、

 

「言うじゃない。」

「強くなったってことさ。僕も。」

「選んでやったことだ。後悔なんてないよな。」

 

そう言って、ザビーダもライラを見る。

ライラは顔を上げ、

 

「……そうでしたわね。強くなりますわ、私も。」

 

そう言って、ライラ達はレイと話していたスレイとロゼの元に歩いて行く。

ロゼはレイを見下ろし、

 

「そういえば、レイはさっき誰に怒ってたの?」

「……四大神と聖主。四大神に呼び出されたと思ったら……また!」

 

と、レイの雰囲気が一気に重くなる。

何かを思い出し、座り込み草をむしり出した。

 

「はいはい!この話終了!」

 

ロゼが手を叩く。

そして腰に手を当てて、

 

「これ以上、厄介な敵が増える前に話題変えよう!」

「アンタから振ったクセに。」

 

エドナは半眼でロゼを見た。

ロゼは引きつった笑顔で、周りを見て、

 

「で、……結局、この遺跡はなんだったのかな?」

「おそらくドラゴン牧場が正解だ。」

 

ミクリオの言葉に、レイが彼を見上げた。

 

『……ドラゴン牧場、ね……』

 

草をむしるのを止め、立ち上がる。

そしてミクリオは続ける。

 

「ドラゴンを利用する天族の文明があったんだ。」

「目的はなんだったんだろう?人間との関係は……?」

「残念だが、よかったとは思えないね。」

 

腕を組んで悩むスレイに、ミクリオが即答で言う。

スレイも眉を寄せ、

 

「……だよな。生活の痕跡もなかったし。あるとすれば、裁判者や審判者の力があるかな~的な。」

「ホント、上手くいかないんだね。ドラゴンを捕まえる力があっても。」

 

ロゼが頭を掻く。

スレイは空を見上げ、

 

「どんな時代……どんな人たちがいたのかな……」

「そうか。導師殿もミク坊も、遺跡を通して人や天族を見てるんだな。」

 

ザビーダが視線を落とす。

ライラは彼を見て、

 

「お二人は、前からそうでしたわ。」

「今頃気付くなんてバカなの?」

 

エドナもザビーダを見て言った。

ザビーダは視線を上げ、

 

「そりゃあ失礼しました!」

「いや。オレも昔はちゃんとわかってなかった。旅に出て、たくさんの遺跡を回って実感できたんだ。遺跡は、人の営みそのものだって。」

 

スレイはザビーダを見て言った。

ミクリオも彼を見て、

 

「それは僕も同じだ。」

「無駄ではなかったのですね。この旅は。」

「それ言うの、まだ早くない?」

 

ライラの言葉にロゼが笑いながら言う。

スレイは頷き、

 

「ああ。まだ見つけてないもんな。オレの夢に繋がる遺跡を。」

「どこかにあるさ。必ず。」

 

レイは視線を落として考え込む。

そしてしばらくして、レイが魔法陣を作り出す。

レイが魔法陣に乗る前に、

 

「お兄ちゃん。さっきの話だけど……」

「ん?」

 

スレイはレイを見る。

レイはスレイを見つめ、

 

「時に人は自身の正義の為に動く。その人にとって、正義だと道だと信じて。時に、人々の希望として崇められた者が正しく、その希望を打ち壊そうとした者が悪とされた。」

「それが当然じゃない?」

 

ロゼが首を傾げる。

レイはジッとロゼを見て、

 

「その希望を崇められた者の描く正義は『全を救い、個を見捨てる』。それは仲間も、そして自身の家族も、そして家族として過ごした相手も。そして希望を壊すその者は、それを良しとせず抗った。復讐と言う名の業を背負い。」

「それは……」

「でも、それもまた自身の掲げる正義なら、貫き通すだけ。……時に、きょうだいや家族と戦い、救いたかった大切な人を、友を失っても。そして信じた正義に裏切られても、己の中の正義と言う名の答えを信じた。お兄ちゃん達が行う正義の答えはヘルダルフを倒す事。そしてヘルダルフの正義と言う名の答えは救い。導師が正しく、災禍の顕主が悪い。それが全てではない。時に、導師が悪く、災禍の顕主が正しい時もある。それを忘れないで。そして、お兄ちゃん達が出した正義と言う名の答えを信じて。その先に、何があろうとも。」

 

レイは最期は全体を見て言った。

スレイは頷き、

 

「ああ。約束する。」

「ん。」

 

そう言って、レイは魔法陣に乗る。

スレイも魔法陣に乗り、レイの頭に手を置いて、

 

「だからレイも、自分の答えを信じてくれ。」

「…………」

 

レイは瞳を揺らし、無言で俯いた。

そして光に包まれると、スレイ達は元の場所に戻る。

スレイ達は宿屋で休む。

レイは月夜を見上げ、

 

『……私の答えはあれしかない……。だから私に残された時間はもう……』

 

そしてベッドで寝ているスレイとミクリオを見る。

レイもしばらくしてベッドに入って眠った。

 

翌朝、スレイ達は騎士アリーシャの屋敷に来ていた。

と、テラスの方に騎士アリーシャとメイドさんが居た。

そしてもう一人の男性がいた。

 

「本日はアリーシャ姫直々の接待、痛み入りました。」

「いや、ロゴス殿には、今後もローランスとのパイプ役をお願いしたいと思いまして。」

「その件は、なにかと物入りでしてな。先立つものがそれなりに。」

 

その男性は腕を組んで言った。

騎士アリーシャは首を傾げ、

 

「先立つもの……?」

 

そしてまっすぐ彼を見て、

 

「承知しています。それは。」

「承知するだけですか?」

 

彼は騎士アリーシャを見る。

騎士アリーシャは眉を寄せ、

 

「い、いえ……もちろん便宜は……十分に取り計らせていただきます。」

「そういうことであれば、私も存分に働かせていただきましょう。」

 

男性は頷いた後、騎士アリーシャを見つめ、

 

「……しかし60点と言ったところですなあ。そこまで顔に出しては足元を見られますぞ。今後はご注意を。」

「は……?」

 

騎士アリーシャは眉を寄せて首を傾げる。

男性はため息をついた後、

 

「私のような者を使いこなしてこそ、人の上に立てる。精進なされよ。」

「はい。肝に銘じます。」

 

騎士アリーシャは頷く。

男性は歩いて行く。

男性が居なくなった後、騎士アリーシャは俯く。

 

「ふう……まだまだ未熟だな。」

「あまり無理をなされませんように。」

 

メイドの人が騎士アリーシャにお茶を差し出して言う。

騎士アリーシャは顔を上がる。

 

「ありがとう。けれど、無理じゃない。少々遠回りをするだけだ。」

「アリーシャ様にとってお辛いことでしょうに。」

「私の理想なんて。私には民のために汚れる強さが必要なんだ。『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ。』穢れのないハイランドをつくるのは国の皆だ。私は、その礎として強くならなくては。」

「……変わられましたね、アリーシャ様。」

 

騎士アリーシャは首を振り、

 

「まだまだだよ。人知れず災厄と戦っている人たち比べれば……。負けてられないから。仲間として。」

「でも、少しは休まれますように。」

「わかった。大臣たちとの会議まで、少し時間があるからね。」

 

そう言って屋敷の中に入って行った。

それを遠くから聞いていたスレイはどこかホッとしたように笑う。

レイもそれを見て小さく笑う。

そしてレイの瞳は騎士アリーシャの未来の一つを見た。

 

「頑張って、アリーシャ。」

 

レイは小さくそう呟く。

スレイ達はアリーシャ邸から離れ、

 

「アリーシャ、なんか変わったね。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

ザビーダも腰に手を当てて、

 

「ああ。前より、いい女になったな。」

「見極めたからでしょう。夢を実現させるためになにが必要かを。」

 

ライラが嬉しそうに言う。

ミクリオも頷き、

 

「その上で決めたんだんだな。政治家として生きることを。」

「……ああ。」

 

スレイも嬉しそうに頷く。

と、エドナがスレイを見て、

 

「もしかして寂しい?」

「まさか。信じられるよ。もうアリーシャは大丈夫だって。」

 

そう自信満々で言うスレイ。

ザビーダはスレイの肩に手をやり、

 

「こっちもいい男になったんじゃないの。」

「だろ?」

「おっと。」

 

スレイはザビーダに笑う。

ザビーダは意外そうに手を上げた。

ミクリオも笑い出す。

そして他の皆も、

 

「言いますわね。」「言うわね。」「言うねえー。」

 

と、各々笑う。

スレイは肩を落としながら、

 

「えー、なっただろ、レイ。」

「……さあ?」

 

と、レイも笑いながら言う。

そしてスレイも笑い出す。

スレイ達はその夜、レディレイクの宿屋に泊まった。

と、スレイは辺りをきょろきょろしていた。

 

「んん……?あれ……ライラ?」

「どうかした?」

 

そこにロゼが近付いて来た。

スレイはロゼに振り返り、

 

「あ、起こしちゃったか。ごめん。」

「で?」

「ライラが居ないみたいなんだ。何かあったのかな……」

 

と、悩み出すスレイ。

ロゼも腰に手を当てて、少し考え込んだ後、

 

「ふむ……。別に気にしなくていいと思うよ。」

「けど……」

「ライラにだって見られたくない姿もあるよ、きっと。」

 

ロゼはスレイにそう言うが、彼は眉を寄せて悩み込む。

 

「……これまで苦しかった時もライラは一人で……?」

「そうだったんじゃないかな。」

「気付かなかったなんて……」

「気付かせないようにしてたんだよ。ひとりにさせたげなって。」

 

と、そこにライラがやって来た。

 

「あら、もう起きたんですの?二人とも。」

「あ、ライラ、大丈夫?」

「はい?」

 

やって来たライラに、スレイがバッと見て言った。

ライラは首をかしげる。

ロゼがライラを見て、

 

「気付いたら居ないんで心配したって。」

「まぁ。少し散歩していたんですの。心配かけてごめんなさい。」

 

ライラが俯いた。

スレイが慌てて、

 

「謝るようなことじゃないよ。」

 

そんな二人の姿を見たロゼが、

 

「……ちょっと二人とも。不器用過ぎて見てらんない。」

「え?」

 

スレイはロゼを見た。

ロゼはスレイを見つめ、

 

「スレイ、ライラは子どもじゃないんだよ?ライラにとって仲間って何なのかな?」

 

二人はハッとした。

ロゼは笑い、

 

「いっぺん初心に戻ってみたら?この街から始まったんでしょ?想い出の場所に行ってみるとかさ。」

 

二人は頷く。

と、それを遠くから見ていた残り組。

ミクリオは腕を組み、

 

「ふむ……」

「くくく。」

 

ザビーダは笑う。

エドナはやれやれと言う顔で、

 

「世話の焼ける……ね、おチビちゃん。」

「そうだね。」

 

レイもそこを見た後、エドナを見て苦笑する。

 

スレイ達は聖剣祭のあった聖堂にやって来た。

辺りに人はいなかった。

ロゼが周りを見て、

 

「お、貸し切りじゃん。」

「ホントだ。」

 

スレイも周りを見る。

と、ミクリオがロゼの耳元で、

 

「ロゼ。ちょっと……」

「ん?」

 

そしてこそこそ話し始める。

それを聞いたロゼは頷き、

 

「……うふ。いいね。」

「なんだよ、二人とも?」

 

スレイが振り返る。

ロゼがスレイとライラを見て、

 

「せっかくだから、想い出にひたる時間つくってあげようってミクリオが。」

「台無しだ……」

 

スパッと言ってしまうロゼに、ミクリオは頭を抱える。

レイは首をかしげてミクリオを見上げた。

ライラがロゼとミクリオを見て、

 

「お二人とも、ありがとうございます。ですが……」

 

ライラは祭壇を見上げ、

 

「どうか皆さんもご一緒に。」

 

そして祭壇に向かって歩いて行く。

スレイ達もそれに付いて行く。

 

「話しておくべきでした。スレイさんはあの時の事、覚えていますか?」

「ああ。今でもはっきり覚えてる。ライラ、導師に課せられる宿命がどんなものか、教えてくれたよね。」

 

スレイは思い出すように言う。

そしてミクリオもそれに加わる。

 

「そして、今ならわかる。僕たちがそれに押しつぶされないよう、ライラは導いてくれていたんだ。」

 

レイは二人の背を見て微笑む。

スレイはライラを見て、

 

「ああ。オレ、導師になって世界を旅して、ホント色んな事に気付けたと思う。改めて言うのもちょっと照れるけど……。ありがとう、ライラ。」

 

スレイは笑顔でそう言う。

ミクリオもライラを見て、

 

「僕も感謝してる。」

「私もだよ!ライラ!ありがとう!」

 

レイもライラを見上げて微笑む。

ライラは驚いたように、

 

「そんな。感謝するのは私の方ですわ。なのに皆さんには伝えられなかった事が……」

 

そしてライラが俯く。

スレイはライラを見て、

 

「ライラ、無理に話さなくても……」

「スレイ。」

 

それをロゼが首を振って止めた。

ライラが俯いたまま話し始める。

 

「……私はずっと後悔していた事があるんです。」

「先代導師に着いていなかった事、だな。」

 

ザビーダがライラを見て言った。

 

「……私も共に行くべきだったのでは……。あのお方が見出した答えに、最後まで寄り添うべきだったのではないか……裁判者があの方と旅をしていた時に言っていたように……」

「……そうしてたら、あんな結果にならなかったんじゃないか……そういうことか。」

 

ミクリオが腕を組んでいった。

エドナも遠くをみるように、

 

「まさに後悔の典型的なカタチね。」

「はい。まったくその通りですわ。」

「……けど、わかるよ。その気持ち。」

 

スレイは拳を握りしめる。

ミクリオも眉を寄せて、

 

「あの事件を体験した時、僕たちですら干渉できない歯がゆさを感じた。共に旅をしたライラはなおさらだろう。」

「先代導師、いい人っぽかったしね。」

 

ロゼが思い出すように言った。

スレイも頷き、

 

「ああ。導師の使命を、本当の真摯に受け止めてるように感じた。」

「……導師として正しい道を歩む……常にそうあろうとしていました。自分を押し殺してでも……」

 

ライラが悲しそうに呟く。

エドナがライラを見て、

 

「その結果、怒りや哀しみ、絶望感が抑えきれなくなった時、最悪の形で穢れに飲み込まれてしまった……アイツらを呼び寄せ、叶えさせてしまう程に……ライラはそう思っているワケね。」

「それで、ライラは……」

 

レイは俯き、呟く。

ザビーダがジッとライラを見つめる。

 

「……で、ライラのもうひとつの後悔につながる、と。」

「……自分が先代導師に使命を強く意識させてしまった。だからスレイはそうなって欲しくない。そんなところかしら。」

 

エドナは傘を肩でトントンしながら言う。

スレイはライラを見つめ、

 

「ライラ……」

「私は自分が後悔しているのを否定するために、スレイさんを利用してきただけなんです……」

 

ライラがスレイを見つめる。

それを聞いたロゼが頭を掻きながら、

 

「はぁ~……それがスレイに申し訳ないって?っとにもー!」

 

そして、ロゼとエドナが声を合わせて、

 

「「バカ‼」」

 

レイは驚いたように二人を見た。

そしてロゼは怒りながら、

 

「スレイも言ってやれ!」

「え。」

 

スレイは目をパチクリする。

そしてエドナはミクリオを見て、

 

「ミボも、ほら。」

「や、しかし……」

 

ミクリオは眉を寄せる。

エドナはミクリオを見て、

 

「バーカバーカ。おチビちゃんもなんか言ってやんなさい。」

「え……うーんと……バ、バーカ!」

 

レイは困惑した先に出た言葉が、それだった。

ロゼはエドナを見て、

 

「調子のりすぎ!」

「シューン。」

 

エドナは棒読みで言った。

ザビーダは帽子を下げて笑う。

 

「くくく。」

「ライラ、言いたいことわかるよね?」

 

ロゼは腰に手を当てて、ライラを見る。

ライラは頷き、

 

「はい。『仲間は支え合うもの』ですわね。」

 

ライラの言葉にレイは背を向ける。

そしてロゼは頷き、

 

「そゆこと!」

「……わかってたつもりだったのに。」

 

スレイは腕を組んだ。

ミクリオがスレイを見て、

 

「心配しすぎるのは信頼してないとも言える、か……」

「もっと任せて、もっと頼ってってかんじ?」

 

ロゼが笑ってそう言う。

そしてエドナも、

 

「楽しいのは自分で、面倒なのは仲間に丸投げ、これよ。」

「なんか違うけどまぁ、おっけ!」

 

ロゼは指をパチンと鳴らす。

ライラは微笑み、

 

「ありがとう……」

 

そう言って、ライラが光り出す。

 

「これは……力が……」

 

レイがライラを見て、

 

「ライラが本当の想いに気付いたから、その枷が外れる。」

「……やっぱりバカですわね、私。力の枷になっていたのが、自分の気持ちだと気付かないなんて。」

 

そして光が収まる。

ライラは全員を見て、

 

「みなさん聞いてくださってありがとう。胸につかえていたものが晴れた気がしますわ。」

「ああ。なんかオレもそんな気分。」

 

と、スレイも納得する。

ライラは手を合わせて、ロゼを見る。

 

「ありがとう、ロゼさん。」

「オレも礼を言うよ、ロゼ。ありがとう。」

 

スレイもロゼを見た。

ロゼは指をパチンと鳴らし、

 

「おう!」

 

ミクリオは腕を組み、

 

「……ふむ。」

「つってもま、男は意地はっちまうけど、な?」

 

と、ニヤニヤしながらミクリオを見る。

ミクリオはそっぽ向いて、

 

「べ、別に。」

「ふ~ん。男ってめんどくさいね。ね、レイ。」

 

ロゼは頭を掻きながら言う。

レイは笑いながら、

 

「そうだね。」

「そうよ。バカなだけよ。」

 

エドナが呆れたように言う。

ザビーダはなおも笑い、

 

「そういうこった。」

「もういいよ。バカでも意地っ張りでも。」

 

ミクリオはムスッとして言った。

スレイ達は笑い、

 

「行こう!」

 

そして彼らは歩き出す。

ライラは笑顔で、

 

「……本当にこの出会いに感謝いたします。」

 

そう言って、先を歩くスレイ達の元に駆けて行く。



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toz 第四十二話 正義と悪

スレイ達はイズチに向かう為、アロダイトの森に入った。

レイは立ち止まり、空を見上がる。

そして歩いていたロゼも、違和感を感じて立ち止まる。

 

「あれ?」

「これは……」

 

そしてスレイとミクリオもその違和感に気付き、立ち止まる。

 

「ミクリオ……」

「ああ。ジイジの加護領域を感じない……」

「イズチに何かあったのか……?」

 

スレイとミクリオは眉を寄せる。

レイは瞳を揺し、眉を寄せる。

そして拳を握りしめる。

 

「……時間切れか……」

 

レイは自分の前に居るスレイ達を見て、

 

「導師、私がお前達と共に居られるのはこれで終わりだ。」

「レイ……いや、裁判者。それはどういう……」

 

スレイが振り返って、レイを見る。

レイはジッとスレイを見上げ、

 

「審判者が扉に気付いた。本当に、決着をつける気があるのであれば、追いついてみせろ。」

 

そう言って、風がレイ≪裁判者≫を包む。

スレイは目を見開き、

 

「レイ!」

 

だが、すでにレイ≪裁判者≫は居なくなっていた。

ロゼが眉を寄せて、

 

「急ごう。二人とも!」

「「ああ!」」

 

二人は頷く。

スレイ達はイズチに向かって走り出す。

 

 

イズチでは、天族ゼンライがこちらに向かってくる人間達を睨んでいた。

審判者により、イズチの結界を壊されたのだ。

そして人間達を自分の足止めとして利用し、彼らはカムランに向かう裁判者の結界に向かおうとしていた。

だが、そこに風が吹き荒れた。

目の前の人間達の前には一人の小さな少女が現れる。

白いコートのようなワンピース服が風になびく。

 

裁判者は横目で、天族ゼンライ≪ジイジ≫を横目で確認する。

他の天族達は彼の家に集まっていた。

そしてそこには結界が張られていた。

視線をこの地に入った彼ら人間に戻す。

 

「お前は導師の妹!なぜここに⁉」

 

ハイランドの大臣バルトロが兵を連れて進軍してきた。

レイ≪裁判者≫は瞳を一度閉じ、そして開く。

赤く真っ赤に光る瞳を彼らに向け、

 

「ここから立ち去れ、人間ども!これ以上、この地を穢すことは許さん!」

「黙れ!これはハイランドの為なのだ!」

「アリーシャがハイランドの道を拓いたはずだ!」

「はっ!あんな甘ちゃん姫の言葉を真に受ける程、我らはバカではない。なにがドラゴンだ!なにが停戦だ!あの甘ちゃん姫めは、ハイランドを売ったのだ!この期を逃せば、ローランスの奴らを完全に根潰ぶす事はできなくなるというのに!」

 

レイは大臣バルトロを見据え、

 

「愚かな。国のため……だが、真にあるは自身の欲か。アリーシャの想いに免じ、今引き返すのあれば命は取らん。」

「はっ。いくら化け物と言えど、これだけの兵で挑めば問題ない!居るのは小娘一人。叩き潰せ!」

 

大臣バルトロは命令を下す。

そして大臣バルトロは数名の兵を連れて歩いてく。

レイはそれを睨む。

と、兵は槍や剣を構えて突っ込んでくる。

天族ゼンライ≪ジイジ≫が動こうとしたが、レイ≪裁判者≫が止める。

 

「やはり、あのとき殺しておけばよかったか……」

 

レイ≪裁判者≫は影から弓を取り出す。

それを構える。

兵は笑い出す。

 

「そんな弓一本で何ができる!」

「弓一本……確かに人間の弓ならな。」

 

レイ≪裁判者≫は矢を空に放つ。

それは無数矢となって、彼らに降り注ぐ。

それだけではない。

その矢は雷を纏っている。

それは人には当たらず、地面に刺さる。

 

「二度は言わん!すぐにこの地から出て行け!」

 

兵が逃げ出そうとするが、

 

「な、何をしている!あの化け物殺せ!懐に入ってしまえばいいのだ!相手は一人だ!」

 

偉い兵が命令した。

兵が再び唸りを上げて突っ込んでいく。

レイ≪裁判者≫は彼らを睨み、

 

「本当に愚かな……。お前の命もろとも……叩き潰す!」

 

レイ≪裁判者≫は矢を放つ。

さらに、彼ら影が揺らめき出し、剣や槍といった武器が現れて貫かれる。

レイ≪裁判者≫は武器を全て影にしまい、天族ゼンライ≪ジイジ≫に近付いた。

赤く光る瞳を彼に向け、

 

「ゼンライ、まだ人間の兵は近くに居る。今に導師達も来る。お前はあの結界の中に居て、何もするな。」

 

そう言って、彼の家に張られた結界に手を向ける。

小さな魔法陣が彼の結界に吸い込まれる。

レイ≪裁判者≫は天族ゼンライ≪ジイジ≫に背を向け、

 

「少し強化させて貰った。これで今回のこの地の広がった穢れを、少しは抑えられるだろう。」

 

それを聞いた天族ゼンライ≪ジイジ≫以外の天族達が怒りを上がる。

 

「裁判者!お前、カムランの時といい、今回の事といい何を考えている!」

「そうよ!スレイとミクリオに何かあったら!」

「何のつもりで、レイなんてつくって……ここに居た!」

 

と、言っていた。

レイ≪裁判者≫は背を向けたまま歩き出す。

だが、怒っていた天族達を天族ゼンライ≪ジイジ≫が止める。

 

「まぁ、待て、お前達。それと裁判者……いや、レイも待つのじゃ。」

 

レイ≪裁判者≫は立ち止まり、

 

「私は器では――」

「いや、お前さんはレイじゃよ。」

 

そう言って、レイの頭に手を乗せた。

ポンポンと頭を叩き、

 

「ワシらを心配して来てくれたんじゃろ。ありがとうな。」

「……どうして私の方だとわかったの?」

 

レイは背を向けたまま聞いた。

ジイジは髭を摩りながら、

 

「どんなに裁判者のフリをしたところで、お前さん≪レイ≫はお前さん≪レイ≫だからじゃよ。それにお前さん≪レイ≫も、スレイやミクリオと同じく大切な子じゃて。」

 

レイはジイジに振り返って、抱き付いた。

そして泣き出した。

 

「うわぁーん!ううっ!」

 

ジイジはその背を優しくなでる。

しばらくして、レイはジイジから離れる。

涙を拭いながら、

 

「ジイジ、お兄ちゃん達が今に来る。だからジイジはここに居て――」

 

そう言って、レイは後ろに振り返り、影で飛んできた短剣を防御する。

レイは投げて来た者を睨み、

 

「審判者!これはどういうことだ!」

「ん~、俺っていうよりヘルダルフのした事だよ。……でも、この前の仕返しもあるかも。」

 

そう言って、短剣を再び投げる。

レイは影を使ってそれを弾き、影で攻撃する。

 

「それにしても、俺の答えに同意したんじゃなかったけ?」

「同意はしたが、やり方には同意しないとも言った!」

 

二人の影がぶつかり合う。

と、そこに災禍の顕主ヘルダルフが現れ、

 

「審判者、ワシは先に行く。」

「じゃ、後はこっちでやっとく。」

 

そう言って、歩いていった。

ジイジは走り出す。

 

「いかん!」

「ジイジ!ダメ!」

 

レイも行こうとするが、審判者に邪魔をされる。

ジイジの家に居た天族達が結界から出ようとするのを見て、

 

「そこから出るな!ジイジの想いを壊す気か!」

 

彼は出るのを止める。

審判者は笑いながら、

 

「随分と、彼らのことも気にするんだね。」

「……当たり前だ。私の……レイの故郷だった!彼らは裁判者である私を無下にする事だけはなかった。大切な……家族だった!」

 

レイは眉を寄せて、拳を握りしめる。

審判者は短剣をしまい、

 

「そ。なら、見捨てられないね。」

 

彼も走り出した。

レイも走り出そうとしたが、そこにハイランド兵の増援が来た。

倒れている仲間を見て、

 

「これは!お前がやったのか!」

「殺せー!」

 

彼は武器を構えてやって来る。

レイは影から弓を取り出し、

 

「邪魔をするな!」

 

矢を放つ。

雷を纏った矢が無数に彼らを襲う。

だが、彼らの様子が変わる。

彼らは穢れに飲まれ、憑魔≪ひょうま≫と化す。

そして互いに斬り合いを始めた。

 

「カムランの封印が……ミューズ!」

 

レイは戦う彼らを睨む。

そして決意する。

 

「その結界から絶対出るな!」

 

ジイジの家にいる天族達に振り返って、叫ぶ。

そしてレイはすぐに審判者を追う。

 

 

スレイ達は走りる。

ザビーダが走りながら、辺りを見て、

 

「うぇ……ひっでえ穢れだ。」

「これがあのアロダイトの森だなんて……」

 

ライラも悲しそうに走りながら、辺りを見る。

そして前を走っていたスレイとミクリオが急に立ち止まる。

そして息をのんでいた。

ロゼも立ち止まり、そこを見ると、

 

「人!」

「……の亡骸だ。ハイランドの兵だな。」

 

ミクリオがロゼを見て言う。

エドナがハイランド兵を見下ろし、

 

「人間がイズチに侵攻したのね。」

 

スレイは瞳を揺らして、黙り込む。

そして拳を握りしめ、

 

「くっ、一体なにが⁉」

「……先手を打たれたのかもしれない。」

 

ロゼが眉を寄せて辺りを見渡す。

ライラも頷き、

 

「ゼンライ様の領域でも力を発揮できる者が、この地に憑魔≪ひょうま≫や人を招き入れたのでしょう。」

「審判者……ヘルダルフ……」

 

スレイは眉を寄せて俯く。

ミクリオは腕を組み、

 

「ヤツがカムランに踏み入れるため、人間に封印を破壊させようとしたのか?」

「どうかな。あいつはマオ坊と繋がってる。もともと厄介なのは裁判者が創った封印。それにヤツには、審判者もいる。唯の人間なんて、何の役にも立ってねぇだろ。むしろ、これは足止めだ。」

 

ザビーダが辺りを睨んで言う。

スレイも頷き、

 

「ああ。きっとヘルダルフは、もうカムランでオレ達を待ち構えていると思う。だから、ザビーダの言う通り、足止めと、ただのいやがらせだ。」

 

ザビーダはスレイを見て、

 

「なら、ここでウダウダしてたら、ヘルの野郎の思うつぼだな?」

「とにかくイズチに急ごう。」

 

スレイは顔を上げる。

そして男子組は歩いて行く。

エドナはスレイの背を見て、

 

「……ひげネコの狙いはわかりきってるわ。」

「はい。」

 

エドナの口調は少し怒っていた。

そして頷くライラも、怒っていた。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「スレイに穢れを生ませるため、か。」

「スレイも気付いているわね。だから努めて冷静であろうとしてる。」

「きったないなぁ、ホント。誰だって故郷や親が酷い目にあって、冷静でいられる訳ないって。」

 

ロゼは拳を握りしめて怒る。

ライラはロゼを見て、

 

「スレイさんの心を傷つけるため、かの者が何を企てているのか……」

「想像つくよ。それだけは絶対阻止しなきゃ!大体、これを見たらレイだって……」

 

そこでハッとする。

ロゼはライラを見る。

ライラも何かを察した。

エドナが前を見て、

 

「……いきましょ。」

 

ロゼ達も急いでイズチに向かう。

 

スレイがイズチの門の近くまで行くと、頭を二つ持った犬のような憑魔≪ひょうま≫が待ち構えていた。

 

「こいつ!」

 

スレイは武器を構える。

ライラが眉を寄せて、

 

「これほどの憑魔≪ひょうま≫が生まれてしまっているなんて!」

「スレイ!」

 

ミクリオも武器を構えて叫ぶ。

スレイは頷き、

 

「ああ!一気に決める!」

 

スレイとロゼは颯爽と神依≪カムイ≫化する。

そして敵の攻撃を交わしながら、攻撃する。

スレイとロゼが神依≪カムイ≫で敵を引き付け、天響術でダメージを与えて行く。

そしてライラと神依≪カムイ≫をしたスレイが浄化の炎で叩き斬る。

ロゼは神依≪カムイ≫を解き、

 

「スレイ!急ごう!」

「ああ!」

 

スレイも神依≪カムイ≫を解く。

そして走る。

 

門をくぐると、兵達が倒れていた。

エドナが辺りを見渡し、

 

「戦場と同じね。憑魔≪ひょうま≫になって自分を失い、お互いに傷付け合ったんだわ。」

「だけじゃないみたいだな。」

 

ザビーダがある場所を見つめる。

そこには審判者が使っていた短剣と何かが抉られたかのような地面。

 

「こりゃあ、ここで裁判者と審判者が戦ったな。」

「どうしてこんな事に……」

 

ライラが俯く。

ミクリオは眉を寄せ、顎に手を当てて考えながら言う。

 

「昔ヘルダルフが考えたのと同じ事をしようとしたのかもしれない。イズチやカムランは戦略的に、価値があるんだろう?」

「もう戦争は終わろうとしてんのに!」

 

ロゼは拳を握りしめる。

エドナが静かに、

 

「戦争を終わらせたくないバカがいるってことでしょ。」

「けどよ。こいつらのせいだけじゃねぇな、こりゃ。どっかからすげえ穢れが溢れてやがる。」

 

ザビーダは辺りを探りながら言う。

ミクリオは俯き、

 

「……母が施した封印が破られたのかもしれない。」

「ジイジ……みんな……無事でいてくれっ。」

 

スレイは顔を上げ、村を調べ始める。

そしてミクリオは辺りを調べながら、

 

「妙だ。」

「ああ。ハイランド兵の亡骸はあるのに、杜の仲間の痕跡がない。」

 

スレイも頷く。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「まさかみんな……」

「悪い方に考えないで、二人とも。」

 

ライラがスレイとミクリオを見る。

ロゼも二人を見て、

 

「そうだよ。きっとみんな上手く逃げたんだって。」

「そうだな。」

 

スレイは顔を上げる。

ミクリオも顔を上げ、

 

「もっと隅々まで探してみよう。」

 

そう言って、再び調べ始める。

スレイはジイジの家の方に向かい、扉に近付く。

 

「って!」

 

だが、スレイは見えない壁のようなものにぶつかった。

ライラがそれを見て、

 

「これは結界ですわ。ゼンライ様がここに人が入らぬように施したのでしょう。」

「ジイジ!オレだよ!スレイだ!」

 

スレイが叫ぶと、スレイの前に小さな魔法陣が浮かぶ。

それを見て、今度はエドナが、

 

「これは……裁判者の結界……なるほど、二重結界ね。」

 

スレイがそれに触ると、音が響く。

スレイはもう一度、叫ぶ。

 

「ジイジ!オレだ!スレイだ!」

 

すると、魔法陣が消える。

そして中から、

 

「スレイだって?」

 

扉が開き、中から天族達が出てくる。

 

「スレイ!」

 

スレイは笑顔になり、

 

「良かった!みんな!無事だったんだ!」

「ジイジは?」

 

ミクリオは眉を寄せる。

 

「……ジイジは俺たちをここで護ってくれたんだ。だが、災禍の顕主を追っていった。」

 

スレイは眉を寄せる。

ライラも眉を寄せ、

 

「この穢れのさなかにお一人で⁈」

「すまん……俺たちもやっぱり行くべきだった。」

「……だが俺達がついていっても、足手まといになるだけ……」

「ジイジを見殺しにしてしまった……」

 

彼は肩を落とす。

ロゼが腕を組み、

 

「反省はしても後悔はするな!ばーいライラ!」

 

と、指をパチンと鳴らす。

スレイも腰に手を当てて、

 

「ジイジがそう簡単にやられるもんか。」

「スレイ……」

「カイム、みんな、ここを動かないで!」

 

スレイが反転しようとした時、

 

「待て、スレイ。」

「なに、カイム⁈」

 

カイムと言われた男性は、スレイに手紙を差し出す。

スレイはそれを開き、見る。

そして読み上げる。

 

「『私、ゼンライは、人間スレイと天族ミクリオの出生の真実、そしてレイと言う裁判者の事を、ここに残すものである』。」

「ジイジの手記か!」

 

ミクリオがスレイを見る。

スレイは続ける。

 

「『スレイとミクリオは、災厄の時代が始まった村、カムランの生き残りである。ミクリオの母は、先代導師ミケルの妹ミューズ。スレイの母は、カムランの住民セレン。二人は裁判者が生かしたものである。私は、カムランを脱出してきたミューズから二人を託された。私は、領域によってイズチを閉じ、二人を外界から切り離して養育すると決めた。そして審判者によって傷ついた裁判者は、レイと言う器を創りだして眠った。あの子は感情がなく、裁判者としての記憶も曖昧で、言葉もろくに話せなかった。だが私は、そこに裁判者が先代導師ミケルとの間にできた縁を、先代導師ミケルの妹ミューズの想いを繋げようとした形だった想う。裁判者はレイと言う器で、己の成長を図ったかもしれぬ。その真意は私にも分からない。だが、我が力が続く限り、この小さな赤子たちを守ろうと思う。我が家族として』。」

「メーヴィンおじさんが見せてくれた記憶。」

 

ロゼが呟いた。

ザビーダは腕を組み、

 

「ああ、マオ坊が憑魔≪ひょうま≫化した直後のことだな。それと、おそらく俺が見た裁判者と審判者の戦い。そして嬢ちゃんの器として始まりだな。」

「ライラ、あんたがゼンライに会ったのも、この直後じゃない?」

 

エドナがライラを見上げる。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「そっか。ジイジからカムランの事件と、災厄の時代の始まりを知らされた。」

「それで誓約で浄化の炎を手に入れ、導師の出現を待ち続けた……ってことか。」

 

ミクリオもライラを見る。

ライラは空を見上げ、

 

「裁判者にカムランで災厄が起こると聞かされ、向かいました。ですが、もう遅かった。ゼンライ様と会い、カムランの事を聞き、私は誓約と裁判者に願いを叶えて貰い、力を得ました。……お二人の名前までは伺いませんでしたが……」

「スレイ、他に書いてあることは?」

 

ミクリオはスレイを再び見る。

スレイは残った文を読む。

 

「『願わくば、時代の仇を背負わされてしまった、この子らに平穏な日々を。だが、もし――』。」

「スレイ?」

 

止まったスレイをロゼが見つめる。

スレイは瞳を揺らしながら、

 

「『だがもし、この子らが宿命を乗り越えて、世界を拓くことを望むのなら……その意志と未来に、人と天族の加護を、そして裁判者達との良き関係があらんことを心より願う』。」

「本当にわかってたんだな、ジイジには。」

「ジイジ……」

 

ミクリオとスレイは手紙を見つめた。

そして天族カイムはスレイを見て、

 

「それとスレイ。ここに裁判者……いや、レイが来たんだ。」

「レイも!やっぱり!」

 

スレイはどこかホッとした顔になる。

だが、天族カイムの表情は暗い。

ミクリオがジッと彼を見て、

 

「何かあったんだな。」

「ああ。兵のほとんどを殺したのはレイだ。裁判者ではなく。」

「「な⁉」」

 

スレイとミクリオは目を見開く。

彼は続ける。

 

「俺達は気づかなかった……ジイジが言うまで、あれがレイだとは。あいつ、裁判者のフリして俺らを助けに来たんだ。そして、最後まで裁判者であろうとした。そこに審判者が来て戦いになった。」

「それでおチビちゃんも追って行ったわけね。」

「ああ。」

 

エドナが彼を見て言った。

彼はスレイを見て、

 

「あいつ言ったんだ。『私の……レイの故郷だった!彼らは裁判者である私を無下にする事だけはなかった。大切な……家族だった!』って。過去形だった。俺達があいつからこの故郷を、家族と言うのを奪ってしまった。スレイ、頼む。レイにあったら言ってくれ。そしてお前達も忘れないでくれ。『今でもお前達は俺達の大切な家族で、ここはお前達の大切な故郷だ』と。」

 

スレイは頷き、

 

「わかった。絶対に伝える。」

「ジイジはおそらく『災厄の始まりの門』に向かったはずだ。ジイジを頼む。」

「ああ!行ってくる!」

 

そう言って、今度こそ反転し、走り出す。

 

ロゼは走りながら、

 

「どこ?ジイジが向かった『災厄の始まりの門』って!」

「イズチにそんな場所があるとしたら……」

 

ミクリオはスレイを見る。

そしてスレイも頷く。

 

「マビノギオ遺跡の奥だ!」

 

そしてそこに向かって走る。

が、中央に来たら一人の少女が立っていた。

紫髪を左右に結い上げた天族の少女。

ロゼはその人物を睨む、

 

「……あいつ!」

 

その天族の少女、サイモンはスレイ達を見て、

 

「もはや手応えは計れんな。裁判者が邪魔したせいで。だからこそ、手は唯一となり、それに賭けねばならなくなったのだが……」

「貴様……!」

 

ミクリオが眉を寄せて怒りだす。

スレイは天族サイモンを見て、

 

「おまえらが何を企もうと関係ない。オレの答えは決まってる。」

「憎かろう、私が?討ちたいだろう、私を?」

「ジイジとレイはどこだ?サイモン。」

 

スレイは睨む。

天族サイモンは眉を少し寄せた後、無表情に戻り、

 

「……『災厄の始まりの門』に、我が主を追って向かった。そして審判者を追ったあ奴もな。だが、もはや手遅れだがな。」

 

天族サイモンは消えた。

スレイ達は急いで遺跡に向かう。

スレイ達の後ろで走っていたエドナは、

 

「……不思議ちゃん、不安みたいね。」

「スレイさんの成長が予想以上だったのでしょう。」

 

同じく後ろを走っていたライラが言う。

その隣のザビーダも言う。

 

「ああ。この後どんな手を使っても、スレイは全部はね除けるかもってびびってる。」

「ですが……彼女が見出した、唯一の策までスレイさんがはね除けられるか……正直私も不安ですわ。」

「なぁに。させなきゃいい。それだけだろ?」

「はい!」

 

ライラは頷く。

エドナは傘を握りしめ、

 

「……あの子はこんな想い知らなくていい。あの子が覚悟してたとしても。」

「エドナさん……」

「……さすがにマジモードだな。エドナちゃん。」

「あんたも珍しくマジモードが長いじゃない。」

「良い事ですわ!ザビーダさんはずっとマジモでお願いします。」

「お、ライラが言うならそれもありか?惚れちゃうぜ?いや、もう結婚する?」

「ライラのバカ。放っとけばマジモのままだったのに。」

 

エドナは頬を膨らませる。

悲しそうに、

 

「ごめんなさい……」

 

 

 

大臣バルトロは遺跡の中を歩いていた。

そして一人の女性を見つけた。

 

「女、そこを退け。私達はその奥に用がある!」

 

女性は振り返り、

 

「まさか、カムランに足を踏み入れようというのですか⁉」

「だったらなんだ。我々はローランスを滅ぼさねばならんのだ!」

「なんと愚かな!すぐに引き返しなさい‼この先は進めさせません‼」

 

女性は持っていた杖を彼らに向ける。

大臣バルトロは兵を見る。

兵の一人が女性に剣を振るう。

だが、それは兵自身の影から出てきた何かに鎖のように締め上げられた。

そして、辺りの空気が重くなる。

女性はハッとしたように、辺りを見る。

そこに声が響く。

 

「愚かな人間だ。この遺跡まで穢すとは。」

 

目の前に赤く光る何かがあった。

それが次第に人の形だと解る。

 

「レイ様⁉」

 

だが、女性は闇の中から現れた者に驚いた。

そこには自分の知る裁判者の女性ではなく、白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女。

逆にその小さな少女を見て、

 

「導師の妹⁉」

「え?」

 

女性は眉を寄せる。

レイは大臣バルトロを睨み、

 

「もはや、お前達に慈悲は与えない。これ以上、この神殿を穢せない。ここはジイジの……」

 

レイは手を前に出す。

辺りが暗くなり、何も見えなくなる。

そして再び見えるようになった時、立っていた人間は二人人だった。

女性と大臣バルトロだけが残され、

 

「だ、誰かいないのか⁉」

 

大臣バルトロは辺りを見渡す。

だが、自分が連れて来た兵士は皆、息もせず倒れている。

大臣バルトロが前を見ると、影のような何かが自分の眼の前に居た。

そして大臣バルトロを喰らおうと影が止まり、

 

「ごめんね、アリーシャ……」

 

レイは影から剣を取り出し、彼に突き出した。

そして抜く。

 

「うごっ⁉」

 

彼は前のりに倒れ込んだ。

レイは倒れた人間達を見て、

 

「アリーシャも、お兄ちゃんも、それでも彼らを助ける事を望んだだろな……。でも、これは裁判者ではなく、私自身の答えの為に殺らせてもらったよ……」

 

そしてレイは女性をみる。

女性はレイを見て、

 

「……あなたはレイ様……裁判者なのですか?」

「ん。私はレイ。貴女の兄が付けた名と想いによって、裁判者が人の世で活動させるために創った疑似体だよ。貴女の事は知ってるよ、ミューズ。裁判者の記憶で見たから。」

「そうですか。では、私は封印を再び――」

「ダメ。」

「え?」

 

そして女性ミューズに近付き、

 

「ごめん、ミューズ。今は眠って。」

 

そう言って、手をかざした。

女性ミューズは倒れる。

薄れゆく意識の中、最後に聞いた彼女の言葉は、

 

「今にお兄ちゃんとミク兄が来るんだ。ミク兄に……ミクリオに合わせてあげられる、互いにね……」

 

そして彼女は闇の中に歩いて行った。

 

 

スレイ達は遺跡に入り、大きな雷神の像を見つけた。

ロゼがそれを見て、

 

「これ……おっかない顔の像だよね。」

「多分、マビノギオ遺跡の祭神だと思う。名前はわからないけど――」

 

ミクリオがロゼに言っていた時、

 

「これはゼンライ様ですわ。」

 

ライラが像を見上げて言った。

ミクリオは目を見開き、

 

「え⁉」

「これがジイジ⁉」

 

スレイも驚いた。

ライラはスレイとミクリオを見て、

 

「かつて、ゼンライ様は厳しさと加護を併せもつ雷神として、人々の尊祟を集めていたと聞いています。」

「そうか。僕たちが遊び場にしていたのは……」

「ジイジの神殿だったんだな。」

 

ミクリオとスレイは改めて像を見た。

そして二人は頷き、奥へと進む。

 

奥に進むと、ハイランド兵達が死に絶えていた。

ザビーダがそれを見渡し、

 

「なんだこりゃ……」

「……こいつが兵を進めたんだ。」

 

ロゼがある人物を見て睨む。

そこには大臣バルトロが他の兵達とは違い、剣で刺されたかのような傷を負って死に絶えていた。

エドナはそれを見て、

 

「大方、あいつがやったのかもね。でも、最後までどうしようもないバカだったわけね。」

 

スレイも大臣バルトロを見て、眉を寄せていた。

ライラが奥を見て、

 

「ミューズさん!」

 

そこには女性が倒れていた。

ミクリオがそこに走り出す。

 

「くっ!」

 

ミクリオは女性ミューズの前に膝を着く。

そして彼女を見つめた。

ミクリオは彼女の体を起こして、支える。

スレイ達も近付き、膝を着く。

スレイがすぐ傍に落ちていた彼女の杖を握る。

そしてライラを見て、

 

「ライラ、治癒の天響術を!」

 

ライラは首を振る。

 

「いえ、ミューズさんには怪我はありませんわ。」

「え?」

 

と、女性ミューズが意識を取り戻す。

 

「う……」

「しっかりするんだ!」

 

ミクリオが声を上げる。

女性ミューズは辺りの気配を感じ、

 

「この穢れの気配は……ですが……まだ……私の命を使えば……!」

「何するつもり?無理しないで!」

 

ミクリオは彼女を支えて言う。

女性ミューズは改めて周りを見る。

そして涙を堪え、

 

「天族の方……私はどうしても……希望を繋げたいのです……!この命に代えても!」

 

スレイ達は彼女を見つめる。

 

「なぜそこまで……」

 

ミクリオは眉を寄せて彼女を見る。

女性ミューズは手を握りしめ、

 

「いつかゼンライ様が育んだ子らが……導師と、それを助ける者……となって……人と天族の未来を……希望へと導いてくれると信じているから……」

「それが……答えなんだ……」

 

ミクリオは彼女を瞳を揺らしながら、だが力強く見つめる。

女性ミューズは手を伸ばし、

 

「……私の杖を……」

 

ミクリオはスレイに手を差し出す。

スレイはミクリオを見る。

ミクリオは頷く。

スレイは持っていた杖をミクリオに渡した。

そしてミクリオは女性ミューズにそれを渡す。

女性ミューズはミクリオを見て、片方だけ涙を流し、

 

「ありがとう。」

 

そして立ち上げった。

スレイが女性ミューズを見て、

 

「ミューズさんっ!」

 

だが、ミクリオがスレイの肩を掴んで止めた。

そしてミクリオを力強い瞳で彼女を見て、

 

「さようなら、ミューズ。あなたの願い、きっと叶うと僕も信じる。」

 

女性ミューズは振返り、

 

「ありがとう。」

 

そして杖を地面に一度付き、光が彼女を包む。

彼女は消えるその瞬間、

 

「ありがとう、ミクリオ……」

 

小さく呟いた。

それは彼らには聞こえない。

そして彼らに笑顔を向ける。

消えた彼女の元には杖だけが残された。

 

ミクリオは女性ミューズの杖を拾い、見つめた。

スレイが彼の背に、

 

「ミクリオ……あれで本当に……?」

「いいんだ。」

 

そう呟く。

そして奥を見る。

ライラは一歩前に出て、

 

「ゼンライ様とレイさんもきっとこの先ですわね。」

「それにマオテラス坊や。」

「ヘルの野郎と審判者もな。」

 

エドナとザビーダがそれに続く。

ロゼがミクリオの肩に手を乗せ、

 

「気合い入れてこ!」

「ああ。」

 

ミクリオは頷く。

スレイは前を見つめ、

 

「行くぞ!みんな!」

 

そして駆けて行く。

ミクリオは一度止まり、女性ミューズの居た所を見てから走り出す。

彼らが走り去った後、彼らの走る姿を後ろから見て言た天族の少女。

彼女は無表情で呟く。

 

「……最終幕の開演か。ヘルダルフ様……。本当に彼らはまだ染まるのでしょうか……」

 

その声はどこか戸惑っていた。

だが、すぐに力強い声となる。

 

「いや、それをこそ私が成すのだ……!」

 

そう言って、歩き出す。

 

 

スレイ達は階段を下っていると、何かに飲まれた。

そして辺りは遺跡の中でなく、砂と岩と暗い空になった。

ロゼは辺りを見て、

 

「スレイ!今の!」

「ああ。」

 

スレイも頷く。

ミクリオが辺りを見て、

 

「きっとサイモンだ。」

「でしょうね。」

 

エドナも辺りを睨んで言う。

ザビーダはニット笑い、

 

「さぁて……今度はどんな手でくる?」

「気を引き締めましょう。」

 

ライラがスレイ達を見る。

スレイは頷く。

そして辺りを調べ始める。

だが、辺りは何もない殺風景だ。

それが永遠と続く。

と、歩き続けると、何かを見つけた。

そして近付き、ロゼは目を凝らす。

 

「なに……?これ」

 

そして砂煙が消え、驚く。

 

「な⁉」

「サイモンの幻術だ!」

 

スレイは身構える。

そこにはスレイとロゼが立っていた。

ロゼは引きつった顔で、

 

「う、うん。」

「時間が惜しい!一気に突破しよう。」

 

ミクリオが武器を構える。

スレイはとロゼは頷く。

 

「わかった!」

 

そしてスレイはライラと、ロゼはエドナと神依≪カムイ≫をする。

すると、幻術の方のスレイとロゼも、同じように神依≪カムイ≫をした。

そしてスレイとロゼを剣を振った。

スレイとロゼは後ろに飛ぶ。

ロゼは驚きながら、

 

「わ~!何これ気持ち悪!」

「サイモン!こんな事しても無駄だ!」

 

そう言って、スレイは剣を幻術スレイとロゼに向かって振るう。

そして戦闘を行う。

すると、幻術ロゼが、

 

「痛い……やめて……」

「ぐぅ……仲間を気つけるのに躊躇はないのか?」

 

幻術スレイも言う。

ライラがスレイと神依≪カムイ≫した中から、

 

「……躊躇はありますわ。」

「だからといって引かない。それだけだ!」

 

ミクリオは天響術を繰り出した。

エドナもロゼと神依≪カムイ≫した中から、

 

「悪趣味なだけ。何なの?」

「責め立てる策も尽きてきたってことじゃね?」

 

ザビーダは天響術の詠唱を始める。

幻術スレイは攻撃をしながら、

 

「まだまだこれからよ!」

「図星?地が出てるわ。」

 

エドナが突っ込んだ。

幻術スレイはさらに攻撃を強め、

 

「ほざけ!」

 

だが、そこにスレイが剣を突き出す。

そして同じように、ロゼも幻術ロゼを殴り飛ばした。

光が包み、元の遺跡に戻る。

スレイは神依≪カムイ≫を解き、

 

「ライラ。器なしで穢れの中にいるの、結構つらいんだよね?」

「え?ええ。力も存分に振るえませんし……」

 

ライラはスレイを見る。

スレイは眉を寄せ、

 

「だよな。」

 

そう言って、歩き出す。

エドナも神依≪カムイ≫をロゼと解き、

 

「幻術のネタも尽きてきたみたいね。」

「だな。でも油断せず進もう。」

 

スレイは歩きながら言う。

ミクリオも歩き出し、

 

「ああ。冷静さを失わない事が重要だ。」

 

ライラ達も歩き出す。

奥に進むと、再び何かに囚われる。

風景が遺跡から砂と岩と暗い空に変わる。

ロゼは辺りを見て、

 

「また!」

 

そして目の前にはミクリオと神依≪カムイ≫をした幻術スレイと、ザビーダと神依≪カムイ≫をしたロゼが居た。

スレイ達は武器を構え、応戦する。

幻術ロゼが攻撃を繰り出すながら、

 

「ホントはやりたくないんでしょ?」

「その想いがこの姿を作り出してるんだ。」

 

幻術スレイがスレイに矢を放つ。

スレイはそれを避け、

 

「もうそんな言葉で惑わされるほずないだろ。サイモン……焦ってるのか?」

「……闇へと堕ちよ!」

 

そう言って、矢を再び放った。

しかし、懐に入ったスレイが幻術スレイを吹き飛ばした。

そして反対側では、ロゼが幻術ロゼを切り裂いた。

再び光に包まれ、遺跡へと戻る。

スレイは武器をしまい、

 

「行こう。」

「けどサイモンがまた何かしかけてくるんじゃ……」

 

ロゼが腰に手を当てて、スレイを見る。

スレイはロゼを見て、

 

「多分。でも手の込んだ事はしてこないと思う。」

「……そうかもしれないな。見せる幻もなんか芸がなくなってる。スレイやロゼなら見たまま幻として妨げるけど、他のはできないのかもしれない。」

 

ミクリオは腕を組んで言う。

エドナもスレイを見て、

 

「そうね。どうせ幻を生み出すなら、もっとエグイの出しても良いはずなのに。」

「エグイって……」

 

ロゼが頭を掻きながら、顔が引きつっていく。

ライラが手を叩き、

 

「とにかく進んでみましょう。」

「だな。こうやって足を止めさせる事が、あいつの狙いかもしれねえぜ。」

 

ザビーダがスレイを見る。

スレイは頷き、歩き出す。

 

「ああ。」

 

ロゼ達も互いに見合って、歩き出す。

奥に進むと、行き止まりだった。

ライラは辺りを見ながら、

 

「……行き止まりですわ。」

「え~?一本道だったのに。」

 

ロゼも辺りを見渡す。

エドナはライラを見て、

 

「不思議ちゃんの幻ね。」

「これ以上時間を無駄にしないために、やはり幻術を打破する必要があるか。」

 

ミクリオが腰に手を当てて、左手で顎に当てながら考えて言う。

エドナはミクリオを見て、

 

「どうやって?」

「幻とはいえ相手するのは楽じゃないぜ。」

 

ザビーダが肩を上げる。

そして再び飲み込まれる。

辺りは遺跡から砂、岩、暗い空に変わる。

エドナは歩きながら、

 

「よくやるわね。性懲りもなく。」

「でも、術の効果が落ちている気がしますわ。」

 

ライラが思い出すように言う。

スレイは眉を寄せ、

 

「やっぱり、サイモン……まさか……」

 

そして人影を見つけた。

ロゼは短剣を構える。

 

「また、私達になっても……」

 

だが、そこに居たのは幻術スレイでも、幻術ロゼでもない。

居たのは仮面をつけた少年少女。

黒と白のコートのような服、コートのようなワンピース服とを着て、互いに結い下げた髪と結い上げた髪が揺れる。

 

「おいおい、今度は審判者と裁判者の幻術かよ⁈」

 

ザビーダが若干焦りながら言う。

ライラがジッと彼らを見て、

 

「幻術ですよね⁉」

「幻術に決まってるでしょ!」

 

エドナも眉を寄せて傘を構える。

ザビーダは笑いながら、

 

「だよねー。でなきゃ、裁判者が審判者と仲良く一緒に居るとは思えないし。」

 

だが、そこにも緊張感が漂う。

その緊迫さに、スレイとミクリオも武器を構え、

 

「幻術なら勝てるはずだ!」

「幻術でもなくても、倒さないとマズい相手ではあるな!」

 

幻術だろう審判者がニット笑い、

 

「導師、君に俺らを斬れると?」

 

そう言って、仮面を外す。

彼は笑顔で、

 

「俺の強さを知ってるよね?スレイ。」

「まさか、審判者は本物か⁉」

 

スレイは眉を寄せる。

幻術だろう審判者はさらに笑みを深くし、

 

「さあ、どうだろうね。」

 

彼の足元の影が揺らめき出す。

そして襲い掛かる。

スレイ達はそれを避ける。

そして幻術だろうの裁判者も動き出し、影から剣を取り出す。

 

「私も行かせてもらう。」

「あっちは間違いなく幻術のはずだ!」

 

そう言って、ミクリオが天響術を繰り出す。

だが、幻術だろう裁判者は歩きながら、それを斬り裂いた。

 

「な⁉」

「この程度の力か……」

 

そう言って、ミクリオに向かって走り出す。

剣をミクリオに振り下ろした時、ペンデュラムが飛ぶ。

 

「させねぇぜ!」

「……相手が変わるだけだ。」

 

そう言って、今度はザビーダに剣を振るう。

ザビーダはそれを避け、

 

「幻術とはいえ、やりにくいな!」

 

ペンデュラムを幻術だろう裁判者に向けて投げる。

幻術だろう裁判者も避ける。

そこに、エドナの天響術が襲い掛かる。

それを上に飛び、エドナの術の岩の上に乗る。

 

「ホント、幻術のわりにアイツみたいに戦うわね。でも、アイツはここまで馬鹿正直に戦わない!」

「ああ、エドナちゃんの言う通りだぜ。裁判者は、ここまで付き合っちゃくれないからな。」

 

ザビーダがニッと笑って言う。

エドナがザビーダを見て、

 

「戦ったことあるの?」

「昔、ある剣士とやり合ってたのは見たことある。ま、それはあいつに一撃を与えたからってだけだがな。」

 

そう言って、天響術を詠唱を始める。

 

幻術だろう審判者と戦っていたスレイはライラと神依≪カムイ≫をして、彼の影を切り裂く。

そこにロゼが突っ込む。

幻術だろう審判者は嬉しそうに笑う。

だが、ロゼは迷わず短剣を振るう。

と、影から槍が出てきて、

 

「いいね。迷いがない。」

「ロゼ!」

 

スレイが叫ぶ。

ロゼはとっさに後ろに思いっきり後退する。

ロゼの居た場所には雷が落ち、焼け焦げる。

 

「あっぶな~!」

「さぁ、もっと楽しませてよ。」

 

幻術だろう審判者は槍を回転させ、構えて言う。

そこにミクリオが飛ばされてきた。

 

「くっ!」

「ミクリオ!」

 

スレイがミクリオに駆け寄ろとした時、今度はエドナとザビーダが転がって来た。

そしてロゼが叫ぶ。

 

「スレイ!」

 

スレイがとっさに自分に振られた剣を、なんとか剣で防ぐ。

そのまま、力で押される。

 

「ぐっ!」

「どうした、導師。何やら感情が動いているぞ。」

 

幻術だろう裁判者は小さく笑った。

スレイとロゼはそれを見て、

 

「「やる事は決まった!」」

 

そう言って、ロゼはザビーダに叫ぶ。

 

「ザビーダ!」

「おうよ!」

 

そして、神依≪カムイ≫をする。

スレイも幻術だろう裁判者の剣を弾く。

ロゼは突っ込み、背中の風の剣を彼に飛ばす。

それは全て刺さる。

彼は消える。

そしてスレイも、幻術だろう裁判者に剣を突き出した。

幻術だろう裁判者に剣が突き刺さる。

 

「はは。流石に気付かれたか……」

「サイモン!いい加減に――」

「だが、導師。お前が今突き出したのは私の幻術ではなく、お前の妹だ。」

 

そう言って、幻術が解ける。

そしてライラと神依≪カムイ≫したスレイの剣には白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が刺さっている。

そして血がポタポタ落ちる。

スレイは目を見張る。

スレイが神依≪カムイ≫を解くと、小さな少女は地面に落ちる。

ロゼは眉を寄せ、

 

「サイモン!アンタいい加減にして!」

「スレイ!これは幻術だ!」

 

ミクリオも眉を寄せて言う。

スレイは困惑しながら、

 

「あ、ああ……」

 

と、小さな少女、レイが起き上がる。

傷を抑え、スレイを見る。

 

「やっぱりお兄ちゃんも、私の事嫌いだったんだね。イズチの天族達みたいに、ジイジみたいに!」

 

そう言って、影が揺らめき出す。

そして、涙を流しながら、

 

「あの雷神の天族みたいに、導師!お前も喰ってやる!」

 

そう言って、影が飛んできたが、炎がそれを吹き飛ばす。

そして次の炎がレイもろとも吹き飛ばした。

スレイは炎を飛ばしたライラを見た。

ライラは眉を寄せ、怒りながら言う。

 

「このレイさんも幻術です!裁判者はゼンライ様のお力を認めています。あの方はゼンライ様を、もう雷神とは呼びません!」

 

だが、幻術だろうレイは消えずに残っている。

ロゼはライラを見て、

 

「本当に幻術だったの?」

「幻術だよ、ロゼ。」

 

スレイがロゼを見る。

そしてミクリオも頷き、

 

「ああ。レイはイズチの皆を助けたんだ。そのレイが、今更こんな風に皆を嫌うはずじゃない。」

 

スレイも頷く。

そしてまっすぐ前を見て、

 

「……もうすぐ幻術は解けると思う。」

「え、なんで?」

 

ロゼがスレイを見る。

スレイは前を見たまま、

 

「サイモンは天族だから。こんな穢れた領域の中じゃ、力を振るうのも難しいんじゃないか?」

 

幻術のレイが消え、天族サイモンが現れる。

ミクリオは彼女を見て、

 

「図星だったようだな。」

「……いくら幻で責め立てても、お前の心にはもうさざ波も立たぬか……ならば、別の手を使うまでの事よ。」

「何?やけすそ?おチビちゃんの幻術でもだめだったから。」

「大人しく屈せ!」

 

天族サイモンは声を上げる。

そして攻撃を仕掛けてきた。

スレイはそれを避け、

 

「サイモン……お前……」

「なんだ、その目は?同情か?同情するならその身を闇と染めろ!」

 

そう言って、力を籠める。

彼女は続ける。

 

「お前たちは散るべき花。目障りの極み!」

「これも幻……なの、ライラ?」

 

ロゼが天族サイモンの攻撃を避けて、ライラを見る。

ライラは首を振り、

 

「いえ、これは恐らく……」

「どっちにしても倒すだけよ。」

 

エドナが天響術を繰り出す。

ミクリオも天響術を詠唱し、

 

「こんな戦い、何の意味もない!」

「なら大人しく消えよ。どうせ天族は殺せまい。」

 

天族サイモンは天響術を繰り出す。

それを避けながらザビーダは、

 

「えらくナメられたもんだな、おい!」

「ならば殺してみよ。そして憑魔≪ひょうま≫と堕ちよ!」

 

そう言って、再び天響術を詠唱する。

 

「導師よ。その同胞どもよ……。もはやその身が染まらぬのなら……このまま共に夢幻と踊り狂おうぞ!」

 

そう言って、天族サイモンが増える。

スレイ達は戦い続ける。

 

スレイは増えた天族サイモン達を薙ぎ払い、本体の天族サイモンを吹き飛ばす。

彼女は地面に落ち、幻術サイモン達が消える。

天族サイモンは上半身を起こし、

 

「ふふ。私を殺さねばこの舞台は終わらない。」

「サイモン、もうやめよう……」

 

スレイは彼女を見下ろす。

そう言って、剣をしまう。

サイモンはスレイを見上げ、

 

「死を受け入れるか。」

 

スレイは首を振る。

彼は、天族サイモンの奥を見る。

そして天族サイモンも、自分の後ろを見た。

そこには道が続いている。

ロゼが天族サイモンの横を通て、そこに向かって歩いて行く。

スレイも天族サイモンの横を通る。

天族サイモンは杖を彼叩き付けようと振る。

 

「待て!導師っ!」

 

だが、スレイはそれを掴み軽く押す。

天族サイモンは後ろに尻餅を着く。

そして、恐怖や悲しみのような表情をする。

ロゼはそれを見て、

 

「それがあんたのホントの顔ってわけね。」

 

天族サイモンは無言になる。

ミクリオはスレイを見て、

 

「行こう。ジイジとレイが心配だ。」

「あ、うん。」

 

スレイ達は歩いて行く。

天族サイモンはスレイ達の背を見て、

 

「もはや手遅れ……すべて我が主の掌中よ……」

 

スレイ達は振り返る。

ロゼが天族サイモンを見つめ、

 

「あたしらが、はい、そうですかって諦めると思う?」

「……なぜ抗うのだ……抗えばそれだけ苦しむ……。なぜ苦しみから解放されありのまま生きるという、我が主の目指す世界を否定する……。……忘れたわけではあるまい。その業ゆえに命を落とした風の天族の存在を。彼の選んだ復讐という答えは我が主の目指すあり方に他ならぬではないか。お前たちは彼も否定してるのだぞ。」

 

天族サイモンはスレイ達を睨んで言った。

スレイは彼女を見つめ、

 

「……デゼルは確かに苦しんでた。でもあいつは自分の決めた事をがんばってた。」

「そうだ苦しみから逃れるためにな。」

「けどあいつは――」

 

ロゼは反論しようとしたが、

 

「業を抱えたものがそれに抗う事はすなわち、自分自身を否定する事に他ならない。抗い、否定した先に何があった?空虚な死ではないか。」

 

天族サイモンも言葉に、怒ろうとした。

だが、ライラが彼女の前に立つ。

 

「サイモンさん……。抗うのをやめた先に……そこに生の実感はあるのでしょうか?」

「何?」

「抗えば確かに苦しみを伴う事が多いですわ。それでも顔を上げ、答えを信じて足を踏み出したとき……そこに生の実感があると思いませんか?デゼルさんは確かに最初は苦しみから、逃れようとしたのかもしれません。ですが、全てを思い出したとき、彼はあなたの言う自らの業を呪い、諦めましたか?」

 

スレイはライラの言葉を聞き、

 

「そうか……」

「だからデゼルは最期に笑ってた……。ううん、笑えたんだね。ライラ。」

 

ロゼはおもい出しながら言う。

だが、天族サイモンは声を上がる。

 

「それが何だというのだ!正しい解に至らねば空虚な自己満足ではないか!」

「いいじゃねえの、自己満足で。」

 

ザビーダが肩を上がる。

ミクリオも腰に手を当てて、左手を顎に当てる。

 

「結果は重要だが……かといってそれは、経過が不要には繋がらない、か。」

「詭弁に過ぎん……」

 

と、俯いていた天族サイモンの頭をエドナが傘でバシっと叩いた。

天族サイモンはエドナを睨む。

エドナは傘を左肩に置き、右手を腰に置いて、仁王立ちしている。

 

「……いい加減気付いてくれる?急いでるに何故ライラが、わざわざこんな話してるのか。」

 

ライラはスレイを見る。

スレイはライラを見た後、天族サイモンを見て、

 

「……サイモン、前にオレに聞いたよな。『存在するだけで不幸をもたらす業を持ったものは、存在自体が悪なのか、死ぬべきなのか』って。」

「どう答えるかなど聞くまでもない。」

 

天族サイモンは俯く。

スレイは彼女をまっすぐ見つめたまま、

 

「……でも言っとく。前にレイが言ってた。導師が正しい時も、災禍の顕主も正しい時もあるって。だから、自分を悪だって決めつけなくてもいい。……違うな。悪でもいいじゃないか。」

「なんだと……」

 

天族サイモンは眉を寄せる。

スレイは困惑しながら、

 

「や、なんか違うな……えーっと。」

「上手く言おうとするな。」

 

ミクリオがスレイを見る。

スレイは頷き、

 

「どんなヤツだって居てもいい。みんな幸せになる方法、きっと見つけるよ。だから――」

「貴様は自分の残酷さがわかっておらん……。貴様は今まさに私の幸せを奪っているのだ……。もはや我が主の御為に働けぬ私に、存在理由などない……。」

 

天族サイモンは俯き、落ち込んで丸くなる。

ロゼは拳を握りしめ、

 

「っとにもーこいつ!あたしも、も一発ぶっとくか。」

「もう行こう。スレイ。」

「……ああ。」

 

ミクリオがスレイの肩をおく。

スレイは頷き、みんな歩き出す。

そして天族サイモンも鳴き声が響いて来た。

 

「うぅ……わぁぁぁ~!あぁぁ。」

 

 

スレイは奥に進みながら、

 

「伝わったかな。オレ達の言いたい事。」

「わかりません……ですが、耳は傾けていましたわ。」

 

そして審判者が壊したカムランへの扉に入った。

辺りは穢れで充満していた。

木々は枯れ、大地は干からびていた。

スレイが辺りを見て、

 

「……ここがカムランか。」

「始めて来るのに知ってる場所なんて、なんかへんなかんじ。」

 

ロゼも周りを見て言う。

ミクリオも辺りを見渡し、

 

「……なんだか時が止まってるみたいだ。」

「実際そうなのかも。裁判者や審判者、マオ坊のあのバカみたいな力を考えればね。」

 

エドナが村だった所をじっと見て言う。

ライラは俯き、

 

「……ここで亡くなったのですね。」

「ライラ、大丈夫か?」

「ありがとう、スレイさん。もちろん大丈夫ですわ。」

 

ライラは顔を上がる。

ザビーダがスレイを見て、

 

「神殿まではまだ結構ある。楽に行こうぜ?」

 

スレイ達は頷いて歩いて行く。

ロゼは歩きながら、

 

「サイモンってなんか憐れ。業とかいうのにホント苦しんだんだね。」

「ヘルの野郎に使えることで、やっと自分の存在意義を感じられるぐらい、な。」

 

ザビーダは頭で手を組んで言う。

スレイは天族サイモンを思い出し、

 

「あんなすごい力を持っているのに、自分を信じられなかったんだ。」

「あの力ならいつでもあたしらを殺せたのに、そうしなかったのもヘルダルフの指示だったのかな。」

 

ロゼも頭で手を組んで言う。

ミクリオはロゼを見て、

 

「それもあるかもしれないが……殺せなかったんじゃないだろうか。あれは普通じゃ考えられない。特別な力に感じた。」

「そうか、誓約だな。」

 

スレイは手をポンと叩く。

エドナが傘をクルクル回し、

 

「……で、誓約は『殺めない』ってワケね。」

「人、天族、憑魔≪ひょうま≫なんでもござれだが殺せない。意味があるようで意味がない、か。」

 

 

ザビーダは遠くを見るよな感じで言う。

ライラは手を握りしめ、

 

「ですが、先ほどは本気だったと思いますわ。」

「誓約を侵して、力を失っても……ひげネコの思惑にすら反してでもね。」

 

エドナは淡々と言う。

ライラも頷き、

 

「はい。この穢れの中で、力を存分に発揮出来なかったのが、幸いしたのでしょう。」

「そこまでしてオレを……」

 

スレイは俯いた。

しかし、顔を上げて進む。

 

 

神殿の中、審判者はカムランの入り口の方を見る。

そしてそこを見つめ、

 

「サイモンちゃん、負けちゃったか。と言うことは、スレイ達もやって来る。彼らは間に合うかな。大切な家族を。」

 

そう言って、自分の居る部屋の扉を見る。

そこに老人天族がやって来た。

そしてその後すぐに白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女も入って来た。

審判者は嬉しそうにニット笑い、

 

「さあ、抗ってみなよ!」

 

そう言って、短剣を握る。

小さな少女もまた、影から武器を取り出し、影が掴む。



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toz 第四十三話 災厄の村カムラン

スレイ達は奥を突き進む。

スレイ達は歩いていると石碑を見つけた。

ミクリオはそれを見て、

 

「この石碑は新しいな。」

「なんか書いてある……『この村から始めよう』。」

 

ロゼが文字を読み上がる。

ライラは手を握りしめ、ハッとする。

ミクリオがそれを見つめ、

 

「カムラン開拓の記念碑か。」

「導師がやめたミケルさんは、なにを始めるつもりだったんだろうな。」

 

スレイが石碑を悲しそうに見つめて言う。

ロゼは腕を組み、

 

「普通の生活……家族との暮らし……」

「穢れのない世界への第一歩という意味かもしれない。」

 

ミクリオも続けて言う。

スレイはミクリオを見て、

 

「始めりの村カムラン――『災厄の時代が始まった』って意味じゃなかったんだな。」

「希望がこもった名前だったんだね。」

 

ロゼも二人を見て言う。

ライラは遠くを見て、

 

「ミケル様……」

「取り戻そう、ライラ。希望の名前を。」

 

スレイはライラを見る。

ロゼもライラを見て、

 

「災厄の時代を終わらせて。」

「はい。」

 

ライラは頷く。

そして再び歩き出す。

奥に歩くに連れて、穢れが強くなっていく。

ザビーダは辺りを改めて見て、

 

「おっそろしい量の穢れだな。スレイがいなけりゃドラゴンになってるぜ。」

「マオテラスが発してるのか……マオテラスに流れ込んでいるのか……。とにかく、この穢れがマオテラスを憑魔≪ひょうま≫にしている原因なんだ。」

 

ミクリオが腕を組む。

エドナが奥を見て、

 

「穢れの中心は村の奥のようね。おそらくそこに……」

「ヘルダルフとマオテラスがいる。」

「行こう!大丈夫!導師一行だって並じゃないから。」

 

そう言ってロゼが歩いて行った。

スレイ達も頷き、歩き出す。

 

しばらく歩いた先に、先代導師ミケルの家を見つけた。

と言っても、それは焼け焦げていた。

ミクリオはそれを見て、思い出す。

 

「ここは……大地の記憶で見た……」

「ミケルさんの家だ。」

 

スレイも驚きながらそれを見る。

ライラは無言でそれを見つめる。

スレイはミクリオを見て、

 

「ミューズさんも一緒に住んでいたんだよな?」

「ああ。つまり人間の赤ん坊だった僕も、住んでいたんだろうね。」

「カムランは、ミクリオの故郷だったんだよな。それに裁判者と審判者の……」

「スレイにとってもだろ?」

 

ミクリオはスレイを見て小さく笑う。

だが、スレイは腕を組み、

 

「そう……なんだよな。実感ないけど。」

「歴史的事情だね。僕たちの。」

「けど、オレの故郷はイズチだ。」

「ああ。もちろん僕も同じだ。それにレイも。」

 

ミクリオは頷く。

そしてスレイは腰に手を当てて、

 

「そしてこれからも。」

「言うまでもないさ。」

 

ミクリオも同じように言う。

それを見たライラは嬉しそうに微笑む。

 

そしてスレイ達は、神殿アルトリウスの玉座の入り口にやって来た。

空は赤く燃え上り、月のような球体は黒く浮いていた。

そして雷や竜巻、落石などが起きていた。

ロゼが怒りだす。

 

「っとに何ここ!」

「すごいところだよ。」

 

そしてスレイも眉を寄せた。

ミクリオも拳をつくり、

 

「何もかもが非常識すぎる。」

「膨大すぎる穢れが、こんな異常な光景を生んでいるんでしょう。」

 

ライラが辺りを見て言う。

ザビーダはニッと笑う。

 

「この世のならざる景色ってところか。」

「こんな感じなんだ。あの世って?」

 

ロゼが怒りからコロッと変わって言う。

エドナは遠くを見るように、

 

「あの世を見たことのある人がそう言ってるしね。」

「見たらちゃんと教えてやるって、嬢ちゃんたち。それもすぐかもしれねぇぜ?」

 

と、腰に手を当てて言うザビーダ。

ライラは口元に手を当て、

 

「ふふふ、大丈夫ですわね。冗談が言えるのなら。」

「ホント、いつもの調子だよね。」

 

ロゼが笑う。

エドナも悪戯顔で、

 

「あなた達も人のこと言えないと思うわ。」

「どうよ?こういうの?」

 

ザビーダは笑い出す。

ミクリオは苦笑した後、

 

「頼もしい限りだ。」

「ああ。本当に。」

 

スレイも頷く。

そして進む。

 

と、ミクリオは扉越しに、穢れの気配を感じ、

 

「以前ヘルダルフと戦った時よりも酷い穢れだ……」

「着実に近付いているってことだね。」

 

ロゼはジッと扉を見つめる。

ミクリオもそこを見つめ、

 

「ああ。気は抜けない。」

「行くぞ!」

 

スレイ達は中に入る。

中に入り、奥に進んで行くとある紋章を見つけた。

近付くと、『カノヌシの紋章』と隅の方に書かれていた。

だが、スレイ達はそれに気付かない。

ミクリオがそれを見て、

 

「マオテラスの紋章か。」

「いや……ちょっと違くないか?これ……」

 

スレイも腕を組んでその紋章を見る。

ライラは静かに、

 

「これはカノヌシ様の紋章ですわ。」

「カノヌシ……?どんな天族≪ひと≫?」

 

ロゼがライラを見る。

答えたのはライラではなく、ミクリオだった。

 

「かなり古い伝承だけに出てくる謎の天族だな。」

「一応五大神だ。マオテラスの前のな。」

 

ザビーダが腰に手を当て、その紋章を見て言う。

スレイはそれを聞き、驚きながら、

 

「マオテラスの先代⁉五大神って入れ替わるものなのか?」

「流行廃りはなんにだってあるわ。現に、今はマオテラス信仰だけが盛んじゃない。他の四神をおしのけて。」

 

エドナが淡々と言う。

スレイは首を傾げ、

 

「そういうもの……かもな。」

「つまり、ここはカノヌシの神殿だったのか。と言うことは、裁判者と審判者はそれに関わっていたのかもしれないな。なぜならこの地は、彼らの生まれ故郷だ。」

「かもしれないな……行こう。」

「ああ。」

 

スレイとミクリオは互いに見合って、歩いて行った。

ロゼがそれを見て、

 

「……スイッチ、無理矢理切っちゃったね。」

「ライラ、あの二人の――」

 

エドナがライラを見る。

ライラは無言で俯く。

そしてザビーダも何かを察して黙り込む。

ロゼも何かを感じ、

 

「あれ?」

「行くわよ。」

「あ、うん。行くよ、二人とも。」

 

エドナがロゼを連れて行った。

ザビーダが手を上げる。

 

「ああ。」

「はい。」

 

そしてライラも頷き、歩き出す。

 

 

レイは戦っていた。

目の前にいる審判者は短剣を投げてくる。

それを影が握っている剣や槍で防ぐ。

そして雷が審判者を襲う。

だが、彼はそれを交わし、短剣を雷を出した老人天族に投げる。

レイが老人天族の前に行き、影を操る。

 

「ジイジ!今からでも遅くない!イズチに戻って!」

「何を言うか!お前さんを残して戻れんわ!」

「私は大丈夫だから!」

 

レイは後ろを振り返り、老人天族ゼンライ≪ジイジ≫を見る。

だが、すぐそこに審判者は短剣を投げて来た。

レイはそれを防ぐ。

だが、彼は笑みを受けべ、

 

「やっぱり、今の君は弱いね。」

 

そう言うと、レイの背後から槍が突き刺さる。

 

「レイ!」

 

レイは後ろに視線を向けると、影から槍が尽き出ていた。

ジイジが雷を審判者に向けて放つが、

 

「俺ばかりに注意が行きすぎだよ、雷神。」

 

彼は槍を回して、それを打ち消した。

そしてレイは抜かれた槍の傷を抑え、

 

「ジイジ!」

 

影でジイジを引っ張る。

そこには災禍の顕主ヘルダルフが攻撃を仕掛けていた。

 

「すまんのぉ!」

「だ、大丈夫……!」

 

だが、災禍の顕主ヘルダルフがレイの側まで来て、レイを壁に打ち付けた。

レイはそのままずれ落ち、そこを見る。

ジイジが彼に首を絞められていた。

 

「ジイジ!……ヘル、ダルフ――‼」

 

レイの叫び声が響き渡る。

 

 

スレイ達は奥へと奥へと進んで行く。

ザビーダが辺りを警戒しながら、

 

「……まだ仕掛けてこねぇのか。焦らされるのは好きじゃなねえんだがな。」

「嫌な予感がぬぐえません……」

 

ライラが手を握りしめる。

ザビーダはライラを見て、

 

「言ったろ?楽に行こうぜ。考えたってしょうがねぇ。」

「ええ……」

 

ライラは俯く。

と、前を歩いていたスレイとミクリオは大量の儀礼剣を見付けた。

ミクリオはスレイを見て、

 

「スレイ、儀礼剣があるぞ。」

「ああ。やっぱりここは、導師と関係がある場所なんだな。」

 

スレイも頷く。

ミクリオは腕を組み、

 

「以前は大勢の導師がいたんだよな。せめて何人か残ってくれていれば……」

「そうだよなぁ。けど、そういう歴史の先に生きてるんだ。オレもミクリオも、みんな。」

「わかってるさ。今この瞬間が歴史であることもね。」

「はは、未来のオレたちにガッカリされないようにしないとな。」

「僕みたいな厳しいのもいるからね。」

「そういうこと!」

 

二人は頷き合う。

そして歩いて行った。

ザビーダは笑いながら、

 

「いやー、若いっていいねえー。」

「本当に。」

 

ライラも微笑みながら歩いて行く。

そして神殿の最奥の前の階段にやって来た。

スレイはザビーダを見て、

 

「ザビーダ、決着つけなきゃいけない相手だって言ってたよな。」

「ああ。何だかんだで、殺らずに済みそうだ。」

 

ザビーダは腰に手を当てる。

ライラもザビーダを見て、

 

「スレイさんとの出会いで、新たな可能性が生まれたのですわね。」

「そうそ!まさに運命の出会いってな!野郎なのが唯一の問題だ。」

 

ザビーダは笑いながら言う。

エドナは半眼で彼を見る。

 

「ばかなの?」

「まったくだ。五大神の一人を殺す……いや、殺せるつもりだったなんて。」

 

ミクリオも半眼で彼を見た。

ザビーダはニット笑い、

 

「やってみねえと結果はわからんだろうが、よ。」

「ザビーダ、答えを最初から持ってて、全くブレないんだ。意外とすごいやつ?」

 

ロゼが腕を組んで驚く。

ザビーダは手を広げて、

 

「お、ロゼちゃん、俺と契約して器になってみる?」

「調子のりすぎ。」

 

エドナが彼の横腹に傘を突き出した。

彼は横腹を抑え、

 

「痛い!」

「ザビーダ、ありがとう。」

「あん?」

 

ザビーダはスレイを見る。

スレイは銃≪ジークフリード≫を取り出し、

 

「オレ達の出会いが救う方法を、生んだってのがすげーうれしくてさ。」

「おまえ……」

 

そしてザビーダは帽子を下げ、

 

「ったく。この甘ちゃん導師め。甘ったるすぎだぜ。こっからが正念場だろ?」

 

そしてスレイの肩に腕を乗せる。

スレイは彼を見て、

 

「だな。」

 

ザビーダは肩を押す。

スレイは頷き、長い階段を登り出す。



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toz 第四十四話 決戦

スレイ達は神殿の扉の前に立つ。

スレイは扉を見て、

 

「……いよいよだ。」

「ああ。」

 

ミクリオも頷く。

スレイが皆に振り返る。

ライラはスレイを見て、

 

「スレイさん。あなたの後ろには私たちが居ますわ。それを忘れないで。」

「そういうことらしいわ。」

「そういうことらしいな。」

 

エドナとザビーダもスレイを見ていう。

ロゼが腰に手を当てて、

 

「思いっきりやっちゃって!そんでもって、裁判者と審判者にもギャフンと言わせよう!」

「ああ!ありがとう。みんな。」

 

スレイは頷く。

ミクリオはジッとスレイを見て、

 

「決着を付けよう。全てに。」

「ああ!行こう!」

 

そう言って、スレイとミクリオは扉に近付く。

エドナが二人の背を見て、

 

「……二人ともカムランに入ってから、一度もおじいちゃんの話しなかったわね。」

「ええ……ゼンライ様に危害を加えるのは無意味だと、かの者へ示しているのでは。」

 

ライラも眉を寄せて言う。

ザビーダは真剣な表情になり、

 

「ビビってるように見えたぜ。俺はよ。あれじゃ自分の弱点を認めてるようなもんだ。それにここに来て、一度も嬢ちゃんも、裁判者の方でも現れてない。無論、審判者もな。」

 

ロゼは少し考えてから、ライラ達を見て、

 

「行こう!」

 

ライラ達は頷き、歩いて行く。

スレイが扉を開け、中に駆け出していく。

そして中の扉が開く。

その祭壇の中に入ると、白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女がスレイ達の横の壁に叩き付けられた。

 

「レイ!」

 

レイは肩を上下させ、立ち上がる。

彼女はスレイ達を見る。

そして瞳を揺らすと、すぐに視線を外す。

レイは手を前に出し、黒い炎が浮かび上がり審判者と災禍の顕主ヘルダルフを襲う。

審判者は笑いながら、

 

「必死だね。」

「うるさい!」

 

だが、黒い炎は切り裂かれた。

ヘルダルフもまた、薙ぎ払う。

 

「レイ‼下がれ!」

 

スレイとミクリオが駆けよろうとしたが、レイはそれより先に突っ込んで行く。

影を駆使して審判者と災禍の顕主ヘルダルフに攻撃を仕掛ける。

だが、審判者は仮面をつけた上から目元に右手を当て、

 

「あはは!もう平静さも失ったか!」

 

そう言うと、レイは立ち止まる。

そして手を顔の前に組み、腕と影で防御する。

そこに審判者の影に打ち付けられ、吹き飛ばされる。

スレイとミクリオが、飛ばされたレイを受け止める。

そして床に置き、スレイは災禍の顕主ヘルダルフを見据え、

 

「ヘルダルフ!決着の時だ。」

 

災禍の顕主ヘルダルフはスレイ達に近付きながら、

 

「……苦しみとともに生きねばならぬ世界……全ての者はこれからの解放を望んでいるのは明白。」

 

そして立ち止まり、

 

「何故それに抗う?導師よ。」

「……確かにお前の目指す世界では、苦しみから逃れられるかもしれない。けど、やっぱり違うと思う。」

 

スレイは立ち上がる。

ミクリオも立ち上がり、

 

「僕たちは苦しみから目を背けたくない。」

 

レイは瞳を開ける。

そして床に寝たまま、彼らの声に耳を傾ける。

そして審判者も腰に手を当てて、彼らの声に耳を傾ける。

ライラは考えるように、

 

「辛い事があるから楽しい事を実感できるのですわ。」

「だね。あたしらは生きてるって感じたいんだ。」

 

ロゼも腰に手を当てて言う。

災禍の顕主ヘルダルフは天井を見上げ、

 

「苦しみに抗う事でのみ得られる安寧……そんなものを世界が享受するはずもあるまい。」

「別に逃げるのが悪いってワケじゃないわ。」

 

エドナが真剣な表情で言う。

そしてザビーダがニット笑い、帽子を上げる。

 

「俺らがそうしねぇってだけさ。」

「……ワシは自然の摂理を語っているのだ。」

 

災禍の顕主ヘルダルフの言葉に、スレイは眉を寄せ、

 

「摂理に従うのが生きる事だっていうのか。」

「無論の事よ。」

 

災禍の顕主ヘルダルフはスレイを見据える。

スレイはまっすぐ彼を見て、

 

「違う!それは死んでないだけだ!それがどれだけ苦しいことか、お前は知ってるはずだ!」

「最後にもう一度問おう、導師スレイ。ワシに降れ。」

「断る!」

「……災禍の顕主と導師……やはり世の黒白ということか。だが、ワシは白とは変じぬ!」

「オレも黒にはならない!」

 

スレイ達は武器を構える。

レイも身を起こし、立ち上がる。

そして審判者と睨み合う。

スレイが声を上がる。

 

「いくぞ!みんな!」

「まずはマオテラスの力を引き出せるんだ!」

 

ミクリオが天響術を詠唱し始める。

ライラも天響術を詠唱し始め、

 

「そうしなければ繋がりを見だせません!」

「了解!」

 

ロゼが突っ込む。

スレイも突っ込んだ。

審判者も短剣をポンポン上に投げながら、ニコニコしている。

そしてスレイの方に短剣を投げた。

レイも影から武器≪弓≫を取り出し、審判者の投げた短剣を矢で落とす。

そしてレイは審判者を睨みながら、矢を放つ。

エドナが天響術を繰り出し、

 

「おチビちゃん、完全に平静さを失ってるわ。」

「ああ。嬢ちゃんがああまでなると言うことは……」

 

ザビーダも天響術を繰り出す。

そして二人はハッとする。

 

「「スレイ!」」

 

二人は駆け出した。

スレイの方も災禍の顕主ヘルダルフに一撃を与えた所だった。

 

「ぬ……」

「うおおお!」

 

そしてスレイは剣を災禍の顕主ヘルダルフに向けて振り下ろす。

彼は左手を剣の前に出す。

スレイの剣が止まる。

 

「な……」

 

スレイはそのまま固まった。

審判者はそれを見て、笑い出す。

 

「あはは!やっぱ、そうなるよね!」

「……審判者‼」

 

レイは審判者を睨んだ後、スレイの元に駆けて行く。

そしてスレイを見ながら災禍の顕主ヘルダルフは、

 

「親だけは捨てられぬか。いかに成長しようとそれが貴様の限界よ!」

「ヘルダルフ!」

 

そこにレイが影に弓をしまいながら、影を飛ばす。

だが、その場に倒れ込む。

その背には短剣が刺さる。

ロゼがレイに駆け寄り、剣を抜く。

そしてライラが治癒術をかける。

そしてロゼは未だに固まっているスレイを見て、

 

「スレイ?」

 

災禍の顕主ヘルダルフの左掌にはジイジの顔が浮いている。

スレイはそれを見つめ、剣を下ろす。

 

「ジイジ……」

「何だって⁉」

 

それを聞いて、ミクリオが目を見張る。

そしてライラも驚愕する。

災禍の顕主ヘルダルフは立ち上がり、

 

「黒にならぬと言ったな。今お前に沸き出ている感情はどうだ?」

 

スレイはそれを見つめながら後ろにさがる。

駆けて来たザビーダが睨みながら、

 

「取り込みやがったのか……!」

「スレイ、下がりな――」

 

エドナが言う前に、スレイは災禍の顕主ヘルダルフの雷を受ける。

 

「うわぁぁ‼」

 

そして膝を着く。

エドナが叫ぶ。

 

「スレイ!」

「ライラ!浄化すればジイジは助かるんだろう?」

 

ミクリオは眉を寄せて、ライラに詰め寄る。

ライラはその視線を外し、無言で手を握りしめる。

ミクリオはさらに詰め寄り、

 

「ライラ!」

「オオオオ……」

 

災禍の顕主ヘルダルフの手に取りこまれたジイジが唸り声が聞こえる。

ミクリオはそこを見て、叫ぶ。

 

「ジイジ‼」

 

災禍の顕主ヘルダルフは左手を前に出し、

 

「愛する子を傷つける苦悩……伝わるか?」

 

スレイは彼を睨み、

 

「ヘルダルフ~!」

「さあ、救ってやるがよい。」

 

左手を握りしめる。

 

「ううう……」

 

ジイジの唸り声が響く。

スレイ達は武器を構える。

 

「ジイジ!」「ジイジ‼」

 

スレイとミクリオは叫ぶ。

レイは起き上がり、手を握りしめる。

ライラが天響術を詠唱し、

 

「なんと愚劣な……!」

「とにかく一度ぶっ飛ばす!話はそれから!」

 

ロゼも短剣を構えて突っ込む。

エドナも天響術を繰り出し、

 

「それが良さそうね。」

「ああ。手をこまねいていたらやられちまう!」

 

ザビーダも天響術を繰り出す。

災禍の顕主ヘルダルフは鼻で笑う。

 

「ふん……憑魔≪ひょうま≫の繋がりを断つ方法を得たのだろう?それを行えばよいではないか。」

「何か企んでるとは思ってたが……」

「ただ人質にされるよりもタチが悪いわ。」

 

ザビーダとエドナが眉を寄せて怒る。

災禍の顕主ヘルダルフはスレイを見て続ける。

 

「親を救うためには仲間を犠牲にせねばならん。だがここでその手を使うとワシを討てぬ。さぁ、どうする?導師よ。」

「ヘルダルフ……お前は!」

 

スレイは災禍の顕主ヘルダルフの攻撃を防ぎながら睨み続ける。

 

「オオオオ!」

 

災禍の顕主ヘルダルフがジイジの力を使う度、ジイジの唸り声が響き続ける。

 

「……それが……ジイジの想い……」

 

レイは立ち上がり、スレイ達の元に駆ける。

災禍の顕主ヘルダルフはスレイを見据え、

 

「抗う事の虚しさ……痛感したか。」

 

ミクリオが天響術を繰り出し、災禍の顕主ヘルダルフが

 

「ぐっ!」

 

そしてロゼが災禍の顕主ヘルダルフに止めを刺しに走って行く。

そこにミクリオが腕を広げて止める。

 

「待て!ロゼ!」

「……わかってとは言わない。あたしを恨んでもいい。今だけはあたしに任せて。」

 

ロゼはミクリオを睨むように、力強く見る。

スレイはロゼを眉を寄せて見た。

 

「ロゼ……」

「頼む……きっと何か……何か方法がある……!」

 

ミクリオは必死に言う。

ロゼは俯き、目をギュッとつむる。

そこに災禍の顕主ヘルダルフの声が響く。

 

「自らの家族だけは失いたくない……大した覚悟だ。」

「ふざけんな!」

 

ロゼが顔を上げ、叫ぶ。

そして災禍の顕主ヘルダルフを睨みながら、

 

「おじいちゃんもミューズって人も、ホントだったら犠牲になる必要なんてない……全部アンタのせいでしょ!」

 

飛び掛かりそうなロゼをミクリオが必死に抑え込む。

エドナが静かに、かつ怒りぎりに、

 

「そう。自ら愚かな選択をして、落ちた訳じゃないのに……」

 

スレイは眉寄せて俯き、拳を握りしめる。

災禍の顕主ヘルダルフは左手のジイジの顔をスレイに見せ、

 

「……それでどうするというのだ?」

「あたしが何とかする!そう決めたんだから!」

 

ロゼがミクリオを振り払って、突っ込む。

災禍の顕主ヘルダルフは雷を全体に出した。

 

「はうっ‼」

 

ロゼ達は膝を着く。

災禍の顕主ヘルダルフはロゼを見下ろして、

 

「従士の出る幕ではない。」

 

ロゼはそれでも必死に起き上がろうとする。

そこに再び雷が繰り出された。

しかし、影がロゼ達を守った。

そしてロゼの影が動き出し、ロゼを拘束した。

 

「な⁉」

 

ロゼは自分の横のレイを見る。

レイはロゼを見た後、

 

「ゴメン、ロゼ。でも、これはお兄ちゃんたちが決める事だから。」

 

そう言って、レイはスレイとミクリオを見る。

 

「導師!お前はいつまで悩んでいる!その迷いが、仲間を死に追いやる事に何故気付かない!お前たちを育てたゼンライは、お前たちに何を教えた!あの嘆きが、お前達を傷つけただけの嘆きだと思うのか!それに目を背け、従士に討たせ、お前の願うその答えに……お前は向き合えるのか!」

 

レイは睨むように、懸命に必死に自分を裁判者として話す。

だが、涙を流し、言葉が演じきれなくなる。

 

「何よりも、ジイジの想いを無下にする気の!」

「レイ……あんた……」

 

ロゼはレイを見上げた。

そしてロゼを拘束していた影が離れる。

そこに審判者の短剣が飛んでくる。

レイは影で薙ぎ払う。

 

「これは導師と災禍の顕主の戦いだ。俺らは関わるべきじゃない。それに君は、俺の答えに同意したはずだよ。なら、いつまでその姿でいる気だよ。」

 

審判者はどこか苛立つように言った。

レイは瞳を閉じ、開く。

赤く光る瞳は燃え上がるような瞳で彼を見る。

 

「ああ。私は裁判者である為に、お前の答えに同意した。だが、私は裁判者としてジイジの願いを叶えるのではなく、レイと言う家族の一人としてジイジの願いを叶える!」

 

そう言って、災禍の顕主ヘルダルフの前で両手を広げる。

 

「私の全身全霊をもって、耐えられるか!」

 

広げていた手を前に出し、

 

「黒き業の炎、喰らい尽くせ!喰魔の力!」

 

黒い炎とレイの足元の影が一気に災禍の顕主ヘルダルフに襲い掛かる。

審判者が彼の前に立ち、同じように黒い炎と影がぶつかり合う。

それが爆発し、レイと審判者は互いに吹っ飛ぶ。

 

「「「レイ!」」」「レイさん!」「おチビちゃん!」「嬢ちゃん!」

 

スレイ達が叫ぶ。

二人は壁に叩き付けられる。

 

「うっ!」「ぐっ!」

 

スレイは俯き、拳を握りしめ立ち上がる。

そしてロゼの前に、災禍の顕主ヘルダルフの前に立つ。

ロゼは視線をレイから、スレイに向ける。

 

「スレイ……?」

「そうだ……これは……これだけはオレがやらなきゃいけない!」

 

そして顔だけロゼを見て、

 

「ありがとう、ロゼ。本当に。」

 

そして悲しそうに笑う。

そして今度は立ち上がり、フラフラしているレイを見て、

 

「レイもありがとう。」

 

レイはそれを見て、必死にスレイ達の元に歩く。

ライラはそのスレイの悲しくも、決意した背中を見て、

 

「スレイさん……」

「バカ……」

「スレイ……」

 

エドナ、ザビーダも彼のその背を見る。

スレイは背を向けたまま、

 

「下がってて。みんな。」

 

スレイは武器を構える。

ミクリオは俯き気味だった顔を上げ、涙を拭って立ち上がる。

そしてスレイの横に立つ。

そしてスレイを見て、

 

「君一人に背負わせない。」

 

スレイはジッとミクリオを見る。

災禍の顕主ヘルダルフは鼻で笑い、

 

「ふん……貴様らは誰も救えん。」

 

災禍の顕主ヘルダルフは雷の球体をつくり出す。

スレイとミクリオは走り出す。

そしてスレイは走りながら、

 

「『ルズローシヴ=レレイ≪執行者ミクリ≫』!」

 

ミクリオと神依≪カムイ≫をして、ジャンプして着地する。

そしてしっかり踏みとどまり、力を籠めて弓を弾く。

その姿を見たレイは立ち止まり、歌を歌い出す。

スレイは瞳を閉じる。

そこにジイジのこれまでの言葉が蘇る。

 

――自由に、自らの思う道を生きよ。お前の人生を精一杯。

 

ジイジは優しくも厳しく、自分を見て笑う。

スレイは深呼吸し、

 

「ジイジ……」

 

そして目を開き、

 

「この痛み……忘れない!」

 

そしてスレイの力と、災禍の顕主ヘルダルフの力がぶつかり合う。

そしてそれはレイと審判者の時のように爆発する。

災禍の顕主ヘルダルフが顔を防ぎ、見つめるその先には……

 

「でぃやあ――!」

 

神依≪カムイ≫したままのスレイが突っ込んでくる。

弓は中央が尖り、小さな剣のような形となっている。

災禍の顕主ヘルダルフは左手を出し、再び雷の球体をつくり出す。

再び力の勝負となる。

スレイは力を籠める。

そしてスレイの中のミクリオも力を籠める。

 

「「うおおぉぉぉ!」」

 

そして、災禍の顕主ヘルダルフの左手を貫いた。

その瞬間、爆発が起こる。

神依≪カムイ≫が解け、二人は後ろに飛ばさる。

だが、着地し膝を着く。

レイの歌が二人を包み、スレイとミクリオの眼の前には幼き頃の自分達の頭を撫でるジイジの姿。

そしてジイジは優しく、誇らしげに笑い、

 

「よくやった。スレイ、ミクリオ……」

 

そしてレイもまた、同じように自分の頭を撫でるジイジの姿が目に映る。

レイは歌が止まり、座り込み、スレイ達は手を握りしめ、

 

「「「うあああああああ‼」」」

 

声を上げて泣き叫ぶ。

その三人の姿をロゼ達は悲しそうに、切なそうに、悔しそうに見つめるしかできない。

そこに、審判者の笑い声が響く。

 

「あは、あはは!どうだった、レイ。君にとっての親を失った気分は。辛いだろ、悲しいだろ、苦しいだろ!」

 

そしてスレイの前に来ると、

 

「導師スレイ、その感情こそが、大切なものを奪われた感情だ。これが君の選んだ選択の答えだ!」

 

そう言って、冷たく笑う。

そして短剣を取り出し、

 

「ヘルダルフには悪いけど、ここで俺が終わらせてあげるよ。ゼロと言う君の友人の一人として!」

 

そして短剣を振り下ろす。

スレイは立ち上げり、剣を振り上げた。

短剣は彼の後ろの床に刺さる。

そして彼のつけていた仮面が真っ二つに割れる。

彼はそれを拓い上げ、

 

「へぇ~、凄いや。この仮面は簡単には壊れないんだ。壊れるとしたら、意志や感情の強い者。かつて裁判者のこれを壊した業魔≪ごうま≫がいた。彼女もまた、君のように家族を奪われ、自らの意志で家族を殺し、喰らい、その業を背負った。今も終わる事のない自分の選べなかった答えの夢の中をさ迷い続けながら……」

 

それを聞いたザビーダは、眉を寄せて審判者を睨んだ。

審判者は壊れた仮面を見つめ、

 

「これ、意外と気に入ってたなけどな。」

 

そう言って、握りつぶした。

仮面は粉々に砕け散る。

 

「壊れたものはもう元には戻らない。命も、関係も、運命も、絆も、全て!」

 

そう言って、赤く光る瞳をスレイに向けた後、レイを見て、

 

「だから俺は元に戻すんだ。そうだろ、レイ。」

「ああ。そうんだな……」

 

俯いて座り込んだレイは立ち上がる。

レイは審判者の方に歩き出す。

彼は続ける。

 

「審判者と裁判者に、俺≪ゼロ≫も君≪レイ≫も要らない。俺達は狂ったあの時から、いや、ミケルに会ったあの時から狂い出した。関わる事のない君≪裁判者≫が関わり、内側の俺≪審判者≫が人の世の理に触れた!全て間違いだったんだ!」

「……かもしれないな。私は感情を知り過ぎた……自らの業すらも、まともに背負えない。」

「ああ。所詮俺らと感情あるものとの見る世界は違う。彼らには多くの選択肢がある。でも俺達は審判者と裁判者の選択肢しかない。なら、それに抗っても仕方ない事だ。君もそれを実感しただろ。」

 

審判者は眉を寄せて拳を握りしめた。

スレイはそれを見て、

 

「当たり前だ!みんな、自分自身の人生を生きてるんだ!見てる世界も、選ぶ選択肢も違う!それはお前達もそうだろ!」

 

スレイの叫び声に、レイは立ち止まる。

そして顔を上げ、スレイを見る。

審判者はスレイに冷たく笑い、

 

「君に、俺らの何が解るのさ。俺達≪ゼロとレイ≫は、俺達≪審判者と裁判者≫でいなきゃいけないんだ!この狂った歯車を正すには!」

「だから何なんだよ!前に裁判者は言った。狂い出した歯車を元に戻すのではなく、狂いを正す方法がある事を!だから諦めるなよ!」

「君は解ってないんだよ!それがいかに矛盾で、不可能に近い事を!」

 

審判者はスレイの襟首を掴み上げる。

スレイは彼を睨んだまま、

 

「そんなのやってみなきゃわからないだろ!」

「そんなの解りきってる!俺の眼は、その未来には希望がない!」

「それはお前がそう思い込んでるからだ!」

 

そう言って、スレイは頭突きをした。

審判者はスレイを離し、額を抑える。

スレイはレイに振り返り、

 

「レイもレイだ!自分の本当の気持ちに嘘ついて、裁判者のマネして、しまいには自分の本当の答えすらも偽って!いくらお前達が子供の精神でも、大人になれ!俺たちは家族だろ!みんなは仲間だろ!レイの気持ちくらい俺を含めたみんなが受け止めてやる!ゼロ!お前の気持ちだってオレが受け止めてやる!お前達の本当の願いは何だ!」

 

スレイはレイを怒鳴った。

レイは瞳を揺らし、涙を流しながら、

 

「……私は……私は……お兄ちゃん達と……一緒に――」

 

だが、レイが全ていう前にグサッとレイは貫かれた。

それも心臓を。

レイは横目でその相手を見る。

 

「やっと隙を作ったな。」

「ヘル……ダルフ……!」

 

そしてレイは自分の貫かれた心臓を見る。

ジイジの顔の合った左手には自分の心臓が握られている。

災禍の顕主ヘルダルフはそれを抜く。

レイは前乗りに倒れ込む。

 

「お前にとっての親のいた方の手だ。本望だろ。導師、自らの手を汚し……涙してまでも抗うか。……ならば、世かろう。真の孤独をくれてやる。」

 

そしてとっさに駆け付けた審判者に襲い掛かる。

審判者は影から槍を取り出し、それを防ぐ。

だが、彼の得意技である獅子戦吼をくらう。

できた隙に、審判者の心臓を貫き、抉り出した。

 

「やっ……ぱり、恨んでたん……だ。ま、当……然か……」

 

審判者は倒れ込む。

災禍の顕主ヘルダルフは扉の前に立つ。

そしてスレイを見て、

 

「導師、お前のおかげで鍵は手に入れた。」

「まさか、テメェ!全てこのためだけに、やりやがったのか!」

 

ザビーダは眉を寄せて怒り出す。

災禍の顕主ヘルダルフはニット笑い、握っていた心臓を潰す。

その血が扉に流れ、封印の魔法陣が消える。

そして開いた。

 

「導師、ワシを止めたくば、同じように裁判者と審判者の心臓を抉り取るのだな。そして追いかけて来い。」

 

そして中に入って行く。

スレイが追いかけるが、扉が閉まり結界に弾かれる。

 

「くそっ!」

「スレイ!」

 

ロゼが叫ぶ。

スレイもレイの元に駆ける。

レイは小さく息をしている。

 

「まったく……心臓を……抉られるなんて……いつぶりだろ。」

「ゼロ!」

 

スレイはすぐ側に居た審判者を見る。

彼は身を起こし、

 

「心配はいらないよ。心臓を抉られようが、頭を潰されようが、死にはしないよ。」

「だが、痛みや苦しみはあるだろ。」

「あはは!あんな事があったにもかかわらず、俺の心配?とんだ甘ちゃんだ。」

「友達を心配するのに、理由なんていらない。」

「……はぁ。全く。」

 

そう言って、座ったままスレイ達に背を向ける。

天井を見上げ、

 

「……俺は審判者である為に、自身≪ゼロ≫を殺す。だから傷の治りも早い。……スレイ、これはゼロと言う人間の呟きだ。」

 

そう言って彼はユラユラしながら、

 

「扉の鍵は、審判者と裁判者の心臓を捧げること。かつてこの扉を開く事のできたのは、初代導師と初代災禍の顕主。そして今宵の災禍の顕主。」

「先代導師ミケルは、お前らに認められたんだろ。マオ坊と一緒で。」

 

ザビーダがその彼の背を見て言う。

彼はユラユラするのを止め、ニット笑い、

 

「そうさ。マオテラスは彼女の意志と想いを継ぐために、俺らと盟約を交わした。ミケルは俺らを説得し、この地に村を興すために、この扉を開ける必要があったからね。」

「それって……」

 

スレイは眉を寄せる。

彼はスレイに振り返り、

 

「そ。扉の鍵はもう一つ方法がある。裁判者と審判者から直接カギを貰うこと。スレイ、君はどちらを選ぶ?無論、俺は渡す気はないけどね。」

 

スレイは無言になる。

と、レイが目を開ける。

 

「……お兄ちゃん……ミク兄……みんな……」

「レイ!」

 

レイはそれをじっと見つめ、

 

「……お兄ちゃん、ミク兄……お願いがあるの。」

「なんだ?」「なに?」

「神依≪カムイ≫をして……」

 

スレイとミクリオは頷き合い、神依≪カムイ≫をする。

レイは呟くように言った。

 

「私はカムランでの事にちゃんと向き合って、お兄ちゃん達と一緒に居たいって、皆と旅をしたい、もっともっとみんなで色々な所に行きたい……あのメーヴィンの想いに応える為にも、そう思ってた。でも、お兄ちゃんが言ったように選択肢と言う道は沢山ある。でも、自分にはないかもって思った。そしてドラゴンと戦うお兄ちゃん達やそれに応えたアリーシャ達を見て、私はやっぱりみんなとは違うんだと、一緒にはなれないって思った。でも、お兄ちゃん達と一緒に居たかった。なら、自分を偽ってでも最後は裁判者としていれば、お兄ちゃん達と悲しい別れにはならないと思った……」

「でも、違ったのですわね。」

 

ライラが優しく言った。

レイは頷き、涙を流す。

 

「ん。そうした結果、どんどん変えたかった未来は、運命は、引き起こされた。ジイジも救えず、お兄ちゃんとミク兄はあんな想いをさせてしまった。ごめんなさい……」

「レイ……オレこそゴメン……」

「僕もだ、ゴメン……」

 

レイは天井を見上げ、

 

「裁判者と審判者は願いを叶える。願いとは想い……だから後始末はしない。それはその願いの代償を理解するため……。あの枢機卿フォートンもそう。あの願いを誰かと共に使うべきだった。でも、本当は違う。あの人は願いを叶えるのではなく、他者と協力するべきだった……。願いを叶えた後、その本当の気持ちに、そして繋げて欲しい想いを繋げてほしくて……」

 

そしてエドナを見て、

 

「エドナの本当の願い……ううん、想いに気付けた?」

「ええ。ワタシはお兄ちゃんと一緒に居たかった。でもそれ以上に、お兄ちゃんに会いたかった。けど、ドラゴンから元に戻しても、多分お兄ちゃんはまた居なくなる。でも、あの時お兄ちゃんは笑ってた。ワタシはお兄ちゃんが大好きだってこと、それと同じくらい今の仲間が大切。そしてお兄ちゃんもまた、人間に凄い関わっていたから、そう想える仲間が居たのね。今の私のように……」」

「ん。船の仲間も、ある意味での愉快な長く短い仲間も、ね……」

 

レイはロゼを見て、

 

「そしてロゼは、デゼルの願いと想いを繋げてくれた。だから私は嬉しかった。そしてお兄ちゃん達の想いに応えたアリーシャ達にも、希望と未来を見た。だから本当に嬉しかった。」

「うん。レイが、最後にデゼルに会わせてくれたから、あたしは向き合えた。ちゃんと知れた。」

 

スレイはレイを見つめ、

 

「レイ、イズチの皆がお前に会いたがってたよ。そして伝えてくれって……『今でもお前達は俺達の大切な家族で、ここはお前達の大切な故郷だ』って。」

「そっか……嫌われてなくて……良かった。」

 

レイは小さく笑う。

そしてレイは、手を上げる。

神依≪カムイ≫化したスレイが手を握る。

と、魔法陣が浮かんだ。

それがスレイの中に入る。

 

「それがお兄ちゃん達にできる最後のレイにできること……」

「レイ?」

 

そうしてレイは神依≪カムイ≫化したスレイから離れ、

 

「時間をありがとう……だから審判者を救って。私は裁判者に戻る!」

 

レイの眼の前には黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女。

裁判者はレイに向かって歩いてくる。

レイはスレイ達に振り返り、笑顔でスレイ達を見て、

 

「お兄ちゃん、ミク兄、ロゼ、ライラ、エドナ、ザビーダ……また会おうね。」

 

そう言って風に包まれる。

審判者は立ち上がり、

 

「結局は、その選択肢を取るのか。」

 

そう言って、短剣を投げた。

だが、風が弾け影から剣を取り出した審判者が弾く。

そこには黒いコートのようなワンピース服を着た小さな少女ではなく、黒いコートのようなワンピース服を着たスレイ達と同じくらいの年頃の少女が立っていた。

彼女は仮面を外す。

それは大地の記憶で見た少女。

裁判者は剣を横に振り、

 

「何を驚いている。これは器が望んだことだ。」

「……はは!成程ね……君は本当に、その答えという選択肢を選んだんだね。」

 

審判者はスレイに近付き、

 

「君のその願いは闇しかない。それでもやるの?抗うの?」

「ああ!」

 

スレイは頷く。

そして審判者はニット笑い、

 

「気が変わった。俺も君に託してあげるよ。君の友人だったゼロとしてね。」

 

そう言ってスレイの前に手を差し出す。

魔法陣が浮かび、スレイの中に入って行く。

そして影から剣を取り出し、裁判者に斬りかかった。

裁判者はそれを剣で受け止め、弾く。

そして金属音が響き渡す。

裁判者はスレイを見て、

 

「何をしている導師。」

「え?」

「お前は鍵を手に入れた。そしてお前には、お前のやるべき事がある。これの相手は、私がしなければならない。お前は、お前の相手の元に行け。お前の妹だった器の想いを無下にするのか。」

 

スレイは瞳を閉じ、開いて言う。

 

「……行こう、みんな!」

 

そして反転する。

ロゼはスレイを見て、

 

「いいんだね。」

「ああ!」

 

ロゼはスレイの背を叩き、

 

「なら、行こう!」

 

そう言って、みんな歩き出していた。

スレイも扉に近付き、触れる。

スレイの中から魔法陣が出てきて、結界が消える。

扉が開き、スレイ達は中に進む。

 

裁判者はそれを横目で見た後、

 

「導師は想いを繋いだ。なら、お前もいい加減気付いたらどうだ。」

「変な事を言うね。俺は俺の出したこの答えに――」

 

裁判者は剣を地面に刺し、彼を抱き寄せた。

 

「私は知らなかった。感情というもを本当の意味で……お前はいつも願いを叶えた後、人々の想いに触れたとき……どうしてあんな表情をしていたのか、何故なんだかんだ言って、感情あるものたちを信じていた……こんな感じだったんだな。昔のように共に……今度は私も、ともに背負おう。」

 

審判者は目を見開いた。

そして小刻みに震え、

 

「お、俺は……俺もゼロとして残りたい……でも、審判者は必要だ……」

「ああ。だから私達は、レイとゼロと言う人間ができた事で、それに向き合えた。それて器は裁判者レイとして、ある事を望んだ。だからお前も、選べ。」

 

審判者は裁判者を抱きしめ、泣き出した。

それが答えの結果だ。

 

 

しばらくして裁判者は扉の方に向かう。

 

「俺はやり残した事をやってくるよ。」

「そうか。では、私は先に行く。」

 

審判者と裁判者は互いに背を向け合って歩いて行く。

一人は扉の中に、一人は遺跡の方に……



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toz 第四十五話 裁判者や審判者

スレイ達は扉を開けて中に入る。

そして持っていた裁判者の記憶≪瞳石≫が輝き出す。

スレイはそれを取り出す。

すると、それは他の瞳石≪どうせき≫同様に、映像を見せる。

 

――それは世界の始まり

いずれカムランと呼ばれるその土地で、海が、大地が、空が創りだされる。

そこに二人の少年少女が目を開ける。

二人は対照的だった。

一人は感情に溢れ、その土地を駆け回る。

もう一人は無表情でそれを見つめ、木にもたれている。

その奥には、今スレイ達が居る神殿がそびえ建つ。

長い長い時の中、二人一緒に過ごす日々……

 

次第に世界には人や天族が増えて行く。

感情を持つもの達が増えて、彼らは外に出る。

それからは多くの歴史を、文化を、人を、天族を見て、時に傍観し、時に関わっていった。

彼らは、四人の天族と何やら話していた。

それは各地に柱のようにとどまった。

 

裁判者と審判者は願いを叶え始める。

そして彼らは関わりを断った。

それは戒めか、それを表せるのか、彼らは仮面を着け始めた。

そう、変わらない人の世、天族達との関わりを……

 

そして裁判者はある時、影の闇を爆発させた。

それはドラゴンとなり、世界を闇が覆う。

世界に一つの光と七つの闇となって、八つの根元してある場所にドラゴンは飛んで行った。

 

時は流れ、裁判者は憑魔≪ひょうま≫を斬り倒した。

人々は彼らを拝み、恐れる。

 

緋色の満月の夜。

一人の男性が、月と同じ赤い瞳を見上げていた。

そして彼は、底の見えない遺跡の跡地のような崩れかけた柱の上に立つ裁判者に何かを訴えていた。

彼女は、彼の前に降り立ち、底の見えない場所を指差し、何かを言っていた。

彼は眉を寄せて膝を着いて顔を覆った。

だが、彼は裁判者の側に居る赤い髪の天族女性と天族の子供を見て決意した。

彼は自らを犠牲にして、ある儀式を行った……

 

また同じ緋色の満月の夜。

裁判者は柱の上で、それを見下ろす。

ただ違うのは、あの時の男性の側に天族の女性と人間の少年が居た。

少年は男性を見上げ、頷く。

そこに、一人の女性が駆けこんできた。

そして男性は少年に剣を突き出した。

その少年を、底の見えない所に落とす。

女性はその少年の手を掴み、必死に落ちまいと耐えていた。

だが、男性が女性を突き落とした。

彼女の悲痛と苦痛と憎しみと悲しみに満ちた表情でその男性を見ていた。

すると、龍のようなものが少年を喰らい、女性を飲込んだ。

そして女性は左手に穢れを纏って現れた。

 

月日が流れ、そこは大きな街だった。

裁判者と審判者は、集まる人々を見下ろしていた。

そしてそこに、あの緋色の満月の夜に見た男性が、民衆に何かを言っていた。

民衆は彼を見上げて、歓喜の声を上げる。

それを遠くから睨むように、憎しみを籠めた瞳で見る緋色の満月の夜に見た女性が見ていた。

そして男性に飛び掛かりそうになる女性を、仲間だろう者たちが止める。

 

さらに月日は流れ、そこには導師と災禍の顕主の戦いへと変化していく。

それは受け継がれていくかのように、戦い続ける。

そして彼らは出会った。

先代導師ミケルと……

 

彼らは何度も彼と出会った。

そして関わりを断っていた彼らが、仮面を外してまでも彼の村や人の世を見ていた。

だが、次第にそれは闇に覆われて行く。

そう大地の記憶で見た通りに……

 

――そして景色は一変、イズチに変わった。

それはカムランの時のような直接関わる方のだ。

 

「これって、カムランの時と同じか。」

 

スレイが驚きながら周りを見る。

ミクリオも周りを見て、

 

「みたいだな。」

 

そしてスレイ達は木の上にいた裁判者を見つけた。

 

 

――イズチの近くの木の上で腰を掛け、木にもたれながらイズチを見ていた。

正確には幼いスレイとミクリオを。

 

「あれって小さい頃のスレイとミクリオ?」

 

ロゼが二人を見る。

スレイが懐かしそうにそこを見ながら、

 

「ああ。あの時は二人ともやんちゃだったな。」

「特にスレイが、ね。」

「お前もだろ。」

 

二人は互いに見合って笑った。

と、エドナは幼いスレイとミクリオを見て、

 

「あの頃のミボは素直そうね。」

「あ~、ホントだねぇ~。今と違って素直そうだ。」

 

ザビーダは今のミクリオを見て言った。

ミクリオは腕を組んで、

 

「悪いね。今は、素直じゃなくて!」

 

そう言ってそっぽ向いた。

と、景色が変わる。

 

 

――彼女が瞳を閉じると、そこには人間だ頃の災禍の顕主ヘルダルフが映る。

彼はどんどん闇に飲み込まれていく。

 

「レイが言っていたのは、こういうことか……」

「かもしれないね。」

 

スレイとミクリオは俯いた。

 

 

――裁判者はしばらくそんな日々が続いた。

と、幼いスレイとミクリオが遺跡に迷い込む。

裁判者は彼らの後を追って歩いて行く。

 

「スレイ。これは……」

「ああ。あの時の……」

 

ミクリオとスレイは互いに見合った。

そしてスレイ達も裁判者に付いて行く。

 

 

――二人が落ちそうになった時、彼らの襟首を掴み引き戻す。

幼いスレイとミクリオは裁判者を見上げる。

裁判者は二人を見下ろし、

 

「全く……冒険を求める事は悪い事ではない。しかし、時と場合を考えろ。知識も力のないただのガキには何もできないことが多い。まずはお前達の持っているその本で知識を得ろ。そしてお前達の目で確かめたときにこそ、伝承の本当の意味が見えるはずだ。そして歴史とは、お前たち自身が築き上げるものだ。」

 

二人は目を輝かせて裁判者を見上げる。

そして彼女は腕を組み、しばらく考え込んでた。

再び幼いスレイとミクリオを見下ろし、

 

「お前達は親は欲しいか?」

「「いらない。」」

「何故だ。」

 

二人は見合ってから裁判者を見上げ、

 

「だって、イズチの皆が親だもん。」

「それにお兄ちゃん、お姉ちゃんみたいな。でも、俺らがイズチの中で子供なんだ。」

「だから弟か妹が欲しかったよなー。」

 

と、二人はまた見合って言った。

裁判者は視線を外し、

 

「……弟か妹、か。」

 

そう言って、彼らに背を向ける。

そして歩くその先には老人天族が居た。

彼の横に来ると、裁判者は止まり、

 

「……しっかり見ているんだな。導師になる前に死なれては意味がない。」

「あの子らは、物ではないぞ。」

「……私は盟約に従うだけだ。」

 

そう言って、再び歩いて行った。

それから少し年数が経ち、裁判者はある村に来ていた。

 

「ここ……何か見覚えが……」

 

ライラが必死に思い出そうとする。

そして裁判者が向かうその先を見て、

 

「そうか……ここはリクド村……」

 

スレイは眉を寄せてそこを見た。

 

 

――地の主と地の主によく似た天族男性と楽しそうに小さな子供の所に行き、

 

「お前か、私を呼んだのは。」

「何のこと?」

 

小さな子供は裁判者を見上がる。

地の主ももう一人の天族男性は警戒をしている。

それを無視し、

 

「お前の願いを叶えに来た。お前の探し物を――」

 

裁判者がそう言うと、子供は裁判者の手を取って、二人から離れる。

そして裁判者を見上げ、

 

「あれを知ってるのか!」

「……ああ。お前の願いを叶えるために、私は来た。」

 

子供は俯く。

 

「あれはクー君がくれたお守りなんだ。失くさないように、しっかり持ってたのに……」

 

子供は顔を上げ、

 

「だから一緒に探してくれるってことだよな。」

「ああ。お前のその願いは、私が叶えよう。」

「じゃあ、約束な。」

「約束?」

「うん。俺とアンタの秘密の約束。」

 

子供は笑顔でそう言った。

 

「きゃああぁぁぁー‼」「ぎゃああぁぁぁ―‼」

 

そこに叫ぶ声が響き渡る。

と、裁判者は子供を掴み上げ、地の主の所までジャンプする。

彼らの居た所には穢れを纏った憑魔≪ひょうま≫が現れる。

子供を地の主に投げる。

剣を影から出し、

 

「地の主、すぐに住民を避難させろ!」

「ではやはり君は……」

「早くしろ!これは本来の歴史ではない!」

 

そう言って、憑魔≪ひょうま≫を斬り裂く。

そして根元へと走って行く。

そこは炎が燃え盛る。

そしてそれはドンドン広がっていく。

 

「もしかしてこれがチグサたちが言っていた事件だね。」

 

ロゼが腰に手を当てて言った。

 

――その先には炎に交じって穢れが舞っている。

人々の叫び声、その声に交じり、悲痛な叫び声も混じり合う。

そこに笛の音が響き渡る。

裁判者はその炎と炎の間を歩き続ける。

辺りに憑魔≪ひょうま≫が生まれては、彼女の影からできたもの影のようなヘビが喰らい潰していく。

 

「……お前はそこまで落ちたか……」

 

そう言って、その先を彼女は見ながら言う。

その先には仮面をつけた少年。

彼は笑っていた。

 

「君は変わりつつある。あの導師のせいで……」

「それはお前自身の事も含めてか。」

 

審判者は影から剣を取り出し、構える。

 

「……かもしれないね。前の俺だったら、こうは思わなかった。」

 

裁判者も再び剣を影から取り出す。

そして互いに剣と剣がぶつかり合う。

金属音が鳴り響く。

 

「やっぱり強いですわね。」

「そうね……」

 

ライラとエドナは彼らの戦いを見つめる。

 

 

――そして裁判者は横に視線を送る。

そこには穢れを纏った獅子の憑魔≪ひょうま≫が居た。

審判者から距離を置き、

 

「……ヘルダルフ、だったか。今宵の災禍の顕主として、やはり君臨したか。」

「ふ。あの頃と何も変わらんな、お前も。」

「お前は随分と変わったな。」

 

裁判者がそう言うと、辺りの地形が変わる。

裁判者の足元は溶岩の中に変わる。

 

「サイモンの幻術か!」

 

ミクリオは辺りを見る。

エドナも辺りを見ながら、

 

「わかってはいたけど、すでにあの不思議ちゃんはひげネコに協力していたのね。」

「ああ。」

 

スレイは裁判者を見つめる。

 

 

――裁判者の瞳が赤く光り出し、影が飛び出してきた。

そしてそれは揺らぎだし、

 

「この程度の幻術が私に効くと?」

 

そう言うと、彼女の影が爆発した。

天族サイモンが吹き飛ばされる。

 

「くっ!」

 

天族サイモンは尻餅を着く。

そして裁判者を睨む。

裁判者は災禍の顕主ヘルダルフを見て、

 

「で、お前はなにをする。」

「世界に混沌を。」

「成程な。私はお前が災禍の顕主として行うことには、手を出す気はない。だが、歴史にないこの村の運命を変える事は、許さない。」

「どうすると?」

 

裁判者は地面に剣を突き刺し、

 

「裁判者たる我が名において命ずる、地よ。かの者を飛ばせ。」

 

そう言って、災禍の顕主ヘルダルフと天族サイモンは影に飲まれた。

裁判者は剣を抜き、審判者を見て、

 

「お前もお前だ。何故、歴史にないこの村をこんなにした。」

「それは、その方が面白いからだよ。」

「意味が解らんな。」

「だろうね、君じゃ……」

 

そう言って、再び剣と剣がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。

裁判者は距離を取り、災禍の顕主ヘルダルフと天族サイモンにやったように影に飲み込まれた。

裁判者は近付いて来た天族男性を見て、

 

「何故、逃げ出していない。」

「ここを守ると、チグサと約束しているからね。」

「……この穢れの中を、か。」

「無理かもしれないし、無理じゃないかもしれない。やれるところまでやっていくよ。」

 

裁判者は彼に背を向けて、

 

「なら、再び私がこの地を訪れた時、まだお前に意志が残っていた時は、私がお前の願いを叶えよう。」

 

そう言って、裁判者は消える。

そして場所が変わる。

そこは草原だった。

裁判者は剣を構える。

目の前には審判者が居る。

二人は日が昇り、沈み、また昇る……

ずっと斬り合いをしていた。

 

「俺様が見たの、これだわー。」

「あー、前にザビーダが見たっていう。」

 

ザビーダが頭に手をやって言った。

ロゼは腰に手を当てて、彼を見た。

 

 

――それは長い長い戦いだった。

と、裁判者は彼の感情のようなものを感じ取り、

 

「……ああ、そうか……お前は、こんなにも乱れていたのか……」

 

裁判者の動きが止まる。

そこに審判者の剣が切り裂く。

裁判者は後ろに倒れ、すぐに目を開ける。

審判者は裁判者を見下ろし、

 

「苦しんだ。前はここまで苦しい想いはしなかったのに……」

 

そして審判者は再び嬉しそうに、悲しそうに、再び横たわる裁判者に剣を振り上げた。

裁判者はそれをじっと見て、

 

「そうか……私は逃げていたのか……」

 

剣が振り下ろされた。

裁判者はそれを避け、

 

「審判者、答えろ。何故、災禍の顕主に手を貸す。」

 

審判者は両手を広げ、

 

「この苦しみを消すには、世界には面白くなってもらわなきゃ。だったら、導師ミケルが望んだ逆の事を広げる。ヘルダルフに協力はしない。でも、ちょっかいは出すよ。だって、その方が俺はミケルの事を忘れることはない。あの愚かな選択を選んび、災厄を生み出した導師ミケルという人間を思い出し、この狂った世界を見ることができる。」

「……穢れを抱えきれなくなっているのか……憑魔≪ひょうま≫にはなっていないが……これは……」

 

裁判者は目を細めて彼を見つめた。

裁判者は立ち上がり、剣を構える。

互いに、こん身の力を籠めた力がぶつかり合う。

それは大きく爆発し、二人の姿は消えていた。

 

「これは何が起きたんだ⁉」

「おそらく、同等の力のぶつかり合い。二人とも吹き飛ばされたのだと思いますわ。」

 

ミクリオが眉を寄せて、その爆発を見た。

ライラも眉を寄せて、それを見た。

 

 

――裁判者は自分に触れる何かに気付く。

そして瞳を開けると、子供が目の前に居た。

 

「アンタ、生きてたの?」

 

その子供を見ると、赤い髪をした穢れのない青い瞳をしていた。

その子供はボロボロだった。

そして子供から、お腹の音が鳴り響く。

お腹を抑え、顔を赤くする。

 

「……あの子たちと同じくらいか……」

 

そして裁判者は、よろけながら立ち上がる。

子供の頭を撫で、

 

「選択肢を選べ。抗いてでも生きるか、諦めてここで朽ち果てるか。」

「意味わからん。でも、私は生きるよ。」

 

子供は首を傾げながら言う。

裁判者は子供の手を引き、

 

「あいにくお前の腹を満たすものを、私は持っていない。だが、あそこに向かって歩いて行け。」

「何で?」

「その先に、お前の仲間が、家族となる者が居るからだ。」

「は?」

 

そう言って、裁判者は子供の背を押した。

子供はトテトテしながら、転びそうになる。

それを支えたのは、一人男性。

それは前髪が長く、歯がギザギザになっていた。

 

「何だ?このガキ。」

「お……」

「お?」

「お腹空いた……」

 

そう言って、ダランとなった。

デゼルは戸惑いながらも、ロゼを抱えて傭兵団の元に行った。

子供が最後に見上げたその先には、裁判者はもういない。

 

「……あれって……もしかして……」

「うん。あたしだね。」

 

スレイがロゼを見る。

ロゼはデゼルに抱えられていく、幼い頃の自分を見つめていた。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「まっさか、子供の時に会ってたなんてね。」

 

 

――景色がレディレイクに変わる。

その暗い暗い場所に居た。

と、裁判者は誰かにぶつかった。

下を見下ろすと、茶色の髪を横にロールした子供だった。

その子供は座り込み、泣いていた。

 

「うっぐ、うっぐ……お父様!……お母様!」

 

その子供の近くには憑魔≪ひょうま≫が近付いてきていた。

裁判者は子供を見下ろし、

 

「……何で、こんなに子供に出会うんだ……」

 

子供の手を引く。

子供は裁判者を見上げ、

 

「怪我をしているのか?」

「気にしなくていい。」

「だが……」

 

そして立ち止まる。

 

「ここを振り返らずに、行け。」

 

その先の方から声が響く。

 

「アリーシャ!アリーシャ!」

 

子供は走り出した。

裁判者は振り返り、近付いてくる憑魔≪ひょうま≫を喰らう。

 

「アリーシャも会ってたんだな……」

「そうだな。」

 

スレイとミクリオは、両親と嬉しそうに手を繋いでいる彼女を見た。

 

 

――景色は森へと変わる。

彼女は木にもたれながら、

 

「……眠い……かなり力を使ったな……」

 

そして再び立ち上がり、

 

「……弟か、妹……か。」

 

裁判者は風に身を包む。

そして場所はイズチ近くの森へと変わる。

そこに足音が聞こえてくる。

そして幼いスレイとミクリオが裁判者を見つける。

裁判者は幼い小さな少女へと変わっていた。

 

「「レイ……」」

 

スレイとミクリオはレイを見つめた。

 

 

――そしてレイは、幼いスレイとミクリオと共に過ごしていく。

そして二人は成長し、外の世界に歩んで行った。

レイはその瞳で世界を見た。

感情を知り、絆を知り、関わりを知る。

次第に、裁判者としての記憶、これまで裁判者が受けて来た感情、人々の歓喜、憎悪……

レイは耳を塞ぐ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

そして暗闇の中に居た。

丸く縮み込み、

 

「お兄ちゃん、ミク兄……」

 

そして自分が消えるのを待っていた。

だが、その闇の中に光が灯る。

レイはそこを見上げる。

そこにはスレイ達が居た。

レイはそこに手を伸ばす。

そしてスレイとミクリオがその手を掴み引き寄せる。

 

「ああ……私はみんなとまだ一緒に居たい……でも、裁判者でもいなきゃいけない……」

 

レイが見つめる先には、楽しそうに笑い過ごすスレイ達。

レイは空を見上げ、

 

「私の答えは……レイと言う人間であり、裁判者だ。」

 

そう答えると、映像が消えた。

そしてスレイの持っていた瞳石≪どうせき≫が砕け散った。

スレイは瞳石≪どうせき≫を持っていた手を握りしめ、

 

「行こう。レイが繋げてくれた道だ。俺達は、俺達のけじめをつける!」

「ああ!」「うん!」「はい!」「そうね。」「おうよ!」

 

ミクリオ、ロゼ、ライラ、エドナ、ザビーダは声を揃えて言う。

スレイ達は最奥へと走って行く。

 

 

審判者は遺跡の天井を見上げ、座り込んでいた少女の前に立つ。

そして膝を着き、

 

「俺、君の事はほとっけなかった。ある意味どこか、俺に似ていたから。でも、君と俺とでは少し違ったみたいだ。君は誰かに自分を見て欲しかった。自分と言う存在を、誰かに認めて貰いたかったんだね、サイモンちゃん。」

「そんな私を、笑いに来たのか……私にはもう価値はない。我が主が成す事を、もはや近くで見ることもできぬ。」

 

天族サイモンは天井を見上げたまま言った。

審判者は立ち上がり、

 

「いつか、君と言う存在を認めてくれる者が現れるよ。サイモンちゃんが、自分を受け入れる事ができたらね。」

 

そう言って、背を向けて歩いて行った。

天族サイモンは拳を握りしめる。



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toz 第四十六話 導師と災禍の顕主

奥に進むと、災禍の顕主ヘルダルフが立っていた。

 

「来たか、導師!ならば、マオテラス!」

 

そう言うと、穢れが膨れ上がる。

そして、それが災禍の顕主ヘルダルフを包むと、彼はドラゴンへと姿を変える。

スレイ達は武器を構えて戦闘を始める。

 

「決意、覚悟、全て無駄。この力の前ではな!」

「もうお互い退けない……退いたらこれまでの事を否定することになる。そうだろ?ヘルダルフ。」

「小童がワシを語るか……片腹痛い!」

 

災禍の顕主ヘルダルフとスレイは互いに爪と剣をぶつけ、交えながら言う。

ミクリオが後ろに一度下がったスレイに、

 

「スレイ、僕らの策は性質上、4回きりだ!」

「神依≪カムイ≫による最大の攻撃で撃ち込んでください!」

 

ライラが天響術を繰り出して言う。

そしてザビーダも天響術を繰り出し、

 

「外さねぇよう、ひるんだ時に撃て。いいな!」

「慎重かつ大胆、できる?」

 

エドナが天響術を詠唱しながら言う。

ロゼが災禍の顕主ヘルダルフの攻撃を避けながら、

 

「サポートまかせて!やってやろ!スレイ!」

「ああ!」

 

そして一斉に攻撃を仕掛ける。

一瞬で来た隙に、

 

「んじゃ、最初はお兄さんがいってやろう!わかってんなスレイ‼」

 

ザビーダがスレイと神依≪カムイ≫をする。

そしてスレイは、銃≪ジークフリード≫をヘルダルフに向けて放つ。

それは直撃する。

災禍の顕主ヘルダルフは笑いながら、

 

「残酷にして無謀極まりない。仲間と称するものを犠牲にしながら、何の功も奏しておらん。犬死によ。」

「オレは……オレたちは……信じた答え、信じてくれた道を貫く!」

 

スレイは再び剣を構える。

そして再び一斉攻撃をしかける。

ライラとミクリオが天響術を繰り出し、災禍の顕主ヘルダルフに直撃する。

その合間を縫って、

 

「さぁ、スレイ‼」

 

エドナがスレイと神依≪カムイ≫をする。

そしてスレイは、銃≪ジークフリード≫をヘルダルフに向けて放つ。

それは直撃する。

災禍の顕主ヘルダルフはなおも笑う。

 

「無駄だ!」

「まだみんな戦ってる!」

 

スレイは剣技を繰り出しながら言う。

ロゼは災禍の顕主ヘルダルフを睨みながら、

 

「そうだよ!あんた、わかんないの?」

「現実を受け入れられんのか……愚か者ども!」

 

そこにミクリオと神依≪カムイ≫したロゼが矢を放つ。

ライラがスレイを見て、

 

「スレイさん、今です!」

 

そう言って、神依≪カムイ≫をする。

そしてスレイは銃≪ジークフリード≫を構えて放つ。

それは直撃する。

災禍の顕主ヘルダルフは攻撃を繰り出す。

 

「従士はもう神依≪カムイ≫もできん。終わりだな。」

「決めつけんなっての!」

 

ロゼはその攻撃を防ぐ。

そして突っ込んで行く。

 

「命が惜しくないと見える。」

「今更でしょ!覚悟なんてとっくに完了!」

 

そして攻撃を仕掛ける。

そこにミクリオが、

 

「今だスレイ‼」

 

ミクリオがスレイに神依≪カムイ≫をする。

そしてスレイは銃≪ジークフリード≫を構える。

だが、そこに災禍の顕主ヘルダルフの爪が襲い掛かる。

 

「っ⁉」

 

スレイは対処できない。

そこにロゼが回転をしながらそれを弾く。

そして災禍の顕主ヘルダルフを見て、突っ込んで行く。

 

「はあああっ!」

 

災禍の顕主ヘルダルフの爪を防ぎ、スレイを見る。

スレイは災禍の顕主ヘルダルフに銃口を向け、頷く。

 

「ヘルダルフ‼」

 

そして最後の引き金を引く。

それはヘルダルフに当たり、光り出す。

ロゼは息切れをしながら、

 

「はぁ、はぁ……終わったよ、みんな!」

 

そう言ってその場に崩れ落ちる。

スレイも銃≪ジークフリード≫を握りしめ、

 

「はぁ、はぁ……これで、すべて!」

 

そして災禍の顕主ヘルダルフを見る。

彼と天族マオテラスの繋がりが切れ、いつもの獅子の姿に戻っていた。

辺りは戦闘の反動で、辺りは崩れ始めている。

災禍の顕主ヘルダルフは立ち上がり、

 

「万策尽きたか……?」

 

ロゼも立ち上がるが、限界がきていた。

倒れそうになるロゼをスレイが支える。

災禍の顕主ヘルダルフを見つめた後、スレイはロゼを見る。

ロゼは眉を寄せて、スレイを見た。

 

「スレイ?」

 

そしてスレイはロゼを着き飛ばした。

ロゼは尻餅を着く。

 

「きゃっ!」

 

スレイは地面を叩き付け、地面にヒビが入る。

スレイ達の場所が下に降下していく。

ロゼはそれを見下ろし、

 

「スレイ!なんで!」

 

見下ろす先のスレイは、ロゼを見上げて口パクで「ごめん」と言った。

そしてスレイは災禍の顕主ヘルダルフと共に、落ちていく。

ロゼはスレイにおもいっきり大声で、

 

「バッカやろ〰‼」

 

スレイはそれを見つめた後、決意を決めて災禍の顕主ヘルダルフの方に振り返る。

 

 

ロゼは下を見つめたまま手を握りしめていた。

そこに足音が響く。

そして自分の後ろで止まると、

 

「なるほど。導師はお前を置いて行くという選択肢を取ったか。当然の選択だな。」

「アンタの方は変わってないんだね。」

「私は元に戻っただけだ。器が変わったことで、私は私という裁判者のあり方を貫くだけだ。さて、従士。お前には二つの選択肢がある。ここでずっとそうしているか、来た道を戻るか。」

 

裁判者はロゼの背を見つめる。

ロゼは眉を寄せて、叫ぶ。

 

「ふざけんな!あたしは――」

「でも、私はロゼに戻ってほしい。」

「え?」

 

ロゼが後ろを見ると、白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女、レイが居た。

レイはロゼを見て小さく笑う。

そしてロゼの横までくると、同じように下を見下ろし影から一本の剣を取り出し、下に投げる。

そしてロゼを見て、

 

「私はロゼに繋げて欲しい。導師スレイが繋げた縁を、繋がりを、未来を。導師と共に同じように世界を見て、感じ、聞いた……そして誰よりも導師と言う運命を背負った者を近くで見てきたロゼだからこそ、次に繋げることができる。お兄ちゃんの繋げた想いを次につなげて、ロゼ。」

 

そう言って、レイはロゼを見つめ、背中から下に向かたまま降りる。

 

「今はまだ時間がかかるけど、私もまた一緒に繋げるから。」

 

そう言って、レイは見えなくなる。

ロゼは頬を叩き、立ち上がる。



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toz 第四十七話 未来を繋いで

スレイは災禍の顕主ヘルダルフと睨み合っていた。

 

「……もはや語るまい。」

「行くぞ!」

 

スレイは武器を構える。

そして剣と拳がぶつかり合う。

スレイは左手に力を籠める。

 

「うおお!」

「我らの幕はその技か!よかろう!」

 

スレイのそれを見た災禍の顕主ヘルダルフは、同じように左手に力を籠める。

そして二人は、

 

「「獅子……」」

 

互いに踏み込み、

 

「「戦……」」

 

その力を開放する。

 

「「吼ッ‼」」

 

白い獅子と黒い獅子がぶつかり合う。

そして爆発する。

 

「ぬうっ!」

 

災禍の顕主ヘルダルフは顔を防ぐ。

その光の爆発の中からスレイが右手に力を籠めて、

 

「これが!」

「まさかっ⁉」

「オレの全てだッ‼」

 

そして力を災禍の顕主ヘルダルフにおもいっきり叩き付ける。

災禍の顕主ヘルダルフは吹き飛ばされる。

 

「ぐあああ‼」

 

そして壁に叩き付けられた。

その衝撃で、穢れが爆発する。

スレイは腕で顔を当てる。

そしてその穢れは光へと変わる。

災禍の顕主ヘルダルフの上には、光り輝くドラゴンが居た。

スレイはドラゴン見上げ、

 

「マオテラス……」

 

そこに一本の剣が振って来た。

それは地面に突き刺さる。

そしてその先には、人の姿に戻った災禍の顕主ヘルダルフが居た。

スレイはゆっくり歩きながら、そこに向かう。

災禍の顕主ヘルダルフは弱りきった声で呟いている。

 

「親を……妹を……仲間を奪われた復讐を……成し遂げたな。……災厄の時代は終わらん……」

 

そしてスレイは剣の側まで行くと、剣を抜く。

災禍の顕主ヘルダルフは老人だった。

彼は椅子にもたれ、スレイを見ていた。

スレイは剣を握って、そこに行く。

 

「その剣をワシに突き立てた時……新たな災禍の顕主が生まれるのだ……。……やれ。その時貴様は理解するだろう。」

 

スレイは瞳を閉じ、そして開いて剣を災禍の顕主ヘルダルフの心臓に突き刺した。

それは石の椅子をも貫く。

 

「ぐふっ!ふふふ……」

 

スレイは悲しそうに剣を握っていた手を離す。

彼は目を開けて息を断った。

スレイは彼を見つめ、

 

「こんな事でしか救えないなんて……」

「それでも、彼は孤独と言う名の呪いからは解放されたよ。」

 

スレイの後ろの方から聞き覚えのある声が響く。

スレイが後ろを振り向くと、

 

「レイ……」

 

レイは小さく笑う。

そして表情を真剣な表情に戻し、

 

「災禍の顕主……いえ、ヘルダルフ。私達は貴方を許すことはできないだろう。だが、私達は導師スレイの出した答えによって、お前を先代導師ミケルの呪いから開放する。」

 

そう言って、災禍の顕主ヘルダルフの体は黒い炎に包まれる。

 

「お前の呪いも、業も、私達が持っていこう。だが、災禍の顕主は新たに生まれる。これは導師と災禍の顕主との因果のようなもの。消すことはできない。それでも、その答えを貫く?」

「ああ。オレはやるよ。」

 

スレイはレイを見て、小さく笑う。

そしてスレイは燃える災禍の顕主ヘルダルフを見て、

 

「おやすみ……ヘルダルフ……永遠の孤独は今、終わった。」

 

と、息絶えて燃えていた災禍の顕主ヘルダルフは笑みを浮かべ、スレイを見た。

 

「……気に入らん……な……最後まで抗おうと……いう……のか……」

 

そしてガクンっとなった。

彼は今度こそ本当に、息を引き取った。

と、彼の中で渦巻いていた穢れがスレイとレイを飲み込む。

それは通り抜け、離れて行く。

それと光が四つ出てきた。

光はスレイを囲うように漂った後、上に向かっていく。

スレイはそれを見て、嬉しそうに悲しそうに見上げる。

それを見たレイは微笑み、

 

「私達は見守るよ。彼らはお兄ちゃんの出した答えを、想いを繋げなくてはいけない。そしてその願いは、お兄ちゃん自身が叶えなくてはいけない。だから待ってる。そしてまた一緒に旅をしよう。」

「ああ。」

 

そう言って、スレイはレイの頭を撫でた。

レイはスレイに抱き付いた後、離れる。

光り輝くドラゴン、天族マオテラスを見上げ、

 

「今ならあなたの意志も、あなたが護るあの人の想いと言う名の感情を理解できた。マオテラス、あなたも選ぶといい。彼女を意志を継ぎ、このまま続けるか。それとも聖主という任を辞めるか。」

 

天族マオテラスはスレイを見つめる。

それはスレイの答えに賛同し、そして意志を継ぎ続けるという事だ。

スレイ達の居た場所も崩れ始める。

 

「なら、俺も見守ってあげるよ。スレイという人間の一人の友人として。」

 

そこには白と黒のコートのようなワンピース服を来た審判者が居た。

彼はスレイに近付き、笑みを浮かべて言った。

スレイも笑顔で、

 

「ああ。今度はゼロも一緒に旅をしよう。」

「は?」

「だって、旅は人数が多い方が楽しいからさ。」

「……考えておくよ。」

 

彼はそっぽ向き、照れながら言った。

レイは微笑んだ後、風がレイを包む。

そしてスレイと同い年くらいの黒いコートのようなワンピース服を着た少女が現れる。

その少女、裁判者はスレイを見て、

 

「私はお前と盟約を結ぼう。お前の意志が続く限り、お前を援護する。そしてお前の導く未来とやらを、見定めよう。導師スレイ。」

 

そう言って二人は見合う。

そして裁判者と審判者は天族マオテラスの近くに行く。

スレイも同じように天族マオテラスの前に行く。

裁判者と審判者は同じように、スレイと天族マオテラスに向けて手を前に出す。

そして横に広げる。

魔法陣がスレイと天族マオテラスの上下に浮かぶ。

そして一つの大きな門が現れる。

中は真っ暗な闇だ。

その中にスレイと天族マオテラスは飲み込まれる。

スレイは天族マオテラスに額に触れ、瞳を閉じる。

そして天族マオテラスと繋がると、再び瞳を開け扉の向こうの上を見上げ、

 

「……ありがとう。」

 

そう言って、扉が閉まる。

その瞬間光の柱が生まれる。

それは世界に一瞬で広がり、一周して一つの柱となる。

世界に光と歌と笛の音が広がった……

 

――世界から穢れが薄れ、暖かな日差し、空気が流れる。

そして人も、天族も、喜び合う。

あるものは世界に広がる空を見上げ、あるものは願いと意志を託したその土地で……

人々は歓喜に包まれる。

あるものは仲間と笑い、あるものはかつて敵だった国同士ものと未来を掴むために、互いに手を取り合う。

繋げたものの願いと意志を繋げて……

 

 

ロゼは見つめる。

スレイがこれから起こす未来の人柱を……

涙を一筋流し、彼女は託された想いを背に歩き出す。

その彼女の眼の前には、四人の天族達が居た。

彼女は再び涙を流し、彼らの元に駆け寄った。



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第四章 瞳うつるもの~~アリーシャエピソード~~
toz 第四十八話 アリーシャとロゼ


両国の対立は収まりを見せていた。

ハイランドの国に、ローランスの兵が居る。

そしてローランスの国にも、ハイランド兵が居る。

その間を子供たちが楽しそうに、駆け回る。

 

そして場所はマーリンドの街へと変わる。

人々は喜びを分かち合い、祈りを捧げる。

そのマーリンドの街に、ハイランドの姫騎士アリーシャとローランスの騎士セルゲイが平和交渉をしていた。

そして騎士セルゲイは大臣と手を握り合わせる。

 

「此度のラストンベルとマーリンドの視察、有意義であった。貴君らに感謝する。」

「ありがとうございます。陛下もきっと喜ばれることでしょう。」

「そう改まらんでほしい。礼を言うのはこちらなのだからな。」

 

そして男性は姫騎士アリーシャを見て、

 

「姫よ。儂は退任届を提出しようと思う。我らハイランド評議は……故バルトロ内務大臣がその悪辣だが、的確な手腕をふるって国益をもたらしていた。その内務亡き後の儂らは、ただの老害。此度の視察でそれがようわかった。」

「特別大使、それ以上は……」

 

騎士セルゲイが彼を止める。

男性は苦笑し、

 

「良いのだよ。次代の偽政者の前で何を憚ることがある。」

「マティア殿……」

 

姫騎士アリーシャは彼を見つめた。

彼は姫騎士アリーシャを見て、

 

「次は評議会全首脳で視察団を編成しよう。彼らもその目で『今』を見れば気付くだろう。もはや時代は二人の騎士が変えているのだとな。頼んだぞ、両君。これからの時代を。」

 

そう言って、兵と共に歩いて行く。

姫騎士アリーシャはその背を見つめ、

 

「……気骨で知られるマティア軍機大臣だ。相当の決意なのだろう。」

「……講和条約締結が見えてきたな。」

「ああ。」

 

二人は見合う。

騎士セルゲイは姫騎士アリーシャを見て、

 

「それでは自分もペンドラゴへ戻ろう。今回の視察と会談の事を一刻も早く陛下にお伝えしたい。」

「承知した。」

 

そして騎士セルゲイは部下と共に歩いて行く。

姫騎士アリーシャは俯き、

 

「私たちだけでは時代を変えられなかった。スレイが災厄の時代に光をくれたから……」

 

そして空を見上げ、

 

「さて!今日はぐっすり眠れそうだ!宿に戻ろう!」

 

そう言って、老人ネイフトに別れを告げて歩き出す。

その彼女を見つめる穢れを纏った人間。

さらにそれを見つめる赤い瞳。

 

姫騎士アリーシャは歩きながら、

 

「前回顔を合わせてからもう3ヶ月になるのか。元気だろうか。スレイ達は。たまには顔を見せてくれてもいいのに……今のこの街をスレイ達にも見せたいな。ふ。要らぬお世話か。旅を続ける彼らの事だ。きっともう何度も訪れているだろう。」

 

そう言って、彼女は立ち止まる。

そして俯いた。

そこに歌が聞こえてきた。

懐かしい小さな少女の歌。

姫騎士アリーシャが顔を上げると、横から武器を持った者が現れる。

それと同時に歌も聞こえなくなった。

アリーシャは身構え、

 

「何者!」

「売国奴アリーシャ!誅伐である!」

「反休戦の過激派か!」

 

姫騎士アリーシャは槍を構える。

そして彼の攻撃を防ぎながら、

 

「わかってくれ!今、必要なのは講和締結による終戦だ!」

「だまれぃ!国賊ゥ‼」

「こいつ……何か様子が?」

 

そして槍で彼の剣を防ぐと、

 

「ぐ!なんて怪力だ……まさか。」

「しねぇぇ‼」

「憑魔≪ひょうま≫なのか⁈だとすると……従士の、浄化の力がない今の私ではッ!スレイ……!」

 

姫騎士アリーシャが眉を寄せる。

そこに不気味な声が響く。

 

「くくく。祈っても無駄無駄。」

「新手か?」

「どこだ?何者?」

「助けに来る事なんてない。」

「何を言っている⁈」

「導師の小僧はもう居ねえって言ってるのさぁ!」

「な、に……?」

 

と、隙を見せてしまう。

そこに先程の襲撃者が彼女を襲う。

彼女は吹き飛ばされる。

 

「うあ!」

 

そして仰向けになった彼女に剣を振り上げる。

だが、そこに再び歌が聞こえてくる。

その襲撃者の動きが止まる。

と、その襲撃者は背後から誰かに斬られ、倒れ込む。

姫騎士アリーシャの眼には解らないが、襲撃者は浄化の炎が包む。

その目の前にはライラと神依≪カムイ≫をしたロゼが居た。

ロゼは神依≪カムイ≫を解き、姫騎士アリーシャに振り返る。

 

「危ないとこだったね。」

「ロゼ!」

 

姫騎士アリーシャは身を起こす。

そして場所は宿屋と変わった。

その宿屋の一室で、姫騎士アリーシャはベッドの上に座る。

 

「ふぅ。」

 

そして先程の事を思い出す。

 

――ロゼは腰に手を当てて、自分を見る。

 

「危ないとこだったね。」

「ロゼ!」

 

自分は起き上がり、彼女を見る。

彼女は自分に笑いかけ、

 

「アリーシャ、今大事な時なんだから、あんま油断しちゃダメだってば。」

「すまない、助かった。本当に。」

「じゃね。」

 

と、ロゼは自分に手を振って去ろうとする。

自分は彼女を引き止める。

 

「ま、待ってくれ。スレイは?一緒なんだろう?」

「何?血相変えて。」

「何者かに導師はもう居ないと告げられた。」

 

自分は俯く。

だが、その自分の言葉にロゼは反応した。

 

「……何者か?どんなやつ?」

「わからない……声だけだった。」

 

そしてロゼの周りを見て、

 

「それにレイも……あの子の歌が聞こえた。なのに姿が見えないんだ。」

 

それを聞いたロゼは腰に手を当てて、考え込む。

そしてロゼは横を見て、

 

「うん。ヤな予感がする。やっぱ行ってみなきゃ、だね。」

「ロゼ?」

「いい?アリーシャ。今日はネイフトさん家に泊めてもらって鍵をかけて安全にして寝ること!んじゃね!」

「あ!」

 

そう言って、ロゼは走り去って行った。

それを振り返り、姫騎士アリーシャは天井を見上げ、

 

「ロゼのあの態度……やはりスレイの身に何か……それに、レイとも何かあったのかもしれない。前にレイはそれらしきことを言っていた……」

 

と、窓が風に当たり、ガタガタ言う。

立ち上がり、外を見る。

夜空に見上がる白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が居た。

 

「レイ!」

 

小さな少女は自分に振り返り、小さく笑う。

そして歩いて行った。

姫騎士アリーシャは瞳を閉じ、開く。

そしてドアに向かって歩き出す。

 

「やっぱ行ってみなきゃだね。あ……」

 

そして口を押える。

恥ずかしそうに照れ、

 

「もう……」

 

姫騎士アリーシャは外に出る。

歩きながら、

 

「ロゼ、宿に戻ってると良いのだが……だが、レイが居たんだ。きっと……」

 

宿屋のテラスにロゼの姿を見つけ、駆けよる。

 

「ロゼ!良かった!」

「ふぁ⁈」

 

姫騎士アリーシャはロゼに詰め寄り、

 

「聞かせてくれ!災禍の顕主との戦いを、その後を!」

「ちょ!今戻って来たばっか!ご飯ぐらい食べさせてってば!」

「ならご飯食べながらでいい!聞かせてくれ!」

 

ロゼは悲しそうに姫騎士アリーシャを見て、

 

「いいの。それで。」

「そこにライラ様たち居るんだ?お願いです!聞かせてください!」

 

姫騎士アリーシャは周りを見渡して言う。

彼女は眉を寄せ、

 

「レイ!レイもいるだろう!お願いだ、教えてくれ!」

 

ロゼはさらに眉を寄せ、

 

「なんつー強引さ……」

「それだけの想いなのですわ。」

「観念するの?」

 

と、ライラとエドナの声が響く。

姫騎士アリーシャはロゼの方を見て、

 

「ライラ様!エドナ様!」

「……あたしの想いは無視なわけ?」

「だったら何故話してくれないのか、聞かせてくれ!」

「やぶへびか……」

 

ロゼは姫騎士アリーシャから離れようとする。

その背に姫騎士アリーシャは、

 

「ロゼ!」

「言ったっしょ?戻って来たばっかだって。ちょっとぐらい休ませてよね。」

「あ……だからレイも居ないのか?さっき来たばかりだから……」

「え?」

 

歩いていたロゼが立ち止まり、振り返る。

姫騎士アリーシャは俯き、

 

「レイがさっき私の所に来たんだ。だから……」

「そ。」

 

そしてロゼは歩き出し、宿の中に入って行く。

姫騎士アリーシャも、その後ろに付いて行く。

宿には居ると、

 

「アリーシャ様もご一緒するんですね?」

 

宿屋の女将が嬉しそうに言う。

姫騎士アリーシャは困惑し、

 

「え、何?何だろうか?」

「お連れの方がそう言って、食事は三人分欲しいと。」

「え、ああ。頼みます。」

「すぐ用意します。もう一人お連れさんが来るまで、座ってお待ちください。」

 

女将は厨房に入って行く。

 

『……もう一人……と言うことは、レイはいないのか?それとも……』

 

姫騎士アリーシャはロゼの部屋に向かう。

戸をノックし、

 

「ロゼ。レイ。」

 

だが、反応がない。

姫騎士アリーシャはノックの音を大きくし、

 

「ロゼ!レイ!」

 

中に入ると、誰もいない。

そして部屋の窓が開いていた。

姫騎士アリーシャは俯き、

 

「そこまでする?」

 

そして顔を上げると、

 

「ロゼ!レイ!絶対聞き出すんだから!」

 

宿屋の女将に謝罪をして、宿屋を飛び出す。

早歩きで、

 

「私を避けている以上、レディレイクには行かないはず。ならきっとラストンベル!」

 

姫騎士アリーシャが見上げる空はすでに日が昇っていた。

その背を苦笑しながら、見ていた人物が居た。

 

 

姫騎士アリーシャはラストンベルに入り、宿屋に駆け込む。

そして亭主からロゼの事を聞き、部屋に乗り込んだ。

 

「ロゼ!見つけた!」

「あ、アリーシャ⁈」

 

ロゼは目を見開いて驚いた。

そして頭を掻きながら、

 

「追ってくるなんて……。しかもこんな早く……」

「甘く見ないで!」

 

姫騎士アリーシャはロゼに詰め寄る。

そしてロゼを見つめ、

 

「さぁ話しなさい!」

 

ロゼは腕を組み、

 

「……もう分かってんでしょ。あたしが話すきないの。騎士姫さん?」

 

姫騎士アリーシャは睨みながら、拳を握りしめる。

 

「黙ってて。」

 

と、ロゼは手を上げて、後ろを横目で見る。

姫騎士アリーシャはさらに拳を握りしめ、

 

「何故だ。訳を言ってくれ。」

「話したくないから。」

「納得できない。」

「納得して欲しいとか思ってない。」

「私はスレイの従士!聞く権利がある!」

 

そう言って、さらにロゼに近付く。

ロゼは呆れたように、

 

「そう来たか。」

 

ロゼは怒りながら、後ろに手を払うように振り上げて、

 

「いいから黙っててってば!」

 

姫騎士アリーシャはそのロゼの手を取ろうとする。

だが、ロゼはそれをすり抜け、

 

「あなたとあたしはもう住む世界が違うのです。自分で選んだんでしょう?王女様。」

 

そう言って、胸に手を当てる。

姫騎士アリーシャは怒りだす。

 

「ふざけてるの?」

「そのつもりはありませんでしたが、お気を損ねたのならば申し訳ありません。ご無礼をお許しください。」

 

そう言って頭を下げる。

そのロゼに、姫騎士アリーシャは詰めよる。

 

「やめてくれ!王女である前に仲間でしょ!」

「……ホント正論。」

 

ロゼは頭を下げたまま言った。

そして姫騎士アリーシャは辺りを見て、

 

「レイ!どこにいるんだ!レイなら分かるだろ!」

「レイは関係ない。それに仲間じゃないよ。とっくに。」

 

ロゼは顔を上げ、真っ直ぐ彼女を見る。

姫騎士アリーシャは眉を寄せ、

 

「なッ⁉」

「もう別の道歩いてる。」

「ロゼ……」

「納得した?」

 

そう言って、ロゼは腰に手を当てた。

アリーシャは瞳を揺らし、ロゼの頬を叩いた。

 

「私は!私はずっと――」

 

そしてロゼもまた、姫騎士アリーシャの頬を叩いた。

彼女は頬を抑え、ロゼを見る。

 

「何その顔。やり返されたことないの?ま、王女様だもんね。」

 

と、ロゼは姫騎士アリーシャを見て笑う。

彼女は拳を握りしめ、

 

「あなたに私の何がわかるの!」

 

そう言って、再びロゼの頬を叩いた。

ロゼは眉を寄せ、

 

「わかるワケあるか!」

 

と、今度はロゼが、再び姫騎士アリーシャの頬を叩く。

彼女はロゼを涙をこらえて睨み、

 

「ロゼは自分がどれだけ恵まれているかわかってない!」

 

再びロゼの頬を叩こうと手を振り上がるが、その手をロゼは掴みとる。

その腕を押しのける。

 

「今度は悲劇のお姫様の顔なんだ?」

 

後ろに数歩下がった姫騎士アリーシャはロゼを睨み、

 

「ロゼ――‼」

 

今度は圧し掛かりに入った。

ロゼも踏みとどまる。

姫騎士アリーシャはさらに力を籠め、

 

「ずっと仲間だと思ってたのに!何故そんな酷い事ばかり!ロゼ‼」

「そっちに言わされたんだっつの!」

「ひどい!ひどい!ひどい!ひどい!ひどい!」

「次は泣くんだ?女の子。」

「わぁぁぁ‼」

 

と、二人の取っ組み合いが始まった。

 

それを窓越しに見ていた少年と小さな少女。

少年は身をすくめ、

 

「いや~、相変わらず心ある者の女性は怖いなぁ~……」

「何で、私を見るの?」

 

と、少年は見ていた小さな少女を見て、

 

「別に~。でも、君は怒ると怖いって言うより、可愛いかもね。」

「裁判者も?」

「あの子は怖い。」

「ほうぉ。」

 

小さな少女の目を細める。

その瞳は赤く真っ赤に光っていた。

少年は引きつった笑顔で、

 

「冗談だって。おぉ~、コワ。」

 

少年は最期、小声で呟いた。

と、小さな少女は再び部屋を見る。

 

また、彼らと同じように彼らの取っ組み合いを見ていた者が……

 

「どれだけ不器用なの……この二人。」

「とめます?エドナさん?」

 

呆れて二人を見ていたエドナに、ライラが困ったように見る。

エドナはそっぽ向き、

 

「イヤよ。どっちも正しくてどっちも悪いもの。それに……どうせこの二人は、無二の親友になるか。心底、疎み合うかのどっちかしかないわ。」

「確かに……」

「けど正直意外ね。この二人がこんなになるなんて。」

 

ライラは再び、取っ組み合いをしてる二人を見て、

 

「お二人は一番そう感じてるかもしれませんね。」

 

そう言って、苦笑した。

 

 

しばらくして、取っ組み合いをしていた二人はベッドに座り込み、

 

「「は~……」」

 

そしてロゼが疲れ切って、

 

「もう勘弁して。」

「ロゼ次第……」

 

姫騎士アリーシャも、疲れ切っていた。

ロゼは足を組み、

 

「あたしの気持ちは変わんないよ……」

「私も……」

 

そう言って、二人は再び、

 

「「は~……」」

 

と、姫騎士アリーシャは立ち上がり、歩き出していく。

ロゼは彼女の背を見て、

 

「アリーシャ?」

「明日また来る。逃げても無駄なのはわかったでしょ。待っててよ。」

 

彼女はロゼに振り返る。

ロゼは眉を寄せ、

 

「そうじゃなくて!こんな夜にどこ行く気?」

 

そう言って、外を見る。

辺りはすっかり夜になっていた。

姫騎士アリーシャは再び背を向け、

 

「公職の者らしく騎士団の寄宿舎で仮眠する。」

「あんた反休戦派とかに狙われてんじゃん!危ないって!」

 

ロゼが立ち上がる。

姫騎士アリーシャは戸のドアに手を置き、

 

「他人の事でしょ。ロゼには関係ない。」

 

そう言って、出て行く。

ロゼは頭を掻き、苦笑いする。

 

 

外に出た姫騎士アリーシャは歩きながら、

 

「……わかってるよ。ロゼ。スレイの事……とても辛い事情があるんだね。それにレイの事も……。自分が決めた道で実を結ぼうとしている今の私は、そんな辛い事を知る必要はないって気遣ってくれてるんだよね。わかってる……けど、仲間なんだから……はぁ……」

 

と、俯いていた。

だが、聖堂の辺りまでくると、

 

「あーもう!何故あんなになってしまったんだ?あれじゃホント、ただの女の子……はぁ~……」

 

と、大きなため息をつく。

そして立ち止まる。

 

「顔を上げてないと、危ないよ。アリーシャ。」

 

姫騎士アリーシャがハッとして、少し顔を上がる。

目の前には俯いた自分の顔を見上げる小さな少女がいた。

 

「レイ……」

 

小さな少女、レイは後ろで手を組み、

 

「アリーシャも大変だね。でも、本当に真実を知りたいのなら、足掻いて足掻いて、足掻きまくって……本当の気持ちをぶちまけて、ロゼを説得してみるといいよ。だって、二人は似た者同士なのだから。ね?」

 

と、小さく笑う。

姫騎士アリーシャはジッとレイを見て、

 

「レイ……君は何故――」

 

だが、レイに問いかける前に、二人の前には武器を持った集団が現れる。

姫騎士アリーシャは気持ちを切り替え、斜め後ろを見る。

 

「ロゼ!手出しは無用だから!レイも!」

 

だが、ロゼは斜め前の建物の屋根の上に居た。

 

「なに言ってんだ~?あの子は~?ま~だ頭冷えてないのか……」

 

と、頭を掻く。

そして姫騎士アリーシャの近くに居るレイを見つめる。

レイはロゼを見上げて、小さく笑う。

と、レイは集団者の一人に拘束され、武器を着き付けられる。

姫騎士アリーシャは集団者達を見て、

 

「このような真似をしても意味はない。そして、その子は関係ない。やめなさい。」

「うるさい!売国奴がぁぁ。」

「この人達も憑魔≪ひょうま≫……。我らは同じ人のはず。そして世界を想う者のはず。私達がこんな諍いを続ける限り、いつまでも安心してもらえない!大丈夫なんだって証明できない!」

 

姫騎士アリーシャは大声で言う。

ロゼは眉を寄せ、

 

「あの子……」

「アリーシャさんは、ロゼさんを戦争が招いた問題に巻き込みたくないのですね。だからレイさんも、大人しく様子を伺ってる。」

 

ライラがロゼの背を見て言う。

ロゼは横目でライラを見て、

 

「けど、あいつら憑魔≪ひょうま≫だ。アリーシャじゃ敵わないよ。」

 

と、視線を戻す。

案の定、集団者は殺気立っている。

 

「うるさいぃぃぃ!」

「聞いて!私の言葉を!」

 

エドナはロゼの背に、

 

「それでも力を借りずにここを何とかするし。何とかしたら、安心してどんな事実でも話して欲しいって事かしらね。」

「ホント、不器用だなぁ。」

 

ロゼは笑う。

エドナは続ける。

 

「……あの子自身があいつらを浄化すれば、ウィンウィンの一挙両得一網打尽の一石二鳥。それにあのまま、おチビちゃんを捕まえててもらえれば、こっちとしても助かる。今はそういう事にしといてあげるわ。」

「ロゼさん、アリーシャさんと従士契約しましょう?」

 

ライラが手を合わせて言う。

ロゼは嬉しそうに笑い、

 

「も~!しょうがないなぁ!」

 

そして立ち上がる。

そのロゼの姿に、

 

「不器用なのはお互い様ね。」

「ふふ。」

 

淡々と言うエドナに、ライラは笑う。

 

そして襲撃者の一人が、武器を構えて姫騎士アリーシャに突っ込む。

 

「がぁぁぁ!」

「とぉぉぉ!」

 

と、その襲撃者を蹴り飛ばして、ロゼが姫騎士アリーシャの前に着地する。

姫騎士アリーシャは驚き、拳を握りしめ、

 

「手出しは無用って――」

「だったら!従士、やる?」

 

ロゼは姫騎士アリーシャに振り返って、笑う。

レイは小さく笑う。

だが、そのロゼに、姫騎士アリーシャは困惑する。

 

「は?」

「自分でやってみせるんでしょ?」

「やる!」

「ライラ!」

 

ライラは嬉しそうに、ロゼと姫騎士アリーシャの手を取り、

 

「我が宿りし聖なる枝に新たなる芽いずる。花は実に。実は種に。巡りし宿縁をここに寿がん。」

 

姫騎士アリーシャを炎の魔法陣が包み込む。

 

「今、導師の意になる命を与え、連理の証しとせん。覚えよ、従士たる汝の真名は――」

「『イスリウィーエブ=アメッカ≪そぞろ涙目のアリーシャ≫』!」

 

ロゼは叫ぶ。

それを聞いて、レイはクスクス笑い、ライラに至ってはロゼを見て、

 

「ええ⁈」

「スレイとのこのギャップ……」

 

エドナは半笑いする。

だが、意味を知らないアリーシャは笑顔で、見えるようになったライラとエドナを見る。

 

「ライラ様、エドナ様、お久しぶりです!」

 

そして頭を下げる。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「さ、見せてもらうよ。それに、レイもいつまでもああしておくと、機嫌損ねるだろうし。」

「望むところ!見てなさいよ‼」

 

そして武器を構える。

無論、レイを助けると言うことで、ロゼ達も参戦する。

浄化の力を手に入れ、アリーシャは敵をどんどんと薙ぎ払う。

その呆気さに取られている敵を影で叩き付けて、レイは自分で拘束を解く。

敵を全て倒すと、ライラが手を合わせて、

 

「お見事ですわ。アリーシャさん。」

「悪くはなかったと思うけど。そうよね、おチビちゃん。」

 

エドナも傘を肩でトントンしながら、誉める。

レイは小さく笑い、

 

「ん。そうだね。」

 

だが、アリーシャは首を振り、

 

「いえ……お二人の力がないと対処できませんでした。レイに至っては、自分で脱出してるし……まだまだです……」

「そ、ね。あれじゃ、まだわかんない。」

 

と、ロゼがアリーシャを見据える。

そして二人は互いに見合って、

 

「「おやすみ。」」

 

そして背を向ける。

アリーシャは歩いて行く。

ライラは困惑しながら、

 

「ろ、ロゼさん?アリーシャさん?」

「……面白くなってきたわね。ね、おチビちゃん。」

 

エドナは笑いながら言う。

レイも二人を見て、

 

「そうだね。」

 

と、レイはその場に座り込む。

ロゼがレイに近づく。

 

「大丈夫、レイ⁉」

 

だが、その間に短剣が突き刺さる。

レイとロゼはその方向を見る。

そこには塀の上に、白と黒のコートのような服を風になびかせた、少年が立っていた。

彼は仮面は仮面をつけていない。

 

「ゼロ。ロゼが怪我でもしたら、怒るよ。」

 

レイは立ち上がり、彼を見る。

彼は降り、レイに近付き、

 

「ごめん、ごめん。でも、怪我させてないよ。」

「当たり前。」

 

そう言って、レイは彼に抱っこされる。

審判者ゼロはロゼ達を見て、

 

「ごめんね。この子、貰ってくから。」

「待ちなさい。あの時と違って、おチビちゃんはまだ、おチビちゃんのはずよ。」

「そうだよ。なのになんで、あたしたちから離れるのさ。」

「ミクリオさんも心配していましたわ。勿論、私達も……ここにいないザビーダさんも、です。」

 

エドナ、ロゼ、ライラはレイを見つめる。

レイは俯き、審判者ゼロの服を握り、

 

「ごめん。行って、ゼロ。」

「……わかった。」

 

そう言って、二人は風に包まれる。

ロゼはそこに手を伸ばしながら、

 

「レイ――‼」

 

だが、その風に触れる前に、風は消えた。

そして二人の姿もない。

 

 

翌朝、ロゼはアリーシャの居る部屋にノックもせずに入る。

 

「おはよう‼!」

「わ!」

 

アリーシャは思いっきり驚き、振り返る。

ロゼは笑いながら、

 

「お、着替え中?ちょうどいいや。」

「何が⁈いや、まずドアを閉めて!」

 

アリーシャはテンパり出す。

ロゼは不敵な笑みを受けべ、

 

「ふふん。覚悟しろ~!」

「な⁈きゃー‼」

 

アリーシャの悲鳴が宿舎に響き渡る。

しばらくして、アリーシャの格好はいつもの騎士服ではなく、姫として動くときの服装になった。

アリーシャはロゼを見て、

 

「で、どうして公務の正装に?」

「反休戦の過激派のヤツらって、憑魔≪ひょうま≫ばっかじゃない?なんか裏にやばいヤツがいるんじゃないかなって。」

「答えになってないよ。」

 

アリーシャはロゼを見ながら、頬を膨らませる。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「あたしはそれ確認しんきゃなんないの。」

「答えになってないってば。」

 

さらに頬を膨らませるアリーシャに、ロゼは笑顔で、

 

「囮。」

「は?」

 

アリーシャは首を傾げる。

ライラは視線を外し、エドナはニヤリと笑う。

ロゼは笑顔のまま、

 

「その恰好なら誰が見ても、時の人アリーシャ・ディフダだってわかるでしょ。襲われて。」

「はぁぁぁ⁈」

 

アリーシャはロゼを凝視した。

ロゼは笑いながら、

 

「昨日従士契約したじゃん。あたしを手伝うのは当然。おわかり?」

「え?あれってロゼとの従士契約だった?」

「そだよ?」

「……スレイでなく?」

「ん。」

 

少しだけロゼを見つめた後、アリーシャは頷き、

 

「わかった。過激派の裏に憑魔≪ひょうま≫が居ないか確認するために、アジトを探す。そのために囮になるってことでいい?」

「従士契約があたしとだった理由、聞かないんだ。」

 

意外そうな顔でアリーシャを見る。

アリーシャはムッとして、

 

「どうせ教えてくれないでしょ。」

「ま、ね。」

 

と、頷く。

するとエドナがそっぽ向き、

 

「ワタシたちは蚊帳の外ね?」

「あああ!そんなつもりは‼ごめんなさい!」

 

アリーシャはエドナに頭を下げる。

ライラは口に手を当て、

 

「ふふ。よろしくお願いしますね、アリーシャさん。」

「はい。ライラ様。……ところで、レイはいないのか?昨日はいたのに。」

 

と、周りを確認する。

ロゼ達は一瞬何かに反応したが、

 

「それはおいおいね。」

「では、ミクリオ様とザビーダ様もそれで一緒じゃないのか?」

 

ロゼは頭に手を組んで言う。

 

「ああ、うん。ちょっと探し物してて別行動中。」

「そっか。残念。」

「あれ?追及無し?」

 

ロゼは首を傾げる。

アリーシャは微笑み、

 

「……女性ばかりで旅をするのも良さそうだなって。だからレイも居ればよかった。」

「ふふ。ですね。」

 

ライラは少し悲しそうに笑う。

そしてアリーシャは腕を組み、顎に指を当て、

 

「実はジョシカイというのに憧れてて……」

「ジョシカイ?」

 

ロゼは眉を寄せる。

エドナが若干真剣な表情で、

 

「ジョシカイ……たしか伝説の荒行だったかしら。」

「ええ⁈」

 

アリーシャは目を見張る。

エドナは続ける。

 

「食欲や物欲を制御しながら、集団で話術や語学、情報の収集、処理能力を練磨しつつ、作戦立案能力をも駆使しなければ無事に終われない、厳しいものだそうよ。」

「エドナさん……」

 

ライラは苦笑する。

アリーシャは眉を寄せ、

 

「想像していたものと全然違う……!」

「最大の敵はドゥターキャンという魔物!」

 

エドナは話は続く。

アリーシャはエドナを見て、

 

「魔物まで……!ジョシカイ……本当は恐ろしいものだったんですね……」

「そうよ。甘く見てるとやばいわよ。」

 

エドナは生き生きして話す。

ロゼはライラに近付き、

 

「これは、いじってるんだよね?」

「そう信じたいです……」

 

ライラは苦笑するだけだった。

そしてロゼが手を上げて、

 

「さって、じゃあ――」

「言っておきますけど!従士で囮だけど、この作戦は私が中心です。行き先、行動、各種決定権は私が持つべき。おわかり?」

 

アリーシャは、ロゼを睨みつけた。

ロゼは若干驚き、

 

「お、おう。」

「しっかり見てて。」

「うん。見てる。にしてもさ。」

 

と、ロゼは腕を組んでアリーシャを見つめる。

アリーシャは首を傾げ、

 

「何?」

「お姫様、なんか口調砕けすぎくない?」

「ロゼのせいでしょ!」

「ちょ、逆ギレ?」

「なんか移っちゃったんだ……」

 

アリーシャは、そっぽ向く。

ロゼは笑いながら、

 

「普通の女の子の練習してたんじゃないの?」

「!し、してないってば。」

 

と、照れ始める。

 

それを遠くから見ていた二つの黒い影。

一つの影の者が呟く。

 

「どうだ?これで役者はそろって、舞台も整ったぜ?」

「……約定は違えぬ。」

 

そしてもう一人の影が揺らめきながら言う。

 

 

アリーシャ達は歩き出す。

アリーシャは歩きながら、

 

「過激派は緩衝地帯のマーリンドからラストンベルの付近に潜んでいるはず。その辺りを中心に調べよ?」

「ふむふむ。」

 

ロゼは頷きながら歩く。

アリーシャはさらに続ける。

 

「セルゲイ殿や評議会にも私がしばらく、そっちのことやってるって伝えなきゃね。」

「あ、そっか。その辺考えてなかった。」

「そんなことだろうと思ったよ。いい。書簡で伝えとくから。」

「ん。悪いね。」

「よく言うよ。」

 

と、話している姿を見たライラは笑う。

 

「ふふふ。」

「どうかなさったのですか?ライラ様。」

 

アリーシャがライラに振り返る。

ライラは頬を膨らませ、

 

「むむ。アリーシャさん、私には今まで通りの口調なんですのね。ちょっと残念ですわ。」

 

と、今度はへこみ出す。

アリーシャはライラを見て、

 

「そんな!やはりライラ様たち天族の方々には、敬意が自然に出てしまいますので。」

「あたしにゃ敬意なんかないもんね。」

 

ロゼは半笑いする。

アリーシャは頬を膨らませ、

 

「なんでそんな言い方するの!」

「なんでそこで怒るわけ?」

「だって!」

「五月蠅いわ。静かになさい。」

 

言い争いが始める彼らの間に、エドナがいじけながら言う。

アリーシャはシュンとして、

 

「ああ、ごめんなさい!エドナ様。」

「……申し訳ありませんでした、じゃないの?そこは?」

「もう。エドナさん、意地悪しなくても。」

 

エドナに、ライラがじっと見ながら言う。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「崇め奉り度は絶対キープよ。」

「もちろんです!ロゼは肩苦しいの苦手でしょ?こんな感じの方がいいよね。」

 

アリーシャはエドナを見た後、ロゼを見える。

ロゼは呆れたように、

 

「ま、そうだけれどね。口調までは変えなくて良いけど。」

「ふふ。アリーシャさんはロゼさんと対等でありた――」

「そんな事ありません!」

 

ライラの言葉をアリーシャは頬を赤くして否定する。

ライラは微笑みながら、

 

「恥ずかしが――」

「ロゼが悪いんです!」

 

アリーシャは叫んだ。

ロゼは呆れまくって、

 

「えー。」

 

そして広場に来ると、ロゼは立ち止まる。

表情を真剣になり、

 

「さてと。アリーシャ、過激派のアジトの目星、騎士団はつけてないの?」

「うん。緩衝地帯も広いから。ラストンベルの近くじゃないのは確かだよ。この辺りは捜索済みだから。」

「となると、グレイブガント盆地辺りって事か……」

「そうね。フォルクエン丘陵にもなかったし。」

 

ロゼとエドナが考えながら言う。

と、ライラが黙り込んでどこかを見る。

アリーシャがライラを見て、

 

「どうかしました?」

「グレイブガンド盆地には、エドナさんが封じた秘密の場所があるんです。」

 

ロゼは頭を掻きながら、

 

「……やな予感。」

「ええ。だからレイさんも……」

 

そう言って、ライラは俯く。

アリーシャはロゼを見て、

 

「行ってみよう、ロゼ。」

「おっけ。」

 

と、一行はグレイブガント盆地に向かう。

エドナとライラは後ろで歩きながら、

 

「ホント、影響を受けやすい子。」

「元々の口調もマルトランさんの影響なのでしょうか。」

 

ライラは前を歩くアリーシャの背を見つめる。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「影響を受けた相手に対して、色んな顔を作ってきた、そんなところかしら。」

「ですが、王女、騎士、普通の女の子……どれも彼女の本当の姿ですわ。」

「本人がそれに気付くかしらね。」

「きっと大丈夫ですわ。」

「ロゼは無理だと思ってるみたいだけど?」

「そうでしょうか。ロゼさんは共に時間を過ごす事を選びましたよ?あの時のレイさんのように。」

 

ライラは前を歩く二人を見て微笑む。

エドナはそのライラを見上げ、

 

「そのおチビちゃんも、今はいないけどね。」

「……エドナさん……」

「……でも、まぁ良いわ。しばらく退屈しなさそうだし。」

「見守りましょう。お二人を。」

 

二人はジッと二人の背中を見つめる。

 

彼らが街から出るのを見ていた人物がいた。

彼は屋根上から彼らを見て、

 

「頼むから、早めに行ってよ。大方、あの子が無茶するだろうし……」

 

そう言って、彼は風に包まれて消えた。

 

アリーシャ達はグレイブガント盆地に入る。

アリーシャはロゼを見て、

 

「じゃあ、探してみよ?」

「おっけ。」

 

ロゼは辺りを見渡して言う。

 

グレイブガント盆地を探索していると、ロゼ達の前に短剣が突き刺さる。

二人は足を止め、辺りを伺っていると、背後から殺気を感じる。

二人は振り返ると、

 

「国賊!死ね!」

 

と、アリーシャに向かって剣が振り下ろされる。

そこに再び短剣が飛んできて、それを弾いた。

アリーシャ達は距離を取り、武器を構える。

 

「来た!」

「囮作戦大成功!」

 

そしてある程度相手をボコる。

敵がアリーシャ達から距離を取ると、

 

「くそっ!」

 

敵は逃げ出した。

アリーシャはロゼを見て、

 

「あれをつけるのね?ロゼ?」

 

ロゼは短剣を睨んだ後、一目散に走り出す。

アリーシャは驚き、

 

「ちょっと、ロゼ!」

 

アリーシャも急いで駆け出す。

 

アリーシャ達が駆けて行くのを岩の上から見ていたある少年は、

 

「ここは、これでひとまず良いか……残すはあっちの陪神さん達か……。あまり無茶しないでよ、レイ。」

 

彼はある方向を見て、風と共に消える。

 

 

そしてアリーシャは、ロゼに追いついて、

 

「ロゼ!一体――」

 

と、走るその先から怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「相手は一人だ!」「ガキ一人に何を手間取ってる!」

 

それを聞いたロゼが、さらに早く駆け出していく。

そしてライラとエドナも、走るスピードを上げた。

アリーシャはさらに困惑し、自分も速度を上げる。

 

アリーシャは息を整え、辺りを見て目を疑った。

レイが、多くの憑魔≪ひょうま≫達を影のようなもので薙ぎ払っていた。

 

「あーもう!ゼロも居ないのに!」

 

レイは息を上げながら、敵を薙ぎ払い続ける。

ロゼが短剣を構えて、その場に向かって行く。

そしてライラとエドナも、天響術を詠唱し始める。

アリーシャは槍を構え、自分も突っ込んで行く。

ロゼが敵を薙ぎ払いながら、

 

「レイ!」

「ロゼ。それにアリーシャ……と、奥に居るのはライラとエドナか。」

「大丈夫か、レイ!」

 

アリーシャも、そこに来てレイを見る。

そして怪我がない事を確かめると、再び憑魔≪ひょうま≫に向かっていく。

と、レイは敵を見たまま、

 

「つ、疲れてきた……」

――そもそも、無茶をしたのはお前だ。そこは反省しろ。

「だって、ここは……」

――なら、変われ。まだ、あいつらと話をしたいのだろ。

「……アリーシャがいる……」

――なら、話せなくなっても良いと?

「……わかった。」

 

レイは憑魔≪ひょうま≫の攻撃を避ける。

 

アリーシャがレイを見た。

レイは憑魔≪ひょうま≫の攻撃を避けた。

土煙が上がり、晴れるとレイが居ない。

が、憑魔≪ひょうま≫は何者かに斬られ、浄化される。

アリーシャの瞳には、仮面をつけた黒いコートのようなワンピース服を着た少女がいた。

その少女はアリーシャとロゼの近くまで来ると、

 

「退け、従士ども。」

「え?や、あなたは?」

「退けと、言っている。」

 

仮面の下からも解る赤く光る瞳がアリーシャを睨む。

アリーシャは一歩後ろに下がる。

仮面の少女が憑魔≪ひょうま≫に向かって、剣を横に一振りする。

憑魔≪ひょうま≫達は吹き飛び、浄化の炎に包まれた。

 

「すごい……」

 

アリーシャが呆気に取られていると、ロゼが仮面の少女を睨み、

 

「アンタ!一体何のつもり!何を考えてんのさ!」

「それをお前に言う必要があると?」

 

仮面の少女は右手を腰に手を当てる。

そして近づいてきたライラとエドナも、

 

「話してください!一体、あなた達は何をしているのです!」

「そうよ!それに、おチビちゃんには一体なにが起きたのよ!」

 

仮面の少女はそれを無視した。

エドナは地面を蹴り始めた。

アリーシャが困惑し、大声で声を上げた。

 

「あ、あの!」

 

仮面の少女は目線だけ、アリーシャに向ける。

アリーシャはグッと彼女を見て、

 

「あなたは一体何者ですか?それにあなたの側にはレイが……小さな少女がいた筈です。あの子は――」

「まず、器……小さな少女に関しては心配はない。」

 

そしてアリーシャとロゼの横を通り、

 

「そして抗って見せろ、ハイランドの姫。私は裁判者。私の事を詳しく知りたいのなら、そいつらに聞け。」

「え?」

 

そして彼女は、すぐ近くの洞窟に入っていた。

アリーシャはロゼを見る。

 

「ごめん。今ムリ。」

「すいません、アリーシャさん。私も少し……」

「今聞いたら、ぶっ飛ばすわよ。」

 

そしてライラは視線を外し、エドナに関しては怖い。

アリーシャは一端、三人が落ち着くのを待つことにした。

その為に、話題を変える。

 

「それにしても、こんなところに洞窟があったなんて。知りませんでした。」

「アリーシャさんには、そうなりますね。……ですが、やはりここなのですね……」

「そんな予感はしてたけど。」

 

ライラとエドナが洞窟を見つめる。

その雰囲気に、アリーシャが聞いて良いかどうか迷っていた。

ライラは静かに、

 

「この洞窟はカムランへと繋がる道なんですの。」

「カムランって、あの⁈」

 

アリーシャはバッとライラを見る。

エドナは傘を広げ、

 

「そうよ。ローランスからの道ってワケね。」

「失われた道でしたが、かの者との熾烈な戦いの余波が、再び道を拓いてしまったのです。」

 

ライラが手を握り合わせる。

そしてエドナも傘を握りしめ、

 

「けど、ワタシが封じた。確かに入り口は塞いだはずよ。」

「でも、裁判者たちが動いてる。と言うことは、やっぱり何かが起きた。」

 

ロゼは洞窟を睨む。

アリーシャは一人眉を寄せて、手を握りしめる。

そしてロゼはアリーシャを見て、

 

「行くよ。」

「待って、ロゼ。さっきの憑魔≪ひょうま≫たちは彼女が浄化したが、他の残党を浄化はするにしても、ちゃんと捕らえて根本的に解決しなきゃ。セルゲイ殿に連絡して――」

「そんなの待ってらんない。」

 

ロゼは眉を寄せる。

アリーシャは拳を握りしめ、

 

「話聞いてよ!」

「この先は人に触れさせちゃダメなの!」

 

ロゼは拳を握りしめ、怒鳴る。

アリーシャは瞳を揺らした後、

 

「……わかった。行こ。」

 

と、歩き出す。

そのアリーシャの腕を、ロゼが掴む。

 

「なに?」

 

ロゼは手を放し、アリーシャを見て、

 

「もっとしつこく来るかなって思ってた。」

「もう譲ってくれないでしょ。」

 

アリーシャは頬を膨らませて言う。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「ま、そうだけど。」

「行こ。」

「ん。」

 

二人は洞窟に向かって歩いて行く。

エドナも歩き出しながら、

 

「仲が良いのか悪いのか。」

「ふふ。」

 

ライラも歩き出す。



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toz 第四十九話 友達

アリーシャ達は洞窟の中を突き進む。

エドナは歩きながら、

 

「思ってたよりもひどい状態ね。」

「ええ……強力な憑魔≪ひょうま≫も、生まれてしまっているようです。あの裁判者と言う方は大丈夫でしょうか。ここを一人で入って行ったようですし。」

 

アリーシャが辺りを見渡して言う。

エドナはムッとして、歩く速度が上がる。

ライラはアリーシャを見て、

 

「あの方なら大丈夫です。私たちよりも、お強い方ですから。」

「ですが……」

 

アリーシャは眉を寄せる。

ライラは苦笑しながら、

 

「本当に大丈夫なんですよ。あの方はお一人で、ドラゴンを喰らったり、倒したり、吹き飛ばしたりする方ですから。」

「ドラゴンを⁉」

 

アリーシャはライラを見て、目を見張る。

そこにロゼが早歩きで、

 

「ご託は後。急ぐよ!」

「わかった!」

 

アリーシャも、歩く速度を上げる。

エドナはロゼの背を見ながら、

 

「怒ってるわね。ま、当然かしら。」

「はい……封印していたのに、こんな状態になっているのですから。……それも、何者かの手によって。」

 

ライラも、ロゼの背を見て手を握りしめる。

エドナは傘を握りしめ、

 

「……でも、裁判者や審判者がやったとは思えないわ。レイはここを止め、裁判者は憑魔≪ひょうま≫を薙ぎ払った。」

「はい。審判者も、私たちにわざと過激派と合わせ、ここに誘導した。彼らが直接何かをしないと言うことは、私たちでケリをつけなくてはいけないと言うことでしょうね。それにはアリーシャさんが関わってる。だからレイさんも姿を現した。」

 

ライラは手を握り合わせる。

エドナも、視線を落とし、

 

「……そうね。」

 

そして二人は、前を突き進むロゼとアリーシャを見る。

互いに頷き合って、早歩きで二人元に行く。

 

アリーシャは早歩きで進みながら、

 

「カムランにはスレイに関わる何かがあるのですね?」

「ま、気付くわよね。」

 

エドナは淡々と言う。

アリーシャはジッとロゼを見つめる。

ロゼはその視線を感じ、

 

「何?」

「さっさと片付けよう!」

「教えないよ?」

「聞いてないって。」

 

そう言って、二人は互いに見合って奥に進む。

その途中で、過激派の残党達と鉢合わせになり、物凄い勢いで叩き潰していく。

 

一行は広い場所に出た。

エドナは辺りを見渡し、

 

「終わり?」

「ですね。もう人の気配はしません。」

 

アリーシャも辺りを見渡たす。

ロゼは辺りを警戒し、

 

「妙だね……」

「ええ。過激派の人たちが穢れていたとしても、それだけで全員が憑魔≪ひょうま≫になったり、ここがこれほど穢れたりするはずがありませんのに……」

 

ライラも、辺りを見渡す。

エドナは真剣な表情で、

 

「それにワタシが塞いだ入り口が、偶然入れるようになるわけもないわ。何より、ここに入ってから一度も、裁判者も審判者にも会っていないわ。」

「はい。もう少し進んでみましょう。」

 

ライラがロゼを見る。

ロゼは頷く。

アリーシャは俯くのを見たライラは、

 

「待ってください、ロゼさん。」

「今度は何?」

 

ロゼは振り返る。

ライラはロゼを見て、

 

「裁判者や審判者の事は教えておいてもよろしいかと。」

「……そうね。どうせ、今に会うだろうから。」

 

エドナもそれに同意した。

アリーシャはロゼを見た。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「……はぁ。アリーシャ。」

「何?」

「……裁判者、さっき会ったアイツだけど、簡単に説明すると世界の番人みたいな人。人でもないけど……。で、もう一人、審判者っていう番人がいる。」

「えっと……?」

 

アリーシャは腕を組み、顎に指を当てる。

ライラがアリーシャを見て、

 

「裁判者はこの世界を導くために、世界を管理する者。その対となるのが、審判者。彼はこの世界を導くために、世界を裁く者ですわ。そして私たちや世界の運命を一番知っている者、ですわ。」

「つまり、神様的なような感じでしょうか?」

「平たく言えば、そんな感じよ。で、おチビちゃんは……その裁判者の一人って事。」

「レイが⁉でも、それならレイのあの強さや予言めいた言葉にも、納得がいきます。」

 

エドナの言葉に、アリーシャは納得する。

だが、視線を落とし、

 

「だからレイは、今一緒に居ないのですか?」

「……ええ。おそらくね。」

 

エドナは淡々と言った。

ロゼは奥を見て、

 

「さ、もう行こ。時間が惜しい。」

「そうだな。」

 

アリーシャも奥を見る。

そして奥へと足を踏み入れる。

 

奥に進むと、空気が変わる。

 

「な、何?」

 

アリーシャが驚いて足を止める。

エドナが半眼で、

 

「ここで不思議ちゃんとはね。」

「なんか、凄く妙な感じ。」

 

アリーシャは胸を抑える。

ロゼがアリーシャを見て、

 

「アリーシャ!気を付けて!この幻術はかなり厄介だよ。そう簡単には打ち消せない……。今はまだ何もないけど、この先で変なのが出てきても慌てちゃダメだからね?」

「わ、わかった。」

 

アリーシャは頷いて、再び歩き出す。

進むと、再び広い場所に出た。

そしてアリーシャは目を見開いた。

立ち止まり、こちらに歩いてくる青い騎士服を着た女性を見る。

 

「せ、師匠≪せんせい≫……」

「アリーシャさん!」

 

ライラが、固まっているアリーシャを見る。

そしてその青い騎士服を着た女性は、冷たくアリーシャを見て、

 

「まだ師と呼ぶのか。本当に愚かだな。」

「サイモン……何のつもり?」

 

ロゼは辺りを警戒し、青い騎士服を着た女性・マルトランを睨む。

そして騎士マルトランは穢れを纏った槍を構え、

 

「さぁ!抗ってみせろ!アリーシャ・ディフダ!」

 

そう言って、アリーシャに突っ込む。

 

「アリーシャ!」

 

ロゼが叫び、そのアリーシャの前にロゼが手を広げて立つ。

騎士マルトランは動きを辞め、後ろに下がる。

アリーシャはロゼを見て、

 

「なんて無茶を!」

「……これはひどいよ。」

 

ロゼが呟く。

アリーシャはその言葉に瞳を揺らし、俯く。

 

「あたし、やろっか?」

 

ロゼの言葉が響く。

アリーシャは首を振り、

 

「……ううん。私、やる。やらなきゃ……」

「責めないよ?今戦えなくても。」

 

アリーシャは瞳を閉じ、開き、

 

「やる!」

 

そう言って、騎士マルトランの方に駆けて行く。

ロゼは笑い、

 

「ったく。」

 

ロゼも駆け出した。

ライラとエドナも互いに見合って駆けて行く。

騎士マルトランの前に立ち、武器を構える。

 

「手助けは要らない!これは……」

「勝手にやってる事。空気だと思ってて。」

 

と、ロゼは笑いながら、突っ込んで行く。

そしてそこに炎の天響術が繰り出された。

 

「空気2号、参上ですわ!」

「ワタシが3号になる流れ作らないでくれる?」

 

エドナが天響術を詠唱し始める。

ロゼはアリーシャを見て、

 

「やっちゃいな!アリーシャ!」

「みんな……!」

 

アリーシャは槍を握りしめる。

と、騎士マルトランが槍を振るいながら、

 

「お前は不快なものをただ排除したいだけ……それは感情にまかせた愚かな行為だ。」

「そうかもしれない……けど、もう決めたんだ!」

 

アリーシャは騎士マルトランの攻撃を防ぎながら言う。

ロゼはアリーシャを見て、

 

「決めた、か……」

 

騎士マルトランの攻撃は続く。

 

「気付いているのだろう?私が幻だということに。」

「見えているものが現実であり事実。あなたが言った言葉です!師匠≪せんせい≫!」

「……その言葉に従うことこそが、お前が進んでいない、何よりの証。」

「わかってる……!」

 

アリーシャは槍に力を籠め、自分の出せる最大の力を全て叩き付けた。

騎士マルトランは膝を着き、

 

「ぐふっ……」

 

そして浄化の炎が彼女を包む。

彼女は浄化の炎を飲込み、アリーシャを睨む。

 

「ふふ、浄化などされてたまるか……真に浄化されるべきはっ!この世界の方なのだから!」

「同じですわ……。あの時と。」

 

ライラが悲しそうに、その光景を見る。

ロゼはライラとエドナを見て、

 

「……本物のマルトランの時は、自害されちゃったんだよね?」

「それも、あの子の槍でね。不思議ちゃん、最期まで再現する気よ。いいの?放っておいて。」

 

エドナはロゼを見る。

ロゼはアリーシャを見て、頷いた。

 

「うん。」

 

アリーシャは今にも泣き出しそうな顔で、騎士マルトランを見ていた。

 

「師匠≪せんせい≫……」

 

騎士マルトランはよろよろと、アリーシャに近付く。

そしてアリーシャの持つ槍に手を伸ばす、

 

「ここで手を止め、相手を気遣う……。私は、そんな優しいお前が――」

 

だが、騎士マルトランは目を見張った。

そして自分の腹を見る。

そこには、アリーシャが自身の槍を突き刺していた。

 

「反吐が出るほど嫌い、ですね……」

 

アリーシャは顔を上げ、騎士マルトランの頬を振れ、

 

「さようなら!マルトラン!」

 

片方だけ涙を流し、微笑んだ。

騎士マルトランは後ろに倒れ込んだ。

そして騎士マルトランは影に飲み込まれていった。

それを見たエドナは、

 

「そういうことね……」

「あの方と本当に決別するために、あえて……」

 

ライラはアリーシャの背を見つめた。

ロゼは悲しそうにアリーシャを見て、

 

「……ホンっト、不器用な子。」

 

そしてアリーシャに近付こうとした時、

 

「何故だ。」

 

アリーシャの前に、紫色の服を纏い、同じく紫の髪を左右に結い上げた少女が現れる。

ライラはその人物を見て、

 

「サイモンさん。」

「何を微笑む……」

 

そして歩てくる。

アリーシャは驚き、

 

「誰?」

「幻術を操る天族、サイモンさんですわ。」

「さっきの幻はこの不思議ちゃんの力よ。でも、あれは裁判者の力も入っていたみたいだけど。」

 

そう言って、天族サイモンの後ろを睨むエドナ。

その後ろの影から、仮面をつけた少女が現る。

 

「私は、私の仕事をしただけだ。アイツの貸しもあったしな。」

「アイツ?」

 

ロゼは首を傾げる。

そしてアリーシャは天族サイモンを見て、

 

「この天族≪ひと≫の……そしてあなたの……」

「なぜ古傷をえぐられて微笑む!何に抗っている!」

 

天族サイモンは眉を寄せて怒鳴り始める。

アリーシャは、その天族サイモンを見つめ、

 

「ありがとう……」

「な、に……?」

 

天族サイモンはアリーシャを見る。

アリーシャは微笑み、

 

「後悔していた事をやり直させてくれて。」

 

天族サイモンは困惑する。

裁判者はジッとアリーシャを見つめる。

 

「本当にありがとう。これで進める。あなた方の力のおかげです。」

 

アリーシャは笑顔で、天族サイモンを見つめた。

天族サイモンは俯いた。

ロゼは腕を組んで、

 

「こういう子みたい。」

 

天族サイモンは黙って、歩き出す。

その彼女にライラが、心配そうに見つめる。

 

「サイモンさん。」

「……失われたものの大きさを再認識はできた。」

 

そう言って、ロゼの横を歩いて行く。

ロゼは天族サイモンを見て、

 

「待ちなって。知ってること話してよ。」

 

天族サイモンは立ちどまり、

 

「娘……。お前も業を生んでいる。これは序幕だ。悲劇か喜劇のな。」

「だが、それをどう受け止め、抗い、進むかを、こいつらは知っている。」

 

再び歩く天族サイモンの背に、裁判者が言う。

そして消える彼女に、

 

「アイツはお前を心配していたぞ。」

「余計なお世話だ……」

「だろうな。」

 

天族サイモンは、最後に裁判者を睨んで消えた。

ロゼは頭を掻き、

 

「なんのこっちゃ……」

「サイモンさん、迷ってるのではないのでしょうか。だから自分の目で見極めようと……」

 

ライラが消えた天族サイモンの方を見て言う。

ロゼはライラを見て、

 

「アリーシャを?」

「あなたもよ。」

 

エドナがロゼを見上げる。

ライラはロゼとアリーシャを見て、

 

「気がかりだったのかもしれませんね。スレイさんと共に歩んだ方々が今、何を見て、どこへ向かっているのかが……そうですわね?」

 

ライラは裁判者を見る。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「さあな。私に聞くな。」

 

と、裁判者はアリーシャに目を向けた。

アリーシャは俯き、

 

「スレイと共に……」

 

そして今度は自分の背後を睨む。

ロゼも何かに気付き、

 

「この穢れは……」

 

そして辺りを警戒して見る。

ロゼはライラとエドナを見る。

三人は互いに見合って、頷いた。

それを見たアリーシャは俯く。

エドナはそれを横目で見た後、

 

「意地張るのも、ここまでじゃない?」

「ロゼさん。」

 

二人はロゼを見つめた。

ロゼはアリーシャを見る。

そして考えた後、

 

「アリーシャ!行ってみよっか。」

「え。」

「スレイのところに行こう。」

 

ロゼは笑う。

アリーシャは目を見開き、

 

「ええ⁉」

「あれ?嫌なわけ?」

「そうじゃなくて、何で突然……」

「どうする?」

 

ロゼは腰に手を当てる。

アリーシャは頷き、

 

「行く!当然でしょ。」

「ん。じゃ、進もう。」

 

ロゼは突き進んでいく。

アリーシャは慌てて追いかける。

 

「あ、待って。ねぇ、なんで急に?」

「ようわからん。」

「はぁ?」

「さっきの決着見せつけられたからかな。」

「さっぱりわからない……」

「略してさぱらん、だね。」

「何それ?変なの。」

「なんだと?」

 

と、二人は会話をしながら進んで行く。

ライラが彼らの背を見た後、裁判者を見て、

 

「意外ですわ。アリーシャさんがあの地へ向かうのに、何も言わないなんて。」

「そうね。アンタらしくもない。」

 

エドナも裁判者を見た。

裁判者は二人を見据え、

 

「私は言ったはずだ。この地を封じる代わりに、お前達があの場所に行くことを許すと。それは導師スレイの仲間、全員を指す。あの姫はそうでないと?」

「成程ね。ホント、ムカつく。」

 

エドナは裁判者を睨んだ。

裁判者は背を向け、

 

「なら、さっさと行け。」

 

エドナとライラはジッと彼女を見つめた後、ロゼ達を追いかける。

裁判者はある一角を見つめる。

天族サイモンが再び現れ、

 

「これで約定は果たした。」

「くくく。」

 

ある者が笑い出す。

その者は歩いて行くロゼとアリーシャを見つめていた。

 

「縁は新たな縁を生む。それが浮世の常。お前も私もその縁の環の中の道化。だが、その道程が今後も交わるとは限らぬ。」

 

そう言って、天族サイモンはその者を見る。

穢れを纏った彼はキツネ顔をした、風の骨の衣装を着ていた。

その者は笑い、

 

「くくくくく。よぉくわかったよ。よぉくな。」

「……まさに業よな。」

 

天族サイモンは呆れ、再び消えた。

残ったその者は一人、

 

「小娘どもにとって導師のガキは未だ希望……。縁だと?くくく。反吐が出る。ぐぅ……」

 

そして彼はかつてロゼに刺された傷を抑え、再び笑い出す。

 

「くくくくく‼」

 

そしてどこかに歩いて行った。

裁判者は一人、

 

「さて、あれは落ちるとこまで落ちて、次の災禍の顕主になるか……それとも、そうなる前に死ぬか。どちらが先か……なぁ、従士として、導師の意志を継ぎ歩む人間≪導師≫よ。」

 

そう言って、彼女はカムランへと向かう。

 

 

ロゼは歩きながら、

 

「さっきのサイモンっての、災禍の顕主の手先だったんだ。」

「え!だってあの人、天族……」

 

アリーシャはロゼを見た。

ライラは手を握り合わせ、

 

「ええ。彼女の力の価値を見出したの者が、人でも天族でもなく災禍の顕主だったのです。」

「しがみついていたわ。自分を認めてくれた、自分が認めた者の居る、その場所に。」

 

エドナは傘で顔を隠していった。

ロゼはまっすぐアリーシャを見て、

 

「それをスレイとあたしたちが壊した。」

「……なんか似てる。私と……」

 

アリーシャは俯いた。

ロゼは笑いながら、

 

「頑固なとことか、頑固なとことか、頑固なところが?」

「違う!」

「きっと頑固なところね。」

 

否定するアリーシャに、エドナが傘を上げて言う。

アリーシャはエドナに振り返り、

 

「エドナ様まで⁈」

「ガン!ガン!ガン!ときて、ガン!ですわね!」

 

ライラがガッツポーズを取る。

そんなライラを、エドナが半眼で見る。

 

「何も思いつかなかったのなら、黙ってても良いのよ?」

「ガーン!」

「くっ……ここだったか……」

 

エドナは傘にブル下がっているノルミン人形を握りつぶす。

アリーシャは呆気にとられながら、

 

「ね、ロゼ、意味がわからないんだけど。」

「そこで、さぱらん、よ。」

「いや、それ変だし。」

「「なんだと。」」

 

ロゼとエドナが声を合わせて、アリーシャを見た。

ライラが頬に手を当てて、

 

「まずいですわ。誰も回収できていません。」

「誰のせいだ!」「誰のせいよ。」

 

再びロゼとエドナは声を合わせる。

そこに裁判者が歩いて来た。

 

「何をバカをやっている。相変わらずのバカだな。」

 

そう言って、彼らを追い抜いて行った。

エドナは人形を握りつぶして、

 

「行くわよ。」

「は、はい。エドナ様。」

 

アリーシャが引きつった顔でその後ろに付いて行く。

そして出た道の先をエドナが遺跡の入り口を指さしながら、歩いて行く。

 

「さ。この先にあるカムランに、全ての答えがあるわ。」

「カムラン……」

 

アリーシャが表情を変える。

ライラは思い出すように、

 

「あの後、私たちはかの者と雌雄を決するため、決戦の地へと赴いたのです。」

「そこがカムランってワケ。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

アリーシャは手を握りしめ、

 

「始まりの村カムランが、災禍の顕主との決戦の地……」

「そう。憑魔≪ひょうま≫と化したマオテラスが、封じられていたのよ。」

「なんですって⁈」

 

エドナの言葉に、アリーシャが顔を上げた。

ロゼがジッとアリーシャを見て、

 

「災厄の時代の原因、カムランにあったってこと。アリーシャのカンも捨てたもんじゃないね。」

「もし、辿り着いていたとしても、入れなかったけどね。」

 

エドナが傘をクルクル回す。

アリーシャはエドナを見て、

 

「え、何故ですか?」

「焦んじゃないの。順、追ってんだから。」

 

ロゼが笑う。

アリーシャは頬を膨らませ、

 

「む~。は~や~く~。」

「イズチに封じられていた道を使ったのです。」

 

ライラが苦笑して言う。

アリーシャが思い出すように、

 

「イズチ?スレイとレイ、それにミクリオ様が暮らしていた?」

「そ。そこにバルトロが兵を進めてて……って、これは知ってるか。」

 

ロゼが頭で手を置くんだ。

アリーシャは頷き、

 

「うん……その動きに気付けなかった。」

「ひげネコと審判者がイズチの加護領域を破って招き入れたせいだけどね。そして、おチビちゃんの逆鱗に触れた。」

 

エドナの言葉に、アリーシャは立ち止まり俯いた。

ロゼは呆れ顔になって、

 

「出た。『私の責任だ』病。」

「だって!」

「過ぎた事でくよくよしない!」

 

と、腰に手を当てて、アリーシャの顔を覗き込む。

アリーシャは顔を上げ、

 

「私はロゼとは違うの!」

「ほんっと!全然違う!強くなったり弱くなったり、ね。」

「ロゼ?」

「先進むよ。女の子。」

 

ロゼは笑いながら、再び歩き出す。

アリーシャは頬を膨らませ、

 

「なによ!バカにして!」

 

怒りながら、歩き出す。

ロゼは歩きながら、

 

「褒めてるつもりだけど。」

「絶対ウソ!」

 

と、言いながら歩いて行く。

その背を見て、

 

「ヤレヤレだわ。」

「ふふふ。」

 

ライラも苦笑する。

そして二人も歩き出す。

その会話全てを、裁判者は黙って聞いていた。

 

アリーシャは後ろの方で、大きなため息をついた。

 

「はぁ……」

 

前の方では、ロゼとエドナが話しながら歩いている。

そのさらに前には裁判者が居て、完全無視を貫いていた。

ライラがアリーシャに近付き、

 

「大きなため息ですね。」

「ライラ様。いえ、何でもないんです。」

「何でもないと言って、何でもなかった事なんてありませんわ。」

 

ライラは苦笑する。

アリーシャは俯く。

その彼女を優しく微笑みながら、

 

「お聞かせくださいませんか?」

「……私、本当はどうしたいんだろうって。王女として生きたいのか、政治家として生きたいのか、騎士として生きたいのか、それとも……それらのしらがみから離れ、普通の女の子のように過ごしたいのか、今のように従士として穢れを浄化していきたいのか……」

「その答えを出さなければならないとお考えなのですね。」

 

ライラはアリーシャを見つめる。

アリーシャは顔を上げ、

 

「はい……。国や民のために政治家として生きる……。それに迷いはありません。それなのに、こうやってみんなと旅することに、とても充足を感じているのです……。私は、本当は答えを出せないのではないかと……」

 

アリーシャは再び俯いた。

ライラは手を合わせ、

 

「答えを導き出す……とても大切な事だと思います。スレイさんにもロゼさんにもそうお伝えしてきました。」

「その通りだと思います……」

「もちろん、レイさんにも。」

「レイにも?」

 

アリーシャは顔を上げた。

ライラは頷き、

 

「はい。レイさんも、レイさん自身がどうなりたいのか悩んでいましたから。ですから、アリーシャさん。答えを導き出す事は、捨てる何かを探す事でしょうか?」

「え?」

「私がお手伝いできるのはここまでですわ。」

 

そう言って、ライラは前をどんどんと歩いて行く。

ロゼはライラを見て、

 

「甘やかしすぎ。」

「ロゼさんが厳しすぎるのですわ。」

「ライラがそれ言うか~?」

 

ロゼは呆れ顔になる。

と、一番前を歩いていた裁判者が、

 

「どっちもどっちだな。アメとムチと言うやつか?心あるもの達は、本当に面倒な生き物だな。自分たちのつくり出した理にしばられて。答えを導き出すのに時間がかかる。」

「ええ。だからこそ悩むことは大切なのです。それに、それはあなた方もそうでしょう。」

「……否定もしなければ、肯定もしないぞ。主神。」

「構いません。それに……この旅は、もうすぐ終わってしまいますから。」

 

ライラが胸に手を当てて言う。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「あなた達の時のように旅を続けて……という訳にはいかない、そういうことよ。」

「儚くも長い、長くて儚い時間、か。」

 

裁判者はそれを聞き、呟いた。

ロゼは頭で手を組み、

 

「……そうだね……」

 

そして一番後ろでは、アリーシャが悩みながら、

 

「私の答え……」

 

 

しばらくして、休息を取っていた。

アリーシャはロゼに話し掛けた。

 

「カムランへの道がイズチに、封じられていたって言ってたよね。スレイとレイはそれを知ってたの?」

「ん~……ちょっと色々あってさ。」

 

ロゼが首に手を当てて、悩み込む。

アリーシャは眉を寄せて、彼女を見る。

 

「わかんないよ、それじゃ。」

「ホントに色々あってややこしいんだ。どう話せばいいかな……」

 

と、さらに悩み出す。

アリーシャはライラを見て、

 

「ライラ様。」

「ややこしいは、『ややこ』と『しい』に分けて考えると、由来が見えてくるのです!ややことは、遠く西方にあったとされる都の言葉で、赤ん坊を指す言葉!それはノルミンさんたちの言葉に通ずる由来正しい古来からの言語!そしてややこしいは、おとなしいの由来も見えてきます‼」

 

ライラは早口でそう言った。

ロゼとエドナは呆れ、アリーシャは困惑した。

 

「え?え?」

「ライラにふっちゃダメな話ってことよ。」

 

エドナが呆れながら言った。

アリーシャは気持ちを切り替え、

 

「ではエドナ様、お願いします。」

「ワタシに説明させるつもり?いい度胸ね。」

「う、す、すいません……」

 

エドナはそっぽ向き、アリーシャは苦笑した。

アリーシャは裁判者を見て、

 

「えっと、あなた様にお聞きしても大丈夫でしょうか?」

「…………」

 

彼女は岩の上に座り、無言だった。

アリーシャが俯いた時、

 

「カムランはすべての始まり。それはお前の知る導師スレイにとっても、レイと言う人間にとっても、そしてお前の知る水の陪神も、だ。」

「え?」

 

そしてエドナはアリーシャを見て、

 

「仕方ない。覚悟することね。」

「覚悟……?」

 

アリーシャは首を傾げる。

エドナは真面目な表情で、

 

「カムランは元々、世界が最初に生まれた場所。そして裁判者と審判者の生まれた場所ってわけ。そこには彼らの大切な使命があって、誰も近付けさせなかった。だけど、その彼らを説得した先代導師は、この土地でマオ坊を祀り、村を興した。そしてそのマオ坊が憑魔≪ひょうま≫になったのは、ハイランドとローランスが戦争のいざこざに、カムランを巻き込んだせい。で、その人の愚行に責任を感じた先代導師の妹ミューズが、裁判者の力を借りて人柱となって道を封じていたのよ。スレイとミボがジイジと呼んでたイズチの長ゼンライに赤ん坊だったスレイとミクリオを託してね。その際に、裁判者と審判者の激しいいざこざが起こり、裁判者は眠りについた。その際、先代導師が創りだしたレイと言う人間を元に、裁判者は疑似体を創りだした。そして疑似体であるレイもまた、裁判者である自分を忘れて、スレイとミクリオを見守り、自分と言う存在を固定し始めていた。そしてゼンライはスレイとミクリオには、時が来るまでその事実を伝えないつもりだった。ワタシたちはひげネコ――災禍の顕主ヘルダルフの事をもっと理解するため、刻遺の語り部メーヴィンに――」

「うう……すごい情報量……」

 

エドナは表情を変えず、早口で淡々と言う。

その情報量にアリーシャは困惑する。

ロゼが大あくびをして、

 

「ふぁ~……今日はもうここで休憩だね。じゃあお先に~。」

「あ、ずるい!」

 

テントを張り始めるロゼに、アリーシャは怒りだす。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「なに?説明させておいて文句あるの?」

「い、いえ!そんな!」

 

アリーシャは姿勢を正す。

エドナは傘を閉じ、

 

「いい?ここからが重要よ。さっきライラが言っていた、ややこしい由来……。ノルのノルだけによるノルのための闘争よ。」

「ノル?」

「そう。ノルよ。」

 

困惑するアリーシャに、エドナはニヤリと笑い出す。

アリーシャは目をパチクリし、

 

「カムランの封印の話から遠くなった気がする……」

「何?文句ないんでしょ?」

「そうでした……」

 

アリーシャは姿勢を再び正す。

そしてエドナはニヤリと再び笑い、

 

「そこでおチビちゃんとノルたちは――」

 

と、続いていくのをライラは苦笑しながら聞くのであった。

そして裁判者も、それに耳にして無表情で顔上げ、空を見上げた。

ここは外の世界とはある種、別物なので気付いていないが、外では日が沈み、再び上がり出そうとしていた。

 

ロゼはあくびをしながらテントから出てきた。

 

「ふぁ~あ。おはよう~。」

「おはようございます。ロゼさん。」

 

ライラがロゼに微笑みかける。

そしてライラの前では、

 

「それでミクリオ様はホントに良かったんですか⁈」

「さぁ。」

「エドナ様!」

「……そうね。辛かったかもね。」

 

白熱するアリーシャと、疲れ飽きてきたエドナが居た。

ロゼは呆れながら、

 

「まだやってたんだ。」

「はい。」

「そして、アイツも珍しく居続けていると。でも、なんか雰囲気が……」

「はい。」

 

ライラは手を合わせて、視線を外していた。

ロゼの見上がるその先には岩の上で座りながら本を読む、若干雰囲気が怖い裁判者が居る。

と、アリーシャは手を握り合わせ、

 

「それでもお母様が出した命がけの答えを受け入れ、前に進むと決意したんですよね……」

「……そうね。生意気ね。」

「そんな事ありません!立派です!」

 

と、再び火が灯る。

エドナはロゼを見て、

 

「ロゼ、なんとかなさいよ。これ……」

「ええ!あたし⁈」

「エドナさんに匙を投げさせるなんて……」

 

ロゼは驚き、ライラは遠くを見る。

そしてエドナもため息をつき、

 

「恐ろしい子になったものね……」

 

裁判者は下を見下ろし、

 

『……いつまで続くんだ。まったく……』

 

しばらくして、やっと再び歩き出す。

アリーシャは歩きながら、

 

「ねぇ。」

「うん?」

 

ロゼがアリーシャを見る。

アリーシャはロゼを見て、

 

「ゼンライ様、救出できたんだよね?」

 

その言葉に、ロゼとライラは黙り込む。

前を歩いていた裁判者が、

 

「死んだ。導師スレイと陪神……ミクリオの手によってな。」

「そんな……」

 

アリーシャは拳を握りしめる。

ライラは手を握り合わせ、

 

「ゼンライ様はかの者に取り込まれても、スレイさん達のために自らの命を燃やし、道を示してくださったのです。その手伝いをしたのが、レイさん。」

「で、スレイ達はおじいちゃんたちの心に応えた。」

 

ロゼは腰に手を当てる。

エドナは傘を握りしめ、

 

「ひげネコがどれだけ手の込んだ真似をしても、結局は無駄だったワケ。」

「はい。ゼンライ様と、スレイさんとミクリオさん……そしてレイさんの絆……それはかの者の謀略などにも、穢されるようなものではありませんでした。勿論、レイさんの心も、審判者や裁判者にも負けず、自らの答えを出した。」

 

そう言って、ライラは裁判者の背を見つめた。

アリーシャはライラを見て、

 

「……どうしてヘルダルフは、そんなにスレイにこだわり、審判者はレイや裁判者にこだわったのでしょう……」

 

その言葉にハッとする三人。

裁判者は視線だけを彼女たちに向けた。

エドナは視線を落とし、

 

「こだわった、ね。」

「かの者の望みは世界の穢れで満たす事でした。そして審判者は世界を正すために、先代導師に会う前の自分達に戻る事を望んでいました。」

 

ライラが遠くを見つめるように、そしてエドナは視線を落としたまま、

 

「けどヘルダルフのそれは、想像も出来ないような孤独が導き出したものよ。そして審判者も、自身の中に生まれた感情を受け入れる事ができなかった。」

「仲間が欲しかったんだよ。ヘルダルフは。そして審判者は、裁判者に認めて貰いたかったのかもしれないね。あの二人、いわば兄妹姉弟≪きょうだい≫みたいなものらしいから。」

 

ロゼも遠くを見つめる。

アリーシャはロゼを見て、

 

「仲間……兄妹姉弟≪きょうだい≫……」

「仮に、おじいちゃんを犠牲にしてスレイが穢れちゃったとしても。それは仲間になるって事じゃないのにね。あいつは自分が欲しかったものを、自分で遠ざけてる事に気付いていなかったんだ。んで、審判者は逆に自分の気持ちをちゃんと理解して、裁判者と和解した。でしょ?」

 

そしてロゼは前を歩く裁判者の背を見る。

裁判者は背を向けたまま、

 

「実際、災禍の顕主はそうのだろうな。親しいもの、家族、全てを失い、全てに絶望し、恨み、抗うことを辞めた。死にたいと願うアイツの前に出た我らだが、本当は違う。あいつの真に願った願いは……孤独からの解放。独りという孤独の中に耐えられなかったのだ。審判者においては……和解したといえば和解したのか。」

 

と、アリーシャは急にハッとする。

ロゼはアリーシャを見て、

 

「何?」

「ロゼってすごいなって思って。」

「はぁ?」

 

ロゼは若干嬉しそうだ。

だが、ロゼの横からエドナが、

 

「時々だけどね。」

「ええ。時々です。」

 

アリーシャは苦笑する。

ロゼは腕を組み、

 

「あんたら。」

「ふふ。」

 

そしてライラが手を当てて笑う。

と、アリーシャやロゼも笑い出す。

だが、ロゼは漂ってきた穢れを感じ取り、表情を変えた。

 

「これ……嫌な感じ。」

「え?」

「こんなに穢れが満ちてるのに、穢れを導いているヤツと結局出会わなかった。」

 

ロゼが腰に手を当てて言う。

エドナもイラつきながら、

 

「姿を隠してるのかしら。気に入らないわね。」

「ええ。狡猾さを感じます。私達を観察してるようにも感じますわ。」

 

ライラも眉を寄せる。

裁判者は目を細めて彼女らを見る。

アリーシャは眉を寄せ、

 

「入っていったのでしょうか……」

「行くよ!」

「うん……」

 

ロゼは速度を上げる。

心配するアリーシャに、

 

「心配すんなって。絶対スレイのトコ連れてくから!」

「うん。でも、大丈夫だよね?」

「絶対なんとかする。」

「……ホント、強いんだね。ロゼ。」

「よくそれ言われるけど、自分じゃわかんない事いわれてもね。」

 

と、頭に手を置く。

アリーシャは驚き、

 

「……なんか怒ってる?」

「何でよ。普通普通。」

 

そして、前を歩いていた裁判者を追い越していった。

裁判者はため息をついた。

アリーシャは手を握り合わせた。

エドナはどんどんと進んで行くロゼの背を見て、

 

「あれは焦ってるのよ。」

「はい……心配ですわ。ああなったロゼさんは無茶をしますから……」

 

ライラは手を握りしめる。

アリーシャは握り合わせて、ロゼを見る。

 

「なら、急いだらどうだ。その無茶をさせないように。」

 

裁判者もどんどんと歩いて行った。

そしてアリーシャ達も速度を上げていく。

遺跡に入り、カムランへと急ぐ。

と、遺跡の途中で憑魔≪ひょうま≫が立ちふさがる。

裁判者は一歩下がり、

 

「私は手を出さない。」

 

と、壁により掛かる。

エドナは怒りながら天響術を詠唱し始める。

ライラも同じように天響術を詠唱し始めた。

ロゼとアリーシャは憑魔≪ひょうま≫に突っ込む。

敵はそんなに強くはなく、簡単に叩き潰した。

だが、憑魔≪ひょうま≫を倒した彼らの空気は怒りではなく重い。

ここの穢れにより、憑魔≪ひょうま≫が生まれたのが彼らにとって歯がゆいことだからだ。

と、裁判者は彼らの後ろを横目で見た。

ある天族の男性が近付く、

 

「なんか元気ねぇな。もったない。せっかく華々しいパーティだってのに。」

「ザビーダ様!」

 

アリーシャは後ろを振り返った。

ザビーダは片手を上げて、

 

「よ。アリーシャちゃん。んと、裁判者。」

 

ザビーダは目付きが変わる。

裁判者は彼を見て、

 

「……なんだ。」

「いんや。俺は嬢ちゃんが居ると思ったもんでね。」

「残念だったな。で、審判者は?」

「さぁてね。ミク坊の方に行ったんじゃね?」

「そうか……」

 

そう言って、裁判者は壁から離れ歩き出す。

ロゼ達も歩き出し、

 

「んで、どうなってんだ?嬢ちゃん方も、この遺跡も、あそこの裁判者も、よ。」

 

ザビーダはロゼを見る。

ロゼは腰に手を当てて、

 

「そっちこそどうしたのよ。」

「封印の法探しはどうなさったんです?」

 

ライラもザビーダを見つめた。

ザビーダは真剣な表情で、

 

「ゴミの入った箱に綺麗なフタしても、そりゃあもうゴミ箱だろ。」

「封印の法はミボが追ってるし、ここの憑魔≪ひょうま≫を鎮めるのが先決って言いたいわけね。でも、結局のところは、その封印の法を知ってる審判者に〝ここ≪カムラン≫に来い〟って言われたってとこかしら。」

 

エドナは呆れ顔で言う。

ザビーダはニッと笑った後、

 

「んで?どうなってんの?」

「ここに穢れを導いてるヤツがいるかもしれないのよ。で、姿をくらましていた裁判者……おチビちゃんや審判者が現したのよ。」

「そりゃ笑えねぇ冗談だな。なら、狙いはスレイってことになるじゃねぇの。」

 

ザビーダは眉を寄せる。

ライラがザビーダを見て、

 

「目的は私たちかもしれません。ずっと見られている気もします。」

「はっ、面食いな憑魔≪ひょうま≫なんてのがいるんだな。んで、こっちは?」

 

と、気まずい雰囲気を出しているロゼとアリーシャを見ると、

 

「別になんでもないって!」

「ええ!」

「この穢れを絶対にスレイの元にはいかせないよ!」

「それが今は一番大事!」

 

と、二人は互いに見合って行き込んで行く。

エドナは疲れたように、

 

「答えは本人たちが出すしかないみたいよ?」

「ずっと旅を続けられるのなら、かける言葉もあるかもしれませんが……」

「立場なんてものもあるしね。」

 

ライラが視線を落とし、エドナは変わらず続けた。

二人は考え込んでいる。

ザビーダは面白そうに笑い、

 

「ふぅん。けどま、時間切れってワケでもねぇだろ?」

「もちろんです。」

「サンキュ、ザビーダ。心配してくれて。」

 

二人はザビーダを見る。

だが、裁判者が彼らを見て、

 

「だが、その時間は長いようで短い。答えは見えているようで、見えていないようだからな。」

 

二人は再び黙り込む。

ザビーダは苦笑し、

 

「……ちっと重傷みたいだな。」

 

そう言って、彼らは進んで行く。

彼らは途中で憑魔≪ひょうま≫を倒していきながら突き進んでいく。

アリーシャは立ち止まり、視線を落として、

 

「憑魔≪ひょうま≫、減らないね……」

「うん。」

「穢れを導いてるものも姿を見せないね……」

「そだね。やっぱ観察してるのかも。」

「ロゼ。大丈夫?」

 

と、アリーシャはロゼを見る。

ロゼはアリーシャを見て、

 

「はぁ?」

「だ、大丈夫だよ!みんながいるじゃない!」

「そんなに不安がってる子に言われても、説得力がないんだけど。」

「そう……ごめん……」

 

と、アリーシャは俯く。

ロゼは腕を組み、

 

「ミクリオがさ。」

「え?」

 

アリーシャが顔を上げる。

ロゼは思い出すように言う。

 

「あたしを旅に誘った時に言ったんだ。」

「何?突然?」

「同じようなものを見て、聞くことのできるのが真の仲間だって。」

「真の仲間……」

「あたし、アリーシャとは仲間になれないと思ってた。」

 

ロゼは真顔で言った。

アリーシャは苦笑し、

 

「またそんなこと言い出すんだ。」

「だってあんたはお姫様で騎士で政治家で女の子。普通に考えてあたしと違いすぎるっしょ。」

「天族の方々や憑魔≪ひょうま≫、穢れやそれに揺れる人の心……導師と従士が見ている同じものでしょ。」

 

と、微笑みかける。

ロゼは頭で手を組み、

 

「お!でたアリーシャ節。」

「もう!どうして意地悪するのよ!いつもそうよね、ロゼって!」

「……なんだろ。なんかあんたには、こんな調子になっちゃうんだよね。」

「でもいい。もう慣れてきた。友達だもんね。」

「いつのまにか友達認定されてるし。」

「言い争って挙げ句に取っ組み合いのケンカして、そのあと一緒に旅をして……それで友達じゃないとでも?」

 

アリーシャは頬を膨らませる。

ロゼは笑顔で、

 

「こりゃやられた。」

「ふふ。あ!」

「なに?」

「い、いや昔レイに言われた事を思い出しただけだ。そうか、確かにそうかもしれない。」

 

と、アリーシャは一人笑い出す。

ロゼは頭を掻き、黙り込む。

アリーシャはロゼを見て、

 

「……やっぱりロゼも不安なんだね。ここ、こんなに穢れちゃってるし。」

「……それもある。」

「他にもあるの?」

「あんたの事。答え出さなきゃ。」

「!そうだね。答え出さなきゃね……」

 

その二人の姿を見ていた天族組と裁判者。

ザビーダは腰に手を当てて、

 

「悩める少女も絵になるが……」

「もうヒントは無しなのね?」

 

エドナがライラを見る。

ライラは手を握り合わせ、

 

「ええ……彼女たち自身で、導き出さなければいけませんから。だからあなたも黙っているのでしょう。」

 

そう言って、裁判者を見る。

裁判者は視線だけを彼らに向け、

 

「さあな。だが、さっきも言ったように、あいつらは答えをすでに持ってる。後は本当の意味で、それに気付くだけだ。」

 

そして歩き出す。

ザビーダは腕を組み、顎に指を当て、

 

「う~ん、裁判者変わった?」

「全く変わってないわ。」

 

エドナがノルミン人形を握りつぶしながら、ザビーダを睨む。

ザビーダは一歩下がり、

 

「こわ!」

「ですが、昔よりかは距離を近くに感じますわ。」

 

ライラが歩いて行く裁判者を見る。

エドナはノルミン人形をさらに握りつぶして、

 

「少しだけね。」

 

そして彼らも歩き出す。

 

 

これはアリーシャたちがイズチに向かう頃、彼らが来た入り口グレイブガンドの方では、腹の傷を抑えた者が一人歩いていた。

穢れに身を包み、キツネ顔の風の骨の衣装を身に纏った男性。

 

「……虫酸が走る……くくく。だが……くく。食いたくてしょうがない!ぐぅ。」

 

そして立ち止まり、腹の傷を強く抑え、

 

「この痛み……はやく味わわせたい!小娘どもを導師の小僧の前で引き裂くか……小娘どもの目の前で導師の小僧を引き裂くか……。楽しみだ……くく!力が戻る日が!食える日が!味あわせる日が!」

 

と、狂気に満ちた瞳で笑い叫ぶ。

そして笑いながら再びフラフラと歩き出す。

 

「くくくく!カカカカ‼」

 

そう元風の骨の一員ルナールはなおも笑いながらどこかへと歩いて行く。

それを岩の上で見ていた審判者は、

 

「哀れな人間だな……。もはや見る事すらできないか……。さて、ミクリオを追いかけるか。あの子にも、そろそろ怒られそうだし……」

 

そして背を向けて歩き出す。

 

 

一向は一番広い場所に出た。

裁判者は立ち止まり、ロゼ達を見る。

ロゼが立ち止まり、辺りを見渡す。

そして拳を握りしめて俯いた。

 

「絶対におかしい……」

「え?」

「なんで出会わなかったわけ?」

「どうしたの、ロゼ。」

 

アリーシャが眉を寄せる。

ロゼは眉を深くし、

 

「ここはもう本当の意味で、一番奥だ。穢れを導いた憑魔≪ひょうま≫がいないとおかしいでしょ。まさか……もうカムランに!」

 

そして裁判者の横を駆けて行った。

 

「人間や天族に冷静さを失えば、残るのは後悔や死だけだぞ。」

 

通り抜けて行くロゼに、裁判者は言った。

アリーシャは手を伸ばし、

 

「ちょっと、落ち着いてよ、ロゼ!」

 

と、アリーシャも走り出す。

エドナもため息をついてから走り出し、

 

「そうよ。この穢れに気付かないの?」

「上だ!」

 

ザビーダがロゼの上を睨む。

そこには待ち構えていたヤギのような悪魔のような憑魔≪ひょうま≫達が襲い掛かる。

二人は後ろに飛ぶ。

そして武器を構える。

ザビーダ達も駆けつけ、

 

「ハッ!エライのが出てきたな!」

「しかも2体……!」

 

そして一体は奥へと歩いて行く。

アリーシャがそれに気付く。

 

「奥へ⁈」

「野郎!面食らってのはマジらしいな!一番のヤツんとこへ行こうってハラだ。」

 

ザビーダが敵を睨む。

ロゼが駆け出し、

 

「とにかくあっちを……」

 

だが、もう一体がロゼに武器を振り下ろす。

裁判者が駆け出し、ロゼの襟を掴んで後ろに飛ばす。

 

「きゃっ!」

 

ロゼは一回転して、着地して裁判者を睨む。

 

「邪魔すんな‼」

「では、死にたいか。」

 

裁判者は敵の武器を影で掴んだまま、ロゼを睨む。

仮面をつけていても、解るくらいの殺気が伝わる。

アリーシャがロゼを困惑しながら見る。

 

「ロゼ!」

 

と、裁判者は奥の方を見て、

 

「やっと見つけた。……終末の使者!」

 

裁判者は敵を飛び越え、奥に走って行く。

ザビーダは笑いながら、

 

「がはは!なるほどなぁ~!」

「これまた厄介な者を追いかけて行ったわね。」

「ええ……」

 

エドナは半眼で、ライラは視線を落とした。

アリーシャは天族組を見て、

 

「何ですか、終末の使者って⁈」

「アリーシャ、それは後!」

「先にあっちです!」

 

天響術を詠唱し始めたエドナとライラが注意する。

そしてロゼが、

 

「そこをどけー!」

 

と、ロゼは武器を構えなおし突っ込んで行く。

アリーシャは頷き、

 

「わかりました!ロゼ、一緒に――」

「神依≪カムイ≫化できないあんたは下がって!」

「そんな訳にはいかないでしょ!」

「じゃあ黙ってて!集中させて!」

 

そしてロゼは近くにいたザビーダと神依≪カムイ≫する。

敵に攻撃しながら、

 

「倒れろっていってんだ‼」

「どうしたのよ!ロゼ!」

 

アリーシャは叫びながら、ロゼを見る。

エドナは天響術を繰り出し、

 

「聞きなさい!ロゼ。」

「ロゼさん、何をそんなに焦ってるんですの?」

 

ライラも、天響術を繰り出して言う。

ロゼは敵を睨みながら、

 

「なんで……なんでで倒れてくれないの!あたしはレイに託されてんのに!それに……!」

 

と、ザビーダが神依≪カムイ≫を解いた。

ロゼはザビーダを見て、

 

「ザビーダ!」

「ロゼちゃん!ちっと頭冷やしな!」

 

そう言って、天響術を詠唱し始めた。

アリーシャは槍を構え、

 

「ロゼ!このままじゃダメだよ!」

「絶対にあんたをスレイのところに連れてく!だから黙って自分の身を守っとけ!」

 

そしてロゼは、今度はエドナと神依≪カムイ≫をして、突っ込んで行く。

アリーシャはその背に叫ぶ。

 

「ロゼ……!」

 

そして敵とロゼの拳がぶつかり合う。

それが爆発し、

 

「うわ!」

 

双方共に吹き飛ぶ。

アリーシャは吹き飛ばされたロゼを見る。

 

「ロゼ!」

 

ロゼの神依≪カムイ≫化は解けていた。

ロゼは立ち上がり、

 

「この……!」

「もうやめて‼」

 

アリーシャが手を広げて、ロゼの前に立つ。

ロゼはアリーシャを見て、

 

「何言ってんだ!」

「死んじゃうよ!」

「死なないよ!あたしは強いらしいから!」

「バカ――‼!」

 

アリーシャはロゼの頬を思いっきり叩いた。

ロゼはそこを抑え、

 

「った!何すんのよ!」

「話聞いて‼」

「んなヒマないんだっての!」

 

アリーシャは睨み、ロゼを抱き付いて圧し掛かる。

ロゼは後ろに倒れ込む。

 

「いでっ!」

 

そして抱き付いているアリーシャに、怒りだす。

 

「こら!はなせ!」

「離さない!話聞くまで離さない!」

「そっちこそ聞けってば!こんなことしてる時間はないんだって!」

 

と、ロゼは暴れ出す。

アリーシャは泣きながら、

 

「せっかく友達になれたのに!スレイやレイだけじゃなくてロゼにも、会えなくなるなんて絶対イヤ!」

「あんた……!」

 

そして思いっきり、ロゼを抱きしめる。

 

「いででで!」

 

そのロゼの肩にライラが手を置く。

 

「時間ならありますわ。」

「へ?」

「よく見なさい。」

 

エドナが敵を見据える。

ロゼもその先を見る。

 

「あ……」

 

その先には奥に行ったと思われた敵が、弱ってる仲間に力を流し込んでいた。

 

「あいつら、力を送り合ってたんだ。」

 

そしてアリーシャはまた、ロゼを思いっきり抱きしめる。

 

「いでで!」

「やっと落ち着いたようね。」

 

エドナは二人を見て言う。

ライラも頷き、

 

「おそらく二体同時に倒さない限り、復活を繰り返しますわ。」

「で、ロゼちゃんが無茶して一匹ボコったから、なんだか時間がちっと稼げてる。」

 

ザビーダはニット笑う。

エドナは傘をクルクル回しながら、

 

「3分あげるわ。ちゃんとあなたも答えを出して、それ、なんとかなさい。」

「ロゼさんはアリーシャさんのために、ムキになってたんですのね。そしてレイさんとの約束も。」

 

ライラは優しく微笑む。

ザビーダは敵に振り返り、

 

「にしても、あのロゼちゃんが、あそこまでテンパるとはなぁ。」

「ほんっとバカ。」

 

エドナは敵に天響術を繰り出す。

ライラも天響術を詠唱し始め、

 

「心許したと友達にだけ見せる顔……青春ですわね!」

 

と、嬉しそうに敵に天響術を繰り出した。

エドナは呆れながら、

 

「バカなだけよ。」

 

と、天族組は戦いを始める。

ロゼはしばらくそれを見た後、アリーシャの頭を叩き、

 

「もう大丈夫だって。アリーシャ。」

 

そしてアリーシャの顔を見る。

 

「また泣いてら。」

「泣いてない!」

 

アリーシャはロゼがから離れ、涙を拭う。

ロゼはアリーシャを見つめ、

 

「あんた、気付いていたんだね。スレイやレイのこと。」

「うん……」

「でもスレイはね、死んだんじゃないよ。ヘルダルフと決着をつけたあと、穢れちゃったマオテラスを浄化し続けてるんだ。それが刻≪とき≫にとり遺される事になるって知りながらね。そしてレイも、元の姿に戻って自分の理を変えてる。」

「刻≪とき≫にとり遺される?自分の理?」

「浄化に何百年かかるかわからないんだって。レイの方は、自分と言う存在を、世界に受け入れさせる準備をしてるらしい。レイの方はあまり詳しくは知らないんだけど。」

 

アリーシャは黙り込む。

その見つめる先のロゼは手を握りしめる。

そしてロゼは続ける。

 

「んで、スレイはその間、霊応力と地上の穢れを祓うって志をもつ人が現れるのを信じて……自分の知覚すべて遮断して眠りについた。」

「知覚を遮断すれば従士に力を委ねられる……」

 

そう言って、アリーシャは戦う天族組を見る。

ロゼは頷き、

 

「そう。人と天族が幸せになる未来のために、今も頑張ってる。仲間と語らったり、遺跡探検出来なくても頑張り続けてる。」

「それじゃあスレイの夢は……」

 

アリーシャはロゼに振り返る。

ロゼは笑顔で、

 

「忘れない限り終わらないってさ。」

「!」

「それがスレイの答え。」

「スレイの答え……」

「そしてレイは裁判者に戻る事を選んだ。でも、レイとして、あたし達の側に居る事も選んだ。それがレイの答え。けど、今はいないけどね。」

「……ロゼは良かったの?それで。」

「あたしはあたしで、できる事やるだけだよ。レイと約束したし。」

「だから……ロゼは導師に……」

「諦めんのが性に合わないってだけ。だから知りるために、ずっとレイを……封印の法以外で、裁判者と審判者を探してた。」

 

ロゼは立ち上がり、

 

「さ、話はこれでお終い。あの憑魔≪ひょうま≫やつっけなきゃ。んで、あんたをスレイに会わせて、裁判者と審判者が何をしてるのか確かめる。」

 

そしてアリーシャの横を通り抜ける。

そのロゼの手を掴み、

 

「待って!」

 

そして立ち上がり、ロゼを見つめ、

 

「まだ私の話が終わってない。」

「ん。」

「見つけたよ。私の本当の答え。」

「知ってた。」

「え⁈」

 

アリーシャは驚く。

ロゼは笑顔で、

 

「知ってたよ。」

「えええ?‼」

「さ、スレイに聞かせに行こ?」

 

そう言って、ロゼは武器を構えて敵の方に突っ込んで行く。

 

「おまたせ!」

「ちょっと遅刻よ?」

 

エドナは天響術を繰り出しながら言う。

ロゼは敵を斬り付けながら、

 

「埋め合わせるからさ、勘弁して!」

 

そしてアリーシャも槍を構えて、戦いながら、

 

「ねぇ!いつから知ってたの?」

「え?最初からずっとだよ?」

「ウソ!」

「ホントだって。」

 

ロゼは敵の攻撃を交わしながら言う。

そしてアリーシャも敵の攻撃を交わし、

 

「知ってるのなら言ってみて!」

「や、もうそれどころはないし。」

「ホントは知らないくせに。」

「しつこいな~。もういいよ。知らない。」

「ひどい!すっごい悩んだんだよ!」

「そう言うけどさ、ライラとエドナも知ってるよ?」

「ええ⁈そうなんですか?」

 

アリーシャは後ろで天響術を詠唱してる二人を見る。

 

「何がよ。」

「全くですわ。」

 

と、敵に天響術を繰り出した。

アリーシャはロゼを見て、

 

「ほら!」

「何の話かわからないって事っしょ!」

 

と、ロゼもアリーシャを見た。

そこにザビーダが天響術を繰り出し、

 

「なぁ、嬢ちゃん達。緊張感って知ってっか?」

「あああ!すみません!」

「ザビーダ、ぐっじょぶ!」

 

と、二人は後ろに下がった。

ザビーダは二人を見て、

 

「だろ?惚れちゃう?ってうお⁉」

 

ザビーダに敵の攻撃が出され、彼はとっさに避ける。

アリーシャは目を見張り、

 

「緊張感どこいったんですか!」

「ついにツッコミまで……恐ろしい子。」

 

エドナがアリーシャを見る。

 

「あ、挟まれないように注意して。」

「おっけ。一方にまとめた方がいいかもね。」

 

と、攻撃をする。

そしてアリーシャ達は一斉攻撃を仕掛ける。

アリーシャとエドナとザビーダが敵の隙を作り、ロゼがライラ神依≪カムイ≫をして剣を振るう。

 

「き、決まった……⁈」

「まだ!トドメいくよ!」

「う、うん!」

 

そしてロゼは神依≪カムイ≫したまま、突っ込む。

アリーシャも突っ込んで行くが、

 

「あっ!」

 

躓いて転んでしまう。

そこに敵の一体が武器を振り下ろす。

ロゼがそれに気付き、

 

「アリーシャ!間に合わ――」

「ツインフロウ!」

 

そこに水の天響術が繰り出された。

そしてアリーシャが振り返ると、ミクリオが立っていた。

 

「ミクリオ様!」

「この!美味しすぎるぞ!」

 

神依≪カムイ≫化を解き、ロゼもアリーシャに近付く。

そして腰に手を当てて、ミクリオを見た。

さらに、アリーシャの方に短剣を指に二、三本持ち、駆けて来る少年。

 

「まだ油断しない!」

 

そう言って、短剣を投げる。

さらに影から槍を出し、

 

「今のうちに!」

 

そう言って、槍を突き出した。

敵は後ろに吹き飛ぶ。

アリーシャはロゼの手を取り、立ち上がり、

 

「あ、あなたは?」

 

彼を見る。

彼は黒と白のコートのような服を着ていた。

そして長い紫の髪を下に束ね、仮面をつけていた。

彼は影に槍をしまい、

 

「俺は……うーん、審判者。」

「あなたが⁉」

 

そこにミクリオが怒りながら、

 

「遊ぶな!さぁ、アリーシャ!ロゼ!」

「やれる?ロゼ?」

「あんたが言うな。」

 

そして二人は武器を構える。

敵は地面から影の剣を突き出す。

二人はそれを左右に避け、

 

「たぁぁぁ‼」「はぁぁぁ‼」

 

敵に突っ込んで行く。

そしてクロスするかのように、同時に敵を斬り裂いた。

二体の憑魔≪ひょうま≫は浄化の炎で浄化される。

審判者が手を叩きながら、

 

「おお~。ナイスタイミング。」

 

と、アリーシャが座り込む。

ロゼが近付き、笑顔を向ける。

アリーシャも笑顔を向ける。

その二人に、

 

「まったく、僕らが来なかったら、どうするつもりだったんだい?」

 

と、ミクリオが近付いてくる。

そして審判者も影に槍をしまいながら、

 

「ミクリオ、焦ってたもんね。」

「う、うるさい!」

 

ミクリオはそっぽ向く。

審判者は仮面をつけてても解るくらいの笑顔だった。

アリーシャはミクリオと審判者を見て、

 

「助かりました!ミクリオ様!審判者様!」

「久しぶり。アリーシャ。」

 

ミクリオはアリーシャを見る。

そして奥の方でも、ザビーダは手を上げた。

審判者はアリーシャを見て、

 

「えっと……こうして会うのは初めてだよね。改めてまして、こんにちは。ハイランドの姫騎士様。」

 

と、胸に手を当て、お辞儀した彼に、

 

「え!いえ!そんな!あなた様に、そんなこと!」

 

アリーシャも慌てて立ち上がり、お辞儀した。

審判者は顔を上げ、ミクリオを見る。

 

「なにこれ?この子、面白いんだけど。」

「僕が知るか。でも、アリーシャをいじめるなよ。怒るからね。それと、レイも。」

「それは大変だ。」

 

と、彼は肩を少し上げた。

そして一行は状況説明も兼ねて、歩き出す。

ミクリオは腕を組み、顎に指を当てる。

 

「そうか、そんな事が。だったら、おそらく僕が感じた穢れがそれだろう。来る途中、遺跡から離れていく何とも言えない気配を感じた。」

「立ち去ったってこと?」

「ああ。そうだろ、ゼ……審判者。」

 

と、前を歩く審判者はクルッと振り返り、後ろ向きで歩きながら、

 

「そうだね。あの憑魔≪ひょうま≫の狙いは確かめることだったからね。気が済んだんじゃない?」

「不気味ですね……」

 

ライラが俯く。

ロゼは逆笑顔で、

 

「ここは守れた。今はそれでいいよ。」

「気にならないの?」

 

アリーシャがロゼを見る。

ロゼは笑いながら、

 

「ミクリオが戻ったからね。ここはもう大丈夫。おまけに審判者まで捕まえてきてくれたし。でしょ?」

 

と、ロゼはニヤリと審判者を見た後、ミクリオを見た。

審判者は首を傾げる。

ミクリオはそれをスルーし、

 

「ああ。封印の法は審判者から、無理矢理聞き出した。憑魔≪ひょうま≫はもうカムランには近付けない。」

「ミクリオ、怖かったよ~。もとい、面白かった。」

 

そう言って、笑う彼をミクリオは睨んだ。

エドナは半眼で、

 

「いいとこ総取りってわけ?生意気よ。しかもいつの間にか、審判者と仲良くなって……」

「押さえるところは押さえてこそ良い男さ。」

 

と、笑いながらいう。

ミクリオは後ろに居るザビーダに、

 

「君は先に戻ったのに押さえられなかったのか?」

「いい男ではないということですわね。」

 

と、笑顔で言った。

ザビーダは両手を広げ、

 

「ぐはっ!」

「ふふふ。」

 

それを見て、アリーシャは笑う。

と、審判者は笑顔で、

 

「ところで、レイ……裁判者は?」

「「「「あ!」」」」

 

ミクリオとエドナ以外が思い出したように、ハッとする。

そしてエドナは、

 

「そういえば、忘れてたわね。」

「そういや……『やっと見つけた。……終末の使者!』って言って、走ってた。」

 

ロゼが頭で手を組んで言う。

審判者は苦笑いし、

 

「ああ……とうとう見つけちゃったか……生きてるかな、二人とも……」

「「「??」」」

 

ロゼ、アリーシャ、ミクリオは首を傾げる。

ライラが手を合わせ、

 

「と、とりあえず、裁判者を追いましょうか……」

 

そう言って、彼らは遺跡の奥を進む。



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toz 第五十話 裁判者と審判者と……

彼らは奥へと歩いて行く。

アリーシャが一番前を歩く審判者を見て、

 

「あの、審判者様。」

「なに?」

 

と、彼はクルッと回転して、アリーシャを見ながら後ろ歩きで歩く。

アリーシャは彼を見つめ、

 

「い、いえ。大したことではないのですが……なぜ、お一人で一番前を歩くのですか?裁判者様も同じように、歩いていましたが。」

 

エドナも傘をクルクル回しながら、

 

「そういえばそうね。あの裁判者が珍しくあんなに長くいたわね。」

「はい。それに、休息や野営にも共にいらっしゃいました。」

 

ライラも顎に指を当てる。

アリーシャが視線を落とし、

 

「やっぱり、私たちとの距離をつくるため……ですか?」

 

ザビーダは腰に手を当てて、

 

「案外、嬢ちゃんに頼まれちゃんじゃね?」

「でも、あいつならレイが頼んでも、無視しそうだけど。」

 

と、ロゼは眉を寄せる。

ミクリオは腕を組み、

 

「ああ。やりかねない。」

「それはあながち間違いではないね。」

 

審判者の言葉に、全員が疑問の眼差しを向ける。

彼は手を広げて、

 

「だって、この穢れの中はいくら君たちでも厳しいからさ。カムランに向かえば向かうほど、この穢れは強くなる。前の時は、スレイとロゼという器が二つあった。互いに霊応力が反応しあい、穢れに飲み込まれなかったけど、今回はそうはいかない。だから俺らがアンテナになって、穢れを取り込んでるのさ。」

 

審判者はニット笑い、

 

「で、風の陪神さんが言ったことや、ロゼが言ったのも、あながち間違いじゃないってこと。レイは君たちの身を心配してたからね。でも、レイもこの穢れはまだ厳しすぎる。だから裁判者にお願いしたんだよ。でも、裁判者は俺と違って心が狭いからね。メリットがないものを、受け入れるはずがない。でも、ま……大方、条件として自分の要件が済むまで大人しくしている事を言われたんだろうね。で、裁判者が抜けた穴を、俺が変わりにしてるって事。きっとあの子は俺の存在に気付いていただろうからね。」

 

と、今度は「やれやれ」と言うように、肩を上げて首を振る。

そして彼の目付きが変わる。

奥の方には先程よりも広い場所が見える。

 

「はい!ストップ!」

 

と、審判者は全員を止める。

ロゼとアリーシャが審判者の先をを見て、

 

「なになに?」

「あ、あの審判者様なにが――」

 

と、審判者がロゼをアリーシャを引っ張る。

彼女たちが顔を覗き込んでいた所に剣が突き刺さる。

そして壁に裁判者が叩き付けられた。

その裁判者の先には、赤い瞳の金色の毛並みをした魚のようなペンギンの生き物がいた。

裁判者が立ち上がり、剣を抜きの魚ようなペンギンの生き物を睨む。

魚のようなペンギンの生き物は裁判者を見上げ、

 

「随分と腕が鈍ったのではありませんか、裁判者。」

 

その言葉に裁判者の殺気が上がる。

そして、固まっていたロゼ達が、

 

「ペンギンがしゃべった!」「魚みたいな鳥がしゃべった!」「この変な生き物はなんだ⁉」

 

と、アリーシャ、ロゼ、ミクリオが眉を寄せて叫んだ。

エドナが真顔で、

 

「あれはペンギョンよ。しかもただのペンギョンじゃなく、キンギョン。」

「はい。キンギョンはある意味では、裁判者と審判者と同じ存在です。」

 

ライラがキンギョンを見つめて言う。

ザビーダが笑いながら、

 

「昔々、『この世の終わりに物言うペンギョンが現れ、罪人に裁きの言葉を告げる。キンギョンは〝世界に終末を告げる″といわれる不吉な生き物』として恐れられたり、捕獲されたり、疎まれたり、食べられたり、攻撃されたりしてたもんだ。んで、俺のダチが昔、そのしゃべるペンギョンやキンギョンに会ったことあるとか言ってたわ!」

 

それを聞いた審判者は視線を外して、遠くを見つめる。

それは隣に居る裁判者の殺気を感じたからだ。

 

「食べられていたんですか⁉あんなにかわいいのに⁉」「裁判者と審判者と同じ?ってことは、結構現れるんの?」「これは新しい発見だ!スレイが見たり、聞いたりしたら喜びそうだ!」

 

と、アリーシャ、ロゼ、ミクリオはライラ達を見た。

ライラ苦笑し、

 

「ふふ。裁判者と審判者が世界を裁き、管理するものなら、キンギョンは人に対して裁きを下し、管理するものだすわ。その出現率は裁判者と審判者以上に稀ですわ。私もノルミンさん達から聞いたお話ですし。」

「まぁ、簡単にいえば……裁判者と審判者を足して2で割ったカンジらしいわ。性格込みでね。ま、ノルの話によれば。」

 

エドナは半眼で、ノルミン人形を握りつぶしていた。

ザビーダは笑いながら、

 

「んで、そのキンギョンは裁判者とは相性悪いらしいぜ。ダチに聞いた話じゃ。」

 

それを聞いた三人は、

 

「つまり、裁判者と審判者が合体した姿、と言うことか。」

「確かに、今さっき裁判者を吹き飛ばしたもんね。」

「はい。キンギョン様はお二方の力も同じ、それ以上と言うことでしょうか?」

 

と、三人は互いに見合って、

 

「「「似た者同士?」」」

「アレと一緒にするな!」「アレと一緒にしないで!」

 

裁判者と審判者は三人を怒鳴った。

三人は目を見開き、

 

「え、あ……も、申し訳ありません……」「なんか、ごめん……」「す、すまない……」

「あー、ごめん。その……あれが俺らと同じって……アレに叩かれた時の裁判者と来たら……」

 

と、審判者は顔を覆って震えていた。

裁判者はそんな彼の背を蹴り、

 

「そんなことより、また異界人をこちらに呼び込んだな。そのせいで、四大神には呼び出されたあげく、こっちは後処理をやらされたんだ。呼んだ貴様は何もせずな。」

 

裁判者は仮面をした状態でも解るくらい怖いし、物凄く睨んでいた。

キンギョンは腕をパタパタさせ、

 

「当たり前です。あれは裁判者にして裁判者にあらず。手を貸す理由はありません。それに、あれは迷い込んだのです。あなた達が兄妹姉弟≪きょうだい≫ケンカしていたせいで、乱れが生じたのです。自業自得です。」

「まったくもってその通りね。世界を巻き込んだ壮大な兄妹姉弟≪きょうだい≫ケンカだったわ。」

 

エドナがうんざりした顔でノルミン人形を握りつぶす。

ライラとザビーダに関しては、すでに視線を外して知らんぷりをしていた。

なぜなら、剣を振り上げていた裁判者を審判者が必死にとなって止めていたからだ。

 

「だいたい、異界人を招き入れると裁判者がうるさいのです。まったく、子供ですね。心が狭いですね。」

 

と、腕をパタパタしている。

裁判者は審判者を無理やりはがし、キンギョンに剣を振るう。

キンギョンはジャンプし、剣を腕で受け止め、叩く。

そして、横に一回転して、裁判者に平手打ちした。

裁判者は影から違う剣を取り出し、

 

「貴様……!」

 

着手して腕をパタパタしているキンギョンに再び剣を振るう。

その剣をキンギョンは腕で受け流していた。

そして一人と一匹の攻防戦は続く。

審判者はそれを苦笑いで見る。

ついに裁判者は影を広げ、影にも武器を持たせて振るい出す。

審判者は一歩下がり、

 

「うわっ⁉大人げない。」

「うるさい!」

 

だが、キンギョンは光り出し、それが凝縮されて裁判者に向けて放った。

裁判者は目を見開き、剣でそれを防ぐ。

後ろに少し下がり、自身の影を見る。

影は弱弱しく、小さくなっていく。

裁判者は剣を影にしまう。

キンギョンは腕をパタパタさせて、

 

「おや?やっと諦めましたか?」

「否!諦める気はない。こんな事をしても、意味がないと判断したからだ。」

 

裁判者は睨みながらキンギョンに言う。

審判者は笑顔で、

 

「いやー、良かった、良かった!とりあえず、収まって……」

 

そして肩を落とした。

キンギョンは裁判者と審判者を見て、

 

「では、改めて言います。今すぐ、あなた達の中に居る器≪人間≫を消しなさい。」

 

その言葉に裁判者と審判者はジッとキンギョンを見る。

そしてアリーシャ以外も裁判者と審判者を見た後、キンギョンを見た。

アリーシャは首を傾げ、

 

「エドナ様、キンギョン様が言っていることはどういう事でしょうか?」

「……仕方ないわね。いい、裁判者と審判者には天族が清らかな器が必要なように、裁判者と審判者はワタシ達心あるものに関わるのに、人間という器が必要になったの。わかりやすくいえば、おチビちゃん。裁判者はおチビちゃんを通して、ワタシたちとの関わりを良しとする。裁判者としてではなく、レイと言う一人の人間としてね。」

 

ライラはジッとアリーシャを見て言う。

アリーシャはジッとエドナを見て、

 

「それがロゼが言っていた、疑似体と言うやつですね。」

「ええ。」

 

と、前の方では裁判者と審判者が、

 

「断る。」

「同じく。」

 

裁判者は腰に手を当てて、審判者は笑顔で言った。

キンギョンは二人をじっと見上げたまま、

 

「どうしてです?今更、心あるものたちに関わりを持つなど。それに、今回の件で解ったはずです。何の意味もないと。」

「確かに意味はないだろうな。私達は関わっても意味はないとかつ想い知った。だが、今回は賭けてもいいと私達は考えている。」

「それが、俺達を成長の一手に導いた二人の導師の想いだ。」

 

二人はその二人の導師を思い出しながら言う。

そして裁判者はキンギョンを見下ろし、

 

「……では、賭けをしよう、終末の使者。今、聖主マオテラスの浄化を行っている導師が自身の願いを、己の意志と想いで成し遂げられるかどうか。」

「……その見返りは?」

「導師が成し遂げた時は、私たちの中の器≪人間≫を受け入れ、見定めろ。もし、成し遂げられなかった時は、貴様の言う通りに事をなそう。」

 

と、睨み合う。

そしてキンギョンは審判者を見上げ、

 

「それで、あなたもいいのですか?」

「構わないよ。俺が言うのも変だけど、俺はあの導師を認めているからね。もしかしたら、どの導師も成し遂げられなかった事を、本当の意味で成し遂げられるかもしれない。」

 

審判者はニッと笑う。

そして後ろの方で、

 

「そうです!キンギョン様!スレイはきっと成し遂げます!」

「だね!スレイはやると決めた時は、最期までやる。」

「ああ!スレイはそういうヤツだ!」

 

と、アリーシャ、ロゼ、ミクリオが力強い瞳で言う。

ライラが手に当て微笑み、

 

「そうですわね。スレイさんなら、きっと……」

「まったく、ガキね。でも、スレイはこれだけの縁≪絆≫をつくり出したのは事実よ。」

 

エドナは傘を閉じ、真っ直ぐキンギョンを見つめた。

そしてザビーダもニッと笑い、

 

「ああ。あいつは約束は違えない。俺らはそう信じてんだよ。」

 

キンギョンはその場の全員を見渡し、

 

「そう、なのですね。分かりました。裁判者の賭けに乗りましょう。ですが、成し遂げられなかった時は、ちゃんと事をなすのですよ。」

「ああ。」

 

裁判者はうんざりしたように言う。

そしてキンギョンは腕をパタパタし出し、

 

「では、我はこれで……」

 

と、光り出して消えた。

裁判者は審判者を見て、

 

「あいつには会ったのか?」

「すれ違いになっちゃった。」

「お前の事を話したら、余計なお世話だと言っていたぞ。」

「えー、ウソ。でも、ま。それを言うだけの元気は出たって事だよね。ならいいや。」

「相変わらずの能天気だな。」

「ぶー!」

 

と、審判者は頬を膨らませる。

ミクリオは腕を組み、

 

「で、レイは大丈夫なんだろうな。」

「心配はないよ。てか、俺の心配もしてよ、ミクリオ~!」

 

と、審判者はミクリオに抱き付いた。

ミクリオは審判者を引きはがしながら、

 

「離れろ!大体、君は心配されるような性格じゃないだろ。」

「おぉ~。ミクリオ以外にも俺を解ってるぅ~♪」

「うるさい!」

 

と、再び抱き付いてきた審判者を引きはがすミクリオ。

裁判者は睨み、

 

「茶番はそこまでにしろ。それと、これ以上お前達に絡まれるのも面倒だ。だから言っておく。今、器は逆の形となっている。以前は私が器の中に居る事で、その存在を保っていた。だが、現在は器≪人間≫が我々を器としている。審判者の方は姿自体は変わりないからな。あまり時間を有さなかったが、あれは違う。まずはその姿を固定させ、理と力を固定させる。そうしない限り、器≪人間≫たちは理に弾かれ、まともに動く事すらできない。その為には時間が必要なのだ。」

「だからレイは僕たちの前から消えた。」

「そして現れても、すぐに離れたのは……その準備がまだ整ってないから。だからあんなに……」

 

ミクリオとロゼは視線を落とし黙り込む。

裁判者はアリーシャを見て、

 

「ですが、今回……レイは私の前に現れた。少しずつではあるが、その傾向は見えている……と言うことでしょうか、裁判者様。」

「……そうなるな。だが、長時間はお前たちとは関われない。だが、私を通してお前達を見ている。まったく、うるさかったぞ。」

 

そう言って、裁判者はアリーシャ達を見た。

アリーシャは首を傾げ、

 

「え?」

「お前達のケンカや、雰囲気、その他いろいろ……何かある度に外に出しようとしては、文句を言ってきたりな。だが、今は逆に落ち着いている。安心したのだろな。」

 

そう言った裁判者に全員が唖然とした。

そして審判者は裁判者を見て、

 

「……随分と君が優しい……あの短気な君が……」

 

裁判者は審判者を睨みつける。

そして背を向け、歩き出す。

 

「なら、行くぞ。導師スレイの元へ。」

「は、はい!」

 

アリーシャが頷き、裁判者に付いて行く。

ロゼが目をパチクリし、

 

「なにあれ……あれさ、本当に裁判者⁉」

「レイとの干渉で若干雰囲気が変わったんじゃないか?」

 

ミクリオも眉を寄せた。

エドナは地面に傘を突きながら、

 

「何よあれ!調子狂うじゃない!」

「エドナさん、文句を言う気満々でしたものね。」

 

ライラはエドナを見て苦笑した。

ザビーダは笑いながら、

 

「いやー。案外、元は変わってないかもだぜ~。昔に、ちょいっとあんな感じのヤツを見た事あるぞ。あん時も以外とこっちに乗ってくれたもんだから驚きだった。」

「へぇ~、意外。そういや、ザビーダは昔会ってんだけ。」

 

ロゼが思い出し笑いをしているザビーダを見て聞いた。

 

「おうよ。会ったさ。で、そうダチが……アイゼンが言ってたんだ。ま、俺自身も会ってはいたが、あの頃の俺は若かったからな……」

「そういえば、そうか。俺もちょっとしか見てないけど、あの子が珍しく関わってたよね。」

 

と、審判者は笑い出す。

ザビーダが審判者の方に腕を乗せ、

 

「お前もあの時居てさ、面白がってたたなぁ~。」

「う~ん、まぁね。なんたって、初代導師し初代災禍の顕主の誕生の時代だからね。ホント、時代とは面白い。」

 

と、審判者はザビーダを見上げて、ニット笑う。

そしてミクリオはその二人を見て、

 

「……聞きたいことは多々あるが、まずは裁判者とアリーシャを追いかけよう。いつの間にか、見えない所まで歩いている。」

 

そう言って、二人が歩いて行った方を見ると、確かに居なかった。

ロゼ達は急いで二人を追いかけた。



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toz 第五十一話 アリーシャの答え

アリーシャ達は合流したロゼ達と共に、カムランへの扉に向かっていた。

扉を見つけ、裁判者と審判者は左右に分けれる。

カムランへの入り口の扉に、ロゼとミクリオが扉の横に立つ。

そしてロゼはアリーシャを見て、

 

「さ、アリーシャ。」

「君の答えを聞かせてやろう。」

 

そう言って、ミクリオもアリーシャを見る。

二人は扉に手を向ける。

天族達もアリーシャに笑顔を向ける。

そしてアリーシャはその扉を開く。

 

 

アリーシャ達はカムランを進んで行く。

辺りは薄暗く穢れが満ちている。

その歩く先には、大きく空いた場所に光の柱が立っている。

アリーシャ達は立ち止まる。

それを見つめていたアリーシャに、

 

「あれがスレイだよ。」

 

ロゼがアリーシャを見る。

裁判者と審判者は後ろに下がり、

 

「お前の思うがままを言うがいい。それをそのまま伝えてやる。その想いと共に。」

 

裁判者は横目でアリーシャを見て言った。

アリーシャはロゼを見る。

ロゼは頷く。

アリーシャは一歩前に出て、

 

「スレイ、君のもたらしてくれた光は世界を変えている。休戦の講和条約は間もなく締結されるだろう。数百年にも及んだ両国の争いが、ついに終わるんだ。私はそのために尽力する。それは伝えた通りだ。けど、気付いたんだ。私の本当の答えに。私は政治家としてだけじゃない、王族としても、騎士としても、女の子としても、みんなの仲間としても生きたいんだって。」

 

アリーシャは叫ぶ。

瞳を揺らし、力強く。

ロゼ達はそれを見守る。

そしてアリーシャは続ける。

 

「それはただの欲張りなだけだと思ってた。捨てられない自分の迷いだと思ってた。けど、ロゼと何度もケンカして……師匠≪せんせい≫にお別れを言うことができて……みんなとまた旅ができたから……スレイに会うために、ここまで旅をしてきたおかげで答えに辿り着けたんだ!何も捨てる必要なんてないって気付いたんだ!ありがとう!スレイ!」

 

と、アリーシャはとても大きな声で叫んだ。

ロゼはアリーシャの背を見て、

 

「あんたがこの旅で手に入れたのは、答えを信じる心だよ。アリーシャ。」

 

アリーシャは瞳を大きく揺らし、

 

「手に入れたのはもうひとつ……」

 

そして瞳を閉じ、クルッと回ってロゼを見る。

 

「ロゼ!」

「もういいの?」

「うん。行こう!」

 

そう言って、アリーシャ達は来た道を戻る。

彼らはグレイブガンド入り口に戻って来た。

裁判者は一人、

 

「……うるさい。……知るか。」

 

と、一人そっけなく答えていた。

アリーシャが審判者を見て、

 

「あ、あの、審判者様。裁判者様のあれは……」

「あー、うん。多分、レイと話してるじゃない?多分。」

 

と、審判者は頬を掻く。

ミクリオが審判者を見て、

 

「多分って、あいまいだな。その辺はわかるんじゃないか?」

「いやいや、ホントだって。俺だってあの子の心の会話までわかんないって。」

 

審判者はミクリオに抱き付いた。

ミクリオはそれを引きはがし、

 

「だから引っ付くな!」

「ロゼ~、ミクリオが冷たい~。」

 

と、引きはがされた審判者はロゼの方を見て、頬を膨らませる。

ロゼは頭を掻きながら、

 

「んなこと言われても。」

「ゼロばっかりミク兄に抱き付いてズルイ!」

 

と、声が響く。

その声の方に振り返り、

 

「レイ!」

 

ミクリオはしゃがんで手を広げる。

レイは駆け出して、ミクリオに抱き付いた。

ミクリオはレイを抱きしめる。

それを見ていた審判者は頬を含ませ、

 

「何で俺の時とレイの時との差が激しいのさ。」

 

ミクリオはレイを抱き上げ、

 

「決まっている。レイは僕らの妹で、君は僕らの友達だろ。」

 

そう言って彼を見る。

審判者は沈黙した後、視線を外し、

 

「そ。そういう事なら仕方がないな。」

 

その表情は仮面をつけていても解るくらい嬉しそうだ。

レイはアリーシャとロゼを見て、

 

「でもよかった。アリーシャも、ロゼも。アリーシャは答えをちゃんと見つけた。ロゼもちゃんと自分の気持ちに気付けた。二人は想いを繋いでくれた事、とっても嬉しい。」

 

そう言って、もう一度ミクリオに抱き付いた後、ミクリオから降りる。

そして審判者と共に歩きながら、

 

「これで少し間、私は離れられる。でも、アリーシャやロゼがくじけそうな時は裁判者を説得して会いに行く。歌を歌って見守ってる。」

 

レイはクルッと回る。

 

「……前のようには一緒に居られないんだね。」

 

ロゼはレイを見る。

アリーシャもレイを見て、

 

「せっかくまた会えたのに……」

 

と言うと、他の者達も落ち込み始める。

笑顔でみんなを見て、

 

「確かに今はそんな長くはみんなの前には居られない。でも、私見たんだ。アリーシャやロゼが繋げてくれたずっとずっと先の未来で、またみんなで旅をするの。」

「だが、それは……」

 

アリーシャは視線を落とす。

レイは空を見上げ、

 

「ん。アリーシャとロゼはもう居ない世界。でもね、アリーシャとロゼの意志と想いを継いだ子たちが居るんだよ。形は違うけど、ね。」

 

そう言って、アリーシャ達を見て、

 

「本当なら、今のアリーシャとロゼと再び旅をしたい。でも、それにはお兄ちゃんが居ない。それでも、この短い時間でも、私はみんなと居られて良かった。だからまた会おうね。」

 

そう言って、レイは審判者と共に、風に包まれて消えた。

アリーシャ達は互いに見合って頷き合い、アリーシャをレディレイクまで送っていき、それぞれの道を進み出す。



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toz 第五十二話 謎の出会い

それはアリーシャが自身の答えを、カムランで眠るスレイに言ってから数年が立ったある日のこと。

アリーシャは馬に乗り、マーリンドに向かっていた。

それはローランス騎士セルゲイから送られてきた手紙からだった。

 

――アリーシャ姫。

このような粗末な手紙を書いて申し訳ない。

じつはヴァーグラン森林で巡回をしていた兵が気になる事を言っていたのだ。

白い服を着た小さな少女を見たそうなのだ。

だが、様子がどうもおかしかったようなので、保護をしようとしたところ見えない結界のようなものに阻まれてしまったそうだ。

そして少女は森深くに歩いて行ったそうなのだ。

私も気になり向かったのだが、兵たちの言うように見えない壁に阻まれてしまった。

もしかしたら、スレイの妹君かもしれないと思い知らせたしだいだ。

もし可能であれば、アリーシャ姫も確かめて貰いたい。

 

アリーシャはロゼにもこの手紙の事を知らせた。

ひとまず、マーリンドで待ち合わせる事にしたのだ。

アリーシャは馬を走らせ、マーリンドに到着した。

辺りは真っ暗だ。

ひとまず馬を休ませ、宿屋に向かう。

ロゼ達はまだ来ていないのを聞き、宿で待っていた。

翌朝、食堂で寝ていたアリーシャの肩に手が置かれる。

 

「アリーシャ。」

「……ん?」

 

そう言って、アリーシャは目を擦る。

そしてハッとして、

 

「ロゼ!」

「よ!」

 

ロゼが手を上げる。

従士契約を復活させ、

 

「ライラ様!ミクリオ様!エドナ様!ザビーダ様!」

「お久しぶりですわ、アリーシャさん。」

 

ライラが微笑む。

ライラ以外も各々反応を示す。

ミクリオがアリーシャを見て、

 

「早速で悪いが、そのセルゲイの手紙に書かれている人物はおそらくレイだと思う。」

「ええ。気がかりなのが、見えない壁と審判者が姿を消したこと。その頃から、大地の流れが少しおかしいのよ。カムランの様子も見てきたけど、あっちは以上はなかったわ。」

 

エドナも真剣な表情で言う。

ザビーダは腕を組み、

 

「ヴァーグラン森林で何かをしているのか、それとも何かが起きているのか。嬢ちゃんの様子がおかしいこと、その嬢ちゃんの側に審判者が居ないのも変だ。」

「ま、行ってみれば何かしらわかると思う。」

「ああ。行こう!」

 

ロゼとアリーシャは互いに見合って、ヴァーグラン森林に向かう。

辺りを探り、ロゼは腕を組む。

 

「うーん、変だな。何も感じない。」

「ああ。異様なまでに何も起きていない。」

 

ミクリオを辺りを探りながら言う。

ザビーダは腰に手を当てて、左手を顎に当てる。

 

「うーん……これは多分あれだ。見えない壁……結界が絡んでんだろうな。エドナ、大地の方は掴めそうか。」

「今やってるトコ。……わかったわ。あっちね。」

 

そしてエドナは傘を森の奥へと向ける。

エドナの示す場所に向かう。

奥の方に木にもたれながら眠っている小さな少女を見つけた。

 

「レイ!」

 

ミクリオがそこに駆け出す。

そして顔面から「ゴン!」と、ぶつかった。

 

「っ痛!」

「バカね、ミボ。見えない壁があるって話だったでしょ。」

 

エドナは呆れ顔で言う。

ライラは苦笑し、

 

「ミクリオさんの気持ちも分からなくはありませんが……」

「ですが、エドナ様。この結界を解かない限り、レイの元へは行けません。どうしましょうか。」

 

アリーシャはエドナを見る。

エドナは傘を肩でトントンさせ、

 

「問題はそこなのよね。アンタなんか知らないの?」

「俺様?知らねーな。」

 

と、ザビーダを見上げた。

そのザビーダも肩を上げる。

ロゼはエドナを見て、

 

「神依≪カムイ≫で壊せないかな?」

「仕方ないわね。やってみましょ。」

 

と、エドナと神依≪カムイ≫をするロゼ。

そして思いっきり、拳を叩き付ける。

すると、「ビイィィン!」と壁が音を上げる。

そしてひびが入り、穴が開く。

その中に入り、アリーシャ達は息をのむ。

 

「な、何これ……」

「なんて穢れの量なんだ……」

 

ロゼとアリーシャは冷や汗が頬が伝う。

ライラが辺りを警戒し、

 

「しかもこれは領域です!こんな……災禍の顕主よりも濃い穢れなんて!」

「こんな息苦しいなんて思うなんて……」

 

エドナは傘を握りしめる。

ザビーダは苦笑いし、

 

「ああ。ロゼと言う器があるってのに……こりゃあ、下手すりゃみんな穢れるぜ。」

「だったら、レイを連れてすぐにここを離れる!」

 

ミクリオがレイの方に近付こうとする。

それをザビーダが止める。

 

「待て!ミク坊!」

「なんだ!」

 

ミクリオはザビーダを睨む。

と、エドナは傘でミクリオの腹を突く。

 

「っ痛‼」

 

ミクリオは腹を抑えながら、

 

「何をするんだ!」

「バカね。冷静になりなさい。この穢れ……災禍の顕主よりも濃い。こんなの異常なのよ。」

「だからなんだ!」

「ホントにバカね。これだけの穢れを出せるのは、裁判者や審判者くらいって話。」

 

エドナはジッとミクリオを見る。

そんな中、レイがピクリと反応する。

アリーシャがそれに気付き、

 

「ミクリオ様!レイが!」

「何だって!」

 

と、レイを見る。

レイは瞳を開け、立ち上がる。

 

「レイ‼」

 

ミクリオが駆け寄りる。

だが、様子がおかしい。

瞳には光を感じない。

否、生気を感じない。

そしてレイの影がミクリオを襲う。

 

「ミクリオ!」

 

ロゼが武器を手に駆けだす。

しかし、それよりも先に銀色の光がレイの影を斬り裂いた。

そしてミクリオの肩を掴み、

 

「離れるんだ!」

 

ミクリオがその人物を見る。

茶髪の少し跳ねた髪、後ろは少し伸びていて、下にまとめていた。

そして裁判者や審判者が付けている同じ仮面をつけた青年。

彼の服装はまるで導師の服みたいだった。

 

だが、ミクリオは彼を眉を寄せて睨み、

 

「ふざけるな!あれは僕の妹だ!このままにはしておけない!」

「じゃあ、このまま喰べられたい?」

 

そう言って、その青年はレイの方を見る。

レイの影は再び動き出す。

青年は儀礼剣を構え、影を斬り裂く。

 

「ゼロ!レイが起きた!」

 

青年が叫ぶと、風が吹き荒れる。

そして黒いコートのような服を着た少年が現れた。

その少年は青年を見て、

 

「うわ⁉ホントだ!しかも、ロゼ達も居るし。とりあえず、結界の外に!」

「わかった!」

 

青年はミクリオの手を引き、

 

「行くぞ!」

 

そう言って、アリーシャ達も連れて行く。

ゼロはレイの頭に手を置き、

 

「さ、もう寝よう。大丈夫!俺たちが何とかするから。今はお休み。」

 

再び瞳を閉じたレイを木に横たえ、ゼロも彼らの方に行く。

 

 

と、出てきたゼロに、

 

「どういう事なんだ!ゼロ!」

「ちょ⁉そんなに怒らないでよ、ミクリオ。」

 

と、詰め寄るミクリオを手を上げる。

アリーシャがロゼを見て、

 

「ロゼ、あの方たちは?」

「えっとねぇ~……」

 

ロゼは頭を掻き、ゼロを見る。

ゼロはポンと手を叩き、

 

「初めまして、ハイランドの姫騎士様。俺はゼロ。そうんだなぁ~、審判者の知り合いだと思ってくれればいいよ。で、こっちは審判者の知り合いの……イレス。うん、イレスって呼んであげて。あと、君の自己紹介はいらなよ、俺も彼も君の事は知ってる。あと、ロゼ達もね。」

 

と、青年を見て笑う。

青年は苦笑いしていた。

アリーシャは顎に指を当て、

 

『……ゼロ?どこかで聞いたことあるような……?』

 

ミクリオはジッと青年イレスを見て、

 

「で、どういう事なんだ。」

「なにをそんなにツンツンしてんのさ、ミクリオ。」

 

ロゼが若干意外そうに見る。

青年イレスはゼロを見て、

 

「でも、この結界壊れちゃったけど、どうするのさ。」

「う~ん、張り直す。」

 

そう言って、瞳が赤く光り、指をパチンっと鳴らす。

一瞬だった。

結界が壊れ、張り直された。

エドナは半眼で、

 

「相変わらずのバカげた力ね。」

「さて、ロゼたちの方から来てくれたのは幸いだ。丁度呼びに行くとこだったんだ。」

 

と、ゼロはニコッと笑う。

青年イレスはゼロを見て、

 

「交信があったの?」

「いや、まだ。でも、あっちが早いか、こっちが早いか。それには変わりはない。」

 

ゼロは笑みを浮かべる。

ロゼはゼロを見て、

 

「で、結局なんなワケ。」

「実はね、今レイと言う器を元に、外側の穢れをあの一帯に留めている状態なんだ。幸い、ここはグレイブガンド盆地にも近いしね。で、その穢れを内側から裁判者が留めている状態。」

 

ゼロは腰に手を当てて言う。

そして青年イスレの口を押え、

 

「で、彼にも手伝って貰ってるってワケ。彼があの領域内で力を使えるのは、彼女の仮面をつけてるから。で、一時的に裁判者の力を使えるようにしてるんだ。」

 

そして小声で、

 

「焦る気持ちはわかるけど、少し落ち着いて。」

 

青年イレスは小さく頷く。

彼を離し、

 

「さて、これからの状況を詳しく知らせたい。でも、あの子をほっとくこともできない。と言うわけで、オレとイレスはここでいつも通りに野営する。」

「勿論、僕はここに残るよ。」

 

ミクリオが眉を寄せる。

ゼロはニヤリと笑い、

 

「いやいや、天族組は残ってもらうつもりだったよ~。ま、人間で、女の子のロゼとアリーシャ姫はラストンベルに居ていいよ。」

「あたしもここに残る。野営は慣れっこだし。」

「勿論、私も残る!残るから!」

「わ、わかったから!落ち着いて、アリーシャ。」

 

詰め寄るアリーシャを、ロゼが落ち着かせる。

そして野営の準備を始めた。

火を囲い、

 

「――と言うワケさ。」

「ふーん、それでここしばらくバックレたわけね。」

 

エドナが呆れたように言う。

少年ゼロは、

 

「いやー、ホントびっくりしたよ。ま、審判者の方も全て裁判者が肩代わりすることで、審判者は動けるからね。でも、それだけじゃ不安定と言うことで、彼にも手伝って貰ってるけだけどね。」

 

青年イレスはジッと、ロゼとアリーシャを見つめていた。

ロゼも青年イレスを見て、

 

「で、何?あんたはあたしらに何が聞きたいの?言いたいの?」

「え?あ、いや、ごめん……」

 

と、頬を掻く。

そして苦笑し、

 

「俺の今旅をしている者達は、やっぱり似てるなって。」

「は?」

 

ロゼは首を傾げる。

青年イレスは苦笑するだけだった。

と、アリーシャはクスクス笑い、

 

「だが、不思議だ。イレスのことを以前から知っているかのような感覚になる。」

「それわかるかもー!」

 

と、ロゼはアリーシャと見合って笑い合う。

青年イレスはそれを見て、微笑む。

 

そしてアリーシャ達が眠ったのを確認し、青年イレスとゼロは森の中に居た。

青年イレスにゼロは木にもたれながら、

 

「で、久しぶりに彼らを見た感想は?」

「そうだね。オレの中ではそうなるね。なんか嬉しいような、複雑と言う感じかな。でも、改めて、二人にそっくりだと思った。」

 

青年イスレは懐かしむように、口ずさむ。

ゼロは目を細め、

 

「今の君の世界の理は知ってる。でも、全部じゃない。それでも君の事はまだ、俺は審判者として関わらざる得ない。」

「そこはわかってる。その分、終わったら向こうのお前に構わってもらうさ。」

「くは!その変は変わらないな。」

 

青年イレスが自信満々でそういうのを、ゼロは笑う。

ゼロは斜め前に視線を向けた後、青年イレスを見て、

 

「ま、何としてでも止めるよ。」

「ああ!」

 

そう言って、二人は歩いて行く。

彼らが去った後、木の陰に隠れていたミクリオは腕を組み、

 

「もしかして……やっぱり……」

 

 

翌朝、アリーシャ達は今後の事を整理する。

 

「と言うわけで、そろそろ動きがあってもいい頃なんだけど……」

「何も起きないな。」

 

座り、ユラユラしている。

それを青年イレスが苦笑する。

そして立ち上がり、

 

「さて、オレは中のレイを見てくる。」

「了解。でも……」

「わかってる。遠目から確認するだけだ。」

 

そう言って、歩いて行く。

青年イレスがレイの様子を見に行ってから数分後、

 

「ん?……」

 

ゼロが腕を組む。

そして眉を寄せ、

 

「成程ね……これまた厄介な……」

「ゼロ!」

 

と、青年イスレが駆け込んできた。

ゼロは彼を見て、

 

「うん。あっちでもなんかあったみたい。で、レイの方は?」

「ああ。影が動き出した!辺りの穢れの喰い始めた。」

「なら、もうこっちは動かないとマズイね。」

 

そう言って、ゼロは自身を風に纏わせ、弾く。

白と黒のコートのような服を身に纏い、仮面をつける。

それを見たアリーシャが、

 

「審判者様⁉え⁉ロゼ⁉」

「え、あ、うん。ゼロは審判者だよ。」

 

驚きながらロゼを見るアリーシャ。

ロゼは視線を外して、頭を掻く。

そしてアリーシャは審判者に頭を下げ、

 

「も、申し訳ありません!審判者様!そうとは知らず、何と無礼な!」

「え?あー、いや、うん。気にしないで。あれはゼロと言う一人の人間だと思ってくれれば……」

 

だが、アリーシャは頭を下げたままだった。

審判者は頭を掻き、

 

「アリーシャ、あれは気にしないで。いわゆる社会勉強みたいなもんなんだ。頼むよ。」

「わ、分かりました……」

 

どこか納得のいっていないアリーシャだが、頭を上がる。

そしてエドナが審判者を見て、

 

「で、何をするわけ?」

「レイを必死に足止めする。」

 

笑顔でそう言った審判者に、エドナは半眼で、

 

「は?何それ。もっと具体的に――」

「ドラゴンとなったレイを、足止めするの。裁判者が来るまで。」

 

それを聞き、エドナ達だけでなく、青年イレスまで驚く。

そして青年イレスは審判者を肩を掴み、

 

「どういう事だ!オレは聞いてない!」

「言ってないもん。」

「ゼロ!」

 

彼の手を放し、

 

「本当はそうなる前に、止めたかった。でも、あっちの穢れまで、こっちに流れ込み始めた今、あの子がドラゴンになるのも時間の問題。普通のドラゴンとはケタが違う。だから気をつけてね。」

「あっちのレイも無事なのか!みんなは!」

 

青年イレスは声を上げる。

審判者は歩き出しながら、

 

「そこは大丈夫。その為に、裁判者と審判者がより早くこちら側に穢れを流れるように組み替えてる。そうする事で、こっちに裁判者が来れる。そうすれば、こっちと向こうで扉を開ける事ができるからね。で、どうするの?」

「……やる。そのためにオレはここに来た。」

 

そう言って、彼の方に歩み寄る。

そしてロゼ達も歩き出し、

 

「勿論、あたしらもやるよ。こんなとこで、ドラゴンが暴れ出したらまずいからね。」

「ああ。早めにレイを何とかできるのなら、救わねば。」

 

アリーシャも頷く。

審判者が立ち止まり、

 

「え、本気?……仕方ないな。」

 

彼はクルッと回ると、

 

「君たちはグレイブガンドの方に向かって。俺が穢れごとそっちに持ってく。イレス、君も彼らと先に行ってって。」

 

そう言って、駆け出していった。

青年イレスはロゼ達を見て、

 

「急ごう、みんな。」

「ああ!」

 

そう言って、駆け出していく。

グレイブガンド盆地につき、近くに居た兵達を安全な場所に誘導した。

と、一気にグレイブガンド盆地の空気が変わる。

目の前に、審判者と起き出したレイが居る。

 

「来るよ!」

 

審判者がロゼ達を見て叫ぶ。

そしてレイの瞳が赤く光り出すと、影がレイを飲込んだ。

それが膨れ上がり、翼を広げた。

そこに、真黒なドラゴンが現れる。

 

「ぐぎゃあああ!」

 

そしてすぐ側に居た審判者を叩き潰そうとする。

 

「っと!危な!」

 

ロゼ達の所まで下がり、

 

「俺はあの子が飛び出さないように、結界と足止めをする。君たちで、攻撃を防ぎながら、時間を稼いでくれ!」

 

そう言って、彼は腕を前に出し、強大な魔法陣が上下左右にドラゴンの辺りを囲う。

さらに、ドラゴンの影が動き出し、翼や足を縛る。

青年イレスは儀礼剣を抜き、

 

「頼む、力を貸してくれ。」

 

胸に手を当てて言う。

そう言うと、銀色の光が彼を包み、

 

「行くぞ!」

 

彼は駆け出した。

ライラ、エドナ、ザビーダはすでに詠唱を始めていた。

ミクリオはロゼを見て、

 

「ロゼ!」

「了解!」

 

二人は神依≪カムイ≫をし、アリーシャも槍を構えて共に走り出す。

シッポと、黒い炎を避けながら、ドラゴンを抑え込んで行く。

だが、疲れを知らないドラゴンはピンピンしている。

 

「まったくホントに、今までのドラゴンとはケタが違うわね。」

「いや~、これならマオ坊やヘルの野郎の方が可愛いくらいだぜ。」

 

と、エドナとザビーダは息を整えながら言う。

ライラも息を整えながら、

 

「はい。この状況で、まだ私たちが生きていられるのは、審判者とあのイレスさんのおかげです。」

「ホント、アイツ強いね。でも、あの戦い方みてるとスレイを思い出すんだよね。」

「ああ。スレイもここに居てくれれば、戦況はもっと変わるのだろうが……」

「泣き言は言っていられない!」

 

と、ロゼとアリーシャは汗を拭いながら言う。

ロゼと神依≪カムイ≫していたミクリオは神依≪カムイ≫を解き、

 

「……ロゼとアリーシャ以外は気付ているんだろ。」

 

ミクリオは後ろの天族組を見る。

ライラ達は黙り込む。

ミクリオは前を向き、

 

「だから、終わったら教えてくれ。」

 

そう言って、天響術を詠唱し始めた。

ライラはミクリオを見て、

 

「ミクリオさん……はい!」

 

と、戦闘を開始した。

どれくらい経ったか解らないくらい彼らは戦い続けた。

だが、その彼らもついに武器を支えにしないと立てられない。

その時、審判者の拘束が壊される。

審判者は青年イレスの横に立ち、汗を拭いながら、

 

「もう拘束は出来ないね。それに、彼らも、君も、そろそろ限界だ。さて、どうするかな。」

 

審判者が腕を前に出し、魔法陣を出して、ドラゴンの黒い炎を防ぐ。

そこに無数の矢が飛んできた。

彼は空を見上げ、

 

「やっとか!」

 

ロゼ達も空を見上げる。

そこには扉が見える。

その戸は開いていて、闇の中から再び無数の矢が飛んでくる。

そして扉が消えると、

 

「大分遅れたな。」

「結構ね。」

 

青年イレスの横に、黒いコートのようなワンピース服を着た少女が降り立つ。

審判者は仮面を外し、彼女に渡す。

それをつけ、影から剣を取り出す。

 

「まだ動けるか?」

「俺は行ける。」

「オレもまだいける。」

 

そう言って、審判者も影から剣を取り出す。

裁判者は審判者の方に何かを投げる。

審判者はそれを受け取り見る。

 

「成程ね。」

「あれは持ってきているな。」

 

裁判者は後ろの青年イレスを見る。

審判者が瞳を閉じ、何かを持っているそれを握りしめる。

そして瞳を開き、それを青年イレスに投げる。

青年イレスはそれを見て、

 

「ああ!持ってる!」

「なら、後はお前と、お前とリンクしているお前達の力を入れるだけだ。こちらで足止めはする。」

 

裁判者は審判者と駆け出す。

青年イレスはそれを握りしめ、瞳を閉じる。

 

裁判者と審判者は黒い炎を斬り裂き、ドラゴンを飛ばせないように足止めする。

シッポの攻撃を審判者が剣で防ぎ、裁判者がそれをくぐって斬り付ける。

 

そして青年イレスは瞳を開け、腰から一つの銃を取り出す。

その銃を見たロゼが、

 

「ジークフリード!何で⁉」

 

彼を見て驚く。

青年イレスは弾丸を入れ、銃≪ジークフリード≫を構える。

 

「返してもらうぞ!オレの妹を‼」

 

彼は銃≪ジークフリード≫を放つ。

それがドラゴンの胸に当たり、

 

「ぐぎゃあああ!」

 

と、咆哮を上げる。

その一部がヒビが割れ、レイが落ちてくる。

ミクリオが駆け出し、スライディングでキャッチする。

青年イレスも駆け寄り、

 

「レイは!」

「大丈夫だ!」

 

そう言って、二人はレイを見る。

レイは眠っていた。

裁判者が二人の前に着地し、

 

「審判者!」

「了解!あっちは任せて。」

 

審判者はロゼ達の方に行く。

裁判者は腕を前に出し、

 

「裁判者たる我が名において、禁忌の扉!時空の扉を開門する!次元を越え、我が声に応えよ!」

 

魔法陣が浮かび、そこから大きな扉が現れる。

最初に裁判者が現れた時と同じものだ。

その扉が開き、

 

「やるぞ、導師!このままヤツを未来に持ち帰る!」

「ああ!」

 

青年イレスも立ち上がり、剣を構える。

そして二人は駆け、

 

「黒い業の炎、喰らい尽くせ!喰魔の力!」

「浄化の炎よ!頼む!」

 

裁判者の持つ剣は黒い炎が纏い、影がドラゴンを貫く。

青年イレスの剣も青い炎と銀色の光が包み込む。

二人は扉にドラゴンを押し込んでいく。

そして裁判者が後ろに下がり、思いっきり走り込んで蹴り込んだ。

ドラゴンは扉に吸い込まれていく。

青年イレスは裁判者を見て、

 

「ホントにオレ、必要だった?」

「当たり前だ。一応な。」

 

と、剣を影にしまい、伸びをする。

裁判者は青年イレスを見て、

 

「さて、帰るか。」

「……ああ。」

「導師。想いを伝えるだけなら別に構わないぞ。」

「え……?」

 

そう言って、裁判者は仮面を外し、後ろに投げる。

審判者はそれを受け取り、

 

「未来の僕によろしく。」

「ああ。」

 

裁判者は手を上げる。

青年イレスは彼らに背を向けたまま仮面を外し、

 

「みんなが繋げてくれた世界で、オレは今旅をしてる。沢山の遺跡を調べて、憑魔≪ひょうま≫を浄化して、みんなで旅をしてる。ロゼとアリーシャはいないけど、二人にそっくりで、意志と想いを継いだ子が自分探しの旅と、世界を知るために共に世界中を旅してる。二人が……みんなが繋げてくれた未来はとっても輝いてるよ。」

 

そう言って、振り返って笑う。

 

「だからオレは未来で待ってる。」

 

そして裁判者に仮面を渡し、扉に向かって歩き出す。

裁判者も歩き出し、

 

「後始末、頼んだぞ。」

「はは、頑張るよ。」

 

審判者は苦笑して言う。

ロゼ達は瞳を揺らす。

そして二人が入って行き、扉が閉まる直前、

 

「待ってろー、スレイ!絶対!今見てるスレイの世界を届けてやるー!」

「ああ!絶対だ、スレイ!待っていてくれ!絶対に君の繋げた想いを、縁を、未来に届けるからー‼」

「僕も、お前との約束を守るからなー!」

 

ロゼ、アリーシャ、ミクリオが叫ぶ。

スレイは最後にもう一度微笑み、扉が閉まった。

 

 

彼らが去った後、レイが目が覚ます。

 

「ん……」

 

目を擦りながら、

 

「おはよう、ミク兄……」

「おはよう、レイ。」

 

と、ボーとした後、

 

「ゼロ、終わった……みたいだね。裁判者がぐったりしてる。」

「だろうね……さて、俺が後始末する事になってるんだけど、ホントに裁判者はまだ疲れてる?」

「ん。後はゼロに任せるって。」

 

レイはミクリオに抱き付いて言う。

審判者は肩を落とし、

 

「ま、いいや……。行ってきます……」

 

と、審判者は一人、ドラゴンが居た場所で色々とやり出した。

 

レイはミクリオの上で嬉しいに座っていた。

ミクリオはレイを見下ろし、

 

「レイは手伝わなくて大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。前の異界人の時は私一人でやったからいいの。」

 

と、嬉しそうに言う。

ライラが手を合わせて、

 

「ふふ。レイさん、嬉しそうですわね。」

「まぁ、なんたってあれから結構立ってるからな。直接は会ってないし。良かったな、ミク坊。」

「そうね、その辺に免じて今日は良いにしてやるわ。良かったわね、ミボ。」

 

と、ザビーダとエドナもニヤニヤしながら言う。

ミクリオはムッとして、

 

「うるさいな。でも、三人はあれがスレイだって、最初から気付いていたのか?」

 

ミクリオは真剣な表情になる。

ロゼとアリーシャも思い出したように、

 

「そうだよ!スレイの顔を見ても、たいして驚いてなかった!」

「どういう事でしょうか⁉」

 

と、彼らを見る。

ザビーダがライラを見て、

 

「どうなん?」

 

ライラは手を合わせて、視線を外して、

 

「そもそも、裁判者と審判者は古来よりこの世界を見てきました。その中には、我々の知らない世界を知っています。かの者との決戦の前もとある場所に迷い込んだ異世界のお二方出会い、ミクリオさんの思春期らしい感情が垣間見え、ドラゴンと戦い、遺跡巡りをしたり――」

 

と、話し始めた。

ミクリオとロゼは察し、

 

「わかった。ライラには聞かないよ。」

「マオテラス絡みってのはわかったけど。」

 

と、二人は呆れ顔になる。

ザビーダは笑いながら、

 

「がはは!いっやー、ミク坊は憑魔≪ひょうま≫化したマオ坊しか知らんからわからんだろが……あの銀色の光の力はマオ坊の力で間違いない。んで、決め手は裁判者が仮面を貸したってとこか。」

 

そして真剣な表情になる。

隣に座っていたエドナも真剣な表情で、

 

「そうね。裁判者と審判者の仮面は普通の仮面じゃないのよ。あの仮面ひとつにも、アイツらの力が宿ってる。で、仮にマオ坊の力を持ってた彼を私達は疑問に思った。この世界のマオ坊はまだ穢れの中に居る。それが浄化されたとは考えにくい。」

「カムランの記憶を見た時、嬢ちゃんが禁忌扉って言って、それをしようとしたって言ってたの思い出して、アイツらなら、『未来や過去も行き来できるかもな~』って思ってな。んで、『あっちのレイも無事なのか!みんなは!』って言ったもんだから、こりゃあもしやって思ったんよ。んで、案の定ジークフリードを持ってるもんだから、確定したわ!」

 

ザビーダはニッと笑う。

エドナは続ける。

 

「それだけじゃないわ。彼は一度も、ゼロとレイのことを審判者と裁判者と言わなかった。それは知ってるからよ。今自分の側に居るのが、器の人間の方だと。仮に、未来で既に彼らが人間としての器を完成していれば別の話だけどね。第一、あの裁判者が自分の力を預けるとかありえないわ。」

 

と、エドナはノルミン人形を握りつぶす。

全員がピシッと固まった。

そこに疲れたように、だが、普通そうに、風に身を包み黒いコートのような服に変わる。

 

「あー疲れた。……ってあれ?」

「何でもないよ。終わった?」

 

レイがゼロを見上げる。

ゼロはレイを見て、

 

「うん、終わった。で、この後はどうするの?あの子がいくら疲れてるとは言え、いつまでも君のままと言う事はもう少し彼らと居ても良いって事だろ?」

「ホント⁉えっと、えっとね……どうしよう?」

 

と、レイは嬉しそうにミクリオを見上げた。

ミクリオも考え込む。

そこにロゼが、

 

「ならさ、ラストンベルに行かない?汗だくだし、サウナ行かない?」

「そうれもそうだな!エドナ様、お背中流します。」

 

アリーシャがエドナを見る。

エドナは立ち上がり、

 

「そう。なら、お願いしようかしら。わかってると思うけど、私のこのか弱い肌を傷つけたら許さないから。」

「はい!エドナ様!」

 

と、アリーシャも立ち上がる。

レイはミクリオから降りる。

ゼロは立ち上がったミクリオを見て、

 

「サウナ……ああ!裸の付き合いってやつか!それ凄い気になってたんだ!ミクリオ、行こうよ‼」

「わ、わかった……わかったから、落ち着いたらどうだ。」

 

ミクリオは苦笑していう。

レイはライラの手を取って、

 

「ライラ、洗って~。」

「はい、わかりましたわ。」

 

と、ライラはレイの手を握る。

ゼロはレイを見て、

 

「レイは入ったことあるの?」

「あるよ。イズチに居た時はお兄ちゃん達と水浴びしてたけど、旅をするようになってからサウナに入るようになった。最初の頃はお兄ちゃん達と入ってたけど、デゼルの説教が長々と続いてからは、ロゼ達に無理矢理連れてかれた。で、ザビーダが仲間になってから昔みたいにしようとしたら、エドナがザビーダをボコって、ライラが長々と説明もとい諭すように永遠と説教が。」

 

ゼロは首を傾げる。

ザビーダは笑いながら、

 

「そういや、そんな事もあったな~。」

 

エドナは傘を構えて、ザビーダをボコり始めた。

そしてゼロは、

 

「よくわかんないけど、いいや。じゃあ、早速ラストンベルに行こう。」

 

と、指をパチンと鳴らす。

すると、ラストンベルの入り口に自分達は居た。

ロゼはゼロを見て、

 

「ゼロ、アンタ……裁判者に後で殺されるかもね。」

「そうね。殺されそうね。」

 

エドナも半眼で見た。

ザビーダは立ち上がり、

 

「ま、いいじゃねぇ~。その分、早くサウナに入れるしぃ~。」

 

と、エドナは半眼で、ライラは真顔でザビーダを見ていた。

ザビーダは口笛を吹きながら、宿屋に向かっていく。

 

 

宿屋につき、男女に分かれてサウナに入っていた。

ミクリオはゼロを見て、

 

「それにしても、未来からスレイが来るとは思わなかった。」

「ん~、俺もかな。本来は禁忌の行為だからね。よく、未来の裁判者が許したと思うよ。ま、未来になれば本当の意味での真意がわかるんじゃない?何せ、物陰から俺らの話を聞いてたくらいだし。」

 

ゼロはニコッと笑う。

ミクリオはそっぽ向く。

と、彼らの横では……

 

「前の時はライラに邪魔されたが、今回こそは!」

 

と、ザビーダがブツブツ言っていた。

ミクリオはそれを無視し、再びゼロを見て、

 

「ま、未来の事は未来になったら考えるさ。だが、レイ……君たちは天族のようにドラゴンになるんだな。」

「いや、俺はなれないよ。」

 

ゼロは笑顔で言った。

ミクリオは目をパチクリし、

 

「え?」

「だから俺はなれないよ。ドラゴンになれるのは裁判者だけ。そもそも、裁判者とは人を裁く者。審判者は神を裁く者だからね。で、内側の俺はその人と関わりが深い。逆に外側のあの子は五大神とか神とかに関わりが深い。だから人情が深い俺が、その情に飲まれた時はあの子が俺を裁けるように、裁判者ってワケ。現に今回がそう。で、神側に属するあの子はドラゴンにもなれる。で、俺は逆にそんなあの子を裁けるように、審判者ってワケ。」

「そ、そんな事が……。だが、そんな事話していいのか?」

「本来はダメ。でも、どうせスレイには話すつもりだったし。なら、君に話してもいいかなって。」

 

と、天井を見上げる。

ミクリオは真剣な表情で、

 

「なんで、そんなに情があるのに人から……感情ある者達から距離を取るんだ?裁判者の記憶を見たが、どうしても納得がいかない。」

「……ん~、理由は色々あるけど……。俺らも最初から距離を作ってたわけじゃない。でも……人も、天族も、心ある者達は俺らを恐れ、先に距離を取ったのは君たち。初めて俺が傷をおった時、死を理解できなかった。だから俺は俺らにしたように、人も天族も時には傷つけた。つい最近までね。ま、それでも俺は何故だか、心ある者達から離れる事は出来なかった。俺らは変わることなく、死ぬこともなく、この世界が終わるまで過ごしていくんだろうね。」

「ゼロ……」

 

ミクリオが寂しそうに天井を見上げる彼を見つめる。

と、横に座っていたザビーダが、

 

「そんな深く考えなくていいんじゃねぇか。昔は昔、今は今。人や天族が成長するのは遅いようで早い。それが、裁判者と審判者にとっては、早いようで遅いってこった。俺らと違って、長い年月を得て成長する。それを理解できていなかった俺らが、今のお前達を作ってしまった。なら、その今を変えればいいだけの話だ。」

「ザビーダ、君――」

「お、アリーシャちゃんもなかなか……」

 

ミクリオはザビーダを驚いたように見た矢先、ザビーダはニヤニヤして顎に手を当てる。

ミクリオは半眼で、

 

「僕は知らないぞ、どうなっても。」

「何が?」

「ゼロは知らなくてもいいこと。」

「ふーん。」

 

ゼロは首を傾げながらミクリオを見ていた。

その矢先に、ザビーダが声を上げる。

 

「アッチ‼ライラのヤツ、本気で燃やしたな!」

「自業自得だ。」

「だから何が?」

 

ミクリオは呆れながら言って、ゼロはさらに首を傾げた。

 

 

レイはライラに髪を洗って貰っていた。

右側ではアリーシャがエドナの背を洗い、左ではロゼが鼻歌を歌いながら体を洗っている。

と、ロゼが思い出したかのように、

 

「そういや、未来のスレイには驚いたなぁ~。髪も伸びてたし。」

「ああ。何と言うか私たちの知るスレイが成長したっていうのを実感した。それに、スレイが目覚めてくれる未来がわかったことがとても嬉しい!」

「だね。」

 

アリーシャは嬉しそうに言う。

ロゼも、笑顔だった。

が、ロゼは目をギュッと瞑っているレイを見て、

 

「にっしても、レイがドラゴンになった時は驚いたぁ~。二人もドラゴンになるもんなんだねぇ~。」

 

ライラがレイの頭に水をかけ、レイは目を開き、

 

「ドラゴンになれるのは裁判者だけだよ。」

「え?」

「そうなのか?」

 

アリーシャもレイを見た。

レイは頷く。

アリーシャはエドナの背に水をかけながら、

 

「だが、レイ。前に聞こうと思っていたのだが、審判者様が裁判者様と違って、人の世に凄い関わっているのだろう。なら、審判者様の方が裁判者様と言う方が正しいのではないか?」

「ん?」

 

ロゼが目をパチクリする。

アリーシャは苦笑する。

エドナがロゼを見て、

 

「裁判者とは人を裁く者、審判者とは神を裁く者、と言う意味があるのよ。」

「あ~、成程ね。確かにそれを言ったら、ゼロの方が人を裁く方がしっくりくる。」

 

ロゼが頷く。

ライラも顎に手を当て、

 

「言われてみれば、そうなりますが……。それゆえに、審判者はドラゴンにならないのでしょうか?」

「さあね。」

 

エドナはそっけなく言う。

レイは天井を見ながら、

 

「それはね、人と関わりの深いゼロが私情を挟んだ時に力を使い過ぎないようにする為だよ。いい例が今回の件。だから裁判者は審判者と対立した。で、神とかに関わりを置く裁判者は逆に、その神を裁ける力を持つ審判者が止めると。ま、今回私がドラゴンになったのがいい例かな。」

「その為か?レイ達が、我々と距離を取ろうとしていたのは?」

 

アリーシャがじっとレイを見る。

レイはアリーシャを見て、

 

「そっか。アリーシャは裁判者の記憶見てなかったね。と、言っても見ていたロゼ達も詳しくは知らないか……あれ、結構短縮型だし。裁判者と審判者も最初っから距離を取ってた訳じゃないんだ。でも、世界に対して……と言うよりかは、人や天族達に恐れを抱かせるくらい力が強すぎたんだ。自分達が力を理解した頃には、心ある者達の方から距離を取ってた。で、その有り余る力を暴走させないように、四大神と盟約を交わし、願いを叶えると言う理を創り出した。そうしている内に色々あってね。死や感情を理解するのに千年以上もかかちゃった。」

 

と、レイは苦笑する。

レイ達は湯につかり、アリーシャがレイを見て、

 

「レイ、さっきの話だが……成長するのにレイも、ゼロ様も、時間がかかるだけで、私たちとは何も変わらない。」

「お!アリーシャ、良いこと言うじゃん!ま、あたし達だってすぐには成長しないだから、別にいいと思うしね。昔は昔、今は今ってね!」

 

ロゼはニッと笑う。

エドナも小さく笑い、

 

「そうね。過去は変えられなくても、今を変えればいいだけの話ね。裁判者とは仲良くなれないけど。」

「エドナさん……。そこでそれをいうのですわね。」

 

ライラが苦笑する。

レイは小さく笑い、

 

「ん。そうだね。」

「はい。今を大切に。明日に向かって、ですわね。」

 

と、ライラは笑顔で炎をぶちまけた。

隣の方から、

 

「アッチ‼ライラのヤツ、本気で燃やしたな!」

 

ザビーダの叫び声が聞こえてきた。

エドナは半眼で、

 

「学習しない奴ね。」

「あはは……ザビーダ様らしいといえば、らしいような気もしますが……」

 

アリーシャは苦笑する。

そして四人は湯に身を預け、

 

「「「「気持ちいい……」」」」

『……ゼロも楽しそうだな。今度はお兄ちゃんもゼロと入れると良いな。でも、なんだかんだ言って、みんなって似てるなぁ~。』

 

レイは水遊びをしながら思うのだった。

そして深夜、レイは置手紙を置いて、みんなから離れて行った。

ゼロと宿を出ると、

 

「行くのか?」

「ミク兄。」

 

レイが振り返ると、ミクリオが外に立っていた。

レイが小さく笑い、

 

「ん。でも、また――」

「会いに来るんだろ。待ってるさ。」

「ん。」

 

と、レイはミクリオに抱き付く。

ゼロは苦笑し、

 

「俺の事は待ってくれないの?」

「君は、レイのおまけでついてくるだろ。」

「うわー、ひっど。否定できないけどさ。」

 

そう言って、見合って笑う。

ゼロはレイを抱き上げ、

 

「ミク兄、またね。」「じゃ、またね。」

「ああ。またな。」

 

そう言って、二人は風に包まれて消えた。

ミクリオはしばらくして宿に入る。

と、ザビーダはニット笑い、

 

「ミク坊も随分と大人になったじゃないの。」

「そうね。ついこないだまでは、おチビちゃんが居なくなると泣いてたものね。」

 

エドナはジッとミクリオを見て笑う。

アリーシャはエドナを見た後、ミクリオを見て、

 

「そうなのですか⁉ミクリオ様、大丈夫です!またすぐに会えますよ!」

「あはは!だってさ、ミクリオ。」

 

ロゼが笑いながら言う。

ライラも苦笑して、

 

「そうですわね。大丈夫ですよ、ミクリオさん。」

 

ミクリオは頬を赤くして、そっぽを向く。

 

「全く。僕は子供じゃない!それにエドナの言うことは嘘だから!僕は泣いてないからな!」

 

と、部屋に入って行った。

エドナは悪戯顔で、

 

「ホント、ガキね。これだからミボは子供なのよ。」

「がはは!ちがいねぇ!ミクリオはお子様だ!」

 

ザビーダは腹を抱えて笑う。

ライラは頬に手を当て、

 

「ですが、それがミクリオさんですわ。」

「そうですね!」

「ま、仕方ないね。」

 

アリーシャとロゼは見合う。

そして各々部屋に戻るのであった。



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第五章 テイルズオブベルセリア~~理という世界~~
toz 第五十三話 記憶


夢を見た。

それは夢と言う名の記憶……

 

 

それは遠い遠い昔のこと。

裁判者だけでなく、審判者も憑魔≪ひょうま≫などを斬ったり、喰べたりしていた。

それを供にやっていた。

 

それからしばらくし、世界が闇に覆われた。

それはのちに『クローズド・ダーク』と言われる時代。

裁判者は自身をドラゴンと化し、四人の天族≪聖主≫達と戦った。

戦いの末、裁判者は四人の天族≪聖主≫とある盟約を交わした。

そして自身の力の一部をある場所に封じた。

 

裁判者はその影響で眠りについていた。

それから刻≪とき≫が経った。

と、裁判者は目を覚ます。

そしてある人物の前に立つ。

そこには多くの人間が居た。

中央にいる人間はのちに『筆頭対魔士クローディン』と呼ばれる者。

また、もう一つの名は、クローディン・アスガード。

『暗黒時代』を終わらせた『英雄王』。

彼は三百年近く活動を続けた人物だ。

のちに彼は『導師』とも、語られる。

 

彼らは業魔≪ごうま≫に襲われていた。

裁判者は影から剣を取り出し、業魔≪ごうま≫を斬り裂く。

それを見たクローディンと呼ばれる者は、裁判者に近付き話し込む。

裁判者は彼と盟約を交わし、誓約をかけて彼に業魔≪ごうま≫を倒す力を与えた。

 

そう、まだ憑魔≪ひょうま≫が業魔≪ごうま≫と言われ、天族が聖隷と言われて居た頃の話……

それからどれくらい経ったのか、世界は『クローズド・ダーク』の影響で月が赤く燃え上がる、緋色の日があった。

それは『開門の日』と言われ、世界に業魔≪ごうま≫がと言われる者達が増えていく。

それ影響で人間達の霊応力が少し上がり、人や獣などが業魔≪ごうま≫として見えるようになった。

それはのちに、『業魔≪ごうま≫病』という名で世界に知れ渡る。

 

その緋色の満月の夜、裁判者はある場所に向かう。

ある一角が炎に包まれているのが解る。

そこから人の欲、業、恐怖、悲痛が伝わってくる。

その場所に居た人間が次々と死に、また次々に業魔≪ごうま≫と化していく。

そして裁判者の耳に、女性の悲鳴が響き渡る。

裁判者は大きな穴の空いた遺跡の跡地のような場所の柱に降り立つ。

 

『封じが一部、解けたか……』

 

そして視線を下に変える。

自分の見下ろすさの先には、声を殺して泣き叫んでいた髪の長い男性。

彼の右手は血を流し、動かない。

左手に掴んでいる剣を強く握りしめていた。

男性はうずくまり、まるで自身に訴えるかのように、

 

「何故だ!なぜこんな事になったのだ!なぜ俺はっ!たった二人の家族すら守れないっ‼」

 

そこには何人かの人間が斬り倒されていた。

髪の長い男性は何かを見つけ、剣を離して左手でそれを握りしめ、穴の前で泣き続ける。

 

「よくわかっていよう、アルトリウス。人が弱く、罪深いからだ。」

 

と、彼の後ろに老人対魔士が現れる。

裁判者は老人対魔士を見据えた。

髪の長い男性は顔を上げ、

 

「メルキオル⁉」

「この村が、お前たち一家を業魔≪ごうま≫化した野盗どもに差し出したのだ。自分たちを見逃す代償としてな。」

「うそだ……そんな……」

「よくあることだ。人間が背負った業の“理”は変えられん。だが……」

 

老人対魔士は上を見上げる。

裁判者は彼らの前に降り、

 

「お前は、クローディンの友だったな。そしてお前はクローディンの弟子か。なるほど。」

「お前は……ああ!」

 

髪の長い男性は瞳を揺らす。

裁判者は自身の横の穴を見る。

 

「では、ここに落ちた贄≪子供≫は、お前の縁≪ゆかり≫のある者達か。」

 

それと同時だった。

大きな穴から光がそびえ立つ。

老人対魔士は裁判者と光を見て、

 

「“理”を調える手段は見つかった。」

 

その光を裁判者は冷たく見る。

髪の長い男性はその光を見て、

 

「領域……⁉なんだ、この巨大な力は⁉」

 

そして男性は目を見張って、

 

「まさか……こんなところに、探し求めていた聖主≪カノヌシ≫が!なぜ、今になって……ここを!」

 

そして裁判者は男性を見て、

 

「人間だった頃のお前の妻の願いは叶えた。後は好きにしろ。」

 

男性が裁判者を見ると、彼女の後ろに二つの炎が現れる。

その中から、二つの人の形が見えてくる。

一人は髪の赤い女性、もうひとつは小さな少年の形に変わる。

それが炎に包まれて現れたのだ。

炎が消え、赤い髪の女性の顔を見た彼は、左手に握っていたモノを握りしめた。

 

「こ、この聖隷は……」

 

老人対魔士もその二人の聖隷を見て、

 

「転生したか。姿は同じでも別の存在だ。」

 

裁判者は老人対魔士を見据える。

彼は再びうずくまり、

 

「なぜだ……なぜこんな残酷な縁が……」

 

光が消え、老人対魔士は赤い月を見て、

 

「どうやらカノヌシの復活は不完全のようだ。その原因を明らかにし、聖主を導かねばなるまい。」

 

そして聖隷に近付き、

 

「この聖隷どもはもらっていくぞ。」

「……待て。」

 

髪の長い男性は立ち上がり、赤い髪の女性聖隷に近付き、左手に握っていた物を開く。

 

「……約束を守れなくてごめんよ。」

 

彼は裁判者を睨み、

 

「……教えてくれ、どうしたら世界を救える!業魔≪ごうま≫を失くし、痛みを消し、人を正す事ができる!」

 

裁判者は横目で彼を見て、

 

「……業魔≪ごうま≫を消すことは不可能だ。そして人を正す、それはある意味で、業魔≪ごうま≫と同じ。あれはお前達、心ある者達の中の穢れ。それが具現化したものに過ぎない。それを失くすと言うことは、心を捨てるとこ。お前はその己の願いに、『個≪親しい者≫を捨て、全≪世界≫を救うか。全≪世界≫を捨て、個≪親しい者≫を救うか』。さぁ、どちらを選ぶ。」

 

そして左手に持っているモノを再び握りしめ、俯く。

一度、赤い髪の女性聖隷を見て、

 

「償いはする。今から俺は俺を捨てる。」

 

彼は顔を上げ、

 

「こんな痛みを世界からなくせるのなら……良いだろう!俺は……私は全≪世界≫を救う!方法を教えてくれ!」

「……いいだろう。」

 

裁判者は赤く光るその瞳で、男性にその方法を教えた。

男性は立ち上がり、自身の動かなくなった右手を前に差し出す。

彼女の影が男性の腕に噛みついた。

 

「これで盟約は交わされた。」

 

裁判者は彼に背を向け、赤い髪の聖隷の横に行く。

そして小声で、

 

「人間だった頃のお前の願いは叶えた。お前が望むのであれば、私は現れよう。その仮面はその一つの手段だ。見極めろ。自身の望んだ結果の行く末を、お前が信じて愛した人間が選んだ結果を。」

 

女性は虚ろな瞳で、自分の持っていた仮面を握りしめる。

裁判者は横の虚ろ目をした少年聖隷を見た後、再び男性を見る。

 

「事をなす時、再び現れよう。」

 

そう言って、背を向けて歩き出す。

その後ろでは、髪の長い男性が赤い髪の女性聖隷と契約を交わしている所だった。

裁判者は視線を横に変えると、ここに走り込んできた小さな子供二人を見てから消えた。

 

 

それから数年が経った。

裁判者は緋色の満月の夜の前日、穴の空いたあの場所に来ていた。

仮面を外し、その穴を見下ろす。

と、後ろから女性の声が響く。

裁判者が振り返ると、

 

「アンタ!そこは危ないのよ!離れなさい!」

 

と、腕を引かれる。

そして少し離れると、

 

「あなた、村の子じゃないわね。迷い込んだの?でも、あそこは落ちると危ないの!近付いちゃダメよ!」

「……確かにあそこは、人には過ぎたるものだな……。」

 

と、穴の方を見て言う。

そして女性を見て、

 

「……お前は『全≪世界≫と個≪親しい者≫』、どちらを救い、選ぶ。」

「は?なに訳のわからない事を……」

 

だが女性は裁判者の瞳をじっと見る。

彼女は腕を組み、顎に手を当てる。

そして頷くと、再び裁判者を見て、

 

「あたしは個≪親しい者≫ね。世界なんて知らない。あたしは私の知る世界≪親しい者≫を救うだけよ。」

「……そうか。なら、抗って生きていくのだな、人間。」

 

裁判者は赤く光る瞳で女性を見ると、風が吹き荒れる。

女性が目を瞑り、開くとすでに裁判者の姿はなかった。

 

裁判者は仮面をつけ、物陰に身を隠し、木にもたれながら下を見下ろす。

そこには先ほどの女性がウリボア達に囲まれていた。

女性はウリボア達を倒していく。

だが、最期の一体が穢れに飲まれ、業魔≪ごうま≫と化す。

女性が腕を前に目を瞑る。

そこに男性の声が響く。

 

「シアリーズ。」

 

業魔≪ごうま≫に炎が当たる。

裁判者は目を細めてそれを見る。

 

「対魔士の技!」

 

女性は驚いたように声を上がる。

そして二人は話し込む。

その姿を見て、

 

「……偽りにして、真の関係≪家族≫……か。人間とは……いや、心ある者達は厄介なものだな。」

 

そう言って離れる。

その際に、男性の側に居る意志を持たぬ、仮面をつけた赤い髪の女性と目が合った。

 

「さぁ、お前は……『全≪世界≫と個≪親しい者≫』、どちらを選ぶ。」

 

 

次の日の夜。

それは赤く燃える赤い満月の日。

そう、人々に『緋色の満月』と言われた夜。

そしてこの日はのちに、世界に『降臨の日』と言うわれる夜……

裁判者は再び同じ場所に現れる。

柱の上に立ち、裁判者は下を見下ろす。

そこにはあの時の男性と、赤い髪の聖隷、そして人間の少年がいた。

裁判者は少年を見て、

 

「それが器か。」

「ああ。そうだ。」

 

あの時の男性は裁判者を見る。

そして男性は少年を見る。

少年は裁判者を見た後、男性を見て、

 

「あの人は?」

「あれは人ならざるものだ。シアリーズとは別の……」

 

少年は胸の服を握りしめる。

男性は目を細め、

 

「大丈夫だ。お前の犠牲を元に、世界は救われる。」

「うん。」

 

少年が頷く。

男性が剣を握る。

と、あの時のように、誰かが駆け込んできた。

裁判者はそこを見る。

そこには、あの黒髪の人間の女性がこちらに走って来る。

女性は眉を寄せて、

 

「ラフィ!義兄さん!」

 

二人に叫ぶ。

そして息を整え、困惑した顔で彼らを見る。

少年は女性を見て、

 

「お姉ちゃん!」

「……ベルベット。」

 

男性も黒髪の女性を見る。

女性はどこか安心したように、

 

「よかったぁ……。義兄さんが守ってくれたんだね。」

 

泣き出しそうな顔で男性を見る。

男性は空を見上げ、目を瞑り、

 

「……これも断つべき〝感情″か。」

 

少年は男性を見て、眉を寄せる。

少年は女性を見て、

 

「お姉ちゃん!逃げて!」

 

と、走り出す。

だが、男性が剣先を少年の足元に出す。

少年はその鞘の剣先につまずき、転ぶ。

 

「あっ‼」

「義兄さん⁉」

 

女性は驚き、駆け出す。

だが、女性は押さえつけられるかのようにうつぶせになる。

そして自分の手首と足首に炎が燃え上がる。

それが錠のように、地面に縛りつける。

 

「熱っ‼」

 

女性がもがくが、ほどけない。

男性は静かに、

 

「かつて、この場所で地獄の蓋が開いた。そして今夜、救世の力が復活する。」

 

そして地面に鞘を刺し、剣を抜く。

 

「ライフィセットの命を生贄にして。」

「なにを……言ってるの?」

 

女性は瞳を揺らして、剣を抜く男性を見る。

少年は立ち上がり、男性の方を見て瞳を閉じる。

剣を少年の腹の方へと向ける。

 

「義兄さん!やめて‼」

「あ……‼」

 

そしてその剣が少年を貫いた。

 

「あああ……」

 

女性は目を見開く。

その瞳に映るのは、義兄が弟を剣で貫き持ちあがる姿。

それは赤く燃え上る月と同じくらいに、地面に血が流れ出る。

裁判者はそれをただ見ているだけだった。

そして女性の感情が流れてきて、そこを見る。

女性は瞳を大きく揺らし、悲しみ、絶望、憎悪、困惑、怒り……多くの感情が揺れ動いていた。

 

「あああああ〰っ‼!」

 

女性は必死にもがき始める。

そして炎を打ち破って、走り出す。

男性は少年を大きな穴へと落とす。

女性は叫ぶながら、手を伸ばし、穴に落ちる。

少年の手を掴み、必死に岩にしがみつく。

 

「ぐうううっ‼」

 

男性は女性を見下ろし、

 

「離しなさい。“それ”は世界への捧げものだ。」

「なんで……!」

「もう絶対に助からない。」

「うそだうそだうそだぁぁっ‼!」

 

女性はしがみついたまま、首を振って叫ぶ。

男性は目を細め、

 

「……そうか。やはりお前は……」

 

男性は剣を上げ、女性に向ける。

 

「感情に従うのだな。」

 

そしてしがみついている女性の腕を斬り付けた。

男性は冷たく女性を見る。

女性の瞳から光が失われていく。

女性は少年と共に穴に落ちていく。

 

裁判者はその穴に向かって降りる。

女性と少年を追い越し、彼らを見上がる。

そして、その暗闇の中、裁判者の瞳は赤く燃え上り、その姿はドラゴンへと変わる。

 

女性は力なきその瞳で、少年を、弟を見る。

と、そこに赤い瞳が浮かび上がり闇が口を開く。

赤い魔法陣のようなものが浮かび上がる。

そこから黄金に光り輝くドラゴン≪龍≫が出てくる。

それが弟に迫る。

女性は手を伸ばし、

 

「ライフィセット‼」

 

だが、弟は黄金に輝くドラゴン≪龍≫に飲み込まれた≪食べられた≫。

そしてそれは自分にも迫りくる。

 

「よく……も……よくもおおおっ‼」

 

女性はドラゴン≪龍≫を睨み、叫ぶ。

そして女性も飲み込まれた≪食べられた≫……

 

「お前達の願い……私が叶えてやろう。」

 

女性の耳に、女性の声が響く。

 

 

彼らが落ちた穴から二つの光が立つ。

それが交わり、一つとなる。

そして空に飛んでいく。

さらに七つの光が空に向かって上がっていく。

光は全てで八つ。

その光が消え、そこに一つの人影が落ちてくる。

それが地面を転がり、止まる。

男性がそこを見ると、黒髪の女性が倒れている。

その彼女の左腕は穢れに満ちた強大な腕。

そして光り輝き、穢れを纏うドラゴンが穴から出てきて、女性の真上に留まる。

ドラゴンが光と穢れに包まれ弾け飛ぶと、それは人型に変わる。

女性の後ろに、白と黒のコートのようなワンピース服来た仮面をつけた少女が降り立つ。

男性が倒れる黒髪の女性の方に歩き出す。

黒髪の女性も起き上がる。

その表情は怒りに燃えている。

 

「はぁ……はぁ……」

「…………」

 

男性は立ち止まり、女性を見つめる。

裁判者は女性の背を見て、

 

「さぁ、抗って見せろ。人間……いや、業魔≪ごうま≫にして、喰魔よ。」

 

裁判者は赤く光る瞳を細める。

そこに狼型の業魔≪ごうま≫の群れが現れる。

裁判者は襲い掛かる業魔≪ごうま≫を避ける。

そして、その一体が女性に襲い掛かる。

女性は穢れに満ちた左腕で業魔≪ごうま≫の頭を掴む。

そして地面に叩き付ける。

その腕で、業魔≪ごうま≫を握りつぶす。

 

「ふうううっ‼」

 

女性の頬に、業魔≪ごうま≫の血がかかる。

次々に倒していく。

男性は女性を見て、

 

「左手で業魔≪ごうま≫を喰らう業魔≪ごうま≫……」

 

そして自分の近くにいる全ての業魔≪ごうま≫を倒し、男性を睨む。

 

「ア……サァ……ッ!」

 

そして穢れに満ちたその左手を握りしめる。

男性はその手を見つめ、

 

「“喰魔”か。」

「アアアァ〰サアァァァ〰ッ‼」

 

女性は男性を睨みながら襲い掛かる。

だが、そこに彼の近くに居た業魔≪ごうま≫達が立ち塞がる。

女性は業魔≪ごうま≫を倒しながら、

 

「なんで殺した!あの子の血が……こんなに……なぜっ‼なぜっ‼なぜぇぇっ‼ライフィセットが!ラフィが!なにをしたって‼どけえぇぇぇっ‼」

 

そしてそれらも倒し、息を上げ、男性を睨みつける。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

男性は冷たい眼差しで、

 

「周りをよく見ろ。」

 

女性は少し息を整え、周りを見る。

 

「‼」

 

そして目を見開く。

自分の瞳に映ったものは人の亡骸だった。

そこには先程自分が殺した業魔≪ごうま≫の亡骸があるはずだった。

そのはずなのに、そこには業魔≪ごうま≫の亡骸ではなく、自分のよく知る村の、友の亡骸……

 

女性は見開いた瞳が大きく揺れる。

声にならない悲鳴を上がる。

 

見開く女性の瞳に、少女が映る。

白と黒のコートのようなワンピース服を風になびかせ、仮面をつけていても解るくらい瞳が赤く光っている。

その少女、裁判者は女性を見て、

 

「何を驚いている。その後ろの人間に対し、我を忘れて自分で殺したのだろう。怒りに、憎悪に、駆られてな。」

「……村に業魔≪ごうま≫病が広がったのだ。」

 

男性が彼女の背に言う。

そして剣を持ち変え、後ろに向けてる。

そこには彼を襲う業魔≪ごうま≫。

だが、彼の向けた剣が業魔≪ごうま≫を突き刺さる。

 

「だが、案ずるな。この痛みは、私が――」

「うあああ〰っ‼」

 

そして力が膨れ上がり、再び男性に襲い掛かる。

男性は女性を見て、

 

「対魔士アルトリウス・コールブランドがとめる。」

 

女性の腕が男性に襲い掛かる瞬間、炎が女性を吹き飛ばす。

 

「ぐはっ!」

 

そして女性は後ろに転がる。

その際、彼女の櫛が落ちる。

男性の前には一人の赤い髪で、仮面をつけた女性が現れる。

そして空には巨大な光の魔法陣が浮かぶ。

 

裁判者は赤く光る瞳でそれを見上げる。

そして視線を彼らに戻す。

 

「さて、対魔士、人、業魔≪ごうま≫、聖隷……お前達の歴史はどのように紡がれるか、それとも滅びゆくか、どちらを辿るかな。」

 

 

女性は男性の方を見る。

彼女の瞳に、赤い髪で仮面をつけた女性が映る。

 

「シア……リーズ⁉」

 

さらに女性の瞳には鳥のような仮面をつけた者達が現るのを見る。

彼らは自分を囲い、次々に現れる。

女性は困惑しながら辺りを見る。

 

「あ……あ……」

 

その中、赤い髪で仮面をつけた女性はしゃがむ。

そして落ちていた櫛を拾い上げる。

男性がうつぶせになっている女性を見下ろし、

 

「『鳥がなぜ飛ぶか?』これが俺の答えなんだよ、ベルベット。」

 

そして剣を女性に向けて上げる。

女性は彼を見上げ、

 

「アー……サー……」

「許さなくていい。すべては私の罪だ。」

「……アルトリウスッ‼」

 

叫ぶ彼女に剣が突き刺さる。

その後、彼女はある島の地下牢に投げ入れられた。

 

あれから世界は大きく変化する。

人々の瞳に聖隷が見えるようになった。

人間からすれば、聖隷が降臨したとして世界に広がった。

それに加えて業魔≪ごうま≫病も勢いを増す。

だが、それと同じだけ対魔士の数も増えていく。

 

対魔士は組織・“聖寮”として活動し始める。

それは人々に業魔≪ごうま≫を倒すことのできる希望の光として信頼され、崇められる。

裁判者の耳にも、“人を護る『盾』にして業魔≪ごうま≫を狩る『剣』。救世主アルトリウス・コールブランド”と言う名が……

 

 

それが数年立ったある日……

裁判者はある赤い髪の仮面をつけた女性の前に現れる。

吹き荒れる風に、その女性は顔を防ぐ。

風が収まると、女性は裁判者を見つめ、

 

「……お久しぶりです。」

「で、覚悟は決まったのか。聖隷。」

「はい。」

「なら、お前の命を元にした誓約をかける。それを使えば、あの喰魔の居る場所に行けるだけの力と、あそこから出るための頸木≪くびき≫を断つ力を、な。」

「わかりました。それで構いません。」

 

彼女は炎を灯す。

裁判者はその炎に触れ、さらに燃え上がる。

それが小さくなり、彼女の中に入っていく。

裁判者は背を向け、

 

「聖隷としてのお前の願いは叶えた。後は己のみでやれ。」

「はい。ありがとうございます。」

 

そう言って、女性も背を向けて歩いて行く。

 

 

――一人の黒い髪の女性と白い服に身を包んだ男性が戦っていた。

そこに赤い髪で仮面をつけた女性聖隷と鳥のような仮面をつけた聖隷が二人いた。

黒髪の女性は右腕の武具から剣先が出ており、男性は剣を振るう。

彼らの剣がぶつかり合い金属音が響き渡る。

と、男性は女性二人から距離を取り、

 

「……手強いな。聖隷の一、二体は潰す覚悟が要るか。」

 

そして男性は自分の左側に居る聖隷を見る。

聖隷は聖隷術を黒髪の女性と赤い髪の女性聖隷の間に繰り出す。

二人は左右に分かれて避ける。

と、男性の右側にいた聖隷が黒髪の女性を押さえつける。

そこに再び聖隷術が繰り出される。

黒髪の女性はそれを避け、聖隷に当たる。

 

「うわああ!」

 

赤い髪の女性聖隷はそれを見て、

 

「なんということを!」

「『非常な戦いは非常をもって制すべし』。」

 

と、再び黒髪の女性に剣を振るう。

女性はそれを防ぎ、互いに剣を振るいながら、

 

「それがあんたたちの“理”よね。」

 

二人の剣が再びぶつかり合う。

そこに足音が聞こえてくる。

二人は一端互いに距離を取り、その方向を見る。

 

「まったく愚かな選択肢だな、人間。そして憐れな聖隷共。」

 

そう言って、現れたのは白と黒のコートのようなワンピース服を着て、仮面をつけている少女。

長い紫の髪を結い上げ、冷たい赤い瞳がその場にいる者達を見る。

 

裁判者は全体を見て、そう言った。

赤い髪の女性は唇を噛みしめる。

黒髪の女性は裁判者を見て、

 

「お前は……‼」

 

そして睨みつける。

男性の方も裁判者を見て、

 

「お前は!第一級指名手配犯!まさかこんなところに‼この業魔≪ごうま≫を牢に戻したら、次はお前だ!アルトリウス様の元に引きずり渡す!」

 

と、彼の方も裁判者を睨む。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「断る。私は願いを叶えに、ここに来たのだからな。」

 

そう言って、先程聖隷術を受けた聖隷を横目で見る。

裁判者は指をパチンと鳴らす。

すると、聖隷から魔法陣が現れ、砕け散る。

と、聖隷は息が荒くなり始める。

 

「これ程の穢れがある場所だ。当然といえば、当然だな。」

 

裁判者が言うと、聖隷術を受けた聖隷は頭を抱えて、穢れに飲み込まれる。

 

「うあああ……おおおっ‼」

「……‼いけない!」

 

赤い髪の女性聖隷が声を上がる。

裁判者は赤く光る瞳で聖隷を見て、

 

「もう遅い。」

「うがあ……があああ〰っ‼」

 

そして業魔≪ごうま≫と化す。

黒髪の女性は眉を寄せ、

 

「聖隷が……業魔≪ごうま≫病に⁉」

「くっ⁉制御がっ!」

 

男性も眉を寄せた。

穢れに包まれた聖隷はドラゴンと化して、暴れ出す。

 

「願いは叶えた。人間ども、これはお前達の生み出した結果だ。」

 

そう言って、裁判者は背を向けて歩き出す。

裁判者の背後では、男性と男性の側に居た聖隷を吹き飛ばす。

彼らは壁に叩き付けられる。

 

「ぐはっ!」

 

ドラゴンは今度は黒髪の女性の方に振り返る。

そして女性に襲い掛かる。

 

「ベルベット!」

 

赤い髪の女性聖隷は彼女の元に駆け出す。

そしてドラゴンが爪を立てる。

彼女を庇って赤い髪の女性聖隷の背中が抉られ、悲鳴を上げる。

 

「さて、あれはどの選択を取るかな。」

 

そう言って、最期に背後を横目で見てから彼らの前から消えた。

最後に見た彼らの姿は黒い髪女性が、血を流して倒れる赤い髪の女性聖隷を抱き上げた所だった……

 

 

裁判者はある岩垣の上に居た。

辺りは嵐と化し、豪雨と雷鳴が鳴り響く。

そして海は荒れ、狂う。

裁判者は赤く光る瞳で曇天の空を見上がる。

 

「仮面が壊れたか……強い感情と固い意志……か。」

 

そして下を見下ろす。

そこには一人の喰魔と業魔と対魔師≪人間≫が居る。

彼らは船に乗り込んでいた。

 

「絶望、悲しみ、怒り、憎悪、裏切り……なんとも人間とは哀れで悲しい生き物だな。」

 

そして長い黒髪の女性を見て、

 

「やはりその選択を取り、苗床となったか……。さて、かつてお前は言った。『全≪世界≫と個≪親しい者≫』、どちらを選ぶか。お前は個≪親しい者≫を選び、自分の知る世界≪親しい者≫を救う、と。さぁ、抗ってみせろ。喰魔よ。」

 

裁判者は背を向け、風に包まれてる。

 

「さて、籠の鳥は籠の外へ。どのように物語は、歴史は動き出すか……」

 

裁判者はその場から消えた。

 

 

――そこは辺り一面が白に包まれていた。

辺りは雪が降っている。

裁判者はそれを門の上で見上げていた。

と、岩陰に三人の人影を見つける。

そこに一人の少年聖隷が歩みよる。

裁判者はそれを見つめ、

 

『……やはりそういう形となったか……だが、願いは果たした。器≪赤子の贄≫は器≪一部≫として、中身と言う感情は願い≪もう一人の贄≫として。これも因果だな。』

 

裁判者は下に降りた。

そして街の中を歩く。

壁にもたれ、街の声に耳を傾けていた。

と、一人の女性が子供の聖隷を二人連れて歩いてきた。

裁判者はそれを見た後、街から離れる。

 

『……そういえば、審判者はまだ人間と関わっているのか。物好きだな。』

 

と、街から出て、しばらくして洞窟に入る。

トカゲの姿をした業魔≪ごうま≫を見て、目を細める。

すると、後ろから足音が聞こえてくる。

裁判者は物陰に隠れ、横目でその者達を見る。

黒髪の女性と半分が業魔≪ごうま≫した男性が歩いて行く。

その二人はそのトカゲみたいな業魔≪ごうま≫と戦闘になり、彼らが勝った。

彼らは話し込む。

そして黒髪の女性は離れる際、トカゲみたいな業魔≪ごうま≫が呼び止める。

 

「ところでお前ら、どうやって俺を見つけた?」

「偶然よ。勘が当たっただけ。」

 

女性はすました顔で言う。

しばらく黙り込んだ後、トカゲみたいな業魔≪ごうま≫は、

 

「……俺の生まれたのは、なにもない陰気な村でな。そこが大嫌いで船乗りなったんだ。だが、このザマだ。生まれ変わったら、俺は二度と故郷を捨てねぇよ。」

「……そう。」

 

そう言って、女性は離れていく。

裁判者は腕を組み、

 

『今回の願い……私でなくても大丈夫そうだな。あの喰魔との出会いが、あいつの運命を変えた。』

 

裁判者もその場を離れた。

 

 

しばらくして裁判者は王都ローグレスに来ていた。

そして一軒の酒場に入る。

 

「……随分と楽しそうではないか。」

「ん?あれ、久しぶり♪」

 

裁判者が見る先には黒いコートのような服を着た少年。

自分と同じ紫色の髪と瞳を持っている。

彼はその髪を下に結い下げ、裁判者に笑顔を向ける。

 

「で、何でここに?」

「導師アルトリウス・コールブランドを、視に来た。」

「……成程ね。彼を、ね。」

 

少年は目を細め、ニッと笑う。

そして髪に付けていた赤い布を取り、カウンターの所に居る老婆に渡す。

 

「行くのね。」

「うん。また、来れたら会いに来てあげるよ。多分、すぐに戻るだろうけど。……と、これは人間でいう置き土産っていうのかな?ここに来るであろう業魔≪ごうま≫の情報。きっと、彼女は役に立つし、君たち心ある者達の“世界≪理≫”を変えるよ。」

 

そう言って、少年は紙を置く。

そして少年は裁判者と共に酒場を出る。

少年と裁判者は高い塀の上に上がる。

彼は風に身を包み、白と黒のコートのような服へと変わり、仮面をつける。

 

「さて、行こうか。」

 

彼はニッと笑う。

と、正門の方が何やら賑やかだった。

 

「ん?なんか騒がしいね。」

「……みたいだな。」

 

そう言って、二人は視線を向こうに向ける。

裁判者の瞳には、黒髪の女性と小さな聖隷を見つめる。

そして審判者を見て、

 

「行くぞ。」

「え?あ、うん。」

 

彼らは王宮の方へと、屋根の上から歩いて行く。

 

しばらくして、国民が集まり出す。

そして王宮を見て、腕を上げ、

 

「「ミッドガンド‼ミッドガンド‼ミッドガンド‼ミッドガンド‼」」

 

と、歓喜の声を上げ、盛り上がる。

そして国民から見える外に突き出た扉の前から一人の若者が現れる。

その若者は国民達を見て、

 

「王国民よ!ミッドガンド聖導王国、第一王子パーシバル・アスガードである!この良き日を皆と祝えることを、父王と共に嬉しく思う。」

「「おおお〰‼」」

 

その王子を見て、国民達はさらに活気出す。

裁判者と審判者はその皇子を見つめる。

その皇子の演説は続く。

 

「十年前の“開門の日”以来……業魔≪ごうま≫病と業魔≪ごうま≫の脅威によって我が王国は存亡の危機を迎えていた。だが、命が朽ち、心が尽き果ててゆかんとする地に、希望の剣をもち立つ者があった。誰あろう……アルトリウス・コールブランドである。」

「「アルトリウス‼!アルトリウス‼!アルトリウス‼!アルトリウス‼!」」

 

王子がそういうと、国民達は再び腕を上げ、歓喜の声を上げて叫ぶ。

 

「アルトリウスの偉業は、誰もが知っている。彼は業魔≪ごうま≫に苦しむ民の救済にすべてを捧げた。五聖主の一柱たるカノヌシを降臨させ、聖隷の力を我らにもたらした。混沌の世に“理”という希望を与え、今、その希望が“絆”となって我々を結んでいる。アルトリウスの偉大なる功績と献身を讃え、今、ここに災厄を祓い民を導く救世主の名――“導師”の称号を授けん!」

「「導師!アルトリウス‼導師!アルトリウス‼」」

 

と、国民達は腕を上げ、歓喜の声を叫び続ける。

そこに、白い服を纏った一人の男性が現れる。

髪を結い上げ、右手を服の中で固定していた。

その男性、導師アルトリウスは国民達を見て、

 

「……世界は災厄の痛みに満ちています。なのに、私は皆さんに頼まねばならなかった。“理”による苦痛に耐えてくれと。“意志”という枷で自らを戒めてくれと。なぜなら、揺るがぬ理と、それを貫き通す意志。これが災厄を斬り祓う唯一の剣≪つるぎ≫だからです。今ここに、その剣がある。私は誓おう!我が体と命を、全なる民のために捧げることを。すべての人々に聖主カノヌシの加護をもたらし、災厄なき世に導くことを!世界の痛みは!私が必ずとめてみせる!」

 

左腕を上げ、そして国民の前で出して、叫ぶ。

国民達は拍手し、

 

「おおお〰‼」「導師ー‼」

 

そしてさらに盛り上がっていき、

 

「「導師!導師!導師!」」

 

と、歓声を上げ続ける。

それを見つめていた審判者は、笑い出す。

 

「くは!いやー、人間は面白い!この人間選択で世界はどう変わるかな。希望≪救い≫か、はたまた破滅≪災厄≫か、見せて貰おうじゃないか。」

 

そして冷たい笑みを浮かべる。

裁判者も冷たい瞳で、それを見た後、ある一角を見る。

怒りに燃え、拳を握りしめる黒髪の女性。

それを仲間の剣士業魔≪ごうま≫が止めていた。

 

「人間は一時の感情に流れやすい。自らが希望≪救世主≫の道を続けるか、自らが破滅≪災厄者≫の道しるべとなるか……さて、どちらに運命は傾くか……」

 

そう言って、裁判者は導師アルトリウスと黒髪の女性を見据える。

そして背を向けて歩き出す。

審判者も、彼女と共にその場から居なくなる。

 

夜、裁判者はある石家の屋根に座っている魔女の格好をした女性に近付く。

 

「導師アルトリウス……なかなか見事に民衆をまとめあげおったな。さてさて、悲劇のヒロイン気取りの小娘の牙が、この世界に如何ほどの傷をつけ得るか……」

 

そして立ち上がり、

 

「裏切り者捜しでもしながら、見物させてもらおうか。」

 

と、裁判者に振り返ってニッと笑う。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「好きにしろ。お前はお前のやるべきことをやるのであれば、好きに動けばいい。」

「主は変わらぬな。あの頃と何ら変わらぬ。」

「お前もある意味ではそうだろ。だが、その壊れた心で、この世界を見渡せ。それが、お前にとって吉と出るか蛇が出るかはお前次第。」

「無責任じゃなぁ~。まぁ~よい。儂は、儂の想うがままに動くだけじゃ。」

 

裁判者は目を細めて彼女を見た後、背を向けて歩き出す。

 

 

ある夜、裁判者は王宮の離宮の聖杯堂に足を踏み入る。

話し声が聞こえてくる。

戸を開き、中に入る。

すると案の定、先客が居た。

黒い服を纏った聖隷は目を見張った後、睨むように裁判者を見る。

裁判者は辺りを見て、

 

「随分と賑やかだな。」

「お前は!」「あなたは!」

 

黒髪の女性と聖隷を従えた赤い髪を左右に結い上げた女対魔士が裁判者を見る。

赤い髪の対魔士は、

 

「まさか、第一級指名手配犯のあなたまで、この王都に入り込んでいるなんて!そこの業魔≪ごうま≫たちを捕らえた後、あなたをアルトリウス様の元に引き渡します!」

「……できるのであれば、そうする事だな。」

 

そう言って、魔女の姿をした女性に視線を向けた後、彼らを無視して奥へと入って行った。

後ろの方から、あの魔女の姿をした女性の声が聞こえてくる。

 

「ベルベットや、そやつを追い詰めてくれたら、いいことが起こるかもじゃぞー。」

 

それを聞きながら、

 

『……さて、どうなることやら。』

 

そして階段を降り、広い部屋に出る。

自身の眼の前に居る鷹のような顔に、四本足をもつ強大な鳥の業魔≪ごうま≫。

裁判者はその業魔≪ごうま≫を捕らえている結界を見て、

 

「やっぱりこれは……」

 

そこに、トカゲ顔の業魔≪ごうま≫が一人走り込んでくる。

裁判者はその業魔≪ごうま≫を見て、

 

「引き返した方がいいぞ。でないと……死ぬぞ。」

「うるさい!そこをどけー‼」

 

と、襲い掛かる。

裁判者はそれを避け、

 

「忠告はしてやったぞ、人間。いや、もう業魔≪ごうま≫だったか。」

 

その業魔≪ごうま≫が走り込んで行ったその先には、あの鳥の業魔≪ごうま≫がいる。

そしてトカゲ顔の業魔≪ごうま≫は鳥の業魔≪ごうま≫の爪に斬り裂かれる。

 

「ギャアアア〰‼」

 

悲鳴が響き渡る。

そしてそのトカゲ顔の業魔≪ごうま≫を喰らい出す。

そこに先程の黒髪の女性の集団が駆け込んできた。

黒髪の女性は奥の鳥の業魔≪ごうま≫を見て、眉を寄せる。

 

「こいつは……なに⁉」

 

そしてトカゲ顔の業魔≪ごうま≫は人の姿へと戻る。

それを後から掛けて来た赤い髪の女対魔士は、困惑しながら、

 

「業魔≪ごうま≫が……人に戻った……⁉」

 

そして鳥の業魔≪ごうま≫を見て、目を見張る。

 

「それに……この業魔≪ごうま≫は!」

 

そして鳥の業魔≪ごうま≫は飛び、襲い掛かろうとするが、結界がそれを阻む。

黒い服を纏った聖隷が眉を寄せ、

 

「結界が張られている。」

「聖寮が、こいつを捕まえてるってことか⁉」

 

彼の隣にいた男の業魔≪ごうま≫が驚いたように言う。

黒い服を纏った聖隷は裁判者を睨む。

 

「この結界……前にも……」

 

そう言って、黒い髪の女性は結界を見る。

そして死んでいる祭司を見る。

裁判者は彼らを見る。

 

と、鳥の業魔≪ごうま≫は飛ぶのをやめてこちらに走って襲い掛かる。

裁判者は彼らの前に立ち、

 

「喰い足りないのか……それとも……」

 

と、黒髪の女性を横目で見る。

裁判者は影が鳥の業魔≪ごうま≫を後ろに叩き付ける。

それに反応するかのように、黒髪の女性の左腕が勝手に動き出す。

そして裁判者を背後から襲うが、

 

「……私を喰らおうとする、か……なるほどな。」

 

と、黒髪の女性の左腕は裁判者の影から伸びた影に締め付けられていた。

黒髪の女性は裁判者を睨んで見て、

 

「……これは……!あんた、一体何を!」

「さっさと去れ。お前達の目的はどうあれ、終わったのだろう。」

 

と、裁判者も冷たく彼女を見る。

魔女の姿をした女性が目を細め、

 

「そやつの言う通りじゃ。なにはともあれ依頼は果たせたの。結果的にじゃが。」

 

黒髪の女性は怒りを抑える。

裁判者は彼女を離す。

黒髪の女性は裁判者から離れ、

 

「……そうね。報告に戻るわよ。」

 

と、反転して、来た道を戻ろうとする。

だが、赤い髪の対魔士が彼らに槍を構え、

 

「大司祭になにを……⁉それに、この業魔≪ごうま≫は一体……⁇」

「知らないし、興味もない。」

 

黒髪の女性は冷たく言う。

赤い髪の対魔士は目を見張り、眉を寄せ、

 

「ふざけるな‼」

「ふざけてるのはそっちよ。対魔士の力なしで、あたしとやるつもり?」

 

そう言って、黒髪の女性は彼女の槍先まで歩いて行く。

赤い髪の対魔士は眉をさらに寄せ、槍を握る手が震え出す。

 

「う……」

 

そして槍をどかし、その場に座り込む。

その横を彼らは歩いて行く。

 

「一体なんなのだ!お前たちはっ!」

 

と、泣き叫ぶ。

裁判者はそれを横目で見た後、鳥の業魔≪ごうま≫を見て、

 

「……これは私ではなく、あいつの仕事だな。」

 

そして裁判者は司祭の死体を掴み上げ、泣いている赤い髪の対魔士を掴み上げて上に戻る。

赤い髪の対魔士は眉を寄せ、

 

「離しなさい!何をする気です!」

「あそこに居ては邪魔なだけだ。」

 

そして祭壇まで行くと、死体と赤い髪の対魔士を放り投げる。

尻餅を着いた赤い髪の対魔士は涙を溜めた瞳で、裁判者を睨む。

裁判者は赤く光る瞳で彼女を見下ろし、

 

「真実を知りたいのなら、自らが動け。そして足掻いて、真実を見定めろ。」

 

そう言って、部屋を出て行く。

 

 

裁判者はまたも夜に歩いていた。

隣には審判者も居る。

 

「いや~、王都は面白かったぁ~。で、やっとあそこに行くんだ。」

 

審判者は笑顔でそう言う。

裁判者は横目で審判者を見て、

 

「怒っているのか。」

「……え~、怒ってないよ。ただ、君の力を持った心ある者達がくだらないことをする事は許せない。それに、あそこは僕らにとっても大切な場所だ。」

「……あの、扉は使わせないさ。場所は提供してもな。」

「その割には君も怖いけどね……」

 

審判者は苦笑する。

と、警備をしていた対魔士達が裁判者を見て、

 

「貴様は!」

 

と、戦闘態勢に入る。

審判者は口笛を吹き、

 

「ヒューウ。君、随分と有名だね。一体なにしたの?」

「あぁ。」

「コワッ⁉」

 

物凄い剣幕で睨む裁判者に、審判者は一歩下がる。

彼らの間に突風が吹き荒れる。

そこに一人の風の聖隷が現れた。

 

「さーて、暴れさせて貰うぜ~!」

 

そして戦い始めた。

一通り対魔士をボコった風の聖隷は裁判者と審判者を見て、

 

「……うわっ⁉えっと……もしかしなくても?てか、なんでこんなとこに居んだよ⁉」

 

と、苦笑いする彼の前に、地面が尽き出る。

今度は黒い服を纏った聖隷が現れる。

彼らは睨み合った後、拳とペンデュラムの戦いが始まった。

 

「ちっ!」

 

彼の拳を避け、一歩下がる風の聖隷はニット笑い、

 

「やるじゃないの。なに者だい?」

「死神アイゼン。アイフリード海賊団の副長だ。」

「アイフリードの身内か!こりゃ、また楽しめそうだ!なぁ?」

 

と、風の聖隷は笑い、裁判者を見る。

裁判者は二人を見据える。

 

「……さあな。」

 

黒い服を纏った聖隷は眉を寄せ、

 

「……やはり、お前らが……いや、お前がアイフリードをやったのか。」

「いいねぇ……いい気合いだ!」

 

と、さらに笑みを深くする風の聖隷。

そこに女性の声が響く。

 

「落ち着きなさい、アイゼン!」

 

そこにさらに駆け込んでくる集団。

それは黒髪の女性の集団だ。

黒髪の女性は黒い服を纏った聖隷を見た後、風の聖隷を見て、

 

「こいつは聖隷で、聖寮を襲った。協力すれば結界を通れるわ。それに、後ろのそいつも使えば尚更ね。」

 

と、裁判者を睨む。

すると風の聖隷は、

 

「つまらねぇ理屈言うなって。」

 

と、再び黒い服を纏った聖隷に対して構える。

 

「俺は、俺のやり方でケジメをつける。」

 

黒い服を纏った聖隷も拳を構える。

そして互いに見ら見合い、

 

「邪魔をするな。」「邪魔すんな。」

 

黒い髪の女性は眉を寄せ、眉がピックっと動ごき、

 

「……そう。じゃあ、あたしもあたしのやり方でやらせてもらうわ。」

 

と、戦闘態勢に入った。

二人を睨み、

 

「あんたたちを動けなくして、結界を開ける!」

 

と、喧嘩を再開した二人に剣を振るう。

他の仲間たちが驚きながら、

 

「なんでこうなるんだ⁉」

「とにかくベルベットを助けるんじゃ!そうせんと後が怖い。」

「確かに。すまん、アイゼン!」

「う、うん……」

 

と、彼らも加わった。

審判者は黒髪の女性の左腕と小さな聖隷の力を見て、目を細める。

そして審判者はそれを笑いながら見て、

 

「うわー、凄い。人間に、業魔≪ごうま≫に、聖隷……それに喰魔と器≪欠片≫の戦いだ。」

 

と、隣の裁判者を見る。

裁判者は審判者を横目で見る。

審判者はなおも笑みを浮かべて、

 

「いや、ここで暴れられも意味がないし、無駄な時間を過ごすだけだなって。」

「……それもそうか……」

 

裁判者は戦う彼らの元に行き、

 

「時間の無駄だ。」

 

そう言って、その場の全員に腹や背負い投げや蹴りや首打ちなど、それぞれに一撃を与える。

彼らは各々その部分を抑え、

 

「アンタ!」

 

黒髪の女性は裁判者を睨む。

審判者が裁判者に近付きながら、

 

「ホント、やり過ぎだよ。」

 

と、笑う審判者に、裁判者は影から取り出した剣を斬り付ける。

審判者は笑いながら、同じように影から短剣を取り出し、それを受け流す。

 

「そんなに何をカリカリしてるの?てか、怒ってるのさ。」

 

裁判者はピクリと反応し、

 

「……怒る……私が、か。意味が解らん。」

 

と、影に剣をしまう。

審判者は目をパチクリし、

 

「あー、そっか。そうだったね。うん。今の君は怒ってるよ。」

 

同じように影に短剣をしまう。

裁判者は顎に指を当てる。

 

「……なるほど……怒る。つまり怒りの感情か……なら、それは私自身ではないな。大方、お前やそこの奴らの感情が強いからだろうな。私に、感情はないからな。だが、この地をここまで穢した事には、お前の言う怒りを感じるのかもな。」

「それは解るよ。俺も、ここをこんなに穢されたのは許せないからね。」

 

と、二人の纏う空気は怖い。

そして奥に向かって歩き出す。

裁判者は立ち止まり、振り返って、

 

「抗ってみせろ。自身の答えの為に。」

 

そう言って、再び歩き出していく。

結界が張られているにもかかわらず、その中に入って行く。

 

「あいつ!やっぱり、アルトリウスと関わりがあるのね!」

 

後ろからあの黒髪の女性の怒りの声が消えた。

 

 

少し歩いてすぐ、裁判者は後ろを振り返る。

 

『……気付き始めたか……いや、無自覚か。』

 

と、後ろを睨んでいた裁判者に、

 

「結界、壊れちゃったね。あれは――」

「行くぞ。」

 

裁判者は審判者の言葉を遮って、先に進む。

審判者は「やれやれ」と肩を上げて首を振る。

そして歩き出す。

 

――二人は巨大な神殿の前に来た。

審判者は扉の前で笑みを浮かべる。

 

「ここに来るもの久しいな。」

「……そうだな。」

 

裁判者は辺りを見渡してから、

 

『さて、あの器≪欠片≫はどの選択を取るか……』

 

そして裁判者は扉を開ける。

そして二人は中に入っていく。

二人の前には、座っている男性が居た。

男性は自分の前にある祭壇の紋章を見て、

 

「ベルベットが来るか……。この縁には決着をつけねばなるまい。」

「それがお前の選択か。導師。」

 

裁判者はその男性、導師アルトリウスの背を見据えて言う。

導師アルトリウスは彼らに背を向けたまま、

 

「ああ。そうだ。邪魔はやめて貰おう。」

「……いいだろう。丁度、来たみたいだしな。我らはただ傍観していよう。」

 

と、裁判者は扉を横目で見る。

そこには扉を勢いよく開け、

 

「アルトリウスッッ‼」

 

と、黒髪の女性達が乗り込んできた。

裁判者と審判者は左右に分かれる。

そして導師アルトリウスは黒髪の女性達の方を振り返る。

 

「業魔≪ごうま≫に聖隷……ずいぶん風変わりな仲間を集めたな。」

「シアリーズもいるわよ。私の胃袋の中に。」

 

黒髪の女性は彼を睨みつける。

導師アルトリウスは瞳を閉じ、

 

「母鳥となることを望んだか……」

 

そして瞳を開けて、立ち上がる。

黒髪の女性達は武器を構える。

 

「今度は前のようにはいかない!あの子の……ライフィセットの仇を討つ!」

「‼」

 

黒髪の女性の横に居た小さな聖隷は眉を寄せて、瞳を揺らす。

裁判者は黒髪の女性と小さな聖隷を見て、

 

『怒りと憎悪、困惑と悲しみ……さて、お前達の足掻きを見せて貰おう。』

 

と、裁判者は顎に指を当て彼らを見据える。

 

導師アルトリウスは鞘を床に突き刺し、剣を抜く。

 

「……いいだろう。かかって来い。」

 

そして剣を一振りする。

その剣風が彼らにもビリビリと伝わる。

 

「これが導師の剣気か!」

 

業魔≪ごうま≫の男は冷や汗を掻きながら、笑みを浮かべる。

魔女の姿をした女性は苦笑いし、

 

「こりゃ死ぬかもの~。」

「だが聖隷はいない!」

 

黒い服を纏った聖隷が辺りを探る。

黒髪の女性は頷き、

 

「作戦通りにいくわよ!」

「う、うん!」

 

黒髪の女性は腕の武具から剣を出し、導師アルトリウスに突っ込んで行く。

そして彼に剣や蹴り、左手を振るう。

だが、導師アルトリウスはいとも簡単に、彼女を吹き飛ばした。

 

「ぐうううっ‼」

 

黒い髪の女性は後ろに吹き飛ばされる。

小さな聖隷が眉を寄せて、

 

「ベルベット!」

 

彼女の元に駆け寄る。

彼女は身を起こし、

 

「お願……い……」

 

小さな聖隷は治癒術をかける。

黒い髪の女性は立ち上がり、

 

「まだだっ!」

 

再び導師アルトリウスに襲い掛かる。

審判者は彼女を見て、

 

「へぇ~、捨て身の戦いか。どれくらい持つかな。」

 

と、冷たい笑みを浮かべる。

 

導師アルトリウスは振るわれる彼女の剣を何度か避け、彼女の腹に剣を突き刺した。

 

「がはっ!」

 

彼女は剣を指されたまま、踏みとどまり、小さな聖隷を見る。

 

「もう一回よ!ライフィセット!」

 

そう言うと、導師アルトリウスは小さな聖隷を見る。

小さな聖隷は治癒術を彼女にかける。

 

「ううっ‼」

 

導師アルトリウスは彼女を見る。

彼女は導師アルトリウスを睨みながら、

 

「戦訓その四!はあああっ!」

「‼」

 

剣を振り上げる。

導師アルトリウスは彼女に突き刺している剣を抜き、後ろに下がる。

彼女は前乗りに倒れ込む。

小さな聖隷が駆け寄り、治癒術をかける。

導師アルトリウスは小さく笑い、

 

「ふっ……『勝利を確信しても油断するな』か。お前をとりこぼすわけにはいかない。戦訓通り、全力で相対そう。“聖主カノヌシ”と共に。」

 

導師アルトリウスは眉を寄せ、剣を上にあげる。

と、それと同時に彼の後ろの祭壇の紋章が光り出す。

そして彼に入る。

裁判者は心臓を抑え、膝を着く。

 

『無理矢理、扉を少し開けたか……』

 

審判者は導師アルトリウスを睨んでいた。

 

光が導師アルトリウスに入ると、彼の傷は回復する。

業魔≪ごうま≫の男性は驚きながら、

 

「一瞬で回復しやがった!」

「この力……まさか本物⁉」

 

黒い服を纏った聖隷は、一度裁判者を見た後、光を見て眉を寄せる。

魔女の姿をした女性も、光を見上げて、

 

「そりゃ反則じゃろ~!」

 

と、叫ぶ。

小さな聖隷は黒髪の女性に治癒術をかけながら、その光を見る。

 

「こ、この感じ……は……⁉」

「これは……こいつは、あの夜の!」

 

黒髪の女性も瞳を揺らしながら、その光を見る。

裁判者は立ち上がる。

そして光を見る。

光が強く発光し、裁判者と審判者と導師アルトリウス以外の者達を吹き飛ばす。

 

「きゃあああ!」

 

そして地面に叩き付けられる。

 

「さて、彼らは無事にこの場を脱せるかな……」

 

審判者は彼らを横目で見据える。

 

黒髪の女性は身を少し起こしながら、

 

「うう……まだよ……回復を……」

 

小さな聖隷は再び彼女に治癒術をかける。

そして眉を寄せ、

 

「もう無理だよ……!逃げないと!」

「今度は逃がしませんよ。」

 

立ち上がる彼女たちの斜め後ろに、赤い髪の女対魔士、そして監獄島での男対魔士、氷雪の女対魔士、老人の対魔士、四人が現れる。

魔女の姿をした女性は老人を睨み付ける。

そして老人の対魔士の方も、魔女の姿をした女性を見据えていた。

監獄島での男対魔士が一歩前に出て、

 

「申し訳ありません、アルトリウス様。シグレ様が警備していると思い、油断しました。」

「‼」

 

業魔≪ごうま≫の男がその名に反応する。

導師アルトリウスは彼らを見て、

 

「シグレなら修行に出た。そもそも、私を一番斬りたがってるのはあいつだ。」

「変わらないな。」

 

それを聞いた業魔≪ごうま≫の男は眉を寄せる。

老人の対魔士は腕を組み、腰に手を当てる。

 

「まったく。アイフリードの時といい、勝手なやつだ。」

「やっぱりこのジジイが……!」

 

黒い服を纏った聖隷は老人の対魔士を睨みつける。

黒い髪の女性はふら付きながら、

 

「違う……誰よりあんたを斬りたいのは……あたしだッッ‼」

 

と、睨み、叫ぶ。

そこに杖を構えた氷雪の女対魔士は、

 

「アルトリウス様。この業魔≪ごうま≫の始末はお任せください。」

 

そして聖隷を呼び出す。

 

「どけえぇぇ〰っ‼」

 

黒髪の女性は走り、剣を突き出す。

裁判者はそれを見て、

 

『理性を失ったか……さて、器≪欠片≫、お前はどうする。』

 

と、横目で小さな聖隷を見据える。

 

氷雪の女対魔士は聖隷と共に、術を繰り出す。

 

「思い知れ!忌まわしい業魔≪ごうま≫が!」

 

氷の粒が黒髪の女性を襲い、吹き飛ばされる。

小さな聖隷が駆け寄り、治癒術をかける。

彼女は呟く。

 

「まだ……だ……」

「なんで……?すごく痛いでしょ?苦しいでしょ?なのに、なんでベルベットは戦うの?」

 

小さな聖隷は、瞳を揺らして、彼女に訴える。

黒髪の女性は虚ろな瞳で、呟く。

 

「あの子は……ライフィセットは、もっと痛かった……。なのにあたしは……なにもできなくて……」

 

そして彼女は手を伸ばす。

小さな聖隷は涙を溜めながら、その手を握りしめる。

 

「ごめん……ごめんね……」

「ベルベット……」

 

彼女は意識を失った。

それを見た審判者は冷たい笑みを浮かべる。

 

「なるほどね。あの子が気に掛けてたのは……そういう事か。これは確かに手がかかる。」

 

彼の見る先では、氷雪の女対魔士が倒れている黒髪の女性と小さな聖隷の所に杖を突き出し、

 

「業魔≪ごうま≫と馴れあうとは。二号、お前は罰を与えましょう。その業魔≪ごうま≫を殺して、お前も命を絶ちなさい。」

「……いやだ。」

 

小さな聖隷は首を振る。

氷雪の女対魔士は眉を寄せ、

 

「契約を忘れたか!これは、お前の主の命令です!」

 

そう言って、小さな聖隷に手を伸ばす。

すると、彼に魔法陣が浮かび、

 

「ああああっ‼」

 

小さな聖隷を縛る。

彼は手を握りしめ、

 

「命令なんて……いやだ!」

 

そう言って、力強い瞳で、意識を失っている黒い髪の女性を見る。

裁判者は彼に歩み寄り、

 

「なら、どうする。お前はどうしたい。」

 

赤く光る瞳で小さな聖隷を見据える。

 

「僕は!僕は……っ!」

 

小さな聖隷は拳を握りしめる。

と、導師アルトリウスの後ろの紋章が光り出す。

それを見た導師アルトリウスは眉を寄せ、

 

「この力は……!」

 

そして小さな聖隷を見る。

裁判者はそれを横目で見た後、小さな聖隷に視線を戻す。

 

「ベルベットが死ぬなんていやだっ‼」

 

そう言って、叫ぶと魔法陣が壊れる。

そして、氷雪の女対魔士は吹き飛ばされる。

 

「ああああっ‼」

「姉上‼」

 

監獄島での男対魔士が駆け寄る。

審判者は倒れている黒髪の女性の前で膝を着き、

 

「その願い、俺が叶えてあげよう。」

 

そう言って、手をかざす。

彼女の傷は全て治った。

と、それと同時に、次元の裂け目が現れる。

黒い服を纏った聖隷は、裁判者と審判者を睨んだ後、黒髪の女性を抱えて走り出す。

 

「あれに飛び込め!ロクロウ!」

「おう!」

 

と、業魔≪ごうま≫の男も、さっきので意識を失った小さな聖隷を抱えて、走り出す。

その後ろに怒りながら、

 

「儂を忘れるな~!」

 

魔女の姿をした女性が走って行く。

彼らはその中に入って行く。

赤い髪の女対魔士が、それを見て追いかける。

 

「逃がしはしません!」

 

だが、急に穴が縮まり、吸い込まれる。

 

「ああああっ⁉」

 

さらにそこに老人の対魔士が黒い球体を投げ入れる。

そして光と共に、穴は塞がって消えた。

老人の対魔士は次元の裂け目があった場所を見て、

 

「カノヌシの力と地脈の反応とはな。珍しいものを見た。お前達の仕業か。」

 

と、裁判者と審判者を見据える。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「本来の力の一部が互いに反応し合っただけだ。無事に出られるかは、知らんがな。」

 

老人の対魔士を見据える。

導師アルトリウスは光る紋章を見上げ、

 

「そういうことか……なるほど。」

 

そして視線を落とし、

 

「しかし、聖隷に弟の名をつけるとは。お前はどこまでも――」

 

導師アルトリウスは裁判者と審判者に振り返る。

監獄島での男対魔士が剣を構え、

 

「お前の仕業なのか!アルトリウス様、ここは私が!」

「お前は下がっていろ、オスカー。」

「ですが!」

 

監獄島での男対魔士は眉を寄せる。

導師アルトリウスは剣を構え、

 

「おまえでは一分も持たない。さて、鍵をもらい受けるぞ。」

「殺れるのならね。」

 

審判者は彼に冷たい笑みを浮かべる。

影が揺らめき出し、影から槍を取り出す。

それを一回しして、構える。

裁判者は一歩下がる。

 

「審判者を倒せたら、私も考えよう。」

「えぇ⁉マジで⁉」

「先に啖呵きったのは、お前だ。」

「……ま、いいや。行くよ。」

 

審判者は笑みを浮かべて突っ込む。

老人の対魔士が術を繰り出すが、影がそれを飲込む。

そして審判者は導師アルトリウスに槍を突き出す。

彼はそれを寸で避ける。

 

「さすがに早いな。」

「ギリギリとはいえ、これを避けるか……。流石、あの子が認めた対魔士の弟子だ。」

 

審判者は槍をクルクルと回す。

そして再び構え、

 

「でも、彼の方がもっと強かった……かな。」

 

と、審判者は裁判者を見据える。

彼の持つ槍が雷を纏う。

導師アルトリウスは眉を寄せ、剣を掲げる。

再び紋章が光り出す。

審判者はそれを冷たく見据え、導師アルトリウスに突っ込む。

導師アルトリウスの剣が光り、審判者の槍とぶつかり合う。

互いに力のぶつかり合いが始まる。

導師アルトリウスが後ろにずれていく。

 

「アルトリウス様!」

 

監獄島での男対魔士が、眉を寄せる。

驚きながら、

 

「なんなんだ、この力は⁉アルトリウス様と互角だと⁉」

「互角?俺が人間と?笑える冗談だ!」

 

審判者は槍を薙ぎ払う。

彼は少し後ろに飛ばされ、踏みとどまる。

 

「遊びが過ぎたな、審判者。お前が扉側になってるぞ。」

 

裁判者が審判者を見て言う。

審判者が、後ろを振り返る。

そこには祭壇と紋章のある側に変わっている。

さらに、審判者に術が襲い掛かる。

審判者は影でそれを防ぐ。

だが、そこにグサっと音が響く。

そのまま、彼は祭壇奥に吹き飛ばされ、壁に突き刺さる。

壁には導師アルトリウスとは違う剣が、審判者の心臓を貫ぬいた姿。

彼の血が扉に吸い込まれる。

 

裁判者は導師アルトリウスを見て、

 

「まさか、あの剣を見つけていたとはな。」

「我が師に感謝せねばなるまい。」

「なるほど。確かに、クローディンなら剣を見つけ出し、我らの対策法を見いだせるか。いや、見いだしていた……と言うべきか。だが、使い手が使えぬのであれば、宝の持ち腐れだがな。」

 

裁判者は審判者に突き刺さっている剣を見据える。

そして腕を組み、顎に手を当てて、剣を構える導師アルトリウスを見る。

裁判者は祭壇に近付き、

 

「いいだろう、今回はあの剣を見つけ出した報酬として、我が心臓をくれてやろう。」

 

扉の前に立つと、自ら心臓に手を突き刺す。

そしてその血が、扉に流れていく。

扉に魔法陣が浮かび、それが消える。

扉が開き、光の塊が導師アルトリウスの中に入って行く。

再び扉が閉まる。

裁判者は審判者を見て、

 

「行くぞ、審判者。」

 

審判者は自ら突き刺さった剣を抜き、一振りする。

その剣を掲げ、

 

「いやー、ビックリしちゃった。まさか、この剣がここにあるとは。そりゃあ、俺の影を貫けるワケだ。」

「睨むな。これも必要なものだ。心ある者達にとってはな。」

 

と、裁判者は歩き出す。

審判者は剣を床に突き刺し、歩き出す。

 

「いや、でもさ、解ってはいても、驚くでしょ。」

「知らん。」

 

二人は平然と歩き出す。

導師アルトリウスの横を通り過ぎ、出口の扉に手をかける。

監獄島での男対魔士が二人を見て、

 

「待て!お前達をこのまま――」

 

と、裁判者と審判者は立ち止まり、彼を見据える。

彼は瞳を揺らし、一歩下がる。

裁判者は赤く光る瞳で冷たく全体を見て、

 

「今回は、この程度に済ませたのだ。これ以上やるのであれば――」

「俺らは本気で相手にするよ、人間。いくらその剣があっても、聖主カノヌシの力があっても、今の君たちじゃ……俺らを殺せない。」

 

同じく赤く光る瞳で冷たく全体を見る。

彼らの影が広がり、ヘビのように浮き上がる。

導師アルトリウスも、老人の対魔士も、頬に冷や汗が一粒つたう。

裁判者は導師アルトリウスを見据え、

 

「これ以上この地を穢すような事があれば、命はないと思え。」

 

そう言って、扉を開けて出て行く。

歩きながら、審判者は裁判者を見て、

 

「そういえば、いいの?扉開けても。」

「構わない。最奥の扉ではないからな。あの扉程度なら問題はない。」

「それもそうか。所詮、聖主カノヌシを一時的に居れていた扉に過ぎないもんね。」

 

と、彼は笑いながら言う。

だが、頭に手をやり、

 

「でも、聖剣エターナルソードにはホント、驚いたよ。」

「自分で創っておいてか。」

「いやいや、だからだよ。アレ、見つかるとは思わなかったし。あー、でも、君の創った魔剣エターナルソードよりかはマシかぁ~。」

 

と、一人ブツブツ言い始めた。

裁判者は前を見たまま歩き、

 

「私達の力を封じる剣と私達を殺せる剣……。ま、それ以外にも効果やものは色々とあるが……見付けられる者はいないと思っていた。」

「まね。あれは、俺らが互いに世界を壊すときに、心ある者達が対抗できるように創ったからね。で、君はこれからどうするの?」

 

審判者は立ち止まり、裁判者を見る。

裁判者も立ち止まり、

 

「行く末を見てみようと思う。導師アルトリウスに聖主カノヌシが本格的に入った今、あれらはどう抗い、運命を紡いでいくのか。それが私の力を使っている、心ある者達にとってのいい実験になるだろう。その力が救済か災厄か、どちらを掴み取るか……」

 

裁判者は目を細める。

審判者は腰に手を当てて、顎に指を当てる。

 

「ふーん。じゃあ、俺もまた自由行動でもしようかな……。」

「また人間と関わるのか。物好きだな。」

 

裁判者は審判者を見つめる。

彼はニット笑い、

 

「かもね。それでも、俺は気に入ってるんだ。それに、面白い事もあるかもだし。」

「……好きにしろ。」

 

裁判者は歩き出す。

審判者も歩き出し、彼女とは別の方へ歩いて行った。



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toz 第五十四話 記憶~その2~

裁判者は彼らを追って、

 

『……地脈から出られるとすれば、四大神ウマシアを祀った神殿か。ま、対魔士と契約を破棄したあの器≪欠片≫が業魔≪ごうま≫になっていなければ、の話だが……。だが、対魔士が一人吸い込まれたから問題はないだろうが……。あれは真実を知れるに足りるか……』

 

と、裁判者は風に身を包む。

そしてその場から消えた。

 

 

裁判者は緑≪草木≫と河と岩崖に来ていた。

辺りを見て、

 

「あそこか……」

 

裁判者は歩き出す。

しばらくして、立ち止まる。

そして岩の上に座って、

 

「ここでいいか……」

 

空を見上げる。

と、下を見下ろす。

そこに刀を握った業魔≪ごうま≫が現れる。

 

『……あれは……まだ、さ迷っていたのか。』

 

裁判者はその業魔≪ごうま≫を見据える。

それに合わせるかのように、ある集団が歩いてくる。

黒髪の女性達だ。

彼らは刀を握った業魔≪ごうま≫を見て、武器を構える。

しばらく斬り合った後、業魔≪ごうま≫の男が短剣を構えて斬り込むが、吹き飛ばされる。

すぐに立ち上がり、彼の右目が赤く光り、ニッと笑う。

小さな聖隷が聖隷術を、敵に繰り出す。

それが業魔≪ごうま≫の男の横を抜け、剣を振り上げる剣を握った業魔≪ごうま≫を吹き飛ばす。

業魔≪ごうま≫の男は小さな聖隷に振り返り、

 

「邪魔をするな‼」

 

と、剣を振るう。

 

「ひっ⁉」

 

小さな聖隷は眉を寄せて、悲鳴を上がる。

裁判者は立ち上がり、下に降りる。

それと同じくして、赤い髪の対魔士が槍を構えて小さな聖隷の前に出る。

赤い髪の対魔士は業魔≪ごうま≫の男に槍を構えたまま、

 

「仲間を殺す気ですか‼」

「なら、あんたを殺す。」

 

と、小さな聖隷の前に出て、黒髪の女性も右手の武具から剣≪刃≫を出す。

裁判者は彼らの間に着地をすると、業魔≪ごうま≫の男の剣≪刃≫を握る。

そして赤く光る瞳を同じく赤く光る瞳で見据える。

彼の赤く光っていた瞳が消え、

 

「……すまん。つい熱くなった。」

 

と、落ち着く。

裁判者は彼の短剣を離す。

赤い髪の対魔士と黒髪の女性は武器を構えたまま、

 

「あなたは!なぜここに⁉」「アンタ!どう言うつもり!」

 

裁判者を睨む。

裁判者は顎に指を当て、

 

「今、そこの器≪欠片≫を壊されては、意味がないからだ。」

「は?と言うより、アンタはアルトリウスの仲間なのね!」

 

と、黒髪の女性は睨みつける。

隣の赤い髪の対魔士は目を見張り、

 

「え⁉そんな⁉だって、彼女は第一級指名手配犯ですよ⁉」

 

逆に困惑する。

裁判者は二人を見て、

 

「仲間じゃない。いや、そもそも人間共達と同じくくりにされてること自体、ふざけてるな。」

「……じゃあ、アンタは聖隷なの、それとも業魔≪ごうま≫なの。で、アルトリウスの敵なの。」

 

黒髪の女性はさらに裁判者を睨みつける。

裁判者は彼女を見据え、

 

「一緒にするな、と言っている。」

 

黒髪の女性は一瞬、ビクンと動くと剣をしまう。

赤い髪の対魔士も槍をしまう。

場が落ち着いたところで、業魔≪ごうま≫の男は後ろに振り返る。

そこにはもう刀を握った業魔≪ごうま≫の姿はない。

黒い服を纏った聖隷は業魔≪ごうま≫の男に近付き、

 

「知っている奴なのか?」

「刀だけな。あれは“征嵐”って刀だった。」

 

業魔≪ごうま≫の男が答えると、

 

「セイラン……?」

 

魔女の姿をした女性は眉を寄せる。

黒髪の女性は腕を組み、

 

「なんだっていいし、刀にようわないわ。問題はあんた。何の用なの。」

 

と、裁判者を睨らむ。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「……なに、導師アルトリウスと戦い、惨敗したお前と器≪欠片≫の様子を見に来ただけだ。どうやら、器≪欠片≫は穢れていないようんだな。そして、お前も心は壊れていないようだ。」

「……その器≪欠片≫とはライフィセットの事よね。どういう事なの。」

「言う必要性はないな。」

「アンタ!」

 

と、黒髪の女性は再び武器を構える。

裁判者は彼女を見据え、

 

「事実だ。」

 

黒髪の女性は裁判者に斬りかかる。

全員が驚きながら、だが、ある者≪魔女≫は面白そうに、ある者≪聖隷≫は眉を寄せて見ている。

裁判者はいとも簡単にそれを避け続ける。

裁判者は遠くの方を横目で見て、

 

「……これは……」

「はあぁぁぁ!」

 

と、黒髪の女性が動きの止まった裁判者に剣を振り上げる。

裁判者は視線を戻し、影を使って彼女を捕らえようとした時、

 

「ベルベット‼」

「……‼」

 

裁判者はビクンと反応し、影が消える。

そして彼女の剣は、裁判者の仮面にヒビを入れた。

そこに彼女の左手が裁判者の顔面を掴み、力を入れると仮面は砕けた。

裁判者は彼女を蹴り飛ばす。

踏みとどまった彼女は裁判者の顔を見て、

 

「アンタ!あの時の……‼」

 

と、今度は困惑する。

裁判者は仮面の破片を拾い上げ、

 

「……なるほどな。あの聖隷の仮面を砕けるに至っただけはある。」

 

と、黒髪の女性を見据える。

仮面の破片を彼らに見せ、

 

「これは強い感情や意志がないと壊れないという特殊なものだ。お前の知る聖隷にも、これを与えたのも私だ。」

 

黒髪の女性は何かを思い出すように、凄く睨みつける。

裁判者は仮面の破片を服にしまい、

 

「……いいだろう。しばしの間、お前達と行動を共にするとするか。気が向いたら、手を貸してやろう。」

「は?」

 

黒髪の女性は眉を寄せる。

無論、他のメンバーも。

裁判者は風に身を包み、風がはじけ飛ぶと黒いコートのようなワンピース服に変わる。

 

「なに、その方が都合がいい。私の、な。そうだな、お前達の所で言うと……何だったか。まぁ、いい。そういう事だ、心ある者達よ。」

「だから意味がわからないわよ!」

 

黒髪の女性は剣をしまう。

業魔≪ごうま≫の男は腰に手を当てて、

 

「別にいいんじゃないか?戦力が増えるし。」

「……奴の気が向かない限りは、戦力外だがな。」

 

と、黒い服を纏った聖隷は裁判者を睨む。

裁判者は横目で彼を見て、

 

「よく解っているではないか、聖隷。」

 

二人は睨み合う。

小さな聖隷が脅えながらも、裁判者を見上げ、

 

「えっと、ぼ、僕はライフィセットって言います。よろしくね。えっと、あなたの名前は?」

「……裁判者だ、器≪欠片≫。」

「ライフィセット。」

「ん?」

「僕の名前はライフィセット!ベルベットがつけてくれた!」

 

と、力強い瞳で裁判者を見つめる。

裁判者は少し考え、

 

「いいだろう、ライフィセット。お前達と共に居る間は、名で呼んでやろう。」

「ありがとう!」

 

何故か、小さな聖隷……いや、ライフィセットは笑顔になる。

裁判者はそれをじっと見つめる。

横に居た業魔≪ごうま≫の男は腰に手を当てて、

 

「俺はロクロウ。よろしくな。んで、この目付きの悪い聖隷はアイゼン。」

「……知っている。二人ともな。」

「へ?」

 

黒い服を纏った聖隷・アイゼンは裁判者に背を向け、業魔≪ごうま≫の男・ロクロウは首を傾げる。

魔女の姿をした女性は手をポンと叩き、

 

「儂の名は――」

「あれはマギルゥ。で、あれがエレノア。あたしはベルベットよ。」

 

黒髪の女性・ベルベットは、魔女の姿をした女性・マギルゥの言葉を遮って言う。

そして赤い髪の対魔士エレノアは眉を寄せて、裁判者を見る。

マギルゥは肩を落とし、

 

「儂に言わせてくれてもぉ~。」

「長いから却下よ。」

「ぶ~。」

 

と、ベルベットに頬を膨らませる。

ライフィセットはマギルゥの側で浮いているノルミン聖隷を指差し、

 

「あれはビエンフーだよ。」

 

と、裁判者が視線だけビエンフーに向けると、彼は脅えたようにマギルゥの後ろに逃げ隠れた。

そしてライフィセットは今度は首を傾げ、

 

「でも、もう一人の人は?」

「……審判者の事か。あいつとは別行動中だ。それに、あいつとは近い内にお前達に会うだろうな。」

「え?」

 

ライフィセットは首をさらに傾げる。

そして裁判者は彼らに背を向け、歩き出す。

エレノアがその背に、

 

「どこに行くのです⁉」

「港に行くのだろう。」

 

裁判者は背を向け歩いたまま言う。

ベルベットも歩き出し、

 

「そうね。港に急ぐわよ。」

 

と、皆歩き出す。

だが、一番後ろで、

 

「いやはや~、面白い事になってきたわい。」

「マギルゥ姐さん~……」

 

と、マギルゥは冷たい笑みを浮かべて歩き出す。

その後ろにビエンフーが脅えながら付いて行く。



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toz 第五十五話 裁判者と……

道中、歩きながら、ロクロウはライフィセットに声を掛ける。

 

「ライフィセット、さっきは悪かったな。」

「僕……ロクロウがやられると思って……」

 

ライフィセットは俯く。

ロクロウは彼のその頭を撫で、

 

「わかってる。あれは、お前の“意志”だったんだよな。」

 

裁判者は横目で彼らを見る。

ライフィセットは服を握りしめ、

 

「……だと思う。」

「ならいい。俺も『手を出すな』とは、はっきり言わなかったからな。次にああいうことがあったら、必ず言う。」

 

と、腕を組む。

ライフィセットは顔を上げ、

 

「助けちゃ、いけないの?死ぬかもしれないのに……」

「そうだ。」

「……どうして?」

「俺にもよくわからん。」

「え?」

「俺には、どうしても斬りたい奴がいる。そいつを斬りたい、そいつに勝ちたい。そのために剣の腕を上げんきゃならん。」

 

ロクロウは真剣な表情だった。

ライフィセットは考え込み、

 

「勝ちたい人……」

「剣の勝負でな。あいつに勝つためなら、なんだってする。どれだけ血を流そうが、命を落とそうが、人の心をなくそうが……そう思い続けているうちに、本当に人間じゃなくなっちまった。」

「……なんで、そんなに勝ちたいの?」

「はは、それもわからん。業魔≪ごうま≫だからそうなのか、そんなだから業魔≪ごうま≫になっちまったのか……とにかく、命よりも大事なことなんだ。」

「命……よりも……」

 

ライフィセットは眉を寄せて考える。

ロクロウは笑みを浮かべて、

 

「けど、助けてくれたことには恩にきるよ。死んじまったら、あいつを斬れないからなぁ。」

「う、うん……」

 

と、ライフィセットは困惑しながらも頷き、前を歩くベルベットの方へ歩いて行く。

残ったロクロウに、

 

「今のが命の恩人にかける言葉ですか!」

「なにがだ?俺はホントのことしか言ってないぞ。それに、なぜお前が怒る?」

 

エレノアは眉を寄せて怒る。

逆にロクロウは首を傾げた。

エレノアはさらに怒り、

 

「おかしいとすら思わないとは……やはり業魔≪ごうま≫ですね。」

「ああ、業魔≪ごうま≫だ。」

 

と、歩いていった彼に、エレノアは拳を握りしめる。

裁判者は前に視線を戻し、

 

『……感情≪心≫とは複雑だな。』

 

そう思って、歩いていると後ろの方から叫び声を上がる。

 

「思い出した!」

 

その声の方に皆が立ち止まり、振り返る。

そこにはマギルゥがバッと腕を上げていた。

ベルベットは彼女を見て、

 

「な、なにがよ。」

「世にも悲しい征嵐の由来をじゃよ。さ~て、お立ち合い!」

 

と、マギルゥは一人語り出す。

 

「それは、いつ、誰が打ったのか、知る者はおらぬ。じゃが、誰もがその斬れ味を認める太刀があった。その刃風は猛獣の如く號≪さけ≫び声をあげ、山をも吹き飛ばす嵐を呼んだ。この世にふたつとないその太刀を、人は神の刀――神刀と讃えた。」

「神の刀……それが征嵐ですか?」

 

エレノアは聞き入っていた。

裁判者はロクロウを見据える。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「話はここからじゃ。さような神刀に魅せられた男がおった。名はクロガネ。稀代の才をもつ鍛冶じゃ。そやつは、心血を注いで神刀を超える力を打とうとし、自らの刀に“征嵐”の名を与えたという……『號≪さけ≫ぶ嵐を征する』という意味じゃな。」

「すごい刀はできたの……?」

 

ライフィセットはマギルゥを見つめる。

マギルゥは首を振り、

 

「いいや。クロガネは何十度も神刀に挑んだが、その数だけ征嵐は折られ、砕け散った。絶望したクロガネは、神刀の持ち主に首を刎ねられたとも、自らの命を絶ったとも言われておる。もう何百年も昔の話じゃ。じゃが、奴の神刀への恨みは征嵐と共に今も生き続けているとかいないとか……」

 

と、深い笑みを浮かべるマギルゥ。

ベルベットは腕を組み、

 

「何百年も続く恨み……か。」

「よくある怪談話ですね。さっきの刀も、何者かが銘をマネただけかもしれません。

 

エレノアは腰に手を当てて言う。

マギルゥは顎に指を当て、

 

「かもの。じゃが、もしあれが本物の征嵐なら、儂らは枕を高くして眠れんぞ。」

 

と、笑みを浮かべる。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「なんで?」

「クロガネが倒したかった“神刀”こそ、俺の生まれたランゲツ家に代々伝わる太刀――“號嵐”だからな。」

 

それに答えたのはロクロウだった。

裁判者は歩きながら、

 

「確かに、まだそれは続いているな。人間の呪いは質が悪く、強いからな。どちらも、本物の“號嵐”に勝つために、な。」

 

ロクロウは歩く裁判者の背を睨む。

エレノアは目をパチクリした。

アイゼンが歩き出し、

 

「野郎が、また襲ってくる可能性があるわけだな。急ぐぞ。」

 

それに合わせて、他の者達も歩き出す。

 

そして一行は洞窟へと足を踏み入る。

奥に進み、裁判者の耳に金属音が聞こえてくる。

そして歩くにつれて、それは彼らの耳にも聞こえてくる。

彼らがその場に駆けだす。

その先には先程の刀を握った業魔≪ごうま≫とネコの聖隷をつれた対魔士の姿。

その対魔士の肩には巨大な剣が握られている。

その後姿を見たロクロウはその背を睨みつける。

 

刀を握った業魔≪ごうま≫の刀は真っ二つに折れており、

 

「む、無念……」

「おいおい、おもしれぇ業魔≪ごうま≫だなぁ!刀より体の方が硬ぇってか。」

 

と、笑いながら言う。

ベルベットは身構え、

 

「こいつは……?」

「シグレ様!聖寮に二人しかいない特等対魔士です。」

 

エレノアは驚きながら言う。

アイゼンが彼を睨みながら、

 

「特等……メルキオルと同格か。」

 

刀の対魔士は振り返って、

 

「おう、エレノアじゃねぇか。なんだお前、業魔≪ごうま≫に捕まったのか?それとも裏切ったか?」

「わ、私は――」

「ま、どっちでもいい。好き勝手やってる俺が言えた義理じゃねぇわな。」

 

と、笑う。

そして彼は折れた刀を見て、

 

「しっかし、今日はアタリだった。まさか“征嵐”に会えるとは思わなかったぜ。」

「シグレ、なんかすっごく睨んでる子がいるわよ。無視しちゃかわいそう。」

 

彼の横にいたネコの聖隷が彼を見上げて言う。

彼は笑いながら、

 

「はっはっは、悪ぃ、悪ぃ!昔から弟をイジメちまうのがクセでな。なぁ、ロクロウ。」

 

と、彼を見据える。

ロクロウは彼を睨見続ける。

ベルベットは驚いたように、

 

「弟⁉」

「変わらないな、シグレ。」

 

と、ロクロウは剣の対魔士を睨んだまま言う。

彼は笑いながら、

 

「バカ野郎!メチャクチャ強くなってるっての。そっちこそ相変わらず、俺を斬るなんてできもしないことを考えてるのかぁ?」

「ロクロウが勝ちたい人って……お兄さんなの⁉」

 

ライフィセットはロクロウを見上がる。

彼は短剣を構え、

 

「こっちも、あの時の俺じゃないぜ。」

 

彼の右の瞳が赤く光り出す。

その顔の半分が黒く、赤く光った瞳を見て、

 

「おおっ⁉お前、業魔≪ごうま≫になったのか?そりゃあ、おもしれぇ!だがよ、結果まで変わるかな?」

 

ネコの天族が彼の中に入る。

そして彼は鞘から剣を抜き、

 

「俺の號嵐≪しんうち≫に、號嵐≪かげうち≫を折られてションべン漏らした“あの時”とよ。」

 

そして刀を振り上げて、振る。

その剣風が彼らを襲う。

裁判者以外は顔を腕で守る。

 

「ぐっ⁉」

 

ロクロウは短剣を構えなおし、

 

「こいつは俺が斬る。ライフィセット、今度は手を出すなよ。」

「……う、うん。」

 

ライフィセットは手を握りしめる。

ロクロウは突っ込んで行く。

彼はそれを受け流し、

 

「何年ぶりだ、お前と斬り合うのは?」

「死んで後悔しろ。あの時、俺を殺さなかったことをな。」

 

二人は斬り合う。

そして距離を取り、

 

「さすが業魔≪ごうま≫だ。悪くねぇ。」

「うおおおおッ!」

 

そして再び斬り合う。

それを見ていた裁判者は、

 

『……人にしては、それなりの剣技だな。あの若さでここまで達するか……』

 

目を細めて剣の対魔士を見据える。

そしてロクロウは彼と剣とぶつかり合い、力負けして吹き飛ばされる。

剣の対魔士は剣先を倒れるロクロウに向け、

 

「だが、ここまでだな。」

「ロクロウ‼」

 

ライフィセットが叫ぶと、裁判者はエレノアを見る。

彼女の体が意志とは関係なく動き出す。

 

「え……体が勝手に……⁉」

 

槍を構えて剣の対魔士に突っ込んで行く。

だが、そこに短剣が飛んでくる。

裁判者は彼女の肩を引き、飛んでくる短剣を掴む。

そしてそれをクルッと回して普通に持つ。

その動作を見た剣の対魔士はハッとして、裁判者を見据える。

裁判者は投げた方の人物、ロクロウを見る。

 

「邪魔するなっ‼」

 

そして立ち上がり、彼は背にあった長剣の柄を掴み、抜く。

その剣先は折れていた。

それと短剣を構えて、

 

「勝負はこっからだ。」

 

さらに瞳が赤く光る。

剣の対魔士は彼に視線を戻し、

 

「ほう……今度は折れねえか。」

 

だが、彼の中からネコの天族が現れる。

剣の対魔士は肩に剣を置き、

 

「今日はここまでだ。」

「シグレェッ!」

 

襲い掛かるロクロウに剣先を向け、

 

「はやるな。今のお前が強えぇ刀を持ったら、面白ぇと思ったのさ。そこの爺さんに打ってもらえ。で、もういっぺんやろうや。」

 

ロクロウは止まり、剣を握っていた業魔≪ごうま≫を見る。

 

「爺さん……?」

「その業魔≪ごうま≫はね、クロガネっていうのよ。」

 

ネコの聖隷がロクロウを見て言う。

ライフィセットは驚きながら、

 

「征嵐の刀鍛冶!」

「この先のカドニクス港で待っててやる。俺を倒さねぇと島からは出られねぇぜ。」

 

刀の対魔士はニッと笑う。

ベルベットは舌打ちをし、

 

「チッ!勝手なことを!」

「気に食わなきゃ、かかってきな。」

 

と、剣を一振りする。

ベルベットはその剣風を腕で防ぐ。

 

「くっ!」

「はっはっは!せいぜい精進しろよ、業魔≪ごうま≫ども!」

 

と、歩き出す。

その背に、

 

「シグレ様、私は特命を――」

「ああ、エレノア。お前マジで裏切りやがったんだな。次に会ったら叩き斬る。」

「うっ……」

 

エレノアを睨んで、彼は歩いて行く。

その後ろにネコの天族がついて行く。

裁判者も歩き出し、

 

「私は港で待っている。事が済んだら合流してやろう。」

 

と、ロクロウに短剣を渡して、さっさと歩いて行った。

 

 

裁判者は港前の民家の屋根の上に居た。

そして港を見下ろしていた。

そこに黒い小さな影が勢いよく飛んでいた。

それを影で掴み、引き寄せる。

 

「ひえ~!お願いでフ~!喰べないで欲しいでフ~‼」

「お前など喰べても、意味はない。」

 

と、裁判者はノルミン聖隷を離す。

ノルミン聖隷は目をパチクリし、

 

「じゃあ、何でボクを捕まえたでフかぁ~?」

「簡単な話だ。あのまま行ってたら、お前は捕まっていたぞ。」

 

ノルミン聖隷を見据える。

裁判者は屋根から突き出ている煙突にもたれながら、

 

「ま、大方、今頃はあの業魔≪ごうま≫の体の一部を元に剣を作っている頃だろう。だから偵察でもして来いと、あいつに命令された所か。だが、人とは変わっているな。」

「何ががでフかぁ~?」

「……私の創った神刀を、“恨み”で斬れると思っている。だが、それであの神刀を斬れるのなら、それはそれでいい実験になる。人の世に過ぎたる力……人はそれを善とするか悪とするか。」

 

と、腕を組み、瞳が赤く光り出す。

ノルミン聖隷は脅えながら、

 

「でも、なんで裁判者がこの件にこんなに突っ込むでフかぁ~。やっぱり、今回の件は裁判者たちが関わってるでフか。それでも何で、あんなにライフィセットやベルベットにこだわるでフかね。」

 

裁判者はノルミン聖隷を睨む。

彼は「ひぃーっ‼」と脅えだす。

裁判者は彼を見据えながら、

 

「簡単だ。あの二人は世界に災厄をもたらすか、それとも救世をもたらすか、その選択を見る為だ。それに私達の力がお前達、心ある者達にどれだけの事を引き起こすかといういい実験だ。せいぜい足掻け。」

 

裁判者は港を横目で見て、

 

「今すぐ戻れ。対魔士共が動き出したぞ。」

「へ?」

 

ノルミン聖隷は裁判者と同じ方を見る。

そして慌て出しながら、

 

「ホントでフ~‼マギルゥ姐さ~ん!」

 

と、洞口に向かって飛んでいく。

裁判者は洞口の方を見て、

 

「さて、あの人間の対魔士はどの選択を取るかな。」

 

しばらくして、足音が聞こえてくる。

視線を向けると、彼らが歩いて来た。

裁判者は彼らの前に飛び降り、

 

「オマケ付きか。まぁ、いい。お前達の“恨み”がどれくらいか、見せて貰おう。」

 

と、ロクロウと業魔≪ごうま≫クロガネを見る。

業魔≪ごうま≫クロガネは頭がなくなっていた。

 

『頭を材料にしたか。さて、どれ程かな。』

 

そして裁判者は先に港に足を踏み入る。

彼らもその後ろに歩いて行く。

港のど真ん中に、先程の剣の対魔士が仁王立ちで立っていた。

その横にネコの聖隷と後ろに対魔士が二人居た。

剣の対魔士はニット笑い、

 

「きたか。」

 

裁判者以外の者達は身構える。

ネコの聖隷が顔を上げ、

 

「てことは、出向いた対魔士たちは、みんな返り討ちにあっちゃったのね。喰べてないわよね?」

 

と、ネコの聖隷は裁判者を見る。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「それに何の意味がある。」

「それもそうね。」

 

ネコの聖隷はベルベット達の方に顔を戻す。

剣の対魔士は呆れたように、

 

「だからやめとけって言ったんだ。で、どんな刀を打ったんだ?」

 

そして彼はロクロウを見る。

ロクロウは睨むだけだった。

剣の対魔士はニット笑い、

 

「ま、やってみりゃわかるな!」

 

と、鞘を抜いて構える。

ネコの聖隷は彼の中に入る。

ライフィセットはロクロウを見て、

 

「僕たちが、あの対魔士たちと戦う。ロクロウはシグレに勝ってね。」

「……頼む。」

 

ロクロウは武器を構える。

ベルベット達も戦闘態勢に入る。

裁判者は一歩下がって、腰に手を当てて周りを見る。

 

「あいつは戦力外ね。」

「みたいだ。」

 

ベルベットとアイゼンは裁判者を睨んだ。

そして互いにアイコンタクトを取る。

剣の対魔士は笑い、

 

「よっしゃ、おっぱじめるか‼簡単に終わっちゃつまらねぇ!手段は選ばなくていいぜぇ!」

「舐めるな!」

 

ロクロウは突っ込んで行く。

ロクロウと剣を交え、剣の対魔士は笑みを深くし、

 

「ほおう、なかなかいい刀じゃねえか。」

「お前を斬る刀だ、よく拝んでおけ!」

「その気合い、最期までもたせろよぉ!」

 

そして彼は剣を両手で持ち、思いっきり振り下ろす。

ロクロウは二本の短剣で防ぐが、後ろに飛ばされ、

 

「ぐあああっ‼」

 

だが、何とか踏みとどまり、剣の対魔士を睨む。

ベルベット達は対魔士を叩き潰し、彼らの戦いを見る。

彼はロクロウを見据え、

 

「お前の腕は悪くねぇよ。だが、せっかく業魔≪ごうま≫になったってのに、ただ出来のいいランゲツ流じゃねえか。それじゃあ、当主の俺に勝てるはずねぇだろ?」

「……なら、見せてやるよ。俺の剣をな!」

 

ロクロウは短剣を一本捨て、突っ込む。

その刃先を剣の対魔士は簡単に避け、斬り合う。

ロクロウは後ろに再び突き飛ばされ、着地して、剣を構える。

その右目は赤く燃え上る。

彼は再度勘を構えて突っ込む。

剣の対魔士が刃を突き立てる。

その刃に彼は手の平を突き出し、

 

「ぐあああああッ‼」

 

彼の前まで貫かせて突き進んでいく。

 

『ほう、捨て身の攻撃か。』

 

裁判者はそれを顎に指を当てて見る。

 

ロクロウはそのまま突き進み、彼の剣の柄を握る。

 

「おおう‼?」

「もらった‼」

 

ロクロウは短剣を振り上がる。

そこにベルベットとアイゼンが駆け込む。

振り上げたロクロウの短剣は、剣の対魔士が彼の背にある號嵐≪かげうち≫を抜いて防ぐ。

 

「なっ⁉」

「勢≪せい≫っ‼」

 

と、彼を後ろに突き飛ばす。

それはベルベットとアイゼンの足止めにもなった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ロクロウは息を整えながら、身を半分起こす。

剣の対魔士は大笑いし、

 

「はっは~!今のはよかったぜぇ!片手を捨てて首を狙うとはなぁ!気付くのが一瞬遅けりゃ、死んでたぜ!それでいいんだよ!それで!」

 

そう言って、ロクロウの前に號嵐≪かげうち≫を投げる。

それが地面に落ち、音をたてる。

 

「よっし!今日はここまでだ。いいか、てめぇら!もっとすげぇ刀を打って、もっと腕を磨いて、俺を斬りにこい‼」

 

と、笑いながら言う。

ロクロウはそれを拾い上げ、握りしめる。

 

「……斬ってやるさ。何百回負けようが、何百年かかろうがな。」

 

と、笑みを浮かべる。

それを業魔≪ごうま≫クロガネは首がないが見つめた。

剣の対魔士はニット笑い、

 

「いい悪い顔になったな。うん、いい悪い顔だ!あっははははっ!」

 

と、笑い出す。

ネコの聖隷が彼の中から出てくる。

エレノアは眉を寄せて、

 

「なんという人……」

「自分の心配をした方がいいんじゃない?あなたが裏切ったことは聖寮中に伝わったわよ。」

「う……」

 

ネコの聖隷の言葉に、エレノアは握っていた槍を握りしめる。

だが、笑っていた剣の対魔士の表情が真剣な表情になり、

 

「さて、次はお前の番だ!」

 

剣の対魔士は刃を裁判者に向ける。

裁判者は彼を見据え、

 

「断る。やっても意味がない。」

「そうよ、シグレ!」

 

ネコの聖隷は声を上げる。

そして彼を見上げ、

 

「裁判者に喧嘩を売るなんて、自殺行為よ!」

「くは~!尚更面白そうじゃねえか!」

 

と、剣を振り上げる。

 

「シグレ!」

 

振り下ろした先には裁判者はいない。

彼の背から、

 

「自分の弟で遊んだのだからいいにしろ、人間。」

 

すかさず剣の対魔士は剣を横に振るう。

またしても裁判者はいない。

今度は彼の横に振った剣の上で、

 

「時間の無駄だ。諦めろ。」

「なっ⁉」

 

裁判者は彼の剣の上に居た。

これには剣の対魔士も驚く。

そしてベルベット達も目を見張る。

だが、彼女を元から知ってる者達はさほど驚いていない。

裁判者は彼の剣から降り、

 

「……これは……やはり……」

 

と、裁判者は遠くを見る目になる。

その後ろから他の対魔士たちがやって来る。

剣の対魔士は再び剣を振り下ろした。

それは裁判者の心臓の所まで引き裂く。

 

「……‼?」

 

裁判者は彼の剣を斬り裂かれた方の手で上げ、離す。

右手で傷の所に触れる。

傷がみるみる治っていき、服も元に戻る。

 

「……これは一体どうなっているのです⁉」

 

エレノアが眉を寄せる。

そしてベルベットも眉を寄せ、

 

「確かに心臓に行き届いていた……」

「なのに平然としてやがる。」

 

ロクロウも驚きながらいう。

ライフィセットはベルベット達を見て、目を左右に動かして困惑する。

と言うよりかは、何と言っていいのかわからなくなっている。

剣の対魔士は笑い出し、

 

「こりゃ、驚いた!ますますおもしれぇ!」

「シグレ!それ以上は――」

 

ネコの聖隷が止めようとするが、

 

「気が変わった。少しだけ遊んでやろう、人間。」

 

裁判者の瞳が赤く光り出し、影が蠢き出す。

左手で、影から出てきた剣を握り、

 

「ハンデとして、剣の強さは今のお前と同じにしてやろう。時間内に、私を殺せるかな、人間。」

 

と、彼の剣を片手で防ぐ。

そしてロクロウ以上の剣のぶつかり合いが始めまる。

エレノアが困惑しながら、

 

「あのシグレ様と互角⁈」

 

それは後から来た対魔士達も驚いていた。

裁判者は彼の剣を受け流し続ける。

そして距離を少し開け、

 

「さて、受け止めらえるか。」

 

おもいっきり振り上げた。

それは斬撃となり、彼を襲う。

剣の対魔士は剣の刃を横にして、その斬撃を防ぐ。

そのまま後ろに数十メートル下がり、膝を着く。

 

「あのシグレが膝を着いた!」

 

ロクロウが目を見張る。

裁判者は剣をしまい、

 

「時間切れだ。」

 

そう言って、ベルベット達に近付く。

剣の対魔士が立ち上がり、

 

「待ちな。まだ終わっちゃいないぜ。」

「言ったろ、時間切れだと。……ムルジムだったか、ちゃんと言い聞かせておけ。次はないとな。」

 

裁判者はネコの聖隷を見据える。

裁判者はベルベット達を影で掴むと、指をパチンと鳴らす。

彼らの姿はその場から消えた。

 

 

彼らは港から船の上に変わる。

と、帽子に鳥を乗せた青年が、

 

「ふ、副長⁉」

「ベンウィックか……と言うことは、ここはバンエルティア号か。」

 

アイゼンは辺りを見渡す。

ライフィセットは辺りを見渡し、目をパチクリしていた。

エレノアは困惑し、

 

「どうなってるのです⁉」

「私に聞かないで。」

 

ベルベットはそっけなく言う。

マギルゥは目を細めて、

 

「相変わらず、おっそろしいほどの力よのぉ。」

「……言ったろ、時間切れだと。」

「うむ。船が来たから、時間切れ。これまた手際がいいのぉ。じゃが、クロガネも連れてきてしまったが良いのかえ?」

 

と、後ろの業魔≪ごうま≫クロガネを見る。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「いらないのなら、海にでも捨てろ。」

「おぉ~コワ!」

 

マギルゥはクルクル回る。

業魔≪ごうま≫クロガネはベルベット達を見て、

 

「構わない。元々、一緒に行くつもりでだった。俺は、必ず神剣を超える刀を打ってみせる。だが、“號嵐”に勝つには、その刀を振るう……神業を超える剣士が必要だ。」

 

と、ロクロウを見る。

ロクロウは業魔≪ごうま≫クロガネを見て、

 

「俺よりも、アイツの方が強い。それでも、俺を選んでくれるのか。」

「ああ。お前の、ヤツに対する想い≪恨み≫に、俺はかける。頼む。」

「……アイゼン、船にこの鎧を乗せる場所はあるか?」

 

と、アイゼンを見る。

アイゼンは二人を見て、

 

「なければ誰かに着せろ。大体、ここはもう船の上だ。」

「はは、それもそうか!頼むぜ、クロガネ。」

 

ロクロウはニット笑って、業魔≪ごうま≫を見る。

彼の頭はないが、彼は頷き、

 

「任せろ。」

 

と、業魔≪ごうま≫クロガネは船の船員と話し始めた。

アイゼンはマギルゥを見て、

 

「だが、お前は裁判者を知っているんだな。」

「儂は、裁判者に縋った者じゃからな。」

 

と、マギルゥは目を細める。

アイゼンは腕を組み、

 

「なるほどな。」

「ところで、裁判者や。お主はこの船を知っておったのか?」

 

マギルゥは顎に指を当てて、裁判者を見る。

裁判者は船の壁に寄りかかり、

 

「この船をアイフリードに教えたのは私だからな。あの遺物を取りに、異大陸に行きたいと言って奴に『死神が乗る世にも珍しい船がある。お前にとっても縁のある出会いとなる』と、教えてやった。」

「やはり貴様はアイフリードと‼」

 

アイゼンは睨む。

裁判者はアイゼンを見据え、

 

「あれは変わった人間だな。願いで私を呼んだ訳でもないのに、私を引き寄せたのだからな。だが、呼び出しただけはある人間だった。私を恐れもせずに食い掛かって来て、質問攻めにしてきたぞ。おかげで、こっちは審判者に呆れられた。あの審判者に、な。」

 

と、若干雰囲気が恐くなる。

マギルゥが手を叩き、

 

「それはまた今度にしようぞ。まずは、グリモワールを見つけて古文書解読じゃ!」

「……グリモワールの元に行くのか。」

 

裁判者はマギルゥを見る。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「うむ。坊、あの本を見せてやるといい。」

「う、うん。」

 

ライフィセットは本を取り出し、裁判者に手渡す。

裁判者はそれを受け取り、

 

「……聖主カノヌシの紋章か。」

 

そしてパラパラと見て、

 

「……やつめ。まさかここまで突き止めているとは。だが、確かにこれは、グリモワールではなくては読めぬだろうな。」

 

そう言って、本をライフィセットに渡す。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「あんた、その本が読めるのね!だったらここで――」

「断る。」

「はぁ⁉」

 

ベルベットはさらに眉を寄せる。

裁判者は壁から離れ、

 

「教える道理がない。」

 

そして船の一番上に上がって行った。

ベルベットは怒鳴りながら、

 

「ちゃっと!」

「諦めるのじゃ、ベルベット。あ奴は昔からああなのじゃ。子どもの頃、儂の前にフラッと現れては消え、現れては消えを何度か繰り返しておった。ま、あ奴にとっては唯の実験なのじゃ。儂らとの距離を測る、な。」

 

と、冷たい笑みを浮かべる。

そして小声で、

 

「それでも、あの頃の儂にとっては救いだった……」

 

それは裁判者以外、誰にも聞こえない。

だが、ベルベットは納得のいかない顔になる。

ロクロウは腕を組み、

 

「だが、あのシグレとやり合って、ヤツに膝を着かせたんだ。剣の相手になってくれんかな。」

「止めとけ。命がいくつあっても足りん。」

 

アイゼンがロクロウを見据える。

ビエンフーもロクロウを見て、

 

「そうでフよ~。これ以上裁判者に手を出して、巻き添えになるのはゴメンでフ~!大体、今回はあれですんで、まだ良かった方でフよ~。あれは、まだまだ遊びに過ぎないでフかなね。」

「そうなのか?」

 

ロクロウは首を傾げる。

ビエンフーは腰に手を当てて、

 

「そうなのでフ~。裁判者や審判者がその気になれば、世界なんて簡単に破壊できるでフよ。現に、『クローズド・ダーク』の時だって、裁判者の逆鱗に触れたからって言う噂だってあったくらいでフから。」

「待って下さい。それって確か……だとしたら、彼らは何歳だというのですか⁉」

 

エレノアが眉を寄せて、ビエンフーを見る。

ビエンフーはキョトンとしながら、

 

「そんなもの世界ができた時からでフよ~、エレノア様~♪」

 

と、抱き付こうとするビエンフーを、マギルゥが捕まえて、

 

「ビエンフー、お主……お仕置きが必要じゃな。」

「ま、マギルゥ姐さん‼」

 

ビエンフーはガタガタ震え始める。

アイゼンはそれを見据え、

 

「やはりお前は……」

 

そしてマギルゥはクルッと回り、

 

「さて、坊。進路はわかっておるな?」

 

ライフィセットは頷き、

 

「うん!サウスガンド領、南洋諸島イズルト!」

 

と、指を指す。

 

各々休息を取っていた。

そしてライフィセットはアイゼンを見上げる。

 

「ロクロウのお兄さん、強かったね。それに裁判者さんも。」

 

ライフィセットは思い出しながら言う。

アイゼンは眉を寄せて、

 

「ああ、奴は……奴らは強い。そしてアイツもな。」

「けど、必要なら倒す。どんな手を使ってでも。」

 

後ろで、ベルベットは眉を寄せて、拳を握りしめる。

 

 

しばらくして上から降りてきた裁判者。

甲板に座り、海を眺めていた。

と、斜め後ろから独り言が聞こえてくる。

 

「ベルベットの業魔≪ごうま≫手、それに裁判者のあの影や力……あの謎だらけの“武器”は、いずれは聖寮に仇なすものとなるはず。ここは冷静に分析しておく必要がありますね。」

 

と、視線を向けるとエレノアが顎に指を当てて、考え込む。

 

「ですが、裁判者の方は謎が多すぎる。情報が足りません。なら、ここはベルベットについて分析するのが道理。そもそも、ベルベットの腕は突然変形して、なんでも喰らうあの破壊力。手で喰らうという感覚はどのようなものなのか。あの業魔≪ごうま≫手は包帯を喰らわないのか……あるいは包帯に特殊な術がかけられているのか。」

 

と、眉を寄せる。

その後ろを、ロクロウが呆れたように通り過ぎて行く。

それには気付かず、考え込む。

 

「同様に、あの服装にも注目せねばなりません。あれほどにボロボロな服を着ていることには抵抗があるはずなのに、買い替えるそぶりもない。裏を返せば、あの服に思い入れがあるという証。上着もよく見ると大きすぎて……まるで男物!もしかすると、あれはベルベットにとって大切な人との思い出の……なら、服装に触れるのは無神経ですね。」

 

その後ろを、今度はアイゼンが無言で通り過ぎて行く。

それには気付かず、自信満々に、

 

「こう見えても私は裁縫は得意……!ここは買い替えよりも、修繕を勧めるべきかも。見るところ、針の通りにくそうな素材でしたから、かなり骨の折れる作業になりそうですが……」

 

その後ろを呆れたように、今度はマギルゥが通っていく。

そのマギルゥを裁判者は黙って、合図を送って来させる。

エレノアはガッツポーズを取り、

 

「敵が強いほど、私は燃えるタイプ!などと言うと、アルトリウス様には叱られてしまうでしょうが……」

「誰に叱られるって?」

 

と、今度は落ち込んだエレノアの背に、ベルベットが声をかけた。

エレノアはビックンと大きく動揺し、

 

「あ、は、はい‼その……お裁縫を!」

 

そして深呼吸をして、

 

「えっと……あなたのその服が破れているので、縫いましょうかなんて言ったら叱られ……ますよね。」

「えっ、あたしの服……?あんた、そんなこと気にしてたの?」

 

ベルベットは意外そうな顔になる。

 

裁判者に近づいたマギルゥは、裁判者の横に座り、

 

「なんじゃ?」

「あれは何で、心の声をわざわざ聞こえるように言っているのだ。」

 

裁判者は横目で、エレノアとベルベットを見る。

二人は話し始めている。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「そういう人間なのじゃ。いやはや、なんとも面白いのぉ~。」

「お前以上に、か。それは変わった人間だ。」

「お主に言われとうないなぁ~。」

 

と、マギルゥはさっきとは違った笑みを浮かべる。

そして裁判者が見ていた二人は、ベルベットが彼女から離れる所だった。

裁判者は立ち上がり、海側に足を出して座る。

その背に、バンエルティア号の船員達が、

 

「落ちるなよ、お嬢ちゃん。」

 

と、声を掛ける。

裁判者は顔だけ彼らに向け、

 

「では、落ちたらお前達の死神のせいにしておけ。奴の死神の力が私にも及ぶか、いい実験にする。」

「では、落ちて魚のエサにでもなれ。」

 

と、アイゼンがその背を睨む。

裁判者は横目で彼を見て、

 

「逆にお前が、私のエサにならないといいな。だろ、死神……いや、アイゼン。」

「その時はその時だ。だが、ただではエサにはならんがな。」

 

と、睨み合っていた。

マギルゥが笑いながら、

 

「いやはや、死神に邪神が加わって……さらにこの旅をはちゃめちゃにしてくれそうだのぉ~。」

 

そしてマギルゥは目を細める。

裁判者は黙り込み、何かに気付く。

目線でだけで船を見渡し、

 

「アイゼン、仲間を失いたくなければ……近くの港に行く事だな。」

「……何を……!」

 

アイゼンは船員達を見る。

船員が急に三人倒れ込む。

他の船員が駆け寄る。

アイゼンは背を向けて、

 

「裁判者、何故それを教えた。」

「……せっかく船に乗ったと言うのに、死なれては実験にならんだろう。」

「貴様!」

「いいのか。」

「クソッ!」

 

アイゼンは上の方に上がって歩いて行く。

裁判者は再び海に向ける。

上の方からは緊迫したアイゼンの声が響く。

 

「ベンウィック、進路変更だ。レニード港へ向かう。」

「副長、急にどうしたんですか⁉」

「“壊賊病”だ。下で三人倒れた。最初の兆候は三日前みたいだ。お前はどうだ?」

「俺はまだ大丈夫。けど、三日目ってことはこの船全員もらってますよね?」

「おそらくな。しかし、レニード港に行けば治療薬が手に入るはずだ。」

「すぐにみんなの状況確認します。」

「全員水分を多めに摂らせろ。自分の分も忘れるなよ。」

「了解!全員、緊急態勢ー!」

 

と、船に声が響き渡る。

 

 

彼らはレニード港に着き、船から降りて話し込んでいた。

裁判者は雨降る空を見上げ、

 

「ここは……ついでに様子を見るか。」

 

裁判者も船から降り、彼らの所に着いて行く。

ライフィセットは首を傾げる。

 

「あなたも行くの?」

「ああ。見たいものがあるからな。」

 

と、目を細める。

 

港を抜け、橋を渡って町に入る。

薬屋に行き、

 

「サレトーマの花が欲しい。」

 

アイゼンが亭主の背に声をかける。

亭主は振り返って、

 

「珍しいモノを欲しがるね。もしかして、壊賊病かい?」

「ああ、最初の奴が熱を出して三日経つ。早いとこ手当をしてやりたい。」

「そうか……あいにく、切らしちまってるんだ。」

「なぜ品切れになる?今が花の季節だろう。」

 

アイゼンは眉を寄せて睨む。

亭主は脅えながら、

 

「サレトーマが咲くワァーグ樹林に業魔≪ごうま≫が出てな。聖寮が樹林への立ち入りを禁止しちまったんだ。」

「立ち入り禁止……?退治していないのですか?」

 

エレノアが亭主を見る。

亭主は肩をすくめ、

 

「よくわからんが、探してもめったに見つからんらしい。百回に一回出くわすかどうかだとか。」

「それ、危険じゃないだろう?」

 

ロクロウが腕を組む。

亭主は首を振り、

 

「だが、出会って生きて帰った者はいないんだ。」

「壊賊病、薬はない、聖寮に、妙な業魔≪ごうま≫。いよいよ“死神の呪い”全開じゃのー。」

 

と、マギルゥが目を細めて、笑う。

エレノアは首を傾げる。

亭主はアイゼンを見て、

 

「他の街から取り寄せられるかもしれないけど、発熱三日じゃ、間に合うかどうか……」

「ワァーグ樹林にいけば、サレトーマの花は咲いてるのね?」

 

ベルベットが亭主を見る。

亭主は頷き、

 

「たぶんな。でも業魔≪ごうま≫が……」

「ワァーグ樹林に向かうわよ。」

 

ベルベットが亭主に背を向けて歩いて行く。

裁判者はその背に、

 

「行くのであれば、気は抜くなよ。」

「言われなくても。」

 

裁判者も歩き出す。

ワーグ湿原を越え、ワァーグ樹林に向かう。

他の者達も歩き出し、後ろで歩いていたエレノアは、

 

「あの、ライフィセット、死神の呪いってなんなのですか?」

「……アイゼンは自分の周りの人たちを、不幸にする力をもってるんだって。」

 

ライフィセットはエレノアを見る。

エレノア顎に指を当てて、

 

「それは……聖隷の特殊な力ですか?」

「ただの不幸ではないぞ。海門要塞では、突然業魔≪ごうま≫病が大発生したし、海賊団にも、多くの死者が出ておる。」

 

マギルゥが笑みを浮かべる。

エレノアは眉を寄せ、

 

「そんな話……にわかには信じられません。」

「死神の呪いは本物でフー‼」

 

と、ビエンフーが飛び出してくる。

そして肩を落としながら、

 

「ボクがエレノア様から引き剥がされ、マギルゥ姐さんにフん捕まったのも呪いのせいでフー!」

「そう……なの?」

「エレノア様の涙が渇くよう、頬をフーフーした日々が、恋しいでフー。」

 

と、頬を赤く染めて、くねくねする。

エレノアも頬を赤くし、

 

「えっ⁉ちょっと……!」

「ここでエレノア様にフタタビ会えたのも、フシギなご縁。あらためてエレノア様のもとへ……」

 

ビエンフーはニヤニヤし出す。

マギルゥは笑顔で、

 

「好きにするがよい。」

「いいんでフか⁉」

 

ビエンフーは大喜びする。

マギルゥは物凄い笑顔で、

 

「とめはせぬ。乙女の秘密をペラペラしゃべる聖隷が欲しいならのー。」

「結構です!私にはライフィセットという守るべき聖隷がいますから。」

 

と、エレノアはライフィセットに近付く。

ビエンフーは肩を落とし、

 

「そんなぁ~!今はライフィセットに、涙をフーフーしてもらってるのでフーか~?」

「してもらってませんってば!もう、あんたなんて知りません!」

 

と、前に勢いよく歩いて行く。

ビエンフーは涙を流しながら、

 

「ビエ~ン……!」

 

と、飛んでいく。

その先には裁判者の背中。

ぶつかる前に、飛んで来たビエンフーを影が捕まえる。

裁判者は後ろの会話を聞いていたので、ビエンフーが来るのは解っていた。

だが、彼を横目で睨む。

そして影に締め付ける。

 

「ビエ~ン‼マギルゥ姐さん‼助けてでフ~‼」

 

と、いう声が響き渡る。

マギルゥはそれとエレノアからライフィセットを離すベルベットを見て、

 

「これも死神の呪いかの……」

 

アイゼンは手を広げて肩を上げる。

さらにはため息もついていた。

と言うよりかは、呆れていた。

 

しばらくして落ち着いたエレノアは、

 

「で、結局の所……死神の呪いは本当なんですか?どうも信じられないんですが……」

「そういうこと言っておると、急に腹痛になったり、靴擦れしたり、口の中に虫が飛び込んだりするぞ。」

「虫……⁉」

 

答えたのはライフィセットではなく、マギルゥがニヤリと笑いながら言う。

それにエレノアは目を見張り、ライフィセットも脅える。

 

「姐さん、テキトーなこと言って、エレノア様を怖がらせちゃダメでフ~!」

 

と、裁判者の影から解放されたビエンフーが飛んでくる。

そして思い出すように、

 

「これまでにバンエルティア号を取り締まった、海軍の軍艦が四隻も行方不明になってるとか。アイゼンが泊まった島の男が業魔≪ごうま≫病になったとか、肩がぶつかった人が笑いが止まらなくなって死んだとか。そういえば、裁判者とばったり会ったら、その辺り一帯が謎の現象が続いたとか――」

「やめてください。そっちの方が怖いです……」

 

エレノアは大声で止める。

そこに後ろに居たアイゼンが、エレノアを見て、

 

「つくり話だ。」

 

そして彼は腕を組み、

 

「軍艦が七隻、島民は男だけじゃなく全員、ぶつかった奴は笑いじゃなくてしゃっくりだからな。だが、裁判者の話は本当だ。あの辺り一帯は大地が枯れ、荒れ地となった。」

「ひえ……っ⁉」

「こ、こわいでフ~……!」

 

エレノアとビエンフーは脅えながら、アイゼンから離れる。

そこにロクロウが、

 

「だが、壊賊病に関しては心配いらんだろう。サレトーマの花を絞って飲めばいいんだから。」

「花が咲いていれば、ね。」

 

その横からベルベットが呆れたように言う。

そして彼らの前に居た裁判者も、

 

「そして、その道中に発作がでなければ、な。」

 

と、横目でエレノアを見る。

ロクロウが納得したように、

 

「ああ、それはそうだ。」

「嫌な予感がしますね……」

 

エレノアは頭を抱える。

裁判者は目を細めて、

 

「ああ。あるだろうな。」

 

そう言って前を向く。

ワァーグ樹林に入り、少し休息を取っていた。

アイゼンはいつものように、コイン投げ、キャッチする。

それを見たマギルゥは、

 

「やはり“裏”か。死神の呪いも律儀に作用するのー。」

「呪いとは……金貨の裏表にまで関わるのですか?」

 

エレノアもそれを見て、聞いた。

アイゼンはエレノアを見て、

 

「まあな。」

「聖隷の力は、モノに影響を及ぼしたり、モノが持つ波長に同調することがあるんじゃよ。」

 

マギルゥが指を立てて、説明する。

エレノアは驚きながら、

 

「あなたの場合は、その金貨だと?」

「ああ。だから必ず裏が出る。」

 

そして、再びコインを投げ、キャッチする。

それは裏だった。

エレノアは眉を寄せ、

 

「そんなことが……」

「信じる信じないは、お前の自由だ。」

「付け加えるのなら、その金貨はアイゼンの器じゃよ。」

 

マギルゥはアイゼンの言葉を付け加える。

エレノアは顎に指を当てて、

 

「……ライフィセットが羅針盤を持っているのも、その、波長のせいなのですか?」

「そうとも言えるが、あの羅針盤はあいつが男である証のようなものだ。」

 

アイゼンはライフィセットを見る。

 

「証?」

 

エレノアも首を傾げながら、ライフィセットを見る。

 

「錆びないように、よく磨いておかないと。」

 

そこには羅針盤を嬉しそうに磨いている姿。

エレノアは腕を組み、

 

「よくわかりませんが……」

「やれやれ、一等対魔士のクセに、な~んも知らんのじゃのー。」

 

と、ニヤリと笑う。

エレノアは頬を膨らませる。

だが、それを飲込み、視線を外しながら、

 

「それにしても、裏面しか出ないコインなんて。聖隷の力が、そこまで影響を及ぼすものなのですか?」

「疑り深い女じゃのー。」

 

マギルゥは呆れたように、エレノアを見る。

そして羅針盤を磨き終わったライフィセットが、エレノア達に近付き、

 

「でも、アイゼンのコインは本当に裏しか出ないんだよ。」

「マギルゥ……ひょっとして、あなたが術でイタズラしているのでは?」

 

と、呆れたように目を細める。

マギルゥは笑みを浮かべて、

 

「ほう、そうくるか?」

「ええ、疑り深い女ですから。」

「根に持つ女でもあったかえ。じゃが、残念ながらハズレじゃ。むしろ、術で表を出そうと試みたが、ど~してもできんかったわい。」

 

と、笑う。

アイゼンはエレノアにコインを見せ、

 

「コインに種も仕掛けない。確かめてみるか?」

「あ!これは……『魔王ダオス』!」

 

エレノアはアイゼンの手の平に乗っているコインを見て、驚く。

アイゼンは小さく笑い、

 

「よく知ってるな。これはカーラーン――」

「カーラーン金貨ですね!本物を見るのは初めてです。遥か古代の貨幣なのに、つい最近つくられたみたいにきれいですね。」

 

と、エレノアは目を輝かせる。

アイゼンは嬉しそうに、

 

「ふっ……それには理由がある。一見柔らかい金でできているが特殊な加工で硬度を――」

「はい、傷がつきやすい金の表面に、指の温度に反応する特殊な形状記憶合金をメッキしてあるんですよね。だから傷がつきにくい。」

「そう……か。」

 

指を当てて、嬉しそうに解説するエレノア。

アイゼンは引きつった顔で、渋い顔になる。

エレノアはさらに続ける。

 

「私たちには真似できない未知の技術です。これに仕掛けをするのは無理ですね。死神の呪い……認めざるをえないかも……」

 

と、一人納得しているエレノアの言葉に、聞き耳を立てていたロクロウが、

 

「ん?表面を硬くする加工じゃなかったか?」

「……勘違いだろう。」

 

そんなロクロウに、アイゼンはすました顔でいう。

ライフィセットも首を傾げ、

 

「でも、前にアイゼンは……」

「そういうことにしておきなさい。」

「うん……」

 

ベルベットが小声でライフィセットに言う。

そして一行は再び歩き出す。

アイゼンは腕を組み、歩く。

 

「形状記憶……ううむ、そんな技術が……」

 

裁判者はその彼の横を通りながら、

 

「今回は勉強不足だった、と言うわけだな。と言うよりかは、知識が足りなかったか。」

「それは同じことではないか?」

 

と、マギルゥもアイゼンの横を通りながら、裁判者の背に言った。

アイゼンは眉をピクッと動かしながらその後ろを歩いて行く。

 

歩いていると、ライフィセットが首を傾げながら、

 

「サレトーマって、どんな花が咲くのかな?」

「むらさき色の花に、赤茶色の茎や葉っぱというなんともシュミの悪い花じゃ。」

 

マギルゥが指を当てて、ライフィセットに教える。

ライフィセットは顎に指を当てて、

 

「サレトーマはシュミが悪い……わかった。」

「それと、サレトーマの花言葉を知っておるか?」

 

と、マギルゥは笑みを浮かべる。

エレノアが思い出しながら、

 

「確か……『偽りの共存』でしたか?」

「花言葉までシュミが悪いのね。」

 

ベルベットは呆れたように言う。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「偽りの、共存……」

「くくく、今の儂らにはピッタリな花じゃのー。のう、裁判者。」

 

と、マギルゥは笑いながら、裁判者を見る。

裁判者は歩きながら、

 

「だろうな。このメンツではな。」

 

すると、ライフィセットは考え込んでいた。

それに気付いたロクロウが、

 

「どうした、ライフィセット。」

「マギルゥの言う通り……なんだよね?」

「まあな。エレノアは聖寮の人間だし、あの裁判者は掴みどころがわからんし、俺たちと心から仲よくするってのは無理な話だろうな。」

 

と、ロクロウは苦笑する。

ライフィセットは俯き、

 

「だよね……」

「あ、でも、いがみ合うばかりではなく、その……共通項というか、落としどころはあると思いますけど。」

 

俯くライフィセットにエレノアがあたふたしながら言う。

その間に、

 

「偽りの共存でも、ノープロブレムでフよ~‼エレノア様にはボクがいるでフ~‼」

 

ビエンフーが割って入り、

 

「ボクとエレノア様は、一度は永遠を誓いあった仲なんでフから~♥」

 

と、エレノアに近付いて行く。

エレノアは眉を寄せ、

 

「あなたを使役する契約をしただけです。誤解を招くような言い方はやめてください。」

「ビエ~ン‼エレノア様……ソー・クール……」

 

泣いて飛んでいく。

その先には裁判者の背がある。

そしてまたしても、影がビエンフーを捕まえる。

 

「ビエ~ン‼お助けでフー‼」

「大丈夫じゃぞ、ビエンフーよ。お主には儂がおるではないか!」

 

と、影からビエンフーを取り出すマギルゥ。

ビエンフーは笑顔になり、

 

「おお、マギルゥ姐さん!やっぱりボクには姐さんしかいないでフ~……」

 

マギルゥは笑顔で、

 

「よしよし、儂のありがた~い恩を思い知って、文句を言わずに働くのじゃぞ♪」

「はいでフ~!新しい愛を見つけるまで、そこそこ頑張るでフよ~。」

 

と、互いに笑顔を向け合う。

ベルベットは呆れながら、

 

「ライフィセット。偽りの共存って、ああいうのを言うのよ。」

「業魔≪ごうま≫と対魔士、聖隷と海賊と魔女と裁判者……確かに俺たちは、一心同体にはなれんが、お互いの立場を偽りなく理解しているはずだ。」

 

アイゼンがライフィセットを見下ろす。

ライフィセットは頷き、

 

「うん、偽りの共存じゃないよね。」

「ああ。約一名を除いてな。」

 

アイゼンは裁判者の背を睨む。

ライフィセットは渋い顔になって、

 

「偽りの共存じゃ……ないよね?」

「まあね。『勝手な共存』といったところよ。」

 

ベルベットが呆れたように言うと、ライフィセットは笑い、

 

「あはは、そうかもね。」

 

エレノアは悲しそうに、拳を握りしめる。

裁判者は彼らを横目で見て、

 

『……なんとも難儀な理だな……』

 

と、歩いていると巡回中の対魔士と遭遇する。

 

「貴様ら、ここで何をしている!」

「それは、こっちのセリフよ!」

 

と、ベルベット達は身構える。

裁判者は対魔士の横を通り、

 

「私は先に行っているぞ。」

「貴様!」

 

と、対魔士が裁判者の肩を掴む。

裁判者は赤く光る瞳が横目で彼を見ると、

 

「……⁉く、来るな―‼」

 

と、彼は脅えながら、武器を振るう。

他の対魔士は彼を見ながら、

 

「貴様!何をした⁉」

「では、先に行っているぞ。」

 

裁判者は奥に向かって歩いて行く。

しばらくして、裁判者は彼らの居る方を横で見据えていた。

 

『……反応は、している……か。』

 

そしてすぐに対魔士を倒して、ベルベット達が追いかけて来た。

ベルベットは怒りながら、

 

「あんた!」

 

だが、彼女の文句を言う前に、裁判者は彼らを見て、

 

「良かったな、花は咲いているぞ。」

「あっ……本当だ!むらさき色の花が咲いてる!」

 

ライフィセットは嬉しそうに花に駆けて行く。

アイゼンもその花を見て、

 

「サレトーマの花だ。」

「……聖寮は、業魔≪ごうま≫を警戒していただけなのか?」

 

ベルベットは腕を組み、顎に指を当てて考え込む。

アイゼンは腕を組み、

 

「今は、サレトーマが採れればそれでいい。」

「そうね。」

「無事に採れれば、な。」

 

と、裁判者はベルベットとアイゼンを見据える。

それと同時だった。

 

「うわああっ‼」

 

ライフィセットの悲鳴が上がる。

彼の前に強大なムシのような業魔≪ごうま≫が突如現れる。

 

「「ライフィセット‼」」

 

ベルベットとエレノアがライフィセットに駆け寄る。

ベルベットが剣を振り上げ、ライフィセットから業魔≪ごうま≫を離す。

ロクロウが剣を構え、

 

「薬屋が言っていた業魔≪ごうま≫は、こいつか!」

「滅多に出会わないと言っていたのに……これが“死神の呪い”⁉」

 

エレノアも武器を構えながら、眉を寄せる。

アイゼンは敵を睨みながら、

 

「まだ序の口だ。」

 

と、ムシの業魔≪ごうま≫は飛んで逃げ出そうとしたが、結界のようなものがそれを弾く。

裁判者はそれを見て、

 

『やはりここも、あれか……それにあれをちゃんと防いでいるな。』

 

裁判者が考え込んでいる間に、ベルベット達は戦闘態勢に入っていた。

戦う彼らに、

 

「花を潰してはもともこもないぞ。」

「わかってるわよ!」

「何をそんなに怒っている。」

「うるさい!」

 

怒るベルベットに裁判者は「やれやれ」と言うように、黙って見ていた。

そしてムシの業魔≪ごうま≫を殺しそうになるベルベットの前に出て、

 

「しばし待て。」

「は⁉」

「いいから待て。」

 

裁判者はベルベットに睨む。

ベルベットは眉を寄せながらも、

 

「わかったわよ。」

 

裁判者はムシの業魔≪ごうま≫を見上げ、

 

「……うむ。そうか……いいだろう。」

 

裁判者は影から弓を取り出し、雷を纏った矢をムシの業魔≪ごうま≫に放つ。

そしてムシの業魔≪ごうま≫は小さくなっていき、カブトムシのようなクワガタムシのような虫へと変わる。

裁判者は影に弓をしまい、

 

「もういいぞ。」

 

彼らに振り返る。

エレノアは驚きながら、

 

「あの影は本当にどうなっているのです⁉というより、虫と会話してませんでした⁈」

「知らないわよ。私に聞かないで。」

 

ベルベットがエレノアを睨む。

マギルゥが笑みを浮かべて、

 

「素直に何も知らぬと言えばよいものを……」

 

ベルベットはマギルゥにも睨む。

マギルゥは身をすくめ、

 

「おお、コワ~。」

 

そしてライフィセットが小さくなったムシの業魔≪ごうま≫に歩み寄り、それを持ち上げる。

彼はベルベットを見て、

 

「この虫、連れて行っちゃ――」

「ダメよ。処分するからどいて。」

 

と、ライフィセットに近付く。

ライフィセットは悲しいそうにムシを見つめる。

そして左手を業魔≪ごうま≫の手にして、近付ける。

裁判者はそのベルベット手を掴み、見据え、

 

「いいのか、せっかく手に入れたのに。」

「は?」

 

ベルベットは眉を寄せる。

その背に、

 

「そいつの言う通りだ。聖寮が守っていたんだ。殺さずに様子を見たほうがいいんじゃないのか?」

 

ロクロウが腰に手を当てて言う。

裁判者はベルベットの手を放し、

 

「ま、殺したのなら、それはそれで構わないがな。」

 

ベルベットはライフィセットを見つめる。

ライフィセットはベルベットを見つめる。

ベルベットはため息をついた後、ライフィセットの後ろの結界に左手で掴み、壊す。

そしてライフィセットを見て、

 

「自分で世話をするのよ。」

「うん!世話する!」

 

と、嬉しそうに笑顔で頷く。

アイゼンは辺りを見渡し、

 

「サレトーマの花を確保できた。これで船の連中も、エレノアも大丈夫だ。」

「こら!儂も数えーい!」

 

マギルゥはアイゼンに向かって怒る。

エレノアはアイゼンを見て、

 

「壊賊病という“死神の呪い”も解けましたね。昆虫業魔≪ごうま≫には驚きましたけど、“呪い”なんて、やはり大げさな気もします。」

「それと、これとは別物だからな。」

 

裁判者はアイゼンを見据える。

アイゼンは背を向け、

 

「……俺と旅をして、三年以上生き延びている奴は数えるほどしかいない。油断すると五十人目の犠牲者になるぞ。」

 

と、横目でエレノアを見据える。

エレノアは眉を寄せ、

 

「五十人⁉」

「呪いで死んだ仲間の数だ。」

「えっ……あ、あの私……」

 

エレノアは視線を外して俯く。

アイゼンはエレノアに振り返り、腕を組み、

 

「気を抜くなということだ。」

「……はい。」

 

エレノアは顔を上げて、頷く。

ベルベットは歩き出しながら、

 

「目的の花は採れた。船に戻るわよ。」

 

裁判者も歩き出す。

その後ろに彼らも歩き出す。

と、後ろの方でエレノアの驚いた声が聞こえてくる。

 

「え⁉業魔≪ごうま≫が人間に戻る?」

 

裁判者は後ろを見る。

ロクロウが不思議そうに、

 

「そんなに驚くことか?」

「当然です!業魔≪ごうま≫病になった者は、二度と人間の姿には戻れない。これは常識ですよ。……でも、ギデオン司祭の例もある。あの件となにか関係が……」

 

と、エレノアは一人考え込む。

ロクロウは呆れたように、

 

「戻るっていっても死体なんだが……常識だったのか?」

「……海賊には関係ないことだ。」

 

ロクロウはアイゼンを見るが、彼は視線を外して言う。

裁判者は彼らを見て、

 

「常識の力ではないからな、あれは。お前たち対魔士や聖隷の力でもなく、ただの業魔≪ごうま≫の力でもない。」

「それはどういう……」

「ただ、お前たちの常識ではないと言うことだ。」

 

裁判者は彼らを見据え、そして視線を前に戻して歩いて行く。

後ろからはマギルゥの笑い声が響く。

船に向かって歩いていると、ベルベットも会話に加わり、喧嘩や笑い、困惑といった話で盛り上がっていた。

と、言っても裁判者には興味がないのが現状である。

 

途中、また巡回対魔士を見つける。

物陰に隠れ、彼らの会話を聞く。

 

「なあ……例の“手配聖隷”、こっちを襲うと思うか?」

「奴の狙いは“ロウライネ”だろう。だが、気を抜くなよ。揺動で“虫かご”を壊しにくる可能性はある。」

 

それを聞いたベルベットは、

 

「手配聖隷……狙いはロウライネ……?」

 

巡回対魔士の話は続く。

 

「しかしヘラヴィーサを破壊した業魔≪ごうま≫といい、裏切り者のエレノアといい、なにより第一級指名手配犯の件は特等対魔士以外は手を出すな、と言う命が出たしな。まったく問題ばかりだな。」

「それに対処するのが我らの使命だ。」

 

そう言って歩いて行く。

ロクロウはベルベットを見て、

 

「聖寮がなにやら動いているようだな。」

「“虫かご”とは、さっきの結界のことか?」

 

アイゼンが腕を組む。

マギルゥは頭に手をやって、

 

「じゃとしたら、儂らが襲ったことがバレるの。」

「早めに立ち去るのが正解ね。」

 

ベルベットが再び歩き出す。

裁判者は顎に指を当てて考え込む。

 

『さて、どうするか……いちを、確かめておくか。』

 

と、歩き出す彼らに付いて行く。

ノーグ湿原に戻り、中間地点に来ると、

 

「よう~!元気かい?って、よく見えりゃあ、裁判者もご一緒とは珍しい。」

「ザビーダ!」

 

と、アイゼンは風の聖隷に殴り込みに行く。

だが、風の聖隷は銃を構え、

 

「おっと、ケンカの相手はまた今度だ。デートに遅れるわけには行かないんでな。」

「……“それ”はアイフリードの物だ。なぜてめぇが持ってる?」

「拾ったんだよ、どっかで。」

「茶化すなケンカ屋。力づくでも話させる。」

「はっ!副長さんよ、あんたは殴られたら口を割んのか?」

「試されるのはてめぇだ。」

「話したきゃ話す。殴りたきゃ殴る。それを決られるのは、俺の意志だけだ。」

 

と、睨み合う。

裁判者は町とは別の方に歩き出し、

 

「では、勝手にやってろ。私は別行動させて貰う。」

「は⁉」

 

ベルベットは裁判者を睨む。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「どうせ、お前達とは行先は同じだ。」

 

裁判者は歩いて行った。

 

裁判者はある建物の前に来る。

巨大な塔を見上がる。

 

「……クローディンの編み出したという術式か……と言うことは、クローディンに縁あるものか……」

 

そして中に入って行く。

中に入り、裁判者は身を拘束される。

体には自分の周りに囲う魔法陣から鎖が出ている。

 

「なるほど……な。少しだけ、遊んでやるか。」

 

影がその拘束を喰らいつく。

それが消え、歩き出す。

その途中も、裁判者の影は術式を喰らい尽くしながら上へと歩いて行く。

 

裁判者は空高く天井が開いている場所に来る。

そして下を見る。

そこにはベルベット達が三体の業魔≪ごうま≫ワイバーンを倒したところだった。

裁判者は真下に向かって降りる。

真上から現れた裁判者を見て、ベルベットが眉を寄せる。

 

「あんた!」

「いやはや、先に行ったお主が後から、それも上から出てくるなんて、何をしておったのだ?」

 

マギルゥが目を細めて言うと、裁判者は空を見上げ、

 

「人間と遊んでいた。だが、役不足だな。」

「は?」

 

裁判者は業魔≪ごうま≫ワイバーンに近付き、

 

「なるほど……ジークフリードの力を使ったか。だが、穢れに飲まれたな。」

 

裁判者がそう言うと、アイゼンが裁判者を見据える。

と、そこに風の聖隷が老人の対魔士をペンデュラムで拘束し、銃の銃口を頭に押し付けてやって来た。

 

「策士策に溺れるってやつだな、ジジイ。」

「溺れたのはどっちかな。」

 

そう言って、老人の対魔士は業魔≪ごうま≫ワイバーンの方を見る。

風の聖隷も見ると、ベルベットが左手で業魔≪ごうま≫ワイバーンの一体を喰らい、アイゼンが業魔≪ごうま≫を打ち上げる。

落ちた業魔≪ごうま≫ワイバーンに裁判者の影が近付く。

その業魔≪ごうま≫ワイバーンを裁判者の影が喰らった。

その光景には、風の聖隷だけでなく、エレノアも目を見張る。

風の聖隷は眉を寄せて、

 

「なにっ‼!」

「もう一匹はあたしがやる。裁判者、手を出んじゃないわよ。」

「……好きにしろ。私の目的は済んだ。」

 

裁判者は背を向ける。

ベルベットは残った業魔≪ごうま≫ワイバーンに近付き、左手を振り上げる。

そして振り下ろす。

だが、そこにペンデュラムが彼女の腕を弾く。

風の聖隷が業魔≪ごうま≫ワイバーンの前に立ち、ベルベットを睨む。

そしてベルベットと風の聖隷が対峙し始める。

風の聖隷がベルベットの左手の攻撃を何度か避け、彼女の左手に蹴りを繰り出す。

すかさず、ペンデュラムでベルベットの足を崩し、態勢を不安定にしたベルベットが地面に倒れる。

風の聖隷はペンデュラムでその彼女を吹き飛ばす。

その隙に、銃で業魔≪ごうま≫ワイバーンに弾丸を撃ち込む。

業魔≪ごうま≫ワイバーンは目を覚まし、咆哮を上げて飛んで逃げていく。

裁判者は風の聖隷を横目で見る。

彼はベルベット達を睨み、

 

「あっさり殺しやがって!それが、てめぇらの流儀かよ‼!裁判者!てめぇもだ!」

 

風の聖隷が裁判者を睨む。

裁判者は風の聖隷に振り返り、

 

「何がだ?」

「なぜお前が、あのワイバーンを喰らった!」

「あれは、死神の呪いで業魔≪ごうま≫になったからだ。もう一匹はあれが喰らったからな。」

 

と、ベルベットを横目で見る。

風の聖隷は銃口を裁判者に向ける。

 

「ふざけんな!答えになってねぇ!」

「素晴らしい。“ジークフリード”――まさに求めていた力だ。」

 

その彼の怒りの声に割り込んで、老人の対魔士の声が響く。

拘束していた老人の対魔士が姿を消していた。

裁判者以外の者達が辺りを警戒する。

そして裁判者は風の聖隷の背後を見る。

そこに一人の老人の対魔士が現れ、彼の持っていた銃のデータを奪い取る。

ザビーダがそれに気付き、

 

「なにっ⁉」

 

後ろを振り返るが、すでに居ない。

彼は入り口の方に現れ、

 

「一つ、目的は達した。」

「なにをしやがった‼」

 

風の聖隷が入り口にいる老人の対魔士を睨む。

老人の対魔士は裁判者を見据え、

 

「最後の目的も果たさせて貰う。」

 

と、裁判者は何かの気配を感じ、回し蹴りをする。

そこに剣を振り下げた使役聖隷。

その剣はいつぞやの聖剣エターナルソード。

その使役聖隷は壁に叩き付けられる。

だが、すぐに起き上がり、再び剣を振り上げて裁判者に斬りかかる。

裁判者はそれを避け、

 

「剣を使って力を封じた所で、お前一人では私を殺せぬぞ。」

 

と、老人の対魔士を見据える。

だが、裁判者は彼を見て、

 

「なるほどな、何とも低く高い賭けだな。……哀れな、聖隷よ。一度でも私の背後を取った褒美に、私が喰らってやろう。」

 

と、地面に剣が刺さり、引っこ抜こうとする使役聖隷に影が襲い掛かる。

だが、そこに「ズドーン」と言う音が響く。

風の聖隷が裁判者の心臓に、弾丸を撃ち込んだのだ。

影が戻り、裁判者は一歩下がる。

使役聖隷が剣を持ったままその場から消え、

 

「さぁ、その銃の性能をしかと、確かめさせて貰うぞ!」

 

と、老人の対魔士の声が響く。

裁判者が心臓のとこの服を握りしめ、身を丸くする。

彼女の影が揺らめき出し、裁判者が身を反らして手を広げる。

彼女の影が溢れだし、辺りの空気が息苦しくなる。

 

「な、何ですか、これは⁉」

 

エレノアは自分の腕を掴み、身を守るように震える。

そしてアイゼンとザビーダが膝を着く。

 

「ぐっ!なんて穢れの領域だ!」「クソっ!なんつー化け物じみた穢れだ!」

 

ベルベットとロクロウは眉を寄せ、

 

「何がどうなったのよ!」

「わからん!」

 

そう言う二人も、体が重く、何かを感じ取っている。

マギルゥも冷や汗が出始める。

 

「いやはや、これは本格的に――」

 

と、ビエンフーがマギルゥの中から飛び出し、マギルゥを見上る。

 

「こ、これはまずいでフよ~!マギルゥ姐さん‼」

「わかっておるわい!」

 

マギルゥは腰に手を当てて、眉を寄せる。

と、今度はライフィセットが座り込み、

 

「く、苦しい……!」

「ライフィセット!」

 

ベルベットが駆け寄る。

そこに声が響く。

 

「……ああ、私もいい実験になった。」

 

裁判者の影が収まり、彼女の元に集まり出す。

その一部がヘビのように、老人の対魔士を掴み上がる。

裁判者は彼に歩いて行き、赤く光り出した瞳で彼を見据える。

 

「だが、少し私を甘く見過ぎたな、人間!」

「こ、これほどまでに化け物だったとは‼あの時以上ではないか⁈」

 

裁判者は一つの球体を創りだし、

 

「だが、今回は一つの結果を見させてもらったからな。これはその褒美としてくれてやる。お前が知りたがっていた神依≪カムイ≫の力だ。だが、それとこれを解析しても扱える物の霊応力がなければ意味がないがな。」

 

と、彼を叩き落とす。

老人の対魔士は裁判者の創りだした球体を取り、眉を寄せながら歩き去っていく。

 

「くそっ!待ちやがれ!」

 

と、風の聖隷は立ち上がろうとするが、体が動かない。

裁判者は彼らに振り返り、

 

「さて、この穢れを元に戻さねばな。」

 

そう言って、裁判者は影をしまって、歌い出す。

それがこの塔全体を包み込む。

エレノアは態勢を戻し、

 

「体が軽くなった……?」

「なんとか、命拾いしたのぉ~。なぁ、ビエンフー。」

 

マギルゥはビエンフーを見据える。

ビエンフーは泣きながら、

 

「はいでフ~、マギルゥ姐さん‼」

 

そしてライフィセットはベルベットを見上げ、

 

「治った!」

「……本当に?」

「うん!」

「ならいいわ。」

 

ベルベットは立ち上がる。

ロクロウがアイゼンを見て、

 

「お前は大丈夫か、アイゼン。と、ザビーダ。」

「ああ。問題ない。」

 

と、アイゼンは立ち上がる。

ザビーダも立ち上がり、老人の対魔士を追いかけようとするが、

 

「無駄だ。もう奴はいないぞ。」

「てめぇ!」

「ついでだったからな、お前らの器も浄化しといてやったぞ。」

 

と、風の聖隷とアイゼンを見据える。

二人は裁判者を睨みつける。

ベルベットも、裁判者を睨んだ後、風の聖隷の銃をを見て、

 

「あいつ、“それ”にこだわってたみたいね。特等対魔士が本気を出せば、奪うことだってできたはずだけど。ま、例外はあったみたいだけど。」

 

と、再び裁判者を睨む。

そこに、マギルゥが近付いて来て、

 

「奪う必要はない。それに秘められた術式さえ読み取ればの。なぁ~、裁判者。」

「あの人間の得意分野だろ。」

 

裁判者はマギルゥを見据える。

マギルゥは一度裁判者を見据えた後、

 

「……メルキオルは、瞬きするほどの間に、術の仕組みを読み取る術がある。裁判者の言うた通りに、あ奴の得意技じゃ。」

「確かに、一つ目の目的は達したって……」

 

エレノアは顎に指を当てる。

マギルゥはつまらなそうに、

 

「詳しい用途はようと知れぬが、別大陸よりもたらされた未知の技術を、聖寮は必要としておるのじゃろう。ま、その真意を理解しているのは、裁判者じゃけだろうがな。」

 

と、マギルゥは睨むように見据える。

裁判者はそれを受け流し、

 

「……教える必要性を感じないな。」

 

と、腰に手を当てて彼らを見据える。

風の聖隷は眉を寄せて怒り、

 

「ちっ!だったら、その用途とやらをぶっ潰すまでだ。」

「ひとつだけ聞かせろ。なぜ、ジークフリードを持ってる?」

 

アイゼンが今にも走り出しそうな、風の聖隷を睨みながら言う。

風の聖隷は少し間を置いた後、

 

「……『頼む』って渡されたんだよ。対魔士部隊に使役されて、アイフリード捕獲作戦に駆り出された時にな。」

「ザビーダも、使役聖隷だったの?」

 

ライフィセットがザビーダを見つめる。

ザビーダは視線を外し、空を見上げながら、

 

「ああ。カノヌシの領域で無理矢理、意思を抑えつけられてた。だが、アイフリードが撃ったこいつの一撃で目が覚めたんだ。」

 

と、銃を掲げる。

そして嬉しそうに笑い、

 

「そっからのアイフリードとのケンカは最高だった。あいつ、人間のクセにやたら強くてよ……魂が震えたぜ。」

 

と、アイゼンを見る。

アイゼンも思うところがあったのか、小さく笑う。

だが、風の聖隷は表情を変え、

 

「なのに、ジジイが幻影で割り込んで、アイフリードをさらっていきやがった。気に入らねぇんだよ!人の意志に小細工しやがって。」

 

風の聖隷は拳を握りしめる。

ロクロウは風の聖隷を見据え、

 

「なぜジークフリードではなく、アイフリードを連れ去ったんだ?」

「探してるお宝が、これ≪ジークフリード≫だと知らなかったんだろうよ。その時はな。」

 

と、風の聖隷は銃を振る。

そして銃を見つめながら、

 

「狙いに気付いたアイフリードは、連れさられる直前、ジジイの目を盗んで俺に寄越したんだ。これが俺の知ってる全部だ。信じようが信じまいが勝手だがな。」

 

風の聖隷は銃をしまい、黙り込んでいたアイゼンに手を広げて肩を上げる。

アイゼンは背を向けて、

 

「なら、いい。」

「は?いいってお前。」

「アイフリードは、信じた相手にしか『頼む』と言わん。」

「そうかよ……」

 

と、風の聖隷は小さく笑う。

ロクロウが腕を組み、

 

「お前、これからどうするつもりだ?」

「探すさ、アイフリードを。こいつを返して、あの時のケリをつける。」

 

風の聖隷は腰に手を当てる。

ベルベットは腕を組み、

 

「けど、残された時間はあまりなさそうね。」

「察するに、メルキオルは、さっきまでジークフリードの正体を知らなんだ。それはすなわち、アイフリードから何も聞き出せてはいなかったことの証じゃ。」

 

マギルゥも腕を組んで言う。

そしてベルベットは続け、

 

「その必要が無くなった今、アイフリードを生かしておく必要は……ない。」

 

と、アイゼンと風の聖隷を見据える。

アイゼンは黙り込み、風の聖隷はベルベットを睨み、

 

「わかってんだよ、そんなこたぁ!」

「アイフリードを救うというのなら、共に戦えばいいじゃありませんか。」

 

エレノアが風の聖隷を見る。

だが、風の聖隷はさらに睨みつけ、

 

「……てめぇらとは手を組めねぇな。」

「どうして?」

「てめぇらは、目的のためなら“殺せる”」

 

風の聖隷の言葉に、エレノアはハッとする。

風の聖隷は彼らを見据え、

 

「生憎、俺はケンカ屋でな。殺し屋じゃねぇんだよ。どんな命も奪わねえ。そいつが俺の“流儀”さ。」

「……俺も、海賊の流儀を変える気はない。」

 

と、アイゼンは彼を睨む。

風の聖隷は歩き出す。

ライフィセットが俯きながら、

 

「流儀――譲れない大事なことがあるんだ。アイゼンにもザビーダにも……」

 

そしてアイゼンの背と風の聖隷の背を見つめる。

エレノアは俯き、

 

「……人間と同じように……」

 

裁判者は自分の横を通り過ぎようとしている風の聖隷に、

 

「ジークフリード、それは大切にしておけよ。それには私も関与してるし、なにより遠い先≪未来≫のお前にも、お前の仲間にも、そして友を殺すにも、必要となる。」

「なんでそんな事を俺に教える。」

 

風の聖隷は立ち止まり、横目で裁判者を睨む。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「なに、今回の実験の褒美だ。お前が必要と感じたその時、私はお前の願いを叶えるだろう。」

「はっ。ホント、噂通りだな!だから気に入らねぇんだよ!お前らのやり方は、昔から!」

「……そうさせたのは、お前達≪心ある者達≫だ。」

 

裁判者は赤く光る瞳で彼を睨み見付ける。

風の聖隷は再び歩き出す。

風の聖隷が居なくなった後、エレノアはジッと裁判者を見て、

 

「前々から気になっていました。あなたのその力は何ですか。」

「教える必要性がない。」

「……!それはあなたの能力だからですか、アイゼンの“死神の呪い”みたいに。」

「肯定もしなければ、否定もしない。確かに、これは私の能力だ。だから私に、嘘も意味がいし、欺くこともできない。私はお前達の心の声や感情を読み取れるからな。」

 

裁判者はエレノアに振り返る。

エレノアは眉を寄せ、

 

「……!そんな能力あるはずが――」

「恐怖、困惑、怒り、様々な感情が今流れている。」

「そんなものある程度、技術のある者なら!」

「『心の声なんて聞こえるはずがない。そんな事が可能なら、化け物ではありませんか。ですが、あの力はメルキオル様をも遥かに超えていた。なら、いずれは世界に、聖寮に、災厄をもたらすかもしれない』。」

 

裁判者はエレノアを見つめて言う。

エレノアは目を見張る。

裁判者はベルベットを見て、

 

「『こんな化け物みたいな力を、あたし以外にもいるとは思わなかった。あの力ならアルトリウスを殺せるかもしれない。でも、今はまだ殺すことはできない。利用できる間は利用しつくすそれが誰であろうと……!』。」

 

ベルベットはビクンと体を固くする。

そのまま彼女の真横に居たロクロウを見て、

 

「『シグレ以上の力を持つアイツは化け物で違いない。業魔≪ごうま≫になった俺だからわかるのか、アイツの中になる何かが、ベルベット以上の恐ろしい何かをその身に持っている。それに、號嵐の事も知っていた。こいつは何か裏があるはずだ』。」

 

ロクロウは眉を寄せる。

次にアイゼン達を見て、

 

「……お前達は言わずとも解っているだろうから言わずとも言いな。ライフィセットに関しては、まだ欠片≪未完成≫だからな。心の声にすらなってはいない。」

 

と、ライフィセットを見据える。

エレノアは一歩下がり、

 

「本当に、化け物みたいなんですね……!」

「化物だからな。」

 

赤い瞳が彼らを射貫く。

裁判者は顎に指を当て、

 

「……エレノア、ついでにライフィセット。お前達は全≪世界≫と個≪親しい者≫、どちらを救う。」

 

裁判者は目を細めて、二人を見る。

ベルベットは何かを思い出すように、ハッとする。

そしてエレノアはジッと裁判者を見て、

 

「……私は全≪世界≫です。理と意志がそう言っています。個≪一人≫の犠牲で全≪多く≫を救えるのなら、それはやむ得ない犠牲です。」

「……なるほどな。なら、お前はその個≪一人≫が、自身の母親でも割り切るか。」

「……!あなたは!」

 

エレノアは裁判者を睨む。

裁判者はそれを受け流し、

 

「で、ライフィセット。お前はどちらを選ぶ。」

「ボク……ボクは両方救いたい!誰かを犠牲にしなくてもいい方法があるかもしれない!」

 

ライフィセットは裁判者の目を力強く見る。

裁判者はライフィセットを見つめ、

 

「なら、強くなる事だな、ライフィセット。お前はまだ欠片≪未完成≫なのだから。でないと、身近な者すら護れないぞ。」

「……うん!わかった!」

 

と、ライフィセットは手を握りしめる。

裁判者は目を細めた後、歩き出す。

ライフィセットはベルベット達を見て、

 

「船に帰ろ。」

「……そうね。」

 

ベルベットも歩き出す。

そして彼らは船に戻る。



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toz 第五十六話 真実のひとつ

船に戻ると、

 

「副長、無事だったんですね!」

「心配かけたな。」

「船長の件は……」

「やはり偽物だった。だが、アイフリードはまだ生きている。」

「あったりまえですよ!」

 

アイゼンの言葉に、船の仲間たちは腕を上げる。

アイゼンはそれを見て、小さく笑う。

だが、マギルゥが船に乗りながら、

 

「残された時間は多くはないがの。」

「どういうことだよ?」

「焦るな。事情は後で話す。」

 

アイゼンは船の仲間に言う。

その後ろからライフィセットが、

 

「アイゼンも……あ……焦らないでね。」

 

アイゼンは後ろに振り返り、ライフィセットを見る。

アイゼンは小さく笑う。

そして船の仲間を見て、

 

「全員サレトーマの花は飲んだな。」

「もちろん!」

「くたばった奴は、いねえだろうな。」

「みんな生きてますよ。」

「副長の呪いに比べたら、壊賊病なんてチョロいもんさ!」

「よし、就航準備に取り掛かれ。」

「とっくに終わってますぜ!」

「いつでも出られるっての!」

「ふっ……」

 

船の仲間達は腕を上げて、アイゼンに言う。

アイゼンは小さく笑い、船に乗る。

ベルベットがそれを見て、

 

「海賊の流儀、か。」

「悪くはないのー。」

 

と、マギルゥも笑う。

そして各々船に乗り込む。

裁判者は後ろに振り返り、

 

「……さて、ここは大分マシだが……どうなるかな。」

 

裁判者も船に乗る。

 

裁判者は船の一番高い場所で、景色を見ていた。

と、その先に港が見えてくる。

裁判者は目を細めて、

 

『そういえばここは、アメノチの領域か……』

 

しばらくしてから、眉を寄せて下に降りた。

 

港に着き、船から降りる。

 

「なにあれ……!」

 

ライフィセットが先の方にいる魚のようなペンギンを見る。

裁判者はピックっと眉が動く。

それに気付かず、エレノアがライフィセットを見て、

 

「あれはペンギョンといって、この地方特有の魚鳥類よ。」

「ペンギョン。」

「お肉がプリプリで、トマトシチューに入れると美味しいです。」

「へぇ、どんな味なの?」

 

と、ライフィセットは首を傾げる。

ベルベットはペンギョンを見つめ、

 

「あれを食べるなんて……野蛮ね。」

 

そしてエレノアを見た。

エレノアは怒りながらベルベットを見て、

 

「あんたに言われたくありません。」

 

そして俯き、瞳を揺らして、

 

「母の得意料理だったんです……」

「世間話はそのくらいにしておけ。」

 

後ろからアイゼンが歩いてくる。

そしてマギルゥを見て、

 

「マギルゥ、例のグリモワールというのはどんな奴だ?」

「端的に表すのであれば……」

 

マギルゥは思い出すように、頭に指を当てる。

そして全員を見て、

 

「ふぅ……はぁ……あっそ。」

 

と、瞳を揺らし、首を小さく動かす。

それが終わると、腕を組み、ニット笑って、

 

「こんな感じじゃ。」

「全然わからん。」

 

ロクロウが呆れ顔になる。

マギルゥは手を広げて、肩を上げる。

 

「やれやれ……想像力の乏しいお主らにあわせて言うと、グリモ姐さんは“アンニュイな有閑マダムの黄昏”……的な空気をまとったオトナの女じゃ。な、裁判者。」

「……あぁ?ああ、そうだな。」

「珍しいのぁ、お主の表情が変わっておるぞ。」

 

と、少し眉を寄せて機嫌の悪い裁判者に、マギルゥは笑う。

裁判者は背を向ける。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「ベルベットやエレノア、裁判者さんとは違う感じの女の人ってこと……かな?」

 

と、後ろに振り返り、アイゼンとロクロウを見る。

ロクロウは笑い出す。

 

「ははは、違いない。要するにオトナの女を捜せばいいんだな。」

 

アイゼンは視線を外す。

と言うより、呆れてるようにも思いえる。

ライフィセットはロクロウを見て、頷く。

 

「うん。捜すのは、オトナの女の人。」

 

しかし、ベルベットとエレノアは男性陣を睨んでいた。

アイゼンはそれを受け流し、

 

「名前がわかってるんだ。聞き込みで捜しだせるだろう。」

「そういうことじゃのー♪」

 

マギルゥは面白そうに言う。

そんなマギルゥをライフィセットは見上げ、見つめる。

マギルゥはニッと笑ったまま、

 

「なんじゃ、坊?」

「マギルゥも大人の女の人でしょ。なのに、自分の気持ちを素直に出せないの?」

 

ライフィセットはジッとマギルゥを見つめる。

裁判者は横目で彼女を見る。

マギルゥは不思議そうにライフィセットを見ると、ニット笑って、

 

「自分の気持ちか……生憎、とうの昔に砕け散ってしまったのじゃよ。バリーン!グシャーン!っての~♪」

 

と、彼女は視線を外し、そして頭で腕を組んで背を向ける。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「気持ちが砕けた……?」

「さ、街の連中に聞き込みよ。」

 

と、ベルベットがさっさと歩いて行った。

そして他の者達も歩き出す。

裁判者は一番後ろを歩いていたマギルゥに近付き、

 

「マギ……マギルゥ。」

「なんじゃ?」

 

マギルゥはクルッと回って裁判者を見る。

裁判者は立ち止まり、顎に指を当てて、しばらく考え込む。

マギルゥも立ち止まり、裁判者を見つめる。

そして影がマギルゥに近付き、彼女の帽子を取る。

 

「むむ?なんじゃ?」

 

裁判者は影から帽子を取り、マギルゥに近付くと、

 

「いや、なに……なんでだろうな、マギラニカ。」

 

と、彼女の頭を数回撫でた後、帽子をかぶせて歩いて行く。

マギルゥは目をパチクリし、帽子を深くかぶって、

 

「ホント、気まぐれにも程があるぞ。」

 

そして自分も歩き出す。

 

 

街に入り、情報を集めるが、

 

「グリモ姐さんの手がかりは、さっぱりだな。」

「あんたが受け取った手紙って、いつの話?」

 

と、ロクロウは辺りを見渡しながら、ベルベットは若干怒りながらマギルゥを見て言う。

マギルゥは腕を組み、思い出すように言う。

 

「さて、去年じゃったか、十年前じゃったか……」

「ふざけ続けるのならサメのエサにするぞ。」

 

アイゼンが睨みながら言う。

マギルゥはくるりと回り、アイゼンを腕を握りしめながら見つめる。

 

「後生じゃ……せめてクラーケンのおやつにしておくれ。」

 

そして腰を振る。

アイゼンが呆れる。

後ろでベルベットは眉をピクピクさせて、

 

「なんなら、あたしが喰らって――」

 

だが、遠目である二人の姉弟対魔士を見て、

 

「あいつは!」

 

と、裁判者以外が物陰に隠れる。

裁判者は目を細めて、彼らを見ていると、

 

「あんたも隠れなさい!」

 

ベルベットに腕を引かれて、物陰に引き込まれた。

そこに、彼らの会話が聞こえてくる。

 

「引き継ぎは、すべて済ませておきました。着任と同時に、あなたの指揮で皆が動けるように。」

「助かります。でも、姉上の手際と比べられて、僕の至らなさが皆に知られてしまいそうだ。」

「バカなことを。あなたには特別な力と素質がある。パラミデスへの派遣も、アルトリウス様の期待があればこそです。臆せず、いつものあなたでいればよいのです。自分の力を信じて。」

「はい。しっかり努めます、姉上。」

「もう行かないと。」

「道中お気をつけて。」

 

女対魔士は頷き、歩き出す。

と、途中で振り返り、

 

「そうそう……ハリアの業魔≪ごうま≫には注意してください。思いのほか手強く、手負いの者も出ています。」

「心得ました。」

 

裁判者は家の側においてある木箱に座り、

 

『……確かに、ここのアレを維持するには十分な霊応力、か……』

 

姉弟対魔士はそれからも少し話して、その場を離れて行った。

ロクロウがベルベットを見る。

 

「ハリアの業魔≪ごうま≫……。派手に暴れている業魔≪ごうま≫がいるみたいだな。」

「事実なら、利用できるかも。」

 

ベルベットも頷いて、ロクロウを見る。

 

「それにしても、奇遇じゃのー。儂らがここに来たタイミングでオスカー参上とは。」

 

マギルゥがベルベット達の居る民家に近付き、そしてエレノアを見る。

エレノアは眉を寄せて、

 

「……私を疑うのはわかります。でも、証拠があるのですか?それとも、後ろの裁判者が言ったのですか?」

「なぜ私がいちいち、お前の事を言わねばならない。」

 

裁判者は木箱から降り、腰に手を当てていう。

ベルベットは眉を寄せて、裁判者を睨んだ後、

 

「証拠はない。でも対魔士のあんたは聖寮の“理”と繋がってる。」

 

エレノアを見て言う。

マギルゥは面白そうに笑い、

 

「儂らには仲間の繋がりがないがの~。」

「……エレノアは、告げ口なんてしてないよ。」

 

ライフィセットがエレノアの前に立つ。

マギルゥはライフィセットを見据え、

 

「どうかのー?お風呂に入る時も監視しとるのか。」

 

そして視線を外した。

 

「「「えっ⁉」」」

 

エレノア、ライフィセット、ベルベットが驚きの声を上げる。

ライフィセットは少し顔を赤くして、

 

「お風呂の時は……僕、外にいるからわからない……けど。」

「その間に聖寮とコソコソ話をするくらいはできるというわけじゃろ。」

 

と、ニッと笑うマギルゥ。

裁判者はつまらなそうにそれを見ていた。

ベルベットがエレノアに詰め寄り、

 

「死ぬまで従う約束だったわね?」

「……その通りです。」

 

二人は睨み合う。

ロクロウとアイゼンがそんな二人に近付き、

 

「お前たちが潰し合っても聖寮が喜ぶだけだぞ。」

「やっかいな業魔≪ごうま≫と裏切り者が一度に片づく。」

「もめてる間に、グリモ姐さんが暴れている業魔≪ごうま≫に襲われるかも……」

 

と、ライフィセットも二人を見上げる。

ベルベットはそれを見た後、

 

「確かに。もう少し街の人に話を聞くのが先決ね。」

 

ベルベットは歩き出す。

裁判者も歩き出す。

 

ライフィセットがエレノアを見て、

 

「テレサとオスカーって、仲のいい姉弟なんだね。」

「訓練生時代から二人を知ってますが、ケンカをしているのは一度も見たことがありません。」

 

エレノアは自慢げに言う。

ライフィセットが、今度はベルベットを見上げ、

 

「ベルベットは、弟とケンカしなかった?」

「……そうね。叱ったりすると弟がスネて、口をきかなかったりしたけど、それも可愛かった。」

 

ベルベットは思い出すように言う。

ライフィセットは首を傾げる。

 

「可愛い……?」

「意地を張っても、背伸びして大人びたことを言っても、気づくとあたしの後をついて来てて……」

「まるで子犬じゃのー。」

 

マギルゥが笑みを浮かべる。

裁判者はそんなマギルゥを見て、

 

「どこかの誰かと誰か、みたいだな。」

「むむ?」

 

マギルゥは眉を寄せて、裁判者を見る。

ベルベットはそれには気付かず、

 

「犬のほうが、よっぽど言うことを聞いてくれるわ。でも、やっぱり放っておけなくて。弟って、不思議な生き物なのよ。」

 

ベルベットは優しい顔になる。

ライフィセットは考え込んで、

 

「……ロクロウも、可愛いのかな?」

「えっ⁉自分を斬り殺そうとしてる弟なんて、可愛いわけないでしょ?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「どうしてそう思う。」

「え?だって、シグレは楽しそうだったから。」

 

ライフィセットが笑顔でそう言う。

ベルベットが呆れたように、

 

「あんた、時々、理解の外へ飛んでいくわね。」

「ええっ、そうかな……」

 

ライフィセットは方を膨らませる。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「私は意外と“見ている”と、思うがな。自分の“兄弟姉妹≪きょうだい≫”を、どう想うかは人それぞれだからな。」

「……そういう裁判者さんは、審判者さんと姉弟?それとも兄妹?」

 

ライフィセットは裁判者を見上げる。

裁判者は視線を外し、

 

「……さぁな。だが、お前達のところで言う、姉弟兄妹≪きょうだい≫でもあるのだろうな。」

「わからないの?」

「ああ。なにせ、世界に生≪息≫きづいた時には隣に居たし、親もいなければ、それ以外の存在は“アレ”以外にいないからな……」

 

と、どこか機嫌が悪くなる。

それをいち早く感じ取ったマギルゥが、

 

「お主、兄弟姉妹は?」

 

一人笑っていたエレノアに話を振る。

エレノアは表情を引き締め、

 

「ひとりっこです。」

「ならば、ちょうど良いではないか。この際、坊を弟にすれば良かろうて?」

「えっ?」

 

マギルゥの言葉に、ライフィセットが嬉しそうに振り返る。

エレノアは微笑み、

 

「それは極端な話ですが、ライフィセットと話していて、弟がいたらこんな感じかなと思うことはありますよ。」

「僕がエレノアの弟……」

 

と、嬉しそうに見ていると、

 

「ライフィセット、そんな戯言本気にしないで。聖隷を道具として扱う対魔士が、あんたを弟みたいに思うはずがないでしょ?」

「……あ、うん。」

「道具扱いの件に関しては、既に考え方を改めています。だからこそ、弟を感じるのです。本当ですよ。」

「……う、うん。」

「信じちゃだめよ、こんなうわべの言葉。」

「自分の言うことを押し付けているあなたの方が、よほど道具扱いしているように思えますけど?」

 

と、ベルベットとエレノアは睨み合う。

その間にマギルゥが割って入り、

 

「おーおー、“弟”を巡って二人の“姉”の対決じゃ。坊のお好みはフィッチ・ウィッチ・フィッチ?」

 

エレノアとベルベットを指差しながらライフィセットを見る。

ライフィセットは眉を寄せて、

 

「……お兄さんがいいよ。」

 

と、歩いて行く先に、人形屋を見つけた。

ライフィセットがそこに駆けて行き、

 

「この人形、ビエンフーに似てる。」

「坊や、気に入ったのかい?これは、聖主アメノチ様の人形だよ。」

 

店主が自信満々に言う。

エレノアは人形を見つめ、

 

「聖主アメノチ様……これが?」

「ああ、まちがいない、俺はアメノチ様を見たんだ。威厳たっぷりで、たいそうお怒りのようだったよ。」

 

店主は腕を組み、頷く。

裁判者は人形を見て、横目でマギルゥを見る。

 

「あれは威厳があるのか。」

「知らぬ。儂は少なくとも、感じんがな~。」

 

マギルゥは笑った。

前の方では店主との会話が続いている。

ベルベットが店主を見て、

 

「見た?怒ってたってなんで?」

「聖寮は、サウスガンド領で盛んだったアメノチ信仰を禁止したんだよ。それでアメノチ様はヘソを曲げちまったんだろうな。話しかけてみたんだが、何を言っても『ふぅ……はぁ……あっそ。』しか言わないんだ。」

「それって!」

 

店主の言葉に、ライフィセットがマギルゥを見る。

マギルゥは手を合わせて、

 

「みやげ屋よ、そのやる気のないカミサマはこの人形の姿をしておったのだじゃな?」

「ああ、ほぼほぼな。」

「おお、なんという奇遇じゃ〰‼その気怠いカミサマこそ、グリモ姐さんじゃ!」

 

と、笑いながらクルッと回った。

ロクロウがマギルゥとその横の裁判者を見て、

 

「人間じゃないのかよ⁉」

「人間とは一言も言っておらぬ。のぉ、裁判者。」

 

と、マギルゥは横に居る裁判者を見る。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「確かにそうだな。私も、ノルミン聖隷とは一言も言っていない。」

「で、みやげ屋よ、どこで見た?」

「この先のマクリル浜だけど……」

「渚で黄昏ておるとは、ますます姐さんらしい!さぁ、海へ急ぐぞ!」

 

と、マギルゥは左手を胸に当て、右手を上げて歩いて行く。

その後ろに裁判者も歩いて行く。

ベルベット達はため息をついて、その後ろに付いて行く。

そしてベルベットが、

 

「なんでグリモワールが聖隷だって言わないの?」

「危機管理じゃよ~。どこでスパイが聞き耳を立てておるかわからんでな。」

 

マギルゥは横目でエレノアを見る。

エレノアは眉を寄せて、マギルゥを睨んだ。

 

しばらくして浜辺に出た。

ロクロウが辺りを見て、

 

「きれいな海だなぁ。ここがマクリル浜か。」

「グリモ姐さん、いるかな……」

 

と、ライフィセットは裁判者を見上げた。

裁判者は彼を見下ろし、

 

「なぜ、私に聞く。」

「え……っと、ごめんなさい。」

「なぜ、謝る。」

「え……っと、わからないです。」

 

ライフィセットは俯く。

裁判者はどんどんと歩いて行った。

 

浜辺を歩いていると、

 

「あたしたちが捜してるグリモワールも、ビエンフーみたいな聖隷なのよね。正直、アレがライフィセットやアイゼンと同じ聖隷だとは思えないんだけど?」

 

と、ベルベットがマギルゥを見る。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「疑問はもっともじゃが、色々と微妙な話が多くてのー。」

「話せる範囲で、説明するでフよ〰!」

 

ビエンフーがマギルゥの中から出てきた。

ベルベットがビエンフーを見て、

 

「なら……前々から気になってたんだけど、その帽子、取ったらどういう顔なの?」

「オ~ノ~!それだけは言えないでフ~!」

「いきなりダメなわけ?」

 

ベルベットは眉を寄せる。

ロクロウが同じようにビエンフーを見る。

その表情はどこかイジメ顔だ。

 

「そのハットのリボン、ピラピラして邪魔だろう?ほどいていいか?」

「バーッド、バーッド‼絶対にダメでフ~‼このリボンだけはほどいちゃダメなんでフ~‼」

「どうして?」

 

ライフィセットは首を傾げる。

ビエンフーはジッとライフィセットを見つめ、

 

「それも、絶対に言えないでフ~‼」

「話せないことばっかりじゃないの。なんなら話せるわけ?」

 

ベルベットがビエンフーを睨む。

ビエンフーは腰を振りながら、

 

「たとえば、ボクたちがどんな種族かとか、聖隷界における位置づけとか能力とか。」

「あ、それ聞いてみたい。」

 

ライフィセットが手を上げる。

ビエンフーは自信満々に、

 

「では、教えてあげまフから、よく聞くでフよ~。ボクたちは“ノルミン族”という、れっきとした聖隷の一種族なんでフ~。他の聖隷と比べると、自然を操る霊力は落ちるでフが、他者の力を引き出し強化する能力に秀でてるんでフよ。」

「あ!そういえば、さっき裁判者さんが『ノルミン聖隷』って言ってた!」

 

ライフィセットが手を上げる。

マギルゥは人差し指を上げ、

 

「お便利パワーアップ聖隷ということじゃな。」

「別名“凡霊”だ。」

 

アイゼンがすました顔で言う。

ビエンフーは肩を落とし、

 

「オー、バッド‼その呼び方は、ノルミン族のトラウマでフよ!」

「どうしてトラウマなのです?」

 

エレノアはビエンフーを見る。

ビエンフーはさらに肩を落とし、

 

「きっかけは裁判者と審判者のせいでフ‼それが世に渡り、その呼び名のせいで平凡だと思われるんでフ。それが嫌で、みんな個性を出すのに必死なんでフよ。」

「それで、あなたは妙な話し方をするのですね……」

 

エレノアは苦笑した。

そしてロクロウも苦笑して、

 

「なんだか平凡な悩みだなぁ。」

「ビエ〰ン‼平凡ってゆうな〰‼」

 

と、飛んでいく先には裁判者の背。

ビエンフーはまたしても、裁判者の影に捕まれ、締め上げられる。

 

「ビエ~ン!お助けでフ~‼」

 

それを苦笑して歩く、一行だった。

しばらくして、裁判者はビエンフーを離して、歩き続けた。

その先の浜辺に打ち上げられた枯れ木の上に座る魔女のような帽子を被り、本を背に持ったノルミン聖隷が居た。

エレノアがそれを見つめ、

 

「ビエンフーと同じ種族の聖隷……でしょうか?」

 

ベルベットがノルミン聖隷に近付き、

 

「あんたがグリモワール?」

「ふぅ……」

「頼みたいことがあって捜してたんだけど。」

「はぁ……あんた、誰?」

 

と、ノルミン聖隷は顔を上げる。

ベルベットは睨むように、

 

「ベルベット。魔女の知り合いよ。」

「あっそ……」

 

その横から嬉しそうに、

 

「グリモ姐さん、ご無沙汰じゃのー!」

「ご無沙汰でフー!」

 

マギルゥとビエンフーが声を掛ける。

ノルミン聖隷は二人を見て、

 

「ああ、あんたたち……相変わらず、どっちも妙ちくりんね……で、裁判者はどういう気の変わりかしら?」

「……そうだな……簡単に言えば実験中だ、グリモワール。」

「そう……」

 

裁判者はグリモワールを見据える。

そしてグリモワールも、裁判者を見据える。

ロクロウがマギルゥを見て、

 

「お前やアイツとは、どんな関係なんだ?」

「魔女の修行をしておった頃の先輩じゃよ。その繋ぎをしたのが、裁判者じゃ。」

 

マギルゥは笑みを浮かべて言う。

グリモワールはマギルゥを見る。

 

「で?」

「なかなかに興味深い古文書があっての、その解読を頼みたいんじゃ。」

「へぇ、あんたが他人に肩入れなんて、珍しいこともあるもんね……」

「ヒマつぶしにちょうどよくての。」

「あたしはヒマじゃないけど。」

「ビエ~ン、グリモ姐さん、そこをなんとかお願いでフー!」

「そういうの、やってないから。でも、裁判者が頭を下げたら、考えてあげてもいいわよ。面白そうだから。」

 

と、グリモワールが裁判者を見る。

裁判者は腰に右手を当てて、

 

「…………」

 

無言でマギルゥを睨みつける。

マギルゥはそっぽ向いて、

 

「ふむぅ、こっちもダメみたいじゃの。残念無念……引き受けてはもらえぬかー。」

「やる気なら出させてあげるわよ?」

 

ベルベットがグリモワールの首に刃を着き付ける。

グリモワールはベルベットを見て、

 

「……殺れば?」

「脅しじゃない。」

「でしょうねぇ……」

 

二人は睨み合う。

そしてグリモワールはベルベットの瞳を見て、

 

「あんたみたいな目をした子と関わると、とんでもないもの背負わされるのよ……。この年になるとね、そういうのは重くっていけないわ……」

「……何歳なんだ?」

 

ロクロウが腕を組んでグリモワールを見る。

アイゼンがそっとその場を離れる。

グリモワールはロクロウを睨み、

 

「それ以上踏み込むと、あんたのケツに花火突っ込むよ。」

「応……これは失敬。」

 

ロクロウは姿勢を正し、頭を下げる。

それをマギルゥは面白そうに見る。

ロクロウの横でアイゼンが、

 

「取り付く島がないようだな。」

「南の島なのに、ごめんねぇ……」

 

と、グリモワールは微笑む。

そしてずっと考え込んでいたライフィセットが顔を上げ、

 

「古代語、どうやったら読めるようになる?勉強する本とか、あるかな?」

「……へぇ、自分で勉強して読む気?」

 

グリモワールがライフィセットを見る。

そしてベルベットも刃をしまって、ライフィセットを見る。

 

「僕、本が好きだし……昔のこととか知りたいし……必要なんだ。」

 

その瞳は力強い。

グリモワールは彼を見つめ、

 

「坊や、ずいぶん熱心じゃない……」

「坊はベルベットの役に立ちたいんじゃよなー?」

 

マギルゥは笑みを浮かべる。

ライフィセットはベルベットを見て、頬を赤くして俯き、

 

「……うん……」

 

それを見たグリモワールは小さく笑い、

 

「授業料、高いわよ?」

「教えてくれるの!」

「うっそ。健気さに免じて読んであげるわ。古文書はどこ?」

 

ライフィセットは嬉しそうに本を抱えて、

 

「これです、グリモ姐さん。」

「姐さんはいらないから。」

「……は、はい……姐さん。」

 

グリモワールはライフィセットを見据える。

ライフィセットは視線を外し、

 

「姐さんはいらない……うん。」

「さて、どんな本なのかしら……」

 

と、グリモワールは読み始める。

マギルゥが横をを見て、

 

「いつまで拗ねてる気じゃ。」

「なにがだ。」

「何でもないわい。おお、コワイ!コワイ!」

 

マギルゥは手を広げる。

グリモワールは本を少し読み、

 

「古代アヴァロスト語……また厄介なやつね……傷みもあるし、ササッとは読めないわよ……」

「可能な限り急いで。どっかの誰かが読めるのに、読んでくれないから。」

 

ベルベットは裁判者を睨む。

ロクロウが苦笑して、

 

「急ぐにしても、こんなところじゃなんだ。落ち着ける場所に移ろうぜ。」

「さっきの失言忘れてあげる……この先にハリアって村があるわ。」

「応。かたじけない。」

「さっさと行きましょう。そのハリア村とやらに。」

 

そう言って、歩き出すベルベット達。

歩きながら、エレノアが思い出しながら、

 

「ハリア村……オスカーたちが話してた凶暴な業魔≪ごうま≫がいる村では?」

「かもしれん。警戒した方がよさそうだな。」

 

と、歩いて行く。

前の方では彼らは会話を続けていた。

エレノアが顎に指を当てて、

 

「ぶしつけな質問で恐縮ですが、グリモワールは聖主アメノチ……ではありませんよね?」

「そんなわけないでしょ……どういう流れで、あたしが聖主になるわけ?」

「あなたにそっくりな『アメノチ様人形』がイズルトの土産屋で販売されていたものですから。」

「ああ、あれね……あの店主が寝てるときに、耳元で『勝手に売るな』って囁いたんだけどね……」

 

と、グリモワールは頬に手を当てて言う。

ビエンフーが呆れたように、

 

「夢にまで出てきたら、それはむしろホンモノのお告げだと思ってしまうでフよ〰。ここはひとつ、肖像権侵害にクレームつけて、あの店主から姐さん使用料を取り立てるべきでフ!」

「そんなの、放っておきなさい。」

「そうでフね、どうせ大して売れないでフもんね!」

「へぇ、あたしの人形って売れないんだ……」

 

グリモワールの雰囲気が変わる。

それには気付かず、ビエンフーは笑顔で、

 

「姐さんはアンニュイで渋いでフから。人形っていうのは、ボクみたく可愛くないと!」

「じゃあ、売ってあげるわ、あんたを……」

「ホントでフか‼」

「ええ……ただし、はく製の一点モノだから、ちょっと値段は張るけどねぇ……」

「は、はく製って……姐さん、堪忍でフ〰‼」

 

と、泣きながら飛んでいく。

その後ろには裁判者が居る。

裁判者は目を細めて、また同じように影で彼を掴み、締め上げる。

 

「ビエ~ン‼お助け〰‼」

 

だが、グリモワール達はそれを受け流し、

 

「はぁ……ほんと、疲れる……。で、なんの話してたっけ……?」

「あなたが聖主アメノチかどうかという話です。」

「ああ、そうだったわね。あたしは、聖主じゃない。ただの、女よ……」

「……はぁ。」

 

エレノアは半眼になる。

グリモワールはエレノアを見て、

 

「あたしみたいのが聖主じゃ、崇める側もやりにくいでしょ?」

「そうですね……」

 

すぐに納得するエレノアを、グリモワールは睨む。

エレノアは視線を外し、

 

「あ、いえ……その、裁判者とは違った意味で、あなたにはなにもかも見透かされているような気がしてしまって……。むしろ、聖主を崇拝するほうが安いというか、気軽な感じさえするものですから。」

「聖主よりも、あたしのが怖いわけ?」

「怖いというより……世の中を知っている大人の女、という感じです。」

「悪くない答えだけど……なにもでないわよ。それに、聖主に会ったことがあるのは、裁判者や審判者くらいなんだから。というより、聖主かもしれないわね。」

「え⁉あなたが⁉」

 

エレノアは目を見張る。

裁判者はそのエレノアを睨む。

エレノアは視線を外して、この話は無理矢理終わった。

 

ハリア村に入り、宿屋に向かう。

そして部屋に入り、グリモワールが解読を始める。

 

「じゃあ、始めるわ……」

「姐さんが集中できるように、俺達は外で待とう。」

 

ロクロウがそう言うと、ライフィセットが手を上げて、

 

「あの……僕、残ってもいいかな。古代語、勉強したいんだ。静かにするし、グリモ先生の邪魔しないから。」

「……坊や、今なんて言った?」

「えっと……静かにするし――」

「じゃなくて、あたしをなんて呼んだ?」

「グリモ先生……“姐さん”はいらないって言ってたから。」

「それ、気に入ったわ。あんたに古代アヴァロスト語、教えてあげる。」

「ありがとうございます、グリモ先生!」

 

ライフィセットは嬉しそうに頷く。

ベルベットは向かいながら、

 

「……話はついたみたいね。なにかあったら声をかけて。」

 

ベルベット達は出て行く。

グリモワールは窓を背に、もたれている裁判者を見て、

 

「あなたは出て行かないのかしら。」

「私は少し観察させて貰う。お前達がどのように解読をするのか、を。」

 

と、二人の様子を見つめる。

 

『それに、器≪未完成≫も自我≪自分≫を持ち出した。さて、どういう風に成長するか……』

 

裁判者は目を細める。

グリモワールは本に視線を戻し、

 

「あっそ……ま、いいわ。」

 

そしてしばらくライフィセットに読み方を教えながら目を通して、

 

「ふぅ……古代アヴァロスト語って、ほんと終わった恋を引きずる男並みに面倒ね……。裁判者は自分の読み方をしてたかしら?」

「グリモ先生でも……?でも、裁判者さんは目を通してスラスラ読んでた。」

 

と、二人は裁判者を見る。

裁判者は二人を見つめ、

 

「教えるつもりはないぞ。それに、私にとって文字など意味はない。その気になれば、その本の想いを視ればいいのだからな。」

 

グリモワールは裁判者から、本に視線を戻し、

 

「ま、それもそうね。核心っぽい一行が、どうにもハマらないのよ。」

 

ライフィセットも本に視線を戻し、

 

「……えっと、教えてもらった読み方だと、ここは……サ、ポポ、ムチョ、サチョン……」

「読み方はあってるけど、単純に現代語に変換すると、『親はトマト、子はナスが嫌い』になっちゃうのよ。」

「……トマトとナスは、カノヌシと関係ないよね?」

「言語構造が現代語と全く違うから、語順を替えたり、文字の解釈に飛躍や発明が必要な場合があるの。」

「言葉の入れ替え……サンサン……ポチョポチョ……ポチョムサン、ポチョムサン……って読めるかな?」

「ポチョムサン……どうしてそう思ったわけ?」

「ここに同じ言葉が並んでるから、繰り返しっぽいし、そんな風に読んだら、気持ちいい感じがしたんだ。」

 

ライフィセットは古文書の文を指差す。

グリモワールも本文を見て、

 

「ポチョムサン……が繰り返されてる、か……そう読んだ場合の意味は――“忌み名の聖主”。」

「聖主!」

「そうか、これがカノヌシのことなんだわ……これは大ヒントよ!その法則だとすると……ふぅむ、ふむ……。……どうやら、この本には“かぞえ歌”が書かれているようね。」

「カノヌシのことじゃないの?」

「肝心なのは歌の内容。歌詞の意味は、期待通りみたいよ……」

 

グリモワールはライフィセットを見る。

ライフィセットは嬉しそうに笑う。

裁判者はそれを見た後、扉に目を向ける。

そこにベルベット達が入って来た。

 

「古文書の解読は進んだ?てか、あんた見かけないと思ったらここに居たのね。」

 

ベルベットがグリモワールを見る。

そして窓にもたれていた裁判者を見る。

裁判者は目を細めて、

 

「いい、実験≪観察≫にはなった。」

「は?」

 

グリモワールは顔を上げ、ベルベット達を見る。

 

「ええ……坊やのおかげでね。この坊や、語学のセンスが抜群にいいわよ。」

「グリモ先生の教え方が上手だからだよ。」

「そんな風に言われると本気になっちゃいそう……」

「は?」

 

グリモワールがライフィセットに見て笑う。

それにベルベットがイライラしていた。

というより、裁判者の言葉の時点で既に怒っていた。

 

「さぁて……坊や読んであげて。古文書に書かれてた“歌”を……」

「はい、先生。」

「歌?」

 

ベルベットは二人を見る。

ライフィセットは読み出す。

 

「八つの首を持つ大地の主≪ぬし≫は、七つの口で穢れを喰って、無明に流るる地の脈伝い、いつか目覚めの時を待つ。四つの聖主に裂かれても、御稜威≪みいつ≫に通じる人あらば、不磨の喰魔は生えかわる。緋色の月の満ちるを望み、忌み名の聖主心はひとつ、忌み名の聖主体はひとつ。」

 

それを聞き、各々考え込む。

裁判者はそれを見渡す。

そしてグリモワールは古文書の挿絵を示しながら、

 

「カノヌシを表す図と、かぞえ歌。この古文書は、その意味を解読した“注釈書”なのよ……」

「もったいぶらずに、その注釈ってやつを教えて。」

 

ベルベットが睨む。

ライフィセットが俯き、

 

「ごめん……まだ、かぞえ歌の歌詞しか解読できてないんだ。」

「……そう。」

 

ベルベットが腕を組む。

マギルゥがグリモワールを見て、

 

「全部解読するには、かなり時間がかかりそうじゃのー。」

「だが、聖寮の目的と狙いを知るためには重要な情報だ。時間がかかってもやるべきだろう。」

 

ロクロウの言葉に、ベルベットも賛同する。

エレノアは考え込んだ後、

 

「歌詞だけでも得られる情報は少なくないと思います。」

 

エレノアは古文書に近付き、

 

「図にある首は全部で八つ。一体が本体で、他の七つは“カノヌシの口”。七つの“口”は“穢れ”というものを食し、地脈経由で本体に送り、カノヌシを覚醒させる。そういう性質をもつ七つの魔物を――」

「“喰魔”と呼ぶ。」

 

ベルベットがエレノアを見据える。

エレノアは頷く。

 

「……はい。“穢れ”が、なんなのかは分かりませんが。ですが、どこかで耳にした覚えがあるのです。それがどこだったのか……」

 

エレノアは考え込む。

ロクロウも腕を組み、

 

「そうなんだよな……俺もどっかで聞いたんだよな。」

「……思い出せないのなら仕方ないわ。今は保留よ。」

 

ベルベットが右手を腰に当てた。

その会話を聞いていたグリモワールは裁判者を見て、その次にアイゼンを見る。

アイゼンはその視線を外す。

視線を外したアイゼンはエレノアを見て、

 

「後半部分はどう考える?」

「古代史はあまり詳しくないのですが、この世界を創ったのは地水火風の四聖主と言われています。でも、カノヌシも聖主と呼ばれています。そして、そこにいる裁判者も世界と共に生まれ、聖主かもしれない……」

 

と、エレノアは裁判者を見る。

裁判者は目を細める。

エレノアは再びアイゼンを見て、

 

「カノヌシと他の四聖主の間に争いが起こり、カノヌシは封印されたのではないでしょうか。」

「じゃが、御稜威――神の威光に適う者があれば、喰魔は何度でも生まれ、カノヌシは復活する……まるでそこの裁判者みたいじゃの。それに、おメガネにかなった導師アルトリウスが、カノヌシを覚醒させようとしておるとすれば、話は合うの。」

 

マギルゥは目を細めて、裁判者を見る。

裁判者が何かを言う前に、

 

「なら、七つの喰魔を探し出して、“カノヌシの首”を潰せばいい。」

 

ベルベットが眉を寄せて言う。

ロクロウがベルベットを見て、

 

「だが、喰魔はどこにいる?」

「この歌によれば、喰魔とカノヌシの本体は地脈で繋がっている。喰魔が、カノヌシにエサを送る口なら、“地脈点”に配置するのが最も効率がいいはずだ。」

 

アイゼンが腕を組んで言う。

ベルベットはアイゼンを横目で見て、

 

「地脈点?」

「地脈の力が集中する特別な地のことじゃよ。」

 

マギルゥが横に体を振りながら言う。

ライフィセットがジッと本を見て、

 

「この印の場所って……ね、この虫がいた場所に結界があったよね。」

 

と、カブトムシのようなクワガタムシのような虫を取り出す。

エレノアが驚きながら、

 

「まさか、この虫が喰魔だと?……いえ、だとしたら聖寮が捕獲していた説明がつく。」

「あと、離宮にも同じ結界があった。」

 

ライフィセットは思い出すように言う。

ベルベットも思い出しながら、

 

「あれも喰魔……?喰魔の姿は、それぞれ違うってことか。」

「ローグレスに行って確かめるか?」

 

ロクロウがベルベットを見る。

ベルベットは首を振り、

 

「解読を始めたばかりだし、焦って無駄足を踏みたくない。古文書の中身を、もう少し知っておきたいけど……」

 

ベルベットは考え込むグリモワールを見る。

マギルゥがそのグリモワールを見て、

 

「なにか気になるのかえ?」

「喰魔が“生えかわる”っていうのが……ねぇ……」

 

と、裁判者はピクリと何かに反応する。

同じように、ライフィセットも何かに反応し、

 

「あっ‼」

 

裁判者はライフィセットを横目で見据える。

そしてライフィセットは羅針盤を取り出し、

 

「ワァーグ樹林の時と同じ感じがした!」

 

辺りを探るように、羅針盤を色々と回す。

そして指を指す。

その方向を見てマギルゥが、

 

「この方角は、聖主アメノチの神殿パラミデス……今は聖寮の施設じゃったか?」

「聖殿や祭壇は、霊的な力に満ちた場所につくられると聞いたことがあります。地脈点を意味している可能性はありませんか?」

 

エレノアが眉を寄せてベルベットを見る。

アイゼンもベルベットを見て、

 

「地脈点は世界中に数多くある。喰魔が七体なら、ほとんどの場所はハズレだ。」

「しかし、決定的な手がかりもない。可能性があるなら行ってみるべきじゃないか?」

 

ロクロウもベルベットを見る。

ベルベットは頷き、

 

「解読を無為に待つ気はないわ。ライフィセットの感覚の正体もわかるし。」

「……ひょっとしてだけど喰魔を殺すと――」

「なに?」

「どの道確かめないとわからないか……いいえ、気をつけていってらっしゃい。」

 

グリモワールはベルベットを見る。

ベルベット達は各々自分の部屋へと向かう。

グリモワールとマギルゥが部屋に残る裁判者を見て、

 

「で、結局……お主はどこまで知ってるのじゃ?それとも全てお主の事かえ?」

「……それを私が言う必要性は――」

「ないの。」

「なら、それでいいだろ。」

 

裁判者は部屋から出る。

扉を閉める際に、

 

「だが、お前達の目測はあってるかもしれんな。」

 

と、言って扉を閉める。

 

翌朝、ベルベット達は神殿パラミデスへと向かう。

宿屋の入り口でベルベット達は集まる。

ロクロウがベルベット達を見て、

 

「一晩考えたが……カノヌシって、本当に聖主なのか?」

「いきなりな疑問じゃのー。」

 

マギルゥが手を広げて、呆れる。

それをスルーし、

 

「グリモ姐さんが解読してくれたかぞえ歌の通りなら、カノヌシは八つ首のドラゴンなんだろ?喰魔を使って穢れを喰うなんて、禍々しくて『聖』なる存在とは程遠い感じがするんだよなぁ。」

「確かに……聖主は聖隷のひとつなのに、他の聖隷やノルミンとは印象が違いますよね。ましてや、八つ首のドラゴンだなんて……」

 

エレノアも顎に指を当てて、考え込む。

アイゼンがそれを見据える。

 

「そうか……?」

「……確かに、カノヌシという存在自体はな。」

 

裁判者が小さく呟いた。

エレノアは首を傾げる。

 

「喰魔が集まっちゃったら、どうなるんだろ?」

 

と、ライフィセットが不安そうに言う。

ロクロウがライフィセットを見下ろし、

 

「そりゃあもう大変だろうな。俺の想像じゃあ、喰魔が合体して、巨大なバケモノになる!でもって、大蛇みたいに長い八つ首のドラゴンが口から炎を吐いて、襲ってくるんだ!」

「ええっ……」

 

ライフィセットは怯える。

エレノアは視線を外し、

 

「それ、少しわかります……」

「だろ?問題は、首が八つとなれば、俺たち六人じゃ手が回らないってことだ。」

「分身の術でも使うしかないのー。」

 

ロクロウの言葉に、マギルゥが笑みを浮かべる。

 

「できるのか?」

「できぬ!」

「なんだよ……」

 

マギルゥは即答だった。

ロクロウは半眼で呆れる。

ライフィセットが声を上げる。

 

「あっ‼」

「どうしたの、ライフィセット?」

 

ベルベットがライフィセットを見る。

ライフィセットは不安そうに、

 

「八つの頭は、別々の意志や思考を持ってるのかな。もしそうなら、戦いのときにぶつかり合ったり、好き勝手に動いたりして、隙が生まれるはず……僕たちが心を一つにして戦えば、きっと勝てるよ!」

「ええ、手と手を取り合って戦えば、きっと勝てます!そうですよね、皆さん!」

 

ライフィセットが顔を上げて言う。

その言葉に、エレノアが頷いた。

そして、ベルベット達を見る。

彼らは皆、違う方向を見ていた。

マギルゥがライフィセットに詰め寄り、

 

「儂らが、一つになれると思うか、坊よ?」

「え……えっと、それは……」

 

と、考え込む。

裁判者が宿屋の戸を開き、

 

「だが、ロクロウやライフィセットが言った通りだぞ。」

「はい?」

 

エレノアが裁判者を見る。

裁判者は目を細めて、

 

「あながち間違いではないと言うことだ。」

 

そう言って、宿を出る。

エレノアは裁判者の背を見て、

 

「本当は、彼女は全てを知っているのでは?」

「かもしれんし、そうでないかもしれんのー。」

 

マギルゥも宿を出る。

そして一行は宿を出た。

宿を出て歩いていると、裁判者は空を見上げる。

そしてベルベット達を見て、

 

「私は別件ができた。」

 

と、どこかに歩いて行く。

ベルベットは眉を寄せて、

 

「アンタ、また⁉」

「……それと、今回の件は今までとは訳が違う。“ここ”は、集まりやすい場所だ。行動と決断は、覚悟を持って行え。」

 

裁判者は背を向けたまま、そう言って去った。

その言葉に、アイゼンが裁判者の背を睨みつける。

 

彼らと別れた裁判者は神殿に来ていた。

そして辺りを見て、

 

「あそこか。」

 

ある獣の姿をした業魔≪ごうま≫に近付く。

 

「お前の願いを叶えに来てやったぞ、人間。」

「……あなたは……?いえ、本当に叶えてくれの。」

「ああ。お前はアメノチの巫女のようだな。だからあの中に入れてやる。だが、娘の方はお前と違い、ただの業魔≪ごうま≫ではない。故に、人の形と意志を戻すには、お前があいつのエサ≪苗床≫となり、私が力を使わねばならない。」

「つまり、私が死ねば、あの子は助かると言うことですね。」

「そうだ。さて、どうする、巫女。」

「この身を賭してでも、あの子を救います。あの子は私の大切な、我が子≪娘≫です。」

「そうか。では、行くぞ。」

 

裁判者は神殿に近付く。

扉を警備していた対魔士が武器を構え、

 

「なんだ、貴様は!」

「ここは立ち入り禁止だ!」

 

裁判者は瞳が赤くなり、影で対魔士を払う。

対魔士達は壁に打ち付けられ、気絶する。

そして扉の結界を壊して、中に入る。

裁判者は中に入って、対魔士達を影で薙ぎ払っていく。

と、後ろの方で対魔士の一人の術が業魔≪ごうま≫の巫女を襲う。

 

「グオオオオオオオオオッ!」

 

裁判者は影で巫女を護り、

 

「邪魔だ、人間。」

「うわああっ!」

 

影で薙ぎ払い続けて奥に進む。

と、裁判者は入り口の方を見て、

 

「アイツらも来たか。さて、どの選択肢を取る。」

 

裁判者は奥へと進む。

裁判者は広間に出て、

 

「私はあれを壊してくるから、ここで少し待っていろ。」

 

裁判者は上に向かってジャンプする。

そして結界を壊すと、

 

「巫女と遭遇したか……」

 

裁判者は下に降りる。

エレノアの声が響く。

 

「もう元には戻れない。こうするのが、せめてもの……“理”であると!」

 

槍を巫女に突き付けていたエレノアとの間に降りる。

 

「あんたは!」

「悪いが、まだ巫女を殺させれては、ここまでやった意味がなくなる。」

「うむ。と言うことは、対魔士達を蹴散らしたのは裁判者、ということじゃの。」

 

裁判者を、マギルゥが見据える。

と、ライフィセットが何かに反応する。

 

「あっ……これって⁉」

 

業魔≪ごうま≫の巫女も、何かに反応する。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「結界は壊した。先に行きたいのであれば、行け。」

 

業魔≪ごうま≫の巫女は奥に駆け出して行く。

その業魔≪ごうま≫の巫女をエレノアが追いかけようとしたところに、裁判者の影が立ち塞がる。

影が消え、業魔≪ごうま≫の巫女は既にいない。

エレノアが目を見張り、

 

「しまった‼何故、邪魔をするのです!」

 

彼女は裁判者を眉を寄せて見る。

裁判者は彼らを見て、

 

「……最後の忠告だ。ちゃんと考えて行動しろ。でないと、お前達の選択ひとつで、村一つ滅ぶぞ。」

 

彼らは裁判者を睨みつける。

裁判者はエレノアを見て、

 

「それと、エレノア。」

「なんです。」

 

エレノアが裁判者を睨む。

裁判者は赤く光る瞳で、

 

「お前達の“理”に従うのであれば、一番考えなくてはならないのはお前だ。本当の意味で、聖寮の闇や真実を知りたいと思うのであればな。」

「え?」

 

裁判者は彼らに背を向けて奥に歩いて行く。

裁判者が業魔≪ごうま≫の巫女を治療し、

 

「さて、急ぐぞ。あっちが先に、お前の娘に近付いたようだ。」

 

そして最奥の部屋に入ると、ベルベット達が木の姿をした業魔≪喰魔≫を叩き伏せた所だった。

業魔≪ごうま≫の巫女がそれを見て、駆け出す。

彼らを飛び越え、木の姿をした業魔≪喰魔≫を背に、彼らに唸りを上げる。

 

「さっきの業魔≪ごうま≫!」

 

エレノアは業魔≪ごうま≫の巫女に近付き、槍を構える。

ジッと業魔≪ごうま≫の巫女を見て、

 

「今度こそ、終わりにしましょう!」

 

そしてエレノアは業魔≪ごうま≫の巫女を斬り裂いた。

裁判者はエレノアの横に飛び、着地する。

エレノアを見据え、

 

「それがお前の選択か。」

「そうです!」

 

エレノアは裁判者を見据える。

裁判者は業魔≪ごうま≫の巫女を見て、

 

「なら、お前は見届けろ。これが、お前の選んだ選択だ。」

 

エレノアも業魔≪ごうま≫の巫女を見た。

彼女は這いずって、業魔≪喰魔≫に近付いて行く。

 

「そしてこれが、お前が業魔≪ごうま≫という巫女の……いや、母親の選択だ。」

「え?」

 

裁判者の言葉に、エレノアは眉を寄せて業魔≪ごうま≫の巫女を見る。

業魔≪ごうま≫巫女は業魔≪喰魔≫に手を伸ばす。

業魔≪喰魔≫がその業魔≪ごうま≫の巫女を喰らい出した。

エレノアは目を見張り、

 

「喰魔が……業魔≪ごうま≫を食べている……⁉」

「ゴッ……!ベェン……ネェ……モ……バ……ァ……ナァ……!ご、めん……ね……モア、ナ……」

「‼?」

「喰魔が……食べた!穢れって業魔≪ごうま≫のことなんだ。」

 

エレノアは業魔≪ごうま≫の巫女の言葉を聞き、一歩下がる。

そしてライフィセットは眉を寄せる。

ベルベットもそれを見つめ、

 

「業魔≪ごうま≫を喰らう……だから、喰魔か。」

 

業魔≪ごうま≫の巫女は最後に、

 

「私……の……願い、を……!」

 

そして完全に喰われきった。

裁判者は目を細める。

そして業魔≪喰魔≫に歩み寄り、

 

「ああ。お前の願い、叶えてやろう。」

 

裁判者が業魔≪喰魔≫に手を当てる。

影が、業魔≪喰魔≫を包み込み、弾けると幼子≪人型≫の姿となった業魔≪喰魔≫の少女が泣いていた。

 

「……お母さん……お母さん……」

「喰魔が女の子になった!」

「まさか……モアナ⁉」

 

ライフィセットとライフィセットが眉を寄せる。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は泣き続け、

 

「なんでお母さんは、モアナをおいていなくなっちゃったの?モアナが悪い子だから?弱かったから?ごめんなさい……ごめんなさい……」

「嘘……こんなのって……」

 

エレノアは口に手を当てて、瞳を揺らす。

小さな業魔≪喰魔≫の少女はさらに泣き出し、

 

「モアナ、がんばって強くなったから……聖寮のひとが強くしてくれたんだよ……。だから帰ってきてよぉ、お母さん……」

「聖寮がモアナを強くした?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

マギルゥが目を細める。

 

「“喰魔にした”……ということかの?つくづく生贄が好きな連中じゃて。」

「そんな……じゃあ、あの人は――娘を助けようとして!」

「忠告はしていたぞ。そしてその選択を取ったのは、お前達だ。」

 

裁判者は横目で、彼らを見据える。

エレノアは瞳を揺らし、手を握りしめる。

その先には泣き続ける小さな業魔≪喰魔≫の少女が居る。

 

「お母さん……お母さん……モアナ、さみしいよぉ……お母さん……」

「救えなかった我が子の腹を満たすために、死にゆく自分を差し出した。そうだな、裁判者。」

 

アイゼンが裁判者を見据える。

裁判者は視線を小さな業魔≪喰魔≫の少女に向ける。

その少女は別の小さな少女に変わる。

裁判者は目を細めて、

 

「ああ。そうだ。それがあの巫女の想いであり、願いだ。」

「ああ……私が……私のせいで……‼」

 

エレノアは泣き出す。

アイゼンが裁判者の背を見据え、

 

「何故、言わなかった。」

「言う必要があったか。言ったところで、何も変わらない。それがお前達≪心ある者達≫だ。」

「だが、結果は違うものがあったはずだ。」

「それでも変わらない。あの巫女の想いも、そしてその想いに、お前達は理解しようとはしない。何せ、それを知る≪気付く≫だけの、関わる“時間”があまりにも短く、少ないからな。だが、我が子を想う親の、母親の想い……私には理解できない感情ではあるな。」

 

ジッと、その小さな業魔≪喰魔≫の少女を見つめる。

ロクロウがベルベットを見て、

 

「で、どうする?連れて行くか?」

「……この様子じゃ、足手まといになるわ。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

 

「喰魔に手を出すことは許されない。」

 

と、ベルベット達の後ろから声が響く。

彼らが振り返ると、いつぞやの弟の方の対魔士が剣を構えていた。

ベルベット達は身構える。

エレノアは彼を見て、

 

「オスカー!聖寮はなにをしているの?お願い、教えて!」

「エレノア……君は知らなくていい。」

「よくない!私が、母親を倒したせいで、この娘は……」

「例の業魔≪ごうま≫を喰らったのか。だが、君が気に病むことはない。すべては世界の痛みをとめるために必要な犠牲なんだ。」

 

彼の言葉にエレノアは拳を握りしめ、

 

「業魔≪ごうま≫じゃない!あの人は母親だった!この娘の、たった一人の――お母さん……だった……」

 

そして涙を流す。

彼は視線を外し、

 

「だとしても強き翼をもつ者は――」

 

と、視線を戻した彼をベルベットが駆け込み、蹴りつけた。

 

「ぐあっ‼!」

 

彼は壁に叩き付けられる。

エレノアは困惑し、

 

「‼?」

「女の涙には気をつけなさい。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

 

「なんとも、容赦ないな。」

 

裁判者は横目で彼らを見る。

裁判者の下で、

 

「うう……お母さん……」

「モアナ……」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は泣き続けていた。

ライフィセット達は再び彼女を見る。

アイゼンが横目でベルベットを見て、

 

「やるなら今だ。」

 

ライフィセットが眉を寄せて、ベルベットを見る。

ベルベットは頷き、近付く。

 

「どいて、ライフィセット。」

「待って!あなたには優しさはないんですか⁉」

 

エレノアが眉を寄せる。

その横をベルベットが通り、

 

「そんな議論をするつもりはない。」

「目的はカノヌシを弱めることでしょう!繋がりさえ断てば、殺さなくても――」

 

裁判者は小さな業魔≪ごうま≫の少女の前に立つと、左手を開く。

そして手を振り上げて、振り下ろす。

 

「はぁ‼」

「ベルベットォッ‼!」

 

エレノアの叫び声が響く。

だが、ベルベットの左手は業魔≪喰魔≫ではなく、結界に触れていた。

そして結界を壊した。

左手をしまい、歩いて行く。

その背に裁判者は、

 

「その選択でいいのか。」

 

ベルベットは無言だった。

マギルゥが彼女を見て、

 

「ほう、情にほだされたか?女の涙は実に危険じゃのう。」

「グリモワールの言葉が気になったのよ。殺すのは後でもできる。」

 

ベルベットは淡々と言う。

裁判者は泣き続ける小さな業魔≪喰魔≫の少女に膝を着く。

 

「お前の願いと母親の想いを叶えてやろう。」

 

そして彼女を抱き寄せ、小さな業魔≪喰魔≫の少女にしか聞こえない声で、

 

「大丈夫よ、モアナ。私はあなたの中にいるから。一人じゃないわ。だから大丈夫。大丈夫よ、モアナ。」

 

そう言って、彼女の背を摩る。

小さな業魔≪喰魔≫の少女の瞳を揺らしながら、裁判者を見上がる。

裁判者は彼女から離れ、

 

「後は好きにしろ。」

 

そう言って、彼らの元に歩いて行く。

それと入れ違いになるように、エレノアとライフィセットが小さな業魔≪喰魔≫の少女に駆けて行く。

マギルゥの隣に来た裁判者を、マギルゥはジッと見て、

 

「……随分と珍しい光景じゃったのー。」

「私は願いを叶えただけだからな。……だが、昔の誰かを思い出しのは事実だ。」

 

と、視線を外し、左手を腰に当てる。

マギルゥは目をパチクリする。

 

そしてエレノアとライフィセットが小さな業魔≪喰魔≫の少女を連れて歩いてくる。

彼女を連れて、神殿を出る。

 

街に近付くにつれ、アイゼンは眉を寄せる。

 

「まずい……穢れが強まっている。」

「ほぉ、早くも影響が出始めたようじゃのー。」

 

マギルゥも冷たい笑みを浮かべる。

裁判者は空を見上げ、

 

「さて、選んだ選択肢をどう受け止める、心ある者達よ。」

 

 

村に入ると、村人達の様子がおかしい。

虚ろな瞳で、力なく座り込む者、フラフラと歩く者、空を見上げる者。

そしてグリモワールがベルベット達の元に歩いて来た。

マギルゥが彼女を見て、

 

「グリモ姐さん、どうしたんじゃ?解読で、なにかわかったのかえ?」

「違うわ……穢れが強すぎて……宿屋で本を読んでいる場合じゃなくなったのよ。」

 

グリモワールは目を細める。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「穢れ……?」

「……始まったか。」

 

裁判者が村人達を見据える。

村人達から穢れが溢れる。

ベルベット達も彼女たちを見ると、

 

「うぅっ……!」「あああああ……!」

 

彼らは苦しみ出す。

ベルベットがそれを見て、

 

「なに……あの体から出てるのは⁉」

「“穢れ”じゃ。こりゃあ、裁判者の言う通り……限界じゃのう。」

 

マギルゥが目を細める。

そして村人たちは叫び声を上げる。

 

「ぐあああっ!」「おおおおっ!」

 

そして穢れに包まれ、その姿が業魔≪ごうま≫と化す。

エレノアが眉を寄せて、

 

「業魔≪ごうま≫病!」

 

村人達が次々と業魔≪ごうま≫と化していく。

 

「宿屋の人まで!突然どうして⁉」

「業魔≪ごうま≫化だ、穢れが溢れた。」

 

エレノアの言葉に、アイゼンが眉を寄せて言う。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「穢れ……?村人の身体から出てた“アレ”が、業魔≪ごうま≫病の原因だとでもいうの?」

 

アイゼンが口に手を当て、考え込む。

エレノアがアイゼンを見て、

 

「業魔≪ごうま≫病とは――業魔≪ごうま≫とは一体なんなのです⁉」

 

そしてアイゼンは横目で裁判者を睨み、

 

「お前、こうなる事を知っていたな。」

「ああ。だが、この選択肢を選んだのはお前達だ。」

「何故、言わなかった。」

「言っていたとしても、結果は変わらない。あの娘を殺しても、この村は穢れに飲まれる。そして娘を置き去りにしても、私が神殿の外に連れ出していたから結果は変わらない。」

「お前が連れてくると?」

「いや。あの巫女の願いは娘を救うこと。巫女の救うとは、あの神殿からだ。だから外に出した後、あの娘がどうなろうと関係ない。殺されようが、逃げようが、喰われようが、捕まろうが、な。」

「貴様!」

 

アイゼンは眉を寄せる。

裁判者は業魔≪ごうま≫と化す村人を見て、

 

「そもそも、この結果を招いたのはお前達≪心ある者達≫だ。」

「その原因をつくりだしたのは、お前だろ。」

「否定はしない。が、今はここを脱した方がいいのではないか、アイゼン。業魔≪ごうま≫からも、聖寮からも、な。」

 

裁判者は彼を横目で見据える。

と、扉の後ろから、

 

「まだ遠くに行っていないはずだ!絶対に捜し出せ!」

 

対魔士の声が響く。

アイゼンは裁判者を睨んだ後、

 

「……後で話す。業魔≪ごうま≫が対魔士どもを足止めしてくれるだろう。その間に船に戻るぞ。」

 

そう言って、駆け出す。

港まで来ると、ベルベットがアイゼンの背を睨み、

 

「話してもらうわよ、業魔≪ごうま≫病と穢れのことを。」

「あんた、聖隷の禁忌を破るつもり?」

 

グリモワールがアイゼンを見据える。

アイゼンは彼らに背を向けたまま、

 

「こいつら次第だ。」

「聖隷の禁忌?」

 

エレノアが眉を寄せる。

裁判者は木箱に背をもたれ、彼らの会話を聞く。

グリモワールがエレノアを見て、

 

「ことは業魔≪ごうま≫だけの話じゃないのよ。この世界の仕組みといってもいい真実。下手に知れば、人間そのものの足場が崩れるかもしれないほどのね……。だから聖隷は、この件を人間に語ることを禁忌としてきたんだけど……」

「それでも知りたいか?」

 

アイゼンが問いかける。

ベルベットは彼の背を見据え、

 

「あたしは、もう人間じゃない。」

 

そう言って、横を見る。

エレノアは眉を寄せ、

 

「知らないままで……自分をごまかして進むことはできません。」

「……いいだろう。」

 

アイゼンは彼らに振り返る。

そして彼らを見て、

 

「そもそも、“業魔≪ごうま≫病”なんて病気は世界に存在しない。」

 

ベルベット達は驚く。

アイゼンは続ける。

 

「人間は、元々誰もが業魔≪ごうま≫になる。心に抱えた“穢れ”が溢れればな。」

「“穢れ”とはなんなのですか。」

 

エレノアが彼を見つめる。

 

「理性では抑えきれぬ負の感情――人の心が本質として抱える“業”じゃよ。」

 

だが、これに答えたのはアイゼンではなく、マギルゥだった。

アイゼンはマギルゥを見て、

 

「やはり知っていたのか。」

「魔女だからのう。」

 

ニッと笑うマギルゥ。

 

「付け加えるのであれば、人間ほど感情が揺れる生き物はいない。簡単に正と負の、理性と感情の、秤は揺らぐ。」

 

裁判者が彼らを見据える。

そしてマギルゥが真剣な表情になり、

 

「そう。だから穢れは、誰もがもつ心の闇。お主らも心当たりがあろう?」

「言われてみれば、かなり心当たるな。」

 

ロクロウが顎に指を当てて言う。

ベルベットも考え込む。

アイゼンは続けた。

 

「人間は業に突き動かされる生き物だ。それこそ、裁判者が言ったように容易に負に傾き、穢れを発する。ほとんどの人間が、穢れを発しながら生きているといっていいだろう。」

「むしろ業魔≪ごうま≫が本来の姿で、ささやかな理性で人間の形を保ってるだけやもしれん。」

 

マギルゥが呆れたように言う。

ベルベットは顎に指を当てて、

 

「民衆が、そんな事実に気づけば大混乱になる。だから聖寮は“業魔≪ごうま≫病”という仮病を広めた。」

「だろうな。」

 

アイゼンは頷く。

エレノアが眉を寄せ、

 

「嘘です!だって開門の日以前に業魔≪ごうま≫はいなかった!」

「だろうな。それが、今のお前達の眼と心のあり方だ。」

 

裁判者がエレノアを見据える。

アイゼンもエレノアを見て、

 

「本来、業魔≪ごうま≫も聖隷も、特別な霊的才能――“霊応力”のない人間には見えない存在だった。」

「並の人間には、突然凶暴化しただけに見えたんじゃよ。その異常さは“悪魔憑き”や“獣人化”などと呼ばれて伝わったがな。」

 

マギルゥもエレノアを見据える。

ロクロウが彼らを見て、

 

「なんで急に見えるようになったんだ?」

「人間全体の霊応力が増幅されたからだろうが、理由はわからん。解るとすれば、そしてそんな事ができるのは、お前達くらいで、そしてその理由を知っているのも、お前達くらいだろう。」

 

アイゼンが裁判者を睨む。

そして腕を組み、

 

「だが、それ以外で解るとしたら、同じように降臨の日を境に、聖隷まで人間に見えるようになり、大量の対魔士が生まれた。」

「きっとアルトリウスが絡んでいる。」

 

ベルベットが彼を思い出し、手を握りしめる。

エレノアは瞳を揺らし、

 

「……でも、病気でなければ、村人が一斉に業魔≪ごうま≫になるはずがありません。」

「感情は人と人、聖隷と聖隷、人と聖隷、とで干渉し合う。小さな穢れ≪一人≫も、大きな穢れ≪大勢≫になれば、それは一人では抱えきれなくなると言うものだ。そして一人で抱えきれなくなった穢れを他者が感じ取り、不安、恐怖、憎悪と、様々に伝染する。業魔≪ごうま≫としての姿が見えるようになってからは尚更な。」

「『八つの首もつ大地の主は、七つの口で穢れを喰って』……喰魔は、人が出す穢れを吸収して、カノヌシに送る。なのに裁判者さんとアイゼンが話していたように、僕たちが地脈点から喰魔≪モアナ≫を連れ出したから……」

 

ライフィセットがアイゼンを見る。

マギルゥが笑みを浮かべ、

 

「坊はかしこいのう~。そう、吸収されなくなった穢れが溢れたのじゃ。」

「つまりあたしのせいか。だからあんたは……」

 

ベルベットが裁判者を見る。

 

「だから言ったろ。『今回の件は今までとは訳が違う。“ここ”は、集まりやすい場所だ。行動と決断は、覚悟を持って行え』。そして二回目にも、『ちゃんと考えて行動しろよ。お前達の選択ひとつで、村一つ滅ぶぞ』と。その忠告を聞いた上で、お前達はこの選択肢を選んだ。何とも愚かな生き物だな。」

 

裁判者は彼らを見据える。

エレノアは拳を握りしめ、

 

「こうなる事をあらかじめ説明さえしてくれれば、他の対策があったかもしれません!」

「同じだ。」

「は?」

「言ったところで何も変わらない。お前達≪心ある者達≫は。答えをはっきり言っても、何の意味もなかった。何度も同じ過ちを繰り返し、繰り返し続け、今に至る。だったら、教えても意味はないだろう。」

 

裁判者は木箱から身を離し、エレノア達を見据える。

その瞳は赤く光るっている。

エレノアはさらに拳を握りしめ、

 

「ですが!」

「では、改めて聞こう。お前はあの場で、それを知っていたら……あの喰魔≪モアナ≫を見捨てられたか。」

「それ……は……!」

「それこそが、お前達聖寮が抱える“理”だ。全≪多くの人≫を救うために、個≪一人≫を犠牲にする。それにより、全≪世界≫を救い、個≪親しい者≫を見捨てる。これが、お前達の創りだした“理”の真実のひとつだ。」

 

裁判者は赤く光る瞳で彼らを見据えた。

そこに小さな業魔≪喰魔≫の少女が歩いて来た。

 

「ねぇ、どうしたの?なんかみんなこわいよ……。」

 

そして裁判者を見上げ、

 

「ねぇ、あなたはモアナのお母さん……知ってるの?あなたが私の背を撫でてくれた時ね……お母さんを感じたの……」

「それはお前の願いであり、お前の母の想いだったからだ。」

「……?モアナ、難しくてわからないよ……」

「なら、大きくなってから考えろ。」

 

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女を見下ろす。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「おかげで、古文書の記述が信用できることがわかったわ。地脈点から、すべての喰魔を引き剥がす。カノヌシの力を削ぎ、覚醒を阻止するために。」

「でも、喰魔を奪ったら人間がどんどん業魔≪ごうま≫になっちゃうんじゃ……」

 

ライフィセットが不安そうにベルベットを見上げる。

ベルベットは左手を握りしめ、胸に手を当てて、

 

「やらなきゃアルトリウスを殺せない。」

「げに恐ろしき女よの~。」

「真実を知って進むか……いいだろう。」

 

マギルゥとアイゼンがベルベットを見据える。

裁判者は船に歩きながら、

 

「なら、足掻けよ。その先にあるのは、お前にとって知りたくなかった真実と見付け出さなければならない答えがあるのだからな。」

「ええ。古文書以上に、アンタの言葉は真実であり、災厄であるのがわかったわ。」

 

ベルベットも船に向かって歩き出す。

そして他の者達も船に向かう。

エレノアとライフィセット、小さな業魔≪喰魔≫の少女も遅れて船に乗る。



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toz 第五十七話 真実のひとつ~その2~

船に乗り、ロクロウが腕を組んで、

 

「外見が違う喰魔を探すとなると、やっぱり地脈点を潰していくしかなさそうだな。」

「そうね。グリモワール、さっきの話を詳しく聞かせて。」

 

ベルベットが頷き、グリモワールを見る。

グリモワールはベルベットを見上げ、

 

「穢れの件?禁忌だって言ったでしょ……」

「人の感情――業が“穢れ”という毒を生んで、人間を業魔≪ごうま≫に変えていることはわかった。穢れの発生を防ぐ方法はないの?」

「……人が人である限り、なにわ。言った通り、穢れは感情から生まれるものだから……」

「あんたたちは、なんらかの対応をしてるはずよ。聖隷だって、心も感情もあるんだから。」

「聖隷は穢れを生むことはないのよ。人と違ってね……」

「ああ。聖隷も感情を持つが、聖隷は理性の方が強い。そして同じ過ちを犯さぬよう、場をわきまえている。だから聖隷は穢れを生まない。生むのは常に人だ。」

 

グリモワールは肩を上げる。

そして裁判者も、遠くを見るように彼女に言う。

だが、ベルベットは眉を寄せ、

 

「うそね。あたしは聖隷が業魔≪ごうま≫化するのを見た。」

「それは、外部の膨大な穢れにさらされたからよ。」

 

グリモワールも言葉にベルベットが困惑する。

考え込むベルベットに、裁判者は目を細めて、

 

「付け加えるのなら、聖隷は穢れの影響をもろに受け取る。それは感じやすいと言っても良い。言ったろ、穢れは人と人、聖隷と聖隷、人と聖隷と干渉し合う。」

「……そうね。聖隷にとって穢れは、まさに毒。だから聖隷は、清浄な存在を『器』にして、穢れから身を守る必要がある。もっとも、それも完全な対策じゃないけどね……」

 

グリモワールが目を細める。

ベルベットは顔を上げ、

 

「……『器』が穢れたら、聖隷も業魔≪ごうま≫化する。」

「御名答。」

「つまり、エレノアが穢れたらライフィセットも……アイゼンが言ってた『器が壊れたら』って、『穢れたら』って意味だったのか。」

「その通りよ。小さな心のほころびが、大きな志を砕くことはよくある……ピュアピュアな対魔士のお嬢さんを、あまりいじめちゃダメよ。」

「“ライフィセット”を護りたいのならな。」

 

グリモワールはジッとベルベットを見る。

裁判者も、ベルベットを横目で見て言った。

 

「……忠告として聞いておくわ。」

 

ベルベットは二人から離れていく。

裁判者は空を見上げ、

 

「本当に、お前達≪心ある者達≫は複雑だな。」

「貴女が単純なだけよ。」

 

裁判者は横目でグリモワールを見据える。

グリモワールは古文書を開き、読みながら、

 

「でも、だからこそ思うわ。貴女たちは、まだ成長していないのではないか、と……」

「よくわからないな。」

「……でしょうね。」

 

裁判者は再び空に視線を戻す。

しばらくしてグリモワールは古文書について、ベルベット達を呼びつける。

 

「かぞえ歌の二段目……覚えてる?」

「四つの聖主に裂かれても、御稜威に通じる人あらば、不磨の喰魔は生えかわる。緋色の月の満ちるを望み。」

 

ライフィセットがグリモワールを見て言う。

彼女は頷き、

 

「そう。それについて話しとかなきゃと思って、集まってもらったわけ……」

「『選ばれし者によってカノヌシと喰魔が甦る』って、解釈したわね。」

 

ベルベットが思い出すように言う。

グリモワールは顎に指を当てて、

 

「どうにも『生え変わる』が引っ掛かるのよね……で、考え方を変えてみた……カノヌシに選ばれた誰かが喰魔をつくるのではなく、カノヌシが喰魔になる誰かを選ぶ……としたら?」

「…………?」

 

エレノアが腕を組み、顎に指を当てて考え込む。

グリモワールは目を細めて、

 

「『御稜威に通じる人あらば、不磨の喰魔は生えかわる』……ここはどう読める?」

「……カノヌシの力に適合した人間が喰魔に生まれ変わる。」

「モアナ……!」

 

ベルベットの言葉に、エレノアは手を握りしめる。

ロクロウは腕を組み、

 

「聖寮は人間を喰魔につくり変える方法を得て、実践してるってわけか。」

「そんな……」

 

エレノアは目を見開く。

ベルベットは目を細めて、

 

「驚くこと?『個よりも全』――それがアルトリウスのやり方でしょ?」

「しかも『生え変わる』ではなく、あえて『生えかわる』と書かれている……。『生え変わる』と『生え替わる』の二つの意味が込められていると読み解けるのよ……」

 

グリモワールは頬をに手を当てて、本を見つめる。

ベルベットは腕を組み、顎に指を当てて、

 

「……喰魔は生まれ替わる。それなら『不磨』……不滅という意味が通じる。」

「どうやら、全よりも“子”を優先して、モアナを殺さなくて正解じゃったようじゃの。」

 

マギルゥが目を細めて、笑みを浮かべる。

ベルベットはジッと全体を見て、

 

「……“殺さない”じゃない。カノヌシの覚醒を阻止するためには――喰魔は“殺せない”。」

「ええっと……」

 

考え込むライフィセット。

その彼に、アイゼンが横目で彼を見て、

 

「殺したら、別の適合者が喰魔に生まれ替わるということだろう。」

「けど、穢れを喰らう口は七つ――喰魔の数は決まっているらしい。」

 

ベルベットが目を細める。

ライフィセットがハッとして、

 

「殺さなければ、次は生まれない。」

「そうだ。つまり俺たちは、七体の喰魔を地脈点から引きはがした上で、聖寮に奪還も殺害もされないよう、守らねばならん。」

 

アイゼンが睨むように、目を細める。

マギルゥが手を広げて、

 

「難易度高すぎじゃろー。」

「僕の虫も守らないと。」

 

ライフィセットはムシの喰魔を抱きしめる。

ロクロウはライフィセットの頭を撫で、

 

「ああ。ますます大事に扱えよ。」

「うん、ますます。」

 

ライフィセットが頷く。

ロクロウは腕を組み、

 

「しかし、こうなってくるとアジトが欲しいな。アイゼン、秘密基地とかないのか?」

「男のロマンだが……ない。」

 

アイゼンはジッとロクロウを見た。

ベルベットは考え込み、

 

「人知れない場所で、かつ安定した“食事”を供給できる“穢れ”に満ちた場所。」

「人気がないのに、穢れに満ちた場所か。難儀なトンチ問題じゃのー。」

 

マギルゥは笑いながら言う。

エレノアも考え込み、

 

「聖寮が管理するこの大陸に、そんな都合のいい場所なんて……」

「こうしてる間にもカノヌシは覚醒し続けてる。アジトを探しながら、残りの喰魔を集めるしかないわ。まずはローグレスよ。」

 

と、彼らは動き出す。

それを裁判者はそれを見た後、空を見上げ、

 

「さて、どう世界は変わるかな。」

「まるで、解っているようで解ってないのね。」

 

グリモワールが裁判者を見据える。

裁判者は横目で彼女を見て、

 

「ああ。すべては選択次第だ。それによって私の見ている未来は変わる。」

「……だから今回の件の原因も、全て知ってる。私たちのこの回答を聞いて、あなたは何を想うのかしら?」

「何も。だが、いい実験にはなっている。」

 

そう言って、裁判者は船の一番高い場所へと向かう。



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toz 第五十八話 気付けぬ想い

ローグレスに向かう一行。

港に着くと、船乗り二人と商人が話していた。

裁判者は空を見上げる。

 

「オヤジ、水と食い物をありったけくれ!」

「バカ野郎、こっちが先だ!三日も漂流しちまって死ぬとこだったんだ。」

「日頃の行いが悪いからだ!ざまあねぇな!」

「なんだと、やんのか⁉」

「やかましい!騒ぐ前に、どっちもツケを払いやがれ!」

 

その雰囲気にライフィセットは一歩引き、

 

「なんかすごい……」

「船乗りには短気なのが多いだけよ。怖がらなくていいわ。」

 

ベルベットがライフィセットを見下ろす。

と、横の方でも、

 

「おい、どういうことだよ⁉」

「どうしたの?」

 

ベルベット達が騒いでいたアイフリード海賊団の船員に近付く。

船の団員はベルベット達を見て、

 

「船止め≪ボラード≫を上乗せしてきやがったんだ。」

「ほう……いい度胸だな。」

 

アイゼンが船止め≪ボラード≫の男性を睨む。

男性は腕を組み、

 

「そりゃあ、あなたの方の船止め≪ボラード≫を受ける男ですから。だが、一級手配の海賊団だけでなく、“特級手配犯”まで匿うとは承知していない。追加分には別料金を請求すりのが筋でしょう?」

「……たしかにそうだな。ベンウィック、言い値で払ってやれ。」

 

アイゼンが船の団員を見る。

団員は怒りながら、

 

「へーい!副長も船長も、やっかいな奴に甘いんだから。」

「さすがアイゼン副長。今後ともごひいきに。」

 

と、船止め≪ボラード≫男性は歩いて行く。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「……迷惑をかけたようね。」

「想定のうちだ。気にするな。短気じゃない船乗りもいるということだ。」

「覚えておくわ。」

 

アイゼンとベルベットは歩いて行く。

マギルゥが空を見上げている裁判者を見て、

 

「ここにはもう一人、第一級指名手配犯がおるがの―。」

「お前は黙っとけ。」

 

ロクロウがマギルゥに呆れたように言う。

その当人は視線を空から人々に向ける。

そして歩き出すからについて行く。

赤いスカーフをつけた男性がそっとアイゼンに近付き、

 

「ボスが呼んでる。」

「わかった。」

 

そう言って、サッと離れていく。

アイゼンがベルベットを見て、

 

「ベルベット、血翅蝶のボスが呼んでる。」

「わかったわ。」

 

と、頷く。

そしてマギルゥが一緒に来ていた裁判者を見て、

 

「お主も一緒に行くのかえ?」

「お前達の行先に、私も用があるのでな。」

「“血翅蝶”にかえ?」

「ああ。」

 

裁判者とマギルゥの言葉を聞いていたエレノアが眉を寄せ、

 

「“血翅蝶”……王国の陰で暗躍するという闇組織。でも、噂ばかりで聖寮も実体を捉えきれていない。あなたたちは、そんな集団ともつながっていたのですね。」

「狭くて暗い、裏世界。声は聞こえど影法師、顔は見えぬど紙一重……というところじゃ。」

 

マギルゥは人差し指を立てる。

エレノアはジッとマギルゥを見て、

 

「以前ギデオン司祭を襲ったのも、彼らの手引きですか?」

「ああ、血翅蝶が大司祭の始末を持ちかけてきたんだ。」

 

ロクロウがエレノアを見る。

ベルベットは横目でエレノアを見て、

 

「アルトリウスの居場所の情報と交換で受けたのよ。」

「情報……?それだけのために暗殺をしようとしたのですか!」

「ええ。世界を統べる導師の情報よ。悪い取り引きじゃないわ。」

 

ベルベットはエレノアを見据える。

アイゼンも横目でエレノアを見て、

 

「互いの利害が一致すれば手を組む。それだけのことだ。」

「……裏の人間らしい考え方ですね。」

 

エレノアは彼らを睨む。

ライフィセットがエレノアを見上げ、

 

「でも、血翅蝶は、大司祭のせいで街の人に被害がでているのを知ってたんだよ。それで……」

「確かに赤聖水の件は……教会も非があります。」

 

エレノアは視線を落とす。

裁判者は顎に指を当てて、

 

「なんだ、またあれを作ったのか……。」

「知っとるのかえ?」

 

マギルゥが意外そうに見る。

裁判者は変わらず、顎に指を当てて、

 

「少しな。私も昔飲んだことがあるからな。実験で。」

「実験?」

 

エレノアが裁判者をじっと見る。

裁判者は思い出すように、

 

「ああ。昔は色々と関わりを持っていたからな。そんな中、私を殺そうと毒殺、闇討ち、斬首、罠と色々と仕掛けてきていた中に、それがあった。どれも、一度は殺せたが二度目は出来なかったな。殺る者も戦意を失って、自らの命を絶った者さえいたな。」

「……ちなみに、一番確実にお主がこたえたのはなんじゃ?」

 

マギルゥはジッと裁判者を見た。

裁判者は首を傾げ、

 

「……心臓や首、頭と言った所か?修復に少しばかり時間がかかり過ぎる。腕や足、内臓といったものは、その気になれば―――」

「……すまぬ。もう止めにしようぞ。空気が重すぎじゃ。」

 

マギルゥが半眼で言う。

エレノアが話題を変えるように、

 

「そ、それにしても、血翅蝶は、噂以上の情報網をもっているようですね……」

 

そしてエレノアは考え込む。

ロクロウも苦笑して、

 

「御座の結界のことも知ってたしなぁ。」

「ベルベットのハトマネのことものう。」

 

と、マギルゥは笑みを浮かべてベルベットを見る。

ベルベットはマギルゥを睨み、

 

「ちょ……しつこいわよ!」

「ハトマネ?なんのことです?」

「ぼ、僕は……知らない。」

 

エレノアの視線を、ライフィセットは頬を赤くして反らす。

そして急ぎ足で、歩いて行った。

ベルベットがエレノアを睨み、

 

「王都の検問近くにハトがいたの。それだけよ。」

「はぁ……?」

 

エレノアは半眼で、彼女を見る。

マギルゥは面白そうに、

 

「そうそう♪あれは黒くて胸の大きなハトじゃったポッポ~♪」

 

と、睨みつけるベルベットからマギルゥは笑いながら去って行く。

 

王都ローグレスに入り、人だかりを見つけ近付いてみる。

 

「なに、この人だかりは?」

「“マジルーゥ一座”の公演があったんだ。いやぁ、噂通りサイコーの踊りが見れたよ。」

 

ベルベットの問いに、男性が嬉しそうに言った。

エレノアが目を見開き、

 

「え、あのマジルゥちゃんが!」

「マギルゥとな⁉いつの間にか儂のブームがきておったのか!」

 

と、クルッと回るマギルゥ。

そのマギルゥに、子供が呆れたように、

 

「は?マギルゥじゃなくてマジルゥだよ。」

「大人気の踊り子、ルルゥちゃんのことですよ。『マジ最高なルルゥちゃん』略して“マジルゥ”。」

 

と、肩を落としているマギルゥに、エレノアは自慢げに、嬉しそうに言う。

そして街人達も嬉しそうに、ワイワイしていた。

それを見たベルベットは呆れたように、

 

「ふぅん、のんきなものね。」

「こらー!もっと悔しがらんかー!紛らわしい名で、儂ら“マギルゥ奇術団”の名声が利用されておるんじゃぞ!」

 

と、マギルゥが指を指して怒りだす。

ベルベットはそんなマギルゥを面倒くさそうに、

 

「名声って……なんの活動もしてないでしょ。」

「これからやろうと思ってたんじゃ~!悪の商法ワシワシ詐欺じゃよ~。」

 

マギルゥが腰を振りながら、シレっと言う。

そこに女性の声が響く。

 

「聞き捨てならないわね。」

「あっ!マジルゥちゃん。」

 

エレノアが口に手を当てて、驚く。

マジルゥの目の前では、彼女は街人達に歓声の声を浴びる。

エレノアが彼女を見て、

 

「マジルゥちゃんの師匠は、天才の名声を欲しいままにした舞踏家バルタ。でも、バルタは怪我で舞台に立てなくなってしまった。彼女は、師匠の夢を受け継いで頑張ってるんですよ。」

「ふん……お主がマジルゥか?」

 

そして近付いて来た彼女を、マギルゥが腕を組んで見据える。

彼女はジッとマギルゥを見て、

 

「ええ。私と先生は、みんなに感動を届けるため、真剣に舞台をやっているの。インチキみたいに言われるのは許せないわ。」

「許せんのならどうする?どっちの芸が客を沸かせるか、勝負してみるかえ?」

「いいわ、望むところよ。」

 

と、意気込むところに、

 

「くだらん争いをするな、ルルゥ。」

「バルタ先生、でも……!」

 

彼女は歩いて来た老人を見る。

彼は彼女を見て、

 

「未熟者が。怒りを吐き出す暇があったら、その感情を心で咬み砕き、五体に流し込め。己を表現するのは舞台の上だけでいい。」

「は、はい!先生!」

「ぐっ……!」

 

と、男性は右腹を抑える。

彼女は近付き、

 

「先生、また怪我の後遺症が……!」

「かまわん、どうせもう踊れぬ体だ。そんなことより、お前こそ不調はないな?」

「は、はい!」

「よし。なら、帰って練習だ。」

 

そして二人は去っていく。

それを見つめるマギルゥ。

それを裁判者が横目で見据える。

ライフィセットが去っていく二人を見て、

 

「厳しいな……」

「そうですね。けどバルタは、孤児だったマジルゥちゃんの才能を見抜いて、自分のすべてを伝えるために養女にしたんだそうです。あの厳しさは、期待の裏返しなんですよ。」

 

エレノアは解説をした。

ロクロウがエレノアを見て、

 

「さっきからやけに詳しいな?」

「……ファンなんです。個人的に。」

 

と、照れるエレノア。

マギルゥは目を細めて、

 

「同じ夢を追う師弟か……それはそれは御立派な話じゃのう。」

 

そのマギルゥを横目で見ていた裁判者は、

 

「期待去れるだけ期待され、いざ無能としれば簡単に切り捨てる事もできる師弟もあるからな。その弟子も必死に足掻いたのに、得たものは絶望と悲しみだったな。」

「……さてな、儂にはわからぬ話よ。」

 

と、マギルゥは一回転し、

 

「そ~ゆ~わけで!我らマギルゥ奇術団の公演を開くぞよ。演目は“漫才”じゃ!」

 

と、笑みを浮かべるマギルゥ。

エレノアは驚き、

 

「ちょ、話が見えないんですけど⁉」

「さっきマジルゥと勝負するといったじゃろ?じゃのに、お主らときたら曲芸のひとつもできんし。」

「ご、ごめん……」

 

マギルゥが呆れる中、ライフィセットが肩を落として謝る。

が、エレノアは眉を寄せ、

 

「仕方ないでしょう。素人なんですから。」

「かー!少しは申し訳なさそうに言えぃ!本来なら火の輪くぐりでも強制したいところじゃが、穏当に漫才でなんとかしてやろうというのじゃ。漫才なら、儂が場を回して面白くできる!せいぜい美味く弄ってやるから感謝せい。」

「でもでも、マジルゥちゃんと同じ舞台に立つなんて恐れ多い……」

「お、さらりとやる気出したのー。」

 

と、マギルゥが笑みを浮かべる。

ベルベットが呆れながら、

 

「あたしは嫌よ。なんでそんな無駄なことを。」

「無駄じゃないわい。公演が成功すれば、大金が手に入るぞよ。しかも今はチャンスじゃ!マジルゥ一座と間違えて見にくる奴が多いはず。」

 

と、悪い笑みを浮かべるマギルゥ。

ロクロウが呆れながら、

 

「あっちの名声を利用する気満々だな。」

「それじゃ!そういうリアクションを儂が転がせば、どっかんどっかんウケまくりじゃよ~♪」

「よくわからんが、そうか!」

 

納得するロクロウに、ベルベットが半眼で、

 

「どっかんどっかん自爆の間違いでしょ。」

「おお、ベルベット……お主はツッコミでもいけそうじゃな!」

「は⁉変な感心しないで!」

 

睨むベルベットに、アイゼンが真顔で、

 

「バカらしいが、金があって困ることはないな。」

「アイゼンまで……」

「決まりじゃな!あちこちの街におる興行師に話しかければ、儂のコネで公演を開けるはずじゃ。とりあえず全員とコンビを組んで、お主らのお笑いポテンシャルを見極めてやるぞよ。」

 

と、再び悪い笑みを浮かべるマギルゥ。

ライフィセットが驚きながら、

 

「全員⁉」

「俺もやるのか……?」

 

アイゼンが眉を寄せる。

マギルゥは笑みを浮かべ、

 

「無論、そこで他人事のようにしておる裁判者は曲芸じゃぞ。」

「……は?」

「お主とは真面な会話は出来ぬからな。じゃったら、芸しかなかろう。」

「何故、私が――」

「儂の顔に免じて頼むぞー。儂ら全員でマギルゥ奇術団なんじゃから。」

 

と、ルンルンで歩いて行くマギルゥ。

場の雰囲気が微妙になる。

ライフィセットが不安そうに、

 

「ど、どうなっちゃうんだろう……?」

 

しばらく歩いていると、一人の女性が笑いながら、

 

「“マジルゥ”って名前を聞くと、なんとなく“マギラニカ”のことを連想しちゃうのよね。」

「マギラニカ……?」

 

それに、ベルベットが質問した。

マギルゥが視線を外し、

 

「ああ、怪しげな見世物一座にいた目に見えない“式神”と話せる少女じゃろ。」

 

女性は笑みを浮かべ、

 

「そうそう。触れずに物を動かしたり、預言で捜し物を見つけ出したりできた不思議な子。“小さな魔女”って、一時期話題になったのよ。時々、変わったもう一人の少女も居たらしいけどね。あの子は神出鬼没だって、有名で。」

「おかげで、そやつを囲っておった一座は、そうとう儲けたらしいのー。」

「ええ。けど、悪どくやりすぎて、王国の異端審問にひっかかったのよね。マギラニカは酷い拷問をうけたとか。」

「じゃった、じゃった。結構有名な話じゃよなー。」

 

と、マギルゥは目を細める。

裁判者は彼らに背を向ける。

ベルベットが首を傾げ、

 

「聞いたことないけど……」

「それはそうでしょうね。あたしが若い娘時分の話だもの。」

「マギルゥ……あんたって、いくつなの?」

 

ベルベットがマギルゥを見る。

マギルゥは頬に人差し指を当て、

 

「ええ~♥いくつに見える?」

「……今のリアクションで、同世代じゃないのはよくわかったわ……。」

 

ベルベットが半眼で彼女を見る。

女性と離れ、一行は酒場近くにやって来た。

ベルベットがエレノアを見て、

 

「エレノア、あんたは外で待ってて。対魔士が一緒にいることは“血翅蝶”のボスも知ってる。でも――」

「……わかりました。聖寮に顔を見られたくない客もいるでしょう。」

 

エレノアは一人、噴水のある方へ歩いて行く。

そしてベルベットはライフィセットを見て、

 

「ライフィセット、あんたはエレノアについてなさい。」

「うん。」

「すぐに戻るから。」

 

ライフィセットは頷き、エレノアの元に駆けて行く。

 

酒屋に入ると、

 

「いらっしゃ~い♪」

 

と、笑顔で出迎える少年。

その少年を見て、

 

「……むむ?どこかで見た事のある顔じゃの。」

 

マギルゥがジッと見つめる。

アイゼンが眉を寄せて少年を睨みつける。

その少年は長い紫色の髪を赤いスカーフで、下で束ねた髪を揺らしながら、

 

「えー、そう?それは不思議だな~♪」

 

そして赤い瞳がマギルゥを見る。

ベルベットがハッとして、

 

「裁判者!」

 

声を上げた。

マギルゥとロクロウも、納得したように後ろに振り返る。

当の本人は彼らを見て、

 

「なんだ。」

「ホントだ!こりゃあ、驚きだ。」

「ん?と、言うことわじゃ……お主は審判者かえ?」

 

ロクロウがまじまじと少年と裁判者を見比べる。

マギルゥが少年を見据えると、

 

「さぁてね。ここでは一般の少年だよ。」

 

と、口に人差し指を当てる。

が、真剣な表情になり、

 

「で、君はどうしてそういう結果に?」

 

裁判者は割れた仮面を見せる。

少年≪審判者≫は口笛を吹き、

 

「ヒュー。一体誰が?」

 

裁判者は横目でベルベットを見る。

少年≪審判者≫は目を細めて、

 

「へぇ……成程ね。」

「お前の方はちゃんとできたみたいだな。」

 

と、裁判者は隅に居るフードを被った人物と鷹を見る。

少年≪審判者≫は笑みを浮かべ、

 

「まあね。あれは俺の仕事≪願い≫の担当だからね。さて、ボスに用事だろ?」

 

と、クルッと回り、カウンターに近付いて行く。

老婆がベルベット達を見て、

 

「わざわざ来てくれてありがとう。久しぶりね。ピーチパイ、食べる?」

「要件は?」

「ふっ……もう少し心に遊びを残しておきなさい。張りつめた弓の弦は切れやすいわよ。」

「要件。」

「はぁ……。この人を王都から連れ出して欲しいの。」

 

そう言った老婆の先にはフードを被った男性と鷹が居る。

ベルベットは腕を組み、

 

「……キナくさい依頼ね。目的地は?」

「お上の手が届かないところまで。」

「そんな場所があったら、こっちが知りたいわ。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

ロクロウが苦笑して、

 

「……俺たちもそんな場所が必要なんだが、なかなかうまい話はなくてな。」

「そういえば……ここしばらく聖寮本部と監獄島タイタニアの連絡が途絶えてるって噂よ。」

「監獄島……!」

 

ベルベットがハッとする。

アイゼンが腕を組み、

 

「監獄島は聖寮が管理してる施設。それが連絡もつかないほどの状況になったというのか?」

「囚人の脱獄。おまけに穢れが満ちる場所だからね。」

 

と、少年≪審判者≫が目を細める。

ベルベットは顎に指を当てて、

 

「灯台下暗し……監獄島は使えるかもしれない。」

「アジトにか。確かにあそこなら喰魔が喰べる穢れも多そうだ。」

「しかも、逃げ出した囚人が好き好んで戻るとは、お行儀のいい聖寮は考えんじゃろーしなぁ。」

 

ロクロウとマギルゥが納得する。

ベルベットも頷き、

 

「少なくとも状況を確かめる価値はある。」

「……お役に立てたかしらね?」

「ええ。でも、もうひとつ。聖寮が業魔≪ごうま≫を匿っているって情報はない?」

 

ベルベットの言葉に、老婆は少年≪審判者≫を見る。

少年≪審判者≫は笑みを浮かべ、

 

「離宮の業魔≪ごうま≫はすでにいないよ。」

「ええ。別の場所に移ったようね。」

「どこへ?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

 

「今言えるようなことはないけれど、近いうちに必ず。」

 

老婆がジッとベルベットを見る。

ベルベットは頷き、

 

「……わかった。こいつを逃がす報酬は、業魔≪ごうま≫の情報よ。」

「承知したわ。」

 

そして老婆はアイゼンを見て、

 

「アイゼン副長、メルキオルとやりあった件は聞いたわ。情報をつかめなくてごめんなさい。」

「あれは完敗じゃったなー。裁判者も怖かったし。」

 

と、マギルゥが体を揺らす。

アイゼンは老婆を見て、

 

「いい。もう済んだことだ。」

「アイフリードのこと、あきらめるの?」

 

ベルベットがアイゼンに振り返る。

アイゼンはベルベットを見据え、

 

「いいや。アイフリード海賊団は聖寮の計画を潰しに動く。俺たちがでかい被害を与えれば、聖寮はアイフリードに人質の価値を見いだすはずだ。罠を仕掛けてきた時を狙って、あいつを奪い返す。」

「攻撃で活路を開こうってわけか。」

「さすがだな。」

 

ベルベットとロクロウは彼を見つめる。

アイゼンは視線を外し、

 

「アイフリードなら、この策をとる。それだけのことだ。」

「だが、それだけの被害を出せれるかは、わからないがな。それに出したところで、アイフリードを助けられるかどうかも、別の話だ。」

 

裁判者がアイゼンを見据えると、彼は裁判者を睨みつける。

そして一行はフードを被った男性と鳥を連れて、酒屋を出ようとする。

少年≪審判者≫は目を細めて、ベルベット達に、

 

「そうそう、俺も少しだけ情報を上げるよ。君たちの探す業魔≪ごうま≫。なかでも、離宮の業魔≪ごうま≫は気付きそうで気付けない場所さ。」

「あんた、何か知ってるの。」

 

ベルベットが少年≪審判者≫を見る。

裁判者はその少年≪審判者≫を睨む。

少年≪審判者≫は手を上げて、

 

「と、これ以上はその子に怒られるから、パスね。じゃ、頑張って足掻きなよ。心ある者達♪」

 

そして酒屋を出た一行はエレノアとライフィセットの元へ行く。

二人にフードを被った男性と鳥の事を淡々と説明し、船に戻る。

船の団員にフードを被った男性と鳥を預けると、マギルゥが商人男性に話し掛けていた。

 

「飛び入りでお笑い公演をやらせてくれんかのー。相方は駆け出しのドーシローじゃが、儂のバーターで割り込みシクヨロじゃ。」

「マギちゃんの頼みじゃNGれないけど、ギャラは取っ払い、アゴアシ込みのデーヒャクってことで。」

「ブイシーじゃのー。」

「しか大トリがケツカッチンなのに、前説がトチッてマキ入ってるんで。」

「ドイヒーじゃが、デーソレ、ケーオーじゃ。」

 

と、、マギルゥが話し込む。

ベルベットが半眼で、

 

「なに言ってるか全然わかんない……」

「では、いくぞよ、ベルベット。お主がツッコミじゃ。」

「あ、あたし⁉」

「儂がボケ倒すから、お主はいつも通りクールぶってつっこめばよい。時々、会場の男どもを、エサの欲しがる豚を見下す目で見てやれば、さらにポイントゲットじゃ♪」

「ちょっと待って。意味がわからないし、心の準備が……」

「もう遅い!すでに幕は上がっておる!」

 

と、ベルベットの背を押しながら連れて行く。

裁判者は彼らに背を向けて、船に戻る。

と、船の下で騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「だから高いって!足元見すぎだろ⁉」

「これ以下をお望みなら、どこかの慈善家を捜していただきた方がよろしいかと……」

 

そこにベルベット達が戻って来た。

そして揉めていた彼らに近付いて来る。

裁判者は空を見上げ、目を細める。

 

そこに何をかを覆うかのように、力が広がった。

そう領域だ。

それが争っていた二人をいや、人々を覆う。

すると、二人は静かになり、瞳が虚ろになる。

それは二人だけでなく近くに居た他の者達もだ。

 

裁判者はベルベット達の前に降り立つ。

エレノアは裁判者を見て、

 

「これはどうなっているのです⁉」

「とうとう始めた、と言うところか……」

「何をです⁉」

「今は言えないな。」

 

裁判者がそう言うと、ベルベットは舌打ちし、

 

「しっかりしなさい、ベンウィック!」

「あ……れ……?俺、補給の交渉してて――」

 

と、交渉していた男性を見ると、

 

「……物資は適価で……いえ、自由にお持ちください。」

 

ベルベット達は眉を寄せる。

裁判者は顎に指を当てて、その人間を見据える。

 

「人間は、営利行為などではなく、私心なく公益に奉仕することでの自己実現を達成すべきであり……」

「は?本当にいいのかよ?」

「あ……いや……私はなにを……?」

 

そう言って、困惑しながら辺りを見渡す。

他の人間達も同じように、困惑しながら辺りを見る。

ライフィセットが北の方へ振り返り、空を見上がる。

マギルゥがライフィセットを見据え、

 

「坊も、今のを感じたかえ?」

「うん……もう消えたけど、北の方から強い波みたいな力がきた。」

 

ライフィセットは頷き、マギルゥを見る。

アイゼンが睨むように空を見た後、

 

「聖隷がもつ力の支配圏――“領域”だ。」

「ここの北って……」

 

エレノアも北の方を見上げる。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「聖主の御座からか。」

「カノヌシとアルトリウスが何かをやったってことか?」

「……わからない。」

 

ロクロウの言葉に、ベルベットは考え込む。

マギルゥは裁判者を見据え、

 

「で、お主は何なら言えるのじゃ?」

「……そうだな……これは私も見過ごせない結果ではあるな。」

 

と、北の方を睨むように見据える。

アイゼンがそれを見て、

 

「嫌な予感がする。急いでここを離れた方がよさそうだな。」

 

そう言って、彼らは船に上がっていく。

裁判者は甲板に上がり、フードを被った男性に近付く。

 

「鎮静化……か。」

「お前は見届けろ。それが、今のお前にできる事だ。」

 

甲板に立って、空を見上げて呟いた彼に、裁判者は横目で見てそう言った。

 

しばらくして、マギルゥが甲板の隅で、

 

「あーもう!ベルベットのヤツ!何が恥ずかしいじゃ⁉あのような恰好をしてるくせにぃ~!おかげで二度と来るなと言われたわい!」

 

と、マギルゥは甲板の上で、ジタバタ暴れていた。

裁判者はそれを見下ろし、

 

「何をそんなに怒っている。」

「ぶー!儂のやる気をベルベットに撃ち砕かれたのじゃー。」

「……で?」

「次はこうはならぬぞー!」

 

と、さらに暴れまくる。

そして立ち上がり、

 

「ぐふふ。覚えておれよ~!」

 

走り去って行った。

裁判者は空を見上げ、

 

「騒がしい奴だ。」

 

裁判者が空を見上げていると、ロクロウがフードを被った男性に腕を組んで、

 

「さあて、無事に出航したことことだし、そろそろ顔ぐらい見せたらどうだ?」

 

裁判者は目を細めて、彼らの間に降り立つ。

だが、フードを被った男性は裁判者に首を振り、

 

「……大丈夫だ。失礼した。」

「いいのか?」

「ああ。構わないさ。」

 

そう言って、彼はフードを取る。

その顔を見たエレノアが、

 

「やはり、パーシバル殿下……!」

「パーシバル・イル・ミッド・アスガード。ミッドガンド王国の第一王子とはな。」

 

アイゼンが彼を見据える。

ベルベットも目を細めて、

 

「……次の国王か。」

「彼女以外に、私の正体に気付いていたとは……」

 

と、王子はエレノアを見る。

エレノアは姿勢を正し、

 

「お召し物から、王家の方々のみが使うことを許された香木の香りがしましたから。」

「お主はいつから気付いておったのじゃ?」

 

マギルゥが笑みを浮かべて裁判者を見る。

裁判者は左手を腰に当て、

 

「最初から。こうなる事は知っていたからな。」

「むむ……なんともズルイの~。」

 

マギルゥは口を尖らせる。

エレノアが王子を見て、

 

「なぜこのようなことを?」

「話さなければ、連れて行ってもらえないかな?対魔士が裏社会の者といる理由も知りたいのだが……」

「そ、それは……」

 

エレノアは顔を伏せる。

ベルベットは腰に手を当てて、

 

「理由なんてどうでもいいわ。こっちも、こっちの都合を利用させてもらうだけよ。」

「好きにしてくれていい。もう私は戻れないのだから……」

 

そう言って、王子は離れていく。

マギルゥはニッと笑い、

 

「なかなかの食わせモノじゃな、あの王子サマは。」

「パーシバル殿下は、穏やかで公正無私。智と徳を併せもったと評判の御方です。あの方がいれば、次代のミッドガンドも安泰だと皆が――」

 

嬉しそうに話すエレノアに、ベルベットが目を細めて、

 

「とぼけてたけど、あの香りは、最初からこっちに気づかせるためにつけてたのよ。自分の地位を明らかにして、利用価値があると知らせるためにね。」

「……私は乗せられたのですね。」

 

エレノアは眉を寄せる。

ロクロウが顎に指を当てて、

 

「監獄島への誘導も罠か?」

「その可能性は捨てないでおくべきだな。」

 

アイゼンが目を細めた。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「いざとなれば、王子を人質にする。」

「その王子の命を狙っている者が相手なら、楯にはならんがのー。」

「ま、気を抜くなってことだな。」

 

マギルゥはそっぽ向きながら、そしてロクロウは苦笑して言う。

ライフィセットが悲しそうに眉を寄せ、

 

「王子様……もう戻れないって言ってた。」

「戻れない……?」

 

エレノアも考え込む。

 

しばらくして、ライフィセットが甲板で空を見上げていた裁判者に、

 

「そういえば、裁判者さんはあまり感情を表にださないよね。」

「……私には感情といえるものがないからな。」

「ないの?じゃあ、思い出とか、大切な人とかは?」

「……思い出、大切な人か……深く考えた事はないな。」

 

と、顎に指を当てて、考える。

ライフィセットはジッと裁判者を見つめる。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「……では、ライフィセット。お前にある話をしてやろう。」

「話?」

「ああ。ある化け物の話だ。」

 

裁判者がそう言うと、ベルベット達も耳を傾ける。

そこに王子が歩いて来て、

 

「何の話をしてるんだい?」

「王子様。えっと、裁判者さんがある化け物の話をしてくれるんだって。」

 

ライフィセットが王子を見る。

王子は少し考え込んだ後、

 

「私も聞いてもいいかな?」

「勝手にしろ。」

 

裁判者は彼を横目で見る。

王子は笑みを浮かべ、

 

「では、そうさせて貰おう。」

 

と、そこに座る。

ライフィセットも王子の横で座り込む。

そこに小さな業魔≪喰魔≫の少女もやって来て、

 

「なにやってるの?」

「裁判者さんがお話を聞かせてくれるんだって。」

「モアナも聞いていい?」

「……勝手にしろ。」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女も、その場に座る。

そして裁判者は空を見上げて、

 

「……遥か昔、ある二体の化け物がいた。二体の化け物は互いに生きづいた時から共に過ごし、暮らしていた。ある時、二体の化け物は暮らしていた場所から外へと踏み出した。二体の化け物は、始めて見るものが多かった。だから関わって知る事にした。だが、ある化け物は関わっていくうちに、理解していった。彼らは変わらぬ生き物だと。そして関わっても意味がないと言うことに。しかし、もう一体の化け物は関わる事をやめなかった。ある時、関わりを断とうとした化け物が、関わりを続ける化け物に会いに行った。そして二体の化け物は、罠にはめられた。そしてありとあらゆる方法で、生と死を繰り返し、実験され、そして自身もまた実験をしていた。それがどれくらい続いたかわからなくなった時、化け物はとうとうその者達を斬り倒し、喰らい始めた。そして化け物は自らの姿を変え、その力を暴走させ、再び実験を行った。」

「実験?暴走した化け物さんはどうなちゃったの?」

 

ライフィセットが不安そうに裁判者を見る。

裁判者は視線を彼らに向け、

 

「ああ。己の化け物としての力は、どこまで化け物なのか。その化け物は世界を破滅寸前まで暴れた後、己の力を封じた。そして関わりを断った。二体の化け物は外と中で、世界の行く末を見る事にした。それからどれくらいたったかわからないが、関わりを断っていた化け物はある人間の子供に会った。その人間の子供は家族から嫌われ、見るからにボロボロだった。化け物は何を想ったのか、人間の子供に近付いた。」

「その子が心配だったのかな?」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は首を傾げる。

裁判者は顎に指を当てて、

 

「いや、あれはただ……人間の子供は化け物≪自分≫をどう見るか、と言うのを知るのに丁度良かったのだろうな。聞けば、その人間の子供は『自分は化け物』だと言った。その理由は、人間の子供は他者には視えぬものが見え、他者には聞こえぬものの声が聞こえた。そして化け物はその人間の子供に言った。『本当の化け物は自分のような者を言う』そう言って、化け物は力を見せた。だが、その人間の子供は恐れるどころか、瞳を輝かせ、その化け物に懐いた。そんな事は初めてだった化け物は、しばらくその人間の子供を観察する事にした。だが、化け物はある程度、人間の子供が成長したのを見て側を離れた。そしてある程度期間を置いて、再び人間の子供を見に行った。その人間の子供は家族に売られ、前よりかはマシな格好になっていたが、その心はそれとは真逆だった。その人間の子供は昔と変わらぬ化け物を見て、恐れるどころか、嬉しそうに近寄って来た。そして化け物に縋って来た。だから化け物はちょくちょく様子を見に行くようになった。だが、本当の意味で人間の子供が化け物に対し、怖れを抱き始めた頃、化け物は人間の子供に会わなくなった。」

「それっきり、会わなくなったのかい?」

 

王子がジッと裁判者を見る。

裁判者は目を細めて、

 

「……偶然会った。人間の子供には師ができていた。その師の為に、自らを磨き上げ、足掻いていた。だが、その人間の子供は師が思うほどの人間には成長できず、捨てられた。人間の子供の声≪願い≫が化け物に届き、化け物は人間の子供の前に現れた。そして人間の子供を連れ、その場を後にした。その後化け物は、人間の子供を人間ではない者に預け、関わりを止めた。」

「もう、その化け物さんはその子の事が嫌いで、会わなくなったの?」

「なんだかモアナ、悲しい……」

 

と、ライフィセットと小さな業魔≪喰魔≫の少女は悲しそうに裁判者を見上がる。

裁判者は空を見上げて、

 

「と、言っても関わりは続いているかもしれんがな。ま、この話を信じる信じないはお前達次第だ。」

 

そう言って、裁判者は歩いて行く。

 

しばらくして、マギルゥが裁判者の側にやって来る。

 

「いやはや、なんとも興味深い話であったのー。」

「だろうな。」

「で?真意は?」

「さてな。私には興味のない事だ。」

 

裁判者は空を見上げたまま言った。

マギルゥは裁判者に背を向け、

 

「そうか……」

 

そう言って歩いて行った。

しばらくして、裁判者はマギルゥを見る。

彼女は相変わらず、ふざけまくっていた。



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toz 第五十九話 気付けぬ想い~その2~

監獄島に着き、中に入る。

と、入ってすぐに対魔士と遭遇する。

アイゼンが身構え、

 

「対魔士がいるぞ!」

 

だが、その対魔士は倒れ込んだ。

エレノアが眉を寄せて駆け寄る。

 

「しっかりしてください!」

「……うっ……首のない騎士……ぅ……う……ま……」

 

そして息絶えた。

エレノアがさらに眉を寄せ、

 

「……亡くなりました。」

 

ついて来ていた王子は顔を伏せる。

ベルベットは腕を組み、

 

「首のない騎士の業魔≪ごうま≫?」

「うわっ⁉」

 

そこにライフィセットの声が響く。

目の前にはサルのような大きな業魔≪ごうま≫が現れる。

ロクロウが身構え、

 

「対魔士を襲ったのは業魔≪ごうま≫か。」

「また暴動が起こっておるのかえ?」

 

マギルゥが笑みを浮かべる。

ロクロウはついて来ていたトカゲ業魔≪ごうま≫と首なし業魔≪ごうま≫を見て、

 

「クロガネ!ダイル!お前たちはモアナと王子を守れ!」

「おう‼」「承知!」

 

二人は王子とついて来ていた小さな業魔≪ごうま≫の少女の前に立つ。

その前に、裁判者が立つ。

 

「さて、心置きなく戦え。」

「これまた頼もしいのー。できれば、あれの相手をして欲しいものじゃー。」

「断る。」

 

笑顔で言うマギルゥに、裁判者は即答で言った。

マギルゥはサルのような業魔≪ごうま≫を見て、

 

「むむ。サルめ!去るなら追わんぞ!」

「バカしてないで油断しない!暴動の生き残りよ!」

 

ベルベットがサルのような業魔≪ごうま≫に斬りかかりながら言う。

彼らが戦いの末、敵を追い込む。

だが、彼らを飛び越え、裁判者達の方へ襲いかかる。

裁判者顎に指を当てて、考え込んでいた。

 

「ちゃっと!アンタ!」

 

ベルベットが眉を寄せて睨みながら、駆けて来る。

裁判者は影から剣を取り出し、

 

「なにも、殺らぬとは言っていない。」

 

そう言って、業魔≪ごうま≫を真っ二つにした。

そして影が業魔≪ごうま≫を喰らい出す。

その光景を見ながら、

 

「聖寮は囚人たちの制圧に失敗したのか。」

「おかしいな。かなりの対魔士が配備されていたはずだが。」

 

ベルベットとロクロウが考え込む。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「……蟲毒が行われたのかもしれん。」

「コドク?」

 

ライフィセットが首を傾げてアイゼンを見る。

アイゼンは右手を腰に当て、

 

「業魔≪ごうま≫同士を喰らいあわせることで、より強力な業魔≪ごうま≫を生み出す外法だ。」

「……本当にくだらんな。それで、管理もできなくなるのだから。」

 

裁判者は赤く光る瞳で、辺りを見据える。

 

「囚人業魔≪ごうま≫が喰らいあって、対魔士も敵わない業魔≪ごうま≫を生み出しちまったってことか?」

 

ロクロウがさらに考え込む。

エレノアが眉を寄せ、

 

「暴動が起こったからですね。」

「誰かさんのせいで、のう?」

 

マギルゥがベルベットを見据える。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「なにがあったかは問題じゃない。ここを手に入れるために、なにをすべきかよ。」

「死んだ対魔士は、『首のない騎士の業魔≪ごうま≫』って言ってたよ。」

「そいつが元凶かもな。」

 

ライフィセットが思い出すように言う。

そしてアイゼンも腕を組む。

ロクロウが腰に手を当てて、仁王立ちなり、

 

「なら、捜し出してぶっ潰そう。」

「だったら、注意を怠るなよ。でないと、穢れに飲まれて死ぬか、敵に殺られて死ぬぞ。」

 

裁判者が歩き出す。

ベルベットは裁判者を睨んだ後、

 

「島を制圧するまで、この広間を拠点とする。王子とモアナは、あんたたちに任せるわ。侵入する敵はすべて排除して。」

 

と、指示を出していた。

 

 

しばらくして、裁判者の後ろからベルベット達が合流する。

ベルベットが考え込みながら、

 

「蟲毒……業魔≪ごうま≫を喰らい合わせて強力な業魔≪ごうま≫を生む外法か。」

「アイゼン。蠱毒ってのは、業魔≪ごうま≫を何匹喰えばできるんだ?」

 

ロクロウがアイゼンを見る。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「蟲毒に必要なのは数より質――強力な業魔≪ごうま≫の強い穢れだと聞いている。」

「そう、蟲毒の本質は喰らった穢れと己が穢れを組み合わせ、暴走させることじゃ。異常な力を得られる代わりに、自己というものは完全になくなるがのう。」

 

マギルゥが真剣な表情になって説明する。

ロクロウが腕を組み、

 

「ふむ、化け物を通り越して、ただの力と穢れの塊になるわけか。」

「ロクロウ……まさか蟲毒を試してみようなんて考えてませんよね?」

 

エレノアがジッとロクロウを見る。

ロクロウはキョトンとした表情で、

 

「いや、当然考えたぞ。強くなる手段だからな。」

「本気で言っているのですか⁉」

「今更驚くことでもないだろう?ベルベットだって散々業魔≪ごうま≫を喰ってる。」

「あなたという人は……」

 

エレノアはさらに眉を寄せる。

ベルベットがエレノアを見て、

 

「ロクロウの言う通りよ。復讐を果たせるのなら、なんでもないわ。」

 

そう言って、さっさと歩いて行く。

ライフィセットが心配そうに、

 

「ベルベット……」

「まさか、蟲毒を行うつもりじゃ……?」

「心配はいらん。蟲毒なんて使わないさ。化け物になるのはかまわんが、仇を倒すのは“自分”じゃなきゃダメなんだ。俺もベルベットも。」

「ロクロウ……」

 

心配していたエレノアとライフィセットに、ロクロウが真剣な表情で言う。

そして腰に手を当てて、

 

「それに、蟲毒で生まれた業魔≪ごうま≫をぶった斬れば、自分でやる必要はないしな!」

「あなたという人は……」

 

と、笑うロクロウに、エレノアは笑みを浮かべる。

裁判者は彼らを横目で見て、

 

「その選択は正しい。」

「ん?珍しいのー、お主がそんな事を言うなんて。」

 

マギルゥが目をパチクリする。

裁判者は赤く光る瞳で、

 

「喰魔以外の業魔≪ごうま≫がやれば、その業魔≪ごうま≫は最終的には私か、審判者に喰われるからな。ま、今回は側に居た私、かもしれないがな。おかげで仕事が増えた。」

 

その雰囲気は怖く、マギルゥ達の体はゾワっとする。

そして裁判者はどんどんと歩いて行く。

 

奥に進むと、斧を持った強大な首なし騎士業魔≪ごうま≫が立っていた。

ライフィセットが身構えながら、

 

「首なしの騎士!」

「こいつが蟲毒の親玉か。」

「なるほど凶暴そうだ。」

 

ベルベットとロクロウも武器を構える。

マギルゥは笑顔で、

 

「なあに、ベルベットほどじゃないわい。」

 

そして首なし騎士業魔≪ごうま≫は斧を振り回して、攻撃を仕掛けてくる。

裁判者は敵の攻撃を避け、辺りを見渡す。

 

「……まったく無駄な仕事を増やしてくれる。」

 

裁判者は着地と同時に、その後ろからベルベットとロクロウが斬りかかる。

ライフィセット達の聖隷術が飛び交う。

裁判者が首のない騎士業魔≪ごうま≫の斧を蹴り、武器のなくなった業魔≪ごうま≫にベルベットの左手が薙ぎ払う。

首のない騎士業魔≪ごうま≫は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられ動かなくなった。

裁判者がその業魔≪ごうま≫を喰らっていると、

 

「これで一件落着だな。」

 

と、ロクロウが腰に手を当てて、笑う。

裁判者は彼らを見て、

 

「そうだな、ある意味では終わったな。」

「はい?」

 

エレノアが目をパチクリしてると、何かの気配を察したアイゼンが、

 

「上だ!」

 

ハッとして全員が上を見ると、黒い何かが蠢いていた。

それが下にドサッと落ちてくると、それは強大なヘビ業魔≪ごうま≫だった。

首のない騎士業魔≪ごうま≫を喰べ終わった裁判者は影から剣を取り出し、

 

「邪魔だ、退いてろ。」

 

ヘビ業魔≪ごうま≫を斬り裂く。

だが、それを避けたヘビ業魔≪ごうま≫はシッポで裁判者を薙ぎ払う。

宙で一回転して、裁判者は剣を縦にする。

そこにヘビ業魔≪ごうま≫のシッポが襲いかかって来たからだ。

 

「ほう、あの業魔≪ごうま≫なかなか強いのー。あの裁判者が防御に徹しておる。」

「いや、あれはあの業魔≪ごうま≫の力を見ているだけ、かもしれんぞ。」

 

マギルゥとアイゼンが目を細めて、その戦いを見る。

エレノアが眉を寄せて、

 

「それより、加勢した方が!」

「止めとけ。入ったら最後、お主も喰われるやもしれぬぞ。」

 

マギルゥがそう言って指さす。

その先には裁判者の瞳は赤く光り出し、影が広がる。

それがヘビ業魔≪ごうま≫だけでなく、部屋全体を覆う。

ベルベット達は冷や汗を掻き、身が硬くなる。

ヘビ業魔≪ごうま≫がそれから逃れようと、逃げようとする。

だが、影がヘビ業魔≪ごうま≫を貫いた。

そして倒れ込んだヘビ業魔≪ごうま≫を喰らい、影が裁判者の方へ戻って消える。

持っていた剣を影にしまい、彼らを見る。

ロクロウが眉を寄せ、

 

「こ、今度こそ、一件落着だよな。」

「ああ。終わったな、“ここ”は。」

 

裁判者に背を向ける。

ベルベットは足元の地下牢を見つけ、そこを見つめた。

そしてライフィセットは地脈点を感じ取り、

 

「また感じた……!」

「まだ穢れが?」

 

ベルベットがライフィセットを見る。

ライフィセットは首を振り、

 

「ううん、地脈点だよ。この島にもあるみたい。」

「俺も感じる。すぐ近くだ。」

 

アイゼンが辺りを探る。

ベルベットは少し間を置き、

 

「……多分、この真下でしょ。」

 

そう言って、足元の地下牢を見る。

そしてベルベットは地下牢へと梯子を落とし、降りていく。

それに皆がついて行く。

エレノアが辺りを見て、

 

「……ここは?」

「監獄島で一番厳重に閉ざされた特別監房よ。ライフィセット、どう?」

 

そう言って、ベルベットは辺りを探っていたライフィセットを見る。

ライフィセットは頷き、

 

「うん。ここが地脈点だと思う。」

「地脈点につくられた特別監房ということは、ここに捕まっていたのは喰魔……?」

 

エレノアがベルベットを見る。

裁判者もベルベットを見据える。

ベルベットは上を見上げ、

 

「そう、餓えた“喰魔”が繋がれていた。そいつは、毎日放り込まれる業魔≪ごうま≫を喰らって腹を満たし、血まみれの唇をぬぐった。島に何百といる業魔≪ごうま≫や悪党の発する“穢れ”をカノヌシに送っているとも知らずに。」

 

そしてベルベットは視線を落とし、

 

「ある日、絡繰りを知る女聖隷が現れ、結界を解いて喰魔を檻から出した。喰魔は、その聖隷すら容赦なく喰らった。そして――」

 

ベルベットは左手を握り、開く。

穢れに満ちたその腕を見つめ、

 

「あたしは手に入れた。弟の仇を討つための“力”を。」

「ベルベットが……喰魔……!」

 

ライフィセットがベルベットを見つめた。

アイゼンは目を細めて、

 

「監獄島は、囚人の出す穢れを喰魔に喰わせる“エサ場”だったんだな。」

「だが、ベルベットが脱走したせいで穢れが溢れた。」

 

ロクロウが腕を組む。

マギルゥはベルベットを見据え、

 

「モアナの村と同じことが、ここでも起こったんじゃな。」

「アルトリウス様が、そんなことをするはずが……」

 

エレノアが首を振り、眉を寄せる。

ベルベットは拳を握りしめ、

 

「そんな……って、どれのことよ?」

 

そしてエレノアを睨み、

 

「病弱な義弟≪おとうと≫を生贄にしたこと?喰魔になった義妹≪いもうと≫を監禁したこと?全部、あんたが讃える導師様がやったことだ!カノヌシの力を手に入れるために‼」

「きっと……なにか……お考えが――」

「どんなっ‼」

 

ベルベットはエレノアの首襟を掴む。

そして彼女は怒りをぶつけ続ける。

 

「世界の痛みをとめる?ふざけるな‼あの子の痛みは誰がとめるんだ‼あの子の絶望は誰が癒すんだ‼世界のためなら……ラフィは!あたしの弟は殺されて当然だっていうのかっ‼」

 

そう言って、エレノアを離す。

エレノアは俯く。

裁判者は赤く光る瞳で、ベルベットを見据え、

 

「怒りをぶつけるのはそこまでにしたらどうだ、ベルベット・クラウ。」

「アンタになにがわかる!」

「では、いつぞやの真実の話を少しだけしてやろう。導師アルトリウスに、カノヌシ復活の方法を教えたのは私だ。そしと、喰魔となったお前をここから連れ出すのに、お前の知る女聖隷に方法を教えたのも、私だ。」

「なっ!」

 

ベルベットは怒りに満ちた瞳を裁判者に向ける。

裁判者は背を向け、歩き出し、

 

「すべては最初の贄が落ちた時から始まった。」

「最初の贄?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

裁判者は視線だけを彼らに向け、

 

「今は教えられないな。」

「アンタはやっぱり知ってるのね!なにもかも‼」

「ああ、知ってる。だが、それを教えるかどうかは、私しだいだ。」

 

そう言って、ジャンプして上に上がる。

上に着地し、裁判者は駆け出す。

 

「あっちの方も気付き、動き出したか!」

 

そこに小さな業魔≪喰魔≫の少女の心の叫び声が響く。

 

「……たすけて……エレノアァ……」

 

そして広間に出る。

首のない馬に乗った首なし騎士業魔≪ごうま≫が槍を構えてトカゲ業魔≪ごうま≫達に襲いかかろうとしていた。

裁判者がその前に降り立ち、影を出そうとして、後ろを見る。

目を細めて、剣だけを取り出し、

 

「まったく、仕事を増やしてくれる!」

 

槍を剣で防ぐ。

そして槍と剣の攻防戦が繰り広げられる。

裁判者は後ろを見て、

 

「少し離れていろ!」

「ああ!」

 

トカゲ業魔≪ごうま≫は小さな業魔≪喰魔≫の少女を抱えて下がる。

そこに、足音が響き渡る。

裁判者が剣風で敵を後ろに薙ぎ払う。

そこにエレノアが駆け込んできた。

 

「モアナ‼」

「エレノア‼本当に来てくれたね……」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女がエレノアの背を見つめる。

エレノアは彼女を見て、

 

「約束ですから。」

 

ベルベット達も彼らの前に立ち、身構える。

ライフィセットは業魔≪ごうま≫を見て、

 

「首のない騎士と――馬の業魔≪ごうま≫‼」

「強い穢れを出してやがる。」

 

アイゼンは裁判者を睨み見付ける。

裁判者は横目で見て、

 

「私は一度も、あの部屋の業魔≪ごうま≫を、蟲毒で生まれた業魔≪ごうま≫、とは言っていないぞ。」

「じゃが、お主は喰らっておったろう。」

 

マギルゥが腕を組む。

裁判者は目を細めて、

 

「だから『無駄な仕事を増やしてくれる』と、言ったのだ。あれは、穢れの多いあれが生み出した異物に過ぎないからな。」

「んじゃ、こいつが蟲毒で生まれた本当の親玉って事で、片付ければいいんだな!」

 

ロクロウが武器を構える。

マギルゥは手を広げる。

 

「ピーンときた!死んだ対魔士は『首なし騎士の業魔≪ごうま≫』ではなく、『首のない騎士』と『ウマ』と言いたかったのじゃな!」

「なんでもいい。全部倒して監獄島≪ここ≫を制圧する!」

 

ベルベットは武器を構える。

裁判者も横に立ち、

 

「手伝ってやろう。」

「自分の仕事、だからでしょ。」

 

ベルベットが睨む。

裁判者は視線だけ彼女に向け、

 

「大分、理解してきたな。」

 

そう言って、裁判者は駆け出す。

敵の槍を剣で受け流しながら、弾く。

そこに、ロクロウとベルベット、エレノアが攻め込む。

そして押し込むそこに聖隷術が飛んでくる。

裁判者はしばらく彼らに襲い掛かる槍の攻撃を、裁判者が剣で受け流していく。

聖隷術が放たれ、できた隙にロクロウが斬りこむ。

業魔≪ごうま≫は倒れ込む。

その盾が小さな業魔≪喰魔≫の少女の前に落ちた。

小さな業魔≪喰魔≫の少女はそれを突いていると、それが動き出し襲うとする。

 

「きゃあああっ‼」

 

その小さな業魔≪喰魔≫の少女を守るように、強大な鳥の業魔≪喰魔≫が盾に体当たりする。

その鳥の業魔≪喰魔≫は盾の穢れを喰らい出す。

 

「離宮にいた業魔≪ごうま≫!」

「いや、穢れを吸い込みおったぞ。そやつは喰魔じゃ。」

 

と、ベルベットとマギルゥが見据える。

王子が二人を見て、

 

「いや、その鷹は私の唯一の友――グリフォンだよ。」

「……タバサが『近いうちに必ず』と言ったのは、こういう意味だったのね。」

「そして審判者が『離宮の業魔≪ごうま≫は気付きそうで気付けない場所』というのも納得じゃの。」

 

と、ベルベットは王子を、マギルゥは裁判者を見る。

エレノアが王子を見て、

 

「殿下、なぜあなたが喰魔を⁉」

「だから言った通りさ。グリフォンは子どもの頃からの親友なんだ。喰魔になってしまっても、こいつは私の……」

 

と、言って鳥の業魔≪喰魔≫に近付く。

鳥の業魔≪ごうま≫は小さくなり、彼の腕に止まる。

アイゼンが腰に手を当てて、

 

「喰魔と知って逃したんだな。大方、審判者が手を貸したんだろうが、なにをたくらんでいる?」

「なにも。私はグリフォンを、ただ逃がしたいだけなんだ。」

「さすがは未来の国王、第一王子殿下。わがまま放題じゃのー。」

 

マギルゥは王子を見据える。

彼は目を細める。

 

「ふふ、わがまま……か。そんなもの、一度だって許されたことないよ。唯一、この子を逃がすという私のわがままに付き合ってくれたのは、あの少年だ。彼にとっては、仕事かもしれないがな。それに、王子とは人ではなく“公器”だ。自分のことより、国と民を優先するように“つくられる”んだよ。」

「それが、ちゃんとできるもの、やれるのも、少ないがな。」

 

裁判者は目を細める。

ライフィセットが首を傾げる。

王子はそんなライフィセットを見て、

 

「……例えば、法律の勉強中に背中がムズムズしたら、君ならどうする?」

「背中をかくよ。普通に。」

 

ライフィセットは不思議そうに言う。

王子は小さく笑い、

 

「私が、そうすると傅育係に皮膚が裂けるほどムチ打ちされたものさ。国のための勉学より、痒いという個人の感情を優先させた……という理由でね。そんな私にとって、こいつが空を飛ぶ姿を見て、自由を想像することが、唯一の慰めだったよ。だが……こいつがカノヌシの力に適合してしまった。」

「聖寮が喰魔をつくってることを、ミッドガンド王家も知っているのね。」

 

ベルベットが王子を見据える。

王子は頷き、

 

「もちろんだ。王国は、導師アルトリウスの理と意志を全面的に支持している。だが、私は……閉じ込められ、空を奪われることだけは許せなかった。どうしても。私のその願いに、彼がやって来た。そして私の願いを叶えてくれると。私は彼と共にその場に向かい、彼は結界を壊した。そこに対魔士たちがやって来て、グリフォンに襲われて命を失った。」

「だから、もう戻れないって。」

 

ライフィセットが俯く。

マギルゥは頭で腕を組み、

 

「対魔士一人、二人だけの問題ではあるまい。喰魔をはがせば、王都の穢れも増大するじゃろう。」

「……全部わかっていた。それでも私は……友としてグリフォンを犠牲にしたくなかった。」

「殿下……」

 

王子は拳を握りしめる。

エレノアが眉を寄せる。

 

「だがそれは、友の為と言う偽善を並べても、お前の感情というわがままでしかない。お前は、その鳥を自分としても見ていた。自分にない自由を鷹に持たせ、まるで自分であるかのように縋った。だが、お前の縋る自由を持っていた鳥が、自分と同じように自由を奪われた。それはお前が縋る唯一のモノ≪心≫を奪われた事でもあった。だからお前は、全≪国≫より個≪自分≫を選び、全≪民≫より個≪友≫を選んだ。それは、お前の事実でしかない。」

 

裁判者は彼を見据えていた。

ベルベットは視線を外し、

 

「世界よりも一羽の鷹か。……鳥はなぜ空を飛ぶと思う?」

 

そして視線を上げる。

エレノアがベルベットを見て、

 

「それはアルトリウス様の!」

「解剖学の本には、骨が軽くて、翼を動かす筋肉にすごい力があるからだって――」

 

ライフィセットが思い出すように言うが、王子が首を振る。

 

「いや……飛べない鳥は鳥ではないからだ。私はそう思う。」

「……事情はわかった。この島の中でなら自由にしていいわ。ただし、逃げようとしたら殺す。」

「いいだろう。聖寮に対する人質としても使えるしな。」

 

ベルベットとアイゼンが王子を見据える。

王子は頷き、

 

「承知した。グリフォン共々よろしく頼む。」

 

と、裁判者は剣をトカゲ業魔≪ごうま≫達の方に投げる。

彼らの後ろには、あの時と同じくらい大きいヘビ業魔≪ごうま≫が襲いかかろうとしていた。

裁判者は駆け出し、ジャンプして彼らの横から襲いかかろうとしていたもう一体のヘビ業魔≪ごうま≫の顔を蹴り飛ばす。

さらに影から短剣を取り出し、後ろに投げる。

そこにはさらにもう一体のヘビ業魔≪ごうま≫が襲いかかろうとしていた。

そのヘビ業魔≪ごうま≫の眼に突き刺さる。

 

「モアナ‼」

 

駆けつけたエレノアの腕を掴み、小さな業魔≪喰魔≫の少女の前に突き出し、

 

「怖かったら目を閉じろ。」

「え?」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は戸惑った後、エレノアに抱きつく。

エレノアは彼女を抱きしめる。

裁判者は目を細めて、

 

「トカゲと首なし、お前はベルベットとロクロウの所、王子は鳥と共に、ライフィセットとアイゼンのとこにいろ。」

 

戸惑う彼らに、

 

「さっさとしろ!」

 

その一言があまりも怖かった。

彼らは言われた通りに固まる。

マギルゥが裁判者を見て、

 

「では儂は、お主の側に居ようかのー。」

「私のとこが一番危ないが。」

「うむ。儂はベルベットのとこに行くとしよう。」

 

と、サッと走って行く。

裁判者は赤く光る瞳で、部屋全体を見て、

 

「全てを燃やし尽くす、黒き業の炎よ、燃やし尽くせ。」

 

裁判者は指を鳴らす。

裁判者を中心に、黒い炎が燃え上がる。

それがベルベット達を避けながら広がっていく。

それが業魔≪ごうま≫達を襲う。

 

「……まったく、喰魔が多すぎてやりずらいな。」

 

そう言って、影がヘビのように影から出てくる。

それが黒く燃える炎に向かって、伸びていく。

と、数体の影が、黒い炎と共に業魔≪ごうま≫達を喰らっていく。

小さな業魔≪喰魔≫の少女はエレノアに必死にしがみ付き、鳥の業魔≪喰魔≫は身を逆立てて威嚇する。

ライフィセットのカバンにいたムシの業魔≪喰魔≫もガサガサ動き、ベルベットも目を見開く。

それが跡形もなく消えると、影が戻ってくる。

裁判者は辺りを見て、

 

「少しだけ、穢れを調節した方が良いな。」

 

裁判者は瞳を閉じる。

すると今度は裁判者を中心に風が吹き荒れる。

それが収まると、

 

「もう好きにしていいぞ。」

 

裁判者は腕を伸ばす。

少しの間を置いた後、ロクロウが腕を組み、

 

「さ、終わったんだ!アジトづくりといくか!」

 

と、動き出した。

 

裁判者は空を見上げていた。

そこにベルベットが歩いて来た。

彼女は裁判者の背を見据え、

 

「裁判者、一つだけ答えなさい。アルトリウスは、家族であったあたし達、個を犠牲に全……世界や大勢の人間を救う選択を取った。それが理想の理をもつ、あいつの答え、なのよね。」

「……確かに、あの導師は個≪親しい者≫より、全≪世界と人≫を取ったな。あいつの妻と子……お前の姉と生まれるはずだった姉の子が死んだ時にな。」

 

裁判者の言葉に、ベルベットは眉を寄せて、

 

「……そう。なら、アンタは全≪世界≫と個≪親しい者≫、どっちの選ぶの。」

「答えるのは一つではなかったか。」

 

裁判者が視線だけを彼女に向ける。

ベルベットは腰に手を当てて、

 

「ついでよ。答えなさい。」

「……まあ、いいだろう。ついでだから、そこの聖隷と魔女も聞いて行け。」

 

と、裁判者はベルベットの方に振り返る。

奥の方からアイゼンとマギルゥが歩いて来る。

マギルゥは頭で手を組み、

 

「いやはや、やはりばれておったか。これも死神の力かの。」

「知らん。」

 

アイゼンはマギルゥを睨む。

ベルベットは裁判者を見て、

 

「で?」

「……どちらも選ばない。」

「は?ふざけてるの?」

「いや、私達は世界に従う。世界が全≪心ある者達≫か、個≪特定の者≫のどちらかを救えと言うのであれば、片方を。どちらも救うなと言うのであれば、選ばない。両方を救えと言うのであれば、全てを救う。それが私達だ。」

「まるで、世界の命令に従う人形……聖寮の対魔士が従える人形≪使役聖隷≫と同じね。アンタの、アンタ達の感情や意志はないわけ。」

 

ベルベットは睨むように、裁判者を見据える。

裁判者はそれを受け流し、

 

「ないな。私には感情はない。だが、お前たちの言う“意志”は違う。意志≪己の唯一の心≫ではあるが、意志≪己の想い≫ではない。そもそも、あいつの抱く感情も、私達の意志も、元から世界に創られたものだ。なら、世界に従うのが道理だろう。それに、私達は世界を管理し、裁く者だ。そんな者が、感情に左右され、己の私情や意志で裁定を下してみろ。それこそ、災厄だ。」

「だから関わりを断つという事じゃな?」

 

マギルゥがいつになく真剣な表情で聞く。

裁判者はそれをジっと見て、空を見上がる。

 

「最初から断っていた訳じゃない。初めて見るものが多かった頃、関わって知ったのだ。何も変わらない、と。だから私は外側で、あいつは内側なのかもしれないな。」

「まるで子供みたいな発想ね。」

 

ベルベットが呆れるように言う。

裁判者は視線を彼女に戻し、

 

「……グリモワールも、そして他の者も、よくそう言っていた。だが、今のこれは、お前達≪心ある者達≫が創りだした結果だと言うの事は変わらない。私はそう判断した。ベルベット・クラウ、お前は真実を知った時、どの選択肢を選ぶのだろうな。」

「また知っているくせに、その答えは言わないのね。」

「初めから答えを言うのでは意味がない。それだけだ。」

 

裁判者は歩き出す。

ベルベット達の横を通り過ぎ、建物の中に入ろうとした時、

 

「お前の、願いや答えはないのか。」

 

アイゼンがジッと裁判者の背を見据えた。

裁判者は立ち止まり、

 

「それは私には必要のない選択肢だ。私達は、私達≪裁判者と審判者≫であり続ける。これからも、そしてその先≪未来≫も。それが、お前の言うところの“流儀”なのだろな。」

 

裁判者はそう言って、建物の中に入る。

 

 

翌朝、裁判者は壁にもたれながら、部屋全体を見ていた。

そこにエレノアがベルベット達に、

 

「お話があります。」

 

ベルベット達はエレノアを見る。

裁判者は目を細め、エレノアを見据える。

 

「今まで隠してましたが、私はアルトリウス様の特命を受けたスパイでした。『聖隷ライフィセットを保護し聖隷本部に回収せよ』味方の命を奪うことすら許された最重要の特命です。」

「僕を回収……」

 

ライフィセットが俯く。

エレノアはライフィセットに頭を下げる。

 

「ごめんなさい。最初はあなたを油断させて連れ出すつもりでした。ですが、もう聖寮の命に従うつもりはありません。」

「アルトリウスを裏切るってわけ?」

 

ベルベットがエレノアを見据える。

エレノアはベルベットを見て、

 

「いいえ。アルトリウス様が目指す世界も、その志も、人の世を慮ってのことと信じます。でも、その方法を信じられない自分がいるのです。ですから……」

 

そしてエレノアは小さな業魔≪喰魔≫の少女を見て、優しく微笑む。

それから全員を見て、

 

「喰魔の保護に協力します。私自身の“答え”を見つけるまで。」

「エレノア……」

 

ライフィセットがエレノアを見つめる。

エレノアは力強い瞳で、

 

「私は、本当のことを知りたいんです。自分に恥じない生き方をするために。」

「ははは!思いっきり感情論だな。」

 

ロクロウが笑い出す。

アイゼンも小さく笑い、

 

「それがお前の“流儀”か。」

「ようこそ、悪党の世界へ~。」

 

マギルゥが笑みを浮かべてクルリと回る。

エレノアは頬を少し赤くして、

 

「一緒にしないでください!感情で納得できないのに行動することこそ、“理”に反するんです!」

 

そう言て、そっぽ向く。

ベルベットが呆れたように、

 

「ほんと面倒なヤツ……」

「面倒でもいないと困るでしょう!」

 

エレノアはベルベットに微笑む。

ライフィセットが頷き、微笑みながら、

 

「うん。エレノアは僕の器だからね。」

「はいはい。」

 

ベルベットが小さく笑う。

裁判者は彼らを見つめ、

 

「本当に面倒な生き物だな。心ある者達は……」

 

小さく呟いた。

ロクロウが手を叩き、

 

「さて、俺たちは次の喰魔を探そうぜ!……と、いきたいところだが、手がかりがないな。」

「エレノアが聖寮から喰魔の情報を盗んでくる、というのはどうじゃ?」

 

と、マギルゥが笑みを浮かべてエレノアを見る。

エレノアは眉を寄せて、

 

「それは……」

「無駄だ。裏切り者に機密を漏らすほど、聖寮はマヌケじゃない。」

 

アイゼンが腰に手を当てる。

ベルベットも考え込み、

 

「そうね。ライフィセットを危険に巻き込むわけにもいかないし。というか、エレノアにスパイなんて無理でしょ。」

「……否定はしませんが。」

 

エレノアは頬を膨らませる。

ライフィセットがベルベットを見上げ、

 

「昨日行った一番地下の特別監房。行ってみよう。試してみたいことがあるんだ。」

「……わかったわ。」

 

彼らは地下牢へと向かう。

 

「己の力に気付き始めたな。」

 

裁判者もその後ろからついて行く。

地下牢につくと、ライフィセットが羅針盤を取り出す。

ベルベットがライフィセットを見て、

 

「……で、どうするの?」

「えっと……“地脈”は大地を流れている自然の力。そして“地脈点”は地脈が集中している場所のこと。」

 

ライフィセットが羅針盤を見つめる。

アイゼンが頷き、

 

「そうだ。カノヌシは地脈を利用して穢れを喰らい、覚醒しようとしている。お前は、地脈を感じる力に長けているようだ。ある程度近づけば地脈点の位置を……」

「近づかなくても感じたんだ。昨日ここに来た時。ずっと先にも、ここと同じ場所があるって。」

「地脈を通じて、離れた地脈点を探知できるのか?」

「多分。どこまでやれるか、喰魔がいるかどうかは、わからないけど……」

 

ライフィセットが肩を落とす。

ベルベットはライフィセットに微笑み、

 

「それでも重要な手がかりよ。お願い、試してみて。」

「うん。」

 

ライフィセットは頷き、地脈を辿る。

色々な方角に羅針盤を向ける。

ベルベットがライフィセットを見て、

 

「……どう?」

「ん~……」

 

ライフィセットは眉を寄せる。

裁判者がライフィセットの頭に手を置き、瞳を閉じる。

そして彼の波長に合わせる。

 

「はっきり感じた。」

 

そう言って、瞳を開けるライフィセット。

裁判者も瞳を開け、ライフィセットの頭から手をどかす。

ライフィセットはベルベットを見て、

 

「地脈点は何十個もあるけど、特に大きいのを幾つか見つけたよ。」

「裁判者が手を出したとは言え、大きさまで感じ取れるのか。」

 

アイゼンが驚いたように言う。

ライフィセットはベルベット達に近付き、

 

「うん。この島の地脈点も他より大きいみたい。同じくらいのが東と南東の方にもある。多分、虫がいたワァーグ樹林と、パラミデスの場所だと思う。」

「だとすると、大きな地脈点のどれかに喰魔がいる確率が高いわね。」

 

ベルベットが考え込む。

エレノアも考え込み、

 

「残る喰魔は三体。数が絞り込めれば総当たりもできますね。」

「だな。お手柄だぞ、ライフィセット。」

 

ロクロウがライフィセットに笑顔を向ける。

マギルゥがライフィセットを見据え、

 

「いやはや大したもんじゃわ。やはり坊は只者ではなさすぎるのー。さすが、裁判者が目を掛けるだけはあるのー。」

 

裁判者はマギルゥを見据える。

マギルゥはそっぽ向く。

ライフィセットは照れながら、

 

「そんなことないよ。裁判者さんにも手伝って貰ったし。」

「善は急げです。喰魔探しの準備をしましょう!」

 

エレノアがガッツポーズを取る。

マギルゥが笑いながら、

 

「儂らは、ぜんぜん善じゃないがの♪なにせ、死神と邪神がおるからの~♪」

 

と、上に上がっていく。

裁判者も、マギルゥを見据えた後、共に上がっていく。

エレノアは呆れながら、上がっていく。

彼らは船に戻り、一番近く大きな地脈点に向かい出した。



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toz 第六十話 優しさ

船が就航し、ライフィセットは声を上げる。

 

「ここ!ここが地脈点だよ!」

 

だが、ライフィセットが示した場所は海の真上だった。

マギルゥが笑みを浮かべ、辺りを見渡す。

 

「……見渡す限りの大海原じゃな。地脈点は海の底かえ?」

「あう……」

 

ライフィセットは肩を落とす。

アイゼンがライフィセットの頭を撫で、

 

「世界の大半は海だ。海底にある地脈点も多い。」

「いくら聖寮でも、海底に喰魔を捕まえておくのは難しいですね。」

 

エレノアも考え込んだ末に、頷く。

ベルベットが目を細めて、

 

「ここはハズレみたいね。」

「ごめん……」

 

落ち込むライフィセット。

ロクロウが顎に指を当てて、

 

「いや、虫喰魔がいたんだ。魚の喰魔ってこともあるんじゃないか?」

「……一理あるな。奥の手を使って調べてみるか?」

 

アイゼンがロクロウの意見に賛同する。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「奥の手?」

「これだ。」

 

と、自信満々に取り出したのは釣りざおだった。

ライフィセットとエレノアは目を見張って、

 

「「ええっ⁉」」

「なんだ、その反応は?これは“フジバヤシの船竿”だぞ。長さ九尺三寸の一本竿。材は五年物の伊加栗竹。生き物の如く粘る四分六の同調子に、腕と一体化するような握りの巻き具合。そして蝋色漆の品格ある仕上げ……文句のつけようのない名竿だ。」

 

ベルベット達は嬉しそうに語るアイゼンを目をパチクリしながら見る。

 

『……あの聖隷は時々、死神の呪いがあるのを忘れてないか……』

 

裁判者がそう思っていると、

 

「そ、そういうことではなく、喰魔相手に、なぜ釣りなのかと――」

「喰魔だからこそだ。……忘れるな。」

 

疑問を問いかけるエレノアに、アイゼンはスッと目を細めて言う。

エレノアは半眼で、

 

「……はい?」

「ちょっと、釣りなんてしてる場合じゃ……」

「まあ、やってみようぜ。丁度腹も減ったし、魚が釣れたらメシにしよう。」

「儂は、コイかヒメマスが食べたいの~♪」

 

と、呆れていたベルベットにロクロウとマギルゥが笑いながら言う。

ベルベットはさらに呆れ、

 

「……つっこまないわよ。」

 

裁判者は船の手すりに立ち、海を見つめる。

マギルゥがそれに気付き、

 

「裁判者や、何を――」

 

そして裁判者は下に、海に向かって降りた。

エレノアが声を上げて、

 

「ちょっと⁉何をしてるんですか‼」

 

エレノアが下を見ると、裁判者は海の上を歩いていた。

マギルゥとアイゼンがそれを見て、

 

「いやはや、何でもありじゃのー。」

「ふん。あれはほっといて、釣りをするぞ。」

 

と、言うのが聞こえてくる。

しばらくして、賑やかな声が聞こえてくる。

裁判者は海の中に入る。

底まで行き、

 

『やはり……ここは……』

 

目を細めて、それを見る。

と、一つの大きな壺が引き上げられた。

裁判者は沈んでいた船に触れ、瞳を閉じる。

そして船に縛られていた魂を浄化する。

もとい、穢れや業魔≪ごうま≫を喰らう。

しばらくして裁判者は姿をドラゴンと変えて、上に上がる。

 

穢れの領域が展開された。

ベルベット達は海が渦を巻き、空に上がっていくのを見る。

その水が弾けると、黒く大きなドラゴンが姿を現す。

ドラゴンはベルベット達に咆哮を上がる。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「喰魔⁉」

「いんや、違うようじゃぞ。いやはや、死神の呪い全開だのー。」

「まったく、一件落着したってのにな!」

 

マギルゥやロクロウが構える。

船員達も震え上がる。

その中、アイゼンが眉を寄せ、

 

「何をしている、裁判者!」

「ええっ⁉裁判者⁉……嘘ですよね⁉」

 

エレノアが目を見張る。

ライフィセットが眉を寄せて、

 

「た、確かにこの感じ……裁判者さんだ!」

 

黒い大きなドラゴンは光り輝くと、人型となって船の手すりに立つ。

それに合わせ、領域も消えた。

裁判者はアイゼンを見て、

 

「そういえば、お前は一度だけ私がドラゴンになるのを見た事があったな。通りで冷めている訳だ。」

「面白みが欲しかったのか。」

「いや、ただ、死神の呪いになれてる者も居たのでな。灸をすえてやろかと思ってな。ま、私と言う存在もいまいち解っていないお前達には丁度良かっただろ?」

 

裁判者は目を細める。

マギルゥが裁判者を見据え、

 

「これまた冗談のような言葉じゃな。」

「冗談だからな。」

「ほえ?」

 

マギルゥはキョトンとした顔になる。

裁判者は海の底を指差し、

 

「私はただ、仕事をしただけだ。それに最近は穢れの浄化ではなく、喰らっていたからな。力が溢れていたころだ。あの姿はかなり力を使う。丁度良かったんだよ。」

 

裁判者は体をほぐし始める。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「実はアンタも喰魔ってことはないでしょうね。」

「さぁ、どうだろうな。」

 

裁判者は甲板に降り、

 

「帰るのではないのか。」

「ムカつく。」

 

ベルベットは拳を握りしめた。

 

監獄島に戻り、一晩休んだ翌日。

裁判者は船の一番高い場所で空を見上げていた。

と、ベルベットたちが船に近付いてくる。

その際、アイゼンはロクロウとライフィセットの頭になにやら鉄槌を下していた。

 

「想いを伝えるのも大変だな。」

 

裁判者は再び空を見上げる。

と、船に乗り、準備を待っている間のことだ。

アイゼンがコインを真上に上げ、キャッチする。

そのコインは裏。

そこにライフィセットとエレノアがやって来る。

そのすぐ後に、ロクロウが笑いながらやって来る。

裁判者はそれを見つめる。

ロクロウがアイゼンに何を手渡していた。

それは裏も表も、女神マーテルのコインだった。

三人の注目の元、アイゼンはそれを真上に投げる。

と、カラスが投げたそのコインを加えて飛んで行った。

アイゼンは何やら驚き、ライフィセットが大声で何かを叫んでいた。

そしてアイゼンは肩を落としていた。

だがロクロウがもう一枚同じコインを渡す。

再び注目を浴びる中、アイゼンは再びコインを真上に投げる。

と、今度は鳥の業魔≪喰魔≫がそのコインを加えて行った。

眉を寄せて悲しむエレノアに、悔しがるアイゼン。

そこにロクロウはもう一枚、同じコインを手渡した。

そして見ている彼らは手を握りしめ、アイゼンはコインを真上に投げる。

と、波が荒れ、船が大きく揺れる。

コインが甲板に落ち、砕け散った。

彼らはそれを見つめ肩を落とす。

裁判者はそれを見つめ、

 

「……なんだかな。」

 

再び空を見上げる。

と、空から鳥の業魔≪喰魔≫が巨大な魚の業魔≪ごうま≫を落としてきた。

裁判者は目を細めて、立ち上がって蹴り飛ばす。

それは岩に当たり、地面に落ちる。

裁判者は鳥の業魔≪喰魔≫を睨み、

 

「遊びもほどほどにしておけ。」

 

鳥の業魔≪喰魔≫は脅えながら逃げて行った。

しばらくして、ゼクソン港に向かって船は進み出す。

 

港に着くと、血翅蝶の男性が近付いて来る。

 

「ボスから、あんたたちに伝言を預かってきた。ローグレスの東にあるアルディナ草原に凶暴な業魔≪ごうま≫が出るらしい。あんたらの探してるヤツかもしれない。」

「ローグレス東の街道は、封鎖されとったはずじゃが?」

「一時的にな。今は解かれている。アルディナ草原の先にある村、ストーンベリィに件の業魔≪ごうま≫を目撃した仲間がいる。詳しい話は、そいつから聞いてくれ。」

「……わかったわ。」

 

ベルベットが頷く。

ライフィセットがベルベットを見上げ、

 

「同じだね、僕が探知した――」

「タバサに礼を言っといてくれ。」

 

アイゼンがそれを遮るように言う。

血翅蝶の男性は頷いて歩いて行く。

 

『……審判者があちらに居る以上、何とも言えんが……』

 

彼らは情報を確かめる為、そこへ向かう。

 

しばらくして、そこに仮面をつけた少年≪審判者≫が降り立つ。

 

「や。お久~♪てっきり、君も行ったと思った。」

「アイツらの居る前で、お前に会うのもな。ここなら会話は聞こえない。」

「なるほどね。で、あれは君の担当だけど……どうするの?それにこの前のあの領域……俺は好きじゃないな。」

 

裁判者は船の上で、彼らが行った方角を見る。

その先では風が吹き荒れ、その空を胴の長いドラゴンが飛んでいく。

 

「ああ。私もあの領域は嫌いだ。あれでは文明の終わりだな。それに、"あれ''は願い≪力≫であって、願い≪想い≫じゃない。人と天族……いや、心ある者達には過ぎたる力だった、というだけだ。」

「ホント、厄介な盟約を交わしちゃったもんだ。四聖主と。」

「かもしれんが……私も、お前も、強すぎる力を制御するには丁度いい。さて、私も行くか。」

 

裁判者は立ち上がる。

そして二人は互いに別の方角へとジャンプして飛んでいく。

裁判者はある高い岩崖に降り立つ。

 

「さて、あのドラゴンと化した聖隷の願いも叶えねばならないが……どうやって叶えるか……」

 

そう言って、裁判者は指を鳴らす。

辺りには雨雲が集まり出し、雷が鳴り始める。

そして雨が降り出す。

そこに胴の長いドラゴンが降り立つ。

裁判者はそれを見据えている。

 

「やはりお前のその願いは難しいな。どうやって叶えるか……」

 

と、腕を組んで考え込んでいるとドラゴンの後ろにベルベット達がやって来た。

そしてヒソヒソ話をしていたが、エレノアが立ち上がったアイゼンに、

 

「そうです!戦ったらただじゃ済みませんよ!」

 

大声で自分も立ち上がって言い放った。

ドラゴンがその声で、彼らに振り返る。

エレノアはハッとして、

 

「あ……すいません……」

 

彼らを勢いよく襲いかかろうとしていたドラゴンを、裁判者は締め上げ、

 

「何をバカをしている。」

「裁判者!」

 

ベルベット達も立ち上がる。

が、裁判者が彼らに近付くと、ドラゴンが咆哮を上げて、影を薙ぎ払った。

裁判者は目を細めて、

 

「やはりあの程度では、実体化したドラゴンには弱いか……」

「は?」

「それより、やるしかなそうだ!」

 

眉を寄せてベルベットは裁判者を見るが、アイゼンが構えて言う。

ベルベットも構え、

 

「ったく、余計なことを!」

「こんな修行相手はそうはいないぜ!」

 

ロクロウが笑いながら武器を構える。

アイゼンが聖隷術を放って、

 

「気を抜くな!しくじれば一撃だぞ!」

「それがいいんだよ!」

 

ロクロウが突っ込んで行く。

裁判者も影から剣を取り出し、

 

「面倒な仕事を増やしてくれる……」

 

ロクロウに当たりそうになるシッポの攻撃を剣で受け流す。

ロクロウが意外な顔で、

 

「おお、悪いな!」

「……そう思うのであれば、もっと注意しろ。」

「ちがいねぇ!」

 

ロクロウは再び斬りかかる。

裁判者は攻撃を受け流していき、

 

「……さて、どうするか……」

「お前はどこまで知っている。」

「すべて。」

 

横目で睨むアイゼンに、裁判者も横目で彼を見る。

そこにシッポの攻撃を避けて着地するベルベット。

それに合わせて、ロクロウとエレノアが左右に回り込む。

 

「やはり並みの業魔≪ごうま≫とは手応えが違うな。」

「倒せるのですか、こんなやつを……」

 

二人はドラゴンの注意をひきながら言う。

裁判者は赤い瞳で、

 

「今のままでは無理だろうな。どちら、も。」

「いや、それでもなんとしても殺る。それが俺の――」

 

そして拳に力を籠め、アイゼンがドラゴンに突っ込む。

その拳がドラゴンに向けて放つ。

 

「うおおおおっ‼」

「ぐうううっ‼」

「ザビーダ⁉」

 

だが、ドラゴンに当たる瞬間、一人の風の聖隷が受け止める。

アイゼンは驚きながらも、彼を殴り飛ばした。

彼は転がって行き、

 

「っ痛ぇ……相変わらず殺す気満々……だな……」

 

そして彼は立ち上がり、アイゼンを睨む。

 

「……全部知ってるんだよな、お前も裁判者も?」

「……そこをどけ。」

 

だが、裁判者は答えず、アイゼンは風の聖隷を睨む。

彼は眉を寄せて、アイゼンに構える。

ライフィセットはそんな風の聖隷を見て、

 

「守りたいの?そのドラゴンを――」

「“ドラゴン”じゃねぇ‼」

 

風の聖隷はライフィセットの言葉に大声を上げた。

ライフィセットは驚く。

 

「えっ⁉」

「裁判者!なんでテメェまでこいつに関わる!」

「……それが私の担当≪仕事≫だからだ。」

 

裁判者は風の聖隷を見据える。

彼はさらに眉を寄せ、

 

「退かねえなら、こっちも本気≪マジ≫になるぜ。」

 

そう言って、彼は銃を自分の頭に銃口を当てるが、ドラゴンのシッポの攻撃に吹き飛ばされる。

 

「ぐあああっ‼」

 

そしてドラゴンはこの場を離脱した。

アイゼンは追いかけたが、追いつけなかった。

 

「くそ、逃がしちまったか……」

「ひでぇなぁ……久しぶりに会えたってのによ……」

 

風の聖隷は立ち上げり、逃げたドラゴンの方を見つめる。

そして眉を寄せて俯く。

しばらくして、彼は歩き出す。

その背にアイゼンが、

 

「待て。あのドラゴンは、お前の――」

「あいつを……ドラゴンなんて呼ぶんじゃねえよ。」

 

風の聖隷はアイゼンを横目で睨んで、歩いて行った。

マギルゥは腕を組み、

 

「なるほどの……あのドラゴンは、ケンカ屋と因縁のある者のようじゃな。」

「因縁って……相手はドラゴンですよ?」

 

エレノアは眉を寄せる。

マギルゥは目を細めて、

 

「だからじゃよ。」

「だから……?」

 

ライフィセットは首を傾げる。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「ドラゴンは、穢れに冒された聖隷のなれの果てだ。」

 

その事実を知らない者達は各々反応をしめす。

ライフィセットが眉を寄せて、

 

「じゃあ、さっきのドラゴンは……ザビーダの知り合いだった聖隷⁉」

「……以前、腰掛けをしていた相手。」

 

エレノアも眉を寄せる。

アイゼンは空を見上げて、

 

「おそらくな。」

「聖隷も人間のように穢れを発するっていうのか?」

 

ロクロウが腕を組む。

アイゼンは首を振り、

 

「いや、聖隷が穢れを発することはない。だが、穢れを出す人間や業魔≪ごうま≫に接し続けていれば、やがて冒されてドラゴンになってしまう。」

「坊は、聖主の御座から地脈に飛ばされた時、調子がおかしくなったんじゃろう?それに、あの塔で裁判者の穢れの領域に当てらて、体が苦しくなったろう。」

 

マギルゥが人差し指を立てる。

ライフィセットは頷き、

 

「なった。」

「あの空間には穢れが漂っておった。カノヌシへ送られる途中のものがの。そして、あそこでは裁判者が持っておった穢れが溢れだした。」

「あのままだったら、僕もドラゴンに……」

 

ライフィセットは手を握る。

エレノアはアイゼンを見て、

 

「器を得ても防げないのですか?」

「影響は軽減できる。聖寮の対魔士どもは、さらに聖隷の意識を奪うことでドラゴン化を防いでるようだ。だが、完全なものなどこの世にはない。」

 

アイゼンは眉を寄せて言う。

ベルベットは腰に手を当てて、

 

「ドラゴンになった聖隷を元に戻すことは?裁判者みたいに戻れるの?」

「……そういえば、そうじゃったのう。じゃが、あんなのができるのは化け物じみたあ奴だからじゃろうて。本来なら、業魔≪ごうま≫と同じじゃよ。二度とは戻れぬ。」

 

マギルゥは目を細める。

エレノアはジッとアイゼンを見て、

 

「聖隷だった時の心は……?」

「……お前にはどう見えた?」

「それは……」

 

エレノアは視線を落とす。

ロクロウは腕を組み、

 

「それでも殺せない。ザビーダの流儀の理由か。」

「……あんたやザビーダがドラゴンをどうしようが、興味ないし、好きにすればいいわ。もちろん、裁判者もね。けど、さっきみたいに巻き込まれるのは御免よ。覚えておいて。」

 

エレノアが裁判者とアイゼンを見据える。

アイゼンはベルベットを見て、

 

「わかった。」

「ならいいわ。さ、喰魔探し続行よ。タイタニアに戻りましょう。」

 

ベルベット達は歩き出す。

裁判者はドラゴンが飛び去った方へ目線を送り、

 

「……まあいい。この願いには時間が必要だ。」

「裁判者さん、行くよ。」

 

ライフィセットが裁判者の服の裾を引っ張る。

裁判者はライフィセットを見下ろし、

 

「後で合流する。先にタイタニアに行っていろ。お前達が次に出発する頃にも戻らなければ、先に色々やってろ。」

 

そう言って、崖を飛び降りた。

 

裁判者は監獄島に戻って来た。

港にバンエルティア号がない時点で、彼らは次に行ったと解るが、

 

「うわぁーん‼」

 

島に着くなり、子供の泣き声が響き渡る。

そこに近付くと、

 

「モアナ、泣くなよ。」

「うーん、やはり難しいものだな……」

 

トカゲ業魔≪ごうま≫と王子が小さな業魔≪喰魔≫の少女手に焼いていた。

裁判者を見ると、

 

「お、なんだ。戻って来たのか?アイツらは――」

「知っている。ヘラヴィーサだろ。」

「なんでえ、知ってんのか。ん?てか、お前どうやってここに?」

「それより、君はこの子を何とかできるかい?」

 

トカゲ業魔≪ごうま≫と王子は泣き続ける小さな業魔≪喰魔≫の少女を見つめる。

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女を見つめ、

 

「……お前の願いは叶えたのだがな……だが、お前の母親の想いを繋げるのは私の仕事か……」

 

裁判者は彼女を抱き上げ、

 

「泣くな。お前が泣けば、母親も、エレノアも、お前を想うすべての者が悲しむぞ。」

「どうして……お母さんも……悲しむって解るの?」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は裁判者を見つめる。

裁判者も彼女を見て、

 

「お前の中に、母親がいるからだ。お前が怖い夢を見るのは、真実をちゃんと理解していないからだ。それと、無意識にお前が、母親を信じてないからだ。」

「難しいよ……モアナ、わかんないー!」

 

と、再び泣き出す。

裁判者はその頭をポンポン叩きながら、

 

「……なら、お前の中≪記憶≫の母親は、お前を嫌っていたか?」

「ううん。お母さんは、モアナ大好きだって……」

「そうだ。お前は知っているだろ。少なくとも、お前の母親は自分の子がどんなに恐ろしくても、どんなに醜くても、嫌うことはない。お前は愛されているんだ。」

 

そして小さな業魔≪喰魔≫の少女を降ろし、

 

「それに、お前は母親以外にも愛されているだろ。」

「……でも、わからないよ……」

「なら、今は沢山甘えて泣け。そして足掻いてでも生き抜け。そうすれば、大人になった時には自ずと理解できる。」

「……モアナ、よくわかんないけど、がんばるよ……チャイバンシャ!」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は頷き、

 

「モアナ、クロガネのとこ、行ってくる!」

 

と、駆けて行った。

トカゲ業魔≪ごうま≫が腕を組み、

 

「お前さん、意外と優しいだな。」

「優しい?意味が解らんな。」

「それは感情がないからかい?だが、君には感情があるように思えるが?」

 

王子がどこか悲しそうに言う。

裁判者は彼らの横を通り、

 

「……お前たちの言う“優しい”という感情があるのなら、あの子供に対してあんな残酷なことはしないだろ。」

「「ん?」」

 

眉を寄せて、悩む二人に、裁判者は立ち止まり、

 

「あの子供の母親を救う手段を持ちながら、私は何もしない。そしてあの子供に教える事もできる真実を、何も告げない。なにより、私はあの子供が死んでもなにも想わないし、感じない。これをお前達は、優しいと言えるのか?」

「私は言えると思うよ。優しいにも、色々あるからね。」

「……なら、お前は勘違いしているな。私の優しいは優しいじゃない。」

 

そう言って、歩いて行く。

港に出ると、空を見上げ、

 

「さて、心ある者達は理解しているのだろうか。なぜなら私は、いずれ災禍の顕主と呼ばれるだろうアイツよりも、世界にとって災厄であると言うのに……」

 

裁判者は瞳が赤くなり、風が裁判者を包み、

 

「この世界なんて、簡単に壊れてしまうほどの力を持った化け物だからな。私達は……」

 

そして飛んでいった。

 

 

そして裁判者はある遺跡の前に降り立つ。

タイミングよく、ベルベット達がやって来た。

 

「裁判者さん!」

「……お前達も来たか。」

 

ライフィセットが駆け寄ってくる。

裁判者は全員を見据える。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「アンタ、やっぱり喰魔について知ってんのね。」

「……それを教える気はないな、今は。」

「あっそ。」

 

ベルベットはあっさりきり上げた。

マギルゥが意外そうに、

 

「なんじゃ……やけに、簡単に引き下がったの。」

「そうね。いつもなら、あいつははっきり言う。でも、今回は今は言えないと言ったのよ。なら、今はここの喰魔を探るべきよ。」

「なるほどのー。」

 

ベルベットは遺跡に入って行く。

そして他の者達も入って行く。

 

「母を失った喰魔≪娘≫、娘を失った喰魔≪母親≫……か。」

 

そう言って、裁判者も中に入って行く。

奥に進み、対魔士達が話していた。

 

「メディサの様子はどうだ?」

「大人しくしている。やはり真実を告げたのが効いたようだ。」

「よし。これで管理しやすくなるだろう。」

 

裁判者は目を細めて、彼らの前に歩いて行く。

対魔士が裁判者を見て、

 

「なんだ、お前は!」

 

裁判者はただ黙って、赤く光る瞳をその対魔士に向ける。

対魔士は脅え上がり、

 

「来るな!来るなぁ――‼」

 

頭を抱えて、叫ぶ。

裁判者はその横を通り過ぎて行く。

ベルベット達はその隙を突いて、飛び出す。

他の対魔士たちが、

 

「なんだ、お前たちは‼」

 

ベルベットとロクロウとアイゼンが対魔士の薙ぎ払った。

そして裁判者の後を追ってきた。

横目で彼らを見て、

 

「早かったな。」

「やるなら、全部やってくれない。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者は歩きながら、視線を前に戻し、

 

「やる必要性を感じない。」

「あっそ。」

 

ベルベットは呆れた視線を送る。

最奥の部屋にたどり着き、奥には人影がある。

ベルベットが入り口に触れる。

と、結界が浮き上がる。

エレノアは眉を寄せ、

 

「結界!喰魔です。」

「三度目の正直だな。」

 

ロクロウがライフィセットに笑顔を向ける。

ライフィセットは俯き、

 

「……うん。」

 

ベルベットが左手で結界を壊す。

 

「はあああっ‼」

 

結界が壊れ、ベルベットは人影に近付く。

 

「……メディサね?」

「……ええ、そうよ。あなたたちは?」

「あんたと同じく聖寮を――導師アルトリウスを恨む者よ。」

「安心してください。私たちは、あなたを助けにきたんです。」

 

エレノアが眉を寄せて、喰魔の女性を見る。

彼女は俯き、

 

「……助かりませんよ。」

「え?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

エレノアは手を握りしめ、

 

「あきらめないでください。私は……」

「いいえ。助からないのは、あなたたちです。導師アルトリウスの理想を!聖寮の理を汚す者たちは、私が殺します!」

 

そう言って、閉じていた瞳を開き、ヘビ業魔≪ごうま≫を呼び寄せる。

エレノアが槍を構え、

 

「なぜ?あなたは……⁉」

「ちっ、こいつは聖寮の手下よ!」

 

ベルベットが武器を構える。

そしてマギルゥは肩を落として、

 

「やはり裏目じゃったの~!」

 

そう言って、薙ぎ払っていく。

裁判者はとりあえずは、自分の所に来る業魔≪ごうま≫だけを影から取り出した剣で斬り裂く。

だが、ヘビ業魔≪ごうま≫は増えていく一方だ。

 

「きりがないよ……」

 

ライフィセットが聖隷術を繰り出す。

そしてアイゼンも聖隷術を繰り出し、

 

「あのヘビ業魔≪ごうま≫が召喚してやがる。本体を叩かねば、らちがあかんぞ。」

 

そして喰魔の女性はベルベットの左手を見て、

 

「その左手……そう、あなたが噂の――」

「なぜです、メディサ!あなたは、聖寮に無理矢理喰魔にされたのではないのですか⁉」

 

エレノアが喰魔の女性を見る。

女性は首を振り、

 

「違うわ。私は自らの意志で喰魔になったのよ。」

「でも、あなたの娘さんは業魔≪ごうま≫になって対魔士に……それで聖寮を恨んでいるんじゃ……?」

「ええ、恨んでいるわ。人間の“穢れ”が業魔≪ごうま≫を生んでしまう、この世界を‼」

 

彼女は眉を寄せて、言い放つ。

裁判者は目を細めて、喰魔の女性を見据える。

エレノアは目を見開き、

 

「あなた穢れのことを……!」

「対魔士様が教えてくれたわ。ディアナが業魔≪ごうま≫になったのは、あの子が“穢れ”を発したせいだって。だったら、私は穢れを喰らう“喰魔”になる!二度とディアナのような悲劇が起きないように!どんな醜い姿になろうがかまわない!カノヌシ様を復活させ、この悲惨な世界を変えるのよ!」

 

そう言って、女性はさらに業魔≪ごうま≫を召喚し、自らの姿も胴と髪がヘビの姿となる。

ベルベットは怒りながら、

 

「……ああそう。なら、強引にさらうまでよ。」

「終わらせるのよ!あの子の死に報いるために!」

 

そして攻撃を仕掛けてきた。

エレノアはそれを避け、

 

「この人は……母親として……」

「関係ない!ぜんぶ蹴散らす!」

 

ベルベットは敵を薙ぎ払っていく。

喰魔の女性はベルベットを睨み、

 

「“災禍の顕主”……め!」

「災禍の顕主?」

 

ベルベットは横目で喰魔女性を見る。

彼女はなおも睨み、

 

「災厄の時代をもたらす魔王の名よ……。欲望のままに世を乱し……混乱と災厄を撒き散らして省みない穢れの塊!始末に負えぬ人の業を体現した……お前のような“悪”のことだ……っ!」

「業魔≪ごうま≫、喰魔、災禍の顕主……好きに呼んでくれるわね。でも、あたしが魔王だっていうなら、あんたは魔王に利用される。それだけよ。」

「させない……あの子は私のせいで……だから私はっ!死ぬまで戦わなきゃいけないのよっ!」

 

そして喰魔の女性はベルベットに襲い掛かる。

そこにライフィセットが立つ。

 

「やめてっ!」

「邪魔をするなっ‼」

「嫌だ!」

 

裁判者は顎に指を当てて、

 

「……仕方ない。」

 

そしてほとんどの業魔≪ごうま≫を倒してたベルベット達に近付き、

 

「あの喰魔、私が貰うぞ。」

「は?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者は喰魔の女性を締め上げた。

 

「う……ううっ……」

 

すると、姿が人型へと戻る。

ライフィセットが裁判者の服の裾を引っ張り、

 

「やめて!もう“お母さん”が死ぬのなんて見たくない!モアナもエレノアも、お母さんが死んじゃった……!それって、すごく悲しいことなんだ!」

「モアナ?」

 

喰魔の女性は眉を寄せて、ライフィセット達を見る。

エレノアが俯き、

 

「聖寮に無理矢理“喰魔”にされた少女です。娘を助けようとしたモアナの母親は、お腹を空かせたあの子に、自分を差し出して……」

「モアナは、ずっと泣いているんだ。お母さんに会いたいって。だから!お母さんが死んだら……ディアナだってきっと悲しむよ……」

「ディアナ……‼」

 

そして裁判者は瞳を揺らして、天井を見上げる喰魔の女性を見つめる。

 

「違う……!私はあなたのために……。でも、あなたは自分が邪魔者だと悩んで、穢れ……業魔≪ごうま≫になってしまった……。私のせいで……ごめんね……ごめんなさい……ディア……ナ……」

 

裁判者は喰魔の女性を放し、

 

「お前の願いは、願いにあらず。だから叶える事は出来ないが、お前に子供をやろう。」

「は?」

 

ベルベットがさらに眉を寄せて裁判者を見る。

それは他の者達もだった。

無論、喰魔の女性も。

裁判者はそれを受け流し、

 

「後はお前次第だ。だが、お前の娘は今のお前を望んではいなかった。」

「ああ‼ディアナ……ごめんなさい……」

 

そう言って、喰魔の女性は気を失った。

裁判者は背を向け、歩き出す。

ベルベットが眉を寄せて、

 

「……このまま連れて帰るわよ。」

「念のため拘束術をかけておく。」

 

マギルゥは自分の横を過ぎていく裁判者を見据え、

 

「ふぅむ……どうやら聖寮は、メディサの後悔を利用したようじゃな。喰魔として自分たちに従うように。」

「そんな……残酷すぎます。」

 

エレノアが拳を握りしめた。

裁判者は立ち止まる。

マギルゥは目を細めて、

 

「じゃが、理≪り≫には適っておる。」

「……そうですね。“理”に反しているのは私の方です。ここからメディサを連れ出せば、ヘラヴィーサがどうなるかわからない。なのに私は、自分のこだわりのために、それをしようとしてる。メディサ本人の決意まで打ち砕いて……」

 

エレノアはさらに拳を握りしめた。

ベルベットは腕を組み、

 

「理でいうなら、穢れる人間個人が悪いのよ。あんたが責任を感じることじゃないわ。」

「……だとしても、私は目をそらしたくありません。自分が選んだ道の先にある現実から。それが理に反する私の、せめてもの義務です。」

 

エレノアの言葉聞き、裁判者は再び歩き出す。

最後に聞こえてきたベルベットの言葉は、

 

「あたしは気にしないってことよ。道の先になにがあろうとね。」

 

そして歩いて来る足音が聞こえてくる。

裁判者は目を細めて、

 

「さて、お前達の未来は何を掴み取る。」

 

裁判者は一人先に、出口へと出る。

そして出てきた彼らと共に、船に戻る。

 

監獄島に戻り、

 

「……ここがあなたたちのアジトか。私を逃したら致命傷になるわね。寝首を掻かれないように、せいぜい気をつけなさい。」

「……言うわね。」

 

喰魔の女性はベルベットを見据える。

そしてベルベットも彼女を見据えた。

睨み合っていたその場に、

 

「お帰りー!」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女が駆けて来る。

喰魔の女性は眉を寄せ、

 

「ディアナと同じくらい……!聖寮は、こんな小さな子を無理矢理喰魔に……⁉」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は喰魔の女性を見て、逃げ出した。

が、転んでしまった。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は身を起こし、側にいた裁判者の服にしがみ付いて泣き出した。

 

「う……うわぁぁ〰ん!」

 

裁判者は横目で喰魔の女性を見る。

彼女はエレノアと話していた。

裁判者はしゃがむと、小さな業魔≪喰魔≫の少女がさらにしがみつく。

そして泣き続ける。

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女の耳に手を当て、近付いて来る喰魔の女性を見て、

 

「この子供は母を望み、お前は娘を欲する。お前の願いは娘を業魔≪ごうま≫と化してしまった娘を救いたい。だが、その願いをもはや叶わない。お前はそれと同時に、後悔に囚われてしまった。それがお前の願いを打ち消している。だから私は、お前の願いを叶えられないが、お前の娘の願いは叶えられる。」

「……ディアナの願い?」

「母親の幸せ。自分のせいで不幸にしてしまった母親への後悔だ。」

「ディアナ‼」

 

喰魔の女性は口に手を当て、涙を溜める。

裁判者は彼女を見据え、

 

「選ぶのはお前だ。」

 

喰魔の女性は涙を拭い、小さな業魔≪喰魔≫の少女の前にしゃがむ。

裁判者は小さな業魔≪喰魔≫の少女の耳から手を放す。

そして喰魔の女性は、小さな業魔≪喰魔≫の少女の手を握り、

 

「……大丈夫?私はメディサっていうのよ。怖い……わよね?」

「……ちょっと。でも、ベルベットやダイル……時々こわいときのチャイバンシャよりこわくないよ。」

 

小さな業魔≪喰魔≫の少女は泣き止み、彼女を見上げていう。

その言葉にベルベットは眉を寄せる。

裁判者に至っては何の変化もない。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は俯き、

 

「それよりおばちゃんは……モアナがこわくないの?夢をみたの……モアナのお母さんが……モアナをこわいって……いらないっていう夢……」

「怖いものですか……!お母さんが、子どもをいらないなんて思うわけないわ!」

 

喰魔の女性は小さな業魔≪喰魔≫の少女を抱きしめる。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は彼女を見つめ、

 

「……なんで……わかるの?」

「私も……お母さんだからよ。お母さんは、自分が死んでも……世界がどうなっても……子どもを愛してるのよ。あなたを……だれよりも一番……」

 

そして泣き出す。

小さな業魔≪喰魔≫の少女は裁判者の服を離し、喰魔の女性を抱きしめ、

 

「泣かないで、おばちゃん……」

 

しばらくして、裁判者は立ち上がる。

と、マギルゥが近付いて来て、

 

「なんとも優しいのー、チャイバンシャ♪」

「喰うぞ。」

「おお、コワ‼……じゃが、本当に優しいのー。」

 

マギルゥは裁判者を見据えた。

裁判者は歩き出し、

 

「そうだな。昔のお前にも、あれくらいできていれば何か変化はあったかもな。」

「ん?んん⁉」

 

マギルゥは裁判者に抱き付いた。

裁判者は横目でマギルゥを見て、

 

「離れろ。」

「嫌じゃ。このままグリモ姐さんのとこに行っておくれ~♪」

「何故だ。」

「どうせ行くのじゃからいいじゃろ~。」

 

裁判者はマギルゥを引きずったまま、歩き出す。

時折、柱にマギルゥの頭や肩、色々な所に当たるが、お構いなしでグリモワールの元へ行った。

そこにライフィセット、ロクロウ、アイゼンが居た。

ロクロウは引きずられるマギルゥを見て、

 

「なんだ、やけに仲がいいな。」

「その割にはボロボロだがな。」

 

アイゼンも呆れたように言う。

裁判者はいつもと変わらぬ顔で、

 

「これはただの荷物だ。荷物がどうなろうと関係ない。」

「いやいや、荷物は大切にしておくれ!使えない荷物はただのゴミじゃろ!」

「なら、お前は……」

 

しがみついたまま怒りだすマギルゥ。

裁判者は言いかけた言葉を止め、

 

「だが、捨てられない荷物……というものもあるのだろう。」

「ん?なんだ、裁判者はマギルゥを気にってんのか?」

 

ロクロウが腕を組む。

裁判者は目を細めて、

 

「……さてな。さて、お前はどちらなのだろうな。」

「これは一大事じゃ!儂が捨てられてしまう!」

「そっちなのか?」

「どっちなのじゃ?」

 

と、二人は見つめ合い、裁判者は視線を外し、

 

「お前の使役聖隷はゴミだな。」

「うむ。あやつはいざとなれば、捨ててしまうぞ。」

 

マギルゥも同意した。

ビエンフーがマギルゥの中から飛び出して来て、

 

「ひ、ヒドイでフー!こうなったら、エレノア様に慰めて貰うでフー‼」

 

そう言って、飛び去って行った。

裁判者はマギルゥを見て、

 

「あれは、慰めて貰えるのか。」

「無理じゃろうな。あれは玉砕じゃ。」

 

マギルゥは半眼で言う。

と、ずっと考え込んでいたライフィセットが、

 

「ね……ロクロウたちは、お母さんいる?」

「ん、急にどうした?」

 

ロクロウが唐突なライフィセットの質問に腕を組む。

ライフィセットは困り顔で、

 

「うん。モアナやエレノアもだけど、ベルベットも両親がいないってわかったから気になって……」

「俺の母親も、メチャクチャ厳しくて怖い人だったが、やっぱりずいぶん前に死じまったよ。」

「そう……」

 

ロクロウは思い出すように言う。

ライフィセットは俯く。

マギルゥは裁判者にいまだ抱き付いたまま、

 

「儂も親はおらん。儂を拾った悪~い魔法使いによれば、川を流れていた桃の中から生まれたそうじゃよ。」

「お前なら本当にそうかもな……」

 

ロクロウが腕を組んだまま、頷いた。

マギルゥは眉を寄せ、口を尖らせて、

 

「ぶー!なんか納得いかん!」

「何がだ?」

「お主は儂をなんだと思っておるのじゃ!」

 

マギルゥはロクロウに怒りだす。

裁判者は明後日の方向を見て、

 

「マギルゥの親は、あの子供の母親やあの喰魔の母親と違って、嫌われていたからな。」

「自分の子供なのに?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

マギルゥは真顔に戻り、

 

「そうじゃ。実の子だから、嫌じゃったのだろうな。だから儂は売られ、捨てられた。それゆえに、あ奴らを見ておると、歯がゆくて仕方ないわい。」

「マギルゥを大切にしてた人はいなかったの?」

「……いたかもしれんし、いなかったかもしれぬ。儂にはわからん。」

 

マギルゥは裁判者を締め上げるかのように、強くしがみ付く。

裁判者はマギルゥを見据え、

 

「……喰うぞ。」

「いやはや、短気じゃの~。儂の心を慰めてくれてもいいじゃろうに。」

「できると思うのか。」

「無理じゃの。」

 

マギルゥは即答で言った。

ライフィセットがアイゼンを見上げ、

 

「ア、アイゼンは?」

「俺たち聖隷は、清浄な霊力が集まって生まれる存在だ。まれに人間から聖隷に転生する者もいるが、生前の記憶を維持することは、まずない。ある事を除いては。」

「ある事?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

アイゼンは腕を組み、裁判者を見て、

 

「裁判者や審判者の手によって転生された者は別だ。彼らは生前だった人間の記憶を保持したまま、存在する。」

「そんなこともできんのかよ。」

 

アイゼンの言葉に、ロクロウが裁判者を眉を寄せて見る。

裁判者はそれを受け流す。

アイゼンはライフィセットを見て、

 

「つまり、人間と同じような血縁関係はないということだ。」

「そっか……僕も気付いた時には、二号って呼ばれて使役されてた。その前のことが思い出せないのは、お母さん自体がいないからなんだね。僕はメディサに『お母さんが死ぬのはすごく悲しいこと』なんて言ったけど、本当の辛さは、わからないのかもしれない……」

 

ライフィセットは俯く。

裁判者は横目で彼を見て、

 

「……お前は知っているから、それを言えたんだ。」

「え?」

「だが、それを教えるつもりはないがな。」

 

裁判者は視線を前に戻す。

マギルゥは目を細めて、

 

「子供にも容赦ないの~、二人とも。」

「単なる事実だ。あいつはどうかは、知らんが。」

 

そう言って、アイゼンは裁判者を睨む。

そしてアイゼンはライフィセットを見下ろし、

 

「だがな、ライフィセット。血縁関係がないからといって、特別な絆を感じられないわけじゃない。聖隷であっても、かけがえのない存在を――家族や友との繋がりをもっているんだ。」

「だよな。裁判者の言葉の意味はとりあえずは置いといて、お前の言葉が本気じゃなかったら、メディサはとまらなかったはずだ。」

 

アイゼンとロクロウの言葉に、ライフィセットは考え込み、

 

「そうなのかな……」

「きっとそうさ。」

「もしかしたら、桃から生まれた魔女よりは、ずっとな。」

 

ロクロウはライフィセットの頭を撫でる。

アイゼンは小さく笑って言う。

マギルゥがなおも裁判者に引っ付いたまま、

 

「こりゃあ!桃生まれを舐めるではないぞ!」

「お前、否定していなかったか?」

 

ロクロウが呆れたように言う。

マギルゥは大声で、

 

「それはそれ、これはこれじゃ!儂にだって、イヌ、サル、キジとビエンフーとの特別すぎる絆があるわいー!」

「そうだといいな。」

 

ライフィセットはマギルゥを見る。

裁判者は奥を見つめ、

 

「その使役聖隷はお前を置いて、飛んで行ったがな。」

「……うん、そうだね……」

 

ライフィセットは視線を外す。

だが、裁判者を見て、

 

「裁判者さんは、親はいないの?」

「前に言ったろ。親はいないと。私達は世界に生きづいた時からこの姿、この力をもっている。全て世界が勝手に創ったものだ。“アレ”が最初、というのは納得いかないがな。」

 

ライフィセットは首を傾げる。

裁判者は前を見たまま、

 

「だが、私達のような者を子に持つのは容易ではないだろうな。」

「どうして?」

 

裁判者目を細めて、

 

「……あまりにも強い力は時に、己自身も殺す。お前たちの所で言う、親も、家族も、友も……大切なものを。私にはない感情だがな。それに、利用される内は良くても、次第にそれは怖れに変わる。そうなった時、恐怖のあまり実の子でも殺す親もいれば、子もいるのだ。血の繋がりがあってもなくても、所詮は他人。本当の意味で、自分の命を他者に使えるものは少ないものだ。」

「実のところ、実の子ほど可愛くて怖い生き物はいないと言うわけじゃ。そして実の子ほど憎くて嫌いな生き物はいないのやもしれん。」

 

マギルゥが目を細め、遠くを見るように言う。

ライフィセットは手を握りしめて、

 

「……なんだか、悲しいね。」

「それでも生き物は、誰かを求めずにはいられない。愛せずにはいられない生き物だ。」

「それは裁判者さんも?」

「……知らん。」

 

そう言って、裁判者はマギルゥを引きずったまま歩いて行く。



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toz 第六十一話 心

グリモワールの所に向かっていると、ベルベットとエレノアと合流した。

二人は裁判者に引っ付いているマギルゥを見る。

ベルベットが呆れたように、

 

「マギルゥ……あんた、何やってんのよ。」

「可愛いマギルゥちゃんが、コワイコワイ、チャイバンシャとスキンシップ中じゃ♪」

「はい?」

 

エレノアは困惑しながら首を傾げる。

裁判者は二人を見て、

 

「これは荷物だ。」

「はい?」

 

さらに困惑するエレノア。

マギルゥがエレノアを見る。

 

「ところでビエンフーはどうしたんじゃ?」

「ビエンフーでしたら、壁に激突して、気絶し、ダイルとクロガネが連れて行き、今はモアナと遊んでいます。」

「もとい、遊ばれているわ。」

「あやつも、いささかバカじゃのー。」

 

エレノアの苦い表情と、ベルベットの呆れた顔で言うのを、マギルゥがニヤニヤ笑いながら言う。

と、ライフィセットがさっきの話していた会話をエレノアとベルベットにする。

エレノアは腕を組み、

 

「アイゼン。聖隷にも家族の繋がりがあると聞きましたが、血縁関係なしでどうやって妹だとわかったんですか?」

「もうずいぶん前のことになるが、俺はとある霊山の地脈点に生まれた。そこで長い間過ごしていたある日、同じ地脈点からあいつが生まれてきたんだ。気づくと、俺たちは同じ屋根の下で暮らすようになっていた。」

 

アイゼンは腕を組み、語る。

ロクロウがアイゼンを見て、

 

「同じ地脈点から生まれた聖隷が、兄妹ってことなのか?」

「いや、他にもそこで生まれた聖隷はいたが、そいつらを家族だと感じたことはなかった。だが妹≪あいつ≫はなにかが違った。あいつが哀しいと、俺も哀しかった。俺が嬉しいと、あいつも嬉しかった。愛想のないやつだが、その分笑顔の破壊力が凄くてな。なにがあっても、あいつを守ってやろうと俺は誓った。俺は、霊山で採れた石を使ってペンダントをつくり、お守りとしてあいつに持たせた。あいつは、首飾りとして使っていたがな。」

 

アイゼンがペンダントを取り出す。

それを開き、笑みを浮かべるアイゼン。

ライフィセットがそれを見て、

 

「そのペンダントは……?」

「あいつも同じことを考えたんだ。自分でつくったお守りだと、これを俺にくれた。お互い黙っていたのに、俺たちは同じ日に、同じ形のお守りを贈り合った。俺たちの間には、確かに兄妹の繋がりがあると、その時、確信したんだ。」

「そこに描かれてる女の子が、妹さんなんだね?」

「ああ……俺が家を出る日、あいつが描いてくれた自画像だ。」

 

アイゼンは嬉しそうにその絵を見つめる。

ベルベットがアイゼンを見て、

 

「あんたも、妹に絵を描いてあげたの?」

「いや……俺には絵心はない。」

「きっと、妹さんは自分のペンダントに、一番大切な人の顔を描いていますよ。」

 

エレノアが笑顔を向ける。

アイゼンも小さく笑い、

 

「だといいがな……」

「一番大切な人が、お主じゃといいがのー。のう、チャイバンシャ。」

「……知らん。だが、この兄にして、あの妹……なのかもしれないぞ。私が視る限り、な。」

 

と、立ち止まっていたアイゼンを通り過ぎてマギルゥと裁判者は言った。

アイゼンは眉を寄せ、睨むようにマギルゥと裁判者を見る。

 

 

裁判者はグリモワールの元にやって来た。

無論、マギルゥは引っ付いたままだ。

グリモワールは空を見上げていた顔をこちらに向ける。

 

「来たわね。……で、アンタたちは何をしてるの?」

「グリモワールのとこまで来たんだ。いい加減離れろ。」

 

裁判者は横目でマギルゥを見る。

マギルゥは口を尖らせ、

 

「ケチじゃのー。このままでもよかろうて。」

「離れろ。」

「仕方ないのー。」

 

マギルゥはパッと裁判者から離れる。

ライフィセットがグリモワールを見て、

 

「グリモ先生。解読できたの?」

「ええ。『かぞえ歌』にはね、二番があったのよ……。読み下しておいたから……坊や、読んであげて。」

「うん。ええと……」

 

ライフィセットはグリモワールに近付き、本を見る。

そしてそれを読み上げる。

 

「八つの穢れ溢るる時に、嘆きの果てに彼之主≪かのぬし≫は無限の民のいきどまり。いつぞの姿に還らしめん。四つの聖主の怒れる剣が、御食≪みお≫しの業を切り裂いて、二つにわかれ眠れる大地。緋色の月夜は魔を照らす。忌み名の聖主心はひとつ。忌み名の聖主体はひとつ。」

「おふぅ……なんじゃか不吉な文句ばかりじゃのー。」

 

マギルゥが手を広げ、肩を上がる。

ベルベットが顎に指を当てて、

 

「二番の歌詞は……カノヌシの性質を表してる?」

「おそらくそうよ。」

 

グリモワールは目を細める。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「八つの穢れ溢るる時に、嘆きの果てに彼之主≪かのぬし≫は無限の民のいきどまり……か。」

「世界に穢れが満ちた時、カノヌシの力で『民のいきどまり』をもたらす……と読めるな。」

 

アイゼンが眉を寄せる。

エレノアが目を見張り、

 

「人間を滅ぼすというのですか⁉」

「おいおい、聖寮はそんな目的でカノヌシを復活させようとしてたのか?」

 

ロクロウが呆れたように言うと、

 

「違う!アルトリウスは、そんな男じゃない!」

 

ベルベットが拳を握りしめて怒鳴った。

それに各々驚いていた。

裁判者は彼女見つめる。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「……あいつの理想は『個より全』、『理と意志による秩序の回復』よ。だから、世界を守るためにラフィを犠牲にした。」

「『お主の知っとるアルトリウスは』じゃろ?」

 

マギルゥはベルベットを見据える。

ベルベットは睨むようにマギルゥを見る。

マギルゥは腰に手を当てて、

 

「じゃが、人は変わるぞ。導師とて絶望したのやもしれん。業に流されて穢れを出し続ける、愚かな人間どもに……のう。」

「……そんな奴じゃない。もしそうなら、ラフィはなんのために……」

 

ベルベットは拳を握りしめる。

裁判者は遠くを見る目で、

 

「……強いて言うのであれば、簡単に人を裏切れる人間も、だな。そして大切なものを救えない自分に、な。常に同じ人間はいない。きっかけさえあれば、簡単に自分を変える。」

 

裁判者はベルベットを見据え、

 

「それはお前も知ってるはずだ。」

 

ベルベットは唇を噛みしめる。

エレノアはグリモワールを見て、

 

「古文書の続きは、なにか書かれていないのですか?」

「それが、この古文書は完本じゃなかったの。まだ続きがあるはずだけど欠けてしまっているのよ……。だから、今できる解読はここまで。」

 

グリモワールは頬に手を当てる。

ベルベットが舌打ちした。

ロクロウが腕を組み、

 

「だが、原本はどこかにあるんだよな?」

「あってこそのカノヌシ復活計画だろう。聖寮はカノヌシの性質を完全に把握している。」

 

アイゼンが眉を寄せる。

ライフィセットが首を傾げ、

 

「でも、王都の離宮にあったのがこれだし、原本の手がかりはないよ……」

「今日はもう遅いです。ここまでにして休みましょう。」

「……そうね。」

 

エレノアが全体を見る。

ベルベットもそれに同意した。

そして各々解散した。

裁判者は空を見上げ、

 

「……心ある者達は簡単に自分を変える。なら、私達は……いや、それはないな。」

 

裁判者は視線を戻し、建物の中に入っていった。

 

 

翌朝、港に出ると、

 

「ライフィセットー!モアナ、きのうはメディサと寝たんだよ。ヘビだけど、あったかかった。」

 

と、小さな業魔≪喰魔≫の少女が嬉しそうに声を掛ける。

そこに近付き、

 

「よかったね。」

「今からメディサとおフロにはいるの。ライフィセットも、いっしょにはいろー。」

「え⁉困るよ……」

「いいよー、モアナはこまらないから。」

「ええっと……」

 

困るライフィセット。

モアナはワクワクして見つめる。

そして笑顔で、

 

「モアナね、前にチャイバンシャに言われたんだ。チャイバンシャが、今は沢山甘えて泣けって!そしたら大人になった時に、チャイバンシャが言った難しい事がわかるんだって!」

 

ベルベットが少し驚いた後、裁判者を睨む。

裁判者はその視線を避ける。

エレノアも驚いた後、小さな業魔≪喰魔≫の少女の前にしゃがみ、

 

「モアナ、知っていますか?ダイルの尻尾が、新しく生えかかっているんですよ。」

「本当⁉みたい!」

「ダイルは監視塔に行ったようです。」

「いってみる!メディサもいこ!」

 

と、喰魔の女性を見る。

彼女は戸惑いながらも、

 

「……ええ。でも、走ると転ぶわよ。」

 

と、モアナ駆けて行き、彼女も歩いて追う。

モアナは裁判者の横を駆けてると、立ち止まり、

 

「ありがとう、チャイバンシャ!」

「なぜ礼を言う。」

「なんとなくー!」

 

と、再び駆けて行く。

裁判者は目を細めて、

 

「本当に、心ある者達はきっけか次第で変わるな。選択肢が増えたり、減ったり……」

 

裁判者は一人先に船に向かう。

それから遅れて、ベルベット達が船に乗る。

 

 

イーストガンドに向かう途中の船の上で、

 

「……それは心水か。」

「おお!お前もどうだ。アイゼンと、この前の魚釣りとさっきの魚釣りの勝敗を決める為に、心水で勝負をするんだ。」

 

ロクロウが酒を大量に用意しながら言う。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「酒には肴がいるのではないか?」

「そのつもりだったんだが、釣れなくてな。」

「そうか。」

 

裁判者はすぐそこに置いてあった竿を取り、針を海に投げた。

ロクロウが腕を組んで、

 

「おいおい、エサなしに釣れるわけ――」

 

裁判者の竿が引っ張られ、裁判者は引き上げる。

そこには針一本に対して、強大な魚が引き上げられた。

ロクロウは目をパチクリし、

 

「……なんつーか、お前ってホント何でもありだな……その幸運を、少しでもアイゼンにやればいいものを。」

「それはあいつの願いではないからな。それより、これでいいのだろう。私も心水とやらを飲んでみたかったのだ。」

 

裁判者は魚を手渡す。

ロクロウはニット笑い、

 

「よっしゃ!ベンウィックに渡して、つまみにして貰うわ!」

 

と、厨房に持っていく。

それからしばらくして、ロクロウが大量の魚料理を持ってくる。

そして裁判者は座り、盃を持つ。

ロクロウがその杯に酒を入れようとして、

 

「ん?そういや、お前は酒を飲んでもいいだっけか?」

「お前、私をこの外見で判断しているだろう。言っとくが、お前よりも遥かに年上だぞ。」

「そうだったな!」

 

ロクロウが酒を注ぐ。

そこにアイゼンがやって来て、

 

「何故、裁判者も居る。」

「私も混ぜて貰うぞ。酒が私にも効くかどうか、いい実験になる。」

「なら、負けるわけにはいかんな!」

 

アイゼンが座り、盃に酒を注ぐ。

ロクロウも盃に酒を注ぎ、二人を見て、

 

「いざ!尋常に勝負!」

 

三人は酒を飲む。

裁判者はその後、朝までロクロウとアイゼンと飲んでいた。

翌朝、ベルベットが呆れたように、

 

「で、何がどうなったらこうなるわけ?」

「い、いやなに……まさか裁判者がここまで飲めるやつだったとは……」

「この俺が、死神の呪い以外でこんな事になるとは!」

 

ロクロウとアイゼンは頭を抑えて甲板の上で伸びていた。

と、ビエンフーが大声で、

 

「何やってるでフかー?何だか裁判者がこれでもかってくらい大人しいでフー!」

「「騒ぐな!」」

 

二人は大声で言う。

そして頭を抑える。

ビエンフーは二人の殺気めいた目と雰囲気で、すでに泣きながら逃げ出していた。

裁判者は近付いて来たマギルゥを見て、

 

「……マギルゥ……ちょっと来い。」

「ん~、なんじゃ?」

「ここに座れ。」

 

マギルゥは裁判者が自分の横を指さす。

その場所に座ると、

 

「で、やけに酒臭いが……本当に、こんなに飲んだのかえ?」

 

マギルゥの見つめる先には大量の空になった瓶や樽が転がっている。

だが、裁判者は答える間もなく、座ったマギルゥにもたれて寝出した。

マギルゥは目をパチクリし、

 

「おお‼これはこれは!面白い光景じゃ♪裁判者を大人しくさせたい時は、こやつに酒を飲ませようぞ♪」

「そのために、どれだけの犠牲が出るかしらね。」

 

と、未だ頭を抱えて伸びているロクロウとアイゼンを見つめるベルベット。

 

 

イーストガンドに近付くにつれ、霧が出てきた。

ちなみに、裁判者と飲んでいたロクロウとアイゼンは三日三晩は動く事もできずに、頭を抑えて甲板で伸びていた。

エレノアは辺りを見て、

 

「霧が出てきましたね……」

「……じゃの。」

 

マギルゥも辺りを見渡す。

裁判者も手すりに座って霧を見ていた。

彼らは何やら話し込んでいる。

そして霧が晴れた頃には、港についた。

エレノアが辺りを見渡し、

 

「霧も、すっかり晴れましたね。迷わなくてよかった。」

「当然だ。俺たちをなんだと思ってる。」

 

アイゼンがエレノアを見下ろす。

エレノアは人差し指を立て、

 

「違法で無法で、腕のいい海賊だと。」

「……わかっていればいい。」

「それより、アイゼン。もう平気なのですか?」

「問題ない。まだ頭痛はするがな。」

 

アイゼンは背を向ける。

そして裁判者は船から降り、歩き出す。

ベルベット達も船から降り、歩き出した。

上に上がるにつれて、辺りが見渡せる。

岩に尽き出た岩の家がそこら中にある。

そして頭上をいくつかのゴンドラが通り過ぎていく。

それを見たライフィセットが目を輝かせ、

 

「お城みたい!」

「ここは、貿易で悪どく儲けた一族の拠点でね。攻められた時に備えて、こうなってるんだって。」

 

ベルベットがライフィセットを見る。

ライフィセットは辺りを見渡し、

 

「へぇ……敵が多かったんだ。」

「けど、栄えたのは昔の話。今はただの田舎街よ。それでも、あたしたちには憧れの都会だったけど。」

 

最後の方は小さい声なので、ベルベットの言葉は聞こえていないだろう。

エレノアが彼女を見て、

 

「詳しいのですね。」

「一応地元だから。この先のアバルって村が、あたしの故郷。」

「じゃあ、喰魔がいるのは――」

「多分、あたしの村よ。」

「……いいのですか?」

「どうせ知り合いはいないわ。みんな、あたしが喰い殺したから。」

 

ベルベットは拳を握りしめた。

裁判者は空を見上げ、

 

「では、お前は自分の村を思い出しながら来る事だな。そして今見ている自分を、再認識しろ。」

「は?」

「要は、選択を見間違えるな、と言うことだ。ベルベット・クラウ。」

 

そう言って、裁判者は歩いて行く。

 

森の中で、裁判者は木の上から一人の少女を見ていた。

彼女は業魔≪ごうま≫に襲われていた。

そこにベルベット達がやって来る。

その業魔≪ごうま≫を倒し、少女が目を覚ます。

そしてベルベットを見て、泣きながら抱き付いた。

しばらく話すと、彼女は村に向かって走って行った。

そしてベルベット達も村に向かって歩き出す。

裁判者は木々を伝って、村に向かう。

 

村に付き、その後すぐベルベット達も村に入る。

彼らは村人と話を交わしていた。

そして彼女は走り出す。

そして他のメンバーも、ロクロウとアイゼンが別行動となる。

裁判者は彼女の向かう先に、先回りする。

そして木の上でマギルゥと目が合う。

裁判者は目を細めて、

 

「「人は苦痛には耐えられる。」」

 

マギルゥは家の前の墓を見て、

 

「じゃが……」

 

家の中に入って行くベルベットを見据えた後、自分も入って行った。

裁判者は家の屋根に降り、瞳を閉じる。

 

「幸福には逆らえない。」

 

家の中の映像が流れてくる。

ベルベットはベッドに眠る少年に触れ、泣きながら抱き付いた。

そこに業魔≪ごうま≫に襲われていた少女がやって来て、ベルベットに話をする。

そして櫛を取り出し、何かを話している。

彼らはベルベットを残し、家の外に出る。

裁判者は出てきた彼らの前に降りる。

 

「裁判者!これは――」

 

裁判者はエレノアの口元に指を当てる。

そしてライフィセットを見る。

マギルゥは落ち込むライフィセットを見て、

 

「どうした、ライフィセット?元気がションボリのようじゃが?」

「そんなことないよ……ベルベット、よかった。」

 

ライフィセットは顔を上げる。

業魔≪ごうま≫に襲われていた少女がライフィセットを見て、

 

「へぇ、あなたもライフィセットっていうんだ。すごい偶然ね。」

「う、うん……」

 

そこに扉が開く音がする。

ベルベットが出てきて、

 

「……悪かったわね、なんか。」

「気にしてません。これからどうします?」

 

エレノアは一度裁判者を睨むように見た後、ベルベットを見る。

業魔≪ごうま≫に襲われていた少女が、

 

「今晩は、久しぶりにライフィセットの好きな物をつくってあげてよ。スープとかなら飲めるし、匂いにつられて目を覚ますかもしれないよ。」

「そう……しよっかな。買い出しの間、見ててくれる?」

「うむ!苦しゅうない!」

 

その表情な昔の彼女そのものだった。

ライフィセットはベルベットを見上げ、

 

「僕も……手伝っていい?」

「お願い。味見してもらわないといけないから。」

 

そう言って、ベルベットは歩き出す。

裁判者は彼女の後ろに付いて行く。

ちょっとの間を置いて、ライフィセット達も駆けて来る。

見せに行き、肉を狩りに行く事となり、しばらくそれにつき合う。

肉集めも終わり、家に戻るとロクロウとアイゼンが居た。

 

「弟のことは聞いた。よかったな。」

「……で、お前はどうする気だ?」

 

ロクロウとアイゼンがベルベットを見る。

ベルベットも二人を見て、

 

「村を……調べてたのね。」

「ああ。岬の祠を探ろうとしたらとめられた。聖寮に立ち入り禁止されているそうだ。喰魔がいるなら、そこだろうな。」

 

ロクロウが腕を組む。

アイゼンは腰に手を当てて、

 

「俺は喰魔を引きはがす。罠なら戦いになるはずだ。罠でなくとも、この平穏はなくなる。」

「あたしがしてきたように……ね。」

「お前がここでとまっても、俺は聖寮と戦う。」

「とめたければ力ずく……よね。」

 

そう言って、ベルベットはアイゼンと見つめ合う。

裁判者は小さく、

 

「さて、お前はどの選択肢を選ぶ。」

 

そして二人を見る。

そこには業魔≪ごうま≫に襲われていた少女が歩いて来る。

ロクロウがそれに気付き、

 

「待て、ベルベット!」

 

だが、それは遅く、ベルベットは左手を喰魔化した。

それを見た業魔≪ごうま≫に襲われていた少女は眉を寄せ、

 

「ひっ……!」

 

その声に、ベルベットは振り返る。

アイゼンがその横を通り、

 

「……一日だけ待つ。覚悟が決まったら岬に来い。」

「俺もそうするよ。明日どうするかは、お前次第だ。」

 

ロクロウも歩いて行った。

業魔≪ごうま≫に襲われていた少女は脅えながら、

 

「そ、その手は……」

「見ての通り“業魔≪ごうま≫”よ。三年前、あんたたちを襲ったのも、あたし――」

「聞かない‼業魔≪ごうま≫でもベルベットはベルベットだよ……。怖いけど……怖くない!」

 

そう言って、ベルベットの手を取り、

 

「あたし、誰にも言わないから……また前みたいに暮らそ?みんな……一緒に。」

「……ニコ……」

 

ベルベットもその手を取る。

裁判者は彼らに背を向け、屋根の上に上がっていく。

そして瞳を閉じる。

 

彼らは食事を取る。

そしてベルベットは弟のベッドに腰を掛け、話していた。

ライフィセットは本棚で古文書を見つけ、そしてライフィセットに羅針盤を借りる。

それをベッドに置き、話し込む。

と、ベルベットはライフィセットの方に付いていた米粒を取って食べる。

そしてハッとする。

喰魔となってから血の味しか解らなくなった自分に、味覚がある事に……

 

「やっと気づいたか。」

 

裁判者は瞳を開け、中に入る。

エレノアが裁判者を見て、

 

「もう、一緒に食べたかったのなら、最初から――」

 

と、バンと机を叩き付けるベルベット。

そして震える声で、

 

「……マギルゥ。“夢”を操る術ってある?」

「え……夢がなんですか?」

 

エレノアが眉を寄せる。

マギルゥは目を細め、

 

「あるぞ。とある特殊な聖隷を使った術じゃ。霧とともに相手の“後悔”を取り込み、“幸福な夢”に閉じ込めるという。」

「後悔を取り込んだ……幸せな……」

 

ベルベットは拳を握りしめ、

 

「裁判者!アンタはいつから気付いていたの!知ってて私を嘲笑っていたの!」

「……最初から知っていたさ。だが、これはお前が望み、自身の業に目を反らした結果だ。だから言ったろ、『自分の村を思い出しながら来る事だな。そして今見ている自分を、再認識しろ』と。人や聖隷は、知らずに振れていた幸福や、手に入れた幸福を知ってしまっては逃れられない。それが大きな苦痛を得た後ならなおさらな。さて、再認識は出来たか。」

 

ベルベットは裁判者を睨み、

 

「ホント、アンタってムカつくわね!岬に行くわよ。」

「今から?突然どういしたんですか。」

 

エレノアが困惑する。

と、奥の方の部屋から、

 

「お姉……ちゃん……」

 

ライフィセットがそれに気付き、振り返り、

 

「ベルベット‼」

 

ベルベットも振り返る。

その先には少年が目を覚ます。

 

「行かない……で……僕のそばに……いて……」

 

ベルベットはベッドに近付き、彼の伸ばす手ではなく、羅針盤を持ち上げる。

彼女は羅針盤を見て、

 

「これはフィーの羅針盤なの。」

 

そしてライフィセットに羅針盤を渡して歩いて行く。

ベルベットは一度立ち止まり、

 

「ごめんね、ラフィ……」

「やだよ……待って……お姉ちゃん……僕を……捨てないでぇっ‼」

 

彼は必死に手を伸ばす。

そして泣き出した。

ベルベットは再び歩き出す。

裁判者は手を伸ばし泣いている少年を見る。

その少年の姿は小さな人間の少女に変わる。

 

『……情か……』

 

外に出ると、霧が辺りを覆っていた事に気付いたベルベット達。

 

「霧が……⁉まさかこれって!」

「岬の祠へ!喰魔を引きはがす。」

 

そう言って、岬のある方へ歩いて行く。

だが、岬に向かう途中、村人とアイゼン、ロクロウが睨み合っていた。

ロクロウがベルベットに気付き、振り返る。

 

「ベルベット。」

「来たか。」

 

アイゼンは村人と睨み合ったまま、そう言った。

業魔≪ごうま≫に襲われていた少女はベルベットを見て、

 

「ベルベット、お連れさんをとめてよ。どうしても祠に行くってきかないの。」

「聖寮が立ち入りを禁止してるんだ。そんなことされたら俺たちが罰を受けちまう。」

 

他の村人もそう言う。

ベルベットは目を閉じ、手を握りしめる。

 

「……ニコ。やっぱり、あたしはひどい奴だよ。全部取り戻せるかも……忘れられるかもって思った。自分のために、ラフィを言い訳にしようとしたの。けど、忘れていいはずがない。あの子は死んだんだから。理由もわからず殺されたんだから!許せない……絶対に許せないっ‼」

 

そして瞳を開き、村人を見据える。

 

「どけ。さもないと――また喰い殺すっ‼」

「なんでよ、ベルベット……」

 

業魔≪ごうま≫に襲われていた少女は俯いて呟く。

そして穢れが満ち、村人は業魔≪ごうま≫へと変わる。

業魔≪ごうま≫に襲われていた少女はベルベットを睨み、

 

「なんであんたは〰っ‼」

 

彼女も業魔≪ごうま≫と化した。

ベルベットは左手を構え、

 

「そう!それが本当よ!」

 

そう言って駆け出す。

左手で業魔≪ごうま≫を薙ぎ払いながら、

 

「どけええ〰‼」

「こりゃあ、驚いた!まさか折れずに堪えるとはの!」

 

マギルゥも術を繰り出す。

エレノアも槍を構え、

 

「どういう意味です!」

「細かいことを気にしとると死ぬぞい!」

 

と、マギルゥは突進してきた業魔≪ごうま≫を避ける。

エレノアは眉を寄せて、業魔≪ごうま≫を薙ぎ払う。

全ての業魔≪ごうま≫を薙ぎ払い、ベルベットは一人駆け出す。

 

「……こっちよ!祠は森を抜けた先!」

「おい、なにがどうなっている?」

 

ロクロウも駆け出しながら言う。

他の者達と一緒に、裁判者も駆け出す。

マギルゥは走りながら、

 

「敵の罠じゃよ。全部ベルベットの夢を利用した幻じゃ。」

「悪趣味な術だ。」

 

アイゼンが裁判者を睨む。

裁判者は彼を横目で見て、

 

「言っておくが、今回は何もしていないぞ。」

「つまり、ベルベットが見破ったんだな。」

 

ロクロウがエレノアを見る。

エレノアは頷き、

 

「はい。でも、夢とはいえ、あんなに容赦なく……」

 

ライフィセットも、何の迷いもなく薙ぎ払った時のベルベットの姿を思い出し脅える。

マギルゥは目を細め、

 

「驚くべきはそこじゃないわい。あやつが夢を振り切ったことの方じゃ。夢と現の区分けなぞ、己が心のさし加減にすぎんというのに……」

「え……?」

 

ライフィセットはマギルゥを見る。

マギルゥはいつも通り笑い、

 

「大したヤツということじゃよ。急ぐぞ、者ども!」

 

マギルゥのペースが上がった。

裁判者もペースを上げる。

ロクロウがライフィセットを抱え、ペースを上げた。

彼らは先を走って行ったベルベットを追う。

 

 

岬の祠に着くと、首が二体ある強大な犬がいた。

エレノアがそれを見て、

 

「いました!喰魔です!」

 

そして側までより、武器を構える。

武器を構えたベルベット達に、その犬の喰魔は咆哮を上げる。

ベルベットは犬の喰魔を見て、

 

「そうか、あんたたちは……ニコが飼ってた……!」

 

暴れる犬の喰魔を大人しくさせる為に攻撃を仕掛ける。

しばらく攻撃を与え、ベルベットが奥へと薙ぎ払う。

動きの止まった犬の喰魔を捕らえていた結界を、ベルベットが壊す。

ベルベットは犬の喰魔を見て、

 

「悪いけど、一緒に来てもらうわよ。」

 

そう言って、犬の喰魔に近付く。

犬の喰魔はベルベットに咆哮を上げる。

ライフィセットが目を見開き、

 

「ベルベット‼」

 

だが、ベルベットは左手で犬の喰魔の片方の頭を押さえつける。

 

「……いいのよ。あたしは、この子たちのご主人を殺した仇なんだから。」

 

ベルベットは犬の喰魔を見つめる。

ライフィセットは俯く。

ベルベットは犬の喰魔を見つめたまま、

 

「けど、今はだめなの。あたしが仇を討ったら、好きなだけ食べていいから……だから、力を貸して。」

「その選択でいいんだな。」

「ええ!」

 

裁判者はベルベットを横目で見る。

ベルベットは裁判者を睨んで言う。

裁判者はベルベットが押さえつけていない方の犬の喰魔の頭に触れる。

彼らは茶色と白の二頭の犬へと変わる。

そして辺りの霧も晴れる。

 

「術も解けたようじゃな。」

 

マギルゥが辺りを見渡す。

ライフィセットは荷物をあさり、

 

「古文書も消えちゃった!」

「古文書って?」

 

ロクロウがライフィセットを見る。

ライフィセットは俯き、

 

「最後まで書いてあるカノヌシの古文書だよ。ベルベットの家にあったんだ。」

「アルトリウスの本!」

 

ベルベットがハッとする。

エレノアがベルベットを見て、

 

「本物が残っているかもしれません。ベルベットの家に戻ってみましょう。」

 

一行はベルベットの家に向かう。

ロクロウが歩きながら、

 

「今までのが全部幻だったとは……すごいな。ここまでの幻術を操る奴がいるのか。」

「多分、俺の“死神の呪い”と同系統の特殊な力を持った聖隷を使役しているんだろう。こんな悪趣味な罠を仕掛けるのは、おそらく奴だ。」

 

アイゼンが睨むように言う。

ロクロウは腕を組み、

 

「だが、おかげでカノヌシの手掛かりが手に入るかもしれん。」

 

ロクロウはニッと笑う。

そしてベルベットの家に着き、家の中を探す。

ライフィセットが俯き、

 

「本……ない……」

「当然か。奴が見落とすはずがないもの。」

「見つけた時、僕がちゃんと見せてたら……」

「気にしなくてもいいわ。どうせグリモワールでないと読めないし。どこかの意地悪は読んでくれないだろうから……。夢だったのよ、全部。」

 

そう言って、外に出る。

ライフィセットは家の前のお墓に気付き、歩いて行く。

それを見つめていると、

 

「お墓よ。あたしのお姉ちゃんと、生まれる前に殺された甥っ子の。」

「……荒れちゃってるね。お花、供えようよ。」

 

ライフィセットがベルベットを見上げる。

ベルベットは首を振り、

 

「……いい。意味のないことよ。」

 

と、目を細めて左手を見る。

裁判者はある場所を睨む。

そしてマギルゥも睨む。

すると、男性の声が響く。

 

「卓見だな。食すならまだしも、追悼のためになんの関係もない花を手折≪たお≫って捧げるとは、生贄ですらない。無駄を通り越した残酷な行為だ。」

 

そこには老人対魔が現れる。

そしてベルベット達の前に立つ。

アイゼンが彼を睨み、

 

「メルキオル!」

「相変わらずじゃのう……」

 

マギルゥが小さく呟いた。

ベルベットは老人対魔士を睨み、

 

「“夢の霧”は、あんたの仕業ね。」

「よくもあの術から裁判者の手助けなしに脱した。だが、裁判者の方はなにやら、助言はしておったがな。」

「助言ではない。真実のひとつを言ったに過ぎない。」

「そうじゃろうな。だが、その覚悟、喰魔でなければ我が後継者にしたいところだ。」

 

老人対魔士は髭を摩りながら言った。

マギルゥはさらに眉を寄せる。

裁判者は老人対魔士を見据える。

 

「お前の後継者など、お前の望まぬ形で、違う意味での後継者として得るだろうさ。」

「ほう。」

 

老人対魔士は髭を摩る。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「で、わざわざ誉めにきたの?」

「そうだ。この書を回収するついでにな。」

 

そう言って、一冊の本を取り出す。

ベルベットはそれを見て、

 

「返してもらうわよ。」

「これは、我が友――アルトリウスの師でもある先代筆頭対魔士がまとめたもの。身を捨てて世を憂えた高潔な魂が残した希望だ。」

 

裁判者は彼を睨み、

 

「あれが残した希望だと想うのであれば、それは今のお前たちがやろうとしていた事であり、そうでない事だ。」

「お前になにがわかる。我が友を見捨てたくせに。」

「見捨てた……そう言う解釈か。だが、その友が護った弟子を、その弟子が護りたかった者を穢したのは、どこの誰だ。」

「……すべては貴様のせいだ。」

「どいつもこいつも同じだな。いや、愚問だったか。問いた所で、結果は同じなのだから……しかし、だから“あれ”をすると。だから愚かなんだ、心ある者達は。」

「ふん。貴様も、所詮は化け物でしかないのだ。」

「言われなくとも、理解している。それでもやるのか、人間。」

「だからこそ、必要なのだ。そしてこれは、穢れた業魔≪ごうま≫が、化け物が触れてよいものではない。」

「愚かだな、人間。」

 

裁判者と老人対魔士は睨み合う。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「大体、てめぇの許可なんかいるかよ!」

 

アイゼンもさらに睨み込む。

そしてベルベットとアイゼンは老人対魔士に襲い掛かる。

だが、それを受け止めたのは一人の業魔≪ごうま≫。

そして二人を薙ぎ払う。

 

「くっ!」

 

ベルベットとアイゼンが転がる。

老人対魔士は髭を摩り、

 

「ふん、珍しく従ったな。」

 

アイゼンが老人対魔士の前に立つ業魔≪ごうま≫を見て、

 

「こいつは……まさか⁉裁判者!」

 

裁判者を見る。

だが、裁判者が何かを言う前に、

 

「焦らずとも、まもなく知ることになる。我らが希望――草花の如く穏やかで美しい秩序の完成をな。」

 

そして老人対魔士は業魔≪ごうま≫と共に消えた。

裁判者は目を細め、

 

「……そうか、お前はその選択を取るか……」

 

エレノアは眉を寄せ、

 

「秩序の完成……?裁判者、あなたは“あれ”と言ってました。本当に何を、あなたは知っているのですか。」

「教えるつもりはない。」

 

裁判者は横目で睨むように、エレノアを見る。

ベルベットは眉を寄せ、裁判者を睨んだ後、

 

「行きましょう。もうここには、なにもないわ。」

 

そして歩いて行く。

裁判者は横を通り過ぎて行く彼女に、

 

「村に居た頃の事は思い出せたか。」

 

ベルベットはそれを一度睨んだ後、歩いて行く。

他の者達も歩き出す。

と、村の店があった場所で、ライフィセットがある事に気付く。

 

「あっ!」

 

そして駆け出す。

 

「見て!カノヌシの古文書!」

 

ベルベット達は振り返る。

エレノアが驚き、

 

「なぜこんなところに?」

 

そしてベルベットはハッとして、

 

「……ラフィが写した写本だ。あの子、それを売ってあたしに櫛を買ってくれたの。」

 

ライフィセットはその本を取り、ベルベットの元に持っていく。

 

「なにもなくないよ、ベルベット。」

 

ベルベットはその本を受け取り、優しくなでる。

 

「ラフィ……」

「完全なものなら、カノヌシの秘密がわかるかもしれん。」

「グリモワールに見せてみよう。」

 

アイゼンとロクロウがベルベットを見る。

マギルゥは後ろで笑い出す。

 

「くくく……あのジジイを出し抜くか。本当に面白すぎじゃて♪のう、裁判者。」

 

と、真横にいた裁判者を見る。

裁判者は何も答えず、歩いて行く。

一行は監獄島に戻る為、船に向かう。

 

港に着き、船の支度をしている間に、マギルゥがエレノアを連れて興行師の元へ行く。

エレノアがその興行師に話しかける。

 

「失礼します。お笑い公演の手配をお願いしたいのですが。」

「ほう……久々に熱い目をしたヤツが来やがったな。見せてもらうぜ、お前の“笑い”ってやつを。」

「存分に。」

 

エレノアはガッツポーズにる。

その目はまるで、燃え上がるかのように熱くなる。

マギルゥが半眼で、

 

「……エレノア、お主って妙なところでスイッチが入るのう……」

「手を抜けない性分なんです。それに頑張ればマジルゥちゃんとお近づきになれるかもしれないし……」

 

エレノアは頬を掻く。

興行師は頷き、

 

「マジルゥか。しばらく会っていないが、ローグレスで評判をとっているようだな。」

「はい、素晴らしい踊りで。お知り合いなんですか?」

「ああ、師匠のバルタともな。マジルゥも天才だがバルタは百年に一人の大天才だった。だからマジルゥが無理をしすぎて壊れないか心配だよ。バルタは芸に関して妥協を知らないからな……」

「そうなんですか……」

 

エレノアは眉を寄せる。

マジルゥは腕を組み、

 

「ライバルに同情しとる暇はないぞよ。台本は暗記したの?」

「当然です。そっちこそ間を外したら承知しませんよ。」

「くくく、言うのぅ……儂も本気が出せそうじゃ。ゆくぞ!笑いの扉をこじ開けに!」

 

二人は行き込んで歩いて行った。

裁判者は船に乗り、空を見上げていた。

と、そこにマギルゥが肩を落として歩いて来た。

そして腕を上げて、

 

「マジメか―‼エレノアの奴なんであそこまでマジメなのじゃ!ほんにアドリブの効かない奴じゃ!」

 

裁判者はそれを見下ろしていた。

そしてマギルゥは拳を握りしめ、

 

「覚えておれ!今度こそは、目にものを見せてやるわい!」

 

と、叫んでいた。

そして船の支度が終わり、船は出航した。



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toz 第六十二話 姉弟

監獄島に向かう途中、裁判者は瞳を閉じる。

 

「……とうとう始めるか……。だが、あれはあの人間に対して“姉”を被せたか。ベルベットがライフィセットに弟を被せているように。」

 

そして目を開けて、甲板で話している。

だが、ベルベットが倒れ込んだ。

部屋に運ばれた彼女を、ライフィセットが必死に看病する。

それも、三日間も……

 

その間に、監獄島に着き、古文書はグリモワールへ渡し、犬の喰魔は小さな喰魔の少女と喰魔の女性が世話をする事となった。

そしてベルベットは目を覚まし、出てきた。

ロクロウが腰に手を当てて、ライフィセットを見る。

 

「さぁて!飯を食うぞ、ライフィセット!なにが食べたい?」

「ええっと……」

 

考え出すライフィセットを遮り、

 

「儂は『キョダイオウイカのイカめし』か、『カンゴクガニのシュウマイ』か『ウミヘビ丼』かの~。」

 

マギルゥが目を輝かせて言う。

しかし、ロクロウはそれを無視し、

 

「お前は三日ぶりのメシなんだろ?いきなり刺激的なものを食べると体によくない。『リゾット』とか『雑炊』がいいんじゃないか?」

「そうだね……」

 

ライフィセットが顔を上げる。

その隣で、マギルゥは今度は祈るのように手を握り合わせ、

 

「『ボルシチ』も食べたいしー。『フカヒレの卵スープ』もアリじゃのー。デザートには『和風あんみつ』と『バケツパフェ』と、『トリプルベリーケーキ』をセットで食べたいのー♪」

「マギルゥ、お前は黙ってろ。」

 

ロクロウは呆れ顔になる。

マギルゥは裁判者を見上げ、

 

「裁判者~、ロクロウがイジメるぞ~!儂が可哀想じゃ。」

 

裁判者は甲板の手すりから降り、

 

「知らん。大体、そんなに食べれるのか。」

「うむ。無理じゃ。それに想像しただけで満腹になったからのー。」

 

と、裁判者に圧し掛かる。

ライフィセットはロクロウを見上げ、

 

「……僕は、おかゆが食べたいな。梅干しとジャコのトッピングで。」

「おお、なかなか渋いな。」

「あと、リンゴも。」

 

ロクロウは笑いながら、ライフィセットの頭を撫でる。

ライフィセットは笑顔で笑う。

ベルベットがライフィセットを見て、

 

「……なら『りんごぶぅ』がいいわよ。」

「りんごぶぅ……?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

マギルゥも首を傾げ、

 

「なんじゃそれは?」

「ただリンゴをすりおろしたものだけど……弟に食欲がない時、よくつくってあげてたの。」

「僕、それ食べてみたい。」

 

説明するベルベットに、ライフィセットは手を上がる。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「どうしてもっていうなら、つくってあげる。アレなら味がわからなくてもできるから。」

「うん。どうしても。」

「……わかったわ。」

 

ライフィセットは嬉しそうにいう。

ベルベットは小さく笑う。

マギルゥが裁判者から離れ、

 

「それなら、ついでに儂の分も――」

「マギルゥ、お前は黙ってろ。」

 

ロクロウがマギルゥをどついた。

マギルゥは再び裁判者にくっつき、

 

「うう~。何とも可哀想な儂!慰めておくれ~。」

「勝手にしろ。」

「慰めておらん!」

「知らん。」

 

裁判者はマギルゥを引きずったまま歩き出す。

ロクロウがおにぎりを裁判者とマギルゥに持ってくる。

 

「ほらよ、お前らも食える時に食っとけ。」

「おお!塩おにぎりとはなんともシンプルかつコメのうまみがわかる一品じゃー!」

 

と、マギルゥが食べ出す。

裁判者はロクロウを見て、

 

「随分と食事にたいして凄い勢いだな。」

 

ロクロウはおにぎりをがつがつ食べていた。

彼はそれを一気に食べ切り、

 

「当たり前だ。食える時に食っとく!それが戦士の鉄則だ。」

「戦士の鉄則ね……」

 

裁判者は目を細めて、彼を見る。

ロクロウは顎に指を当てて、

 

「そういや、お前が飯を食っているとこを見た事がないんだが……ちゃんと食ってるか?」

「……私は食事を取る必要はないからな。」

「そうか。」

「そうだ。」

 

ロクロウは腕を組んで納得した。

彼らは食事を取ったのち、

 

「フィー、次の地脈点を探知して。」

 

ライフィセットは羅針盤を回す。

そしてベルベットを見て、

 

「……地脈点、見つけた。すごく遠い……北東のずっと先……」

「北東の先……おそらくエンドガンド領ですね。」

 

エレノアは考え込む。

アイゼンは腕を組み、

 

「エンドガンド領は小島の集まりだ。リオネル島という比較的大きな島があるが。」

「……うん。地脈点は、そこだと思う。」

 

ライフィセットも頷く。

マギルゥが腰に手を当てて、

 

「エンドガンドといえば、幽霊船が出るという海域じゃよなー。」

「幽霊船……」

 

ライフィセットが眉を寄せて、首を傾げる。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「うむ。後悔を抱えた罪人を捕えて、永遠の航海へ連れ去るといわれておる。」

「罪人を連れ去る……」

 

ライフィセットが脅え始める。

アイゼンがライフィセットを見て、

 

「エンドガンド沖は世界を巡る海流が何本も合流する。各地で遭破した船が最後に辿り着く場所だ。」

「なるほどな。それが幽霊船の正体か。」

 

ロクロウが納得する。

マギルゥがつまらなさそうに、

 

「なんじゃよ~、夢のない奴らめ~。」

「幽霊船が夢なのか?」

 

ロクロウが眉を寄せて笑う。

マギルゥは裁判者に抱き付く。

 

「何もわかっておらぬのう。なぁ、裁判者。」

「知らん。」

 

裁判者はマギルゥを横目で見る。

ライフィセットはガッツポーズを取って、

 

「気をつけていこうね。」

「平気よ。幽霊船だろうが対魔士だろうが、みんな引導を渡してやる。」

 

ベルベットは左手を握りしめる。

裁判者は小声で、

 

「その意気込み、本当にもつかな。」

「さてさて、どうなることやら。」

 

抱き付いていて、その声が聞こえていたマギルゥが楽しそうに言う。

そして船の支度が済むまで、自由行動となった。

 

裁判者は高台で独り風に当たっていた。

そこに一人言が聞こえてきた。

 

「残る喰魔はあと一体か……。脱獄の時、シアリーズは言っていた。『今ならアルトリウスを殺せる』って。つまり、あいつは、カノヌシが完全じゃないことを……喰魔の仕組みを全部知ってたんだ。でも……なぜあいつはアルトリウスを裏切ったの?あたしに力をくれたの?消したくても消えない炎がある……だとしても、なんで自分を喰らわせてまで、あたしを?ねぇ……どうしてなの、おね――」

 

そして左手を握っていた手を、壁にぶつけ、

 

「あたし、なにを……?シアリーズは聖隷よ……聖隷だった。余計なことを考えるな。喰魔が集まったら、今度こそあいつの息の根をとめる。それだけでいい。考えるのは、そのことだけで……」

 

と、ベルベットはやっと裁判者の存在に気付き、

 

「……アンタは、なんであたしたちに協力をしたの。」

 

ベルベットは裁判者を見据える。

裁判者は視線をだけを彼女に向け、

 

「遠目で見ていても良かったのだが……喰魔を、そして欠片を見るのには、この方が私にとって都合がいいからだ。」

「……あんたは何を知ってるの。」

「それを、今のお前に言う必要性を感じない。お前が本当の意味で、真実を知った時にでも教えてやろう。お前の心が壊れていなかったらな。」

 

そう言って、裁判者は立ち上がり、ベルベットの横を通る。

裁判者は立ち止まり、

 

「……お前は今回、どの選択肢を取り、どう向き合うのだろな。」

「は?」

「今回はお前であって、お前ではない者だ。」

 

そう言って、中に入って行く。

裁判者下に降りながら、

 

「どちらも弟を姉を想った行動だからな。お前達も、そしてあの対魔士達も……」

 

 

翌朝、支度が整いリオネル島に向かう。

裁判者は船の手すりで座って海を眺めていた。

ライフィセットが横に駆け寄って来て、

 

「もうすぐリオネル島だよ。」

「幽霊船は出なかったわね。」

 

ベルベットも歩いて来た。

そして他の者達も来る。

ロクロウが腕を組み、

 

「待ち伏せへの対策はどうなった?」

「血翅蝶を使って、俺たちが別の聖寮施設を襲撃するという噂を流した。」

 

アイゼンが腰に手を当てる。

ベルベットは眉を寄せて、

 

「効果は、やらないよりマシって程度だろうけど。」

「強行突破なら、わかりやすくていいさ。」

 

ロクロウはニヤリと笑う。

裁判者は彼らに視線を向け、

 

「お前たちはのんきでいいな。」

「は?」

 

ベルベットが今度は裁判者に眉を寄せた。

それに合わせるかのように、

 

「副長!前方に漂流中の船を発見!」

「幽霊船かの!」

 

マギルゥが目を光らせる。

だが、答えは違った。

 

「聖寮の船です!救助信号旗をあげています!」

「……わかった。接舷しろ。」

 

アイゼンが支持を出し始める。

ベルベットがさらに眉を寄せ、

 

「助ける気?敵の船よ。」

 

だが、アイゼンは済ました顔で、

 

「救助信号旗に敵も味方もない。これは船乗りの鉄則だ。」

「罠に決まってる。」

 

ベルベットはさらに眉を寄せた。

 

「海賊だって救難信号旗で騙し打ちなんてしないよ。助けた後、身ぐるみ剥ぐけど。」

「万一、罠なら皆殺しにする。それだけのことだ。」

 

船員とアイゼンは腕を組んで、そう言った。

ベルベットは舌打ちし、

 

「ちっ、面倒ね……」

 

そして船と船を板で繋ぎ、聖寮の船にベルベット達が乗り込んだ。

裁判者も立ち上がり、聖寮の船に渡る。

 

聖寮の船に行くと、対魔士達が倒れていた。

エレノアは眉を寄せ、

 

「これは……!」

「壊賊病!」

 

ライフィセットが目を見張る。

アイゼンは船員に、

 

「ベンウィック、サレトーマは残ってるか?」

「はい。この人数なら、船に積み込んである分で足りると思う。」

 

船を見渡し、船員は頷いた。

ロクロウも辺りを見渡し、

 

「聖寮の船にしちゃあ、やけに人数が少ないな?」

「私が……船員を脅して無理に出航させたからです。」

 

と、女性対魔士がふらつきながら歩いて来る。

エレノアは眉を寄せ、

 

「テレサ!」

「無謀は承知でしたが、まさか壊賊病に罹るなんて……。でも、いいわ。こうしてあなたたちに会えたのですから。」

 

女性対魔士はベルベット達を睨む。

ベルベットは腕を組み、

 

「そんな体で勝てるとでも?」

「勝つのはあなたたちです。私を利用して。」

「どういうこと?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

ベルベットは女性対魔士を睨み、

 

「聞かなくていい。どうせ罠よ。」

「リオネル島には喰魔ディースがいます。警備対魔士は、私の弟オスカー。」

「……あいつなら問題ないわ。」

「オスカーが、メルキオル様が新たに開発した決戦術式を身につけていてもですか?」

 

女性対魔士のその言葉に各々反応を示す。

裁判者は横目で女性対魔士を見て、

 

「だから必死なのだろ。」

「やっぱり、あんたは何か知ってるのね。」

 

ベルベットが裁判者を睨む。

女性対魔士は困惑する。

裁判者は仮面を取り出し、目元に近付ける。

女性対魔士は目を見張り、

 

「お前は第一級指名手配!なら、お前は知っているはずです。あれは、聖隷の力を限界を越えて引き出す術――その威力は、通常の聖隷術とは比較にならない。勝てたとしても、無事では済みませんよ。」

「……なぜそんな情報を知らせる?」

 

ベルベットが眉を寄せて、警戒する。

裁判者は仮面をしまい、

 

「あれはまだ未完成だからだ。それを行える実験体が少なすぎる。それに実験が可能になっても――先にあるのは終わりだ。」

「……ええ。あの術は未完成なのです。そう、あれを使えば命の保証はありません。私は、オスカーを助けたい!私を人質にすれば、オスカーは手を出せません。あなたたちは、その隙に喰魔を奪って逃げればいい。」

 

女性対魔士はベルベットを見つめる。

ベルベットは彼女を見据え、

 

「聖寮を裏切るっていうの?」

「あの子に代えられるものなんて、この世にないわ。」

 

女性対魔士は手を握りしめる。

ベルベットはジッと彼女を見つめる。

 

「信用できないのも当然……。薬はいりません……。私の命を預けますから……」

 

そして膝を着く。

 

「オスカーを……助けて……」

 

女性対魔士はそのまま倒れ込み、気絶した。

 

「テレサ様……!」

 

ライフィセットとエレノアが駆け寄る。

裁判者はバンエルティア号の船に戻る。

裁判者は腕を組み、顎に指を当てる。

 

『……さて、この願いはどうするか……。願いではあるが、その願いはどちらも死した後に叶えられるものだが……今回の願い、あいつの力も必要となる……』

 

一人、考え込む。

そうこうしてる内に、島についた。

裁判者は話し込んでいたベルベット達に近付き、

 

「対魔士、お前たちの選択を見て、今回の願いを叶えるかの判断を下す。」

 

裁判者は女性対魔士に近付いてそう言った。

アイゼンが眉を寄せ、何かを考え込む。

女性対魔士眉も寄せ、

 

「何のことです。」

「お前が弟のために、命をはれたらな。だが、お前の今の選択肢では、その先にあるのは死だけだ。」

「……!お前は……」

 

そして裁判者は歩いて行く。

ベルベット達も歩いて行く。

 

しばらくして、女性対魔士は前を歩いていた裁判者の背を睨みながら、

 

「何故、お前がこの者たちと行動を共にしているのです。」

「何故それを、お前に言わねばならない。」

 

裁判者は横目で彼女を見る。

女性対魔士はジッと裁判者を睨んだまま、

 

「私はある情報を得ています。お前は、アルトリウス様とメルキオル様が聖寮をお創りになった時、共に居たと。そしてアルトリウス様に、シグレ様の情報を与えたのも、お前だと聞いています。聖寮の上層に居ながら、何故聖寮を、アルトリウス様を裏切ったのです!」

「……え?裁判者が聖寮に⁉」

 

エレノアが目を見張って驚く。

無論、ベルベット、ロクロウ、ライフィセットは目をパチクリしていた。

マギルゥはニヤニヤしていて、アイゼンに関しては睨みつけていた。

裁判者はそれらすべてを流し、

 

「裏切るもなにも、私は導師アルトリウス・コールブランドの仲間でもなければ、災禍の顕主ベルベット・クラウの仲間でもない。協力したのは事実ではあるが、あれをしていいとは言っていない。だから今回、私は動いているのだ。」

 

裁判者の雰囲気が変わり、ベルベット達の頬に冷や汗が伝う。

が、それを戻し、

 

「さて、最終的にお前達は何を選ぶ。」

 

そう言って、どんどん歩いて行く。

そして奥まで進むと、

 

「テレサ。敵陣に乗り込む前に、策戦を確認しておくわ。」

「……はい。」

 

ベルベットが女性対魔士を見る。

 

「あたしたちは、あんたを人質にして、オスカーの武装と聖隷を解除させる。オスカーを拘束して喰魔を回収した後、港まで撤退。喰魔を船に乗せ、出航準備が整った時点であんたを解放する。あとは好きにしなさい。」

「結構。ですが、ひとつだけ約束してください。決してオスカーを傷つけない、と。」

「……それはオスカーの出方次第よ。約束できない。」

 

二人は睨み合う。

ライフィセットとエレノアが二人に近付き、

 

「ベルベット。」

「私からも頼みます、テレサの願いを……」

 

ベルベットは眉を寄せ、

 

「オスカーを助けたいなら、テレサ、あんたが死ぬ気で説得しなさい。弟を守るのは、姉の役目なのだから。」

「……ええ、必ず守ります。私の命に代えても……」

 

そして二人は互いに睨み合いながら進んで行く。

 

最奥の場所は白い花が咲き誇っていた。

業魔≪喰魔≫の前に、地面に剣を突き刺して立っている男性対魔士。

そして男性対魔士は足音に気付き、

 

「来たな、喰魔ベルベット。」

 

そして振り返る。

そこには、ベルベットが剣の刃を女性対魔士の首に近付け、睨む姿。

男性対魔士は目を見張って、

 

「姉上⁉」

「見ての通りよ。剣を捨てて、聖隷を放しなさい。さもないと、こいつを殺す。」

「卑怯な……!」

 

男性対魔士はベルベットを睨む。

エレノアが彼を見て、

 

「見逃してください、オスカー。私は聖寮が語る“理”の本当の理由を見極めたいのです。」

「人質をとって脅すのが君の“理”だというのか!」

 

エレノアは眉を寄せて黙り込む。

女性対魔士は男性対魔士を見て、

 

「ごめんなさい……。足手まといになってしまった。」

「そんな……姉上は……」

 

そして男性対魔士は剣を握ったまま両手を上げる。

 

「……わかった。武装を解除する。」

 

ゆっくりと剣を置くようにし、勢いよくベルベットに向けて剣を投げる。

ベルベットがそれを弾き、女性対魔士は男性対魔士の方へ駆ける。

 

「ちっ……!」

「下がっていてください!」

 

男性対魔士が彼女を背に立つ。

だが、女性対魔士は彼の頭を杖で殴る。

そして彼は崩れ落ちる。

 

「許して……あなたを救うにはこうすることしかないのです。」

「……約束を守ったわね。そいつを連れて消えなさい。」

「それはできません。この子の失点になってしまう。」

 

ベルベットは彼女の言葉に眉を寄せる。

ライフィセットも目を見張って、

 

「テレサ様⁉」

「どうしようっていうの?ただの人間が。」

 

ベルベットは彼女を睨む。

女性対魔士は杖を握りしめ、

 

「……そう。私は力も才能もない人間です。でも、“あの方”が教えてくれた!私の体は、カノヌシの力に適合すると――」

 

彼女はどんどんと喰魔に近付いて行く。

裁判者は彼女を見据え、

 

「それがお前の答えであり、選択……か。」

 

そして女性対魔士は喰魔の前に立ち見据え、

 

「こうすれば、すべてを守れると‼」

 

その後、喰魔の前に両手を広げてベルベット達に振り返る。

喰魔が女性対魔士に噛みつく。

 

「あああ……っ‼」

 

穢れが女性対魔士を包み、喰魔と一体化する。

ライフィセットがそれを見て、

 

「喰魔になった⁉」

「違う、適合したんじゃ。」

 

マギルゥがいつになく真剣な表情で言った。

女性対魔士はベルベット達を見て、

 

「……全員殺します。オスカーのために!」

「自分を喰魔に……ここまでやるか!」

「ふふ、あの子のためなら、なんでもないわっ!」

 

彼女はベルベット達に襲い掛かる。

ベルベット達は彼女の攻撃を避けつつベルベットとロクロウが攻めていく。

エレノアが槍を構えて突っ込むが、薙ぎ払われる。

ライフィセットが治癒術を掛けながら、

 

「お願い、もうやめて!」

「退けるものか!あの子の……未来がかかっているのよ!」

 

そう言って、攻撃が強くなる。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「こっちだって引けない理由があるのよ!」

 

ベルベットの左手と女性対魔士がぶつかり合う。

だが、女性対魔士の方が力負けして、吹き飛ばされる。

そして身を起こし、

 

「負け……ない……負けるわけには……」

「テレサ……様……」

 

ライフィセットが眉を寄せて伏せる彼女を見る。

ベルベットは構え、

 

「これ以上抵抗するなら、手足を喰い千切っておとなしくさせる。――‼?」

 

だが、そこに男性対魔士が女性対魔士の元に近付いていた。

彼は膝を着き、彼女を見る。

 

「もういいのです、姉上……」

「見ないで……こんな醜い姿……」

 

そう言って、女性対魔士は顔を伏せる。

男性対魔士は彼女の手を取り、

 

「ドラゴニアの家では、父上も母上も跡継ぎである兄しか見ていなかった。でも、あなただけは、ずっと僕を見てくれた。案じて、励まして、微笑んでくれた。」

 

男性対魔士は彼女の頬に手を当て、

 

「……ずっとありがとう、姉上。」

「ああ……オス……カー……」

「そこで見ていてください。あなたが見守ってくれれば、僕は……魔王を滅ぼす魔王にだって勝てる。」

 

そう言って、立ち上がる。

ベルベット達に振り返り、聖隷を呼び出す。

 

「見せてやる。我が神依≪カムイ≫を‼」

 

そう言って、力を籠める。

彼と聖隷が光り出し、

 

「ぐうう……ああああっ‼」

 

聖隷が彼の中に入ると、彼の背に宙に浮く羽が三枚ずつ現れた。

彼の髪も白ぽいモノへと変わる。

 

「ほう、未完成というのに、やりきったか。」

 

裁判者は目を細める。

男性対魔士は構え、

 

「いざ参る!」

 

そしてベルベット達に攻撃を仕掛ける。

 

「おおおおおっ‼」

 

ベルベット達の所に竜巻が起こる。

 

「な、なんじゃこりゃあ~!」

 

マギルゥが攻撃から逃げながら叫ぶ。

ベルベットも攻撃を避け、

 

「聖隷と一体化した⁉」

「これほどの術だったか!」

 

ロクロウが飛んできた羽根の剣を避けて、叫ぶ。

アイゼンやライフィセットが聖隷術を繰り出す。

そのタイミングを狙って、ベルベットとロクロウ、エレノアが攻め込む。

 

「ぐうう……まだだっ!まだ崩れるな、神依≪カムイ≫っ‼」

 

だが、動きが鈍くなった。

裁判者は目を細め、

 

「それがお前の答えと選択か……」

 

鈍くなった男性対魔士にベルベットとロクロウが斬りかかり、彼は吹き飛ばされる。

彼は膝を着き、息を荒くなる。

エレノアが彼を見て、

 

「お願いです、オスカー!これ以上は――」

「許さない……!姉上を傷付けたお前たちを!」

 

そして再び立ち上がり、光り出す。

 

「がああああ……‼」

「聖隷の暴走か⁉」

 

ロクロウが警戒する。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「いかん!ドラゴン化するぞ!」

「喰らってとめぃ!ベルベット!」

 

マギルゥが腕を上げて叫ぶ。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「待って、この人は……!」

「ぐおおおお――っ‼」

 

男性対魔士はエレノアに突っ込んできた。

それにいち早く気付いたベルベットがそれを防ぐように、前に出る。

彼を剣で斬ようとするが、それを避けて彼がベルベットに攻撃を仕掛ける。

ベルベットもそれを避け、彼を再び攻撃。

それを繰り返した。

だが、ベルベットは左手で彼に攻撃する。

彼はそれを避けると、ベルベットはすかさず後ろに回る。

そして彼の宙に浮く羽根を左手で喰らう。

否、彼の背を抉る。

彼は血を流して死んだ。

 

ベルベットは目を見張って、左手を見る。

そこに女性対魔士が歩いてくる。

フラフラし、目を見張って、

 

「殺した……な……」

「違う……」

 

ベルベットは女性対魔士を見る。

彼女は涙を溜め、

 

「いい子だったのよ?誕生日にイヤリングをくれたの。本当は、婚約者に渡す家宝なのに、そうと知らずに私に……。一番大切な女性にあげるものよって返そうとしたら、あの子……それは姉上だよって笑って……。無邪気で……とても……優しい子だったのにっ!オスカーを殺したなっ‼」

 

ベルベットは何かを思い出すかのように、小刻みに震える。

女性対魔士はベルベットを睨み、

 

「よくもっ‼よくもっ‼よくもぉぉっ‼!」

 

突っ込んでする。

ベルベットは何かを振り切るかのように、左手を女性対魔士に向ける。

 

「うあああああ〰ッ‼!」

「やめて!」

「殺すな!」

 

ライフィセットとアイゼンが叫ぶ。

だが、女性対魔士はベルベットの首を絞め上がる。

彼女は女性対魔士を蹴り、空中で回転して左手で背中を抉る。

女性対魔士は人間の姿へと戻り、地面を滑る。

女性対魔士は、横たわる男性対魔士≪弟≫に元にはって近付き、手を伸ばす。

 

「ひどい怪我……すぐに手当を……泣かないで……あなたは強い子……よ……オス……カー……」

 

そして彼女は息絶えた。

その手は彼の手を握っている。

 

ベルベットが穢れを喰らう。

エレノアが伏せ、

 

「テレサ……オスカー……」

「……喰魔の回収は失敗じゃな。」

 

そう言って、ベルベットを見るマギルゥ。

彼女は目を見張り、

 

「先にやったのは……そっちよ……」

 

そして櫛を取り出し、

 

「だから、あたしは……ラフィの……!弟のため……に……」

 

ベルベットはそのまま倒れ込んだ。

 

裁判者は死んだ対魔士姉弟を見下ろし、

 

「姉上のため、弟≪オスカー≫のため……か。命を救う、命≪めい≫を全うして救う、敵を倒して救う、色々な救うが絡み合ってるな。だが、今回の願いに対しての答えは見せて貰った。その願いは叶えよう。」

 

裁判者は風に身を包み、黒と白のコートのようなワンピース服に変わり、仮面をつける。

壊れた仮面ではなく、元に戻った仮面を……

 

「その喰魔が目を覚まし、前を向く事を決めたら監獄島に現れよう。」

「もし、諦めたら、どうするのじゃ?」

「その時は、それまでの事だった、というだけだ。お前達とのなれ合いも終わり、と言うことだ。」

 

そう言って、裁判者は二人の対魔士の亡骸を担ぎ、風に包まれて消える。

 

 

聖寮の導師アルトリウス・コールブランドの前に姿を現わす。

姉弟対魔士の亡骸を落とし、導師アルトリウスを見る。

彼は目を細めて二人の対魔士を見る。

 

「……お前が殺ったのか。」

「いや、やったのは災禍の顕主だ。アイツにとって、いつぞやのお前のような結果だったがな。」

「そうか……。二人は私が責任を持って、ドラゴニア家に送ろう。」

 

そして表情を変え、

 

「その為に来たのではないのだろう。目的はなんだ。」

 

彼は裁判者を見据える。

裁判者は瞳を閉じ、

 

「審判者。」

「はいはい。」

 

そう言って、すぐだった。

部屋の影から審判者が出てくる。

無論、彼も黒と白のコートのような服を着て、仮面をつけている。

裁判者は目を開き、横目で、

 

「そこに居るのであろう、クローディンの友。」

「……やはり儂にも気付いておったか。」

 

そして裁判者は手を前に出す。

そこには業魔≪ごうま≫が裁判者を殴ろうとしていた。

その拳を簡単に止め、

 

「お前の願いはまだ叶えられないぞ。」

 

そして指をパチンっと鳴らして、業魔≪ごうま≫は姿を消す。

裁判者は片手を腰に当て、

 

「今回は、その対魔士共の願いと、未完成の神依≪カムイ≫を成功させた褒美をやりに来た。」

「なんだと。」

 

裁判者は男性対魔士に、手を当てる。

彼の中から魔法陣が浮かび、

 

「ここまで解析したのは褒めてやる。だが、これではまだまだ犠牲は出るだろうな。」

 

そう言って、裁判者は魔法陣をいくつも出して、審判者と組み替える。

審判者が術式を見て、

 

「人にも、聖隷にも、これでは負荷が大きいね。ここをこうして……」

 

そう言って、二人はどんどんと組み替えていき、裁判者がそれを導師アルトリウスに球体として渡す。

影から神器をいくつか取り出し、地面に転がしていく。

そして彼らに背を向け、

 

「術式はそれでいい。だが、神依≪カムイ≫を使えるのは霊応力の才と力がなければ、扱う事はできない。その一環として、その神器はくれてやる。抗って見せろ、人間ども。」

 

そう言って、裁判者は審判者と共に姿を消す。

審判者は裁判者を見て、

 

「いや~、これまた随分と手を貸したね。」

「私は願いを叶えただけだ。」

「半分はね。」

「その半分も、褒美だ。」

「はいはい。」

「だが、本当の神依≪カムイ≫を実現するのであれば、聖隷の意志が必要となるがな。」

「それをできるかは、彼ら次第。」

「ま、関係ないがな。」

 

そう言って、裁判者は空を見上げ、

 

「立ち上がったか。」

「災禍の顕主?ま、彼女はこれからどうなると思う?」

「さあな。だが、これで真実に近付く。やっとな。」

 

そう言って、裁判者は黒いコートのようなワンピース服に変わる。

彼も、黒いコートのような服に変わる。

二人は仮面を取り、

 

「じゃ、そういうことで。」

「ああ。」

 

二人は別方向に別れる。

裁判者は監獄島へ戻って行った。



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toz 第六十三話 始まりの刻

裁判者は監獄島につき、表の港に歩いて行く。

 

「お前達、今に聖寮がやって来る。裏の港へ行け。」

「何故、そんな事がわかる。」

 

トカゲの業魔≪ごうま≫が裁判者を見る。

裁判者は海を見つめ、

 

「密告者が知らせているからだ。今頃は、そいつを突き止めた頃だろな。急げ、時間がない。」

「……わかった。準備をしてくる。」

 

そう言って、トカゲ業魔≪ごうま≫は駆けて行く。

裁判者は海を見つめたまま、

 

「マギラニカ、お前の壊れた心は……何を想う。自身の師にも、聖隷にも、仲間にも、な……」

 

裁判者は聖寮の船が来るまで、港に居た。

裁判者の瞳にはすでに聖寮の船は見えている。

ついこの間、組み替えた術式を実験する為の実験体と共に。

 

そして雨が降り出し、側に来た犬の喰魔に、

 

「お前達は古文書を持っているグリモワールの元へ行け。そして裏門に行け。そこに船が来る。」

 

犬の喰魔は「ワン!」と鳴いて、駆け出していく。

裁判者の目だけでなく、すでに彼らにも解るくらいの所に聖寮の船が見えてきた。

対魔士が降りてきて、

 

「道を開けろ。」

「一人で何ができると。」

 

裁判者は対魔士達を見据え、

 

「一人で十分だ。」

 

そう言って、影から剣を取り出す。

対魔士達は神依≪カムイ≫を発動させた。

 

「中途半端な。霊応力の才が低いな。」

 

襲い掛かる彼らを、裁判者は一振りで薙ぎ払う。

目を細め、

 

「どうした、抗って見せろ。人間。」

 

裁判者は対魔士達を薙ぎ払っていく。

そこに小さな喰魔の少女がやって来た。

 

「チャイバンシャ!」

 

そこに聖寮の羽根の神依≪カムイ≫の剣が襲い掛かる。

小さな喰魔の少女は脅え、動けなくなる。

裁判者の瞳にはその姿は違う少女の姿へと変わる。

その少女は自分に、必死に手を伸ばす。

 

「マギラニカ……!」

 

裁判者は駆け出し、神依≪カムイ≫剣を全てその身で受けた。

裁判者は膝を着き、剣を振るう。

剣を地面に突き刺し、それを支えにする。

 

「こいつを連れて、逃げろ。今に奴らも来る。」

 

近付いて来た喰魔の女性と頭のない業魔≪ごうま≫に指示した。

 

「お前はどうする。」

「ここでもう少しだけ、遊んでやるさ。」

「わかった。」

 

頭ない業魔≪ごうま≫は二人を連れて行く。

 

「行くぞ。」

「さ、モアナ。」

 

だが、小さな喰魔の少女は裁判者を見上げ、

 

「ごめんなさい……チャイバンシャ!」

「そう思うのであれば、逃げろ。足手まといだ。」

「うぅ〰‼」

 

小さな喰魔の少女は泣き出す。

喰魔の女性が抱き上げ、走って行く。

 

裁判者は立ち上がり、剣を地面から抜く。

そこに導師アルトリウス、老人対魔士、剣の対魔士が現れる。

導師アルトリウスは剣を抜き、

 

「随分とここに、想い入れがあるみたいだな。」

「いや。そうでもない。」

「では、何故ここで戦う。」

 

裁判者は赤く光る瞳で、導師アルトリウスを見据え、

 

「神依≪カムイ≫を作ってやったんだ。いくら願いと褒美とは言え、それはフェアじゃないからな。なら、災禍の顕主以外の喰魔を逃がすのが道理だろ。」

「なるほどな。」

 

裁判者は剣を横に振る。

そこに剣の対魔士が剣を振っていた。

それを剣で防ぎ、堪える。

その逆側に、老人対魔士の術が飛んでくる。

裁判者は剣の対魔士を弾き、術を斬り裂く。

剣を前にし、導師アルトリウスの剣を裁く。

距離を置き、剣の対魔士が裁判者を見て、

 

「おいおい、どうした。随分とこの前より弱えじゃねえか。」

「当然だ。喰魔が多すぎるこの場所で、力を使っては元も子もない。だから、手加減して遊んでやってるんだろ。」

「ほう!なら、もういいんじゃねえか。お前の目がそう言ってる。」

「なるほど。」

 

裁判者は影を広げ、老人対魔士の術を喰らう。

剣で導師アルトリウスと剣の対魔士の相手をする。

 

「さぁ、望み通り、少しだけ遊んでやる。人間。」

 

力を上げて戦う。

導師アルトリウスと老人対魔士が距離を置き、何かを始める。

剣の対魔士を裁きながら、

 

「……クローディンの術式、これは……!」

 

そして魔法陣が裁判者の足元に浮かぶ。

影が消え、裁判者は後ろに飛ぶ。

 

「封じの術式。これをこんな風に使うとな……」

 

裁判者は剣の対魔士の剣を剣で防ぎ、老人対魔士の術を避ける。

導師アルトリウスの剣も裁きながら、後退する。

 

「たくっ!妙な力を封じてもこの強さか!いいねぇ。ホント、いいねぇ!」

 

剣の対魔士がニッと笑う。

裁判者は彼らを見据える。

そして導師アルトリウスが剣を振るう。

裁判者がそれを受け流すと、裁判者は動きを止める。

 

「……そうか、なるほどな……お前はすでに……」

 

そこに聖主カノヌシが現れ、その攻撃が当たり、吹き飛ばされる。

扉を壊し、部屋の壁に叩き付けられる。

立ち上がる前に、老人対魔士の術が当たり、さらに術で拘束された。

老人対魔士は消え、導師アルトリウスは剣をしまって剣の対魔士と共に部屋に入ってくる。

 

「……お前をここまで抑えられるのだから、我が師は本当に凄かったのだ。」

「……ああ、今の私を捕らえられるのだからな。」

 

裁判者は導師アルトリウスを見据える。

そこにベルベット達が駆けて来た。

導師アルトリウスはベルベットを見て、

 

「逃げるのか。」

 

ベルベットは眉を寄せ、こちらを見る。

エレノアは目を見張り、

 

「裁判者!それに、アルトリウス様だけでなく……!」

「シグレェッ‼」

 

ロクロウが大刀を抜き、斬りかかる。

そしてベルベットも斬りかかろうとするが、

 

「ダメだよ!」

 

ライフィセットが止める。

王子もベルベットの前に立ち、

 

「そうだ。ここは彼らと交渉して逃走を……」

「殿下はお下がりを。」

 

導師アルトリウスは王子を見る。

彼は続ける。

 

「その者の目的は、私を殺すことなのです。」

「その通りよっ‼」

 

ベルベットはライフィセットを振り払い、アルトリウスに斬りかかる。

そしてアイゼンの制止を振り切って、ライフィセットがベルベットを追い、他の者達も追いかける。

ロクロウは剣の対魔士と戦い、ベルベットは側に居た対魔士を薙ぎ払う。

ベルベットはアルトリウスを睨み、

 

「……神依≪カムイ≫じゃ、あたしをとめられないわよ。」

「問題ない。切り札は別にある。」

 

そう言って、導師アルトリウスの前に光が現れる。

斬り合いをしていた剣の対魔士を見て、

 

「時間だ。下がれ、シグレ。」

「野暮言うな。興が乗ってきたとこだ。」

「巻き込まれれば、お前でもただではすまんぞ。ベルベットの相手は、カノヌシがする。」

 

剣の対魔士が後ろに飛び、導師アルトリウスの横に着地する。

ライフィセットがベルベットの前で手を広げて、光を睨む。

光が辺りを包み、収まる。

そこには一人の少年聖隷が現れる。

 

『さて、お前たちの選択を見せて貰おう。』

 

裁判者は彼らを見据える。

その聖主カノヌシを見て、ベルベットは目を見開く。

 

「なっ‼?」

 

聖主はニット笑い、

 

「久しぶりだね、お姉ちゃん。」

「ラフィ……‼」

 

ベルベットは瞳を揺らす。

エレノアも眉を寄せ、

 

「ベルベットの弟⁉」

「こう来たか。」

 

マギルゥも眉を寄せた。

聖主カノヌシは彼らを見て、

 

「そう。僕はライフィセット・クラウ。そして、鎮めの聖主カノヌシ。」

「うそ……なんでカノヌシが……」

 

ベルベットが一歩下がる。

そこにアイゼンが聖隷術を聖主カノヌシに当てる。

が、それは簡単に防がれる。

 

「やるなら覚悟を決めろ!こいつは敵だ!」

 

アイゼンがベルベットを睨む。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「……わかってる!こんなの……前と同じ幻覚よ!全部喰らってやる‼」

 

そう言って、斬りかかる。

聖主カノヌシは目を細め、

 

「お姉ちゃん、そうやって今まで無理してきたんだね。」

「だまれ!ラフィの声で、しゃべるなぁっ‼」

 

だが、他の者達も応戦を始めるが、簡単に力に押される。

ベルベットは片膝を着き、

 

「はぁ……はぁ……」

「この力……本物の聖主なのか。」

 

アイゼンが睨む。

後ろで、王子が彼らを見て、

 

「そう、この方が鎮めの聖主カノヌシ様だ。」

「でも、なぜ?力は削ったはず……」

 

エレノアは眉を寄せる。

そこに剣の対魔士が、彼らを見て、

 

「喰魔をさらったことか?残念だが、ちょいと遅かったな。しっかし、裁判者とやらから聞いてなかったのか?カノヌシ覚醒に必要なのは、喰魔が喰らった穢れの“量”じゃねぇんだよ。」

 

その言葉に、ベルベット達は眉を寄せる。

裁判者は拘束されたまま、

 

「教える道理がないのでな。」

 

導師アルトリウスも彼らを見て、

 

「八つの“質”だ。貪婪、傲慢、愛欲、逃避、利己、執着。お前たちが喰魔を引きはがす前に、すでにその内六つは得ていた。あとは――ベルベットの中にある、“残る二つ”を得ればカノヌシは完全覚醒する。

「地脈を通して吸い取るまでもないね。直接喰べちゃおう。」

 

そう言って、聖主カノヌシはベルベットに手を伸ばす。

だが、ロクロウが大刀を抜き、

 

「させるかよっ!」

 

そして振り上げる。

だが、聖主カノヌシも剣を創りだし、ロクロウの剣を簡単に弾く。

そして何度か受け流し、ロクロウの剣を折った。

聖主カノヌシは冷たい瞳で彼を見て、

 

「邪魔しないでよ。弱いクセに――」

 

そこにベルベットが聖主カノヌシに剣を突き刺した。

そしてフラフラしながら後ろに下がっていく。

聖主カノヌシはその傷を見て、

 

「……痛い。」

「全部幻だ。」

「痛いよ、お姉ちゃん。」

「うるさい、黙れっ‼」

「お姉ちゃんは僕を殺すの?」

 

ベルベットは叫びながら、剣を振り上げる。

 

「消えろッ!消えろッ!消えろ〰ッッ‼」

 

そして斬り裂き、剣を再び突き刺す。

聖主カノヌシは眉を寄せて、ベルベットを見る。

 

「……僕は、ずっと苦しかったんだ。」

 

ベルベットは剣を抜き、後ろに下がる。

そして自分の手についている聖主カノヌシの血を見て震える。

 

「体が弱いせいで迷惑ばかりかけて……やっぱりお姉ちゃんは……僕が消えた方がいいって思ってた?」

 

ベルベットは泣きながら、聖主カノヌシを抱きしめた。

 

「ああ……ああ……そんなはずない……生きてて欲しかった。側にいて欲しかった。なのに、あんなことになって……仇を討たなきゃて……あんたのために、あたしは……喰らって……殺して……」

「よかった。」

「ごめん……ごめんね、ラフィ……!痛かったよね。」

 

そしてライフィセットに振り返り、

 

「フィー!この子の傷を治してっ‼」

「でも、そいつは……」

「ライフィセットよ‼あたしの……弟だよっ‼」

 

そう言って、ベルベットは再び聖主カノヌシを見る。

聖主カノヌシは瞳を閉じ、

 

「……でもね、僕は仇討ちなんて望んでないんだ。だって、そういうエゴこそが穢れを――業魔≪ごうま≫を生む元凶なんだから。」

「え……⁉」

「だから、僕はアーサー義兄さんを手伝って鎮めるんだ。この世界の“痛み”を。お姉ちゃんみたいな“醜い穢れ”をね。」

「醜い……穢れ……」

 

ベルベットは瞳を揺らす。

導師アルトリウスはベルベットを見て、

 

「覚醒したカノヌシは、すべての業を鎮め、人を穢れを生まぬ存在に変えてくれる。」

「業を喰われたら、俺は俺じゃなくなっちまうんだが?」

 

ロクロウは導師アルトリウスを睨む。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「それをやるってことだろう。聖隷から意志を奪ったようにな。」

「だが、痛みのない穏やかな世界が訪れる。」

「人の意志を消すことが、あなたの目的だったのですか!」

 

エレノアも眉を寄せて、導師アルトリウスを見る。

彼はエレノアを見て、

 

「対魔士であるお前も、感情のままに我らを裏切った。こうするしかないのだ。」

 

エレノアは顔を伏せる。

聖主カノヌシは瞳を開き、

 

「業魔≪ごうま≫のいない優しい世界をつくる――それが僕の夢なんだ。安心して、この傷だってすぐ治るんだ。お姉ちゃんを喰べればね。」

 

そう言って、手を広げるとベルベット達の足元に魔法陣が浮かび、そこが飲み込まれ始める。

王子は魔法陣の外だったが、目を見張る。

エレノアが眉を寄せ、

 

「これは⁉」

「裁判者と同じ……いかん、喰われるぞ!」

 

マギルゥが叫ぶ。

ベルベットは聖主カノヌシに手を伸ばし、

 

「待ってよ……あたしは、ずっとあんたのためにって……なのに……こんなのって……」

「ありがとう。だからこそ、ちゃんと償わないとね。ずっと無意味に、みんなを傷つけてきたんだから。」

「そんな……ラフィ……」

「ベルベット‼」

 

ライフィセットが皆を守るように力を使った。

それは結界のようなものだ。

そして彼らは飲み込まれた。

導師アルトリウスは目を細め、

 

「……邪魔が入ったな。」

「けど、地脈には取り込んだ。追いかけるよ。」

 

そう言って、彼も消えた。

剣の対魔士は導師アルトリウスを見て、

 

「ただ硬ぇだけじゃダメなんだよなぁ。それじゃ、弾みでポッキリ折れる。」

「……私に言っているのなら、試してみるか?」

 

導師アルトリウスは横目で彼を見る。

彼は笑いながら、

 

「いいや、待ってやるよ。お前とカノヌシの神依≪カムイ≫が完成するまでな。」

「導師アルトリウス、あなたという人は……」

 

王子が眉を寄せて、導師アルトリウスを見る。

導師アルトリウスは皇子を見て、

 

「すべては計画通りです。王都へ戻りましょう、殿下。」

 

そして拘束された裁判者を見て、

 

「お前も来てもらうぞ、裁判者。」

 

裁判者は瞳を閉じ、

 

「いや、選択は見せて貰った。しかし、まだ見ていない者がいる。それに災禍の顕主の“憎悪”と“絶望”を、聖主カノヌシが喰えるかどうかは決まってはいない。そして、お前達に付き合うのはここまでだ。」

 

そう言って、瞳を開く。

真っ赤に光る瞳で、力を籠め、拘束の術式を壊す。

立ち上がり、導師アルトリウスを見て、

 

「王子はお前に預けておこう。だが、クローディンの術式を使うのは良かった。だが、“二人のライフィセット”を前に使っては何の意味もない。何せ、今のお前達で捕らえられるのは、今の私だけだ。カノヌシの覚醒が成功したとき、誰もお前に歯向かう者がいなければ、その時の敵は災禍の顕主でも、国民でも、聖隷でも、業魔≪ごうま≫でもなく、聖主でもなく、私たちだろうな。導師アルトリウス、それを忘れるなよ。」

「お前自身がこの情報を渡しておいてか。」

「そうだ。これとそれとは別の話。あそこは私たちの生まれた場所にして、私たちはあそこの番人だからな。」

 

裁判者は赤く光る瞳で、彼らを見て影の中に入って行く。

 

裁判者地脈を辿り、

 

「聖主カノヌシは本格的に動き出した。大地を器として。さて、ここまで来たのだから、少しだけ手助けしてやるか。」

 

裁判者はいくつかの球体を飛ばす。

 

「……いくつか邪魔が入ったか……だが、真実を見極めろ、心ある者達。」

 

そして裁判者は悲鳴を聞いた。

そこに降り立つ。

そこは空中に浮かぶ遺跡。

 

「あ奴らは、儂らとは違う……悩み、苦しみ、それでも己が鼓動を抱きしめて……この醜い世界を懸命に“生きて”おるんじゃ!」

 

マギルゥの声が聞こえた。

裁判者はその声の元に行く。

 

「……マギラニカ……」

 

裁判者がは柱の上に立ち、下を見る。

そこには老人対魔士の攻撃に耐えるマギルゥの姿。

裁判者は短剣を投げ、老人対魔士に向かって投げる。

彼が一歩下がり、裁判者を見る。

マギルゥが地面に膝を着き、

 

「……裁判……者……」

 

裁判者を弱弱しく見上げる。

老人対魔士は裁判者を見て、

 

「どうやってあの術を解いた。」

「お前達は解っていなかったと言うことだ。これは貰っていくぞ。」

 

裁判者はマギルゥの横に降り、彼女を抱き上げる。

老人対魔士は髭を摩り、

 

「それにまだ未練があるか、裁判者。」

「さあな。だが、これは自称、私の“友”らしいからな。もう少しだけは実験台に使わせてもらう。」

 

横目で彼を睨む。

マギルゥは裁判者を見上げた。

裁判者は下に居るノルミン聖隷ビエンフーを見て、

 

「よくこれを守ったな。それに、あいつらはどうやら打ち勝ったようだ。」

 

そして地脈点の穴を見る。

そこから炎が吹き荒れ、老人対魔士を飲込む。

裁判者と抱き上げたマギルゥの前にベルベット達が現れる。

 

「……ひょっとして、いいところに来た?」

 

ベルベットが横目でお姫様抱っこされてるマギルゥを見る。

マギルゥは弱弱しく笑い、

 

「遅いわ!おかげでいらんことを口走ってしもうた。」

「アンタも、やっぱり無事だったのね。」

 

ベルベットは横目で見たまま、裁判者を見る。

裁判者も横目で彼らを見て、

 

「お前も、真実を知れたようだな、ちゃんと。」

「ええ。おかげさまで。」

 

ベルベットは小さく笑う。

老人対魔士はベルベット達を見て、

 

「カノヌシとは出会ったな。ならば、お前の復讐には意味がないとわかったはずだ。」

「ええ、よくわかったわ……世界の悲しみ理由も、人が背負った業の深さも。アーサー義兄さん――そしてラフィは、すべてを捨てて、その悲劇を終わらせようとした。それが……あの人たちの願いなのね。」

 

ベルベットは俯く。

老人対魔士は髭を摩り、

 

「そうだ。よくわきまえた。」

「でも、だから許せない。あの二人……アルトリウスとカノヌシが。矛盾した醜いエゴだってわかってる。けど、あのあったかい日々は、あたしが――あたしたち家族が生きた証だったのよ。だから、どんなに苦しくても悲しくても、あたしは、この“復讐”をやりとげる。」

 

そう言って、顔を上げる。

ライフィセットは嬉しそうに見上げ、

 

「ベルベット‼」

 

裁判者は彼らを見据え、

 

「……心ある者達が心を失えば、それはただの人形。文明は滅び、世界は破滅をもたらす。では、何故お前達は感情を持つのだろうな。」

 

裁判者は小声で言う。

マギルゥも彼らを見て、

 

「それが、“生きる”ということだからじゃよ。おそらくな。」

 

マギルゥも小さく呟いた。

老人対魔士は眉を寄せて、

 

「ふざけるな!潔くあきらめて死ね!絶望こそが、お前の宿命なのだ!」

「家族を奪って、体を化物にして、今度は“心”をよこせって……?そっちこそふざけるなッ!」

 

ベルベットは左手を構える。

 

「覚えておきなさい。災禍の顕主は、死んでもあきらめないのよ。」

「己が業を恥もせず、よくも……!」

 

老人対魔士はさらに眉を寄せる。

マギルゥはその姿を見て、

 

「くくく、あ~はっはっはっは‼」

 

そして裁判者から降り、

 

「儂も混ぜい!賭けに負けた八つ当たりじゃ♪」

「いけるの?そんなザマで。」

「だれに向かって言っておる!自分で言うのも楽しいが、地獄の沙汰もノリ次第!正義の対魔士を蹴散らす悪行無道の魔法使い。マギルゥ・メーヴィンとは、儂のことじゃ!」

 

そう言って、構える。

ベルベット達も老人対魔士に構える。

 

「痴れ者どもが‼」

 

と、老人対魔士も構える。

マギルゥは術を展開しながら、

 

「皆の者!心配かけてすまんの~♪」

「別にしてない。」

「心配されるようなタマか。」

「だよな。」

「これも、ある意味の信頼ですよ。」

「うん。」

 

と、マギルゥを置いて、攻撃を仕掛けながら、各々言う。

マギルゥは術を力強く発動し、

 

「この恩知らずども~!のう、裁判者!」

「知らん。」

「むむ~!別の意味でチクチクじゃわっ!」

 

裁判者はそっぽ向く。

マギルゥは腕を上げて怒る。

そうこうしてる間に、ベルベットが老人対魔士達を薙ぎ払ってしまった。

 

「あ!……儂の八つ当たりが~……」

 

肩を落とすマギルゥ。

老人対魔士は膝を着き、

 

「ぐうう……」

「アルトリウスとカノヌシに伝えなさい。あんたたちは、あたしの大事なものを奪った。絶対に許さないって。」

 

ベルベットは老人対魔士を睨む。

彼は膝を着いたまま、

 

「……歴史には度々お前のような悪が出現する。欲望のままに世を乱し、混乱と災厄を撒き散らして省みない穢れの塊。始末に負えぬ人の業を体現した“魔王”がな。」

「災禍の顕主ね。」

「対魔士が討つべき世界の敵だ。」

 

老人対魔士は立ち上がった。

アイゼンは彼を睨み、

 

「よく喋るな。ついでにアイフリードの居場所も吐いてもらおうか。」

「後悔するぞ。」

 

二人は睨み合う。

裁判者は目を細める。

そしてライフィセットもそれに気付き、

 

「カノヌシの気配だ!迫ってくるよ!」

「今戦うのは不利です!」

 

エレノアも眉を寄せる。

マギルゥがビエンフーを見て、

 

「ビエンフー、裂け目を閉ざせぃ!」

「無理でフよ~⁉」

 

彼は悲鳴を上がる。

裁判者はマギルゥを見て、

 

「閉じるのはまだ早い。」

「は?」

 

マギルゥが眉を寄せる。

老人対魔士が空間を操り、

 

「出でよ!」

 

一体の業魔≪ごうま≫を呼び出す。

アイゼンがハッとしたのもつかの間、そこに銃が撃たれてる。

老人対魔士と業魔≪ごうま≫は裂け目の中に吸い込まれる。

 

「ぐあああっ!」

 

それを見た裁判者は指をパチンと鳴らし、裂け目を閉じる。

ベルベット達が振り返ると、

 

「油断大敵だぜ。」

 

銃≪ジークフリード≫を構えた風の聖隷。

ライフィセットが驚きながら、

 

「ザビーダ!」

「……邪魔してくれたな。」

 

アイゼンが風の聖隷を睨む。

風の聖隷は眉を寄せ、

 

「あ?『助けてくださってありがとうございます』だろうが。」

 

アイゼンは彼に近付く。

ライフィセットが風の聖隷を見上げて、

 

「助けてくれて、ありがとう。」

「ここは、どこなのですか?」

 

エレノアが風の聖隷を見る。

彼は腰に手を当てて、

 

「カースランドって島にある聖寮の施設だ。メルキオルが管理してると聞いて忍び込んだんだが、まーさか術で隔離された空間とはな。」

「外に出る方法は?」

「出口はあるぜ。俺がこじ開けたやつがな。」

「一旦外に出ましょう。話はそれからよ。」

 

そう言って、彼らは歩き出す。

そしてライフィセットは振り返る。

 

「あ……」

 

そこには一人の少年聖隷がいる。

アイゼンが腕を組み、

 

「あいつは……?」

「知り合い。一号っていうんだ。」

 

ライフィセットが答える。

そこに風の聖隷が近付き、膝を着く。

 

「よう、一緒に行くか?独りでこんな場所にいたらドラゴンが出るかもな?襲われたら嫌だろ。」

「……うん。怖い。」

「よっし!なら、ついてこい!」

 

彼は立ち上がる。

アイゼンが彼を見て、

 

「なにを考えてる。」

「放っておけねーんだよ。器ぐらい俺がなんとかするさ。」

「……勝手にしろ。」

 

そう言って、歩き出す。

 

 

歩きながら、マギルゥはルンルンでベルベットに近付き、

 

「ベルベットや、調子はどうじゃ?」

「問題ないわ。……あんたにも世話になったみたいね。」

「なんの。柄にもない礼なぞ、どーでもいいから、ちょっと『あーん』してみぃ。」

「は?」

「そう、歯じゃよ!儂はお主の牙が折れる方に100ガルド賭けたじゃろ?ゆえに、お主の牙が折れたかどうか確認せねばならん。坊よ、出番じゃぞ。」

 

と、マギルゥは指を立てて、ライフィセットを見る。

ライフィセットは頷き、

 

「うん。糸切り歯を確認すればいいんだよね?」

「そう、人間の牙といえば、犬歯こと糸切り歯じゃ。しっかりばっちり見極めるのじゃぞ。」

 

ニヤニヤ笑うマギルゥに、ベルベットが呆れたように、

 

「そういう具体的なことじゃないでしょ?しかも、なんでフィーにやらせるわけ⁉」

「なんじゃ、乙女の純情かえ?確かに、口の中を見せるのは、ある意味ハダカより恥ずかしいという説があるが。」

 

マギルゥはベルベットを見据える。

ライフィセットは驚き、

 

「ええっ、そうなの⁉」

「そんなこと言われたら変に意識するでしょ!」

 

ベルベットはマギルゥに怒鳴る。

マギルゥはニヤリと笑い、目を光らせ、

 

「ホレホレ、見せるのか?見せぬのか?判定できなければ、結果は確定できぬぞよ~♪」

「……わかった。牙が残ってる証拠は、あたしの左手でみせてあげる。」

「うむ!それは、ビエンフーに確かめてもらうかのー。」

 

そう言って、マギルゥはビエンフーを掴み、ベルベットに投げた。

ビエンフーは泣きながら、

 

「こ、ここでボクでフか~⁉フ条理極まりないでフ〰‼」

 

そして喰魔手でない左手で彼を掴む。

 

「ビエ〰!ニギニギされるでフ~!すっごくバキバキでフよ〰‼」

 

それを見たエレノアは小さく笑い、

 

「ベルベット、もう大丈夫みたいですね。」

「ああ、目が生き返った。だが……口の中を見せるのは、そんなに恥ずかしいのか?」

「な……⁉デリカシーの無いこと聞かないでください!」

 

と、ロクロウに怒りだしていた。

マギルゥが眉を寄せ、

 

「この際、裁判者でも構わぬ!さぁ、ベルベットの口の中を――」

「断る。賭けはお前の負けだ。」

「なんじゃと⁉お主、見たのかえ!」

「見なくても解る。」

「ホントかえ?」

 

ジッと裁判者を見るマギルゥ。

裁判者は無言で歩いて行く。

マギルゥは手を上げて、

 

「こりゃー、裁判者!どっちなのじゃ!」

 

と、追いかけて来た。

それを見て、ロクロウが思い出したかのように、

 

「そういや、マギルゥ。俺たちが地脈をさまよってた時、お前は、なにをやってたんだ?裁判者にお姫様抱っこまでされて。」

「鐘を鳴らしておったのじゃよ。聞きっぱなしの地脈の裂け目から聞こえなかったかえ?」

 

マギルゥが嬉しそうに言う。

エレノアが顎に指を当てて、

 

「鐘なんて、どこにもなかったと思いますが?」

「姐さんはメルキオル様と戦ってたんでフよ~!姐さんは……とってもがんばったでフ〰‼」

 

と、ベルベットの手から解放されたビエンフーが泣きながら言う。

マギルゥは呆れ顔で、

 

「こりゃ、ビエンフー!そんな言い方をすると、こやつらが勘違いするではないか!」

「だって、ずっと耐えてたじゃないでフか!ボクは……ボクはカンゲキしたでフ……」

「ああ、耐えた耐えた♪笑うのを必死での~。」

 

と、マギルゥは笑う。

ロクロウがマギルゥを見て、

 

「あのジジイから笑い話でも聞かされたのか?」

「にらめっこをしておったのじゃ。昔から、あのジジイはジジイの顔でのー。若い身空から、ああまで老け顔じゃったかと思うと、笑いがこみ上げてたまらん。儂もまだまだ修行が足らんでの。百と八つの笑いの発作を、鐘の音で砕いておったのじゃ。バリーン、グシャーンと、景気よくの~!」

 

と、クルクル回る。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「もしかして砕けたのってマギルゥの……」

「儂がジジイへの恋に破れて乙女心が砕けた……などとあさっての同情をするのでないぞえ?」

「そんな妄想してないよ⁉」

 

ライフィセットは目を見張る。

エレノアは手を握りしめ、

 

「……あなたが、地脈の裂け目を守ってくれたのですね。」

「違うと言うておろうに!勝手に儂が『がんばったで賞』を授けるでない!」

「受け取っておきなさい。どうせどーでもいいでしょ?でないと、裁判者になるわよ。」

「いらん。」

 

裁判者は即答だった。

が、立ち止まる。

マギルゥがそこにぶつかり、

 

「なんじゃ、いきなり!」

 

裁判者はクルッと回ると、

 

「頑張ったな。」

 

と、そう言って再び歩き出す。

マギルゥは目をパチクリし、ベルベットがマギルゥを見て、

 

「みたいよ。」

 

ベルベットがマギルゥを見て笑う。

マギルゥは笑みを浮かべ、

 

「……ま、そうじゃの♪そういう事にしとくわい。」

 

そう言ってベルベット達も歩き出す。

しばらく歩き、裁判者は再び止まる。

ライフィセットが裁判者の前を見て、

 

「ドラゴン!」

「……捕まってるみたいね。喰魔と同じように。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

そこには中に囚われているドラゴンの姿。

エレノアも眉を寄せ、

 

「なんのためにそんな……?」

「ふうむ、地脈に繋がる術が動いているようじゃ。儂らがここに飛び出したのも、そのせいじゃろうて。」

 

マギルゥがドラゴンを見据える。

ライフィセットがマギルゥを見て、

 

「地脈……つまりカノヌシと関係してる?」

「そう考えるのが自然じゃな。」

 

マギルゥが頷いた。

風の聖隷が腕を組み、

 

「話が見えねぇよ。説明しろ。」

「いいわ。あんたも無関係じゃない。」

 

ベルベットが風の聖隷を見る。

そしてライフィセットと少し話して、風の聖隷に説明した。

 

「……なるほど、カノヌシの正体はわかった。で、あんたは、それでも戦うのかい?」

「だからこそ、導師と聖主を殺す。」

「……怖えぇ女だな。」

 

ザビーダは笑みを浮かべる。

ロクロウは腕を組み、

 

「ひとつ疑問があるんだが。カノヌシは穢れを喰らって目覚め、その力で人の業を鎮めるんだよな。で、人が穢れを生まなくなったら、カノヌシはどうなるんだ?」

「食べる物がなくなって……死ぬ?」

 

ライフィセットは首を傾げる。

エレノアも顎に指を当てて、

 

「いえ、再び眠りにつくのでは?」

「だがそれじゃ、カノヌシの力が消えて、人間は、また穢れを生むだろう?」

 

ロクロウが腕を組んだまま言う。

ベルベットが裁判者を見る。

 

「どうなの、裁判者。」

「何故、私に聞く。」

「アンタは前に言ったわ。真実とやらの事を。」

「……だが、全てを全て聞くのは道理ではない。故に、まずは考えてみろ。」

 

裁判者は横目で彼らを見る。

ライフィセットは考え込み、

 

「カノヌシに、ずっと業を鎮めさせるには……」

「穢れを喰わせ続ければいい。例えば、不死身のドラゴンが発する強力な穢れを。」

 

ベルベットはハッとする。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「ここは、人間を制御し続けるための“ドラゴン牧場”というわけか。」

「まさか⁉」

 

エレノアが目を見張る。

マギルゥは真剣な表情で、

 

「あくまで仮設じゃが、辻褄は合うのう。」

「とことん聖隷を道具にしやがって。」

 

風の聖隷も怒りだす。

エレノアは眉を寄せ、

 

「平穏な世界のために、一体どれだけの犠牲が……」

「解放するわけにはいかないわよ。危険すぎる。」

 

ベルベットは風の聖隷を見る。

彼をベルベットを見て、

 

「……わかってる。やってくれるぜ、対魔士ども。」

 

そしてドラゴンの前を歩いて通り抜ける。

エレノアは歩きながら俯き、

 

「私の信じていた聖寮はなんだったのか……。足元から崩れていくようなことばかり……。」

「エレノア様、元気だしてくださいでフ……。ボクも元気なくなるでフ~……」

 

ビエンフーもエレノアの横で落ち込んでいた。

ライフィセットは眉を寄せ、

 

「ドラゴン牧場のこと?」

「はい……聖寮といえど、ドラゴンを思いのままに操って導くことは不可能なはずです。つまりあのドラゴンは――」

「ここに来るまでは、ドラゴンじゃなかった⁉」

 

ライフィセットが目を見張る。

アイゼンが腕を組み、

 

「そう考えるのが自然だな。おそらく聖隷を拘束し、その後ドラゴンに変えたんだろう。」

「……前にメルキオルの野郎がやったようにか。どこまでも聖隷を踏みにじりやがって!」

 

風の聖隷が拳を握りしめる。

エレノアは眉を寄せ、

 

「言葉もありません……」

「エレノア様のせいじゃないでフよー……」

 

ビエンフーはさらに落ち込むエレノアに声を掛ける。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「しかし、喰魔だけでなくドラゴンまで生み出すとは……そのうち人間を生む方法を発見するかもしれんのー。どこかの誰かさんみたいだのー。」

「……はい。」

 

エレノアはそのまま頷く。

裁判者は横目でエレノアを見る。

エレノアは焦り出し、

 

「あ!いえ!その!マギルゥ!それはわかってるでしょ⁉」

「さあの~。」

 

と、マギルゥはどんどん歩いて行った。

そして風の聖隷が開けたと言う穴に入ると、島に出た。

ライフィセットは笑顔で、

 

「出られた!」

「俺の乗ってきた船がある。島の南東の浜だ!」

 

そう言って、風の聖隷は駆け出す。

一向も駆け出す。

だが、裁判者の瞳に、時空の裂け目が生まれ、そこから穢れの球が打ち出されたのを見た。

 

「注意しろ、でないと穢れるぞ。」

「何⁉」

 

だが、その穢れの球は小さな聖隷に当たる。

そして吹き飛ばされ、倒れ込む。

彼らは立ち止まる。

 

「ああっ⁉」

 

ライフィセットは彼を見る。

ベルベット達は構え、

 

「なんだ⁉」

「ふふふ、昔よく鬼ごっこしたよね。」

 

そこに子供の声が響く。

その声の方を見ると、聖主カノヌシがいた。

 

「逃がさないよ、お姉ちゃん。」

「カノヌシ!」

 

ライフィセットは眉を寄せる。

穢れ球が当たった小さなは穢れに包まれる。

 

「ああ……や……っ!怖い……よぉ……!」

「やめて!この子がドラゴンに!」

 

エレノアが眉を寄せる。

聖主カノヌシは目を細め、

 

「そうするつもりでテレサから取り上げたんだ。“それ”も、鎮静に必要な犠牲なんだよ。」

 

そして穢れの球に当たった小さな聖隷は頭を抱えて、ドラゴンとなった。

咆哮を上げる。

アイゼンは聖主カノヌシを睨み、

 

「カノヌシ、てめぇ!」

「前門のカノヌシ、後門のドラゴン……死神や邪神より質が悪いのう。」

 

マギルゥが目を細める。

聖主カノヌシは小さく笑い、

 

「“絶望”するには丁度いいでしょ。」

「勝手に決めるな。」

 

ライフィセットは聖主カノヌシを睨む。

ベルベットも眉を寄せ、

 

「あんたのお姉ちゃんは、この程度じゃ折れないのよ。」

「……抵抗すると苦しむことになるよ。」

 

聖主カノヌシは眉を寄せる。

風の聖隷が一歩前に出て、

 

「ベルベット。こいつの仕置きは、俺にやらせろ。」

「無理だよ。ただの聖隷には。」

「“ただ”のじゃねぇ。」

 

そう言って、銃口を自分の頭に当て、撃つ。

 

「下衆野郎にブチ切れた!」

 

そう言って、もう一回頭に銃口を向けて討つ。

 

「限界突破の‼」

 

さらにもう一発頭に撃ち込んだ。

そして聖主カノヌシを睨み、

 

「ザビーダ様だッ‼!」

 

彼は竜巻を起こし、聖主カノヌシを吹き飛ばす。

そして自分も駆けて行く。

 

「ザビーダ‼」

 

アイゼンが駆けて行く彼を見る。

裁判者はそれを見て、

 

「無茶をするな……さて、こっちも動き出したな。」

 

ドラゴンが咆哮を上げ、ベルベット達に近付く。

ロクロウが剣を構えて斬りかかる。

 

「ええい、大騒ぎすぎる!」

「問題ない!各個撃破よ!」

 

ベルベットも攻撃を仕掛ける。

エレノアも駆け出し、

 

「私の器が、もっと大きければ……」

「後悔はあとだ!集中しないと死ぬぞ!」

 

アイゼンがエレノアを追い越して言う。

ロクロウも攻撃をしながら、

 

「応!ひと思いに殺してやるのが情けだ!」

「できれば、な。」

 

裁判者は攻撃を仕掛けている彼らを見る。

ドラゴンは攻撃を受けても、穢れを吸い込み、回復する。

マギルゥが腕を上げて、

 

「はりきって回復しとるぞ~!」

「一気に押し切らないと勝てんな。」

 

ライフィセットが気配に気付いて、振り返る。

そこにボロボロになった風の聖隷と、聖主カノヌシの姿。

聖主カノヌシはベルベット達を見て、

 

「だから苦しむと言ったのに。」

「ザビーダ……」

 

アイゼンが眉を寄せる。

ライフィセットは考え込み、

 

「僕が、カノヌシを防ぐ。みんなはドラゴンを追い詰めて。」

「一人なんて無茶です!せめて私も一緒に――」

「これは命令じゃないよ。僕の策戦。」

 

そう言って、聖主カノヌシの元に歩いて行く。

裁判者は彼の方に近付き、二人のライフィセットの戦いを見る。

聖主カノヌシはライフィセットを見下ろし、

 

「ずいぶん格好つけるね。僕の一部のクセに。」

「僕は、聖隷ライフィセット。」

 

ライフィセットは光の球体を創りだす。

 

「僕は僕だよ!」

 

その球体を聖主カノヌシに撃ち込む。

彼はそれを簡単に破壊し、

 

「……手加減はなしだ。さっきはそれで手こずっちゃったからね!」

 

二人の攻防戦が繰り広げられる。

裁判者は横目でドラゴンと戦っている彼らを見る。

ドラゴンが倒れ込む姿だ。

だが、再び穢れを吸い、回復を始める。

そして再び立ち上がる。

裁判者は視線を二人のライフィセットに戻す。

彼らの戦いは聖主カノヌシの方が有利だ。

ライフィセットは聖主カノヌシの攻撃に吹っ飛ばされる。

それでも、彼は立ち上がる。

言い争いをしながら、攻撃を防御する。

彼は剣を突き出す聖主カノヌシの前に羅針盤を突き出す。

彼は目を見張り、羅針盤に突き刺さり壊れる。

そしてライフィセットは左手で、彼を殴った。

聖主カノヌシは吹き飛ばされる。

ライフィセットは聖主カノヌシを見て、

 

「ベルベットはベルベットだ!」

「僕の欠片のくせに!」

 

聖主カノヌシは拳を握りしめ、攻撃を放つ。

ライフィセットはベルベット達を見て、

 

「みんな避けて!」

 

その攻撃はドラゴンに当たる。

ドラゴンは咆哮を上げ、炎を聖主カノヌシにぶつけた。

ドラゴンは倒れ伏す。

 

エレノアはライフィセットを見て、

 

「相討ちを狙ったのね。」

「先に言えぃ!全討ちになるとこじゃったわー!」

 

マギルゥがライフィセットを指差して怒る。

聖主カノヌシはライフィセットを見て、

 

「よくも……やった……な……。代わりに、お前をドラゴンにしてやる!」

 

穢れの球がライフィセットを直撃する。

 

「ぐうう……‼」

「ライフィセット‼」

 

ベルベットが叫ぶ。

裁判者はジッと彼を見て、

 

「さぁ、自分を手に入れた聖隷よ。自身の力を解放しろ。」

 

マギルゥが裁判者を見据える。

そしてライフィセットは手を広げて、

 

「うあああ――っっ‼」

 

彼を銀色の炎が包む。

聖主カノヌシは眉を寄せ、一歩下がりながら、

 

「なんだこれ⁉ひ……あぁあぁぁっ‼」

「穢れを焼いた⁉」

 

ベルベットが目を見開く。

アイゼンが倒れ込むライフィセットを担ぎ、

 

「退くぞ!急げ!」

 

アイゼンが駆け出す。

そしてロクロウが風の聖隷を担ぎ、走り出す。

他の者達も走り出す。

裁判者は倒れ込むドラゴンと聖主カノヌシを見て、

 

「さて、これで揃った。」

 

裁判者は空を見上げ、

 

「お前も、自分を見失うよ、アイフリード。」

 

彼を追って、走り出す。

 

 

近くの港に尽き、裁判者は彼らの船に降り立つ。

 

「裁判者!」

「いやはや、乗って来ん時は迷ったが、出て正解じゃの。しかし、坊の穢れを焼く炎……とんでもない力を持っておるのう。」

 

マギルゥが裁判者を見据える。

裁判者は黙り込む。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「この子がカノヌシの一部だから?」

「じゃろうな。最高の切り札じゃが、同時に……」

 

マギルゥは冷たい笑みを浮かべる。

そして裁判者はライフィセットの元に行く。

彼に手を当て、

 

「これは答えを出したお前への褒美だ。」

 

彼を回復させる。

そして隣で倒れている風の聖隷を見て、

 

「ついでだ。あそこまでやりとげた、な。」

 

彼にも回復をかける。

そして再びベルベット達のとこに行くと、

 

「カノヌシを封じてアルトリウスを討つ。カノヌシが覚醒したということは、封印する方法もあるはずよ。」

「やはり手がかりはグリモワールの古文書ですね。ベンウィックたちと合流しましょう。そうですね、裁判者。」

 

ベルベットがそう言って、エレノアもそれに付け足し、裁判者を見る。

裁判者は彼らを見て、

 

「バンエルティア号に戻れたら、考えておこう。」

 

裁判者は彼らから離れていく。

ベルベットの横を通るとき、小声で、

 

「穢れが漏れ出しているぞ。だが、決めたお前に褒美を一つやる。」

「褒美……?」

「お前の中に居る姉と聖隷に向き合える時間だ。」

「……!アンタ!」

 

ベルベットが裁判者を睨む。

裁判者はすでに歩き出していた。

 

翌日、裁判者は出航する彼らの船の上に降りる。

 

「おお、お主も来たか。」

「ああ。見極めにな。」

 

裁判者はアイゼンを見据える。

アイゼンは裁判者を睨む。

 

それからしばらく裁判者は船の手すりに乗り、風に当たっていた。

 

「出遅れたな。」

 

島の前にはバンエルティア号が見える。

そして彼らはリオネル島に着くなり、駆け出した。

船員達が皆、倒れている。

小さな喰魔の少女がエレノアに駆けてきて、

 

「エレノア!」

「なにがあったのですか⁉」

「いきなりツノの業魔≪ごうま≫が襲ってきたの……」

 

と、泣き出した。

ロクロウが彼らを見て、

 

「かろうじて息はある。」

「ザビーダが駆けつけてくれたのよ。じゃなかったら全員殺されていたわ……」

 

グリモワールが歩いて来る。

アイゼンが眉を寄せ、

 

「……俺が迷ったせいだ。」

「なら、お前は答えを見つけろ。」

 

裁判者が彼を横目で見た。

そして裁判者は地面に手を着き、

 

「これはアイフリードの意志≪想い≫だ。」

 

裁判者を中心に魔法陣が浮かび、負傷している彼らを治療する。

彼らの傷は治る。

ベルベットはグリモワールを見て、

 

「あいつらは?」

「ザビーダが引きつけて、島の奥へ向かったわ。」

「行くぞ!」

 

アイゼン達は駆け出す。

小さな喰魔の少女は走り出す裁判者を見て、

 

「ねぇ、チャイバンシャ!」

「なんだ。」

 

裁判者は立ち止まる。

小さな喰魔の少女は大声で、

 

「マギラニカって誰?モアナを助けてくれた時に、叫んでいたでしょ。」

 

マギルゥが立ち止まり、耳を傾ける。

裁判者は小さな喰魔の少女を見て、

 

「……化け物に対して、初めて“友”といった人間の子供の名だ。」

「それって前に話してたお話の?なんでチャイバンシャがその名を呼ぶの?」

「……情を持ってしまったからかもしれないな。」

 

そう言って、走り出す。

マギルゥも小さく笑い、走り出す。

 

奥の岬に駆け付けると、風の聖隷はボロボロだった。

彼は角の業魔≪ごうま≫と戦っていた。

 

「ザビーダ!」

 

ロクロウが手を出そうとするが、

 

「やめろ!この拳は間違いねえ……こいつはアイフリードだ。」

「なぜやり返さない?」

 

アイゼンが風の聖隷を見る。

彼は拳を握り、

 

「こいつには……俺を“俺”に戻してもらった借りがあるからよ。今度は、俺が元に戻してやる番さ。」

「……業魔≪ごうま≫は、もう人間には戻らん。」

 

アイゼンは眉を寄せる。

ベルベットはライフィセットを横目で一度見た。

風の聖隷は銃≪ジークフリード≫を取り出し、

 

「だからって流儀を変えられるかよ……なぁ、アイフリード!」

 

それを頭に当てようとして、角の業魔≪ごうま≫に吹き飛ばされる。

銃≪ジークフリード≫が宙を飛ぶ。

彼は地面に叩き付けられる。

 

「ザビーダ!」

 

ライフィセットが眉を寄せる。

角の業魔≪ごうま≫は咆哮を上げながら、ライフィセットに炎に燃えた拳が襲い掛かる。

その拳がライフィセットに当たる瞬間、アイゼンが左手で受け止める。

 

「……子供まで狙うのか。ベンウィックたちは、共に命を張った仲間だ。ザビーダはバカだが、仁義を通した。」

 

その拳を受け止めたまま、引き戻していく。

 

「奴らの流儀を踏みにじる野郎は……てめぇでも許さねぇっ‼」

 

そして殴り飛ばす。

吹き飛んだ業魔≪ごうま≫の近くには、銃≪ジークフリード≫が落ちていた。

それを拾い自分に撃ち込んだ。

 

「意志を奪われても、お前は本能で……お前なのだな。」

 

彼の力が膨れ上がり、アイゼンと睨み合う。

アイゼンは業魔≪ごうま≫を睨み、

 

「お前には、でかい借りがある。それを今返すぜ、アイフリードッ‼」

 

アイゼンは業魔≪ごうま≫に殴りかかる。

彼らは互いに殴り合う。

そして業魔≪ごうま≫に、アイゼンが一撃を与えた。

彼は後ろに下がり、唸りを上げる。

 

「ここまでね。」

 

ベルベットが叫ぶが、業魔≪ごうま≫は駆け出し、アイゼン、ベルベット、ロクロウを交わし、ライフィセットの首を締め上げる。

そしてライフィセットを掴み上げ、ベルベット達に振り返る。

 

「フィー!」

「今度は人質か。」

 

ベルベットとアイゼンが業魔≪ごうま≫を睨む。

ライフィセットは業魔≪ごうま≫の腕に触り、

 

「ごめん……でも、かまわないで!僕だって……覚悟を決めてるよ……!」

「……わかった。お前はもう一人前の“男”だ。」

 

アイゼンがコインを投げ、握り込む。

そして業魔≪ごうま≫に近付き、

 

「……家族……仲間……かつて俺が掴もうとしたものは、みんな掌からこぼれ落ちちまった。だが、あるバカは『どうせ掴めないなら拳を握って勝ち取れ』と笑って言いやがった。……この拳で取り戻すぜ。お前の言った通りにな‼」

 

そしてアイゼンは拳を振るう。

ライフィセットがそれに合わせて、頭突きをして業魔≪ごうま≫から離れ、そこにアイゼンの拳が業魔≪ごうま≫の腹に直撃する。

それは業魔≪ごうま≫の腹を貫く。

裁判者は業魔≪ごうま≫に向かって歩き出す。

そして業魔≪ごうま≫がニット笑い、

 

「ああ……お前の拳だ……な……悪ぃ……面倒をかけちまった……」

「……いいさ。親友≪ダチ≫だからな。」

 

そして彼は崩れ落ちる。

アイゼンがそれを支える。

ライフィセットが駆け寄り、

 

「アイフリード‼」

 

だが、彼はすでに助からない。

裁判者はライフィセットの頭に手を置き、

 

「少しだけ、手伝ってやろう。」

 

ライフィセットの力が溢れ、銀色の炎が彼を包み、人の姿へと変わる。

マギルゥが眉を寄せ、

 

「業魔≪ごうま≫が人に戻った⁉裁判者!」

 

裁判者は横目で彼らを見るだけだった。

ライフィセットは海賊アイフリードに治癒術をかけるが、

 

「もういいぜ。無駄だ。」

「ごめん……僕が今の力を……ちゃんと使えれば……」

 

そして泣きながら、治癒術をかける。

アイゼンがライフィセットを見て、

 

「泣くな。覚悟……決めたんだろ?」

「でも……アイゼンはずっとアイフリードを捜してたんだ。」

 

海賊アイフリードは小さく笑い、

 

「ふっ……苦労性だなぁ、相変わらず。坊主、いいこと教えてやるよ……お前の力はカノヌシの一部なんだとさ。だから……もしヤツの領域を封じ込めれば、面白ぇケンカができるかもな。」

「領域を封じる?」

「地脈に眠る地水火風の四聖主……そいつらを叩き起こせば……。急げよ……今、アルトリウスとカノヌシは鎮めの儀式とやらで動けねぇ……出し抜くなら今……だぜ。」

「わかったよ、アイフリード。」

 

ライフィセットは涙を拭って、頷く。

海賊アイフリードは笑い、

 

「へっ……一緒に行けねぇのが残念だ……面白くなりそうなのに……よ……」

「詫びは言わんぞ。」

「当たり前だ……お前のおかげで退屈しなかった……」

 

海賊アイフリードは裁判者を見上げ、

 

「お前は裁判者……だろ。」

「ああ。」

 

裁判者は彼を見下ろす。

彼はニット笑い、

 

「お前の言う通りだったな……だが、そのおかげで俺はいい縁に導かれた。おかげで面白ぇ仲間に会えた。しかし、お前さん意外と普通の顔だったな……殴り合ってた時にはお前の仮面にすら届かなったが……最後に見れてよかったぜ。」

「……お前はやはり変わっているな、アイフリード。」

「ちがいねぇ!後は頼むぜ、あいつらを。」

「願いは叶えるさ。それが私の仕事だ。」

「アイゼン、おめぇもな。また……どっかで会ったら遊ぼうぜ……アイゼン……」

 

そして彼の胸に当てていた左拳が落ちる。

アイゼンは彼を見て、

 

「ああ。またな、アイフリード。」

 

そして瞳を閉じる。

彼の後ろに居た風の聖隷が立ち上がり、歩き出す。

 

「世話になったな、ザビーダ。」

「可能性はあったんだ。なのに殺しちまいやがって……。次に会った時は着けるぜ。てめぇの“流儀”との決着をな。」

「……またな、ザビーダ。」

 

そして彼らはアイフリードの墓を作り、船に戻る。

マギルゥは目を細め、

 

「四聖主を起こす……か。あやつ、面白いことを言っておったのう。」

「でも、どうやって?」

「さぁて、裁判者は教えてくれるかわからんし、それはグリモ姐さんにでも聞いてみれば――」

 

と、船に乗った瞬間、マギルゥは吹き飛ばされる。

 

「みんな!」

「回復したみたいね。ま、裁判者がなんとかしてたし、大丈夫だとは思ってたけど。」

 

ベルベットが腰に手を当てて、彼を見る。

彼は腕を組み、

 

「なんとか。それよりあの業魔≪ごうま≫は?」

「……倒したわ。あいつは――」

「俺から話す。お前達はグリモワールに四聖主の件を問い質せ。」

 

アイゼンはベルベットの言葉を遮り、船の仲間を呼び、集める。

裁判者はアイゼンの方に歩いて行く。

そしてアイゼンは海賊アイフリードの事を話した。

 

「船長‼」

 

船長達は泣き出た。

アイゼンは裁判者を睨み、

 

「裁判者、アイフリードの願いとは何だ。」

「『船の仲間に未来を繋げて欲しい』。己の意志を、自らで考え行動し、未来を掴み取れ。その意志を自分亡き後、船の仲間がくじけそうなら喝を入れてくれだと。お前を含めてな。」

「……アイツらしいな。」

 

アイゼンは拳を握りしめる。

船員達は涙を拭い、

 

「いつまでもメソメソしてられねぇぞ!こんなんじゃ、船長に笑われちまう!」

「おお!」

 

彼らは手を振り上げ、叫ぶ。

そして各々自分の仕事に戻った。

 

アイゼンは裁判者を横目で見て、

 

「礼は言わんぞ。」

「いらん。これは私の仕事だからな。」

 

裁判者も横目で彼を見る。

アイゼンはベルベット達も元へ歩いて行き、彼らと話して戻って来た。



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toz 第六十四話 始まりの刻~その2~

アイゼンが船員達に、

 

「キララウス火山に向かう。支度をしろ。」

「アイアイサー!」

 

船員達は支度を始める。

裁判者はベルベット達を見て、

 

「なるほど。四聖主を起こしに、地脈湧点に向かうか。穢れなき魂の贄も揃っているからな。」

 

そう言って、裁判者はベルベットの左手を見る。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「ええ。そうよ、あたしが喰らった対魔士どもの魂を贄にする。それより、いい加減にアンタの知ってる事全て教えなさい。大地の記憶にはアンタとアルトリウスの会話もあったんだから。」

「……そうだな。では、お前達が無事に四聖主を目覚めさせたら、全てを教えてやる。何せ、地脈浸点より、難しいからな。」

 

そう言って、裁判者は彼らから離れる。

 

「それに、各々答えを出す頃だ。お前達も、アイツらも、な。」

 

その夜、海賊アイフリードの追悼式を行った。

船員達は彼との思い出を語り、飲む。

アイゼンは空を見上げ、

 

「お前との航海は、呪いを解こうと彷徨った数百年を超える充実した日々だった。……楽しかったぜ、アイフリード。」

 

そう言って、酒を飲む。

そこにロクロウが来て、アイゼンに酒を注ぐ。

裁判者に気付いたロクロウは、裁判者を呼び、酒を注いだ。

朝まで、彼らは酒を飲む。

ベルベットが呆れた目で、

 

「で、どうしてまたこうなるワケ。」

「い、いや……その……」

「アイツがグイグイ飲む姿があまりにも自然過ぎて、忘れていた。」

 

ロクロウとアイゼンは甲板で伸びていた。

裁判者はマギルゥにもたれて寝ている。

 

 

一向はキララウス火山に向かって、出航を始めた。

手すりに座っていたベルベットに、

 

「航海は順調だよ。アイゼン達も今回は直りが早かったし。」

 

ライフィセットが眉を寄せている彼女を見る。

エレノアも供にやって来た。

そしてアイゼンも近付き、

 

「ああ。今回は調子がいい。慣れとは怖いな。が、問題は、アルトリウスたちの“儀式”とやらに、どの程度の時間がかかるかだ。」

「アイフリードは“鎮めの儀式”って言ってた。おそらくカノヌシの力を解放するためのものよ。」

「だろうな。ベルベットの“絶望”とライフィセットを喰えていない以上、完全ではないはずだが、発動すれば……」

 

アイゼンは眉を寄せる。

エレノアが手を握り合わせ、

 

「人の意思が奪われる。」

「『そして、醜い人の業は鎮まり、穢れは生まなくなりましたとさ。めでたし、めでたし』というわけじゃなー。のう、裁判者。」

 

マギルゥが眉を寄せて歩いて来て、裁判者を見上げる。

裁判者は旗の高台から降り、

 

「そうだな。事実上は只の人形みたいなものか。」

 

裁判者は腰に手を当てる。

ライフィセットは俯き、

 

「意思が消える……昔の僕みたいに……?」

「……ああ、あれに近いものだ。」

 

そう言って、裁判者は横目で海を見る。

ライフィセットが顔を上げ、

 

「……なにかが来る!」

「……始めたか。」

 

裁判者が呟く。

裁判者は目を瞑る。

 

聖主の御座の方角に魔法陣が浮かび、光の柱が生まる。

それは王都を包み、人々を包む。

彼らの瞳から感情が消え、ただ立っているだけの存在になった。

そしてまるで人形のように整列し、歩き出す。

王都近くの港では、船乗り達が喧嘩をしていた。

商人は困り果てていた。

そこにも光が包み、彼らは殴り合いを止め、瞳から感情が消える。

彼らは歩き出す。

その光はバンエルティア号にも届く。

 

裁判者は開いた目は赤く光り出す。

 

「……扉を開けようとしているな。」

 

ベルベットが聖主の御座がある方を見て、

 

「これは……領域!」

「うん、カノヌシのだ!」

 

ライフィセットが頷く。

と、彼らの横から、

 

「あ……うぅ……」

 

船乗り達が呆然と立ち尽くす姿。

エレノアが眉を寄せ、

 

「意識を奪われた⁉」

「まだ完全に意識を封じられておらん。ロクロウ!全員殴って目を覚まさせい!」

 

マギルゥが指を指して命じた。

ロクロウはニット笑い、

 

「任せろ!」

「アイゼン!」

 

ベルベットが舵を取るアイゼンを見る。

彼は舵を取りながら、

 

「ああ、一旦近くの港につける!ゼクソン港だ。」

 

そして港に着くと、船乗り達は座り込む。

 

「うう、頭の中を引っ張られるような感じがする……」

「気合いを入れろ。意識を刈り取られるぞ。」

 

アイゼンが座り込む彼らに喝を入れる。

裁判者は顎に指を当てて、

 

「アイゼン。船員を全員船に乗せろ。」

「何故だ。」

「……こいつらまで動けなくされては、元も子もないだろう。それに、アイフリードの顔に免じて、少しだけ手を貸してやる。」

 

裁判者は船の上からアイゼンを見下ろす。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「……いいだろう。全員、船に乗れ。」

 

アイゼンが動けずにいる船員は掴み上げて船に乗せる。

裁判者はアイゼンを見て、

 

「これで全員か。」

「ああ。」

 

アイゼンが腕を組む。

マギルゥが裁判者を見上げ、

 

「何をするのじゃ、裁判者。」

「この船を私の領域で覆う。」

 

そう言って、船の中央に裁判者は立つ。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「そんな事できるの⁉」

「可能だ。本来なら、やらないがな。」

 

そう言って、指をパチンと鳴らす。

船が裁判者を中心に包み込む。

船員は顔を上げ、

 

「なんか、引っ張られるのが消えた!」

「本当か。」

「ああ!」

 

アイゼンが眉を寄せる。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「この船の中なら問題ない。が、船の外に出れば、先程のような感覚に陥る。その場合には、喰魔の側に居ろ。ある程度は、喰魔の領域に護られるだろう。そして完全に意識を喰われると……これは自分の眼で見た方が早いぞ。」

 

そう言って、船を降りる。

ベルベット達もその後ろに続き、港の方に歩いて行く。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「これって……」

 

感情のない瞳を持とう人々がまるで人形のように動く姿。

そして一人の男性が近付いてくる。

エレノアはホッとしたように、

 

「あ、船止め≪ボラード≫の!あなたは無事だったのですね。」

「いや……私は無事でいてはいけない。私は利を貪った。他人を蹴落とし、利用した。特級手配犯にまで手を貸して、事業の拡大を図った……醜すぎる穢れ、許されざる業だ。」

 

そう言って、彼らの間を通って行く。

そのまま海に向かって歩いて行く。

 

「……哀れだな。ここまで来たら、もう滅びしかないな。」

 

裁判者は人形のように動く彼らを見据えた後、横目で海に向かって歩く男性を見た。

エレノアは眉を寄せ、

 

「え……?まさか‼」

 

エレノアは駆け出す。

エレノアが、海に向かって歩き続ける彼の背を掴み、

 

「やめてください!」

「穢れは、なくさなければてはならない。私は、死ななければならない。死ななければ。死ななければ。」

 

だが、彼はドンドン歩いて行く。

エレノアは必死に彼を抑え、

 

「違う!そんなのって!」

 

そこにベルベットが歩いて来て、彼の方を殴り飛ばした。

彼は仰向けになって倒れる。

ベルベットが男性を見て、

 

「死ぬのは勝手よ。けど、死な“なければならない”ってのは気にくわない。」

「己の穢れを自覚した者は自ら命を絶つか。実に無駄のない“理”じゃな。」

 

マギルゥが目を細める。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「舵を奪うどころか、生き死にまで押しつける気か。ふざけやがって。」

 

エレノアが俯く。

その彼女に、ベルベットは腰に手を当てて、

 

「なにが起こってるのか調べるわよ。それとも見たくない?」

「見たいはずないでしょう……でも、それ以上に逃げたくありません!」

 

エレノアは顔を上げる。

ベルベットは小さく笑い、

 

「まずは、この力の影響力を確かめる。ローグレスまで行ってみましょう。」

 

彼らはローグレスに向かって歩き出す。

アイゼンは人形のように動く彼らを見て、

 

「これが“鎮めの儀式”とやらの成果か。」

「おそらくね。まさしく人間の“鎮静化”だもの。」

 

ベルベットが眉を寄せながら歩く。

マギルゥが目を細め、

 

「そうじゃのう。自らの業を理解させ、新たな穢れを生まぬために命を絶つ……あのジジイ共のやりそうな“理”じゃ。」

「なにが理だ。」

 

アイゼンは睨むように、拳を握りしめる。

ライフィセットは俯き、

 

「あの領域、空を覆うように広がっていった。」

「おそらく、世界を覆ったはずじゃ。でなければ、鎮静化の意味がないでのう。」

 

マギルゥが裁判者を横目で見る。

裁判者はそれをスルーして歩き続ける。

エレノアは眉を寄せ、

 

「ここと同じような事が……」

「操り人形か、それとも……」

「自らの命を絶つ、か。」

 

ベルベットとアイゼンがさらに眉を寄せた。

ロクロウは腕を組み、

 

「それにしても、こんな地獄の理想郷をあっという間に創っちまう聖主カノヌシの力は凄いな。」

「それほど強力な相手に、私たちは立ち向かおうとしているんですよね……」

 

エレノアが手を握り合わせる。

そんな彼女に、ベルベットは横目で見て、

 

「降りるなら、今が最後のチャンスよ。」

「地獄に降りろと?」

「この先に進んでも地獄なのは変わりないわ。」

「ええ、でもこの道に心は意志もあります。同じ地獄なら、“生き地獄”を私は選びます。」

「泣いても知らないわよ。」

「先を急ぎましょう。」

 

二人は互いに笑い合って、歩き続ける。

 

ローグレスに来て、人形のように動く彼らをベルベット達は眉を寄せて見て行く。

ライフィセットは街を歩きながら、

 

「意思の残ってる人は、いないのかな?」

「きっといます。いるはずです。」

 

と、路地の辺りで、子供の泣き声が聞こえてきた。

 

「ママァ……」

「子どもの泣き声⁉」

 

そこに空を飛ぶ、聖隷が飛んでいく。

裁判者は駆け出す。

ベルベット達もそれを追う。

そこに居たのは数人の人々。

 

「ママ……!こわいよぉ、ママァ~!」

「わわ、泣かないで。困ったな、タバサ。」

 

少年が泣き出す子供を見て、隣にいた老婆を見る。

老婆は泣き出す子供を抱き寄せ、

 

「感情を出してはダメよ!」

「さもないと、こいつらが……」

 

王子が空を飛ぶ聖隷を睨む。

少年は短剣を構え、

 

「さて、どうするかな……」

「審判者!」

 

裁判者が剣を影から出し、空飛ぶ聖隷を薙ぎ払う。

少年はニット笑い、

 

「や、久しぶり。」

「やっている場合か。何をしている。」

「人命救助?」

 

裁判者が彼を睨む。

彼はニット笑い、

 

「君もやったんだからいいだろ。それに、王子は必要になる。」

「……なら、そういう事にしておこう。」

 

そこにベルベット達と、空を飛ぶ聖隷が再び現れる。

ベルベットが驚きながら、

 

「パーシバル王子とタバサ!」

「意思をなくしてない!」

「それと審判者もいるな。」

 

ライフィセットとアイゼンがジッと彼らを見る。

ベルベット達は戦闘態勢に入る。

エレノアは槍を構え、

 

「王都の中に業魔≪ごうま≫が!」

「違う、こいつは聖隷よ!」

 

ベルベットが攻撃を仕掛ける。

聖隷達を薙ぎ払い、裁判者と審判者も戦う。

 

「あ……王子連れて行かれちゃった。」

「あっちはアイツらで足りるだろ。追うぞ。」

「はいはい。」

 

二人は駆け出す。

離宮の地下に来ると、

 

「居たな。」

「もう大丈夫だよ。」

 

と、審判者は子供の頭にポンポン手を置く。

そこには空飛ぶ聖隷たちが構えている。

裁判者は王子を見て、

 

「いや、まだ早い。王子、その子供と離れろ。」

「わかった。」

 

裁判者と審判者は剣を構える。

そして足元に魔法陣が浮かぶ。

 

「また、クローディンの術式か。」

 

そこに空飛ぶ聖隷が襲い掛かる。

裁判者と審判者は剣を振るって敵を薙ぎ払う。

再び魔法陣が浮かぶ。

 

「これは!」

 

裁判者と審判者は膝を着く。

剣を突き刺し、かろうじて体勢を保つ。

そこに彼らの足元に魔法陣が浮かぶ。

 

「う……うわあー、ママァー助けて!」

 

少女が再び泣き出した。

そこにベルベット達がやって来た。

王子も膝を着き、

 

「くうぅ……意識が……!」

「カノヌシの魔法陣!」

 

ライフィセットが眉を寄せる。

ベルベットも眉を寄せ、

 

「意思を直接喰らう気か!」

「それに裁判者と審判者も別の魔法陣に囚われておるのう。」

 

マギルゥが剣を支えにしている彼らを見る。

裁判者は彼らを見て、

 

「そっちを壊せ!」

 

マギルゥはニット笑い、

 

「それにしても、ほっほ~、この登場はまるで――」

「正義の味方みたいね。」

 

ベルベットが敵を薙ぎ払っていく。

マギルゥは手を上げて、

 

「今つっこもうと思ったのに⁉」

 

ベルベット達が空飛ぶ聖隷を薙ぎ払って、ベルベットが左手で王子達の結界を壊す。

裁判者と審判者の瞳が赤く光る。

 

「始めるぞ。」

「ああ。」

 

裁判者が光り出し、姿がドラゴンへと変わる。

以前の黒いドラゴンではなく、白いドラゴンだ。

これが結界に爪を立て、咆哮を上げる。

その力が爆発し、土煙が起こる。

ベルベット達は顔を腕で守り、エレノアは子供を抱き寄せる。

裁判者≪白いドラゴン≫は残る聖隷を赤い瞳で睨みつけると、彼らは消えた。

 

「パーシバル王子、無事?」

 

ライフィセットが駆け寄る。

彼はライフィセットを見て、

 

「あ、ありがとう。震えや恐怖を感じる心はまだ残っているようだ。」

 

そう言って、ドラゴン≪裁判者≫を見る。

審判者がドラゴン≪裁判者≫の下から出てきて、

 

「良かった、王子は喰われてないね。」

「え?」

 

ライフィセットが首を傾げた。

エレノアが抱き寄せていた子供を放し、

 

「もう大丈夫よ。あなたのママも、私が捜して――」

「……ママは処刑されたわ。あたしのために貴重な食料を盗みだしたから。でも、仕方ないの。理に反したんだもの。」

 

彼は感情のない瞳でそう言った。

エレノアは目を見開く。

そして立ち上がり、

 

「……これが“鎮静化”の正体なのですね。」

「そう、導師アルトリウスが目指す理想世界だ。穢れと業魔≪ごうま≫化の仕組みがある以上、こうするしかない。だから王国は、彼の計画を承認した。だが、私は……」

 

王子は俯いた。

エレノアは拳を握りしめ、

 

「悲しみはないけれど、笑顔がない……。憎しみがない代わりに、愛もない世界……」

「世界中がこうなっちまったのか?」

 

ロクロウが腕を組む。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「いや。御座に近い王都ですら、意思を残した者がいたくらいだからな。だが、あまり猶予はなさそうだ。」

「うん。カノヌシの領域が広がっていくのを感じる。まだ完成じゃないけど、どんどん強まってるよ。」

 

ライフィセットが顔を上げた。

マギルゥは目を細め、

 

「儂らの意識とて、いつ鎮静化されてしまうか、わからんのー。」

「積もる話はるかもだけど。まずは、ここから出しようか。」

 

審判者は彼らに微笑む。

そして裁判者を見上げる。

 

裁判者は人の姿に戻り、倒れ込む。

驚きの声が響いたのだけは、裁判者にも解った。

 

目を覚ますと、船に居た。

 

「……生きるために戦う、か。それがお前たちの選択か……」

 

裁判者は耳に聞こえていたベルベットの言葉を思い出した。

身を起こし、外に出ると、

 

「チャイバンシャ!」

「おう、起きたか。」

 

裁判者は彼らを見て、

 

「……すこしだけ世話をかけたな。あいつらは行ったか。なら、私も行く。」

「大丈夫なの、チャイバンシャ?」

「問題はない。」

「なら、モアナもいく!」

 

そう言って、裁判者にしがみ付いた。

 

「なら、俺らもいくぜ。届けもんもあるし。アンタがいれば、何とかるだろう。」

「儂もいくぞ、ロクロウに用があるからな。行くぞ、ダイル。」

「俺もか⁉」

「もちろん、私も行きますからね。」

「……自分の身は自分で守れよ。」

「おうよ!」

 

他にも犬の喰魔やグリモワール、船員が何人か近付いて来る。

裁判者は彼ら連れて船を降り行く。

 

 

近くの街に付き、人々が逃げて行く。

裁判者は村の奥に行くと、彼らはいた。

 

「副長!南に集団が逃げてったけど、何事だよ⁉」

「ベンウィック、どうしてここに?いや、裁判者が連れて来たのか。」

 

と、アイゼンは裁判者を睨む。

船員はアイゼンを見て、手紙を渡す。

 

「違います。副長に届け物ができたんです。クロガネやモアナたちも一緒だよ。」

「モアナまで⁉」

 

エレノアが驚く。

彼は頭を掻きながら、

 

「どうしても追いかけるってきかないんだ。エレノアが死ぬ夢を見たんだって。」

「モアナ……」

 

エレノアは俯く。

ロクロウが腕を組み、

 

「シグレたちが来るまでどれくらいかかるかな?」

「そうさな……到着は“緋の夜”あたりじゃろうて。」

「なら、ちょっと時間をもらうぜ。クロガネは、俺に用があるんだろ?」

 

と、船員を見る。

彼は頷き、

 

「うん、そう言ってた。」

「丁度いい。各々休息をとっておけ。」

 

アイゼンが背を向ける。

ベルベットも頷き、

 

「そうね。戦いの準備も必要だし。」

「最後の自由時間かもしれん。例によって思い残すことがないようにの。」

 

マギルゥは腰に手を当てる。

裁判者は彼らから離れる。

裁判者は暖を取っていたグリモワールに近付く。

そこに、ベルベット、ライフィセット、マギルゥがやって来た。

裁判者は彼らを見つめる。

 

「グリモ先生、カノヌシの覚醒について、古文書を解読できたんだよね?」

「ええ、タイタニアを脱出した直後にね……。お役に立てなくて悪かったわね。」

「なあに、結果オーライじゃよ~♪」

「あんたが言うな。」

「なんじゃ、グリモ姐さんを責める気なのかえ?」

 

マギルゥが呆れるベルベットを見る。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「別に責めないわよ。ただ、カノヌシの性質は知っておきたい。」

「解読できたことを教えてください。」

 

ライフィセットがグリモワールを見る。

グリモワールは頷き、

 

「いいわ。カノヌシの完全覚醒に必要なのは、穢れの量ではなく、八つの“質”だったのよ。曰く――絶望、憎悪、貪婪、傲慢、愛欲、執着、逃避、利己。」

「それぞれを各喰魔が担当しておったなら、ベルベットは憎悪、モアナは貪婪じゃな。」

 

マギルゥが顎に指を当てて言う。

ベルベットも眉を寄せ、

 

「傲慢はメディサ……テレサが愛欲、オルトロスは……執着か。」

「あとは……グリフォンが逃避で、残るクワブトが利己……かな?」

 

ライフィセットが首を傾げながら言う。

ベルベットはグリモワールを見て、

 

「アルトリウスたちは“絶望”も、あたしから奪おうとしてたけど?」

「そもそも、七体の喰魔で八つの穢れ……という点に矛盾があるのよ。おそらく“八つの穢れ”を入手することが、カノヌシ覚醒における最後の難関なのでしょうね……。そうでしょ、裁判者。」

 

グリモワールは裁判者を見つめる。

裁判者は何も言わない。

グリモワールは目を細め、

 

「あなたからの性格を考えれば、無言が肯定という意味ね。」

「なるほど。であればアルトリウスの行動にも、得心がいくわい。すべては、ベルベットの憎悪を育て、絶望に堕とすための策だったんじゃな。」

 

マギルゥが目を細めて、裁判者を見る。

ライフィセットが俯き、

 

「ベルベットの弟を利用して……」

「……けど、だとしたら喰魔を集めは無駄じゃなかった。今、やつらは“絶望”の穢れを入手することはできない。」

 

ベルベットは考え込む。

マギルゥはベルベットを見て、

 

「テレサの代わりに生まれた喰魔が一体おるはずじゃぞ。」

「ええ。けど、テレサを倒した後、聖寮はあたしの確保に、あれだけの戦力を投じた。おそらく新たな喰魔を確保できていないせいよ。いたとしても、そいつは絶望をもっていない。」

「ふうむ……アルトリウスは、お主の“絶望”を生むために三年の歳月をかけた。それがカノヌシの求める“質”だとすれば、確かに一朝一夕に手に入るものではないの。」

「でしょ。つまり、攻めるなら今ってことよ。」

 

ベルベットは眉を寄せる。

グリモワールは顎に手を当てて、

 

「そうよね。でも……」

「なにかひっかかるの?」

 

グリモワールは裁判者を横目で見て、

 

「ええ……“穢れ”の“質”という矛盾がね。質を問うということは、それが“純粋”であるということ。喰魔は“純粋な穢れ”を選びとって喰らうわよね……?」

「……うん。」

 

ライフィセットが頷く。

グリモワールは裁判者のかすかな反応を見極めようとする。

 

「本来、“不純”である穢れに“純粋”に反応することが、喰魔に必要な条件だとすれば、そんな矛盾した資質をもった人間は、そりゃあ、めったにいないわ……」

「なら、安心なんじゃ。」

「でも、似た性質をもった者を、あたしは知ってるのよ……。世に溢れる穢れを、純粋に鎮めようとした歴代の筆頭対魔士たちを……」

「それってどういう……⁉」

「だたの懸念よ。今は……ね。」

 

そして裁判者は彼らの元を離れる。

しばらくして、裁判者は門の上に腰を掛けていた。

そこに、老人対魔士がやって来る。

その後、マギルゥもやって来た。

 

「呼び出しは届いたようじゃの。」

「四聖主の復活を企んでいるのだな。」

「さすが察しがいいのう。」

「わかっているはずだ。そんな外法を使えば、どれほどの混乱が起こるか。裁判者、お前が一番理解しているはずだ。」

 

裁判者はマギルゥの横に降り、

 

「だろうな。だが、それが彼らの選択であり、お前達の行った選択だ。」

「……カノヌシが増幅していた霊応力が元に戻り、聖隷も意思を回復……多くの対魔士が力を失い、聖寮の管理体制は崩壊するじゃろう。」

「業魔≪ごうま≫の脅威をそのままにな。」

「のみならず、数百年は地水火風の自然バランスが大混乱するはずじゃ。異常な地殻変動、気候や海面の大変化に火山の爆発……お祭り騒ぎじゃな。」

「文明も大きく後退するぞ。キララウス火山ひとつとっても、噴火によって炎石が失われば、火薬の製造が不可能になる。」

「それも一興。ま、心配せずとも案外なんとかなるもんじゃて。『頑張れ、人間』じゃよ♪のう、裁判者。」

 

マギルゥは隣に居る裁判者を見る。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「そうだな。それを復刻するのは、人間か聖隷か……はたまた聖主か、裁判者か審判者か。知らんがな。だが、一番頑張らねばならないのは、人間だろうな。それ以前に、私には関わりのない事だ。」

 

老人対魔士は二人を睨みながら、

 

「人をなんだと思っている。」

「“穢れを生む悪の源泉。ゆえに情を鎮め、理による秩序をもたらす。人が己が業を悔い改め、超越する日まで”……じゃろう?」

「そう。だからこそのカノヌシ覚醒だ。」

「“我らは、その為の捨て石、穢れ役。救世主たる導師の影”……か。」

 

老人対魔士は髭を摩り、

 

「……戻ってくる気はないのか?お前が“メーヴィン”を名乗った意図は――」

「お師さんの理想は、退屈すぎるわい。」

「だが、清浄な世界だ。」

「造花の箱庭じゃよ。見てくれだけの紛いモンじゃ。」

「正しい理と秩序がある。」

「歪んだ理じゃっ‼」

 

マギルゥは眉を寄せる。

そして一歩前に出て、

 

「花が枯れねば幸せか?狼が草を喰えば満足か?気色悪いわっ!そんな世界を願う者も!囲まれて満足する奴らも!毒虫とて、喰いたいものを喰うぞ!名もなき花とて、咲きたい場所に咲く!他人にとってはどーでもいい願いにも、決して譲れぬ“生きる証”があるんじゃ!それを“悪”と呼ぶのなら、儂とて悪として生きて、死ぬわい。」

 

裁判者はマギルゥを見て、

 

『……壊れた心は戻らん。だが、心とは何度でも創られるモノだ。マギラニカ、お前は生き、選び抜いたな。』

 

裁判者は横目で、聞き耳立てている彼らに視線を送る。

老人対魔士は眉を寄せ、

 

「……ならば踏みつぶすまでだ。お前も必ず捉え、我が友が残したあの術式を完成させる。」

「お前達には成しえないさ。クローディンの想いに気付けぬ内にはな。」

 

裁判者は老人対魔士をに据える。

そして、裁判者が視線を送っていた彼らは歩いて来た。

 

「どこまでも上からものを言いやがる。裁判者もな。」

「手を貸すぜ、マギルゥ。どっちとやるんだ。」

 

アイゼンとロクロウが歩いて来る。

裁判者はロクロウを見据え、

 

「私と殺り合うのか。」

「おっと、わりぃ。ノリだノリ。まずは、メルキオルと殺るさ。」

 

と、ロクロウは構える。

マギルゥは彼らを横目で見て、

 

「待った、決着はあとじゃ。こやつは災禍の顕主への供物じゃでな。メルキオル・メーヴィン、火山で待っておれ。案ずるな。お主の最期は儂が“看取る”。」

「……いいだろう。まとめた方が踏みつぶす手間がかからん。」

 

老人対魔士は背を向けて歩き出す。

その足元に花が一房咲いていた。

それを少しの間見て、避けて歩いて行った。

マギルゥはその背を見て、

 

「変わらんのう、お師さんは。」

 

そしてマギルゥは裁判者に振り返り、

 

「それより、お主は倒れたが平気なのかえ?」

「そうだったな。お前が倒れるなんて、珍しかったよな。んで、お前を運んだのはアイゼンだぜ。」

 

ロクロウも腕を組んで、裁判者を見る。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「審判者に、パーシバル王子とタバサの事を任せる代わりに、お前を任されたんだ。」

「嫌がらせだろうな。お前、私のこと嫌っているからな。あいつは感情がある分、そういう事をよくやる。」

 

裁判者はアイゼンを見据えた。

アイゼンはさらに眉を寄せ、

 

「ああ、これでお前に死神呪いが発動すれば、なお良かったのだがな。」

「残念だったな、効かなくて。」

 

彼らは睨み合う。

マギルゥが腕を上げ、

 

「こりゃー!話がずれておるぞ!」

「……そうだったな。簡単に言うと、前に見せた黒い方のドラゴンより、あっちの方が物凄く力がるんだよ。」

「ほうほう。では、白いドラゴンが強いと言うことかえ?」

「さあな。だが、黒い方は穢れを喰らってあの形に固定させるからな。白い方は私自身の力のみだからな。と、言っても、今回はあの術式に力のほとんどを吸い取られたのが大きな問題だな。あれは、私達の対抗策として創られたものだからな。」

 

マギルゥが目をパチクリし、

 

「お主らに喧嘩を売るとはのう……」

「はっはっは!だが、聖隷みたいにドラゴン化した裁判者が、自我を失わないだけいいだろう。」

 

ロクロウがマギルゥを笑いながら見る。

アイゼンがさらに眉を寄せ、

 

「……自我があってあれをしたのなら、お前は相当質が悪いぞ。」

「さて、どっちだろうな。」

 

二人は再び睨み合う。

マギルゥが半眼で、

 

「どうやら地雷を踏んじゃ用だぞ。どうしてくれるんじゃ、ロクロウ!」

「俺のせいなのか⁉」

 

ロクロウが暴れ出すマギルゥに、逃げ出す。

そしてマギルゥは彼を追いかけた。

裁判者はアイゼンと睨み続ける。

しばらくした後、アイゼンと睨み合っていた裁判者は、小さな喰魔の少女に連れて行かれた。

裁判者は小さな喰魔の少女がいうかくれんぼし、

 

「見つけたぞ。」

「見つかったぁ~。チャイバンシャ、強すぎ!モアナ、一度も勝てないよ~!」

「常に、勝てるとは限らない。そういう事だ。」

「難しいぃ!」

「なら、大人になったら理解しろ。」

「ぶ~!」

 

宿屋の前に行くと、彼らが出てくる。

彼らは各々話をつけていた。

裁判者は空を見上げ、

 

「もう、あの喰魔のとこに行け。。」

「え~!モアナ、もっと遊ぶ!」

「終わりだ。お前の目的は済んだのだ。」

 

そこに喰魔の女性がやって来る。

 

「モアナ、行きましょう。」

 

小さな喰魔の少女は渋々、彼女の手を取る。

歩いていた小さな喰魔の少女は立ち止まり、裁判者を見る。

 

「……チャイバンシャはモアナのこと嫌い?」

「何故、そんな事を聞く。」

「だって、一度もモアナの名前呼んでくれない。」

「神殿に居た時に名は出したぞ。」

「でも、あれはチャイバンシャじゃなかった気がする。チャイバンシャだけど……モアナ、よくわかんないけど……」

「……私は滅多に名は呼ばない方だ。」

 

そう言って、歩いて行く彼の後ろに歩いて行った。

空は赤く燃え上るような月が出ている。

そう、緋の夜だ。

ライフィセットが歩きながら、

 

「空も、地面の雪も……みんな赤い。これが“緋の夜”なんだね。」

「不思議な光景よね。」

「うん、なんかすごい……」

 

ライフィセットはジッと赤い月を見上がる。

ベルベットは黙り込む。

それに気付いたライフィセットが、

 

「あ……緋の夜を喜んでいるわけじゃないよ。」

「ラフィやセリカ姉さんのことなら、気にしなくていいわ。どうしてあの月は、あんなに赤いんだろうって、思ってただけだから。」

 

ベルベットも月を見上げる。

エレノアも月を見上げ、

 

「本当に赤いですよね。裁判者と同じくらい。ですが、緋の月は、この世とあの世を繋ぐ“門”とか、人の“罪の証”と言われているんですよ。」

「罪の証か……悪人が流した血を、月が吸い上げてるのかもしれんなぁ。」

 

ロクロウも月を見上げる。

裁判者は目を細めて、彼らの言葉に耳を傾ける。

マギルゥが半眼で、

 

「ぞわ~……ずいぶんと猟奇的じゃの~。」

 

と、裁判者を見る。

エレノアはそんなマギルゥを見て、

 

「しみじみと怖いこと言わないでくださいよ。それも、裁判者を見ながら!なお、コワイです!」

「“緋の夜”は、ある周期で満月が特別な位置をとる度に起こる。大地と月が引き合い、地脈の力に空に溢れ出るせいで、赤く染まって見えるんだ。」

「そう。そして、その異常な力場だけが、聖主に通ずる特殊な霊力条件を満たすといわれておる。」

 

アイゼンは腕を組み、マギルゥが指を当てて、説明する。

ライフィセットは二人を見て、

 

「だから、緋の夜に儀式を行うんだね。」

「……ただ、人の世は流血の歴史。惨劇によって流された血は、すべて大地の記憶として地脈に浸み込んでいる。そういう意味では、月が血を吸い上げているという表現も、あながち間違いじゃないかもしれんな。」

 

と、アイゼンは横目で裁判者を睨む。

裁判者は彼に睨み返す。

ロクロウがそれには気付かず、

 

「おお!俺の妄想があってた!」

「はしゃがないでください。」

 

エレノアは眉を寄せて、ロクロウを見る。

ライフィセットが俯き、

 

「……そう思うと、哀しい色だね。」

「そうね。」

 

そして彼らは火山口に入って行く。

 

「シグレとの戦い!とうとう来た!」

「アイツはどう出ると思う。」

「小細工はしない。正面にいるさ。」

 

ロクロウは大刀を握る。

アイゼンは前を見て、

 

「そうか。」

 

奥に進み、マグマの流れる道のど真ん中に、剣の対魔士が座っていた。

 

「おいおい、本当に正面におったわ……」

 

マギルゥが呆れ顔になる。

ロクロウは彼の元に歩いて行き、酒を飲んでいる彼の前に座る。

そして大刀を取り、彼の前に見せる。

彼はそれを受け取り、鞘を抜く。

ロクロウは彼のついだ酒を口に運ぶ。

剣の対魔士は剣を見て、

 

「大した奴だ。自分を刀にしやがるとはな。」

「……ああ。その刃はクロガネの数百年そのものだ。」

 

裁判者も彼の見ている刃を見る。

 

『……確かにそうだな。』

 

剣の対魔士はニット笑い、

 

「“クロガネ征嵐”か。面白ぇ。」

「今は、まだ“クロガネ”だ。“征嵐”とは“號嵐”を征する刀の名。俺が、お前と號嵐を叩き斬って、こいつを“クロガネ征嵐”にする。」

「……面白ぇなぁ!」

 

剣の対魔士はさらに笑みを深くし、剣を鞘に戻してロクロウに渡す。

ロクロウはそれを受け取り、立ち上がる。

そしてベルベット達の方に戻る。

 

裁判者は全体が見える位置に移動する。

上に上がり、座って彼らの戦いを見る。

 

「さて、あの対魔士の本当の力とやらを見せて貰おう。そしてお前達の征嵐を、な。」

 

ネコ聖隷が彼に駆けていた枷を外す。

彼の霊応力が一気に上がり、地面にヒビが入る。

ベルベット達は構え、戦闘を開始した。

ロクロウの大刀と剣の対魔士が互いに剣をぶつけ合う。

 

「ほう、あれを止めるか。」

 

しばらくベルベット達と戦った後、剣の対魔士は膝を着く。

そしてロクロウが彼に近付き、二刀の刀を構える。

剣の対魔士も立ち上がり、剣を構える。

二人の攻防戦が繰り広げられる。

彼らの刃が交えるたびに、火花が飛ぶ。

そして一度距離を置き、笑い合う。

と、剣の対魔士がロクロウに突っ込み、剣を振り上げる。

ロクロウは二本の短刀でそれを受け止め、自分の短刀もろとも彼の剣を弾き飛ばす。

それが宙を飛び、ロクロウは背中の大刀に手をかける。

それを握り、剣の対魔士を斬り裂いた。

彼は後ろに倒れ込む。

 

「お前の出した答えは、三刀か……。」

 

裁判者は立ち上がり、下に降りる。

三本の剣も地面に突き刺さる。

剣の対魔士は自分の横の剣を見て、

 

「クロガネへのはなむけだ。號嵐を……もってけ。あとな……ムルジム≪このネコ≫は見逃してやってくれ。」

 

そう言って、近付いて来たネコ聖隷を見つめる。

ネコ聖隷は眉を寄せ、

 

「シグレ……」

 

ロクロウは號嵐に手をかける。

そしてそれを抜き、刃を見る。

 

「シグレ、あの上位討ちは――」

「どの道、おん出てたさ。飼い犬暮らしにうんざりしてたんだ。」

 

ロクロウはため息をついて、眉を寄せた。

剣の対魔士はロクロウをニット笑い、

 

「バカ野郎……小難しいこと考えんな。斬れたら嬉しい。斬れなきゃ悔しい。斬られれば死ぬ……そんだけのことだ。剣は単純で……だから面白え。」

「ああ、面白いな。」

 

ロクロウも彼に笑みを浮かべる。

 

「ふっ……いい悪い顔だ。アルトリウスの石頭も……そんな風に笑えば……いいのによぉ……」

「そうか……」

 

ロクロウはジッと彼を見た後、背を向ける。

 

「ベルベット。」

「いいのね。」

「いいさ。兄貴は俺が斬った。」

 

彼は號嵐を掲げる。

そして剣を地面に突き刺した。

剣の対魔士はベルベットに喰われる。

彼は剣の対魔士の剣と二刀短刀をしまう。

 

「……ロクロウ、最後に何か話してたね。」

 

ライフィセットが彼に話し掛ける。

ロクロウは腕を組み、

 

「ああ、昔話だ。シグレが主家に謀反を企てたって話な。あれは嘘なんだ。俺が、嘘の密告をした。」

「なんで……」

「上位討ちの大義名分を手に入れる為にさ。號嵐、シグレの名、当主の地位――昔の俺は、そんなものが欲しかったんだよ。」

「……後悔してるの?」

「まさか。シグレにも気付かれてたしな。それより、あの時、なんでシグレに勝てると思ってたのかがわからん。」

「あの人……強かったね。」

「当然だ。最強剣士の一族ランゲツ家の当主だからな。」

「ロクロウは後を継ぐの?」

「いや、俺は業魔≪ごうま≫だしな。それに……兄貴に勝てれば、それだけでよかったんだ。俺は。」

 

その背にベルベットが、

 

「戻ってもかまわないわよ、ロクロウ。」

「忘れるなよ。俺の目的は、お前に恩を返すことだぜ。」

 

彼らは歩き出す。

ネコ聖隷が裁判者を見上げ、

 

「あなたもいつかは解るかもしれないわね。」

「何をだ。」

「私たちの“心”を、よ。」

 

裁判者は立ち止まり、ネコ聖隷を見て、

 

「……さてな。だが、もしそうならその時の私はどの選択肢を取るものか……」

 

そう言って、裁判者も歩き出す。

 

 

進み続け、マグマが所々にあふれ出ている。

マギルゥが肩を落とし、

 

「温≪ぬく≫っ!いや暑っ!いやいや熱≪あっ≫つぅぅっ‼」

 

そう言って、腕を上げた。

エレノアが眉を寄せ、

 

「いちいち騒がないでください!」

「ふん、火山の火口で冷静な方がおかしいわい。」

 

マギルゥがまた肩を落とす。

裁判者は辺りを見渡す。

ライフィセットが辺りを見渡し、

 

「湧き上がってくる地脈の流れを感じる。ここが地脈湧点だ。」

「おかしいぞ。メルキオルがいない。」

 

アイゼンが眉を寄せる。

そこに声が響く。

 

「シグレまで喰らったか、災禍の顕主!だが、対魔士でも四聖主の贄たり得る魂はシグレ、オスカー、テレサ……あとは儂くらいであろう。」

「上からだ。奴は山頂か。」

 

声はまだ響く。

 

「三つの贄では三聖主しか目覚めず、カノヌシの力を封じることはできん。のみならず、一角を欠いた地水火風は、火口を巻き込んで暴発するだろう。四聖主を同時に覚醒させたくば、儂の魂を奪いにくるがいい!」

 

ベルベットがマギルゥを横目で見る。

 

「どう思う、マギルゥ?」

「罠じゃな。メルキオルが得意とする攻撃は“氷”。火口≪ここ≫では地の利がないゆえ、誘導したいんじゃろう。」

 

マギルゥが目を細める。

アイゼンが腰に手を当てて、

 

「だが、あいつは長い間、聖主の復活を企んできた対魔士だ。」

「そう。ゆえに、すべて偽りと決めつけるのも危険じゃ。」

 

マギルゥは真剣な表情で言う。

ベルベットは腰に手を当てて、

 

「……今更だけど、マギルゥ。あんたはメルキオルの身内なのね。」

「まったくもって今更じゃな。昔の儂の名は、マギラニカ・ルゥ・メーヴィン。メルキオルの養女で、破門された元弟子じゃよ。」

 

マギルゥはニッと笑う。

裁判者は横目でマギルゥを見る。

エレノアは腕を組んで考え込む。

 

「マギラニカ……?欠番の特等対魔士!」

 

エレノアはハッとして、マギルゥを見る。

マギルゥは意外そうな顔で、

 

「名を残しておったか。十年も前に破門したくせに……」

「お前、結構すごいヤツだったんだな。」

 

ロクロウが驚きながら言う。

マギルゥはジッとベルベットを見て、

 

「別にすごくない。ベルベットとアルトリウスの関係と似たようなものじゃ。」

 

そして彼女の横を通り過ぎ、

 

「恩も怨も……の。」

 

そして立ち止まり、振り返る。

 

「ベルベット、信じてくれとは言わん。じゃが、儂はあやつと決着を――」

「どーでもいいわ、魔女の事情なんて。あたしは頂上に行く。いつも通り勝手にね。」

「うむ、儂も勝手についていくぞ!いつも通りにの♪」

 

と、笑みを浮かべる。

ロクロウが腕を組み、

 

「結局のところ、お前と裁判者の関係は?」

「友達じゃよ。」

「自称な。」

 

マギルゥと裁判者は供に歩きながら言う。

裁判者はマギルゥを横目で見て、

 

「どこかの化け物に、友と言って縋って来た変わった人間のな。」

「なんじゃ、酷い奴じゃの~。」

 

と、歩いて行く。

ベルベット達は目をパチクリし、呆れたように笑う。

ライフィセットが思い出したかのように、

 

「あ!化け物の話!あれって裁判者さんの話だったの⁉」

「気付いてなかったの?」

「気付いてたの⁉」

「わりとな。」

 

ベルベットとロクロウが驚いていたライフィセットに笑って言った。

そして一行は頂上に向かって歩き出す。

ロクロウはマギルゥを見て、

 

「メルキオルの本性がいまいちわからんな。一体どういう奴なんだか。」

「ひとことで言うなら“対魔士の影”じゃよ。」

「影……か。」

「穢れなき心を持つ対魔士とて、所詮は人間。そして、救わんとする相手もまた人間。まっすぐな誠意だけで、世界を救えるはずもない。対魔士が穢れぬためには、その影を……汚れ仕事を担う影が必要なのじゃよ。」

 

マギルゥは目をほめた。

アイゼンはマギルゥを見て、

 

「なるほど、それがメルキオルか。」

「……聖寮にいた頃は、気付けませんでした。あの方がなにをしていたのか……」

 

エレノアもマギルゥを見た。

そしてロクロウは腕を組み、

 

「なんで穢れないんだ?」

「世界を救う対魔士を支える……その信念と覚悟は、純粋で迷いのないものじゃからの。そして、奴は裁判者と盟約を用いている。そりゃあもう、煮ても焼いても砕けんガチガチの氷山のようにのう。あんな氷の心には、とてもとてもなれなんだよ……」

「あ……もしかしてマギルゥは……」

 

ライフィセットが眉を寄せる。

マギルゥはニット笑い、

 

「そう。儂は次代の筆頭対魔士――アルトリウスの影になるべく、メルキオルに育てられたんじゃ。ところが目論見は大失敗。儂はそれ期待に応えることはできんかった……」

「予定通りにいってたら、メルキオルじゃなく、お前と戦ってたわけか。」

 

ロクロウが笑う。

ライフィセットがホッとしたように、

 

「そうじゃなくてよかった。」

「まあね。マギルゥが聖寮を動かしてたら……」

「まったく出方が読めん、恐るべき組織になっていただろうからな。」

 

ベルベットとアイゼンが呆れた。

マギルゥが二人を見て、

 

「それはそれで面白そうじゃがの~♪」

「そうなっていれば、お前とは敵だったな。」

 

裁判者がボソッと通り過ぎて囁いた。

マギルゥはクルッと回り、

 

「いやはや、影になっておらんでやかったわい。でなければ、あ奴に叩き潰されておったじゃろうな。」

 

エレノアが手を握りしめ、

 

「あの方は……私の影でもあったのですね。」

「ジジイに同情して、戦いづらくなったかえ?」

「いえ、そんなことは……」

「お主が気に病むことはない。影を消すのは影の仕事じゃ。もっとも儂は影になれず、闇に落ちた魔女じゃがの~♪」

 

マギルゥは拳を握りしめ、悪い顔で笑みを浮かべる。

 

 

頂上に付近まで来て、

 

「もうすぐ頂上ね。」

「気をつけい。あ奴はシグレとは違って、正面からは来んぞ。」

 

そして上ると、老人対魔士が赤い月を見上げ、

 

「四聖主は、本来地水火風の自然を調和させ、世界の秩序を維持する存在だ。お前たちは、そんな四聖主が眠りについた理由を考えたことがあるか?」

「さあね。興味ないわ。」

 

老人対魔士はベルベットに振り返る。

 

「まさに貴様のような傲慢な存在こそが理由なのだ。そして裁判者、お前のせいでもある。」

「かもな。」

 

裁判者は彼を見据える。

彼は眉を寄せ、

 

「四聖主の力――加護の力の源は、純粋な人間たちの祈り。だが、人々が穢れ、祈りを忘れてしまったせいで、裁判者との戦いに力を使い果たした四聖主たちは眠りについてしまった。」

「人々の祈りが聖主の力……聖隷と同じだ!」

 

ライフィセットが眉を寄せる。

ロクロウは眉を寄せ、

 

「カノヌシが心を喰らうのも加護だっていうのか?」

「第五の聖主カノヌシは、穢れごと人の心を喰らい尽くし、無に還す役を担う。」

 

老人対魔士は眉を寄せて叫ぶ。

裁判者はそれを聞いて小さく、

 

「無に還す……ね。」

 

老人対魔士は裁判者を睨み、

 

「再び人に赤子のような清らかさをもたらし、四聖主を復活させるためにな。そうすれば、お前とて勝ち目はない。」

 

エレノアが眉を寄せ、

 

「心を無に還す⁉でも、それでは――」

「そう、文明は滅び去る。穢れの拡大とカノヌシによる精神浄化は、太古から幾度も繰り返されてきた。それが人間の文明が何度も栄えては滅んだ理由。だが、これではいつまで経っても進化はない。ゆえに、我ら聖寮がカノヌシの力を制御し、人の心を未来へと導かねばならないのだ。」

「……なるほど。カノヌシの制御のためにつくった術が“神依≪カムイ≫か。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

マギルゥも眉を寄せ、

 

「そして、神依≪カムイ≫の構築には、ジークフリードに使われている技術が必要じゃったんじゃな。それに、あの時、何やら裁判者が渡してたものも、おそらくはその類じゃろうて。」

「だからアイフリードを巻き込んだのか。」

 

アイゼンが眉を寄せて、拳を握りしめる。

老人対魔士は空を見上げ、

 

「……光があれば影があるように、どんなことにも“犠牲”は必要だ。我が身も同じ。人間の理想のための“贄”だ。」

 

そう言って、力を解放する。

 

「ぐおおお……っ‼」

「神依≪カムイ≫!」

「させるか!」

 

ライフィセットが叫び、アイゼンが走り出す。

だが、マギルゥが眉を寄せ、

 

「違うぞ、アイゼン!」

 

そう言って、マギルゥは後ろに振り返り駆け出す。

アイゼンの拳が老人対魔士の顔を殴る瞬間、それは靄となって聞ける。

そして彼らの後ろから技のぶつかる音がする。

 

「言うたじゃろう、正面からは来んと。」

「ちぃ……一撃とはいかんか。」

 

老人対魔士が神依≪カムイ≫をして現れる。

彼の後ろには球体がいくつか浮いている。

 

「ひねくれ者が。誰に似た、マギラニカ!」

「儂は儂!悪の大魔法使いマギルゥじゃ!」

 

マギルゥは術を放つ。

そしてベルベット達も彼に襲い掛かる。

裁判者はそれを横目で見て、

 

「さて、どうなるかな。あの神依≪カムイ≫も、不完全だな。」

 

彼らはどんどん攻めていく。

老人対魔士が押され、マギルゥの術に吹き飛ばされる。

 

「ぐぅ……あと百才若ければ……」

 

と、膝を着く。

ライフィセットが驚き、

 

「百才⁉」

「“誓約”で寿命を伸ばしておるんじゃよ。何百年も、の。」

 

と、マギルゥは裁判者を見据える。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「それが“理”だっていうの?不自然な欲望でしょ。」

 

老人対魔士は立ち上がり、

 

「ふん、儂も何千回も同じことを言ったわ。儂なら自然のままに滅びる――とな。だが、あいつときたら……」

 

思い出すように、

 

「「『理を乱すのも人なら、超えるのも人……理を超えて願う想う“理想”こそ人の力だ』。」」

 

老人対魔士は裁判者を見る。

 

「だろ。」

 

裁判者は老人対魔士を見据える。

彼らは眉を寄せ、

 

「貴様!貴様が口にするか!」

「先代筆頭、クローディンの言葉か。」

 

マギルゥは目を細める。

ベルベットはさらに眉を寄せ、

 

「詭弁ね、」

「そう思うなら実行して見せてやらろう。」

 

老人対魔士は手を前に出し、ベルベットを創りだす。

それはベルベットだけでなく、ライフィセット達もだ。

 

「今更幻覚が通用すると!」

 

彼らは自分を薙ぎ払う。

老人対魔士は姿を消し、

 

「思ってはおらん。だが、術を溜める時間は稼げた。」

 

彼らが振り返ると、火山口に向けて力を溜めている老人対魔士。

その彼の手には力の塊がある。

マギルゥは眉を寄せ、

 

「火山を爆発させる気か⁉」

「お前も死ぬぞ!」

「裁判者はこの程度では死なぬだろうが、災禍の顕主一味と相討ちなら上出来だ。それが――“理”だっ‼」

 

そう言って、老人対魔士は振り返り火山口に向かって落ちようとする。

が、マギルゥが彼の足元に花を創る。

彼は目を見張って、それを避けバランスを崩す。

その隙をベルベットが駆け込み、左手で彼の腹を掴む。

彼ごとベルベットは飛ぶ。

力の塊は宙で砕け、ベルベットは彼を喰らい出す。

 

「よくも……クローディンの理想が……」

「お師さんよ……まこと感情はやっかいじゃのう。」

 

喰われる彼を見て、マギルゥは悲しそうに瞳を揺らす。

そしてマギルゥは裁判者を見て、

 

「これが儂らの答えじゃ、裁判者。」

 

裁判者は彼らを見据え、

 

「ああ。答えは見せて貰った。いいだろう、四聖主達の眠る門を出してやる。そこに贄を落とせ。」

「え⁉門⁉」

 

エレノアが裁判者を見る。

裁判者は赤い月を見上げ、火山口に向かって飛んでいるベルベットを見る。

 

手を前に広げて、

 

「裁判者たる我が名において、眠れる聖主の扉を開く。彼らの意に応え、我が裁定の名の元に顕現せよ!」

 

ベルベットの真下に魔法陣が浮かび、そこから彼女の前に扉が現れる。

それが開き、地脈の流れがあふれ出る。

彼女はそのまま宙に浮いたまま、左手に喰らった魂たちを火山口に現れた扉に向ける。

マギルゥが大声で、

 

「やれいッ‼ベルベットッ‼」

「言われなくても!四聖主どもは、災禍の顕主が――叩き起こすッッ‼」

 

そう言って、扉に贄をぶつける。

それが爆発する瞬間、裁判者は彼らを影で掴んで消える。

 

光が溢れ、聖主カノヌシの囲っていた領域を囲うように、赤、黄、青、緑の四つの柱が浮かぶ。

それが広がり、聖主カノヌシの領域は小さくなっていく。

その小さくなった領域から羽を持つ龍を囲うように七つの竜が輝きながら宙に飛んでいく。

そしてそれが一つになり、宙に浮かぶ一つの神殿を創り出した。

そして世界に意志を奪われていた聖隷達は解放され、対魔士達の元を離れていく。

 

ベルベット達が目を上げると、そこは雪の上。

火山の入り口だった。

彼らは身を起こし、辺りを確認する。

裁判者が一人、彼らを見ていた。

 

「一応、礼は言っとくわ。」

 

ベルベットは裁判者にそっけなく言う。

そしてマギルゥを見て、

 

「助かったわ、マギルゥ。メルキオルに隙をつくってくれなかったら終わってた。」

「儂は儂のケリをつけただけじゃよ。じゃが、感謝するなら物でおくれ♪」

 

マギルゥは笑顔で手を伸ばす。

ベルベットはそっぽ向き、

 

「前言撤回。」

「花を傷付けない……誓約だったの?」

 

ライフィセットがマギルゥを見上げる。

マギルゥは頭に手をやり、

 

「……いいや。あのクソジジイは草花が好きだったんじゃよ。生きている人間よりも、ずっと……の。それだけのことじゃ。」

「心は自由にならないのね。特等対魔士でも。」

「魔女でものう。生きるということは、まっこと難儀じゃわ。」

 

ベルベットは眉を寄せ、マギルゥは目をほめた。

エレノアは顎に指を当てて、

 

「四聖主は目覚めたのでしょうか?」

「さてなぁ。だが、これで起きないマヌケなら当てにしても無駄だ。」

 

裁判者が言う前に、ロクロウが言い放つ。

アイゼンがロクロウを見据え、

 

「その悪口、聞かれたかもしれんぞ。カノヌシの領域が変化している。そうだろ、裁判者。」

 

そして裁判者を睨む。

裁判者は彼らを見て、

 

「ああ。奴らは目覚めた。案外、お前を睨んでいるかもしれんな。」

「マジか⁉ライフィセット!」

 

 

ロクロウは目を見開いて、ライフィセットを見る。

ライフィセットは頷き、

 

「うん、四人とも起きて、カノヌシは地脈から押し出された。」

「これで増幅されていた霊応力は低下し、多くの聖隷の意思も解放されるじゃろう。対魔士どもの数は激減するはずじゃが……」

 

マギルゥは裁判者を見据える。

裁判者は腰に手を当てて、

 

「聖隷はすでに対魔士から離れている。そして、霊応力も少しずつ小さくなる。」

「エレノア、お前まで戦えなくなっていないだろうな。」

 

ロクロウはエレノアを見ると、

 

「残念ながら、まだ見えています。悪い業魔≪ごうま≫も、聖隷も、魔女も、裁判者も。」

 

と、小さく微笑む。

ベルベットはライフィセットを見て、

 

「……わかるのね。」

「感じるんだ。あいつの本体は地脈から出たよ。“聖主の御座”の上だ。導師アルトリウスもそこにいる。けど、カノヌシは四聖主の力をすごい勢いで押し返そうとしてる。」

 

ライフィセットは瞳を閉じて感じ取る。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「四聖主が押し負けたら、今度こそ打つ手なしじゃ。まったりしとる時間はなさそうじゃぞ。」

「行くわよ。決着をつけに。」

「うん!」

 

そしてベルベットは裁判者を睨み、

 

「約束通り、話してもらうわよ。」

「船に戻ったらな。」

 

裁判者は歩き出す。

そして彼らも歩き出す。

 

一度、街に戻る。

そこに血翅蝶の女性がトカゲ業魔≪ごうま≫と話していた。

トカゲ業魔≪ごうま≫は彼らに気付き、

 

「はっはー!ベルベット、よくも無事に戻ってきやがって!」

「タバサ≪ボク≫から言われてきたのよ。あなたたちに助力するようにって。」

「丁度いいわ。街の方はどうなってる?」

「私は遠くに居たからわからないわ。けど、聖寮はヘラヴィーサの北方を“第四種管理区”に指定したわよ。」

 

エレノアが顎に指を当てて、

 

「第四種……管理を放棄したということですね。」

「メリルシオの住民たちは?」

「全員、無事保護されたわ。連名で災禍の顕主討伐の嘆願書を出してたけど。」

「当然でしょうね。」

 

ベルベットは苦笑する。

トカゲ業魔≪ごうま≫は腰に手を当てて、

 

「丁度いいから、この街を新しいアジトにしようぜ!温泉付きのアジトなんて、そうそう見つからないぞ。」

「……そうね。モアナたちは、ここに残していった方がいいわね。」

「ダイル、モアナたちをお願いします。」

 

ベルベットとエレノアはトカゲ業魔≪ごうま≫を見る。

彼は笑い、

 

「へへ!ここまできたら、頼まれなくたってやってやるさ。」

「頼もしいわね、ダイルのくせに。」

「『くせに』は余計だ!とっとと行け、ベンウィックたちが、ヘラヴィーサで準備を整えてるぜ。」

「ええ。」

 

ベルベット達は彼らを見て頷き、港に向かって歩き出した。



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toz 第六十五話 決戦前

船に戻ると、船員が立って待っていた。

 

「お帰り!特等どもを倒したんだな。」

「ええ。でも、まだ導師と聖主が残ってる。」

「いよいよ最後の決戦だな!いいものが手に入ったから、やるよ。」

 

そう言って、リンゴを取り出した。

それをベルベットに投げる。

彼女はそれを受け取り、

 

「リンゴ?」

「気休めだけど、お守りだ。“フォーチュンアップル”っていう珍しいリンゴでさ。“幸運を運ぶ”って言い伝えがあるんだ。」

「フォーチュンアップル……」

 

ライフィセットがそのリンゴを見つめる。

ロクロウは腕を組み、

 

「う~ん、悪党の俺たちに必要なのは、悪運の方じゃないのか?」

「死神と邪神なら間にあっとるぞー。」

 

マギルゥがニヤリと笑う。

そして全員がアイゼンと裁判者を見る。

船員が一歩引き、

 

「そういうこと言うなよ。」

「ま、それなりにありがたくもらっておくわ。リンゴは好きなのよ。」

「食べるなよ?」

「言われなくても食べられない――」

 

ベルベットはリンゴを見て、握りしめる。

裁判者は彼女を見据える。

 

「見つけたな。選択肢のひとつを。」

 

裁判者は船に上がっていく。

一向は聖主の御座に向かうため、ゼクソン港へと向かう。

 

船が出航し、ベルベットが裁判者を見て、

 

「で、話してくれるわけ。」

「ああ、そうだったな。」

 

裁判者は彼らを見て、

 

「では、まずは……昔々二体の化け物がいた。」

「ちょっとその話は――」

「まぁ、聞け。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者は彼らを見て、

 

「その二体の化け物はある世界の最初の地に生まれた。神殿と共に。その二体の化け物はその地でしばらく過ごしていた。そして世界には人間、聖隷、鳥など色々な生き物が生息を始めた。だから二体の化け物は外に出た。そして自分達の力についても、存在についても理解を深めて言った。」

 

裁判者は空を見上げ、

 

「色々と関わりを持ってお前達、心ある者達の実験に協力した。」

「実験?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

裁判者は視線を彼らに戻し、

 

「ああ。ドラゴンの実験、生死の実験、力の実験、色々とな。なら、今度はお前達、心ある者達が私たちの実験に付き合うべきだろ。だから我々は色々動いていた。その過程で、私は関わりを持つのは“意味がない”と理解した。だから私は、色々とお前達の精神や生死を弄ったりしてみた。その過程でできたのが、今お前達が戦おうとしている聖主カノヌシだ。」

「……は?」「……え?」「……ん?」「……むむ?」「……はい?」

 

ベルベット、ライフィセット、ロクロウ、マギルゥ、エレノアは目をパチクリした。

アイゼンは腕を組み、眉を寄せて、

 

「やはりな。喰魔の力だけでなく、カノヌシのあの力……どこかの誰かみたいだったからな。」

 

と、アイゼンと裁判者は睨み合う。

ベルベットがその二人を見て、

 

「にらめっこなら後にしなさい。で、なんで聖主カノヌシが、そうなるワケ。」

 

裁判者は目を細め、

 

「正確には、今は聖主カノヌシと呼ばれているが、それはお前達が付けたものだ。昔の私には、名がなかったからな。故に、その本の製作者クローディンは、私を彼之主≪かのぬし≫と呼んだ。」

「先代の筆頭対魔士か……。」

 

マギルゥが眉を寄せる。

ライフィセットが視線を落として、

 

「そっか、だから数え歌の時に、聖主カノヌシじゃなくて、彼之主≪かのぬし≫だったんだ。」

 

裁判者は腕を組み、

 

「昔、あまりにも変わらぬその現状から、私は初めてドラゴンの姿で『喰らう』という事を始めたんだ。人も、聖隷も、業魔≪ごうま≫も、ドラゴンも、穢れも。ま、この力を理解する為に、“暴走させた”と行っても過言ではない。その実験の過程で、多くの心ある者達が死んでいった。というより、殺されたな。そして文明は滅びた。いや、滅ぼした。それがお前達が『クローズド・ダーク』と言われているものだ。」

「……それが真の鎮静化……二番目の数え歌。」

「うむ。裁判者が昔やっているからこそ、導師と聖主にその方法を教える事ができ、その結果がどうのような結末を生むか知っておるから、お主は止めたいのじゃな。」

 

ライフィセットは眉を寄せ、マギルゥは顎に指を当てる。

裁判者は即答で、

 

「いや。知ってはいるが、やると決めたのは奴らだ。それで文明が滅ぶのなら、それで構わん。」

「変わらんな。」

 

アイゼンが睨みつける。

裁判者はそれを受け流し、

 

「だが、あいつらはクローディンの残した古文書、そして聖主になった事で扉の存在に気付き、使い出した。その一つが、お前達の見たドラゴンを捕らえていたあの場所や、今回の領域だ。あれは許していない。」

「ん~、でも、『八つの首を持つ大地の主は、七つの口で穢れを喰って』……だけど、裁判者さんは口一つだよね?」

 

ライフィセットは首を傾げる。

裁判者は影を見る。

すると、影がヘビのように出てくる。

 

「ドラゴンの姿で動き、七つの影で穢れを喰らっていた。この影は、穢れの塊だ。故に、影は斬り裂かれても、何度でも甦る。穢れがある限りな。それに地脈に通ずる、これは私達は世界が吸い上げる穢れを入れる器でもあるからだ。世界と一つと言ってもいい。だから地脈とは繋がりがあるんだよ。」

 

裁判者は影をしまい、組んでいた手を片方腰に当て、

 

「そして世界を壊す寸前まできた時、もう片方の化け物、つまりあいつが四聖主を引っ張り出したんだ。あいつは私と違って、ドラゴンにはなれなければ、力も弱かったからな。」

「いやいや、ここで審判者もドラゴンになれると言ったらなお怖いわ。」

 

マギルゥが半眼で裁判を見る。

ライフィセットがハッとして、

 

「だからかな、裁判者さんの力は多分、四聖主と同じくらい強い。だから“忌み名の聖主”って呼ばれていたんだ。」

 

エレノアも、考え込んでハッとする。

 

「ということは、です。『四つの聖主の怒れる剣が、御食しの業を斬り裂いて』……つまり、あなたが審判者と四聖主にやられたと?」

 

裁判者はジッと彼らを見て、

 

「違う。四聖主の怒りに触れたのは事実だが、元をただせばアイツらも悪い。その結果、私はドラゴンの姿のまま、四聖主としばらく戦い続け、大地が割れた。その後、審判者が私を鎮めて、戦いは終了。その戦いの後、私達は力を抑える為に、四聖主と盟約と誓約を交わした。私の力を封じ、審判者も、私の力の半分持つこと。そして、その力が再び暴走しないように、我らの力やその時の影響で乱れた世界の自然バランスを調える為、四聖主が地脈に眠る事で、それを成り立つこととなった。そのせいで、我らは四聖主に変わって世界を管理し、裁かねばならん。」

「そうなの?」

 

ライフィセットはアイゼンを見る。

アイゼンは深く眉を寄せ、

 

「……当時を知る聖隷はかなり少ない。なにせ、裁判者が大暴れしてくれたおかげでな。だが、その時を境に、四聖主が眠りについたのは確かだ。」

「その為に我らは、その一環として中立を保つための道具として、強く固い感情と意志でなくては壊れる事のない仮面を創りだした。それは同時に、我らは心ある者達の本当の願いを一つ叶える理を創りだした。心ある者達に関わりを持つのをやめた私は、心ある者達に関わりを持とうとするアイツが私の力を持つことで、暴走する可能性がある。故に、私は暴走をした時の為にアイツを裁けるように、裁判者。そして私は、外の四聖主とかそういう方にした。だからアイツはドラゴンと化した私を裁けるように、審判者。そう名乗るようになった。その後、私は少しの間眠った。理を創りかえる為にな。ちなみに、お前達が緋の夜と言うあの現象は、地脈による影響で間違いはない。だが、あれはある種で言うのであれば、『私の眠っている力が溢れだす日』と言ってもいい。」

 

裁判者は空を見上げる。

ベルベットが眉を寄せ、顎に指を当てて、

 

「『御食しの業を斬り裂いて、二つにわかれ眠れる大地。緋色の月夜は魔を照らす。忌み名の聖主心はひとつ。忌み名の聖主体はひとつ』。裁判者と封じられた力。ひとつは大地に、ひとつは地脈に。ひとつは世界を守護し、ひとつは世界に災厄を。どちらも一つの裁判者≪彼之主≫……ね。」

 

裁判者は空を見上げたまま、

 

「それがどれくらい経ったか、ある人間の声で私は目覚めた。そこに行くと一人の人間がいた。彼は聖隷や業魔≪ごうま≫が視える特殊な人間だった。」

「霊応力があったと言うわけじゃな。」

 

マギルゥは裁判者を見据える。

裁判者は彼らを見て、

 

「ああ。人々を守るように業魔≪ごうま≫に立ち向かっていた。聖隷とな。だが、只の人間、聖隷では勝てない。その時は、私が手を貸した。それを見たその人間は私に近付き、『人々を守るために、業魔≪ごうま≫を倒す方法を教えて欲しい』と言ってきた。私はその人間と盟約を交わし、彼に力を与えた。その後、彼は昔を聖隷達から私の存在について聞いたらしい。次に会った時には、『いつか君が暴走したら、その時は私が君を止めよう』と言って自信満々だった。」

「変わった人間だな。」

 

ロクロウが目をパチクリした。

裁判者は頷き、

 

「それは間違いない。だから私も、『やれるならやれ』と言った。。あいつは昔を知る聖隷から、私について聞き回り、痕跡がある遺跡やら神殿やら調べ上げたらしい。そして私達が創り、残した遺物を見つけ出したり、術式を創りだしたり、力の復活方法を見つけ出そうと、色々やり上げた。現に、私とやりやって認めた相手だ。そして、本当の意味で『暗黒時代』を終わらせた人物でもある。」

「……もしかしなくても、先代対魔士クローディンかえ?」

 

マギルゥが半眼で聞く。

裁判者は彼女を見据え、

 

「そのまさかだ。」

「で、聖主カノヌシの話は。」

 

ベルベットが眉を寄せる。

裁判者は彼女を見据え、

 

「それが、『お前たちの知る古文書の内容となる』と言うわけだ。クローディン自身、私の封じられた力の場所を探していたらしい。」

「どうして?」

 

ライフィセットが裁判者を見上げる。

裁判者は腕を組み、

 

「おそらくは、封じられた場所を知る事で、何か解るかもしれないと思ったのではないか。敵を知るには、な。そしてあいつは知ったんだ、理を。自分達が理の中で生きている事を。何よりも、業魔≪ごうま≫を生んでしまう心を、な。あいつは聖主カノヌシの復活≪私の力≫を望んだわけではない。それ以外の方法で、理を変えたかったのだろうな。だが、その想いを伝えられずに、あいつは弟子を護って死んだ。弟子はその意志と違う想いを継ぎ、捜し続けた。だが、捜しても捜してもそれは見付からなかった。次第に弟子の心は疲れ果て、進むことを諦めた。だが、彼は出会った。大切な者に。」

「……それが私の姉、セリカと生まれるはずだった子供≪ライフィセット≫。」

 

ベルベットはライフィセットを見つめる。

ライフィセットもまた、俯く。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「じゃが、皮肉にも緋の夜に業魔≪ごうま≫に襲われた。」

「それも、自分達が助かるために、村人に売られてな。」

 

アイゼンも睨むように拳を握りしめる。

裁判者は彼らを見て、

 

「本当に、売られたのならな。だが、売られたと言う真実を知ってなお、村人と関わっているのであれば相当の精神力だな。その時、お前の姉が贄を送ってしまったんだ。『穢れなき魂』という、自身の子を。それが最初の贄となった。その時に、知ってしまったんだ。あの場所が封じの門だと。だが、贄となったのは『穢れなき魂』であり、力の塊である『私の力を宿す器』がなかった。」

「だからラフィが必要だった。」

 

ベルベットは左手を握りしめる。

エレノアが眉を寄せ、右手を握りしめ、

 

「そして器を手に入れた裁判者の力が、ベルベットの弟と言う器を得て、聖主カノヌシとして君臨した。」

「ああ。私には二つの力がある。一つは喰らった穢れを、私自身の中で浄化する。その穢れを喰らうのが、この影と言うわけだ。」

 

と、裁判者は自分の足元を指差す。

 

「だが、人間という一つの器には、一つしか適さなかった。お前の弟は≪聖主カノヌシ≫は、私の力のひとつである『穢れを喰らい、体内でそれを浄化する』を手にし、そしてその穢れを喰らう影の役割を持つ器を、七体の喰魔として存在させた。」

「なら、カノヌシの一部であるフィーの力も、そうなのね。」

 

ベルベットが裁判者を睨む。

裁判者はライフィセットを見て、

 

「それが、私のもうひとつの力、『歌を歌って浄化をする力』だ。ライフィセットの『穢れを焼き尽くす銀色の炎』。あれが、浄化の力だ。」

「浄化の力……」

 

そしてベルベットを見て、

 

「喰魔と私の影は干渉し合ってしまう。数が多ければ多いほどな。前に、お前の腕が、私を喰らおうとしただろ。あれはお前の左手が私の影に干渉したからだ。」

「……そもそも穢れとは何なのです。負の感情と言うのはわかります。ですが、喰魔になって聖主を覚醒させるための心や贄……どうしてです。」

 

エレノアが裁判者を悲しそうに睨む。

少しの間を置き、

 

「贄を用いたのは、封印を解かないためだ。誰しも皆、自分の命を、自ら犠牲になりたいとは思わないだろ。そしてそれが、穢れなき魂なら、捧げるのにも困難がある。だが、今回贄は捧げられた。私の力は聖主として蘇り、君臨している。二人の聖主≪力≫と七体の喰魔≪器≫として。それに、穢れは心があるから生まれる。その心の穢れは誰しも持ち、繋げ、育むものだ。お前達は己の為に行動し、時に誰かの為に自らを行動し、求め続け、さらに求めたくなる。それが身勝手であり、時に誰かを恨み、自分の都合でそれから逃げる。そして絶望するんだ。世界に、自分に、な。」

「『絶望、憎悪、貪婪、傲慢、愛欲、執着、逃避、利己』、八つの純粋な穢れ……」

 

ライフィセットが眉を寄せる。

裁判者は目を細め、

 

「穢れはそんな偏った純粋な感情が、一つだけ大きく膨れ上がったものだ。それが喰魔になり得る資質。業魔≪ごうま≫ではなく、な。業魔≪ごうま≫は逆にその穢れに飲まれると言っていい。飲まれすぎて、人はそれだけに執着し、自身の穢れから逃げる。聖隷は自分を失いこうなったことを後悔し、原因になったものを憎む。だが、喰魔はそれでも己を失わず、自らを見る。だから自分を失いのだ。それが可能な意志と心が必要となる。」

 

裁判者はベルベットを見て、

 

「お前は、なるべくして喰魔になった。」

「は?」

「お前が穴に落ちた時、『幸せを、大切な者を、時間≪とき≫を奪ったモノを壊すための力が欲しい』。それを願った。だから私はお前に力を与えた。それが強い憎しみを一気に生み、喰魔となって顕現した。そしてそれと同時に、真実を知った時に絶望を知るに値する喰魔になった。お前の弟も、『今の自分を失いたくない』と言う願いを放った。お前の人間だった頃の弟の心は、聖隷ライフィセットの中にある。それが今のライフィセットを創る“心”となり、ベルベットが名をつけた事で、“聖隷ライフィセット”となった。お前は欠片≪一部≫ではあるが、聖隷≪ライフィセット≫になのだからな。」

「うん!僕は僕!」

 

裁判者はライフィセットを見る。

そして再び彼らを見て、

 

「これが真実だ。」

 

そう言って、裁判者はベルベットの横を通るとき、

 

「お前の考えている事は可能だ。だが、それは永遠とも言える孤独で、果てしない闇と後悔、もしもの自分を見ることとなる。」

「かまわないわよ、今更。あたしはあたしの意志でやり遂げる。」

「なら、足掻き続けろ。絶望と希望は隣合わせだ。」

「ええ、そうね。本当に。」

 

そして離れる。

 

空を見上げ、裁判者は思い出していた。

関わりを捨て、外で過ごす毎日。

時々やって来ては、勝負を挑んでくるクローディン。

そのせいだろか、それとも必然だったのだろうか。

彼に関わった事で、私はもう一度だけ関わろうと思った。

そして自らの家族に疎まれるボロボロになったマギラニカに会った。

 

――ねぇ、あなたもあれが見えるの?

 

私は子供を見る。

 

「お前は霊応力があるのだな。」

「霊応力……?」

「ああ。ああいったものが視える力だ。」

 

子供は俯き、

 

「だって、私は化物だから……」

「化け物……ね。本当の化物というのは、こういう者をいう。」

「え?」

 

子供が顔を上がる。

私は影を伸ばし、業魔≪ごうま≫を喰らい出す。

そして子供を見る。

 

「す、すごい!あなた、すごいね!私ね、マギラニカって言うの!」

 

目を輝かせ、ウソのない好奇心と尊敬の意を持って抱き付いて来た。

私は子供を見下ろし、

 

『……子供の人間にはあまり関わったことがなかったな……。ついでに実験してみるか。』

 

その後しばらく、その子供の側に居た。

彼女は嬉しそうに話し掛ける。

私も、ある程度の話はいつもしていた。

彼女は私を“初めてできた友達”と言って、笑顔を向ける。

だが、何年か立ったある日、私は子供から離れた。

眠っている彼女に、

 

「もし、私を覚えていたら……名を呼んでやるよ。」

 

 

居なくなった私を、子供はしばらく捜し、待ち続けた。

その想いも虚しく、彼女はある旅一座に親の手で売られた。

彼女の心は閉じて行く。

救いだったのはおそらく、売られてしばらくした時に偶然見つけたノルミン聖隷のおかげだろう。

彼女はノルミン聖隷を抱きしめ、毎日を過ごしていた。

ふと、何を想って私は近付いたのかわからない。

殴られそうになった彼女の前に出て、その拳を受け止めた。

 

「なんだ貴様は!退きな!」

 

私が睨みつけると、男は一目散に逃げ出した。

と、私は抱きしめられた。

後ろを見ると、彼女が抱き付いていた。

 

「急に居なくなったから……寂しかった。」

「寂しい……ね。」

 

と、私はノルミン聖隷と目が合った。

 

「げげ⁉裁判者でフ‼お願いでフ!喰べないで欲しいでフ~‼」

 

ノルミン聖隷は彼女に抱き付いた。

彼女は私から離れると、ノルミン聖隷を抱き上げる。

 

「ビエンフー、大丈夫だよ。この人は私のお友達だから。ね、約束!夢の中で言ったでしょ!」

「……ああ、そうだったな。マギラニカ。」

「ええ⁉マギラニカ、お友達になっちゃったでフか~!」

 

彼女は嬉しそうに頷き、そして話し続けた。

そしてしゃべり続けて寝てしまった。

ノルミン聖隷が脅えながら、

 

「い、言っときまフが、マギラニカに手を出したら……ボクが許さないでフからね!」

「何もしないさ。」

「それは友達だからでフか。」

「いや、違う。実験中なだけだ。」

 

そう言って、自分の服をずっと掴んでいる彼女を見る。

私はちょくちょく彼女の前に現れた。

時々話しかけてくる人間に、視えた事を話した事もあった。

そんな時、私はノルミン聖隷を見て、

 

「お前、あいつを器にしろ。」

「な、なんででフか⁉」

 

私が黙って、ノルミン聖隷を見ると、

 

「わ、わかったでフから、その目で見ないでほしいでフ!」

 

翌朝、彼女に契約の仕方を教えた。

 

「覚えよ、汝に与える真名は『フューシィ=カス≪可愛い帽子≫』!」

「何故、それにした。」

「だって、始めて会った時に可愛い帽子だなって思って。」

「そうか。」

 

私は聖隷の力をある程度使えるように教えた。

そして彼女の頭に手を置き、

 

「これで、自分の身はある程度、守れるだろ。力の使い方を間違えるなよ、マギラニカ。」

「うん!頑張ろうね、ビエンフー!」

「はいでフ!」

 

だが、長くは一緒に居られなかった。

変わらない自分の姿を不審に思う人間達。

そして彼女を含めた旅一座は異端審問に駆けられた。

私は異端審問とやらがどのようなものか見るべく共にいた。

それは酷い有り様だった。

他の異端審問に向かう途中、業魔≪ごうま≫化した人間達に囲まれ襲われた。

一人の老人対魔士が視える。

私はしがみ付いて来た少女と少女の抱えているノルミン聖隷だけを助けた。

次第に、旅芸人の一座は穢れに飲まれ、業魔≪ごうま≫化した。

襲い掛かる者だけ喰らい、後は皆互いに互いを襲って死んだ。

それを全て見ていた少女を見る。

彼女からは初めて、自分に対する恐怖を感じ取った。

 

「頃合いだな。またな、マギラニカ。」

 

私は彼女の元を離れた。

後ろから、脅えながらも私を呼ぶ声が聞こえた。

 

しばらくして、関わりを断ったはずの少女に会った。

彼女は私を見て、驚きながらも嬉しそうに駆け寄って来た。

今の彼女は対魔士の弟子として、修行に明け暮れていた。

師匠の期待に応える為、必死になって自分の居場所を手に入れる為に。

老人対魔士と目が合う。

だが、関わりを捨てた自分にはどうでもいいこと。

だから背を向けて歩き出す。

 

「……またどっか、行っちゃうの……」

 

私は立ち止まり、

 

「もう、関わりのない事だからな。」

「……え……でも……」

 

俯く彼女に振り返り、持っていたリンゴを投げる。

それが俯いていた彼女の頭に当たる。

彼女は右手で頭を抑え、左手でリンゴを拾い上げる。

 

「『幸運を呼ぶ』と言われているらしい。それが今のお前の選んだ選択だ。」

 

そう言って、歩いて行った。

裁判者はそれからまた一人長い時間を過ごしていた。

と、声が聞こえた。

 

――……裁判者……会いたいよ……

 

そこに飛ぶと、彼女は心を壊され、捨てられるところだった。

私を虚ろで見るその瞳が一回だけ揺れ、

 

「本当に会えた……」

 

そして気絶した。

私は彼女を抱き上げる。

側に居たノルミン聖隷を掴み、彼女の上に乗せると歩き出す。

 

「それはもう、お前の知るマギラニカの心はないぞ。」

 

老人対魔士の横を通ると、彼が横目で見て言う。

私は立ち止まり、

 

「だったらなんだ。捨てたのだろ。なら、お前に関わりのない事だ。」

「お前も同じではないのか。」

「……私は私の仕事をするだけだ。」

 

そう言って、歩いて行く。

ノルミン聖隷を見下ろし、

 

「行く当てはあるのか。」

「……ないでフ。でも、知り合いならいるでフ、グリモ姐さんでフ!」

「グリモワールか……」

 

裁判者は影で身を包み、グリモワールの元にとんだ。

場所は空き家だった。

急に現れた私を眉を寄せて見て、

 

「あら、やだ。裁判者だわ。何の用かしら。」

「グリモ姐さん!助けてくださいでフ!」

 

ノルミン聖隷が飛び降り、近付いて行く。

話を聞いて、

 

「……いいわ。そこに寝かしなさいな。」

 

裁判者はベッドの上に彼女を寝かせる。

 

「で、どういった心境なのかしら。」

「……知らん。」

「は?まあいいわ。この子がいつ起きても良いように、スープを作るわ。」

「ボクも手伝うでフ!」

 

そう言って、スープを作り出す。

私は眠る少女を見て、

 

「……なんでだろうな。」

 

椅子に座り、本を読み出す。

二日後、彼女は目を覚ますが、虚ろの瞳で何も手を付けようとしない。

困り果てているノルミン聖隷をどかし、虚ろな彼女にスープを飲ませる。

そして横にさせる。

彼女はボーと天井を見上げた後、瞳を閉じる。

 

「うう~、マギラニカ~、ごめんでフ~!」

「泣かないの。鬱陶しいわ。」

 

そしてノルミン聖隷は私を見上げ、

 

「お願いでフ!マギラニカを元に戻して欲しいでフ!」

「その願いにはお前の願い≪想い≫ではあるが、願い≪望み≫ではない。」

「変わらないわね、アンタ。」

 

それを無視し、眠る彼女に手を当て、魔法陣を入れる。

 

「……壊れた心は治らない。だが、心は何度でも甦る。今度はちゃんと、なりたい自分になれ、マギラニカ。」

 

 

その二日後、彼女は目を覚ます。

少しだけ変化はあった。

生きたいと思う心が現れ、次の日には身を起こして歩きまわる。

ある程度心の回復を感じ取り、

 

「グリモワール、しばらくの間――」

「この子の面倒、少しの間だけやってやるわ。」

「……珍しいな。」

「アンタもね。ま、なるようになるでしょ。この子にまだ、生きたいと願う心があるなら。それに、ビエンフーがうるさいのよ。あんなになっても、あの子の側を離れないんですもの。」

「そうか。」

 

私は懸命に話しかけているノルミン聖隷を見る。

赤子のような少女を、生きようと願う彼女を必死に支える。

 

身の回りの事ができるくらいに回復した彼女に、

 

「お前の心は壊れた。自身の師の望むものになれなかったから。だが、お前はお前として、これからを生きるつもりがあるのなら、その壊れた心で世界を、人を、聖隷を、業魔≪ごうま≫を見ろ。お前を変えてくれるものだって、あるかもしれないぞ。」

 

そう言って、頭をポンポン叩き、そこを後にする。

 

裁判者は船の甲板を見る。

そこには仲間と笑い合い、共に歩む自分を持った魔女の姿をした少女。

 

「……お前は変わったよ、マギラニカ。」

 

嬉しそうに笑う彼女を裁判者は見つめる。

 

裁判者が海風に当たり、海を眺めていると、

 

「……裁判者。」

「なんだ。」

 

視線だけを横に向ける。

そこにはベルベットがいる。

ベルベットは左手を握りしめ、

 

「私のお姉ちゃんが聖隷になって記憶を持っていたのは、アンタのせいなの。それにラフィも……」

「……ああ。お前の姉の願いは、『あの人≪アーサー≫を一人にしたくない。家族で共に居たい』だった。だが、あの魂は、贄として扱われた。故に、完全に別の者に生まれ変わろうとしていた。そのため人ではなく、聖隷に転生させた。そしてお前の弟の方は、器としての転生だったから、記憶はすぐにあった。」

「……だけど、姉さんの方は記憶の甦るのに、時差があった。だから、アーサー義兄さんが声を掛けても反応できなかった。そしてフィー≪ライフィセット≫は生まれてすらいなかったから、自我がなかった。生まれた時の事も覚えてなくて当然ね。だけど、なんでフィーの中に、ライフィセット≪私の弟≫になるのよ。」

「お前の弟は聖主カノヌシ≪聖隷≫の器となった。だから、空白だった器≪ライフィセット≫に、人間だった頃の“ライフィセットの心”を入れたんだ。だが、あれはお前も知っての通り、すでにお前の弟ではなく、聖隷ライフィセットだ。」

「わかっているわよ、そんなこと!」

 

そして背を向けて歩いて行く。

だが、立ち止まり、

 

「それでも、今思えばわかるわ。お姉ちゃんの気持ち、シアリーズの気持ち、フィーの気持ち、ラフィ―の気持ち。そして……アーサー義兄さんの気持ち。」

 

裁判者は彼女の背を見据え、

 

「ベルベット・クラウ、お前の考えている答えに必要な道具は我らが持っている。お前は我らを殺せるか。」

「必要なら殺してみせるわ。あたしはあたしの選んだ答えを突き進むだけよ。」

 

そう言って、再び歩き出していった。

裁判者は視線を海に戻す。

 

 

ゼクソン港につくと、人々は自分を取り戻していた。

ベルベットはそれを見て、

 

「鎮静化は解除されたようね。」

「業魔≪ごうま≫の被害と引き換えに、のう。」

 

マギルゥがベルベットを見据える。

ベルベットは左手を握りしめ、

 

「……それも予定通りよ。世話になったわね。」

「したいことをやっただけさ!礼なんかいるかよ。」

「行くぞ。導師との決着をつける!」

 

アイゼンが歩き出す。

そして一向は聖主の御座に向かって歩き出す。

 

聖主の御座に来て、上へと上がっていく。

ライフィセットが空を見上げ、

 

「いる……!カノヌシは空の上だよ。」

「空に……なにかある⁉」

 

エレノアが空を見上げ、眉を寄せる。

ベルベット達も空を見上げ、眉を寄せた。

彼らの眼にもかすかに見える。

空には何かが浮いている。

ロクロウはそれを見上げ、

 

「う~ん……『カノヌシがいる』はいいが、ちょっと高すぎるぞ。」

「あの高さではグリフォンでも無理そうですね。」

 

エレノアはため息をつく。

マギルゥは札を取り出し、

 

「儂の式神は一人乗りじゃしなー。」

「おそらく悩む必要はないだろう。そうだろ、そこに隠れている審判者。」

「え……?」

 

アイゼンが斜め後ろの柱を見る。

そしてエレノアや他の者達もアイゼンと同じ所を見る。

柱の影から仮面をつけた少年が現れ、

 

「ばれてたか。ま、仕方ないね。」

「爪が甘いんだ。お前は。」

「ヒド‼君に呼ばれたから、手伝いに来たのに。」

 

裁判者は彼を睨む。

審判者は一歩下がり、

 

「冗談だよ。あそこまでされたら、俺らも扉の番人として動かないとね。」

 

審判者は裁判者を見据える。

裁判者は風に包まれ、黒い服が白と黒に変わる。

そして仮面を着け、

 

「では、あそこに行くぞ。」

「どうやって?」

「私と審判者が扉を開く。そこからあそこに飛ぶのだ。」

 

裁判者と審判者は横並びになり、手を前に出す。

 

「「扉の番人たる我らが命ず、かの扉を開き給え‼」」

 

魔法陣が浮かび、そこから門が出てくる。

扉が開き、ベルベット達は吸い込まれた。

 

 

「いつまで寝ている。起きろ。」

「おーい、生きてる?」

 

裁判者は寝ている彼らに声をかけ、審判者は彼らを揺する。

彼らは目を覚まし、

 

「なにがどうなったの?」

「空にあった遺跡に飛んだ。」

 

審判者がニッと笑う。

マギルゥが腕を上げ、

 

「やるならやると、言わんか―‼魂が抜かれると思ったわい!」

「へー、そんな感じなんだ。」

「喜ぶでないわい!」

 

笑う審判者にマギルゥが起こり続けた。

アイゼンがマギルゥを見て、

 

「だが、敵の懐に入ったのは変わりない。注意を怠るな。」

「それもわかっとるわい!」

 

マギルゥは肩を落とした。

彼らは改めて、辺りを見渡す。

自分達の足元には青く丸い球体がある。

辺りは一色の青。

時折、きらめく星がある。

 

「辺りに対魔士はいないようね。」

「でも、かなりの聖隷がいます。」

 

ベルベットとエレノアは辺りを探りながらいう。

アイゼンは目を細め、

 

「カノヌシと直接契約した聖隷――陪神たちだ。気をつけろ。奴の力を分け与えられているはずだ。」

「やっかいそうね。」

「そうでもないさ。全部斬り倒すだけのことだ。」

 

ベルベットが舌打ちするが、ロクロウがニッと笑う。

裁判者は歩き出し、

 

「斬れるのならな。」

「ちょ、置いてかないで!」

 

その後ろを審判者が続いた。

彼らも歩き出す。

 

彼らは襲ってくる聖隷を薙ぎ払い、前へと進む。

ロクロウが歩きながら、

 

「しかし、空にこんなものが出るとはなぁ。カノヌシは大地を器にしてたんじゃないのかよ?」

 

マギルゥが笑みを浮かべ、

 

「まぁ、なんとかと神様は高いとこが好きと相場が決まっておるからの。」

「なんとかって……鳥か?」

 

ロクロウは真顔で答えた。

マギルゥは呆れた顔で、

 

「お主のような者のことじゃよ。」

「これは力の塊でできている。」

 

裁判者がそっけなく答えた。

審判者は意外そうな顔で、裁判者を見た。

マギルゥが裁判者を見て、

 

「やはりそうか。この聖殿は、カノヌシが地脈に循環させておった力とお主の力を凝縮し、結晶化させたもの――わかりやすくいえば、聖主カノヌシの体そのものなんじゃよ。」

「な⁉体の中⁉」

 

エレノアが眉を寄せる。

マギルゥは笑顔で裁判者を見て、

 

「じゃろ、裁判者。」

「ああ。それを理解したら、警戒を怠るな。」

「はは、だね。」

 

審判者は腹を抱えて、笑いを堪えていた。

 

ふと、ベルベットが宙を見ながら、

 

「鳥か……。『鳥は飛ばなきゃならないんだ』……ラフィはそう言ってた。きっと、あれがアルトリウスの望んだ答え。でも、あたしは……」

 

そしてベルベットは裁判者を見て、

 

「裁判者、あんたはなぜ鳥が飛ぶと思う。」

「……鳥はお前達自身の心を表しているのではないか。」

「え?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

裁判者は立ち止まり、

 

「鳥が羽を怪我をし、飛べなくなる。それは人の心でいえば、心が折れるのと同じ。空を奪われた鳥は、それでもなお空を求める。人も同じだ。心を壊され、挫折しても、立ち上がり前へと進む。鳥は自由に空を飛び、人は自由を求めて生を求める。己が信じるものを掲げて、な。」

 

そう言って、裁判者は再び歩き出す。

ベルベットは視線を外し、

 

「それも一つの答え……ね。」

 

そしてベルベットは顔を上げ、歩き出す。

ライフィセット達は小さく微笑み、歩き出した。



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toz 第六十六話 決戦

奥まで進み、巨大な扉の前に出た。

ライフィセットが扉を見つめ、

 

「感じる……カノヌシはこの奥だよ。」

「とうとう恩返しができそうだな。」

 

ロクロウが腰に手を当てていう。

ベルベットは呆れたように、

 

「……あんた、恩返し≪それ≫言いたいだけでしょ?」

「お、とうとうバレたか!」

 

ロクロウは笑い出す。

マギルゥもニヤッと笑い、

 

「わからいでか。どいつもこいつも、他人の都合で動く奴じゃあるまい。」

「否定はしません。」

 

エレノアが腰に手を当てて言った。

アイゼンも腰に手を当てて、

 

「自分の舵は自分でとる。」

「それが僕たちの“流儀”だ。」

 

ライフィセットが扉を力強い瞳で見る。

そして彼らは全員で扉を開ける。

その先には長い長い階段がある。

彼らは想いに、各々の答えを持って階段を登り始める。

 

「……お前達の答えを見せて貰おう。」

「さて、どんな結果が待っているか。」

 

裁判者と審判者は階段を上がる彼らの背を見て、呟く。

そして二人も階段を上がっていく。

 

上まで上がりきると、聖主カノヌシと導師アルトリウスが立っていた。

ベルベットは二人を見据える。

マギルゥが聖主カノヌシと導師アルトリウスを見て、

 

「待たせたの~、導師殿!災禍の顕主御一行プラス番人の到着じゃ~!」

「見させて貰う。お前達の選んだ答えを。」

「俺は裁定を下すために。」

 

裁判者と審判者は赤く光る瞳で全員を見据えた。

ロクロウは腰に手を当てて、

 

「はは、裁きを下す者ってか。だが、引けないな。最強の剣士……斬るのが楽しみだ。」

「ああ。俺は俺の選んだ答えに突き進む。アイフリード海賊≪おれたち≫にケンカを売った落とし前、つけさせてもらうぞ。」

 

ロクロウとアイゼンが導師アルトリウスを睨む。

エレノアも導師アルトリウスを見て、

 

「私もです。私もこの答えを信じます!……アルトリウス様、私は自分の意志に従って、あなたをとめます!」

 

導師アルトリウスは彼らを見据え、

 

「……導師≪わたし≫の剣には、人々の“理想”と“希望”が宿っている。」

 

導師アルトリウスは剣鞘を床に叩く。

剣風が彼らを襲う。

 

「“理”からはずれた意志で砕けるものか。」

 

それは勢いを増す。

だが、彼はそこに踏みとどまる。

ライフィセットは導師アルトリウスを見て、

 

「あなたの剣は強いよ。」

 

導師アルトリウスはライフィセットを見つめる。

ライフィセットは力強い瞳で、彼を見て、

 

「けど、僕たちと同じ“ただの剣”だ。」

「試してみるがいい。お前自身の体で。」

 

導師アルトリウスはライフィセットを見据えた。

聖主カノヌシも、ライフィセットを見た。

そして以前ライフィセットに殴られた頬を触り、

 

「君に殴られて以来、胸の奥がモヤモヤするんだ。これって、なんなのかな。」

「わからないなら、また殴ってあげるよ。」

「ふぅん……きっと君を食べたらすっきりするね。」

 

聖主カノヌシがニッと笑う。

ベルベットがライフィセットを守るように前に立ち、

 

「……アーサー義兄さん。『なぜ鳥が空を飛ぶのか』、答えがわかったわ。」

 

導師アルトリウスはベルベットを見る。

ベルベットは宙を見上げ、

 

「鳥はね、飛びたいから空を飛ぶの。」

 

そして二人を見て、

 

「理由なんてなくても。翼が折れて死ぬかもしれなくても。他人≪ひと≫のためなんかじゃない。誰かに命令されたからでもない。鳥はただ、自分が飛びたいから空を飛ぶんだ‼」

 

彼女は力強い瞳で彼を見つめる。

裁判者は小声で、

 

「それがお前が見つけ出した想いであり、答えの先か……ベルベット・クラウ。」

 

裁判者は小さく笑った。

審判者はそれを驚いて見た。

彼が何かを言う前に、導師アルトリウスがベルベットを見据え、

 

「……そんなものが、お前の答えか。」

「そう、それが“あたし”よ。」

「お前は昔からそうだった……。その愚かさこそが業魔≪ごうま≫を生み、世界に悲劇をもたらす元凶なのだ。」

「だったら退治してみせろ!導師アルトリウスッ‼」

 

ベルベットが構える。

導師アルトリウスも剣を鞘から出し、

 

「元よりそのつもりだ。今、縁を断ち切る!」

「この前のお返しをするからね!」

 

二人はベルベット達に襲い掛かる。

 

「行くわよ、フィー!」

「うん、僕も飛ぶよ。ベルベットと一緒に!」

 

導師アルトリウスの剣をベルベットが受け止め、聖主カノヌシの剣をライフィセットが結界術で受け止める。

ロクロウが短剣を握り、剣を交えているベルベットと導師アルトリウスの元に駆けだし、導師アルトリウスに短剣を振るう。

だが、導師アルトリウスはそれを裁き、ロクロウを蹴り飛ばす。

そこに、ベルベットが刃を振り下ろす。

ロクロウも起き上がり、再び短剣を振るう。

 

聖主カノヌシの剣を防いだライフィセットの後ろからエレノアが槍を振るう。

聖主カノヌシはそれを簡単に避け、攻撃を仕掛ける。

エレノアはそれを避け、後ろに下がる。

そこに、アイゼンとマギルゥの術が飛び、エレノアは槍を振るう。

だが、聖主カノヌシの姿はない。

彼はアイゼンとマギルゥの後ろに現れ、剣を振るう。

が、それをライフィセットが結界術で防ぐ。

 

ベルベットが導師アルトリウスを睨み、

 

「殺すなら、しっかり殺せ!さもないと……」

 

ベルベットは思いっきり剣を振るう。

彼はそれを受け止め弾く。

 

「あたしが、あんたを喰らう‼」

 

が、そこにベルベットの蹴りがヒットする。

導師アルトリウスは後ろによろめく。

そこにロクロウの剣が襲い掛かる。

しかし、体勢を立て直した彼はそれを交わす。

 

聖主カノヌシとの戦いも、エレノアとアイゼンが攻める。

エレノアの槍を聖主カノヌシは結界術で防ぐ。

そこにアイゼンが殴り込む。

だが、聖主カノヌシはそれを避ける。

そこにエレノアの槍が再び襲い掛かる。

それを防ぐ聖主カノヌシの元に、アイゼンの拳がヒットし、聖主カノヌシは吹き飛ばされる。

が、体勢を整え、振り下ろされるエレノアの槍を交わす。

さらに、ライフィセットとマギルゥの術が飛び交う。

それを避け、聖主カノヌシは剣を交えている導師アルトリウスの元に行く。

 

裁判者と審判者は戦いを見続ける。

 

「……必死に喰らいついているね。」

「そうだな。あいつらの心が折れない限り、これは続く。」

 

審判者と裁判者は手を出さず、ずっと見つめる。

 

聖主カノヌシと導師アルトリウスから距離を置き、呼吸を整えるベルベット達。

そしてライフィセットが治癒術をかける。

導師アルトリウスは彼らを見て、

 

「しぶといな、業魔≪ごうま≫ども。」

「原因はあいつだ。」

 

聖主カノヌシは治癒術をかけるライフィセットを睨み、剣を作って襲い掛かる。

 

「お前が邪魔なんだ!」

 

そこに、ベルベットが立ちふさがる。

聖主カノヌシはベルベットを見て、止まり、

 

「どいてよ、お姉ちゃん!」

「いやよ!」

 

ベルベットは剣を振り下ろす。

聖主カノヌシはそれを避け、ベルベットと剣を交える。

ベルベットと数回剣を交え、聖主カノヌシがベルベットに剣を突き立てる。

だが、ベルベットは櫛を取り出す。

それに彼の剣を突き刺さり、櫛は折れる。

聖主カノヌシはそれを見て、眉を寄せる。

そこにベルベットの剣が振り下ろされる。

聖主カノヌシは剣でそれを防ぎ、吹き飛ばされる。

体勢を整え、

 

「あ……れ……お姉ちゃん?なんで……僕の櫛を……」

「それは“ラフィ”がくれた櫛よ。聖主カノヌシ。」

「そっか……僕は“聖主カノヌシ”で、あなたは“災禍の顕主”だったね。ああ……お腹が空いたよ、アルトリウス。」

 

そこに導師アルトリウスが近付く。

裁判者は聖主カノヌシを見据える。

彼の瞳から光が消え、自身を抱える。

 

「お腹が空っぽで……胸が空っぽで……体が空っぽで……僕は……苦しい……苦しいよ……」

「どうやら、お前から“絶望”を喰らうことはできないようだな。ならば……鳥は飛ばなければならない。強き翼をもつゆえに。人は鎮めなければならない。深き業をもつゆえに。」

 

導師アルトリウスは瞳を閉じる。

 

「自らを喰わせるか……」

 

裁判者は目を細める。

そして導師アルトリウスは目を開く。

その導師アルトリウスからは穢れが満ち始める。

 

「穢れも、悲劇も、争いも、怒りも、涙も、愛さえも。今すべてを鎮めよう。我が羽ばたきで、人に相応しい静寂を……。カノヌシよ、私の“絶望”を喰らうがいい。」

 

聖主カノヌシは導師アルトリウスの穢れを喰らう。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「こいつ、これほどの絶望を!」

「ずっと抑え込んでたっていうのか!」

 

ロクロウは目を見張った。

マギルゥは真剣な顔で、

 

「ひとつ間違えれば一瞬で業魔≪ごうま≫化じゃぞ。」

「これがアルトリウス様の意志の力……!」

 

エレノアが拳を握りしめる。

ベルベットはも拳を握りしめ、

 

「同時に本性よ!」

「なら、なおさら負けたくない。こんな絶望になんかに‼」

 

ライフィセットも眉を寄せて叫ぶ。

そして、導師アルトリウスは剣を掲げ、

 

「『ネブ=ヒイ=エジャム(理想のための翼)』!」

 

彼に、光が降り注ぎ、カノヌシの紋章が覆い尽くす。

導師アルトリウスと聖主カノヌシの神依≪カムイ≫が行われる。

彼の背には羽が、剣は大きくなり、使えない右手は聖主カノヌシの力で使えるようになる。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「カノヌシの神依≪カムイ≫‼」

「さあ、すべてを鎮めよう。我が完全なる神依≪カムイ≫の力で。」

 

導師アルトリウスは剣を振るう。

それを避け、ベルベット達は攻撃を仕掛ける。

だが、圧倒的にベルベット達が不利だ。

それでも、彼らは負けずに立ち上がり、立ち向かう。

導師アルトリウスはベルベットを見て、

 

「……成長したな。決着をつけよう、災禍の顕主。」

「導師ぃぃぃッッ‼」

 

ベルベットは駆ける。

二人の剣が互いに交じりあう。

ベルベットはそれを弾き、

 

「あたしは、あんたをっ!」

 

再び導師アルトリウスの剣を受け止め、受け流し、

 

「この憎しみを喰らうっ‼」

 

だが、ベルベットの剣は折られた。

それでも、ベルベットは止まらない。

導師アルトリウスに拳を叩きこむ。

 

「まだだ!」

「無駄だっ!」

 

彼はそれを受け止める。

ベルベットは左手を開き、彼と押し合いになる。

 

「あきらめろっ‼私は世界の痛みを!とめねばならんのだっ‼」

「戦訓その零っ‼」

 

ベルベットは彼に思いっきり頭突きした。

裁判者と審判者は一瞬驚いた。

そしてベルベットは導師アルトリウスに噛みついた。

そして神依≪カムイ≫していた聖主カノヌシを彼から引き剥がした。

聖主カノヌシが吹き飛び、神依≪カムイ≫が解けた導師アルトリウスにベルベットが蹴りを入れ、殴り飛ばす。

導師アルトリウスは床に叩き付けられる。

ベルベットは宙で導師アルトリウスの剣を取り、

 

「『絶対にあきらめるな』。」

 

彼に剣を突き刺した。

導師アルトリウスはベルベットを見て、

 

「まるで……英雄のセリフだな……」

「あの日、義兄さんがかけてくれた言葉よ。」

 

ベルベットは導師アルトリウスを見る。

彼は思い出すように、

 

「開門の日の……か。」

 

彼からは血が流れでる。

だが、その表情は昔の彼のように、優しく、後悔の滲み出た義兄の顔。

 

「ベルベット……あの日からのアーサーは嘘なんだよ。俺は、ずっと思っていたんだ。死んだのがセリカたちではなく……『お前達だったらよかったのに』……と……」

 

そして剣に下げている亡き妻との約束のお守りを見つめる。

ベルベットも義妹の顔で、涙を溜め、

 

「……あたしもそう思う。もしそうだったら、きっと義兄さんは、あたしたちのために世界を救ってくれたもの。」

「ああ……救いたかっ……た……」

 

彼の頬にベルベットの涙が落ちる。

彼は瞳を閉じ、

 

「くやしい……なぁ……」

 

そして、彼は息絶えた。

ライフィセットは彼を見つめ、

 

「さようなら……」

「終わったな。」

 

ロクロウもそれを見て、少しほっとする。

神依≪カムイ≫が解けた聖主カノヌシは虚ろな瞳で、

 

「お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた……。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた……。」

 

同じ事を繰り返し、座り込んでいた。

マギルゥが聖主カノヌシを見て、

 

「いいや、まだじゃぞ!」

「お腹が空いたよおおお〰ッッ‼うわあぁあぁぁんッッ‼」

 

聖主カノヌシが立ち上がり、叫ぶ。

そして力が暴走し始め、辺りを力の波が彼らを吹き飛ばそうとする。

 

「ぐぅ……っ!鎮めの力の暴走⁉」

 

エレノアが必死に踏みとどまる。

他者も達も必死に踏みとどまる。

 

「制御するやつがいない!やばいぞ、こりゃあ。」

 

ロクロウが目を見張る。

アイゼンが聖主カノヌシに向かって走り出し、

 

「今ならまだ殺せる。」

 

そこに、裁判者と審判者が彼らとの間に立つ。

アイゼンが立ち止まり、

 

「そこを退け!」

「ダメだ。お前達の答えは見せて貰った。」

「だから、俺たちは裁定を下した。君たちを生かす。」

 

裁判者と審判者は赤く光る瞳で彼らを見据える。

そして裁判者はベルベットの元に歩いて行き、

 

「災禍の顕主ベルベット・クラウ。お前の答えを見せて貰う。」

「君に対する裁定を今から下す。それによって、聖主カノヌシをどうするか決めるといい。」

 

審判者も彼女に近付く。

ベルベットは導師アルトリウスの剣を放し、裁判者と審判者を見据える。

裁判者はベルベットを見て、

 

「我ら二人の心臓を扉に捧げろ。」

「そうすれば、扉が開く。それが本来の開け方の一つ。」

 

審判者は聖主カノヌシの後ろの扉を見る。

裁判者は目を細め、

 

「だが、お前の場合は最奥の扉まで開く必要がある。だから、我らの心臓を喰らえ、喰魔。」

「できるかい?」

 

審判者は微笑む。

ベルベットは瞳を閉じ、開く。

 

「ええ、あたしはあたしの答えの為に、アンタたちを喰らう!」

 

そう言って、ベルベットは左手開き、裁判者と審判者の心臓を貫き、喰らう。

二人は数歩下がった後、傷口が消え、

 

「「さぁ、裁定を下す。」」

「ええ。見てなさい!私の答えを!」

 

ベルベットは聖主カノヌシに歩み寄っていく。

聖主カノヌシの力が収まり、

 

「僕は我慢したんだ……!怖いのも、痛いのも……!」

「知ってるわ。」

 

ベルベットは彼を抱き寄せる。

彼もベルベットを抱きしめ、

 

「苦い薬だって……飲んだし……!したいことも、食べたい物も我慢したっ‼なのに……なんで邪魔するのっ⁉嫌いだぁ……お姉ちゃんなんて……っ‼」

「うん……頑張ったね。もう我慢しなくていいよ。」

 

二人は姉と弟の顔だった。

そしてベルベットは彼の頭を撫で、自分に引き寄せる。

聖主カノヌシはベルベットに噛みつく。

そしてベルベットは瞳を閉じ、

 

「一緒に眠ろう……ラフィ。」

 

瞳を開け、左手を開いて聖主カノヌシを喰らい出す。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「ベルベット、なにを⁉」

「そうか……ベルベットは、永遠に己を喰わせ、カノヌシを喰らい続けるつもりなんじゃ。互いに喰らい合う“∞≪むげん≫の矛盾”と化せば、生きたままカノヌシを封印できると考えたんじゃな。」

 

マギルゥも眉を寄せて言う。

ライフィセットはさらに眉を寄せて、

 

「だめだよ!そんなの!」

「カノヌシを殺せば、その一部のあたしもフィーも死ぬ。あたしは自業自得。でもフィーは……」

 

ベルベットは横目でライフィセットを見る。

ライフィセットは駆け出し、

 

「僕もいいよ!ベルベットと一緒なら、死ぬのなんか怖く――」

 

そこにリンゴが投げられる。

ライフィセットは立ち止まり、それをキャッチする。

ベルベットは優しく微笑み、

 

「ええ、死になさい。食べて、生きて――したいことを全部やった後に。本当に勝手よね。あたしは、わがままで醜い人間。けど、あんたは、そんなあたしを救ってくれた。真っ直ぐな優しい力で。」

「違うよ……ベルベットこそ僕を……」

「ね、あんたも見てきたよね?人間は、いつも必死で……だから間違ってしまう生き物なの。あの義兄さんでさえ……だから、お願い……あんたは生きて。あたしが滅茶苦茶にした世界を……あたしみたいな弱い人間を……どうか助けてあげて。これが……あたしの最後のわがままよ。」

「そんなの……ずるいよっ!」

「ほんとに……ごめん……ね……」

 

ベルベットは哀しく微笑む。

ライフィセットはリンゴにかぶりつき、一口食べる。

そして涙を溜め、叫ぶ。

 

「……いいよ、許してあげるっ!僕は、ベルベットが好きだから‼」

「ありがとう……あたしも……大好きだよ、フィー……」

 

そう言って、ベルベットと聖主カノヌシの足元に魔法陣が浮かぶ。

それが彼らを扉へと運ぶ。

裁判者はベルベットを見る。

 

「お前と盟約を結ぶ。お前のその願いを私が盟約として叶え、見届けよう。」

「ええ。私はそれで構わないわ。お願い……」

 

ベルベットが小さく微笑んだ。

扉が開き、光が彼らを包み込む。

そして引き込む。

ライフィセット達はそれを見つめる。

二人は中に入って行き、扉が閉まる。

それと同時に、赤、黄、青、緑の四つの柱が立つ。

 

「独力で聖主を封じるか。とんでもない人間がいるものだ。だろ、裁判者。」

「ああ。その答えを選んだとんでもない人間だ。そうだろ、四聖主。」

 

裁判者はその光の柱を見据える。

マギルゥが眉を寄せ、

 

「今頃お出ましとは、他人事のようじゃのう。珍しく、裁判者は手を出した、と言うのに。」

「そうでもない。カノヌシが欠けてしまっては我らの力の均衡は崩れる。裁判者が動くのは当然だがな。」

「ああ。仕方なく、お前達の盟約に従ったまでの事。それに、心ある者達には強すぎる力だと言うのも、実験できた。」

 

裁判者は四聖主の柱を睨みつける。

 

「変わりませんね、裁判者。ですが、地水火風が激しくぶつかりあい、世界は数万年をかけて再構築されることになろう。」

「そんな!」

 

エレノアが眉を寄せる。

 

「破滅を防ぐには、代わりの聖主が必要だ。力と意志を兼ね備えた聖隷がな。」

「なるよ。僕が代わりに。」

 

ライフィセットが四聖主の柱を見つめる。

エレノアがライフィセットを見て、

 

「待って、ライフィセット!そんな簡単に――」

「聞いてやろうぜ。」

 

ロクロウが腕を組み、ライフィセットを見据える。

四聖主はライフィセットに、

 

「貴様はカノヌシの一部だ。“力”に不足はない。」

「だが、問題は“意志”だ。」

「汝は、この世界になにを望み、なにをもたらす?」

 

裁判者はライフィセットを見つめる。

彼はかじったリンゴを掲げ、

 

「僕は、この世界にもたらしたい!心を溢れさせてしまった人が、やり直せる明日を!どこまでも飛ぼうとする人たちが、翼を休められる時を!強くて弱い人間が……!怖くて優しい人間たちが……!いつか空の彼方に辿り着けるように‼」

「それがお前の答えにして、想いだな。聖隷ライフィセット。」

 

裁判者は彼に近付く。

ライフィセットは大きく頷く。

 

「ならば、裁判者の名を持って、お前に裁定を下す。お前が諦めない限り、我ら二人はお前の意志に協力しよう。その明日を得る手段を。」

「仕方ないね。けど、俺らは君と言う存在を教える事は出来なくなるけどね。だから君に扉の鍵を与えよう。」

 

審判者は笑う。

そして四聖主の柱をを見て、

 

「彼はやり遂げる。俺たちは、そう思うことにするよ。」

「うん‼」

 

ライフィセットは力強い瞳で彼らを見る。

四聖主の柱は光を発し、

 

「「「「ならば、やってみるがいい。新たな聖主よ。」」」」

 

その光と、裁判者と審判者の出した魔法陣がライフィセットを包み込む。

ライフィセットは掲げていたリンゴを両手で持ち、

 

「世界に“白銀の炎”をッ‼!」

 

ライフィセットが叫ぶ。

空に巨大な魔法陣が浮かぶ。

そしてライフィセットの“白銀の炎”が業魔≪ごうま≫を、世界を包み込む。

業魔≪ごうま≫と化していた人々は人の姿へと戻る。

人々は喜びの声を上げる。

聖隷達は空を見上げる。

聖主カノヌシの創りだした神殿が崩れ落ちて行く。

 

裁判者と審判者は彼らを魔法陣で包み、聖主の御座に転移する。

エレノアが目の前の景色を見て、

 

「地上に戻った……?」

 

そして彼らは後ろに振り返る。

そこには光り輝くドラゴンが姿を現す。

エレノアが目を見開き、

 

「光のドラゴン!」

「……やれやれ、ベルベット譲りの無茶じゃのう。ライフィセットや。」

 

マギルゥは苦笑する。

エレノアはジッとドラゴンを見つめ、

 

「ライフィセット……なのですか?でもなぜ……?」

「それが聖主の姿――そして、お前の覚悟の証なんだな。」

 

アイゼンが真剣な眼差しで彼を見る。

エレノアはハッとして、

 

「誓約!」

「うん……怖い?エレノア。」

 

ドラゴンは首を傾げる。

エレノアは首を振り、笑顔でドラゴンを見上げ、

 

「いいえ、男ぶりがあがりましたよ。」

「さっきの炎が、お前の聖主としての力か。」

「あれで無くなったのかや?業魔≪ごうま≫も穢れも全部。」

 

アイゼンとマギルゥが腕を組む。

後ろから、

 

「……いや、俺は業魔≪ごうま≫のままだ。」

 

ロクロウが笑みを浮かべる。

彼らはロクロウを見る。

確かに彼は業魔≪ごうま≫のままだ。

ライフィセットは彼らを見て、

 

「“白銀の炎”は、あふれた穢れを祓って、業魔≪ごうま≫を人間に戻すことができる。でも、心を変える力じゃないから。」

「やり直す可能性を与えるだけなのですね。」

 

エレノアは考え込む。

ロクロウは頭掻き、

 

「すまん。俺の業は深すぎるんだな。」

「いいんだよ。それがロクロウなんだから。」

「優しいな。お前は……」

 

ロクロウは笑みを浮かべた。

マギルゥは呆れたように、

 

「やれやれ、対魔士はほとんど消え、人の業は混沌のままということか。先はなかなか困難そうじゃなー。」

 

と、肩を落とした。

ライフィセットは空を見上げ、

 

「そうだね。でも……未来を願い想う……人の“祈り”も消えないよ。」

「言うのう~♪」

「聖隷に意思が戻った。お前の“理想”に力を貸す者たちも出るだろう。」

「私も人々に伝えます。世界に“聖主ライフィセット”の加護があることを。」

 

皆笑うが、ライフィセットが彼らを見て、

 

「えっと……その名前は、ちょっと。この姿には似合わないと思うから。」

「……ベルベットがくれた名前ですものね。」

「じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

彼らはライフィセットを見上げる。

ライフィセットは彼らを見て、

 

「エレノアがつけてくれた“真名”で呼んで。『生きる者』――“ライフィセット”を古代語にした僕の真名は……“マオテラス”。」

 

聖主マオテラスの領域が世界を包み込む。

裁判者は彼らに歩み寄り、

 

「話は済んだな。聖主。」

「もう、名では呼んでくれないんだね。」

「今のお前は聖主としてのお前だからな。」

 

裁判者は聖主マオテラスを見上げる。

マギルゥが裁判者を見て、

 

「で、お主らは儂らのが落ち着くまで待っていた理由はなんじゃ?」

 

審判者も彼らの元に歩いて来て、

 

「ここを封じさせて貰う。聖主マオテラスの誓約に応じて、扉を開いた。そこから君は大地を器にし、領域はもう展開できたからね。」

「ですが、ここを封じるとは?」

 

エレノアが首を傾げる。

審判者は笑顔で、

 

「ここは元々、俺らの力で封じられた場所なんだよ。でも、導師アルトリウスと聖主カノヌシの件でこの場所が必要でね。ここを彼らに提供した。だけど、もうその必要もなくなり、俺らはここを守らねばならない。と、いう訳で封じさせて貰うね。」

 

裁判者は審判者を睨んだ後、彼らを見る。

 

「さて、世界中に居た業魔≪ごうま≫達はほぼ全員が人間の姿に戻ったと言っていい。だが、喰魔は業魔≪ごうま≫にして業魔≪ごうま≫に非ず。だからまだ、喰魔のままだ。」

「そんな!」

 

エレノアが眉を寄せる。

裁判者は片手を胸のところまで上げる。

 

「なので、聖主マオテラス。私の力……喰魔の力、返してもらおう。」

「それじゃあ、ライフィセットが……いや、マオテラスが聖主の力を使えなくなるって事か?」

「なぬ⁉どうなってしまうんじゃ⁉」

 

ロクロウとマギルゥが裁判者を見る。

エレノアはさらに寄せ、

 

「ですが、マオテラスは聖主の力です。あー、でも喰魔も聖主の一部でしたね……」

 

アイゼンが眉を寄せ、

 

「何をする気だ。」

「とりあえず、見てれば解るよ。」

 

審判者が笑みを浮かべる。

裁判者は瞳閉じる。

裁判者の周りに小さな魔法陣が六つ、浮かび上がる。

手のひらの上に浮いていた魔法陣から黒い炎が灯り、

 

「まず、空白だった愛欲の喰魔の力。」

 

それが左に回り、魔法陣が入れ替わる。

 

「利己の喰魔の力。」

 

魔法陣に黒い炎が灯る。

ライフィセットの元から虫の喰魔が現れ、黒き炎に燃える。

炎が消えると、虫は元のクワガタのようなカブトムシのような昆虫に戻る。

魔法陣が再び左に回って変わり、

 

「逃避の喰魔の力。」

 

魔法陣に黒い炎が灯る。

バンエルティア号の上を飛んでいたグリフォンが黒い炎で燃え上がる。

炎が消え、昔の鷹へと戻る。

鷹は王子の元へと飛んでいく。

魔法陣が左に回り、

 

「執着の喰魔の力。」

 

魔法陣に黒い炎が灯る。

バンエルティア号に乗っていた犬の喰魔二体≪オルとトロス≫が黒い炎で燃え上がる。

炎が消え、昔の犬二体へと戻る。

魔法陣が左に回り、

 

「貪婪の喰魔の力。」

 

魔法陣に黒い炎が灯る。

バンエルティア号に乗っていた喰魔の小さな少女≪モアナ≫が黒い炎で燃え上がる。

炎が消え、人の姿へと戻る。

魔法陣が左に回り、

 

「傲慢の喰魔の力。」

 

魔法陣に黒い炎が灯る。

バンエルティア号に乗っていた喰魔の女性≪メディサ≫が黒い炎で燃え上がる。

炎が消え、人の姿へと戻る。

そして小さな少女≪モアナ≫と抱き合う。

 

裁判者は瞳を開ける。

六つ全ての魔法陣に黒き炎が灯っている。

 

「憎悪の喰魔である災禍の顕主ベルベット・クラウの力は取らない。そして絶望は取る必要がない。」

「なぜじゃ。」

「それは常にお前達、生きるものが持っているのもだからだ。」

「なるほどのう。八つ目の覚醒のカギは常に自らの内にあったと言うワケか。」

 

マギルゥは目を細めた。

裁判者の中に魔法陣が入って行く。

 

「喰魔達も元に戻った。それに、四聖主との盟約が切れたわけではない。が、聖主マオテラスの新たな盟約もある。その為にはこの力はもう、お前達には必要のないものだ。」

 

裁判者はライフィセットを見て、

 

「お前は、仲間にたくさんのモノを貰った。ベルベットからお前≪名前≫を、エレノアから器≪世界みる供≫を、アイゼンとロクロウには生き様≪生きる意味≫を、マギルゥからは感情を≪正と負≫を、他にも色々教わった。だからお前は聖主カノヌシと違った聖主になれる。結果的にお前がやりきれば、の話だがな。」

「うん。僕はみんなからたくさん貰った。これからも大事にする。忘れないよ、絶対。」

 

聖主マオテラスは裁判者を見つめる。

裁判者はマギルゥを見て、

 

「お前の先代との盟約を破棄させて貰うぞ、メーヴィン。」

「ほえ?」

 

裁判者はマギルゥに手をかざす。

マギルゥの中から魔法陣が現れ、壊れる。

そして掌に一つも魔法陣を浮かび上がらせ、

 

「今を持って、メーヴィンの盟約を新たに紡ぐ。お前は全と悪、双方を見て、感じ、語り継がせろ。一人刻≪とき≫に残され、中立の立場を持つこととなる。」

「つまり、中立を破った時点で儂の命は一気にすり減ると言うワケじゃな。」

「ああ。」

「いいじゃろ。どーせ、暇な儂じゃ。坊が頑張るんじゃ、儂もち~とだけがやり遂げるかのう。」

 

そう言って、魔法陣に近付いた。

その魔法陣がマギルゥの中に入って行く。

裁判者は彼らを見て、

 

「災禍の顕主の盟約に従い、お前達に関してはある程度配慮してやろう。いずれは、お前達の中で願いを叶えるかもしれんからな。」

 

そう言って、彼らを見る。

彼らはライフィセット≪聖主マオテラス≫に言葉を交わし、各々自分の道を歩み出す。

裁判者は歩く彼らの背を見て、彼らには聞こえない声で、

 

「お前達の最後まで見届けよう。それが、災禍の顕主の想いだからな。」

 

裁判者は見つめる先には商人達がいた。

彼らは険しい崖を、助け合いながら歩いて行く。

それを見下ろす業魔≪ごうま≫の山賊。

その背後で、仲間が斬り殺される。

一人の剣士業魔≪ごうま≫が業魔≪ごうま≫を斬り裂いて行く。

白き大剣と黒い大剣で業魔≪ごうま≫を次々薙ぎ払っていく。

 

裁判者は風に身を包み、港にやって来る。

そこには死神を乗せた海賊団。

彼らは旅路の支度をする。

それを見守り、見つめる死神。

彼は持っていたコインを弾き、キャッチする。

コインは自分と同じ死神の絵。

だが、彼は笑みを浮かべる。

彼らは航海に出る。

果てしない海を渡り、冒険に。

 

裁判者は身を翻し、歩く。

その先には復興を懸命に尽くす人々の姿。

助け合い、共に苦楽を共にする人間の姿。

その指揮を行うは、一人の少女。

彼女は自分にできる精いっぱいの事を全力で行っていた。

彼女は共に旅し、想いを共にしたもう一つの仲間と約束を共に人々と苦楽を共にする。

一歩でも前へと。

それを見守り、記し、後世に語り継ぐ魔女の姿。

相棒と共に、世界を渡り歩く。

その先に、荒れた晴れた大地、瓦礫の下でも咲く強き花を見る。

そこに想うは亡き師との想い、自身の想い。

過去の自分、今の自分、たくさんの自分を元に、魔女は笑い歩く。

 

裁判者は柱の上に降り立つ。

そこには光のドラゴンが空を見上げている。

少年は思いにふける。

彼らとの思い出に……

――それは……終わりではなく混沌の始まり。

人は、果てなく戦い続ける。

“あの人たち”のように。

彼方を目指して羽ばたき続ける。

“あの人たち”のように。

笑顔と同じだけ涙を流し、憎しみと同じだけの愛を抱きしめながら……

世界はとても残酷で、未来はどうなるかは、神様にだってわからない。

だけど……僕は信じるよ、ベルベット。

強くて弱い人間たちを、怖くて優しい人間たちを。

だから……いつか“あなた”が願いが叶う、その日まで。

心に強く強く炎を燃やして。

僕は、今を生きる‼

 

彼は眠る彼女を想い、力強い瞳で世界を見る。

心優しき、人も、聖隷も、世界も守る聖主の姿。

 

 

災禍の顕主は夢を見る。

それはもしかしたらあったかもしれい暖かい思い出……

 

弟が笑顔で将来したいことを語る。

病気に打ち勝ち、元気になった弟は旅をしたいと。

弟と共に世界を回る。

洞窟に行き、宝箱を捜す。

海に出れば、羅針盤を片手に気の言い海賊団に船に乗せて貰う。

ある酒場で食事を取る。

弟はマーボーカレーを美味しそうに食べる。

後ろでは仲の良い剣士の兄弟が酒を飲み交わす。

二手道、姉弟で進路の言い争い。

森では弟が珍しいクワガタのようなカブトムシような昆虫を見つけ出す。

氷の大地に行けば、遺跡を見つけて走り出す。

夜になれば、氷の大地で夜空に輝くカーテンのようなオーロラを見上げ、輝く星を見上げる。

旅が終わり、故郷に帰る。

大好きで、大切な姉さんと義兄さん、それに姉さんの子が出迎える。

森で、弟と義兄さん姉さんの子とウリボア狩りをする。

そんな大好きで大切な家族と過ごす暖かい時間……

 

そんな暖かい夢を、もしかしたら弟と共に見ていたのかもしれない。

だが、それは自分が勝手に思う都合のいい夢なのかもしれない。

それでも願う、想う、会って欲しかった未来だと……

 

裁判者は見た気がする。

本来あったかもしれない想いを互いに思いやり、彼らの故郷の岬で遥かに続く海を見つめる二人の姉弟。

それをいつまでも見つめ、想いにふける少年。

彼らの強い想いが混じり合い、具現したかのような光景を……

 

小さな少女が目を開ける。

隣に座っていた少年が、

 

「随分と長いこと寝てたね、レイ。」

「ん~、長い夢を見てた。昔の夢を……」

 

少女レイは伸びをする。

そして少年を見て、

 

「ゼロ、私ね……今なら色々わかる気がする。心ある者達は変わらない。けど、きっと変わる生き物なんだって。それを繰り返して、繰り返して、今を生きてるんだって。」

 

少年ゼロは何か思い当たり、

 

「夢ってもしかして……」

「そ。裁判者がお兄ちゃん達以外に旅を共にした彼ら。裁判者は彼らとの出会いも、旅も嫌いじゃなった。けど、それを理解するのに、こんなに時間が経っちゃった。今度、聖主マオテラスに会ったら、昔話でもしようかな。語れる相手は彼しかいないし。でも、諦めなかったから、今がある。懸命に生きたから、今がある。人も、天族も……」

 

レイは立ち上がる。

空を見上げ、小さく笑って、

 

「クローディン、あなたの想いは受け継がれている。ベルベット、今もライフィセットは頑張ってるよ。今を懸命に生きて、ね。」

 

レイはクルッと回り、始まりの村カムランを見つめ、

 

「ミケル、今のこの世界を見たら、貴方はなにを想うのかな。」

「そうだね。それに、今の俺らを見たら、どういう反応をするか気になる。」

 

審判者ゼロも立ち上がり、かつて村があった場所を見る。

まだ、穢れが満ちるこの村の跡地を……

 

レイは歩き出し、

 

「人と天族、それに私たちの関わりも変わったよ、ジイジ……」

 

レイは身を包み、仮面をつけた少女へと変わる。

仮面を外し、

 

「世界は変わった。時期に理も変わる。呪いを恐れず、立ち向かう彼らは共に協力し合い、共存する。時に挫折し、絶望するが、それでも立ち上がり、懸命に前へと進み、生き続ける。それは果てしない道のり。だが、それが生きると言うことであり、心を持つと言うことだ。」

 

裁判者は再び仮面を着け、審判者と共に歩いて行く。

世界を見続ける為に、この世界に生きる彼らの歴史を紡ぐために……



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toz 第六十七話 オマケ

これは裁判者が災禍の顕主と共に居た頃のこと……

 

――マギルゥ奇術団の続き

ヘラヴィーサの街で、マギルゥが興行師に話し掛ける。

 

「すまぬが、お笑い公演をやらせてもらいたいんじゃが、いいかの?」

「かまわんが、あまり目立たないようにな。聖寮に目をつけられるぞ。」

「ふふん、爆笑コンビ“魔女と少年”に、それは無理な注文じゃなー。」

 

マギルゥはニヤリと笑っていた。

ライフィセットがマギルゥを見上げ、

 

「魔女と少年……僕の出番⁉」

「そうじゃ。お主がボケで、儂がツッコミ。安心せい。多少すべっても、お主が愛想をふりまけば、かわいー、かわいー大ウケじゃ。儂が書いた台本は覚えたの?」

「うん、なんとか。」

「さすがじゃな。じゃが、真面目に台本をなぞるだけでは、笑いの門は開かんぞ。お主なりのアドリブ――具体的にはコビコビなお愛想で、お客様の心をつかむのじゃ!」

「できるかな、アドリブなんて……?」

「お主ならやれる。見つけるんじゃ、新しい自分を!具体的にはコビコビのコビを。」

「……うん、やってみる。」

「よっし!その意気で本番じゃ!」

 

マギルゥはライフィセットを連れて歩いて行った。

 

裁判者はいつものように空を見上げていると、

 

「坊のヤツ、『お客さんとの絆を大切にしたい』などと、芸人としても人としても正しいことを言いおってからに!おかげで儂の台本が悪いせいになってしもうたわい!なぜなのじゃ~‼」

 

と、海に向かって叫んでいた。

そして海を指差し、

 

「今度こそは!今度こそは成功させてやるからなー‼」

 

彼女は大声で叫ぶ。

 

それからしばらくして、ストーンベリィの街に来た。

マギルゥは興行師に話し掛ける。

 

「もし。儂ら、お笑い公演をやりたいんじゃが……」

「かまわんが、相方は……?」

「俺だ。」

 

アイゼンが興行師の前に歩み出る。

マギルゥは半眼で、

 

「……正直、お主が一番絡みづらそうなんじゃが?」

「ふん、見損なうな。こう見えても笑いには一家言ある。バンエルティア号に乗った気でいろ。」

 

彼は自信満々で言う。

マギルゥはさらに肩まで落とし、

 

「……すでに少し不安じゃが……まぁ、お主の威圧キャラをイジりつつ、儂がボケ倒せばいけるか――」

「いや、ボケは任せて貰おう。」

「……ま、任せていいのかえ?」

「ふっ……見せてやろう。死神のクールな笑いを。」

「い、嫌な予感がするのぅ……」

 

マギルゥは歩いて行くアイゼンの後ろで頭を抱えた。

船に戻って来たマギルゥはいつものように、

 

「何故、あの状況でドヤ顔ができるんじゃ!大体舌打ちを繰り返しただけじゃろうて!な~にが、『死神のクールな笑いを』じゃ!お主の威圧が多きすげて、お客が皆半笑いじゃったわ!」

 

そしてこれまた海を指差し、

 

「今度こそ!今度こそは負けぬぞ!儂はやり遂げるじゃ!」

 

そう言って、叫びまくっていた。

裁判者はそれを見下ろし、

 

「懲りないな。」

 

 

マギルゥはイズルトに立ち寄った先で、興行師に話し掛ける。

 

「お笑い公演をやらせてもらいたいのじゃが、枠はあるかの?」

「……あるが、イズルトの客は目が肥えている。ショッパイ芸じゃ、返り討ちだぜ?」

「ほう、そいつは腕が鳴るな。」

 

ロクロウの目が熱気が出る。

マギルゥは半眼で、

 

「おお、ロクロウ……妙にやる気じゃな?」

「実は前から舞台に興味があったんだ。勝負度胸を鍛えられそうだからな。」

「それ以上は鍛えんでもいい気はするが……まぁ、お主に多くは望まん。儂がしゃべくり倒すから、お主はテキトーに相づちを打っておればよいぞよ。」

「応。で、切りこまれたら、切り返せばいいんだろ?」

 

と、ちらりとの二刀の短刀を見る。

マギルゥは眉を寄せ、

 

「……言っとくが、刀は使用禁止じゃぞ。」

「はっはっは!」

「こら!『わかった』と言わんか⁉」

「さあいくぞ、マギルゥ!気合いを入れろよ!」

 

ロクロウは腕を組んで、笑いながらズカズカ歩いて行く。

マギルゥは腕を上げて、怒りながら、

 

「い、嫌な予感しかしないぞぉー!」

 

と、歩いて行く。

そしていつものように船に戻って来たマギルゥは、

 

「ぐわー!何故じゃ!何故なんじゃ!あれで、そこそこ受けてしまうとは!てか、ロクロウは制御不能の自由人すぎじゃー!なんじゃ、アルマ次郎って!何が丸いじゃ!く~、覚えておれ!次こそは、次こそはー‼」

 

と、叫びまくっていた。

裁判者はそれを見て、

 

「まだやる気なのか……」

 

クルリと、マギルゥが振り返り、

 

「そうじゃ!次はお主じゃ!覚悟せい!」

 

と、歩いて行った。

 

ある街に来ると、マギルゥは興行師に話し掛ける。

 

「すまぬが、特殊芸を見せたいのじゃが、大丈夫かえ?」

「ああ。ちょうど今、空きが一つできた所だ。」

「よぉしぃ、裁判者!ゆくぞ、お主と儂の芸を見せるのじゃ!ビエンフーをビシバシ贄に使ってな!」

 

と、マギルゥが拳を握りしめ、ガッツポーズを取る。

ビエンフーがマギルゥを見て、

 

「ビエーン!マ、マギルゥ姐さん⁉ボ、ボクはどうなちゃうでフか⁉」

「安心せい、ビエンフー。お主の犠牲は無駄にはせぬ。」

「マギルゥ姐さん⁉本気なんでフか⁉本気なんでフね⁉」

 

マギルゥがビエンフーをわしづかみにして、ニヤリと笑う。

ライフィセットがビエンフーを見上げ、

 

「大丈夫だよ、ビエンフー。もし、危なくなったら、可能な限り助けてあげるから。」

「それって、もはや危険大ありの助かる見込みゼロでフ!」

「大丈夫です、ビエンフー。本当に危なくなったら、助けてあげますよ。多分。」

 

エレノアがサッと視線を外す。

ビエンフーは目を見張り、

 

「ビエーン!多分って、多分って……エレノア様、僕を見捨てるでフか⁉」

「せいぜい頑張りなさい、ビエンフー。もしもの時は、あたしが喰らってあげるから。」

 

ベルベットが左手を開いたり閉じたりする。

ビエンフーはわなわなして、

 

「ビエーン‼どうしてそうなるでフか!普通に助けてほしいでフよ~!」

「諦めろ、ビエンフー。これがお前の運命だ。」

 

アイゼンが腕を組んで、頷く。

ビエンフーはアイゼンを見て、

 

「嫌でフよ、そんな運命!僕の運命はもっと華やかであってほしいでフ!」

「さぁ、行ってこい!男の度胸を鍛えに!」

 

ロクロウが笑いながら言う。

ビエンフーは泣き叫びながら、

 

「ビエーン‼こんな鍛え方は嫌でフー‼お助け~‼」

 

そして、ビエンフーと裁判者はマギルゥに連れて行かれた。

マギルゥが紐に括りつけ、逃げられなくなったビエンフーを片手で持ち、

 

「は~い、どうもどうも!とても奇妙なコンビ“マギルゥ&チャイバンシャ!ア~ンド凡霊聖隷ビエンフーじゃよ~!マギ~ンプイ♪」

「ビエーン!凡霊って言わないでほしいでフー!」

 

早速ビエンフーは泣かされた。

その時点ですでに数人意味は分からないが、笑っている。

マギルゥが裁判者を見て、

 

「ほれ、お主もあいさつせぬか。これは大事じゃぞ。」

「何故だ。芸を見せるだけだろ。」

「……仕方ない。では、ぽっぽ~って言ったら許してやるぞい。」

 

と、マギルゥは客席の斜め後ろを見る。

そこにはベルベット達がいる。

ベルベットが必死に声を抑えて拳を握りしめている。

マギルゥが裁判者を見上げ、

 

「お願いじゃ、チャイバンシャ!儂の顔に免じてお願いじゃ♪」

 

裁判者は視線を外し、

 

「ぽっぽ~……」

「小さい!もっと大きい声で!」

「知らん!言ったものは言った。」

 

と、裁判者はマギルゥを睨む。

マギルゥは一歩下がり、

 

「お、お主、以外にもツッコミもできたのじゃな!」

 

すると、客席で大笑いが起きる。

その中の一人に見覚えのある人物を見つけて、睨みつける。

マギルゥが裁判者を見て、腕を上げ、

 

「こりゃー!お客さんを睨んでどうするんじゃ!ほれ、芸を始めるぞい!」

 

さらに大笑いが起きる。

マギルゥは客を見て、

 

「さてさて、本日行いますのは――」

「消える人だ。」

「ほえ?」「ビエーン!」

 

マギルゥが目をパチクリし、裁判者を引き寄せ、

 

「何を言い出すのじゃ!誰を消すんじゃ、誰を!」

「……誰だろうな。少なくとも、どこに落ちても生き延びる奴だ。安心しろ。」

「いやいや、無理じゃ‼安心できぬは!」

 

裁判者はマギルゥを離し、客席を見て、

 

「では、お前に消えて貰おう。」

 

と、大笑いしていた少年を見る。

少年は笑いを止め、

 

「え‼ちょ⁉待って、待って!」

「では、芸の始まりだ。」

 

裁判者の足元の影が出て、客の上を通っていき、斜め後ろ席に居た少年を掴み上げる。

少年は裁判者を見て、

 

「ちょっと、そこまで怒らなくてもいいじゃん!」

「さらばだ、審判者。」

 

と、指をパチンと鳴らす。

彼は影にパクッと喰べられて、消える。

客に動揺が走る。

マギルゥはビエンフーを掴み、

 

「さてさて、次は――」

「ちょっと!なにもマグマの中に落とさなくてもいいじゃん!酷いなー、全く!」

 

と、消えたはずの少年が、マギルゥの後ろから現れる。

客が立ち上がり、

 

「おおー!凄いぞ!あの一瞬であそこに移動したのか!」

「こりゃあ凄い!」

 

と、拍手を送る。

裁判者はくるっと回り、歩いて行く。

その後ろを怒りながら付いて行く審判者。

マギルゥは引きつった笑顔のまま、

 

「どうもー、ありがとうございました~!」

 

と、歩いて行く。

その際に、ビエンフーを握りしめる。

最後にはビエンフーの悲鳴が聞こえたのだった。

マギルゥは興行師に話し掛ける。

 

「で、どうじゃっただろうか……」

「うむ。とても凄いものを見せてもらぞ。だが、もう一人、忍ばせとくのなら言っといてくれないと。でも、客席に居るとはこれまた面白い!」

「そうか、それはよかった~……」

 

マギルゥ達は興行師から離れ、船の上に乗ると、マギルゥが半眼で、

 

「結果発表~、全員とコンビを組んでみた結果、お主らがま〰ったく使えんことがわかった。裁判者に関しては、邪魔が入るしのう。」

「ごめん……」

 

ライフィセットが肩を落とす。

ベルベットは拳を握りしめ、

 

「別に悔しくはないけど、そう言われると腹が立つわね。」

「じゃので、儂とビエンフーとのコンビでマジルゥに挑むことにする!」

「はいでフー!準備はできてるでフよー!こっちは危なくないでフからね!」

 

と、ビエンフーは腰に手を当てて、張り切る。

そしてマギルゥを見て、

 

「勝負ネタは十八番の『ネコエンペラー』でフかー?それとも鉄板ネタの『機械人の逆襲』?」

「いや、ここは破壊力重視じゃ。『イズチのカミナリ様』でいく。」

「といフことは、山場のカミナリを連続で落とすくだりは……」

「うむ、客の反応にあわせて、アドリブで重ねられるだけ重ねる!ぬかるなよ!」

「了解でフー!ツカミのトーク用に、ご当地ネタも調べておきまフー♪」

「頼むぞよ。」

 

二人は盛り上がって行く。

それを見たロクロウは、

 

「阿吽の呼吸だな。」

「最初からビエンフーでよかったんじゃない。」

「つまりこれが、マギルゥが用意したオチということか。」

 

ベルベットとアイゼンは呆れたように彼らを見る。

エレノアは拳を握りしめ、

 

「それよりも、早くマジルゥちゃんに会いに、王都に向かいましょう!」

 

そして王都に向かって、船は出る。

王都に着き、広場でマジルゥが指を指して、

 

「勝負じゃ、マジルゥ!なるべく万全でない状態で、出てきやがれっ!」

「……マジルゥの公演は当分ないよ。」

 

興行師がマギルゥの前に出てきて言う。

マジルゥは眉を寄せ、

 

「なんでじゃ?儂とビエンフーのコンビ“板かまぼこ”に恐れをなして逃げたかえ?」

「いや、マジルゥが師匠と大げんかをしてな。家出しちまったんだそうだ。」

「なにがあったんですか……?」

 

エレノアが老人を見る。

彼は怒りながら、

 

「ふん、あいつが練習を休みたいなどと言うからだ。」

「そういうこともあるでしょ。遊びたい年頃なんだし。」

 

エレノアがそっけなく言う。

それが彼をさらに怒らせたようだ。

 

「とでもない!一日練習を休んだら、元に戻すのに三日もかかるんだぞ。」

「だとしても、理由ぐらい聞いてあげても……」

 

エレノアが眉を寄せる。

老人は腕を組み、

 

「聞くだけ聞いた。ザマル鎮洞とやらに行きたいと言っておったが、そんな理由では――」

「ザマル鎮洞⁉そこは、凶暴な業魔≪ごうま≫の巣ですよ!」

「なんだと⁉」

 

エレノアが目を見張る。

マギルゥは顎に指を当てて、

 

「ふぅむ、マジルゥがそこへ行ったとすると、儂の不戦勝は確定かものー。」

「そんなオチは認めません!マジルゥちゃんを捜しに行きますよ!」

 

エレノアがマジルゥを引きずって歩き出す。

ベルベット達はため息をついた後、その後ろをついて行く。

裁判者が、老人を見ると、

 

「……ルルゥ……」

「さて、どうなるかな。」

 

裁判者は歩き出す。

 

一向はザマル鎮洞にやって来た。

そこに悲鳴が響く。

 

「きゃああ‼」

 

そこに駆けて行くと、一人の少女が業魔≪ごうま≫に襲われそうになっていた。

マギルゥがそこを見て、

 

「見つけたぞ、家出娘じゃ!」

 

ベルベット達は彼女も前に出る。

エレノアが張り切って槍を構え、

 

「マジルゥちゃんはみんなの希望!」

「マギルゥちゃんが助けるぞい!」

 

マギルゥはニヤリと笑う。

敵を薙ぎ払い、薙ぎ払い続け、業魔≪ごうま≫達が自分達から逃げ出していった。

完全に業魔≪ごうま≫が居なくなると、

 

「……助けてくれて、ありがとう。」

 

彼らの背に、少女が声を掛ける。

彼らは振り返る。

そしてマギルゥが彼女を見て、

 

「聞いたぞよ。師匠に反対して飛び出したそうじゃな?」

「違う、そんなんじゃ……」

「言わずともわかるぞよ。儂にも面倒な師匠がおったからの。師匠なぞ、勝手なことを言うしか能がない生き物じゃ。粗探しばかりしおって、必死に努力しとる弟子の気持ちを知ろうともせん。」

 

マギルゥは腕を組み、思い出すように言う。

少女も俯き、

 

「うん……バルタ先生も、私がここに来ようとした理由も聞かずにダメだって……。いつもそう。芸がすべてで、なにを話しても踊りのことになっちゃうんだ。私はもっと、色々なことを話したいのに……。」

「そうじゃろう。そうじゃろう。そんなクソジジイに自分を殺して付きあう必要なんてないのじゃぞ?」

 

マギルゥは彼女を見据える。

だが、すぐにいつもの調子で、

 

「行く場所がなければ、マギルゥ奇術団に入れてやってもよい。」

 

少女は少し沈黙し、そして俯いたまま、

 

「あるのかな?そういう生き方も……」

「それはどうかな。」

「え?」

 

少女は顔を上げる。

マギルゥは、会話に入ってきた裁判者を見る。

裁判者は少女を見据え、

 

「お前自身はどう思っている。それでも、お前にとっては、全てが全て嫌ではなかったはずだ。そしてお前の師匠も少なからず、お前を想っている。厳しいのはお前を想っている証拠でもある。どちらも気付かぬ師弟愛と言うものだ。」

 

最後にマギルゥを見る。

マギルゥは眉を寄せて、ムッとしている。

裁判者は少女の後ろを見て、

 

「少なくとも、お前の師匠は自らの体の負荷よりも、お前が心配だと言うのは真実だ。」

 

そこに、何かを引きずる聞こえてくる。

そして男性の声が響く。

 

「無事か!ルルゥ!」

 

少女が振り返ると、動かない足を引きずってやって来る老人がいる。

彼女は目を見張って、

 

「先生!どうしてここに⁉」

「それはこっちのセリフだ!なぜこんな危険な場所に来た⁉」

「……この洞窟に薬草があるって聞いたんです。先生の後遺症に効く痛み止めの……」

「お前……わしのために……?バカ者が!お前の素晴らしい才能を、そんなことで犠牲にしていいと思うのか!」

 

老人は少女を見て怒鳴る。

エレノアが眉を寄せて、

 

「そんな言い方って――!」

 

だが、それをマギルゥが止める。

老人は俯き、

 

「ルルゥ……お前を最高の舞台家にすることだけが、わしの生きている意味なのだ。年寄りの身勝手だとわかっている。嫌ってくれていい……。」

 

マギルゥは彼らを見つめる。

そして老人が顔を上げ、

 

「だが、どうかその才能を無駄にしないでおくれ。お前の踊りはな。こんな時代にも明るさをもたらす、かけがいのない宝物なのだ。」

「先生……」

 

そして二人は見つめ合う。

マギルゥが腕を上げて、

 

「やいやいやい!悪い、悪い、安いでお馴染みのマギルゥ奇術団の前で、とんだ三文芝居をするのう!目ざわりじゃ!ピュ~っと立ち去れい!」

 

マギルゥは指を指す。

ベルベット達は呆れた目でマギルゥを見る。

少女はマギルゥに振り返り、

 

「え、急になぜ……?」

「ええい、お主らは場違いじゃと言っておるのじゃ!マギンプイ!」

 

マギルゥはクルッと回って、光とハトが辺りを飛び交う。

少女はそれを見上げ、

 

「きれい……」

 

マギルゥは少女を見て、笑みを浮かべる。

 

「これが世紀の大魔法使いマギルゥ姐さんの実力じゃ!三流舞踏家の芸など、相手にもならん。師弟そろって恐れ入るがいい!」

「恐れ入るもんですかっ!今の私じゃ敵わないかもしれないけど、先生が目指す舞踏は、あんたの魔法にだってまけないわ!私は、いつか理想の踊りに辿り着いてみせる!」

 

少女は腰に手を当てて、マギルゥを睨む。

老人が少女を見る。

 

「ルルゥ……」

「言うたな?ならばせいぜい師匠とともに精進するがよい!マギルゥ奇術団は、いつでも挑戦を受けるからの。」

 

と、笑みを浮かべるマギルゥ。

そして二人は出口に向かって歩いて行く。

その背を見て、エレノアはマギルゥを見て、

 

「マギルゥ、ありがとうございます。」

「は?なんのことじゃ?」

「柄にもなくマジルゥちゃんを導いてくれて。」

「さてはて、導いたかどうか……?」

 

マジルゥは視線を外す。

ベルベットが出口に方を見て、

 

「ええ。あの師弟がこの先どうなるかなんて、誰にもわからないわよね。」

「全くのう。ただ一人を除いて、はな。じゃが、師の期待に潰されるか、己の限界に絶望するか。師が弟子を、弟子が師を見限ることだってありうる。よしんば、マジルゥが師の理想を叶えたとしても、それが本当に幸せかどうか……」

「マギルゥ、それはあなたの……」

 

エレノアがマギルゥを見つめた。

マギルゥは遠くを見つめるような目で、

 

「ただのぅ……自分を必要としてくれる者がいるのなら、そやつと一緒にいたいと願ってしまうのが人情じゃろうて。」

 

そして裁判者を見つめる。

裁判者も彼女を横目で見ていた。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「弱いのね……人間って。」

「けど、それが人間ですよ。」

「……そうね。」

 

エレノアも眉を寄せて、ベルベットを見る。

その雰囲気に、

 

「おっと、柄にもなくオチのない話をしてしもうたわい。」

「熱でもあるんじゃない?」

「たまにはいいじゃないですか。」

「たま~には、のう。」

 

と、笑みを浮かべる。

そこにビエンフーがマギルゥを見て、

 

「あの~、姐さん。ボクが練習したネタはどうなるでフか?」

「用なしじゃ。」

「ビエーン‼」

 

マギルゥがニヤリと笑う。

ビエンフーは飛び去って行った。

ベルベットが苦笑して、

 

「できたわね、オチ。」

「じゃのう。」

 

その後、マギルゥがスキップで歩き出す。

裁判者もその後ろを歩き出す。

ベルベット達も苦笑した後、歩き出した。

 

~~Fin~~

 

――アイゼンとノル様人形

アイゼンは、かめにんに手紙を渡す。

ジッと見つ目る彼らに、

 

「言っとくが、これは妹への手紙だ。」

「妹さんの?」

「ああ。今は離れて暮らしているからな。」

「そっか……。」

 

ライフィセットが悲しそうに俯く。

かめにんがアイゼンを見あげ、

 

「やっぱりあれの入手は難しいっす。」

「やはりそうか。いや、構わん。」

 

アイゼンはそう言って、歩いて行った。

ライフィセット達がかめにんから聞き出したことで、ノル様人形を集めると幸運が来るらしい。

ライフィセットは何かを決め、ノル様人形をひそかに探し始めたようだ。

裁判者は船の上からアイゼンを見下ろし、

 

「大変だな、想いを繋げるのも。」

 

アイゼンは裁判者を一睨みした後、歩いて行く。

 

街でライフィセットがノルミン聖隷の人形を見つけた。

アイゼンはそれを取り、ライフィセットが嬉しそうに、

 

「よかったね、アイゼン。ノル様人形を四つ集まれば、幸運がくるって。」

「……かめにんから聞いたのか。」

「あ!ご、ごめん……」

「構わんさ。どうせ気休め程度にしか思っていない。」

「気休めじゃないよ。きっといいことが起こるはずだよ。」

 

ライフィセットがアイゼンに笑顔を向ける。

二人のノル様人形探しは続く。

裁判者はそれを見つめ、

 

「……気休め程度、ね。」

 

 

ライフィセットが、別の街で二体目のノル様人形を見つけ、

 

「アイゼン!あったよ、ノル様人形!」

「ああ。礼を言う。」

 

と、彼らの前に、またかめにんがやって来る。

 

「トータス、トークス!アイゼンさんにお手紙っす。」

 

アイゼンはその手紙を受け取る。

ライフィセットが見つめているのに気付き、

 

「見るか。」

「えっ、あ……」

 

と、困惑しているライフィセットにロクロウが近付き、

 

「よし!俺が読もう!」

 

ロクロウが手紙を開ける。

そしてアイゼンはロクロウを見据る。

 

「さて、読むか!どれどれ……」

 

ロクロウはニット笑って、手紙を読み始める。

 

「『貴様の冷酷さが可憐な乙女の心に、今日も涙雨を降らしている。悔い改めよ!さもなくば我にも考えがある!これが最後の警告なり!』……以上!」

 

裁判者はあるものを思い出し、眉少しだけ動かす。

それを聞いていた者は他にも、

 

「かなりキレてますね。」

「どんな悪さをして女子を泣かせたんじゃ?」

 

そこにエレノアが眉を寄せ、マギルゥはニヤニヤ笑い、ベルベットが呆れた目を向ける。

アイゼンがマギルゥを見据え、

 

「お前で試してやろうか?」

「くわばらくわばら、ケーキは別腹じゃ~。」

 

マギルゥは手を上げる。

ライフィセットが首を傾げ、

 

「可憐な乙女の涙雨って……妹のことじゃないの?」

「妹?」

 

アイゼンが眉を寄せる。

ロクロウが腰に手を当てて、

 

「おお、それはありうるぜ。兄貴と離れ離れじゃ、妹も寂しいよな。」

「兄貴のことが好きならね。」

 

ベルベットの言葉に、アイゼンが黙り込む。

エレノアが眉を寄せて、

 

「この手紙をアイゼンの妹が書いたというのですか?ずいぶん個性的な感じもしますが。」

「……俺の妹はこんな手紙は書かん。」

 

アイゼンは腕を組む。

マギルゥがニヤリと笑い、

 

「なら、妹の傍らにおる何者か……というか男が、妹の涙を受けてこの手紙を書いたことになるの~。」

「てめぇマギルゥ!妹に男が付きまとっているだと!誰だ!今すぐここに連れて来い!」

 

と、アイゼンはマギルゥを掴み上げた。

エレノアがハッとして、

 

「付きまとってるなんて言ってませんから!落ち着いてください、アイゼン!」

「そんなに心配なら、見に行けばいいのに。」

 

ライフィセットがアイゼンを見上げる。

アイゼンはマギルゥを放し、黙り込む。

ライフィセットが首を傾げ、

 

「会いに行ったことないの?」

「ずいぶん前に一度だけ、戻ったことがある。だが、俺が帰ってすぐ、近付に人間たちが集まり始め、たちどころに穢れが溢れ、業魔≪ごうま≫どもが妹を襲った。」

「それって、アイゼンのせいなの?」

「穢れの少ない、安全な場所を選んで移り住んだ、人間が簡単には近寄れない、険しい山奥だぞ?」

「偶然で済まされる状況じゃない、よね。」

「……それ以来、一度も妹には会ってない。」

 

アイゼンは拳を握りしめる。

エレノアはライフィセットが持っているノル様人形を見て、

 

「私はその人形を見て、微妙と思ってしまいましたが、そうですね。違いますね。私はいいと思います。」

 

アイゼンが困惑する。

エレノアは笑顔を浮かべ、

 

「もし、微妙だと思っても、気持ちのこもった贈り物なら、どんなものでも女子は嬉しいです。私も、お手伝いします。」

「お前にはやらんぞ。」

 

アイゼンは小さく笑う。

エレノアは腰に手を当てて、

 

「いりません!それに、アイゼンの大切な妹さんに送る人形です。慎重かつ大胆に捜しますよ!」

 

と、張り切り出す。

そんな張り切っていたエレノアが別の場所でノル様人形を見つけた。

それを手に取り、

 

「ノル様人形も、これで三つ目ですね。最後のひとつも頑張って探しましょう。」

「ああ。」

 

アイゼンはどこか嬉しそうに笑みを浮かべる。

マギルゥが辺りを見渡し、

 

「いつもなら、かめにんが来る頃じゃが……トータス、ゴータツ、ミトータツかのー。」

 

全員がマギルゥを呆れた目で見る。

ベルベットが一呼吸置き、

 

「ひょっとして、かめにんが強盗に遭って荷物を盗られて、ここに未だ到達できていない、って言いたいの?」

「さすがは我が弟子、ベルベットぽっぽ~。」

 

笑うマギルゥに、ベルベットは左手を握りしめる。

ロクロウは苦笑して、

 

「もう少し待ってみるか?妹からの返事も、そろそろ届く頃だろう?」

「いや、返事を期待して手紙を出しているわけじゃない。妹のもとへ帰らないことへの言い訳みたいなものだ。」

「帰れないのは死神の呪いのせいでしょ?どうして手紙や贈り物が言い訳なの?」

 

ライフィセットがそう言ったアイゼンを見上げる。

アイゼンは拳を握りしめ、

 

「妹のそばを離れてからすぐの頃は、妹の手紙には『危険でも構わない、一緒にいたい』と書いてあった。以前の俺なら、呪いを解く方法がないと判った時点で、妹を守る覚悟を決めて、戻ったかもしれない。だが、俺は変わった。アイフリードたちと出会って。」

「あの船に居場所を見つけてしまったのですね。だから、呪いが解けてもあなたは帰らない……」

 

エレノアがジッとアイゼンを見つめる。

ライフィセットがアイゼンを見つめ、

 

「妹はそのこと知っているの?」

「はっきり伝えたことはないが、気付いているはずだ。賢くて、思いやりのあるやつだからな。だから、あいつは俺に手紙の返事をよこさない。」

「アイゼンの生き方を尊重してるから?」

「頭では……な。だが、理解できたからといって、寂しい想いが消えたわけじゃない。返事をよこさないのは、抗議の意思表示なんだろう。」

 

アイゼンはさらに拳を握りしめる。

ロクロウが笑みを浮かべ、

 

「それでも手紙を書き続けるのは、兄としての贖罪の意思表示ってわけか。」

「そんな立派なものじゃないがな。」

「返事が来ないとわかっていて手紙を送り続ける兄。帰って来ないとわかっていて待ち続ける妹……」

 

エレノアが悲しそうに俯く。

ベルベットは呆れたように、

 

「……面倒くさい兄妹ね。はっきり自分の気持ちを伝えて、謝ればいいのに。」

 

アイゼンは黙り込む。

ベルベットは視線を落とし、

 

「……でも、大切に想う相手が生きてる。ちょっと羨ましいわ。」

 

そう言って、歩いて行った。

その後ろをライフィセットが追いかける。

裁判者は黙って歩くアイゼンに、

 

「案外、お前のように変で愉快な仲間と旅をするのではないか。」

「それが妹未来だとでも言うのか。」

「いや、その選択のひとつに過ぎない。全ては誰しもが持つ運命の選択次第だ。」

 

睨むアイゼンに、裁判者はそう言って、通り過ぎて行く。

そして彼らは最後のノル様人形を探し出す。

 

「ありました!ありましたよ、ノル様人形!」

 

エレノアがそれを持って掛けて来た。

マギルゥはくるりと回り、

 

「おお、ノル様人形コンプリート〰‼おめっとさーん‼」

「トータス、トータス!ついに極みにトータツっすね!いやぁ、皆さんの探索能力にはコーフクっす!」

 

かめにんが歩いて来た。

ベルベットがかめにんを見据え、

 

「あんたが探せないっていうから、手間暇かかったのよ。その分、次の取引でサービスしてもらうから。」

「ひどい……ひどすぎるっす〰。」

「そんなことより、なにか届けに来たんじゃないの?」

 

ライフィセットがかめにんを見る。

彼は手紙を取り出し、

 

「そんなこと、じゃないすっけど、アイゼンさんに手紙っす〰。」

「また例の手紙か。」

 

アイゼンは手紙を受け取り、読み始める。

 

「『一筆啓上。我の堪忍袋の緒は切れた。怒りの鉄槌を今くださん!監獄島にくるがよい。逃げても責めはせぬ。うぬが薄情かつ臆病な愚兄と判断するのみ』。」

「おいおい、こいつは果たし状じゃないか!面白そうだなぁ。行こうぜ!」

 

ロクロウがワクワクし出す。

ベルベットが呆れたように、

 

「単なる嫌がらせでしょ?放っておけば。」

「いえ、ここはきちんと処理しておくべきです。」

「僕も気になる。これを放っておいたら、アイゼンの妹にまでなにかするかもだし。」

 

エレノアとライフィセットがベルベットを見る。

アイゼンが手紙を握りつぶし、

 

「それだけは絶対にさせん。タイタニアへ行かせてもらうぞ。」

 

船に向かって歩き出す。

裁判者は横を通り過ぎる彼に、

 

「なら、今のうちに気持ちを整理させ、気持ちを伝える事だ。お前の特有の手紙でな。」

「貴様に言われるまでもない。」

 

彼は歩いて行く。

裁判者達も船に戻る。

 

そして監獄島につき、呼び出された場所の広い部屋に行く。

裁判者は部屋の中央奥にある木箱を見て、目を細める。

ロクロウは辺りを見て、

 

「誰もいないな……ん、なんだ、あの箱は……?」

「盟約の――そして、断罪の時は来たれり!」

 

声が響く。

ライフィセットが辺りを見て、

 

「なんだ?」

 

すると、木箱が光り出し、ガタガタ音を立てる。

そしてその中から、ノルミン聖隷が飛び出してきた。

エレノアが目を見開き、

 

「箱の中から、ノル様人形が⁉」

「なに、あんた?」

 

ベルベットが睨みつける。

ノルミン聖隷は彼らを見て、

 

「ふっ、冥土の土産に覚えておくがいい。我が名は――」

「何をやっているんだ、フェニックス。」

「おお、確かにノルミン聖隷のフェニックスではないか。そうかそうか、どうりで手紙が暑苦しかったわけじゃ。」

 

裁判者とマギルゥが彼を見る。

ビエンフーが驚きながら、

 

「ビエエ~ン!自称・ノルミン聖隷最強のオトコが、こんなところに関わってたでフか〰‼」

「自称に非ず‼我は裁判者に打ち勝ち、最強を手に入れた。」

 

ノルミン聖隷フェニックスは指を指す。

裁判者は彼を睨みつける。

 

「ノルミンの最強は名乗っていいと言ったが、お前に負けた覚えはないぞ。」

「何を言うか、我は貴様との勝負に勝ったのだ!我が名はフェニックス!ノルミン聖隷最強の漢なり!」

 

と、腰を振って、くるりと回り、決めポーズを決める。

裁判者が殺気出す。

それをマギルゥがなだる。

ベルベットが呆れた顔で、

 

「全部先に言われているんだけど?」

 

彼は肩を落とす。

アイゼンが彼を睨み、

 

「手紙をよこしたのはてめぇか。なんの真似だ?」

 

彼は顔を上げ、アイゼンを睨みながら、

 

「すべては天の導きなり。過日。我は、兄への想いがつづられた手紙を拾った。差出人を捜し出し、秘かに訪ねてみると、そこには一人の可憐な少女がいた。兄からの贈り物と、出せなかった手紙の山に囲まれて……な。」

「出せなかった手紙……?」

「一文字、一文字に込められた、兄への想い。便せんに落ちた涙の後に、我も涙した!」

 

と、再び肩を落とす。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「てめぇ!拾った手紙を読んだ挙句、人の部屋に勝手に入りやがったのか‼」

 

彼は顔を上げ、

 

「我が、道徳に反したことの非は認める!だが、我の正義は貴様の非常を許さぬ!使い古しの手袋を握りしめ、広い海に兄の無事を祈る、少女の瞳にかけて!」

「訳がわからん……てめぇはなにがしたいんだ!」

「その言葉、汝自身に問うがよい。」

「なんだと……」

「上っ面の言葉を重ねた手紙とオマケのガラクタで、何が伝わるというのだ⁉」

 

彼はキッとアイゼンを睨みつける。

ライフィセットが眉を寄せ、

 

「それは贖罪の……」

「笑止‼妹を心配する汝も、海賊と共に生きたいと望む汝も、どちらも本物であろう‼ならばなぜ、それを正直に伝えてやれぬ?それが、汝の流儀なのだとなぜ言わぬ!兄の流儀を許せぬような器の小さい女なのか、汝の愛する妹は‼」

「てめぇに説教される筋合いはねぇ!」

「ならば、力を示してみせよ。」

「なにが、ならばだ‼」

「我が勝った暁には、即座に妹と会ってもらう。だが我が敗れた時は、我になんでも命ずるがよい!」

 

そして、アイゼンと殴り合いが始まった。

裁判者は視線を外す。

 

「バカらしい。」

 

しばらくして彼は殴り合い、アイゼンが彼を殴り飛ばした。

彼は床に仰向けになって倒れ込む。

ロクロウが腕を組み、

 

「最強ってのは、まんざら嘘じゃなかったな。」

「強かったね……」

 

と、ライフィセットもアイゼンを見る。

アイゼンは眉を寄せ、

 

「だが、死神にケンカを売った落とし前はつけてもらう。」

「えっ、アイゼンなにを……?」

 

エレノアが眉を寄せて叫ぶ。

マギルゥは半眼で彼らを見る。

裁判者もそれを見据えてみる。

ノルミン聖隷フェニックスが目を開き、くるっと回転して立ち上がり、決めポーズを取る。

アイゼンが彼を睨み、

 

「……やはりな。貴様の力は『不死鳥』。俺の『死神の呪い』と真逆の性質を持つ加護の力。」

「ふっ……気付いていたか。」

「じゃあ、フェニックスの『不死鳥』の力があれば、アイゼンの妹を守れるってこと?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

ノルミン聖隷フェニックスはアイゼンを見て、

 

「……我は敗北した。なんなりと、好きに命じるがよい!」

「断る。」

「……なぜだ?」

「自分で自分の舵を取る……それが俺の流儀だ。そのせいで、妹に寂しい思いをさせていることも、それが身勝手な流儀だということもわかっている。だが、俺はこういう生き方しかできない。お前に命令することは、俺自信を否定することになる。だから、命令はしない。だが――」

「だが?」

「できるのなら、お前の力で妹を守ってやって欲しい。業魔≪ごうま≫や穢れ……そして、いつかあいつを襲うであろうドラゴンから。」

「ドラゴン……⁉汝はそこまで……」

「命令じゃなく……お前に頼みたい。」

「……友よ!その願いしかと受け止めた!ならば、友として我も汝に頼みがある。」

「なんだ?」

「汝の妹に、手紙を書いてやってほしい。汝の想いを正直につづり、伝えてやってほしい。手紙を書き終えるまで、我は待つ。」

「……その必要はない。」

「む?」

「出しそびれるうちに、汚れちまったがな。」

 

手紙を取り出し、ノルミン聖隷フェニックスに渡す。

彼は手紙を受け取り、

 

「友よ、この手紙、我が名にかけて妹に届けよう。そして、必ずあの娘の笑顔を蘇らせてみせる。なぜなら、我は不死鳥!我が名はフェニックス‼」

 

決めポーズを取る。

アイゼンは彼を見つめ、

 

「……頼んだぞ、フェニックス。」

 

そして彼はノル様人形と共に、荷物としてかめにんに運ばれていった。

ライフィセットはアイゼンを見上げ、

 

「いいこと起きたね。」

「ああ。なにごとも諦めるな、ということだ。」

 

アイゼンは小さく笑う。

裁判者は顎に指を当てて、

 

「のようだな。これもまた、運命か……」

 

一人呟き、歩いて行く。

 

ちなみに、ノルミン聖隷のグリモワールとビエンフーの話では、あまりこき使うと反乱や独立戦争を起こす問題児でもあるらしい。

それからしばらくして、アイゼンはかめにんから手紙を受け取る。

アイゼンはそれを嬉しそうに見る。

だが、途中から固まり、

 

「うぅ……」

「おい、なんて書いてあったんだ?」

 

ロクロウがアイゼンを見る。

彼は手紙から視線を外し、

 

「俺には読めん……代わりに呼んでくれ。」

 

アイゼンは手紙をライフィセットに渡す。

ライフィセットは手紙を読み始める。

 

「う、うん。『前略、お兄ちゃん。手紙、届きました。なぜかボロボロだったけど。お兄ちゃんの本当の気持ちが伝わってきました。今さら感は否めないけど。護身用に教えてくれた聖隷術、説明がわかりやすくてすぐ覚えられました。いくつか誤字があったけど。海賊に言うのもどうかと思うけど、お仕事頑張って。あとワタシは、秘密は守る方です。だから、なんでも手紙に書いてください。特に待ってないけど、読むのは嫌いじゃないです。山からは見えないけど、海を思って、お兄ちゃんの無事を祈ってます。ワタシは元気です。」

 

アイゼンは涙を流す。

マギルゥが呆れたように、

 

「あーあ、まったく兄妹そろって捻くれ者じゃな。遠回しな愛情表現にもほどがあるわ……」

「まだ続きがあるよ。」

 

ライフィセットは手紙の続きを読む。

 

「『追伸、ノル様人形ありがとう。別にかわいくないけど、少し気に入りました。ただ、夜になると、どこからか“手紙を書くがよい、兄の弱音を聞いてやるがよい”と聞こえてきます。結構イラつくけど、お兄ちゃんのくれたものだから、特別に許してあげます』。……これで全部だよ。」

「なかなかしっかりした子ですね。」

「そういえば、名前はなんていうの?」

 

エレノアとベルベットがアイゼンを見る。

アイゼンは小さく笑い、

 

「エドナだ。」

「なかなか、いい名前ね。」

「当然だ。俺がつけたんだからな。」

 

アイゼンは嬉しそうにそう言った。

裁判者は楽しそうな彼らを見ているのだった。

 

~~Fin~~

 

 

――ザビーダとアイゼンとドラゴン

とある一家と出会った。

彼らは血の繋がった家族ではないらしい。

夫婦の子供は業魔≪ごうま≫に殺され、子供達の両親も殺されたそうだ。

そしてその家族から『ザビーダ』という名が出てきた。

ベルベット達が詳しく話を聞くと、夫婦は料理屋をしていたらしい。

そこに風の聖隷≪ザビーダ≫がやって来て、夫婦を誘拐したらしい。

彼らが連れて行かれた場所に、子供達と彼の恋人『テオドラ』という聖隷が居たらしい。

聖隷も味はわかるが、作る知識も、腕もないと言うことで彼らを連れ来たようだ。

それ以来、彼らの交流が深まったらしい。

なので、彼らにとって彼は生きる喜びを再びくれた恩人らしい。

そして、そのテオドラという聖隷が姿を消し、風の聖隷≪ザビーダ≫が捜しに出たようだ。

 

「……あの聖隷≪ザビーダ≫は気付けるか、あの聖隷≪テオドラ≫の想いに。」

 

裁判者はテオドラという聖隷について考えているベルベット達を見る。

彼らは白角のドラゴンを思い出していた。

そして彼らは白角ドラゴンを思い出しつつも、次に進むことを選んだ。

 

血翅蝶の者からドラゴンについての情報を得た。

話によれば、ある収取化がドラゴン研究もしていたらしい。

そのドラゴンについての資料や古文書を所有していることがわかった。

そしてその資料はアイゼンに有益であると言うことだった。

アイゼンはそれを売っている商人の元に行く。

彼はアイゼン用に資料を残しておいてくれたようだ。

それを持って、近くの宿屋に行く。

古代アヴァロストの古文書をグリモワールに見て貰う。

もちろん、ライフィセットも手伝う。

 

「……ここは『スニラ』と読むと『やるべき』で、『スニク』と読むと『やらずに』って意味になる……」

「そこにかかる単語の読み方は『クル』よ。坊やの感覚で気持ちいい方はどっち?」

「……クル、スニラ……クル、スニク……クルスニク、の方が気持ちいいかな。」

「なら、クルスニクを訳すと……」

「……潰さずに取り出す……『くり抜く』だね。でも、そうすると、これって……」

「ええ、とんでもない古文書ね、これ。」

 

と、二人は眉を寄せて重い空気が流れる。

ロクロウが苦笑して、

 

「おいおい、古文書師弟のお二人さん、俺たちにもわかるように説明してくれよ。」

 

聖隷グリモワールがロクロウを見て、

 

「この古文書は『聖隷とドラゴン』に関する研究書よ……。大昔、ドラゴンを聖隷に戻そうと研究した学者のね。」

「ドラゴンを元に戻す……?その方法が、そこに記されているのですか?」

 

エレノアがジッと見つめる。

聖隷グリモワールはため息をついた。

 

「書かれているのは……失敗の記録と不可能という結論。ただ、その片隅に気になる箇所があるのよね……」

「『白き大角いただくドラゴンの、心くり抜き血とともに、喰わわば消えん、聖隷の加護』。」

 

ライフィセットが古文書を読む。

アイゼンが黙り込む。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「白角のドラゴンの心臓を喰らえば、加護が消える。それって死神の呪いも消せるってこと?」

「……書かれていることが、本当ならね……」

 

と、ベルベットと聖隷グリモワールは裁判者を見る。

当の裁判者は外の海を眺めている。

それも、彼らが視線を向けた途端である。

 

「……聖隷が聖隷の心臓を喰らうとな?退き笑いが止まらんのー。」

「古代アヴァロスト時代には、そんなことが行われていたのですか?」

 

マギルゥとエレノアが反応を示す。

ライフィセットが古文書を見て、

 

「研究の過程で、加護が消えた聖隷もいた、って書いてあるだけだから、本当かどうかはわからないよ。」

「真偽を知りたければ、試すしかないのー。」

 

アイゼンは黙り込み続ける。

そこに声が響く。

 

「あんたは試すのかい?」

「ザビーダ!どうしてここに?」

「親切なばあさんが、ドラゴン資料の話を教えてくれたのさ。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は笑いながら言う。

ベルベットは彼を見据え、

 

「あんたも血翅蝶と繋がっていたのね。」

「俺みたいないい男、女が放っとくはずねえだろ?嬢ちゃんたちも、俺に惚れるんじゃねーぜ。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫はニヤリと笑う。

ベルベットは舌打ちし、エレノアは真顔で、

 

「ないです。」

「ふん、冗談の通じねえやつらだ。……まあ、冗談じゃすまされねえことがあるがな。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫はアイゼンを見据え、

 

「てめぇは、殺るのか。」

「だとしたら、お前はどうする。」

「やらせねぇよ。」

「俺を殺すことになってもか。」

「なんでそんなに殺すことにこだわる?あんたは、自分が死神であることを受け入れたんじゃねぇのか?」

「質問に質問で返すんじゃねえ。」

「先に質問したのは俺だぜ。」

 

アイゼンは少し睨み合った後、

 

「殺すことが、救いになるヤツもいる。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫はジッとアイゼンを見据える。

アイゼンも、彼を見据え、

 

「俺は白角のドラゴンを……殺る。」

「……ドラゴンって言うんじゃねえよ。」

 

アイゼンはジッと風の聖隷≪ザビーダ≫を睨み続ける。

彼は眉を寄せ、

 

「あいつは、テオドラだ。ドラゴンじゃねえ。」

「話は終わりだ。」

「次は警告なしだ。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫はアイゼンを睨んで、歩いて行った。

裁判者は二人を見て、

 

「片や、かけられた呪いを解こうとしている者。そして呪いに囚われさ迷う者、か。さて、あのドラゴン、テオドラの想いに気付けるかな。」

 

裁判者は宿屋を出て、船に向かって歩き出す。

彼らも宿屋から出て、船に向かいながら、

 

「ドラゴンの心臓を喰らうことが、『死神』の呪いを解く方法とはな……」

「『呪い』をといておめでとう。キミも今日から『本物の死神』の仲間入り~♪解けば解くほど絡みつく、いやらしい呪いじゃ。」

 

マギルゥがいつものようにふざけた後、真剣な表情で言った。

彼らは各々、想いにふける。

ライフィセットはアイゼンを見上げ、

 

「アイゼン……」

「……なんだ。」

「……呪いを解くために、白角のドラゴンを、殺すの?」

「ああ。」

「ザビーダの大切な人だとしても……?」

「だからだ。」

「だからって……どういうこと?」

「俺の答えだ。お前の答えは、自分で考えろ。」

 

ライフィセットはアイゼンの言葉を考え込む。

裁判者はそれを見据え、

 

「こちらもまた、答えを出せるか、だな。」

 

彼らは白角のドラゴンを追うこととなった。

その際に、ある対魔士達の話が聞こえてきた。

彼らの話によれば、白角のドラゴンは対魔士達をことごとく蹴散らしているようだった。

その際、白角のドラゴンの討伐に向かった対魔士部隊は全滅、白角のドラゴンも深手をおったらしい。

そしてガイブルク氷地に留まっているという情報を得た。

彼らは白角のドラゴンのいるガイブルク氷地に向かう。

おそらく、風の聖隷≪ザビーダ≫が居ると予想される。

 

ガイブルク氷地につくと、傷を負った胴体の長い白角のドラゴン≪龍≫が居た。

ライフィセットがそれを見て、

 

「情報通り、いたね。」

「本当に、あの方法で呪いを解くのですか?」

 

エレノアがアイゼンを見る。

アイゼンは歩き出し、

 

「……呪いにかかっているのは俺じゃない。」

「いいのね。」

 

その背に、ベルベットが問う。

アイゼンは構え、

 

「……やるぞ。」

「だが、奴も来たようだ。」

 

裁判者がドラゴンの奥の方を見る。

そこに竜巻が起き、こちらに向かって来る。

それがドラゴンの前に止まると、風の聖隷≪ザビーダ≫が現れる。

彼はアイゼンを睨み、

 

「やらせねえって言ったろ!力づくで止める。」

「止めてどうする。」

 

アイゼンは彼を見据える。

風の聖隷≪ザビーダ≫はドラゴンを横目で見て、

 

「てめぇが伸びてる間に、あいつを救う方法を見つける。」

 

ドラゴンは風の聖隷≪ザビーダ≫の風の中に、隠される。

アイゼンは風の聖隷≪ザビーダ≫を睨み、

 

「お前がそうしたいなら好きにしろ。だが、俺はやめる気はない。」

「なんでなんだ……理由もなく誰かを殺したがるような外道じゃねぇだろ、アイフリードの親友はよ……」

「殺すことが、救いになるヤツがいる。」

「殺されて救われるヤツがどこにいる!生きてなんぼじゃねえのかよ、この世界は!なにがあろうと生きることを諦めねえ。それが俺の流儀だ!」

「……わかった。」

 

アイゼンは構える。

それを見た風の聖隷≪ザビーダ≫も構え、

 

「……だよな?」

「えっ、どうしてそうなるのですか⁉救いたいという目的は、二人とも同じなのに!」

 

エレノアが二人を見て叫ぶ。

彼らは構えたまま、

 

「流儀と流儀がぶつかったらやるしかないのさ。」

「ああ。」

 

そして互いに地面を蹴る。

拳とペンデュラムがぶつかり合い、

 

「手加減なしで行くぜ!」

「俺を止めたければ、殺す気でかかって来い。」

 

彼らの攻防戦が続く。

裁判者はそれを見据え、

 

『今回の願いはこうするしかないか……』

 

裁判者は彼らの戦いを見続ける。

アイゼンが力を思いっきり込めて、風の聖隷≪ザビーダ≫を殴り飛ばした。

彼は膝を着き、

 

「はぁ……はぁ……」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は自分の後ろを見る。

風で隠していたドラゴンが姿を現す。

そしてドラゴンは起き出し、炎を近くに居たライフィセットに放つ。

 

「うわああああっ‼!」

「「ライフィセット‼」」

 

ベルベットとエレノアが眉を寄せる。

だが、ライフィセットの前に風の聖隷≪ザビーダ≫が護る。

彼らは背中に直撃を受け、吹き飛ばされる。

 

「うわああ!」

「さすがにこいつは――」

「まずい、のー!」

 

ロクロウが短剣を構えて走り出し、マギルゥが炎をドラゴンにぶつける。

それが直撃し、ドラゴンが地面に尽きそうになる瞬間に、ロクロウが剣を振るおうとするが、

 

「させるかよ‼」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫が銃≪ジークフリード≫をドラゴンに当てた。

ドラゴンはロクロウの刃が当たる前にこの場を飛び去って行く。

風の聖隷≪ザビーダ≫は息を整える。

 

「ふぅ……ぐぁっ……」

 

だが、仰向けに倒れ込む。

ライフィセットが駆けて行き、

 

「大丈夫、ザビーダ?」

「ああ、死なない程度にはな。」

「助けてくれて……ありがとう。」

「礼を言うのはこっちさ。お前が怪我をしなくてよかった。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫はライフィセットを見上げる。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「僕が?」

「子どもを傷付けたとなりゃ、一番悲しむのはあいつだからな。」

 

そう言って、身を起こす。

ライフィセットはドラゴンが飛び去って行った方向を見て、

 

「テオドラさん……」

「子どもってのは、親や家族を亡くして、絶望に心を無くしちまっても、手を握ると握り返してくるんだよ。不安と恐怖で冷え切った冷たい手が、だんだんあったかくなってくる……。」

 

ライフィセットは風の聖隷≪ザビーダ≫の言葉を聞き、自分の手を見る。

裁判者も何かを思い出すように、彼を見ていた。

自分の右手を誰かの手を握るように、握りしめて。

彼はドラゴンが飛び去って行った方向を見つめ、

 

「心の欠片が、命を燃やして熱を出す。それは生きたいという意志なんだ。だから見捨てない、諦めない。あいつは、そう言った。誰よりも、生きることを大切にするヤツだったんだ。」

「……だから、ザビーダは……」

 

ライフィセットが俯く。

アイゼンは眉を寄せ、風の聖隷≪ザビーダ≫を見据える。

 

「いつまでドラゴンの尻拭いを続けるつもりだ。」

「テオドラだ。」

「ドラゴン化した聖隷はもとには戻らん。」

「だから殺してもいいってか?」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は立ち上がり、アイゼンを睨み、

 

「てめえは口では偉そうにほざきながら、死神の呪いを解きたいだけじゃねぇのか!」

「呪いにかかっているのは俺じゃない。」

「他に死神がいるってのかよ?裁判者か?」

 

裁判者は彼を睨む。

マギルゥが小声で、

 

「あれは死神じゃなく、邪神じゃがの~。」

「アンタは黙ってなさい。」

 

ベルベットがマギルゥをど突く。

アイゼンは彼をさらに睨み、

 

「質問を質問で返すんじゃねぇ。」

「……黙れ。良くわかったぜ、てめえが口先だけのビビリ野郎だってな。今度、てめぇがあいつに手を出そうとしやがったら、そのときは……俺も腹をくくるぜ。」

「なにをくくろうが勝手だが、よく考えてみろ。“あの女”がお前に伝えた『生きる』ってことの、本当の意味をな。」

 

そう言って、歩いて行く。

裁判者は横を通り過ぎる彼に、

 

「お前は気付いているが、あれは気付けるかな。」

「最初から知っているくせに、何も教えないお前よりはマシだ。後は、あいつ次第だ。」

 

そう言って、通り過ぎて行く。

他の者達も歩き出す。

アイゼンの背を、風の聖隷≪ザビーダ≫はずっと睨みつける。

裁判者は彼を見据えてから、裁判者も歩き出す。

 

白角のドラゴンの情報を、アイゼン達は再び集め始める。

そして血翅蝶の者から、依頼を受ける。

再びアルディナ草原に現れるようになった白角のドラゴンの討伐だ。

その依頼理由は風の聖隷≪ザビーダ≫の暴走を止めるためらしい。

話によれば、彼は白角のドラゴンの情報を得る為、対魔士達を片っ端から締め上げているらしい。

それにより、血翅蝶も動きを封じられているらしい。

 

彼らは白角のドラゴンを追っていたが、聖寮の鎮静化が始めり、人々から心が失われた。

裁判者の話によれば、鎮静化の効果で、業魔≪ごうま≫やドラゴンも、活動が低下し、休眠状態に入ったと言う。

なので一行は、先にこの問題を対照する事となる。

そしてアイゼンは離宮で、裁判者がドラゴンになった姿を見て、何かに気がついた。

だが、核心は得ていなかった。

 

四聖主を呼び起こし、再び人々達に心が戻る。

そして聖隷達も解放される。

つまり、業魔≪ごうま≫やドラゴンも再び目を覚ます事となる。

聖主の御座に行く前に、白角のドラゴンの件を終わらせることにした。

 

白角のドラゴンが居るアルディナ草原に向かう。

頂上につくと、ドラゴンと風の聖隷≪ザビーダ≫が居た。

そして彼はボロボロになっていた。

裁判者は風の聖隷≪ザビーダ≫とドラゴンを見据える。

 

『さて、そろそろ願いを叶えなければならないが……』

 

と、ドラゴンは咆哮を上げ、風の聖隷≪ザビーダ≫を尻尾で彼を薙ぎ払う。

彼は体勢を整え、

 

「はは……懐かしいなぁ。初めてお前に声をかけたときも、こんな風にぶん殴られたけっか。」

 

そう言っている彼に、再びドラゴンが尻尾で彼を薙ぎ払った。

 

「ぐああああっ‼」

 

彼は地面を転がる。

彼は身を起こし、

 

「……痛ってぇ……。加減を知らねぇ子どもみてぇだなぁ……。」

 

そして立ち上がる彼を、ドラゴンが咆哮を上げて体当たりする。

彼は思いっきり吹き飛ばされる。

 

「うおぉぉぉぉぁぁああっ……」

「ザビーダ‼」

 

ライフィセットが彼の元に駆けだす。

だが、その肩をアイゼンが掴み止める。

 

「……アイゼン⁉」

「黙ってみてろ。」

「でも……!」

 

ライフィセットは眉を寄せて、風の聖隷≪ザビーダ≫を見る。

彼は本当にボロボロだった。

彼は懸命に立ち上がり、

 

「俺が死ぬのを待って、こいつの心臓を喰らうつもりか?だが、そいつは無理だぜ。俺は死なねぇし、こいつも殺らせねぇ……」

「俺がどうするかは、俺が決める。」

 

アイゼンは風の聖隷≪ザビーダ≫を見る。

風の聖隷≪ザビーダ≫は銃≪ジークフリード≫を取り出し、頭に銃口を向けるが、そこにドラゴンの炎が放たれる。

それは彼を直撃する。

それを見たライフィセットはアイゼンの手を払って、

 

「僕はザビーダを助ける‼アイゼンがダメだって言っても、僕が決める‼」

 

ライフィセットが聖隷術を詠唱し始める。

裁判者はライフィセットの元に行き、

 

「これはあの風の聖隷の問題だ。お前は関与するべきものではない。」

「え?」

 

ライフィセットは詠唱を止め、裁判者を見る。

が、ドラゴンに吹き飛ばされる風の聖隷≪ザビーダ≫を見え、

 

「ザビーダ‼」

 

彼が地面を滑り、銃≪ジークフリード≫を落とす。

アイゼンがその銃≪ジークフリード≫を拾い上げ、

 

「子どもをためらいなく襲い、命懸けで助けようとする男を襲う。あの白角のドラゴンは、誰だ?」

 

アイゼンは風の聖隷≪ザビーダ≫を見下ろす。

そしてアイゼンはドラゴンに振り返り、

 

「なにがあろうと生きることを諦めないのが、お前の流儀だと言ったな。なら――今のお前は、生きているのか?」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は眉を寄せて困惑する。

だが、ライフィセットは何かに気づく。

アイゼンは目を細め、

 

「俺にはお前が、生きているようには見えない。」

「なんだと……」

 

そしてアイゼンは銃≪ジークフリード≫をしまい、ドラゴンに向かって歩いて行く。

ライフィセットはアイゼンの背とボロボロの風の聖隷≪ザビーダ≫を見て、

 

「そうか……呪われているのはアイゼンじゃないんだ。アイゼンが殺すことで救おうしているのは……!」

「俺は、呪いを解く。」

 

アイゼンは構える。

ライフィセットが彼の横に駆けて行き、同じように構える。

ベルベット達もその後ろに付き、武器を構える。

ドラゴンの攻撃を避けつつ、聖隷術で攻めていく。

そしてアイゼンがドラゴンを殴り飛ばした。

ドラゴンが地面に崩れ落ちると、

 

「下がっていろ。」

「よせ!そいつを殺しやがったら……俺はてめぇを許さねえ‼」

「だろうな……」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫が膝を着いて、叫ぶ。

アイゼンはドラゴンの前に歩いて行く。

裁判者は彼の横に立ち、

 

「まだ、お前は気付けないのか。」

「何をだ!」

「あれは誰の為に、あそこまでしてドラゴンを討とうとしているのか。そして、ドラゴンになって苦しんでいる聖隷の想いに、だ。」

 

そう言って、彼らの元に歩いて行く。

 

「うおおおっ!」

 

と、アイゼンは思いっきりドラゴンの頭を殴る。

そしてドラゴンは咆哮を上げて倒れ込んだ。

ザビーダが目を見張って、

 

「ああああああ……‼アイゼン、てめぇ……」

 

彼は立ち上がる。

だが、ドラゴンから穢れが漏れ出す。

アイゼンはその穢れを浴び、膝を着く。

彼からも、穢れが漏れ出す。

ベルベット達は目を見張り、風の聖隷≪ザビーダ≫も驚き、

 

「なにっ、穢れ……⁉」

 

裁判者が目を細め、彼の元に歩いて行く。

だが、その横をライフィセットが駆けて行く。

 

「アイゼン‼」

「来るなッ……うああああああっ!」

「こ、これは……‼うわああああっ‼」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫の元にも、穢れが広がり、彼も悲鳴を上がる。

立ち止まった、ライフィセットは眉を寄せ、

 

「アイゼン!ザビーダ!」

「ダメよ、あんたも穢れる!」

 

再び駆け出すライフィセットに、ベルベットが叫ぶ。

彼は振り返り、

 

「だけど!アイゼンとザビーダが‼」

 

と、穢れは近付いたライフィセットまでも飲み込む。

裁判者はライフィセットの頭に手を置き、

 

「まったく。関わるなというのに。」

 

裁判者が彼に力を送る。

ライフィセットは目をつぶって、

 

「うあああああっ‼」

 

彼を中心に銀色の炎が穢れを燃やし尽くす。

そして裁判者の手を払って、銀色の炎を纏って、ドラゴンに向かっていき、

 

「お願い、元に戻って!」

 

その炎をドラゴンに当てる。

ドラゴンは咆哮を上げて、ライフィセットを払い避ける。

再び駆け出すライフィセットの肩を、風の聖隷≪ザビーダ≫が止める。

彼は首を振り、

 

「もういい……」

「でも……!」

「ありがとうよ。」

 

彼は崩れ落ちる。

が、再び力を入れ、立ち上がる。

アイゼンが立ち上がり、銃≪ジークフリード≫の銃口を自分の頭に向ける。

 

「やれるのか。」

「ああ。やるさ。」

 

そう言って、引鉄を引く。

彼の力が膨れ上がり、ドラゴンに向かって拳を振り上げる。

ドラゴンは咆哮を上がる。

 

「だが、少しばかり力は足りないようだ。」

 

裁判者がアイゼンに襲い掛かるドラゴンの頭に手を置き、

 

「お前の願い、どうやら私ではなく、同胞が叶えたようだ。代わりに、お前をおくってやるよ。これで、もう傷つけることはない。」

 

黒い炎がドラゴンを包み込む。

そしてドラゴンは光り輝き、燃えていった。

ドラゴンが完全に消滅すると、風の聖隷≪ザビーダ≫がアイゼンに近付く。

 

「なぜ、死神の呪いを解かなかった?」

「俺にあいつの心臓を喰わせたかったのか?」

「質問に質問で返すんじゃねえよ。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は手を広げる。

アイゼンはドラゴンが居た場所を見つめていた。

裁判者は彼らを見据える。

アイゼンは、風の聖隷≪ザビーダ≫に振り返り、

 

「死神の呪いは俺にかかった呪い。ドラゴンは、すべての聖隷がかけられた呪いだ。」

「さっきの穢れ……あれは、そういうことなんだな。」

「ああ。もう、始まっている。俺がそうなる日も、遠くない。」

「海賊と離れりゃ、ちったあマシになるんじゃねえのかよ。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は彼を眉を寄せてみる。

アイゼンは力強い瞳で、

 

「俺はアイフリード海賊団副長アイゼンだ。呪いに自分の舵を奪われるくらいなら、ドラゴンになったほうがマシだ。」

 

そう言って、彼に背を向けて歩き出す。

が、立ち止まる。

 

「ただ、大切に想う者が、ドラゴンになった自分に囚われてしまうことだけは……恐い。」

「大事なものにすら気づけなくなったテオドラはを、救ってくれたんだな。殺すことで……」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は視線を落とす。

アイゼンは再び彼に振り返る。

彼は拳を握りしめ、

 

「なによりも、人を傷つけることを嫌い、誰よりも人を愛する……優しい女だったんだ。」

「そうか……」

「殺すことで、救いになるヤツもいる。」

「あんたにも、守りたい相手がいるんだな。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫がアイゼンを見る。

アイゼンはペンダントを握りしめ、

 

「……妹だ。」

「いい女か?」

「“早咲きの花”のように、賢いしっかり者でな。よく俺を、子ども扱いしやがる。……本当は泣き虫だが、芯は強い子だ。」

「そうか――仲良くしたいもんだ。俺の嫁候補にしてやるよ。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫はニッと笑う。

アイゼンは眉を寄せる。

 

「てめぇ!」

「心配すんな。全部あんたを殺した後のことだ。」

「ザビーダ、お前……」

「テオドラの仇討ちだ。アイゼン、あんたは俺が殺してやるよ。あんたがあんたでなくなった時、必ず……な。」

「いいのか。」

 

アイゼンが彼を見据える。

風の聖隷≪ザビーダ≫はジッと彼を見て、

 

「ああ。フィルクー=ザデヤ……『約束のザビーダ』の名にかけてな。」

 

アイゼンは彼に歩み寄り、銃≪ジークフリード≫を彼に渡す。

 

「ウフェミュー=ウエクスブ《探索者アイゼン》……俺の真名だ。」

「覚えておく。」

 

風の聖隷≪ザビーダ≫は銃≪ジークフリード≫を受け取る。

裁判者は空を見上げ、

 

『囚われ続けるのに、何百年かかるかな……』

 

ライフィセットが二人に近付き、

 

「……他に、なにか方法はないの?ドラゴンにならずに生きる方法や殺さない方法……」

「殺すか、殺さないかの問題じゃない。大切なのは、自分の舵を自分で取るということだ。」

「それが“生きる”ってことだからな。」

 

アイゼンと風の聖隷≪ザビーダ≫はライフィセットを見る。

ライフィセットは眉を寄せて、

 

「哀しくて……難しいね。けど……わかった。僕も、二人みたいに生きるよ!」

 

力強い瞳で彼らを見る。

風の聖隷≪ザビーダ≫は小さく笑い、

 

「じゃあ、また会おうぜ。」

「どこにいくの?」

 

ライフィセットは歩き出す風の聖隷≪ザビーダ≫の背を見る。

彼は背を向けたまま、

 

「風に聞いてくれ。」

 

歩いて行く。

アイゼンはその背に、

 

「そうだ、ザビーダ。」

「ああ?なんだ。」

 

彼は立ち止まり、アイゼンを見る。

アイゼンは腕を組み、

 

「『白き大角いただくドラゴンの、心くり抜き血とともに、喰わわば消えん、聖隷の加護』。白き大角いただくドラゴン……本当の白角を相手にするのは、命がいくつあっても足りん、と言う話だ。」

「は?なんだそりゃ。」

「覚えておいて損はないという話だ。」

「そうかい。」

 

彼は再び歩き出す。

ライフィセットが首を傾げ、

 

「アイゼン、それってどういう……」

「お前なら気付けるはずだ。」

 

そう言って、アイゼンはライフィセットの頭を撫で、歩いて行く。

アイゼンは裁判者の横を通り、見据えて歩いて行った。

裁判者は目を細め、

 

「なるほどな。」

 

裁判者も、歩き出す。

ライフィセットは腕を組んで悩み続けた。

 

それからベルベット達は血翅蝶に接触した。

彼らの情報からマーナン海礁に、開かない宝箱が打ち上がったらしい。

話によれば、一等対魔士達が数人がかりでも開けられず、壊せず、動かすこともできないらしい。

アイゼンがそれは異大陸の秘宝と判断した。

彼は異大陸で同じものを見て、開け方も知っているそうだ。

それを回収するべく、宝箱のあるマーナン海礁に向かう事となった。

 

そして捜索し、ライフィセットが宝箱を見つける。

 

「あれかな?異大陸の宝箱?」

 

そこに近付き、普通の開け方をやってみたが、開かなかった。

裁判者は宝箱を見て、

 

『ああ……なるほどな。』

 

マギルゥが開けるのを諦めて、アイゼンを見据え、

 

「さあて、アイゼン、どうやって開けるんじゃ?」

「う~ん、俺が斬って開けてやるのに……」

「あなたは中身ごと斬ってしまうでしょ?」

 

ロクロウが眉を寄せて言うが、エレノアは腰に手を当てて、彼を注意した。

アイゼンは宝箱を見て、

 

「合言葉がある。異大陸で『富』を意味する言葉――『バンエルティア』。」

 

彼がそう言うと、『カチャ』という音が鳴り、宝箱の箱が開く。

ライフィセットは驚き、

 

「開いた!」

「なんじゃ、つまらん。こうもあっさり開きおってからに……」

 

マギルゥが半眼で彼を見る。

エレノアは顎に指を当てて、アイゼンを見る。

 

「バンエルティア……異大陸の言葉だったんですね。」

「ああ。バンエルティア号の設計には、異大陸の技術をもった技師が関わっていたからな。そういう偶然と必然――“縁”が、アイフリードに裁判者を会い、ジークフリードをもたらしたんだろ。」

 

アイゼンは腕を組む。

ロクロウは腕を組んで、

 

「で、肝心の中身は、なんなんだ?」

 

ライフィセットが宝箱の中を見て、

 

「本だ……」

 

本を取り出す。

マギルゥが肩を落とし、

 

「むは~……せつないほどつまらんの~。」

「かなり古いけど……読める言葉で書いてある。『特殊能力付加装置ジークフリードの研究』。」

 

ライフィセットが本を読む。

裁判者は目を細め、

 

『あったな……そういうのも……』

 

他の者達は驚きながら、

 

「ジークフリードの解説書ってことですか⁉」

「うん……あちこち欠けているけど、そうみたい。」

 

ライフィセットに詰め寄るエレノアを、彼は戸惑いながらも答える。

マギルゥも驚いたようで、

 

「こりゃまた、えらい偶然じゃの~。」

「フィー、続きをお願い。」

 

エレノアを離し、ベルベットが言う。

ライフィセットは頷き、

 

「うん。『アヴァロスト時代の遺物と思われるジークフリードは、内蔵された術式によって“霊力の操作”を可能とする。一般的には、撃ち抜いた対象の霊力を操作し、“増幅”する装置として認知されているが、これは正規の機能を起動・制御するための基本能力にすぎない』。」

「正規の機能?つまり別の力があるってことか?」

 

ロクロウが考え込み、ライフィセットを見る。

ライフィセットも眉を寄せながら、

 

「そうみたい……『そもそもジークフリードの正体は、対ドラゴン戦用の特殊兵器と推測される』。」

 

その言葉にアイゼンは眉を寄せ、裁判者を睨み出した。

裁判者は空を見上げていた視線を、彼に向ける。

マギルゥもそれに気付き、二人を見て、

 

「ほほう、ちょっと面白くなってきたのう。」

 

ライフィセットは後ろの彼らの睨み合いに気付かず、

 

「『その本来の機能は“意志の弾丸”撃ち込み、特殊な効果を発動することである。霊体結晶の弾丸は、込められた意志の種類によって複数の異なる効果を発揮する。“力の結びつきを断つ弾丸”や“一時的に穢れの影響を遮断する弾丸”等が確認される』。」

「穢れの影響を遮断する弾丸……」

 

アイゼンが目を細め、さらに裁判者を睨み出す。

エレノアがジッとライフィセットを見て、

 

「弾丸の在処は?」

「ええっと……ごめん、これ以上はボロボロで読めない。」

 

ライフィセットが顔を上がる。

アイゼンが裁判者から視線を外し、

 

「そうか……」

「ふうむ……真偽は不明じゃが、それなりに納得できる説じゃな。」

 

マギルゥも裁判者の反応を見て、考え込む。

ライフィセットがアイゼンを見て、

 

「アイゼン、弾丸を探してみようよ。」

「……いや、俺には必要ない。」

 

アイゼンが彼らを見る。

そんな彼にエレノアが、

 

「でも、その弾丸があれば、あなたは――」

「俺には、先にやることがある。なによりも、もうジークフリードはザビーダのものだ。ライフィセット、今度ザビーダに会ったら、このことを教えてやれ。」

 

アイゼンはライフィセットを見る。

ライフィセットはジッとアイゼンを見つめ、

 

「……いいの?」

「頼む。あいつなら、きっと弾丸を見つけ出すだろう。世界中を駆け回ってでもな。」

「……うん、必ず伝えるよ。」

 

ライフィセットは頷く。

マギルゥは肩を上げ、

 

「やれやれ、これも縁なのかじゃが……ど~なっても知らんぞえ~。」

 

と、目を細めて裁判者を見る。

裁判者は視線を外し、耳だけ傾ける。

エレノアはマギルゥを見て、

 

「もう、茶化さないでください。」

「そうだぜ、アイゼンがいいっていうんだからさ。これでいいんだろ。どの道、未来がどうなるかなんてわからんしな。」

 

ロクロウがニッと笑う。

ベルベットが左手を握りしめ、

 

「そうね。それでいいのよ。」

「いいのかえ?」

「ええ。先がわかったら、つまらないでしょ?」

 

そう言って、彼らは歩き出す。

その背を見て、マギルゥは笑みを浮かべ、

 

「……それもそうじゃの♪だからお主は、視える未来を言うわぬのだろ。」

「さてな。」

 

裁判者も歩き出す。

マギルゥはその横に付いて行く。

 

 

一向は風の聖隷≪ザビーダ≫が知る家族の元に立ち寄った。

それは、ドラゴンを討った後、彼に会えたかどうか知るためだ。

家族に会いに行くと、彼は会いに来たようだ。

聖隷テオドラの事を聞くと、その件は解決したと言って、二人で旅に出ると言ったようだ。

『離れていても、繋がっている絆がある。それが“彼らの家族の流儀”』らしい。

彼らが生活に困らないよう、大金を置いて旅に出たらしい。

そして彼らは、家族から離れる。

と、離れる際に対魔士達の話し声が聞こえてきた。

彼らの話では、輸送部隊が襲われたそうだ。

それも、現金輸送車だったらしく、お金は全て奪われたらしい。

その相手に察しがついたライフィセット。

そしてアイゼンも、その人物に察しがついて、小さく笑った。

 

裁判者はそんな彼らを見て、

 

「これもまた、縁……か。」

 

裁判者はすでに歩き出している彼らの元に歩いて行く。

 

~~Fin~~

 

 

――エレノアの想い

エレノアはモアナの様子を見にやって来た。

と、喰魔の女性から喰魔の少女≪モアナ≫が高熱を出した事を知る。

そして彼女はうわ言で、『お母さんのおクスリ、のみたくない』と繰り返しているらしい。

おそらく、風を引く度に彼女の母親が与えていたのだろうと察する。

その薬があるとすれば、ハリヤ村の彼女の家にあると思われる。

エレノアがその薬を取りに行くと言う。

その理由は、己の母を失い、孤児となった彼女は、自分の母親をと貰うために修道女になるつもりだったらしい。

だが、降臨の日以来に霊応力が上がり、その力で悲しい世界を変えられると信じていた。

しかし、自分は対魔士になっても無力で、世界を変えるどころか、その本当の姿も知らなかったと。

そのせいで、喰魔の少女≪モアナ≫の母親を追い込み、彼女から母親を奪ってしまったことに嘆いていた。

だから、彼女の為にできる事をしたいと、彼女が救われるようにと。

 

裁判者はエレノアを見据え、

 

『……想いは想いでも、これは災厄の場合に穢れるな……』

 

そう言って、裁判者は歩き出す彼らに付いて行く。

彼らは薬を取りに、ハリヤ村へと向かう。

 

ハリヤ村に向かう途中、血翅蝶から情報を得た。

村には今、棍棒をもった強大なトロルが住みついているらしい。

その情報を聞き、エレノアは眉を寄せて拳を握りしめる。

それでも、彼らはハリヤ村に向かって、歩き出した。

 

途中、エレノアを心配するライフィセット。

そして、ロクロウに諭され、彼女は語った。

血翅蝶の情報の業魔≪ごうま≫が、エレノアの村を襲ったヤツかもしれないと。

彼女の村に祀られていた“エレノア≪光≫”の名を持つ宝玉を狙ったという。

その宝玉を守ろうとした。

だが、エレノアは傷を負い、母親は彼女を庇う為、宝玉を使って囮となった。

そして亡くなった。

エレノアは仇討ちを望んではいなかった。

彼女は母親の『強く生きて』と言う言葉に囚われていた。

 

『まったく、心ある者達はなぜこうも、囚われる生き物なのか……』

 

裁判者はエレノアを見据え、ライフィセットを見る。

彼には、エレノアの穢れが微かに影響を出てきた。

 

村に着くと、情報の業魔≪ごうま≫は見当たらない。

彼らは薬を捜す。

家をあさり、ベルベットが薬を見つけ出す。

彼女は皆を呼び、薬を見せる。

 

「あった。多分これよ。」

「見つかりましたか。」

 

彼らは駆けて来る。

ベルベットは薬を見つめ、

 

「ええ。なんかメモがついてた。」

「メモ?薬の作り方ですか?」

 

ベルベットはメモを取り出し、

 

「……違うわ。注意書きみたい。『この薬はとても苦く、モアナは飲むのを嫌がります。私が留守の間に娘が熱を出した時は、なんとかして飲ませてください。その方法は――』。」

「どうやら、来たみたいだぞ。」

 

読んでたベルベットに、裁判者が視線を向ける。

彼女の後ろには、強大な業魔≪ごうま≫が現れた。

それを見て、エレノアは目を見張る。

 

「あれは……“エレノア”です。」

「じゃあ、こいつがエレノアの――!」

 

ライフィセットが眉を寄せる。

だが、エレノアが槍を構えて敵に向かっていく。

 

「うあああっ‼」

「ああっ!待って!」

「ちっ、援護するわよ!」

 

ライフィセットが追いかけ、ベルベット達も追いかける。

エレノアは槍を振るい、

 

「よくも!よくもお母さんをっ!」

「落ち着いて、エレノア!」

 

ライフィセットが援護しながら叫ぶ。

彼らもエレノアの支援に回る。

そして、エレノアは槍をついて業魔≪ごうま≫を吹き飛ばす。

 

「やった……!やったよ、お母さん……!」

 

そしてハッとする。

ライフィセットが彼女を見ると、彼女は涙を流し、

 

「私は……こんなに仇を憎んでた……復讐したかったんですね……」

「おかしなことじゃないよ。自然な感情だと思う。」

「……そうですよね。でも、だとしたらモアナも……モアナも真実を知ったら、私を憎んで、殺したいって思うんじゃないでしょうか?」

「そ、それは……」

「それが自然な感情です。」

 

ライフィセットが俯く。

裁判者はエレノアを見据え、

 

「今のお前なら、自分の本当の気持ちに気付けるのではないか。」

 

彼女は槍を強く握り、

 

「私は、それが怖かった。あの子のためと言いながら、本当は、自分のために嘘をついていたんです。そんな醜い私は……モアナに襲われたら、自分のために、あの子を殺してしまうかも……」

「エレノアは、そんなことしないよ!」

 

ライフィセットが顔を上げる。

だが、エレノアは首を振り、座り込む。

 

「きっと殺してしまいます!だって私は――母親を犠牲にして生き残ってしまったモアナに……そんな人間に救いがあるなんて、信じてないんだから……!」

 

そして彼らは気付く。

彼女がずっと苦しんでいたことを。

そんな自分を認めた彼女からは、穢れが漏れ出す。

 

「『強く生きて』って言われたのに……お母さんの命を犠牲にして生き残ったのに……なんて弱くて……自分勝手……。ごめんね、モアナ……ごめんなさい、お母さん……」

 

彼らは、眉を寄せる。

裁判者はベルベットを見据える。

彼女は頷き、

 

「『薬の飲ませ方その1・甘いオブラートに包む。でも、オブラートだけ舐めて薬を吐き出すことがある。その2・嘘をついて食事に混ぜて飲ませる。でも、最近は知恵がつき、簡単には騙せなくなってきました。その3・鼻をつまんで無理矢理飲み込ませる。体力勝負。時々指をかんでくるので要注意。」

 

ベルベットがメモを読み上がる。

エレノアが顔を上がる。

 

「それは……薬とあった……」

「そう。モアナ母親が残したメモよ。巫女の仕事のために、モアナを残して留守にすることが多かったんでしょうね。」

 

ベルベットがエレノアを見る。

ロクロウが歩いて来て、続きの文を読む。

 

「『高熱は精神的な不安が原因で、薬と信じているこの苦い木の実を飲むと落ち着きます。だだをこねて御迷惑おかけすると思いますが、どんな手を使ってでも、薬を飲ませてやってください。わがままな娘ですが、とても寂しがり屋で心の優しい子なのです。どうか、助けてやってください。お願いいたします……』。」

「お母さん……モアナのことを、こんなに……」

「ははは、なかなか身勝手な母親だなぁ。」

 

ロクロウは腰に手を当てて、笑う。

ベルベットはライフィセットに近付き、

 

「母親だって聖人君子じゃない。必要なら嘘もつくし、腕力だって使うわよ。中途半端な覚悟じゃ、子どもは守れないんだから。」

「子どもを守る……覚悟……」

 

エレノアから、穢れが収まっていく。

彼らはホッと一息つく。

そしてエレノアは立ち上がり、自らの意志でモアナを助けると決める。

裁判者はエレノアを見て、

 

「もう一度よく、自分の母親が言った『強く生きて』の意味を考えるのだな。」

 

そう言って、歩き出す。

彼らは薬を持って、喰魔の少女≪モアナ≫の元へ急ぐ。

 

薬を持って歩いて行くと、裁判者は走り出す。

そのままキララウス火山に向かって走って行く。

着いてすぐ、裁判者は喰魔の女性≪メディサ≫を離れさせる。

 

「殺さないで!」

「今は殺さないさ。あいつが答えを出したのならな。」

「え?」

 

そこに、ベルベット達が駆けて来る。

エレノアが喰魔の少女≪モアナ≫に近付き、

 

「モアナ!“お母さんのおクスリ”をもってきましたよ。」

「ウソダァァ〰‼」

「嘘じゃありません。モアナが熱を出したってきいて、お母さんが送ってくれたんです!」

 

そう言って、薬の袋を見せる。

だが、喰魔の少女≪モアナ≫は泣きながら、

 

「ヤダァァ〰!ニガイのキライィィ〰‼」

「これは苦くなんてありませんよ。あなたのために、お母さんが甘いおクスリをつくってくれたんです。」

「ウソダ!ウソダ!ウソダァ〰‼」

「本当ですよ。ほら。」

 

そう言って、エレノアは薬を一粒口に運び、笑顔になる。

喰魔の少女≪モアナ≫はそれを見て、落ち着く。

エレノアが近付き、彼女の口に薬を入れる。

彼女は元に戻り、

 

「うえぇ……にがいよぉ……エレノアのうそつき……」

「……はい、すごく苦いです。ごめんね、モアナ。」

 

彼女は嬉しそうに笑い、眠った。

喰魔の女性≪メディサ≫が彼女をベッドまで連れて行く。

彼女は答えを見つけたのだ。

裁判者は彼女の答えを、心の声を聞いた。

 

『どんな結果になるかはわからない。でも、弱い人間でも、自分を誤魔化さずに一生懸命生きれば、母も許してくれる。私はそう思うから……だからこそ、強い子も、弱い子も、間違った子も、どんな子もみんな、この世界で生きていて欲しい……』

 

裁判者はエレノアを横目で見て、

 

「なるほどな。」

 

そう言って、微笑む彼女を見る。

 

~~Fin~~

 

 

――ベルベットの想い、ライフィセットの想い

ベルベットは自分の故郷で、自身家の前にある姉セリカと生まれるはずだった姉の子の墓を見つめていた。

それを心配したライフィセットだったが、彼女は明るく、昔話をするのだった。

 

四聖主を起こしたのち、裁判者から真実を聞いた。

そして、彼らはひょんな事からノルミン島を見つけ、交流を持ったノルミン聖隷たち。

そこで導師アルトリウスを知るノルミン聖隷にあった。

彼は聖隷の加護を広め、『暗黒時代』を終わらせた英雄王クローディン・アスガードと共に旅をしていたらしい。

そして導師アルトリウスの先代筆頭対魔士でもある。

ノルミン聖隷の話によれば、三百年以上も誓約で生きていたらしい。

それに、裁判者とはよく戦っていたと。

だが、ロウライネで、ある哀しき事件でそれは唐突に終わってしまったらしい。

そしてマギルゥの師匠であるメルキオルから多少の事は聞いていたらしい。

彼女曰く、クローディンに付き合うために自身も誓約をかけた事。

そして師でも呆れるほどの妙な男だったらしい。

王位を退いた後も、人知れず対魔士として世界を守ろうと願ったとか。

裁判者はそれも含めて、知っていたのであはないかと問わる。

裁判者は目を細め、『自分で知れ』と目で語る。

 

彼らはその真実を知るためにロウライネに向かった。

そして天井が空いた場所で、空を見上げていたノルミン聖隷を見つけ、

 

「あんたが、アルトリウスたちと一緒に旅をしたノルミン?」

「せやけど……あんたはアルトリウスはんのお身内さんか~?後ろに裁判者がおるさかい、教えてもらったらええやんか。」

「私は言うつもりはない。」

 

裁判者は即答で言う。

ベルベットはノルミン聖隷を見て、

 

「……教えて。ここでなにがあったのか。」

「あかん。言いふらしてええことちゃうし。」

 

ノルミン聖隷は真剣だった。

マギルゥが一歩前に出て、

 

「儂は、先代の影――メルキオルの身内じゃ。頼む、話してくれんか。」

「……十数年も昔に、ここでクローディンはんが亡くなったんや。愛弟子のアルトリウスはんの命を救うために、“誰も殺さない”という誓約を破らはってな……。」

「やっぱり……」

 

ベルベットはなにかを思い出すかのように、眉を寄せる。

ノルミン聖隷は続けた。

 

「アルトリウスはんは悪うない。あの時あの子を救うには、ああするしかなかってん……。王様の寿命は、誓約を使こうても、もう限界やったし。なにより王様は、アルトリウスはんの純粋さに希望を……未来を託してはった。けど……アルトリウスはんは、先生を殺したのは自分や~と背負い込んでしまわはってん……」

「あの片らしい……ですね。」

 

エレノアは胸で拳を握りしめる。

ノルミン聖隷はベルベット達を見て、

 

「せやしあの子は、たった一人でそりゃあ一生懸命頑張ったんや。世界中の人に、聖隷の存在と業魔≪ごうま≫の恐怖を説き、純粋な心の大切さを伝えて回らはった。けど、平和に馴れた人間たちは全然知らん顔で……裁判者との戦いで半眠り状態やった四聖主は、とうとう完全に眠りに入ってもうた……。アルトリウスはんは、そのことまで自分のせいやって苦しんで……」

「……アルトリウスはどうなったの?」

 

ライフィセットが服を握りしめる。

ノルミン聖隷は視線を落とし、

 

「自分と一緒にいたら、きっとウチらを業魔≪ごうま≫にしてしまうーゆーてな……。ひとりぼっちで、東へ向かわはった。」

「東へ……」

 

ベルベットは眉を寄せた。

ノルミン聖隷は顔を上げ、

 

「なあ、アルトリウスはんは元気なんか~?今どうしてはるん?」

「……話しにくいことを語ってもらって、すまんかったの。」

「今のミッドガンドは危険よ。業魔≪ごうま≫になる前にノルミン島に帰りなさい。」

 

マギルゥとベルベットがノルミン聖隷を見る。

ノルミン聖隷はトボトボと歩いて行った。

 

「己が無力さをに絶望した若き筆頭対魔士は、すべてをあきらめて東へ向かった……か。東とは、すなわちイーストガンド領――」

「アバルか。」

「すなわち、裁判者が言った通りの、ベルベットが知る真実をへとなる……か。」

 

マギルゥがベルベットを見る。

ライフィセットがベルベットを見上げ、

 

「ベルベット、アバルへ行ってみようよ。なんか、呼ばれているような気がするんだ。」

「……そうね。あたしもよ。」

 

一向はアバル村へと向かった。

ベルベットの家に行くと、お墓の前にノルミン聖隷が居た。

 

「……ここに来て、よーわかったわ。アルトリウスはんは、幸せやったんやな~……」

「あんたは?」

 

ベルベットがノルミン聖隷を見る。

ノルミン聖隷は振り返り、

 

「昔、アルトリウスはんと旅をしたもんや。どーしても、あの子のことが気になってな~。噂をたどって、ここまできたんや~。」

「……そのプリンセシアは、あんたが?」

 

ベルベットが添えられていたピンクの花を見る。

ノルミン聖隷は首を振り、

 

「ちゃうよ。ウチが来た時は、もう捧げてあったわ……。プリンセシアの花言葉……知ってはるか~?」

「……『かけがえのない宝物』『幾々年も健やかに』。」

 

ベルベットが呟く。

ライフィセットがハッとして、

 

「この花を供えたのは……!」

「……そ~ゆ~ことやろな……。使命に疲れてボロボロにやった“あの子”を、このお墓の人が救ってくれたんやね……。ありがと~なぁ……。」

 

そしてお墓を見て、お礼を言った。

ノルミン聖隷は思い出すように、

 

「あの子は昔からそうやってん……。真面目な、真面目な子やった……。せやし、いつも自分で自分を縛り付けてしまうんや……。あんなに好きやった人間たちの心を……『消さなあかん』と思い込んでしまうほど強う……」

 

そしてノルミン聖隷はベルベット達に振り返り、

 

「……お願いや。もうあの子を“自由”にしてあげてくれへんか?」

「……頼まれなくてもやってあげるわ。あんたが願う“自由”とは違うだろうけど。」

「……よろしゅうお頼みします……災禍の顕主はん。」

 

そう言って、ノルミン聖隷は歩いて行く。

裁判者は空を見上げ、

 

「確かに、お前の願う“自由”ではないな、どちらも。クローディン、お前の望んだ未来ではないが……お前は何を想うのだろな。お前が育てた愛弟子の今の姿を……そして掴みたかった未来を、な。」

 

裁判者はベルベット達を見る。

彼らは知った導師アルトリウスの過去を真意を。

彼がずっと何をしてきたのか。

そして彼の“師と嫁、しいては子”の絶望を乗り越えて、導師として君臨する覚悟。

それを理解した上で、彼らは進む。

 

彼らは、今のカノヌシの情報を得る為に地脈に潜ることとなった。

ベルベットの故郷にある鎮めの祠に向かう。

彼女は祠の穴を見つめ、思いにふける。

ここから彼らの想いは始まった。

ベルベットの復讐が始まった場所、聖隷にある前のライフィセットが生まれる前に死んだ場所、導師アルトリウスが妻と子とを亡くした場所、ベルベットの弟が贄にされた場所、想いが駆け巡る。

地脈の穴を見つけ、彼らは危険を承知で中に入って行く。

 

地脈に入り、大地の記憶を探る。

大地の記憶の中に、聖隷シアリーズと導師アルトリウスと老人対魔士の映像が映し出される。

二人は聖隷シアリーズの中に、ある誓約の術式を彼女の命を対価に組み入れた。

話によれば、“ソーサラーリング・ブリュンヒルト”という聖主カノヌシの神依≪カムイ≫を制御する為のものらしい。

つまり聖隷シアリーズはその為に犠牲になれと言うことだ。

 

ベルベットが眉を寄せ、裁判者を見る。

 

「でも、シアリーズはアンタとも誓約を交わしたと言っていたわ。」

「ああ。あれとは別に、お前をあの場所から出すために必要な力を同じく命を対価にした誓約を渡した。」

 

裁判者は彼女を横目で見る。

ベルベットは左手を握りしめ、

 

「……あっそ。」

 

ベルベットは歩いて行く。

彼らは再び歩き出しながら、考えをまとめた。

聖隷シアリーズの件も、海賊アイフリードやジークフリードの件はすべて聖主カノヌシの神依≪カムイ≫制御の為だった、と。

 

彼らはさらに大地の記憶を探る。

そこに今度は導師アルトリウスがアーサーとして、聖隷シアリーズがベルベットの姉セリカの時の記憶。

そう、彼らが出会ったばかりの記憶だ。

彼は彼女に今まで自分が見てきた世界の話をしていた。

人々に対して哀しさ、業魔≪ごうま≫の増加、四聖主の眠り、問題は山積みであること。

彼女は彼の話を聞き、彼が世界を、人々を愛している事を知ったのだ。

彼が自分を変えようとしていた第一歩だった。

 

ベルベットは過去を思い出しながら、前に進む。

彼らは知る事で真実を知る。

だが、それは同時に恐怖でもある。

知る事が……

 

さらに進むんでいくと、今度は聖隷シアリーズとライフィセットの記憶だった。

ライフィセットが心を失っていた聖隷二号と言われていたあの頃の……

聖隷シアリーズが立っているライフィセットに話し掛ける。

それはライフィセットが配属が決まり、名前を得た時のことだった。

彼女は『聖隷二号』と名付けられたライフィセットに語る。

 

「記憶は……あるはずないですよね。生まれる前に亡くなってしまったのだから。」

「記憶……?」

 

聖隷二号≪ライフィセット≫は首を傾げる。

彼女は一度櫛を取り出し、見つめた後、それをしまう。

 

「はい。私には戻ってしまった。その記憶が、胸を焼くのです。かけがえのない……とりかえしのない記憶が……」

「意味……わからない。」

「それでいいわ。意思も記憶も目覚めない方が幸せだった。叶うことなら、あんたはこのままで……」

 

記憶が戻ってしまった自身の想い、懐かしく、取り戻す事の出来ない記憶。

それによって、意志と記憶は思い出すと辛いということ。

彼女は歩き出す。

聖隷二号≪ライフィセット≫は彼女を見る。

 

「どこへ?」

「最強の聖主と筆頭対魔士を“殺せる者”を解き放ちに。これは……私の過去と私自身への復讐なのよ。」

 

自身の記憶≪過去≫と復讐を行うために。

そして聖隷シアリーズはライフィセットを見て、

 

「さようなら。あなたを守ることができなかったお母さんを……どうか許してね。」

 

彼女は、母として守れなかった事を悔やんでいた。

けれど、彼女は進む。

 

大地の記憶が終わると、彼らは監獄島の地下牢に地脈のワープの効果で来てしまった。

ライフィセットは俯き、

 

「僕、シアリーズに会ってたんだ……なにも、覚えてなかった……」

 

ベルベットはそんな彼を見つめた。

そして彼女はここに飛ばされたのは、おそらく聖隷シアリーズの意思ではないかと言う。

その意思は、ライフィセットとベルベットに想いを伝える事だと皆が言う。

ライフィセットは顔を上げ、大きく頷いた。

彼らは港に出る為、上に上がる。

ライフィセットは一人、胸に手を当てて、

 

「僕……意思が目覚めちゃったけど、辛いことばかりじゃないよ。この世界で“生きる”って感じられるから。だから安心してね……お母さん。」

 

ライフィセットは微笑んだ。

 

ベルベットはキッシュを作った。

それをライフィセットが味見し、大丈夫だと言う。

彼女はそれを包み、犬の喰魔の元へ行った。

 

ちなみに、裁判者が視線を外すと、そこにはマギルゥ、アイゼン、ロクロウが正座をしていた。

その彼らをエレノアが腰に手を当てて、説教をしていた。

 

『……あれは……なんだかな……』

 

裁判者は船に向かって歩き出す。

 

一向はメイルシオに来ていた。

ベルベットが犬の喰魔に近付く。

二匹はベルベットに唸り声を上げる。

ライフィセットがベルベットを見て、

 

「気をつけて。オルとトロス、普段はおとなしいんだけど……」

「仇が目の前にいるんだもの。当然よ。」

 

ベルベットは膝を着き、キッシュの入った包みを開く。

それを彼らの前に出す。

 

「毒なんて入ってないわ。あんたたちに、聞いて欲しいことがあって来たのよ。この“特製キッシュ”は、私の姉さんの得意料理でね。家族みんなの大好物だった。生地の練り方と、二種類のチーズを使うところに工夫があるのよ。作り方のコツは、卵とクリームの分量に気をつけることと、具材の水気をよくきっておくことで……」

「どうしてオルとトロスに?」

 

ライフィセットが意味が解らず、ベルベットを見つめた。

ベルベットは視線を落とし、

 

「レシピを教えてあげるって約束してたのよ。……ニコと。」

 

ライフィセットは目を見張って驚く。

ベルベットは二匹を見て、

 

「あんたたちから、御主人様に伝えてあげて。あたしは、ニコと同じところには行けないから。」

 

二匹はベルベットを見つめた後、キッシュを食べ始める。

ベルベットは立ち上がる。

ライフィセットが慰めようとすると、ベルベットはそれを断った。

でないと、友達ニコが救われないと。

ベルベットは全てを背負う。

 

ライフィセット達は村でドラゴンの話を聞いた。

カースランドで、ドラゴンが暴れているらしい。

そのドラゴンは聖隷シルバ、ライフィセットと共にいた聖隷だ。

聖主カノヌシから逃げる際に、穢れによってドラゴンとなってしまった。

ライフィセットは話したことも、触れ合った事も少なかったが、今の彼はまるで、自分のもう一つの姿だったとかもしれないと言う。

彼は決着をつけるために、彼の元に向かう。

 

ライフィセット達がドラゴンの前に立つ。

そこにはあの時、聖主カノヌシの攻撃を受け倒れていたドラゴンは、完全復活していた。

ライフィセットは彼の前に立ち、

 

「ごめん……前は君を利用して逃げちゃった。今度は逃げないからっ!」

 

そしてライフィセットは構える。

ベルベット達も構え、咆哮を上がるドラゴンに突っ込んで行く。

 

「君を倒すよ!シルバ!」

「小細工はなし!総力戦よ!」

 

彼らは攻撃を仕掛けていく。

それを見ていた裁判者は、

 

「……ああ、そうか。それがお前の願いか。」

 

裁判者はドラゴンと戦う彼らの前に立ち、ドラゴンの炎を魔法陣で防ぐ。

ライフィセットを見て、

 

「私はこのドラゴンの願いを叶えなければならない。」

「それって……」

「トドメは私が取ると言うことだ。」

 

裁判者は影から弓を取り出し、

 

「お前の願い、叶えてやろう!」

 

裁判者は矢を放つ。

無数の黒き炎を纏った矢が、ドラゴンに突き刺さる。

ドラゴンは燃え上がり、穢れを燃やし尽くす。

そして、その場にはドラゴンの骨だけが残る。

 

「これで、お前は自由だ。」

 

裁判者はドラゴンの骨に触れる。

ライフィセットが骨と化したドラゴンの前に座り込み、

 

「……ひとつだけ思い出したんだ。僕がテレサ様に怒られて罰を受けた時、あの子は、こうして側にいてくれたんだ。なにも言わなかったけど、ずっと側に……」

「そう……」

 

ベルベットはそんなライフィセットの背を見つめる。

ライフィセットは立ち上がり、

 

「ごめんね……」

 

そしてライフィセットはベルベット達の元に歩き、

 

「それと、ベルベット。あの時――ヘラヴィーサで、僕を連れて逃げてくれてありがりがとう。」

「あれは……ほとんど誘拐だし……」

「だとしても、お礼を言いたいんだ。」

「……いらないわよ。あんたが、今のあんたなのは、あんた自身のせいなんだから。」

 

ベルベットは微笑む。

裁判者は空を見上げ、

 

「少なくとも、お前の魂は……」

 

裁判者は歌を歌う。

その力は辺り一帯を包み込み、この場所を隠し、封じる。

裁判者は歌い終わり、ライフィセットが見ている事に気付いた。

 

「なんだ。」

「ううん、ありがとう。シルバを自由にしてくれて。」

 

微笑むライフィセット。

裁判者は目を細め、彼らの頭をポンポン叩いた後、歩いて行く。

ライフィセットは少し驚いた後、ベルベット達にそれを話して笑いながら歩いて来た。

 

~~Fin~~

 

 

――ペンギョンとキンギョン物語

ベルベットが災禍の顕主と呼ばれていた時の話。

彼はイズルトに立ち寄っていた。

そのイズルトの宿屋で変わった話を聞いた。

 

「知ってます、お客さん。しゃべるペンギョンが出没するって噂。」

 

裁判者の眉がピクリと反応する。

それに気付かなかったベルベットが眉を寄せる。

 

「ペンギョンがしゃべる?」

「本当なんですよ。夜の浜辺で話しかけられた人間が、三人もいるんです。」

「そりゃあ、面白い。とっつかまえてマギルゥ奇術団の見世物にしたいわー。」

 

マギルゥがニヤリと笑い出す。

裁判者はさらに腕を組み、イラつき出す。

それに気付かない彼らは、

 

「そんなのんきな話じゃないんですよ、お客さん。イズルトには『この世の終わりに物言うペンギョンが現れ、罪人に裁きの言葉を告げる』って伝説があって、そのペンギョンに遭遇した人たちは、ショックで寝込んじゃってるんですから。」

「業魔≪ごうま≫ではないのですか?」

 

エレノアは顎に指を当てて聞く。

裁判者は腕を組み、眉まで少し寄せ始めた。

 

「違うみたいですが、かなり凶暴で『ボクワリーゼマクシアノイガクセイデス』と叫びながら襲ってくるとか。」

「それが裁きの言葉?」

「意味は解りませんが、とにかく夜の浜には出ない方がいいですよ。絶対に。」

「むむう……そう言われると出たくなるの~。のう、裁判者。」

 

と、マギルゥが裁判者を見て、サッと視線を外す。

他の全員も、裁判者を見て、サッと視線を外した。

そこには殺気をむき出しにした、災禍の顕主よりも怖い裁判者が居た。

 

夜、裁判者は外に出た。

そしてしばらく浜であるものを捜していた。

と、一匹のペンギョンと側に居る少年、ベルベット達を見つけた。

裁判者はそこに歩いて行く。

 

「あ、裁判者さ――」

 

足音に気付いたライフィセットが、裁判者に振り返って名を呼んで固まった。

そこに居たのは、災禍の顕主よりも怖い裁判者。

ライフィセットは震え上って、ロクロウとアイゼンの後ろに逃げ込む。

裁判者は笑顔で笑っている少年を掴み上げ、

 

「貴様は何をやっている。」

「え~っと……ペンギョンさん……というより、リーゼ・マクシアのジュードさんとお話中です。」

 

彼は両手を上げる。

足元に居たペンギョンが腕をパタパタさせて、

 

「や、やめてください!審判者さんをイジメないでください!彼は僕の為に――」

「貴様は黙っていろ、異界人。これはこちらの話だ。」

 

物凄く怖い裁判者が、ペンギョンを睨みつける。

エレノアが裁判者を見て、

 

「裁判者は何か知ってるんですか⁉食べ物がしゃべってる理由!」

「あなたたちもペンギョンを食べるんですか?教えてください。とても大事なことなんです。」

 

ペンギョンがエレノアを見る。

エレノアは俯き、

 

「……食べます。」

「あたしは何でも喰らうわよ。必要ならね。」

 

ベルベットは左手を見つめる。

ペンギョンはジッと彼らを見て、

 

「そうですか、あなた方も以前の方たちと同じなんですね。なら、やめてもらわなきゃ!」

「ほほう。愛くるしいペンギョンの分際でなにができるのかえ。」

 

と、マギルゥが目を細めると、

 

「あ、彼はペンギョンじゃなくて――ちょ、危ない!」

 

裁判者は審判者に剣を振り下ろす。

彼らは互いに戦いを始めた。

と、ペンギョンが腕をパタパタし出す。

 

「はあああ!」

 

そして光出す。

光が爆発すると、そこには一人の少年が現れる。

マギルゥは手を上げ、

 

「ギョーン⁉人間に化けおった!」

「なんなのよ、あなたは⁉」

 

ベルベットが構える。

少年も構え、

 

「ごめんなさい!でも……ペンギョンに手出しはさせない!」

 

そして彼らの方でも、戦闘を始めた。

裁判者と審判者は剣を交え、

 

「そんなに怒んないでよ!」

「何で、異界人を二人も連れ込んだ!」

「あっ!やっぱりそうだよね、しゃべるペンギョンが現れた時点で、君は調べるよね……」

「当然だ!大体、お前は遊んでるだろ。」

「ばれちゃった?」

 

と、審判者は剣を弾き、後ろに一歩下がる。

そして戦闘を行っている彼らを見て、

 

「うわっ⁉マズ‼」

 

彼は戦闘を行っている彼らの元に駆けて行く。

審判者はベルベットの左手を掴み、

 

「ちょっと待った!お願いだから、彼を喰べないで!」

「邪魔しないで!」

「するよ!俺があの人……人じゃないけど、あの人と裁判者に怒られる!」

「は⁉」

 

そして審判者はベルベットを砂浜に叩き付ける。

アイゼンの拳を受け止め、彼に蹴りを入れる。

それと同時だった。

少年はペンギョンの姿に戻る。

 

「くっ……また戻っちゃった……でも!」

 

と、再び腕をパタパタし出す。

その彼に、ライフィセットが眉を寄せて、

 

「待って、どうしてそんなに無理をして戦うの?審判者も君を守るくらいだし。」

「ペンギョンたちを守るためです。あなたたちのような密漁者から!」

「密漁者?」

 

ベルベットもその回答に、きょとんとした。

ライフィセットが彼を見て、

 

「僕たちは密漁なんてしないよ。しゃべるペンギョンを見に来ただけなんだ。」

「え……?けど、ペンギョンを食べるって言いましたよね?」

 

しゃべるペンギョンは彼らを見つめた。

エレノアとベルベットは視線を外して明後日の方向を見る。

ロクロウが笑いながら、

 

「すまん、あれは言葉のアヤだ。こいつは何でも喰うんだ。」

「わ、悪かったわね……」

 

ベルベットはそっぽ向きながら言う。

エレノアも眉を寄せて、

 

「私も食べるのは、お店で売っている正式なお刺身とか干物だけです。」

「俺たちは善人じゃないが、そういう類の悪党じゃない。」

 

アイゼンがしゃべるペンギョンを見る。

彼は目をパチクリし、

 

「そう……なんですね。すいません。急に戦いを挑んだりして。審判者さんもごめんなさい。」

 

ペンギョンは裁判者に腹を殴られ、正座していた彼を見る。

他の者達に至ってはそれを見てみぬふりをする。

何せ関わりたくないのである。

 

「い、いや……いいんだ。俺も君に会いに来るのが遅れたせいでもあるし……」

 

彼は正座したままそう言った。

しゃべるペンギョンは彼らを見て、

 

「前にペンギョン狩りをする密漁者と出会ったせいで、ちょっと神経質になっていたみたいです。」

「例の目撃者じゃな。そやつらは、お主と出会ったせいでショックで寝込んだそうじゃ。その程度の子悪党なら、二度と密漁なぞできんじゃろうて。」

 

マギルゥはニヤニヤ笑う。

ベルベットは腕を組み、

 

「で、結局あんたはなんなの?ペンギョンの化身?」

「いえ、僕はリーゼ・マクシアの医学生。ジュード・マティスです。」

「リーゼ・マクシア?医学生……?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

ペンギョンは体を横に振り、

 

「こことは違う異世界です。僕も、皆さんと同じ人間なんですが、突然、この時空に飛ばされて、気がついたら、こんな姿に……」

 

マギルゥは目を細め、

 

「うむ。裁判者が言っていた異界人と言うからには本当の事じゃろうが……本当に別の世界から来たのかえ?」

 

しゃべるペンギョンは頷く。

マギルゥも頷き、

 

「そして、何らかの影響でペンギョンになってしもうた訳じゃな。」

 

そしてマギルゥは裁判者を見る。

ベルベット達も、しゃべるペンギョンも見る。

と、裁判者はさらに審判者を睨みつける姿。

彼は裁判者に土下座して、

 

「俺が悪いです。彼だけ落としました。そのせいです!」

 

ベルベット達はそれを見て、眉を寄せる。

そして顔を上げた審判者は、しゃべるペンギョンを見て、

 

「ごめんね、異界人のジュード君。俺の不手際のせいでそんな姿にしてしまって。」

「いえ、いいんです。最初は途方に暮れていたけれど、ここのペンギョンたちが暖かく向かい入れてくれたので。だから僕はこの子たちの為になにかできないかと思って……」

「それで密漁者からペンギョンを守っていたんですね。」

 

エレノアが手を握り合わせる。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「人の……ペンギョンの心配をしてる場合じゃないでしょ?お人好しすぎるわね。」

「よく言われます。」

「あんたの言い分はわかった。けど、事実だとしても、私たちはなにひとつ手助けはできそうにないわ。」

「気にしないでください。変える方法は、審判者さんが知っているそうなので。なんとか、なると思います。」

 

しゃべるペンギョンは審判者を見る。

ベルベット達も彼らの方を見る。

その審判者は裁判者を見上げ、

 

「と、言うわけなんだ。」

「……どういう訳だ。異界人を連れ込んだあげく、落とし、よりにもよってペンギョンの姿にして、さらにその不始末を私にもやれと言うのか。」

「できれば、そうしてくれると嬉しいな~なんて……だって、俺と“あっちの人”だけじゃさ。」

「大方、“アレ”が呼び出し、お前の発案の元、事をなそうとしたら、不始末が起きたんだ。“アレ”とやれ。私は手を出さんぞ。」

「ええ⁉いや、俺だって“あの人”……人じゃないけど、二人は嫌だよ!確かに俺が発案したけどさ。」

「私はアレに会いたくない。むしろ葬り去りたい。」

「今だに大暴れしたときの事、怒ってるの。仕方ないじゃん。」

「“アレ”に説教じみた事を言われたんだぞ。もういっそ、世界を壊すか。」

「やめて!お願いだから!」

 

と、会話をしていた。

しゃべるペンギョンはベルベット達を見上げ、

 

「多分、大丈夫だと思います。多分……」

「ま、健闘を祈るわ。」

 

ベルベットは頭を抱える。

マギルゥは腕を組み、

 

「にしても、あの裁判者を説教する奴とはどのような奴かの~。」

「俺を見るな。知らん。」

 

アイゼンは眉を寄せて、マギルゥを睨んだ。

しゃべるペンギョンはベルベット達を見て、

 

「それと、一つお聞きしたいのですが、僕の他にしゃべるペンギョンの話はありませんか?一緒に来ている仲間が一人いないんです。」

「知らないわ。審判者はどういってんの?」

「審判者さんは一緒に居たけど、どっかに行ってしまったと。」

 

しゃべるペンギョンは視線を落とす。

アイゼンが小さく笑い、

 

「仲間の特徴を言え。もしかしたら、見かけるかもしれん。」

「はい!えっと、名前は“ミラ”っていいます。きれいな赤い瞳に、金色の長い髪。不思議な威厳にみちた凛々しい女の人で……あ、あとピョンっとしたチャームポイントがあって、美味しそうなものを見ると『じゅるる』って言います。」

「ピョンとしたチャームポイント。」

「美味しそうなもので『じゅるる』。」

 

ライフィセットとロクロウが顎に指を当てて、考え込む。

しゃべるペンギョンは彼らを見上げ、

 

「それと、ミラは地水火風を司る四大精霊を従えていて、“精霊の主”って呼ばれています。」

「ほう、地水火風……精霊の主とな?」

 

マギルゥが目を細める。

アイゼンが頷き、

 

「……わかった。情報を得たら教えよう。」

「大変そうですが、気を落とさないで。」

 

エレノアが今だ怒られている審判者を見てから、ジッとしゃべるペンギョンを見つめる。

彼も審判者を見てから、ジッと彼らを見て、

 

「ありがとうございます。ミラのこと、お願いします。」

「自分のことよりこだわるのね。」

「そ、そんなこと……でも、僕にとって大切な人なんです。」

「そう……」

 

そう言って、彼らは宿に帰っていく。

その後、朝になってから裁判者は帰って来た。

宿屋の前に立っている裁判者の雰囲気を見たエレノアは、

 

「夢ではありませんね。」

「うむ。触らぬ裁判者に祟りなし、じゃ。触れずに次に行くぞ、皆の者!」

 

マギルゥがササッと歩き出す。

そして他の者達も歩き出す。

各地で聞き込みをすると、対魔士がペンギョンに負けたと言う情報を得た。

そして、その敗因は地水火風の術で倒されたと言うことだった。

しかも、全身が金色の赤い瞳をした“キンギョン”だったらしい。

さらに、情報ではキンギョンは『世界に終末を告げる』といわれる不吉な生き物と、言われているらしい。

その際の裁判者はすでに見るのも怖いくらいの威圧感を出し、周りの人々は逃げ出していた。

一向はキンギョンが現れたと言うヘラヴィーサの雪原へと向かう。

歩いて行くと、金色の毛並み、赤い瞳を持ったペンギョンが居た。

裁判者はそのキンギョンを睨みつける。

エレノアがぞっと震え、

 

「赤い目で金色……本当にキンギョンですね……」

 

そのキンギョンは腕をパタパタしている。

裁判者はさらに睨みに凄みが増す。

ライフィセットが脅えながら、

 

「し、しかもピョンとしたチャームポイントもあるね……」

 

キンギョンには二本のピョンとした毛がある。

ベルベットがキンギョンを睨み、

 

「注意して。裁判者と情報が正しければ、四大精霊とやらを使うはずよ。」

「じゅるる。」

 

キンギョンは裁判者と目を合わせた。

ロクロウが一歩下がり、

 

「おい今、『じゅるる』って言ったぞ!」

「つまり私たち……というよりかは、裁判者を“美味しいもの”と見てる⁉」

 

エレノアが影が揺らぎだす裁判者を見て、距離を置く。

ベルベット達も距離を置き、

 

「まさか人食いペンギョンなわけ?」

 

ベルベットが構える。

そこにペンギョンを抱えた少年が降り立つ。

そしてペンギョンを置き、裁判者に近付き、

 

「お願いだから!それしまって!ね?」

 

と、話し始めた。

そして、ベルベット達を見て、審判者が置いたペンギョンが、

 

「ま、まってください!」

 

と、キンギョンを守るように手を広げる。

ライフィセットがしゃべるペンギョンを見て、

 

「ジュードペンギョン!」

「確かにミラは、食いしん坊だけど、無意味に人を襲ったりは絶対しないよ!」

「じゅるる。」

 

そのしゃべるペンギョンの後ろで、キンギョンが再び鳴いた。

そして、しゃべるペンギョンはキンギョンを見て、

 

「あれ……?このキンギョンはミラじゃ……」

 

と、しゃべるペンギョンは後ろに倒れ込む。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「……大丈夫?」

「お、お腹が空いて……。連絡を聞いて、審判者さんにここに連れて来てもらったから、飲み食いを忘れてた……」

「そこまでだ。」

 

そこに女性が歩いて来た。

金髪に赤い瞳、ピョンとしたアホ毛がある。

そして彼女はどこか凛とした声で言う。

 

「性懲りもなく、またペンギョンをいじめているのか。食べるだけならまだしも、『不吉だから』などというあいまいな理由で命を奪うのは見過ごせない。ペンギョンたちに代わって、私が相手をしよう!」

 

剣を構え、女性が話している最中に、

 

「あ!ちょっと!」

 

裁判者が影から剣を取り出し、キンギョンに向かって走り出す。

審判者は肩を落とす。

キンギョンはテトテト駆け出した。

裁判者の前に、女性が立ちふさがる。

裁判者は一度止まり、

 

「異界人は退いていろ。これはこちらの問題だ。」

「む?という事はお前は審判者の知り合いか。わかった。」

 

と、退いた。

ライフィセットが驚きながら、

 

「いいの⁉」

 

審判者を見た。

彼は地面に膝を着いて、落ち込んでいた。

 

「ライフィセット、そいつはほっときなさい!」

 

ベルベット達が構える。

裁判者は駆け出した。

 

しばらくして、裁判者がボロボロになって、キンギョンのピョンとした毛を掴んで戻って来た。

審判者が駆け出して、キンギョンを取り上げて、

 

「ちょっと!何したの⁉」

「少しだけやっただけだ。」

「少しじゃないよね⁉」

 

審判者がキンギョンを下ろす。

裁判者は指を鳴らすと、傷も服も治る。

ライフィセットが一歩下がり、

 

「あの裁判者さんをあそこまでするキンギョンって……」

「キンギョンはともかく、こいつは強いわ。ジュードの言うように、さすがは精霊の主ってとこかしらね。」

 

ベルベットがそう言うと、女性は剣をしまい、

 

「ジュード⁉ジュードを知っているのか?彼は今どこにいる。」

「そこよ。」

 

と、ベルベットは彼女の足元にいるペンギョンを見つめる。

女性はペンギョンを見つめ、ペンギョンも彼女を見つめる。

そして、女性は膝を着き、

 

「ジュード!審判者が君を落とした、と言った時は驚いたが……よかった、無事だったのだな。」

「ミラ……僕がわかるの?」

「当たり前だろう。多少小さくなったが、君は君だ。なにも変わらないよ。」

「ありがとう、ミラ。」

 

そしてしゃべるペンギョンは肩を落とし、

 

「……なにも変わらないと言われると、ちょっと複雑だけど。」

 

女性は立ち上がり、ペンギョンを見つめ、

 

「ふむ……確かに、この姿は少し困るな。レイアやエリーゼは心配するだろうし、アルヴィンには、しつこくからかわれそうだ。」

「元に戻る方法はあるらしいんだ。審判者さんが方法を知っているって。」

 

そして審判者を見る。

女性やベルベット達も見ると、彼はキンギョンの前に立ち、裁判者と睨み合って何かを話している。

しゃべるペンギョンはベルベット達に振り返り、

 

「そ、それに前に一度、彼らと戦った時にはできたし。」

「戦った……?やはりペンギョンを虐待する不届き者か。」

 

女性もベルベット達を見る。

ベルベットは眉を寄せ、

 

「違うってば。全部勘違いよ。」

「この人たちはミラの情報を教えてくれたんだ。ペンギョンのこともいじめたりしてないよ。」

「そうだったのか。すまない、どうやら私が早とちりをしたようだな。」

「みなさん、連絡ありがとうございました。」

「筋を通しただけだ。礼には及ばん。」

「仲間に会えてよかったね。」

 

アイゼンとライフィセットが笑う。

そして審判者が戻って来て、

 

「話は終わった?じゃあ、とりあえず行こうか。裁判者が大人しくしている内に。」

 

審判者はキンギョンを抱えて、サッと近寄って来た。

そして彼らを影で掴むと、

 

「じゃ、そういう事で!」

 

彼らは消えた。

裁判者の方を見ると、裁判者は物凄い怖い雰囲気を出して雪玉を蹴り飛ばしていた。

 

彼らはある事でノルミン島に来ていた。

それはねこにんから“終末の使者”がノルミン島に出現したと言うことだ。

それを聞いた瞬間、裁判者はねこにんを掴み上げ、情報を脅し取った。

裁判者は颯爽とベルベット達を置いて、歩いて行った。

脅えきったねこにんから“終末の使者”について聞いたベルベット達。

話によれば、終末の使者の使者は“裁きを下す者”らしい。

その裁きの結果が“悪”なら、すべてを滅ぼし、“善”なら、願いを叶えてくれると言われているそうだ。

その極端であるが、絶対者らしい。

現に、裁判者や審判者よりも上の存在らしい。

 

そんなわけで、ひょんなことからノルミン島を見つけ、交流を持っていたベルベット達。

彼らはそのノルミン島に来ていたベルベット達。

そこで、異世界の女性ミラとしゃべるペンギョンジュードと審判者と怖い裁判者が居た。

 

「お前たの方法には従うが、後始末はお前が主にやれよ。」

「わかったって!そんなに怒らないで。」

「怒る?私にそんな感情はない。」

「ソウデシタネー、ソウデシター。……めんどくさ。」

 

若干雰囲気の悪い裁判者に、審判者が何やら話していた。

と言うより、機嫌が物凄く悪かった。

裁判者はベルベット達を見て、

 

「来たか。なら、終わるまでは待っていよう。」

「は?と言うことはこいつらが“終末の使者”?」

 

ベルベットが異界の二人を睨む。

裁判者は眉を少しだけ動かして、後ろに下がる。

異界人の二人は首を振り、

 

「いや、違う。」

「僕たちは、終末の使者から託されたんだ。“裁きの戦い”を。」

「裁きの戦い⁉」

 

エレノアが眉を寄せる。

審判者が手を上げて、

 

「俺は、その見届け人けん、ジャッジをさせて貰うから、手は出さないよ。」

 

ベルベットも眉を寄せて、

 

「それって……あんたらに負けたら、この世界が滅ぶって言うんじゃないでしょうね?」

「察しがいいな。その通りだ。」

 

異界人の女性は頷く。

アイゼンは腕を組み、

 

「終末の使者が、勝利すれば元の世界に戻すとでも約束してくれたのか?それとも、そこでニヤついている審判者か、後ろで殺気立っている裁判者に言われたか?」

「……僕たちは、リーゼ・マクシアでやり残していることがあるんだ。」

 

しゃべるペンギョンジュードは俯く。

ベルベットは目を細め、

 

「そうなのね……けど、そんなもの、こっちにだってあるわよ!」

 

ベルベット達は構える。

マギルゥは彼らを見据え、

 

「一人と一匹で、儂らとやる気かえ?」

「一匹じゃない。マギンプイ。」

 

しゃべるペンギョンジュードが腕をパタ突かせた後、「ボン」と煙が立つ。

煙が消えると、人型ジュードがいた。

そして彼らを見て、

 

「二人だよ。」

「なにぃ⁉儂のどーでもいい呪文がオドロキの効果をー!」

 

マギルゥが目を見張って驚く。

異界人の女性ミラが、彼ら見て、

 

「“終末の使者”の力だ。この戦いの重大さがわかっただろう。」

「本気で戦わないと、僕たちには勝てないよ!」

 

二人は構えて、突っ込んでいく。

 

「終末の使者に代わって!」

「いざ、裁きの戦いを!」

「何様のつもりよ!」

 

ベルベットが応戦しながら叫ぶ。

他の者達もそれに加わる。

彼らは二人対六人だが、彼らは強かった。

なにより、二人のコンビネーションがいい。

それでも、ベルベット達の方が多勢に無勢で二人を弾き飛ばした。

ベルベットは剣先を彼らに向け、

 

「これで終わりよ。」

「くっ……」

 

ベルベットが異界人の女性ミラに剣を振り上がる。

異界人の男性ジュードが、彼女の前に出る。

 

「ミラ!」

 

そしてベルベットと睨み合う。

審判者が手を叩き、

 

「はーい!そこまで!」

 

そして二人の間に立つ。

裁判者も歩いて来て、彼らの横上を睨む。

 

「終わったのなら、さっさと終わらせろ。」

「わかっていますよ。本当に心の狭いですね、相変わらず。少しは審判者を見習ったらどうです。」

 

裁判者は殺気が上がる。

だが、その声は続く。

 

「さて、そこの娘の勝利だ。」

 

と、彼らの横上に光の球が現れる。

審判者は苦笑いで、その光の球を見る。

ベルベットがその光の球を見据え、

 

「あんたが……終末の使者?」

「しかり。我は、世界に裁きを下す者だ。裁きの勝者よ、お前の願い叶えてやろう。なんなりと言うがよい。」

「この二人を、元の世界とやらに帰して。」

 

ベルベットは異界人の二人を見る。

裁判者は横目で彼女を見る。

異界人の女性ミラは驚き、

 

「なぜだ?」

「そっちでやりたいことがあるんでしょ?だからよ。」

「……本当によいのか?お前が願うなら、お前に起こった因果を変えることも、時間すら、巻き戻すことすらもできるのだぞ。」

 

終末の使者の光は、そう言う。

だが、ベルベットはライフィセットと見合い、

 

「逃げるつもりはないわ。過去からも、罪からも。そう自分で決めたから。」

 

そう言って、光を見つめる。

その答えに、審判者は笑みを浮かべ、裁判者は目を細めた。

 

「裁きは下された。汝が意志は“悪”にあらず。ゆえに、この世界の消滅は回避しよう。」

「は?」

 

ベルベットは眉を寄せる。

異界人の女性ミラと異界人の男性ジュードはベルベットを見て、

 

「お前の返答こそが、裁きの真の課題だったのだ。」

「僕たちは、あなたの願いを引き出すことを託されてたんだ。」

「バカな使者様ね。あたしは災禍の顕主よ。」

 

ベルベットはイラつきながらが言う。

後ろの方ではマギルゥが「言わんことを言うでない!」と言う顔でベルベットを見ている。

エレノアも目を見張っていた。

だが、終末の使者の光の言葉は、

 

「それがどうした?魔王が“悪”とも、勇者が“善”とも限らない。人は誰かを愛すがゆえに憎み、罪を犯しながら、無償の奉仕を捧げられる生き物だ。」

「ゆえに何度も愚かな選択を引き続けるがな。」

「ま、それが心ある者達だからね。」

 

裁判者は腰に手を当てて、審判者は笑いながら言う。

 

「それは善意と悪意は表裏一体にして、その境界は常にたゆたう。お前達も、それは理解しておるのだろう。」

「それはまあね。」

「心ある者達には期待はしていない。」

 

審判者は苦笑いし、裁判者素っ気なく言う。

ベルベットは裁判者や審判者、終末の使者を睨み、

 

「アンタたちこそが、一番の悪よ。化け物並の力を安易に使い、振り撒く。選択だのなんだの言って、全てを見透かして、何もしないければ、関心も持たない。願いを叶えておいて、後処理は何もしない。それが人の生死であっても。」

「うん、それは否定できないな。」

 

審判者は苦笑いする。

裁判者に関しては無言だ。

ベルベットはさらに眉を寄せ、

 

「それに、今度は裁きに答えた奴が、そんな曖昧な“悪”だったら、世界を滅ぼす気だったんでしょう!」

「その通り。だが、それはたった一人の曖昧な“善”が世界を救うということでもある。」

「……質の悪い博打ね。」

 

だが、ベルベットの言葉に、

 

「ううん、僕はこうなると信じてたいたよ。」

「そう。だから、私も君たちを信じた。ジュードは、なかなか人を見る目があるからな。」

 

異界人二人は笑みを浮かべる。

ベルベットはそっぽ向きながら、

 

「生憎、人じゃないのよ。」

「そうなのか?だが、それは大した問題ではない。」

「人でも、精霊でも、魔王でも。」

 

二人はジッと彼女を見つめる。

ライフィセットが頷き、

 

「うん、関係ないよ。」

 

ベルベットはライフィセットを見つめた。

裁判者は終末の使者の光を見つめ、

 

「事が済んだのなら、この二人をさっさと元に戻せ。異界の門の事で、私が四聖主に文句を言われるのだぞ。」

「……だから後処理は俺がやるって!いつまで怒ってるのさ。」

「怒っていない!」

「だからそれが怒ってるって!」

 

審判者は裁判者に叫んだ。

終末の使者の光が、

 

「やれやれ、本当に心の狭い裁判者ですね。さて、手間をかけたな。異界の精霊の主と青年よ。さぁ、裁判者もうるさい事だし、それぞれのあるべき場所へ戻るとしよう。審判者、頼むぞ。」

「はーい。」

 

そう言って、光が地面に降りる。

そしてその光が消えると、金色のペンギョン、キンギョンが現れた。

 

「ええ⁉キンギョン‼」

 

そこにベルベット達の驚生きの声が響き渡る。

キンギョンが腕をパタパタし、再び光が辺りを一帯を包み込んだ。

光が消えると、そこにはキンギョンも、異界人の二人も、審判者も居なかった。

エレノアが眉を寄せ、

 

「しゃべっていたの……キンギョンでしたよね⁉」

「『この世の終わりに物言うペンギョン現れ、罪人に裁きの言葉を告げる。キンギョンは“世界に終末を告げる”といわれる不吉な生き物』。」

 

マギルゥが顎に指を当てて言う。

ロクロウが腕を組み、

 

「言ってたなぁ、そういえば!」

「終末の使者が……キンギョンだったなんて。」

 

エレノアが視線を落とした。

マギルゥは笑みを浮かべ、

 

「じゃが、これで裁判者がとてつもなく不機嫌だったワケも、ボロボロだったワケも、わかったのう。」

「ああ。それに危ないとこだったな。ベルベットがいつも通りに喰らってたら、世界が終わっていた。」

 

と、アイゼンがベルベットを見る。

ベルベットはアイゼンを睨み、

 

「人を死神みたいに言わないで。」

 

彼らは若干雰囲気的に危なかったが、場はライフィセットが和ませる。

今回の一件で、彼らはペンギョンの肉は恐ろしくて食べれなくなった。

また、彼らは島に居るノルミン達から裁判者とキンギョン≪終末の使者≫との仲を聞く。

その昔、裁判者が世界を滅ぼしかけた時、キンギョン≪終末の使者≫が裁判者を説教し、鉄槌を下した。

元々、仲の悪い彼らはこの一件でさらに仲が悪くなったと言う。

出会ったら最後、世界が割れるとまで言われているらしい。

ベルベット達は今回が、そうならなくてよかったと心底思うのであった。

 

~~Fin~~

 

 

――天への階梯

真実を知り、地脈を巡って、情報を集めていたベルベット達。

そして彼らはある地脈に迷い込む。

そこは火山の中、溶岩が辺りを流れていた。

裁判者は眉を少し動かす。

目の前にはねこにんが立っていた。

そのねこにんが彼らを見て、

 

「ここは“天への階梯”ニャ。」

「”天への階梯”?」

 

ベルベットがねこにんを見据える。

ねこにんは殺気出す裁判者に気付かず、

 

「世界の機密が隠された空間ニャ。聖隷を引き寄せる力をもっているみたいで、仲間のねこにんが、奥へと吸い込まれてしまったニャ。」

「ねこにんは、やっぱり聖隷だったんだ。」

 

ライフィセットがジッとねこにんを見る。

ねこにんは腰を振りながら、

 

「ねこにんはねこにんニャ。奥へ行ったのは、単なる好奇心ニャ。」

「なら、自業自得じゃろうが。」

 

マギルゥが呆れる。

ねこにんはベルベット達を見て、

 

「それはそうだけど、封印されてたここが開いたのはあなたたちと裁判者のせいでもあるニャ。」

 

裁判者はさらに殺気立っていた。

だが、それに気付かないエレノアが、首を突っ込んだ。

 

「封印されていたということは、危険な力を秘めている可能性が高いですよね?」

「本当に聖隷を引き寄せる力を持っているなら、放置するのはまずいかもな。」

 

アイゼンが眉を寄せる。

ロクロウは腕を組んで、

 

「どうする、ベルベット。奥を探ってみるか?」

「お願いニャ。そそっかしい仲間を助けて欲しいニャ。」

 

ねこにんもベルベットを見つめる。

考え込むベルベット。

そこに、声が響く。

 

「およしなさい……」

 

裁判者は殺気が頂点に達した。

彼らは二つの意味で、びくった。

ベルベットが後ろを見ないようにして、

 

「誰⁉」

 

そう言うと、彼らの前に光の球体が現れる。

 

「“世界の仕組みを識る者”とでも言っておきましょう……。」

「裁判者さんみたいな人かな……」

 

ライフィセットが恐る恐る後ろを振り返ると、そこには怖い怖い裁判者が立っていた。

ライフィセットは近くに居たロクロウにしがみ付く。

光の球体は語る。

 

「進んでも無駄です……。この奥には絶望しかない。せめて、自分の世界で生をまっとうしなさい。進めば、それすらできなくなるでしょう……」

 

そう言って、消えた。

マギルゥは呆れたように、

 

「はぁ……世界の仕組みを識っておると、いいながら、人の心理には疎いようじゃの……」

「進むわよ。ねこにんはともかく、無駄って言われると、気になってきた。」

 

ベルベットが奥を見つめる。

マギルゥは肩を落とし、

 

「ほ~ら、こうなる!」

 

裁判者はねこにんの前まで歩き、締め上げ、

 

「お前達一族に伝えろ。余計な真似をして、仕事を増やすと喰らうぞ、と。」

「は、はいニャ!」

 

ねこにんは震え上る。

それをベルベット達は見て見ぬふりをしてやり過ごした。

 

彼らは奥へと進む。

奥へ奥へと進むと、神殿に出た。

そこに一匹のねこにんが居た。

そのねこにんの話によれば、他の仲間は奥に行ったらしい。

さらに、ここが本来の“天への階梯”の場所らしい。

だが、空間が歪んで、色々な場所と繋がっているらしい。

裁判者はねこにんを睨み付ける。

ねこにんは悲鳴を上げて、裁判者に助けを求めた。

 

裁判者が穢れを喰らい、空間を直しながら奥へと進む。

さらに奥に進むと、ドラゴンと鉢合わせになった。

裁判者がドラゴンを見据えて喰らう。

ドラゴンについて議論していたからの前に、再び光の球体が合われた。

 

「ドラゴンたちは“門”を目指して、この階梯に入り込んでくるのです……」

「また出おった!」

 

マギルゥが目をパチクリする。

ベルベットが球体を見上げ、

 

「“門”って、なんのこと?」

「“天界”へ至るための扉……」

「だから、その“天界”って、なに⁉」

 

ベルベットは眉を寄せる。

マギルゥが殺気立つ裁判者に気付き、

 

「聞いても無駄じゃぞ、ベルベット。」

 

光の球体は消えた。

マギルゥは半眼で、

 

「ほらのー。識りたければ、もっと奥へと来いと言っておる。それに、裁判者があの調子じゃ。きっと面倒なことが起きるぞよ。」

 

彼らは奥へと進む。

その後も、裁判者は穢れを喰らい、ドラゴンを喰らう。

再び光の球体は現れ、

 

「無駄だと忠告したのに、こんなところまで来てしまったのですね……。なぜ、止めないのです、裁判者。」

「誰のせいだ、誰の!」

 

裁判者は殺気立っていた。

マギルゥが呆れアながら、

 

「そうじゃ!お主が、思わせぶりな話をするからじゃろーが。」

「思わせぶり?私は、心から忠告しているのですが……」

「善意があるなら教えて。天界ってなんのこと?」

 

ベルベットが光の球体を見据える。

光の球体は語り出す。

 

「天界とは“天族”の棲む場所。あなたたちの棲む穢れた地上世界が生まれる前から存在していた“真なる世界”のことです。」

「天族が棲む真の世界……だと?」

 

アイゼンが眉を寄せる。

ベルベットが首を傾げ、

 

「……天族って?」

 

だが、それは応えなかった。

 

「そして、この階梯の最深部には、ある条件を満たすと開く“天界への門”があります。」

「ちょっと。」

「でも、その門を開けられた者は数万年の間に一人もいない……。進むだけ無駄なのです。」

「あんたねぇ!」

 

ベルベットは怒りだす。

だが、光の球体は消えて言った。

マギルゥが肩を落とし、

 

「こやつ……性格が悪いのか、天然なのか、どっちなんじゃろ?」

「どっちでも、腹が立つことに変わりないわ。」

 

ベルベットはさらに怒る。

ライフィセットが考え込み、

 

「天界の門……そんなものがこの奥に……裁判者さんはなにか知って――」

 

ライフィセットが裁判者を見る。

そこには、拳を握りしめていた裁判者。

逆鱗に触れないように、彼らは触れずに歩き出す。

奥へ奥へと進み、奥まで来たことに喜ぶねこにんを見つけた。

ねこにんは嬉しそうに『世界を仕組みを識る者』からの伝言を話した。

 

――カノヌシの鎮静化は以前にもあった。その為、この世界が人間の文明と歴史が断絶している理由……。そして、聖隷と人間が救われない理由なのです……

 

そのねこにんはその世界の仕組みを識る者に聞いたそうだ。

何者か、と。

すると、『私は天族だった』と言ったらしい。

 

彼らは奥へと進む。

裁判者は穢れとドラゴンを喰らい続ける。

と、再び光の球体が現れる。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「天族様。カノヌシの情報、どうも。」

「伝言は伝わったようですね。わかったでしょう。カノヌシによる鎮静化は避けられぬ運命。抵抗しても無駄なのです……」

「なぜ無駄だと言い切れるの?裁判者の力だけら?それとも、ひょっとして天族が、カノヌシの黒幕だから?」

「『そうだ』とも『そうでもない』とも言えます……。聖主も聖隷も、裁判者や審判者も、かつては天界の住民だった。聖主と聖隷は、みな“天族”と呼ばれる存在だったのです。」

「聖隷と天族が同じ存在だと⁉」

 

アイゼンが眉を寄せる。

裁判者はとりあえずは、大人しく待っている事にした。

 

「そう……“聖隷”とは天界から地上に降りた天族のこと。そして、主神として彼らを率いた存在が“聖主”と呼ばれる者たちなのです。」

「そうか……聖隷とは“聖主に隷≪したが≫う者”という意味だったのか。」

「本来は“天族”と呼ぶのが正しいのですね。」

 

アイゼンとエレノアが、納得する。

 

「知らなくても無理はありません。私たちが天界を離れたのは数万年も前のこと……。今地上にいる聖隷のほとんどは、降下のあとに生まれた“過去の制約”を知らない者たちですから。」

「待って!過去の契約ってなんなの?」

 

ライフィセットが叫ぶが、光の球体は消えてしまった。

ライフィセットが裁判者を見る。

裁判者はライフィセットを睨みつけた。

ベルベットが歩き出し、

 

「識りたければ、進むしかないみたいね。」

 

ライフィセット達は頷き、歩いて行った。

裁判者は拳を握りしめて、歩き出す。

 

再び、歩き出し、裁判者は穢れとドラゴンを喰っていく。

そして再び光の球体が姿を現す。

ライフィセットが光の球体を見上げ、

 

「お願い!天界でなにがあったのか教えてください。」

「……いいでしょう。私たちが巻き込んでしまった、あなたのような若い聖隷には識る権利がある……。天族にとって“穢れ”は猛毒。穢れを生みだす地上の人間たちは、天族にとって危険な存在でした。それゆえ、天界の天族は、裁判者を利用して、地上ごと人間を滅ぼそうとしたのです。」

 

ベルベット達はキョトンとする。

そしてハッとして、エレノアが眉を寄せ、

 

「そんな乱暴な!」

「でも、天族の中にも人との共存を願う者たちがいました。彼らは、地上を滅ぼそうとする天族たちと賭けをしたのです。自分たちが地上に降り、穢れを乗り越えて、人と共存を果たしてみせると。」

「その天族たちが、聖主と聖隷になったのか。」

 

アイゼンが腕を組んで眉を寄せる。

裁判者は彼らを見据える。

 

「そう。彼らの夢が現実した時、天界の門は開かれ、人間と天族、天界と地上はひとつになる……。天界との間に、そういう“誓約”が結ばれたのです。そしてそれらを含めた扉を、裁判者と審判者が護り続ける番人として君臨しています。」

「けど、その夢も数万年たっても果たせてないわけね。」

「……当然です。天界に残った天族たちは、誓約の対価として人間と聖隷に“あるルール”を科しました。でも、それは共存を不可能にする“呪い”だったのです。これには裁判者と審判者は手を出せない。最初から天界は、人間と私たちを切り捨てて滅ぼすつもりだったのでしょう……。すべて無意味で……無駄だったのです……」

 

そう言って、消えた。

裁判者は遠くを見る目で、想いにふける。

ライフィセットが考え込み、

 

「人間と聖隷に科せられたルール……呪い?それも裁判者さんや審判者さんには手を出せないもの?」

「なるほど、読めてきたわい。」

 

そう言って、アイゼンを見るマギルゥ。

アイゼンも頷き、

 

「ああ、呪いとは、おそらく……」

「気に入らないわね……」

 

ベルベットもそれに気付き、眉を寄せる。

そして彼らはさらに奥へと進む。

その奥にはねこにんがいた。

気まずい雰囲気の中、泣きながら喜んでいた。

裁判者は視線を外し、

 

「ねこにんを滅ぼそうか……」

 

その呟きが聞こえたねこにんは、悲鳴を上げながら、

 

「お願いですニャ!ご堪忍を!これからはなるべく、大人しくしてますニャ!」

「なるべくなんだ……」

 

ライフィセットが苦笑いする。

そしてマギルゥが裁判者の背を押して、奥へと歩いて行く。

 

最奥まで来ると、長い階段と巨大な門がある。

階段を上がり、ベルベットが門を見て、

 

「これが“天界の門”か。」

 

そしてその扉の前には、羽根の生えた白いブウサギが居た。

エレノアはそれを見て、

 

「なんかカワイイ生き物がいますが……?」

「……驚いたわ。裁判者の手助けがあったとはいえ、まさか天界の門にまで辿り着くなんて。」

「この声は……“世界の仕組みを識る者”⁉」

「ええ。元天族……今は聖隷ズイフウでです。」

 

ロクロウが腕を組んで、

 

「その姿……かけられた呪いって、ブウサギになることなのか?」

「違う。ムルジムと同じだ。こいつはこういう聖隷なんだ。」

 

アイゼンが即答で言う。

マギルゥが聖隷ズイフウを見て、

 

「人間と聖隷にかけられた呪いとは、業魔≪ごうま≫化とドラゴン化のことじゃろう?」

「……その通り。業魔≪ごうま≫化は人間の感情を暴走させる審判者の力、聖隷の理性を失くすドラゴン化は裁判者の力。」

「私たちは勝手に利用された。だが、天界に居る奴らとの盟約で、我ら自身は直接手を出せない。だから、四聖主との盟約で、お前達の願いを叶えることとした。そうすれば、人も聖隷もある程度は手を出せる。しかし、巻き込まれた人間が、業魔≪ごうま≫化した場合は元に戻せるが、ことの発端を創りだした聖隷……いや、天族のドラゴン化は元に戻せない。だが、実体化する前なら、我らが関わり元に戻すことはできる。時間の問題だがな。」

 

裁判者は目を細めて言う。

 

「そして、地上に降りたった聖隷たちは、心ある人間たちと手を取りあって世界を変えようとしました。でも、協力は、呪いのせいで早々に崩壊しました。裁判者と審判者は本当の願いでなければ、関われない。だから、ほんのささいな諍いが穢れを生み、業魔≪ごうま≫とドラゴンが溢れた。業魔≪ごうま≫は、人間を愛する聖隷を引き裂き、ドラゴンは、聖隷を信じる人間を喰らった。ほとんどの聖隷は、共存の希望を捨てて、人間から離れて暮らすようになったのです……。下界に降りたことを、永遠に後悔しながら……」

「なるほど、ここにドラゴンが入り込んでたのは、天界に帰りたがっていたからか。」

「ねこにんが言っていた“聖隷を引き寄せる力”とはこのことだったのですね。」

 

ロクロウが納得し、エレノアは悲しそうに言う。

マギルゥが裁判者を見て、

 

「お主も、知っているのだったらなぜ教えてくれるんのじゃ!」

「……条件が揃わないと、このことは話せないからだ。それに、天界のひとつにはお前達も見ているぞ。」

「ほえ?」

「聖主の御座。あそこは、私と審判者が下界に降りた時に持ってきたものだ。だからずっと封じていた。扉もあるしな。」

「……いまいちよくわからんが、わかった。」

 

マギルゥは目をパチクリして、淡々という裁判者の言葉を納得する。

ベルベットが眉を寄せ、

 

「そんなことより、あんたも、あきらめた一人ってわけ?」

「どうしようもないのです……。ただでさえ少数派だった霊応力をもった人間は、さらに減って、彼らは聖隷の存在すら忘れていきました。穢れは際限なく湧き出し、業魔≪ごうま≫とドラゴンが何度も地上を覆い尽くした……。裁判者が世界をリセットさせなければ、人も聖隷も死に絶えていたでしょう……」

「聖主カノヌシは、今や安全弁のようなものだと?」

 

アイゼンが眉を寄せる。

聖隷ズイフウはアイゼンを見つめ、

 

「『ようなもの』ではなく安全弁そのもの。カノヌシは、今や地上の破滅を防ぐ役割を担わされた番外の聖主なのです。」

「穢れが溢れ、鎮静化し、また穢れる……。世界は、そんなことを繰り返してきたのか。」

「主に穢れの溢れがな。」

 

顎に指を当てて、考えていたロクロウに、裁判者が目を細めて言う。

マギルゥがさらに呆れ、

 

「いやはや救われん話じゃのー。」

「希望は“聖主の契約者”の存在でしたが……」

「契約者……?」

 

ベルベットが眉を寄せる。

聖隷ズイフウはジッと彼らを見て、

 

「聖主と契約を交わせるほどの強い霊応力と、真っ直ぐな意志をもった人間のことです。でも、現在の契約者であるアルトリウスは、カノヌシの力で、人と聖隷の心を操作しようとしている。」

「扉を使ってな。」

 

裁判者は殺気立つ。

聖隷ズイフウは視線を落とし、

 

「ですが、この方が良かったのかもしれません。永遠に悲劇を繰り返すより、悲劇が感じなくなる方が、まだマシかもしれませんが。」

「……ふざけないで。」

「ふざけてなんかいません!何万年も人間を信じたのに、だめだった……!それでもあなたは、穢れを無くせると……共存の希望はあるというのですか……⁉」

 

聖隷ズイフウは顔を上げ、ベルベットを見る。

裁判者も、ベルベットを見据える。

ベルベットは眉をさらに深く寄せて、

 

「知らないわよ、そんなこと。」

「え……⁉」

「あたしは、あんたが無駄無駄言うのが気にくわなくて、一言言いにきただけ。あんたが絶望するのは勝手だけど、地上は、あたしたちが生きている世界よ。無駄だろうが、不可能だろうが、理不尽だろうが、生まれた以上、そこで生きていくしかないの。現に、今この瞬間も生きてる。人も業魔≪ごうま≫も聖隷も、魔女も死神も対魔士も、裁判者や審判者も、みんな!」

「でも、間もなくカノヌシの鎮静化が――」

「あたしがとめる。絶対に。」

「あなたは……世界の仕組みを識って尚……」

「そんな胸クソ悪い仕組みも、天界の天族とやらもどーでもいい。世界がどうだろうと、あたしはあたし。なにを願うかは、自分で決めるわ。」

 

ベルベットは言い放った。

ロクロウがニッと笑って、

 

「さぁて、言うことは言ったし帰るか。」

「あなたの苦しみはお察しします。どうかゆっくり休んでください。」

 

エレノアはジッと聖隷ズイフウを見つめた。

マギルゥは笑みを浮かべ、

 

「ま、天界だのなんだのの揉め事は、当事者同士で好きにやっておくれ。」

「だが、こっちの邪魔をするなら容赦はしない。」

 

そう言って、アイゼンは歩いて行く。

そしてベルベット達も歩き出す。

ライフィセットはそれを見ていた。

聖隷ズイフウは彼らの歩いて行く姿を見て、

 

「なんて人たち……」

「うん。怖くて、勝手で、変な人たちだよ。でも、僕は、みんなが……みんなが生きてる世界が、嫌いじゃないんだ。」

 

ライフィセットは笑顔でいう。

聖隷ズイフウは彼を見て、

 

「……何万年後にも――あなたがドラゴンになっても同じことがいえるかしら?」

「それは、わからない。けど……言えるように一生懸命生きてみるよ。」

 

そう言って、歩いて言った。

聖隷ズイフウは彼らの歩く姿を見つめたまま、

 

「こんな聖隷と人間たちがいたなんて……」

「お前たちは変わらない。だが、変わる生き物だ。鎮静化は所詮、まがいもの。人形が生き続けても、未来にはあるのは同じく破滅だけだ。なら、今のこの世界を生きる者達が、足掻きまくった末に壊れた方がいいと私は思っている。それがあと何万年も続こうと、な。」

「……そうね。きっとまだ、希望は残っているのかもしれないわね……。ゼンライ、あなたが信じているように、人間と聖隷――天族はいつか……」

「それができるかどうかは、お前達……心ある者達しだい、だな。」

 

そう言って、裁判者も歩き出す。

小声で、

 

「だが、いいモノは見せて貰った。本当に、心ある者達はコロコロ変わるな。感情も、未来も、想いも……」

 

彼は、助け出したねこにんの報酬として、銭湯に出かけて行った。

彼は絆を深めると言って向かって行った。

彼らが湯に入っている間、裁判者は今回仕事を増やしたねこにん達を睨み、見据え、影を使って締め上げ、説教していた。

戻って来た彼らは、絆を深めるどころか、何やら不穏な雰囲気になっていた。

 

~~Fin~~



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第六章 繋いだ未来の先に
toz 第六十八話 繋いだ未来


――そこは辺り一面の花畑。

高い岩崖の近くに一つの墓があった。

海を、大地を、空を、見渡せるその場所で……

そこに一人の少年と顔のそっくりな老人と老婆がいた。

彼らは黒い服を身に纏い、その墓に花を添える。

墓には二振りの短剣と花が添えられている。

少年もまたその墓に花を添える。

導師の紋章をつけたマントを身に纏い、古びた『天遺見聞録』に沢山の付箋をつけ、儀礼剣を下げている。

その彼の後ろには、レディレイクの加護をしていた天族の男性ウーノが見守る。

さらに彼のその後ろには四人の天族達が、その場を見守っていた。

そこに足音が聞こえてくる。

彼らの見るその先には、白いコートのようなワンピース服を着た小さな少女が居た。

その小さな少女は彼らを見て微笑むと、

 

「お花を添えてもいいですか?ここに来る事のできなかった兄の分も含めて、ここに眠る大切な仲間に……」

 

小さな少女の手には、二輪の花が握られている。

老人と老婆は頷き、微笑んだ。

少年が場所を譲り、小さな少女が花を添える。

小さな少女は墓を見つめ、

 

「ありがとう。貴女が繋げた想いを、これからも繋げていくよ……。いつかまた、魂が巡り合うその時まで……」

 

そして小さな少女は立ち上がり、歌を歌い出す。

そこに笛の音が鳴り響く。

風に乗って花びらが雪のように舞い踊っている。

小さな少女は遠くをみるように、

 

「ゼロも来ればよかったのに……」

 

小さな少女は歩き出す。

そしてクルッと少年に振り返り、

 

「あなたが受け継いだ想い、あなただけの物語を私達は見届けよう。新たな導師の器に幸あれ。」

 

そう言って、風が吹き荒れる。

少年は見た。

小さな少女は白から黒い服へと変わり、そこには仮面をつけた少女が居たのを、その少女が自分を一度見て、口パクで何かを呟いたのを……

風が収まると、そこには小さな少女も、仮面をつけた少女も、もう居なかった。

 

そしてまた数日後、多くの人々が列をなしていた。

それはハイランドの大きな葬式。

人々は悲しむ。

偉大なるハイランドの王女の死を……

多くの民がレディレイクの王族の墓に花を添える。

そこには導師の服を纏ったいつかの少年と四人の天族達も花を添えていた。

と、どこからか歌と笛の音が流れてきた。

そしてレディレイクの空に、風に乗って花びらが舞う。

人々は語る。

偉大なる王女はローランスのとの数百年にも及んだ両国の争いを和平へと導いた。

その隣には同じく心と意志を持ったローランス騎士の姿もあった。

その王女が姫だった頃、姫はよく言った。

『大切な友でもある導師が平和への道を拓いてくれた。

 自分はそれに恥じぬように、彼の拓いてくれたこの道を決して無駄にはしない。』

そして姫は、政治家としても、王族としても、騎士としても、一人の女の子としても生きた。

その姫には大切仲間、無二の親友の姿があった。

そして姫騎士として過ごした少女時代、彼女は常々口にしていた。

『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ。』

大切な師の言葉を胸に抱きながら……

そんな強き姫にも挫けることもあった。

その落ち込む姫のとこには、決まって歌が聞こえてきたと言う。

まるで姫を励ますように、どこからか……

 

 

――時は流れ、ある天族の男性が古びた遺跡を探索していた。

光が彼に指し、その姿が露わになる。

長い銀色の水色の髪を結い上げ、杖を持ってあるく若い青年。

中を探索しながら辺りを見渡した。

奥に進み、そこは溶岩が流れていた。

彼は興味深そうにそれを見上げていた。

そこに聞き覚えのある声と歌が聞こえてくる。

彼はそこに向かって歩き出す。

向かった先は溶岩が一変、水の流れる場所に変わる。

辺りには結晶が輝く。

彼はその中央の祭壇に近付いた。

そして祭壇の中央の石に触れていると、足元が崩れ落ちた。

 

「うわっ⁉」

 

そこに彼の腕を掴んだ者がいた。

彼が見上げるその先には、導師の紋章の付いた手袋をつけ、マントを身に纏った少年。

その少年は光に当てられ、輪郭がはっきりしてくる。

茶色い髪が所々跳ねている穢れのない緑色の瞳。

そしてその隣には、白いワンピース服を着た小さな少女が見下ろしていた。

天族の青年は嬉しそうに、泣きそうな瞳で笑う。

そして自分の手を握っている彼の手を掴む。

そして引き上げられ、彼は二人に抱きつく。

小さな少女は同じように抱きつき、

 

「こんなに成長したのに、甘えん坊。」

「だよなぁー。」

 

少年は笑いながら、彼の背を叩く。

天族の青年はギュッとなおも二人を抱きしめ、

 

「まったく…待ちわびたぞ、スレイ。レイも時々しか現れないし。」

 

小さな少女・レイは天族の青年・ミクリオを見上げ、

 

「やっとね、私は裁判者としても、レイという人間としても、大丈夫だと世界の理が馴染んだの。待たせてごめんね、ミク兄。」

「オレも長いこと寝てたよ。早く他のみんなとも会いたいな。それにロゼやアリーシャ、セルゲイ達が繋げた未来を見てみたい。」

「ああ、みんな待ってる。それに見てくれ、彼らが繋げてくれた世界を!」

 

そう言って、立ち上がる。

レイはスレイとミクリオの手を握り、歩いて行く。

 

外に出たスレイは目を輝かせる。

 

「これがみんなの繋げてくれた世界!」

 

と、手を広げて周りを見渡していたスレイの肩に腕を回し、

 

「待ったぜー、スレイ!」

「ザビーダ‼︎」

 

スレイはその人物を見上げた。

そこには上半身裸状態に、黒いシルクハット帽子をかぶった風の天族ザビーダがニッと笑う。

そして腕を外し、スレイの側に居たレイにもニッと笑い、

 

「嬢ちゃんも久しぶりだな。」

「ん。そうだね。」

 

レイは微笑む。

そこにまた一人、

 

「スレイさーーん‼︎」

 

赤を基準としたワンピースを着て、長い銀色の髪をなびかせる火の天族ライラが、泣きながらスレイを抱きしめた。

スレイも抱きしめ、

 

「お待たせ、ライラ。」

 

ライラはスレイを離し、膝をついて今度はレイを抱きしめる。

 

「レイさんも、ずっと待ってたんですよ。」

「ありがとう、ライラ。」

 

レイもライラを抱きしめる。

スレイがそれに微笑んでいると、横っ腹を思いっきり突かれた。

 

「痛っ⁉︎」

 

スレイが横を見ると、肩に傘をトントンさせている土の天族エドナが居る。

 

「随分と待たせたわね。ミク坊は毎日泣いてたわよ。」

「泣いてない!」

 

と、エドナを見て、ミクリオが怒る。

当の本人は傘を広げて、知らんぷりしていた。

スレイが相変わらずの光景を見て苦笑する。

 

「はは。エドナも変わらないな。」

「あら、ワタシは身長が伸びたわよ。」

 

と、レイの頭に手を置いて、ポンポン叩きながら言う。

レイはエドナを見上げ、

 

「確かに伸びてる!」

「でも、こんなに早くみんなに会えるなんて嬉しいよ。ミクリオはスッゲー変わってたから、若干焦ったけど。」

 

スレイは頬を掻きながら言う。

ザビーダがスレイの肩に手を置き、

 

「なーに、スレイもドンっと大きく成長するって!」

「ああ!すぐにミクリオを超えるさ。」

 

と、腰に手を当てた。

ミクリオは呆れながら、

 

「まったく、君ってやつは……。だが、スレイの言う通りだ。」

「身長が?」

 

エドナが悪戯顔で、ミクリオを見る。

ミクリオは拳を握りしめ、

 

「違う!そうじゃなくて、ここに来たのがだよ。僕は何も言ってないし。スレイが目が覚めたのを知ったのもさっきだ。レイが知らせたのか?」

 

レイは首を振る。

そしてレイはすぐ側の木を見て、

 

「いつまでそこで隠れてるの、ゼロ。みんなに知らせたのは、あなたでしょ。」

 

と、木の影から黒いコートのような服を着た少年が出て来る。

スレイは笑顔で、

 

「ゼロ!」

「や、スレイ。久しぶり。」

 

審判者ゼロは気まずそうに出てきた。

彼はソワソワしていた。

スレイはニッと笑って、

 

「俺、やり遂げたぜ!だから、またみんなで旅をしたい。だからさ、約束通り一緒に行こうぜ、ゼロ!」

「……スレイがどうしてもって言うなら、いいよ。」

「ああ。どうしても、だ。」

「……じゃあ、一緒に旅する。」

「おう!」

 

スレイは腰に手を当てて、笑顔でそう言った。

ゼロは小さく笑い、ミクリオに抱き付き、

 

「起きても彼は変わらないね。」

「そうだな。」

 

と、ミクリオは苦笑した。

そして楽しそうに話し込む。

その姿を見たスレイは目をパチクリし、

 

「なんか、俺の知らない間にミクリオが、ゼロとスッゲー仲がいい。」

「そうね。もしかしたらスレイ以上かも。」

 

エドナの表情は、ウザいという顔で、しかも半眼で彼らを見ていた。

と、彼らの会話を聞いたゼロはミクリオから離れ、

 

「いやいや、スレイには負けるさ。何せ、何かある度に、ミクリオの口からは『スレイ』が出てくるからね。つい最近は、『スレイ、まだ起きないのか……。世界はこんなに変わったのに。会いたいな、スレイ。早く起きろよ。寝坊助。』だよ。」

「ぼ、僕はそこまで言っていない!」

「あれー、そうだっけ?」

 

と、顔を赤くして言うミクリオに、ゼロは笑いながら言う。

レイはミクリオを見上げ、

 

「酷いなー、ミク兄……。私のことはそうでもないんだ。それだよね……」

 

と、最後は視線を落とした。

ミクリオが慌てて、

 

「そ、そんなつもりはないぞ!レイも大切だ!」

 

と、言う姿を見たスレイは腕を組んで、

 

「うん。わかった。二人とも、もといゼロは思いっきりエドナみたいにミクリオで遊んでるって。」

「どういう意味よ。」

 

エドナがスレイを睨み上げた。

スレイは視線をサッと外した。

と、レイはクルリと回って、

 

「さて、冗談はここまでにして。」

「冗談⁉」

 

ミクリオは目を見開いた。

レイはスレイを見上げ、

 

「で、その旅に聖主マオテラスも連れて行くの?お兄ちゃん。」

 

ゼロ以外の者は固まった。

そしてスレイを見る。

スレイはキョトンとして、

 

「ダメか?旅は多い方が楽しいだろ?」

「いやいや、スレイ!お前、聖主だぞ!確かに色々と話ができればいいなとは思うけど!」

「そうですわ、スレイさん!マオテラス様を引っ張り出してきちゃうなんて。」

 

ミクリオとライラは詰め寄った。

ザビーダがニッと笑って、

 

「そりゃあ、ビックリだ。が、面白そうじゃないか。」

「そうね。で、マオ坊はそれに納得しているの?」

 

エドナも傘を閉じ、真剣な表情で言う。

スレイの中から光のドラゴンが現れ、レイを見る。

二人は目で語り合う。

レイは彼らを見て、

 

「納得してるみたいだよ。聖主としてではなく、一人の天族として旅に同行するって。」

 

と、ミクリオは目を輝かせ、

 

「これが、本物の聖主マオテラス!これは凄い!」

 

聖主マオテラスを見上げていた。

その様子を見たレイは腕を組み、

 

「……確かにこれじゃあ、色々とまずいか……」

 

レイは聖主マオテラスに近付き、こそこそと話す。

聖主マオテラスは頭を下げる。

レイが手を当てて、聖主マオテラスを魔法陣が包み込む。

光が溢れ、スレイ達は目を瞑り、腕で守る。

光が収まり、彼らが目を開ける。

彼らの見る先には、さっきまでそこに居た白きドラゴンではなく、一人に天族の少年。

彼は照れるように、

 

「これじゃあ、ダメかな。」

「マオテラスが子供になった!」

 

ミクリオは目を見開いた。

スレイはニッと笑って、

 

「いや、カッコイイよ。よろしく、マオテラス。」

「本当?あ……でも、それもすぐ聖主ってばれちゃうから。」

「それもそうか……。じゃあ、なんて呼べばいい?」

「スレイが決めていいよ。」

 

聖主マオテラスは微笑む。

ミクリオがスレイを見て、

 

「スレイ!聖主に変な名前を付けるなよ!」

 

スレイは腕を組み、考え込む。

 

「う~ん……じゃあさ、マオテラスって意味が『生きる者』。で、現代語で“ライフィセット”なんだ。だからライフィセットって呼んでもいいか?」

 

スレイが聖主マオテラスを見る。

彼は驚いたように彼を見る。

そしてレイとゼロも驚き、ザビーダはニッと笑う。

スレイは頬を掻き、

 

「やっぱ、ダメかな……」

 

聖主マオテラスは首を振り、嬉しそうに言う。

 

「ううん。それがいい。そう呼んで。僕は天族ライフィセット!よろしくね。」

「ああ!改めてよろしくな、ライフィセット。」

 

と、互いに笑い合う。

ライラやエドナ、ミクリオも話に加わり、盛り上がっていく。

 

レイはザビーダを見て、

 

「面白い結果になったね。」

「だな。」

 

ザビーダはニッと嬉しそうに笑う。

レイはライフィセットの元に駆けて行き、

 

「私はレイ。改めてよろしくね、ライフィセット。」

 

ライフィセットが目をパチクリした。

レイは彼を見て、

 

「お兄ちゃんに、仲間は名前で呼び合うものだって教えてもらったの。」

 

レイは彼の耳に顔を近付け、小声で言う。

 

「それに、約束したからね。一緒に居るときは名前で言うって。」

「うん。」

 

ライフィセットも笑う。

 

しばらくして、ライフィセットは驚いていた。

彼の見る先には、スレイとミクリオとワイワイしているレイがいる。

ライフィセットは横にいるゼロを見上げ、

 

「なんか……アレが裁判者さんだと思うと違和感が……」

「だよねー。俺も最初は驚き満載だった!」

「……でも、審判者さんはあんまり変わってないよね。」

「えー、そう?」

「うん。」

 

ゼロは腕を組む。

それをライフィセットは苦笑いする。

彼は空を見上げ、

 

「でも……スレイの先代導師ミケルが、君達を連れて来た時はびっくりしちゃった。それに、カムランで過ごした時間は短かったけど……楽しかった。あの場所の封印を解いた時は、もっとびっくりしちゃったけど。」

 

審判者ゼロも空を見上げ、

 

「そうなんだよー。おかげで、裁判者には物凄く怒られちゃったけどね。でも、俺はミケルの目指す夢を成し遂げられるか、見てみたかったのは本当だよ。出来ることなら、あのままただの人間として、彼の友として、あの村で過ごしたかった。けど、それはもう出来ない。」

 

審判者ゼロは、楽しく会話をしているスレイ達を見て微笑んだ。

 

「だけど、彼と彼の妹が繋いだ希望の夢はまだ見れる。」

「そうだね。希望も、夢も、まだまだ始まったばかりだ。」

 

そして二人は互いに見合って、笑った。

そこにレイも加わり、導師ミケルとの昔の思い出を語るのであった。

 

夜、木にもたれ爆睡しているスレイ。

その横にミクリオが寝ていた。

そして彼の足を枕にして、レイが寝ている。

ゼロはゆらゆらしながら、

 

「レイとミクリオ取られちゃった。」

「それよりも、あれだけ寝て、まだ寝るのね。」

 

エドナが呆れ顔になる。

ライラは苦笑して、

 

「だからではないですか。久々に起きて、思いっきりはしゃいで、疲れてしまったのではないでしょうか。」

「かもなぁー。」

 

ザビーダ笑いながらそういう。

ライフィセットはそんな彼らを見て微笑んでいた。

エドナが目を細め、

 

「ライフィセット坊や……長いから坊でいいわね。で、なんであんたはついてくる気になったワケ?」

「ん~と、スレイから一緒に行こうって言われてたんだ。遺跡を見たり、世界を見て回ったり、人や天族に関わったり、色々一緒にやった方が楽しいって。それに、僕としても旅をしたかったのはホントだよ。」

 

ライフィセットは笑顔で言う。

ザビーダはライフィセットの肩に手を回し、

 

「いいねー、これからヤンチャしようぜ、ライフィセット♪俺様、何でも教えてやるぜ。」

 

と、そこにシュバッと言う音が鳴る。

 

「死にたいの?てか、死になさい!坊に変なことを教えるんじゃないわよ。」

 

エドナは、傘をザビーダの目の前に突き出していた。

ザビーダはそれを白羽取りをして、傘を受け止めていた。

 

「おいおい、エドナァ~。何を考えてるんだい♪」

「もういいわ。ここで死になさい‼︎」

 

エドナはさらに力を入れる。

ザビーダは踏ん張り、

 

「そんな大声出しちゃうと、ボウヤ達が起きちゃうぜ♪」

 

ザビーダはチラッと寝ているスレイ達を見る。

エドナは傘をどかし、ノルミン人形を握りつぶす。

ライフィセットが目を見開き、『フェニックス―⁉』と、心の中で叫んでいた。

それを見ていたゼロは笑顔のまま、

 

「ねぇ、主神さん。」

「なんですか、ゼロさん。」

 

ライラがお茶を飲みながら、すました顔で聞く。

ゼロは横目で彼女を見て、

 

「ライフィセットに言わないの?あれがただの人形だって。」

「……きっと大丈夫ですわ。それになんとなくですが、これはエドナさん自身が言わないといけない気がします。」

「そ。だけど、それは早めにしないと……ライフィセットが、あの陪神さんが人形を握りつぶす度にああなるよ。」

「……きっと大丈夫ですわ。多分……」

 

と、ライラは遠くを見るような目でその光景を見る。

そしてライラが、持っていたお茶を置く。

静寂が訪れた。

だが、その静寂を壊す叫び声が響く。

 

「我は来たれり!想いをぶつけに我は来た!勝負だ、裁判者!」

 

と、決めポーズを決めてノルミン天族フェニックスが登場した。

ライフィセットが、エドナの傘に付いている人形と天族フェニックスを見比べ、

 

「フェニックスが二人になった⁉」

「否、我が本物なり!そしてあの乙女の側に居る我も、我の心なり!」

 

と、再び決めポーズを決める。

エドナが人形を思いっきり握りつぶす。

 

「うるさいわね、相変わらず。それより静かにしなさい。でないと――」

「あれ?フェニックス?」

 

スレイが伸びをする。

ミクリオも起き、

 

「ああ、道理で暑苦しいわけだ。」

 

と、ノルミン天族フェニックスを見る。

そしてノルミン天族フェニックスは、スレイの足を枕にして寝ているレイを指差し、

 

「さぁ、勝負だ!裁判者!」

「待ってよ、フェニックス。理由は何なんだ。」

 

スレイが構えている彼を見る。

ノルミン天族フェニックスは拳を握りしめ、

 

「我が一族、ノルミン達の独立の為だ!平和になったからこそ、我はノルミンのノルミンによるノルミンのための覇権を今度こそ、打ち立ててみせる!」

「なんでまた。」

 

スレイが若干呆れ気味に言う。

彼の瞳が燃え上がり、

 

「決まっておろう!今がチャンスなのだ!今こそ我らの力を広めるのだ!」

「けど、前にレイが『裁判者はもう面倒なので関わらないからね。少なくとも、意見がまとまるまでは。てか、関わりたくない』とかなんとか言ってたような……」

 

スレイ達はが腕を組んで思い出す。

ミクリオがノルミン天族フェニックスを見る。

彼からは汗が流れ出ている。

 

「……この様子だと、まとまってない見ただな。」

「なのに仕掛けるのか……」

 

 

スレイは苦笑する。

スレイとミクリオが、ノルミン天族フェニックスと話している傍ら、ライフィセットはザビーダに小声で聞いていた。

 

「もしかして……かなりアイゼンの妹にこき使われてた?前にグリモ先生がこき使い過ぎると独立戦争がうんぬんかんぬん言ってたから。」

「あー……ま、お前もエドナの傘の人形を見れば、何となく理解できるだろ?」

「あ、うん……それはなんとなく……」

 

ライフィセットは視線をノルミン天族フェニックスに向ける。

その彼は再び構え、

 

「さぁ!いざ、尋常に勝負!」

「俺、知ーらないと。」

 

と、ゼロがその場から離れる。

エドナは立ち上がり、傘を広げ、

 

「勝手にやって、勝手に叩き潰れなさい。」

 

彼女も離れ始める。

ライラも立ち上がりながら、その場から離れる。

 

「フェニックスさんらしいと言えばらしいのですがね……」

 

ザビーダも立ち上がり、

 

「よっし!行くぞ、ライフィセット。」

「え⁉えぇ⁉」

 

ザビーダは困惑するライフィセットを抱えて離れ始める。

スレイとミクリオは互いに見合って、レイを見下ろす。

レイはムクりと起き上がると、

 

「……せっかくお兄ちゃん達と居たのに……!」

 

レイはノルミン天族フェニックスを睨みつける。

そして影が彼を薙ぎ払った。

だが、彼は体勢を整え、

 

「まだまだ!」

「ウザい!」

 

と、レイの影とノルミン天族フェニックスの戦いが月明かりの元、始まった。

そんな中、スレイはハッとする。

 

「ミクリオ!レイがいつの間にか、『ウザい』なんて単語を!」

「そういえば!エドナ!」

「なんでそこでワタシになるのよ!」

 

戦いの巻き添いになる前に走り込んできたスレイとミクリオは、エドナを見る。

エドナは人形を握りつぶす。

ライフィセットはハラハラしながら、戦いを見つめる。

 

「だ、大丈夫かな……」

「フェニックスが喰われない限りは大丈夫だろ。多分。」

「多分⁉」

 

ザビーダが視線を外しながら言う。

ライフィセットはザビーダを見上げた。

ライラがゼロを見て、

 

「あれはどうなるんでしょうか。」

「さぁ、危なくなって来たら……どうしよっか。」

「はぁ……」

 

ゼロは笑顔のまま、ライラを見るのであった。

 

翌朝、レイは影にノルミン天族フェニックスを締め上げ、歩いていた。

ライフィセットはワナワナしながら、締め上げられているフェニックスを見ている。

スレイが苦笑して、

 

「レ、レイ……そろそろ、フェニックスを離してやらないか。」

「いくら、フェニックスの悪ふざけだけだったとしてもさ……」

 

ミクリオも苦笑していう。

レイはムッとしながら、

 

「フェニックスは、離すとまた戦い出すから、このままの方がいい。少し頭を冷やさせないと。」

 

と、レイはフェニックスを締め上げている影が、さらに彼を絞め上がる。

スレイ達はさらに苦笑いするしかなくなった。

 

しばらくたって、休息を取るためそれぞれ動いていた。

レイは休息場所を決め、準備をしていた。

森の中でレイは準備が終わり座って、スレイ達を待っていた。

そこに、少女の声が響き渡る。

 

「お前!そこに絞め上がげているそのお方は、ノルミン天族様ではないか!」

「……だったらなに?」

 

レイはその少女を見る。

クリーム色の肩につくかつかないかくらいの短い髪。

だが、右房がカールのかかった髪となって結い上げられている。

瞳は決意に満ちた緑色の瞳。

槍を構えた騎士の少女は、

 

「まさか……お前は憑魔か!そうかなのだな!ならば、致し方ない!」

「ちょっと、ちょっと!アメッカ!子供相手に何やってんのさ⁉︎」

 

と、木の上から一人の少女が降りてきた。

腰には二本の短剣を携え、長い赤い髪を左に結い上げていた。

そしてその両肩にはシルクハットで顔を隠したノルミン天族と魔女の帽子をかぶったノルミン天族の姿がる。

 

「邪魔をしないでくれ、ウィク!あれは憑魔だ!あのノルミン天族様を助けなければ!」

 

赤い髪の女性が振り返り、レイを改めて見る。

と、彼女の肩に乗っているシルクハットで顔を隠しているノルミン天族は、レイを見て悲鳴を上がた。

 

「ビエーン!こ、この気配は裁判者でフ!てか、フェニックス兄さん⁉何をやってるでフか!そもそも、裁判者は何故に子供姿でフか⁉︎?」

 

締め上げられているノルミン天族フェニックスは、拳を握りしめる。

 

「ぐぬぬ、不覚なり……!」

「相変わらずのバカねぇ……」

 

と、もう一人赤い髪の女性の肩に乗っていた魔女の帽子をかぶったノルミン天族が呟いた。

シルクハットで顔を隠しているノルミン天族の、裁判者に対する質問には答えなかった。

肩に乗っているシルクハットで顔を隠しているノルミン天族を見て、赤髪の女性は聞く。

 

「ビエンフー、あんたの知り合い?」

「ウィク姐さん、お願いでフから逃げましょうよ~!」

「ビエンフー様のお知り合い!ならば、なおさらお助けしなければ!」

 

だが、クリーム色の髪の女性アメッカと呼ばれていた者は、レイに槍を突きつけた。

だが、レイは動かない。

なぜなら、影が彼女の槍を掴み、

 

「……ハイランドの姫がこんなに短気なんて……」

「だよねー、あたしも最初思った。」

 

と、赤い髪の女性は腕を組んで頷く。

レイはため息を付き、

 

「まぁ、似てると言えば似てるのかな?でも、なぁー……」

 

と、レイは考え込む。

クリーム色の髪の女性アメッカは槍を引っ張る。

そして引っ張り出した槍を再び構える。

横目で赤い髪の女性ウィクと呼んだ者を見て、

 

「ウィクも手伝って!」

「えぇー……」

「ウィクだって解るでしょ!あの影は穢れを纏っている!」

「まぁー、それりゃあそうなんだけど……」

 

赤い髪の女性ウィクは腰にある二本の短剣を抜き、

 

「仕方ない。あのノルミン天族を一先ず助けるか!」

「じゃあ、少しだけ遊んであげる。」

 

レイは構える二人に小さく微笑む。

クリーム色の髪の女性アメッカが、槍を突き出す。

レイはそれを右や左へと避けていく。

後ろに回り込んだ赤い髪の女性ウィクが短剣で、切り裂いてくる。

レイはそれを後ろに一回転して彼女の後ろに着地する。

それをしばらく繰り返した。

二人は息を整え、

 

「こ、この子、意外にできる!」

「さ、流石はノルミン天族様に手を出す憑魔というわけか!」

 

レイは少しムッとする。

反論する前に、

 

「そうでフよ!裁判者を敵に回すと、とても怖いんでフから!今からでも遅くないでフ!逃げるでフ〜‼︎」

 

シルクハットで顔を隠しているノルミン天族が、赤い髪の女性ウィクにしがみ付く。

魔女の帽子をかぶったノルミン天族がため息を付き、

 

「そうね。面倒事に巻き込まれるのはイヤよ。大方、裁判者を怒らせるような事をしたアレの自業自得。」

 

レイは赤い髪の女性ウィクの肩に乗っているノルミン天族達を見る。

レイが口を開けようとした時、

 

「隙あり‼︎」

 

クリーム色の髪の女性アメッカが槍を回して、影に締め付けられていたノルミン天族フェニックスを助け出した。

彼はクルリと回転して、決めポーズを取って着地する。

 

「解き放たれたなり!気高き、そして美しい姫君よ、感謝するぞ。」

「いえ!お助けできて良かったです!」

 

クリーム色の髪の女性アメッカはグッと拳を握りしめる。

ノルミン天族フェニックスはレイを見て、

 

「いざ!ノルミンのノルミンによるノルミンのための覇権を今度こそ、打ち立ててみせる!」

「お手伝いします、ノルミン天族フェニックス様!」

 

と、クリーム色の髪の女性アメッカは再び槍を構え出す。

赤い髪の女性ウィクは武器をしまい、頭をかきながら、

 

「なんか、面倒事に巻き込まれちゃった……」

「だから言ったのよ。と言うより、まだ言ってたのね。」

「ビエーン!もうイヤでふーー‼︎」

 

魔女の帽子をかぶったノルミン天族とシルクハットで顔を隠しているノルミン天族も各々落ち込む。

 

そしてクリーム色の髪の女性アメッカが槍を再び突き出したのを、レイは横に避けると、

 

「とおぉーー‼︎」

 

ノルミン天族フェニックスの蹴りがレイの顔にヒットした。

レイは一歩下がり、

 

「…………」

 

俯く。

しかも無言で。

これには彼らも、動きを止めて黙り込む。

と、レイの肩が小刻みに震え出し、

 

「……絶対に喰い殺す‼︎」

 

影が複数出できた。

 

ーーレイを置いて薪拾いをしていた審判者ゼロは、

 

「いやー、レイってばいつになったら落ち着くかなぁ〜。」

「早くなんとかしないと、フェニックスが殺されちゃうよ。」

 

同じく薪拾いをしていたライフィセットが、今も締め付けられているであろうノルミン天族フェニックスの事を思い出す。

 

「あー……うん。それはそうなんだけどねぇ……」

「ま、今はムリね。あのバカが頭を冷やさない限り、おチビちゃんの機嫌は直らないわ。……あのバカが本当の意味で、バカじゃなければの話だけど。」

「さ、流石にそこまで馬鹿ではないと思われますわ……。ただ、真面目……いえ、暑すぎるだけであって……」

「そりゃー、フォローになってないぜ、ライラ。」

 

食材集めをしていたエドナ・ライラ・ザビーダが審判者ゼロ達と合流する。

審判者ゼロはため息を付き、

 

「でも、なんとかしないといけないのは本当だよ。いくら彼の能力があるからといって、あの影は穢れのようなものだしね。何かしらの手を打っといた方がいいと思う。」

 

と、言った審判者ゼロだが、空を見上げて絶句する。

そこに明るい声が響き渡る。

 

「もうみんな集合したのか。最後はオレらかぁー。」

「ま、ともかく、レイのところに帰ろう。随分待たせてるからな。」

 

水汲みに行っていたスレイとミクリオが合流する。

スレイは苦笑いで、

 

「だな。フェニックスも心配だし。」

「うん、帰ろう!すぐ帰ろう!」

 

審判者ゼロは猛ダッシュして、走っていく。

その姿を見たライフィセット以外の彼らは各々……

 

「何かあったわね。」「何かありましたわね。」「何かしでかしたな。」「やっちゃったか……」「予想していたとはいえ、やったか……」

 

エドナは半眼、ライラは肩を落としてため息をつき、ザビーダは帽子を深くかぶる。

スレイは頬をかき、ミクリオは片手で目元に手を置く。

そんな彼らに、ライフィセットは?マークが浮かぶ。

 

「何が起きたの?」

「「「「災厄なこと。」」」「災厄なことよ。」「災厄なことですわ。」

 

そう言って、彼らは走り出す。

ライフィセットは困惑しながらも、彼らを追って走る。

そして驚愕した。

そこにはマジギレした裁判者こと、小さな少女レイがいた。

彼女は影を使い、ノルミン天族フェニックスとクリーム色の髪の女性と対峙していた。

 

「……スレイ、パス。」

「ええ⁉︎ス、スレイに振るの⁉︎」

 

審判者ゼロの言葉に、ライフィセットが眉を寄せた。

審判者ゼロはライフィセットを見下ろし、

 

「……ミクリオの方が良かった?」

「いやいや、審判者さんがなんとかしないと!ほら、確か止められるんでしょ⁈」

 

ライフィセットは完全諦めモードに入っている審判者ゼロはさに言う。

かれは遠い目をして、

 

「レイは無理。むしろ、俺よりスレイとミクリオの方が丸く収まる……はず?」

「それでも疑問系なの⁉︎」

 

ライフィセットのアホ毛がピンと張った。

スレイとミクリオは互いに見合い、

 

「オレはレイをなんとかする。」

「僕はフェニックスと……あの彼女か。」

「安心なさい、ミボ。ワタシも手伝ってあげるわ。あのバカを叩き潰すの。」

 

エドナが鋭く睨んで言った。

二人は別の意味で恐怖する。

無論、ライフィセットも心の中で、

 

『ア、アイゼンの妹さん怖い……』

 

と、エドナから距離を置く。

そして三人は戦闘の中に飛び込んでいく。

エドナが天響術を繰り出し、レイ達の間には岩が突き出て、レイとノルミン天族フェニックス・クリーム色の髪の女性とを離らかす。

岩が戻り、ミクリオがノルミン天族フェニックスとクリーム色の髪の女性の前に出て、

 

「そこまでだ、フェニックス!これ以上、レイを怒らせるな。」

「そうよ。大方、またバカしたんでしょ。」

 

さらにエドナが不機嫌そうに言う。

クリーム色の髪の女性は、ミクリオとエドナが天族と解ると、

 

「で、ですが、あの少女は憑魔でして……。なにより、ノルミン天族様の未来の為にも……」

「バカね。今相手にしている子を本気で怒らせたら最後、世界は滅びるわ。」

「な、なら!なおさら倒さねば‼︎」

 

クリーム色の髪の女性は槍を構える。

ノルミン天族フェニックスに至っては、最早エドナの睨みを見た瞬間には黙り込んでいた。

そしてレイの前にはスレイが立ち、

 

「レイも、もう止めるだ。やり過ぎだ!」

 

スレイが眉を寄せる。

レイの影はピタリと止まり、戻っていった。

そしてレイは俯く。

その肩が小刻みに震え出し、

 

「……お、お兄ちゃんに嫌われたぁ〜‼︎」

 

と、泣き出した。

そしてスレイの横を通り、ミクリオにしがみ付く。

 

「フェニックスが調子に乗ったのが悪いんだもん‼︎」

 

ミクリオはレイを抱き上げ、

 

「な、泣かなくても大体予想はつくけど、レイもやり過ぎたのは自覚してるだろう?」

 

レイは頷く。

ミクリオは小さく微笑み、

 

「じゃ、わかるよね。」

 

レイはスレイを見て、

 

「ごめんなさい、お兄ちゃん。」

「わかればいいさ。」

 

スレイはニッと笑う。

エドナはチラリとクリーム色の髪の女性アメッカを見て、

 

「あれでも憑魔と言えるかしら?」

「で、ですが……あの影は……」

 

槍を下ろし、困惑する女性。

審判者ゼロが近づき、

 

「俺らはちょっと特殊でね。実はーー」

 

審判者ゼロが彼女に軽く説明する。

それを聞くにつれて、彼女はワナワナ震え出し、

 

「も、申し訳ありませんでした!そ、そんな方とはつゆ知らず、無礼なことばかり‼︎」

「いやー、アメッカがあるご迷惑おかけしました。」

 

と、戦いが終わり、歩いてきた紅い髪の女性ウィクが頭を下げる。

 

「……あれ?この感じ前にも……」

 

勢いよく頭を下げる彼女の姿に、審判者ゼロはハイランドの姫騎士アリーシャとスレイの従士をしていたロゼを思い出す。

そして納得した。

 

「これは、これで面白いかも。」

 

と、早く話していた審判者ゼロ達。

シルクハットで顔を隠しているノルミン天族が、

 

「ビエーン!あ、あの裁判者が泣くなんて……なんの災厄の始まりでフか⁉︎」

「だよねー、いま僕もびっくりしちゃった。」

 

そんな彼に、ライフィセットが話しかける。

シルクハットで顔を隠しているノルミン天族は驚き、

 

「マーー」

「ライフィセット、でしょ。」

 

ミクリオから降りたレイが、笑顔で彼を見る。

シルクハットで顔を隠しているノルミン天族は後ろに下がりながら、

 

「ビエーン!お助け〜‼︎」

 

と、泣き出した。

レイはそれをスルーする。

魔女の帽子をかぶったノルミン天族が、

 

「久しぶりね、ライフィセット。」

「うん。グリモ先生も元気で良かった。」

 

ライフィセットは嬉しそうに笑う。

魔女の帽子をかぶったノルミン天族はレイを見て、

 

「で、貴女はどういった心境かしら?」

「ん?私は裁判者であると同時に、レイと言う人間なだけだよ。」

「あっそ。」

 

レイは目を細める。

二人は無言の会話をした後、互いに違うところを見る。

レイの視線の先にはスレイ達がいる。

クリーム色の髪の女性アメッカと、赤い髪の女性ウィクと楽しげに話していた。



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toz 第六十九話 新しい仲間

フェニックスとの一件が落ち着き、自己紹介が行われた。

と、言っても、今回の容疑者であるノルミン天族フェニックスは、「我は再び挑む!その為の修行へいざ行かん‼︎」と叫びながら走り去って行ったのだった……

 

 

「改めまして、私はハイランド王家に連なる"アメッカ・ディフダ"と申します。そして騎士でもあります。本当に、先程は失礼いたしました。」

 

と、クリーム色の髪の女性が、深々と頭を下げる。

スレイは頭を掻きながら、

 

「気にしてないよ。勿論、レイもね。でも、"アメッカ《アリーシャ》"に"ディフダ"か……」

 

苦笑するスレイの表情に、姫騎士アメッカは首を傾げ、

 

「何か、問題でも?この名は遺跡好きの父がつけたんのです。それに、ディフダ家は昔こそ地位は低かったですが……偉大なる女王陛下となった末席の姫騎士こと、アリーシャ様‼︎私はあのお方のように、騎士として、王族として、立派に責務を果たすのです‼︎なのに、それに問題があるというのですか⁉︎」

 

右手を握りしめ、感動にしたる姫騎士アメッカ。

そして、ジッとスレイに詰め寄る。

スレイは眉を寄せて、さらに苦笑した。

 

「ううん、そうじゃなくてね。アリーシャとは友達だったから懐かしくて。そっか、アリーシャはちゃんと夢を掴んだんだ。」

 

スレイは嬉しそうに微笑んだ。

ミクリオが腰に手を当て、

 

「ああ!アリーシャは凄く頑張っていたぞ。スレイとの約束を果たしてみせるって。」

「なら、オレも頑張んないとなぁー……」

 

と、二人は互いに話す。

レイはスレイを見上げ、

 

「お兄ちゃん、なんか凄く固まってるよ。」

 

と、指差すところには姫騎士アメッカが眉を寄せて困惑していた。

 

「え?いや、だって……えぇ⁈」

「そう、そう!アメッカって古代語でね。現代語で言うと、アリーシャって意味なんだ。君のお父さんは凄いね。」

「え⁈ウソ⁉︎な、なら、なおさら気を引き締めなくては!偉大なる女王陛下アリーシャ様の名を汚さぬように!」

 

と、さらに拳を握りしめる。

が、すぐにスレイを見て、

 

「ではなくて!どういうことですか⁉︎」

「と、その前に、あたしの紹介をさせてね。」

 

赤い髪の女性が、姫騎士アメッカを引っ張る。

彼女は腰に手を当て、

 

「あたしはセキレイの羽根所属、"ウィク・メーヴィン"。よろしく♪んで、この小悪魔ぽい天族が"ビエンフー"。その隣の魔女ぽいのが、"グリモワール"。あたしの仲間で、友達。」

「はいでフ!ボクはウィク姐さんの相棒でフ!」

 

腰に手を当てて、キメ顔をするシルクハットで顔を隠しているノルミン天族ビエンフーが言う。

だが、その横で魔女の帽子をかぶていたノルミン天族グリモワールが、

 

「一言も言ってないわよ、そんなこと。」

「ひ、ひどいでフ!」

 

と、落ち込む。

スレイは目をパチクリし、

 

「"メーヴィン"って、まさか……」

「あの子は違うよ。」

 

レイはスレイを見上げる。

ミクリオがレイを見て、

 

「え?違うのか?」

「ん。彼女はただ、"メーヴィン"の名を受け継いでいるだけ。あの子の置き土産……みたいなものだから、刻遺の語り部ではないよ。」

 

レイは苦笑する。

スレイは腕を組んで頷く。

 

「あの子?でも、そっか。あ……でも、セキレイの羽根なら君が頭領?」

「……なるほどのね。でも、残念。私はメンバーなだけ。頭はあたしの兄貴なんだ。」

 

一瞬、女性ウィクは鋭い目付きになった。

しかし、すぐに何か察したのか、笑顔で言う。

スレイは意外そうな顔で、

 

「お兄さんがいるんだ。」

「そ。ウチの兄貴も遺跡好きでね。あたしの名も古代語なんだ。」

 

と、呆れ顔で言う。

姫騎士アメッカは驚き、

 

「そうだったのか⁉︎」

「そうなのよ。私は古代語とかよくわかんないけど、あたしの現代語は"ロゼ"らしくてね。なんでも、セキレイの羽根の初代の名をつけたんだと。」

「そうだったのか……」

 

二人は互いに納得し合う。

女性ウィクはスレイ達を見て、

 

「で、そっちは?」

「あ、ああ!オレはスレイ。オレの横にいるのが、水の天族ミクリオ。オレの幼馴染。」

「よろしく。」

 

スレイが、真横にいたミクリオを見る。

そしてミクリオが彼らに挨拶する。

 

「それで、後ろにいるのが火の天族ライラに、土の天族エドナ。」

「よろしくお願いしますわ。」「ん。」

 

スレイが自分の後ろにいたライラとエドナを見る。

ライラは微笑み、エドナはさしていた傘をクルクル回す。

 

「それでそっちにいるのがーー」

「俺様、風の天族ザビーダ兄さん♪仲良くしようぜ、お二人さん♪」

 

スレイは姫騎士アメッカの横にいたザビーダを見る。

だが、スレイが言う前に自分で言うザビーダ。

さらに、右手を腰に当てて、左手で決めポーズ。

極めつけは、キメ顔だった。

 

「……ホント、バカね。あのバカはほっといて次よ。」

「ヒドイなぁ〜、エドナは〜。」

 

エドナが呆れ顔で言う。

ザビーダは肩を上げる。

 

「えっと……この子は天族ライフィセット。」

「よ、よろしく!」

 

スレイは左横にいたライフィセットを見る。

アホ毛がピンと伸び、挨拶するライフィセット。

 

「で、オレとミクリオの妹のレイ。で、ミクリオの横にいるのがゼロ。」

「よろしくね。」

 

スレイが自分とミクリオの間にいるレイとミクリオの横にいる審判者ゼロを紹介する。

審判者ゼロは笑顔で挨拶する一方、レイはお辞儀するだけだった。

だが、姫騎士アメッカが再び困惑顔で、

 

「え?待ってくれ……えっと、お二方は裁判者と審判者という偉い方で……貴殿の妹?それは審判者様の妹という意味ではなく⁇」

「ゼロの妹はヤダ。」

 

レイが拗ねる。

審判者ゼロは口を尖らせ、

 

「ヒドイなぁ〜。」

 

スレイが頰を掻きながら、

 

「はは……色々とあったんだ。でも、レイは妹だよ。」

 

と、ミクリオと互いに見合う。

レイは笑顔で嬉しがる。

 

「さ、裁判者の兄を名乗るでフか⁉︎この導師は変わってるでフ!」

 

ノルミン天族ビエンフーは一歩後退りさる。

ノルミン天族グリモワールは頰に手を当てながら、

 

「ハァー……それなら、裁判者の兄を名乗る物好きな天族も、ね。」

「それでも、レイは大事な妹に変わりないんだ。」

「ああ。あの人がなんと言おうとも、ね。」

 

スレイとミクリオは、腰に手を当てながら言う。

それに対して、

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!い、今なんといましたか⁈ビエンフー様‼︎」

 

姫騎士アメッカは、ビエンフーをジッと見つめる。

ビエンフー後退りさりながら、

 

「ビィエ⁉︎ボ、ボクでフか⁈別におかしなことは言ってないでフよ‼︎」

「いえ、導師と口に出しましたよね⁈」

「い……言ったでフよ……」

 

ビエンフーはさらに後退りながら言う。

姫騎士アメッカは信じられないという顔で困惑していた。

それに対して、

 

「やっぱりそっかぁ〜。"スレイ"って聞いて、もしかしたらあの"導師スレイ"かと思ったんだよねぇ〜。」

 

女性ウィクは頭をかく。

スレイは首を傾げ、

 

「オレ、何か悪いことしたっけ?」

「んやー、してないよ。あたしらの中で、導師スレイは伝説なの。アメッカの言う偉大なる王女陛下アリーシャ様が、常々導師スレイの名を出していたらしいんだよ。長きに渡るハイランドとローランスの和平の一歩を作り、さらに災厄の時代に終止符を打つめ……人柱になったとか、天族に導かれたとか、長き刻《とき》を生きてるとか、ドラゴンに喰われたとか、色々ね。」

「へぇー、そうなんだ。」

 

女性ウィクの 説明に納得するスレイ。

レイは審判者ゼロを見て、

 

「あながち間違いではないけど……かなり色々盛られたよね。」

「そうだね……人間は当時のこと知らないからね。あ……天族でも、導師スレイの存在を知るものは多くないね。」

 

審判者ゼロは肩を上げて、スレイを見る。

スレイは頰を掻きながら、

 

「まぁー、真実は大体そんな感じだから別にいいけど……アメッカは大丈夫?顔色が悪いよ。」

 

全員が姫騎士アメッカを見る。

彼女は真っ青になり、

 

「そ……そんな……貴殿があの導師スレイ……⁈」

「幻滅させちゃったかな?」

「まぁー、スレイは元々こういう奴だから仕方ないけどな。」

「うわ、ひで!」

 

横にいたミクリオを見たスレイ。

そのミクリオは呆れたような目でスレイを見ていた。

そして姫騎士アメッカは、

 

「も、申し訳ございませんでした!導師スレイ‼︎今までの数々の無礼、お許し下さい!お願いです、私をいかようにも処罰して下さい!」

 

と、深く頭を下げる。

スレイは驚き、

 

「ええ⁉︎いや、気にしてないから!顔を上げてよ、アメッカ!」

「いえ、できません‼︎我が、ハイランド王家には偉大なる王女陛下アリーシャ様の遺言があります。"もし、導師スレイと出会うことがあったその時は、導師スレイを助け、協力せよ"と。なのに私は、なんという無礼を……‼︎」

 

姫騎士アメッカは頭を下げたまま、拳を握りしめて小刻みに震えていた。

スレイは真剣な表情になり、

 

「わかった。じゃあ、処罰を出す。だから顔を上げて。」

「は、はい……いかようにも。」

 

姫騎士アメッカは顔を上げ、スレイを見る。

スレイは苦笑し、

 

「君に出す処罰は、"オレ達との旅に付き合う"ってのでお願い。オレ、起きたばっかりで地理がわからないんだ。」

「え……そ、そんなことでいいのですか……」

「そんなことじゃないよ。アメッカのいう偉大なる王女陛下アリーシャ様の繋げた世界なんだ。それだけじゃない。災厄の時代と言われたあの時代を生きたみんなが繋げた世界……オレはこの目でちゃんと確かめたいんだ。」

 

スレイは困惑していた彼女に、腰に手を当てて笑う。

なおも困惑していた姫騎士アメッカの横にいた女性ウィクが、

 

「あはははは‼︎いやー、導師スレイは面白いね〜!」

 

腹を抱えて大笑いする。

見れば、審判者ゼロも、声を殺して笑っていた。

そしてザビーダも笑いながら、

 

「いやー、やっぱスレイだわー‼︎」

「そうね。これがスレイね。」

 

エドナも傘で顔を隠していたが、その声は笑って……いや、嬉しそうだった。

ライラに関しては、涙を流し、

 

「うぅ、スレイさん……私……私は嬉しいですわ。」

「ホント、変わらないな……」

 

と、ミクリオも片手で顔を隠して泣いていた。

その反応に、

 

「え⁉︎ちょ、みんなどうしたのさ⁈」

 

スレイは驚きを隠せない。

レイはニッと笑い、スレイを見上げる。

 

「お兄ちゃんからすれば夢から覚めた感じでも、ミク兄達からすれば長い長い年月だからね。懐かしくもあり、これは現実だと再認識したんだよ。」

「そうだね……。天族にしてみればあっという間であり、長い時だもんね。」

 

ライフィセットも、懐かしむかのように、服を握りしめる。

スレイは納得するかのように、みんなを見ていた。

と、「パン!」と言う手を叩く音が鳴り響く。

 

「よっし、決めた‼︎あたしも、導師スレイの旅に付き合う。」

「ほ、本当か、ウィク⁉︎もし、私に気を遣っているならーー」

「違う、違う。これは私の意志。実は家にも、初代の遺言があるんだ。……"もし、スレイという導師が現れた際、自分の目で、耳で、見て感じよ。そして、己の中の矜持とあった時は導師スレイに協力せよ"ってね。で、あたしはあたしの意志で、これを見極めたいってこと。それにちょうどいんだよね〜。あたしは世界中をこの目で見たいから。ついでに、ノルミン二匹も一緒ってことで、よろしく〜〜♪」

 

女性ウィクはウインクする。

ノルミン天族ビエンフーは一回転して、キメ顔。

ノルミン天族グリモワールはため息で、反応する。

姫騎士アメッカはハッとして、

 

「私の方からも、これからよろしくお願い致します!それとお願いがあります、導師スレイ。」

「お願い?」

「はい。私はハイランド王家の一員として、偉大なる王女陛下アリーシャ様のように、ハイランドの民を守りたい。そしに、ローランス帝国、北の大国とも、もっと交流を深めていきたい。そして、我々を見守って下さっている天族の方々とも、より良い関係をもっと増やしたいと思っております。その為にも、自分が何をやれるのかを理解したいのです!」

 

と、拳を握りしめる。

スレイは笑顔で、

 

「ああ!こっちこそ、これからよろしく‼︎」

 

彼の旅は始まる。

レイは小さく微笑み、

 

「ホント……未来はなるべくしてなったなぁ〜。でも、この未来を引けたのは、"縁"か……。」

 

レイは歩き出す彼らについて行く。

スレイとミクリオの手を握りしめ、

 

「これからが、楽しみだ。」

 

と、小さく呟いた。

 



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toz 第七十話 それぞれの想い

その日の夜。

スレイ達は火を囲んで暖まっていた。

スレイは前に座るアメッカとウィクを見て、

 

「そういえば、二人は仲良いよね。戦闘でも、息が合ってたし。」

「そうですか?でも、ウィクは私にとって、初めての友達ですし……」

 

アメッカは頰を赤くして、嬉しそうに微笑む。

ウィクはニッと笑い、

 

「あたしらセキレイの羽根は、ハイランド王家とも縁が深いからね。あたしもよく、王宮に連れてって貰ったんだよね。で、年の近いアメッカを見つけて話しかけたのが始まり。最初は茂みに隠れてたから、変な子だなぁーって思ってたんだよね。それが姫様ってわかった時は、本当ビックリだったわー。」

「あ、あれは仕方ないのだ。お兄様達やお姉様達から逃れる為に……」

「わーてる、わーてるって。」

 

膝を抱えてうずくまるアメッカ。

ウィクは苦笑して、彼女の背を叩く。

スレイとミクリオの間に座るレイはそれを見て、俯いた。

そのスレイとミクリオは首を傾げて、

 

「お兄さんやお姉さんと仲が悪いのか?」

「それにしては、逃れる為にとはーー」

「バカね。仮にも、この子は王族。アリーシャのことを思い出せば、なんとなくわかるはずよ。」

 

エドナが、横に座るミクリオを半眼で、呆れたように見る。

スレイはハッとして、

 

「まさか……アリーシャの時のように、色々いざこざに巻き込まれているのか!」

「だろうな……。いくら平和な時代が来たとしても、王族の次期国王争いはあるだろうし……。なにより、兄弟姉妹で争いや虐めはよくあるものだ。」

 

ミクリオは腕を組み、右手で顎に指を当てて考え込む。

そこにエドナが傘で頭を叩き込んだ。

 

「っ痛‼︎何するんだ、エドナ!」

「ホッントに、バカね。これだからミボは、いつまでたっても、ミボのままなのよ!」

 

エドナはミクリオを睨みつけた。

アメッカは顔を上げ、悲しそうに呟く。

 

「いいのです、エドナ様。確かに、王族にはよくあることですから……。我がハイランド王家は、異母兄弟や異父兄弟、従兄弟姉妹が多くいます。どの親も我が子を次の王へと思うのです。そして兄弟姉妹同士でもそうです。そういう時、虐められるのは王席が低い者なのばかり。いくら偉大なる王女陛下アリーシャ様がいても、これは簡単には変わらなかった。それから逃れる為に、いつも隠れて過ごしていた。でも、ウィクやあの方のお陰で変われました。」

「ああ、アメッカの言う蒼き騎士の女性ね。」

 

と、アメッカはパッと明るくなる。

ウィクが耳にタコと言うように、苦笑する。

スレイ達は眉を寄せる。

スレイがアメッカを見て、

 

「その人の話、聞いてもいい?」

「もちろんです!あの方は、私が茂みに隠れていた時です。美しい蒼き騎士の女性が私の前に現れたのです。膝を着き、目線を私に合わせて下さって……"何を泣いている。泣く暇があったら剣を取れ。お前には強い心があるはずだ。お前のその辛さはいずれ、弱き民の力となる。お前に、この言葉を贈ろう。……『騎士は守るもののために強くあれ。民のために優しくあれ。』アリーシャが好きだった言葉だ。"と、言って下さったのだ。私の頭を優しく撫でてくれた……弱かった私を見捨てて、愛想を尽かした母。……でも、あの方の手はどこか、いつかの母の温もりを思い出させてくれました。いつしか寝ていた私が目覚めると、あの方は居なかったけれど、とても嬉しかった。その後、ウィクと出会い、街に出て、民を知り、国を知り、私は強くなろうと思ったのです。そして自分を知りたい。そう思った時、偉大なる王女陛下アリーシャ様のことを知り、私は憧れた。いつか見たあの蒼き騎士の女性のように、優しく強い騎士に!アリーシャ様のようになりたいと!」

 

アメッカはグッと手を握りあわせる。

スレイ達はレイを見る。

レイは小さく微笑み、首を振る。

彼らは腕を組んで悩む。

 

『……貴女の魂は今もなお、彼女を見守っている……。ま、あの天族の娘の力のおかげでもあるけど……ね。』

 

レイ一人微笑んでいた。

ウィクが手を「パン!」と、叩き、

 

「で、一人旅に出る彼女に、世界中を旅したいあたしが同行したんだ。なんだかんだ言っても、箱入り娘の一人旅なんて危なかっしくてね〜。」

「ウィク姐さん。素直に心配だったって言えばいいのにでフ。」

「うっさい!」

 

ウィクの横にいたビエンフーはニヤニヤ笑う。

彼女は頰を赤くして目を反らす。

ミクリオはノルミン二人を見て、

 

「君たちはいつウィクと?」

「偶然でフよ。たまたま、グリモ姐さんと旅してたら、穴に落ちて困ってた所に、これまた偶然に穴に落ちてきたウィク姐さんの、下敷きにされたのがきっかけでフ。」

「ホント、災厄な日だったわ……」

 

と、明るく話すビエンフーと違い、彼の隣に居たグリモワールは頰に手を当ててため息をつく。

ウィクは笑い出し、

 

「そうそう!落ちた、落ちた!その後、兄貴に助けて貰ったんだよね。で、旅してるっていうから誘ったのよ。」

「ま、暇潰しには丁度良かったわね。けど、ハイランドのお姫様と旅するって言った時のあんたのお兄さん……」

「そうでフよね〜……。ウィク姐さんは気づいてないかもでフけど、すっごく心配してたでフよ。僕らに頼むくらいでフから。」

 

グリモワールとビエンフーは呆れ顏になる。

ウィクは目をパチクリさせ、

 

「そうなん?」

「そうでフよ。」

 

ビエンフーはさらに眉を寄せた。

そこにアメッカの横に居たライフィセットが手を上げて、

 

「ねぇ、ウィクのあの短剣裁きは誰に教わったの?ロク……じゃなかった。知り合いのに似てたから、気になって。」

「ん?これ?」

 

ウィクは腰の二刀の短剣を触る。

短剣を抜き、クルクル回しながら、

「あたしは兄貴に教わった。兄貴は親父に。ま、初代が使ってたからね。その初代はなんでも、幽霊の剣士に教わったって言ったらしいよ。」

「幽霊の剣士?」

 

ライフィセットが首を傾げる。

ウィクは短剣をしまい、

 

「なんでも、大きな長剣二本と短剣二本を持った黒髪で片目を隠した変わった服を着た剣士だって。見て覚えろ、感じて覚えろ、的な感じで幼い頃に教わったらしいんだよね。でも、はっきりとは覚えてないにしろ、初代の仲間にそんな奴いない。ま、それが原因でオバケが苦手になったらしいんだよね。極め付けは、たまに変な声がするとかしないとか……」

「うぅ……や、やめてくれ、ウィク!」

「あはは。ごめん、ごめん。」

 

ウィクの言葉にアメッカが身をすくませる。

スレイは目をパチクリさせ、

 

「そ、そうだったんだ……」

「苦い思い出を思い出したわね、スレイ。」

「あ、あれはエドナのせいだろ。」

「そうだったかしら。」

 

エドナはスレイに知らんぷりする。

ライフィセットは口を開けて驚いていた。

 

「意外なところで、縁は繋がるものだよ。」

「そ、そうみたいだね……」

 

レイがライフィセットに口パクで、そう言った。

ライフィセットのアホ毛がピンと伸び、落ちた。

アメッカとウィクはスレイ達を見て、

 

「そ、それで、スレイ様はどのようにして天族の方々や裁判者様の方々と?」

「そうそう!導師スレイの話聞かせてよ!」

 

と、目を輝かせる。

スレイは頰を掻き、

 

「様はいらないよ、アメッカ。」

「で、ですが……」

「じゃあ、オレもアメッカ様って言うよ。」

「わ、わかりました。……ス、スレイ!」

「うん。ありがとう。」

 

アメッカは照れながらも、スレイの名を呼ぶ。

そして、スレイは横のミクリオとその間にいるレイを見て、

 

「オレとミクリオが幼馴染で、レイが妹の話はしたよね。オレとミクリオは赤ん坊の時に、イズチのジイジ……長に拾われたんだ。そこで暮してたオレらが10何才だっけかなぁ……」

「まぁ、その年くらいにレイがやって来たたんだ。昔のレイは今と違って無口でね。」

 

ミクリオは苦笑する。

グリモワールの横にいたライラが手を合わせ、

 

「そうでしたね。昔のレイさんはご自分からは関わりを待とうとせず、スレイさんとミクリオさんにだけ懐いて……ロゼさんがヤキモチ焼いてましたね。」

「そうね。逆に、アリーシャとは仲良かったし。」

 

と、エドナが目を伏せる。

スレイの横にいたザビーダはニッと笑みを浮かべ、

 

「俺様とも仲良かったよなぁ〜♪」

「はぁ?ふざけるのもいい加減にしなさい!死にたいの?いいわ、死になさい。」

 

エドナは目の前のザビーダを睨め付ける。

ザビーダは後ろに少し退がり、

 

「ちょ⁉︎エドナ⁈目が本気過ぎる‼︎」

「仕方ありませんわ。私もエドナさんも、レイさんとの距離を詰めるのにどれだけ苦労したか……」

「あー……そういえばそうだね。」

 

ライラも頰に手を当てて、悲しそうに言う。

レイは視線をそらしながらそれに答える。

場の空気が重くなるのを感じ、

 

「ス、スレイ……続きを話そう!ね!」

「そ、そうだな。」

 

ライフィセットはスレイを見る。

スレイは苦笑いして頷いた。

 

「えっと、イズチにいた頃のオレらの遊び場といえば、近くにあった遺跡だったんだ。ある日、その遺跡にアリーシャが迷い込んできたのが、アリーシャとの出会いの始まり。」

「スレイってば、名も名乗らないし、怪しすぎる相手を自分の家に招いたんだ。」

 

ミクリオは思い出したかのように、スレイを半眼で見る。

スレイはさらに苦笑した後、

 

「ま、あの時はアリーシャは国の為に奮闘してたからね。そのアリーシャがレディレイクで行われる聖剣祭に来ないかと誘われたんだ。」

「僕らはそれがきっかけで旅に出た。そして聖剣祭で、聖剣を器にしていたレディレイクの湖の乙女ライラに出会ったんだ。その後、ライラと契約して、スレイは導師になった。」

 

ミクリオはスレイと互いに見合う。

レイもされを見て微笑む。

その後、腕を組んで、

 

「その時に、セキレイの羽根のロゼにも会ったよ。二つの顔を持つ彼女に、ね。その後も何度も会ったし。レディレイクの地の主も、最初は憑魔だったし。」

 

ライラは嬉しそうに、少し困り顔をして、

 

「はい、そうでしたね……。でも、地の主であるウーノさんと出会いによって、レディレイクに加護が戻りました。それに、レディレイクでは、ミクリオさんもスレイさんと喧嘩して、絆を深めて……」

「あれはどっちもどっちの喧嘩だったなぁ〜……。でも、あれがあったからこそ、お兄ちゃんもミク兄も強くなれたよね。」

 

二人は笑みを浮かべて見合う。

エドナがため息をつき、

 

「その後、私のとこに来たのよ。病に伏せっているマーリンドの人のために、か弱い私に橋を造る手伝いをさせられたわ。しかも、スレイの古い口説き文句によってね。」

「へぇー、スレイでも口説き文句言えるんだ。てっきり天然系だと思ったけど。」

 

審判者ゼロはライフィセットの隣で意外そうな顔をする。

ミクリオは呆れ顔で、

 

「間違ってはないね。スレイは素でやる奴だから。」

「ま、そんなこんなで私たちはアリーシャ達とマーリンドに向かったわ。マーリンドにも加護を復活させ、戦争の一手が始まったわ。そこでーー」

「待て待て!エドナの勧誘の時に、俺様にも会ったろう⁉︎なー、スレイ!」

 

どんどん先を話すエドナの言葉に、ザビーダが叫ぶ。

スレイは目線を逸らし、

 

「あー……そう、だね。」

「反応うっす!」

「ま、それは置いといて。ハイランドとローランスの小競り合いが始まったの。お兄ちゃんは、不義の汚名を着せられたアリーシャを救うために戦争に介入した。何とか、小競り合いを止めることには成功したけど、そこで災禍の顕主と出会った。あ、災禍の頸主ってのは簡単に言うと、導師とは相反する強い憑魔とでも思って。で、その時はまだ力の弱かったお兄ちゃんは、彼の領域に触れ、一時的に霊応力を封じられた。」

 

眉を寄せるザビーダを無視して、レイがエドナの続きを話した。

ミクリオもそれに続き、

 

「ああ。それによって、導師の力も封じられてしまった。危ないところに、ロゼが助けてくれたんだ。その後、回復したスレイはロゼと共にローランスに渡った。ローランス側でも色々やったな。白皇騎士団のセルゲイとの出会い。仲間との悲しい別れ、導師の試練……それに、その頃ゼロにもあったな。」

「ねー。いやー、懐かしいな。その後、ハイランドとローランスの戦争が本格的に始まってしまったし。しかも、その戦場にドラゴンも現れる始末。けど、導師スレイの導きの元、双方は戦争を止め、ドラゴンに立ち向かった。それは同時に、戦争を終わらせ、和平への道の始まりとした。」

 

審判者ゼロは笑顔で言う。

ザビーダが腕を組み、

 

「んで、俺もその頃に正式加入してたってわけさ。亡きあいつの想いを継いでな。」

 

アメッカとウィクは首を傾げるが、そこは触れないでおく。

審判者ゼロは笑みを消し、

 

「そして、導師一行は災禍の頸主を調べ上げ、災厄の時代の始まりを知った。その導師一行は始まりの村カムランにて、災禍の頸主との最終決戦を行った。その後、災禍の頸主を討った導師スレイは、大地の浄化をする為に深き眠りにつき、この時代に目を覚ました……というわけ。」

 

彼は笑顔に戻る。

アメッカは拳を握りしめ、

 

「そ、そうだったのですね!よくわからないとこもありましたが、凄いです‼︎」

「で?ライフィセットはいつ仲間になったん?」

 

ウィクは首をかしげる。

ライフィセットは嬉しそうに、

 

「僕は、スレイが目覚めてから、旅に誘われたんだ。僕も、ある意味君達と同じ新参者だよ。後、審判者さんも同じ。」

「ゼロ様はレイ様と同じくして仲間だったのでは?」

 

今度はアメッカが首をかしげる。

審判者ゼロは笑いながら、

 

「その頃はレイと……裁判者と喧嘩中でね。和解したのはスレイ達が災禍の頸主を討った頃かな。」

「ホント、はた迷惑な喧嘩だったわ。」

 

エドナがウンザリ顔でいう。

レイはムッとして、

 

「あれはどちらかといえばゼロが……審判者が悪い。どこかの誰かさんのせいで、色々あったもん。殺されかけたり、殺されかけたり!」

「君も、俺も、簡単には死なないだろ。」

 

審判者ゼロは笑顔だが、何やら不穏だ。

そして二人は無言となり、それに耐えられなくなったのか、

 

「そ、そうだよ、俺も悪いよ!けど、君だっておあいこだろ‼︎大体、君だって雲隠れした挙句に、レイまで創り出したし!」

「それは貴様のせいだろう。それに私にはやることがあった。駄々をこねて、拗ねていた貴様とは違う。挙げ句の果てには、災禍の頸主と手を組んだ。そのせいで、こっちは一人で色々やったんだ。」

「それだったら、君だって最初はそうだっただろう。挙句に、双方に協力したせいで色々苦労したのは俺だし!四聖主やクローディンの時だってそうだ!後先考えず暴れたくせに!」

「あれは、大体は心ある者達の結果だ。私にも非があったのは認めるが、元を正せば私ではない。」

 

審判者ゼロと、レイの姿のままの裁判者が言い争いをする。

と、裁判者は何かを思い出したかのように、

 

「ああ、そうだ。導師、貴様はやり遂げだ。だが、お前と周りの刻《とき》の流れは違うことは忘れるな。」

 

スレイを、赤く光る瞳で見た。

彼女はそう言って、レイに戻る。

 

「……災厄。忘れた頃に、あいつが出てくるなんて……」

「こういう時でも、あの方は変わりませんね。」

「なんだか昔にも同じことがあったような気がするでフ……」

「あったわね……そんなことも。」

 

エドナがノルミン人形を握り潰し、ライラも苦笑する。

さらに、ビエンフーとグリモワールも反応する。

アメッカは困惑しきり、

 

「え?え⁈な、なんか今、レイ様の様子が……」

「別人みたいに変わったね。てか、ライフィセット大丈夫なん?」

 

ウィクも意外そうに言った後、固まっているライフィセットを見た。

ライフィセットはハッとして、

 

「う、うん、大丈夫……だよ。ただ、実際に見るのは初めてだったから……心の準備が……」

「ま、慣れろってこった。」

 

ザビーダはゲラゲラ笑いだした。

夜も深くなり、ライラが手を叩き、

 

「さて、もっとお話ししたいのは山々ですが、今日はもう寝ましょうか。」

「そうね。明日も早いし。」

 

エドナが立ち上がり、テントに向かう。

と、振り返り、

 

「何してるの。二人も早く来なさい。」

 

アメッカとウィクを見る。

アメッカはすぐに立ち上がり、

 

「わ、私もご一緒でよろしいのですか⁉︎」

「私に、二度も言わせるの。」

「あはは!ほら、行くよ、アメッカ。」

 

ウィクも立ち上がり、アメッカの手を引いてテントに向かって歩いていく。

ライラも立ち上がり、

 

「レイさんはどうしますか?」

「……後で様子見ていくよ。」

「わかりましたわ。」

 

ライラが歩いて行く。

ザビーダが立ち上がり、スレイとミクリオの方を叩き、

 

「よし、俺らも寝るか。」

「え?あ、うん。」

 

スレイは立ち上がる。

立ち上がったゼロはミクリオの手を引き、

 

「ほら、行くよ、ミクリオ。」

「な、なんなんだよ。」

 

彼らも別のテントに向かって歩いていく。

ライフィセットとビエンフーとグリモワールの会話が終わるのを待っていたレイ。

ライフィセットが去った後、歩き出そうとするビエンフーを影で捕まえる。

 

「ビエ⁈た、喰べないで欲しいでフ‼︎」

「喰べないよ。てか、不味そう。」

 

レイは彼を離す。

近づいて来たグリモワールは、

 

「確かにそうかもしれないわね。」

「ひ、ひどいでフ‼︎」

「で、なんの用なの。わざわざ、坊やとの話が終わるまで待つなんて。」

 

ノルミン天族二人はレイを見上げる。

レイはしゃがんで、目線を合わせる。

 

「……私っていうより、裁判者として言いたかったことがあるんだ。」

「な、なんでフ……」

 

怯えるビエンフー。

その姿に、レイは苦笑する。

が、表情を柔らかくして、

 

「最後まで、あの子のそばにいてくれてありがとう。」

「え……」

「あの頃の私にはできなかったから。それに、あの子が最後まで笑顔でいられたのは君のお陰であり、貴女があの子の心を取り戻してくれたからだ。そして、あの旅をした彼らのおかげでもある。ま、それを言いたかっただけ。」

 

と、立ち上がり歩き出す。

その背に、ノルミン天族グリモワールは、

 

「一つ、聞いてもいいかしら。」

「ん?……ああ、その答えは『今度は看取るよ、最後まで』。導師スレイという人間の最後を、水の天族ミクリオの行く末を。それが盟約だからね。それに、それが私《レイ》を妹として受け入れてくれた二人に対する私なりの答え。きっとこの先には現れないだろう、大切な兄だからね。」

 

レイは立ち上がり、振り返る。

その表情は裁判者と同じだ。

そして再び前を見て歩き出し、

 

「後、君の思っている事だけど……後にも、先にも、裁判者を"友"と呼んだのはあの子だけだよ。あの子は今も、昔も、私《裁判者》の大切な友だよ。」

 

その表情はわからないが、その声は嬉しそうだった。

レイがいなくなった後、ビエンフーはグリモワールを見て、

 

「姐さんは何を聞こうとしたでフか?」

「導師スレイとあの坊や、ミクリオといつまでいるのか……。あんたは?」

「……マギルゥ姐さんのことをどう思っていたかでフ。」

「そう……で、あなた達はどう思ってるの?」

 

ノルミン天族グリモワールは斜め後ろの木々を見る。

そこから、エドナ、ライラ、ザビーダが現れる。

ライラが手を握り合わせて、

 

「……私達は見守りますわ。それに、レイさんはあの方と同じであり、違う存在ですから。」

「ま、大切な仲間だからな。お宅らは知らないだろうが、あの嬢ちゃんは、裁判者にできない事ができる。逆もあるだろうが、あれは裁判者が関わりを持つ為に生まれた存在でもある。」

 

ザビーダは腰に手を当てて、真剣な顔で言う。

エドナも真剣な顔で、

 

「だから少し不安だもあるわ。おチビちゃん……本当の意味で、レイを止められるのはスレイとミボだけ。ミボはともかく、スレイは人としての寿命はとても短い。盟約や誓約をつけてもたかが知れている。でも、ミボも天族。いつかは居なくなる可能性はある。憑魔、ドラゴン、普通に死んだとか、色々ね。そうなった時、誰がおチビちゃんはどうなってしまうのか。」

「きっと、レイさんはずっとあの姿のままでいるでしょう。そして、それはきっと何があっても変わらないと私は思います。」

「俺らは、せっかく関わりを持ち、やっと裁判者や審判者を本当の意味で知る機会を得た。それが途中で、解らずに終わるのが嫌だし、嬢ちゃんが消えるのも嫌だつー話だ。」

 

三人は互いに見合う。

グリモワールは頰に手を当てて、

 

「そう。ま、本質は変わってないみたいだけど、感覚は違う。いいわ、私たちも少しだけ見守らせて貰うわ。」

「はいでフ‼︎」

 

ビエンフーも頷いた。

エドナはノルミン二匹を見て、

 

「そういえば、あんたたちはお兄ちゃん……アイゼンを知ってるのよね。」

「はいでフ‼︎アイゼンは元気でフか?」

「死んだわ。ドラゴンになってしまったから……」

「そ、そうでフか……」

「そう……やっぱりなってしまったのね。」

 

二人は視線を落とす。

エドナは小さく微笑み、

 

「でも、心の中で今もそばに居てくれてる。お兄ちゃんの想いを知れた。ちゃんとお別れもできた。だから、いつか坊……ライフィセットと共に、霊峰レイフォルクにお墓があるから……会いに行ってあげて。」

「わかったわ。」「はいでフ‼︎」

 

彼らはテントに向かって歩き出す。



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toz 第七十一話 新たな幕開け

スレイ達は世界を見て回るために旅をしていた。

新しい仲間とも、すぐに打ち解けていた。

 

「アメッカ!そっち行ったよ!」

「任せてくれ、ウィク!たあぁぁ!」

 

ウィクが敵を誘導し、アメッカが仕留めにかかる。

そして、アメッカは後ろを見る。

 

「スレイ!ゼロ様!」

「任せて!ライラ!」

「はい、スレイさん!」

 

スレイとライラは神依(カムイ)をする。

敵を浄化の炎で焼きはらい、審判者ゼロがスレイの横から出て、

 

「逃がさないよ!」

 

短剣を数本投げる。

ザビーダやエドナ、もちろんミクリオも動いている。

ビエンフーはウィクを手伝い、ライフィセットはサポートに回る。

それを少し離れたところで見ているレイとグリモワール。

二人は岩に腰を下ろして見ていた。

 

「大分、連携もサマになってきたね。」

「そうね……。ところで、あなたは戦わないのかしら?」

「んー、私は戦ってもいいんだけど、お兄ちゃん達がダメって言うんだ。」

 

と、言いながら背後に迫ってきた憑魔を影で捕らえ、喰らい出す。

それを見たグリモワールはため息をつき、

 

「はぁー……とか言いつつ、笑顔で憑魔を喰らうなんて前よりタチが悪いわよ。」

「じゃあ、何ならいいのさ。」

 

と、目を細めて冷たく笑う。

その目は、あの裁判者と同じ。

グリモワールはまたため息をつき、

 

「はぁー……やっぱりそのままの方がいいわね。」

「でしょ?」

 

と、向こうでは憑魔を倒し終えたスレイ達の姿。

レイは立ち上がり、

 

「じゃ、私も少し働くか!」

 

レイは岩の上で歌を歌い出す。

 

スレイは辺りを見て、

 

「よし!浄化するか。」

「ん?歌?」

「本当だ。なんて綺麗な歌……」

 

スレイが浄化しようとしたところにレイの歌が聞こえてくる。

ミクリオが首を傾げたウィクとアメッカを見て、

 

「そっか、知らなかったね。レイの歌には浄化の力があるんだ。」

「そ、そうなんですか⁉︎」

 

風が歌声に反応するかのように、辺りを包み込む。

レイの歌が終わり、

 

「お疲れさま、レイ。」

「ゼロ、君のサポートがもう少し早ければ、お兄ちゃん達が焦ることなかったのにね。」

「うっ!」

 

審判者ゼロは渋い顔になる。

アメッカが、ゼロをフォローするように、

 

「で、ですがレイ様!ゼロ様がいなければ取り逃がしていました。」

 

と、言うアメッカに、レイはジッと見て、

 

「その、様はいらない。ゼロはともかく、私はアリーシャとロゼの想いを継いだ君たちとは仲間だと思ってる。そんな君たちに、そう言われると距離を感じるからヤダ。」

「で、でも……」

「ま、慣れろってことだよ、アメッカ!ね、レイ。」

「ん。そういうこと。」

 

ウィクは、アメッカの肩を叩く。

そこに、ライラは涙をホロリとさせ、エドナは淡々と、

 

「レイさん、本当に成長しましたわ……」

「そうね。……にしても、あのおチビちゃんにサラッと言わせるなんて、反省しなさい。」

 

アメッカは緊張した面持ちで、

 

「も、申し訳ありません、エドナ様!」

「罰として、ノルミンダンスを踊りなさい。」

「ノルミンダンス?」

「わからないの?反省しなさい。」

「申し訳ありません、エドナ様!」

「罰として、ノルミンダンスを踊りなさい。」

 

と、前に見たことのある光景になってきた。

それを見たミクリオが、

 

「あまりアメッカを虐めるなよ、エドナ。」

「何かしら、ミボ。と言うより、ミボのくせに生意気ね。」

「……なんか見たことあるような光景だなぁ〜♪」

 

と、喜ぶレイに、

 

「いい、おチビちゃん。ミボは甘やかすと、ダメになるのよ。」

「へえー、そうなんだ。」

「待て!レイに変な事を教えるな!」

 

ミクリオはレイを持ち上げ、エドナから離す。

エドナはイラっとして、

 

「うるさいわよ、ミボのくせに!罰としてノルミンダンスを踊りなさい。」

「まだ続くのか⁉︎」

 

と、ミクリオが眉を寄せる。

レイはアメッカを見て、

 

「慣れるしかないよ、アメッカ。」

「は、はい。レイ様……」

「様はいらない。」

 

と、レイは頰を膨らませる。

アメッカの憂鬱はまだまだ続く。

 

彼らは旅を続ける。

その道中、アメッカとウィクは従士となって、世界を見る。

二人は神依(カムイ)も、できるようになった。

スレイ達が、かつて訪れたローランスの帝都ペンドラゴ、ハイランドの水の都レディーレイク……

勿論、マーリンドや遺跡、色んな場所にも向かっている。

無論、かつて会っている天族の者たちにも会っている。

それに加え、導師の試練で会った護法天族達にも再び出会えた。

そして、スレイ、ミクリオ、レイの故郷でもあるイズチにも訪れた。

懐かしい故郷、仲間、家族。

彼らに、伝える新しい仲間の話。

昔の思い出。

話す事はたくさんあった。

 

積もる話もあったが、スレイ達は始まりの村カムランへと来ていた。

昔と違い、浄化された大地、緑を取り戻した木々たち。

それはかつて見たカムランの姿。

聖主マオテラスの覚悟の場所。

スレイとミクリオのもう一つの故郷。

ジイジとの別れ。

災禍の頸主との戦いの地。

裁判者レイと審判者ゼロの生まれた場所にして護るべき土地。

沢山の想いが流れ出る。

 

レイは審判者ゼロを見て、

 

「不思議だなぁ〜、これが懐かしいか……」

「そうだね。俺も、君も、変わったね……」

「ま、そのきっかけは沢山あった。けれど、その一つ一つはあまりにも小さく大きい。私も、あなたも、流れる時は違い過ぎた。けれど、とても大切な道標だった……」

「ああ……」

 

彼らはこの地を護る。

けれど、いつかまたここに命が芽吹くのを待つ。

かの導師が夢描き、望んだあの村を。

それとは違う、けれど同じ想いを抱く彼と共に……

レイと審判者ゼロは村を探索していたスレイ達と合流した。

彼らとの新たな旅を見届けるために。

 

そんな旅が何年続いただろう。

ミクリオはスレイをジッと見ていた。

 

「えっと……なに、ミクリオ?」

「いや、スレイの背も伸びたなって。」

「そうね。ミボを越したわね。短い優越感だったわね。」

 

隣で、エドナが傘をクルクル回しながら言う。

ミクリオは少しムッとした後、

 

「それはともかく。髪も少し伸びて……昔、未来から来たスレイに似てきたと思ったんだ。」

「そう言えばあったな。未来から来たスレイ。」

「確かに言われてみれば……似てきました。」

 

ザビーダとライラも、スレイをマジマジ見出す。

スレイは肩ぐらいに手を挙げて、

 

「な、なんの話?未来のオレ?」

「そうね、スレイは知らないわね。一度、未来のアンタが過去にやって来たのよ。それが丁度、今のアンタくらいだったのよ。」

「へぇー、そうなんだ。」

 

エドナの説明に、スレイは驚いていた。

そして、アメッカとウィクもスレイを見て、

 

「ス、スレイは過去にも行けるのか!」

「導師ってなんでもできんだねー。」

「違うでフよ、ウィク姐さん。」

「そうね、そんなの導師でも無理よ。大方、そこの二人でしょ。」

 

と、ビエンフーとグリモワールがレイと審判者ゼロを見る。

そこには、ライフィセットも彼らを見ていた。

 

「あ!ゼロ、見て見て〜!ノルミンの形の雲がある〜。」

「わぁ〜、ホントだ〜♪」

 

当の本人達は、視線をそらして二人して空を見上げ話している。

あきら様の話のそらしだ。

エドナは半顔で、

 

「……なんとも言えない、そらし方ね。」

「まぁ、あれは禁忌の扉を使ったと言ってましたから。」

「しっかし、この姿になってきたつーことはよ……このスレイが過去に行くのか?」

 

ライラが苦笑する隣で、ザビーダが考えながら言う。

ミクリオも、腕を組んで悩みこむ。

 

「確かに……条件は揃っているな。」

「あ、それはないよ。」「それは、ないね。」

 

だが、レイと審判者ゼロがそれを否定する。

ミクリオは眉を寄せ、

 

「どういう意味だ?」

「あのね、ミク兄。本来、過去を変えるという行為は、未来を変えるという行為なの。」

 

レイはミクリオを、いや彼らを見上げた。

そして審判者ゼロも、

 

「本来、未来というのは枝分かれで色々と決まっている。けど、ある特定の事をすると決まってくる。その一つが、俺らが関わること。強いて言うなら、願いを叶える行為自体がそうなる。」

「でね、その決まっているかもしれない未来を変えるということは、その未来を起こらないようにする事が、前にあったあの干渉なの。」

「スレイは知らないんだけど、未来から来たあのスレイの軸では審判者()レイ(裁判者)にも、干渉を及ぼす程の強い穢れがあったんだ。あれは災禍の顕主並みだったね。いや、それ以上だったかもしれない。その穢れを内側と外側からレイ(裁判者)が留める事で、未来と過去の両方を保った。けど、本来ならそれは未来だけの話。ことは、過去にまで影響を出し始めた。だから、未来の審判者と裁判者(俺ら)は、未来のスレイと聖主マオテラスの力を借りたんだ。で、過去の裁判者の仮面を使う事で、未来のスレイを穢れの塊となっていたレイの領域から守って、時間を稼いでもらった訳。」

「私たち、裁判者や審判者は過去・現在・未来で意識を共有する事がたまにあるの。それを、私たちは『記憶の共有』って言ってるんだけどね。それを通して、未来の出来事を知り、未来に過去の現状を教えた。それを踏まえた上で、未来の裁判者と審判者(私たち)はお兄ちゃんと聖主マオテラスを過去に送り出した。未来の裁判者が、こちらに来る為の時間稼ぎに。そしてお兄ちゃんは、その未来が来ないかもしれないと解った上で過去に行った。アリーシャやロゼ達が、必ず未来に繋げると信じてね。だから、あの未来のお兄ちゃん達が体験した災禍の顕主並みの穢れは、この時代には起きない。けど、それに近いものは現れる可能性はある。だから、禁忌の扉なの。起こりうる未来の可能性を潰す訳だからね。それは過去においても同じ。本来あるべき過去の形を変えることになる。ある者は早く、ある者は遅く、その生を終えたり、伸びたり。色々と厄介な事になるんだ。それが、時代に干渉するって事にはなるけどね。」

「と、言うことさ。良かったね、ミクリオ。あの時の疑問がわかって。」

 

二人の説明に、一同静かになっていた。

エドナが思い出したように、

 

「そうね、またあのドラゴン化したおチビちゃんを相手にしろって言われたら、たまったものじゃないわ。」

「だよなぁ〜、ヘルの野郎が赤ちゃんだと思えるくらいだったもんな〜。」

 

ザビーダも思い出した。

ライラとミクリオも頷いている。

スレイはレイを見て、

 

「レ、レイはドラゴンにもなるのか……」

「なるよ。あ、安心して(・・・・)、審判者はなれないから。」

「そ、そう……」

 

スレイは苦笑した。

だが、腕を組んで、

 

「でも、ゼロたちに干渉するだけの力を持ったそいつは、結局何だったんだ?」

「それが、俺らはよくは分からないんだよね〜。記憶の共有でも、情報がこなかった。」

「そっか。」

 

と、ゼロが腕を組んで唸っているのを、スレイは苦笑する。

レイがアメッカとウィクを見た。

彼らは驚いた顔で、自分を見ていた。

 

「えっと……言っとくけど、姿は子供だよ。けど、君たちよりも長生きしてるからね。」

「あ、ああ……そ、そうなんだが……」「そうなんだけどね……」

 

二人は互いに見合って苦笑いする。

エドナは半眼で、ライラは苦笑して、

 

「あっちの姿になれば、理解しやすかったりして。」

「そうかもしれませんね。でも、されたらされたで……」

「とっても嫌な気分になるのは確定ね。」

 

と、二人は三人を見ていた。

が、アメッカが何かを思い至ったかのように、

 

「も、もしかしなくても、心を読んだのか?」

「読まなくても、表情見ればわかる。」

「ねぇ、レイ。その能力を使って一儲けしない?」

「……しない。ウィクが考えているようなことはできないよ。」

「だよね〜……」

「と言うより、もうあまりしたくない。人は知りたくない事を知った時、物凄いからね。時には、知りすぎるのも良くない。」

 

レイは腰に手を当てて、頷く。

グリモワールが意外そうな顔をして、

 

「あら、随分と大人しく(・・・・)なったじゃないの。」

「……言っとくけど、知りたがったのも、君たちだからね。私たちは、見たモノをそのまま口にしただけ。」

「でも、結局はあなた達がどんどん言っちゃうからでしょ。」

「それも、君たちが望もうと望まないと思っても、来てしまう未来の一つ。変えようと思えば変えたものを、変えなかったのは結局君たちなの。」

 

二人は目と目で互いに睨み合いながら言う。

スレイは頰をかき、苦笑しながら、

 

「はは、なんか二人は仲がいいのか、悪いのかわからないな。けど、レイにしては珍しいよな。グリモワールとは、結構な仲?」

 

レイは腕を組んで、グリモワールを見た後、

 

「グリモワールとは、本当の昔にある人物を通して知り合ったんだ。ま、その後は私の友人の世話をして貰った恩義が少しあるくらい。」

「レイの友人?」

 

スレイは首を傾げて、ミクリオを見る。

ミクリオも解らないようで、首を傾げる。

 

「あ!もしかして先代導師のミケルさん?」

「ああ、彼とは仲が良かったみたいだからね。」

 

と、二人は見合うが、

 

「違うよ。彼は私と言うより……」

 

レイはジッと審判者ゼロを見つめる。

目を細めて、

 

「彼は、裁判者()の友ではなく、審判者(ゼロ)の友。私はどちらかというと、少し興味を持っただけ……のような存在かな。かつてのとある筆頭対魔士(導師)を思い出したからかな。ま、彼のような想いを持った導師達を何人も見てきた。その導師達の想いである願いを少しだけ叶えようと奮闘した彼だからこそ……私たちは惹かれたのかもしれない。」

 

そしてレイは少し遠い目をして、

 

「……それとね、言い方を変える。さっきの友の件だけど……正確には、裁判者(・・・)の友だよ。」

「裁判者の友達⁉︎」

「あの人に友達いたんだ。」

 

ミクリオとスレイは驚いたように、声が裏返った。

そう、改めて思うと凄い驚く事である。

エドナは半顔で、

 

「あの裁判者と友人になろうだなんて、物好きもいた者ね。」

 

レイは少し沈黙した後、

 

「…………えっと、強いて言うならエドナの兄さんでもあるアイゼンとも縁がある人だよ。」

「は?お兄ちゃんと?……どんな奴なの?」

 

エドナの目つきが変わった。

レイは顎に指を当てて、視線を上に上がる。

 

「魔女。」

「は?もっと詳しくーー」

「そんなに知りたければ、兄を知る者に聞いてみれば良いだろう。幸い、ここには沢山いるぞ。」

 

レイから笑みが消え、レイの姿で目を細めた裁判者が言う。

そしてクルッと回ると、グリモワールを見下ろす。

 

「……そうだろ、グリモワール。」

「そうね……」

 

二人は睨み合う。

スレイは「んー」と唸った後、

 

「た、頼むからレイの姿で争わないでくれ。」

「……全く。」

 

レイは風に包まれ、審判者ゼロと同じくらいの少女の姿えと変わる。

服も、白から黒へと変わる。

だが、顔には仮面を付けていた。

 

「これで、いいのか。」

「あ……ありがとう。」

 

スレイは驚いた。

それは素直に変わったからだ。

エドナが睨み、

 

「で、結局その姿にまでなったんだから早く要件をいいなさい。」

「お前たちが、扉についての話をしていたからな。本来なら、扉の話はしないんだ。それを、わざわざ話しているのだから察しろ。」

「相・変・わ・ら・ず、ムカつく奴ね。」

「私としては面と向かって文句を言ったり、怒りをまともにぶつけてくるのは、お前とお前の兄くらいだ。」

 

二人は睨み合う。

と、ビエンフーが口を開けて固まっているウィクとアメッカに気づいた。

二人を見上げ、

 

「どうしたでフか、ウィク姐さん、アメッカ様。」

 

二人はハッとして、

 

「いや、だって……レイが……」

「あの小さかったレイが……一気にこんなに……」

 

レイの姿が変わった事に驚きを隠せないようだ。

ライラから簡単な説明を聞き、さらに驚きを隠せないでいる。

裁判者はそれをスルーして、

 

「ライフィセット。」

「な、なに、裁判者さん?」

 

ライフィセットは意外にも、名前で呼ばれたことに驚きを隠せない。

いくら以前、自分からお願いしてあったとはいえ、レイの方はともかく、今の裁判者からは想像がつかない。

それに、昔と違って彼女についてはよく知っているつもりでもある。

だから少し戸惑い出す。

裁判者は彼のそれを知ったうえで、淡々と言う。

 

「お前の加護はいつまで続けるつもりだ。」

 

ライフィセットは真剣な表情に戻り、

 

「僕が、僕である限り続ける。心を溢れさせてしまった人が、やり直せる明日を。どこまでも飛ぼうとする人たちが、翼を休められる時を。強くて弱い人間が、怖くて優しい人間たちが、いつか空の彼方に辿り着けるように。」

「…………」

「何より、約束したから。僕は、彼女分までこの世界で生きて生きて、やる事全部終わったら死ねるように。だから僕は、生きるんだ。」

「そうか……」

 

裁判者はまっすぐ見つめる彼の瞳を見る。

強く硬い意志、揺るがない想い。

裁判者は小さく笑い、空を見上げる。

そこには空高く飛ぶ鳥の姿。

裁判者は笑みを消して、スレイ達を見る。

 

「なぜ鳥は空を飛ぶと思う?」

 

ライフィセットはその問いを聞き、瞳を揺らしてスレイを見る。

 

「え?うーんと……」

 

と、振られたスレイは腕を組んで悩み出す。

それを聞いたアメッカ達は、

 

「鳥は飛ぶ生き物だから飛ぶのでは?」「羽があるから飛ぶんじゃない?」

 

二人は互いに見合って言う。

ライラが苦笑して、

 

「飛べない鳥も、翼があっても飛べない鳥もいますよ。」

「ペンギョンとか、か……」

 

ザビーダが、思い出す。

エドナが半顔で、

 

「別に、どうでもいいじゃない。空がすきなんでしょ。海だって同じもんよ。」

「だが、飛べない鳥は生きていけない。元々飛べない鳥は飛べなくとも生きる術を持つが、飛べる鳥が飛べなくなると生きる術を失う。そう思うと、生きるために飛んでいるんじゃないのか。」

 

ミクリオが顎に指を当てて言う。

その真剣な答えに、エドナはうんざりした顔で、

 

「馬鹿マジメね。とても、夢見のない理論。これだからミボは……」

「な⁉僕は、僕の想う事を言ったまでだ!」

 

と、ミクリオがエドナに眉を寄せていた。

裁判者はまだ考えているスレイを見て、

 

「導師、お前はどう思う。」

 

スレイはスッと顔を上げ、空飛ぶ鳥を見る。

そして頷くと、

 

「飛びたいから空を飛ぶ、んじゃないかな。理由なんてないと思う。きっと、翼が折れて、ミクリオの言うように生きる術を失くしたとしても、きっと空を飛ぶ。それを夢見るんじゃないかな。だって、エドナの言うように、空が好きだから、とか飛ぶのが好きだから、とかそう言った事もあるかもしれない。けど、鳥は誰かに命じられて飛んでない。自由に空を飛び回る。それってきっと、自分が飛びたいから空を飛んでいるんだろ。」

 

スレイの答えに、ライフィセットは瞳を大きく揺らす。

そして懐かしむように、そっと胸に手を当てる。

審判者ゼロに関しては、小さく微笑んでいた。

 

スレイは裁判者を見て、

 

「……裁判者だったらどんな答えを出すんだ?」

「…………お前たちのような、心を持つ者たちだ。」

「へぇー。でも、これに答えってあるのか?」

「ありはしない。己が持つ答えこそが、答えとなる。誰もが同じ価値観を持っている訳でもない。お前達が正義と認めたものが悪であり、悪と認めたものが正義ともなる。正義と悪を決める基準は、結局のところはそれを見聞きしたものの価値観だ。以前、言っていただろう。導師()が正しく、災禍の顕主()が悪い。けれど、時に導師()が悪く、災禍の顕主()が正しい。そう言ったそれぞれの抱く正義が、運命を決める。この世界に正しい(・・・)答えなどありはしない。」

「……だからこそ、自分の選んだ正義(選択)を信じ、突き進め……そう言いたいんだろ。」

「分かればいいのだ。」

 

スレイはジッと彼女を見る。

彼女は赤く光る瞳で、スレイを見る。

と、裁判者は空を見上げる。

隣では、審判者ゼロも空を見上げていた。

そして互いに見合うと、

 

「どう思う。」

「おかしいと思う。」

 

そう言って、二人は地面を見つめる。

否、地脈を探る。

そして目を細めて、

 

「どういう事だ。この未来(・・)は来るはずのない未来のはずだ。」

「なのに、来ちゃったね。でも、あの時は少し違うみたいだ。その辺はやっぱり、扉を使ったからだと思うけど……」

「だが、これはあの時のアレに近い。いや、そのモノだ。」

「考えられることは、起きてしまった事実……だけど。」

 

二人は互いに横目で見合い、

 

「お前は聖主(ライフィセット)を守れ。」

「導師たちはいいの?」

「……まずは、聖主(ライフィセット)の身を守る事を優先しろ。四聖主(あっち)は、私が行く。」

 

そう言うと、裁判者は風と共に消えた。

スレイはビクッと身を動かし、

 

「え?えぇ⁉」

「また、あいつは勝手に……」

 

エドナに関しては傘についているノルミン人形を握りつぶしていた。

ミクリオは審判者ゼロに詰め寄り、

 

「どういう事だ、ゼロ‼」

「あー……えっと……」

 

彼は視線を横に流し、肩ぐらいの所に手を上げる。

が、ハッとして、

 

「――‼」

 

ミクリオを引き、影でこの場居る全員を守る。

影を引き、影から槍を取り出すと、

 

「ちょっと、ちょっと!来るの早すぎでしょ‼」

「い、一体、何なんだ⁉」

 

ミクリオは戸惑いながらも、武器を手にする。

スレイ達も構え、横に並び立つ。

彼らの前には、黒い何かに覆われた憑魔の姿。

災禍の顕主と同じ……否、それ以上の何かを感じる。

それこそ、裁判者と審判者と同じくらいの何かを……

 

が、審判者ゼロは敵に襲い掛かりながら、

 

「スレイ!君たちは、ライフィセット(・・・・・・・)を守るんだ!どうやら、俺らが思っている程……敵は優しくないみたいだ。」

 

相手の攻撃を交わしながら、彼は叫ぶ。

スレイは頷き、

 

「わかった!けど、ゼロ一人ではさせない!ウィク、アメッカ!」

「任せておいて、スレイ!」

「そうです、スレイ!理由はわかりませんが、ライフィセット様の事は任せてくれ!」

 

二人は頷き合う。

グリモワールとビエンフーも二人の横に立ち、

 

「そうね……この子たちだけで坊やを守るのはきついでしょうから、私も手伝ってあげるわ。」

「はいでフ‼僕もガンバるでフ‼」

 

そこに、エドナとザビーダが立ち、

 

「任せない、私も手を貸すから。勿論、ここから援護もしてあげるわ。」

「おうよ!この、ザビーダ様にお任せってな‼」

 

スレイはニット笑い、

 

「ああ!任せた‼」

 

スレイはライラと神依をして、ミクリオと共に戦う審判者ゼロの元に駆けて行く。

ミクリオは近距離からの天響術を繰り出す。

エドナ、ザビーダは遠距離からの天響術を放つ。

スレイと審判者ゼロは一端距離を取り、

 

「全く、俺でもここまで手こずるなんて。」

「ゼロ、あれは一体なんなんだ?」

「……うーんとね、まだ分かんない。」

「え?」

 

と、言っている所に敵の天響術が繰り出された。

ミクリオは避けながら、

 

「天響術だって⁉ま、まさか天族なのか?」

「いや、あれは……」

 

そして無数の剣が、敵に降り注がれる。

だが、その剣は黒い何かに飲み込まれた。

神依したスレイと審判者ゼロの前に、裁判者が降り立つ。

 

「……あれはやはり……」

「あー……やっぱり?」

 

審判者ゼロは槍をしまい、剣を取り出す。

スレイは眉を寄せて、

 

「どういう事?」

「スレイ‼」

 

ミクリオが叫ぶと、黒い何かがスレイに襲い掛かる。

審判者ゼロが自分ごとスレイを影で飲み込み、ライフィセットの横に現れる。

ミクリオを裁判者が影で掴んで、同じように横に移る。

その敵の頭上に魔法陣が浮かぶ。

そしてそこから扉が現れ、白角の竜が現れた。

ザビーダとライフィセット、ビエンフーは驚きを隠せない。

裁判者と審判者ゼロはその竜の突進を剣で抑え込み、

 

「扉まで使えるか。」

「これはやばいね。」

「全くだ‼」

「ヤバイ!あっちが逃げる!」

 

二人が見るその先の敵は黒い何かに包まれて、その姿が消えた。

白角のドラゴン()は角を振り上げ、二人を投げ飛ばす。

空中で体勢を整え、左右に着地した二人。

白角のドラゴン()は空高く舞い上がる。

ザビーダが眉を寄せて叫ぶ。

 

「待て!テオドラ‼」

 

だが、その声は虚しく響き渡る。

その白角のドラゴン()が居なくなると、ザビーダは地面を蹴る。

 

「くそっ!どういう事だ、裁判者‼」

「…………」

 

武器をしまった裁判者は、同じく武器をしまった審判者を見る。

 

四聖主(あっち)には結界を張っておいた。問題は、ライフィセットと敵が扉を使える事だ。」

 

と、ザビーダは無視をした裁判者の襟元を掴み、

 

「俺は、どういう事だって聞いてんだよ‼」

 

裁判者はそれを払い、

 

「少し黙っていろ、陪神。」

「っんだと‼」

「説明はしてやる。今は黙っていろ。」

「……くそっ!」

 

ザビーダは帽子を深くかぶる。

スレイはライラとの神依を解き、

 

「一体、あれは何だったんだ?」

「それも説明してやる。だが、その前に……」

 

裁判者と審判者ゼロはライフィセットを見下ろす。

ライフィセットのアホ毛がピンと立つ。

 

「な、なに?」

「……今から私と審判者は、ここに居る導師と陪神を連れて過去に飛ぶ。あの、白角の(ドラゴン)がいた時代に。」

「それって……」

「ああ。禁忌の扉を使う。四聖主には話は通してある。後で、グチグチ言われるのは面倒だからな。だが、場合によっては、我々はお前の護衛はできない。プラス、扉からも離れる事になる。」

「つまり、自分の身を守る事と、二人の代わりに扉の管理をすればいいんだね。」

「ああ……」

 

ライフィセットは真剣な表情で二人を見つめていた。

審判者ゼロは体を左右に動かし、

 

「君には、できればカムランの近くに居て欲しいけど……前みたいにカムランにある神殿自体を器にすることはさせられない。そこで、イズチに居てくれないかな。あそこなら何とかなると思うんだ。それに、敵の目的はどうやら『審判者と裁判者(俺ら)』と『導師スレイ』みたいだし。」

「俺?」

 

スレイは自分を指差し、驚く。

裁判者は風に身を包み、レイの姿に戻る。

 

「そ。あれはね……お兄ちゃんだよ。」

「え……?」

「正確には、導師スレイと言う器を得た穢れの塊。大地や人の穢れ、堕ちた導師達の想い、憑魔、災禍の顕主、天族やドラゴンの穢れとありとあらゆるモノが、導師スレイと言う器に入った者だよ。簡単に言えば、災禍の顕主との戦いで君が負けた、ってこと。そんな君のもう一つの姿ってわけさ。」

「……もう一つの、俺の姿……」

 

スレイは視線を落とす。

ライラがキュッと唇を噛みしめる。

ミクリオが眉を寄せて、

 

「だが、仮にそんなスレイがあったとしても、だ……君たちはそれを、あのスレイを止めなかったのか。君たちの嫌う扉まで使われて。」

「止めるもなにも……あのスレイの世界には審判者と裁判者(俺ら)は存在しないし、扉もない世界だ。そんな俺らに、何ができるのさ。」

 

審判者ゼロはキョトンとした顔で言う。

ミクリオ以外の天族組は目を見開き、

 

「は⁉お前らがいない世界だと⁈」「そんな事がありえますの⁈」「何よ、それ‼」「ビエ⁉ホントに、ありえるでフか⁉」「あらら……」「う、嘘……え、でも……それもあり得るのかな?」

 

と、各々叫んでいた。

古くから二人に関わり……いや、存在を知っている彼らからしてみればありえない事だ。

事あるごとに、波乱や災害、災厄の事態として世界まで壊しかけたのだから。

 

「よ、よく解らない事も多いのですが……最終的にはどういう事なのですか?」

「そうそう!もっと砕けて、砕けて!」

 

アメッカとウィクが叫ぶ。

レイは審判者ゼロを横目で見た後、

 

「元々、私もゼロも創られた存在だからね。自分達が存在しない世界があってもおかしくはないよ。世界は無限にあるからね。」

「で、結局のところレイやゼロが狙われるのは、二人の特性やら、その扉がうんぬんかんぬんだったとしてだよ……」

 

ウィックが目を細める。

 

「どうして、導師スレイとライフィセットが関係あるの?スレイは導師だから、ってもあるかもだけど。ライフィセットは天族でしょ。けど、ゼロは狙われているスレイではなく、ライフィセット(・・・・・・・)を守る事を優先したのさ。」

「そ、それはでフね……ウィック姐さん……」

 

ビエンフーがオロオロし始める。

ライフィセットも、チラチラとレイと審判者ゼロを見る。

レイは笑顔で、

 

「それは、ライフィセットが聖主(・・)、だからだよ。」

「は?……はぁ⁈」

 

ウィックは思いっきり目を見開く。

アメッカも驚きながら、ライフィセットを見る。

レイは真剣な表情になり、

 

「二人に黙っていたのは、彼が聖主だと知られるのはまずいから。いくら、一人の天族として共に導師スレイの旅に同行したとしても、彼は聖主と言う座に居る。そんな彼を守る義務が、導師スレイにはある。それが、聖主を引っ張り出すと言うこと。それを理解した上で、彼は聖主をこの旅に同行させたの。なら、私とゼロは守秘義務が科せられる。この事は、スレイとライフィセット以外の人たちは知らない。」

 

レイがそう言うと、ミクリオはスレイを見る。

 

「スレイ!」

「あはは……ごめん……」

 

スレイは頬を掻きながら、謝った。

ライフィセットがスレイを庇うように、

 

「ち、違うんだ!スレイは悪くないよ。僕も、それに同意しちゃったし……聖主である事を重視するなら、僕はスレイの為にも断るべきだった。実際、僕は四聖主達の忠告を受けた上で、ミケルとも、スレイとも関わりを持った。」

 

ライフィセットは俯く。

そのアホ毛も、元気なく倒れて行く。

ザビーダは二人を見て、

 

「んっで、お前さんらはその事に対して後悔してるのかよ。」

「してないよ!僕はミケルの想いも、スレイの想いも知ってる。だからスレイの誘いは嬉しかったんだ!」

「勿論、俺も後悔はしてない。それこそ、俺は俺の選択を信じた。だからこそ、俺はこの旅がこんなに楽しかったし、世界も知れた。新しい絆だって生まれた。出会いも会った。だからすっごく嬉しんだ。」

 

と、二人は顔を上げて言う。

ザビーダはニット笑い、腰に手を当てて、

 

「なら、よし‼んで、何故それを教えた。」

 

と、横目で審判者ゼロを見る。

彼は若干驚いた後、

 

「何で俺を睨むのさ。」

「嬢ちゃんを睨めってか。無理だわ、無理。俺様、カワイ子ちゃんには優しくするタイプ♪」

「えぇー。」

「ま、冗談はそこまでにしてよ。」

「はいはい。教えたのは、この二人にライフィセット……いや、聖主マオテラスを護衛してもらいたいからだよ。勿論、イズチの地でね。それと、俺らの加護と聖主マオテラスの加護を与える為。その為にも、二人には彼が聖主だと言うことを教える必要があった。流石に、今回は聖主の力を過去には持っていけないし、彼自身を連れて行く事もできない。そうなると、俺らは未来での情報を掴めなくなる。でも、あのスレイは確実に俺らを追ってくるから、こちらには心配はないだろうけど、打てる手は打っておいた方がいい……と言うワケ。」

「なるほどねぇ~。で、テオドラの件は。」

 

ザビーダは笑顔で審判者ゼロに詰め寄る。

彼は一歩下がり、

 

「多分、巻き込まれただけ。扉を使ってみたら手ごろなドラゴンが近くいた、ただそれだけ。深い理由はないよ。」

「……そうかよ。」

 

ザビーダは帽子を深くする。

審判者ゼロはレイを見下ろし、

 

「けど、彼女も元の時代に戻さなきゃいけないけど……」

「まずは、イズチに向かうしかないね。で、二人はライフィセットを守ってくれる?」

 

レイは苦笑しながら、アメッカとウィックを見る。

二人は見合った後、

 

「もちろんだ。何があっても、ライフィセット様はお守りする。」

「大体、聖主を見捨てるなんてできないって。それが、仲間のライフィセットならなおさらね。」

「……二人とも……ありがとう。」

 

ライフィセットは嬉しそうに微笑む。

スレイは二人に頭を下げ、

 

「ごめん。けど、ありがとう。」

 

ウィックが腰に手を当てて、

 

「あたしら、二人の力は弱いかもしれない。けど、ビエンフーやグリモワールも居る。あ、二人は強制的に入れちゃったけど、大丈夫?」

「もちろんでフ!ライフィセットは僕が、護ってあげるでフ~!」

「そうね……大切な子だもの。」

 

と、ビエンフーとグリモワールは頷く。

アメッカは武器を握りしめ、

 

「みんなで力を合わせれば、きっと何とかなります。だからスレイ……私たちを信じてくれ。」

「ああ……信じてる。」

 

スレイは顔を上げ、ニッと笑う。

エドナが傘をクルクルさせながら、

 

「で、おチビちゃん。ここからイズチに向かうとしたらかなり、時間を取られるわよ。事は一刻も争うのんじゃにの?」

「うん!」

 

レイはとびっきりの笑顔を向ける。

そして、手を合わせて、

 

「だからごめんね。ちょっ~と、みんなに怖い思いをさせる。」

「え?」

 

スレイがレイを見ると、レイと審判者ゼロの影が広がり、全員を飲込んだ。

スレイ達はハッとすると、そこは既にイズチだった。

そして、気持ち悪くなって全員森に駆け込んで行った。

審判者ゼロは頭を掻いて、

 

「あ~、やっぱりこれはキツイか……。地脈をおもいっきり駆け抜けたからね。」

「穢れも流れている場所だしね。流石のライフィセットにもきつかったか……」

 

と、レイも苦笑した。

レイは審判者ゼロを見上げ、

 

「じゃあ、ゼロ。私はイズチの皆に話を付けてくるから、後はヨロシク。」

「……前々から思ってけど、君の性格変わり過ぎじゃない?」

「えぇ~、そうかなぁ~?」

 

と、笑顔で左右に体を揺らす。

が、表情を真剣な表情に戻すと、

 

「ま、私の知る子供と言う人間が、こういうのが多かったってだけだよ。あくまでレイ()は、裁判者の知る人間の性格や記憶で創られている。いくらお兄ちゃん達との出会いや旅を得ても、この根本的な核は変わらない。それは、ゼロもでしょ。ま、ゼロは私より多くの者に会っているからこその、ゼロだろうけどさ。」

「それも、そうか……けど、君の周りの子供って極檀だよね。」

「かもね。」

 

と、レイは最期はどこか懐かしむように微笑んだ後、里の皆の所に駆けて行く。

 

しばらくして、スレイ達がやって来た。

レイは手を振りながら、

 

「お兄ちゃん、待ってたよ。皆にはもう話してあるから大丈夫。」

 

と、奥の方では天族カイムがスレイ達に気付いて頷く。

そして村の皆に指示を出していた。

レイはライフィセットを見て、

 

「じゃ、ライフィセット……ううん、聖主マオテラス。君に、私たちの加護を預ける。そして、君はその力を元に、このイズチの者たちとアメッカ達を加護で守って。その彼らが、キミを守るから。」

「うん。」

 

ライフィセットが頷くと、レイと審判者ゼロは手をかざす。

ライフィセットが魔法陣に包まれ、光と共に光のドラゴンの姿へとなる。

そして彼が翼を広げると、加護がイズチを包み込む。

 

「さて、あとは……」

 

レイが目を瞑る。

空の上空に魔法陣が浮かぶと、そこから白角のドラゴン、テオドラが現れる。

レイは目を開く。

 

「で、どうやってテオドラを過去に戻すんだ?」

 

ザビーダは空を漂う白角のドラゴン、テオドラを見つめて言う。

レイは腰に手を当てて、

 

「目には目を、歯には歯を……ドラゴンにはドラゴンを!」

「そうか……はぁ⁉」

 

ザビーダは足元に居たレイを凝視した。

レイは真剣な表情で、

 

「ザビーダにとっては辛いよね。けど、みんなを運びながら彼女を連れて行くには丁度いいんだ。帰ってきたら、その怒りをぶつけてくれても構わない。」

「そんな事はしねーよ。」

 

ザビーダはレイの頭をおもいっきり撫で回す。

それが終わると、レイ自身を魔法陣包み込み、ドラゴン姿のライフィセットと同じ……いや、少し大きめの白い角を生やした白銀のドラゴンが現れる。

レイは身を縮め、翼を下げてスレイ達の法に向ける。

 

「ここから乗って。お兄ちゃん。」

「わかった。」

 

そう言って、スレイ達は乗り始める。

ザビーダはレイのその姿を見て、

 

「『白き大角いただくドラゴンの、心くり抜き血とともに、喰わわば消えん、聖隷の加護』……そういや、言ってたな。本当の白角を相手にするのは、命がいくつあっても足りん……なるほどな。」

 

ザビーダは帽子を深くして、顔を隠す。

レイは顔を彼に近付け、

 

「今なら心臓を繰り出せるよ。そうすれば、彼女を元に戻すことも不可能じゃない。それに、今から行く時代には、アイゼンも居る。彼も救えるかもしれない。私は心臓を抜き取られても、死なないし、平気だよ。」

「いっんや。しねーよ。あの、裁判者ならともかく……嬢ちゃんみたいな子供(・・・)を使って元に戻したと知ったら、あいつが悲しむ。アイゼンにしてもそうだ。エドナがこの方法を知ったとしても、きっとやらない。それは、アイゼンの生きた意味を潰す行為になるそれに、俺も、エドナも、自分自身を許せないし、許さない。大切な仲間を裏切る行為だ。」

 

と、帽子をクイっと上げて、ニッと笑う。

レイは赤い目を細め、

 

「……ありがと。」

「んじゃ、俺様も乗らせてもらいますかね。」

 

ザビーダが乗って、スレイ達の元に行くと、

 

「遅いわよ。」「遅いですわ。」

 

と、エドナと睨みつける。

ライラに至っては、頬を膨らませていた。

ザビーダは笑いながら二人の間に座り、

 

「いんっや~、悪いな。俺様、遅れて登場するイケメンだから。」

「馬鹿は死になさい。」

「エドナさん、それは馬鹿に失礼ですよ。」

「それもそうね。」

「うげ~。二人ともヒデ~。」

 

と、互いに顔を反らしていた。

スレイは下いるイズチの皆とアメッカ達を見て、

 

「じゃあ、行ってくる!マオテラスの事、よろしくね!」

「ああ!任せてくれ!」「任せて!」

 

レイは顔を上げ、聖主マオテラスを見る。

 

「後の事は頼んだよ。」

「うん。任せて。」

 

レイは翼を広げる。

 

「ゼロ、お兄ちゃん達を落とさないようにね。」

「了解!」

 

審判者ゼロの影が、スレイ達を捕まえる。

レイは翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。

真っ直ぐ、白角のドラゴン、テオドラに突っ込んで行く。

 

「お兄ちゃんたち、しっかり捕まっていてね!」

「え?」

 

レイは体当たりして、咆哮を上げる。

その先には巨大な魔法陣浮かび、扉が開く。

そして彼女を扉に押し込んで、そのまま中に入って行く。

スレイ達は暗闇の中を進んで行く。

そして光が見えるとそこは、吹雪漂う雪山だった。

レイは彼女から距離を置き、

 

「これで、彼女は元の時代に戻した。後は、一つやらなきゃいけない事があるから、そこに行くよ。」

 

レイはもう一度咆哮を上げる。

同じように巨大な魔法陣が浮かび、扉が開く。

その中に入り、暗闇の中を進んで行く。

 

「注意してほしい事を、二つ素早く言うね。まずは今から行く時代の者たちとは生きる流れが違う事を忘れない事。どんな人物に会っても、それは過去の人であり、そこで何が起きても、それは過去の出来事。深く関わってはダメ。変えた過去は、未来を変える。その事を忘れないで。」

「ああ。」

「もう一つは、その時代の裁判者と審判者には関わらない事。」

「え?」

 

スレイは眉を寄せる。

レイはなおも続ける。

 

「今から行く時代の……特に裁判者の方は、実験の真っ最中だから。関わると、命がないかも。」

 

それを聞いたエドナは、何か思い当たり、

 

「それって、もしかして……おチビちゃん!」

「忘れないで、エドナ。」

「わかったわ……」

 

エドナは視線を落とす。

レイは思い出したように、

 

「後、ザビーダは特に注意して。」

「なんでだ?」

「過去の自分に会ったら……面倒だから。」

「具体的には?」

「近くに居て、鉢合わせしたら……私かゼロのどちらかが、どっちかのザビーダを殺してしまうかもしれない。」

「うわー……できれば、過去の俺様が大人しくしていてくれる事を祈るぜ。」

「……できるといいね。」

「なー……」

 

ザビーダは遠い目で呟いていた。

と、背後に気配を感じる。

 

「どうやら、敵も追って来たみたいだ。」

「ゼロ!」

「ああ!」

 

審判者ゼロはスレイ達をさらにきつく掴む。

レイの方はスピードを上げる。

だが、相手もドラゴンの姿を取ると、火の球を繰り出してきた。

 

「おいおい、マジかよ!」

「なんでもありね……」

 

スレイ達は身を屈める。

レイもそれを避けるが、その一つが羽根に当たる。

体勢を崩したところに、敵のドラゴンが突っ込んでくる。

それと同時に、扉が不安定の形で開く。

スレイとミクリオ、ライラがはじき出される。

それをとっさに審判者ゼロが影で掴んで、三人と共に消えた。

エドナを抱き寄せ、必死に捕まるザビーダはレイの影に捕まれて、光に包まれた。



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toz 第七十二話 過去の世界

とある透き通る青い海。

その海を一隻の船が航海をしていた。

その船には、とある一行が乗っている。

その一行とは、世界を破滅に向かわせているという災禍の顕主とその仲間。

もとい海賊たち。

船の先には長い黒髪と左腕に巻きつけている包帯が風によってなびいていた女性が立っていた。

時折、彼女の包帯から穢れに満ちたオーラが漏れ出す。

そう、彼女こそが災禍の顕主。

導師アルトリウス・コールブランドと聖主カノヌシの掲げる理を打ち壊そうとする者。

その後ろには仲間たちが立っている。

彼らはある場所に向かっていた。

それは、四聖主たちを呼び覚ますために贄にした対魔士四人が復活したと言う噂を聞きつけた。

しかも、導師アルトリウスと合流したとも言われていた。

それに加え、聖主カノヌシの力が増幅され、再び聖寮は聖隷を使役、業魔や聖隷を見ることのできる霊応力も上がった。

彼らと共に行動を共にしていた裁判者は、そのことについては多くは語らなかった。

そして、現在はどこかに出ていた。

しかし、仲間である聖隷アイゼンによれば、裁判者のあの雰囲気と行動を見れば噂は嘘ではないかもしれないということであった。

なので一行は、最初に目撃があったと言われる島に向かっていたのだ。

 

と、大声が響く。

 

「副長!」

「どうした、ベンウィク!」

「そ、空から人が落ちて来ます‼︎」

「なんだと⁉︎」

 

全員は空を見上げる。

確かに、小さな何かが真上から落ちて来ている。

それが次第に形が分かってくる。

上半身裸の黒い帽子をかぶった男性が、何かを抱え込んでいる。

それはどこか見覚えのある……

 

そして、その男性が竜巻を起こし、威力を落として船に落ちた。

マギルゥは若干驚きながら、

 

「おぉ、これはこれは面白い事もあるもんじゃ。空から聖隷が落ちてきおった!」

「ホントだなぁ~。」

 

と、ロクロウもその落ちてきた男性を見る。

その男性は背中から落ち、大の字で寝転んだ。

 

「いってぇー‼︎」

 

が、すぐに顔だけ上げて、腹の上で優雅に座る少女を見る。

 

「エドナ、無事か⁉︎」

「ええ……おかげさまでね。」

 

少女は傘を支えに立ち上がる。

男性も身を起こし、片膝の上に腕を置く。

その二人を見たアイゼンは眉を寄せ、

 

「ザビーダ⁉それに……何故、エドナがここに居る⁈」

「よう、アイゼン。久しぶりだな。」

 

ザビーダはクイッと帽子を上げてニッと笑う。

エドナも傘を広げて、

 

「ホント。久しぶりね、お兄ちゃん。」

「エ、エドナ……」

 

アイゼンはカタカタ震え出す。

エレノアはアイゼンを横目で見て、

 

「アイゼン、せっかく会えた妹さんですよ。ちゃんと、お兄ちゃんらしい事をしたり、言ったりしたらどうです。」

「そ、そうだよ!アイゼン、頑張ってノル様人形集めたくらいなんだから!」

 

と、ライフィセットもグッとガンバレコールを送る。

覚悟を決めたアイゼンが歩み寄ろうとした時、エドナはクルッと背を向けて、

 

「……ホント。カワイイ、カワイイ、可憐でか弱い妹を一人放っておきながら、お兄ちゃんはキャッハウフフみたいなハーレムに囲まれて、楽しそうね。」

「エ、エドナ……」

 

と、最期は傘の間から横目で睨むエドナ。

アイゼンは一歩下がり、肩を落とす。

 

「実物は、本当にアイゼンにそっくりね。」

「それはどういう意味でフ?」

「中身の話よ、中身の。」

「ああ~!なるほどでフ‼」

 

ベルベットの言い分に、ビエンフーが納得する。

と、当の本人エドナは傘で顔を隠し、

 

「でも……本当の意味で、またこうしてお兄ちゃん本人に会えた事には感謝するわ。少し癪だけど。」

「エ、エドナ……」

 

そして顔を上げて、再び歩み寄ろうとするアイゼン。

だが、エドナは半眼で彼を見て、

 

「けど、それとこれは別。随分と、女性に囲まれて楽しそうね。ワタシと言うカワイイ(・・・・)妹が居ながら。」

「エ、エドナ……」

 

アイゼンはガクッと膝を着いた。

アイゼンは手をついて、

 

「誤解だ……誤解なんだ……」

 

と、繰り返し呟いていた。

 

「ったく、エドナも素直じゃないなぁ~。」

 

それをザビーダがケラケラ笑うと、エドナが傘を閉じてバシバシと叩く。

そこに、バタバタと走り音が響く。

 

「副長‼」

 

だが、膝を着いて落ち込んでいるアイゼンを見ると、

 

「副長‼そんなとこで、そんなことしてる場合じゃないすよ‼」

「……今度はなにが起きたのよ。」

 

ベルベットが腰に手を当てて、ため息交じりに言う。

船員ベンウィックは焦りながら、

 

「あーもう!落ち着いている場合でもないんだよ!今度は空からバカでかい白いドラゴン(・・・・・・)が落ちてくるんだ‼」

「はぁ⁉」

 

ベルベットは真上を見る。

太陽の光に反射する何かがある。

他の者たちも見る。

 

「そんなバカなこと!」

「って、何じゃ、何じゃ!本当ではないか!」

「おぉ~、斬るか‼」

「無理でフよ~‼ビエーン‼ソーバッド‼」

 

と、各々悲鳴を上げ出す。

ザビーダとエドナも空を見上げ、真剣な表情になる。

 

「おいおい。どうるよ、エドナ。ありゃあ、完全に気絶してるぜ。」

「無理もないわよ。あの時、ワタシとアンタを護って直撃を何発も食らっていたから。アイツならともかく、おチビちゃんには荷が重すぎたのよ。」

「けどよ。どうする。このままじゃ、ホントにヤバいぜ。」

「仕方ないわね。ここはワタシがなんとかしてあげるわ。」

 

と、エドナは傘を開く。

ザビーダも立ち上がり、

 

「もしかして、お前……」

 

ザビーダは耳を塞ぐ。

エドナは大きく息を吸って、

 

「おチビちゃん!目を覚ましなさい!」

 

と、叫ぶ。

近くに居た彼らは、

 

「うおぉ⁈」「きゃっ⁉」「何じゃ、いきなり⁉」「うるさいわね……」「ビエーン‼」

 

アイゼンに至っては、やっと顔を上げる始末である。

エドナは続ける。

 

「でないと、スレイとミボ(・・・・・・)がおチビちゃんの下敷きになってしまうわよぉーー‼」

 

と、何度も最後の方の「わよぉー」と言う声が木霊する。

空高くいた白銀のドラゴンはピクリと動き出す。

そして、カッと目を開いた。

クルリと反転すると、魔法陣が白銀のドラゴンを包み込む。

そして、小さな塊が落ちてくる。

ザビーダはそれを確かめると、

 

「よっしゃ!ここは俺様に任せろ!」

 

と、位置を確認して受け止める体勢を取るが……

 

「あ……」「ぐおぉ⁉」

 

その小さな塊はクルリと一回転すると、ザビーダの顔に蹴りを繰り出した。

彼はグルグル回転して、大の字となって倒れ込んだ。

着地したその小さな塊こと、レイは驚きながら、

 

「ごめん、ザビーダ!生きてる?」

「お、おうよ……こ、このザビーダお兄さんはとても丈夫だ……」

 

と、グッと親指を立てると、パタリとその腕は落ちた。

レイは「うわー」と言う顔になり、

 

「どうしよう、エドナ。」

「別にいいんじゃないかしら。捨てておきなさい。」

「はーい!」

 

と、エドナが半眼でザビーダを見て、レイは笑顔で左手を上げた。

すると、すぐにザビーダが起き上がり、

 

「ヒデーよ、エドナ!嬢ちゃんも、もっと心配してくれ!」

「面倒よ。」「えぇー、だってザビーダ、丈夫って言ったよ。」

 

と、エドナは呆れながら、レイは小首を傾げながら言う。

今度はザビーダが肩を落として落ち込む。

 

「あー……もういいわ……」

 

そのやり取りを見たベルベットは半眼で、

 

「なんなのよ、コレ。」

「さぁ?」

 

と、エレノアは首を傾げる。

が、マギルゥは眉を寄せて、レイに近付き……

 

「とおぅ‼」

 

レイを脇を掴んで抱き上げる。

そしてジーとその顔を見て、

 

「やはり、お前!裁判者ではないか‼」

「何だと⁉」「嘘でしょ⁉」

 

そう言われ、ロクロウとエレノアも顔を近付けて見始める。

二人は一歩下がり、

 

「マジか……」「嘘です……」

 

と、ワナワナしている。

レイは頬を膨らませて、

 

「なんか酷い~!」

「大体、何じゃ!その姿と性格は⁉」

「えぇ~?何か変かな?」

 

と、レイは口を尖らせて「ムムム。」となっていた。

ベルベットがジーとレイを見て、

 

「実は審判者とかじゃないの。」

「違うよ、裁判者だよぉ~♪」

 

と、ホッペに指を当てる。

その姿に、ベルベットは一歩下がる。

ビエンフーに関しては恐怖のあまり、物陰に逃げ出していった。

エドナが傘を閉じて、

 

「おチビちゃん、おふざけもそこまでにしておきなさい。」

「はーい。マギラ……マギルゥ、降ろして♪」

 

レイは笑顔で言うが、

 

「嫌じゃ。」

「は?」

 

エドナが面倒臭そうな顔になった。

マギルゥはレイをぶらぶら揺らし、

 

「こんな面白そうな裁判者を、弄らずしてなんとするか!」

「意味わからないわ。」

 

エドナはレイを見る。

レイは「うーん」と悩むと、

 

「いいから降ろせ、マギラニカ。」

 

そこには無表情かつ冷たい赤い瞳で、マギルゥを見据える小さな少女。

マギルゥは一瞬固まった後、

 

「う、うむ……」

 

と、そっと降ろす。

ライフィセットは脅えながら、

 

「ほ、ホントに裁判者さんなんだ……」

「みたいね。」

 

ベルベットも「うっわ」って顔になっていた。

降りると、今度はアイゼンがレイをつまみ上げた。

 

「裁判者!てめぇ!人の妹捕まえて何してやがる‼」

「…………」

 

レイはキョトンとした顔をして、ジッとアイゼンを見ていた。

すると、アイゼンの腹に傘が突き刺さる。

 

「ぐっ‼」

「おっと!」

 

レイはザビーダに掴み上げられ、二人を見る。

アイゼンは右腹を抑え、横を見る。

そこにはエドナが傘を肩でトントンさせていた。

エドナはアイゼンを睨み上げ、

 

「いい、お兄ちゃん。おチビちゃんは裁判者だけど、裁判者(アイツ)じゃないの。おチビちゃんに手を上げるなら、ワタシが相手になるわよ。」

「い、いや……エドナ!裁判者というヤツは――」

「言っておくけど、裁判者は知っているわよ。会った事もあるし、会った事もあるし、会った事もあるし!ワタシはアイツが嫌い。大っ嫌いよ!」

「な、なら――」

「でも、おチビちゃんは嫌いじゃないの。なにより、おチビちゃん(・・・・・・)は、大切な仲間なのよ。」

 

と、傘についているノルミン人形を握りつぶしていた。

それを見たアイゼン達の心中は「フェニックス――‼」と、叫ばれていた。

レイは思い出したかのように、「あー……」という顔になっていた。

ザビーダも、何かに察して同じような顔になっていた。

 

「わ、わかったから……その人形をそんな風に扱うのはやめるんだ。」

「あら、ワタシがワタシのモノを、どうしようと勝手でしょう。」

「だ、だが――」

「わかったわよ。」

 

エドナは人形を離し、傘を広げる。

と、レイは海の方をじっと見つめ始める。

そして顔を上げて、

 

「ザビーダ。もう降ろして。」

「おっと、そうだったな。」

 

レイは降ろされると、船の端に立つ。

 

「で、何の用?」

 

レイは海を見つめていう。

すると、どこからか声が響く。

 

「どういうことだ、裁判者。」

「どうも、こうも……裁判者()がここに居る、それでわかるバズだよ。アメノチ。」

 

レイがそう言うと、エレノアが驚いたように辺りを見ながら、

 

「アメノチって……あの、四聖主アメノチ様?」

「確かに何かの気配はするけど……」

 

ライフィセットも辺りを見渡す。

レイはそれを横目で見た後、

 

「それに、ここにくる事は事前にあなた達に言っている。文句があるやらなら未来の自分(・・・・・)に言え。」

「終末の使者は理解してるのか。」

「………………帰ったらね。」

 

レイは視線をサッと流し、長い沈黙の後に言う。

それで、了承は得てないことを理解するエドナとザビーダ。

レイは腰に手を当てて、

 

「それはともかく!色々あったとしても、君たちにだってある程度の記憶の共有が来ているはずだよ。大体、今回の件に関しては、こうする方がやりやすいの!彼ら(・・・)にも連れて来た方が動きやすいし、何かあった時の対処にかなり(・・・)慣れてるし、役に立つの!」

 

と、ドヤ顔になる。

四聖主の一人であり、未来では五大神と呼ばれているアメノチの声は依然と重い。

 

「だからと言って、今の我々(・・・・)がそれを許せると?それ以前に、お前のその姿や性格は何だ。それではまるで、人間(・・)ではないか。」

「それが、今の私だからね。今の君たちに分からなくとも、私は変えるつもりはないよ。なにより、これは譲れない。私は、私として今回はここに居るし、この先も居続ける。この時代の君たちや自分達に何を言われようとね。」

 

レイは目を細めて言う。

その瞳は裁判者と同じだ。

が、笑顔に戻ると、

 

「ま、ある程度は大人しくしているから安心していいよ。私たちは歴史を乱すつもりはない。ある程度ね。」

 

彼らは思う。

今、彼女は二回言った。

エドナとザビーダに関しては、一波乱……いや、それ以上は起こるだろうと。

これは一刻も早く、スレイとミクリオを保護……合流しなければマズいと。

 

四聖主アメノチは長い沈黙の後、

 

「……まあいい。だが、世界を乱す行為だけは避けて貰おう。」

「だから、ある程度は配慮するって。」

 

レイは船の端から降り、クルリと回る。

 

「それでもまだ、いちゃもんをつけるなら……こちらは殺り合ってもいいのだが?以前の闘いの決着でもつけてみるか。」

 

例の赤く光る瞳と影がゾッとここら一帯を重圧に押し込む。

エドナ、ザビーダはもちろんのこと、ベルベット達も冷や汗を流す。

四聖主アメノチは少しの間をあけ、

 

「見た目や中身が少し変わればと思えば、変わらぬところもあるようだな。なに、お前たち(・・・・)が役割をしっかり果たすのであれば、我らは動かぬ。それを行うのは、お前たちの役目だからな。」

「はいはい。」

 

そう言って、四聖主アメノチの気配は消えた。

レイは沈黙していた彼らを見て、

 

「どうしたの?」

「……お前は、またあれ(・・)をやろうと言うのか。ふざけるなよ。」

 

アイゼンが凄いにらみを利かせて睨めつける。

レイは頬を膨らませて、

 

「ふざけてないもん。だって、アイツらは冗談効かないもん。」

「もんって……」

 

ベルベットが、そのレイの姿を見て半眼になる。

レイは真剣な表情に戻ると、

 

「さて……」

 

空を見上げ、

 

「えっと……ああ、なるほど。そういう事になっているのか……厄介な。にしても、居場所はわからないか……」

 

レイはエドナとザビーダを見て、

 

「なんかね、すでにズレが起きてるみたい。で、お兄ちゃんたちの居場所はわかんない。」

「あら、そうなの。で、そのズレは何とかできるの?」

「うーん、できるって言えばできるけど……ちょーと、面倒なのは確かだよ。」

 

レイは赤く光る瞳で、エドナとザビーダを横目で見る。

ザビーダは腕を組んで、

 

「で、スレイ達の方も手掛かりなしっと言うことか。」

「うん。眼を使ったけど、居場所が掴めなかった。」

 

と、少しムッとしているレイ。

ザビーダは笑いながら、

 

「ま、ゼロが側に居るから大丈夫だと思うさ。」

「当然!側に居ながら、何かあったその時は(・・・・・・・・・)――」

 

レイの眼がスッと細くなり、

 

「「叩き潰せばいい(・・・・・・・)。」」

 

ゾッと駆け抜ける何かを、ザビーダは感じ取る。

ザビーダは笑顔の表情のまま固まっていた。

否、心の中ではゼロが無事にスレイ達を護る事を。

そして、スレイ達が何かしでかさない事を願う。

 

レイは笑顔に戻り、

 

「さて、と言うワケで、少しの間この船に居させてもらうから!よろしく、アイゼン(・・・・)♪」

「あぁ⁉何が、どういう訳だ‼」

 

アイゼンは深く眉を寄せて睨みつける。

レイは瞳を潤わせ、エドナに駆けて行く。

 

「わーん、エドナ!アイゼンがイジメる~。」

 

そして抱き付いた。

エドナはレイをギュッと抱きしめ、

 

「お兄ちゃん‼」

「うっ!」

 

エドナの凄い睨みに、アイゼンは一歩下がる。

ザビーダはアイゼンの肩に腕を回し、

 

「まぁ、こっちにもこっちの事情があるんだよ。勿論、お前らの目的にも関わりがある。つー訳で、世話になるぜぇ、アイゼン。」

「ふざけるな‼」

「おいおい、良いのかぁ~。エドナ(・・・)と、一緒に船旅ができるチャンスだぜ。嬢ちゃん曰く、嬢ちゃんの側に居れば、死神の呪いも薄まるらしいからな。」

 

ザビーダがニヤリと笑う。

アイゼンは葛藤を繰り返し、

 

「…………いいだろう。少しの間だけ、乗船を認めてやる。」

「んしゃあ!やったな、嬢ちゃん!」

「いえーい!やったね、ザビーダ!」

 

と、ザビーダと彼の元に駆けて行ったレイはハイタッチをする。

その姿に、ベルベット達は各々微妙な表情で見る。

 

「ホント、あれは何なのよ。」

「なんか、裁判者さんとは思えない……」

「じ、実は裁判者の妹……いえ、先程本心出てましたものね……」

「エレノア様の気持ちは分かるでフ!長年、裁判者と言う存在を知る僕ですら違和感半端ないでフから!」

「ま、何はともあれ、いいじゃねえか!何より、こっちのおチビの裁判者の方が親しみやすくていいじゃねぇか。」

「くだらん。どう変わろうと、裁判者であることには変わりはない。」

「全くじゃ!何なんじゃ、あの裁判者はーー‼」

 

と、やっているのだった。

 

そんなわけで、彼らの船旅に同行する事になった。

船の端に座って海を眺めていたレイ。

そのレイの背に、

 

「落ちるなよ、お嬢ちゃん。」

「うーん……じゃあ、落ちたら死神のせいにしておいて♪」

「落ちて魚のエサにでもなれ。」

 

アイゼンがすました顔で言う。

レイは船の端から降りると、エドナの元に駆けて行った。

 

「エドナ~、アイゼンがイジメる~!」

「お兄ちゃん‼」

 

と、エドナは肩で傘をトントンさせていた。

アイゼンはグッと一歩下がる。

ちなみに、レイはエドナの影に隠れてアイゼンに向かって、「べー」と舌を出していた。

ザビーダが笑いながら、肩に手を回し、

 

「がはは!諦めな、アイゼン。嬢ちゃんを裁判者だと思って接するからいけねーんだ。似た顔の別人だと思え。」

 

この時、ザビーダは思っていた。

嬢ちゃん(レイ)は完全にアイゼンで遊んでいると……

 

アイゼンは腕を組み、

 

「はっ。随分と裁判者と仲良しになったものだな。」

「ま、なるようになった……ってところだがな。」

 

アイゼンは視線をレイに向ける。

そこには普通の子供のように笑い、会話している裁判者。

最初でこそ戸惑っていたエレノア達も、今では平然と会話している。

そこにはエドナも供に居る。

あの幼かったエドナが、少し違う雰囲気を纏って自分の前に現れた。

聞けば未来から来たらしい。

だが、未来のオレがどうなったのかは聞いていない。

それは自分の望むところではない。

が、エドナのあの瞳を見た時には察した。

けれど、こうして元気でいる事が解ったことは素直に嬉しいと思う。

思うけれども……

 

「おい、裁判者!」

「レイ、だよ。」

「……どっちでもいい。」

「ダーメ。じゃないと、聞いてあげない。」

 

と、そっぽ向く。

アイゼンは拳を握りしめ、

 

「くそっ!レイ!」

「何?アイゼン♪」

 

レイは笑顔で振り返る。

ザビーダは本気で思う。

嬢ちゃん(レイ)は、完全にアイゼンで遊んでいる。

アイゼンは睨みをきかせながら、

 

「エドナに何かあったら、ただじゃ済ませないぞ。」

「安心して……とまでは言えないけど、できる限りの事はするよ。エドナは大切な仲間(・・・・・)だからね。」

「本当に、お前は裁判者とは思えないな。」

「うーん、別に解ってもらえなくてもいいけど……少なくとも私は、君たちと争う意志はないと言うことだけは分かって貰えたらいいな。」

「冗談だろ。」

「ん、冗談。」

「は?」

「ま、気長に行けばいいという事だよ。アイゼン。」

「意味が解らんな。」

「でーも!何かあったら、すぐにエドナに言い付けるから!」

 

と、レイはアイゼンに指を指す。

エドナは傘を開き、クルクル回しながら、

 

「任せない、おチビちゃん。ワタシが叩き潰してあげるわ。ザビーダを巻き込んで。」

「うん、よろしく♪」

 

レイは両手を上げて笑顔で喜ぶ。

アイゼンとザビーダは二人を見て、

 

「おい、エドナ⁉」「ちょ、おま⁉」

 

そんな感じで日常茶飯事のように、繰り返される。

レイは今日も船の端に座っていた。

と、船員の一人が、

 

「お、嬢ちゃん。いつもそこに居るが……つまらないんじゃないか?」

「うーん、別に。見たり聞いたりしてるし。」

「ん?」

「ま、人間には少しわからないかも。でも、意外と暇かも。」

「お!じゃあ、これをやらないか。」

 

と、釣りざおを渡す。

レイはそれを受け取り、垂らす。

 

「おいおい、お嬢ちゃん。エサもなしに釣れるワケ――」

「はい。」

 

レイは釣りざおを上げる。

そこには魚が二、三匹掛かっている。

 

「お⁉マジか!」

「ん。」

 

レイは魚を外してもう一度落とす。

船員はその魚を持って調理室に向かう。

そこにエドナとベルベット、エレノア、ロクロウもやって来て、

 

「おチビちゃん。何をやってるの。」

「魚釣り♪」

「へぇー、あんたでもそういうことするのね。」

「するする♪」

「すでに何匹か釣れているみたいですね。」

「うん!」

「まさか、エサなしに釣ってんのか?」

「勿論!」

 

と、竿を上げると魚がまた二、三匹ついていた。

 

「「「おぉ~‼」」」

 

ベルベット以外の三人は拍手を送る。

レイはそれを外して再び落とす。

エレノアがレイの横に行き、海を見下ろす。

 

「何かコツでもあるんですか?」

「うーん、これと言ってないよ。」

「そうなのか?」

 

ロクロウも横に来て、同じように海を見下ろす。

レイは笑顔で、

 

「うん。だって、釣れろ(・・・)って念じれば釣れるもん。」

「「え?」」

「でも、なかなか釣れないもんだねぇ~。」

「な、なにがです?」

「えー。だってほら、ここってアメノチの治める領土だよ。ペンギョン(・・・・・)が居るんだよ。だからさ、キンギョン(・・・・・)が釣れるように念じてるんだけど、釣れないんだよね。キンギョンが釣れれば、ちゃんと処理するんだけどね。」

 

と、目が本気で、細くなる。

エドナが傘を閉じ、

 

「……全く。おチビちゃん、釣りはほどほどにしなさい。変に弄って、後々面倒事が起きるのもごめんだわ。」

「そうね。キンギョンに関わると、ろくな事がないし。」

 

ベルベットもそれに同意した。

レイは空を見上げ、

 

「それもそっか。」

 

と、竿を上げて船員に竿を返しに行った。

エレノアは胸に手を当て、

 

「何でしょう……お魚が可哀想になってきました。」

「よかったな。ペンギョンも、キンギョンも釣れなくて。」

 

ロクロウは頭を掻きながら言う。

と、そこにマギルゥがやって来る。

 

「むむ?なんじゃ、何じゃ!この暗い雰囲気は!」

「アンタって、ほんとのんきよね。」

「何じゃ!儂の顔を見るなり、その言い草は!納得がいかんぞ!」

「はいはい。」

 

ベルベットはマギルゥを素っ気なくあしらう。

そこにレイが戻ってくる。

 

「あ!マギルゥだ。」

「げ!チビ裁判者!」

「だから、レイだって。レイ、わかる?レーイ。」

「そう何度も言わずともわかるわい!」

「もぉー、子供なんだから。」

「うるさいわい!儂にだって、譲れないもんがあるんじゃ!」

「あー、はいはい。」

 

と、レイも最後の方は軽くあしらった。

マギルゥは「ぶう」と頰を膨らませる。

レイはハッとして空を見上げる。

ジッと空を睨むと、

 

「全員、何かに掴まれ!」

 

全員は「は?」と言う顔になる。

そこに咆哮が聞こえてくる。

それも、ドラゴン(・・・・)の咆哮だった。

黒い大きなドラゴンが、船の横を横切る。

波と風で船は大きく揺れる。

全員とっさに何かに捕まる。

収まると、レイはザビーダを見て、

 

「ザビーダ!上!」

「おうよ!」

 

レイは駆け出す。

ザビーダは両手を合わせて、彼の掌に足を乗せてジャンプする。

レイは空中でまた白い大きなドラゴンへと姿を変える。

そして、黒い大きなドラゴンとぶつかり合う。

そのまま、二匹は近くの島へと落ちていく。

 

「お兄ちゃん!早く追って!」

「その前にエドナ!あれはなんだんだ⁉」

「ドラゴンよ。見てわからないの?」

「それはわかる。何故、裁判者と同じ力(・・・・・・・)を持っているんだ⁉」

「そんなの、あれが裁判者や審判者と同じような存在だからよ。」

「何だって⁉」

「それこそ、そこに居る災禍の顕主(・・・・・)と同じような、ね。」

 

と、エドナは傘を閉じて、ベルベットを見る。

ベルベットはジッとエドナを見て、

 

「何が言いたいのよ。」

「別に。ただ、実物(・・)を見るのは初めてだったけど……そうね、お兄ちゃんの言う通りであり、噂通り(・・・)だったな、って思っただけ。」

「は?」

 

ベルベットは眉を寄せて困惑する。

エドナは傘の先をアイゼンに向け、

 

「さて、それはいいから……早く船をあの島に向けて!おチビちゃんに何かあったらどうしてくれるのよ!」

「だな。色々と思うところは多いだろうが、こっちにもこっちの理由があるからな。」

「ちっ!しかたねぇ!」

 

アイゼンが指示を出して船をそこに向ける。

船を岸に寄せる。

と、奥の方で聖寮の対魔士の姿が見えた。

アイゼンはベンウィックを見て、

 

「ベンウィック!聖寮どもがここにいる。鉢合わせになると面倒だ。俺達が降りたら船を出せ。後で連絡を入れる。」

「アイアイサー!」

 

彼らが降りると、船は出る。

彼らは対魔士達の会話を聞く。

 

「見たか⁉」

「ああ!大きなドラゴンが二体!」

「白と黒のドラゴンだ!」

「白い方は負傷して動けないでいた。捕らえるなら今だ!」

「黒い方はどうした⁉」

「わからん!いきなり目の前から消えた!」

「そんなバカなことが⁉」

「本当だ!」

「そんな事は後回しだ!今は白いドラゴンを捕らえる事に集中しろ!」

 

対魔士達は世話しなく走って行く。

エドナは傘を開き、

 

「ホント、聞いた通りの状況ね。けど、おチビちゃんが負けてるってことかしら?」

「さてな。嬢ちゃんが本気を出せないとはいえ、負傷して動けなくなるまでとなると……」

「本気で厄介ね。早く、スレイ達と合流した方がいいわ。」

「だな。」

 

二人は真剣な表情で見つめ合う。

ベルベットが二人を見て、

 

「あんたたちが何をしようと、私には関係ない。けど、何が目的なのかは教えて欲しいものね。あの黒いドラゴンに、あんたたち言うスレイ達(・・・・)についても。」

「今はダメよ。少なくとも、おチビちゃんの口から教えると言わない限り、ワタシたちの口から言うことはないわ。ま、でも……」

 

エドナはジッとベルベットを見て、

 

「アンタに目的がある。そしてワタシ達にも目的がある。それは変わらない。そして、今の私たちの目的はおチビちゃんの回収よ。」

「……正確には、あんたちの目的でしょ。」

 

そう言って、二人は睨み合った後、同じ方向に歩き出す。

その後ろに、他の者たちも続く。

ザビーダとロクロウが木の陰に隠れて様子を見る。

そこには一体の白いドラゴンが横たわっていた。

噛まれたり、爪で抉られたり、尾で叩き合ったような傷がたくさんある。

 

「でかいな……」

「すぐに結界を!」

「アルトリウス様に報告だ!」

 

と、ドラゴン(レイ)を囲み始める。

ザビーダは目を細めて、

 

「さってと、どうするかね……」

「叩き斬るか!」

「いんや、それは避けたいところだな。お前たちはともかく、俺らは深く関われねぇ。下手なことをすれば、裁判者と一線やらねぇといけなくなる。」

「それは大変だな。」

 

だが、後ろの方で、

 

「何だ⁉貴様らは!」

「ちっ!」

 

ベルベットが腕を開く。

エレノアも横に立ち、

 

「すみません!」

 

対魔士達を気絶させていく。

アイゼンは新たにやって来た対魔士達をボコっていく。

エドナとライフィセットが詠唱を始めて、対処を始める。

無論、その前からの対魔士達と戦っていた。

と、使役聖隷の攻撃がエドナに直撃しそうになる。

アイゼンが飛び込み、

 

「エドナ‼」

 

アイゼンにそれが当たりそうになった瞬間、白い尾がそれを防いだ。

彼らがそこを見ると、ドラゴン(レイ)が目を覚ます。

身を起こすと、受けていた傷が修復されていく。

 

「な、何だと⁉」

「傷が!」

「ええい!全員、戦闘態勢‼」

 

と、陣形を組み始めるが、

 

「ぐわぁあああおぉ‼」

 

レイが対魔士達を赤い瞳で見下ろす。

唸りを上げて、腕を振り上げる。

地面を叩くと、地面が揺れる。

レイは再び咆哮を上げる。

対魔士達は震え出し、駆け出す。

 

「て、撤退!全員、撤退‼」

 

彼らが撤退すると、レイは首をエドナに向ける。

 

「エドナ、怪我なかった?」

「ええ、大丈夫よ。」

 

エドナは傘を開く。

そしてレイを見上げ、

 

「おチビちゃんの方はどうだったのよ。」

「逃げられちゃった。いいとこまではいったつもりだったんだけどね。」

「そう。それは残念だったわね。」

「ホントホント。」

 

と、レイはドラゴンの姿のまま頷く。

そしてレイは頭をエドナの方に降ろし、

 

「ま、あいつは本物の裁判者の力(・・・・・・・・)が欲しいみたい。ゼロはともかく、私の方はあれだからね。だから私をギリギリのところまだやれば、裁判者が出てくると思ったんだろうけど。」

「おチビちゃんのままだったから、撤退したって訳ね。」

「ん。追いかけようかと思ったけど、エドナ達が来るのが分かったから寝てた。そしたら、なんかどんちゃん騒ぎが始まって、起きたら凄いことになってた。」

「随分と余裕ね。」

「だって、普通の対魔士や精霊の張る結界とかは簡単に壊せるし♪私を本当の意味で捕まえられるのはクローディンの術式くらいだよ。」

「……まぁ、いいわ。船に戻りましょ。」

 

エドナはレイの頭を、もとい口元を撫でる。

レイは首を上げ、

 

「じゃ、背に乗って。今から船をこちらに戻すより、こちらから行ったほうが早い。それに、変に対魔士と会うのも避けられるし。」

「そうね。」

 

と、レイは身を低くして羽を傾ける。

エドナとザビーダは乗ら始める。

 

「お前らも、早く乗っときな。」

 

ライフィセットやエレノアは目を輝かせ、

 

「ド、ドラゴンの背に乗れるなんて思わなかった!」

「本当です!落ちないように気をつけましょう、ライフィセット!」

「うん!」

 

と、二人は乗り始める。

ロクロウとベルベットも互いに見て、

 

「行くか。」

「そうね。」

 

二人も乗り始める。

ビエンフーはマギルゥを見上げ、

 

「マギルゥ姐さん、乗らないでフか?」

「……お前は平気なのかえ?裁判者の背に乗るのに。」

「……ボ、僕はマギルゥ姐さんの中に居るでフ!」

 

ビエンフーはマギルゥの中へと入る。

マギルゥは少し唸った後、登り始めた。

レイはアイゼンの方を見て、

 

「アイゼンは乗らないの?怖い?」

「誰が貴様など怖がるか!」

「じゃあ、高い所苦手?」

「そんな訳あるか!」

「じゃあ、何なのさ。」

「…………俺は泳いでても行く!お前に借りは作らん!」

「別にどうでもいい。」

 

と、アイゼンの襟を咥える。

 

「おい!」

 

そのまま羽を広げ、

 

「落ちないでねぇー♪」

 

羽ばたき、飛んで行く。

水面ギリギリの所を飛んで行くレイ。

背に乗るライフィセットやエレノアは大いにはしゃぐ。

ベルベットやロクロウ、エドナやザビーダはくつろいでいた。

マギルゥに関しては腕を組んで頰を膨らませていた。

アイゼンに至っては、未だに咥えられたまま黙り込んでいた。

船が見えてくると、

 

「アイゼンを落とすと、やばいことになりそうだから最後ね。みんなは帆を使って降りて。」

 

レイは帆の辺りに近づく。

アイゼン以外の皆は、そこを滑って降りる。

 

「なんか前にもあったわね、コレ。」

「確かに!」

 

ベルベットとライフィセットは互いに見合って笑う。

そして最後にレイがアイゼンを影で掴んで捨てた(・・・)後、

 

「おぉー、こんな感じなんだ♪」

 

みんなと同じように滑った。

アイゼンも滑って来た後、

 

「てめぇ、裁判者!何しやがる!」

「仕方ないじゃん。影で掴んだら、アイゼンが嫌がるんだもん。」

「当たり前だ!そもそも、俺は泳いでても行くといったはずだ!」

「そんな事してたら、一生船には戻れないよ。それに、魚の餌になるのがオチだって。」

 

レイはそっぽ向きながら言う。

アイゼンは拳を胸あたりのところで握りしめてた。

それを聞いたベルベットとエドナは、

 

「以外にも、根に持ってたみたいね。」「おチビちゃんも、中々根に持つわね。」

 

と、レイは自分の後ろを見る。

そこにはゼロ……いや、この時代の審判者が居た。

レイは風に身を包み、同じくらいの背格好の黒い服へと変わる。

そう、お馴染みの裁判者の姿に。

 

「げっ、ホントに裁判者じゃ!」

 

マギルゥが明まさに嫌な顔をする。

裁判者は着けていた仮面を取り、

 

「さて、何か用か。審判者。」

「分かっているくせに。で、どういう事?」

 

審判者は睨むように裁判者を見る。

裁判者は右手を腰に当て、

 

「何って、見ての通りだ。」

「だから聞いているんじゃないか。何で、君が人間(・・)やってるのさ。」

「正確には、『人間に近い』だがな。」

「どちらにせよ……なんで未来の君たちはそうなってるのさ。特に君!何あれ、さっきの小さい君!」

 

審判者は裁判者を指差す。

そして後ろに居るマギルゥもまた「そうだ!」と言うばかりに唸っている。

裁判者は変わらずの無表情で、

 

「だから言っているだろう。天族……いや、ここでは聖隷だったな。彼らが清らかな器を得るように、我々は心ある者たちとの関わりを得るための手段として器を創った。お前の方はともかく、私の方は元々それ自体がなかった。だからこそ、レイ(アレ)が生まれたんだ。」

「だからって……」

 

審判者はムッとしている。

裁判者は空を見上げ、懐かしむように口にする。

 

「かつて、ある奴が言った。どんなモノにも生まれた意味はある。」

「は?」

「それはきっと君たち(我々)もそうだ、と……あいつは言った。そして我々……いや、私は今になって気付いた。確かにそうかもしれない(・・・・・・・・・・・)と。」

「何を言って――」

「私たちはずっと天の頂で過ごしていた。次第に色々な命が溢れ、我々は地に降りる彼らと共に降りた。それからずっと、我々は見続けていた。そして知ったのだ。関わりを持っても意味がないと。」

 

裁判者は視線を審判者に向け、

 

「我らもまた、生まれた意味があったと言うワケだ。ま、今のお前にはわからないだろうさ。今のこの世界で、お前らがミケル(アイツ)に……そして、スレイとミクリオ(アイツら)に会えるかどうかは解らんがな。だが、ミケル(アイツ)との出会いによって我らは成長した。そして何故、自分達が存在したのかもな。」

「…………」

「ま、そんなに疑うなら未来の自分でも見たら……いや、それはやめておいた方がいいな。」

 

裁判者はため息を一つつく。

審判者は最後に凄い顔でムッとした後、

 

「どうでもいい。けど、この時代の裁判者は認めないだろうね。」

「それはそれで構わないさ。今の私にとってここは、所詮過去でしかない。今の裁判者が、私を見て何を想うが、私とこの世界(時代)の私とは異なるからな。」

「…………ま、せいぜい僕らの世界を壊さないようにしてくれよ。」

 

そう言うと、審判者は風に身を包んで消えた。

裁判者は視線を横に向ける。

そこには物凄い顔で睨んでいるエドナが居る。

 

「なんだ、陪神。」

「なんだ、じゃないわよ。何でよりにもよって、アンタが現れるのよ!おチビちゃんでいいじゃない‼」

「それは難しいな。器では、喧嘩になるぞ。」

「は?」

「ここまで来て、審判者とまた一戦交えるのは得策ではないからな。」

 

と、彼女はエドナをスッと見下ろした。

エドナは傘についている人形を中身が出るのではないか、と言うくらい握りつぶしていた。

裁判者は斜め後ろに居るマギルゥを少しじっと見た後、

 

「それに、お前らの所で言う……『友を救うのに、理由がいるのか』、と言う感じか。」

「は?」

「殺りあって、この船を壊されても意味がないしな。何より、本命を潰す前にこちらが潰されては元もこもないだろう。」

「あんたねぇ!」

 

と、エドナはさらに強く人形を握り潰す。

ザビーダがエドナの横で腰をかがめ、

 

「まぁまぁ、エドナ。少し落ち着こうぜ。」

「ザビーダ!てめぇ、エドナに近付き過ぎだ!」

「おいおい、アイゼン!今は置いとこうぜ!」

「あぁ⁉ふざけんな!」

 

と、勢いよく絡むアイゼンとそれを柔軟に受け流すザビーダ。

その姿にエドナは半眼で、ウザそうな顔で見ていた。

裁判者は視線を戻すと、

 

「そうだ、陪神共。お前らの導師(・・・・・・)は、どうやらこいつらの目的の場所に居るようだぞ。」

 

と、親指をクイッとその方角に刺す。

エドナはキッと睨みつけ、

 

「アンタ、もしかして!」

「ああ、最初から居場所を知っていた(・・・・・・・・・・・・・)。審判者が側に居るんだ。何かあれば、後で叩き斬ればいいだけだ。」

「な⁉なら、おチビちゃんがドラゴンで闘ってた時も!」

「ああ、見ていただけだ。私でもよかったのだがな。何分、あの導師共と別れてから、器のストレスが溜まっていたみたいでな。いいストレス発散相手になると思ってな。」

「ホント、ムカつくわね。」

「せいぜい、頑張ってくれよ。私はそんなに表に出るつもりはないからな。」

 

そう言って、裁判者は彼らに背を向ける。

 

『………ふっ。どんなモノにも生まれた意味はある……確かにそうだったよ、クローディン。我らはやっと、本当の意味で『己』という存在を知った。我らが生まれた理由を。何故、我らが存在するのか、とな。ああ、今になって色々解るとは、なんとも歯がゆいものだな。』

 

裁判者は身を風に包み、レイが現れる。

レイは頬を膨らませて、

 

「もぉ!解っているなら、私にも教えろっての!」

 

と、甲板を蹴り叩くレイ。

ベルベットが腰に手を当てて、

 

「なんとも、さっきとは違う対応で。」

「けど、なんか口調が変わってません?」

 

エレノアが首を傾げる。

ザビーダがハッとして、

 

「嬢ちゃん!そんな言葉づかいしちゃいけません!」

「だってさ!なんか、ムカつくんだもん!私は全然見えなかったのに!大体さ、お兄ちゃん達の事が解ってるなら、先に言えっての!そうしたら、私だってあんなに暴れないっての!」

「スレイ達がどういう状況か解らなくて、いつも目を使って視て、捜していたのは知ってるさ。だ、だからってそんな言葉使いしちゃいけません!」

 

ザビーダはアイゼンをはり倒して、レイに手をあたふたさせて言う。

エドナが傘をクルクル回して、

 

「必死ね。」

「エドナ!お前はいいかもしれんが、俺様嫌だぜ。スレイやミボにガミガミ後から説教されるのは。それによ、災厄の場合はライラに火あぶりにされるわ!」

「そうね、ガンバりなさい。」

「エドナァ~‼」

 

と、ザビーダは肩を落とす。

レイはプンプンしながら、歩いて行く。

そして船の端に座って、足をぶらぶらさせれていた。

ライフィセットは首を傾げ、

 

「えっと……これからどうするの?」

「決まっているわ。私たちは、導師アルトリウス・コールブランドと聖主カノヌシを倒す。」

 

ベルベットは左手を握りしめる。

エレノア、ロクロウも互いに見て、

 

「ええ!私たちは、その為にこうしているんですから!」

「おうよ!いっちょ、暴れてやるぜ!もう一度、シグレと殺りあえるかもしれねぇんだ!あの時とは違う俺を見せてやるぜ‼」

 

その横奥では、

 

「まあよういわい!儂も、やらねばならぬ事があるのじゃからな!」

「マギルゥ姐さん、何を怒っているでフか?」

「うるさいわい!」

 

マギルゥはビエンフーと何やらやっていた。

エドナは傘を閉じ、

 

「そうと決まれば善は急げよ。私たちも急いでボウヤ達と合流するわよ。お兄ちゃん、急いで向かって。」

「任せろ、エドナ!」

 

アイゼンは船員たちの方へと走って行く。

ザビーダは疲れ切った顔をして、

 

「死神の呪いが出ないといいが……」

 

そして、横目で未だにプンプンしているレイを見て、

 

「嬢ちゃんの機嫌も早く治るといいが……」

 

彼らの乗る船は、ライフィセットの指示の元進む。

向かうは復活した特等対魔士シグレ、メルキオルや対魔士オスカー、テレサ。

そして導師アルトリウスと聖主カノヌシ。

なにより、そこに居るであろうスレイ達。

彼らに会うため。

彼らとの決着をつける為。

起きている事象を調べるために進む。

それぞれの想いを馳せて、そこに向かうのであった。



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toz 第七十三話 過去の世界2

レイ達が災禍の顕主ベルベット・クラウ達と合流する前のこと……

スレイ達は、レイ達よりも少し前に過去の世界に来ていた。

それは自分達の時代ではカムランの先にある『王座』、ここでは『御座』と呼ばれた神殿の場所。

スレイは起き上がり、辺りを見渡す。

 

「えっと…………ここは?」

「一応、過去には来れたみたいだよ」

 

先に起き上がっていた審判者(ゼロ)が、スレイに手を差し伸べる。

その手を取り、立ち上がるスレイ。

そこに、辺りを見に行っていたミクリオとライラが戻る。

 

「起きたのか、スレイ」

「おはようございます、スレイさん」

 

スレイは腕を組んで、

 

「ゼロ。やっぱりレイ達とは、はぐれたっぽい?」

「うん」

「大丈夫かなぁ~……」

 

スレイは苦い顔になる。

ミクリオも苦笑して、

 

「確かに、スレイの心配も解る。僕も、結構心配だからね」

「でも、今は何とかなると信じましょう」

 

ライラが手を合わせて、笑顔で二人に言う。

ゼロはクルリと回ると、

 

「と、言う訳で……これから、『王都ローグレス』に向かおうと思う。あそこに、俺の知り合いもいるしね」

「へぇー、ゼロの知り合いか」

「で、ここでもう一度忠告しておくよ。君たちと、ここに居る人たちとは時代の流れが違う。関わりを持っても、その人たちの持つ歴史は変えられない。未来を変える行為となると言う事を忘れないこと。後、この時代の審判者()と裁判者には気を付けてね。特に、裁判者の方に出くわしたら、何が何でも逃げること!」

「う、うん。解った」

 

ゼロはグイッと詰め寄った。

スレイは肩ぐらいまで両手を上げて、頷く。

彼はスレイからスッと一歩下がると、

 

「そうそう。この時代では、天族達は『聖隷(・・)』と呼ばれている。だから二人の事も天族とは呼ばないように。と言っても、そう言ったところで解る者はいないだろうけどさ。それとね、憑魔は『業魔(・・)』と呼ばれているから、それも注意してね」

「へぇ」

「後、もう一つ。この時代の人間達の霊応力(・・・・・・・・・・・・)は、ある事によって上がっている(・・・・・・・・・・・・・)。それはある意味、未来と似たようなものだけど、ここでは少し違う。だから、それも忘れないように。特に、スレイ。君は、感情より先に行動する。本当に注意してくれよ」

「わ、わかってるよ」

 

スレイは引きつった笑顔で頷く。

それは、彼の言葉にミクリオも頷いていたからだ。

ゼロは大きく頷くと、

 

「じゃあ、行こうか」

 

一向は王都ローグレスへと歩き出す。

ミクリオはゼロの横を歩き、

 

「で、レイ達の居場所は掴めそうかい?」

「いや、今は無理。掴むどころか、まだ時空の歪みにいるみたいだ。それに、どうやらすでにズレが、この時代に出始めているみたいだ」

「もう、出てしまっているのですね……」

「まぁ、何かしら出るとは思ってはいたけどね」

「でもさ。あっちの……俺はどうなってるのか……」

 

スレイは眉をギュッと寄せる。

ゼロは横目でスレイを見ると、

 

「確かに、あれはスレイだ。だけど、あのスレイと君は違う」

「…………」

「それと、あれはどうやら時空の歪みでレイ達をまだ追ってる。けど、安心していい。レイ達は、そう簡単には負けないからね。何とかなるさ」

 

と、ゼロは立ち止まる。

スレイ達も立ち止まり、前をまっすぐ見る。

そこには王都ローグレスが広がる。

人間だけでなく、対魔士、聖隷が行き交う。

王都ローグレスの住人は、つい最近起きた事(・・・・・・・・)を忘れたかのように人々は生活をしていた。

いや、実際に忘れているのだろう。

この世界において、『災禍の顕主』が四聖主を目覚めさせた。

それによって、人々の霊応力が落ちた事を。

そして、解放された聖隷達がいることを。

それだけではない。

聖隷達もまた、自分達が解放された事すらも忘れているだろう。

おそらく、この世界において干渉を受けていないのは、裁判者と共に居た災禍の顕主達(・・・・・・)と聖主カノヌシと共に居た導師アルトリウス(・・・・・・・・・)

だが、今はその方が好都合だ。

だからこそ、その様子を見たゼロは頬を掻いていた。

 

「あー……ま、今はあまり周りを気にしないようについて来て」

 

彼に付いて行ったその先は酒場だった。

その中に入ると、酒場いた人達はスレイ達をスッと見据える。

スレイはビシッと姿勢を正す。

ゼロが一歩前に出て、

 

「やぁ、久しぶり♪また会えてうれしいよ、タバサ」

「……はぁ。あなたには、本当に驚かされるわ。ついさっき出て行ったばかりじゃないの」

「ははっ。いや、君にとってはそうでも、今の俺にとっては久しぶりなんだよ」

 

ゼロはカウンターにいる老婆に近付く。

そして小さく笑った後、真剣な表情になり、

 

「さて、タバサにお願いがあるんだ」

「珍しいわね。あなたが、そんな事を言うなんて」

「うーん、まあね」

「で、なにかしら?」

「彼らをしばらくの間、ここに置いて欲しいんだ。無論、タダでとは言わないさ」

「そうね……で、彼らは?見るところ、彼は対魔士(・・・)のようにも見えるけど」

「うーん……まぁ、対魔士と言えば、対魔士だね」

「まぁ、いいわ。彼らは預かるわ」

「助かるよ。後、ついでにさ。君のピーチパイが食べたいな。あ、彼らの分も頼みたい。彼らも、状況を整理させたいだろうしね」

「……ふふ。本当に珍しいわね。あなたがそんな事を言うなんて。いえ、始めてかもしれないわね。わかったわ。すぐに準備するわね」

「ありがとう、タバサ」

 

タバサはパイの準備を始める。

その後、ゼロは周りに居た人達と会話をしていた。

それらを終えると、彼はやっとスレイ達の所に行く。

 

「ごめん、ごめん。さ、ここに座って」

「ゼ、ゼロ」

「ん?なに?」

「ゼロは、ここの人たちと知り合いなのか?」

「まあね。(審判者)が、一時的に関わりを持っていたところだからね」

 

ゼロのその表情はとても嬉しそうで、悲しそうだった。

と、そこにピーチパイを運んできたタバサ。

ライラがそれを受け取りながら、みんなに小分けにしていく。

 

「あ、ありがとうございます。タバサさん」

「ふふ、いいのよ。それにしても、あなたがこんなに楽しそうにしているのは始めて見るわ」

「それは……そうだね。昔の俺は、感情という概念は知っていても、実際にするという行為自体は少なかったからね」

「そう……やっぱり、なんか不思議ね。いつものあなたと変わらないのに、違うあなたのように感じるわ。何だか、とても嬉しいわ」

「俺も、かな。君が、本当に少女時代の時から見てきたからね。君が成長し、結婚し、今こうしているのを見ていたのは、当時の俺(・・・・)からしたら、そうだなぁ……妹や娘を見ていた感じかも♪」

「それはそうよ。あなたときたら、会った時からなーんにも変わらないで、若々しいままなんですもの。この年になるまでは、それはもう嫉妬したものよ」

「あはは。こればっかりは、俺の特権だね」

 

と、二人は笑い合う。

それを見ていたスレイはニッと笑っていた。

ゼロがスレイを見て、

 

「なになに、スレイ。何を、そんなに笑ってるのさ」

「いや。なんか、ゼロにもこういった事があったと思うとなんか嬉しくってさ。オレらと居る時とは違う時のゼロって感じでさ」

「……はは。なにそれ」

「でも、それでもやっぱり……ゼロはゼロだなってすっごく思う」

 

スレイはニッと笑うと、ピーチパイを一口食べる。

と、目を輝かして、

 

「すっごく美味しい!ありがとう、タバサさん!」

「ふふ。それは良かったわ」

 

タバサは面白そうに微笑む。

ゼロは目をパチクリした後、

 

「ふっ……あはは!やっぱり、スレイは面白いな」

 

と、思いっきり笑い出した。

そして、彼もまたピーチパイを食べ、

 

「うん。とても懐かしい味(・・・・・)だ。相変わらず、とても美味しいよ」

「ふふ。本当に今のあなたは不思議ね」

 

そうして、スレイ達はしばらくこの酒場に居着いた。

スレイは、接客業と言う仕事をしながら過ごしていた。

同じく接客業をしていたゼロ。

 

「いや~、スレイもすっかり、ここになじんだね」

「ああ。オレ、ここ好きだな」

「はは。そう言って貰えて、なんか嬉しく思うよ」

 

と、ゼロの笑顔が止まり、真剣な表情に変わる。

顎に指を当て、黙り込む。

スレイは首を少し傾げ、

 

「どうしたんだ、ゼロ?」

「…………」

 

ゼロは、なおも黙り込む。

そこに、ミクリオとライラもやって来る。

二人とも、つけていたエプロンを取る。

ゼロは三人を見ると、

 

「どうやら、レイ達もこの世界(時代)にやって来たみたいだ」

「ホントか!皆は、無事か‼」

「うん。それは大丈夫。だけど……」

「だけど?」

「これまた、面白い所に(・・・・・)落ちたものだ」

「「「??」」」

「ま、なんとかなるだろうさ」

 

ゼロはパッと笑顔になる。

ライラはジッと彼を見て、

 

「では……」

「うん。俺らも、出発しようか」

「では、支度をしてまいりますわ」

「僕らも行くよ」

「ああ」

 

三人はすぐに支度を始める。

ゼロはタバサの元へ行き、

 

「タバサ」

「分かっているわ。行くのよね」

「うん」

「またいつでも、いらっしゃいな。その時は、彼らも一緒に」

「そうだね。できたら、そうするよ」

 

と、ゼロは笑う。

そこにスレイ達がやって来る。

 

「ゼロ、準備で来た!」

「すぐにでも行こう!」

 

スレイとミクリオは肩で息をしていた。

ライラが苦笑して、

 

「スレイさん、ミクリオさん。レイさん達が心配なのは解ります。ですが、挨拶はきちんとしていきましょうね」

「ご、ごめん。ライラ」「すまない」

 

二人は一呼吸して、

 

「タバサさん、みんな。お世話になりました」

「とても助かりました」

 

と、二人は頭を下げる。

ライラも頭を下げ、

 

「本当に、ありがとうございましたわ」

 

タバサは微笑み、

 

「ふふ。またいつでもいらっしゃいな。また、ピーチパイを焼いて待っているわ」

「ホント!タバサさんのピーチパイは、とても美味しいかったから楽しみにしてる!」

「ふふ、ええ。彼女(・・)も、これくらい気持ちに素直になれたら良いのにね」

「「「??」」」

 

タバサはある集団を思い出す。

三人は扉を開けて出る。

ゼロも扉の方に向かい、立ち止まる。

 

「タバサ」

「何かしら?」

「前にも言ったけど、君のこと妹や娘のように思っていた。でも、もしかしたら君たちのところで言う慕うとか、恋とかだったかもね。それこそ、後から気づく片想い的なね。ま、それは今の俺の感情(・・・・・・)だけど」

「そう。それはとても光栄ね」

「だから、ここの俺がどう想っているかは知らないけど……俺と仲良くしてあげて」

「勿論よ」

 

タバサは微笑む。

そしてゼロの背を見つめ、

 

「あなたは、彼らから『ゼロ』と呼ばれていたけれど……あなたの名で良かったのかしら?」

「うん。()の俺の名さ」

 

ゼロはクルリと回ってニッと笑う。

タバサは胸に手を当て、

 

「そう……なら、私が言うことは決まったわ」

「うん?」

「……行ってらしゃい、ゼロ(・・)

「ッ!……うん、行ってきます。ありがとう、タバサ」

 

ゼロは嬉しそうに笑い、扉を閉めた。

空を見上げ、伸びをする。

 

『何だろう。とても清々しい気持ちだ』

 

ゼロは噴水の側でまだかまだか、と言う顔をしているスレイ達を見る。

小さく笑い、

 

「さて、それじゃ行こうか。まずは港で船を探そう」

「船?」

「そ。ここからある島に向かうためのね」

 

ゼロはスレイ達を酒場で身を隠せている間、自分は情報を集めていた。

特に、この時間軸ではすでに死んでいる彼らの。

そして、この時代の干渉化に入っている聖主カノヌシと導師アルトリウスの居場所。

彼らはどうやらある島で突如膨れた力を使い、儀式を行おうとしていた。

まず、四聖主の贄となった者達の復活による戦力アップ。

それによって、記憶が来たのだろう災禍の顕主が行った事を自分なりに行おうとしていた。

だが、かの災禍の顕主は自身と聖主カノヌシが共に喰らい合い、眠り続ける事で俺らのいる未来へと繋がっている。

それを変えるとなると、彼はどうやってあの形のように循環を持って行くのかは興味のあるところではある。

が、それは審判者として見る事は可能だろう。

しかし、ゼロという一個人としては看過できない。

俺自身は、あの時代(・・・・)が好きなのだから。

理由はそれで事足りるはずだ

 

スレイは首を傾げ、

 

「前みたいに地脈を通ったりしないのか?」

「あー、それは無理。そんな事したら、この時代の裁判者に見つかっちゃうよ。それだけじゃない。君達に何かあれば、俺が二人に怒られる」

「……じゃあ、船を探すしかないね。行こう、スレイ」

「ああ。楽しみだな」

 

ミクリオはすぐに何かを察した。

故に、何も気づいていないスレイを先導する。

歩いて行くミクリオとスレイの背を見たライラは微笑み、

 

「ふふ。さ、行きましょう、ゼロさん」

「ああ。そうだね」

 

彼らはローグレス近くの港、『ゼクソン港』に来た。

ゼロは、港の漁師達に話をつけに行った。

スレイとミクリオは、今か今かと待っていた。

と、人々の噂話が聞こえてくる。

 

「聞いた?」

「聞いたわよ!災禍の顕主でしょ!」

「ええ。この間なんか、島一つ破壊したとか」

「聖寮は何をしているのかしら」

「きっと、導師様にもお考えがあるのでしょうよ」

「そうよね。なんたって、アルトリウス様は殿下のお墨付きですものね」

 

と、会話が続いていく。

スレイは空を見上げ、

 

「導師に、災禍の顕主か……」

「……スレイ」

「わかってるさ。でもさ……」

「気持ちはわかるよ」

 

スレイはミクリオを見る。

ミクリオは拳をスレイに向ける。

スレイも小さく笑って拳を当てる。

ライラはそんな二人を見て、小さく微笑んだ。

しばらくして、ゼロの手配が済んだ。

スレイ達は船に乗り、ある島を目指して出発した。

 

船に乗ってから数日が経った。

船に乗る人々も、日々変化する。

その船に新しく乗ってきた人々がある噂話をしていた。

 

「ねぇ、聞いた?」

「何を?」

「先日、黒い大きなドラゴンが現れたらしいのよ」

「あら?その話は違うのではないかしら?私は白いドラゴンが現れたと聞きましたよ」

「うそ。私は知らないわ」

 

と、続けられていく。

スレイとミクリオは互いに顔を見合い、

 

「白いドラゴンって……」

「レイだろうね」

「大丈夫かな……」

「今は信じるしかないだろうさ」

 

そういう二人のもとに、先程の噂話がまた聞こえてくる。

 

「私は、その二匹が大暴れして聖寮が動いたって聞いたわよ」

「しかも、聖寮は二匹とも逃してしまったとか」

 

スレイとミクリオは頭を抱えていた。

それもそうだろう。

なんたって、そのドラゴンとは関りがある。

 

「「あー……」」

 

二人の苦難は続く。

これは一刻も早く、レイ達と合流しなければならない。

しばらくして、目的の島まであと少しのところで船から降りる。

ゼロがスレイ達を影でつかんで島へと向かって空を飛ぶ。

 

レイ達が居るであろうある島にたどり着いたのだった。

まぁ、実際自分達が先か、レイ達が先かは解らないのだが…

 

島に着くと、見知った相手に出くわす。

 

「ザ、ザビーダ?」

「あぁ?誰だ、おめぇら」

 

と、上着を着ていて、髪を少し縛った風の天族(聖隷)ザビーダがいた。

彼は不機嫌そうに、こちらを睨みつける。

 

「え…っ…と……ある意味、人違いでした」

「あぁ⁈つか、てめぇも、聖寮のもんか!」

「いや……違うけど……違わないのか?あー…いや、やっぱり違うかも?」

「どっちだ!」

 

と、身構え始める風の天族(聖隷)ザビーダ。

だが、いつの間にかゼロが彼に近づき、

 

「やぁやぁ、お久しぶり♪」

「……な⁈この気配は審判者!」

「スレイ。俺は、ちょっとこの彼(・・・)を別のところに連れていくね。この後の事を考えると、少~しまずいから。というわけで、その辺でちょっと待ってて」

 

と、ゼロは天族(聖隷)ザビーダをガシッと捕まえる。

天族(聖隷)ザビーダは眉をものすごく寄せて、

 

「ふざけるな!」「あ!ゼロ!」

 

スレイが言う間もなく、ゼロは慌てて天族(聖隷)ザビーダを連れて消えた。

と言う訳で、スレイ達はゼロに待つように言われ待機していた。

そこに……

またしても見知った相手(・・・・・・)が現れた。

紫の長い髪を一つに結い上げた白と黒のコートのような服を身にまとい、仮面をつけた少女が現れたのだ。

 

「さ、裁判者⁉」

「…………なるほど、お前たちが来訪者(・・・)か」

 

そう、裁判者だ。

だが、この時代の(・・・・・)裁判者だった。

レイやゼロからは遭遇したら、逃げろと言われている。

スレイ達は頬に汗が一つ流れる。

 

「………そう身構えるな。なに、取って喰おうとは思ってはいない。今は(・・)、な」

 

裁判者は目をスッと細める。

ミクリオは身構えながら、

 

「ライラ、どう思う?」

「解りません。私も、そこまでは……」

 

ライラは戦闘態勢を解き、

 

「ですが、今は敵ではないということでしょう。なら、ここは大人しくしていた方が――」

「見つけたぞ!第一級指名手配犯!」

「逃しませんわ!」

 

そこに、二人の白い制服を見にまとった男女が現れる。

裁判者は目をそちらに向け、

 

「………忠告したはずだ。死にたくないのであれば構うな、と。それに、私は用がある」

「させません。災禍の顕主との合流をはかっているのでしょう」

「アルトリウス様によって、力を封じられた今のおまえを捕えることくらい今の僕らでもできる」

 

二人の男女は剣と杖を構える。

スレイは眉を寄せ、

 

「裁判者の力を封じるだって⁈」

「そんなことが可能なのか⁈」

 

ミクリオも眉を寄せていた。

裁判者は手に持っていた剣に手をかけ、

 

「では、試してみるか人間。どちらにせよ、実験には丁度いいかもしれん」

 

裁判者が剣を抜こうとした時だ。

駆け足が聞こえて来て、木々の間から二人組が現れる。

 

「やっと見つけましたよ、裁判者!」

 

現れた赤髪の女性は、白き服の男女を見て驚いていた。

 

「そんな⁈オスカー⁈テレサ⁈」

 

その声に反応した白い二人組。

男性の方が、現れた赤髪の女性を見る。

 

「ん?エレノア……ということは、すでに災禍の顕主が、あの場から離脱したと言うことか」

「はぁ。こっちも、本当に復活しているとはな」

「アイゼン!そんなに落ち着いている場合ではありません!」

 

と、赤髪の女性(エレノア)の横にいた金髪の黒服をまとった男性に言う。

だが、それ以前に……

 

「アイゼンだって⁉」

「それって⁈」

 

こっちはこっちで、テンパるミクリオとスレイ。

二人はアイゼンと呼ばれた男性をマジマジと見る。

 

「確かに、あの人で間違いない!」

「エドナの兄さん!」

 

スレイがエドナのことを口にすると、

 

「あぁ⁈てめぇ、なぜエドナのことを知っている!」

 

と、スレイとミクリオを睨みつける。

スレイはアイゼンを見て、

 

「エドナが大切な仲間だからだ!」

「……仲間。じゃあ、お前達がエドナの言っていた……だが、俺は認めんぞ!」

 

と、スレイとミクリオに構えるアイゼン。

スレイとミクリオは驚き、

 

「何が⁈」「意味が解らない……」

 

だが、アイゼンの睨みは増す。

横にいたエレノアと呼ばれた女性は、

 

「アイゼン!遊んでる暇はありませんよ!こちらは、こちらでやることがあるでしょう!」

「これは、俺の戦いだ!」

「あー!もう!!」

 

と、エレノアは眉を寄せる。

そうこうしている内に、裁判者はその場を離れ始めていた。

それに気づいたオスカーと呼ばれた男性と、テレサと呼ばれた女性は、

 

「待て!」「待ちなさい!」

 

と、追いかけて行く。

エレノアはハッとして、

 

「アイゼン!あなたが遊んでいるから、裁判者が行ってしまったではありませんか!」

「あいつなど、知るか!今はこいつらだ!」

「アイゼン!!」

 

と、エレノアはアイゼンに怒りまくる。

そんなやりとりを見ていたライラは、

 

『……もう、どうしましょう。どんどん話がゴチャゴチャに……』

 

ライラはため息をついていた。

エレノアはアイゼンを指差し、

 

「私は知りませんよ!今に死神の呪い(・・・・・)で、アイゼンに災厄が来ても!」

「ふん。今更、動じる呪いなどーー」

「のぁーー‼︎」

 

そう、彼らは休む間も無く、今度は空から人が落ちて来た。

それも、アイゼンの真上に(・・・・・・・・・)

 

「ぐお‼︎」「がは‼︎」

 

そしてそれは直撃したのだった。

スレイは魔女の格好をした女性を見る。

 

「なんか、また変わったのが来たな……」

「全く。何が起きているだ……」

 

ミクリオも、頭を抱える。

エレノアは驚き、そして悲しそうに、

 

「すいません、アイゼン……まさか、このような呪いが来るとは思ってませんでした」

 

魔女の格好をした女性は空を見上げ、手を挙げて怒る。

 

「こらー、ジジイ!乙女を落とすとは何事じゃー!」

 

そんな魔女の格好をした女性の下が小刻みに動き出す。

アイゼンは、自分の上に落ちて来た魔女の格好をした女性を睨みつける。

 

「マギルゥ。てめぇ‼︎早くどけ!」

「なんじゃ、なんじゃ、アイゼン。何を切れてあるのじゃ」

「早くどけ、と言ってるんだ!」

「まーたく」

 

と、マギルゥと呼ばれた魔女の格好をした女性は降りる。

そこに、今度はスレイたちも知る人物が現れる。

 

「おお。ここに居たか、アイゼン」

「ザビーダ!エドナはどうした」

「ロクロウと一緒だ」

 

そう、それはザビーダだった。

それも、自分たちのよく知る方の。

スレイは彼に駆けて行き、

 

「ザビーダ!」

「お、スレイ!それにミク坊とライラも一緒か。無事でなりよりだ」

「そっちこそ、元気そうで良かった!」

「まぁ、ここで会えたのは幸いだ。嬢ちゃんも、かなりストレス溜まってたからな」

「あー……なんかゴメン」

「良いってことよ。それより、審判者はどうしたんだ。一緒じゃないのか」

「え〜と……ザビーダを飛ばしにいちゃった」

「はぁ?!」

「この時代のザビーダとここで出くわしてね……その、ね?」

「あーー……なるほどな。やーっぱ、出たかーぁー。………ま、あっちの俺様無事そうで良かったわ」

「それで、今はどういう感じなの?」

「あー、それな。実は今、この時代の裁判者を捕まえなきゃならないんだわ」

「え?!あの人を!?だって……」

「ああ、出会ったら逃げろって言われてたもんな。けどな、これ俺ら所の裁判者が言い出した事なんだわ」

「えー…あの人もなんかあれだね」

「あれなんだわ。裁判者と言うより、嬢ちゃんが、な…」

 

ミクリオとライラもそれを聞き、困った顔になる。

そしてスレイ達には沈黙がながれるのだが……

 

「おい!俺を無視してるんじゃねぇ!おい、テメェ!」

「え?!は、はい!」

 

と、スレイを睨みつけるアイゼン。

アイゼンは構えて、

 

「エドナに相応しいかどうか……いや!理由がどうあれ、エドナに近づくヤローは許さん!」

「エドナは大事な仲間だ!だからえっと、信じてくれ、アイゼン!」

「馴れ馴れしい奴だ!男がぶつかった時はやることは一つだけだ!」

 

殴りかかろうとするアイゼンだが、

 

「アイゼン!今は裁判者を追わないといけないんですよ!」

「知るか!」

「……解った!戦おう!」

「おい、スレイ!」

「ミクリオ、先に行ってレイと合流してくれ」

「解った。そっちは任せたぞ」

「ああ!」

 

二人は拳を当てる。

そしてミクリオは、この時代の裁判者が向かった方へと駆け出した。

その方がレイに会える確率が上がる。

会えれば、エドナにも会えるだろうと思っていた。

ザビーダはライラを見て、

 

「ライラ、お前はミク坊について行ってやれ。なーに、スレイは俺様に任せな」

「…解りましたわ。ゼロさんが来たら、お願いします」

「おうよ。エレノアとマギルゥも、行きな。アイゼンと後から追うわ」

「アイゼンを頼みます」「頑張んじゃよ〜」

 

ライラ、そしてエレノアとマギルゥもその後を追う。

ザビーダは一歩下がり、スレイとアイゼンの戦いを見守ることにした。

 

「いくぞ、アイゼン!」

「ああ、来い!」

 

スレイの儀礼剣とアイゼンの拳がぶつかり合う。

時にはアイゼンは聖隷術を繰り出す。

スレイはそれを巧みに避け、距離を詰めたり取ったりする。

それが続く中、再び剣と拳がぶつかり抑え合う中、

 

「なぜ、ザビーダの手を借りない」

「これは、俺とアイゼンの戦いだからだ!」

「ほう。聖隷は対魔士にとっては道具だろう」

「違う!俺はザビーダ達天族(・・)達を道具とは思わない!大切な仲間だ!」

「……」

 

二人は抑えていた剣と拳が弾く。

アイゼンはフッと小さく笑う。

そこにスレイの剣が、アイゼンの腹に当たる。

その剣を手で抑え、

 

「お前の想いは解った」

「アイゼン」

「あのエドナが、仲間と認める訳だ」

「だろ〜、アイゼン!スレイは面白いやつだ」

「あのお前が、ここまでだからな」

 

と、ザビーダがアイゼンの肩へと腕を回す。

スレイはその姿につい笑ってしまっていた。

すると今度はスレイの肩に腕を回す者がいた。

 

「やぁ、やっと終わった?」

「ゼロ!戻ったんだ」

「うん。ほんと苦労したよ…」

「え?」

「いや、この時代のザビーダをここより遠くに連れって行ったのは良かったんだけど…着いた途端、殴りかかってくるわ、暴れ出すでさ」

「あ〜」「いや〜、悪いわ」

「まぁ、ちょっとこっちも手を出したしね。あれなら当分派手な動きはできないよ」

「え?それって俺様相当やばくないか?」

「大丈夫だよ、多分」

「「多分……」」

 

スレイとザビーダは、この時代のザビーダが心配になってきた。

しかし、アイゼンはゼロを見て、

 

「…なるほど、あの裁判者がかなり変わっていたが、こっちはあまり変わっていないようだな」

「ん?」

「あえてい言うならば、腹黒さが増したか」

「え〜。で、今こっちはどうなってるの」

「それは移動しながら説明する」

 

四人は駆け出した。

 

それはスレイ達がこの島に着くほんの少し前の事だ。

レイ達によって、スレイ達の事は伝えられた。

そしてこの時代の裁判者は、この島に来ていた。

だが、導師アルトリウスにより、クローディンの作り出した術式によって力を封じられた。

丁度その頃、スレイ達とレイ達もこの島にたどり着いたのだった。

レイ達は、この時代の裁判者、そして導師アルトリウス達の場所へと辿り着いたのだった。

そこには、死んだはずの魔道士メルキオルと剣士シグレが並び立っていた。

 

「やはり復活していたと言う話は、本当だったようだな」

「ま〜ったくじゃ。あの腐れジジイの相手をまたせねばならぬとは、これは骨がおるわ」

 

彼らはそれぞれ戦闘体制に入る。

向こうも向こうで、

 

「ほほう、あれからまた少しは強くなったようじゃないか」

「前のようにはいかないぞ、災禍の顕主ども!今度こそ、倒してみせるわ」

 

と、彼らも戦闘体制には入っている。

導師アルトリウスの背後から聖主カノヌシが姿を表す。

 

「アルトリウス、あの小さいのがもう一人の裁判者みたいだ」

「俄には信じられぬが、そうみたいだな」

「アルトリウス、カノヌシ。覚悟しなさい」

「僕らが必ずあなた達を止める!」

 

四人の視線はぶつかり合う。

レイはこの時代の裁判者を見る。

向こうは向こうで、こっちを見ている。

 

「「……」」

「嬢ちゃん、どうした?」

「いや、そのね…」

「ん?」

「解ってはいたんだけど…この時代の私ってさ、あんな感じだんだよなぁって」

「そうれはまぁ、な」

「よくあんなのに付き合ってこれたね、君たち」

「「……」」

 

今度はザビーダとエドナが黙り込んだ。

そしてエドナはこの時代の裁判者を見る。

今でも嫌いだが、この時代の裁判者はさらに嫌いな時期だ。

 

「まぁ、子供の世話は大変って聞くしね」

「そうね、ほんと嫌になるくらいのガキね」

「さて、あの子供を彼らに悪用されないようにしないと」

「ほんと、手のかかるガキね」

「おい、エドナ。心の声が漏れてるぞ」

「あえて言っているのよ、わからない?」

「ハァ〜…」

 

ザビーダは大きなため息が漏れた。

この時代の裁判者は、あの小さな裁判者が自分とは思えなかった。

 

「あれでは審判者ではないか」

「裁判者だよ」

「まるで人間に近い」

「みたいにしているからね。さて、クローディンの友と導師アルトリウス…いや、クローディンの弟子よ」

「なんだ」

「今の私だからこそ言える。クローディンを救えなくて済まなかったな」

「「!」」

「あれは、私にとっては良いライバルであった」

「貴様!今更、そのような事をほざくか!我が友のことを!」

「全くだ。まるで人間そのもののような事を口にするとは」

「裁判者。どうやら、この先のお前はああなると言うことか。我が師が、それを知ったらどうのような反応をするか」

「知れたこと。私には関係ないの事であり、何よりあれは(・・・)私ではない(・・・・・)

 

そう言いながら、メルキオルによる拘束を無理矢理壊した。

それを見た聖主カノヌシは力を使おうとした。

だが、それを止めたのはレイだった。

 

「聖主カノヌシ。それはルール違反だ。君に扉を使う権利はない」

「アルトリウス。どうやら、あれも封じた方が良さそうだ」

「そうのようだな」

 

二人の標的はこちらになっていた。

そこには赤い瞳を光らせている見覚えのある裁判者の姿。

レイはベルベット達を見て、

 

「とりあえず、聖主は私が止めておいてあげる。ベルベットは、この時代の裁判者にかけられた封術を喰らって壊して」

「はぁ?」

「このままだと、君たちの未来はなくなる」

「たく!裁判者!」

「断る」

 

裁判者はかけて寄って来たベルベットに即答だった。

その返答にレイは笑顔で、

 

「だよね」

「ちょっと、どういう事なのよ」

「まぁ、あの子供が素直に受けとるとは思ってなかったけど…時と場合を考えろ」

 

レイは笑顔だ。しかし、オーラが怖い。

これ、素が出てませんか?いや、そもそも裁判者の性格ではない気がする。

特にそれを感じていたザビーダとエドナ。

 

「仲間割れしている間に仕掛けるぞ、アルトリウス」

「ああ」

 

メルキオルと導師アルトリウスは動く。

シグレも、やれやれと言う形で剣を抜く。

それはロクロウが引き継いだ剣と同じ、元の彼の剣と一緒だ。

違うのは纏っているオーラくらいだ。

あれはなんだかやばそうだ。

 

「おいおい、シグレ。随分とお前らしくないものを持ってるじゃないか」

「俺も不本意だが、仕方ないことだ」

「ロクロウ、手伝います」「僕も!」

「…ああ、頼む。エレノア、ライフィセット、まずは動きを止めるぞ」

「ええ!」「うん!」

 

二刀剣を構えるロクロウと槍を構えるエレノア、聖隷術の詠唱を始めるライフィセット。

技を仕掛ける前に、その術を阻止したマギルゥがメルキオルの前に立つ。

 

「相手は儂じゃ。もう一度、看取ってやるわい」

「ふん!」

 

メルキオルは宙に浮く。それを追うようにマギルゥも式神に乗る。

導師アルトリウスの剣を受け止めたのはアイゼンとザビーダ。

さらにエドナの聖隷術が繰り出される。

 

「お前の相手は俺たちがしてやる」

「しばし付き合ってもらうぜ」

「少しは大人しくしていなさい」

「ふ、いいだろう」

 

導師アルトリウスは剣を構え直す。

聖主カノヌシはレイによって抑えられてはいたが、レイ自身簡単なことではない。

それに加え、ベルベットを頑なに拒否っている裁判者にも腹を立てていた。

そんな中、ベルベットは剣を抜いた裁判者を相手にもしていたからだ。

 

「いい加減にしろ!この子供はぁ‼︎」

「「⁉︎」」

 

ベルベットと裁判者は驚いてしまった。

レイはレイとで言うと、影が蠢いていた。

 

「こっちはお兄ちゃん達を後回しにして、そっちを優先してあげたんだからね!」

 

その怒声は全体に聞こえていた。

ザビーダとエドナは『ああ、やっぱり』と思っていた。

その怒りが頂点に達したのか、影が思いっきり裁判者を投げ飛ばした。

 

「あ……」

「はぁ……」

 

レイはしまったと言う顔を、ベルベットは呆れ顔をした。

それにいち早く反応したのは、メルキオルだった。

 

「オスカー、テレサ!裁判者を探せ!力はアルトリウスによって封じておる!」

ーーわかりました!

ーーお任せを

「む!いかん!ジジイが何やら連絡を取ったようじゃ」

「どうすんだ、ちび裁判者!」

「……この時代の裁判者を捕まえて!」

「チッ!世話のかかる!」

「なら、私が行きます!」

「アイゼン、お前も行ってやれ!裁判者が相手なら、お前みたいなやつの方がいい!」

「頼んだわよ、お兄ちゃん!」

「くそ!行くぞ、エレノア!」

「はい!」

 

こうして二人は裁判者を探している所で、スレイ達にあったのである。

そしてあの場を一時撤退したのがザビーダ達である。

まぁ、マギルゥはむしろ吹き飛ばされたと言うべきかもしれない。

と言う訳である。

 

「なんというか、レイがごめん…」

「何、今に始まったことじゃないからな」

「むしろ、あれの相手をよくできたもんだ」

「まぁ、レイになってからかなり主張激しいからね。裁判者は、裁判者で何もしないだろうし。お互い、似たもの同士…いや、本人なんだけどね。何分、一から構成されているしね、レイは…」

 

スレイは苦笑する。

はるか昔から裁判者を知っている3人からしたら、今のレイは見たことのなかった裁判者ではある。

が、根本は変わっている所は少ないのだろう。

スレイ達が先に行っていたミクリオ達に追いついた。

そこはすでに戦闘が行われていた。

 

「ミクリオ!」

「スレイ!」

 

ミクリオの隣に行き、オスカーと呼ばれていた対魔士と戦っていた。

ミクリオとの息の合った戦い方に、

 

「君は対魔士か。君とその聖隷は随分と仲が良さそうだな」

「…まるで、不思議とそうに言うだな」

「当然だ。聖隷は道具だからな」

「違う!彼らだって生きている!心があるんだ!」

「…だが、心があると言うことは穢れを生むと言うことだ。その穢れを1番産んでしまうのは人間だ。そして聖隷は、穢れに触れるとどうなるか知っているか」

「ドラゴンになる」

「そうだ。ドラゴンになってしまったら、それはもう穢れの塊だ。心はない」

「けど、そうなる前に、浄化する事ができる!それに、今は無理でもドラゴンになってしまった天族を元に戻す事だってできるはずだ!」

「…夢物語だけでは世界は救えない!アルトリウス様のように、自らを犠牲にしなければ!」

「そうかもしれない!けど、だからと言って心を奪うのは違う!俺たちは手を取り合って生きていける!そうだろ、ミクリオ!」

「ああ!」

 

そう、スレイ達はあの酒場で働いていた時に聞いていた。

この時代の導師アルトリウスが何をしようとして、世界を救おうとしたのかを。

何より、彼のやり方では希望と夢がない。

俺はみんなと過ごすあの笑顔が、楽しさが好きだ。

確かに良い事ばかりじゃない。

けど、だからこそ仲間がいるんだ。

なのに、彼はその聖隷(天族)を道具みたいに扱う。

 

「まだ名乗ってなかったな。僕の名は一等対魔士オスカー・ドラゴニア」

「俺はスレイ。導師スレイだ」

「導師だと?」

「ああ!」

「いいだろう!その力見せてみろ!」

 

対魔士オスカーは使役聖隷と神依に似た姿へとなる。

スレイもミクリオと見合って、

 

「ああ!ミクリオ!」

「もちろんだ!行くぞ、スレイ!」

 

対魔士オスカーを見る。

 

「「ルズローシヴ=レレイ‼︎」」

 

スレイ達も神依をする。

剣と矢がぶつかり合う。

想いの強さは同じ。

違うのは共に戦う絆だ。

 

「ぐっ!」

「「これで決める!」」

「ぐあ!」

 

対魔士オスカーは吹き飛ばされた。

神依が解け、起き上がる。

そこに空から降りて来た老人対魔士。

 

「…なるほど。未来から来た導師というのは嘘ではないようだな」

「あなたは?」

「儂の名はメルキオル。オスカー、テレサ。ここは一旦撤退する」

「ですが、メルキオル様!」「まだ、戦えます!」

「何、裁判者を捕らえることに成功した」

「なんだと⁉︎」

 

これにはザビーダが驚く。

いくら力を抑えられたとしてもだ、あの裁判者が捕まるだと、と。

それに、レイ達がそれを防いでいたはずだ。

 

「嬢ちゃん達はどうした」

「あの小さい裁判者なら、聖主カノヌシに加担したドラゴンに敗れおったわ。お前の仲間と共にな」

「なんだって⁉︎」「くそ!」

「それはおかしな事を言うね」

「む?審判者か」

「あいにく、君たちの知る方のじゃないけどね。だけど、いくらレイでもこの時代の裁判者を、あいつに渡すとは思えない。何をした」

「…簡単なこと。人間となったのなら、隙は生まれると言うだけじゃ」

 

そう言うと同時に、辺りに霧が発生する。

そして晴れた頃には、彼らの姿は消えていた。

 

「どうする、スレイ」

「ゼロ。レイ達の居場所はわかるか?」

「この状況下になっていたら、俺は気付けているはず。けど、気付けなかった。それに、もっと早くに気づけばよかったよ。レイの…いや、裁判者の気配を感じない」

「ちっ!だとすると、最初に行ったあの場所に行くか?」

「…いや、ここは地の流れを読む。できれば、君にも手伝って欲しいんだけど」

 

と、ゼロはアイゼンを見る。

アイゼンは組んでいた腕をとき、

 

「エドナも気になる。何より、仲間を見捨てる気はない」

「じゃ、始めようか」

 

二人は地面に手を着き、地脈を探る。

どれくらいそうしていただろうか。

やっと手を離し、

 

「1番怪しいのは…」

「あの山の上」

 

そう言って、二人はここよりずっと先にそびえ立つ山を見上げる。

この島だけでも、かなりの広さがある。

簡単には辿り着けないだろう。

だが、彼らの決意は決まっていた。

 

「行こう!」

「はい!仲間を救い出します!」

 

すぐにでも、出発しそうになるスレイとエレノアを掴むゼロ。

 

「何?」「なんですか?」

「いや、行くのはいいけど、まずはお互いを知ろうよ。でないと、連携は取れないと思うけど?」

「……そう、だね。俺はスレイ。導師スレイ」

「ええ。レイ達から聞いてます。私は一等対魔士、エレノア・ヒュームと言います」

「儂は大魔法使い、マジギギカ・ミルディン・ド・ディン・ノルルン・ドゥ。そしてこのノルミン聖隷はビエンフー。」

「マギギ?」『ビエンフーがまさかここに居るとは…』

「あいつの事はマギルゥでいい。そして俺はアイゼン。と言っても、そっちは知っているみたいだがな」

「ええ。エドナさんのお兄さんですもの。私は火の天族ライラと申します」

「僕は水の天族ミクリオだ」

「そして俺は知っての通り、審判者。今はゼロと名乗っているよ」

「天族…未来では、聖隷の事を天族と呼べるようになっているのですね。良かったです」

「?うん」

「そして、ここにはいませんが、ロクロウとライフィセット、そしてベルベットが私たちの仲間です」

『ベルベット…その人が災禍の顕主』

「さ〜て、自己紹介が終わったところで、行きますか」

「うん!」

 

そして、一行は進み出した。

仲間を救うために。

お互いの未来を救う為に。



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