ダンジョンを本気で攻略するのはまちがっているだろうか? (虎馬)
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プロローグ
元少年は思う。
子供のころの寝物語に英雄譚を聞いていた、そんな人は多い事だろう。神より授けられた伝説の聖剣を手に数多の苦難と冒険を乗り越え強大な魔獣を打倒し富と名声を得る。
そんな伝説に描かれる英雄に憧れ、木の枝を伝説の聖剣に見立てて振り回した経験はきっと多くの男の子が経験したはずだ。しかし男の子が成長すると伝説の聖剣は木の枝に戻り、英雄もまた村に帰り村人へ戻る。
これも仕方の無い事だろう。
生きていく中で「神からの託宣」を受けることもなければ「伝説の聖剣」を手にすることもない。ましてや「冒険」の果てに「強大な魔獣」を打倒する機会もなければその力も持たないのだから。
しかし、これらすべてが本当に存在するとしたらどうだろう?はたしてどれだけの「男の子」が英雄をめざして「冒険」に挑むのだろうか?
元少年は確信する。
数多の神が集う冒険の舞台。そんな場所があるなら行く以外に選択肢はないと。神の眷族となり、地下に広がるダンジョンで魔物と戦い、装備を整え、未知の地を駆け抜ける。冒険者になること、これこそがおとぎ話の英雄へと至る道だと。
無限の可能性に満ちた迷宮都市。ここでなら冒険に挑み魔物を倒すことで英雄になる可能性だってあるのだから。
女神は思う。
何故これほど神界は退屈なのだと。変化の無い日々に飽き飽きしている神々が持つ唯一と言っていい悩みだ。
寿命を持たず、死を知らず、完成された存在である超越存在であるがゆえに変化を持たない。無限ともいえる時間の中では日々の変化は些細なもの、また昨日と同じ明日がやってくる。何不自由なく変化もない生活。永遠に続く今日が。
そんな紳界に変化が起きた。
下界に一人また一人と降り立つ神が出始めた。そして何を思ったか下界のもの達と交わり下界で今日を手に入れた。下界の者達は定命であるがゆえに成長し、死を遠ざけ、不完全であるからこそ変化し続ける。
経験による成長、それによってもたらされる変化。昨日と違う今日を生き、そして新たなる明日へ向けて歩き出す。
女神は確信する。
数多の神が居を構える変化の中心。こんな場所であればさぞや変化に満ちた日々となるだろうと。子供たちを眷族とし、地下に広がるダンジョンで経験を積ませ、強化し、新たな明日を創りだす。冒険者を育てること、これこそが退屈な今日を未知の明日へ変える方法だと。
無限の欲望が渦巻く迷宮都市。この私なら知恵と技術を駆使して眷族の成長を促す事が出来るのだから。
これは迷宮都市オラリオを舞台に、「英雄」に憧れ「冒険」に挑む事を望んだ「男の子」と、「冒険」に挑む「英雄」を望む「女神」の物語。
こちらのサイトでの投稿は初となりますので改行等が読みにくい等有れば指摘してもらえますと幸いです。
ダンまち本編ではダンジョン捜索型恋愛シュミレーションな雰囲気で、それはそれで面白いのですが、地上の出来事は仲間を増やして装備を整える戦力強化フェイズに抑えてとにかくダンジョンに潜って攻略するダンジョン探索RPG見たいなノリの作品が読みたいと思い自分で書いてみた次第です。気に入ってもらえたら、そしてそう言った作品が増えてくれたら幸いです。
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1.冒険の第1ページ
歯を剥き出しにして飛びかかるコボルトの攻撃に対し剣を持ち上げつつかわしそのまま側面から首筋に剣を振り下ろす。側面への回避から首筋への振り下ろしによる一撃必殺。
断続的に戦闘がおこなわれるダンジョンにおいて一体の敵にかけられる時間は短ければ短いほど良い。そう思って身に付けた戦い方だったがひきつける距離や回避から攻撃に移るタイムラグ、そして威力や精度に至るまで改良点は多い。
コボルトが魔石を残して灰になっていく様を尻目に剣を構え直して周囲を見回す。残敵無し。無傷で戦闘が終了した事を確認して大きく息を吐く。
「まだまだ先は長い」
迷宮都市オラリオ、その『地下第一層』で俺は女神からの最初の試練に挑んでいた。
冒険者となって既に三カ月、未だに第二階層へと行っていない事を担当のアドバイザーからは「随分と慎重なのですね」とやや驚かれてしまったが、これはあくまで主神の指示に従った結果だ。断じてビビって尻込みしている訳ではないとやや熱くなってアドバイザーに語ってしまったが、これは仕方の無い事だろう。その後アドバイザーさんからも「眷族思いな良い主神ですね」と言ってもらえたし。
「小枝を振り回す程度の事しかしたことの無い田舎者、そんな奴が武器と防具を身につけたからと言っていきなり戦えるはずがないだろう?」との主神の言葉に頷いた俺はひとまず剣を使って倒せるようになる事を目標に据えた。幸い主神は武術の心得があるとかで冒険者になって最初の頃は危険の無いようにとマンツーマンの立会稽古を行ってくれた。
勿論最初は色々な意味で打ち込みに迷いがあったものの、どれだけ本気で打ちかかっても軽々と避けつつ隙を見て明らかに加減して打ち込んでくる姿を前に遠慮が消えるまで時間はかからなかった。暫く稽古をつけて貰い、ある程度動けるようになったところで漸く半日だけダンジョンに潜る許可を貰えたのは半月ほど経ったころだったか。相手の攻撃に反応して防ぐ技術と剣を振って当てる技術がついたから最低限生き残る事は出来るとの御墨付きを貰った。その後は稽古の復習としてゴブリンやコボルト相手に剣を振り、昼になったらホームで食事をとり反省会を行い日が落ちるまで稽古、そして翌日はその成果を試してまた帰るという日々を過ごしていた。主神の指導が的確だったのだろう、ゴブリン程度なら3体まではまとめて相手取れるようになっていった。
倒せる相手は可能な限り一撃で仕留めろ。戦いは多少雑でも素早い方が優秀であるとはそんな我が主神の最初の教えだ。他にも「真剣勝負は常に致命傷を受ける危険がある」「獲物を前に舌舐めずりするようでは長生きできんぞ」「戦いは勢いだ、相手に主導権を譲るな」「複数との戦いは一対一を延々繰り返せ」「戦いに使うのは武器だけではない、全てを武器にする努力をしろ」「仕留めた瞬間こそが最大の隙となる」「モンスターがいないだけで油断するな、ダンジョンそのものが敵だと思え」と事ある毎に助言を受けた。ダンジョンで起こった出来事を報告し、それらに対して助言を授かり、ダンジョンで実践し、ホームで報告してまた稽古。そんな日々を繰り返す中で気付けば全くの無傷で帰還する事も増えてきていた。
これはある意味当然だろう。
多くの冒険者が半ば素通りするような難易度の第一層で三カ月も居座るなどそもそもおかしいのだから。
主神も無傷で帰還する俺を見てそろそろ頃合いと見たのか、あるいは遅々として進まない攻略に俺が焦れているように見えたのだろうか、
「第二層への正規ルートを進み、階層をつなぐ通路を見たら今度は大周りでダンジョンの入り口に戻る。これを無傷で出来たのなら明日から第二層へ行っても構わない。ただしかすり傷一つでも負ったなら未だに攻略できていない物とみなしてもう暫く第一層で頑張るといい」
と、ついに第一層卒業試験が与えられることになった。
とりあえず行きは問題なかった。
冒険者の多くが使用する正規ルートではモンスターは道すがら始末されている為長生きできない。モンスターの出現数が少ない上層でしかも人の出入りが激しい正規ルートなどモンスターに会う方が稀な程だとこの三カ月でよくよく思い知った事実の一つだ。偶々出くわしたゴブリン一体を攻撃させる間もなく斬り伏せただけで第二階層へとつながる縦穴に辿りついた俺は少しだけ深呼吸して気合いを新たに大周りの復路にとりかかる。
今までの経験上ゴブリンは鈍間な上に打撃程度しかしてこないため複数体まとめて相手取っても噛みつきにさえ気をつければ無傷で切り抜ける事が出来る。しかしコボルトが複数体来た場合は厳しい。当たり所が悪ければ致命傷になりうる噛みつきが危険なことは勿論だが、両手にある鋭い爪が今回の試練の最大の焦点になるだろうと見ていた。
曲がり角などで至近距離での遭遇戦になればロングソードの俺では爪を立てられる可能性がある。その程度で致命傷になるはず無いとはいえ、今回は無傷での帰還が課題である以上警戒しておかなくてはならない。曲がり角の度に大きめに迂回して不幸な一撃を回避し続けた御蔭か復路も半ばを過ぎめでたく試練達成が見えて来た頃、しかしというべきかやはりというべきか、最後の広間で三体のコボルトと遭遇してしまう。
剣を構えつつ現状打破の方策を考え、これまでの経験を頼りに答えを引っ張り出す。
まず避けるべきは挟まれる事だ。
挟撃をさせないように、その上で振り回される手で引っ掻かれないようにするにはどうするか。
後ろの通路に戻り囲まれないようにしてから戦うか?
万一そこで後ろから来た場合は四体がかりで挟撃を受ける危険がある、却下。
一息に襲いかかって一体仕留めて二対一に持ち込んで見るか?
相手が既にこちらに気付いている以上奇襲にならず攻撃した一体は倒せても残る二体から打ち終わりを狙われる、却下。
位置取りを調整しつつ隙が少ない攻撃で数を減らしていくか?
少し時間がかかるが運に任せるよりは良い、何より試練の最後を飾るならこれだ!
見通しのいい広場での迎撃を決意し通路を出て前進、剣を構えて距離を縮めにかかるとこちらに気付いていたコボルト達も我先にと襲ってくる。
連携を取るほどの知能は無いようだが、偶然にも真ん中の一体を先頭に三角形の陣形になっている。これでは先頭の一体を斬り伏せる間に左右からの同時攻撃にさらされてしまう。ならば、
「ブギャッ?!」
剣の刃ではなく腹の部分で先頭のコボルトの顔面を強打、更に相手に当てた反動で剣先を浮かせて踏み込みつつ左側面にいたコボルトめがけて水平に寝かせてある剣を強引に振りぬく。
防御という概念が薄いせいで顔面への直撃を受けた先頭の個体は痛みに悶絶、剣の刃で斬りつけられた左方の個体は二の腕から胸部を深く斬りつけられて重症。倒せてはいないが速攻で一体を戦線離脱に追い込んだ上にもう一体も怯ませる事が出来た、上々の戦果だ。もっと腕力があり踏み込みが十分なら先頭のコボルトは頭を粉砕し二体目も両断されていただろうが、今後の課題だ。もっとも残る右方のコボルトは顔面を強打された個体が間に立ち塞がっており直ぐにはこちらに襲いかかる事は出来ない状態に出来たため予定通りではあるのだが。
斬り伏せられた個体が崩れ落ちる様を横目で確認しつつ脇を踏み込みの勢いのまま駆け抜け残る二体に向けて構えを取る。
未だ打ちすえられた顔を押さえる個体を押しのけ未だ無傷の個体が襲いかかってくるが一対一であれば驚異足り得ない。位置取りを整えつつしっかりとひきつけて側方に回避、振り下ろし、斬首。灰になる三体目を余所に痛みに激昂した最後の戦えるコボルトが飛びかかるが距離は十分にとってある。振り下ろしたロングソードの向きを変え斜めに切り上げ、一閃。胸部を深々と斬り込まれたため魔石を砕かれ瞬時に灰に還る。
振りぬいた姿勢から即座に構え直し周囲を見渡すが残るは横薙ぎで重傷を負った瀕死のコボルト一体のみ。最後の最後にケチがついてはかなわないと慎重に近づき確実に止めを刺して戦闘を終了した。
さすがにそれ以上の敵に襲われるという不幸は無く無事に地表へ辿りついた俺はゆっくりホームへ帰りつつ主神への報告内容を考える。一先ず無傷で一階層を一周する事が出来た事、最後の戦いで相手をこちらの勢いに乗せたまま倒せた事、精進が足りず一撃で仕留めきれない場面があった事、毎回ダンジョンへ潜る度に行う報告会だが今回も話す内容が多そうだ。今後の稽古の内容は今回の反省を踏まえて更なる威力の強化と立ち回りの改良が課題か、あるいはもっと別のテーマを与えられるのか。
「女神様、モルド=レンド只今帰還しました!」
勢いよくドアを開け主神の待つホームに戻る。自称『宇宙一強くて賢い女神様』はきっと更に強くなる方法を提示してくれるに違いない。そして女神の導きによって新たな力を得て次なる冒険に挑む。俺の冒険譚の新たなる1ページが刻まれる。
冒険者 モルド=レンド
冒険者期間 三カ月
最深到達階層 1
これは英雄を目指す青年と
英雄を育てる事が趣味だという自称宇宙一強くて賢い女神が
本気でダンジョンに挑む物語。
連続投稿で1話です。続きは鋭意執筆中。
基本的に今回のようなモルド視点のダンジョンアタック編と女神視点で戦力強化を行う地上編を交互にやっていけたらと考えています。
ダンまち二次においておそらく最弱ではなかろうかというこの主人公ですが、さすがに本気で一階層の攻略に三カ月もかかったわけではありません。普通にやれば一週間かそこらで二階層に行ける程度の一般的な資質と才能はあります。自称凡人(笑)にするつもりはありませんがそこそこ強くなってもらう予定です。そうしないと話も進みませんので。
ではなぜこんなに時間がかかったのか?
それは次回ステータスやスキルと併せて地上編で女神様本人に解説してもらう予定です。その際にちょっとした独自解釈等も含まれます事を予めご了承ください。
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2.明日のために
今回はちょっとした独自解釈を含みます。主にステイタスの上昇に関して。
あと説明ばっかりで辛いかもです。女神サイドは毎回こうかもしれません。
「女神様、モルド=レンド只今帰還しました!」
意気揚々と帰還の報告をするモルドの声が耳に届き機織りの手を止める。この様子ならきちんと無傷で一階層を一回りする事が出来たのだろう、まず問題ないと見ていたがこちらとしても喜ばしい結果だ。
第一階層を三カ月かけて突破する。神友であるヘファイウトスから怪訝な目で見られてしまったが、状況を知る私にしてみればそれなりに早いとすら思っている。何せ今まで一度もステイタスの更新を行うことなく純粋な技術の向上のみでここまでこぎつけたのだから。何の変哲もない戦闘未経験者が誰の教えも請うことなく同じ事をするなら丸一年かかっても不思議はない。まあ普通はもっとまめに更新して安全に突破させるのだろうが。
時間がかかる上に危険な事をしているのは勿論理由がある。情報収集を行った結果、自分より強い相手と戦った方が成長しやすいという事と、能力が高くなるほど成長が鈍るという事が直ぐに解った。ならば能力をあえて低いままにして出来るだけ素の技術と知識で攻略させてやったら少しずつ成長させるよりも格段に早く成長できるのではないだろうか?記念すべき眷族第一号ではあるが、だからこそあえて時間や手間をかけて確認作業を行っている。少なくとも三階層まではそれほど強い魔物が出現しない事をギルドなどの情報で確認している為、無理をさせないように気を使いつつ可能な限り無成長で到達階層を進めている。実際経験値は日々着実に蓄積されている。
しかし最弱の魔物といわれているゴブリンやそれに準ずるコボルトに手を焼いている現状は中々苦しいものがある。この子にだってそれなりに情報が入っているだろうから自分の進捗が酷く遅いという事は気付いているはずだ。私の指示であえて遅らせているという事はよくよく言い聞かせているものの、腐っていまわないかが現状最大の不安要素と言っていい。今日の探索の内容を聞く限りでは腕力や脚力があと少し高くなっただけで一息に三体のコボルトを倒せるということになるのだが一度成長させておいた方が良いのだろうか。ランクアップのために必要な上位の経験値の獲得法や、ランクアップした後の事を考えると早い段階で能力に頼らない純粋な戦闘技術の習得が必要になるのだが。
「一先ず第一階層突破おめでとう。明日から第二階層に挑戦する事になるがそろそろ装備が傷んでいるようだし御祝ついでに買い替えるとしようか」
ステイタスの向上はもう少しだけ先延ばしにして装備を新調することにした。一階層であればすぐに帰還する事が出来るが、二階層から直ぐに戻るのは難しい以上初期の支給品では不安だ。剣を今の戦い方にあった物に変えれば一撃あたりの威力も上がり三階層までは通用するようになるはずだ。これだけ苦労して能力の上昇が並み程度だったらと思うと少々不安になるが、まあいい。これは必要な投資だ。ダンジョンに潜るために必要な経験や戦うための技術は間違いなくついているのだから。
装備の新調と聞いて目を輝かせるモルドを伴い一路バベルへ。武器や防具については紳友であるヘファイストスのところのものを使と決めていた。モルドは一流ファミリアであるヘファイストス・ファミリアの装備と聞いて金などは大丈夫なのかと不安になっていたが、駆け出しの鍛冶師が作品を売るためのスペースだから比較的安価で良質なものが手に入る場所だと説明しておいた。実際ここなら普通に買うよりも安価に売られている事は確認している。自分の作品が人の手に渡る喜びを知ってもらおうという主神の計らいなのだろう、商人としてはあまり儲からないやり方だが鍛冶師を育てようという彼女の姿勢はなかなかに立派だ。眷族を育てようという意気込みを感じる。私も負けてはいられない。
二人で薄暗い新人用の販売スペースを歩いて行くが、さすがに商品数が多い。探しているのはロングソードとライトアーマーだがどちらもよく使われるものなだけに品数も豊富だ。その中でモルドにあった武器を探していく。戦い方が回避や受け流しを駆使いつつ長剣で一撃必殺を狙うスタイルだからあまり重い物は避けたいところだ。重心が先端部分に偏っていれば主力である振り下ろしの威力も上がり今より戦闘は楽になるはずだが、変な癖がつかないように中央付近に重心があった方がよいのだろうか。今後の鍛練にも関わるため私が探しておこう。ライトアーマーは展示されている商品に目を輝かせているモルドに探させておく。防御の大切さや自分の目指す戦い方も考えながら探すように言っておく。最悪二階層でなら多少の事では命にかかわる事態にはならないだろう。
約二時間かけて結局重心が先端部分に偏った長剣にすることに決めた私は鎧を吟味するモルドの元へ向かう。こちらはすでに決めていたのだろう、白色のライトアーマーが入った木箱を傍らに置き別の鎧の連結部などを興味深そうに眺めていた。
「すまない、少々遅くなってしまったようだな」
「いえ、俺のためにどれが良いのか考えてくれたのですから。むしろありがとうございます!」
可愛い奴め。
一応変な商品を掴んでいないか確認するべく木箱の中身を検める。胸元や手首、腰回りを局所的に守るライトアーマーだが大きさを加味しなくてもかなり軽い。特殊な素材を使っているのだろう、硬度もそれなりにある。なかなかの掘り出し物だ、未熟ながら良い腕をしている。胸甲に書かれた制作者の名前もそれとなく確認して木箱に戻す。名前がぴょんきちでさえなければと少し残念な気もするが、だからこそ売れ残って手に入ったのだろう。名前で性能が変わるわけでもない。
「中々の掘り出し物だな、そなたの戦い方にもあっている。それにしておこう」
「はい!ありがとうございます」
モルドの稼ぎはダンジョンにこもる時間の少なさも相まって僅かではあったが、趣味で行っている機織りでそれなりの儲けが出ている為収入は余裕がある。申し訳なさそうにしているモルドには投資だから気にするなと言い聞かせておいた。本来ならもっと稼ぐ事が出来るところをあえて稼げないようにしているのはこちらなのだから恐縮されても困る。それに直ぐに稼げるようになるはずだ、予想通りに成長できているなら。
明日からのための買い出しを終えホームに戻った頃にはすでに夕刻。あまり稽古をつけてやる事が出来ないので軽く打ち合うだけにする。動作確認も兼ねて新品のライトアーマーを着込み木剣を構えるモルドに対して今後の戦いに必要になるだろう連撃を織り交ぜつつ攻め立てる。これを苦も無く放てるようになれば三階層まで突破できるだろうが、暫く難しそうだ。日が暮れたがもう少しだけと素振りをする光景を見ながら今後の方針を聞かせて今日の鍛練を切り上げる。
明日は初の二階層への挑戦、冒険の新たな1ページにモルドは一体どんな冒険譚を刻んでくれるのだろうか。傍で見ることのできないもどかしさがまた面白い。不自由な下界の生活を楽しむとはどの神が言った言葉だったか。そんな益体も無い事を考えつつ横になる。今日とは違う明日を夢見て。
ということで第2話終了です。
色々説明しておきたい事や張っておきたい今後の伏線がありましたが、恐ろしいほど長くなってしまったのでバッサリカットしました。
ポーションの購入先や鍛練風景を打ち込んでいたら5千文字とか行ってしまい、これは読んでいて辛いだろうとまた次回の女神編で書くことにします。
とりあえず書きたかった事は、無成長でどんどん戦えば経験値稼ぎ放題じゃね?って事です。ただし同じ事をすると普通は死んでしまうので誰もやらないという独自解釈です。あくまで自分より強い相手と戦うことで大きく成長し、またその戦いをどれだけ自分で意味を見いだせるかが成長のポイントだと思っています。ベル君もトラウマであるミノタウロスだからこそのランクアップだったようですし。
次回モルド編は一気に四階層あたりまで行けたらと思います。中ボスとして想定しているあの魔物との一騎打ち、うまく書けると良いのですが。
長々とした説明回でしたが飽きずにまた次回も読んでもらえれば幸いです。
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3.表層の冒険 (1)迫りくる死の影
今回も泥臭く戦ってもらいます。
第一層の突破試験を終えて早二月、新調した装備と長すぎる第一層での経験のおかげか早くも第二層を突破、そのまま三階層もある程度の被害に抑えて周回出来るようになってきていた。これは俺の剣の腕前が上がったというわけではなく、単純に装備の性能が格段に上昇した事が大きな要因になる。
第一階層突破の御祝に買い与えられた長剣は二種類の金属を用いて先端部分に重心を偏らせた特殊な剣だった。主神曰く「これは剣の形をした斧」だそうで、実際に勢いよく振り回した一撃は硬い鱗で覆われたダンジョンリザードを容易く両断する事が出来た。そしてゴブリンやコボルトにいたっては縦に両断することすら可能だった。これによって悩みのタネであった威力不足を解決し戦闘時間の更なる短縮につながった。ただし斧の様な剣というだけあり小回りが利かず敵に囲まれた時にはタコ殴りに会う羽目にも幾度かなったが。
そんな斧剣を主装備にしたためこれまで以上に敵に囲まれないように気を使う立ち回りをしなくてはならず、三階層を安定して周回出来るようになった今でも新たな戦い方の試行錯誤を繰り返していた。
攻撃をしようと真っ先に襲いかかるコボルトの横をすり抜けるように移動しつつ横薙ぎで胴体を叩き斬り、そのまま敵の囲いの外側へと飛び出る。逃げた獲物を忌々しそうに追うゴブリン達に軽く蹴りを入れて動きを阻害し纏めて横薙ぎで斬り伏せる。隙が大きく細かい制御も利かないが威力は十分すぎるほどある。前の長剣では二体目で刃が止まっていただろうが、これなら三体纏めて両断する事すらできる。横薙ぎの勢いのまま切っ先を背中まで回して上段の構えに移行しておく。構えを取って状態で迫りくるダンジョンリザードを待ちかまえ、間合いに入り次第振り下ろす。狙い違わず剣は深々と胸部を斬り裂きそのまま魔石を打ち砕く。
敵に囲まれた時の対処法を研究しようとあえて複数の魔物に囲まれた状態で戦ってみたが、まず動きの速い敵から確実に仕留め、強振が必要な硬い敵は最後に回しておけば凡そ攻撃を受けることは無くなった。
やはり戦いは一撃必殺、男のロマンだ。
そもそもこの斧剣を使う以上仕留められなければ反撃を受ける事は確実である以上、可能な限りは一撃で仕留めなければならないという切実な事情もあるのだが。
ともかく第三階層の突破までに身につけておくべきと言われた技術は不完全ながらも身についてきたように思う。頑丈な鎧の御蔭で怪我らしい怪我もない。主神は少々不安げであったがそろそろ四階層に向かってしまうとしよう。
この判断が所謂慢心というものだと思い知るまで僅か三日であった。
最初の二日間は問題なかった。新たに出現するようになった犬型の魔物であるグレイハウンドも蹴りや引き付けてからのサイドステップで十分処理できていた。問題が起きたのは四階層の半ば、広間にさしかかったときだ。
最初は別の冒険者と出くわしたのかと思った。それが間違いだと気付いた時も見間違いである事を思わず祈った。しかしどれだけ祈ろうと現実は変わらない。祈りを捧げる神様は今地上にいるのだから。
―――――かつてない強敵の出現に背筋に冷水をかけられたような錯覚すら覚える。
立体化した影とでも言うべきその異様、両手に伸びる長く鋭い三本の爪、五階層から出現し多くの駆け出し冒険者を葬ってきたという悪名高き魔物、ウォーシャドウがそこにいた。
その姿を認めて最初に取った行動は逃走だった。これは三階層に潜り始めた頃から主神に言われていたからだ。今の俺だとまともな方法では勝てない。勝てたとしても無傷では済まず、無事に帰還する可能性は低いだろう。稀に上の階層に上がってくる可能性があるから気をつけろと繰り返し言われ続けたからこその即断であった。
ウォーシャドウに背を向け脱兎のごとく駆け出す。帰還を果たして主神に慢心していたと話し御叱りの言葉を受けよう。半ば現実逃避に近い思考が頭の片隅に浮かぶが体は全力で撤退を図っていた。
しかし、大して走る事もかなわず背後から風切り音が迫る。
咄嗟にかがみこんだ頭上を鋭い斬撃が通り過ぎる。
甘かった。甘すぎた。体勢を崩しつつも地面を踏みしめ背後を覗き見る。
眼前に迫るウォーシャドウ、振りぬいた右腕、振りかぶった左腕?!
「くっ!」
間一髪振り下ろし剣の腹で受け止めるも全力疾走中に無理やり反転した上に攻撃を受けた衝撃もあり大きく体勢を崩してしまう。無様に転倒してしまうがその鼻先に振り下ろされる爪を見ればむしろ幸運だったと思うべきだろう。無理やり留まっていたなら脳天に振り下ろされていた。
獣のごとく四肢を地面に着けて体勢を整える俺を前に渾身の一撃をかわされたウォーシャドウが立ちはだかる。
一先ず逃げられない事はよく解った。悲しいかな敏捷性が違いすぎる。
そして逃げられないなら仕方ない。
殺られる前に、殺れだ!
己を鼓舞し、逃走から闘争へと意識を切り替る。
敵が強い?上等だ。俺は元々強い魔物を倒す英雄になりたくて冒険者になったんだろう。だったら倒してしまおう。逃げようとはしたが逃げられなかった、主神にはそう言えば良い。
覚悟を決め素早く上体を起こし、両手で剣を握りしめ情報をかき集める。
―――――背筋に走る寒気が全身に這いずりまわっていく感触すらある。二の腕が、首筋が、両足が痺れるような感覚に襲われていく。
脅威は長く鋭い両手の爪。多少腕が伸びるそうだが予備動作はあるのか?モーションは?きちんと肩口から腕は動いているのか?先に振るのは右か左か?
下げた両腕をゆらりと上げ、右。無造作に振われる爪撃を剣の腹できっちり受け止める。視界の端で振り上げられる左腕が映り軽く下がりつつこれも防ぐ。引き戻された右腕が、更に追撃の左腕が、それらを無心で防ぎ続ける。
必死に頭部や胸部といった致命的な部位を守るが、両手の爪対剣一振りであるため手数で劣る上根本的に速度が違う。少しずつ、だが確実に全身に爪痕が刻まれていく。鎧は切り刻まれその下の肉体へも着実に爪が届き始める。傷痕はジクジクと熱を帯び必死の防戦と相まって全身に火がついたように熱くなっていく。しかし体の熱気も疲労も痛みですら思考からは次第に除外されていく。ただこの魔物を討取る事のみに全身を集束させる。
防御に徹しつつ観察する限り左右の腕を交互に振い速度に任せて攻撃を繰り返している事が解る。そして攻撃する場所や勢いについては振りかぶる腕の角度などである程度予測も出来る。普段から圧倒的格上である主神との打ち合いをして目はそれなりに鍛えられている御蔭だろう、後退を続ける足元も次第に歩幅が狭まっていく。
押しきれない事に焦れたのかウォーシャドウの攻撃は更に加速していく。肩、首元、手首、太腿、側頭部と上下に散らし防御を崩しにかかるが、こちらも必死に受け、捌き、かわし、そして致命的でない攻撃は歯を食いしばって受け続ける。
防御に徹し狙うは攻撃と攻撃の狭間。こちらが攻撃を指し込む瞬間をひたすら待ち続ける。
そして好機は来る。
一向に仕留めきれない様子に業を煮やしたのか、目標を変え刀身目掛けて鋭い一撃が迫る。
剣を体に引き付けるようにして攻撃を空転させつつ反対の腕を見ると、防御が出来なくなったところを狙っていたのだろう大きく振りかぶった姿が目に入る。
素早く相手の胸元に切っ先を向ける。
放つは最短最速の一撃、刺突。狙うは魔物の急所、胸元の魔石。
相手はまだ振り下ろしの動作に入っていない。仮に同時に放ったとしても振り下ろしより刺突が先に届く。
地面を踏みしめ必殺の一撃を放つ。
取った!
乾坤一擲の一撃、胸元を抉り魔石を砕くはずだったその切っ先は僅かにずれてしまう。
否、ずらされた。
振り切った腕を戻し際に刺突の軌道線上に捻じ込み片腕を犠牲に急所の胸元を僅かに逸らしてのけた。
無論それだけでは済まない。
驚愕に目を見開く俺の視界に振り下ろされる腕が映り込み、反射的に顔を背けるが肩に深々と爪が食い込む。
「がああああああああっ!!」
人生初とすら言える激痛に思わず絶叫する。それでも剣を手放さなかったのは冒険者の本能だろうか。
―――――背筋にジリジリと焼けつくような感覚が走り、全身を寒気が駆け巡る。
出血の影響か必勝の一撃を避けられた焦燥故か、下がればこの全身を襲う冷気に何かを持っていかれるという漠然とした恐怖から逃げ出すように前へ踏み出す。
剣を握りしめ歯を食いしばり我武者羅に眼前に迫る死に剣を捻じ込んでいく。
ウォーシャドウも押し込まれ抉られる度に苦悶の声を上げ残った左腕を振り回す。背中や後頭部を幾度も斬り裂かれつつ、しかし背後に迫る死の影から逃れるべく更に斬り込む。
どれだけ押し込んでいったのか、気付けばウォーシャドウの腕は動きを止めダンジョンの陰に磔にされていた。
おそらく叫び続けていたのだろう、荒い息を吐く俺の前で崩れ落ちるようにして灰になっていくウォーシャドウ。
余力がないせいでよろめくように距離を取る俺の前で魔石とこの肩を抉った鋭い爪がこぼれ落ちる。
足元の戦利品を見て自分が生き残った事をようやく実感した俺はゆっくりと剣から手を離し、凍りついた思考のまま震える手でポーションを取り出して頭からかぶる。
そしてそのまま暫く呆然と足元の敵であったものを眺めていた。
という訳で思ったより時間がかかりましたが、表層編その1でありいきなり中ボス戦をお送りしました。戦闘シーンがくどいとか言われないか今から心配ですが・・・。
ともかく、戦ったウォーシャドウが強そうに見えたなら幸いです。
二次界隈ではやられ役にすらしてもらえないこいつも駆け出し冒険者にとっての脅威として知られているそうですし、普通の冒険者ならそれなり以上に苦戦するだろうという思いがあります。
今後ともこういった普通は見向きもされないような魔物に焦点を当てていきたいと思っています。そしてゆくゆくはダンまちのヒロインと名高いあの方も・・・!
次回からは少々趣向を変えて仲間を増やしたりいい加減ステイタスの更新をしたりまた防具を買ってフラグを建てたりしていく予定です。
少しずつ(極僅かずつ?)強くなっていくモルドをこれからも応援してもらえれば幸いです。
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