コードギアス―抵抗のセイラン― (竜華零)
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プロローグ:「――――7 years ago.」

「どうして……?」

 

 

 形の良い小さな唇から紡がれるのは、震えて掠れた声だった。

 むしろ吐息のようなその声に、その言葉に、反応を返す者は誰もいない。

 しかしその言葉は、少なくとも2人の人間に対して向けられたものだった。

 

 

 ――――言葉を紡いだのは、薄い桜色の着物に身を包んだ8歳ほどの少女だった。

 無地の桜色の生地とイエローグリーンの帯に包まれた小さな身体は、カタカタと震えている。

 和風の邸宅には似つかわしくない両開きの扉、その片方に手を添えて室内に目を向けている。

 青ざめた顔で黒い大きな瞳を見開き、掴む扉に爪先を食い込ませて……。

 

 

「どうして」

 

 

 窓のブラインドが降り、蛍光灯の明かりで照らされた室内には、彼女以外に2人の人間がいた。

 少女には読むことも出来ないような、分厚い本が詰め込まれた本棚に囲まれた書斎の中心にその2人はいる。

 1人は毛足の長い絨毯の上に横たわり、もう1人は本革製のソファーの横に立っている。

 少女の父と、兄だった。

 

 

「……どうして」

 

 

 少女は、父のことが大好きだった。

 日本国総理大臣として国を率い、軍を率い、誰の前でも毅然とする父が誇りだった。

 小太りなお腹や弛んだ頬肉などはあまり好きでは無かったが、それでも自慢の父だった。

 武術や学問を強制されたのには困ったが、それも愛情故と信じていた。

 

 

 少女は、兄のことが大好きだった。

 本人は気にしているようだが、脱色したような薄い髪色が特に好きだった。

 喧嘩っ早くて乱暴な所は困っていたが、その真っ直ぐな剣筋は憧れだった。

 不器用だが優しい人だと、過去8年間の人生でそう信頼していた。

 

 

「どうして、父様を……」

 

 

 なのに、何故。

 何故、父は白目を剥いて倒れているのか。

 大好きだった父は、どうして腹部を真っ赤に染めて倒れているのか。

 父の腹から押し出されている肉は魚を捌いた時に取る腸に似ていて、鼻にツンとくる鉄錆の匂いに眉を顰めそうになる。

 

 

 何故、そんな父の傍にあって兄は父を助けようとしていないのか。

 いやそもそも、兄が手にしている刀はどうして、あんなにも朱に塗れているのか。

 小さな脂がこびりついたような、今しがた使ったばかりだと示すようにテラテラと蛍光灯の光を反射するそれは、幼い少女の脳裏にもわかりやすく事実を教えてくれている。

 

 

「……どうして、父様を、こ……こ」

 

 

 こ、と、最後の言葉が、息が詰まったかのように声にならない。

 しかし少女は何かを飲み込むように喉を鳴らすと、それを皮切りに表情を一変させた。

 見開いていた目を鋭く細めて、表情筋を引き攣らせるように強張らせて、倒れた父を静かに見下ろすばかりの兄を――――兄だった少年を、キツく……キツく、睨んだ。

 

 

「どうして、父様を」

 

 

 ガリッ……と音を立てたのは扉に食い込ませた爪か、それとも噛み締めた奥歯か。

 あるいは、両方か。

 長い黒髪が、ザワリと少女の気で揺らめいたような気さえした。

 いずれにしても、少女は瞳の奥に優しさや思いやりなど欠片も無い憤怒の炎を滾らせて。

 

 

「どうして父様を、(コロ)したアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!??」

 

 

 ――――そう、叫んだ。

 その絶叫が、何もかもの始まりを告げる合図となった。

 全てはここから始まり、そして何処とも知れない終わりへと向けて疾走を始めることになる。

 

 

 その結果がどのような位置に着地するのかは、この時点ではまだ誰にもわからない。

 黒の皇子にも、白の騎士にも、緑の髪の魔女にも――――彼らを取り巻く全ての人も。

 現在(きょう)も、未来(あした)も、過去(きのう)も、何もわからない。

 ただ一つ、この時点で判明していることがあった。

 それは――――。

 

 

 

「……許さない、ゆるさない……」

 

 

 

 ――――皇暦2010年、4月の夜。

 

 

 

「――――ワタシハ、アナタヲ、ユルサナイ――――」

 

 

 

 1人の少女が、絶望を()ってしまった。

 

 





 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 初めましての方は初めまして、久しぶりの方はお久しぶりです。
 「コードギアス―抵抗のセイラン―」、開始です。

 基本はあらすじの通り、スザクさんの妹の視点で物語が進みます。
 何となくまた長編になりそうな予感がしますので、お付き合いくだされば幸いです。
 それでは、またお会いしましょう。
 いつか、コードギアス風の次回予告をしたいです。


なお、コードギアスキャラ募集は2月19日18時までです。
まだ参加されていない方は、是非とも応募してみてください。
詳細は活動報告にて、どうぞです。


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第零話:「はじまり の 時間」

 まず謝罪から、あらすじで主人公の名前を間違えて表記しておりました、申しわけありませんでした。
 青鶯ではなく、青鸞、これで「セイラン」と読みます。
 難しい漢字ですが、改めてよろしくお願い致します。

 そして初挑戦、「本編開始前の話」をプロローグの次に持ってきます。
 プロローグの2年後くらいの、主人公のお話。
 では、どうぞ。



「父様……ッ……!!」

 

 

 少女が飛び起きた時、布団と共に朝の雫が散った。

 何かを追い求めるように上半身を起こしたのは、10歳に満たない小さな女の子だ。

 20畳は超えているだろう流麗な絵が描かれた襖に覆われた部屋には、一組の布団しか無い。

 彼女がいるのは、その布団の上だった。

 

 

 額や鼻の頭に浮かんだ汗は薄暗い中でも光って見えて、それは頬や首筋を通って背中や胸、腰へと流れ落ちていく。

 剥き出しの鎖骨や肩甲骨のあたりに長い黒髪が張り付いていて、敷布団は女の子の小さな身体の形に汗の跡がついていた。

 彼女は何も身に着けていない……素肌を晒して、生まれたままの姿で布団に(くる)まっていたようだ。

 

 

「は、ぁ……ふ……」

 

 

 夢か、と思った次の瞬間、自らの汗の冷たさで意識を急速に回復させた彼女は、自分の額に手を置いてクシャリと前髪を掴んだ。

 その指の間からは、汗とは異なる水分が流れ落ちている。

 夢、だが、現実の記憶。

 

 

「……父様、父様……父様、ぁ……」

 

 

 もう片方の手で自分の身体を抱くようにして身を丸める、まるで何かから身を守るように。

 こうして見ると、周囲を取り囲む襖の壁は彼女の心の壁のようだった。

 何者にも崩せない、彼女だけの城塞、防壁――――そして、牢獄。

 

 

「……ぅ、して、どうして、どうして、兄様(スザク)……」

 

 

 繰り返し問うた言葉、しかし答える相手はもう目の前にはいない。

 どこにもいない。

 だから彼女は動けない、あの場所の、あの屋敷のあの部屋から。

 あの時間から、身動きが取れなくて――――。

 

 

「まぁ、大変」

 

 

 その時、城塞のように思われていた襖の一つがあっさりと開いた。

 女の子が目元を拭って顔を上げれば、そこにいたのは同い年くらいの女の子だった。

 長い黒髪にぱっちりとした目、平安貴族が着るような和服と相まって和人形のようにも見える。

 

 

「もう、セイラン。服を脱ぎながら寝る癖、直さないとダメって言われてますのに」

「カグヤ」

「はい、って、あら、凄い寝汗。朝ご飯の前にお風呂を先に致しましょうか?」

 

 

 カグヤと呼ばれた女の子は、おっとりと首を傾げながらセイランと呼んだ女の子に近付いた。

 良く見れば布団の周辺に、まるで押しのけられたかのように白の襦袢や下着が散乱している。

 どうやら、セイランと言う女の子が寝ている間に脱ぎ散らかしていたらしい。

 そうして近付いてきたカグヤの腕を、セイランが掴む。

 

 

「あら?」

「……ッ」

 

 

 やはりおっとりと首を傾げるカグヤに、セイランが抱きついた。

 いや、縋りついたと言った方が正しいのかもしれない。

 そんな様子で抱きついてきたセイランを、カグヤも抱き締め返す。

 同い年なのに、何故か母と子のように見えてしまう絵だった。

 

 

「セイラン?」

「……カグヤは」

「はい?」

「カグヤは、いなくならない……? どこにもいかない? 私を1人にしない……?」

「はい」

 

 

 意味不明な問いかけに、しかしカグヤはにっこりと笑って頷いた。

 

 

「セイランは私のお友達ですもの、ずっと一緒ですわ」

「ほんとう?」

「はい」

 

 

 カグヤの笑みに何を見たのか、セイランはほっと息を吐いた。

 そしてしばらくそうしていたのだが、裸のセイランは寒かったのか、くしゅんと可愛らしいクシャミをした。

 それにカグヤはクスリと笑って、身を離した。

 

 

「さぁ、風邪を引いてしまいますわ。早くお風呂を入れてもらいましょう」

「うん……あ、カグヤ」

「はい?」

「ご、ごめんね、朝から……」

 

 

 どこか恥ずかしそうに頬を染めて、布団の上で両膝を揃えて、モジモジしながらセイランがそう言った。

 それに対してカグヤは、何故か胸を押さえて顔を背ける。

 具合が悪いとかそう言うことでは無く、こう、堪らなくなってそうしたと言う風だった。

 

 

「か、カグヤ?」

「い、いえ、ええ! 大丈夫、大丈夫です、お友達ですもの、気にしなくて大丈夫ですわ、ええ」

「そ、そう? カグヤは優しいね」

「そ、そんなことは」

「ううん、カグヤって……母様みたいにあったかいよ」

 

 

 その発言に、カグヤは非常に微妙な表情を浮かべた。

 

 

「あ、あの……それって私が大人っぽいってこと? それとも……?」

「カグヤ?」

「あ、ああ! 他意が無いなら! 無いなら良いのですわ!」

「カグヤ、本当に大丈夫なの?」

「ばっちりですわ!」

 

 

 何がばっちりかはさっぱりだが、いずれにせよ、セイランは笑った。

 襖を開けるという、ある意味で象徴的なことをしたカグヤの前で。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 セイランとカグヤは、家の中にいることが多い。

 学校にも行かないし、そもそも人と会うことすらなく、生活の全ては無表情なお手伝いさん達によって何もかもが用意されている。

 きゃーっ、と、そんな静かな空間に甲高い悲鳴が上がった。

 

 

 それはカグヤが上げたもので、特に危機に陥ったためのものでは無い。

 両手を合わせて、目の前の女の子を見て興奮している様子だった。

 そこにはセイランがいる、こちらはカグヤと違ってどこか困ったような顔をしていた。

 

 

「似合いますっ、似合いますわセイランっ、可愛いですわーっ」

「う、うーん……」

 

 

 薄桃の袷に、薄紫の帯、白の袴に和風のケープ。

 平安貴族のように幾枚もの布を重ねたその衣装は、カグヤとお揃いの物だった。

 一方でカグヤはと言えば、両手合わせからのピョンピョンジャンプへと移行している、かなり興奮している様子だった。

 

 

「これ、何だか厚着なのにスースーするね。何だか落ち着かないかも」

「あら、気に入りません?」

「うーん……何だかフリフリ多いし、ヒラヒラするし、あちこち緩いし、運動したら解けそうであんまり好きじゃないかな」

 

 

 裸で寝ていた人間が言うことでは無いが、実際頼りない布地だとセイランは感じていた。

 しかし感想を述べた次の瞬間、何かが崩れ落ちるような音が響いた。

 

 

「そ、そんな……私とお揃いが嫌なんですの……?」

「え」

「そう、そうですわね……初めてのお友達だからと騒ぎすぎたんですわね……ぐすっ、ご、ごめんなさぃ……」

「う、ううん! これ凄く可愛いよねっ。初めて着たけど、ボク好きだよ。それにボクも、その、お友達とこういうコトするの、初めて、だし……」

「初めて同士! 大親友ですわね!!」

 

 

 あれ、さっきまで泣いてなかった?

 そう首を傾げるセイランだが、胸に飛び込んで来たカグヤのにっこにこ笑顔を前には些細なことと思うことにした。

 実際、家柄的にも状況的にも、対等の友達と言うのが初めてなのは事実だった。

 

 

 ……いや、外国と言うことならかつて2人いたか。

 最も、あの2人との付き合いは数ヶ月で途絶えてしまったが。

 今は、どこで何をしているのかすら……。

 

 

「カグヤさま、セイランさま!」

「まぁ、ミヤビ。そんなに駆けてはしたないですわよ」

「す、すみませっ、でも、お客様で……!」

 

 

 床の上にセイランを押し倒しているカグヤが言っても、説得力は皆無だった。

 ミヤビと呼ばれた少女は――同い年くらいだが、割烹着姿の――慌てた様子でやってきた、そしてその理由は彼女が何事かを言う前に自分の足でやってきた。

 

 

「ほっほっほっ、仲が良さそうじゃの、2人共」

「まぁ、桐原公。おいでになるなら事前に言ってくれれば……」

「いやいや、ちょっと寄っただけでな。おい……」

 

 

 鶯色の和服に身を包んだ小柄な老人が顎で示すと、黒服の男達が何人か部屋に入ってきた。

 彼らはいくつかの漆塗りの長箱を抱えており、それを次々と運び入れていく。

 合計3つ、黒服の1人が箱の蓋を開くと、そこには。

 

 

「まぁ!」

 

 

 カグヤが歓声を上げる、そこには色とりどりの反物がいくつも納められていて、博多織と箱に金箔で刻まれていた。

 現在ではほとんど手に入らない織物であって、貴重な品であった。

 金額にすれば、庶民の想像を遥かに上回るだろう。

 

 

「こんな立派な物、頂いてしまってもよろしいんですの?」

「もちろんじゃ、2人で仲良う分けるのじゃぞ」

「はい、ありがとうございます、桐原公」

 

 

 ほっほっほっ、と上機嫌に笑う桐原、その和服の袖を引く者があった。

 それはカグヤと同じ服装に身を包んだ女の子であって、つまりはセイランであった。

 彼女はどこか求めるような瞳で桐原を見上げていた、桐原の和服の袖を掴んで。

 桐原は皺くちゃの顔を歪めるように笑うと、杖を持っていない方の手でセイランの頭を覆った。

 

 

「セイラン、セイラン、貴女もお礼を言わないと」

「う、うん、桐原の爺様、ありがとうございます」

「おお、良い良い。ついでじゃからの、ついで、ほっほっほっ」

 

 

 人の良さそうな笑い声をカカカと上げる桐原、それは一見、和やかな雰囲気に見える。

 しかし桐原の後ろにずらりと並ぶ黒服の集団が、何もかもを台無しにしていると言っても良かった。

 セイランは育ち柄そう言う人間達を多く見てきたので、それ程の拒否感は無いが。

 だから彼女は、桐原の手を頭に置かせたまま。

 

 

「桐原の爺様、どこかへ行かれるんですか?」

「うむ、復旧したオオサカの環状線を見に行くのよ」

「カンジョウセン……」

 

 

 たどたどしく呟いて、桐原を見上げるセイラン。

 何が面白いのか、カグヤもその横に並んで桐原を見上げ始めた。

 それを受けた桐原は、ふむと首を傾けた。

 顎先を落として考え込むその目が、やや細められたような気がする。

 

 

 何かを考え込むような目だが、見定めるような目にも見える。

 揃いの和服に身を包んだ2人を見やって、しかし不意にカカカと笑う。

 彼は身を屈めるように2人を見ると、皺くちゃの顔を歪めて。

 

 

「一緒に来るかの、面白いものなど無かろうが」

「まぁ、電車ですわね。楽しみです、ね、セイラン?」

「……迷惑では、ありませんか?」

 

 

 不安げに問い返して、それに桐原が頷きを返すと、セイランの顔に笑みが灯った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 かつて大阪環状線と呼ばれた場所に轢き直された、モノレール線。

 ブリタニア政庁の施策によって地下鉄の廃棄が決定された今では、大阪近隣を繋ぐ唯一の鉄道系輸送手段であると言える。

 最近になってキョウト資本によって復旧されたそのラインに、一つきりの車両で走る物があった。

 

 

 モノレール、しかし明らかに一般用では無い車両だ。

 内装も凝った意匠やシャンデリアで飾られており、とてもではないが物資輸送用にも見えない。

 それも当然だろう。

 この車両はいわば個人所有の物で、名目上はオオサカ・ラインの視察で走っている物なのだから。

 

 

「――――桐原の爺様」

 

 

 護衛(エスピー)を含めて7人しかいない、それでいて座席がいくつも余った広い車内。

 その車内に、幼い声が響く。

 声を受けるのは座席に杖をついて座り、鶯色の和服を着た老人だった。

 

 

 桐原の前に座るのは、もちろんカグヤとセイランだ。

 黒髪に和服と、一見すると双子にも見える女の子達だが、しかし2人の気質が全く異なるというコトを桐原は良く知っていた。

 現に先ほどまでは、カグヤがほとんど一方的に電車について話をしていたのだが……。

 

 

「あれは、何ですか?」

 

 

 今、口を開いているのはセイランだった。

 彼女は豪奢な座席の上でピンと背筋を張り、顔を窓の外へと向けている。

 そこに広がっているのは、廃墟だ。

 かつては賑わった繁華街だったのだろうそこは、空爆の跡地のように寂れている。

 

 

 今にも倒壊しそうなビル、瓦礫に覆われ車の通行など望めない道路、スモッグが漂っているかのような淀んだ空気……それが、距離のあるモノレールの車内からでもはっきりわかってしまう程に荒れた土地。

 そして最も目を引くのは、まばらに見える人々の姿だった。

 車内からは止まって見える外の風景の中、それらの人々は絵画のようにも見える。

 

 

「アレはの、天王寺のゲットーよ」

「ゲットー?」

「日本人の居住区じゃ、大阪の……オオサカ租界、ブリタニアの者共が自分達の居住区から叩き出した者達が暮らす場所じゃな」

 

 

 老人が答えながら手を振る、するとSPの1人が運転席に通信を繋いでモノレールを停めさせた。

 ガタン、と揺れて停まるモノレールの中、1人の老人と2人の女の子が窓の外を見ている。

 日本人の――彼女達の同胞の――暮らす場所を、ただ見ている。

 

 

 反対側の窓の向こうには、オオサカ租界と呼ばれる場所が遠くに見える。

 銀色に輝くソーラーパネルや外壁の白銀の輝きが、ブリタニア(かれら)の繁栄を表しているかのようだった。

 翻って、今、自分達の眼下に広がる光景は何なのだろう。

 

 

「…………ゲットー」

 

 

 停車した車両の中、米粒のように小さい人々の姿は……打ちひしがれた人間のそれだ。

 ボロ布のような服を着て、浮浪者のように彷徨い、ゴミ捨て場を漁り、力なく路地に座り込んで、道端で誰が倒れようと気にすることも――――いや、その懐から何かを奪おうと群がる人々。

 何かを諦めたような顔で、ただ生きているだけの人々。

 日本人。

 

 

「…………租界、ブリタニア」

 

 

 ――――「あの日」から、セイランの時間は止まったままだった。

 辛すぎる現実から、事実から逃げるように奥の院へと走って、全ての心の時間を止めて。

 それでも夢だと逃げ切ることも出来なくて、思い出すのは昔のことばかりで。

 

 

 「あの日」に失われた父の理想、兄の剣、そしてずっと昔に失った母の温もり。

 全ては過去、取り戻しようも無い。

 それは寂しくて、辛くて、逃げ出したくて、だけど自分と言う存在から逃げることなんて出来なくて。

 後を追うことすらも、出来なくて。

 

 

「…………取り戻す」

 

 

 過去を? 違う、そうじゃない。

 父母はいない、兄は去った、残されたのは自分の身一つ。

 けれど、父がしようとしたことだけはまだ、この世界に残っていることをセイランは信じていた。

 

 

 それを否定するものの一つが、目の前のゲットー。

 日本人から「日本」を奪った存在(モノ)、ブリタニア。

 父が最後に語った言葉は、日本人に語った言葉は何だ?

 ――――セイランは、それを知っている。

 

 

(――――だから)

 

 

 窓の外、ゲットーを見つめるセイランの瞳が鋭く細まる。

 もう、1人で泣く朝は嫌だから。

 「あの日」の夢に苛まれるのは、嫌だから。

 だから。

 

 

「桐原の爺様」

 

 

 固い声で、セイランが再び老人に言葉を投げる。

 老人は顎先に手を添えて、値踏みでもするかのような顔で彼女を上から下まで見つめる。

 セイランはそれを真正面から受け止めて、むしろ見返して。

 

 

「ボクを、ナリタに行かせてください」

 

 

 ナリタ、その単語に老人は眉を動かし、カグヤが視線を横へと向ける。

 2人の視線を受けたセイランは、しかし微動だにしない。

 

 

「……行って、どうする」

「もちろん」

 

 

 10歳の女の子がするには、聊か不似合いな表情と雰囲気を漂わせて。

 

 

 

「父様の跡を継ぎます、ボクが父様の全てを受け継いで、父様がするはずだった事をやり遂げます」

 

 

 

 ほぉ、と笑んだ老人の顔に浮かんだ表情は、どう表現すれば良いのだろう。

 歓喜か、皮肉か――――いずれにせよ、女の子を値踏みするように見つめていた桐原は、愉快そうな顔で頷きを返した。

 それは了承の頷き、そしてセイランの行く末が決定されたことの証でもある。

 

 

「よかろう、お前に枢木家の全てをやろう。必要な物、事は全てわしが整えてやろう」

「ありがとうございます、桐原の爺様」

「しかし、わかっておるのか――――お主が歩もうとしているのは、修羅の道ぞ」

 

 

 桐原の問いかけに、セイランは胸に手を当てて頷く。

 

 

「父様のために……そして、爺様や父様、日本人の全てに泥を塗ったあの人の代わりに。ボクが……いえ」

 

 

 閉じた目を開き、前を見て。

 父がおそらく、自分に望んでいたことを重ねるように。

 

 

(ワタシ)が、父様の跡を継ぎます」

「…………よかろう」

 

 

 カカカ、と引き攣ったような笑い声を上げて、桐原は杖先で床を打った。

 それを合図に、再びモノレールは動き出す。

 物静かに動き出した車両の窓から、セイランは再び窓の外へと視線を向けた。

 桐原は、口元を三日月の形に歪めてそれを見つめていた。

 

 

「カグヤよ、お前には皇の家をやろう。枢木の新たな当主と共に、キョウトの血を残す方法を探るが良い」

「……はい」

「とはいえ、お前達の存在は最低5年は隠さねばなるまいな……できれば10年、まぁ、それだけ時間を置けば片瀬や藤堂も力を蓄え、我らの根回しも功を奏し、ブリタニアの者共の治世にも隙があろう。その時こそ、反抗の……」

 

 

 そんな言葉を耳に入れながら、セイランは外の景色を眺め続けていた。

 ゲットー、日本人が暮らす貧困区。

 そこで暮らす人々のことを想い、そして彼らをそこに押し込めた者達のことを思い、そうなることを防ごうとした父のことを願い、そして……それを奪った者のことを、考えて。

 

 

 枢木家の新たな当主の、セイランの戦いが、この日この時この瞬間から。

 今から、始まったのだった。

 そして、そこからさらに5年の歳月が流れた時。

 

 

 ――――青き姫の全てが、始まる。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 寝違えました。
 おかげで今、私は塗炭の苦しみを味わっています、背中上部がかなり痛いです、ビキビキします。

 ちなみに次回からは、主人公は漢字表記になります。
 成長したということで、そうしているわけですが……カタカナ表記の方が読みやすいかなぁ、とも思います。
 いかがでしょう、カタカナ表記の方が良いということであれば、感想やメッセージで教えて頂けると幸いです。

 それでは、失礼致します。


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STAGE1:「日本 の 青き 姫」

残酷な描写があります、苦手な方はご注意ください。
(殺害・暴行表現注意)。
それを踏まえて頂いて、では、どうぞ。


 皇暦2010年8月10日、この日、日本は世界の3分の1を領有する神聖ブリタニア帝国の侵略を受けた。

 圧倒的な物量を誇り、人型自在戦闘装甲騎「ナイトメア」を始めとする新型兵器を多数投入したブリタニア軍の前に、日本軍の防衛ラインは瞬く間に崩壊した。

 

 

 最終局面では徹底抗戦を唱えていた枢木(くるるぎ)ゲンブ首相が自決、自らの命でもって強硬派を抑え、日本は開戦後わずか一ヶ月たらずでブリタニア帝国に降伏した。

 そして、極東随一の経済大国を謳われた国は地図上から消滅する。

 その後、日本の名が消えたその地図の上にはブリタニア帝国の11番目の属領の名が載ることになった。

 

 

 <エリア11>

 

 

 11番目の植民地(エリア)を意味する言葉、それ以後、日本人はこの数字で呼ばれることになる。

 国も、名前も、権利も、自由も奪われ、代わりに差別と迫害、搾取と理不尽が彼らの上を覆った。

 希望も、誇りも、そこにはなかった。

 そして、そんな悲劇的な戦争から7年後。

 

 

 ――――物語が、始まりを告げる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――この村落にテロリストが逃げ込んだとの情報を受けた! 村人全員を集めろ!」

 

 

 日本と言う国名が失われ、エリア11と言う属領名がその島々に与えられてより7年の後。

 かつて日本人と呼ばれていた人々は、地獄の中にいた。

 例えばとある山中、幹線道路こそ整備されているが都市部からは遠い、田畑が広がるどこにでもある農村の一つ。

 

 

 ここでも、そうだった。

 哨戒任務か何かにでも就いていたのだろう、ブリタニア軍の小部隊がやってきて、突然村人達を集めるように命令してきたのだ。

 曰く、この村に反政府武装勢力(テロリスト)が潜伏している――――。

 

 

「な、何かの間違いでございましょう、見ての通り、ここはただの農村で……」

 

 

 村長らしき老人が畑の入り口でブリタニア兵を前にそんなことを言っていた、眉根を下げた笑みは引き攣っているようにも、媚びているようにも見える。

 農作業の途中だったのだろう、手足が泥で汚れていた。

 周囲の畑の中には農作業を中断した村の農民達がいて、そんな彼らを見守っている。

 

 

 実際、農民が20~30人いるかいないか程度の小さな村落である。

 確かにこの7年間、日本……エリア11内部には多数のテロリスト・レジスタンスのグループが存在し、毎日のようにテロ活動を行っていた。

 しかしそれは農民達にとっては遠くの話で、何の関係も無い話のはずだった。

 

 

「も、もちろんブリタニア軍の皆様の邪ぱ」

 

 

 重ねての村長の言葉は、最後まで続けられることは無かった。

 何故なら隊長らしい男の手によって黙らされたためだ、黒のぴっちりとした不思議なスーツを着た男で、金髪碧眼の長身の男――――ブリタニア人だ。

 男の手には自動式拳銃(オートマティック)に似た電気駆動拳銃があり、銃口からは白煙が上がっていた。

 

 

「やはりテロリストを匿っているようだな、捜査妨害を排除するため、銃器の使用を許可する」

「「「イエス・マイロード!」」」

 

 

 口調は真面目だ、しかしブリタニア人の男の口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。

 周囲の兵士達は彼と違い、頭全体を防弾装備のメットで覆っていて表情は見えない。

 だが、そのメットの下で似たような笑みを浮かべているのは明白だった。

 

 

 周囲の農民達は、一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 頭の右上4分の1を文字通り吹き飛ばされた村長がゆっくりと畑の泥の中に倒れた時、ようやく理解が追いついたらしい。

 しかしその時には、少なくともその場にいた農民達にとっては何もかもが遅すぎた。

 気付いた時には……自分の隣で共に農作業をしていた仲間の頭が、吹き飛ぶのだから。

 

 

「よっし、命中~♪ どーよ、俺の腕前は」

「バカ野郎、まぐれに決まってるだろ。それにまだ動いてんだからノーカンだっつの」

「おっ、イレヴン共が逃げ始めたぞ、狙え狙え!」

 

 

 日本語ではない、流暢なブリタニア語の声がメットの中から響く。

 黒の防護装備に身を包んだ彼らが何を言っているのかは農民達にはわからない、だが唯一「イレヴン」と言う単語だけはわかった。

 イレヴン、日本人の現在の名前であり――――蔑称だ。

 

 

 逃げ散り始めた農民達の背中に、次々と銃弾が当たる。

 ある者は頭の左半分を吹き飛ばされて脳漿を撒き散らして倒れ、ある者は腰に銃弾を受けて背骨を砕かれて腸を畑に漏らし、またある者は肺を撃ち抜かれ出血多量で死ぬまで痙攣を続けた。

 しかし連射ではなく単発の狙撃にこだわっているためか、半分程度は村へ到達しようとしていた。

 

 

「ちっ、的がちょこまか動くもんだから……あと3つヤらねぇと俺の驕りになっちまう」

「全員にだぞ、忘れんなよ」

「ははっ、ごち~」

「あっつ……隊長~」

「わかったわかった」

 

 

 隊長と呼ばれたスーツの男は泣きついてきた部下に表情を緩めて、自身は部下を乗せて来たらしいトレーラーに向けて歩きながら軽く手を振った。

 この隊長、若いように見えるが部下に対して気前が良いことで評判だった。

 ただ、それはあくまでブリタニア人の部下に対して、である。

 そして……。

 

 

「大隊本部には私から話を通しておく、好きにしろ。寂れた農村だが、驕りの代金くらいは稼げるだろう」

「うっひょ~、流石隊長、太っ腹~」

「へへっ、もちろん俺達も良いんですよね?」

「やりぃ、っても、こんな農村じゃ女も金も大したことなさそうですね……」

「ジェイクは別だろ、アイツ熟女好きだからな」

「ぎゃははははっ、違いねぇ」

 

 

 そして彼らは、この村にテロリストがいないことなど最初から知っていた。

 退屈な哨戒任務の暇潰しに、たまたま見つけた農村に遊びに来たのだ。

 内容は狩猟と小遣い稼ぎ、ただし狩猟の対象はイレヴンで小遣い稼ぎは強盗である。

 要するに、気まぐれな略奪だ。

 

 

 これは別に彼らが特殊なのでは無い、エリア11を占領統治するブリタニア軍の末端では良く行われていることだ。

 名目さえ立てばイレヴン相手に何をしても構わない、仮に殺しても罪にはならない。

 何故ならば、相手は対等の「人間」では無いのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 テロリスト捜索と言う名の略奪は、エスカレートこそすれ収まる気配が無かった。

 畑は兵士達の足で踏み荒らされ、村の家屋の一部はブリタニア兵が面白がって放ったグレネードランチャーで屋根が吹き飛ばされ、さらに一部では火災が起こっていた。

 木造住宅ばかりの農村では、一件の火災が全体に広がるのも時間の問題である。

 

 

 しかし村人達にとっては、炎よりも大きな脅威が目前に存在していた。

 ブリタニア兵と言う名のその脅威は、村の各所で「遊び」に興じていた。

 例えば……。

 

 

「イレヴンのテロリストはケツに番号振ってるって話だ、おら、全員服を脱げぇ!!」

「勘弁しろよジェイク、そいつら全員50越えのババァじゃねぇか。つーか、イレヴンに俺らの言葉は理解できねーだろ、猿以下の知能しかねーんだから」

「あ、そうか。ん~……と、だなぁ」

 

 

 村の片隅に年配の女性ばかりを集めて、身振りで服を脱ぐよう迫っている兵士もいる。

 足元にはいずれかの女性の夫らしき男性が倒れている、鍬を持って戦いを挑んだらしい彼の腹部にはショットガンで吹き飛ばされたような大穴が開いていた。

 兵士の黒い防護服には返り血と内臓の一部がこびり付いており、極めて至近距離で撃ち殺したことが窺えた。

 

 

「「ぎゃあああああああぁぁっっ!?」」

 

 

 その女性達が濁った悲鳴を上げた、銃の先でスカートを捲られた女性が抵抗の素振りを示し、撃ち殺されたからである。

 彼女達の立場からすれば、武装した異国人に身振りで「服を脱げ」と告げられているのである。

 抵抗すれば殺される、わかりやす過ぎる程にわかりやすい構図だった。

 また、別の場所では……。

 

 

「や、べでぐれえええぇぇ……!!」

 

 

 30代らしき男が、村の井戸のロープで首を吊っていた。

 当然、本人の意思では無い。

 しかも彼の場合、同じ村人の手でそうさせられているのである。

 井戸の側には両親らしき年齢の男女がいて、傍に立つブリタニア兵にライフルの先で脇を突かれながら涙を流していた、母親らしき方は口の中で何度も謝っている様子だった。

 

 

「ぐぇえ……っ!?」

 

 

 吊るされた男が濁った悲鳴を上げる、その胸と腹からはとめどなく血を流していた。

 彼の身体に穴を開けたのは、少し離れた位置から狙撃ライフルで彼を狙うブリタニア兵だ。

 

 

「お、見ろよど真ん中だぜ、10点だろ10点」

「ばぁか、へそに当たってねぇんだから9点だよ、ありゃあ」

「それにしても怖いねぇイレヴンって奴は、自分の息子が的にされても文句一つ言わねぇんだからな」

「俺らブリタニア人だったら、自分が代わりに的になるくらいはするのになぁ」

 

 

 また一方では、村の家々に入り込んでは住民を射殺し、僅かな金品を回収して回っている者もいた。

 撃ち殺した相手の指を軍用ナイフで切り落として指輪を外し、唇や頬を引き裂いて金歯や銀歯を回収する。

 彼はまたある意味で幸運だった、何故なら。

 

 

「オルァッ、抵抗すんな面倒臭ぇ、イレヴンの猿女は黙って股出してりゃ良いんだよ!!」

「ひ、ひぎっ、ひぐうぅ……っ!?」

 

 

 鈍い音が3度続き、同じタイミングで3度甲高い呻き声が上がった。

 そこは村外れの倉庫のような場所で、兵士達が入り込んだ入り口とは逆方向に位置していた。

 それほど広くも無い村だ、誰かが隠れていても隠れられるものでは無い。

 実際、そこに潜んでいた若い女をその兵士は見逃さなかった。

 

 

 それはつい数ヶ月前に嫁入りで引っ越してきたばかりの女性で、それなりに容姿の整った20代の女性だった。

 しかし整っていた顔にはいくつも痣があり、鼻血と涙でグチャグチャになっていた。

 先程の音と呻き声は立て続けに鳩尾を殴られたためで、倉庫から外に逃げ出した所で捕まったのである。

 

 

「へへ、へへへ……っ、感謝しろよ、イレヴンがブリタニアの種を貰えるんだからな」

 

 

 滅茶苦茶な理屈で、倉庫の外の地面に女性を押し倒した兵士が軍用ナイフで相手の衣服を切り裂きにかかる。

 女性は殴打されて抵抗する気力も失ったのか、土に汚れた前髪の間から虚ろな目で兵士を見ていた。

 目線を動かせば、撃ち殺された彼女の夫の遺体が転がっていることだろう……。

 

 

 夫を殺されて暴力を振るわれ、言語も通じない、黒の防護服とメットに身を包んだその兵士は女性には人間には見えなかった。

 まるで宇宙人か何かのような、人間では無い何かのように思えてならない。

 それでも殺されたくない一心で、これから訪れるだろうおぞましい時間が早く過ぎてくれることをただ祈った。

 

 

「う、うぐ、う、ふ……ぅ……っ」

 

 

 ――――これが、今の「日本」。

 支配するブリタニア人と、支配される日本人(イレヴン)

 イレヴンは財産や生命を一方的に搾取されるのみで、訴え出ても無視される。

 奪われ、踏み躙られ、蔑まれて、玩具にされて、そしてそれが当然のように思われる世界。

 

 

 対等の人間ではない、路傍の小石以下の何か。

 それがブリタニアと言う国に植民地にされた「日本」、エリア11と呼ばれる土地に住むかつての日本人、イレヴンと呼ばれる人々の今なのだった。

 イレヴンはただ身を震わせて、上位者であるブリタニア人の気まぐれな慈悲に縋る他ない――――……。

 

 

「……あ?」

 

 

 ――――否。

 

 

「何だぁ……?」

 

 

 すっかり大人しくなった女性に気を良くした兵士がメットを外した時、彼は目の前に突き付けられた「それ」に気付いた。

 兵士と女性の間にそっと差し込まれたそれは、女性に馬乗りになった兵士の眼前にあった。

 太陽の光を反射する、独特の紋様を持つ銀色の刃。

 兵士が視線を上げれば反り返った刀身と、独特の装飾が凝らされた鍔と柄が見えた。

 

 

「――――――――ケダモノめ」

 

 

 聞こえてきたのは何故か、流暢なブリタニア語。

 それも、若い女の声だった。

 しかし、それ以上のことを認識することは出来なかった。

 何故なら次の瞬間、彼はこめかみを何かに強打されて……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 山中の幹線道路の上に、一台のトレーラーが停車している。

 その車以外には、他に車が通る気配も無い。

 ブリタニア軍の常備検問も無いような辺鄙な道路であって、トレーラーが通ること自体が珍しい、そんな場所だった。

 

 

 そのトレーラーの座席には、1人の男が座席のボックスに両手と顎を乗せるような体勢で座っていた。

 細身の身体に少年のような風貌、眼鏡をかけているせいか童顔に見える。

 ラフな印象を受ける私服を身に纏っているが、その下に覗く筋肉は鍛え上げられたそれとわかる程に引き締まっていた。

 

 

「……遅いなぁ、どこまで行ったんだか」

「まぁ、女性(レディ)の身嗜みには時間がかかるって言いますし」

 

 

 そんな彼に唯一応じた声は、3人がけの座席でハンドルの前に座る男だった。

 スポーツ刈りよりやや短い髪の男で、男にしては小柄な身長が特徴と言えば特徴だった。

 そう年の変わらない眼鏡の男に敬語を使っているあたり、何かがあるのかもしれない。

 

 

「まぁ、そりゃそうなのかもしれないけどさ……っと、おい、青木」

「はい?」

 

 

 億劫そうにそう言って眼鏡の男が背伸びした、しかし彼はそのまま姿勢を硬直化させた。

 というのも、何気なく左を、つまり助手席側の窓の外にある物を見たからだ。

 ハンドルを握る男の名を――青木逞(あおきたくま)と言うのがフルネーム――呼んで、そちらへと指を指す。

 

 

 それは、山肌を削って築かれた幹線道路からは良く見えた。

 1キロか2キロか、やや進んだ位置に見える黄色と茶色の畑の向こう。

 そこから、穏やかではない黒煙が上がっているのを男は見た。

 

 

「キョウトからの帰りで、何と言うか面倒事な予感……」

「こりゃヤバい、行きますか?」

「勿論」

 

 

 青木が左手でトレーラーのギアを入れてアクセルを踏み込む、するとぐっとシートに押し付けられるような勢いで車が走り出し、開けた窓からタイヤのゴムがコンクリートの道路との間で摩擦音を立てるのを聞く。

 彼らとて聖人君子ではない、普段なら無視する可能性も捨てきれない。

 何しろ、今は「アレ」を運んでいる所なのだ。

 

 

「ただお手洗い(トイレ)借りに行っただけでコレとはね、ウチのお姫様は本当に……」

 

 

 過激だこと。

 そう呟いて、ハンドルの動きに合わせて道なき道へと突っ込むトレーラー。

 整備された道路から外れて、ガードレールをブチ破って。

 その意味において、彼らの方がよほど過激であると言えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――ハミルトンと連絡が取れなくなっただと?」

『はい、10分前から……』

「どうせまた、どこかでコソコソと犯ってるんだろう。適当に探して、冷やかしてやれ」

『了解、隊長もお人が悪い……』

「ははっ、それじゃあな」

 

 

 部下からの通信を笑いながら切って、金髪の隊長は狭苦しいシートに背中を押し付けた。

 そこは薄暗く、人が1人入れるだけのスペースしかない場所だった。

 どこか戦車の操縦席を思わせるそこには固いシートの座席と、コードとディスプレイに覆われた無骨な機器に囲まれている。

 

 

「まったく、アイツらにも困ったものだ」

 

 

 彼自身は、必ずしも今回のような遊び……俗に言うイレヴン狩りのような行為に関心は無かった。

 しかしエリア11統治軍の中枢があるトーキョー周辺ならばともかく、末端部隊などではこうした形で一種のガス抜きを図るのも必要な職務なのだった。

 命令とは言え、来たくも無い異国の地で軍務に就く、それもいつテロで命を失うかもしれない仕事をさせられるのだ。

 

 

 ストレスも溜まろうと言うもので、その点において彼は部下達に対して「理解のある」隊長だった。

 そしてそれは、そのまま彼自身の境遇にも重ねることが出来る。

 ディスプレイの隅に貼り付けておいた写真を手に取る、そこには金髪の若い女性と女性に抱かれた赤ん坊が写っていた。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 寂しげな溜息を吐いたその時、ふと座席隅のディスプレイに表示されているデジタル表示の時計に目をやった。

 そして写真を元の位置に戻し、再び通信機を操作して外の部下達に繋げる。

 そろそろ哨戒から戻らなければならない時間だ、流石に遅れるのは不味い。

 

 

「おい、そろそろ駐屯地に戻……」

『た、隊長、ちょうど良かった。ハミルトンの奴が……』

「何だ、まだ見つからないのか?」

 

 

 初めて不満を表情に浮かべて、彼は通信の向こうに声を投げた。

 受けた相手は戸惑いと困惑を乗せた声で応じるばかりだ、何度かまごついた後、自分でも理解できないと言う様子で。

 

 

『は、ハミルトンの奴が、ヤられちまって……!』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 連続して響く射撃音に、村人達は身を寄せ合って縮こまっていた。

 それはブリタニア兵の1人が空に向けて放ったアサルトライフルの射撃音であって、武器を持たないはずの村人達に対する明確な威嚇行為だった。

 

 

「この中に俺達の仲間をヤった奴がいるのはわかってるんだ、正直に名乗り出ろ!」

「さもなきゃ全員ブッ殺すぞ、極東の猿(イエローモンキー)共が!!」

 

 

 村の広場に集められた生き残りの村人達は、ブリタニア語でがなり立てる彼らを怯えた目で見ることしか出来なかった。

 生き残りと言っても、一度衣服を剥かれて今は前だけを隠している年配の女性や、顔面を黒く腫れさせている男性など、無傷な者は誰もいない。

 

 

 一方で、ブリタニア兵側も気が立っている様子だった。

 広場の隅には衛生兵らしき男がいて、1人のブリタニア兵を治療しているらしい。

 四肢の骨を折られて村外れの倉庫の前で気絶していたのを、探しに行った仲間が発見したのである。

 彼らもまた、極度の緊張状態にあった。

 言葉が通じない村人、そして無抵抗のはずの農村で仲間が大怪我を負わされたが故に。

 

 

「……クソッ、面倒臭ぇことさせてんじゃねぇーよ!」

「ヒッ!?」

 

 

 しかし、これもまた随分と奇妙な話ではある。

 10人以上の隣人を殺された村人達が何も言わないのに対し、1人の仲間を傷つけられた兵士達が義憤に駆られて憤っているのである。

 現在のエリア11における命の比重(ふびょうどう)を如実に表しているようで、非常に興味深い命題と言うことができるだろう。

 

 

「テメェがハミルトンをヤったのか、アアン!? そうなんだろ!?」

「や、やめ……こ、殺さないでぇ……ごひぇっ!?」

 

 

 身を寄せ合う十数人の村人、一番外側にいた中年女性の頬にこれでもかと言うぐらいに拳銃の銃口を押し付ける。

 ブリタニア語で脅し、日本語で命乞いをする。

 皮肉なことに、それだけは言語が通じなくとも成立するコミュニケーションだった。

 命乞いが鬱陶しかったのか、最終的には前歯を折りながら女の口に銃口を突っ込み……。

 

 

 

「おいアレックス、もう良いだろ」

 

 

 その時、彼らの顔に浮かんだ安堵の表情は……酷く、惨めだった。

 言葉はわからないが、別のブリタニア兵が女性の口に銃を突き込んでいるの肩を掴んで仲間を止めた兵士の口調の穏やかさに希望を見出したようだった。

 しかしその実、彼は穏やかな口調でこう言っていたのだ。

 

 

「コイツら全員、並べて射殺しよう。誰がハミルトンをヤったかはわからないが、全員殺しちまえば万事解決じゃねぇか」

「けどよ……!」

「わかってる、だから時間をかけて処刑するんだ。銃で足を撃って、生きたまま火をつけてやろうぜ」

 

 

 そんな狂気の会話を、村人達は黙って聞いている。

 何を言っているのかは理解できない、ただ、哀しいことに許されることを期待している様子だった。

 もし、ブリタニア兵の会話を理解できている人間がいたのならば、別の。

 

 

 ――――コンッ。

 

 

 別の対応、例えば石を投げるなどの行為を行ったかもしれない。

 今、起こったことのように。

 誰かが投げた小石が、女性に銃を突き込んでいた男の頭部メットに当たったのである。

 

 

「……誰だオルァ!?」

 

 

 女性を突き飛ばし、周囲を窺う。

 他のブリタニア兵も同じように周囲を探り、石を投げた人間を探す。

 方向を特定し、高さを特定し、そして。

 

 

「屋根の上だ!!」

「何っ!?」

「……いたぞ!」

 

 

 ブリタニア兵の10本以上の銃口が、一方向に向けられる。

 そこは村の木造の家屋の一つで、広場を見下ろす位置にあった。

 しかしその屋根の上に立っていたその人物を見て、ブリタニア兵だけでなく村人達も一瞬、言葉を失った。

 

 

 そこにいたのは、女だった。

 それも女性ですらない、まだ年若い少女だった。

 涼やかな青の着物を纏ったその少女は、着物の華やかさとは裏腹に。

 酷く、凍りついたような無表情でブリタニア兵を見下ろしていた――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 頭の後ろ、高い位置で結ばれた長い黒髪の端が火災の風に煽られてハラハラと舞う。

 目鼻立ちがハッキリ整った顔立ち、瞳は黒曜石の如く澄み、青に淡いオレンジと薄い黄色の竹の柄に黒の帯の着物に良く映えている。

 動きやすいように着物と襦袢の袷に細工でもしてあるのか、それとも無理をしているのか――まるでチャイナ服のように深くスリットが入り、片足が太腿まで露になっているのも目を引いた。

 

 

「な、何だぁテメパッ!?」

 

 

 先程まで村の女性を銃で脅していた兵士は、最後まで言葉を続けることが出来なかった。

 最初と逆だ、この村の村長がそうであったように、意思とは関係なく中断させられたのである。

 屋根の上の少女が手に持っていた、電気駆動式の拳銃によって。

 

 

「アレックス!?」

「アレは……!?」

「……ハミルトンの銃だ! あの女がハミルトンを……アレックスまぐはっ!?」

 

 

 急に騒がしくなったブリタニア兵を煩わしく思うように、少女はさらに発砲した。

 それは続け様に2人のブリタニア兵の腹と足に命中し、彼らを地面に打ち倒した。

 防護服のおかげか死んではいないようだが、しかし負傷したのは確かなようだった。

 

 

「ぐああああぁぁぁ……クソッ、イレヴンがああああああぁぁっ!!」

「衛生兵ッ、オーランドッ!」

「ちっ……撃てぇ!」

「撃ち殺せ!!」

 

 

 負傷した仲間を庇いながら、ブリタニア兵のアサルトライフルが火を噴く。

 一箇所に固められていた村人達の悲鳴が響く中、無数の弾丸が黄色い射線を描きながら家屋の屋根を襲った。

 それは当然屋根の上に立つ少女を狙ったもので、木造の屋根が小さく爆ぜて木片が散った。

 当然、着物の少女はそれから逃れるようにヒラリと裏に飛んだ。

 

 

「――――逃げるぞ!」

「逃がすかッ、B班は負傷者(そいつら)をトレーラーに下げろ、ハミルトンも忘れるなよ!」

「A班はついて来い、C班はイレヴン共を見張ってろ!」

 

 

 流石に同じ部隊に所属しているだけあって、そして曲がりなりにも正規の軍隊だけあって連携は取れている。

 人質を確保し、かつ負傷者を後送し、そして目標を追うための陣形を取った。

 先頭の兵士が家屋の壁に背をつけて後ろの兵に手でサインを送り、即座にアサルトライフルを構えて家屋の裏へと飛び込む。

 

 

「死ねっ、イレヴ――――ごぶっ!?」

 

 

 先頭の兵士の視界に移ったのは、翻るような銀の剣閃だった。

 青い着物の女が懐の飛び込んで来たかと思えば、柄の部分で銃口を跳ね上げられ、拍子でトリガーを引いて無数の銃弾をバラ撒きながら――――鳩尾、防護服の隙間から胴を薙がれていた。

 その兵士が呼吸器官を吐瀉物で満たして意識を途切れさせた時、逆方向の壁から別のブリタニア兵が飛び出してきた。

 

 

「貴様ぁ――――っ!」

「……ッ!」

 

 

 背後を取ったとはいえ、反対側に仲間が倒れているためにアサルトライフルは撃てない。

 少女はそこを最大限に利用した、倒れたブリタニア兵を射線軸に起きつつ駆ける。

 

 

「な……!」

 

 

 メットの隙間に刀の背を差し込むように打ち込む、メットの中でブリタニア兵は目玉を飛び出させるのではないかと思う程の衝撃を受けて意識を飛ばされる。

 そしてさらに奥にいた2人を拳銃で撃つ、肩と足を的確に射抜いた。

 どうやら少女は、ブリタニア兵の防弾装備の弱点を熟知している様子だった。

 そうでなければ、こうも簡単にブリタニア兵を打ち倒せるはずが無い。

 

 

「…………」

 

 

 少女は無言で倒れ伏すブリタニア兵を一瞥すると、切れ味が鈍っていないかと確かめるように刀の刃先に視線を向けた。

 拳銃については弾が切れたのかその場で捨てたが、刀は捨てるつもりは無いらしい。

 その時、悲鳴が聞こえた。

 

 

 村人達の悲鳴だ、少女は眦を決して家屋の陰から広場へと駆け出た。

 家屋の陰から飛び出た先で、着物と黒髪の端を慣性のままに靡かせながら少女が立ち止まる。

 息を詰めて見上げた視線は高い、まるで巨大な何かを見つけたかのようだった。

 

 

『貴様か、私の部下達を潰してくれたと言うイレヴンの小娘は』

 

 

 そしてそこにいたのは、まさに「巨人」だった。

 村の広場の真ん中に屹立するそれは、おそらくは兵士達を乗せて来たトレーラーに積まれていたのだろう「装備」だった。

 悪夢と同じ名前を持つその「兵器」こそが、ブリタニアの支配の象徴――――。

 

 

 ――――『ナイトメアフレーム』、である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 自在戦闘装甲騎(ナイトメア)と呼称されるその兵器は、わかりやすく言えば人型ロボットだった。

 4メートルを超える無骨な巨体に、胸部と背面に出っ張った不可思議な形のコクピット、人間で言う踝の部分に備えられたランドスピナーと呼ばれるローラーが特徴的な、機動兵器である。

 7年前に日本を侵略したブリタニア軍が初めて実戦投入して以来、現在では世界各国の主要な陸上兵器へと成長を遂げた戦術兵器だ。

 

 

『武器を捨てろ、そして両手を頭の上に』

 

 

 セオリー通りの警告が拡声器を通じて外へと響く、それは当然、ブリタニア兵を相手に大立ち回りを演じていた着物の少女へと向けられていた。

 数人残った周囲のブリタニア兵も彼女へと銃口を向けている、村人達は相変わらず身を寄せ合って嵐が過ぎてくれることを祈っていた。

 

 

『まったく、私の部隊の隊員を何人も……野蛮なイレヴンめ、情理を理解できぬ犬めが』

 

 

 倍するイレヴンを殺害したその口で、目の前のナイトメア……『グラスゴー』と呼ばれる、実戦投入初期の機体(きゅうがた)に乗る隊長の男はそう言った。

 その言動のどこからも、イレヴンを対等の人間として見ている節は見て取れない。

 

 

『さぁ、その野蛮な剣を捨てろ! さもないと……』

 

 

 グラスゴーの腕が持っているのは、アサルトライフルをそのまま巨大化したかのような銃だった。

 ブリタニア製のナイトメアが標準装備している銃器だ、イメージとしてはアサルトライフルのようにフルオート射撃が出来る戦車砲だと思えば良いだろう。

 その銃口が、村人達の方へと向けられる。

 それに合わせて兵達も人質から離れるが、とても喜べるような状況ではなかった。

 

 

「…………」

 

 

 ここに来て、初めて少女の顔が苦悶に歪む。

 相手がその気なら、刀ごと自分をナイトメアのライフルで吹き飛ばしていたはずだ。

 それをせず、あえて武器を捨てさせると言うことは……つまり、「そういう」ことだろう。

 捕虜にするわけではない、それとは別の扱いを自分にするだろうことは容易に想像が出来た。

 

 

 かり……と言うその音は、少女が唇の端を噛み締めた音だ。

 村人達に突き付けられたナイトメアのライフルを睨み、しかし打つ手が無く、少女の手から刀が滑り落ちようとした――――その時。

 村の外れから、遠く、いや近くに、激しい内燃機関の音が響き渡った。

 

 

「何だ!?」

 

 

 ブリタニア兵の誰かが叫んだ次の瞬間、彼は凄まじい衝撃に見舞われることになった。

 具体的には、家屋を薙ぎ倒して現れた大型のトレーラーによって。

 トレーラーの自動車部分に正面から轢かれたブリタニア兵は悲鳴を上げる間も無く吹き飛ばされ、四肢をあらぬ方向に曲げながら空中に舞い、鈍い音を立てて地面の上に落ち動かなくなった。

 

 

 しかし一同の視線は、残念ながら彼には向かない。

 逆に彼を轢き、家屋を薙ぎ倒して飛び出してきたトレーラーは――焼けた家屋の木材を屋根に乗せながら――そのまま、少女の前をも通り過ぎてグラスゴーへと突っ込んだ。

 硬質な金属がぶつかり合う独特な轟音が響いて、トレーラーがグラスゴーへと激突する。

 

 

『何だ、貴様はぁっ!?』

 

 

 グラスゴーは自身の推進力であるランドスピナーを回転させ、緩い地面の砂利を撒き散らしながら前へと、つまりトレーラーと推進力を競う形で対抗した。

 そしてそれは功を奏して、車輪と地面の間で摩擦音が重なって悲鳴を上げる。

 アサルトライフルをトレーラーのフロントガラス――強化ガラスらしい――に押し付ける形で、グラスゴーはトレーラーを押し退けようとした。

 

 

「――――省悟さんっ! 青木さんっ!」

 

 

 少女がトレーラーに乗っているだろう人間の名を呼んだ、それに応じるようにトレーラーに変化があった。

 後部トレーラーのハッチが、まるで野外ステージを広げるように開いていく。

 屋根が出来るように下から上へ、太陽の輝きを反射する銀の壁が競り上がっていった。

 

 

 その意を汲んだとばかりに少女が駆け出す、しかし当然ながら無防備なその背にブリタニア兵が銃口を向ける。

 だが彼らがその目的を達成する前に、新しい銃声が響き渡った。

 倒れるのはブリタニア兵、そして立っているのは……。

 

 

「省悟さん!」

「青ちゃん、お待たせ」

 

 

 そこにいたのは、少年のような風貌に眼鏡をかけた男だった。

 彼の名は、朝比奈省悟(あさひなしょうご)

 青と呼んだ少女に笑みを見せつつも、その手に持った8ミリの自動式拳銃を撃ち続けている。

 トレーラーの運転席側、覗き窓越しに男の親指が見える、運転手の青木も今は無事のようだ。

 

 

「トイレに行ったっきり戻ってこないから何してるのかと思えば、随分と……」

「……ごめんなさい」

 

 

 それまでが嘘のように、少女はしゅんとした表情を浮かべている。

 朝比奈としてはそれに苦笑を返したかったのだが、そうもいかない、元々トレーラーでナイトメアを止められるはずが無いからだ。

 実際、トレーラー全体が徐々に傾き始めていた、このままでは横転するだろう。

 

 

「青木さん! あと何秒保ちますか?」

「30秒は保たせるぜ、お嬢!」

「省悟さん、無頼は?」

「基本のエナジーしかないから、10分くらいなら。……僕が行きたい所だけど、コレは青ちゃんのサイズで造ってあるらしいから。まったく、キョウトのお歴々は……」

 

 

 小さく首を横に振り、外から撃ってくるブリタニア兵に撃ち帰す朝比奈。

 自分を隠す細い背に目礼した後、青と呼ばれた少女は駆け出した。

 着替えの時間が無いため、邪魔っ気な青の着物の帯を解いて脱ぎ捨てて、白の襦袢姿になる。

 その帯すらも緩め、全体的に肌の面積を増やしながら、少女は「それ」に飛び乗った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ええぃ……鬱陶しい! イレヴンが!!」

 

 

 グラスゴーのコックピットの中で金髪の隊長が叫び、操縦桿を微妙に操作し、ナイトメアの立つ角度をズラしてトレーラーをやり過ごした。

 強化ガラスらしい正面の窓の向こうで、イレヴンの男が何事か叫びながらハンドルを切っていた。

 しかしトレーラーはグラスゴーの横を通り過ぎるように疾走し、そのままバランスを崩しつつ別の家屋を薙ぎ倒して大木に激突し、白煙を噴きながら横転した。

 

 

 隊長は再びアサルトライフルをそちらへと向ける、今度は止めるつもりは無かった。

 部下を倒され、コケにされ、今度ばかりは堪忍袋の尾が切れた。

 操縦桿に備えられたスイッチに親指を乗せ、ライフルを発射すべく指を滑らせた、その時。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 隊長は息を呑んだ、コックピットの中に警戒を知らせる赤ランプが灯ったからだ。

 対戦車ライフルか何かかと思ったが、彼の予想は外れる。

 何故なら、白煙を上げるトレーラーの中からアンカー付きのワイヤーが放たれたからだ。

 

 

「スラッシュハーケンだとぉ!?」

 

 

 スラッシュハーケン、それはナイトメアの基本装備の一つだ。

 特殊鋼で造られたアンカーとワイヤーからなり、ナイトメア本体に備えられた巻き上げ機と射出機によって運用する武器(使用法は多岐に渡るので、一概に武器とは言えないが)である。

 それがあるというコトは、と、隊長の男が脳裏にある予感を覚えたその時だ。

 

 

 放たれたスラッシュハーケンを機体を右へと走らせることで回避した後、彼のナイトメアの頭部のパーツが開き、周囲を探るように赤い光が明滅した。

 それはセンサーカメラであり、索敵用の兵装だった。

 そして捉える、「敵」の姿を。

 トレーラーの荷台から飛び出し、太陽を背にしながら彼の機体を飛び越え背後に着地したそれは。

 

 

「アレは……グラスゴー? いや、違う。あの頭部の角の形は……まさか!?」

 

 

 隊長の予測を肯定するように、ディスプレイに識別コードが出る。

 今、彼の目の前に降り立った機体は間違いなくナイトメアである、電磁波や装甲などの基本データからして、日本最大の反ブリタニア勢力が使用していると言うグラスゴーの改造(コピー)品が最も近い。

 だが、データ的にはやや違うらしいとの結果が出ている。

 

 

 直に見るのは彼も初めてなのでどこが違うと聞かれれば困るが、データと照らし合わせた限りでは。

 カラーリングは濃緑ではなく黒に近い濃紺で、頭部にある飾り角は一本、左肩に小さな日章旗のペイント、されに両腕のナックルガードは肘部分まで覆い盾のようにも見える。

 そして、その手に握るのは――――先程の少女が持っていた物を巨大化したような、漆黒の刀。

 

 

「……ッ、調子に」

 

 

 狭苦しい村の広場の中、怯える村人達と立ち尽くすブリタニア兵の前で2機のナイトメアが睨み合っていた。

 まるで、「対等」の敵のように。

 ――――対等?

 そんなことは、あってはならない。

 

 

「乗るなよ、この犬があああああああああああああぁぁぁっっ!!」

 

 

 ――――イレヴン如きに!

 その意識が、隊長の脳から他の全ての情報をシャットアウトした。

 頭に上った血は容易には下がらない、彼はまずアサルトライフルを構えた。

 躊躇無く射撃し、回避する敵機――村人のいない方へ駆けている――を追いかけ、撃ち続ける。

 戦車砲のような銃弾が火花を散しながら放たれ、轟音を立てながら地面や家屋を弾き飛ばしていく。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――「無頼(ぶらい)」。

 それが、そのナイトメアの名前だった。

 日本のある組織がブリタニア帝国のグラスゴーをコピー・改良した機体で、現在における日本側、つまり反政府(ブリタニア)勢力の主力機とも呼べる存在だ。

 

 

 7年前の日本・ブリタニア間の戦争では、存在しなかった兵器。

 あの時の戦争の時点で日本軍がこれを保有していればと、誰もが思ったはずだ。

 そして今、その兵器は日本人の手にある。

 

 

「……天国から見ていて、父様……!」

 

 

 その無頼――――少女のために製造された専用カスタム機のコックピットの中、少女が目の前の四角いディスプレイを睨みながら呟いていた。

 父のことを呼び、見ていてくれと願った。

 コックピットのシートに足を開いて座るためだろう、襦袢の帯が半分以上緩められて、細く白い両足が太腿のかなり際どい部分まで見えてしまっていた。

 

 

「行くよ、無頼……!」

 

 

 少女が一気に両手で握った操縦桿を前に倒す、少女のために造られた機体はその声に応えるように駆動音を上げた。

 刹那、すでに村から離れて畑の中へと戦場を移していた少女の無頼は地上を急旋回した。

 茶色い畑にローラーの跡を刻んで、大きく回りながら追撃してきたグラスゴーを正面に据える。

 

 

 グラスゴーとそのコピー機、機体性能自体にそれほどの差があるはずは無い。

 同じような速度で、互いの距離をつめることになる。

 差があるとすれば武装だ、片やアサルトライフル、片や刀。

 勝負を決する方法は、おのずと決まっている。

 

 

「正面からだと……バカめ、蜂の巣にしてやるっ!!」

 

 

 グラスゴーの中で隊長が吠える、そして彼は言葉の通りにした。

 アサルトライフルの射撃を続ける、それも正面から無策で突っ込んでくる敵機へと。

 彼は笑った、やはりイレヴン如きにナイトメアの操縦など無理なのだと。

 次々と着弾してしくアサルトライフルの弾丸の様子に笑みを浮かべて、彼は次の瞬間に訪れるだろう勝利の瞬間を待った。

 

 

「……なっ!?」

 

 

 しかし、その勝利の瞬間は訪れなかった。

 無頼がその異様に巨大なナックルガードを腕を重ねる形で前に出し、物理的な盾としたためだ。

 強度の程はわからないが、どうやら中遠距離のライフル弾程度なら防ぎ得るらしい。

 

 

「その武装に、ボク達は何度もやられてきたんだ……!」

 

 

 どんな馬鹿でも防ぐ方法くらい思いつく、そう思いながら少女が操縦桿を引く。

 相手のグラスゴーが射撃を止めた隙に防楯の腕を外し、胸部左右からスラッシュハーケンを放つ。

 呼応するようにグラスゴーもスラッシュハーケンを放つが、遅れた分だけグラスゴー寄りに4本のスラッシュハーケンのアンカーが激突した。

 しかしこの場合、遅れながらハーケンを当てた隊長の技量をこそ褒めるべきだろうか。

 

 

「この程度で、ブリタニア人である私が……ッ」

 

 

 スラッシュハーケン激突の衝撃に顔を上げた時、隊長は驚愕に目を見開いた。

 敵の無頼が正面の画面から消えた、いや厳密には違う。

 正面から抜けてきた無頼は、ダンスのターンのように機体を回転させながらグラスゴーの右横を通過したのである。

 

 

 風が無いのに少女の黒髪が靡くように動くのは、コックピットの揺れのせいだろうか。

 それでも画期的な衝撃吸収システムに守られて、少女は右手を操縦桿から離して座席下の青いレバーを引いた。

 そして右の素足でペダルを踏み込むと、逆に左の操縦桿を立ててボタンを押した。

 

 

「ランドスピナー……逆回転!」

 

 

 今度はマニュアルを読み上げるにしては強い口調で、少女は言った。

 ディスプレイに映る風景が急速に横へと移動する、無頼がターンしているのだ。

 右のランドスピナーが前に、左のランドスピナーが後ろに進む。

 戦車でいう所の、超信地旋回と言う動きだった。

 右と左のタイヤ・キャタピラが逆に動くことで、最小の動作で位置を変えられる技術。

 

 

「馬鹿な、イレヴン如きに!?」

 

 

 そして、グラスゴーにはこの動きは出来ない。

 グラスゴーは旧型で、ブリタニア軍の新型ナイトメアには搭載されている技術だが、彼の中では劣等人種であるイレヴンに出来ることとは思っていなかったのだ。

 その衝撃が、彼の反応を遅らせた。

 

 

 遅れは焦りを生み、焦りは身体の動作を誤らせる、例えば引こうとした操縦桿から指先が外れるとか。

 戦場でするには大きすぎるミスだ、そして精密機械であるナイトメアの操縦においてミスは機体全体のバランスを崩す。

 バランスが崩れれば、当然――――。

 

 

「対KMF用試作刀、『タケミカヅチ』……!」

 

 

 左右正逆のランドスピナーの動きで軽やかに背後に回った少女の無頼は、地上で少女がそうしていたように腰溜めに構えた刀を突き出した。

 そしてその漆黒の刃先はグラスゴーの腹を抉った、コックピットの真下だ。

 

 

「はああああああぁぁぁ―――――ッッ!!」

 

 

 グラスゴーの機体内を斜めに抜けた刃が背中へと突き抜け、部品とコードを撒き散らしながら火花を飛ばす。

 まだ動くらしいグラスゴーの腕が、震えながら無頼の頭部を掴む。

 無頼のコックピットのメインディスプレイが、グラスゴーのマニュピュレータで覆われる。

 それは、まるでグラスゴーのパイロットの心境を現しているかのようだった。

 

 

「申し訳無いけど」

 

 

 少女と呼ぶに相応しいその顔立ちで、しかし酷く冷たい表情と声音で、告げる。

 

 

「貴方には倒れて貰う、ボク達の抵抗のために…………ブリタニア人!!」

 

 

 叫んで、両手で操縦桿を強く引くと同時に今度は両足で足元のペダルを踏む。

 それだけで、刃を抜くと同時にグラスゴーの手を離すことに成功した。

 後に残るのは、駆動系へのエネルギー供給が切れて両膝をついたグラスゴーのみだ。

 その刹那、コックピットが機体の後ろへと排出されるのを確認した。

 脱出機能だ、パイロットは無事なのだろう――――憎らしいことに。

 

 

 再びランドスピナーを非対称に動かして、その場でグラスゴーに背を向ける。

 その際、同時に血糊を払うように刀を振るった。

 直後、オレンジ色の爆発と油臭い爆風が周囲の空気を支配した。

 地響きと閃光、突風……その全てを背に受けて、日本の抵抗の象徴(ブライ)は屹立していた。

 

 

「……流石だねぇ、ウチのお姫様は」

 

 

 横転したトレーラー、その荷台から、打ち付けたらしい頭を押さえながら朝比奈が顔を出した。

 銃撃戦はすでに終わっていた、と言うより、ブリタニア兵そのものがすでにその場にいない。

 視線を向ければ、無頼のいる方向とは逆方向に必死に走る黒い防護服のグループが確認できるだろう。

 自軍のナイトメアがいないのに、敵軍のナイトメアがいるとなれば……真っ当な判断と言える。

 

 

 欲を言えば、彼らは全員生かして帰すべきではない。

 朝比奈としては、彼が青と呼ぶ少女の無頼(せんようき)はまだこの時点では見せたくなかったし、それを見た彼らを逃がしたくは無かった。

 しかし彼は冷静に、それが出来ないことも悟っていた。

 

 

「早く逃げないと、駐屯地のブリタニア軍が僕達に気付くだろうからね」

 

 

 ブリタニア兵など怖くは無いが、彼の尊敬する上官ならここは撤退の一手だろう。

 そのためには生き残りの村人達を迅速に落ち着かせなければならず、やはり追撃している余力は無い。

 朝比奈はもう一度、黒煙を上げるグラスゴーの残骸に背を向けて立つ濃紺の無頼を見つめた。

 

 

「……やれやれ」

 

 

 そして、手のかかる妹を見る兄のような目で笑ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 悪逆非道な侵略者を打倒して、勇者は歓呼の声で村人に迎えられる――――。

 そんな都合の良い展開は、現実には存在しない。

 人類を脅かす魔王を倒した勇者の前にいるのは、魔王以上の脅威となった勇者を見る怯えた瞳だけ。

 それを、少女は今まさに実感していた。

 

 

「ど、どうしてくれるんだ……これじゃ、ウチの村がブリタニア軍に……」

 

 

 生き残った村人の1人が、おそるおそるといった様子でそう言った。

 無頼で横転したトレーラーを起こし、手早く走行に問題が無いことを確認した後、トレーラーに無頼を収容し直すためにコックピットから降りて来た少女への第一声がそれだった。

 コックピットから降りるために使用したワイヤーを巻き戻しながら、少女がその言葉を発した村人の男に視線を向ける。

 

 

 そこには先程まで敵に……ブリタニア人へ向けていた敵意の残滓が残っていて、男は半分以上年下だろうその少女に明らかに気圧されていた。

 少女は降りる前に整えたらしい襦袢の帯に指を添えながら、鼻先に触れるように前髪を流して首を傾げた。

 

 

「先に襲ってきたのはブリタニア軍の方、あのまま放置すれば全滅していました」

「い、いや、それは……」

 

 

 その横ではトレーラーの中に鎮座した無頼を覆うように、若干ひしゃげている横部扉が閉じていく所だった。

 基礎動作分のエナジーしか無かったため、これ以上の稼動は難しそうだ。

 少女がそれを見上げている間にも、生き残った十数人ばかりの村人達の囁き声が聞こえる。

 

 

「で、でも、何もあんな風に……」

「そうよ、後で報復されるのは私達なのに……」

「変な助けなんてされたら、むしろブリタニアの人達が今度こそ本気で……」

「ほ、本当にテロリストがいたって、言われたら……!」

 

 

 自分達を襲ったブリタニア軍へは、恨み節ではなく多分な配慮と媚びの香りが覗く。

 それは、哀しみと痛みへの代償行為のような物だった。

 隣人の多くと村と畑を失った彼らは、今、打ちひしがれている。

 強大なブリタニア軍を恨んでも何も出来ない、だから他に恨みを向ける先を求めているのだ。

 目の前の少女が災いを持ってきた――――そう、見ている向きもあるのである。

 

 

「なら、(ワタシ)達と一緒に来れば良い」

「い、いや……それは……」

 

 

 そんな彼らに手を差し伸べて、少女は告げた。

 共に来い、共にブリタニアと戦おうと。

 ここにいては殺されると言うなら、自分達が守ると。

 しかしそれに対しても、村人達の反応は鈍い。

 

 

「抗わなければ、抵抗の意思を見せなければ、ブリタニアの暴虐は止まらない。絶対は約束できない、必ずとも言えない、だけど――――(ワタシ)達が貴方達を守ります、だから」

 

 

 共に抗おうと、少女が言う。

 媚びず、武器を手に取り、何もせずに殺され蹂躙される事に身を委ねるなと。

 何もせずに殺されるくらいなら、抗戦して死んだ方が意味があるはずだと。

 

 

「徹底抗戦。それが、今は亡き枢木首相のご意思でもあった筈」

 

 

 だが反応は無い、今は村を失った衝撃が大きすぎるのだろう。

 しかしそれを差し引いたとしても、村人達の反応は鈍い、いや悪かった。

 というのも、彼らにとって「枢木首相」という存在はそこまでの吸引力を持ってはいなかったし、何より……。

 

 

「枢木なんて……」

「……ブリタニアとの戦争を止められなかった無能じゃないか」

「そうよ、だいたい……自分だけさっさと自殺して、楽になって……」

「……卑怯者じゃない、徹底抗戦とか威勢の良いこと言って……」

 

 

 その時、初めて少女の瞳の奥が光り輝いたような気がした。

 星が銀河の中で生まれる瞬間の炎のような、烈火と言うに相応しい強い光だった。

 その光の名は感情と言い、その中でも「怒り」と表現されるべきもの。

 

 

「――――――――」

 

 

 少女が、一歩を踏み出そうとしたその刹那。

 ばさっ……と、その頭から青の着物をかぶせた者がいた。

 朝比奈である、彼は青の着物をかぶせた少女の頭を軽く抱き寄せるようにすると。

 

 

「そこまでだ、青ちゃん」

「……省悟さん」

 

 

 朝比奈は少女の頭を軽く押さえて俯かせると、それに代わるように生き残りの村人達を見据えた。

 少女と違い、大人の男の厳しい視線に村人達は気まずそうに視線を逸らす。

 それに対して朝比奈は肩を竦めた、どこか慣れているような仕草だった。

 

 

「別に無理強いはしないし、仲間になれとは言わない。けど村も畑も焼けちゃったみたいだし、僕達の勢力圏に来た方が良いとは思うけど?」

「せ、勢力圏って……あ、アンタ達はいったい……?」

 

 

 村人の問いに、朝比奈は眼鏡を押し上げて応じる。

 

 

 

「日本、解放戦線」

 

 

 

 朝比奈の告げた名前が、さざ波のように村人達の中に伝わっていく。

 日本解放戦線、その名前に村人達の顔色が確かに変わった。

 

 

「悪いけど時間がない、家族の弔いとかしたい人もいるだろうけど……来る人は来るですぐに決めてほしい」

 

 

 そう言い捨てて、彼は少女を抱いたままトレーラーへと歩き出した。

 朝比奈の手によって俯かされた少女は、今は自分の意思で俯いている。

 朝比奈は少女の様子を窺うでもなく、トレーラーの中で――軍仕様だけあって頑丈だが、流石に多少歪んでいる――戦々恐々としながらエンジンの再始動を試みている青木の方へと進んだ。

 

 

「青木、動きそう?」

「何とか……」

 

 

 青の着物を襦袢の上に羽織った少女は、それを何となく見上げている……。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 不意に、少女の背中に声をかける存在があった。

 振り向けば、2人の女性がそこに立っている。

 そこにいたのは、顔を大きく腫らして切り裂かれた衣服を押さえている20代の女性と、前歯が数本欠けている中年の女性だった。

 

 

「ええと……私達みたいな女でも、連れて行って貰える……?」

「わ、私なんて、何も出来ないオバちゃんだけど……」

 

 

 おそるおそるのその申し出に、少女は少しだけ唇を大きく開いた。

 しかし何も言うことは無く、青の着物を頭からかぶったまま、小さく頷くに留めた。

 そして、後ろの荷台を指先で示しながら。

 

 

「……乗ってください」

「は……はいっ!」

「あ、ありがとう……ええと、えー……」

 

 

 少女を何と呼べば良いのかわからないのか、2人の女性が戸惑うような表情を見せる。

 それに気付いたのか、少女は唇を僅かに震わせるようにして言葉を発した。

 その言葉は、少女の名前だ。

 

 

枢木(くるるぎ)…………枢木青鸞(せいらん)

 

 

 聞こえた名前に、2人の女性は驚きに目を見開いた。

 しかしそれ以上は特に何も言わず、静かに頭を下げてきた。

 少女の……青鸞の頷きを確認して、女性達は荷台へと向かった。

 

 

「お、俺達も……連れてってくれないだろうか?」

「わ、わしらも……」

「何も出来ないけど……」

 

 

 先んじる者が出たからだろうか、他の村人も続々と続いた。

 中には故郷を離れたがらない者もいたが、しかしブリタニア軍の報復の方が怖かったのか、最終的には他の村人に引っ張られる形でトレーラーの中へと乗り込んで行った。

 気まずいのか、少女に声をかける者はない。

 しかし構わなかった、むしろ人数が少なくてトレーラーに乗せきれて良かったと思う。

 

 

 それから、彼女は朝比奈達を見た。

 ちょうど同じタイミングでエンジンの再始動に成功したらしく、青木が親指を立てて見せる。

 青鸞は、そんな朝比奈達に笑みを見せた。

 不思議なことに、その笑みだけは妙に年相応のそれに見えた。

 

 

「……省悟さん、青木さん、帰ろう。ナリタへ……ボク達の家へ」

 

 

 助手席に乗り込んだ青鸞は、ハンドルを握った青木にそう告げて目を閉じた。

 朝比奈はそんな青鸞に一瞥を向けた後、小さく口笛を拭いた。

 青木は荷台の2人に声をかけてから、アクセルを踏み込んだ。

 畑に突っ込まないよう注意を払いつつ、トレーラーが走り出す。

 

 

 ――――そう、走り出した。

 いや、それはずっと前から……7年前から走り続けていて、今は通過点に過ぎないのかもしれない。

 しかしそれは、後に「日本の青き姫」と呼ばれることになる少女にとって重要な意味を持つ。

 ……かも、しれない。

 

 

 そんな、通過点だった。

 

 




採用キャラクター:
笛吹き男さま(ハーメルン)提供:青木逞。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 第1話から飛ばしました、そして今回の主人公は肌色成分が多い気がします、全体的に脱ぎ癖があるようです。
 私(ワタシ)とボク、コードギアス主人公達の「複数一人称」を彼女も踏襲しました、表記は漢字で。

 長丁場になりそうな気がしてきましたが、どうかよろしくお付き合いくださいませ。
 それでは、次回予告でお別れいたしましょう。
 語り部はもちろん、枢木青鸞。


『――ボクは日本人だ。

 それは、あの人が選ばなかった道。

 ボクが選んだ、日本人としての道。

 だからボクはここにいる、父様の掲げた言葉を体現するための場所。

 そこには、ボクが5年間を共にした人達がいるから』

 ――――STAGE2:「日本 解放 戦線」


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STAGE2:「日本 解放 戦線」

オリジナル設定注意:
日本解放戦線についてオリジナル設定があります、ご注意ください。

オリジナルキャラクター多数:
オリジナルキャラクターが登場します、ご注意ください。

では、どうぞ。



 ――――……違う。

 薄く靄のかかった視界の中で、そんな思考が揺れた。

 上も下も右も左も無い、視界が揺れて気持ち悪い、そんな状態。

 

 

枢木(くるるぎ)なんて……』

 

 

 霞がかった世界で、誰かの声が妙に大きく響く。

 耳の奥を針で刺すかのような高い音で、聞いている側の人間に不快感を与えてくる。

 しかしそれ以上に、続けて周囲から響く声にこそ不快を感じた。

 

 

『……ブリタニアとの戦争を止められなかった無能じゃないか』

 

 

 ――――違う。

 あの人は無能なんかじゃ無い、いつだって国と世界のために最善の手を打っていた。

 あの戦争だって、仕掛けてきたのは海の向こうの人達だった。

 

 

『そうよ、だいたい……自分だけさっさと自殺して、楽になって……』

 

 

 ――――違う。

 あの人は死ぬつもりなんて無かった、生きて戦うつもりだった。

 でも出来なかった……あの人の意思とは無関係に、無慈悲に、無情に。

 

 

『……卑怯者じゃない、徹底抗戦とか威勢の良いこと言って……』

 

 

 ――――違う。

 違う、違う、違う、違う、違う、ちがう、チガウ。

 その評価は正当じゃない、本物じゃない、正しくない。

 嘘だ。

 そんなものは――――ウソだ。

 

 

『枢木ゲンブは裏切り者の、売国奴だ』

 

 

 ――――――――!!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――違うッッ!!」

 

 

 少女の叫び声が、トレーラーの運転席の中に響き渡った。

 大して柔らかくも無い座席の上で跳ね起きた少女は、空間の狭さのために右膝をグローブボックスにぶつけてしまったらしい、跳ね起きると同時に膝を押さえて蹲ってしまった。

 声にならない声が唇から漏れて、気のせいでなければ目尻に涙が滲んでいる。

 

 

「つ、ぅー……~~~~っ」

「あ、青ちゃん? 大丈夫?」

「だ、だいじょぶ……ですっ」

 

 

 隣から聞こえたのは男の声だ、名を朝比奈、少年のような風貌と眼鏡が特徴的な青年だ。

 ハンドルを握って運転を続けていたのだろうもう1人、青木も、いきなり助手席で悶え始めた少女に呆れたような、もとい心配そうな顔を向けていた。

 その時、トレーラー全体がガタガタと揺れた。

 

 

 道が悪いためだ、僅かに罅の入ったフロントガラスの向こうには深い森が広がっている。

 森と斜面に囲まれ、早朝のためか霧に覆われた山道、道路も整備されていないそこをトレーラーは進んでいた。

 そう、ここは山の中なのである、それも相当に深い山だ。

 

 

「青ちゃん、そろそろつくよ。後ろはどうしてる?」

「あ、はい」

 

 

 青――――枢木青鸞(くるるぎせいらん)は座席の後ろにある覗き窓を開いた。

 そこは後ろの荷台と繋がる唯一の空間で、青鸞は目線を合わせるように座席に膝立ちになる。

 覗き窓の向こう側に見えるのは、奥にナイトメアが1機格納された大きな荷台だった。

 

 

 一度トレーラーが横転したためにグチャグチャになったはずだが、ある程度片付いているのは後ろに人間がいたからだろう。

 昨日、青鸞達がブリタニア軍の略奪から救った生き残りである。

 今は皆で寄り添うように壁際に座り込み、眠っているようだった。

 

 

「まだ寝てます」

「ふぅーん……まぁ、民間人だからね。ついたら起こせば良いし、今は放っておいて良いよ」

「はい」

 

 

 頷いて、青鸞は助手席に座り直した。

 ほぅ、と息を吐いて、次いで身体を解すように背伸びをする。

 着物で、しかもトレーラーの助手席で眠っていたのだ、なかなか良い音が背中から響いた。

 傍で聞いている朝比奈は、それに思わず苦笑を漏らしてしまう。

 

 

 一方で青鸞は身体を解した後、脱力して背中をシートに押し付けた。

 それから片手で頬を押さえて、どこか遠くを見るような目でフロントガラスの向こうを見る。

 夢見が悪かったせいか、どうにも不快な気分が抜けなかった。

 そして青鸞は青木に聞こえないよう朝比奈の耳元に唇を寄せると、小声で。

 

 

「省悟さん」

「何、青ちゃん」

「……ボク、何か言ってた?」

「寝てる時?」

 

 

 丁寧な言葉では無く、やや幼い親しげな言葉遣い。

 朝比奈は目元を緩めてそれを聞くと、やや考え込んだ。

 それから隣の青木を見ると彼も肩を竦めてきた、なので朝比奈もそれに倣う。

 彼は特に気負った様子もなく、取り立てて青鸞の方を見ることも無く。

 

 

「寝言とかは言ってなかったね。ただ、寝てる時に着物の帯を外そうとするのには困ったかな」

「ああ、なら良……え? あ! ふぁ!?」

 

 

 慌てて視線を下に下げる、すると確かに着物に違和を感じた。

 具体的には帯だ、何故か結び目が前にある、後ろにあるのが正しいデザインなのに。

 つまりこれは、寝ている間に外した物を誰かが前から結び直したというコトで。

 

 

 青鸞は、自分の顔がかっと熱を持つのを感じた。

 慌ててあちこち緩くなっている着物を直す、と言うか、こんな緩い状態で膝立ちになったのかと思うとまさに顔から火が出そうだ。

 さっきとは別の意味で、泣きそうになる青鸞だった。

 

 

「ごめんね、僕も着物の着付けとかわからなくて」

「大丈夫、お嬢。朝比奈さんが何もしてないのは俺がちゃんと確認をあだだだっ!? 朝比奈さん朝比奈さん、俺ハンドル持ってますんで!」

「あ、青ちゃん、ちょっと通信機出してくれる?」

 

 

 青鸞は着物の裾を直すために身を屈めつつ、ついでにグローブボックスを開いて中身を取り出した。

 そこには地図などが詰まっているのだが、青鸞はそれらの地図帳を横にどけて、手首を捻じ込むように裏側をまさぐる。

 次に手をボックスから出した時、青鸞の手には黒い無骨な通信機が握られていた。

 

 

「省悟さん」

「ん」

 

 

 赤い顔のまま差し出されるそれを、携帯電話の受け渡しでもするかのような気軽さで受け取る朝比奈。

 周波数を合わされたそれは、音響装置に偽装された通信装置を通じてある閉鎖チャネルへと繋がる。

 青木が運転をしている横で、その通信機に口と耳を寄せると。

 

 

「20130214、20130214、こちら遭難者、こちら遭難者、避難誘導を乞う……」

 

 

 ここはナリタ連山、ブリタニア的な識別で言えばトウブA管区と呼ばれる土地に所在する山々だ。

 自然豊かと言えば聞こえは良いが、標高2000メートルを超える山々が連なる自然の要害である、登山家でさえ好んで挑戦しようとは思わないような険しい山々だ。

 そんな山の中に、どうして青鸞達はいるのか。

 その答えは、すぐに判明することになる。

 

 

「入りますぜ」

「よし」

 

 

 満足げに頷いた朝比奈の視線の先、山肌が削れて出来たような岩場がある。

 トレーラーはそこに向かっているようで、このままでは正面から衝突するだろう。

 しかしそんなことにはならないと青鸞は知っている、何故ならばその岩場の一部がせり上がり鉄製の壁で覆われた中身を晒すように開いたからだ。

 開いた時に崩れたのか、拳の半分程度の大きさの茶色い石がパラパラと落ちて車体を打つ。

 

 

 そしてトレーラーはその中へと進み、もちろん衝突などせずに山の内部へと入ることが出来た。

 ……ここは、ナリタ連山。

 表向き自然に包まれたその山々は、その実内部に広大かつ近代的な設備を隠している。

 ここはただの山ではない、ここはエリア11最大の反ブリタニア抵抗勢力。

 

 

 <日本解放戦線>の、本拠地が隠されている場所なのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そもそも対ブリタニア戦争以降、敗戦国である日本は軍隊を解体され、日本人は非武装の下で統治されることが決まっていた。

 それを嫌った日本軍の一部が密かに結集し、その軍事力でブリタニアの支配の及ばない独自の勢力範囲を築いた――――それが日本解放戦線、つまり正確には「日本軍の残党」と言った方が正しい。

 

 

 その目的はとてもわかりやすい、名前の通り日本のブリタニア支配からの解放(どくりつ)だ。

 ナリタ連山の地下深くに本拠を構えるこの組織の下に身を寄せる旧日本政府関係者も多く、兵力・武力・財力、名実共にエリア11最大の反ブリタニア武装勢力が彼ら日本解放戦線なのだ。

 事実として、戦後7年経ってもブリタニア軍はこの組織を討伐できずにいる――――。

 

 

「――――キョウトからの親書、確かに受け取った、青鸞嬢」

 

 

 正面からの声に、長い黒髪を結い上げて正装した青鸞はゆっくりと頭を下げた。

 道場のような板張りの床に指をつき、手の甲に触れる直前まで礼をする。

 着物は今朝トレーラーで乗り入れた際に着ていた物とは違い、絹製の物だった。

 水色系のお色目にクリーム色の裾、所々に百合の花・葉・つるが描かれた可憐なデザインの着物である。

 

 

 しかし彼女の周囲にいるのは、華やかな着物とは真逆の服装に身を包む男達だった。

 少女と違い、薄いながらも座布団に座る彼らは皆、日本解放戦線の軍人である。

 上座を頂点に二列に並ぶ彼らは一様に深い緑の軍服を着て、横に日本刀を置いている。

 違う点は襟元の階級章だけで、青鸞の正面の男に近いほど高い階級のようだった。

 

 

「はは、そう畏まらなくても良い。まぁ、こんな強面の面々に囲まれれば仕方ないでしょうが」

(ワタシ)のような者にそのようなお気遣い、ありがとうございます」

 

 

 ふ、と唇を緩めて、青鸞は顔を上げた。

 すると彼女の目に、まず巨大な日章旗――――部屋の上座に掲げられた大きな日本の国旗が映る。

 それを背に青鸞の正面に座す男こそが日本解放戦線のリーダー、片瀬である。

 彼は短い白髪に覆われた頭を僅かに傾けると、顔を上げた青鶯の顔を正面から見つつ「ほぉ」と感嘆の息を漏らした。

 

 

「ふむ……最後にこうして顔を見たのはほんの一ヶ月ほど前のはずだが、また一段とお綺麗に育たれたなぁ」

「ご冗談を、片瀬少将は相変わらず……」

「ん、んんっ! 片瀬少将、それでキョウトからは何と?」

 

 

 これ見よがしな咳払いで会話を切ったのは、草壁と言う男だった。

 階級は中佐で、巨体だが肥満と言うわけでは無い大きな身体の軍人だ。

 瞳は鋭く、濃い顎鬚が特徴的と言えば特徴だろうか。

 片瀬はやや不快そうな目を草壁に投げると、封を切って手紙を広げた。

 

 

 それは青鸞がキョウトに例の無頼を受け取りに行った際に渡された物で、キョウトとは日本解放戦線の活動を資金面から支えている日本人の一団である。

 わかりやすく言えば、旧財閥系の家系の人間が集まった団体であり……日本解放戦線にとっても、また青鸞個人についても重要な意味を持つ集団でもあった。

 そこから来た親書に目を通した片瀬は、ふむと溜息のような吐息を吐いて。

 

 

「……どうやら、例の『無頼』の改良機の納入が数ヶ月遅れるらしい」

「またですか! これで3度目ですぞ、キョウトのお歴々はブリタニアを打倒する気があるのですかな」

「そう言うな草壁、キョウトも危ない橋を渡って我々に機体を流してくれているのだぞ」

「はぁ…………その機体にしても他の組織にも流しているではないか、金の亡者共め」

 

 

 表向き引き下がりつつ、しかし口の中でキョウトへの不満を呟く草壁。

 それは他の面々にも聞こえたはずだが、しかし表立って彼を非難する人間はいなかった。

 草壁に同意しているようにも、場がシラけているようにも見えるから不思議だった。

 

 

「……いずれにしても、全国の反ブリタニア組織の一斉蜂起は少し時間を置いた方が良いでしょうな」

「馬鹿な、そんなことは出来ん!」

 

 

 白髪混じりの黒髪をオールバックにした男の発言に、草壁が噛み付く。

 慎重論を述べたのは東郷直虎と言う男で、彼が言ったことは基本的にこの場の意見を代弁していると言って良かった。

 元々、キョウトからの武器供給が十分に満ちてからの全国一斉蜂起――彼らの中ではそれが共通の戦略だったのだから。

 

 

「我々が何もせず情勢を座して見ていれば、日本中の独立派から疑念の目を向けられましょう。我らは行動し続けることによって初めて、日本の独立を叫ぶことが出来るのですぞ!!」

 

 

 片足を立てて力説する草壁の言葉を、片瀬は眉を下げつつ黙って聞いていた。

 そしてそのまま視線を動かして、草壁の反対側に座っている男を見る。

 その男は、細身の身体に鋭く野生的な風貌を持つ男だった。

 目を閉じて座す彼は鞘に収められた刀のようで、場の全員が彼に注目していた。

 

 

「どう思う、藤堂?」

 

 

 問われた男――――藤堂は、そこで初めて目を開いた。

 自分に問うた片瀬を見、自分を睨む草壁達を見、そして。

 

 

「…………」

 

 

 話に参加するでも無く、ただ片瀬を――――いや、その向こうの日の丸を見据えている青鸞の横顔を見た。

 細く鋭い目を僅かに動かしたのみで、彼はそれ以上のことを言わなかった。

 ただ、短く一言だけ。

 

 

「……時期では無い、そう言うことでしょう」

 

 

 低い声が部屋全体に広がる、草壁が眉を立てるのと片瀬が頷くのはほぼ同時だった。

 片瀬は片手で草壁に座るように促すと、未だ正面で正座の姿勢を貫く青鸞へと視線を戻した。

 

 

「キョウトから受領したと言う例の無頼については、キョウト側の意向を汲んで青鸞嬢に預けることとする。日本の独立を勝ち取るその日まで、これまで以上に励んで貰いたい」

「はい」

 

 

 短く応えた後に礼をし、胸に片手を当てつつ頭を上げながら。

 

 

「この心身の全ては元より国のもの、日本独立のため、微力を尽くさせて頂きます」

「うむ」

 

 

 頷きを返した片瀬に再び礼をして、青鸞は立ち上がった。

 そのまま一同の視線を受けながら、少女は静々と歩きつつ外へと出た。

 通路に出る前にもう一礼し、少女が出て行くと、その場の空気もまた変わったものになる。

 

 

「ふん、あのような小娘に専用の機体を与えるとは……キョウトのお歴々は大層あの小娘を気に入っておられるのですな」

「草壁、口が過ぎるぞ」

「何が過ぎたものか、事実では無いか」

 

 

 東郷に窘められても草壁の舌鋒が留まることは無かった、誠に弁舌豊かな御仁である。

 

 

「あのような機体を送って寄越すくらいなら、量産機をもっと送ってくれば良いだろうに」

「だが報告によれば、アレはその機体でブリタニアのグラスゴーを一蹴したそうではないか。そうだな藤堂?」

「朝比奈からは、そう聞いていますが……」

 

 

 藤堂の返答に満足そうな頷きを見せて、片瀬は青鸞の消えた扉を見つめた。

 その瞳は、どこか哀愁を感じさせるものだった。

 

 

「それに健気なものではないか、父の汚名を晴らすべく働く……女子(おなご)ながら、なかなか出来るようなことではあるまい。何しろアレは……」

 

 

 その後に続いた片瀬の言葉に藤堂は再び目を閉じ、草壁は鼻を鳴らし、その他の多くは視線を下げた。

 枢木青鸞の父親は、その苗字からわかる通り。

 

 

「……日本最後の総理大臣、枢木ゲンブ首相の忘れ形見(むすめ)なのだからな」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 板張りの会議室を出て通路に出た後、青鸞は着物に覆われた胸を上下させて息を吐いた。

 緊張を外へ逃がすための吐息だ、会議室の入り口に立つ歩哨達に「ご苦労様」と声をかけた後に、青鸞は長い通路を歩く。

 LEDの照明の下を数十メートル進むと、位置的には会議室の隣に当たる部屋に入る。

 

 

 途端、それまで見せていた淑やかな雰囲気が一気に晴れた。

 表情の少なかった顔を笑みの形へと変えて、着物の裾をはためかせながら室内へと入る。

 誰も見ていない中、その豹変振りはまさに「変身」だった。

 雰囲気も、動作も、口調も、全てが変わる。

 

 

「青鸞さまっ! お疲れ様です、そしてお帰りなさい!」

「ただいま、雅!」

 

 

 狭くも無い応接室、その中にいた割烹着姿の少女が青鸞と抱き合った。

 腰まで届く綺麗な黒髪が特徴的なその少女は榛名(はるな)雅と言う名前で、キョウトの分家筋に属する少女だ。

 その縁で、5年前に青鸞がナリタに来た際に付き人のような形でついて来てくれたのである。

 以来一部を除けば、最も時間を共有している間柄だった。

 

 

 戦場や片瀬達の前で見せていた姿とは、雰囲気も言葉遣いも違う。

 前者が冷静で丁寧でそれでいて張り詰めた何かを感じさせていたのに対し、身内にあたる雅の前では朗らかで柔らかな空気を纏っていた。

 強いて言えば、今朝、朝比奈に対してのみその片鱗を見せていた。

 まるで別人だ、だがけして別人ではない。

 

 

「キョウトはいかがでしたか、神楽耶さまもお変わりありませんでしたでしょうか?」

「うん、元気そうだったよ。最近は御簾の向こうから大人達の重大そうで実はそうでも無い話を聞くのが仕事だって、ボクにそう愚痴ってた」

「そ、それは……何とも、ええと……」

 

 

 本家筋の人間の醜聞とも愚痴とも取れる言葉にどう反応を返したら良いものか、分家筋の少女は眉を下げて言葉を濁した。

 青鸞は特に気にした風も無く後ろ、つまり扉の方へと視線を向けた。

 そこには一人の青年が立っている、黒髪黒目の日本人、しかし軍人ではない。

 厚い胸板を逸らして立つ青年、不思議なことに10代にも20代にも30代にも見える風貌。

 

 

「三上、何か問題は?」

「…………」

「そう」

 

 

 無言を返答とした男は三上秀輝(みかみしゅうき)、古くから枢木家の当主を守るために存在する家系の男だ。

 枢木本家は前当主と長男を失いはしたが、家そのものはキョウトにある。

 分家筋や臣下筋は桐原家と皇家の支援の下で残っており、彼女が当主となってからは少しずつ彼女の下に戻りつつあった。

 

 

「青鶯さま、この後のご予定は?」

「仕事は終わりだから、居住区の方へ行くよ。三上は……あ、いない」

 

 

 先程までいたはずなのに、三上の姿は忽然と消えていた。

 おそらくどこかにはいると思うが、三上が本気で姿を消すと青鶯本人にすらどこにいるかはわからない。

 いつものことではあるので、彼女は気にしないでいることにした。

 

 

 部屋の外に出れば、再び彼女は変わる。

 背筋を伸ばし、歩幅は狭く慎ましやかに、雅を3歩後ろに従えて歩く。

 気持ちの切り替え、必要なのはそれだけだった。

 枢木青鸞、彼女は「枢木」であり、そして「青鸞」であった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山は、その厚い岩盤を刳り貫いて機械化することで要塞化されている。

 つまり標高2000メートルの山々が連なる広い範囲が日本解放戦線の要塞であり、同時に数千とも言われる旧日本兵やその家族、保護された民間人が暮らす一大地下都市でもあるのである。

 十数キロに渡るその施設は各所に連絡通路と地下鉄が通り、発電室や武器弾薬庫など重要設備は全て数十メートル地下に建造されている。

 

 

 また地上部には多数の偽装されたトーチカや見張り施設が存在し、森や地面に偽装された対空砲や対空ミサイル、多数の火砲で武装されている。

 要塞単独でも長期に渡り戦線を維持できるように設計・建設されいるだけに防備は固く、レジスタンスやテロリストと言うには重武装で、まさに「軍」と言うのは相応しかった。

 そして軍らしい設備の一つに、兵器格納庫がある。

 

 

「古川、ウチの青姫さまの専用機はどんな感じ?」

「そ、そうですね……基本スペックは通常の無頼とそう変わらないと思います」

 

 

 深い緑色の軍服に着替えた朝比奈は、日本解放戦線の地下格納庫の一つにいた。

 ナリタ連山の比較的西側に位置するそこにはナイトメアの格納庫があり、深緑とオリーブドラブにカラーリングされた無骨な機械人形ナイトメアが数機、壁際の駐機スペースに固定されている。

 その中に、他と異なる濃紺の機体が1機が加えられていた。

 

 

 その機体は、朝比奈が古川と呼んだ男を中心に解析・整備が行われている所だった。

 何しろ基礎チューニングのみで本格的な戦闘を行ったために、あちこち無理がたたっている可能性があるためだ。

 琥珀色の瞳に肩に触れるくらいの黒髪を後ろに縛った男、古川(ふるかわ)修一(しゅういち)は聴覚補助用のヘッドホンを弄りながら朝比奈に説明を続ける。

 

 

「ま、まぁ、ち、千葉さんの例もありますから特に驚きはしないですけど……」

「専用機ってのがね……キョウトのお歴々は腹の中で何を考えているのやら」

 

 

 朝比奈と古川の会話に出てくる「青姫」と言うのは、もちろん枢木青鸞のことである。

 今は亡き日本最後の首相枢木ゲンブの娘であり、キョウト――旧財閥家系集団の一角、枢木家の現当主。

 家のことに関して言えば兄がいたはずだが、そちらはある事情で本家と絶縁状態にある。

 

 

 普通なら御簾の向こうに引き篭もっていれば良い存在だが――事実、そうしている親戚もいる――彼女は自ら志願して、ナリタ連山で日本解放戦線と行動を共にしている。

 15歳と言う年齢でありながら、すでに一人前の兵士になるために済ませておくべき洗礼はほぼ受けて、今や前線でナイトメアを駆るパイロットでもある。

 大した才能、と言うべきなのだろうが……。

 

 

(……違う、ね。いったい何が違うんだか……)

 

 

 見上げるのは濃紺の無頼、グラスゴーのコピー品である無頼の改良型第一号だ。

 ただ基本スペックは無頼とそこまで差は無い、改良されているのは武装の方だ。

 無頼より僅かに機体を小さくし、遠距離武装を外して重武装の楯と刀を装備した、近接格闘特化型の無頼――――「無頼(ぶらい)青鸞専用機(せいらんせんようき)」。

 

 

 だがその機体を見上げる朝比奈の目は、とてもそれを歓迎しているようには見えない。

 朝比奈は彼女のことを5年前から知っているし、彼の上官はそれ以上の付き合いだと聞く。

 彼女に武術と剣術を教えたのは彼の上官で、彼女は10歳の頃からここで兵士としての訓練を受けているが。

 

 

「枢木ゲンブ……ね」

 

 

 癖なのか、皮肉気に鼻を鳴らす朝比奈。

 気遣わしげな視線を向けてきていた古川に気付くと、慌てて手を振って謝罪し、作業を続けるように促した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山の地下には、いくつかの居住区がある。

 ほとんどは数千人の兵士を養うための軍用だが、一部は兵士の家族や保護した勢力範囲外の日本人のために使用されている。

 水は豊富な地下水を引き、電力は合法非合法な手段で調達し、そうした人々の生活を支えていた。

 

 

 軍用設備や発電施設、浄水施設など重要な施設はコンクリートなどで壁を補強されているが、こうした居住区画までは資材が回ってこない。

 だから民用の居住区画は、薄暗い鍾乳洞のような場所に無理からコンクリート製の長屋(タウンハウス)を並べたような外観が広がっているのだった。

 お世辞にも、健康的に生活できる場所とは言えない。

 

 

「あ、せいらんさまだー!」

「ほんとだ、せいらんさまー!」

 

 

 しかしそんな劣悪な環境でも、一つだけ利点がある。

 それは、少なくとも子供が命の危険を感じずに笑って過ごせること。

 青鸞は、そんな子供達の存在に顔を綻ばせた。

 

 

「皆、ただいま」

「おかえり、せいらんさま!」

「おかえりなさい!」

 

 

 大人に対するよりやや言葉遣いを崩し、駆けて来た5歳くらいの男の子と女の子を抱き留めて、笑んだまま愛しそうにぎゅうと抱き締める。

 数歩離れた青鸞の背中を見ていた雅は、それに目元を緩める。

 子供が命の危険を感じずに笑っていられることが、今の時代ではどれだけ難しいことか。

 青鸞は子供達が手に持っている紙の束と木炭のペンを見ると、女の子の頭を撫でながら。

 

 

「もしかして、お仕事中?」

「うん!」

「えっと、つぎのはいきゅーで、何がほしいのかをみんなにきいてるんだ!」

 

 

 「お米とお塩が欲しい」って、皆が言ってる。

 男の子が続けて言った言葉に、青鸞は頷きながらも内心で溜息を吐く。

 ここでは子供だろうと働かなくてはならない、そして地下に篭っている以上は食料の自給率は高かろう筈も無い、外部から供給される物を皆で分けるしか無いのだ。

 

 

 実際、2人の子供の手足は細い、まさに骨と皮と言う表現が正しい、着ている衣服も薄汚れている上にヨレヨレの物だ。

 それでも飢えてはないし、命の危険も無い、水だけは地下水と浄水設備のおかげで豊富にある。

 ブリタニアの支配地域にいるよりはマシ……と、信じたかった。

 

 

「ミキちゃーん、タカシくーん、どこにいるのー?」

「あ、いっけね。ねぇちゃんおいてきちゃったんだった」

 

 

 その時、柔らかな女性の声が聞こえてきた。

 男の子が慌てた様子で振り向く先、それほど間隔の開いていない長屋の間を抜けて歩いてきた女性がいた。

 茶色のロングヘアを黒の髪留めでまとめた、柔和な雰囲気の女性だった。

 彼女は青鸞の傍にいる子供達の姿を認めると、ほっとした表情を浮かべた。

 

 

「ああ、青鸞さま。子供達がすみません」

「ううん、愛沢さんもご苦労様」

 

 

 愛沢と呼ばれた女性は、青鸞の言葉に申し訳なさそうに頭を下げる。

 子供を除けば、ここにいる人間で青鸞の名前と立場を知らない人間はいない。

 ただ愛沢が頭を下げた時、身に着けている衣服の右腕部分が力なく揺れていることに気付いた。

 

 

「愛沢さん、義手は?」

「今、ちょっと調子が悪くて……見苦しくてすみません」

「そんなことは……」

 

 

 右腕が無い……しかしそのこと自体には、青鸞は特別な感情を抱かない。

 7年前の戦争で、何も失くさなかった日本人はいないのだから。

 青鸞にしろ、愛沢にしろ……子供達にしろ。

 

 

「榛名さんも、こんにちは」

「ご丁寧にありがとうございます、愛沢さんもお元気そうで」

 

 

 ただ愛沢と子供達のように、元々無関係の人間が共同生活を営むことは出来る。

 取り戻すことは出来なくとも、近いことは出来るはずだと……。

 

 

「なんだい、賑やかだねぇ……おや、青鸞さま」

「まぁ、青鸞さま。お戻りになられていたのですか」

「おお、青鸞さま。少し見ない間にまたお美しくなられましたなぁ」

「青鸞さま」

 

 

 騒ぎを聞きつけたのか、長屋の中から、あるいは道の先から人が集まり始めた。

 老若男女問わず、青鸞の周囲に人が集まっては声をかけてくる。

 青鸞はその一つ一つに言葉を返す、口調は柔らかで表情は明るい。

 流石に子供達に見せたような無邪気さは無いが、それでも十分に柔和な笑顔で。

 

 

「山中のおじさん、こんにちは。ただいま、後藤のお婆ちゃん。木村のお兄さんは相変わらずお上手ですね? 皆さん、何か困っていることはありますか? できるかはわかりませんけれど、何でも言って……」

 

 

 青鸞は、ここで暮らす日本人の人々を好んでいる。

 不足しがちな食料や物資の中でも、皆で頑張っていけることが嬉しかったから。

 だから彼女は、ブリタニア兵には決して向けない笑みを浮かべるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 日本解放戦線に保護された日本人は――特に若い男は――そのまま解放戦線に志願することが多い。

 もちろん戦闘や軍務に耐えられる健康な男子、と言う前提条件はつくが、ナリタ連山を始めとする日本解放戦線の勢力圏ではむしろそれが当然視されるような所があった。

 日本男児たる者かくあらんと言うわけだ、現実には女性兵も相当数いるのだが。

 

 

 とは言え物資が十分でない状況で兵だけ増やしても仕方が無い、志願条件は戦前の日本軍の規定通り、一部の特例を除いて18歳以上の男女に限定されている。

 しかし先に述べたように、ここでは男子は特に兵になることが求められる空気がある。

 よって兵に志願できない17歳以下の子供は、解放戦線が用意した訓練施設で基礎訓練を受ける。

 民間人居住区画に存在するその道場も、その一つだった。

 

 

「声が小さい! 打ち込み100本追加!!」

「「「はいっ!!」」」

 

 

 やや古ぼけた白の胴着と紺の袴を来た少年少女達が、竹刀を振るっている。

 打ち込みと言うだけあって、竹刀で叩く側と受ける側に別れての練習を行っている様子だった。

 少年少女達の顔は真剣そのもので、だからこそ指導する側にも力が入るのかもしれない。

 

 

「打ち込みだからと言って油断するなよ、目の前の竹刀を叩き折るくらいの気概で打て!」

「「「はいっ!!」」」

 

 

 少年達の高く大きな声に満足そうに頷くのは、卜部巧雪(うらべこうせつ)と言う男だった。

 逆立った髪とトカゲを思わせる容貌が特徴的な男で、どことなく捻た雰囲気が特徴的だ。

 深い緑の軍服を着ていることから、解放戦線メンバーの軍人だとわかる。

 彼がここで少年達に剣道を教えているのは、まぁ理由はいろいろあるだろうが、基本的にはこの道場の名前が「藤堂道場」であることで説明がついてしまう。

 

 

「巧雪さん」

「む? おお、青鸞か」

 

 

 その時、道場の引き戸が開いて1人の少女が姿を現した。

 水色の着物に身を包んだその少女は青鸞であって、居住区画の人々の群れと雑談を繰り返しながらここに到着したのである。

 竹刀を打ち合う大きな音が響き渡る中、巧雪は太い唇を笑みを形に歪めて道場の出入り口まで歩いた。

 

 

 その時、青鸞の後ろ3歩の位置にいる雅の存在にも気付いて、そちらには目礼を返した。

 ぺこりと頭を下げるキョウトの分家筋の少女から視線を動かして、卜部はこの道場の最初の「卒業生」を見つめた。

 青鸞も、自分より背の高い卜部を見上げるように見ている。

 

 

「帰っていたのか、新しい無頼のパイロットになったと朝比奈から聞いたぞ」

「はい、未熟ながら……桐原の爺様が配慮してくださって」

「ふむ……」

 

 

 桐原と言うのは、キョウトの重鎮――――実質的なリーダーの1人の名前だ。

 その名前を聞いた時、卜部の顔には明らかに不快の色が浮かぶ。

 それに対して、青鸞は軽く笑んだようだった。

 何と言うか、心配性な兄を見る妹のような目に卜部はバツが悪くなったように頬を掻く。

 

 

「ええと、仙波さんと凪沙さんは?」

「仙波大尉は仕事で出ている、千葉は……今、厨房で皆の昼飯を作ってくれている」

「なるほど……じゃあボク、手伝ってくるね」

 

 

 そう言って、青鸞は軽く頭を下げて卜部の前から辞した。

 雅もその後を追うわけで、卜部としては2人の和装の少女の背中を通路の向こうに見送ることになった。

 ポリポリと後頭部を掻くその姿は、妙に間が抜けて見える。

 

 

「あ、あの、卜部先生……」

「あ、ああ、すまん。打ち込みは終わったのか?」

「はい。えっと、それと……」

 

 

 卜部が振り向くと、年長の少年が困ったような顔でそこにいた。

 どこか引き攣っているような気がするのは何故だろうか、卜部も当然同じ疑問を抱いて尋ねる。

 すると、年長の少年は。

 

 

「何か今、青鸞さまが僕達のお昼ご飯を作りに行ったって聞こえたんですけど……」

「そうだ、光栄なことだろう」

「はぁ、まぁ……ただ、その……」

 

 

 少年の顔が絶望したように引き攣る、卜部はますます首を傾げた。

 しかし、不意に何かに気付いたように、まさしく「あ」とでも言うような顔をした。

 それから、苦りきった表情を浮かべて目の前の少年を見て……。

 

 

「……すまん」

「うわあぁ終わったああぁぁぁ――――っっ!?」

「ちょっともぅお――――っ、勘弁してくださいよ卜部先生いぃ!!」

「俺ら年長組の悪夢の3年間再びですかぁ――――!?」

「そんなんだから千葉先生に抜けてるって言われるんですよ!?」

「な、何だ貴様ら、年長者に対して! 罰として打ち込み1000本だ!!」

「「「逆ギレ!?」」」

 

 

 年少の少年少女達を置いて、卜部と17歳、16歳の年長組が騒いでいる。

 藤堂道場は、今日も賑やかだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「凪沙さん、お手伝いに――――」

「いらん、帰れ」

 

 

 青鸞は、道場奥の厨房に顔を出した瞬間に拒絶された。

 がーん……と言う擬音が背景に浮かんで見えそうな程の衝撃を受けているような表情で、彼女は厨房に立つ女性の背中を見ていた。

 すらりとした体型にショートヘア、どこかシャープな印象を受ける女性。

 

 

 名前を千葉凪沙(ちばなぎさ)と言う、深緑の軍服の上に袖丈の割烹着と言う実に新しい組み合わせの格好をしているが、別に彼女のファッションと言うわけでは無い。

 電気式の調理場の前、寸胴のような大きな鍋で湯を沸かしているらしい彼女は不意に振り向いた。

 厳しい印象を受ける鋭い眼差し、しかし今はそこに柔らかな光があった。

 

 

「冗談だ、大根を切るのを手伝ってくれるか?」

「……はい!」

 

 

 ぱっと顔を輝かせて、青鸞は着物の袖を捲くって縛った。

 雅が壁にかけてあった予備の割烹着を持って来てくれたので、それを身に着ける。

 その様子を、千葉は変わらず優しげな瞳で見つめていた。

 

 

 千葉と青鸞の付き合いは、5年近くに及んでいる。

 上官を通じるような形で出会ったのだが、正直、良い印象は持っていなかった。

 と言うより、解放戦線メンバーで彼女……というより、枢木と言う名に好印象を持つ者はほとんどいない。

 徹底抗戦を唱えながら、いち早く自決した首相のことなど。

 

 

「メニューは?」

「味噌汁だ。ただし具は大根しかない、ナリタの野草を添えて彩を誤魔化すつもりだ」

「わかった」

 

 

 頷き、青鸞は水切り場の前に立った。

 そこにはやや形の悪い大根が5本ほど置いてあり、すでに洗ってあるのか水滴が照明の光を反射してキラキラと輝いていた。

 青鸞はそれを見て頷くと、壁際に立てかけてあった軍用刀の鞘を掴んで。

 

 

「凪沙さん、刀借りるね」

「待て」

 

 

 冷静な顔に一筋の汗を流して、千葉は掌を青鶯に向けて止めた。

 

 

「一応聞くが、刀を何に使うつもりだ? 前々から何度も言うが、具材を切るのは包丁でやれ」

「これも前々から言ってると思うけど……正直、包丁より刀の方が上手く切れると思う」

「待て、まさか試したのか? 刀は日本人の魂だと……」

 

 

 青鸞がナリタに来たのは、ブリタニアとの戦争が終わって2年が経った10歳の頃だ。

 日本最後の首相の遺児、枢木家の幼年の当主、誰がどう考えてもお飾りのお姫様としか思えない。

 実際、千葉はそう考えていたし――――彼女の同僚にしてもそうだった、隠すつもりも無かった。

 

 

 だから彼女の上官、解放戦線のリーダー片瀬少将が頼りにする藤堂が居住区画に道場を開いた時、藤堂自身が青鸞を連れてきた時は訝しんだものだ。

 温情ある対応をしたような記憶は、千葉には無い。

 しかし5年が経過した今となっては、その中で青鶯の剣やナイトメアの操縦に対する姿勢を見続けていれば、出生と肩書きのみで判断すると言う者はいなくなる――――千葉も含めて。

 

 

「とにかく大根は包丁で切れ、それとお前は鍋に触るな。味噌だって貴重なんだ、無駄には出来ない」

「…………」

「そんな顔をしてもダメだ!」

 

 

 少なくとも共に調理場に立つ程度には、千葉は青鸞に心を許していた。

 同僚の朝比奈から、キョウトから青鸞に専用機が与えられたと聞いて、朝比奈と同じく青鸞に対するキョウトの思惑に疑念を抱く程度には、心配していた。

 その程度には、青鸞と言う少女は千葉の中に居場所を確保していたのだった。

 

 

 その後も2人は、大根を煮込むタイミングであるとか、味噌を混ぜ込む方法であるとか、野草の使い方であるとかの時々で揉めつつ調理を進めた。

 壁際で静かに控える雅の見守る中、年の差こそあれど。

 柔らかな空気が、そこには広がっていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――道場には、微妙な緊張感が漂っていた。

 流石に解放戦線上層部が使う会議室のような立派な板張りではない、固い床の上に直に座っている。

 通常の道場よりはやや手狭だが、しかし十数人の少年少女が並んで座る程度のスペースはある。

 

 

 そして今、正座する少年達の前には粗末ながら昼食が置かれている。

 小さな握り飯が一つに大根と野草の味噌汁、日本解放戦線の、それも保護されている民間区画の財政事情を思えば十分すぎる程に十分な食事だった。

 ただ、稽古の後で空腹を覚えているはずの少年達は――年少組は年長組が手をつけないと食べないので――誰一人として手をつけようとしない、緊張した面持ちで目前の握り飯と味噌汁を見ている。

 

 

「ん、んんっ。皆、安心してくれ、味付けは私がやった」

「「「いただきますっ!!」」」

 

 

 上座に近い方に座っていた千葉の言葉の直後、緊張を解いて少年達が握り飯を頬張り、味噌汁を飲み始める。

 その様子に青鸞は不思議そうに首を傾げていたが、さらにその隣にいる雅は苦笑いを浮かべている。

 実際、青鸞の仕事は大根を切るだけで終わっていた。

 味噌汁の中、不揃いな形の大根がゴロゴロしているのがその証だった。

 

 

「ん、やはり千葉の味噌汁は格別だな。皆も良く礼を言っておけよ」

「「「ありがとうございます、千葉先生!!」」」

「よ、よせ。卜部も余計なことを言うな」

「……えっと、ボクも少しだけ手伝って」

「青鸞さま、お味噌汁が冷めてしまいますよ」

「…………うん」

 

 

 表情筋の動きが鈍いものの、しかし明らかにしょんぼりとして千葉の味噌汁を飲み、「美味しい」と呟く青鸞。

 ちなみに青鸞は5年前からこの道場に所属している、今は卒業してナイトメアのパイロットになっているが、元々藤堂の門下生だった彼女からすればここにいる少年少女は全て「後輩」だ。

 

 

 特に10歳から13歳までの間は、千葉がいない時に厨房に入ることもしばしば。

 しかし考えてみてほしいのは、刀で具材を切るセンスの持ち主が果たしてどのような料理を作るのかと言うことである。

 そして年長組の少年が口走った「悪夢の3年間」と言う単語、それだけで全てが理解できようと言うものだった。

 

 

(皆……元気そうで良かった)

 

 

 お箸を味噌汁のお椀の上に置きながら、青鸞は道場に並ぶ人達を見て思った。

 この道場にいる人間は、皆が同じ師を持つ「身内」のようなものだ。

 だから、彼女も「青鸞」でいられる。

 

 

 目にはこの場にいる人達、そして脳裏には先程の居住区で暮らす人達。

 日本全土でブリタニアにより苦しめられている者全てを救う、その目的には程遠い微々たる人間達。

 物資や食料は豊かとは言えないし、地下深くで不自由な暮らしを余儀なくされている。

 

 

「あっ、それ俺のだぞ!」

「へへーんっ、食うのが遅いんだよ!」

「騒ぐな、静かに食え!!」

 

 

 ――――同じ目標に向かって歩む仲間、受け入れてくれる人達、居場所。

 日本独立のための、「徹底抗戦」を行う存在。

 そんな彼ら彼女らと共に、ここに在ること。

 

 

 それが、枢木の名を背負った自分がすべきこと。

 青鸞はそう思う、そしてそう思っているからこそ、彼女はナリタ(ここ)にいる。

 日本のため、亡父のため、そして――――「あの男」の行動の清算のために。

 枢木青鸞はこの時、そう信じていた。

 




採用キャラクター:
ATSWさま(小説家になろう)提供:榛名雅(キョウト)。
レイヴン2232さま(ハーメルン)提供:三上秀輝(キョウト)。
グニルさま(小説家になろう)提供:古川修一(軍人)。
相宮心さま(小説家になろう)提供:愛沢幸(一般人)。
楽毅さま(小説家になろう)提供:東郷直虎(軍人)。
ありがとうございます。


 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 現在判明している今回の主人公の属性は、「妹」「ボクっ娘」「和装」「擬似二重人格もどき(一人称変化によるキャラ切り替え)」「料理苦手」「ファザコン」です(え)。
 初めて描くタイプのような気もします、なかなか苦しい部分もありますが。
 読者投稿キャラクターの皆さまと一緒に、この激動の日本を潜り抜けて行けたらなと考えています。

 それでは次回予告、語り部はもちろん枢木青鸞。


『私(ワタシ)は「枢木」。

 ボクは青鸞(セイラン)。

 どちらも自分で、切り離せない一部分。

 どちらも抱えてボクは歩く、人の命が駒のように倒れていく世界を。

 そしていつか父様の跡を継いで、あの人に……』


 ――――STAGE3:「奇跡 と 四聖剣」


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STAGE3:「奇跡 と 四聖剣」

 ――――珍しいこともあるものだと、皇神楽耶(すめらぎかぐや)はそう思った。

 とは言え声には出さない、ここでは彼女が何かを喋ることは求められていないからだ。

 と言うよりも、必要が無い。

 

 

 長く艶やかな、まさに烏の濡れ羽色と言う表現が似合いそうな小柄な少女。

 年は15歳、しかし平安貴族が着るような肌を見せない淡い色の衣装と、大きなくりっとした瞳が彼女をより幼く見せている。

 彼女は薄暗く狭い空間にいる、だが別に閉じ込められているわけでは無い。

 

 

「……ご機嫌ですな、桐原公」

 

 

 少女を狭い場所に押し込める元凶、いわゆる御簾の向こうで行われる会話を――この場合、御簾の内側にいるのは神楽耶の方だが――聞く。

 それは、先程から年齢の割に豪快な笑い声を上げている存在に向けられた声だった。

 ただ、窘める声は僅かに不快さを滲ませていた。

 

 

「クカカカッ……いや、すまぬな。年甲斐も無く嬉しくなってしまってのぅ」

 

 

 笑っていたのはその場にいる人間で最も小柄な人物だった、しかもおそらく最高齢でもあるだろう。

 鶯色の和服に皺くちゃの顔、だがどこか粘着質な雰囲気を漂わせた男だ。

 桐原と呼ばれたその老人は笑い声を収めつつ、同じような表情で自分を睨む他の4人の男達を見やった。

 

 

 桐原泰三(きりはらたいぞう)、そして皇神楽耶。

 さらには刑部辰紀、公方院秀信、宗像唐斎、吉野ヒロシを含めて6名。

 日本の対ブリタニア戦争以前から、そしてその以後も、隠然たる影響力を持つ旧財閥系家門の集合体。

 キョウト六家。

 

 

「しかし、楽しくもなろう。よもやあの娘、いきなり武勲を上げるとはの。わしとしても、少々驚いておるのよ……こう言うのを、鮮烈なでびゅう、とでも言うのかの?」

「桐原公も、ブリタニアにかぶれてきましたかな」

「しかしながら、我らにも無断であの娘に専用機を渡すなど……少々、早いのではないですかな」

「左様、これでは一斉蜂起を遅らせてきた意味が薄れる。片瀬は以前から現在の立場から退きたがっているし……」

「何、アレももう15。予定外であることは確かだが、何も早すぎると言うことはあるまい。片瀬が退きたいと言うなら退かせれば良い、元々、アレの成長を待って枢木の代わりをさせる予定で……」

「それは……」

「うむ……」

 

 

 本来はここにはいない枢木家当主も含めて七家であるが、現当主が若年のためその権限と財は彼らに一時預けられている。

 そして今、彼らが話しているのはその若年の枢木家当主のことなのだった。

 桐原によって専用機を与えられ、その機体を駆ってブリタニアのナイトメアを撃破した少女。

 

 

(……青鸞(せいらん)……)

 

 

 御簾の向こうで語られる老人達の清廉とは言えない会話、それを聞きながら神楽耶は目を閉じた。

 その小さな胸の内で呟くのは、親戚であり幼馴染である少女。

 8歳より2年を共に過ごした、あの枢木家の……。

 ……キョウトの、もう1人の姫を。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「王手」

 

 

 澄んだ空気の道場に、少女の声が響く。

 声と共に、パチッ、と言う乾いた音がして……少女と向かい合っている男、鋭く尖っているような容貌の男が微かに唸った。

 2人の前には将棋盤があり、駒の位置は終局を示していた。

 

 

 1人は長い黒髪に胴着姿の少女、枢木青鸞(くるるぎせいらん)

 もう1人は同じく胴着姿の男、藤堂鏡志朗(とうどうきょうしろう)

 日本最後の首相の娘と、日本解放戦線最高の将と呼ばれる軍人。

 将棋盤の前に座る2人の横には竹刀が置かれており、稽古の後であることが窺えた。

 

 

「109手で終局……三間飛車からの穴熊崩し、見事だった」

「いえ、先達の方々の努力の賜物です。ボクはそれをお借りしただけです」

「いや、それでも玉を動かさずに攻撃の態勢を築いたのは見事だ。私も防ぎきれなかった」

 

 

 日本解放戦線の民間居住区にある藤堂道場、早朝にその場所を2人で使い、藤堂は青鸞と稽古終わりの将棋を指している所だった。

 まぁ、それももう終わってしまったが。

 こう見えて、青鸞は将棋が得意なようであった。

 

 

(もう、8年になるのか……)

 

 

 青鸞と向かい合いながら、藤堂はふと意識の一部を過去へと飛ばした。

 8年前、ブリタニアとの戦争が始まる数ヶ月前まで。

 その当時、藤堂はある事情で一組の兄妹に剣道を教えていた。

 その内の妹が今、目の前にいる青鶯である。

 

 

 彼女の兄は、そう言う方面においてはまさに天才だった。

 彼は剣を自身の一部として扱うことが出来たし、何より反射神経において天性の物があった。

 しかし、青鸞は違う。

 途中、一時的な中断はあるにせよ8年間稽古をつけた今でも剣ではおそらく兄には敵うまい。

 もちろん彼女には彼女の、兄とは異なる才能もあるだろうが。

 

 

「……青鸞」

「はい」

 

 

 自分が相手から取った駒の余りに指先で触れながら、藤堂は言った。

 

 

「将棋においては、時として駒を捨てねばならぬ時がある。それは何故だかわかるか?」

「捨て駒が無ければ、勝利への布陣を敷くことが出来ないからです」

「その通り、指し手はいかに効率良く捨て駒を作るかで腕前を測られる。それが将棋だ、だがな青鸞」

「はい」

 

 

 素直に頷く青鸞に過去の少年を重ねながら、藤堂は言う。

 

 

「将棋においては、駒はただの駒に過ぎない。だが実際に戦場に出れば、駒にはそれぞれ兵士の命が乗っている」

「…………」

「将棋の駒は簡単に捨てられるだろう、だが兵の命は簡単には捨てられない。もし兵の命を将棋の駒同然に捨てれば、その者に指揮官たる資格は無い。しかし兵の命を惜しんで勝利を逃せば、またその者は指揮官たる資格が無い」

 

 

 戦争と言う非生産的な行為において兵の指揮を執る者は、常にその想いを胸にしていなければならない。

 兵の命は重い、だが惜しまず必要なら捨て駒にする、その狭間で常に苦しむことになる。

 それはある意味で、目の前で戦友や無辜の民が殺されるのを見るよりも辛い所業だ。

 

 

 指揮官として部下の命を預かり、7年前の戦争から戦場を潜り抜けてきた藤堂。

 そんな彼だからこそ、数々の戦場で部下の兵の命を効率よく捨て駒にして来た彼だからこそ言葉に重みが出る。

 青鸞には、藤堂の背負う重みはまだわからない。

 

 

(でも、もし本当にボクが父様の跡を継ごうとするなら……)

 

 

 いつかと言わず、今からでも必要になるかもしれない気構えだった。

 だから藤堂は、自身の経験を重ねて青鸞に教えてくれるのだろう。

 それがわかるから、青鸞は全てはわからないまでも、真剣な顔で頷きを返すのだった。

 

 

 それにしても、今日の藤堂は良く喋ると青鸞は思った。

 柄にも無い説教をしたと照れているのかもしれない、そう思うと胸の奥が温かくなるのを感じた。

 だから青鸞は、ふと表情を崩して。

 

 

「藤堂さんは厳しいけど、相変わらず優しいね」

「む……」

 

 

 ふわりと微笑した青鸞に、藤堂の左手がぴくりと動きかけたのは気のせいか否か。

 藤堂が何かを誤魔化すように咳払いをすると、青鸞は今にも笑い声を上げそうな表情を浮かべた。

 それが面白くないのか、藤堂は強面の顔をやや背けるようにして。

 

 

「中佐」

 

 

 藤堂が何か話そうとしたその時、弛緩しかけていた道場の空気に異物が入り込んできた。

 いや、異物と言うものでもないだろう、そこにいたのは藤堂の部下、卜部だったのだから。

 彼は道場の中の2人に視線を向けると、2人に向けて告げた。

 

 

「青鸞、中佐。片瀬少将がお呼びです、至急会議室まで来てほしいと」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「先日、大阪で起きた爆弾テロ……と、ブリタニアの連中が呼んでいる事件を知っているか?」

「はい、概要は」

「うむ……」

 

 

 開口一番に問われたことに、青鸞が若干目を白黒させながらも頷いた。

 先日も呼ばれた板張りの大会議室、しかし先日と違い3人しかいないその場所。

 軍服姿の片瀬と藤堂、そして大急ぎで藤色に花流水の着物に着替えた――汗を流す時間は無かったので、拭ったけだ――青鸞。

 

 

 ちなみに大阪の爆弾テロと言うのは、そのままの意味である。

 大阪の中心にあるブリタニア資本のビルを何者かが爆破した事件で、ニュースによればブリタニア人8名を含む59名が犠牲になったと言う。

 なお、ブリタニア人犠牲者以外の51名には日本人(イレヴン)も含まれている。

 

 

「片瀬少将、それが何か……?」

「まぁ、待て。もうすぐブリタニア側の放送が始まる」

 

 

 こちらの問いかけにはそう応じて、片瀬は手元のリモコンを操作した。

 すると天井の一部が開き、そこから細いワイヤーに吊るされた巨大なモニターが降りてくる。

 ちょうど片瀬達の目線の位置にまで下がったそのモニターは、僅かな起動音を立てて光を放つ。

 繋がりが悪いのか若干映像が乱れているが、映っているのは先程も話に登った大阪のテロに関するニュースのようだった。

 

 

 不意に、ニュース映像が途切れる。

 変わりに現れたのは、国旗だった。

 青地に赤十字の中央に王冠と盾を配し、盾の中にライオンと蛇が描かれている。

 それは、現在日本をエリア11と呼んで統治している神聖ブリタニア帝国の国旗だ。

 

 

『お待たせ致しました、神聖ブリタニア帝国第3皇子、エリア11総督、クロヴィス殿下よりの会見のお時間です』

 

 

 どこか機械的なアナウンサーの声の後、さらに映像が切り替わる。

 ブリタニア国旗があるのは変わらない、しかしそれを背景として立つ男がいた。

 長い金髪に、いかにも王侯貴族が着るような紫の衣装と白いマントを纏った男だ。

 ブリタニア帝国の皇子――――そして、今の日本の総督(とうちしゃ)

 

 

『帝国臣民の皆さん、そして私の統治に協力して頂いているイレヴンの皆さん。私はこのエリア11を預かる――――』

「……クロヴィス・ラ・ブリタニア」

 

 

 口の中だけのその呟き、しかしそれが聞こえたのか藤堂が切れ長の瞳を青鸞の横顔へ向ける。

 ……戦争に敗れた日本はブリタニアに「エリア11」と言う呼称を押し付けられ、統治されている。

 総督と言うのはまさに植民地を預かり、皇帝の代理としてその領土を統治する行政官だ。

 日本の場合、今モニターに映っている男がその総督と言うことになる。

 

 

『我々はテロには屈しません、何故ならば我らは正義だからです。無関係な市民を狙い撃ちにする悪逆非道なテロリストを討ち果たし、この地に秩序をもたらすことこそが凶弾に倒れた者達への餞として――――』

「……どう思う、藤堂?」

「どうもこうも……いつもの美辞麗句でしょう。この総督は派手好きなことで有名ですから」

 

 

 日本を侵略しておいて、こちらの反抗を秩序への挑戦とこき下ろす。

 それはまさにブリタニアらしい言葉で、ある意味ではクロヴィスと言う男は非常にブリタニア的なのだった。

 まぁ、国政に影響力を持つ第3皇子ともなれば当然だろうが。

 

 

「……それで、片瀬少将。どうして(ワタシ)をお呼び頂いたのでしょう、もしかして今の放送を見せたかったのですか?」

「それもあるが、本題はそこではない。本題は大阪の件の方だ」

 

 

 クロヴィス総督の会見が終わるとモニターも消えて、片瀬は改めて青鸞の顔を見た。

 そして彼は、大阪で爆弾テロを起こしたグループが保護を求めてきていることを告げた。

 

 

「保護?」

「うむ、どうやら我々の傘下に……より言えば一員にしてほしいと言うことだ。普通なら一考にも値しないのだが、大阪の件を手柄に、と言うことらしい」

「しかし、それだけではない」

「……流石だな、藤堂。彼らは旧日本軍の末端兵だった者達らしいのだ、それに手土産としてセイブ軍管区における政治犯リストを持っていると言ってきている」

 

 

 政治犯、要するに反ブリタニア組織の人間や旧日本政府・旧日本軍の人間のことだ。

 そのリストがあるとなれば、そうした政治犯の救出活動に大いに役立つことだろう。

 

 

「そこで、海路と陸路を経て大阪からこちらに向かっているグループが今日にも付近に到達することになっている。青鶯には彼らを迎えに行ってもらいたいのだ」

「……(ワタシ)が、ですか」

 

 

 意外な言葉に、僅かに驚く様子を見せる青鸞。

 そんな彼女に頷いて見せる片瀬を、藤堂は目を細めて見つめた。

 まるで、この解放戦線のリーダーが考えていることを読もうとするかのように――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 先にも似たようなことが話に出たかもしれないが、日本解放戦線における青鸞の立場は、実は曖昧だ。

 曖昧で、そして微妙だった。

 そもそも7年前の戦争以降、故枢木ゲンブ首相の遺児の存在は秘匿されてきた。

 特に外部に対して……それも、この5年でだいぶ緩んでしまったが。

 

 

 理由は大きく3つある、第1に幼かったこと、第2にブリタニアの追跡をかわすため。

 そして最も大きな第3の理由、日本側でもどう扱うかが決まっていなかったからだ。

 そうこうする内に、2人いた遺児の内息子は姿を消してしまった。

 ただこれは本人の意思に拠る所が大きく、キョウトの一員として家に残ることを選択した娘と違い、あっさりとブリタニア側に捕捉されて……いや、それは今は良いだろう。

 

 

「藤堂さんは、出迎え部隊にボクが入ることに反対ですか?」

 

 

 片瀬の前を辞した後、青鸞は複雑そうな表情を浮かべる藤堂にそう聞いた。

 着物の肩に流した黒髪を揺らしながら、不思議そうに首を傾げる青鸞。

 

 

「ボクでは、力不足でしょうか」

「いや……」

 

 

 そう言うわけではない、藤堂がそう言うと青鸞は微笑した。

 実際、彼女は初陣の新兵ではない、すでに実戦を経ている。

 自身の目的のために、手段を履き違えないだけの思慮も持っていると思う。

 しかし、「だからこそ」。

 

 

「…………」

 

 

 任務の準備があると去っていく青鸞の背中を、藤堂はやはり複雑な表情で見続けていた。

 そこには、彼にしかわからない苦悩があった。

 15にもならない生娘を戦場に出したことか?

 それともこうなるとわかっていて、青鸞を5年前にナリタを連れてきたことか。

 それもある、しかしそれは一要素でしかない、彼をより苦しめているのは。

 

 

 ――――(ワタシ)は、父の遺志を継ぎます。

 

 

 青鸞が、故枢木ゲンブの唱えた「徹底抗戦」の遺志を継ぐと公言していることだ。

 ナリタにいる人間は元々それを当然視していた所もあるし、兵の中にはそんな彼女を支持する層も確かに存在する。

 だが彼女が「枢木首相の唱えた徹底抗戦」について口にする度、藤堂は苦しむのだ。

 何故なら、何故なら藤堂は……。

 

 

「……私は、あの子をどうすれば……」

 

 

 エリア11最大の反ブリタニア武装勢力、日本解放戦線のリーダー片瀬が頼りにする懐刀、藤堂鏡志朗は、普段の明敏さも欠片も無い声音で誰かに尋ねた。

 しかし誰に尋ねた所で、答えてくれる人間など誰もいないのだった。

 

 

「……桐原公……」

 

 

 ここにはいない誰かは、問いかけに永遠に答えてはくれない。

 そんな彼の目から見れば……青鸞の去った後の空気は、酷く無味乾燥だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 パタパタと部屋の中を小走りに駆けているのは、キョウトの分家筋の少女、雅だった。

 青鸞付きの人間としてナリタにいる割烹着姿の少女は、何か慌てた様子だ。

 ナリタ連山の日本解放戦線の本拠地、ナイトメアの女性パイロット用のロッカールーム。

 そこで彼女は、青鸞の着替えの世話をしていた。

 

 

「まったく、急にまた出るだなんて……」

「いや、別に毎回違う着物とか用意しなくても良いんだけど……」

「そうは参りません。キョウトの家からも枢木家の当主に相応しい服装をさせるようにと、キツく言われてるんですから」

 

 

 むんっ、と何故か胸を張る雅の姿に、青鸞は何とも言えない表情を浮かべた。

 彼女としては貧しい暮らしに耐えている民衆もいるのだから、あまり高価そうな着物を出されるのも気が引けるのである。

 ただ、それを言うと。

 

 

「逆です、このナリタで青鸞さまの存在を知らない人はいないのですから。枢木家の当主がみすぼらしい格好をしていたら、それこそ皆が不安になりますよ」

「……そう言うものかな」

「そう言うものです」

 

 

 あんまり自信満々に言われるものだから、青鸞もそう言うものかと思うしかない。

 

 

「そう言えば、桐原の爺様も父様はそう言うのが凄く上手かったって言ってたね」

「はい! ……それに、神楽耶さまと私の楽しみが」

「何か言った?」

「いいえ、何も?」

 

 

 にこりと首を傾げる雅、何故かその後ろにキョウトの幼馴染の姿がダブって見えたのだった。

 

 

「……ところで、青鸞さま」

「何?」

 

 

 雅の他に誰もいないので、青鸞の口調は軽い。

 いわゆるただの「青鸞」の状態であって、人の目を気にすることも無いのだ。

 彼女は着ていた着物の帯を早々と解くと、ひょいひょいと袷を解いて脱いでいく。

 

 

 照明の下に白い肌が晒されていく姿は、未完成な少女故のアンバランスな魅力を放っていた。

 透明感のある肌は、地下で過ごす時間が多いからこその肌色なのかもしれない。

 その一つ一つの布を受け取り、拾いながら、雅が言う。

 

 

「……別に、下着まで脱いでしまうことは無いと思いますけど」

「え、で、でもこれってそう着るんじゃ、ライン出ちゃうし……ボク、今まではそうしてて」

 

 

 襦袢を放られたあたりでそう指摘すると、下着から足を半分抜いた体勢で青鸞はぴたりと固まった。

 ほぅ、とどこか生暖かい目線で雅が青鸞を見る。

 そして。

 

 

「……パイロットスーツは、下着を脱がずとも着れるものです」

「…………そうなの?」

「はい、専用のサポーターと言う物があります」

「そ、そうなんだ……」

 

 

 どこかしゅんとして下着を着直す青鸞に、雅は苦笑を浮かべる。

 頬に手を当てて困っている風だが、何故だろう。

 どこかゾクゾクとしているように見えるのは、気のせいだろうか。

 やはり、キョウトにいる幼馴染が乗り移っているような気がする……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ザザ、ザ……と、砂嵐のような音が狭い空間に響いた。

 そこはまるで鉄の棺桶のような場所で、しかし無数のディスプレイとランプが照明となって明るく照らしてもいた。

 その明るさが照らしているのは、整った容姿の金髪の男だった。

 

 

『――――キューエル卿、衛星が逃走中のテロリスト達を捕捉しました。予測ではあと30分程で、ボウソウのトウブ軍管区に入ります』

「ふん、イレヴンめ……コソコソとどこに向かっているのやら」

『すぐに対処致しますか?』

「……いや、今は泳がせておけ。とはいえそこまで付き合う気も無いが、まぁ、結局はただ犬が逃げているだけだろうが……暇を持て余していたのも事実」

 

 

 くくっ、と喉奥で笑いながら、キューエルと呼ばれたブリタニア人はそう言った。

 イレヴン、暇潰し、いずれもまさにブリタニア人が口にする単語だった。

 彼はぴっちりとしたパイロットスーツに身を包んでいた、今いるのもナイトメアのコクピットの様子、そしてパイロットスーツの胸には赤い羽根飾りが付いている。

 

 

「犬同士、他に仲間がいる可能性もある。もう少し監視を続けろ、2時間経過して何も無ければ、その時は……」

『イエス・マイロード』

 

 

 通信が切れた画面を面倒そうに見つめて、キューエルはコクピットのコンソールに肘を置いた。

 どことなく面倒そうな仕草ではある、実際、面倒なのだろう。

 しかし同時に、どこか猟奇的な笑みさえ浮かべて。

 

 

「クロヴィス殿下の治世を乱すゴミめが」

 

 

 そう、言ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――実を言えば、青鸞はクロヴィス総督の他にブリタニアの皇族をあと2人知っている。

 いや、本当の意味で知っていると言えるのは、やはりその2人だけだろうと思う。

 幼い頃、枢木の家で僅かな時間を共有した……。

 

 

「青鸞さま」

 

 

 トレーラーの中、横から聞こえてきた声に青鸞は現実の世界を認識した。

 3人座れる運転座席の左端に座った彼女が横を向けば、そこには2人の人間がいる。

 どちらも解放戦線のメンバーであり、大阪から来るグループを迎えに行く一行の一員だった。

 万が一に備えてトレーラーに積んであるのは青鸞の無頼、使わないで済む可能性の方が高いが、新たな機体のため持ち出す回数が多ければ多いほど良いのである。

 

 

「そろそろ合流時間です、準備はよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」

 

 

 頷きを返せば、相手も同じように冷静な顔で頷きを返してくる。

 声をかけているのは真ん中に座る軍人、名前を佐々木遥(ささきはるか)と言う。

 黒のショートヘアに細い眼差しの女性で、20代後半と言う若さだが、7年前の戦争にも参加したベテランである。

 そして今は、上官に命じられて青鸞の傍についている……目付け役だ。

 

 

「実際の事は全て草壁中佐がなさいますので、青鸞さまにはお姿を見せないよう、ここで見守って頂きたく思います」

「……そうですか」

 

 

 別に元よりでしゃばるつもりは無かったのだが、そうまではっきり言われてしまうと流石に返答に間が開いた。

 片瀬の依頼で来ているものを何故草壁が掣肘するのかはわからない、が、青鸞が今はまだ何の公的地位も得ていないことも確かだった。

 信用度のわからない相手の前に出したくない、と言うのもあるのだろうが……。

 

 

(別に、直接言わなくても……)

「別に、そんなはっきり言わなくとも」

 

 

 不意に青鸞の思考を代弁するかのような声が響いて、彼女は顔を左へと動かした。

 

 

「何か言ったか、青木伍長」

「いえいえ、何も何も」

 

 

 青木だった、どうやら青鸞の機体を運ぶ役目を自任でもしているらしい。

 先日と違い軍服姿、軍服についているエンブレムは旧日本軍の空軍部隊の物で、彼は青鸞と視線が合うと軽く肩を竦めて見せた。

 それに、青鸞は僅かに笑んで頷きを返した。

 

 

「ふん、いい気なものだな」

 

 

 ナリタから数キロ離れた位置にある、倒産した旧日本資本の建設資材置き場。

 草壁はコンテナが並ぶそこで――例の、会議場で片瀬に噛み付いていた旧日本軍の中佐だ――大阪から来ると言うテロリスト・グループを待っていた。

 森を切り開いて作ったそこは開けているものの、周辺を放棄された資材や山に囲まれている。

 山の時間は早い、日が沈んでしまえばあたりは真っ暗だ。

 

 

 草壁が電子式の双眼鏡で見上げる先は山の中腹の森林だ、そこに一台のトレーラーが潜んでいる。

 そこには彼の部下2名とあの少女がいる、日本最後の首相の息女。

 ナリタで彼女のことを知らない者は今ではほとんどいない、片瀬が慎重に情報を浸透させた結果だ。

 そして草壁は、青鸞に対する片瀬のそうした見え透いた行動が気に入らなかった。

 

 

「しかし草壁中佐、確かに青鸞さまの前では大阪のグループを我らの仲間とするのは難しいのは確かですが……片瀬少将に苦言を呈されませんか」

「少将には私から、身辺の安全のためと報告する。問題ない」

 

 

 低い声で傍らの部下に応じて、草壁は双眼鏡を他の部下に投げ渡した。

 ここで言う「我らの仲間」とは、解放戦線の仲間と言う意味ではなく、草壁の派閥へ編入すると言う意味である。

 しかも相手は政治犯リストを強奪できる実力を持った旧日本軍人だと言う、好条件だった。

 

 

 しかし、である。

 草壁の表情は険しかった、とてもこれから自分の派閥を強化しようとしている者の顔とは思えない。

 だからだろうか、周囲の部下達も草壁の真意を測りかねて戸惑いの表情を浮かべている。

 

 

「……中佐、やはり青鸞さまもお呼びした方が良いのでは。真っ先に逃げ出した枢木首相の娘とは言え、日本最後の首相の娘と言う肩書きを持つ者を遠ざけるのは、やはり得策とは……」

「馬鹿者!!」

 

 

 威圧が場を制した、周囲の部下が草壁の巨体が何倍にも膨れ上がるかのような錯覚を覚える程に。

 

 

「貴様らは、あんな小娘に頼らねば日本の独立は成せぬと言うのか!? そのような弱腰だから、貴様らはいつまで経ってもキョウトにすら侮られるのだっ!!」

「も、申し訳ありません!」 

「わ、我らが考え違いをしておりました。軍人でもない女子に頼るなど、そんなつもりは……」

「……わかれば良い」

 

 

 案外あっさりと矛先を収めて、草壁は部下に用意させた持ち運び式の椅子にどかっと腰を下ろした。

 そのまま腕を組み、先方が到着するまで待つ。

 周囲の部下は草壁が怒りを収めたことにほっとした気配を漂わせる、だが、実はその雰囲気を感じるだけでも草壁は苛立った。

 

 

 ――――日本最後の首相の娘を遠ざけるのは、得策では無いだと?

 そんなことは賢しげに言われなくともわかっている、あの娘を旗頭に日本中の勢力を糾合して一斉蜂起を行い、ブリタニアを海の向こうに叩き返す……誰でも考え付く策だ、草壁でなくとも、誰でも。

 本人もそのつもりで亡父の後を継ぐつもりなのだろう……そして。

 

 

「片瀬の腑抜けめ……」

 

 

 誰にも聞こえない小さな声音で、草壁は毒吐く。

 脳裏に浮かぶのは、何かにつけて藤堂の意見を窺う解放戦線のリーダーの顔だ。

 そして、青い着物を着た少女の色の薄い顔……。

 

 

「……あのような小娘に背負わせられる程、日本は小さくは無い。あのような年端もゆかぬ娘に頼らねばならぬ程、我らは死んではいない……」

「中佐! 来ました、大阪のグループです!」

 

 

 草壁が怒りと不満以外の感情を瞳の奥に一瞬だけ見せた時、部下が彼に声をかけてきた。

 暗視機能もついた電子式の双眼鏡を再び受け取ると、放置されて荒れた道を走ってくる一台の小型トラックを確認した。

 トラックのライトを明滅させて信号を送ってくる、それは……。

 

 

「ぬ!?」

 

 

 それは、草壁が姿を確認した次の瞬間、炎の中に消えた。

 何事かと思ったが、双眼鏡から目を離し、夜の闇を轟音と赤黒い炎で照らすそれを見て気付いた。

 大阪から来たというトラック、そのエンジン部に突き刺さっていたアンカーを見て、気付いた。

 スラッシュハーケン、ナイトメアの基本装備――――。

 

 

「ナイトメア……ブリタニア軍! 尾けられていたか、大阪め!!」

 

 

 苦々しげな表情で草壁が叫んだ次の一瞬、トラックを破壊したらしいナイトメアが木々の間から姿を現した。

 そしてそのナイトメアは顔面部のセンサーを開くと、ゆっくりと草壁達の方を見て。

 ……独特の電子音と共に、赤いセンサー波が輝いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「枢木首相の遺児を旗印に、今はバラバラに動いている反体制派を糾合する」

 

 

 板張りの会議室で、将棋盤を前に片瀬はそう言った。

 将棋盤の向こう側にいるのは藤堂だ、片瀬の前で盤を睨みながら自分の駒を動かす。

 それに対して軽く唸ると、片瀬は次の手をどうするかと顎を撫でて考え込む。

 

 

「あの娘をいつどのように扱うか、それがここ5年の我々の最大の課題だったわけだが……」

 

 

 パチリ、駒を打つ片瀬。

 対する藤堂は、非常に難しい顔をしている。

 対局に対してでは無いことは、即座に駒を動かしたことでわかる。

 

 

「……しかし、まだ早いのでは」

「キョウト側の意向でもある、そろそろあの娘の存在を正式に公表(アピール)したいと。それに、ブリタニアも我々の側の捕虜などからあの娘の存在を嗅ぎつけつつある、情報の秘匿も限界だ」

 

 

 元々、難しい課題ではあったのだ。

 後々の支持を得るために解放戦線の内部には存在を広め、それでいて外のブリタニアに対しては所在を秘匿する、それがどれほどの労力と神経を使うものであったか。

 ブリタニアの捕虜になれば拷問と自白剤で嫌でも吐かされる、そうなるくらいなら死ねと命じられる片瀬ではない。

 

 

 だから片瀬にできることは、仮に存在を嗅ぎつけられてもどこにいるのかを隠すこと。

 戦後7年、未だナリタの存在はブリタニア軍には発見されていない。

 これはもちろん、有り余る財力でブリタニア政庁内に網の目を張っているキョウトの協力があってこそ可能な荒業だった。

 

 

「専用機も得て、美しく成長し、本人も亡父の跡を継ぐことを希望している。そろそろ、準備をしても良い頃だろうと私も思う。ブリタニアに対する一斉蜂起の計画も、幾度も延期しつつも基本は秒読み段階なのだからな」

「だからこそです、だからこそ……このまま、あの娘を表に出すことなく、切り札を切ることなく蜂起を成功させることは出来ませんか」

 

 

 藤堂の言葉に、片瀬は駒を持った手を止める。

 それはまさに、自分が今打とうとしている手を躊躇するかのような動きだった。

 そして実際、このタイミングで青鸞の存在を公表するメリットがどれだけあるだろう。

 

 

 確かに日本中の反体制派を糾合する旗印にはなる、しかしそれは日本解放戦線の存在で代用できることなのではないのか。

 日本最後の首相と言う個人では無く、日本解放戦線と言う組織を核にはできないか。

 しかし、片瀬はそれに力の無い笑みを浮かべた。

 

 

「藤堂、自分の信じていないことを私に信じろと言うのは、聊かお前らしくないな」

「…………」

「……確かに、日本解放戦線が、我々が核となって糾合できれば良い。しかし、出来なかった」

 

 

 理由は、日本解放戦線が一枚岩の組織ではないからだ。

 方針の纏まらない組織など、いくら大勢力でも烏合の衆に過ぎない。

 ブリタニアに対する姿勢ですら纏まっていない、完全な独立を勝ち取るまで戦うべきだとする強硬派もいれば、高度な自治を取って良しとする穏健派もいる。

 

 

 第一、片瀬とて参加している者の中で最も旧日本軍での階級が高かったからトップに据えられているだけだ。

 比較的に高い地位にあったと言うだけでトップに立っただけの男になど、階級を絶対とする軍人はともかく、外の組織がどうして従うだろうか。

 諸勢力の糾合には旗印が、天性でも人工でも良いからカリスマが必要だ。

 

 

「そのカリスマ、核となる人間に能力があれば良し。また無かったとしても藤堂、お前が支えれば良い。今、こうして私を支えてくれているように」

「片瀬少将、しかし……!」

「藤堂」

 

 

 その時、藤堂は息を呑んだ。

 目の前で、自分の手の中の将棋の駒を見つめる老齢の将軍が。

 

 

「……私は、もう疲れた」

 

 

 片瀬が、酷く年老いて見えたから――――。

 

 

「……少しょ」

「藤堂さん!!」

 

 

 その時、会議室の扉が荒々しく開かれた。

 そこにいたのは少年のような風貌を持つ眼鏡の男で、彼は片瀬の存在に気付くとその場で敬礼をした。

 しかし慌てたような雰囲気は変わらず、藤堂が息を整えて何事かと聞くと。

 

 

「青ちゃ、じゃない、大阪のグループを迎えに出た青鸞さま達が……」

「何だと……!?」

 

 

 続けられた言葉に藤堂が膝を立てる、同時に彼は片瀬の視線を感じた。

 いつもと同じ、どうすれば良いのかを藤堂に求める目だ。

 ただ、それはけして片瀬が無能であるが故のことではない、逆だ。

 藤堂の有能さ、それも「奇跡」とさえ称される彼の手腕への期待がそうさせている。

 

 

 だから彼は、片瀬を見下したりはしない、情けなく思ったりはしない。

 ただ、恨むだけだ。

 自分の名に「奇跡」の名を上乗せさせた、今は遠くにいる誰かを。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 草壁達の前に現れた3機のナイトメアは、ブリタニアの騎士(パイロット)キューエルに率いられた小部隊だった。

 実はこのあたりはすでに日本解放戦線の勢力圏ではあるのだが、彼は気にも留めなかったようだ。

 何故なら、彼は「純血派」と呼ばれるブリタニア至上主義者だからだ。

 

 

『キューエル卿、この近辺には我が軍の駐屯地がありません。政治犯リストの強奪犯は殲滅したことですし、撤退した方が良いかと……』

「臆するなチャールズ、我らは世界で最も優秀なブリタニア人だぞ。それに見た所、ここはテロリスト共の合流地点だったようだ。アレらを皆殺しにして、初めて殲滅したと言える」

 

 

 ナイトメアのコックピットの中で、まさにブリタニア人らしい金髪の青年が笑う。

 彼の目の前のメインディスプレイには、廃棄された建築資材置き場の様子が映し出されてる。

 夜のため暗視・温度探知での索敵になるが、資材置き場の各所で人間らしき熱源を探知することが出来る。

 

 

「――――こちらブリタニア軍、トウブ軍管区所属、親衛隊のキューエルだ。資材置き場にいる者達に告げる、今すぐ出てきて顔を見せろ! テロリストで無いか確認する、栄光あるブリタニア臣民であるのならば――――」

 

 

 通信機を使用してのキューエルの勧告、それへの返答は簡潔だった。

 キューエルが操縦桿を引いて機体の胸を上げ、内蔵された機銃を撃ち放った。

 それは唸りを上げて飛翔するロケットランチャーの弾丸を脆くも葬り去り、同時に資材置き場の一部に潜んでいた敵兵を資材の詰まったコンテナごと吹き飛ばした。

 

 

「ふん、文化的な言葉が理解できぬ猿め」

 

 

 相手がブリタニア語を理解できるかどうかは、この際は関係が無かった。

 いずれにせよ敵だとわかった、それ以降のキューエル達には容赦が無かった。

 破壊しても放棄された資材置き場だ、誰に文句を言われるわけでも無い。

 だから彼らは自分のナイトメアの一斉射撃で、一気に終わらせようと――――。

 

 

「……ん?」

 

 

 それまでニヤついた笑みで、資材置き場を右から左へと薙ぎ払っていたキューエルが眉を潜める。

 3機のナイトメアが背中を合わせるように機銃掃射を行っていたのだが、正面の彼から見て左側に突然新たな大きな熱源反応が生まれたのだ。

 しかも、警告のレッドランプを伴って。

 

 

 反射的に操縦桿を立てて押し込み、キューエルが自分のナイトメアを前進させる。

 キューエルの左側にいたナイトメアも回避に成功する、しかし背中を見せる形だったもう1機は反応が遅れた。

 

 

『ぬわあぁっ!?』

「チャールズ!!」

 

 

 僚友の悲鳴に機体を翻せば、薄紫に頭と肩を赤に塗った機械人形(ナイトメア)が、左の二の腕と右腿の上部にアンカーを打ち込まれていた。

 スラッシュハーケンのワイヤーがたわみ、次いで急速に引き戻されて張るのをキューエルは見た。

 爆発四散する僚機からコックピットが排出されるのを確認して、キューエルはスラッシュハーケンが戻る先へとセンサーカメラを向けた。

 

 

『ナイトメア! テロリストか!?』

 

 

 残った僚機のパイロットが叫ぶ、実際、資材置き場横の森の中から姿を見せたのはナイトメアだった。

 ただしキューエル達の乗る物とやや異なる形状のナイトメアで、キューエル達が引き起こした資材置き場の火災で照らされるカラーリングは濃紺だ。

 顔面部のカバーが開き、こちらを探るようにセンサーを放っている。

 

 

『キューエル卿、お気をつけください。ブライとか言うイレヴンのナイトメアです!』

「ふん、グラスゴーもどきだろう? 知っているさ、所詮は劣等民族の猿真似……!」

 

 

 そして自分の方へと突っ込んできた敵ナイトメア――無頼を見て、しかしキューエルは余裕を崩さなかった。

 エリア11のテロリストがグラスゴーのコピー機を使うことは知っていたし、大体、総督直轄の騎士(パイロット)である彼は過去に何機もの同型機を撃破しているのだ。

 地方に展開されているようなパイロットとは、格が違うのである。

 

 

 だから彼は自分のナイトメアに突撃槍にも似た武装を構えさせると、相手の無頼が振り下ろしてきた刀を冷静に捌いた。

 ランスの表面を滑らせるように刃を逸らす、その時、確かに相手の動きが軋んだ。

 動揺したのだろう、もしかしたら若いパイロットなのかもしれない。

 キューエルは、唇に浮かぶ嘲笑を隠そうともしなかった。

 

 

「グラスゴーもどきで、このサザーランドの相手が出来るものか!」

 

 

 叫んで、キューエルは無頼を押し返すように自身のナイトメア――第五世代ナイトメア『サザーランド』、グラスゴーの後継機――を前進させた。

 拮抗していた力が、サザーランド側に有利になっていく。

 

 

 一方、無頼の中で青鸞は息を呑んだ。

 濃紺の、身体のラインが浮き出てしまうくらいぴったりとしたパイロットスーツに身を包んだ少女は、目の前のディスプレイ一杯に映し出される敵ナイトメアに怯んだのである。

 先日戦ったグラスゴーとは違う、性能も、技量も――――青鸞は敏感にそれを感じ取った。

 

 

「強い……!」

 

 

 少なくとも、自分よりも実戦経験のある相手だ。

 しかしだからと言って、ただ負けるようなつもりは青鸞には無い。

 彼女は機体の前進力を強めるべくさらにペダルを踏み込んだ、ランドスピナーの回転が増して、押し込まれかけていた機体の体勢を整える。

 

 

 だがそれは間違った対応だった、相手のナイトメアは逆に後退したからだ。

 一見、無頼が押したように見える。

 しかし逆だ、サザーランドが無頼を引いたのである。

 結果、前進の力が過ぎた無頼はたたらを踏むようにバランスを崩す。

 

 

「……ッ!」

 

 

 操縦桿を立て、ボタンを押し、レバーを引き、ペダルを踏む。

 ナイトメアの操縦は一見単純な作業だ、しかしその作業の一つ一つに順序がある。

 それを間違えるか間違えないか、それがパイロットの生死を分ける。

 例えば、今のように。

 

 

 無頼を引き込んでバランスを崩させたサザーランドは、自らはランドスピナーの非対称回転によってターンしながら無頼の背後に回った。

 剣とランスの表面が削り合って火花を散らす中、それはさながらダンスのように見える。

 遅れて無頼も同じようにターンをする、それで辛うじて突き込まれた槍を刀で逸らすことに成功した。

 これにはキューエルの方が驚いた、まさかグラスゴーもどきが超信地旋回とは。

 

 

『猿真似もここまで来れば、なぁ……!!』

「……無頼……ッ」

 

 

 自分の刀ごと相手のランスをかち上げ、胸部スラッシュハーケンを撃つ。

 当たらない、サザーランドはグラスゴーとは比較にならない――青鸞の無頼と比較しても――素早い反応を返して、大きく後退しながら迂回すると言う手段で回避した。

 スラッシュハーケンを巻き戻す間に肉薄され、ランスの石突部分で脇を押された。

 

 

「あ……ッ」

 

 

 それでも機体の姿勢を何とか保って、青鸞は無頼をその場で2回ターンさせた。

 巻き戻りかけたスラッシュハーケンが鞭のようにしなり、サザーランドの動きを一時的に牽制する。

 それで作った僅かな時間で、青鸞は側面のディスプレイを見つめた。

 

 

「草壁中佐、早く……!」

 

 

 逃げてください、そう呟いた次の瞬間、サザーランドの突撃でコクピット全体が揺れた。

 そのディスプレイの中、資材置き場の一角にトレーラーが一台突入してきた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「馬鹿者! 何故にあの小娘を連れて逃げなかったか!!」

 

 

 自分達が身を潜めていたコンテナの側に横付けしたトレーラーに対して、草壁は怒鳴った。

 資材置き場はすでに火災で真っ赤に燃え上がっている、空気が熱で歪み、煌々と照る炎の明かりが周囲に異常を伝えるだろう。

 つまり、撤退までの時間が限りなく少ないと言うことである。

 

 

 しかもナリタ連山の基地が近すぎて直接の救援は呼べない、逃げても同じだ、だから草壁は逃げる気も助けを呼ぶ気も毛頭無かった。

 そのため、自分達を助けに青鶯のナイトメアとトレーラーが突っ込んできた時は発狂しそうだった。

 何で出て来るんだと怒鳴りたく……あ、いや、すでに怒鳴っていたか。

 

 

「佐々木! 何のために貴様をつけたと思っておるか!?」

「も、申し訳ありません! しかし、味方の窮地を放っておくことは出来ないと……」

「ええい、もう良い! 青木、貴様の通信機を寄越せ!」

「あ、ちょっと!?」

 

 

 コンテナの陰に隠れた部下達を――生き残りを――トレーラー後部の荷台に駆け込ませながら、自身は青木のいる運転席の窓に飛びつく。

 そして草壁はハンドル横にかけてあった通信機を奪い取ると、深く息を吸った後に大声で。

 

 

「こちら草壁だ! 小娘、1人で3機を相手にするつもりか!!」

『1機は潰しました!』

「馬鹿者め! ならば逃げろ!! 貴様のような小娘の手など借りずとも……ぬおっ!?」

 

 

 轟音を立てて、程近いコンテナが真上に吹き飛んだ。

 建機の中に残った燃料にでも引火したのだろうか、火の粉が降り注いでくる程の距離に草壁達も身を竦める。

 

 

『こちらで気を……ます……転……!』

「む、むむ……おいっ、どうした!?」

「――――中佐!!」

 

 

 衝撃が電波を乱したのか、通信機の感度が急激に下がった。

 草壁が通信機の受信部を殴りつけた次の瞬間、佐々木の声で顔を上げた。

 するとそこに、横から殴打されたようにひしゃげたコンテナが吹き飛んできたのだ。

 地面と摩擦して火花を散らし飛んでいくそれを、草壁は額に汗を流しながら眺める。

 

 

「ぬぅ……ブリタニアめ……!」

 

 

 毒吐く視線の先には、コンテナを吹き飛ばしながらこちらへと回り込んできたらしいナイトメアがいた。

 サザーランド、走り込んで来たブリタニア軍のナイトメアは顔面部のセンサーを赤く輝かせながら草壁達のトレーラーを確認した。

 そして、胸部のスラッシュハーケンを放とうとした所で。

 

 

「……小娘!!」

 

 

 横からさらに、濃紺のカラーリングが施された無頼が突撃してきた。

 草壁が見ている前で、無頼のショルダータックルでバランスを崩されたサザーランドは吹き飛ぶ。

 中途半端に放たれたスラッシュハーケンはワイヤーがたわみ、アンカー部分はパイロットの意図せぬ場所へと落下した。

 

 

 そのまま連撃を加えようとした無頼は、しかしそれを行う前に機体を180度回して体勢を入れ替えた。

 理由は、無頼の背中めがけて放たれたスラッシュハーケンを防ぐためだ。

 無頼のスラッシュハーケンは間に合わない、だから無頼は手に持っている刀で2本のスラッシュハーケンを弾き飛ばそうとした。

 

 

「……ッ、刀が……!」

『ふん、イレヴン如きにはこんな芸当は出来まい……!』

 

 

 スラッシュハーケンを弾くことには成功した物の、ワイヤーが刀身に絡まって強く引かれた。

 つまり動けない、スラッシュハーケンの位置を空中で微細に動かさなければ出来ない技術だ。

 やはり強い、しかし感心してもいられない。

 手元のスイッチを操作し、ランドスピナーの出力を二段階引き上げる。

 

 

 そうしなければ、スラッシュハーケンの戻りに巻き込まれて引き摺られるからだ。

 拮抗する力、こうなってくると純粋な機体のパワーが物を言う。

 そして、専用チューン機とは言え無頼ではサザーランドには勝てない。

 

 

『死ね、イレヴン共!!』

「……!」

 

 

 させない、青鸞は無頼の左手を刀から離した。

 引かれる力に右腕が軋みを上げるが、変わりに機体の左半身を若干だが自由に出来るようになった。

 その自由で何をするのか、まずランドスピナーの回転数を左右で変えて左へと機体を寄せる。

 そして左腕を一杯に伸ばして、背後に転んでいたサザーランドの機銃掃射からトレーラーを守った。

 

 

 右腕を刀ごと引かれ、左腕のナックルガード部分を盾として機銃を受け止める。

 正直、機体の稼動領域を上回る無理を成している状態だ。

 実際、トレーラー全体はガード出来ていない、中にいる解放戦線の兵は無事だろうか、青鸞が気にしているのはまずそこだった。

 3機目を潰しておいて良かった、でなければやられている、確実に。

 

 

『ほぅ、頑張るではないか……しかし』

 

 

 前方のサザーランドから響く声に青鸞はコックピットの中で顔を顰める、状況は非常に不味い。

 刀は離せない、離せば唯一の武装を失ってその後に何も出来ずにやられる。

 ではせめて左手を自由にすべきだと理性が告げる、トレーラーを捨て、スラッシュハーケンの戻りを利用して突撃、目前のサザーランド倒せば良い。

 

 

 あるいは隙を作り、自分は撤退できるかもしれない。

 ……どうするか。

 選択肢は2つ、捨てるか捨てないか。

 

 

『将棋においては、時として駒を捨てねばならぬ時がある。それは何故だかわかるか?』

 

 

 ――――それは、捨てねば勝利への布陣を敷けないからだ。

 内心で脳裏に響いた声に応じて、青鸞は操縦桿を握る手に力を込めた。

 そして、彼女は……。

 

 

『馬鹿者め! ならば逃げろ!!』

 

 

 ギッ……!

 左の操縦桿を強く握って、しかし引かない、青鸞はそのままの機体姿勢を維持した。

 だって、左手がどうしても動かなかったから。

 

 

(捨てる……? 将棋の駒みたいに? ボクに逃げろと、ボクが逃げたら死ぬのに、でも逃げろと言ってくれた人達を、将棋の駒みたいに)

 

 

 もしかしたら、自分は馬鹿なことをしているのかもしれない。

 そんな自覚を持ちながらも、しかし青鸞は動かない。

 青鸞だって、死ぬのは嫌だ。

 目的があって生きている、だから死ぬわけにはいかない。

 

 

 このままではやられる、だが、だけど、それでも。

 今、自分が機体の左手で守っている人達は日本人で、解放戦線の仲間で、生きていて、だから。

 ――――将棋の駒では、断じて、無い!

 いつか捨てるべきだとしても、それは、今では無い!

 

 

(捨てられない……捨てて堪るか。捨てずに、穴熊だって攻略してみせる……!)

 

 

 それは、ある意味では青鸞の精神的な潔癖さを表していたのかもしれない。

 極めて愚かで、青く、夢見がちで、非現実的な感情の発露。

 だがもし、ここで自分の意思で誰かの命を見捨ててしまえば。

 彼女は、二度と「彼」を責める資格を失う気がしていたから。

 

 

 しかし、それは逆に言えば危機が継続するというコトだ。

 そしてそれは、地上で守られているトレーラーにいる人間達の方がわかっていた。

 要するに、自分達の存在が大変な重荷になっていると言うことに気付いていたわけだ。

 

 

「こ、こりゃヤバい……!」

「…………ッ」

 

 

 特に運転席にいる者達は、まさに目の前でそれを見ているわけだからそれがわかる。

 とはいえトレーラーは動けない、無頼のガードの外に出た瞬間に機銃掃射に晒される。

 先日も青鶯と戦いを潜った青木はともかく、青鸞の戦いを初めて見た佐々木は目を大きく見開いていた。

 彼女が特に衝撃を受けているのは、自分が守られていると言う点だ。

 

 

 それも、あの枢木ゲンブの――――誰も守らず、言いっぱなしで逃げ出した首相の娘にだ。

 ……7年前の戦争において、彼女は乗っていたヘリを撃墜された。

 それぐらいなら普通だろう、戦争なら良くある話だ。

 だがそのまま終戦まで救助が来ず、彼女以外の仲間は全滅してしまった。

 友軍が救助に来れない状況では無かった、敵軍の規模も大したことが無かったからだ。

 

 

(枢木の自殺で、指揮系統が麻痺しなければ……)

 

 

 助かった、とは、言わない。

 それでも無駄な犠牲は減ったはずだ、抗戦を貫くにしろ降伏するにしろ。

 だが今、彼女はその自分が軽蔑する枢木首相の遺児に守られて……そこで、佐々木ははっと気付いた。

 

 

「中佐!」

「――――撃てぇいっ!!」

 

 

 草壁がいつの間にか、トレーラーの左側に回っていた。

 しかも丸腰ではない、中にいた何人かの部下と共に折り畳み式のロケットランチャーを構えていた。

 発射器前部の押し込み式トリガーを引き、点火と同時に後部噴射口からガスを噴射させながらロケット弾を放つ。

 66mmの成形炸薬弾が照準に従って進み、指定された熱源に向けて一直線に飛翔した。

 

 

『何ぃっ!?』

 

 

 それらは無頼の刀にスラッシュハーケンを巻いているサザーランドに直撃した、オレンジの小さな爆発が薄紫の装甲の上でいくつも爆ぜる。

 もちろんその程度で特殊な加工がされたサザーランドの装甲は貫けない。

 しかしバランスは崩せた、スラッシュハーケンのワイヤーがたわんで緩む。

 

 

「……!」 

 

 

 そして、青鸞はその力の変化を見逃さなかった。

 

 

『キューエル卿! ……なっ!?』

 

 

 無頼の手首を回すことで緩んだワイヤーの中から刀身を引き抜き、マニュピュレータを器用に動かして逆手に持ち直した。

 そしてランドスピナーを左右共に逆回転、後退しながら後ろのサザーランドを突いた。

 突き自体はランスで捌かれるものの、機銃掃射をやめさせることに成功する。

 草壁達の援護と、刀を離さなかったからこそ出来たコトだ。

 

 

『そうだ、それで良い!』

 

 

 その時、無頼とトレーラーの通信機から低い声が響いた。

 全員、その声に聞き覚えがあった。

 だからコックピットの中で青鸞が顔を上げ、地上で草壁が忌々しそうに鼻を鳴らした。

 

 

「ふんっ、奇跡でも押し売りに来たか――――藤堂!!」

 

 

 次の瞬間、深緑の無頼が戦場に降り立った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――奇跡の藤堂。

 7年前、ブリタニア軍との戦闘で唯一勝利を掴んだことに対する実績を賞賛する呼び名だ。

 その勝ち戦は戦場の名を取って「厳島の奇跡」と呼ばれ、それ故に藤堂は解放戦線を始めとする日本中の反ブリタニア勢力にその名を轟かせているのだった。

 

 

『悪いが、私には奇跡などと言う大層な物は起こせんよ』

「藤堂さん!」

『気を抜くな、三天鋭鋒陣(さんてんえいほうじん)!!』

「――――はいっ!!」

 

 

 燃え盛るコンテナの道を突き破って背後に降り立った新たな無頼、それに応じて操縦桿を前に倒す。

 2機対2機、一見すれば状況が互角に転じたように見える。

 しかしそれは青鸞側から見た話であって、相手は異なる理論に身を置いているだろう。

 

 

『キューエル卿! 新手が!』

「臆するな、所詮はグラスゴーもどきのイレヴン! 我々の敵では無い!!」

 

 

 それにしても、とキューエルは思う。

 2機もの無頼、いったいどこから現れたのか。

 まさか魔法のように湧いて出たわけでもあるまい、どこかにアジトがあるのか。

 

 

「イレヴンは1匹見たら30匹は湧いて出ると言うしな……!」

 

 

 突撃してくる青い無頼をディスプレイに捉えながら、キューエルは見下した思考でそう言った。

 優良人種(ブリタニアじん)が、劣等人種(にほんじん)に負けることなどあり得ない。

 あってはならないのだ、正面から戦う限りにおいて……!

 

 

『ぐああああああああああぁぁぁっ!?』

「トーマス!? どうし――――!」

 

 

 その時、彼は見た。

 自分の反対側にいる僚友の機体が、森の中から伸びて来た4本のスラッシュハーケンで機体の四肢をもがれている姿を。

 火花と金属が散り、僚友のサザーランドが崩れるように後ろへと倒れていく。

 そしてその眼前に、先ほど青い無頼の援護に降り立った無頼が。

 

 

『き、キューエル卿、キューエル卿! 助け――――』

「……ッ」

 

 

 通信機から響くのが悲鳴から耳障りな雑音へと変わり、キューエルは顔を顰めた。

 次いで、画面の一部に赤い爆発を確認した。

 今度は、脱出した気配も無い。

 

 

(伏兵だと!? いつの間に――――!)

 

 

 響き渡る警告のレッドランプ、方角は左右、続いて衝撃がサザーランドのコックピットを揺らした。

 損害を報告してくるプログラムの画面を見なくてもわかる、先程の僚友のように機体の四肢をスラッシュハーケンで抉られたのだ。

 小爆発の衝撃が立て続けに起こる、キューエルの耳に甲高いアラームが鳴り響いてくる。

 

 

「これで……」

「――――王手だ」

 

 

 呟くのは、朝比奈と千葉。

 彼らに卜部、そして仙波と言う男を加えた4人は「四聖剣」と呼ばれている。

 藤堂の「奇跡」を支える腹心、たった4人の忠実な部下。

 朝比奈と千葉はそれぞれコンテナ置き場と森から、キューエルのサザーランドを無頼のスラッシュハーケンで抉っていた――――3機1組で敵を仕留める、これぞ三天鋭鋒陣。

 

 

 4本のスラッシュハーケンで穿たれた敵は、身動きすることも出来ない。

 キューエルはぞっとした、彼は僚友の末路を知っている。

 伏兵に貫かれた僚友は、そのまま正面の無頼のスラッシュハーケンでコックピットを貫かれていた。

 そして眼前には、全速で駆けてくる青い無頼がいる。

 

 

「はああああああああああああああぁぁぁっっ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっっ!?」

 

 

 それぞれの叫びがそれぞれの機体の中で響く、しかし意味は異なる。

 青鸞のそれが裂帛の叫びであるのに対し、キューエルのそれは恐慌の叫びだ。

 この時には、ブリタニア人も日本人も無い。

 次の瞬間、無頼の刃が袈裟懸けにサザーランドを切り裂いた。

 

 

 そしてキューエルが気付いた時、彼はすでに宙を待っていた。

 機体が吹き飛んだのではない、機体の爆発に巻き込まれたのでもない。

 視線を下げれば、彼の両手は座席下のレバーを引いていた。

 コックピットの脱出装置を起動するためのレバーだ、それを認めた瞬間彼の視界が真っ赤になった。

 

 

(わ、私が、誇り高きブリタニアの、純血の私が……!?)

 

 

 負けた、いや、それ以上の屈辱にキューエルは歯軋りした。

 宙を舞うコックピットの中、警告灯の明かりしかない――ディスプレイも消えた――狭い空間で、彼は頭が沸騰しかねない程の頭痛を感じていた。

 ――――イレヴンに、劣等人種に恐れを成して逃げ出したと言う事実に。

 

 

「この屈辱、忘れんぞ……!」

 

 

 もはや何も映らないディスプレイの向こう、そこにいるだろう相手に叫ぶ。

 

 

「忘れんぞ、青い……ブライイイイイイイイイイィィィッッ!!」

 

 

 キューエルの屈辱に嘆く叫びが、誰に聞こえることもなく響き渡った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その後は藤堂指揮の下で、青鸞達はナリタ連山地下の本拠地へと戻った。

 途中、ナリタまで通じる地下道を一つ潰してきた。

 自然の岩崩れに偽装し、後の捜査・索敵の目を誤魔化すためだ。

 それだけのリスクを犯して、藤堂達は青鸞や草壁達を救いに出撃したのである。

 

 

「余計なことをしてくれたな」

 

 

 点呼と報告のため、ナイトメアの格納庫に一時集結した一同。

 ワイヤーを使ってコックピットから降りてきた青鸞を迎えたのは、そんな言葉だった。

 ポニーテールの髪先をまさに尻尾のように揺らして振り向けば、そこには巨体を大きく膨らませた草壁が立っていた。

 

 

「貴様のような小娘などの手を借りずとも、我らの手だけで凌いで見せたわ!」

「…………」

 

 

 それに対して、青鸞もいろいろと思うことはあった。

 しかし結局、彼女は何も言わなかった。

 ただ目を閉じて、軽く会釈した程度である。

 「枢木」としての対応であって、今後のことを考えての対応でもあった。

 

 

 一方で草壁はと言えば、そんな青鸞に視線を向けて鼻を鳴らしただけだ。

 ……何故か数秒の間視点を止めた後、回収できた自分の部下達を引き連れて歩き去っていく。

 ほぅ、と息を吐いて、青鸞は顔を上げた。

 草壁達の背中を追うように視線を上げれば、最後尾に青鸞を見る目があった。

 佐々木である、彼女はじっと青鸞を見た後、軽く会釈を返した。

 

 

「……?」

 

 

 内心で首を傾げつつ、見送る。

 そうして再び息を吐いていると、そんな彼女の傍に別の人間が立った。

 微かに顔を上げると、今度は青鸞も表情を明るい物にした。

 

 

「仙波さん」

「先程は危なかったな、青鸞。肝を冷やしたぞ」

 

 

 現れたのは大柄の男だ、それもかなり年配の白髪の男性。

 丸々した身体に横長な顔が特徴的だ、しかし彼はベテランの軍人でもある。

 階級は大尉、藤堂の部下「四聖剣」の中では最も高齢だ。

 仙波崚河(せんばりょうが)と言うその男と青鸞が並べば、一見祖父と孫のようにすら見える。

 彼は遠ざかる草壁達の姿を青鸞の共に見つめると、溜息を吐いて。

 

 

「気にしてやるな、彼奴らはああ言うしか無いのだ」

「……はい」

 

 

 わかっている、青鸞も良く知っている。

 人の言動が立場に縛られる場面を、彼女は生まれた時から見続けているのだから。

 しかし、青鸞がそれに倣う必要も無い。

 彼女は仙波を見ると、草壁にしていたのよりはやや深く頭を下げて。

 

 

「あ、仙波さん。皆も……来てくれてありがとう。来てくれなかったら、ボク」

「いや何、直接お前を助けたのは朝比奈と千葉だ。それに藤堂中佐も褒めていた、良くやったと」

「藤堂さんが……?」

 

 

 視線を動かせば、青鸞と同じように無頼から降りてくる藤堂の姿が目に入った。

 精悍な顔は相変わらずむっとしていて、こちらに視線を向けるようなことはしない。

 代わりのつもりなのか何なのか、朝比奈が軽く手を振っていた。

 

 

「…………ふふ」

 

 

 溜息のように浮かぶ微笑を、仙波は頷きながら見ていた。

 何倍も年の離れた少女に優しげな眼差しを見せて、自身も仲間達の所へ戻ろうとした時。

 

 

「青鸞さま!」

「……雅?」

 

 

 ナイトメア格納庫には不似合いな割烹着姿の女の子が、歩幅短く駆けてきていた。

 珍しいと言うか、これまで無かったことである。

 実際、彼女に奇異の目を向ける者も多々いる、しかしそれよりも優先すべき何かがあるのか、雅は青鸞の下まで駆けてきた。

 そして、何事かを青鸞の耳に囁き始める。

 

 

「……ふむ?」

 

 

 仙波は太い肩を竦めると、しかし取り立てた何も言わずに背を向けて。

 

 

「何だと、シンジュクが……!」

 

 

 そこで、藤堂が解放戦線のメンバーから青鸞と同様に何事かを囁かれていた。

 そして藤堂にしては珍しいことに、感情を表に出している様子だった。

 

 

「……ブリタニア軍が……?」

 

 

 仙波からすると後ろ、少女の声が揺れていた。

 彼が振り向くと、雅に信じられないような表情を向ける青鸞がいる。

 こちらも珍しいことに、狼狽している様子だった。

 今は2人が何に驚いているのか、仙波にもわからない

 しかし青鸞と藤堂が別ルートで得た情報は、後に同一の物であったことがわかる、それは――――。

 

 

 ――――皇暦2017年のこの日、シンジュク事変と呼ばれる事件が発生する。

 それは「演習を兼ねた区画整理」を名目として、エリア11総督クロヴィス・ラ・ブリタニアがシンジュク・ゲットーと呼ばれる日本人居住地を住民ごと破壊(ぎゃくさつ)した事件であり。

 そして――――……。

 

 

「「……虐殺を……?」」

 

 

 青鸞と藤堂の呆然とした呟きが、ナリタの夜に消えていく。

 そしてこの時より、時代は激しく動くことになる。

 誰にとっても、激動の時代が訪れる――――。

 




採用キャラクター:
KAMEさま提供(小説家になろう):佐々木遥(軍人)。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 今話で原作のイベントが発生したので、次回あたりから青鸞が解放戦線以外の原作キャラクターと関わりをもって行く形になっていくかなと思います。
 まぁ、と言ってもアウトローな部分になっていかざるを得ない気もしますが。

 そしてまさかの草壁中佐プッシュ、今後もどんどん行ってほしいです。
 密かにキューエル卿も登場、何か妙なフラグを立てたような気もします。
 大丈夫か純血派。
 あ、あと前回後書きで青鸞の属性で一つ忘れていたのを、読者の方に指摘されて思い出しました、「脱ぎキャラ」です(え)。

 それでは今回も次回予告、語り部はもちろん枢木青鸞。


『わかってた。

 自分達に力が足りないことぐらい、言われなくてもわかっていた。

 だから、皆から何を言われても仕方ないと思う。

 だけど、一つだけ。

 ボクらは、日本を諦めたことなんか無い――――』


 STAGE4:「シンジュク ゲットー」


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STAGE4:「シンジュク ゲットー」

 第4話です、この週末に少々旅行に行って参りますので、感想返しがやや遅れるやもしれません。
 では、どうぞ。


 そこは、妙に空気が華やいでいる建物だった。

 木々や芝生が広がる解放的で広大な敷地、洋風な校舎や関連施設、明るく大らかな校風を表しているかのように朝の太陽の輝きが降り注ぐ場所。

 私立アッシュフォード学園、エリア11の中心であるトーキョー租界に所在する学校である。

 

 

 エリア11のブリタニア人の子女が通う全寮制の名門校であり、中等部と高等部の一貫教育校であるが、その制度や校風以上に大らかな(一部、大らか過ぎるとも)生徒会長の存在が有名だった。

 またブリタニア人が優遇される世情を表しているのか、その施設は全てが一流の水準に達している。

 お手洗い一つとっても大理石調の床に木目調の個室と、随分と資金がかけられていることが窺える。

 

 

「……ふふ……」

 

 

 そして学園に無数にあるトイレの一つ、教室が集中する校舎とは別の棟にある場所。

 早朝のその時間にはほとんど誰も来ないそんな場所に、1人の少年がいた。

 彼は温度感知で自動で水を流す水道の前、やはり大理石調のそこに手をついて水が流れていくのをただ見つめている。

 金ラインに詰襟の黒い制服は、その少年が学園の生徒であることを示している。

 

 

「……我ながら、細い神経だな……」

 

 

 その少年は、ある種完成された造形を備えていた。

 艶やかで整えられた黒髪、光の加減で紫に見える瞳、白人特有の絹のような白い肌。

 薄い色合いの唇はどこか皮肉気に歪められているが、それが何故か絵になるのだから不思議だった。

 180センチにやや届かない細身の身体も、この場合は少年の持つ気品を保つのに絶妙なバランスを保っていると言って良かった。

 

 

「……だが、俺の目的のためには必要なことだ。そして、この世界を」

 

 

 少年が顔を上げる、そこには鏡がある。

 精巧な意匠を施された木製の枠に納められたそこには、やや青白い少年の顔が映し出されている。

 少年がそっと左手を伸ばし、自分の顔の右半分を隠す。

 

 

 するとどうだろう、細められた少年の左の瞳。

 瞳の中で、赤の光彩が散ったような気がした。

 人間の瞳が輝くなど通常はあり得ないことだが、鏡の中の少年はそれに対して小さく笑みを浮かべた。

 

 

「この、鳥籠のような世界を――――」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ここはまるで鳥籠の外だと、青鸞は思う。

 ブリタニア人が住む、租界と言う名の鳥籠の外の世界。

 誰からも気を払われず、見られず、安全な鳥籠の中とは対照的な世界。

 諦観と絶望と、そして死が当たり前のように蔓延している場所、青鸞はそこにいた。

 

 

 いつもの高級そうな着物姿では無い、もちろんパイロットスーツでも無い。

 むしろ、どこか薄汚れた古着のような衣服に身を包んでいた。

 8分丈のパンツに踝までのショートブーツ、袖長のシャツとジャケット、ショートグローブ。

 そして後頭部までを覆うキャスケット帽子、その中に長い黒髪を収めている。

 

 

「……シンジュク・ゲットー……」

 

 

 新宿と呼ばれていたそこは、かつて三大副都心の一つとして栄えていた場所だ。

 歓楽街であり同時にオフィス街でもあったそこは、今では見る影も無い。

 7年前の戦争以降、最新技術で発展していく租界を尻目に放置され――――昨日には、ブリタニア軍による制圧を受けた場所だ。

 

 

 破壊の上にさらに破壊を乗せた廃墟のビル群、崩れた瓦礫はそのまま放置され、道路の爆発痕や打ち捨てられた戦闘車両らしき残骸、鎮火してそう時間は経っていないだろう建造物。

 そしてその上、路地の裏手でドブネズミのように身を寄せ合って蹲る人々。

 ……幼い頃に見た天王寺のゲットーが思い起こされて、青鸞は顔を顰めた。

 

 

「……当たり前だけど、間に合わなかった、か……」

 

 

 ナリタでキョウト経由で情報を得て、夜を徹して駆け付けて。

 そして広がっているのが、目の前のシンジュクの光景なのである。

 エリア11総督、クロヴィスによって殲滅命令が出されてより一晩の後の光景だ。

 

 

 トーキョー租界――あの遠くに見える、白銀の壁の向こう側の世界――のブリタニア政庁は「演習を兼ねた区画整理」などと発表しているが、目の前の惨状を見ればただの虐殺行為だったことがわかる。

 瓦礫の間から覗く黒ずんだ人間の腕、壁の側で折り重なるように倒れた日本人達の銃殺体、鼻に付く死臭と異臭。

 いったい何人が犠牲になったのか、後から来た青鸞には想像することも出来ない。

 

 

「けど、おかしい……どうしてブリタニア軍は、それも総督直属の部隊がシンジュク・ゲットーの殲滅作戦なんて……?」

 

 

 どうしても何も、現実に起こったことは否定することは出来ない。

 だが戦後7年、末端兵が田舎の村々を略奪することはあっても、総督直轄軍がテロリスト討伐以外の理由で虐殺命令を遂行したのは初めてのことだった。

 少なくとも、青鸞がナリタに移ってからは。

 

 

「しかも、それだけの命令を出しておいて……今は、どこにもブリタニア軍の姿は無い。ボク達としては苦労が無くて有難いけれど……」

 

 

 ゲットーに軍が駐留することも稀だが、少なくとも規制線や検問、憲兵の見回りくらいはあっても良いはずだ。

 しかし、シンジュク・ゲットーにはそれが無い。

 だからこそ、青鸞はこうして易々と旧地下鉄線を通ってゲットー内に進入出来ているのだから。

 ここまでブリタニアの姿が見えないと、逆に罠を疑いたくなってくる。

 

 

「ゲットー深くに入るのが嫌だったのか、最初からそう言う計画だったのか……それとも」

 

 

 総督が自ら、予定に無かった殲滅作戦を指揮する程の事態。

 シンジュク・ゲットーに何かあったのか、他に理由があるのか無いのか。

 

 

「ゲットーにいられないくらい、重大な何かが起こった……とか?」

 

 

 ……考えても仕方ない、情報が足りな過ぎる。

 頭を軽く振って、青鸞は思考を切った。

 ちょうど、その時だった。

 

 

「青鸞さま、話を聞ける住民を見つけました。こちらへ」

「……はい、今行きます」

 

 

 「枢木」の雰囲気と声音へと変わって、青鸞は自分を呼ぶ声に振り向いた。

 そしてもう一度、砲撃で倒壊したビルの瓦礫の上からゲットーの惨状を眺めて。

 ……僅かに目を伏せた後、歩き出した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 当然のことだが、青鸞は1人で来ているわけでは無い。

 実際にはシンジュク・ゲットーだけでなく、トーキョー租界をも含めて周辺に日本解放戦線系列の人員・協力者・シンパが散っている、情報収集のためだ。

 そして青鸞自身、3人の日本解放戦線メンバーと共にシンジュク・ゲットーにいる。

 

 

「茅野《かやの》さん」

 

 

 靴底を削るような足取りで高台から降りると、そこに長い黒髪を一本縛った女性がいた。

 袖長の黒のシャツとブーツカットパンツ姿のツリ目の女性で、袖や首元など、衣服の端に薄い傷跡の端が見えることが特徴と言えば特徴だった。

 茅野と青鸞に呼ばれた女性は、声をかけられると初めて顔を上げた。

 

 

 ちなみに、青鸞を呼びにきたのは佐々木である。

 昨日、草壁によって青鸞につけられていた女性兵士だ、現在は青鸞の後ろについて瓦礫の上から地面へと足をつけている。

 深緑のシャツとカーゴパンツ、サバイバルブーツと言う出で立ちは、軍服とはそうイメージが変わらない。

 

 

「青鸞さま」

「茅野さん、凪沙さんはどこですか?」

「千葉は、あそこに」

 

 

 言葉少なに指を指した先、ある路地の入り口に見覚えのある後ろ姿があった。

 路地とは言っても倒壊しかけているビル同士が互いに支え合って出来た空間である、危険度としてはかなりの物だろう。

 念のため周囲を窺うが、ブリタニア軍の姿は見えない。

 その代わりと言うわけでは無いが、所々に力なく座り込む日本人の姿が……。

 

 

「青鸞さま!」

 

 

 佐々木の声が飛んだ、同時に青鸞は己の身体に覆いかぶさる熱を感じた。

 思考がその正体を確認する前に、藤堂道場で学んだ動きが身体を突き動かす。

 すなわち肘を相手の鳩尾に当て、衝撃で身を折った相手の襟を掴み、足に引っ掛けるようにして前へと投げ飛ばした。

 帽子が落ちて髪が舞うのと同時に、相手を地面に叩き付ける。

 

 

 意識が身体の動きについてきた時、目の前に男が1人倒れていることに気づいた。

 白いYシャツの男で、地面に倒れたせいか砂利で汚れて、しかし日本人だというのはわかる。

 前を青鸞が通った瞬間、物陰に蹲っていた男が突然飛びついて来たのだ。

 一瞬、痴漢か暴漢かとも思ったが。

 

 

「げふっ……ふひ、ふひひひひ……っ」

 

 

 咳き込んでいるのは投げられたためだろうが、それにしても様子がおかしかった。

 絶え間なく含み笑いを漏らして、何事かをブツブツと呟いている。

 顔色は青い、いや青さを通り越して土色にすら見える。

 目の焦点は合っていない、痩せこけた頬はどうも飢え以外の理由でそうなっているようだった。

 

 

「ひひ、ひひひひ……っ、母さん、母さ……ひひひひ、ひひひひひ……っ」

 

 

 青鸞が呆然とその男を見ていると、彼はのそのそと身を起こした。

 それからは青鸞達に目を向けることなく、フラフラとした足取りで別の路地の奥へと歩いて行った。

 青鸞が意識をその男から視線を逸らしたのは、軽い金属音を耳にしてからだった。

 振り向いて見れば、茅野がしゃがみ込んでいるのが見えた。

 サバイバルブーツに何かをしまっている様子だが、それが何かまではわからない。

 

 

「青鸞さま、お怪我は?」

「いえ、大丈夫です」

 

 

 佐々木の心配にそう返して――昨夜に比べて、やや親身のような気がする――青鸞は頭を軽く振った。

 生身で誰かと争うのは、ナイトメアや銃で討ち合うのとはまた別の緊張がある。

 拾ってくれたらしい帽子を受け取りながら、青鸞は息を吐く。

 

 

「さっきの人は……?」

「……おそらくですが」

 

 

 前置きした上で、佐々木が答えた。

 

 

「薬物患者かと、日本人の間である薬物が流通しているとの情報を拝見したことがあります。確か、リフレインと言う薬物だったかと」

「……麻薬……?」

「はい、その理解で間違いないかと」

「あれが……」

 

 

 もう一度、青鸞は先程の男の背を追った。

 良く見れば、彼以外にも似たような人間が路地の奥に幾人も蹲っているのが見える。

 誰も彼もが疲れたように座り込み、中には身動きすら出来ない者もいるようだ。

 空気が淀んでいる、放置された下水道から漂う汚水の匂いだけが原因でも無いだろう。

 だがこれでも、ゲットーの現実の一部でしかないのだ。

 

 

 リフレインと言う流行の麻薬だけでは無い、食糧不足から来る飢餓、不衛生故の疾病。

 加えて言えば、7年前の戦争以後にゲットーで生まれた子供は学校に行けない。

 教育を受けられない子供がいると言うことは、将来仮に日本が独立したとしても、そこには生きていく能力の無い人々が溢れている……と言うことになる可能性があると言うことだった。

 それは、独立後を考えなくてはならない日本解放戦線にとっては頭の痛い問題だった。

 

 

「……時間が、無い」

 

 

 そう、時間が無い。

 キョウトの桐原などは最大あと5年、待つつもりのようだ。

 しかしあと5年も経ってしまえば、日本に数千万人いるゲットー住民は取り返しようの無い傷を負ってしまいかねない。

 

 

 そしてそれは、エリア11においてテロリズムを含む反体制派組織が大きな支持を得られない理由にも直結しているのだった。

 つまりゲットーの住民にとっては明日の独立よりも今日の食事と医療であって、それを与えてくれる相手が日本かブリタニアかなどは些細な違いでしか無いのである。

 もちろん歴史を紐解けば、飢えた民衆の激発が強大な政権を打倒した事例もあるが……。

 

 

「……悔しいな」

 

 

 青鸞がポツリと呟いた言葉は、ゲットーの現実を知る者なら、そして一定以上の良識がある者ならば誰もが思う感情だった。

 同情しているわけでは無い、ただ、悔しい。

 たださしあたって、青鸞や日本解放戦線がゲットーの者達に出来ることが無いのも確かだった。

 今はまだ、勢力圏内の民衆の最低限の生活を守る力しか無い。

 

 

「青鸞、こちらの方が昨日のことを話してくれるらしい」

「はい……うん?」

 

 

 改めて歩き出した青鸞を路地の入り口で迎えたのは千葉だ、軍服では無く私服姿、9分丈のパンツに覆われた脚線美が強く目を引く。

 まさかブリタニア軍がいるかもしれない場所で旧日本軍の軍服は着れないだろう、実際メンバーは青鸞を含めて全員が私服なのだ。

 

 

 しかし、青鸞は千葉の傍にいる相手を見て足を止めた。

 そこにいたのは日本人の女性で、外見の年齢的にはお婆ちゃんと言うべき人だった。

 ただ他の日本人と異なるのは、やや元気がある所だろう。

 それは別に矍鑠(かくしゃく)としているとか、そう言うことでは無い。

 

 

「……昨夜の内にブリタニア軍に治療されて、今朝こちらに戻ってきたそうだ」

「治療?」

「は、はぃ……えぇと、あ、アンタ達はどこの人かねぇ……?」

 

 

 そのお婆ちゃんは、腕を綺麗な三角巾で吊っていた。

 点滴か食事かはともかく、他の日本人に比べて健康そうにも見える。

 なるほど、最新設備を持つブリタニア軍の治療なら小綺麗にもなろうと言うものだ。

 しかし、わからないのは。

 

 

(シンジュク・ゲットーで虐殺を行ったブリタニア軍が、どうしてシンジュクの人を助けるの?)

 

 

 しかもイレヴンと呼んで蔑む日本人をだ、あり得ることでは無い。

 とは言え、今はとにかく情報が必要だ。

 

 

「驚かせてすみません。ちょっと、お聞きしたいことがあるんです」

 

 

 だから青鸞は、お婆さんを安心させるように笑顔を浮かべた。

 それは相手を安心させて、自分を信じてもらうために作る笑顔。

 「枢木」の、笑顔だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 壁の破片やガラス片、空き缶やプラスチックの箱などが散乱しているその部屋は、廃棄されて久しいビルの一室だった。

 ビルのフロア一つを使用しているらしいその部屋には照明が無い、代わりに旧式の大型テレビが一つあるが、これも必ずしも電波状態が良いとは言えないようだった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そこに、1人の男がいた。

 背の高い大柄な男だ、やや癖のある黒髪を赤いバンダナで上げていて、古い青のジャケットと麻のズボンを着ている。

 ただ表情は柔和で、その優しそうな雰囲気が大柄な身体を小さく見せていた。

 

 

 しかしどうも、男は非常に疲れている様子だった。

 今にも脚が折れそうな小さな椅子に腰掛けて、深々と溜息を吐く。

 瞼を指先で揉み解しているその姿は、どこか徹夜明けのサラリーマンを思わせる。

 それは、ある意味では間違っていない表現とも言える。

 

 

「……永田が死んだよ、ナオト。また仲間を死なせて……俺、どうしたら」

 

 

 机の上の写真立てに向かって、男がそう呟く。

 それはもしかしなくとも泣き言だった、写真の中では長髪の日本人らしき男が笑っている。

 当然、男に対して何かを答えてはくれない。

 

 

 その部屋にはそれだけのものしか無いが、だが一つだけ異彩を放っている物があった。

 壁に大きくペイントされた、大きな日章旗――――日本の国旗である。

 日本と言う国が失われたこの時代、この旗を掲げる組織は一種類しか無い。

 反ブリタニア勢力、いわゆるブリタニア軍からテロリストと呼ばれる人々である。

 これがあるだけで、男がどう言う組織の所属している人間かわかる。

 

 

「扇、ちょっと良いか?」

「あ、ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 

 不意に部屋の外から別の声が響いて、男――扇と呼ばれた彼は、写真立てを置いて目元を拭った

 それから了承の言葉を外へ向けて放つと、扇と同じバンダナを巻いた男がそこにいた。

 深緑色の髪の男で、扇はほっとした顔を浮かべた。

 

 

「ああ、杉山か。玉城あたりかと思ってたよ」

「アイツは寝てるよ、明け方までガタガタ文句言ってたからな」

 

 

 杉山と呼ばれた男が肩を竦めると、扇は苦笑のような表情を浮かべた。

 どうやら、玉城という人物はあまり好印象を持たれている男では無いようだった。

 

 

「それで、何かあったのか? まぁ、昨日のこと以上に何かって言うのは……」

「……まぁ、無いな。でも、珍しさなら負けてないかもしれないぜ。俺達に連絡を取ってきた連中がいる、今シンジュクに来てるらしいんだが……」

「もしかして、昨日のあの声の?」

「いや、別件だ」

 

 

 杉山の言葉に、扇は残念そうに肩を落とす。

 どうも何かを気にしている様子だが、この時点ではそれが何かは知りようが無かった。

 しかし杉山はさほど気にしていないのか、言葉を続けた。

 

 

「それで、どうする? 昨日の今日だし、今更ブリタニアが罠を張ってってのは無い……って思いたいんだが」

「ウチを潰すのに、そんな面倒なことをするメリットは無いさ。それで、どこからの連絡なんだ?」

「それが……」

 

 

 杉山の口から出た名前に、扇は軽く目を見開いた。

 どうやらそれは予想外の名前だったらしく、彼はしばしどうすれば良いのか悩むことになる。

 そしてそんな悩み多きリーダーの姿を、杉山はどこか困った奴を見る目で見ていた。

 それは、嫌悪とは真逆の感情をこめた目だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ブリタニア帝国が支配している本国以外の領地、つまり植民地のことだが、これは日本以外にもいくつも存在する。

 例えば日本がブリタニア領と化した皇暦2010年の時点で、すでに東南アジアやアフリカなどに10のエリアを有していた。

 皇暦2017年現在は中東へ侵攻中であり、その食指は世界中に伸びている。

 

 

 その植民地政策は「ナンバーズ政策」と呼ばれており、要するに植民地出身者と本国出身者を明確に区別する典型的な植民地政策である。

 植民地ごとに振られたエリア番号をとって、植民地出身者を総称で「ナンバーズ」と呼ぶのだ。

 例えば、日本人が「イレヴン」と数字で呼ばれているように。

 

 

「だが、ここエリア11――――日本では、そのナンバーズ政策は上手くいっているとは言えぬ。何故だかわかるか、神楽耶(カグヤ)よ」

 

 

 花開く都キョウト、どことも知れぬ場所に存在するその館の一室で、鶯色の和服を纏った老人の声が厳かに響いた。

 平安貴族が住むような概観の部屋だが、天井や照明などに近代的な意匠が散見している。

 おそらく寝殿造をモデルにした再現住宅であろうが、砂利と岩と木で作られた庭園だけは昔ながらの様式で整備されているようだった。

 

 

 桐原はその庭園の見える廊下に杖をつき、立っていた。

 小柄な老身、しかし胸を張って立つその姿はどこか威厳があった。

 顔に刻まれた皺の一つ一つに、日本のこれまでを見つめ続けてきたと言う自負が見え隠れしている。

 

 

「――――それはもちろん、我々日本人が誇りと気概を失っていないからですわ」

 

 

 そんな老人の声に答えたのは、広い部屋の奥で彼の背中を見つめている少女だ。

 皇神楽耶、キョウトの一員として名を連ねる少女は、部屋の奥の御簾の向こうで淑やかに微笑んでいた。

 薄桃の袴を丁寧に合わせて座る姿はまさに姫のようで、下手をすれば十数メートルは離れている桐原と会話をしている。

 

 

「確かに、それもある」

 

 

 神楽耶の答えが気に入ったのか、桐原がカカカと笑みを作った。

 そんな彼を、神楽耶はあくまでもおっとりとした笑みで見つめている。

 その視線を感じているのかいないのか、桐原が振り向くことは無い。

 

 

「しかし最も重要なのはな、神楽耶よ。日本には我らがおる、これが重要なのだ」

 

 

 ブリタニアの植民地(ナンバーズ)政策は、他のエリアでは比較的上手く機能していた。

 もちろん地域的な例外はあるが、全体的に反ブリタニア闘争は小規模で、日本のように全土に無数の反体制勢力が溢れかえるような事態にはなっていない。

 ブリタニアの専門家が指摘する理由はいくつもあるが、しかし結局の所、日本が他のエリアと異なっている点はただ一つ。

 

 

 日本が、世界有数の経済大国であったと言う点だ。

 

 

 底力と言っても良い、国内に有能な技術者や職業軍人を多く抱え、他のエリアには無いキョウトと言う富裕層が陰で反体制運動を支援している。

 人材の層の厚さと資本、それが日本の反ブリタニア闘争の源なのだった。

 そしてそれは、ナンバーズで唯一ナイトメアを生産できている人種だという事実が証明している。

 

 

「しかし桐原公、それでも我が日本が独立を勝ち取れないのは何故なのです?」

「神楽耶よ、人前で賢さを出さぬのはお前の長所。だが、愚か者のフリをするのもどうかな」

 

 

 神楽耶の問いかけに苦笑して、桐原は庭に視線を向けたまま。

 

 

「シンジュク事変、アレは蜂起の理由付けとしては十分に使える虐殺戦であった」

「そうしなかった理由は?」

「ブリタニア軍が、日本人まで含めて救助活動……まぁ、自分達で虐殺した相手を助けるなど、それはそれで茶番ではあるが……とにかく、日本人まで形だけでも救助したからの。大義名分としては不足だった」

 

 

 そこで、桐原は廊下の木材を杖先で打った。

 乾いた音が、広い庭園に響く。

 

 

「ナリタの青鸞には、お前が伝えたのであろう?」

 

 

 答える声は無い、代わりにカカカと言う老人の笑い声だけが響いた。

 7年前の戦争で、余力と気概を残したまま降伏した日本。

 その日本の「余力」を結集する時が、来たのかどうか。

 時代が動き出した、そういう空気を桐原は感じていた。

 数十年間、日本の陰で頂点に君臨していた男の嗅覚がそう告げていたのだ。

 

 

「いずれにしても、あの娘が本当の意味で覚悟を問われるのは――――これからよ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞不在のナリタでも、シンジュク事変を受けての話し合いが行われていた。

 会議室には片瀬を始めとする幹部達が集まり、日本解放戦線の今後の対応について協議している。

 ただ一枚岩の組織では無いため、その議論は酷く不毛な物に見えた。

 

 

「ブリタニアに対して、何らかの攻撃的な意思を示すべきだ!」

 

 

 例によって、最も過激な意見を主張しているのは草壁だ。

 意見としては報復論、シンジュク・ゲットーへのブリタニア軍の侵攻を非難する声明を出し、トーキョー租界に対して自爆テロも含めた徹底攻撃を行うべきだと主張している。

 ただ彼の意見は多勢を占めることが無いのが常だった、今回もどうやらそのようだ。

 

 

「いや、今はまだ早い。チュウブやキュウシュウの組織と連絡を取っている最中であるし、トーキョー租界に潜入する手立ても無い。せめて、トーキョー周辺のゲットーのグループとだけでも連動しなければ」

 

 

 対して、慎重派はやはり抑制的な論調を選んでいた。

 東郷などがそのグループの顔であり、彼らは穏健とまでは行かないが、勝機の見えない戦いをすべきでは無いという主張だ。

 シンジュクの同胞を虐殺された義憤は確かにあるものの、それとこれとは別と言う立場だ。

 中心にいる片瀬は難しい顔で腕を組むばかりで、決断らしい決断はしない。

 

 

「藤堂、お前はどう思う?」

 

 

 その代わり、いつものように藤堂に意見を求めた。

 それに対して、「またか」と言う思いを抱いた人間は1人や2人では無いだろう。

 特に草壁などは顔にありありと出している、お前はそれでもトップかと言葉が浮かんで見える程だ。

 

 

「……今は、シンジュク・ゲットーの人員からの報告を待つべきでしょう。大義名分を掲げて侵攻したは良いものの、それが間違いだった場合、取り返しがつかないことになる」

 

 

 一方、おそらく唯一諸派に対して一定の影響力を持っているだろう藤堂も、周囲の期待に応えているとは言い難かった。

 昨夜は見事な手腕で草壁らのグループを救って見せた彼だが、だからと言って組織運営に対して積極的になったかと言えばそんなことは無い。

 

 

 むしろ、これまで以上に慎重になったのでは無いかとすら思える程だ。

 そして上がそうである以上、下の人間も同様でないわけが無かった。

 各所で小グループが集まり、作業中の噂話から真剣な意見交換まで、様々な形で議論が行われていた。

 

 

「ブリタニア死すべし! やはり皆で上層部に直訴して今すぐにも租界に攻撃を仕掛けるべきだ!」

「いや、それこそブリタニアの思う壺だ。ここは臥薪嘗胆の気構えで……」

「そんな臆病なことで、ブリタニア打倒が成せるか!」

「一時の感情に捉われていて、日本独立が成せるわけが無いだろう!」

 

 

 一部では強硬派と慎重派による肉体的な衝突もある程で、それだけシンジュク事変が日本解放戦線に与えた影響は大きかったと言える。

 まぁ、しかしそれはあくまで一部であって、他方では別の反応と言うのもあるのだが。

 

 

「山本隊長! 隊長ー!? ……ちょっと飛鳥(アスカ)! ブリーフィングの時間!」

「あぁ……? そんなもん、ヒナが代わりにやっといてくれれば良いじゃんよ」

「良いじゃんよ、じゃない! 皆が真面目にやってる時に……ああ、もう、情けない!」

 

 

 例えばここに、山本飛鳥と上原ヒナゲシと言うナイトメア小隊の隊員達がいる。

 彼らは今、日本解放戦線内の小規模な組織改変・人事異動の対象者であって、正直な所シンジュク事変に対して何事かを話し合うような時間は無かった。

 しかし小隊長らしき黒髪の男の首根っこを掴み、ポニーテールのパイロットスーツの女性が引きずっていく様はなかなかに目立つ。

 

 

 しかもその場所がナイトメアの格納庫ともなれば、嫌でも人の目に留まろうと言うものだった。

 そしてその目の1つに、朝比奈がいる。

 彼は昨夜使用した自分の無頼の整備に立ち会っている――整備士に使用中のあれこれを報告するのはパイロットの義務だ――わけで、彼自身は割と手持ち無沙汰の様子だった。

 

 

「な、何か、いろいろ大変みたいですね……」

「ああ、まぁ、いろいろね」

 

 

 聴覚補助のヘッドホンを装備した整備士、古川に朝比奈が適当な相槌を返す。

 彼は自分の機体の隣に格納されている青の無頼――青鸞の専用機――を見つめながら、確かにいろいろと大変だと改めて思った。

 しかしそれはシンジュク事変やブリタニアとの戦いに対する物ではなく、もっと根本的な問題についてだ。

 

 

 明確な旗印の無い、今の日本解放戦線に対する思い。

 主義主張は同じだが、動機や手段を異にする者達の集合体。

 事実上の集団指導体制を執っているために、迅速な対応ができない組織体質……それこそ、あの強大なブリタニアに対抗するに不十分では無いか。

 ブリタニアに対抗するには、強いリーダーが必要だ。

 

 

(僕なんかは、藤堂さんが、って思うんだけどね)

 

 

 しかし藤堂では嫌だと思っている人間もいるのも確かだ、階級の問題もある。

 となると、誰か名目だけでも求心力の高いリーダーを置いて、藤堂がその片腕になるのがベストだ。

 求心力、これは何も本人の能力に拠らなくても構わない。

 

 

「……~~~~っ」

 

 

 ガシガシと頭を掻く朝比奈、考えれば考える程に胸の奥がもやもやするのだ。

 何故ならこのナリタにおいて、「名目上の求心力」を備えている人間は1人しかいない。

 そしてその相手を、朝比奈は全く知らないわけでは無いのだ。

 

 

(……けど、藤堂さんはやるよね、たぶん)

 

 

 悩むだろう、自分を責めるだろう、だが藤堂は戦略的に必要と判断したことは必ずやる人間だ。

 まして、「名目上の求心力」に相手が自分からなろうとしている状況では。

 日本の、独立を勝ち取るために。

 朝比奈は再び青の無頼を見上げると、眼鏡の奥の目を鋭く細めた。

 

 

「青ちゃん直属の親衛部隊……か。いよいよ……」

 

 

 ブリタニアに対する、正規の戦闘を行うべき時点が近付いている。

 覚悟の時間。

 そう遠くない将来、その時が来るだろうと、朝比奈は確信していた。

 そしておそらくその確信は、今シンジュクにいる少女と共有すべき類の物であるはずだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 部屋に入った瞬間、埃っぽい空気が鼻腔を満たした。

 ただ普段から地下で生活している青鸞にとっては、それほど過ごし難いと言う程でも無い。

 一つ違う点があれば、初対面の人間がそこにいたと言うことだろうか。

 

 

「日本解放戦線の千葉だ、情報提供に感謝する」

「あ、ああ……扇要(おうぎかなめ)です、お会いできて光栄です」

 

 

 シンジュク・グループと呼ばれるレジスタンスがある、各ゲットーにはそれぞれ抵抗活動をしているグループがあるのだが、扇と言う男が率いるグループもその一つだった。

 一応、各ゲットーの反体制組織は日本解放戦線と協力関係にある。

 とはいえ、日本最大派閥の反ブリタニア組織である日本解放戦線と一ゲットーのレジスタンスとでは雲泥の差がある。

 

 

 だからこそ、急に連絡を受けた扇のグループとしても緊張と警戒を持って解放戦線からの使節をアジトに迎えることにしたのだ。

 だがいざ蓋を開けてみると、やって来たのは予想だにしない一団だった。

 相手が女性だと言うのは別に良い、扇達のグループにも女性幹部はいる、ただ……。

 

 

「んだぁ? 解放戦線ってのはいつからガールスカウトの集まりになったんだよ」

 

 

 誰もが口にしなかった言葉を口にして、空気を殺した男がいる。

 玉城と言う男だ、顎に生やした無精髭が特徴的。

 壁際に行儀悪く立っていた彼は、自分達のアジトにやってきた日本人女性3人を不躾にジロジロと見つめていた。

 

 

 1人は、代表として扇と握手を交わした千葉だ。

 彼女は最も階級も立場も高位であるし、威風堂々とした雰囲気もある、代表として申し分無かった。

 もう1人は茅野だ、彼女自身は千葉の後ろに立っている――最後の1人の傍にいる形で。

 その最後の1人こそ青鸞であり、玉城が突っかかった理由でもある。

 実際、どう見ても軍人には見えないのである。

 

 

「おい、玉城……」

「うっせぇ! こちとら腸煮え繰り返ってんだよ!」

 

 

 どうやらかなり虫の居所が悪いのか、仲間の制止も聞く様子を見せていない。

 だが実の所、青鸞には彼が次に何を言い出すのか、わかるような気がした。

 まず自分の存在に対する嘲笑、そしてその後は。

 

 

「……時間が惜しい、情報の交換を行おう」

「あ、ああ」

「無視してんじゃねぇよ、それとも何か? 解放戦線サマは俺みたいなレジスタンスの小物にゃ用は無いってか? けっ、お高くとまりやがってよぉ!」

 

 

 アジトの床に唾を吐いて、玉城が千葉を睨む。

 扇は苦い顔をした、心の中で玉城に「やめろ」と願う。

 相手は、これから玉城が言う言葉を全て予測した上で黙認してくれたと言うのに――――。

 

 

「昨日、俺らがここ(シンジュク)で死ぬような思いしてた時に、お前ら、何の役にも立たなかったくせによ……!」

 

 

 玉城の言葉に、青鸞は目を伏せた。

 例え、その場の激情に駆られた短絡的な言葉だとしても。

 言葉それ自体は、間違いでも何でも無いのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――7年。

 7年と言う時間を、どう考えるべきだろうか。

 「まだ」7年と見るべきか、それとも「もう」7年と見るべきなのか。

 

 

 帽子のつばに目線を隠すようにしながら、青鸞は思考する。

 7年と言う時間が長かろうが短かろうが、その間にもブリタニアに殺された人間が何十万といるのだ、と。

 その事実だけはどうしようもなくそこにあって、日本最大などと持て囃されている日本解放戦線は。

 

 

「こっちはゲットーって地獄で命張ってんだよ、仲間だって何人も死んでんだよ、死ぬような思いしてやってんだよ。それを後から来て、情報よこせだぁ? ざけてんじゃねぇぞテメェ!!」

 

 

 それを、止めることが出来なかったのだから。

 日本の独立を、7年経っても勝ち取れていないのだから。

 だからこそ玉城の言葉には一定の正しさがあって、周囲の仲間も力尽くで止めようとはしないのだろう。

 

 

「お前ら、いつになったらブリタニアを倒してくれんだよ、「解放」戦線なんだろ! 俺らみたいなレジスタンスと違って、ナイトメアだってあんだろ!? だってのにテメェらがチンタラやってったから――――」

 

 

 ここで青鸞が思い出したのは、意外な人物の言葉だった。

 脳裏でがなりたてるように響き渡るその声は、嫌でも記憶に刻まれている。

 自身の栄達ではなく、組織と運動への危機感からの叫び。

 

 

『我々が何もせず情勢を座して見ていれば、日本中の独立派から疑念の目を向けられましょう。我らは行動し続けることによって初めて、日本の独立を叫ぶことが出来るのですぞ!!』

 

 

 それは一つの真理だ、感情としては青鸞もその意見に賛成する。

 草壁はわかっていたのだ、自分達の掲げる物を守るだけでは衰退するだけだと。

 だから多少のリスクをとってでも、「日本ここにあり」と叫ばなければならないのだと。

 動かなければ力はどんどん失われ、いずれ誰からも相手にされなくなる。

 

 

「だとしても」

 

 

 しかし、そのような弾劾じみた言葉にいささかのブレも見せない人間もいる。

 例えば千葉だ、「四聖剣」の一員として藤堂達と共に数多の戦場を駆けてきた彼女は、今さら玉城の言葉程度で揺らぐ精神など持ち合わせてはいなかった。

 

 

「恨まれる筋合いは無いな、特に、貴様のような他人を責めるしか能の無い男には」

「んだと……!」

「玉城、もうよせ」

 

 

 茶髪にノースリーブシャツの男が、流石に玉城の肩を掴んで止めさせた。

 玉城は周囲を見渡すと仲間達が自分を支持しない空気だと気付いたのか、舌打ち寸前のような表情を浮かべた。

 だからそれ以上の追及はやめる、やめるが、最後に。

 

 

「けっ、俺だってナリタのモグラ連中なんざに期待なんて持っちゃいねぇけどよ」

「……どういう意味?」

 

 

 この時、初めて青鸞が会話に参加した。

 それまで目立たないように千葉の後ろにいたのだが――家柄はともかく、単純に貫禄の問題で――玉城の最後の捨て台詞に、余計な一言に、反応してしまった。

 それを見た千葉は初めて頬の肉を動かした、考えたことは一つ――――「若い」、だ。

 

 

 無視すれば良いものを、青鸞は反応を返してしまった。

 同じ土俵に立ってしまった、それは良くない。

 無視するでも突き放すのでもなく、付き合ってしまった。

 だから思う、若い、と。

 感情を目に出してしまうなど、若さの極みだと。

 

 

「けっ、どうせお前ら、自分達のことしか考えてねーんだろ」

「違う」

「何が違うんだよ」

(ワタシ)達は……」

 

 

 青鸞には、日本解放戦線と他の抵抗勢力を区別する意思は無い。

 共に「徹底抗戦」を掲げる同志であり、同胞であり、日本人であると思うからだ。

 もちろん彼女自身も1人の人間であり、日本解放戦線以上に他の勢力を知っているとは言わない。

 しかしやはり解放戦線の一員としてナリタにいる以上、その心象は解放戦線寄りになる。

 

 

 何より、知っているのだ。

 ブリタニア軍と何度も正面から戦って、ブリタニアから逃げてくる人々を可能な限り受け入れて、それでも本当に勝てるのか不安に思いながら要塞の補強やナイトメアの整備をして、何度も敗戦を経験しながら僅かな勝ちを拾って、仲間を何人も失いながらも必死で頑張っている、解放戦線と言う組織を。

 そこにいる人々を、青鸞は知っている。

 

 

「確かに」

 

 

 自分には、まだ何の実績も無いけれど。

 

 

(ワタシ)達はこの7年、ブリタニアに勝てなかったかもしれない。ゲットーの現状を、どうすることも出来なかったかもしれない。だけど」

 

 

 無能かもしれない、無駄かもしれない、無力かもしれない。

 自分にはまだ、解放戦線の何たるかを偉そうに語れる程の物は無い。

 だけど一つだけ、一つだけ……他者に勝るとも劣らない、原始の精神。

 

 

(ワタシ)達は、(ワタシ)は――――ボクは」

 

 

 「枢木」ではなく「青鸞」が漏れて、少し不味いと感じた。

 

 

「ボクは、日本人だから」

 

 

 イレヴンでは無い、日本人と言う意識。

 それだけは、他の誰にも劣るものでは無かった。

 父、枢木ゲンブが掲げた「徹底抗戦」の看板を継ぐ者として。

 

 

「だから(ワタシ)達は、戦う。抵抗を続ける、モグラ呼ばわりされる筋合いは……無い!」

「ガキが、生意気なこと言ってんじゃねぇよ!」

 

 

 しかしそれは、認められない。

 まだ認められない、何の実績も無い小娘の言葉で動くようでレジスタンスは出来ない。

 だから玉城は、青鸞のことを認めなかった。

 そもそもこんな少女をアジトに送ってくること事態、自分達を舐めてるとしか思えないタチなのだ。

 こっちは、仲間が死んだって言うのに。

 

 

 そしてただでさえ気が立っている所に小娘の反論、だからつい手が出てしまった。

 とはいえ流石の玉城も年下の少女相手に暴行を加えるつもりは無かったらしい、解放戦線のメンバーであることもあったのだろう、寸止めで脅かすつもりで手を振った。

 しかし詰めが甘かった、青鸞の帽子のつばを計算に入れてなかったからだ。

 

 

「玉城ッ!」

 

 

 流石に扇もこれには声を上げた、だがその時には青鸞の帽子が宙を舞っていた。

 帽子が柔らかな音を立てて床に落ちた頃には、長い黒髪が少女の背中に流れ落ちていた。

 押さえられていた前髪も揺れて、黒い瞳を幾筋かの髪が隠すような形になる。

 

 

 だが、玉城から目を逸らすことは無かった。

 真っ直ぐ、それだけしか出来ないとでも言うように。

 ただ、瞬きすらせずに見つめ続けていた。

 

 

(な、何だよ……)

 

 

 帽子の件の罪悪感からか、若干玉城も腰が引けていた。

 ただそれ以上に、自分よりも頭一つ小柄な少女の瞳から、妙に逃げたかった。

 逸らしたかったが、それが出来なかった。

 何故かはわからない、だが――――引き付けるだけの、何かがあった。

 その、瞳に。

 

 

 不意に、薄い金属が擦れるような音がした。

 その音が場の空気を弛緩させた、何事かと全員の視線がそこに向かう。

 そこにいたのは茅野だった、千葉や青鸞と共にアジトに来た解放戦線の女性兵。

 

 

「へ……」

 

 

 間抜けな声を上げたのは、誰だったか。

 それは茅野が袖長の黒いシャツを脱いでいたからで、何故そんなことをするのかと一同が慌てたが。

 

 

「――――――――」

 

 

 次に来るのは黄色い悲鳴では無く、沈黙だった。

 長い沈黙、その原因は……タンクトップから除く、細い腕と背中の肌に刻まれた傷痕だ。

 背中の表面の痕は火傷だろうか、随分と深く黒ずんでさえいる、両腕の傷は……ナイフで上から線を引かれ続けたかのような痕だった。

 

 

 茅野の表情は動かない、ただしばらく後、淡々と衣服を着直した。

 傷痕自体は、実は問題では無い。

 そんな人間は今のエリア11にはごまんといる、本質はそこでは無い。

 本質は。

 

 

「……私は、ブリタニアを許さない」

 

 

 だから、戦う。

 それだけを伝えるために、証明するために、茅野は身体の傷痕の「一部」を晒したのである。

 そして気まずそうな空気が扇や玉城達に流れる中、青鸞の頭に落ちた帽子を被せる存在が1人。

 もちろん、千葉だった。

 彼女はやや咎めるような目で青鸞を見ていて、その理由は彼女にもわかっていた。

 

 

(茅野さんに、気を遣わせちゃった……)

 

 

 言葉少なで近寄りがたい雰囲気を持つ茅野であるが、周囲への気遣いは出来る方だった。

 だから青鸞は帽子の位置を直しつつ、後でお礼と謝罪をと思った。

 ただ、とりあえず今は。

 

 

「申し訳ありません、生意気なことを言いました」

 

 

 言葉の上で謝る、頭は下げない、これは父ゲンブの教えだった。

 曰く、他組織の人間に容易に頭を下げてはならない。

 日本国の首相に上り詰めた男の言葉だ、一考の価値はあるだろう。

 

 

「ただ、若輩者であることを承知で一つだけ。(ワタシ)達は同じ日本人です、抵抗の志を(ワタシ)達は互いに支持し合うことが出来る――――それだけは、どうか信じてください」

「……けっ」

 

 

 興が冷めたのかどうなのか、しかし玉城もそれ以上のことを言うつもりは無いようだった。

 最後まで生意気な小娘だとは思ったかもしれないが、それだけだ。

 それでようやく、最初に戻れた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その後はスムーズだった、扇がシンジュク・ゲットーで起こった事態を順番に説明してくれた。

 まず、自分達がキョウトの指示でブリタニア軍から毒ガスを奪おうとしたこと。

 仲間を失ったが、毒ガスの強奪には半ば成功――回収は出来なかったという意味で――その代わり、突如ブリタニア軍が彼らの拠点であるシンジュク・ゲットーに侵攻して来た。

 

 

 同じ系列の組織だからか、扇は真正直な程に自分達の持つ情報を提供してくれた。

 普通、こういう場合は自分達だけの情報をプールし、交換と言う形で取引をするものだ。

 しかしどうも扇は性格的にそう言うことが出来ないタイプらしく、実に誠実だった。

 正直、レジスタンスのリーダーをやっているのが不思議なくらいである。

 その最たる物が、「声」に関する情報である。

 

 

「声?」

「ああ、俺達が逃げてる時に通信機から聞こえてきたんだ。勝ちたかったら指示に従えって……従ってみたらブリタニア軍のナイトメアを奪って見せたりして……」

「でもよ、最後には結局ボロ負けだったじゃねぇか! あの白い奴にノされてよぉ、顔も見せず侘びも無し、何が『勝ちたければ、私の指揮下に入れ!』だよ、フカし野郎が!」

 

 

 ブツブツと文句を言っている玉城はともかくとして、青鸞達としては首を傾げざるを得ない。

 扇達が毒ガスを奪って何をするつもりだったのかは置くとしても、ブリタニア軍の行動が良くわからなかったからだ。

 扇の話では、最終局面でブリタニア軍が停戦命令を出して終局したらしいのだが……。

 ブリタニア側の行動を順序だてれば、こうなる。

 

 

 まず毒ガスを強奪されたブリタニア軍は総督指揮の下でシンジュク・ゲットーを包囲、イレヴンの生命に紙切れ以下の価値しか置いていない彼らはテロリスト、つまり扇達ごと潰しにかかった。

 虐殺戦の開始だ、そして絶体絶命の危機に陥った扇達に指示を与え、一時的に戦況を好転させた声。

 最後にはブリタニア軍が虐殺の手を止めて撤退、しかもイレヴンも救助して……。

 まぁ、イレヴン救助については「適当に」終わらせたようだが。

 

 

(毒ガスの奪還と言う名目なら、わからないでも無いけど……)

 

 

 青鸞などには、シンジュクにおけるブリタニア軍の行動目的がどこにあるのか見えなかった。

 特に停戦命令がわからない、いや、停戦命令はまだわかる。

 ……どうして、イレヴンも救助しろと? 自分達が虐殺をしていたくせに。

 

 

「なぁ、つーかマジであのガキも解放戦線のメンバーなのか?」

 

 

 何だか全員からスルーされている状況の玉城だが、その疑問は扇達全員が共有するものだろう。

 とはいえ公式に聞いてくることも無い、千葉が冒頭で示した符丁は間違いなく解放戦線の物だったのだから、連絡手段に使用したコードもだ。

 そして一通りの話を聞いた千葉は、一先ず頷くと。

 

 

「わかった、情報提供に感謝する。何か見返りに我々に出来ることはあるか?」

「あ、ああ、実は俺達、昨日の戦いで武器を使い果たしてしまって……」

 

 

 ここで得られる情報は、ここまでか。

 そう思い、思考しつつ、とりあえず青鸞はナリタへ戻ることを考えた。

 旧地下鉄線を通ってゲットーの外へ出て、他の潜入員と連絡を取っている佐々木を広い、青木の待つポイントまで行かなくてはならない。

 

 

「わかった、ナイトメアまでは無理だが、何とか都合しよう。……そう言えば、シンジュクは紅月と言う男が仕切っていると聞いていたのだが。今は不在なのか?」

「ナオトは……紅月は、前のリーダーは、少し前の戦いで……」

「……そうか、すまないことを聞いた」

「いや、別に……」

 

 

 ……先程の玉城の言葉の余韻があるからか、場に微妙な空気が満ちる。

 だが、今度は誰も何も言わない。

 扇達は一様に沈痛な表情を浮かべていて、どうやら、紅月ナオトと言う前のリーダーに深い思い入れがあるようだった。

 

 

 人に対する思い入れ、それは平和な時代では……少なくとも、戦死という形で思うことは無いだろう。

 一日も早く戦いの日々に終焉をと思っても、日本の独立が果たされない限りは終わりは訪れない。

 そして独立を果たすためには戦いを挑まねばならず、そのせいでまた犠牲が出る。

 悪循環、ブリタニアへの抵抗活動に身を置く人間は、大なり小なりその循環の中にいる。

 もちろん、その中には青鸞自身も入って……。

 

 

「扇!」

 

 

 青鸞がシンジュクで得た情報を自分なりに頭の中で整理している時、1人の男が部屋に飛び込んできた。

 眼鏡をかけたガタイの良いインテリっぽい男だ、彼は部屋に飛び込むとテレビに飛びついた。

 

 

「み、南? どうしたんだ、いったい」

「大変なんだよ、良いからこれ……このニュースを見ろよ!」

 

 

 その男は南と言うらしい、当然だが青鸞達の知らない人間だ。

 南は青鸞らのことなど気にもとめていない、よほど慌てているのだろう。

 ほどなくして、やや乱れてはいるがテレビに映像が映った。

 どうやらどのチャンネルも同じ番組……いや、生放送の会見を流しているようだった。

 

 

『クロヴィス殿下は薨御(こうぎょ)された!!』

 

 

 そして、その言葉が一同の耳に飛び込んで来た。

 

 

「薨御って……?」

「死んだってことだよ!」

 

 

 聞き慣れない言葉を誰かが問えば、興奮したままの南が投げつけるように応じた。

 

 

「総督が……クロヴィスが死んだんだ! 昨日の撤退の理由はこれだ、シンジュクでテロリストの凶弾に倒れたってさっき言って――――」

 

 

 エリア11総督、ブリタニア帝国第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアが死んだ。

 青鸞は一瞬、自分の思考が停止したのを感じた。

 7年間、誰もが狙ったエリア11総督の首、それが落とされたと言うのだ。

 プロパガンダなどでは無い、そんな馬鹿げた報道はあり得ない。

 

 

 千葉を見る、彼女は額に皺を寄せる程難しい顔をしていた。

 今にも腕を組んで爪を噛みそうな表情だ、悔しいとは思うまい、ただ疑問を感じている顔だった。

 そしてその疑問は、おそらくこの場にいる全員が共有している。

 すなわち、「誰が総督を討ったのか――――?」。

 青鸞たち日本解放戦線を見る者もいるが、少なくとも青鸞は知らない。

 

 

『我々は殉死された殿下の御遺志を継ぎ、この困難な戦いに勝利しなければならない!!』

 

 

 テレビの中では、後ろに紺色の制服を纏ったブリタニア人兵士――おそらく騎士――を従えた男が、演説を行っていた。

 青い騎士服に正装のマントを纏った、青みがかった髪の細身の男だ。

 報道陣の前で堂々と胸を張っている男は、映像隅の紹介文によれば……「ジェレミア・ゴッドバルト代理執政官」、知らない名前だ。

 

 

 ――――この、数秒後のことを思えば。

 この時点での青鸞の混乱など、可愛らしい物だったと考えるようになる。

 何故ならこの後、彼女にとって人生最大の衝撃が引き起こされることになるのだから。

 

 

『たった今、新しいニュースが入りました――――実行犯! どうやら、実行犯と思われる人物が逮捕、軍によって拘束された模様です! 実行犯は名誉ブリタニア人、元イレヴンの……』

 

 

 そして、ニュースの映像が切り替わる。

 その場にいる全員が、エリア11総督を仕留めた英雄――彼らの視点でだが――の顔と名前を見ようと、身を乗り出していた。

 数秒の後、映像付きで「その男」のことが映し出された。

 

 

「――――――――……え?」

 

 

 周囲を銃で武装した兵士に囲まれ、沿道を歩かされて晒し者にされている男。

 年の頃は10代半ばを過ぎた頃だろうか、白い拘束衣姿が痛々しい。

 ニュースキャスターが呼んだはずの「実行犯」の名前が、何故か青鸞の耳には届かなかった。

 千葉が横目で自分を見ていたことにすら、気付くことが出来なかった。

 

 

 視界が揺れていることに気付く、重度の船酔いでも起こしたかのような眩暈を感じた。

 足が一歩下がったことを自覚する、だが不思議なことに感覚が無かった。

 帽子をかぶり直していて良かった、でないと。

 そうでないと、混乱の感情を象徴するような瞳の揺れに気付かれてしまう……。

 

 

『繰り返します、実行犯の男は名誉ブリタニア人、元イレヴンの――――』

 

 

 最後の記憶は7年前だ、そこで別れた。

 だが、忘れるはずが無い。

 忘れられるはずが、無いのだ。

 

 

 幼い頃に好きだった色素の抜けた茶色の髪や、光の加減で琥珀に見える瞳も。

 幼年時代の面影を残す顔と細身の身体……こちらは、青鸞も初めて見るが。

 しかし間違い無い、間違えるはずも無い。

 だから彼女は、数歩を下がってテレビから距離を取りながら。

 唇を、ある形に戦慄かせる、音は4つ、それは。

 

 

 

 

『――――枢木(くるるぎ)スザク!!』

 

 

 

 

 ――――あにさま。

 と、幼い頃の呼び名で、呆然と呟いたその声には。

 いったい、どのような感情が乗っていたのだろうか……。

 




採用キャラクター:
相宮心さま提供(小説家になろう):茅野さおり(軍人)。
隼丸さま提供(ハーメルン):山本飛鳥・上原ヒナゲシ(軍人)。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 ここからどんどんイベントを消化し、ナリタまで一直線です。
 ナリタでどんな惨劇を引き起こそうかと頭を悩ませています(え)。

 イベント進行に伴い、原作主人公組とは別ルートで原作キャラクターズと遭遇。
 この時点ではまだアレですが、将来的には複数のルートを想定。
 うちのスザクさんの選択肢次第な所がありますが、頑張りたいです。
 というわけで、次回予告。


『今でも、昨日のことのように思い出せる。

 白目を剥いて倒れた父様、その傍らで刀を手に立つ兄様。

 そして、呆然と立つ自分。

 ……なのに今、あの人は総督殺しの犯人としてそこにいる。

 ボクはあの人に聞きたい、どうして、って。

 だから』


 ――――STAGE5:「トーキョーの 空の 下で」


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STAGE5:「トーキョーの 空の 下で」

 オリジナル設定入ります、ご注意ください。
 では、どうぞ。


 記憶の向こうにいる「彼」は、いつだって不機嫌そうな顔をしていた。

 

 

『……おい、スザク』

 

 

 それは声にしても同じことで、昔はいちいち癇に障る奴だと思っていた程だ。

 ただそれも、今では酷く懐かしいばかりだ……。

 

 

『僕はキミが来るとは聞いていた、不本意だが、ナナリーも楽しみにしているようだったから特別に許してやったんだ。なのに……何だそいつは』

『何だとは何だ、それに俺だって連れてきたかったわけじゃ……あ』

『おいスザク……この泣き虫は何だ、鬱陶しいぞ』

 

 

 そういえば、「あの子」を初めて連れて行った時、彼は随分とあの子の扱いに苦慮していた覚えがある。

 あんまりついて来たがったものだから、面倒とは思いつつも連れて行った。

 だけど、アイツのあんな苦労している顔を見られるなら悪くなかったと思った記憶がある。

 

 

『ぬ、む……おい、泣くな、泣くんじゃない。……スザク、キミの妹だろ、ちゃんと面倒を見ろ』

『嫌だ、面倒くさい』

『面倒くさいって何だ!? って、ああ、また泣いた……』

 

 

 ああ、そう言えば良く泣く子だったような気がする。

 当時の自分はそれを面倒に思っていた所があるし、だいたい彼の妹がやってきて収拾をつけてくれるので、楽で良いと感じていたと思う。

 あの子は、自分に優しくしてくれる彼の妹やなんだかんだで面倒見の良い彼を気に入っていたようだったし――――たぶん、自分よりも。

 

 

 自分は、良い兄では無かったから。

 だけど、そんな自分でも明確に彼女の存在に感謝したことがある。

 その最たる物は、あの時だろう。

 あの時、彼女だけが……敢然と、正面から、当たり前の権利として。

 あの子だけが、自分を責めてくれたから――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――目が覚めた時、そこは牢獄だった。

 目覚めとしては最悪の部類に入るだろう、白の拘束衣で戒められ、尋問と言う名の拷問で痛めつけられた身体を冷たく固い床の上に転がされた上での目覚め。

 少なくとも、爽やかな目覚めとは言えない。

 

 

「……ぅ……」

 

 

 取調室で蹴りを入れられた頬が痛んで、彼は僅かに声を上げそうになった。

 しかし結局その声を押し殺して、彼は床の上から芋虫のように身を起こした。

 ズリズリと身体を引きずり、壁に背中を押し付けるようにして座る。

 窓も無い牢獄は暗く、今がいつかもわからないが……感覚として、夜かなと考える。

 

 

 彼は、犯罪者だった。

 それも稀代の犯罪者である、何と、恐れ多くも世界の3分の1を支配する超大国ブリタニアの第3皇子を暗殺したのだ。

 シンジュクでの戦いの最中、暗殺者の凶弾に倒れたエリア11総督。

 使用された銃には彼の指紋が付着し、目撃者も多数、誰がどう見ても彼が犯人だった……が。

 

 

「……軍事法廷、か」

 

 

 時間的に言えば今日の夜、彼は軍事法廷にかけられる。

 何故なら彼が軍人だからだ、しかし彼はブリタニア人ではない。

 彼はイレヴンと呼ばれる日本人で、日本人でありながらブリタニアに帰化した名誉ブリタニア人。

 そして彼への嫌疑は、つまる所「名誉ブリタニア人だから」の一言で説明できる。

 

 

 彼に弁護人も証言者もいない、彼が名誉ブリタニア人だからだ。

 拳銃に彼の指紋などついていないし、目撃者などそもそもいない、逆に彼のアリバイを証言してくれる人までいた――――にも関わらず、彼はこうして拘束され、牢獄に放り込まれている。

 つまり、彼は無罪であり、クロヴィス総督を殺した犯人ではない。

 冤罪、だが誰も信じない、何故なら彼が名誉ブリタニア人……イレヴンだからだ。

 

 

(……でも、裁判は真実を明らかにするために行われるもののはずだ)

 

 

 枢木(くるるぎ)スザクと言う名のその少年は、そう信じていた。

 しかし、それも今の彼の有様を見れば望み薄のように思われた。

 そもそも、弁護人もいないような裁判で何の真実を明らかに出来ると言うのだろう。

 いや、少年にとってはそれでも良かったのかもしれない。

 

 

(もし真実を捻じ曲げて、ルール違反を良しとする世界なら……そんな世界には、未練は無い)

 

 

 誰も彼のために祈ってはくれない、想ってはくれない。

 だが彼は、自らその境遇に身を置いた。

 だから未練は無い、スザクはそう思っていた。

 

 

 しかし、一方で。

 静かに彼のために祈る者もまた、いるのだった。

 例えばこれは、ある寝室での会話だ。

 

 

「……お兄様。スザクさん、大丈夫ですよね……」

「ああ、大丈夫だよナナリー。あんなニュースは何かの間違いだ、だから安心しておやすみ」

「そう、ですよね……大丈夫、ですよね」

「……ああ、お前が心配することは何も無いよ、ナナリー」

 

 

 眠りに落ち、緩やかに胸を上下させる妹の髪を指先で梳いて。

 少年が1人、闇の中で瞳を赤く輝かせていた。

 彼は、穏やかに眠る妹を見つめながら、静かに呟く。

 

 

「大丈夫だ、ナナリー……スザクは、俺が――――」

 

 

 夜の帳が、何かが生まれたことを恐れるかのように深まっていく。

 静かなその空気は、まるで到来する嵐を恐れているかのようで。

 ただただ、冷たく深かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 枢木スザクの逮捕の翌朝、エリア11、いや世界中の話題は彼の名で占められていた。

 事件の中心であるトーキョー租界はもちろん、ブリタニア本国や他のエリア、そしてEUや中華連邦といった諸国の人々まで含めて、注目を集めていた。

 何しろ、ブリタニアの皇族総督がナンバーズの手で倒れた稀有な事例なのだから――――。

 

 

『では、枢木スザク容疑者はあの旧日本最後の総理大臣、枢木ゲンブ首相の遺児なのですね?』

『はい、容疑者は14歳の時に名誉ブリタニア人資格の取得を申請、皇帝陛下の御名において申請は受理されました。枢木スザク容疑者はその後軍籍を得て、栄誉あるブリタニア軍人としてシンジュク事変に従軍、そして……凶行に及んだと「自供」したそうです』

『なるほど……ブリタニアの慈悲の象徴でもある名誉ブリタニア人制度が生んだ悲劇だったと言うわけでしょうね』

 

 

 トーキョー租界の繁華街、大型のショッピングセンターがいくつも集まった場所だ。

 デパートらしきビルの壁面に設置された大型のモニター、そこに特別編成のニュース番組が流れていて、解説者とコメンテーターが最もらしい顔で容疑者の経歴を述べている。

 行き交う人々はそのニュースを見て一様に暗い表情を見せる、義憤に駆られた声を上げる者もいる。

 

 

 当然だろう、租界の大通りを歩く人々は皆ブリタニア人だ。

 彼らは自分達を治めていた領主の不幸な最期を悼み、テロリストに敢然と立ち向かった勇気を称え、そして彼を殺した不当なテロリストを恨んだ。

 それはごく自然な反応であって、他国人の共感も大いに得られるだろう。

 ――――ここが「日本」と言う他人の家で無ければ、だが。

 

 

「おい、止まれ」

 

 

 総督の死が公表された翌日だけあって、空気は固い。

 市民生活を脅かすような施策は――戒厳令や非常事態宣言――こそ成されていないものの、租界の空気はピリピリしていると言って良い。

 警棒では無く、アサルトライフルを構えた軍人がウロウロする程度には。

 

 

「貴様、イレヴンだな? 身分証を見せろ」

 

 

 そしてそんな繁華街の片隅で、実際の2人組の軍人に声をかけられた少女がいる。

 着用している服は赤と白のコルセットスーツ、白ブラウスのお腹の部分が赤いコルセット風になっており、リボン代わりの編み紐が結ばれている物だ。

 コルセット下から膝まで伸びる紅色のプリーツスカートと、足全体を覆う黒のストッキング、キャスケット帽子とパンプスも黒系統、それ以外の装飾品は無く、中古屋(リサイクルショップ)ででも買ったのかやや古びている。

 

 

 年の頃は15歳、帽子に収めた髪色は黒、瞳も黒――――ブリタニア人では無い。

 そう、少女は日本人(イレヴン)だった。

 ブリタニア人居住区である租界内部に、何故イレヴンの少女がいるのか?

 その理由は、今しがたニュースでコメンテーターが言っていた制度による恩恵だ。

 

 

「……何だ、名誉か」

 

 

 ブリタニア兵の告げた言葉に道行く人々が視線を向ける、おそらくはわざとだ、ニヤニヤとした顔がそう告げている。

 名誉、そう、少女が兵士の男に渡した身分証のカードは名誉ブリタニア人に与えられる物だった。

 ブリタニア人以外の人間がブリタニア人と同等、あるいは一定の権利を得られる制度。

 わかりやすく言えば、ブリタニア人以外のブリタニア人だ。

 

 

「紛らわしい……名誉がこんな所をウロウロしてるんじゃない! さっさと帰れ、イレヴンが!」

 

 

 渡したカードは少女の手に返されることなく車道の方へと放り投げられた。

 地面に落ちたカードの上を信号が変わって走り出した乗用車やトラックが走っていく、あれでは信号が変わるまでは取りに行けないだろう。

 歩道の端で立ち尽くす少女に意地の悪い笑みを見せて、兵士達はどこぞへと消えた。

 後に残された少女は溜息を吐く、そしてとにかく信号が変わるまで待とうと……。

 

 

 ――――ガンッ、と、鈍い音が響いた。

 次いで肩のあたりに熱を感じて、反射的に片手で肩を押さえた。

 頭に当たったそれはどこかから投げられた中身入りの缶コーヒーだった、ぶつけられた頭や中身のかかった肩がジンジンと痛む。

 

 

「……汚らわしい、名誉の癖に!」

「クロヴィス殿下を殺した卑しい奴ら」

「ブリタニア人にしてもらった恩を忘れて、畜生以下の存在だわ」

「ああ臭い臭い、ドブネズミはゲットーにいりゃあ良いのに」

 

 

 周囲から聞こえる悪意の声に、少女は俯いたまま顔を上げない。

 ただじっと、車に踏み躙られる自分の身分証を見つめている。

 

 

「大体どうして、あんな汚らわしいイレヴンが租界にいるんだよ」

(……どうして、だって?)

 

 

 しかし心は別だ、彼女は顔を俯かせたまま、意識は上や周囲へと向ける。

 

 

(ボク達だって、来たくて来たわけじゃない……)

 

 

 その少女は、青鸞だった。

 表情を殺し、ただじっと周囲から降りかかる悪意を受けている。

 ここで何か問題を起こせばさっきの兵達が戻ってくる、だからじっと耐えている。

 

 

 加えて言えば、彼女は名誉ブリタニア人ですらない。

 ならば先程の身分証は何なのかと言う話になるのだが、そこには複雑な事情が介在する。

 一言で言えば、偽造品だ。

 それも、「本物」の偽造品。

 いずれにしてもリスクがある、それだけのリスクを犯して何故青鸞がいるのか、それは。

 

 

『枢木スザク一等兵の軍事裁判は本日中に行われ、判決も即刻……』

 

 

 そこで初めて、青鸞は顔を上げた。

 コーヒーの匂いが鼻につくが、そんなことはまるで気にならなかった。

 彼女の瞳は、デパート壁面のモニターに向けられている。

 

 

 映像では何度も、何度も同じ場面が流されている。

 茶色の髪の名誉ブリタニア人が、晒し者にされながら拘束される映像。

 枢木スザクが、彼女の……彼女の「兄」が、映っている。

 7年前に別れて、それきりだった相手だ。

 

 

『やはり、現行の名誉ブリタニア人制度を見直した方が良いのかもしれませんね』

 

 

 コメンテーターのそんな言葉に、青鸞が拳を握る。

 何故ならばそれは、事実上、名誉ブリタニア人制度自体が間違いだったと言っているに等しかったからだ。

 ならば何故、と、青鸞は声を上げたかった。

 

 

 ならば何故、そんな制度を作ったんだと。

 そんなことを言うなら、最初から作らなければ良かったでは無いか。

 そうすれば、そうすれば。

 ……そうすれば、あの人だって。

 

 

「これ、キミの……」

 

 

 不意に声をかけられて、青鸞は身を震わせた。

 ブリタニア人ばかりの町で、まさか声をかけられるとは思わなかったからだ。

 顔を上げれば、そこには1人の少年がいた。

 

 

 艶やかな黒髪、光の加減で紫に見える瞳、着ている物は黒の学生服。

 意外と背が高い細身の身体、片手に何かの包みを持っているようだが……もう片方の手で、ボロボロになった青鸞の身分証を持っていた。

 呆けていた青鸞は、戸惑いながらもそのカードを受け取ろうとして……。

 

 

「…………まさか」

「え……?」

 

 

 2人で、動きを止めた。

 時間が止まったかのような静寂感があたりを包み、互いに互いの顔を穴が開きそうな程にじっと見つめる。

 見つめなければ、ならなかった。

 

 

「まさか……そんな、だが」

 

 

 相手の少年は戸惑うような声を上げると、しかし己の考えを確認するように。

 

 

「……青鸞、なのか?」

 

 

 その声に、その雰囲気に、そのアクセントに。

 青鸞は、記憶を刺激された。

 それはかつての記憶、とても古い記憶……子供の頃の記憶だ。

 

 

 15年の人生のほんの一時期、時間を共有した相手。

 忘れるはずの無い、最後に輝きの瞬間。

 まだ、自分がただ意味も無く幸福で……何も失われていなかった時間だ。

 だから彼女は告げた、その名前を。

 

 

「……ルルーシュくん?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 時間を、ほんの少しだけ遡ろう。

 そこまで遡る必要は無い、ほんの数分だ。

 その数分前、私立アッシュフォード学園の学生である少年、ルルーシュ・ランペルージは、ある目的のために租界の町並みの中にいた。

 

 

 友人と共に懇意にしている店のマスターの下を訪れ、注文していた品を受け取ってきた所だ。

 まぁ、相手はそのことを「覚えていない」だろうが。

 片手の紙袋の中に感じる硬質感を確認しつつ、彼は歩いていた。

 そして、ある繁華街の交差点に差し掛かった時。

 

 

『では、枢木スザク容疑者はあの旧日本最後の総理大臣、枢木ゲンブ首相の遺児なのですね?』

『はい、容疑者は14歳の時に名誉ブリタニア人資格の取得を申請、皇帝陛下の御名において申請は受理されました。枢木スザク容疑者はその後軍籍を得て、栄誉あるブリタニア軍人としてシンジュク事変に従軍、そして……凶行に及んだと「自供」したそうです』

『なるほど……ブリタニアの慈悲の象徴でもある名誉ブリタニア人制度が生んだ悲劇だったと言うわけでしょうね』

 

 

 頭上、自分のすぐ後ろにそびえ立つデパートの壁面に設置されたモニターから、そんな声が聞こえる。

 それに対してルルーシュがとった行動は、「丁重な無視」だった。

 周りのブリタニア人のようにクロヴィス総督の死を悼むわけでも、名誉ブリタニア人への怒りを露にすることも無い。

 

 

 あらゆる意味で、無意味なことだと思うからだ。

 せいぜい、「自供」とやらの内実について皮肉を感じるだけだ。

 だから彼はコメンテーターの言葉にいちいち顔色を変えたりはしない、ただでさえ貴重な放課後の時間をそんなことに使う気は無い。

 ただでさえ、今日は彼の人生にとって重要な……。

 

 

「……ん?」

 

 

 彼が端正な眉を顰めたのは、トラックや乗用車が走る横断歩道の向こう側を見たからだ。

 車と車の間隔、その間から見えたのは、1人の少女だ。

 黒のキャスケット帽子が目に付く少女だ、それだけなら特に目を引かれることもなかったろうが。

 

 

「……名誉……!」

(――――名誉ブリタニア人か)

 

 

 馬鹿な女だ、と、ルルーシュは思った。

 何かの缶を投げつけられた少女を見て、むしろ冷たい眼差しで。

 名誉ブリタニア人がクロヴィス総督を殺した――と、いうことになっている――こんな時に、名誉ブリタニア人が街を出歩けばどんな扱いを受けるか、想像力が欠如しているとしか思えない。

 

 

「……む」

 

 

 次第に信号が変わり、横断歩道を多くの人が歩き出す。

 もちろんルルーシュもそれに倣う、しかしその時、彼は自分が何かを踏んだことに気付いた。

 何かと思えば身分証だ、誰かの落し物だろうか。

 いや、名誉ブリタニア人用のライセンスカードだ。

 

 

(……さっきの女のか)

 

 

 特に感慨も無く、ルルーシュは拾い上げたカードを裏返した。

 そこに写真が印刷されている、真面目な顔で映っているのは彼とさほど変わらない、そして彼の妹と同じくらいの年齢の……と、そこでルルーシュは初めて目を細めた。

 印刷された写真の少女が、妙に彼の記憶を刺激した。

 それはおそらく、つい2日程前に7年ぶりに幼馴染に再会したことも無関係では無い。

 

 

「いや、まさか……」

 

 

 顔を上げる、件の少女はルルーシュには気付いていない。

 どうやら後ろのモニターを睨んでいるようだ、もし少女がルルーシュの思っている通りなら。

 その行動にも、納得は出来る。

 

 

 だから彼は、思わず名前を呼んでしまったのだ。

 7年前、幼少時の一時期を共に過ごした女の子の名前を。

 幼馴染の、妹の名前を。

 

 

「……青鸞、なのか?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 2人が出会ったのは、7年前のことだ。

 とはいえ直接に出会ったわけでは無い、共通の知人を介しての出会いだった。

 よって、それぞれその「知人」との関係は同じでは無い。

 

 

 ルルーシュにとって、「知人(かれ)」は幼馴染の喧嘩友達だった。

 そして青鸞にとって、「知人(カレ)」は肉親だった。

 2人を出会わせた共通の知人、その名は枢木スザク。

 そう、今まさに総督殺しの犯人とされている男である――――。

 

 

「……ほら」

「あ……えと、ありがと」

 

 

 ショッピングセンター街からやや離れた場所に、広い自然公園がある。

 綺麗に整えられた芝生、所々に点在する露天や売店、時間が来れば水のショーを見せる噴水、遠くに見えるトーキョー租界の街並みとモノレール・ライン……。

 そんな公園のベンチの一つに、ルルーシュと青鸞は場所を移していた。

 

 

 あのままあそこで話すと、お互いに不味かったからだ。

 それに、青鸞の衣服のこともある。

 水で濡らした白いハンカチを差し出してくるルルーシュを目を丸くして見つめながら、青鸞はそれを受け取った。

 

 

「…………」

「……………………」

 

 

 そこから、少しの間沈黙が続いた。

 気まずさや再会の緊張からではなく、何を話すべきかの整理をしているためだ、お互いに。

 7年ぶりに再会した幼馴染と、まず何を話すべきなのか。

 お互いの中で模索を繰り返し、そして出し得た結論。

 先に沈黙を破ったのは、青鸞だった。

 

 

「ナナリーちゃん、元気?」

「……ああ、元気だよ」

 

 

 ルルーシュの顔に微笑が灯る、青鸞も同様だ。

 彼の妹、ナナリーと言うのだが……それもまた、2人にとっては共通の知人だった。

 ルルーシュにとっては肉親で、青鸞にとっては幼馴染の友達だった。

 7年前に出会った、大切な友達。

 

 

「……名誉ブリタニア人資格、取ったんだな」

「うん……家の人の意向ってやつでね、ボクはどっちでも良かったんだけど」

「名前も変えたのか?」

「うん、まぁ……いろいろね」

 

 

 ここで初めて、青鸞の胸が痛んだ。

 嘘だからだ、彼女は名誉ブリタニア人申請などしていない。

 ただ租界に入るために必要だったから、キョウトの協力者に今日の昼に手引きして貰っただけ。

 

 

 そもそも、彼女の名誉ブリタニア人証に書かれている名前自体が偽名だ。

 だからルルーシュも顔写真を見るまでは何も思わなかった、直接顔を見てようやく確信したのだ。

 だがそれをルルーシュに言うわけにはいかない、言えるわけも無い。

 自分はまだ日本人で、反ブリタニアの組織に所属しているなどと。

 言えるはずが、無いのだった。

 

 

(まぁ、名誉ブリタニア人扱いされるのは物凄く嫌だけど……租界には、名誉でないと入れないから)

 

 

 仕方ない、一時の屈辱に身を浸すくらいはしてみせよう。

 これもまた、父の教えでもある。

 曰く、必要ならば泥を啜れ――――だ。

 

 

「……ルルーシュくんは?」

「俺も似たようなものだよ、今は……別の姓を名乗っている」

「そっか」

 

 

 ルルーシュ・ランペルージには、ある秘密がある。

 そして青鸞はその秘密を知っている、ランペルージ姓のルルーシュが偽者だということを。

 彼の本当の名前は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 かつて日本を侵略し、植民地化し、そして今も多くの日本人をイレヴンと呼んで差別している超大国、神聖ブリタニア帝国。

 

 

 その神聖ブリタニア帝国の第11皇子、それが彼だ。

 青鸞が彼と出会った7年前、ルルーシュは確かにそう名乗っていた。

 ブリタニアから日本に兄妹で留学に来た、異国の皇子様。

 子供の頃は、絵本から飛び出したような存在を前に随分と舞い上がったもので……。

 

 

「と、ところで、その紙袋は何? 何か買い物?」

 

 

 場の空気を変えるためか、それとも昔のことを思い出して恥ずかしくなったのか、青鸞の方から話題を変えた。

 それはまさに「青鸞」であって、「枢木」の顔ではなかった。

 

 

「え? あ、ああ、これか。いや、特別な物じゃない。ちょっと学校の行事で使う物なんだ」

「学校? ルルーシュくん、学校通ってるんだ?」

「お前だって通ってるだろう? 名誉ブリタニア人なら、学校にも行けるはずなんだから」

「あ、あー……ボクは、キョウトの方だから、学校」

 

 

 また嘘を吐いた、嘘は一つ吐くといくつも連鎖していく。

 ああ、嫌だ。

 青鸞はそう思った、何故なら。

 ルルーシュにだけは、彼女は嘘を吐きたくなかったのに。

 大切な、思い出の人だったから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「青鸞」

 

 

 2人の再会は、意外なほど短く終わった。

 ルルーシュの方に時間が無かったらしく、また青鸞にもそんなに時間は無かったためだ。

 互いに何かしらの用があり、そして互いに当たり障りなく説明して。

 ――――彼らの事情を2つとも知る人物がいたのならば、失笑するだろう状況だとは気付かずに。

 

 

 そして別れ際、ルルーシュは青鸞を呼び止めた。

 最後の話題はもちろん、彼がほんの10分程度の再会の中で口にしなかった話題。

 すなわち、スザクのことだった。

 

 

「青鸞、お前、スザクのこと――――」

「……さぁ、誰のことだったかな?」

 

 

 両手の指を腰の下で組み、スカートの裾を翻しながら青鸞はルルーシュに背を向けた。

 その表情はルルーシュには読めない、だが、青鸞の纏う空気が変わったことは確かだった。

 

 

「確かにボクには兄様がいたけれど、でも、7年前にいなくなった。家とも縁を切って、何もかも捨ててどこかに行っちゃったよ、ボクを置いて――――それはもちろん、言いたいことが無いわけじゃないけどね」

「……そうか」

 

 

 前半はともかく、後半に対して……ルルーシュは頷きを返した。

 明晰な頭脳を持ち、人の心理に対して敏感な部分を持つルルーシュにとってはそれで十分だった。

 だから表面上、彼は頷いた。

 何かを噛んで含めるように、頷いたのだった。

 

 

「青鸞、俺とナナリーのことは……」

「話さない」

 

 

 変わってルルーシュが切り出した言葉に、青鸞は即座の返答を返した。

 話さない。

 7年前の戦争で死んだはずの皇子と皇女が、エリア11で生きているなんて誰にも言わない。

 青鸞は今度は身体ごと振り向いて、そんな意味を込めて柔らかく微笑んだ。

 

 

 それを見て、ルルーシュはそっと頷くように目を伏せた。

 夕焼けのせいだろうか、その左目が微かな赤い粒子を放っているように見えた。

 しかしそれも、すぐに散って消える。

 

 

「そうか……安心した。お前はやっぱり変わらないな、青鸞」

 

 

 スザクと一緒だ――――心の中で、ルルーシュはそう呟いた。

 

 

「そうかな?」

「ああ」

「ふぅん……でも、ルルーシュくんは変わったね」

「そうか?」

「うん、凄くカッコ良くなった」

「はは、ありがとう」

「うわぁ、否定しないとか」

「世辞にはこれで十分だろ?」

「……お世辞じゃないよ」

 

 

 夕日を背景に笑う青鸞は、ルルーシュの目には妙に儚く映った。

 そして今度こそ別れ際、青鸞はそっと手を差し出した。

 ルルーシュは2秒ほど目を見開いた後、薄く笑って、その手を取った。

 

 

 青鸞が目を丸くする、ルルーシュはそっと顔を下げた。

 青鸞の手は軽く持ち上げられて、ほんの僅かに手の甲にルルーシュの唇が触れる。

 子供の頃はくすぐったくて仕方なかったそれも、今はどこか別の意味があるようにも思える。

 

 

「……それじゃ」

「ああ」

 

 

 そしてそれで、お別れだった。

 子供の頃は「また明日」の合図だったそれは、今は別の意味にも思える。

 また明日、ではない何かに。

 

 

 そして互いに背を向けて、それぞれの行き先に向けて歩き出す。

 互いに、思う、同じことを思う。

 ああ、良かったと。

 いろいろあるだろうけど、とりあえずあの子が平和に生きているようで。

 本当に良かったと、そう互いに互いのことを想って。

 

 

((どうか、そのまま平和な世界で幸せに))

 

 

 ルルーシュは、ポケットから携帯電話を取り出した。

 するとそれまで浮かべていた穏やかな表情は全て消えて、鬼気迫った真剣な表情を浮かべる。

 その目には、決意の炎が宿っていた。

 

 

「……私だ、Q-1。今、どこにいる? すぐに指定するモノレール・ラインに――――」

 

 

 一方で、青鸞は公園の出口に待っていた女性と合流した。

 帽子で髪と目線を隠したその女性は、青鸞の後ろ数歩を歩きながら。

 

 

「千葉さんがお待ちです……」

「……そう」

 

 

 頷いて、表情を消して、しかし青鸞は一度だけ後ろを振り向いた。

 そこにはすでに彼はいない、姿も見えない、だけどそれで良いと思った。

 その瞳には、強い決意の光が灯っていた。

 

 

 ――――この時。

 もしこの時、お互いの全ての事情を知った後のルルーシュと青鸞がこの時この場所で出会っていたなら、いや全てと言わずほんの一部でも、お互いの事情を知っていたのなら、その思考を知っていたのなら。

 もしかしたら、歴史は変わっていたのかもしれない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 布を四方にかけて作られた簡易的な更衣室の中で、青鸞は衣服を脱いでいた。

 租界に入る前、適当に調達した衣服だが――――まぁ、もったいないので持ち帰ろう。

 雅あたりが怒るかもしれないが、何かに使えるだろう。

 そして雅のことに思いが至ったためか、青鸞は背中に回していた手を止めた。

 

 

「ああ、そっか。サポーター……」

 

 

 下着――白の生地に花柄の刺繍がされた物――に触れていた手を離して、地面に直に置かれていた籠から黒のサポーターを取り出した。

 上下一式、ただこれは元々青鸞のために用意された物では無い。

 そのためか、身に着けた時にサイズの違いに顔を顰めた。

 胸にも腰にも余裕がある、喜んで良いのか悪いのか。

 

 

「青鸞」

 

 

 紺色のパイロットスーツを着て、手首の弁から空気を抜く。

 身体にスーツが吸い付く独特の感触に息を吐いた後、脱いだ衣服の傍に置いた白のハンカチに触れる。

 ほんの少し茶色の液体が染みているそれを、指先で優しく撫でる。

 声をかけられたのは、その時だった。

 カーテン代わりの布を手で押しのけて外に出れば、すでに夕日が沈みかけて夜の直前だった。

 

 

「凪沙さん、何かわかった?」

「ああ、キョウト経由で協力者と連絡が取れた。シンジュクの時にも世話になったルートとか言っていたが……まぁ、間違いは無いだろう」

 

 

 そう言って千葉が投げて寄越したのは、IDカードとキーだった。

 カードには青鸞とは似ても似つかない、年齢すらも違うブリタニア人の女性の顔写真があった。

 今度は偽造品ではない、本物だ。

 奪い取った品である、写真の女性はどこかで少し眠ってもらっている。

 

 

 何のためにこのIDカードとキーを奪ったかといえば、写真の女性が警備用ナイトメアのパイロットだからだ。

 彼女が乗るナイトポリスと言うナイトメアは、枢木スザクが軍事法廷に移送される際の警備の1機だ。

 見上げれば、青と白のカラーリングが施されたナイトメアがある。

 警備に潜り込み、処刑の経過を見守って情報収集に努める、それが今回の任務だ。

 

 

「……解放戦線としての行動はまだ決定されていないが、しかし同時にどう転んでも良いように最善を尽くせとの命令が出ている」

 

 

 千葉の言葉に、青鸞は頷く。

 それは事実だった、日本解放戦線はこの件に関して何の意思決定もしていない。

 応じるのか、無視するのか、それすらも決められずにいる。

 辛うじて、周囲のゲットーから行ける者は租界に潜入し可能な努力をしろと言う、どうとでも取れる伝達があっただけだ。

 

 

「だが青鸞、これはかなり危険な任務だ。お前が出る必要は無い、私がやっても良い」

「ううん、凪沙さんには全体の指揮を……撤退のタイミングとか、そう言うのを見てもらった方が良いと思う」

 

 

 警備のナイトメアを奪い――残念ながら、かなり端の方だが――潜入する、かなり危険を伴う。

 正直、青鸞に任せるべきではないと千葉は思っている。

 だが本人が強く希望した、自分がやると。

 

 

「一つ言っておく、青鸞。解放戦線はまだ今回の件について何も決定していない、よって、監視以上の行動はしてはならない」

 

 

 ナイトポリスに乗り込む準備をする青鸞に、千葉はそう言った。

 どこか言い聞かせるような声だったが、それも仕方ないだろう。

 青鸞と枢木スザクの関係を知っていれば、どうしてもそうなる。

 そしてそれは、青鸞が誰よりも一番良く知っていた。

 

 

 だからか、青鸞は努めて笑顔を浮かべていた。

 スーツで締め付けられた指を鳴らすように開閉しながら、千葉の顔を見上げる。

 千葉に対して頷きを返して。

 

 

「わかってる、必要以上のことはしないよ」

「……なら、良い」

「はい」

 

 

 そう言って、青鸞はコックピットに上がるためのワイヤーに手を触れた。

 素早く上がっていく青鸞の後ろ姿を、千葉は厳しい目で見送っていた。

 そんな千葉の傍に、佐々木が寄ってくる。

 

 

「……良いのですか?」

「良くは無いな」

 

 

 茅野は租界と外の脱出ルート確保のためにここにはいない、いるのは千葉と佐々木だけだ。

 いざと言う時、青鸞を連れ帰るための2人。

 藤堂と草壁、対立派閥(本人達がどう思っているかは別として)に所属する2人が並ぶというのも不思議な印象だった。

 だが実際、もしもの時には千葉は自らが囮になってでも青鸞を逃がすつもりだった。

 

 

「だが、必要だ。あの子が、本当の意味で父親の跡を継ぐと言うなら……な」

 

 

 最も、と、内心で千葉は思う。

 父親の、枢木ゲンブの。

 

 

(借り物の理想で、どこまでやれるものか……)

 

 

 はぁ、と、千葉は溜息を吐く。

 

 

「ナリタに戻り次第、責任は私が取る」

「……それは」

「……私も、朝比奈のことは言えないな」

 

 

 わかっているのか、青鸞。

 動き出すサザーランドを見上げながら、千葉はそう問いかける。

 借り物の理想で、人は動かない。

 人を動かすためには、もっと他の物がいるのだと。

 それをあの子は、わかっているのだろうか?

 

 

 ……そして、始まった。

 枢木スザクの処刑へのカウントダウンが、始まった。

 そしてそれが、誰にとっても始まりとなる。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方で、ナリタの日本解放戦線上層部では昨日に続いて激論が交わされていた。

 枢木スザクを英雄視する者もいれば、ブリタニアに寝返った裏切り者と切り捨てる者もいる。

 奪還作戦を行うべしと叫ぶ者もいれば、無視すべきと主張する者もいる。

 

 

 司令官片瀬は結局何れの意見にも頷かず、事態を静観することとした。

 そして出された結論が、いろいろ言ってはいたが、要するに「現場の判断に任せる」と言う玉虫色の結論であった。

 とみに、纏め役のいない組織の弱さである。

 

 

「藤堂さん」

 

 

 会議室から通路へと出た藤堂の傍に、即座に駆け寄ってきた男がいる。

 朝比奈だ、彼だけでは無い、会議室にいる幹部の側近連中が通路に連なって待っている様はなかなか異様と言えた。

 ここにいる数だけ派閥があると思えば、なおさらだ。

 

 

 その意味において、やはり日本解放戦線という組織は一枚岩では無いのだろう。

 それぞれのグループがそれぞれの上官を盛り立てていて、しかも相対的にその力が拮抗していてリードする人間がいない。

 朝比奈などからすれば、戦争時の実績がある藤堂がもう少し前面に立てばとも思うのだが。

 

 

「どうでしたか、会議」

「…………」

 

 

 沈黙で応じる藤堂に、朝比奈は会議の内容を大体想像することが出来た。

 出口の無い主張のぶつかり合いを議論とは言わない、それを会議とは呼べない。

 朝比奈としては、もどかしい思いをせざるを得ない。

 

 

「……租界の千葉からは、何か報告は」

「はい、シンジュク・ゲットーから租界へと向かって、そこで情報を収集すると」

「そうか……朝比奈」

「はい」

 

 

 問いかけに応じると、藤堂は低い声で。

 

 

「スザク君……枢木スザクをどう思う?」

「どうと言われても、直接会ったことも無いですからね。まぁ、でも……」

 

 

 突然問われて戸惑うが、それでも朝比奈は自分なりの答えを返そうと思考した。

 枢木スザク、日本最後の首相枢木ゲンブの息子。

 これ自体は、意外と知られている話だ。

 ただゲンブ首相自身がそれほど評価が高くないことに加えて、その息子と言うのが……。

 

 

「日本人の誇りを捨てて名誉ブリタニア人になった、裏切り者……ですかね」

 

 

 実際、名誉ブリタニア人を見る目は厳しい。

 日本人を裏切り、それでいてブリタニア人でも無い、そう言う存在だ。

 どちらにも認められない狭間の人間、それが名誉ブリタニア人。

 しかも枢木スザクの場合、軍籍にいたわけである、同胞を取り締まる立場にいたわけだ。

 

 

 ブリタニアの皇子を仕留めるという大金星を上げていながら認められないのは、そのためだ。

 まぁ、それでも一部の日本人には彼を見直す向きもあるにはあるのだが。

 いずれにしても朝比奈の認識としては「裏切り者」であったし、何より。

 ……本来、現在の青鸞の位置にいるべき人間だったはずだと朝比奈は思う。

 

 

「……そうか」

 

 

 短く答えた藤堂、その胸中は複雑だった。

 彼の部下や解放戦線の仲間達は、彼が青鸞と同じように反体制派の組織に所属していないことを責めている、藤堂自身はともかくとして。

 藤堂は、全ての真実を知っているから。

 

 

「でも藤堂さん、青ちゃんをこのタイミングで租界に行かせたのは……」

「間違い、か……」

 

 

 だが、千葉ではおそらく止められなかっただろうと藤堂には思う。

 枢木スザク処刑の報を受けて、それでシンジュク・ゲットーから平然と戻ってこられても複雑な思いを抱いただろう。

 これに関しては、藤堂としては苦しい立場にいるのだった。

 

 

 幼い頃の2人を知っていれば、なおさらだ。

 兄のことも妹のことも知っている、そんな軍人はおそらく藤堂だけだろう。

 そして、枢木ゲンブ首相のことを知っているのも。

 

 

「……いずれにしても、租界の千葉からの連絡を待つ。全てはそれからだ」

「そう、ですね」

 

 

 昔からの部下の微妙な返答を耳に入れて、藤堂は表面上は表情を変えずに歩き続けた。

 しかし刀の鞘を握るその拳は、固く握り締められていた。

 まるで、今にも動き出しそうな程に……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ジェレミア・ゴッドバルトと言う男は、その時点では輝かしい経歴を持っていたと言える。

 若干28歳にして辺境伯の爵位を得て帝国辺境――つまりエリア11――において軍事指揮の権限を有し、ナイトメアのパイロットとしても管理官と言う役職面でも有能、ついには総督亡き後、自らの派閥を率いてエリア11の政庁を制圧、代理執政官として総督の代理を務める形になっている。

 

 

 皇族・大貴族を除く一ブリタニア人としては、まさに人臣を極めたと言えるだろう。

 だが、ジェレミア自身にとっては実はそのこと自体はさして重要では無かった。

 彼にとって地位と権力は手段であり、目的では無いからである。

 その意味では、ジェレミアは高潔な人間であった。

 

 

(シンジュクの戦場にいながら、クロヴィス殿下をお守り参らせることが出来なかったこと。このジェレミア、生涯二度目の不覚……!)

 

 

 彼は悔いていた、シンジュクでの戦いでクロヴィス総督を――――ブリタニア皇族を守護できなかったことを。

 後方で指揮を執っていたクロヴィスを、前線でナイトメアを駆って戦っていたジェレミアが守れないとしても当然……しかも彼はテロリストとの戦いの最中で機体を失うなどのトラブルも経験し、事実上守護など不可能だった、だがジェレミアはそれを言い訳にするつもりは無かった。

 

 

 後悔は残る、しかし彼は後悔に呑まれて立ち止まるようなことはしなかった。

 テロリストの凶弾に倒れたクロヴィス総督の遺志を継ぎ、軍内からテロリストと繋がる名誉ブリタニア人を一掃する。

 そのためには、「実行犯」である名誉ブリタニア人を確実に裁かねばならない……!

 枢木スザクがその時点でナイトメアに乗っていてアリバイがあるなど、ジェレミアは信じない。

 

 

(名誉ブリタニア人がナイトメアの操縦者になれぬことは国法に明記されている、ましてブリタニア人が殿下を殺害するはずが無い……!)

 

 

 そう、信じていたが故に。

 

 

「これより大逆の徒、枢木スザクの軍事法廷への移送を開始する!」

 

 

 ジェレミアの声が、トーキョー租界の夜に高らかに響く。

 彼は自らサザーランドを駆り、枢木スザクを軍事法廷へと移送していた。

 コックピットを開いたままオート操縦でサザーランドを動かし、護送車と護衛のサザーランド部隊を率いながら沿道を進む。

 

 

 道の要所要所にはジェレミア配下のサザーランドが配備され、万が一イレヴンの反体制勢力が枢木スザクの救出に動いたとしても対応できるようになっていた。

 高架道路の沿道には多くの「愛国的」ブリタニア市民が集まり、護送車の上で晒し者にされている少年に向けて罵倒を浴びせている。

 その全てがスザクへの悪意に満ちた声であり、1人の少年の精神を打つには十分な威力を持っていた。

 

 

「…………」

 

 

 そしてその全てを、スザクは胸を張って受け止めていた。

 殴打されたのだろう、顔にはいくつも痣がある。

 しかしその瞳は、聊かも揺らいではいない。

 

 

 何故なら彼は、自分が無実であることを知っているからだ。

 例え誰も自分を信じてくれなかったとしても、自身が罪を犯していないのならば堂々とすべきだ。

 スザクは、自分のルールとしてそう決めていた。

 そのルールを自ら曲げない限り、彼は自分が折れないと確信していた。

 

 

「……?」

 

 

 しばらく進んだ時、護送車が止まった。

 どうしたのだろう、とスザクは思う。

 移送の計画など知らないが、しかし止まる必要は無いはずだ。

 

 

 そう思い、スザクは顔を上げる。

 顔を上げた先、道の向こう。

 そこに、一台の車が――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ぎし……と、握り締めた操縦桿が軋みを上げるのを青鸞は聞いた。

 場所は高架道路からやや距離のあるビルの屋上、ちょうど、護送車が止まった位置を正面に見据える位置だ。

 そこに、青鸞が操縦者に成りすましているナイトポリスがいた。

 

 

『……ナタリー、ナタリー騎装員、聞こえるか?』

「…………」

『ナタリー?』

 

 

 はっとして、青鸞は通信機へと返答を返した。

 

 

「はい、聞こえています」

『そうか、なら良い。にしても、今日何か声変じゃないか?』

「申し訳ありません、先程から少し喉の調子が……風邪を引いてしまったかもしれません」

『そうか、まぁ、この仕事が終われば良く休め……予定に無い停止だが、軍の方からは持ち場を守っていれば良いと通達が来た。そのまま待機しておいてくれ』

「はい、わかりました」

 

 

 流暢なブリタニア語で返す、IDに記載されているコード付きの返信であるために疑いも少ない。

 通信を切った後、息を吐きながら青鸞は自分を叱咤した。

 しゃんとしろ、ここは敵地のど真ん中なんだぞ、と。

 いくら総督殺害の混乱で穴があるとはいえ、租界の外に出るのも楽では……。

 

 

 ……しかし、その思考もすぐに切れる。

 遠く、高架上の道路にある護送車の上、そこに立たされている少年の顔がコックピット・ディスプレイに映し出されているからだ。

 色素の抜けた茶色の髪、琥珀の瞳、鍛えられた細身の身体。

 枢木、スザク。

 

 

「…………どうして」

 

 

 昔からずっと問うてきた言葉、それをまた呟く。

 もう、何度同じ問いかけを虚空にしてきただろう。

 繰り返し繰り返し問いかけてきたその言葉、だが、一度も答えが返ってきたことは無い。

 あの時だって、答えてくれなかった。

 

 

 今でも、昨日のことのように思い出せる。

 白目を剥いて倒れた父、その傍らで刀を手に立つ兄。

 そして、呆然と立つ自分。

 枢木スザク、自分と血を分けた兄、そして。

 ――――父の、仇。

 

 

「どうして……」

 

 

 だが、その先の言葉は無い。

 答えでは無い、スザクの答えだけでなく、青鸞自身もその先の言葉を持たない。

 何故なら、言葉とは自分と相手の会話によって生まれるものでもあるからだ。

 それは、感情の方向性を決めるものでもある。

 

 

 憎めば良いのか、愛せば良いのか。

 今は圧倒的に前者が強い、ずっとずっと憎んできた、怒りを蓄えてきた。

 何度も、夢に見た。

 どうして殺した、父様を。

 どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――。

 

 

「ドウシテ……!」

 

 

 ぎし、と、ナイトポリスの操縦桿から再び軋みが上がる。

 青鸞自身には見えていないだろう、ディスプレイに映るスザクを見る自分がどんな目をしているか。

 ……千葉は、兄妹の情によって青鸞が動くのでは無いかと危惧していただろう。

 逆だ、青鸞は決して兄妹の情などでスザクのためには動かない。

 そのことを正確に知っている者がいるとすれば、日本でおそらく2人だけだ。

 

 

 ……青鸞は聞きたかった、どうしても。

 どうして、父を殺したのか。

 そして、どうして今になってクロヴィス総督を殺したのか。

 日本を裏切って父を殺し、名誉ブリタニア人になった癖に。

 どうして、今になって日本の味方みたいなことをするのか。

 

 

「わからないよ、貴方が。兄様……!」

 

 

 知らず、青鸞の瞳に涙が浮かぶ。

 キツくスザクを睨む彼女の目に、透明な雫が浮かび上がる。

 相反する2つの事象を前にした時特有の、胸の奥が裂かれそうな感覚が彼女を苛んで……。

 

 

「ん?」

 

 

 その時、ふと青鸞は気づいた。

 というより、その場にいる全員が気付いただろう。

 高架道路に繋がるサードストリート、そこから白い大型車が入ってきたのだ。

 沿道の人々が戸惑いの声を上げる中、その車は枢木スザクの護送車の前で停止した。

 ぐ、と目元を拭って、青鸞はそれをじっと見つめた。

 

 

「白の……御料車? 熱源は、2つ……」

 

 

 スザクの顔を一方に映したまま、青鸞はその車にもナイトポリスのセンサーカメラを向けた。

 ビルの上で僅かに機体を動かし、上から俯瞰するように観察する。

 すると、護送中は止められているはずの物資輸送用のモノレール・ラインが高架下まで動いていることに気付いた。

 

 

 まさか、と思った時、事態が動く。

 護送車の前にいる先頭のサザーランド、その開いたコックピットに立つ男が車の中にいる人間に出て来いと言ったのだ。

 アレは確かニュースで見た男だ、名前はジェレミアと言ったか。

 そして、そのジェレミアの声に応じるように。

 

 

『私は――――ゼロッ!!』

 

 

 1人の人物が、張りぼての車の壁を焼き払いながら姿を現した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その人物の姿を見た時、青鸞は純粋にこう思った。

 ――――何だ、あの趣味の悪い奴は。

 随分と酷い感想だが、しかしその場にいる誰もが似たようなことを考えただろう。

 

 

 180センチに届くか届かないかくらいの背丈で、少々貴族趣味な衣装。

 黒のマント、黒の靴と手袋、ここまででも相当だが、まぁしかしここまでならファッションセンスだと言われても納得するだろう、何とか。

 しかし、一点だけ。

 

 

「か、仮面……?」

 

 

 そう、その人物は黒い仮面で自分の顔を覆っていた。

 アップで映像を映せば、黒いトゲや金のラインで装飾されているらしいことがわかる。

 いや問題はデザインではなく、何故あんな仮面で顔を隠しているのかと言う点だ。

 まぁ、普通に考えれば顔を見られたくないのだろうが。

 

 

『枢木スザクを貰い受けたい、コイツと交換でな』

 

 

 ナイトポリスの集音声の問題か、それとも単純に距離があるためか、ジェレミア側の声を拾えない。

 だが何故かゼロと名乗った男の声は問題なく拾える、マイクか何かで周囲に声が通るように拡声しているのかもしれない。

 ただ、「枢木スザクと交換だ」と言う部分だけが青鸞の耳に届いた。

 

 

(交換!? 取引!? そんなことが……)

 

 

 出来るはずが無い、ブリタニア軍はテロリストの要求を絶対に飲まない。

 必要とあれば人質になった自国民ごとテロリストを殲滅するのがブリタニアと言う国だ、そんな国の軍隊に取引など通用するはずが無い。

 ましてスザクは、クロヴィス総督を殺した大逆罪の。

 

 

 青鸞は混乱した、スザクの身柄を要求するということはあの仮面の人物は日本人なのか、どこかの組織に属するテロリストなのか?

 スザクの生まれを知っているのか、それとも他に理由があって?

 先程までスザクのことを考えていただけに、混乱の度合いはいっそう強まった。

 

 

『違うな、間違っているぞ――――ジェレミア』

 

 

 ディスプレイの中で、白の御料車が爆ぜた。

 どうやら張りぼてだったらしい、そして張りぼての中には奇妙な物があった。

 それは、半球体の塊だった。

 デコボコと突起やケーブルがついており、球体の横に付属している四角い機材に直結している。

 

 

『クロヴィスを殺したのは――――』

 

 

 アレは……と、青鸞が感じた疑問を解決する前に。

 ゼロと名乗った仮面の男は、大仰な動作で宣言した。

 

 

 

『――――この、私だッ!!』

 

 

 

 ――――この時、青鸞が感じた感情は2つだ。

 疑念と、失望。

 まず第1に、疑念……あんな仮面の言うことを鵜呑みにするのかと言うこと。

 しかし、皇族殺しを宣言して得をする人間がいるだろうか、それも警備網のど真ん中で。

 だから嘘ではないのかもしれない、そこで出てくるのが第2の感情、失望だ。

 

 

 失望、それはスザクに対する感情だ。

 言葉にするなら、「ああ、やっぱり」。

 やはり、あの人は日本人の味方などでは無かったと言う感情だ。

 何故か、青鸞は自分の胸の奥が抉られたような深い失望を感じた。

 自分でも、不思議な程の失望感だった。

 

 

(はは、何だ、もしかして期待してたの? ボク……)

 

 

 そんな期待、するだけ無駄なのに。

 あの人は父を殺して、ブリタニアに走った、ただの裏切り者。

 間違っている、期待することが――――期待してしまう自分が、間違っている。

 だから……だから、青鸞は乾いた声で笑った。

 

 

『ほぅ、私を殺すか? 良いだろう、そうしたければそうするが良い。だが私が死ねばアレが……「オレンジ」が公表されることになるが、それでも良いのかな?』

 

 

 ナイトポリスのセンサー類は変わらず音を拾ってくれている、だがこれまでのようなテンションで聞くことは出来なかった。

 しかしそれでも、ゼロがジェレミアに銃を向けられる段になって、少しだけ迷った。

 はたして、スザクを助けようとしているあの仮面の人物は何者かと。

 ゼロがもし無実の日本人(名誉ブリタニア人だが)を救おうとしている、それだけの人間なら……。

 

 

『公表されたくなければ……』

 

 

 だとすれば、日本人だとすれば。

 だがこの状況下から何が出来るだろうかと、何とは無しに思考を回していると。

 

 

『……私達を、全力で見逃せ!!』

「見逃せって、そんなことが出来るわけが……」

 

 

 呟いた矢先、不可解なことが起こった。

 先程までゼロに銃を向け、何かしらの言葉を叫んでいたジェレミアが銃を下げたのだ。

 しかも後ろの護送車に何かを告げた直後、枢木スザクの身柄が解放されたのである。

 拘束衣はそのままだが、しかし銃を持った兵士の下からは解放された。

 ゆっくりと道路の上を歩くスザクの姿を、青鸞は信じられないものを見るかのような目で見つめた。

 

 

 何だ? 何が起こった? いったいどうしてスザクは解放された?

 ブリタニア軍が要求を飲むのか? まさか、そんなはずは無い。

 だが現実として、スザクはゼロの目の前にまで歩いて行った、撃たれることも捕らえられることも無く。

 知らず、青鸞は操縦桿を強く握り締めていた。

 

 

「あ……!」

 

 

 次の瞬間、御料車から煙が出た。

 それはチャフスモークのようで、沿道の人々が煙をかぶっても倒れない所を見ると毒ガスなどの類では無いらしい。

 そして同時に、さらにあり得ない出来事が起こった。

 

 

 ゼロとスザクが逃げるのを止めようとした他のサザーランドを、ジェレミアのサザーランドが阻止したのである。

 それは明らかにゼロとスザク、そして車から飛び出してきた赤髪の女の逃亡を助ける行為だった。

 正直、意味がわからない。

 ゼロの言っていた「オレンジ」が関係あるのか? だが。

 

 

「……兄様は? それと、ゼロは――――」

 

 

 見つけた、青鸞の位置だからこそわかった、高架下のモノレール・ラインだ。

 そこにもう1機、作業用のナイトメアタイプの機体があったようだ。

 スザクはゼロ達に連れられる形で高架から飛び降り、その機体が張ったネットを経由、モノレールの貨物車に飛び降りた。

 そしてモノレールが走り出す、ネットを張った機体はサザーランドに破壊されたが……。

 

 

『――――全部隊に徹底させろ!』

「……ッ、何?」

 

 

 通信機から、大音量で男の声が響いた。

 何事かと思うが、ニュースで聞いたジェレミアの声に似ているような気もする。

 

 

『いいか、全力だ! 全力を挙げて奴らを見逃すんだッッ!!』

「はぁ?」

 

 

 意味不明の通信だ、実際、何のことを言っているのかわからない。

 まぁ、良い。

 青鸞は元々ブリタニアの言うことを聞く必要は無い、だが。

 

 

「…………」

 

 

 ディスプレイの向こう、モノレールが高速で移動している。

 画像を何枚も重ねて確認すれば、まだ顔が見える。

 スザクの顔が――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『良し……全ての条件はクリアされた。後は予定のポイントでラインから降りれば良い』

 

 

 救われた形になったスザクは、自分が今どうなっているのか、自信が無かった。

 自分は軍事法廷に出廷するはずだった、だが、何故かモノレールに乗って逃げている。

 逃げている……ルールを曲げて?

 自分は、また。

 

 

「……キミは、いったい……?」

『話は後だ、まずは安全なポイントまで……』

 

 

 自分の横にいる仮面の人物、確かゼロと言ったか。

 ゼロを見上げる、するとゼロはじっとモノレールの後方を見つめていた。

 釣られるようにそちらを見れば、どんどん遠ざかる高架道路が見えた。

 

 

『……ほう、どうやら少々骨のある奴がいたようだな』

「え?」

『追っ手だ』

 

 

 マイク越しの声に顔を上げれば、モノレールを追いかけるようにレール上を走る機体があった。

 ナイトメアだ、だがサザーランドでもグラスゴーでも無い。

 青と白のカラーリング、警備用の軽武装のナイトメア――――ナイトポリスだ。

 だがスザクは知らない、いやゼロでさえも。

 そのナイトポリスに乗っているのが、ブリタニア人では無いことを。

 

 

 ……何をやっているんだ、自分は。

 ナイトポリスの中で、青鸞は唇を噛み切っていた。

 これは明らかに命令の範囲を逸脱している、ナイトポリスのランドスピナーをレール上を走らせ、スザクを乗せて逃げるモノレールを追いかけている。

 

 

「……どうして」

 

 

 今度は、自分に対する問いかけだった。

 どうして、してはならないと頭ではわかっているのに。

 どうして自分の身体は、操縦桿を前に倒している?

 

 

 ナイトポリスが加速する、赤髪の女が走らせるモノレールを追って。

 青鸞が追う、それに対してゼロはスザクの前に出て彼を隠した。

 まるで、彼を守ろうとするかのように。

 

 

「おい、どうするんだ!?」

『大丈夫だ、問題ない』

 

 

 運転席の窓から顔を出した赤髪の女――こちらも顔をバイザーで隠しているが――に、ゼロは平然と応じた。

 

 

『私もまさかジェレミアが全ての部下を御せるなどとは期待していない、当然、策はある』

 

 

 そう言ってゼロが懐から取り出したのは、掌サイズのスイッチだった。

 どこかチェスの駒を思わせるデザイン、その頭にある赤いボタンを押す。

 次の瞬間、モノレールのラインが爆発した。

 

 

 声を失うスザクの前でオレンジ色の閃光が走り、衝撃と共にラインが崩れる。

 ナイトポリスに直撃するタイミングだった、同時に装甲を抜ける程ではない。

 絶妙に威力調整がされていたのか、モノレールの高架が崩れることも無かった。

 

 

『ふ、これで――――何ッ!?』

 

 

 初めて、ゼロの声が動揺した。

 爆発に巻き込まれたはずのナイトポリス、それが何故かラインの外から復帰してきたのである、ゼロでなくとも驚愕の事実だろう。

 しかし、スザクには見えていた。

 

 

 あのナイトポリスは、爆発直前にラインの外に自分で跳んだのだ。

 そして高架そばのビルの壁にスラッシュハーケンを撃ち込み、巻き戻しで機体を爆発の威力の外へと逃がした。

 すると当然、ラインからは外れるのだが……スラッシュハーケンの片方を壁に刺したまま機体を返し、もう一本のスラッシュハーケンを無事な側のラインへと放って戻ったのである。

 

 

(ナイトメアの操縦に慣れている、それも、かなり実戦で……警察の動きじゃない)

 

 

 スザクが見守る中、ゼロが次の策に出た。

 流石にあれ一つと言うわけではなかったらしい、次の策は再びチャフスモーキングでの目晦ましだ。

 車両にあらかじめ備えておいたらしい、どこからそんな機材をと逆に感心する。

 

 

 さらに驚嘆なのはこの後、モノレールのライン変更の分岐点に差し掛かった時である。

 本来ならモノレールに分岐点など無いのだが、これは租界へ物資を輸送する特別ラインだ。

 租界の各区画へ繋がっている、ポイント切り替えも電気式だ。

 ただ手動のはずだが、いったいどうやって……他にも仲間がいるのだろうか。

 

 

「……ッ、しまった!」

 

 

 ここまで来ると、もはや本来の任務がどうとかそう言う話ではない。

 青鸞がチャフスモークの外に出た時、目の前にモノレールはいなかった。

 分岐だ、左のディスプレイを見ればビルの間に微かにモノレールが見えた。

 まだ遠くない、だから青鸞は操縦桿を前に倒してペダルを踏み込んだ。

 

 

「こん……のぉっ!」

 

 

 まずジャンプ、ラインの上に差し掛かった高速車両用道路の壁に機体の足をぶつけて乗せる。

 そしてスラッシュハーケンを発射、左のビルの壁に刺して巻き戻す。

 右手側にある端末を指先で叩いてランドスピナーの角度を変え、狭いビルとビルの間に機体を通す。

 結果、ビルの隙間をナイトポリスの機体が駆けた。

 コンクリートの壁とランドスピナーの間で火花が散り、高速で機体を走らせる。

 

 

『何だと……!』

 

 

 ゼロが右を振り仰ぐ、そこには青と白のカラーリングを成されたナイトポリス。

 ラインに機体を着地、再び始まる追走劇。

 ちっ、と、仮面の下で確実にゼロは舌打ちをした。

 

 

 それは青鸞も同じだった、彼女はナイトポリスのディスプレイに映る仮面の男を睨んだ。

 次から次へと自分を撒こうとする相手、しかもやり口が妙にいやらしい。

 そして、皮肉なことに青鸞とゼロは同時に同じ台詞を吐いた。

 

 

「『しつこいッ!!』」

 

 

 ゼロは驚愕した、まさか一介の警備ナイトメアの操縦者にこれ程の技量があろうとは。

 ブリタニアの人材の層の厚さを表しているようで憎らしいが、しかし認めるべきは認める。

 ただ、今に限って言えばゼロの目的達成の邪魔でしか無かった。

 

 

 とはいえ、まだ最後の策がある。

 彼は懐から携帯電話のような小さな端末を取り出した、そして素早く一連の数字を打ち込む。

 次の瞬間、彼らが乗っている車両より後ろの車両が全て切り離された。

 

 

「……ッ!」

 

 

 ナイトポリスの中で青鸞は息を呑む、しかし対応できないタイミングではない。

 機体を飛ばして車両の上に乗せる、そしてそのまま……という所で彼女は機体を急停止させなければならなかった。

 何故なら、車両の上に壁があったからだ。

 高層ビルの中にラインが通っていて、トンネルのようになっていたからだ。

 

 

『ふふはははは、私達を追うのに集中するあまり、地理の確認を怠っていたようだな。ラインの運営会社とビルの地主の妥協で出来た特殊構造物、これの入り口を切り離した車両で塞いでしまえば……』

 

 

 仮面の中でゼロが笑う、しかしその声は青鸞には届かない。

 彼女は車両の上でナイトポリスを立ち往生させたまま、ビルの向こうに続いているだろうラインを追えるかどうかを思考する。

 だが……。

 

 

『青鸞!!』

 

 

 ナイトポリスの通信機ではなく、座席下に放られた解放戦線の通信機から怒声が響いた。

 千葉だ、その声を聞いた途端、青鸞は自身の中で何かが冷えていくのを感じた。

 怯んだように息を呑み、通信機にそのままの視線を向ける。

 

 

『何をしている、撤退だ!』

「な、凪沙さ……ぼ、ボク、ボクは」

『言い訳は後で聞く! 早く降りて合流ポイントに向かえ、おいていかれたいのか!?』

「あ……ぅ……」

 

 

 ディスプレイを見る、車両と高架、ビルの壁で塞がれている前を見る。

 そこに、いたのだ、さっきまで。

 ほんの少し前まで、そこにいた。

 ……スザクが、そこにいた。

 

 

 聞きたかった、どうしてと。

 答えてほしかった、理由を。

 問いかけたかった、自分はどうしてこんな真似をしたのか。

 何もかもが彼女の思い通りにならなくて、そう思ったら、もう、胸の奥がぐちゃぐちゃで。

 だから。

 

 

「――――アァッ!!」

 

 

 操縦桿に拳を叩きつけて、青鸞は声を上げた。

 操縦桿を殴りつけた拳を握り締めて、震えて、俯いて、ただ。

 ただ、声を上げた――――。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 今回の名誉ブリタニア人の描写は、私にしては優しかったかもしれませんね(え)。

 冗談はさておき、今話はやや無理をして青鸞をトーキョー租界へ。
 いえ、単純にルルーシュを出したかっただけです。
 でも、それ以上にナナリーを出したい。
 具体的には、ルルーシュにナナリーナナリーとお騒ぎさせたい、でもそれをやるとギャグに行ってしまいそうで……くそぅ。
 そんなわけで、次回予告です。


『……弱い。

 何て弱さ、何て脆弱、こんなことで父様の跡を継げるはずが無いのに。

 もっと、自分を強く持たないと。

 いつまでも、準備期間ではいられない。

 もう、弱い自分は嫌だから……』


 ――――STAGE6:「次へ の 胎動」


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STAGE6:「次へ の 胎動」


 他の話がSTAGE表記なのに、第零話だけ漢字表記であることに突っ込みが無い件について……!
 それはさておき、最新話です。
 今回は後書きにて募集がありますので、よろしければご確認ください。



 

 営倉。

 いわゆる懲罰房であって、軍規違反などの理由で罪を犯した軍人を収監する独房である。

 旧日本軍を母体とする日本解放戦線においても、当然それはある。

 ナリタ連山の拠点の中でも最も地下にある暗い空間に、それは設置されている。

 

 

 電子ロックのかかった、重厚感のある大きな鉄の扉がそれだ。

 ここは特に重営倉と呼ばれる営倉で、通常の営倉よりも扱いは厳しい。

 広さは3畳、1日の食事は麦飯3合と固形塩、水のみ。

 そして、彼女がここに自ら入ってすでに2日目……。

 

 

「中佐殿に――――敬礼ッ!」

「ご苦労、ロックを開けてくれ。時間だ」

「はっ!」

 

 

 その場所に、藤堂がいた。

 当然だが藤堂が営倉入りの処分を受けたわけでは無い、そんなことになった日には日本解放戦線は冗談ではなく回らなくなってしまうだろう。

 逆に言えば、それだけ藤堂の肩に重圧がかかっていると言うことでもある。

 

 

 そして藤堂の後ろには、一組の男女がいる。

 朝比奈と千葉だ、それぞれ藤堂と同じ深緑色の軍服に身を包んでいる。

 それぞれ特に反応は無いが、千葉がやや疲れを感じさせる表情を浮かべているのは、彼女が先程別の営倉から出てきたばかりだからだ。

 2日、同じだけの日数を千葉は過ごしたのである。

 

 

「開きました。中佐殿、どうぞ!」

「うむ」

 

 

 電子キーに「開錠」の文字が表示されて、2歩下がって女兵士が敬礼する。

 それに頷きを返し、藤堂は扉の前に立つ。

 すると自動式の扉が重そうな音を立てながら横にスライドしていく、中も狭いが扉の開きも狭い。

 長身の藤堂が身を屈めて、中に一歩を踏み出して……止まった。

 

 

「藤堂さん?」

 

 

 急に動きを止めた藤堂に、朝比奈が訝しむ。

 しかしどう言うわけか藤堂は中には入らず、むしろ背を向けて外へと出た。

 そして、彼は目を閉じたまま咳払いをして。

 

 

「……千葉、すまないが起こしてやってくれ」

「は?」

 

 

 普段ならあり得ないことだが、千葉は藤堂の言葉の意味を図りかねて眉を顰めた。

 しかし朝比奈は「あ」と声を上げ、そこで千葉も何かに思い至ったのか表情を改めた。

 そして溜息を吐き、藤堂の横を通って狭い室内へと入っていく。

 

 

 後ろから聞こえてくる千葉ともう1人の声に微妙な表情を浮かべつつ、藤堂は何となく朝比奈を見た。

 すると彼の部下は肩を竦めて笑って見せた、藤堂は再びの咳払いでそれに応じる。

 藤堂としては珍しいことに、どこか気まずそうな表情を浮かべているように見えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞は、恐縮していた。

 営倉に備えられている畳の上、白の襦袢姿で正座する青鸞がいる。

 そこから1畳を挟んで藤堂がいる、彼は傍らに刀を置いて正座で青鸞と向かい合っていた。

 藤堂はと言えば、どことなく気まずげな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「その……すみません」

「む……」

「いえ、あの、直さなくちゃな、とは思ってるんです。ただその、寝てる間のことは自分でもなかなか……み、見苦しいものをお見せして……」

「い、いや、別に見苦しいと言う程では」

「え?」

「ああ、いや……」

 

 

 何故か営倉の向こうで朝比奈の悲鳴が聞こえた気がしたが、とにかくこのままではお互い話にならないということで、流すことにした。

 咳払いの後、藤堂は改めて青鸞を見た。

 白の襦袢姿の少女は、心なし袷を直しながら居住まいを正す。

 藤堂の視点から見て、僅か2日で少し痩せたようにも思えた。

 

 

「……本日一二○○をもって、お前の営倉入りは解除される」

「はい、先日の租界での独断行動、本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 指をつき、青鸞が額を畳に触れさせるように頭を下げる。

 それに対して、藤堂は一瞬だが苦しげな顔を見せた。

 本来、軍人では無い青鸞が営倉に入る必要は無い。

 だが一度解放戦線の指揮下に身を寄せたからには、自身の行動に対して一定の責任は生ずると言うことで、自らの意思で重営倉に入ったのである。

 

 

 それを潔しと見る者もいれば、そうでない者もいる。

 だが青鸞の存在はナリタの保護住民や兵士の一部では象徴的なイメージがある、そのためこの処置を知っているのは藤堂を含む幹部連だけだ。

 重営倉が選ばれたのはその過酷さと、最大3日と言う時間の短さがちょうど良かったためだ。

 しかし、藤堂が苦しげな表情を浮かべたのはそんな理由からではなかった。

 

 

「……スザク君を、追ったそうだな」

「…………」

 

 

 ぴくり、と、頭を下げたままの青鸞が肩を震わせた。

 それを見て、藤堂は内心で溜息を吐く。

 

 

「そうか、わかった……もう良い」

「良くはないです!!」

 

 

 顔を上げて、青鸞が叫んだ。

 しかし藤堂は目を閉じて首を横に振り、取り合わなかった。

 

 

「情報によれば、スザク君は昨日晴れて無罪が確定したらしい。クロヴィス総督の殺害実行犯はゼロ、ブリタニア側はそう発表した」

「だからこそ……だからこそ、(ワタシ)。ボクはっ、結局……!」

 

 

 その先は、藤堂には聞かずとも理解が出来た。

 もしスザクが疑いの通りクロヴィス総督を仕留めていたのだとすれば、いろいろなことに言い訳が出来た。

 名誉ブリタニア人になったのはチャンスを待つためで、日本国最後の首相の息子としてあえて泥を啜っていたのだと言うこともできただろう。

 

 

 実際、日本解放戦線の中でも彼を英雄として扱うべきだという声はあった。

 しかし一般の日本人に対してはそれで良くても、青鸞にとってはそんなレベルの話では無い。

 スザクが本当はブリタニアにいるのか日本にいるのか、どちらなのかと。

 そして今さらブリタニアを敵とするなら、7年前に何故……と、そんな青鸞の心の声が藤堂には聞こえるようだった。

 

 

「ボクは結局、裏切り者を助けに行ったような物じゃないか……!」

 

 

 それで千葉や周囲に迷惑をかけたことが、青鸞には許せなかった。

 戻った時、藤堂には言ったが……本当に、どうしてあんなことをしたのかは彼女にもわからない。

 気がついたら身体が動いていて、何かを聞きたくて仕方が無くて、だけど出来なくて。

 結局、何の意味も無かった。

 

 

 スザクはブリタニアを敵とはしていなくて、今も名誉ブリタニア人の軍人として日本人を取り締まる側に回っている。

 そんな人間を、少なくとも形の上では青鸞は形振り構わず助けに向かうようなことをしていたのである。

 租界のブリタニア軍がジェレミアの暴走で混乱していなければ、どうなっていたかわからない。

 

 

(……桐原公……)

 

 

 そして藤堂にも、目の前で苦しんでいる青鸞を救うことが出来ない。

 もしかしたなら、彼が知っていることを話せば一定の解決は望めるのかもしれない。

 だがそれがはたして青鸞にとって救いになるのか、自信が無かった。

 彼に出来るのは、ただ。

 

 

「……6月に、お前を解放戦線の顔として公表することが決まった」

 

 

 畳に手をついて身を震わせていた青鸞は、語りかけるような藤堂の言葉を聞いた。

 ブリタニア本国から正式な新総督が赴任する、その前後に日本解放戦線として日本中の反体制組織に協力と蜂起を促すことになる。

 象徴、核、そう言う存在に青鸞がなる。

 だがそれ自体は、5年前から決まっていたことだった。

 

 

「最終的には、お前自身が決めることだが……事前準備として、まず青鸞、お前に直属の親衛部隊が作られる。規模はそれほどでは無いが、しかし、将来のことを考えて人を率いる経験を積むべきだと少将閣下が判断された」

「……片瀬少将が……」

「それについて、私は何も言わない。だが青鸞、一つだけ約束してほしい」

 

 

 考えとは異なることを話しつつも、しかし藤堂は努めて平静な声で語りかけた。

 8年前から、剣と戦術を教えてきた少女に対して。

 

 

「二度と、先日の租界のようなことをしないと。お前に何かあれば……いろいろなことが、崩れてしまうのだから。何をおいても、まずは生き残ることを考えてほしい」

「……はい」

 

 

 真剣な顔で頷いてくる青鸞、その瞳に迷いは見えない。

 しかしだからこそ、藤堂は人知れず表情に陰を落とす。

 まるで、抱えた真実の大きさに押し潰されそうな。

 天空を支えることに疲れた、神話のアトラス神のような――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 はたして自分が幸運な人間なのか不運な人間なのか、枢木スザクは判断がつかなかった。

 つい昨日までかれは大逆罪の犯罪者だった、クロヴィス総督殺害の罪を着せられた。

 もちろん無罪ではあるのだが、あの騒動の後ゼロの下から自主的に離れ――軍事法廷からの逃亡は、重大なルール違反だから――戻った。

 テロリストと繋がっていると思われても仕方ない状況、彼は死を覚悟していた。

 

 

 しかしジェレミア卿の暴走のせいで混乱していて、裁判どころでは無かった。

 そしてあれよあれよと言う間に証拠不十分で釈放され、とはいえ名誉ブリタニア人部隊に戻ることも出来ずどうするかと考えていた時、ある人物に出会った。

 そこが、彼の人生の転換点であった。

 

 

「本日よりお世話になります、枢木スザク准尉です。よろしくお願いします!!」

「はぁいよろしく~、あ、じゃあ早速だけどいろいろ測らせて……」

「よろしくね、スザク君。わからないことも多いだろうけど、私達も精一杯のサポートをするから」

 

 

 そして今、彼は新しい配属場所にいた。

 特別派遣嚮導技術部――――略称「特派」、名前の通り技術部である。

 ブリタニアの最先端技術を用いて次世代のナイトメアを開発するのがその役目であり、新技術を実地でテストすることも職務に含まれている。

 

 

 そして対照的な態度でスザクを迎えているのは、特派の上司2名だ。

 1人はロイド・アスプルンド、特派の長であり、伯爵位を持つれっきとした貴族であり、次世代ナイトメアの開発を一手に手がける天才科学者であり――――と、あらゆる意味で完璧な男性だった。

 ただ本人の全体的に「緩い」性格のせいか、縁なし眼鏡と裾の長い白衣、筋肉の張っていない細身の身体と合わさって、威厳の威の字も無い男でもある。

 

 

「いや、あの、セシル君? どうして僕の前に出るのかな、僕一応上司……」

「ロイドさん? まずは新人さんへの説明が先だと昨日私言いましたよね?」

「あ、あー、あはは、いやだなぁ。覚えてるよ~」

 

 

 そして長であるはずの男を笑顔で威圧している女性が、セシル・クルーミー。

 ボブストレートの黒髪に化粧の薄い顔、理知的な美人と言うのが表現としては正しいだろうか。

 もちろんどちらもブリタニア人、ナンバーズ出身のスザクとは背景からして違う。

 

 

 技術部、准尉、ナイトメア、その全てがブリタニア人にのみ許された特権だ。

 それが今、何故スザクの物となっているのか。

 全てはシンジュク事変からだ、あの時、スザクの運命は変わった。

 全てが変わり、昨日ある人と出会い、全てが決したように思える。

 

 

(あの日から、何かが……)

 

 

 シンジュク事変、悲しむべき事件。

 「同胞」の日本人が殺戮された事件、スザクはその場に名誉ブリタニア人の一等兵としていた。

 しかし日本人の殺戮には手を貸していない――貸すはずも無い――テロリストの強奪した毒ガスの奪還が任務だった、ゲットーで使われれば日本人がたくさん死ぬ、それを防ぎたかった。

 

 

 そこでの再会と負傷を経て、彼は出会った。

 セシルの説明を受けながら、スザクは「それ」を見上げた。

 彼の「力」、彼の願いを現実へと体現してくれるもの。

 白い西洋風の鎧兜を思わせる姿をしたそのナイトメアこそ、彼の「力」。

 皮肉なことに、その機体は<湖の騎士>の名を持っていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ルルーシュ・ランペルージ――あるいは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア――は、その日、非常に疲れていた。

 元々体力に恵まれているわけでは無いが、ここの所は「課外活動」も多い。

 ある事情で「課外活動」については誰にも説明できない、よって学校の方を疎かにすることも出来ないからますます疲れる。

 

 

 加えて言えば、彼はアッシュフォード学園において生徒会のメンバーでもあった。

 通常行われる生徒会の仕事程度であれば問題は無かっただろうが、仕事量を何倍にも増やしてくれるミレイと言う生徒会長がいて――金髪でスタイル抜群のブリタニア人女生徒、元貴族でもある――彼の疲労を3倍の速度で蓄積させてくれているのだった。

 

 

「ルルーッ!」

 

 

 そしてその生徒会の仕事も何とか終えて、学園長のはからいで家族と共に住まわせてもらっているクラブハウスへと帰ろうとしていた時。

 聞き慣れた声が耳朶を打った途端、どういう気持ちの切り替え法を使ったのか、表情から全ての疲労と不機嫌を排除した。

 変わりに人の良さそうな、それでいて完璧な笑顔で振り向く。

 

 

「何だい、シャーリー」

 

 

 そこにいたのは、アッシュフォード学園の女子制服を着た少女だった。

 明るい髪色そのままの天真爛漫な笑顔を浮かべた少女の名は、シャーリー・フェネット。

 ルルーシュの級友であり、生徒会の仲間でもある。

 明るく美人、人気者の典型例のような少女だった。

 

 

「あれ? ルル、もしかして疲れてる?」

 

 

 そして、勘が鋭いことで有名。

 今もルルーシュの取り繕った笑顔を看破し、彼の疲労を察した。

 明晰な頭脳を持ち心理学にも通じているルルーシュも、彼女には勝てない。

 一度だって、勝てた試しなど無いのだ。

 

 

「もし良かったら、皆で街にお茶に行こうと思ってたんだけど……」

「ああ、すまない。少し具合が悪くて、皆で楽しんできてくれ」

「そう……カレンさんもなんだよね、具合が悪いなら仕方ないけど、残念」

 

 

 心の底から残念そうにそう言うシャーリー、彼女の後ろには朱色の髪の少女が穏やかに佇んでいた。

 こちらはシャーリーとは対照的な大人しい印象を受ける少女で、ストレートの髪とぼんやりした目元が特徴的だった。

 名前はカレン・シュタットフェルト、病弱で出席日数は少ないが、「学生はどこかのクラブ・委員会に参加しなければならない」と言う校則に基づき生徒会に参加している。

 

 

「……大丈夫?」

「ああ……大丈夫だ、少し休めば」

 

 

 こてん、と可愛らしく小首を傾げて尋ねてくるカレンに、ルルーシュは頷いた。

 彼の目に、一瞬だけ剣呑な色が灯ったのだが……それは、誰にも気付かれない。

 彼だけが知る、彼だけの感情だからだ。

 

 

 シャーリーとカレン、2人の少女と別れたルルーシュは、そのまま帰路についた。

 全寮制の学園だが中には特例を受ける生徒もいる、ルルーシュはその1人だった。

 だがルルーシュにとってみれば、それは特段気にすることでも無かった。

 重要なのは、元皇子である自分とその家族が平穏を過ごせるかどうかなのだから――――。

 

 

 

「おかえりなさい、お兄様」

 

 

 

 ――――家族、妹。

 それが、ルルーシュにとっての何よりも優先すべき理由だ。

 だから彼は、クラブハウスのホールで自分を待っていてくれた妹に視線を合わせるように膝をついた。

 

 

 たっぷりとしたウェーブがかった栗色の髪、身体を締め付けないゆったりとした衣服に包まれた身体は華奢で、力を入れれば折れてしまいそうな程だ。

 肌は透き通るように白く、緩やかでたおやかな雰囲気を持つ少女。

 可憐、そんな単語を一身に凝縮したような少女にルルーシュは微笑みかける。

 

 

「ただいま、ナナリー」

「ふふ、くすぐったいです」

 

 

 ナナリー、それがルルーシュの妹の名前だ。

 自分の存在を知らせるように頬を撫でれば、言葉通りくすぐったそうに身を竦める。

 別にルルーシュは気障でそうしているわけでは無い、自分の存在を実感させたかったのだ。

 ……目の前の、瞼を閉じた盲目の妹に。

 

 

 瞳だけでは無い、ナナリーは車椅子の上に座っていた。

 両足が、動かない。

 ほとんど使わないために肉がつかず、ほっそりとした両足はスカートに覆われて見えない。

 目と、足、ナナリーが失った物。

 小さくは無いそれらは生来の物では無い、過去、外的な要因で失われた物だ。

 

 

「……ん」

 

 

 それはルルーシュの中の昏い部分を呼び起こす、だが……ナナリーが頬に触れた兄の手を握れば、それがさざ波のように緩やかな物になっていくのを感じる。

 癒し、それがルルーシュにとってのナナリーと言う存在だった。

 

 

(……アイツにとっても、そうなのだろうか)

 

 

 何となく、ルルーシュはそんなことを思った。

 記憶の向こうにあるのは、どちらかと言うと兄である友人に泣かされている女の子しかいないが。

 それでも、アレはアレで当人達にとっては大切な思い出にでもなっているのだろうか。

 租界で再会したあの少女は、今はどう想っているのか……。

 

 

「お兄様?」

「ん? ああ、すまない。ちょっと考え事をね」

 

 

 ふと黙りこくったルルーシュを心配するようなナナリーの声に、彼は少し慌てて応じた。

 ナナリーを不安がらせるようなことは、極力避けなければならない。

 だから彼はたとえ見えなくとも、妹のために微笑みを浮かべようとして……。

 

 

「…………」

 

 

 不意に、視線を別の場所へと向けた。

 柱の陰、こちらを妙に冷えた目で見つめる人間の姿に気付いたからだ。

 それは少女、それもこの世の物とは思えない程の美貌を持った少女だった。

 

 

 だが、ルルーシュはその少女を見て素直に「美しい」とは思わない。

 ナナリーを見て「愛しい」と感じることはあっても、その少女に一切の愛情を感じることは無い。

 何故なら、その少女は<魔女>だから。

 契約の魔女、緑色の髪の○○○だから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 営倉入り解除の翌日、青鸞は無頼のコックピットの中で緊張していた。

 日本解放戦線が基本戦闘訓練(ブートキャンプ)で使用する訓練場、ナリタ連山の深い渓谷の一部を使ったそこを無頼で疾走している。

 身に纏っているのは当然濃紺のパイロットスーツ、頬には一筋の汗。

 

 

 ディスプレイから見える空はすでに赤らんでいて、夕方の遅い時間であることがわかる。

 赤茶色の渓谷の土をランドスピナーで噴き上げ走りながら、青鸞は左右のディスプレイを何度も確認していた。

 何かを警戒しているようだが、それはどこか捕食者を恐れる小動物のようでもあり……。

 

 

『A-01、ポイントに姿なーし』

『A-02、目標地点に敵影無し』

『A-03、ポイントアウト』

 

 

 不意に通信機から声が響く、それぞれ若い男女の声だ。

 別々のポイントに向けて先行していたのだが、どうやら外れを引いたらしい。

 しかし青鸞がそれに思いを致した次の瞬間、コックピット内に警告のレッドランプが灯った。

 

 

 瞬間、青鸞は操縦桿を強く引いた。

 無頼が急速逆走を行った直後、下がった位置に土柱が3つ立ち上る。

 とはいえ規模は大きくは無い、それぞれ2メートル程の高さだ。

 

 

「流体サクラダイトの対戦車地雷……!」

 

 

 サクラダイト、日本固有のレアメタル資源だ。

 電気抵抗が無い超伝導物質であって、ナイトメアの駆動エネルギーを生み出すコアルミナスはこのサクラダイトが無いと動けない、それ程の戦略資源である。

 日本には世界の70%以上の埋蔵量があり、実は7年前の戦争の原因の一つでもあった。

 保有量が多いことと可燃性が高いことから、日本軍では兵器として使われることもある。

 

 

「く……!」

 

 

 ディスプレイを埋め尽くす土の雨に眉を顰める、もちろんこの程度でナイトメアは倒せない。

 避けたのはランドスピナーを守るためだ、しかしである。

 動きを誘導された、そう青鸞が気付いた次の瞬間、機体が断続的に大きく揺れた。

 直撃、砲撃、その意識が脳内を占めるよりも早く噛み殺した悲鳴が漏れる。

 

 

 コックピットの上に直撃したそれは模擬弾で、片膝をついた無頼が上を確認すれば、風雨で削れて出来た渓谷の土壁に伏されていた2両の戦車が確認できた。

 ずんぐりとしたそのフォルムは旧日本軍の制式戦車であって、言うまでも無く旧式である。

 7年前の戦争では、ナイトメア擁するブリタニア軍に散々に潰された兵器だ。

 

 

(こんな簡単な仕掛けにも、対応できないなんて……!)

 

 

 後から考えてみれば、誰でも考え付くような戦術だ。

 地雷で止めて、戦車を固定砲台として使う。

 グラスゴーレベルの装甲しかない無頼が相手なら、戦車砲を倒せるのだから。

 

 

『――――青鸞さま』

 

 

 その時、無頼の通信機から落ち着いた声が響いた。

 知っている声だ、草壁の部下で佐々木と言う、シンジュクや租界に共に潜入した解放戦線のメンバーの1人。

 その冷静な声が、無頼のコックピットに響く。

 

 

『大将機が撃破されたため、第3次訓練を終了します。各機は指定されたルートで拠点内に戻り、整備と補給を受けてください――――以上』

 

 

 通信が切れて、静かになる。

 頭上では戦車が移動していて、その音がコックピットの中にまで響いてきている。

 それを聞きながら、青鸞は軽く唸りながらがくりと項垂れた。

 自分が、情けなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――ふん、未熟だな」

 

 

 ナリタ連山地下のナイトメア格納庫、古川達メカニックが戻ってきた4機の無頼を整備する音が響く中、青鸞の前で巨体の胸をそらしている男がそう言った。

 草壁である、彼の後ろには例によって彼の派閥の部下達が並んで立っていた。

 草壁の手にはファイルがあり、今しがたまで行われていた模擬戦の評価がそこに書かれていた。

 もちろん、草壁の手で行われた評価は最低である。

 

 

「大将機が我先に撃破されるとは、まったくもって片腹痛いわ! そもそも敵影を探すのに全機を分散させるなど愚の骨頂、それでは兵力を集中させた敵に遭遇した時、各個撃破の好餌になるということがわからんのか!!」

「……お言葉、返しようもありません」

「誰が口答えを許可したか?」

「…………」

 

 

 草壁の前、パイロットスーツ姿の青鸞が直立不動で立っている。

 今日の昼に営倉入りを解かれた彼女は、将来自分の直属部隊に発展するだろう一小隊を任されることになった。

 青鸞が正規の軍人になれる年齢では無いため、要人の護衛小隊と言う扱いになっている。

 

 

 所属ナイトメアは青鸞の専用機を含めて4機、日本解放戦線保有ナイトメアの1割近くである。

 それに伴い整備士・スタッフは20名弱ついている、今ナイトメアを整備している古川達がそれだ。

 ただ何分一日目のためか、部隊として纏まっていない印象を受ける。

 

 

「ふん、今日の所はこれで終了するが、後ほど報告書をまとめて私の所に持ってくるように。下手なものを書けば容赦なく書き直しを命じるのでそのつもりでいるように、良いな!」

 

 

 ただ、草壁が青鸞の教育係に任じられたのは誰にとっても意外だっただろう。

 何しろ草壁は今も昔も青鸞に対して厳しく、それを知らない者はいない程だったのだから。

 今も散々に青鸞をこき下ろした後、ズンズンと音を立てそうな勢いで歩き去っていった。

 ……殴られなかっただけ、まだマシと言うべきだろうか?

 

 

「青鸞さま、まずは部隊の者達に声をかけるべきかと」

「あ、はい……」

 

 

 そして副官のような立場で彼女をサポートしているのは佐々木、こちらは草壁の下からの異動である。

 どういう理由かは青鸞も知らないが、彼女はシンジュク・ゲットー行きの前後から青鸞に協力的な態度をとってくれていた。

 ただ人を纏めるという経験の少ない青鸞にとっては、非常に助かる存在ではあった。

 

 

「えっと、お疲れ様です。えーと……」

「青鸞サマー、いっスかぁ?」

「は、はい、何でしょう」

 

 

 青鸞の前に並ぶ3人のナイトメアパイロットの1人、山本飛鳥中尉が挙手をして言った。

 20代半ばのこの黒髪の男性は、パイロットの中では最も階級が高い。

 青鸞が18歳になるまで、護衛小隊を預かる隊長と言う扱いである。

 彼はどこか眠そうな顔で青鸞を見ると、妙に可愛らしく首を傾げながら。

 

 

「とりあえず、今日は解散ってことで良いですかねぇ?」

「え、えー……っと、それは困ります、たぶん」

「たぶん?」

「あ、いえ、たぶんではなくて……」

 

 

 まだ良く知らない相手だからか、あるいは相手がどこか野良猫然としたマイペースぶりを発揮しているためか、青鸞としては接し方にまだ迷いがある。

 すると2人目のパイロット、上原ヒナゲシが俊敏な動作で挙手、発言を求めてきた。

 黒髪に赤い瞳、青鸞の知るデータによれば山本とは士官学校からの付き合いだとか。

 

 

「青鸞さま。隊長には私が後でキツーく申し渡しておきますので、今はどうか無視を」

「い、いや、無視って言われても……」

「とりあえず報告書出せば良いんじゃね?」

「隊長! 失礼でしょう!?」

「あ、あ~……」

 

 

 藤堂やその道場出身者とは毛色の違う者ばかりが相手、藤堂系列の厳粛な軍人に慣れている青鸞には聊か厳しい。

 というか、気のせいでなければ一癖も二癖もある者ばかり集まっているような気がする。

 まさかとは思うが、他の部隊で持て余している人材を押し付けられたのでは無いだろうか。

 

 

 助けを求めるように周囲を見渡すのは、新人の性か。

 しかし佐々木も必要以上のことはしてはくれないし、山本や上原などはまだあまり良く知らない。

 もう1人、護衛小隊でナイトメアパイロットをしている榛名大和(はるなやまと)と言う男がいるのだが……。

 

 

(ど、どう呼べば良いのか……)

 

 

 黒髪黒目の典型的な日本人、鍛え抜かれた厚い胸板をそらして立つ男。

 山本と同年代だが年上に見えるのは、おそらく雰囲気のせいだろう。

 苗字がキョウト分家筋の少女、雅と同じなのは兄妹だからだ。

 なのでもちろん、青鸞にとっても遠縁ながら親戚と言う関係になるのだが。

 

 

 だからこそ、どう接すれば良いのかという判断に苦しむ。

 「枢木」として命じるのも躊躇があるし、「青鸞」として頼るのもどうかと思う。

 彼女にとって、両方の「自分」と関わりを持つ人間の相手は戸惑いが大きかった。

 

 

「……青鸞さま」

「あ、はい」

「……方針の、決定を」

 

 

 その大和に言われて、青鸞ははっとした、随分と時間を無駄にした。

 何となく部隊の皆も中だるみしているような空気でもある、青鸞は慌てて言った。

 

 

「と、とにかく! 草壁中佐に報告書を上げなくてはならないので、各員、今日の模擬戦について大至急レポートを提出してください!」

「すぐに揃えてお持ちします」

「してくださいって言われてもねぇ……」

「隊長!? 恥ずかしいからちゃんとしてください!」

「……承知しました」

 

 

 上から佐々木、山本、上原、大和である、まとまりの欠片も無かった。

 青鸞は溜息を吐いた、疲労が濃い、あとはどうすれば良いのかわからない不安。

 自分と異なる考えを持つ人間をまとめる、あの桐原公などは自然に出来てしまうことだろうに。

 

 

 枢木青鸞は、これまで「人に見られる」ことや「他人に助けられる」「自分でやる、誰かを助ける」など、キョウトの女として必要なことは一通り学び、命令を受ける兵士としての訓練も受けてきたが。

 しかし今、新たに「人をまとめる」ことの難しさに苦しんでいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……随分とヘコんだ顔をしている物だ、と、草壁は思った。

 彼の執務室は畳張りの和室の造りになっている、どことなく書斎のような雰囲気だ。

 応接室は別の場所にあるのだが、彼は和風のこの部屋をこよなく気に入っていた。

 

 

「…………」

 

 

 そして今、上座で座布団に座り、文机の上に片手を置いて十数枚の紙束を睨んでいる。

 電子化せずに紙で見る所は、草壁の微妙なこだわりのようだった。

 しかも手書きで筆ともなれば、なかなかこのご時勢できる者はいないだろう。

 

 

 だだ今回に限って言えば、その紙の上で踊っている筆文字は彼の目にとまる物だった。

 独特のうねりを持つそれは達筆と言うに相応しく、筆で文字を描くことに慣れていることが見て取れた。

 確か、何かのデータで見た気もするが……書道六段、だったか。

 

 

(まぁ、流石はキョウトの女と言った所か)

 

 

 そう思い鼻を鳴らすと、彼の前で畳に直接正座している少女がビクッと身体を震わせた。

 青鸞である、時刻はすでに午後10時、すでに3度目の報告書提出である。

 流石にもうパイロットスーツ姿ではなく着物――艶の青灰色の絹地に草葉や花兎の文様――姿だが、草壁の評価を待つその姿は罠にかかった小動物のようだった。

 

 

 キョウトの家の娘だからと言って、ナリタにいる限り甘い顔をするつもりは草壁には無かった。

 そもそも青鸞の広告塔(誰が何と言おうと草壁はこの認識を変えるつもりは無い)起用に反対なのだ、彼は。

 だからこそ、片瀬から部隊運用について教えてやるよう命じられた時は内心で愕然とした物だ。

 なぜ私が、と、問い質したいと思っても無理は無いだろう。

 

 

「……おい」

 

 

 ビクッ、と肩が震えるのが見えた。

 ……確かに認めてはいないが、そこまで怖がられると逆に面白く無い。

 

 

「そんな風に辛気臭い顔をされると、こちらも嫌な気分になるのだがな」

「す、すみません」

「私とてこんな時間まで付き合わされて迷惑なのだぞ、せめてもう少し頼りになる顔をして見せたらどうだ」

「は、はい……えっと」

 

 

 青鸞は草壁の言葉を受けて、俯き気味だった顔を上げた。

 そして背筋を伸ばし、頬の肉を上げ、笑顔を……。

 

 

「ヘラヘラ笑えとは言っておらんわ!!」

(じ、じゃあ、ボクにどうしろと……!?)

 

 

 青鸞はもう、今日一日で心身ともに疲れ切ってしまっていた。

 営倉から出た翌日のナイトメアでの模擬戦――簡単な罠に嵌まって戦車相手に惨敗――の後、慣れない護衛小隊の人々をまとめようとして――あの後も全くまとまりが無かったが――そして、終わった。

 文字通り何も出来なかった一日であって、租界でのことも含めて打ちのめされていた。

 

 

 そして草壁である、先日、大阪から来るメンバーの迎えで共闘した時もそうだったが、草壁は自分に対してかなり厳しい。

 藤堂なども甘いわけでは無いが、やはり草壁には敵わないだろう。

 そう言うしかない立場なのはわかっているつもりだが、最近では素で自分のことが嫌いなのではないかと思えてきた。

 

 

「ふんっ……まったく、それに何だこの文字を並べただけの報告書は。字が上手いだけで中身が無いわ、本当に何も出来ん小娘だな」

「…………はい」

 

 

 今日までは、それでもそれなりに自分も出来ると思っていた。

 これでもキョウトの、枢木の女だ。

 習字もだが、幼い頃から帝王学を始めとして習い事を叩き込まれてきた。

 ナリタに来てからはナイトメアと剣術、戦術などを藤堂道場で学び、1人の兵士としては最低限技量を磨いてきた。

 

 

 しかし、いざ父の跡を継ぐためのステップになると――――気付く。

 自分は、自分1人で出来ることに関してはめっぽう強いが。

 誰かと共に、チームとして何かを成すということに関してはまるで経験値が足りないのだと。

 今日という日は、それに気付かされた一日だった。

 まさに、何も出来ない小娘である――――……。

 

 

「……ふん」

 

 

 明らかに落ち込んでいる様子の青鸞に、草壁はもう一度鼻を鳴らす。

 草壁にしてみれば、落ち込むと言うこと事態がすでに甘えである。

 父の跡を継ぐ、なるほど大層な目標だ。

 だが実際は、そんなことが15の娘に容易にできるはずも無い。

 そう、出来るはずも無いのだ、だから。

 

 

「……貴様のような小娘に、最初から人を纏められるわけが無いだろうが」

 

 

 ぐ、と、膝の上に置いた手を青鸞が握り込む。

 気のせいでなければ、その目尻に光る物が生まれ始めていた。

 

 

「15の乳臭い小娘に威厳などあろうはずもないからな、第一、語り方もわからず他人行儀な小娘などと胸を開いて話す兵などおらんわ」

「…………」

「実績も威厳も無い小娘が小なりと言えど人の上に立とうと言うのだ、臍で茶が沸かせそうだな、兵のことを思えば笑えもせんが」

「……でも」

「何だ?」

 

 

 ぐ……と眉を下げた顔で目線をあげて、やや潤みを帯びた声で青鸞は言う。

 どうすれば良いのか、わからない。

 そう言うと、草壁は「甘えるな」と一喝した後。

 

 

「どうすれば人の上に立てば良いのかわからず、怖いか」

「……はい」

「そうか、では下の者はどうかと考えたことはあるのか」

「え……わぷっ!?」

 

 

 ばさっ、と顔に書類をぶちまけられて、紙の雨に呑まれた青鸞が目を閉じながら声を上げる。

 音を立てて畳の上に落ちていく紙を横目に、草壁は青鸞から目を逸らして身体ごと横を向いた。

 

 

「上の者は怖いだろう、だが、下の者は怖くないのか。そんなわけはあるまい、上に立った人間がどんな人格をしていて、どういう指示を出すのか。自分の命に直結する問題だ。上官たる者はそうした下の者の不安も常に考えて行動せねばならん」

 

 

 饒舌に過ぎるか、と思いつつ、草壁はつまらなそうな目を青鸞に向ける。

 対する青鸞は、少し目を丸くして草壁を見ていた。

 

 

「とはいえ、貴様のような小娘にそんなことを望むのもな。せいぜいお友達ごっこでもして、馴れ合いの関係でも築いてみたらどうだ。小娘にはそれが似合いであろうよ」

「……お友達、ごっこ、ですか」

「ああ」

「……お友達……」

 

 

 それ以上は話したくないとでも言わんばかりに、草壁は手を振る。

 報告書はもちろん再提出である、その点について草壁は容赦はしない。

 というか、容赦して良いことでは無い。

 

 

 一方で、青鸞は何事かを考えるような表情を浮かべていた。

 そしてふと気付いたように散らばった書類を集めると、それを胸に抱えたまま頭を下げた。

 それから慌しく部屋の扉の所まで小走りで進んで。

 

 

「あ、あの、草壁中佐はまだお休みには……」

「良いからさっさと書き直して来んか、小娘が!」

「は、はいっ……あの!」

 

 

 扉を閉める前に、青鸞はその場で腰を折って頭を下げて、再び顔を上げた後。

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 弾けるような笑顔でそう言う青鸞を、草壁は見もせずに見送った。

 まぁ、笑顔であったことがわかったということは見ていたと言うわけなのだが。

 草壁はおそらく、それを認めないだろう。

 

 

 そして外に出た青鸞は、胸にバラバラの書類を抱えたまま通路を駆け出した。

 普段の彼女なら珍しい慌しさだが、その顔に浮かぶのは明るい笑顔だ。

 それを、偶然見かけた藤堂は意外そうな顔で見ることになる。

 通路を駆け去っていく少女の横顔を見送って、藤堂はやや口元を緩めると。

 

 

「……どうやら、杞憂だったらしい」

 

 

 そう呟いて、元のペースでゆっくりと歩き始めた。

 とはいえ、あらゆる意味で青鸞はこれからだと藤堂は思っていた。

 片瀬が彼女に与えた護衛部隊、それが上手く回るかどうかで青鸞の将来も決まるだろう。

 しかし今の笑顔をずっと保つことが出来るなら、何とかなるのかもしれない。

 この時の藤堂は、まだそう思うことが出来た。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山には日本解放戦線の本拠地としての顔と共に、温泉街と言う顔も持っている。

 地下水の豊富なナリタ連山、場所によっては地熱に熱せられたお湯が湧き出ている所もある。

 そして山の中腹にある自然の温泉に、彼女達はいた。

 

 

「地元出身の避難民の方に聞いた所、ここの温泉は溶存物質含有量が少なくて肌に優しい温泉だそうです」

 

 

 ちゃぷ……とお湯の雫を掌の上から落としながら、青鸞は暗記したらしい言葉を述べた。

 透明度の高いお湯の中、白いバスタオルで胸までを隠した彼女はちらりと横を見た。

 そこには佐々木と上原を始めとする護衛小隊の女性メンバーが10名前後いる、周囲は衝立と野外テントの布を重ねて仕切りが設けられている。

 

 

 皆、ほかほかの温泉で大なり小なり表情が緩んでいた。

 ナリタ連山を背嚢を持って行軍する踏破訓練、その帰りに皆を連れて来たのだ。

 帰還のルートにここを設定したのは、もちろん青鸞である。

 何故なら、護衛小隊の皆と親睦を深めるにはどうしたら良いかと雅に聞いてみた所。

 

 

『裸のお付き合いが一番かと……!』

 

 

 と、握り拳でアドバイスを受けたためである。

 ただ、その本人は小隊のメンバーではないので来れてないわけだが。

 

 

「青鸞さま、お気遣い頂きありがとうございます」

「ああ~、身体が解されます……」

 

 

 佐々木と上原などのメンバーは、肌に良いと聞いて肩まで湯に浸かっている。

 15歳の青鸞に比べて、皆がそれぞれ成熟した女性らしい身体付き。

 佐々木が鍛え上げられたシャープなスタイルなのに対し、上原は日本人離れした肉感的な身体付きをしている。

 

 

 グループから離れた隅の方では、茅野もいる。

 彼女は傷痕だらけの身体を特に隠すこともなく、目を閉じて温泉の縁に背中を預けていた。

 そんな彼女達を見て、青鸞は眉を上げた笑みを浮かべることが出来た。

 

 

「えっと、それでですね……」

「む、何かお言葉ですか。全員、整列! 湯の中で正座!」

「あ、いえ別に整列はいらないです」

 

 

 佐々木を止めつつ、でもお湯からは出ないんだと青鸞は思った。

 しかし本題はそこでは無い、青鸞は湯の中で足を重ねて正座した。

 目の前では十人前後の年上の女性が同じように湯の中で正座している、なかなかシュールな光景だった。

 

 

「――――改めまして」

 

 

 唇は小さく、しかし声が良く通るように大きく言葉を紡ぐ。

 タオルを当てた薄い胸に手を置いて、青鸞は目の前の人々を見つめた。

 自分を守るために編成された部隊の人々を、瞳に感情を込めたまま見つめる。

 

 

「皆様の中にはご存知の方もおられるかとも思いますが、この度、日本解放戦線の顔役としての協力を片瀬少将からお受けしました。キョウト出身、枢木青鸞と申します」

 

 

 ――――お友達ごっこと、草壁は言った。

 アレは別に、小隊の皆と友達になれと言う事では無いと青鸞は思う。

 むしろ、立場の異なる者同士が友人になることは無い。

 青鸞と佐々木達とでは、友人になってはいけない理由が多すぎる。

 しかしだからこそ、友人のような何かにはならなくてはいけないのだ。

 

 

「皆さんに、お願いがあります」

 

 

 凛、と、音を変えた擬音が響きそうな程に空気が張り詰める。

 

 

 

(ワタシ)を――――……ボクを、守ってください」

 

 

 

 湯のさざ波は、意識のさざ波。

 自分のことを「ボク」と呼んだ少女に、メンバーの間に若干だが動揺が走ったのだ。

 佐々木が手を挙げ、皆を鎮めるのを待つ。

 そして、青鸞は言葉を続ける。

 

 

「……ボクには、使命があります」

 

 

 皆さんが胸に抱いているのと同じ、使命です。

 そう言葉を続ける青鸞に、メンバーの視線が突き刺さる。

 見られている、その感覚。

 しかしその感覚は、青鸞にとっては慣れ親しんだものだ。

 

 

 枢木青鸞に、誰かに守られる価値があるのか?

 その問いかけに対しての答えは多くあるだろう、青鸞にも実際はわからない。

 しかし今は、日本の反体制派の象徴として自分の名と顔に価値があると言うのなら。

 青鸞は自分を守り、また守られるだけの理由があると思う。

 

 

「亡き父の跡を継ぎ、徹底抗戦と一斉蜂起を行い、そして日本を独立させると言う、使命です」

 

 

 何故ならば、青鸞自身が「日本独立」と言う絵を描く上で外せない一部であるからだ。

 反体制派側に立てる、唯一の「日本最後の首相の遺児」だからだ。

 彼女は、その自分の「価値」を知っていた。

 今はまだ、名以上の価値が無いとしても。

 いつかきっと、それ以上の価値を……玉将としての価値を。

 

 

「ボクにはまだ、こんな形でしか皆の苦労に報いることしか出来ません」

 

 

 ちゃぷ……と湯を手先で跳ねて、そう言う。

 実際、青鸞自身の持ち物は少ない。

 守ってもらったからと言って、必ず報いる保障などどこにも無い。

 だけど、青鸞は求め続ける――――日本の、独立を。

 だから。

 

 

「ボクが使命を果たすその時まで、皆さんの力を、貸して頂けませんか?」

 

 

 そして、共に。

 独立を果たしに、皆で。

 行こう、そして。

 

 

「独立を果たした日本で……皆と、会いたい」

 

 

 それは、まだ借り物に過ぎないのかもしれない。

 まだ「戦友」でも、「同志」でも、「仲間」にもなり切れていない者達からすれば。

 ――――沈黙。

 

 

 沈黙の中、湯の揺れる音だけが響く。

 青鸞もまた静かではあるが、内心では冷や汗を流している。

 冷静に見えて実はテンパると言うのは、枢木の人間の特徴なのかもしれない。

 そして、その沈黙は。

 

 

「――――日本」

 

 

 その沈黙は、グループから離れた位置にいる茅野の言葉で破られた。

 すなわち、日本の自主力を称え、人々を昂揚させる魔法の言葉。

 日本(にっぽん)万歳(ばんざい)

 

 

「万歳」

「日本……」

「……万歳」

「日本、万歳……!」

「日本、万歳!」

 

 

 最初は戸惑い顔を見せていた青鸞だが、しかし年上の女性メンバーと同じように拳を振り上げ、湯を飛ばしながら。

 

 

「日本・万歳!!」

「「「日本万歳!!」」」

 

 

 立ち上るコール自体には、実は意味が無い。

 重要なのは、それを共にしたという事実。

 全ての関係は、何かを共にしたという事実の積み重ねで重みを増していくのだ。

 それは、どこか友情に似てはいないだろうか。

 

 

 そしてそのコールは、仕切りで隔てられたもう一方にも聞こえてきていた。

 つまり、男湯である。

 こちらには実は猿が侵入していたりするのだが、女性陣とほぼ同数の男がそこにいた。

 古川であり、青木であり、大和であり、山本であった。

 

 

「いや、何かうちのアマゾネス達が盛り上がってんだけど……」

 

 

 小隊長である山本が、湯に溶けそうな顔で呟いた。

 

 

「……これ、俺らと青鸞サマの親睦を深めるのは無理じゃね? 温泉だし」

「そ、それ以前に、一回りも年の離れた女性と何を話せば良いのか……」

「……それは、わかる気もする」

「あ、おたく下の子が10歳下なんだっけ」

 

 

 そんなことを話しながら湯に浸かる、こちらはこちらで親睦を深めることは出来ているようだった。

 風呂ではまさに丸腰のため、その意味でも壁が低くなるのかもしれません。

 ただ、彼らが他の男性スタッフも含めて結束力を高める契機になったことと言えば。

 

 

 

「あ、ごめんなさい。後ほどちゃんとそっちにも行くんで……」

 

 

 

 と、青鸞の声が仕切りの向こうから聞こえてきたことだ。

 それに対して、男性陣はまず「え」となった。

 今、あの娘は何と言ったか?

 

 

「来んの!? こっちに!?」

「はい、やっぱりちゃんと顔を見てお話がしたくて……」

「い、いいいいいぃぃいいやいやいや! 来なくて良い! 来たら死ぬから!」

「え、誰が!?」

「俺達がだよ!!」

 

 

 山本の言葉に全員が頷く、波を立てて音を立てる程の共振だった。

 そんなことをされた日にはこの場で殲滅される、具体的には仕切りの向こうにいるだろう女性陣に。

 今もすでに何故か聞こえてはいけない銃器の音とか聞こえる、山本以下小隊男性陣としては無自覚な生命の危機を脱しなければならなかった。

 しかし諸悪の根源である所の少女の声は、それでも遠慮と不安に揺れていて。

 

 

「でも、ボクの気持ちをちゃんと」

「伝わった! 青鸞サマの気持ちは俺達にもすげー伝わりました! なぁー古川クン!」

「は、はははははいいぃ!」

 

 

 ガックンガックン揺らされながら、整備士の青年を道連れに後退する山本。

 そしてそのまま古川の肩を抱きつつ、温泉の縁に足をかけ女湯側に背を向けつつ。

 

 

「うおおおおおぉぉ、日本万歳いいいいいいぃぃっ! ほらお前らもやろーぜ、青鸞サマが来なくても良いように!」

「「「応ッ!!」」」

 

 

 そして山々に響き渡る低音の日本万歳、それはどこか鬼気迫る勢いだったという。

 ちなみに、枢木青鸞とその護衛小隊の関係は。

 この日を機に、少しずつ間隔を狭めていったと言う。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そしてその数日後、青鸞は再び片瀬に召還された。

 だがそれは顔役についてでも、まして護衛小隊やナイトメアに関してでも、一斉蜂起に向けた他組織とのキョウト経由での繋ぎを求めるものでも無かった。

 藤堂や草壁ら幹部連も揃って、板張りの道場のような大会議室に揃っている。

 

 

 それは、ブリタニア帝国本国が全世界に向けて会見を行うためだ。

 ブリタニア帝国を敵としている者達にとって、その方針を示すだろうことには無関心ではいられない。

 ましてそれが、ブリタニア帝国の絶対君主、世界の3分の1を支配する大帝国の皇帝の会見となれば――――。

 

 

『人は――――……平等では、無い』

 

 

 白髪の巻き毛、鋼鉄の板のような厚い胸板、豪華な衣装に高く大きい身体。

 全ての者を見下すような眼には、地上を睥睨する鋭い光が宿っている。

 神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。

 

 

『生まれつき足の速い者、美しい者、親が貧しい者、病弱な体を持つ者……1人として同じ者はおらず、1人として並ぶ者もおらぬ。そう、人は――――……差別される為にこそある!!』

 

 

 たった一代で世界最強の軍隊を作り上げ、数々の侵略戦争によりブリタニア帝国を世界の3分の1を支配する大帝国へと成長させた鉄の男。

 かなりの高齢であるはずなのだが、それを感じさせない圧倒的な存在感。

 彼がその日全世界に対して行った演説は、息子クロヴィスの追悼演説などでは、断じて無かった。

 

 

 しかしモニター越しのその言葉に、聞く者は息を呑む。

 まるで目の前で話されているかのような錯覚を覚える、青鸞もまた着物に包まれた膝の上で無意識の内に拳を握ってしまっていた。

 息を詰める胸、世界最強の権力を持つ老齢の皇帝の言葉がそこに突き刺さる。

 

 

『不平等は……悪、では無い。平等こそが悪なのだ! そこにこそ進化が、強さが、発展が――――生まれるのだ!!』

 

 

 皇帝は言う、権利を平等にしてどうなる、富を平等にしてどうなる。

 そこに何かが生まれたか、否、ただただ停滞だけであると。

 不平等であるブリタニアこそが、ブリタニアだけが強者の道を歩み続け進化し続けるのだと。

 

 

(――――強ければ良いのか)

 

 

 それを聞き、仮面を被った黒髪の少年をそう思った。

 妹を守るために起ち、妹が安心して暮らせる「優しい世界」を求める少年は思う。

 強者が勝つのは良い、だが、強者の作る世界に弱者の居場所はあるのかと。

 もし無いのなら、そんな世界を自分は認めない、必ず破壊してやると決意して。

 

 

(――――弱いことは、いけないことなんだろうか)

 

 

 自分が仕えるべき皇帝の言葉に、茶色の髪の少年はそう思った。

 裏切り者と呼ばれ続けてなお、正しいルールに従って生きたいと願う少年は思う。

 飢餓、病気、汚職、腐敗、差別、戦争とテロリズム、繰り返される憎しみの連鎖。

 せめて、戦争とテロだけでも無くしたいと、世界をより良くしていきたいと願って。

 

 

(誰かが勝てば、戦争は終わる。そう、人は結果だけを求める。だから……最後には、俺が)

 

(間違った手段で得た結果に、意味は無い。だから僕は、父さんとは違う方法で……)

 

 

 2人の少年は皇帝の言葉に思う、自らが求めるもののために。

 そして、もう1人。

 少年2人とはまた異なる視点で、少女はそれを見ていた。

 

 

『――――戦うのだ!! 競い奪い獲得し支配せよ、その果てにこそ……未来がある!!』

 

 

 枢木青鸞がそれに対して受けた感想は、純粋な脅威。

 そして、拒絶。

 抵抗の意思、彼女はそれを持った。

 

 

 ブリタニアは良いだろう、戦いを仕掛ける側は、競い奪い獲得し支配する側は、その傲慢な腕を振るいたいだけ振るえば良いだろう。

 そこに、ブリタニアと言う国の発展が約束されているのだから。

 青鸞には、ブリタニアを壊す気も変える気も無かった。

 破壊でも変化でもない、ただただ純粋な抵抗の心がそこにあった。

 

 

 

『オオォォオルハァイルブリタアアァニアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!!!』

 

 

 

 皇帝の絶叫のような声がモニターから響き渡る、聞こえてくるのは臣下達の唱和だ。

 オールハイルブリタニア――――皇帝シャルルとブリタニア帝国の時代を象徴するようなその叫びが、まるで目前で響いているかのような錯覚と震えを解放戦線の大会議場に与える。

 それはまるで、ブリタニア帝国の強大さを全世界に教えているようにも見えて……。

 

 

 ……抵抗する。

 ブリタニアと言う傲慢な強者に対し、弱者として抵抗する。

 彼の国を変えようなどとは思わない、ただ日本人として戦い、海の向こうへと叩き返す。

 徹底抗戦、少なくとも現時点でその象徴となっているその場で。

 彼女は、青鸞はそのための声を作った、皇帝の言葉に反発を覚えるその感情のままに。

 

 

「……日本(にっぽん)

 

 

 つい数日前、彼女を守るために組織された者達と共に唱和したその言葉。

 彼らと確かに繋がった、そう思えた言葉を。

 それを、青鸞はその場に立ち上がりながら呟いた。

 何故か、モニターの向こうから響くブリタニアを称える声に掻き消されることも無く。

 

 

「万歳……!」

 

 

 青の着物を纏った少女の静かな言葉は、最初、空虚な響きすら感じられた。

 道場にも似た大会議室、そこに小さな少女の声が反響する。

 応じる声は、無い。

 

 

 否、いた。

 その男はズドンッ、と片足を床に立てると、そのままの勢いで立ち上がった。

 彼は若干横に太い巨体を持ち上げると、右手に刀の鞘を持ち、頭上へと掲げた。

 

 

「日本――――万歳ッ!!」

 

 

 草壁の怒鳴りつけるような大きな声が、場の空気を圧するかのような震えを帯びて拡散した。

 ビリビリと床板が震えたのは、錯覚ではないだろう。

 青鸞が驚いたような視線を向ける、すると草壁はいつものように鼻を鳴らして目を逸らした。

 そして、驚く他の一同を睨む。

 その目はこう言っていた、貴様らは小娘に遅れを取るのかと。

 

 

日本(にっぽん)万歳(ばんざぁい)っ!!」

 

 

 再び響く声に、今度は応じる声があった。

 日本万歳、オールハイルブリタニアの唱和に比べてまだ小さい、だが。

 それは徐々に、徐々にだが大きくなっていく。

 高揚する気分が伝播するかのように、青鸞と草壁の叫びはさらに高らかさと声量を増していく。

 

 

「日本、万歳……!」

「日本、万歳!」「日本万歳!」「日本万歳ッッ!!」

「日本万歳!」「くたばれブリタニア!」「帝国主義に死を!」「日本独立!!」「日本万歳、日本万歳ッ!」「日本万歳!」「日本解放!」「万歳!」「万歳ッ!」「日本万歳ッッ!!」

 

 

 その声は大会議場を制圧し、通路から各部屋へ、そして他の区画へと広がりを見せる。

 ナリタ連山それ自体が鳴動するように、国を失った日本人達の叫びが唱和する。

 その声は、決してモニターの向こうのブリタニアを称える声に劣るものでは無かった。

 

 

「日本、万歳ッ!!」

「「「「「日本、万歳ッッ!!!!」」」」」

 

 

 青鸞と日本人達の声が、ナリタ連山を揺るがす。

 だが、唱和だけ伍しても意味が無い。

 くだらぬ精神論は身を滅ぼすだけと、後世の歴史家達は賢しげに皮肉るかもしれない。

 それだけでしか対抗できない、哀れで小さな者達だと同情すら覚えるのかもしれない。

 しかし精神無くして物事を成し遂げられないのも、また事実だった。

 

 

 そのエネルギーは膨大であって、向ける方向さえ間違えなければ日本独立を成せるかもしれない。

 そしてその方向に皆を導いていけるのか、どうか。

 唯一唱和に参加せず、その場に座したままの藤堂はそれを考え続けていた。

 図らずも、日本人の中心にいる少女を見つめながら――――。

 




採用キャラクター:
ATSWさま(小説家になろう)提供:榛名大和。
ありがとうございます。
(そろそろ増えてきたので、いったん整理が必要かもしれませんね)。

 と言うわけで、今話の注目としては……。
 やはり草壁さんプッシュでしょうか、ひたすらプッシュしています。
 何故でしょう、最初はここまでプッシュするつもりは無かったのですが。
 加えて、青鸞のための護衛小隊を投稿キャラクターを中心に設置。
 着々と準備が整う中、そろそろ最初のターニングポイントです。


*以下募集、募集のため次回予告は今回はお休みです。

「雅さんの青鸞さま衣装募集」!
 青鸞の親戚筋の割烹着少女、雅の名を冠した募集となります。
 どんな募集かと言いますと、一言で言えば青鸞のコスチューム募集です。

雅:
「この度はお世話になります、雅です。
 私は青鸞さま、まぁつまりお嬢様の生活面をサポートさせて頂いているのですが、最近青鸞さまも成長期ですので、衣装の総替えが必要になって参りました。
 そこで、皆様に青鸞さまのお召し物などを用立てて頂きたいのです」

募集条件!
1:貴方(ユーザー)は枢木家御用達の職人・業者です。
2:和洋問わず、青鸞の衣服(下着から普段着、着物・ドレスまで)を募集。
3:衣服に限らず、料理・お菓子・装飾品など小物も物によっては採用。
4:投稿は1人3点まで、メッセージ投稿のみを受け付けさせて頂きます。
5:締め切りは3月11日18時までです、それ以降は受け付けませんのでご了承ください。
6:採用されるとは限りません、不採用のご連絡は致しませんのでご了承ください。
7:以前のキャラクター投稿に応募頂いた方に限り、自身の応募キャラクターの衣装案などを別枠で受け付けさせて頂きます(締め切りは同日時)。


 以上です、繰り返しになりますがメッセージ投稿のみとさせて頂きます。
 ハーメルン、あるいは「小説家になろう」にて竜華零までご投稿くださいませ。

それでは、失礼致します。


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STAGE7:「ゲットー の 凱歌」

 青鸞の朝は、基本的に肌寒さから始まる。

 彼女の部屋は解放戦線の士官が使用する部屋と同じ構造になっている、とは言えそこまで豪奢な部屋であるとは言い難かった。

 広さとしては、ちょっとしたワンルーム程度だ。

 

 

 ただ基本的には、個室の体裁を整えただけのベッドルームである。

 お風呂(天然の温泉を改造)とトイレ(男女別)は共用のため、文字通り簡易ベッドしか無い。

 青鸞には特別に衣裳部屋があるものの、それを除けばほとんど他の士官と同じ生活をしていた。

 まぁ、士官でも藤堂や草壁などの高級幹部になれば専用の執務室があるのだが。

 

 

「……ん……」

 

 

 繰り返すようだが、青鸞の朝は肌寒さから始まる。

 自然の陽光が入ることが無い地下の室内、空調が入っていない時などは特に冷える。

 肌の感覚が敏感なのか、肌寒さを感じた時に彼女は目を覚ます。

 なぜ寒さを感じたら目を覚ますのか、それは単純に言ってそれくらいでも無いと風邪を引くためだ。

 

 

「……んー……」

 

 

 大して柔らかくも無い寝台の上で、黒髪の少女が上半身を起こす。

 はらりと肌の上を毛布が滑り落ちれば、薄暗い中に白い裸身が浮かび上がった。

 途端、やはり寒さを感じてブルリと身を震わせる青鸞。

 自分の身体を抱くように回した手には、冷え切った肌の冷たさが伝わってくる。

 

 

 見れば下着も身に着けていない、全て寝台の下に落ちていた。

 白の襦袢と朱色の帯、そして上下の下着の一式……今朝は何故か枕のカバーまで剥かれている。

 別に誰に脱がされたわけでも無い、少女が寝ている間に自分で脱いだのである。

 肌寒さと共に目覚める青鸞は、だいたい次の一言で一日を始める。

 

 

「……また、やっちゃった」

 

 

 枢木青鸞、未だ寝ている間に脱衣する癖は直らず。

 彼女は溜息を吐くと、するりと寝台から降りて、散らかした衣服の片づけを始めたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あら、お兄様。おはようございます、もしかして私の顔を見に来てくださったんですか?」

「……いや、そう言うわけでは」

「んもぅ、そんな困った顔をなさらないでくださいな。冗談です、冗談」

 

 

 青鸞が目を覚ましてからちょうど一時間後、青鸞の部屋の前ではそんな会話が繰り広げられていた。

 声の主は雅であり、そして彼女の前に立つ軍服姿の大和だった。

 共に榛名の姓を持つ兄妹であって、キョウトの分家筋の出である。

 キョウトの家から、青鸞に半分同行する形でついてきた2人だ。

 

 

 ただ兄はナイトメアパイロット、妹はスタッフ扱いで青鸞に付いている少女だ。

 これまでナリタでも会うことはほとんど無かったのだが――それこそ、夜寝る時くらいなもので――大和が青鸞の護衛小隊に配属になってからは、こうして昼間でも会う機会が増えたのだった。

 雅は仏頂面で固まる兄に苦笑を浮かべると、衣装袋らしき荷物を抱えたままで後ろを示した。

 

 

「青鸞さまならお着替えもお済みだから、もうすぐ出てきますよ」

 

 

 ほら、と雅が言う間に士官用の部屋の扉が開き、中から薄い青の着物に身を包んだ青鸞が姿を現した。

 今日の着物は淡く華美すぎない色合いで、季節の花々を複数あしらい、シュガーピンクやクリーム、ベビーブルーといった優しい重ね色が愛らしい雰囲気の物だった。

 控えめな金彩が、着物の上を彩る花々を落ち着かせながらも華やかせている。

 青鸞は大和の姿を認めると、着物の色と同じような淡く微笑んで。

 

 

「大和さん、おはよう。皆は?」

「……食堂前に集合している」

「そっか、じゃあ雅、行って来るね」

「はい、行ってらっしゃい、青鸞さま。あ、そうだお兄様、行ってらっしゃいのキスを……」

 

 

 危ない会話だなぁ、と思いつつ、青鸞は現代的な通路を大和と共に歩き始めた。

 彼女と護衛小隊の面々は、一週間前に湯を共にして以降――これも危ない表現だが――可能な限り、共にいる時間が増えていた。

 朝食の時間もその一つで、なるべき皆で食べようと言うことになっている。

 同じ釜の飯を食う、と言う奴であろうか。

 

 

 しかし実際、この一週間の青鸞は比較的充実した毎日を送っていたとも言える。

 藤堂による自分の訓練に始まり、護衛小隊の演習訓練、草壁教導の下での指揮官訓練、裏向きでの他の反体制組織への顔見世、その他諸々、忙しなくも多忙な毎日を過ごしていた。

 まさに、自室に戻れば倒れて眠るだけの日々だった。

 

 

「皆、おはようございます!」

 

 

 食堂入り口で整列して待っていた護衛小隊の面々に声をかければ、シフトの関係で来れていた十数人のメンバーが挨拶を返してくれる。

 以前に比べれば、青鸞の口調も柔らかだ。

 「青鸞」程ではないが、「枢木」と言う程他人行儀でも無い。

 青鸞は今とても充実していた、目標を共にする仲間と切磋琢磨する環境の中で。

 

 

 ……だが日本解放戦線全体で見てみると、実はこの時期、少々苦しい状況に立たされている。

 それは日本解放戦線と言う組織の求心力に関わる問題であり、果ては日本の独立にも関わってくる問題だった。

 ブリタニア帝国第2皇女、コーネリア・リ・ブリタニア。

 新たにエリア11総督に就任した彼女の手によって、今、エリア11の反ブリタニア武装勢力は大きく動揺していたからである――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 エリア11「前」総督クロヴィス・ラ・ブリタニア暗殺の直後、エリア11は俄かに活気付いていた。

 前向きにでは無く、後ろ向きにである。

 最も、それはエリア11を統治するブリタニア側にとっての話ではあるが。

 

 

 しかし無理も無いだろう、世界最強の軍事力を持つ超大国ブリタニアの正規軍、全ての反体制派組織にとって絶望的なまでに強大な敵、心のどこかで敵うはずが無いと思っていた相手。

 それがシンジュクにおいてゲットー規模のレジスタンスに壊滅寸前に追い詰められた上、総督の暗殺と言う不名誉を防げず、首謀者を名乗る「ゼロ」を捕らえることも出来ず……。

 

 

「ブリタニア、恐れるに足らず」

 

 

 日本中の反体制派組織が勢いづき、活動を活発化させ始めた。

 チュウブの「サムライの血」「大日本蒼天党」、ホクリクの「至誠の党」「日本自衛連合」、ホッカイドウの「新人民軍」、キュウシュウの「葉隠」……日本に数多ある組織が、フクシマ、コウチ、ヒロシマの各租界や軍施設に対して攻勢を強めてきたのである。

 それは一時的にしろ統治軍参謀府の参謀達の肝を冷やし、あわや一斉蜂起かと危惧させたのである。

 

 

 ――――だが、「彼女」はそれを許さなかった。

 

 

 世界最強を誇るブリタニア軍の中にあって、真の意味で唯一上位皇族に率いられている一軍がある。

 皇帝直属のナイトオブラウンズ、帝国最強の騎士達が率いる部隊を除けばブリタニア最強であろう最精鋭の軍――――コーネリア軍。

 特にエリア18、最近ブリタニアの版図に加えられた中東地域の国を攻め落とした時の手腕などは、世界屈指の軍事的手腕と皇帝に言わしめた程である。

 

 

旧時代の遺物(テロリスト)に容赦などいらぬ、ただ制圧あるのみ!』

 

 

 チュウブ軍管区のとある山岳地帯、通信機のマイクを通じてコーネリアの声が響き渡る。

 そこはチュウブ最大の武装勢力「サムライの血」のアジトであり、彼らはナイトメアを保有しないまでも大量の武器を保有し、一帯に勢力圏を築いていた。

 その彼らを、コーネリアは僅か1時間で制圧してしまったのである。

 

 

 ボリュームのある紫の髪、美貌を冷たく彩る紫のルージュ、真紅の軍服に白のマント。

 コーネリア軍最強のナイトメアパイロットであり、指揮官。

 彼女を戴くコーネリア軍は、戦女神に率いられた神代の軍の如く瞬く間にエリア11を席巻した。

 これによって、活性化しかけたエリア11の反体制派組織の勢いは完全に削がれることになった。

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!」「オール・ハイル・ブリタニア!」「オール・ハイル・ブリタニア!」

「「「オール・ハイル・ブリタニア!!」」」

 

 

 帝国を称える、そしてコーネリアを称える叫びが日本中に満ち溢れた。

 ナイトメアのコックピットを開き、マントをたなびかせながら彼方を見るコーネリアの姿に、ブリタニアの兵士達は歓呼の叫びを上げて迎え入れたのである。

 

 

「ここにもいなかったか……だが、待っていろよゼロ。必ずその仮面を引き剥がし、義弟クロヴィスの墓前に供えてくれる」

 

 

 エリア11は今、かつてない戦乱の気配に覆われていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 午後に入り、青鸞は片瀬の召還を受けた。

 最近は特に多い、徐々にだが青鸞の顔を前面に押し出すようになってきているためだ。

 通常なら危険も多いのだが、幸か不幸かブリタニア軍の目は「ゼロ」に向いている。

 またキョウトの協力である程度の情報操作も可能なため、存在を隠しながら活動することが出来る。

 

 

「ゲットーの周回、ですか」

「うむ、関東北部のゲットーを回り、各ゲットー組織を解放戦線に繋ぎ止めてきて欲しいのだ」

「なるほど……」

 

 

 関東――トウブ軍管区には、シンジュクの他にも無数のゲットーがあり、そのそれぞれに反ブリタニアを掲げる武装勢力が存在する。

 その多くはシンジュクのグループも含めて日本解放戦線の下部組織のような扱いを受けていて、武器の援助や人員の訓練などを通じて繋がりを維持している。

 これはもちろん、将来のトーキョー租界への進軍を見据えての活動である。

 

 

 アカバネ、ジュージョー、トダ、サイタマなどのゲットーを巡るこの活動は、日本解放戦線では新人の幹部が行う活動としても認識されている。

 つまり青鸞は今、幹部相当の存在としても研修を受けている身なのである。

 片瀬の横に座る藤堂の顔を窺えば、相変わらず正座して目を閉ざして動かない。

 

 

「行動の際には、新設されたばかりの護衛小隊を使うと良い。ちょうど良い機会だ、実地で経験を積むのも悪くはあるまい……特にお前はシンジュク事変以来、ゲットーの状況について気にしているようであったしな」

「はい、お気遣いありがとうございます。関東北部のゲットーを回り、日本解放戦線と良く連携するよう説いて回ることと致します」

 

 

 板張りの床に指をつき、静々と青鸞は頭を下げた。

 その後二言三言の言葉を交わした後、青鸞は草壁への報告のために部屋を辞した。

 教導役が草壁であるため、彼女の行動について報告しないわけにはいかないのである。

 まぁ、それが無くとも最近は青鸞と草壁の距離が縮まっているようにも見えたが……。

 

 

「……やはり、お前は反対か、藤堂」

「…………」

 

 

 結局、最後まで言葉を発しなかった藤堂に、片瀬は溜息を吐いて見せる。

 藤堂は目して語らない、賛成とも反対とも告げない。

 必要なことだと納得しているのか、それとも逆なのか。

 実の所、藤堂としても難しい部分だったのだ。

 

 

「……コーネリア率いるブリタニア軍の大攻勢によって、日本中の組織の頭が押さえつけられてしまっている。すでに広報部には何十本もの救援要請の連絡が入って来ている、いろいろ言っているが、要するに我々に「見捨てないでくれ」と泣きついてきているのだ」

 

 

 呟きのような片瀬の言葉に、藤堂もここは頷きを返した。

 事実だったからだ。

 コーネリアが新総督として赴任してまだそれほど時間も経っていないが、にも関わらずコーネリア軍は旧統治軍の軍制改革を断行すると共に各地のテロリスト掃滅で実績を上げつつあった。

 特にチュウブとホクリクにおいて、その勢いは強い。

 

 

「ここに来て、各地の組織からも懸念の声が出ている。ここで各地の救援要素を全て無視したのであれば、我らの戦力が整ったとしても、各地の組織と連動しての一斉蜂起が不可能になってしまう。それは、戦略的にかなり不味い……」

 

 

 それにも頷く、確かにその通りだ。

 時には戦略的・戦術的に不必要なこともしなければならない、各地の組織の目を日本解放戦線に向け続けるためにも、このあたりで何らかの動きをする必要はあるだろう。

 日本解放戦線としては、それで良い。

 

 

 だが、青鸞はどうだ。

 仲間として、組織の顔として不足を感じたことは無い。

 彼女の意思も日本解放戦線と共にある、それも良い、それが本人の選んだ道ならば。

 だが、もしその判断の材料となっている情報そのものが……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 3日後、青鸞の姿はトーキョー租界の北、トダ・ゲットーにあった。

 アカバネ、ジュージョーなどのゲットーを経由しての現地入りで、シンジュク・ゲットーとそう変わらない廃墟に古びたトレーラーが2台入り込んでいる。

 青鸞とその護衛小隊の面々であって、彼女らはそこで現地のレジスタンス組織のメンバーと会談の席を持った。

 

 

「いや、本当に助かったよ。もう本当にどうしようかと……本当に、本当に」

「いえ、共にブリタニアと戦う仲間として当然のことをしただけです」

 

 

 トレーラーから運び出されるダンボールの中身は、大部分が医薬品だ。

 ゲットーは不衛生なため疫病が流行しやすく、ワクチンのあるなしはまさに死活問題。

 今回、青鸞達がナリタから運び込んだ医薬品は、このトダ・ゲットーに住む者の生命を一部なりとも救うはずだった。

 

 

 とはいえ、実は量自体はそこまででは無い。

 医薬品はナリタでも貴重だし、何よりキョウトからの横流し品とブリタニア軍からの強奪品が多いせいで偏りもある。

 しかしそれでも、各地のゲットーを支援していると言う姿勢を示す必要があったのだ。

 

 

「いや、しかし本当だったんだな……いや、本当に」

「……?」

「お、いや。噂には聞いていたんだ、本当、日本解放戦線に小さな女の子がいるって、本当だったのか」

 

 

 トダ・ゲットーの責任者――レジスタンスグループ「ムサシ連合」のトップ――の男は、濃紺のパイロットスーツの上に深緑の軍服の上着を羽織った姿の青鸞を上から下までしげしげと眺めた。

 レジスタンスを名乗る割に優しげな風貌なのは、元々法学者だったという経歴のためかもしれない。

 

 

「その、こんなことを聞くのは本当に失礼かもしれないんだけど。気分を悪くしたら本当申し訳ないんだけど、どうしてキミみたいな子が日本解放戦線に……いや、本当余計なことなんだけど」

 

 

 もしかして「本当」と言うのは口癖なのだろうか、内心で頬に一筋の汗を流す青鸞だった。

 しかし表の表情には露ほども出さず、完璧な「枢木」としての微笑を見せる。

 キョウトで叩き込まれた礼儀作法は、こんな時にも抜けることは無い。

 

 

「今は亡き枢木首相の遺志を継ぎ、日本独立を目指し戦うのは、日本人として当然のことだと考えています」

「枢木首相……か。じゃあ、もしかしてあの噂も本当に……」

「はい」

 

 

 胸に手を当てて正面から向き合い、青鸞は首肯しつつ。

 

 

(ワタシ)の名前は、枢木青鸞と申します。今後、何かとお世話になることもあるかと思いますので……どうぞ、お見知り置きを」

「枢木……! そうか、本当に。でも確か、ニュースで見たスザクとか言う子は前の総督を」

「……いえ、それは間違いだったようです」

「そ、そうか。いやでも本当、枢木首相のご息女が解放戦線にいるって噂は前々から聞いてて、うちのゲットーの中でも本当、皆が待ってたんだ。もしかしたら日本を解放してくれるんじゃないかって、本当に」

 

 

 ズシリ、と、青鸞は己の肩に奇妙な重みを自覚した。

 それはスザクの名が出たためか、それとも他の理由なのか。

 

 

「……?」

 

 

 この時の彼女は、まだ、わかっていなかった。

 

 

「でも、そう言うことならうちは大歓迎だ、本当に。これからも協力させてもらう、本当言えば、うちみたいな弱小組織に何が出来るのかはわからないけど、本当ね」

「いえ、その言葉だけで十分です」

 

 

 自分の両手を取ってペコペコと頭を下げてくる相手に、青鸞はあくまで綺麗な笑みを浮かべている。

 そして安堵する、自分を受け入れてもらえたことに。

 しかしその笑みや謙遜を述べる唇は、いつもに比べれば若干固さがあったような気がした。

 

 

「いやー、うちの青鸞サマはあの年で凄いな本当。おっと、あの兄さんの口癖が移っちまった」

「それは良いが、アンタ外にいなくて良いのか?」

 

 

 1台目のトレーラーの運転席、運転手の青木は隣でシートに沈んでいる山本を呆れたような目で見やった。

 もちろん彼もパイロットスーツ姿だ、万が一に備えていつでも出撃できるようにしなくてはならない。

 ちなみに彼以外の人員は外にいる、佐々木や上原などが2台目のトレーラーから医薬品を搬出したりしている様子を青木はミラーで確認していた。

 

 

 まぁ、良い方だと思う。

 アカバネでは枢木の名前を出しただけで非難が巻き起こって、かなり苦労した。

 下手を打てば私刑(リンチ)に合う所を、日本解放戦線の名前を前面に立てて何とか事なきを得たのである。

 アレはヤバかった、かなり。

 

 

「一緒の隊になってもう10日だけど、アンタ働かねぇなぁ……」

「まぁ、ヒナとかがやってくれるし。最後のハンコ押して責任とってりゃ良いだろぉ」

「まぁ、お嬢の部隊だから多くは……お?」

 

 

 その時、ハンドル横の通信機から砂嵐のような音が響いた。

 青木が腕を伸ばして周波数を合わせにかかると、意外とすぐに音が安定してきた。

 そしてそこから流れてきた声を聞いた後、青木は窓から身を乗り出して「お嬢」こと青鸞を大声で呼ぶことになる。

 

 

『……ちら……タマ・ゲットー、周辺組織……至急……!』

 

 

 それは、助けを求める悲痛な叫びだった。

 

 

『……サイタマ・ゲットーに、ブリタニア軍が……!』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 サイタマ・ゲットーは、100万人のイレヴンが居住する大規模なゲットーだ。

 人口は力だ、自然、そこに生まれるレジスタンスは比較的強い力を持つようになる。

 ヤマト同盟と言うのがその名前で、ゲットー住民の半数以上を協力者に持つ組織だ。

 ゲットー系組織の中では比較的大規模で、それ故にブリタニアもおいそれとは手を出せなかったのだが……。

 

 

「テロリスト、及びテロリストの協力者を殲滅せよ」

 

 

 大きな蜘蛛を思わせる形状の紫の地上空母、G1ベースの指揮シートの上でコーネリアはそう告げた。

 場所は先に述べたサイタマ・ゲットー外延部の入り口、ボリュームのある紫の髪を肩に流しながら、真紅の軍服に身を包んだ新総督は何の感情も見せない顔で殲滅を部下に命令した。

 それは、事実上の虐殺命令だった。

 

 

 ゲットーを多数の戦力で包囲し、ナイトメアと戦車で押し潰し、歩兵部隊を進めて圧倒的な火力でテロリストごと住民を焼き払う。

 それはまったく同じだった、シンジュク事変の焼き直しと言っても良い。

 当然だ。

 むしろ、それがコーネリアの狙いだったのだから。

 

 

「本当に、来るでしょうか……」

「来るさ、ゼロは劇場型の犯罪者だ。場所と時間までニュースで流して招待状を出した以上、来ざるを得ないだろう。まぁ、ゼロが私の予想より臆病者だったら無駄骨だが……」

 

 

 幕僚の言葉に、コーネリアはむしろ涼しげな笑みさえ浮かべてそう答えた。

 傍らの2人の腹心――ギルフォードとダールトン――はそんな彼女を頼もしそうな目で見ている、そこにはコーネリアの手腕に対する絶対の信頼があった。

 ここで勘違いしてはならないのは、コーネリアは必ずしもブリタニア至上主義者では無いということだ。

 

 

 コーネリアにとってはナンバーズ、つまりイレヴンも「守るべき帝国の民」であり、本国出身者と区別はしてもことさら差別するつもりは無かった。

 では何故、今サイタマ・ゲットーで前総督クロヴィスを思わせる虐殺を行うのか。

 簡単だ、目の前にいるのが「帝国臣民」になるのを拒絶した「日本人」、つまりイレヴンにすらなれない者達だからだ。

 

 

「ふ……フォアドン隊、シグナルロスト!」

 

 

 そしてもう一つは、シンジュク事変と同じ展開を作ることでゼロを誘き寄せることだ。

 軍事作戦の場所と時間をニュースに流すという異例の手段でサイタマ・ゲットーの状態を知らせ、来るなら来いという体制を整えた。

 つまり、罠である。

 義弟を殺したテロリストを、返り討ちにするために。

 

 

「――――来たか」

 

 

 そう呟くコーネリアの目には、机型の戦略パネルの前で各部隊を動かす参謀達の背中が見える。

 先程まで順調にサイタマ・ゲットーの制圧を進めていた彼らが、俄かに動揺し始めたのをコーネリアは見た。

 味方機や味方部隊の撃破報告が増え、鹵獲されたらしいナイトメアで武装したテロリストが戦線を押し上げてきたのだ。

 

 

 ブリタニア軍の通信空間は兵達の救援を求める声で満ち、それまで散発的な抵抗しか出来ていなかったテロリスト側の動きは秩序だった物へと変化していた。

 明らかに、優秀な指揮官が登場したことを示している。

 それも急に、イレギュラーに……シンジュク事変の時のように。

 

 

「ああ、来てやったさ」

 

 

 そして、コーネリアの呟きに応じるように少年の声が響く。

 狭苦しいコックピットの中、ブリタニア兵の防護服に身を包んだ彼は口元に悠然とした笑みを浮かべた。

 目の前には、血と硝煙が漂う戦場が広がっているというのに。

 

 

「……コーネリア、麗しの我が姉上」

 

 

 黒髪の少年は、むしろ嬉しげにそう告げたのだった。

 左の瞳に、赤い虹彩を放ちながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 東で変事ある時、西ではその対応を協議する者達がいる。

 キョウト六家、エリア11に生きるイレヴンの中でも富裕層に位置する者達である。

 戦後速やかに名誉ブリタニア人資格を与えられ、他のイレヴンに比べ豊かな生活を享受してきた彼らは、しかしその裏で反体制勢力へ資金や武器を流している……。

 

 

 その彼らは、キョウトのある屋敷の地下に集まっていた。

 御簾の向こうで議論をただ見ている神楽耶を除けば、5人で明かりを囲んで密談をしている形になる。

 それは彼らのいつものスタイルであるのだが、今日に限ってはいつもと同じ雰囲気と言うわけでは無かった様子だった。

 

 

「……まさか、コーネリアがこれ程とはな……」

「サムライの血にも、ナイトメアを回しておくべきでしたかな」

「いや、あれだけの規模の軍が相手では5機や10機のグラスゴーや無頼では支えきれまい」

「政庁に入れておいた根も、新総督赴任直後の軍制改革の煽りを受けて動きが……」

 

 

 彼らはこの7年間、クロヴィス施政下の政庁や各軍管区のブリタニア人官僚や軍人を相手に買収を進めていた。

 その根はかなり深い所にまで伸びていて、得た情報を反体制派組織に流したり、あるいはブリタニア軍の払い下げの兵器や物資をゲットーのレジスタンスに流したりと細工を施していた。

 軍の捜査網を恣意的に乱し、反体制派組織のアジトの発見を遅らせたり隠蔽したりもした。

 

 

 そうして日本側の力を保ち、ブリタニアの施政に穴を開け、少しずつ少しずつその根っこを腐らせて来たのが彼らである。

 表向きはブリタニアの統治に協力しつつ、裏では統治と言う強固な壁に水漏れを起こさせていたわけである。

 だがそれも、コーネリアと言う新総督によって一度に引っ繰り返されつつあった。

 

 

「……手を尽くしてはいるが、政庁の情報的な防壁はいっそう高くなっておる」

「参謀府はどうだ、アレは独自の人事系統を持っていたはずだろう」

「ミューラーか、しかしアレも大して役には……」

「こうして見ると、前総督の暗殺は痛かったですな。あのゼロとか言う……」

 

 

 ゼロ、その名前に反応したのは他の誰でもなく、御簾の向こうに座る神楽耶だった。

 それまで穏やかな色を浮かべて大人達の議論を聞いていたのだが、ゼロの名を聞いた途端、細められた瞳の奥に光が生まれた。

 密やかでありながら、どこか剣呑な輝きだった。

 

 

「……まぁ、今後はブリタニアの攻勢も強まるということであろうな」

 

 

 そして沈黙を保っていた老人、桐原の言葉でその場に溜息が生まれる。

 それ程までに、コーネリアとその軍は強大だった。

 世界各地で各国の正規軍を粉砕した最強の将と軍、下手を打てば反体制派組織は壊滅してしまう。

 それは、そう、あの日本最大の反体制派武装勢力、日本解放戦線をも含めて――――。

 

 

「何、手はいろいろある。相手が正攻法で来るなら搦め手を使えば良い、とは言え……」

 

 

 日本解放戦線は、どちらかと言えば「正攻法」の組織だ。

 そう言う意味では危うい、さてどうしたものか。

 桐原としては、ここで「搦め手」として利用できる他の組織を見出したい所だった。

 とは言え……。

 

 

「枢木の娘は、どうするつもりですかな」

「それよ、さて……早くは無いと思っていたが、多少ハズれたかもしれんな」

 

 

 カカカ、と笑って、桐原は自分の顎を撫でた。

 勝敗は兵家の常、とは言え、失うわけにもいかない。

 桐原としては悩み所だが、さて。

 

 

「――――アレの器を知る、良い機会でもあろうの」

 

 

 どうなるか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 サイタマ・ゲットーに、ブリタニア軍来襲。

 その情報がトダ・ゲットーの青鸞達に伝わったのは、攻撃開始から30分後のことだった。

 青木のトレーラーがその電波を拾うことが出来たのは、奇しくもコーネリア軍がゼロを誘き寄せるためにあえて電波妨害を行わなかった結果だった。

 

 

 サイタマ・ゲットーからの救援を求めるその通信(ひめい)を受けた青鸞は今、自身の無頼の中にいた。

 トレーラーに格納されたその無頼の顔のセンサーパーツが開き、暗号化された信号を飛ばして遠方と通信を繋げている。

 ディスプレイに映る相手は、もちろんナリタ連山の片瀬と藤堂である。

 

 

『サイタマ・ゲットーのことについては、こちらでも確認した。まぁ、まさかああまで大々的にニュースに流されるとは思わなかったが……』

 

 

 通信画面の向こう、片瀬が唸るように言葉を紡ぐ。

 あまりにも堂々と発表されたので、逆に罠を疑っていた所だったのだ。

 しかし現実に、コーネリアは一軍を率いてサイタマ・ゲットーを包囲殲滅しようとしている。

 片瀬としては、頭の痛い問題だった。

 だがとにかく、今は対応手を考えねばならなかった。

 

 

『とにかく、予定のサイタマ・ゲットー行きは見合わせよう。青鸞嬢は部隊を率いてナリタへ……』

「……それが、どうもそうもいかないようでして」

『移動手段に何らかの不具合でも?』

「トレーラーには問題はありません、ただ……」

 

 

 そこで、青鸞は外の音を聞くように目を横へと動かした。

 コックピットは閉じ切っていないので、トレーラーの外から人々のざわめきのような声が聞こえるのである。

 

 

「トダ・ゲットーの人達は、(ワタシ)達がサイタマ・ゲットーの救援に赴くものと信じているようなんです」

 

 

 日本解放戦線は、日本最大の反体制派武装勢力。

 ここがブリタニアと戦わずして誰がやるのかと、日本中が信じている。

 シンジュク事変は介入の時間も無かったからともかくとして、今回は違う。

 ニュースにまで出ていて、しかも付近に直属部隊がいる。

 これで助けに行かないなどと言えば、それは大変な意味を持つことになるはずだった。 

 

 

『もしかしたら日本を解放してくれるんじゃないかって』

 

 

 先程も、トダ・ゲットーの責任者がそう口にしていた。

 日本解放への期待、そして同時に疑惑。

 ゼロと言う新参者がブリタニア軍を引っ掻き回している昨今、その存在価値が改めて問われているのだとも言える。

 

 

『……青鸞』

 

 

 聞き慣れた藤堂の低音の声が、青鸞の耳朶を打つ。

 青鸞が考えているようなことは、おそらく藤堂も考えているだろう。

 ついでに言えば、藤堂の方がより深く。

 それは、8年間と言う時間を共有した青鸞にもわかる。

 

 

 だからこそ、青鸞には藤堂がこれから言うだろうこともわかるのだ。

 撤退しろ、時期では無い、多勢に無勢、勇気と無謀を取り違えてはならない。

 わかる、わかっている、それはわかる、だが。

 今、ナリタにいる藤堂には聞こえていない声がある。

 現場にいる青鸞にしか、彼女の仲間達にしか聞こえていない声がある。

 

 

「――――片瀬少将、藤堂さん」

 

 

 ……日本を称える声が聞こえる、日本解放戦線を称える声が聞こえる。

 日本の独立を取り戻してくれと叫ぶ声が聞こえる、見捨てないでくれと叫ぶ声が聞こえる。

 シンジュク・ゲットーで会ったレジスタンスのメンバーも、確か似たようなことを言っていた。

 日本解放戦線は、時期を待つとか何とか言って、結局はナリタの安泰を目的にしているのでは無いか、と。

 

 

 それは、ある意味においては正しい。

 日本解放戦線が滅びるようなことがあれば、日本の反ブリタニア闘争は終わる。

 だからこそ、ある程度は自己保存に気を配らなければならない。

 だが、それも度が過ぎれば自己の存在否定になりかねない。

 まさにそこが片瀬の頭の痛い所であって、疲労を感じる所でもあろう。

 

 

「……シンジュク事変の時、(ワタシ)は、(ワタシ)達は何も出来ませんでした。何かをしなければならなかったのに、何も出来ませんでした」

 

 

 直に人々の聞いている青鸞だからこそ、感じる。

 背中を熱の塊に押されているかのような、そんな熱気に吐き気さえ覚えそうになる。

 酔って、しまいそうなくらい。

 千葉などは、それでも恨まれる筋合いは無いと言っていたが。

 

 

「もしここで、サイタマ・ゲットーに対しても何もしなかったら……ゲットーの人達は、(ワタシ)達をもう、信じてくれなくなるような気がします」

 

 

 脳裏に浮かぶのは、草壁の言葉。

 動き続けなければ、抵抗の旗を掲げ続けなければ、終わりだと。

 あの言葉が、青鸞は何故か忘れられなかった。

 抵抗、それをやり続けるという理念、「徹底抗戦」。

 

 

 ふと、青鸞は膝の上に畳んで置いている軍服の上着を見下ろした。

 その上着のポケットから、白い布が覗いている。

 ハンカチだ、きちんと手洗いされた後、乾かされている物。

 借り物だが、何となく常に持ち歩いている。

 

 

「だから、お願いです、片瀬少将。何かさせてください、ゲットーの人達の心を日本解放戦線に繋ぎ止めるためにも、何かを」

 

 

 正面から戦って、勝てないことはわかっている。

 だからせめて、勝てないことを前提に何かをしたかった。

 外から聞こえる期待と疑念の声に、応えたかった。

 自分達は、日本の解放と独立のために戦っているのだと。

 ブリタニアの不正義を正し、日本人を守るために戦う集団なのだと。

 

 

「お願いします」

 

 

 画面の向こうに向けて、青鸞は頭を下げた。

 頭を下げてどうにかなる問題とは思えないが、とにかく下げた。

 実際、現場で、肌でゲットーの人々の視線と空気を受けた青鸞には、そうするより他の選択肢が。

 

 

『……お前の手元には4機のナイトメアしか無い、しかも敵はブリタニア最強を謳われるコーネリアの直属軍だ』

「……はい、勝てるとは思っていません」

 

 

 事実だった、勝利を得るのは不可能だ。

 

 

『小隊の者達も、命を危険に晒すことになる』

「……はい」

 

 

 これも事実だった、戦えば仲間の命が危険に晒される。

 誰かが失われるかもしれない、それが戦争だ。

 これまでも、青鸞の目の前で仲間が倒れたことなど何度でもある。

 日本人が殺される様を、何度も何度も何度も見てきた。

 でも。

 

 

「でも、今何かしないと……何も出来なくなりそうで、怖いんです」

 

 

 だから。

 

 

「ボク達に、行かせてください」

 

 

 青鸞のその言葉に、画面の向こうで藤堂がやや俯いた。

 何事かを思考している顔だった、考えているのだろう。

 日本の独立派や反体制派の人々の信頼を繋ぎ止め、そのための材料としての軍事的勝利をここで得るべきなのかどうか。

 

 

 もしサイタマ・ゲットーを見捨てた場合、日本解放戦線の下部組織の大半はどう思うか。

 ブリタニア軍に攻撃された時、時期が来ていないとの理由で見殺しにされるのではないだろうか。

 そう思われることを防ぐために、あえて今、ブリタニア軍と戦うべきなのか。

 仮に今、戦闘を回避したとして……その後、失った信頼を取り戻すことが出来るのか。

 独立派が屈し、解放戦線だけが生き残ることを防ぐために。

 

 

『……策はあるのか?』

 

 

 青鸞は一瞬、勢いよく顔を上げて藤堂の顔を見て、叫びように言葉を叩き返しそうになった。

 しかしそれをすんでの所で堪えて、深呼吸を一度。

 そして、ゆっくりと彼女は話し出した。

 

 

「サイタマ・ゲットーのレジスタンス組織からの救援通信によると、埼京線が装甲列車で……なので――――」

 

 

 経験不足故か、青鸞の考えは所々に穴がある。

 しかしその穴は藤堂が埋めて、修正を加えて作戦行動を最終決定した。

 その作戦は、ブリタニア軍への勝利を目的としたものではなく……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 戦闘開始から2時間、「ゼロ」は危機的な状況に陥っていた。

 彼は今、ある方法で敵から奪ったサザーランドのコックピットの中にいた。

 そこからヤマト同盟と言うサイタマ・ゲットーのレジスタンスに指示を出し、コーネリア軍を壊乱させていたのである。

 

 

 テロリストを動かして装甲車を奇襲し、橋を落とさせて部隊一つを丸ごと川底へ沈め、鹵獲したサザーランドを与えてブリタニアのサザーランド部隊を粉砕し、後は詰めチェスのようにコーネリアに迫れば……と、言う所まで来ていた。

 コーネリアがテロリストによる被害を嫌い、あっさりとゲットー外縁まで撤退したのも好都合だった。

 まさに、シンジュク事変の焼き直しのような状況だった。

 

 

『全てのパイロットに命令する――――コックピットを降り、顔を見せよ!』

 

 

 そして、コーネリアのこの命令である。

 サザーランド部隊に潜り込み、コーネリアのいるG1ベース目前にまで迫ったゼロ。

 大将首を目前にして、彼は人生最大の危機に陥ることになった。

 周囲を多数のブリタニア軍に囲まれる中で、顔を見せろと言われたのである。

 

 

 見せられるわけは無い、だが見せなければどの道テロリストとして攻撃される。

 ヤマト同盟は動かせなかった、何故なら半分がコーネリアの直接指揮の下――それまでは参謀達に任せていた――半数が撃破され、残り半数はコーネリアの親衛隊に恐れをなして投降しようとした所を虐殺されて大打撃を受けた。

 つまりこの時点で、ゼロの手元には兵力がほとんど存在しなかった。

 

 

(それでも、懐に潜り込めれば……!)

 

 

 仮面の無い顔に手を添えて、左眼に触れながらゼロは唸った。

 G1ベースにさえ肉薄できれば、後はどうとでも出来る能力が彼にはあった。

 だが、この状況では……。

 

 

(どうする、パイロットを確認している親衛隊はナイトメアから出てこない。直接、目を見なければ……!)

 

 

 そして、彼の機体の隣のナイトメアのパイロットのコックピットが開いた。

 次だ、ゼロの心臓が大きく脈打つ。

 打開策を見出せないまま、彼は自身の背中に冷たい汗が伝うのを感じた。

 

 

 一方、コーネリアは会心の笑みを浮かべていた。

 クロヴィスの時の状況を考えれば、ゼロが何らかの方法で自分に肉薄してくることは確実。

 そして自分がゼロならば、自軍の兵士に紛れ込んでくるだろうと踏んだ。

 まぁ、それが当たっているかどうかはまだわからないが……。

 

 

「さて、いるのかなゼロ……」

「コーネリア……ッ!」

 

 

 2人の声が距離を置いて重なった、その時だった。

 ゼロのサザーランドの前に親衛隊のナイトメアが屹立する直前、敵味方問わず、オープンチャネルである声が響き渡った。

 ゼロを誘き寄せる目的で電波妨害を行わなかったため、それは非常にクリアにゲットー中に響いた。

 

 

『こちら、日本解放戦線――――』

 

 

 その声にコーネリアが眉を顰め、ゼロが驚愕に瞳を大きく見開く。

 前者は声の主を知らず、後者は知っていた。

 そして、声が告げる。

 

 

『救援要請に応じ……助太刀に参りました!!』

 

 

 圧倒的な数を誇るブリタニア軍、その中に。

 やけに幼さを残した少女の声が、響き渡った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 この時のコーネリア軍の配置は、聊か歪な形になっていた。

 それは作戦の主目的が「ゼロの釣り上げ」であったためで、サイタマ・ゲットーの包囲殲滅はあくまでそのための行動でしか無かったからだ。

 さらに今、コーネリアは自軍に紛れ込んだゼロを引き寄せるために全部隊に集合を命じている。

 

 

 つまり、包囲の輪を保っているのは装甲車や歩兵などの通常戦力のみ。

 それも撤退の気分に包まれていた部隊であって、作戦完遂直前特有の緩みがそこにあった。

 まさか、横槍が入るとは思ってもいない。

 それは奇しくも、これまで特に大きな動きを見せなかった彼の組織のせいでもあるのだが……。

 だが今、その組織の人間が包囲網に風穴を開けようとしていた。

 

 

『青鸞さま、1615時をもって我が部隊は敵軍哨戒網に接触致しました。30カウント後に敵包囲網外周に到達、カウントを開始致します』

 

 

 後方の佐々木のオペレートと共に、ディスプレイ上にカウントが表示される。

 無頼のコックピット内はすでに走行の衝撃で振動している、青鸞は操縦桿を握り締めて正面を睨んでいた。

 すでにブリタニア軍の哨戒範囲内、自然、操縦桿を握る手には力がこもる。

 

 

「――――総員に告げます!」

 

 

 ディスプレイに広がるのは、曇り空と赤茶けた線路。

 無頼のランドスピナーが火花を上げ、最大戦速で機体を進ませる。

 青鸞機の後に続くのは、護衛小隊の3機の無頼。

 縦一列に並んで進む4機の視界に、目的のポイントが近付いてくる。

 

 

「これより(ワタシ)達は、敵包囲網の一部を切り崩し、穴を開けます。その穴を15分維持して……しかる後に転進します!」

 

 

 15分、おそらくそれが限界。

 その15分で、いったいどれだけの日本人を逃がせるか――――。

 

 

「……回天の志で、望みます!」

『『『――――承知!』』』

 

 

 ああ、有難い、青鸞はそう思った。

 決行前のブリーフィングで、誰1人として作戦からの離脱を言わなかった。

 普段緩んでいる山本でさえもそうで、佐々木などは黙々と準備を整えてくれた。

 本当に、有難い。

 ――――そして、その時が来る。

 

 

 彼女らが駆けているのは、トーキョーとサイタマを繋ぐ埼京線の線路の上。

 サイタマ・ゲットーと外を繋ぐルートであるそのラインの入り口は、コーネリアがナイトメア部隊(ゼロを含む)を集結させているゲットー外縁のちょうど反対側にある。

 15分と言うのは、コーネリア直属のナイトメア部隊が急行してくるだろう時間だ。

 それも長くて、だ、下手を打てば……。

 

 

『――――接敵(コンタクト)ッ!!』

 

 

 青鸞機が胸部スラッシュハーケンを放つ、それは埼京線の線路内に着弾した。

 具体的には、埼京線を封鎖していた装甲列車の前に配置されていた戦車だ。

 ずんぐりとした概観のそれに、濃紺のアンカーがめり込むように撃ち込まれる。

 戦車を貫いたそれは線路を敷く橋にまで突き刺さり、それを支えに青鸞は無頼を跳躍させた。

 同時に、他の3機も密集しつつ散開する。

 

 

 大和機が空で哨戒するヘリをスラッシュハーケンで撃ち落とし、山本機と上原機が線路外周の土手――川の上に橋がかかっている――に配置されていた装甲車4台をアサルトライフルの斉射でもって粉砕した。

 爆発炎上する装甲車、タイヤなどの部品と共に焼け出されたブリタニア兵の身体が宙を舞う。

 歩兵に至っては逃げ惑い、戦列を維持することも出来なかった。

 

 

「う、うわああああああぁぁっ!?」

 

 

 最大の衝撃は、青鸞が着地した装甲車両に起こった。

 操縦座席に乗り込んでいたブリタニア兵が間一髪外へ飛び出すと、その直後に漆黒の巨大な刀が操縦室を貫いた。

 車体の下まで貫通したそれは装甲車両の操縦系統を断ち、ただの鉄の塊へと変えていく。

 

 

「はぁ……ぁぁああああああああっ!」

 

 

 そしてそこから、装甲車両の上を走る形で青鸞機が進む。

 思い切り倒した操縦桿、そして強く踏み込んだペダル。

 固定された刀は装甲車両を真っ二つに両断しながら火花を散らした、青鸞機が駆けた後に連なるように装甲車両がオレンジ色の爆発を断続的に引き起こす。

 

 

 装甲車両の半ばで刀を横で逸らして外すと、青鸞は橋の上から土手へと降りる。

 アンカーで土手を抉りバランスを取った直後、背後の橋の上で装甲車両が爆ぜて横転した。

 しかしそれに構わず、青鸞は自身の無頼で持って残りの装甲車の排除にかかる。

 戦車から放たれた火弾をナックルガードの防楯で弾き、スラッシュハーケンでヘリを叩き落し、土手の土を吹き飛ばしながら疾走する。

 

 

『こちらA-01、ポイント1クリア~』

『A-02、ポイント2クリアです!』

『……A-03、ポイント3確保』

「――――……A-00!」

 

 

 そして急旋回するように加速し、中身の武器弾薬ごと炎上している装甲車両の前に回り込んだ。

 そこにいた歩兵部隊をナイトメアの武威でもって追い散らすと、炎上する装甲車両を背景に刀を斜めに振り下ろして。

 

 

「ポイントクリア、脱出口を確保しました!」

 

 

 所要時間3分24秒、額に緊張の汗を滲ませながら青鸞は叫んだ。

 

 

「これより10分間、A-00からA-02までは避難誘導に入ります! 付近のブリタニア兵を掃討しつつ、A-03はこのポイントを確保、脱出口を維持!」

『『『――――承知!』』』

 

 

 サイタマの皆さん、と、青鸞は通信機のマイクに向けて叫んだ。

 

 

 

「来ました……救いに!!」

 

 

 

 潜んでいたらしい周囲の廃墟から、無頼に導かれる形で日本人達が殺到したのは2分後のことである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――コーネリアとしては、その横槍は非常に不快なものだった。

 サイタマ・ゲットーを囮にゼロを釣り上げることを作戦の主目的としていたために、包囲網に参加させたエリア11統治軍の装備はあくまで対人用の物だ、ナイトメアを相手には出来ない。

 それがわかっているからこそ、不快だった。

 

 

「日本解放戦線、か……奴らはどうやってこちらの哨戒網を抜けてきたのだ?」

「埼京線上をナイトメアの最大戦速で強行突破、通信車などを集中的に狙うことで報告を遅らせたようです」

「強行突破の中央突破か……大胆だな、大胆に過ぎるが」

 

 

 傍らで彼女の疑問に応じるのは、オールバックにした髪と眼鏡をかけた理知的な男だ。

 名をギルフォード、彼はコーネリアの「騎士」である。

 ナイトメアのパイロットを意味する騎士ではなく、特定の皇族に忠誠を誓った本物の「騎士(ナイト)」。

 自分が最も信頼する男の分析に、コーネリアは皮肉とも呆れとも取れる表情で敵を評した。

 

 

 実際、大胆過ぎる……というより、無謀だ。

 確かに今、ゼロのあぶり出しのためにコーネリアは自軍のナイトメアを全て手元に集結させている。

 敵はその隙を突いて来たわけだが、しかし逆に言えば手元にあるナイトメア部隊を差し向ければそれで終わりである。

 だから、大胆に過ぎると言った。

 

 

「ナイトメアだろうと敵は寡兵だ、物量で押し潰せ。ギルフォード、卿に指揮を……」

「姫さま」

 

 

 その時、もう1人の副官がコーネリアの耳元に口を寄せてきた。

 こちらは線の細いギルフォードとは異なり、がっしりとした身体つきの偉丈夫だった。

 色黒で顔に傷があり、見るからに歴戦の戦士然としている。

 ダールトン、生粋の軍人であり将軍、そして幼い頃から自分を支えてくれている腹心。

 

 

「……ジュージョーで?」

「はい、ジュージョー基地から救援の要請が……他、トダなどの近隣ゲットーでイレヴン達が不穏な動きを見せているとの報告が。それとシモフサ基地周辺で識別信号を発しないナイトメアの姿を確認したという報告も合わせて……いかが致しますか?」

 

 

 陽動か、とコーネリアは己の中にさらなる不快を感じた。

 ジュージョー基地は付近の補給拠点、シモフサ基地はチバの補給拠点である、無視は出来ない。

 問題はどちらが本命かと言うことだが、現段階では判別が出来ない。

 普通なら他の軍部隊に援軍を命じる所だが、コーネリアにはそれをしにくい理由があった。

 

 

 まさにそここそが、藤堂が狙ったポイントだった。

 埼京線沿いの突入は青鸞の案だが、それをトダ、ジュージョー、シモフサと言う他の地域にまで連動させたのは藤堂の案である。

 必ずしも他の地域で実際の戦闘や暴動を行う必要は無い、見せかけるだけで十分。

 藤堂はコーネリアを過小評価していない、だから逆にその視野の広さを信じて作戦を練ったのだ。

 

 

(一揉みに捻り潰すのは簡単だが……)

 

 

 コーネリアの視点から見ると、現在の状況はあまり良くない。

 サイタマ・ゲットーの戦況はともかく、ここでの戦火がトウブ軍管区全体に広がりを見せるとなると今はまだ自省しなければならなかった。

 サイタマ・ゲットーにいる兵はコーネリアが本国から連れて来た直属軍だが、他は違う。

 前総督時代からの部隊が大多数であって、コーネリアはまだその全てを掌握できてはいない。

 

 

 言うなればクロヴィスの色と風習に染まっている部隊が多く、コーネリアに信を置いていない。

 それに元々、サイタマ・ゲットーでの作戦の戦略目的はゼロの釣り上げ。

 そこから派生してさらなる動乱に発展されるのは、コーネリアとしても望まない。

 その意味ではサイタマ・ゲットーよりも、ジュージョーとシモフサの基地の方が戦略的に価値が重い……。

 

 

「――――全軍、後退せよ」

「よろしいのですか?」

「構わぬ、棄民を救いたいと言うなら救わせてやれば良い。第1目標であるゼロを拾えなかったのは口惜しいが……」

 

 

 最も、この騒ぎの中では来ていたとしてももういないだろうが。

 

 

「第2目標であるヤマト同盟は壊滅させた、さしあたっては十分だ。であれば、こんなくだらぬ戦いで兵を無駄に死なせるわけにもいかんさ」

 

 

 作戦に水を差された不快さは確かにあるが、コーネリアに怒りは無かった。

 負け惜しみ? いや、違う。

 見る者が見れば、笑みさえ浮かべて後退を告げる彼女の姿を見てこう評するだろう。

 

 

「どのような者が指揮しているかは知らないが……墓穴を掘ったな、私に次の標的を教えてくれたのだから。今は、せいぜい……」

 

 

 ――――それは、「余裕」と言うのだと。

 

 

「今はせいぜい、小さな戦術的勝利に酔っているが良いさ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 コーネリア軍、撤退。

 その報告を、青鸞は意外な気持ちで聞いていた。

 もちろん藤堂の戦術予測では撤退するだろうと聞いてはいたが、まさか何のアクションもなく撤退するとは思わなかった。

 

 

 何しろ青鸞達の戦力は無頼が4機きり、ナイトメア部隊を戻されればひとたまりも無かった。

 だからこその15分制限、しかし実際には、コーネリア軍は何のアクションも起こさずに退いた。

 ただ、青鸞にもこれが勝利では無いことくらいはわかった。

 自分達は、そう。

 

 

(見逃された……?)

 

 

 見逃してもらった、その認識が急速に青鸞の胸から熱を奪っていった。

 先程までは、1人でも多くの日本人を救おうと必死だった。

 ブリタニア兵がいれば無頼を向かわせて追い散らし、痩せこけた日本人が埼京線のライン上に駆けていくの支援した。

 

 

 戦車の砲弾から彼らを守り、対戦車ライフルの衝撃を受け流し、機体を盾として機関銃の銃弾から彼女らを守った。

 必死だった、ディスプレイに表示されたカウントダウンを睨みながら、出来る限りサイタマ・ゲットーの奥へと入って人々を救おうとした。

 だがこちらの全力は、相手にとっては指三本分程度の力でしかなかった。

 

 

(なら、ブリタニアは何のためにサイタマ・ゲットーを……!)

 

 

 その程度の固執しかないのなら、どうしてシンジュク・ゲットーと同じように虐殺を行ったのか。

 単なるレジスタンス掃討にしては規模が大きく、またサイタマ・ゲットーである必要は無い。

 余力を残して悠然と退く、その程度の執着でサイタマ・ゲットーを襲ったのか。

 それは、冷めかけた胸に憤りの炎を灯すには十分だった。

 

 

 彼女は知らない、ブリタニア軍がゼロと言うたった1人を誘き出すためにサイタマ・ゲットーの人間を虐殺したことを。

 壁に並べた住民を機関銃で横一列に薙ぎ倒し、子を庇った母の半身を砲弾で吹き飛ばし、倒れた母に縋った女児を火炎放射器で焼き、手を取り合って逃げる老夫婦をナイトメアで踏み潰したのは、たった1人のテロリストを呼びつけるためだったことを。

 

 

「見てろよ、いつか……いつか!」

 

 

 それは、命の価値観の違いだ。

 名誉ブリタニア人にもイレヴンにもなれない人間に一人前の命の権利を認めないコーネリアと、ゲットーにいる人々を同じ日本人として扱う青鸞。

 その思考と理屈が、重なり合うことは決して無い。

 だから藤堂はともかく、青鸞にはブリタニア軍の行動の意味がわからなかった。

 

 

「いつか……!」

『青鸞さま、敵軍のサイタマ・ゲットーの行政区画からの離脱を確認致しました』

「……わかりました。ゲットーの人達を……う?」

 

 

 佐々木の声に応じたその時、青鸞は無頼をその場で停止させた。

 コックピットを開く、シートに足を乗せて立ち上がる。

 急に吹き付けた外気は、油じみていてべったりとしているような気がした。

 それは、人の肉が焼けた時特有の――――吐き気がするような臭いだった。

 見れば、砲撃で崩れた瓦礫の傍に黒ずんだ何かが折り重なるように倒れている……。

 

 

 しかし、動く者もいる。

 灰色の瓦礫が積み上げられた廃墟の中、濃紺のナイトメアの周囲には人だかりが出来ていた。

 救うので必死で、憤りに夢中で、聞こえなかった声が今、聞こえるようになっていた。

 

 

「日本ッ」「日本ッ」「日本ッ!」

「助けて」「ブリタニア軍が」「子供を」「お願い」

「日本万歳ッ」「日本万歳ッ」「日本万歳ッ!」

「死にたくない」「日本を」「ブリタニアに」「ありがとう」

「日本解放戦線万歳ッ」「日本解放戦線万歳ッ」「日本解放戦線万歳ッ!!」

 

 

 ――――それは、凱歌だった。

 日本を称え、日本解放戦線を称え、目の前でブリタニア軍から守ってくれた青鸞達への称賛の声だった。

 ブリタニアの歩兵と装甲車を薙ぎ倒した者達への、感謝と救済の言葉だった。

 

 

 熱狂的に叫ぶ者がいる、涙ながらに訴える者がいる。

 純粋に助けを求める声、ブリタニアへの復讐を叫ぶ声、命を守ってくれたことへの感謝の声。

 それら全てを、青鸞は熱風のように受けていた。

 無頼の足元に集まった日本人の声に、青鸞は唾を飲み込んだ。

 辺りをを見渡せば、山本機や上原機も似たような状態にあることがわかったかもしれない。

 

 

(いつか、この人達と……!)

 

 

 機体に手を添えながら、青鸞は拳を天へと掲げた。

 ブリタニア軍を撃破したその手を、空へと掲げた。

 周囲の叫び声がいよいよ熱を帯びる、それは青鸞自身の気分をも高揚させていく。

 

 

 かつて父が治めていた、父が守っていた人達。

 その彼らと共に、ブリタニアへの抵抗を進める。

 共に戦い、勝ち取ることを――――……。

 

 

「やっぱり、ブリタニアと共存なんて無理なんだ……!」

 

 

 ……だが、人々の端々から。

 

 

「日本解放戦線こそ、日本を独立『させてくれる』希望……救世主!」

 

 

 聞こえる、声が。

 

 

「あの人達なら、きっとブリタニアを倒『してくれる』!」

 

 

 徐々に。

 

 

「早く……早く、ブリタニアを、あいつらを追い出して『頂戴』、私達を『助けて』!」

 

 

 少女の、肩に。

 

 

「…………?」

 

 

 ズシリ、と、トダ・ゲットーでも一瞬感じた重みを身体に感じて。

 コックピットの上で、青鸞は口元に笑みを見せながらも一歩を引いた。

 どうして引いたのか、それは青鸞にもわからなかった。

 わからないからこそ、深刻なのだと。

 それに彼女が気付くのは、もう少し後の話である――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 濃紺のナイトメアの上に立つ少女を、狙う者が存在した。

 それは撤退し損ねたブリタニア兵であって、廃墟の低層ビルの半程の階層に身を潜めていたのだ。

 しかし逃げるタイミングを逸した今、彼は……。

 

 

「畜生、イレヴンの雌豚が……」

 

 

 5.56ミリのアサルトライフルを狙撃モードにし、意外な程近い位置にいる黒髪の少女のこめかみをピープサイトを使用して狙う。

 彼としては、周囲の味方を排除した少女――青鸞を許すことは出来なかった。

 だからせめてもの報復として、無防備を晒している彼女を。

 

 

 その時、背後に気配を感じた。

 嫌な予感に身を震わせた男は、銃を構えたまま後ろを振り向いた。

 しかしそれは、すぐに脱力して下げられることになる。

 何故ならば、そこにいたのはブリタニア軍の歩兵の防護服を着た若い男だったからだ。

 

 

「ふぅ……驚かせるなよ、イレヴンかと思っちまっただろうが」

「…………」

 

 

 若い男、というより少年は、男からビルの壁向こうに見える光景に目をやった。

 そこには当然、濃紺のナイトメアの上に立つ少女が民衆の歓呼を受ける姿がある。

 少年は、少女へと目を向けたまま。

 

 

「彼女を殺すのか」

「あ? ああ、味方もいねぇし……せめてあの雌豚くらい殺らねぇとよ」

「……そうか」

 

 

 随分と若く見えるが、しかしかなり上からな物言いをする。

 普段ならむっとする所だが、味方と出会えた安心感が男を寛容にしていた。

 

 

「ところでお前、見ない顔だけどどこの部隊だ? このヘンにいたのだと……」

「なら」

 

 

 男の声を遮って、少年が男を見た。

 正面から見ると、随分と整った要旨の少年であることがわかる。

 黒髪に、黒い瞳……いや、違う、左眼が赤く輝いている。

 

 

 右眼と同じように澄んでいるはずの左眼には、不思議な紋様が浮かび上がっていた。

 赤く輝くそれは、鳥の羽のようにも見える。

 そしてその輝きが、男の瞳に飛び込んで来た時。

 

 

「お前は――――死ね」

 

 

 お前は、死ね。

 普通ならば、言われて聞く者などいない言葉だ。

 男の瞳に赤い輪郭が生まれる、瞳が赤い輝きを放ち、そして男は決して聞くことの無いその言葉を、「命令」を……。

 

 

「……イエス・ユア・ハイネス!」

 

 

 聞いた。

 むしろ嬉々として、命令を聞くのが幸福であるかのように笑い、自分の銃の銃口を口の中に突っ込み、迷うことなく引き金を引いた。

 乾いた音が響き、男の頭が爆発して血と脳髄を撒き散らす。

 少年はそれにもはや興味も持たず、そこから見える少女へと視線を向けていた。

 

 

「……青鸞……?」

 

 

 そして何故か、ブリタニア兵が知るはずの無い名前を呟く。

 少女の名前を、確信を持って、唇を震わせながら。

 どこか呆然とした様子で、濃紺のパイロットスーツに身を包んだ少女の顔を見つめていた。

 

 

「何故……アイツは、名誉ブリタニア人になったはずじゃ。だが、現に……」

「ルルーシュ」

 

 

 再び、別の声が響く。

 鈴の音を転がしたかのような可憐な声だ、だがそんな可愛いものでは無いことを少年は知っていた。

 少年……ルルーシュ・ランペルージ、あるいはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 彼が声に振り向くと、そこには緑の髪を腰まで伸ばした美しい少女がいた。

 

 

 金の瞳に白磁の肌、一つ一つのパーツが造り物のように完成した少女。

 細く、華奢で、人形のように美しいが……だからこそどこか不気味さすら感じる、そんな少女だった。

 何故か今は似合わない黒の衣装に身を包んでいる、手には仮面を持ち、それがあの「ゼロ」の衣装であることは見る者が見ればわかる。

 だが少女はゼロでは無い、少年はそれを知っている、何故なら……。

 

 

「C.C.」

 

 

 シーツー、名前もどこか人間離れしている。

 ルルーシュに名を呼ばれた少女は笑みを浮かべて、彼に仮面を放り投げる。

 両手で受け取ったルルーシュは、どこか憮然とした表情を浮かべていた。

 

 

「知り合いか? あの娘、随分とヒーロー扱いされてるじゃないか」

「……いや」

 

 

 後半の皮肉は無視して、前半の言葉にだけ答える。

 それも、嘘の答えで。

 C.C.はクスリと笑うと、目を細めて。

 

 

「なら、どうしてギアスを使ってまで狙撃手を止めたんだ?」

 

 

 矛盾するじゃないか、笑いの粒子を含んだ声にルルーシュが僅かに顔を顰める。

 C.C.はそれを愉快そうに見つめて、それから少女の、青鸞の顔を眺めつつ。

 

 

「……うん?」

 

 

 と首を傾げた。

 しかしルルーシュが怪訝な表情を浮かべるよりも先に「まぁ、良いか」と首を振り、間を置かずに彼の方を見て。

 

 

「で、どうする? 美味しい所を持っていかれたようだが」

 

 

 機先を制するようにそう問われれば、ルルーシュはどこか憮然とした表情を浮かべて応じた。

 

 

「別に持っていかれてなどいない」

「そうか、それでどうする?」

 

 

 ルルーシュの感情的な満足などどうでも良い、そう言わんばかりの態度だった。

 それに苛立ちのこもった目を向けて、しかし結局はルルーシュも青鸞の方へと視線を向ける。

 ゲットーの民衆の歓呼の渦の中にいる、幼馴染の少女を。

 じっと見つめた後、何かを堪えるように目を閉じて。

 

 

「――――どうもしない、今は」

「だが、お前の目的を考えれば、民衆の希望は少なければ少ないほど良いのでは無いのか?」

「アレは、希望にはなりきれないさ……」

 

 

 青鸞に背を向けるように、ルルーシュはその場でクルリと踵を返した。

 そうして歩き去るルルーシュの背中に、C.C.が愉快そうな目を向ける。

 

 

「……それは、『ルルーシュ』としての判断か? それとも……」

 

 

 足を止めたルルーシュは、首だけでC.C.を見た。

 鋭い眼光。

 しかしC.C.はまったく意に介した風も無く、こう続けた。

 

 

「……『ゼロ』としての判断か?」

 

 

 ゼロ、仮面の男。

 エリア11前総督クロヴィスを暗殺した、前代未聞のテロリスト。

 シンジュクで、そしてここサイタマでテロリストの指揮を執り、ブリタニア軍に打撃を与えた軌跡の人物。

 C.C.は、その名でルルーシュを呼んだ。

 

 

 ゼロがかぶっていた、漆黒の仮面。

 その仮面は今、ルルーシュの手にある。

 そう、つまりゼロの正体とは――――……。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 今話はサイタマ・ゲットーの話を少々変えてみました、勝ちを譲ってやったコーネリアと勝ちを譲られた青鸞。
 少し似たような立場でもある2人の立場の違いが出た、そして日本人と青鸞の認識のズレも描けたかなと思います。

 そんな彼女の衣装募集は継続中、詳細は前回後書きか活動報告をご覧ください。

 と言うわけで、次回予告です。


『行動し続けることに意味がある、それを教えてくれた人がいる。

 その人はいつも厳しいけれど、でも、きっと優しい人。

 どこか、父様に似てる気がする。

 だからかもしれない。

 その人に、行ってほしく無いと思うのは……』


 ――――STAGE8:「変わりいく 未来 変わらない 現在」


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STAGE8:「変わりいく 未来 変わらない 現在」

 

 河口湖、富士山麗に位置する5つの湖の一つ。

 観光地として昔から有名な場所であり、最近ではブリタニア資本によって現代的なリゾート施設の開発・整備まで行われ、常に多くの観光客で賑わっている。

 トーキョー租界から直通のモノレールも出ており、日帰りで訪れる者も多い。

 

 

「うわぁー、綺麗!」

 

 

 陽光に煌く河口湖を窓の向こうに認めて、明るい髪色の少女――シャーリーが歓声を上げた。

 アッシュフォード学園生徒会のムードメーカーである彼女は、利発そうな瞳を見開いて湖を見つめている。

 そこには湖と、広がる田園と、そしてサクラダイト採掘のためにかつての姿を失った富士山が見える。

 シャーリーは美麗な景色に歓声を上げた後、ふと眦を残念そうに下げて。

 

 

「こんなに綺麗なら、ルル達も来れば良かったのに」

「ルルーシュはサボタージュ、リヴァルはバイト、カレンは病欠、それから……スザク君はお仕事。我が生徒会ながら、見事なまでの付き合いの悪さよねぇ」

 

 

 シャーリーの前の座席に座る華やかな金髪の美女、こう見えて高校生な彼女はミレイと言う名前だ。

 言葉の通り生徒会役員、それもトップたる生徒会長が彼女だ。

 今回の河口湖への2泊3日の旅行は彼女の発案であり、親のコネを利用しての遊びでもあった。

 

 

 ちなみにもう1人、通路側に座った少女がいる。

 黒い髪をおさげにした小柄な少女で、どことなく自信の無さそうな、気弱そうな印象を受ける。

 ニーナと言う名のその少女は、どこか相手の顔色を窺うような様子で。

 

 

「だ、大丈夫、かな……租界の外だと、イレヴンが……」

「大丈夫、河口湖は治安も良いし。それに今は……」

 

 

 そんな友人の様子に苦笑を浮かべつつ、ミレイは宥めるように大丈夫だと告げた。

 確かにブリタニア人しか入れない租界と異なり、租界の外にはイレヴンがいる。

 だがゲットーにさえ入らなければ、そしてテロにさえ巻き込まれなければ問題は無い。

 それに、今の河口湖は普段の数倍の規模の警備が敷かれている。

 

 

 そしてミレイがニーナにしたものと同じ説明を、偶然にも別の場所で別の女性から聞かされている少年がいた。

 彼の名は枢木スザク、河口湖から遠く離れたトーキョー租界、特別派遣嚮導技術部の整備格納庫に彼はいた。

 明るい照明の下、最新型シュミレータ横の端末の前に座る彼の隣には、セシルがいる。

 

 

「河口湖のホテルでは今、サクラダイトの生産国会議のための警備が敷かれているから」

 

 

 彼女はスザクの友人が行くと言う河口湖の現在の状況について話していた、何しろ軍や政府も注目している土地だったからだ。

 ここエリア11は世界一のサクラダイト生産地であって、それを押さえているブリタニアは世界一のサクラダイト生産国だ。

 価格レートを決める年に一度の会議、ブリタニアの軍官の関係者が無視できるはずも無い。

 

 

「租界以外だと、たぶん一番治安の良い所だと思うし……お友達、楽しめると良いわね」

「はい」

 

 

 笑顔で頷くスザク、彼は今、軍で働きながらアッシュフォード学園に通っている。

 軍人が学校と言うのも妙な話だが、イレヴンである彼が正式に特別派遣嚮導技術部に配属される後押しをしてくれた人物の命令(おねがい)である、行かないわけにもいかなかった。

 名誉とは言えイレヴンである彼がブリタニア人の学校に行くのは、かなり厳しいだろうとセシルは思っていたのだが……。

 

 

(昔の友達と再会して、生徒会に入れて……お友達も出来て。結果的には、良かったのかしら)

 

 

 セシルはそう思う、自分でも老婆心かと思うが。

 ただ何となく、この少年のことを放っておけないのだった。

 

 

「でも残念ね、こんな時に軍務だなんて。ロイドさんったら……」

「いえ、僕も早く『ランスロット』に慣れたいですし。それに皆と行けなかったのは残念ですけど、河口湖は子供の頃に一回、行ったことがあるんです」

「あら、そうなの?」

「はい」

 

 

 サクラダイトの生産国会議は、毎年河口湖で開催される。

 それは7年前の戦争の前も同じで、やはり毎年湖畔のホテルで世界各地の要人が集まって価格や分配率について協議を行っていたのだ。

 そしてスザクは、日本最後の首相の息子である。

 

 

 幼い頃、一度だけ父について――確か、第二次政権発足直後の時――連れられて、行ったことがある。

 父はああいう人だったから、楽しいと思ったことは無かった。

 ただ……。

 

 

『あにさま、まって!』

 

 

 ……ただ、1つだけ。

 当時は鬱陶しくて仕方が無かったけれど、今となっては輝いて見える。

 そんな記憶に、スザクは僅かに目を伏せるのだった。

 最後には、赤い色で終わる記憶に……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞は今、独特の興奮と緊張の中にいた。

 もはや座り慣れた無頼のコックピット、小刻みに振動するディスプレイには赤茶けた山肌が映っている。

 不意に機体全体が揺れる、青鸞が操縦桿を引いて機体を跳躍させたためだ。

 

 

『……A-01、ポイント確保したぜぇ!』

 

 

 どこか緩さを残した声が通信機から響く、山肌にスラッシュハーケンを刺して機体を固定した青鸞が機体の上体を上向かせる。

 無頼のメインディスプレイの向こう、渓谷の反対側の崖の上に2台の戦車が見える。

 砲塔を上下に大きく動かせるタイプの戦車で、あのまま渓谷を駆けていれば狙われていただろう。

 

 

 誤解されがちであるが、ナイトメアは絶対無敵の陸上兵器では無い。

 通常兵器でもやりようによっては十分に打倒できるし、それがために7年間、日本の各反体制派組織はブリタニア軍と渡り合ってこれたのである。

 まぁ、それでも局地地上戦においてはナイトメアは最強を誇っているわけだが。

 

 

『A-02、ポイントを確保しました』

 

 

 次いで真上だ、見ればそこに戦車の砲塔が見える。

 まさに崖の上から砲塔だけを下に傾かせている姿で、青鸞機を狙っていた。

 しかしその2台の戦車は、直後に上から降ってきた別のスラッシュハーケンに砲台部分を打たれて大きく跳ねる。

 訓練用の潰しが行われたアンカーのため撃破はされないが、しかし行動不能扱いになる。

 

 

『……A-03、正面の地雷の排除作業に入る』

 

 

 通信の直後、青鸞機が駆けていた渓谷の底道正面にオレンジ色の光の柱が立ち上った。

 地雷である、大和機が機銃で破壊・起爆したサクラダイト地雷の物だ。

 いつかの訓練と同じような構成、しかし今回は4機で密集しつつの散兵戦術を駆使、こうして突破している。

 これを進歩と言うか学習と呼ぶかは、人によるだろう。

 

 

 とは言え作戦としては単純な部類だ、俗に言う囮作戦である。

 青鸞機を囮に渓谷両岸の敵戦車隊を山本機と上原機で破壊し、正面の地雷は迂回路から先回りした大和機が地雷原の向こうから破壊する、と言うものだ。

 青鸞はこの所、個人の肉体・ナイトメア訓練の他にこうした集団訓練にも参加している。

 サイタマの件以降、必要性が増したと考えているからだが……。

 

 

『小娘ぇ――――ッ!!』

 

 

 通信機から響き渡った怒声に、青鸞はコックピットの中で身を竦ませた。

 それはそれはもう聞き慣れた怒声なのだが、何度聞いても反射的に身を震わせてしまうのである。

 特に嫌悪や苦手意識は無いものの、そう言うものだった。

 

 

『また始まったなぁ、暇な時間が』

『訓練終わったわけじゃないんだから、警戒続行!』

『へーいへい……』

 

 

 通信回線を通しての山本と上原の喧嘩(?)はもはやいつものこと、しかし青鸞は機体を山肌に固定したまま通信機を操作してディスプレイに画面を出した。

 するとそこには、この所の訓練で常に青鸞を怒鳴りつけている草壁の大きな顔が映って。

 

 

『指揮官が囮をやるなどと言う話があるか! 指揮官に万一のことあれば、残された部下達が混乱することになるのだぞ!! わかっておるのか!?』

「す、すみませ……」

『馬鹿めが、謝罪などいらぬわ!!』

 

 

 相変わらず、じゃあどうしろと言うのかと言いたくなるような言い様である。

 その時、不意にコックピット内に警告音が響き渡った。

 何かと思った次の瞬間、機体とコックピットに断続的な衝撃が走った。

 仲間達の通信越しの声を耳にしながら、青鸞は悲鳴を上げて崖の下へと――――。

 

 

「……中佐。迫撃砲、全弾命中した模様です」

「うむ」

 

 

 通信機と双眼鏡を共に傍らの部下に放って、草壁は憮然とした表情で渓谷の方を見つめていた。

 青鸞らがいる所からはやや離れているが、より高台にいるため一部始終を直接確認することが出来る。

 ナリタ連山は深く高い山々だ、おかげで十分な訓練を行うことが出来る。

 それも、ブリタニア軍の関与を受けずに。

 

 

 まぁ、草壁の指示で潜ませておいた歩兵の迫撃砲の連弾を浴びて崖から下へと滑り落ちていく青の無頼を見れば、溜息の一つも吐きたくなると言うものだった。

 訓練終了を伝えていないのに油断をするとは、まだまだである。

 傍らの部下からすれば、草壁もなかなか外道な手を使うと思うわけであるが。

 

 

「まったく、未熟な小娘めが……」

 

 

 何やらブツブツ呟いている草壁であるが、実の所、彼は良く青鸞の訓練に付き合っていた。

 未だ褒めたことは無いし、何度厳しい言葉を返して追い散らしてもやってくるので、本人としては仕方なく面倒を見てやっているとでも思っているのかもしれない。

 しかし草壁の傍にいる部下達は知っている、彼が青鸞のためにかける時間が徐々に……。

 

 

「中佐」

 

 

 その時、別の部下が森の中から駆けて来た。

 崖下に落ちた青い無頼の周囲に他の3機の無頼が集合するのを視界に入れつつ、草壁は耳元で囁くように報告する部下の言葉を聞いた。

 その眉が、ピクリと揺れる。

 

 

「……『雷光』の準備が……」

「…………そうか」

 

 

 頷く草壁、眼下では青い無頼を中心として4機の無頼が渓谷を抜けていく光景が広がっていた。

 彼はいつまでも、それを見つめ続けていた。

 腕を組み胸を逸らし、何かを考え込むような表情で……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 パチッ、と、道場のような空間に乾いた音が響く。

 音の源は、プロ棋士が使うような本榧の将棋盤から聞こえてきた。

 将棋盤の挟んで向かい合う2人は、いつもと同じ……片瀬と藤堂である。

 

 

「……国内の反体制派組織の取り纏めは、意外と上手くいっている。サイタマ・ゲットーの件で、我々が改めて反ブリタニアの旗手であると示すことが出来たことが大きい」

 

 

 駒を打ち込みながらの片瀬の言葉に、藤堂は頷く。

 結果として、藤堂はサイタマ・ゲットーにおける青鸞達の勝利を演出した形になる。

 厳島の奇跡ならぬ、サイタマの奇跡だ。

 最も、サイタマの件についてはあくまで青鸞の主導ということになっているが。

 

 

 いずれにしても、サイタマでの介入と勝利が日本解放戦線に与えた影響は想像以上に大きかった。

 それまでは「本当に日本解放のために戦っているのか?」と懐疑的な目で見ていた他の反体制派・独立派の諸組織――何しろ、コーネリアによって反体制派組織が潰されるのを見過ごした――も、サイタマでの一件で日本解放戦線を「見直した」と評価しているためである。

 面目躍如と言うべきであって、これが交渉担当者にとって強力なカードとなったことは確かだ。

 

 

「……とは言え、コーネリアの直属軍に打撃を与えたわけではありません」

「そうだな」

 

 

 藤堂の指摘に、片瀬は案外と簡単に首肯した。

 実際、彼らはサイタマ・ゲットーがブリタニア側に与えられた勝利であることを知っている。

 トダやジュージョーの傘下組織を動かして蜂起を匂わせはしたものの、シモフサやジュージョーのブリタニア軍施設を実際に攻撃したわけでは無い。

 

 

 青鸞達が撃破したのは、あくまで統治軍の一部に過ぎない。

 それもクロヴィス時代の統治軍であって、コーネリアが本国から連れてきた軍やナイトメア部隊には傷一つついていない。

 相手は大事をとって、あるいは戦略・戦術上の価値なしと判断して退いただけだ。

 そしてその中には、日本解放戦線側の戦略に対するものも含まれるだろう。

 

 

(……反体制派を纏めたとして……)

 

 

 連合や同盟は、作ったとして機能させるのが難しい。

 藤堂としては危惧せざるを得ない、それに、他の組織が本当に解放戦線の指示通りに動くのかどうかも。

 意思ではなく、能力的な意味で。

 そもそも、戦力的に期待できる組織も少ない。

 

 

「キョウトとの協議次第ではあるし、他の組織の準備も待たねばならないが……一斉蜂起の日時は、7月2日となりそうだ」

「7月2日……」

 

 

 早い。

 まるで何かに急かされているような早さだ、と、藤堂は思う。

 シンジュクに続いてサイタマでも行われたブリタニア軍による大規模虐殺、当然、解放戦線はプロパガンダとしてこれらの事件を最大限に利用していた。

 独立派以外の日本人にも、蜂起への参加を促すためだ。

 

 

 しかし逆に、民衆がうねれば反体制派組織も動かざるを得ない。

 だからこその、早い段階での一斉蜂起なのだろう。

 藤堂などの目から見ると、まだ時期では無いように思えてならないのだが……。

 ……サイタマ・ゲットーでの勝利の弊害、とでも言うべきだろう。

 

 

(コーネリアがそこまで読んでいたとすれば……)

 

 

 準備不足、時期では無い、そのような時期に反体制派を蜂起させ一網打尽にしようとしているのならば。

 もしサイタマでの撤退にそう言う意味があるのなら、これ以上の効果は無い。

 藤堂としては、コーネリアの戦略眼に手を上げざるを得なかった。

 

 

「ただその前に、片付けておかなければならない問題がある」

「…………」

 

 

 片瀬のその言葉に、藤堂は目を閉じて沈黙で応じた。

 片付けておかなければならない問題、日本解放戦線内部の問題だ。

 派閥の問題、と言っても良い。

 これも、青鸞のサイタマでの勝利が影響しているのだが。

 

 

 最近はともかく、青鸞はどちらかと言うと片瀬・藤堂側の人間である。

 過去5年間に渡る道場への出入り、キョウトとの間で親書でのやり取り、他にも様々な場面で藤堂達の傍に彼女はいた。

 だからこそ、彼女の指揮官研修を草壁にやらせたのだが……。

 

 

「……草壁は、若い者達を抑えられんかもしれんな」

 

 

 ポツリと呟いた片瀬の言葉に、藤堂は今度は頷きすら返さなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ナリタ連山は、言うまでもなく日本解放戦線の勢力圏である。

 この周辺の地域にはブリタニア軍でさえも不用意に近付くことは出来ない、それ故に事実上「ここに解放戦線の拠点がある」ことは公然の秘密として軍内でも知られていた。

 ただ正式に拠点の位置を確認する手段が無いので、公式には認められていないだけだ。

 

 

 何しろ、2000メートル級の山々が連なるナリタ連山である。

 調査をしようと思えば多数の人員や航空機、衛星などを使うしかない。

 だが人員を近づけることは出来ないし、解放戦線の拠点は地下にあると考えられていたから、航空機や衛星による調査はあまり意味が無い。

 数十機のナイトメアを保有すると噂される相手となれば、ブリタニア軍も慎重になると言うものだ。

 

 

「……卿、キューエル卿!」

 

 

 そしてそのナリタ連山から数キロ離れた位置にある山岳地帯、それはちょうど例の大阪グループが全滅した資材置き場のある山だ。

 日本解放戦線の勢力圏に程近いこの場所、もう夕方になろう時間、そこに何人かの男達がいた。

 レンジャー用らしい迷彩柄の装備に身を包んだ彼らは、色の濃くなってきた森の木々や雑草の中、周囲を警戒しながら何かを探している様子だった。

 

 

「キューエル卿、やはり危険です。このあたりは……!」

「わかっている!」

 

 

 リーダーらしき男……キューエル、金髪のブリタニア人が大声で部下らしき男に返答すると、周囲の部下達は慌てて声を抑えてくれるように頼んだ。

 彼らもこの近辺がテロリストの勢力圏だと言う事を知っている、ナイトメアも持たない通常装備の彼らがテロリストの集団にも見つかれば大事だ。

 

 

「く……! 鬱陶しい山だ、これでは碌に視界も効かん……おい、レーダーに反応は無いのか!」

「は、はい、人工物らしい熱源などは今の所……」

「……ええい!」

 

 

 鼻の頭の辺りに揺れていた木の枝を手にしたサバイバルナイフで鬱陶しげに払って、キューエルに憎々しげに目の前の山林を睨む。

 深い異国の山と森は、彼の前に悠然と立ち塞がっている。

 本国で妹や家族と行ったハイキングは楽しいものだったが、今は目の前の山や森が憎らしくて仕方が無い。

 

 

(本来なら、私がこのようなことをせずとも良いものを……!)

 

 

 実際、キューエルはエリートと呼ぶに相応しい経歴を持っている。

 正規の士官学校を出、ナイトメアの騎士となり、数々の戦場で武勲を欲しいままにしてきた。

 そして何より、誇るべきブリタニアの純血。

 他民族の上に立つために生まれてきたと固く信じ、エリア11統治軍に配属された。

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 

 

 純血ブリタニア人である自分が守るべきクロヴィス皇子は守れず、皇子の死に責任を持つべき参謀達や名誉ブリタニア人を裁ききれず、オレンジ――ジェレミアのことだ――の暴走に巻き込まれて凋落、そして何より彼自身がイレヴンの駆るナイトメアに敗れて機体と仲間を失い、新たな総督であり皇族であるコーネリアの信頼はまさに地に堕ちて……失ったものは、あまりにも大きい。

 

 

「キューエル卿、やはり正規の部隊の手を借りて」

「黙れ! そんな恥の上乗りのようなことが出来るか!」

 

 

 部下の泣き言を一括する、そもそも彼ら純血派に協力してくれる者などいない。

 戦場では端の方に追いやられ、政庁内ではナイトメアの整備も自前でせねばならず。

 恥の上塗りどころか、重ね塗りとも言える行為などキューエルには出来なかった。

 

 

「一度失敗した以上、信頼を取り戻すため落ちる所まで落ちるのは仕方ない……だが! いつか必ず……いつか、いつか!」

 

 

 本国にいるだろう家族やエリア11の士官学校にいる妹のことを想い、キューエルはたとえ1人でも行動する決意だった。

 自分の失敗と凋落は、家族の生活に直撃するからだ。

 現に妹などは、「あのキューエル卿の妹」として士官学校で肩身の狭い想いをしているらしい。

 妹からの手紙にはそのことには一切触れられていない、その健気さが嬉しくも悔しい。

 

 

「屈辱を受けてでも、今は耐える時なのだ……! そうではないか!?」

「そ、それはその通りですが……」

「では行くぞ、この付近にテロリストのアジトがあるのは間違いないのだ!」

「「「い、イエス・マイ・ロード……」」」

 

 

 僅かな部下達を引き連れて、キューエルは深い森の中を進む。

 夕日が沈めば夜になる、夜になる前に目処を立てたかった。

 テロリストのアジト。

 あの、青いブライがいるだろうその場所を……彼は、探し続けていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 くしゅっ、と小さな音が部屋に響く。

 キョウト分家筋の少女、雅はその小さくも可愛らしい音に顔を上げた。

 

 

「青鸞さま、風邪ですか?」

「ううん、大丈夫。ありがと」

「気をつけてくださいね、ただでさえ風邪を引きやすい癖をお持ちなんですから」

「…………」

 

 

 反論できない雅の言葉に沈黙する青鸞、そんな彼女は雅に着物の着付けを手伝って貰っていた。

 別に一人でも出来るのだが、訓練終わりの体力低下状態では有難くもある。

 今日の着物はややモダン風、クリーム色の生地に薄桃の花弁と黒の葉の八重桜の柄。

 帯は黒、白糸で草や蝶が描かれている。

 その帯を締め終えた雅は、ほっと息を吐いて。

 

 

「とにかく、お疲れ様でした。今日もすぐに休まれますか?」

 

 

 最近の青鸞は、部屋に戻ればベッドに倒れる毎日だ。

 ここに来て日々の疲労度が高まっているのは、サイタマや租界での行動があるのだろう。

 概ね解放戦線のメンバーや独立派の人間に受け入れられているその行動は、反体制派の中での彼女の地歩を固めさせると同時に責務を増やしてもいたのだ。

 

 

「そうだね……あ、草壁中佐に今日の訓練レポート出すの忘れてた」

 

 

 しかしふと思いついて、青鸞は疲れた身体を鞭打って残った仕事を片付けることにした。

 ワーカホリックと言う程仕事が好きなわけでは無いが、それでも責務から逃げることはしたくない。

 何故なら彼女の理想は父であって、父は責務から逃げるような人ではなかったのだから。

 

 

 青鸞は雅に先に戻っているように頼むと、パイロット用の更衣室から出た。

 今日も訓練は夜まで続いた、この上でレポートの提出と再提出(最近は、やり直しが当たり前だと思うようになってきた)はキツい。

 しかしやらねばならない、草壁の期待に応えるためにも、自分のためにも。

 

 

「あ、皆、今日もお疲れ様。草壁中佐をどこかで……」

「青鸞さま、今日もうちの山本が申し訳ありませんでした」

「いや、待ってくれよヒナ。お前俺の保護者か何かで……」

「……中佐は、格納庫の方へ行ったと思う」

 

 

 通路で出会った護衛小隊の面々に問えば、まともに答えてくれたのは大和だけだった。

 流石は親戚筋、大いに助かるアドバイスである。

 それでもきっちりと3人にお礼を言って、青鸞はその場を後にした。

 

 

 整然としつつも騒がしいナイトメア格納庫へ、地下の岩壁を背に並べられ、クレーンや整備用の大型アームに固定された無頼がいるそこに行く。

 しかしいくら歩いて見渡しても、草壁はおろかその部下の1人も姿を見つけられなかった。

 いつもならどこかで誰かは見るというのに、今日に限って。

 

 

「あ、古川さん。草壁中佐を見ませんでしたか?」

「い、いや、僕はちょっと……」

 

 

 他に行くアテも無く、青鸞は自分の小隊の方に向かった。

 訓練後のナイトメアの整備を指揮する古川は、少し戸惑ったような声で返答した。

 彼からすれば、自分の小隊のナイトメアのこと以外のことはわからないのだった。

 青鸞は普段の整備のことも含めてお礼を言うと、同じ格納庫の中にいる別の人間に話を聞いた。

 それは、たまたま自分達のナイトメアの整備の様子を見に来た朝比奈と千葉だった。

 

 

「草壁中佐?」

「うーん、僕らはちょっとわからないね」

 

 

 当然、こちらも別部隊の動向などはわからない。

 まぁ、当然と言えば当然ではある。

 別部隊というか、いわゆる藤堂派である2人は草壁派とは対立関係にもあるのだから。

 

 

「それよりも青ちゃん、大丈夫? 何か僕のイメージだと、あの人、新人いびりとかしそうなんだけど」

「そんなこと無いよ、省悟さん」

 

 

 自分でも驚いたが、青鸞はごく自然に言うことが出来た。

 まだそこまで長い時間を過ごしたわけではないが、草壁がそう言う人でないことはわかっていた。

 むしろ、良い人だと思う。

 好きか嫌いかで問われれば、前者であると答えられる程度には。

 以前は、どちらかと言えば逆だったのだが。

 

 

「草壁中佐は、確かに優しい人では無いけど……でも、良い人だよ」

「ふーん」

 

 

 どこか面白くなさそうに頷く朝比奈に、青鸞は苦笑する。

 それはどうやら千葉も同じだったようで、彼女は苦笑を浮かべたまま、ふと何かを思い出したように。

 

 

「そう言えば、第7特装格納庫の方に草壁中佐達が良く出入りしていると聞いたことがある。もしかしたらそこでは無いか?」

「第7……?」

 

 

 あまり行ったことは無いが、それは特装と言う名前が原因だ。

 ナイトメアを含む通常兵器を改造し、特殊な状況や環境で使用する兵器を開発する場所だ。

 実用化されたものもいくつかあり、第7格納庫はそういった兵器の置き場でもある。

 

 

「ふーん……」

「どうした? 何か気になることでもあるのか」

「いや……」

 

 

 青鸞の背中を見送りながら、千葉は眉を顰めながら唸る朝比奈に視線を向けた。

 朝比奈は少年のような風貌を疑問の色に染めて、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

 

「……おかしくない? 普段なら、1人くらい草壁中佐サイドの人間が視界に入るはずなんだけど」

「そういえばそうだな、だが、そう言う日もあるだろう」

「そうかな……」

 

 

 今までは見張りの意味も込めて、1人や2人は自分達の周囲にいたはずの草壁派の兵。

 それが、今日に限って誰の姿も見えない。

 千葉のように偶然と思うことは、朝比奈にはどうも出来ないようだった。

 だから彼は、難しい顔のままで行動することにした。

 

 

 一方で青鸞は、千葉と朝比奈にお礼を言った後、件の第7特装格納庫へと向かった。

 あまりどころか滅多に行ったことが無いので、2度ほど道を間違えそうになったが。

 それでも緊急時に行けないでは意味がないので、地図は頭の中に叩き込んである、時間はかかったが到着することは出来た。

 

 

「えっと、確かこっち……それにしても、人が少ないな」

 

 

 普通、もう少し人と擦れ違っても良いと思うのだが……どういうわけか、目的の格納庫に近付くにつれて人気がなくなっていった。

 しかし、だからと言って不審に思ったりはしない。

 だからこそ第7特装格納庫に到着して、そこに草壁達の姿を認めた時、彼女は笑顔さえ浮かべて……。

 

 

「それでは、これより我らは河口湖へ向かう……!」

 

 

 ――――……え?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞のサイタマ・ゲットーでの小さな勝利は、日本解放戦線と言う組織に一息をつかせることになった。

 それは間違いない、しかし同時に組織内のパワーバランスに微妙な変化をもたらす結果になった。

 作戦を許可する決断をした片瀬の求心力が高まり、それはつまり片瀬の懐刀である藤堂の発言力が増したことを意味する。

 

 

 組織の論理ではなく、派閥の論理。

 つまりはそう言うことであって、草壁達の……というより、草壁の部下達の行動はそう言う事情がある。

 藤堂派(と、彼らが思っている)の発言力の増強は、つまり草壁派の勢力減退に繋がるためだ。

 

 

「これが『雷光』か……組み立てはどうなのだ」

「現地での組み立てになりますが、目標地点制圧後1時間もあれば」

「ふむ……」

 

 

 第7特装格納庫、草壁はそこで専用の大型トレーラー2台に分けて運び込まれる機材を見上げていた。

 機材と言うよりは機体であるが、それは不思議な形状をしたナイトメアだった。

 頭部と腕部が撤去された特殊な4機のグラスゴー、首と片腕の付け根がジョイントのような形に改造を受けている、まるで何か大きな物を乗せる台か何かのように。

 

 

 そしてもう1台のトレーラーに積み込まれているのは、グラスゴー4機分の頭部部品と近接防御用砲熕兵器、大型リニアキャノンと散弾型の特殊弾倉……全て、草壁派が開発と研究を重ねてきた改造試作機である。

 広い戦場では使用できないが、閉鎖空間内ならば強大な力を有すると期待されている兵器だった。

 

 

「中佐、全ての準備が整いました」

「良し……それでは、これより我らは河口湖へと向かう……!」

 

 

 河口湖、サクラダイト生産国会議が行われている場所だ。

 そこでサクラダイトの生産量・分配率・価格について話し合っている――日本人の資源を盗む強盗共――各国代表を監禁し、ブリタニア側に政治犯の釈放を要求する。

 日本独立を唱えて捕らえられた同志だ、救わないわけにはいかない。

 

 

 そして会議には他国人も参加する、そうすればいくら非道なブリタニア軍でも躊躇せざるを得ないと言う読みもあった。

 ブリタニアといえど国際社会の一員、である以上、一定の責任は有する。

 それを完全に無視、つまり人質の命を度外視した強硬策は取り辛いだろう。

 それが、草壁の読みだった。

 

 

「このままでは、解放戦線の舵取りはあの藤堂に……」

 

 

 草壁は藤堂の能力は認めている、悔しいが、自分よりも遥かに上だろう。

 だが草壁から見れば、藤堂には覇気が足りないのだ。

 ブリタニアと伍する力を蓄えるまでは防戦に徹するというあの態度、わからなくも無い。

 だが、藤堂はその意図を下の者達に説明しない。

 

 

 それが良くない、それは良くないと草壁は思う。

 だから腰の重い藤堂に痺れを切らせた一部の若手将校達が自分の所に集まってきて、蜂起を訴えてくることになる。

 そして青鸞のサイタマでの勝利はそうした者達に火をつけ、もはや草壁にも抑え切れない程の力でもって彼を押し上げていて――――。

 

 

「――――草壁中佐!」

 

 

 その時、草壁と彼の部下以外は誰もいないはずの空間に、若い女の声が響いた。

 若いというより、少女の声だ。

 視線を上げれば、そこには想像の通りの姿がある。

 

 

 高く結った黒髪に、軍事施設にはどこか不似合いな着物姿の少女。

 枢木青鸞、先のサイタマでの働きが周知されている少女だ。

 そして今や、「顔役」への就任が秒読み段階に入っている存在であり。

 ……草壁が、苦い思いで見ている相手でもある。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 飛び出したは良いものの、青鸞は一瞬、言葉に詰まった。

 それは別に草壁やその周囲の部下に気圧されたわけではなく、純粋に迷っただけだ。

 いったい、何と言葉をかけるべきか?

 山を削って作られた格納庫の中、着物に覆われた胸を上下させながら。

 

 

「……中佐、どちらへ?」

「貴様のような小娘に話すようなことでは無い」

 

 

 草壁の反応はにべも無い、しかし青鸞は確かに聞いたのだ。

 河口湖に行く、と。

 河口湖で今、何が行われているかくらいは青鸞も知っている。

 次に浮かぶのは理由だ、なぜ今このタイミングで。

 

 

 青鸞自身には派閥に属しているという意識は無い、だが周囲は違う。

 彼女は藤堂に連れられてナリタに来た、その後は藤堂の道場にも所属している。

 最近でこそ草壁との接触が増えているが、そもそもは藤堂派と目されているのである。

 

 

「……河口湖は今、警備が厳重と聞いています。片瀬少将の許可も無く、そんなことをすれば」

「賢しげに話すな小娘!!」

 

 

 皮肉なことに、草壁の大音量に対する耐性が青鸞にはある。

 そして今のやりとりで、草壁達の行動が解放戦線の行動ではないことは確認が出来た。

 であるならば、理は我に在り。

 青鸞は一歩を前に出て、重ねて訴えた。

 河口湖に行ってやることなど、一つしか思いつかない。

 

 

「中佐達は、河口湖に集まるサクラダイト開発の関係者を人質にするつもりなのですか」

 

 

 監禁するのか拉致するのかはわからない、が、トレーラーに積み込まれる兵器の存在が後者は無いと判断させる。

 反体制派がブリタニア側へ仕掛けることなどたかが知れている。

 青鸞は必死に考える、草壁達を行かせないためにはどうすれば良いのか。

 

 

 行かせれば失敗する、というのは容易に想像できる。

 青鸞がサイタマで勝利を得たのは、要するに藤堂の策での援護とブリタニア側の余裕が原因だ。

 大体、勝利を得たからと言って何か日本解放戦線全体に良い影響があったわけでは無い。

 

 

「人質をとっても、他国人がいても、ブリタニア軍は容赦など……」

「あのゼロに出来たこと、我らに出来ぬはずが無い!!」

 

 

 確かに、あのゼロはスザクを攫いながら未だに捕縛されていないが。

 それにあれは、ブリタニア軍がテロリストの要求を容れた唯一といって良い事例だ。

 ゼロの存在は、そういった意味でも影響力が強かったと言える。

 まぁ、あの一件以来動きが無いのが気になると言えば気になるが。

 

 

 青鸞は草壁の後ろで整然と並んでいる解放戦線のメンバー達を見つめる、全員が軍服と日の丸の鉢巻きを身に着けていた、その手には真剣の刀を持っている。

 見るからに、これから命を賭しに行くと言う風情だ。

 実際、草壁の部下達が自分を見る目は厳しい。

 ――――言葉による説得は、不可能だとこの時悟った。

 

 

(ならば)

 

 

 と、青鸞は背筋を伸ばした。

 そして草壁を見る、他の全てを排して草壁を見る。

 決定者である草壁を見つめて、そして告げる。

 

 

「……草壁中佐、剣道の腕前に自信はございますか?」

「何……?」

 

 

 怪訝そうに首を傾げる草壁に、青鸞はあくまでも真剣な眼差しを向ける。

 その深い色合いの瞳の奥に、照明の光を反射させながら。

 彼女は、言葉だけの説得を諦めた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 照明の限られた格納庫の中で、何かが打ち合う音が響く。

 整然と並んだ兵士達の前、2人の人間だけが動いている。

 しかしそれも激しい動作と言うよりは、瞬間的な加速と長時間の牽制の繰り返した方が正しい。

 

 

 動いているのは青鸞と草壁である、2人の手には竹刀が握られていた。

 ジリジリと言う音は、2人の足元から響いている。

 摺り足の音だ、床と足裏を擦れ合わせながら互いの距離を測っている。

 そして互いに半円を描いて円を作ると、互いの竹刀の先が揺れて。

 

 

「……!」

 

 

 瞬速、草壁の突きが飛んだ。

 青鸞の喉を容赦なく狙った突きは、草壁の巨体が出したとは思えない程の速度で繰り出された。

 突きのかわしのパターンはそれ程多くない、青鸞は目で追った相手の竹刀の先に自分の竹刀を置いた。

 喉の手前で竹刀が交差し、首横に触れながら後ろへと逸らされる。

 

 

(将棋にしておけば良かったかも……!)

 

 

 などと考えるが、一度言ってしまったことは覆らない。

 自分が勝てば留まり、負ければ誰にも報告せずそのまま行かせる。

 よもや、自分のような小娘の挑戦を断りはしますまいな――――と言うような挑発を、青鸞は行ったのである。

 

 

 安い挑発だが、草壁はそれに乗ってきた。

 体面の問題などもあるだろうが、チャンスをくれたのだろうと青鸞は思う。

 これを誰にとってのチャンスと捉えるかは、人によるだろうが。

 

 

「――――草壁中佐!」

 

 

 軍服と着物というハンデを背負っているため、青鸞は守りを主において動いている。

 それに力も草壁の方が強い、打ち込みの度に顔を顰める青鸞。

 彼女は8年間剣道をしているが、どうも草壁はその倍以上はやっているらしい。

 こういうものは、時間をかけた方が強くなる傾向がある。

 

 

「どうして、こんな……!」

 

 

 突きを逸らした後、鍔部分を押し合うようにして顔を近づける。

 その中で問えば、鼻息の荒い草壁の返答が来た。

 

 

「無論、日本がまだ死んでいないと世に示すためよ……!」

「そんなこと……」

「そんなことでは無いわ!!」

 

 

 耳元で響く大音量に片目を閉じる、その隙に力任せに身体を押し上げられた。

 たたらを踏むように後ろに下がれば、次の瞬間には豪の一撃が下りてくる。

 竹刀を横に倒して受ければ、手首まで痺れるような打ち下ろしが連続で行われる。

 衝撃の強さに顔を顰める、一撃の度に一歩を下がる程だ。

 

 

「自惚れるなよ小娘、サイタマでの勝利など小さいわ!」

「……っ」

「貴様のような小娘が、すでに日本を背負ったような気か! 背負えるはずもなかろうが……背負わせるはずも、なかろうが!!」

 

 

 竹刀を切り返し、一度に三歩を横に進んで草壁の猛撃から距離を置く。

 藤堂や朝比奈、上級者を相手にしてきた経験がそうさせていた。

 しかし袴と違い着物では大きく動けないので、次の瞬間には草壁に捉えられてしまう。

 

 

(ワタシ)は……!」

 

 

 サイタマで当初の計画に反して介入した青鸞には、草壁の部下達の気持ちが僅かだがわかる気がした。

 自分がやらなければならないと言う気持ちは、わかる。

 日本の現状を憂えている人間なら、誰だって共通するものを持っているから。

 

 

(ワタシ)は、父の跡を継ぎます……!」

「貴様如きがか!」

(ワタシ)だからこそです!」

 

 

 体格で負けているため、下から打ち上げる形になる。

 下がり続けていては勝てない、だから青鸞は前に踏み込む。

 元より、彼女の特性は前進にこそある。

 

 

(ワタシ)が、もっと……!」

 

 

 認めて貰えないのはわかっている、と青鸞は思う。

 一度や二度の与えられた成功で何かが変わるほど世界は優しくはなくて、何もかもが思い通りにならない世界が憎らしくて。

 だけどそれでも、思い通りになる世界が欲しくて。

 

 

「サイタマ・ゲットーでやったようなことを、(ワタシ)が――――ボクが!」

 

 

 正面で竹刀が打ち合った次のタイミングで、青鸞は身を回した。

 大きく動けないなら、動きそのものをコンパクトにせねばならない。

 片足の踵を軸に身を回し、腰を捻るようにしながら草壁の横を擦り抜ける。

 

 

「ボクが、サイタマ・ゲットーでやったようなことを……もっと、もっと! もっとやります、だから!」

「だからどうした!? 貴様1人で何が出来るか!!」

「出来ません! ボクはとても弱いから――――」

 

 

 そう、兄の姿を見ただけで何かを期待してしまうような弱い存在だから。

 

 

「――――だから、まだ草壁中佐達に教えて頂きたいことがあるんです!!」

「……この、小娘がぁっ!!」

 

 

 未熟は承知、だから己の出来ることを精一杯にやるのだ。

 そして青鸞がそのために努力を重ねているのは、もはや草壁達も知っている。

 そして知っているからこそ、彼らは動くのだ。

 

 

 このままでは、名実共に青鸞が解放戦線の顔役となってしまうから。

 名だけならともかく、このまま解放戦線内で地歩を固めるなら、看過できなくなるから。

 背負わせてはならないから。

 15の小娘に、日本を背負わせるようなことが出来るはずも無いから。

 何故なら、彼らは。

 

 

「我らは――――」

 

 

 身を回して竹刀を構えた、しかし竹刀の先を草壁の竹刀が打ち上げた。

 速い、あの巨体で草壁は青鸞の動きについてきていた。

 着物でなく袴であったなら、話は別だったろうが。

 

 

 不味い、と青鸞は思った。

 万歳をするように両腕が竹刀ごと打ち上げられていて、隙だらけの状態だった。

 帯に覆われたお腹が、相手の目に無防備に晒されている。

 

 

「未だ、死なず……!」

 

 

 く、と歯を食い縛って青鸞は手首を返した。

 打ち上げられた竹刀をそのまま下ろす、間に合わないかもしれないが打ち込む。

 行かせない、生かせるために。

 だからあえて下がらず、前に足を踏み込む。

 そして――――……。

 

 

「――――そこまで!!」

「「……!」」

 

 

 別の声が響き、青鸞と草壁が同時に動きを止めた。

 草壁の竹刀の先が青鸞のお腹に触れる直前で止まり、青鸞の竹刀は空を切る直前で。

 完全な負けの体勢での停止、青鸞は軽く唇を噛んでいた。

 止められていなければ、おそらくは鳩尾に入っていた。

 

 

 では、止めた人間は誰か。

 視線を上げれば、そこに鋭利な刀のような細く鋭い男が立っていた。

 格納庫の入り口からゆっくりと歩いてくるその男は、青鸞や草壁が良く知る人間で。

 

 

「草壁、馬鹿な真似は寄せ」

「藤堂……!」

 

 

 そう、藤堂である。

 彼は厳しくも鋭い眼光でその場にいる全員を見渡すと、竹刀を引いた草壁を睨んだ。

 対して草壁は苦い顔だ、藤堂に見つかったならこれ以上の行動はほぼ不可能だった。

 青鸞との口約束など、大した問題では無い。

 

 

「馬鹿なこととは何だ、我々は日本のために……!」

「日本のためを言うなら、余計にやめておいた方が良い」

 

 

 そこで藤堂は青鸞と目を合わせた、責めるような目ではない、だが青鸞は謝罪するように目を伏せた。

 

 

「……草壁、貴様は以前から一斉蜂起を主張していたな。その考えに変わりは無いな?」

「無論だ」

「ならばますますもって今日は動くな、2ヵ月後の蜂起の日に備えてな」

 

 

 2ヵ月後の蜂起、その言葉に草壁の部下達の間で初めてどよめきが起こった。

 これまで一斉蜂起の日程は決められていなかった、だが藤堂が……「奇跡の藤堂」が蜂起の日程について初めて言及した。

 その衝撃たるや、なかなかに大きなものがあった。

 

 

 そして草壁が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる、彼はこの時点で2つの贈り物を藤堂から受け取ったためだ。

 一つは、河口湖で行うはずだった玉砕同然の作戦の停止。

 もう一つは一斉蜂起の日程設定、まぁ、別に藤堂が進んで決めたものでは無いだろうが。

 だが急に決まった日程、その原因は当然。

 

 

「勘違いすなよ、小娘」

 

 

 傍らで自分を見上げる双眸を見つめ返すことなく、草壁は吐き捨てるような声音で言った。

 藤堂のもたらした一斉蜂起決定の報で、草壁の部下達は興奮したような声を上げている。

 今さら河口湖へ行こうとはすまい、彼らの思考は今、派閥の論理から民族主義的な論理へと展開しているだろうからだ。

 

 

「私は貴様のような小娘など、断じて認めん。一斉蜂起をすると言うならそれも良いだろう、だが、そこに貴様が連なることなど断じて認めんぞ……!」

「……構いません」

 

 

 竹刀を逆さに持ち直しながら、青鸞はむしろ静かに返した。

 

 

「それで、草壁中佐がここにいてくれるのなら」

「…………貴様ら、いつまで騒いでおるか! 今夜の作戦は中止だ、『雷光』をトレーラーから戻せ!」

 

 

 青鸞と目を合わせることなく、草壁は部下達を統率するために離れていった。

 草壁の背を見送る青鸞、その横に立ったのは藤堂だ。

 藤堂もやはり青鸞と目を合わせようとはしない、ただ青鸞はそっと目を伏せたまま。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 その言葉に、藤堂は僅かな頷きを返した。

 彼がここに来たのは、情報としては青鸞と同じだ、草壁と部下がここにいるだろうと知ってのこと。

 タイミングとしては、わざわざ朝比奈達が伝えてきてくれたためだ。

 草壁達の姿が見えない、と。

 朝比奈はどうやら、青鸞ほどに草壁を信じているわけでは無かったのだろう。

 

 

 一方で青鸞としては、悔しさの残る結果ではあった。

 藤堂が来てくれなければ、自分は草壁達を止めることが出来なかっただろう。

 だから彼女は、藤堂に感謝したのだ。

 

 

「……それで、お前はどうする?」

「そうですね……」

 

 

 ほっと息を吐いて、目を閉じて、青鸞は頷いた。

 日本のこと、民のこと、シンジュクやサイタマのこと、ブリタニアのこと、そして……のこと。

 考えるべきことはいろいろあるが、しかしとりあえず。

 青鸞は、そっとお腹に手を添えて。

 

 

「とりあえず、同じ釜の飯(みんなでごはん)を食べたいです」

 

 

 そう、微笑んだのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ああ、楽しかった。

 シャーリーはそう思った、実際に言葉にもした。

 一日中河口湖の自然やアクティビティを友人達と楽しんで、いよいよ他の面子も来れば良かったのにと思いながら、ホテルの柔らかいダブルベッドの上に身体を預ける。

 

 

 ホテルの部屋にはミレイやニーナもいて、一日の遊びの思い出話に早くも華を咲かせていた。

 シャーリーは遊び疲れた身体を解すように背伸びをすると、手を伸ばしてテレビのリモコンを手に取った。

 そしてテレビをつけると、ニュースがやっている。

 だがおかしい、どの放送局も同じものをやっている、それは――――。

 

 

「――――ゼロ!?」

 

 

 一方、河口湖から遠く離れたナリタの地でも1人の少女がその映像を見ていた。

 草壁達がナリタに留まった翌日の夜、大会議室で一斉蜂起の日程について改めて協議の場が持たれた時のことである。

 青鸞の声に全員が顔を上げた先、緊急時には自動で展開される巨大モニターがある。

 天井から下げられる形のそれには、ある人物の姿が映し出されていた。

 

 

「ゼロ……クロヴィスを殺したと言う、あの」

「眉唾ものだ、真実かどうかはわからん」

「だとしても」

「うむ……」

 

 

 いったい、何のつもりだろうか。

 片瀬が、藤堂が、草壁が見上げる中、黒い仮面で顔を覆った男は大仰な仕草で手を上げた。

 そんな彼の背後には、黒いバイザーで顔を隠した黒い制服の男女が並んで立っている。

 

 

「……?」

 

 

 ゼロの後ろに並ぶ者達、その何人かに青鸞は見覚えがあるような気がした。

 顔が見えればもっとはっきりするはずだが、背格好だけでも既視感を感じる。

 あれは、確か……と、青鸞が疑問を氷解させるよりも先に。

 

 

『聞け! 力を持つ全ての者達よ! 我々は――――『黒の騎士団』!!』

 

 

 騎士団? 青鸞は首を傾げる。

 テロリストの声明にしては妙な名前だ、しかも制服や仮面お色をとって黒の騎士団とは。

 あのゼロと言う男、仮面や衣装だけでなくネーミングセンスの趣味も悪いのかもしれない。

 

 

『我ら黒の騎士団は、武力を不当に使用する強者全ての敵だ……それがブリタニアであろうとも、そうでなかろうとも、強者の都合を弱者を虐げることを、我々は断じて認めない!!』

「……?」

 

 

 言っている意味がわからない、それは青鸞だけでなくその場にいる解放戦線のメンバー全員が共通する思いだろう。

 しかしそんな彼らも、ゼロが続けた言葉で驚愕することになる。

 何故ならばそれは、彼らの価値観とは真っ向から対立する理念だったからだ。

 

 

『まずは愚かにも民間人を殺戮し、それを主義主張と欺瞞を言い放っていた大日本蒼天党』

 

 

 映像が切り替わる、そこはどこかの野営地のようだった。

 ブリタニア軍らしきナイトメア部隊が、濃く生い茂る樹木と荒れた地面が特徴と言えば特徴の森を包囲している様子が映っている。

 道路もライフラインも整備されている様子も無いが、日本解放戦線やサムライの血の拠点同様地下に基地を築いていたのだろう。

 

 

 しかしそこには、元あった森など存在しない。

 何か強力な爆弾でも爆発したのか、岩盤が崩れたように森の中心に穴が開いている。

 地下の基地にいた者にとっては、天井が突然崩れたようなイメージだろう。

 瓦礫の中に薄紫のナイトメアの残骸が見え隠れする所を見ると、ブリタニア軍の作戦と言うわけでは無いらしい。

 

 

『彼らには救いが無かった……故に、我々が天誅を下した!!』

 

 

 ゼロは言う、大日本蒼天党はブリタニア人排除の名の下に3歳の子供でさえ殺す非道な組織だと。

 子供を洗脳して自爆テロをするような兵に仕立て上げ、ブリタニアと名の付くものに手当たり次第に攻撃を加える非道な人種の集まりだと。

 実際、大日本蒼天党はチュウブでも指折りの過激な組織として有名だった。

 

 

「ゼロめ、何のつもりだ……!」

「姫様、地盤が緩んで危険です。どうかお下がりください!」

 

 

 自身のナイトメアのコックピットを開き立ちながら、大日本蒼天党の掃討作戦を指揮していたコーネリアは崩れ続ける敵の拠点を睨んでいた。

 側近であるギルフォードの懸念の声にも耳を貸さずに立ち続ける彼女は、ゼロがいるであろう土煙の向こうを睨み続けている。

 サクラダイト会議への牽制兼圧力の予定が、これでは。

 

 

「ゼロ、キミは……!」

 

 

 特別派遣嚮導技術部に所属するナイトメアの操縦者(デヴァイサー)、枢木スザクもその現場にいた。

 彼のいる特派は前線にいるわけでは無いが、それでも爆発の振動は伝わっている。

 基地に蓄積されていた燃料用流体サクラダイト、その爆発と特派では予測されているが。

 いずれにせよ、彼の前には結果だけが残る。

 

 

『撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』

 

 

 ゼロの声だけが、大日本蒼天党の基地のある森に響く。

 ナイトメアやG1ベース、そして電波ジャックによってあらゆる映像媒体を通じて世界中に映像が流れているのに、現場のブリタニア軍はその姿を何故か視認できなかった。

 

 

『私は戦いそのものを否定はしない、しかし、強者が弱者を一方的に虐げることは認めない。我々は力ある者が力なき者を虐げる時、いつでも現れるだろう!』

 

 

 どのような理念を持っている組織でも、民間人や弱者を傷つけるならば天誅を下す。

 ブリタニア軍が民間人を虐殺すれば、それを止めるために戦う。

 日本の独立派が民間人を巻き添えにテロを行うなら、これを止めるべく戦う。

 彼ら『黒の騎士団』の主張は、まとめるとそう言うことだった。

 

 

 その主張は当然、ブリタニアには受け入れられないものだった。

 大体ゼロは大逆罪の犯罪者である、主張以前に存在が認められない。

 唯一、日本人の恭順派や中間派の受けは良いだろう――民間人を巻き込むテロを否定すると言う点で。

 だが同じ反ブリタニア組織、例えば最大派閥の日本解放戦線から見た場合、どうだろうか。

 主張は一目置くに値するかもしれない、だが、ただ一点どうしても認められない部分がある。

 

 

「ボク達が……」

 

 

 それは、青鸞の呟きに凝縮されていた。

 ナリタの日本解放戦線、板張りの大会議場で青鸞は肩を震わせていた。

 悲しみではない、それとは程遠い感情が彼女の胸に去来していた。

 彼女の目は、モニターの向こうに映る仮面の男を睨んでいる。

 

 

「ボク達が、ブリタニア軍と同列だって言うのか……!」

 

 

 日本の土地を、権利を、資源を、財産を、そして生命を奪うブリタニア帝国。

 それらを取り戻すべく戦う、日本解放戦線を始めとする反体制派の武装勢力。

 黒の騎士団のリーダー、あの仮面の男ゼロは、両者を同次元の存在として切って捨てたのである。

 

 

 日本解放戦線の幹部連の間に、俄かに奇妙な熱気が立ち上った。

 それはおそらく、青鸞とさほど離れた感情ではないだろう。

 一様に、ゼロの映るモニターを睨みつけていて、そして。

 

 

『世界は、我ら黒の騎士団が――――裁く!!」

 

 

 貴様らなどに、裁いて貰わなくて結構。

 少なくともその時、その場にいる人間の心は一つになった。

 そして、このゼロの声明からさらに数週間が過ぎて――――6月。

 

 

 運命の6月。

 時代の分岐点となるその月が、訪れる。

 その月、青鸞は忘れられない戦いを経験することになる。

 その戦いは、後の日本の歴史の教科書にも載ることになる戦い……。

 

 

 ――――ナリタ攻防戦。

 





 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 草壁中佐プッシュなこの話では、まだまだ中佐殿に頑張って貰う予定。
 自害はしませんでした、どうも。

 そして小説版から大日本蒼天党を引っ張ってきて、河口湖とは別にやられ役になって頂き騎士団誕生。
 さらに騎士団の主義主張の解放戦線サイドからの見方も紹介、これも後に伏線として回収されるかもしれません。
 と言うわけで次回予告です、どうぞ。


『どんな場所でも、積み重ねられる日常がある。

 どこにいたって、時間の積み重ねは否定できない。

 ボクは、それをずっと一緒に重ねて行きたいと思う。

 だから、許さない。

 その積み重ねを否定する、まして壊すことなんて……』


 ――――STAGE9:「終焉 の 序曲」



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STAGE9:「終焉 の 序曲」


ナリタ攻防戦編、スタートします。
さぁ、詰め込みますよぉ~~~~……!
では、どうぞ。


 

 6月に入り、コーネリアは反体制派組織の摘発の手をやや緩めて、一連の軍制改革を断行した。

 各軍管区の将軍に分裂していた権限――統帥権、人事権など――を縮小し、総督たるコーネリアの手に全ての権限を集中させる改革。

 クロヴィス時代に収賄や縁故で出世した人間達を更迭した直後に行われたこの改革により、エリア11統治軍の指揮権はたった1人の女性の手に帰したのだった。

 

 

「とは言え、まだ最初の第一歩を踏み出したに過ぎぬ」

 

 

 コーネリアはボリュームのある自分の髪の端を指先で絡めながら、総督の執務室で側近のダールトンにそう言った。

 副官であり腹心であるダールトンはコーネリアよりも年配だが、皇族であるコーネリアに絶対の忠誠心を持っている。

 そしてその忠誠を、コーネリアは疑ったことなど無かった。

 

 

「制度が変わったからと言って、翌日から軍が強くなるわけでは無いですからな」

「その通りだ。その点、我が異母弟はあまり熱心では無かったようだ」

 

 

 トウブ軍管区を除く他の地方統治軍では旧型のグラスゴーを使用している部隊も多く、末端の兵は軍規を守らず略奪行為に走っている。

 これではイレヴンがいつまで経ってもブリタニアの統治を認めない、エリア11が政治的に安定しない。

 コーネリアの役目は、軍規を引き締め秩序をもたらし、イレヴンから畏敬の念を勝ち取ることだ。

 

 

 とは言え、ただ軍内を引き締めてイレヴンに飴を与えるだけ、とは行かない。

 ブリタニアの統治の正当性を強化すると同時に、反ブリタニアを主張する人々の希望を砕く必要もある。

 具体的には、反ブリタニアの象徴的存在を瓦解させること。

 

 

「ゼロの黒の騎士団か……ナリタの日本解放戦線」

「質としては前者、規模としては後者、と言った所ですかな」

 

 

 ダールトンの評価にコーネリアは頷く、質と規模の異なるエリア11の反体制派組織。

 まず規模、日本解放戦線。

 旧日本軍を母体とするだけあって規模・装備はまさにエリア11最大だ、だが一方で目立った実績の無い組織でもある。

 勢力圏を持つもののそれだけ、最近ではサイタマで小さな勝ちを拾った程度だ。

 

 

 一方であのゼロが立ち上げた黒の騎士団、こちらはこの数週間で立て続けに実績を重ねている。

 第一に総督殺害の実績――コーネリアからすれば犯罪――を皮切りに、イレヴンからも不人気だった大日本蒼天党を潰し――掃討に向かったコーネリアの目の前で――それ以降は、イレヴン向けの麻薬製造工場の破壊やブリタニア人官僚の汚職摘発、イレヴンに強制労働をさせていた企業経営者の襲撃など、警察然としたことを繰り返している。

 

 

(人気取り、だが……人気取り故に、面倒だ)

 

 

 実際、イレヴン内での黒の騎士団の受けは良い。

 純軍事的にはまだ大したことは無いが、まがりなりにも総督殺害をやってのけた相手に油断するつもりは無かった。

 だからコーネリアとしては、現在エリア11で一定程度の名声を得ているこの2つの組織への対応策を早急に定めなければならなかった。

 

 

「――――まずは日本解放戦線、だな」

「各地の租界の防備は整いつつありますが……」

「公安部によれば、最近、日本解放戦線はエリア11の反体制派組織を糾合しての一斉蜂起を画策しているようだからな。サイタマでの勝ちで、奴らはやはり調子に乗ったらしい」

 

 

 旧世界の遺物、コーネリアは日本解放戦線をそう見ている。

 黒の騎士団とゼロの所在は、まだ公安部や諜報部隊によって発見されていない。

 普通、何らかの痕跡があるはずだが……保身に長けているのか、ゼロはそうした証拠を一切残さずに行動している様子だった。

 

 

 しかし日本解放戦線は違う、前々からナリタに本拠地があることはわかっていた。

 戦力分析もほぼ終了しているし、幹部連の構成なども捕虜を拷問して吐かせてある。

 それに最近では、純血派の一部が名誉挽回のつもりなのか、ナリタ周辺の偵察を進めているらしい。

 あのジェレミアのせいでコーネリアの中で純血派の評価は最低だったのだが、キューエルとか言う純血派の騎士が上げてきた報告書の出来は彼女も認めざるを得なかった。

 

 

「さて、何と言ったかな……そう」

 

 

 先日、彼女はゼロとの戦いを日本解放戦線の横槍で乱された経験がある。

 ゼロとの戦いに集中するためにも、二度と横槍を入れられないようにする必要があった。

 だから彼女は、エリア11総督としてエリア11最大の反体制派組織「日本解放戦線」を。

 

 

「確か、クルルギ・セイラン……だったか? 奴らの希望の旗印とやらは」

 

 

 日本の象徴となる存在を、叩き潰す。

 そんなコーネリアの手元には、ある書類があった。

 それは、ある名誉ブリタニア人の少年と反体制派に身を置いているらしい日本人(イレヴン)の少女との関係を示す資料で……。

 

 

「名誉ブリタニア人の忠誠とやらを見る、良い機会ではあるな」

 

 

 紫色のルージュの引かれた唇を歪めて、コーネリアは笑った。

 見る者の心胆を寒からしめるだろうその笑みは、為政者としての顔だった。

 その視線の先には、近い将来に起こるだろう光景が見えているのかもしれない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 日本解放戦線が一斉蜂起に向けた準備を進め、そしてコーネリア率いるエリア11統治軍が日本解放戦線への対応策を固めていた頃。

 同時に、エリア11の裏側で蠢いている勢力も何らかの反応を返す必要に迫られていた。

 それは例えば、キョウトと呼ばれる人々においても。

 

 

「……ブリタニア軍の行動計画は、まだ入らないのか」

「政庁内の人間を動かしてはいるが、意思決定に決定的な影響力が……」

「クロヴィスが総督であった頃ならともかく、コーネリアがこうも独裁的とはな……」

 

 

 キョウトの家の中で最も高い皇家の当主、神楽耶は、ここ連日のそうした会議にいい加減飽いていた。

 自身が議論に参加できるのであればともかく、御簾の中でただ座って聞いているだけ。

 表面上にこやかな笑顔と言う名の仮面をかぶってはいるが、正直、結論や打開策の出てこない話し合いなど聞いているだけ暇である。

 

 

 しかしだからこそ、神楽耶はエリア11の情勢について最も客観的な情報と視点を得ていると言える。

 新総督コーネリアの下、急速に軍事力を強めるブリタニア軍。

 そしてそれに対抗しつつも、どこか急ぎすぎている感のある日本解放戦線。

 突如現れ、日本解放戦線を支持しない恭順派・中間派の支持を集める黒の騎士団。

 

 

「しかし桐原公、紅蓮弐式を新参の組織に供与するとは。随分と思い切ったことをしましたな」

「左様、アレについては片瀬からも早く回すようにと……」

「カカカ、何、アレは保険のようなものよ」

 

 

 キョウトは日本解放戦線以外にも様々な組織に資金や装備を流している。

 表向きはNACと言う親ブリタニアの自治組織だが、その実、ブリタニア政庁の人間を買収して情報や兵器の横流しを仲介しているのだ。

 まぁ、この場合は裏の顔が真の顔と言うべきだろうが。

 

 

(黒の騎士団、ゼロ……)

 

 

 最近、エリア11で急速に名前を売っている反ブリタニア組織だ。

 だからと言って反体制派の味方と言うわけでもないので扱いは難しいが、桐原は……そして神楽耶は、あの組織に直感的なものを感じていた。

 あの組織は、これから伸びると。

 

 

 問題はこれまで支援してきた最大勢力、日本解放戦線だ。

 何しろあそこには青鸞が、キョウトの一員である枢木家の当主がいる。

 それにこれまで流した資金や兵器の数も尋常ではない、投資と言う観点で言えば、あっさり見捨てるにはあまりにも惜しかった。

 だから、最大限キョウトとしても保全に動く。

 

 

(……保険)

 

 

 だからこそ、桐原は保険をかけたのだろう。

 これから伸びるだろう黒の騎士団に最新鋭の機体を――加えて言えば、解放戦線のメンバーでは青鸞を含めて操りきれない性能の――与えて、キョウトのために動くよう「貸し」を作っておくために。

 それは将来、有形無形にキョウトの利益を生み出すはずだった。

 

 

 桐原には常に余裕がある、と、神楽耶は思う。

 次を考える余裕だ、どの組織が潰されようとも再起できると言う「次」の余裕。

 仮に日本解放戦線が敗れても、青鸞さえ無事ならばそれで良い。

 旗印ある限り、いくらでも叛乱の芽は残せるのだから。

 そして万が一、青鸞が倒れても……やはり、「次」が。

 

 

(……だけど私「達」キョウトの女の戦いに、「次」など不要)

 

 

 不要、不純、不毛、不潔、不当――――不快。

 神楽耶の小さな胸の奥には、表には見せない想いと炎がある。

 それが外に溢れ出すのは、そう遠くは無いのかもしれない。

 

 

「そういえば、藤堂達が無頼改を取りに来るのじゃったな。その時にいくつか言い含めておくかの……ああ、そう言えば」

 

 

 桐原が、ふと何かを思い出したように言った。

 

 

「『月下(げっか)』の開発はどうなっておる?」

「ああ、それはあの例のインドの女が……」

 

 

 神楽耶が密かに目を細める中、不毛な会話が延々と続く。

 彼女は静かにそれを聞きながら、ひたすらに自身のすべきことを考えていた。

 その瞳には、桐原の小さな背中が映っている。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方、日本解放戦線の本拠地があるナリタも俄かに騒がしさを増していた。

 とは言えもちろん、外見では何らの変化も無い。

 外の山々は美しい風景を静かに広げるばかりだ、しかし地下は違う。

 

 

「慎重に降ろせよ、慎重にな! そこ、ソフトのプログラム間違えるなよ!」

「ナイトメアの整備が最優先だ。エナジーフィラーの要領拡張試験、急げ!」

「第22輜重隊の持ってきた物資、どこに運び入れた!? 俺は報告受けてないぞ!」

 

 

 拠点各所の格納庫では、ナイトメアや戦車、装甲車の整備に汗を散らせている兵士達が駆け回っている姿を見ることが出来る。

 外の訓練場に視線を転じれば歩兵や砲兵が冗談では無く血を流しながら厳しさを増した訓練に歯を食い縛っているし、施設内においてもナイトメアのシミュレーター機はパイロット達によって占拠されている。

 

 

 末端の兵だけでなく、上層部たる幹部連の会合もいよいよ現実味を帯びてきた。

 日本解放戦線の主力部隊のトーキョー租界への進撃ルートや各ゲットーのレジスタンス組織との連動計画、そして他の軍管区の武装勢力にブリタニア軍の空軍基地を叩かせる順序など、戦略全体の具体策についての議論が着々と進められている。

 議論の中心にいるのは皮肉にも草壁達強硬派であって、今一番元気なのは彼らだった。

 

 

「それでは、我々は一時キョウトへ向かうが……」

「はい、留守は任せてください。……とは言っても、ボクに出来ることはそんなに無いですけど」

 

 

 一方、作戦の基本案の作成を見届けた藤堂は、新たなナイトメアの受領のためにキョウトへ向かうことになっていた。

 2台のトレーラーを伴って出る彼を、青鸞は見送りに来ていた。

 ちなみに出るのは藤堂だけではなく、彼の側近である四聖剣も一緒であった。

 

 

「青ちゃん、お土産期待しててね」

「お土産ってナイトメアだよね、省悟さん……」

 

 

 少年のような風貌の朝比奈の言葉に苦笑を返せば、彼はおどけたように肩を竦める。

 どこかお調子者のような所があるのだ、彼は。

 藤堂に出会っていなければ、意外と冒険家として世界を旅していたのかもしれない。

 

 

「俺達がいない数日、道場を頼む」

「ただし、食事は作るなよ」

「巧雪さんはともかく……凪沙さん、酷いよ」

 

 

 卜部の言葉には純粋に頷くことが出来た青鸞だが、千葉の言葉には傷ついたような表情を浮かべる。

 そこで笑い声が起こることも不本意ではあるのだが、まぁ、仕方が無い。

 5年間の付き合いの結果なのであるから、今さらどうしようも無い。

 そんな青鸞の頭の上に、皺の寄った手がポンポンと置かれた。

 仙波である、彼は笑いを残した真面目な顔で。

 

 

「まぁ、いよいよだ。お前も準備に余念が無いようにな」

「……はい、仙波さん」

 

 

 頭を揺らされるままに、青鸞は頷きを返す。

 何しろ、藤堂達が新たな機体を受け取って戻る頃には青鸞自身の状況も変わっている。

 正式には7月1日だが、6月の末には各地の反体制派に顔を見せることになるからだ。

 

 

 藤堂達としては、複雑な心境ではある。

 しかし5年前から決まっていたことでもある、本人の意思でもあって、彼らが何かを言うべき問題ではないのだった。

 ひとしきりの別れを済ませた後、藤堂達はそれぞれトレーラーに乗り込んだ。

 

 

「それじゃあ行って来るね、青ちゃん」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 

 

 着物の袖を振って見送ると、窓から顔を見せていた朝比奈は後ろから頭を掴まれて窓の向こうへと消えた。

 おそらく千葉あたりに引きずり込まれたのだろう、青鸞は思わず笑ってしまった。

 それは、普段とは何も変わりが無い光景だった。

 だが、一つだけ。

 

 

 むしろ青鸞には直接は関係は無い、だが藤堂達のトレーラーが地下道から外へと出る際にそれは起こっていた。

 藤堂達の責任というのも酷で、どちらかと言えば外の監視員達の責任だろう。

 その2台のトレーラーを見る他の目があったことに、気付かなかったのだから。

 

 

「……ついに見つけたぞ、イレヴン共の穴倉の入り口を……」

 

 

 深い森の中、無精髭で顔を半分覆った金髪の男が唇を歪めた。

 しかし、その昏い笑みを見る者はいない……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 藤堂達の見送りを終えた後、青鸞は慌ただしく通路を駆けていた。

 着物の裾が邪魔で走りにくいことこの上無いが、それでも驚異的な速度で走った。

 途中、資材を抱えた兵士や解放戦線のメンバーと擦れ違い奇異の目を向けられるが、構うことなく走り続けた。

 

 

 向かう先は民間人の保護区画だ、と言って藤堂道場が目的地では無い。

 彼女が向かったのは保護した民間人が住む長屋の部屋の一つであって、そこに辿り着いた青鸞はやや意外そうな顔で立ち止まった。

 何故ならそこに深緑色の軍服を着た軍人がいて、しかもそれが自分の護衛小隊のメンバーだったからだ。

 

 

「茅野さん、こんな所で珍しい……」

「あ、青鸞さま。おはようございます」

「愛沢さん?」

 

 

 そこにいたのは茅野と愛沢だった、愛沢の右手には今日はベージュ色の義手があった。

 黒髪のツリ目の女性兵と茶髪のタレ目の女性、20代後半の女性同士の知り合いとしてはなかなか対照的だった。

 彼女らは青鸞を見つけると軽く会釈をしてきて、青鸞もそんな彼女らに軽く頭を下げる。

 2人の関係性については良くわからないが、友人なのだろうと思う。

 

 

「……7月には、しばらく会えなくなるから気をつけて……」

「さおりちゃんこそ、無事に帰ってきてね……」

「……ん」

 

 

 そんな会話を聞きつつも、青鸞は2人の傍を通って長屋の中へと入った。

 さほど広くも無い、そして若干薄暗い畳張りの部屋に中には何人かの人間がいた。

 その内の2人は、愛沢が面倒を見ている2人の子供だ。

 

 

「あ、せいらんさまだ」

「せいらんさま、おはよー!」

「うん、2人ともおはよう」

 

 

 飛び込んで来た小さな女の子を抱きとめて顔を上げると、同じくらいの年の男の子が傍についている女性の姿を見た。

 その女性は解放戦線が他の地域で保護してきた女性で、薄い衣服越しにお腹がふっくらしているのが見えた。

 男の子の前でお腹を撫でていたその女性は、青鸞を見ると笑みを見せた。

 

 

「渡辺さん、お加減いかがですか?」

「ええ、おかげさまで……」

 

 

 渡辺と言う名前らしい女性の身体には、薄いが小綺麗な上着が何枚も重ねられていた。

 食糧と同じように衣類も貴重なナリタだが、保護区の人間は彼女が身体を冷やさないようにと余分に渡してあげているらしい。

 衣類だけでなく、ここでは滅多に手に入らないミカンやリンゴなどの果物類が小さな籠に入れられて側に置かれている。

 

 

 内に新たな命を抱え、数日前に臨月を迎えた女性に対するせめても心配りだった。

 出産を手伝った経験があると言う老婆も、部屋の隅でうつらうつらと船を漕いでいるのが見える。

 そして保護区の子供達が回りを固めていて、何だか微笑ましい。

 殺伐とした外の光景とは隔絶された、温かな光景がそこにはあった。

 

 

「青鸞さまや皆さんのおかげで、無事に産めそうで……あ、動きましたね」

「う、大原さん起こす?」

「いえ、たぶんまだだと思います」

 

 

 わかるんだ……と感心しつつ、青鸞は女性の傍に座る。

 30代前半くらいだろう女性は柔和に微笑むと、ぽんぽんと自分の大きなお腹を軽く叩いて、そっと手をどける。

 青鸞は窺うように女性と目を合わせると、可能な限りゆっくりとそのお腹に触れた。

 

 

 触れた瞬間、衣服や肌の向こうの小さな命の感触を感じて溜息を吐く。

 妊娠がわかって――1年半前にここに保護され、つまりナリタで出来た子供――から、1ヶ月に1度くらいのペースで様子を見に来ている青鸞。

 だからこそ、最初の頃とはまるで違う様子に溜息を吐くのだ。

 そんな彼女の両側に、男の子と女の子が身を寄せるように座る。

 

 

(……無事に、生まれてきてね)

 

 

 心の底からそう願う、ナリタで生まれる子供だ。

 そしてこの子が大きくなる頃には、ブリタニアとの戦争も終わっていると良いな、と。

 この時、青鸞は本当にそう願っていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ルルーシュはゼロである、つまり彼は前総督クロヴィスを殺害した稀代のテロリストだ。

 ブリタニアの皇子として生まれた彼が、何故ブリタニアに反旗を翻したのか。

 それは本人と、あとは例外の1人を除いては誰も知らない。

 

 

 しかし現実に彼はテロリストであり、同時にブリタニアの学生でもある。

 正体を隠している以上学校にも通う必要があり、まして何も知らない妹ナナリーに余計な心配をかけるわけにも行かず……いわば二重生活を送っていることになる。

 それが危険と隣り合わせであることは、誰よりもルルーシュ自身が知っている。

 だが、彼は――――。

 

 

「ゼロ!」

 

 

 その時、ルルーシュ=ゼロを呼ぶ声が彼の意識を思考の海から掬い上げた。

 仮面越しに聞こえる声は高い、まるで年頃の少女の物のようだった。

 いや、実際に年頃の少女が彼の傍へと駆け寄って来ている。

 朱色の髪を赤と藍で染め抜かれたバンダナで上げた、青の瞳に快活さを覗かせる少女だ。

 

 

 その顔立ちは、どこかアッシュフォード学園のルルーシュのクラスメートに似ていた。

 そう、彼女もまたルルーシュと同じ二重生活を送る者。

 カレン・シュタットフェルト、改め、紅月(こうづき)カレン。

 彼女は、日本人の母とブリタニア貴族の男の間に産まれた子なのである。

 どういう事情で日本人としてレジスタンスに参加しているのかは、ルルーシュも詳細は知らないが。

 

 

『どうした、カレン』

「いえ、あの、本当に1人で……? せめて、私だけでも」

『いや、キミには紅蓮弐式で山頂まで皆を先導して貰わなければならない。私は皆の侵入ルートを確保しつつ進む、その際は単独行動の方が都合が良い』

「でも……」

 

 

 ルルーシュ=ゼロの返答に、カレンはやや納得しかねる表情を浮かべた。

 クラスメートであり生徒会メンバーでもある彼女、だが仮面で素顔を隠しているルルーシュ=ゼロを生徒会の仲間だとは思っていないだろう。

 

 

「ゼロ、カレン、ちょっと良いか。山への侵入ルートなんだが……本当に、このマップの通りのルートで良いのか? どう考えても日本解放戦線の偵察網に引っかかると思うんだが……」

『問題ない、私を信じろ』

 

 

 カレン、そしてもう1人の男に対してルルーシュ=ゼロは断言する。

 彼が振り向いたそこには、カレンの他に無数の人間がいた。

 漆黒の制服を着た彼らは「黒の騎士団」、ルルーシュ=ゼロの「軍隊」である。

 そして今は夜の時間、彼らの頭上には月の無い新月の夜空が広がっている。

 

 

『私を信じたその先に、お前達の未来があるのだから』

 

 

 ルルーシュ=ゼロが見る先には、高い山々が見える。

 標高2000メートルを超える山々が連なるその場所こそ、彼らの次の戦場だ。

 その山の名は――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その山の名は、ナリタ連山と言う。

 コーネリアが日本解放戦線への攻撃を決断した翌週の朝、スザクは朝の深い霧に覆われた山々を遠目に見つめていた。

 まだ行政区画としてのナリタ連山には入っていないが、ブリタニア軍による交通規制が始まった高速道路の上からでもそれは見える。

 

 

「いやぁ~良かったねぇ、まさかコーネリア殿下から僕らに派遣要請があるだなんて!」

 

 

 ガードレールの前に立ち、遠くに見えるナリタの山々を見つめていたスザクの隣に白衣の男がやってきた。

 男の目が眠たげに緩められているのは、別に今が早朝の時間帯だからでは無い。

 スザクの上司である彼は、早朝だろうといつだろうと同じように緩いのである。

 

 

 ロイドが喜んでいるのは、彼らの後ろに停車しているヘッドトレーラーの存在のせいだろう。

 交通規制の中を通過していくブリタニア軍の他の軍用車両に比べて異彩を放っているそれは、スザクが所属する特派の物だ。

 中にはスザクをデヴァイサーとするナイトメアが1機積み込まれていて、これからナリタへ向かうブリタニア軍の一部として行動することになっていた。

 

 

「ロイドさん!」

「ん? どうしたんだいセシルくん、ようやく実戦で『ランスロット』を動かせるんだよ? 大日本蒼天党の時は、いろいろあったせいで動かせなかったしねぇ」

「それはそうですけど……でも、その」

 

 

 これまで、名誉ブリタニア人であるスザクを擁する特別派遣嚮導技術部にコーネリアが何らかの命令を下すことは無かった。

 それはこの部署の人事権が本国の方にありコーネリアの手には無いと言う事情以上に、スザクと言うブリタニア軍唯一の「他国人ナイトメアパイロット」の存在が大きい。

 

 

 ブリタニア人とナンバーズを区別するのはブリタニアの国是、コーネリアはそれを体現する総督。

 故に、これまでは従軍しつつも端の方で戦況を見ているだけと言う事が続いていた。

 しかし今回の作戦に限っては、コーネリア自らが特派に一つの命令を与えていたのである。

 その命令ゆえに、出撃できることをロイドは喜び、逆にセシルは気遣わしげな視線をスザクへと向けるのだった。

 

 

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、セシルさん」

「でも、スザク君……コーネリア殿下もどうしてこんな」

「軍務ですから、自分は大丈夫です」

 

 

 大丈夫でなくとも心配だが、大丈夫であっても心配。

 そんな表情で自分を見つめるセシルの視線を感じつつ、スザクはナリタの山々を見つめた。

 あそこには、日本解放戦線の本拠地があるのだと言う。

 その中にはおそらく、彼の知っている人間も少なからずいることだろう。

 

 

 しかしどんな個人的な事情があれ、命令に従うのは軍人である以上は当然。

 それがルールだ、ならば守らなければならない。

 ルールから外れた行動は許されないし、意味が無いとスザクは思う。

 だからこそ、彼はナリタの山々にいるだろう人々のことを想うのだ。

 

 

(そこにいるんですか、藤堂さん……それに)

 

 

 ぐっ、と拳を握り、琥珀色に輝く瞳を厳しく細めて。

 

 

青鸞(セイラン)――――……)

 

 

 この時、コーネリアの率いるエリア11統治軍中枢からスザクに与えられた命令はただ一つ。

 名誉ブリタニア人として軍令に従い、命令を遂行せよ。

 目標は、日本解放戦線に身を置いていると思われる故枢木首相の遺児。

 貴公の妹、クルルギ・セイランを捕縛、また捕縛が極めて困難な時には。

 

 

 ――――目標を、殺害せよ――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ある朝、ナリタ連山地下の保護住民の居住区の一部は騒がしかった。

 そこは藤堂道場、しかしその日は居住区の17歳以下の少年少女の裂帛の声は響いていない。

 袴姿の少年達は今は道場の外でそわそわとしており、気遣わしげな視線を道場に向けるばかりだ。

 

 

「おい、まだかよ……」

「お、俺に聞くなよ」

「誰か様子見てこいよ」

「つっても、女子連中が絶対入るなって凄い剣幕だったし……」

 

 

 囁き声を拾っただけでも、彼らが中の事情について詳しくないことがわかる。

 実際、外に締め出されて以降の中の様子はわからないのだ。

 例外として、たまに道場の中から出入りする袴姿の少女達の姿が見えるだけだ。

 後はごく稀に道場の奥からくぐもった叫び声のような声が聞こえるのだが、それが聞こえれば少年達は身を竦ませるばかりだ。

 

 

 朝の時間が深まるにつれて、周りには少年達以外にも人が増えてくる。

 そして対照的ではあるが、女性陣が中に入れるのに対して、男性陣は門前払いを喰らうのだった。

 それでも察しの良い中年以上の男性ならば、大体の事情を理解して見守る体勢を取っていた。

 

 

「ああ、渡辺さんかい……いよいよだねぇ」

「大丈夫かな、ここには大した医療機器も無いけど」

「何、うちの婆さんがついとる。大丈夫じゃあ」

「……いや、あの人最近寝てばっかな気がするんだけど……」

 

 

 期待と不安、そんな感情が居住区を包み込んできた。

 老若男女問わず、あるいは一部には軍人でさえも含めて、ふと立ち止まって見守り続ける。

 それは、そんな時間だった。

 人々は一時、自分達の境遇すら忘れて道場を見守っていた。

 

 

 しかし、どこか神聖なその時間もやがて終わりの時が来る。

 その終わりを知らせるのは、これまでよりも遥かに大きな声だ。

 それは耳を(つんざ)くような甲高い声でありながら、聞く者をほっとさせる力を持つ不思議な声だった。

 

 

 

 ――――ふぇええええっ、ふえええええええぇぇぇんっ――――

 

 

 

 泣き声。

 それは泣き声だった、自分の存在を高らかに歌い上げる、人間が一番最初に奏でる音だった。

 聞く人々の間でどよめきのような歓声が上がる、それは生命の讃歌だ。

 存在の自己主張、人々の顔に笑顔が灯る。

 

 

 今日この日、ナリタに新しい命が産まれた。

 人々の心の中に祝意が満ちて、道場の中から出てくるだろう誰かが母親の健康と新たな命の性別を告げるのを楽しみに待った。

 しかし、それが訪れる前に……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 生命を産み落とすと言うことは、人間の中でも女のみの特権である。

 そのことを知る者は多いが、実感できる人間は意外と少ない。

 そして青鸞は、このナリタにおける最初の例に立ち会うことが出来た。

 

 

「さぁさ、可愛らしい女の子ですよ」

 

 

 青鸞の目の前で、先日妊婦の部屋でうつらうつらしていた老婆が目も覚めるようなキビキビした動きで産まれたばかりの命を綺麗なお湯で洗っている。

 周囲に積み上げられたタオルや布は流れた血で真っ赤に染まっており、数時間かけた奮闘の跡を窺うことができる。

 

 

 しかしそれを前にしても、青鸞は放心したようにその場にへたり込んでいた。

 周囲には藤堂道場の少女達が袴姿で同じように座り込んでおり、やはり疲れ切っている様子だった。

 どうやら衝撃が強かったらしい、その中でも出産に最初から立ち会った青鸞の疲労度は妊婦本人を除けば一番だったかもしれない。

 

 

「は……はぁ~~……」

 

 

 深々と息を吐く青鸞の様子は、見るからにほっとしているようだった。

 早朝、月一の様子見を週一に変えた途端、長屋の中から変事が無いことを気にして中に入れば苦しげに唸り声を上げる妊婦の女性がいた。

 足の付け根から大量の水が噴き出しているのを見て、青鸞が半狂乱の状態に陥ったことは想像に固くないだろう。

 

 

 それからは青鸞の悲鳴に人が集まってきて、あれよあれよと言う間に藤堂道場へと運び込まれた。

 出るタイミングを逸したためか、青鸞もそのまま出産を立ち会うことになってしまった。

 それからの2時間、嵐のような時間だった。

 居住区中から出産経験のある女性達が集まってきて妊婦について、青鸞のような若い女子達はひたすらお湯を沸かしたり綺麗なタオルや布を掻き集めてきたり……。

 

 

(つ、疲れた……)

 

 

 衝撃的な映像も多く見た、例えば出産直後にも胎盤を出すために大変だったり。

 それ以前に悲鳴を上げながら命懸けで出産を行う母親の姿であるとか、出産時に出てくる血や体液であるとか、もういろいろ受け止めきれないのは周囲の道場門下生の少女達も同じようだった。

 ナリタでの子供の出産は極めて珍しい、良い経験だったとは思うが。

 

 

「青鸞さま、お疲れのところ申し訳ありませんが……」

 

 

 その時、へたり込む青鸞の肩を小さな手が叩いた。

 振り向けばそこに割烹着姿の少女がいて、同じように疲れた表情をしていながらも。

 

 

「そろそろお時間が……」

「あ、うん」

 

 

 雅の言葉に頷く青鸞、実は彼女は今日の正午に日本の反体制派に向けて流す決起を促す演説を撮影することになっているのだ。

 非常に興ざめではあるが、いくつか撮って編集を加え、いろいろと確認しなければならない。

 つまり非常に忙しいわけで、その意味ではキツい出だしだった。

 

 

「青鸞さま」

 

 

 一方で、しゃがれた声が青鸞を呼ぶのも聞こえた。

 今度は正面であって、青鸞が顔を上げると助産婦の役目を果たした老婆がそこにいた。

 しかもその手には小綺麗な布にくるまれた小さな命……赤ちゃんが抱かれていて、どうやらそれを青鸞に対して差し出しているようだった。

 

 

 産まれたばかりの赤ちゃんは、想像していたよりもずっと小さい。

 目などまだ開いていないし、髪の毛も生え揃っていない。

 肌も赤くて、どことなく人間には見えないくらいだ。

 だが、新しい命がそこにある。

 

 

「さぁ、抱いてやってくだされ。青鸞さまのおかげで、母子共に健康ですじゃ」

「ぇ……」

 

 

 僅かに逡巡して顔を上げれば、出産直後の疲労感に横たわる妊婦……元妊婦の母親がいる。

 居住区の中年女性に囲まれた彼女は、青鸞を見ると疲れた笑みを浮かべて、静かに頷いた。

 周囲を見渡せば、まず雅が笑顔で頷いていて、道場門下生の少女達も興味深げに赤ちゃんを見ているのがわかる。

 それから再び赤ちゃんを見て、青鸞は躊躇いがちにそっと手を伸ばした。

 

 

「そうそう、首を支えて……はいはい、お上手ですよ、はいはい」

「わ、わ……わあぁ……」

 

 

 他に声の出しようが無い、と言うような雰囲気で赤ちゃんを抱っこする。

 普段の凛々しさはそこには無く、年相応の少女のような振る舞いがそこにあった。

 その両腕にかかるのは、3250グラムの命の重みだ。

 ふみふみと声を上げる赤ちゃんを、しっかりと両腕で抱き込む。

 

 

「お、重い……それに、あったかい……」

 

 

 布越しでもわかるポカポカした体温に、つい言葉も幼くなる。

 と言うより、こういう場合に言う言葉は限られているだろう。

 

 

「青鸞さま、もしよろしければその子に名前をつけてあげてください」

「え? えええええぇぇぇ、ボクが!?」

 

 

 もはや素である、しかしそれを気にしているどころではなかった。

 大声にグズり出した赤ちゃんにうろたえつつ、青鸞は驚きの声を上げた。

 母親は人を呼んでくれたお礼に、是非とも名前をつけてほしいと言うのだ。

 

 

 青鸞は困った、それはそれはかなり困った。

 子供はおろかペットにすら名前をつけたことが無い、出来れば1週間くらい時間がほしかった。

 しかし周囲の空気が期待に満ちているのもわかるので、まさかそんなことは言えない。

 腕の中で微かにグズる赤ちゃんを見ながら、うーんと悩む青鸞。

 

 

「えっと……えーっと」

 

 

 頭を必死で回転させる、皆の視線を浴びる中で必死に考える。

 この女の子に、何と名前をつけるか。

 ナリタで産まれた日本人の女の子、やはり日本人らしい名前が良い、それも日本を感じさせるような古式ゆかしい名前が。

 

 

「………………じゃあ」

 

 

 しばらく考え込んで、青鸞は一つの名前を脳に描いた。

 その名前を紡ごうとする唇に、全員の視線が注目する。

 小さな桜色の唇が名前を紡ぐ、その刹那。

 

 

 

 ――――ナリタの山々が、鳴動した。

 

 

 

 そう思えるくらいの振動が、道場の床を振動させた。

 地震では無い、何故ならその揺れは断続的に響き続けているからだ。

 女性達の小さな悲鳴が重なる中、青鸞は腕の中に小さな命を抱いたまま上を向いた。

 パラパラと小さな粉を降らせる天井を見上げ、それまでの温かな気持ちを冷やして。

 

 

「まさか――――……!」

 

 

 断続的に響くその揺れに、青鸞は覚えがあった。

 それは……それは。

 それは、砲撃が着弾する音――――!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「何事か!?」

「こ、攻撃です! ブリタニア軍が来襲した模様――――大軍です!!」

「何ぃ……ッ!?」

 

 

 地下の中央司令室に駆け込んだ日本解放戦線のリーダー、片瀬は、駆け込んだ瞬間に信じられないものを見た。

 戦略パネルになっているモニター、ナリタ連山を示す円の周囲に無数の熱源の光点があった。

 その光点は数秒ごとに更新され、今なお増加し続けているのである。

 

 

「――――斥候は? 見張りは何をしていたか!?」

「だ、第一波の砲撃で外延部の見張り小屋が叩かれた模様!」

「敵ナイトメア部隊が有効射程圏に侵入! 第1から第7までの斜面を駆け上っている模様、よもや、こちらの偽装口の位置が!?」

 

 

 一瞬の自失から戻った片瀬を迎えたのは、敵の奇襲を許したと言う絶望的な報告だった。

 刀を持つ彼の手が震えているのは、武者震いと信じて良いものかどうか。

 そして状況は、彼にとって悪い方へ悪い方へと流れていく。

 藤堂と言う懐刀がいない今、片瀬は自身の才幹と責任でもってこの状況を脱しなければならなかった。

 

 

「さて、どう出てくるか……」

 

 

 自らナイトメア部隊を率い、愛機の中で笑みすら浮かべてコーネリアが笑い。

 

 

『問題ない、これで全ての条件はクリアされた……後は、私達が奇跡を起こせば良いだけだ』

 

 

 ルルーシュ=ゼロが、コーネリア軍の襲来に怯える部下をそう言って宥め。

 

 

「スザクくん……いえ、枢木准尉。作戦、開始されました。ランスロットの準備を」

「…………はい!」

 

 

 戦車と砲兵による砲撃を受けて鳴動し、所々から煙を上げるナリタ連山を見つめていたスザクが決意に満ちた表情でナイトメアに乗り込み。

 

 

「ふふ、ふふふふふ。さぁ、出て来い青いブライ……!」

 

 

 後方に下げられた純血派のナイトメア部隊の中、ナリタの地理構造の肉眼データを司令部に提供した功績で新たなサザーランドを得た純血の青年が血走った目で戦場を見つめ。

 

 

「……せるか……やらせるか……!」

 

 

 自分の愛機があるナイトメア格納庫へ向けてと駆ける、1人の少女。

 腕に抱いた温もりを道場門下生の後輩達に任せ、ひたすらに前を見て駆ける。

 その胸に宿るのは使命感、そして純粋な守護への欲求。

 

 

「ぜったい――――守ってみせるッッ!!」

 

 

 青鸞の誓いの叫びが、警告音と軍靴の音で満ちる通路に響き渡る。

 そして、戦争が始まる。

 誰もが望まぬ絶望の宴が始まり、そして。

 何もかもが、終わろうとしていた。

 





 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 次話から本格的な戦争パートに入りますので、今話はそれを盛り上げるための要素をいろいろと放り込んでみました。
 回収しきれるかわかったものではありませんが、可能な限り盛り上げたいと思います。

 おそらく、このナリタ攻防戦が青鸞にとって重要なターニングポイントになります。
 どう重要かは、次回から明らかになるかと。
 ではその一片、次回予告です。


『守るべき人達が後ろにいる、倒すべき敵が前にいる。

 ならば戦う、それだけで良い。

 だけど戦場は、戦争はボクの予想を超えて拡大していく。

 その中で、ボクは再会する。

 ……父様を殺した、あの人に』


 ――――STAGE10:「ナリタ の 戦い」


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STAGE10:「ナリタ の 戦い」

 

 ナリタ連山に存在する日本解放戦線の関係者は、およそ1万人とされている。

 その内、後方スタッフを含む戦闘員が約7000人であって、これが日本解放戦線の最大兵力である。

 残りの3000人近くは保護した民間人であり、その半数は日本解放戦線の本拠地の敷地内――地下だが――に住んでいる。

 

 

 つまり一種の地下都市であり、実は簡単には移動が出来ない構造になっている。

 また仮に移動、つまり脱出が可能になったとしても、外的な要因によって不可能な場合がある。

 圧倒的物量による、包囲殲滅戦だ。

 

 

「敵軍は3方向から侵攻中! ナイトメア部隊を前面に押し出し、地上部隊を侵攻中です!」

「航空戦力による爆撃はありません――――純粋な地上戦力による進撃のみの模様!」

「各防御陣地からの全兵器使用許可の申請を受理! 固定砲台による防衛ラインが崩されつつあります!」

 

 

 今回、コーネリアがナリタ連山の包囲作戦を展開するために率いてきた兵力は4万。

 補給・情報管制など後方支援部隊が3割を占めることを差し引いても、実働戦力は軽く3万近い。

 もちろん、ただ1人を除いて全てブリタニア人で構成された正規軍だ。

 ナイトメア207機、戦車・装甲車101両、自走砲を含む野戦砲75門、そして施設の制圧を担当する多数の歩兵部隊、これらの戦力でコーネリアはナリタを陥とそうとしていた。

 

 

 対して日本解放戦線の戦力は後方部隊も含めて7000、ナイトメアの数は54、戦車・装甲車は自走砲を含めて95両(門)、トーチカに偽装された固定砲台などが31基あるが、いずれにしても侵攻してくるブリタニア軍の半数にも届かない。

 攻城戦は防御側の3倍の兵力が必要、その法則に基づくのであれば、コーネリアは十分な戦力を揃えてきたと言える。

 

 

「少将閣下、このままでは……!」

「わかっている」

 

 

 幕僚として傍についている東郷の言葉に、片瀬は呻くような声で応じた。

 篭城は出来ない、援軍のアテも無いのに時間を稼いでも無意味だからだ。

 サイタマの時のようにトーキョー租界周辺のレジスタンスを動かし、関東全体に進撃する素振りを見せて撤退させると言う策は今回は使えなかった。

 

 

 何故なら各地に散っている諜報員からの報告で、ブリタニア軍1万(ナイトメア100機含む)が各地のゲットーを昨日から封鎖しているからである。

 しかも、近隣の空軍基地から攻撃機を低空飛行させて威嚇していると言う。

 おそらく、サイタマの二の舞を避けようとコーネリアが打った手だろう。

 

 

「……全砲台、迎撃を開始せよ!」

 

 

 テーブル型の戦略パネルを睨みつけながら、片瀬は全軍に迎撃を命じた。

 偽装を取り払って砲台を出し、ナイトメア部隊を繰り出して歩兵・戦車部隊と共に防衛ラインを敷く。

 降伏は出来ない、だが彼にも万が一の際の覚悟はある。

 

 

「東郷、お前は例の準備をしろ」

「しかし、アレは」

「わかっている、あくまで最後の手段だ。最後のな……」

 

 

 絶望的な7年間を戦い続けてきた老将、片瀬。

 彼は刀を握り締めたまま、戦略パネルを睨み続けていた。

 膨大な光点が本拠地に迫っている様子を、見つめ続けていた。

 

 

「ここには民間人もいるのだ……断じて奴らを通すな! 今こそ回天の時である!!」

 

 

 精神と肉体を磨り減らし続けた老将の声が、今や風前の灯となった日本最大の反体制派武装勢力の中枢で反響した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 濃紺のパイロットスーツに着替えた青鸞は、多くの兵士でごった返している通路を縫うようにして駆けながらナイトメア格納庫に向かった。

 そこには青鸞の無頼があり、また彼女の護衛小隊の面々もすでに出撃体勢を整えていた。

 山本、上原、大和……サイタマでの戦いを共に経た仲間達だ。

 

 

 言葉少なにナイトメアへの搭乗を告げて、青鸞自身も自分の機体のコックピットへと身を投げ入れた。

 すでに戦闘は始まっている、実際、起動させたナイトメアのディスプレイや通信回路ではそれに関わる情報が飛び交っている。

 機体全体の起動までの数秒間、背をシートに押し付けて青鸞は目を閉じた。

 

 

「父様……!」

 

 

 ぎゅう、と、自分の両肩を抱くようにして父を呼ぶ。

 応える声は無い、当然だ、だがそれでも呼んだ。

 呼ばずにはいられなかった、誰かに力を貸してほしかったからだ。

 今再び、「日本」が危機にある中で。

 

 

 ブリタニア軍の襲来自体は、驚くに値しない。

 いつかは起こるはずであったし、機先を制された事は厳しいが、やりようによっては十分に防げるはずだった。

 外の戦力を潰されたとしてもナリタは広い、相手が歩兵部隊であれば簡単には制圧などさせない。

 だが、そうなってしまえば。

 

 

「…………」

 

 

 腕の中にはまだ、あの温もりと重みが残っている。

 ナリタ地下の制圧戦となれば、当然、保護している民間人も巻き込まれる。

 道場の門下生はもちろん、青鸞自身が保護した人達もいる、生活を営む人々がいる。

 守らなければならない、自分達を信じてついて来てくれた人々なのだから。

 

 

 メインディスプレイに火が灯った、側面のディスプレイにも照明が入る。

 コアルミナスからエネルギーが機体全体に行き渡ったのだ、無頼が稼動する。

 深く息を吐いて下を見ると、青鸞は膝の上に置いてあった物を手にとった。

 それは刺繍の施された白いハンカチだった、何の変哲も無いが上質な物だ。

 

 

「…………」

 

 

 それを額に軽く押し当てて何事かを呟く、何と呟いたかはわからない。

 ただ、どこかで平和に過ごしているだろう幼馴染の兄妹の幸福を祈ったように見えた。

 そしてそのハンカチを左手首に右手と歯で巻いて、青鸞は無頼の操縦桿を握った。

 

 

「――――小隊各機、出撃します!」

『『『承知!』』』

 

 

 藤堂達がいたら止めただろうか、それとも背中を押しただろうか。

 イフの可能性に意味は無い、しかしいずれにしても青鸞の顔にもはや迷いは無かった。

 目の前のディスプレイには、別の小隊の無頼3機が出撃している様子が見て取れた。

 すでにこの格納庫にいるナイトメアは全て出撃している、青鸞達が最後だ。

 

 

「ここで動かずして、何のための日本か……!」

 

 

 無頼のランドスピナーを低速で動かし、前の小隊が出撃した後に続く。

 流れるように動き出した青鸞機、その後方では古川達整備班が帽子を振って見送っている。

 最高とは言わないまでも、最高に近い整備を施した機体だ。

 ブリタニアを思う存分打ち倒せと、そう言っているのが聞こえる気がする。

 

 

(ワタシ)達はこれより、味方を援護……ナリタに攻め上るブリタニア軍を撃退します。状況は苦しいようですが、敗戦は一度で十分、各員……死力を尽くすことを期待します!」

『『『承知!』』』

「……生きて」

 

 

 敵は圧倒的な戦力、味方は寡兵。

 いつものことだ、だから大したことなんて無い。

 そう自分に言い聞かせる青鸞、その頬には不安を象徴するように一筋の汗が流れていた。

 

 

「生きて、必ずナリタへ……!」

『『『…………承知!』』』

 

 

 前方の通路が空いた、岩盤の偽装が剥がれて地下道が外へと通じる。

 徐々に速度を上げながら、青鸞は薄暗い地下道から明るい外へと飛び出した。

 ランドスピナーの感触の変化と共に、目に飛び込んで来た太陽の光に僅かに目を細める。

 

 

 そして同時に、飛び出した所を狙われたのだろう、先に出た小隊の無頼の残骸を見つけた。

 目を見開く彼女の前で、薄紫色の装甲を持つブリタニアのナイトメア、サザーランドが巨大なランスを振り回して貫いていた無頼を吹き飛ばすのが見えた。

 パワーなどの基本スペックは向こうの方が上だ、そのことを今さらながらに思い出す。

 

 

 中遠距離からの戦車・野戦砲の電動式砲弾(レールカノン)とナリタの固定・移動砲台のオレンジ色の火線が飛び交う空、機体を通じて響く戦闘の地響き、そのいずれもがこれまでの戦場の比では無い。

 巨大な戦場の中にあっても、しかし1人1人の兵士の感情の動きはあくまで単純だ。

 例えば目の前で友軍の無頼が地面に転がされ、爆発炎上する様を見せられた青鸞は。

 

 

「……ッ、ブリタニアあああああああああああぁぁっっ!!」

 

 

 瞳の奥に怒りの輝きを煌かせ、無頼の刀を水平に構えて。

 ブリタニアのナイトメア部隊のただ中へと、自らを飛び込ませた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 日本解放戦線側が保有するナイトメア部隊を展開し始めた時点で、すでに固定砲台主体の最初の防衛ラインは突破されつつあった。

 ナイトメアで砲台を潰し、戦車の援護を受けた歩兵部隊が前進すると言うのがその基本戦術だ。

 高きを制しているのは解放戦線だが、火力の差が彼らを苦戦させていた。

 

 

「戦況――――報ぅ――告ッ!!」

 

 

 戦車による崖上への砲撃が続く中、解放戦線が確保している陣地に大声が響く。

 深緑の軍帽をかぶった兵が砲撃音に負けない声で、付近の戦況について報告に来たのだ。

 大地を揺るがず砲撃の音と衝撃が断続的に響く中、下から迫るブリタニア兵の気配を感じながら、しかし耐えなければならない。

 

 

「第14砲台指揮官よりぃ、『我、最後ノ一兵マデ敢闘セリ』! 敵部隊は砲台兵による突撃で甚大な被害を被りつつもぉ、我が部隊及び左右の部隊に対し攻勢をかけてきている模様!!」

「戦況報告は簡潔にせんか!」

「我が部隊は敵の大部隊に半包囲されつつあり、大ピンチであります!!」

「よぉし!!」

 

 

 簡潔になった報告に満足げに頷くのは、解放戦線側が第7区画と呼んでいる区画の部隊を指揮する指揮官だ。

 土屋昌輝(つちやまさてる)と言う20代後半の高級将校で、外に跳ねる短い黒髪の男だ。

 今、彼と彼の直属部隊が身を置いている崖上の陣地は、崖下からの10両以上の戦車による至近砲撃が打ち込まれ続けていた。

 

 

 彼らがいる地点よりも直上の崖に着弾した砲弾によって、陣地内には断続的に大小の岩が転がり落ちてきている、そちらにも注意を割かねばならない。

 陣地を守る兵達は、ここを抜かれた先が本拠地の裏側であることを知っている。

 それだけの重要拠点なのだ、だから抜かれるわけにはいかない。

 

 

「第7砲台に連絡、支援を請え!!」

「……ダメです、第7砲台通信途絶!」

「左翼隊より救援要請、敵軍のナイトメア部隊に包囲されています!」

「何ぃ……!」

 

 

 土屋は片瀬らが解放戦線を立ち上げた頃から参加している古参の将校だ、それだけに経験は豊富だ。

 7年前においてもブリタニア軍に包囲されたことは一度や二度では無い、部下達も同様だ、今さら恐慌に陥って逃亡するような兵などいない。

 しかし、圧倒的な戦力差を前にいつまで保たせられるか。

 

 

「司令部より通信! 戦局逆転のため、あと1時間は持ち場を死守せよとのことです!」

「1時間……!」

 

 

 戦局逆転のためとあらば、もちろん1時間でも2時間でも堪えてみせよう。

 ここには死を恐れる者などいない、だが現実的にそれが可能かと言えば、土屋には自信が無かった。

 いや、と、土屋は自身の弱音を排除する。

 精神で負けてどうする、まだ中央も右翼も生きて……。

 

 

「右翼隊、壊滅!!」

 

 

 その報告と同時に土屋の脳内に付近の地図が浮かぶ、右翼は壊滅し左翼が包囲されている状況。

 つまり、土屋のいる中央は完全に半包囲されたことになる。

 戦況悪化とはこのことであって、現場指揮官としては何か手を打たねばならないが……。

 

 

「戦況報告! 敵歩兵部隊が登坂開始! 最前列との距離、およそ800! 敵速毎分120歩!」

「砲撃第4波、来ます!」

「臆するな! 踏み止まれ! 司令部の命令を完遂しろ!!」

 

 

 敵兵の軍靴の音、砲撃の音、空を飛び交う砲撃と崩れる山肌の音。

 何百人もの人間が悲鳴を上げるような轟音が響き続ける戦場は、常人であれば数分で発狂しそうな程に狂気に満ちている。

 そんな中で正気を保つと言う行為は、それだけで狂気に堕ちていると言えるのかもしれない。

 

 

「たとえここで我らが死すとも、後方の味方が体勢を整える時間を。そうすれば……!」

 

 

 だが、それはつまり彼らの全滅を意味する。

 しかし誰も逃亡しない、日本の独立のために戦う彼らに撤退の二文字は無い。

 砲弾により崩された岸壁に足を挟まれ絶叫しようと、崖下の敵歩兵の動きを逐一報告していた観測兵の頭が銃弾で粉々に吹き飛ばされようと、飛び散った岩の破片が眼球に刺さり地面の上を悶えようと。

 同胞の内臓と脳髄と血と涙を踏み付けながら、彼らは銃を手にブリタニア兵の進撃を止めようとする。

 

 

 日本のために、後方の仲間が反撃の体勢を整えるまでの時間を1秒でも多く稼ぐために。

 内部の民間人の避難を進める1秒を稼ぐために、目の前の敵兵を止めれば時間が出来る。

 そして、生き残るために。

 動く、動く、動く動く動く――――動け!

 

 

「な、なんだアレは……敵のナイトメアが!」

「ぬぅ!?」

 

 

 不意に、4本のスラッシュハーケンらしきものが背面の崖に突き立った。

 2本であれば見慣れているが、4本と言うのは珍しい。

 土屋が振り仰ぎそれを見た時には、すでに撒き戻りが起こり機体が下から引き上げられていた。

 

 

 それは、薄紫の他のブリタニア軍ナイトメアとはまるで異なるデザインの機体だった。

 白い西洋鎧のような……どこか騎士を思わせる繊細なフォルムと流線型のライン、どこか女性的な印象を受けるのは機体構造のせいなのか。

 胸部で輝いているのはセンサーか、顔面部に無い段階で他とは違う。

 

 

『投降してください』

 

 

 陣地の中に直立したその白いナイトメアから、どこか幼さを残した少年のような声が響いた。

 あまりに突然のことだったためにやや呆然としていたが、投降という言葉だけは頭に入ってきた。

 

 

「馬鹿な!」

 

 

 様々な意味を込めて、土屋は叫んだ。

 

 

「投降など……!」

『こんな戦いは無意味です。お願いします、投降してください』

 

 

 ――――無意味だと!?

 その場にいる解放戦線の兵の目に確かに光が灯った、彼らは白のナイトメアへと一斉に視線を向ける。

 こうしている間にも下からの砲撃は続いている、それでも彼らは白のナイトメアを睨んだ。

 

 

 彼らの同胞が何人も散っていった戦いを「無意味」の一言で切って捨てた、そのナイトメアのパイロットを。

 強大な兵器を駆り、こちらを見下すような視点から投降を「お願い」するパイロット。

 それは、解放戦線メンバーの目から見ればまさにブリタニア的な態度だった。

 

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっっ!!」」」

 

 

 四方からその機体目掛けてアサルトライフルの弾丸が飛ぶ、毎秒数百発の弾丸が白い装甲の上を跳ねる。

 当然、ダメージは無い。

 だから、白のナイトメアの中で少年は奥歯を噛んだ。

 

 

「どうして、抵抗するんだ……!」

 

 

 そして彼は、哀しげな眼差しのまま操縦桿のボタンを押した。

 制圧の後、彼は山頂へ向けて進み続ける……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そうした地上戦の他にも、表裏で行われている戦争もある。

 例えば電子戦、互いの通信や電子機器の動きを阻害しようとするジャミングと、それを防ぐ対電子妨害の掛け合いなどがそれだ。

 ただこの分野においては、実はそれほど双方に差は無い。

 

 

 しかしナイトメアは違う、日本解放戦線が保有する無頼はあくまでも7年前にブリタニア軍に制式採用されていたグラスゴーのコピー品である。

 それに対してブリタニア軍の主力はサザーランド、グラスゴーの経験を基に製造された対ナイトメア用ナイトメアだ。

 さらに言えば数も遥かにブリタニア軍が多い、広い場所ではとても勝ち目は無い。

 

 

「た、退避し」

 

 

 兵の叫びが轟音に掻き消される、ナリタ連山に無数にある地下道の一つに爆炎が巻き起こる。

 それはサザーランドが抱えたキャノン砲によって引き起こされた物で、岩壁に偽装された隔壁を吹き飛ばしたそこは物資搬入口の一つだ。

 比較的山の低い位置にあったそこが、最も早くブリタニア軍の侵入を許した場所だった。

 

 

 それまで詰めていた兵達も、ナイトメアサイズのキャノン砲の衝撃と爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。

 内部の岩肌や床に転がるのは黒く焼けた肉の塊、高温で焼けた鉄のような匂いがあたりに漂う。

 そしてそれらを足とランドスピナーで轢き潰しながら、3機のサザーランドがさらに進む。

 

 

『ポイントを確保した、イレヴン共はこの奥だ』

『大した防備も無いようだし、歩兵を呼ぶ前に一つ……ん? 待て、何か反応が』

 

 

 戦闘速度で進んでいたサザーランドのセンサーに、奇妙な反応があった。

 細く続く地下道の前方にあるそれは、次第にメインディスプレイにも映り込み始めた。

 薄暗い中で見えるのは、巨大な大砲のような形をした――――。

 

 

『――――何ッ!?』

『ば、馬鹿な、ただのアンチナイトメアラ……ぐあああああぁぁっ!?』

 

 

 サザーランドの通信回線の中でパイロットの悲鳴が響き渡り、次いで3機全てのサザーランドが全て爆発粉砕された。

 コックピットごと吹き飛ばされたそれは、機体全体に細かな砲弾が衝突した衝撃によって成された。

 目前で一つの砲弾が内部に抱えていた小弾丸をばら撒き、貫いたのだ。

 岩盤に走っているコードを引き千切るような爆発が3連続し、地下道の天井から小さな岩が落ちる。

 

 

「――――やった!」

「馬鹿者、まだ喜ぶのは早いわ!!」

「は、はっ! 申し訳ありません! すぐにバッテリーの再調整に入ります!」

 

 

 複座の座席の前で部下が計器のチェックを始めるのを視界に入れつつ、彼は自ら乗り込んだ機体のコックピツトを眺めた。

 その機体の名は『雷光(らいこう)』、4機のグラスゴーを改造してリニアキャノンとした改造機である。

 言ってしまえば多脚砲台だ、超電磁式留散弾と言う散弾を放つ強力な重砲。

 

 

 現に今、3機のサザーランドを一息に仕留めて見せた。

 移動は出来ない固定砲台だが、限定空間に設置してしまえばこれほど強力な兵器は無いだろう。

 彼……草壁は、それを他に2箇所に配置し、ブリタニアのナイトメア部隊の侵攻を防いでいた。

 

 

「ふん、ブリタニアの豚共め……そう易々と内部に入り込めると思うなよ」

「はい、雷光の威力は凄まじい物があります!」

 

 

 前の座席にいる部下には草壁の声しか届かないが、実際には草壁は部下程に興奮を覚えてはいなかった。

 

 

(とは言え、篭城してどうなるものでも無いが……)

 

 

 援軍のあても無く篭城しても、消耗戦になるだけ。

 それは草壁にもわかってはいるが、今はこうして防戦するしか無いことも確かだった。

 他に打つ手が無い、少なくとも何か……。

 

 

「中佐、新手が!」

「うろたえるな、次弾装填! 左右四連脚部固定!」

 

 

 メインディスプレイに新たな反応が映り、草壁の意識はそちらへと向く。

 こと戦術と言う範囲においては、彼は優秀な指揮官だった。

 ただ全体の戦略と言うことになると、現場で指揮を執る彼にはどうしようも無い。

 

 

「超電磁式留散弾重砲――――撃てぇえいっ!!」

 

 

 砲撃の衝撃に身を揺らしながら、草壁は叫んだ。

 その叫びは、どこに向かっているのだろう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「こちらへ、子供・高齢者・女性の順序で避難をお願いします!」

「ぶ、ブリタニア軍だ……!」

「ど、どうして、ここは安全だって聞いていたのに!」

 

 

 一方でナリタ地下の民間居住区では、混乱が起きていた。

 その中で拡声器片手に飛び回り、長屋の部屋を一つ一つ開けては人の有無を確認しているのは雅である。

 割烹着や白い頬を土埃で汚しているのは、岩盤の天井が砲撃の振動で揺れていることと無関係では無いだろう。

 

 

『誰か! 誰か逃げ遅れている人、または逃げ遅れている人を知っている方はいませんか!?』

 

 

 分家筋とは言え彼女もキョウトの人間である、避難は自分が最後と自身に任じていた。

 拡声器を使うのは、戦闘の轟音がここまで響いてきているからだ。

 恐慌状態に陥っている人を落ち着かせ、泣いている子供がいれば付近の大人に預け避難所になっている藤堂道場に連れて行かせ、手伝ってくれている門下生達を動かして長屋の中を見て回る。

 

 

 目が回る程の忙しさだ、だが1秒たりとも休むわけにはいかない。

 不意に声をかけられて振り向けば、そこには女の子を背負い男の子の手を引いた愛沢がいた。

 長袖のシャツに淡い色のロングスカート、柔らかなコーディネートも今は土埃で汚れている。

 彼女は戸惑った顔を雅へと向けると、どこか縋るような声で。

 

 

「榛名さん、これってどう言う……」

「事情は後で説明します、今はとにかく道場へ……あ!」

 

 

 愛沢に答えていると、振り向いた拍子に長屋の陰に蹲っていた男性を見つけた。

 近くにいた道場の門下生に愛沢と子供達を任せて、雅は半ば跳ぶように駆ける。

 そこにいたのは小太りな中年の男性だった、先日、青鸞に声をかけていた人間の1人だ。

 

 

「山中のおじ様、こんな所にいると危険です。道場の方へ……」

「あ、ああああぁぁぁ……もう、もうダメだぁ……こ、こんなことなら、もっと別の場所に逃げとけば……」

「……さぁ、行きましょう」

 

 

 ブツブツと呟いている言葉は聞き流して、雅は山中を支えて立たせた。

 ブリタニア軍の攻撃、と言う状況は、ここにいる人間には一種のトラウマのような物なのだ。

 村を焼かれた人、家族を殺された人、辱めを受けた人――――。

 ここにいる山中も、持ち家だった自分の店を潰されて路頭に迷った人間だ。

 

 

 実際、民間居住区にまで情報はなかなか来ないが……しかし、状況がかなり悪いと言うことはわかっている。

 雅としては不安が無いわけでは無いが、今の所は取り乱さずに済んでいる。

 信じる人がいるからこそだが、どうなるかはわからない。

 形の無い不安と共に、ただ待つしかない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 超信地旋回、日本解放戦線では青鸞の無頼のみが行うことが出来る旋回活動である。

 青鸞は好んで多用する、機体性能を活かさない手は無いためだ。

 特に、絶対的に勝利を積み重ねなければならないような状況では。

 

 

「はああぁ――――……アッ!!」

 

 

 左右のランドスピナーを逆回転させ、機体をターンさせながらサザーランドの横を擦り抜ける。

 その際に両腕に持たせた刀を振り、遠心力でもってサザーランドの首を跳ね飛ばした。

 胴体部から弾け跳ぶように、サザーランドの頭部が地面に落下して破片が飛ぶ。

 

 

『イレヴンがあああぁっ!!』

 

 

 次いで操縦桿を引く、斜面下から駆け上ってくる新手のサザーランドのアサルトライフルの弾丸を後退して避ける。

 コックピットの中で長い黒髪が振り回されるように揺れる、目は真っ直ぐ前を見て瞬き一つしない。

 その瞳には、ディスプレイ越しの火線が映し出されている。

 

 

 青鸞は機体を右へと流した、そちらには小さいが崖がある。

 ライフルの弾丸を回避するために前を向いたまま、後ろから崖下へと機体を落とす。

 同時にスラッシュハーケンを放ち、崖の岩盤にアンカーとして打ち込む。

 そして落下の遠心力で振り子のように機体を上げる、スラッシュハーケンの撒き戻しも利用しての跳躍だ。

 

 

「ッ……全、速!」

 

 

 壁走り――――ランドスピナーが岩盤を削りながら機体を押し上げる。

 刀を岩盤に刺し、直上に向けて急斜面を一気に進む。

 

 

『な――――!?』

 

 

 トドメを刺そうと崖の縁まで寄ったサザーランドのパイロットは驚愕しただろう、何しろ崖に寄った時には青い無頼が目前にいたのだから。

 下がろうとするももう遅い、岩盤ごと跳ね上がった刀の先がアサルトライフルを持つ片腕を根元から切り裂いた。

 吹き飛ぶ機械人形の腕、火花を散らす結合部、着地する青い無頼。

 

 

 だが、まだだ、サザーランドにはまだランスがある。

 サザーランドが背中を見せた青の無頼にランスを突き立てようと動く、対して無頼は大きく身を沈めた。

 次の瞬間、2本のスラッシュハーケンがサザーランドの胸部と左脚部を貫いた。

 

 

『……青鸞さま!』

「上原さん、助かりました」

 

 

 身を立たせた青鸞機の前にスラッシュハーケンを巻き戻しながらやって来たのは上原機だ、背面の崖下でサザーランドの爆発を確認しながら、青鸞は礼を言いつつ上原機へと機体を寄せた。

 周囲には他にも敵のナイトメアや装甲車などが破壊された姿で転がっている、もちろんその中には倒れたブリタニア兵も含まれている、青鸞はそれから目を逸らすようにしながら周りを見渡した。

 

 

「他の2人は? まさか」

『いえ、付近のナイトメア部隊から救援要請が……』

 

 

 通信画面の上原の顔に、別の画面が重なった。

 護衛小隊のコールナンバーが振られたそれは、間違いなく他2名の護衛小隊のメンバーだった。

 大和機及び山本機、青鸞は僅かにほっとしつつ顔を上げた。

 

 

「や」

『青鸞サマ、ちょぉおっとこっち方面ヤバいかも……!』

 

 

 言葉を聞き終わるより早く、青鸞は操縦桿を倒して無頼を走らせていた。

 識別信号を頼りに上原機を伴って戦場を横断する、これまでも劣勢を伝える通信下へと救援に赴いては敵を撃退・撃破するという行動を繰り返していた。

 今度はそれが自分の護衛小隊だったと言うだけの話、青鸞に迷いは無かった。

 

 

「今向かいます、そちらの状況を……」

『ああ、いや、来ない方が……っと、うお!? ヤバ、これマジヤバ!!』

「山本さん!?」

『隊長? 報告が不明瞭です!』

 

 

 要領を得ない山本に代わって応じたのは、大和だった。

 彼はいつものように低い落ち着いた声で、しかし若干の焦りを垣間見せつつ。

 

 

『……コーネリアを確認した!』

 

 

 ――――コーネリア!?

 敵軍の総大将の名前に、青鸞は目を驚きに見開いた。

 まさか、総大将がこんな最前線まで出て来ているとは思わなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 軍の長たる者、武人とはどうあるべきかを示さねばならない。

 コーネリアはそう思う、特に皇族として上位に位置している身なれば陣頭に立つべきだ。

 他の皇族・大貴族に押し付ける気は無いが、コーネリアの価値観はそこにこそある。

 それでこそ彼女は上に立てるのだ、数万の将兵の上に。

 

 

「脆弱――――脆弱ぅっ!」

 

 

 コーネリアの専用機(グロースター)がランスを突き出し、グラスゴーもどき――無頼の胸部コックピットの表面を突き破ってパイロットごと爆散させた。

 黒煙の中から飛び出したグロースターは、他の機体に比べて頭部側面の角が長い。

 裏地が黒の白マントをたなびかせながら疾走するその姿は、まさに戦女神の名に相応しい。

 

 

「ふん……流石は本陣と言う所か、抵抗が強いな」

『姫様! これ以上の突出は危険です、お下がりください!』

「む、ギルフォードか」

 

 

 1機1機の性能と精度は大したことは無いが、数十機のナイトメアが配備されたそこはまさに本陣。

 コーネリアとしても単独での突出の危険は擬似孤立と隣り合わせだ、戦車やトーチカからの砲撃をかわしつつ上った斜面を一旦下る。

 赤茶色の岩場に機体を潜めれば付近の土が砲弾で吹き飛ぶ、コックピットの中でコーネリアは一息を吐いた。

 

 

「ギルフォード、ダールトンとアレックスの方はどうだ?」

『は、ダールトン将軍は左翼の敵をすでに撃滅、ナリタ連山東部一帯を制圧しました。アレックス将軍も西部を制圧した模様ですが、どうやら敵は地下道にリニアキャノンを展開して防衛ラインを敷いている模様で……』

「苦戦しているか」

『は、申し訳ありません』 

 

 

 良い、とコーネリアは余裕を持って応じた。

 局地的には苦戦に陥ることもあるだろう、それを突いて部下を詰る程落ちぶれてはいない。

 それに全体としては圧倒的に優位だ、本陣方面の地下道の一つを事前に知ることが出来たのが大きい。

 おかげで、こうしてコーネリアは自ら敵の本陣へ向けて進撃出来ているのだ。

 キューエルとか言ったか、純血派の手柄と言えば手柄だった。

 

 

「さて……」

 

 

 顔を上げれば、メインディスプレイの向こうに一軒の山荘が見える。

 何の変哲も無い山荘に見えるが、アレはカムフラージュだ。

 あそこに地下へ通じる通路があり、ナリタ連山地下要塞の中枢へと通じているはずだった。

 この作戦の究極目的は、そこへ歩兵部隊を送り込んで占拠することだ。

 

 

『ぐああああぁぁっ!?』

「む、どうした!?」

『て、敵襲です、殿下!」

 

 

 前面の砲撃による防御をどう抜くかと考えている時に、背面のナイトメア部隊が俄かに騒がしくなった。

 どうやら敵ナイトメアが回り込んでいたらしい、しかし所詮は寡兵。

 コーネリアは機体を回すと、戦闘を始めた部下の救援のために加速を始めた。

 

 

 そしてコーネリアの直衛部隊の背後を衝いた部隊は、実の所偶然によってそこに出てきたのだった。

 結論を言えば、それはこの方面の防御部隊の救援要請を受けて駆けつけて来た山本機と大和機である。

 付近にいたために駆けつけたのだが、来た時には救援を要請してきた部隊はすでに地上から姿を消していた。

 

 

『おいおい、こいつぁ良くねぇな……』

『……ああ』

 

 

 奇襲をかけた形になった山本と大和だが、今は後退して斜面の陰に機体を隠していた。

 岩と岩壁によって身を守らなければ、コーネリア直属のグロースター隊のアサルトライフルによって蜂の巣にされてしまうからだ。

 実際、彼らの周囲にある岩や地面、木々などが数秒経過するごとに形を変えていっている。

 

 

『ここはやっぱ、戦術的撤退って奴を……おお?』

 

 

 不意にアサルトライフルの射撃が止まる、止める理由は無いはずだが音も衝撃も止まった。

 青鸞達に通信を繋げている間の出来事であって、山本は顔面部のセンサーを開きつつ、機体の顔を覗かせて……。

 次の瞬間、無頼の顔面をグロースターのランサーが貫いた。

 

 

『んなぁ……っ!?』

 

 

 マイクを通じて山本の声が響く、頭部を失った山本機は背中を仰け反らせるようにして大きく後退した。

 メインディスプレイがブラックアウトする中で機体を動かしたのは称賛すべきだろう、しかし。

 

 

「――――脆弱者め!!」

「げ……っ!」

 

 

 後退した山本機に追い討ちをかけるようにグロースターが迫る、他のグロースターには無い特徴的な角を持つその機体は大将機だった。

 すなわち、敵将自らが突撃してきたのである。

 無茶苦茶だ、大将自らがナイトメアによる白兵戦に参加するなど。

 

 

『……コーネリア!!』

 

 

 山本機へのトドメの一撃は、間違いなく胸部コックピットの真ん中を狙っていた。

 メインディスプレイが消失した山本機ではかわせない、だから大和機がカバーに入る。

 具体的には、コーネリアが突き出したランスにアサルトライフルの弾丸を浴びせかけたのだ。

 流石に至近で受けてはひとたまりも無い、コーネリアは攻撃を止めて再び後退した。

 

 

『……山本、大丈夫か!』

『これが大丈夫に見えたら、眼科を紹介してやるぜ……』

 

 

 冗談に対して突っ込みを入れてやりたい所だが、膝をついた山本機の前に立つ大和機にそんな暇は無い。

 何しろコーネリア機は、本当に皇族のお姫様かと疑いたくなるような高速機動で迫ってくるのだ。

 と言うか、普通は部下を使うだろうに。

 アサルトライフルの射撃を華麗にかわして、コーネリア機が高く跳躍した。

 

 

 放たれたスラッシュハーケンは大和機の左右に刺さり、前後以外の選択肢を奪った。

 ランスを下に構えて突撃してくるコーネリア機、大和は操縦桿を引いて後退した。

 胸部を貫くはずだったランスは、代わりに邪魔なアサルトライフルを貫いて破壊した。

 スラッシュハーケンを戻してその場で一回転し、ランスを横に構える。

 大和機は山本機の前にいる、回避は出来ない。

 

 

『ここで朽ち行け、古き者共!』

 

 

 叫びと共に突き出されるランス、それは真っ直ぐに。

 

 

『……何!?』

 

 

 真っ直ぐに金属音を立てて、火花を散らしながら受け止められた。

 ランスの溝に刃を刺し込み刺突を止めたのは、森の中から飛び込んで来た青の機体。

 濃紺のカラーリングが施された、青い無頼だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 間に合った……!

 青鸞は心の中でそう力を込めて呟いた、その視線は側面のディスプレイに向けられている。

 頭部を失って行動が困難な山本機と、武装を失った大和機。

 護衛小隊の戦力は半減したと言っても良い、不運が重なったとは言え厳しかった。

 

 

『卑怯者め、横槍とは……!』

 

 

 無頼が敵パイロットの声を拾う、若い女の声だった。

 先程の通信からして、おそらくはコーネリアだが……確証は無い。

 それにパワーで負けているためか、刃を通して止めたランスが少しずつ押し込まれいる。

 

 

 だがそれ自体は、コーネリアが機敏な動きで機体を下げたことで解決した。

 原因は青鸞の後にもう1機、上原機が姿を現したためだ。

 あるいは部下の進言でも入れたのか、とにかく後退した。

 甲高い音を立ててランスと刀が弾けて別れ、火花がディスプレイの隅で揺れる。

 

 

『え……隊長? 何か首が無いんですけど、どこで落としたんですか?』

『落としたってーか、粉々にされたって言うか……機体捨てて逃げて良いよな、これ』

 

 

 とりあえず残りの3機で山本機を守るように展開、青の間に山本機のアサルトライフルを大和機が受け取った。

 青鸞が見ている前で、コーネリア機は周囲を同じ型の機体――グロースター十数機に囲まれていた。

 数的には、ざっと3倍と言った所か。

 まぁ、本陣の方面から他の部隊が押してくるだろうが……。

 

 

『何者だ、名を名乗れ! それとも、私をブリタニア帝国第2皇女と知っても名乗る名を持たない無頼か?』

 

 

 コーネリア、これで確定だ。

 まさかこんな本陣深く、最前線も最前線にいるとは。

 防衛側の青鸞はともかく、攻勢側のコーネリアがする必要は無いと思うのだが。

 

 

 とは言え、ああまで名乗られればこちらも名乗らなければなるまい。

 父の跡を継ぐ者として、そして日本解放戦線の顔たらんとする者として、何よりキョウトの一員、枢木家の当主として。

 だから青鸞は、あえて身を晒すように前に出て。

 

 

「日本解放戦線所属――――……枢木青鸞!」

『ほぅ、クルルギ……そうか、お前が』

 

 

 何故かその声を聞いて、青鸞はコーネリアがコックピットの中で笑みを浮かべたような気がした。

 そしてコーネリアのグロースターが片手を上げると、別のナイトメアが腰部から拳銃型の銃を空へと掲げた。

 そこから放たれたのは信号弾、その意味する所がわかるのは。

 ほんの、5分後のことである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニアと言うのが、その少女の名前だった。

 愛称はユフィ、結うことでごまかしているが癖のある桃色の髪が特徴だ。

 結ってなお髪にウェーブがかかる所が、髪の癖の強さを表しているとも言える。

 

 

 顔立ちは幼さを残しつつも整っている、ややタレ目であることを覗けば、すっきりした目鼻立ちと良い白磁の肌と良い頭身のバランスと良い完成されている。

 美しいと言う表現の一つが彼女である、そう言っても過言ではない存在だった。

 しかし本来は柔和に微笑んでいるのが相応しい少女の顔は、どこか沈痛な色を浮かべている。

 

 

「コーネリア殿下の部隊が敵の本陣に取り付いた、予備部隊は殿下側に寄せて……」

「アレックス将軍はまだ地下に突入できず……」

「ダールトン将軍は……」

 

 

 ユーフェミアがいるのは、ナリタ連山を囲むブリタニア軍のまさに中枢だった。

 いわば本陣、地上空母G1ベースの艦橋だ。

 彼女が目にしているテーブル型の戦略パネルには、山を囲むブリタニア軍とそれを防ぐ日本解放戦線の部隊の様子が映し出されている。

 すでに山の表面の6割以上はブリタニア軍が制圧しているが、内部についてはまだこれからだ。

 

 

 だが、ユーフェミアの心配はそこでは無い。

 いや、心配とは少し違うのかもしれない。

 彼女が感じているのは、それとは別の痛みだ。

 戦闘と、戦争への痛み。

 それだけなら、一般の人間とさほどの差は無いだろうが。

 

 

「……特派のナイトメアは今はどのあたりにいますか?」

 

 

 だが、彼女はブリタニアの皇女だった。

 戦いを引き起こしている側の人間であり、エリア11で多くのイレヴンを差別するブリタニア人の頂点に位置する人間の1人だった。

 この場に限って言うのであれば、実姉コーネリアに代わって後方指揮を担う副司令官。

 つまり彼女は、ナリタ連山で日本解放戦線をほとんど一方的に攻撃している軍の指揮官の1人でもある。

 

 

「特派、ですか……」

 

 

 周囲の参謀達が苦い顔をするのは、特派――――特別派遣嚮導技術部と言う部署に良い印象を持っていないことを物語っている。

 名誉ブリタニア人をナイトメアのパイロットとしている上、人事権・指揮権が自分達の下に無い半独立部隊であるのだから、良い顔は出来ないだろう。

 

 

 だがユーフェミアの目は、コーネリア軍の物とは別のカラーと識別番号を振られているナイトメアを目で追っていた。

 サザーランドを遥かに超えるスピードで斜面を登るその機体は、正面中央部から一気に進んでいた。

 その動きには迷いが無い、真っ直ぐだ、そしてだからこそ。

 

 

「…………」

 

 

 口の中で何かを祈るように呟いて、ユーフェミアは目を閉じた。

 まるで、目にしたくない何かから目を背けるように……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その後、青鸞の予想に反してコーネリアは彼女らに背を向けた。

 日本解放戦線の本陣を改めて攻めるためであって、当然、青鸞としては追おうとする。

 コーネリア守護のグロースターのアサルトライフルの弾丸の壁が足元に撃たれて足止めされるものの、このままコーネリア隊を行かせるつもりは無かった。

 

 

 しかし、である。

 不意に新たな警告音がコックピットの中に響く、それと同時にグロースター隊の射撃による牽制も途切れた。

 それは、コーネリア隊が本陣からの砲撃から身を守るために使っていた岩壁の上からやってきた。

 座標に若干のズレでもあったのだろうか、とにかく青鸞は上に注意を向けつつ下がった。

 

 

「……アレは」

 

 

 岩壁の上から飛び降りて来たそれは、白いナイトメアだった。

 白く塗装された装甲やランドスピナーの車輪に砂利や土がついているのは、それなりの距離を駆けて来たからだろう。

 角ばっていて無骨なグロースターや無頼とは明らかに違う、滑らかで洗練されたフォルム。

 どこか女性的な印象を受けるその機体を、青鸞は初めて見た。

 

 

『青鸞さま!』

「大丈夫!」

 

 

 何の根拠も無いが、味方の識別信号を発していないなら敵だ。

 ならば今さら新手が現れた所で、全体に対して大した影響は無い。

 仲間の声に応じつつ、青鸞は無頼の操縦桿を握り締める。

 

 

 見れば、敵の白いナイトメアは胸部のファクトスフィア――センサーを露出させてこちらを窺っている様子だった。

 こちらの無頼も同じようにセンサーを発してはいるものの、得られる情報は大して無かった。

 どうやら、相手はこれまでのナイトメアとは別の流れを汲む新型のようで……。

 

 

『……こちら』

 

 

 その時、声が聞こえた。

 無頼の集音性は、過不足なくその音を拾う。

 相手のナイトメアパイロットが発する声が、青鸞の耳に届く。

 

 

『こちらブリタニア軍、特別派遣嚮導技術部所属――――』

 

 

 ぎっ、と操縦桿を握る手に力がこもったのは、緊張のためでは無い。

 その声に聞き覚えがあったからだ、あったために彼女は身を強張らせた。

 いや、知ってはいた……「彼」がブリタニア軍にいることは。

 

 

 だが、あえて無視していた。

 だってナイトメアのパイロットにはブリタニア人しかなれない、そしてコーネリアは名誉ブリタニア人を戦場でも重用しないことで知られていた。

 だから、戦場で会うことは無いだろうと思っていた。

 どこかで諦めていた、なのに。

 

 

 

『――――こちら、枢木スザクだ』

 

 

 

 通信回線の中で、仲間達が僅かにざわめいたのを青鸞は聞いた。

 だが、彼女の内面のざわめきはより大きなうねりをもって彼女を攫った。

 黒い瞳が、これ以上ない程に大きく見開かれる。

 それは、かつてクロヴィス殺害のニュースを見た時以上の衝撃と……。

 

 

『その機体に乗っているのは――――青鸞、なのか?』

 

 

 本当に、と続く言葉が、青鸞の背筋にゾワゾワとした悪寒を走らせた。

 戦慄いていた唇を噛んで締める、次に唇が浮いた時には噛み締められた歯が覗いていた。

 噛み合わされていたそれは、衝撃の後に来た感情を表している。

 

 

「何を……」

 

 

 操縦桿を強く握る、左手首に巻いた白いハンカチが揺れる。

 やや身体を前に倒すようにして、青鸞はメインディスプレイに映る白いナイトメアを。

 枢木スザクが乗っているだろうその機体を睨んで、そして。

 

 

「そんな所で何を、何をしているの……ッ、兄様(スザク)――――――――ッッ!!」

 

 

 少女の悲鳴のような声が戦場に響く、そしてそれを受けるのは1人の少年だ。

 彼は、スザクは白いナイトメア『ランスロット』の中で、ただ。

 ただ、琥珀色の瞳を細めた。

 




採用キャラクター:
祐さま(小説家になろう)提供:山中元幸。
佐賀松浦党さま(ハーメルン)提供:土屋昌輝。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 ナリタ攻防戦開始です、でも本番は次回かもです。
 何しろ、分かたれた兄妹の思想戦ですから。
 ある意味で、私の得意分野なのかもしれません。
 それでは、次回予告です。


『日本人を討つために、あの人はブリタニアの軍人になった。

 意味がわからない。

 だから、今度こそ問うんだ。

 どうして……その一言を、叩きつけてやるんだ。

 妹としてじゃない、ただ、1人の日本人として……』


 ――――STAGE11:「兄 と 妹」


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STAGE11:「兄 と 妹」

 今週はまだ週3で更新ペースを保てます。
 ただ4月からはどうなるかわかりませんので、何とか前半は終わりたいですね。
 では、どうぞ。


 日本解放戦線の地下司令部には、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 テーブル型の戦略パネルと目前のモニターには、日本解放戦線の戦力が時間が経過するごとに磨り減っていく様子が映し出されていた。

 圧倒的な物量の前に、友軍が押し潰されようとしている様。

 

 

『こちら第117歩兵中隊、これより最後の突撃を――――』

『司令部、司令部! こちら第6区画指揮所、敵ナイトメア2個大隊が突破を――――』

『第7機構中隊、壊滅! 敵空挺部隊が第11固定砲台後方200の位置に降下中――――』

 

 

 そして何より哀しいのは、どの部隊からも救援の要請が来ないことだった。

 普通、壊滅寸前の状態なら司令部には援軍の要請が殺到するはずなのに、だ。

 ここから読み取れるのは、2つ。

 まず第一に、現場部隊が可能な限りの現有戦力で持ち堪えようと最大限努力してくれていること。

 そして第二に、司令部に回せる戦力がほぼ無いと皆が知っていると言うこと。

 

 

 さらに司令官たる片瀬が哀しく思うのは、自身にこの状況を打破する策が無いことだ。

 一応、表の兵達が時間を稼いでいる間に進めている作戦が2つある。

 一つは包囲を突破して民間人を逃がす作戦、そしてもう一つは……。

 兵達の士気の高さに応えられないという思いが、片瀬を苦しめていた。

 

 

「藤堂は、藤堂はまだか……!」

「もう到着しても良い頃ですが、周辺はおそらくブリタニア軍が封鎖を……」

「……藤堂さえ、藤堂さえいてくれれば……!」

 

 

 厳島の奇跡、7年前の戦争で唯一日本軍が勝利を得た局地戦。

 藤堂がいればこの状況も打破してくれる、ここに来て片瀬の胸に去来したのはそんな考えだ。

 それは逆に言えば自分の無策と無能を嘆く声であり、どこか信仰に近かったかもしれない。

 

 

 そして、それは片瀬のみの信仰ではなかった。

 日本解放戦線のメンバーは大なり小なり、藤堂の「奇跡」に期待して参加している所があったからである。

 だが今、この場には信仰の対象である藤堂がいない……。

 

 

 

『哀れだな、日本解放戦線』

 

 

 

 その時、マイクを通したような不思議な声が地下司令室に響いた。

 驚き、片瀬達が振り向く。

 するとそこには、深緑の軍服を……着ていない、漆黒の貴族趣味な衣装が目に入った。

 そして、顔を覆う黒い仮面。

 

 

『エリア11最大の軍事力を保持していながら、この体たらく。7年間かけてブリタニアを倒せないわけだ、まぁ、おかげで私の出番もあると言うものだが』

「ゼ……」

「「「ゼロ!?」」」

『騒ぐな、話をしにきただけだ』

 

 

 そこにいたのは前総督クロヴィスを殺害した人物、「ゼロ」だった。

 一瞬、片瀬達は目を疑った。

 ここは日本解放戦線の地下司令室だ、最も強固なセキュリティと警備を敷いている。

 いや、それを言えばクロヴィス殺害の時はこれ以上だったかもしれないが。

 とにかくあり得ない、そう思った時。

 

 

『お前達は、今から私が言う作戦を実行してくれれば良い』

 

 

 軽い音を立てて、仮面の一部がスライドして中を露出した。

 そこにあるのは左眼、赤く輝く左の瞳。

 そしてそこから飛び出した赤い輝きが飛翔する鳥の如く片瀬達の目に飛び込み、彼らの中で何かが噛み合うような音を響かせる。

 数秒後、驚愕と警戒の表情を浮かべていた片瀬達が、ふと穏やかな顔になり。

 

 

「……わかった、お前の作戦を実行しよう」

『感謝するよ、日本解放戦線」

 

 

 仮面を外しながらそう言う、片瀬達はゼロの正体に驚くこともしない。

 ただどこかぼんやりとした顔で、目を赤く輝かせながら彼の指示を待っていた。

 ゼロがそんな片瀬達に二、三の指示を与えると、彼らはすぐにそのように動いた。

 機器を操作し、コーネリア軍と正面から戦っている主力部隊にある命令を伝達する。

 

 

「さて、まずは通信を……」

 

 

 そんな彼らを気にも留めずに、ゼロ……ルルーシュ=ゼロは司令室の通信機器を操作してあるチャネルに合わせた。

 同時に別の端末を操作して、ブリタニア軍の位置などを確認していく。

 特に主力の位置を探っているようだ、それと作戦実行に必要なコマンドを少し。

 

 

「扇、聞こえるか? 日本解放戦線とは話がついた。事前に話した通り、私の指示に従って皆を行動させろ」

『本当か? 凄いな、本当に解放戦線の協力を取り付けるなんて……でも、こんな状況でうちに出来ることなんて』

「出来なければ我々もコーネリアに殲滅されて終わりだ、だからお前達にも私の指示に従って貰わなければ困る。玉城あたりが逃げ出していたりしないだろうな」

『逃げてねーよ! ったく、馬鹿にしやがってよ……』

 

 

 ゼロ、そして黒の騎士団。

 彼らはブリタニア軍でも日本解放戦線でも無いダークホース、第3勢力としてここにいた。

 そして今、ルルーシュ=ゼロの特異な能力でもって条件は全てクリアされた。

 

 

「良し……では、作戦を開始する! 先陣は紅蓮弐式だ――――カレン!」

『はい!』

 

 

 その時、ふとルルーシュ=ゼロは司令室に複数あるモニターの一つを視界に入れた。

 そこには外の戦場の様子が映し出されいる、戦況を知るためのカメラが設置されているのだろう。

 映っているのは、青い無頼と白のナイトメアの戦いだ。

 青い無頼は知っている、サイタマ・ゲットーで見た。

 白いナイトメアも知っている、シンジュク・ゲットーで煮え湯を飲まされた相手だ。

 

 

 実はシンジュク事変において、ルルーシュ=ゼロは扇達に無線機の「声」だけで指示を出してブリアニア軍を敗走間際まで追い込んだ実績がある。

 最後の最後、異常な機体性能でルルーシュ=ゼロの作戦を潰したのがあの白のナイトメアだ。

 それが今、あの青い無頼と……彼女と戦い、そして見た限りでは一方的にいなしている。 

 そして白のナイトメアが、青の無頼に対して一方的な攻勢に転じたその瞬間。

 

 

「黒の騎士団、総員――――行動を開始せよ!」

 

 

 ルルーシュ=ゼロの声と共に、戦場の全てが変化した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――僅かに時間を遡る。

 日本解放戦線の本陣に程近い、岩壁と森林に囲まれた場所。

 頭上の開けたその空間に、2機のナイトメアが向かい合っていた。

 

 

 白いナイトメアと、青いナイトメア。

 ブリタニアの次世代型ナイトメア『ランスロット』と、旧世代改良機『無頼・青鸞専用機』。

 そして。

 スザクと、青鸞(セイラン)

 7年前に別たれた2つの兄妹の片割れが、ここに正面からの再会を果たした瞬間だった。

 

 

『確認する、その機体に乗っているのは……青鸞、キミなのか?』

 

 

 無頼が拾う敵ナイトメアパイロットの声に、青鸞は身を震わせた。

 操縦桿から手を離すのに、これほど苦労したことは無い。

 弛緩したように動かない指先を、一本一本ゆっくりと離す。

 指を離した後は、左手で右の手を擦りながらメインディスプレイを睨んだ。

 そこには、白い甲冑を思わせるナイトメアが映っている。

 

 

 響いているだろう声は、正直、彼女が知っている物より若干だが低い。

 当然だ、互いに成長しているだろうから。

 そして不意にオープンチャネルで通信が来た、そこに映っていたのは当然。

 色素の薄い茶髪、少し前にニュースを騒がせた風貌そのまま。

 

 

「スザク兄様……!」

『……青鸞』

 

 

 通信越しの声が、回線を通じて互いの耳に届く。

 そして、視線も。

 黒と琥珀の瞳が、7年ぶりに絡まる。

 7年前のあの日、父ゲンブが永遠に失われた時から、初めてのことだった。

 片や逞しく、片や美しく成長した姿で。

 

 

『――――……青鸞』

 

 

 オープンチャネルとは言え、電波妨害のある――ブリタニア軍のアンチ兵器によってほとんど無効化されているが――場所だ、音声と映像には波がある。

 それでも十分、わかる。

 互いに、今話しているのが誰かくらい。

 

 

『本当に、キミなのか……』

「……兄様」

 

 

 7年ぶりにかける言葉を探していると、先に向こうが声をかけきてきた。

 そのせいかはわからない、だが、無性に皮肉という感情が青鸞の胸に湧き上がってきた。

 戦場とは関係の無い部分で、胸の奥が焼けていく。

 

 

「良く……良く、ボクの前に顔を出せたね……!」

 

 

 唇が妙な形に歪むのを自覚する、おそらくは嫌な形にだ。

 そしてその顔は、通信画面を通じて相手にも見えているだろう。

 だが、言葉は本心だ。

 

 

 トーキョー租界で追いかけはしたものの、いざ目の前にすると負の感情がやはり先行する。

 負の感情、一言で言ってもそこには多くの種類がある。

 あの日から7年が経過して、その間に凝縮されて本人にも理解できない何かになったそれ。

 それの方向性を、自分で設定できていない。

 それが、今の青鸞と言う存在だった。

 

 

(父様の、仇……!)

 

 

 唯一、そこだけが確定的な感情。

 兄が父の仇、戦国時代かと思うような時代錯誤な状況だ。

 なまじ嫌ってはいなかっただけに、特に。

 

 

「それに……」

 

 

 目を細めて、通信画面に映る「父の仇」兄を見る。

 白のパイロットスーツ、誠実さを象徴するようなその色。

 しかし、それは違うと本能が判断する。

 

 

「……しばらく見ない間に、随分と出世したようで」

 

 

 事実だった、スザクはつい先日まで大逆の犯罪者扱いをされていたはずだ。

 だというのに今、こうしてナイトメアのパイロットというブリタニア人のみの特権階級の椅子に座っている。

 皮肉の一つも言いたくなるものだったが、スザクはそれを受けても眉を僅かに震わせただけだった。

 

 

「多くの日本人が塗炭の苦しみを味わっている中で、よくも自分だけ……!」

『青鸞』

 

 

 そこに、7年ぶりに再会した妹への情は見えない。

 そういった類のものはまるで無く、ただそこにあるのは硬質の意思だけだった。

 

 

『投降してほしい、今すぐに――――キミだけじゃなく、解放戦線の皆も』

 

 

 青鸞が息を呑むのも、無理は無かった。

 だがスザクは、畳み掛けるように言葉を続けた。

 今度はどこか切実な色を帯びていると感じるのは、願望が混ざっているだろうか。

 しかしそこまでであれば、形式上のこととして聞き流せたかもしれない。

 

 

『これ以上戦いを続けていても、犠牲が増えるばかりだ。だからもしキミが日本解放戦線の行動に影響を及ぼせる立場にいるのなら、皆を説得してほしい』

 

 

 だが、その言葉は。

 

 

『これ以上は……無意味だ、青鸞。これ以上の犠牲をなくすためにも、戦いをやめてほしい』

 

 

 その言葉は、青鸞を頭と心を瞬時に沸騰させた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『――――無意味!?』

 

 

 通信越しに響いた声量に、スザクは反射的に片目を閉じた。

 そこには先程までの何かを抑えたような声は無く、感情の奔流があった。

 それ以降の通信が乱れたのは互換性の問題か、それとも別の要因なのかはわからないが……。

 

 

『――――めろ!? 戦いを仕掛けてきているのは、ブリタニア軍じゃないか!!』

 

 

 だが復帰した通信から響く声に、スザクは表情を引き締めた。

 こうしている間にもブリタニア軍のナリタ連山制圧は続いているのだ、日本解放戦線側はもちろんブリタニア軍側の被害も増え続けている。

 一刻も早く止めなければ、無駄な死が増える。

 

 

「軍は日本解放戦線の違法活動を問題視している、だからそちらの上層部の人間が戦闘の停止を表明してくれれば戦闘は止まる」

『……違法活動?』

 

 

 映像越しにも、青鸞が表情を引き攣らせたのが確認できた。

 声も、「何を言っているのかわからない」と言う色をありありと窺わせる声音だった。

 スザクの言う「違法活動」とは、つまりはブリタニアの法的視点から見た場合だ。

 

 

 まず日本軍解体の命令に従わず、テロリスト組織「日本解放戦線」を組織したこと。

 そして7年間、保有が禁止されている兵器を所持し、ナリタ連山を含むいくつかの地域を不法占拠したこと。

 他地域の住民を保護名目で「拉致」したこと、多数のブリタニア関係者を軍民問わず死傷せしめたこと

それに伴いブリタニア人所有の財産に対し損害を与えたこと……全て、違法活動である。

 

 

『ああ、そう……』

 

 

 だがそれはあくまで、ブリタニア側から見た一方的な解釈だった。

 ブリタニア軍に所属するスザクとしてはそう言うのが当然で、しかし青鸞たち日本解放戦線側からすれば笑い話以下の論法だった。

 最も青鸞の声に剣呑な色が浮かんだのは、複雑な感情を経てのことではあったが。

 

 

『日本の抵抗と独立のための活動を、違法の一言で済ませちゃうんだね』

「日本の独立を求めるなら、正しいルールに基づいてやるべきだ。間違った方法で得た結果に、意味は無いよ」

『じゃあ、7年前にブリタニアが日本を侵略したのは「正しいルール」に基づいた行動だったの?』

 

 

 沸々と、と言う表現が、正しいだろうか。

 声に含まれた熱に、スザクは初めて表情を歪めた。

 それは、相手の言葉の正しさを一面において認めた瞬間でもあった。

 

 

『日本人がイレヴンって呼ばれるのも、水も食べ物も薬も何も無いゲットーに押し込められるのも、ブリタニア人に奴隷みたいに働かされるのも、狩猟気分で殺されるのも……』

 

 

 青鸞は何度も見てきた、日本人を面白半分に撃ち殺していたブリタニア兵を。

 シンジュクやサイタマの例を出すまでも無く、この7年間ブリタニアが日本に何をしたのか。

 財産を奪われ、資源を奪われ、名前を奪われ、家族や友達を奪われる毎日。

 そしてそれは、スザクも見て、経験していたことだった。

 ――――だからこそ、スザクは軍に入った。

 

 

『……全部、「正しいルール」だって言うの?』

「そうじゃない、僕もそれはおかしいと思う! でもだからって、こんな……」

『侵略されて植民地化されたら、その国のルールに従わなくちゃならない。そんなルールが……いつから、ブリタニアのルールが絶対正義の法になった!?』

「だけど、こんな!」

 

 

 再び上がった声量に首を振り、スザクは言う。

 青鸞は聞いた、スザクの言葉を。

 

 

「こんな、テロ……力に力で対抗しても、何かを手に入れられるはずが無い。無関係な人間まで巻き込むような手段を使っても、誰にも認めてもらえない!」

『無関係? 日本のことだよ、ブリタニアのことじゃないか! 日本人とブリタニア人以上に関係のある人間が、どこにいるって言うの!?』

「それを望まない人にまで押し付けるのは、間違ってる!」

 

 

 だから。

 

 

「日本の独立を言うなら、正しい手順を踏むべきだ。誰もに認められるように、テロや暴動以外の方法を取るべきだよ。日本は負けた、まずはそこを認めないと何も出来ない……」

 

 

 いくら日本は負けていないと叫んだ所で、それを認める者は誰もいない。

 日本は負けて、ブリタニアの属領になった。

 もちろん簡単に独立が認められるとは思わない、だが、テロなどの非生産的な行動を繰り返してもそれは同じだ。

 ならばまずはブリタニアの中で、属領出身者の立場を向上させる努力をするべきだ。

 

 

 それが、スザクの考えだった。

 ブリタニアの政策全てを認めることは出来ない、けれど反発して力で訴えても何も変わらない。

 テロや暴動、紛争……そんな間違った手段では、何も得られないのだから。

 

 

『……今日ね』

 

 

 不意に青鸞の声のトーンが変わり、それに違和を感じたスザクも顔を上げた。

 映像の中に見える青鸞は、それとわかる程に俯いていた。

 戦場独特の焦げた匂いと、吹き抜ける風。

 機体の中にいながらもそれを感じ、その中で続いていたスザクと青鸞の数分間の会話が終わろうとしていた。

 

 

『今日、ナリタで子供が産まれたんだ。赤ちゃん、可愛かったよ』

「……そう、か」

 

 

 力を抜いて、スザクは返事を返した。

 実際、そのこと事態は祝福されるべきことだと思った。

 新しい命が産まれるというのは、誰にも否定されるべきでは無いと思ったから。

 

 

「なら、その子のためにも」

『……何て、言えば良いの?』

「え……」

 

 

 青鸞が顔を上げる、睨まれている、声は涙声のように揺れていた。

 

 

『その子に、ボクは何て言えば良いの? 今はキミもお母さんも差別されて辛いし、友達がたまに気まぐれで殺されたりするかもしれないけど、でもいつかブリタニアの方々が認めてくれるはずだから頑張って我慢して生きて行こうねって、そう言えば満足?』

「ち……違う! そんな卑屈なことじゃなくて」

『じゃあ何? 認められるように頑張る? 認めてくれないじゃないか、ナンバーズの言うことなんて聞いてくれもしない、そんな連中に認められるまで涙ぐましく奴隷扱いに耐えろって!?』

「それは、キミ達がテロなんて手段を取らなければ、もっと早く!」

 

 

 それは、言ってはならない言葉だった。

 何があっても、それだけは言ってはならなかった。

 お前達の活動のせいで日本の独立が遅れているなど、およそテロリストと呼ばれる人間に言ってはならない言葉だ。

 それを言われてしまえば、もう。

 

 

『……許さない……』

 

 

 言いたいことがあった、聞きたい言葉があった。

 だけど互いにそれはまったく噛み合うことなく、哀しいほどに擦れ違っていて。

 もう、この場ではどうしようも無かった。

 

 

『ゆるさない……!』

 

 

 怨嗟さえ込められたその声を、スザクはかつて聞いたことがあった。

 あの日、あの夜……あの時、聞いた言葉。

 スザクの精神が一瞬だけ過去へ飛び、僅かに彼は自失した。

 

 

 自失から意識を戻した時には、すでに青鸞の無頼は動いている。

 明らかにいつもより精細を欠いた動きで操縦桿を握ると、彼は対処を始めた。

 説得のために考えていた言葉は、掌から零れて消えてしまっていた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――憎い。

 ただひたすらに、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い、憎い!

 この時点で、青鸞の精神は完全に7年前のあの日に戻っていた。

 そこに理性など存在しない、ただただ噴き出すマグマのような感情がそこにあった。

 

 

『青鸞!』

「五月蝿い、気安く呼ぶな!!」

 

 

 無頼のコックピットの中に絶叫するような声が響く、事実、今は名を彼に呼ばれるだけで身体中に虫唾が走るようだった。

 肌の上を虫が這うような不快さを振り切るように、右の操縦桿を強く前に倒す。

 超信地旋回、機体をターンさせながらスザクのナイトメアに斬りかかる。

 

 

 当初は後退で回避しようとしたランスロットだが、方針を転換したらしい。

 腰部から一本の剣を抜き、刃を赤く膨張させるそれで無頼の刀を受け止めた。

 受け止められた側は刀を引き、そのまま逆に回転しつつ払うように横に振るった。

 ランドスピナーの回転音が響き、同時に金属が打ち合う甲高い音が鳴り響く。

 

 

『青鸞、キミじゃ僕には勝てない』

「何を……!!」

 

 

 幼い頃、一度だって道場でスザクに勝てたことはない。

 だがそれは子供の頃の話だ、あれから7年経った今、言ってしまえばほぼ初戦だ。

 いや、だがそれ以前に。

 

 

『それに日本解放戦線も、この戦力差じゃ勝てない! 勝ち目のない戦いをして、犠牲を増やすような真似はやめるべきだ!』

「――――勝ち目がなければ、戦っちゃいけないの!?」

 

 

 生命を巡る議論には、大きく2つの潮流があると言う。

 

 

「負けるからって、諦めて……従わなくちゃいけないの!? 正義が無い相手に、悪意ある相手に跪かなくちゃいけないのか!!」

『そうじゃない! 僕はただ、誰にも死んでほしく無いだけだ!』

「どうして、そんな気持ちの悪い考え方が出来るの!?」

 

 

 命よりも価値のあるものは無いとする議論、これはスザクの思想に近い。

 逆に命よりも優先すべきものがあるとする議論、これは青鸞の思想に近い。

 そして青鸞が最も気に入らない、不気味ささえ感じてしまうのは。

 

 

「どうしてブリタニアの非道には目を瞑るくせに、日本の違法行為は非難出来るんだよ……!」

 

 

 日本が絶対的に正義ではない、良いだろう、そう言う議論もあると認めよう。

 だが、ならば何故それがブリタニアには適用されない?

 それはブリタニアが強くてどうしようも無いから、弱い日本の方を攻撃しているだけではないのか。

 そうではないと、何を持って証明すると言うのか。

 ブリタニアの軍人が。

 

 

兄様(アナタ)はもう、日本人じゃない……心の底から、ブリタニア人の価値観に染まってる!!」

『それは、違う!』

「何が!?」

『僕は、日本の人達に死んでほしくなくて……』

 

 

 聞きたくない、青鸞は心の底からそう思った。

 剣と刀、機体のパワーで負ける中でもペダルを踏み込んで留まるのはただの意地だ。

 右のランドスピナーが回転数に耐え切れずに火花を発し、コックピットの中に警告音が響いた。

 だがそれに構うこともせず、ただ叫ぶ。

 

 

「哀れみなんて――――慈悲なんて、いらない!!」

 

 

 哀れみも、慈悲も、憐憫も、そんなものはいらなかった。

 欲しいのは国、自由、権利、名前、そして矜持と正義。

 支配者に与えられる物など何もいらない、ただ日本人として取り戻す。

 全てを。

 だから、青鸞は。

 

 

「これ以上、兄様(アナタ)に……日本を」

 

 

 7年前のように。

 

 

「殺させて、たまるかぁっっ!!」

『……ッ』

 

 

 通信の向こうで息を詰めるような音がした、刹那、ランスロットが一歩を下がった。

 それをチャンスと見て前に出る青鸞、だがそれが間違いだった。

 斬りから突きへと転じた刀を、ランスロットは並みのナイトメアでは不可能な機動でかわした。

 フィギアスケートの選手のように片足でその場で回転し、そのままの勢いで青鸞の無頼の腰部に蹴りを入れたのだ。

 

 

(何だ、あのナイトメア!)

 

 

 冷静な部分が、スザクのナイトメアの機動に脅威を覚える。

 まるで人間のような滑らかな動き、機械独特の「溜め」が全く無い。

 グラスゴーのコピー品である無頼とは、動きの質が違う。

 

 

 何しろディスプレイから姿が消えるのだ、戦う以前に目で追うことも出来ない。

 異常だ、普通ではない。

 いったいどんな技術を使えば、あんな非機械的な動きが出来ると言うのか。

 

 

『青鸞! 投降さえしてくれれば、キミの身については僕が責任を持つ。何とかする、だから』

 

 

 再度の通告、もしかしたら、それは純粋な善意から来ているのかもしれない。

 万が一の可能性を考慮すれば、兄妹の情も混じっていたかもしれない。

 だが。

 

 

「捕虜の扱いに責任を持てる程に、兄様(アナタ)はブリタニア軍の上層部に影響力があるの?」

『それは……』

「……出来もしないことを」

 

 

 投降すれば出来るだけのことをする、信じられない。

 もしかしたら本音かもしれない、だがスザクは名誉ブリタニア人。

 イレヴンがイレヴンを庇って、何が出来ると言うのだろう。

 そもそも、ブリタニアが解放戦線の兵士を国際法に則った戦時捕虜として扱うか?

 答えは、おそらく否だ。

 

 

「言うなっ!!」

 

 

 無頼が刀を振るう、横薙ぎに払ったそれを跳躍してかわす。

 着地したのは無頼の後ろ、着地の際に赤い剣で無頼の右肩の装甲が切り飛んだ。

 青鸞の無頼は、まるで敵の反応に追いつけていなかった。

 

 

「……ッ、兄様(スザク)!」

『青鸞、キミがこちらの勧告に従わないなら……』

 

 

 体勢を立て直す、だがその時にはすでにランスロットは別の場所にいた。

 速い、機体の反応速度が違いすぎる。

 それでも機体だけは回して、スラッシュハーケンを放つ。

 

 

「――――ボクを殺すの?」

 

 

 ランスロットが素手でスラッシュハーケンを掴んで止めた、次の瞬間にはアンカー部分を砕かれて捨てられる。

 そうして振りかぶられる赤い剣を、青鸞は見つめた。

 次の瞬間には振り下ろされるだろうそれは、おそらくよけられない。

 それまでの激高が嘘のように、静かな声と瞳で彼女は言った。

 

 

「……父様みたいに」

『――――ッ、それ、は』

 

 

 青鸞の言葉に、ほんの数秒だけランスロットの動きが乱れた。

 それは本当に数秒で、無頼の回避運動には間に合わない、その程度のものだったが。

 その数秒が、2人の距離を開く結果になった。

 

 

『ずぉおおおおおおりゃあああああっ!!』

 

 

 次の瞬間、首の無い無頼がランスロットに突撃した。

 山本機である、側面ディスプレイを頼りにショルダータックルの要領で衝突した。

 スザクがランスロットの中で目を見開いて驚く、が、ランスロットを倒せる程のことでは無い。

 腰部スラッシュハーケンを至近で放ち、山本機の腰部を破壊する。

 その時点まで時間が進んで、青鸞はようやく再起動した。

 

 

「――――山本さん!」

『心配いらねぇ、こいつが俺らの仕事だぁからよ! ヒナぁ!』

 

 

 コックピットブロック射出、機体を残して山本が脱出した。

 しかしそれで終わらない、上原機がアサルトライフルを射撃して山本機を撃ち、爆発させた。

 

 

「何……!」

 

 

 衝撃に揺れるコックピットの中でスザクが歯噛みした、まさか自爆同然の手段で足止めに来るとは。

 だが彼も並みではない、即座に体勢を整え黒煙を振り払って視界を確保した。

 

 

「……ッ、いない。どこに!」

 

 

 しかし、改めて確保した視界に残り3機の無頼は存在しなかった。

 青鸞の無頼も含めて、忽然と姿を消してしまっている。

 一種の煙幕、それでもどこに行ったのかを追うことは可能だ。

 地面に残された車輪の跡を追えば、まだ……。

 

 

「……何だ、地震……?」

 

 

 追おうとしたその時、スザクは地面の揺れを感じた。

 地震、日本人のスザクも幼い頃に何度か経験したことがある天災だった。

 だが、それは地震ではない。

 

 

 まして自然のものではなく、むしろ人工の地震。

 そして、地震だけでもない、それはすぐに判明した。

 スザクがいる地点のすぐ横、そこを大量の土砂が崩れ落ちていくことで。

 次の瞬間、通信回線に満ちた悲鳴に……彼は、何が起こったのかを知ることが出来た。

 そして彼は、一方の方向へと操縦桿を倒した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地滑りと呼ばれる現象は、ここエリア11と言う土地ではそれ程珍しい現象では無い。

 特定の条件が整えば、不幸ではあるが良くある天災の一つとして片付けられただろう。

 しかしこの場合、タイミングが最悪だった。

 

 

「な、何……っ!?」

「姫様ぁ――――っ!!」

 

 

 ブリタニア軍にとっては、コーネリア率いる主力部隊が日本解放戦線の本拠に手が届こうとしていた瞬間だった。

 地下への入り口になっているはずの山荘、それを含んだ斜面の土砂が一気に動いたのだ。

 その上にいた100機近くのナイトメア部隊を中心に、戦車隊や歩兵部隊が巻き込まれた。

 後の調査で5000人以上とされた犠牲が、ここで生まれたことになる。

 

 

 いかにナイトメアとは言え、陸上兵器の一つに過ぎない。

 大規模自然災害の猛威の前には無策に等しい、特に敵軍の後退を追撃していた時点のことだ。

 ……そう、日本解放戦線はコーネリア軍の攻勢に対して後退したのである。

 直前の後退と後退直後の地滑り、これは無関係だろうか?

 

 

(馬鹿な、この規模の地滑りを予測していた……あり得ぬ!)

 

 

 メインディスプレイが横へとズレていく、その瞬間にはコーネリアは動いている。

 グロースターのスラッシュハーケンを射出、可能な限り遠くの地点に突き刺して機体の支えとした。

 見れば彼女の傍でギルフォード機も同じようにしている、だが他の者は反応できなかったようだ。

 

 

「西側の斜面に向けてコックピットブロックを射出せよ! 機体を捨てて、地滑りの範囲外まで……!」

 

 

 地滑りが本格化し、コーネリアのグロースターが土砂や樹木や岩石に揉まれて波打つ。

 気分はサーフィンだ、ただしこの波は数十年に一度のビックウェーブだった。

 それも、水の波より遥かに凶悪な波だ。

 

 

 コーネリアの悲鳴のような命令に複数のナイトメアが応じる、西側の地滑りしていない地点に向けてコックピットブロックを射出、機体を捨てて地滑りからは逃れられた。

 他のナイトメアや戦車や歩兵は無理だった、土砂に飲み込まれて悲鳴と共に消えていく。

 コーネリアは歯噛みした、通信回線に彼女の部下達の悲鳴が充満していたからだ。

 助けを求める声には、コーネリアへの信頼の深さが見て取れた。

 

 

「く……!」

 

 

 助けを求める部下に何もしてやれない無力感に、コーネリアは唇を噛んだ。

 唇の端から血が流れる程の力で唇を噛んでも、コーネリアには何もしてやれない。

 彼女自身、周囲を土砂に囲まれている。

 自分を守ることで精一杯で、他を気にしている余裕は無かった。

 

 

 不意に、機体がガクンと揺れた。

 メインディスプレイの上部、スラッシュハーケンを刺していた位置の地面も崩れたのが見えた。

 流石のコーネリアも息を呑む、支えを失ったグロースターはそのまま土砂に飲まれて……。

 

 

『姫様!!』

 

 

 コーネリアのグロースターの腕を、ギルフォードのグロースターが掴む。

 馬鹿が、とコーネリアは思った。

 ギルフォードにも余裕は無いだろうに、自分を助けるなどと。

 実際、コーネリア機の重みでギルフォード機の負担は単純に2倍になった。

 彼の機体のスラッシュハーケンが、コーネリア機を掴んだ瞬間に片方弾き飛んだ。

 

 

「ギルフォード、私を離せ。さもないと貴公が……!」

『なりません! 姫様を守るのが我が役目、私は……!』

 

 

 気持ちは嬉しい、だが彼の機体も今にも流されそうだ。

 明敏なコーネリアにも、流石にこの状況を脱する良策を思いつけない。

 このままでは、最悪の事態もあり得る。

 最悪の事態、それは自分が……。

 

 

(ユフィ……!)

 

 

 最後に脳裏に浮かぶのは、やはり彼女のこと。

 同じ母親から生まれた、コーネリアが己の命よりも大切に想うたった1人の。

 

 

「……っ!!」

 

 

 その時、さらに大きな衝撃が機体を襲った。

 ギルフォード機のスラッシュハーケンが完全に抜けたのだ、ギルフォードの悲嘆の叫びが響く。

 コーネリアは覚悟を決めた、帝国皇女たるもの最期の時まで毅然とあるべきと思っているからだ。

 

 

 ……だが、いくら待ってもその時は来なかった。

 僅かな位置の変動はあったが、コーネリア機もギルフォード機もそのままの位置に留まっていた。

 スラッシュハーケンは抜けている、だが機体は土砂に流されない、何故か。

 その答えは、土砂の波に揺れるメインディスプレイに映っていた。

 

 

『自分が引き上げます、掴まってください!』

「アレは……」

 

 

 そこにいたのは、白いナイトメアだった。

 コーネリアはその機体のことを知っていた、自身で命令を与えた相手なのだから当然だ。

 特派のナイトメア、『ランスロット』――――操縦者の名は。

 

 

「枢木、スザクか……!」

 

 

 苦々しい思いを抱くと同時、認めざるを得ない。

 ランスロットが掴んでいるグロースターのスラッシュハーケン、スザクがそれを離せば自分とギルフォードがおそらく死ぬと言う、その事実を。

 コーネリアは名誉ブリタニア人を認めないが、しかしこの場ではその事実を認識せざるを得なかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『いやー……マジでヤバかったわー……』

『隊長は本当、無茶ばかりして……』

 

 

 無頼の通信パネルから響くのは、山本と上原の声である。

 彼は今、小隊の殿を務める上原機の腕に抱えられてコックピットごと移動している状態だった。

 頭部を失った無頼では碌な働きは出来ない、なので思い切って捨てると言う作戦だったらしい。

 

 

 おかげで、命拾いしたと青鸞は思う。

 あの時のスザクの精神状態は知る由も無いが、普通に考えればやられていた。

 機体を失い、その後どうなったのかなど考えたくも無かった。

 

 

「……く、ふ……っ!」

 

 

 こちらの声が通信に乗らないようにして、無頼の中で青鸞は意識の切り替えを行う。

 先程の体たらくは何だ、と、草壁あたりなら言っただろう。

 だが意識の中で自分や他人の力を借りても、どうしようも無いこともある。

 切り替えようとして、簡単に切り替えられるものでは無かった。

 

 

 思想と、結果、どうしようも無い苛立ち。

 敵わなかった、届かなかった、ただ……言い合って終わった、負けた。

 何も変わらなくて、むしろ悪化して、ただ。

 ただ……。

 

 

「……ぅ、く……っ」

 

 

 出来るなら、戻りたかった。

 戻って、もう一度。

 もう一度、あの兄に言ってやりたかった。

 

 

『――――……青鸞さま』

 

 

 通信で先頭を行く大和機に呼びかけられて、青鸞は初めて目元を拭った。

 今、彼女らは戦場を移動している。

 戦闘はまだ終わっていない、突如司令部が伝えてきたルートに従って転進しているだけだ。

 あの土砂崩れについては、青鸞達も知らなかった。

 あんな仕掛けがあるとは、聞いていないが。

 

 

 いずれにしても、個人的な感情に捉われている暇が無いのも事実だった。

 彼ら護衛小隊は青鸞を守るために存在している、つまり青鸞の行動次第でその運命が決まるのだ。

 それもまた、草壁の教えではあったが。

 とにかく、沈黙することは許されない。

 

 

「…………そう、ですね」

 

 

 左手で拭ったので、手首に巻いていた白のハンカチで拭うような結果になる。

 そのハンカチの持ち主の顔を思い浮かべて、青鸞は目を悔しげに細めた。

 あの人が、今のスザクを見たら……何を思うだろうか。

 あの人の妹は、何を想うのだろう……。

 怒るのか、許すのか、認めるのか排するのか、わからなかった。

 

 

「……わかっています、まだ戦闘は終わって――――ッ!?」

 

 

 通信を開いて、このままの位置取りで進むことを伝えようとした。

 その瞬間、新たな警告音が鳴り響いた。

 後ろからスザクが追ってきたのではない、左上、岩壁の上からの反応だった。

 

 

 何だ、と反応するよりも先に攻撃が来た。

 攻撃、つまり敵だ。

 2本のスラッシュハーケンが放たれてきて、それは狂いなく青鸞の無頼を狙っていた。

 回避しようと操縦桿を倒した所で、最悪のアクシデントが起こる。

 先程の戦いで傷めた右のランドスピナーの回転数が上がらず、機体のバランスが崩れたのだ。

 

 

『――――青鸞さま!』

 

 

 叫び声、山本機のコックピットブロックを抱えた上原機が青鸞機を後ろから押し出した。

 青鸞が名前を悲鳴のように呼んだ刹那、2本のスラッシュハーケンが上原機の頭部と左脚を潰した。

 機体にアンカーをめり込ませた上原機が、崩れ落ちるようにして後ろに倒れる。

 重く鈍い音を響かせて倒れたその機体の前に、青鸞は自分の無頼を回した。

 そして刀を手に、奇襲をかけてきた敵を探す。

 

 

『――――……見つけたぞ』

 

 

 そしてその相手は、あっさりと見つかった。

 むしろ隠れる意図が無かったのだろう、堂々と高所に立ってこちらを見下ろしている。

 沈みかけた太陽を背に立っていたのは、ブリタニア軍のサザーランドだった。

 数は3、だが中央の1機は何故か青鸞機にそのセンサーアイを向けていた。

 

 

『見つけた、ついに……ジェレミアとヴィレッタとは別行動をとって正解だったな』

 

 

 その声は、どこかで聞いたことがあるような気もする。

 普段の会話ではない、ただ、どこか……もっと殺伐とした場所で。

 だが青鸞は、それがどこだったかを思い出すことが出来なかった。

 しかし相手のサザーランドは違うらしい、ランスをこちらに向けて、明らかに青鸞機を指している。

 

 

『見つけたぞ、青いブライ……! あの時の屈辱、このキューエル・ソレイシィの名に懸けて……!!』

 

 

 力を溜めるように腰だめにランスを構え、サザーランドが跳ぶ。

 高く跳躍したそれは、まさに一心に青鸞機を目掛けてランスを振り下ろしながら。

 

 

『晴らさせて貰うぅあああああああああああああああああああああっっ!!』

 

 

 高らかに、雄叫びを上げたのだった。

 戦場はさらに混乱し、もはや誰の制御も受け付けない。

 その中で最後に笑い、泣くのは誰なのか。

 まだ、誰にもわからなかった。




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 気のせいでなければ、キューエル卿がやたら出張ってます。
 もしかして、一番原作と変化してるの彼なのではないでしょうか。

 それはともかく、ナリタ戦も終盤です。
 おそらく次回で終戦になるかな、と思いますが、個人的にはもっとルルーシュを動かしたいですね。
 スザクは、今はこれで良いです。
 むしろ次に会う時が本番、本作では主人公の変化にも挑戦したいですね。


『負けない。

 負けてたまるか、あんな奴らに。

 それなのに、ボクの手は届かないんだ、いつだって。

 いつだって、そう。

 でも、だからこそボクは願うんだ、言うんだ。

 ……いかないで……』


 ――――STAGE12:「落日 の 日」


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STAGE12:「落日 の 日」

今週はまだ週3投稿、でも来週から週2、再来週から週1になるかな、と思います。
では、どうぞ。

*3月20日23時、募集項目を後書きに追加致しました。



 キューエルは狂喜した、戦場の中であの青い無頼を見つけられたことに。

 日本解放戦線にあの青い無頼がいると言う保障は無かったが、それでも解放戦線の陣地を虱潰しに潰しながら探していたのだ。

 彼ら純血派の部隊は、ジェレミア隊とキューエル隊に分かれて行動していたのである。

 

 

 キューエルにした所で、もはや没落した辺境伯などに僅かな利用価値も見出していなかった。

 自ら泥に塗れて山々を歩き回り、日本解放戦線(当時はその認識は無かったが)の穴蔵の入り口を発見し、その功で新たなサザーランドをも与えられた。

 コーネリアはその点、出自に関わらず――無論、ブリタニア人に限るが――人を評価する上司だった。

 そして、今。

 

 

『貴様を倒し――――私は自分を取り戻す!!』

「何を意味のわからないことを……!」

 

 

 そうは言っても、突っかかってくる相手を無視も出来ない。

 とにかくも青鸞は応戦の意思を示した、頭上から振り下ろされたランスを刀で受け止める。

 

 

「……ッ!」

 

 

 息を詰めて唸る、理由は機体の右のランドスピナーの不具合だった。

 後ろには倒れたままの上原機もいる、戦闘可能な範囲は極めて狭かった。

 その中で、踏ん張りの効かない機体でランスを受け止めることは出来なかった。

 

 

 左の操縦桿を引き、左回りの要領でランスの表面を刃で滑らせて攻撃をいなす。

 それでも万全の状態で動くサザーランドの攻撃は捌き切れなかった、肩のパーツにランスが触れて破片が飛び散った。

 サザーランドのコックピットの中で、キューエルは唇を歪めた。

 

 

『んん? どうやら機体が万全の状態では無いようだ……なぁ!』

「こんな時に……!」

 

 

 ランドスピナーは通常、左右の出力が合っていないと上手く機体のバランスを保てない。

 意図的に回転数を操作することもあるが、そうでない場合には機体の運動性能を極端に落としてしまうのだった。

 基本的に無頼はサザーランドに及ばない、その上で機体に損傷があるとなると。

 

 

『……青鸞さま!、くそっ、邪魔だ!』

 

 

 見れば、大和機も他のサザーランド2機に囲まれていた。

 キューエルの部下である、彼らはキューエルが青鸞に集中できるようにするのが役目だった。

 よって、青鸞は損傷した機体で格上の相手をしなければならなくなった。

 

 

 ランスを刀で受けるも、出力が足らずに必ず押し返される。

 片腕で操縦桿を握り、残りの手でサイドプレートの端末を叩いてランドスピナーの回転数を合致させようと四苦八苦している中での戦闘。

 正直、まともに戦える状態では無かった。

 

 

「こんな、所で……!」

 

 

 メインディスプレイの中で、サザーランドのランスが上下と左に巧みに動いた。

 それは極めて微細な動きで、パイロットの技量の高さを示すものだった。

 無頼の刀を巻き込むように振り回し、そして跳ね上げる。

 マニュピュレータが損傷し、刀が頭上へと弾き飛ばされた。

 

 

「……ッ!」

『貰ったああぁ――――!!』

 

 

 息を呑む、刀はあらぬ方向へと飛んで行った。

 唯一の武装を失った、その衝撃で青鸞の顔から色が消えた。

 スラッシュハーケンはランスロット――スザクにアンカー部分を潰されてしまって使えない。

 まさに丸腰、青鸞が目前に迫るランスの切っ先から逃れようとするかのように背中をシートに押し付ける。

 

 

 次の瞬間に訪れるだろう衝撃に、青鸞は身を逸らして目を閉じた。

 相手はコックピットの中心を狙っていて、このタイミングでは脱出も間に合わない。

 最後の瞬間に心の中で呼んだのは、誰だったろうか。

 

 

「…………?」

 

 

 しかしいつまで待っても、覚悟していた衝撃は来なかった。

 何故か、当然その疑問を抱くことになる。

 不思議に思い、ゆっくりと目を開いていく。

 

 

 すると、青鸞の無頼の前に……別の無頼が割り込みをかけていた。

 無頼、日本解放戦線のナイトメアである。

 その無頼が、独特の十文字槍を模した武装でサザーランドのランスを止めていたのだ。

 金色のランスと鋼鉄製の十文字槍が互いの身を擦れ合わせ、互いの機体に火花を振りかけている。

 

 

「あ……え?」

 

 

 助かった、と言う認識以上に、どこの部隊かと思った。

 次いで銃撃音が響いた、側面のディスプレイを見ると大和機の方にも2機の無頼が救援に駆けつけていて、アサルトライフルの一斉射でサザーランド2機を牽制しているのが見えた。

 

 

『こちら林道寺隊、そちらは青鸞さまと護衛小隊で間違いありませんね?』

 

 

 不意に通信パネルに映ったのは、20代半ば程の青年だった。

 おそらくは十文字槍の無頼のパイロットだろう、毛先が少し跳ねた茶髪が混じりの黒髪の青年だ。

 林道寺先哉(りんどうじさきや)、階級は中尉。

 彼と彼の部隊は、実は先程まで中央でコーネリア隊の攻勢を支えていた部隊だった。

 

 

 それがどうして中央から外れた位置にいたのか、それは地滑りを避けるべき司令部から送られたポイント指定に従った結果である。

 偶然の要素が多分にあるものの、それでもこのタイミングでの救援で青鸞達が救われたことには違いが無い。

 

 

『貴様……ッ、邪魔立てするかぁ!!』

『青鸞さま、ここは僕達に任せてこのまま転進を』

 

 

 キューエルの声をあえて無視して、林道寺が青鸞に撤退を勧めた。

 と言うのも、実は彼はある言伝を――実際には、彼以外の将兵にも似たような言伝が与えられているが――司令部から預かっていたためである。

 

 

『片瀬少将閣下がお呼びです、青鸞さまは第19区画へ!』

「第19区画……?」

 

 

 通信で示された撤退の位置に、青鸞は眉を顰めた。

 片瀬直々の言伝もそうだが、この状況で自分が呼ばれる理由が咄嗟には思い浮かばなかったためだ。

 しかし目前で戦闘に入る林道寺にいちいち確認するのは酷だった、仕方なく青鸞は言伝に従い、大和機と共に山本・上原の両名を回収した上で。

 

 

『ま、待て……待て、逃がさんぞ! 青いブライィイイイイイイイイイイイイイッッ!!』

 

 

 その上で、その場からの離脱に成功したのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 藤堂と四聖剣がナリタへと帰還したのは、地滑りが引き起こされた直後のことだった。

 2台のトレーラーでもってブリタニア軍の検問を突破し、自動運転に切り替えた後は後部に移ってキョウトから受領したナイトメア『無頼・改』に乗り込んだ。

 ここから直接戦場に向かう腹積もりであって、出遅れを僅かでも取り戻そうとしてのことだった。

 

 

(ナリタを囲んでの包囲殲滅戦、そして先程の土砂崩れ……)

 

 

 ナリタの圏内に入った段階で、肉眼でも囲みと土砂崩れの様子を知ることは出来た。

 全体としてどうかはわからないが、見る限りではブリタニア軍を狙った物だったように思う。

 事実として土砂崩れは麓まで届き、ブリタニア軍の囲みに乱れを生じさせている。

 

 

『……おお、藤堂……!』

「少将閣下、遅くなりました……!」

 

 

 1度目の通信は通じず、2度目の通信でようやく司令部と繋がった。

 通信の画面に出てきた片瀬は最初どこかぼんやりとした顔をしていたが、藤堂のことを認識すると喜色を浮かべて声を上げた。

 待ち侘びていた、そんな顔だった。

 

 

 それは藤堂にとっては、自分にかけられた期待の大きさを示すものでもあった。

 状況は極めて悪い、土砂崩れによって中央のブリタニア軍はほぼ排除されたが、他の2つの集団については何のダメージも負っていない。

 もしかすれば内部に侵入した部隊もいるかもしれず、事態は一刻を争う状態だった。

 

 

「少将閣下、先程の土砂崩れは……」

『あ、ああ、アレは……おそらく、範囲上の部隊には退避命令を出した、ようだ』

(ようだ……?)

 

 

 片瀬の言葉に不明瞭な部分を感じつつも、藤堂は今は無視することにした。

 それよりも今は戦況を好転させねばならない、敵軍はまだこちらの倍はいるのだから。

 

 

『ブリタニア軍は一時乱れたが、しかしすぐに立て直してきた。おそらく、敵将コーネリアは土砂崩れの影響を受けなかったようだ、指揮系統の乱れが見えない……』

「ですが敵軍の一方面部隊が中央に寄り、包囲に穴が開いています。今こそ、好機……!」

 

 

 流石にコーネリアを倒す所までは行かなかったらしい、しかし包囲の部隊の一部――藤堂は知りようが無いが、それはダールトンの部隊だった――がコーネリア軍のカバーに入りつつあった。

 つまりそこの包囲は今、極端に薄くなっていた。

 藤堂の目から見れば、千載一遇の好機だった。

 

 

『そこで、藤堂。お前に頼みがあるのだ、突破部隊の指揮を委ねたい……頼めるか』

「は、しかし……片瀬少将が執られるのでは。私は殿で敵の抑えに回ろうかと」

『いや、お前に頼みたい。と言うのも、実は……』

 

 

 その後に続く片瀬の言葉を聞いて、藤堂はナイトメアの中で目を見開いた。

 それはそれ程に驚くべき言葉で、作戦だった。

 内心、賛成は出来ないと思ったが……。

 同時に、キョウトにおいて桐原に言い含められたことを思い出した。

 あの老人は、藤堂にこう言ったのだ。

 

 

『枢木の娘のことは、わかっておろうな』

 

 

 奇しくもそれは、片瀬の言葉とダブって聞こえたが。

 しかし込められた想いが全く異なることを、藤堂は知っていた。

 だから、彼は……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山地下要塞の第19区画は、ナリタ連山全体で見ると北西方面に存在する。

 近くには民間居住区などがあり、同時に物資搬入口などもいくつかある。

 地上には第19固定砲台があリ、ナリタでは最も広い地下道を有している場所でもあった。

 

 

「これは……」

 

 

 そこに護衛小隊と共に別の地下道から入った青鸞は、コックピットからワイヤーを伝って降りながら目の前に広がる光景を見つめた。

 気が付けば5時間以上外での戦闘に従事していた青鸞だが、疲労を感じるよりも先に駆け出した。

 機体の整備とエナジーフィラーの交換を整備士達に任せつつ、目的の人物を探す。

 

 

「片瀬少将!」

「おお、青鸞嬢。戻ったか」

 

 

 地下道の開閉用の隔壁に比較的近い位置で何人かの人々に指示を出していたらしい片瀬が、青鸞の姿を認めてほっとした表情を浮かべた。

 青鸞は徐々に速度を緩めつつ駆け寄り、片瀬の傍に寄ると改めて周囲を見渡した。

 

 

「片瀬少将、これは……」

「うむ、見ての通りだ。残存の主力部隊を集めて、民間人を脱出させるつもりだ。敵の包囲に乱れが生じている今こそ好機、今の内に包囲を突破する」

「ナリタを放棄するんですか?」

 

 

 驚いたような声を上げる青鸞に、片瀬は頷いて見せた。

 中央司令部は一時東郷に任せている、片瀬自らが包囲突破・脱出の作戦の指揮を執っていた。

 そして実際、天井の岩盤の低い地下道には10台程のトレーラーと十数機――青鸞達の機体も含む――の無頼が護衛のように並んでいた。

 

 

 片瀬の話によれば、ここにいるのはナリタの民間人の半分程度だと言う。

 つまりおよそ750名、それをトレーラーに分乗させて運ぶ。

 トレーラーの周囲は軍用ジープやトラックに分乗した120名の兵――青鸞の小隊も含む――で囲み、さらに解放戦線に残った最後の無頼13機で囲みながら包囲を突破する。

 片瀬の説明したその作戦に、青鸞は唇を噛んだ。

 

 

「無論、我らはまだ負けてはおらん」

 

 

 そんな青鸞の様子を見たからか、片瀬はそんなことを言った。

 気休めにしかならない、そんな言葉。

 だが現実は敗走だ、日本解放戦線はブリタニア軍の攻勢を支えきれなかった。

 今一息吐けているのは、あくまで地滑りで敵軍が混乱したからだ。

 

 

「そういえば、先程の地滑りですけど……アレは、司令部が極秘に地下に爆弾でも?」

「う……む。そう、だったかな……?」

「……?」

 

 

 片瀬は、地滑りの件に関しては妙に歯切れが悪かった。

 瞼を揉むようにしながら眉間に皺を寄せるその姿は、どこか考えると言うよりは堪えると言った方が正しいように思えた。

 青鸞が不思議そうに首をかしげていると、片瀬は「それよりも」と話を変えた。

 

 

「この総勢1000名近くの者達に、お前もついていて貰いたい」

「……それは、つまり」

 

 

 青鸞に、逃げろと言っているのだろうか。

 大勢の仲間が残っている場に背を向けて、1人逃げろと。

 彼女がそう視線に込めて片瀬を見つめると、片瀬は苦笑を浮かべた。

 

 

「勘違いするな、お前をつけるののには打算的な理由もある」

「打算、ですか」

「そう、お前はキョウトの女だ。お前がいればキョウトは彼らを見捨てないだろう、そう言う狙いもある。決してお前を逃がそうと画策してのことでは無い、それに私も残りの半分を率いて別の方面から脱出を指揮せねばならん」

 

 

 なるほど、と、青鸞は納得した。

 自分で言うのもアレではあるが、自分は枢木家の当主である。

 名前だけとは言え、明確に見捨てはしないだろうと思う。

 もちろん、そこに頼りすぎるのも怖い話ではあるが。

 

 

 それに、確かにまだ残り750名の民間人を逃がす指揮官が必要なのもわかる。

 こちらの指揮官が誰になっているかはまだ知らないが、残り半分を片瀬が率いるというならそれはそれで納得のいく話ではあった。

 少なくとも、理屈の上では。

 

 

「ナリタは滅ぶかもしれんが、日本は滅びん。断じて、滅びはしないのだ」

 

 

 片瀬の言葉は、その意味で青鸞の精神を支えるものだった。

 確かに、ナリタ連山は日本解放戦線の本拠地ではあったが……拠点は、他にもある。

 ここを凌げば、まだ何とか組織を立て直すことも不可能では無いはずだった。

 その意味でも、キョウトとの関係の保証書のような存在である青鸞は重要だった。

 

 

 だから、青鸞は片瀬の言葉に頷いた。

 それぞれのトレーラーの後部荷台に、ぞろぞろと乗り込んでいる民間人の人々を見つめながら。

 パイロットスーツに覆われた掌を、ぎゅっと握り締めたのだった。

 そしてそんな彼女を、片瀬は目を細めて見つめている……。

 

 

「青鸞さま!」

 

 

 その時、明るい声が耳に届いた。

 ふと顔を上げて声のした方を向けば、そこにはこちらへと駆けて来る割烹着姿の少女が見えた。

 雅だ、彼女の後ろには藤堂道場の少年少女達が並ぶトレーラーも見える。

 そして袴姿の少年達に囲まれるようにして、今朝子供を産んだばかりのあの母親の姿も見えた。

 

 

 彼女の手には布にくるまれた赤ちゃんらしき包みもあって、青鸞は初めて表情を緩めた。

 他にも、彼女と面識のある民間人の姿を何人も確認することが出来た。

 先々月にブリタニア軍に潰された村から連れてきた人々や、愛沢や子供達……。

 

 

「……そうだ」

 

 

 逃げる、とは言え、その逃げると言う行為がどれほど困難か。

 青鸞は改めて自分に渇を入れた、動揺しているとはいえブリタニア軍の囲みを抜けるのだ。

 おそらく、相当な苦労を強いられることになるだろうと思う。

 

 

「微力を尽くします、片瀬少将」

「うむ、合流地点でまた会おう」

「はい」

 

 

 青鸞が頷いた時、彼女の目の前に節くれだった手が差し出された。

 それが片瀬の手だと気付くのに、数秒を要してしまった。

 そして握手を求められているのだと気付いたのは、そこからさらに数秒後のことだった。

 

 

「無事に、脱出を」

「は、はい……片瀬少将達も」

「…………うむ」

 

 

 肯定の頷きまでに間があったことを不思議に思いつつも、青鸞は片瀬と握手をした。

 片瀬の手は、想像していたよりもずっと骨ばっていて冷たかった。

 それでも痛いくらいに気持ちを込めて握ってくるので、青鸞は内心で片目を閉じる心地だった。

 空気が重いためか、どうも最後の別れみたいな気がして妙な気分だったが。

 

 

「……日本を、頼むぞ」

「え?」

 

 

 青鸞が聞き返すように顔を上げる、直後に彼女は口を閉ざした。

 少将に握手を求められると言う異例の事態もそうだが、彼の顔が。

 片瀬の顔の堀が、光の加減のせいかより深く見えてしまって……それでも、青鸞は何かを言おうとした。

 だが、何を言おうとしたのかは良く覚えていない。

 

 

 何故ならその直後、開閉側の隔壁が轟音を立てて崩れ落ちたから。

 

 

 外から内へと爆風が吹き荒れて、隔壁の一部が瓦礫となって風の乗って地下道の中へと吹き飛んできた。

 床を跳ね壁にぶつかり、トレーラーの一台に直撃してそれを横転させた。

 響き渡る人々の悲鳴と、兵達の怒声――――。

 

 

「――――ブリタニア軍!?」

 

 

 崩れた隔壁、つまり地下道の出口側に数機のサザーランドの姿を認めて青鸞が悲鳴のような叫び声を上げる。

 今、自分達は限りなく無防備に近い状態だ、だから。

 だから侵入してきたサザーランドがその肩にロケットランチャーを担いでいるのを見た時、本気で血の気が引くのを青鸞は感じた。

 

 

「いかん!! 総員――――」

 

 

 片瀬の声が飛ぶより、護衛の無頼が動くよりも先に。

 サザーランドのロケットランチャーが、地下道の中に打ち込ま――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 気を失っていたのは、ほんの数十秒から数分のことだったろうと思う。

 しかし次に目を開いた時、そこには地獄が広がっていた。

 濛々と立ち込める土埃、崩れた岩盤に横転したトレーラー、悲鳴と怒号……。

 

 

「……片瀬少将!?」

「む……あ、ああ……」

 

 

 がばっ、とそれでも彼女が身を起こしたのは、自分の横に膝をついている片瀬の姿を認めたからだ。

 額に脂汗を光らせ、目を閉じて、軽く唸っている様子の片瀬。

 身を起こして、しかし青鸞が手を止める。

 片瀬がついた膝の先、そこに赤い水溜りが見えたためだ。

 

 

「少将……!」

「……騒ぐな、見た目は派手だが大した傷では無い。それよりも……」

 

 

 重低音の片瀬の声に促されるように視線を巡らせれば、片瀬よりも危機的な状況にいる者達の姿が見えた。

 横転したトレーラーや落ちてきた岩盤の一部に身を押し潰された者もいて、子供の泣き声も聞こえる。

 つい先日まで、貧しくとも笑っていた人達が。

 

 

「行け……そして、作戦を完遂するのだ。そう、お前達が脱出するための「作戦」を……」

 

 

 片瀬の視線に圧されるようにして、青鸞は立ち上がる。

 片瀬自身も幕僚の肩を借りるようにして立ち、ゆっくりとした足取りで奥へと歩を進めていく。

 その背中を見送る青鸞、地下道の崩落も収まっている様子だった。

 そして片瀬は……片瀬達は背を向けていたから、青鸞には見えなかった。

 彼らの瞳が、僅かながら赤い輝きを放っていたことに……。

 

 

「……そうだ、皆は?」

 

 

 いつまでも見送っているわけにもいかない、先の衝撃の状況を確認しなければ。

 どうやら侵入してきたのは僅かなナイトメア部隊だけだったらしく、外から逆侵入してきた味方の部隊によって駆逐されたらしい。

 

 

 ただ、サザーランドを駆逐したのは見覚えの無い機体だった。

 無頼に似ているようだが、どこか違うようにも思う。

 しかしそれにばかり意識を向けてもいられず、青鸞は駆けた。

 まず途中で雅を見つけて、愛沢や彼女が面倒を見ていた子供達を見つけて、たくさんの人が思ったよりも無事だったことにほっとして、そして……。

 

 

「――――あ……」

 

 

 そして、見つけた。

 見つけてしまった、見たくないもの。

 見たく、無かった。

 

 

「おい、何か杭的なもん持って来い!」

「それより重機とかナイトメアだろ、早くしないと……!」

「渡辺さん! 渡辺さん! いやあぁああああぁっ!!」

 

 

 自分の呼吸が荒さを増すのを、青鸞は自覚した。

 そこでは、胴着姿の少年達が横転したトレーラーを何とか動かそうとしていて、同じ格好の少女達が泣きながら悲鳴のような声を上げている。

 彼らの間、トレーラーと岩の隙間に杭を差し込もうと頑張っている少年達の間に見えてしまっていた。

 

 

 フラつくような足取りで近付いて、しかし周囲の声は耳に届かなくなっていく。

 そして、目の前で膝をついた。

 渡辺と呼ばれた女性、うつ伏せに倒れたその人の前で青鸞は崩れ落ちた。

 差し伸べた両手は、震えるばかりで何も掴むことが出来ない。

 

 

「……ぁ、あ……ぅ……」

 

 

 唇からは、意味の無い音しか出ない。

 渡辺と言う名の女性の手の上には、厚手の布にしっかりとくるまれた小さなものがある。

 その布の中からは、空気を引き裂くような泣き声が響いていた。

 無傷だった、きっと、守られたのだろうと思う。

 

 

 母親に、庇われたのだろうと思う。

 しかしその母親、渡辺は、生まれたばかりの子供を少しでも前に押し出そうとした体勢のままで。

 ……腰から下が、トレーラーの荷台の下に消えていた。

 どうなっているのかは見えない、だが、腰の左側が不自然に陥没している様子だった。

 電気信号の反射のみで、指先や肩がピクピクと動くばかりの存在。

 

 

「あ、あ……」

 

 

 ――――何て言えば良いのと、青鸞はある少年に問うた。

 そして今、その疑問が再び彼女の心を覆っていた。

 本当に、何と言えば良いのだろう。

 この子に、この産まれたばかりの赤ちゃんに、母のことを何と伝えれば良いのだろう。

 

 

 ブリタニア軍の攻撃で吹き飛んだトレーラーに内臓を潰されて、血反吐に塗れて死んだ母のことを。

 この子に、何と言って聞かせれば良いのだろう。

 それでもあの少年は言うのだろうか、解放戦線が降伏すれば良かったのだと。

 この子を前にして、そんなことが言えるのだろうか。

 子を産んだ直後、あんな顔で微笑した母の死を……自業自得だと言うのだろうか。

 

 

「青鸞さま! しっかりなさってください!」

「……っ!?」

 

 

 肩を強く掴まれて、ようやく青鸞は現実へと意識を戻した。

 振り仰いで見れば、そこには雅がいた。

 厳しい表情を浮かべている、当然だろう、そして周囲の道場の子達も救助を諦めた様子だった。

 

 

 叫びたかった。

 喚きたかった。

 嘆きたかった。

 泣きたかった。

 怒りたかった。

 

 

 だが、それのいずれも選択できなかった。

 望まれていなかったから、自分以外の全ての人間がそうしたかったはずだから。

 見れば、目の前の母親以外にも似たような状況に陥っている者はいるのだ。

 死んでいる者はまだマシだったかもしれない、だが両足を瓦礫に潰された人間の叫びなど、戦友の頭が無くなるのを見た兵の叫びなど、子供を岩の下に失った父親の叫びなど、聞けたものでは無かった。

 

 

「み、雅……雅、雅!!」

「はい、はい! 雅はここです、ここにいます!」

「……うごけない……!」

 

 

 情けない声で、青鸞は助けを求めた。

 身体が、弛緩したように動かないのだ。

 動かねばならないと頭が理解しているのに、指先が震えるばかりで何も出来ない。

 

 

「……御免!」

 

 

 分家の少女は本家の少女を救った、頬を張るという形で。

 乾いた音と共に青鸞の身が横にズレる、その勢いを利用して青鸞は身体を起こした。

 膝を立てて手を動かし、トレーラーの下敷きになって動かなくなった母親の手から赤ちゃんを奪う。

 布にくるまれた赤ちゃんは、それを知ってか泣き喚いていた。

 

 

 青鸞はそれを雅の腕の中に押し付けた、先に行くように促す。

 周囲の道場の後輩達に対しても同じだ、肩を叩き背を叩き、無事なトレーラーに何とか乗り込むように押し出す。

 今や地下道はパニックに近い状態だ、我先にと無事なトレーラーに人々が押し寄せているのが見える。

 そして青鸞自身はと言えば、弛緩から解かれた身を何とか動かして奥へと向かおうとしていた。

 

 

「青鸞さま、どこへ!?」

「……その子、お願い……!」

 

 

 その瞳は、どこか焦点が合っていない。

 据わった眼差しで足を動かして、もつれながらも奥へと進んだ。

 据わった目で歯を食い縛り、人々の流れに逆らうように向かう先には。

 

 

 どんっ……と、何か厚いものにぶつかった。

 ぶつけた顔を右手で押さえつつ、青鸞は前を睨んだ。

 しかしその顔に、僅かながら理性の色が戻る。

 

 

「――――草壁中佐!?」

「どこへ行くつもりだ、小娘」

 

 

 そこにいたのは、草壁だった。

 周囲にパニックに陥った民間人が走り回っている中、男と少女が2人だけ停止している。

 見れば、草壁も無傷では無く……軍服の所々が破けていた。

 彼もまた、雷光と言う機体を失ってこのポイントへと呼ばれたのである。

 

 

「どこへ行くつもりだと聞いている、何をするつもりだ」

「どこへ、何を……」

 

 

 呆然としていた青鸞だが、しかし下がった一歩を再び前へと進めて。

 

 

「ぶ……無頼に戻ります、まだ動きますから。それで……」

「それで?」

「だ、脱出を、手伝います。それから、無頼で瓦礫の除去やトレーラーを戻して、助けられる人を助けて、それから」

「それから?」

「そ、それから……それから、それから」

 

 

 ――――コロシテヤル。

 音は無い、だが少女の唇の形がそう歪むのを草壁は見た。

 額から流れる血を拭うこともせず、彼は青鸞を見ていた。

 青鸞の視線は一時後ろへと向き、遠くに倒れるサザーランドの残骸を見て、そして。

 

 

「こ、殺す……殺してやる、殺してやる――――殺してやるっっ!!」

 

 

 絶叫。

 頬を掻いた両手の指、その爪先が頬を切って僅かな血を流させる。

 それは、どこか涙のようにも見えた。

 

 

 青鸞の胸には、確かな憎悪と殺意と憤怒があった。

 それはスザクに感じたものとはまた違う、もっと漠然とした、救いようの無い感情だった。

 よくも、よくもよくもよくも、よくもよくもよくもよくもよくも――――よくも!

 ブリタニアへの憎悪、ブリタニア軍への殺意、ブリタニア人への憤怒。

 

 

「よく、よくも……よくも、ブリタニア。よくも、ボクの、よく……今日、会った、産まれた、ばかり。なのによくも、よくも、畜生、畜生、畜生、ちきしょう……!」

「…………」

「み、皆、ブリタニアの奴ら、殺してやる、殺してやりたい……何度も、日本を、よくも。だから、(ワタシ)、ボク……こ、殺してやる。皆殺しにして、後悔させて……!」

 

 

 ――――堕ちる。

 自分がどこか昏い場所へと堕ちていくのを、青鸞は自覚した。

 しかし止められない、止まらない、どうしようも無かった。

 だって、彼女はいよいよ本気でブリタニアを憎んで。

 

 

 そんな少女の肩に、草壁は手を置いた。

 置かれて、青鸞は顔を上げた。

 いつも以上に近い位置にいた巨漢の男に、僅かに目を見張る。

 

 

「……良く言った」

 

 

 重く低い声で、草壁は頷いて見せた。

 良く言ったと、それでこそだと。

 それは、草壁が初めて青鸞にかけた肯定の言葉だった。

 支持の言葉だった、だから青鸞は虚を突かれたような顔で草壁を見上げる。

 

 

 草壁の瞳が、見たことも無い程に澄んでいて……青鸞は、口を噤んだ。

 そんな青鸞に、草壁は再び頷きを返す。

 しばしの間、男と少女が視線を交わした。

 

 

「……耳を貸せ、策がある」

「え、あ……はい」

 

 

 やはり虚を突かれて、青鸞は素直に頷いた。

 顔を僅かに横に動かし、耳を近付けるようにしつつ背筋を伸ばして。

 そこへ、草壁が口を寄せた。

 

 

「――――馬鹿者が」

「え?」

 

 

 青鸞は、鈍い音を聞いた。

 それが自分の身体から発せられた物だと気付いた時には、地面に両膝を揃えて落としていた。

 身体を支えることが出来ず、腹部からジンジンと広がる痛みに呻きながら頬を地面に押し付ける。

 気付けば崩れ落ちるようにして、倒れていた。

 

 

 僅かに動く顔を動かせば、自分を見下ろす草壁がいた。

 掠れる視界の中で、草壁がどんな顔をしているのかは見えない。

 ただ、青鸞の目尻に薄い雫が浮かんで……何かを、言おうとして。

 ――――彼女の意識は、そこで途絶えた。

 

 

「……ふん」

 

 

 草壁は倒れた青鸞を見下ろし、鼻を鳴らしていた。

 馬鹿な小娘が、と、心の底から思っていた。

 

 

「その娘が目覚めたら、伝えておけ」

 

 

 これまで姿を消し、今忽然と姿を現した男に草壁は言った。

 倒れた青鸞を助け起こし、姫抱きにした彼の名は三上秀輝。

 枢木本家を守護する家系の青年、キョウトの人間だ。

 草壁はその男に興味の無さそうな視線を向けると、背を見せて歩き出した。

 

 

「貴様如きの憂さ晴らしに日本を付き合わせたら、この草壁が承知せんとな……!!」

 

 

 青鸞の細い身を両手で抱いた三上は、その黒い瞳を草壁の背に向けて。

 

 

「……何処へ」

「知れておるわ、戯けめ」

 

 

 一度だけ振り向き、三上の腕の中で脱力する青鸞を見て、草壁は。

 

 

「……無頼に、空きが出たからな」

 

 

 いつものように、鼻を鳴らして笑ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「どこだ、どこに行った、青いブライ……!!」

 

 

 突然の地滑りで混乱する戦場、キューエルは未だその中をほぼ独力で駆けていた。

 機体のエナジーは残り30%を切っていて、計器による警告もそろそろ成されるだろうと言う時だ。

 林道寺隊は時間稼ぎの後、チャフスモークを利用して巧妙に撤退して見せた。

 キューエルの傍には2機のサザーランドが従うようについてきている、こちらはキューエルに引っ張られてと言う印象が強い。

 

 

 一方、通信によればジェレミア隊の方は壊滅したらしいと聞いている。

 だがもはやキューエルにとってジェレミアなどどうでも良い、ただ己の名誉の回復のみを求めていた。

 それがひいては家族や妹の立場を強化することにも繋がる、彼も必死だった。

 渋る部下を引き連れて、ナリタの山の中を駆け続ける。

 

 

『……キューエル卿、アレを!』

「むぅ!?」

 

 

 その部下の声に顔を上げると、1キロ程先の山の斜面で大きな爆発が起こるのが見えた。

 サクラダイト特有の桜色の閃光が一瞬だが確認できた、まるで穴を広げるかのような爆発が山の内部から起こったのだ、何かあると確信を持つには十分だった。

 加えて、サザーランドに入る味方の通信。

 

 

『こちら北西方面部隊! ナリタ内部から、敵軍が……!』

『内部に侵入したサザーランド隊は壊滅した模様、予備部隊を中央へ回したため、こちらは手薄だ! 至急、救援を請う! 救援を――――ッ!!』

 

 

 キューエルはそれを聞いて唇を歪めた、どうやらイレヴンのネズミ共は堪らず外に出てきたらしい。

 奴らは脱出するつもりなのだ、もしそうなら。

 あの青いブライも、きっとそこにいるはずだ。

 

 

「良し! 我らも向かうぞ!」

『は、はっ、し、しかしキューエル卿、我々の機体のエナジーも限界』

「まだ3割ある! それだけあれば十分だ、友軍の窮地に弱音を吐くな!」

『『い、イエス・マイ・ロード!』』

 

 

 操縦桿を前に倒してフルスロットル、最大戦速でキューエルとその部下は現場へと向かった。

 サザーランドの機動は軽い、キューエルの技量と感情が乗り移っているかのようだった。

 事実、彼は今度こそ逃がさないと言う意気込みで現場へと向かっていた。

 

 

 そして、後にナリタ攻防戦の名で歴史の教科書に載ることになる戦いは最終局面に入った。

 ここから先には、英雄譚は存在しない。

 ただ、戦争と言う人類の共同作業の一つが展開されるばかりだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まずは地下道出口の敵を排除する、中央の混乱が収拾されきっていない今ならば大した戦力では無い。

 包囲網が全体的に薄くなっている今がチャンスであって、だからその点において藤堂は土砂崩れを起こした者を信頼していた。

 これだけ大規模な仕掛けをするような人間、そうそういるものでは無いが……。

 

 

「民間人を逃がすことが最優先だ……すまないが、お前達の身の安全を考えて策は練れん、許せ」

『大丈夫ですよ、藤堂さん。自分の身の安全くらい自分でどうにかします』

『ええ、甘く見ないでください』

 

 

 朝比奈と千葉の返答に僅かに笑った後、自ら乗り込んだナイトメアの中で藤堂は目を鋭く細めた。

 今の会話をしている間にも、彼は機体の刀を振るって逃走ルート上にいるサザーランドを1機両断していた。

 無頼改、通常の無頼の頭に長い飾り房をつけたような形状のその機体を駆って。

 

 

「――――時間を置けば敵の本隊・予備隊が戻ってくる、それまでに活路を見出す。斬って斬って斬り通れ!!」

『『『『承知! 我ら四聖剣の誇りに懸けて……!!』』』

 

 

 撤退戦、それも民間人を抱えての撤退戦だ。

 血の滲むような、泥と汗に塗れるような無様な戦いになるだろう。

 だが、ここに兵士と言う救い難い人間達の微妙な心理が働く。

 それは、あえて言葉にするのであれば……人殺しを生業とする職業、軍人、それに携わる者がある意味で最も甘美な興奮を覚える一瞬。

 

 

 無辜の民を守り、戦う、その時に兵が感じる昂揚感だ。

 通常、前線で戦う兵士には守るべき市民の姿が見えない。

 当たり前だ、映画や特撮でもあるまいし市民の前でショーのように戦争する者はいない。

 だが市民を保護しての撤退戦は別だ、兵達の傍には守るべき市民がいて、兵が倒れれば彼らは死ぬ。

 守るべき市民を背にした時、彼らは兵士からただの人間になる……弱者を守りたいと願う強者に。

 

 

「先頭は我らの隊で斬り開く、残りは保護民を乗せたトレーラーを囲みつつ紡錘陣を敷け。殿(しんがり)は野村の隊に任せる……()くぞ!」

『『『『承知!』』』』

 

 

 キョウトから受領したばかりの機体を駆る藤堂と四聖剣、その彼らの後に続くように地下道から次々とトレーラーが出てくる。

 整備されていない山道を必死に走り、ナリタ北西の方向に真っ直ぐ進む。

 その先に何があるわけでは無いが、そこが最も包囲の薄い所なのだ。

 

 

 もちろん、薄いとは言えブリタニア軍が撤退行をみすみす見逃すはずも無い。

 地下道から出て、森を抜けて渓谷を通り、走破しようとする彼らを逃がす程優しいわけは無い。

 脱出に気付いた部隊が、順繰りに襲い掛かってくる。

 

 

『イレヴンを逃がすな、ここで逃がせばコーネリア殿下の顔に泥を塗ることになるぞ!』

『おお、穴倉から出てきたネズミはここで殲滅してやるぜ!』

 

 

 藤堂達は道を開くために先頭にいる、他については気が回らない。

 だから側面から襲い来るサザーランドなどについては、自力で何とかして貰う他無い。

 そして襲いかかってきたサザーランドがスラッシュハーケンを放ち、後部の荷台の中央を抉る。

 運転手の兵士は必死に列の外側に向けてハンドルを切り、他を巻き込まないよう努力した。

 それでもバランスを崩し、横転、黒煙を吐きながら2台の軍用ジープを巻き込んで転がった。

 

 

 転がった、と一口に言っても、そこには生きた人間が乗っているのである。

 その横を擦り抜ける他のトレーラーの運転手は、トレーラーから投げ出される人々を見た。

 身体の一部を欠損しながら地面に落ち、後続車両に轢き潰される者もいる。

 しかしそうした屍を乗り越えてでも、全体を生かすために走り続けなければならなかった。

 

 

「く……!」

 

 

 1台のジープがそれを見て止まった、投げ出された人々の中には生存者もいたためだ。

 義侠心に駆られた者達が救援に行くのも、無理は無いだろう。

 だが、往々にして。

 

 

『馬鹿野郎、止まるな!!』

「しかし! うあ……!?」

 

 

 通信機に向かって運転手の男が叫んだ時、彼らの目の前に薄紫の装甲を持つナイトメアが屹立した。

 先程、トレーラーを破壊したサザーランドだった。

 車体を掴み身を仰け反らせる彼らに、そのナイトメアはアサルトライフルの銃口を向けた。

 彼らごとトレーラーの人々を吹き飛ばす気だ、と気付いた次の一瞬。

 

 

 サザーランドのアサルトライフルに、対戦車砲のロケット弾が直撃した。

 ヨロめくサザーランド、その目前にいるジープの後ろを別のジープが走り去って行った。

 後部座席に立った男の手には弾を失った対戦車砲があり、それを肩から下ろしつつ彼は舌打ちした。

 

 

「狙撃兵の仕事じゃない……」

『わぁってるよ、無茶言ってるってのはな』

 

 

 同じような声が、後方からカバーに来た無頼の中から響く。

 側面から次々と湧いて出るナイトメア部隊に、民間人を乗せたトレーラーや軍用のジープやトラックが次々と餌食にされていく。

 所々で起こる爆発、悲鳴……しかし、一つ一つについてかかずらわってはいられない。

 幸い、戦車や砲撃などは無いので……ナイトメア部隊さえ振り切れれば何とか、と言う状況だった。

 

 

『藤堂さん、後続の車両が!』

「わかっている、だが……!」

 

 

 無傷で抜けれるなどとは思っていなかったが、それでも犠牲が大きすぎる。

 だからこその朝比奈の声だったのだが、先頭を行く藤堂た達にも余裕は無いのだ。

 立ち塞がる敵ナイトメアを斬り伏せ、進路上に戦車や装甲車があればこれを排除する。

 それで手一杯だ、これ以上のことは出来ない。

 「奇跡の藤堂」も、万能では無いのだ。

 

 

(だが、せめて……!)

 

 

 1人でも多く、と、目前のサザーランドのランスを潜り抜け、無頼改の刀の刃を胸部に突き込みながら藤堂は奥歯を噛む。

 刃を引き抜き、そして押し出して進路上の外で爆発させる。

 その閃光に目を細めながら、藤堂はなおも後続を気にしていた。

 

 

(せめて、青鸞は……!)

 

 

 二重の意味で、藤堂はそう思う。

 まず第一は、彼女が生存する限り撤退者を保護すると言った桐原の言を信じて。

 そして第二は、自分が真実を話さないために引き込んだことに負い目を感じて。

 

 

「だから、ここは――――……!」

「ここは、死守するぞ!!」

 

 

 先頭の藤堂の言葉に被せるように叫んだのは、野村恭介(のむらきょうすけ)と言う将校だった。

 20代後半、黒髪に灰色がかった瞳を持つ男だ、「逃げの野村」と呼ばれる撤退戦のエキスパートである。

 彼は最後尾にあって無頼を駆り、アサルトライフルを部下と共に斉射していた。

 逃げのエキスパートとは言え、流石にこの窮地には逃げ一手ではどうしようも無い。

 

 

「命あっての物種とは言え、これはキツいな……」

『馬鹿者共め、この程度で怯むで無いわ!!』

「……草壁中佐ッ! その機体は……!」

 

 

 その時、側面前方から下がって来た機体があった、濃紺の無頼である。

 右のランドスピナーの調子が悪い様子だったが、トレーラーの群れの速度程度ならついてこれるらしい。

 武装は全て失っているが、無頼用のアサルトライフルを所持している。

 

 

「ふん、小娘のサイズでは聊か手狭だが……」

 

 

 本来は青鸞専用の小さなシート、草壁の巨体では収まりきらなかった。

 背もたれにはもたれられない、シートの枠は草壁の肩甲骨のあたりで止まっている。

 嫌が応にも、そこに本来座っていた操縦者の小ささを思い知らされる。

 それ程に、草壁にとってはそのシートは小さかったのだ。

 

 

 そう、小さい。

 あまりにも小さすぎて、腹立たしくなってくる程に。

 こんな小ささで、いったい何が出来ると言うのか。

 本当に、あの少女は。

 

 

「温いわあああああああああああぁぁっ!!」

 

 

 ライフルの弾幕を縫って接近してきたサザーランド、その腹部装甲に濃紺の無頼の左拳が叩き込まれた。

 裂帛の気合いの乗った拳、だが強度がついてこれなかった。

 無頼の左拳が砕け、部品が弾け飛ぶ。

 しかしそれで離れたサザーランドに、草壁はアサルトライフルの弾丸を叩き込んだ。

 

 

「ふん、小娘のように柔な拳だ……!」

 

 

 マニュピュレータが砕けたことを報告してくる小五月蝿いモニターを殴打で止めて、草壁は鼻を鳴らした。

 やや乱れの見えるメインモニターには、こちらを追撃してくる敵軍の姿が見える。

 そして、その時。

 

 

『野村隊長、新手が!』

「何!?」

 

 

 それまで撤退行の最後衛に敵の接近を許さなかった彼らだが、全体から見て右斜め後ろの位置から別の一隊が突入してきたのである。

 サザーランドが3機、それはキューエルの隊だった。

 キューエルが来た時、撤退行に参加した車両はその3割を喪失していた。

 

 

「見つけた、青いブライイイイイイイイイイイイィッッ!!」

 

 

 操縦桿を前に倒し、キューエルのサザーランドが疾走する。

 彼のサザーランドは無頼のアサルトライフルの弾丸を巧みに回避しつつ、無頼を上回る速度で野村の隊に接近した。

 スラッシュハーケンで右端の無頼のアサルトライフルを吹き飛ばし、怯んだ所をランスで貫いて粉砕する。

 

 

『北村ぁ!!』

 

 

 野村が脱出すら出来ずに爆発に呑まれた部下の名を呼ぶが、当然返答は無い。

 一方でキューエルは、もちろんそこで止まるほどやる気の無い騎士ではなかった。

 そのまま流れるような動きで疾走を続け、最後衛の部隊の脇を抉るように突撃をかけてくる。

 と言うより、むしろ濃紺の無頼に乗る草壁を目掛けて突撃しているようにすら見える。

 

 

「ぬ、何だ貴様はぁ……!」

『シネエエエエエエエエエエエエェェッッ!!』

 

 

 草壁としては知りようの無い話だが、キューエルが青鸞の機体に持っている執着は並みでは無かった。

 そんな執着は、しかし草壁にとってはまさに関係の無い話であって。

 よって彼は彼で、己の信念に基づいて迎撃の構えを取ることになる。

 

 

「ブリタニアの犬めがああああああああぁっっ!!」

『イレヴンンンンンンンンンンンンンンンッッ!!』

 

 

 これが、日本解放戦線の撤退戦。

 高速で移動しながらの戦闘、時間を経るごとに犠牲は増えていく。

 特に日本解放戦線側の犠牲はブリタニア軍の10倍の速度で加速度的に増えていくが、だからと言ってブリタニア軍が痛みを感じていないわけでは無い。

 

 

 しかし、足りない。

 

 

 ナリタ連山北西方面、山々を抜ける渓谷に一行は差し掛かる。

 両側の崖は高く、下の道はトレーラー3台分の広さしかない。

 よってブリタニア軍もここでは側面からの攻撃は出来ず、だからこそ解放戦線のルートになっているのだが。

 だがブリタニア軍の方が速度が上なため、このままでは逃げ切れない。

 

 

「このままでは……!」

 

 

 先頭にあって、全ての状況を最も理解しているだろう藤堂は苦い顔を浮かべた。

 そう、このままでは逃げ切れない。

 それがわかっているから、だから彼は。

 

 

 

『違うな、間違っているぞ――――藤堂鏡志朗』

 

 

 

 突然響いた通信に、藤堂が目を見開く。

 そのマイク越しのような特殊な音声、言葉遣い、威圧感。

 それは、まさにあの。

 

 

 その、次の瞬間。

 日本解放戦線側の最後尾――キューエル達を含めて――が渓谷に完全に入った、その瞬間。

 渓谷両方、その崖が中ほどで桜色の爆発が起こった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その爆発の衝撃は、地滑りに続く第2の衝撃をブリタニア軍に与えた。

 日本解放戦線の一行に肉薄しつつ入り込んだ一部の部隊はともかくとして、後半の追撃部隊についてはそうだった。

 具体的には渓谷の両崖に埋め込まれたサクラダイト爆雷、その爆発の結果が。

 

 

『な……何だ、何が起こった!?』

『前進部隊と連絡は!』

『今……いや、待て、アレは何だ!』

 

 

 渓谷の入り口を塞いだ――数機のサザーランドを巻き添えに――土砂の前で、後から追撃をかけてきたサザーランド部隊は停止せざるを得なかった。

 ナイトメアならば登れない程ではないにしても、やはり足止めはされる。

 まして、崩れ落ちた土砂の上に別の存在が並んでいれば……。

 

 

「ここは元々、日本解放戦線の訓練キャンプがあった場所だ……まぁ、俺も司令室で地図を確認するまでは知らなかったが」

 

 

 地下道の位置、兵力の配置、ブリタニア軍の状態、そしてルート選定。

 その全てを頭脳一つで行い、そして的中させる、それが出来るだけの能力がある。

 この手の読みにおいて、彼はかなり高度な才能を有していた。

 

 

「しかしサクラダイト爆雷とは、誰を訓練していたキャンプかは知らないが……設定した奴は大した鬼教官だな」

 

 

 コックピットシートに肘を立てながら、その男は笑った。

 暗い笑みだ、己の策が的中した時特有の笑みだった。

 そんな彼の前には、ブリタニア軍のナイトメア部隊合計12機。

 これ以上の援軍はおそらく、無い。

 だから。

 

 

 だから、黒髪の少年……ルルーシュ=ゼロは、自分の無頼の腕を軽く上げる。

 その次の瞬間、彼の乗る無頼の横に並んだ5機の無頼がアサルトライフルを構えた。

 それに目を細め、そして――――腕を下げた。

 

 

「出来ればコーネリアを押さえたかったが、白兜のガードがあっては流石にな。紅蓮ならば対抗できる可能性もあるが……」

 

 

 メインモニター、無頼ともサザーランドとも違う異なる形状をした真紅のナイトメアが戦場を駆けている。

 直立してもやや身を屈めたような、どこか幅の長さを感じる独特のフォルム。

 特徴的なのは、赤い波動を放つ右腕の長大な銀の爪。

 

 

 純日本製ナイトメアフレーム、紅蓮弐式。

 紅月カレンの駆るその機体は、無頼の援護射撃を受けながらも12機のサザーランドを駆逐していく。

 一騎当千、まさにその言葉こそが相応しい。

 ルルーシュ=ゼロの目から見ても、あの機体なら白兜……ランスロットと正面から打ち合えるだろうと思うのだが。

 

 

「……これで貸し借りは無しだ、青鸞。後は自分達で何とかするんだな」

 

 

 彼らの名は、黒の騎士団。

 ナリタ攻防戦に介入し、ブリタニア軍がこの戦いで受けた損害の実に9割を生み出し、そして日本解放戦線と保護民間人の逃走に力を貸した義侠の集団。

 ……と、言うことに、今後なるのだろう。

 

 

 しかし、そんなルルーシュ=ゼロもいつまでもここに留まるつもりは無かった。

 何故なら彼は、知っていたからだ。

 保護した民間人と少数の部隊を包囲網の外に散らせた後、ナリタに残った日本解放戦線が何をするつもりなのか。

 ルルーシュは、知っているから。

 

 

「良し、もう十分だ! 条件はクリアされた、黒の騎士団、転進する!!」

 

 

 そして、この後。

 ナリタ攻防戦の最後の局面が訪れることになる、そしてそれこそが最大の局面でもある。

 それは、それは――――……。

 

 

 それは、覚悟だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 片瀬と言う男の生涯は、一勢力を率いた軍人としては聊か凡庸なものだ。

 士官学校は出ているが席次は45番、取り立てて目立つような人間ではない。

 元々前線に立つような人間では無く、後方を担当することの方が多かった。

 7年前の戦争でも前線に配置されることは無く、後方にいた。

 

 

 戦後、彼が日本解放戦線のトップに据えられたのは先に言った通り、彼の階級が最も高かったからだ。

 何しろ中将以上の人間は戦犯としてブリタニアに捕らえられていたし、他の少将級の人間は基本的に自前で組織を立ち上げることの方が多かったのだ。

 最終的に片瀬の組織が残ったのは、ひとえに藤堂の存在が大きい。

 

 

「藤堂達は、ナリタの本山の範囲内から出たか……」

「はい、2分ほど前に」

 

 

 そして今、片瀬はナリタの地下要塞の司令室にいた。

 負傷した身体を引き摺るようにして、端末の前に立っている。

 周囲には東郷を含む幕僚団もいる、彼らは片瀬の後ろに整列するように立っていた。

 片瀬は彼らを一度だけ省みると、困ったように眉を顰めて。

 

 

「お前達まで付き合う必要は無いのだぞ」

「いえ、我ら幕僚団。最後まで閣下のお供をさせて頂きます」

 

 

 どうして残り750名の民間人を連れて脱出しているはずの彼らがここにいるのか、理由はいくつかある。

 まず、前提条件が違うのだ。

 青鸞に言った、脱出させるべき750人など存在しない。

 これは地下道を守っていた草壁の方が詳しいだろうが、すでにナリタは内部に敵の侵入を許している。

 そして地滑り、あれは実は地下にも大きな影響を与えた。

 

 

 地盤が緩み、岩盤が緩み、何もかもが揺れて緩んで――――崩れた。

 雷光を配置した地下道も、保護した民間人がいた場所も。

 今や、全て土と岩の下だ。

 750人がいた居住区に雪崩れ込み虐殺を行っていた、ブリタニア軍ごと。

 だから残りの750人を藤堂に預けた片瀬としては、無理に脱出する必要が無くなったのである。

 

 

「ブリタニア軍を引きつける為に、司令室から信号を発し続ける必要があったが……」

 

 

 戦略パネルを兼ねたテーブルに備え付けられた端末、その中央の透明カバーを開ける。

 そこにあるのは赤いボタン、黄色と黒で彩られた枠に囲まれているそれ。

 

 

「私以外の旗印もある、ああ……疲れたよ」

 

 

 彼の瞳は変わらず赤く輝いている、しかしどこかそれを受け入れている風でもあった。

 元よりそれは、人の意思で逆らえるような力では無いが……。

 勝利の見えない、出口の見えない抵抗の道。

 その歩みをやめられる、それは何と甘美で……楽なことか。

 

 

「だが……最後くらいは」

 

 

 そして、ボタンを押した。

 戦場各所の様子を映し出したメインモニター、その隅にカウントダウンが始まる。

 赤く輝くその数字を満足げに見つめる片瀬に、幕僚の1人がお猪口を差し出した。

 日本酒の注がれたそれを受け取って振り向けば、全員が同じようにお猪口を持っていた。

 軽くお猪口を掲げて、片瀬を最初として全員が一息に飲み干す。

 

 

日本(にっぽん)……」

 

 

 片瀬がお猪口を握り、そしてそれを掲げる。

 その後全員で同じ言葉を叫び、床にお猪口を投げ、そして声が音として届く前に。

 お猪口が、砕ける前に。

 その場の全てを、光が包んだ。

 

 

 生み出された光は、やがて振動となってナリタ連山全体を揺るがす。

 ただそれは先の地滑りとは異なり、地震を引き起こすような強い物では無い。

 むしろ、山の内側にこだまするような重厚な響きと音だ。

 具体的には、ナリタ地下要塞の全てを押し潰すための――――。

 

 

「何だ、まさか、また地滑り……?」

「いや、違う。これは……!」

 

 

 スザクが顔を上げ、コーネリアが唇を噛む。

 それぞれのナイトメアの中で、彼らは地面を揺るがす地下の崩落の揺れをただ感じていた。

 岩盤内部に元々仕込まれていた、サクラダイトの爆薬の衝撃を。

 

 

「あ、あれは……ゼロ!」

「――――流石だな、日本解放戦線! 敗北より自決を選ぶとは」

「自決!?」

 

 

 ナリタ中央から対比する道すがら、途上の見張り小屋が桜色の閃光と共に地面の下に沈みこむのを見て、黒の騎士団のメンバーも動揺した声を上げる。

 それに昂揚した声を作って応じるのはルルーシュ=ゼロだが、声と表情が一致していない。

 ルルーシュ=ゼロにとっては、そもそも日本解放戦線などに価値を見出していない。

 いや、むしろ邪魔だった、だから――――。

 

 

「片瀬め、あの手を使ったか……!」

 

 

 一方で、藤堂を先頭とする脱出組は渓谷を抜けた所だった。

 そこまで崩落の揺れが来ているわけでは無かったが、しかし草壁などは察していた。

 だからこそ草壁は苦い顔をするわけだが、その意味を知るのは彼だけだった。

 

 

 その時、草壁の無頼――青鸞の専用機――が激しく揺れ、急にバランスが悪くなった。

 いや、それどころか脚部が直に地面に触れてコックピットが振動した。

 さしもの草壁もつんのめり、身体をコックピットの各所にしたたかに打ち付けた。

 

 

「ぬぅ、機体が……!」

 

 

 右のランドスピナーが爆発し、走行が不可能になったのだ。

 そしてさらに2つの危機が草壁を襲う、まずはエナジーが尽きかけていることだ。

 エナジー切れの警告音がコックピットに響き、さらに面倒なことに。

 

 

『逃がさん! 青いブライイイイイイイイイイイィッッ!!』

 

 

 キューエルのサザーランドが、動きを止めた草壁の無頼に追いすがってきた。

 一度は土砂の勢いに任せて距離を明けたのだが、どういう執念か追撃をかけてきたのだ。

 向こうも無傷ではない、右腕を失っているなどの損傷を受けているにも関わらずだ。

 

 

『く、草壁中佐!』

「構うな! 今の内に距離を稼げ……私のことは良い! 行って、せいぜい藤堂とあの……」

 

 

 元より、足の潰れたナイトメアではついていけない。

 左のランドスピナーだけで機体を立て直し、半回転させて後方からのサザーランドの突撃を受け止める。

 損傷があるとは言えスペックは相手が上だ、押さえきれずに後ろへと押される。

 ランドスピナーが無い足の方向へ機体を押され、渓谷出口の崖に機体の背中を押し付けられた。

 

 

『ふふふふはははははははっ、これでえええええええええぇぇっっ!!』

「ええい、ブリタニアの犬が!」

 

 

 武装は無い、機体も動かない、唯一残った無頼の腕でサザーランドの頭部を掴む。

 互いの機体の無理がたたったのか、青白いスパークが2機の間で発生する。

 それはやがて、互いのコックピットにも広がってきていた。

 しかしキューエルはそれに構わない、自分と家と家族の名誉がかかっているからだ。

 そして、草壁は。

 

 

 彼は、最後の武装を使う。

 アサルトライフルを失い、機体もまともに動かない無頼に残された武装はたった一つ。

 右の操縦桿横の端末に指を滑らせる草壁、備えられたボタンはやけに小さく押しにくい。

 それで、嫌でもどこかの誰かを思い出す。

 

 

「……あの小娘め、最後まで面倒をかけおる」

 

 

 その時、草壁が浮かべた表情がどんなものだったのかを知る者はいない。

 何故なら、その後にコックピットを包んだ光に照らされてしまったから。

 

 

「何……!?」

 

 

 サザーランドのコックピットの中、キューエルが光を放つ無頼から身を引こうとしたその時。

 重く低い、厚みのある笑い声と共に。

 小さなオレンジの光が、衝撃と共にその場を覆った。

 その衝撃で緩んだ地盤が崩れ、その場に再び小規模な土砂崩れが起こる――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――青鸞が目を開けた時、妙に空が暗かった。

 それが雲なのか霧なのか、それとも煙なのかはわからない。

 ただ、雨が降っているんだな、と思っただけで……。

 

 

「……草壁中佐!?」

 

 

 冷たい雨の雫で意識が戻り、意識が戻れば急激に記憶が回復した。

 そして回復した記憶は、最後の映像を彼女の脳裏へとフラッシュバックさせたのだった。

 だから青鸞は、雨の雫を弾かせながらがばりと身を起こした。

 

 

 だが、そこは彼女の記憶に無い場所だった。

 場所と言うか、雨水を吸って緩んだ山道の中だ。

 深緑色のジープの上、何故か屋根の部分が吹き飛んで存在しない。

 雨に打たれるのはだからか、と、妙に納得する。

 身を包むパイロットスーツの上には、誰かの軍服の上着をかけられていた。

 

 

「え……」

 

 

 周囲にいるのは、見知った顔だった。

 まず青鸞はジープの後部座席にいて、その両隣には茅野と佐々木がいる。

 運転席でハンドルを握っている男の後頭部にも見覚えがある、青木だ。

 助手席に座っているのはヘッドホンでわかる、古川だ。

 

 

 口々に気が付いた青鸞に声をかけてくる彼女達に、しかし青鸞は明瞭な返答を返せなかった。

 戸惑ったように目を開いて、周囲を見る。

 車のライトが見えた、それも一台や二台では無い。

 ジープの他にも数台のトラックやトレーラーがあって、それぞれに人が乗っているようだ。

 

 

「あ……?」

 

 

 後ろを走るトレーラーを確認した時、見えた。

 もう、山をいくつ越えたのだろうか……数キロは離れたその先に、光が見えた。

 だがその光は照明ではなく、自然の光、炎だった。

 薄暗い世界の中で、それだけが光源であるかのように輝きを放っている。

 

 

 地面が大きく波打つように広がっているそれが、ナリタ連山だと気付くのに時間はかからなかった。

 燃えている。

 ナリタが、燃えている。

 雨の中にあってなお、ナリタ連山が燃えていた。

 それに気付いた時、青鸞は表情を歪めた。

 

 

「……!」

 

 

 座席から後ろへと身を乗り出しかけた青鸞を、両隣の佐々木と茅野が止めた。

 服を、身体を、腕を掴んで青鸞を止める。

 何かを話しかけてきているようだが、青鸞には届いていない。

 その中で、青鸞は手を伸ばした。

 届くはずも無い、ナリタ連山へと――――求めるように。

 

 

『――――馬鹿者が』

 

 

 細かい事情は、実はわからない。

 それまで気を失っていた青鸞には、わかるようが無い。

 ただ一つ、わかることは。

 記憶と直感、それによってわかることが一つだけある。

 

 

「……ぅ、さ、くさ……べ……ちゅ、さ、く……ッッ!」

 

 

 佐々木と茅野に押さえ込まれて、何も出来ず。

 ただ、彼女は叫んだ。

 闇の中、雨の中、ナリタが燃え行く中で、ただ。

 ただ――――……。

 

 

 

 

「くさかべちゅうさあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

 

 

 降り注ぐ雨は涙、轟く雷鳴は絶叫。

 日が落ちたその時間に、1人の少女が叫び声を上げて。

 彼女は再び、絶望を()った。

 




採用キャラクター:
アルテリオンさま(ハーメルン)提供:林道寺先哉。
飛鳥さま(小説家になろう)提供:野村恭介。
りゅうさま(ハーメルン)提供:狙撃兵(及び通信先のナイトメアパイロット)。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 と言うわけで、私の得意技……「登場主人公に対してドS」が発動しました。
 いやぁ、どん底に落とすってとても気持ちが沈みます。
 でもテンション上がります、早く浮上させたいです。
 それでは、次回予告。


『正義って何?

 罪なき者が罪ある者に虐げられる時、正義が何をしてくれた?

 何もしてくれない、正義も神も世界も、何もしてくれない。

 どうして?

 どうして、皆、いなくるなるの……?』


 ――――STAGE13:「泣く女 待つ女 笑う女」


 以下、募集です。

<主人公のナイトメア関連募集!>

 今回の募集は、主人公の新しいナイトメア(ロボット兵器のようなイメージでお願いします)に関するものです。
 話が12話まで進み、皆様にも主人公の目的や戦法など、それぞれある程度ご理解頂けたかと思います(だと良いなと思っています)。
 そこで、主人公である青鸞の新しいナイトメアに関する募集を行います。
 具体的には以下の募集になります。

<募集>
1:ナイトメアの武装
 (主要な募集品です、よって比較的採用可能性は大きいです)
2:ナイトメア
 (ナイトメアそのものの募集、採用可能性は極小です)

*説明。
今回の募集の主力はあくまでナイトメアの装備品です、条件は以下の通り。

1について。
・「コードギアス」1期時点の技術で可能と判断されるものは、原則としてどのような武装でもOKです。
(判断がつかない場合は、作者までメッセージで質問するか、投稿した上で判断を任せる旨をご記載ください)
・元々機体に内臓・付属するタイプ(例:手首の装甲部に速射砲)、あるいは外付け・後付け(例:使い捨ての大砲)、どちらでも構いません。
・名前と性能の2種は最低限記載してください。
・ユーザー1名に付き、2個までに制限させて頂きます。

2について。
・機体丸ごとの提案を受け付けます、これに関しては「武装2種まで」と言う1の条件は適用されません、好みのままの武装を設定してください。
(よって武装のみ採用ということはありません、武装のみでも採用して欲しい場合は、1として2種まで投稿してください)
・ただし、武装と異なり機体そのものの採用はかなり難しいと了解頂いた上でご投稿ください。
・「コードギアス」1期時点で開発可能なナイトメアは原則OKです。
(判断がつかない場合は、1と同様です)
・名前、武装、搭乗人数、外見(外観)を必ずご記載ください。
・ユーザー1名につき、1個までに制限させて頂きます。


*全体条件。
・締め切りは、2013年3月25日18時までです。
・投稿は全てメッセージでお願いします、それ以外は受け付け致しません。
・不採用の場合もございますが、連絡などは致しません。

以上の条件にご了承を頂いた上で、振るってご参加くださいませ。
では、失礼致します。


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STAGE13:「泣く女 待つ女 笑う女」


今話で週3投稿は終了、来週は月金の週2投稿になります。
では、どうぞ。

なお、後書きに前回からの継続で募集要項を掲載しております。
よろしければ、どうぞです。


 

 ――――その一団が発見された時、その人数は128人にまで減っていた。

 単純距離にして400キロ近くを走破……そして、移動手段を失ってからは踏破した彼女達。

 無事な者は誰もいない、雨と汗と血と、何より泥に塗れている。

 みすぼらしいその姿は、ゲットーの住民と見紛うばかりだった。

 

 

 対馬照明(つしまてるあき)と言う桐原家の諜報員が回収班と共にその場に訪れた時、キョウトの山中で彼女達を見た感想がそれだった。

 42年間の人生の中でも、なかなかに出来る経験では無い。

 特に、キョウト本家の人間がその中に混じっているとなれば。

 

 

「枢木青鸞さま、ですね?」

 

 

 キョウトの夜の山、大きな木の根元に蹲るように座り込んでいた少女に声をかける。

 少女、とわかったのは対馬の目が確かだったからかもしれない。

 結んでいた髪は解け、黒かった髪色は泥と砂で毛先まで汚れて乱れ、着ている物も……衣服と言うよりはただの布と言った方が良い。

 元はパイロットスーツだったのだろうが、今は4分の1程が破れて下の素肌が見えてしまっている。

 

 

 呼ばれた少女は、しかし対馬の声に反応を返さなかった。

 対馬は銀縁の眼鏡を指先で押し上げると、スーツが汚れるのも構わずにその場に膝をついた。

 周囲ではすでにキョウトの回収班の手で、残った避難民や負傷した軍人の救護が行われている。

 

 

「何か必要な物はございますか、あればすぐに用意させます」

 

 

 その言葉に、少女は初めて反応を示した。

 肩をピクリと震わせて、乾ききって罅割れた唇を戦慄かせる。

 何かを呟いているようなのだが、それは声としては対馬の耳に届かなかった。

 彼は耳を寄せて、良く聞こうとした。

 

 

「……を……ぃ……」

 

 

 少女の顔が上がる、乱れた前髪の間から黒い瞳が対馬を捉えた。

 しかし対馬が驚いたとすれば、少女の眼光にでは無い。

 

 

「……を、ください……!」

 

 

 驚くべき点があるとすれば、それは少女の腕が抱いていたものだ。

 淡い色……だったボロ布に巻かれたそれは、小さく動いているようだった。

 それが、産まれたばかりの赤ん坊だと気付くのに時間はそうかからなかった。

 

 

「み……ミルクを、この子の。この子のミルクを、ください……!」

 

 

 もう泣く力さえ無い、そんな赤ん坊を手に少女は訴えた。

 泥と涙の跡でぐちゃぐちゃになった顔を歪ませて、美しさの欠片も無く、ただ。

 

 

「……早く!!」

 

 

 ただ、ミルクを求めて叫んでいた。

 ――――それが、2日前のことである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その日、神楽耶は皇家が所有する屋敷の一つに足を運んでいた。

 御簾の向こう側に座っているだけと思われがちな彼女だが、意外と体力はある方である。

 地理的にはキョウト郊外の山中に建てられており、築100年を超える文化遺産のような屋敷だ。

 しかし、広い敷地は諸々の事情で一杯になっているのだが。

 

 

「青鸞、身体の具合はいかが?」

 

 

 にこやかに障子の襖を開けて、神楽耶は室内にそう問いかけた。

 縁側に位置するその部屋は、それによって神楽耶の背から漏れる日の光が室内に入る。

 それは、どこか空気の入れ替えを兼ねているように見えた。

 

 

 実際、神楽耶の目から見ても部屋の空気は澱んでいるようにも見えた。

 掃除などは使用人が逐一行っているので不衛生では無いが、ここで言う澱みとはもっと精神的なものである。

 特に、その部屋を貸し与えられている人間の精神の。

 

 

『――――コーネリア総督は今朝、報道官を通じて日本解放戦線を名乗るテロリストグループの壊滅を宣言されました。現在は残党の討滅作戦の準備を進めており……またそれに伴い、ユーフェミア副総督ご臨席の下、ナリタ連山において犠牲となった人々の慰霊式典が執り行われ――――』

 

 

 50インチの大型モニターの光だけが、部屋の光源だった。

 神楽耶が開いた障子の襖以外は締め切られているその部屋は畳張りで、草花模様の座鏡台や拭き漆塗りの階段箪笥、飾り棚などの純日本風の造りになっている。

 薄い日の光とモニターの光に照らされたその部屋の中心に、膝を揃えて足先を広げて座る少女の後姿がある。

 

 

 背中に流された黒髪の間から朱色の帯が見える、細身の身体を覆うのは白の襦袢だけだ。

 そんな少女の背中を、神楽耶はただ静かな瞳で見つめていた。

 しばらくぶりの再会も、喜び合って、というわけでは無いようだった。

 

 

「…………神楽耶(カグヤ)

「はい、青鸞(セイラン)

 

 

 何でしょう、と首を傾げて見せる神楽耶に――青鸞は背中を見せていて見えないだろうが――青鸞は感情の無い声で聞いた。

 

 

「……皆の、情報は?」

「残念ながら、まだ何も。桐原公もいろいろと手を打ってはおられるようですけど」

「片瀬少将は?」

「さぁ……」

「藤堂さん達は……省悟さんは? 凪沙さんは? 巧雪さんは? 仙波さんは?」

「私には、何とも」

 

 

 徐々に潤んでくる声に眦を下げて、神楽耶は首を横に振る。

 相手の望む答えを返すことは簡単だ、だが神楽耶は嘘を吐くつもりが無かった。

 嘘を吐いて、何になるのだろう?

 そこに真実があると言うのに。

 

 

「じゃあ、く……草壁、中佐は……?」

「…………」

 

 

 今度は、吐息だけで答えた。

 しかしそれで十分で、青鸞は背中を震わせるようにして身を折っていた。

 ギシリ、と音が鳴るのは、青鸞が握り締めているモニターのリモコンだろうか。

 

 

「……なんで……」

「何故、と言われても……」

「何で、皆……皆、いなく……な……ッ……!」

 

 

 皆、いなくなった。

 肩を上げて背中を丸め、髪の端をザワめくように揺らしながら。

 そんな青鸞の後ろ姿に、しかし神楽耶は声をかけるようなことはしなかった。

 彼女は静かに首を横に振り、幼馴染の嗚咽を遮るように襖を閉めた。

 

 

「――――神楽耶さま」

 

 

 そうして縁側の廊下に出てきた神楽耶に、声をかけてきた者がいた。

 黒髪に割烹着、雅である。

 彼女もまた、青鸞と共にナリタからキョウトまで辿り着いた1人である。

 やや頬の肉が落ちているように見えるのは、気のせいでは無いだろう。

 

 

「あの、青鸞さまは……」

「……今は、待つしかないでしょうね」

 

 

 溜息を吐く神楽耶は、しかしそこで笑みを浮かべた。

 それは、雅の腕に抱かれた小さな赤ん坊に向けられた笑みだった。

 2日前に比べて格段に血色のよくなったほっぺに指先を押し付けて、神楽耶は笑顔を見せた。

 

 

 ――――取り戻せない、失われた物がある。

 しかしここに、残った者がある。

 神楽耶はそれを知っているから、だから彼女は信じて待つことが出来る。

 待つ、と言うのも、キョウトの女の特質なのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 無論、神楽耶の言う「残った者」は小さな赤ん坊1人ではなかった。

 キョウトまで辿り着いた人間は青鸞を含めて128名、その後の2日間で怪我・病気などの理由で2名が亡くなり、最終的には126名。

 軽傷者7割、重傷者2割、ほとんどが何らかの傷を負っていた。

 

 

 出発時点で1000人近かったことを考えれば、8割強がキョウトまで辿り着けなかったと言う結果だ。

 内訳としては、軍関係者が42名、民間人が84名……トレーラーは、1台しか残らなかった。

 そしてそれも、キョウトの救出が無ければ全滅していただろう。

 

 

「その意味じゃ、まだ俺らはついてる方なのかねぇ……」

 

 

 ふぅ――……と煙草の煙をくゆらせながらそう言うのは、敷布団の上で横になっている山本だった。

 彼がいるのは皇家所有の屋敷の、東対(ひがしのたい)と言う場所に急ごしらえで用意された野戦病室だった。

 畳張りの大部屋には40人分の布団が敷かれ、中央で無理やり男女を分ける仕切りが設けられていた。

 ちなみに、民間人は西対(にしのたい)と呼ばれる場所に同じように押し込められている。

 

 

 なお山本が横になっているのは、彼が両足を骨折しているためだ。

 頬にも治療用のテープをべったりと張られていて、病人服の胸元から覗く肌は包帯で覆われている。

 周りの人間も、大体が似たような状態だった。

 疲労困憊、満身創痍……それでも、山本の言うようにマシな方なのかもしれない。

 少なくとも清潔な治療を受けられて、こうして匿われているわけだから。

 

 

「……あ?」

「隊長、周りに迷惑ですから煙草なんて吸わないでください」

「いーじゃんよー、別に」

 

 

 口に咥えていた煙草をさっと取り上げられる、見ればそこには上原がいた。

 ここ男子用なんだが、と言う突っ込みはこの際飲み込んだ。

 決して、身体のラインが出やすい病院服姿で目を癒したわけではない。

 例えば、軍服姿では見ることの無い鎖骨のあたりであるとか。

 

 

「……これから、私達どうなるんでしょう……」

「さぁなぁ」

 

 

 煙草の無い口を寂しげに窄めつつ、山本は横になりながら応じた。

 実際、山本にもこれからのことなど何もわからない。

 ナリタを失った自分達がどうなるか、それを示してくれる人間は誰もいないのだから。

 

 

 他の面々にした所で、彼らと似たようなものだった。

 痛めた身体に呻きつつ、未来への不安に怯え、体力はおろか気力も無い。

 刀尽き矢折れ――まさにその表現が正しい、みすぼらしい敗残兵だ。

 これからどうなるのかなど、誰にもわからないのだから。

 

 

「……青鸞さまも、体調が優れないとのことですし……」

「そぉだなぁ」

 

 

 それでも不安そうに寄って来る女の手前、精一杯の虚勢を張って。

 山本は、自身の不安を押し隠すように泰然と構えるのだった。

 末端の兵には、それしか出来ることが無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 和風の室内に不似合いな電子音が響く、同時にモニターのチャネルが次々と切り替わっていく。

 薄暗い部屋の中、モニターの放つ光の色に合わせて様々な色に室内が染まる。

 それを行っているのは、白い襦袢に身を包んだ青鸞だった。

 

 

『本年度上半期のメタンハイドレート生産量は――――』

『現在太平洋上に存在する台風は、今後北上を続け――――』

『ブリタニア政庁は租界におけるテロ対策として新たに――――』

『野菜を食べると元気になれるお! 良い子は野菜をたくさん食べ――――』

『この子は私が育てる! アナタの力なんて借りないわ、だって私は――――』

 

 

 経済番組、お天気ニュース、租界情勢、子供向け番組、最近人気のドラマ……次々と切り替わる番組、だが一つとして止まることが無い。

 先程、神楽耶が来た時に映っていたニュースが一番長く映っていた。

 だが今は、どのチャネルにしても即座に切り替えられる。

 

 

 あまりにも切り替えが早すぎて、同じチャネルが何度も映し出される。

 当然、数秒で終わるような番組などCMくらいなものである。

 それなのにチャネルを変える電子音の間隔はどんどん狭まっていく、まるでリモコンを持つ人間の苛立ちをそのまま表すかのように。

 

 

「……ッ……ッ……! ……ッ、ぅ、ああっ、もうっ!!」

 

 

 我慢の限界、そう言うようにリモコンを投げた。

 横に腕を払うように投げられたそれは、部屋の隅に彩を咥えていた生け花の花瓶を破壊した。

 花が落ち、花瓶の中を満たしていた水が畳に染みを作っていく。

 

 

 それだけではすまなかった、やおら立ち上がった青鸞はモニターの枠を掴むとそのまま横に引き倒した。

 コードごと引き千切り、液晶部分を下にしてモニターが畳の床に落ちる。

 電化製品が立ててはいけない音が室内に響き、さらにモニターの背中部分に右足を落とした。

 落としたと言うより、踏みつけにした。

 

 

「何、何で……何、で、皆の! こと、を! 映さ、無い! の!?」

 

 

 途切れ途切れのその言葉は、そのまま彼女の精神の振れ幅を表している。

 モニターを踏みつける――素足で――タイミングに合わせてと言うよりは、単純に上手く言葉が喉を通ってきてくれない様子だった。

 不自然な、プラスチックが割れるような音が何度も響く。

 だがそれは、実際にモニターの一部が割れ、足裏に刺すような痛みを感じることで不意に終わった。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 鋭利な形に割れた部品が、青鸞の白い肌に朱色の雫を流させた。

 痛みに片目を閉じて顔を顰めて足を引き、その拍子に残りの足を滑らせてその場に尻餅をつく。

 打ち付けた尻の痛みにまた顔を顰めて、青鸞は右足を抱えて蹲った。

 傷口は見えないが、足裏を切ったらしく……赤い液体が畳の上に散っていた。

 

 

「……なん、でぇ……!」

 

 

 その問いは、誰へのものか。

 足を抱えて蹲った青鸞は、力が抜けたかのようにそのまま横に倒れこんだ。

 急に訪れた虚脱感に逆らう気力も無く、目元から透明な雫を飛ばしながら呟きを続ける。

 

 

「……片、瀬少将……草壁、中佐……藤堂さん、皆……なん、で、なんで、いなく……っ」

 

 

 皆、いなくなってしまった。

 その事実に青鸞は目を閉じる、そのせいで溜まっていた雫がさらに流れ落ちた。

 片瀬や草壁はナリタ連山で別れて以降、何の情報も無い。

 そして藤堂……藤堂と朝比奈たち四聖剣とは、4日前に別れた。

 キョウトに辿り着く2日前のことで、チュウブでのことだった。

 

 

 チュウブからキョウトへと移動する際、チュウブ軍管区のブリタニア軍の一行は追い詰められた。

 それまでにもトレーラーのほとんどを失うような襲撃が何度もあって――何しろ、大所帯だったから――機体の無い青鸞に出来ることは無く、ただ民間人の列を引っ張って逃げていた。

 目の前で何人も死んでいった、冷たくなっていくその躯を運ぶことすら出来なかった。

 

 

「……父様……!」

 

 

 ブリタニアを――――……スザクを、恨んだ。

 憎んだ、殺してやりたいと思って……だけど、草壁は伝言で「それは許さない」と言った。

 どうしようもなく憎悪していても、それで行動することは出来なかった。

 憎悪がダメなら、青鸞に残されている原動力は父ゲンブだけだ。

 

 

 だがそれにした所で、ナリタが滅びた今、日本が事実上の二度目の敗戦を経験した今では。

 父の跡を継ぐと豪語しておきながら、目の前で日本人が死んでいくのをまた止められなかった。

 どうしようも無い無力感、それに加えて。

 それに加えて、藤堂が別れる時に青鸞に言った言葉が今の彼女を悩ませていた。

 

 

『いやだ! 行かないで、行かないで。皆までいなくなったら、どうしたら……!』

 

 

 チュウブとキョウトの境界で、青鸞は藤堂の手をとって引き止めた。

 それまでの逃避行で肉体的にも精神的にも疲労の極みにあった青鸞は、見苦しいまでに、涙ながらに藤堂達を引き止めたのだ。

 何しろ藤堂の存在は民衆や兵の希望で、青鸞は自分ではそれを代替出来ないと思い込んでいたからだ。

 それでなくとも、目の前で何人も死なれてどうにかなってしまいそうだったから。

 

 

『青鸞、お前にもわかっているだろう……ここまで来てしまえば、むしろ無頼改は邪魔になる。ならばここは境界を守るブリタニア軍の気を引く囮として使い、その隙に皆を抜けさせるしかない』

『じゃあ、ボクが無頼改に乗るから!』

『お前がいなくては、キョウトが扉を開かない。それがわからないお前ではないだろう』

『いやだ! いやだ、いやだ……いやだよ、いやだぁ……!』

 

 

 そんな我侭が通るわけも無く、藤堂達は残存の兵と民を青鸞に任せて出撃することになる。

 別れ際、朝比奈は困った顔で頭を撫でてくれて、千葉は何も言わずに指先で涙を拭ってくれて、卜部は心配するなと言ってくれて、仙波は柔和に笑って頷いてくれた。

 そして最後、藤堂は青鸞に言った。

 

 

『青鸞……私は、お前に話さなければならないことがある』

 

 

 こんな時に何の話かと、青鸞は問い返した。

 

 

『……お前の父、枢木ゲンブ首相に関することだ』

 

 

 その時の藤堂の顔が、妙に苦しそうで……記憶に残ったから。

 しかし時間が無かった、だから藤堂は何かを語る前に行ってしまった。

 戻ったら話すと、その言葉だけを残して。

 

 

 行ってしまって……そして、それきりだ。

 合流地点に藤堂達が現れることは無く、話とやらも聞くことも出来ず。

 こうして、キョウトで。

 ただ、何も出来ずに蹲っているのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(――――これで、良かったのかもしれない)

 

 

 白の拘束着を着た彼は、独房の中央に正座で座りつつそう思考した。

 今、彼が脳裏に描いた少女が今どうしているのかはようとして知れないが、だがどこかほっとしている自分がいることにも気付いていた。

 そしてそれが、一種の逃避であることにも。

 

 

 枢木首相の真実、それをあの娘に話す機会を逸してしまったことは。

 おそらく、全てを知っている人間はほとんどいない。

 少なくとも、彼は自分を除けば1人しか知らない。

 今1人はともかく、もう1人についてはあまり信用が出来ないが……。

 

 

「いやぁ、それにしても僕らもとんだ貧乏くじだよねぇ」

 

 

 不意に、独房に明るい男の声が響いた。

 目を閉じている彼には――いやそもそも、独房が分けられているのだが――姿は見えないが、だが彼の瞼の裏には少年のような風貌の男の顔が浮かんでいた。

 彼について出撃し、そして共に捕らえられた男。

 ちなみに1人では無い、だから彼は低い声で言った。

 

 

「……すまないな、皆」

「謝らないでくださいよ、藤堂さん。僕らが勝手にやったことなんですから」

「そうです、捕まったのは私達の未熟のせいです」

「悔いはありません」

「うむ、そうであるな」

 

 

 思い思いの場所から帰ってくる4つの声に、男……藤堂は深く息を吸った。

 青鸞達を逃がすために無頼改で出撃し、そして物量差を覆すことが出来ずに捕縛されたのが3日前だ。

 藤堂としては他の4人は何とか逃がしたかったが、青鸞達の存在を知られないようにするためには仕方が無かった。

 

 

(奇跡の藤堂、か……聞いて呆れるな)

 

 

 自分自身に対して嘲笑のような感情を抱きつつ、藤堂は今度は息を深く吐いた。

 そうしている間にも、他の4人の会話は耳に聞こえている。

 何と言うか、敵軍に捕縛された直後だと言うのに元気なことだ。

 そこは、確かに救われることなのかもしれない。

 

 

「まぁ、僕達もなかなか……っと」

「む……」

 

 

 不意に4人が口を噤む、独房の通路に足音が響き始めたからだ。

 流石に看守や見張りの前で私語などは出来ない、しかしそれ以上に。

 

 

「……へぇ、アレが」

 

 

 口の中で呟いたのは朝比奈、独房の壁に背中を預けた姿勢のまま、横目でその少年の姿を見る。

 その瞳は、どこか冷ややかだった。

 そして彼の独房を通り過ぎたその少年は、その隣……つまり藤堂の独房の前で止まった。

 色素の薄い茶色の髪、琥珀の瞳、しなやかな細身を覆う茶色基調の軍服。

 

 

「……藤堂さん」

 

 

 微かなその声は、通路と独房を隔てる鉄格子を擦り抜けて藤堂の耳に届いた。

 だから、藤堂は初めて瞳を開いて顔を上げた。

 そして、何か眩しいものを見るように目を細めた。

 

 

「……スザク君か」

「はい、お久しぶりです……こんな形で、会いたくはなかったですけど」

 

 

 枢木スザク、かつて藤堂の道場にいた少年がそこにいた。

 そして今は名誉ブリタニア人、ブリタニア軍の軍人。

 スザクは眉の間に皺を寄せて、鉄格子に手をかけた。

 様々な言葉が渦巻くだろう頭の中、しかし出てきた言葉は一つだけだ。

 

 

「――――教えてください、藤堂さん」

 

 

 それは。

 

 

「青鸞はどこにいるんですか、そして……何をしようとしているんですか?」

 

 

 スザクの言葉に、藤堂の瞳の奥が輝いた。

 それは先程までとは違う、鋭利な刀を思わせる眼光で――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ほう? ではお前にも行き先はわからないのか?」

「…………」

 

 

 放課後、クラブハウスの自室でルルーシュは憮然とした表情を浮かべていた。

 口をへの字に曲げ、机に肘を置いて唸る姿などはどこか拗ねているようにすら見える。

 まぁ、この場合はそこまで外れているわけでも無かったが。

 

 

 そしてそんなルルーシュを面白そうな顔で眺めているのは、C.C.である。

 部屋の広い範囲を占拠している大きなベッドの上、白の拘束着姿で寝転んでいる。

 それはどこか倒錯的で、スタイルの良い細身の肢体をベッドに散った緑の髪が包んでいるようだった。

 少女の妖しげな媚笑(びしょう)とも相まって、並みの男ならすぐに覆いかぶさって少女を貪りたいと獣欲を抱くかもしれない。

 

 

「先日の件は、お前の思い通りにことが運んだんじゃなかったのか? ブリタニア軍に打撃を与えて、日本解放戦線の逃走を助けて、さらに言えば解放戦線上層部に望むままに自爆させて、と。こうして見ると、随分と解放戦線の連中を好きに利用した物だ」

 

 

 だがその色の薄い唇から紡がれる言葉は毒ばかりだ、皮肉の成分も多分に含まれている。

 浮かんでいる笑みも、どこかルルーシュのことを嘲笑しているようにすら見える。

 しかし、言っていることはそこまで的外れでも無い。

 実際、ルルーシュにとって日本解放戦線は邪魔でしか無かった。

 

 

 日本解放を成し遂げる旗手はゼロと黒の騎士団でなくてはならず、日本解放戦線のような旧態依然とした組織が存在していては邪魔なのだ。

 日本の反ブリタニア勢力を糾合し、エリア11のブリタニア統治軍を打倒する。

 この考えはかつて日本解放戦線上層部が抱いていた考えとそう変わらない、違うのは糾合する勢力の名前だけだ。

 

 

(……そのための、力だ)

 

 

 左眼の瞼に触れながら、そう思う。

 実際、これで黒の騎士団の勢力は増す。

 何しろ日本解放戦線が全く歯が立たなかったブリタニア軍に大損害を与え、かつ逃走する日本解放戦線と民衆を援護して逃がし、自分達の損害は最小限に留めた。

 全て、予定通りだ――――……一部の、予期せぬ犠牲(シャーリーのちちおや)を除いて。

 

 

 だから黒の騎士団としては、それで良い。

 しかしルルーシュとしては、いくつかの部分で不満が残る内容だった。

 一つはコーネリアの身柄を手中に出来なかったこと、彼女には個人的な用もあった。

 そしてもう一つが、ルルーシュが密かに把握しておきたかった情報。

 

 

「青鸞とか言ったか、お前が気にしてる娘は。あの男のことと言いナナリーのことと言い、あれだけ多くの解放戦線の人間を見殺しにしておいて……お前は本当にどうしようも無い奴だな、ルルーシュ」

「黙れ、お前に何がわかる」

「わからないさ、それとも私に理解してほしかったのか?」

「…………」

 

 

 ますますもって、憮然とした表情を浮かべるルルーシュ。

 C.C.はそれを実に楽しそうな笑みを浮かべて見つめていた、それがルルーシュをさらに苛立たせる。

 

 

(……お前に、何がわかる)

 

 

 今度は胸の内だけで呟いて、ルルーシュは再び思考の海へと意識を沈めていった。

 ナリタで拾い損ねた成果をどこで拾うか、そして救い損ねた者をどこで救うか。

 深い思考の海の中で、ルルーシュは考え続ける。

 

 

 ――――7年前までそこにあった、「4人」の関係。

 あれを取り戻すためには、いったいどれほどの叡智が必要なのだろう。

 そのためにもルルーシュは、一度「彼」に会わなければならなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ふと目を開けると、いつの間にか夜になっていた。

 さらに言えば自分は布団の中にいて、もっと言えば切れたはずの右足には包帯が巻かれていて、部屋も綺麗に掃除されていた。

 分厚い掛け布団を押しのけて半身を起こせば、彼女は暗い部屋の中に白い肌が浮かび上がる。

 

 

 素肌の上を布団が滑る感触に、くすぐったさを覚える。

 上半身だけでなく下半身にも同じ感触がある、彼女が裸で眠っていたことの証明だった。

 実際、布団の上に立った少女の身には右足の包帯以外何の布地も存在しなかった。

 襦袢も帯も、下着や当て物すらも……。

 

 

「……寒い」

 

 

 ポツリと呟いて、青鸞は布団の周囲に散らばっていた自分の衣服を集めた。

 それらを身に着けて、襖を開ける。

 昼間に寝たせいか目が冴えて仕方が無い、それに夜なら誰にも会わずにすみそうだったからだ。

 誰にも、そう、例えば一緒にキョウトまで逃げてきた人達にも。

 

 

 縁側に立てば、中庭の一つが目の前に広がる。

 岩と苔、小石を敷き詰めた地面、鯉が放された小さな池……庭園の上には、静かな夜空が広がっている。

 山の中だからか、雲一つ無い星々が良く見える。

 星空は、ナリタの空と何も変わらなかった。

 

 

「…………」

 

 

 ほぅ、と息を吐いて、青鸞は素足で――右足には包帯が巻いてあるが――板張りの縁側を行くアテもなく歩き始めた。

 静かな初夏の夜、虫の音しかしない静かな空気。

 襦袢越しに感じる冷たさに、肺に染み込む冷たい空気に、青鸞は息を吐く。

 

 

 頭の中にあるのは、やはりナリタでのことだ。

 ブリタニア軍との戦いのことで、スザクのことだった。

 片瀬や草壁達のことで、そして藤堂と朝比奈達のことだった。

 そして、そこで聞いた様々な言葉が頭の中をグルグルと回っていた。

 

 

「…………?」

 

 

 特に誰にも止められなかったためか、いつの間にか屋敷の奥に入り込んでしまっていたらしい。

 とにかく、彼女はその部屋の前で足を止めた。

 他の部屋が真っ暗であるのに、何故かその部屋だけに明かりが灯っていたからだ。

 しかも電気ではなく、もっと自然の何かの明かりのようだった。

 

 

「…………では、ないですかな」

「確かに…………ではある」

 

 

 誰かの声が……というより、聞き覚えのある声だった。

 ここ5年は特に会ったことは無かったが、親類の大人達の声だと言うことはわかった。

 ただ、何を話しているのかまでは良く聞き取れない。

 

 

 あるいは、ここで踵を返して戻った方が青鸞にとっては幸福であったのかもしれない。

 進めた一歩を前ではなく後ろに向けた方が、世界はもっと単純だっただろうに。

 だがどんな形であれ、踏み出した一歩の責任は本人に帰するものだ。

 望むと、望むまいと。

 

 

「まったく、枢木も我々に面倒な仕事を遺したてくれたものだ……」

「確かに……アレの暴走が無ければ、そもそも日本は失われなかったのだから」

「その意味では、巷での売国奴呼ばわりは少し