虚が心を持っていて何が悪い! (fukayu)
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第一話

 初めまして。
 この作品は死神の敵としてではなく、空座町で平和に暮らす虚達の物語です。

 最初はオリジナル中心ですが、徐々に原作にも介入していく予定です。


―――――未だに実感がわかないが、どうやら俺は死んだようだ。

 

 剣崎始はそんなことを思いながら自らの体を確認するように見回す。

 日本人特有の黒髪は変わらない。生まれた頃からの付き合いでよく他人を誤解させてしまいがちな三白眼も残念ながら死後も一緒みたいだ。身長も変わっているとは思えないし、持って生まれたステータスには変化がないようだ。

 

 と、なると問題はやはりそれ以外だろう。

 生前とは違い、白い着物を着た身体は重い。運動神経は悪くなかったと思うが、身体が思うように動かない。胸には黒い孔がポッカリ空いており、その中から鎖が飛び出ていた。

 

 一応、今は立場的には浮遊霊といものなのだろうか。実際に霊というものを見たことがない自分の人生感ではなんとも判断がつかない。

 

「ここは、誰かに聞いてみるのがいいか」

 

 意外にも死者というのは俺以外にもそれなりにいるようだった。具体的には電柱10本感覚で一人のペースで自分達のテリトリーを作っている。

 

 郷に入れば郷に従え。

 生前の知識を思い出し、これからどうすればいいのか聞くことにした。何を隠そう、死んでしまったはいいがその後どうなるのか。どうすればいいのか、という知識が始には全く無い。

 このまま浮遊霊としてずっと居てもいいのか。それとも早く成仏したほうがいいのか。どうすれば成仏できるのか。それすらわからないのだ。

 

「――――つまり、死神に会えばいいってことですか?」

 

 そんなこんなで始はこの辺で一番古参の霊に話を聞くことにした。

 新参者と古参の見分け方は簡単だった。自分のような新参者は落ち着きなく周囲を徘徊するのに対し、長年霊として存在している者達は自分の住処を固定している。その上で、一番落ち着き払っている霊を見つければいい。

 

 話しかけた相手は地縛霊だった。

 土地に縛られ、自由に出歩くことも出来ない存在。胸の孔から空いた鎖が周囲の物に絡まり鎖の長さ以上を出歩けないようになっている。

 しかし、相手はそんなことを気にした素振りすら見せなかった。

 

 地縛霊としてベテランだというその男の霊は死後覚醒した霊力で周囲の物を浮かせられるようになったらしく、近所でも有名な悪霊としてお供え物を毎月貰っているため他の霊よりも融通が利く立場らしい。

 

「ああ、すぐにでも成仏したいんなら死神に合えば向こう側に連れて行ってもらえるぜ」

 

「向こう側?」

 

「なんて言ったかな。ソウルなんちゃらって、とこらしい。俗に言う死後の世界ってやつだ」

 

 俺からの差し入れである饅頭(知り合いになった霊がくれた)を食べながら男はそう言った。死神というのは死後の世界とこちら側である現世を行き来できる存在で、彼らの持つ特殊な刀で霊体をあちら側に送ることが出来るらしい。

 

「死神にはどうやって合えばいいんですか?」

 

 そんな俺の質問に男は笑う。

 

「オレが知るわけねえだろ。地縛霊だぞ? 会いたくて会えるもんじゃねえし、今はちょいとタイミングが悪ぃ。この街の担当だった死神がこの前死んでな。新しいやつが来たみたいなんだが、その間に増えた化物の退治でそれどころじゃないらしい」

 

「死んだ? 死神なのに死ぬんですか?」

 

「死ぬぜ、オレらだってそうだ。肉体が無いだけで基本的と生きてる時と変わらねえからな。逆にこっちのほうが厄介かもしれねえな。腕とかちぎれても死ぬほど痛いだけで済むし、くっつくが無くしちまうとずっとそのままだ。そうして一定以上身体が無くなると自我を失ってやがて消える。そうなったらもう二度と元には戻れねえとよ」

 

 そう言いながら、男は以前ちぎれたことがあるという右腕を取ってみせた。

 一度取れた部位はくっついてもまた取れやすくなるらしい。霊力の強い奴なら完全に治すこともできるらしいが、生前霊力が強いと噂される友人に囲まれながらも結局それらしきものを感じられなかった霊感ゼロの始には無理だろう。これからは不用意に怪我は出来そうにない。

 

 とりあえず新しい死神というのに会ってみよう。

 そう、結論づけ地縛霊の元を後にする。

 

「色々、ありがとうございました」

 

「おう、久々に外のもんが食えてオレの方も満足したぜ。あ、それと――――(ホロウ)には気をつけろ」

 

「虚?」

 

「白い仮面をつけた化物だ。あいつらは俺達を喰う。出会ったら全力で逃げろ」

 

 先程まで気のいいおっちゃんだと思っていた男の表情が真剣なものに変わっていた。

 喰われたらどうなるか。とは、聞けなかった。男の本当に危険なものを話すような雰囲気からそれが死に直結するものだと理解したからだ。一度死んだといってもやっぱり死ぬのは怖い。ここは素直に忠告を聞くことにしてその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の霊が去った地縛霊の元に一人の少女が訪れていた。

 この近辺で霊達の顔役をやっている男からすれば来訪者というのは別段珍しいものではない。生前でもあったように霊にも霊達なりの死後のネットワークというものが存在する。

 

 ひとつ、新たに訪れた少女が他のこの場を訪れる者達と違う点があるとすればそれは生身の身体を持っていることだろう。

 130cm位の小さな身体に背中の中心まで伸びた黒い髪、漆黒のワンピースに包まれた白い肌は汚れ一つ無いかのように薄汚れた地縛霊の住処で輝く。極めつけは暗闇でも怪しい光を放つ紅い眼だ。その眼で見つめられた瞬間、相手が自分よりも遥かに小さい少女だということを忘れて全身が平伏しそうになる。

 

「こんにちは。最近はどうかな?」

 

「は、はい。先程も一人若い奴が来たところです」

 

 少女の鈴の鳴るような声を聞き、条件反射で答える。

 何を隠そうこの少女こそが一介の地縛霊に過ぎなかった男をこの辺りの顔役にしてくれた張本人だ。通常身動きの取れない地縛霊は数多くいる霊達の内最も危険が多い存在だ。土地に対する執着からそこらを徘徊するだけのフワフワした立場である浮遊霊と違い、それなりの力を有しているが同時に霊を捕食する虚や噂を聞きつけてきた自称霊媒師などに狙われる危険が高い。そうなった場合、身動きの取れない地縛霊では逃げることも叶わない。

 

 そんないつ再び殺されるかわからない彼を救ってくれたのがこの少女だった。

 少女は男を自分の庇護下に入れることで周囲から守ってくれると約束した。同時にこの辺りのの顔役として周囲の霊達を導く大役を任せてくれた。

 

「うん。それは、よかった。これからもよろしくね?」

 

 無垢な笑顔でそう言われ、思わず口元が緩みそうになる。

 

 だが、それは出来なかった。

 この少女は優しい。生前、生身の人間に裏切られ無念の死を遂げた男からすればその甘すぎる優しさには思わず心が癒されそうになる。しかし、同時に裏切られたという経験が警鐘を鳴らす。

 

 それは彼女の周りの者達も同じだ。

 恐らく、男が少女に気を許し笑いかけるようになっても少女は気にもしないだろう。それどころか喜んでくれるかも知れない。自分に心を開いてくれたのだと、そう思い今までよりも親身になってくれる可能性もある。

 そこまで接点がない男がその姿を容易に想像できるのだ。少女を慕い、その後に続く者達はそれこそ痛いほどよくわかっているのだろう。ヒトは死んだからといって改心する生き物ではない。

 人の良さそうな顔で近づき、平気で他人を裏切る悪人など腐るほどいる。そんな者達にも少女は平気で近づいていってしまう。事実、こうして顔役として生活している男の元には既に何度も少女が襲われ、傷ついているという情報が届いている。それでも手を差し伸べてしまう事が少女の弱点であり、多くの霊から慕われる要因なのだろう。

 

「お嬢様。それ以上は危険です」

 

 握手のつもりだろうか。

 男に向けてなんの警戒もなく手を指し伸ばしてきた少女の行動をその声が止めた。

 

 長身で、燕尾服を着込んだ眼鏡の男は常に少女の斜め後ろを自身の立ち位置としていた。

 日本ではテレビや喫茶店でしか見られないような見事な執事だった。きっちりと固められた黒髪が男の几帳面さを表すように陽の光に当てられて輝いて見える。

 

「でも、これは挨拶だよ、シエル」

 

「それでもです。お嬢様のスタンスは私も理解しており、共感しておりますが、全てはお嬢様の身の安全があってこそ。それ程度ならどうとでも対処できますが、貴女のその身は我々と違い、非常に脆い。万が一ということがあります。申し訳ありませんが執事として、そこは譲れません」

 

 平気でゴミを見るように”それ”呼ばわりされた男だが、執事の意見には激しく同調する。

 この少女は自分の立場をイマイチ理解していない。いや、理解していないというよりも重要視していないと言ったほうが近いか。

 

 困っている相手には手を差し伸べる。そんな当たり前の行為を繰り返してきた。ただ、それだけだという少女の行いは裏切りによってその人生に幕を閉じた男を含め、多くの者が言うほど簡単な道のりではないことを知っている。

 そうして築き上げられたのが今の少女の立場であり、それに支えられたのがこの街だった。

 

 今やこの空座町は少女の存在無しでは平穏はない。

 5万人に1人の割合で配属されるという死神達は頼りにならない。町内に死者が溢れ変わっている現状を見れば明らかに人数が足りていない事はわかるだろうに、人員が増員されるということもない。その結果、多くの同類達が死神の手が間に合わず、怪物に成り果てた事を男は知っていた。そして、その怪物によってもたらされる被害も馬鹿にはならない。現に他の街では死神達は怪物の討伐の方に尽力し、死者の魂葬を後回しにしているという。

 

 どんな事情が有るにせよ、そんな連中に頼っていては平穏は訪れない。

 先程の少年にはああ言ったが、この付近の霊達の死神に対する好感度はすこぶる低い。

 先代の担当などはよりにもよって実質的にこの街を守っている少女の仲間に手を出す暴挙に出た。その結果、その死神は少女に危害が及ぶ事を恐れた霊達から徹底的に袋叩きに会い、最終的に少女達の手によって討ち滅ぼされてしまったが、それでも霊達にとっては死神が死んだことよりも少女が無事だったという安堵の方が多かった。

 

「うーん、わかったよ。じゃ、また何かあったら宜しくね?」

 

「はい」

 

 執事に説得された少女は最後に男に笑顔を向けると踵を返し、次の場所へ移動しようと歩き出す。それに付き従う執事も同様だ。

 しかし、男はそこで安堵する事は出来無い。

 

 少女と執事が去った場所には既に男しか存在しない。

 そんな場所に浮かぶのは存在するはずのないモノ。

 

 いくつもの紅い眼と白い仮面が男を見つめていた。

 

『イッタ? 鈴音イッタ?』

『タベル? コイツタベル?』

『ダメ、鈴音オコル』

 

 その中でも比較的小さい子鬼程度の大きさの仮面が三つ男に近づいてくる。

 声を出すことは出来なかった。本来の関係では向こうは捕食者であり、こちらは餌でしかない。その関係が無効になっているのはあの少女がいる時だけであり、それ以外の場では自然の摂理に従い食われても何もおかしくないのだ。

 

『あんたら早くあっち追いかけなさいよ。また私が怒られるじゃない!』

 

 男に群がろうとする子鬼を空間に浮かんだ赤い眼が注意する。

 白い仮面とは違い、独立したように何もない空間に浮かぶいくつもの眼。まるでこちらを監視するように向けられたいくつもの視線は既に男に戦闘力がないことを見抜いており、幾分かやる気がなさげだった。

 

『プエル、サボリ?』

『マター? シエルニオコラレル!』

『ヒキコモリ、ヨクナイ』

 

『うっさい! 今いいとこなのよ!』

 

 子鬼に責められる紅い眼は今まさに手が離せないといった様子で無数の眼だけを忙しなく動かし、子鬼達と喧嘩をしている。

 実際に会ったことはないが、これだけの眼を一度に操れる術者は相当優秀なのだろう。今もどこかで男などでは計り知れない何かを相手に闘っているのかもしれない。

 

『あっ、ラストアタック取られたー! なんか味方死んでるし! なんなのよ、もー! ――――――――――帰るわよ!』

 

『プエル、オコッタ?』

『ダサイ、ポンコツ!』

『カエルッテ、カッテニ』

 

『いいのよ、アイツにはシエルが付いてんでしょ! 私達が後から付いて回ん無くったってあの腹黒執事がいれば問題ないわよ!』

 

 そういうと、長居はしたくないとでも言うように、紅い眼がひとつ、また一つと消えていく。

 それに同調して子鬼達も男の体から離れていく。

 

『イッチャッタ……』

『ドウスル? カエル? カエルヨネ? カエロウ!』

『ジャアネ、オッチャンシヌナヨ!』

 

 思い思いに口にし、子鬼の体が消える。

 空間から空間へ、この世から”彼ら”の世界を経由して移動していく。

 

 そこまでしてやっと男の体から緊張が抜ける。

 あれらも先ほどの鈴音と呼ばれた少女の配下だ。今のこの街は死神ではなく、あのような異形の怪物たちの組織によって平和が維持させている。

 

 死者が何らかの理由で堕ちた人間の魂。その名を虚という。

 本来ならばこの現世を荒らす存在であり、事実殆どのモノが無秩序に暴れまわる中、彼らは虚でありながら人間も霊体も殆ど襲わず、たった一人の人間の少女によって組織されている。

 

 怪物達を纏め上げ、人知れずこの空座町の平和を守る少女をいつしか霊達はこう言うようになった。

 【虚の姫(うつろのひめ)】、と。

 

 

 

 




 感想、批評、アドバイス等よろしくお願いします。


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第二話

 今回は虚化。


「ボハハハハ!!悪霊退散!」

 

「おい、バカやめろ!」

 

 四日目、いきなり変なオッサンがやってきたかと思えばどうやらこちらが見えているようで、手に持った杖で始の孔を広げてきた。

 何故かわからないがヤバイと思い、なんとか逃げてきたが最初5cm程だった孔が今は倍位に広がっている。

 

 一体自分が何をした! 

 そんなことを思いながら、更に重くなった体を引きずり死神を探す。

 

 この数日、街を彷徨ったが一向に死神には会えない。

 生まれた頃から住んでいて、知り尽くしたこの街だが、死神というのは空も飛ぶらしく、今は前だけではなく上も見なければいけない。

 

 何故か無性に腹が減る。

 昨日まではこんなことはなかったのに。これからは死神だけではなく、食料も探さないといけないのか。

 

「あのオッサンにあってからだ。……次にあったら覚えてろよ!」

 

 重い体を引きずり、今日も一日歩き回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五日目。

 結局、死神も食料も見つからなかった。

 

 腹が減りすぎて胸の孔から生えている鎖に口が生えて自分に噛み付いてくる幻覚を見るようになる。

 この自傷行為? の幻覚は以前に見た精神病の症状としては結構ヤバイものだったような気がする。

 

「し、死神――――食料、早く食べない、ト」

 

 あまり知り合いには会いたくない。

 今日は行動範囲を変えてみよう。

 

 一体死神はどこにいるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六日目

 一日に数回、動けない時間ができるようになる。

 

 昨日から見始めた幻覚が酷くなった感じだ。

 心なしか鎖がどんどん短くなってきている気がする。鎖の口が俺の身体を貪ろうと暴れる。

 

 数日前から他の霊達から避けられるようになっている。

 今日も話しかけようとしたら怯えたようにみんな逃げてしまって、逃げられない地縛霊のおじいさんなんかはいきなり神様に祈りだした。美味しソウダッタ。

 

「クッソ、どうなってんだよ! 俺はただ、オナカガスイテイルダケナノニ!」

 

 今日も死神は見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七日目。

 ドウシテダ? どうしてだれも助けてくれない?

 こんなに苦しんでいるのに、コンナニオナカガスイテイルノニ。

 

「ちょっとでいいんだ。ちょっとタベサセテくれるだけでいいんだよ!」

 

 もう、鎖の幻覚は見ない。

 最後に強烈なヤツが来た後、ぱったりと止んでしまった。

 

 今の始の胸には鎖は無い。

 幻覚の中で鎖から生えた口が全て食べてしまった。それを最後に痛みが無くなり、その代わりにどうしようもない飢餓感が襲ってきた。

 

 もう、死神なんてどうでもいい。

 今はただ、始が死んだことで一人、残してきてしまった病床の妹だけが気がかりだった。

 あの子は、双葉は無事だろうか? 始がバイトを掛け持ちして払っていた治療費も始が死んだことで無くなってしまう。保険はどうなっていただろうか。両親が早くに他界して兄妹二人で生きてきた始にとって妹は掛け替えの無い存在だ。出来れば生きていてほしい。

 

 早く会いたい。

 始とは違い、美しい容姿を持ったあの妹に。幼い頃から病弱で、病室から出れないのに始が見舞いに来たときは決まって笑顔で迎えてくれるあの少女に早く会いたい。早く会って、無事を確認して、食べたい。

 

「食べないと。早く双葉をタベテ、この胸の孔を埋めないト――――――」

 

「待て!」

 

 病院へ急ぐ始を止めたのは黒い着物を着た少女だった。

 黒いセミロングの髪は後ろ髪がはねており、前髪の一部が鼻の付け根を通って左斜め下に向かって伸びている。とても美味しそうだった。

 

 日本刀で武装しているその少女はどこかで見た事があるような気がしたが思い出せない。なにより、この飢えの中だ。正常な判断が下せる筈も無い。

 

「――――なんだよ。邪魔すんな、今俺は妹をタベに行くんだ」

 

「貴様は危険だ! 今すぐ、楽にしてやる」

 

 こいつは何を言っている?

 ただ妹に会いに行くだけなのにこいつは何故こちらに刀を向けるんだ。もしかして危ない奴なんじゃないのか。始はそう思い、排除に掛かる。

 

「五月蠅いんだよ、お前」

 

「最早、話は通じんか!」

 

 数日前よりも幾分か肥大化した右腕を殴りつける様に振り回す。

 少女を狙った拳はしかし、宙を切りそのままコンクリートの地面を破壊する。

 

「狙いが、難しいな、コレ」

 

 自分の身体なのに思うように動かない。

 生前は色々とやんちゃをしていたせいで喧嘩慣れをしていたと思うが、ここまで完璧に空振りをしてしまう姿は友人には見られたくない。特に自分よりも身体の大きな茶渡泰虎等は良くあの大きな身体を扱っていたなとこの身体になって初めて理解する。

 

 しかし、あまり時間は掛けていられない。

 もう何日も食事をしていないんだ。これ以上はつまみ食いをしてしまうかもしれない。

 

「うぐっ!?」

 

 何度か動かす内に変化した身体の特徴を掴み、そのまま捕まえた少女の身体を使って調整を行う。

 

 一回、二回。

 足を掴んだまま、壁に叩き付ける。おっと、これ以上はいけない。この少女は食べる訳では無いのだ。このままではミンチにしてしまう所だった。慌てて手を放す。

 

 これだけやればもう邪魔はしてこないだろう。

 力加減が難しく、死んでしまったかもしれないが、まぁ死んでもこの通り元気にやってられるのだから問題ないだろう。

 

「――――舞え『袖白雪』」

 

 背を向けた瞬間だった。

 右半身を冷気が駆け抜けた。

 

「冷た、イ?」

 

 振り向けば先程の少女がボロボロになりながらこちらに刀を向けていた。心なしか構えが変わっている。

 刀も色が白銀色に変わっており、始の身体も襲った冷気もそれから発せられているようだった。

 

「貴様をここから先に行かせる訳にはいかん!」

 

『なんだよ、助けてはくれない癖に邪魔はすんのかよ?』

 

「ッ!?」

 

 いつの間にか被っていた白い仮面越しに少しぼやけた声を発する。

 流石に右側の凍傷は無視できないので反対側の無事な部分で庇うしかないが、負ける気はしなかった。なにより、負けてはいけない気がした。コイツラハ自分を救わなかった。報いは受けさせないといけない。

 

『消えろよ』

 

 刀から繰り出される冷気に対抗するように空中を蹴り進んで上を取る。

 そのまま頭上から襲い掛かろうとし―――――。

 

「初の舞・月白ッ!!」

 

 薄氷が始の視界を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やられた。って、いうか。何で戦っていたんだっけ?』

 

 いつだかのオッサンの時と同じく、黒装束の少女から逃げきった始は全身の氷を少しずつ溶かしながら先程の行動を振り返っていた。

 頭上から強襲しようとしたらそのまま空気ごと凍らされた。直前に避けようとしなかったら全身が凍り付いて今頃殺されていただろう。

 

『殺される? おかしな話だな。殺されるのは一回で十分だろうに』

 

 顔に張り付いた仮面が煩わしいが自分ではどうしても剥がせない。それよりもまずは体力の回復だ。もう一度襲われれば今度は逃げきれない。相手にも手傷は負わせたはずだが、他にあんなのが居ないとは限らない。

 ここは一刻も傷を癒し、出来るだけこれからは関わらないように動くとしよう。

 

 傷を癒しながら、最初にあの地縛霊から聞いていた話と違う事に気づく。

 あの霊の話では生前とは違って怪我をしても自然治癒では限界があるとの事だったが、始の体は何故か猛スピードでそのダメージを無かったことにしていっている。

 

 痛みも思った程ではない。

 殆ど全身が凍りついているという生身の人間では確実に致命傷に近いダメージを負っているというのにも関わらず意識を失うどころかこうやって思考もできる。

 これについてはあまりのダメージと凍傷で感覚がマヒしているだけかもしれないが。

 

『死ぬほど痛いって。死んだときはもっと―――――アレ、俺どうやって死んだんだっけ?』

 

 自分の死んだ時のことを思い出そうとして、記憶が曖昧なことに気づく。

 

 憶えているのは自分が殺されたということだ。

 

 何に? 

 

 何故?

 

 一体自分は誰に恨みを抱かれていたんだろうか。

 始の人生の殆どは妹の剣崎双葉の為に費やしていたといっていい。仲のいい友人はいたが、それでも妹優先で生きてきた。

 学校内やバイト関係で恨みを買っていたのだろうか。だとしたら申し訳ないが、該当者に対しては殆ど記憶に残っていないだろう。これでも友人はしっかりと見定めてきた。そんな事をする人間はいない。という事はそれ以外の他人。始の非常に狭い世界観には妹と友人以外は殆ど記憶に残っていない。誰かが初めに恨みを抱いていたとして始がその誰かに何かを思うことはない。

 

 そうなると可哀想になるのは逆に加害者の方ではないのか。

 ヒトを殺すというのは相当なリスクを生む。きっとその人物にとっては決死の覚悟だったのだろう。これでも体は鍛えていたほうだ。基本的には穏便に済ませたいが流石に殺されそうになれば抵抗くらいはする。下手をすれば返り討ちに遭っていたかもしれない。

 そのリスクを犯人は負って犯行に及んだというのに始の方は犯人に対して心当たりが全くない。

 そもそも、あんなふうに刀で滅多刺しにされるような恨みを他人に無意識で与えたことに申し訳なくなる。

 

(刀? 俺は刀で殺されたのか? なんで日本で刀なんか…………もっとナイフとか持ち運びやすくて使い勝手がいいものがあるだろうに)

 

 犯人が刀を使っていたことを思い出し、見当違いな心配をする。

 この平和な日本で帯刀するなど目立ちすぎる。それに、ここ最近――――つい先程、同じような物を見たような気がする。

 

『あ、さっきの着物の娘が持っていたのと似ていたな。変化後の白銀のとは違うけど、流行っているのか?』

 

 着実と犯人について思い出していた灰色の脳細胞はしかし、ここで停止する。

 理由は簡単。

 文字通り頭を冷やしていた氷が受けた傷の完治と同時に溶けてしまったから。

 

 次の瞬間、始を襲ったのはここ数日に渡って繰り返されるどうしようもない飢餓感だった。

 これが来てしまうともう自分ではどうにもならない。この空虚な感覚を埋めるために何かを食べないといけないと思うだけだ。

 

 こういう時、最初に思い浮かぶのは人生で最も大切に思っていた妹の双葉の顔。

 早く双葉に会いたい。ただ、その一点に感情が集約される。

 

「あれ、キミどうしたの?」

 

 ただ、今回はそれだけではなかった。

 

『―――女の子?』

 

 どうしようもない飢えに思考が支配される中。

 始の視界が捉えたのは一人の少女だった。

 

 長い黒髪と漆黒のワンピース。そして、吸い込まれそうな黒い瞳。

 

 黒、黒、黒。

 なのにその肌だけがどこまでも白く透き通っている。

 

 美味しそうだった。

 きっと、今までのどんなご馳走よりもこの少女は美味だ。

 それだけではない。

 この少女を食べれば、心に空いてしまった餓えが解決する。そんな核心があった。

 

「ああ、お腹がすいているんだね」

 

『アアアアアア!!!!』

 

 理性は吹き飛び、全身が目の前の食べものを喰らうために変化する。

 全身全霊をかけて少女を味わうために怪物のような体を一段階進化させる。

 

 腕と足が発達し、二足ではなく四足で。

 口は一度により多くのものを噛み砕けるように大きく。白い仮面が変化に追いつけず、ギチギチと音を立てているが気にはしない。

 

 ただ、目の前のご馳走のために全てを賭ける。

 それが今の始の存在意義だった。

 

「うん、いいよ。おいで」

 

 そうして、無防備に腕を広げる少女に食らいつく。喰らい尽くす。

 血が、肉が飛び散り、身体が猛烈な熱さを告げる。

 

 それでも、始は止まらなかった。

 この餓えが満たされるまでは止まれなかった。

 

 




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第三話

 月城鈴音の執事 マジョルドーモ・コンシエルヘはいつものように主人の右斜め後ろに立ちながら事の次第を実にくだらないものを見るように見守っていた。

 

 いつものようにこの空座町の見回りをするという少女について回り、いつものように襲いかかってきた(野良犬)を主が気にならない範囲で蹴散らしていた。

 その日の変化といえば、数日前は同じように主についていた子鬼達と眼を扱う同僚がいないというくらいか。それも数日前がたまたまいたというだけで普段は屋敷の方に引きこもっているので別段変わりはない。多少周囲の警戒が疎かになるが、いてもいなくても同じようなものだ。

 

 その時も、不躾な野良犬が美しい主にヨダレを垂らし近づいてきたのでいつものように消し飛ばそうとした。

 

 しかし、それは叶わなかった。

 

「うん、いいよ。おいで」

 

 その一言。

 そのたった一言でシエルは行動を制限される。

 他ならぬ主の言葉は執事であるシエルにとって神にも等しい。それがどれだけ危険な状況を生み出すとしてもシエルは動くことはできなかった。

 

(お嬢様、お止めください! 貴女はまた――――)

 

 何があっても主人に危険が迫れば止める。

 それがシエルの考えであり、覚悟だった。それでも、今回は条件が悪かった。

 

 野良犬はシエルの苦悩を知ってか知らずかその体を変化させる。一丁前に捕食に適した形態へ移行したその姿を見て歯噛みする。

 

 あまりに弱い。

 弱すぎるがゆえにシエルには手を出せない。

 これが本当に主を脅かすほどの強さを持っていればシエルはそれが例え自身の全てを言っても過言ではない主の命令でも背いて排除に映るだろう。

 

 だが、目の前の野良犬は違う。

 アレでは主は――――お嬢様は喰い尽くせ無い。

 

 単純な容量の問題。

 出来たての虚ではお嬢様を食い尽くすことは出来無い。

 それが分かっているからこそ、シエルは動くことができない。

 

 心がないことが悔やまれる。

 もしもこの身に心があれば、その赴くままにお嬢様に牙を剥いた野良犬を八つ裂きにしていただろう。

 しかし、残念な事に虚であるシエルにはそんなものはない。人間と同じように思考し、時に感情的になろうとも、それはどこか打算的なものだ。最終的には自身の欲望を満たすための行為でしかない。

 人間達のように無意味に他人を手助けするという考えは虚には存在しないのだ。

 

 腹が減ればそれを補うために行動する。それは本能であり、理性で縛ろうにも心がない虚達ではどうしても御しきれない。

 だからだろうか。

 多くの虚達が心を持った人間であるお嬢様に惹かれる。霊的存在である自分たちが見える人間。それでいて、他の者達のように恐れずに近づき、手を差し出し受け入れてくれる存在。

 心を失い、胸に空いた孔を埋めて心を補うため心を欲するようになった虚にとってその存在は掛け替えのないものだ。

 

(勿体無い。あんな喰らい方では――――――私ならもっと綺麗に頂くというのに)

 

 まさに犬といった感じで四足歩行で移動し、主に喰らいつく虚に対しシエルは殺意を抱く。しかし、それは主が喰われているということよりもその食べ方についてだった。

 

 お嬢様――――月城鈴音は特殊な体質だ。

 生まれながらの驚異的な霊力もそうだが、その身体は虚に対して強烈な【蜜】を発している。その身は魂魄だけでなく肉や骨は勿論、髪の一本から剥がれ落ちた垢や血の一滴まで虚にとっては極上の餌になる。

 

 ただ町中を歩いているだけで虚に狙われる。

 寧ろ、彼女を狙って周辺の街から虚がやって来る。

 

 そういう理由もあり、今の空座町には非常に虚が多い。

 シエルのようにお嬢様のその()()()で付き従うものもいるが、殆どは打算と欲望でその身体を狙うものばかりだ。

 

(その意味ではコイツはまだマシか。本当の意味でただお嬢様の魅力に惹かれてしまっただけなのだから――――かといって、許せるものではないがな)

 

 シエルがその思考を野良犬に対する()()()()()対応に関して割こうとした時、捕食の為の咀嚼音が止まる。

 

(終わったか)

 

 シエルが視線を向けた時、その場に立っていたのは捕食者である虚ではなく、血だらけの主人だった。

 

「うん、お休み。ゆっくりね」

 

 つい、先ほどまで自分に襲いかかっていた虚の頭を撫で、愛おしそうにその白い仮面に触れる。魂魄と一体化し、着脱が不可能な筈の仮面がゆっくりと剥がれ落ちていく。虚の仮面の下から出てきたのは涙でグチャグチャになった酷く情けない男の顔だった。

 

「辛かったね。もう、大丈夫だよ。これからは私が救ってあげる」

 

 月城鈴音は笑っていた。

 肉が裂け、骨すらもいくつか切断されている状況でなぜそんな風に笑えるのか。心のないシエルには見当もつかない。そもそも普通の人間なら間違いなく致命傷どことかオーバーキルの筈だが、なぜ平然と立ち上がっているのか。

 

「終わりましたか。――――今回は見逃しますが、次回からはもう少し考えて行動してください」

 

「ごめんね、シエル。でも、身体が勝手に動いちゃった」

 

「全く、貴女は――――」

 

「でも、困っている人がいたら助けるのが普通でしょ?」

 

 いたずらっ子のように笑う少女にシエルは静かに上着を着せる。

 常軌を逸した霊力で傷を瞬く間に消し去っている鈴音だが、ボロボロに敗れた衣服までは治すことができない。シエルと違い、その姿は一般人にも視認できてしまうので、このままではマズいのだ。ただでさえ眼を引く容姿鈴音が無防備な姿を晒せばよからぬ輩が寄ってくる。これ以上の面倒事は御免だ。シエルとて、自制しきれるものではない。

 

「それで、これはどうしますか?」

 

 問いかけるのは下手人の処遇。

 鈴音をよく知るシエルからしてみれば聞かなくてもわかっていることだが、万が一ということもある。

 

「うん、ウチで飼おうか。ここで放っておくと他の子達に食べられちゃうし、新しい死神の子も来たみたいだしね。本当に飼うかどうかはこの子の意見も聞かないといけないし、今はとりあえず屋敷まで運ぼうか」

 

「かしこまりました」

 

 平然と言ってのける少女に恭しく頭を垂れる。

 そこで殺せと言ってくれればすぐさま行動に移すのだが、なぜ自分に危害を加えた相手を許さないという当然の選択肢が存在しないのか。

 

 主の霊圧を喰らった野良犬を放置するわけにも行かず、霊圧遮断のための反膜(ネガシオン)で覆い、出来るだけ無造作に担ぎ上げる。

 

 願わくば屋敷に着くまではこの野良犬にそれなりの苦しみを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この空座町担当の死神 朽木ルキアは尸魂界から送られてくる情報から虚討伐の為、現場に急行していた。

 先日、正体不明の虚から受けた傷は未だ癒えず、始解さえ不可能な状況だった。

 

『なんだよ、助けてはくれない癖に邪魔はすんのかよ?』

 

 頭に浮かぶのはあの虚が言った言葉。

 恐らくあれは成りたてだ。死神の魂葬が間に合わず、虚に成り果ててしまった魂魄。

 

 現世に来てから一週間ほど経つが、もしかすると間に合ったのではないかと自責の念が浮かぶ。あの魂魄が虚になる前にもしもルキアが間に合っていれば――――と、いう過程がもう幾度も浮かんでは消えていた。

 

(あれは危険だ。油断していたとはいえ、私の袖白雪の一撃を受けきった。成り立てであれならば、もしも他の魂魄を喰らい、成長すれば手が付けられなくなるかもしれん。――――その前に、私の手で)

 

 虚の魂は死神の斬魄刀で斬ることで虚となってからの罪を濯ぎ、その魂を元の人間のものへと戻し尸魂界へと送ることができる。それが間に合わず、アレを虚としてしまったルキアのせめてもの償いになる筈だ。

 

 死神は今日も街を駆け抜ける。

 救われぬ魂をその刀で救うために。それこそが全ての魂にとっての救いであることを信じて。



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