IS~人柱と大罪人~ (ジョン・トリス)
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終わる生命。定まる運命

第一話


日常とは意外と容易く壊れてしまう物だ。

どれだけ大事に守ろうとも壊れてしまう。

だからこそ、尊むべきだと言う人もいる。

その言葉は間違ってはいない。

だが、失ってみなければその尊さに気づけないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼もまた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----終わる生命。定まる運命----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おでかっけ、おでかっけ~♪」

 

見るからにご機嫌に歌っているのは幼稚園生程の少女。

両サイドにをさくらんぼの髪留めをしており、ツインテールであどけない笑顔が見る者の心を癒してくれる。

曰く天使と。

 

「初春、早く着替えろよ」

 

注意するのは小学校低学年程の少年。

一見機嫌が悪そうでぶっきらぼうな顔をしてはいるが、内心は少女の事が可愛くて仕方ないと思っているツンデレ少年。

曰くシスコンと。

 

「は~い、秋終お兄ちゃん」

 

二人は義兄妹である。

血の繋がりこそ無いが、どこにでも居るごくごく普通のなかの良い兄妹。些細なことでケンカをするが、気がつけばすぐに仲直り。

 

そんな妹の初春はこんな言葉を残している、

 

「お兄ちゃんはかっこいい」

 

と。

 

「い、いいから早く着替えろ!」

 

とは兄の照れ隠し。

 

そんな微笑ましい二人の兄弟はこれから外出をする事になっている。両親と4人で東京タワーに行くのだ。

こういった行事は子供なら誰でもワクワクするもので、初春の機嫌が良いのも頷ける。

 

「母さん準備できたぞー」

 

顎に髭を生やし、優しそうな顔をした男性が言った。

 

「こっちも大丈夫よ、アナタ」

 

返事をしたのはこれまた優しそうな女性。

 

「母さん、今日も綺麗だ」

 

「まあ、アナタったら」

 

イチャイチャ・・・。

そんな擬音がぴったりの甘い雰囲気。

その息子はまたかと溜め息をつく。

お馴染みの光景と言えど、毎回やられては流石に呆れる。兄は「妹よ早く来てくれと」祈りながら、ただ待つばかりだ。

 

兄にとってこの両親もまた義理の親であった。

血の繋がりがあるのは両親と妹の方。兄が拾われたのは妹が産まれる前、赤ん坊の頃であり、それから今の今まで大事に育てられた。分け隔てなく愛してくれた両親に秋終は感謝していた。こんな日々が、何時までも続けばいいと思ってた。そしていつもでも続くと思っていた。

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

場所は変わり、東京タワー入り口前。休日と言うこともありそれなりに混雑している。

そんな中、親子4人で仲良く歩いていた。

 

「おっきいー」

 

とは妹。

 

この日兄妹は初めて東京タワーを生で見た。その衝撃と言ったらなんたるや・・・。赤い鉄骨がよくわからない具合に組合さって、立っているのである。

 

「意味がわからない」

 

とは兄の言葉。

 

人は理解出来ない物に対して、本能的に恐怖を抱くと言われている。兄の心境はまさしくそれなのだろう。

 

初めて見る東京タワーに困惑しつつも兄妹と夫婦は内部へと入って行った。

中は外程人気は無く、割と閑散としている。

 

(以外と空いてるなー)

 

そのままエレベーターに入り、展望台へ上がった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

妙なことに人気がない。

完全な無人だ。いるのは家族4人のみ、従業員ですらどこにも見当たらない。

 

「わぁー、たかーい!」

 

無邪気に外の景色を見る妹、その姿を見て兄は唐突に胸騒ぎを覚えた。得体の知れない不安が込み上げてくるのだ。まるでこれから良くないことが起こるかの様に。

 

「ねえ、おそらにひとがういてる」

 

その言葉に兄ははっとして外の景色を見ると、確かに人が浮いていた。いや、正確には体に機械のような装甲を纏った人だ。顔にはバイザーを付けているが装甲の間から見える肌が彼らにそう認識をさせた。

 

「なんだあれ・・・」

 

そう呟いたが、すぐに気づく。

あれがきっと不安の正体なのだと。

それを理解して

 

「下に降りよう・・・・」

 

そう言おうとした瞬間、凄まじい轟音と共に兄は壁に吹き飛ばされた。

 

「ぐうっ」

 

そのまま兄は意識を手離した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

(何が・・・)

 

暫くして兄は目を覚ました。どのくらい時間がたっただろうか。全身に鈍い痛みが走り、意識は朦朧としている。頭に触れてみると赤い液体が付いた。

 

血であった。

 

「うっ・・・」

 

何とも言えない不快な感触だ。

温かく、鉄の臭いがする。

 

(みんなは・・・?)

 

辺りを確認してみると、天井は崩れて至るところに鉄骨が刺さっていた。展望台の窓も割れていて、風が冷たい。

何が起きたかまではわからない、だが家族もこの場にいたのだ。

安否を確認するため動こうとした・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーグニャーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかい物を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足からとても嫌な感触が伝わった。

とても柔らかい物を踏んだ感触。

 

足下を確認すると、そこには赤い物体が転がっていた。見事なまでに鮮やかに染まった赤い物体。

それが何なのか暫くして気づいた。

何故ならば、目の前に義両親が倒れていたからだ。

二人とも内臓を撒き散らし息絶えていたのだ。

兄の目の前で。

 

 

「義父さっ

 

 

その言葉は声にならなかった。

胃から込み上げてくる物がそれを遮った。

 

「うぉ"ぇぇぇぇ」

 

盛大に吐いた。

初めて見るその光景に、あまりのショックに耐えられなくなったのだ。無理もない、まだ小学生だ。幼すぎるその精神には刺激が強すぎた。

 

出すものが無くなった時、ふと声が聞こえた気がした。誰かを呼ぶ声、助けを求めるような声。

 

 

ーーーおに・・・いちゃ・・・んーーー

 

 

今度ははっきり聞こえた。消え入りそうな声ではあるが、確かに妹の初春の声だ。

 

 

「うぐっ・・・初・・・春」

 

 

朦朧とする意識を叩き起こし、痛む体に鞭を打つ。妹はまだ生きていて助けを求めている。

 

 

ーーーまだ間に合う!ーーー

 

 

その想いが、その想いだけが壊れそうな兄の心を支えていた。

妹の名を呼びながら必死に探した。

すると、鉄骨が崩れて積み重なりあった山から人の腕が見えた。

 

 

「っ!!!初春!!!」

 

 

其処には、鉄骨の下敷きになった妹がいた。

息はあるが頭から血を流しており、体の殆どが埋もれていた。横にはさくらんぼの髪留めが転がっていた。

 

 

「初春!!!」

 

「おに・・・ちゃ・・・ん」

 

「まってろ!!!助けをよんでくる!!!」

 

「お・・・ちゃ・・・ど・・・こ・・・?」

 

兄は愕然とした。

妹は目が見えていなかった・・・いや、見えていない程に重症だったのだ。目だけではない、耳も聞こえていなかった。ただずっと兄を探していた。兄の言葉は届いてすらいなかった。

 

 

「初春、大丈夫。大丈夫だから」

 

 

兄は手を握った。握り返す力すら残ってなどはいない。弱々しくて小さな手。血や涙や鼻水などでグショグショになったその手で必死に握った。

 

 

「お・・・ちゃ・・・手だ・・・」

 

 

笑っていた。

天使のような笑顔で。

見る人達を癒してくれる笑顔で。

初春は笑っていた。

 

 

「う"い"はる"!!!」

 

 

涙を堪えながら必死に答えた。

妹を安心させるために。

 

 

「え・・・へ・・・お・・・い・・・ちゃ・・・」

 

 

そして初春は目を閉じた。

笑顔のまま目を閉じたのだ。

自分に何が起きたかも満足に理解していない少女は、最後に兄の温もりを感じながら事切れた。

 

 

兄はそっとさくらんぼの髪留めを拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーうっーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーうっーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーう"っーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くひっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの笑い声が聞こえた気がした。

 

 




続く


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少年は立ち向かう

第二話


我慢の限界を越えた時、それは新たな悲劇を産む始まりとなる。耐えることにも限界があり、その限界を見極めなければならい。そうしなければ彼の様に、彼女の様になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----少年は立ち向かう----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニットストラトス、通称IS。

宇宙空間での運用を目的としたマルチフォームスーツである。その性能は現代のどの技術よりも優れていると言われており、しかもこのスーツは女性にしか扱えない。そのせいで世界の男女のパワーバランスが大きく崩れた。優れた物を使える女性は男性より優れている。この思想が世に広まった結果、女噂男卑の世界ができあがったのだ。これが今の世界の現状だ。

優れた技術と言うものは何時の時代でも兵器に利用されてしまう。ISとて例外ではない。

このISの元となるコアを作ったのは篠ノ之束と言う日本人の女性だ。であるからIS技術及び、そのコアの所有権は日本にあると日本政府は主張した。その主張に対して各国は日本のIS独占を恐れ、アラスカ条約に新たな項目を追加した。

 

----ISの軍事兵器利用の禁止----

 

----一国のコア保有数の上限----

 

----技術の独占禁止----

 

用は皆さんで足並みを揃えましょうと言った内容だった。

 

だが、人は自分の力を誇示したがるものである。

兵器として争えなくなったISは、別の形ある種のスポーツ競技として争われる事となった。

機体の性能、パイロットの技術力を競うのだ。

そのための専用の大会も作られた。

謂わば、ISのオリンピックである。

 

さて、ISの技術を学ぶと言うことが必要となってくるのだが・・・それを何処で学ぶのか?

答えはIS学園。

学園自体は日本にあるがその扱いは完全な中立であり、故に様々な国籍を持つものが所属をしていた。

 

----IS学園在学中の生徒はいかなる国、及び組織の干渉を受けない(例外を除く)----

 

当然生徒には女子しかいない、ISを動かせるのは女性だけだからだ。そして必然的に女子高となっていた。

 

しかし、今年は違った。

男子がいたのだ、それも二人。

一人目は織斑一夏。

二人目は渚秋終。

彼等は男性の身でありながらISを動かしてしまったのだ。

この物語はそんな二人を中心とする話である。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

「このクラスの副担任を勤めます、山田真耶です。皆さんよろしくお願いいたします」

 

小柄で胸の大きな女性の挨拶を前に誰一人、リアクションをとるものはいない。

女子は無言。

男子二人と言えば、

 

((おっぱいでけぇ))

 

である。

 

「え、えっと・・・」

 

山田本人としてはこの上ない程に友好的に挨拶をしたつもりなのだが、まさかの無反応である。

 

(く、挫けてはダメ!皆きっと緊張しているんだわ)

 

自分を鼓舞する山田真耶、揺れるおっぱい。

 

((ゆ、揺れてやがる!))

 

もはやおっぱいにしか目がいかない男子二人。

 

「み、皆さんには自己紹介をしていただきます。相原さんから順番にお願いします」

 

「はい」

 

元気な返事をしたのは、ショートカットの活発そうな子であった。胸の大きさはBカップといったところか。

 

(はぁ・・・)

 

この時、秋終の心中は穏やかではなかった。別に相原女子のおっぱいが大きくなかったことにがっかりしたわけではない・・・断じて違う。彼の名誉のためにも言っておこう。

それは今の自分が置かれている状況に対してであった。

動かせる筈のないISを動かしてしまったこと、周りにいる人間は皆、やがてはISに携わっていく人達であると言うこと。

 

ーーーー皮肉なものだーーーー

 

と秋終は心の中で呟く。

誰よりもISを嫌っている自分がもっとも中心の場所にいる。一番ISに関わる所にいるのだ。

 

ーーーー罰なのか・・・生き残ってしまった自分へのーーーー

 

今でも夢を見る。

あの日のことを。

世界を怨み、全てを拒絶した日。

今でこそ落ち着いてはいるが、当時の彼は荒れに荒れていた。他人との関わりを一切断ち、自分の殻に閉じこもっていた。そうすればこれ以上、傷付く事はないと自分に言い聞かせながら。しかしそんな彼の心を解した者がいた。それは一人の少女の存在だった。

 

----全生始 茜----

 

秋終の幼馴染みであり、恩人でもある。

ただひとつ欠点を挙げるとすれば

「うるさい」

この一言に尽きる。

 

ーーーーそういや、あいつ隣のクラスだっけーーーー

 

思い出すのはうるさ・・・基、元気な姿。

幾度なくその元気さに救われてきた。そして、そんな彼女もまた・・・このIS学園に入学していたのだ。

この学園において唯一の顔馴染みであったのだが、欲を言えば同じクラスにして欲しかったと言うのが正直な所であった。

 

「はぁ・・・」

 

「な、渚くん」

 

「ふぅ・・・」

 

「な、渚くん!」

 

「はぁぁ「返事くらいせんか!」

 

メコッ。そんな音が響いた。

秋終の頭に出席簿が当たったのだ。それはもう素晴らしい程に。

 

「な、なんだ!?空襲か!?」

 

「今のが空襲なら貴様は死んでいたぞ」

 

そう答えたのは、肩ほどまで黒髪を伸ばしたスーツ姿の一人の女性であった。

織斑一夏いわく

「あれはスーパーウーマンだ」

とのこと。

ワンダーウーマンでないのがミソらしい。

 

「あ・・・」

 

知っている。

彼女を知っている。

織斑千冬。

IS操縦者。

全人類において最強の存在。

渚秋終は誰よりもISの恐ろしさをしっていた。

故に目の前の女性に対し恐怖してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの光景が・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な者を奪われたあの光景が・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ・・・ぁ・・・」

 

声が出ない。

体が震える。

汗が止まらない。

動悸が激しくなる。

感覚が遠退いていく。

 

ーーーーぅ・・・ぁ・・・ーーーー

 

「おい、大丈夫か?」

 

「・・・あ」

 

声をかけられ「はっ」となる。

織斑千冬の声だからこそ我に帰る事ができた。

 

「・・・大丈夫です」

 

その声は微かに震えていた。

大抵の人は気づかない程度であったが、確かに震えていたのだ。

 

「・・・そうか」

 

気のせいだろうか・・・

そう吹いた織斑千冬の表情が寂しそうであったのは。

見間違いなのだろうか・・・。

 

しかし、それを確認する術はなかった。

 

「ならば、さっさと自己紹介をしてもらおうか。後はお前だけだ」

 

どうやら考え事をしている間に皆すませたようで、クラスの視線は秋終に集中している。何と始めづらい雰囲気な事か。しかし、始めなければまた出席簿が飛んでくるかもしれない・・・それごめんだと、秋終はしぶしぶ自己紹介を始めた。

 

「え、えーと・・・渚秋終です。えー、男です。あ、後本読んだり、体動かす事も好きです・・・・・・よろしくお願いします」

 

小さな拍手が起きた。

それなりに歓迎されているようだ。

辺り際のない自己紹介が効をなしたのかもしれない。

 

(良かった・・・でも)と

 

ーーーーやっぱりここにはいたくないーーーー

 

それが彼の偽りのない本心であった。

ISは嫌いだ、それを操縦する女性も好きじゃない。しかもその事を誇りに思っている人間なら大が付くほどの嫌いだ。

出来ることなら乗りたくない。

 

こんな、

 

ーーーーこんな人殺しの兵器にーーーー

 

なのに、自分はここにいる。

その人殺しの兵器に乗るために。

選ぶ権利などないのだ。

折角忘れていたのに、また考えてしまう。

今日何度目かわからない思考の海に沈みながらSHRは過ぎていった。

 

 

 

途中、

 

「キャー、千冬様ー!!!」

「抱いてー!」

「やだぁ、濡れるっ!!!」

「んひぃぃぃぃぃぃ」

「千冬様のバストサイズって・・・」

 

いろいろ変態達の雌叫びが聞こえた気がした。

 

 

 

 

------

 

 

 

 

朝のホームルームが終わり今は休み時間であった。周りの女子達は各々ガールズトークに花を咲かせている。秋終にとって何とも心地の悪い空間だ。隣のクラスに行こうにも、10分の小休憩では行く気が起きない。唯一の男子、織斑は別の女子生徒に話しかけられ何処かに行ってしまった。

自分に声をかける者もいない。

寧ろその方が楽だと本に手を伸ばした時、

 

「少しよろしくて?」

 

声をかけられた。

 

「・・・俺ですか?」

 

「他にいまして?」

 

「・・・・・」

 

腰までブロンド髪を伸ばした美しい女性であった。

腰に手を当てているその姿からは気品が感じられた。

どこかの名のある貴族のお嬢様であろうか。

ちなみに、

 

(良い尻をしていやがる)

 

と思ったのは内緒だ。

 

「自己紹介の時にも申しましたが、セシリア・オルコット。私の名前ですわ」

 

「ああ、これはこれは。渚秋終です」

 

もっとプライドが高いかと思ったが、話てみるとなんてことはない。礼儀正しい女性であった。

幼少の頃、女尊男卑で思い上がった女性達を見てきた秋終にとってこの対応は意外であった。もちろん、全員がそうとは言えないが・・・。

 

「お聞きしたいことがごさいますわ」

 

そう告げた彼女の目は、先程の礼儀正しさとはうって変わって真剣であった。何かを見極める、そんな意志が伺えた。

 

「何でしょう?」

 

「ISを動かしたと言うのは本当ですの?」

 

いくら自分がこの学園にいるからとはいえ、やはり男がISを動かしたのは信じがたい話であろう。だが、何故だろうか・・・。彼女の聞きたいことはこんなことではないと秋終は感じた。理由はわからない。

 

「確かに俺はISを動かしました。・・・でも、それが聞きたかったんですか?」

 

「・・・」

 

セシリアは目を閉じた。

そして幾ばくかの沈黙の後、

 

「・・・思ったよりも鋭い方ですのね」

 

そう答えた。

 

「え・・・?」

 

「いえ、こちらの話ですわ」

 

コホンと咳払いを一つ挟むと

 

「何のためにISに乗りますの?」

 

そう聞いてきた。

 

「何の・・・ため・・・?」

 

「ええ」

 

その問いに答える事は出来なかった。

答えを持ち合わせてなどいなかったから。

 

「・・・え」

 

戸惑っている秋終を救ったのは学園のチャイムであった。

答えを聞けずセシリアは不満そうではあったが、織斑先生の出席簿が恐いのか

 

「では、また」

 

と言い去っていった。

秋終の心にしこりを残しながら。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

「クラス代表を決める」

 

織斑千冬が開口一番そう言った。

クラス代表とは、普通の学校で言うところのクラス委員長である。ただ一つ違う所があるとすればそれは、クラスで一番ISの操縦が上手い人間がなると言うこと。故に、代表候補生がいればその人間がなるのが常であった。しかし、今年はそう単純にはいかない。このクラスには男子が二人いるのだ。波乱が起きるのは当然と言えよう。

 

「立候補、推薦何でもいい誰か・・・」

 

「はーい!私織斑君がいいと思いまーす!」

 

「あっ、私もー」

 

「私も織斑君がいいでーす!」

 

一人の女子生徒の言葉を火切に皆が織斑を推薦した。

物珍しさだけであれば秋終も推薦されたのだが、織斑にはもうひとつ理由があった。それは、彼が織斑千冬の弟だからだ。

 

「姉がすごいのだから弟もすごいはず」

 

である。

2世にとっては尽きない悩みだ。

 

「お、俺ぇ!?」

 

本人としてはまったくの予想外であるため驚くのは当然だ。

 

「そんなの聞いてねえよ!俺はごめんだぜ!」

 

「黙れ。推薦された者に拒否権などない」

 

「そんなぁ・・・」

 

弟の必死の訴えは容赦なく姉に両断された。

 

(哀れ・・・織斑)

 

このとき秋終は他人事の用に考えていた。もし何か行動を起こしていればあんな事にはならなかったのかもしれないのだが・・・

 

「他にはいないか?いないのであれば・・・」

 

織斑千冬がそう言いかけた時であった、

 

「渚さんを推薦いたしますわ」

 

「はぁ!?」

 

「そして私、セシリアオルコットも立候補いたします」

 

セシリアが声を上げた。

その眼差しは先程渚に問いかけた時と同じ用に真剣である。

 

「な、ちょっと待って下さい!」

 

「何だ?先程も言ったが推薦された者に拒否権などないぞ。それに調度良い機会だ、お前たちには模擬戦をして決めてもらおう」

 

「そんの無理に決まってるじゃないですか!!!」

 

これまたまったくの予想外。

よりにもよってセシリアが自分を推薦するなど思ってもみなかった。考えられたとしても、せいぜい一夏が俺の事を次いでに巻き込もうとするだろうぐらいにしか考えていなかったのだ。ましてや模擬戦など・・・

 

「なんですの?まさか恐れをなし、尻尾を巻いて逃げますの?」

 

 

ーーーー安い挑発を・・・ーーーー

 

こんなみえすいた挑発に誰が乗るかと考えていた時、セシリアの追い討ちが掛かった。

 

「ほんとに臆病者ですのね。日本の殿方は皆こうなのかしら・・・。これなら猿の方がましですわね」

 

「なんだと・・・?」

 

一夏が食い付いた。

しかしセシリアの狙いはもう一人いる。

これで終わる訳がない。

 

「もう一度言って差し上げてもよろしくてよ。まあ、もう一人のお方に比べて貴方はましのようですけど」

 

チラと渚に目をやる。

獲物が掛かるの待っているのだ。

 

「・・・」

 

しかし、秋終は動かない。

 

(仕方ありませんわね)

 

セシリアは溜め息を一つつくと

 

「あなたがこの有り様ではさぞご家族も可哀想ですわね。・・・いえ、寧ろご家族も貴方同様情けない方達かしら」

 

そう口にしたのだ。

この言葉は彼女にとってもっとも言われたくない言葉の一つであった。幼き頃に両親を亡くし、その思い出を頼りに生きてきた彼女にとって亡き家族の侮辱は最大の物である。それを自らの口で言うことにどれ程の葛藤があったか・・・しかしそうまでして確かめたいことがあった。そして見事に獲物は餌に食い付いた。

 

「今何て言った・・・」

 

恐ろしく低い声であった。

秋終が言ったとは思えないほどの。

教室の気温が僅かに下がった気がする。

 

「な、なんですの?もう一度言って差し上げましょうか?」

 

挑発をした本人ですら声が震えていた。

余りにの豹変振りに恐れたのかもしれない。

 

「俺の家族を馬鹿にしたな・・・」

 

「そ、それは貴方が・・・」

 

「いいぜ、・・・よぉ」

 

「え?」

 

「やってやるって言ってんだよぉぉぉぉ!!!」

 

秋終の感情が爆発した瞬間であった。

息は乱れ肩を震わし、その顔は鬼の様な形相である。

 

「模擬戦でもなんでもやってやるよ!絶対にお前だけは許さない!」

 

 

「上等ですわ!」

 

かくして事は纏まった。

織斑千冬の胸に一抹の不安を残しながら。

ちなみに織斑一夏はと言うと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、俺は・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に置いてきぼりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続く


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痛み。実感するは大切なもの

第三話


痛みは人を強くする。乗り越えた時、それは大きな力となる。もしお前が乗り越えられなくなった時、誰かを頼りなさい。きっと誰かが手をさしのべているから。先ずはその手を探しない。お前の痛みをきっとわかってくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----痛み。実感するは大切なもの---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緊急避難警報が発令されました。市民の方々は指定の場所に避難して下さい」

 

その警報が発令されるとほぼ同時に、大きな爆発が地震と共に辺りを襲った。

建物は崩れ始め、街の至る所から煙と炎が上がり、街の至る所からは人々の悲鳴が聞こえる。まさに、地獄絵図だ。

 

「いやぁぁぁぁ」

 

「助けてくれぇぇぇぇ」

 

「赤ちゃんが、私の赤ちゃんが・・・」

 

一つの混乱が新たな混乱を呼び、場は混沌と化している。

いつの日か誰かが予言した世界の終わりが来たのだ。

 

 

「な、なんだあれ!?」

 

ふと、サラリーマン風の男が指を指した。先に黒い球体があった。直径15m程の真っ黒な球体であり、見る人が見れば思わず美しいと言ってしまうほどの鮮やかな黒だ。

それは圧倒的な存在感を放ち、其処に居た。

 

「・・・ダークネスだ」

 

誰かが言った。

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

 

「ダークネスの出現を確認」

 

「了解。これより作戦を開始。先ずは自動砲台による牽制、α発進の時間を稼ぐ!」

 

指揮を下すは30代前半であろう女性。

ここはディフェンドアース、通称DEの作戦本部であり彼女はその指揮官だ。

作戦本部は国会議事堂の地下300メートルに存在し、あらゆる状況において独自の判断で動く事が許される。

そして彼等は、ダークネスと呼ばれる謎の生命体を倒すべく結成された秘密組織である。

 

「砲撃開始します」

 

オペレーターの声と共にDEの保有する自動砲台がダークネスに向かって一斉に火を吹き始めた。

その数100を越える。

凄まじい轟音と煙がターゲットを包み込んだ。

 

「やったか!?」

 

「目標に高エネルギー反応!」

 

その刹那、ダークネスより黒い光線が放たれた。

 

「第一、第三~第六砲台壊滅!」

 

「くっ・・・これほどとは」

 

たったの一撃でDEの保有する自動砲台の約半数が壊滅。

作戦本部は混乱に包まれたた。

 

「強すぎる・・・」

 

「もうおしまいだ!」

 

などと隊員が狼狽えるなか、

 

「落ち着け!αの準備は?」

 

ただ1人、指揮官であろう女性だけは冷静であった。

 

「は、はい!発進準備完了!いつでもいけます!」

 

「結構。初春、いけるわね?」

 

「もちのロンです!」

 

返事をしたのは、まだあどけなさが残るツインテールの少女である。

 

「全てを貴女に託してしまう事・・・自分の不甲斐なさに腹が立つわ」

 

悔しそうに唇を噛みながら答えるその姿に、初春と呼ばれた少女は何かを察したのだろう。顔に笑みを浮かべこう答えた。

 

「司令・・・そんなこと言わないで下さい。司令が誰よりも頑張っている事は私がよく知っています。だから、後は私の仕事です!司令は其処で偉そうにふんぞり返っていて下さい!」

 

「一言余計だけど・・・でも、ありがとう」

 

「はい!」

 

その言葉を受け、先程の様な苦悩に満ちた表情は無くなっていた。

 

「αを発射口へ!」

 

「了解!」

 

司令の言葉を受け、作業員達がαを発射口へと誘導する。

 

「システムオールグリーン。バイタル値正常。これより操縦権を譲渡します」

 

「α発進!」

 

「了解!初春、α01、発進します」

 

全ての準備を終えたα、人類最後の希望を背負った少女が今、戦場へと飛び立つ。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

一人の青年が虚ろな瞳で三角座りをしながらテレビを観ていた。其所は彼に割り振られた学生寮の部屋である。IS学園在学中の生徒は基本的に寮住まいとなるのだ。一人に一室と言うわけではなく、二人で一室であるからして当然、彼にも相部屋の住人がいる。

 

「上がったぞ」

 

そう言いながら出てきたのは篠ノ乃箒であった。

かのISの産みの親である篠ノ乃束の妹だ。

 

「・・・・・・」

 

「何だ、まだ観ていたのか」

 

呆れた顔で言うとテレビのリモコンを手に取った。

 

「ぁ・・・・・・」

 

「いつまでそうしているつもりだ。まったく・・・先程の威勢の良さはどこにいった。いいか男は・・・」

 

ネチネチと擬音が付きそうな程の小言が始まった。

篠ノ乃と同じ部屋だと解った時、織斑一夏はこう告げた。

 

ーーーー箒の小言に気をつけろーーーー

 

と。

 

彼いわく

 

「スーパー箒タイム」

 

である。

 

何故他に男子生徒がいるにも関わらず、女子生徒と同室になったのか・・・。

その理由は全くもって不明である。

だが、なってしまった事は仕方がない。

それに、秋終自身それどころではないのだ。

先の一件で思わず啖呵を気ってしまった事。

その事で頭が一杯なのである。

ISの操縦経験の無い自分がどうやって戦うのか?

いろんな事を試行錯誤した結果、彼は画面の世界へ現実逃避を始めた。

「起動少女初春」

奇しくも自分の妹と同じ名前のアニメであった。

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

時刻はすっかり夜である。

スーパー箒タイムの恐ろしさの片鱗味わった秋終は、食堂へ来ていた。

 

ーーーーまさか日が暮れるとは思わなんだーーーー

 

今思い返しても、よく堪えられたものだと自画自賛したい気分である。

プラスに考えれば彼女のおかげでお腹が減ったとも言える。

 

ーーーーまさかここまでが計算の内か?ーーーー

 

だとすれば恐ろしい女である。

頭の隅でドヤ顔をする箒が浮かんだのは内緒だ。

 

話は変わりIS学園の食堂は広い。

在学中の生徒は基本的に寮住まいなのでそれ相応の広さになっている。

横の広さで言えばちょっとした体育館並だ。

幸いにも時間は20時を回っていたため、生徒は少ない。

一人で食事する身としては丁度雰囲気である。

などと考えていると突然、

 

「だーれだ」

 

後ろから両乳首をつねられた。

 

「だーれだ!」

 

コリコリされた。

 

「だぁぁぁぁれだ!!!」

 

リズムカルに愛撫をされ、秋終の尖端はもう・・・

 

「ってじゃかましいわ!!!」

 

「うひひ。おいっーす!」

 

到底女子が浮かべる物ではないような汚い笑みを浮かべたのは、全生始茜であった。

幼馴染み属性を持ち、女子力をジャイアントスイングで遠くにほっぽり投げたような子だ。

あとうるさい。

だが、安心してほしい。

ちゃんと良い匂いはする。

 

「どうしたぁー?元気ないぞぉー」

 

「・・・別に」

 

「沢尻か!?お前さんは沢尻か!?」

 

「・・・」

 

「いやー、なにこの子。反抗期かしら」

 

「やかましいわ!」

 

「あだぁっ!?」

 

スパァンと小気味の良い音と共にオッサンみたいなリアクション、そして秋終の手にはスリッパが握られていた。

つまりはそう言う事だ。

 

「・・・で?何か用か」

 

「聞いたよ。クラス代表賭けて闘うんだって?」

 

珍しく真面目モードに入った彼女から出てきた言葉は、秋終を心配する物であった。

 

「・・・ああ」

 

「乗れるの?・・・IS」

 

「・・・」

 

「ねえ・・・やっぱり」

 

「うるさい!!!何がわかるんだよ!」

 

今はなによりもその心配がつらかった。

自分の中の触れてほしくない部分を的確についてくる彼女。それが如何に秋終の事を理解しているかが解ってしまう。

思わず叫んでしまった。

八つ当たりと理解していた。

それでも、叫ばずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひひ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでだよ。なんで笑っていられるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辛い時こそ笑顔でいなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言った彼女はあまりにも眩しくて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな」

 

思わず納得してしまった。

 

彼女は何時だって笑顔だった。

 

秋終の心を救ってきた。

 

今までも。そして、これからも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな訳でぇ、特訓します!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 




つづく


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努力は裏切らない

第四話


無駄な事は存在しない。

経験してきたこと、そのすべてが糧となる。

自分と自分のしてきたことを信じるべきだ。

報われるかどうか、全てはそれ次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----努力は裏切らない----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日の放課後、校庭集合だぜ!」

 

昨日の食堂での別れ際、見事なサムズアップと共に茜はそんな言葉を告げてきた。

訳を聞けば何でも特訓をするらしいので具体的な内容も秋終は尋ねたのだが、

 

「乙女の秘密よん」

 

の一点張りで全然答えてくれない。

流石にイラッとしたが、これ以上何かを言っても面倒になること間違いなしだったので大人しく従うことにしたのだ。

そして、少し大きめの校庭と校舎の境にあるベンチの上に座りながら秋終は茜が来るのを待っていた。

 

すると、

 

「よぉ」

 

「お前も来ていたか」

 

現れたのは、織斑一夏と篠ノ目箒であった。

 

「あぁ。何で此処に?」

 

軽く挨拶を返すと思っていた疑問を口にした。

 

「全生始に言われてな」

 

「俺もだぜ」

 

思わず頭を抱えた。

まさかこの二人を巻き込むとは・・・

 

(恐ろしい子!!!)

 

「どうしたんだ?」

 

考えていた事が顔に出ていたのか、一夏が訝しげに聞いてきた。

 

「いや、何でもないよ」

 

昨晩、茜と会うことで僅かではあるが感情の整理ができた。だがそれは、結局一時的な物であり、秋終は再び苛まれていた。

 

日も暮れ始め、辺りからは部活動に励む声が聞こえる。

時刻は5時になろうとしていた。

 

それから程なくして茜はやって来た。

 

「いや~めんごめんご。遅れちったぁ」

 

反省の様子無しの謝罪と共に。

 

「遅い。何してたんだよ?」

 

説明なしの召集と茜の遅刻により、その言い方にはいくら棘が伺える。

 

「それがねぇ。ISの特訓しようと思って訓練機借りようとしたら、予約が埋まって無理だって言うんだよ!酷くない?」

 

「当然だな。ISの数は限られているのだ。おいそれと借りれる物ではないだろう」

 

篠ノ之の言った通り、ISの数は限られている。正確には動かすために必要なコアの数だ。そのコアがなければISは動かない。故に訓練機と言えど、誰しもが自由に使えるとは限らない。

 

「ならどうするんだ?」

 

訓練機がなければISの操縦ができない。今必要なことは操縦経験であり、それが出来なければこの集まりの大半の意味が失せてしまう。

その事を踏まえての織斑の疑問であった。

 

「ん~なら、魂の特訓?」

 

茜をの除く三人の心が一つとなった。

 

(((何を言ってるんだ))))

 

開いたく口が塞がらないとはこの事だ。

鳩が豆鉄砲を喰らった様でもある。

 

「具体的には?」

 

こめかみを押さえながら秋終が尋ねる。

このアホさ加減は今に始まった事ではないとは言え、流石にあたまが痛む。

 

(頭痛が痛い)

 

頭痛が痛いとは何ぞや。

 

「んー、具体的にと言われてもなぁ・・・。何かこう~気持ちでカバーしてく!みたいな?」

 

つまりはノープラン。

これぞ茜クオリティー。

 

(((やれやれ)))

 

再び三人の心が一つになった瞬間であった。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

あれから一週間たった。

あの後、篠ノ之の一言

 

「せめて肉体を鍛えるべきだ」

 

の言葉により、基礎体力の向上に努めていた。

ランニング、腕立て、腹筋、背筋、スクワット、うさぎ跳とまるでどこかのスポコンアニメの様な特訓をひたすら行った。数週間でそこまで効果が見込まれると思えないが、やらないよりましであった。

 

ちなみに全生始茜が、

 

「魂!魂!」

 

とうるさいので特訓に瞑想も追加された。

 

特訓だけでなく朗報も入った。

織斑一夏と渚秋終の二人に専用機が渡されると言うこと。二人は世にも珍しい男性操縦者なので、どこぞの研究施設がまっさきに名乗りを挙げたのだ。

 

もっとも、秋終にとっては別に嬉しくもないのだが・・・

 

いろんなことがあり、現状でやれることはやった。

後は明日の戦いにそなえ、ゆっくり休むのみである。

 

(いよいよ明日か)

 

時刻は23時。場所は寮のラウンジ。

殆どの生徒が自分の部屋で休んでおり、人影は見えない。

 

秋終は独り、この場所で佇む。

眠ろうとしたがまったくと言っていいほど眠れない。

戦う事を考えれば脳裏にチラつくのはあの日の出来事。

赤く染まった景色と自分の叫び。

さくらんぼの髪留め。

 

いつの日か秋終は言っていた。

 

ーーーー声が聞こえるんだーーーー

 

と。

 

それが誰の声なのか。

 

誰の叫びなのか。

 

もしかしたら自信の声なのかもしれない。

 

「なぁにしてんだよぉー!」

 

「ぐぇっ」

 

カエルが潰れたような声が出た。

茜の脳天チョップ炸裂である。

 

「うひひひ。何その声ー!」

 

相変わらずの汚い笑い声をあげる彼女。

 

「何すんだよっ!?」

 

言って気付く。

彼女の笑い声が秋終の中の不安を払った事に。

どんなに苦しくても彼女にちょっかいをかけらると普段の自分に戻る事に。

何時だって不安な時、こうして彼女は側にいてくれた事に。

 

「茜」

 

「ん?」

 

「ありがとう

 

「・・・・・・・うん」

 

そんな短いやりとりで二人は確かに通じあった。

 

 

 

 

 




続く


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獣の咆哮。新たな段階へ

第5話


他人を殴ることに少しでも戸惑いがあるならば、その心を忘れてはいけない。殴った痛みをしっかりと胸に刻んでおきなさい。それは君の優しさであり、きっといつかその優しさが他者との縁を結ぶ事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----獣の咆哮。新たな段階へ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだISの方は?」

 

「・・・なんとか」

 

「そうか」

 

管制室からの織斑千冬の通信に秋終は答える。

これから始まる模擬戦に備え、メインアリーナのハッチ内でISの調整を行っているのだ。

 

IS名:心滅(しんめつ)

機動力に重きを置き、装甲を薄くした機体。

外装は獅子をモチーフとしており、色は金。

武装は掌から発射するレーザー。

これはレーザーで膜を展開することも出来るようになっているため、シールドとしても展開出来る。

近接武器は爪そのものが鋭利な金属で出来ておりそのままブレードとして使用可能。また、レーザーを纏う事でレーザーブレードにもなる。

 

そしてこの機体の特徴とも言えるのが二つ。

 

一つ目は「王の雄叫び」

搭乗者の声のボリュームを何倍にも上げる事で、対象の聴覚を麻痺させるのと空気の振動により動きを封じる事が出来る。

まさに、咆哮。

 

二つ目が「自動足場形成装置」

通称「A.F.K」

脚部の足の裏に付いており、踏んだ場所に見えない足場を形成する。つまり空を翔ることが出来るのだ。

そのため飛ぶことは出来ない仕様になっている。

飛ぶのではなく、跳ぶと言うことらしい。

 

これらの説明を呼んで秋終は溜め息を溢した。

 

「製作者の趣味全快じゃないか」

 

ちょっとだけ格好いいと思ってしまったのは内緒だ。

 

「もうすぐ模擬戦が始まる。しっかりと温めておけ」

 

「・・・はい」

 

織斑一夏のISは到着が遅れており、先にセシリア・オルコットと戦う事になった秋終。もちろん思うところもあり、様々な葛藤が脳裏を過っていた。

 

(何で俺はISに乗っているんだろう)

 

自信にとって忌むべき存在、それに自分が乗っているのだ。

その事実が改めて過去の出来事を思い起こさせる。

今度は自分が誰かを傷つけてしまうのではないかと。

だかそれでも、家族を侮辱したセシリアを許せる訳ではない。

 

「今だけ・・・今だけの辛抱だ」

 

幸いなことにIS適性は高かったため、動かす事にそこまで苦労しなくて済んだ。

 

後は心の問題だ。

 

「時間です」

 

山田先生の言葉が秋終を現実に呼び戻す。

 

「はい!」

 

何かを拭う様に頭を振り、アリーナへと足を進めた。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

「・・・来ましたわね」

 

 

鮮やかな蒼の装甲を身に纏った女性が秋終を見下ろしている。背中にある翼がまるで女神の様だと感じさせ、その姿がとても神秘的に見えた。

 

「・・・美しい」

 

思わずそう呟く程に美しかった。

 

「対戦相手を口説こうとするだなんて・・・随分と余裕ですわね」

 

「い、いやそんなつもりは・・・」

 

「まあいいですわ。こうして逃げずに私の前に現れた事は褒めて差し上げます。ですが・・・」

 

セシリアが手に持つレーザーライフルの銃口を真っ直ぐ秋終に向ける。

体に緊張が走り、沈黙が二人を包む。

セシリアはそれ以上言葉を発する訳でもなく、戦いの合図を待つ。

 

(何だこのプレッシャーは・・・)

 

自分に対して何か恨みがあるのかと思える程に、その両目は鋭い眼光を放っていた。その目が秋終から逸らされる事はない。

 

(思えば俺を推薦したのだって彼女だった)

 

そうまでして、セシリアが秋終と戦おうとする理由は何か。

それを考えても答えは出ない。

 

そうやって頭を悩ませていた時、ふとあの日の光景が思い浮かんだ。

目の前のセシリアと全てを奪ったISが重なって見えたのだ。

 

(ぁ・・・)

 

さっきは美しいと言葉にしていたのに。

 

(何で急に・・・)

 

体が震え、呼吸が浅くなる。

視界がボヤけ、汗が頬を伝う。

 

ーーーー・・・け・・・にぃ・・・ーーーー

 

声が聞こえた気がした。

いや、確かに聞こえた。

幼いソプラノ声。

聞き間違える筈などない。

未来永劫に刻まれたであろうその声が、秋終には聞こえていたのだ。

 

(ぁ・・・)

 

そんな状態にも関わらず、無慈悲にもブザーが鳴る。

戦闘開始の合図が・・・

 

「いきますわよ!」

 

セシリアが吼える。だが、秋終は動かない。

ブザーの音もセシリアの声も届いてなどいないのだ。

そんな秋終に対し、セシリアは容赦なくそのトリガーを引いた。

 

「・・・っ!?」

 

気づいたときには時すでに遅し。

レーザーが真っ直ぐ心滅へと直撃し、秋終の脳を揺さぶる。ディスプレイにはシールドエネルギー減少の文字。

 

(しまった!?)

 

相手の攻撃により漸く状況を理解し、唇を噛み締めた。

経験の差が大きい場合、何より先手を取ることは大事であり、後手に回る事はご法度である。それは最初のチャンスで、最後のチャンス。

敵が力を発揮する前に倒すこと、これが経験差を埋める定石であり、決してリズムを作らせてはならないのだ。

 

(・・・出鼻を挫かれた)

 

落ち着けと自らに言い聞かせ、改めてセシリアを見据える。

追撃は来ない。

秋終を待っているかの様に。

 

「舐めんなぁっ!!!」

 

今度は秋終が吼えながらセシリアへと跳躍し、そのまま爪を振りかぶった。

 

「っ!?」

 

僅かに目を見開き驚愕した彼女に、回避の手段は遅すぎた。故に、メイン武装であるレーザーライフルで爪を受け止めた。

 

両者の間に火花が散る。

 

「見事な跳躍ですわ。ですが・・・」

 

突如、衝撃が背中を襲った。

 

「ぐぅっ!?」

 

それは攻撃であった。

セシリアが何らかの手段を用いて攻撃したのだ。

 

(一体何が・・・)

 

混乱する秋終を前にセシリアは不適な笑みを浮かべている。

よく見ると彼女の周りに何かが浮いていた。

その数4つ。

 

「これこそブルーティアーズmk-Ⅱの真髄、ビットシステムですわ」

 

ビットシステム。

搭乗者の思念により、本機と独立して自在な動きが可能。凄まじい集中力と空間認識能力に長けていなければ、使いこなす事は難しいとされている。

 

それを目の前の彼女は使って見せたのだ。

 

「ビットシステムを使いこなすか・・・」

 

「精度もかなりの物ですね」

 

管制室の教員二人が思わず唸る。

それ程までに彼女の技量は凄まじい物と言えよう。

 

「さぁ、私と一緒に踊って下さるかしら?」

 

蹂躙が始まった。

 

いくら避けようが四方から襲い来るレーザーの雨。

墜とすにしても、的が小さく至難の技だ。

徐々に削られる心滅のエネルギーゲージ。

 

「くそっ・・・」

 

避けるだけで精一杯の秋終は苛立ちを隠せずにいる。

攻撃に転ずることが出来ず、完全に主導権を奪われてしまっているのだ。だんだんと避ける事も難しくなり、遂にはシールドエネルギーゲージが半分を下回っていた。このままでは何れゲージが0になる、そうなる前に何処かで流れを変えなければいけない。

会場の誰もが、もう先は無いと思っていた。

だが、それは落胆の意ではない。寧ろ称賛だ。

初めての起動でここまで動かせる事実は、並大抵の人間に出きる事ではないのだ。

悔しさのあまり、唇を噛み締める生徒すらいるだろう。

 

ーーーーよくやったーーーー

 

それが皆の総意であった。

 

しかし、全生始 茜だけは違った。

 

彼女は諦めていない。

寧ろ、頑張れと声援を送ってさえいる。

 

何故か?

 

単純な話だ。

 

秋終が諦めていないからだ。

 

その目がまだ活きている。

 

ならばと、

 

茜は声援を送り続ける。

 

「頑張れー!秋終ー!」

 

そしてその声が一つの波紋を呼ぶ。

だんだんと波紋が広がって行き、やがて会場全てを包み込んだのだ。

 

「頑張れー!」

 

「やっちまえー!」

 

「負けるなアッキー!」

 

空気が変わり、秋終に声援を送る人間が増え始める。

 

「随分と人気者ですわね。この応援に答えられなければ男が廃りますわよ」

 

「言われなくともっ・・・」

 

体が軽いと感じた。

こんなにも他人の声が気持ちの良いものなのかと。

疲れている筈の身体が自由に動く。

勝てるとは思っていない。

それでも、せめて一矢報いる。

もはや戦う理由などどうでもよかった。

ここまで来れば後は意地であった。

 

 

(今なら!)

 

絶え間なく降り注ぐレーザーの雨の僅かな隙を見いだし、秋終は全力で跳躍をする。

 

「うぉぉぉぉ」

 

先程の跳躍とは比べ物にならない速度。

見ている者が、一瞬見失う程。

 

だが、

 

「ワンパターンですのね」

 

セシリアは慌てる事なくライフルを構えていた。

まるでそう来るのが解っていたかの様に。

 

「っ!?」

 

秋終は止まれない。

軌道を変える事ができない。

 

「終わりです」

 

レーザーが放たれる。

光が秋終と心滅を呑み込まんとする。

 

「まだぁっ!」

 

何かを弾くような音が響いた。

 

「なんですっ!?」

 

心滅には掌からシールドを展開する機能がある。

秋終がそれを使った。

そしてその驚愕がセシリアに僅かな隙を産ませる。

 

「墜ちろぉぉぉぉ!!!」

 

爪を振りかぶる。

恐らくこれが最後のチャンスであろうと、自信の力の全てを込めて。

硬直しているセシリアでは避ける事は間に合わない。

ならば今仕留めるのだ。

 

「ですから、ワンパターンだと言ったのです」

 

ビットがあった。

先程とは形状の異なるビットが2つ。

ブルーティアーズの側を浮いていた。

 

「ビットは全部で6つありますのよ」

 

罠であった。

まだ奥の手を残していたのだ。

最初から最後まで、セシリアは油断をしていなかった。

 

今度こそ、光が秋終を呑み込んだ。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

(負けるのか)

 

体が動かない。

重力に従い、地上へと落下していく。

当たり所が悪かったのか、エネルギーゲージがあるにも関わらず、全てのコマンドがエラーと表記される。

もはや手段は残されていなかった。

 

(もう・・・いいや)

 

最初は憎かった。

家族を侮辱にした彼女が。

なによりも許せなかった。

だから戦うと言った。

しかし、その意味を理解などしていなかった。

ISに乗ると言うことに。

だから悩んだ。

乗りたくなどない。

でも、許せない。

そんな葛藤が秋終を苦しめた。

 

(なのに・・・)

 

乗ってしまうと、負けたくないと思った。

勝てずとも負けたくないと。

ISに対する嫌悪感よりも勝負で頭が一杯になる、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺は・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(戦いを楽しんでいた・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう戦いを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う!俺は・・・・俺は!」

 

頭の中に景色が浮かぶ。

赤い地面、横たわる家族、真ん中に立つ自分。

その自分が此方を向いて微笑む。

 

「ひっ!?」

 

横たわっていた家族が此方に手を伸ばす。

泣きながら「助けてくれ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・違う)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・俺じゃない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺じゃ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー心滅システムスタンバイーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣の咆哮が聞こえた。

 




続く


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彼女はセシリア

第六話


背負ってしまった罪は死して尚、逃れる事は出来ない。例えそれが本人の意図せず起きた事であっても。悔やみ、償い、背負い、それらを自らの魂に刻みながら生き、そして死ぬ。だが、償えぬ罪もまた在りはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----彼女はセシリア----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

白に染められた部屋。

薬品と新品のシーツの匂い。

 

 

「・・・ここは?」

 

見馴れぬ天井に戸惑いつつも上体を起こそうとした。

 

「っ!?」

 

体に痛みが走った。

まるで全身を何かで長時間縛られていた様な感覚。動かそうにも痺れて思うように出来ず、無理に動こうとすれば痛みが生じる。となれば、状態が良くなるまでおとなしくする他ない。動けないのであればせめて記憶の整理でもと、一先ずここに来る前の出来事を思い出す事にした。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「う~ん」

 

「・・・」

 

「ん~」

 

「・・・」

 

「んぅぅぅぅ」

 

「・・・コホンッ」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「ふぁっ!?」

 

凄まじい物音を立てながら、全身の痛みもわすれて秋終はベッドから転がり落ちた。もし此処に茜がいたらお腹を抱えて爆笑した事だろう。

 

「驚き過ぎですわ」

 

心外だと言わんばかりの表情を浮かべながら、セシリア・オルコットが其処にいた。椅子に座って。

 

「な、何で!?」

 

「・・・心配でしたから」

 

それはまったくの予想外であった。

焚き付けた本人がまさかそのような言葉を発しようとは。

 

「・・・心配?」

 

「ええ」

 

「・・・どうして」

 

「貴方には酷いことを申してしまいました。ご家族の事、本当に申し訳ありませんでしたわ」

 

これまた予想外。

今までとはうって変わった様な潮らしさ。

しかも嘘を言ってる様にも思えない。

 

「分からない。オルコットさんが何を考えてるのか分かりませんよ」

 

「そうですわね。・・・少し聞いて下さるかしら」

 

そう告げるとセシリアは語りだした。

 

「私の父は頼りない方でした。いつも母の機嫌を伺いながら生きてる人。優しくて、情けなくて・・・でも、そんな父親でも私は嫌いになる事が出来ませんでした。母がそれでも側に置いていたのですから、きっと訳があるのだと」

 

「その訳は分かったんですか?」

 

セシリアは静かに首を横に振った。

 

「聞く前に二人とも亡くなりましたわ」

 

「・・・ごめん」

 

まさか自身と同じ境遇だったとは。

だがそれが、自分と一体何の関係があるのか。

 

「いえ」

 

「でもそれと一体何の関係が・・・」

 

「貴方が・・・貴方の目が、以前の私と似ていましたの。両親を失った時の私の目と」

 

だから放っておけなかったとセシリアは告げた。そもそも秋終がISに乗る理由など端から持っていない事は分かっていた。そういった環境だからIS学園にいる事を強いられてるだけなのだと。だからこそ、確かめたかった。このまま絶望と言う名の倦怠の海に身を沈めるのかどうかを。

 

「貴方は立ち向かってきた。それがどんな理由であれ、充分ですわ

 

「一夏は?」

 

自身への理由は理解した。しかし、織斑一夏の理由が分からない。

 

「正直、貴方に発破を掛けるのに利用してしまいました。けれど男性の力を知れた事は良かったと思います」

 

そう言ったセシリアは少し嬉しそうであった。

 

「あとそれと・・・」

 

「?」

 

「少しだけ・・・少しだけ貴方の背中が父と似ていました。頼りなさそうな所が」

 

「それって褒めてないですよね?」

 

「ふふっ、さぁ・・・どうでしょう?」

 

イタズラっぽく微笑むセシリアが妙に可愛く見えた秋終であった。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

セシリアが去った後、秋終は去り際に彼女が残した言葉の意味を考えていた。

何だかんだ楽しく談笑し、お互い名前で呼び合おうと決まった後に、先の戦いがどうなったかを尋ねたのだ。勿論、途中から記憶がない事も含めて。

 

すると、

 

「そうでしたか。勝負は秋終さんの勝ちですわ」

 

「俺の・・・?」

 

「ええ。圧倒的な物でした。まるで獣の様・・・でも意識が無かったのであれば納得出来る事もあります。アレからは何も感じませんでしたから」

 

「?」

 

「だいたいは戦っている相手の心が感じ取れます。でもそれが無かった・・・」

 

「随分とロマンチックな事を言うんだね」

 

「茶化さないで下さいまし。いいですか、

くれぐれもISに呑まれないで下さい」

 

自身の身体を両手で覆いながらセシリアは言った。まるで怯えるかの様に。

 

『貴方を不幸にしてしまうかもしれませんから』

 

そう言い残しセシリアは去って行った。

 

(不幸にする・・・か)

 

これ以上どう不幸になるのかと思いもしたが、先程の様子を見てしまってはその言葉を無下には出来ないとも思った。

 

(まぁ、心に留めておけばいいか。・・・そう言えばクラス代表はどうなったんだろう)

 

「クラス代表は渚、お前だ」

 

「ほぁっ!?」

 

「・・・何だ」

 

本日2度目のビックリタイム到来である。

 

「お、おおお織斑先生!?何時から・・・」

 

「オルコットと入れ違いだ」

 

先程のセシリアと同じく、心外だと言わんばかりの表情を浮かべる織斑教師。

 

「・・・そうですか」

 

そう答えた秋終の表情は幾分か陰が差している。彼自身も理由は分からないが、やはりこうして織斑教師と話をする事が苦手の様だ。

 

「・・・クラス代表が自分って言いました?」

 

驚き過ぎて思わずスルーをしたが、聞き逃してはならない言葉が聞こえた。それはもうはっきりと聞こえた。聞き間違いであってくれと願うが、

 

「・・・ああ」

 

現実は無情であった。

 

「どうして!?」

 

「それは・・・」

 

織斑教師の話によれば、総合的な戦績を比べて秋終に決まったそうだ。

一夏はセシリアに負け、セシリアは秋終に負けた。そして秋終が倒れた結果、一夏と対戦は行われずとの事なので一夏より強いセシリア、セシリアより強い秋終がクラス代表となったのだ。

 

「またアレに乗れと言うんですか?」

 

「そのためのIS学園だ」

 

沈黙が辺りを包む。

一度乗ったとは言え、吹っ切れた訳ではない。織斑千冬はそれ以上何も言わない。まるでこの話はこれで終わりだとでも言うかの様に。

 

「「・・・」」

 

居心地の悪い空間が続く。

時計の針の音がやけにうるさい。

 

「・・・それだけですか?」

 

耐えかねたかの様に秋終が口を開いた。

その言葉には刺が含まれている。

 

「1組の連中がお前のクラス代表就任祝いをするそうだ。顔を出しておけ」

 

「っ・・・そうじゃなくて!」

 

「・・・話は以上だ」

 

それだけを言い残し、織斑千冬は去って行った。どんな言葉を待っていたのか秋終自身も分からない。だがそれでも、もっと別の言葉を待っていた事だけは確かであった。

 

「・・・まるで子供じゃないか」

 

激しい自己嫌悪と言い切れぬ不安感に身を包みながら、秋終はベッド後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続く


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鏡の裏に

第七話


時には立ち止まる事も必要よ。

道が分からなくなったら無理をして進むことはないの。ゆっくりと考えなさい。貴方にはたくさんの時間があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----鏡の裏に----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また俺の勝ちだな」

 

「むぅ・・・」

 

テレビ画面にはYOU WINの文字。

その手に持つはコントローラー。

片やガッツポーズを取り、片や項垂れている。

 

「お前たちも懲りんな」

 

さらに片や、お盆に麦茶を4つ乗せ運んでいる。

 

「当然だろ箒!これは男同士の真剣勝負だ!」

 

格好のいい事を言ってはいるが、彼等がしているのはただのテレビゲームであった。

 

『起動少女初春』

 

ゲームのタイトルである。

 

「いくら二人が戦えなかったとは言え、何もテレビゲームで決着をつける事はないだろう」

 

箒の言う事は正論ではあるが、男子たるもの勝負の方法は関係ないらしい。先程からかれこれ2時間はゲームに興じている。箒が麦茶を運ぶのも既に6回目となる。

 

「「箒!麦茶!」」

 

「・・・はぁ」

 

呆れながらもちゃっかり麦茶を配る箒の女子力と言ったらなん足るや。

 

先程麦茶の数が4つと言ったが、それはもう一人この場に居る事を表していた。

 

「私にもやらせろぉ~!」

 

二人の戦いが終わる度に秋終からコントローラーを奪おうとする茜が其所に居たのだ。毎度秋終に華麗な鼻フックを決められて撃退されてもめげずに立ち向かうその姿は、きっと見る者に勇気を与えてくれるに違いない。

 

「うっさい!邪魔すんな!」

「フンゴォ!?」

 

無慈悲な二本の指が的確に茜の鼻へと吸い込まれ、到底女子が出さないような悲鳴を上げのたうち回る。

 

「・・・はぁ」

 

箒さん、二度目の溜め息。

 

最近この二人のやり取りに妙に馴れてきたと箒は思う。

良いコンビだと思い、同時に少し羨ましくもある。

一夏と自分は幼馴染みだが、あの様に馬鹿をやる関係ではない。時々アホなことを言う一夏に対してツッコミを入れる事はあっても、二人とはどこか違った物だ。

そしてそれは一夏も考えていた事でもあった。

 

流石は幼馴染み、考える事が一緒である。

 

「二人ともどうしたの?」

 

そんな二人の切なげな顔を察したのか茜が鼻血を垂らしながら声を掛けた。

ポタッ、ポタッと確実に・・・しかしゆっくりと秋終と箒の部屋のマットに染みを作っていく。

これに気付いた秋終が再び茜の鼻に指を突っ込む事になるのだが、それは後の話である。

 

「いや・・・羨ましくてな」

 

「羨ましい?鼻フックが?」

 

「違う。それじゃない」

 

茜のアホ発言に対して珍しく冷静に突っ込む一夏。

 

「一夏もか?」

 

「箒もなんだな」

 

二人は思わず微笑んだ。

同じことを考えていたのだと。

 

「二人の関係が羨ましいと言ったのだ。そんな様に馬鹿をやれて・・・・・・私と一夏ではそうはならないからな」

 

「なら良かったね!」

 

「「良かった?」」

 

「うん。だって私と秋終が居れば二人も馬鹿出来るでしょ?」

 

まるで当然と言わんばかりに茜は笑顔でそう告げた。

 

「「・・・」」

 

何処か疎外感を感じていた二人にとってその言葉は青天の霹靂であり、驚いた表情を見せたが直ぐに

 

「そうだな」

 

「ああ」

 

頷き笑みを浮かべた。

共にいた時間こそ多くはないけれどそれでも、もこの瞬間だけは何にも負けない絆が四人を結んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその良い雰囲気はもう暫く続いた。

 

部屋の至る所から「ウフフフフ」と気色の悪い声が聴こえんばかりの時を刻み、程なくして

 

「・・・あっ」

 

茜が声を上げたのだ。

 

そして何やら一夏と箒に目配せをしたかと思いきや

 

「「「・・・」」」

 

不意に皆が一斉に秋終を見た。

 

「ねぇ・・・秋終」

 

「何?」

 

「「「おめでとう!」」」

 

三人がまるで打ち合わせでもしたかのように声を揃えて言う。それはクラス代表に就任した事への賛辞であり、祝福であり、何より秋終が行った事への肯定であった。

彼等は気付いていたのだ。

茜は理由を知っていたし、一夏と箒に関しては知る筈もなかったのだが、それでも何となく察していた。

秋終のISに対する感情を。

だからこそ肯定したのだ。

それで少しでも心が晴れるならばと。

こうして集まった本当の目的は其処にあった。

 

「お祝い会の時に言わなかったのはこのためでしたー!どう?感動した!?」

 

「うっさい!」

 

「フンゴォ!?」

 

鼻フック炸裂。

 

「はぁ・・・」

 

箒さん三度目の溜め息であった。

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

それから暫くして秋終は独り寮の外で黄昏ていた。

その顔は何処か嬉しそうでもある。

 

「・・・乗って良かったのかな」

 

思い出すは先程の三人の言葉。

 

ーーーーおめでとうーーーー

 

その言葉がやけに心に響いた。

クラスの皆に言われた時よりも深く響いたのだ。

 

「何でこんなに嬉しいんだろう」

 

あれ程ISに乗ることを忌み嫌っていた秋終だが、その心には確かに満ち足りた物があった。

 

「あれー?なぎなぎだぁー」

 

そんな風に感傷に浸っていると、寮の入り口の方から声が聞こえた。

何処か間の抜けた様な軟らかな声。独特なアダ名。揺れるおっぱい。

 

「この声は・・・」

 

そう、布仏本音その子であった。

 

「やっほー」

 

通称のほほんさん。

その風貌と性格からそう呼ばれているのだ。

ちなみに余談だが、1組巨乳枠のダークホースでもある。

 

「おっぱ・・・コホンッ。のほほんさん。」

 

「今何か変な単語が聞こえたんだけど」

 

「え?き、聞き間違いだよ!」

 

危なかったと秋終は内心溢す。

いや、ジト目で睨まれているのでセーフとも言い難いのだが。

 

「そ、それで?どうかした?」

 

なんとも露骨な話題の変え方。

もしこの場に茜が居れば、

 

「下手スギィー!!!うひゃっひゃっひゃっ!!!」

 

と全力で煽りに来たであろう。

 

「・・・セクハラだよ?」

 

「あっ、ハイ。すみませんでした!」

 

秋終の素直な謝罪を受け、その表情が幾分か和らいだ様に見えたが・・・

 

「何か良いことでもあったの?」

 

「何で?」

 

「すごく嬉しそうな顔してたよ~」

 

「そっか。・・・まあ、ちょっとね」

 

「ふ~ん。・・・・・・『渚くん』はさ、この話知ってる?」

 

「え?」

 

和らいだ様に見えた顔が無機質な物へと変わった。

発する音も、何処か冷たく感じる。

 

「幸せになれる人の数には絶対数があるんだって。そしてそれ以上の人達は幸せにはなれないの。だから幸せじゃない人達は幸せな人達を蹴落として、その枠に入らないといけない。誰かが幸せになった分、他の誰かが不幸になる」

 

「・・・何が言いたいんだよ」

 

「『渚くん』はこの話の意味・・・分かる?」

 

何故彼女がこの話をしたのかは分からない。だが、意味は分かった。秋終もまた、その枠を奪われた側だったからだ。

 

「・・・分かるよ。嫌って程によく分かる」

秋終がそう答えると、彼女は一瞬驚いた顔をしたが直ぐに笑みを溢して、

 

「そっか・・・分かるんだ。変な事言ってごめんね」

 

謝罪を告げた。

 

それからの布仏本音はいつも通りの彼女であった。

ニコニコと秋終の話を聞き、時々心を抉る様なエグい発言を咬ます、先程の冷たさは微塵も感じられなくなっていた。

 

そうして他愛のない会話をして幾ばくかの時間が過ぎた頃。

 

「ねぇ、なぎなぎぃ。そろそろ寮に戻った方がいいよー」

 

時計を見れば時刻は19時を回ろうとしていた。

まだ夕食も食べていないし、シャワーも浴びていない。

シャワーはともかく食堂が閉まっては、ご飯抜きとなってしまう。育ち盛りの男の子にとって、それだけは勘弁願いたい物なのだ。

 

「そうだね」

 

頷きその場を後にする秋終。

そんな秋終の背中を布仏本音は、無機質な表情で見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 




続く


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迫る八重歯っ子

第八話


似ていると思った。

姿や性格の話ではない。

上手く言葉で表現出来ないけれど。

確かに似ていると思った。

それはいけない事なのだろうか?

間違いだったのだろうか?

少なくとも正しくはなかったのだ。

だから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----迫る八重歯っ子----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日は昇り、小鳥の囀りが聞こえてくる静かな時。

学園が保有するアリーナに2機のISの姿があった。

青色を基調としたブルーティアーズと金色を基調とした心滅を駆り、セシリアと秋終が朝練に励んでいた。

IS対し抵抗を感じていた秋終ではあるが、先の一件がその心の蟠りを解かしつつあり、今では少しくらいならと乗る事に対してその抵抗も薄れていた。

 

ーーーー間違ってなかったーーーー

 

それが何よりも嬉しかった。

認めてくれた人達がいた。

『アレ』とは違う、自分と『アレ』は別であり、今行っているのは戦いではないのだから、誰かを傷付ける心配もないのだと。

 

「聞いていまして?秋終さん?」

 

「・・・え?」

 

「んもぅ」

 

物思いに耽っていればセシリアに怒られた。

頬をぷくっとふくらませながら腰に手を当てているその姿は、如何にも怒っていますと言わんばかりだ。

 

「・・・可愛い」

 

「・・・バカにしていますの?」

 

思わず零れ落ちた言葉に返って来たのは、冷ややかな視線と冷ややかな言葉。今時の女の子は少し褒めたくらいで機嫌は治らない様だ。もっとも、狙った言葉ではなく、あくまで失言の範囲内であるのだから、それは秋終本人からすれば悪い癖が出てしまったと頭を悩ませるだけなのだ。

断じて口説いている訳ではない。

 

「もういいですわ。実際にやってみましょう」

 

「やる?」

 

「・・・イグニッションブーストの練習です」

 

「ああ」

 

と秋終は思い出したのか納得した表情を見せた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「しかし驚きましたわ。初陣でいきなりイグニッションブーストを使うだなんて・・・」

 

「いぐにっしょんぶーすと?何それ。跳んだだけだけど・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「え?」

 

「え?」

 

「「・・・」」

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

これが事の発端である。

ちなみに余談だが、この時のセシリアの表情が、まるでガ○スの仮面の登場人物みたいだったと後に秋終は語っている。

 

とにもかくにもこうしてイグニッションブーストの練習が始まる訳なのだが、セシリアはとある事に気付いた。

 

「そう言えば秋終さんのISには翼がありませんわね。スラスターは何処に付いていますの?」

 

「足の裏です」

 

「・・・」

 

先の戦いで随分と個性的なISだと思ってはいたセシリアだが、一体何処まで突き進んでいるのかと思わず呆れてしまう。

 

「・・・言わんとしている事は解るよ」

 

「・・・貴方も苦労していますのね」

 

「・・・はは、かっこいいでしょ?」

 

秋終は何とも言えない曖昧な表情で苦笑を浮かべた。

 

「まあ、よろしいですわ。イグニッションブーストを使いこなせる事が出来れば、今以上の跳躍が可能になりますから」

 

「あれ以上だと、肉体的にキツイんですけど」

 

セシリアが何処か嬉々とした表情を浮かべているのとは対称的に、秋終の表情はげんなりとしている。と言うのも、秋終はすでにかなりのGを体感しているのだ。なのにそれよりも上があると聞いて喜べる筈はない。

 

「殿方とあろう者が情けないですわ!」

 

「はぁ・・・」

 

セシリアの有無を言わせない態度に逆らえない秋終であった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

一時間程たったのであろうか。

IS適性が高かった事もあり、秋終は瞬くまにセシリアの教えを吸収していった。これには教えた本人も下を巻くばかりである。

 

「私の苦労が・・・」

 

と涙を堪えながらハンカチを噛む姿は、何処のお嬢様だと思ったが・・・(そう言えば本当にお嬢様だ)なので黙っておくことにした。

 

イグニッションブーストを覚えた心滅の軌道は、まさに3次元的だった。縦横に加えて斜めの動き、さらには跳躍も加わり、並大抵の相手では射撃を当てる事も難しいだろう。その様は獅子が草原を掛けるようだ。

 

(ああやって夢中になる姿は、本当に男の子ですわね)

 

セシリアから見た秋終はとても楽しそうであった。

その辺の男の子がオモチャを与えられ無邪気にはしゃぐ姿と何ら変わりない。辛い過去なんて嘘みたいな普通の男の子。それが愛しく思えた。

 

(可愛い所もあるのですね)

 

見る人が見ればまるで我が子を慈しむ母親の様だ。

 

「・・・どうかした?」

 

「いえ、何でもありませんわ。そろそろ戻りましょう?あまり張り切り過ぎては、授業に差し支えますわ」

 

あまり無理をしては授業にたたると思い、訓練を引き上げようとしたその時・・・

 

「ふーん。面白そうな事してるじゃない」

 

八重歯がトレードマークのツインテール少女が現れた。

 

「どちら様ですの?」

 

「人に名前を訪ねる時は、自分から名乗るのが常識じゃないの?」

 

セシリアの視線が鋭くなる。

 

「あら。盗み見をする方が常識を説きますの?」

 

「へぇー、言うじゃない」

 

皮肉を返された少女は、面白いと僅かに口端を吊り上げた。

 

(何だこれ・・・)

 

完全に置いてけぼりな秋終である。

別に巻き込まれたい訳ではないが、ほったらかしも中々に堪えるものだ。それにもしこのまま放っておけば、俗に言うキャットファイトなるものが始まってしまうだろう。ただのキャットファイトではなく、両者フル武装のなんともありがた迷惑な・・・。

 

どうすべきかと秋終が頭を悩ませていれば、

 

「まぁ、いいわよ。今はアンタよりそっちの男に興味があるの」

 

「・・・秋終さんに?」

 

「ええ」

 

「あたしと闘いなさい!」

 

『ビシッ』と効果音が付きそうなくらいに指を指して告げた。それはもう、不敵な笑みを浮かべながら。

 

「た、闘う!?」

 

いきなり自分に矛先が向いた事、見も知らぬ少女からいきなりの宣戦布告に対し、秋終の思考は混乱の海へと落とされた。いくら何でも唐突だ。初めて会った相手に闘いを挑むなど、どこのバトルジャンキーか。それに自分は闘うために乗っているのではなく、ただ・・・

 

そこでふと、考えてしまった。

 

(ただ・・・なんだ?何で俺はIS乗ってる?何のために・・・)

 

意味を考えてしまった。

目的を考えてしまった。

理由を考えてしまった。

 

皆に誉められた。

だから、乗ってもいいと思った。

認められたから。

だから、少しくらいならと思った。

 

だが、本当にそうか?

そこに自分の意思はなかったのか?

本当は乗りたかったのではないか?

闘いたかったのではないか?

 

考え出したら止まらない。忘れていた事、必要ない事、全てを考えてしまう。そしてやがては一つの結論に至るのだ。

 

何でここにいるのだ。

何で自分は生きているのか。

 

己の存在すら考えてしまう。

 

 

 

 

 

ーーーー何で生きてるの?お兄ちゃんーーーー

 

 

 

 

 

声が聞こえた。

聞きなれた声。

大切な大切な妹の声。

 

(何で俺は生きてるのだろうか)

 

秋終の体が動き出す。

掌を自身の頭に向けてレーザーを放とうと、そのまま頭を撃ち抜こうと、自らの手で終わらせようと、幕を引こうとする。

 

「秋終さんっ!!」

 

「っ!?」

 

だがそれは叶わなかった。

セシリアの声が正気を取り戻させた。

 

「俺は・・・」

 

呆然とする秋終を他所にセシリアは告げる。

 

「・・・・・・秋終さんは闘う事が出来ませんわ。どうしてもと仰るのなら、私がお相手します」

 

「・・・」

 

それはまるで子を庇う母のように凛々しかった。美しく、気高く、見れば誰もが息を呑むほどに。だが、よく見れば彼女の手は微かに震えていた。それが何を意味するのかはわからないが、おそらく秋終を通して何かを感じたのだろう。

 

「・・・もういいわよ。何か冷めちゃったし」

 

意外にもツインテールの少女はあっさりと身を引いた。

目を閉じて何かを考える素振りを見せた後、うんうんと頷き、まるで何事もなかったかのように

 

「凰鈴音(ファ・リンイン)」

 

「「え?」」

 

「私の名前よ」

 

これが秋終と凰鈴音のファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

 




続く


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宣戦布告の合図

第九話


妬まれるだなんて羨ましいよ。

だって、それだけの物を持ってる事だろ?

君は恵まれているんだ、自分で気付かないだけでね。

確かに辛い事もたくさんあっただろうが、良い事だってあったはずだ。それに・・・辛いのは君だけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---- 宣戦布告の合図 ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は9時手前。まもなくSHRが始まろうと言う時、秋終は朝の件について考えを巡らせていた。凰とセシリア、二人の事が頭から離れないのだ。

何故凰は闘いを挑んで来たのか?

何故セシリアは自分を庇ったのか?

前者について思い付くのは、セシリアと同じで男性操縦者とやらの力量が知りたかったのだろうと推測する。しかし、後者についてはよくわからない。理解しようすればする事は出来る。セシリアからは父親に似ていると言われたのだし、それが理由なのかもしれない。

ただ、

 

(それにしても過保護じゃないのか)

 

ISの訓練とて、自分から頼んだわけではない。向こうから言ってきたのだ。断らなかった理由は親近感を感じていたから、それだけの事。

 

「わからないなぁー」

 

何か別の思惑もある気もするが、確かめる方法はセシリアに直接聞くしかないのだ。でも、それは億劫である。

 

(そういえば・・・)

 

少しだけ母さんに似ていると秋終は思った。

本人に伝えれば間違いなく

 

「失礼ですわ!」

 

と怒られるだろう。

そんな姿を想像すれば自然と笑みが溢れてくる。

反応が面白く表情が豊で、茜とはまた違ったタイプなのだ。

 

「・・・何をニヤニヤしていますの?」

 

気がつけば隣にセシリアがいた。

その視線は生ゴミでも見るかの様に冷たい。

 

「・・・何でもないです」

 

「・・・」

 

「・・・いや、ほんとに」

 

「・・・」

 

「・・・あのぉー」

 

「・・・」

 

「セシリアって時々母さんみたい」

 

「・・・怒りますわよ」

 

正直に答えたらこの有り様とは、なんと理不尽な事か。

そして秋終を見る目が生ゴミからクソにランクアップしたようだ。一部の男が見れば、ご褒美だと狂喜乱舞する事このうえなしでございます。

ちなみにこれは余談だが、秋終にそんな趣味はないとフォローしておく。そしてもう1つ余談だが、遠目に見ていた一夏はこっそり興奮していたのであった。

 

そんなこんなで各々がクソみたいな時間を過ごしていると、教室の扉を勢いよく開く音がした。

その音に辺りは静まり返り、喋っていた女子達も何事かと音の先へと視線を向けた。

 

すると、

 

「一夏いる!?」

 

凰鈴音が現れたのだ。

何故だろうか、随分と雰囲気が違うと秋終は思う。朝のギラギラした肉食動物の様子とはうって変わり、『私は今ご機嫌なの!』なのと言わんばかりにツインテールを揺らし笑顔である。

 

(茜と似てるなぁ)

 

と秋終は思う。

笑った顔が何処と無く似ていると。

ついでにペッタンコな所も。

 

「鈴!?」

 

驚いた声を発したのは一夏だ。

 

「久しぶりね!」

 

「ああ」

 

どうやらこの二人は知り合いのようだ。

一夏が『りん』ではなく『すず』と呼んだ事に、この二人は何か特別な関係なのかと秋終は推察した。何となく自分と茜が重なり、それが少しだけ何とも言えない気持ちにさせた。

 

「・・・」

 

二人は楽しそうに話をしている。

その姿は本当に幸せそうで、それを見た秋終は少しだけ凰に対する印象を改めるのであった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

時間も過ぎ、秋終は食堂にいた。しかし、当人の心中は穏やかではない・・・と言うのも、今朝のSHRでの出来事が起因しているのだ。一夏と鈴が何時までも楽しそうに話ていると、いい加減にしろと織斑千冬の鉄拳が炸裂した。鈴は目に涙を浮かべながら自分のクラスへと帰って言ったのだが、その後に発した織斑千冬の言葉が問題であった。

 

「いよいよ明後日はクラス対抗戦だ」

 

これには秋終も開いた口が塞がらなかった。

たまらずに

 

「聞いてないですよ!」

 

と言えば

 

「IS学園皆のお知らせ掲示板にちゃんと掲示していたが?」

 

「お、お知らせ掲示板!?」

 

なんと可愛らしい名前だろうか。その名前もさることながら、それを言った織斑千冬もなかなかにシュールである。

 

そんなこんなで秋終は現在食堂で憂鬱ナウなのだ。

セシリアとの戦いから日もそんなに立っていないと言うに、次から次からへとよくもまあ、いろいろ起きるものだとぼやかずにはいられない。

 

(また戦うのか・・・)

 

賑わう声がこれほど煩わしいと思ったのは、何時以来だろうか。

 

「人の気も知らないで・・・」

 

思わず悪態を吐いてみれば

 

「なぁにぶつくさ言ってんのよ」

 

「うぇっ!?」

 

驚きの余り椅子から転げ落ちてしまった。

強く腰を打ってしまい、ぎっくり腰になっていないかと一抹の不安を抱きつつ、声の主をうらめしそうに見やる。

 

「やっほー」

 

凰鈴音であった。

てっきり茜辺りかと思ったがこれは意外な人物から声を掛けられたものだ。朝の件も合間ってどこか気まずいのだが、向こうはそんな事はお構い無しの様だ。

 

「ふ、凰さん?」

 

「鈴でいいわよ。言いづらいでしょ?それに私も秋終って呼ぶから」

 

「あ・・・うん」

 

こう言う遠慮のない所が改めて茜と重なって見える。

口調こそ違えど、裏表のなさそうな性格はまんまそのも。体型もそっくりだ。となれば当然胸の話はご法度だろうと下らない事も考える。

 

「そう言えば一夏は?」

 

驚きですっかり忘れていたが、一夏がいない事を思い出した。てっきり久々の再開で一緒にいるかと考えていたのに、その姿が見当たらない。

 

「ああ、一夏なら・・・って噂をすればなんとやらね」

 

そう言って鈴は後ろへ振り向いた。

それに釣られて秋終も同じ方向へ顔を向ける。

 

「うがぁー」

 

「ちょ、離れて下さいまし!」

 

茜とセシリアが戯れていた。

いや、正確には茜がセシリアの頭に噛り付いている。

 

「何してんの?ってか、いつからあんな仲良く・・・」

 

この光景を見て仲良くなどと、まったく検討違いの事を述べる秋終。その二人の後ろには、一夏と箒がやれやれと言った具合に頭に手を当てていた。

 

「遅いわよ一夏」

 

とは鈴。

 

「しょうがないだろ」

 

とは一夏。

 

「ガウガウ」

 

とは茜。

 

「痛い!痛いですわ!」

 

とはセシリア。

 

「しっかり茜の手綱は握っておけ」

 

とは箒。

 

「えぇー」

 

とは秋終。

 

とてつもない色物パーティーの完成した瞬間であった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「何か俺が知らない間に皆仲良くなってる?」

 

何とか茜と髪がベトベトになってヒステリックを起こしたセシリアを宥めた秋終は、疑問に思った事を口にした。特にセシリアがこの場いる事は珍しい。自分は良く話すが、一夏達と話している所は余り見ないからだ。

 

「そうか?鈴とは秋終が教室出ている間に自己紹介を済ませたぞ」

 

答えたのは箒である。

 

「それにしたってセシリアがこの場にいるのは・・・」

 

珍しいと言いかけて口が止まる。

秋終を見るセシリアの目が、どこか憂いを帯びていたからだ。

 

(・・・ああ)

 

納得した。

多分自分の事が心配だったのだろう。朝の件もあり、鈴と一緒になる事が不安だったのだ。それは優しさからか、それとも別から来る何かなのか。どちらにしろ、皆は自分を探しに来たようだ。

 

「何見つめ合ってんだぁ!イチャつくなコラァ!」

 

何も知らない茜からすればいい感じの二人にしか見えない。誰が見ても嫉妬である。秋終さえ気付く程に。

 

「ひっ!?」

 

髪のトラウマが甦るセシリア。

 

「お、落ち着けよ!甘い物奢るから!」

 

このままでは折角収拾つけたのがまた散らかってしまうと、それはゴメンだと、物で釣る作戦に移行する。

 

「奢れー!奢れるもんなら奢ってみろー!」

 

何故こんなに偉そうなのか。

 

「わかった、わかったから。クラス対抗戦終わったらな!」

 

「おせえよ!明日奢れー!デートしろぉ!」

 

「えぇ・・・」

 

もはやめんどくさくなる秋終、そしてデートの単語に誰もツッコミをいれない一同。

 

「ほんと賑やかね」

 

「だろ?」

 

鈴の呆れに対し、嬉しそうな一夏。そんな一夏の顔を見れば、自然と鈴も笑顔になると言うもの。この二人も何処と無くいい感じであった。

 

「はぁ・・・よろしいですの?」

 

「・・・何がだ?」

 

「一夏さんと鈴さん、いい感じですわ」

 

「久々の再開だ。邪魔するのも野望だろう」

 

茜の矛先が秋終に絞られ安心したセシリアは、溜息を吐きながら箒に訪ねた。聞けば鈴と一夏は幼馴染らしいが、箒と一夏も幼馴染らしい。こう言った場面ではモヤモヤするのではないかと気を遣っての事であった。だが、対する箒はそんなことを気にも留めていないようである。そればかりか寧ろ嬉しそうだ。

 

「ねぇ・・・一夏?」

 

「ん?」

 

「約束覚えてる?」

 

「約・・・束・・・?」

 

「アタシが引っ越す時にさ・・・」

 

「・・・ああ!」

 

約束と言う単語にいまいちピンとこない一夏であったが、鈴の言葉で合点がいったようだ。それは二人が離れ離れになる際に交わした大切な思い出。しかし当の相手は

 

「酢豚奢ってくれるって話だろ?いつでもいいぜ!」

 

「・・・」

 

鈴の気持ちなど露知らず、何でもない事の様に言ってのけたのだ。正確には『私の酢豚を毎日食べさせてあげる』と言う約束で俗に言うプロポーズなのだが。

 

「(そっか・・・そうだよね)ごめん。友達と約束してたの忘れてた!」

 

一夏の言葉を聞いた鈴は、顔を伏せたまま走り出してしまった。これには秋終達も開いた口が塞がらない。同じ女子からすれば当然気付くし、秋終でさえも気付き、騒いでいた茜でさえも黙りこんでいる。

 

「・・・ちょっとトイレ」

 

この時、何故自分が動いたのか秋終本人もよくわかっていなかった。茜に似ていたからなのかも知れないし、寂しそうな顔が自分と重なったのかもしれない。とにかく気が付けば体が勝手に動いていた。回りもその事に対し何も言わなかった。ただ、一夏だけは・・・

 

「どうしたんだ?」

 

最後まで理解していないのであった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

目的の少女を見つけたのは屋上であった。膝を曲げて抱え込む様に座っており、その背中はやはり寂しそうである。こうして追いかけては来たが、何と声を掛ければいいものか。日頃慰められる事は有れど、その逆はない秋終にとってこれは如何様にもし難い事である。と、そのまま暫く唸っていれば

 

「・・・慰めに来たんじゃないの?」

 

ジト目で言われてしまったのだ。

 

「気付いてたの?」

 

「そりゃあ、あれだけ勢いよく扉を開けば気付くわよ」

 

ごもっともである。

まるで推理物で犯人を追い詰めたと言わんばかりに秋終は勢いよく扉を開けたのだ。気付かない方が変である。

 

「うっ・・・」

 

自分の迂闊さに思わず頬を染めてしまう。

 

「はぁ・・・。横」

 

「?」

 

「座んなさいよ、ほら」

 

ポンポンと鈴が地面を叩いた。

励ましに来た筈が、逆に気を遣われてしまった様だ。

 

「よっ・・・こらせと」

 

「ぷっ、何それ、ジジ臭いわよ」

 

何気無く座っただけなのに笑われてしまうとは些か心外ではあったが、思ったよりも元気そうなのでそこは安心する。

 

「何かバカみたいね、こうやってくよくよしてるの」

 

「それは・・・」

 

「本当の事よ。・・・ねぇ」

 

「?」

 

「昔話、聞いてくれない?」

 

秋終が二つ返事で了承すると、鈴は語り出した。

まだ小学生の頃、中国から編入してきた鈴は日本語もろくに喋れなく、その姓でクラスの皆から虐められた。それが悲しくて悔しくて自分が惨めだった。だがそんな時、一夏が助けてくれたのだと。自分を庇う様に立つその背中にヒーローを見た。憧れた。

 

「それがきっかけ?」

 

「そう。・・・それで思ったの。私も強くなりたい、一夏みたいに誰かを助けれるくらいに強くなりたいってね」

 

本人は続けた。

それが好意からくる物か憧れからくる物かはわからないが、少なくとも自分の世界に一夏が入ってきた瞬間だった。あの約束も、本人が気持ちを整理出来ずに言った言葉なのだと。それでも伝わっていれば嬉しかったと。

 

「でも、もういいわ」

 

「諦めるの?」

 

「違う、そうじゃない。私は前に進むって決めたから」

 

落胆も失意の色も伺えない。その顔は希望に満ちた者特有の顔であった。秋終は思う、『何て強いんだ』と。

 

「話を聞いてくれたお礼に1つだけ」

 

表情を切り替え、鈴が告げる。

 

「秋終が何を抱えているか何て私は知らない。道に迷ってるなら止まって考えればいい。でも止まったままじゃ何も変わらない。動き出さなきゃ」

 

「動き・・・出す」

 

「そう、だからアタシは進むの」

 

「・・・」

 

「そう言えばアンタ、一組の代表でしょ?アタシは二組の代表よ」

 

「それって・・・」

 

「待ってるわよ」

 

そう言い残し、鈴は屋上を後にした。

残された秋終は、

 

「鈴が相手・・・」

 

呆然とするのみであった。

 

 




続く


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掲げた希望

第十話


幸せの数だけ不幸が存在する。まるでバランスをとっているかの様に均等がそこにある。だがそれは個々の話ではなく、世界全体の話と言えるだろう。誰かが不幸になればその分誰かが幸せになるのだ。そして人は不平等と言う。光と闇、白と黒、男と女、常に物事は対極であり、バランスが崩れることはない。だがもしそのバランスが崩れることがあれば?誰かが言った、『崩壊の兆し』だと。天秤が傾いた時、世界は闇に覆われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---- 掲げた希望 ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、ショッピングモールなる物をご存知だろうか?ショッピングセンターとも言われる事だろう。しかしこの二つは似ていて異なる。ショッピングモールとは遊歩道などが整備された商業施設であり商店街もこれに含まれる。一方ショッピングセンターとは、数々の店が1つの建物内に入居した商業施設である。この二つの明確な使い分けは無いと言う者も居れば、これらは別だと唱える者も居る。まぁ、正直どちらでもいいだろう。しかし此処ではあえて解りやすくするために説明させていただいた。何故かと言えば、秋終は現在『ショッピングモール』いるのだ。そしてある人物を待っていた。

 

「待・っ・た?」

 

ご機嫌全快の声音で言葉を発したのは、女子力ジャイアントスイングでお馴染みの全生始茜であった。思わず『待ってねえよ』と鼻フックをかましてやりたくなる秋終ではあったが其処は分別のある男、華麗にスルーを決め込む事にした。

 

「ねぇ、待ったぁ?」

 

「・・・」

 

「ねぇ」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

沈黙が二人を包んだ。

題するならば『沈黙のデート』

某史上最強のコックが登場しそうである。

 

「何か言えよぉー!」

 

この華麗なスルーに対して茜も、うがーと我慢の限界を迎えた。彼女にとって沈黙は何よりも敵である。しかし秋終にとっては茜のご乱心もまた敵であるのだ。つまり何が言いたいかと問われれば、敵が敵を産んだのである。そして、この流れは何も初めての事ではなく、しかしそれがわかっているにも関わらず、秋終は無視をして茜を毎度ご乱心させ、いつも結局は自身が折れる。それは今回とて例外ではなく、

 

「わかった!わかったから!通行人が見てるから!」

 

「むぅ・・・」

 

なのである。

 

『人は過ちを繰り返す』とはよく言ったものだ。

 

そしてそんな二人を数十メートル程離れた所で見守っている者達がいた。

 

「・・・あいつらブレないわね」

 

「・・・まったくですわ」

 

「らしいと言えばらしいがな」

 

「楽しそうだな!」

 

上から順番に鈴、セシリア、箒、一夏であった。

やや一人的外れな者もいるが、織斑と愉快な仲間達ご本人である。彼等も年頃の男女とあってか、他人の色恋沙汰は気になるようだ。もっともセシリアだけは、そう単純な理由では無い様だが・・・。

 

因みに、四人仲良く密着して隠れている姿は誰がどう見ても奇妙である。先程から通行人に白い目を向けられているが、本当達はまったく気付いていない。

 

「あっ、動いたわよ」

 

「慌てずに。尾行の鉄則は距離を保つ事ですわ」

 

セシリアが得意気に答えた。

秋終が見ればもれなく『可愛い』と言うだろう。

 

「アンタ・・・何処で覚えたのよ」

 

「淑女の嗜みですわよ」

 

これまたドヤ顔で答えるセシリア。

以外とノリノリであった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

お約束の件を終えた二人は、ブラブラとショッピングに興じていた。もちろん全て秋終の奢りであり、彼に拒否権などないのだが。しかし、何だかんだ言いつつも結局奢ってしまうのは、秋終本来の優しさであり美徳でもある。勿論それが分かっているからこそ、茜も無茶なおねだりはしない。これが二人の案配でもあるのだ。

 

(変わらないな、ほんと)

 

いかなるときもブレない茜、その姿に何処か安堵すら覚える秋終。明日はクラス対抗戦だと言うに、心中は穏やかであった。願わくばいつまでも平和な時間が続くことを。

 

「・・・聞いてる?」

 

「ああ、ごめん。考え事してた」

 

「んもうっ!どっか入ろうって話だよー」

 

そう言えばと、甘い物を奢ると言い出したのは自分である事を思い出す。それ以上に余計な物を奢らさせられているのだが。

 

「そう言えば箒からチケット貰ったんだった」

 

「チケット?」

 

ーーーー喫茶スイーツ、スイーツーーーー

 

『今なら何と!カップルでご来店のお客様に限り、ラブラブ一服セットが半額!イェイ』

 

「「・・・」」

 

静寂が二人を支配する。

方や、カップルの言葉に頬を染め。

方や、カップルの文字に死んだ魚の目。

これまた見事なすれ違い通信である。

某ゲーム会社もビックリだ。

 

「い、行くしかないよね!」

 

「あぁ・・・」

 

このテンションの差。

そして一方、一夏達と言えば・・・

 

「何やらチケットを取り出していますわ」

 

「何のチケットかしら」

 

「私の作戦通りだ」

 

「楽しそうだな!」

 

当たり前の反応するセシリアと鈴に加え、もの凄いドヤ顔の箒と、他に言う事が無いのかと問いたくなる一夏。相も変わらず、怪しさ全快で二人を見守っていた。

 

↓以下回想

 

「魔法のチケット?」

 

「そうだ。このチケットを使えばあらゆる問題も可及的速やかに解決出来る」

 

「何で俺に?」

 

「明日は茜とデートなのだろう?ならば持っていけ」

 

「・・・」

 

「・・・何だ?」

 

「・・・別に」

 

「そうか、ならいい。チケットは必ず使えよ?」

 

回想終了

 

(やけに楽しそうだったのはこれか)

 

昨日の嬉々とした箒の顔を思い出し、恨めしく思う。きっと今頃、何処かでドヤ顔をしているのだろう。茜やセシリアや箒、秋終の周りにはドヤ顔系女子が、何故こうも絶えないのか。

 

「あれだっー!」

 

カップルの単語にテンションmaxとなっていた茜の声が耳をつんざいた。その声に反応した御通行中の皆様の注目を、一心に集めながら秋終が其処へ顔を向けた。すると、

 

ーーーー喫茶スイーツスイーツーーーー

 

あった。

それはもう胸焼けするほどのピンクの外装が。

 

「・・・まじで?」

 

「どったのよ?入ろうよ!」

 

戸惑う秋終の肩を抱きながら、茜はガンガンと進軍していく。そりゃぁもう、『進軍するは火の如く』が如し。かの上杉公も『あいやまたれよ、信玄公!』と言うであろう。

 

「「「いらっしゃいませー!!!」」」

 

(いらっしゃりたくなかった)

 

とは秋終の心の声。

 

「ぐへへ」

 

とは茜そのままの声。

 

「カップル様一組入りまーす!」

 

「「「キャー!!!」」」

 

とは店員一同の声である。

 

外装があれだけピンクな事もあり、内装もとんでもなくピンク、まるで視力を奪いにきてる可能性すらある程に。座席に関しても、完全に二人用のテーブルだけであった。カウンター所か四人掛けすら存在しない。元々の配置なのか、期間限定なのか、外装と内装を加味すれば恐らく前者なのだろう。二人が案内されたのは窓際の席であった。その窓も一際大きく、外から完全に丸見えな状態。つまる所、尾行をしている一夏と愉快な仲間達にとってはこれ程にない場所である。果たしてこれも計算の内なのか否か・・・。

 

「こちらカップル様限定メニューの愛のチ○ーペットでございますぅ」

 

でてきたのは夏にバカ売れするチ○ーペットであった。ただし普通のとは違い、一本の長い棒状になっており、その両先端から食べられる様になっている。食べる様はまるでポッキーゲームが如く。

 

「何だよこれ」

 

「?チ○ーペットだよ。知らないの?」

 

「知ってるわ!」

 

スパァンと小気味良い音が鳴り響いた。

 

「あいたたた。まぁ・・・さ」

 

「何だよ急に」

 

「いつも通りで安心した」

 

「・・・うるせぇ」

 

頬が熱くなるのを感じる。毎度お馴染みの事ではあるが、やはり嬉しい物だ。こんなにも自分を心配してくれる相手がいて、こうして側にいてくれる。女性として好きとかそういう事とは別にして、何時までもこうしていたいと思う。秋終にとって茜の存在は家族も同然なのだ。

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「いつもありがとう」

 

「んふふふっ。やけに潮らしいじゃない」

 

「茶化すなよ。・・・今度はもっと落ち着いた所に行こう」

 

「・・・うん」

 

珍しくも二人が真面目に良い雰囲気を醸し出せば当然それを観ていた一夏達も、

 

「へぇ、珍しく良い感じじゃない」

 

「・・・」

 

「これもひとえに私のお陰だな」

 

「楽しそうだな!」

 

と各々感想を口にしていた。

鈴は素直に感心し、セシリアは思う所があるのか笑顔で見守り、箒はドヤ顔、一夏は言わずもがなである。

因みにだが、彼等はガラス窓に張り付いた状態である。当然、窓の向こう側には秋終達がいるのだが、それに気付いた秋終がご乱心を起こすのは後の話である。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

幾ばくか時が過ぎて日も沈みきった頃、秋終と茜は帰路に着いていた。満足の行く時間を過ごせたのか二人の顔には笑みが浮かんでいる。人通りも少なく、まるで自分達だけの世界に居る様でもあった。

 

「ここでいいよ」

 

ふと茜が口を開いた。

 

「ん?同じ寮だろ」

 

秋終がもっともな疑問を口にする。

 

「わかってないなぁ。デートなんだから帰りは別々なの!」

 

「はぁ・・・?」

 

よくは分からないが、これも乙女心と言うやつなのだろうか。

 

「じゃあね!」

 

駆け出したかと思えばふと立ち止まり、茜が振り替える。

 

「秋終!応援してるからね!」

 

彼女は頑張れとは言わなかった。何故なら秋終が頑張る事は知っているからである。だからこそ、ただ応援してると笑顔で告げた。

 

「あぁ!」

 

手を振り答える。

その顔に不安の色は伺えない。

 

「ん?」

 

ふと足元を見れば携帯が落ちていた。ピンク色の不細工なストラップを着けた携帯、茜の携帯電話だった。

 

「たっく、しょうがねえなぁ」

 

秋終はその携帯を懐にしまいこんだ。

明日渡せばいいかと・・・

 

 

 

 

 




続く


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悲劇の始まり。不幸の続き

第十一話


 

最初から分かっていた、幸せにはなれないのだと。常に背後には黒い物が付きまとっており、自分を蝕んでいく。その星の基に産まれてきてしまったのだ。それでも良い事もあった、嫌な事と同じくらい良い事も。確かに幸福を感じていた。願わくばその幸福が永遠であればと何度も願った。でも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---- 悲劇の始まり。不幸の続き ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

目を閉じて意識を集中させる。客席に居る生徒達の声が此処まで響いて来るがそんな事は関係ないと自身の世界に入り込む。鈴との戦いを控えた秋終は、アリーナのゲート前に佇んでいた。

 

(・・・もうすぐだ)

 

緊張が体を蝕む。胃を捕まれてる感覚と込み上げてくる物があるが、それでも鈴との戦いに対する不安だけはなかった。ならこの緊張はどこから来るのだろうか。

 

(なんだろう・・・。嫌な予感がする)

 

根拠がある訳でもなくただの漠然とした物が、心の片隅に引っかかる。どうしようもなく嫌な感じであった。

 

ふと、携帯に目をやる。

 

(そういえば渡しそびれた)

 

昨日拾った茜の携帯電話、それが未だに秋終の手の中にあった。あれから本人が何も言ってこないのは、未だに落とした事実に気付いていない可能性がある。暫し眺めていれば、不細工なストラップと目があった様な気がした。

 

(・・・)

 

幾ばくかの感傷に浸っていると、

 

『渚、時間だ』

 

織斑教員が告げると秋終は短く返事をしてアリーナへと進み出す。呼吸を整えゆっくりと確実に足を進めて行く。だんだんと生徒達の声も大きくなり、光も近づいて来る。足取りは重くなどなかった。

 

「来たわね」

 

秋終が着くと既に鈴は腕を組ながら待っていた。赤を基調としたトゲトゲしいフレーム。双肩の上には球体の様な物が浮遊しており、手には三國志の武将が持ちそうな刃先が薙ぎ鉈の得物のを二本握っている。

 

(近接タイプか・・・)

 

浮遊ユニットの存在こそ気にはなるが、彼女の持つ武器を見て判別を下す。

 

「イギリス代表候補生に勝ったらしいじゃない」

 

「あぁ」

 

「それをまぐれとは言わない。そんなので勝てる程、アタシ達は甘くないから。アンタの実力か・・・それとも機体の性能か・・・どっちにしても油断しないから、全力で来い!」

 

小さい体の何処からこんな気迫が湧いてくるのか、秋終は鈴の姿に虎を幻視する。

 

(・・・のまれるな。大丈夫だ)

 

プレッシャーに押されそうになるが、何とか自分を鼓舞する事で耐え抜こうとする。しかし、どうにも馴れない物だと秋終は思う。普段と戦いとではこんなにも別人で、それがどうにもやりづらさを感じさせた。

 

(でも・・・)

 

そうも言ってはいられない。

自分は此処にいて戦うと決めたのだ。過程が何であろうと、嘗て義父が言った『誠実であれ』と云う言葉

がこの胸に残っており、なればこそ撤回する事は出来ないのだ。

 

(スピードで翻弄する!)

 

今度こそ、秋終は覚悟を決めた。

鈴の気迫、秋終の決意とは裏腹に会場は水を打った様に静寂に包まれていた。全校生徒の殆どが此処に居るにも関わらず、まるで二人の戦いを何一つ見逃さんと言わんばかりに黙って見守っている。

 

『クラス対抗戦、始め!』

 

織斑教員の合図が響いた。

 

「・・・っ!」

 

ほぼ同時と言ってもいいタイミングで心滅が翔んだ。観ていた者達が見失う程の急加速で、獲物を捉えた獅子の如く。だが、

 

「知ってるわよ!」

 

金属同士がぶつかり合う音が響く。秋終の急襲を鈴は難なく受け止めたのだ。そしてこの流れは当然でもあった。彼女は一度秋終の訓練の様を見てその速さを知っている・・・ともすれば、初めから急襲は急襲足り得ない事になる。分かっていれば対処の仕様など幾らでもあると言う事だ。

 

「これは・・・お返しよっ!」

 

攻撃を受け止められた無防備な秋終の体に、容赦ない蹴りが突き刺さる。唯の蹴りだと云うに、砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされる姿からは、彼女の機体が如何にパワータイプかが伺える。

 

「く・・・そっ・・・」

 

「アンタは速い。でもそれだけ」

 

「何を・・・」

 

「宣言するわ。今からアンタは私に近づけない!」

 

そう告げたと同時に、体勢を立て直したばかりの秋終の身体が再度吹き飛んだ。

 

「何だよあれ!?」

 

「衝撃砲ですわね」

 

一夏の疑問にセシリアが答えた。

 

「衝撃砲?」

 

「正確には第三世代型空間圧作用兵器、衝撃砲ですわ。空間に圧力をかけて砲身を生成、その際に生じる衝撃を砲弾にして打ち出す。砲身も砲弾も目視で確認することは不可能、まさに不可視の攻撃ですわ」

 

とドヤ顔。

 

「どうやって避けるんだよ!?」

 

「砲身を見ての弾道予測が不可能となれば、搭乗者の目線で予測するか・・・」

 

「目線って・・・」

 

「ですが本人も対策はしているかと。今の秋終さんなら翔び回るしかないかもしれません」

 

「そんな・・・」

 

「もし、あるとすれば・・・」

 

セシリアの言う通りであった。

現に秋終は絶え間なく動き続け、狙いを定められない様にしていたのだ。・・・と言っても被弾が無いわけではなく、確実にダメージを蓄積させていた。四方八方から襲い来る見えない衝撃に対しての精一杯の抵抗。

 

「恐るべきは鈴さんですわね」

 

「鈴?」

 

確かに鈴は圧倒している、しかしそれは武装有りきでの話ではないのか?そんな疑問が一夏の中に芽生える。

 

「ええ。だって彼女は、見えない砲身で照準を合わせているのですから」

 

これには一夏も驚いた。

そこまで詳しい事も、本人にも照準が見えていない事も。それはつまり、

 

「まさか感覚で?」

 

「そう。どんな武器にも欠点は存在します。私のブルーティアーズも動かす時、足が止まってしまいます・・・ですが克復した。彼女もそうです。相当な訓練を積んだ筈ですわ」

 

見えない砲身を自分の手足の様に自在に動かしている事、それが鈴の搭乗時間の多さを表していた。

 

「逃げてばかりじゃ勝てないわよ!」

 

「そんなこと・・・」

 

鈴の言う通り、秋終は攻勢に転じる事が出来ずにいた。いくら心滅の速さがかなりの物でも、移動先に砲撃を置かれては、それも意味を成さない。彼女の置き射撃は完全に心滅の速さを潰している。

 

(何とかしないと)

 

焦りが募り、搭載された射撃武装の存在も忘れてしまい、近付こうとする事しか頭の中にはない。だが、それが功を成した。

 

「イグニッション、ブースト!」

 

幾つかある選択肢の中から偶然にも寄り道をせず、最適な解を導き出したのだ。焦りが産んだ奇跡とも言えよう。秋終は先の特訓で得た、3次元的動きを取り入れ翔び回り始めた。

 

「ちょこまかとっ!」

 

その速さはたとえ知っていようとも対応出来る物ではない。人間の反応出来る速度を優に越えていたのだ。

 

(さっきよりも弾幕が甘い。これなら!)

 

秋終は高速移動の末、鈴の背後を取る事に成功した。

 

「もらった!」

 

心滅が爪を振りかざさんとする。が、しかし・・・

 

「甘いわよ!」

 

再度秋終は見えない衝撃に吹き飛ばされた。

 

「なに・・・が・・・」

 

何が起きた・・・そう言おうとした秋終の言葉を鈴が遮る。

 

「衝撃砲に死角はないのよ。それに、いくら姿が捕らえられなくともアンタの動きは読めたわ」

 

悪くはない作戦であったが、それは最善ではなかった。彼女の機体能力及び、積み重なった戦闘経験を考慮する事は秋終にとって難しい事であり、それを強いるのは酷な話なのだ。

 

倒れ伏す心滅の前に甲龍が歩み寄って来る。

 

「アタシの勝ちね。アンタがもっと戦い慣れしていたらどうなるかわからなかったけど」

 

言葉と共に、鈴が青竜刀を振りかざさんとしたその時であった。

 

「織斑先生!管制室より入電。所属不明のISを確認後、警備隊は壊滅。こちらに接近中!?」

 

メインモニタールームにいる織斑教員と山田教員の基へ一報が入った。そしてそれは非常事態を告げるものであった。

 

「!・・・距離は?」

 

慌てる山田教員と裏腹に冷静に対処しようとする織斑教員。

 

「待って下さい!距離・・・出ました。200!?近すぎます!」

 

「連絡が遅すぎる。すぐに生徒の避難だ!専用機持ち、3年は訓練機で生徒の誘導を開始」

 

「ダメです!全ての扉がロックされています」

 

「用意周到か。一夏、セシリア!」

 

『千冬姉!?(織斑先生!?)』

 

「非常事態だ、細かく説明してる暇はない。直ちにISを用いてドアの破壊後、生徒の避難誘導を開始しろ。急げ!」

 

最低限の情報を伝え、織斑教員は通信を切る。聞かされた二人は、尋常じゃない様子に何かを察したのか直ぐ様動き始めた。

 

「織斑先生、渚くんと凰さんは・・・」

 

「心配ない。シールドの中はここよりも安全だ」

 

そう、この状況に置いてはシールドの中がもっとも安全の筈・・・だった。

 

ーーーー

 

「何あれ・・・?」

 

上空を見て戸惑う鈴に釣られる様に、秋終も見上げると、

 

「I・・・S?」

 

そこに居たのは全身装甲で白を基調としたISであった。

 

「一体何処の所属よ・・・」

 

アリーナには客席とステージ隔ててるシールドが存在している。これはIS同士の戦闘の際、周りに被害が及ばないためだ。並の攻撃ではびくともしない、いわばシェルター並の頑丈さと言えよう。当然通り抜ける事も不可能であり、秋終達と他の面々はある種の隔絶状態であった。

 

不明のISがゆっくりとシールドの前まで近付いてくる。それを見た生徒たちは騒ぎだすのだが、客席には一切の関心が無いのか様に真っ直ぐと秋終を見据えている。

 

「・・・俺?」

 

目が合った。

 

「来る」

 

「何言ってんのよ!ここはシールドの中で・・・」

 

『安全だ』その言葉が続く事はなかった。

不明のISはシールドに手を伸ばすと、そのまますり抜けたのだ。

 

「嘘・・・」

 

呆然とする鈴の反応は正しく、あらゆる物理干渉を遮断する筈のシールドが、まるでそれが当然だと言わんばかりに、初めからシールドなど存在していないかの様に不明のISはすり抜けたのだから。そしてその無防備さを逃す筈もなく。

 

「!?」

 

鈴が操る甲龍はあっけなく吹き飛ばされた。

 

「鈴!」

 

一直線にアリーナ端へ吹き飛ばされた鈴を見て、悲鳴にも近い声を上げる秋終。その隙が命取りとなる。

 

「しまっ・・・」

 

なんと言う速さであろうか。ほんの数秒目を離しただけで不明のISは眼前へと迫り、攻撃を繰り出して来たのだ。

 

「ぐっ!」

 

鈴とは反対端へ、秋終は吹き飛ばされる。機体はシールドへと叩きつけられ、何かが割れる音が聞こえた。

 

「な・・・?」

 

叩きつけられただけでアリーナのシールドが割れるなどあり得ない。だが、目の前事実はどうだ?揺れる意識が見せる幻覚などではない。紛れもなき現実である。

 

「・・・」

 

不明のISが右腕を翳すと腕は変型を始め、一つの砲門となった。不気味な何かを蓄える音が辺りに響き始める。

 

(くそっ・・・動け・・・)

 

あれはヤバいと本能的に理解するが、先の衝撃でHUDにはエラーの数々、体も言うことを効かない。

このままでは、殺されるだろう・・・そう思った時である。

 

「秋終ー!」

 

声が聞こえた。

 

「・・・茜?」

 

目をやると、割れたシールドの向こうに茜がいた。

 

「ばっ・・・」

 

「秋終ー!」

 

この様な状況にも関わらず、何度も秋終を呼んでいた。

 

(くそっ。動けよ!動け!動け!)

 

このままでは彼女も巻き込まれる。何とか自分が動いて照準をずらさなければ死んでしまう。もう二度と失う訳にはいかない。

 

「動けぇぇぇぇ!」

 

都合良く奇跡など起きるはずもなく、轟音と共に光が辺りを覆った。

 

「ーーーー」

 

秋終は見た。

最後の最後まで、彼女の唇が動いている所を。

秋終を真っ直ぐと見据え、笑顔で何かを告げている所を。

 

 

 




続く


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その慟哭は暗雲を携えて

第十二話


何時からか上を向いて歩く事が出来なくなった。

眼に雨が入ることを恐れ、下を向いて歩く。

次第に雨はやまなくなり、暗闇に覆われ始める。

そんな中で今日まで自分が生きてこれたのは、僅かな月の光があったからだ。 その光が、この身に微かに残った希望の残骸を照らしてくれていた。だが、その月も墜ちた。そして光を失った残骸は次第に絶望へと変化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---- その慟哭は暗雲を携えて ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急激に上がった温度と立ち込める煙の中、鈴は目を覚ました。先に吹き飛ばされて以降、暫く気を失っていたのだが、辺りの環境の異常さに自然と意識が呼び戻されたのだ。

 

「っ!一体・・・何・・・が・・・」

 

鈍い痛みに声にならない悲鳴をあげながら周りを見渡すと

 

「秋終・・・?」

 

秋終が下を向いたまま佇んでいた。

無事だった事に安堵するも、直ぐに敵の存在を思い出す。

 

「そうだ。あのIS・・・」

 

更に辺りを見渡せば抉られた跡の地面、穴が空いた様に剥がれたシールド、一部瓦礫と課した客席があり、そこから直線に並ぶ様に秋終と件のISがいる。

 

「・・・」

 

割れたシールドと抉りとられた客席を見て、鈴は開いた口が塞がらなかった。そして、そのまま暫く言葉を失っていると

 

「・・・なんだよこれ」

 

秋終がポツリと呟いた。

 

「・・・なんなんだよこれ」

 

秋終が呟く。

 

「秋終・・・?」

 

その尋常ではない様子に鈴は名前を呼ぶ。

そうしなければいけない様な、どこか遠くへ行ってしまう様な気がしたからだ。

 

「・・・こんな死に方あるのかよ」

 

「死んだ・・・?」

 

誰が?とは聞けなかった。

理由こそ分からないが、何となく察してしまったから。

 

「人がこんな風に死んでいいのかよ!」

 

秋終は叫ぶ。

 

「何度も・・・」

 

秋終が呟く。

 

「何度も何度も・・・」

 

秋終は呟き続ける。

 

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!」

 

「秋終っ!」

 

これ以上はいけない。

止めなければ、呼ばなければ、取り返しがつかなくなってしまう。そんな漠然とした不安が鈴の背中を後押しする。だが・・・

 

「もう・・・いいよ・・・」

 

何かがプツリと切れる音が聞こえ、そして・・・

 

 

 

 

 

ーーーー システム ヲ キドウ シマス ーーーー

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

ーーーー心滅システム スタンバイ ーーーー

 

 

 

 

 

鈴の耳に聞き覚えのない音が聞こえた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

何でこうなる?

折角前に進みだしたと思ったのに。

ようやく変われると思ったのに。

 

「俺のせいなのか?」

 

誰かの声が聞こえる。

 

「俺がISに乗ったから」

 

自分を責める声が聞こえる。

 

「嫌な事もあったけど、良い事もあったんだ」

 

なのに、

 

「結局こうなるのかよ」

 

声が増える。

 

「あの時だって」

 

家族の亡骸を踏みつける様に、自分が立っている。

 

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!」

 

父が、母が、妹が、茜が、自分が、

 

「何で」

 

こっちを見ている。

 

「もう・・・」

 

耳鳴りの様に自分を責める声が大きくなる。

 

「いいよ」

 

赤い何かが身体を覆い、視界も奪われる。それは冷たくて痛く、ゆっくりと広がっていく。多分これは良くない物だ。でも、もうどうでもいい・・・何もかも。

 

「・・・」

 

このまま意識を手放そうとした時、何かが聞こえた。

 

 

 

 

 

ーーーー心滅システム スタンバイ ーーーー

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「何よ・・・あれ」

 

立ち竦んでいた秋終が突如として動き始めた。それだけの話なら鈴はここまで驚かなかったであろう。問題なのは、その動きであった。

 

「あれじゃまるで・・・」

 

獣だった。

肉食動物の様に四足歩行をして、引っ掻き、食いちぎろうとしている。その姿から理性が伺える事はなく、本人の意思なのかどうかも分からない。先の音声が聞こえて以降、彼はこうなってしまった。だが、その異常な動きは奇しくも相手を圧倒していた。

 

「秋終・・・」

 

スピードで翻弄して死角からダメージ与え、直ぐ様離脱。この単純作業の繰り返しではあるが、確実に相手を翻弄していたのだ。幾ばくかそれを繰り返すとやがて、何かが宙を舞った。

 

「っ!?」

 

腕であった。敵のISの右腕が心滅により切り裂かれた瞬間である。肘の辺りから綺麗に切り裂かれた腕を心滅が掴むと、本人に向かい投げつける。鈍い音が響き、砂埃を上げながら吹き飛んでいく。だが、妙な事に出血の跡は見受けられない。

 

「・・・」

 

鈴がよく目を凝らせば、

 

「・・・機械?」

 

火花が散っているのが確認出来た。

 

「まさか無人機?」

 

無人機の存在など聞いたことはないが、目の前のISからは血も流れず痛がる様子もない。秋終と同じで全身装甲ではあるものの、その挙動からはとても人が搭乗してると思えなかった。

 

起き上がろうするISに対し、まるで補食するかの様に心滅が飛び付く。その牙を立てて噛み千切らんとすれば、残った部位が宙を舞った。

 

「秋終さん!」

 

悲痛な叫び共に現れたのは、ブルーティアーズを纏ったセシリアであった。悲惨な光景を前にした彼女の表情からは、焦りが伺える。

 

「鈴さん。これは一体どういう事ですの・・・」

 

「・・・死んだのよ」

 

「・・・っ」

 

セシリアにはその言葉だけで充分であった。避難の際に見知った顔を見なかった事、今の秋終の姿、これらの要因で理解してしまったのだ。

 

「とにかく止めませんと」

 

「あんな状態どうやって!」

 

心滅の手には四肢を完全にもがれたISが握られていた。

至るところから火花を散らし、モノアイの部分は力無く点滅している。誰が見ても、もう充分であった。

 

「秋終さん!もういいのですわ!」

 

「秋終!」

 

「・・・」

 

二人悲痛な呼び掛けも秋終には届かない。フルフェイスに覆われて見えない表情が今の二人にとって、とてももどかしく感じた。

 

「以前にも同じ様な事が」

 

セシリアが語る。

 

「以前?」

 

「ええ、私と戦った時もあの様に。今回だって・・・」

 

何より恐ろしかったのは自身が倒された事ではなく、戦いの最中に感じた無機質さであった。得体の知れない不気味な存在であり、不確かな物。あれは秋終ではなかったと、セシリアは答える。

 

「・・・違うわ」

 

短い沈黙の後で鈴が答えた。

 

「その時の事は分からないけど、今目の前にいるのは秋終よ。全部あいつの意思」

 

「・・・そうですわね」

 

鈴の言わんとしている事を理解したセシリアは、悲しげに肯定する。

 

「でも・・・私があいつと戦おうとしなかったら、こんな事にはならなかった」

 

「それは違いますわ!」

 

「あの子だって死ななかったのよ!」

 

懺悔だった。悲しみ、怒り、嘆き、あらゆる負の感情を載せた後悔の言葉、ここまで追い込んでしまった事への罪悪感、自分の愚かさがどうしようもなく惨めだった。初めて会った時になんとなく理解していたのだ。彼は一夏よりも弱くて脆くて、それを繋ぎ止めているのは誰なのか?全部気付いていた。

 

「なのに奪った」

 

一夏よりも強く、対等になりたいと励んだ日々。誰も失いたくないと今日までがむしゃらに進み続けた・・・その結果がこれだと。

 

「っ!?」

 

乾いた音が響く。

 

「およしなさい」

 

鈴の頬が僅かに赤く染まっていた。

 

「貴女が何を思おうと知ったことではありません。それらは全部秋終さんにお伝えなさい。彼を正気に戻してから」

 

冷たくも彼女を思う言葉。

 

「セシリア・・・」

 

赤くなった頬に手を添えて目を閉じれば、鋭い痛みと温かなセシリアの感触が残っている。 鈴が次に目を開けた時、その両目には先程よりも強い光が宿っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

頭の中で声がする。

 

『助けて』

 

苦痛に染まった聞くに耐えない声が鳴りやまない。

 

『助けて』

 

声から逃れようと目の前の物を壊そうとするが、それでもやまない。 暴力を奮う度に寧ろ声が強くなっていき、心の中の何かが膨れていくのがわかる。もう壊れていると言うに、この手は止まらない。まるで自分を壊そうとするみたいに執拗に、何度も、何度も、何度も、目の前の物を砕こうとする。

 

「・・・ぉ」

 

何か聞こえた。

 

「・・・きぉ」

 

今までよりも温かく

 

「秋終!」

 

自分を思ってくれる声だった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「それでどうすんのよ」

 

「とりあえずぶん殴りますわ!」

 

「・・・」

 

なんと言う脳筋バカであろうか。これには流石の鈴も開いた口が塞がらなかった。自分がこんなバカに励まされたのかと考えると、少しだけ切なくなる。

 

「ご安心を。根拠はございます」

 

「・・・聞こうじゃない」

 

「日本の素晴らしいアニメーションですわ!」

 

せしりあのかいしんのいちげき!

 

「・・・」

 

しかしすずにはこうかはないようだ!

 

「「・・・」」

 

二人がそんなクソみたいなコントを繰り広げていれば、心滅を纏った秋終がゆっくりと振り返った。

 

「やってる場合ではありません!」

 

「誰のせいよ!」

 

思考を切り替えて構え直した二人に対して心滅が跳躍した。その速さは自分達が戦った時とはまるで違うと改めて実感する。

 

「「!」」

 

完全に殺す気であった。理性などなく獲物を前にした獣の如く、その鋭い爪を振りかざさんとする。

 

が、

 

二人も黙ってやられる筈もなく、持ち前の武器で応戦を開始する。ビットと衝撃砲による弾幕であった。当たらない事を承知で撃った攻撃は単なる時間稼ぎでしかなく、解決策を思い付くまでの引き延ばしである。そして当然当たるわけもなく、何なくと心滅は回避して次の手へ打って出ようとする。

 

「やらせるかぁ!」

 

動きを潰す様に次々と弾幕を張れば、心滅はやがて距離を取った。

 

『・・・ゥ』

 

低い唸り声をあげ、その口が開く。

 

『オォォォォォォォォ!』

 

「なっ!?」

 

「体が・・・」

 

鋭い衝撃と耳割くような雄叫びを前に二人の動きは封じ込まれ、このままではただ狩られるだけ・・・そう思った時である。

 

『オォォォォォォォォ!』

 

心滅とは別に新たな雄叫びが聞こえたのだ。

 

「何?」

 

「っ・・・動けますわ!」

 

誰の物かわからない。しかし、それはまるで心滅の声を相殺するかの様に二人を守った。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

続いて飛び込んで来たのは、白式を纏った一夏。その手に雪片弐型を携え、掌からエネルギーを形成している心滅へと真っ直ぐに突っ込んで行く。

 

「バカ!」

 

「いえ。一夏さんの零落白夜なら行けるかもしれません」

 

「何よそれ!?」

 

セシリアが回つまんで事を伝える。零落白夜はエネルギーを切り裂く事が出来、エネルギーで形成されているシールドさえも切り裂けるのだと。

 

「なら・・・」

 

「ええ。正気に戻すことも・・・」

 

「眼を覚ませぇぇぇぇ!」

 

一夏が雪片で斬りかかるのと、心滅がエネルギーを放つのはほぼ同時であった。

 

「「一夏(一夏さん)!」」

 

とてつもない轟音とまばゆい光が全体を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 




続く


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予兆。そして倦怠

第十三話


 

 

「何だよこれ・・・」

 

秋終の目に映ったのは、家族と共に暮らしていた己が家。一人になってからは維持することも出来ずに売り払われた筈、それが目の前にあった。

 

「どうして」

 

覚えている。それはぼんやりと頭の中に残っており、胸を締め付ける辛い事。だからこそ何故此処にいるのかが結びつかない。秋終が呆然と立ち尽くしていると、

 

「はーやーくぅー!」

 

見覚えのある少女が目に入った。

 

「初・・・春・・・?」

 

妹だった。今は見ることの出来ない元気な姿ではしゃいでいる。そしてそれを追うかの様に、幼き頃の自分がいるではないか。

 

「っ・・・」

 

夢にしては人が悪すぎた。

 

「全く、しょうがないなぁ」

 

「元気でいいじゃない」

 

両親も。

 

「どうなってんだよ」

 

幸せな光景な筈なのに、こんなにも胸を締め付けるのは何故なのか。欲しい物が、望む物が、全て此処にあると言うに。

 

「もしかして」

 

ふと頭に過る。この景色は確か、東京タワーに行く筈だ。もしかすれば、これを止めれば、何かが変わるかもしれない。それはありえない事だと解っていても考えてしまう。手を伸ばせば届く、目の前にある。

 

「どうせ夢なら」

 

秋終が震える手を伸ばそうとした時、

 

「秋終」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---- 予兆。そして倦怠 ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつは?」

 

「変わらず口を開かないさ」

 

賑わう食堂にて、一夏と箒は言葉を交わしていた。その内容は秋終の事であり、彼を思っての事であった。先の件から幾ばくかの時が過ぎた。当の本人は部屋から出る事もなく、誰に対しても口を開く事がない。完全に塞ぎこんでいたのだ。だが幸いな事と言えば、ルームメイトがいた事だろう。もしこれが一人部屋であれば、そもそも顔を見ることすら出来なかったかもしれない。

 

「いつまで・・・」

 

苛立ちを隠さずに一夏は口にした。さっぱりしている性格の彼にとって秋終の行動は目に余り、納得のいかない事だ。拳で語り合い、翌日には笑い会う・・・そうなると思っていたが、事実は違った。

 

「時間が癒してくれる事を待つしかない」

 

すべき事はわからないが踏み込んではいけない事だと解る。それが箒の考えた最善の答えだったのだ。

 

「本当にそうかしら」

 

異を唱えたのは鈴である。

 

「凰。何が言いたい」

 

あの日あの場所で、誰よりも近くにいた自分だからこそ解る。痛みと悲しみ、そして絶望。秋終との付き合いは誰よりも浅いが、ある意味では解りやすい彼の性格。恐らく今までの人生で何度も壁にぶち当たったのだろう。その度に落ち込みながらも乗り越えてきた。だけど、と彼女は続けた。

 

「誰だって限界はあるわ。勿論秋終にも」

 

「それが今だと?」

 

「違うわよ!」

 

鈴が声を荒げる。

 

「あいつは・・・とっくにっ・・・壊れていたのよ!でも・・・あの子がいたから」

 

今日までやってこれた。それは秋冬と共に居れば誰もが察しのつく事であった。そして鈴がその話題に触れた瞬間、彼等を纏う空気がより重い物へと変わった。

 

全生始 茜。

 

彼女は死んだ、跡形もなく死んだのだ。肉片すら残らず、もはや消し飛んだと言えるだろう。そしてこの事実をIS学園は以下の様に伝えた。

 

『全生始 茜は大きな怪我を負った。だが、命に別状は無く、病院で長期の療養中である。見舞いは控えろ』

と。

 

これを聞いた事実を知る秋終達数名は、織斑教員に詰め寄った。何故このような嘘をつき、事実を隠蔽するのかと。

 

『お前達を守るためだ』

 

短くそう告げるとそれ以上は何も語ろうとはしなかった。もし仮にその言葉が真実だとしても、到底受け入れられる事ではない。しかもそれが、精神がまだ成熟しきってない高校生ともなれば当然の話だ。奇しくも茜は孤児の出身である。騒ぎ立てる身内など誰もいる筈も無く、それこそ秋終だけなのだ。

 

「大人の都合で・・・」

 

怨めしく言葉を吐く事だけが、今の秋終にとって精一杯の抵抗であった。その精神は既に、消耗しきっていた。

 

そんな訳で茜を喪い、さらには学園に対する不信感も相まって、彼は自室に塞ぎ込みだした。

 

「私・・・秋終に会ってくる」

 

「鈴?」

 

何かがおかしかった。だからこそ、一夏は鈴の名前を呼ぶ。それが意味のない事だとしても、呼ばずにはいられなかった。

 

「大丈夫だから」

 

何が大丈夫なのか。

 

「・・・」

 

何も言えず、ただ黙って背中を見送る一夏であった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「・・・」

 

『秋終に会ってくる』

 

そうは言ったが、目の前にある扉を開けるには些か重すぎた。入らずとも分かる空気の冷たさが、鈴の肌にヒシヒシと突き刺さる。

 

何と声をかければよいのか?

 

どうすればこれ以上彼を傷つけずに接せれるのか?

 

考えども答えは出ず、そのまま幾ばくかの時を浪費する。すると、

 

「・・・」

 

扉が開いた。

 

ヒョッとする鈴を他所に、扉は軋む音をたてながらゆっくりと開いていく。だが、何も別に秋終が開いた訳ではない。ただ・・・本当にたまたま・・・勝手に開いたのだ。と言うのも、箒が部屋を出る際に扉を閉めきらなかっただけの話。それを秋終が開けてくれたと勘違いした鈴は、恐る恐るその足で踏み入って行く。

 

「・・・秋終?」

 

秋終が居た。

 

「・・・」

 

ーーーー起動少女初春ーーーー

 

虚ろな瞳をテレビに向けながら、黙って三角座りをしている。鈴が入って来た事も声をかけた事にも、一切その目は向けられない。まるで気がついていないかの様に。

 

「ねぇ、秋終」

 

変わらず返事はない。

 

「・・・ごめんね」

 

「・・・っ」

 

鈴が謝罪の言葉を述べた時、秋終の肩が僅かに跳ねた。

 

「アタシが・・・アタシが巻き込んだ」

 

「・・・」

 

「アンタをその気にさせなければ・・・アンタが乗らなければ・・・」

 

「・・・」

 

「・・・ごめん」

 

黙って鈴の言葉を聞いている秋終であるが、その顔はだんだんと険しさを帯びていく。

 

「アタシ考えたの」

 

「・・・ろ」

 

微かに秋終の口が開いた。

 

「アタシのせいでこんな事になった」

 

「・・・めろ」

 

互いの声が大きくなる。

 

「だから、あの子の代わりに・・・」

 

「やめろ!」

 

怒号と共に、乾いた音が響いた。

 

「秋・・・終・・・?」

 

「何だよそれ。何なんだよそれ!」

 

初めて見る顔だった。苦しそうな、何をどうしていいのかわからない。誰か助けてくれと、何とかしてくれと、絶叫の様な顔。

 

「そうだよ!俺が乗ったせいだ・・・俺が乗ったから死んだんだよ。あいつは死んだんだ!死んだよ!代わり何てっ・・・」

 

いないと。

 

「・・・」

 

「言われなくたって分かってる。父も、母も、初春もっ・・・茜だって!」

 

「秋終っ」

 

見ていられない。秋終の悲痛な叫びを聞いている事が出来なかった鈴は、彼を強く抱き締めた。

 

「全部・・・何もかも・・・」

 

「バカな事言った、ごめん。・・・でも、アンタは頑張った」

 

頑張ったのよ。と、泣きそうな声で秋終の頭を優しく撫でた。優しく、慈愛に満ちていて秋終は少しだけ、ほんの少しだけ母親の温もりを思い出すのであった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「鈴」

 

鈴が秋終の部屋に向かった後、一夏と箒はそのまま食堂に残っていた。気にはなる、しかしついて行った所で、という葛藤が二人をこの場所に足止めしていたのだ。

すれば、鈴が戻って来た。

 

「秋終は?」

 

箒が尋ねる。

 

「暫く一人にしてくれって」

 

多少は解れたかも知れないその心は、溶けきるにはいささか時間がかかる。きっかけを与えた、後は待つのみである。

 

「信じましょう」

 

戦っている。己の中でもがいている、それが解っただけでも意味のある物だと鈴は感じた。・・・ただ、少しだけ。僅かではあるが、罪悪感を感じていたのも事実だ。茜が死んだのは鈴のせいではないと、そう言って欲しかっただけなのかもしれない。

 

「卑怯かもね」

 

「鈴?」

 

心にひっかかる物を感じながらそれを露呈しても、その音は一夏達には届かなかった。

 

そして秋終が部屋に隠ったまま、新たな学友を迎える事なる。

 

 

 

 

 




続く


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