導入部分で燃え尽きた残りカス (キューブケーキ)
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銀河復讐伝説

帝国側で女オリ主の立身出世を考えて書き始めた物。
※最終加筆2020/01/08


■プロローグ■

 

 腐敗と混乱の病に蝕まれていた銀河連邦を生まれ変わらせた英雄、ルドルフ大帝によってゴールデンバウムと言う銀河に輝く偉大な国が生まれた。

 だが平和はいつまでも続かなかった。混乱と戦争を好む叛徒が自由惑星同盟を僭称し帝国に叛旗を翻して数百年。帝国の辺境で火種はいまだ消えないでいた。

 帝国歴459年、銀河帝国辺境のブリブリ星系を収めるリカルド子爵家に一人の女児が誕生した。辺境の女帝、帝国軍史上初の女性元帥として歴史に名を残すフローネ・フォン・リカルドである。

 悪名名高い叛徒の首魁ヤン・ウェンリーは獄中で処刑を待つ間、フローネに関してこう述べている。

「彼女は幻惑する魔女だった。多くの帝国軍将兵を魅了し鼓舞した。我々にとっては最悪だが帝国にとっては勝利に貢献した女神だろうね」

 フローネはブリブリ星系の惑星ボットンで幼年期を過ごした。父であるリカルド子爵は所領の経営で毎日を忙しく過ごしていた。

「お父様。お父様はどうして他の家の方々みたいに遊んで暮らさないのかって皆が言ってます」

 皆とは貴族の子弟を集めて教育を行う小中高一貫の「リアクション学院」付属幼稚舎での同級生で、ブリブリ星系に隣接した各地から来ている。

「他の貴族? いいかいフローネ。皇帝陛下から爵位を貰っておきながら、そんな恩を仇で返す真似は私には出来ん。お前も大きくなればわかる事だよ」

 父は領民には極めて温厚な政を行っている。

 皇帝陛下から賜った辺境開発の役目を真面目にこなしており、帝都の華やかな社交界にかおを出す暇も無かった。帝国の為、皇帝陛下の為と言う滅私奉公の忠義から職務に邁進する父の背中を見て育ったフローネは、貴族とは帝国と皇帝陛下に尽くす物と学んだ。

 フローネが18になった時、ブリブリ星系に叛徒の軍勢が攻め寄せて来た。艦艇13,000隻。対してブリブリ星系の警備隊は砲艦、フリゲート、掃海艇、哨戒艇など掻き集めても200隻に満たない。

 父は僅かな警備隊を率いて抵抗するが戦死、叛徒の艦隊は軌道上から艦砲射撃を行い星系の全惑星を友人無人が問わず焦土と化した。機雷や砲台を準備さえ出来て居なかった為、抵抗力は皆無だった。

 急の知らせを受けて帝国軍が駆けつけた頃には全てを破壊し尽くして撤退した後だった。

 シェルターから出たフローネは、住民が貴賤の区別無く虐殺された事を知った。

「許さない! 下賎な叛徒どもめ、皆殺しにしてやる!」

 復讐に燃えるフローネは国政を司る国務尚書に直訴した。家名を継ぐ事は当然であり、復讐の機会を求めた。

「その意気や良し!」と皇帝がフローネを支持しリカルド子爵夫人として家名を継ぎ、士官学校に入学した。ここで様々な知己を得たフローネはさらに躍進する事となった。

 女性を陥落させる事で右に出るものが居ないオスカー・フォン・ロイエンタールは彼女との出逢いについて言葉を残している。

「彼女は復讐に生きている。今まで出会った事の無い女だ。下衆な興味本位で近付いたが、彼女の軍務に対する本気を知れば軽口は叩けなかった。それは私だけではない。他の連中も同様だ」

 生涯を叛徒の殲滅に捧げたフローネ。家族と領民の損失は、彼女の人間性形成に大きな歪みを与えたのである。

 

 

 

■フローネの決断■

 

「リカルド子爵夫人は本気で戦場に出るつもりなんだろうか?」

「親を殺されたんだ。仇討ちは当然だろう。貴族の鏡と聞いている」

 人の噂に戸は立てられぬと言うが、醜聞を人は好む。

「復讐よりどこかに嫁いで子供でも生むのが親孝行だろう」

 軍が女子に門戸開放した事は驚きを持って迎えられた。

「確かに女は子供を生むのが仕事だな」

 フローネは同期の間で孤立していた。彼女が男子であったのならば周囲も違った対応をしただろうが、軍務省には以前から一般事務職としての婦人補助兵が下士官、士官待遇として存在したが、貴族の令嬢が入校して来るなど皆無と言えた。

「婦女子を士官学校に入れるとは如何な物であろう」

「しかし皇帝陛下が、入校の規則に無いからと御許しになられた事だ」

 フローネが士官学校で唯一心を許した相手は、番犬として飼われていたビーグル犬のナイトハルトである。ナイトハルトは老犬で寝ている事の方が多い。ときおり撫ぜに来るフローネにナイトハルトは目を瞑ったまま身じろぎもしない。

 フローネを愛し育ててくれた父は、邪悪な叛徒によって殺された。シェルターに避難していて生き延びた母。彼女に統治能力は無い。

(私がやるしかない!)

 父の意思を継ぎ帝国の繁栄に助力する。その為には叛徒を駆除しなければならないと認識していた。

 その目的を果たす手段が軍人として戦場に立つ事だ。

 帝国軍士官として重要視されるのは指揮能力であるある。士官学校では実戦と近い条件が入力された本格的シミュレーションによって戦術や指揮技能を学ぶ。

 フローネは女であっても用兵の能力はあると実証していた。

「どうだミッターマイヤー。フロイライン・リカルドとの対戦は」

「フロイライン・リカルドは手堅いですね。火力の集中、機動打撃。そして予備隊投入時期の見極めるセンス」

 手放しで褒めるミッターマイヤーの様子にロイエンタールは苦笑を漏らす。

「卿がそこまで惚れ込むとは驚きだ。愛しのエヴァ嬢が嫉妬するぞ」とからかった。

 フローネは艦隊の戦力を削ぐ遊撃戦を得意とした。校長や教官は「女のくせに」言っても、それなりに優秀で皇帝の庇護下にある(と見られていた)生徒であるフローネを邪険に出来なかった。自分の立ち位置を認識したフローネは機会を生かすべく智識を貪欲に吸収した。

「戦いは勝てば良いのではない。どうやって勝つか、だ」

 帝国貴族として教官の言葉を真摯に受け止める。平民出や一部の下級貴族はその言葉を馬鹿にした様な反応を返した。

「――だがだ。叛徒の連中は此方に合わせてはくれない。卑怯や卑劣な手口を使ってくるだろう」

 それでどう対応するのだろうと生徒は耳を澄ませる。

「公式に言えば、叛徒との戦いは戦争ではない。反乱鎮圧だ。ではどうするか? 回廊で守っているだけでは意味が無い。敵の動きを見極められ無くても良い。ともかく戦う事、敢闘精神だ。例えば防御に徹する敵に全兵力を集中するとかは阿呆がやる事だ。こちらは、包囲網を形成したらいたぶってやれば良いだけだ。こちらを攻撃して来る敵の場合、補給を断ち攻勢限界を待つのは消極的過ぎる。相手は叛徒だぞ。策源地を先に叩け。相手の出方を待つな。股に付いてる物は飾りか? 勢いを手に入れろ」

 卒業の日、校長の訓示が終わり解散するとフローネは校庭の端に居た。そこには家主の居ない犬小屋があった。

 老犬はフローネの卒業前に死んでしまった。

 ぜえぜえ息をしながら巡回に付いて行くナイトハルトの姿は心配させ、案の定だった。

「さようならナイトハルト……」

 犬小屋の屋根を一撫ぜすると、任地に向う為、正門に足を進める。

 帝国軍士官学校を卒業した者は部隊配属後、入校や教育を繰り返しそれなりに使える少尉となる。卒業したからといきなり駆逐艦を指揮できたり中隊を動かせる訳が無いからだ。

 士官学校卒業より一年、フローネはグリンメルスハウゼン艦隊の司令部で反乱鎮圧の実績を積み重ねた。

「軍と貴族諸侯の協力は、帝都までの兵站の長さを考えれば当然です。ですが貴族は自領の警衛に影響が及ばない限り協力的ではありません」

「それでフロイライン、いやリカルド少尉はどうしたら良いと考えたのか?」

 いままでの敵を潰したら引き揚げるだけではなくイゼルローン回廊同盟側出口の占領地域維持と拡大を行える土壌作り、すなわち安定化作戦の強化だと答えた。

「占領地が軍政下に置かれるのは通例ですが、敵に協力したと住民を虐殺したり略奪する事は避けるべきです。反抗分子を除き恩赦を与え協力させるべきかと考えます」

 女性と言う事で色眼鏡で見られたが、復讐の為に努力する健気な姿勢は概ね好感を持って受け入れられた。老提督は孫子程も歳の離れたこの新米少尉を可愛がった。

「リカルド少尉、参りました」

 グリンメルスハウゼンの居室に呼ばれ、従卒の持って来た菓子を薦められた。

「リカルド少尉、このういろうはな帝都で一番の職人が作った物だ。食べなさい」

「は、はぁ」

 純粋な好意にフローネは戸惑う。甘えたい時には居ない父を思い出して涙を溢す。

「……提督、しょっぱくて美味しくないです」

 この後、フローネと老人の間でいかなる会話があったのか記録には残っていない。退室する従卒は、グリンメルスハウゼンが楽しげに笑っていた事を記憶している。



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トリューニヒトの娘だと何か? 1~2話

トリューニヒトに娘が居たら何て考えた、同盟側でのオリ主物。
※最終加筆2020/01/08


第1話 糞ッタレのパパですか?

 

 閑静な高級住宅街に暮らす夫婦に念願の娘が授かった。

「エイミーちゃん、パパですよ~」

 きゃっきゃっと喜ぶ小猿のような少女がこの作品の主人公である。

 父親はヨブ・トリューニヒト。自由惑星同盟の国防委員であり、善き家庭人であった。

 エイミーが小学校に進む頃には、父が社会的にどういう立場か認識するようになっていた。

「エイミーの親父、国防委員だろ?」

 同級生の少年が話しかけてきた。

「そうよ」

「うちのパパが言ってたぞ。お前の親父は口だけで、戦場に立たない腰抜けだって。俺は将来、同盟軍に入って帝国の悪い奴等を──」

 少年は同級生の中でも特に可愛いエイミーの気を引きたかっただけだ。だがエイミーにとって父は偉大な男だった。父を愚弄する者は許さない。

「黙れ、ダボハゼ」

 エイミーの拳が少年の鼻をへし折った。

「がはまっ!」

「パパの悪口は許さない」

 鼻を押さえた少年は、くの字に体を折ってしゃがみ込んだ。そこに追い討ちをかけてエイミーは蹴りを入れた。

 豚のように這いつくばった少年の頭を踏みつけながらエイミーは顔に唾を吐きかけた。

「止めて、エイミーちゃん。それ以上はヤバイって!」

 同級生数人がかりで取り抑えられるエイミーだが罪悪感は毛ほども感じていなかった。

「エイミー、マジ容赦ねえ……」

「むしろ、ご褒美だろ。サトシのやつ、上手くやりやがって」

 さすが俺の好きになった女だと少年は惚れ直し、エイミーの去り行く後ろ姿を見送った。

 後世の歴史家は女帝の覚醒した瞬間であると記している。

「エイミー、女の子が暴力なんて感心しないぞ」

 トリューニヒトは娘を膝の上に乗せて頭を撫でながら嗜めた。エイミーは足をぶらんぶらんさせながら反論する。

「だってあいつ、パパの事を腰抜けだって言ったのよ!」

 エイミーは優しい父を守れる人間になろうと幼くして決意した。

 この世界を変えるには軍隊に入るか、政治家になるしかない。

 エイミーは士官学校へ進んだ。国防委員長の娘と言う事で、血統は間違いない。150年も戦争していれば、人的資源の枯渇から女も戦えると証明された。

「エイミー、辛かったらいつでも家に帰っておいで」

 政治生命に傷をつけるだろうが、士官学校中退の子供を持つと言う汚名を被っても構わなかった。いつの時代も父は娘に甘い。

「大丈夫、パパの名前を汚すような事はしないわ」

 エイミーは笑顔で答える。

「ああ、エイミー! 私の名前なんて大した事無い。お前の事が心配なんだ!」

「貴方、いいかげんになさい」

 子離れ出来ず引き留めようとオーバーリアクションをするトリューニヒトを妻が宥める。

 

 

 宇宙暦787年4月、入校してからのエイミーは戦闘艇の訓練で撃墜王の異名を貰うようになった。

「くそっ!」

 撃墜された候補生がシュミレーターから仏頂面出てくる。

「やったなエイミー」と仲間がエイミーを取り囲んで称賛する。人気のシューティングゲーム『エナジー・エース・サイドワインダー』で鍛えられた腕前だった。

 この光景は見慣れた物で、シミュレーションではワイドボーンやヤン・ウェンリーを潰し、校長から25年来の秀才と言われていた。

 トリューニヒトの娘と言う事だが、親の七光りではない。ゲーマーとしての素質だった。

 国費で育成される士官は阿呆では務まらない。そしてその中でもエイミーは一際輝いている。

 また違う日もシュミレーションで対抗部隊を撃滅していた。

「わっ、なっ……どう言う事だ!」

「ワイドボーン、それは簡単な事です」

 戦術コンピューターのシミュレーションで戦略を論議する秀才気取り相手だったので楽勝だった。

「そもそも貴方は敢闘精神が足りないのです。貴方は亀ですか? 引きこもっていても勝てませんよ」

 補給線ばかり狙ってくる相手だったので両翼突破による包囲を行った。兵站を大切に考える事は良いが、戦術を軽視して失敗してれば本末転倒だ。

「たかが士官候補生のくせに、戦術舐めるなんてアホですか? 戦略を語る前に、貴方は士官候補生失格です」

 ワイドボーンは人生の挫折を学び、そして責められる快感を覚えた。Mの覚醒である。

「エ、エイミー。俺と付き合ってくれ。そして、もっと罵ってくれ!」

「は? 頭、ウジ虫でも沸いてるんですか? お断りします」

 ドン引きしたエイミーはワイドボーンと距離を取る。

「俺は諦めないぞ……」

 娘に近付く男を父は警戒している。そして娘が嫌がってる事を知ると烈火のごとく激怒した。

「同盟軍ではセクハラを許しておるのかね?」

「そんな事はありません」

 同盟軍では人的資源の問題から女性にも広く門戸が開かれている。セクハラには強く対応していたし、女性にも男を誘ってるふしだらな様に思わせない化粧の仕方や精神教育も行っていた。

「だが娘はストーカーの被害を受けてるそうではないか」

 トリューニヒトの言葉に校長は、穏便に済ませる様に懇願したと秘書は証言している。

 エイミーのストーカーになったワイドボーンは校長も庇いきれず退学処分となった。

「糞、糞っ! 俺は提督になれる男なんだ!」

 任官さえすれば実力で出世出来る。そうなればエイミーも惚れるとワイドボーンは信じていた。

 しかし、そうはならなかった。

 退学処分になったワイドボーンは、エイミーの休暇を狙って拉致しようとした。実家の近くで待ち伏せをしていると、屈強な男達に囲まれた。

「うちの娘をストーカーするなんて死にたいようだね」

 退役軍人からなる民間警備会社の社員で、父は娘の安全に気を配っていた。

 ストーカーは逮捕された。

 宇宙暦789年2月、士官学校の教育終了と少尉任官を前に配属希望を聞かれた。エイミーは「将来、私は軍のトップを目指します。出世できそうな場所を」と答えた。

 嫌そうな顔を浮かべる担当教官だった。

「君なら確かに女性初の提督に成れるかもしれないな」お父上の力で――と嫌味を言われた。

 教官がエイミーは増長してると考えたのも無理はない。

 士官学校では成績優秀でも、実戦では使い物にならなかった者など幾らでもいる。有名大学を出ても馬鹿が居るのと同じだ。

「コネと言うのは使ってこそ価値があるんですよ」

 不敵な笑みを返すエイミーだった。

 実際の所、国防委員である親のコネで宇宙艦隊総司令部、統合作戦本部と選り取りみどりだった。

「でもパパの力を借りるのって良くないよね」

 エイミーは権力者の子供にしては健全に育っていた。

「うーん、やっぱり実戦経験が一番だし……最前線に送り込まれる様な部隊……」

 同盟軍陸戦隊、その精鋭「薔薇の騎士」連隊に目をつけた。将来を考えるならば、艦艇の指揮よりも愚連隊に近い部隊こそ手駒になると考えた。

 出世して偉くなれば国や家族を守れる。大切な者を守りたければ出世するしかない。

 

 

第2話

 

 駆逐艦とは艦隊構成の中核であり、低コストで大量生産されるのが売りだ。

 老朽化した駆逐艦は再利用するより新規に建造される方が多い。

 ではそれ以外は何に使われるか?

 答えは標的である。

 味方の実射訓練で的として使われる。

 薔薇の騎士連隊本部管理中隊に配属されたエイミーは、運用訓練幹部として連隊全体の訓練計画の作成を行っていた。これは本来、各中隊でやるべき事だが中隊本部として構成する人員不足により本部管理中隊に丸投げされていた。

「何でナンバー中隊の面倒まで見なくちゃいけないのよ」

 端末を操作しながらぼやく新米少尉の後ろに、副連隊長が忍び寄っていた。

「ひゃっ!」

 冷たいドリンクを頬に当てられて飛び上がったエイミー。振り返るとシェーンコップが笑っていた。

「何するんですか、シェーンコップ中佐! セクハラで法務部に訴えますよ」

「トリューニヒト少尉殿、根を詰めすぎと作業効率も落ちます。一息入れてはどうですかな?」

 頬を脹らませて私、怒ってますとアピールするエイミーに対してシェーンコップは余裕の態度を見せていた。

「むぅ……頂きます」

 渋々、矛を収めてエイミーはドリンクを受けとった。

(飲み物に罪は無いしね)

 口に広がる味は甘いレモネード。疲れた体に染み渡る。

 ほっと肩の力を抜いたエミリーにキザな副連隊長はウィンク1つ残して事務所から出て行った。

 薔薇の騎士連隊は連隊本部、本部管理中隊、ナンバー中隊で構成される。本来であれば3単位編成の大隊が存在するが、戦闘損耗の激しさから大隊は廃止された。これまでに戦死した連隊長は4名、将官に出世した者は2名。一方で、帝国の正道に目覚めて母国に戻って行った者も存在する。

 第12代連隊長ヴァーンシャッフェ大佐は同盟軍首脳から潜在的不確定要素として警戒されていた。

 そこに送り込まれたのは敏腕政治家トリューニヒトの愛娘エミリー。何かしらの策謀があるのではないかと疑い、副連隊長のシェーンコップに対応を含めて丸投げをしていた。

「シェーンコップ中佐、トリューニヒト少尉の様子はどうだ」

 連隊長室に呼ばれたシェーンコップはヴァーンシャッヘ大佐から開口一番にエミリーの様子を訪ねられた。

 著名人の娘への配慮ではない。薔薇の騎士連隊の裏切りを警戒して内定の為に送られてきた上層部からのスパイかと言う確認だ。

「トリューニヒト氏の娘にしては可愛い物ですよ。あれは母親の血筋でしょうな」

 惚けた返事にヴァーンシャッヘは、眉間に皺を寄せる。

「そう言う事を聞いているのではない。彼女は信用できるのかね」

 シェーンコップも、スパイは同盟軍に信用されていない様で嫌いだが、配属されて来た者を疑うのも自分が狭量な様で嫌だった。

「本管に中隊配属されたばかりで猫被りをされていたら分かりませんが、与えられた職務には忠実、勤務態度も良好。模範的な士官ですな」

 エミリーは自らの打算で志願して来た。買い被りのし過ぎだった。

 薔薇の騎士連隊は帝国からの亡命者や、その子弟で編成されていた。戦死者や負傷者で定員数を割ると中々補充要員は回ってこなかった。そこへ経歴のまっさらな人物が送り決まれたのだ。ヴァーンシャッヘにとって痛くもない腹をつつかれるのは不快だった。

「引き続き監視を続けろ」と言う命令にシェーンコップは冷笑を浮かべながらも「了解」と敬礼を返した。

 

 

 

「ヤン・ウェンリーです。よろしく」

 第8艦隊との合同演習で、薔薇の騎士連隊に若い少佐が連絡官として派遣されてきた。

 演習の統裁部は宇宙艦隊司令部となっている。ヴァーンシャッヘ大佐にしてみれば上に良い所を見せる機会だった。

「エル・ファシルの英雄に会えるなんて光栄だ」とヤンを持ち上げていた。

(冴えないな……)

 エミリーは冷めた目でそんなやり取りを見ていた。そんなエミリーの後ろにシェーンコップは忍び寄ると、むにっとエミリーの頬を引っ張った。

「なにふるんふぇふか!(何するんですか)」

 唖然とした表情でやり取りを見るヤンと苦虫を噛み潰した様なヴァーンシャッヘ大佐の視線を気にしながらエミリーは抗議の声をあげた。

「固いな。演習は長いぞ。もっとリラックスしろ」

 着任してからこの男にはいいようにからかわれている。シェーンコップに演習と実戦の違いを言わせれば「100回のデートより1回の本番をした方が大人だ」と言う事だが、例えが酷すぎる。ぷんぷんと怒るエミリー。

「シェーンコップ中佐が軽すぎるんですよ!」

 エミリーの言葉に全員が内心で同意していた。

「わりとマジでウザいんで近寄らないで貰えますか?」

「おやおや、お姫様はご機嫌斜めな様ですな」

 何言ってるのこいつ、とエミリーは冷たい目でシェーンコップ一瞥すると距離を取る。

「……マジでキモいんですけど」

 若い女性士官をからかうシェーンコップの姿は見慣れた物で、傍目には粉をかけている様にも見えた。

 この男の毒牙にかかった女性の数だけで大隊を編成できると言う噂さえあった。

「シェーンコップ中佐、今回はトリューニヒト少尉を狙ってるんですか」

 クローネカーの何気無い言葉に隊員が囃し立てる。

「国防委員の娘に手を出すなんて流石ですね!」

 シェーンコップがこれまでに付き合ってきた女性は多岐にわたる。だがロリフェイス&ボディなエミリーは嗜好から外れると言えた。清楚でもエロボディ等と、一貫してキュートよりセクシー路線だった。

 それを知った上でのからかいだったが、シェーンコップは「それも面白いな」と返した。

「冗談ですよね」

 シェーンコップはリンツの問いかけに不適な笑みを浮かべる。

 

 

 

 政府は限られた予算で軍を動かしている。

 軍もどうせ物資を消費して艦隊を動かし演習をやるなら、哨戒も兼ねて行えば効率的だという事で、イゼルローン回廊の同盟側出口にあるイマクニ星域に派遣された。

 イマクニ星域で入植可能な惑星は存在しないが、帝国軍の侵攻を監視する前哨線として小惑星にレーダー基地が設置されている。

「本演習は小惑星メノクラゲのレーダー基地が帝国軍に占領されたと言う想定で行う。第8艦隊の支援で制宙権を確保、航宙優勢下でメノクラゲに降下する。敵兵力は装甲擲弾兵1個連隊に砲兵大隊、装甲車中隊、工兵、通信、衛生等の増強を受けた戦闘団で、空からの支援は無い──」

 ヴァーンシャッヘ大佐の説明に納得いかない表情を浮かべたエミリーに気付いたヤンが話しかける

「どうかしたのかい」

 ヴァーンシャッヘ大佐の説明が続いているので声は押さえ気味だ。

「艦砲射撃で吹き飛ばせば簡単じゃないですか。どうして敵も味方も取り返そうとするんですか?」

 普通に考えれば艦砲射撃が一番簡単だ。

「演習というのはそう言う物だからね。実際、どうしてもやらなければいけないとしたら敵の機密書類とか情報が手に入るだろう」

 演習は実戦とは違う。反復演練する事で、実戦に応用する機転を身に付ける。

 なるほど、と答えようとした所で、後ろから頭の上に手を置かれた。

 誰だか直ぐに分かった。

「シェーンコップ中佐、髪がくしゃくしゃになるので止めて下さい」

 そんなじゃれ合いに周囲はまたかという空気になり、ヴァーンシャッヘ大佐は厳しい視線を向ける。

 娘の状況は逐一、トリューニヒトに知らされていた。娘の勤務する環境を調べてトリューニヒト怒りを覚えていた。女たらしのワルター・フォン・シェーンコップは危険だと。

 ヨブ・トリューニヒトは大衆の求めるリーダーシップを具現化した様な力強くエネルギッシュな政治家である。同時に子煩悩な姿も知られており、そんなトリューニヒトを多くの人々が好意的に捉えていた。

(ただの親バカだろう)

 溜め息混じりにシドニー・シトレ元帥がそう思ったのも仕方がない。

 自由惑星同盟軍は概ね二つの派閥に別れている。

 統合作戦本部長シトレ元帥を支持するシトレ派と宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥を支持するロボス派だ。シトレは軍閥を否定するが統合作戦本部が宇宙艦隊を抑える役目も兼ねてる以上、反目も仕方無かった。

 統合作戦本部長の立場で国防委員のトリューニヒトと会談する機会も少なくなかった。

「調子はどうかねシトレ元帥」

 来客用に置いてある応接セットのソファーに腰かけ、従卒の入れたコーヒーを味わっていたトリューニヒトは、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて話しかけてきた。

「お陰さまです。委員」

 トリューニヒトはロボス派と友誼を結んでいる。政治家や企業の主催するパーティーへの参加は退役後、政界進出する為の人脈作りと考えられた。

「今日はどうされましたか?」

 政界との繋がりは有って損にはならない。しかしロボス派の様に愛想を振りまく気持ちがシトレには無かった。

 軍の最高位である元帥にまで昇進出来た。退役後は田舎で果樹園でも拓こうかと考えている。

「いやなに、ちょっとした提案だよ」

 トリューニヒトは政治家として娘を危険な場所に送るなとは言わない。親としては守ってあげたいが、娘が望んだ事なら叶えてあげたいと思っている。

「──そう、問題は悪い虫だな」

「虫、ですか?」

 トリューニヒトの仮面は剥がれている。不機嫌な表情に戸惑う。

 シトレから見ればトリューニヒトは決断力こそあるが、他の政治家と同じで愛想笑いしかばかりの男だった。だが他人の前で負の感情を露にしている。

「人的資源の限られた同盟では、女性の社会進出は珍しくない。軍隊は男の社会と言うのも余裕があってこそ言える言葉だ。これは国家存亡を賭けた総力戦なんだよ」

「はぁ……」

 何を当たり前の事を、とシトレは思ってしまった。

「だからこそだね、女性を守る環境が必要だと私は思う。人口減少の問題から考えて、異性の交際と出産は国益に沿う物だ。しかし社会経験も乏しい未成年の子供は、悪辣な手練手管で狙う男に免疫が無い。クズの様な男に弄ばれそして捨てられる。その様なごみ虫は取り除き、国家が守ってあげるべきだ!」

 要は自分の娘に悪い虫が付かないか心配でたまらない。統合作戦本部長としてどうにかしろと言う事だった。

(そう言う事は外野がやいのやいの言った所で、なるようにしかならないだろう)

 自分の子供を信じてないのか尋ねれば、良識を持った娘に育てていると怒鳴られる事は目に見えていた。賢明な事にシトレは口を挟まなかったが、溜め息を吐きたい気分だった。



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銀英伝転生記

銀河英雄伝説の二次小説を読みまくっていたオリ主がラインハルトに転生したら、と言う話。
※最終加筆2020/01/08


 大学の夏休み、俺はサトーイツカドーで飲料担当のアルバイトをしていた。

 その日も朝からの勤務で、バックヤードからペットボトルの箱を出そうとしてたら荷崩れが発生した。積んだやつの責任になるな、と思いながら叫ぶしかなかった。

「あっ――――!」

 体を襲う衝撃。そして意識は暗転した。

 

 

 次に目覚めた時はベットの上だった。会社の医務室か?

「ん……」

「ラインハルト様!」

 傍らに居た赤毛の青年が声をかけてくる。

(誰だこのイケメン。外人に知り合いなんていねえぞ)

 目の前に居るのは女顔で美形の青年。黒を基調とした制服がよく生える。

「ラインハルト様、本当に大丈夫ですか?」

 か、顔が近い。そして気になる言葉があった。

(ラインハルト?)

 かの有名なRSHA長官のハイドリヒが確かラインハルトだったな、等と韜晦しそうになった。だが嫌でも答えに気づいている。

「お加減は如何ですか?」

「あ、はい」

 頭が痛むが体に異常は無かった。ふと自分の無骨な手が白く細い手になっている事に気付いた。

「はっ!?」

 サイドボードに置かれた水差しに移る自分は、王冠の様な金髪を持つ少年、ラインハルト・フォン・ローエングラムだった。

(まじかよ……)

 脳裏に浮かぶ先人達の名前。マルティン・ロッシーニ、リーファ・ロボス、ペトルーシャ・イースト、アレス・マクワイルド、リーナ・エレクトリック、リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク、アルブレヒト・ヴェンツェル・フォン・ケルトリング、アドルフ・フォン・ハプスブルク、ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト、ヘイン・フォン・ブジン、フリッツ・フォン=トリップ、ヴラディレーナ・フォン・ドラクリヤ、フリーダ ・フォン・アルベルト、オトフリート・フォン・ゴルツ、ルイーゼ・フォン・フォイエンバッハetc……。

 そうだ。認めるしかない。銀河英雄伝説の世界に来てしまった。

(よりによって金髪の小僧かよ。だめだ……俺に軍人なんて出来るわけが無い)

 小説のように上手く行くとは思え無かった。

 

 

 赤毛さんの入れてくれた紅茶で気持ちを落ち着ける。

 う~ん、茶の味はよく分からん。安物なコンビニで売ってるパックの紅茶が懐かしい。

 一息入れて落ち着いた。現状を確認しよう。

 今は帝国暦487年2月。

 俺はローエングラム伯で銀河帝国軍上級大将。敵は3個艦隊の4万隻で、俺は2万隻を率いてこれからアスターテで同盟軍を潰しに行くと言う状況だ。

 考え事をしながら歩いていたラインハルトは自室の扉に頭をぶつけて気絶していたらしい。マジで有り得ねえボンクラじゃないか。

(敵はパストーレの第4艦隊、ムーアの第6艦隊、そしてパエッタの第2艦隊か。原作1巻開始時ってか。原作通りに各個撃破すればとりあえずは勝てるかな?)

 現状から考えてフレーゲルさん達、門閥貴族連中との仲は険悪。帝位簒奪するぐらいの野心を持っていながら、何で敵ばかり作っていたんだ。この体の持ち主は。

 今回も艦隊の各指揮官との意思統一が出来ていない。

(今から仲良く出来ないかな?)

 仲良くする努力はやっておくべきだよな。今からでも頭を下げて宜しくお願いしますって挨拶に回っておくか。

 まずはメルカッツ提督に連絡をした。

『閣下、いかがされましたか?』

「先程は失礼しました。貴方の経験と知識は私の頼りとする所です」

『はっ?』

 先の会議では部下の前と言う事で、上から押さえつける口調になってしまったと謝罪した。

「若輩者で行き届かぬ点もありますが、宜しくお願いします」

 俺が頭を下げるとメルカッツも『閣下のお気持ちはよく分かりました』と受け入れてくれた。

 シュターデン、フォーゲル、エルラッハ、ファーレンハイトの諸将にも頭を下げた。

 俺はラインハルトのような天才ではない。凡才な小市民だからこそ和を尊ぶ。気持ちよく協力してくれるなら幾らでも頭を下げる。

「……ラインハルト様は如何なさったのですか?」

 そんな俺に赤毛の青年は訝しげな目を向けてくる。

「ん、ああ、人の和と言う物を再認識しただけさ。そんな事よりキルヒアイス、帝国首都(オーディン)に帰還したら御両親の所に顔で出したらどうだ?」

「そうですね。ありがとうございます」

 

 

 

 偵察艇によって敵の位置は正確に把握していた。

 各個撃破を狙い攻撃位置に前進した艦隊は、遂に敵と遭遇した。スクリーンに映し出されたのはパストーレ中将の第4艦隊だ。

「閣下」

 キルヒアイスに促され俺は「ふぁ、ファイエル!」と攻撃指示を出した。

 一瞬で、万単位の人命が奪われた。俺の指揮でだ。

 快感が背筋を走った。

(何て面白い、これ!)

 大量殺人だとか、罪悪感何て微塵も浮かばなかった。

 後はプロによるルーチンワークだ。しょせん餅は餅屋、自分は戦争のプロではないから大筋の指示だけ出して、部下に任せた。

 妨害電波やワルキューレによる連絡艇の撃破なども臨機応変にこなしている。



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ヘッダさんの場合

元男のオリ主が女として転生した。士官学校の同期はシェーンコップ氏と言うお話。
※最終加筆2020/01/10


 自由惑星同盟、ハイネセン士官学校、士官候補生ヘッダ・ビュルクナー

 

 私はヘッダ・ビュルクナー。

 自由惑星同盟のハイネセンにある士官学校に入校したばかりです。

 名前の通り帝国を源流とする家系ですね。性別とか同盟側とかその辺は、転生を自覚すると開き直った。

 銀英伝なんて藤竜版よりも以前の世代で、前世に読んだSSの記憶も朧気にあるだけだけど、無難に後方勤務を勤めれば生き残れるという事だけは理解している。

 同盟は負ける。国力だけではなく人材まで加われば帝国に勝てるわけが無い。だから私が士官学校に嫌々でも進んだのは、生存戦略の中から現実的選択と言うやつだ。

 それにしても100万以上の将兵からなる艦隊を幾つも揃えるとなると、士官学校も1つで済むはずがない。同期に原作主要人物がいるなんて奇跡だろうと思っていた。

 だけど同期には、かのワルター・フォン・シェーンコップ氏が居る!

 驚いたし、なんでこいつが居るのと思ったけど、下士官からの叩き上げではなくまともに士官学校を出ていたらしい。

 確かに年齢から考えれば階級高過ぎだったし、そういう物か。それにしても元男の私から見てもイケメンだな。

「ん? どうした。俺の横顔に見惚れていたか」

「だれが見惚れるか。バーカ」

 しかしこの出会いって死亡フラグではないよな?

 

 

 自由惑星同盟、ハイネセン士官学校、士官候補生ワルター・フォン・シェーンコップ

 

 帝国からの亡命者となれば、同盟に忠誠を証明する為に同盟軍に入る事も多かった。俺もそうせざるを得なかった。

 ここではどんな奴らが居るのだろうと思っていたが、早速に可愛いお嬢ちゃんに出会った。

 甘味色の髪で水色の瞳が印象的だ。少年のような口調で正確もどちらかと言うと男らしい。演技ではなく長年培われた口調。女らしさの欠片も無い。

 だが面白い。これほど女を感じさせない相手も久しぶりだ。

「ビュルクナー候補生、部屋の鍵を開けて待っていてくれたなら大人の階段を登らせてあげるんだがな」

 彼女の肩を抱き寄せて顔を近づけて囁くと、予想外の反応が帰って来た。

「ひっ! 遠慮します!」

 なぜそこで怯える。

 これでも女には不住はしていない。経験上、相手が恥らっているのか遠慮なのかは直ぐに分かる。これは押せばいけると。だが、本気の否定はプライドが傷つく。

 俺の魅力が足りないのか。いや、こいつがまだお子様なんだ。そうでなければここまで反応が悪いわけが無い。

 

 

 自由惑星同盟、ハイネセン士官学校、士官候補生ヘッダ・ビュルクナー

 

 ホモはお断りしますと遠慮したが、考えたら今の私は女だ。

 きつく断りすぎたかと反省をした。だけど男を受け入れる心境にはなっていない。

 確かにシェーンコップ氏は優良物件だけど、モテ期来た! と手放しには喜べ無い。そもそも女関係にだらしない浮気性なのが人として無理だ。

 生活隊舎は士官候補生ともなると個室になっている。プライベートの充実で学業と訓練に励んで任官して貰わねばならないからだ。

 ルームメイトも存在しないので、休み前の課業後に友達が集まって泊まっていく事もざらだ。

 それにしても憂鬱だ。

 さっきPXにお菓子を買いに行くとやつに遭遇した。

「ふむ、色気より食い気か」

 シェーンコップ氏のプライドを傷つけたので、目をつけられてしまったらしい。

 お父さん、お母さん、ヘッダは家に帰りたくなりました……。



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大公殿下は引きこもり

オリ主が独自勢力を維持したらどうなるか、というかラインハルトを踏み台にしたお話。
※最終加筆2020/01/15


はじめに

 

 銀河帝国最後の忠臣と言えば、エルンスト・フォン・ザイドリッツ大公の名前が上げられる。

 皇太子ルートヴィッヒの従弟、ザイドリッツ大公は大公領に篭り帝位や世間に興味を持たれなかった。従弟と言う遠慮もあったと考えられる。

「エルンストは余の甥だが、帝位に興味は無いとほざきおった」

「それは……」

 皇帝の言葉にリヒテンラーデ侯は返答の言葉を詰まらせた。

 皇太子の亡き後、正当な後継者である大公が自領の統治にしか興味を持たない。ならば領土を増やしてやれば帝国の国政に興味の目を向けるのだろうかと所領加増が決定された。皇帝直轄地の1/3にあたる。

 ブラウンシュヴァィク公を初めとした門閥貴族はザイドリッツ大公の影響拡大を懸念したが、大公は皇帝陛下崩御となっても自領に閉じ篭り、帝国暦488年に発生した門閥貴族とリヒテンラーデ侯の内戦にも関与しなかった。

 いわゆるリップシュタット戦役で勝ち残ったのは、寵姫の弟ラインハルト・フォン・ローエングラム伯であった。

 ラインハルトは門閥貴族の危惧した通りに簒奪者だった。エルウィン・ヨーゼフを擁立していたリヒテンラーデ侯を排除した後、不遜にも爵位を公爵に進め帝国宰相を僭称し権力を掌握した。

「大公が臆病者か慎重なのか分からない。だがゴールデンバウムの血は根絶やしにせねばならん」

 当時、30歳であった大公は最も脂の乗りきった時期であり、ラインハルトにとって脅威度も高かった。

 ラインハルトは傀儡に過ぎないヨーゼフ2世から禅譲され、帝位に就くと大公に軍門に下るよう命じた。挑発である。

 これに対して大公は屹然と返答を返した。

「余が認める全宇宙の支配者はゴールデンバウム王朝のみである。下賎の生まれにも関わらず引き立てて貰った恩を忘れ簒奪者となった金髪の小僧。お前のような恥知らずに屈する膝は無い」

 卑しい生まれである事を自覚していたラインハルトは激怒した。

「引き篭もりの貴族が余に歯向かうと言うのか。良いだろう。叛徒の前にゴールデンバウムを叩き潰してくれる!」

 親友キルヒアイスの亡き後はラインハルトを諌められる者は居なかった。

 カイザー・ラインハルトが新王朝を打ち立て艦隊を派遣する事、6度。その全てに勝利した大公軍。ゴールデンバウム王朝の正当なる後継者が誰かを物語っていた。

 ぼろぼろになった旗艦でラインハルと麾下の将帥は歯軋りをした。

「なぜあの男は出てこない。あれだけの武力があれば銀河を支配する事も出来ただろうに」

 合わせて20万隻の艦艇が沈められた。敵に与えた損害は自軍の1%にも満たない。

 捕虜の身から釈放されたミッターマイヤーがラインハルトに告げる。

「殿下は宇宙を求めません。ただ身の周りの一握りの物を守れる力さえあれば良い。そう仰っておりました。あのお方こそ王者の風格。本物の貴族にして君主です」

 ミッターマイヤーにビッテンフェルトが食って掛かる。

「卿はどっちの味方だ。我らはカイザーに忠誠を誓った身だぞ」

 ラインハルトに引き立てて貰った諸将にとっては旧ゴールデンバウム王朝の残照等は認める訳にいかなかった。それはラインハルト陣営の正当性を失い、今まで築き上げてきた物を否定する事になるからだ。

「私は真実を言ってるだけだ。あのお方こそ、本来宇宙を総べるに相応しいお方なんだ!」

「黙れ、日和見の裏切り者め!」

 ミッターマイヤーは呆れた。捕虜を解き放つほど寛大な大公とは大違いだった。

(仰ぐ旗を間違えたか……)

 提督として艦隊の指揮権を取上こそされなかったが、ラインハルトから謹慎を命じられたミッターマイヤーにロイエンタールは囁く。

「ミッターマイヤー、卿の考えはわかる。今からでも遅くは無いぞ。俺と卿の艦隊でオーデインを制圧し、ザイドリッツ大公殿下に臣下の礼を尽くす。そうすれば大公殿下は嫌でも帝国の内政に関わらざるをえない」

 

 これまでの情勢を見て自由惑星同盟は密かにフェザーン経由で大公に接触した。大公への援助を餌に、帝国との講和を提案したのである。

「余ザイドリッツは皇太子殿下の従弟だぞ。叛徒と馴れ合いなどできるか。こちらに手出ししなければ看過はしてやる。だが手出しをしてくるなら容赦はしない。子々孫々に至るまで根絶やしにしてくれる」

 あまりにも上からな物言いだったが要点は理解できた。お互いに不干渉と言う事だった。

 銀河帝国はザイドリッツ大公領として健在であり、ラインハルトは正当性を証明できないまま新生銀河帝国を統治しようとしたが民の離反は防げられ無かった。

 自由惑星同盟ではザイドリッツ大公領内が想像以上に豊で人々に笑顔が絶えない事から、帝国も一部の貴族が悪かっただけではと言った風潮が流れていた。

 ラインハルトが実効支配する新生銀河帝国では、軍政下にあり平民の暴動が相次いだ。領内の統治は粛清のやりすぎで味方となる文官が足りなかった。

 精神的重圧となり苛々するラインハルトの下に急報が届いた。

「ミッターマイヤー、ロイエンタールが余を裏切っただと!」

 双璧の指揮する艦隊は8万隻。新帝国に於ける重鎮と宇宙艦隊の貴重な戦力が失われた瞬間だ。

 双璧は凡将とは違う。帝都の主要施設を制圧し、惑星を背後に衛星軌道に艦隊を浮かべていた。

 双璧でさえ見限ったのだ。戦わずして次々と脱走する将兵と逃亡する官僚。平民の支持は完全に失っていた。

「無念だ」

 ラインハルトは反乱を起こした部下に捕らえられ、大公の下に引きずり出された。

 流刑地である辺境惑星で開拓に従事せよ。大公は命までは取らず、ラインハルトとその一党を許したとある。

 大公は器の大きさを見せた。しかし、真実はゴールデンバウム王朝歴代皇族の例に漏れず、大公自身も怠惰な性格であったと語られている。

 

 

1.大公殿下の日常

 

 家督を次ぐ前の大公世子であった頃は、地球時代のビンテージ物であるワゴンRを乗り回す事がエルンストの楽しみだった。

「今日も峠を攻めてやるぜ」

 等とのたまい、コップから水をこぼさない訓練を行っていた。

 一応は尊い皇族の血を引いた身である以上、護衛は着く。軌道上から艦隊が警戒の目を広げていた。

「まったくうちの殿下と来たら」

「おい、不敬だぜ」

 放蕩生活と臣下は呆れているが、諫言してもエルンストが高貴なる者、大公世子として姿勢を改める事は無かった。

 また帝国暦473年に15歳で士官学校に入校した時は、一般清掃員の格好をして授業をサボって釣りに出かけたりと門閥貴族以上に破天荒な行動を見せた。

「おい貴様、ここで何をしている」

「おっ、引いてる引いてる」

 清掃員姿で、課業中に釣りを楽しんでいる物だから、当然、声をかけられる。

「釣り以外の何に見えるんだよ」

 無礼な物言いに目を見開く。

「何だと……って、もしかして」

 今期、入校して来た重要人物であるエルンストの顔は保安上の理由から教官、助教一同周知させられていた。

「ザイドリッツ殿下?」

「その通りであります」

「殿下も士官学校に入校した以上は、他の士官候補生と立場は同じです。放校されないとは言え、帝国軍士官として任官する以上は、節度ある行動を心得るべきです」

 教育修了後に大公世子が部隊配属されても腰かけのお客様でしかなかった。エルンストにはザイドリッツ大公として領地を治め、藩屏として帝国を維持する。あるいは次の皇帝として即位する事が考えられたからだ。

「はい、ご指導ありがたくあります!」

 返事こそ立派だが釣竿から視線は逸らさない。

 他にも在校中はやりたい放題だった。

「起床、起床!」

 午前6時、日朝点呼で当直の声がかかる。ベッドで待機していた士官候補生達が居室飛び出し廊下に整列するが、エルンストは就寝点呼が許されていた。

 事後、食堂で食事を採る。

「今日の朝飯は何だ?」

「はい、殿下。すき焼き風だそうです」

 エルンストの場合、御付きの者が食事を用意する。エルンストと同期の交流する機会と言えた。

「俺は大公になる。それはもうしゃーない。でさ、人生のメインが俺の場合、領地経営である以上は、慣れなくてはいかんし、慣れるまで凄い時間がかかる。一応、伝統に従って士官学校行ったら行ったで、シビアな話、教育修了しても命の価値がお前らとは違う。戦場に出て死ぬわけにはいかない。だから無視して、色々やっちゃっても良い訳よ。え、営倉入り? 牢屋ってワクワクするよな」

 この様な事をエルンストはぶっちゃけで語っていた。

 駐屯地司令兼士官学校校長の朝礼が終わると、エルンストは早速、抜け出す。

「ザイドリッツ候補生がまた居なくなったぞ」

「あの野郎……」

 駐屯地の持続走競技会以外に体育の一環として、野戦のフル装備で行軍を行う行事がある。ハイポートでないだけましなのだが、ここでもサボり、同期の顰蹙を買った。

「体力錬成だ? 笑わせんな、しゃらくせえ」とエルンストは述べている。

 校長や教官も職責から叱責すべき立場にあったが、皇帝に近い尊い血筋なだけに遠慮し、他の生徒の迷惑にさえならなければ最悪、遊んでいても良いと伝えた。

 後世に美化され伝えられる大公の姿とはかけ離れた物だった。



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銀英伝に転生してみた 1~3話

本作はにじファンで、らいとすたっふルール2004にしたがって作成し、掲載していた未完作品です。黒歴史の再掲載にあたり、手直しを少ししています。撃墜されていなければ「バウワンコ」の話になります。


1.前世の部分

 

 

 僕の名前は野比のび助、41歳。世間で普通のサラリーマン。

 妻の玉子と息子ののび太、ドラえもんが家族だ。

 大学卒業後、CIDGに誘われインドシナ半島をLRRPとして戦った。フェニックス作戦がリークされ発覚すると、変わりにローデシアでの仕事を斡旋された。

 同じ共産主義者との戦いだ。特殊部隊セルース・スカウツでモザンビークやザンビア、ボツワナで戦い、1980年には南アフリカ国防軍に雇い主が変わった。

 第32大隊に大尉として着任。「大学卒業後の人生=軍歴」で、給料も悪くない。

 1975年のサバンナ作戦以降、南アフリカは本格的にアンゴラに介入し、僕らの大隊も、UNITAを支援して各作戦に投入されていた。

 そして1981年10月12日、ハンドバック作戦が始まった。目的はアンゴラ領内のSWAPO根拠地の撃滅だ。

 担当地区のパトロールが終り、遅めの昼食を摂っていると中隊本部に呼ばれた。

「ノビー。君のティ-ムに仕事を頼みたい」

「はい中隊長」

 机の上に地図、写真、報告書が広げられている。

「二日前、アンゴラ北東部で哨戒中の友軍機が、木製ヘリコプターの攻撃を受けて反撃し撃墜した」

 写真には黒焦げに焼けた機体の残骸が写っている。

「飛来した方向からコンゴ領内と判断される」

 なるほど、モザンビークやローデシアのパターンか。

「空爆で叩くので、敵の根拠地を探し出し誘導してくれ」

 また越境作戦だと、その時はそれぐらいにしか考えていなかった。

 月並みな言い方だけど、まさかあんなことになるなんて思っても見なかった。

 移動経路、休止点、無線周波数の割り当て、呼び出し符号などの打ち合わせを終えると、補給担当から必用な装備・消耗品を受領し、翌朝にはすぐ出発だ。

 友軍の支援を受けられない越境作戦のため、携行する装備は今回多くなる。

「SA7はどうしますか」

 ティームの先任下士官、ミステル・ヤオイ曹長が尋ねてくる。

「いや。今回はいい」

 個人携行火器として9ミリマカロフ、AK47、銃剣、手榴弾。分隊支援火器のPPKと対戦車用にRPG-7、対人地雷も持っていく。携行無線機と予備電池。それぞれの予備弾倉や戦闘糧食、2リットルの水筒、寝具に雨具や着替え、予備の戦闘靴などを含めるとかなりの荷物で、疲労を考えると携帯式対空誘導弾は、車両ならともかく長距離の徒歩移動では辛い。

 翌朝、ヘリでアンゴラとコンゴ国境地帯まで空輸されてる途中、撃墜された。

 あっけないものだ。

 それまでの準備がすべて無駄になったし、残された家族が心残りだとか、考えている暇も無かった。

「うわ」と我ながら情けない台詞しか出なかった。

 衝撃と熱風に体が切り裂かれる痛覚を感じたのは覚えてる。

 そこまでだ。

 だから撃墜されて僕は死んだのだと思う。

 

 

 

2.開幕

 

 もし過去に戻れたら、もし生まれ変われたら、そうしたら違う人生を歩んでみると一度ぐらい考えたことはある。

 だけど、まさか未来とは……。

 帝国暦466年。ルパート・ケッセルリンクの名前で、僕はフェザーン自治領に生れた。

 勿論最初から、野比のび助としての記憶があった訳ではない。2歳半になって会話できるようになった時、お風呂で転んで頭を打って生前の記憶を一気に取り戻した。

 日本での生活。妻と子供たち。

 インドシナの樹海で雨に打たれた事。初めて敵を殺した時は体が震えた。南ローデシアの川で、中隊のマスコットとして飼っていたライオンの体を洗った事もある。

 敵に撃墜された最後の日、ヘリコプターから見下ろしたアンゴラの赤い土。

 のび助の41年間の人生。

 そう言った生々しすぎる記憶と知識に、高熱を出して丸一日寝込んでしまった。

 看病で気疲れしたのだろう。ベットの傍らで眠っている母親の寝顔を見つめながら、これからのことを考える。

(気のいい両親を混乱させたくない……)

 よくある妄想のような三文小説で、前世の記憶を持つ幼児が、内政で活躍したり文武に優れているとかあるが、現実は甘くない。うちは貴族でもない平民で、社会構造の改革が出来るほどの名家でもない。

(特に神様が出てくる作品なんて最低だと思う)

 脇道に逸れたが、子供の体で何かの偉業が出来るわけでもない。

 それに僕自身が、大して優れていたわけでもない。

 当面は、子供らしくない言動をしたりせず、目立たないよう普通に過ごす事にした。

 記憶が戻って気になったのは、今が何月何日で、自分がどこにいるのかと言う現状だ。情報は生きる術だ。知っていると知らないとでは取れる動きも異なる。

 文字を覚えた頃に、年号も読めるようになった。帝国暦と言われてもぴんと来ない。

 小学校で習った歴史によると、西暦2801年を宇宙暦1年として銀河連邦が誕生。宇宙暦310年に太祖ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが神聖不可侵の皇帝となり、銀河帝国が誕生したと言うことだ。

 立体TVが一般家庭に普及している事から、とてつもない未来だと言う事はある程度分かっていたが、授業で自分の生まれた年を知ってさらに驚いた。

 ルパートとして僕が生まれた帝国暦466年は、撃墜された1981年から数えて1285年後になる。

(1285年……)

 あまりにも歳月が流れ過ぎていて現実感が沸かない。驚いたのは確かだが、衝撃はあまりなかった。

 そしてこの世界は、銀河帝国という皇帝陛下が治める世界で、貴族の導きで僕達平民は幸せに暮らしているという事を教えられる。1000年以上経って宇宙に出ても貴族制度があることに驚きを覚える。

(皇帝、貴族? 本当に幸せなのか……)

 中世ヨーロッパだと封建社会の平民は農奴だったよなと思い出す。

(でも中世って言っても範囲が広いか)

 アパルトヘイトの尖兵として戦っていた僕だから、世の中が平等だとは思っていないが、皇帝とか貴族とは極端だ。

(結局、人類は宇宙に生活圏を広げても変わらなかったという事か)

 生活水準は前世とあまり代わりが無く、空を自由に飛びまわれるようになったわけでもない。一方で、銀河を宇宙船で走破できるようになったそうだけど、冷蔵庫など日用品の類は普通に変わりなくあった。

 それと、地球外知的生命体は残念ながら存在しなかった。

 僕の暮らすフェザーンは自治領で、結構自由な気風のある商人の国らしく、父もその一人だ。やってる仕事の内容は、詳しく知らないが会社の経営者だと聞いている。

 家は貧しくは無い、そこそこの暮らしが出来た。だが、たまには和食が恋しくなる。

(今度自分で作ってみるか……)

 身長が伸びれば、台所で調理も出来るし買い物だって行けると思う。それまでは我慢だ。

 僕が幼い頃から父は長期出張か、たまにしか家にいなかった。それでも寂しいと思う事は無かった。帰って来た時はたくさんのお土産を母と僕に忘れない。それに一杯抱きしめてくれた。

(僕は愛されている)

 その事を強く実感した。それはとても幸せな事だ。不満などある訳が無い。満面の笑みを浮かべて抱き上げてくれる父に、不服を感じることはなかった。

 

 

 

 今日も父は帰ってくる前、FTLで連絡をしてくれていた。

 FTLはシンクロトロン偏光の原理を応用したもので、光速の壁を超えて電波を送ることが可能だとか。

 電波妨害さえなければ、全銀河でリアルタイムの通信が出来るらしい。

 アインシュタインが特殊相対性理論の中で、質量を持つ物が真空中の光よりも速くなることは何て有り得ないって提言していたそうだが、未来の技術はその壁を粉砕してしまった。

(科学の力は凄いなぁ)

 そんな事を感嘆として受け止めていると、玄関から父の声が聞こえる。

「ルパートちゃん!」

 いつもの父の呼び声だ。職場では強面で渋い中年を気取っているが、家に帰れば子煩悩な普通の父親に変わる。でも『ちゃん』は照れ臭くて慣れない。

 さて、お迎えに行こう。

 居間から玄関に行くと、母と手を取り合っていた父が僕を抱きしめてくれる。

 光沢のある額が眩しい。

「パパに会えなくて寂しかったかい?」

「う……うん……」

 幸せそうに抱きしめる父。

(この暑苦しいテンションはやめてほしい)

「うふふ」

 母はあらあらとほほ笑んでいる。

 育ててくれる両親に感謝はしているが、前世の記憶を持つは中年男としては、結構複雑な心境だった。

(ああ……玉子さん、僕が死んだことを知ったら悲しんだろうな……)

 何度も言うが、今の家族に不満はないよ。だが、思い出すのは生前の家族の事。

「はぁ……」

 気分転換に、最近ハマっているお絵かきをする。過去を背負って宇宙的な何かの力で転生したからにはこの世界で生きていくしかない。

「ルパートちゃん。何を書いてるのかな」

 着替えた父は、ハゲた頭をテカテカ光らせ、ニコニコと僕が書く絵を覗いてくる。

 息子の魂に宿る者が、戦場を渡り歩いてきた歴戦の兵士とは知らない。それは双方にとって幸せな事なのだろう。

「リンゴ」

 鉛筆一本で質感を表現する僕に、「この子は天才だッ!」と両親は大喜びしている。

 あんたら親バカだろうとは言わない。

(これからの人生どうするか)

 野比のび助としての人生は終わった。そのことはすでに諦めてというか、割り切った。

 幼いころの画家になる夢を目指すのもいいかも知れないなぁと漠然と考えてみる。

(先は長い。ゆっくり考えれば良いか……)

 

 

 帝国暦476年。のほほんと過ごしていた僕の人生に転機が訪れる。

 何がきっかけだったのかは知らないが、父の事業が失敗したらしく母と二人で夜逃げ同然の引っ越しをすることになった。

(何、そのいきなりの家族離散)

 平穏な普通の暮らしが消え失せた。父は必ず迎えに来るからごめんねと大泣きをしていた。

「ルパートちゃん」

「パパ……」

 僕も悲しくなってぎゅっと、父の首に腕を回す。僕がもっと大人だったら両親を助けられた。その事が残念で悔しかった。

(ああ。早く大人になって、両親を楽にさせてあげたいな……)

 この瞬間、精神的な面でもルパート・ケッセルリンクになった。

 母の遠縁で帝国領のミッターマイヤー家に引き取られた僕は、食べるために幼年学校を目指す事にした。自分の技能を生かした就職なら軍人しかないと思ったからだ。

 それに、この時代。叛徒と戦う軍人は身近な英雄で子供達の憧れだった。宇宙の平和を乱す悪の根源である叛徒をやっつけると言うのは、単純に正義を信じて戦えるし悪い事ではない。

 平民が貧困から抜け出すには手っ取り早い手段の一つだった。

「ルパート。あなた、軍隊なんて入って本当に大丈夫かしら」

 その事を告げると母は驚いた表情を浮かべて僕を凝視した。

 僕の年齢で自発的に軍隊に入りたいと言うのは珍しい訳ではない。だが、母親として我が子を死地に放り込む勇気はない。

 出世する道は他にもある。平民でも学費を捻出出来れば大学に行ける。大学を卒業しても就職先を見つけるのは難しい。同じ選ぶなら公務員試験を受けて各省庁で管理職として上を目指す事だ。

 少なくとも戦争で死ぬ事は無い。

「大丈夫だよ、お母さん」

 母の心配も分かるが、これでも大尉まで叩き上げた記憶がある。

 体もそのうち付いてくるようになるだろうという自身があった。

「そう? 貴族の子に苛められたりしたらどうしましょう」

(いじめられたらばれない様に上手くやるよ)

 母が心配するのももっともだが、徴兵されるぐらいなら先に自分で道を選んだほうがマシという考えもあった。

 幼年学校では一般教養と基礎教育の前期教育課程、各職種の中期教育課程を学び下士官候補生として部隊で後期教育課程が修了すると下士官に任官する。

 僕はせっかく持って生まれた前世の記憶と経験を生かすべく、装甲擲弾兵への配属を希望していた。

 実際、人類はここ数百年たっても、対反乱鎮圧作戦はたいして進化していない。制空権の確保が、惑星の軌道上になっただけで、最後は歩兵が足で確保する。

(僕の出番だね)

 伯父が、マリーンドルフ伯爵家に出入りをしており、コネはあった。

(あれだよね、使えるものは使わないと。世の中ってのは公のルールとはまた別に裏のルールが存在するし、貴族はやはり偉大だな)

 なるようにしかならないが、上手くいけば出世してまた家族三人で暮らせるだろうという打算もあった。

 人生の新しい道が開けたし、それが新しい人生の目標だ。

 

 

 

 幼年学校からの迎えのバスに、集合場所の合同庁舎に集まっていた僕達、生徒は乗り込む。

 持って行くものは、下着の代え、タオル、筆記具それに金銭と言った本当に少ないものだった。

 着いて、宣誓の書かれた契約書に署名すると被服の支給を補給係りから受け、営内に戻る。

 二段ベットが5つ並んだ10人の部屋で生活するそうだ。

 ベットメイキングの仕方なども習った。

(凄いな。これが躾けというやつだな)

 身体測定や何だかんだと、目まぐるしく忙しいうちに初日の一日は過ぎていく。

 課業終了後の夜、廊下に出て戦闘靴を磨いたり、制服に名札や階級章を縫い付ける作業が始まる。

「地味な作業だな」

 僕の隣に座って、戦闘靴を磨いていた太ったやつが話しかけてくる。かなりの大食らいらしい。

(持久力は無さそうだな)

 そう思いながら返事を返す。

「うん。そうだね」

 彼はベットバディのハルオという。

 新兵の初日は、お客さん扱いだからこう言う物だ。

(明日から助教の、僕達に対する扱いが厳しいほうに変わるだろうな。色々な意味で楽しみだ)

 ルパートは新兵に不釣合いなほどの落ち着きと、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

3.お姉ちゃんの思い

 

 春の陽気で、薄らと汗ばむ季節。

 明るい日差しの昼下がり、少女と少年が、市場を買い物袋を抱えて歩いている。

 賑やかな喧騒の中、屋台の良い匂いが辺りを漂っている。

(仲の良い姉弟。もしかしたら恋人に見えるかな)

 私──エヴァンゼリン──はそんな事を考えながら、隣を歩くルパートに目を向ける思春期乙女だ。

 ルパートはフェザーンから越してきた叔母の息子で従弟。今では私の弟と言って良い。将来が楽しみな顔立ちをしている。

 ミッターマイヤー家は、伯父と伯母の夫婦、そして私の3人だけの生活だったので、新たに2人の家族が増えて嬉しかった。

 彼は幼い顔立ちに似合わず、意思が強く男らしい所がある。

 ミッターマイヤーの家に世話になりっ放しというのは、彼の矜持が許さないのだろう。しばらくして生活費を稼ぐとか言い出して、幼年学校に自分から進んで入った。

 そう言う所格好良いと思うけど、まだ子供なんだし無理しなくても良いのに。

 伯父さんが誉めてもいたけど、少ない給料から仕送りまでしてくれているという。

 私はせっかく、弟が出来たのにと別れが寂しくなった。

「良い、たまには、連絡しなさい」

「はい姉さん」と約束させた。

 隣を並んで歩くルパートの端正な顔を眺めていたら、なんだか自然と溜息が出た。

(彼は私の事をどう思っているのだろう?)

 視線を感じたのか、ルパートがこちらに顔を向けてくるので、あわてて視線を変える。

 今日は、幼年学校に入って初めての長期休暇ということで、こっちに帰って来てくれた。

(嬉しい)

 早速、街に連れだした。

 規則正しい幼年学校の生活は、慣れない内は辛く厳しいものらしく、最初の3日で辞めたくなったと友達のお兄さんが言っていた。

(うちのルパートはそんな軟弱なわけないじゃない!)

 でも、家族思いの優しい子だから、いじめられていないか心配だった。

「ルパートはどうなの?」

 彼は、別段大したことはないという風に答える。

「軍隊が一般社会と違うのは当然だよ」

 時々、家に居た頃見せていた、どこか遠くを思い出す様な憂いを帯びた表情を浮かべて説明してくれた。

 武器を扱い仲間や自分の生命を預かるのだから、厳しい教育を受け技能を習熟する。下士官になろうというなら、なおの事、これぐらいで音をあげてられないと。

 しばらく見ない内に、軍人さんらしくなった弟に、大人になり置いて行かれたようで寂しさを感じた。

「生意気ね」

 冗談交じりに頬をつねる。

「ご飯はちゃんと食べてるの?」

 少し痩せたかなと思う。

 羨ましい反面、心配でもある。

「うん。食事は十分な量が出るよ」

 足りなかったらPXでお菓子を買ったり、民間委託の喫茶店や食堂もあるので軽食をとったりできるらしい。

「だから、逆にお小遣いか足りなくなるんだ」

 照れくさそうにそう言っていた。

(う~可愛いな)

 ルパートをぎゅっと抱きしめてあげたくなったけど、我慢する。

 手をそわそわさせていると、ルパートが怪訝な表情で視線を送ってくる。

 照れくさくなって話題を探して辺りを見渡す。

(そうだ!)

 露天商の中に果物の扱っている店を見つけた。

 私は、あまり好きではないけど、彼の好物のバナナを買ってあげることにした。

「久し振りだし、バナナを買ってあげるよ」

 彼の手を引っ張って走る。

「姉さん、ありがとう」

 嬉しそうに、紙袋一杯バナナを受け取った彼は、年相応の笑顔を浮かべて一本かじりついている。

 人混みを避けはぐれない様に手を繋ぐ。

(少し照れくさいが、私はお姉ちゃんなのだから)

 浮かれた気分で歩いていたのがいけなかったのだろうか。

 衝撃がした――

(えっ?)

 私は倒れかけて、ルパートが支えてくれている。

「あ……」

(胸に手が。でも、この子、気が付いてないわね)

 冷静に状況を判断する自分がいた。

「無礼者。道を開けろ!」

 私がぶつかった相手は貴族の方だったらしい。

 背中がひやっとして、顔が熱くなって来るのを感じた。

「も、申し訳ございません」

 私は必死で謝るが紙袋を踏みつけられた。

(ごめんね、ルパート。後で買い直してあげるから)

 残念そうな何とも言えない表情を浮かべたルパートを傍目に、そう心の中で謝る。

 まさか中身がバナナだと思わなかったのだろう。

 喜劇を見ているようだった。

 貴族の方はそのまま滑って倒れた。尾骶骨を強打したらしく呻いている。

(うは、笑ってはいけない。笑ってはいけない)

 此方への注意はそれている。かなり痛そう。

「くっ」

 笑いを堪えると喉から変な声が出た。

 よっぽど痛かったのだろうか、周りの人が笑い声をあげているが、相手は立ち上がらない。

「姉さん!行こう」

「え。でも……」

 ルパートが有無を言わさず、私の手を握り締め走り出す。

(ああ)

 貴族の方には申し訳ないけど、私は愉快な気分になる。

「あはは」

 遠慮せず思いっきり笑い声をあげた。不快感は吹き飛び、気分は壮快だった。



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銀英伝に転生してみた 4~5話

4.初陣(1)

 

 装甲服は機密性が高い。その為、嫌でも自分の汗や尿の臭いがむせ返るほど篭る。

 数万隻の艦隊が宇宙空間を、光の速さで動きぶつかり合うこの時代。それでも歩兵の仕事は変わらない。泥と血と硝煙によって薄汚れ戦う事だ。

 僕は蟻の様に這い蹲り、塹壕の中にいた。

 空気を切り裂く飛翔音と共に弾着の衝撃音が辺りに響き、砂塵(さじん)が舞い上がるのが、しっかりと見えた。

 中隊規模の効力射。信管は瞬発(しゅんぱつ)の時限設定だろう。腹に振動が来る。

 自分達は重火器が無いからかなり不利だ。

 着弾のたびに悲鳴や怒声が聞こえる。

(こんな時に慌ててもどうしようもないだろう)

 そんな事を考えていると、フレーゲル男爵と視線が絡んだ。自分より年下の僕を頼り、すがりつくような目で見て来た。

(初めての地上戦なのだろう)

 正直に言って僕もあまり余裕はないが、下手に錯乱されても困る。安心させたくて笑いかけた。

「大丈夫ですよ。閣下は必ず生きて帰れます」

(と言うか、救出が目的だから死なれたら困る)

 中隊の防御陣地は、脱出艇の周囲に急造の個人俺体(えんたい)だけで円陣を組んだお世辞にも十分とは言える代物ではなかったが、それでも2度は押し返した。

(叛徒の奴ら。ベトコンなみのしつこさだ)

 諦めずに攻めてくる敵にうんざりしていると砲撃は5分程で止んだ。偽装材料の草木は吹き飛んでしまっている。

偽装(ぎそう)を直す時間は無さそうだ)

 敵の3度目の攻撃に備えて、ルパートは自分の小隊を配置に就かせる。

 中隊長の号令が伝わってきた。

「戦闘配置。定位に就けっ」

 判断が遅いなと、僕は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 帝国暦480年4月。僕、ルパート・ケッセルリンクは14歳になった。本人としては、精神年齢は41歳プラスと言いたいが、元々が41歳の実年齢に達していたかは不明だ。

 よくあるネット小説では、前世の記憶を持って生まれ変わった人間が、前世の年齢そのものを精神年齢として足している事があるが、それはありえないと感じた。

(結婚して子供が産まれて、意識面で変わる物はあったが、大学時代から本質的に変わったとは思えない)

 そんな風に自己分析しながら、今は極普通の下士官候補生をやっていた。

 実戦参加は予想外に早くやって来た。

 イゼルローン駐留艦隊司令部は、叛徒と対当する最前線として錬度(れんど)を維持するために、長期的占領地の維持を目的としない限定攻勢をたびたび実施している。

 ヘルマン・フォン・リューネブルク准将も、実戦に勝る訓練はないと常々訓示をしており、本来なら戦場に立つのはまだまだ先のはずだった僕たち後期教育隊を、教育担当していた装甲擲弾兵連隊と共に参加させた。

 惑星P2A5。コダック、カラカラ、ゼニガメとか適当に名前を付ければ良いのに、アルファベットと数字で整理番号を振られた惑星で、イゼルローン回廊の敵勢力圏に位置する。

「近接戦闘部隊に対する密接な火力支援」という名目で訓練感覚でやって来たフレーゲル男爵麾下、300隻程の分艦隊の支援で僕達たちは降下した。

 軌道上から事前に行った艦砲射撃に生き残った防空火器が反撃して来る。

 至近弾が通過する時の衝撃で揚陸艇がぐらぐらと揺れた。対地装備のワルキューレが叩きに向かうのが銃眼から見える。

(航空機の対地攻撃は、概ね30と言うがここでも同じなのだろうか)

 同期のみんなが不安そうな表情をしている。顔色が悪い、無理もない。初めての実戦だ。

(まぁ、僕も初めてのときは緊張した)

 インドシナのうだるような暑さを思い出した。その頃はCIDGの傭兵だった。

 視線を向けると、ハルオのやつ震えているからガムの包み紙が上手く開けられない。

「お前。何個目だよ」

 先ほどから何度も新しい包みを開けては口に入れていた。

 口の中に、まだ入ってるだろと僕が指摘してやると、無理して笑おうとしながら雑納に直す。

 緊張感を解そうと班長のムーア軍曹と班付きのカミナリ上等兵が、楽しそうにからかって来る。

「お嬢さん方。まだここは地獄の淵にも差しかかってないぞ」

「降りたら吐くなよ」

 皆、何とか笑いの表情を作ろうとしているが、強張って失敗している。

 そんな様子を見て班長と班付きは苦笑を浮かべる。

 知らず知らずのうちに高揚してきて口元がにやけてくる。それで周りから不審な目で見られた。

(あ、腹が痛くなってきた)

 僕は出かける前にバナナを二房食べていた。次に帰って食べれるのはいつになるかもしれないと言う経験からだった。だが調子に乗りすぎた。

「班長。便所に行きたいです」

「お前はバナナを食いすぎだ」

 しっかりとその姿は見られていた。

 その後、班長は指示があるまで勝手に発砲するな。負傷者が出ても持ち場を離れるなと指示をしていた。

(まあ、いざとなれば皆、忘れてしまうのだろうな)

 僕たちの任務は宙港の確保だ。

 宙港は、連隊本部が惑星P2A5に設定した攻撃目標(Obj)の中で最も重要なものであった。連隊はここを成るべく早期に占領し拠点として使用することを計画している。

(うん。早く片づけて帰ろう)

 第Ⅱ大隊を指揮するデキスギ中佐は「惑星P2A5を制圧するには1個連隊では少ないのではないか」とフォン・リューネブルク准将に進言していた。閣下も「まったくその考えに同意する」と答えていたそうだが、決定済みであり変更はされなかった。

 4月15日早朝に大隊は、高度450メートルから先行する降下誘導小隊の指示で、ゆっくりと宙港の南東に着陸した。幸いな事に僕たちが降りる時には、粗方の防空火器は潰されており被害は出なかった。

 教育隊は大隊に随行(ずいこう)して行動する。基本的には後方支援で、戦場の空気を体感するのが目的だ。

 空爆で焼かれた臭いに混じるものに気付いた。

(アンフォ爆薬の香りがする。他にも、これはRDXとTNTの混合された炸薬だな。懐かしい戦場の臭いだ)

 焼け焦げて葉の落ちた枝を広げている街路樹が、人の手の様に見える。その横に倒れた黒焦げの死体を見て嘔吐している者もいた。

 攻撃開始線(LD)接触線(LC)の状況で、敵味方入り乱れている。

 敵の抵抗は散発的だが油断できない。降伏しないなら1つづつ敵火点(かてん)を制圧していくしかない。

 エプロンはすぐに制圧されていた。建物に籠った敵の捜索が行われている。

 太陽が昇って次第に装甲服の中で汗をかいていた。

「よし。行くぞ」

 班長の指示で、揚陸艇に載せられた機材をリヤカーや一輪車で運び出し移動開始する。

(せめて馬でも用意してくれよ……)

 僕らが地上戦を展開してる頃、空の上では敵が小規模な反撃を行っていた。

 地上部隊にFTL秘匿回線を使って急報が入ったのは、日付が4月18日に変わってからのことだった。

 

 

 秘密区分:機密  緩急区分:特緊

 発信者氏名:Ⅰaレオポルド・シューマッハ少佐

 あて先:146R長デキスギ中佐

 整理番号:154  発信番号:1314  

 先方受付時刻:1015  受信時刻:1017

 本文:1.P2A5軌道上に()いて叛徒の奇襲を受け旗艦を損失。フレーゲル男爵の脱出艇は当該惑星に落着した模様

    2.叛徒の新手の艦隊が接近中

    3.ただちに救出の用、有りと認む

 

 

 雨が降っていた。嫌になるほどの土砂降りの雨だ。

 フレーゲル艦隊が司令部を失い再編成に追われている頃、初期目標の主要施設を制圧した連隊は、中隊単位で担当地域に分かれて掃討戦を展開していた。

 問題は悪天候のため航空機の離着陸が出来ず、雨が撤退する敵軍の行動を隠していた。

 大した抵抗も無く、比較的簡単に軽微な損害で宙港を制圧した第Ⅱ大隊が、第一次降下で看過出来ない損害を受けて再編成中の第Ⅰ大隊に代わり脱出艇の人員回収に向けられた。

 実際は、お荷物だろうが、小隊規模の戦力増強(教育隊)を受けており、人手も余っているだろうという判断だった。

 

 

 146連Ⅱ大般命第83号  480.4.18

 帝国暦480年度要人救助実施に関する第146装甲擲弾兵連隊第Ⅱ大隊一般命令

 1 大隊は、146連般命第41号(480.4.18)に基づき全力をもって救助を実施する。

 2 教育隊長は、別紙「帝国暦480年度要人救助実施計画」により所要の人員・装備を差し出し本作戦を支援せよ。

 3 第Ⅱ大隊長が、要人救助の長となり本作戦を指揮する。

 

 

 車間距離15m。雨に打たれながら第Ⅱ大隊の車列が進む。偵察警戒車を先頭に、大隊本部、4中隊、5中隊の行進順だ。

 脱出艇の位置は救難信号で確認できた。敵が同じように信号を受信してやって来ないとはいえない。

 大隊長のラウディッツ少佐は不満を抱えていた。自分の部下だけでは戦力が心もとないと言う事だった。

(わからなくも無いけどね、一々、部下の前で不満を露にするなよ)

 本来、大隊は3個中隊編成だが、6中隊は予備役主体で構成されており、今回の急な派遣では駐屯地に残してきた。ただでさえ少ない戦力がさらに減っているわけだ。

 結果として大隊長が警戒していた敵の襲撃はあった。

 小高い丘の間に挟まれ、干乾びた古代の川の後を大隊の車列は進んでいた。移動経路を考えた結果、車両に負荷をかけることなく最短で行けそうな経路だったからだ。

 問題があるとすれば隘路で敵の待ち伏せも予想できた事だ。しかし他に選択は無かった。

 途中で起伏の激しい場所を通る事もあるが、事前に偵察を出せば良いだろうと考えていたらしい。

(今の所は、何事も無く順調に進んでいるな)

 そう思って地形を確認していると前方で、爆発音が聴こえた。

 気を緩めた所での襲撃。絶妙の動きだ。

 それは大隊を先導していた偵察警戒車が、対戦車ミサイルで撃破された音だった。

 次の瞬間、後方でも爆発音がした。

 最後尾もやられた。その事で前進と後退が困難になった事を悟った。

「下車、戦闘用意」

 班長の号令がかかった。

 車載機銃が援護射撃をしている中、班長に続いて装甲服を着た僕たちも飛び下りる。

 右翼から敵の銃火が降り注ぐ。降りた者は、速やかに左側に移り車列を盾に応戦の姿勢を取る。

(これって、ローデシアでよくあった手じゃないか……)

 僕はその事に気付いて、班長に進言することにした。

「班長、これは陽動です!」

「なんだと?!」

 実戦経験がない下士官候補生が突然、言ってくるのだ。こいつ、いきなり何を言っていると言いたそうな表情だった。僕の前世の記憶をを知らないから、そう思っても普通の反応だ。

 気にせず説明する。

「右から叩いて注意を集めて、左から叩く。初歩的なゲリラの手です!」

 ムーア軍曹が何か言おうとする前に、首に銃弾を受けて倒れる。

 首筋から多量の出血が確認された。確認するまでも無く致命傷の即死だ。

 右翼に気を取られていた味方の多くが背中からの攻撃に咄嗟の反応が出来ず、装甲服を血に染め倒れていく。

「うわあああああああああ」

 ムーア軍曹の血を浴びて同期のヤスオが叫んでいる。太ったハルオと名前が似ているので細い方と覚えている。

「わめくな。男なら反撃しろ」

 ルパートが殴りつけてやろうと近づいたら、ヤスオの頭が荷電粒子ビームを受けて吹き飛ぶ。肉片や鮮血が鮮やかに蒸発するのが見えた。

「くそっ」

(モヤシ野郎め!)

 無様に戦死した同期を内心で罵倒する。使える兵隊はいつの時代、どの職業でも限られる。

 周囲を見渡すが、皆遮蔽物に隠れる事で必死なようだ。

 視界に写るのは死んだ班長の死体。戦争では中堅である叩き上げの下士官が不足して、組織が人手不足で成り立たなくなる。

 現状がまさにそれだ。班長は死んだ。適切に指示できる上官がいない。

(挟撃されている)

 地面の(わだち)に泥水が溜まって出来た水溜りに伏せながら考えた。

(なんとかしないと全滅だ)

 現実逃避をしてる小隊長の姿が目に映った。

(あの糞野郎!)

 臆病者に付き合ってこんな場所で死ぬ心算は無い。

 士官学校出たてのフォン・コルプト少尉は、子爵家を継ぐ兄が彼の経歴に箔を付けてあげようと、軍務省に影響を与え下士官候補生の教育担当を命じられた。

 教育は基本的に、訓練計画や運用内容を軍歴の長い実戦経験もある先任と班長たち助教が具体的に決めそれを承認するだけでよかった。

 しかし今はそれでは困る!

「小隊長!」

 敵の銃撃を避けるように走って近付いた。

「発煙弾で援護するよう車両に指示をして下さい」

「わ、分かった」

 車列が煙に覆い隠されていく。

 発煙弾射撃は、目つぶし煙幕又は遮断煙幕を構成するために実施する。いずれの場合も彼我(かが)の行動、観測に影響を与える。

 これで、敵の視界を遮り射的の的になることは無くなった。

(良いぞ、これで体制を立て直せる)

 大隊長も混乱していたのか、遅れて指示が来た。

「全員乗車。被弾した車両を進路上から排除し突破する」だとさ。

 惑星の大気状態が悪いらしく、FTLの通信が影響を受け途切れがちになっている。

 当初、敵の戦力は連隊規模と想定されていた。防空大隊を撃破、軽装備の警備大隊の防衛していた主要目標を制圧したものの第Ⅰ大隊の損害が激しく、第Ⅱ大隊は1個中隊欠けているが救出任務は遂行できるだろうと派遣された。

 事前の艦砲射撃と空爆で叩いたとはいえ、損害は大きい。

 降下時の損害はある程度許容できる。しかし、本来の地上戦で航空支援を受けながらの数字は、敵の戦闘能力が当初の予想以上に高いといえる。

 さらに武装解除した敵部隊に砲兵や装甲戦闘車両の姿が見られないことから、元から配備されていなかったのか、それとも友軍到着まで遊撃戦で時間を稼ぐつもりなのか判断に不確定要素が加わる。

(敵を甘く見すぎたな)

 そう思ったが、口には出さない。たかが下士官候補生で上層部批判はしない。

 

 

 

5.初陣(2)

 

 帝国暦480年の惑星P2A5の戦いは、4月、フレーゲル分艦隊の支援で第146装甲擲弾兵連隊が降下。4月17日、自由惑星同盟軍ジャムシード警備艦隊の突入により第一次P2A5会戦が勃発。

 この戦いで旗艦が沈みフレーゲル男爵は、敵勢力圏に不時着した。

 4月18日、146連Ⅱ大般命第83号により救出のため第146装甲擲弾兵連隊第Ⅱ大隊が向かうも敵の待ち伏せを受ける。そして、大隊は危地を脱したが損害は軽くなく、1係と3係は再編の人事に、4係は兵站(へいたん)に関する計画・調整に追われる事となった。

 戦闘の興奮が収まると気持ちが沈んだ。

(やっぱり仲間の死は慣れないな)

 戦死者を埋葬して、動かせない重傷者のために治療・処置の大隊収容所(2BNMed-Sta)を開いた。警備は再編された第5中隊が当たる。天候が回復すれば空輸で後送できるだろう。

 先程の戦闘での損害から、再編成で人手不足な大隊本部は、ほぼ教育の終わった下士官候補生を吸収し第4中隊と共に脱出艇を目指す。

 移動の間、装甲兵員輸送車の後部兵員室で揺られながら、僕たちは思い思いに過ごしていた。

 雑毛布に包まり、まだ幼さの残る顔に疲労を浮かべ眠るものもいれば、炭素クリスタルで出来た戦斧(トマホーク)を研いだり、火薬式小銃を分解清掃して装備を手入れしているものもいる。

「ルパート、お前凄いよな」

 いつも一緒だった相方のヤスオが死んだのに、そんな事を感じさせずハルオが戦闘糧食をむさぼる様に食べながら言った。

「発煙弾で煙幕を張ろうなんて、俺思いつかなかったぞ」

「たいしたことないよ」

 疲れていた僕の返事はお座なりな物になった。

 新しいドライカレーの封を切るハルオを見て、食欲のあるお前の方がすごいよと周りのものは思った。戦闘直後、胃に物を入れても吐いてしまった。だからその食欲が羨ましい。

(できれば皆を家に生きて帰してあげたい)

 ささやかな願いが通じたのか、この後、敵の襲撃を受けることなく脱出艇に会合する。

 

 

 

 ちょっとしたトラブルがあった。

「お待たせいたしました閣下」

 ラウディッツ少佐が、衛生兵から手当てを受けているフレーゲル男爵に敬礼した。

「遅い。何をしていた!」

 神経質そうな取り巻きの貴族の一人がラウディッツ少佐を殴った。

 思わず飛び出そうとした僕の肩が摑まれた。振り返ると止めておけというようにカミナリ上等兵が小さく首を振る。

「叛徒の襲撃を受けまして対応しておりました」

 ラウディッツ少佐は唇を切ったらしく血を流しながらも直立不動で報告した。

 それに対してフレーゲル男爵は、救援に対して素直に礼を言い、ラウディッツ少佐を殴った取り巻きに注意した。いい気味だ。

 それにしても、貴族の中にも、常識を持った人間がいるのだと思った。大抵の貴族は礼を言わない。奉仕されて当然という思考で動いているから新鮮で、少し見直した。

 その時、遠くで地鳴りのような砲声が聞こえた。

(あ──)

 僕は皆に注意喚起するため大声で知らせた。

「砲弾落下――――!」

 いきなり修正射なしの制圧射撃が雷鳴のような砲声と共に始まった。

「退避!」

 前進観測班(FO)が近くにいるのだろう。集中射向束で駐車してる場所を狙う散布状況だ。

「砲弾落下、退避!」

 弾着地に停車していた装甲車が、ダンボールのように吹き飛ばされ、人がバラバラになるのが見えた。太鼓を叩いたような音と、凶暴な破壊力で全てを押しつぶしていく。

「小隊長。何ぼさっと突っ立っているんですか!」

 僕は泥水に汚れるのもかまわず、フォン・コルプト少尉を突き倒し、地面に伏せさせた。

「ひぃいいいいいいい」

「すぐ終わると思いますよ。弾なんてすぐ撃ち終わりますし」

 僕の言葉にカミナリ上等兵も同意してうなずくが、フォン・コルプト少尉は震えて説明を聞いていない。

(これだから、貴族の子弟は……)

 お互い苦労するなとカミナリ上等兵と視線を交わす。

 辺りは砲煙と土煙に覆われ視界不良になっていた。

 鋼鉄の暴風は四分ほどで終わり、装甲車の撃破、人員の制圧と錬度の高さを見せ付けてくれた。各班長が点呼をとり部下を掌握しようとする。

 叛徒といえど、国家を名乗り正規軍の形態をとっている以上、次の手は読める。

 警戒線に敵が接近しつつあった。

「中隊規模装甲部隊接近中。歩兵は伴わない模様」

 この時の指揮官である同盟軍エベンス大尉は、部下思いで細かい気配りのできる人間だが、エベンス大尉の攻撃実施に、サンドル・アラルコン少佐は 「昼間の攻撃は無謀であり、兵を犬死にさせるだけだ」 と攻撃に反対し兵を出さなかった。

 意見が合わず激論になり、アラルコン少佐を出し抜き手柄を立てようと攻撃時間を早め戦端を開いてきた。

 こちらは迫撃砲小隊や工兵を連れてきていないため、対機甲戦の装備が(ほとんど)ど無い。移動手段であり盾である装甲戦闘車両は、先ほどの砲撃で壊滅した。

 破壊された車両から使える装備・機材を回収させ、築城作業を実施する。

 隠蔽(いんぺい)掩蔽(えんぺい)が良好とか注文をつけている余裕はない。

 単純に、脱出艇の周囲を囲んだ防御陣地だ。予備陣地はない。

 通常、敵装甲部隊の密度に対して、1.1~1.4倍の対抗火器の密度を保持した場合に限り防禦は成功する。そのように戦史が語っている。しかし贅沢は言えない。あらゆる手段を確保して敵の圧迫に耐えねばならない。抵抗線は約40m先。手榴弾・機関銃・ロケット発射筒及び小銃で叩くことになっている。

「急げ!敵は待ってくれないぞ」

 雨で濡れ泥まみれになりながら地面を掘る。

 闇雲に突撃してくれれば楽だが、前方の車両が後方の車両の支援で第1の躍進点(やくしんてん)に前進し、その位置で後方の車両の前進を支援し以下繰り返しする交互躍進(こうごやくしん)をしてくる。

「奴らにも頭はあるらしいな」

 感心したように言うフォン・コルプト少尉の言葉に、周りにいた全員がこれまでの戦闘で何も学んでいないのかと不快な表情を浮かべた。

 相手だってアホでは無いのだから、戦争をしてれば戦術だって学ぶ。

「射撃用意」

 後方爆風に気をつけてロケット発射筒を構える者、補助するものなどそれぞれ配置についている。

 緊張で喉が渇いてくる。仕掛けはうまく作動するだろうか。

 先頭車両の小隊が、突撃破砕線を越え進入してくる。土煙をあげ快速にやってくる車体が形として視界に捕らえられた。

 そこかしこで轟音が響き渡り、車体が下から持ち上げられる姿が見える。地雷だ。

「やったぞ!」喚声が沸き起こる。

 亀裂、打こんのある弾薬は使用してはならないと取扱上の注意事項にあるが、今回、破壊された車両から回収された弾薬を効果的に再利用し応用の対戦車地雷として埋設した。

 悪魔の園と言うほどの規模を作るほどの時間も機材も無く、1m辺りの地雷密度は0.5。第一波に対する触雷率は三割と想定されていた。

 しかしながら期待以上に、即席だが効果はあった。

 地雷を想定せず無処理に進入すれば脆い物だ。装甲車5輌を撃破され混乱が生じた敵は回避運動を始める。

 側面が見えた。

「各個に撃てぇ!」

 射撃号令が出た。

 古参兵の操る個人携帯対戦車弾(LAM)ロケット発射筒(RL)がさらに3輌の損害を与える。

 再び敵の砲撃が始まる。撤退援護だろう。ようやく敵は後退を始めた。

「今度は歩兵を連れてくるな」

 泥に汚れた装甲服をフォン・コルプト少尉が裁断布で拭うのを視界に入れて、ため息と共にカミナリ上等兵が言った。

「でしょうね、まだ終わらない」

 日が暮れようとしていた。

 

 

 

 夜の闇が辺りを覆っている。雨はまだ止まない。

 雨音しか聴こえないが、奴らが来るのは分かっている。

 日が暮れると、陣地の偽装材料を刈り集めに行き交代で休憩をとった。

 フレーゲル男爵と取り巻き貴族は脱出艇の中で休んでいる。

 僕たちに寝具など無く、その場で仮眠するだけだ。こういうとき、ベットで眠れることがありがたいと思い知らされる。

 足の裏が汗でふやけて真っ白になっており匂う。

 塹壕に雨が降り注ぎ、足元に水溜りが出来ている。

(掘るのが足りなかったんだな)

 雑納から増加食として配られた菓子を取り出して口に含む。疲れた体に甘味が美味しく感じられる。

 敵が引き返すか、味方の増援が来るまで温食は望めない。夕食代わりには物足りないが、戦闘中は忙しくて食べれない事もあるのでこれで済ます。

(帰ったら休暇がもらえるだろう。まず風呂に入りたい。暖かいシャワーで汚れを流し、あとはベットで眠りたい)

 僕は雨具を寝具代わりに被って横になり、ぼんやりとそんな事を考えていた。

(そういえば父さんは元気にしているのだろうか。時々手紙が来るだけだし、長く会ってないから心配だ)

 高揚していた気分も落ち着き、うつらうつらしてる内に、いつの間にか眠りに着く。

 

 

 

 未明。昼間遺棄された装甲車の残骸が残る正面から敵2個中隊が攻撃を開始した。

 この接近には全く気付かなかった。手榴弾を俺体に投げ込んでくる瞬間にやっと姿を確認した。

「監視所のやつは何をしていたんだ!」

 そんな風に罵倒する声を聞きながら責任者を思い出す。

(あ、フォン・コルプト少尉か…)

「敵襲!」

 炸裂がおき閃光が見えた。

 仮眠をとっていた者も飛び起き応戦する。

「突っ込め!」

 敵が立ち上がり、喚声を上げ突撃してくる。

 戦場にロマンなどない。

 大貴族や提督が号令一つで数千万の将兵を動かしている世界で、僕たちは蟻の様にこの惑星の大地で戦っている。

 夜間戦闘において攻撃隊形は通常、昼間と比べ、距離・間隔は短縮されており、密集している。そこへ機関銃がなぎ払うように掃射さればたばたと腕や首を切断され、あるいは臓物をぶちまけ倒れていく。いくら装甲服を着ていてもこの至近距離では打ち抜かれる。

 突き刺す銃剣、振り上げる戦斧(トマホーク)。肉が裂け血が飛び散る。

 手榴弾を投げ、拳で殴り、噛み付き肉薄攻撃などで反撃した。凶器として使えるものは何でも使う。

 あるのは薄汚れ生き残るため野獣のように戦う、血と硝煙で彩られた戦場だ。

 永遠にも思える長い戦闘だったが、実際の時間は短かった。

 敵は死傷者が増大してきたために20分程で撤退を始め、こうなると、敵砲兵は援護射撃もしてきた。フォン・コルプト少尉は監視所(OP)に位置して敵に対する反撃を指揮していたが負傷して患者集合点(PCP)に搬送され、小隊の指揮を僕がとることとなった。

 第4中隊長以下中隊本部全員が戦死し、「臨時の野戦任官だ」とラウディッツ少佐はそういって、他の指示に戻り僕は当惑させられた。

(中身はともかく、新米の下士官候補生に任せるのか)

 小隊の先任となったカミナリ上等兵は嬉しそうに「よろしくお願いします」と言ってきた。

(子供に小隊を任せるとは……)

 ハルオにいたっては「まぁがんばれや」と増加食のチョコレートを食べていた。

「お前も食ってばかりじゃなくて動け!」

 命令を下すものと、遂行するものに分かれ、僕は下すものになった。

 激しく体を動かして排出された汗で、体が冷えてきた。

(寒いなぁ)

 惑星によって恒星の公転距離が異なる。当然の事ながら、近い惑星も在る。

 日中、日差しが当たると地表面の温度は上昇し、凄まじく暑い。装甲服もある程度の温度には耐えられるがきつい。

(夜は逆に、放射冷却て冷え込むんだよな)

 防寒着代わりに装甲服の上から、ポンチョを着込む。裏表が春夏用、秋冬用のリバーシブルになっている。

 部下へ配置の指示を済ませて外周を見て回る。途中、射界の邪魔になりそうな茂みを取り除くよう指示を出す。過剰な偽装など邪魔でしかないからだ。

 今は動きが見えないが、木立の先に敵が展開している。

 明け方。雨はようやく小降りになってきたが、雨雲はまだ低く停滞していた。夜明けと共に10分間にわたる突撃準備射撃の砲撃が行われた。現在、大隊残存者78名。

 二個小隊の装甲車の支援で再び敵が攻撃前進を開始すると、ラウディッツ少佐は絶望的な気分だったが、そんな事を露ほども洩らさず、直ちに敵に反撃を加えた。弾薬やエネルギーパックなどの消耗品も残り少ない。3度目の攻撃を支えられるだろうか。

 すぐに陣地内に進入され白兵戦となり、戦斧(トマホーク)で敵を迎え撃っていた。

 兵士に求めるのは、機械の様に冷静に効率よく大量殺人をする事だ。冷めた部分でその事を実感する。

 一方で、気合と言うか気勢を上げて戦わねばならない事もしっている。

「ウオオオ――――」

 雄叫びを上げ、戦斧(トマホーク)を敵兵の頭に叩き付ける。ヘルメットごと頭蓋骨が陥没し、血飛沫をあげる。

 自分自身に活を入れると言うのだろうか。雄叫びを上げる事で、アドレナリンが分泌して精神が高揚してくる。新兵には声を上げろと言うのと同じだ。

 死への恐怖など感じなかった。飛び出て地面に落ちた眼球を踏みにじり、次の敵を探す。

口角を吊り上げながら、敵を叩き殺す。血飛沫を浴びながら頭の片隅で考える。

(微笑みながら敵を殺せるようになったのはいつからか)

 インドシナに居た頃は吐き気を覚えた。

(だが、今の自分はどうだ)

 戦斧を振り、一撃で倒そうと頭部や上半身を狙う。場合によっては、足の甲を突き刺し、そちらに意識が行った瞬間に刈り取る。技巧を尽くし、効率よく倒そうとする。

『……雷鳥……こちら雷鳥、送れ』

 混戦の最中、FTLの通信が入ってきた。

「雷鳥、こちら扶養家族送れ」

『扶養家族……こちら雷鳥。感明……れ』

 通信状況が戻り増援を要請した。天候も回復してきたようだ。うっすらと雲の切れ目が見えてきたと思ったら、黒ゴマの様なものが視界に入った。

 黒い影は、近付くに連れて機影をはっきりとさせる。彼らは来た。

 騒音を立てながらの派手な登場で、ワルキューレが対地攻撃をする。次々と撃破される敵装甲車。後方の砲兵も陣地を叩かれているようだ。ローデシアのファイアー・フォースを思い出す。

 陣地内で喚声が沸き起こる。

 ようやく、航空支援が駆けつけて来たのだ。

 敵も黙っては居ない。携帯式滞空誘導弾をケースから取り出そうとしているのが見えた。

(やらせはせん!)

 落ちていた荷電粒子ライフルを構えて狙う。

 頬付けをして照門から照星を結んだ先に、二人で組立作業をしている敵兵の姿を捉える。しかし引金は引かれることは無かった。

「うぇ」

 見てしまった。

 降下してきたワルキューレの一機が機銃掃射で、二人の体を引き裂いた。

 生身の人間が、血と臓物をぶちまけ体を切断される場面など、一生のトラウマになる。

 まぁ、僕も見慣れているけど、気持ちが良い物ではない。

 自嘲気味に苦笑し、かぶりを振った。

「どうした、ルパート?」

 ハルオがやって来た。こいつ生き残ったのか。

「何でも無いよ。ただ疲れただけさ」

 僕の言葉に、ハルオは頷く。

「そうだな。本当に疲れたよ」

 近くに来ると座り込みだした。

 もうやる事は無さそうだ。敵が後退していくが、追撃する余力は無い。

 概ね、周囲の掃討が終わった頃に、揚陸艇からフォン・リューネブルク准将が降りて来て、不敵に笑みを浮かべた。

「待たせたな」

 ぬけぬけと空気も読まずそう言われて、ぶん殴りたくなった。

 敬礼するのも億劫で、僕たちは疲労していた。

 ラウディッツ少佐も後ろ手に組んだ拳をぎゅっと握り締めたのを僕は見逃さなかった。

(あ、この人も怒ってる)

 高みの見物をしていたのか、どうかは知らないが、こう言う時はお疲れ様の一言ぐらい欲しい。

 結局この攻撃も頓挫し、敵は後退し、僕らの任務は終わった。

 大隊は迎えの揚陸艇に乗り、整然と帰還する。

 シートに腰掛けていると、やっと終わったという実感がする。

 この後、僕たちは地上から撤収すると言う事だ。これだけ損害を出して負けたのだろうか。

 ま、兵隊は命じられるまま動く駒だからな。

 一足先に、連絡艇でフレーゲル男爵は軌道上の艦隊に戻った。

 ああ、そう言えば、取り巻きの貴族が連絡艇に乗る前に、すまなかったとラウディッツ少佐に誤っていたな。

 その日、作戦目的を達成したと言う事で慌しく引き揚げの準備が行われた。

 そしてイゼルローンへ帰還後、フレーゲル男爵を救出したことで、それぞれ恩賞を下賜され、僕も士官学校に推薦入学できることとなった。



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銀英伝に転生してみた 6~8話

6.ある休日の出来事

 

 僕は17歳になった。現在、士官候補生だ。

 士官候補生と言うとスマートで紳士、あるいはガチガチの体育会系の脳まで筋肉で詰まってそうな人間のイメージだった。

 落ちこぼれはどうなるんだと言う意見もあるが、脱落者は原隊復帰を命ぜられるか依願退職、最悪は自殺や事故死で周りの者全てに迷惑をかけていく。

(辞めるなら勝手に辞めろよ、負け犬の屑が)

 士官学校に入校して3年目。若い頃に勉強しておけば良かったと、大人になるとよく言う。だから新しい人生では手は抜かなかった。

 士官学校では、指揮官・幕僚としての教育課程を受けている。若い頭脳はスポンジの様に知識を吸収してくれて助かっていた。

 戦術基礎、基礎体力練成、精神教育(これは昼寝に近い)、服務小六法片手の座学や、戦史、装備理論、安全管理とかを学ぶ。もっとも、多くは基礎的な事でばかりで、各個の戦闘訓練や班行動は幼年学校で下地が出来ているから僕たち幼年学校組には楽だった。

 強いて欠点を上げるならば水泳が苦手だった。

(ああ、のび太も僕の遺伝か、水泳の出来ない子だったな……。あれから泳げる様になったのだろうか?)

 僕は条件としては恵まれている方だ。

 これまで一般市民だった者は、普通の生活から規則と規律で統制された軍人としての生活になり、いきなり自由を制限されたわけだ。それに慣れるだけでも時間がかかる。さらに学習しなければいけないこともあり精神的重圧は大きい。

「あいつ、そろそろ辞めそうだな」

「だよな」

 精神的に打たれ弱い物は早々に自主退学して行く。そして誰が辞めるかなどと噂をしたりもする。

(一般から士官学校に進んできた人は大変だな)

 幼年学校出は他人事として同情していた。

 徴兵されるのが嫌で入ってきたと言う者も中にはいるが、意識の低い考えの合わない奴はどこの社会でも出てくるだろう。連帯責任と言うものがあり、無能な者、やる気の無い者のミスで懲罰を受ける事もある。その事を避ける上でも、ルパートは助言した。

「この生活が合わないなら辞めろ。合わない奴を続けさせる事は双方にとって無駄だ」

 ここには、試験と面接を受けたにもかかわらず、変な生徒はたくさんいた。

「戦略は習わないんですか?」と、ある学生が質問していた。

 それは高級将校に試験が通って、教育を受けに行く時に習うと言っていた。

 他にも、もっと変なやつがいた。

 戦術の授業で、勝てないと判断し「戦略的に撤退します」と学生が言い出し呆れた。

 その時は、今まで習ってきた事の応用を試される時間だった。

 最初は諭す口調だった教官も、しつこく持論を捨てない生徒がしまいには馬鹿を見るような目つきで教官に視線を放って来るので激怒した。

「戦術は勝ち負けを言ってるのではない。仮にそういう状況になって、どこでどう対処するかを習っているんだ」

 教官の言葉を聴きながら僕は、反発していた生徒に対して内心で馬鹿さ加減に大爆笑をしていた。

(空気読めよ。今は戦術の授業だぞ。馬鹿はお前だ)

 例えるならば、家庭科の授業で「今から調理実習を教えます」と教師が言って、「でも私は外食しかしません」と答える生徒のような物だ。お前が外食をしようが、調理をしようがどうでも良い。今は調理を習う時間だと言う事だ。

 付与された状況に「撤退」は今の段階で、条件に入ってない。

「攻撃」「防御」「後退行動」「遅滞行動」それぞれの戦術行動が分かれて教えられる意味が、理解されていないようだ。授業の目的を取り違えている。

(秀才を気取っている訳でもないだろうが、腹立たしい)

「おい、ルパート」

 一緒に入校できたハルオが後から囁いてきた。

「ん?」

「あいつ生意気だよな」

「ああ。任務分析もできない素人のミリオタみたいなカスだな」

 僕の言葉にハルオが頷く気配がいた。

(ハルオでも理解できてる事が分からない馬鹿め)

「あとで、しめるか」

 ハルオの言葉に苦笑を浮かべる。

 柵の外の空気が抜けないようだが、ここは学校ではない。軍隊は階級で動き、上の者は責任を負う。それを実践する士官候補生が教官に対して、あの態度では示しが付かない。

(確かに看過できないな。一度、話でもして見るか)

 指導の必要はあると思った。

(それに、素人が調子に乗って軍事を語るのは、耳にしていて気分が悪い)

 おそらく幼年学校出の者は全員賛同するだろう。

 私刑になるが、生徒の中で異物を浄化しようと言う動きはいつの時代でも普通にある。出る杭は打たれる。協調性の無い者は組織にとって有害だ。

 

 

 

 休む時もしっかり休んでいる。休日は外出証を受領して出かけることができ、外泊したいときは事前に休暇申請を出しておけばいける。

 そういえば去年、父さんから連絡が着た。何でも宗教団体の資金援助で新しい事業を始めるとのことだ。変な風に洗脳されなければいいが、心配だ。

 今日はミッターマイヤー家に帰省し、午前中は荷物の整理をし午後から続きをしたあとのんびりと過ごしている。

 士官学校にある委託売店の本屋で暇つぶしに買った本が、溜まったのでこっちに送っていたが凄い量になっていた。

(あっちでは、食べるか本を読むかしか暇つぶしがないからなぁ)

 いささか、後悔しながら古本屋に売りに行き処分する物と、残しておく物に分ける。

 ようやく荷物の整理も終り、一息つこうとベットで横になってると、姉さんが呼ぶ声が聴こえた。

「ルパート~」

 エヴァンゼリン姉さんは従姉で19歳。

 この家の長男ウォルフガング兄さんが惚れている。玉子さんとの出会った頃を思い出し、若者はいいなぁと、年寄りじみたことを考えながら二人の事は温かく見守ってあげている。

「伯父さんが、腰を痛めたので手伝ってくれない?」

 この家の主人である伯父さんは、造園業者を営んでおり貴族の家にも出入りする職人で、食事時はワインを片手にいつも楽しげに園芸について語ってくれる優しい人だ。

 僕も庭石を運ぶのを手伝ったことがあるけど、あれはなかなか肉体労働だ。もちろんセンスもいるけどね。

 本当は兄さんに家業を継がせたかったようだ。

 今日は肥料の腐葉土を準備していたところ、ぎっくり腰で腰を痛めてしまった。

(伯父さん、言ってくれたら手伝ったのに)

 納品だけならぼくたち二人だけでも行けるだろうということだ。

「了解」

 この家の人は皆、家族として分け隔てなく接してくれる。だから僕もすぐに打ち解けられた。

 比較的に年齢の近い姉さんは、幼くしてこっちにやって来た僕に気を使ってくれたのか、よく買い物とかに連れ出される事があった。そのおかげで、街の道もしっかり頭に入ってる。

 僕と姉さんで、憲兵隊司令部のあるノイエ・プリンツ・アルブレヒト通りに面したマリーンドルフ家の屋敷を訪ねる。

 貴族らしい立派なお屋敷だけど、勘違いした何処かのラブホテルかというほど華美ではなく、落ち着いた雰囲気が良い感じだ。

「あなたはだぁれ?」

 可愛らしい活発そうな女の子が迎えてくれた。幼児好きにはたまらないのだろうが、僕にその趣味は無い。見るからに質の良い生地の服を着ておりこの家の御息女だろう。

 すぐに、執事の男性が応対に出てきた。

「失礼いたします。ミッターマイヤーの代理の者です。お屋敷に園芸用の肥料を納品させて頂きに参りました」

「伺っております。御苦労さま」

 お庭の納屋に商品を納めると、姉さんが小切手を受け取り会釈していた。

 御息女が帰る時に手を振ってくれたので、会釈し軽く手を振る。

 のんびり歩いて帰る途中、姉さんが提案した。

「この後、夕飯にまだ時間もあるし、カフェに寄らない?」

 確かに小腹が空いた。

「姉さん奢ってよ」

 学生は色々と物入りでいつの時代も貧乏だ。

 カフェまでの道を、街路樹の木漏れ日を浴びながら僕たちはとりとめも無い話をしながら歩く。

 お使いを終え、二人で近所のカフェでケーキとお茶で休憩していると、黄色い花束と紙箱を抱えて長男が走って家に帰る姿が見えた。

(ああ、なるほど)

「ルパート?」

 僕の笑顔に気付いて姉さんが、ティーカップを片手に不思議そうに見詰めてくる。

 長男を視界に留めた僕は、紅茶を飲むと姉さんと別行動をとることにした。

「姉さん。先に帰っていてもらえませんか。僕は、本屋に注文していた本を確認に行きたいので」

(頑張れ兄さん。若者に幸あれ)

 手を振る姉さんと別れ、画材屋に入り数点、画材を購入し本屋に入った。本の独特の臭いがする。

 姉さんに言った事の半分は本当。本は注文していないので、手ぶらでは帰りにくい。

 将来は本に囲まれて過ごすのもいいなぁ、などと考えながら適当にぶらつく。

 

 

 

 本屋に入った。紙に印刷された本独特の臭いがある。

 良さそうな本を見つけた。目当ての本は棚の一番上。

「う~」

 背を伸ばしてとろうとするが、届かない。

「これかい」

「あ」

 赤毛の青年がそれを手に取ってくれた。

 礼を述べた。

「ありがとうございます」

 赤毛の青年は気さくな笑顔を浮かべ応じる。

「いや」

 そこに声がかけられる。

「行くぞキルヒアイス」

「はい。ラインハルト様」

 赤毛の青年は連れの金髪の青年と店を出ていく。僕とそれほど歳も離れていないだろうが、二人とも絵になるような美男子だ。

(うん。今日はいい物見た)

 眼福、眼福と本を買い家に戻ると、長男は魂の抜け殻のように茫然自失していた。

(何があった?)

 伯父さんに訊いてみると、姉さんに告白して振られたらしい。

(なぜだ……)

 伯父さんは残念そうにため息をついた。かけるべき言葉もない。

 二人は上手くいくと思っていたんだけどな。

 家に入るとキッチンで女性陣は黄色い声ではしゃぎながら夕食の支度をしている。う~ん。まったく外と家の中は正反対だな。

「ただいま」

 一言声をかけた。

 僕をちらちら見ながら母さんが伯母さんと意味ありげな笑みを浮かべている。

(何だ? まぁ、用事があれば言うだろうし、夕食まで一眠りしよう)

 

 

 

 ああ。またあの夢だ。

 最近の忙しい生活で、思い出すことも少なくなった、「家族」の夢。

 それを僕は見ている。

 いや、でも実際にあった事だから、思い出していると言っても良いかな。

 夕食を家族四人でとっている。のび太、玉子さん、ドラざえもん、そして僕だ。

 食事の箸を止めて、のび太が離しかけてくる。

「ねぇ。パパ」

「うん?」

「今度の夏休み、何処かに連れて行ってよ」

「なんだい。藪から棒に」

「友達は皆、海とか山に行くんだって。僕も何処か旅行に行きたいよ」

 スネオは海外に行くんだよ、と言うのび太の言葉を聞き流しながら考える。

 家族旅行か。

 たしかにここ数年、そう言った事をした事が無いな。

 僕には、家族を食べさせるという仕事がある。それに今からだと厳しいな。

「ホテルや旅館。そう言う所は、今から予約を取るのが大変なんだよ」

 がっかりさせて申し訳ないと思う。

 食事を終え、居間で寛いでいると2階から声が聞こえてきた。

「ああ~っ!僕は日本一不幸な少年だ!」

 大げさな言葉を言う息子に、玉子さんと顔を見合わせて苦笑した。

 ああ。あの時はすまなかった。

 もし戻れたら、今度こそ家族一緒に旅行をしよう。

 そう思った所で、自分のベットで目が覚めた。

 

 

 

7.3月の戦争

 

 僕は士官学校の教育が修了して装甲擲弾兵としての道を歩み始めた。それですぐ少尉任官するわけではない。

 士官候補生としての教育をフォン・コルプト中尉の中隊で受け、学校に半年ほど入校し各種教育を受けた後、新米少尉は誕生する。

 新米少尉は古参兵の下士官からしたら、ヒヨッコのような物だ。帝国軍創設期は、少尉2年、中尉3年と言われており、士官学校を卒業してから一人前の大尉になるのは9年や10年かかると言われていた。

 今の有力貴族の子弟達は昇進速度が異常だが、長い戦争は教育に時間を割く余裕もなくなり、少尉半年、中尉半年と昇進速度が短縮されている。そうなると教育も十分に出来ていないのが現状だ。

 中隊長であるコルプト中尉の顔を見ながら、この人とは腐れ縁なのかと思った。

 着任の申告をすると小隊の1つを任されて、「まあ宜しく頼むよ」と嬉しそうに肩なんかたたかれ、課業終了後は飲みに連れて行かれた。

(この人、友達が居ないのかな?)

 普段の中隊での課業は、官舎から駐屯地に登庁して営外用更衣室で着替えることから始まる。

 官舎から徒歩5分。

 駐屯地警衛に身分証を見せて、敬礼して通る。

 自分の中隊が警衛の担当の場合、「お疲れ様」と声をかけたり、差し入れを渡す。

 制服から作業着に着替え、事務所でのんびりとコーヒーを飲みながら、仕事の準備をする。気の早いというか、仕事の溜まっている下士官はすでに仕事に取り掛かっている。

(まぁ僕は、任官したてでそれほど忙しい仕事は回ってこない)

 朝礼の時間が近付くと隊舎の裏側に集まる。

 朝礼台に立った中隊長に敬礼する。

「おはよう」と中隊長が言い、全員が『おはようございます』と一斉に返事する。

「季節の変わり目なので、風邪等ひかないように各自、体調管理に気をつけるように」

 中隊付准尉の先任が、健康状態の確認をとったあと、古参の各係を担当する下士官から連絡事項が伝えられる。

 中隊長としてコルプト中尉が「安全管理・事故防止の徹底」を念押しするといった決まり文句を聞いた後、国旗掲揚がされ一日が始まる。

 小隊ごとまとまって作業するということはあまりなく、補給・武器・通信・車両整備といった各係の長の下で別れて、機材整備を行う。

 大体それが15時ぐらいまで行われ、その後、体力錬成の持続走をして終礼という形だ。

 そうして毎日が過ぎていき、週末司令点検、月末司令点検、期末司令点検などに備え、整理整頓・備品管理に追われている。

 

 

 

 帝国暦485年。それまで平穏だった日々は唐突に終わり、新たな戦闘参加の機会がやってくる。

 春は学生が社会人として就職する季節だ。 軍隊と言う組織も同様で、1年を4期に分けた1/4期は部内移動、部外移動の他に新兵が入隊してくる。

 これから過ごすことになる組織での生活。身につけるのは躾としての礼節や服従の義務と言った精神面での基本的な事ばかりだ。ここで挫折する者は、この後本格的になる教育で、安全管理などの点で事故を起こしてしまうかもしれない。

(にこっと笑うだけの余裕が無ければ駄目だな)

 新兵の困った様な顔を見ながらそう思った。

 嫌々では成長はしない。自発的意思が成長の糧となる。

 駐屯地の道路を挟んだ向かい側に在る訓練場。

 機銃の銃座から放たれた銃弾がぎりぎり頭上を掠めるように通過する中、僕は堆積された土に向け匍匐前進で移動する。

(カミナリの奴。ここぞとばかりに撃ってくるな)

 泥に汚れるのも気にせず小隊長自らの見本を展示していた。

 新兵相手の時はもう少し高めの弾道で撃つが、お互い相手の技量が解っているからこそ出来る内容だ。

 小隊付准尉で先任のカミナリ曹長とは下士官候補生の頃からの付き合いで、助教と生徒と言う関係だった。だから気心は知れている。

 他の各分隊長も特に慌てることなく眺めている。

「実戦の時、敵は遠慮をしてくれない。よく頭を下げろよ」

 そんな風に班員に解説を入れている。

 突撃発揮位置に着いた。火薬式小銃に銃剣を付け、号令を待つ。

「前へ!」

 伏せていた地面から起き上がり、腰だめに小銃を構え喚声をあげて駆ける。

 標的の白い布を銃剣で突き刺す。

 状況終了。

 各班事に分かれて、訓練開始の指示をする。

 僕は装甲服のヘルメットを取り、用意していたタオルで汗を拭う。

 自転車に乗って駐屯地から、中隊本部の下士官が物凄い速度でやって来た。

「あれ。どうしたんですか、そんなに慌てて」

 何だか、嫌な予感がした。

「甲1種!非常呼集です」

 訓練中止。急いで駐屯地に帰り武器庫に武器を返納させる。

「下士官は中隊本部に集合。兵は営内で準備と待機」

 中隊長の顔色はあまり宜しく無かった。

「事前の通達が無く準備が出来なかったが、急遽うちの連隊はイゼルローン方面に移動する事になった」

 声のないざわめきが広がった。

「フォン・リューネブルク准将の通達によれば、叛徒の勢力圏内での地上戦もあり得るとの事だ」

 慌しくも、移動命令が下った。重火器や弾薬などはイゼルローン要塞に事前にある程度備蓄されているので、こう言う唐突な動員の際は便利だなと実感できる。

 イゼルローンまでは一ヶ月程、輸送船の中で揺られた。僕らの出番があるとしても、艦隊決戦の後で、制宙権を握ってからだ。

 

 

 

 3月21日。イゼルローン回廊の同盟側出口周辺に位置する恒星系であるヴァンフリート星系において、銀河帝国軍と自由惑星同盟軍は砲火を交わし戦闘を開始した。

 世にいうヴァンフリート星系の会戦である。

 帝国側の戦略目的は一貫して敵支配地域における敵戦力の撃滅であり、対反乱鎮圧作戦から一歩も出ていない。対する同盟側は自国領内に侵攻した敵戦力の迎撃を企図している。

 同盟側の艦隊は前面に戦艦群を集中し両翼に巡航艦を展開させ、突破機動に重点を置いた縦陣の凸形陣形で、帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は一言、「阿呆」と言い放った。

 スクリーンに現された両軍の陣形。中央突破を企図しているのは明白だ。

 敵陣を一撃で瓦解させれば、華々しい戦果だし満足できる物だろう。しかし現状は彼我の戦力が拮抗しており力押しで崩せるほど帝国軍も脆くは無い。

 0700時。戦況は大きく変わろうとしていた。

『グリンメルスハウゼン。卿の艦隊は迂回して敵後背を叩け』

 ミュッケンベルガー元帥の意を受けて、最左翼を指揮する老練なリヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン中将率いる12,200隻は、急速に同盟軍戦列を突き崩そうとした。目的は包囲遮断である。

 その麾下で、ラインハルト・フォン・ミューゼルは若干18歳にして准将であり、巡航艦40隻、駆逐艦130隻、砲艦25隻、ミサイル艦10隻の分艦隊を率いて参加していた。

 副官を務める赤毛の青年、ジークフリード・キルヒアイスにとってラインハルトは、幼い頃からの友人であり同志である。その忠誠心は、刷り込まれた物ではあるが、純粋な物だった。

 対人関係が上手く出来ず、周りの反感を買い敵ばかり作るラインハルト。彼を補佐し、少しでも火の粉を被らせない様努力してきた。

 今回の上官であるグリンメルスハウゼン提督は人柄もよく、好々爺が孫に接すると言った感じでラインハルトを敵視したりはしなかった。キルヒアイスにとっては喜ばしい事だが、ラインハルトは痴呆気味の老人と呼んでいた。

「ラインハルト様。あまり悪し様に他人を罵るのは如何かと思いますが」

 キルヒアイスの諫言にラインハルトは拗ねた様に眉をひそめた。

 そんな子供じみたラインハルトの態度を、キルヒアイスは人の苦労も知らずにと疎ましく思う。全ては皇帝の寵姫となったアンネローゼの為、彼女との約束を果たす為だ。

『ジーク。あの馬鹿で傲慢でろくでなしで周りに敵ばかり作る、顔しか取り得の無い虚栄心の強い目立ちたがり屋で出来損ないの弟を守ってあげてね』

 ラインハルトが席を外した時、アンネローゼはキルヒアイスの手を握り頼んだ。その遠慮のない言い様にキルヒアイスは引きつった笑みを浮かべた。

(アンネローゼ様。確かにその通りですが、実の弟に対して酷過ぎませんか……)

 確かにキルヒアイスが居なければ、ラインハルトは幾度死んでいたか分からない。その要因の多くはラインハルト側に問題があり、他者との軋轢でだ。

(上級司令部とは問題ない。あとは麾下の指揮官達が動いてくれるかだな)

 今回与えられた分艦隊にしても、司令部幕僚、各戦隊司令とラインハルトの関係は協力どころか険悪な物だった。

「卿らは頭を使わなくて良い。考えるのは私だ。ただ命令に従う事を望む」

 今思い出しても頭を抱えたくなる、ラインハルトの着任挨拶。

(何と言うか、もっと他にも言い方があるでしょう)

 隣で聞いていてラインハルトに突き刺さる敵意を感じた。だからこそ、大人しくしていて欲しかった。

 今の所、ラインハルトは大人しくグリンメルスハウゼンの指揮に従っていた。

 ラインハルトは、自分から見て下らない命令を出せば無視して指示に従う気は無かった。しかしながら、グリンメルスハウゼンは昼行灯どころか卓越した指揮を見せていた。

「旗艦より入電。砲撃開始」

 通信士がグリンメルスハウゼンからの指示を伝えてくる。その言葉にラインハルとは頷くと命じた。

「各戦隊に発令、射撃開始。撃て(ファイエル)

 ラインハルトが今まで参加した艦隊戦の中で、今回の友軍は指揮・連動が一番良い。同じ帝国軍とは思えないぐらいだ。

(宇宙艦隊司令長官が直接指揮をしてるからだろうか? 我が軍の動きは良い。それに、あの老人の指揮も申し分ない)

 熟練した上官の前では、自分も経験不足なただの孺子(こぞう)に過ぎないと今回大きく知らされた。それでも気分が良い。

「キルヒアイス、俺たちは圧倒的だな」

 ラインハルトは上機嫌で言った。今まで散々、無能な上官と同僚に足を引っ張られてきた。自分が全知全能をかけて戦い、武勲を上げようとしても邪魔が入った。

(今回は違う)

 心地の良い艦隊運動と指揮。納得の出来る命令だと、俄然としてやる気になる。

「はい、ラインハルトさま」

 キルヒアイスは高揚しているラインハルトに対し、いささか複雑な心境であった。有能な上官の下では、ラインハルトの勝利と成功は目立たず、立場が強化されない。

 ラインハルトにそれを言ったとしても、杞憂だと笑った事だろう。彼らはまだ若い。そして、老人達の寿命も長くは無い。その事をラインハルトは知っていたからだ。

 彼らの目標はアンネローゼを皇帝から取り戻す事であり、ゴールデンバウム王朝の打倒する事にある。しかし、現実にはゴールデンバウム王朝を倒した後の具体的政治体制などは考えてもいない。それまでの過程も漠然としており、ただ昇進する事しか考えていない。

 今は目の前の敵を倒し武勲を上げる事。その後は、それなりの地位についてから考えれば良いと思っていた。

 帝国軍にとって戦闘は掃討戦に移りつつあり、同盟軍の脱出は著しく困難になっている。

 ビュコックの第5艦隊は崩壊した第6、第10艦隊の残存戦力を収容しつつ応援を待つ姿勢をとった。ロボス元帥はこれに対して自軍が劣性であることを認識し、予備戦力として温存していたボロディン中将の第12艦隊を解囲のため急行させる。

 一方、帝国軍ミュッケンベルガー元帥は、ビュコックの立て籠もったヴァンフリート星系第4惑星にある第2衛星に、3ヶ月前から同盟軍が後方拠点を築いていたとの報告を受け、グリンメルスハウゼン艦隊にヴァンフリート4=2の制圧を命令下達した。

 地上部隊の指揮はヘルマン・フォン・リューネブルク准将がこれにあたる。

 リューネブルクは、地上に足をつけて闘う戦場なら優れた指揮官の分類に入る。また私人としては、ハルテンベルク伯爵の一門に連なる女性と結ばれ、夫婦仲も睦ましく子宝に恵まれており順風満帆な生活を送っている。まさに人が羨む生活だ。

 ラインハルトがリューネブルクの下で、副将に任じられたことを知ったキルヒアイスは考える。

(ラインハルトさまが、リューネブルク准将の人となりを知ったら余計にリューネブルク准将を嫌われるだろう)

 自分は皇帝に姉を奪われた可哀想な男。対する相手は親しい者に囲まれ幸せに暮らしている。ラインハルトが敵意を持つには十分な理由だ。

(何しろ、恋や愛という言葉は軟弱だと否定されるお方だ)

 ラインハルト自身は皇帝から密かに目をかけられている事を知らない。特別扱いはされている。でなければ十八歳で提督など在り得ない。寵姫の弟であるから出世も早いのだ。隣の芝は青く見えると言うが、自分達の境遇も羨む物であるとキルヒアイスも気付いていなかった。

 

 

 僕らの連隊はグリンメルスハウゼン艦隊に配属されていた。

 過去の経験から「頻繁に変わる上の解釈と指示」というものに慣れていた。だが、今回は特に酷かった。 

 僕の所属する中隊は陸戦に不慣れであろう提督、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将の警護を命ぜられた。僕はあまり詳しくは知らなかったが、聞いた話ではグリューネワルト伯爵夫人の弟だという。

(寵姫の弟? だからどうした。そんなに大事なら前線に出さなければいいのに)

 敵の弾は遠慮してくれないぞと、内心毒づいていた。

 それに指揮系統上の問題点もあった。元は叛徒の軍勢とは言え、陸戦を経験してきたリューネブルクや装甲擲弾兵の指揮官達がいるのに、艦隊の指揮官であるラインハルトに陸戦で副将の地位を与えている。

(指揮系統を乱しているのは、司令部の判断も同じか)

 ラインハルトに経験を積ませようと言うグリンメルスハウゼンの好意だったが、現場での心象は良くなく双方にとって不快なものとなった。

 今回、自軍は敵の補給物資も可能なら奪取しようとしていた。そのため事前の艦砲射撃も行わなかった。実際、艦砲射撃に加えてワルキューレの対地攻撃を行っても、何%かの防空火器は残り降下時に反撃してくることが多い。

 危険見積もりし安全管理の観点から、空挺堡は同盟軍の拠点から直線で約2400キロメートル離れた北半球が選ばれた。

 3月27日、降下に先立ち中隊本部に小隊長以上が集まり顔見せの挨拶をした。

 どう見てもまだ子供のような青年が将官の階級章をつけて中隊長の隣に立っていた。自分たちの直属の上官である中隊長に対して生意気に接している金髪の青年がミューゼル准将だと知らされて、集められた男達は驚きの表情を浮かべた。

(正直な感想として、上から目線で無礼な糞餓鬼だな)

 僕はその様に思った。

「おや君は」

 そんな事を考えていると、ラインハルトの副官である赤毛の大尉が話しかけてきた。

(ん。どこかで見た顔だな)

「あ。貴方は」

 思い出した。

 数年前、本屋で会った赤毛の青年だ。お互いに自己紹介をした。

「今回はお世話になります」

「こちらこそ。本分を尽くします」

(キルヒアイス大尉は気さくで良い感じだな)

 キルヒアイスに対しては比較的好印象を受けた。

 だがラインハルトは僕とキルヒアイスが会話していると「俺のキルヒアイスに話かけるな」と言わんばかりに睨みつけ、割り込んでくる。

「キルヒアイス。あのような者を相手にするな」とか、「お前は俺と姉上だけを見ていれば良い」とか言っている。

(あの~。聴こえてるんですけどねぇ……。もしかしてホ○ですか?)

 ラインハルトは人の好き嫌いが激しい。上に立つ者として、それは損な性格だった。

 区別はするのも仕方が無いが、露骨に行われると誰しも気分が悪い。問題はそこだけではない。

 さらに指揮系統の無視もしていた。

「この中隊は、私が指揮する」

「は?」

 突然の言葉に中隊長以下、各士官・下士官は言葉を失った。

 数回の会話だけでフォン・コルプト中尉を無能と判断し、ラインハルト自身で直接、中隊を指揮して前線に出ようとした。

(あんた、装甲擲弾兵じゃ無いだろう)

 全員が、異口同音で脳裏にその事を思い描いた。その視線を物ともせず、ラインハルトは呟いた。

「『無能な働き者は射殺しろ』だ」

 その呟きを、ルパートは近くに居た事もあり聞き取れた。

 無能な働き者は射殺しろ。真実かは知らないが、ハンス・フォン・ゼークトの言葉として広く知れ渡ってる言葉で、軍人を四つに分類した物だ。有能な怠け者は司令官に。有能な働き者は参謀に。無能な怠け者は兵士に。無能な働き者は処刑すると言う内容だ。

 僕個人は、このカビの生えたような組織理論に納得していない。

 楽をして勝つなら有能な怠け者でも良いが、手を抜き過ぎるといざと言うときに跳ね返ってくるのは自分たちだ。やる気の無い人間は、周りにも悪影響を与える。有能な働き者の方が安心できる。

 無能な働き者については考えてしまう。もし、すべての人間が無能な働き者だったら切り捨てるのだろうか? そんな事は無いはずだ。指揮官に向いてないと言うなら周りで守り立ててあげれば良い。

(切り捨てるよりも、拾うことを考えるべきだ)

 優しさではない。やる気さえあれば幾らでも使い道はあるのだ。無能だろうが、使いこなすのが周りの責任だ。

 この一件で、ラインハルトの腹積もりはわかった。能力の高低だけで部下をより分ける人間だ。

 部下からしてみれば、評価もしてくれない上官では忠誠心も沸かない。負の連鎖だ。

(使いこなせないあんたが、実は一番無能なのかもな……)

 内心で辛辣に評価していた。

 どちらにしても、指揮系統のラインを無視されると混乱するのでやめてほしい。

 この評価は僕だけではない。ラインハルトは反感を買ったようで古参兵の下士官も皆、敵意に満ちた視線を放った。

(おいおい。仮にも准将相手なんだから、敵意丸出しで睨むのは止めろよ。お前ら)

「貴族としての格も知れている。姉の七光りめ……」

 誰かが呟いたその言葉にラインハルトはきっと強い眼差しで反応した。

「あの金髪の小僧生意気ですね」と、先任まで言ってくる。

 そんな中隊の空気にぞっとした。コネも実力のうちだ。万が一、ラインハルトに何かあれば姉が報復するだろう。

 まぁ若気の至りだよと僕がフォローすると、小隊長も十分若いでしょうと笑われた。

(頼むから、後ろからミューゼル准将を撃つなよ)

 などと祈るが下士官の一人が「小隊長。撃っていいですか?」何て囁く。

(そんな声は聴こえない。気のせいだ)

 キルヒアイス大尉も苦労人らしく、退席時、申し訳なさそうに僕達へ頭を下げていた。

(まぁ、あの人がいるなら、ミューゼル准将の背中も大丈夫だろう)

 問題はもう一つあった。

 装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が、お忍び(?)で僕の小隊に付いて来た。

「暇だから自分も参加させろ。指揮権には口に出さない」と、グリンメルスハウゼン中将にねじり込んできたそうだ。それに対して、グリンメルスハウゼン中将は苦笑しながら好きにさせろと許可を与えたそうだ。

 厄介事は新米少尉に任せる。

(まぁ任官したての少尉など使い走りに過ぎないが……)

 何を考えているんだろうと、オフレッサーの頭を疑った。

 装甲擲弾兵総監といえば、ルパート達にとって神様のような位置にいる役職だ。

(本当に勘弁してほしい……)

「小僧。俺の事は気にしなくて良いぞ」

「いやしかし、そういうわけにもいきません」

 オフレッサー上級大将は敵にも勇猛で名高く知れ渡っており、ルパートが護衛を気にするほどでもないと後で知る事になる。

(生まれる時代を間違えたのじゃないか、こいつ……)

 想像以上に戦闘技能も桁違い、生粋の武人、戦士といえた。

 フォン・コルプト中尉にオフレッサーが脅しに近い口止めをしていた為、彼が中隊に随行する事を、リューネブルクやラインハルトには知らせてない。 

(中隊長が、オフレッサーの迫力に耐えて断れるわけがないよな)

 ぼんやりと、中隊長のひょろりとした顔と、装甲擲弾兵総監の凄みのある顔を思い浮かべて、苦笑した。

(さて、今回はどんな戦いになるやら)

 4月1日。帝国軍は4個増強大隊の戦闘団に分かれて動き出した。

 急遽、白と灰色の冬季迷彩に塗装された車両の列が集結地から南に向かう。

 目標まで車両で約30時間~40時間。

 敵の陣地防禦は配置にもよるが、中央は火力を集中し易く、翼側は手薄になりがちになる。そのため、翼側掩護の部隊の配置で補完されていると考えられた。

 敵兵力は増援が来ない限り防禦縦深は変わらない。要は敵を捕捉撃滅するか降伏させるのが目標だ。

 リューネブルクはラインハルトに偵察を命じた。

(おいおい、附いていくのは僕たちなんだぞ)

 その事を聞いて僕はうんざりした表情を浮かべた。

「楽しい遠足になりそうじゃないか。小隊長殿」

 そんな事を気にせず、オフレッサーはルパートの肩を掴み凄みのある笑みを浮かべ囁く。わざと普段使わない『殿』なんて付けている。

 大柄なオフレッサーと小柄なルパートでは、傍目には恫喝されているようにしか見えない。

 一般兵と同じ装甲服を着ていてもおふれっさーから覇気というものを感じるのか、ラインハルトやキルヒアイスが度々、何か問いたげにルパートへ視線を向けて来ていた。

(こっちを見ないでくれ!)

「ケッセルリンク少尉」

「は、はひぃっ?!」

 突然、ミューゼル准将に名指しされ声が裏返る。

「ケッセルリンク少尉の小隊から偵察を出してもらうことにする」

 哀れむように周りの人間がルパートに視線を向ける。

 人選はルパートに任された。オフレッサー上級大将は当然のようについてくる。

(畜生。厄介事を押し付けられた。ええ、視線を感じた時点で、予想してましたよ……)

「ちなみにミューゼル閣下。陸戦に於ける偵察は経験ありますか?」

 僕がそう尋ねた所、ラインハルトは憮然とした表情を浮かべた。

 別に侮ったつもりは無いが、若造だと舐められた。そんな風に誤解したのかもしれない。

(何だか、過敏な若者だからな。怒らせたかな)

「82年にカプチェランカのBⅢ(ベードライ)にいたころ、一度敵情偵察の命令を受けたことがある」

 惑星カプチェランカはイゼルローン要塞から自由惑星同盟領の方向へ8.6光年の宙域に位置する帝国と同盟の歴史的争奪地の一つで、毎年のように地上戦が繰り広げられている。

「ほう。あそこに居たのですか」

 だが実際のところは基地司令ヘルダー大佐の陰謀で謀殺されそうになり、帰還しただけで偵察任務は遂行していない言う事だった。

「激戦で大変だったでしょう」

「まぁな」

 視線が若干、横に逸れている。

(少し嘘があるな)

 ラインハルトを見て僕は悟った。ラインハルトから発散される空気は、野戦指揮官として戦場の硝煙を潜り抜けたものではない。

 インドシナ、ローデシア、アンゴラの戦場で何たるかを身をもって習得した者として、それはすぐに分かった。

 陣地攻撃において偵察隊は攻撃準備段階の状況として、リューネブルクの攻撃構想の決定、計画の策定及び攻撃実施間の戦闘指導に関する情報資料を収集する。

 とても大事な仕事だ。

 そのため、うちの小隊は敵第1線陣地地域付近の偵察を行う。

(今回は偵察というものを教えてやろう)

 ご存知かも知れませんが、と一応断りをいれ確認しておく。

「本来なら後方地域や後続部隊も調べなくてはいけません。ですが、ここは後方拠点ですぐに敵の増援が到着など在り得ないので除外されます」

 そんな事、当然だという挑戦的な目でラインハルトは強い眼差しを向ける。

(睨んでるんじゃねえよ、糞ガキ。ぶち殺すぞ)

 苛立ちを覚えたが説明を進める。

 まずは積極的に行動し、敵の配備状況──特にその主陣地を決められた時期までに解明することが重要だ。

(下手に手柄を立てようと、戦闘を始められても困るという意味だが、分かってるのか、こいつは)

 その後、僕は各斥候班が分散し潜入して偵察が始められるよう、監視区域や監視要領など指示を与える。

「基本に忠実で在れ」いかなる国の軍隊も基本は存在する。行動や思考の基本である教範は、無駄な事を書いていない。

「①敵第1線部隊の位置②敵防御地域、特に障害の位置・種類・規模③敵戦闘車両、火砲等の位置・数・種類──」

 注意をキルヒアイスはしっかりとメモしている。

(良い子だ)

 素直に学び取ろうと言う姿勢は好感を持てる。

 各分隊・班に必要な統制事項である攻撃方向の中心軸、攻撃隊形、火力の射撃要求、灯火管制、通信管制などを伝える。質問を受け付けてから、時刻規制で時計の時間を合わせる。

「偵察の各行動間、任務を遂行するため独立で戦闘行動を行うことがある。状況は流動変転する。状況を把握し適時適切な行動で、無理をするなよ。以上」

 僕の説明が終わると先任が号令をかける。

「小隊長に敬礼。頭ぁ~中っ!」

 各斥候班が所定の目標に向かい動き出す。

(ミューゼル准将は今一、理解してるようには見えないな)

 子供を躾ける役目は大人の務めだ。直接、実地で教えるしかないなと、先行きを考えて溜め息を吐く。

 

 

 

8.月の戦争(2)

 

 揺り動かされ眠りから覚めようとする。

「ちょっとあなた。いつまで寝ているんですか」

(玉子さんか)

「うーん……」

 布団から出たくない。もう少し寝かせて欲しい。

「もう、あなたったら」

 仕方がない人ねぇ、と言いながら去っていく気配がする。

(ん、玉子さん?)

 そう思った瞬間、意識が覚醒する。

 

 夢の中でのび助だった意識が、ルパート・ケッセルリンクに切り替えられる。

 車両で揺られていた僕は眠りについていた。車両の移動時は、全員が警戒を始終行っている訳ではない。今のように敵との交戦が想定され無い場合は、休めるだけ休んでいた。

 意識の覚醒に肉体が付いてくるのは染み付いた習慣だ。

 体にかけていた雑毛布を押しのけ、辺りに視線を向ける。

(やれやれ、起きたら戦場か)

 僕は水筒に手を伸ばして寝起きで乾いた喉を潤す。

 他の皆と同じように、ミューゼル准将やキルヒアイス大尉も装甲服を着て休んでいた。

(起きている時は生意気だけど、寝顔だけ見たらただの子供だな)

「小隊長。まもなく、監視所予定位置です」

「わかった」

 必要事項は徹底させている。それでも確認するのは僕の仕事だ。

 赤毛の若者はともかく、金髪の閣下は自分の命令一つで兵が死地へと向かう残されたの悲しみを背負う覚悟があるのかと思った。

 

 

 

 監視所は短時間の維持ができればよかったので前方重視の配備をとっていた。もちろん敵の警戒部隊や偵察が出てくることは想定していた。

 突如として陣地内で爆発が起きる。

 擲弾が撃ち込まれた。

 偽装網が吹き飛び装甲車に敵の銃撃が降り注ぐ。

(早すぎるぞ!)

 忌々しいことに先手を打たれた。やるべきことは敵の突撃破砕だ。

「敵を近付けるな!」

 火網を掻い潜り素早く陣地内に侵入してきた一団があった。数はそれ程多くは無い。

 しかし鍛え上げられた戦技で、容赦なく味方を屠っていく敵兵がいた。

(何だと!)

 味方の損害に舌打ちする。動きから敵の指揮官だろうと判断する。

「各組長は人員掌握後、報告を」

 その時、ラインハルトは戦斧を片手に僕の傍らから飛び出した。

(は?)

 あの馬鹿が何する積もりかは分かった。だがあれでも提督で、守るべき対称だった。

「ミューゼル准将!」

 呼び止める声に振り向かずまっしぐらに突き進む。

 

 

 

(俺だってやれるんだ!)

 機敏に味方を倒した敵の指揮に向かってラインハルトは戦斧を振るった。

「鬱陶しいハエめ」

 ラインハルトは傲岸不遜な人格破綻者だが、腕に自信はあった。しかし相手はさらに上手だった。訓練で成績を残そうとも、鮮血にまみれた戦場で殺し合いをした事の無い小僧の攻撃など敵の前では遊戯も同然だった。

 渾身の力を振り絞った一撃だった戦斧(トマホーク)の斬撃を受け止められる。

「悪くは無い一撃だ」

 敵の指揮官は笑みを浮かべると、そのまま柄の部分でヘルメットで覆われたラインハルトの顔面を殴打した。

「当たればな」

 その言葉がラインハルトの耳に入ると同時に衝撃が来た。

「がっ!」

 ラインハルトは衝撃で頭がシェイクされたみたいにフラフラし、口の中を切ったようで血の味を覚えた。嫌になるほど叩きのめされた士官学校での教育を思い出す。

 微塵の躊躇も無く容赦無く叩きつけられる殺気。ラインハルトに立ち直る隙を与えずさらに一撃が放たれた。

「うっ……」

 受け止めきれずに肩から胸にかけての装甲服が割れ、皮膚が切断され骨と筋肉の繊維が見える。

(何て強い一撃だ)

 不思議と後悔は覚えない。相手の戦技に尊敬すら覚えた。

 

 

 

 ラインハルトが敵に倒される瞬間を目撃した。

「ラインハルト様!」

 キルヒアイスは堪えきれず塹壕から飛び出た。

(ラインハルト様が殺される!)

 その思いで駆け寄った。その姿は主人の危機に対して反応した忠犬の様だ。

(させない! アンネローゼ様との約束を守る為にも!)

 キルヒアイスが憎悪に燃える瞳で敵を睨み切りかかるが、戦斧(トマホーク)が一閃され吹き飛ばされる。

 敵はラインハルトに視線を戻し、正確で綺麗な帝国公用語が敵の口から洩れる。

「筋はいいがな。まだまだ未熟だったな」

「くっ」

「名を聞きたいな」

 一瞬ためらったが、相手に敬意を表して素直に名乗る事にした。

「ラインハルト・フォン・ミューゼル……」

「そうか。俺はワルター・フォン・シェーンコップ」

 シェーンコップは同盟軍陸戦隊でも名高い薔薇の騎士連隊に所属する勇士で、指揮官陣頭で偵察に来ていた。

 

 

 

 僕はキルヒアイスも倒されるの確認した。自分の力量を把握できない子供は死ぬ。勇気と蛮勇は異なる。心底うんざりした。

(まったく、あの金髪の小僧は迷惑な)

 溜め息混じりに頭を振る。

(キルヒアイス大尉も、目の前でどんな出来事が起きようが副官ならもっと屹然としていないと。醜態を晒すようではまだまだ若いな)

 初めて見た時から2人の距離が近過ぎると感じていた。直属の上官では無いので他人事だが、司令部幕僚に採用されたら頭を悩ませるのだろうと思った。その点でも配慮に欠けており、ラインハルトに対する評価がさらに下がった。

(ミューゼル准将はともかく、キルヒアイス大尉は好感を持てる男だ。死なせるには惜しい)

「オフレッサー閣下、お願いしてもいいですか」

 出し惜しみも遠慮もしない。取って置きの切り札を使うことにした。

 オフレッサーは武力だけではなく、裏表の無い男だから信頼できる。

「おう」

 オフレッサーは愉しげに笑って応じた。

 獲物はあの、威勢の良い指揮官だ。

 

 

 

 シェーンコップは急速に接近してくる殺気に気付いた。しかし避けきることが出来なかった。

 オフレッサーはラインハルトを倒した男に体当たりする。

 2人は絡み合うように地面に倒れた。

 体勢を立て直そうとした次の瞬間には次の一撃が来る。

「フフフ……」

 オフレッサーは青タヌキの様に心底楽しそうに笑い声を洩らす。シェーンコップも知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。喉の奥から低い笑い声を洩らす。

 キルヒアイスが腰のホルスターからブラスターを取り出し、シェーンコップを狙おうとするが吐き捨てるようにオフレッサーが言った。

「邪魔をするな小僧。これは俺の獲物だ」

 血が(たぎ)(たか)ぶる強者との闘争。その愉悦をオフレッサーは貪欲に貪りたい。これこそ求めていた物だ。後方の、事務机の前で安穏と座っているなど俺の趣味ではない。

「さあ来い!」

 シェーンコップは嬉しくなっていた。

 美女との一夜は格別だが、強者との闘いも甲乙付けがたい。

 もっと力を出せ。お前の力を見せろと、二人はぶつかり合う。

 そんな二人を見て畏怖を覚え身震いしながらも、キルヒアイスはラインハルトを引きずっていく。

 ラインハルトはアドレナリンが分泌され痛みは麻痺していた。

 彼らは自分とは違う野獣だ。

 あの二人を見ていると闘争本能が刺激されたが、自分とは違うレヴェルを見せ付けられる。

 シェーンコップとオフレッサーの闘争はお互いの技量を確かめ合い、まるで試合を楽しむかのような競り合いをしている。

 大丈夫ですかとキルヒアイスが圧迫止血をしながら尋ねてくるが視線は二人に向いたままだ。

 

「キルヒアイス俺は強くなりたい」

 緊張感から乾いた唇を噛んで告げた。そこに悔しさが滲んでいる。

 真の兵士の前では、あまりにも無力だった。

 

 デア・デッケンは陣地内での戦闘に移ると自分の支援グループも前進させる。

(敵もよく訓練されているようだ)

 相手の反応で、その様に感じた。

 視線を近接戦闘している自分達の指揮官に向けた。シェーンコップを相手に互角以上に戦っている敵兵が目に付いた。

(いや、連隊長が少し押されているか!)

 一騎打ちに割り込む事を無粋だなどと考えも浮かばなかった。シェーンコップの危険に体が反応した。

「シェーンコップ中佐、離れてください!」

 デア・デッケンから見て、おそらくこの戦場で一番の脅威であろうオフレッサーに向け銃を構え照準した。激しく躍動し戦う二人は、体が重なり合い上手く狙えない。だが牽制にはなる。

 二人の足元に銃撃が走り土煙をあげるが、気にも止めない。

 シェーンコップはデア・デッケンの言葉が耳に届いていたが目の前の相手は気が抜けない。

「下がってろ!」

 怒鳴り返すシェーンコップの声に殺気が混ざっていた。頭に血が昇るとしょうがない、とデア・デッケンは思いながら支援射撃を継続していた。

 ルパートは構えていた荷電粒子ライフルで投擲しようとしていたデア・デッケンを狙い撃つ。胸を撃たれ倒れその手から手榴弾が、シェーンコップとオフレッサーの二人の間に転がった。

 視認した2人は飛び上がり回避する。炸裂が起き衝撃と爆風が二人を分かつ。

 ルパートの指示で反撃が始まる。

 水を差された。興醒めだ。

 そのままシェーンコップは「撤収!」と引き揚げを命じる。熱くなりすぎたともいささか後悔していた。カール・フォン・デア・デッケン中尉、まだ23歳にしかなっていないのに。

 

 

 

 引き上げていく同盟軍を見て僕も陣地変換の指示を出す。ここが発見されたのでもう使えない。

「今回はここまでです」

「もう少し遊びたかったがな」

 オフレッサー上級大将はいささか不満そうだった。

「まだ基地制圧の時に機会がありますよ」

「では、もうしばらく世話になるとしよう」

 よろしく頼むぞ、小隊長殿と背中を叩かれた。

 高笑いをしていたが、二人の闘いを中断され不満らしく叩かれた背中が痛んだ。

 僕はこの豪胆な装甲擲弾兵総監が少し気に入りはじめていた。

 負傷したミューゼル准将はキルヒアイス大尉に付き添われて後送され、僕の斥候班は引き続き偵察拠点を変え任務を遂行した。

 警護対称のミューゼル准将の負傷に関し中隊長は真っ青になったという事だが、偵察任務中であり、上から責められることは無かった。

(文句があるならあいつの暴走を止めろよ)

 

 

 

 4月6日。敵基地外周の攻撃開始線(LD)に攻撃準備を終え、主力の戦闘展開完了した帝国軍は降伏勧告を実施すべく通信回線を開いた。

 しかし、先手を打たれ敵から降伏勧告を受けた。

 敵いわく、無駄な攻撃をやめ両手をあげ引き返せ。生命だけは助けてやる。

 人を食った話だ。

「シェーンコップか、あいつらしい」

 リューネブルク准将も苦笑いをしていたが、内心(はらわた)の煮え繰り返る思いだったのだろう。

 日付が変わると「戦果拡張の可否時期」、つまり総攻撃予定だったのを繰り上げて、いきなり全力の戦闘加入が決定された。

 激しい砲撃が基地に加えられている。

 敵の補給物資も可能なら奪取となっていたが、地形が変わるほど念入りな突撃準備射撃が行われた。

 撃たれる側の同盟軍の新兵の中には、降り注ぐ砲弾で恐怖の叫び声を上げ錯乱するものもいた。

 制圧から破壊命令に変わり、圧倒的戦力を集中投入した戦闘は殆ど一方的となった。

 突破口の形成に対し、敵は組織の復元(逆襲)と組織の補強(予備陣地の占領等)を試みるが分断され、現防御組織の修復・収縮に失敗。続けて、新防御組織の応急編成に失敗。

 シェーンコップはなんとか戦力の温存(後退行動)を行うという有様だった。

 オフレッサー上級大将はここでも本領を発揮し暴れまわった。

 屍山血河といった状況で進む先で彼の前に立ちふさがる敵は確実に倒されて、死体が通路を塞いで行く。探す獲物は先日の好敵手だった。血を滾らせ全力でぶつかり合える相手は中々居ない。

 オフレッサーが尖兵となり乱戦に入っていった中、うちの中隊は敵の指揮所の一つに突入した。

 女性が数名と高級士官らしい男性がいる。装甲服ではなく通常の気密服を着ていたので陸戦隊員ではないのだろう。

「手を上げろ!」

 殺気立った部下を抑えながら僕は警告をした。

 こういう場合、静止する士官が居ないと虐殺や暴行が発生するので、後々、問題に発展する場合が多い。

(僕が居てよかったな、感謝しろよ)

 この中で一番上位と思われる男性が答えた。

「女性には手出しをしないで欲しい」

 当然だな。

「貴官の官姓名を述べられよ」

「自由惑星同盟軍中将、シンクレア・セレブレッゼ。役職は基地司令だ」

 基地司令という言葉に驚いた。そして自分よりも部下の女性たちの安全を保障するよう願い出てきた姿勢に敵ながら感心した。

 オフレッサー上級大将もその辺りが気に入ったようだ。

「よろしい、セレブレッゼ中将。卿達の身柄は装甲擲弾兵総監の俺が補償しよう」

 相手がオフレッサー上級大将と知って、セレブレッゼ中将は驚いていた。それは当然だ。上級大将の階級を持つ人間が前線で戦っていたのだから。

 そこでの抵抗はなく全員を武装解除し捕虜にした。

 ヴァンフリート4=2での地上戦は敵の司令官を捕虜にした所をピークに終了する。何故なら、同盟軍艦隊の接近を知ったグリンスメルスハウゼン艦隊司令部から攻撃中止および撤退の指示がだされたからだ。

 その後も、艦隊戦はしばらく続いたようで、最終的には帝国軍が第6、第10艦隊を撃破しヴァンフリート4=2の地上戦でも勝利した戦果に満足して引き揚げて行き、同盟軍も敵を撃退したことで納得しヴァンフリート星系の戦いは終わった。「今回は世話になったな」と、オフレッサー上級大将は満足そうに帰っていった。

 

 

 

 イゼルローン要塞を経て僕たちがオーディンに帰還したのは5月19日のことだった。再編成や転出や部内移動で人の出入りが激しくなった。中隊長フォン・コルプト中尉がブラウンシュバイク公の私兵である領地の警備隊に転出することになり、ルパートにも中尉への昇任と移動の辞令が出た。

(駆逐艦「ミステル」艦長に任ず……だと?)

 中隊の人事担当に「船の動かし方なんてわかりませんよ!」と抗議をしたが、「異例のことだが軍務省から通達があった。諦めていってくれ」と言われた。普通は移動の内示が事前にあるが、急すぎる。

 軍務省の知り合いに調べてもらうとミューゼル准将の強い要望があったと言う。

(えっ、どう言う事だ?)

 地に足を着けての戦闘なら自身もあるが、駆逐艦の指揮など未知の体験だ。

「何かやったんじゃないか?」

「と言いますと」

 上に目を付けられた下っ端の人事異動では珍しい事でもないらしい。

「諦めるんだな」

 同情の眼差しでそう締め括られた。

 結局、上の指示を覆せるわけもなくラインハルトの麾下に移動となった。

 数日後、旗艦「ブリュンヒルト」に着任の申告に行った。他にも数十人の艦長職に任ぜられた男達がいて会議室に通された。前回の戦闘での補充艦艇を指揮する男達だ。

 隣に居た者に話しかけてみるが、操艦の素人は自分だけだと気付かされた。

(樹を隠すには森の中か。良く考えている)

 多数居る人事異動での着任者に混ざり、ルパートの移動命令も目立つ物ではなかった。だからこそ、そこに隠された裏の意味を考えてしまう。

 本来は一斉に纏めて着任の挨拶をするのが通常だが、ラインハルトは麾下に加わる人物を面談して見極める習慣があった。

 そして僕の番が来て呼び出される。

 負傷も回復したようでラインハルトの顔色は良かった。キルヒアイスが複雑な表情をしている。

「ルパート・ケッセルリンク中尉は駆逐艦『ミステル』艦長に任じられました」

 敬礼し申告する僕をラインハルトは答礼しながら、何だかいたぶる様な表情を浮かべていた。

 その表情を見て、お前が上に余計な事を言わなければと恨めしく思う。

「ケッセルリンク中尉は、操艦の方は経験があるのか」

 楽しい玩具を与えられたような口調で言われた。

「宇宙ヨットの経験しかありません」

 士官学校でかじった程度だ。

 その時、僕は見逃さなかった。ラインハルトの口元に満足そうな笑みが浮かんでいた。

 その瞬間全てを理解した。もしかして、と思っていた事を確信した。

(金髪の小僧。やはりあの時の仕返しのつもりか。なんて恐ろしい奴だ)

 今はラインハルトの手のひらで踊る事を覚悟した。しかし簡単に死ぬ心算はない。

 インドシナでも黄色人種と言うだけで「グーク」と舐められた。その時の上官達を思い出す。

 正直、殺意すら沸いた。

(背中に気をつけろよ小僧)

 

 

 

 ラインハルトに対するキルヒアイスの献身的忠誠心は、幼い頃からの刷り込みの様な物だがその洗脳効果は強く、彼に対して害意を持つ者には敏感に反応した。

 キルヒアイスは、ルパートの瞳に今までと異なり剣呑な物が含まれており、ラインハルトが新たに敵を増やした事に気付き眉をひそめた。

(ラインハルト様も酷な事をなさる)

 ルパートに対して個人的恨みは無い。前回の負傷は自分達の自業自得だ。

 今回の移動も、諌めはしたが聞いてもらえなかった。申し訳ないという思いがある。

(だが、ラインハルト様の障害になるなら排除するだけだ)

 退室するルパートの背中を見詰めながら決意を再確認した。



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銀英伝に転生してみた 9~10話

9.帰ってからの事

 

 5月19日、宇宙港は帰還兵と出迎えの人だかりで混雑している。

「ルパート!」

 クリーム色の髪をした女性が手を振っている。エヴァンゼリン姉さんだ。

 母さんと叔母さんと姉さんの姿が見えた。やっと帰って来たんだと笑みが浮かんだ。

 出征から帰還した将兵には、恩給と休暇が下賜される。

「休暇は何日貰えたの」

「駆逐艦の艦長に任命されたんだ。帰って早々だけど学校に通って特技教育を受けないといけないんだ。だから今日と明日が家に居れる予定かな」

 慣れない船乗りになるから勉強しに行く。そういうことで休暇はお流れになり、準備で忙しくなる。

 高速睡眠学習を使っても、専門技術の習熟は一昼一夜でできる物ではなく、最短でも2ヶ月はかかるという。

「本当なら、1年ぐらいかけてやる内容なんだよ。それもこれも、皇帝陛下の寵姫の弟のせいだよ」

 久しぶりに家に帰れた。母さん達の手料理は胃袋を満腹にさせ心を和ませる。

「気をつけてね」

「ありがとう」

 皆に見送られて駐屯地に戻った。

 中隊での引き継ぎは大してない。官舎で移動の準備を終えて、一息付く。

 食事は基本的に駐屯地か外食、あるいは買って来たもので済ます為、自炊はあまりしなかった。だから荷物は少ない。

 軍隊という組織に所属していると、部内移動、部外移動。さらには教育参加の移動など様々な移動が多い。

 だから私物をあまり買いこんだりしなかった。本は許して欲しい。

 アンゴラの時もそうだった。

 今回はかなり変な人事だが、駆逐艦長に任じられ教育を受けることとなっている。

 普通に考えて、歩兵が船乗りって有り得ないな。

 艦長とか言う前に、教育の方が先だろうと、何度目かになるかわからない溜息をはき出す。

 鉄帽や背嚢といった個人装備は、中隊の補給係に返納した。

 持っていくのは、制服・制帽・短靴・作業着・作業服・弾帯・戦闘靴・中帽・運動靴にジャージ。

 あとは手袋や下着の代え、タオル、洗面用具といった細々とした日用品。

 釣り用の折りたたみバケツがあるが、これが演習では役に立った。今回も持っていく。

 ああ、洗剤とハンガーは忘れてはいけない。

 そう言ったものを衣装ケースに入れて準備した。

 行きは中隊から先任が送ってくれると言っていたので安心だ。荷造りを終えて迎えを待っているとインターホンが鳴った。

『小隊長』

 あぁ。迎えが来た。

 高速道路のサービスエリアで途中、休止をとり、昼過ぎには到着した。

 エダヅィマー術科学校は、宇宙艦隊の中核を成す士官候補生の教育訓練を担当している。

 本来、装甲擲弾兵のルパートには畑違いで場違いな場所だが、新しい生活が始まる。

 

 

 

10.11月の戦争

 

 第6次イゼルローン要塞攻防戦前哨戦の最中。1つの分艦隊が壊滅しようとしていた。

「ブリュンヒルト」の中和磁場を打ち消され、敵の砲火に晒された艦体の外殻にデブリや破片の擦れる音が艦内に響く。

 分艦隊司令官であるラインハルトに将兵の生死は委ねられている。キルヒアイスは佇むラインハルトの後姿を見ながら考える。

(ラインハルト様は、こんな所で立ち止まって良い御方ではない。だが、今回の戦闘は言い訳出来ない)

 敵に手を読まれて、対処は後手に回った。

「姉上……」

 ラインハルトが洩らした掠れた声。この光景に全てを打ち砕かれたようだ。

 物語は数ヶ月前に巻き戻る――。

 

 

 

 6月11日。グリンメルスハウゼン大将は引き続き次の出兵参加を願い出に、果樹園の田園風景に囲まれた小高い丘に在る皇帝の居城、“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)に参上した。

 若い頃から何かと皇帝の世話を焼いたグリンメルスハウゼンは、皇帝の双眸にアルコールの酔いとは異なる輝きが浮かんでいる事に気付いていた。

「久しいなグリンメルスハウゼン」

「お久しゅうございます。陛下」

 皇帝との謁見時間は限られている。グリンメルスハウゼンは挨拶を述べた後、今回来訪した本題に入る事にした。

 フェザーン経由の情報によると、12月を以て同盟軍の大規模進行作戦が発動されるらしい。例によってまたイゼルローン要塞攻略を企図しているとのこと。当然ながら帝国軍はこれを看過せず、討伐の兵を挙げる。

 グリンメルスハウゼンも武人の端くれ。体は衰えようと、戦場を駆け抜ける気概まで失った訳ではない。先の会戦参加で、さらに闘争心に火をつけたと言っても良い。

「此度の討伐には是非参加させて戴きたい物です。陛下」

 この歳になって失う物など何も無い。戦場に散ろうとも悔いは無い。そして恐れる物も無いと言った。

「そちも物好きなじゃな。戦など何が楽しいのか分からんが、好きにするがよい」

 可笑しそうに皇帝は笑って許可をした。

「ところで、そなたの下で働いたラインハルト・フォン・ミューゼルという者のことだが、あの者をどう思う?」

 皇帝が話の区切りが付いたところで話題を変えた。

 ラインハルトの評価がヴァンフリートの戦い以降、めっきり下がっているそうだなと。

 そうなったのはグリンメルスハゼンにも責任がある。

 皇帝の寵姫の弟に箔を付けてやろうと陸戦の副将に任じたのだから。結果は期待はずれだった。

「蛮勇と勇気を履き違えた若者でございますな。陛下、あの若者を見ておりますと、寵姫の弟と言う立場に甘えている、この世の中に不可能などないと思っている馬鹿者に見えます」

 遠慮のない発現を許していたので皇帝も咎めようと思わない。報告を読むと、自分から敵に向かって行ったとの事だ。兵卒ならまだしも、責任ある指揮官には相応しくない行動だ。本来は、副将としてリューネブルクを立てて補佐に徹するべきであった。

 両者に確執が在った訳ではなく、むしろリューネブルクは積極的にラインハルトを活用しようとしたがラインハルトが一方的に敵視していたとの証言も在る。協調性が無く自尊心が強いだけ。組織には不適格だ。皇帝の手元には「いずれ、何らかの大きな失敗を起こすと考えられる」と軍務省から報告が上がっていた。

「そうだな、グリンメルスハウゼン」

 信頼するグリンメルスハウゼンの証言でラインハルトに対する悪評の裏づけはなされた。処断すべき時が近づいている。

 皇帝は寵愛する寵姫の弟に対するにはあまりにも厳しい表現をした。

「責任ある将官であるにも関わらず、己の蛮勇によって負傷し役目を果たせなかった。将官の質も落ちたものよのう」

 老子爵がまったく、と頷くと皇帝は続ける。

「実はなグリンメルスハウゼン。余はあの者に期待しており、どこぞの(れっき)とした貴族の家名を与えてやろうと思っていたのじゃが」

「ほう。箔を付けてやろうとお考えで?」

 今まではな、と皇帝は告げる。

 今までは美しく覇気に溢れた若者と、その傲慢な態度も看過して目をかけてやって来た。しかし期待は裏切られたと皇帝は感じていた。

「あそこまでの馬鹿なら、辞めじゃ。もう少し様子を見てみることにしよう。余の考えをどう思う?」

 誠に結構ですな、とグリンメルスハウゼンは相槌を打つ。

「若者を甘やかせてはつけあがります。結構なことでございますな」

 皇帝に期待され、裏切ったと不興を買った憐れな若者を話の種に、老人たちの笑い声がお茶の香りとともに謁見室に広がる。

 

 

 

 8月20日を期してイゼルローン方面に出兵がおこなわれる。

 僕の指揮する駆逐艦ミステルも参戦の機会を得た。僕みたいな見た目は子供な艦長に付いてきてくれる乗員はありがたかった。

「ケッセルリンク艦長はどうして宇宙艦隊に移動されたんですか?」

 先任士官の質問はもっともだ。

「ここの分艦隊司令官、ミューゼル提督と知り合いだからですよ」

 僕が装甲擲弾兵と言う事で、この前の戦闘を思い出した様だ。

「なるほど」

「お互いに死なない様、協力してくれ」

 そんなこんなで艦の運用にも慣れてきたが、足に地が付いてない場所で戦うのはいささか不安だ。

 無重力状態でバランスを取るのは難しいが、航宙訓練が終わる頃に自然と立っている事が出来るようになる。

 情報端末を手に取り、画面に触れる。

 便利な時代だなと思いながら、表示された情報を目で追っていく。

 姉さんからメールが届いていた。出港の見送りに母と一緒に来ていた事を思い出す。

「体に気をつけるのよ」

 母はそういって僕を抱きしめてくれた。

(いやいや、母さん。そんな事言われても戦場に行くし)

 母を抱き返しながら、内心で突っ込みを入れた。

「風邪とかひかないでね」

 悪戯な表情を浮かべ、覗き込んでくる姉さんの言葉に思わず苦笑が漏れる。

(姉さん、貴女もですか)

 沈んだら死ぬけどねと、内心で付け加える。

 他の将兵も見送りの家族や恋人と抱き合っている。僕も2人と抱擁を交わして別れる。

 2人の目じりに涙が浮かんで見えた。家族とは良い物だと再確認し、少し感動した。

(帰ったらお土産を買ってご機嫌を取っておこうかな)

 2人に手を振り連絡艇に乗り移る。

 9月26日に駆逐艦「ミステル」は他の艦隊と共に、イゼルローン要塞に到着した。ここで意外な人物と再会する機会をもった。

 遠縁のウォルフガング・ミッターマイヤー大佐である。

 ミッターマイヤー兄さんは僕を弟分として可愛がってくれていた。

 お互い軍務に忙しく、休暇が合う事も少ない。再会するのは久しぶりだった。

「兄さんどうしてここに?」

「戦隊の一つを預かっているんだ」

 平民出身にしては兄さんも出世した物で、160隻の砲艦とミサイル艇からなる戦隊を預かりイゼルローン駐留艦隊に所属していた。卓越した指揮能力と数々の武勲。その噂は聞いており身近で憧れる英雄だった。

「ミッターマイヤー。卿の家族か?」

 話しかけてきたのは兄さんの僚友だろうか、金銀妖瞳(ヘテロクロミア)で見るからに女性受けのする面構えをしている。

(畜生。神様は不公平だ)

 黒く沸き立つ物を感じたが、抑えて挨拶する。

「ルパート・ケッセルリンク中尉。ミューゼル分艦隊で駆逐艦長を務めております」

 モゲロと言う意味不明な単語が脳裏をよぎった。

(ん。今のは何だ)

 僕の心情など露知らずイケメンは挨拶を返す。

「オスカー・フォン・ロイエンタール大佐だ」

 渋めの良い声をしていた。

 兄さんはイケメンに僕を紹介する。

「俺の家族で弟だ」

 そして僕に話しかける。

「装甲擲弾兵の小隊長をしてると聞いたばかりだったが」

 兄さんのその言葉にロイエンタールは驚く。

 装甲擲弾兵。臨時編成の陸戦隊と異なり、それは選ばれた精強たる男たちである。

 実戦経験を聞いて、将来は間違いなく中隊長に進むはずだったと確信する。

「色々と複雑な事情がありまして」

 僕も説明をしにくい。

(金髪の小僧のせいだとは言えない)

 ロイエンタールが面白そうな顔をしてこっちを見ている。そのあと真面目な顔をして兄さんは言った。

「死ぬなよルパート。エヴァを泣かせたら承知しないからな」

「兄さんこそ」

 優しいこの兄が家族として心配してくれるのがよく分かる。だからこそ嬉しく思う。

「このあと会議があり時間が無くて残念だ、落ち着いたらまた連絡をくれ」

 そう言う2人と別れて自分の艦に向かう。

 私室に戻る。艦長だから個室を与えられているが、駆逐艦は狭い。

 いつ沈むかわからない船だから、日用品以外、私物はあまり持ち込んでいない。

 兄さんも言っていたし、FTLでオーディンに私信を送っておこう。艦長の特権だ。

 しかし、残念ながら留守だったようで、メッセージだけ残しておく。

『兄さんと久しぶりに会った。元気そうにしていた。姉さんのことを気にかけていたよ。叔父さんたちにもよろしく伝えて。短いけどそれでは、また』

 

 

 9月からミューゼル分艦隊は回廊出口の哨戒任務を精力的に行った。ミューゼル准将は遊猟にでも出かけるように楽しんだが、末端の兵はたまらない。

(あいつ、僕達が疲れを知らないとでも思っているのか? 機械だって耐久限界があるんだぞ)

 疲労が蓄積されていく中、僕や部下達の中で不満が溜まって行く。

 ラインハルトの扱いに各戦隊司令も不満を持っていた。末端の艦長、駆逐隊司令などからも苦情を受けていた。推進剤や弾薬など消耗品は補給を受ける事はできるが、体の疲れは抜け切らない。

 一方、同盟軍は10月半ばに艦艇36900隻を動員しイゼルローン回廊からの同盟側入り口を封じた。

 第5次イゼルローン要塞攻略戦から2年。再び行われる要塞攻略戦は、同盟にとって執念の国家的悲願であり大事業だ。

「何で叛徒の奴等は懲りもせずに攻めてくるんでしょうね」

 先任士官の言葉に僕も同意する。全く理解できない自殺志願者だった。

「そうだね。このまま自滅してくれたら、イゼルローン要塞も作った価値があるんじゃないかな」

 もっとも攻略出来たとして、その後の具体的戦争計画は作られておらず、執念だけで攻めているとも言えた。

 

 

 11月6日。人が羨み嫉妬するほどの栄達を歩んでいた若き美将、ラインハルト・フォン・ミューゼルは、人生の転機となる手痛い敗北をこの日経験した。

撃て(ファイエル)!」

撃て(ファイアー)!」

 同じく意味をする号令が出され戦闘が始まった。

 ミューゼル艦隊はラムゼイ・ワーツ少将麾下、同盟軍分艦隊2500隻に対して大胆にも中央突破を図った。

 ラインハルトの目の前には、各艦艇から送られてきた索敵情報と味方の現状が三次元映像で立体的に表示されている。艦隊の動きは見やすいように簡略化の表示設定にされている。ほとんどがこの設定で、細部まで詳細に映し出すことも可能だが、数が多いときは見にくいだけだから変えることは少ない。

 その映像を見ながら支持を出す。

「突撃だ。蹴散らしてやれ」

 ここでラインハルトは大きな勘違いをしていた。

 突破は組織的抵抗帯を抜け突破目標に到達するだけが目標ではない。事後、成果を拡張して包囲撃滅すべきなのである。突撃するだけなら誰でもできる。

 単調で、馬鹿の一つ覚えのように「突撃」と「撃て」「迂回しろ」の指示しか出さないラインハルトに幕僚は呆れていた。これでよく提督になれた物だと。

 高等軍事教育の一環として、各種特技教育の入校制度があるが、ラインハルトは自らが嫌っている門閥貴族の一部の様に、その課程を飛ばして将官になった。まさに姉の威光である。

 ラインハルトにも言い分はある。早く栄達を極め、姉を取り戻す。その為に戦ってきた。膨大な時間を教育期間で過ごすなど耐えられない。戦場で武勲を上げるのが近道と考えたのだ。

 その為、正規の教育を受けて来た者には、小僧が増長していると受けが良くなかった。

 同盟軍も同じ様な軍事教育制度を持っている為、若年層の将官と言うのは珍しい。相対したワーツ少将も、半生を艦艇で過ごした叩き上げの熟練した指揮官だ。

「帝国軍のあの動き、ただ単に突撃しているようにしか見えませんね」

 ワーツ少将に対して、27歳の年若い参謀長が話しかける。

「そうだな」

 その言葉に頷き同意を示す。

「閣下。ここは故事に習ってみませんか」

 参謀長マルコム・ワイドボーン大佐は悪戯を思いついた子供のように、不適な笑みを浮かべ進言した。

 同盟軍は、ワイドボーン大佐の策により、逆に両側面から背面に迫る形でミューゼル分艦隊を包囲すべく動き出した。

 一方、ミューゼル艦隊前衛を預かるロルフ・シュタイナー大佐は、自ら指揮する戦隊を有機的に動かしラインハルトの拙い指揮を補助していた。

 突撃せよと言う命令だが、敵の抵抗は激しい。

「顔は綺麗だが人使いの荒い坊やだ」

 シュタイナーに悪意はなく、ラインハルトに将器を見ての軽口だった。

 彼が見たところラインハルトの戦術指導は荒い部分もあるが、年齢から考えれば将来を期待させる物だった。

 若き才気溢れる英雄。それを、これから自分達で守り立てていく。実に楽しみな事だ。 

 そんな考えを持っていた。

 敵の砲火が中和磁場を叩き思考を中断する。

 まずは、目の前の敵を倒す事だ。このままでは危うい感じがした。それは、長年培われた経験が言う警告だったのかもしれない。

 それを錯覚だと思おうとした瞬間、彼の艦は同盟軍の駆逐艦が放った雷撃を受け爆沈した。

 その結果、戦闘は長くは続かなかった。

 ここが運命の分かれ道だったのだろう。指揮官を失ったシュタイナー戦隊は、上下からの挟撃に耐えられず、容易く蹴散らされた。

「前衛が壊滅しました!」

 ラインハルトはその報告に顔面を朱に染める。ばらばらに逃げ始めた生き残りを、後背から同盟軍の砲撃が遅い次々と撃沈していく様子が見えた。

(何だと!)

 こう言う時にどう対処したら良いか。考える前に、初めての敗北でラインハルトの心は乱れた。足は振るえ無様を晒していた。

 軍に入ったのは権力を握る出世の近道と言うことも在ったが、その圧倒的な力に対する憧れもあった。

 力があれば姉を守れた。そう思ってしまったのも、当然の事だろう。

 しかし、自分にその力が向けられるとなると話は別だ。

「こんな……馬鹿な……」

 顔を蒼白にしてラインハルトは呻く。

 一に突撃、二に突撃。馬鹿はお前だと、ラインハルトに対して艦橋に居た幕僚が全員思った。

「ラインハルト様。ここは撤退すべきではないでしょうか」

 無理だと思えば戦わずに退く事も必用だ。

「そ、そうだな。俺に後退の二文字は無いが、今回はキルヒアイスの顔に免じて後退しよう」

 赤毛の親友の言葉に頷き、ラインハルトは後退を命じる。敵は深追いをして来なかった。

 ラインハルトは確かに優れているかもしれないが、ワイドボーンもまた士官学校時代、10年に1人の秀才と謳われている人物であった。1000隻近い艦艇を損失し、ラインハルトの完敗だった。

 

 

 

 鎮守府に匹敵する権限と設備を与えられたイゼルローン要塞要港部。通常の要塞駐留艦隊に対する業務の他に、送り込まれた宇宙艦隊への各種補給業務などで猫の手も借りたいほどの忙しさだった。そこへ6日の戦闘で3割を超える損害を受けたミューゼル艦隊が帰還して来た。

 作業員たちは、見るも無残に穴だらけになった艦隊に目を丸くする。

「何だこれは。酷いやられ具合だな」

 廃船同様の有様でたどり着いた艦艇の損害に、船渠入りは間違いないと私語を交わす。

「自軍より少ない敵に負けて逃げて来たんだとさ」

 旗艦の「ブリュンヒルト」が接舷し、負傷者が運び出されていく姿が目に写った。硝煙とオイルの臭いが自分達の居る場所まで漂ってくる。

 まだ戦いが始まっていないのに、ここまで叩かれる負け戦をするのも珍しい。

「指揮官は誰なんだ?」

「ほら、あの顔の綺麗な金髪の坊やさ」

「ああ。寵姫の弟と言う……」

 その時、話声が聴こえたのだろう。キルヒアイスに作業員たちは鋭い眼差しを向けられ黙りこむ。

 ラインハルトから補充の要請を受けた司令部は却下した。

「負けたから尻拭いしてくれだと? 舐めてるのか小僧は」

 他の分艦隊や戦隊も動いているが、そこまでの敗北は負っていない。1人だけ、「はい。そうですか」と要求通りの補充をする事も出来ない。持ち駒は限られている。

「帰って小僧に言って置け。戦争は1人でする物ではないとな」

 特別扱いは出来ない。キルヒアイスはその言葉に言い返す事も出来ず「ブリュンヒルト」に戻った。報告を受けたラインハルトは、門閥貴族に対する不満をぶちまけ帝国への敵愾心をさらに燃やしす事となる。

 ラインハルトの分艦隊は、その内の半数近くが損傷によって工廠の船渠入りを余儀なくされていた。

「これでは、戦闘に間に合わないではないか!」

 怒る金髪の青年を幕僚は冷めた目で見ていた。お前の指揮が悪いからだとは、流石に言わない。

 

 

 

 攻勢をかけている同盟軍もまた敵の戦力を削ろうと動いていた。キャボット少将もその1人だ。

 覇業への第一歩を踏み外し、ラインハルトは内心で傷ついていた。それでも、まだ萎縮するほどではなかった。

 ラインハルトの様子を見て、回りは眉をひそめ噂する。

「あれで、少しでも大人しくしていれば可愛気があるものを……」

 一度の失敗で彼の覇気を抑えきれるものではない。汚名返上、名誉挽回の機会を求めていた。そして偵察衛星がキャボット艦隊の存在を確認した。

「これだ! この艦隊を叩くぞ」

 11月12日。戦力的に満足いくほど回復した訳ではないが、ラインハルトは艦隊の出撃を命じた。

 何度も司令部に足を運んだキルヒアイスの努力によって、巡航艦30隻、護衛駆逐艦180隻の戦力を手に入れた。

 そして11月14日。意気込んでいたラインハルトはキャボット少将の同盟軍高速機動集団を襲撃する

「大丈夫でしょうか。ラインハルト様」

 赤毛の親友は心配そうに表情を曇らせラインハルトに囁く。

 ラインハルトは、キルヒアイス以外の幕僚に自由な発言を許さない空気を纏っていた。

 依然、ラインハルトに進言した士官は殴られた事があった。その為、萎縮する者もいて司令部の空気は硬くぎこちないままだ。

 これがラインハルトの為にならないことをキルヒアイスも理解しているが、ラインハルトに社交性が無いため仕方がない。

「今回は、この前の様には行かないさ」

 俺を誰だと思ってる。安心させるようにラインハルトは力強く言ったが、キルヒアイスの不安は払拭されなかった。

 戦闘が始まると同盟軍は頑強な抵抗を示した。

「中々手ごわいな」

 ラインハルトからその様な感想が洩れた。

 巡航艦と駆逐艦を巧みに運用し、キャボット少将は組織的抵抗線を鉄壁のように硬く維持している。

 宙雷戦隊が同盟軍の戦列を崩そうと、幾度か挑発の為、向かっていくが軽くあしらわれてしまう。

「くそ。埒が明かない」

 ラインハルトは腹立たしげに言った。彼の予想では、雑魚である叛徒は一瞬で蹴散らされるはずだった。敵の予想外の粘りに、ミューゼル艦隊も思うように動けない。

 これでは攻撃衝力が鈍化してしまうとラインハルトは側背攻撃しようとする。

「迂回だ、迂回しろ」

 正面に1個戦隊を牽制のため残して攻撃を継続させる一方で、主力は迂回機動を行う。

 しかし、終始主導性を確保して戦勢を支配していたキャボット少将はこの動きを見て取ると、兵力転用し逆襲してきた。

「帝国軍は馬鹿か。子供でも読める機動だ」

 正面の圧力が弱まった事で、相対する1個戦隊を文字通り撃破し、迂回機動を行っていたミューゼル艦隊の後背を突いた。

「後背に敵艦隊!」

 最後尾の戦隊は回頭する時間も与えられず、砲火を浴び撃破されて行く。

「糞……」

 自分たちの方が同盟軍の側背を突く予定だった。しかし、敵の方が遥かに洗練された艦隊機動を見せていた。

(計画通りに戦場で上手くいくとは限らない。その事は理解している……。だが、口惜しい!)

 拳を握り締めたラインハルトの体が、恥辱で震える。

 戦闘開始から累計で、800隻の損失が出ていた。

(このままでは、完敗するだけだ)

 耐え切れ無い事を理解したラインハルトは麾下の艦隊に後退命令を出す。再びラインハルトは敗れたのである。

 

 

 

「小僧が調子に乗ってしゃしゃり出るからだ!」

 短期間に度重なる敗北をしたラインハルトにミュッケンベルガー元帥は激怒する。

 幕僚も、彼の怒りに同意し追従するように次々とラインハルトをののしった。

「そうですとも閣下!」

「あの小僧。寵姫の弟だと調子に乗っていますよ」

「降格すべきです!」

「断固たる処罰を望みます」

 そこへ、普段ラインハルトを敵視していたフレーゲル男爵が、珍しく取り成した。

「まぁ、金髪の小僧もこれで懲りたでしょう」

 意外な人物の意外な発言に一同押し黙る。

 ただ、助けてやろうと言うのではない。

 これは、あの金髪の小僧を叩き潰すチャンスだ。

「どうでしょうか、閣下。もう1度だけ機会を与えてみては」

 フレーゲルの瞳の中に悪意を、そして口元に僅かな笑みを読み取ったミュッケンベルガーは心を落ち着ける。

「卿に諭されるとはな。だが分かった。今回は謹慎だけで様子を見よう」

 ラインハルトを口頭注意だけで済ます訳には行かない。司令部からは「職務上の注意義務違反で1週間の謹慎」を命ぜられ、その間の出撃禁止とされた。

 ラインハルトは自分が敵視していた門閥貴族のとりなしで再度のチャンスが与えられたとは知らなかった。

「これだから、寵姫の弟は…」と噂が広がり、フレーゲルはほくそ笑む。

(奴の評判が下がるのは良い事だ。能力があるのは認めよう。しかし組織の中で生きていくには協調性が無さ過ぎる。あの生意気な鼻っ柱は、1度挫いておかねばならん)

 

 

 

 ラインハルトは同盟軍が動き出した事で18日には謹慎を解かれる事となった。

「叛徒の奴らに感謝せねばならんな」

 ラインハルトは赤毛の親友にそう告げた。

 11月19日。張り詰めた弦の様な緊張感を伴ってラインハルトが戦端を開いた。

「撃て!」

 最初の10秒間の斉射で双方合わせて10万の命が失われた。安い人名であり予定された損害の内である。

 火球と光球が視界を覆っている。

「今度こそ勝つぞ。キルヒアイス」

 ラインハルトの手は色を失い白くなるほど硬く握り締められていた。

「はい、ラインハルトさま」

 キルヒアイスもラインハルトに後がないことを知っている。

 同盟軍の一角を遅滞行動で釣り上げ逆襲を行うのがラインハルトの構想だ。

 敵の追尾状況を把握し攻撃への対応。そして後退開始時期の選定。次の戦術行動への転移。

 それらをこれから実施する。

 最近では、他の門閥貴族も失敗続きのラインハルトが憐れに思えてきたらしく嘲笑することが無くなり、逆に哀れみの視線で優しい言葉をかけてくる。

 それが悪意の無い本心だとわかるからこそ、ラインハルトにとっては耐え難い物となっていた。敵意の方がまだいい。

 

 

 

 交戦開始を知ったミュッケンベルガー元帥は、またあの小僧かとうんざりした。

 これ以上、艦艇と兵を無様に浪費するようなら宇宙艦隊司令長官として自分の沽券にも関わってくる。今までは寵姫の弟と言うことで多少は大目に見ていたが、もう容赦はしない。

 だからといって同盟軍が手を抜いてくれることはない。ラインハルトの後退に見せかけた遅滞行動を同盟軍は予期していた。

 追撃と戦果拡張は異なる。「追撃とは予定されていたものではなく、戦果拡張は予定されていたもの」と士官学校で学んだ。

「司令部の予測した通りの行動を敵はしているようだな」

 ホーランド少将はヤンたちのたてた予測に乗って網を張り待っていた。そして、獲物がかかって来た。

「よし。始めるとするか」

 ホーランドは攻撃開始の号令をかけた。

 ウィレム・ホーランド少将は、俊英をもってなる提督である。

 ヤンがここをラインハルトの墓場として捕捉撃滅することを念頭において、あらかじめ攻撃計画を準備していた。今こそ徹底した戦果拡張に動く時だった。

 

 

 

 敵のスパルタニアンが襲来する。その報告を受けてラインハルトはワルキューレに邀撃させようとした。当然、彼の麾下に居る戦隊司令達もその様に動き出していた。緊急発艦して行くCSPのワルキューレ達。艦隊を守る守護天使の様に、敵の進攻方向に展開して行く。点滅する光源は、漆黒の闇に美しい幾何学模様を描いている。

 ラインハルトがスクリーンに表示される友軍の光景を見つめていると、報告が入って来る。

「敵編隊離れます」

 こちらに向かっていたはずの敵編隊が散開し、攻撃態勢に入った。そう思った瞬間、急速に反転離脱して行く。

「何だ」

(何かの罠か?)

 そこまで考えた次の瞬間、艦砲射撃が豪雨の様に放たれた。青い矢がワルキューレを粉砕し艦艇に食らいつく。

 スパルタニアンに注意を引き、射界に引きずり込まれた帝国軍は一気に叩かれて、青白い光球が無数に発生した。集束したエネルギーの濁流は、破片をさらに打ち砕き原子の雲へと換えるまで時間をかけなかった。

「前衛が壊滅しました!」

 聞き慣れた報告に対して、ラインハルトの口から呻き声が漏れる。

 最初の一撃で数個戦隊が壊滅した。分艦隊を預かる身としては、看過できない損害だ。

 キルヒアイスがラインハルトに視線を向けると、端正な顔は血の気が失せ蒼白になっていた。

(ラインハルト様の御栄達もこれまでか……)

 アンネローゼを救うと誓った誓いが果たせないかもしれない。その事を考えてキルヒアイスは眉間にしわを寄せる。

 3度目の失敗。もう誰も弁護してくれない事はキルヒアイスにも予想できた。

(そもそも味方など居なかったか)

 自嘲気味の笑みを浮かべる赤毛の副官に注意を払う者など居なかった。

 幕僚たちの表情もラインハルトに変わらず優れない。敵の動きが読めていたなら、いかに気に入らない上官であろうとも、自分の身に危険が及びそうなら進言するはずだ。今回に限っては、敵の方が上手だった。敵だって学習するし、簡単に倒せる標的ではないと言う事だ。

 

 

 

 総司令部でミュッケンベルガーも、ラインハルトが引きずり込まれた瞬間の様子を見ていた。

(いい加減に、あの小僧にはうんざりだ)

 無能な指揮官は存在自体が罪だ。居るだけで部下を殺す。現に今、目の前で3度目の敗北を負った。寵姫の弟に対する特別扱いもこれで終わりだ。もう処断することに対して、躊躇する理由も無い。勝ってさえいればラインハルトの評価も「生意気だが、才気溢れる戦争の天才」と呼ばれる事さえあったかも知れない。しかしながら運命の女神は彼に味方しなかった。ラインハルトに関して高く評価する事は2度と来ないのである。

 ミュッケンベルガーから発散される怒気に触れ、司令部の面々も発言を控えている。

「ミューゼル艦隊、前衛が壊滅。押されています」

「敵艦隊は前進。後背に回り込む模様」

 オペレータが引っ切り無しに報告をして来る。

「何をやっているのだ、金髪の小僧は!」

 たかが数回の実戦経験しかない小僧とミュッケンベルガーでは積んできた軍歴が違う。ミュッケンベルガーの目には、同盟軍がミューゼル分艦隊を捕捉撃滅しようとしているのは明らかだった。怒りで口角を歪ませながらも、寵姫の弟をどう救助するか考え始めた。

 

 

 

 ラインハルトに対応の暇を与えることなく、ホーランドの分艦隊は柔軟な機動性を極めた打撃で、ミューゼル艦隊の屈折点の背後連絡線を叩き、そこを突破目標として細かくラインハルトの戦力を削っていく。

 イゼルローン攻略戦が始まる前の掃除だ。決戦の前に敵兵力の減殺を行う。ラインハルトにとっては悪夢だが、当然の帰結だった。

「撃て撃て。後の事は考えず撃ちまくれ」

 ホーランドは勝利を確信していた。司令部の中も楽観した空気が漂っている。

 波状攻撃で圧倒的火力が叩き込まれ、帝国軍の艦艇が破壊されていく。

 戦闘経過一時間。ラインハルトの構想は崩れ去っていた。

 視界すべてをミサイルとエネルギーが濁流となり襲い掛かってくる。

「戦艦レバークーゼン爆沈」

「巡航艦ゲルゼンキルヒェン大破。離脱します」

「第99駆逐隊壊滅」

 同盟軍から浴びせられる砲撃は、巧みに帝国軍艦艇を沈める。

 損害が続出してひっきりなしに報告が入ってくるが、それだけではない。

『この間抜けが!早く撤退命令を出せ』

 とある艦長はそう怒鳴った後、艦が同盟軍の砲火を浴び通信が切れる。

 傲岸不遜。自分以外を完全に見下した態度をとり続けていたラインハルトの顔は恥辱で真っ赤になっていた。

 衝力を維持するホーランド分艦隊を中々、漸減・摩滅できない。

 どうして、自分の思い通りに敵が動かないのかと、ラインハルトは理不尽な怒りを感じたが、言葉に出すことは無い。そんなことをすれば自分が本当の無能だと晒す様な物だ。

 もっとも、すでに艦隊の幕僚にラインハルトに味方するものはなく、無言の視線が「本当に勘弁してくれよ」「付き合わされるルパートらもうんざりだ」と語っており、重圧となり攻め立てている。しかしラインハルトは何処か上の空で自分の思考に耽っていて周りの視線に気がつかなかった。

(ラインハルト様を止められなかった私も同罪か)

 貴方だけの責任ではないと言われたとしても、ラインハルトの耳に今は届かない。

(おそらく、帰還してからの報告で、ラインハルト様は悪く書かれるだろうな)

 分艦隊司令部を構成する幕僚達。彼らをラインハルトが重用していなかったのは事実だ。

 間違いなく誰も弁護しないとキルヒアイスは確信していた。

 

 

 

 個々の部下も生き残るため勇戦していた。

 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大佐は、自分の戦艦と僕の所属する駆逐隊を臨時に指揮していた。

「ノルトライン被弾、沈みます!」

 先を進む「ノルトライン」が火球と化す。残骸を避けるため面舵に取り、右舷に転舵する。

「くそ。きりがない」

 スクリーンにも鮮やかな爆発の閃光が艦内を照らし出す。

 巧妙な操艦で生き残っている「ミステル」だが、ビッテンフェルト大佐との連携で敵の戦艦3隻、巡航艦4隻を屠っている。

(まあ焼け石に水なのが明らかだな)

 僕の指揮する駆逐艦「ミステル」も砲火に晒されている。

 駆逐艦1隻なんて大局の中では風に煽られる木葉の様に無力だ。ビッテンフェルト大佐からの協力要請は渡りに船だった。

 問題は艦隊司令官だ。

 僕の見たところ、3度も負け戦が続くようでは十分無能だと言えた。

(まさか、ここまで叩かれるとはな)

 自分までラインハルトの巻き添えで死ぬのは許容できない。上官の命令には服従するが捨て石になるつもりもない。

(保険を賭けておくべきだな)

 通信士にイゼルローン要塞で待機している友軍と連絡を繋げるよう命じる。

 

 

 

 ラインハルトは鼻柱をを折られ、完膚なきまでに叩きのめされた。

 同盟軍の策でミューゼル分艦隊は見るも無残、わずか1時間で100隻にまですり減ていた。直衛のワルキューレも数を減らし、数で勝る敵を食い止めようと奮闘している。

「もはや、これまでなのか……」

 口惜しいと後悔しても遅い。

「ラインハルト様!」

「ヴァルハラで姉上を待とう」

 貴族社会を倒す。姉を助ける騎士としての自分に酔っていた。

 旗艦を護るためでなく生き残るため、個艦がバラバラに戦っている。

「ロストック被弾」

 報告と共に、旗艦の左舷にいた巡航艦が爆沈する。

 上下左右から、同盟軍の駆逐艦とスパルタニアンが襲いかかってくるのが見えた。

 もう終りだ、艦橋に居た全員が思った。

 だがこの攻撃は救出に来た帝国艦隊に阻止され手痛い打撃を受ける。

 ミューゼル分艦隊に止めを刺そうとしていたこの行動は、世に有名な主砲3斉射で吹き飛ばされた。

「友軍です!」

 艦橋内に喚声が沸き起こる。

 ミュッケンベルガー元帥は高潔な軍人で、友軍を見捨てるなど唾棄すべきことと嫌っている。

「寵姫の弟を見殺しにしたとなれば、閣下の栄誉に傷がつきます」と誰かが囁けばすぐに救出の兵を割くつもりだ。だが一方で、今ここであの小僧を処分した方が帝国にとって人的被害を抑えることになるのではないかと内心で囁く声を無視できなかった。

 しかし幸いなことにその葛藤は短時間で終り、問題は解決される。

 独断専行という形で一部の戦隊が救出に出張ってきた。

「あの艦隊の指揮官は誰か」

「オスカー・フォン・ロイエンタール大佐と、ウォルフガング・ミッターマイヤー大佐の戦隊です」

 間一髪で救出されたことを知りラインハルトは艦隊の集結を命じる。

 死者の数は生者の数を数えた方が早い。

 友軍を収容した帝国軍は整然と引き上げていく。

 結局、ラインハルトが自ら招いた危地を脱したのは、己の才覚でなく、ミッターマイヤーとロイエンタールの活躍によってだった。

 今後、ラインハルトに従う兵はいないだろうことは明らかとなった。

 これほどまでに連敗を繰り返した指揮官に誰が命を預けられるだろうか。艦隊指揮官としての技能は大いに欠けている。皇帝から預かった艦艇と兵をむざむざと失いこれは許せる物ではない。

 

 

 

 FTLの回線が、駆逐艦「ミステル」で開かれる。

『ルパート怪我は無いかい?』

 敬礼する僕に、ミッターマイヤーは開口一番にそう尋ねた。

『危ないことはしちゃいけないと言っただろ。際どい所で間に合ったから良いけど、無事でよかった』

 心から安堵したようで、それは弟を心配するただの兄の姿だ。

「救援に感謝します。ミッターマイヤー大佐」

 部下の目があるので、僕は形式ばった口調で応対し合図する。

 兄さんに、おやっという表情が浮かぶが気づいて口調を改める。

『貴官の救援要請を確かに受け取ったからな』

 本来なら指揮系統を無視しているが、ミューゼル准将から撤退指示も救援要請も出ていない。だから僕は、自分自身が生き残るため、藁にもすがる思いで兄に連絡した。ミューゼル准将の評価はとことん落ちる所まで落ちているし、今更、顔を潰すなど考えなくてもよかった。どうせなら過去の結果より、未来と現在をより大切にするべきだ。

『帰ったら報告を聞こう』

「はい」

 ようやく一息がつける。

 ラインハルトへの懲罰は大佐に一階級降格され、一艦長として戦場に残るようにされた。

 このことを知ったベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナは薔薇の蕾が咲いたような笑顔を浮かべ大いに喜んだとのことである。さらに最近では、皇帝の足がグリューネワルト伯爵夫人アンネローゼの館に向かうことが少なくなり、シュザンナの元へおもむくことがある。小鳥は暖かい巣へ帰り着いたのだ。

 

 

 

 いわゆる宇宙戦争での艦隊戦は、WWⅠレベルの戦術で艦隊がぶつかり合い、殴り合っている。

 三次元になっても、艦隊の統制から、極端に複雑過ぎる艦隊運用はできない。

 ワルキューレやスパルタニアンも、かつての航空優勢のように絶対的に対艦攻撃で優れているわけではない。どちらかと言うと、大艦巨砲主義でもない。ただの数のぶつかり合いで、生命と資源の消耗戦であり浪費だ。

 そして今も壮大な消耗が行われている。

 12月1日。帝国軍2万隻に対し同盟軍3万隻が対峙し、第6次イゼルローン攻防戦は前哨戦を終え本格的に始まろうとしていた。

 同盟軍は帝国軍の一角が崩れば、そのまま一緒に“雷神(トゥール)のハンマー”の射程内になだれ込むつもりだ。帝国軍も引きずり込みたいが混戦は避けたい。そこで一進一退の駆け引きが続いている。

 ミューゼル分艦隊を前哨戦で失い帝国軍の士気が疑われた。

 勿論、その程度で帝国の威信が揺らぐことは無いが、ミュッケンベルガー元帥は危険を顧みず友軍救出に活躍した、下級とはいえ帝国騎士の称号を持つオスカー・フォン・ロイエンタールと平民出身のウォルフガング・ミッターマイヤーの勇気を評価して誉め称え賞賛し准将に昇任させることで、貴族・平民を問わず全員の戦意を鼓舞した。「成功は栄誉と報酬を生む」と。

「見え透いた手だ」

 ロイエンタールはミッターマイヤーにそう言った。

 FTLを通しても金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の友人が冷笑してるのが伝わってくる。

「まぁな」

 ミッターマイヤーとロイエンタールの戦隊は、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将の指揮下で、予備隊として待機している。

『それにしても、毎度毎度飽きもせず、幾ら沈められてもやって来るな』

 要塞があるなら攻略しなくてはいけない、という強迫観念を植え付けられているようだ。

「まったく馬鹿らしい。敵ながら憐れだな」

 メルカッツ大将の戦闘指導は的確で、戦力で勝る同盟軍を翻弄し混戦にはさせず、確実に“雷神(トゥール)のハンマー”の射程内に引きずり込みつつある。

 今回も、グリンメルスハウゼン艦隊が機動打撃を行う予定だ。そうなれば2人も投入される。

 矢が弦から放たれるのを待っていた。

『老人たちの戦争だからな。気が長いさ』と辛辣に評価するのを、ミッターマイヤーは苦笑しながらも頷き同意を示す。

 あの輝く光点の中で彼の弟も闘っている。

 

 

 

 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大佐は、他人をチェスの駒のように使おうとする上官が嫌いだ。

 自分は下の事を考えられる軍人になりたい、そうあるべきだと考えている。だから、ラインハルトの事を毛嫌いしているし隠そうともしていない。

 先の戦闘で帰還後、ほぼ壊滅したミューゼル分艦隊が解隊された時は清々した気持ちになり、「やっとあのあほと別れられる」と人目も憚らず大声で言っていた。

「人の悪口を言う時は大声」が家訓で気持ちのいい男だ。

 僕たちミューゼル分艦隊の生き残りは、古巣のグリンメルスハウゼン艦隊に配属されると思われていたが、メルカッツ艦隊に配属された。「オーバーエスターライヒ」「インスブルック」「シュタイアーマルク」と言った駆逐艦と共に「ミステル」もいる。

 ビッテンフェルトは威勢良く、「進め進め。我が黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)の前には勝利か完全な勝利しかない!」と指揮していた。

「ビッテンフェルト大佐は何を言ってるんでしょう?」

「気にしては駄目だよ」

 僕はスルーする事を先任士官に薦めた。

 確かに僕らの所属する駆逐隊は引き続きビッテンフェルト大佐の指揮下に入るが、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)は意味不明で理解できない。

 ミューゼル准将よりは素直でいい人だが、ちょっと……いや、かなり頭のネジが緩んだ人なのか、出港の忙しい時間に「全艦、艦体を黒一色に塗装するように」と通達してきた。

 勿論、拒否したさ。

 

 

 

 ラインハルトは不快そうに蒼氷(アイス・ブルー)色の瞳を嫉妬と怨嗟に濁らせ、ビッテンフェルトの戦艦を眺めていた。

 自分より格下だった男は、戦艦1隻と1個駆逐隊の小規模ながら戦況に影響できる戦力を与えられている。

 対する自分はどうだ。全てを奪われて残されたのは戦艦1隻の艦長の椅子。身から出た錆……そうかもしれんが、この差は酷い。

「あの艦の艦長は、ビッテンフェルトと言ったか。何歳ぐらいの男だ?」

 傍らの友人に問いかける。

「確か27歳と言ってました」

 キルヒアイスは解隊の時、自室に閉じこもっていたラインハルトに代わり副官業務として、生き残った分艦隊の各戦隊司令、駆逐隊司令、艦長など各級指揮官からの罵倒や憎悪に満ちた報告を一身に受けていた。弁解も弁護も出来ず、あれは苦痛だった。

「猪突猛進に見えますが、よく兵の事を考えている人物でした」

 そう、ラインハルトとは違う。一般兵の事を考えていた。あの熱い思いにキルヒアイスは揺さぶられた。

「ふん」

 ラインハルトは面白くも無さそうに返事をすると、思考を切り替える。

(これは陰謀なんだ。年齢に対し若くして准将まで出世街道を驀進した俺の栄達を嫉妬した陰謀だ。くそ、宮廷の誰かが裏で手を引いているに違いない。きっとベーネミュンデ侯爵夫人か門閥貴族の辺りが仕組んだに違いない。そうに決まっている。畜生め、許さんぞ! 俗物ども。それ程、自分たちの地位にしがみつきたいか。なるほど、俗物は俗物で俺のような天才に脅威を抱いているのか。いいだろう。貴様らの思い通りになどはならん。生きて帰って復讐してやる。必ず、必ずだ!)

「神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや」と何やら、ぶつぶつ言い出したラインハルト。

 金髪の親友に剣呑な空気を感じ赤毛の友人は少し距離を置き離れる。

(ラインハルト様は、まだ自分を省みられていないのか……)

 ラインハルトの呟きを耳にしてキルヒアイスは眉をひそめる。自分の失敗を他人のせいにするなと声を大にして言いたかったが、堪える。ラインハルトの味方は自分しか居ない。そこで自分が注意などしたら、彼は裏切られたと心を閉ざしてしまう心配があった。

(アンネローゼさま……私は約束を護れるでしょうか……)

 幼き日の約束を忘れた事はない。だが、このままラインハルトに付き従って良い物かと考えてしまうキルヒアイスだった。

 

 

 

 計画されたことを実施すると言うことで、いい意味でも役所仕事なロボス元帥は優れた処理能力を持っている。

雷神(トゥール)のハンマー”の射距離の限界、つまり原点に始まり昇弧・最大弾道高の最高点・降弧を経て落点を描く砲外弾道における終末の要素たる垂直公算誤差を割り出した射距離散布の外、で同盟軍は「D線上のワルツ・ダンス」という艦隊運動を行っており、見事な動きと帝国軍の諸将を唸らせた。

 帝国軍も流れを変えようとしていた。

 そして、それはグリンメルスハウゼン艦隊の迂回機動による側面攻撃で決定的になる。

 これに対し、対応するため同盟軍の一部は回避するため回頭するが、そこへ“雷神(トゥール)のハンマー”が放たれ、文字通り粉砕していく。一撃で数千隻が消滅したのだ。

 さらに衝撃波が周囲の艦艇を襲い、巻き込まれ爆沈していくのが見えた。

「いまだ突っ込めぇ!」

 2210時。メルカッツ艦隊も予備隊を前面に出し攻勢に出る。

 先陣を切るのはミッターマイヤーとロイエンタールの双璧。連携の取れた2つの艦隊は、矛の切っ先としての役目を果たし、同盟軍の戦列へ深く食い込む。

 果敢に同盟軍も抵抗するが勢いが違う。

「突撃だ! 突撃!」

 ビッテンフェルトも友軍の奮闘に奮い立ち、勢いに乗って乗艦を前進させている。

 僕は駆逐艦「ミステル」でその一部始終を最前列で鑑賞していた。

「うん。大した物だ」

 迫り来る敵の砲火は、友軍の攻撃に圧され勢いが弱い。これも双璧の導き出した戦果と言える。

(どうでも良い事だが、三次元の宇宙空間で「敵側面を突け」の号令だけで動けるって凄いよな)

 そんな事を考えながらも、敵の艦載艇から主力艦を守ろうと防空網を張ったり、向かって来る対艦ミサイルの迎撃と大忙しだった。

 日付が12月2日に変わる頃。同盟軍が待ち望んだ混戦が展開されつつある中、ラムゼイ・ワーツ少将とキャボット少将の分艦隊に護衛されたミサイル艇の群れが浸透突破し、イゼルローン要塞に取り付き、同盟軍主力に向いた“雷神(トゥール)のハンマー”の方位角・射角の死角から多弾頭核融合ミサイルを放った。

「いけえええええ!」

 放たれたミサイル群は流星雨の様に軌跡を描く。

「敵駐留艦隊向かってきます!」

 ワーツ少将とキャボット少将はようやく気付いた駐留艦隊の迎撃を受ける。

 中和磁場を敵の砲火が叩く中、スクリーンには要塞に向かって飛翔するミサイルが光点となって映し出されている。

(頼むぞ!)

 しかし効果は薄く、要塞外壁部に近づけたにも拘らず表面に穴を開けることはできなかった。

 状況が混沌として長期戦の様相を呈し、無尽蔵な消耗が繰り返されていた。

 そんな中、幸いな事に双方において冷静に現状分析を行う者と、その結果を意思決定の場で反映できる者がいた。

 同盟軍では前者がヤンやフォークであり後者がグリーンヒル大将で、帝国軍では前者がシュターデン少将で後者がミュッケンベルガー元帥だ。

「これ以上の継戦は無駄だ」

 その結論に達した両軍は、12月5日には、それぞれの支配宙域に引き返し補充・再編成が行った。特に帝国軍では、それを求める要因があった。

 グリンメルスハウゼン大将の旗艦が偶然という流れ弾で撃沈され提督が戦死したのである。

 一時的に混乱した物の、メルカッツ大将が指揮権を迅速に引き継いだことで敵には気取られなかった。メルカッツ大将はさらに、ミッターマイヤーとロイエンタールに同盟軍後背の連絡線遮断を命じる。

 この行動は、同盟軍に予想以上の効果があったようで、12月7日1740時、同盟軍の全面撤退をもって第6次イゼルローン要塞攻防戦の狂宴は終わる。

 

 

 

 

 氷がグラスの中で溶け音を立てる。

 イゼルローン要塞の数多い隊員クラブの一つで僕は今回知己を得た男たちと杯を傾けている。お疲れさまの慰労を兼ねた飲み会だ。

 駆逐艦「ミステル」がイゼルローン要塞に戻るなり、兄さんに捉まえられた。

(まだ仕事は残っていると言うのにな……)

 当直を押し付けることになってしまった副長達には、土産を買っていこうと考える僕の耳に、賑やかな喧騒と注文を繰り返す声が聞こえる。

「今回も疲れたよ」

 馬鹿な上官に付き合わされてと内心付け加えながら、ため息混じりに言った僕に枝豆をつまんでいた兄さんが問いかけてくる。

「で、装甲擲弾兵の方に戻るつもりなのか」

 元々、装甲擲弾兵を目指して居た事を知っている。

「艦隊戦は懲り懲りだよ」

 何しろ人が死にすぎる。陸戦なら自分の技量で多少は何とかなるが、艦隊戦だと自分の生死すらどうすることもできない。

 応用できない未知の世界。不安に苛まれる。

「何言ってる、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)を抜ける事はゆるさんぞ」

 ビッテンフェルトがブルストの刺さったフォークを片手に僕の背中を叩く。ビッテンフェルトは、隊員クラブ入る僕達を見つけて合流してきた。副官のオイゲンも一緒だ。

(黒……何だって? 変な宗教団体か。仲間だと思われているらしい)

 ロイエンタールがシニカルな笑みを口元に浮かべ、グラスを口に傾けている。いい男は絵になるなぁなどと思いつつ答える。

「とりあえず、帰るまでには考えておきますよ」

「まぁ、当分は戦もないだろうな」

 兄さんの言葉に頷き、メニューを手に取る。これから先のことは後で考え、今は生き残ったことを素直に喜ぼうと考えを切換える。

(さて、何を注文しようかな)

 僕の意識は食欲の方に向けられた。



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銀英伝に転生してみた 11~12話

11.年明けの戦争

 

 帝都オーディンに冬がやって来た。

 12月中旬からここ1週間ほど、寒波がやってきて急激な冷え込みを見せている。

 何年か置きにやって来るその寒波は-15度にもなるが、地元の住民には慣れた物で少し寒いかなという程度のものだった。

 僕としては夏に汗だくになるのも、冬に凍えるのも遠慮したい。どっちも嫌だ。

 オーディンに討伐艦隊が帰還後、グリンメルスハウゼン大将の葬儀がしめやかに執り行われた。

 軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の帝国軍トップ、三長官が参列した葬儀は皇帝と死者の、生前での付き合いの深さを表していた。

 葬儀が終り雪が振り積もる中、傘をさしながら人々は帰っていく。

(さあ、家に帰れる!)

 葬儀が終わると僕は年末年始休暇を貰った。

 次の配属が決まるまでの骨休みだ。冬の賞与もほとんど手付かずで残していたし、お土産を買って帰る。

 駅のホームに人影は疎らだ。ベンチに座り売店で買ったサンドイッチをコーヒー牛乳で流し込み時間を潰しながら、乗り換えの到着を待っている。

 帝国暦486年は皇帝フリードリヒ4世陛下の戴冠30周年に当たり、新年は盛大に祝われている。

(昭和の天皇陛下は、在位100年行きそうな勢いだったな)

 お祭り騒ぎではめを外し過ぎたのか、飲酒して泥酔した貴族が池に落ち溺死したとか、打ち上げ花火でホテルが全焼したとかくだらないニュースが電光掲示板でやっていた。

 帝国国営鉄道の誇る急行ラインゴルトが駅を通過していく。

 ゴミ箱にゴミを捨て立ち上がる。そろそろ時間だな。

 アナウンスが流れる。

『まもなく一番線に電車が参ります。白線の内側までお下がり下さい……』

 警笛を鳴らし電車が入ってくる。

 電車の清掃は行き届いているようで、中は清潔に維持されていた。

「あ。ルパート」

 話しかけてきた蜂蜜色の髪の小柄な青年はうちの兄さんだ。

「ああ、兄さんも同じ電車だったんだ」

 手にはカバーのかけられた本を持っている。辺りに人がいないのを確認し兄さんは言う。

「年明け早々に、また出兵があるそうだからな。今のうちに休んでおかないと」

「そうか……」

 准将になり提督の仲間入りした兄さんだ。内示があったのかな。詳しくは軍機に関わることだし家族と言えお互い軍人、それ以上その話題には触れないことにする。

(次の動員があるとすれば、2月か3月と言うことになるな)

 ぼんやり考えながら車内の広告に何気なく目をやると、『フェザーン自治領第5代領主アドリアン・ルビンスキー氏の夜の生活』と言う文字が見えた。

(皆、ゴシップ記事が好きなんだな。ん~あの頭の照り具合何処かで見たような……)

 差し障りの無い範囲で、お互いの近況を話しているうちに時間が過ぎて降りる駅についた。

 時刻は夕方。電車を降り駅から歩いて帰ると、昼間は穏やかな太陽の日差しが程よく暖かったが夕暮れが近づき少し肌寒い。

 駅で帰宅を連絡をしていたので、皆が玄関で待っていてくれた。

「お帰り」

 皆の前で父親に抱きしめられ兄さんが少し照れくさそうにしている。

「ただいま」

 今日は女性陣が張り切って料理をしたらしくご馳走だった。伯父さんが兄さんに、お前も26でいい歳なんだから早く結婚しろと言っていた。繊細な兄さんはふられたからと、すぐ次の女性に乗り換えるなど直ぐに出来ない。

(しかし、あれから2年だぞ)

 女性にもてそうなのに浮いた噂一つ聞かない。いや、待てよ。1つあった。金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の顔を頭に思い浮かべ振り払う。

「ルパート?」

 訝しげに姉さんが覗き込んでくる。

「なんでもない。これ美味しいね」

 小皿に取った大根サラダを突付きながら僕は料理を誉める。

 嬉しそうに笑い、二人のために作ったから沢山食べてねと姉さんが甘えた口調で言う。

 ワイングラスをナプキンで拭い兄さんが立ち上がる。

「ご馳走様。今日はもう寝るよ」

 昼には出かけてくると兄さんは言っていた。

 僕は久しぶりに伯父の手伝いをする予定だ。土と触れ合うのも久しぶりだ。戦場で穴を掘るのとは違う。

 夕食後、自室で本を読んでいたが眠れず、テラスに出てワインを楽しむ。相手は観葉植物のアロエ君。アロエ君とはフェザーンに居た頃からの付き合いだ。

 こんなにのんびりするのは久々だ。月明かりが庭を照らしている。

「ルパート。寒くないの?」

 姉さんが薄手のガウンを羽織ってやって来た。

「うん。アルコールが入っているからね」

「そう」

 隣に腰掛ける姉さん。風邪ひくよと思ったが好きなようにさせておく。

 取りとめも無い事を会話して、ごろんと横になる。

 いい月だ。ひんやりとした床がアルコールが入って火照った体に心地良い。久しぶりに酔っ払い寝てしまい、気がつくと朝には毛布がかけられていた。

 

 

 

 

 帝国暦486年。休みが明けるとやはり動員令が出た。

 2月。昨年末に行われた叛徒の攻勢、第6次イゼルローン要塞攻防戦に対する報復として、また対外的に戴冠30周年を軍事行動の成功によって飾りたてるため、宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は艦艇35400隻の討伐軍を率いて出撃する。

 僕の駆逐隊が今回所属するのはノルディン分艦隊。かつての上官、ミューゼル大佐とビッテンフェルト大佐の戦艦もその中に居た。

 司令官のノルディン少将は子爵家の長男で30代前半。若い貴族にありがちな傲慢さもなく上官としては理想的だ。また、参謀長のパウル・フォン・オーベルシュタイン中佐。この義眼の参謀長は、冷静で優れていると実力に定評がある。

(あらためて考えると、今回の面子は中々、豪勢で恵まれているよな)

 関係上司や所属艦艇の内訳を見てそう思った。

 一方、叛徒の連中は総司令官ロボス元帥の指揮で5個艦隊艦艇6万余隻を以て迎撃に出た。

 前衛はアレクサンドル・ビュコック中将の第5艦隊、ウランフ中将の第9艦隊、ウィレム・ホーランド中将の第11艦隊からなる33900隻。

 ロボス元帥が後方にいる以上、最先任のビュコックが3個艦隊を指揮するらしい。老練な指揮官と言うのは厄介な敵だ。

 敵はイゼルローン要塞から6.2光年離れたティアマト星系外縁部に展開している。第5艦隊が右翼、第9艦隊が左翼、第11艦隊が中央という配置だった。

 ティアマトは過去2回戦場となっており、帝国軍も周辺の状況は概ね把握している。

 

 

 

 後に第三次ティアマト会戦と呼ばれるこの戦いは1600時、帝国軍の攻撃に同盟軍が応戦する形で始まる。両軍は10.8光秒の距離に接近していた。

 さすがに距離がありすぎて戦闘開始には早い。

「宙雷戦隊、空戦隊は砲撃開始後、出撃に備えておけ」

 教範通りまずは主力艦の殴り合いから始まる。徐々にお互いの距離を詰めていき、艦載艇が放たれる。

「さて、ぼちぼち出番だな」

 戦闘空中哨戒のワルキューレとスパルタニアンがお互いに艦隊の頭上を守ろうとドックファイトを繰り広げる中、両軍の教導駆逐艦あるいは巡航艦を旗艦とする宙雷戦隊が主力艦に食いつこうと必殺の光子魚雷を積んで猟犬のように駆け出す。その中に僕は居た。

 ロボス元帥の2個艦隊が到着するまで、ビュコックは帝国軍を拘束するのが目的だった。

「敵第11艦隊、向かってきます!」

 味方の前衛が中央からの敵の逆襲で壊滅した。

 友軍の戦列を表していた光点が、火球に変わりスクリーン一杯に広がっていく。

 表示される情報では圧倒的に味方の損害が多い。

 ホーランドの用兵はミューゼル分艦隊を壊滅させた時の手を使っただけだが、効果は十分にあった。艦隊機動は十分に統制されており、深追いと突出はしないよう抑えられていた。

 すぐにノルディン分艦隊の周りにも、敵の火線が集中する。

 至近弾が中和磁場を叩く度、「ミステル」の艦体も揺さぶられる。

「これって不味いんじゃないかな」

 僕がそう思っている頃、旗艦で頭の回転が速い幕僚が進言していた。

「閣下。ここは遅滞行動を取りつつ、敵が攻撃限界点に達した所で逆襲に出ましょう」

 オーベルシュタイン中佐はノルディン少将の面子を立てて、さり気無く進言しさらに補足説明する。

「敵艦隊の動きは速度と俊敏性に劣っていますが他の2艦隊との連携が出来ており、その意図は長期戦にあります。持久戦に持ち込まれれば、おそらく増援が到着し戦力比で我が軍を圧倒するものと考えられます」

「だとすると攻勢限界点になる前に引き上げることが考えられるのではないか?」

 オーベルシュタインは義眼を細め、仕える上官が凡庸でないと感心する。

「その時、逆襲に出ても問題はありません」

「ふむ。参謀長の策でいこう」

 そんな会話があったそうで「ミステル」にも司令部からの指示が伝わって来た。

「適当に相手をしつつ後退しろだって?」

 向こうが本気で撃って来るのに、適当に相手ができる訳ない。

 回避行動と反撃で余裕など無く、司令部の指示が抽象過ぎて意味が解り難い。

(一を聞いて十を知るとでも思っているのか)

 内心、毒づいている内に鋭い衝撃が「ミステル」を襲った。

「くそ!」

 何が起こったかはアホでも馬鹿でも直ぐに分かる。

「右舷に被弾!」

 情報端末に目を向ける。戦闘航行には支障は無い。

「後進微速」

 僕は回避運動の指揮に集中する。

 

 

 

 1640から1720時の間、同盟軍は文字通り暴れまわった。

 帝国軍の予想通り、頃合いを見計らってビュコックはホーランドに引き上げを命じた。

 帝国軍も押されているだけではない。

 ノルディン分艦隊に所属する、黒一色に塗られた戦艦が単艦、容赦ない追撃で第11艦隊に被害を与え、戦果をあげている。

 猪──ビッテンフェルトだ。

「撃て撃て。追撃の手を緩めるな!」

 かなり大雑把な指示だ。砲雷長がその指示を補完するように、麾下の砲術士、水雷士に適切な指示を出す。

 放たれる主砲の斉射。青い矢は、同盟軍後衛の駆逐艦をあっという間に貫き4隻を撃沈していた。

 味方を沈められていきり立った同盟軍の砲火が中和磁場を叩く。

「艦長。友軍から本艦だけ突出しすぎです」

 副官のオイゲン大尉がたしなめる。その額には汗が吹き出ている。緊張の為か、顔色も優れていない。

 それに対してビッテンフェルトは口角を釣り上げ、綺麗な笑みを浮かべて告げた。

「勝利は目前だ。一気にこのまま、敵に切り込み搔き乱して友軍の前進を支援する。恐れず進め」

 その自信は何処から来るのだとオイゲンは呆れる。

(この突撃馬鹿には何を言っても無駄か)

 一方でそれを見たラインハルトは大したものだと素直に感嘆していた。

「キルヒアイス。俺たちも続くぞ」と、その後に続き巡航艦を沈める。

 ビッテンフェルトが攻め、ラインハルトがその背中を守る。少し前では考えられない状況だが、連携が上手くいっていた。

 ビッテンフェルトは手元の情報端末で、後に続く「ブリュンヒルト」に気付いて呟いた。

「ふん。あの金髪の小僧も協調というものを学んだか」

 口角を吊り上げてビッテンフェルトは呟くと、オイゲンに向かって大声で告げた。

「この調子なら我が黒色槍騎兵艦隊に入れてやっても良いかもしれんな」

 オイゲンはいつもの妄言と苦笑を浮かべる。

 黒色槍騎兵艦隊とはビッテンフェルトが構想している将来、自分が持つ艦隊で、現段階では妄想と言っても良い。ちなみにビッテンフェルトの中では、ルパート・ケッセルリンクを駆逐隊司令として引き抜く予定だった。

 

 

 

 2隻の戦艦が追撃に出るのにつられて、周りの帝国軍も勢いに乗る様に加わる。

 僕としては面倒だが流れに飲み込まれた。

「ビッテンフェルト大佐か。相変わらず無茶をするなぁ」

 赤毛の青年士官を思い出しながら呟いた。

 与えられた任務は数が減ろうとも同じだ。

 敢闘精神が無ければ艦長職はやっていられない。

(まあ、そうなんだろうけどね)

 連携を考えるべきだと思う。

(下手に考えるより、動くべきか……)

 勝機を見ると言う意味では良い頃合だった。

「そうかもしれないな」

「艦長?」

 僕の呟きに先任が反応した。

 苦笑を浮かべてルパートは答えようとするが、そこに通信士から報告が入る。

「『イルティス』より入電。我に続け」

 相手は駆逐隊司令だ。

「イルティス」の指示で駆逐隊を構成する「ヤーグアール」「ミステル」「ワンダーモモイ」「アンセブ」「トンドルベイビー」の5隻も続く。

 敵はビュコックが指揮するだけあって連携は巧みで、帝国軍の追撃は遅々として進まない。

 スパルタニアンが群れて立ち塞がって来た。

「前進一杯!」

「ミステル」はビッテンフェルトの盾となるように前進した。他の僚艦も続く。

 1隻の戦艦は5隻の駆逐艦よりも高価なのだ。

「ミステル」の対空射撃が数機のスパルタニアンを叩き落す。

 僚艦は「ミステル」ほど幸運だったわけではない。標的を変えたスパルタニアンの攻撃で駆逐隊司令の乗る「イルティス」は爆沈、「ヤーグアール」は艦尾を吹き飛ばされ大破。曳航されなければ自力航行不能損害を受けていた。

(あれ、駆逐隊司令が死んだぞ)

 駆逐隊で生き残った先任は僕だった。

「駆逐隊の指揮権は艦長に引き継がれます」

 何て事だ。

 

 

 

 目の前で味方の駆逐艦2隻が撃破される姿を見て、ビッテンフェルトは手元のコンソールに拳を叩き付ける。物に当たるなとその場に居た全員が思ったが、ビッテンフェルトは気にはしていない。

「くそ。逃がすな!」

 盾となり犠牲になった味方の為にも、これで引き下がる訳には行かなかった。

 同盟側の資料によると、ビッテンフェルトが悔し紛れに後退する同盟軍目がけて放った斉射の一発が、ホーランドの旗艦に命中したのはこの時であったと言う。

 ホーランドは後世の歴史家に独断専行と命令無視による戦死と、歪曲し伝えられるとは知らず塵となった。

 自らがあげたこの戦果を、ビッテンフェルトは知らなかった。知っていればまた調子に乗っていた事は間違いない。

「またこの年寄りより若者が逝ってしまった」

 報告を受けたビュコックはそう言った。

 新しい芽がその才能を花開く前に摘まれてしまった。残念でならない。

 第11艦隊は旗艦を失ったものの友軍の支援もあり潰走などしない。ビュコックとウランフは、突進してくる帝国軍を手酷く叩きのめした。

 司令官の気迫が乗り移った様に第5艦隊も奮闘している。

(もしかしたら、自分の弟子に慣れたかもしれない男。将来の名将を育成できたかもしれない)

 そんな意味でもビュコックは残念だった。

『ウィレム・ホーランドも英雄になり損ねたようですな』

 ウランフは皮肉交じりに言った。それに対して何かを言う元気は無い。

「彼は、残念だった……」

 老人の心には悔いが残っていた。守ってやり、まだこれから色々と教えてやろうと楽しみにしていた。それだけに残念だ。

 予定通りにロボス元帥の応援が到着すると同盟軍前衛の第5、第9艦隊は攻勢に出た。

 

 

 

「うげっ……」

 僕はうめき声をあげた。

 なにしろスクリーンに2万隻以上の敵がこちらに向かって来るのが映っていたからだ。

 間違いない。標的はうちの艦隊だ。

(出来れば、後方に下がりたかったな……)

 そんな事を考えてしまう。

 僕の平穏を求める願いをあざ笑うかのように、周りの艦艇が次々と撃破される。

 知らない艦とは言え友軍が沈められていく光景に、思わず眉をひそめてしまう。

 攻守の逆転。今度は敵の番か。

「命を惜しむな。名を惜しめ」と習ってきたが、時と場合による。

「回避に専念しろ! 生き残るのが優先だ」

 歩兵の僕が、こんな場違いな駆逐艦で死んでたまるかと言うのが本心だ。

 同盟軍の新たな増援到着に対して、ミュッケンベルガー元帥の決断は早かった。

 無傷の2個艦隊が戦場到着したことで、彼我の戦力比が2倍近くなった。

 普通に戦えばこちらも無傷で済まない。

「止む負えない。全軍に撤退の指示を出せ」

 これ以上の戦闘は無用との判断だ。

 壊滅するまで戦うのは包囲下の劣勢ならまだしも、通常の会戦の場合あり得ない。

 なぜなら全軍崩壊を避ける為だ。

 戦場における後衛程、苛烈な戦闘に立たされる部隊は無い。勝っている時の敵の勢いは凄まじい。

 ノルディン艦隊は後衛を構成する一部として、同盟軍の砲火に身を晒した。

 駆逐艦「ミステル」の周囲にも敵のビームと弾が集中する。

 僚艦が次々沈み、すぐに新しい駆逐隊が再編される。その指示は戦術情報の管制によって素早く行われる。

「うは」

 目の前で、後衛をしていた駆逐隊がまた1つ、レーダーから消えた。

 撃沈されたのは間違いない。

 沈んだ物を気にしてる余裕などない。

 次には、こちらの駆逐隊に敵の放火が降り注ぐ。

「ミステル」の所属する駆逐隊も2隻が後退している間、2隻が支援射撃を行うと言う交互躍進で後退する。

「『ワンダーモモイ』『アンセブ』退避完了」

 次は「ミステル」の番だ。

「中和磁場を艦尾に集中しろ!」

 凄まじい閃光と爆発が、僚艦を包み込み火球に変える。

「『トンドルベイビー』爆沈!」

 これで「ミステル」の所属する駆逐隊は、4隻から3隻へと数を減らした。

 次は我が身と考えると、冗談ではない!

(畜生。どこを向いても敵ばかりじゃないか)

 地に足を付けての戦いなら、どれだけ敵に囲まれようと、生き延びる自信はある。

 しかし、これは少々荷が重い。

(帰ったら絶対、転属願いを出すんだ!)

 僕は心にそう誓った。

 補給を終えたワルキューレが、弾丸のように飛び出して行き、追い縋る敵から味方艦艇を庇うように編隊を組んで展開していく。

 結果的に、ノルディン艦隊は敵の追撃を支え、全軍崩壊は喰いとめた。

 

 

 

 第3次ティアマト会戦は、帝国軍が参加艦艇35400隻の内、ほぼ四割の12800隻を損失。一方同盟軍は、投入された5個艦隊6万隻の内、2割にあたる11000隻を損失した。これは終始、前線で闘った前衛の損害と言える。

 

 

 

12.クロプシュトック侯のアレ

 

 ティアマトの出兵から帰還して間もなく人事移動発令通知を受けた。僕は大尉に昇任し艦を降りることとなった。

(やった!)

 駆逐艦の任務は、縁の下の力持ちのように艦隊構成をする上で重要だ。便利な消耗品として使われる乗員達は生き残る為、家族のように一つにまとまり艦を動かす必要があった。

 そうした、生活を短い期間だったが過ごしてみて、慣れ親しんだ戦友たちとの別れは一抹の寂しさがある。が、それ以上に嬉しかった。

「艦長もお元気で」

「ああ、君らこそ気をつけろよ。駆逐艦は消耗品だからな」

 しかし念願の装甲擲弾兵への復帰だ。心が浮き立つものを感じた。地に足をつけての戦いなら自信がある。

 オフレッサー上級大将に呼び出され、しばらくは教導団で教育支援にあたる事を命じられた。

「期待しろ悪いようにはしない」と笑顔で言われた。

(期待ってなんだ?)

 給料アップか休みを消化出来るならましな方だが、もっと大きなイベントが待っていた。

 3月21日の夜、ブラウンシュヴァイク公の私邸で爆弾テロが発生した。公爵夫人はフリードリヒ四世の娘アマーリエで、外戚として皇室とも親しく付き合っており、標的は来訪予定の皇帝だったと言う。

 ブラウンシュヴァイク公のような大貴族の家では、夜会が開かれる事が多かった。パーティーの参加者は現役・予備役を問わず准将以上の将官が交流し、意見を交わす事で仕事を円滑に進める事が目的だった。

 捜査の結果、事件の首謀者がクロプシュトック侯と判明。

 大逆罪の未遂犯として爵位を剥奪され、私領に逃げ込んだクロプシュトック侯討伐の兵が挙げられる事となった。

 多くの貴族が巻き添えになり、主催者であるブラウンシュヴァイク公爵の面目は丸潰れになった。皇帝に直直訴して討伐の総指揮を執る事を認めさせたと言う。

 それで僕にも関係ある事だが、3月30日、勅命が下り討伐軍が出兵する事になった。

 討伐軍の到着までクロプシュトックが大人しく、座して死を待っているとは考えられない。そのままだと逃亡の可能性もある為、事前に隣接する各領主には封鎖を命じていた。

 討伐軍の参加艦艇は23000隻。数こそ多いものの雑多な私兵部隊で、大は戦艦から小は警備艦艇まで寄せ集めだ。

 艦隊の兵站を維持するのは正規軍で宇宙艦隊が支援し、途中通過する諸侯の私領で消耗品の補給を行う手配がされていた。これらの資金は皇帝から支度金としてブラウンシュヴァイク公に渡されていた。

(私闘ではなく国家を敵に回したからか。貴族は色々と便宜を図って貰えて良いな)

 それだけの準備がされていて艦隊の速度は一番遅い船に足を合わせるために、クロプシュトック侯領内に入るまで10日がかかり3分の1が途中で脱落した。

 そういう条件の中でロイエンタールと兄さんの両少将が統括する軍事顧問団と共に僕も大尉も参加している。

「地上戦になるだろうな。気をつけろよ」

 兄さんは引っ越してき頃の僕を知っており、いつまでも子供として見て心配してくれている。家族に心配されて悪い気はしない。照れ臭くて話題を変えることにした。

「それで兄さんの方はどうなんだい?」

 すると苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「あいつらが素直に言うことを聞くと思うか?」

 あいつらとは貴族の子弟の事だ。最初から懸念されていた問題点の一つで、正規軍と貴族の私兵の混成では、初めから指揮系統には問題点があり貴族が軍事顧問の指導を受けるか怪しかった。

 中には素直に意見を受け付ける者もいたが、大多数は「貴族様」として何不住無く過ごしてきた為、他人に命じられると言う事に慣れていない。

 正規の軍人教育を受けた者なら、軍制上の指揮統制と言う物をはっきりと理解しており問題はない。だが爵位だけで階級を付与された者はその点を理解していない。自尊心が強く、自分一人で何でもできる気になっている。

「まぁフレーゲル男爵が話のわかりそうな人で良かったね」

「ああ。自分に軍事的才がないと言う事を理解してるとは、中々珍しい御仁だな」

 前衛はブラウンシュバイク公の寵愛を受けるフレーゲル男爵麾下3000隻。

 ブラウンシュヴァイク公は、有力な戦艦、巡航艦の一部をフレーゲル男爵に預け命じた。自分が落伍した艦艇をまとめ上げ追いつくまで掃除をしておけと。

 中々悪くない。

 対するクロプシュトック侯の私兵は約5000隻で警備隊に毛が生えた程度。

 お世辞にも錬度が高いとは言えなかった。

 それは鎮圧する側も同じだが、 P2A5での艦隊運用の経験からフレーゲルは自分に軍事的才能がないことを理解していた。

 派手な栄達など望む事もできない。ならば、無難に与えられた責務をこなして損害を抑えるだけだ。

 そういう心情だったフレーゲルは、ロイエンタール、ミッターマイヤー少将を呼び出すと艦隊の運用に関して権限を一任している。正しい判断だ。

「全部丸投げとは驚いたよ」

 さすがに二人も疑問に思ったそうだ。

 貴族からそこまでの信頼と権限を与えられた事は無かったからだ。

 貴族と言えば自分が表に出たがるものだと認識していた二人にとって、フレーゲルの決断は驚くべき事だった。

「ご命令は謹んでお受けいたしますが、功績を横取りされると他の貴族の方々が誤解しますまいか」

 ロイエンタールの疑問は尤もだ。下手をしたら他の貴族からいらぬ恨みを買って謀殺の対象になる。

「そこまで卿が心配する必要はない。責任は私が取るので卿らの善処に委ねる」

「御意」

 フレーゲルのお墨付きで艦隊の全てを指揮できる事になった。

 それで相談をしたそうだ。

「いずれにしろ我々は最善をつくすだけだ」

 信頼には応えないとな、と兄さんは付け加えた。

「それに卿は戦いたかろう?」

「そうだな。それは卿も同じではないか」

 不敵な笑みを浮かべ同意を示し、ロイエンタールは続けて提案する。

「ここは、お互い半数の1500隻づつ率いて、どちらがより戦果をあげるか勝負するというのはどうだろ」

 負けた方が1ヶ月隊員クラブで酒を奢るという約束をした。

(殺し合いを賭け事にするって馬鹿じゃないの)

 賭け事の対象にするのは不謹慎だなと思ったが、その事を語る兄さんが機嫌良さそうにいきいきしていたので注意するのは止めた。

 帝国の双璧と名高いお二人を相手にする敵が憐れに思えてきた。

 

 

 

 艦隊戦の間は暇だ。僕は装甲擲弾兵としてここに来ているので地上の掃討作戦の立案に加わる。

 国内治安を預かる内務省の捜査によると、クロプシュトック侯爵家は銀河帝国誕生以来の歴史を誇る名門であったが、現頭首のウィルヘルムが帝位継承権問題で、現在の皇帝フリードリヒ四世陛下を蔑視して来たため、即位後に陛下の側近から疎んじられ冷遇されてきた。そのため逆上し激発したのが今回の原因だという。言い方は悪いが、賭ける馬を間違えた上に逆恨みの自業自得だ。

 地上戦の作戦立案にあたり僕が提案したのは、1977年11月23日にモザンビーク領内シモイオの北17KmにあるZANLAの拠点を急襲したディンゴ作戦で使った手で、いわゆるファイアー・フォースという戦術だ。

 この作戦で僕らは拠点を空爆で叩いた後、DCダコタ機で空輸されたRLI48名とSAS96名がH時(0745)の2分後に降下、パラトローパーズ・ボックスという凹型陣形で包囲、掃討していった。

(敵の司令官を拘束するのが第一目標だな)

 降下した後に包囲網を狭めていく単純なやり方だと、錬度の低い貴族の私兵でもやれるだろう。

 打ち合わせで懐かしい人と再会した。

「やあ」

「え?」

 肩を叩かれ振り返るとフォン・コルプト大尉がいた。

 教育時代、そして中隊配属になってからの事が思い出される。

「ケッセルリンク中尉……今は大尉か! 懐かしいなぁ」

(それ程、分かれてか経っていない気もしますがね)

 内心苦笑しながらも笑顔で応じる。

「はい、中隊長殿もお変わりないようで」

 フォン・コルプト大尉も喜色満面で近づいてきて、親しそうに会話をするものだから取り巻きの貴族は、誰だこいつという目でこっちを見る。

(貴族は群れるのが好きなのか?)

 貴族連中でコルプト大尉は雰囲気が異なっていた。実戦を経験して自信が付いたらしい。落ち着いた感じがする。

「うん。今は何をやっている?」

「軍事顧問としてです。お陰さまでそれなりにやらせて貰ってます」

 本当は暇です。

「そうか。私の父はブラウンシュヴァイク公の従弟だ。姉はリッテンハイム侯の一門に嫁いでいる。困ったことがあればいつでも頼れよ」

「ああ。それはどうも」

 好意で言ってくれているのだろうが、貴族の派閥はあまり関わりあいたくないな。

 連絡先を教えてもらい再会を約束して別れた。

 そういえば、ディンゴ作戦で右翼Aグループのストップ4を指揮していたSASの大尉、ボブ・マッケンジーと言ったか……あのアメリカ人と今回のフォン・コルプト大尉はどこか空気が似ていた。まぁ戦死したという噂も聞かなかったし、大丈夫、気のせいだろう。

 あと、交戦規程を確認したところ、何と定められていなかった。大量虐殺なんてやられたら洒落にならない。非戦闘員への略奪・暴行行為はしないよう兄さんにフレーゲル男爵を通して軍規を徹底してもらう。

 

 

 

 1127時、敵の迎撃に遭遇し艦内に警報響き渡る中、揚陸艇で僕は待機している。

 無慈悲な砲火が敵軍に叩きつけられ、戦場騒音である振動が揚陸艇にも響いてくる。

 後で聞いた話だと、敵艦隊は初めから陣形が崩れていたという。

 それはワーテルローの戦いでイギリス軍に突撃したミシェル・ネイ将軍の騎兵のように損害を拡大させ消耗し、きっかり2時間で撃滅された。鎧袖一触とはまさにこの事だ。 

「実につまらん。手応えがなかった」と兄さんは語っている。

 

 

 

 軌道上の敵を撃破した後は、慣れ親しんだ降下作戦が行われるのが例によって同じ。

 まずは敵の指揮機能への爆撃。そして大気圏内の制空権確保。航空優勢下で降下準備の支援攻撃として、敵の集結地や陣地を爆撃する。そして仕上げに地上へ兵を降ろして大規模な包囲作戦だ。

 所詮、地方領の警備隊と急募された傭兵。大して抵抗も無く同盟軍に比べれば対空砲火も寂しい限りだ。

 空挺堡を確保し降下地点を拡大していく。派手な地上の掃討作戦は貴族の若手将校に任せる。彼らが手柄を立てる為のお膳立てをするのが僕たち軍事顧問の仕事だ。

 敵の地上戦力は9000~11000名だと想定されていた。その内4000~5000名が事前にワルキューレを飛ばし叩き潰すことで無力化したと考えられる。

 ここまで作戦を立案し準備したんだ。失敗することはないだろう。

 僕は司令官の身柄を抑える為、包囲の形成する部隊とは別れた。3隻の揚陸艇で敵後背に進入する。

 装甲服に荷電粒子ライフル、実体弾の機関銃に、装甲車もぶち抜ける対装甲ライフル、戦斧(トマホーク)で武装した16名で20Km徒歩移動し東から市街地に入る。

 幹線道路の東側は退路を絶つため空爆で破壊されていた。

 ここまでする必要は無かっただろうに……。今後の領民の生活と復興は深刻だなと思う。

 敵の抵抗は軽微な物だった。治安維持を目的に編成された警備隊と傭兵の混成では、外征を前提にした正規軍とは違いが大きすぎる。

 指揮所や通信施設などを叩かれて、クロプシュトック側の組織的抵抗は不可能になりつつある。

 包囲網では捕虜を武装解除し後送する。そしてまた前進。その繰り返しだ。

 僕らの目標は敵の首魁であるクロプシュトック侯の捕縛だ。

 市内に敵はバリケードを築いたり、可燃物を燃やして煙幕代わりの目くらませを行っている。

(こんなの無駄だ)

 道路に面した右側の建物が目標とするクロプシュトック侯の館だ。

 外周にそって武装した警備兵が巡回している。

 狙撃手が対物ライフルで支援する。

 警備兵の頭が熟れたトマトのように砕けた。正門の警備兵が倒れたのを確認し突入の指示を出した。

 アプローチのレンガ敷きに軍靴の足音を響かせ、玄関に向かう。

 騒音を聞きつけてばらばらと警備兵が集まって来た。

「二時方向に敵散兵!」

 擲弾筒から榴弾が放たれ、遮蔽物に隠れていた警備兵を吹き飛ばす。

 悲鳴と銃声、そして爆音が辺りに響く。

 庭師が手入れしたであろう芝生が鮮血に彩られ、赤い絨毯と変わるまで時間はかからなかった。 

 玄関から屋内に入ると執事らしい男性が待ち受けていた。

「武器を収めてください。旦那様は自害なされました」

「自害?」

 部下に待機の指示を与えて、僕は寝室に寝かされたクロプシュトック侯の遺体と対面した。

(貴族と言っても死ねばただの屍の様だ)

 可能であれば身柄の確保をという事であったが、一足遅かった。

 最後の責任を取り、投降するように指示が出していたと言うことで、武装解除はスムーズに行われた。

(それなら、もっと早く投降しろよ)

 外での戦闘はなんだったのだろう。

 

 

 

 フレーゲル分艦隊は単独で鎮圧に成功した。

 この報告に対して、ブラウンシュヴァイク公はその武勲を手放しで喜んだ。

「よくやったぞ。さすが、我が甥だ」

 占領政策でフレーゲル男爵は軍規の徹底を命じており、ブラウンシュヴァイク公の名の下で非戦闘員・捕虜の生命・財産保護を約束した。領主の叛乱が鎮圧されれば、帝国臣民として正道に復帰するのは当然で、いずれ復興支援や交易の再開がされるのは明らかだから、無用な非道を行い恨みを買う必用もない。

 そんな配慮を気にも留めず、問題を後続部隊が引き起こした。

 リッテンハイム侯の私兵部隊が、略奪・暴行を始めていた。

 報告を受けたブラウンシュヴァイク公は、顔を潰されコケにされたと激怒し、リッテンハイム侯に厳重抗議、ただちに兵を引き上げるように命じた。

 リッテンハイム侯は夫人がブラウンシュヴァイク公と同じく、皇帝の娘であり各界への影響力も強かった。そのため、両者の意地の張り合いのような形となり、その間に事態は悪化する。

 フレーゲル男爵の命を受けた僕たちは非道の限りを尽くす掠奪者と化したリッテンハイム侯の私兵部隊を制止しに向かった。

「これは!」

 愕然とする光景が広がってた。

 路上は血でべったりと赤く染まっていた。

 妊婦が腹を割かれ、引きずり出されている物体が見えた。

 赤ん坊が銃剣で刺し殺され、年端も行かない幼女が膣から血と精液を出し絞殺されている。

 性別で女に分類されると年齢を問わず犯され殺されていた。男など無残に性器を切り取られ口に咥えさせられている。

(掘られるよりはましかな)

 僕には見慣れた光景だ。アフリカでは部族同士の殺し合いになると虐殺は普通だ。いちいち胸を痛める程、初心でもない。淡々と事実を受け止めていた。

 ただコルプト大尉には許せない物が在ったのだろう。拳を強く握り締めていた。

 死者まで陵辱されている。そんな様子を見てフォン・コルプト中尉は激怒していた。

(真面目すぎるな。悪いとは言わないけど)

 コルプト大尉の反応を見て僕はそう思った。指揮官は部下に動揺を見せるべきではない。悠然と構えているべきだ。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」

 女性の叫び声が聴こえた。生存者だ。

 フォン・コルプト大尉はその声を聞くと駆け出した。

「中隊長!」

 先任が声をかけるが振り返らず、要救助者を探し走る。慌てて他の者も後に続く。

 路地を抜けると噴水のある広場で兵士達が集まっていた。自分達の兵ではない。

「へっ。良い感じだ。お前も気分出せよ」

「くあっ……もう、止めて!」

 視線を向けると、ぐったりとした女性に下士官が下半身を叩き付けていた。

「何をしている! その女性から離れろ!」

 フォン・コルプト大尉の言葉に、嘲笑の声を上げる兵士達。

 皇帝陛下の臣民である非戦闘員への暴行。唾棄すべき事案だ。

 軍規の観点から厳正な処分を下されねばならない。

 コルプト大尉は正義感からさらに言葉を続ける。

「貴様らそれでも帝国軍人か!」

 それに対して、彼らは鼻で笑いブラスターでフォン・コルプト大尉を射殺した。

(糞!)

 僕はコルプト大尉を撃った相手を射殺した。軍法に則った判断と言いたいが、知り合いを殺されてむかついたから殺した。後悔はしていないし此方は悪くない。

 遅れてフォン・コルプト大尉の部下も銃を構え、そこかしこで交戦状態に入った。

「逮捕しなくて良いよ」

 僕の言葉に中隊長を失ったフォン・コルプト大尉の部下は従った。

 彼の遺体を回収して後退する事にした。少々、うんざりしてきた。

「糞ったれどもには相応しい待遇って物があるんだよ」

 一般人の被害を考慮する必要はない。奴らが皆殺しにしたからだ。

 では、こちらも害虫駆除では遠慮はしない。

 軌道上のフレーゲル分艦隊に艦砲射撃で支援を要請するという判断だ。

「そうですね小隊長殿」

 僕の提案に古参兵はニヤリと笑顔を返した。

「所詮、連中はクズだ。捻り潰してやる」

 軌道上からの艦砲射撃が始まった。圧倒的暴力で非戦闘員を虐殺した奴らが、掃除されて行く。いい気分だ。すっきりとした。

 目論見は当たり地上に展開していたリッテンハイム侯側の兵は、艦砲射撃で戦意を喪失し次々と投降していった。挽き肉になるか逮捕されるかの選択だから当然だな。

 しかし納得しないものも居た。軌道上にいたリッテンハイム侯の艦隊がフレーゲル分艦隊に襲いかかって来たのだ。

「他の貴族は巻き込まれないよう静観している」

 地上での惨状の報告を受けたフレーゲル男爵は正義感から、徹底的に叩きのめし思い知らせてやれと言った。

 許可を得て遠慮することなどない。ミッターマイヤー、ロイエンタールの双壁には赤子の手をひねるよりもたやすい。

 今回は明らかに貴族の名誉を傷つけたリッテンハイム侯側に問題がある。

 この後、リッテンハイム侯の艦隊は完膚なきまでに叩きのめされた。

 ブラウンシュヴァイク公の停戦命令が届いてリッテンハイム侯は命拾いをするが、双方に遺恨が残ったのは間違いない。

 この事件の惨劇から、貴族とはどうあるべきか。高貴なる者の使命と責務をフレーゲル男爵や多くの貴族が学び取れたのは、不幸中の幸いだった。何も得る物が無ければあまりにも虚しすぎるからだ。

 僕たちには緘口令が敷かれた。

(門閥貴族が殺しあったなんて外聞が悪すぎる物な)

 事態の収拾と鎮静化、占領処理が一段落しオーデインに帰還したのは5月2日、なんやかんやとしてる内に今年も半年が過ぎようとしている。

 人の口に戸を立てられないように、リッテンハイム侯とブラウンシュヴァイク公の配下の間で小競り合いがあったと母さんまで知っていた。

「平民、貴族の貴賤を問わず虐殺したそうだよ」

 休暇で帰った兄さんがそう喋っていた。守秘義務って物を考えろよ。

「恐ろしいわね」

 姉さんが怯えていたので、大丈夫、僕と兄さんが守るよと言ってあげた。

 ブラウンシュヴァイク公は、今回の討伐の戦功により元帥に叙せられるとの噂だ。

(元帥って給料美味しいのかな。バナナで何本分だ?)

 僕は今日も元気です。



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銀英伝に転生してみた 13~15話

13.5月から9月までの出来事

 

 5月。反乱鎮圧から間もなく新たな出兵計画により、軍が慌ただしく動き出していた。クロプシュトック侯討伐で名をあげたフレーゲルは艦隊の1つを預けられる事になったそうだ。

 その頃、僕は別の仕事に従事していた。

 自由惑星同盟が独裁国家と敵視する銀河帝国であろうとも、司法の基準を持って罪と罰については定義されている。

 そして国家を脅かす大罪として、麻薬はその一つに上げられていた。

 帝国領内に流通する非合法麻薬の入手経路は三つ存在する。一つは国策として麻薬が合法なアンラック大公国からの密輸。もう一つはフェザーン経由での密輸。そして最後が帝国領内での密造だ。

 数年前の大規模な取締りで、帝国領内の密造に関しては壊滅的打撃を与えたと言う。

 今は密輸の取締りが争点となっている。

 クロプシュトック侯討伐から2ヵ月後の、帝国暦486年5月18日。僕はサイオキシン麻薬取り締まりに参加していた。

 小さい頃、TV番組の「魔法BBAリリカル般若0083」で見た事がある。危険な麻薬だ。

 事のきっかけは、第6次イゼルローン要塞攻防戦で戦死されたグリンメルスハウゼン閣下が、生前書き残されていた文書の発覚にあった。

 それを遺品整理をしていた孫娘が見つけ、親交のあったリヒテンラーデ侯を通して、畏れながらと陛下に上奏した。

 内容は悪事の証拠と暴露話で、陛下が激怒されたとか。

「これ程の膿が溜まっていたのか!」

 暗愚ではないが平凡と言われる陛下。皆がアル中のジジイと舐めていた。

 その時の怒りはリヒテンラーデ侯をしても、背筋を震わせるものがあったらしい。

 何をするつもりも無い。それが陛下の口癖であったという。

 だが、亡き友グリンメルスハウゼンの書き残した物には犯罪の証拠が山とあった。

 いつの日か、公正に裁ける者の手に委ねる積りであったらしい。

(本当か? 胡散臭いな……)

 僕はそんな美談を信用しない。

 グリンメルスハウゼンは陛下に近い者だった。本当に告発するつもりならいつでも出来たはずだ。

(政治的に自分が有利になる脅迫材料だな)

 ともかく御聖断は下った。皇帝である自分なら出切ると判断されたのかもしれない。

 なんと言っても今年は皇帝陛下の戴冠30周年だ。あらゆる膿を出し切る大掃除を行うよう勅命が下った。

 証拠があっても、今まで手出しできなかった内務省は大喜びしたと言う。

 密売責任者は貴族だと判明していた。だからこそ、慎重に行わねばならない。

 内務省と軍が密接な協力を行い、裏付け捜査を開始した。

 そして捜査員の努力によって遂に一斉検挙の日がやって来た。

 ある貴族の屋敷。官憲には治外法権となって今まで手出しできなかった場所だ。

 敷地内で麻薬の精製は行っていないそうだが、流通元として集積所の役割を兼ねているとの事だ。

 屋敷には、軽火器で武装した護衛が小隊規模存在する。軍歴のあるものは少ない。

「ふん。敵じゃないな」

 打ち合わせで、小隊長の一人が馬鹿にしたように言った。皆同じ気持ちだろう。異口同音の声を上げる。

「威勢が良いのは構わんが、油断して部下を死なせるなよ」

 中隊長として締めるところは締めておく。

 外周を警官と憲兵が包囲し、僕達装甲擲弾兵が突入する。

 上からは「発砲を許可する」と言う事で、遠慮などしない。

 0530時。まだ外は暗いがお仕事の時間だ。

 現場責任者で内務省警察の警視正に敬礼し状況開始を報告する。このおっさんが現場で射撃の許可を出す権限を持っていた。

「始めます」

 指揮所で僕は各小隊の動きを見つめる。あまりトロい動きをしてると、後で締めないといけない。

「交通規制開始します」

 館に通じる通りを地元警察が封鎖開始したと報告が入る。

 三次元スクリーンに部隊符号が表示され、館に向かって進む。

『コイケ7。暖簾に到着』

 第1小隊が正門に到着した。

 別のスクリーンに装甲擲弾兵の視点が表示される。警備兵が接近する装甲車に気付いて騒いでいた。

 投降勧告が行われるが警備兵は発砲して来た。馬鹿じゃないか。

 傍らの警視正に視線を向けると頷いた。

(よし、許可は出た)

 判決、死刑だ。

「コイケαから練馬へ。敵の発砲を確認した」

 コイケαは中隊長である僕、練馬はうちの中隊の呼出し符号だ。

「全火器射撃許可。突入しろ」

 車載機銃が唸り、警備兵がひき肉に変えられるまでまで時間はかからなかった。

 門を破壊し車列は突入する。

 中庭で敵の抵抗が激しくなって来た。

 路肩に土煙が起こり間断無く軽快な銃声が聴こえる。

(ふん。機銃も装備しているようだな)

 邸宅に機関銃を用意してるとは内乱罪も適用出来そうだ。

『下車。戦闘用意!』

 号令が無線を通してこちらにも聴こえて来る。

 下車した装甲擲弾兵が相互躍進しながら、各分隊ごと前進する。

 中腰に姿勢を下げ、戦斧や小銃、機関銃などを手にそれぞれ駆けて行く。

 映像の端にロケット発射筒を装備した敵の姿が見えた。

「コイケ7。10時方向に散兵、RRを装備している模様。注意しろ」

 無線機を受け取り注意を与えるが、敵がロケットランチャーを撃つ方が早かった。

『うわああ!』

 土砂が噴き上がる様子が見えた

『リカルドが負傷!』

 呻き声が聴こえる。

 上半身を焼け爛らせた兵士の姿がスクリーン一杯に映し出される。

「うっ……」

 若手の警察官が嘔吐感を感じたのだろう。呻き声をあげて天幕の外に出て行く。

(兵役の経験は無いのか? SAPやKoevetを見習わせたいな)

 SAPは南アフリカ警察、Koevetは南西アフリカ警察の特殊部隊で対ゲリラ戦に活躍していた。帝国では共和主義者を狩り出す仕事も減少し、武装蜂起の鎮圧に出る事も無いらしい。

『糞。あれを黙らせろ!』

 画面の向こうでは分隊長の指示でこちらも反撃をしていた。

「中隊長、熱源反応です。戦闘車両と思われます」

 その報告で、待機していたワルキューレに対地支援を要請する。

 報告では軽装備のはずだった。

 だが実際に来てみれば敵の火力は高い。

 やはり用心して備えておいて良かった。

 最初の顔見せが終わった後、僕が投入する予定の戦力を報告すると「たかが犯罪者の取り締まりに念を入れ過ぎだろ」と警視正をはじめ関係機関の責任者達は顔をひきつらせていた。

 相手を舐め何かあれば、血を流すのは僕の部下だ。

 軌道上には1個駆逐隊が展開していて、逃走に備えている。

 正直、艦砲射撃で館ごと吹き飛ばしたかったぐらいだ。

「ケッセルリンク大尉。被疑者の身柄は確保してくれよ」

 推定無罪が原則なのだからと、警視正は僕に告げる。

「承知しております」

 何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される、だろ。習ったよ。

 疑わしきは罰せずどころか、公務執行妨害罪の現行犯じゃないか。

 始末すれば証明責任もいらないんだがな。

 結局、館の制圧にかかった時間は約1時間。問題の貴族を逮捕拘束できたが、うちの中隊は13名戦死、4名重傷の損害を受けた。

(糞。初めから僕が指揮をしていたら……)

 気分は最悪だ。

 他の場所では、もっと大規模な戦力を保有する貴族の所領もあったそうで、そこでは警備艦隊と交戦し叛乱鎮圧の様相を呈していたそうだ。

 まだ運が良かったと思うべきなのか。

 なお今回の捜査対象には、帝国軍の生きる英雄であるミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング大将とクリストフ・フォン・バーゼル中将も含まれていた。

 しかしながらカストロプ公オイゲンの圧力もあり、捜査は中断された。

 カストロプ公自身が黒い噂のある人物だったので怪しく見えるばかりだった。

 身内に甘い軍は両名を予備役に編入する事で不問とする事にした。英雄が犯罪者であってはならないからだ。

 両者はカストロプ公の広大な領地を守る警備隊に迎え入れられ、全ては穏便に解決させられた。

 

 

 

 6月に入ると噂のフレーゲル艦隊が編成された。

 艦隊の運用方法・惑星攻略に当たっての地上部隊の投入時期など繰り返し打ち合わせが行われ、僕も装甲擲弾兵中隊を預かる身として参加した。

 休憩の合間、会議室で僕は兄さんと灰色の脳細胞について語り合っていた。

 アガサ・クリスティーは最高だ。

「失礼」

 そこに扉が開いて士官が入って来た。どこかで見たことのある顔つきだ。

「ルパート・ケッセルリンク大尉は」

「はい。自分です」

 すると笑顔を浮かべて近付いてきた。

「卿か。弟が生前は世話になった」

 そう言われてまじまじと見る。その士官の顔にフォン・コルプト大尉の面影を見た。

「もしや、フォン・コルプト大尉の?」

 その士官は頷く。

 ああ。やっぱりそうだ。どこかあの心優しい大尉に似ている。確か兄が子爵と言っていたか。

「兄だ。弟の復讐を代わりに果たしてくれたようで礼を言う」

 報告書を読んだと言っていた。道理で一介の大尉に過ぎない僕を知っていたのか理解した。

 あの市街戦で、僕は艦砲射撃を要請し根こそぎ吹き飛ばした。

 非戦闘員への被害は、あいつらが虐殺してしまったから考慮する必要は無かった。

「いえ。中隊長には下士官候補生の頃からお世話になっていましたから。それに、身近な知り合いが殺られたら誰であれ贖いはさせますよ」

 血は血で贖うしかないって昔から人の歴史は証明している。手っ取り早い手段を使っただけだ。

 本当の意味での復讐すべき相手は、リッテンハイム侯かもしれない。彼の私兵が暴れたのは統制できなかった侯自身の責任である。

 その事を告げると、生粋の貴族であるコルプト子爵は苦笑していた。

 嫌味のない笑顔を浮かべ、それでもありがとうと言ってくれた。

「戦闘中の背後は安心してくれ。私の戦隊がいる」

 そういってコルプト子爵は去っていった。凄く感謝している様子だった。きっと仲がいい兄弟だったのだろう。

 多分、うちの兄さんも僕が先に死んだら復讐してくれるだろう。

(それにしても戦隊って何隻かの艦艇を指揮する指揮官だろ。さすが子爵様、凄い出世)

 僕ら歩兵は最後に降下し足で制圧するのが任務だ。艦隊決戦の時は後方に下がって待機するが、それに付いて来るのかな。

「貴族にしては珍しくまともな奴じゃないか。わざわざ礼を言いに来るなんて」

 ロイエンタール少将が感心した様に言うと兄さんが突っ込みを入れた。

「卿も末席とは言え帝国騎士だろ」

 兄さんとロイエンタール少将も、謙虚な彼の姿勢に好意を持った様だった。

 軍では貰える物は何でも貰っておけという。好意も有難く頂いておく。

 

 

 

 7月にオーディンを出兵した遠征軍は8月22日、イゼルローン要塞に到着する。一方、帝国軍の大規模動員を察知した同盟軍の反応も早かった。

 第三次ティアマト会戦でロボス元帥は、自分たちが前衛と離れすぎたために第11艦隊司令官を戦死させたと考えている。

 あの場合は運に近い確立で被弾したようなものなのだが、そう言った考えから、戦力を集中させた迎撃で乾坤一擲の決戦を行おうとした。

 構想は中部太平洋における日米両軍の迎撃作戦に近く、遠く遠征してきて疲弊してきた敵艦隊を屠るという、至極単純なものだ。そのため、決戦の地は因縁のティアマトが選ばれた。

 ミュッケンベルガー元帥としても決戦は望む所で、長期戦は兵の疲労も高く継戦能力にも限界がある。

「フレーゲル中将に先陣を頼みたい」

「小官にですか!」

 クロプシュトック侯討伐で戦果をあげ中将に昇任したフレーゲル男爵は、9月1日の作戦会議で惑星レグニツァ周辺の威力偵察が命令された。

 麾下の艦艇は12,200隻。将兵1,347,000名。

 クロプシュトック侯討伐で人材を適材適所に使いこなす器量と、厳格に軍規を守る姿勢を見せて、幕僚には参謀長ノルディン少将、先任参謀エルネスト・メックリンガー准将、実戦部隊指揮官として左翼集団指揮官ウォルフガング・ミッターマイヤー少将、右翼集団指揮官オスカー・フォン・ロイエンタール少将など蒼々たるメンバーが集っている。

 そして惑星レグニツァには因縁深い相手が待ち構えていた。

 480年にP2A5でフレーゲルを叩きのめしたパエッタと、今彼が指揮する第2艦隊である。

 惑星レグニツァは曲型的な恒星系外縁部ガス惑星で、過酷な自然環境は両軍の索敵能力を著しく低下させていた。

 巨大なガス状惑星の雲と秒速数百メートルの嵐の中、レグニツァ上空遭遇戦は唐突に始まる。

「どう思う。ビッテンフェルト?」

 ラインハルトの問いにビッテンフェルトはFTLを通して答える。

『昔読んだ、古典的小説に書いていた一説がある』

 迷った時は前進あるのみ、突撃しろと―――。

 ラインハルトはこの猪武者のような男が読書することに少し驚き、呼吸音で笑いながらも同意した。

「わが賢明なる友の判断に従おう」

 ラインハルトが友という表現を使った事に傍らで控えていたキルヒアイスは驚いた。(ラインハルト様は良い意味で変わられた。信頼できる相手は作るべきです。例え一方通行でも──)

 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大佐とラインハルト・フォン・ミューゼル大佐の戦艦は、帝国軍の右翼に回り込み核融合ミサイルを打ち込もうとしていた同盟軍戦艦「ユリシーズ」「セントルシア」を迎撃する。

 同調した2隻の戦艦による主砲斉射。それは「セントルシア」のミサイル発射孔に命中し熱量を以て誘爆させレグニツァの大地に叩きつけ、さらに1隻の戦艦と2隻の巡航艦を撃沈した。

「撃て!」 

 ラインハルトが頬を昂揚させ指示を飛ばす姿を見て、キルヒアイスは安堵する。

(やはりラインハルト様には戦場こそ相応しい)

 

 

 

 不意の遭遇戦に両軍は混乱したものの、同盟軍第2艦隊が主導権を握っていた。

 指揮官が落ち着いていないと部下が混乱する。

 内心、パエッタは無秩序な戦闘突入に苛立たしく思っていた。

 無論、司令部に波風立てぬよう表面に出さず静観していた。

 深呼吸して気分を落ち着かせ周りを見てみる。

 幕僚の一人、ヤン・ウェンリー准将が何か言いたげにこちらを窺がっていた。

(たしか、エル・ファシルの生き残りだったな)

「ヤン准将。何か意見でもあるか?」

「はい閣下」

 ヤンは前髪をかきあげベレー帽を被り直しやって来る。

「僭越ながら、小官が思いますに……」

 その時、嵐が突然向きを変えた。

 スクリーンの向こうで乱流が帝国軍の艦列を襲うのが見えた。ヤンの意見も雲散霧消してしまう状況変化だ。それを見逃すほどパエッタも未熟ではない。

「今だ。全艦突撃!」

 パエッタは号令をかけた。闘将として名高い彼の実力を発揮する時が来た。

 同盟軍の艦艇は隊列を維持しようとしながら、帝国軍に砲火を浴びせ増速する。

(まぁ、今は仕方ないよな)

 ヤンはこの好機を理解し進言を中断する。

 パエッタは聞く気が在りそうだったので、後で様子を見て話しかけようと思った。

 

 

 

 フレーゲル男爵は人柄の良い提督だが、熟練した戦術家ではない。

 経験のない嵐に唖然としていた。

 おまけに降り注ぐ敵の砲火。思考をかき乱すには十分だった。

 それでも、幕僚や各級指揮官は彼を守り立て戦い抜こうとしていた。ミッターマイヤー、ロイエンタールも陣形を支えようと必死で指揮している。下手な貴族の提督よりも、自由な裁量の許される彼の下で戦う方が腕を揮えるからだ。

 義眼の参謀が先任参謀のメックリンガーに何か耳打ちしていたが、注目しているものはいない。メックリンガーは頷きフレーゲルに近付き発言する。

「閣下。意見具申をさせて戴きたいのですが」

「うん」

 状況を打開できるなら藁にでも掴む心境だったフレーゲルは、芸術家提督として知られるこの先任参謀の意見を聞く。

 それは、加熱された天ぷら油に水をぶち込むような物だった。弾ける凄まじい油が自分の腕に襲いかかる。そういう状況を想像してもらえばいい。

 勝利を確信し帝国軍を押していた同盟軍。その直下に位置する惑星レグニツァの大気層に核融合ミサイルが撃ち込まれた。

 瞬間にして巨大なガスの塊が第2艦隊に叩きつけられた。

「よし。今だ! 叛徒の奴らに倍にして返してやれ」

 ミッターマイヤーの指揮する艦隊は、同盟軍の艦列に疾風のように食い込んでいく。

「我らも行くぞ」

 ロイエンタールもその様子を見て盟友の片翼を支えるべく前進し、陣形が崩壊し混乱する同盟軍に痛烈な打撃を与える。

「何とか勝てたか……」

 フレーゲルの目の前では帝国軍の砲撃が敵の艦艇を貫き、爆発が連鎖する光景が広がっていた。

 

 

 

 一瞬にして攻守が逆転した。パエッタは拳を握り締めスクリーンを注視していた。

 ヤンが声をかけようとした時、パエッタは震えそうになる声を抑え命令を発した。

「撤退する」

 自己の名誉よりも兵の生存を優先し、パエッタは無用な損害を避け速やかに艦隊をまとめ上げ引き揚げる事を決断した。その決断にヤンは好感を持った。

 素直に敗北を認めるのは難しい。凡人なら負けを認めずこの場に留まり損害を増やしていたかもしれない。

(今回は負けたな。だが致命的損害は免れたか)

 ヤンは艦隊の損害を概算し、その様に分析した。

 同盟軍が戦場から離脱することにより、両軍ともに消化不良な状態で、この雲中の戦いは終了する。

「ヤン准将」

「はい」

 パエッタは傍らで苦虫を噛み潰したような表情をしてる幕僚に声をかけた。

「先程、貴官が意見具申しようとしていた内容は……」

「はい。同じ手です」

 内心で少し、自惚れしていたかも知れないとヤンは自分を責めた。

(敵を舐めていたのかもしれない。まさか、同じ事を考え付く変わった人間がいるとは思ってもいなかった)

「そうか」

(この男は使える。我が軍にとって有益だ)

 ヤンは悔しそうだったが、パエッタは自分の幕僚が同じ戦法を考え出していた事にささやかな満足を覚えていた。自分にヤンを使いこなせるかは分からないが、今後は彼の意見を活用しようと決意した。

 

 

 

 9月11日。両軍はティアマト星域に集結する。

 フレーゲル男爵は左翼部隊指揮官という、本人にとって驚愕すべき責務を与えられた。

 ここ2年で同盟は軍事的に大きな消耗を加速させており、それは経済的な負担となっている。

 昨年3月のヴァンフリート星系で同盟は第6、第10艦隊に壊滅的損害を受け再編中で、11月に発生した第6次イゼルローン要塞攻防戦の前哨戦で、帝国軍のミューゼル分艦隊を散々に打ち破り壊滅させたが、その後の戦闘で多大な損害を出し、12月7日に同盟軍は全面撤退している。

 そして今年に入って皇帝の戴冠30周年ということで帝国軍は大規模な軍事攻勢を行った。

 第3次ティアマト会戦ではウィレム・ホーランドが勇戦したものの戦死した。つい先日のレグニツァ上空遭遇戦でも第2艦隊が敗北したと言う。連敗続きだ。

 レグニツァで少なからぬ損害を受けた同盟軍第2艦隊は第10艦隊の後方に予備隊として下がっていた。

 戦闘は9月13日1240時、右翼の第12艦隊にフレーゲル男爵率いる帝国軍左翼部隊が襲いかかる事で始まった。

 フレーゲルの麾下には元からのフレーゲル艦隊の他に、シュターデン中将、フォーゲル中将、ファーレンハイト少将、エルラッハ少将が指揮する2万余隻が加わり合計3万隻以上。

 連携の慣れていない艦隊同士のため、一部の部隊が突出するベストよりも戦線を安定させるベターな戦果を求める。それがフレーゲルの立てた基本計画だ。

 そのため双璧も縦横無尽に駆け巡ることが出来ず消化不良らしい。一部の精鋭など、代えが利かないため消耗させる訳には行かない。

「なかなか、あの司令官は楽をさせてくれんぞ」

 フレーゲル男爵の事をミッターマイヤーは後日、嬉しそうにそう洩らしていた。

 一方でボロディン中将は、帝国軍内部で「足手まといにしかならん」と評価されていたエルラッハ少将が指揮する前衛の分艦隊3,000隻を相手に苦戦していた。

 エルラッハ少将の側翼を守るアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将は扱いづらい男ではあるが、十分な指揮能力を持って第10艦隊の応援を阻止している。

 戦線を支えるのはこういった指揮官たちだ。

「ファーレンハイト少将はよくやっているようだな」

 フレーゲルは感心した。

「食うために軍人になった」と公言しているだけに給料分の仕事はきっちりこなしている。

 同じ頃、「フレーゲル男爵ばかりに武勲をたてさせるな!」と、ミュッケンベルガー元帥に叱咤激励された帝国軍が勇み立ち、中央の第10艦隊が帝国軍中央部隊、左翼の第6艦隊も帝国軍右翼部隊とそれぞれ交戦に突入していた。

 帝国軍の攻勢に勇将として誉れ高いウランフは眉をひそめた。

(個々で独立して動いてるようで、巧妙に連動されておりやりにくい相手だ)

 1340時。同盟軍参謀長ドワイト・グリーンヒル大将は第2艦隊を迂回起動させ、帝国軍後背の連絡線を遮断する手にでた。

 後背遮断を恐れた敵の機動予備をできるだけ多く引き付け、イゼルローン方面に誘引して敵戦列に裂け目を作り出し、中央のミュッケンベルガー本隊を突き崩す計画だった。

 グリーンヒルから命令を伝えられたパエッタは、レイテ沖の小沢機動部隊やガウガメラのアレキサンダーのつもりだったのかもしれない。

 9月15日0535時。これに対応できたのはコルプト子爵の戦隊である。

 第2艦隊の戦力は8,800隻。対するコルプト戦隊は、各種艦艇合わせて40隻。220倍の戦力に立ち向かおうと言うのだ。

「あの小うるさい蝿を叩き落せ!」

 叱咤激励もむなしく艦列がかき乱され、各処で核融合炉爆発の閃光がほとばしる。

 結果的に第2艦隊の牽制作戦は、この戦隊によって阻止された。

 1040時。コルプト子爵は時間稼ぎで防ぎきり、手間取った第2艦隊は機動予備の双璧が急転回して駆けつけ圧倒されていた。

「反応が遅い」

 ロイエンタールはパエッタをそう評価した。

 帝国軍の砲火が第2艦隊旗艦パトロクロスの近くまで迫り、至近弾が艦を揺らす中、パエッタは幕僚の中で一人落ち着いて、髪をかき上げているヤンに声をかけた。急転していくこの戦況を打開する手はあるのかという意味を含ませて。

「ヤン准将、意見はあるか」

「はい?」

 ヤンがしばしば的確な判断で自分を補助していたので意見を求めてみたのである。

「単純に機動予備が投入され機先を制したのが敵側だったということでしょう。撤退すべきだと思います」

 パエッタはしばし、最近逃げてばかりだなと考えるが決断する。死んで帰って家で待つ妻に怒られるわけにはいかない。

「よかろう。各艦に発令――」

 第二艦隊はミッターマイヤーの分艦隊に砲火を浴びせ食い破り、1500隻のうち、一挙に500隻以上の損害を与えた。死兵を相手にする訳にはいかない。ミッターマイヤーは追撃の手を緩める。

 パエッタが友軍戦線にたどり着いた9月16日。そろそろ同盟軍の継戦能力が限界になろうとしている。帝国軍もそれは同じだ。

 

 

 

 1440時。敵の侵攻意図を挫いたと判断したロボス元帥は引き上げを命じた。

『我が軍の忠勇なる将兵は、不法に我が国固有の主権的領土に侵攻してきた専制国家の侵略軍に対して勇戦しその企図を頓挫させた。よって抗戦の目的を達成され、任務の完了とし帰還する。今後も我が国への侵略には断固とした処置をとっていく――――』

 トイレで用を足しながら僕はその放送を聴いた。装甲擲弾兵の仕事は無かったので暇をもた余していた。

 2230時。帝国軍も戦場から離脱を開始し、イゼルローン要塞へ向かう。

 フレーゲル男爵は旗艦に兄さんとロイエンタール少将を招いて労ってくれた。

「いやぁご苦労さん。ご苦労さん」

 腰の低いフレーゲルの後で控えるエルラッハ少将たち幕僚が、強張った表情をしてたと兄さんは言っていた。そりゃまあそうだ。

「卿らの戦いぶりは見事だった。実にいいね。また機会があれば、よろしく頼むよ」

 その言葉に、グレーの瞳と金銀妖瞳(ヘテロクロミア)をするどく輝いた。蜂蜜色の頭とダークブラウンの頭が、うやうやしく下がる。

「御意」

 砕けた言葉の裏で、自分のために次も戦えと勧誘されていると誤解したのだ。

 話を聞く限りフレーゲル男爵はそこまで考えていたとは思えない。

(単純にお礼を言いたかっただけだろうな)

 こうして、星の大海で行われた第4次ティアマト会戦は虚しい消耗を繰り返しただけで終了した。

 本当、今回は脇役で暇だったな。

 僕の乗る揚陸艦は後方待機で、今回の戦闘に貢献される事は無かった。

 次も無事帰れたら良い。

 戦闘配置解除の指示を受け取り、武器庫への武器返納と解散を部下に伝えた。

 

 

 

 10月1日。どこかの馬鹿が余計な一言を漏らした為だ。

 イゼルローン要塞に帰還後、やっと帰れるなと思ったのもつかの間、第16会議場に集合するよう命じられた。

(何だよ、帰れるんじゃないのか)

 今回の戦闘で活躍できなかったオフレッサー上級大将は、不満が溜まっていた。

 ガス抜きの為、ミュッケンベルガー元帥が演習でもしたらどうだと漏らしたようで、装甲擲弾兵総監の欲求不満は、演習で発散される事になった。

 まったく余計な事を言いやがって。

「状況を説明する」

 仮想敵である叛徒の艦隊約1万隻がイゼルローン回廊に侵入。惑星の1つを占領した。

 友軍の艦隊が敵艦隊を撃滅し、軌道上を確保。

 装甲擲弾兵が例によって降下して、敵地上軍を掃討し惑星を奪還するのが任務だ。

 そこまでは、普通の演習でよくある状況付与だ。

 しかし、凄いのはこれからだ。

 降下作戦に投入される戦力は1個旅団。想定ではなく実際にイゼルローン回廊同盟側出口に近い惑星に向かう。

 叛徒の奴らが攻めてきたらそのまま最前線の戦場に切り替わる。

(これは挑発と思われても仕方がない。敵が出てくるんじゃないか)

 オフレッサー上級大将の顔を見ていると、もしかしたら、それが狙いなのかもしれないと思えて来る。

 周りに居る他の中隊長連中も、気付いた様で顔色を変えている。

「よろしいでしょうか」

 連隊長の一人が挙手して発言を求める。

「もし叛徒が攻め寄せてきたら、その場合はどうされますか?」

「無論、叩き潰すだけだ」

 何。その強気な発言。

 声無きざわめきが広がる。

 オフレッサー上級大将はかなり乗り気で、本格的な物になった。

 手際が良い事に、今回の戦闘で使用されなかった弾薬、エネルギーパック、糧食、推進剤など必要な物は十分用意された。

 うちの中隊に回って来た書類を見て驚いたぐらいだ。

 この件は幸いにして無事終了した。

 4夜5日の演習を2回、1夜2日の演習を5回繰り返しへとへとに疲れた頃、ようやく状況終了の連絡が来た。敵が本当に来るかもしれないと言う恐怖が演習中、ずっとあった。

「うちのボスは何を考えてるんですかね」

「戦争狂だろう」

 部下の問いにそれしか答えられなかった。

 宇宙艦隊の連中より、オーディンへの帰還が1ヶ月近く遅れた。

 

 

 忙しかった帝国暦486年もようやく終わる。

 12月31日の大晦日。僕は駐屯地当直司令として上番していた。

 夕食に出た鴨の胸肉が良い味をしていた。

 営内で休暇の者は飲酒が許されシャンペンを開けているが、僕は業務が有るので飲まない。

 夕食後。各中隊の当直からの報告も終わり、のんびりと時間を過ごしていた。

 下番してからの年始休暇の過ごし方を考えていると電話がかかって来た。

『甲1種非常呼集!』

 相手は連隊長だ。凄い興奮して、こっちに駆け付けると言っていた。

 詳しい事は後で訊くとして、各中隊の当直士官に呼集命令を伝える。

 20分後。残留していた営内者と、駆けつけた営外者で出発準備を終わらせた。

 各中隊残留者3分の1で、集成2個中隊にはなる。会議室に各中隊の士官が集まり連隊長を待つ。

 待ちきれなくて、一部の者が僕に訊ねて来る。

「ケッセルリンク大尉。状況は?」

「いや、僕も詳しい事は知らないんだ。連隊長の到着を待とう」

 電話を貰っただけだし。

 しばらくして幕僚を連れ連隊長が到着した。号令をかける。

「気をつけ!」

 一斉に起立する。

「ああ、そのままで良い」

 敬礼を省略し着席する。全員が座ったのを確認すると、連隊長は状況説明を始める。

「然る高貴な身分の方から内密の指示が有った」

 1時間ほど前に、寵姫の筆頭で皇太后になるのも間も無くと思われているシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人が拉致された。

 犯行グループは訓練された元軍人らしく、護衛を撃破すると標的を確保して引き揚げた。

 護衛の武官が重傷を負いながらも通報した。

 相手の装備は、帝国軍装甲擲弾兵と同じ装備であった事。命に危害を加える兆候は無く、まだ生存している可能性が有る事など。

(何それ、皇帝陛下喧嘩売ってるだろう)

 警察が調べた所、近くに犯行グループが逃げ込めそうな館は一つ。

 リッテンハイム侯爵の館だ。

「リッテンハイム侯が誘拐を!」驚きの声があがった。

 司法の管轄外になるその館。内務省から報告を受けてリヒテンラーデ侯はこの知らせを皇帝に上奏した。

 ブラウンシュヴァイク公爵が貴族の中で飛び抜けている中、今最も権勢が低下しているリッテンハイム侯は焦っていた。

 皇帝の不興を買うと読めなかった馬鹿。事件が発覚しないとでも思ったのだろうか。

「大逆罪は死刑。それが法の定める所じゃ」

 あとは分かるなと、皇帝はおっしゃったらしい。

 ベーネミュンデ侯爵夫人を無事、救出せよ。皇帝の勅命である。

「警察にも協力を要請している。思う存分暴れて来い」

 貴族の屋敷を舞台に戦争ごっこ。最近多いな。

 突入の指揮は僕が執る事になった。

(でも貴族の屋敷なんだろ。やり過ぎて問題にならないのだろうか)

 お姫様を助け出す勇者と言う配役だが、現実は殺伐としている。

 大晦日がこんな事になるとは、関係者全員がついていない。

「無人偵察機の撮影した館の映像だ。確認しておけ」

「ここはリッテンハイム侯爵の別邸として登記されており、普段の生活を行う本邸とは異なる。警備は装甲車数両に小隊規模の歩兵。ワルキューレと艦艇も保有している」

 小規模の宙港施設まで備えている。どれだけ領民の血税が使われているのだろう。

「本邸には憲兵を派遣するそうなので、我々はここだけに集中する」

 障害となる敵の車両、ワルキューレや艦艇は、空爆で事前に破壊する。

 僕たちは、重迫撃砲の煙幕支援で邸内に突入する。

 今回、邸内での発砲は厳禁とされている。人質の確保が最優先だ。

「ゼッフル粒子を使いますか?」

「否。相手が使って、目標が被爆されても困る」

 戦斧を手に昔ながらの肉弾戦だ。

「目標の確保に全力を尽くせ」

 失敗したら全員、皇帝から処罰を下されるだろうな。

 中隊本部に小銃小隊4個、迫撃砲と対戦車の小隊で車両22両、人員168名。僕も装甲服に身を包み、戦斧を片手に装甲車に乗り込む。

 2330時。館の灯りが一斉に消えた。敵のライフラインを寸断した。

 続けて航空隊が爆音をあげて降りて来た。

 軌道上の艦隊からの支援だ。

 爆発の轟音が鳴り響いた。軍事目標だけを狙った精密爆撃だ。

 突然の攻撃に敵は混乱の渦中だろう。

「行くぞ」

 車列を連ねて、装輪装甲車が一斉に館に向けて走り出す。

 館の敷地は黒煙と発煙弾の煙幕に覆われていた。

「下車!」

「止まれ、何物だ」

 銃を向けて静止じて来た警備兵を戦斧で一閃する。

「帝国軍だ」

 答えてあげたが、相手は首元に叩きこまれて、ひゅーひゅーと血を吐きながら倒れた。お返事は無い。

 玄関まで一気に前進する。重厚感のあるドアが目に入った。

 壊すのは勿体ないが、鍵など持っていない。

「悪いな」

 熟練の木工職人が丹精こめて作ったであろうドアを、容赦なく叩き壊し屋内に突入する。チーク材の破片を踏み散らかしながら、周囲を確認する。

「正面玄関確保」

 向かって右側の扉を開け中に入る。

 光沢が美しいテーブルに一瞬、目を奪われた。

「ほお」

 キャビネットの横から銃撃が来た。舌打ちをする。

 小火器程度では装甲服の表面に傷しか付けられない。

 だから、振り向き様に戦斧でキャビネットごと、相手のいる辺りを突いた。

 肉を突いた確かな手応えを感じる。

 引き抜くと同時に、どさりと敵が倒れる。

(ここは違うな)

 次の部屋に向かう。

 豪華な装飾品が破壊され血糊で汚されていく様子は、価値が分かるものにとって悪夢でしかない。

(そんな遠慮をしないがな)

 屋敷の中央に位置する応接室で、敵の抵抗が激しくなった。

(ここか)

 ここが最期の拠点と言った所か。他の部屋を捜索し終えた部下達が集まってくる。

「人質には気を付けろ。突入用意」

 僕の号令で部下達は、突入の姿勢をとり配置に着く。その後は訓練通りのルーチンワークだ。室内に居た敵は全て片付けた。

 お姫様は救出したし、敵は一掃した。

 近衛師団からわざわざ迎えが来ていた。人質の身分を考えれば当然かと納得する。

「貴様ら、ここがどなたの屋敷だかわかっているのか!」

 その場に残された捕虜の一人が喚く。

 随分と強気だがその発言は耳障りだ。一発、蹴りを入れておく。

 装甲服で蹴ら骨折と内蔵破損だが、犯罪者に人権は無い。

「お前らこそどなたを相手にしたか考えるんだな」

 皇帝陛下を敵に回せば全員死罪だ。その事を伝えると、ようやく分かった様で顔色を変えた。

「あとは、内務省と憲兵のお世話になるんだな」

「ま、待ってくれ! 私達は何も知らなかったんだ」

 知らないにしても公務執行妨害にはなるわな。

「言い訳すんな糞が」

 時計を見ると日付が丁度、帝国暦487年1月1日になった。最悪の年越しだ。

 夜空に花火が上がり歓声が聴こえる。

 馬鹿騒ぎも終了だ。

 警察に犯人を引き渡す。

「中隊長。各小隊出発準備完了しました」

 素早い撤収。陣地移動の基本だ。

 先任の報告に頷く。

 整列した部下を前に、何と声をかけるべきが迷う。

「新年おめでとう。便所掃除は終了だ、帰るぞ」

 僕は気持ちを切り替えそう挨拶した。

 

 

 

 後日の取り調べで、リッテンハイム侯爵は、自分の名前と屋敷を勝手に使われただけだと弁明した。

 確かに犯人との繋がりを示す物は発見できなかった。状況証拠だけで大貴族を裁く訳にはいかない。

「リッテンハイムめ。首は繋がったようじゃな」

 憲兵総監からの報告に皇帝は苦々しげに言った。

「しばらく奴の顔は見とう無い。登城も不要と伝えよ」

 皇帝の不興を買い、ますますリッテンハイム侯の権勢は落ちた。

 この知らせにブラウンシュヴァイク公は喜んだと言う。

 

 

 年明けの休暇で、同期の飲み会があった。

 ハルオが相変わらず豚みたいに喰っていたが、激やせしていた。

 装甲服来て駆けまわれば当然だな。

 今は装甲擲弾兵の中隊長だと言う。

 お互いの近況報告を交わす。

 ヴェーネミュンデ侯爵夫人の事は伏せながら、リッテンハイム侯爵が犯罪に関わっていた事を話題に提供した。

「で、物証は見つからず処罰されなかったんだってさ」

 ハルオが黒ビールに舌鼓を打ちながら口を挟む。

「お前さ、上に睨まれてるだろ」

 枝豆を取り出す手を止め考える。

 ミューゼル大佐に、リッテンハイム侯爵。今の所、この2人だけだと思いたい。

「絶対、次の人事異動でどこかに飛ばされるぞ」

 ハルオは確信めいた表情で告げた。

「まさか」

 その時は笑い飛ばした。

 しかし休暇明け早々に、人事から移動命令を受けた。

 ベーネミュンデ侯爵夫人の件では、うちの中隊も活躍したし今度は大隊長に昇任かな、などと楽観的に考えていた。しかし、現実は甘くなかった。

 駆逐艦「ミステル」艦長に任ず。

(また、だと?)

 今回はリッテンハイム侯爵の意向だと言う。

 自分の館を襲撃された復讐か。

 でも、決めたのは僕ではないんだがな。

 権勢が衰えたとは言ってもさすがは侯爵様だ。平民の大尉風情の人事はどうでも好きに出来るらしい。冷や汗が流れる気分だった。

「ミステル」の方も問題があったらしい。

 何でも僕の後任で「恩賜の銀時計組」の一人であるヤマモト中尉が連絡艇の事故で入院したそうだ。

 先祖が宇宙艦隊の英雄で注目されている人物だっただけに、今回の事故は不運だな。

 他人を憐れんでいる余裕はない。

 駆逐艦の生存性は最悪だ。自分の努力ではどうにもならない。

 乗ったら死ぬじゃないか。

 絶対生き延びてやる。

 

 

 

14.アスターテの調理法

 

 帝国暦487年初頭の2月。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将は最後の奉公として、帝国の武威を示すため艦艇4万隻余、将兵4,659,000名を率いて率いて出兵の指揮を執り、イゼルローン要塞にやって来た。

 メルカッツは今回の出兵を最後に退役し、家族と余生を過ごすと周りの親しい者に打ち明けていた。だからと言って、手を抜いたり、気負ったりはしなかった。最後の戦いに対する彼の意気込みは普段と変わらず、部下の将兵を一人でも多く無事に家に帰らせる心算だった。

 第22会議室で、メルカッツ艦隊を構成する司令部幕僚に、シュターデン、フォーゲル、ファーレンハイト、エルラッハ、ルッツ、ワーレン、ケンプといった分艦隊・戦隊・駆逐隊の各級指揮官に交じり、戦艦「ブリュンヒルト」艦長ラインハルト・ミューゼル大佐はいた。

 艦長以上の出席で行われるその会議は、作戦自体が既に決定しており、圧倒的戦力の我が軍が、敵を包囲殲滅するだけだ。

 ラインハルトは眉をひそめた。

(同盟軍が動けば、各個撃破の危険もあるな)

 そう思っていると、シュターデンが発言した。

「宜しいでしょうか?」

 メルカッツは頷き、発言を許可する。

 シュターデンは今回、左翼集団の指揮権を預けられていた。当然、それなりの見識を持っている人物だ。

(さて、どんな話を聞かせてくれるのかな)

 ラインハルトは耳を傾ける。

「司令長官にお伺いします。分散は各個撃破される恐れがないでしょうか」

 シュターデンが他の者に聞かせるよう質問した。

 その言葉に、会議室が一瞬ざわめいた。

 メルカッツは頷き皆に説明した。

「全くそのとおりだ。だが分散は運用上止むを得ない」

 複数の経路の使用は、結果的に包囲・迂回の効果が得られ、主動性を会得できる。そのため、各艦隊は有機的に連携するよう努力しなければならない。

 その事が、各個撃破を避ける方法だ。

 その後、安全管理確認の徹底と補足事項の説明といった細部の調整が行われている。

 メルカッツの指導は無能な貴族連中の士官にも分かるように基本に忠実で、それでいて的確で無駄がない。

(なるほど、老練といわれるだけの実戦経験をしているわけだ)

 ラインハルトは感心した。

 シュターデンも最初から分かっていたようで、全員に聞かせる為に質問したのだった。

 色眼鏡なしで、素直に彼らの作戦指導を聴いていると、新たな発見があり面白い。

 隣に座る同僚フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大佐に、彼の意見を訊いて見ようと目をやった。

 ビッテンフェルトは後席で、人ごみの背中に隠れてるのを良い事に、居眠りを始めていた。

 寝言すら交じっている。信じられないと一瞬驚いたが、彼らしいと諦めに似た気分を味わう。

 親しく知り合う前のラインハルトなら侮蔑の表情を浮かべただろうが、この男は、実戦では実に頼りになる男なので放っておく。

 周囲を見回すと、艦長クラスになると似たり寄ったりで居眠りしてるものもいる。

 ふと一人、壁のディスプレイ・スクリーンに映し出される光点をじっと見つめる青年に気付いた。

 駆逐艦「ミステル」艦長のルパート・ケッツセルリンク大尉。ラインハルトによって少なからず人生を動かされた男だ。

 ルパートが両軍の配置を見ている訳ではないことにラインハルトは見て取れた。

(あの士官は装甲擲弾兵として陸戦の指揮能力はあった。だから駆逐艦長もやらせてみた。まぁ、嫌がらせだったのも事実だが)

 戦場で死ぬか負傷させる積もりだったが、ともかく生き残り、その後、クロプシュトック侯討伐で地上掃討の立案に加わり戦果をあげ、何の因果かまた駆逐艦長に戻っている。

 

 

 

 僕らの敵はイゼルローン方面への大規模な帝国軍到着の報告を受け、再侵攻と判断。逃げ上手といわれながらも艦隊の生存率が高いパエッタ中将の第2艦隊に、第6艦隊から分派した戦力で増強して迎撃に出た。参加艦艇は2万隻余、将兵2,448,600名。

 此方も各個撃破されるような愚作は取るまい。相互部隊の間隔をつめ連携した機動により、カンネーの戦いを再現するつもりだ。いってみれば、ダゴン会戦の復讐かな。

(さて、こちらが打つ手としてサルフの戦いのヌルハチみたいに野戦築城するわけにもいかないな。ふん、思えば遠くに来たものだ)

 アンゴラで32大隊の一員として戦い、コンゴへの偵察命令を受けたら死んだ。そして生まれ変わったら宇宙で数万隻の艦隊がぶつかり合う世界。

 自分でもぶっ飛んだ人生だと思う。

 駆逐艦の艦長という畑違いの職種変更の人事移動も、内心むかつくものを覚えたが今では慣れた。特に入港での操艦指示は適切で素早く、上陸を心待にしている乗員を喜ばせていた。

 ふと視線を感じた。

(ああ、金髪野郎か)

 考えていた未来と違い進路を狂わされて、ラインハルトに好感情を抱けはしない。

(あいつ死んでくれないかな)

 僕の軍歴は楽な道筋では無いが、それより悲惨な生活を送ってる人が居た。

 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将は、戦場に於いては勇猛果敢。その攻撃は第4次ティアマト会戦で同盟軍のウランフ中将を唸らせている。

 人間と言うのは生まれた時から運命が決まっており、貴族の子供は貴族と言うが、ファーレンハイトの人生はそんな甘い物ではなかった。

 平民よりも貧しくその日の食べる物にも困る毎日で、農家の畑の片隅に捨てられた売り物にならない野菜を貰って帰ったり、時には飲食店のゴミ箱を漁った。

 恥辱に塗れた貧困生活から抜け出し生きるため、食べるため軍に入った。

 成長期をそんな体験で過ごしたファーレンハイトは人一倍、質素倹約をモットーとしている。

 昼休憩の時間になり、昼食を摂るため各自会議室を出て行く。

「俺たちも行こう」

 ビッテンフェルトに誘われ僕も席を立つ。僕は友達じゃ無いんだけどな。金髪野郎も一緒だ。

(鬱陶しいな)

 人の波に紛れ食堂に移動する。

 今日は給料日。少し奮発して、栄養価の高い物が食べたいと券売機にカードを入れ注文した。

「おい、ルパート。見てみろよ!」

「はい?」

 列に並んでいた僕は、興奮した様子でビッテンフェルトが話しかけて来て、訝しげに思いながら視線の先を見た。

「あの貧乏提督が外食してるぞ!」

 貧乏提督として知られているファーレンハイト。

 周囲の人間もちらちらと注目している。トレイを持ち、受け取り口で待つファーレンハイト。

 異様な期待の空気が食堂を覆っている気がした。

 注文の品は、忙しい昼時だというのに直ぐに出てきた。

 ――卵二個、丼御飯、刻み海苔、葱、醤油、漬物。それは卵かけ御飯だ。

 普段、何を食べているのかと思う一方で、そんなメニューが有ったのかと全員が思った。

 

 

 

 人類は空飛ぶ鳥を研究し、そしてついに宇宙へ飛び出した。文明の発達と生活圏の拡大は、同時に戦場の範囲に宇宙を加えた。

 メルカッツ艦隊左翼集団12,600隻が、シュターデン中将の指揮下、前進目標に向かい航行している。シュターデンは堅実な用兵で知られていた。一方で奇策を使い意表を突いた攻撃に弱いと言う要素も持っていた。

 1500時。同盟軍の先攻により、双方の戦略的意義のない戦いがアスターテの会戦という形で始まった。

「突撃!」

 パトリチェフ大佐の鍛え上げられた宙雷戦隊が、高速戦艦と巡航艦の増強を受け帝国軍に襲いかかった。

 高速戦艦は宙雷戦隊の火力増強と指揮統制のために生み出された、戦艦と重巡の中間──超甲型巡航艦で、敵主力艦に対しても対処可能な強力な武装を誇る。

 フョードル・パトリチェフ大佐はこの高速戦艦に将旗を揚げ、5,500隻の艦艇を統率していた。

 巨漢の怪力と言う容姿に似合わず、誠実で子供に好かれる人柄を知るヤンは、シュターデンを引きつける繊細な役割を与えた。

『目標地域へ導くため偽装された退却をすること』

 そして、それがわざとらしくないよう反復攻撃を実施しなくてはいけない。

 果敢な攻撃を行う敢闘精神が指揮官には求められた。パトリチェフはそれに最適な人材だ。

「エネルギー波、ミサイル、多数接近!」

 シュターデン艦隊左翼の分艦隊を指揮するヒルデスハイム伯爵は、落ち着いて回避と迎撃の指示を出した。

 三次元で表示される敵の編成は、高速艦艇を中核とした機動打撃部隊。一撃離脱という単純だが、足止めには効果のある戦術機動を行ってくる。

 事前の指示では、もし敵にぶつかったら壊走を演じた擬態で敵を吊り上げると言うものだった。

(しかし、目の前の敵戦力は少な過ぎる)

 このまま後退を演じるべきか、構わず撃破するべきか頭を悩ます。

(シュターデン提督の指示があるまで、撃破する心算で普通に対応するか)

 そのように考えた。

 

 

 

 私室で読書するメルカッツのページをめくる手を、呼び出しのコールが止めた。

「どうした?」

 報告が入る。

『左翼集団が敵と接触。交戦に入りました』

 メルカッツは顔をしかめた。戦力差が有るにもかかわらず、大胆な攻勢をかけてこようとは想像もしていなかった。本にしおりを挟み閉じる。

(敵の意図するところは遅滞行動で時間稼ぎのつもりか)

 戦力差を承知した上での交戦。普通なら、そんな無駄な戦いを行うなど在り得ない。しかしながら、政治が撤退を許さない。ならば何ができるか。

(となると、考えられるのは分艦隊単位に分散した遊撃戦か)

 少なくとも、自分達はある程度抵抗したと言う事実を残せ、面子は保てる。

(簡単には引き下がらないか)

 少々厄介になったとメルカッツは考えた。

 敵が粘るつもりなら、楽に勝たしてはもらえない。

(増援を待つつもりだろうか?)

 帝国軍としては長居はできない。速やかに撃破して引き上げたいところだ。

「右翼集団の様子はどうか?」

 フォーゲルの艦隊も敵と遭遇した可能性が在ると考えて問う。

 

 

 

 同じ頃、フォーゲル中将麾下右翼集団13,000隻に対して、同盟軍は3,500隻の分艦隊が繰り出していた。

 まともにぶつかったら勝ち目は無い。だから針路上に機雷をばらまき、小惑星の影で機会を待っていた。

 牙を研ぎ澄まし待ち伏せる獣の指揮官はグエン・バン・ヒュー大佐。遊撃戦の達人と自負している男だった。

 俄然に広がる光景は圧巻だ。観艦式のように並んだ航行序列の艦列。そのすべてが、こちら側に向かってくる。グエンは自分のおかれた状況を楽しんでさえ居た。

 電波妨害も行っており、帝国軍は同盟軍の正確な位置を確認していない。

「何処を向いても敵ばかりだな」

 グエンは傍らに立つ褐色の肌をした美人の副官、イヴリン・ドールトン中尉に話しかける。

「ええ、まぁ」

 これほどの敵を相手に物怖じしない分艦隊司令にドールトン中尉は感心している。

 スクリーンには、機雷やデブリで敵の艦隊が細長くなった瞬間が映し出されていた。

「よし。頃合も良いな、撃ち方始め!」

 音こそ聞こえない物の、真空の宇宙空間を切り裂き、弾着の衝撃波が密集した艦列に響きわたる。

 青い矢が四方から放たれる。

「撃てば当たるぞ」と 満足げに副官に片目を瞑りウインクをする。

 そして帝国軍の艦艇が次々と降り注ぐ砲火によって屑鉄に変えられていく。グエンは、今日を記念日にしてやると味方を鼓舞した。

 1540時、同盟軍の動きに変化が現れた。

 同盟軍は帝国軍を誘引すために攻撃を行っていた両翼の分艦隊に後退を命じた。

 この動きに対してシュターデン、フォーゲルから報告を受けたメルカッツは考える。

(罠か? しかし戦力を小出しにしては敵の方が不利なはずだ)

 敵が撤退し始めたことを知ったメルカッツは両翼の集団が本隊と離れたが、敵に各個撃破できるほどの戦力差はないと考えている。

(前提条件が崩れてしまうが、勝機が見えるなら臨機応変に動くべきか)

「追撃を許可する」

 その様に決断した。

 後退していく同盟軍を追撃するのに夢中になっていたシュテーデン、フォーゲル麾下の帝国軍が気付いた時、同盟軍の分艦隊が左右に分かれて反転し手痛い逆襲を食らった。

 左翼集団に所属するファーレンハイト分艦隊は、パトリチェフに食いつこうとするが高速機動で動き回る敵を捕らえきれないでいた。

 帝国軍に比べて人的資源の限られた同盟軍は帝国軍の専用艦には劣るが、個艦性能として艦隊の基準上げており、帝国軍からしてみれば信じがたいほど正確に攻撃を浴びせていた。

 帝国軍は気がつけば一部の艦艇が同盟軍に半包囲され、次々と降り注ぐ砲火を浴び、100隻単位で撃沈されている。それに対して効果的な戦果をあげていない。

 

 

 

 僕の正面にいる敵戦艦は、軽々と味方の巡航艦を撃沈した。魚雷発射管に直撃したのだろう。青白い光球を放って消えた。

「『ニュールンベルグ』沈みます」

「あらら」

 宙雷戦隊旗艦沈没の報告が入たけど所詮は他人事だ。

 僕の所属する駆逐隊は敵の第二撃を浴びた。

 この攻撃によりさらに2隻の駆逐艦「オーバーエスターライヒ」「インスブルック」が撃沈された。

 駆逐隊の構成する駆逐艦は通常3~4隻。戦力の激減だ。

(この状況で撤退を始めたらまずい。どうする? やっぱりやるしかないか)

 短い人生だったと回想しながらも、適切な手段を弾き出していた。

(とにかく、敵に接近して魚雷で片付けるしかない。)

 家族の顔が脳裏に浮かぶが、覚悟を決めた。

 駆逐艦というのは、1866年にロバート・ホワイトヘッドが魚雷を発明して以来、魚雷を使った対艦攻撃で最も戦果をあげられる様に設計されている。それは宇宙に出た今でも変わらない。

「針路そのまま、第二戦速」

「針路そのまま、第二戦速。宜候」

 冷静に聞こえるよう落ち着かせた声で命じた。

 指揮官の立場から費用対効果を考えるなら、駆逐艦の損害で戦艦を沈めるのは得る物が大きい。

「突撃、あの目障りな戦艦を沈めるぞ」

「ミステル」に遅れること数秒後、両翼の2個駆逐隊を構成する8隻の駆逐艦も増速してついて来た。

 味方艦が追従してくる事にほっとしていた。

(幾らなんでも1隻で敵とは戦えないからな)

 元々、帝国軍は数で買っている。勢いさえ取り戻せば負ける事は無い。敵の砲撃命中率は此方の4倍と言うデータもあるが、戦場で絶対は無い。

 後に知ったが、相手の戦艦は艦名を「メリーゴーランド」と言う。遊園地の回転木馬が回る姿が脳裏に浮かんだ。

 ビッテンフェルトとラインハルトの率いる2隻の戦艦を主力に、宙雷戦隊規模の帝国軍が、局地的では在るが反撃を行い、パトリチェフの麾下に少なからぬ損害を与えられていた。

 パトリチェフは、帝国軍の立て直りの早さに内心驚いた。

(中々やるじゃないか)

 パトリチェフに与えられた任務はシュターデン艦隊を誘致しかき乱す事だ。

 本命は、パエッタがメルカッツの本隊を撃破することだ。

「さて、食いついてくれると良いのだがな」

 一撃離脱で長居をするつもりは無い。シュターデンが離れようとするなら、こちらに目が向くまで何度でも攻撃を仕掛ける計画だ。

 

 

 

 1600時。前方に敵艦隊確認の報告が双方の艦隊に響き渡った。

 メルカッツは敵の土俵に上がってしまった事に気付いた。内心で舌打ちをする。

(敵の罠か……)

「両翼の艦隊に合流命令を出せ」

 ここで決着が付くまでに間に合うかは不明だが指示は出しておく。

 メルカッツの本隊15,000隻に対し、パエッタは11,000隻を率いて相対した。

 これはヤンの望む条件にほぼ一致した。

 ヤンの立てた構想は簡単。分散した同盟軍を帝国軍が追撃して本体が手薄になったら叩く。そして一撃を加えたら引き上げるというものだ。

 正統派の指揮官であるメルカッツなら損害が許容範囲を超えれば撤退すると睨んだ。

 ここからはパエッタの腕次第だ。

「スパルタニアンを出せ」

 相手もワルキューレを出してきた。前座として、双方の艦載艇が発艦しぶつかり合う。

撃て(ファイエル)!」

撃て(ファイアー)!」

 戦の作法と呼べるほどルーチンワークと化した、いつもと同じ号令で戦闘が始まり、双方の艦艇から砲火が交わされる。

 戦いの勝敗を決めるのは航空優勢の時代のように艦載艇が取って代わる事は無い。大出力・大口径の光線砲を備えた戦艦が戦場の支配者だ。大艦巨砲主義が海から宇宙へと場所を変え復活したのは当然の事だった。

(そもそも戦艦が飛行機に沈められた事が間違いだったんだ)

 ヤンは司令部の与えられた席でぼんやりと、そんな事を考えながら戦況を見ていた。

 艦隊戦は地上戦と異なり現実感が薄い。スクリーンに映し出される光球と火球そして砲火は色とりどりで鮮やかだが、火球1つで艦艇が沈み2桁の以上の生命が失われている。

 ブランデーにしたら何本分何だろうと、不謹慎な事を考えていた。

「これが敵の本隊でしょうか」

 参謀長の言葉にルッツは頷く。

「だろうな」

 コルネリアス・ルッツは、ワーレン、ケンプら僚友の指揮する分艦隊と共に敵中央を突き崩そうとした。

(自分達を同じ条件で舞台に立たせた。それは認めてやる)

 しかし、負けない自身はあった。

 相対する同盟軍の指揮官も負ける心算はなかった。

 正面の戦艦群を指揮するムライ准将は、堅実な指揮でルッツらの攻撃に耐えていた。

 戦列の一角がルッツの攻撃に耐え切れず崩れた。圧迫された味方艦が後退してくる。

 メルカッツがパエッタと死闘を繰り広げている頃、シュターデンにはヤンの様に紅茶を楽しむ余裕も無かった。

「司令長官から救援要請です」

「何だと。このタイミングでか!」

 パトリチェフの艦隊がしつこく絡み付いてきて迎撃で手は一杯だった。

(すぐに応援に向かうのは不可能だ)

 ヒルデスハイム伯爵の分艦隊を分派し、差し向ける事を思いついた。

 すぐに移動命令を出す。

「我々も、小うるさい敵を蹴散らしたら後を追う。卿はメルカッツ提督との合流を急げ」

『御意』

 ヒルデスハイム伯は麾下の艦艇をまとめ戦場から離脱する。

 パトリチェフはその事に気付き阻止しようとするが、ファーレンハイトの分艦隊が戦列を埋めるように展開して同盟軍の進撃を阻止する。

 

 

 

 左翼集団は組織だった行動が出来るだけ、まだましな方だった。

 右翼集団は寡兵と侮った敵の猛攻を受け、エルラッハ少将が戦死。エルラッハ分艦隊は混乱状態に陥っていた。そのためフォーゲル艦隊の動きも阻害される。

「エルラッハ艦隊の馬鹿どもが!」

 自分の艦隊まで巻き込まれフォーゲル中将は激怒した。無様すぎる壊乱状況だ。

 不意の攻撃に即応できるよう各艦の開間隔を十分に取らせていた。フォーゲルも少なくない実戦を経験しており、同盟軍を手強い敵だと認識していた。

(にもかかわらず、負けた……)

 歴史学者を志し古代史研究を常日頃から行っていたフォーゲル中将は、歴史書の一説を思い出す。

(お父さん、お母さんを大切にしよう。……何か違うな)

 思考はすぐに中断される。旗艦が被弾したのだった。

 爆風が襲いかかり意識が消える。それがフォーゲル中将の最後だった。グエン・バン・ヒューは、敵艦隊の混乱を見て取ると、さらに戦果拡張すべく巧みな艦隊運用で、突撃して蹴散していく。

 

 

 

「右翼集団司令部壊滅。フォーゲル中将も戦死の模様」

 メルカッツは驚愕した。

 右翼集団の艦艇は統制を失い先を争って戦場から離脱していき、壊滅状態になっている。

 勝てるはずの戦で負けた。

「帰還したら皇帝陛下にお詫びせねばならんな」

 メルカッツが責任を感じて自害するのではないかと副官のシュナイダー少佐は不安に感じた。

「撤退する。左翼集団にも後退の指示を」

 右翼集団の崩壊と頑強な正面の抵抗、左翼集団は拘束されている。これ以上の継戦は不要だと判断した。

「シュナイダー少佐」

「はい」

「敵の指揮官に、私の名前で電文を送ってくれ」

 敬愛する上官の顔には疲労と同時に、敵に対する賞賛が浮かんでいた。そうか、そういう敵を相手にして敗北したならば、責任を感じて死ぬこともないなとシュナイダー少佐は納得した。

 一方の同盟軍でもそろそろ限界だった。

「そろそろ撤退の時期ですな」

「うむ」

 パエッタも撤退の指示を与えようとした。

「敵が引き上げて生きます!」

 同盟軍は賭けに勝ち、帝国軍は後退して行く。

「やれやれ、どうやら助かったようですな」

 ほっとした空気が流れる。

 パエッタのもとに、ラオ少佐がやってきて電文を渡す。それを一読して、笑みを浮かべるとヤンを呼んだ。

「ヤン准将、君にだ」

 渡された紙片を見てヤンは苦笑する。短く電文には書かれていた。 

『貴官の勇戦に敬意を表す。銀河帝国軍大将ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ』

 アスターテの会戦は帝国軍の惨敗をもって終了する。失った艦艇は帝国軍22,600隻、同盟軍6,400隻。帰還後、メルカッツ大将は長年の武勲と忠勤を省みた皇帝の温情をもって不問の上、退役となった。

 

 

 

15.次はイゼルローン

 

 自由惑星同盟軍の内部には、宇宙艦隊司令長官のラザール・ロボス元帥と統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥の二大派閥が存在する。

 ロボス元帥は温厚な人柄で意図せず人が集まるのに対して、シトレ元帥は自らの権勢を維持しようとする思惑と、それを利用しようとする者の思惑が重なった共生体であり、彼らは四半世紀にわたる競争関係とみなされていた。

 惑星ハイネセンの北半球で、秋は落葉樹に囲まれる地上55階、地下80階のビルが統合作戦本部だ。ここのボスであるシトレ元帥は忌々しげに、自室でTV画面を眺めていた。

 そこには、アスターテの会戦で自軍に倍する帝国軍を撃退し英雄となった男達の姿が会った。

 艦隊の司令部幕僚には自由戦士勲章を全員に与えられている。そして彼らを率いた指揮官、ロボス派と目されるパエッタ中将は今回の功績で大将への昇任も決定している。

 自分の子飼いと思っていたヤン・ウェンリーもパエッタの側近として作戦立案に活躍し、ロボス派に取り込まれている。飼い犬に手を噛まれた気分だ。

 フェザーン経由で情報を流したにも関わらず、帝国軍は敗れた。戦勝報告を受け表面上は穏やかに喜んだが、皆が退室して一人になった後、自室で荒れ狂った。

 どす黒い感情が沸き立つのを抑えきれなかった。

 画面を見詰めるシトレの琥珀色の瞳には憎悪が浮かんでいる。

(ロボスもグリーンヒルもパエッタも戦争しか出来ない阿呆共だ。今はその勝利の美酒を味わっているがいい。生きた英雄などいらん。次は必ず殺してやる)

『同盟国万歳! 共和国万歳! 打倒帝国!』

 拍手と喚声が聴こえてくる。

 その彼の部屋を新たな出兵計画を片手に訪ねてくるものがいた。

 

 

 

 アスターテの会戦の後、メルカッツ艦隊は解散された。

 だがファーレンハイト分艦隊はイゼルローン要塞に残り、回廊の哨戒任務に就いた。

「このままイゼルローン駐留って、島流しですね」

 先任の言葉に失望色が滲んでいた。彼は妻帯者だから家に帰りたかったのだろう。

「上からの情報では、本年中に叛徒の攻勢があるんだって。僕も帰りたかったけど仕方無いよ」

 民主政治を声高々に標榜する彼らは、議会の席を争い、有権者に目に見える成果を示すため、最も分かりやすい軍事的成功により自身の評価を得ようとする。

「選挙の為の戦争さ」

 それはアスターテの会戦での熱が冷めないうちに実行されるだろう。そのように帝国は判断した。

「共和主義者ってのは録でもありませんな」

「だね」

 幾ら、帝国が同盟より国力で勝っているとはいえ、度重なる軍事行動は財政的に負担を強いる。

 宇宙空間で、双方合わせて、数万隻の艦隊がぶつかり合う様は真に壮大で、見る者を魅了するものがあるが、消費される人的資源も天文学的数字となるため、無人化できる所は極力無人化が行われ、人的資源の消費を抑える努力が行われていた。

 大量生産を前提とする駆逐艦も例外ではない。

 人が集まる所には、当然のように様々な問題が発生する。

 駆逐艦ミステルにおいて艦長たる僕も、こうした問題の処理の書類仕事に追われる毎日だ。

 具体的にあげると、トイレットペーパーの在庫が切れそうだ、電球が切れたといった補給関係や、出港前の上陸で食べ過ぎた新兵が腹を壊して寝込んでるといった人事関係の書類を確認し、関係各部署への手配で課業時間が過ぎていく。

 担当の各係の責任者が書類を作り上げているとはいえ、目を通す量も多い。

「はぁ……」

 僕は人生何度目かになるのか分からない溜息をつく。

 ここ最近、戦闘もなくやっと落ち着いたと思ったら、書類の山だ。

 現在ミステルは、僚艦と共にイゼルローン回廊の同盟側出口にある哨戒区域に向かっている。

 何事もなければ帰って交代だ。そう思って紅茶に手を伸ばすと艦内に警報が鳴り響いた。同時に、報告が来る。

「敵艦影を捕捉しました」

 

 ああ。これでまた書類仕事が増える。げんなりした気分で指揮に向かう。

 駆逐隊司令クルムバッツハ大佐は先制攻撃をかけようと指示を出してきた。

「ケムニッツ」を先頭に、僚艦の「エルツ」と共に「ミステル」は後に続く。

 相手側も気づいたようで近付いてくる。数は4隻。

 この時、相手を自分達と同じ駆逐艦と勘違いをしていた。遭遇したのは、フェーガン中佐を指揮官とし、巡航艦「グランド・カナル」以下、駆逐艦3隻の部隊。

 同じく偵察だったが、巡航艦1隻分の火力が違う。

 正確な情報と判断。それが生き残る術だ。

 そういう意味では、クルムバッハ大佐はついていなかった。

 先頭の1番艦=指揮官という訳ではないが、接近中の優先順位の高い脅威と認識するのは普通の反応だ。だからその後の出来事は、当然の帰結だった。

「敵艦、発砲」

 スクリーンを見る僕の目の前で、先頭を進む「ケムニッツ」は巡航艦の砲撃を受け真っ先に爆沈してしまった。続けて、こちらにも砲撃が向かってくる。

(うわ。沈んだ……)

 一瞬、思考麻痺になりかけるが、「ケムニッツ」が沈んで、順番として次席指揮官は僕だ。

 僕は回避運動の指示を出しながら、「エルツ」と生存を図らねばならない。

 右舷に回頭し進路を変え魚雷を時間稼ぎに撃ち、本命のEMC型機雷をばら撒き敵との距離を開ける。

 銀河帝国における標準的機雷(Einheitsmine)であるEMシリーズの特徴である球形機雷は、EMA~EMFの各型と、ワルキューレの運用する軽量型のLMAなど複数の種類がある。

 駆逐艦の運用目的で主要な戦術の1つが、「機雷敷設」である。これは敵の侵攻宙域の封鎖に大いに役立つ。今回の場合は足止めだ。

「逃げるぞ」

 その言葉に皆、唖然としている。敢闘精神という言葉があるが、知ったことではない!

 こんな価値のない遭遇戦で死んでは意味が無い。さっさと逃げるに限る。

 こちらが、交戦意思を放棄して逃走に移っているので、敵はまもなく射撃を停止した。

「まもなく時間です」

 先任が報告してくる。

「うん」

 僕はスクリーンに後方を写すよう指示して待った。

 その瞬間、炸裂の閃光が光球となって現れた。1つ、2つ、3つ……。

「3発命中か、悪くないね」

 2隻合計で12発撃って、3発命中。25%の命中率。

 とりあえず敵の足はとめた。

(いけるかな? よし、迷ったら突撃あるのみとビッテンフェルト大佐も言っていた。やるか!)

「エルツに通達。やるぞ」

 僕の言葉に皆、やる気になったようだ。我に続け、と反転し今度こそ突撃する。

 敵の損害は先頭の巡航艦が艦首を吹き飛ばされ中破。後続の駆逐艦1隻が同軸の射線上にいたようで2発命中し沈んだ。生き残った駆逐艦2隻が、本気で立ち塞がろうと向かってくる。

 だがその先には、先ほど散布した機雷がある。

 上方に5箇所、下方に2箇所、合計7箇所の信管があるEMC機雷は、遠距離起爆もできた。

「ぼん」僕は口で呟いた。

 それを合図に信号が送られ、漂っていた機雷が爆発し2隻を飲み込む。

(う~む。ここまで上手くいくとは)

 生き残った巡航艦は果敢に抵抗してくる。

「あの艦長、馬鹿なのか?」

 思わず呟いてしまったが、反応する者は居なかった。皆、仕事に忙しい。

 無駄な抵抗せず、投降すれば乗員の生命は助けられるのに。

「艦長」

 僕の指示を待っている。

「ああ、うん。沈めて良いよ。無駄弾撃ったら飲酒禁止な」

 2隻から放たれた砲火が「グランド・カナル」を包み撃沈する。

 

 

 

 自由惑星同盟の代表である政府として国民を導く最高評議会は、議長・副議長兼国防委員長・国務委員長・書記・国防委員長・財政委員長・天然資源委員長・人的資源委員長・経済開発委員長・地域社会開発委員長・情報交通委員長の11名で構成されている。

 その日、3月6日の会議の議題は、急遽、評議会にシトレ元帥が直接、提出してきた出兵案の可否を決定するということになった。

 長年の友である財政委員長のジョアン・レベロは、2メートル近いあの黒人の偉丈夫に見下ろされると否と断れなかった。

(あいつ怒ると怖いんだよな……)

 内容は、過去6回にわたって失敗したイゼルローン要塞に対する7度目の攻略。

 動員される将兵の数を見て人的資源委員長のホワン・ルイは驚愕した。2000万以上の将兵。それを維持するために必要とされる消耗品の量にレベロも頭を抱えた。膨大な資源が消費される。

「君たち。要塞があるから責めなくてはいけないという考えは間違いだ」

 国防委員長ヨブ・トリューニヒトはいい加減に、うんざりしていた。

「要塞が攻めてくることはないからだ。確かに、我が国の領土への侵攻拠点としては十分脅威だが、侵攻艦隊に対処不可能なわけではない。これまでも迎撃してきたし、これからもそうするだろう」

 これまであの要塞を落とそうとして幾らの人命を失ったと思っているんだと含ませる。

「何だったら、物理的に回廊を封鎖してもいいんだ!」

 今まで誰も提案しなかったが、あの回廊を封鎖してもいい。百害あって一利なし、何なのだから。

「しかしこれは絶対君主制に対する正義の戦いです。散っていった多くの英霊のためにも、ここで諦める訳にはいきません。怯むことなく正面から挑み百倍、千倍の報復で勝利を勝ち取りましょう!」

 評議員、ただ1人の女性である情報交通委員長コーネリア・ウィンザーから声が上がった。

 彼女は初めから乗り気だった。

 トリューニヒトは舌打ちしたいのを堪えて、顔をしかめる。

(今までが、正面から挑んで駄目だったんだろう。度し難い馬鹿どもが。政界に出馬する野心丸出しのシトレに踊らされてどうする。あいつが欲しいのは自らの地位と権力。目先の利益だけだ。大体、英霊などという精神論で国家の行く末を左右しようとするな)

 トリューニヒトが声を上げようとした所で、議長サンフォードがはじめて発言した。

「あぁ。国防委員長と情報交通委員長の意見もわかるが、ここに資料がある。皆、端末の画面を見てくれないか」

 そこから、空気が変わった。評議会に対する支持率と不支持率。軍事的勝利を収めた場合の支持率。そうなると、最早、出兵反対者など少数派になる。

 賛成7・反対4で第7次イゼルローン要塞攻略作戦が可決された。

 もちろんトリューニヒトは反対票だ。

 意外なことにシトレの親友であるレベロが反対の票を投じた。

「私はシトレの親友だ。だがこれは常に個人的友情で彼を支持することを意味するものではない」

 疑問に対する、それが彼の返答だった。

 ウィンザー婦人が席を立ち会議室を去り際に、腕を組み座り込んだままのトリューニヒトに声をかけた。

「これも、国民の士気を高める政府の宣伝の一つと思えばいいのですわ」

(そのために、また多くの将兵を危険に晒すのか。この女も権力を維持しようとする醜い豚だ)

 トリューニヒトは呼吸音だけで笑った。

 ウィンザー婦人はトリューニヒトが納得したと思ったのか、笑みを浮かべ一礼して去っていく。

(フェザーンや地球教と繋がる自分とこの女の何が違う。ただ手段が違うだけだ)

 自分も唾棄すべき政治家の一人に過ぎないということを、嫌になるほど自覚して自嘲する。

 

 

 

 駆逐艦「ミステル」は、イゼルローン要塞への帰路を航行していた。

 敵の哨戒部隊を撃退したからって、簡単に階級が上がる訳でもない。

 僕は報告書をまとめ一息を吐いた。

(給料分の仕事はしっかりしているよな)

 我ながら自分を褒めてあげたくなる。

 FTLを通して同盟側のプロパガンダを見たが、撃沈した敵の巡航艦、「グランドカナル」は単艦で帝国軍と交戦し沈んだという事にされ、戦死した艦長以下乗員は軍神とされたそうだ。

(え。帝国軍は悪党扱いですか?)

 あ、捏造ではなく映像戦略か。

 でも事実を歪曲して伝え自国民さえ騙す。酷いよな本当に。

 他の撃沈した艦はどうなったのだろう。姑息な手を使う奴らだ。

 自由惑星同盟と言う名称に僕は騙されない。

 言論の統制をして、これでは敵とは言え勇戦して散った死者に対する冒涜だと思う。

 僕たちは、そんな邪悪な政治家が支配する敵と戦っている。

 さて、そろそろ仮眠をするかな。交代まであと二時間はある。

 僕はタンク・ベッドに横になった。

 早く家に帰りたいな。



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銀英伝に転生してみた 16~18話

16.どこの陣営も問題はある

 

 帝国暦487年4月18日。ラインハルト・フォン・ミューゼル大佐の指揮する戦艦「ブリュンヒルト」を旗艦に、巡航艦5隻、駆逐艦18隻からなる小規模な戦隊はフェザーン回廊の帝国側出口を哨戒していた。

 フェザーン航路は商業航路として栄えており華やかだが、目立つ武勲をたてるにはイゼルローン回廊に比べると物足りない。こでの敵は叛徒ではなく密輸業者だ。

 艦隊司令官として出世街道を歩んでいた人間には左遷だが、ラインハルトは現状にかなり満足している。

「これはこれで、案外楽しいものだな。キルヒアイス」

「そうですか、ラインハルト様」

 ここでラインハルトは水を得た魚のように活躍し、今月に入って拿捕した不審船は12隻を数える。

 これでも数は減った方で、帝国軍が哨戒部隊を置く一昔前は違法な禁製品や密入国を行う密輸船が横行していた。

「ミューゼル司令。不審船を確認しました」

 無人偵察機から位置・方位・距離・速度の情報が送られてくる。

「よし、逃がすなよ」

 最寄りの駆逐艦を不審船の進路封鎖に向け、「ブリュンヒルト」は追跡する。

 艦橋のスクリーンに艦影が見えてきた。貴族私有の旅客船だ。

「一般航路を離れて、こんな所で何をしてるのでしょうね」

 キルヒアイスがいぶかしげな表情で言った。ラインハルトも頷き同意を示す。

「確かに。停船させればわかるさ」

 不審船に向け「ブリュンヒルト」から停船命令が出るが反応はない。

「増速しています。逃走の模様」

 オペレーターから報告が入る。

「馬鹿な。軍艦相手に、民間の船舶で逃げ切るつもりか。砲術。一発ぶち込んでやれ」

「はい、艦長」

 威力を落としたレールガンが放たれ、艦尾を捉える。

 弾着の閃光が深淵の宇宙に浮かび上がる瞬間が見えた。

「命中。速度落ちます」

「良いぞ、乗り込ませろ」

 臨検の為、駆逐艦が接舷し舷側が爆破される。

 艦内の家具や美術品は豪華な装飾を施されていた。それらが破壊される。魂をこめた職人にとっては冒涜的な出来事だろう。

 準備されていた装甲擲弾兵が突入する。

 それほど大きな船ではないので制圧に5分もかからない。

 船内で抵抗はなかった。当然だ。陸戦のプロフェッショナル相手に戦い、万が一勝ち抜いたとしても「ブリュンヒルト」の主砲が狙っているからだ。

 武装解除が終わり突入部隊から報告が来た。

「カストロプ公の自家用宇宙船。クルマルク号か」

 カストロプ公オイゲンは朝廷の重臣として過去15年間、財務尚書を務め、その間、腐敗貴族の見本として地位と権力を駆使し私財を貯め込み様々な悪事に手を染めていた。

 司法省の捜査にもかかわらず一向に尻尾を掴ませず、捜査当局の摘発を掻い潜って来た手腕は見事としか言いようがなかった。

 しかしそれも今日で終わりだ。

「何だこれは……」

 送られてきた報告を凝視してラインハルトは驚愕した。

 船内からは大量のサイオキシン麻薬が発見された。大貴族の犯罪。その証拠が現れたのだ。

 他にも犯罪の証拠が出てきた。忌まわしい事に、年端もいかぬ少女を拉致監禁しての人身売買、売春や、臓器密売の斡旋をしていた。違法賭博など次々と明るみになるカストロプ公の犯罪加担。

「まいったな。これは……」

 自分の手には余る事件だ。

 船長は悪びれもせず、ラインハルトの前に連行されるとカストロプ公に連絡させろと恫喝し、目を瞑るなら今回の事は不幸な事故として不問にするとまで言い放った。

「言いたい事はそれだけか」

 ラインハルトの端正な顔に青筋が浮かび、腰のブラスター手をかける動作が見える。

 キルヒアイスが慌てて船長を引きずり倒して口を閉じさせた。

 潔癖症のラインハルトは激怒していたが、赤毛の親友に諭され営倉にぶち込んだ。

 オーディンのルンプ司法尚書は、軍務尚書エーレンベルク元帥を通じて送られてきた情報に狂喜した。

 今回に限りカストロプ公は揉み消しに失敗した。

(いいぞ! 遂に待ち望んだ瞬間が来たんだ。よし、陛下に上奏せねば。それと、カストロプ公に煮え湯を飲まされていた貴族を集めて奴を排斥してやる。帝国からカストロプ公の息のかかったダニを一掃するチャンスだ)

 その後、報告に来た秘書は嬉しくて執務室で小躍りする司法尚書を目撃する。

 

 

 

 4月20日。カストロプ公爵所領惑星メルマック。かつては鼻の長い異形の生物が繁殖していたが、入植後の乱獲によって絶滅している。

 クリストフ・フォン・バーゼル中将がミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング大将に呼ばれ警備隊司令部に行くと、参謀長のフリドリン・フォン・ゼンガー・ウント・エッターリン少将が迎えてくれた。

「緊急の要件とは、何事だ」

「クルマルク号がフェザーン回廊で摘発されたそうです」

 あの船には非合法な取引の証拠が多数乗っていた。自分達の雇い主が逮捕されるのも時間の問題だ。

「なるほど。厄介だな」

 会議室には警備隊を構成する艦隊の各級指揮官が集まっていた。しばらくして状況確認の説明が行われ、それから事後の行動指示が明示された。

「マクシミリアン閣下は公爵閣下の救援に向かっていただきます」

 マクシミリアンの艦隊は3,000隻。帝都防衛軍と正面対決する訳でもないし、十分任務はこなせるはずだ。

「任せてくれたまえ」

 マクシミリアンは会議室に連れ込んだ幼女の髪を撫ぜながら応える。その様子を見て嫌悪感を抑えるのに苦労する。

「バーゼル艦隊はマリーンドルフ伯領攻略に当たってもらう」

「了解した」

 バーゼルの任務は、鎮圧に向かってくるであろう帝国軍の前進拠点になるマリーンドルフ伯領の予防攻撃。そして攻略だ。

 カイザーリングは淡々と、各自に役割を振っていく。

 武装蜂起の実行。帝国に叛旗を翻す。その事実に思わず皆顔を見合わせる。

 領内の平民を徴用すれば即座に15,000隻の艦隊が揃う。これ以上にフェザーンの民間軍事会社を通して人材と装備も送り込んでもらう事になっている。

 以前から準備は出来ていた。ただ、刃を向けるのが早まっただけだ。

「起立!」

 エッターリン少将の言葉で全員起立し敬礼する。カイザーリングが答礼し会議は終わった。

 出撃準備の為、バーゼルはカイザーリングに会釈し駆けていく。その後姿を眺めながらカイザーリングは口元を微かに歪めた。

 

 

 

「グリンメルスハウゼンでも見つけられなかった彼奴の犯罪証拠を遂に見つけか……」

 金髪の小僧に感謝せねばなとリヒテンラーデ侯は皇帝の傍らで聞きながら、そう思った。

 ルンプ司法尚書の報告に皇帝は溜め息をつき、カストロプ公爵の捕縛を命じた。これに対して、自分の身に官憲からの手が迫っている事を察知したカストロプ公の動きは、カイザーリング達の動きに劣らず速かった。

 4月21日未明、帝都オーディン各所で一斉に爆弾テロが発生。深夜にも関わらず憲兵はその対処に追われた。その混乱に乗じて自家用宇宙船で出港したカストロプの手腕は治安関係者を唸らせる物があった。ライフラインの破壊によるサポタージュ活動は後方攪乱の基本だ。

 さすがに皇帝の居城は近衛師団が厳重に警備しており、入り込む隙間が無く被害は無かったが、帝都という皇帝の膝元を騒がせたのは事実だ。

 帝都防衛軍に所属するシュムーデ提督の艦隊300隻がカストロプ公の船を拿捕すべく追跡した。

「逆賊を逃すな!」

 オーディンの防衛は帝都防衛軍が担当している以上、今回のテロは大失態と言える。

 首謀者のカストロプ公が乗った船はすでに飛び立ったという。

 無人偵察機を飛ばしカストロプ領への航路を重点的に探し、そして遂に発見した。

「逃がしはせん」

 艦隊に増速を命じ急行する。

 艦橋のスクリーンに自家用船が映し出される。

 いざとなれば撃沈も已むを得ない。そう思い警告射撃を命じようとした。

 その時、砲火が降り注いだ。

「敵襲!」

 マクシミリアンの率いるカストロプの艦隊である。

 閃光が走り光球が次々と発生する。

 相手を非武装の船と侮っていた為、注意の視角外から現れた攻撃は完璧な奇襲となり、追跡の艦隊を容赦なく叩く。

 たかが地方領の警備隊と侮るなかれ。フェザーンとの交易で装備と民間軍事会社から人材を手に入れ増強された戦力は脅威と呼ぶに相応しい規模だった。

 事前に連絡を受けていた息子のマクシミリアンの率いる艦隊だった。

 襲撃を受けシュムーデ提督は戦死。追跡は失敗し帝国軍が敗走した。

「お待たせしました父上」

「うむ。良いタイミングだったぞ、マックス」

 領内に戻ったカストロプ公は隣接するマリーンドルフ伯領に侵攻開始、瞬く間に制圧し本格的叛乱の兆しを見せた。

 

 

 

「オイゲンのやつ、何を狂ったか」

 報告を受け、リヒテンラーデ侯は言葉を失う。 

 今回の帝都における脱出劇の陽動である同時爆弾テロで一般民衆、貴族を問わず多くの犠牲が出た。

 復讐を叫ぶ貴族の声も高く討伐の規模も拡大し、皇帝の居城、新無憂宮の謁見室に国務尚書リヒテンラーデ侯、ゲルラッハ財務尚書、フレーゲル内務尚書、ルンプ司法尚書といった文官が帝国軍3長官と共に招集される。

「それで」

 皇帝はワインで喉を潤し口を開いた。

「カストロプ公爵が余を謀っていた。そう言うのだな?」

「はい、陛下」

 リヒテンラーデ侯が代表して受け応えする。

 いわく、これ以上看過する事は帝国の威信に関わり民衆の不満に繋がる。膿は出し切るべきだ。

「ふむ」

 面白くもなさそうに皇帝は頬杖をつく。

「容疑は固まったな。公爵の地位、領土は召し上げじゃ。速やか討伐せよ」

 逮捕をしても釈明の機会はあった。カストロプ公爵は武装蜂起する事で、自ら対決の道を選んだ。

「御意」

 リヒテンラーデ侯は恭しく応じる。

 皇帝は視界にフレーゲル内務尚書を捉えたた。

「内務尚書、そちの息子の武勇伝聞いておるぞ」

「倅には身に過ぎた評価で畏れ多い事です」

 リヒテンラーデ侯の傍らに並んだ内務尚書は畏まる。

「武名の名高い、ブラウンシュバイク公の一門にして帝国軍中将だったな?」

「はい陛下」

 武名というか、運に近いが。

「そちの息子にカストロプ討伐を命じる」

 思わず隣のリヒテンラーデ侯の方を見るが、視線を合わせ様とはしなかった。

 絶句するフレーゲル内務尚書の顔を見て、面白い玩具を見つけたように皇帝は言った。

「これは余の勅命じゃ」

 神聖不可侵な銀河帝国皇帝の勅命が下った。臣下は膝を着いて頭を下げる。

 帝国軍三長官である軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官に形式的に挨拶して退席した後、フレーゲル男爵に勅命を伝えた。

 フレーゲルは艦隊編成の人事を考える。司令部の先任参謀には、オーベルシュタイン大佐を引き抜き任命した。

「犬の世話が……」と言っていたが、それぐらい召使でも雇って任せれば良い。それよりも討伐を手伝えということだ。

 実戦部隊の各艦隊司令には、ワーレン、ルッツ、ケンプ、ビッテンフェルトなどの若手に声をかけた。我も我もと貴族の士官が名乗りを上げて来たが、実戦で足を引っ張られたくない。

「カストロプ公は、これまで辺境伯としての職務を代行しており、フェザーンとその所領が隣接しているということもあり、それなりの兵力を保有しておりました」

 オーベルシュタインの言葉に、蜂起後はさらに増えてるかも知れないという事かとフレーゲルは考える。

「するとフェザーン経由で戦力を増強している可能性があるな」

 机の上に広げられた資料はオーベルシュタインによって整理され、フレーゲル男爵にも見やすく簡潔で少ない量だった。

「ええ。状況にもよりますが、いずれフェザーン領内で越境作戦を行う事になるかもしれませんな。フェザーン領内に進攻して、訓練所や物資集積所を叩く訳です」

「うわ、外交にも配慮しないといけないのか。頭が痛くなる」

 顔をしかめたフレーゲル男爵を気にせず、オーベルシュタインは報告を続ける。

「周辺諸侯を動員し封鎖を行いますが、長期化すれば日和見に走る者が出ると思われます」

 そんな貴族がいたら伯父に言って、処分してもらおうとフレーゲルは心に決めた。

「短期決戦で終わらせたいな」

「御意」

 帝国軍全体としての討伐参加戦力は意外に少ない。

「今回、宇宙艦隊から動員される艦艇は54,000隻。封鎖に当たる諸侯の私兵は含みません」

「うん。自由惑星同盟を僭称する叛徒の動きの方はどうなっている?」

 この機会に乗じてイゼルローン方面に再侵攻され、二正面作戦というのは避けたい。

「すぐに確認致します」

 続けてオーベルシュタインは、事前に今回の討伐を想定していたかのように進言する。

「ルッツ、ビッテンフェルト、ケンプ、ミュラーの各提督に分艦隊を預け、本隊に先行させようと思いますが、いかがでしょうか」

 敵支配地と隣接する私領を持つ諸侯は、警備隊を動員し境界の封鎖に当たっている。

 現在、マリーンドルフ領以外に本格的侵攻を行っていないが、カストロプ側が本気になれば、そこら貴族が持つ私兵では鎧袖一触と蹴散らされるのは明らかだ。

 帝国軍の到着が待ち望まれている。

「うん。卿に任せる」

 早急な戦力展開が求められている以上、反対する理由も無い。フレーゲルは頷く。

 フレーゲルは帝国軍中将としてカストロプ討伐の指揮を取る。

 総司令官が中将を以てあたる為、麾下の提督に大将や上級大将、元帥はいないと思われがちだが、装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が加わる。

 階級の序列から考えて不思議な所だが、討伐の主軸である艦隊指揮をフレーゲル、地上戦の指揮をオフレッサーが執る事で役割は分担され問題は無い。

「そもそも、わしは艦隊の指揮など知らんからな」

 連絡を受けたオフレッサーは豪快に笑ってそう告げた。その会話を義眼の参謀が冷ややかに見ていた。

 

 

 

17.続き

 

 ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング大将は60歳をこしたばかりで、まだまだ若々しい精神と肉体を持っている。その上、帝国暦483年のアルレスハイム星域での勝利は士官学校の教材に使われるほど伝説となっている。

 今回、カイザーリング大将は賊軍であるカストロプ公側に付いていた。

 秘匿回線を使い私室で交信していた。

「皇帝陛下は、今回の我らが蜂起を許されまい」

 友人であり、マリーンドルフ伯領制圧を指揮したクリストフ・フォン・バーゼル中将が画面に映し出されていた。

 彼とその妻とは40年以上の付き合いになる。

『そうだな。討伐の兵が押し寄せてくるぞ』

 バーゼルはカイザーリングよりも10歳は若く見え、妻帯者にもかかわらず若い女性に人気がある。自分の人生の半分も生きていない孫ほど年齢の離れた女性に囲まれるバーゼルを散々見てきた。

 歳を考えろとカイザーリングは常々、苦言をしていた。

「素直に討たれるつもりはない」

『だろうな』

 カイザーリングの言葉にバーゼルも笑みを浮かべる。

「戦いはまだまだ続く。それに次の手はある」

 打ち合わせを終えると、思いついたようにバーゼルは付け加える。

『戻ったらヨハンナも交えて三人で飲もう』

「ああ。楽しみにしているよ」

 カイザーリングが笑顔で応じたあと交信を終える。

「ヨハンナか……」

 消えた画面を笑顔を消し見つめるカイザーリングは苦い物がこみ上げてくる。

(かつて自分が愛した女性。だが、彼女はバーゼルを選んだ)

 レストランで食事を取るカイザーリングとヨハンナ。イカリングをフォークで突付いていたヨハンナからバーゼルから求婚された事を告げられた。

 驚きを隠しながら彼女に質問した。

「それで、君は何と答えたんだね」

「承諾したわ」

 嬉しそうに頬を染め告げるヨハンナ。

 友人として祝福の言葉を告げておくが、内心穏やかではなかった。

 心が悲鳴をあげて亀裂が走った。

 支え続けた女性が裏切ったように感じた。彼女は、自分を男としては見ていなかった。

 そして極めつけの言葉を告げられた。

『あなたは良い人だわ』

 その瞬間、黒い憎悪が湧き出してくるのを感じた。

(あれが、止めを刺した)

 彼女の言った言葉が思い出される。

(良い人、だと。馬鹿にしているのか)

 良い人など女は求めない。

(お友達でいましょう、そういうことか)

 カイザーリングの心はあの時、完全に壊れた。

「だから、ヨハンナ。私は決めたんだ」

 憎しみだけで復讐の機会を狙った。

(私は、君と君の選んだ男を破滅させてやろうと機会を持っていたんだ)

 今回、二人を絶望に叩き込んでやる心算だ。

 

 

 

 バーセルにも野心は有った。中将の地位まで昇ると次は大将と言う具合にだ。

 しかしながら皇帝の勅命による犯罪の根絶は、軍内部の綱紀粛正にまで発展し、自らの地位が危うくなった。カイザーリングの誘いもあったが、これは自分の望みを潰してくれた帝国への復讐の意味もあった。

(私を切り捨てた奴らに思い知らしてやる。だが妻には無理をさせてしまうな)

 バーゼルが妻の事を考えていると、無人偵察機から討伐艦隊発見の報告が入って来た。

「索敵機より入電。敵艦隊発見」

 コルネリアス・ルッツの分艦隊であった。

「ふん。ようやくお出ましか」

 マリーンドルフ伯領の制圧では手ごたえは無かった。所詮は私兵による警備隊だ。プロとは違う。

(骨のある相手と戦えるかな)

 5月13日。バーゼルは戦勢を制するべく先制攻撃に出た。先鋒はフェザーンのPMC、ホネカワ(Honekawa Security Guards Limited)による分艦隊3000隻。

 スパルタニアンが発艦する様子が中継されて来てスクリーンに映し出される。

(帝国軍として戦って来た私が、叛徒の武器を使い帝国軍と戦うとはな……)

 幾度か戦場で相対した同盟軍の兵器。それを見つめるバーゼルの心情は、いささか複雑な物であった。しかし戦場では望む物がいつも手に入る訳ではない。その事は経験から知っていた。

(与えられた物で精一杯戦う。それだけだな)

 この時バーゼルには、まだその様な事を考える精神的余裕が有った。

 

 

 

「敵艦載艇多数接近中。方位0-1-0、会敵予想時刻は五分後です」

 敵の機影は馴染み深い同盟軍のスパルタニアン。同じ帝国軍のワルキューレだ、攻撃することを躊躇したかもしれないが、これなら遠慮なく撃ち落とす事が出来る。その様に全員が思った。

「急げ! CSPを上げろ。全艦紡錘陣形」

 ルッツの指示で慌ただしく動き出す艦隊と迎撃の為、発艦して行くワルキューレ。時間などすぐに過ぎてしまう。

 バーゼル中将は直属の4000隻と、ホネカワを含め徴募した傭兵の操る8000隻を伴い、討伐軍の先手を打って一撃を与えようとした。しかし、その顔には僅かな苛立ちの色が見て取れた。

 前衛が押されている。

 スクリーンに向けられた視線は、また1つ沈む光点を捉えていた。

 ルッツ分艦隊は4000隻。

 ルッツは噛ませ犬では無い。持ち前の粘り強さを発揮し、バーゼルの前衛を撃破した。

 奥歯をかみ締めながらも、バーゼル中将は感情を抑え淡淡と撤収の指示を出す。

 討伐軍は強引に突破しようと攻めては来ない。

「良い指揮官だ」冷静な部分でルッツを、そう評価した。

 あとは、カイザーリングの描いた作戦に従い進めるだけだ。

 バーゼル艦隊はマリーンドルフ伯領に通じる二つの航路を機雷で封鎖し引き揚げた。

 掃海にかかる作業時間は早くて8時間、これでは追撃ができない。

 掃海部隊からの報告にフレーゲル男爵は顔をしかめた。速やかな鎮圧が要求されているのに出鼻を挫かれた。

 これに対して義眼の参謀はバーゼル艦隊を遊兵化させ、無視する事を提案した。

 マリーンドルフ伯領は狭い。現有戦力だけで簡単に封鎖できるとの事だった。

 

 

 

 帝国本土でそんな大事が起こっている最中、辺境のイゼルローン回廊でファーレンハイト分艦隊は日常営業だった。

 ファーレンハイト艦隊は、イゼルローン回廊の同盟側出口で威力偵察を行うため久しぶりに集まっていた。

 艦隊ってのは、やっぱり集まっていると壮観だ。

 前衛として哨戒に当たる宙雷戦隊に所属する駆逐艦「ミステル」の艦長席で僕は、オーディンからのニュース速報を閲覧していた。

『カストロプ公遂に逮捕か?…「フェザーンと帝国の平和は俺が守る」ミューゼル大佐』と記事のタイトルが踊っている。

 記事の投稿は487/05/20(月) 13:30:55.72と新しい。

 オーディン時事によると、帝国軍のミューゼル大佐はフェザーン回廊の帝国側出口でカストロプ公の自家用宇宙船を不審船として臨検した。内務省によると──。

 名無しさん少年兵が記事に対してレスをしている。

『どうでもいいけど、金髪うざくねえ? 』

 うむ、同感だけどストレートな書き込みだな。

『あいつが絡むと味方に死人が出すぎる。覇王の卵でも持ってるのかよって 』

『この前に負けたくせに、また火種を起こしやがって』

 金髪についてコメントがかなり荒れていた。

(あ~この書き込み。きっと関係者か被害者だな)

 わかるわかる。さて、本文は……と。

 携帯端末を操作し記事の詳細を読む。

 クルマルク号事件と言うのが、フェザーン回廊の帝国側出口で起こった。

 密輸船の取締りをしていたミューゼル大佐が、貴族私有の旅客船を不審船として臨検したのが発端だそうだ。

 まったく、あの人はどこに行っても厄介事ばかり持ってくるのだな。

 クルマルク号は、カストロプ公の自家用宇宙船だった。

 いわゆる悪徳貴族なのに一向に尻尾を掴ませず、捜査当局の摘発を掻い潜って来た手腕は見事としか言いようがない。その悪名は僕のような平民ですら知っている。

 でも今回は船内からカストロプの関わった証拠が見つかった。

 これで大貴族もおしまいだった。

(悪事はいつか必ず暴かれるんだよ)

 続報を読むと帝都で暴れて艦隊まで繰り出したそうだ。

 事件が大きくなりすぎだよ。

 迷惑な。これで、また動員されるのは明らかだった。

 今回はフレーゲル男爵が54000隻を率いて討伐にあたる事になったそうだ。

 お疲れ様。

(此方はイゼルローン回廊に張り付いてるから、今回は関係無いね)

 だけど他人事だと余裕を見せる程、此方も暇では無かった。

 艦内に警報が鳴り響いた。

「敵対艦ミサイル群、接近!」

「敵の反応が速いな」

(此方の動きを読んだのか?)

 ファーレンハイト艦隊はまだ敵の勢力圏まで進んでいない。

 対艦ミサイルの標準的仕様であるレーザー水爆ミサイルが迫って来る。無数の弾幕が張られ迎撃を行うが掻い潜った物もある。

「デコイ発射」

 回避運動をとる「ミステル」の艦体を衝撃が襲う。至近弾が中和磁場の近くで爆発した。

 中和磁場は無敵ではない。防弾に優れているケブラー繊維が刃物には貫かれる様に、実体弾には効果が薄い。完全に回避する盾は無いと言う事だ。

 開けられた戦列の隙間に砲撃が加えられて、ワルキューレが加わる。

「敵さんは相も変わらず多いな」

 スクリーンに写る無数の光点。こっちらよりも多い。

 イゼルローンへの本格的攻勢が始まった事に気付いた。

「なるほど」

 その呟き声を聴いて副長が反応した。

「艦長?」

「敵が攻めてくる予報当たったな、と思ってね」

 5月20日1400時、楽しい戦争が始まった。同盟軍の前衛である第4艦隊と帝国軍は遭遇。同盟軍来襲の急報は帝国全土に駆け巡る。

 

 

 

 同盟軍の前衛としての指揮権を与えられたパストーレ中将は昼食で満たされぽんぽんと張った腹部を撫でながら旗艦「レオニダス」でスクリーンを睨むように見つめていた。

(食い過ぎた。気分、悪い……)

 帝国軍の哨戒部隊がいるのは予想していた通りだったが、少し規模が大きい事に気付いた。

(敵は寡兵。こちらが押している)

 第4艦隊の後方には、第6艦隊が控えている。背中を預ける第6艦隊の指揮官は美食家のムーア中将。いつも美味い飯屋に連れて行ってくれる気さくで信頼に足る盟友だ。

 しかしパストーレも知らない問題が第6艦隊で発生していた――。

 第6艦隊旗艦「ペルガモン」のトイレ。その個室に司令部幕僚のジャン・ロベール・ラップ大佐は籠っていた。

 ラップの頬はこけ、汗が噴き出ている。

「こんな時に下痢だなんて」

 昼食で食べた鮭のムニエルにあたったらしく、司令部幕僚の全員が同じ症状を医官に訴えていた。集団食中毒、ということだ。

 しかし艦隊司令官のムーア中将は鉄の胃袋を持ってるらしく平然と艦橋で指揮を執っていた。

(前に賞味期限が1年過ぎたクッキーを完食したって言ってたな)

 ラップは司令官が無事なので第6艦隊は戦えると信じるしか無かった。苦痛に身悶えしながらしゃがみ込む。

(トイレに入ったままで死ぬなんて事は御免だな。無様すぎる)

 下半身丸出しで糞を洩らしながら宇宙を漂流する自分の死体。

 ラップの脳裏にそのような事が浮かび頭を振る。すぐにそんな妄想は激痛で消える。

 

 

 

 帝都のミュッケンベルガー元帥の下にファーレンハイト分艦隊が同盟軍と遭遇した報告が届いたのは、退庁しようと部屋を出る瞬間だった。

 鳴り響く電子的な呼び出しの音に、ドアノブに伸ばされた手が止まる。

 大したことも無ければ副官が対応している。顔を一瞬しかめるが、応答するため机に戻る。

 鞄を置き通話ボタンを押す。

「どうした?」

 報告してきたのはイゼルローン要塞駐留艦隊司令官のハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将で、その巨漢を恐縮そうにしていた。

 その顔を見て、すぐに緊急事態だと悟った。ゼークトも挨拶を省き報告する。

 『叛徒どもが、性懲りも無くまた攻めてきました』

 規模は5万隻以上とのこと。

 今からの動員では応援より、敵のほうが先にイゼルローンに到着することになる。

(後手に回るな。カストロプ討伐で忙しいこの時期に攻めてくるとは、忌々しい奴らだ。まさか、タイミングを狙っているのか)

 カストロプ討伐に宇宙艦隊から5万隻動員している現状で、イゼルローン方面に転用出来る兵力は要塞駐留艦隊を含めて6万隻。

 もちろん帝国全土から各諸侯の私兵や警備部隊をかき集めればもっと戦力はあるが、兵站能力の限界を考えるとそれが精一杯だ。

 叛徒との戦いは、大貴族とは言えカストロプのような地方領主とは異なり、帝国軍の本来任務だ。

(ふん。帝国を侮った事を後悔させてやる)

「今回も帝国の武威の前に押し潰し、イゼルローンにその屍を晒す事になるだろう」とゼークトには答えておいた。艦隊を集める為に忙しくなってきた。

 

 

 

 フェザーン自治領において主府は、行政の頂点として機能している。

 そして最終決定権を持つ自治領主アドリアン・ルビンスキーは“フェザーンの黒狐”の異名を持つ知謀の持ち主だ。

 彼の自治領主に就任するまでの私生活や経歴などの個人プロフィールは完璧に近い防諜管理で秘密のヴェールに包まれていた。内縁の妻や帝国軍に勤める息子ルパートの存在は知られていない。

 ルビンスキーの元に芸術家提督として名高いエルネスト・メックリンガー少将が弁務官事務所の頭を飛ばして帝国からの特使として訪れたのは、午前中の忙しい最中だった。

「これはこれはメックリンガー閣下。遠路、足をお運びいただき恐縮です」

 自分の分もコーヒーをと秘書官に頼みルビンスキーは応接セットのソファに腰掛ける。

「それで、今回はどのようなご用件で」

 メックリンガーはルビンスキーの言葉に冷笑を浮かべる。

「すでに承知していると思っていたのですが」

「何の事ですか?」

 ルビンスキーは何も知らないという表情で尋ねる。演技半分で、おそらくカストロプ関連の事だと思う。

 この狸め、とメックリンガーは思いながら告げた。

「こちらに登記されている民間軍事会社のホネカワが帝国に反旗を翻したカストロプを支援している」

 そこには装飾された推定の言葉ではなく、断定された言葉しかなかった。

 フェザーンは銀河帝国を宗主国とし、内政の自治と交易の自由を認められた特殊な地方領に過ぎない。明確な叛乱支援は帝国に対する謀反を意味する。それはフェザーンの未来を閉ざす事になる。

「ほう。それは早速対処させましょう」

 許せませんなとルビンスキーは愛想よく答えるが、メックリンガーはまともに相手をしない。

 自分はメッセンジャーで必要な事を伝えるだけだ。帝国の意思を。

「無論、そちらにも然るべき処置をしてもらいます。こちらはこちらで手を打たせてもらいました」

(手を打った? どう言うことだ)

 ルビンスキーは初めて疑問を感じた。

 しっかり取り締まれと言われ、帝国に協力を要請される程度なら予想していた。

(そうじゃないのか?)

「本日未明。帝国軍はフェザーン自治領内における軍事行動を開始しました」

「何ですと!」

 思わず声が出た。

(フェザーンに侵攻開始したというのか?! いや、それならもっと情報が来てるはずだ)

 驚きの表情を浮かべるルビンスキーに、メックリンガーは冷ややかに応対する。

「任務に対する妨害は、容赦なく排除されるでしょう」

 心しておけ、とメックリンガーの双眸が告げている。ルビンスキーの背中を冷たい汗が流れた。

 

 

 

 フェザーン自治領内の帝国領に近い惑星ハナ。その名前は宇宙開拓時代、最初に発見した探検家が自分の愛犬にちなんで名付けたのが由来だ。

 現在、ハナはホネカワの支社が置かれており同社の私有惑星として登記されている。

 叛乱軍というものは基本的に長期的な継戦能力は保有していない。その兵力が大きければ大きいほど兵站の維持に負担がかかる。第三勢力の支援があるならともかく、地方領主が正規軍相手に長期戦を行える訳が無い。ということは支援している者がいる。

 帝国国家保安本部の対外諜報部と前線部隊の偵察報告から、フェザーン領内でカストロプ公への人材と物資の供給元になってるのがはっきりした。

 ならばやる事は決まってる。帝国は敵を遠慮なく叩き潰すだけだった。

 5月22日。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト准将を指揮官とする分艦隊は3500隻の兵力を以てカストロプ公領を迂回し、これを強襲すべく送り込まれる。

 ビッテンフェルトの艦隊が航行する進路上に、小型の艦艇が集まって来ていた。

 数は凡そ60隻と言った所か。

「フェザーンの警備隊ですな」

 オイゲンの言葉を立証するように、スピーカーから警告が聴こえてくる。

『停戦せよ、停戦せよ! 貴艦はフェザーン自治領を侵犯している。繰り返す…』

「主府には連絡が入っているはずだよな。邪魔するなら排除するだけだ」

 ビッテンフェルトは艦隊の速度を落とすことなく前進を命じる。

「進め!正義は我に在りだ!」

 警備隊の艦艇が、正規の軍艦である帝国軍相手に本気で戦える訳も無い。

 警告を空しく繰り返すだけだと思っていたら、警備艇の一隻が本気で進路に立ち塞がって来た。

「うん? 身を持って喰いとめるつもりか」

 ビッテンフェルトはそう言う無茶をするのが嫌いではない。

「だが、この場合は無謀だな」

 普段、突撃ばかり言うあんたが言うなよとオイゲンは思った。

 艦隊の先頭を進む巡航艦の艦首が、遠慮なく警備艇の艦体を切り裂き残骸を撒き散らす。

 その様子を見て、周りの警備艇が発砲し始めた。

「なんだ、戦おうとでも言うのか」

 蟻が巨像に立ち向かうような物だ。警備艇程度の火力では、中和磁場すら貫けない。

「愚かな。逃げれば良い物を」

 ビッテンフェルトは侮蔑の表情を浮かべ命じる。

「目障りだ。薙ぎ払え」

 僅か一斉射で警備隊は、電子の霧となり消えた。

「問題にならないでしょうか」

 オイゲンが心配そうに言ってくる。フェザーンの自治権を侵害している。

「なるな」

 ビッテンフェルトの言葉に顔をひきつらせる。

「だが、そもそもフェザーンは帝国の自治領に過ぎない。帝国に文句を言えるわけがない」

 この後、主府からの連絡が入ったらしくフェザーンからの妨害も無く、目標宙域に到達出来た。

『ここは私有惑星です。速やかに退去願います』

 ホネカワの警備艦艇が艦隊の進路に立ちふさがり警告を送って来る。

「どいつも言う事は同じだな」

 ビッテンフェルトはうんざりした顔色で命じた。

「撃て」

 警備艦艇が撃沈される。

(民間軍事会社の船など、無敵の俺たちには鎧袖一触だ)

 赤子の手を捻る様に簡単だった。

「今更慌てて対応しても遅すぎるぞ」

 ビッテンフェルトは自信満々に言う。

「さあ、そろそろ行くか」

 スクリーンにハナが大きく写っている

「ショータイムだ」

 ビッテンフェルトは、『塵も残さず殲滅する』と言うぐらいの心積もりで今回の作戦に当たっている。

 ハナの重力圏、軌道上に分艦隊は侵入する。

「敵の艦隊は出払ったのか、いないようだな」

 物足りなさを感じたのか少し残念そうにビッテンフェルトが言う。

「そうですね」

 先程の警備艦艇は通報していなかったのか?

 勿論、していた。

 帝国軍艦隊の索敵範囲外であるハナの軌道上で周回する、衛星ハナⅡの裏側にホネカワ練習艦隊と輸送船団の艦艇、4500隻が控えていた。

 プロフェッショナルとしての教育・物資輸送・機材整備などの後方支援から、戦闘要員の人材派遣を行うホネカワには多くの同盟軍関係者も雇用されている。

 自由惑星同盟軍予備役のバーナビー・コステア中将もその一人として、オブザーバーとして役員手当を毎月支給されていた。

 今回のカストロプ叛乱にあたり、最前線には出ないが後方基地にあたるフェザーンで、人材の教育を行うためハナに送り込まれていた。

「まさか帝国軍がフェザーンに侵攻してくるとは思わなかったな」

 コステア中将は実質的指揮官として、帝国軍来襲の報告に艦隊の指揮を執ることとなった。

「なんとか、敵には見つからずにいけそうだ」

 参謀長のジェニングス少将に話しかける。

「ええ。ギリギリのタイミングで間に合いましたな」

 警備艦艇の急報を受け、急遽退避した。彼の教え子たちは今の所、正規軍ではない割に満足すべき動きをしている。

「さて、帝国軍の奴らに教育してやろうじゃないか」

 現役を退き久々の実戦で精神が高揚してくる。

 コステアの指示を受け長身の黒人、ボーディ大佐の戦隊800隻が尖兵として、帝国軍側翼に切り込む手筈になっている。

 

 

 

 ホネカワの私設の集中する南半球の軌道上空。

 そこに黒く塗装されたビッテンフェルトの艦隊は展開していた。

「各艦。射撃位置に就き準備完了しました」

 オイゲンが報告してくる。

 弟一目標:防空火器、レーダー施設、第二目標:兵舎、陣地、車両、火砲、第三目標:発電所、港湾施設、物資集積所。時差は殆ど無く、数分で全てが破壊されるはずだ。

「よし」

 艦砲射撃を始める射撃号令をかけようとした。

 その瞬間、右翼の戦隊から弾ける様に火球が広がった。

「敵襲!」

 スクリーンに灰色に塗装された艦艇の群れが突っ込んでくる姿が写った。

(あれではまるで、帝国軍と同じじゃないか)

 ビッテンフェルトは敵の塗装を見てその様に思った。敵味方識別装置をつけているとは言え、混戦になれば誤射もありうる。ましてや機器の故障でもした時に、彼我が同じ塗装では目視で見分けがつかない。高速で移動するワルキューレなど、反応が無ければその船を沈めてしまうかもしれない。

 ビッテンフェルトの頭脳は、そこまでの事を一瞬で導き出した。

(あいつ等を近付ける訳にはいかん!)

 ホネカワ艦隊の砲撃が軟らかい側面を突き崩す。

 射撃時の警戒配置は就いていたが、哨戒の駆逐艦は警報を発する前に撃沈された。

 輪形陣の外周を護る駆逐艦が吹き飛び、その開いた穴からスパルタニアンが飛び込み戦列を掻き乱す。

 さらに、傷口を抉じ開けようとホネカワ艦隊が突撃してくる。

「全周囲目標だ。撃て撃て!」

 攻撃するホネカワ側にとっては、前進軸上の敵を叩けば良いだけだ。迷う事も無い。

 ボーディ大佐の叱咤激励が飛び、破壊という嵐が吹き荒れる。

(畜生、俺の黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)が良い様にやられている)

 ビッテンフェルトは自分の迂闊さを呪った。

(敵の艦隊は、味方の右翼を突破しつつある。目標は何処だ。このまま横断するつもりか?)

 脱出する前に一撃与えようとしている。そのようにも見て取れたが、違うと判断した。

(こっちに向かっている?)

 判断材料が少ない。そう考えているうちに、直衛の巡航艦「フラウエンロープ 」は駆逐隊を率いて敵の針路に立ち塞がった。後方に戦艦「ブランデンブルク」「ヴィルヘルム・デア・グロッセ」と巡航艦「デアフリンガー」「ブリュッヒャー」も続いている。

「敵を旗艦に近づけるな!」

 他にも、ビッテンデルトが将旗をあげる旗艦「ケーニヒス・ティーゲル」の四方に、巡航艦「ヴュルテンベルク」「ヴェストファーレン」「ザクセンアンハルト」「チューリンゲン」と二個駆逐隊が広がり輪形陣を組んでいる。

 皆が盾として敵を食い止めようと立ち塞がるが、瞬く間に四隻の巡航艦が沈められてしまう。無秩序に前進してくるわけではなく、敵の集団には明確な目標があるように感じた。観察して、流れの勢いは何処に向かっているかを考える。

 答えを導き出して、ビッテンフェルトは戦慄した。

(この艦が狙いか!)

 スパルタニアンの攻撃は、中和磁場に守られた戦艦にとって軽い接吻のような物だ。だが、しつこくてうんざりする。

 艦砲射撃も加わり、可愛く鳴いてくれと、攻撃はさらに苛烈となる。

「『ザクセンアンハルト』沈みます!」

 艦体を下から持ち上げて、爆発の衝撃が襲い掛かってくる。

 中和磁場の限界を狙って叩かれたようだ。

 ぎゅっと拳を握り締めて、ビッテンフェルトはスクリーンから目を離さない。彼らが自分の盾となって沈んだのを知っているからだ。

 コステア中将は、帝国軍に比べ錬度の低いホネカワ艦隊を尤も効率よく生かすべく考えた。

 自分達に出来るのは、最初の一撃。

 奇襲効果の衝撃から敵が立ち直る前に、火力の一点集中により浸透突破し、通信量の多い艦──旗艦を沈める事だ。

 乾坤一擲。その策にビッテンフェルトは敗れた。

 遂に護衛を蹴散らして敵の集団が目視できる距離になった。

(ああ。負けた)

 青い交戦が集束し滝のように向かってくる様子が見えた。

 閃光がスクリーンと視界を覆う――――

 悔しいなどと考える暇も無く、ビッテンフェルトの旗艦は沈没した。

 帝国軍残存艦艇はハナ軌道上から帝国領へ撤収する。

「何とか勝ったな」

 コステアは従卒から焼酎入りのコーヒーを受け取りながら一息を入れる。アルコールでも取らなければ、素面でこんな作戦を指揮は出来ない。

(同盟軍に居た頃に参謀からこんな作戦を提案されたなら却下していたな)

 ホネカワ艦隊も損傷が多く、ビッテンフェルト艦隊の残存部隊を追撃する余力は無かった。双方、これから再編に追われることになる。

 

 

 

 フレーゲルの趣味は古典文学の読書だ。

 貴族の嗜みとして読書は一般教養の一つだが、最近、オーディンの古書市場で仕入れて来た20世紀の作品など彼の嗜好に合致した。

 今読んでいる「カレードーナツマン」は、都市の制圧を企図する敵エボラマンとそれを阻止しようと迎撃する主人公側との攻防が描かれている。

 シリーズ全巻で300冊を超える。そのため登場人物だけでも1768名もいた。

 児童向けに生と死が薄められ擬人化した作品だが、そこから学べる事は多い。

 いかに戦争計画を立てるか。任務分析も重要だ。

 ただ単に攻めるだけなら誰でもできる。

 この作品で敵は決定的な一撃を躊躇しているのか、思い切った手を使わない。

 その結果、最後に勝つのは正義の味方を気取った主人公カレードーナツマン側だ。

(実に歯がゆい)

 仲間のズキンちゃんや部下のノロルンルン達への情も厚い敵の指揮官エボラマン。心情的には敵側を応援したくなる。

「毎回、お邪魔虫め」

 カレードーナツマンは、敵にも正義が有ると言う事を最初から除外しており、偽善的、独善的と思える。

(お好み焼き定食パンマンか。斬新だな。今度、料理長にお好み焼きを作らせてみよう。ただしライスはいらない)

 古書のページを捲る手を止めて、ふとその様に思った。

「失礼いたします」

 参謀長のパウル・フォン・オーベルシュタインが、次の行動計画指針について説明にやって来た。

 オーベルシュタインの視線がフレーゲルの手元に止まる。

「ほう、その本は…」

 背表紙のタイトルを読んで、感心したように義眼を細め言った。

「軍事作戦の失敗例研究には最適ですな」

「そうだろう」

 オーベルシュタインに褒められた事にフレーゲルは気を良くした。

「丘の上に前進拠点を築いたり悪くは無い策だと思います」

「エボラマンやズキンちゃんは、一挙に敵の根拠地を叩きに行かないのだろうか? マスオおじさんを倒されたら、一気に継戦能力は低下したはずだが」

 マスオおじさんとは町に雇われた傭兵のリーダーで、部隊の補給を一気に賄っている人物だ。

「ネタバレになりますが敵側は何度か、主人公の拠点を叩いておりますよ」

 二人で軽くこの作品の軍事的考察を語り合った後、オーベルシュタインは当初の入室目的説明に入る。

 カストロプの保有戦力は艦艇15000隻。帝国財務省と軍務省が把握していた蜂起前の敵兵力で、多くはモスボール状態で保管されているはずだった。

 もっとも今は戦時だ。叛乱を始めた以上、いつまでもそのままとは考えられない。

 蜂起からマリーンドルフ伯領への迅速な戦力展開の裏には、フェザーンから民間軍事会社経由で人材・装備の供給があり、さらに戦力増強されているのは明白だ。

 そして行われたフェザーン領内に於ける越境作戦だが、失敗しビッテンフェルトが生死不明になったと言う。

「生存は絶望的です」

 この損害で尻込みすることなく、オーベルシュタインはフェザーンへの更なる戦力投入を進言する。

「攻撃の手を緩めるべきではない。攻撃し、前進し、攻撃する。ただこれだけです」

 分かりやすいのは良い事だ。本質を突いている。

 害虫は巣と共に根絶すべきなのだ。フェザーンに遠慮する必用も無い。

「そうだな」

 フレーゲルに賛同の色を見て取り、オーベルシュタインは現状を解説する。

 隣接する周辺の各領警備隊から送り込まれた諸侯の私兵で、マリーンドルフ伯領は封鎖されている。現状は、切り札である敵艦隊が積極的に行動する兆候がない。

「ここ一週間にわたるフェザーンからの輸送船団迎撃で、敵に多大な損害を与えました」

「うむ。そうだな」

 その事にはフレーゲルも知っている。

 討伐軍はよくやっている。

 大きな物では5月21日、カール・グスタフ・ケンプ少将の分艦隊が、フェザーンと帝国の境界を越え、カストロプの勢力圏に物資輸送を行おうとするホネカワの輸送船団を迎撃。

 各種輸送船300隻余を撃沈し、50隻を拿捕した。細かい物を含めるとさらに数が増える。

「この損害から一企業が立ち直るには相当の時間がかかると考えられます」

 そのためホネカワは数隻か単艦で、警戒の網を掻い潜ろうと、大規模輸送船団から方針を変更している。いわゆる鼠輸送だ。

 これを封鎖艦隊は迎撃し、戦果をあげていた。

 結果的に輸送量が大幅に低下しており、ただでさえ、多くの推進剤や消耗品を必要とする艦隊を保有している賊軍は、戦略物資の備蓄量も減少しており動けない。

「さらに敵の策源地を叩くべきです」

 ハナだけではない。他にも複数の敵拠点が確認されている。

 ビッテンフェルトの指揮官としての手腕を評価していただけに、彼の戦死は残念だった。しかし総司令官には部下が失われたと感傷に浸っている暇は無い。

(我々は戦争をしている)

 一度の失敗で諦めず、さらに反復攻撃すべきだ。

「では、そうだな……」

 少しフレーゲルは考え、思いついた名前をあげる。

「ミュラーとルッツに任せようか」

 その二人は、若手だが十分な能力を持っている。信頼に応えてくれるだろうとフレーゲルは考えた。

「御意」

 オーベルシュタインは恭しく応じる。

 基本的には兵糧攻めで日干しにして一挙に叩くのが、友軍の損害が少なくベストだと考えられた。

 やるなら全力で封鎖しないと、ナポレオンがイギリスに対して行った海上封鎖のように中途半端になる。ゴキブリを巣で全滅させるのと同じだ。

 カストロプ討伐の一方で、帝国軍は大きな動きを見せていた。

 5月23日。アルトミュールで同盟軍を迎撃すべく、イゼルローン駐留艦隊が出撃した。

 

 

 

18.アルトミュールの戦い

 

 古代から国土防衛上の軍事拠点である城の防衛技術は、出城・出丸・陣屋など様々な形で発達してきた。それらは、敵の侵攻を通報する連絡網や、抵抗拠点としての役割も併せ持ち、戦場の野戦築城へと進化していく。

 恒星アルテナを中心にした公転軌道に建設されたイゼルローン要塞も例外ではない。帝国防衛の砦であり、同盟領内への前進拠点としての役割を担っている。

 イゼルローン回廊には、帝国・同盟双方の戦場として様々な残骸が漂っており、安全な宙域など存在しない。そして、大規模な艦隊の航行可能な宙域には、両軍の機雷がばら撒かれていた。そのため、航路は限定される。

 フェザーン領内に於ける越境作戦失敗から時間をおかず、イザルローン回廊でも本格的戦闘が発生しようとしていた。

「駐留艦隊が出撃したか」

 ファーレンハイトの手元に、ゼークト大将からの司令電文が届いた。迎撃作戦の実施と、その為の移動命令だ。内容を一瞥すると、色素の薄い水色の瞳に不満を浮かべる。

(問題は敵第一波を退けた後だ)

 威力偵察の任務は遂行できなかったが、接敵して敵の来襲を通報した。接触した敵の規模から考察して、後続はこれまで以上の大戦力だ。

(今まで通り要塞に籠っていて勝てるとも思えない)

 届けられた命令で、ファーレンハイト分艦隊は恒星アルトミュールに向かう。

 イゼルローン要塞から同盟領方向へ六光年。難所として知られる宙域である。

 

 

 

 同盟軍との接敵報告から3日目の5月23日。

 要塞駐留艦隊司令官ハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将は、麾下の艦艇18500隻を率いて、アルトミュールにて迎撃をすべく出撃した。

 対する同盟軍前衛は前後の2個挺団に別れている。先頭を第4艦隊12400隻、後続する第6艦隊が13600隻。

 合計戦力では敵の方が勝っている。幕僚はその事に不安な表情を浮かべている。

「よく見ろ」

 三次元に投影された敵艦隊の情報を指して、ゼークト大将は自信満々に言った。

 全体だけ見れば物事がわかりくい。狭い視野で見れば、個々の戦力ではこちらが勝っていると理解できる。

「ああ……各個撃破ですか」

 一人が漏らした言葉で、全員は気付いて顔色を変える。

「複雑に考えるな。敢闘精神で物事を捉えろ」

 今の戦力からできる事。ランチェスターの法則に従い、各個撃破すべきだ。

「ここは古代の陸戦における定石通り、先頭を進む数の少ない敵部隊乙を攻撃。しかる後に数の多い後続、敵部隊甲を叩く」

 要塞駐留艦隊の使命は要塞を守る事であり、それはミュッケンベルガー元帥の応援が到着するまで時間を稼げば良いという事だ。

 ここで敵前衛を自軍にとって有利な戦場に引き込み撃滅する。その後は要塞に籠って応援を待つ。いつもの通りだ。

 分艦隊司令や幕僚は、ゼークトの基本指導要領に好意的な反応を示し、反対意見はない。

 しかし、ファーレンハイトは納得していなかった。イゼルローン要塞に対する攻撃方法が、いつまでも同じとは限らない。

「机上の空論じゃないか」

 戦争の手段である兵器開発は盾と矛の関係だ。戦術も状況に会わせて変化する。イゼルローン要塞攻略の新たな方法を見つけ出していてもおかしくはない。

(もし敵が各個撃破を想定していない様な無能ならば問題はない。だが、連絡を密にして相互の間隔が詰まっていれば、損害を受けるのはこちらの方だ)

 何かあった時に備えるのも必要だ。

(要塞に帰還したら遊撃戦力として外に配置して貰えないか進言してみよう)

 自分の分艦隊だけは生き残ってやると、ファーレンハイトは決意を深めた。

 

 

 

「前方に機雷群」

「またか」

 オペレーターの報告に、パストーレがうんざりした返事を返すのも仕方が無かった。

 同盟軍第4艦隊は巧妙に偽装され配置された機雷と残骸に悩まされて、神経をすり減らしていた。

 中和磁場では大質量の残骸などを防げない。あくまでもエネルギー・ビームを中和するだけで、無敵の盾ではない。

 艦隊の外輪部を構成する警戒隊は、交代で曳航補給を受けながら艦隊の進路上にやって来る残骸や機雷を掃討している。射撃により自分達の位置を敵に曝す事になるが、仕方ない。

 掃海艇の数も足りず機雷の無い安全な航路の発見が求められた。

 司令部が先行する無人偵察機からの情報を分析して、アルトミュールに細い航路を発見した時、各艦の航海士はほっとしたぐらいだ。

 しかしそれもすぐに絶望に変わる。

「うわ!」オペレーターや航法士官の叫びが響いた。

 アルトミュールの細い航路に入った瞬間、電波妨害を受けた。

 同盟軍は普段から電子戦を考慮しており、簡明な通話及び通信妨害の克服・回避要領を重視して訓練していた。しかし訓練は訓練に過ぎない。

 待ち受けていた帝国軍の準備は、数万の電波妨害装置を散布することで実施されていた。

「敵が来るな」

 パストーレ中将も敵の待ち伏せを予想していなかった訳ではない。

 しかし舌打ちをせずに居れなかった。

 通信参謀が各艦に通信を確保できるように連絡しようと、発光信号を提案する。

「まずは、連絡の回復を優先したいと思います」

「そうだな、よろしく頼む」

 第4艦隊の後方には第6艦隊が続いている。

 長くなった第4艦隊の航行序列を帝国軍の砲火が襲い始めた。最悪のタイミングである。

 光球が次々と出現して自軍の損害を物語る。

 数ではこちらが勝っているし混乱は一時的な物だ。戦勢を制して勝機を掴む。

「火力を全面に集中し突破口を開けろ!」

 第4艦隊の先頭集団2,600隻は通信手段の回復も無しに、眼前の敵に対応すべく向かっていった。目の前の敵さえ排除できればと言う心境だった。

「ほう。突っ込んでくる気か」

 ゼークトはその様子を確認して嘲笑を浮かべる。

 本来なら後退して第6艦隊と合流すべきだった。だが、そうさせる気は無い。ここで撃滅する。

 圧倒的火力を叩きつけられば中和磁場も耐え切れず、粒子の雲となり沈む艦が多い。

 ファーレンハイトの艦隊も側翼への攻撃に加わる。

「まるで七面鳥を狩ってるようですな」

 幕僚の言葉にファーレンハイトは、「七面鳥を撃った事は無いが、そうなのか? 何にしても油断はするな」と指示する。

 同盟軍先頭集団が撃破され第4艦隊本隊に射撃目標が変わるまで時間はかからなかった。

 駆逐艦「ミステル」もしつこく、同盟軍の戦列に喰らいついていた。

 駆逐隊司令も、それぞれの駆逐艦に好きに狩りを楽しめと通達してきていた。

「うは。今回は楽勝だな」

 僕は既に巡航艦1隻と駆逐艦3隻を沈めている。

「そろそろメインディッシュに取り掛かろうか」

 僕は余裕の笑顔で言った。その言葉に、艦橋内の全員が笑い声を上げる。

「次はあれを喰おう!」

 狙ったのはパストーレの旗艦。

 中和磁場も味方の砲撃で弱くなっているようだ。これならいける。

「艦橋を狙えるか?」

「勿論です!」

 その攻撃は「レオニダス」に向かう事で同盟軍に察知された。

「レオニダス」の艦橋に小口径の出力とは言え、ビームが集中する。

 パストーレに報告が入った。

「左舷より、敵駆逐艦接近!」

「面舵二〇。第三戦速!」

 艦長が回避指示を出す声がパストーレの耳を通り抜けていく。

 スクリーンを睨みつけ自問していた。

(まいったな。ここまでやられると、イゼルローン要塞を攻撃する所では無いな。これは終わった)

 不意に家で帰りを待つ妻の怒ったような顔が脳裏に浮かんだ。

「ごめん」

 それがパストーレの最後の言葉になる。

 そんなやり取りがあったと、敵の報道で愛国美談として知る事になるが、その時は十分な戦果を確認する余裕が無かった。

「撃沈は出来なかったが、艦橋が粉砕され大破したようだ」

 止めを刺せないのは残念だが、標的を切り替え、新手の脅威に対応する。

 

 

 

 旗艦「レオニダス」は艦橋を粉砕され大破。

 司令部の損失。それにより混乱の被害はさらに増す。

「やれやれ、厄介事を全部押し付けられたな」

 初老のフィッシャーは艦隊運用で名人芸といわれる手腕を持つ。

 生き残った中で最先任となったエドウィン・フィッシャー准将は指揮系統を失い、組織的抵抗も出来ず、崩壊していく第4艦隊の残存戦力をまとめ後退の指揮を執る。

「信号弾だ。信号弾を使え!」

 信号弾と言う手段が宇宙空間で使用されなくなって、かなりの年月が流れた。

 数十隻の艦艇が有視界で戦闘を行っていた頃は良かったが、数百、数千、時には数万の艦艇がぶつかり合う様になると、信号弾では指揮統制が出来ない。

 そして現在、お互いがスクランブルで変換された周波数で通信を行う様になった。

 軍用のFTL回線は傍受出来ても、通話表と呼ばれる乱数表がなければ最新の電算機を使用しても数百年かかる為、ほぼ解読不可能だ。

 しかし、この電波妨害された空間では信号弾でも使わねば意思疎通が出来ない。

 撤退を意味する信号弾が旗艦から放たれた。

 的確に意味を受け取った艦長達は、各戦隊ごと熟練した操艦技術で後退しようとする。

 

 

「第4艦隊との交信が途絶えました」

 通信幕僚の報告にムーア中将は第6艦隊を、第4艦隊に合流させるべく急がせた。

「どう思う」

「不測の事態が起こった。それも敵襲としか考えられません最悪の場合を考えておくべきでしょう」

 ラップの言葉にムーア中将は頷いた。

 12400隻の艦隊が待ち伏せで壊滅したとは考えたくもないが、常に最悪を予想しておくのも司令官の責任だ。

(うちの司令部全員が食中毒になったのも、その前兆か? ああ。そう言えば、パストーレ中将の結婚式に招待された時も、嫌な予感がした)

 内輪だけの簡素な挙式と言う事で深く考えずに参加したが、その予感は正解で、酔ったパストーレの妻に飛び蹴りを喰らった。苦痛で呻くムーアを気にせず皆、盛り上がっていた。

(結局、肋骨を折り入院通院したが、あの女、「ごめんね~」だけだと? ああ、もしかしたら今回も危険なのか?)

 事態を甘く見るなと本能が告げている。

 冷や汗を流す艦隊司令官を見てラップは、危機感を持っていると認識した。

「敵小型艦艇多数、前方より接近!」

「来たな!」

 報告が上げられ、無人偵察機からの映像がスクリーンに映し出される。

 ワルキューレの大群だ。

 0250時。同盟軍まで15光秒の距離に迫った帝国軍は、対艦装備をしたワルキューレからなる攻撃隊を先行させる。

「迎撃する。撃ち方始め」

 ワルキューレの前方に弾幕が張られる。

「中々、反応が早いじゃないか」

 ゼークトは、先ほどの戦闘と比較してそう評価する。 

 ワルキューレの攻撃は、足掻く敵の防空網を潜り、綺麗に塗装された外壁の装甲版を機銃やビームの掃射で傷付けた後、対艦核融合ミサイルを撃ち込んで来る。

 弄ぶ様な攻撃だ。

「忌々しい奴らだ!」

 艦艇よりも小回りが効く単座艦載艇。その運用は大気圏での航空機と変わりは無い。その為、用語も艦艇より航空機としての扱いの方が多い。

 この後、のべ11波にわたる攻撃が上げた戦果は、撃沈2107隻、大・中破606隻。その他多数の艦艇に損害を与えた。

「駄目だ、撤退する」

 ムーアは無視できない被害の数字に撤退を決意した。

 0530時。帝国軍の右翼と左翼集団が、第6艦隊を包囲するように前進開始。ファーレンハイトの分艦隊は連日の戦闘で、消耗していたので今回は本隊の後方で予備兵力として待機している。

「さて、お手並み拝見と行くか」

 そういうと、交代で兵を休ませることにした。

 0630時には、絶好の位置に付き、帝国軍の砲火が同盟軍艦艇を射程に捉える。

 ムーアは第6艦隊と敵の戦力比が、ほぼ二倍である事を知り救援要請を出した。

(間に合うか? それでもやるしかない)

 麾下の各艦艇は必至の努力で防戦しているが、数が違いすぎる。

 それに、敵の勢いも違う。頭を抑えられ両翼を挟み込み、万力で締め上げる様な空きの無い攻撃だ。

(敵ながら大した物だ。この状況では第4艦隊がやられたのは確実だろう)

 生き残っているとは考えられない。

 竹の子の皮を剥ぐ様に、味方の艦艇が沈められ戦列が薄くなっていく。

 0740時。残存艦艇が7000隻を切った。

「前進一杯!」

 回避運動の為、機関が増速、減速を繰り返し艦は疲れたと喘ぎ声の様な音を出している。

 敵の砲火がずぶずぶと戦列をかき乱し、その度に大量の艦艇が失われていく。

 優勢に攻撃している帝国軍には楽しい戦闘だろうが、こちらにはたまった物ではない。

(ジェシカ、もしかしたら戻れないかも知れない)

 同盟軍第6艦隊はは、後尾が下がり両翼に延伸し本体の後退を援護する形だが、応援の到着まで第6艦隊は持ち堪える事ができそうにない。

 その動きを見てゼークトはさらに攻撃の手を強める。

「ここでお前たちを逃がすわけにはいかんからな」

 後顧の憂いを絶つため、勝つ時は徹底的に叩きのめし勝つ。

「全軍突撃せよ」

 帝国軍は追撃し戦果拡張を狙うが、そこに側面から攻撃があった。

 同盟軍を圧していた帝国軍の艦列に青い矢が降り注ぐ。

「何だと」

 死神の接吻だ。次々と光球が生み出される。

 3000隻程の分艦隊が放った斉射の一撃で、1000隻近い船が沈められた。

 ゼークトは、クスクスと笑い声を耳元で聴いた様な錯覚を覚えた。

「予備兵力が残っていたのか」

 それは、フィッシャー准将の指揮する第4艦隊残存戦力だった。

 応援はそれだけではない。

 ゼークトにさらなる報告が届く。

「前方に、新たな敵艦隊。2万隻以上!」

 オペレーターの報告に驚愕が走る。

 急報を聞いてロボス元帥は補給の計画を無視して、おっとり刀で主力艦隊を駆けつけさせた。その為、数こそ揃っていたが一部の艦艇では推進剤が切れかけていた。

 それでも新手の艦隊出現は十分、帝国軍に脅威を与える。

 ゼークトの決断は早かった。

「敵の主力だな。もう少し勝ちたかったが潮時だ。イゼルローン要塞に引き上げる」

 その様子を同盟軍第2艦隊旗艦「パトロクロス」でも確認できた。

「敵艦隊撤退します」

 パエッタは傍らのヤンに話しかける。

「第4艦隊は、間に合わなかったな」

「残念です」

 第6艦隊の戦闘損耗率は約50%、第4艦隊はほぼ壊滅で75%を失い、アルトミュールの戦いは同盟軍の惨敗で終わった。

 

 

 

「敵の新手の艦隊か」

 敵は一体、何個艦隊を投入して来たのだろうかと僕は呆れ返った。

 第4艦隊を撃破した後、後方に予備隊として残ったファーレンハイト艦隊は補給と再編成を行っていた。

 大規模な会戦になると、部隊丸ごと後ろに下がって休憩を取る機会もあり、意外と暇がある。

(このまま帰ってくれたら良いけど、今回は何か違うな)

 敵の投入して来た艦隊の多さから、いつもと違う意気込みを感じた。

 でも死ぬ気は無いけどね!



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銀英伝に転生してみた 19~21話

19.これまでのお話

 

 西暦1981年10月13日(1話)

【南アフリカ国防軍】野比のび助:のび太のパパ、アンゴラで死亡

 

 帝国暦466年(2話)

 のび助、ルパート・ケッセルリンクとして転生

 

 帝国暦476年

 父の事業が失敗。ミッターマイヤー家に引き取られる→幼年学校へ進む

 

 帝国暦480年4月

 惑星P2A5の戦い(4話)

【帝国軍】ヤスオ:安雄、ドラえもんの登場人物。のびハザでMOBキャラ。本作でも死亡。

 第146装甲擲弾兵連隊第Ⅱ大隊→主人公、士官学校へ

 

 帝国暦485年

 少尉任官して中隊配属(7話)

 3月21日:ヴァンフリート星系の会戦(第6、第10艦隊崩壊)、ヴァンフリート4=2の戦い

【同盟軍】カール・フォン・デア・デッケン:ルパートが射殺

 主人公、中尉に昇任。駆逐艦ミステルの艦長へ

 

 11月6日:ラムゼイ・ワーツ少将との戦い→ラインハルト、1000隻近い損害を出す 

 11月14日:キャボット少将との戦い→ラインハルト、800隻を損失

 11月19日:ホーランド分艦隊との戦い→ラインハルト、フルボッコ。艦隊を壊滅させらされ指揮権は剥奪

 第6次イゼルローン要塞攻防戦

 12月7日:同盟軍の全面撤退 

【帝国軍】グリンメルスハウゼン:流れ弾で乗艦が撃沈され戦死

 

 帝国暦486年

 戴冠30周年

 第3次ティアマト会戦→主人公、大尉に昇任(11話)

【同盟軍】ウィレム・ホーランド:ビッテンフェルトが旗艦を撃沈

 3月21日:爆弾テロ→3月30日:クロプシュトック侯討伐

 リッテンハイム侯の私兵部隊が、略奪・暴行→制止に向かうも抵抗され交戦状態。完膚なきまでに叩きのめし双方に遺恨(12話)

【叛乱軍】クロプシュトック侯:自決

【帝国軍】コルプト(弟):リッテンハイム侯の私兵を制止しようとして射殺される

 5月18日:サイオキシン麻薬摘発に参加(13話)

 9月

 レグニツァ上空遭遇戦 第2艦隊敗北

 9月13日~15日:第4次ティアマト会戦

 12月31日:ベーネミュンデ侯爵夫人誘拐事件

 

 帝国歴487年

 2月:アスターテの会戦(15話)

 彼我の損害→帝国軍22600隻、同盟軍6400隻

【帝国軍】エルラッハ、フォーゲル:混戦の中戦死

 グランド・カナル事件

【同盟軍】フェーガン:ルパートが「グランド・カナル」撃沈

 3月6日:自由惑星同盟最高評議会。第7次イゼルローン要塞攻略作戦が可決。

 3月20日:動員令発令→ 4月27日:攻略作戦参加の各艦隊が出港

 クルマルク号事件:カストロプ公の犯罪加担発覚→逮捕を逃れようと帝都で爆弾テロ(16話)

【帝国軍】シュムーデ:マクシミリアンに討たれる

 カストロプ討伐の勅命下る

 5月13日:バーゼル艦隊、ルッツ分艦隊と交戦。マリーンドルフ伯領に篭城

 5月20日:イゼルローン回廊同盟側出口でファーレンハイト分艦隊、同盟軍と遭遇

 同盟軍来襲でミュッケンベルガー元帥は応援を動員

 5月21日:フェザーン方面でホネカワの輸送船団を迎撃

 5月22日:フェザーン領内に於ける越境作戦(17話)

【帝国軍】ビッテンフェルト、オイゲン:バーナビー・コステア指揮のPMCに討たれる        

 5月23日:イゼルローン要塞要塞駐留艦隊、出港

 アルトミュールの戦い(18話)

 同盟軍前衛壊滅 戦闘損耗率:第6艦隊約50%、第4艦隊75%

【同盟軍】パストーレ:待ち伏せで戦死

 

 

 

20.イゼルローン陥落

 

 イゼルローン要塞の城門は貝の口のように堅く閉ざされている。

 機雷を散布しながら包囲陣をじわじわと締めてきた同盟軍に対し、艦隊温存の方針をとった要塞側は手出しをしない。そして同盟軍艦隊は遠巻きに包囲しているだけだった。

 無人偵察機からの報告が分析されて、手元の端末に送られてくる。

「敵艦隊は5万隻以上か。今回は随分と艦隊を投入して来たな」

 ファーレンハイト分艦隊は遊撃戦力として包囲の外にいた。

 ゼークト大将は篭城しミュッケンベルガー元帥の増援到着を待って打って出るつもりだ。

(自軍に倍する前衛を撃破して戦果もあげている。臆病風に吹かれたと言われる事もないだろう)

 駐留艦隊司令官の命令がそうなのだから、まだ出撃はしない。

(機会が来るそれまでは、大人しく高みの見物だ)

 今までなら第4、第6艦隊が敗れて撤退してる所だが、今回の同盟軍は動きが予測できない。

 わざわざ出撃してきておりながら積極的な攻勢に出る様子がない。

「イゼルローン要塞を攻めるのは間違い無いのだろうが、何を狙っている?」

 遊弋してるだけでは多大な戦費を消費して出兵した意味がない。

 要塞の射程ぎりぎりを移動して、こちらを挑発し艦隊を出撃させようとしている。

(前回と同じ手を使うとは、奴らも万策尽きたのか)

 そう思わせるのが同盟軍の策かもしれないと、疑い出したら切りがない。

 今回は、戦力差がある割りに積極的行動をしてこない。

(ここまでわざわざ出て来いるのだから何か考えがあるのだろう)

 その様に警戒心を掻き立てられた。

 

 

 

 5月25日。ルフェーブル中将麾下、同盟軍第3艦隊の分艦隊2300隻が、帝国側出口で機雷敷設作業を行っていた。

 機雷は人口障害物の重要な分野を占めており、他の障害物にない破壊・殺傷等の効果を持っている。分艦隊司令官ラルフ・カールセン准将は、安全管理と敵の襲来に留意しつつ作業を見守った。

 設置が容易でかつ運用の融通性があるため、適切に使用すれば大きな障害となり、帝国軍増援を阻止できる。

 ファーレンハイトは、この動きを見て取ると襲撃した。

「狙いはいいがな、思うようにはさせん」

 主力艦から大出力の中性子ビーム砲が斉射され、作業中の駆逐艦に青い矢が降り注ぐ。

 ただでさえ貧弱な駆逐艦の中和磁場だが無いよりはマシな防御手段だ。だが作業中のため、警戒隊に残した艦艇を除き作業中の艦艇には中和磁場が展張されていなかった。

 次々と爆沈する味方艦艇を前にカールセンは驚いたが、すぐに状況を理解して反撃の指示を出す。

「作業中止! 応戦しろ」

 カールセンの指示で同盟軍は、中和磁場を展張して艦首を帝国軍の方向に回頭させるが、それまでに800隻が失われる。

 歯を噛み締めて、屈辱に耐える。

「撃ちまくれ! ここで全滅しても無駄死ににはならん」

 第3艦隊司令部には帝国軍来襲の警報を出した。

(後は、応援が駆けつけて仇をとってくれるだろう)

 カールセン心情と他の者は違う。死ぬ気は無く、生きるために戦った。

 孤軍奮闘するが力量と勢いが違いすぎた。

 沈む数は同盟軍の方が多い。

 この戦闘で帝国側出口封鎖は失敗し、カールセン自身も捕虜となる。

「まぁ、戦争は相手がいる訳だし、こちらが無傷とは行かないか」

 第3艦隊が帝国軍に襲撃を受け損害を受けたと、3課からの報告書を受け取りヤンはそうぼやいた。

 所詮は他の艦隊だ。自分と知り合いが無事なら問題ない。

 無邪気に子犬のように自分を慕ってくれる被保護者や、友人達。彼らを助ける為なら頑張るが、それ以外のものに興味はない。

(俺みたいな大人にはなるなよ。ユリアン)

 心の中でハイネセンにいる被保護者を思い浮かべる。

 

 

 

 5月26日。艦艇38800隻を率いてミュッケンベルガー元帥がついにイゼルローン回廊、帝国側出口に到着した。これはカストロプ討伐でフェザーン方面に展開してる艦艇を除いて、現在帝国の動員できる戦力の全てだ。

「ゼークトが撃破した前衛を含めると、敵は7万隻以上投入してきたのか」

 同盟の本気に少し驚いた。敵の方が我よりも兵力は優勢だ。だが、長期の遠征は負担も大きいと考えられる。そこを勝機と見て突いて行く。長引けば、兵站の問題から侵攻して来た同盟の方が不利となる。いままでと同様、負けるつもりは無かった。

 翌日には包囲に対する攻撃が開始された。

 応援の状況を見てゼークトも要塞駐留艦隊を包囲の内側から出撃させる。

「叛徒どもに正義の力を見せてやれ!」

 同盟軍も必死だ。国土防衛の為、イゼルローンを落とさなくてはいけない。

 ファーレンハイト分艦隊はミュッケンベルガーの増援と合流した。消耗品の補充を受けた後、引き続き解囲に参加する。

 ルパート・ケッセルリンクもその渦中にいた。

 イゼルローン要塞の公転軌道を避けて、その周囲を同盟軍艦艇が展開している。要塞主砲の火制宙域を避けているのだ。

 まず、攻囲の強度がどれ程の物か調べたい。

 ミュッケンベルガーはファーレンハイトに威力偵察を命じた。これに対してファーレンハイトは、麾下の艦艇から幾つかの駆逐隊を放った。

(偵察小隊が複数の斥候班で情報収集に当たるのと同じ事だな)

 僕の所属する駆逐隊も、そのうちの一つになる。

 駆逐艦「ミステル」は、哨戒に参加するたびに敵を引き連れて来る艦隊の貧乏神だ。

 その様な迷信が艦内で噂され僕の耳にも届いていた。

 冗談半分で言って来たのは駆逐艦「オイゲン・ゼンガー」の艦長ヒロシンスキー大尉。幸運艦として名高い歴戦の「オイゲン・ゼンガー」は艦齢8年に達そうとしており、その間2度の近代改修を受けており、歴代の艦長3名は無事生還してさらなる出世の階段を上っている。

「これこそ勝利の女神だろう?」

「そうだね」

 自信満々に言うヒロシンスキー大尉の言葉に相づちを打ちながら、「ミステル」とは大違いだと思った。

(でもうちの船も悪くない。だって激戦でも生き残れているんだから)

 駆逐艦の艦橋には当直士官以下の8人、両側に見張り員が1人ずつ配置されている。

 見張り員は文字通り、目視と双眼鏡で警戒監視を続け、脅威や兆候を発見すると、艦橋内に連絡する。その内容が伝令員から当直士官に伝えられ、当直士官はレーダー員に指示をして相手の位置や針路、速度を特定し、状況を判断する。

 艦橋下にあるCICの電測員もレーダー見張りとして常時、モニターを注視している。船を見つけると当直士官に報告し、見張り員が目視で確認する仕組みだ。

 なんやかんやとあって出港した僕らだが、ベララベラと暫定的に名付けられた哨戒区で、同盟軍の哨戒と「ミステル」らはかち合った。

(あながちジンクスも嘘とは言えないか……)

 僕は艦位記録表を端末から呼び出して自艦の位置を確認する。細かい位置の確認は、LRRP以来の経験からだ。

「敵艦の数はわかるか?」

 敵味方識別装置に反応なし。つまり敵だ。

「巡航艦が4隻。それに駆逐艦8隻です」 

 艦種まで答えてくれた優秀なレーダー員に感謝する。

「ツツジより発令。各艦、我に続け」

 間髪入れずに届いた通信士の報告に顔を歪める。

(一戦やらかすつもりか。めんどうな)

「敵艦発砲!」

 先に撃ったのは同盟軍だった。閃光がスクリーン一面に広がる。

 そろそろ、この光景にも見慣れて来たなと自分でも思う。

(ま、的になるのは先頭の艦で、自分では無いから気楽な物だ)

 打算的な事を考えてしまったが、人間だし仕方ないよね。

 

 

 

 戦闘後インタビューを受けた、ある同盟軍将官の回想

「あれはひどかった。前衛の2個艦隊が壊滅するわ、敵は要塞に籠って出てこないし上も何を考えているのかわからない。それで先輩に訊いてみたんだ。何か策でもあるんですか? って。でも、先輩は複雑そうな表情を浮かべて教えてくれなかった。まぁ、軍規に関わる事は教えられないのは当然だよな。で、そうこうしてる内に敵の応援がどばっと来て、例の如くいつもの艦隊の対決が始まったのさ。うちの艦隊――あの時は第10艦隊から第8艦隊に移動してたんだけどね、アップルトン中将の指揮で私たちも迎撃に当たったんだ。帝国軍は味方を助ける為にこっちの包囲を打ち破りたい。そういう気迫が凄いのなんのって。目の前の船が、ぼかすか沈んでいくんだよ。え、小便ちびりそうになる怖さを感じなかったかって? あ~それが、スクリーンやモニターを通してみると現実感がないんだよね。戦争映画を見てるみたいといったらわかるかな? で、戦闘糧食の袋を開けて片手で食べながら自分の船を指揮してたんだ。その時に、スカーフに魚の汁がこぼれて拭いたんだけど臭いのなんのって……あれは忘れられないな」

 

 

 

 同盟軍は頑強に抵抗し、この日は解囲することが出来なく帝国軍は後退する。

 翌日5月27日。

 同盟軍第2艦隊は小規模の降下を支援して、包囲の外にある恒星アルテナにいた。

 恒星とは、いわゆる太陽で灼熱の炎は生身の人間なら近くにいるだけで一瞬で焼き尽くす。

“薔薇の騎士”(ローゼンリッター)連隊。同盟軍最強の陸戦部隊であるその部隊は、本作戦における重要な役割を与えられ、高温の熱源で燃え続けるガス星雲に降り立ち敵の妨害に備えて警戒配置についている。

 作業時間は1人当たり15分。冷却剤をふんだんに使いながら工兵が交代で作業に当たっている。

 装甲服を着ていて温度調整されているが、それでも熱気は伝わってくる。

 シェーンコップが直接指揮して、厳重に警備されたコンテナが揚陸艇から降ろされる。

(こんな物に頼るとはな……)

 それが何だか知っていて不快な表情を浮かべる。

 全長60センチメートルほどのその物体が本作戦の鍵だ。

 ED爆弾―――The earth destruction bomb―――地球破壊爆弾。

 旧世紀の遺物であるその兵器は、惑星を2回破壊する威力があるという。

「戦争に綺麗も汚いもない。ただの人殺しで、効率よく戦ったほうが勝つ」

 シェーンコップに今回の作戦を説明した青年、ヤンはそう言った。

(俺より3、4歳年下だったか)

 人畜無害そうな顔をして強烈な作戦を立てた。

「これしかないと思う。これで駄目なら毎年、また戦死者が増えるだけだ」

 真剣な表情を見て、不快な作戦だが旧帝国人は納得した。

 そんな多量破壊兵器の前では、1発で戦車を吹っ飛ばすジャンボガンや、1発でビルが煙と化す熱線銃など玩具だ。

 この一連の動きは帝国軍でも察知された。

「何をしているかは知らないが、放置する訳にもいくまい」

 ミュッケンベルガー元帥は恒星アルテナに展開する同盟軍第2艦隊に対して、攻撃を実施する。目的は、包囲から一部の戦力を引き出す事もあった。

 

 

 

「これも貴官の想定の内かね?」

 パエッタはヤンにそう尋ねた。

「まさか。そこまでは、予想してませんでした」

 ヤンは苦笑する。

 黙って、作業させてくれるとは思ってもいなかった。この戦場に関しては、同盟軍が優性なので楽観視はしていた。

 ロボス元帥は作戦の万全を期す為、第2艦隊の作業に応援を送った。ホーウッド中将の第7艦隊である。

「しめた。包囲の一部が動いたぞ!」

 これを好機と見た駐留艦隊は再び、突破を試みる。

「甘いな。いかせはせん」

 グリーンヒル大将によって統括されるスタッフが有効に機能し、帝国軍の企図を砕こうと迎撃をする。

 同盟軍の攻勢限界は、兵站の兼ね合いから6月末まで。

 これだけの兵力を一度に集中するのは、今回が最初で最後だろう。だからこそ負けるわけにはいかない。

 5月28日に日付が変わろうとする頃、ミュッケンベルガーは自分が罠にはまった事を知った。

 応援と合わせて2個艦隊の同盟軍に狭撃を受け、不利な状況に追い込まれかけている。

「敵に合わせる必要はない。一端、後退するぞ」

 今までと違い、今回の同盟軍が粘り強い事にミュッケンベルガーも気づいてはいた。だが狙いが分からなかった

 長丁場の戦いとなり包囲12日目。

 何度もやって来るミュッケンベルガー元帥の増援を撃退した同盟軍は、作戦を第二段階に移行する。

 包囲をしていた同盟軍艦隊が距離を取るように後退する。

「やつらやっと諦めたか?」

 要塞の中にほっとした空気が溢れた。

 その時、スクリーンに映るアルテナが一瞬、光球に包まれたように見えた。

 次の瞬間、重力崩壊が起こった。

 凄まじい閃光が視界を覆う。

 恒星アルテナを爆破したのである。

「目がああああ!」

「なんじゃこりゃあああ」

 叫ぶ帝国軍将兵の前で太陽は爆発した。

 それはこの世の終りを象徴し、イゼルローン要塞にとっても終焉を意味していた。

 超新星になる前に発生したこの爆発は、公転軌道上に浮いていた岩石やガス、氷、それに沈んでいった艦艇の残骸もアルテナだった物と一緒に吹き飛ばし、そして計算された軌道に乗り大質量の兵器となってイゼルローン要塞に向かって飛翔し襲った。

 膨張した質量は、恒星風も爆風へと変えた。3.7x10の46乗ジュールのエネルギーが490億度の高熱で叩きつけられる。

「ファッ!?」

 帝国軍は不意の出来事に心理的衝撃を受けた。

 圧縮された分子雲の塊が高速で突っ込んでくる。その物理的損害は無視できない。

 圧壊という言葉が相応しく、あれほど同盟軍艦艇の砲撃で破壊できなかった要塞の外壁が卵の殻のように崩壊していく。

「な、何事だ!」

 要塞司令官トーマ・フォン・シュトックハウゼン大将は事態を把握しようとした。

 宇宙で地震が起きるはずは無い。

 だが現に要塞は激しく揺さぶられている。

 そしてレーダーに大量の障害物が高速で要塞に向かってくるのを捕らえた。

 幾らなんでもあれだけの数の質量を受けたら無傷で済むはずが無い。それは誰に教えられるのでもなく本能でわかった。あれは危険だと。

「あれを撃ち落とすんだ、射撃用意!」

 司令官が冷静であれば部下は落ち着きを取り戻し行動する。

「撃て」

 要塞主砲で迎撃するが、その質量は今まで相手にしていた艦艇とは異なる。

 それに数が多すぎる。

 2回目の射撃を行う前に激しい衝撃が要塞司令室を襲う。

 要塞の電力がダウンしたのか、一時停電するも、分散電源が稼動しすぐに復旧する。

「なんということだ!」

 モニターに写る惨状を見てシュトックハウゼンは叫び声をあげた。

 

 

 当初、無人艦艇や老朽化した廃船を無人操縦で、イゼルローン要塞に突撃させ、外壁を破壊することをヤンは考えた。

 要塞に収納出来る艦艇は約2万隻。ということは、それ以上の艦艇が必用だ。

「大質量の物体を外壁にぶつけるだけなら、隕石などに推進装置を設置するのはどうですか?」

 相談されたフォークは言った。

「移動は、艦隊の後方を追従させれば偽装できるでしょうし、現地に着くまでは牽引すればいいと思います」

 ヤンは首を振って否定する。

「駄目だな。準備と輸送に時間がかかる」

 打つ手なしですな、とフォークが答える。

 休暇を貰い過去の歴史文献を調べて考えたが思いつかない。

(銀河帝国の歴史は古代ローマ帝国に似ているな)

 気分転換にその辺りを調べてみる事にした。

(城塞都市の攻略も何か、参考になるかもしれない)

 アウァリクム。

 ガリアの叛乱を鎮圧するローマ軍にとって城壁は、破城槌で突き破ったり粉砕できない障害物だった。同盟軍にとって艦砲の出力でイゼルローン要塞の外壁を破壊出来ないのと同じだ。

 結論から言うとこの戦闘では雨が降り始め、作業音が隠蔽でき攻城櫓を接近させ強襲した。

(宇宙で雨は無理だ)

「雨なんて降るわけ無いしな……」

 椅子の背もたれに体を倒して考える。

 流星雨、流星群、小惑星。

(ん?)

 そこで思い付いたのが、アルテナを破壊してそれ自体を質量兵器として利用する事。

「驚いたな」

 ロボス元帥は、モニターに映し出されるイゼルローン要塞を見て、参謀長のグリーンヒル大将に話しかける。

「まさか、これ程呆気なく破壊できたとは」

「ええ。そうですね」

 グリーンヒルも他の幕僚と同じようにモニターに映し出される光景に目を奪われながら答えた。

 イゼルローン要塞は三日月のように大きくその球体を削ぎ落とされていた。

 これだけではない。

 次々と水素とヘリウムの塊が、止むことなく要塞に降り注いでいる。

 大きな質量がぶつかり、要塞の表面で火山の噴火のような幾つもの爆発が起きている。

 中にいる人員の脱出は不可能で、生存は絶望的だ。

(敵ながら同情する。あそこに居るのが、自分達ではなくて良かったと心底思う。もうあの要塞が機能する事はないだろう)

 

 

 

 帝国暦487年6月5日。難攻不落を誇ったイゼルローン要塞は陥落した。

 僕は生きてるさ。

 とりあえず第7次イゼルローン要塞攻防戦は、双方の艦艇と人員に多大な損害を出しながらも、これで終結する。

(これで家に帰れるのだろうか?)

 帝国もガタガタだなと溜め息が出る。

 叛徒の奴ら、調子にのるなよ。

 僕はこの光景を一生忘れない。そして復讐を誓った。

 帝国軍は残存戦力を収容しつつ帝国領内に引き揚げ、同盟軍は帝国側回廊出口周辺に70万個の機雷を敷設し封鎖する。

 長きに渡るイゼルローン回廊の戦いがこれで終止符を打たれたのである。

 

 

 

 即日、イゼルローン要塞の失陥にたいして帝国軍三長官は辞任の覚悟を持って皇帝の下に参上した。

 それに対して皇帝は、冷ややかな言葉を浴びせたと記録に残っている。

「謝れば済む問題でも無かろう。それにじゃ、今の帝国軍には後を任せられる将帥が欠如している」

 次期宇宙艦隊司令長官と目されていたメルカッツが退官し、人材が枯渇しているのも事実だ。

 ここ最近、活躍の目立つフレーゲルを押す声もあったが彼では若すぎる。若手の貴族が暴走した場合、抑えきれない可能性がある。

 皇帝は、カストロプの叛乱により国内の不穏分子が騒ぎ出している事もあり、事態が一段落がつき後任の目処がつくまで慰留を命じた。

「叛徒の奴等がイゼルローン要塞を破壊したそうだ」

「イゼルローン回廊機雷と残骸で封鎖されたらしい。少なくとも連中から攻めて来る積もりは無いようだな」

 帝国にとって敗北だが、この事で同盟に対する脅威から貴族の間で愛国心が沸き起こり、初めて挙国一致の戦時体制へと移行し始めた。

 あらゆる面で帝国は改革される事となった。

 

 

 

21.これってドラえもんなのよ

 

 ミュラーとルッツの分艦隊は疾風の如く、5月23日、フェザーン領内に切り込んだ。

 フェザーンでの越境作戦。その意味する事は大きい。自治領としての地位低下を意味するのかと噂された。

 ミュラーのフェザーンに対しての認識は一般的なもので、帝国を構成する地方領の一つに過ぎないと言う物だった。

 最初の内は自治権を侵すと言う後ろめたさで部下たちも緊張していたが、いざ始まってしまうと、フェザーン側の抵抗も無く意外と呆気ない物で、落ち着いている。

(そうだよな。自治領とは言え、帝国の一員なんだから……)

 ミュラーはそう自分を納得させた。

 スクリ-ンには事前に調査された航路図が表されている。

 そこに映し出された敵――ホネカワの勢力圏である私有惑星は限られた物だ。余計な政治的問題を引き起こさないように、攻撃目標は予め決められているから楽だ。

(敵の抵抗が軽微な物であれば、全てを制圧するまでそれ程、時間もかからないだろう)

 今、僚友であるルッツとミュラーの分艦隊は、競う様に次々と目標を制圧していた。

 歳も近く階級も同じ。これで意識しないと言う方が嘘になる。

(どちらがより武勲を上げるか勝負だ!)

 お互い口には出さなかったが、ミュラーはその様に強く意識していた。

 現状としては5月26日に、戦略資源であるガルタイト鉱石の産出地である惑星コーヤコーヤを制圧。翌日には星間連合本部のあるトカイトカイに地上部隊を降下させた。無人偵察機の一部は、遠くハテノハテ星群まで達している。

 帝国軍の再度行われた越境作戦の情報は自治領主府にも伝えられ、非公然であったフェザーンの援助は今後、一切を禁止すると宣告された。

(フェザーンの連中も帝国を敵に回すほど馬鹿ではなかったと言う事だな)

 艦隊を邪魔する物は居ない。

 制圧した惑星に半舷上陸させる事もなく、補給を終えたると速やかに次の目標に向かう。

 

 

 

「これはフェザーンと帝国の戦争を意味するのではない。一企業のホネカワと帝国の問題である」そう言うと、ルビンスキーはフェザーン全土の警備隊に、抵抗せず帝国軍を通過させるよう命じた。

 その指示を出さねばならなかった事はルビンスキーにとって屈辱だった。だからこそ逆に冷静になれた。

 同盟と帝国の双方は、フェザーンにとって友好関係を維持する事が必要な相手だ。

「このままで、済ませるつもりは無い」

 帝国軍がフェザーン領内で軍事行動を行ったことは、フェザーンの威信を傷付ける物であり、中立を脅かす物だった。

 市民の一部はニュースの速報を見て、帝国のフェザーン駐在高等弁務官事務所に押し寄せ「帝国軍はフェザーンから出ていけ」などと叫び声をあげていた。

 ルビンスキーはボルテックに不敵な笑みを浮かべ言った。

「それに一度燃え上がった炎は簡単には消せないからな」

 反対デモは自治領全土に広がる動きを見せていた。

 

 

 

(カストロプの叛乱支援はやり過ぎたかもしれないな)

 元同盟軍のバーナビー・コステア中将は、司令部のおかれた古い校舎の2階から、石畳の通りを通過する車両の群れを見下ろしながら、会社の判断をそう思った。

 ホネカワ製の各種装輪装甲車が乾燥した砂塵を巻き上げ、地響きを立てて進む。

 大気圏軌道上空から見れば緑に覆われているこの美しい星は、小人の妖精が棲むという伝説があるフェザーン自治領内にある惑星ピリカ。

 ハナでの戦闘終了後、訓練施設などの拠点をピリカに移しコステアと練習艦隊もこちらに移動してきた。艦隊の戦力は随時増強されている。

 今居るピリポリスのように、最初の開拓者によって立てられた古い石造りの町並みが所々に残っている。

 街には住民の姿は見受けられない。数年前にホネカワによって購入され、一般の住民は退去している。

 軍事力としての戦闘部隊を持たないフェザーンの商人たちは、銀河帝国の敵ではなかった。しかし自分達も生き残らないといけない。その彼らの武器は経済力だ。

 だから叛徒といわれる自由惑星同盟とも交易を始め、帝国・同盟双方の必要とするものを供給した。

 日用品、食材、嗜好品に始まり、医薬品や建築資材といった戦争にあまり関係ないものの輸出も手がける様になった交易は、需要の声が高まり、液体燃料や油脂類、宇宙船の推進剤、各種弾薬にも及んだ。

 戦争も商売にする。その意味を十分理解していた。

 今やフェザーンは、両国の兵站を支える無くてはならない存在としての地位を築き上げている。

 だから調子に乗っていた。フェザーンには手出しできるはずが無いと。

 そして古典的傭兵の「戦闘を行う」ことを目的とした民間軍事会社を設立した。

 これが誤りだった。

 コステアに与えられた仕事は、失われた人材を補充すべく新規雇用された者を教育する事だ。

 同盟・帝国の元軍人も社員にはいたが、本格的にフェザーン侵攻を始められたら、対抗しようにも数が絶対的に違う。皆殺しにされるのが落ちだ。

(ハナでは運良く死を免れたが、次も上手く行くとは限らない。こちらにも戦う牙があることを帝国軍に知られた。次は、もっと慎重に警戒して来るだろう)

 所詮は傭兵であり正規軍相手に連勝する自信は無かった。

 

 

 5月も残り数日で終わろうとしている。

 荒廃した惑星の側を駆逐艦「ロスラウ」は航行していた。

「なんだあれは。核戦争でもあったのか」

 スクリーンに映し出される地表の様子を見て、艦長のアルフレット・グリルパルツァー中佐は眉をひそめた。

 うず高く積まれた瓦礫と土砂。荒廃した廃墟がかつての町並みをうかがわせる。

 無人偵察機の情報では放射線濃度が高い。

(ということは水や土壌、大気も汚染されているのだろう)

 グリルパルツァーは自ら前衛の尖兵を買って出た。

 私生活では辺境宇宙の探検でも知られるグリルパルツァーなので、また自著のネタにでもするのだろうと、前衛部隊を預かるヴァルヒ大佐は了承した。

 グリルパルツァーの駆逐艦長としての手腕も、悪くはないからだ。

 CICでレーダー見張り員を担当する電測員から報告が入る。

「二時方向に艦影多数。本艦に接近中」

 敵味方識別装置に反応はない。

 フェザーン主府から各地の警備隊には連絡が入っているとの事だ。つまり、こちらに表立って妨害するものは居ない。居たらそれは敵だ。

「砲戦、魚雷戦用意」

 その様に命じながら確認を取る。

「艦影の大きさはわかるか」

 隕石やデブリを誤認したのなら笑い話にしかならない。ベテランの担当が言うのだから艦影なのだろう。

 少し考えて答えが返ってくる。ワルキューレよりは大きく、駆逐艦よりは小さいとのことだ。漠然としている。

「魚雷艇でしょうか」

 甲板士官のローレンツ少尉が思いついたように言う。

「かもしれん。安く揃えてゲリラ戦を行うには手頃な装備だ」

 グリルパルツァーも同意する。

 高速で接近するそれは攻撃態勢に入っていると考えていい。

(他に思いつくものもないし、多分そうなのだろう)

「本艦は発見されている。そして敵がやって来る。それでまず間違いはない」

 艦隊の先頭に立って哨戒中という事で「ロスラウ」は全員配置に付いている。

 疑わしい物は沈める。ビッテンフェルト分艦隊の二の舞はご免だと徹底されていた。

「先手を打ちこれを迎撃する。外すなよ」

 迷いはせず断言するように指示を与える。

「旗艦に報告。我。敵と遭遇する。位置と方位だ」

「はい」

 状況開始を告げ「ロスラウ」単艦で果敢に敵に挑む。

 敵の姿が艦橋のスクリーンに見えてきた。

「なんだあれは……」

 不細工なと言いかけて、指揮官らしくないと言葉を飲み込む。

 確かにその船は不細工な深海魚のような姿をしていた。

 ちなみに銀河帝国の標準駆逐艦である「ロスラウ」は27億帝国マルク。相手はそれより遥かな安物に見えた。

「突撃」

 先任で副長もやっている航海長に、短く指示を出す。

「ロスラウ」は機関出力を増速して艦体が一瞬、ぶるっと震えた。

 敵は此方が向かって来ると思わなかったのだろう。散開し「ロスラウ」を包囲してこようとする。

 数は8隻。2個水雷艇隊といった規模か。

「ああ、反応が遅い。あれでは駄目だな」

 射線が交差して友軍を撃ってしまう。

「我が軍なら怒鳴られていますな」

 部下の言葉に反応しようとした瞬間、敵艦から魚雷が放たれた。

「敵艦発砲」

 無誘導らしく、こちらの通り過ぎた後を通過していく。

「なんて錬度が低い。これなら叛徒の方がましだ」

「ええ、そうですね」

 グリルパルツァーの漏らした言葉に先任も苦笑を浮かべている。

「これなら、いけそうですね」

 味方が来るまでの時間稼ぎは出来る。

「そうだな」

 でも、ただ撃たれるだけだとつまらない。

「砲雷長。自由に撃っていいよ」

「はい、艦長。楽しませて貰います!」

 魚雷艇に航宙能力は低い。惑星の軌道を離れて遠洋航行する事は、費用効果に合わないからだ。あくまでも、襲来した敵の迎撃など限定された状況下での運用を想定されている。

 信号待ちで車より自転車が先に動けるのと同じ様な物だ。

 そう言う意味では、航宙能力もあり様々な状況下での運用を前提で設計されている駆逐艦の敵ではなかった。所詮、自転車は車の敵ではない。

 

 

 

『5月28日1045時。海産物のような形状をした艦艇を保有する銀河漂流船団という海賊と交戦、撃滅する。我の損害は軽微。戦闘航行に支障なし。作戦を続行する』

 ナイトハルト・ミュラーが日記を書いていると、副官のドレウェンツ中尉から報告が入る。

「前衛の駆逐艦が新たな海賊の襲撃を受け、応援を要請しております」

 また海賊かとうんざりした。

「フェザーンはこんなに治安が悪い航路ばかりだったのか?」

「自分も予想外でした」

 ドレウェンツ中尉も苦笑していた。前衛がすでに急行しているという。

 結局、襲撃して来た敵は撃破され、捕虜にした生き残りの尋問の結果、ニムゲ団という海賊だという事が解明された。根拠地は近くの惑星だという。

「閣下、どうされますか?」

 海賊は、麦わらの昔から縛り首の死刑と決まっている。

「よし、こうなったら徹底的に相手をしてやろうじゃないか。海賊にはうんざりしていたんだ。フェザーンの警備隊にも協力を要請しろ。海賊相手なら嫌とは言わないだろう」

 ハウシルド大佐の戦隊を制圧に向かわせる事にした。

 

 

 

 帝国の辺境で独立を認められたアンラック大公国。

 皇帝が、その首都である惑星チャモチャで叛乱が勃発したとの報告をガリオン・ブリーキン侯爵から受けたのは6月7日のことである。

 アンラック大公国はサイオキシン麻薬が野放し状態だった。中毒患者が多く、毎日のように路肩で死んだ骸が見受けられた。

 国内の治安維持にあたる公国軍も、衛生管理の防疫のため死体の回収に駆り出される状態だった。

 すべては公王の無策、無能の原因だ。

 公国の歴史は短く、現在の公王は凡庸どころか無能で「サイオキシン麻薬の習慣が無くなるまで国家の管轄で供給する」と国営で売買を始めた。

 最初の目的は密輸の撲滅だった。そのうち国家収入の貴重な財源と見られるようになっていた。

 カストロプ公が帝国の政に携わっている間はそれでも良かった。帝国の官権が公国に口出しをする事が無かったからだ。

 だが事態は変わった。

 帝国は内紛の火種を放置はしない。公国であっても、帝国の癌に成るなら排除される。

 平民が多数を占める軍にあって、ナポギストラー少将は改革を声高々に唱え圧倒的支持を得ると、軍を掌握し同志の青年将校達と救国革命会議を設立した。

「我々の目的は暗君を排除する事にある」

 計画は何度も練られた。動員兵力、制圧目標、拘束すべき要人、宣言内容など。

 6月1日。官公庁に人が集まった午前10時を狙って、軍は蜂起した。

 主要目標の一つである公王の居城。

 そこを警備する親衛隊は貴族の子弟で構成されていた。

 彼らは戦意こそ高かったものの、戦闘車両と航空機の支援を受けた装甲擲弾兵の前に、文字通り血の池に沈みあっけなく制圧される。

 侍女に奉仕させていた公王は突然の乱入者に怒りの声をあげた。

「何だ貴様ら!」

 公王の執務室になだれ込んできた兵士は、儀礼用の時代がかかった制服を着た親衛隊ではなく、血に染まった装甲服を着た公国軍の装甲擲弾兵。

 厳選された高級ウールを100%使用したクラッシックデザインの敷物が、血で汚れた軍靴に踏みにじられ染みが広がっていく。

「それはフェザーンから取り寄せて3500帝国マルクもしたんだぞ、貴様らごとき下賤な輩が踏んでいいと思っているのか。身の程を知れ!」

 敷物の事で激怒する公王に対し、侮蔑の表情を浮かべながら制圧部隊の指揮官が告げる。

「陛下の御命を頂戴致しに参りました」

 銃声が執務室に響く。

 蜂起は成功した。民衆の解放を宣言し、これまで圧政を強いてきた貴族の領主や悪徳商人が逮捕拘束され後悔処刑が始まった。

「貴様、私を子爵と知っての狼藉か」

 貴族の血を継ぐ者は老若男女を問わず殺された。若い女性は性的暴行を受けた後に殺される。

「助けてお父様、お母様!」

「黙れ穀潰しの屑が。お前のドレス1枚でどれだけの血税が使われていると思っているんだ!」

 この放送はFTLを通して全銀河に広がった。無修整の裏ビデオやスナッフビデオ、児童ポルノも霞む凄惨な内容だった。

 同盟領でもマスコミにこの事件は取り上げられた。

「民主政治だと言いながら、武力を使っての革命ほどたちの悪いものはないよ。何しろ自分の正義を信じてる狂人が武器を持っているんだから」

 イゼルローン要塞陥落の立役者である同盟軍のとある中将は、被保護者に不快そうに今回の事件をそう批評してソリビジョンを消した。

 

 

 

 皇帝の居城、“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)に不快な空気が漂っていた。空気の発生源はアンラックの貴族であるブリーキン侯爵。帝国にとっては辺境の田舎貴族。まともに相手をする心算はなかったが、革命が起こったと言う事は帝国にも飛び火する可能性がある。

 有益な情報を聞きだせるかと期待して参列していた関係者はブリーキン侯爵に対して、非好意的な視線を放っていた。

「アンラック大公国は、皇帝陛下の御威光の下で自治を許された国。帝国とは一心同体です」

 ブリーキン侯爵は妻子を処刑され興奮していた。登城してから一時間近くも革命軍が暴徒であり、恩知らずだなどと罵倒していた。

 皇帝もうんざりして、早く黙らせろと周囲に視線を放つが、それに応えられる者がいない。それほど、ブリーキン侯爵の纏う空気は禍々しく陰鬱な物だった。

「これは帝国と皇帝陛下に対する叛乱です。平民どもの叛乱を許すわけにはいけません」

 彼の瞳は復讐の憎悪に燃えている。正直まともに相手をしたい者など誰一人としてこの場にいない。

「あの謀反人どもを誅する為、ただちに宇宙艦隊の派遣を伏してお願い申し奉ります」

「さようか」

 頭をたれるブリーキン侯爵は皇帝の、面白くも無さそうな表情に気付かない。

 誰かが、ほっと溜め息を洩らした。

 ようやく長い口上が終わった。そんな安堵感さえ漂い始めている。

 空気を呼んで侍従が皇帝に紅茶の入ったカップを恭しく差し出す。それを受け取り、皇帝は興味もないという態度で呟いた。

「アンラックは華麗に滅んだのであろうか」

 その言葉は、傍らに控えていたリヒテンラーデ侯にしか聞こえなかった。

 勿論、表情には出さなかったが、内心、リヒテンラーデ侯は絶句していた。お前らなどに興味はないと言っているような物だ。

 皇帝の視線に気付いて、軍務尚書エーレンベルク元帥が発言する。

「恐れながら、陛下」

「うん。何じゃ」

 皇帝と臣下の間に、暗黙の意思疎通があった。

「現在、帝国はイゼルローンの失陥で多くの兵と艦艇を失い再編中です」

 お前のためにお優しい陛下に代わって言ってるんだぞと、ブリーキン侯爵の方に視線を向ける。

「またカストロプ討伐に兵を割いており、さらにフェザーン領内でも越境作戦中です」

 これ以上、戦場を拡大する訳には行かない。

「新たな戦をする余力はございません」

「そうか。それは残念じゃのう」 

 エーレンベルク元帥は頭をたれながら、隣に立つブリーキン侯爵を伺う。

 皇帝が声をかける。

「聴いての通りじゃ」

 ブリーキン侯爵は納得いかなかった。

(諦めろと、この老人は言っているのか。妻と幼い息子を殺された私に、そう言ってるのか)

 激情がこみ上げて来るのを抑えきれない。怒りで目の前が真っ赤になる。

 顔に憤怒の表情を張り付かせ何か言おうとした。

「……っ!」

 不穏な空気を感じてエーレンベルク元帥は、ブリーキン侯爵の肩を掴み囁く。

「陛下の御前ですぞ」

 ブリーキン侯爵に聴こえる程度の声だったので、周りには漏れていない。エーレンベルク元帥の配慮に感謝し頭を下げる。

「陛下。ブリーキン侯爵はお疲れのようですので、小官が控え室までお連れ致します」

「うむ」

 皇帝は面白そうな表情で二人を見ていた。

 

 

 

 救国革命会議は帝国に対して明白な反旗を翻した訳ではない。

 だが貴族社会に対する敵対は事実だ。腐敗したとは言え、帝国を構成する付庸国の一つ。叛徒が今回の蜂起を扇動していたと言う情報もある。

「イゼルローン失陥で頭が痛いのに、次はアンラックか……」

 艦隊に先んじてイゼルローン要塞失陥の報告の為、一足早く帝都に帰還していたミュッケンベルガー元帥は、エーレンベルク元帥からブリーキン侯爵の話を聞いて顔を歪める。

「イゼルローン失陥の責任を問われ辞任も出来ん。逃げ出す事は出来んが、全てを投げ出したくなる」

 言葉に疲れを漂わせながら言った。

 エーレンベルクは紅茶のカップをソーサーに戻し言った。

「それは私も同じだ。国内治安維持の観点からも、好むと好まざると介入せざるを得ないだろうな」

 その言葉にミュッケンベルガーは頷く。

「そうだな。放置はできん」

 しかしすぐに動ける手駒は少ない。イゼルローンで失った戦力の再編は急務だ。

 イゼルローン解囲の為、送り込んだ艦隊も帰還の途上にある。

 それにカストロプ討伐、フェザーンへの仕置きと言う課題も山積みで残っている。過労死か心労で倒れる事を覚悟する激務と重責だった。

(これが陛下の我々に対する罰なのかもしれぬな……)

 責任ある者は軽々しく辞任など認めぬと言う皇帝の意思を感じた。ならば、自分達は全力で職責を全うするしかない。

「まずは、カストロプ討伐が優先だな」

 軍務省、統帥本部、宇宙艦隊司令部もその事では同意していた。

「帰還途中の艦隊を転用しよう」

 カストロプの早期討伐に向け兵力の追加投入を検討する為、二人は話し合った。

 

 

 

 イゼルローン要塞駐留艦隊で生き残ったのは、遊撃戦力として包囲の外に初めからいたファーレンハイト分艦隊だけだった。駆逐艦「ミステル」は、解囲に参加した艦隊と共に帰路を航行している。

 深刻そうな顔をした乗員達。陰鬱な空気が艦橋を包んでいた。

(空気が思いなあ)

 僕はそんな濁った空気にうんざりしていた。

 要塞の陥落は衝撃的だったけど僕にとっては南ベトナム陥落ほどではない。あれほど米国が支援したのに、手を引いたら呆気なく負けた。

(それと周りの皆は同じような物か)

 そこに報告が来た。

「艦長。分艦隊司令部からの通達です」

 暗号化された文章を、情報端末で艦長固有の数字を入れて翻訳する。

 次はカストロプの討伐参加だと言うことだ。思わず表情を歪める。

(またか。やっと帰れると思っていたのだがな……)

 乗員へカストロプ討伐に参加になったと放送で伝え、航海長に操舵を任せて補給科長と補給計画の見直しの相談を始める事にした。失望した表情を浮かべ、自分に向かってくる視線を感じる。

(僕だって、帰国できる物と思って居たさ)

 苦笑を浮かべる。その時、ふと思いついたことがあった。

 イゼルローンの敗北については緘口令を布かれている。これは、駐留艦隊で生き残った僕達に責任を負わせて、懲罰的意味で前線に送られるのかと言うことだ。

(邪推し過ぎか。ま、どちらにしても、めんどうな事だ)

 副長にフェザーン情勢の資料を集めるよう命じる。情報は幾らあっても構わない。

(あちらでは、フェザーン領内まで越境して敵の訓練所などを叩いているらしいが、反乱鎮圧作戦の初歩だな)

 そこで、ビッテンフェルトが戦死していた事を思い出す。

(あの人は死にそうも無い感じがしていたがな……。やはり突撃馬鹿だったのかな?)

 陽気で良い人と言う印象を受けていた。個人的に親しくしてくれた知り合いだからその知らせは残念だった。

(でも、あの黒なんとかって変な艦隊に誘われなくなったのは良いな)

 とりとめもない事を考えながら会議室に向かう。

 

 

 

 フェザーンは情報を制する事で様々な工作を行う。

 それでも前回は、帝国軍による予想外の越境作戦が行われた。

(楽しませてくれるな)

 そう言った刺激的な防諜の世界をルビンスキーは楽しんでいた。家族に向ける温厚な顔も、シビアな世界を楽しむのも同じ男だ。

(フレーゲルが単独で立てた作戦な訳が無い。おそらくは、あの義眼の参謀だろうな)

 カストロプ問題から意識を切り替え、次の報告に目を向ける。

「ほう」

 ルビンスキーの口元が楽しげに歪んだ。

 同盟のシトレ元帥が、イゼルローン回廊封鎖で成果を上げたロボス派の力を削ぐ為、帝国領内に人材を送り込まると言う事だった。

 帝国の国力を疲弊させ、なおかつ自分の政敵の力を削ぐ。

 厭らしくて矮小な人間らしい計画に、シトレの腹黒さを感じて嬉しくなってくる。

(悪くは無いが、もう一工夫欲しいな)

 議会の承認を受ければ行動を始めると言う。不正規特殊作戦であろうとその辺りは変わらない。

(民主主義か)

 ルビンスキーは画面に映し出された名簿の中から一人に注目する。

「ヤン・ウェンリー」

 旧時代の遺物である兵器を使い、イゼルローン回廊を無価値な物にしてしまった男。使いこなす事が出来れば最高の手札になるだろう。

(この男が欲しいな)

 その為の準備を始める。

「だが、その前に」

 愛する家族にメールで連絡を入れておく。

 いかなる鉄人であっても心を休める時が必要なのだ。



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銀英伝に転生してみた 22~24話

22.糞溜めに漬かった気分

 

 イゼルローン要塞の陥落。そして回廊の無力化。

『もう帝国軍が侵攻して来る事はない!』

 その知らせは自由惑星同盟全土に広がり、市民は歓喜した。

 この偉大な勝利の機会を作った評議会の支持率は上昇し、議長を初め出兵に賛成の票を投じた議員はご満悦だった。

 シドニー・シトレ元帥の統合作戦本部長留任は決定し、全ては上手く運んでるように見えた。

 しかしシトレ元帥の表情は優れない。

 今回一番の英雄となったのは、実戦部隊を率いたラザール・ロボス元帥。

 彼の名声は天にも届くと言われるほどの勢いがあった。おそらく今、政界に出馬すれば間違いなく次の評議会議長に就任するだろうことは明らかだが、ロボス自信に政治的野心はない。

 その実直な姿勢から、さらに彼の支持者は増えていた。ロボスの温厚な性格と相手が二等兵だろうと変わらない人当たりの良さと言う人徳による物である。

 真剣な眼差しで放送を見つめるシトレだが、胸中はどす黒い怒りで荒れ狂っていた。

(確実に自分の障害になる。奴を引きずり降ろすつもりが、前より地位が向上してしまった。不可能な要塞攻略を押しつけ失脚させようとしたのに、まさか破壊してしまうとは)

 同盟軍内部ではイゼルローン回廊の戦略的価値消失により、今後の軍の戦略方針の是非が問われ、連日会議が開かれている。

 戦争を始めるのは簡単だが終わらせるのは困難と昔からよく言った物で、同盟軍はイゼルローン攻略後の戦略方針を持っていなかった。

 もし存在したとしても、現在の状況としては想定外だったと思われる。

 攻略に固執していた同盟軍にとって破壊すると言う発想は、コロンブスの卵に近いパラダイムの変換だった。

 同盟軍は勝ってしまった為に悩む事となった。

 反戦をうたい文句にして当選したウェンデル・スティーブンス、ロバート・エクスラーら若手議員は次のように現状分析をして、評議会に意見書を提出した。

 

 1.帝国軍による同盟領への侵攻脅威は一切排除された。

 2.同盟市民に負担を強いてまで、帝国領内での不満分子活動を支援する必要性を認められない。

 3.フェザーン自治領に仲介の労をとって貰う事で、帝国と和平を前提とした交渉をすべきだと思われる。

 

 退役した傷痍軍人を主体とする憂国騎士団も「今こそ国力を回復させ、圧政者から銀河を解放する時である」と声高に叫び、軍も戦力回復と休養の時期を求めて帝国との和平を全面肯定した。

 そこにタイミング悪く、帝国軍のフェザーン領内での越境作戦実施が報じられた。~「やはり帝国は油断なら無い! 次なる戦場はフェザーンだ」と言う意見が自然沸いて出た。

「軍人は政治に関与すべからず」を美徳とするが、同盟が自由の解放者としてフェザーンに介入する好機だと高級将校のみならず一般の兵も考えた。そして、その先にあるのは帝国本土進攻である。

 しかしホネカワと言う企業を切り捨てたルビンスキーの声明を聞く限り、フェザーンは帝国と敵対する意思は今の所はないようだ。

(フェザーンの狐と言われておきながら、帝国と事を構える根性もないのか)

 フェザーンは帝国を構成する地方領に過ぎないと言う事実を失念していた。

 自分の野心を満たす為なら、同盟軍の将兵を犠牲にするのを厭わないシトレだからこそ、ルビンスキーの動きは手緩く思えた。

「帝国軍は当面、イゼルローンの損害から再編成を余儀なくされるでしょう。こちらが艦艇の喪失数と実際に建造されて配備される数のグラフです」

 会議の席上で、情報部の分析結果の報告が情報部長のブロンズ中将に代わり、バグダッシュ中佐から行われた。情報端末を操作しながら、推定される敵の総戦力などを表示した。

「それと、イゼルローン要塞に匹敵する要塞をイゼルローン回廊とフェザーン回廊の帝国側出口に設置すると言う情報もあります」

 要塞の主砲と呼ぶべき決戦兵器があるとすれば、いささか厄介な敵になる。その事にざわめきが広がった。

 バグダッシュは対敵諜報活動で国内の帝国諜報員狩りに活躍した人物で、防諜の第一人者と認識されている。その為、バグダッシュのもたらす情報は同盟軍の意思決定を左右する。今回も有益な情報を提供してくれていた。

「要塞の設置を考えていると言う事は、守りに入ったと言う事かな」

 シトレの発言にバグダッシュは頷く。

「ええ、再編成を優先するなら当分は攻勢に出ない物と思われます」

 その言葉に何人かの提督が納得したように相槌を打つ。

「カストロプでの反乱鎮圧、アンラックの反乱勃発と内紛続きですから、フェザーン領内を通過しての我が国への侵攻も有り得ないと考えられます」

 敵は攻めて来れない。

 議会にも同じ報告が上げられており、そう言った状況から、軍縮すべきだと言う意見が出始めていた。

 宇宙艦隊にはフェザーン回廊の警戒監視に必要な戦力を除き、当面余剰戦力となっている人員の動員解除や、艦隊の再編成を検討するよう指示が出されている。だからと言って、何もせず減らすだけでは国防にならない。

 現在、帝国と同盟の緩衝地帯となっているフェザーンで活動中の民間軍事会社ホネカワを支援し、帝国の力を少しでも削ぐべきだとバグダッシュは提案した。

「あそこには、同盟の退役軍人も多く雇用されていますし、ホネカワを通してカストロプのように帝国領内で不満分子を援助して扇動できるかもしれません」

(悪くは無いな……)

 シトレはその様に評価した。

 検討すべき出来事はまだ他にもある。辺境にある自治領の一つ、アンラック大公国で起きたクーデターを同盟が支援すべきかということだ。

 心情的には帝国や貴族の支配から立ち上がった彼らを支援してあげたい。 

 軍事顧問として人材を送り込んだり、武器供与の形で支援してもいい。

 シトレには人事決定権がある。

(ロボス派の人間を送り込めば、奴の力を削ぐチャンスだな)

 成功すれば帝国の国力を低下させ、悪い事はない。

(よし。次こそ、ロボスの奴を今の地位から引き摺り下ろしてやる)

 国を守る軍の指導者でありながらシトレは自分が視野狭窄に陥っている事に気付いてはいない。

 

 

 

 イゼルローン要塞失陥に対して、帝国は思い切った手を打った。

 幾ら回廊を叛徒が自ら機雷で封鎖したとはいえ、帝国領内に侵攻してこないとはいえない。

 統帥本部の一部では正確に次の手を分析していた。

 敵が国内の行き詰まりを打開するには戦争が一番だ。その上で帝国の隙をつきフェザーン回廊から奇襲攻撃をかけてくる恐れがあると指摘した。

 何時、やって来るか分からない敵に備えるのが軍事だ。

 防衛上の観点から、今最も強力なガイエスブルク要塞をイゼルローン回廊帝国側出口に移動させることにした。

 この事は技術的に可能だと相談を受けた科学技術総監アントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術大将が回答を返している。

 またフェザーン回廊帝国側出口に、新たな要塞建設を始めた。

 そして現在フレーゲル艦隊の司令部は、まだ名前の決まっていないその要塞にあった。

 全工程の5%も進んでいない建設中の要塞だが、会議室程度なら十分に利用できる。新しいもの好きの珍しいもの見たさで、フレーゲル男爵が決定したのだった。今回は珍しく義眼の参謀は「それも宜しいでしょう」と、肯定的で特に反対意見を述べなかった。

(へぇ、イゼルローン要塞なみの大きさだな)

 各分艦隊、戦隊は決められた宙域に停泊している。

 僕も会議に参加する為、迎えの連絡艇で他の艦長達と同じ様に要塞に向かう。

「迷子になるなよ」

 港は建材があちこちに積み上げられてごった返しており、工事の喧騒と熱気に包まれていた。

 民間委託の工事関係者がたくさん作業をしているのが見える。

 入札参加の業者は事前に憲兵の厳重な身辺調査が行われ、監視下で作業を行うので、映画や小説のように破壊工作員が紛れ込むなんて考えられない。

 電光掲示板の表示に従いながら歩くが、会議室を目指す人ごみ揉まれ他の連中とはぐれてしまった。

「よぉ。久しぶりだな」

 背後から声をかけられ振り返ろうとした所、力強く背中を叩かれ廊下に倒れる。

「いてっ」

 振り返ると凶暴な面構え押した原始人もとい、装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将がいた。

(上級大将と言う立場にもかかわらず、相変わらず気さくな方だ)

「オフレッサー閣下。ご無沙汰しております」

 笑いながら手を差し伸ばされ、ぐいっと引き起こされる。

「他人行儀は止せ。同じ戦場で闘った仲じゃないか」

 敬礼する僕の胸を軽く叩きながらオフレッサー上級大将は言う。

 その心遣いを嬉しく思う。

(そう言う所が閣下の魅力だよな)

 他の将帥官とは異なり、一般の兵卒にも気さくに声をかけていると聞く。男らしく豪胆で、兄貴と呼びたくなる気風の良さだ。

(これで奥方が居ないと言うから不思議だ。人は外見だけでは無いのに)

「会議室に行くんだろ?」

 俺も行く所だったんだと笑っている。

 仮にも上級大将。閣下と呼ばれる人だ。従卒はどうしたんだろうと思い尋ねると、はぐれたとの事だ。

(おいおい。今頃、きっと慌てて探しているだろうな。お気の毒に……)

 従卒は見目麗しい美女で、口さがない者には美女と野獣だと言われている。

(まぁ、この人は襲われても自力で撃退できるだろうし、警護は要らないだろうけどね)

「知ってるか、叛徒の連中は元から遺伝的疾患があって、頭に穴が開いてるそうだ。だから狙うなら頭だ」

 無茶苦茶言うなと思ったが、考えてみれば本当に脳足りんなら納得が行く。

「そうなんですか?」

「流刑地に送り込まれ逃げ出した罪人の末裔だぞ。同じ頭の作りをしてる訳がない」

 途中歩きながら話していると、なんでも今回は装甲擲弾兵師団8個、後備歩兵師団12個という大規模な兵力を率いて、カストロプ勢力圏の各有人惑星の制圧と占領維持に当たるそうだ。

(編成の内訳をぺらぺらと洩らして良いのか)

 こんな話、廊下でする物じゃないだろうと僕は苦笑する。

「あの後、ミュッケンベルガーの親父に怒鳴られてな。当分、前線に出るなと言われたわ」

 あの後と言うと、ヴァンフリートの地上戦で僕の小隊に潜り込んで来た事を言ってるのだ。

「それはそうでしょう」

 装甲擲弾兵総監の役職の人間が前線に出るなど正気じゃない。

 この人は自分の地位に無頓着で、根っからの武人だからな。でも振り回される部下はたまったものではない。

 ミュッケンベルガー元帥も諦めてるだろうが、苦労なさってるんだな。

 そうこう言ってるうちに会議室に着いた。

「閣下、探しましたよ」

 オフレッサー上級大将の従卒で、伍長の階級章を付けた若い女性下士官が半泣きやって来る。周りの目が白いけど閣下はそれほど気にはしていない。

 すまんすまんと苦笑しているのを見ていると、美人相手で羨ましいなと思えて来た。

「では、またな」

「はい閣下」

 挨拶を交わして別れ、僕も席に向かう。

 おや。前の方の席に座っている金髪の頭は、糞ったれミュゼル閣下か。

(あいつ准将に昇進したのか、これだから寵姫の弟ってのは嫌になる。何十万人味方を殺したと思ってるんだ。のうのうと生き長らえ恥知らずが。良い人ほど先に死んで行く)

 不快な気分になったが他にも何人か、見知った顔が散見された。挨拶をしに回った。

 

 

 

 会議を召集したフレーゲルは曖昧な色を瞳に浮かべていた。

(噂が広まるのは早いな)

 手駒が増えたと手放しには喜べない。

 緘口令が布かれている物のイゼルローン要塞陥落の噂は帝国軍に広まっていた。

 そんな中、イゼルローン駐留艦隊からファーレンハイト分艦隊が増援として到着し、それを証明しているようなものだった。

「参謀長、俺の奢りで一席設けてくれ。忌憚の無い意見が聞きたい」

「承知しました」

 相変わらず卵かけご飯がご馳走という貧乏提督ファーレンハイトも、今回は参加費を支払う必要が無い会食と言う事で参加する。他の幕僚も一緒だ。

 要塞から離れフェザーン領内のトカイトカイに行く。

 ここは要塞から一番近い有人惑星で、現在帝国軍の制圧下にある。

 ホネカワの様に帝国に敵対しない限り一般市民の安全は保障しているので、行政も通常通りで、帝国軍が居るのを除けば生活が行われている。

 市街地には憲兵も巡回しており治安は良い。駐屯地の士官クラブではなく外の居酒屋に行った。

 士官クラブはかけ売りでつけが利くので、よく給料前の若手の士官が入り浸っている。

 今回は帝国全土に全国チェーン店を展開している系列店の店で、宴会用の個室を予約した。

 集まった面子は防諜の関係で全員私服だ。店内は一般客で賑わっていた。

「すいませ~ん。予約したフレーゲルですけど」

 幼年学校の同期と遊び歩き、場慣れしているフレーゲルは受付に声をかける。

「可愛い子だな」と軽口を叩きながら案内され個室に入った。

「ここはトリアエズの食材を使っているけど美味いんだ」

 門閥貴族の筆頭、ブラウンシュヴァイクの一門であるフレーゲルがトリアエズの物を口にすると言う事に参加者は驚いた。

 スーパートリアエズはフェザーン資本の全銀河チェーン店で安売りをモットーとしている。安物=不味い物ではない。調理の腕だ。

 乾杯をして食事と酒で30分程、談笑してから仕事の話に入った。

「フェザーンでの越境作戦はミュラーとルッツの両名によって苛烈な攻撃が行われている」

 オーベルシュタインは今回ファーレンハイトの他、数名送られてきた分艦隊司令や戦隊司令に状況を解説する。情報共有化が目的だ。

「カストロプの航宙交通路は遮断され、干上がるも時間の問題と思われる」

 各自の情報端末に、三次元映像で航路図と制圧した惑星が表示された。

 帝国との境界にあるホネカワ名義で登録されている惑星は、制圧したことを示し青く点滅している。

 さらに偵察と情報収集の結果、拠点と判明したまだ制圧されていない惑星や衛星が、赤く点滅している。

 その状況を見て、もうすぐフェザーンでの作戦も終了すると一同納得する。

「そこで第二段階に移行する」

 次にカストロプの勢力圏が映し出され、全員注目する。

 マリーンドルフ伯領は帝国領への突出部となっている。勢力圏の境界には、各領主からかき集めた警備隊が展開している。

 ファーレンハイトが見た所、敵が本格的攻勢に出たら、正規軍以外は時間稼ぎにもならないと予想できた。

「D日。両翼からの挟撃」

 青い矢印が、突出部の根元である旧カストロプ領とマリーンドルフ伯領の境界線上を、挟み込むように移動する。

「そのように見せかける」

 やるんじゃないのと、全員が思った。

「この陽動には全体の半分を投入する。攻撃の指揮はメックリンガー少将」

「はい」

 メックリンガーは大任に、頬を高揚させる。

 D+6日までに、敵艦隊を誘引したいとの事だ。

 その後、主力の動きの説明に入る。

 

 

 

 6月の半ば。シトレ元帥は帝国の中枢に居る協力者から秘匿回線を通じて送られて来た報告に笑みを浮かべた。計画は順調に言っているとの事だ。

 シトレは自分を売国奴とは考えない。それどころか愛国者と自己評価している。

(愛国者である自分を邪魔をする者こそ売国奴なのだ。ならば、いかなる手段を使っても排除するだけだ)

 協力者の紹介をしてくれたのは、とある宗教団体。自分達の目的は銀河の平和ですと言っていた。簡単に信用した訳ではなかったが、その情報は正確だった。

「今後も良い協力関係を維持したい物ですな」

 敵の襲来時期、編成など全て本物だった。だから有効利用させてもらった。

『全くです』禿頭だが童顔の相手は、顔に似使わない低い声で応じた。

 一方的に情報提供を受けるだけではない。こちら側からも様々な情報を流していた。

 彼とは利害が一致している。自分にとって邪魔な者を排除する為に、情報漏洩と言う形で互いに協力する。

 こう言う分かりやすい人間が好きだ。

『近日中に結果報告が出来ると思います』

「楽しみにしております」

 笑顔で2人は別れを告げる。

 

 

 宇宙空間での負傷というのはあまりないという話があるが、それはデマだ。

 実際、負傷者が多く出るのは回避運動をしている時だ。

 被弾すれば小艦艇ならほぼ100%戦死するから、そう言う話が出たのかもしれないが、運良く外壁を塞げば済む程度の損害で沈められなくても酸素が急激に吸い出され、その時に落下物で重傷者が出る場合もある。

 艦から放り出された場合は絶望的だ。タント酸素飴を服用すれば宇宙空間でも呼吸は出来るが長続きはしない。

 そんなわけで駆逐艦「ミステル」は、集結地に着くと他の艦艇と同じように補充と交代の引き継ぎ、そして新兵の教育といった事に追われ始めた。

「次の行動が決まった」

 要塞での何度目になるか分からない会議の後、僕は教導駆逐艦「デュイスブルク」に他の駆逐艦長らと共に集まった。

 今回組む駆逐隊は「デュイスブルク」と僕の船の他に、「ヴェストファーレン」「ライン」の4隻で構成される。

 ファーレンハイト少将の指揮する前衛(挺身砲撃隊)とカール・グスタフ・ケンプ少将の指揮する(機動部隊)に分かれ、マリーンドルフ伯領に駐留する叛乱軍拠点を叩くのが目的だ。

「うちの駆逐隊は前衛に所属する」

 さらにその先頭で哨戒艦として任務に当たる。

(本当に消耗品扱いだな)

 貴族の私領を守る警備隊の艦艇が、港で豪華な調度品を下している様子が窓から見えた。出港前に可燃物は降ろすのは水上艦艇と同じだ。

(あんな物、軍艦に乗せるなんて馬鹿じゃないか)

 大きな額縁に入った絵を運んでいるのを視界に捉えて、ルパートはそう思った。

「――では、先導はケッセルリンク大尉。ミステルに任せるぞ」

(何か押しつけられたぞ)

「歴戦の手腕を見せてくれ」

 にこやかな駆逐隊司令の表情。そして僕より若い他の駆逐艦長達の尊敬に満ちた視線に気づいた。

(こっちを見るな。笑ってんじゃねえぞ)

 何故、そんなに評価されているかと言うと、擲弾兵突撃章に加えて駆逐艦突撃章も胸に飾られていたからだ。駆逐艦の生存率は低い。自分の艦を守り生き残らせた艦長は尊敬を集める。

「微力ながら努力致します」

 期待を受けて内心はともかく無難な返事をしておく。

(本当、期待なんてされても面倒臭い)

 出港準備で忙しくてニュースを確認して居なかった。それでも悪い情報と言うのは自然と入って来る。

 帝国領内で不穏分子の逮捕劇が在ったそうだが、それよりも大きな事件が発生した。

 無差別テロだ。

 手際から見て叛徒の特殊部隊による後方攪乱と思われる。

 目標と成ったのは、軍の施設だけではなく、一般市民の生活に関わる病院、学校、発電所などありとあらゆる場所が襲われた。

「糞、何て事をするんだ!」

 罪もない市民が爆破に巻き込まれ、死傷者が続発した。

 血だらけの我が子を抱きかかえ、泣き叫ぶ母親。倒壊した学校の校舎と担架で運ばれる全身にガラスの破片が突き刺さり、呻いている痛々しげな女子学生。

 そう言った様子が連日、FTLで全銀河に流され同盟の有識者の間でも批難されている。

(母さんも皆、無事って言ってたから良いけど、うちの家族が犠牲になっていたら、絶対に許さない)

 計画を立案した奴は誰か知らないが、捕まれば間違いなく死刑だな。

 ますます叛徒の奴らが嫌いになった。

 

 

 

 カストロプ討伐の動きとは別に帝国は大きいな捕り物を行っていた。

 6月16日、帝国領内の不穏分子の監視活動を目的とする、内務省社会秩序維持局の局長ハイドリッヒ・ラングの報告により、憲兵隊は帝国領内の共和主義者を一斉摘発したのだ。

 この日、検挙された逮捕者数は12,564名、抵抗又は逃走を図り射殺された人数が2,528名。

「素晴らしい成果だ。陛下のお喜び頂けるだろう」

 ラングが部下を労うだけの大きな収穫があった。

 自由惑星同盟を僭称する叛徒の工作員多数を芋づる式に逮捕したのである。その中には、同盟軍最年少の知将と言われるヤン・ウェンリー中将の姿もあった。

「まいったな。何だって私が……」

 こんな事は予想外だよとぼやくヤンは、背中を小突かれ護送車に乗せられる。

「シェーンコップが、後は上手くやってくれれば良いけど」

 ヤンに出来る事は計画の成功を祈るだけだった。

 そして彼の部下は意思を引き継いで行動していた。

 一組の男たちが山間部に位置する水力発電所を望む高台に来ていた。一見、登山客の様だが、持ち物は無反動砲、荷電粒子ライフル、戦斧、手榴弾と物騒な代物だ。

『狐6、こちら狐3。送れ』

「狐3、こちら狐6。送れ」

 装甲服では無く平服に身を包みワルター・フォン・シェーンコップは、警戒に出した部下の呼びかけに応じる。

『狐6、こちら狐3。民間人を下流に確認、指示を求む。送れ』

 攻撃目標のダム。その下流に民間人が居ると言う。その報告に周りに居た部下達が窺う様に視線を送って来る。

「狐3、こちら狐6。計画の変更無し、続行せよ。以上」

 訓練なら中止はあるだろう。しかし自分達は後方撹乱の為、身の危険を冒して敵地に侵入している。予定通り行動するだけだ。部下達にも納得できぬなら、薔薇の騎士連隊を辞めて他の部署に転属願を出せと言って来た。当然、反論する者などいない。

 無反動砲の射手に頷く。

「撃て」

 後方爆風を噴き上げたのを見て戦果確認をするまでも無く、即座に撤収の作業に入る。

 崩壊したダムの貯水は、強力な破壊効果を生み出す。この結果、どれだけの人間が死のうが帝国の人間だ。同じ同盟の人間が傷付く訳ではない。

 その様に説明を受けていたしそう信じるしかない。

 任務に就けば自分達は歯車であり効率的に戦う戦闘機械でしかない。感傷的な事を考えている余裕などない。

 襲撃を終えた後は準備していた中古車によって脱出し、警察の検問などにも引っ掛からないよう引き上げることになっている。シェーンコップの意識は次の攻撃目標に移っていた。

 ヤンの逮捕から数日の時間を置かずして、かねてからの計画に従ってシェーンコップと彼の率いてきた優秀な部下達は動き出した。

 後方攪乱である。

 帝国各地に数名の班に別れ浸透し、破壊活動を実施した。

 目標は軍の施設、警察署、役所などの官公庁、宇宙港、港湾施設、空港、橋梁、トンネル、鉄道などの交通網に、病院、学校、銀行、発電所、工場等だ。

 計画を立案したヤンに言わせれば、必用な犠牲だと言う。

「これは戦争なんだ。一部に良い貴族が居ても、全体的多数は腐って馬鹿ばかりだから、誰かがやるしかない」

 意識を変えるには長い時間がかかる。手っ取り早いのが恐怖による支配。邪道だが手段は選ばない。

「やつらに恐怖を教えてやってくれ」

 そう言って作戦命令を出した。

 不正規戦による恐怖。帝国の指導者達に、何時いかなる時も安全な場所など無いと、恐怖を与え、そういった意味ではシェーンコップは戦果をあげた。

 しかし、副次的な効果として、予想外な反政府分子狩りで虐殺を生み出す事と成る。

 ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世。つまり、リッテンハイム侯爵は、自領の惑星レジャッキー、リディツェ、ベルナルティツェで無実の領民に共和主義者への協力の疑いをかけて、2万名以上を不穏分子として処刑した。

 自らが生み出した暴力の連鎖に、シェーンコップは恐怖した。

「くそ……」

 安宿に溝鼠のように潜み、協力者からの迎えを今待っていた。

 酒を飲まずには居られない気分だった。

(ヤン・ウェンリー。あの男の口車に乗った為、俺と“薔薇の騎士”(ローゼンリッター)連隊の名前は、民間人を無差別虐殺した悪魔、そして無関係な人間を巻き込んだ死神として歴史に名を残すのだろうか)

 バーボンを酒瓶ごと口に含む。胸が焼けるように熱いが、それ以上に一般市民を護るべきという自分の信念を曲げた事で心が痛んだ。

「くそったれめ」

 それが誰に対しての罵倒なのか自分自身、良く分からなかった。ただ一つ分かる事は、糞溜めに漬かった様な最低な気分だと言う事だ。

 安宿の扉がノックされて、ヘイゼルの瞳を持つ女性が入ってきた。

「シェーンコップ少将。お待たせして申し訳ありません」

 目立たない色の私服に身を包み、帽子を被ったフレデリカ・グリーンヒル大尉である。

 彼女はヤンとシェーンコップの連絡を取り次いでいた。本来ならあの憲兵の一斉検挙で一網打尽にされた仲間と一緒に収容所に送られていた所だが、急用で外出していた為、難を逃れられた。

 フレデリカはその時、平然とした表情を取り繕い逮捕の列を横切り、通りを離れようとした。

 ふいに腕が捉まれ路地に引きずり込まれた。

「えっ!」

 振り返り、相手を確認しようとすると、私服を着て変装したシェーンコップがいた。

「見ての通りヤン中将は捕まった。どこも一斉に手入れを喰らったようだ」

 状況は見れば分かる。

 これからどうしたら良いのだろう。呆然とするフレデリカ。手を離し男は言った。

「俺達に付いて来るか?」

 女癖が悪い不良中年として名高いこの男、シェーンコップしか今は頼る相手は居ない。

「はい」

 決意を込めて返事をし、それから薔薇の騎士連隊と行動を共にした。

 もちろん彼らの行った破壊工作も知っている。

 その間、やれる事はやった。帝国の官憲は威信を賭けて自分達を捕らえよとしている。今日も危険を押して協力者に接触し、次の目標への移動手段を手配する算段をつけた。

 監視されている兆候は確認できなかった。自分は諜報のプロでは無いので正確には分からないが、ここに来るまで何度も周囲は確認した。追われる逃亡者という事で、それなりの注意はしているつもりだ。幸運だったのか? それとも、監視は居て泳がされているのか。

 いままでは何とかやって来れた。 

 廊下を伺いさっと部屋の鍵を閉める。帽子を脱ぎフレデリカが振り返るとシェーンコップはベットに横になり、床に空いた酒瓶が転がっていた。

「また飲んでいたんですね」

 覇気に満ちて力強さを感じた男の瞳が、今はどんよりとアルコールで暗く濁っている。

 小言を言いたかったが、今の状況では仕方が無い。フレデリカはそっとため息をついて空き瓶を机の上に置く。

 彼の状況は、自分のような小娘に軽々しく口出しできるものではない。

「チャモチャへの船の手配は棲みました。本日1130時に港に向かい、リンツ大佐の班と合流して乗船という形です」

 経過報告をするという事で遠まわしにしっかりしてよと、叱咤したつもりだ。

「そうか」

 シェーンコップは退室して良いと言う意味で、フレデリカに片手を軽く振る。

 捕虜になった友軍の救出は計画に入っていない。このまま見捨てるのは忍びないが、これも任務優先だから仕方が無い。

(計画に従えば次は不満分子の支援だったな)

 アルコールを追い出すように計画の見直しを頭の中で始める。

 ベットから動かないシェーンコップを見て、フレデリカはそっと溜め息をつくと、失礼しますと退室した。

 一方、自由惑星同盟軍中将にして戦時捕虜のヤン・ウェンリーは、将官と言う事もあり比較的自由な生活を送れていた。

 与えられた部屋は所狭しと本で埋め尽くされている。

「何か必要な物は」と尋ねられ本を求めた結果だ。

 イゼルローン要塞を破壊した立案者と言う事で、ヤンは帝国でも名が知れ渡っていた。優れた敵に相応しい敬意と待遇だった。

「まさか、これは20世紀の小説じゃないか」

 本を幾らでも読めるという夢のような生活だった。

「うん。これなら一生ここに居ても良いな」

 本気である。

 廊下で待機している監視の兵は、その部屋の床にうず高く積まれた本を見ても驚かない。

 ここ数日の付き合いで多少の奇行には慣れており、一日中読書をしているヤンは警戒の対象にならなかった。

 今もヤンは読書に熱中している。

 扉が開錠される音がした。

 与えられた従卒が、紅茶のお代わりと一緒に馴染みと成った面会を連れて来る。

「ヤン中将。面会です」

 その言葉に読んでいた本を置く。

「ああ。ありがとう」

 従卒は一礼して、部屋から出て行く。

「今日は何を読んでらしたのですか」

 香水の香りと共にやって来たのは女性。男爵家頭首のマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人。捕虜である今のヤンのパトロンだ。

「ああヴェストパーレ男爵夫人。いつも本の差し入れ有難うございます」

「いいのよ。私が貴方を気に入っているのだから」

 そう言って彼女は微笑む。

 無償の好意を向けられる事に慣れていないヤンは、照れくさそうに頭をかく。

 希少動物のように手厚く保護されているのは、才色兼備なこの女性の知的好奇心を一見平凡な学者風のヤンが射止めたからだ。

 かつて多くの恋愛で浮名を流した彼女も、今は1人の男性に夢中である。それがヤンだ。

 マグダレーナは、提督としても名高いメックリンガーとも良き友人として付き合っている。多くのパトロンを持つ男爵夫人は、同盟軍最年少の知将であるヤンに興味を持った。

 メックリンガーの伝で面会を許可されると、一目で気に入り連日訪れるようになった。

 机の上にヤンが置いた本を手に取る。古い漢字で書かれた書籍だ。

『壮烈!戦艦大和 遂に足が生える』『犬耳巨乳メイド装甲車隊、南へ』『大逆転! 中国本土決戦』『尖閣要塞2016』等々。

 漢字は読めないがカバーイラストの凄さは伝わってくる。

 呆れたような男爵夫人に対して、ヤンは照れくさそうに「こういう別にリアルさを追求してるわけではない小説は、細かい粗探しをして追求したら負けなんです。それを解っていて喰らいつくのはそれこそアンチか余程の狭量者だけですよ!」と言い訳する。

 そんなヤン子供っぽさが可愛く見えて彼女は可笑しそうに笑っている。

 ヤンの髪を愛おしげに撫ぜながら頬に口付する。

「ちょ、ちょっとヴェストパーレ男爵夫人」

 思わず飛び跳ね入口の方に逃げようとするが、腕に絡みつかれ逃げれない。

「マグダレーナと呼んでくれて良いといってるじゃない」

 魅力的な胸が腕を押す。甘い吐息がヤンの理性をくすぐる。こんな捕虜生活を考えていなかった。

「マグダレーナ!」

「きゃっ」

 禁欲生活の長かったヤンは我慢できずに飛び掛る。

 ヴェストパーレ男爵夫人は嬉しそうに悲鳴をあげた。そう仕向けたのは彼女自身だから。

 

 

 

 ここに高待遇とは正反対の位置にいる虜囚がいた。

 暗い室内。濃厚な血の臭いが充満している。

 フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵だ。

 彼が幽閉されかなりの日数が過ぎた。もう時間の感覚もない。利用価値があるのか、まだ生かされている。

 手足の爪は剥がされた。鞭打たれた体はみみず腫が絶えない。削がれ耳の止血はされているのが慰めだろう。足を潰され最早、歩く事も叶わない。

 散々痛めつけられたその体は、糞尿と汗で薄汚れている。それでも彼は貴族の誇りを持って屈しない。

 公明正大な領主としてその人柄を知られるフランツ。だが優しいだけでは家族と領地を守れない。それなりに汚い事にも手を染めて来た。彼は覚悟があり不屈の闘志を胸に秘めている。

(下賤な輩が調子に乗りおって。必ず殺してやる。私はまだ死んでいない。生きてさえいれば機会はある)

 怒りは生きる力となる。それに希望があった。

 同情的な看守から情報が知らされたのは数日前の事だった。甥のハインンリッヒ・フォン・キュンメル男爵が病弱な身ながら警備隊を指揮し勇戦し、娘のヒルダを逃がしてくれたという。

 ハインリッヒは自ら憧れた英雄となって死んだと言う事だ。

(ああ、そこまでしてくれたのか。馬鹿者め、誰が死ぬまで戦えと言った。だが私は果報者だ。だからこそ甥の為にも、娘のヒルダの為にも私は生き延びる)

 足音が聞こえて来る。その音を聞いて顔をしかめる。

 扉が開いた。

「伯爵様。今日もお遊戯の時間ですよ」

 下卑た笑い声を上げ拷問係がやって来る。永遠の煉獄だろうとも生き延びてやると、決意を込めていた。

 その時、廊下の外で慌しい声が聞こえた。

「帝国軍だ!」

「何だと」

 状況に変化があった。

 漆黒の宇宙に帝国軍艦艇は展開していた。艦首の向いてる方向には、星が煌めいている。

 今から罪人を業火で焼き尽くすのだ。

 警戒配置の駆逐隊は周囲に散らばっている。ハナでの教訓から無人偵察機とワルキューレによる戦闘宇宙哨戒(CSP)がそれを補助している。猫も通さぬ配置と自負して良い。

 6月25日0700時。

 ファーレンハイトは唇を軽く湿らせ副官に合図した。その意を組んで副官が指示を出す。

「射撃用意」

 射撃計画に則った射撃命令が伝達される。

『射撃用意』

 復唱の言葉が受話器から聴こえてくる。訓練と変わりがない。

「艦隊効力射」

『艦隊効力射』

「榴弾20発。秒時12.50」

 方位角、射角と言った射撃諸元の情報を読みあげ伝える。

 射撃諸元の算定は慣れれば簡単だ。使用する弾薬の種類、それから分離装填弾の場合は装薬を選ぶ。それから各種の計算が入る。

 信管秒時の計算の場合、高角と補助高低角の和に応じる信管秒時に、気象や誤差の修正量を足す。方向の算定は図上方向に、偏流、気象方向、方向誤差の修正を足す。そして射角の計算は、高角と高低、そして気象距離、弾量、初速、初速誤差修正量を足すとでる。

 不規形状目標だが、何度も繰り返し行う事で染み込んだ動きは機械のようだ。

『122B、射撃準備よし』

『122C、射撃準備よし』

 各戦隊からの射撃準備完了の報告が、ファーレンハイトの下に届く。

「各個に撃て」

 号令をかける。

『122B、発射』

『122C、発射』

 ファーレンハイトの艦隊に期待される効果は何か。敵の制止、制圧、撃破、破壊、阻止、攪乱である。目的に従っているなら好きにやって良いとオーベルシュタインから通達されていた。楽しませてもらおうとファーレンハイトは笑みを浮かべていた。

 

 

 

 帝都オーディンは一昨日から雨雲に覆われていた。

 午後にはようやく雨も弱まって来て、灰色のどんよりとした雲から薄らと白に変わり太陽の光が感じられる。

 ルドルフ大帝の時代「雨は不快だ」との一言から、軌道上空に艦隊が集められ艦砲射撃によって雨雲を皇帝の居城、その上空から一掃した事がある。費用効果を考えればこれ程無駄で贅沢な事はない。

 現在の皇帝は、歴代の皇帝と比べ凡庸だと言われるが、そのような無駄な事に財を費やさないだけまともな方と言える。

 この日、軍務尚書エーレンベルク元帥が皇帝の居城に報告で参上していた。

 まずはイゼルローン回廊への備えについて、続いてカストロプの叛乱鎮圧についての報告が行われた。

 フェザーン領での帝国軍の活動により、兵員・物資の調達が不可能になったカストロプ側は、消耗を重ねて、戦力のバランスは絶望的に圧倒され、差が開きつつあった。

 そして、今回の攻撃である。

 確かに、大規模な艦隊の移動は隠せないし、攻勢の兆候はあった。しかし、対応するだけの戦力が無かった。守る所が多過ぎるからだ。

 防御線を突破し雪崩れ込んだ帝国軍は、7月2日までに80の惑星を解放し、カストロプ領とマリーンドルフ領の境界を守備する戦力は、壊滅に近い状態にまで陥っている。

「それとマリーンドルフ伯の救出に成功いたしました」

「それは上々」

 皇帝は愉快そうに言った。マリーンドルフ伯は清廉で高潔な人物で政治的野心もなく、おべっかを使う事もない。その姿勢を皇帝は好ましく思っていた。

「後で見舞いの使者を送る事にしよう」

 リヒテンラーデ侯に手配を命じる。

「それと先日、陛下のお膝元を騒がした賊の取り締まりで、一部の者を泳がせたとご報告いたしましたが」

 敵を分散させると言う事は、相手に行動の自由を与えると言う意味もある。

 軍としては手間暇を考えると一ヶ所に集めて一掃したい。対叛乱鎮圧作戦の鉄則だ。

 内務省もその点は了承しており、一部はそのまま取り逃がし追跡した。

「やはり、アンラック大公国に集っているとの事実が判明いたしました」

 そこが新たな害虫の巣になると言う事だ。

「よきにはからえ」

「御意」

 許可は下りた。エーレンベルク元帥は頭を下げる。

 ブリーキン侯爵には無理だと言ったが、それは今すぐに討伐の兵を出すという意味でだ。

 獅子は兎を狩る時も全力で行くという。準備ができれば躊躇などしない。なぎ払うだけだ。

 

 

 

 アンラックの革命軍は、チャモチャの首都機能をそのまま利用していた。

「既存の設備がそのまま使えるのに、わざわざ新設する必要はない。今はそれよりも急ぐ事がある。祖国の再生だ」

 革命軍の指導者ナポギストラーはその様に述べた。

 アンラック大公国の革命軍では、ナポギストラーのカリスマ性に魅せられた志願兵が殺到していた。

 そして革命軍の補強として日夜、無人艦艇が工場で生産されていた。

 この他にも同盟から素晴らしい贈り物があった。

 軍事顧問としてチャモチャに送り込まれた同盟軍将兵は少なくない数だった。

 ムライ少将を指揮官に、技術的な指導者として2500名。これに実戦部隊として、オリビエ・ポプラン中佐、イワン・コーネフ中佐ら選りすぐりの搭乗員が400名。それとベテランの整備員も送り込まれている。

 そしてワルター・フォン・シェーンコップ少将と、同盟軍陸戦隊最強の薔薇の騎士連隊もまもなく到着する手筈だ。

「アルテミスの首飾り。良い名前だ」

 ナポギストラーは同盟から送られた設計図の三次元モデルによる完成予定を見て、満足気に頷いた。フェザーン経由で行われていた武器援助は巧妙で、必要な部品は届いていた。

「部品の組み立ては最優先で行わせております」

「これが完成すれば、チャモチャは難攻不落の要塞になったのと同じだな」

 基本性能の説明を受けた革命軍指導陣の表情は明るい。最高の玩具を贈られた気分なのだろう。

(難攻不落の要塞など無いとヤン・ウェンリーなら言っただろうな)

 ムライは冷めた表情で眺めていた。

 腐敗した貴族に比べて、愚直なまでに生真面目なムライの姿勢はナポギストラーにとって好ましく見えた。ムライはナポギストラーの絶対的信頼を寄せられて、防衛作戦の立案も任される。

 薔薇の騎士連隊は確かに戦技に優れた部隊だが、地上部隊に過ぎない。当面は制宙権を確保して、来るべき帝国軍の襲来に備えねばならない。

 そのためにもできるだけ早く国内に潜む貴族の抵抗を排除し、アンラック大公国を完全に掌握したい。

 現在アッテンボロー大佐が25個ある戦隊の1つを指揮して、貴族の抵抗拠点である惑星の1つに向かっていた。

「我々の手札は限られておりますな」

 パトリチェフ准将が言った。

 たしかに人手も少な過ぎる。保有する艦艇は15000隻。対する帝国がカストロプの叛乱鎮圧後に、こちらに差し向けて来る戦力は、推定で5万~6万隻以上。

「まぁ、幾ら帝国が強大と言っても直ぐには動けるとは思えないな」

 幾ら帝国が同盟に比べて国力が有るとはいえ、補充・再編、それに兵の疲労もあるので休養も必要だ。

 油断は出来ないし警戒は怠らない。正面から戦って帝国軍に勝てるとは思えないが、対策を考えねばならない。

 アルテミスの首飾りが必要になる時は、ここまで敵が押し寄せて来る時だ。

 当面はヤン中将の計画通り機雷原の構築により敵の侵攻経路を限定させ、遊撃戦を展開すると言う事で、目新しい事は思いつかないまま時間は過ぎていく。

 

 

 

23.カストロプイベント終了

 

『カストロプの叛乱――左翼集団の戦い6月~7月』

 エルネスト・メックリンガー著、大銀河絵画出版より

 

 帝国軍によって「ピブロクト」作戦と名づけられ、一般に火病の戦いと呼ばれる戦闘は、決定的に戦況を変えた決戦として戦史愛好家と歴史研究家の注目を集めた。

 カストロプの敗北は艦隊戦力を消耗し主導権を失った事で決まったからだ。

 フレーゲル上級大将の回想録で、彼は次のように記述している。

『オーベルシュタインが提案したのは、私にも分かりやすい単純な陽動作戦だった。敵を引きつけて、その間に敵の大将を取る』

 目的は敵戦力の誘引。それが帝国軍の思惑を離れ決戦へと拡大したのは、あのオーベルシュタインの遠慮深謀をもってしても想定外だった。

 

 

 

 6月半ばからの帝国軍の部隊移動は進撃路の事前偵察や、艦隊集結の偽装など行っている。

「やり過ぎず程々にな」と指示が出ている。

 敵にある程度見つけてもらわなければいけないという事もあり、カストロプ側にも知れ渡った。

 普通に考えれば、マリーンドルフ伯領という突出部を両翼からの挟撃で叩こうとしていると情報が示しており、帝国軍の攻勢と判断できた。

「クレメンスカヤとエリスタに敵が集結中です。構成から考えて主攻はエリスタからだと思われます」

 カイザーリング大将に仕える参謀長のフリドリン・フォン・ゼンガー・ウント・エッターリン少将は、敬愛する上官に戦線を縮小するように進言した。

「敵の企図は明白で、我々の艦隊戦力を遊兵化させ様としています」

 カイザーリングにも参謀長の言っている事は十分理解できる。

(ならばどうするか)

 緑の星に目が止まった。惑星グリン。

 細長い航路が暗礁宙域に一本あるだけだ。

「狙うならここだな。ここで敵の前衛と後続が伸びたその時にバーゼル艦隊を脱出させる」

 ただ引き揚げるだけではない。敵に痛烈な打撃を与えて帰還する。

「決戦場は決まりですね」

 両軍の艦隊は戦いに向けて動き出す。

 

 

 

 帝国軍が解放しれたばかりの惑星ノーヴィ・オスコールに連絡艇がやって来る。

 護衛にワルキューレの編隊が付いている事から、高位な身分の人物が乗っている事が分かる。

 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。マリーンドルフ伯フランツの長女で、この歳19歳になる彼女が乗っていた。

 舷側の窓から外を見ると、晴れ渡った空が広がっている。

 星の大海を巡航艦で揺られている間は、父の事が心配で窓の外を見ても綺麗だと想う事は無かった。

(ようやく、父に会える)

 伝えたい事がたくさんある。

 掃討が終えた装甲擲弾兵が揚陸艇で空へ引き上げていく様子が見えた。

 後の治安維持は、後備歩兵連隊と特別編成警察大隊があたると赤毛の青年士官が説明していた事を思い出す。

 6月25日に帝国軍挺身砲撃隊は、第24及び第25戦隊からなるクルト・ハーゼ少将の分艦隊が守備する3層の防衛線を突破し、マリーンドルフ伯が幽閉されていた惑星ノーヴィ・オスコールも陥落させた。

 そしてマリーンドルフ伯の生存の報告が令嬢に伝えられ、彼女は父に会うため取るものも取り敢えずで駆けつけて来た。

「フロイライン・マリーンドルフ」

 赤毛の青年がやって来て声をかける。

「まもなく到着です」

 窓から振り返って、ヒルダはここまで付き添ってくれた青年に礼を述べる。

「無理を言ってご迷惑をおかけしました」

「いえ」

 青年の笑顔がまぶしい。彼の視線を感じて体温が上がってくるのが解った。

(何を考えているのだろう私は。これからお父様に会うというのに)

 頬を高揚させ、表情をころころ変えるヒルダを好ましく見詰めて、赤毛の青年――ジークフリード・キルヒアイス少佐は思い出す。

 皇帝の寵臣であるマリーンドルフ伯が保護されたと言う事で、「令嬢を送り届け親子の対面を実現させよ」との勅命が、寵姫であったアンネローゼの弟であるラインハルトに下ったのがつい先日の事である。

 婦女子との付き合いなどした事も無いラインハルトに、まともな相手が出来る訳も無い。

「どうせ貴族の令嬢などわがままで傲慢な卑しい性格だろう。俺では喧嘩になってしまう」

 お前に頼むと言われた時はどうしようと思ったが、良い意味でヒルダは予想を裏切ってくれた。

 艦内では専らキルヒアイスが相手をする形となり、短い時間であったがお互いの人柄を知り合うには十分で、楽しく過ごせた。

(アンネローゼ様とは違った美しさがあり、可愛い女性だと思う)

「あの、キルヒアイス少佐?」

 ヒルダが上目遣いで困ったように声をかけてくる。

(ああ。見詰めすぎていたらしい)

 照れる彼女のしぐさが可愛く好ましいとキルヒアイスは感じた。

 しばらく取りとめも無い会話をした後、ふとヒルダは言った。

「また、お会いできるかしら」

「ええ」 

 彼女との会話は、歴史、哲学、文学、軍事など幅広い知識で話題に困る事は無く本心からキルヒアイスは楽しんでいた。

「そうですね。私もまたお話が出来れば嬉しく思います」

 気取らずに話せる相手は数少ない。良い友人になれそうだとキルヒアイスは思った。

「まぁ……!」

 ヒルダは口元に手を当て瞳を潤ませている。

(ん、花粉症か。年中花粉が飛んでいるし大変だな)

「約束よ」

「はい」

 ラインハルトと共にアンネローゼを救い出すと誓った約束。アンネローゼからラインハルトを頼まれた約束。そして守るべき約束がまた一つ増えた。

 

 

 

 元々、帝国軍は掃海を重視していない。艦隊決戦に備えた整備を第一と進めていた。

 カストロプ側の構築した重層的機雷原の突破口を開く掃海戦力が十分に存在しなかった為、航路は限定された物を選ぶしかなかった。

(そのつけを払わされるのが末端の僕らなんだよな)

 待ち伏せや奇襲を喰らう危険はあったが、望まれた効果は奇襲であり浸透突破で達成される。

(なんやかんやと言っても僕らは陽動なんだよな)

 僕の指揮する駆逐艦「ミステル」は、挺身砲撃隊の先頭を哨戒艦として航行していた。

 度重なる戦闘は人的資源の浪費で、毛髪の少なくなった頭皮に石油系界面活性剤をかけているような物だ。

 少なくなった毛髪は大切だ。僕も少ない生き残りとしてベテランのように扱われている。

 これは駆逐艦の命が短いからだ。

 大量生産の消耗品だから艦齢一年も経たずに同型艦が数万隻沈んでいる中、この「ミステル」は幸運艦だと思う。

(何だかんだで、この艦との付き合いも長いんだよね)

 初めて乗ってから階級は一つしか上がってないが、給料の号俸は上がっている。いわゆる配置手当てなどを考えると、それなりの生活が維持できるだけの蓄えも出来た。

(そろそろ、家族で新しい家を買って暮らせるかな。ヴェスターラントとか引越し先に良いな)

 領主のシャイド男爵が善政を布いており、暮らしやすいと言う。新築一戸建てと言うのはサラリーマンの夢だ、住宅ローンの審査だって必ずしも通る訳ではない。のび助として生きていた頃は借家だった。だからある程度のややこしい現実を知っていた。

 基本的にこの世界でも用意する必要書類は変わらない。印鑑証明、源泉徴収、住民票謄本など他にもたくさんある。

(帝国軍は戦争に負けなければ潰れない一流企業。僕は士官だし終身雇用の社員のようなものだ。問題点は駆逐艦の艦長と言うことか。立場的に死にやすいど審査は通るのかな?)

 そんな事を考えながら7月4日0300時がやって来た。

 惑星グリンを通る細長い航路へ進入した。敵の兆候は無い。あそこは、木材の産出地としてしか利用価値はないから今回は素通りする。

(それにしても、この細い航路だと、襲撃されると悲惨だ)

 そう思いながらも0515時には無事通過し終わり、広い宙域に出れた。

 ほっとして、朝食を交代で取ろうかなと思ったときだった。暗礁宙域から出口に差し掛かっていた挺身砲撃隊の最後尾から閃光が吹き上がった。

 

 

 

 エーベルハルト・フォン・マッケンゼン准将は、巡航艦「ブロンベルク」に座乗して、挺身砲撃隊の右舷後方を警戒する第17宙雷戦隊を指揮していた。

 宙雷戦隊は複数の駆逐隊で構成される。艦隊が敵の攻撃を受けた場合、本隊の生死を分ける肉の盾となり一番に死ぬ。

 マッケンゼンは駆逐艦が消耗品だからと言って惰弱な部下はいないと信じている。

 自分達から30光分の後方を機動部隊の前衛が続いていた。

「そろそろ暗礁宙域を抜けます」

「ブロンベルク」艦長のディートリヒ・フォン・コルティッツ大佐が報告してくる。

「うん」

 操艦の難しい航路も終わるので、ほっとしたのだろう。そんな空気をかき消すように報告が入った。

「小型質量前方より多数接近。ミサイル警報!」

 レーダー見張りに付いていたCICの電測員から報告が飛び込んでくる。

 ミサイルの迎撃は基本的に対空戦とやる事は変わらない。迎撃の為、光子ビームの弾幕が張られる。

 続いてエネルギー波感知の報告が届けられた。敵艦による艦砲射撃だ。

「衝撃に備えろ!」

 考えるより前に回避機動を取る為、コルティッツは操艦の指揮を取った。 

 中性子ビーム砲から放たれた濃厚な弾幕が降り注ぎ、右舷を航行していた2個駆逐隊が丸々、レーダーから反応が消えた。

 僚艦は有視界の範囲の外に輪形陣を組んで航行しているのだが、スクリーン越しにはっきりと閃光が浮かび上がって沈んだ事が分かった。

「ブロンベルク」のエネルギー中和磁場にも敵の砲撃がめり込む。振動が艦を揺らす中、考えている時間など無い。次の攻撃が殺到して来る。

「敵艦載艇多数接近中」

 ここでクリストフ・フォン・バーゼル中将麾下、バーゼル艦隊の攻撃を受けた挺身砲撃隊の状況報告はそれぞれ異なっている。

 第17宙雷戦隊のように最初の一撃に耐え激しい抵抗を行う部隊もあれば、誰に気付かれる事も無く壊滅した戦隊もあった。

(やれれたな!)

 報告を受けたファーレンハイトは、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。

 敵が何処から沸いて来たのかなど考える前に、ケンプの機動部隊との間隙が突かれた事を理解した。

(敵は此方の分断を狙っているのか)

 艦隊を反転させると言う選択は無い。みすみす軟らかい横腹をさらす事になる。

(後背からの一撃に対してどうするかだが、罠は食い破るしかないな)

 ファーレンハイトは時計回りに動いてバーゼル艦隊の後背を突こうと考えた。そこへさらに新たな報告が入る。

「左舷後背より、新たな敵艦隊接近!」

 カイザーリングが直接率いてきたカストロプ本領の艦隊だ。

 司令部に動揺の空気が走るがファーレンハイトは司令官だ。一々、驚いていられない。

「要は新手が来る前に目の前の敵を潰せば良いだけだ」

 先ほどの考えを通達しバーゼル艦隊を潰しに動く。

 バーゼル艦隊はバーゼル艦隊で、挺身砲撃隊と機動部隊の間隙を食い破りカイザーリング艦隊と合流しようとしている。つまりはカストロプ本領への撤退だ。

 ファーレンハイトとしてはそのまま逃がすつもりなど無い。何しろ陽動の目的は、敵戦力の誘引なのだから。

 

 

 

 0340時。カイザーリング艦隊は一撃離脱で後退し、バーゼル艦隊はその空けた穴を通り抜けようとしている。その後背に僕ら挺身砲撃隊は高速機動で取り付こうとしていた。

 駆逐艦「ミステル」の10光分程、前方にバーゼル艦隊の後衛が見えた。

「巡航艦数隻に1個宙雷戦隊と言った所か」

 ここまで来たら喰らい付くだけだ。

 僕は指示を出している。部下もそれに従って動いている。

(絶対に逃がさない)

 そこに報告が入る。

「左舷、10時方向から再び敵艦隊接近!」

 カイザーリング艦隊がバーゼル艦隊の後背に迫る挺身砲撃隊を見て、再び反復攻撃に来たのだった。

「しつこい奴等だ」

 砲撃が来る。経験がそう告げていた。

「総員、衝撃に備えろ!」

 数秒後、敵の砲火が中和磁場に降り注いでくる。

「デュイスブルク爆沈!」

 後方を航行していた司令駆逐艦が耐え切れずに沈んだ。「ミステル」を後方から爆風が煽り、揺れる揺れる。

(ああ。また手間が増える)

 駆逐隊司令の一人や二人死のうが混乱などはしない。僕が先任の駆逐艦長と言う事で、駆逐隊の指揮権を引き継ぐ。

 短い付き合いなので感傷など沸かない。

「ミステル」の後に「ヴェストファーレン」「ライン」が続く。

 一本の槍のように何てお上品な突撃はしない。そんな分かり易い機動だと、未来位置を予測されて沈められるからだ。

 僕らの所属する第27宙雷戦隊旗艦から命令変更の指示は無い。ならば引き続きバーゼル艦隊を目指して突っ込むだけだ。

 戦闘を怖くないとは言わない。背筋がぞくぞくする。でも進むしか道は無い。

 スクリーンは敵が撃ち込んで来る放火の閃光で、真っ白に覆われて眩しい。聞いた話だと、あんまりスクリーンを見続けていると光過敏性発作があるらしい。

 

 

 

 後続するケンプ少将も暗礁宙域という狭いトンネルを抜け、麾下の艦隊の両翼を延伸させ始めた。

 戦闘は負けたと思えば、部隊を残すためにそれ以上戦闘損耗率を抑え引き揚げたい所だ。

 しかし実際は追撃し戦果拡張を狙う敵が居る事だし、そう上手くいつでも逃げれる訳じゃない。

「敵艦隊の企図はわかった」

 ケンプは主力艦で敵と接触する中、快速艦艇とワルキューレからなる高速機動部隊を左翼に掻き集めてバーゼル艦隊の頭を抑えようとした。

 上手く行けば挺身砲撃隊と協力して、動きを取れなくなったバーゼル艦隊を前後から挟撃できる。

 勝利の美酒は誰もが味わいたい甘美な物だ。

 ケンプの取った作戦は1941年に北アフリカで、第21装甲師団と第15装甲師団の戦闘団がシディ・レゼクで取った行動の焼き直しだ。実際その戦闘でドイツ軍の右側面に食い込んだはずの英軍は壊滅している。

 必用なのは「その時、どう対応できるか」の知識と判断力だ。

 左翼集団の指揮を預けたのは、第一級の用兵家として名高いアイヘンドルフ准将。その麾下には、フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー大佐の第35巡航戦隊とハンス・エドアルド・ベルゲングリューン大佐の第59宙雷戦隊が居た。ベルゲングリューンは防御にはやや雑な傾向だが、敢闘精神は旺盛でケンプの信頼も厚い。

 

 

 

 僕は戦場と言う狂乱の渦に居た。

 気付けば後続の駆逐艦がいつの間にか沈んでいた。仕方無いよね戦争だし。

 家族と知り合い以外が死ぬのは諦めるし割り切っていた。

「撃てば当たる。どんどん撃て!」

 駆逐艦の中和磁場に戦艦や巡航艦のような耐久度は無い。被弾した時に備えて、艦内の可燃物を捨てるつもりで僕はは命令した。

(それに弾が無くなれば後ろに下がれるしね)

 400発の砲弾が5分間で消費される。

「ミステル」は良く耐えていたが、先頭を進むと的になる訳で敵の火力も集中してぶつけられる。

 敵の砲弾が中和磁場を突き破った。信管が作動し複合装甲を打ち破る。

 衝撃に襲われ、ルパートは艦長用座席から床に叩きつけられた。

「んほぉ」

 よほど強く打ったのか、体に痺れを感じた。何だか体が思う様に動かない。

 視線の先では、床に転がったメモが流れ出る空気に引き寄せられている。

(まずいな。空気が漏れている)

 指示を出そうとしたが声が出ない。

(あれ?)

「亀裂を塞げ!」

 僕の代わりに先任が大声を上げて指示を出す。

(良い指示だ)

 そう思った。

 手空きの班が応急処置で瞬間的に固まる補強剤を流し込みにあちこち駆けていく。

 駆逐艦なんて脆い物で、一発で沈む事はざらにある。そういう意味では幸運な事に、艦の操艦に必要な個所が破壊され致命的になるという事は無かった。

「艦長!」

 副長が慌てたように飛びついてきて僕の腕を抑える。

(何だ?)

 視線をやると片腕がぐしゃぐしゃに潰れていた。

(うわ、何これ。気が付くと痛みが急に襲ってきた。気分が悪くなってきたぞ)

 嘔吐感が襲ってきて出血の為、眩暈を感じた。

「ウエキ中尉。悪いけど、後は任せていいかな?」

「はい。お任せ下さい」

 指示を出し医務室に搬送される途中で僕は気を失ってしまった。

 

 

 

 時刻は正午になろうとしていた。

 敵の抵抗は軽微で余裕もあり、部下に交代で休憩を取らせるとメックリンガーは昼食の用意を従卒に命じた。

(陽動は空振りに終わったのか)

「閣下、左翼集団から報告です」

 断片的な報告が何度か来ていた。

(あちらの戦闘は終わった様だな)

 ケンプがスクリーンに現れた。戦闘後で高揚しているのが分かる。

『0340時から迂回機動を終えた挺身砲撃隊が、バーゼル艦隊に攻撃を開始。後続する機動部隊も随時戦闘参加に移り敵艦隊を捕捉。0450時には撃滅しました』

 ケンプの報告を聞きながら付随する艦隊機動の簡易的な映像を見る。倍速再生された動きにより、両翼から挟撃されたバーゼル艦隊が見る見る数を減らしていく様子がわかり易い。

「バーゼル提督は戦死しましたか」

『捕虜には居ませんでした』

 終始、巧みな機動で友軍を脅かしたカイザーリング艦隊も少なからぬ損害を受け、カストロプ本領へと撤退し防御を固める様だ。

『本会戦で我が方の損害は集計中ですが、4000隻と見積もられます』

 報告書と映像データーで送られて来ている。

「ご苦労様でした。グリンで兵を休ませて下さい。事後の行動は追って指示を与えます」

『はい。失礼します』

(まずまずの満足すべき戦果ではないか)

 バーゼル艦隊はマリーンドルフ伯領で遊兵化させる程度の目的だったが、撃破できたのだから計画以上に大きな戦果だ。そして敵主力のカイザーリング艦隊。こちらに誘引するだけの目的だったが、戦力を減らす事に成功した。

(これで主力も動き易く成るだろう)

 作戦の目的とは違い芸術的とは言え無いが、陽動としては十分過ぎるほどの成果をあげている。

 フレーゲル男爵に報告する為、回線を繋ぐよう指示を出す。

 

 

 

『カストロプの叛乱――左翼集団の戦い6月~7月』

 エルネスト・メックリンガー著、大銀河絵画出版より

 

 帝国軍による両翼挟撃を行う陽動部隊の移動が始まった6月半ばから、カストロプ本領ではカイザーリングの提案により、数多くの抵抗拠点――要塞地帯の構築が始められた。その目的は、高い火力と少ない人員による兵力の節約を作り出す事だ。

 この抵抗拠点を構成するのは、航行能力は低いが火力のある砲艦とワルキューレであり、これによってその他の艦艇を主力艦隊に配備しもっと機動的で重要な攻撃で運用される様になった。

 この叛乱鎮圧の勝利は、フレーゲル艦隊の戦術上の優位というよりも、カストロプ側の戦力弱体の為であった。

 

 

 

 マクシミリアン・フォン・カストロプは、カイザーリング艦隊の留守を守りカストロプ本領の機動打撃戦力として控えていた。麾下の艦艇は3000隻。主力艦隊がマリンドルフ伯領との境界で攻勢を始めた帝国軍と対峙している中、貴重な虎の子の戦力だ。

 マクシミリアンの容姿は端整で有力貴族の子弟の地位もあるが、人格破綻の引き篭りであった。

 その種の人々に特有の根拠の無い病的なまでの自尊心が甘やかされて増長し、領内の年端も行かぬ少女を攫い、その蕾を散らしていた。今も少女に首輪とリードを付けてペットのように連れてきている。

 その様子を旗艦の艦長を務めるホルスト・シャイベルト大佐は、苦い物を噛み潰したような表情で視界に納めていた。

(軍事的才能があるのは認めよう。帝都からのカストロプ公脱出の支援をした手腕は見事だった。奇襲の効果があったとは言え、帝国軍の艦隊を撃退しているのだから。ただ、幼児性愛はいただけないな)

 突如として警報が鳴り響いた。

「敵艦載艇、多数接近!」

 警報に驚いてワイングラスを落としたマクシミリアンが苛立たしげに怒鳴り返す。

「何を馬鹿な。ここは味方勢力圏の真ん中だぞ!」

 訓練中の友軍機では無いか、そう言葉を続けようとした。その時に衝撃が襲ってきた。

 爆発の閃光が広がり、光球の中からワルキューレがその特徴的な機影を現す。

「馬鹿な!」

 幻ではない。帝国軍の襲来だ。

 艦長が指示を求めようと、艦隊司令であるマクシミリアンの方を伺うと床に座り込み茫然自失している。

(所詮は素人か)

 艦長は諦めて操艦の指揮を取る。

 ワルキューレの対艦攻撃能力など知れているが、マクシミリアン艦隊の陣形は掻き乱された。

 さらに後続する帝国軍艦隊が現れて、艦砲射撃を撃ち込んで来るから混乱に拍車がかかる。指示が無いため各艦は個々で回避運動をするしかない。

 艦長がぐいっとマクシミリアンに顔を近付ける。

「閣下。撤退の御指示を願います!」 

 その迫力に無礼を咎める余裕も無く、マクシミリアンは顔を引きつらせる。

「わ、わかった……」

 勢いに押されるように同意したが全てが遅すぎた。

 その決断を下した瞬間、帝国軍の砲火がマクシミリアンの乗艦を捕らえた。

 

 

 

「敵旗艦を撃沈しました」

「終わりかな」

 フレーゲル男爵は、三次元スクリーンに擬似的に映し出された戦況を見て満足気に言った。「勝ちましたな」とオーベルシュタインも同意する。

(勝利の余韻だろうか。いつもは貴族の割りに顔の血色が悪く、しっかりと食事を取っているのかと疑いたくなるけど、今日は血の巡りが良さそうに見える)

 そんな事を考える余裕すらフレーゲルにはあった。

 何しろカルナップ准将とディートリッヒ・ザウケン准将の前衛だけで、マクシミリアン艦隊は撃破した。

 そしてフレーゲル艦隊は、ここまで敵に企図を隠蔽し察知される事無く浸透突破して来れた。

(勝ち戦と言うのは良いものだ。これが勝者の余裕と言う物か)

 満足気な笑みを浮かべるフレーゲルに、オーベルシュタインは進言する。

「降下作戦を開始します」

「うん。後はオフレッサー上級大将にお任せしよう」

 指示は直ぐに伝えられた。準備を終えた輸送船団から揚陸艇が切り離されていく。

 別のスクリーンに惑星軌道を包囲したフレーゲル艦隊と、ワルキューレの支援で降下して行く揚陸艇の群れが写し出される。

 降下作戦は三段階に分けれる。まずは1㎞四方の空挺堡を確保する。この段階では個人携行火器の射程だ。続いて空挺堡を5㎞四方に拡大し装甲戦闘車輛などの増援が到着する。最後に火砲を降ろして10キロメートル四方に前進拡大される。

 7月6日。第三段階に入り空挺堡を拡大し、重装備の機材と後続が降りて来る。

 ヤクィオニギリ平原。ワルキューレが戦闘空中哨戒に当たっている。装輪装甲車が揚陸艇から降ろされると、敵との接触線へ即座に投入される。

 ハルオが指揮する中隊はそこから20キロメートル離れたダイクォン村に前進した。

「我々は帝国軍だ。逆賊討伐にやって来た」

 スピーカーの声に住民は怯えた表情でこちらを窺っている。

 村外れの廃屋に偽装網を張っただけの臨時の指揮所が開かれている。窓ガラスはなく窓枠から外を覗くと、一面の大根畑が広がっていた。

(うまい大根飯が喰えそうだな)

 そう思っていると、隣接するニンズィン村に送った斥候が戻って来た。

「中隊規模の敵装甲部隊が接近中です。歩兵はは見かけませんでした」

(こちらが降下してきたから、慌てて近隣の部隊を投入してきた。そう言った所か)

 ある程度のまとまった兵力が動けば直ぐにわかる。その為に大規模な戦車戦は発生しなくなった。代わって戦場の主役になったのは機動性に優れた装輪装甲車である。

「対機甲戦準備!」

 ハルオはでっぷりと肥えた腹を揺すりながら指示を出す。

 叛徒とは違い同胞相手と言う事で、今回の装備は軽めだった。個人携行のこけおどし手投げ弾は音と煙で敵を混乱させるだけだが、中隊にはハッタリバズーカーやみせかけミサイルが配備されていた。街道には対戦車地雷を埋設させる。

(住民には申し訳ないが、ダイクォン村は抵抗拠点として、敵からの防御に使わせてもらおう)

「大隊本部に火力支援は要請できそうか訊いてくれ」

 非戦闘員に対する配慮など本来はしない。作戦行動中の部隊にとって住民など想定外で憲兵や警察の対処すべき問題だからだ。

「航空支援を2回送れるそうです」

「そいつは良い。できれば村の外で仕留めたいからな」

 前線航空管制官に周波数を切り替え連絡を取る。

 舌を噛みそうな呼出し符号を通信士は何とか発音しながら呼びかけた。

「ウヌャニュペェィギュゥリュ、ウヌャニュペェィギュゥリュ。こちら牧羊犬7。感明送れ」

『牧羊犬7こらウニャ。感明よし、送れ』

 相手はあっさりとしていた。

(おい! 省略してんじゃねえよ)

 思わず内心でハルオが突っ込みを入れたのも仕方ない。

 同情の視線を向けた先で通信士は、無線の感度と明瞭差を確認している。

「繋がりました」

 受話器を受け取りウヌャニュペェィギュゥリュに攻撃目標である接近中の脅威の位置と規模を教える。村に被害を出したくない事も付け加える。

「お手並み拝見と行くか」

 双眼鏡を片手に敵の方向を覗く。しばらくして対地装備の爆装したワルキューレが頭上を通過していく。

 数分後、街道上には破壊された車輛の残骸が溢れる事となる。

 

 

 

 大の字を描いて敵の死体が転がっている。路上に敵の遺体を集めて殺害戦果の確認を兵士達が行っていた。作業の邪魔にならないよう観察している。

 血の染み込んだ赤い土が、死体よりも目を引く。

 死体を放置すれば衛生的にも問題はあるし、戦場の清掃を含めた一連の流れだ。

 畑の端に撃破された敵の火砲が見られる。

「ん、あれは叛徒の使用している牽引式の榴弾砲だな」

「155ミリですな。陣地進入はAPUで自走するそうです」

(ある意味自走か?)

 それはフェザーン経由で入手されたものだった。

 焼け焦げた畑から麦の香りに混ざって油脂が焦げた匂いがする。戦場の匂いだ。

 口元を歪める。自分達が来なければこんなことも無かっただろうと思う。

「敵の迎撃はどうだ」

 降りてからの事を情報参謀に問う。

「小規模な部隊が、散発的に接触して来ました。組織的抵抗と言えるほどの物ではありません」

 撃破された車輛は1700輛、航空機488機を数えている。

「そうか」

 重火器は事前の艦砲射撃で叩き潰され、脅威になる様な数の敵戦力は残っていないだろうと判断された。

 オフレッサーは丘陵地帯に設置された指揮所に向かう。

 インスタントルームセットを使えば、粒にお湯をかけるだけで部屋が作れる。陣地の構築も楽だ。

 フレーゲルのここまで送ってくれると言う約束は守られた。次は自分達の番だ。

 直接オーベルシュタインによって伝えられた作戦を思い出していた。

 装甲擲弾兵はフレーゲル艦隊主力が目標まで連れて行ってくれるので、降りたら一気に確保して欲しい。そう言う事だった。

 対空砲火は厳しく降りる事は難しかったが、降りたらこちらの番だ。

 すでに捜索大隊を増強した戦闘団を尖兵として威力偵察に送り込んでいる。

 他の連隊も戦闘隊形を取り指示された目標方向へ移動する手筈だ。

(少しは楽しめるかな)

 穏やかな田園風景が広がっているが、今からここも戦場になる。

 

 

 

 サブロー・カタクラ中尉の指揮する偵察小隊は、ハルオの中隊に増強戦力として配置されていた。

 任務は中隊に先行し、敵の配置、移動状況を偵察する事。

 サブローの指揮する装輪装甲車には偽装網がかけられ、偽装材料を植生されていた。

 中隊が補給を受けている間にサブローは、先行し敵との接触を継続する為、前進している。航空支援は敵の装甲部隊を撃退し、さらにその後方に歩兵を発見し叩いた。

 さらに戦果拡張すべく中隊は前進する。

 街道を後退するカストロプの車列が見えた。

「大した戦力じゃないな」

 坊主頭を撫ぜながら、サブローは判断した。

「小隊長。この際、叩いておきますか?」

 先任下士官の言葉に頷く。無線の通信系を車内から、小隊系に切り替え指示する。

「ギラン2からバーツ。カストロプの糞ったれ共を叩きのめせ」

 装輪装甲車が偽装材料を吹き飛ばしながら増速して、敵の前に姿を現す。

「小隊、徹甲、前方の敵車列、各個に撃て!」

 徹甲榴弾が敵の車列に撃ち込まれ、兵員輸送車が爆発炎上した。そこから、服に火がつき転げるように兵士が飛び降りて来る。

「撃ちます」

 機銃手がそう告げると、引金を絞り軽快な射撃音と共に車体が小刻みに揺れる。

「よし、前進」

 偵察小隊が接敵し交戦している頃、炎上する集落をハルオの中隊が通過していた。カストロプ側が撤退時、火を放って行ったようだ。住民が幽鬼のような茫然と表情で見つめていた。

「消火を手伝え! 住民を保護するんだ」

 ハルオの中隊は消火活動を終えて投げ出された住民を後続部隊に引き継ぐと、サブローの偵察小隊に続いて前進を再開した。

「今日中に終わらせるぞ」

 連隊長はその様に言われた。

 

 

 

 カストロプ公爵家警備隊指揮所。そこは辺境伯として軍備を備えねばならなかった必要性から、地方領の一貴族の私兵、警備隊としては十分な司令部機能を備えており、現在は叛乱軍の中央指揮所として各部隊の統合運用を指揮していた。

 しかし処理能力の限界を超えた敵の襲来で、飽和状態に成ろうとしている。

「どう言う事だ!」

 オイゲン・フォン・カストロプ公爵は激昂していた。マクシミリアン艦隊は支えきれず壊滅。旗艦が沈み息子は生死不明となっている。

「カイザーリング。貴様に任せれば勝てるはずではなかったのか!」

『勝利を約束した覚えはありません』

 モニターの向こう側に写るカイザーリングの言葉に、オイゲンの周りに居た物はぎょっとした様に表情を変える。

「なんだと!」

『勝てないまでも、一ヶ月か二ヶ月は暴れて見せましょう。その後は、名誉ある和議を申し入れるべきだと申し上げたのです』

 その言葉に偽りは無い。事実を言っている。

 この状況で正論を言われるほど腹立たしい事は無い。お前は無能だと罵倒されているような物だ。

 迫り来る敵に対しての恐怖と、無力な味方に対する怒りから公爵の体が震える。

 当初は帝国軍がマリーンドルフ伯領解放を優先すると予測してていたが、同時にカストロプ本領に攻めて来た。

 単純にそれだけなら、来襲に備えて要塞化していた抵抗拠点でカイザーリングの主力艦隊が戻ってくるまで時間稼ぎをすれば良かった。

 ところが蓋を空けてみればどうだ。準備した抵抗拠点を無視して一気に本拠地までやって来た。

「もはやこれまでか」

『御意』

 カイザーリングは事実のみを答えた。

(自分の代でカストロプ公爵家は滅ぶだろう。娘のエリザベートをフェザーンに逃がしていたのがせめてもの慰めだ。自分は遂に皇帝に勝てなかった)

 公爵は諦めの気持ちが沸いてくる事を受け入れた。

「是非も無い」

 

 

 

 神聖不可侵なゴールデンバウム王朝の象徴であり皇帝の居城、“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)。その広大な敷地内にある庭園の一部は、皇帝自らが世話をしている。世辞抜きで薔薇園は多彩な色と姿、香りで訪れる多くの人々を魅了していた。

 リヒテンラーデ侯は、捜し求めていた人物の姿を庭園の中に見つけ近付く。

「陛下。カストロプの討伐が終了したとの事です」

 オイゲン・フォン・カストロプ公爵が自害し、叛乱終息の一応の目処はついた。首謀者が討たれたとは言え、各地にまだ有力な部隊が残っており武装解除が済むまで油断は出来ないが、ともかく山場は過ぎたと言える。

 薔薇の手入れをしていた皇帝はその報告に頷く。

「ご苦労だった」

 亡き友グリンメルスハウゼンの代わりに皇帝は犯罪の根絶を誓った。

(黒い噂の絶えなかったカストロプをようやく処断できた。今日は気分も良い。シュザンナにでも逢いに行こう)

 皇帝は庭園を後にする。

 

 

 

 医薬品の特徴的な匂いがする。

 僕は気がつくと清潔なシーツに寝かされていた。

 体を起こし辺りを見渡す。医務室の寝台だ。

「痛っ!」

 腕の傷口が疼き痛みで声をあげた。

「ああ艦長。気がつかれましたか」

 その声に反応して医官がやって来る。

「気分はどうですか? 麻酔が切れて痛みがあるでしょうがしばらく我慢して下さい」

 寝起きで頭がくらくらする。それと腕が痛むのを感じた。

「戦闘はどうなった?」

 一番気になる事を訊いた。

「我が軍の勝利です」

 敵艦隊の一つは撃破し、もう一つをカストロプ領に追い返した。主力は敵の抵抗を難なく排除し、カストロプ本星に降下してカスロロプ公爵の遺体を確認したと言う。

 その後、ブラウンシュヴァイク公からの召還命令が届きフレーゲル男爵は一足先にオーディンへ戻る事になった。

(偉い人も大変だな)

 カイザーリング艦隊への対処など事後の行動を託し、高速戦艦で帰路に就いたそうだ。

 この反乱鎮圧が終わるのもそう遠い事ではないと思う。

「本艦の被害はどうなっている?」

 何と言っても艦長だからやる事が溜まっているはずだ。

「損害が軽微とは言えません」

 戦死者は幸いな事に無く、負傷者のみで人的被害は少なかったが、「ミステル」の艦体にかなりの損害を受けドック入りも已む無しとの事だ。

「操艦は先任が指揮を執っております。お呼びしましょうか?」

「いや。もうひと眠りさせてもらおう」

 それが宜しいでしょうと医官は頷く。

 早く復帰する為にも健康管理も仕事の内だ。

 戦傷章が授与されるでしょうと言う医官の言葉を聞き流して再び眠りにつく。今は体が休息を求めていた。

 

 

 

 イゼルローン出兵の成功から自由惑星同盟最高評議会の空気は不穏な物へと変わり始めた。

 出兵の賛成者が自らの功績のように増長し出し、最初にサンフォードが、議長の終身制を議題にあげて来た。

 お前にその器があるのかと、正面から国防委員長のヨブ・トリューニヒトは罵倒し取り下げになったが油断はできない。

(何を考えているんだか、あの議長は……。独裁官にでも成るつもりなのか)

 そして次に情報交通委員長コーネリア・ウィンザーが新たな出兵を提言した。

 帝国の圧政からフェザーンを解放する。

 別に自治領主のルビンスキーに求められたわけでもない。

 ある意味お節介と言える。

 イゼルローン回廊は閉じられ、内戦中の帝国から攻めてくる可能性も低い。

「これからは国力回復に勤しみ守りを固める時なのに、何を求めて出兵しようと言うのだね」

 今回もトリューニヒトは反戦を訴えている。それに対してウィンザー婦人は冷ややかだ。

「決戦に勝利し自由と正義を銀河に飛躍させる為です」

 彼女はそれを信じて疑わないようだ。

 内心、溜息を吐きながらトリューニヒトは諌めようとする。

「その為に、また多くの将兵の命が失われる事になるんだよ」

「かまいません。完全勝利と言う歴史的大偉業の前では些細な事です」

 冷淡に言い放つ彼女の言葉に戦慄を覚えた。

(この女は、親しい者を戦場に送りだす気持ちがわかっていない)

 これ以上、戦争を経済的に支え切れないという事情もあった。今、市民は戦争が終わり、社会的にもようやく安定し始めたばかりだ。

「大義の為に死ぬのは、自由惑星同盟の軍人として当然の責務です。それにフェザーンへの出兵は我が国の防衛と言う観点から必要です。現に帝国は越境作戦を防衛と言う理由で行っています」

 あれはフェザーンが反乱を支援していたからだろう。そう言おうとしたが、気付いた。自分と同じ反戦派の財政委員長ジョアン・レベロが大人しく沈黙して、諦めの表情を浮かべている。

(ああ、なるほど)

 ここに居るものの大半がすでに、出兵するつもりだ。議長を初め主戦派の議員が、トリューニヒトに冷ややかな視線を送って来ている。

(すでに決定事項で今更、自分の意見で翻る事はない。そう言う事か)

 諦めに似た溜息を吐いた。

(これ以上の議論は無駄だ)

「死をも怖れぬ同盟市民の抵抗は、帝国を恐怖のどん底に叩き込むでしょう! これこそが武装闘争で、帝国に鉄槌を加える決意です」

 

 

 

24.求めよ。さらば与えられん ?

 

 カストロプ本領のマリーンドルフ伯領との境界に近いノルトライン星域。

 恒星ノルトラインを中心に幾つかある惑星の内、リッペ、エッセン、ハム、ヘレネの四個所にカストロプの残存戦力であるカイザーリング艦隊は籠っていた。

 恒星の周回軌道を討伐艦隊が封鎖している。

 カストロプの懐刀として期待されたカイザーリング。

 若い頃は皇帝の火消しとして、イゼルローン回廊周辺の戦いで戦線を安定させる活躍を見せ、手堅い防御の名人として知られている。

 今回の叛乱では自軍の準備不足と言う事もあり、大きな戦果をあげる事は出来なかった。

 彼の得意とする防御。そして今だ旺盛な士気と油断できない戦力を保持する艦隊。

 この脅威をメックリンガーが代将として指揮する討伐軍は包囲していた。ここを落とせば組織的抵抗力を持った部隊はもう無い。長々といつまでも反乱鎮圧に時間をかけているわけには行かない。

 

 

 カイザーリングはその知らせを受け取ると、歓喜の表情を一瞬浮かべた。

 バーゼルが戦死した事を知らされると、婦人は自殺したと言う事だ。

(悪いな。これが俺の復讐なんだよ)

 友情の皮を被り二人と接して来た日々。思い出すだけでも苦痛だった。

(恥辱に耐えたのも、全てはこの為だ)

 無駄な叛乱に誘い込み憎い二人を破滅させる。

 目的は達成され穏やかな気持ちになっていく。

 7月12日。オーベルシュタインの進言を受け入れて、メックリンガーは投降勧告を行った。

『皇帝陛下に弓を引く大逆罪だが、首謀者のカストロプが自決した以上、情状酌量の余地があり恩赦で死罪は免れられるよう小官も尽力しよう』

 芸術家提督で名高いメックリンガーの言葉であり信頼もできた。

 だがカイザーリングは「銀河帝国の大将は降伏などしない」と断った。

 実際に投降したとしても情状酌量の余地など無い。皇帝に弓を引いた大逆罪なのだから。

 メックリンガー本人は武人としてのカイザーリングの手腕を尊敬しており、弁護に尽力するであろう事は間違いなかった。

 

 

 

 メックリンガーは指揮所の外に設置された自販機でコーヒーを買う。

「卿はカイザーリングを殺したくないのだな」

 ケンプがメックリンガーに話しかけて来た。周りに注意を払う物も無く、二人だけの為、砕けた口調だ。

「まあな」

 勧告は断られた。あとは攻撃するだけだ。

 カイザーリングの心意気は良し。だが罪もない一般市民や兵を巻き添えにするのは好ましくない。

 メックリンガーが忌々しげに攻撃開始時期を考え込んでいると、しばらくしてカイザーリングに長年仕えていると言う参謀長から、降伏の申し入れがあった。

 カイザーリングは自分は降伏などしないが、兵は別だと言い、艦隊を解散させたそうだ。

「閣下はどうなされるのですか」

 分かっていた。予想も付いていた。

 参謀長に対して、カイザーリングは清々しい笑顔で答えた。

「自分の人生は自分でけりを付ける」

 満足そうな笑みを見ると、一緒に投降しませんかと言葉をかける事は出来なかった。

 自転車に乗ると、カイザーリングは地上に置かれた司令部から離れ、近くの森に姿を消したという。

 

 

 

 軍務省ではカストロプ討伐で武勲を上げて昇進をする者たちの為、少ない将官のポストがさらに減ると言う事で人事を巡り会議は荒れていた。

 そんな中フレーゲル男爵も今度は大将に昇進できるかなと楽しみにしていたが、そうでは無かった。

 7月19日にオーディンに急いで戻ると、先日のクロプシュトック討伐で元帥に叙せられたブラウンシュヴァイク公の元帥府で休む間もなく会議に参加者する。

 真新しい元帥の階級章を付けたブラウンシュヴァイク公の傍らに、主席副官のアンスバッハ准将が控えている。それにブラウンシュヴァイク公子飼いのクルーゼンシュテルン、ヴァーゲンザイル中将の2人がいる。

 フレーゲルとこの3人が、実戦ではブラウンシュヴァイク公の艦隊で各集団を受け持つ事になる。

 会議には他にも、ブラウンシュヴァイク公の元帥府に所属する将官が多数参加していた。

 今や帝国の双璧などと謳われているミッターマイヤーとロイエンタールの二人も来ている。フレーゲルに気付いたのか、一礼して来たので頷き返す。

 他にもシュタインメッツ、レンネンカンプ、アイゼナッハ、ケーリヒ、グリューネマン少将と言った名高い顔ぶれが揃っている。

(どうでもいいが、長時間艦の中で揺られ続けたので眠い)

アンスバッハ准将がフレーゲルに気付いて、厳しい視線を向けてくる。

(あの人は、昔から厳しかったからな……)

 アンスバッハからの咎める視線に、幼い頃を思い出して背筋をびくりと震わせた。

「作戦名は神々の黄昏。これが成功すれば、孫子の代にまで語れる手柄話となるだろう」

 ブラウンシュヴァイク公が次の出兵について心意気を語っている。

 帝国の栄誉がどうの、武人の本懐がどうのと言っているが耳に入ってはいなかった。

 今のフレーゲルはきっちり食事と睡眠がとれるなら何でも良い。

 本格的に眠くなって来たフレーゲルは意識が途切れそうだった。睡魔を払拭する為、別のことを考えようと意識を切換える。

(そうだ! 詰まらない会議に参加するぐらいなら、なじみの店で可愛い子と遊んでいる方が良い。旨い料理に良い音楽。魅惑的な世界……。いかん、意識が一瞬飛んでいた)

「――同盟の関心が、チャモチャに集中した時、我が主力は一気にフェザーンへ進撃します」

(ん、何だ。今、フェザーンに進撃するとか話が聴こえたような)

 壁側に置かれたアンティーク調の柱時計。その針は、2時間の経過を示していた。

(駄目だ。眠すぎて話が頭に入ってない)

 軽く頭を振り、血流を良くし覚醒させようと努力する。

「アンラック大公国の解放に当たる方面軍は、クルーゼンシュテルン中将が統率する」

「はい。光栄です!」

 斜め向かいでクルーゼンシュテルンが返事の声をあげて頭に響く。

(うるさいな、ボルシチでも食ってろ)

 眠い頭は思考能力を低下させていた。

「参加する各艦隊はシュタインメッツ、レンネンカンプ、ケーリヒ、グリューネマン……」

 各級指揮官の名前が読み上げられて行く。ブラウンシュヴァイク公は、彼らに目をかけており手柄の機会を与えてやろうという心積もりだった。

(と言う事は、今回私の出番は後詰めの艦隊かな)

 そんな事を考えていると、ヴァーゲンザイル中将がやって来た。

「フレーゲル男爵」

「はい?」

「カストロプ討伐で見せた閣下の手腕、今回は特と学ばせてもらいますぞ」

「ああ、はい」

(なんだろう。嫌に私を持ち上げるな。男にもてても嬉しくはないぞ)

 会議が終わったので、フレーゲルは伯父に挨拶して帰ろうと席を立った。

「フレーゲル閣下」

 再び呼び止められた。

(何だ、次は誰だよ)

 うんざりしながら振り返ると双璧がいた。

「ああ。久しぶりだな」

 無愛想に成らない様注意しながらフレーゲルは返事をする。

 女性にもてる男は観察眼も鋭い。ロイエンタールはフレーゲルの表情を観察して気付いた。

(挨拶も億劫だ。だが表面上は取り繕うか。その顔を見れば一目瞭然だがな)

 別に不快にはならない。フレーゲルが面倒臭そうなのは戦場でも同じだ。

「はい。今回も閣下の下で戦える栄誉を賜りました。宜しくお願いします」

 ミッターマイヤーは友好的に挨拶しているので、ロイエンタールもそれに習う。

「我々に自由な裁量を任せて下さる方は少ないですからな。閣下に戦果を捧げましょう」

 ロイエンタールを使いこなすのは難しい。それだけの器量が必要になる。

「うん、そうか。宜しく頼むよ」

 いまいち話の流れが分からない。

(小言を言われるだろうが、後でアンスバッハ准将に教えてもらおう)

「帰ったばかりなので、しばらくは屋敷の方に居るから用があれば何時でも連絡してくれ」

「はい」

 二人から挨拶されるフレーゲルを目撃した者は、双璧を使いこなすとは流石にブラウンシュヴァイク公の一門だと噂した。フレーゲル本人の知らないところで評価が高まるのだった。

 フレーゲルは二人に別れを告げ、ブラウンシュバイク公の書斎に向かう。

(ああ、眠い)

 あくびをかみ殺して前まで行くと、中からアンスバッハ准将が出てきた。

「丁度良い」

「はい?」

 今訊いておこう。そう思い、フレーゲルは先程の件を尋ねた。

 それを聴くとアンスバッハは顔をしかめて頭を振った。

「ああ、嘆かわしい」と呆れられ久しぶりに本気で説教された。

「貴方は男爵家頭首としての御自覚が足りません。良いでしょう、今日はとことんお話しましょう!」

 さすがは叔父の腹心と言うだけの事はある。怒鳴り声で、士官学校で野外教育を担当してくれた古参兵の叱咤を思い出し背筋を震わせる。

(子供の頃から散々、世話になっているからアンスバッハには頭が上がらない。ああ、まずいな。こんなに大声を出していたら……)

「どうしたアンスバッハ。そんなに大声を出して」

 扉が開いて、伯父が出てきた。

「御館様、お聞き下さい」

 事情を聞いてブラウンシュバイク公は、人を舐めているのかと激昂した。

「貴様。会議で何も聞いてなかっただと!」

「いや、その……寝不足で……」

 フレーゲルは何か言いたかったが、考えがまとまらず尻すぼみで言葉は消えていく。

 結局、2時間近く廊下で説教を受ける事となり、館に帰ると着替えるのもおっくうで、崩れるようにベットに倒れこんだ。

(やっと寝れる……)

 

 

 

 世の中に、時代の変化を感じ取れる人間が何人いるだろうか。

 アドリアン・ルビンスキーは、数少ないそのうちの1人として“フェザーンの狐”の異名に相応しく、今までは世界を動かしていた。しかし、今は自分の権力地盤が危うい。

 中立にしてほとんど神聖不可侵と思われていたフェザーンで帝国軍が好き勝手に戦闘行動を行った結果、地球教の支持を受けて就任したとは言え、長老会議で叩かれるのも時間の問題と言えた。

(帝国の連中が思い切った行動に出たのは予想外だった。だが予測できなかった事ではない。まだまだ私も甘いな)

 帝国に仇名す逆賊のカストロプをフェザーンが支援していた。この事により帝国相手に商いをするフェザーンの商人たちは、風評被害を受けている。

(それは自業自得だ)

 それに帝国は、今回の一件でフェザーンに敵意を持ち始めているようだ。

(自治領の廃止もあり得る。その先は皇帝の直轄地編入か)

 同盟と帝国の間で存続してきたフェザーンにとって、現状は好ましくない。支配の原理は力であって正義ではないと言う。帝国がその気になればフェザーンなどひとたまりもない。

「さて、どうすべきか」

 フェザーン主府の執務室で書類を処理しながらルビンスキーは、現状を打開する次の手を考える。

 雲行きが怪しくなって来た。これでは、家族揃ってフェザーンで静かに暮らすという夢も危うい。

『失礼します』

 秘書のドミニクから盗聴防止の秘匿回線を通じて連絡が来た。

 夜の愛人の顔とは違い、今は男性も顔負けな有能な秘書としての空気を纏っている。

『ランズベルク伯爵から、内密に自治領主閣下にお会いしたいとの申し入れがありました』

 ランズベルク伯爵は皇帝の側近の一人として、親しく付き合わせてもらっている。皇帝の命を受けた使者としてだろうか?

「会おう。先方の時間を聞いて、予定を組んでくれ」

『かしこまりました』

 さて、どう言った要件だろう。外交的圧力をかけて来るならこちらにもカードは残されているという事だろうし。

 

 

 

 ルパート・ケッセルリンクは人生の岐路に立たされていた。

 姉と慕うエヴァンゼリンが自分の胸に顔をうずめており、胸に触れる軟らかい感触が本能を刺激する。

 少しだけ見えた胸元の白さに、どきっとした。もしかしたら、悟られたかもしれないと内心で冷や汗をかく。

 今重要な、問題はそんな事ではない。愛の告白を受けていた。

(据え膳食わぬは男の恥と言いますが、玉子さん、これは浮気でしょうか?)

 今では、遠い過去になってしまった妻に心の中で語りかけルパートは自問自答している。

 頬を染めながら熱っぽく潤んだ瞳で自分を見上げるエヴァ。

(何故こうなった?)

 天を仰ぎ見れば、無数の星が見える。

(うん。明日は晴天だな)

 8月に入るとカストロプ討伐軍がオーディンに帰還し、次の出兵に備え艦隊の再編成や人員の補充が行われた。僕も火病の戦いで左腕を失い療養を兼ねて、休暇を貰い帰省した。

 この時代の医療技術は大した物で、本物と大差ない義手が手に入った。

 しかしそうは言っても、やはり家族としては衝撃的だったのだろう。母親は気絶して伯母が介抱し、義姉が抱きつき号泣している。伯父は何と慰めの声を掛けて良いのかわからず、困った表情を浮かべていた。

(そのうち、全身義体化なんて実現するのかな)

 泣き付く姉さんをあやしながら、家族の優しさが感じていた。

 それから、夕食の時には落ち着いて談笑できるようになった。

 食事の片付けが終わると姉さんが、散歩に誘ってきた。昔、幼年学校に入るまでの短い間に連れて行ってもらった高台にある近くの公園。そこから見える帝都中心市街の夜景が綺麗だった。

 少し前は、カストロプ公の悪趣味な成金丸出しの館が帝都の美観を損ねていたが、今は区画整理をされたのか姿を消している。

「あ。雪山は変わらないね」

 西の方にフロイデンの山岳地帯が見える。万年雪が夜目にも鮮やかだ。あの辺りは、貴族の山荘が立ち並んでいるそうで、平民には縁のない羨ましい話だ。

(そうだ、新しい引越し先のことを姉さんに相談しようかな)

 今後の事を思い浮かべ、そう考えていた。

 

 

 

 私、エヴァンゼリンは今年23歳になる。

(そろそろ落ち着きたいとか、年齢を考えるようになると歳なのかな)

 友達の彼の話を聞いていたら、自分も早く結婚して幸せになりたいと思う。

(出来たら専業主婦ね)

 今、戦争で女性が働き手として社会に受け入れられている。男手が戦争に駆り出されて、女性だからと言って断っていたら企業もやっていけない。

 私の友達でも普通に働いている者も多いが、小母様達の様に夫や家族に尽くして過ごしたい。

 戦争からルパートが腕を失くして義手で戻ってきた。いろいろあったのだろう。訊きたい事はたくさんあったが、胸がいっぱいになって何も言えなくなった。

 抱きしめた彼の体が以前より痩せており、悲しくなった。

「ただいま」

 彼はそう言った。かけがえの無い人だから心が痛む。

 台所のシンクで洗物をしながら私は考えた。

 中途半端に片付けられる気持ちではない。きっと家族としてではない別の物で、純粋な気持ちでルパートが好き。

 そうと分かったら私は勇気を出して行動した。

(女は度胸と昔の偉い人、たしかピンコーと言う人が言ってたっけ。当たって砕ける訳には行かないけど、頑張ります!)

 散歩に誘い出す事には成功した。ここまでは順調に進んでいる。

 後は、タイミング。

 だけど、口から出た言葉は――

「ルパート、私の事好き?」

 直球過ぎて、意味が通じないかもしれない。頭を抱えたくなった。

「好きだよ?」

 唐突な前後の文章が無い言葉に彼はうろたえる事無く答える。私がどう言う意味で訊いたか分かっていない。だからその好きのレベルが知りたい。

「どれくらい好き?」

 家族として好きなんだろう。異性としては考えた事も無いと言う事が様子から伺え、私はじっと彼を見詰める。困ったような顔をして考え込んでいる。

 よし、ここはもう一押しだ。ルパートに抱き付き口付けした。驚いて開かれた彼の目と視線が合う。

(お姉ちゃんは逃がしませんよ)

 軽く微笑むと唇を離し私は言った。

「覚悟しなさいよ。私は本気だから」

 くすくすと笑いながら、彼の背中に回した手に力を入れる。

 彼は私の物なのだ。

「ええっ!?」

 今まで姉としてしか意識しなかった女性からの突然の告白。それは狼狽させるには十分だった。でも今はそれで良い。外堀は埋めてある。

 ルパートの胸に頭を委ねる。ドキドキと鼓動が伝わってくる。

(ふふ、チョロいわ)

 答える前に既成事実で一歩リードした。あとはこの手綱を緩めない事だと小母様達が言っていた。



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銀英伝に転生してみた 25~26話

25.まずは辺境鎮圧だ~!

 

 8月10日、今日のオーディンは晴れと昨日の天気予報が言っていた。

 目が覚めると僕は姉さんに抱き寄せられていた。

 欲情する以前に、僕は一気に目が覚めてヒヤッとした。玉子さんに何て言い訳をしたらと考えた所で──。

(ああ、そうか)

 思い出した。誘われて最後は流されてしまったのだ。

 姉さんは穏やかで幸せそうな表情を浮かべているが、昨夜は何だか怖かった。

 気持ち的に不味い物を感じモヤモヤしていると呼び出し音がした。少し、ほっとした。

 ドック入りをしていた駆逐艦「ミステル」の点検が終わったとの報告だ。

 事前の通達で20日には新たな出兵に向け動員がかけられる事を知っていた為、慌てることなく家族と別れを済ませて来た。これで気持ちを整理する時間が出来たと思った。

 軌道エレベーターから連絡艇で「ミステル」に向かうまでのシートで、久しぶりに再会した父からの連絡を思い出す。

 TV電話の画面に映し出された頭部に一本も毛のない精力的な男の顔。

「久しぶりだな。ルパート」

 でも声は知っている。温かい眼差しに覚えがある。

「パパ」

 正直、最近音沙汰がないから死んでいるのかと疑っていたぐらいだった。

 まさか自治領主をやっていたとは予想もしていなかったよ。

(家族にそれ位の連絡はして欲しい物だ。まったく……)

 僕はヴェスターラントで家を買おうと思っている。家族で一緒に暮さないかと伝えると父は喜んでくれた。

 頭金の一部どころか全額払ってくれそうな勢いだった。

「まだ処理しなければならない用事が残っているので、しばらくはまた会えない」

 父は残念そうに言った。

「そっか。でも母さんだって心配してるんだから、出来るだけ連絡してよ。家族なんだから」

 約束をした。

(あ!)

 姉さん──いや、エヴァンゼリンの事を言い忘れた事に気付いたのは「ミステル」に着いた時だった。次の機会で良いかと諦める。

 

 

 9月25日。アンラック大公国の、革命軍に所属する巡航艦「ナッシュ・ブリッジス」は航路を誤り彷徨っていた。

 狼狽した艦長に、不安を浮かべた乗員。そんな風景を黙って中止する男が居た。軍事顧問だ。

「ナッシュ・ブリッジス」では同盟軍から送り込まれたニルソン中佐が苛々しながら、その操艦を指導していた。

 自分達で対応などの術を学び取って貰わねばならない。だから極力口出しは、しないと決めていた。

 その結果、無人偵察機を放つ事に気付きようやく航路算定ができて帰路を確認した。

 艦内の空気が弛緩した時、新たな報告が入った。

「艦影多数、接近中」

 熟練とは程遠く位置の情報が入ってなかったが、それでも伝えたい事は伝わった。

 当初は小惑星群や隕石を艦艇と誤認する事もあったが、今回は電波妨害もあったので間違いない。

 そして無人偵察機が撃墜され識別信号が途絶えた。

 9月19日にオーディンを出撃した帝国軍の討伐艦隊がやって来たのである。

「来たぞ、帝国軍だ!」

 ただちに「ナッシュ・ブリッジス」からの報告が、首都メカポリスに居るナポギストラーの下に届けられた。

 チャモチャの北半球にあるメカポリスは円形の都市設計が成されており、南には海が広がり沿岸部には防風林が植生されている。西には川が流れ六本の橋で工業地帯と繋がっており重要な交通手段だ。

 北の山間部からの地上軍の大規模侵攻は困難で二本のルートしかない。結果、橋を落とされれば天然の要害と成り、東か南の海上に進撃路は限定される。

「北からの侵攻はある程度は阻止できるでしょうが、他の三方が脆いですな」

「橋梁の爆破は、敵の侵攻前と言う事で……」

 防御指揮官に任命されたシェーンコップとナポギストラーが打ち合わせをしていると、ネジリン准将が駆けて来る。

「失礼します!」

 ネジリンはナポギストラーの決起に賛同した数少ない将官の1人で、腹心とも言え頼りにしている。

「報告します。航路を間違え彷徨っていた味方の巡航艦が帝国軍の接近を発見しました」

「討伐軍か。艦隊に警報は?」

 報告のあった周辺宙域の艦隊を掻き集め、警戒を厳重にするように通達したという。状況判断は悪くない。

 これが本格的侵攻か、偵察かを判断するには情報が足りない。

 日付が29日に変わる前に革命軍は帝国軍の先鋒を捕捉した。

 帝国軍前衛を勤めるレンネンカンプ艦隊。そのさらに先頭集団であるラインハルト・フォン・ミューゼル准将の分艦隊2800隻。

 対するは革命軍カール・レンペルネ大佐の戦隊600隻。構成された戦闘艦艇の性能差も考えるならば革命軍の勝率は低かった。

 

 

 

 ラインハルトにとっては再び武勲を打ち立てる与えられ好機だった。機会があれば、汚名を返上すると待ち望んでいた。

(レンネンカンプ提督の期待に答えねば)

 直属の上官であるレンネンカンプは、ラインハルトと面識もあり指揮能力を評価してくれていた。

「友よ。ヴァルハラで俺を見ていてくれ」

 ラインハルトは胸から下げたペンダントを覗き呟いた。そこにはめ込まれた写真は、猪のような提督。

 最近、マリーンドルフ伯の令嬢と親しく付き合っている赤毛の親友は、その様子を複雑な表情で見ていた。

「皇帝陛下に仇成し叛徒を先導する首領のナポギストラーを討て。民を正道に導くのは我ら高貴なる物の責任だ」

 出兵に先立ち、骨の髄まで支配階層としての教育を受けて来たブラウンシュヴァイク公はそのように訓示していた。

「ミューゼル准将、卿の働きに期待している」

 本物の貴族であるブラウンシュヴァイク公の温かい言葉に感銘を受けたラインハルトは、門閥貴族への偏見を180度転換し与えられた任務は果たす為に燃えていた。

 アンラック大公国の叛乱鎮圧にあたり、帝国軍が目標とするのは首都の制圧。頭さえ落とせば後は烏合の衆との見解だ。

 その前には、目障りな敵の艦隊を撃破する必要がある。

 今回はそう言った、帝国側の思惑から、艦隊が送り込まれた。

「艦隊なんか無視して、一気に首都を制圧するべきだと思うんだがな」

 ラインハルトは背後で控える赤毛の副官に話しかける。

「キルヒアイス。お前はどう思う」

「道は一つとは限りませんから」

 その言葉を考えてみる。

 最近、赤毛が自分を見る目が以前と微妙に違う事には気付いていた。

 盲目的な忠誠はではなく反論もする。追従されるよりはましだ。

 少年の頃、姉と引き裂かれ二人は誓った。大艦隊の司令官となり、銀河の海を駆け抜け手柄を立てる。

 そしてゴールデンバウム王朝をぶち壊し社会を変える。

 だがしかし、その過程で多くの物を切り捨てて来たが降格され、取り巻いていた世界観は変わった。

 世界の摂理を壊す物は排除される。つまり目立ち過ぎたのだ。

 今度は上手くやる。

「そうだな。こうやって艦隊を誘い出すのも無駄にはならないな」

 革命軍はまだ本格的侵攻だと判断していなかったが、帝国軍は片をつけるつもりで両軍の士気にも差が現れていた。

 かつては帝国を構成する一員としてアンラック大公国もイゼルローン方面へ出兵要請で参陣し、共に肩を並べて戦う事もあった。

 そんな時代を記憶に残す古参兵にとっては、帝国軍を敵として認識するには迷いがあった。

 その躊躇を断ち切るように旗艦「ヒンデンブルグ」でレンペルネは兵を鼓舞した。

「我らは帝国と袂を別った。躊躇する物も居るだろう。だが奴らは遠慮なく砲門を向けて来る敵だ。生き残りたければ戦え!」

 0240時。ミューゼル艦隊の先頭を警戒隊として進む第271駆逐隊がレンペルネ戦隊の最初の獲物になった。

 哀れな子羊に襲いかかる狼の咆哮のように、腹に力を込めてレンペルネは号令をかけた。

「全艦撃ち方始め!」

 灼熱した鋼鉄の矢が放たれる。実体弾はエネルギー中和磁場を易々と貫き、最初の砲撃でミューゼル分艦隊の先頭集団30隻程を撃沈した。

 続けて放つエネルギー・ビームは中和磁場で防がれ至近弾となる。そしてこの一撃に耐えた帝国軍は、27光秒先に革命軍艦艇を発見した。

「舐められた物だな」

 味方が消えた先に現れた相手の戦力はたかだか600隻。自分の半分にも満たない敵の襲撃にラインハルトは眉を寄せる。

 警戒隊の10光秒後方を進んでいた第111戦隊の高速戦艦と、直衛の第160、第6-11駆逐隊を率いてラインハルトは交戦宙域に突入する。

「ブリュンヒルト」の周囲にすぐに敵の弾着が集中する。

 0321時。前衛を指揮するレンネンカンプは、先鋒のラインハルトが会敵した事を知らされて、戦場に急行せており、一方の革命軍も4個戦隊を集結させつつあった。

 艦艇の合計数だけならミューゼル艦隊とほぼ互角。問題は指揮官の技量と兵の質だ。

 レンペルネは他の戦隊と連携し、ミューゼル艦隊を包囲しようとした。

 考えたのは軍人なら誰もが思い描く包囲殲滅の勝利だ。

 両軍の位置は見る間に詰まる。

 正面中央と左翼は手痛い反撃を食らっている。

 狂乱の宴。その言葉がふさわしい。

 纏まりを欠いた革命軍は、個々の戦隊で連係が無く包囲する以前の問題に見えた。

 それでも右翼アッテンボローの戦隊は、ミューゼル艦隊側翼に食らいつこうとしている。

 敵の攻撃に耐えられない物でもない。ラインハルトは自分の勝利を確信した。

 

 

 

 0345時。ニコラウス・フォン・ファルケンホルスト大佐が艦長を務める戦艦「マルクトシュテフト」が、革命軍左翼の戦隊を指揮するカール・ヒンペルト大佐座乗の旗艦「クリムゾン・カーマイン」を撃沈。最初に攻撃を開始したレンペルネも、光の渦の中で戦死した。

 ラインハルトは、敵が我を迎撃に来ているならばと「触ればタコ」と言う柔軟な対応で革命軍をあしらった。ラインハルト自身は攻撃が好きだが、状況により防御を行う方が有利な事も知っている。

(イゼルローンの件では突撃馬鹿と散々に言われたからな)

 敵に手を出させ、こちらが迎え撃つ。単純だが有効な手だ。

 革命軍の各戦隊が統一指揮されていれば攻撃要領も変わったかもしれないが、逐次投入により消耗されていく。

(このままで勝てるか)

 放火に突撃してくる革命軍を見て、「これでは七面鳥撃ちだな」とラインハルトは評した。

 続けて革命軍では中央の戦隊司令がまた一人戦死した。

 これで戦闘開始から早くも、革命軍は三人の戦隊司令官が失われた事になる。敵を排除出来ずに正面攻撃では損害が増えるばかり。最初の迎撃に革命軍は失敗した時点で引き揚げるべきだった。

 アッテンボローは4個戦隊の残存戦力をまとめて指揮し、友軍の到着まで時間を稼ごうとしていた。

(余計な手間を増やしやがって。親父なら喜んで記事にするだろうな)

 内心の苛立ちを抑えて戦線の再構築を行っているが、錬成が足りなかった。革命軍は勢いで押されている。

「敵艦隊の後方に新たな艦隊出現!」

 新たな増援が敵に追加された。アッテンボローはその報告に歯噛みした。

(貧乏人と金持ちの差か……。ヤン先輩、俺の手には負えませんよ)

 持たざる者は知恵を振り絞って戦うしかない。ここに居ない捕虜生活の上司を恨んだ。

 対象的にラインハルトの司令部は、友軍到着の知らせに空気が緩んだ。

「レンネンカンプ艦隊です」

「勝ちは俺達がいただきだな」

 敵の増援が到着する前に、味方の後続が到着した。このまま押し潰そうと帝国軍の攻撃に勢いが増す。

 

 

 

 戦況報告を受け取るとナポギストラーは艦隊温存を放棄し決戦を決意した。

「これは威力偵察ではない」

 レンネンカンプ艦隊の出現で、帝国軍による本格的侵攻だと判断した。

「敵前衛を撃破することで、戦勢(主導権)を獲得する」

 判断に異論を挟んだのは軍事顧問団だけだった。

「これこそ我が軍を引きずり出そうと言う敵の罠ではないでしょうか」

 正面切っての消耗戦は望む所ではない。数で勝る帝国軍の勝利が見えている。

 大抵の戦場では数の多い方が勝つ。戦力差があるのに、敵と同じ土俵でこちらから決戦を挑むなど問題外だ。

 さらに彼我の主力が戦場に到着するまでに戦況がどのように推移するか、また戦闘力が組織的化されるまでの時間関係を的確に見積もらなければならない。

 ムライは当初の計画通り領内に引きずり込み遊撃戦を展開する様に意見具申した。

「失礼ながら言わせて頂きます。革命軍は正面から艦隊決戦を挑める程の戦力はありません」

 ナポギストラーも理解をしておりムライの発言を咎めようとはしなかった。

「貴官の意見も分かるがすでに戦いは始まっている。まさか友軍を見捨てるわけにもいかんだろう?」

 見捨てろと言いたい。だが、それは出来なかった。

 ムライの説得は失敗し、革命軍は決戦へと加速する。

 

 

 

 悠然と「ブリュンヒルト」の艦橋で戦況を見ていたラインハルトが言った。

「無様だな」

 30日1000時。チャモチャに向かう狭い航路に、両軍の艦艇が集結し混雑状態に在った。レンネンカンプ艦隊17800隻、革命軍12600隻である。

 ミューゼル艦隊はレンネンカンプ艦隊の到着で交代して後方に下がっており、その混乱に巻き込まれていない。

 帝国軍としては敵を消耗戦に引きずり込んだだけでも十分に成果をあげている。

 戦局全体を見渡す視野が狭いと後世の歴史家に色々言われるが、ヘルムート・レンネンカンプは実戦部隊指揮官としては優れた判断力を持っている。

「ゲリラ戦をやられるよりは、一度に潰す方が堅実だな」

 レンネンカンプは幕僚にそう言いながらも、寡兵である敵を鎧袖一触といかずに内心で苛立っていた。

(一度引き揚げて、体勢を立て直すべきか。しかし敵を取り逃がす事にならないか?)

 レンネンカンプは知らなかったが、この戦場で革命軍はアッテンボローが軍事顧問という中途半端な立ち位置で、助言や要請という形で指揮しかろうじて艦隊をまとめ上げている状態だった。

 全面攻勢に出れば指揮系統を壊乱させ得る好機だった。

 

 

 

 味方の損害にアッテンボローは舌打ちする。

 各級指揮官の自主積極的な戦闘指導で、戦況の固定化を避けるのは普通だが、今求められているのは守りだ。

 だが革命軍の一隊が、複合装甲とエネルギー中和磁場の限界で火球となるまで闘う艦艇群の間を縫うように進んでいた。アッテンボローの命令ではない。

「命令無視したのは何処の馬鹿だ!」

 怒りで心拍数が一気に上がるのを感じた。

「テンプルトン・ペック中佐です」

 自信満々のにやけた面構えを思い出した。ペックは女性関係で問題をよく起こす困り者で、その噂は軍事顧問の自分にも流れてきていた。

(だめだ、あの部隊は諦めよう。とにかく、今は耐えるしかない)

 即座に存在しない部隊として割り切った。

(こちらの戦力には限界がある。ここからは手際よく戦わないと)

 アッテンボローは額に汗が吹き出すのを感じた。

 

 

 

 帝国軍も余裕だった訳ではない。

 レンネンカンプも抵抗は予想していたが、この様な膠着状態は華麗な戦術機動とは程遠く不愉快だった。このまま引き下がる訳にもいかない。

「あれは……使えるな」

 今まで守りに入っていた革命軍の一隊が攻め寄せて来る。だが連携された動きではない。

「敵の前進に合わせて後退する」

 圧されている様に欺瞞し、突出した敵を叩く。

 

 

「勝てる。勝てるぞ!」

 テンプルトンは後退する帝国軍に気分を良くして勝利を確信した。

(俺は、この戦いで帝国軍を蹴散らし英雄になる)

 そんな夢想さえしていた。

 30分後、突破点も何も目標を持たない革命軍の突撃は、レンネンカンプの緻密な計算で配置された帝国軍の攻撃で崩壊する。

「かかったな」

 レンネンカンプは、最近大人しい金髪の小僧に戦況を変えるチャンスを与えた。

 予備隊として後方で控えていたミューゼル分艦隊が投入されたのだ。

「撃て」

 ラインハルトの腕が振り上げられ、それを合図にエネルギーの豪雨が革命軍を叩く。

 たかだか600隻程度の戦隊。倍する帝国軍艦艇から放たれたビームにより白く輝き爆発していく。テンプルトンは、絶望と屈辱に顔をゆがませ戦死した。

 貴重な戦力の損耗をアッテンボローは苦々しく見詰めた。

「馬鹿が部下を道連れにしやがって……」

 アッテンボローは長年の帝国軍との戦いから、革命軍のような貴族に対する平民の憎悪と言った精神論だけで勝てる相手とは思っていない。

 もちろん最後と言う時になれば、一隻でも多く沈め道連れにするだけの覚悟はあった。

(戦死した馬鹿の事を考えても仕方ない)

 気持ちを切り替え戦闘指導に集中する。

 

 

 

 1300時。レンネンカンプは全面攻勢に出る事にした。

「そろそろ、片を付けるとしよう」

 ラインハルトは命令が下ると、精力的に革命軍の戦列に楔を打ち込み、亀裂を拡大させた。

 その亀裂にレンネンカンプの後続が進入し、突破口を拡大する。

 それに対してアッテンボローはこのままでは負けると判断し、決断した。

「もう良い。撤退だ!」

「宜しいのですか」

 その言葉に幕僚が反応したその時だった。

「右舷二時方向より敵影。本艦に向かってくる!」

 電測員の報告に素早く反応して指示を出す。

「取舵一杯!」

 艦長の操艦の指示が聴こえる中、スクリーンに爆装したワルキューレの編隊が死の天使のようにやって来る姿がはっきりと見えた。

 弾幕を張るが、艦砲射撃も飛んでくるのでそれにも対応しなければならない。

 急に戦場が身近になった気がする。

 今まで自分を守ってくれた幸運の女神が、いつも微笑んでくれている訳ではないと言う事を身をもって知らされた瞬間だ。

 旗艦に敵の攻撃が集中してきた。衝撃が艦を襲う。

 直撃は免れたが、中和磁場を突き抜けた至近弾が複合装甲に亀裂を与えた。外壁の穴は、艦内外の圧力の差で空気を吸い出していく。

「痛っ……」

 アッテンボローは床に倒れていた。幕僚がそこかしこで倒れて血を流している者もいる。立ち上がろうとしたが足に力が入らない。

「おい……嘘だろう……」

 自分の体に深々と、破片が刺さっていた。アドレナリンが分泌されて、痛みが鈍化しているのか体が痺れる感じがする。この負傷では手当てをしても無駄だなと自分でも分かった。

「アッテンボロー司令! 衛生兵を呼べ、司令が負傷した!」

 幕僚の騒ぐ声が聞こえるが、出血で徐々に意識が闇に沈んでいく。

(俺は死ぬのか……)

 最後の瞬間、アッテンボローの脳裏に映ったのは、キャゼルヌの妻であるオルタンスと次女の姿であった。

 

 

 

 一瞬、革命軍の指揮系統が混乱したように、レンネンカンプには見えた。

 優秀な彼の部下達はその隙を見逃さず、革命軍にさらなる出血を強いる。

「旗艦でも沈めたか」

(このまま圧し切ってやれるか?)

 接戦で細かい艦の識別まではやっていない。しかし、戦果拡大して捕捉撃滅する絶好の機会だと言う事は分かった。

 敵に再編する暇を与える気は無い。

「ミューゼル艦隊に命令。退路遮断を行い、進出路を確保せよ」

 突撃の正確な使い方である。

 英気を養ったラインハルトは勇躍して戦場を駆けた。

 ラインハルト艦隊の猛攻を受けた革命軍の戦列は瞬く間に蹂躙された。後退する革命軍を追い抜くのに時間はかからない。

(これまでの抵抗が嘘みたいに無くなった。これはまでの時間を取り戻せる)

 目に見えて革命軍の組織だった抵抗が崩れてきた。自分達前衛だけで、革命軍の艦艇を一掃できそうな勢いだ。

 

 

 

 悪い情報ほど正確で広がるのは早い。緒戦の敗退が、チャモチャの軌道上で増援を集結させていたムライの元に届けられたのは2時間後の事だった。

「くっ」

 ムライは呻いた。

 保有艦艇の56%に当たる8400隻が失われ、主要な戦隊指揮官は全員戦死したと言う。

 その中には自分と同じように自由惑星同盟から遠くここまで送り込まれたアッテンボローの名前もあった。

 ムライから見てアッテンボローはチャラチャラした青年だったが、軍人として最後は義務を果たして死んだ。

 後退する残存戦力は現在も追撃を受けており、損害はさらに増えると予想される。

「48時間以内にチャモチャの宙域に到達すると思われる」そのように報告は締めくくられていた。

 戦線の崩壊はもうどうにもならない。混沌の坩堝に陥っていた。

 

 

 

 フェザーン自治領の行政を掌るのは主府だが、実際に決定権を持つのは長老会議で、ルビンスキーもここから選出された。

ルビンスキーはランズベルク伯爵を通して帝国からの提案を受け取った。そして今日、その提案は長老会議の議事進行を大いに荒れさせていた。

 まず現状を分析しよう。

 

 フェイズ1:帝国の辺境、アンラック大公国でナポギストラーの起こした叛乱。これが、今現在だ。

 有力な帝国軍前衛は、叛乱軍を遭遇戦で打ち破り追撃中。本隊は数日以内に、チャモチャに到達するとの情報を得ている。この叛乱は間も無く鎮圧されて終息するだろう。

 フェイズ2:国内の問題を解決した帝国軍は、フェザーンに対して何らかの形で懲罰を与える事は明白だ。理由は色々あるが、ここ最近だけでもカストロプを支援し同盟に肩入れをしていた。

 そして帝国はこの不出来な自治領に、見切りをつけようとしている。

 フェイズ3:ここでの選択を誤ると、フェザーンは滅ぶ。その事は長老達も分かっており、だから荒れていた。

 

 フェザーンに対する帝国の目は厳しく、フェザーン回廊の帝国側出口に建設された要塞“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)では、カストロプ討伐後も戦力が増強されている。

 その様な現状で、ランズベルク伯のもたらした帝国からの提案は、帝国軍のフェザーン領内通過である。

 カストロプの叛乱では、フェザーン領内の後方拠点を叩く為、帝国軍が暴れまわり越境作戦を行った。帝国はその気になればいつでもフェザーンを蹂躙出来て、それを阻むすべはない。

 公式に帝国軍がフェザーン領内を通過して同盟領内に侵攻する事を認めれば、フェザーンの中立性は失われる。その様な事は認められる事ではない。

 ここで初めてルビンスキーが発言した。

「自由惑星同盟から今回の件とは別に提案がありました」

 彼らは今回のような問題がいずれは発生すると予想していたのでしょうと、ルビンスキーは続ける。

「もし我々が助けを必要とするのであれば、同盟は我々を支援する用意があると申し出てきました」

 必要があれば、ただちに3個艦隊を派遣する準備が出来ているとの事だ。

 確かに帝国に対抗する手段は欲しい。しかし同盟の提案を受け入れれば帝国の敵となり、フェザーンは戦場になる。

 だが逆に帝国の提案を受け入れれば、フェザーンの自主性は失われ帝国の地方領になり下がる。議題は紛糾しそうだ。

 ルビンスキーに長老会議での決定権はないが発言する。

「私は自治領主として、自由惑星同盟の提案を受け入れようと思う」

 怒声と困惑のざわめきが巻き起こる。

 ルビンスキーの発言に後押しされ、同盟と利権のある者はそれに賛同して、帝国に利権のある者は反対する。

 会議に一石投じたのは確かだ。

 

 

 

 フェザーンが今後の対応で苦悩する中、“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)には、フレーゲル男爵を司令官とする帝国軍が長距離機動演習としてオーディンから遠く遠征して来た。

 分艦隊の司令官にはミッターマイヤー、ロイエンタール、ファーレンハイトと言った名高い一線級の指揮官が揃っていた。

 彼らの下でならば勇敢に戦える。そう多くの将兵は思っていた。

 その指揮官の一人であるミッターマイヤーは拘束され、椅子に座らせられている。

 そこは要塞内に割り振られたロイエンタールの私室。仮住まいの宿舎は、家具などが少なく殺風景な部屋だ。

 机を挟んでロイエンタールが向かい合う様に腰かけていた。

「初めて捕虜を尋問した時を思い出すな」

 ミッターマイヤーの瞳はどんよりと濁り、口の周りは乾いた涎で汚れていた。

「そろそろ落ち着いたか?」

 先程ロイエンタールは、以前ミッターマイヤーが弟だと紹介してくれたルパート・ケッセルリンクと再会した。

 家族の再会。そして他愛もない雑談を、ミッターマイヤーの傍らでロイエンタールは聞き流していた。

 しばらくして、ルパートが思い出したように言った。エヴァンゼリンと言う女と婚約したと。

 その事を告げられるとミッターマイヤーは俯き、小刻みに震え始めた。

「ん。ミッターマイヤーどうした」

 ぶつぶつ呟いている姿は傍から見たら危ない奴だった。

「き……」

「き?」

「きええええええええーっ!」

 突然、ミッターマイヤーが奇声をあげて、ルパートの顔面を殴った。唖然として居る間に、彼の首を締め付ける。

(俺としたことが、一瞬思考が停止して反応が遅れた)

「お、おいミッターマイヤー」

 ロイエンタールは慌ててミッターマイヤーの体を引き離そうとした。

「畜生!よくもエヴァを」とか「二人して俺をからかっていたんだな!」などと叫んでいる。

 どうやらミッターマイヤーが好意を向けていた女が、ルパートを選んだらしいとロイエンタールは認識した。

 通りかかったバイエルラインにも手を借りてミッターマイヤーを抑え込んだ。

(まったく手間を貸せさせやがって。俺達はもう若くないんだぞ)

 責任ある提督として醜聞は不味い。身の破滅を招く。

 ロイエンタールは廊下の壁に備え付けてある救急箱から鎮静剤を取り出し、手際良く注射する。

 幸い他に目撃者は無く、ミッターマイヤーをロイエンタールの私室に連れて行き、後は任せろと二人は返した。

 これから作戦が始まろうと言う時に、双璧と謳われる帝国軍の少将が錯乱したなどと噂が広がっては困る。 

 意識を目の前のミッターマイヤーに戻し、ロイエンタールは話しかける。

「俺は他人の家庭に口出せるほど立派な人間ではないが、もしお前が望むならルパートを消すのを手伝ってやるぞ」

 それは本心だった。ルパートには申し訳ないが、ロイエンタールは親友の為なら手を汚しても構わないと思っている。それ以外は有象無象に過ぎない。

 

 

 

 自由惑星同盟軍統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥のオフィスにビュコック、ウランフ、ボロディンの三人が呼び出されたのは10月2日の事だった。

 シトレは帝国側協力者からの情報提供により、近々帝国軍がフェザーン回廊で何らかの軍事行動を開始すると見ていた。

 そこで万が一、帝国軍がフェザーン回廊を通過して同盟領内に侵攻してきた場合を想定し、その対策として同盟軍のフェザーン派遣を検討させ、評議会に計画の見積もりを提出した。

 前回の提案で旨い蜜を味わえた議会の面々は、今回も簡単に承認した。そして準備段階として艦隊の動員令が発令された。

 三人は、初めてフェザーンへの艦隊派遣を打ち明けられ驚いた。

「行ってくれるかな」

 シトレが尋ねた。彼らは、ロボス派ではないがシトレに信服している訳でもない。断ろうと思えば断れる。ウランフとボロディンが視線を合わせビュコックに向かって頷く。

 年長者であるビュコックに従うと言う事で、その意を汲んでビュコックが代表して口を開く。

「わしらは、行けと言われればオーディンだろうがどこでも行く」

 ただ、兵は無駄死にさせられない。参加艦艇は3個艦隊合計で32,900隻、人員5,206,000名。行くならば当然、それなりの準備も必要だ。

「フェザーン側はこの件を了承しておるのでしょうか」

 ビュコックの疑問は当然の事だ。

 フェザーンが了承していなければ領土侵犯するのはこちら側になる。フェザーンが帝国に救援要請すれば問題は拡大する。

 地の利もない派遣した艦隊が待ち伏せなど受けたら、大きな損害を受ける恐れがある。問題点ばかりが目立った。

「当然承知している。現地では十分な支援を受けられるだろう」

 それならば良い。余計な敵を増やすのはご免こうむる。

「解りました。本分を尽くします」

 その後、ビュコックに大将への昇進の辞令と、真新しい階級章が渡された。

「おめでとう。これからも頼むよ」

「生前贈与ですかな」

 ビュコックの遠慮のない物言いにシトレは苦笑した。同盟軍の宿将がようやく相応しい地位についた瞬間である。

 

 

 

 僕はバイエルライン大佐に連れられて医務室で手当てを受けた。

 顔がひりひりと痛む。

(他人に殴られるなんて斗手格闘の訓練以来か)

 要塞の中に停泊している駆逐艦「ミステル」に戻った僕は、自室に戻り鏡で確認をする。

「ああ。まいったなぁ」

 頬が腫れ上がっていた。後は首にくっきりと手形が付いていた。

 あの時の兄さんの顔は恐ろしかった。あれが嫉妬に狂った男の顔と言う物なのか。

(まぁ、兄さんが姉さんに惚れていたのはしっていたけど、僕は悪くないよな?)

 自問自答する。

 今後、顔が合わせ難くなった。どうしようか。

 家族の皆はもう知っている事だし、兄さんにも知らせておくべきだと思った。伯母さんが「良いわ。私があの子に言っておくから」って言うのを僕が「自分で言います」なんて遠慮したのが間違いだったのだろうか。

 とりあえず、バイエルライン大佐には家族の問題なのでと言い口止めはしておいたし、変な噂が広がる事は無いだろう。

 兄の事は結構気に入っていたので早く仲直りがしたい。

「とりあえず姉さんに知らせておくか……」

 FTLでオーディンに連絡をする事にした。どうか、姉さんが怒りません様に。

 

 

 

 チャモチャの軌道上空に帝国軍の迎撃の為、革命軍の雑多な艦艇が集結している。

 艦種は、最終決戦に向けてかき集められ商船から改造された仮装巡洋艦や特設砲艦、急造の無人艦艇なども含んでおり、その数は6280隻。

 ムライは旗艦の巡航艦「オルニトミス」に座乗し、迎撃配置を全般指導していた。

「何とか形にはなりましたかな」

 傍らに立つパトリチェフが捲り上げた上着から見える筋肉隆々とした腕を組み、三次元に表示された配置図を見て言った。

「だと良いがな」

 そう答えるムライの表情は芳しくない。

 それも仕方ない。最初の迎撃は失敗し、革命軍は保有艦艇の半数を失い帝国軍は無人の荒野を走るような快進撃だ。

 現在判明している敵戦力は、前衛のレンネンカンプ艦隊だけで15,000隻以上。これに後続する本体を加えると4万隻以上で、兵力比ではおよそ6倍となる。

(火力指数の戦力比は考えるまでも無いか……)

 敵に致命傷を与えるには戦力も足りない。切り札はアルテミスの首飾りと呼ばれる迎撃衛星。これが頼みの綱だ。

 パトリチェフは豪快に笑い、ムライの不安を吹き飛ばすように言った。

「切り札の決戦兵器に、それを守る艦隊配置。攻めてくるのは圧倒的多数の敵艦隊。燃える状況ですな」

 史劇の題材には相応しいかもしれない。

「そうだな」

 

 

 

 監視衛星が破壊されると同時に敵味方識別装置の信号が途切れ、帝国軍襲来の報が革命軍に知れ渡るのに時間はかからなかった。

「撃ち方止め」

 漂う残骸の間を縫う様に帝国軍ミューゼル艦隊が先鋒として、チャモチャ宙域に侵入しつつあった。

 先日の遭遇戦以来、敵を追撃し戦果拡張を行っていた帝国軍は、チャモチャを目前にして組織的抵抗に遭遇した。

「少々、厄介な敵だな」

 ラインハルト・フォン・ミューゼル准将は金髪をかきあげ、幕僚たちにそう漏らした。

 戦艦「ブリュンヒルト」の艦橋では、ラインハルトが無人偵察機の偵察結果を確認し幕僚にそれぞれ意見を述べさせていた。

 変われば変わる物で、以前ならば幕僚に意見などを求めず、相談しても赤毛の親友だけで自分一人で総てを判断し決断を下していた。

「叛乱軍は軌道上に艦隊を集結中ですが、それ程脅威と言える規模では無いですね」

 先任参謀のアーメッド・モハメッド大佐が発言していた。その見解には全員同意しており頷く。艦艇数と錬度で、帝国軍は革命軍を遥かに勝っている。

「問題はこの軍事衛星ですね」

 情報参謀のネイサン・エンティンハ中佐は同盟からの亡命者で、アルテミスの首輪を当然知っている。

「アルテミスの首輪は単体では使えません。諸兵科混成で有機的な運用が基本で、長距離砲台と思っていただければ十分です」

 敵艦隊が十重二十重に囲んでおり、迂闊に手は出せない。

「廉価版だとしても、これが敵の本土防衛の切り札だな」

 ラインハルトは断言するように言った。

「どれ程の性能が有るか解らないので迂闊に手出しは出来ませんな」

 モハメッド大佐の言葉に現状が要訳されている。濃密な機雷原も構築されており、野戦築城の要塞とも言え、チャモチャへの降下作戦では障害となる。

 

 

 

 

 撒いた芽の一つが成果を上げた。

 帝国駐在の弁務官、ニコラス・ボルテックからの報告にルビンスキーはほくそ笑んだ。

 ヤン・ウェンリーを籠絡せり。

 地球教からルビンスキー監視に派遣された若い主教の青い目は、まだ全てを見通す能力は無くルビンスキーの工作に感付いた様子はない。

 同盟の知将をこちら側の切り札として手に入れたルビンスキーは、精神が高揚して来るのを感じた。

(いいぞ。俺の野心と浅知恵が総大主教猊下に叶うか楽しみだ)

 愛すべき家族と再会する為に、このゲームを降りるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

26.ブリキの王国終了

 

 フェザーンが喧嘩を売って来るとは思わなかったとは言わない。帝国はフェザーンの武力制圧を数十年も前から計画していた。ただ、フェザーンが隙を見せず介入する機会が無かっただけだ。

 カストロプの事件で越境作戦の前例を作った帝国は、最早、躊躇も遠慮もしなかった。全てを片づけるなら早い方が良い。帝国がその決断を下そうとした頃、ルビンスキーもまた、情報提供者によって時代の流れが変わったことを感じ取っていた。

 同盟、帝国、フェザーン。三者の均衡は崩れたのだった。

 現在帝国軍は、10万隻以上の艦艇を揃えようとしていた。ただ艦艇だけを揃えて浮かべるなら無人艦艇でも良い。それを成し遂げる技術はある。

 それは帝国が始めて迎える総力戦であり、神々の黄昏作戦の本質で終わりの始まりに向けての大規模な動員である。

 同盟は本腰を入れていなかった帝国相手に総力戦を挑んでいた。今まで以上に力を入れてきた帝国を相手にするのは至難と言える。

 軍事作戦としては、アンラック方面とは別にフェザーン方面で投入される戦力が7万隻以上を予定していた。各地の工廠で艤装が済み次第、送り込まれている。帝国の経済全体に与える影響も大きく、特需に市場は活性化していた。

「これは、悪逆な叛徒を一掃する聖戦である」

 皇帝の聖断が下り、挙国一致していた。

 長きに渡る戦乱に終止符を打ち、本年中に全ての叛乱勢力を一掃し銀河を統一する。

 それが帝国の方針でリヒテンラーデ侯をはじめ多くの貴族も納得していた。

「いよいよ皇帝陛下も腰を上げられた。我等貴族も本気に成らねばならんぞ」

「新領土総督はブラウンシュヴァイク公か?」

 これだけの動きが同盟に察知されない訳がない。防諜管理も行っているが人の口に戸をたてれないのと同様に、大規模出兵の噂が広がっていた。

「帝国は叛徒を討伐する為に本腰を入れた。フェザーンもどちらに付くか決断する時が来た」

「イゼルローン要塞を落としたとは言え、同盟は勝てるのか?」

 フェザーン側には協力者を通して情報が筒抜けだった。同盟は艦艇と人的資源の消耗が回復していない。現状から考えれば、同盟とフェザーンが協力しても帝国に太刀打ちできる訳が無い。

 ルビンスキーは、フェザーンの敗北を当然のように受け止めていた。最後に生き残りさえすれば良い。

 

 

 

 10月5日。チャモチャの周回軌道を囲むように帝国軍の艦隊が布陣している。幾つも輝く光点の煌めきが、そこに艦艇が存在していることを現していた。一見、美しい幾何学的模様を漆黒の宇宙に描いているが、それはあくまでも革命軍を討ち滅ぼそうとする討伐軍だ。

 後方の軍務省や統帥本部では圧倒的艦艇数の戦力差で、揉み潰せと言う大胆な意見を提案する者も居たが、現場ではそう言う訳にもいかない。

 兵の損耗は将の指揮を問われる。闇雲に攻撃を行い戦力を失えば今後、納得して従う者など出てこない。

 クルーゼンシュテルン中将の旗艦に、麾下の各分艦隊司令が集まっていた。

 皆、実戦経験豊で、闇雲に突撃しようなどと言うバカではない。

「右翼集団は迂回機動で敵艦隊を牽制し、可能であればアルテミスの首飾りから誘引してもらう」

「お任せ下さい」

 クルーゼンシュテルンの指示に、シュタインメッツ少将は自信満々だ。

 カストロプ鎮圧では地味な封鎖を実施し、決定的な勝利に寄与できなかった。今こそ武勲をあげる好機だと張り切っていた。

「前衛は後衛と交代し、予備隊として待機してもらう」

 後衛を指揮するのはグリューネマン少将。戦力的にはレンネンカンプよりは少ないが問題は無い。

 若いが同盟軍相手に実戦経験を積んでおり、将来を嘱望されている。

 しばらくは休んでいてくれとクルーゼンシュテルンが言い、レンネンカンプは配慮に感謝し了承する。

 ここ数日、戦闘続きで確かに疲労は蓄積されていたからだ。

「右翼の牽制が成功した場合は、敵艦隊の撃滅を優先する。成功しなかった場合は、力押しで正面攻撃になる」

 その言葉に各指揮官は納得はできない。そんな安直な手など貴族のバカ子弟でも立てられる。

 アルテミスの首飾りの火力支援がある敵艦隊との交戦は、こちらも無傷で済まない。出来れば、それは避けたいところだ。

「よろしいですか?」

 末席に連なる年若い少将が発言を求めた。

「うん」

 レンネンカンプに替わり前衛となるケーリヒ少将だ。

 状況の打開策があるなら歓迎する。クルーゼンシュテルンは発言を認め頷く。

 期待を込めて全員の視線が集中する。

 ケーリヒはいささか緊張しながら発言した。

「さすがに正面攻撃はこちらにも損害が出るので、ちょっと考えてみたのですが……」

 三次元で表示されたチャモチャ星周辺。その近くにある小惑星帯を指差す。

「こいつを利用できないでしょうか? あの難攻不落のイゼルローン要塞は、恒星を破壊する事でその熱量や質量を使い、陥落させられました。それよりも小さいアルテミスの首輪ならば、もっと簡単に壊せるのでは無いでしょうか」

 そう説明した。

「なるほど、そいつをぶつける訳か! 上手くすればこちらの艦隊は無傷で勝てるかもしれませんな」

「損害を抑えられるのならやるだけの価値はあるな」

 意図する所を理解したシュタインメッツが賛同する。 

 正攻法の戦闘指導ではシュタインメッツも十分有能な指揮官である。

 士官学校で指導教官も担当していただけの事はあり、正統派の制宙権の確保を目的としたやり方だ。

 0745時。帝国軍の先制攻撃によって、アルテミスの首飾りを廻る戦いが始まった。

 まずは陽動としての攻撃だ。

「頑張れよ~」

「大物を沈めて来いよ!」

 整備兵の歓声に送られて、ワルキューレの編隊が出撃していく。

 その様子をシュタインメッツは、スクリーンに映し出される映像で確認していた。

「攻撃隊の発艦が完了しました」

 航空参謀甲の報告にシュタインメッツは頷く。

 陽動を行う場合は、実際にその方向から攻撃を行う様に、部隊の一部を移動させたり、偵察を送り込まなくてはいけない。

 シュタインメッツは教科書通りと言ったら聞こえが悪いかも知れないが、それらの動きを取る事で革命軍の注意を引いた。

 攻撃側は圧倒的戦力差の場合、確実に脅威を排除して戦果をあげようとする。

 第一に狙われたのは外延部の哨戒艦。次に防空艦、そして主目標と言った攻撃手順と成っている。

 革命軍の戦闘宇宙哨戒についていたスパルタニアンが、それに対応する。

「来たな! ウィスキー、ラムは俺に続け」

 ポプラン、コーネフはそれぞれ48機のスパルタニアンを率いて帝国軍を迎え撃った。

 敵の数を見てポプランは口笛を吹いた。 

「喰い応えがありそうだな」

 帝国軍ワルキューレの数は圧倒的に多い。口元に笑みを浮かべると、緊張している部下に声をかける。

「一番多く落とした奴には、帰ったら隊員クラブで奢ってやる」

 ポプランの言葉に歓声が無線から返ってくる。

『約束ですよ!』

 撃墜数を稼ぐには良い機会だと部下も張り切っている。

 錬度と士気、どちらが欠けても勝率は落ちる。一人でも多く生還させる為に、部下の士気を上げる事も指揮官の勤めだ。

 星の大海を飛翔してスパルタニアンは急速に距離を詰める。

 まずは一機目。ポプランは体に染み込んだ動作で作業的に標的を叩く。

 照準レティクルに標的を捕える。

「いただき!」

 ワルキューレがビームに引きちぎられる。

 そのまま敵の編隊に突っ込み、射線上にいた列機も撃墜する。

 一撃離脱。感情が沸き立つような物はない。

 そして旋回し反復攻撃する。

「しっかりとついて来いよ!」

 錬度の低い革命軍には、格闘戦を行うなと指示している。共同戦果でも良いから数機で一機を屠るよう教育していた。

 次の獲物を探してポプランは周囲を見回す。

 有視界戦闘では計器の確認だけではだめだ。自分の目も鍛えなくてはいけない。

 今の所、自分の生徒たちは上手く戦っている様だ。

 応援に上がってきた革命軍のスパルタニアンが加わり、帝国軍のワルキューレが激しい戦闘を繰り広げる。

 そしてその迎撃を掻い潜った帝国軍の攻撃隊は艦艇に襲い掛かった。

 ワルキューレの猛攻に革命軍は戦列を搔き乱される。

「前進!」

 シュタインメッツの号令で、そこに右翼集団が突っ込んで行く。外縁部に位置していた駆逐艦が帝国軍の砲火を浴びて撃沈される。後続する艦艇が警戒線に開いた穴を塞ごうと前進する前に、帝国軍宙雷戦隊が入り込む。

「艦隊戦とはどう言う物か教えてやれ!」

 抑制された動きで、敵であるはずの者も見惚れる艦隊機動だった。

 

 

 

『陽動でしょうか?』

 帝国軍右翼集団の動きにパトリチェフがムライに問う。錬度の高さを感じさせる動きだがその分、疑念を抱かせた。

 普通に考えれば敵の攻撃圏内で動きたくはない。出来るなら自分達にとって有利な状況下での戦いを望む。

「おそらくそうだな」

 自分達革命軍側が、帝国軍より少ない火力を有効に使うには戦力の集中しかない。

 ムライはアルテミスの首飾りが持つ援護の傘から出るつもりはなかった。

「守りを固め敵の手には乗るな」

 自分達にとって有利な土俵に敵を引きずり込む。上手くすれば帝国軍に一矢報いるどころか、今回の戦いに限れば逆転できるかもしれない。その様に考えていた。

『勿論です』

 手の内は読めたが、放置はできないので迎撃だけはする。

『ではいってきます』

 パトリチェフの予備隊が突出した帝国軍を半包囲で叩く。

 革命軍の中では比較的、質の良い部隊で、巡航艦と駆逐艦で構成された高速打撃部隊だ。

「撃て!」

 艦の配置と火網の配置は、隣接する艦との間隙を相互に補うものだ。凹面鏡に突っ込むような物で、前方のみならず、側方・後方から数十万のビームが交差し、帝国軍先頭集団で火球が広がる。

 この場合の対処法は、両翼の凸部分――突角がこちらにとって凹状態で叩けるわけだが、長居をするつもりはない。

「よし、計画通りに食い付いてくれたな。後退するぞ」

 シュタインメッツはすぐに攻撃を中止して引き上げる。

 後退して革命軍を釣り上げるのがシュタインメッツの任務だからだ。

「帝国軍が逃げたぞ!」

 実際は一時的に後退しただけだが、圧倒的有利なはずの帝国軍を退けた。初めての勝利に革命軍は興奮する。

「追撃の許可を下さい!」

 ムライはいきり立つ各級指揮官を抑える。消耗戦に引きずり込まれれば、こちらの負けだ。

「全艦攻撃停止。追撃は無用だ」

 彼我の動きを双方が注視している。

 革命軍はムライが戦列を立て直し追撃して来ない。 

「上手くは乗って来ないようだな」

 クルーゼンシュテルンの言葉に参謀長の少将が応じる。

「それでは、ケーリヒとグリューネマンに前進命令を出します」

 帝国軍左翼と前衛が前進開始する。この動きに革命軍は備える。

「あいつら、正面からぶつかって来た。力押しするつもりか!」

 野蛮人めとムライは思った。

 アルテミスの首飾りが、戦艦の主砲を超える長距離射程で、前衛に被害を与える。

 これも帝国軍にも想定の内で、レンネンカンプ艦隊が作業を終えるまでの時間稼ぎだ。

「いい気になって撃ってろ。すぐに立場は逆転する」

 小惑星帯で作業をしていたレンネンカンプ艦隊から、待ちに待った報告が来た。

「レンネンカンプ艦隊より入電。出発準備完了との事です」

「よし! 作戦開始だ」

 小型の燃焼機関と動力を大量に取り付けられた小惑星が射出された。

 後は、チャモチャ重力に引かれ慣性で自由落下するだけだ。

 直径100km以上で戦艦などを超える大きさ。それだけでも、十分、質量兵器となって脅威だ。

 襲いかかる数も10や20と言った数では無く、100を軽く超える。

「新手の敵艦隊出現!」

 革命軍は帝国軍の物量にうんざりした。しかし自分達にはアルテミスの首飾りがあると安心していた。

 余裕は直ぐに絶望へと変えられた。

「何だあれは!」

 帝国軍の艦艇が散開したと思った瞬間、後方から巨大な岩が次々と射出された。

「げ、迎撃しろ!」

 各戦隊は迫りくる隕石から回避運動を執りながら、迎撃の弾幕を張る。

「撃て撃て、弾幕を切らせるな!」

 砲撃やミサイルで破壊は出来ない。表面の破片を撒き散らすだけだ。

 戦艦や巡航艦もぶち抜き押し潰し、破壊しながらアルテミスの首飾りに向かって飛翔する。

 金属鉄やケイ酸塩鉱物の塊が破片となってさらに、飛び散り周囲に被害を与えていった。残骸が新たな残骸を生み、質量がそのまま兵器となる。

 革命軍に与えた恐怖と衝撃は凄まじい威力であった。

「うろたえるな! 各艦、間隔を開け、隊形を崩すな」

 パトリチェフも戦列を立て直そうとするが、指揮所ごと押しつぶされ戦死する。

「何て奴らだ。やられたな……」

 ムライにはそれが何であるか解った。

「イゼルローンで我が軍が使った手か」

 衝突のエネルギーは凄まじく、被害は甚大でアルテミスの首飾りは次々と破壊されていく。

 せっかく準備された貴重な艦艇が無残に破壊されて、艦隊戦などすでに出来る状態ではない。

 ムライには、破片が地表に落着しない様、迎撃の命令を出すぐらいしか手は無かった。

(これ以上の戦闘は無意味だ。地上部隊を収容して撤退するしか無いな)

 帝国軍は潰走しつつある革命軍に、さらなる圧力をかけるべく砲火を強める。

 落着する隕石の多くは大気圏の摩擦で燃え尽きるが、生き残った欠片は地上にも甚大な破壊をもたらし、大混乱となった。

 

 

 

「よし。予定通り地上部隊を降ろそう」

 帝国軍が正面攻撃で敵艦隊の注意を引いている間に、チャモチャに落着する隕石群に混じり揚陸艇が革命軍の警戒を掻い潜り降下する。

 実際の所、防空レーダーは隕石落下によりほとんど無効となっている。

「これが成功すれば、名をあげれるぞ」

 リューネブルクはそう言ってハルオを送り出した。

(冗談じゃない。カストロプの鎮圧から帰って来たばかりだと言うのに……)

 ハルオは愛犬のブクの写真を眺めていた。

(帰ったら散歩に連れて行ってやらないとな)

 手柄より、生還する事が望みだった。

 一年中霧が覆っている北極海。そこに浮かぶブリキン島。降下地点には最適で島には人の気配も無かった。

「人員・装備異状無し」

 中隊の集結は無事成功し、先任からの報告を受けた。

「まずは降下成功だな」

 潜水艦が降ろされるのを待ち、ハルオの中隊は海路で首都のメカポリスを目指す。

 中隊の任務は後方撹乱。可能であれば友軍の降下時、敵の戦力を分散させ支援すると言う事だ。

 

 

 

 10月9日。メカポリス沖合いに多数の艦艇が集結していた。

 民間船舶だけでなく、駆逐艦や巡洋艦、そして戦艦もいる。

 元はアンラック公国海軍に所属する海防戦艦「トリステイン」。現在、他の艦艇と共に革命軍が接取している。

 仰ぐ旗が変わっても海軍の任務は変わらない。海上交通路の哨戒、沿岸部の警備、海難救助と多岐にわたる。

 軌道上での邀撃が失敗した以上、敵が降下してくるのは明白だ。

 だが、今はそれ以上に問題があった。

 降り注ぐ隕石によって、気象が大きく狂い被害が各地で巻き起こされている。

 首都も無傷ではなく、西部工業地帯は壊滅的打撃を受けていた。

 沿岸部で火災が発生している。

 黒煙が舞い、油脂の焼ける臭いが沖合いにいる「トリステイン」の艦上にまでやって来る。

 艦長のチュ・ドーン大佐は相貌を歪め、憎々しげに呟いた。

「悪魔どもめ」

 海軍も艦艇と航空機を動員して、救助を支援していた。

 ナポギストラーは首都の建て直しを第一として、戦力を終結させている。チャモチャの他の地域では、救助の手が足りず困っている人々が放置されている。

 納得は出来ないが理解は出来る。首都が陥落すれば、この革命も終わるからだ。

 

 

 

 対潜哨戒の警戒は無く手薄だった。

(まぁ、こちら側の行ったアルテミスの首飾り攻撃の余波を食らったのだから仕方がないといえば、仕方がないが)

 ハルオは物にぶつかりながら狭い艦内の廊下を移動して来た。士官室で小さな机をはさみ最後の状況確認を行う。艦長はハルオとそれ程年齢も離れていない、まだ20代前半と思われる幼い顔立ちをしていた。

「戦果は予想外に大きかったようです」

 薄暗い電灯の光の中、艦長の説明によると、落下物によって死者が出るなど各地で大きな被害が出ているそうだ。その説明にハルオは頷く。

「なるほど。それで敵の警戒が手薄だった訳の説明がつきますな」

 敵前上陸は訓練とは違う。用心するに越したことはない。

 上陸を行う前に乗艦していた船が沈められるかもしれない。そう思っていたが、ハルオの中隊は問題無くここまで来れた。

 災害派遣で多くの人材が駆り出されており、自分達のような特殊部隊や工作員による騒擾を敢行した際の防衛計画が立案されているとは思えなかった。

「陸の方も同様です」

 先行して上陸させた斥候の報告によると、海岸を守っていたのは革命軍の歩兵1個大隊で、定時の巡察が辺りを見回りしていた。陣地はまともな着上陸があるとは考えていなかったようで、地雷も埋設されておらずろくな状態ではない。拍子抜けする警戒の薄さだった。

「こいつら、帝国軍なら懲罰物だな」

「まったくです」

 ハルオの言葉に先任も同意する。

「それでは仕事にかかるとするか」

 ここまで運んでくれた艦長に礼を言い、気密室に向かう。

 海中にも障害物は無く、上陸は無事完了した。

 大気圏で燃え尽きずに落着した隕石や、デブリによって各地は混乱している。

 これは進攻作戦を行う軍事活動では有利となる。

 占領後の宣撫工作は、治安の回復やライフラインの復旧を行えば自然と民衆の心を掴むのは容易い。

(それまでは、せいぜい地獄を見てもらおう)

 ハルオの中隊は、薔薇の騎士連隊が帝国領内で行った後方撹乱をそっくりそのまま再現するだけだ。

 

 

 

 市内中央部にある革命軍の中央指揮所。

 そこに幼いころ帝国から亡命し同盟軍の将官となった男は居た。

「アイフェル4番地の交差点で爆発発生。死傷者多数の模様」

「プァルツ病院が爆破されました。警察だけでは人手が足りません!」

「ウルムから後方支援連隊を出せ」

 次々と入ってくる報告は料理の鍋をぶちまけたような喧騒だ。

 ワルター・フォン・シェーンコップは敵が侵攻してきた場合、自軍が極めて不利な状況に置かれる事を自覚していた。

(制宙権は失われ次に行われるのは、地上部隊の降下。圧倒的な戦力でこの星を制圧するのは簡単だろう。自分が指揮官として出来る事は限られている)

 市内の被災地救援に警察や軍が動員されており、防御態勢も怪しい。

(この状況なら、一挙に司令部まで浸透突破される恐れがある)

 ナポギストラーさえ押されば、この戦いも終わりだ。

(自分ならその手を使うな)

 連隊は各重要拠点の防御の為、各地に分散させていた。もちろん、自分たちだけではなく現地部隊が主となり、補完する形をとっている。

 お陰で、手持ちの兵力はない。

(まずいぞ)

 シェーンコップが各中隊を呼び戻そうとそう思った瞬間、外から爆発音が響いた。

 アラン・コスナー伍長は帝国軍の指揮所襲撃で革命軍最初の戦死者となった。

「うっ……」

 正門にいた彼は、眉間に実体弾の射撃を受けて、脳漿をぶちまけて倒れた。

「あれ?」

 上番していた警衛司令のチャールズ・テイラー中尉は、警衛所からその姿を見た。

 最初は、あいつ何をしているんだ、ぐらいにしか思わなかった。

 次に、倒れたコスナー伍長の頭部から流れ出る血を見て異常事態の状況を悟った。

「て、敵襲!」

 そう部下に告げた瞬間、警衛所に黒い物体が投げ込まれた。ころころと床を転がる物体に視線を向けて捉えた物体は、手榴弾。

 爆発と共に、窓ガラスが砕け散り、扉が吹き飛ばされる。

「ナポギストラー拘束を優先する。ナポギストラーを逃がすな」

 ハルオは道に転がった警衛所の扉を踏み締めながら指示を出した。

 革命軍の反応が遅かった訳ではない。

 帝国軍が戦力的に優位だったから、多くの手段が選べただけだ。

 ハルオの中隊は警備の警衛を排除し、中央指揮所の敷地内に踊りこんだ。

 通信妨害も実施し外部との連絡を遮断した。市内が混乱状態であるため、司令部との連絡が途絶えてもそれ程不審な点はない。

(敵の増援が来る前に片づけねばならない。俺達の手で叛乱の決着をつけてやる)

この時、ハルオは野戦指揮官として最も脂の乗り切った時だった。

(良いぞ! 奇襲の効果で、敵の抵抗は軽微だ)

 後はナポギストラーの逃走を阻止できるか、時間との勝負だ。

 中央指揮所の中にある執務室で、ナポギストラーは寝食の生活を行っている。

 連日の敗戦と重圧から最近は薬物に頼るようになっていた。それでも責任感から、疲労困憊しながら指揮を執っている。

 アルテミスの首飾りが破壊され制宙権が損失した。そして降って湧いた隕石落下による災厄。

 正常な判断を行うには、事態が悪化し過ぎている。

 短いが貴重な仮眠をとっていたその時、ネジリンがやって来た。

「閣下! 敵が侵入して来ました。退避を願います」

 浅い眠りだったのですぐに状況が理解できた。

(遂にここまで敵がやって来た)

 部下は逃げろと言う。だがナポギストラーはそれに同意しない。

「司令官が真っ先に逃げ出して将兵がついて来るとは私には思えない。私が逃げる事は、我々の大義を否定する事になる」

 それに私が死んでも革命は終わらないとナポギストラーは述べた。

 ネジリンはナポギストラーの瞳の中にある決意を読みとると、諦めと同時にこの男についてきて間違いなかったと感じた。滅びるのなら彼と共に滅びようと決意を新たにした。

「分かりました。少しでも敵の侵攻を食い止める為、私も行ってまいります」

「すまんな」

 ネジリンは今生の別れに綺麗な敬礼をして退室する。

 廊下では激しい銃撃戦が発生していた。

 近接戦闘に於いて後方の司令部要員と実戦部隊では、戦闘技能に雲泥の差が在るのは当然だ。

 帝国軍装甲擲弾兵は選ばれた精兵であり、ハルオの中隊も数多くの戦闘を経験している。だからこそ今回の司令部銃撃に選ばれた。ここで対抗できるのは薔薇の騎士連隊ぐらいだ。

 突然、革命軍の抵抗が激しくなった。

(指揮官が変わったのか?)

 すぐに気がつき、ハルオは距離を開けるよう指示を出した。

 そして廊下の先に装甲服に身を包んだ集団を確認した。

『ここから先は、同盟軍薔薇の騎士連隊が行かせんぞ』

 シェーンコップの綺麗な帝国公用語がハルオの耳を打った。

「薔薇の騎士連隊だって?」

 相手にとって不足は無いが、厄介な敵だ。

 薔薇の騎士連隊が、革命軍に加わっている情報が知らされていた。しかしここの警備に兵を割いていたとは予想外だった。

(撹乱と言う意味では自分の中隊は、もうこれだけで十分成果をあげている。後は主力の降下まで適当に姿をくらませていても良い)

 だが、この戦いを早く終わらせる事が自分には出来ると気付いた。

(英雄になろうと言う訳じゃないが、やってやる)

 ナポギストラーを捕らえる為にハルオは薔薇の騎士連隊との戦闘を選んだ。

「叛徒が威勢の良い事を言うな。帝国軍の真髄を見せてやる」

 ハルオは前進継続を指示する。

 連隊本部と本部管理中隊だけとは言え、さすがは薔薇の騎士連隊連隊だと唸らせるものがあった。

 ナンバー中隊でなくても、その白兵戦技量が帝国軍の一般部隊よりも上なのははっきりと分かった。

「やるな」

 薔薇の騎士連隊が複合鏡面処理を施した盾で、レーザー・ビームを反射させながら突撃して来る。

 炭素クリスタル製の戦斧によって部下が倒されていく。飛び散る鮮血と悲鳴に怒りが掻き立てられる。

「まともに相手をしてられるか。遊びじゃ無いんだよ」

 ハルオは対物ライフルで狙撃するよう命じた。大口径の実体弾なら貫通できる。

 装甲車すらぶち抜く威力はここでも遺憾無く発揮された。

 シェーンコップの傍らで闘っていたカスパー・リンツが仰け反り倒れる。

「リンツ!」

 シェーンコップが振り返ると、リンツは頭部を撃ち抜かれ脳漿や頭蓋骨の断片を鮮血と共に撒き散らして血の海に沈んでいた。

「くそ!」

 執拗な射撃で指揮官ばかり狙い撃ちされる。

 長い廊下では良い的だ。ここでは分が悪い。

「後退する!」

 戦死者の遺体を回収する余裕はない。

 安全ピンを抜き発煙手榴弾を転がす。煙幕に紛れて薔薇の騎士連隊は撤退した。

 

 

 

 擲弾の破片が、密集していた敵の真ん中で炸裂した。

 装甲服も着ていない、通常野戦服の司令部幕僚では、ただの的だ。

 ハルオの中隊は転がった死体が本当に死んでいるかを確認しながら廊下を進む。

 すると、床に倒れていた一人の男がハルオの足首を掴んだ。

 腹から臓物が出ており瀕死の重傷なのは一目でわかる。蓄えられた口髭から高級将校である事がハルオには分かった。服装は端正にいておくのは軍人の務め。髭を伸ばせると言う事はそれなりの地位と言う事だ。

「死ぬ前に答えろ、ナポギストラーはどこだ?」

「貴様らごときに閣下の理想を邪魔立てはさせん」

 ネジリンにはハルオ達が権力の走狗に見えた。自分たちの正義を邪悪な力で踏み躙ろうとする矮小な悪魔ども。

 血に汚れながらも、憎悪に瞳は燃えている。

「あっそう」

 尋問をしている時間も惜しい。協力しないなら用は無い。

 ハルオは躊躇することなく、戦斧でネジリンの頭を叩き割り先に進む。

 敵の首領はもう目前だ。

「ここか」

 扉が爆破され指揮所の中に装甲擲弾兵がなだれ込んだ。

 高級将校が椅子に腰かけ待ち構えていた。資料で見た革命軍の指導者だ。

「ナポギストラーだな。投降しろ!」

 ハルオの言葉にナポギストラーは不敵な笑みを浮かべる。

 火薬式拳銃に片手を伸ばす。

「生き恥を晒すつもりはない」

 大義の為にこそ命を捨てられる。それこそ革命家の道だと信じている。

「やめろ!」

 ナポギストラーの意図する事を読みとり駆けよって来るが、それより早く眉間に銃口を当て引金を引いた。

 撹拌された脳漿が床に飛び散る。

「くそ……」

 口元に笑みを浮かべたまま頭部を吹き飛ばしたナポギストラーの死体を前に、ハルオ忌々しげに溜息をつく。

(殉教者を作ってしまった。逃走中に射殺したと言う事にしておこう。その方が外聞は良い)

 司令部にはそう報告する事にした。

 

 

 

 残存艦艇を纏め上げようと指揮していたムライの下に、司令部陥落の報告が来た。

「誤報ではないのか?」

 ただの連絡不調、それによる誤報かと考えられた。

「いえ、襲撃を受けて陥落したそうです」

 帝国軍は既に地上軍を降下させていた。手際の良さに感心すら覚える。

(向こうには薔薇の騎士連隊も居たはずだ。それさえ退けたとすると、少数精鋭の特殊部隊か)

「ムライ少将。我々はどうなるのでしょうか」

 副官のラオが不安な表情を浮かべて、皆の疑問を代弁した。 

 ここから同盟領まで無事帰還できるとは考えられない。ならば投降すべきではないかと。

「敵地上軍の本格的降下はまだだ。それにやる事は残っている」

 革命軍への義理は果たした。これ以上に何があると、全員がムライに注目する。

「地上に残っている、友軍の救出だ」

 ここで言う友軍とは、軍事顧問として送られた薔薇の騎士連隊だ。

 通信回線が開かれシェーンコップが呼び出される。

「こんなこともあろうかと、連絡手段を用意していて良かった」

『ずらかるんですね』

「時間はない。一度だけだ」

 帝国軍はこちらに対する掃討を続けている。いつまでの耐えれる訳ではない。

 救出のため地上に近付くのは惑星の自転周期に合わせて一度だけだ。

『深刻に考えなくても良いですよ。捕虜になっても、戦死しても皆一緒ですから』

 軽口を叩き敬礼すると、シェーンコップはスクリーンから姿を消した。

 

 

 

「これで終わったな」

 クルーゼンシュテルン中将は、チャモチャに降下する地上軍の支援と、周囲の残敵掃討に艦隊を振り分けを命じた。

 敵の指揮機能の破壊。それにより組織的継戦能力を奪い、早期制圧を実行すると言う計画だ。

 軌道上で革命軍の残存艦艇掃討が進められる一方で、中央指揮所が陥落した後、帝国軍は本格的降下作戦を始める。

 日没と同時に帝国軍の準備攻撃が始まった。軌道上からの艦砲射撃は首都攻略をを目的に、北半球に集中された。地ならしの後、ワルキューレが残った抵抗拠点や火砲を空爆で片づけて行く。装甲擲弾兵が降下するのは、脅威が排除された後となる。

 メカポリス沖20キロに停泊していたドーン大佐の指揮する海防戦艦「トリステイン」も空からの攻撃を受けていた。

 夜間であろうと電子の目は欺けず、精密爆撃で僚艦が沈んでいく。

「『レンフリード』被弾。『ウシジマ』沈没!」

「『ツクシ』より入電。我、操舵不能」

 次々と被害の報告が入ってくるが、こちらの戦果は芳しくない。

「方位1-9-0より新たな敵編隊が、本艦に向かってきます!」

 スプレッドと呼ばれる編隊を組んでワルキューレが「トリステイン」に向かって来る。海軍もまた滅びようとしていた。

 

 

 

 ラインハルトの指揮する分艦隊も対地支援としてチャモチャに降下する。

「敵宇宙艦隊は壊滅。大気圏内の機動能力を有する航空戦力もほぼ撃破しました」

 情報参謀の報告にラインハルトは、キルヒアイスの差し出した情報端末を操作し確認する。

 地上での掃討なども残ってはいるが宇宙艦隊を撃破し司令部を陥落させた以上、旧アンラック領の解放は一段落ついたと考えられる。事後は抵抗勢力を排除して治安回復に努めるのが主要任務となる。

(戦後の賠償請求を取れる訳でもないし、帝国は復興に力を貸さねばならない。厄介事だな)

 自分の考える事ではないと、思い直して苦笑を浮かべる。

「残る脅威は洋上艦隊ですな」

 中核となる戦力は海防戦艦。他の艦艇と同様レールガンとミサイルで武装している。

「空も飛べず浮かんでいるだけの船など鎧袖一触だ。脅威と言える物でも無い」

 ラインハルトはその様に切り捨てた。

 まともな戦力とも言えない敵の討伐で時間を取るのは、人生の無駄だとラインハルトは思っている。彼が求めるのは対当かそれ以上の敵。自分が全知全能をかけて戦える敵だった。

 彼が望む同盟軍との再戦には、今少しの時間が必要であった。

 帝国軍は圧倒的航空優勢で制空権を握り地上軍を降ろした。まずは首都の確保であり、他の地域は後回しとなる。

 サブロー・カタクラ中尉の指揮する偵察小隊は川沿いの道を進んでいた。当然のように舗装されていたが、今では掘り起こされており通れる箇所を見付ける方が大変だ。

 敵の増援を阻止する為とは言え、自分達の進撃まで速度が落ちた。

(撃つにしても後先考えて欲しいよ)

 装輪装甲車から半身を出して周囲を見ながらサブローはそう思った。

 交差点に差し掛かると、車体が少し浮き上がる感じがした。

 爆発と同時に右の前輪が吹き飛んだ。

「くそ!」

 続けて通りに面した民家から銃火が降り注ぐ。首を引っ込めて敵の方向を注視する。白い庭付き一戸建て。窓から機関銃を撃って来ている。

(ああ。あんな家、俺の給料では買えないな)

 そう思いながらも敵情を分析する。

(他に敵の姿は見受けられない)

 火点の位置を確認して機銃手に指示を出す。

「1時方向、敵散兵、民家だ。撃て!」

 砲塔が回転して機関砲が制圧射撃の為、放たれると民家の窓が粉砕されて庭の芝に木片を撒き散して行く。

 

 

 

 10月13日。アンラック大公国における叛徒の扇動による革命の鎮圧が終了。帝国軍は治安回復の為、しばらくは同地に駐留する事になる。

 以上の報告がフェザーンに届いた。

 獲物を狩り尽くした猟師が次に狙うのは、自分たちだ。

 敏感にその空気を感じ取ったフェザーン人は行動を開始する。

 フェザーン駐在の帝国高等弁務官事務所。そこでは、帝国とフェザーンを結ぶ窓口として様々な業務をこなしている。

 正午が近い。午前中の業務もそろそろ終わる。

 手続きで並んでいた来訪客の列が途切れ、一等書記官であるバド・ロバーツは、一息入れようと何気無く窓の外を眺めた。

 敷地と外界を隔てる塀の外には、フェザーン警備隊と治安警察の地上車が集まっていた。

 予備役中尉である彼は、戦場特有の殺気に気付いた。

 装輪装甲車から武装した警官隊が降りて来る。元は対反乱鎮圧や暴徒鎮圧を目的とした軽歩兵程度の貧弱な装備だが、銃は人を殺すには十分な威力を持っている。

 殺気が窓を通してもこちらに伝わってくるのが分かった。

「おい何事だ!」

 帝国の警備兵が門の内側で騒ぎ出し、集まり出した。

 弁務官事務所の敷地内には常時、帝国軍の1個小隊が警備の為、駐屯している。

 敷地の内側は外交官特権に守られた治外法権の場所だ。

『武器を捨て道を開けなさい』

 警察からの言葉に驚いた。

(まさか、やつらこっちにやって来るつもりか)

「何を馬鹿な事を言っている。この敷地は帝国領だぞ……おい、何をする。待て!」

 警備兵の制止の声を振り切って、装甲車が突入して来る。

「射撃用意」

 指揮官の怒声がこちらにも聴こえて来る。

 ロバーツから見て同胞とは言え、装甲車相手では無駄な抵抗である気がした。

「撃て!」

 警備兵も果敢に抵抗するが小火器しか持ち込んでいない。装甲車相手では当然のように制圧される。

 帝国本土に急を知らせねばと、FTLの回線を帝国に繋ごうとするが電波妨害を受けているらしく繋がらない。

「何だ、何事だ!」

「フェザーンの奴らどう言うつもりだ」

 廊下の外も騒がしくなって来た。

 バドの執務室にも武装した警察官が乗り込んでくる。

「全員その場を動くな」

「無礼な!ここをどこだと思っている。この敷地内は帝国領だぞ」

 上司が怒鳴り返していた。

(そうだそうだ。言ってやれ!)

「手を見える所に上げろ。不審な動きをすれば射殺する」

「お、おい!」

 抗議の声を無視して警察官は、職員を次々と拘束していく。

 

 

 

 10月15日。

 艦艇32,900隻、人員5,206,000名の同盟軍が、歴史上初めてフェザーン領内に足を踏み入れた。

 スクリーンにフェザーン回廊を構成する星の大海が広がっていた。

 予定宙域で同盟軍はフェザーンの警備艇と会合し、ほっとした空気が艦内に流れる。

『歓迎する。フェザーンへようこそ』

 道先案内の警備艇から信号が送られてきた。

「ここがフェザーンか」

 ビュコックは感慨深げに言った。ここから先は未知の航路だ。

 長老会議に同盟軍到着の報告が届いた。

 スクリーンに静々と誘導されて、フェザーン領内に進駐して来る同盟軍の艦隊が映し出される。

 見るからに頼もしい、煌めく光点の群れ。その光に幻惑されたのか誰かが叫んだ。

「フェザーン万歳!」

 事前に用意された扇動者だが、一人が動けば数人が動く。数人が動けば群衆心理で我も我もと皆が動き出す。それに唱和する者が現れ、大きく広がっていく。

 全ては意思統一という目的の上で描かれた台本通りに進行している。

「打倒銀河帝国!」

「ゴールデンバウム王朝を倒せ!」

 ルビンスキーは熱狂する人々とは別に、冷めた表情でその様子を眺めていた。

 これまでの会議で帝国に利権を持つ者と同盟に利権を持つ者に別れて討論は続けられていた。当然、同盟と手を結ぶと言うことに対して強い反発はあった。

 ルビンスキーが先手を打って、不満分子を一網打尽にしていなければ自治領主の座を追われていたかも知れない。

 今ここに居るのはルビンスキーを支持した者ばかりだ。

(もっとも自分の利益が脅かされるようになれば、手のひらを返すかもしれない連中だ。信頼に足る者はいない)

 帝国に反旗を翻す。その事で今は興奮しているだけだ。落ち着いて考えれば、勝ち目が無いのは分かっている。

(まぁ良い。最後に笑うのは私だ)

 笑みを浮かべてルビンスキーは人々の輪に加わり、握手を交わす。

 

 

 同盟軍がフェザーン領内へ進駐した。その事がFTLを通して全銀河に配信された。

 そして、フェザーン回廊の帝国側出口は、転じて同盟との最前線となり、そこに位置する要塞――“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)は、触れれば切れるような緊張感に包まれていた。

『これは、宇宙開闢以来の快挙であります』

 レポーターが興奮気味に報道している。その背後には、同盟の艦艇が写っていた。

 自由惑星同盟はこれまで中立的な立場を示してきたフェザーンが自由惑星同盟を正式に承認することによって、帝国の貴族体勢と訣別をした事を確認しフェザーン人の「正統な国家」として独立承認したと伝えている。

 要塞の会議室でフレーゲル、ロイエンタール、ミッターマイヤーといった提督が揃っている。

「さて、奴らは自分から動いてくれた。これで大義名分は揃ったな」

 フレーゲルは楽しげに言い、傍らの参謀に頷く。

 帝国は「弁務官事務所を攻撃し占拠するのは違法行為だ。拘束した人々を解放しないのならば開戦も辞さない」と公式声明を発表し、フェザーンによる帝国高等弁務官事務所乱入事件を批判した。

 回答の猶予時間を与えたにもかかわらず返事は無く、代わりに同盟軍のフェザーン進駐が放送された。

 事実上の宣戦布告だ。

「只今より、神々の黄昏作戦は第二段階に移行する」

 オーベルシュタインの発言と同時に、スクリーンにフェザーン回廊が写る。

「本作戦の目標は、フェザーンから叛徒の軍勢を駆逐し、再びフェザーン人どもを皇帝陛下の足元に跪かせる事だ」

 フェザーンから帝国に渡されている航路の情報は限られた物だ。実際のフェザーン回廊は、開示された情報以上の範囲を持っている。その事を薄々、帝国も知っており独自の調査をしていたが遅々として進んでいなかった。

 進行の先方は例によって、双璧。詳しい情報を知る為に偵察は怠れない。歴戦の二人なら情報不足を補って、任せられるだろうとの判断だった。

 アンラック方面の兵力も転用されるし、戦力的に不足は無い。

 概要の説明が終わると、フレーゲルにしては珍しく、訓示らしいものをした。

「奴ら自由同盟を僭称する叛徒共が、帝国領内で騒乱を巻き起こしていた事を諸官も知っているだろう」

 薔薇の騎士連隊によって行われたテロ行為の犠牲者の姿が、映像で表示される。炎上する家屋、焼け焦げた死体。幼い子供の姿さえある。

「他にもカストロプやナポギストラーにも武器給与や人材の面でも支援していた事実がある」

 若手の士官たちは敵愾心を燃やし、怒りの表情を浮かべる。

「ここで叛徒共を叩き潰し宇宙を統一しよう」

 杯をあげるなどと芝居のかかった事はしない。短い言葉だが、鼓舞する事には成功した。

 戦争を終わらせる。明確な平和と言う目標のための聖戦だ。

 細かい打ち合わせを終えると、それぞれ自分の艦隊に戻る為、駆けて行く。

 

 

 お偉方が難しい事を考えている間、僕と兄さん仲は冷えきっていた。

 大尉と少将の階級差を持ち出して取りつく隙も無い。姉さんは困った顔をしていた。

 世間ではアンラック大公国の革命ごっこ鎮圧が終了したけど、そう言う叛乱もあったと言う事をすっかり忘れていた。

 自分の事で手一杯だったから。

 同期のハルオがあっちに行ってたそうだ。

 薔薇の騎士連隊と戦ったとか言っていたが、嘘臭い。

 あのデブが、叛徒とは言え敵の精鋭と戦える訳がない。

 しばらくは同地に駐留すると言っていた。

 あいつも忙しい奴だな。

 目新しい事件と言えば、フェザーンの件だ。

 最初、フェザーン駐在の帝国高等弁務官事務所と連絡が途絶えた時は、ふ~んって感じだったけど、電波妨害を受けてフェザーン領内とは繋がらないと言う事でお偉方が集まり、何やら会議を初めた。

 今後の対策でも練るのだろうと思っていた。

(これは予想外だよ)

 僕は、ぽかんとスクリーンに写る映像を見つめていた。

 同盟軍がフェザーン領内へ進駐する様子が配信されていた。

 僕と同じようにスクリーンを見つめる周りは、緊張感に包まれていた。

『これは、宇宙開闢以来の快挙であります』

 レポーターが興奮気味に報道している。その背後には、叛徒の艦艇が写っていた。

 誘導されてフェザーン領内に進駐して来る同盟軍の艦隊が映し出される。

 誰かが叫んでいた。

『フェザーン万歳!』

 その声が大きく広がっていく。

『打倒銀河帝国!』

(えっ、本気で言ったこいつら)

『ゴールデンバウム王朝を倒せ!』

 熱狂する人々の声が聴こえて来るが、反対にこちらは殺気が満ちて来た。

 あいつら、本気で帝国に反旗を翻すつもりか。

 国力を考えろよ。馬鹿じゃないか。

「舐めやがって…」

 誰かが呟いた。

 僕も同じ気持ちだ。

 会議が終わって提督連中が帰って来た。僕の所属するファーレンハイト分艦隊でも、分艦隊司令部により状況説明が行われた。

「敵の保有戦力は約10個艦隊」

 分艦隊に所属する各戦隊司令、駆逐隊司令、そして艦長が集まっている。

「フェザーンに派遣された敵兵力は、報道によると3個艦隊。艦艇数は4万から6万隻と想定される」

 常識に考えれば帝国が鎮定に派兵する事は想像も容易い。これに対抗する為、更なる増援とフェザーン自身の戦備増強が予想された。

「敵の動員できる艦隊は、最大で7個艦隊と見積もられる」

 7個艦隊。艦艇数は軽く10万隻を超える。その数にどよめきが起こった。

「本作戦の主旨は、敵増援が到着する前に現在展開する艦隊を撃破し、フェザーンを攻略する事にある」

 現時点で確認された敵戦力は派兵された3個艦隊。それにフェザーン警備軍。フェザーン警備軍も叛徒から艦艇の供与を受け増強されている可能性がある。

 もっとも、その多くは民間船舶を徴用した特設艦艇であろうと言うのが、これまでの叛乱鎮圧による経験から考察された。

(パパ、なに考えてるのさ。全て投げ出してこっちに逃げてくれば良いのに)

 僕は父の身の上を案じながらも自分に言い聞かせる。

(パパの事だ。上手く立ち回るさ)

「フェザーンの狐」の異名を持つアドリアン・ルビンスキーでも、僕にとってはたった一人の父親だった。

 

 

 

 独立商船「ベリョースカ」が要人を乗せてオーデインを出発したのは、アンラックの叛乱鎮圧から5日目の事である。フェザーンへの航路は帝国軍によって厳重な警戒化にあったが封鎖されている訳では無かった。

 乗客はルビンスキーの指示で帝都を脱出したマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人、ヤン・ウェンリー。それと護衛の者達であった。

「良いのかい、僕に付いて来て」

 ヤンの言葉にマグダレーナは微笑む。

「その分、私の人生を楽しませてくれるのでしょ?」

 不安を微塵も感じさせない、楽観的な言葉にヤンは苦笑を浮かべる。

「退屈だけはさせないと約束するよ」

 マグダレーナの手を握りしめるヤン。そこに従者がやって来て報告する。

「アンラックの蜂起が鎮圧されたそうよ」

 ヤンは当然と言った表情で答える。

「そうかい」

「驚かないのね」

 貴族の支配からの解放をスローガンにあげ蜂起したアンラック大公国での革命は、国際情勢に対する考察がなかった。

 帝国が蜂起をそのまま放置し、革命が成功するとでも思っていたのなら、とんでもない思い違いだ。

 ヤンはナポギストラーの敗因を問われて、その一つとして語った。

 その事を語るヤンの横顔を浮かべながらマグダーレは、彼の頭脳が衰えていない事に喜びを覚える。

(これから貴方には、活躍して貰うのだから)

 微笑むマグダレーナはお茶の用意をする。

「難しい話はそれくらいにしてココアとマフィンはいかがかしら。私の手作りよ」

「頂くよ」

 ヤンは柔らかい笑みを浮かべた。



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銀英伝に転生してみた 27~28話

27.フェザーン進攻・前哨戦

 

 帝国暦487年10月23日。同盟軍のフェザーン進駐から8日目、帝国軍は動き出した。

 バイエルラインの指揮する艦隊は、ミッターマイヤー艦隊の先鋒としてフェザーン回廊に向け航行していた。

 各戦隊の配置をM字型に展開しており、中央に支援艦艇が縦列を組んでいた。推進剤の補給作業に当たる艦は輪形陣の内側に入って行って、そこから曳航補給を受ける仕組みだ。

 バイエルラインの任務は陸戦に於ける尖兵と変わらない。索敵と誘引にある。ドアノブを握り開けるまでが仕事だ。

(叛徒の軍勢がフェザーン回廊に入ったのは、事前にばら撒いた仮装巡航艦からの情報で、ある程度の情報が入って来ている)

 問題は敵が、いつどこで反撃して来るか。そしてそれが、どれだけの規模なのか。

 バイエルラインはそんな事を思い浮かべながらも、視線はスクリーンに浮かぶ前方を捕えたままだ。

 分艦隊とは言え初めての艦隊指揮。

 ここまで引き立ててくれたミッターマイヤーの為にも、今回の任務はなんとしても成し遂げるつもりだった。

「まあ卿なら大丈夫だと信じている」

 敬愛するミッターマイヤーの言葉に頬を高揚させ答えた。早く武勲を立てて、今の地位まで引き上げてくれた上官への恩義に報いたい。その想いがこもっていた。

「大神オーディンに誓って、ご期待を裏切らぬよう戦果を上げてきます!」

 苦笑を浮かべるミッターマイヤーに送り出され、後で我ながら大言を吐いたかなとバイエルライン自身、思わぬ物でもなかった。

 指揮官の陣頭指揮と言う事を英雄譚などで好まれるが、指揮官が一番に戦死すれば組織的戦闘能力は低下する。バイエルラインの敬愛する上官、疾風ヴォルフと呼ばれるミッターマイヤーも例外ではない。

 ミッターマイヤーはバイエルラインに「無理はせず、危険な兆候を確認すれば後退しろ」と指示していた。

「間も無く転針宙域です」

 旗艦の将旗を掲げる戦艦「リリックボックス」の艦長はバイエルラインと同じ若手で、逐一報告して来る。

(俺も余裕は無いんだけどな)

 バイエルライン報告に頷き返す。

 門閥貴族の提督の中には艦の操艦まで口出して来る者までいる。艦の指揮にもラインがある。それを逸脱するのは組織体系を混乱させる物だ。バイエルラインも艦長時代を何度かやった事があるので、その事は理解している。

 初めての艦隊指揮で操艦にまで口出しする余裕が無かったのも事実だ。

 

 

 

 自由惑星同盟軍フェザーン派遣艦隊。

 名前こそは立派だがその兵站は遠く本国から離れ、フェザーン側に大きく頼っていた。

 航路情報などはフェザーン側の協力で手に入れられたが見知らぬ異境の地。その為、とれる艦隊の動きも制限される。

 今、誰も本気では無かった戦争ごっこが本物の戦争として脅威を与えている。その結果、戦争終結に向けての明確な戦略構想が求められた。

 自由惑星同盟側ではサンフォードと最高評議会の面々に戦争終結の道筋が有ったのかは、いささか疑問である。

 軍では侵攻して来る帝国軍への迎撃とイゼルローン要塞攻略作戦は幾度も研究を重ねられあらゆる想定が行われていたが、戦争の終わらせ方を明確に考えた者などいなかった。

 派遣艦隊の責任者であるアレクサンドル・ビュコック大将もそこまでの考えは持っていなかったが、今回の戦場に限れば帝国軍を懐奥に誘い込み捕捉撃滅する事で勝機を望めると、フェザーン側に提案した。

 これに対して長老会議は、商人気質と言うか、市場経済が暴落する事を恐れ、早期決戦による撃退を求めた。

「はっきり言おう。我々は、長々と戦争をするつもりはない」

 早期決戦で遠く、遠征して来た帝国艦隊を撃滅し、講和を結ぶ。それが彼らの総意だった。

(何を甘いことを言っているのだ……)

 ビュコックはフェザーン側の意思を聞いてその様に思った。同席し傍らに控えていた参謀長のアンドリュー・フォーク少将が囁く。

「ビュコック提督」

「うむ」

 ビュコックの同意を得てフォークが事前に作成していた作戦計画の一つを提案する。

 皇帝暗殺計画だ。ざわめき声が起こった。

「今なら敵に対処の暇を与えず、帝都まで艦隊を送り込めます」

 小規模な特殊部隊を潜入させる。その為の偽装として帝国領での大規模な攻勢を行う。

「馬鹿な! それが成功しても、帝国と和睦を結ぶ事が困難になるだけだ」

 フェザーン人は帝国の怒りを恐れた。長老会議が反対意見で満たされる中、フォークは冷笑を浮かべて口を開いた。

「頭さえ潰せば中央集権体制の銀河帝国はバラバラに瓦解します。その事は歴史が語っています」

 フォークは、残された貴族同士が権力争をして、こちらに目を向ける余裕が無くなるだろうと語った。

「私たちは戦争をするんです。形振り考えられる状況ではないでしょう」

 帝国とまっとうにぶつかり合って勝てるとは考えていなかった。だからこそ、帝国軍が討伐の兵を向けて来る前に先手を打とうとしたのだ。

 結果的にフェザーン側の激しい反対に遭い本作戦はお蔵入りとなる。

 帝国はイゼルローン要塞陥落後、安穏とした時代が終わった事を悟り「銀河の統一」という明確な戦争目標を掲げ動いている。今までも、そう言った事は唱えられた事はあるが、総力戦として経済的損失なども含めて動いた事は無かった。

 送られてくる情報から現状を考えれば、帝国が手心を加えるつもりも無く、本気なのが理解できる。

 フォークの言葉に同意しながら、ビュコックはフェザーン人の優柔不断さに呆れかえっていた。

(奴等は甘くはないぞ)

 自分達が到着した当初は「一緒に帝国の貴族どもを倒そう!」などと威勢の良い事を言っていたフェザーン人が、現実に帝国軍来襲の脅威がやって来ると態度を豹変させた。

 不満足なまま、何度目かになる防衛会議は実りの無いまま終了する。

「うちの政治家どもより性質が悪いな」

 長老会議から戻るとビュコックは副官にそう漏らした。

 フェザーンの要望は同盟本国にも伝えられた。

 トリューニヒトは艦隊に自由行動の裁量を与えるべきだと渋ったが、結局フェザーン側の意向に従う様、指示が届いた。

『すまないな』

 その事を伝えて来たシトレの表情が曇っていたのは、見間違いでは無いと思う。

 救国の英雄。それはロボス派ではなくシトレ派で演出する。

 それがシドニー・シトレ元帥の計画だった。

 ビュコックの戦術家としての手腕は信じている。彼には自由な裁量で、帝国軍を相手にしてもらいたかった。

 自分の思い通りに成らず、暴走し始めた同盟の上層部。

 その為、シトレの声に苛立ちが混じっていた。

 同盟軍は決戦に先立ち、フェザーン警備艦隊の増強を受けた。指揮系統や装備さえ異なる艦隊など、実戦ではお荷物でしかない。

 フェザーン側もその事は承知していたので、同盟軍の後方警備などで補完する任務を与えられた。

「指揮権すら渡さん部隊など、現場を混乱させるだけだからな」

 うんざりしたようにビュコックは洩らした。

 

 

 

 フェザーン警備軍。その前身は帝国内務省警察局から派遣された警察中隊で、フェザーンの自治権獲得と同時に警備軍として規模を拡大された。

 帝国内務省から天下りした上級捜査官2000名と帝国軍将校6000名が中核となり、対反乱鎮圧作戦を主目的とする特殊部隊も編成され、自治領の制宙圏を警備する艦隊も整備された。現在ではフェザーンの組織として完全に同化している。

 それでも本格的軍事行動を行うには頼りない貧弱な戦力だった。現在、悪名名高いホネカワやゴウダ等の民間軍事会社と雇用契約を結び大規模な戦力増強中だという。

(PMCはあてにできん)

 ビュコックは思考を目前に迫った今後の帝国軍との対決に切換える。

 早期決戦を求められた。

(敵の先鋒を撃破するのは容易だろう。それ位なら現有戦力で対処できる)

 ビュコックの手腕を、老練と一言で語るには短すぎる。

「帝国軍との戦いで、ただ生き残って来ただけだ」

 人に言われると、その様に答えた。

(問題は、後続する敵主力との決戦だ)

 嫌に成る程の戦力差。敵は圧倒的で下手な動きをとれない。

 だからと言って行動しないことは許されない。自分達はこのフェザーンを守りにきたのだから。

「さて、どうするかだな……」

 とりあえず行き当たりばったりにぶつかってみる。

 そんな馬鹿な考えしか浮かばない。

 

 

 

 アクアドロップ級の比較的新しい戦艦「スプラトリー」はレーダーの性能も高い。発令所に警報が鳴り響いた。

「ドリルラムタからナイトホークへ向かうアカペンギンを確認──」

 デビッド・ラウスマン少将の指揮する同盟軍第5艦隊前衛は、バイエルラインの艦隊を捕捉した。

 オペレーター報告は、張り巡らされた哨戒線に帝国軍が引っかかった事を示していた。

 同盟軍は基本的に機動打撃による迎撃が方針だ。前衛は、主力到着まで敵を戦場に拘束するのが任務だ。

 彼我の戦力は同盟軍4500隻、帝国軍6200隻。

 目の前に美味しそうな餌があれば、ぱくっと口に含んでしまうのは誰しも同じだ。そしてラウスマンの艦隊も、帝国軍を釣り上げる為の撒き餌の一つだった。

 ラウスマンは出撃前の打ち合わせを思い出す。

 ビュコックも老練な指揮官の一人。必用とあれば部下を使い潰す事を躊躇わない。

 部下思いであるからと言って、戦況全体を読めないものでもない。

「貴官にしか頼めない事だ」

 死んで来い。その命令を受けた時、ラウスマンはひざが震えた。いつのまにか閉じていた目を開けると、ビュコックが真剣な眼差しで自分を見ていた。

(尊敬する上官に頼られる。男としてこれほどの栄誉があるだろか)

 二人の視線が絡む。様々な思いがラウスマンの内を駆け抜けた。

「了解しました」

 全てを飲み込み二つ返事でラウスマンは了承の返事を返した。

「約束しよう。貴官の好意を無駄にしない」

 ビュコックも切なそうな表情になっていた。

「敵はミッターマイヤー艦隊ですね」

 部下の報告に驚いたが、同時に喜びも感じていた。

(名だたるミッターマイヤー提督なら相手にとって不足は無い)

 ラウスマンは不屈の闘志をもって最後に成るであろう闘いに挑む。

「各艦に発令。『全艦突撃せよ』以上」

 緊張感が張り巡らされる。

 一方のバイエルラインも接敵の報告に驚く事は無かったが、疑問はあった。

「U12に敵艦隊出現。我が方に向かって来ます!」

 スクリーンに光点が拡大されて映し出される。間違いない。敵艦隊だ。

 それとは別に三次元CGで敵艦隊が単純映像化されて、我が方に向かって来る様子が見て取れた。

「会敵予想時刻は5分です」

 バイエルラインは、交戦を決意した。

「何であいつらは突撃して来るんだ?」

 傍らの副官、ズッキーニ大尉に問いかけながら指示は的確に下す。

「本隊に報告。敵の位置、針路、速力だ」

(あいつら、あれか。よくある突撃馬鹿って物か)

 そんな事を考えている内に、距離は詰められて、射撃準備完了の報告が入る。

「艦隊斉射、撃て」

 艦長がその指示に反応する。

「前方敵戦艦。砲撃始め!」

 各艦が射撃を開始する。

 

 

 

 フェザーン進攻にあたり帝国軍は、一直線に主府の制圧をするよう基本指針を記されていた。

「首都さえ押さえれば、腐った家の扉を蹴飛ばしたように崩れて戦争は終わる」

 統帥本部長のエーレンベルク元帥さえ、その様に発言していた。

 しかし実際の現場は異なる原理で動いていた。

「は? 敵艦隊を放置して進めだと。側背を衝かれたらどうするんだ!」

 歴戦の指揮官たちに机上の空論は認められなかった。

 頭では敵の本拠地を落とせば勝てる事を理解しているが、実際に敵の脅威に晒されれば変わってくる。心理的圧迫が作戦遂行を阻害する。

 見えない敵は幽霊を恐れるような物だ。敵が襲ってこなくても、来るかもしれないという緊張感は絶えない。

 オーベルシュタインは提督達に自由裁量を与えた。

「叛徒の艦隊が迎撃に出てくるのは確実だ。奴等とフェザーンは一蓮托生で、政治的にも退く事が出来ないからな。卿らは敵艦隊と遭遇した場合、撃滅を優先して良い」

 アンラック方面の戦力がまだこちらに到着して居ない為、彼我の戦力に開きがないと言うのも理由の一つだった。

 そう二兎を追う者が一兎を得られない様に、有力な敵艦隊を無視して首都に向かう事は危険だった。

 後背の備えを気にして戦うよりも先に片付けてしまう方が、将兵の精神的にも健全だ。

 帝国側の釣り餌がロイエンタールとミッターマイヤーだった。

 ミッターマイヤーに同盟軍は喰いついた。だが、バイエルラインに遭遇した敵だけとは当然考えられないので、ロイエンタールは予定の航路を進んでいた。

『さて、疾風ウォルフのお手並み拝見と行こうじゃないか』

 ロイエンタールの言葉にミッターマイヤーは笑って返す。

「卿が来る前に、平らげて見せるさ」

 ミッターマイヤーは前衛集団に急行するよう命じた。

 この時ファーレンハイト分艦隊は、ミッターマイヤー艦隊の前衛集団の一角を構成していた。

(精々、敵を減らしてくれよ)

 バイエルラインはともかく、ファーレンハイトの艦隊はすり潰しても良い考えだった。

(エヴァは任せろ、俺が幸せにしてやる。だから死んでくれよ、ルパート)

 前衛集団が増速し戦場へ急行する光景をスクリーンで確認しながら、ミッターマイヤーはそう思った。

 ミッターマイヤーの母が息子を見たとしたら「まあ、何を拗ねてるのかしら。この子は」と一笑に伏された事は間違いない。

 ミッターマイヤーの不幸は、戦場に本心を打ち明けられる相手が居なかった事だ。

 

 

 

 歴戦の不沈艦として宙雷戦隊でそれなりに知られる存在となりつつあった駆逐艦「ミステル」だが、死を願う相手が上に居るとは僕は知らなかった。

「久々の生まれ故郷か……」

 僕は感慨深げにスクリーンに映し出された光景を眺めていた。

 父と別れて数年ぶりの帰郷。ただし祖国から見れば、自分は侵略の尖兵だ。

 父――アドリアン・ルビンスキーは、このような状況をどう思っているのだろうと考えてしまう。

 敵味方に分かれ、家族が再び再会する事ができるのだろうかと悪い想像ばかりが浮かんでくる。

(姉さんとの事も説明しないといけないし)

 男としてけじめは付けると、もう覚悟は決めた。

「艦長」

 先任がそろそろだと報告してくれた。今は目の前の戦い集中して勝つことが先決だ。

 バイエルライン分艦隊が交戦中の戦場到着まで12.5光秒の距離で、新手の敵艦隊が現れた。

「左舷に質量多数感知。敵艦隊です!」

 同盟軍第5艦隊主力の登場である。

 

 

 

「撃て!」

 ビュコックの号令が飛ぶ。

 同盟軍の攻撃が始まった。

「撃て!」

 若干遅れて、ファーレンハイトも応戦の指示を出す。

 爆発の閃光が星の輝きさえ及ばぬ光をスクリーン一杯に華開かせる。

 同盟軍は初戦の奇襲に成功したが、全ての艦が幸運だった訳ではない。

 長い戦争で人的資源に影響が出ているのは、戦艦「モンポアルナス」でも同じだった。

「うわああああ、死ぬのは嫌だ!」

 これはまだましな方だ。

「でゅるわぁあああああ」

 人語になっていない。

「ぶるわっひゃあひゃひゃひゃひゃ」

「どぅるわっはあああああああああ」

 恐怖が吹っ切れて笑い出す者がいた。

「ぎゃあああああ」

「うわああああああああ」

 光線が中和磁場を叩き揺さぶられる艦体の中で、死の恐怖に怯える若年兵達。

「黙れ! 泣くな、笑うな、持ち場を離れるな」

 古参兵の叱咤と怒声が飛び交う中、無残にもビームとミサイルが命中し艦体が引き裂かれる。そして、その様な動きの悪い艦は原子の雲となり沈んでいく。

 似たような惨劇は帝国軍でも在ったが、熟練した乗員の比率の高さから混乱は一部でしかない。 

 初戦の奇襲に耐えた生き残りは、混乱する事も無く即座に反応した。

「敵の反応、中々良いな」

 ビュコックはファーレンハイト艦隊をその様に評価した。

「やはり将兵の質ですな」

 副官のスーン・スールズカリッター少佐はビュコックの言葉に同意する。同盟軍も多くの人的資源を消耗していた。

 現に艦隊出発の直前トラックにはねられて急遽入院を余儀なくされたファイフェル少佐に代わって、スールズカリッターがビュコックの副官に任命されここにいた。

(艦隊の練成度とは一昼夜にして出来る物ではない。やはり生き残って次に受け継がねばならん)

 今回の作戦は単純で、前衛に敵を誘引。その間、本隊は戦場を迂回し増援を後背から突く。

 国力から考えて少ない損害で帝国軍を撃退しなければならない苦肉の策だった。

 戦術的勝利を重ね、戦略的目標を達成する。

「言うは簡単だが上手くいくかな」

 ビュコックは顎を撫ぜながら呟いた。

「相手は名高い疾風ウォルフですからね。すんなり行くとは思えません。後、あまり顎を触ると割れるそうですよ」

 スールズカリッターはそう応じる。

 ボロディンの第12艦隊ももう一つの帝国軍艦隊を釣り上げている頃だった。

 

 

 

『パスファインダーからラスタライズへ。猫のしっぽと遭遇、応援を請う』

 ファーレンハイトからミッターマイヤーに接敵の報告が届いた。

 黒い感情が湧き出してくる。

(俺からエヴァを奪ったあの男……。そうだ。今こそ、奴を亡き者にする好機だ)

 大神オーディンが自分に与えてくれた絶好の機会だとミッターマイヤーは信じた。

(逃すわけにはいかない。復讐者よ、刃を振り下ろすのは今だ)

 押し黙ったミッターマイヤーの異様な空気に幕僚は躊躇いがちに声をかける。

「閣下?」

 周囲も幕僚が不安そうな顔をしている。

 ミッターマイヤーは決断した。

「これは敵の罠の公算が大きい。その為、現状が判明するまで本隊はこのまま待機する」

「しかし、それでは前衛集団が危険ではないでしょうか?」

「それはない」

 ミッターマイヤーは自信があるように演技をし、微かに嘲笑を浮かべ言葉を続ける。

「それにファーレンハイトなら耐えれるだろう。前衛集団には他にミュラーもいる」

 ミッターマイヤーの個人的感情と思惑の知らない幕僚は、なるほどと納得した表情を浮かべた。自分達の上官の指揮能力を彼らは信じていた。戦に私情を持ち込むとは、今までのミッターマイヤーから考えられなかった事もその理由の一つだ。

 その間、本隊が奇襲を受けない様に無人偵察機を四方に飛ばし索敵が行われた。

 

 

 

 英雄色を好むと言う様に、多くの女性と浮き名を流した同盟軍の種馬提督と名高いウランフ。彼の指揮能力高くビュコックから信頼されていた。

 ウラフが率いる第10艦隊の任務は、第5艦隊にミッターマイヤー艦隊が喰い付けば、その後背を叩き挟撃する計画だった。

 しかし帝国軍に動きが無い。

「なぜ奴等は動かないんだ。此方の計画が読まれたのか?」

 ウランフは戦況掲示板に表示される情報を読み帝国軍の配置に首をかしげる。

 ビュコックの第5艦隊は敵前衛を押しつつある。このまますんなり行けば、撃破できる。

 ボロディンもロイエンタール艦隊と交戦に突入している頃だ。

(目の前には第5艦隊と言う絶好の餌がある。決戦の好機でも喰い付かない。まさか友軍を見捨てるつもりか? いや、それは無いだろうな)

 自問自答しながら考える。

(疾風ウォルフと名高いウォルフガング・ミッターマイヤー。直情的に動くと思っていたが中々どうして、こちらの思う様には動いてくれない。もしや、こちらの誘引しようと言う計画を読んだのか。それならば、前衛救援に本隊は動かない訳が理解できる)

 計画の修正を考えるべきだとウランフは、誤解によりミッターマイヤーを過大評価していた。

 

 

 

 帝国軍に光のシャワーが叩きつけられている。

 同盟軍との兵力には差が在った。

 ミッターマイヤーが前衛を見捨てようとしている。その思惑を知らずに彼らは、第5艦隊を相手に勇戦していた。

 ビームとミサイルの集中豪雨は容赦なく襲いかかり、艦艇の数を確実に削ぎ取っていく。

 帝国軍前衛集団のもう一つを指揮する青年は、そろそろ中年の年齢に差し掛かろうとしていた。

 砂色の髪と瞳を持つナイトハルト・ミュラーである。

 穏やかな外見とは異なり、手堅い攻守の指揮を評価されてアーダーベルト・フォン・ファーレンハイトと共に前衛集団を構成していた。

 しかしながら今回に限っては、巻き添えを食らったと言って良い。

(おっと、こいつはいけねえや)

 ミュラー帝国軍士官、提督として言葉遣いには気を使っている。内心はともかく、口から出す言葉は品位を保っていた。

「敵は半包囲の形を狙っている様だな」

 ミュラーはビュコックの動きをそう読んだ。

 並走する直衛の艦が火球と化し爆発する。

(叛徒の奴等め、調子に乗りやがって)

 不快感に表情を歪めながらも通信士に話しかける。

「本隊から返答は変わらんか」

 そろそろきつくなってきたので再度、応援要請を出した。

 申し訳なさそうに振り返り、返答する。

「はい。返信すらありません」

 呼びかけても無駄だと表情が物語っていた。

「分かった」

 諦めの表情でスクリーンに視線を戻す。

 見慣れた光景。エネルギーの濁流が炸裂と閃光と言う形となり広がっていた。

 ミュラーは嫌な予感がした。本当にこのまま命令に従った大丈夫なのだろうかと不安が沸き起こるのを抑えられない。

(どうする。こんなミッターマイヤー提督は初めてだ)

 尊敬する上官が何を考えているのか分からない。

「ファーレンハイト少将に繋いでくれ」

 本隊が当てにならない以上、そろそろ自分たちでどうするか決める時だ。

 すぐにスクリーンにファーレンハイトの姿が映し出された。

「お忙しい所を申し訳ありません」

『構わない。こちらからも相談したい事があったしな』

 どうやらお互い同じ事を考えていたとミュラーはファーレンハイトの双眸を見て、その様に感じた。

「ファーレンハイト少将。ミッターマイヤー提督の指示にはいささか腑に落ちない点が在るのですが」

 ファーレンハイトはその言葉に同意を示し頷く。

『小官もそう思う。納得のいかない点が目立つ。このままでは壊滅の恐れがある。叛徒の奴らを舐めて、みすみす陛下から御預かりした艦艇と部下を失う訳には行かない』

 吐き棄てる様にファーレンハイトは真情を吐露した。

 ミュラーも表情を曇らせながら頷いた。

『ミッターマイヤー提督には後で謝罪すると言う事で良いな?』

 ファーレンハイトの決意を見て取り、ミュラーは行動を共にする事を決意した。

「ファーレンハイト少将に従います」

『すまんが、二人で泥を被る事になりそうだ』

 二人は打開策を協議する。

 

 

 

 僕は例によって変わり映えのしない艦隊戦をスクリーンで眺めていた。

「う~」

 唸り声をあげたると先任が話しかけて来る。

「どうしました艦長?」

「いやね。本隊が救援に来てくれないと言うのが気になってね……」

(まさか、根に持ってるって事は無いよな)

 姉さんを巡るいさかいを思い出す。

 常識的に考えれば一艦隊を預かる提督が、痴情の縺れと言う私怨で行動するとは考えられない。

「ミッターマイヤー提督が我々を見捨てるとでも?」

 身内を悪くは言いたくないし、甘いかも知れないが信じたいと言うのが本心だった。

(だが、もし兄さんが本気で壊れていたら……)

 先日は首を絞められて殺されかけた。あれは家族を見る目では無かった。

 自分一人を謀殺する為に前衛集団を見捨てるつもりなら、相当な馬鹿だと言える。

「そこまでは言わないが、油断できる状況ではないのは確かだよ」

 帝国軍前衛集団は押されている。何しろ相手はビュコックだ。

(あの爺さん、敵に回すと厄介だな)

 老練な名将に率いられた敵は手強い。

「旗艦より入電!」

 通信士が報告して来る。

 そろそろ何らかの指示が在るとは思っていた。

「うん。なるほどね」

 ファーレンハイト提督から、前衛集団は敵艦隊の追撃を振り切りバイエルライン分艦隊との合流を目指すとの指示が入った。

 戦力の合流を図る。まぁ理にはかなっている。

 僕は兄さんに悪意が在るとははまだ信じられない。

(だけど、もし怨恨で今回の事があったなら、監察に報告してそれなりの対応はさせてもらう。だって死にたくないし)

 視線の先でさらに爆発が闇を切り裂き、光を浮かび上がらせる。

 

 

 

 光芒の渦の中、帝国軍艦艇が揉まれながらも直進している。

「ふむ。後退はせず直進か……」

 ビュコックは意図する所を正確に理解した。

 先鋒と合流しようとしている。

「悪くは無いが、そのまま行かせはせんよ」

 ここで見逃すつもりはない。

 ビュコックは帝国軍の追撃を命じた。

 エネルギーの濁流が帝国軍前衛集団の後背を追う。

「目標左舷、敵巡航艦。撃て!」

 ミュラー艦隊後衛の1隻である「オーバーハウゼン」が、その攻撃を受け数十本のエネルギーの矢に貫かれ未亡人や孤児を量産する。

 第5艦隊旗艦「リオグランデ」艦長のエマーソン中佐は食堂でゆっくりと食事を取る余裕は無かった。参謀長のフォーク直々に手配したサンドイッチを摘まみながらが操艦の指示を出していた。

 フォークもサンドイッチを摘まんでいたが、味わっている余裕がなかった。

 内心で頭を悩ませていた。

(どういう事なんだ。何で敵艦隊は動かない)

 今回、迎撃作戦の原案を考えたのは年若い彼だ。

 ミッターマイヤー艦隊の動きは予定と異なる。その事が彼に心労となって押し寄せる。

「参謀長、余り気にしない方が良いのではないですか?」

 同期のスーン・スールズカリッター少佐がフォークをコーヒーに差し出し、そう言った。少将と少佐、階級に開きは出たが関係は良好である。

「うん。だが、罠だった時が怖い」

 考える事が大過ぎて胃が痛くなってくる。

「参謀長と言うのは難儀な仕事だな」

 スールズカリッターは思った。秀才は苦労する。自分で無くて良かったと。

 

 

 

 バイエルラインは同盟軍の突出部に濃密な火力を注ぎ、その切っ先を叩き潰そうとしていた。

 ビームとミサイルが先頭集団を捉え、敵の突撃は崩壊していく。

「野蛮人め。突撃しか能が無いのか」

 同盟の指揮官を罵倒しつつも、バイエルラインは興奮の絶頂にあった。

 自分の艦隊は、同盟軍の先鋒を撃破しつつある。

 壮絶な砲撃と華麗な光芒。

(これこそ男のロマン!)

 股間の物がいきり立つのをバイエルラインは感じた。

 勝利は目前。

(初陣にしては十分な戦果ではないか)

 そう思っている所へ通信士から報告が入る。

「提督。ファーレンハイト艦隊から入電です」

 スクランブルのかけられた暗号通信で、連絡が届いた。

「読め」

「はい。『前衛集団は敵艦隊主力と遭遇。貴艦隊と合流すべく急行中』えっ……」

 その続きを読もうとして驚愕の表情を浮かべる。

「どうした?」

 訝しげな表情を浮かべながら訊ねる。

「は、はい。『本隊は増援の余力無し。後退は認めず。勇戦を望むとの事』だそうです」

(ミッターマイヤー閣下が動かれない?)

 訝しげな表情を浮かべる。

(前衛集団と合流すれば全ては分かるか)

 それよりも、今は目前の敵に対応する事が優先だと考えを切換える。

「敵は寡兵だ。一気に揉み潰そう」

 各艦に前進の指示が飛ぶ。

 同盟軍小艦隊を撃破したバイエルラインは意気軒昂だった。

「このまま主府も落としてしまいましょう!」と、幕僚からは威勢のいい声も上がって来る。

 新設されて間も無いこの分艦隊。初陣での勝利に司令部は沸き立っていた。

 そこに前衛集団到着の報告が入って来た。

「後方より友軍の反応」

 意外に早い到着だったなと考えている間にも、報告は続けられる。

「さらにその後方に敵を伴う模様!」

 スクリーンに映し出される灰色の友軍艦艇。後方から火線が延び光球が生まれる。

 敵と交戦中なのが明らかだ。

 うわついた戦勝気分が一蹴される。

「友軍を支援する! 艦隊、一斉回頭」

 バイエルラインは気持ちを切り替え、屹然と指示を出す。

 バイエルライン分艦隊が左舷に取舵し、一斉回頭する姿がファーレンハイトからも見えた。

「ミッターマイヤー提督の秘蔵っ子。反応は悪くないようだな」

 ファーレンハイトは、先任として前衛集団を指揮していた。

 すでに前衛集団全体での損害は二割を超えている。

 駆逐艦が機雷散布を始め敵の足を食い止めようとした為、同盟軍は小型艦艇を先行させて来た。

 後衛にぴったりと食らいついて来ている。

(忌々しい奴らだ。敵の錬度は高い。こう言う敵が厄介だ。そろそろ頃合いか。)

 ファーレンハイトは、ここまで釣り上げた第5艦隊の先頭に反撃開始する。

 傍らに控える艦長に声をかける。

「待たせたな、艦長。そろそろお返しをするとしよう」

 その言葉に艦長は喜色を浮かべる。

「待ってました!」

 バイエルライン艦隊を中央に誘導するように前衛集団も一斉に回頭して、ミュラーとファーレンハイトは左右に分かれる。

「これまでしつこく尻を蹴飛ばされていた。今度はこちらが蹴り返す番だ」

 艦長の号令に、ファーレンハイトは苦笑を浮かべる。

 気持ちは分かる。

「主砲目標、先頭駆逐艦。遠慮せず吹き飛ばせ!」

 間も無く、こちらを追撃していた敵先鋒を捉える。

「砲撃始め!」

 灰色の艦艇が闇に浮かびあがり、艦首から一斉に主砲が放たれる。

 敵の駆逐艦も回避運動を行いながら距離を詰めて来る。

 水上戦と違い三次元立体の宇宙空間での戦闘は、一回の斉射で圧倒的な面制圧効果がある。

 今度は向こう側に光球と火球が出現する。

「やった!」

 士官学校を出たばかりと言う新任少尉が興奮して立ち上がる。

 ファーレンハイトは、歓声を洩らす幕僚を一瞥し、無言の叱責をする。

「失礼しました……」

 視線に気付いた幕僚は恥ずかしそうに、席に座った。

 追撃の先鋒である宙雷戦隊が、巡航艦数隻と共に原子の雲となり消える。

「敵主力の動きはどうだ?」

 次に考えるべきは敵主力だ。

「先頭から17光秒後方で、こちらに向かっています」

(こちらを逃がすつもりはないか。ま、当然だな)

 死神が鎌を振るう様に、閃光が発生するたびに艦艇が数を減らす。

 爆発の火炎で、スクリーンに写された光景も揺らぐ。

 

 

 駆逐艦「ミステル」は回頭したことで、最後尾を進む形になっていた。

「後ろはいいなぁ」

 学校の授業で先生に当てられたくない生徒。そんな気分だった。

 のんびり観戦気分になっていた所に、報告が来る。

「方位0-1-0、距離12光秒先。敵艦載機多数、こちらに接近中!」

 レーダーの表示を見る。

 6000機程のスパルタニアンが500機の梯団に別れ、間隔をあけてやって来た。

 味方のCSPも上がり迎撃に向かうが1対4の割合で帝国軍の方が少ない。

「あ。またやられた」

 スパルタニアンの編隊とすれ違い様に、ワルキューレがミサイルの直撃を食らい吹き飛ばされ火球に変わる瞬間が見えた。

「お仕事しましょうか」

 CSPを掻い潜った敵が主力艦に向かって行く。

「ミステル」の様な小物には目もくれず、戦艦や巡航艦が獲物だ。 

「射撃開始。敵機を近付けるな!」

 砲雷長に号令をかける。

「ミステル」は砲門を開き両舷から発射炎が煌めく。

 後続する駆逐艦も戦列に食い込ませまいと、スパルタニアンにウラン238弾を浴びせる。

 この攻撃でスパルタニアンの何機かが、金属とセラミックの破片に姿を変えた。

 

 

 スパルタニアンが帝国軍の艦艇を味方の火網に誘いこもうとするが、帝国軍は深追いをせず乗ってこない。

「なかなか楽には勝たせてくれないな」

 ビュコックはたかが前衛集団と思っていたが、ファーレンハイトの動きに手を焼いていた。

(ここは早々に見切りを付けて、ボロディンの支援に向かうべきではないか?)

 その様な考えが浮かんでいた。

「中央の敵艦隊、前進して来ます!」

 ようやく策に乗って来たかとビュコックは表情を綻ばせた。

 一方のファーレンハイトには同盟軍の動きが読みとれていた。

「使い古された手だな」

(ケンプが好んで使った手だ。その手に乗るつもりはない)

 ミュラーは耐えているが、バイエルラインは釣られて前進しようとしている。

(馬鹿が。友軍の戦闘報告ぐらい読んでおけ)

「バイエルラインに繋げ!」

 進むのは罠だ。そう教えるつもりだった。

 バイエルラインは提督として経験が浅い。そして司令部も開設されて間もない。

 全てが不運としか言い様が無かった。

「右舷上方と左舷下方より、敵艦載機多数接近!」

「母ちゃん、勘弁して……」

 その報告に幕僚の口から呻き声が漏れた。

 敵は包囲して来るつもりのようだ。

 バイエルラインは前進する事で、包囲を食い破ろうとした。

「蝿など構わずに前進だ! 中和磁場は簡単には破られん」

 直衛の僚艦が必死に防空網を構成し、スパルタニアンを近付けまいと奮戦している。

 モニターの向こう側で同盟軍艦隊が見えた。

「敵艦隊発砲!」

 強烈な閃光と共に闇を切り裂き、敵の砲撃が降り注いで来た。

(やられる!)

 その時になって、遅れて開花した指揮官としての才能が敵の意図する事をはっきりと理解した。

 間断なく降り注ぐ敵の攻撃。火球が周りで次々と発生し直衛艦が沈められた。

(罠だ、これは罠だ。罠に違いない!)

 通信士は冷静に任務を続け報告する。

「ファーレンハイト艦隊より入電。下がれ、との事です」

 それが出来れば苦労はしない。そう言い返そうとした瞬間、バイエルラインはヴァルハラに召された。

「バイエルライン艦隊旗艦と交信途絶。リリックボックスは撃沈された模様です」

 淡々とした報告であったが、ファーレンハイトは顔を歪める。

(敵の誘いに乗りやがって。馬鹿者が)

 旗艦を失ったバイエルイン艦隊は見る間に数を減らしていく。

 指揮系統の一時的空白と言うのは恐ろしい。

(あいつらを助けるのは無理だ)

 素早く状況を見て取り判断を下す。

「ミュラーに繋げ」 

 予定と違うが仕方ないと次の手に移る。

 

 

 

 旗艦を撃沈された中央の帝国軍は一瞬で崩壊した。。

 それに対して両翼の艦隊は統率され、自制した艦隊運動を見せていた。

 ビュコックは落ち着いて戦況全体を見詰める。

「さて、どう動くかな」

 敵艦隊はこちらに向かって来る動きを見せた。

 自暴自棄になったとは思えない。

 艦砲の射程に引きずり込める。そう思った瞬間、敵の戦列が乱れた。

「何」

 思わず、スクリーンを覗きこむ。

「敵艦隊は分散し、後方に浸透突破する模様」

 ファーレンハイトとミュラーは、戦隊や駆逐隊単位で分散させ第5艦隊の間隙を突破しようとした。

 密集してるならともかく、広範囲に分散されては、火力が上手く運用できない。

 あと少しで前衛集団を撃滅出来た。そう思うと少し悔しい。

 ミッターマイヤーも策に乗ってこなかったし、計画は崩壊していた。

 ビュコックは溜息をつき、指示を出す。

「逃げたいのならば、逃がしてやれば良い」

 ビュコックは、この小癪な敵に関わりあうと、戦勢を制される為うんざりしていた。

 時間は貴重だ。それよりも兵をまとめよう。

「第5艦隊は転進し、ボロディン提督と合流する」

 ウランフにも伝えるよう命じる。

「少し休ませてうよ」

 フォークに後を任せ、艦隊司令官に与えられた居室に戻る。老人には緊張の連続で疲労が溜まっていた。

 

 

 

 ミッターマイヤーの旗艦「ベイオウルフ」にファーレンハイトとミュラーが報告の為、参上していた。

 二人の顔を見ると無性に殴りたくなったがミッターマイヤーは耐えて、黙って二人の報告を聴いていた。

 その後、ミッターマイヤーは重く閉ざされていた口を開く。

 口調こそ抑えているが、ミッターマイヤーの表情は怒気に満ちていた。

「本官の職責に於いて撤退は許可しないと命じたはずだ。卿達は命令を無視した。これは皇帝陛下の信頼を裏切る事だ」

 勿論、ファーレンハイトとミュラーにも言い分はある。

 そのままでは戦力差で押し潰される。だから前衛集団はバイエルラインと合流し、戦力差を少しでも埋め有利な条件を整えようとした。

 だからこそ、現場でそのようにに判断した。

 それに、今その事を報告したばかりじゃないか。

 理解してくれると思っていた上官の豹変に、二人は戸惑いの表情を浮かべた。

「あまつさえ友軍を巻き込み壊滅させ、皇帝陛下より御預かりした貴重な兵と艦艇を失うなどとは言語道断」

 バイエルラインはお前たちが殺したんだ。その様にミッターマイヤーの瞳が語っていた。

「卿達は臆病風に吹かれて撤退した」

 その言葉に、ファーレンハイトは顔色を変える。ミュラーも明白な殺意に満ちた表情を浮かべている。

 臆病者と言われるのは許せない。これまで、忠孝を尽くし戦って来た自分に恥じる点は無い。

 帝国軍では独断専行を許す気風が在った。今回もそれに当てはまるはずだった。

 ミッターマイヤーが増援を送ってくれなかったから、そう対処したまでだ。

「ミッターマイヤー提督!」

 ファーレンハイトが弁明の為、口を開くが怒声で阻まれる。

「黙れ! 言い訳など聞く耳を持たん」

 武人の恥さらしめと、二人の肩章を剥ぎ取る。

 ミッターマイヤーは、恥辱でぶるぶると震える二人に冷徹に告げた。

「指揮権を剥奪の上、身柄を拘束する」

 ミッターマイヤーは一切の弁解を許さず、待機していた憲兵が二人を拘束する。

「閣下! 我々は、むざむざと艦隊を消耗する訳にはいかなかった。貴方に従えば我々は、あの場所で壊滅していた」

「それでも命令だ。死ねと言われれば、黙って死ぬのが艦隊を預かる物の責務だろう」

 ミッターマイヤーとファーレンハイトの視線が合う。冷たい視線を向けられて、その瞬間にファーレンハイトは理解した。

(そうか、最初から我々を切り捨てるつもりだったのか)

 ミッターマイヤーに何を言っても通じないだろう。諦めて二人は大人しく退室して行く。

(生き残ったのがお前たちの罪なのさ。俺の復讐の機会を奪い、バイエルラインさえ死なせた。お前達二人を俺は許しはしない)

 ミッターマイヤーの瞳に暗い光が宿っていた。

 

 

 

 推進剤の補給作業を勧めていた駆逐艦「ミステル」に通達が来た。

 ファーレンハイト、ミュラー両分艦隊の解散命令だ。

 噂が広まるのは早い。どうやら二人の提督は報告に行き逮捕されたらしい。

(兄さんはどうしたんだ? 戦場で指揮官を解任するなんて)

 家族として心配だ。

(次は誰の下に付くのだろう)

 そんな事を考えていると、慌ただしく艦隊の通信量が急に増えて新たな指令が届く。

「艦長」

「うん」

 電文を一読し眉をひそめる。

「ロイエンタール艦隊より救援要請……だと?」

 あの負け知らずと言ってもいいロイエンタール提督に何があった。

 

 

 

 

 帝国軍の電子機器は同盟軍に比べ遅れている。民需と軍需の技術提携が進んでいない事もその理由の一つにある。そう言う訳で、最初に帝国軍を発見したのは同盟軍だった。

「来たな」

 偵察衛星と無人偵察機からの報告にボロディンは相好を崩した。

 ボロディンに余念は無かった。何しろ帝国の双璧と呼ばれるロイエンタールを相手にするのだ。

(相手は年若いとは言え、歴戦の将。油断ならない相手だ。持って生まれた才能も有るのかもしれないが、自分も同盟軍に奉職して、それなりの指揮経験もある。持てる力の全てで、迎え撃つ)

 5.4光秒の距離に接した時、ボロディンの攻撃命令が宇宙に飛んだ。

「砲撃開始!」

 最初はアルフレット・アロイス・ヴィンクラー少将率いる帝国軍前衛集団を標的に射撃を集中させた。

 この中に若手の分艦隊司令官が数名いた。地理学者兼軍人のグリルパルツァーもその内の一人である。

 グリルパルツァーは若者らしく派手な武勲と栄達を狙っていた。その野心はロイエンタールに好ましく思えた為、前衛集団で分艦隊の一つを預けられた。判断力も指揮能力も人並みには当然ある。

「スパルタニアンを出せ!」

 ボロディンは単座式戦闘艇──艦載艇による打撃で戦力差を削ろうと努力した。

「敵艦載機射出!」

 報告に対し、ヴィンクラー少将も素早く対応する。

「こちらもワルキューレを出せ」

 迫りくる敵機はCSPとすぐに交戦に突入する。

 防空網を掻い潜った攻撃隊が散開し襲いかかるまでそれ程時間はかからなかった。

 ここまで双方、戦の作法として予定された動きだ。

「くたばれ帝国!」

 被弾したスパルタニアンの一機が体当たりし、駆逐艦が爆沈する。

 その様な光景にロイエンタールが苦虫を噛み潰しながらも、懸命に艦隊を立て直す。

 ミッターマイヤーの艦隊も遭遇戦に入ったと報告が入っている。

「やらせはせんぞ!」

 クナップシュタイン分艦隊が僚友を救おうと突進して来る。

「あいつ、連携しないなら邪魔だな」

 クナップシュタインの乱入にグリルパルツァーは舌打ちをする。

 これに対してフィッシャー少将が行動を起こした。

 彼の分艦隊がクナップシュタイン分艦隊の側面に回り込み砲撃を浴びせる。クナップシュタインは恐慌に陥った。勢いだけで戦闘参加した為、被害が増す。

「クナップシュタインの馬鹿め」

 グリルパルツァーは無様な僚友を罵った。

(背後に奴の艦隊が居る為から俺の艦隊が後退が出来ない。舐めてるのか!)

 エネルギー中和磁場が耐えかね、被弾個所が増えて行く。

「うわあ!」

 旗艦も砲火に捉えられ集中砲火を浴びて、艦体が火球と化し炸裂した。クナップシュタインの体も原子の雲に仲間入りして消える。

「メンヘングラートバッハ消滅。クナップシュタイン提督は戦死した模様です」

 クナップシュタインの戦死と前後して、グリルパルツァーの運命も決した。

 上下左右から降り注ぐ敵の攻撃。

(死神に心臓を掴まれた気分だ。畜生、これまでなのか? だが、俺はまだ死ぬわけにはいかない!)

 そう思っている所へ敵の砲撃が集中し衝撃がグリルパルツァーの体を包む。傍迷惑な友人の後を追ったのはその数秒後であった。

 

 

 ロイエンタールの旗艦「トリスタン」。その艦橋で副官のレッケンドルフは高潔な上官の戦いぶりを記憶に書き込んでいた。

 オスカー・フォン・ロイエンタールは帝国軍の数ある将星の中、華麗に戦う事が出来る少ない人物の一人だ。

 艦隊の用兵に於いては同盟軍の追従を許さず卓越した手腕を見せつけていた。

「いかなる敵であろうと、全力で当たる」

 これが武人としての礼節であるとロイエンタールは心得ていた。

 敵だからと蔑視したりしない仕えるに相応しい上官である。

 参謀長のハンス・エドアルド・ベルゲングリューンは、表示される戦況を見て眉間に皺を寄せる。敬愛する上官も不満そうだ。

 先手を取られ同盟軍に翻弄される様を見て、ロイエンタールは不快気に呟いた。

「これでは死んだビッテンフェルトの奴を笑えんな」

 前衛集団が壊滅しかけていた。しかしロイエンタールは負けるとは思っていなかった。

 数から考えてこちらの方が多いし、このまま殴り合えば、戦力の限られた敵はいずれ退かざるを得ない。

「どこまで耐えれるか見物だな」

 グリルパルツァー、クナップシュタイン両名が戦死しても分艦隊の生き残りはまだ戦い続けていた。

 各戦隊、駆逐隊が連携を取ろうと火網を構築し同盟軍の圧力に耐える。

「俺は良い部下に恵まれてる」

 耐えればロイエンタールが何とかしてくれると彼らは信じていた。

 ボロディンがロイエンタール艦隊に出血を強いていたが、長く持つとは思えなかった。3時間後。状況を変える報告が入った。

「方位1-8―0。新たな敵艦隊接近!」

 その報告で幕僚に動揺が走る。

「新手の別働隊か」

 ロイエンタールも驚いたが表面に現さない様抑え込んだ。

「艦艇数1万以上!」

 1万隻。ほとんど1個艦隊と言って良い。

 ミッターマイヤーの奴。敵を抑えきれなかったのか。

 守勢に立たされる。ロイエンタールは防御が得意ではない。

 その事に緊張を覚えた。

 ビュコックの第5艦隊は最良のタイミングで現れ、ボロディンとロイエンタールを挟撃する形となった。

 ロイエンタールが後背に対する備えを怠っていた訳ではない。

 しかし目前の敵に注意が集中していたのは事実だ。

 目の眩む思いだった。

 第5艦隊とロイエンタール艦隊後衛との距離はすぐに詰まった。

「敵艦隊発砲!」

 発砲炎がスクリーン越しに見えた。続いて砲火の嵐が叩きつけられた。

 最後尾の巡航艦が一撃で失われ、警戒の駆逐隊も砕け散る。 

 ディッタースドルフの旗艦に信号が上がり、分艦隊を率いて後方の消火に向かう。

 戦艦と巡航艦を中核とした4個の戦隊を先頭に、宙雷戦隊が後に続く。

 少しでも主力が体勢を立て直す時間を稼ぐ。それがディッタースドルフの考えであった。

 ロイエンタールも部下の考えを読みとり、前衛の戦列を下げ再編成を行った。

「ままならんな」

 ロイエンタール艦隊が押されている。

 戦闘経過6時間。事態は混沌と化している。

 両軍は激しい砲火の応酬と戦術行動で少しでも相手を削ろうと努力し、半日に渡る戦闘で将兵は疲弊していた。推進剤や弾薬消費から考えてもこれ以上の継戦も難しい。

(そろそろ退くか)

 疲労した頭でロイエンタールが考え始めた時、彼らが遂に来た。

「撃て!」

 旗艦「ベイオウルフ」でミッターマイヤーの号令が響いた。

 それに合わせてミッターマイヤー艦隊の砲撃がビュコックの側面を叩く。

 爆発の閃光が深い緑色に塗装された同盟軍艦艇を浮かび上がらせる。

「敵の増援です!」

 報告にビュコックは顎をつまみ考える。

 艦種の識別の結果、ミッターマイヤー艦隊と判明した。

「先程の坊やか」

 用心し過ぎに思えたミッターマイヤー艦隊がようやく動いた。

(やはり、こちらの罠を警戒していたのだな)

 ビュコックはミッターマイヤーの不可解な反応をその様に結論付けた。

(フェザーンに侵攻した敵戦力は、おそらくこれで終りだろう。後続がいるならもっと積極的に動いていたはずだ。手札は全て見せてもらった)

 フォークが訊ねてきた。

「閣下。そろそろよろしいでしょうか?」

 フォークが撤退を進言する。

「もう少しだけ敵を引きつけよう。いい酒は寝かせる事で旨くなる。味わうには多少の手間隙を惜しんではいかん」

 傍らでビュコックとフォークのやり取りを聞いていたスールズカリッターは比喩ばかりで意味が解らないと思った。

 両軍が引き上げを検討し始めた頃に応援はやって来た。

「友軍です! ミッターマイヤー艦隊です!」

 その報告にロイエンタール艦隊では歓声が起こる。

 疲れが吹き飛ぶ朗報だ。すぐに通信回線が開かれた。

 スクリーンにくたびれたミッターマイヤーの姿が映る。

「遅いじゃないかミッターマイヤー。疾風ウォルフの名前が泣くぞ」

 憎まれ口を叩きながらも助かったのは事実だ。ロイエンタールは感謝の意を込め会釈する。

 友人の軽口にミッターマイヤーも少し微笑む。

『待たせてすまん』

 ロイエンタールは不敵な笑みを浮かべ親友に提案した。

「よし。今度はこちらがやり返す番だ」

 帝国軍は合流した事で士気が盛り上がった。目前の勝利を確信していた。

 

 

 

 ルパート達の上官となったのはホフマイスター准将。ファーレンハイト艦隊で勇将と知られた人物で先頭切って戦う生粋の武人だ。

「その分、死に易いって事だと思うけどな」

 僕はその様に漏らした。

 勇将だろうが、馬鹿だろうが指揮官先頭で死なれたら、残された物が困る。

 例えて言うなら社長が現場にやって来た。

 あんた後ろに居てくれと言う事で、よく自分の責任と立場を考えて動いてもらいたい物だ。

「艦隊司令部より入電。全艦突撃せよ」

「航海長。舵、任せた」

 この命令は指揮の放棄に近い。だから僕も指揮を投げた。

「はい艦長!」

 全艦突撃。これは勢いに任せて突撃し、敵を蹂躙し押し潰すと言う物で、戦術でも何でもない。鋼鉄の濁流である。

(馬鹿でも出来る)

 前進方向に立ち塞がる敵は全て撃破する。この命令が出た時は、友軍の後に続くだけだ。

(むりせずに高みの見物と行こうか)

 味方はロイエンタール艦隊の側面を攻撃していた敵艦隊を突いた。

 これに呼応し、ロイエンタール艦隊も前進する。

「魚雷管発射準備よし!」

「主砲射撃準備よし!」

 次々と報告が入って来る中、僕は砲雷長に頷く。自分が熟練した駆逐艦乗りに比べたら未熟なのを承知している。細部は叩き上げの部下達に任せていた。

『目標、左舷反航の敵宙雷戦隊。突撃!』

 続けて教導駆逐艦から命令が下達され、ミステルも増速する。

 第241駆逐隊も駆けて行く。

「敵は此方の頭を抑える積もりのようですね」

「今更だよ」

 同盟軍も反応し宙雷戦隊が阻止行動に出た。すぐに敵の射程に入ったようだ。砲撃が襲いかかって来る。

 距離が詰まって来た。至近弾が降り注ぐ。そんな状況でも「ミステル」は幸運だった。

 前方を航行していた「プラウエン」に巡航艦の艦砲が高速で叩き込まれた。

「『プラウエン』被弾」

「ミステル」にまだ砲撃は来ない。

 運と言うか、確率の問題か。僚艦が被弾したようだ。

(幸運の女神っているのかな)

 そんな事を思っていると「ミステル」にも弾は飛んで来た。衝撃が響く。

「艦首左舷に被弾。人員被害無し!」

「右舷機銃壊滅!」

「前部上甲板B砲塔大破!」

 駆逐艦の主砲は戦艦のレールガンと違い、22世紀から使われている原子核破壊砲だ。

 今のところまだ、戦闘航行は続行可能だ。

 艦尾から衝撃が大きく来た。

 被弾二発で左舷艦尾が大破した。

(余計な事を考えたら、死亡フラグってやつか?)

 そして射程内に敵を捉えた。

 そろそろ頃合いかな。

「魚雷発射!」

 誘爆が怖いので先に撃ってしまう。

 何しろ駆逐艦だけで数千隻。下手な魚雷でも数撃てば当たるのである。

 その間にも友軍の被害は増える。

「『アナベルク』沈没!」

 前を進む「アナベルク」が沈んだ。

 航海士が必死に操舵し「アナベルク」だった残骸を避ける。

「うわ」

 中和磁場に細かい金属の破片などがぶつかって来た。中には恨めしそうな表情を浮かべた戦死者の遺体もある。

(こうなるとタント酸素飴も意味が無いんよな。仇は討つから成仏してくれ)

 主砲も射程に敵を捉えたようで報告が入る。

「撃て!」

 射撃号令で、「ミステル」の艦体が閃光に包まれ、砲火が獲物に向かって解き放たれる。敵を何隻沈めても賞与にはならないが、自分達が生き残る為だ。

 射撃開始後、弾着のカウントがスクリーンの端に表示される。

 僚艦も攻撃を始めたようだ。

 

 

 

「双璧の衝力は大した物だな」

 ビュコックは狼狽する事も無くフォークに話しかける。

 もし同盟軍であったなら自分の部下に欲しい所だと評価する。

「ええそうですね」

 フォークも十分過ぎる戦果をあげて笑顔だ。

「閣下、後退しますか」

「そうさな、頃合いだろう。ウランフ提督にも合図を出せ」

 猛禽類の様に瞳を輝かせ、フォークは秘匿回線を通して暗号電文を打つ。

 それを受け、これまでに待機していたウランフ艦隊が満を持して戦闘に参入する。

「かくし球か!」

 ミッターマイヤーはビュコックを押し潰すつもりだった。しかしウランフの艦隊が自分の艦隊に食い込んで来た。

「撃て!」

 敵の砲撃でミッターマイヤー艦隊に被害が出る。再び攻守が逆転した。

 ロイエンタールは舌打ちをする。

(まだ伏兵がいたのか。一体、奴らどれだけの艦隊を投入して来たんだ)

 混沌としていた事態は更なる深みへと入っていく。

(敵戦力はこちらの3倍。しかも熟練した指揮官に率いられて手強い)

 自分の部下でバルトハウザー、シュラーが戦死し、ディッタースドルフ負傷した。

 ミッターマイヤーの艦隊も圧されている。

(最悪な混戦状態だ。このままでは消耗戦になる。やられっ放しは癪に障るが、仕方ない)

「ここは退くべきではないか?」

 ロイエンタールの言葉にミッターマイヤーも同意する。戦況が消耗戦になれば、ただの力押しで潰し合いにしかならない。

「残念だがそうだな」 

 無意味な損耗を避けるべく、散らばった艦隊の再集結と戦線の縮小が迅速に行われる。

 後衛はゾンネンフェルス分艦隊と ホフマイスター分艦隊が堅固に固めた。

 

 

 

「連中、逃げていくぞ。くたばれカイザー!」

 部下の喜ぶ声とは逆に、ビュコックは同盟軍は追撃をしなかった。

 余力がないと言うのもあるが、逃げる敵は手負いの獣と言う。

 帝国軍の整然とした後退を見て、下手に手出しをすれば手痛い反撃を食らうと読めた。

「残念ながら双璧の首は討ち取れませんでしたね」

 フォークの言葉にビュコックは軽く答えた。

「何、次があるさ。それに迎撃と言う目標は達成された。十分ではないかな」

 まずは初戦の勝利でフェザーンと同盟の双方へ面目が立った。

(味方の士気も上げれたし今回はこれで良しとしよう。次も勝てるとは限らんが、努力はするさ)

 

 

 

 フレーゲルは会議室でサンドイッチを食べながら、幕僚を集め状況報告を受けていた。

「ロイエンタール、ミッターマイヤー両艦隊の参加艦艇42,770隻。その内24,680隻が失われました」

「手酷くやられた物だな」

 呻き声をあげる面々の前に、戦闘経過が三次元で再現される。

「これは……!」

 その艦隊機動を見て、それぞれが不快そうに顔をしかめる。

 今回の前哨戦は攻守が幾度も逆転した。

 その様な混戦の原因を作ったのは、ミッターマイヤーとしか考えられなかった。

(まるでこのサンドイッチのようだな)

 一枚目のパンがボロディン、次の具材がロイエンタール、その次に同盟軍のビュコック、応援に駆け付けたミッターマイヤーと来て、最後にウランフに挟まれた。

(ビュコックが餌で、挟まれたと言う事か)

 その様にフレーゲルは理解した。

「ミッターマイヤー提督に戦意なし。そのようにしか判断できません」

 前衛集団の損害を放置し、同盟軍第5艦隊の捕捉撃滅させるチャンスを逃した。

 フレーゲルの目から見ても明らかだ。

「再三にわたり、前衛集団の各分艦隊司令官から出された支援要請を、握りつぶしていたのも見逃せません」

 戦闘後には、二名の少将を解任し逮捕。分艦隊を解散させた。

(これから戦おうと言う時に、前線部隊の指揮官を解任するなど正気とは思えん)

 ここで取り逃がした同盟軍1個艦隊が、ロイエンタール艦隊を挟撃し損害を与えた。

 応援に向かったのは良いが、後手に回り過ぎて損害を増やした。

「何を考えていたんだ?」

 フレーゲルの問いに誰も答えられない。

「フレーゲル閣下。今回の敗因が誰にあるかは明白です」

 義眼の参謀が、処断を下すよう進言した。

「ミッターマイヤーか……」

「御意」

 ミッターマイヤーは今まで有能な指揮官であった。一度の失敗で全てを否定するには、惜しい人材だ。

 ふっと溜息を洩らす。

「代わりの指揮官はどうする?」

 オーベルシュタインが澱みなく答える。

「ロイエンタール艦隊が半減したので、補充と再編を兼ねて合流させようと思います」

 今回は、解任し後方で控えさせる。しばらく頭を冷えさせ、使えるようになったらまた活用すれば良い。

 信賞必罰。けじめは必用だ。それがオーベルシュタインの考えだった。

「分かった」

 かくしてミッターマイヤー艦隊は解散し、ロイエンタール艦隊に吸収される事となった。

 ファーレンハイトとミュラーの処断は撤回され、ロイエンタールの下で分艦隊の指揮を預かる事となった。

「ミッターマイヤー。女で身を滅ぼすか……」

 ロイエンタールは私室で、ミッターマイヤー艦隊解隊と自艦隊への合流を報告され、独語する。

 的確にミッターマイヤーの心理状況を把握したのは、刎頚の友である彼一人だった。

「卿の借りは俺が返してやる」

 グラスを手に取ると、琥珀色のブランデーを飲み干し熱い息を吐く。

 

 

 

 

 

28.フェザーン進行 第一段階(1)

 

 同盟が艦隊をフェザーンに派兵したのは、帝国との対決を辞さないという姿勢の表明もあった。

 現実に、ビュコックから帝国軍との交戦が報告された時、評議会は追加の派兵を決定した。

「敵の侵入した兵力は凡そ4万隻。帝国の双璧として名高いウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールの両提督が指揮官です」

 報告に対して感嘆したような溜め息が出る。同盟でも、敵の各級指揮官の分析はしている。自分たちに苦渋を飲ませて来た相手。若手の出世頭である分、能力的にも油断できない相手だ。

 現状は、同盟軍のフェザーン進駐から時間をそれ程置かず帝国軍は艦隊を送り込んで来た。帝国領内における大規模な叛乱鎮圧(アンラック方面)が終わって間もないこの時期にだ。

 これ程、迅速な対応が出来たのは事前に大規模な戦力を集結させていたからだ。その事は情報収集で周知の事実だ。

 フェザーンへの外交上の手札としか同盟もフェザーンも受け止めていなかった。

 今回、実際に矛を交え帝国が本気だと言う事は分かった。フェザーンを征服するか、降伏させるまでこの戦いは終わらない。

「我が軍は中々、勇戦しているようではないかね」

 楽観的な言葉が洩れた。それも無理はない。初戦を勝利で華々しく飾った。政治的効果も大きい。

 帝国軍の先鋒は約4万隻。そのうちの25,000隻近くを沈めた。

「生き残った艦艇にも損害を与えているだろうから、敵の前衛はほぼ撃破したと言える。第一回戦としては十分な戦果だ」

「いかに帝国が国力で我々より勝っていると言っても、4万近い損害を受ければ行動に支障が出る。当面は動けないのでは無いかね?」

 政治家は有権者に対して目に見える成果が必要だ。これで次回の選挙での支持率は期待できるとサンフォード議長は御満悦だった。派手に勝利を収める事が大衆への娯楽提供となる。

 ビュコックやウランフたちに栄典を授けようと、機嫌よく提案するサンフォードとそれに追従する主戦派の議員達。それに対して報告するシトレ元帥の表情は優れない。

「双璧は過去の戦闘で少なくない武勲を上げており、限定的な攻勢に使われるような人材ではないと考えられます」

「それで?」

 つまり帝国軍は本格的攻勢を行おうとしている。

 先鋒だけで4万なら、その後続はどれだけの戦力になるか。自分たちのイゼルローン攻略作戦を思い出せば分かる。当然ながら帝国軍が動員した戦力は、保有する全戦力の内かなりの割合を占めると考えられた。

 現在の派遣戦力では敵を支えられても退ける事は叶わない。増援を送るべきだ。それが軍の結論だ。

「この戦いで敵の侵攻部隊を撃破すれば、いかに国力で勝る帝国とは言え戦力の回復にかなりの時間がかかると考えられます」

「いや、それはさっき私が言った事と同じでは……」

 議員の言葉を一睨みして黙らせるとシトレは続ける。

「勝利は同盟にとっても国力を回復させる為の貴重な時間を生み出す事になります」

 その後、各省庁の有識者によってサンフォードや他の議員達に経済成長率や出産率、税収など事細かな説明が行われる。

 決戦。これに勝利できれば帝国領進攻ですら夢ではない。

「帝都オーディンで城下の誓いをさせる」

 妄想ではなく、急速に現実性を帯びてきた。

 ならばやるべき事は早急な増援派遣だ。

 反戦派として、今回の派兵も反対するだろうと思われていたヨブ・トリューニヒトも同意した。

「君が同意するとは思わなかったよ」

 周りからは意外そうな表情で言われた。

 トリューニヒト本人にとっては意外でもなく、敗戦の総括から導き出した当然の判断だった。

「無駄な派兵は反対だが、いざ戦端が開かれたのなら全力を尽くすべきだ。戦力の逐次投入で敗北する事こそ避けねばならない」

 かくして同盟軍はフェザーンに増援を送り込むべく大規模な動員令を発令した。

 第一陣として投入される戦力は3個艦隊。増援艦隊のフェザーン到着は約1ヶ月と見積もられる。

 パエッタ大将を指揮官に第2艦隊、ルフェーブル中将の第3艦隊、アルトミューの戦い後に第4艦隊を吸収したムーア中将の第6艦隊となる。

 シトレ元帥は今回の人選に納得していなかった。現地にはビュコックもいて指揮権はどうなるのだと言う意見もあった。

 大将に昇任した時期から言えばパエッタが先任だが、軍歴の長さでビュコックにかなう者が同盟軍に居ない。

「私としてはビュコック提督の指揮下に入る事に問題を感じない」

 現場の最先任者であるはずのパエッタがそう言うのだから、それならばシトレに異存はない。

 ロボス派の人間が指揮を取り、戦果を上げられたら困るそれだけだからだ。

 

 

 

 

 帝国側も動き出していた。

 帝国暦487年10月26日。旧アンラック公国首星チャモチャに駐留するクルーゼンシュテルン中将に転進命令が来た。

 治安維持に必要な一部の戦力を除き、速やかにフェザーン方面に転戦しろとの命令だった。

「計画より半月は早いな」

 10月13日にアンラック大公国における叛乱の鎮圧が終了したと発表されていたが、残党の武装勢力が各所に潜んでおり掃討はあまり進んでいなかった。その為、艦隊も軌道上から艦砲射撃やワルキューレを出したりと忙しく動き回っており、裏方として活躍している。

「今の状態では、まだ内務省に引き継げませんね」

「そうだな」

 幕僚の言葉にクルーゼンシュテルンも表情を歪める。

 占領地の治安維持業務は、内務省の武装警察と憲兵があたる。最終的には自警団などが内務省警察局の監督で代行する事になるが、現状では武装警察や憲兵に引き継ぐ事も難しい。

 命じられたのなら従うだけだが、疑問を抱かずにはおれなかった。

 添付されたフェザーン方面の戦況報告を読み進める内にクルーゼンシュテルンの顔色は変わる。

「なんと言う事だ、惨敗ではないか」

 前衛2個艦隊の敗退によりフェザーン進攻計画の一部は速められたという。

 事態を把握したクルーゼンシュテルンは顔色を青ざめる。

「ミッターマイヤー提督は更迭か」

 前衛が敵戦力を誘引しつつ、フレーゲル本隊が後詰めとしてフェザーン主府を陥落させると言う計画だった。総予備としてアンラックからの兵力転用も計画に入っていたが、自分達は保険の様な物だった。

 フェザーン方面での作戦の齟齬が生じた事で、自分たちにも影響が大きく出る。

「ともかく手開きの艦隊から準備出来次第、移動を始めさせてくれ」

 参謀長にその事を伝えると、肩をすくめて答えた。

「それでは補給計画も見直さないといけませんね」

「うん。頼んだ」

 この後、装甲擲弾兵の指揮官に事情を伝えなければいけない。航空支援の調整も必要だ。ワルキューレの対地攻撃は基本的にhi-lo-hi(軌道上から降下、低高度で戦闘、母艦に帰還)となる為、艦隊とセットだ。残る艦隊も選ばなければいけないし、やる事は幾らでもあった。新しい戦場は武人として楽しみだと言うが、上に昇れば昇るほど仕事が増える。素直に喜んでいる暇は無かった。

 停泊地の宙域を守る機雷原が出港の為、信号を受けて移動を始めている。各艦隊は出港を命じられ慌しい空気を醸し出していた。

 レンネンカンプ艦隊もその一つで、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将の分艦隊もその中に在った。司令官の椅子に座りながらラインハルトは、麾下の艦艇から準備の報告を受けていた。

 報告が途切れ少し開いた時間、手を休めて従卒にコーヒーを持って来させる。

「フェザーンで叛徒共を相手に、双璧が破れたそうだな」

 喉を潤して気分転換にラインハルトはキルヒアイスに語りかける。

(出撃を命じられて嬉しいのは分かりますが、味方の敗北を喜んでいるように見えますよ)

 ラインハルトの嬉々とした表情を見てキルヒアイスは思った。

「中々、油断できない物です」

 頷き返しながらラインハルトは考える。

(もっとも、あの二人に油断があったとは思えないが)

 同盟軍を軽んじる心算はない。

「久々に骨のある相手と戦えそうじゃないか」

 ラインハルトは楽しげに言った。

 イゼルローンの戦いから久々に、叛徒相手に戦える。

 ラインハルトにとっては雪辱戦とも言えた。

「もしかしたら、我々が付く頃には戦いが終わっているかもしれませんよ」

 キルヒアイスは冗談交じりにそう言うと、ラインハルトは不快そうな表情を浮かべた。

 他人に獲物を取られるのは愉快な想像ではない。

(出来れば自分の手で叛徒と雌雄を決したい)

 ラインハルトは帝国軍でも優れた指揮官だと自分の才能を自負していた。しかし蓋を開けてみれば、頭の切れる割に深読みし過ぎて好機を逃し、叛徒相手に敗北を重ね降格された。

 実戦では持論を証明しようとする前に、任務分析をすべきだった。

 戦場では上級司令部の作戦指導で進む以上、自分も駒に役割を徹すべきだ。でないと、指揮系統だけではなく軍規を乱し余計な損害を出す事になる。

 事実そうだった。協力と言う事をしなかった為、自滅しそうだった。功名心、名誉欲。若気の至りと言えばそれまでだが、巻き込まれた部下はたまった物ではない。

 ラインハルトはラインハルトなりに反省していた。

(今度は失敗を繰り返さない。それに叛徒を倒す事は、戦死したビッテンフェルトの仇を討つことにもなる。降格されてからの自分に表裏無く付き合ってくれたのは奴ぐらいだった)。

 以前は「ラインハルト様」と忠犬のように側を離れなかった赤毛の親友――キルヒアイスは、女性との付き合いに忙しいらしく最近相手をしてくれない。

(まったく、姉上の事を忘れたのではないだろうな?)

 

 

 

 ロイエンタール艦隊は旧ミッターマイヤー艦隊を吸収し、再び帝国軍の先鋒としてフェザーン領内に進入する事となった。

 一方のビュコックは、帝国軍を一度撃退したからとそのまま待つような事はしなかった。

 魚雷艇や砲艦まで駆り出して、積極的にフェザーン回廊帝国側出口で攻勢に出た。警戒を掻い潜り輸送船団を狙った襲撃を繰り返して、帝国軍を干上がらせようとした。

 艦隊の再編成が急がれる中でこの被害は無視できる物ではなく、来襲する同盟軍に対応するため帝国軍も手を打った。

「航続距離から考えて魚雷艇や砲艦が長距離の作戦行動を取れるとは考えられない。拠点や母艦が存在するはずだ」

 巣穴を探せ。各戦隊、分艦隊が分かれて潜伏する敵の捜索に向けられた。

 上下左右見渡す限り灰色の帝国軍艦艇。

 前衛集団を指揮するのはファーレンハイト。分艦隊を指揮していた時より指揮する数は多いが、ファーレンハイトはこの大任に萎縮する事も無く普段と変わらず艦隊の指揮を取っていた。

(こちらの戦力分散を狙ってやった可能性も捨てれないな)

 自分の艦隊は、無人偵察機を放ち索敵も濃密に行っている。

(まぁ奇襲される可能性はないだろう)

 実績に裏付された自信をもっていた。

 

 

 

 貴族階層の出自で有るにもかかわらず、ゴールデンバウム王朝に対しオーベルシュタインの忠誠心はそれ程存在しない。

 王朝を倒そうと言う才気溢れる者がいれば、その覇道を手助けすべく馳せ参じたかもしれない。

 現実にはそのような人物も現れなかった。そんな現状で信じるべきは自分の信念であり、結果がすべてだ。

 帝国は変革の時を迎えつつあった。

「馬鹿な上官=貴族」と言う図式であった時代は変わりつつある。

 クロプシュトックやカストロプ叛乱が始まった頃は、法令を捻じ曲げ恫喝や圧力をかけて来る馬鹿な貴族が残っていたが、今では自然淘汰されている。

(社会階層論など、腐敗すればくだらん宗教だ)

 戦場で権威を主張するだけの馬鹿は、すぐ死ぬ。

 別に味方に背後から撃たれるとか、そう言う事ではない。

 状況に対応できず指揮系統を乱すから、右往左往して敵の良い的になる。

 戦場で生き残った貴族将校はそう言った事を自然学んでいた。オーベルシュタインもその一人だ。

(リッテンハイム侯爵が上官でなく良かった)

 自分の性格から言ってもリッテンハイム侯とは相入れず、叛意を抱いた事だろうとオーベルシュタイン分析する。

(侯の粗暴の悪さは噂に聞いている。一度はブラウンシュヴァイク公と交戦までしでかしたからな。妻子が皇帝の一門でなければ、間違い無く断罪されていただろう)

 皇帝から、恩賜の銀時計を賜った秀才の一人であるオーベルシュタイン。そんな彼の持論はNo1不要論である。他人が聞けば自己矛盾で質の悪い冗談にしか思えないが、当人は至って本気だ。

 軍隊と言う人的消耗の多い世界では、換えが効かないと組織は機能しない。

 双璧の様な有能な人材の存在は戦略の幅を広めるが、その反面、初戦の敗退のような不具合が有った時、代わる人材がいないと言う事になる。

(必要なのは精鋭では無く、補充の利く戦力だ)

 上官であるフレーゲルは理想的人物だった。

(ずば抜けて優秀と言う訳でもないが、無能でもない。部下に全てを任せ最終決定を下す鷹揚さは司令官人格に相応しい)

 名門貴族の系譜に連なる者として、血統も他者を頷かせる。

(もしフレーゲルが不慮の事故で無くなっても代わりはいる)

 今回、同盟軍の来襲に対して偵察任務を帯びて出港したコルプト子爵の分艦隊も、そう言った換えの効く戦力の一つだった。

 

 

 

 斬減作戦と言う言葉が有る。

 敵の戦力を削ぎ取るように消耗させ、決戦で叩き潰すと言う古くから使われた戦術だ。

 ウランフの信頼するサンドル・アラルコン少将が分艦隊2200隻を率いて誘引に動いた。

 これに対応したのが、偵察行動中のコルプト艦隊だった。

「索敵機より入電。敵艦隊を発見」

 通信士が無人偵察機からの報告を読み上げる。

「方位0-3-0。距離7.4光秒。仰角20度」

 CICの電測員も目を皿のようにしてレーダー見張りをしている事だろうが、無人偵察機の方が足は早い。

 敵の艦艇数は2200隻。コルプト麾下の艦隊とほぼ同数。

「よろしい諸君。戦闘開始だ」

 コルプトの宣言で艦隊は慌ただしく動き出す。

 コルプト子爵は部下に対し公平な人物であった。おそらく弟の死因がその直接的な原因だと思われる。

 彼の弟はクロプシュトック侯叛乱の際、装甲擲弾兵の大尉として中隊を率い参加。非戦闘員へ暴行を行うリッテンハイム侯の私兵を制止しようとして殺害された。

 その為コルプト子爵は、非戦闘員への虐殺など断じて許さずカストロプ鎮圧でも厳正な規律を保持し占領に当たった。

 この辺りが評価され、今回のフェザーン進攻の一員に選ばれた。

 一方の同盟軍だが、帝国軍と接触する前にアラルコンは移動を開始した。

「敵艦隊は転針しております」

(敵は気付いていない。このまま、本隊の位置まで案内させよう)

 その様にコルプトは判断した。

「このまま追撃し捕捉撃滅する」

 ミッターマイヤーが捕捉のチャンスを逃し、ロイエンタール艦隊が損害を受けたのはつい先日の事で記憶にもまだ新しい。

 コルプト子爵が戦果拡張を狙ったのも、この時点ではあながち間違いとは言えない。

 しかし、百戦錬磨のウランフが手ぐすね引いて待ち構えた。

 コルプトも実戦経験はあり、有る程度は洞察が出来る目を持っていたつもりだが、ウランフの方が策士だった。

 こちらが敵の存在に気付いていないと錯覚させて追跡を行わせる。砲火を交わさずに帝国軍を誘い込む。それがアラルコンに与えられた任務だった。

 気が付けばコルプト艦隊は後退する同盟軍を追撃して、フェザーン回廊に引き釣り込まれていた。

「今だ。全艦回頭!」

 コルプト艦隊を引き釣り込んだと判断し、アラコルン少将は艦隊を120度反転させる。

「敵艦隊一斉回頭します」

 コルプト子爵は眉をひそめた。

(まさか追跡に気付かれたのか?)

 そう思った瞬間、敵艦から一斉砲撃が始まった。

「敵艦発砲!」

 青い光の束がスクリーン越しに向かって来るのが見えた。

 前衛の戦隊が叩かれ瞬く間に、光球が続出する。

「くっ……」

「方位2-4-0より新たな敵艦隊出現!」

 左舷後方から敵がやって来た。

 後方の敵は4000隻ほど。

「敵は半個艦隊を投入して来たようですな」

 冷静に参謀が状況判断する。

「そのようだな」

 自分の迂闊さを呪った。

 名誉の戦死ならともかく、無様な敗北で死ぬのは恥の上塗りだ。

(それでは戦死した弟に顔向けが出来ない)

「救援要請を出せ」

 自分の無能を晒すようだが、部下を見殺しにするよりましだ。

 この急報を受けファーレンハイトが動いた。

 ロイエンタールも友軍救援の為、承認して分艦隊規模の戦力を急派した。

 帝国暦487年10月26日。コルプト子爵の分艦隊は同盟軍の狡猾な罠にかかり、包囲下から救援要請を出した。

 1800時。ファーレンハイトの下に、参謀長がココアを入れ持って来た。

「援軍が来るまで、彼らは耐えられるでしょうか」

「耐えろとしか言えんな」

 受け取りそう答え、一口含む。

「薄いな。ココアとカルピスはたっぷり入れた方が上手いんだ」

「そうですが、健康には薄口が良いんですよ」

 参謀長の言葉にファーレンハイトは苦笑を浮かべた。

 その時、先頭を航行する「ミステル」が会敵した。

 

 

 

「方位3-5-0。距離10.5光秒先に敵艦隊の反応」

 報告の声に僕は耳を傾けて考えた。

「新手の敵艦隊かな」

 艦隊司令部に敵艦隊発見の報告を上げた。

「艦艇数は凡そ800隻」

 僕らの前に現れたのは、同盟軍デュドネイ分艦隊840隻。

 先に口火を切ったのはあいつらだった。

「敵艦隊発砲!」

 灼熱に燃えあがったウラン238弾が襲いかかって来る。

(綺麗だな)

 数秒遅れて、友軍の主力艦も射撃開始する。他の宙雷戦隊が動き出した。

「バルスームより入電。我に続け」

「ミステル」が所属する宙雷戦隊旗艦の巡航艦「バルスーム」からも指示が出た。

「さあ、お仕事だ」

 4個駆逐隊16隻が一斉に動き出す。演奏の始まりだ。

 敵の砲火がエネルギー中和磁場を打楽器の様に叩き、振動を送って来る。

「ミステル」も射撃準備は完了しており、命令を待っていた。

「方位0-1-0。距離4.5光秒。俯角20度に敵宙雷戦隊」

 反航するように両軍の宙雷戦隊がすれ違う。艦橋の中が緊張感に包まれる。

 僕は駆逐隊司令からの射撃許可を待っている。

(まだか、まだか……)

 敵の駆逐艦が肉眼で視認出来る距離になった。その瞬間、司令駆逐艦「メンヘラ」から射撃命令が出た。

『撃て』

 射撃管制で、それぞれの駆逐艦に目標が被らないように付与されている。

「撃ち方始め!」

 僕も指示を出す。

 当然、敵も射撃の時期を待っていたのだろうが、先手を打ったのはこちらだった。

 火線が敵の艦体を貫き、呆気なく火球と化す。

「脆いな……」

 違和感を感じて僕は呟いた。

(敵の錬度が低い。先日の相手とは大違いだ)

 

 

 

 

 ルパートの違和感は正しい。デュドネイ准将の艦隊は若年兵が補充として送り込まれており、ウランフの艦隊では錬度の低い方だった。

 早すぎる実戦投入だがウランフは戦力が限られている以上、使える物は使うと判断だった。

 目的は、敵が送り込んでくるであろう敵艦隊の足止めで、デュドネイの他にも複数の分艦隊がフェザーン回廊帝国側出口周辺で動いていた。

「方位3-5-0。敵宙雷戦隊接近!」

 スクリーン上で味方の宙雷戦隊が鎧袖一触と片付けられる瞬間を目撃した。

(熟練した動き。敵の方が腕は良いな、自分の部下に欲しいぐらいだ)

 デュドネイは鼠狩りの指示を出す。

「スパルタニアンを出せ」

 駆逐艦にとっての脅威は敵主力艦だけではない。スパルタニアンは単座式戦闘艇。対艦攻撃能力を持った危険な敵だ。運用や開発の歴史だけで、本が数百冊書けるほどだ。

 

 

 

 敵主力艦まであと少しで射程に入る。そう思って、僕は気合いを入れていた。

「敵機直上、急降下!」

 スクリーンに敵の編隊が表示される。

 3、40機は居るだろうか。一塊りになって襲いかかって来る。

「バルスーム」から指示は無い。このまま一気に敵主力艦に肉薄し魚雷を撃つ心算だ。

 上が何も言ってこないなら僕に出来る事も限られている。

「針路そのまま。俯角15度。第4戦速!」

「針路そのまま。俯角15度。第4戦速、宜候!」

 航海士が復唱する。

「ミステル」は敵艦隊の下方へ潜るように進む。

 まぁ三次元戦闘の宇宙空間で上下も無いが、自艦が基準だ。

「対空戦用意」

 サイボーグ技術の発達はアイボールを装着した「ゆうどうミサイル」を誕生させた。これは既存の誘導ミサイルを超えた命中性能を発揮し、艦隊防空の要となった。

 同盟軍の手口は読めている。艦隊による嫌がらせの様な攻撃。

 こちらが少数なら討ち取ってしまおうという漸減作戦だ。

 劣勢なゲリラが戦力差を補おうと、昔から繰り返し行われた手だ。

 これで帝国が、敵の策源地を叩くモグラ叩きの様な行動しかとれなければ、かなり不利だっただろう。

 しかし今回はフェザーンを滅ぼし、同盟領に攻め込む本格攻勢だ。

 躊躇も遠慮もしない。

 まずは、迅速にコルプト艦隊を救出し味方勢力圏まで引き揚げる。

 その様に指示されていた。

 だから次のキャンペーンに備えて「ミステル」の生存性を第一に、無理なく戦う。

 

 

 

 同盟軍はこれまでの戦闘経験から、一度に500機以上のワルキューレが出撃して来る可能性は無いと判断していた。

 さらに同盟軍は少ない戦力を補うため、小隊が平面では無く、三次元的な立体を組む。それを中隊単位で拡大して行き、空間を覆うコンバットボックス編隊を採用している。

 若年兵の補充兵が多い中、一撃離脱で個別の格闘戦に持ち込ませないための苦肉の策だ。

 同盟の若き撃墜王オリビエ・ポプランの洗練を受けたモランビル大尉も、その教えを守り3機1体の小隊連携プレイで、回避運動を取りながらも前進を止めない巡航艦に狙いを定めて、帝国軍宙雷戦隊に襲いかかった。

 視界一杯に拡大して来る敵艦。

 迎撃の弾幕が撃ち上げられるが怖くなどない。

 モランビルが対艦ミサイルを放つと僚機もそれに続く。

 振動と重力が体に襲いかかって来る。

 離脱しながら、首をのばして戦果の確認をした。

 後方に火球がまた一つ生まれていた。

 

 

 

「『ゲンゼキルヒェン』沈みます!」

 友軍の船が沈むのは残念だが、別に悔しくも悲しくも無い。特に親しくないからね。

 敵編隊は反復攻撃を繰り返して来た。

「俯角45度より、敵機来襲!」

 敵主力艦までの距離が永遠に思える。

「間も無く魚雷の射程に入ります」

 報告に頷く。今度はこちらの番だ。

 教導駆逐艦から射撃指示が出た。

 僕達、帝国軍宙雷戦隊は同盟軍の戦列に向け魚雷を放った。

 射出の衝撃の後「ミステル」は右舷に転舵し、敵との距離を稼ぐ。

「とっとと逃げよう!」

 撃ったら速やかに逃げる。戦艦に比べて豆腐な装甲の駆逐艦は一撃離脱が基本だ。

「命中まで30秒」

 先任が表示された時間を読み上げる。

 反転離脱しようとする艦列を同盟軍の砲火が叩く。青い光が雨の様に降り注ぐ。

 これが殺し合いでなければ綺麗だと見とれるぐらいだ。

「『プロエスチ』被弾」

 不運な僚艦が爆発し火球へ姿を変えた。

 第4戦速から第5戦速に上げ、本気で逃げにかかっている。

「5、4、3、2、1……今!」

 期待してスクリーンを眺める。

 迎撃で阻止されたようだ。光球は3つ。うちの宙雷戦隊だけの戦果だ。

 錬度が低いと言う分けでもないが、不満足な戦果だ。

 他の宙雷戦隊はどうなのだろう。

 

 

 

 2000時。帝国軍は移動中の戦力を含めると、保有戦力の大半をフェザーン回廊に投入していた。

 国内の不満分子を一掃し障害は無い。そう言った判断だ。

 戦争の影響を受けず、帝都は煌びやかな光に包まれている。

 オーディン郊外にあるリッテンハイム侯爵の館に、訪れる者がいた。

 内務省警察総局次長のエーリッヒ・フォン・ハルテンベルク伯爵。リッテンハイムとは若い頃から馬が合い、今でも親しく付き合う間柄だ。

「卿の所にはもう来たか? 軍務省が諸侯に私兵を提出するよう通達して来たそうだ」

 帝国が総力戦に移行しつつある中、安穏と過ごせるわけではない。

 警備隊などの私兵部隊の供出は軍役の一つだ。

「後方警備と言うやつだな」

 正規軍に比べてどうしても錬度や装備で劣る私兵は、カストロプやアンラックの時の様に後方で支援する。

「ブラウンシュヴァイク公の所ならともかく、うちは財力も限られているから元から大した警備隊は持ってない。大規模な私兵を抱えてる卿など大変だな」

 リッテンハイム侯の私兵は一時期に比べれば減少したが、今でも帝国で第三位の戦力を保有している。

 一位は言うまでも無く帝国軍。二位がブラウンシュヴァイク公だ。

「国内にいる帝国軍の戦力が限られているからな。仕方あるまい」

 これも皇帝に仕える貴族の務めだ。

 そう言いながら、リッテンハイム侯の脳裏に、皇帝から登城を禁じられた悔しい日々が蘇る。

 カストロプ叛乱鎮圧に協力し、ようやく皇帝の怒りも解けたのか、つい先日社交界に復帰した。

 ブラウンシュヴァイクのあの厭らしい笑みを忘れる事が出来ない。

 恥辱だ。

「帝都を今護るのは近衛師団と憲兵だけ。叛乱でも起こされたらひとたまりも無いな」

「そうだな」

 ハルテンベルク伯爵の言葉で考える。

 クロプシュトックやカストロプは玉を押さえないから失敗したんだ。

 私なら確実に抑える。

 娘が王冠を戴き、玉座に座る光景が脳裡に浮かんだ。

 馬鹿な、不敬だぞ。頭を振る。

「どうした。急に黙り込んで?」

「酒に酔ったのかもしれんな」

 クロプシュトックの言葉に笑みを浮かべる。

「ふ。お互い良い歳だからな。あまり無理するな」

「ああ」

 本当に、酒に酔ったのかもしれないとリッテンハイムは考えた。

(だからこの様な考えが、次から次へと浮かぶのかもしれない。皇帝を廃し、我が娘を帝位につけるなどと大それた事を……)

 

 

 

 10月27日0100時。

 ファーレンハイト艦隊が手こずっていた頃、コルプト分艦隊はその数を200隻にまで減らしていた。

 スパルタニアンがしつこい蝿の様に襲いかかって来て、ワルキューレがその駆除に追われている。

 緑色の細長い艦艇が艦首から青白い光を放ち、その光に貫かれるたびに、光球と火球が生まれ爆発する。

 最早、救援の到着を望める状況ではない。

 コルプト子爵は覚悟を決め、次席指揮官のワン・ニャン大佐に連絡を取った。

「ワン大佐。私が死んだ後は卿が最先任だ。後は任せたぞ」

 スクリーンの向こうでワン大佐は顔を歪めたが、コルプトの決意を読みとり答礼し答える。

 防戦一方だったコルプト艦隊は、紡錘陣形を組み包囲突破を挑んだ。

「撃て!」

 同盟軍は逃がすまいと火網をさらに集中するが、死兵相手の戦闘は損害が出る。

 コルプトは後衛として最後まで残るつもりだった。

「閣下。旗艦の移乗を進言いたします」

 艦長の言葉にコルプトは断り席を立つ気配はない。

 自分の美学だけで、司令部を失うのは責任ある立場に相応しくない。

「閣下」

 再度、艦長が進言しようとするがコルプトは瞳を閉じ答えない。

 幕僚の中には、狼狽したように辺りを見回す者もいた。

 死にたくない。それが誰しもの考えであった。

 コルプトの考えは異なる。指示はすでに伝え終えた。あとは華麗に死ぬだけだ。

(もうすぐ、弟の元に行ける)

 それだけが望みだった。

 これから激しく出なるであろう叛徒との戦いで、帝国軍は女性にも軍の扉大きくを開いていた。

 ミシェル・キゼベッター大尉もそういった女性たちの一人で、士官学校を卒業後、部隊配属を経て各種学校に入校し特技教育や、将校としての教育課程を済ませ将来を約束されていた。周りからも将来の女性提督と大いに期待され、本人もその点は自覚している。そして、参謀の一人として分艦隊司令部の末席に連なり今回の戦いに挑んだ。

 現実の戦場で彼女の存在はちっぽけな物だった。優れた作戦を立案して、味方の勝利に貢献するなんて夢のまた夢。

 右舷を航行していた戦艦が立て続けに3隻沈んだ。

(あれは、「イーダーオーバーシュタイン」と「フライブルク」。それに「ハイルブロン」ね……)

 スクリーンを凝視し額に汗を浮かべながら、彼女の優れた記憶力は沈んだ艦名を導き出す。

 しかし今そんな情報は必要ではない。

 分艦隊司令のコルプトはすでに諦めきっており、後は少しでも多くの敵を道連れに沈める心算だった。

 その空気は司令部幕僚にも蔓延しており、戦死はほぼ確定していた。

(嫌だ。こんな所で死にたくない)

 湧き出てくる想いを抑えるのも将校の務め。部下の前で醜態を晒す訳には行かない。

 もしここで取り乱せば、今までの評価が一気に覆る。所詮、女は戦場で使えないとなってしまう。

 それだけは嫌だった。

「本艦上方より魚雷多数接近!」

 スパルタニアンにワルキューレの警戒が引きつけられている間に、コルプト艦隊の隙間を縫うように忍び寄っていた魚雷艇が雷撃を行った。実体弾に中和磁場も役に立たない。

 死は免れない事を悟った。

(お母さん……)

 それがキッゼベッターの最後となった。

 帝国暦487年10月27日。結論から言うとコルプト子爵の救出は失敗した。

 同盟軍によって張り巡らされた罠に引きずり込まれ、ファーレンハイト艦隊が駆け付けた時には、コルプト艦隊が壊滅していた。ウランフは追撃をせず迅速に引き揚げ、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト も残存する艦艇を収容し終えると後退の指示を出す。

(今回は負けたが次は勝てば良い。それに、これも作戦計画の進行では、些細な事に過ぎない)

 そのように思うことでファーレンハイトは割り切ろうとした。

 両軍の交戦開始から概ね一週間が経過した。帝国軍に出血を強いながらも、同盟軍は8000隻の艦艇を消耗している。フェザーンでも艦艇の建造は出来るが、人的資源の確保は難しい。

 帝国軍は前進が困難と見るや、激烈な火力支援で収容部隊を配置し、逐次後退を始め回廊出口周辺を固め始めた。

 遊撃戦を使用する敵は、自軍より大きな敵と正面からぶつかり合う事はしない。生き残る事が目的だからだ。

 この種の敵に対し鎮圧する側は敵を拘束する為、二種類の手段を取る。離脱経路沿いに阻止陣地を作る事。もう一つは包囲し捕捉・撃滅する事だ。

 アレクサンダー・パパゴマスが20世紀後半、ペロポニソス半島で共産ゲリラを掃討したのが阻止陣地構築だ。同時代に朝鮮半島で行われたハンマー・アンド・アンビルと言う方式では約2万名の邪悪な共産ゲリラが包囲撃滅されている。

 帝国軍が使用したのは前者の阻止陣地方式だ。

 同盟軍の接近経路は限定されている。そして、帝国軍の投入に必要とされる戦力も比較的少なくて済む。

 帝国軍の指揮官達は、叛乱軍を撃滅する為の方法を学び取りつつあった。

 一方同盟軍は、フェザーンへの全面侵攻を企図する帝国軍に対し、占領された回廊出口周辺の回復は正直な所困難だった。

 ビュコックは同盟からの新たな増援投入の知らせに対して、「敵の侵攻を阻止し、友軍増援の到着を以て反撃する」と基本方針を明示した。

 監視網による敵情報告に基づくと、帝国軍の方でも増援の到着を待っているような兆しが見受けられた。

 双方、少しでも現在の敵を減らして置きたい所だ。

 

 

 

 11月5日、ビュコックは「毛髪作戦」を発令し、フェザーン回廊帝国側出口から戦力を引き揚げを開始した。

 恒星ブーゲンの星系を構成する惑星ブカにも、1個連隊を主力とする守備隊が駐屯していた為、ゴードン・シャムウェイ大佐の指揮する駆逐艦50隻が11月10日、引き揚げの為向かい、次いで11日午後8時49分に人員を収容し帰途についた。

 叛徒が引き揚げつつあると言う報告に対して、帝国軍も黙って見過ごしはしなかった。

「すぐに阻止に迎えるのは誰だ?」

 ファーレンハイトの問いに幕僚は、惑星ジョージアのクジラ泊地で休養を取るジョン・スミス大佐の戦隊を報告した。

 スミスは奇襲戦法の名人ではないが、駆逐艦乗りとしての戦歴も長く信頼できる指揮官の一人だ。

 スミス大佐の手元には38隻の駆逐艦がいて、その中にルパート・ケッセルリンクと「ミステル」の姿もあった。

 ファーレンハイトの迎撃指示はすぐに伝えられている。具体的に達成すべき目標は明確だ。

 敵を撃破する。ただその一点に集約されていた。

 12日零時過ぎ、ブーゲンとブカの中間にある公転軌道を周回している小惑星群の一つ、ワンダと名付けられた宙域で帝国軍は迎撃した。

「敵艦隊発見! 方位0-1-0、距離6光秒先」

 自軍に向け接近して来る同盟軍艦隊を発見した。

「射程に入り次第、ぶちかませ」

 スミス大佐は司令用座席に腰掛け、部下達の動きを見守っていた。

 指示は出した。後は結果を見せてもらおう。

 まず3個駆逐隊が一斉に魚雷を発射し10発が命中した。

 当たれば戦艦も沈める魚雷だ。駆逐艦相手なら言うまでも無い。

 青い光球が見えた。

 攻撃を受けたシャムウェイ大佐は戦況を立て直そうとしていたが、初戦の奇襲を受けた混乱は大きかった。

 この段階で選ぶべき手段は、反撃では無く離脱を優先すべきだった。

 

 

 

「敢闘精神は評価するが、状況判断がまずいな」

 叛徒の対応は平板的なものであった。

 敵の質も色々あるなと僕ははっきり確認できた。

 認識の甘さ。野戦の小隊分析官(補助官)のように敵をそう評価した。

「敵艦隊発砲」

 こちらの攻撃に敵が反撃を始めた。

 帝国軍は小惑星群を影に地形防御の効果もある。敵の砲撃は漂う氷塊や岩を撒き散らすだけだ。

(下手くそ)

 顔がにやけるのは仕方がない

「旗艦より入電。全艦突撃せよ」

 通信士の報告に頷く。

「針路そのまま。第四戦速」

 増速の指示を与えた。

「針路そのまま。第4戦速、宜候」

 航海士が復唱し、「ミステル」は艦体を震わせ加速する。

 この後、帝国軍がさらに肉薄し魚雷攻撃をしかけ叛徒の戦列は乱れた。

 一時間後には合計して34隻の駆逐艦を失い、敵は撤退を余儀なくされた。僕らの受けた損害は無く完勝だった。

 

 

 

 帝国歴487年11月19日。ブカの戦いの後も接触線で小競り合いは続いていた。

 同盟軍は「K号作戦(毛髪)」に基き遅滞行動を取りながら後退し、帝国軍は接触を保ちながらフェザーン領内へ浸透しつつあった。

 ロイエンタールは戦況表示板に瞳を凝らせ、敵の手を読もうとしていた。

(焦ってはならない)

 敵の後衛が戦線を堅持している為、闇雲に前進すれば被害が出る。友軍は回廊出口周辺を着実に抑えている。

 帝国領内の不満分子を一掃し、後顧の憂いを取り除いた帝国軍は戦力を増強されつつあり、物資も豊富にある。

 ロイエンタールが見る所、劣勢な敵は決戦で我が軍に打撃を与え戦力を回復する時間を稼ぐ心算の様だ。帝国軍としても敵に時間を与える事無く、速やかに主府を落としたかった。

(こうなって来ると、初戦の失敗が影響を与えて来るな。ミッターマイヤーの奴が私情討ち洩らさなければ……)

 子飼いの各級指揮官を失うなどと、ロイエンタールが被害を受ける事も無かったかもしれない。

 ロイエンタールの心を暗くしていたのはその事だけではない。

 吸収した旧ミッターマイヤー艦隊のファーレンハイトやミュラーは、武名の誉も高く優秀だが、親友の面目を潰し更迭の原因の一つと言えた。

(正直気に入らない)

 部下には公正であろうとは心掛けて来たが、今は自分の視界に入らない前線に居て欲しい。可能なら死んでくれ。それが本心だった。

 いかに気に入らなくても、指揮官には冷静に判断を下す勇気が求められる。そして戦場では、失敗を少なく抑えた者が勝利する。ロイエンタールはその基本を無視しようとしていた。

 そしてロイエンタールの迷いや苛立ちを読んだわけでもないが、11月20日、ひたすら持久し耐え、戦線を縮小した同盟軍は攻勢に出た。

 指揮官はウランフ中将。投入兵力は2万余隻。

 奮発して送り出した結果、ビュコックの手元に残されたのは貧弱なフェザーン警備艦隊と、急造された駆逐艦や特設砲艦と言った補助艦艇ばかり。

 戦力の少ない側が戦力の分散をさせるのは戦術の基本だ。一般的に戦力を集中させることこそ常道だと思われているようだが、少ない側は生存率を高める為、正面対決を避けた選択をする。

 それにビュコックは各個撃破を避けれるだけの指揮能力を持っていた。

 

 

 

 ロイエンタールは硬い表情のまま、司令官の座席に座っていた。

「叛徒の軍勢はこちらの警戒線を突破。“大将軍の城”に向かう様です」

 幕僚は報告に色めき立ちロイエンタールは眉間に皺を寄せる。

「後方遮断が目的では?」

 2万隻と言う戦力は本格的だ。敵の目的は帝国領側の後方遮断。これをやられると、フェザーン回廊に進出した帝国軍は干上がってしまう。普通に考えれば放置できる物ではない。

「まんまと出し抜かれたと言う訳か」

“大将軍の城”はイゼルローン要塞よりは小型だが堅固な防御拠点だ。簡単には落とせるとは思えない。しかしながら兵站線は寸断される。

(厄介な事をしてくれたな)

 喧騒が艦橋の中を覆う。

「帝国領に一歩でも踏み入れたら奴らの艦隊など全滅だ!」

 激昂した若手士官の言葉に頷ける物もある。

 フェザーン進攻の総司令部が設置され兵站の中継基地でもある。アンラック方面の増援到着まで持ち堪える機能は十分にあった。

「閣下。ここは今すぐ、“大将軍の城”の応援に向かいましょう!」

 参謀の一人がそう進言して来た。

 幕僚の熱気とは逆に冷め、ロイエンタールは呼吸音だけで笑った。

「逆に我が艦隊は行動の自由を得たぞ」

 自分たちの目の前に広がる接触線は、実は手薄の可能性がある。ここ数日の小競り合いは戦線が手薄になった事を偽装する為だったとも考えられた。

「各戦隊に集結命令。これより我が艦隊は敵主府を目指す」

 フレーゲルに敵主力を押しつける。増援も間も無く到着する。そうすれば戦況など盛り返せる。そのように判断した。

 それにロイエンタールは自らの闘争本能を満たす戦いを欲していた。

 

 

 

 コルネリアス・ルッツ少将はカストロプ討伐でバーゼル艦隊相手に勇戦した。今回も活躍が期待され、フレーゲルの招致に答え参加している。

 ロイエンタールが先鋒としてフェザーン領内に切り込む仲、ルッツはフェザーン回廊帝国側出口を固めていた。出来れば自分も前線で武勲を上げたかったが、アンラックからの増援到着までの我慢と納得していた。

 ルッツの与えられた旗艦。その艦橋で報告を受け取った11月22日の事であった。

「警戒中の第241駆逐隊と連絡が途絶えました」

 提示連絡の時間になっても報告がない。不審に思いこちらから問い合わせたが連絡は無かった。

 ルッツは即座に可能性がある答えの一つを導き出した。あるとすれば敵と遭遇し壊滅したと言う災厄だ。

「“大将軍の城”に報告。敵が戦線を突破し侵入した模様。警戒されたし」

 艦橋内に緊張の空気が走る。戦闘の主導権が敵に握られた可能性がある。

「受け持ちの哨戒区に向かおう。敵がもし居るなら速やかに発見せねばならん。時間との勝負だな」

  確認の為、無人偵察機も出そう。そう思ったところに更なる報告が入る。

「先導の巡航艦『シュベリーン』より入電。方位2-3-0に質量反応。艦隊らしき物接近中」

 方位から考えて敵の方向に当たる。本来ならロイエンタール艦隊が居るはずだが、彼らが戻って来る理由がない。

(ならば誰だか言うまでもない。敵だ)

「遅かったか……」

 返信する間も無く「シュベリーン」がレーダーの表示から消えた。彼らが来たのだった。

 戦闘経過20分でルッツ艦隊は粉砕された。それでも、要塞の指令部はルッツ艦隊の生き残りが放った緊急電を受信し防禦を固める事が出来た。

「無駄に艦隊を出撃させて敵に戦果を上げさせるよりも、要塞に篭り、粘り強く守備に徹し凌ぎ切れば、増援が到着するのは時間の問題だ」

 狼狽する部下に対してオーベルシュタインは平然と言った。

「艦隊の人材育成も無尽蔵に出来る訳ではない。参謀長の案で決まりだ」

 フレーゲルはオーベルシュタインの意見を全面的に支持し、全般指導方針を決めた。

「友軍到着までこちらから仕掛ける事はしない。のんびり行こう」

 穴倉に篭った熊をいぶりだすのは難しい。同盟軍はイゼルローンとは違う相手の出方に戸惑う事になる。

 

 

 

 11月24日。緑色に塗装された同盟軍の艦艇が、球体の形状をした“大将軍の城”を包囲していた。そして色鮮やかな爆発の閃光が表面を覆っている。

 叛徒の軍勢がロイエンタール艦隊を抜きここまでで来ていた。ある程度の来襲予想はしていたが、正確な位置が判明したのは要塞のレーダー探知圏内に入ってからだった。

 回廊周辺に設置された偵察衛星やカクミサイル発射衛星、FTLの中継施設を破壊され電波妨害まで受ける中、帝国側の対処はルッツ艦隊の急報を生かし何とか後手に回らずに済んだ。

 叛徒は本気で要塞を攻略するつもりのようだ。

 この要塞はイゼルローン要塞とは仕様が異なり、来襲した敵艦隊を圧倒的火力で一掃すると言う事が出来ない。

 防禦には駐留艦隊と各砲座、ワルキューレが連携して当たっていた。

 要塞にはオフレサー上級大将が居た。

 久しぶりに自分が戦斧を振るえるかもしれない状況に精神が昂っている。上級大将の地位についても、後方の事務机を前に座って安穏としているより戦場の空気を好む。

「2万隻とは叛徒の奴等、随分と数を持ってきたな」

 スクリーンでは敵艦隊と激しい砲火の応酬が行われていた。

「ええ、本来なら無敵砲台で防衛は完璧なんですが、まだ用意できていません。敵揚陸部隊への対処は宜しくお願いします」

 フレーゲルの言葉にオフレッサーは、満面の笑みを浮かべ任せろと応えた。

 顔面に刻まれた傷はオフレッサーの誇りだ。幾多の死線を潜り抜けた勇者の勲章と言えた。「最近は体がなまっていたからな。楽しませて貰うさ」

 オフレッサーの軽口に、彼が居れば大丈夫だとフレーゲルは安心する。装甲服の下にある肉体が、鍛え上げられ贅肉を付けていない事は皆知っている。彼こそ万夫不当の勇士だ。

 オフレッサー自身は飢えていた。魂の震えるような熱い闘争を求めていた。 

 彼の要求に応えられるだけの、武人としてぶつかり合える技量を持つ相手は中々居ない。

 ヴァンフリート4=2で戦った相手は、自分を殺すに相応しい技量を持っていた。あの時は邪魔が入ったが、好敵手にまた会えるのだろうか。

 

 

 

 軍務尚書エーレンベルク元帥の執務室に統帥本部長シュタインホフ元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の二人が訪れていた。卓上には決済を待つ報告書と参考資料がうず高く積まれている。

 エーレンベルク元帥の前で来賓用のソファに深く腰かけるのは、この二人ぐらいだ。

「諸侯の動員は問題無く進んでいる。計画通り皇帝陛下の御臨席で、出陣の観閲式を挙行し彼らの戦意を高める予定だ」

 帝国軍は宇宙艦隊だけではない。諸侯が警備隊等の名称で数多くの私兵を保有する。編成や装備も様々だから、即座に実戦投入できるとは考えられないが掻き集めれば役には立つ。フェザーンへの往路と現地到着後で十分鍛え上げられるはずだ。

 シュタインホフ元帥の説明にエーレンベルク元帥は頷き、書類をめくる手を止めミュッケンベルガー元帥に尋ねる。

「“大将軍の城”に迫った敵。あれはどうする心算なんだ?」 

 フレーゲル艦隊は要塞に篭り防戦している。アンラック方面からの増援到着までは持ち堪えられるだろうというのが宇宙艦隊司令部の見解だった。それに、フレーゲルの参謀長はあのオーベルシュタインだ。気に入らない風貌だが能力だけは優れている。奴がいれば大丈夫だろうとミュッケンベルガーは確信していた。

「応援到着を以って逆襲する。イゼルローンで使い古された手だが、そうするようだ」

 要塞主砲のような決戦兵器がない以上、それが妥当な手段だと考えられた。

「うむ、理解した」

 従卒の入れた抹茶ラテで喉を潤して、エーレンベルクは言葉を続ける。

「先鋒のロイエンタール艦隊はそのまま前進しているそうだな」

「ああ。さすが双璧の一人、やる事が早い」

 ミュッケンベルガーは肯定的だが、シュタインホフは不満そうに僅かに表情を曇らせた。彼は独断先行より組織としての指揮統制を望んだ。安定した戦線の回復こそ優先すべき課題だと考えていたからだ。

 フレーゲルの幕僚の中にもロイエンタールを呼び戻そうと言う意見はあった。しかしオーベルシュタインは居なくても良いと判断し、フレーゲルはそれを認めた。

 現場部隊の指揮官が問題ないといっている以上、シュタインホフが口を挟む余地はない。



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銀英伝に転生してみた 29~32話

29.フェザーン進行 第一段階(2)

 

 フェザーン進攻、それに続く同盟領進攻作戦の立案は帝国国内の意思が分裂した状況では不可能だった。

 貴族の利害、見解、志向が紛糾しなかったのは、ひとえに皇帝の威光故だった。

 イゼルローン要塞陥落で一時は和平を唱える声も上がったが、自由惑星同盟は原始キリスト教的平等関係を復活させ、また帝国にもこれを承認するよう要求していた。

 同盟側の発言は帝国側を激怒させるに十分な物だった。

「我々は皇帝と言う偶像崇拝をする帝国臣民を憐れむ。我々自由惑星同盟には皇帝は無く、諸侯もなく、貴族も無い。一切の権力者は無く、自ら日々の糧を得る為、自ら働いて獲得しなければならない」

 当時の社会情勢から考えて、貴族と平民を対等にする事などまったくあり得ない話だった。

 フェザーンも激しい革命的性格を帯び、帝国の支配を痛罵した。

 この件に対して、ブラウンシュヴァイク公爵は次の様な言葉を残している。

「彼奴らは、皇帝陛下の御政道に耳をかさず道理を弁えない。彼奴らが従順にならぬならば、最早憐れみをかける必要はない」

 彼の言葉は、貴族の意見を代弁していた。

 諸侯はフェザーンの裏切りを非難して「狂犬を叩き潰さねばならぬ」と口にした。

 フリードリヒ大帝の御世にあって煌めく将星の中で、凡人ながらも歴史に名を残したフレーゲル大公は、フェザーン進攻にあたり次のように訓示したと記録に残っている。

「時は来た。神聖不可侵な皇帝陛下に背くフェザーンを打ち砕き叛徒共を追い散らし、彼奴らの意思を覆し、そして後に大地の肥料として耕し植えん。汝ら将兵の栄光は我と共にある。皇帝陛下万歳!」

 皇帝の忠臣として後世の人物評価も高い、国務尚書リヒテンラーデ侯の日記によると「帝国の様々な身分、すなわち諸侯、貴族、平民は、この戦争に勝ち叛徒を打ち倒すと言う国家的目標の方向に向かって、情熱を持って動き出していた」と記されている。

 事実そうであったのだろうか疑問に残る個所もある。

 

 

 

 ロイエンタール艦隊は快進撃で、これまでの遅れを取り戻すかの様にフェザーン主府のある惑星に迫りつつあった。同盟軍の妨害さえなければ数日の中には到着できる距離にまで迫っていた。

「一気に攻め落とす。首謀者さえ討ち滅ぼせば後は烏合の衆。どうとでもなる」

 敵の中枢を叩く。戦争遂行能力を奪う上での基本だ。

(帝国は叛徒に与したフェザーンを許す事は無いだろう)

 多少強引では在るが、結果さえ示せば問題はない。

「皇帝陛下の名の下で銀河の乱れを正す事は大義だ。武器を持ち立ち向かう敵は排除せよ」とロイエンタールは命令した。

 先鋒はファーレンハイトとミュラー。親友は排除しようとしたが、再び提督の地位に戻った男達だ。

 親友の敵は自分にとっても敵、と言う単純な思考でそれは決められた。

(もし敵の罠に自分の艦隊がかかるなら、そのまま食い破るだけだ。それに犠牲にするのは奴らだけだ)

 ロイエンタールの動きをビュコックもみすみす放置していたわけではない。帝国軍の先鋒が回廊出口まで戻らなかった場合を想定していた。ウランフが敵要塞を落とせば、それはそれで問題ない。そのまま敵増援を要塞で迎撃すれば良いからだ。備えに問題があるとすればビュコックの方だ。

 フォークは諦めて割り切ったのか、苦笑いを浮かべて話しかけて来る。

「出来れば後退して欲しかったですね」

 スクリーンに映し出された戦況表示では帝国軍先鋒はこちらに向かっている。それに対してビュコックの手元に残された戦力は限られたものだ。

 ビュコックは達観していた。敵が向かって来る以上、それは阻止せねばならない。やれる事をやるだけだ。

「いつもの事だが楽にはいかんな。たまには楽をして勝ちたい物だ」

 パエッタの到着にはまだ時間がかかる。それまでの時間稼ぎとして少々の罠を仕掛けておいた。

 効果的な手段の一つとして、敵の予想進路上に機雷や改良型山びこ山を散布した。イゼルローン要塞を巡る戦いで、帝国軍が頻繁に使用した手の一つだ。

「そうですね。楽が出来る勝ち方を精一杯考えてみます」

 何としても敵の侵攻を遅らせようと頭を動かせながら、フォークは眼光を煌めかせ答える。

 自己犠牲の軍事ロマンチシズムに陶酔する様では参謀の役割など出来ない。冷静な判断が生死を分けるからだ。

 

 

 

 会社の営業成績が悪い。人員整理として首切りが始まった。いつ勤め先が潰れるかも知れない。明日は我が身と考えれば胃が痛くなる。

 そして肩を叩かれた。

「野比君。悪いけど今日で会社に出勤しなくて良いから」

「はい?!」

(何で自分が……パパはくそまじめで困るとのび太に言われたぐらいなのに)

 その時、思い出した。一般企業で勤めた経験がない。僕は軍歴が全てだ。

 世界が暗転した。浮遊感が全身を襲う。

「うわっ」

悪夢に跳び起きた。

 見渡せば狭い艦長室だ。

あったかい布団で寝る。これ以上に素晴らしい事があるか、と戦場では特にそう思うが全身にびっしょりと寝汗をかいており枕が湿っていた。

 喉に渇きを覚え、サイドボードに置いていた水差しの水を飲み顔の汗を拭う。

「ふぅ」

 目覚めてみれば、何の夢だったかは覚えていない。

 喉を潤した事で落ち着いた気持ちがしてきた。

 戦場では敵をいかに効率良く倒すかを考える実行する。そして今は休む時間だ。

 休める時は休む。乗員にもその事は徹底していた。

(まずは艦長たる自分が休まないと駄目だな)

 新兵なら色々な事を考えて、頭の休まる時間すらないだろう。

 そんな簡単に気持ちの切替が出来るのだろうかと思われるだろうが、別に不思議でも無い。慣れたのだ。

(戦いに慣れると言う事を自分が生前居た日本の戦後世代に話しても、厳しい批判を受けただろう。彼らにはそれが愛国心やただ戦う為達観したと言う事が理解できない)

 当直の交代時間にはまだ余裕があったが艦橋に戻る。駆逐艦は小さいとは言えそれなりの数の乗員がいる以上、責任者として仕事はある。

 当直の敬礼に答礼しながら状況報告を受ける。

 推進剤の曳航補給を補給艦「ヴァリエール3」から受けていると、巡航艦「ツヴィッカウ」の偵察艇から報告が届いた。

「敵機8、方位20度、距離0.8光秒」

「0.8光秒って、近いな」

 至近距離に敵が入る等あり得ないと思ったが、対空砲戦用意の指示を出しておいた。寝ている人間を叩き起こす事になるが仕方ない。

 配置に就けるとしばらくして警戒解除の連絡が来た。やはり友軍機の誤認だった。些細なミスで同士撃ちをする所だった。

(人騒がせだな。偵察艇の搭乗員は後で叱られるんじゃないか)

 乗員がぶつぶつ文句を言う声が聴こえる様だ。それでも僕らは変わらず警戒を続ける。

 どっちも自分が正しいと思ってる。戦争なんてそんなもんだ。そして敵を甘く見て沈むのは自分達だからだ。

 

 

 

 ファーレンハイトはロイエンタールが自分達を忌避して、すり潰そうとしている事を薄々勘付いていた。

(ミッターマイヤー提督の復讐か、みすみす思い通りに死ぬつもりはない。全てが終わったら必ず告発してやる。だが今は目の前の叛徒共を先に片付けねばならない)

 11月25日、ファーレンハイトたちの目の前には機雷原が広がっていた。

「なんだ、いつものパターンか。このまま破壊しろ」

 艦砲射撃で進路上の機雷原を強引に開口する。開口部を通過しようとした味方の戦列に青いビームの光が幾つも交差する。苛烈な光と熱の奔流が叩き付けられ、爆発する帝国軍艦艇。

「艦影右60度、50(5000メートル)」と報告が来た。冷静な声だが近い!

 敵の駆逐艦が宙雷戦隊旗艦の「ホイエルスヴェルダ」に突っ込んで行く瞬間だった。

「敵艦取舵反転。魚雷発射の模様」

 刻々と報告が入って来る。

「『ホイエルスヴェルダ』より入電。駆逐隊は敵に突撃後、退避せよ」

『ようこそ、帝国軍の皆さん。此方の歓迎は楽しんで頂けたかしら?』

 帝国公用語で同盟軍のオペレーターは丁重な出迎えをしてくれた。敵からの放送にファーレンハイトは口元を微かに歪めた。

「敵も随分と味な真似をしてくれる」

 敵の砲火に混ざり対艦ミサイルも飛来する。ECMが敵の電波誘導を感知し、レーダーがパッシブからアクティブに切り替えられる。

 飽和攻撃でこちらを圧倒している。駆逐艦は一発でも当たればお終いだから必死の対応をしていた。迎撃ミサイルが放たれ、撃ち洩らした目標を艦砲で叩く。

「本艦の右90度。撃ち方始め!」

 これでも撃ち洩らせば最後の手段。近接防御火器が対応し、デコイやフレアをばら撒きながら回避運動を取る。

『ここから先は通さない。命の惜しくない奴からかかって来い!』

 敵の挑発に激発し、一部の指揮官が部下を前進させる。

「行け! 敵はこちらより数が少ない。圧し潰せ」

 確かにその考えも間違ってはいない。だがスクリーンを埋め尽くす光球の大半は自軍。友軍の損害の方が多い。

 戦いで指揮官が先頭に出て討たれるのは無責任だ。ファーレンハイトはその事を理解しており、先頭はミュラーに任せていた。

 ミュラーの手腕を見せて貰おう。

「敵を近付けるな。距離を取り砲撃で片を付ける」

 敵と同じ土俵で戦ってやる必要は無い。こちらは数の有利を生かし、遠距離から叩くだけだ。

 最初に放たれた魚雷を追い抜き対艦ミサイルが飛来するまで数秒しか差はない。

 駆逐艦「オロハネ」は、対艦ミサイルを回避したものの魚雷の直撃を受け爆沈する。その間にも魚雷艇とスパルタニアンが、艦艇の間を縫うように近接戦闘を挑んでくるのを止められない。

「ちょろちょろと、鬱陶しいな」

 小回りの効く小艦艇の相手は、象が蜂を相手にしている様なものだ。しかもこの蜂達には象を一撃で倒すほどの毒矢を持っている。無視もできず厄介な敵だ。

 

 

 

 悪逆非道の限りを尽くしている帝国の貴族に善政が出来るわけがない。民主主義の自分達より上手く政治が出来る訳がない。その様に、自由惑星同盟に所属する市民達は思っていた。しかし、その暗い期待は裏切られる。

 フェザーン回廊で両軍が交戦に入っても、帝国領内での物価は上昇する事無く安定していた。事前の物資集積で準備をしていた事や総力戦に移行した事もある。

 一方の同盟では自分たちの日々の生活とは別にフェザーンをも支援せねばならなくなり、物価の上昇は歯止めが効かなくなっていた。主要糧食の市場価格はフェザーン回廊での戦闘が始まる前と比べると12倍になっている。

 食料の増産なども行っているが消費量に追いつかず、市民には不足しがちなタンパク質を補う為、ネズミ、犬、猫などの摂取も推奨されていた。その事に忌避感を持つ人間もいるようだが、食べねばならないと言う事実もあり街からそれらの姿が減っている事が現状を物語っていた。

「市民を飢えさせては支持率が下がる。フェザーンの自由より、自分の胃袋を満たされる事が第一だ」

 そう言う議員自身は今日の昼食にプラッタネスカのちくわぶ添えを食べていた。

「確かにな」

 サンフォード議長は頭を抱えていた。フェザーンを支援する事で恩恵を受けれるはずだった。しかし苦境に立たされたのは同盟の方だ。

「このままでは同盟が破綻するのも時間の問題だ」

 戦争とは国家が行う大規模な経済事業であり、累積財政赤字は本来あってはならない事だ。

「シトレ元帥から提出された報告書を議長は読まれましたか?」

「ああ……」

 サンフォードは露骨に顔を歪める。

 今はビュコックが健闘して帝国軍を抑えているから良い物を、これで敗北でもしよう物なら、まったくどうしようもない。

 帝国領内で不穏分子を支援する事は、派遣した戦力の損失をしただけ。完全に失敗した。

「こんな事なら、思い切って皇帝の居城を襲撃させた方が良かったのではないだろうかと思う。今となっては不可能だがな」

 政治的に暗殺と言う手段は卑怯だと言われるかもしれない。だが、戦争には明確な終わりがある。相手を跪かせる時だ。

「勝てば官軍。弱肉強食が世の摂理ならば手段を選ぶべきではありません」

 現状から考えて、やるなら最も影響を与える貴族を的に絞るべきだ。

「では誰を標的にすべきかだ?」

「ブラウンシュヴァイク公爵が理想的です。政治的に敵対しているリッテンハイム侯爵の仕業に見せかけて、帝国に新たな火種をばら撒けるかもしれません」

「なるほど、良い案かもしれない」

 サンフォードの表情に血色が戻ってきた。

「ブラウンシュヴァイク公は前線には出ず甥のフレーゲル男爵が名代として戦場での指揮を取り行っています。そこが狙い目です」

 彼自身は、取り留めて優れた能力があるわけでもない。しかし周りの幕僚陣が粒揃いだ。

 参謀長のオーベルシュタインはカストロプの叛乱鎮圧で活躍し、各艦隊の指揮官にもロイエンタール、ファーレンハイトなど優秀な人材が揃っている。

 フレーゲル自身は神輿なので倒しても、すぐに別の者が取って代わるだけだ。

(よし、細部の調整はシトレ元帥に任せよう)

 サンフォードは受話器を取り、秘書にシトレと連絡を取るよう命じた。

 

 

 

 帝国軍将官の椅子は少ないとは言えない。戦闘による人員の消耗、部隊の壊滅などで席が開くのも早いからだ。ある分艦隊など一回の作戦参加で、三回も麾下の各戦隊指揮官を失っている。

 そう言う訳で亡命者のヘルマン・フォン・リューネブルクも少将の地位を得ていた。

 勿論ただの無能ではここまでのし上がる事は出来なかった。

(一番いけないのは自分なんか駄目だと思い込む事だな)

 リューネブルクはオフレッサーやシェーンコップと同じで、戦士として猛々しいまでの闘争を愉悦として楽しむ事が出来る分類の人間に入る。

 一方で、戦場でしか生きれない訳でもなく家族の前では良き夫、良き父親の顔を見せていた。

 妻のエリザベート。彼女と出会ってからリューネブルクは、毎日が幸せだと実感している。小さいながらも庭付き一戸建てが買えた。そこで子供達の成長を目に出来る事に生きがいを覚えている。

(のんびり行こう、人生は)

 アンラックでの鎮圧終了後、リューネブルクは後備連隊の動員状況確認の為、帝都に戻ってきていた。

 次の予定では、フェザーンの占領に彼の旅団も参加する事になっている。

(また家を空けてしまうな)

 妻や子供達と離れて過ごす事は寂しい。

(正直、自分がここまで感傷的な男だとは思わなかった)

 だがそれでも良いと思っている。

 軍人という職業を選んだ以上、いつ戦死しても不思議はない。だからこそ、家族と過ごせる時間は大切にしたい。そんな風に考えていた。

 その日の夕方、一日の課業を追え自宅に帰った。

「お帰りなさい、父さん!」

「ははは、ただいま」

 子供達の出迎えを受けた後、クローゼットルームに向い上着を脱いでいると、予定外に義兄の訪問を受ける事となった。

「あら、お兄様」

「久し振りだな。御亭主は帰っているか?」

 ハルテンベルク伯爵は満面の笑顔を浮かべたエリザベートの頬に口付けし花束を渡すと、駆け寄ってきた子供達を抱き上げる。

「ええ。少しお待ち下さい。貴方達、挨拶はしたの?」

 妹に促され挨拶をする子供達にハルテンベルク伯爵は笑みを浮かべる。

 応接室に通された後、妹が呼びに行くのを見て、子供達の相手をしながら時間を潰す。

 この家には召使がいない。

(我が妹ながら、伯爵家の娘なのだから召使を雇えば良いのにと)

 この家に来るたびにハルテンベルク伯爵は思っていた。

(彼女の亭主もそれなりに稼いでいるはずだし、結婚した時にかなりの持参金を持たせた。しかしこんなこじんまりとした家でも妹夫婦は満足している)

 それは自分の胸のうちにだけ留め無粋な事は言わない。

 リューネブルクが来た後、本題に入る。二人だけで話したいと人払いを頼んだ。

「今日は一緒に夕飯を食べていくでしょう?」

「ああ。戴こう」

 兄の返事に満足すると、妹はハルテンベルク伯爵の膝元に抱きついていた子供達を連れて席を離れる。

「それでお話とは?」

(正直、妹夫婦をこの件に巻き込むのは気が進まない。だが切れる持ち札の中で有効な物があれば使うべきだ)

 リューネブルクに対し一通の書簡が机の上に置かれた。

 何だこれはとリューネブルクが義兄の顔を窺うと、読んでみろと促されリューネブルクは封を開く。

『謹んで惟るに我が神洲たる所以は万世一系たる皇帝陛下御統帥の下に挙国一体生成化育を遂げ遂に八紘一宇を完うするの国体に存す。此の国体の尊厳秀絶は太祖ルドルフ大帝建国を経て益々体制を整へ今や方に万邦に向つて開顕進展を遂ぐべきの秋なり――』

 古めかしく使い古された常套文が頭から始まる。最後まで読むとリューネブルクは、重いため息をついた。ようは尊皇討奸――「君側の奸臣軍賊」を討つと言う決起文だった。

「それで、これはどういう事なんでしょう?」

 ハルテンベルク伯爵は、義弟の問いに決意を込めた視線を向け口を開く。

「これは他言無用だ」

 そう前置きし、頷いた義弟に密謀を話し始めた。

 帝国貴族の一部に焦りが有った。緩やかではあるが、行われつつある国内の社会改革である。

 自分達貴族が没落すれば、皇帝の権威は衰微していく。だから自分たちの運命は一蓮托生、永遠に保護される特権階層だと信じていた。

 ここ数年、様々な利害や要求を貫こうとし排除され、その権力を失った貴族が多数いる。カストロプ、クロプシュトック、それらに与した者など数えればきりがない。

 そして行われた皇帝の聖断による社会改革。平民には賞賛を以て受け入れられ、皇帝の権威はますます強力になる一方で、自分達貴族は没落して行く。

 この様な事情から、不満を持つ者は当然の様に存在した。

 リッテンハイム侯を盟主とする者たちが、優れた貴族の支配による民主制を唱えた。第一の敵は、完全な平民への権限移行を行う改革派であった。

 これを聞き及んだ同盟はフェザーンを通して密かに接触を行い、利害の一致を見たがリッテンハイム侯は拒絶した。

 特権的地位を放棄する気は無かったからだ。

 最初に抱きこまれたのは帝都防衛軍を統括するウルリヒ・フォン・フッテン大将。

「最近の陛下はたぶらかされている。君側の奸賊を排除せねば帝国は滅ぶ」

「やりましょう!」

 フッテンはリッテンハイム侯に共鳴した。

 政治面では内務省高官のフランツ・フォン・ジキンゲンが協力を約束した。

「民は甘やかせれば付け上がる。際限無く求め最後は我らを恨む。それが民主主義の末路だ。邪魔物消してしまえ。住み心地良い世界にしようじゃないか」

 帝都における大胆な武力蜂起を含む行動計画。メンミンガンとカウフボイレンの連隊が条件付きで参加。ローテンブルクとエーリンゲンにいる後備連隊はリューネブルクが指揮する事になる。

 動員兵力は地上軍だけで6個連隊。3万ないし4万名。

 

 

 

 これだけの動きが察知されないわけがない。

 上級司令部の不穏な空気に、近衛師団長ゲオルク・トルーフゼス・フォン・ワルトブルク中将は疑念を抱いた。

(何らかの政治的策謀が存在する)

 ただ、それが軍事的行動を伴う物なのかは分からない。過去に帝位継承権を巡り、帝国領内で内紛があったことも歴史に残っている。近年だけでもクロプシュトック、カストロプと有名な貴族が叛乱を起こしている。

(何が起こってもおかしくない世の中だ)

 皇帝の軍旗を唯一掲げる事ができる近衛師団。その責は重い。周囲を見渡す目と耳が指揮官には求められる。

 近日中に行われる行事の中で、皇帝に関係する警備で問題点を確認した。

 出兵の動員に辺り観閲式が行われる。皇帝の受閲を承ける栄誉は、後備兵にとっては自慢になるだろう。皇帝の身辺警護は近衛師団の一個中隊が行う。その他にも憲兵や警察も動員されるのも恒例通りだ。もし誰かが害意を持って動けば、阻止するには十分だ。そう上が判断していた。

 当日は群衆の雑踏に凶器を忍ばせたものがいないか、家屋に狙撃手がいないか、通りに爆発物が仕掛けられていないかなどで警備も神経を使うことになる。

 しかし、警備の中枢である帝都防衛軍が事に加わっていれば事前の巡回も漏れるだろうし、犯意を持つ者の行動を阻止することは困難かもしれない。

 当初は憲兵総監クラーマー大将に相談を持って行こうかと思ったが、確たる証拠もないし、逆に自分が逮捕され尋問されるかもしれない。

 トルーフゼスは取り越し苦労に終わるかもしれないが、ネッカーズルムに駐屯する盟友のルートウィヒ・フォン・ヘルフェンシュタイン伯に相談した。

 ネッカーズルムは、帝都から南方のズルム海とネッカー海が交わる紅玉湾沿岸部の都市だ。紅玉湾には帝国軍宇宙艦隊の艦艇10万隻が同時に停泊する事の出来る広さを誇っており、観艦式を挙行された事もある。

 現在そこには警備府が設置されており警備府司令長官ヘルフェンシュタインの指揮下で、少数だが根拠地隊、航空隊などの実戦部隊が揃っていた。味方になれば、それなりの動きを期待できる頼もしい戦力だ。それに、自分の覇なしを最後まで聞いてくれると思えたからだ。

「出かけてくる」

 面会の約束を入れた後、副官に外出先を伝え師団司令部の置かれている本部隊舎を出た。駐車場で私有車に乗り換え営門を出る。

 保険をかけておいても損はない。常に備える。それが軍の存在理由なのだから。

 その時だった。駐屯地の前の国道を走行していたタンクローリーが左折しようとしたトルーフゼスの車に追突してきたのは――。

 激しい衝撃を受け車体が横転する。営門から警衛がその事故を目撃して駆けて来る姿がトルーフゼスの視界に写った。

「師団長!」

 呼びかける声を耳に入れながら、そのまま意識を手放す。

 

 

 

 

30.フェザーン進行 第一段階(3)

 

 11月25日、帝国軍ロイエンタール艦隊前衛集団は翻弄されながらも突破口を拡大し、周囲の残敵を一掃し航路の安全を確保した。

 帝国軍は同盟軍の綿密な策敵網に引っ掛かり抵抗を受けていたが、じりじりと圧している。

「前衛集団の損害は、撃沈された物と全損判定で遺棄された物が2300隻。中小破が600隻です」

「そうか」

 戦闘経過をまとめた報告にロイエンタールは素っ気無く反応を返す。

 幕僚の受け取り方は信頼すべき上官を疑う物ではない。その深謀は常人に窺い知る事は出来ない。

「自軍の損害が少なかったと喜ぶべきか、敵がすんなりと引き下がった事を罠と見るべきか悩む所だな」

「前衛集団には引き続き警戒するように伝えましょう」

 情報参謀と作戦参謀がその様に意見を交わし、ロイエンタールの指示を仰ぐ。

「卿等に任せた」

 その視線にロイエンタールは鷹揚に頷き返す。

「はい」

 その指示を伝える為、通信回線が開かれる。

 ロイエンタールの反応が素っ気無かったのは、善戦しファーレンハイト達が死ななかった事と同盟軍の引き際の良さに対する不満だった。

 自軍の損害を省みなければ、機雷原で前衛集団を拘束していたのだからもっと損害を与えられたはずだ。

(中途半端な攻撃で満足して引き揚げたようにしか見えない。叛徒の奴ら、敢闘精神が足らないのではないか)

 ロイエンタールは御膳立てをした。だが暗い期待は裏切られ、不甲斐ない敵に怒りを抱いていた。

 軍人としての判断と、ミッターマイヤーの親友としての判断は別にすべきだと理解はしている。だが理性と感情は別だ。ロイエンタールは私人としての感情を取った。

 

 

 

 帝国は開戦前に、民間船舶に偽装した仮装巡航艦を多数放っていた。

 時には敵の商船を襲い正面兵力から航路警備の為、分散を強いると言う目的の後方攪乱を行う事もあるが、主たる目的は通報艦や偵察巡航艦としての任務補助だ。

 通信妨害で情報収集が困難な状況になる事は考えられた。

 在フェザーンの弁務官事務所が使い物にならない以上、頼れるのは仮装巡航艦と彼らの放った衛星経由の情報だけだった。 

 同盟軍が進駐時に多くの仮装巡洋艦が拿捕または撃沈された。だが生き残った物もいる。

 仮装巡航艦「エムデン」もその内の一つだ。

 その「エムデン」からFTLの秘匿回線で報告が届いた。

 11月26日、前衛集団の位置はあれから進んでいない。後続の輜重部隊が追いついていないからだ。

 戦闘をすれば通常の航行に比べ推進剤が激しく消費される。当然、補給作業を行わねばならなくなり、曳航補給をしても足並みは送れる。これを狙ってビュコックは足止めを行っていた。

 数時間前に友軍の仮装巡洋艦「エムデン」の無人偵察艇が微弱だが、同盟軍の艦艇が使用している電波を傍受した。

 距離が離れているからだろう。「エムデン」の器材では正確な内容までは分からなかったが、近付いているのは確かだと判断し報告してきた。

 敵が増援を送り込んで来るなら早急に確認しなければならない。フェザーンの早期制圧の計画が根底から覆る事になるからだ。

 幸い一番近いのはロイエンタール艦隊前衛集団だった。

 長期戦は何としても避けたい。だからこそ情報の確認は優先された。

 ルパート・ケッセルリンク大尉の指揮する駆逐艦「ミステル」は、僚艦の「ウラナミ」と共にファーレンハイトの指揮下を離れて行動した。

 推進剤に余裕のある戦艦から事前に補給を受けて来た為、航宙距離に不安はない。遊弋中の各艦からは激励の発光信号で送られた。

 スクリーンに映し出された「ウラナミ」の艦尾に、白い識別灯が小さく見える。

 ファーレンハイト提督から受けた指令は「叛徒の警戒を掻い潜り、先行した仮装巡航艦『エムデン』と合流せよ」と言う事で、フェザーン回廊同盟領側出口に向かう。

(まぁ行けと言われれば、ハイネセンでもどこでも行くけどね)

 オーディンを基準にした帝国標準時で、日の出から半日は経過している。しかし漆黒の闇に包まれた宇宙空間で朝や昼が体感出来る訳がない。

 体内時計が空腹を訴え、そろそろ昼時だと気付かせてくれる。

 

 

 ルフェザーン主府の執務室で、ビンスキーは同盟軍から送られてきた補給物資の請求書を処理していた。

(ビュコックは健闘しているが、そろそろ継戦能力の限界に当たるな。ウランフが要塞を落としてくれれば良いが……)

 時刻は正午を過ぎている。午前の勤務時間は終わり、休憩時間に食い込んでいるが画面をスクロールさせる手は止まらない。

 サイドボードには簡単な軽食が置かれている。カリカリに焼かれたベーコンとスクランブルエッグをパンで挟んだサンドイッチ。それをミルクと砂糖たっぷりのコーヒーで流し込む。

 休憩を取っている時間も惜しい。そこへ予定にない来客が訪れた。

 不快気に眉を寄せたルビンスキーにドミニクは告げる。総大主教の紹介だと。

「失礼します」

 黒髪を脂ぎった額にべっとりの張りつかせて現れた男。その姿を見た瞬間、ルビンスキーは嫌悪感を持った。

 人を外見で判断するのは人生経験が少ない事だと知っている。だがその男はルビンスキーにとって最も忌むべき侮蔑の対象である肥満体形だった。

 自己管理のできない人間は、共に仕事をする上で信頼できない。それがルビンスキーの持論だ。

「コウタロウ・ブリテンです」

 ねっとりとした粘着感を覚える笑みを浮かべて、男は慇懃に挨拶をしてきた。

 ルビンスキーは会釈を返しソファに座るよう勧めた。

 スカーフを取り出し顔の汗を拭っている。

(まるで豚の様だな)

 総大主教の紹介で「クラブの一員」である事は分かったが使えるかどうかだ。

 早速、ブリテンの資料が端末に送られてきた。ドミニクの仕事は早い。秘書の仕事に満足しながら目を通す。

 女性にもてる容姿ではないが大主教が紹介して来るだけの事は有り、それなりに優秀な人材の様だ。2年前まで同盟領内に出店していたフェザーン資本の某ブランド会社で支社長を務めていた。フェザーンに帰ってからはIT関連の会社を立ち上げ代表取締役社長をやっている。

 フェザーンで成功するのは並大抵の手腕では無理だ。

(フェザーン人が同盟で市場開拓するのは大した度胸だ。経営状態も悪くは無いらしい)

 本業以外にSEO事業担当の会社もあるという。よく働く男だと少し見方を改めた。

 同盟に人脈を開拓して、幅広い顔を持っている。

「閣下に御協力させて戴ける事は私の名誉です」

 見え透いた世辞だ。

(だがはっきりしており嫌いではない。欲があり上昇志向のある人間は駒として使いやすい)

 ブリテンを観察してその様に判断した。

 向こうもこちらを利用する心算だろうが、ルビンスキーは甘くはない。

「貴公は現在のフェザーンを取り巻く情勢をどのように考える?」

 ルビンスキーとしての試験だ。

「そうですな……」

 少し考えるブリテン。

 予定を大幅に過ぎた2時間後に、ブリテンは面会を終え退室する。

 その時、両者の顔に一定の満足する答えを得た表情が浮かんでいた。

 

 

 11月28日、「ミステル」と「ウラナミ」はガス雲の塊を突き抜け、太陽風に煽られながら回廊出口に差し掛かった。航路を選ぶと言う事は、簡単で安全な方を選ぶ事だ。

「そろそろ会合予定宙域のはずですが……」

「エムデン」からの信号は無い。緊張感が艦橋を包む。

 僕は本能に従って「戦闘用意」を命令した。

 それに反応して各部署が慌ただしく動き始める。

 間もなくして「ウラナミ」のレーダーが艦影を捉えた。

 電話が鳴り「敵艦見ユ」の報告が入る。そして「ウラナミ」から情報が送られて来る。

「スッピン級駆逐艦1、ソフティモ級特設砲艦2、ロゴ級哨戒艦2、エイジング級輸送艦14……。敵の輸送船団ですな」

 積載しているのは何らかの物資だろう。発見した以上、黙って通すわけにはいかない。

(こいつらに「エムデン」は発見され沈められたのか。仇討ちをやろう、ぶっ殺してやる!)

 何はともあれ、敵の増援は阻止しなければならない。

「叩けるときに叩いて置くべきだ。砲戦、魚雷戦用意」

「ミステル」の艦内を号令が駆け巡る。

「ウラナミ」の艦長ホンゴウ少佐も同じ気持ちだったのだろう。向こうから連絡が来た。

「ウラナミより戦闘開始の報告」

 通信士の報告と同時に「ウラナミ」が発砲を始めた。閃光と青い弾道が見える。

 目標は一番の脅威となる駆逐艦だ。

 僕も加わる為、増速の指示を出す。

(こっちは弱い敵を戴こう)

「前進一杯!」

 先に機先を制したのはこちら側となった。

 敵の駆逐艦は中和磁場も展開していなかった。初弾命中で爆沈した。

 続けて特設砲艦に「ウラナミ」は砲撃目標を変更した。

 しばらくして「ミステル」も艦影を捉えた。

「艦影右110度、85」

「ミステル」は哨戒艦を狙う。

「右砲戦反航。目標敵哨戒艦」

 哨戒艦と言っても舐めた物ではない。航宙能力は駆逐艦に比べて劣る物の、魚雷発射管もあり十分脅威になる。

「撃ち方始め!」

 青い矢が放たれ哨戒艦に突き刺さる。すぐに薄い装甲を突き抜け爆発の閃光が生まれた。

「敵艦轟沈!」

 敵の弾は一発も被弾せずに、こちらは正確な命中弾を与えた。

「ウラナミ」と「ミステル」はすぐに護衛艦艇を始末し、貴重な魚雷は今回使わずに砲撃で輸送船を叩く。

 船足の遅い輸送船など駆逐艦にとって沈めるのは容易い。無駄弾は出さない。

 会合する事の無かった「エムデン」の敵討ちとばかりに撃ちまくる。

 全て撃沈し大戦果といえた。

 敵はこの輸送船団1つとは考えられない。規模が小さすぎる。

 まだ後続はいるだろうし、別名あるまでこの宙域に待機となる。

 

 

 

 ルパートが仮装巡航艦「エムデン」の復讐を果たした頃、同盟軍フェザーン派遣艦隊第二陣がようやく回廊に差し掛かろうとしていた。

「PQ-8船団より入電。『我、敵の襲撃を受ける。救援を請う』ここから遠くは有りません」

 パエッタはその報告に直ちに反応した。

「モートン少将に急行するよう伝えてくれ」

 ライオネル・モートンは臆病とは無縁の闘将で、前衛集団を指揮していた。

 艦艇数4500隻。駆逐艦2隻を相手には過剰な戦力だ。

 そして、フェザーン回廊帝国側出口での戦いも苛烈を極めていた。

 砲火による前奏曲が終わった。同盟軍は要塞表面の制宙権を確保し、陸戦隊を内部に送り込んでいた。

 降下するまで陸戦隊は艦砲射撃とスパルタニアンの支援がある。要塞内部での戦いはゼッフル粒子によって限定された武器を使い昔ながらの白兵戦となる。

 守る側も必死だ。装備に優劣はなく技量と兵の数が物を言う。

 第2層から第3層に向かうエレベーターと階段。そこを分散浸透した同盟軍が襲う。

 防御側の一員であるクリスチャン・ハウニッシュ大尉は自分の小隊を担当区域に存在する4ヶ所の階段に振り分けていた。直径60Kmともなれば守るべき場所も多く、1ヶ所当たりの人数は少ない。そこを同盟軍の陸戦隊は狙っていた。

 ハウニッシュ大尉の手元に居る兵は少ないが、敵の戦力も限られた物だと理解していた。

 カラン、と音がした。

 次の瞬間には発煙弾の煙幕を転張しながら敵が駆けてくる。

「来たぞ! 気合いをいれろ」

 視界は煙幕で遮られ銃火器による射撃は効果が薄い。

 煙幕の中から同盟軍の兵士が姿を現した。

 銃口を向ける前にゼッフル粒子発声装置が投げられ、廊下を粒子が満たした。

 舌打ちをすると帝国軍は銃口を下げる。火器は封じられた。取り出すのは銃剣や戦斧。

「ウオォォォォ!」

 雄叫びをあげて両軍は戦斧を交わして戦闘を再開する。

 旧石器以来の白兵戦。人類の野獣としての闘争本能が刺激される。

 相手を殴り、切り裂き、吹き飛ばし鮮血と肉片で廊下を染める。

 自分の部下が瞬く間に切り倒されていく光景に愕然とした。

(馬鹿な、早過ぎる!)

 まさに獣だった。

 故郷で農業をしている老いた両親の姿がハウニッシュの脳裏に浮かんだ。戦斧の輝く光が迫ってくるのを視界の端に収めた。

(ああ……)

 ふと、懐かしい夏草の香りを嗅いだ様な気がした。それを最後に、彼の意識が活動を終える。

 フレーゲルは要塞司令部で巨大なスクリーンに映し出された戦況を見ている。

 オペレーターが引っ切り無しに報告を読み上げている。

「港が閉塞されました!」

 呻き声とどよめきが広がる。

 外部カメラは、自沈した敵の無人艦艇の残骸が港の入口を封鎖している光景を映し出していた。

「敵、第3層まで侵入」

 表面の第1層は防空火器を破壊され、抵抗は散発的な物になっている。橋頭堡を確保し第2層の制圧をしながら、敵はまっしぐらに司令部を狙っている。

 要塞の攻略は司令部の制圧が鍵だ。その為、防御側も司令部を要塞中枢の最深部に設置している。

「早いな」

 フレーゲルはそう呟いた。

 橋頭堡を確保するまでは時間がかかったが、降りてからの動きは早かった。

「この調子では予想外に早く司令部に到達しそうですな。もっとも此方の守り手は一筋縄では行きませんが」

 オーベルシュタインの言葉にフレーゲルも同意する。ここには帝国軍最強のオフレッサーが要るのだから安心だ。

 オフレッサーは廊下の先から聴こえて来る悲鳴や怒声、鈍器のぶつかり合う音と言った戦場騒音に己を昂らせながら歩いて行く。

 背後には直卒の装甲擲弾兵1個小隊が続いている。

「叛徒の連中に負ける様な弱兵は死ね。俺の部下にはいらん」

 オフレッサーの言葉に続く兵はきを引き締めた。

 その時、帝国軍士官の黒い制服を着た首の無い死体が飛んできた。装甲服や気密服を着ていない事から戦闘要員でない事はわかる。

(敵の攻撃があるのだから気密服ぐらい着るべきだな)

 軽々とその死体を避けて視線を前に向ける。

 白い装甲服を鮮血でどす黒く染め、赤い死神と言った姿で敵兵が立っている。挑戦的な強い眼差しを受けた。

(良い度胸だ。俺を誰だか分かっていないのか)

 オフレッサー達の姿を視認した敵兵は戦斧を手に駆けて来る。

「ふん!」

 振りかぶった敵の戦斧を、戦斧の柄で弾き返しそのまま首元に押しつける。

 ざっくりと肉の繊維が切り開かれる感触を腕で味わいながら、殺された士官の様に斬り捨てる。

 敵兵の首が切断されポンと転がって行く。その首を踏みつぶして巨漢の敵が現れた。

「やるじゃないか。帝国軍にしては」

 その言葉にオフレッサーは余裕を持って答える。

「お褒めに与かり光栄だ。それより討たれたとは言え味方の首だろう。敬意ぐらい払えばどうだ?」

 オフレッサーの言葉に敵は侮蔑する様に笑みを浮かべた。

「俺は──」

 敵が名乗りを上げようとするが、迷わず顔面に戦斧を叩き込み打ち砕く。

 頭蓋骨を陥没させ脳漿が頭蓋骨の断片と共に飛び跳ね、顔面の穴と言う穴から血を噴出し倒れる。

 オフレッサーの足元を流れ出る体液が濡らす。

「ひ、卑怯だぞ!」

 残った敵兵が言う。

 オフレッサーはその言葉に、不快気に眉を潜ませ吐き捨てる様に告げる。

「卑怯だと、俺とお前達が対当だとでも言うのか。仲間の死に敬意も払えぬ獣風情が調子に乗るなよ。貴様ら叛徒では準備体操にもならんわ」

 その言葉で激昂した敵兵が襲いかかろうとするが、オフレッサーの部下達が迎え撃つ。

 オフレッサー自身にも数人がかかって来る。

 妥当な選択だが相手が悪かった。

 久々に味わう血の香の中で、武人としての技量を嫌と言うほど見せ付けた。

「お前達は死にたいのだろう? まだだ。こんな物では俺の渇きは満たすせんぞ」

 一方的な戦いだ。死神の鎌の様に血を吸ったオフレッサーの戦斧が、腕や足を軽々ともぎ取り肉塊を宙に巻き上げる。浮き足立って逃げ出そうとするものも居た。

 監視カメラの映像を見て嘔吐感を催す。

 人類が地球と言う小さな惑星を生活圏に、蟻の様に地表を這いずり回り戦っていた時代。一人の武が戦場の大勢を変えた。そしてここでも戦況の流れが変わり、帝国軍は敵の前進を止めた。

 オフレッサーの動きが敵を押し返し後退させている。司令部にはほっとした空気が流れ出した。

「可を見れば、すなわちこれを撃つ……か」

 フレーゲルの洩らした言葉に、幕僚達は意外そうな表情をして視線を向けた。六韜の記述で、好機と見れば攻撃しろという内容だ。

 その言葉を聴いてオーベルシュタインも古人の格言を思い出す。

「よく戦うものは、これを勢に求めて人に責めず」と言う。戦いは兵力だけではなく、勢いを重視すると言う内容だ。

「オフレッサー上級大将を支援し予備隊を前進させろ。敵侵入部隊を一掃する」

 

 

 

 一方の同盟軍司令部は要塞への侵入後、遅々として進まない陸戦隊の前進と損害報告にどんよりとした濁った空気が漂っていた。

 悪い知らせというのは早く伝わる。「尖兵の任に当てられた中隊が壊滅した」と言う報告にウランフは眉をひそめる。

(その中隊にはルイ・マシュンゴと言う黒人の巨漢がいたはずだ)

 戦技競技会で何度も好成績を収めている為、ウランフの記憶にも残っていた。

(薔薇の騎士連隊に次ぐ実力と聞いていたが)

 あれ程の男が倒されるとはどういう状況なのだろうと副官に調べさせようとした所、さらに続報が入ってきた。

「敵にオフレッサーがいるそうです!」

「何だと!」

 司令部を驚愕が襲った。帝国軍上級大将にして装甲擲弾兵総監。戦場で舞う姿は魔王か死神だと伝えられている。

「ここは一先ず兵を下げませんか。オフレッサー相手では損害が多すぎます」

 参謀の進言をウランフは却下する。

「構わん。攻撃を続けろ」

 それに自分達には時間がないと、心の中でウランフは付け加える。

(無理をして兵力を抽出して下さったビュコック提督の信頼に応えるためにも、敵の増援が到着する前に要塞を陥落させねばならない。多少の無理をしてでも、司令部さえ落とせばこちらの勝ちだ)

 ウランフは指揮官なのだから、大局的に多少の犠牲を出すと言う覚悟をしていた。

 

 

 

 自由惑星同盟首都ハイネセン。官庁街から離れた郊外の閑静な住宅街。その一角にある国防委員長ヨブ・トリューニヒトの自宅。

 同盟軍宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥、同参謀長ドワイト・グリーンヒル大将、最高評議会財政委員長ジョアン・レベロ、同人的資源委員長ホアン・ルイといった同盟を動かす面子が密かに集まっていた。

「リッテンハイム侯はこちらの申し出を拒否した」

 トリューニヒトの報告にレベロは失望を隠しきれない表情で尋ねる。

「和平の道は絶たれたと言う事か? 馬鹿だね、実に馬鹿だ」

「そうとは限らん」

 グリーンヒルに視線を移しトリューニヒトは促す。

「軍としてはフェザーンが落ちれば、帝国軍が次に狙うのは同盟領だと考察しております」

 レベロは頷き同意を示す。評議会としても同意見だ。だからパエッタの艦隊を送り込んだ。

「それでは後手に回り、敵に主導権を与える事になります」

 情報によると、来年1月以降には新たな艦艇が就役する。総力戦に移行した帝国が本格的に動き出す。

 そうなっては、彼我の戦力比は開くばかりだ。

 情報端末に表示される戦闘損耗の推定値、補充艦艇の生産量。絶望的数字だ。

 レベロは顔を歪める。

「そこで、我々としては全戦力を投入した決戦をフェザーンで行うべきだと思います」

 帝国軍に決戦を強い、壊滅的打撃を与え講和の椅子に座らせる。その為の戦いだ。

「帝国と言えど、一度の会戦でそれだけの人的資源を失えば継戦能力に支障が出るな」

 ホアン・ルイも納得した表情を浮かべる。

「パエッタ提督の艦隊だけではだめなのかね?」

 自分達はビュコックの増援として、すでにパエッタの艦隊を送っている。戦力的に十分ではないのかと、レベロが質問した。

「ビュコック提督は善戦なされるでしょうが、戦力差から考えて押し切られるでしょう。パエッタ提督が到着しても戦力的にこちらが劣っている為、決定的勝利を収めるには数が足りません」

 初めからそれだけの戦力が揃っていれば良かったのですが、とグリーンヒルは告げた。

 サンフォード議長は自分の権力を維持する為、負け始めても戦いを止めないだろう。

(今ならまだ間に合う。あの男の独裁を止める最後の機会だ)

 レベロはグリーンヒルに聞いた。

「それで艦隊はいつから動ける?」

 それに対してロボスが返答した。

「今すぐにでも」

 ロボスが演習の名目で準備した艦隊は3個。自ら率いてフェザーンに行く心算だ。

「万が一、我々が破れた場合は同志達が一斉蜂起。首都を一気に制圧させます」

 クーデターなど民主主義を信じる者としては容認できる事ではない。だが、政治の腐敗は誰かが正さねばならない。この場合自分たちが尻拭いをしなければならない。

 レベロは沈痛な顔をして軍人たちに視線を向けた。

(憂国の志から彼らは死地に向かおうとしている。自分たちにできる事は彼らが戦えるよう支援するだけだ)

 レベロは自分を含めて、安全な後方にいる政治家と言う職業が唾棄すべき物のように思えた。

 

 

 

 アンラック公国での革命軍支援に送っていた軍事顧問団の正確な情報が同盟軍に届いたのは、フェザーンでの戦いが始まってからだった。フェザーン経由で逃走して来た革命軍の生き残りが証言していた為、信憑性は高いと判断された。知己の行方が伝わるのは早い。

「アッテンボローが戦死したそうだ」

「えっ」

 アレックス・キャゼルヌは官舎に戻ると、妻のオルタンヌにその事を淡々と伝えた。

 キャゼルヌはオルタンスの手料理を食べさせに、後輩のアッテンボローやヤンをよく家に誘っていた。知らない中ではない。彼女も知っておくべきだと思った。

 オルタンスは思わず洗っていた食器を落としかけた。

「残念だ」

 顔色の悪い妻をそっと抱きしめながらそう呟いた。

 オルタンスの顔色が悪いのは、キャゼルヌが思っているような感情ではない。

 彼女はアッテンボローを愛していた。

 家族思いで明るい妻。その実、夫の愛情に不満を抱いていた。

 心寂しい人妻の間隙に入り込んだのが、夫よりも若く情熱的な男性アッテンボローだった。

 ほとんど家にいない夫。反比例するように、頻繁に訪れる若い男。長女もアッテンボローに懐いていた。

 いけない事とは知りつつも二人の交際は長く続いた。それに次女は夫の子供ではない。真面目な夫に罪悪感を覚えていた。

(どうしたらいいの?)

 いつキャゼルヌに離婚を切り出そうか二人で相談をしていたが、遂に打ち明けることなくアッテンボローは戦死してしまった。

 オルタンスに残された道はこの秘密を障害守りぬき、夫の命が尽きるのを待つだけであった。

 

 

 

31.フェザーン進行 第一段階(4)

 

 帝国暦487年(宇宙暦796年)11月28日。フェザーン回廊同盟側出口で両軍は遭遇する。

 自由惑星同盟軍ライオネル・モートンは長年、部下を動かして来た経験から計画が予定通りに運ばない事を知っていた。今回も敵に察知されないなどと、甘くは考えていなかった。

 ずれた計画は修正させ出来れば良い。前提条件が異なるのに、元の計画に固執して失敗を繰り返す方が悪い。

「敵は駆逐艦2隻。その他に見当たりません」

「そうか」

 モートンは幕僚の報告に頷く。

「味方輸送船団を壊滅させたのは、帝国軍による通商破壊に引っかかったのではないか」

「そうかもしれません。回廊を封鎖するには戦力が少な過ぎますし」

 実際は偶発的な物で、モートンも幕僚も帝国軍を過大評価していたが、ロイエンタール艦隊の戦力については正確に分析していた。

「まずは目の前の敵を片付ける所から始めよう」

 モートンの言葉に幕僚は気を引き締める。勝った気になるのは早い。

 

 

 

 駆逐艦2隻に対して相対した敵は戦隊規模。圧倒的戦力だ。

 本来なら、即座に撤退をしたいところだが、「ウラナミ」艦長のホンゴウ少佐は「ミステル」に追従するよう命令し増速する。

(マジでか!)

 印刷された電報起案用紙を思わず握りつぶしてしまった。

「艦長、宜しいのですか?」

「ミステル」の艦橋に居た面々の戸惑ったような視線を受けていた。

 このまま「ウラナミ」に従って良いのか。そう言う問いかけだ。

 僕は溜め息を吐き出すと指示を下す。

「第1戦速。『ウラナミ』に続くぞ」

 敵に向かう。職業軍人として染み込んだ信念が、「ミステル」を動かす。

 不満の声は出ない。艦長の決断と命令に従うのが彼らの責務だから。

 一方、同盟軍にとって2隻の駆逐艦が示した反応は予想外だった。

「向かって来るだと。気でも狂ったか」

 宙雷戦隊が露払いに向かう。

 帝国軍の突撃にモートンは畏怖すら覚える。

(何を考えているのだ。奴らは……)

 

 

 

「『ウラナミ』より入電。雷撃後、機雷放出し離脱する」

 一撃与えて引き揚げる。そう上手くいくとも考えられないが。

 まぁ指示に従いますよ。

(向こうの方が階級上だしな……)

 まずは単縦陣を組んで突撃した。

 敵の艦砲が中和磁場を叩き向か撃たれた。圧倒的な戦力差。青い矢が集束し、すべて自分に向かって飛んでくると思えば圧巻であった。

(まぁ、当然の帰結だよな……)

 主力艦の砲撃が混ざっている様だ。艦体を揺さぶる振動が激しくなって来た。

(と言うか、これで魚雷なんて撃てるのか?)

 疑問を感じている所に報告が来る。

「『ウラナミ』被弾!」

 直撃を食らったのだろう。

 スクリーンに、青白い光球を描いて消滅する僚艦の姿が映し出される。

(ホンゴウ少佐は英雄になり損ねたか)

 状況は変わった。今は「ミステル」1隻しかいない。

 続いて「ミステル」に先程に倍する衝撃が襲って来る。中和磁場を突き破った実体弾が命中して魚雷が誘爆したのだ。

「後部魚雷発射管損傷!」

 歯軋りをした。

「ミステル」の船足は落ちてはいない。

(航行に支障はないようだ)

「取舵一杯」

「取舵一杯!」

 細かく軌道を変えながら「ミステル」は、敵からの距離を開けようとする。

(あほ臭い命令に死んでまで従えるか。生き残るのが優先さ)

 蛮勇と勇気を履き違えてはいけない。本来なら無駄な交戦をせずに撤退するはずだった。

(馬鹿は沈んだ。うちまで巻き添えになる心算はない)

 帰ったら家を買うことになっているし、住宅ローンとか考えたらまだまだ死ねない。

「針路そのまま。前進いっぱい!」

「ウラナミ」は回避機動を読まれ撃沈されたが、僕達は何とか敵の追撃を振り切り、逃げ切る事が出来た。

(無駄な仕事をさせやがって)

 死んだホンゴウ少佐には怒りしか感じない。

 ファーレンハイトに新手の敵艦隊到着を報告しながら「ミステル」は帰路を急ぐ。

 

 

 

 同盟軍艦隊第二陣はフェザーン回廊に入り、ビュコックとの通信を開いた。

「お待たせしましたビュコック提督」

 心労でいささ痩せたビュコックに申し訳なさそうにパエッタは挨拶をした。

『お茶には良い時間さ』

 それでも余裕を見せるビュコックの言葉にパエッタは苦笑を浮かべる。

 11月28日、フェザーン回廊同盟側出口に於いて生起した遭遇戦で、同盟軍は巡航艦「チェサピーク」、駆逐艦「カイカイ」「ナコハルホ」を損失。敗北と言える損害を受けた。対して上げた戦果は駆逐艦1隻を撃沈、1隻を大破させ撤退させた。

 損害が戦果を上回っており、帝国軍の手強さを再認識させた。

 モートンからの報告に司令部は色めき立った。パエッタは帝国軍を甘く見るつもりはない。これまで150年間戦い続けてきた相手なのだから。

 ビュコックは戦線を何とか支えているが、合流まではまだ時間がかかる。敵の攻撃も厳しい。

 暗い雰囲気を打ち消すようにビュコックは言った。

『晩飯は一緒に食おう』

「はい。御相伴に与からせて頂きます」

 ビュコックの疲れた笑顔に答えながら、夕食の時間に間に合わないのは分かっている。帝国軍の攻撃に耐え切れる限界までに自分達が間に合うか不安だった。それさえ間に合えば、一緒に夕食を囲む事も出来る。

 

 

 

 帝国軍特設警備艦「サザン・シティ」。領主の警備隊に徴用される前は、大型旅客船としてそれなりに知られた船だった。

 特設とは言え警備艦だけあって、急造ではあるが電子機器、センサー、火器を搭載している。

 艦長のアンドレイ・サハロフ中佐は、大半の乗員と同じように予備役から現役招集された者で、年間の訓練日数はこなしている物の長期航海で船に乗るのは久しぶりだった。

 与えられた任務は安全な後方での警備。「サザン・シティ」が第一線で戦える船で無い事は承知している。補助艦艇の分類だし、正規の駆逐艦相手でも手こずるだろう。

 前線は遥か離れたフェザーン回廊内。帝国軍双璧の片割れであるロイエンタール提督の艦隊が叛徒を押していると言う。“大将軍の城”と言う大層な要塞をフェザーン回廊帝国側出口に築いた以上、普通に考えて戦線後方のここまで敵が来る事はない。

 だからと言って気を抜いていた訳ではない。

 12月1日0300時。僚艦との定時連絡を終え、哨戒任務を継続していた「サザン・シティ」のレーダーが反応を示した。

「方位030に艦影らしき物の反応が4つ」

 年代物の敵味方識別装置は時々、故障をしていた。前回、それで味方の輸送船団を襲いかけて大目玉を食らった。

 今回も反応はない。だからと言って敵とは言えない。

「砲戦用意」

 サハロフ中佐は戦闘配置を命じながら目標への接近を命じた。

 自由惑星同盟軍第10艦隊パイク戦隊に所属する第110駆逐隊の駆逐艦「オブライエン」「サダフコ」「サンドラ」「ベイチモ」。それが「サザン・シティ」の発見した目標だった。

「目標、前方駆逐艦。撃ち方始め!」

 第110駆逐隊司令ジョン・タイター中佐は、「サザン・シティ」への攻撃を命じ

 遠慮なく飛んで来る同盟軍からの砲火に対して「サザン・シティ」は回避運動を取ろうとした。しかし間に合わない。

 乗っている乗員の想いは関係無く、同盟軍の砲火が「サザン・シティ」を捉えて撃沈した。

「目標撃沈」

 タイター中佐は報告を聞きながら任務を思い出す。

 今、この瞬間にもパイク戦隊に所属する艦艇が複数に分かれて、帝国領内に浸透しつつある。

 ウランフ中将から直々に命じられたのは、住民を連れ出して殺害するという「殲滅」命令。

「我々は同盟市民を守る醜の御盾。帝国の民衆は守る対象ではない。精々、利用させて貰うだけだ」

 作戦上、期待される敵への効果は後方撹乱と畏怖させる事だ。敵に兵力分散を強いる効果も絶大だと思われる。

「無抵抗な民間人の殺戮、だから何だ。相手は帝国だぞ。綺麗事だけで平和が得られるのか?」

 タイターは反論する部下を黙らせた。任務に迷いは禁物だからだ。

 

 

 

 惑星ミンドロ。フェザーン回廊帝国側出口に近いこの惑星は、フェザーン航路から離れている為、カストロプ騒乱でも辺境惑星と言う事で戦火に見舞われる事は無かった。

 非戦闘員を戦火に巻き込む事は潔しとせず、彼らを庇護するのは職業軍人の本分である。

 しかし時代は変わった。

 綺麗事では済まず、何かを得ようとするなら何かを犠牲にしなくてはならない。

 巡航艦2隻、駆逐艦5隻からなる同盟軍は、マンガリン湾に面したヒル宙港とエルモア宙港、その2ヵ所を最初に砲撃した。

 帝国軍が駐屯している訳でもなく中小の民間船舶しか停泊していなかった為、抵抗は無かった。その後、随行する輸送船から降ろされた1個連隊によって、近隣のブスアンガールズ市が制圧された。

「一人も逃がすな!」 

 自由惑星同盟軍陸戦隊第20歩兵連隊第1大隊C中隊。彼らは、敵対勢力の支配下にあるとされる街を包囲していた。

 早朝の寝込みを襲撃された事もあり、住民達は抵抗もせず大人しく広場に集められた。

 上級司令部からの命令は明白だった。「協力が期待できず、疑わしい者は殺せ」との通達が出ている。

「私達、自由惑星同盟は貴方がたを帝国の圧政から解放しに参りました」

 同盟軍は帝国の住民が、自分達を解放者として熱狂的に歓迎されると信じていた。

 圧政に苦しむ人々を救う。正義を信じ理想に燃えていた。

「わしらは何も苦しめられてはおらんのだがのう……」

 ところが住民たちは現状に不満も無く、逆に叛徒である同盟の兵達を犯罪者でも見る様な目つきで出迎えた。自分達との温度差に軍政担当の法務官は戸惑った。

「しかし自由と平等の基本的権利を保障されていないゴールデンバウム王朝の体制を……」

「あんたが何を言っておるのか、わしらにはよくわからん。わしらは領主様にお仕えするただの農民じゃからな」

「帰れよ! 叛徒に用は無いんだ」

 そうだ、そうだと賛同する住民達。これでは協力者を募る事などできない。それに敵と味方を区別する事も出来ない。

 価値観の違い。絶対的に正しいと言う物は存在しないと言う実例だった。帝国の民が皇帝と貴族の支配を受け入れており、同盟の解放を侵略だと拒んでいるのが現実だ。

「帰れ! 帰れ!」

 同行していた中隊長ウィリアム・カリー中尉は舌打ちすると、部下を集めた。

「ではお前らは敵だな」

 中隊長の言葉が翻訳されると、ざわめきが起こる。

「な、何だ。脅そうって言うのか」

「脅しなんてしない。俺の質問に答えろ、帝国軍はどこにいる?」

 代表して古老が質問された。

「知らない。私はただの農民だと言ってます」

 帝国公用語ではなく、訛りが入って聞き取りにくい。

 通訳の言葉にカリー中尉は顔を歪める。

「俺達が帝国の言葉が分からないと思って舐めてるな」

 一人死ねば口を割るだろうと告げて、カリーは住民の一人を無作為に選び射殺した。

 叫び声と鳴き声が広がり、騒然となる。

「うるさい黙れ!」

 自ら引き起こした事態に興奮してカリーは怒鳴る。興奮した住民が掴みかかって来た。

「構わん、撃て!」

 指揮官の叱咤する声と共に、銃声が響き渡り、阿鼻叫喚の地獄絵図が再現される。その後、住民は敵協力者として一掃され街は焼き払われた。

 その顔を狂気の色に塗り染めて 笑いながら銃剣を刺す兵士たち。

「中隊長。どうせ皆殺しにするなら俺達で楽しんでも良いですか?」

 部下が歳若い少女達を指差す。持て余した性欲の発散だ。

「早く済ませろよ」

「はい!」

 その言葉を聴いて、腕を振り払いに少女達は逃げようとするが、直ぐに追いつき押さえつけられる。

「最初は俺だ」

「馬鹿野郎。そこは中隊長がお先だろ!」

 先任の言葉に謝罪する。

「すみません」

 差し出される少女を前にして、苦笑しつつカリーは装甲服を外し部下に渡す。

 炎上する街で小隊の兵士達は女性を集団強姦した。男が殺され止めようとする者はいない。止めようとした法務官は敵の攻撃で殺されたと報告された。

 澄み切っていた青空が噴き上がる炎と煙で黒々と彩られていく。

「あ、忘れ物だ」

 カリーは印刷された告知文を焼け残った民家の壁に貼りつける。

 

(教示事項)

 この処分について不服があるときは、処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に、自由惑星同盟国防委員会に対して、異議申立てをする事ができます。また、処分があった事を知った日の翌日から起算して6か月以内に、自由惑星同盟を被告として(起訴において自由惑星同盟を代表する者は、自由惑星同盟国防委員会となります。)、処分の取り消しの訴えを提起することもできます。

 なお、異議申立てをした場合は、その意義申立てに対する決定があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に、処分の取り消しの訴えを提起することができます。

 ――自由惑星同盟国防委員会

 

 皆殺しにしていて起訴も不服も関係無い。だが、これも正式な法的手続きなので必要な事項であった。

 ウランフ中将は公明正大にして高潔な軍人で知れる。一方で、勝つ為に手段を選べない事を知っていた。戦争はお互いの弱い所を突き合う物だ。忠に生き義に殉じる。それはすばらしいが、清廉に正道を貫き生きていけるものではない。

 いずれ来襲するであろう敵の増援の到着を少しでも遅らせる。その為、敵の注意を他の場所でひく事にした。近隣の有人惑星への攻撃である。この事が後日問題になるのは明白だ。だからこそ全ては自分の責任にあるとして、ウランフは公式な命令として証拠を残しておいた。

「作戦指令第5号」として「敵勢力圏にある者は全員排除せよ」と言う命令が麾下の部隊に通達され、小規模な戦隊や駆逐隊、あるいは単艦に分散して広範囲に浸透して同盟軍は行動を開始した。

 非戦闘員の殺害すら計画に入れた事に、幕僚の一部から疑問の声も出た。それに対してウランフは「誰に対しても償う必要はない。これは戦争だ」と答えた。

 戦隊司令の一人であるアルバート・パイク少将は将旗を揚げる巡航艦「アウターバンクス」で苦虫を噛み潰した表情でその命令を受けた。

 軍人だあるからには上官の命令に従わねばならない。帝国軍の警備部隊を排除し、惑星ミンドロを制圧した彼の戦隊は陸戦隊を降ろして、住民を一箇所に集めた。そして帝国臣民と言うだけの民間人が8000名、帝国への共謀者として殺害された。

 カリー中尉の小隊が行った行動も軍事作戦としての命令による結果であった。

 

 

 

 帝国軍は“大将軍の城”を叛徒の軍勢から解囲するつもりだったが、各地から救援要請が出た。送られて来た情報をまとめ、同盟軍が分散して浸透して来た事に気付いた。

 その時、帝都オーディンでは近衛兵総監ラムスドルフ上級大将が狙撃され重傷。憲兵総監クラーマー大将が爆弾テロに合うという異常事態で混乱の渦中だった。それでも、情報伝達は機能しており宇宙艦隊司令部に、同盟軍による虐殺行為の報告が届くまで時間はかからなかった。

 生き残った人々からの生々しい報告と映像、音声の記録。それらは皇帝にも民の声として届けられたと言う。

 帝国領の防衛を司る宇宙艦隊は、フェザーンに進攻して居るはずが逆に攻め込まれている。“大将軍の城”で足止め出来てる間は良かったが非戦闘員に被害が出た。面目は丸つぶれだ。

 報告を受けた宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥は即日、フェザーン進攻の全般指揮を取っていたブラウンシュヴァイク公を召喚した。

 私邸で寛いでいたブラウンシュヴァイク公は急な呼び出しに驚いた。フェザーン進攻に関しては、基本的にフレーゲルにすべて任せていた。

 状況の説明を受ける内にブラウンシュヴァイク公の顔面は朱に染まって来た。

「一般の非戦闘員まで虐殺されている。速やかに処理して貰いたい」

 穏やかな口調ではあったが有無を言わせぬ物があり、明確な叱責だ。

 ミュッケンベルガー元帥の瞳には戦線の維持ができず、後背に侵入されたことへの非難の色も在った。

 帰りの地上車の中でブラウンシュヴァイク公はアンスバッハに告げた。

「これ以上、奴らに帝国領を侵させ跳梁跋扈を許すわけにはいかん!」

 この事はブラウンシュヴァイク公と帝国軍上層部の判断に影響を与え、“大将軍の城”に移動中であった戦力を各星系への救援にも分散させる事となる。ここにウランフの目論んだ「敵兵力の分散」の策が成功したのであった。

 

 

 

 アンラック方面から転進しフェザーン回廊に向かっていた帝国軍は、フェザーン回廊方面からの通信途絶の報告を受けた。

 先鋒は回廊内に進攻しており戦勢はこちらに有るはずだ。通信回線は復旧せず持続して途絶している。敵が攻勢に出ており通信妨害と判断できた。

 無論、その状況を帝国軍も放置せず数隻の艦艇が幾度か連絡を取る為送り込まれていたがたどり着く前に同盟軍の哨戒線に引っ掛かり沈められていた。

 それに各星系からの救援要請を受け取っていた。

 叛徒の軍勢が帝国領に侵攻して来ている。規模は不明だがかなりの広範囲に分散している模様。状況を分析した帝国軍はアンラック方面軍を各地の救援と“大将軍の城”への連絡回復に分けた。

 ルッツ艦隊も割り振られた担当星域に向かっていた。

 12月7日。レーダーの索敵圏内に同盟軍艦隊を確認した。

 同盟軍第110駆逐隊。ルッツ分艦隊の前では障害にもならなかった。

 青い矢が艦体を貫き光球に変えるまで、時間にして僅か数秒。

「敵艦撃沈。周囲に敵影なし」

「針路そのまま。第1戦速」

 同盟軍の哨戒線をルッツは突破した。このまま星系内に進入する。

「敵艦隊後退します」

 帝国軍の接近に対して同盟軍は迅速に撤退を始める。

「叛徒の艦隊は引き揚げる様ですな」

(この程度の兵力。見逃すべきか……)

 無駄な戦闘は避けるべきか考えていると報告が入って来た。

「無人偵察艇が大気圏に入ります」

 スクリーンに地上が映し出された光景を見て、ルッツは言葉を詰まらせた。焼け果てた田畑、荒廃とした街や村。串刺しにされた住民の遺体が通りに並んでいる。

 壁に並ばされて処刑された男達。下半身丸出しで、明らかに凌辱され殺害された婦女子の遺体。戦争犯罪の痕跡。

 帝国軍における超甲巡と言うべき新鋭巡航艦「ベンハイム」。その運用で想定された状況は、味方宙雷戦隊の突撃に於ける火力支援にあった。在来の宙雷戦隊には、戦隊司令の座上する旗艦に巡航艦が宛がえられており、状況によってはより小型で小回りのきく駆逐艦に将旗が掲げられていた。

 しかし混戦する戦場で通信能力の貧弱性や被弾によるもろさなども指摘を受けており、より生存可性を高めた艦を宛がうべきだと意見が出ていた。

 ただでさえ損害の多い宙雷戦隊は再編成などで処理能力を多く求められる。そのまとめを行うべき司令官の戦死。組織的継戦能力の低下を意味する。

「高速戦艦よりは安価で、巡航艦よりも優れた艦を!」その声で、「ベンハイム」は誕生した。

「ベンハイム」の艤装委員長を経て初代艦長を拝命したリーゼ・ロッテ中佐は、若くして才気溢れる女史。帝国軍における女性の進出と活躍を象徴する格好の宣伝材料だった。

 今回、彼女はルッツ艦隊の一員として馳せ参じていた。

 当初の運用目的である宙雷戦隊は任されておらず、ルッツ麾下での司令部直轄の付隊と言う役割だった。

 無人偵察機から送られてきた映像は「ベンハイム」でも確認された。

「そんな……」

 思わず口を手元で覆うロッテ。彼女と同様に乗員の衝撃も激しく、叛徒への敵愾心を燃やした。

「叛徒の奴らは人間ではない! 奴らは獣だ」

 無人偵察機からの映像にルッツ艦隊司令部を構成する幕僚達は激怒した。

 ルッツはいきり立つ部下を抑えて命令した。

「見敵必殺、叛徒の豚共を叩きのめせ!」

 猛り狂ったルッツ艦隊が後退する同盟軍艦隊に食いつくまで時間はかからなかった。復讐に燃え盛った帝国軍の艦列から砲撃が叩きつけられる。

 それはまるで怨嗟の炎だ。無数の閃光が発生する。

 ロッテの指揮する「ベンハイム」も僚艦と共に追撃の矢を放つ。

(報いは受けさせる)

 12月8日、帝国軍ハインツ・ハウシュタイン少将の率いる分艦隊がルッツ艦隊と同じように救援要請を受けて惑星マツヤに到着した時、街の通りは老若男女問わず、虐殺された非戦闘員の死体で溢れていた。

 他にも両手を後ろ縛りにされた捕虜が、ひざまずかされた状態で射殺された遺体が多数発見された。

 後に入手した公式文書の記録で確認されたが、同盟軍は捕虜の連行によって撤退が遅れないよう、捕虜の処分を命令されていた。

 

 

 

 ルッツ艦隊が交戦に突入した同じ頃、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将の分艦隊は、通信途絶後、“大将軍の城”に始めてたどり着いた帝国軍となる。

「間も無く“大将軍の城”と直接交信可能な宙域に入ります」

 通信参謀の報告にラインハルトは頷く。

 無人偵察機を先行させ、中継機の役割を与える事で通信回復を図った。

「映像が届きます」

 スクリーンに小さな米粒ほどの光が映し出された。それが拡大される。

 表面を覆う様に展開している緑色の艦艇。見間違える事は無い。同盟軍だ。そこかしこで、砲火と爆発の閃光が目につく。

 同盟軍の攻撃は予想通りだった為、幕僚の空気は変わらない。

「まだ“大将軍の城”は落ちていないようですな」

 幕僚の言葉にラインハルトは頷く。

 イゼルローンやガイエスブルグに匹敵する要塞として建造された要塞だが、まだ工程の大半が残っており未完成だ。その為、防御の間隙を突かれたとも考えられる。

 ふとキルヒアイスはラインハルトの頬が高揚しているのを見て、冷や汗が流れた。

(ラインハルト様は、また何かをやらかすおつもりか)

 キルヒアイスは暴走による失敗を危惧した。

 ラインハルトの脳裏をよぎったのは、ここは武勲を上げる好機だと言う事だった。

 物語に出て来る英雄の様に叛徒の軍勢をかっこ良く蹴散らし、孤立した味方を助ける騎士。

 そんなラインハルトの夢想を断ち切るように報告が入る。

「敵艦隊の一部がこちらに向かって来ます」

 新手の帝国軍接近に気付いたウランフは、ボロディンに迎撃の指示を出した。

 これに対してラインハルトの反応も速かった。

「各戦隊に発令。砲戦、魚雷戦用意、ワルキューレも出せ」

 後続するレンネンカンプに敵の存在を報告しながら、ラインハルトは麾下の戦隊へ矢継ぎ早に指示を出す。戦いへの期待感でラインハルトは生き生きと輝いていた。

 報告を受けるレンネンカンプには、ラインハルトの猛る気持ちが手に取るように理解できた。

 失敗の連続で降格され寵姫の弟しての特別扱いも終わった。

 失った階級を取り戻し分艦隊を与えられたのは、今度こそ本人の実力だ。挑戦的な態度も鳴りをひそめており対人関係は良好だと言う。

 レンネンカンプとしても部下の不和は望む所では無い。

(これで増長する事無く謙虚さを失わずに居て欲しい)

 それが本心だった。

 

 

 

 敵艦隊出現の報告に艦橋に緊張感が満ちる。遅々として進まない要塞の攻略は、降下した陸戦隊が主体であり自分達艦隊には手出しする事も出来ず、手持ち無沙汰だった。

 弛緩していた空気が一気に張りつめた。

「遂に来たか」

 ボロディンは来るべき物が来たと、顎鬚を擦りながら迎撃の指示を出す。

「帝国軍の奴らを地獄に送ってやれ!」

 威勢の良い指示を出しながらも、ボロディンは冷静な視点で敵情を把握しようとした。

 攻略途中に、帝国軍の増援が要塞に到着したらどう対処するか。想定はしていた。 

 早期攻略が出来なかった時の事を考えて置くのも指揮官の務めだ。

 ボロディンの第12艦隊が対処する事になっていた。

“大将軍の城”はイゼルローン要塞の様な防御火器も十分に存在しない。その為、応援艦隊との挟撃と言う恐れも無かった。今の所は計画に従い艦隊は動いている。

(大事なのは戦勢を押さえられない事だ)

 情報幕僚が、向かって来る敵艦隊の個艦情報から「ブリュンヒルト」を見つけ出した。

「あれはラインハルト・フォン・ミューゼル准将の旗艦ですな」

 ボロディンは、その名前に記憶があった。

(たしか、ホーランド提督が叩きのめした分艦隊を指揮していた寵姫の弟だったかな)

 あまりにも無残なラインハルトの壊滅状況は、同盟軍の戦闘分析で話題になった。

 傍受した通信記録や艦隊の機動から、稚拙な指揮で相手の指揮官は艦隊を壊滅させた事が判明している。敵の失敗を自分達が繰り返す事が有ってはならないと、再認識させられた。

(しかし、いつまでも未熟な子供のままと言う訳でもないだろう)

 敵を舐めてかかるのは自らの死を招く。

 スクリーンには敵艦からワルキューレが次々と発艦していく様子が映し出されていた。

 ワルキューレとスパルタニアンが入り乱れて交戦を始めた。

 艦隊が砲火を応酬するにはまだ距離があった。ボロディンの下に通信参謀が駆けて来た。

「提督。傍受した敵の通信ですが、いささか厄介な内容でした」

「ほう?」

 ボロディンはそう答え、続きを促す。

 同盟軍がフェザーン回廊帝国側出口周辺の有人惑星で虐殺を行っている。それを帝国軍の謀略ではないかと当初は疑ったが、音声のみならず映像も入手し確証に変わった。 

 その報告をボロディンは幕僚にも伝えた。

「第10艦隊の部隊ですな」

 情報幕僚の言葉に静止画像を皆が注目する。

「ウランフ提督はご存知なのでしょうか」

 部下の発言にボロディンは苦々しげに呟く。

「おそらく敵戦力を誘引し、分散させる為だろう」

 その言葉に若手の幕僚は激怒した。

「な、何ですと! それは戦争犯罪ではないですか!」

 自由と正義を信じる者にとって、自軍の殺戮行為は納得できる内容では無かった。

 ウランフにしてみれば兵力で劣っている以上、使える手段を選んだだけだ。

(正義は人の立ち位置で幾らでも変わる。ウランフ提督は自ら泥を被る心算だな)

 ボロディンはそんなことを考える。共謀する心算なら初めから打ち明けられたはずだ。

(だから一人で突っ走ったと言う事か)

「敵の増援に対して取れる有効な手段など限られている。その為、ウランフ提督は非情な策を取られたのだろう」

 ボロディンの言葉に激昂していた幕僚達も落ち着きを取り戻す。勿論、全を納得できた訳ではない。しかし今は目前に迫った敵増援に対処する事が優先だった。

「目の前の敵を倒すのが優先だ。本件に関しては口外を禁じる」

「わかりました」

 他の艦も傍受しているかもしれないし、いずれは兵の間にも洩れるかもしれない。それでもボロディンは、幕僚に口止めする以外の事をする気にはなれなかった。

(既に世界は狂っているのだから、この舞台で踊り続けるしかない……)

 

 

 

32.フェザーン進行 第一段階(5)

 

 アンラック方面から到着した先鋒のラインハルト分艦隊がボロディンと交戦に入った頃、ロイエンタール艦隊は引き続き進撃していた。

「発艦始め!」

 同盟軍第5艦隊に所属するヤマグチ分艦隊旗艦「ブルー・ドラゴン」の艦橋で、ウィリアム・ヤマグチ少将はスパルタニアンの発艦作業を見守っていた。

 甲板員の指示で「ブルー・ドラゴン」から暖機運転を終えたスパルタニアンが機体の固定を解除されて発艦していく。

 同盟・帝国軍の双方は、捕獲又は修復された機体の分析で、相手側が使用する単座式戦闘艇は、自分たちと比べて機体性能に大差の無い事を知っている。艦載艇として大きさが制限され、固定武装も似たような物になる。そうなると優劣は、戦技の習熟度と機体の数で決まる事になる。

 はっきり言ってヤマグチは鍛え上げた熟練の搭乗員が失われていく現状に不満だった。

 兵力の小出しによる遊撃戦などでは大局を変える事が出来ない。連日の戦闘により、麾下の戦力は低下している。艦艇や機体の補充は出来ても人的資源までは回復できない。

(こんな所で、部下将兵を消耗するなど愚の骨頂だ)

 ヤマグチの考えとしては、「同盟軍宇宙艦隊の全戦力を投入して、一気にフェザーンの戦いを終わらせるべきだ」と言うものだった。

 このまま、戦線を維持できるとは思えなかった。

 

 

 

 帝国軍ロイエンタール艦隊。その前衛集団はアーダルベルト・ファーレンハイトの指揮で動いており便宜上、ファーレンハイト艦隊と呼称されている。

 ファーレンハイト艦隊に所属する帝国軍駆逐艦「ソーメン」は哨戒艦として先頭にいた。つまり帝国軍の中で最も敵中深く先行する艦になる。

「ソーメン」の艦長であるチアン・ツォーミン少佐は、同盟軍との戦いで父を失い敵愾心が強く「叛徒の根拠地であるハイネセンを制圧し、城下の誓いをさせよう!」と言う過激な発言から強硬派として知られる。

 士官学校時代は「叛徒に対し皇帝陛下に叛旗を翻した大逆罪の謝罪を求めるべきだ」などと非現実的な事を唱えて同期の失笑を買っているが、仕事面では熱心で部下の面倒見も良い人物だ。

「ソーメン」は艦橋当直を2時間の6直輪番当直体制を取っている。ツォーミン少佐は仮眠を取った後、艦橋に上がろうとしていた。

『敵艦載艇多数接近。本艦の左舷、方位3-5-0、距離1.2光秒』

 艦橋で当直に当たっていた副長にレーダー見張りの電測員から、レーダー情報の報告が上がってくる。

「対空戦闘!」

 警報ベルが艦内に響いた。ツォーミン少佐はラッタルを駆け登った。

「ソーメン」は敵の接近を艦隊司令部に通報し対空戦に備える。 

「撃ち方始め!」

「ソーメン」の火器管制装置が一斉に動き出す。艦隊で連動しているため無駄な配分はせず適正な数だけの火器が標的に指向される。

 艦舷側に設置された近接防御火器が唸るように高速で実体弾をぶちまけていく。銃口から発射時に発生した硝煙の幕が艦体を中和磁場に沿って覆う。その被膜を突き破り、エネルギービームが幾つも蒼い尾を引いて放たれる。

 艦隊を遠くから見たとき、その光景は蒼い光に包まれ綺麗だ。しかし実際に突っ込んで行く者には、触れれば砕け散る暴風雨。文字通り死神の息吹になる。

 連日、敵艦を沈める事を目標に訓練を励んできた者にとってもその中に突っ込むには度胸を必要とする。当然、その攻撃隊指揮官には熟練者があてられる。

 サレ・アジズ・シェイクリ少佐もその一人だ。

「ヘゲソ・リーダーから、カオスラウンジへ。全機続け!」

 宙雷戦隊と同様に空戦戦隊は、指揮官陣頭が求められる。超甲巡や巡航艦で駆逐艦を指揮する宙雷戦隊司令とは事なり、空戦隊の指揮官は特別仕様の単座戦闘艇など与えられない。その点に限れば帝国も同盟も変わりはなかった。

 率先する者が居なければ、誰が好き好んで死中に飛び込むだろうか。これも集団心理で、皆で進めば怖くないと言う事だ。その為、第一歩を踏み出す馬鹿が必用だ。

 死の恐怖に打ち勝つ事などできない。ただ耐えるだけだ。その経験は実績となり資質を育んで行く。そして立ち向かう事のできる者が指揮官であり、指揮官の姿があって初めて部下は付いて行く。

 オリビエ・ポプランやイワン・コーネフと同様の撃墜王であるシェイクリだが、部下に批評され続ける毎日だ。だからこそ彼らは自らの技量に誇りを持ち、それを証明するため大きな戦果をあげようと時には無謀と思える勇敢に戦う。彼らキチガイの論理に言わせれば、戦場は芸術活動の発表の場であり、自分達はアーティストなのだから。

 

 

 

 原隊のファーレンハイト艦隊が敵の襲撃に悩まされている頃、駆逐艦「ミステル」は僚艦の「ウラナミ」が沈んだ事から単艦で敵の勢力圏から離脱中であった。

 現状は端的述べると逃げてるだけ。

(まあ仕方無いな)

 魚雷と機雷を全てばら蒔いてきたので、艦の重量は往路より軽くなっている。少しは推進剤の節約にはなる。

 水と酸素に関しては、浮遊している氷塊から抽出できるので問題はない。人間は最悪この二つが在れば生きていけるのだ。最悪の場合は近くで敵の駐屯していない惑星を経由する事も考えている。

 そこにCICのレーダー見張り員から、進路上に航行する小型艦艇を発見したとの報告が入った。

「敵の偵察か?」

 速度は駆逐艦や単座戦闘艇よりは遅いとの事だ。

「密輸船に似ていますが、高速連絡艇では無いでしょうか」

 ここは一般船舶の航行する航路ではない。そもそも「ミステル」は敵の哨戒区を避けて逃亡中なのだから、ここに船が居るのもおかしい。

「どちらにしても、捕まえたら正体が分かるな」

「はい」

 沈める事を前提に僕は不審船を拿捕する事にした。

 

 

 

 フェザーン回廊の外、帝国領内でも戦闘は続いている。これからが本番と言っても良かった。

「前進!」

 機関出力を上げてミューゼル艦隊は、嵐のようにボロディン艦隊に襲い掛かった。

 民間人虐殺の噂は広がっており、同盟軍への敵愾心は沸き立ち沸点へと達していた。

「卑劣な侵略者に正義を示せ!」

 怒りを殺意へと変え、通常より増した戦闘力を見せ付けていた。

 無数の閃光がボロディン艦隊に発生するが、混乱の様子は見れない。

 たかが分艦隊に圧されるボロディンではなかった。その艦隊機動は切れを見せており、ラインハルトに感嘆させるものがあった。

「やるではないか」

 獣のように蹂躙しようとすれば隙を見て急所を突いて来ようとする。

(叛徒とは言え一角の将。中々の手腕だな)

「レンネンカンプ艦隊は続いているな」

「はい!」

 一旦後退して敵の圧力を自分の分艦隊より数の多いレンネンカンプ艦隊に流そうとした。擦り付け美味しい所を頂く算段だ。

 その時、要塞に張り付いているはずのウランフ艦隊の一部が動いた。

「敵艦隊、反撃してきます!」

 ラインハルトは眉をひそめる。これまで戦闘に参加していなかったウランフが麾下の艦隊を攻撃に参加させてきた。一部とは言え十分牽制にはなる。

(要塞を攻撃しながら、こちらにも兵を向けてくるとは、よく見ているな)

 まともにぶつかればラインハルトもただで済むはずが無いことを理解している。

(俺の兵力は分艦隊。せめて1個艦隊の指揮権があれば、蹴散らしてやれる物を……)

 しかし部下を扱いきれずに壊滅させるのは罪だ。前回の敗北で戦場全体を観察する様に心掛けている。

 戦いには余計な雑念はいらない。他の思考が入れば必ず負ける。ラインハルトは頭を振り後退の指示を出す。

「全艦後退、敵との距離を取るぞ」

 キルヒアイスが回頭の指示を伝達する。

 

 

 

 惑星ミンドロに分散していた同盟軍パイク戦隊は引き揚げにかかった。それを、みすみすルッツが見逃してやる義理も無い。

(やった事には責任を負う。それが大人の社会だ)

 言って見れば、妊娠させたけど後の事は知らん。そんな風に「やり逃げ」する男のようなものだった。

 パイク戦隊は50隻も居ない。分艦隊の帝国軍と規模が違う。まともに戦って勝てる戦力差ではない。そして逃げる方と追う方でも勢いが違う。

 直ぐに追いつき同盟軍を包囲した。

 応戦してくるが包囲してるほうが有利なのは常識だ。敵の方が撃沈される数は多い。

 ルッツは殺害された住民の報復として敵を皆殺しにしても良いが、無益な殺生をするほど下卑た趣味を持ち合わせては居ない。頃合を見て投降勧告をする事にした。

「投降勧告を出せ」

 その勧告を受信したのか、同盟軍の砲火が一瞬弱められる。

 包囲の中で一悶着があった。

「馬鹿者! 攻撃の手を緩めるな!」

「司令。最早これまでです」

 パイクは反論する部下にブラスターを突き付け戦闘継続を命じる。

「命令に従わない艦は裏切り者だ。撃て!」

 巡航艦「アウターバンクス」はパイクの指示で、戦闘継続の命令を無視した周りの艦を撃ち始める。

「同士討ちか?」

 ルッツの目にはその様に映った。

 敵が戦闘継続を止めていない以上、攻撃停止の命令を出さない。

 帝国軍の砲火で艦橋に被弾した同盟軍巡航艦「アカデミー・スター」。艦長のロン・クック大佐が戦死し、下部のCICで最先任のリンダ・カルヴェイ少佐が指揮を取ることになった。

 中和磁場が消滅しており、残骸がガンガンと艦体の外郭を叩く。

(これで、さらに攻撃でも食らったら、人生が一完のお終いね)

 一際激しく「アカデミー・スター」が揺れた。よろめく体は制動できない。

「痛っ……!」

 舷側の窓に打ち付けられた時、戦隊旗艦の「アウターバンクス」が僚艦に砲撃する光景が目に写った。

 数えるほどに数を減らしてきたパイク戦隊。その中で味方を攻撃する「アウターバンクス」の行動は一際、目立った。

(あれさえ沈めれば敵は降伏するな)

 ルッツは最後まで抵抗していた敵の巡航艦に照準を絞って射撃命令を出そうとした。が、味方の巡航艦に沈めらた。

「ガチャピンαより入電。叛徒の巡航艦より投降信号が出ているとの事です」

 降伏勧告に応じ投降してくる事は珍しいことではない。

『自由惑星同盟軍第10艦隊所属、巡航艦『アカデミー・スター』艦長代理のリンダ・カルヴェイ少佐です』

 疲れた表情を浮かべた女性。ルッツは答礼して答える。

「銀河帝国軍コルネリアス・ルッツ少将だ。貴官たちの投降を認める」

 狂気に取り付かれた味方の艦を、英断を持って沈めたのが彼女だとルッツが知ったのは後の事だった。

 

 

 

 後退したミューゼル艦隊はレンネンカンプ艦隊と合流。ケーリヒ少将とグリューネマン少将の艦隊も戦場に到着したことで、帝国軍は本格的に陣容を整えボロディンを潰しにかかった。

「くそ。敵は一体、どれ程の戦力を投入して来ているんだ!」

 コナリー少将の洩らした声はボロディンの内心と同じだった。

(敵の戦力が多すぎる)

 自軍に比べ、戦場に到着した敵の増援は依然として少ないが、それでもまとまると脅威だ。

 丈夫そうに見える陶器でも落とせば一瞬で瓦解する。製作過程での苦労や、持ち主の思い出など関係は無い。同じ様に第12艦隊が敗れるのも一瞬の出来事だった。

「ボロディン提督が戦死しました」

 その報告に第10艦隊司令部は静まり返る。普段冷静な参謀長のチェン少将ですら顔色を変えていた。

 ウランフは数秒間の間、瞳を閉じ盟友への黙祷とした。

 敵艦隊を分散させる事は成功したが、思っていたほど戦力を誘い出せなかった。その為、有力な戦力を保持した敵増援とぶつかり合う事になってしまった。

 後悔はしない。その時、最善と思える手段を選択したのだから。

 状況が変わったのは明白だ。

「撤退する」

 ボロディンの仇討ちをしないのかと言わんばかりの視線が幕僚から向けられる。しかし、流れが変わった事を考えるならば、損害を抑えて引き揚げる方が最優先事項なる。

「要塞攻略の意義は失われた」

 ウランフが説明を始めた瞬間、新たな報告が入った。

「要塞表層にエネルギー反応多数!」

 死んだふりをして沈黙していた防御火器が動き出したのだった。

(今まで反撃が少なかったのは、工事が未完成と言うだけではなく、火力の温存で機会を待っていたのか)

 要塞攻略支援に残されていたウランフ艦隊は、要塞の至近距離に展開していた。撃ち放題の標的が今の原状だ。

(このままでは、良いように撃たれる!)

 その事に気付いた、ウランフは回避命令を出そうとした。

「エネルギー多数接近!」

 悲鳴のような報告と共に、ウランフの視界が白く染められた。瞬間、重力制御されているはずの床から体が持ち上げられた。

 

 

 

 爆発の閃光が要塞の人工重力圏上空に広がっていく。要塞の外殻が反射した閃光で光り輝く様は人口の太陽が出現したようだ。

 ラインハルトは勝利を確信した。生き残っていた要塞の防御火器も、友軍の到着と呼応して反撃の火を噴いたのだった。

 後続のレンネンカンプもボロディン艦隊の残存戦力を掃討に移っている。ラインハルトは友軍の位置を確認して決断する。

(いけるな)

 戦果を拡大する好機だ。

「このまま押し潰せ!」

 形骸と化したボロディン艦隊をあしらいながら、旗艦損失により混乱したウランフ艦隊に襲いかかる。

 

 

 

 レンネンカンプ艦隊の後方を進む一つの艦隊が居た。

 艦艇は灰色の塗装をされている物の帝国軍所属ではない。アンラックでの革命軍を指揮した同盟軍軍事顧問が乗っている。

 チャモチャ軌道上でアルテミスの首飾りが破壊された後、ムライは決断を迫られた。

 艦隊の生存か、降伏かである。

「我々は動くシャーウッドの森となる」

 それがムライの決断だった。

 この中で最先任であるムライには、同盟軍人である部下を生きて祖国に帰らせる責務がある。

 途中で敵の艦隊や根拠地があれば襲撃し、必要な物資を略奪する。

(行き当たりばったりの手で気に入らないが、これ以上の手は思い付かない)

 ムライ少将の指揮で脱出したその戦力は300隻にも満たない。

 艦隊の中央に位置する輸送船団。その中には薔薇の騎士連隊の面々の他に、ヤン・ウェンリーの姿もあった。

 ヤンと再会した時をムライは思い出す――

 

 フェザーン商船と遭遇した。

「渡したい荷物が在る。そう言ってますが」

「罠かもしれん。警戒は緩めるな」

 艦艇が十重二十重に取り囲む中、接舷され乗り込んで来た。

 そこには予想外の顔が在った。

「ヤン提督!」

「やぁ。久しぶりだね」

 皆、元気にしていたかなどと言うヤンに、ムライはあきれ顔を浮かべながらもほっとした。

 

 そして今、ヤンがフェザーン回廊への脱出方法を説明している。

「敵の後背を突き、一気に通り抜ける」

 ヤンにこれからの行動指針を明かされた彼らは呆れていた。

「本気ですか。敵は我々よりも数で勝っていますが」

 ムライ少将の言葉に全員同意する。

「敵より多くの戦力を用意する事。それは理解している」

 前に国防委員長に問われてヤン自身が答えた言葉だ。

「だが諸君は一騎当千のつわもの達だ。やれると信じている」

 その言葉にシェーンコップはうんざりした表情を浮かべた。甘い甘言に騙され、彼と連隊の名誉は汚された。また顎で使おうという心算かと、殺気をこめた視線をヤンに向けて放つ。本来、ヤンの副官であるはずのフレデリカもシェーンコップの傍らで嫌悪感に満ちた表情を浮かべている。ここで好意的なのは男爵夫人ぐらいだ。

 少数の側が自軍に倍する敵を撃破したと言う例は無いわけではない。地球で人類が地に足を付けて戦っていた過去の戦史でも幾度かあった。

「要は優れた指揮官と作戦。それと与えられた任務を確実に遂行できる駒。これこそが必要だ」

 駒扱いされたシェーンコップの頬が一瞬、動いた。

 評価は適切に、ヤンは自分達の能力からできると判断した。

 

 

 

 艦隊司令官を失い組織的抵抗が瓦解した同盟軍の残存戦力を掃討していく帝国軍。もはや戦場の勝者は明らかだ。

 落ち武者が農民に討ち取られるように、追いすがる追撃の帝国軍から放たれた放火は、さらに出血を強いる。

 見るも無残に壊滅した艦隊は分艦隊規模に減少している。2個艦隊の残余が2000隻を切ろうとしていた。

 第10艦隊の次席指揮官であるコナリー少将がウランフと共に戦死した為、戦艦「ホーン・チャーチ」に将旗を掲げるレイ・スペンサー准将はウランフ艦隊の残存戦力を指揮していた。

(住民虐殺まで行い、帝国軍の戦力分散を図ったが負けた。捕まれば極刑は免れない。自分たちでもそうするだろう)

 その事実に兵は意気消沈している。

(自身の行いから目を背けるつもりは無い。だが兵は命令に従っただけだ)

 何としても、捕まる訳には行かなかった。

 巡航艦「シェルトン」と駆逐艦「コウゾウ」「タバサ」が後衛を勤め、損傷艦を放棄して同盟側回廊出口を目指す。まだパエッタの艦隊が無傷で存在しているからだ。

 この艦隊を追跡する帝国軍はヨーゼフ・ワルテンバッハ少将麾下、戦艦「ヴェッテンベルク」「ザールブリュッケン」「ゲロルシュタイン」を中核とした戦隊。他にも幾つかの戦隊や分艦隊が追撃に動いていたが、帝国軍の多くは広く分散して周辺の惑星へ治安回復と住民救助の為、送られている。

「敵は撃退した。まずは民生の安定が第一だ」その様にフレーゲルは命令したと言う。

 

 

 

 巡航艦「シェルトン」艦長ポール・ヘンダーソン中佐は、2隻の駆逐艦と共にワルテンバッハ戦隊を迎撃した。3隻で1個戦隊を相手にする。生きて帰れば賞賛は間違いないだろう。そんな思惑が在った訳ではないが、結果として追いついた帝国軍の駆逐隊と交戦に入った。

 しかし長くは持ち堪える事が出来なかった。

 数隻を沈めたが、相手は倍以上いる。動くのを止めれば撃破されるのが目に見えていた。

 絡めるように伸ばされてくる火線の網をあしらいながら、推進剤の残りを気にする。

「ミサイルもエネルギーも残り僅かです!」

 砲雷長の報告に眉を寄せる。思っていたよりも早く、継戦能力の限界が近付こうとしている。

 だからといって降伏は論外だ。

 戦死して二階級特別昇進で准将になる未来が脳裏に浮かんだ。

(新たに作られる宙港はヘンダーソンと名付けられ、その死は称えられる……か)

「そろそろお迎えが来たようだな」

 ハイネセンに残して来た妻に、先に逝く事を詫びねばならない。

 もう駄目だと思い、ヘンダーソンがそう呟いた時だった。

 一つの艦隊が有った。

 艦艇数は300隻にも満たない小艦隊だ。

「各飛行隊の準備は?」

 艦橋で司令官の問いかけに、ヘイゼルの瞳を持つ副官が答える。

「いつでも出られます」

 

 

 帝国軍ワルテンバッハ戦隊に所属する駆逐艦「サイコルシェイム」は、駆逐隊を構成する僚艦の「メガデス」「メタリカ」「マジキチ」と後衛を勤めていた。

 レーダー見張りの電測員ジョン・ヒンクリー軍曹は、スーパーのチラシに載ってる子供の写真の切り抜きコラージュを作るのが趣味で、部屋には多数のスクラッチブックが貯まっている。

(勤務が終わったら新作に取り掛かろう)

 そんな人が顔をしかめる趣味の事を考えていた。普段からこんなことを考えていた訳ではない。味方は勝っており形ばかりの後衛で、自分達の後方に敵は居ないのだから気楽になるのも仕方が無かった。

 だから後方から近付いて来る艦載艇の群れを友軍だと勘違いした。何しろ友軍の信号を出している。

 もっと詳しく確認していればそれが最近失われたばかりで、登録抹消の済んでいない物だと言う事が分かったはずだ。

 全ては遅すぎた。

 スパルタニアンの攻撃に先立ち、艦砲による突撃支援射撃が行われた。

(え!)

 ふっと気付いてヒンクリーは当直士官に報告する。

「後方より熱源多数接近」

 衝撃と共に、旗艦「ヴェッテンベルク」が揺れた。

 青い光の矢が降り注ぎ、爆発の閃光が帝国軍の後背に出現した。

「後方に敵が現れた模様!」

「後背に敵だと」

 ワルテンバッハは恥辱に顔を歪ませる。

(ここまで来て、何事だ)

 後背は帝国領だ。敵は掃討されつつある、と完全に油断していた。

 馬鹿な。有りえんと考える前に、被害の報告が嵐の様にやって来る。

「『セーブル』被弾沈みます!」

「『ケープコッド』航行不能…」

 数発喰らい、青い光球に変わる僚艦。

 感傷に浸っている暇は無い。

 出現位置は帝国領からの針路を刺している。真後ろだ。

「真方位1-8-0。仰角35度」

 距離は1.35光秒。距離にして405,000キロ。

 帝国軍は不意を突かれる形となった。

 

 

 

「初弾命中、敵艦隊に反応はありません」

「良いぞ。奇襲は成功したようだ」

 ヤンは傍らの男爵夫人に笑いかける余裕さえあった。

「全艦突撃」

 ヤンの号令がかかり約300隻の艦艇が紡錘陣形で帝国軍の後背を突いた。

 中央には補助艦艇の輸送船などが集まっている。

「見学しか出番が無いのは残念だな」

 そう言いながらシェーンコップは、スクリーンで繰り広げられる戦闘を眺めていた。

「撃て!」

 フレデリカは実戦で上官の有能さを初めて知った。幸せそうに腕を組みしなだれかかる男爵夫人の姿が堪に触った。

(お買い得の商品を逃したのかもしれない)

 そう思うと、早々に見切りを付けた自分の迂闊さを呪った。

「全艦全速前進、このまま突破する。後ろの敵に構うな。後一歩で突破できる!」

 ヤンの叱咤激励が飛ぶ。本来なら戦死したパトリチェフ辺りが似合う役割だ。

「撃ちまくれ!」

 そして待ち望んだ報告が入る。

「敵陣突破」

 勢いに乗って帝国軍の戦列を食い破った。

 ヘンダーソンの目の前で、帝国軍の戦列を横っ面を叩くように青白い矢が襲った。

「識別信号確認。友軍です!」

 数こそ減らしたが、アンラックに派遣されていた友軍で、ヤン・ウェンリー指揮する軍事顧問団の生き残りだった。

 新たな艦隊出現に、帝国軍の砲火も一瞬弱まった。

 この機を逃さず、ヘンダーソンは命令した。

「主砲三斉射。あの友軍と一緒に退くぞ!」

 希望が有ると不思議な物で、今度は生きようと言う気持ちになって来る。

「全艦、全速で味方艦隊まで逃げろ!」

 

 

 

 

 ワルテンバッハからの戦闘報告をフレーゲルは要塞の司令部で受け取った。表示される戦況経過を見ながら呻く。

「くっ……」

 敵2個艦隊を完膚なきまでに叩いた。そのまま戦果拡張をしようとした所、横槍を入れてきた小癪な艦隊のお陰で、敵は混乱から回復して整然と撤退して行った。

 オーベルシュタラインの視線は興味深そうに、敵艦隊の機動を追っていた。

 取りこぼした残存戦力もそれ程多くは無い。それで満足すべきかも知れないが、フレーゲルはいささか不満だった。

「もう少しだったんだがな」

 それは、その場に居た全員の思いだった。

 そこに通信士から報告が入った――

 

 

 

 ※ここからルート選択です。

 

 それは、ロイエンタール艦隊がビュコックを討ち取ったと言う報告だった→1-1へ

(33~34話)

 

 パエッタの艦隊が間に合い、ビュコックと合流したとの報告だった→2-1へ

(35~36話)

 

 この後は分岐ルートで、目次に戻って選択する形式になります。



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銀英伝に転生してみた 33~34話(1-1を選択)

33.1-1

 

 クルーゼンシュテルンの増援到着で、“大将軍の城”を攻囲していた同盟軍が撃滅され二日が過ぎた。

 その間、ロイエンタール艦隊がパエッタの合流より一足早く、ビュコック艦隊を撃破し、フェザーン主府を目前にしていた。

 帝国にもその名を轟かせていた同盟軍の名立たる提督――ビュコック、ウランフ、ボロディンの三人が戦死した事で障害は大きく減っている。伯父に完全な勝利を報告できると言う現状に、フレーゲルは満足感を覚えていた。しかし、そこへ急報が訪れた。

「伯父上が亡くなっただと!?」

 司令部に通されたのは、ブラウンシュヴァイク公の腹心であるアンスバッハだった。

 包帯を頭に巻き、痛々しそうな表情でアンスバッハは語る。

「リッテンハイム侯の謀反です」

 思わず掴みかかろうとするフレーゲルをオーベルシュタインは止める。

 普段のフレーゲルからは想像も出来ない感情の起伏だが、それも仕方がない。親代わりの後ろ盾であったブラウンシュヴァイク公が逆賊として討たれたのだ。

 予てより帝都において、フェザーン方面への新たな増援が派遣される為、その観閲式が行われる事になっていた。

 観閲式参加部隊である諸侯の軍勢には、リッテンハイム侯の息がかかっており、彼らは帝都を瞬く間に制圧した。その中核的役割を果たしたのが、帝都防衛軍司令部と内務省である。

 これでは、警備や当日の関係機関の情報は駄々漏れであり、泥棒に家の鍵を渡して留守を頼んだような物であった。

「逆らう者は死刑だ」とリッテンハイムは暴虐の限りを尽くした。帝都は血に染められたのである。

 叛乱軍に帝国軍三長官、各尚書もその身柄を拘束された。これで帝国の中枢機関は人質を取られ、その機能を封じられ対抗手段を取ることは出来なかった。

 皇帝の居城においても、師団長不在の虚を突かれ近衛師団は武装解除され、ベーネミュンデ伯爵夫人の館に居た皇帝は、外部との接触を禁じられそのまま拘禁されていた。

 当然ながら政敵であるブラウンシュヴァイク公の館も第1目標の一つとして襲撃された。その時、公は亡くなったという。アンスバッハを下がらせた後、フレーゲルは一人にして欲しいと私室に篭る。

「閣下。リッテンハイム侯の正式声明が放送されております」

 私室で考え込んでいたフレーゲルの下に報告が届いた。立体TVをつけると憎い仇の姿が映った。

 FTLを通して帝国領全土にリッテンハイム侯のメッセージが流されていた。要約すると、君側の奸臣であるヴラウンシュバイク公を討った。皇帝の身柄と帝都は自らの掌握下にある。自分に従えとの事だ。

「おのれ、奸賊め。核ミサイルを撃ち込んでくれる」

 リッテンハイム侯の言葉にフレーゲルは怒りの言葉を洩らす。

(伯父上の仇を討つ)

 その事でフレーゲルの心は決まった。

 シャワーを浴びてさっぱりすると、会議室に主だった将官を集める様指示を出した。

 現状分析をすると、帝都の叛乱に対してただの政変と見るか、そうでないかで行動は異なる。諸侯は静観して様子見を図る物やこの機会にとリッテンハイム侯側に付く者とに分かれる。

 フレーゲルは、ブラウンシュヴァイク公の庇護の下でなら支持者がいたかもしれない。旗色を鮮明にする事を躊躇する者たちが居た。

 この中で最先任にあたる装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将はフレーゲルの支持を闡明した。フレーゲル自身意外だった。

「そもそもわしは裏切り者と言うものが気に食わない」と言う事だそうだ。それにカストロプ討伐では、部下に自由な裁量を任せて討伐を成功させている。そう言った将として必要な器量をフレーゲルに認めていた。

 オフレッサーが従う事を決めたならほかの者も反対する訳にはいかない。クルーゼンシュテルンもフレーゲルを支持し、他の提督達も従う事に同意した。

 旗色が鮮明になり皆が落ち着いたのを確認したオーベルシュタインは、フレーゲルに今後の方針を進言した。

「こうなっては同盟軍の増援との決戦を回避し、速やかにフェザーンとの和を結び、帝国領内に取って返すべきです」

 自分達は帝国軍宇宙艦隊のほぼ全戦力を与えられている。今なら戦力差でリッテンハイム侯を討つ事が出来る。時間を置けばこちらが不利になるだけだ。

 さらに今現在、相対する敵に対する問題点も続けて説明する。

 幸いにして、フェザーン回廊帝国側出口は帝国軍が封鎖しており、民間船は出入りできない。さらに通信妨害も行われているので、帝国領内の情報流出は制限されている。

「しかし、今回のような事件の情報を完全に封じ続ける事は難しい。無駄に時間を取るべきではありません。敵に帝都の政変を知られる事にもなりかねませんから」

 そうなれば、戦術的勝利を背景に講和を求めると言うこちらの優勢が消し飛んでしまう。同盟が継戦を決意すれば、フレーゲル達はフェザーン回廊に拘束されることになる。

 その前にフェザーン回廊に於ける戦いを終えなければならない。

 フェザーン側への提案は「完全非武装中立とし、同盟軍の撤退を求める。こちら側も兵を退き開戦前の境界を認める」と言う譲歩したものとなる。

「これを蹴る様ならフェザーンは歴史から姿を消す事になるでしょう」

 その様に使者はルビンスキーを恫喝した。

 フェザーンが滅ぶまで帝国の侵攻は終わらない物と思っていたルビンスキーには意外な事だった。帝国軍による完全な情報遮断で、帝国領内の情報が入ってこない以上、判断材料は少ない。

 自治領主ルビンスキーは講和に同意し、同盟政府に艦隊の撤兵を要請した。

 講和締結の報告を受けたフレーゲルは、ただちに兵を帝都に向けて帰還させる。

 後世に、フレーゲルの「フェザーン大返し」で知られる事になるこの講和締結は、リッテンハイム侯の叛乱を事前に知っていたフレーゲルの政治的策謀の結果であると言う意見もある。

 

 

 

 フレーゲル軍はフェザーン回廊からオーディンまでの航路を18日と言う速さで走破した。

 その間、リッテンハイム侯は手をこまねいていた訳ではない。彼に賛同しない者も居るのは分かっていた。

 その急先鋒は、ブラウンシュヴァイク公の可愛がっていたフレーゲル。フレーゲル本人は大した事は無いが、彼を祭り上げて討伐の兵をあげる者が居るといると考えられた。

 帝都オーディンからフェザーン回廊にいたる9ヶ所に拠点を築き、諸侯の兵が動員完了するまで時間稼ぎをしようとした。フェザーンで同盟軍が使った作戦と同じ事だ。

 しかし、それは優秀な指揮官が揃っていて初めて実行できる作戦だ。フェザーンで同盟軍相手に戦ったフレーゲル軍の敵ではなかった。

 先鋒を命じられたのはロイエンタール。目的は敵主力艦隊の誘引だ。

 フレイア星系のレンテンベルク要塞を電撃的に攻略したロイエンタールは、引き続きアルテナ星域でリッテンハイム軍と遭遇した。

 その艦隊を指揮していたのは盟友のウォルフガング・ミッターマイヤーだった。

 

 

 双璧と名高い片割れのミッターマイヤーがロイエンタールの前に立ち塞がった。その事にロイエンタール艦隊に所蔵する将兵に衝撃が走った。双璧が戦えばどちらが勝つかなど悪夢としか思えない。

「ミッターマイヤー提督より、会談の申し入れです」

 通信士の言葉にロイエンタールは頷く。

「会おう」

 きっかり1時間後、ロイエンタールの旗艦に連絡艇がやって来た。私室に通されたミッターマイヤーは普段と変わらぬ気さくな挨拶をした。

 ワイングラスを傾けながら、ロイエンタールが本題に切り込む。

「――で、卿がわざわざ出向いてきたと言う事は、俺に寝返れと言う事か」

 遠慮のない物言いにミッターマイヤーは苦笑を浮かべる。

「はっきり言うとその通りだ。卿とは戦いたくない」

「俺は戦ってみたいがな」

 呼吸音だけで笑い、ミッターマイヤーはグラスに口を付ける。

「卿が宇宙艦隊司令長官、俺が参謀長と言う椅子を用意してくれるそうだ」

 しばらく手元のグラスを見ていたロイエンタールが口を開く。

「卿は倒したい相手が居るだろう」

「何のことだ?」

 ルパート・ケッセルリンク。ロイエンタールがその名前をあげた。

「奴を倒すまで卿の戦いは終われないだろう」

 その言葉を聴くミッターマイヤーの瞳は暗く濁ってる。

(自分からエヴァを奪った男。裏切り者だ。だがエヴァはもう俺の物だ)

 帝都の制圧に加わったミッターマイヤーはエヴァンゼリンを手に入れた。邪魔する両親は殺した。

(もっと早くこうするべきだった)

 ロイエンタール言葉がミッターマイヤーの思考を呼び戻す。

「俺個人としても卿と戦う機会は魅力的だな」

 出来レースだが本気で一度ぶつかり合おうという事だ。その時、ルパートを殺せるかはミッターマイヤーの腕次第と言うことだ。その為のお膳立てはロイエンタールがする。

 ミッターマイヤーはグラスの中身を飲み干すと立ち上がった。

「では、後ほどまた会おう」

「ああ。またな」

 退室するミッターマイヤーの背中をロイエンタールは見送る。

 ファーレンハイトの艦隊が壊滅した所で、投降に応じる。その意思が双方の間で伝わった。

 

 

 

34.1-2

 

 

 ブラウンシュヴァイク公討たれる。その急報が帝国全土に駆け巡ると、諸侯はどちらに付くか旗色を鮮明にしなければならなかった。綺麗事だけではなく、将来性などの損得感情も動く。

 マリーンドルフ伯フランツは、最も初めにフレーゲルに味方をすると決めた貴族だ。貴族だけでなく平民にも信望のある彼が動く意味は大きい。貴族の良識と言われるほどの彼は、元来争い事を好まない性格のため、今回の件でも中立を宣言すると思われていた。

 しかし、個人としてフレーゲルにカストロプの侵略から救われた恩もある。それに、野心家であるリッテンハイム侯とは反りが合わなかったのも理由のひとつだ。今回の件を見れば、どちらが簒奪者であるかなど明白すぎた。

 結果としてフレーゲルは、多量の糧食、飲用水、推進剤などの供出を受けることができ、補給問題を解決して帝都に兵を進める事が可能となった。

「本心としては、争い事に巻き込まれたくない。だが、そうも言ってられない。どちらかに付くならば、大恩あるフレーゲル閣下につく」

「さすが私のお父様です!」

 マリーンドルフ伯フランツの娘ヒルダも、フレーゲルの支持を強く父に薦めた。理論整然と説く娘に同意を示しながら、男子であればと改めて残念に思った。

 娘の見識を素直に喜ぶ父の姿を見て、ヒルダは内心で頭を下げた。

(ご免なさい。お父さま)

 この時、ヒルダの脳裏には赤毛の青年が過っていた。自分の家を守り、知り合った友人を助けられる選択を選んだ結果がフレーゲルに味方する事だった。律儀な父に、自分が囁けばどの様な思考をするかは分かっていた。父を利用したことに後ろめたさを覚えながらも、ヒルダの中で重要な位置を占めだしていた青年を見殺しにせず済むことでほっといていた。

 

 

 

 賊軍扱いを受けていても錦の御旗はこちら側にあるとフレーゲル達の士気は高かった。リッテンハイム侯に付いた者達を帝国軍の一員とは認めない。よって友軍相撃でもないと理解した。

 リッテンハイム侯側の兵に比べて、フレーゲル軍は正規軍を中核としており練度も異なる。これまでの対叛乱鎮圧作戦の延長と考えれば良いのだ。

 カール・グスタフ・ケンプ、コルネリアス・ルッツ、アウグスト・ザムエル・ワーレン、エルネスト・メックリンガー、ナイトハルト・ミュラー、ウルリッヒ・ケスラーと言った提督達が、フレーゲルに運命を託している。

 装甲擲弾兵総監自らが格下のフレーゲルに従っている。その為、帝都解放の地上戦で敵の矢面に立つ装甲擲弾兵に不満はなかった。

 フレーゲルは自身に軍事的才能がないことを理解しており、指揮を任せながら自らもリッテンハイム討伐に同行する心算だった。しかしオーベルシュタインが反対した。

「閣下」

 体に熱を帯びて高揚していたフレーゲルの意識に、冷静に現状を把握しているオーベルシュタインの言葉が水をかけた。

「閣下は我らの盟主であり、不用意に前線で戦死でもされては閣下の大義を信じて付き従う我らが路頭に迷う事になります」

 伯父の仇を討ちたいのは理解できるが、神輿は安全な要塞で待機して動くなと言う事だ。不承不承ながらもその意見が正しい事を認め、クルーゼンシュテルンをフレーゲルの代理指揮官としてオーディン解放の主力を預けられた。

 リッテンハイム軍は、虎の子の精兵がロイエンタールに拘束されている為に、フレーゲル軍主力の進行を阻止できる手駒がないと考えられた。

 ラインハルトの人物評価でクルーゼンシュテルンは凡庸だが、フレーゲルにとっては信頼できる将の一人だ。共に肩を並べて戦う時に求められるのは軍事的才能ばかりではない。人として信頼できる事だ。若手の提督を纏める上でも、クルーゼンンシュテルンの年齢と実績に期待されたのだった。

 クルーゼンシュテルンは期待に答え、オーディンに至るまでの航路に、縦深陣地の様に配置されたリッテンハイム侯爵の艦隊を正攻法で撃破して行った。

「鎧袖一触とはこの事ですな」

 快進撃に幕僚からそのような言葉が漏れた。

「油断するな」

 勝利に驕ること無くクルーゼンシュテルンは指揮官としての重圧に晒されていた。

 最後に、帝都を望む軌道上に立ち塞がった艦隊の指揮官はウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将であった。

 老練なメルカッツにとってはフレーゲル軍の動きは読めた。ロイエンタールに与えられた戦力は少なくないが、フェザーンに投入された戦力の半分にも満たない。ならば、リッテンハイム侯についたこちらの戦力を誘引し、その間に手薄となったオーディンを狙うと考えられた。

 敵艦隊の構成が情報端末に表示される。その中に見知った者の姿があった。

「敵の指揮官はクルーゼンシュテルンか」

「そのようです」

 クルーゼンシュテルンの旗艦を覚えていたシュナイダーが頷く。

 かつての部下達と刃を交わすとに当たって、メルカッツは挨拶をしておく事にした。

 

 

 

 12月28日、ヴァルハラ星系で対峙する両軍の間で、通信回線が開かれた。

「メルカッツ閣下が何故、リッテンハイム侯の側になどに付かれたのですか!」

 尊敬する恩師との対面に、クルーゼンシュテルンは質問を投げ掛ける。幕僚は興味深くその会話に聞き耳を立てている。

『家族が人質になっておってな。私としても不本意だが、全力で当たらせて貰う』

 メルカッツの傍らにはベルンハルト・フォン・シュナイダーも控えていた。ここが戦場でなければ、懐かしい再会と思った事だろう。だが、今は感傷に浸る時ではない。彼らと自分達は敵味方に別れた。

 消えた通信画面を、苦渋に満ちた表情で見ていたクルーゼンシュテルンは攻撃命令を出す。

「相手が誰であろうと退くわけにはいかん……」

 フレーゲルに付き従うと決めた以上、クルーゼンシュテルンに後退の選択はなかった。

 旗艦のスクリーンに各級指揮官が映し出されている。FTLで各艦が繋がれ簡単な打ち合わせが行われていた。

 それぞれの手元に送られた彼我の情報。それによると、メルカッツ艦隊は、オーディンの時点周期に合わせて帝都上空に位置する軌道上に展開していた。

「これでは帝都を人質に取られたような物ではないか!」

 例え、メルカッツ艦隊はを撃破しても残骸が地表に落着すれば甚大な損害を与える。チャモチャで目撃した光景が目に浮かぶようだ。

 この時代の艦艇は、特殊鋼が艦体の外殻を構成しており、その発達は水上艦艇と同じ様に装甲の厚みが競われた。エネルギー中和磁場の開発、それを突き抜ける実体弾の開発。それに対抗する為の装甲の開発と盾と矛の関係は続いた。

 一撃で沈める事ができれば問題ないが、中途半端に核融合炉に被害を与えたままオーディンに落着されれば、放射物質を拡散させる事になる。

 帝都に軌道上から侵攻する敵を迎撃するために構築された濃厚な防空網がこう言う時にこそ機能しなければならないが、その照準はフレーゲル軍の艦艇に向けられていた。

「奴ら。まさか、落下してくる残骸まで放置はしないだろうな……」

 幕僚の懸念ももっともだ。皇帝に万が一、被害が及ぶことを考えると中々、手出しができない。

『要は残骸を落とさなければ良いのだろう』

 オフレッサーが楽しそうに白兵戦で制圧する事を提案した。

『目指すのは、メルカッツの首一つだ』

 極上の美女を相手に一晩を過ごす様に、恍惚とした表情を浮かべながら告げた。

「しかしオフレッサー閣下……いえ、何でもありません」

 オフレッサーの視線をスクリーン越しに受けて、クルーゼンシュテルンは黙りこむ。

(本当に戦いが好きな方なんだな……)

 諦めの表情を浮かべるとクルーゼンシュテルンは、メルカッツの旗艦に兵を送り込む計画を考え始める。打ち合わせで優秀な参謀達が立てた計画は簡単だ。中和磁場を出力全開にした戦艦2隻を、事前に行うワルキューレと宙雷戦隊の突撃で混戦に持ち込んでいる間に旗艦へ接近させる。

 同時に強力な電波妨害、煙幕展張などで目眩ましをして、旗艦を挟み込むように舷側へ体当たりさせて固定しつつ、突入口を開けて一気に制圧する。旗艦さえ黙らせれば、後は烏合の衆。敵艦隊は崩壊すると考えられた。

「わしがメルカッツの首級をあげるから、しっかりと見ておけよ」

 オフレッサーは自信たっぷりに言い切った。

 

 

 

 メルカッツ艦隊の射程ギリギリでクルーゼンシュテルンは艦隊を出し入れしながら、若手貴族が暴発して出てくるのを待った。メルカッツにとって見え透いた挑発だが、麾下の貴族達には効果はある。

 フレーゲル軍の攻撃はメルカッツ艦隊の小艦艇から先に攻撃してくる。

(嫌な場所を探し当てて攻撃してくる)

 主力艦の装備する大出力ビームの集中射撃だと、大型の主力艦は別としても、小艦艇だと塵も残さず消滅させる事ができる。中和磁場による防御を重点的にするが、確実に戦力を削られていく。

「ワルキューレを出せ。敵の砲撃を撹乱する」

 メルカッツも受け身なだけでは、味方の士気が低下すると知っている。回避運動を行いながらも、攻撃隊を繰り出した。

「敵艦載艇の出撃を確認!」

(ようやく動いたか……)

 突撃を支援するため、混戦に持ち込まなくてはならない。

 メルカッツ艦隊の動きに合わせて、こちらも追加の戦力を投入する。

 高速で艦隊の防空圏に突っ込んでくるワルキューレに対して、CSPで上げられていたフレーゲル軍のワルキューレが迎撃に向かう。

「頃合いは良いな」

 ワルキューレの統括指揮を任されていたケンプは、宙雷戦隊を前進させるよう連絡を入れる。

 突撃にあたる宙雷戦隊は、友軍の通信妨害開始により通信管制ができない為、一撃離脱に徹させている。ワルキューレの空戦隊も格闘戦には持ち込ませない。

 駆逐艦が沈んだ哨戒線の穴を塞ぐ前に、傷口をえぐるようにワルキューレの支援で宙雷戦隊が殺到してきた。主力艦から濃厚な突撃支援射撃も行われている。

 推進機関に致命的な損害を与えて、操舵できないようになった艦艇が惑星の重力に引かれて落下していく。その様なことが起きないよう緻密な精密照準で支援射撃は行われていた。

(ううむ、さすがは帝国軍……)

 メルカッツは帝国軍に所属した者として、自軍の練度を遥かに凌ぐ帝国軍に喜びを覚えていた。

(貧弱な部分を探し当て、そこを重点的に攻めるのは戦術の基本だな)

 こうして砲火を交わすと敵の技量がよく理解できる。

 現状がこれ以上優しくなるとは考えられない。あとどれくらい持ちこたえられるだろうかが関心事だった。

『メルカッツ提督。このままでは奴らに良いようにされるだけです!』

 若手貴族が挑発に乗り激発しそうだった。

「卿らを動かすのが彼らの狙いだ。動くことは許されない」

『しかし……』

 なおも食い下がらず指揮官に不服従な態度を取る貴族に呆れた。軍制や軍令を理解できていない小僧だ。

(度し難い馬鹿者め。これだから敵に圧されるのだ)

 奥歯を噛み締めてメルカッツは怒りを抑える。

 強力な通信妨害も始まった。精密照準で、緻密な射撃計画に従って大出力のビームと無数のミサイルが束となって放たれる。

 宙雷戦隊は煙幕を展張しなが駈け回っている。有視界戦闘に追い込まれ、僚艦との接触事故が多発した。

「忌々しい奴らだ!」

 艦長が洩らした言葉にメルカッツも内心で同意する。

 ただでさえ通信妨害も行われており、回避運動は困難になっていた。

 戦艦とは強力な砲戦能力と、艦隊指揮できる設備つまり生存性の高さが売りだ。図体が大きい分、運動能力には制限があり、ワルキューレのような敏捷性は期待できない。

 敵の砲撃と艦載艇の攻撃に応対していると報告が入る。

「敵戦艦。本艦に突っ込んできます!」

 気付いた時には、回避不可能な距離に迫っていた。

 反航戦でも狙っているのかとも考えたが、あまりにも至近距離で相手の艦を攻撃した場合、自艦が損害を受ける可能性があった。

(混戦で視界も不良。だから至近距離まで迫ったのか)

 メルカッツもすべてを見通せるわけではない。偶然の産物だろうと、敵の戦艦が接近してきた現状を考えていた。

「衝撃に備えろ」

 艦長が艦内に指示を出して間も無く、衝撃が襲ってきた。

「敵が侵入してきました!」

「狙いは本艦の指揮機能か」

「敵を排除しろ!」

 艦長の指示で乗員が迎撃に向かう。しかしながら相手はオフレッサー上級大将が直接指揮する装甲擲弾兵の精兵。メルカッツの旗艦に選ばれた乗員達とは言え陸戦では素人だった。「精強たれ」を装甲擲弾兵総監要望事項として心身を鍛え技能を磨いてきた男達は、野に放たれた殺戮の野獣だった。通路は瞬く間に、流血で深紅に彩られていく。

「くそ! 装甲擲弾兵が相手だ何て無茶だ」

 ろくな装備もない敵の抵抗を簡単に排除しながら、オフレッサー達は通信室、CIC、艦橋と限定された制圧目標に向かう。

 

 

 

「通信室が制圧されました!」

 その報告にメルカッツは眉をひそめる。これで、負け戦が決まった事を確信した。

 旗艦の通信設備が制圧されると、メルカッツの指示が受けられない事から、統制が利かず艦隊は崩壊しだした。仕方ないのかもしれない。

 軍事史から見て浸透戦術が誕生したのも部隊が統制できたからだ。艦隊の統制ができなければ、古代の戦争のように方陣で戦うしかない。通信手段の回復を行おうにもフレーゲル軍の通信妨害は激しい。それで、よく相手も動けるものだとメルカッツは感心する。

 文字通りメルカッツ艦隊を蹂躙するフレーゲル軍。軌道上に位置していたメルカッツ艦隊を押し上げようと、下方からの攻撃が激しいものになっている。我慢せずに移動しろと言わんばかりだ。正面切っての正攻法での戦いでは練度と数が者を言う。

「敵艦隊は帝都上空から離れています」

 中性子ビームにより牽制の射撃を行っていたクルーゼンシュテルンは、行動の自由を得た。

「よし。全艦突撃! 奴らを蹴散らしてやれ」

 今度は遠慮はせず、大出力のビームや実体弾が放たれる。

兵の質も数も劣っていた為、負けるのは必然だった。

 敗北が決まった瞬間、歯抜けの櫛のように戦列から逃亡する艦艇が次々と現れた。

『負け戦に付き合う義理はない!』

 その台詞にシュナイダーは顔を歪める。敬愛する上官は達観したのか制止しようとしない。

「かくも醜悪な姿を見せられようとは!」

 艦橋に通じる隔壁の外では乗員達がまだ抵抗を続けている。

「シュナイダー少佐。貴官も早く退艦することだ」

「いえ。閣下に最後までお供させて戴きたいと思います」

 メルカッツは呼吸音だけで笑うとクルーゼンシュテルンに通信を開くよう命じた。

 

 

 

「敵旗艦より入電」

「繋いでくれ」

 スクリーンにメルカッツが姿を現す。シュナイダー少佐に支えられたメルカッツは、どこか負傷したと外観からは分からないが苦悶に耐え脂汗を浮かべていた。

「メルカッツ提督。降伏して頂けませんか?」

『それはできない』

 予想していた答えだが、失望を感じていた。

『だが私以外の者は命じられ従っただけで責任は無い。彼らの事を頼む……』

 続く言葉で納得する。部下の投降に関しては認めるということだ。

 皇帝に叛旗を翻した大逆罪は極刑を免れず、良くて終身刑だ。この戦いの勝敗が見えた以上、彼らの未来が明るいはずもなかった。

「できる限りの尽力をお約束します」

 スクリーンに映るメルカッツの表情が和らいだ。

 

 

 

 クルーゼンシュテルンとの通信を終えたメルカッツの耳に爆発の轟音が聴こえた。

 艦橋に通じる隔壁を破壊して、粉塵と共に装甲服を見にまとった兵士たちが雪崩れ込んで来る。見慣れた装甲擲弾兵だ。

「くそ!」

 咳き込みながらもブラスターを取り出して抵抗しようとした部下がすぐに組伏せられた。

「武器を捨てろ!」

 抵抗しても無駄な事はすぐに理解した。

 先頭に立つ巨漢の敵兵を視界に納めて、メルカッツは瞳を細める。

(なるほど、これでは勝ち目が無いな)

「久しいなメルカッツ」

 宇宙艦隊と装甲擲弾兵。所属は違うがかつて同じ戦場で指揮を執った身。面識はある。

「お久しぶりです。オフレッサー上級大将」

 オフレッサーが人の悪い笑顔を浮かべながら尋ねる。

「訊くだけ訊いてみるが、降伏しないか?」

 その言葉に、メルカッツは屹然と答える。

「銀河帝国軍の上級大将は降伏などしない」

 メルカッツは以前、自由惑星同盟に投降した帝国軍の提督を痛烈に罵倒していた事がある。「帝国軍の将帥官は叛徒への投降よりも、名誉ある自決を選ぶべきだ」と言っていた。若かりし時の言葉とは言え、自らその言葉を違える気はなかった。むしろ、クルーゼンシュテルンの言葉を断った時に死を覚悟していた。

 オフレッサーは自分の甘さに呼吸音だけで笑った。古い武人であるメルカッツの答えは分かっていた。だが、訊かずにはおれなかった。

「ならば死ね」

 聞く者によっては冷酷に思えるその言葉も、武人の名誉を守ってやろうというオフレッサーの想いだった。

 それが敗者の責任の取り方とメルカッツはオフレッサーの言葉に頷く。瞳には感謝の思いがこもっていた。

 オフレッサーは瞬きする間も与えず、戦斧を一閃させメルカッツの首を跳ね飛ばす。痛みを与えず一撃で切り落としたのが、せめてもの温情だった。

「メルカッツ提督!」

 シュナイダーの叫び声が艦橋に響く中、メルカッツの戦死が信号弾で報告されると通信妨害が解除され、降伏勧告が残存艦艇に行われた。

 

 

 

 偵察衛星によると、皇帝の居城の上空には雨雲が立ちこめており、直接、降下を行うには不向きな天候だと言う。その報告に天候回復を待つべきだと慎重論が出た。降下作戦の責任者であるオフレッサーはその意見を言った参謀の襟首をつまみ上げて一括した。

「馬鹿者。皇帝陛下の下に馳せ参じるのは臣下の務め! 悪天候ごときで臆してどうする!」

 装甲擲弾兵に臆病者はいない。その言葉で決定した。

 かくして、帝都解放の主隊である降下部隊は、クルーゼンシュテルン中将の援護下で降下開始した。

 勇将の下に弱兵はいない。士気を高める部下達に満足感を覚えると共に、オフレッサー上級大将は皇帝の居城へ一番乗りをした者は、二階級を特別昇進させてやると鼓舞していた。

 敵も皇帝を奪われては、元から無い大義名分が暴かれ、簒奪者は誰かと白日の元に晒されてしまう。兵の士気が瓦解するのは早い。遅かれ早かれ、フレーゲル軍が降りてくる事は明白だ。味方艦隊の敗北すら計算に入れて戦力を集結させていた。この事実を偵察によって知ったフレーゲル軍の指揮官達は激しい抵抗を予想した。

 

 

 

 オフレッサー達がオーディンに到達したことでロイエンタールは、敵艦隊の誘出と拘束と言う任務を半分以上果たしたと言える。

(後は、ミッターマイヤーが上手く片をつけるかだな)

 リッテンハイム侯側に集まった兵力は艦艇5万隻。そのうちの14,500隻をミッターマイヤーは与えられていた。相対するロイエンタールは艦艇16,000隻。

 最強同士の戦いは、時にして弱者がぶつかり合うよりも凄惨な損害を出すと言う。両軍は睨み合いを続け緊張が頂点に達するまで時間はかからなかった。

 自軍の司令官が、自分達の頭越しで敵の司令官と通じているとは思いもしない。ファーレンハイトは全力でぶつかった。

「今こそ、恥辱を晴らす時だ」

 ファーレンハイトは、指揮権を奪われ拘束された事を忘れていない。だが、直接手を下せる復讐の機会が訪れるとは思っていなかった。その心は歓喜に満ちていた。

(大神オーディンよ。この機会を与えてくれた事に感謝します!)

 そしてミッターマイヤー艦隊もまた、殺気をたぎらせてまっしぐらにファーレンハイト艦隊に襲いかかってきた。これで出来試合などと信じる者はいない。

「敵艦隊は前衛と交戦に入りました」

 疾風ウォルフの名に違わず、凄まじい勢いでファーレンハイト艦隊の戦列を削り取って行く。ファーレンハイト艦隊の戦闘損耗率が急角度の曲線を描いていく中で、幕僚の中から声が上がった。

「少々、損害の多さが気になります」

「ファーレンハイトを囮に敵を引き付けて、これを捕捉撃滅する」

 ロイエンタールは救援を差し向けようという幕僚の進言に対して、その様に答えた。

(ミッターマイヤーとの約束もあるしな……)

 

 

 

 皇帝の居城”新無憂宮”は武骨な武装した集団によって制圧下にあった。リッテンハイム侯の私兵だ。皇帝はベーネミュンデ侯爵夫人の館で軟禁状態にあった。

「返事を聞かせて戴きましょうか、陛下」

 館に訪れたリッテンハイム侯は、身綺麗な正装をしているが皇帝に敬意を表しているわけではない。その事は、楽しみで仕方ないと浮かべられた表情が物語っている。

「皇帝の地位がそれほどに欲しければ、余を殺せば良い」

「私としては、皆の前で正式に禅譲して戴きたかったのですが……致し方ありませんな」

 リッテンハイムは、やれやれと大袈裟な身振りをしてため息を吐いた。皇帝の返事に失望したわけではない。文字通り、本当の意味での簒奪者になる。それもまたよ良しと言う気分だった。

「陛下の処刑を指示するのは真に心苦しい事ですが、仕方ありません。処刑は明日の正午、場所はここで。最後の晩餐をお楽しみ下さい」

 雨が止んで天気が快復していると良いのですけど、と告げるてリッテンハイム侯爵は去って行こうとした。

「この裏切り者!」

 シュザンナの罵倒の声をリッテンハイム侯爵は笑って聞き流す余裕があった。

「ああ。ベーネミュンデ侯爵夫人、安心してください。貴女も直ぐに後を追わせて差し上げますよ」

 リッテンハイムに掴みかかろうとしたシュザンナを抱き止めながらも、皇帝は最期の時を本当に自分を愛してくれている者と共に過ごせることに暗い喜びを感じた。

 

 

 

 軍隊は包囲が大好きだ。今回もファーレンハイトは、自分達を囮にロイエンタール艦隊主力がミッターマイヤー艦隊を包囲するであろうと考察していた。その意図をミッターマイヤーに読まれないよう、自分達は激しく攻撃を敢行すべきだと判断した。

(ミッターマイヤー提督は攻撃にこそ優れているが防御は脆い)

 フェザーン進攻作戦での経験からそのように感じていた。

 何度もファーレンハイト艦隊にぶつかって来るが、強引な攻め方では長続きはしない。幾度目かの攻撃が破砕された時、ミッターマイヤー艦隊が戦列にだらしなく口を開けていた。

(こちらを誘っているのか)

 巧妙に偽装されているが、そこに食い付けば締め付けられて、こちらの小指がもぎ取られる。そう言った罠だと判断した。 しかし、考える。

(虎穴に入らずんば虎児を得ず。あえて、死中に活を見出だすという手もあるか)

 ロイエンタール艦隊主力が動かないと言うことは、自分達が満足な成果をあげていないと考えられた。

 ファーレンハイトはミッターマイヤーの用意した罠に食いかかる選択を選んだ。

 ミッターマイヤー自信、自分が狂っているのか正常なのかはわからない。両親の死体の横で泣き叫ぶエヴァンゼリンを犯した後、絞殺した。エヴァンゼリンは二度とルパートに逢う事も無い。

(今はルパートを殺すだけだ)

 自嘲気味に笑うミッターマイヤーを見て、リッテンハイム侯からお目付け役として付いてきた若手貴族は背筋を寒くさせた。

 事情を知らずにここまで付いてきた一般将兵は不幸だった。自分達の知らない所で生殺与奪の権利が握られているのだから。ミッターマイヤーは確実にルパートを殺せる機会を作るため、損害を躊躇しない。

(リッテンハイム侯に味方した事を父や母が知ったら軽蔑するだろうか)

 従弟を殺したことが家族に発覚すれば、どう非難を受けるのかわからない。

(上手く混戦状況を作らねば……)

 ロイエンタールとは戦いの落とし所について話はついている。

「さすがは疾風ウォルフ。楽しませてくれるな」

 巣穴に突っ込んだファーレンハイト艦隊に艦載艇が襲いかかってくる。予想通り待ち伏せの展開だが、耐えれない程でもない。

 

 

 駆逐艦「ミステル」は輪形陣の一角を構成して来襲するワルキューレを迎撃していた。敵味方識別装置が役に立たない為、第二次世界大戦のような目視で確認する。

(母さん達、無事だと良いな。兄さんも何を考えて叛乱なんかに加わったんだ?)

 僕はスクリーンを注視しながら防空の指揮を取っていた。

 味方を誤射する可能性もあるが仕方無い。それは敵も同じ条件だ。こちらに攻撃姿勢をとって急接近してくれば敵だという判断だ。

 照準の追尾は自動で行われるが、敵味方識別が問題点だった。そこで各艦艇は目視の見張り員をレーダー見張り員とは別に配置する事で対応した。

「落ちろ蚊トンボ!」

 うるさく付きまとうワルキューレを火線が捉え撃墜した。

 ほっとしたら、激しい衝撃を感じた。

「ミステル」の艦体を「ベイオ・ウルフ」から放たれた青い矢が貫く。

「艦尾被弾!」

 スクリーンを見ると、こちらに向け砲撃して来る艦影が在った。

 戦艦「ベイオ・ウルフ」。兄さんの旗艦だ。

「流石は兄さん、やるな」

 この混戦に紛れて兄さんは、大胆にも旗艦を含む司令部付隊を前進させて来た。その敢闘精神に僕は敬意と驚きを覚える。

(司令部を最前線に投入するなんて常識外れだ。戦国時代の武将では無いのだから、陣頭指揮なんて今時、流行らない。だが本当の英雄は違う)

 駆逐艦と戦艦では「ミステル」の完敗だと一瞬で答えが導き出せる。

(だけど、兄さん。前に出すぎると弾に当たりやすいし目立つよ)

 負け惜しみではないが、その様に思った。

 艦内を火炎が隔壁を吹き飛ばし駆け抜けて来る。

 僕の視界を眩しい光が覆った。

(あっ……)

 反応炉が爆発し「ミステル」も光球に包まれる。

 

 

 

 スクリーンで「ミステル」の沈む様子を確認したミッターマイヤーは、漏れそうになる歓声を圧し殺す事に苦労した。

(やった。遂にやったぞ! 遂にあの忌々しい従弟、ルパートを始末した)

「さらばルパート、君との楽しかった思い出を俺は忘れない。いつまでも、いつまでも

……」

 そこまで言って耐えきれなくなったミッターマイヤーの哄笑が「ベオウルフ」の艦橋に響く。

 その瞬間、「ベオウルフ」もファーレンハイト艦隊の一隻が放った砲火に捉えられ撃沈される。

 ルパートに数秒遅れてミッターマイヤーもヴァルハラに召された。最期の瞬間、その心は勝利によって満足感に満たされており、自分に迫った死に気が付かず幸せであったと言える。

 ミッターマイヤー艦隊は司令部が壊滅。その動きは繊細さを欠ける物となった。

 ロイエンタールは突然、指揮系統が乱れたのを感じ取った。

(急に手応えが無くなったぞ)

 不振に思ったロイエンタールは、「ベイオウルフ」の位置を確認するよう命じたが、反応無しの返事が返ってくるだけだった。

 密約による投降の機会を逃したロイエンタールは、統率を失ったミッターマイヤー艦隊を圧迫し包囲を完成させてしまう。

「くそ。ミッターマイヤーの馬鹿野郎」

 ミッターマイヤーの統率だから諸侯の寄せ集め艦隊とは言え戦えたのだ。指揮官先頭の陣頭指揮による弊害が如実に現れた。

「敵を殲滅する。遠慮は無用だ!」

 やる気になったロイエンタールの攻撃命令が下り、戦闘は思惑を外れて混迷を深めて行く。

 

 

 

 メルカッツ艦隊の敗走により、皇帝処刑を一日前にしてフレーゲル軍が降下してきた。対する銀河一濃密な帝都防衛軍の防空部隊は、家族を脅かされるという脅迫で協力を余儀なくされた指揮官たちによって運用されていた。早期警戒衛星は、艦隊からの攻撃で破壊されていた為、目は潰されていたといえる。

 日付が変わった深夜、第37戦術戦闘航空団の対地兵装をしたワルキューレ30機が、防空司令部ろ帝都防衛軍司令部に「くたばれリッテンハイム」と書かれたレーザー誘導爆弾を投下した。リッテンハイムに同調していた事が判明したからだ。攻撃隊には帝都を攻撃するため、針の穴に糸を通すような精密爆撃が要求された。

 続いて餌食となったのは発電所で、軌道上の艦隊から巡航ミサイルが放たれ破壊された。

 その後、電子戦支援機を先頭にして、対地爆装したワルキューレが700機。数十個の編隊に分かれて、敵防空網制圧を開始した。この攻撃には、欺瞞として囮用の無人機が大量に投入され、敵の防空火器を引きつける成果をあげた。

 地上では帝都を大きく迂回して降下した装甲擲弾兵が、敵の虚を突いて”新無憂宮”に躍りこんだ。華麗な庭園を誇った皇帝の居城が、皇軍相撃する戦場となるのに時間はかからなかった。

 オフレッサーは敵を排除するに当たって遠慮をするつもりはなかった。

「全火器の使用を許可する」

 速度こそ全てと、小銃程度の抵抗でも無反動砲や擲弾筒発射器、手榴弾を使って排除していった。バラの香りは血と硝煙によって打ち消されている。

「閣下と闘える機会を楽しみにしておりました」

「ふん」

 オフレッサーの前に相対したのは、リューネブルク。リッテンハイム侯の切り札だった。

「一度裏切った者は二度目も簡単に裏切るか……」

 オフレッサーの言葉に、リューネブルクは僅かに眉を寄せる。同盟からの亡命、それと今回の叛乱参加の件を言っているのだ。

 本心を言えば、義兄に家族の安全を脅かされていた。あの場で協力を拒めば、自分達の命は危うかっただろう。今でも、今回の蜂起に当たり家族に危険が及ばないようにと言う名目で護衛が家に張り付いているが、監視目的の人質に間違いなかった。

(人の気も知らないくせに簡単に言ってくれる)

 リューネブルクは、絶対的正義を信じて闘えるオフレッサーに、自分の立場と違う事で羨望と怒りを感じた。

「ほざくな! 勝てば官軍よ」

 リューネブルクは憎悪の色を瞳に浮かべながら戦斧を振るってきた。

「猪武者では勝てんぞ」

 オフレッサーはリューネブルクの機動を装甲服の表面で滑らせるように回避し、足払いを仕掛ける。

「ちっ!」

 地面に打ち付けられたリューネブルクは舌打ちをしながらも、体を回転させ距離を取ろうとする。時間にして数秒の判断だ。先程まで、リューネブルクの倒されていた地面にオフレッサーの戦斧が叩きつけられて、芝生を飛び散らせる。

 姿勢を立て直したリューネブルクに対してオフレッサーは冷笑を浮かべている。

「かかってこい小僧。お前の力を見せてみろ」

 オフレッサーの挑発にリューネブルクは乗ることにした。戦況を逆転するには敵の指揮官を倒すしかない。この戦場に限れば相手はオフレッサーだ。

 何度目かの打ち合いの後、決着の瞬間が来た。

 リューネブルクは息が上がってきたが、オフレッサーに変わりは見えない。

(化物め!)

 オフレッサーの年齢を考えるなら、その体力は驚異的に思えた。

 渾身の一撃がオフレッサーの頭部を捉えた。ヘルメットが割れ、オフレッサーの額に刃が食い込む。

「くっ」

 その瞬間、リューネブルクは自分の勝利を確信した。

 しかし、鋭い痛みを首元に感じた。視線の先に伸びたオフレッサーの腕が見える。

(その先は……)

 リューネブルクの意識が暗転する。

 オフレッサーも銃剣でリューネブルクの首元を突いていた。ごぽごぽと血の泡を噴きながら倒れてくるリューネブルクを遠慮なく払い除ける。

「得物が一つと思わぬ事だ」

 そう言うオフレッサーも実は出血で体力を消費していた。芝生に膝を着き息を吐く。

「オフレッサー閣下!」

 副官が駆け寄ってくる。大丈夫だと片手を上げて反応するオフレッサー。

 オフレッサーがリューネブルクと闘っている間に、館に向かった部下は皇帝の救出に成功した。護衛に囲まれた皇帝の姿がオフレッサーの視界に写った。

 

 

 

 帝国歴487年12月31日。フレーゲル軍は多数の損害を出しながらもリッテンハイム軍を撃滅。翌年にはオーディン周辺の敵軍を一掃し帝都を奪還した。

 皇帝の勅令が下りリッテンハイムは賊軍とされた。形勢不利と見た諸侯は次々と投降していき、リッテンハイム侯は逃亡中に部下に殺害され、帝国内戦は首謀者の死亡を以て終結する。

 

 ルパート・ケッセルリンク。最終階級大尉、駆逐艦「ミステル」艦長。死後中佐に昇任。

 

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銀英伝に転生してみた 35~36話(2-1を選択)

35.2-1

 

 僕は佃煮海苔でご飯を食べていた。

 暖かい米は冷めてるより断然、美味い。だけど他には何もない。

(おかずが欲しい)

 と言ってもゆっくりと食事を楽しんでる訳ではない。

 フェザーン回廊同盟側出口で同盟軍と遭遇した駆逐艦「ミステル」は僚艦が沈んだ後、逃げた。

 当然と言ったら当然だね。艦隊相手に駆逐艦1巣隻で戦うなんて無謀だから、無駄死にはしたくない。

 戦闘配置は解除されてないので、指揮を取りながらの食事だ。ゆっくりと味わう余裕何てない。

 ファーレンハイト艦隊と合流のため帰路を急ぐ中、今度は不審船と遭遇した。

「艦長、どうしますか?」

「ああ、お代わりを頼む」

 茶碗を差し出した。

「それとあいつの処置だな」

 沈めるか、無視するか、拿捕するか。

「また余計な手間が……面倒臭いな」

 敵国船拿捕許可状など現代では必要ない。今は戦時で、そもそもフェザーンは帝国領だから。

「捕まえよう」

 即断で臨検すべく拿捕した。ダンボーと呼ばれるエアコンスーツにショックガンやショックスティックで武装した部下が艦内に突入していった。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「何の事ですか?」

 不思議そうな表情を浮かべて先任は訊いてきた。

「古い地球の格言だよ」

 制圧にかかった時間は18分。

(装甲擲弾兵に比べたらまだまだだな)

 拿捕した高速艇から「ミステル」に乗員を連行して来る。

(こちらの姿を確認するなり逃走しだしたのはやましいことがあるからだ)

 インドシナでは疑わしい者はすべて殺害した。脅威になる前に排除するのは基本だ。

 連行される捕虜の顔をスクリーン越しに確認する。

(あれ……)

 記憶を刺激する。どこかで見た顔だと思った。

 

 

 軍には食べる為に入ったと言う者も少なくはない。

 食事は軍隊生活で、兵士にとっては唯一無二の娯楽と言える。特に非日常な戦場では尚更と言える。

 帝国軍ロイエンタール艦隊に所属する補給隊は、兵站が寸断される事を前提条件にした構成で艦隊を独自で支えられるだけの消耗品を搭載していた。食わせねば士気が落ちるからだ。

 悩ますのは同盟軍の襲撃だ。雲蚊の如く襲いかかる同盟軍の単座艦載艇は、将兵に負担を強いる。

 あの手この手と、あらゆる手を使ってくる敵の攻撃。例えば、途中の小惑星群に無人砲台が設置されていた。

 民間商船に大出力のレールガンを搭載した特設砲艦、ミサイルを搭載したミサイル艦、攻撃衛星。これらが遺棄されたように偽装されていた。飽きることなく繰り広げられる日常だ。

「随伴する支援艦艇に損害が出ております」

 ファーレンハイトの元に、後続する友軍の損害がまとめられた戦闘報告が届けられる。積み重なると無視できる数ではない。

「断固として我々を粉砕する意思か。敵も必死だな」

 ファーレンハイトは前衛の進撃速度を落とすべきかと問い合わせたが、ロイエンタールは気にせず進めと言う。

「俺達は使い捨ての道具扱いか!」

 先頭のファーレンハイト艦隊は割りを食うが、命じられるまま前進するだけだった。

 ウランフとボロディンによる後方遮断が侵攻した帝国軍に効果を出さなかったのもこのためだ。

「人は食って寝て排泄する生活が基本だ。戦闘中であろうと変わらん」

 ビュコックは兵站に被害を与える遊撃戦を展開し、少しでも時間を稼ごうとした。

 フェザーンと同盟に欠けているのは国家を守る覚悟だ。

 今この瞬間でもフェザーンの長老会議では帝国と和議を結ぼうと言うもの者がいた。

 同盟でも「サンフォード議長を我々は認めない。我々は平和実現の為に戦うぞ!」「ルビンスキー、感じ悪いよね」「I am not FPA」「議員は病院に行って辞めた方が良い」等と地区反戦運動が各地で行われていた。

 最高評議会はサンフォード議長一派が牛耳っており批難決議を採択される事はないが、極左集団がテロ・ゲリラ化するのは時間の問題であり同盟も内ゲバに揺れていた。

 覚悟のない平和主義など存在しない。将兵の血の代償が彼らの平和だと言うにも関わらずだ。戦死したウランフも「侵略を讚美する貴族制イデオロギーの打倒」と言う覚悟を以て大量殺人を行った。もっとも末端の兵士にしてみれば命令されたから戦うと言うのが殆どだった。

 

 

 

 不審船拿捕から数日後、残りの航路は穏やかに過ぎて僕はファーレンハイト艦隊に復帰した。

 駆逐艦「ミステル」の隣を見慣れない大型艦が並走している。特務艦「オンセンマーク」だ。この船の積み荷は非戦闘員殺害、情報漏洩、詐欺タグ、窃盗、横領、盗作、脱税などの犯罪者と捕虜で、いわゆる囚人護送船だ。

「ミステル」から「オンセンマーク」に捕虜が引き渡される。

「くそったれの恥さらしが」

 僕の罵声に顔を背けるのはディエッター・フォン・ゲルハルト男爵。僕が尋問した時は「帝国打倒を打倒する」等と意味不明な事を喋っていた。帝国打倒は叛徒の謳い文句だ。それを打倒するのは僕ら帝国側だ。文章として意味がわからない。

「このままでは戦争突撃する。帝国主義は粉砕せねばならんのだ!」

「戦争突撃って何だ、この野郎! 戦争突入だろ。戦争を止めたいのに粉砕するとか、反デューリング論の積もりか? 喋れば馬鹿が知れるぞ国賊」

 ゲルハルト男爵は内務省警察局の上級捜査官で、サイオキシン麻薬の流通経路摘発で面識があった。

 犯罪者とはいえ仮にも帝国貴族の端くれ。背後関係を吐かせるため、警戒が厳重な囚人護送船が選ばれた。

「まったく取締りに当たる人間が敵と通じているとはな……」

 ゲルハルトはフェザーンが帝国領内に残した残地諜者の一種で、軍の動員計画や物資の流れなどの資料を所持していた。

(とんでもない物を残してくれたな)

 特に眉をひそめたのはリッテンハイム侯の叛乱計画に関する資料だ。ゲルハルトの調査による物なので正確な情報は少ないが警鐘を鳴らすには十分な代物だった。

 

 

 

 国務尚書リヒテンラーデ侯爵クラウスの館は、帝都オーディンの高級住宅が建ち並ぶ一等地に位置する。

 朝は納豆御飯に味噌汁をぶっかけて掻き込むのが侯爵家の伝統である。

「行ってくる」

 玄関で見送りに来た孫が振る手に答えながら、リヒテンラーデ侯は迎えの地上車に乗ろうと歩き出した。

「おはようございます」

「おはよう」

 運転手に答えながら乗り込む。

 要人の送迎は有人で行われるのが通常だ。無人車では臨機応変な対応が行えないとの判断からだ。

 リヒテンラーデ侯と言えば皇帝の側近。居城に詰めているものだと思われているが、国務尚書として国務省での業務も存在する。

 情報端末で予定を確認する。

(午後から内務省と会談だったな)

 議事の内容は国内に於けるフェザーンの協力者取り締まりに関する件だ。

 リヒテンラーデ侯は口元に冷笑を浮かべる。

(誰が内通者か分からない現状で、会議の列席者が安全だと誰が証明するのだ)

 それは、ほかの者から見てもリヒテンラーデ侯が敵なのか味方なのか分からないと言う事だ。内通者が居るというだけで、疑心暗鬼から不和を生む。問題はそれだけではない。リッテンハイム侯爵の叛乱計画。観閲式は目前に迫っている。

(厄介ごとばかりだ)

 薔薇の庭園を誇る皇帝の居城“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)。その広大な敷地内の一角に位置するベーネミュンデ侯爵夫人の館に皇帝が来訪していた。

 館の周囲を近衛兵が実戦的な配置で固めている。薔薇の騎士連隊による帝国領内での破壊活動以来、警備は儀仗兵になど任せておけんと強化され不粋だと咎める者は居ない。

 寵姫の元に皇帝が訪れるのは珍しい事ではない。人目を憚る密談を行うには最適な偽装でもある。

「内通者がおるのか」

「御意」

 皇帝は内務省官房長から説明を受けていた。

 ゲルハルトの逮捕と同時に、帝都オーディンのフェザーン高等弁務官事務所を捜査した所、入手した内部資料からフェザーンの指示で意図的なサボタージュや情報漏洩に関与していたことが追加で判明した。

「横流し目的の爆発物、銃器、劇毒物も押収しました」

 財務尚書を務めたカストロプ公オイゲンやクロプシュトック候ウィルヘルムが協力者だったことも立証された。本人が自覚なく機密情報を漏洩していたのではなく、自発的に協力していた。帝国を支える貴族の誇りは汚された。

 軍や内務省内部にもフェザーンへの協力者が相当数いた。ある部署では、歴代の責任者が全員関与していた。その事実に部下だった者達は驚愕した。

 先立って国内の不満分子を一掃していたが、愛国者のふりをして紛れ込んでいた為、今回の捜査に時間がかかった。

 誰が敵で味方かわからない。殺人や放火事件、爆弾テロで捜査を攪乱し犯人の逮捕は困難を極めた。

 結果として国内でフェザーンの息がかかった者を一斉摘発したが、まだ尻尾を見せていない者も居ると考えられた。なお逮捕された貴族から没収された資産は、国庫に収められかなりの額に昇ったと言う。

 皇帝は裏切りに慣れていた。誰が敵と通じていようが今更驚きはしない。

「鉄槌を下せ。社会的害毒に発展しない様に対処せよ。リヒテンラーデ侯に任せる」

 皇帝は手を振る。

「はい陛下」

 一礼して内務省官房長は下がる。

 皇帝に危害が加えられる事を心配して、傍らに控えていたベーネミュンデ侯爵婦人は物憂げな表情を浮かべている。

 振り返った皇帝は安心させるよう優しく手を握った。

「喉が乾いたな」

「そうですね。丁度良い時間ですしお茶になさいますか?」

 皇帝は寵姫の入れた物を好む。

 お茶に合う和菓子用意されていた。

「今日は納豆入りどら焼きですわ」

「でかした!」

 皇帝も貴族も放蕩三昧の生活で味覚を壊し、納豆をこよなく愛していた。この為、同盟では貴族の食材と納豆が忌避されている。

 ラー油をかけて納豆入りどら焼き食べる皇帝に、シュザンナも微笑み返す。

 

 

 

 奇跡は早々に起こりなどしない。だから奇跡と言われるのだ。

 悪い意味で期待は裏切られた。

 フェザーン統治の主府が置かれる第2惑惑星の軌道に帝国軍が到達したのである。

 同盟軍巡航艦「オクレール」は単艦で哨戒に当たっていた。僚艦は離れた哨戒区域を担当している。

「ん」

 レーダー見張員が帝国軍を発見した。

「12.5光秒先に敵艦隊発見」

「司令部に報告を!」

 現在位置、方位、距離の報告を終わった瞬間に「オクレール」は帝国軍の集中砲火を浴びて撃沈された。反革命の帝国軍を粉砕すると言う意地さえ見せられなかった。

 オスカー・フォン・ロイエンタールの朝はシャワーで始まる。熱い湯で寝汗を流し、下着を身につけると気が引き締まる。いつどこで果てるかもしれない武人の心得として下着は清潔でないといけない。

「む」

 その日はいつもと違い、真新しいはずのトランクスのゴムが切れた。

 不快感を感じながら替えを取る。

 従卒に着替えまで任せる者もいるが、ロイエンタールはそこまでは求めない。

『提督、先程、哨戒中の敵巡航艦を撃沈しましたが、此方の接近を通報されたらしく敵艦隊が現れました』

「叛徒の連中を叩き潰すには絶好の好機だな」

 ロイエンタールは会敵の報告を受けると私室を飛び出した。

 スクリーンに拡大表示される光点は数を増やしていく。

 艦橋に詰める者は喉頭を上下させ、緊張した空気が満ちてくる。今まで散々、遊撃戦に悩まされた帝国軍は敵艦隊を眼前に捕捉した。反革命戦争に突入した帝国軍を迎え撃つビュコックの第5艦隊である。

「遂に出てきたな」

 ロイエンタールは、ようやく敵が雌雄を決する気になったと満足気な口調で呟いた。

 他に選択がなかったとも言える。一度失った物は取り戻せない。ここが彼らにとっての最終防衛線だ。

 相対する敵は数だけ見れば1万隻近い。第5艦隊の全力出撃と判断できた。

 この敵を打ち破ればフェザーンは丸裸だった。

 両軍の艦艇が攻撃位置についた。同盟軍には後がない。フェザーン防衛の抵抗は激しいだろうが、ロイエンタールは勝利を確信している。

「各艦射撃準備完了です」

「撃ち方始め」

 試射はしない。いきなりの効力射で、エネルギービームと砲弾が蒼い尾を引き集束して濁流となり放たれる。

 第5艦隊の前衛。それは革命の起爆剤としての勢いが求められる任務だ。

 前哨を構成する駆逐艦「バーチュオンシティー」は僚艦の駆逐艦「アナトミー2」「ゴシカ」と、フェザーン警備軍から派遣された特設砲艦「ネクロノミカン」、護衛駆逐艦や哨戒フリゲートに相当する警備艦「エル・タロット」「ウィル・スミス」で小規模の戦隊を構成していた。

「敵艦発砲!」

「馬鹿め。この距離でまともに当たる物か」

 そう言った直後に集束したエネルギーを喰らい「バーチュオンシティー」を旗艦とした戦隊は消滅した。

 帝国軍にとっては精密な照準でお上品に狙い撃ちする必要などない。艦砲射撃で戦勢を制せれば良かった。経験学習によって弾幕攻撃が物を言う。

 第5艦隊の他にフェザーンの警備艦隊や民間軍事会社の艦艇もかき集められていた。最終決戦と言える。

(パエッタの到着まで後少し。だがその少しが長くなりそうだ)

 ビュコックは気持ちを切り替えて攻撃の指示を出す。

「各艦に発令。攻撃開始」

 ファーレンハイト艦隊に対して同盟軍は、数少ない戦艦の火力支援で巡航艦が魚雷を放ちながら突っ込ませてくる。その意図する所は、一点突破による全面展開だった。

 もちろん素直に敵の攻撃を許すわけがない。

 突撃破砕線に入った同盟軍は交差するエネルギーと実体弾の網に捕らえられる。

 爆発する同盟軍艦艇の数も多いが、先ほど沈む前に放った魚雷が弾着の時間になる。

 帝国軍が綺麗に並んだ光点。その光を覆い隠す様に爆発の閃光が広がった。

「行けるか!」

 帝国軍で発生した爆発の閃光を見て、同盟軍は穴をこじ開けようと殺到する。両軍の艦載艇が会敵し戦闘が始まった。

「単座艦載戦闘艇が戦艦を沈めた事例ならある。数さえ揃えば、戦果をあげることはできる」

 そのように理解されている。しかし、航空優勢の時代のように単座艦載戦闘艇が艦隊戦の主役になる事は無い。

 帰る母艦が沈められれば、まともな運用ができないため継戦能力も低い。

「艦隊戦の主役は戦艦だ」それが両軍の見解だった。

 単座式艦載艇の運用方法は艦隊戦に投入される事もあるが、あくまでも補助的な戦果しか期待されていない。

 駆逐艦「ミステル」も先頭集団を構成する宙雷戦隊に位置していた。

「主力艦は極一部、駆逐艦も数える程で、砲艦とミサイル艇が殆どですね」

「うーわ、本当に寄せ集めだな」

 先任の言葉に苦笑しか浮かばない。貧乏は惨めだ。

「ミステル」の射界に敵の単座戦闘艇が入って来た。僕らにとっては的でしかない。

「目標、敵単座戦闘艇。撃ち方始め!」

 限りなく無人化された砲塔は無人偵察機と同様で、操作は担当員に一元化されている。航行させるだけならば駆逐艦は10人も要らない。

(ハイテクの力は凄いな)

 撃つ的に困らない。休む暇も無いのは困った事だ。

 V字体型で襲いかかる単座戦闘艇の中隊。

 劣化ウラン弾が装甲をかすめ火花を散らす。

 

 

 

 同盟軍の単座戦闘艇は航宙戦隊で統一運用される。

 巡航艦「マルクス・レーニン」の中隊長を務めるコリン・ウィルソン中尉は、暇な余暇さえあれば神秘主義を探求していた。

 神と言うのは存在するのか。人の死後はどこにいくのか。しかし実際に自分が神の御許に行く事は、まだ遠慮したい心境だ。

 フェザーンを救うと言う革命的闘争に身を投じた同盟軍は、ウィルソンの目の前でまた一つの命が失われた。

「マーカス!」

 拳を握りしめる。士官学校以来の同期が落とされた。

 感傷に耽る暇など無い。すぐに意識を切り換える。帝国軍の防空網は濃密だ。自分たちが特設砲艦や警備艇まで掻き集めているのに対して、正規の艦艇で豪華な編成をしている。そのまま同盟と帝国の物量差を感じた。

(上等だ。思い知らせてやる!)

 ミサイルを掻い潜りスパルタニアンは加速した。照準レティクルに駆逐艦が拡大する。

(ああ、電信柱って言うのは嘘だな)

 昔読んだ古典的小説では、自分に向かってくるミサイルが電柱に見えると言う話を思い出した。チャフとフレアをばらまき擦れ違う様に振り切る。自分の後ろに部下の小隊が続いている。

(ばいばいお猿さん)

 対艦ミサイルが切り離され、軽くなったのを感じる。ミサイルは光速で加速し目標に突き進む。

 後続する各小隊も防空陣を構成する他の駆逐艦に対艦ミサイルを放っていた。

「全帰離脱!」

 そこに銃撃が降り注いだ。回避行動中の僚機が爆砕される。CSPのワルキューレだ。

 後席でレーダーを監視していた相方が報告してくる。

「後ろから付いてくるぞ」

 何隻かの駆逐艦が被弾して爆発していた。味方の艦を沈められて怒り狂った様に砲撃とミサイルを打ち上げてくる。

(このまますんなりとは返してくれないか)

『うあああああ……』

 ウィルソンの耳に被弾した僚機の叫び声が通信機越しに聴こえてくる。

「くそ!」

 今は自分が逃げる事が優先だ。中隊の内、何機が母艦に戻れるかは分からない。

 駆逐艦を沈められ防空陣に出来た穴はすぐに塞がれた。

 そこに駆け込んだ同盟軍は鴨撃ちの様に叩き落された。狡猾な罠と言うものでもない。ただ錬度が良いだけだ。

「ミステル」の前を航行していた巡航艦「レミカ」が同盟軍の砲火に捉えられて爆沈した。

「『レミカ』沈没!」

 宙雷戦隊旗艦だった「ボルシェヴィキ」沈んでから交代して、再び旗艦が沈んだ。

(始まって1時間で2隻目か。大きいと目立つし、巡航艦よりは身軽な駆逐艦の方が生存率は高いな)

 敵に後が無い事は承知している。そして帝国軍にも残された時間は少ない。応援が到着する前に決着を着けたかった。

「射撃準備完了」

「ミステル」の主砲が復讐を遂げるように同盟軍宙雷戦隊の旗艦を捕らえる。

「撃ち方始め!」

 他の駆逐艦と図った訳ではないが、複数の艦から砲火が集中して相手の旗艦を沈めた。

(これで借りは返したかな)

 残った駆逐隊は損害に構わず突撃を敢行して来る。

 自分達の後方に戦艦が控えている。それが目標だ

(死ぬなら大物を道連れにってか? させないよ)

「ミステル」は他の駆逐艦と共に敵の前進軸に殺到する。

 

 

 

 宙雷戦隊がCSPと連携して迅速に迎撃し、後方に控えていた主力艦が前に出る。滑らかな動き。革命としての主体的創造が足りず、自己変革を行わず錬度の低い寄せ集めの第5艦隊とは違う。

「敵は良く持ちこたえているな」

 ビュコックの言葉にフォークは答える。

「ええ。あれはファーレンハイト提督の艦隊ですね」

 初戦で戦った因縁深い相手。フォークの報告にビュコックは帝国軍はやはり油断ならないと認識を深める。

 自分よりも恵まれた環境にある敵将を羨ましく思った。もっともファーレンハイトにしてみれば、ロイエンタールが自分たちを使い潰そうとしている以上、ビュコックと比べてそこまで恵まれている環境とは思えない。

 同盟軍には苦しい時だった。帝国軍に混乱は見受けられず反撃の機会は訪れない。それでも多大な出血を強いられながら帝国軍を抑えていた。

「そう、悲観する物でも無いでしょう」

 一部の幕僚が楽観視した発言をする。その見解にフォークは不快な表情を浮かべた。

「これは帝国の圧政に対しての大衆決起で、人としての尊厳を賭けた闘争です。勝利とは犠牲を伴うものです。この犠牲を活かして更なるフェザーン、アンラック帝国に拡げ一斉蜂起を促す。すなわち民主主義実現の革命か、帝国に屈服する反革命か、ですよ」

(国家権力の弾圧に対する人民の決起。お題目の見映えは良いが、犠牲の数に自分が入っているのか?)

 同盟が帝国と痛み分けでは国力で劣っている以上、帝国主義の打倒どころか同盟の敗北と言うリスクを背負う事になる。レーニンも暴力による革命を認めていたので間違ってはいないと言える。だがフォークとしては受け入れがたかった。

(行動無き理論死んでいる。頭の中は正義を盲目的に信じるお花畑か)

 子や夫、妻やや恋人を亡くせば国が許しても世間は許さない。司令部を構成する幕僚にバカがいると程度の低さに頭を抱えたくなる。

 

 

 

 第10艦隊、第12艦隊の残存戦力と合流したヤン麾下の軍事顧問団。三者を合わせても2000隻にも満たない。各級指揮官が集まり指揮系統をヤンの下で統一すると言う事が決まった。

 当面の航路の打ち合わせが終わり落ち着くと、陸戦の指揮官として手持ち無沙汰なシェーンコップはフレデリカを自室に誘った。

「一緒に飲まないか?」

「良いですよ」

 フレデリカは二つ返事で了承した。

 同盟の種馬として、多くの女性と浮き名を流しているシェーンコップだが、これまで自分に迫って来ることはなかった。だからシェーンコップを信じていた。

 応接セットのソファーに腰掛け向い合わせで飲んでいる。つまみはフレデリカが用意したキムチと海苔。

(何でキムチと海苔何だ)

 フレデリカに料理の才能が無いことは、ここ数ヵ月の付き合いで学習していた。

(まさか圧力鍋を爆弾に変えてしまうとは思わなかったからな……)

 色んな女性と付き合ってきたが、ここまで料理の才能が無い女性も珍しい。 

 アルコールが入り、血色が良く赤くなってきたフレデリカ顔を眺め眺めながらシェーンコップは思い出していた。

「何ですか?」

 訝しげな表情を浮かべるフレデリカ。悪意に敏感らしい。

「良い女だと思ってな」

 自分の容姿に自信を持っているフレデリカは、シェーンコップのありふれた言葉につまらなさそうな表情で返事を返す。

「そんな事は分かっています」

 帝国領からの脱出の過程で、二人きりになる機会は幾度もあった。生物学的にも女である事は分かっている。むしゃぶりつきたくなる程の良い女だ。

 さすがのシェーンコップでも、現実に死線を潜っている中で、彼女に迫ろうなどとは思わなかった。

 そっと手を伸ばしてフレデリカの頬に触れると、熱くなっていた。

「えっ」

 今度こそ狼狽するフレデリカ。

 

 

 

 映画が流れていた。

 秋晴れの空。街路樹が立ち並ぶ公園を若い女性が歩いている。すれ違い様に青年は女性のハンドバッグから落ちるハンカチを目に止めた。

「お嬢さん、ハンカチを落としましたよ」

 振り返った女性は端正な青年の顔立ちに眩しそうな表情を浮かべた。

「有り難うございます」

「どういたしまして」

 シェーンコップは、使い古された演出に顔をしかめる。

(恋愛経験の無い童貞の描く駄作だな)

 シェーンコップなら時と場所を選ばず口説き落とす。

 今時、こんな古典的な演出が視聴者に受けるわけ無いだろうと立体TVの電源を消す。

 傍らに寝ているフレデリカの髪を撫で上げながら、肩に口付けをする。今回、口説き落とした美女だ。

「ん……」

 身じろぎしてずれたシーツをフレデリカにかけ直すと、シャワーを浴びにバスルームに向かう。

 その時呼び出しがかかった。

『シェーンコップ准将。会議室までお願いします』

「わかった」

 情事の後の残り香を身に付けたまま行くのはさすがに不味いかと皮肉な笑みを浮かべ、再びバスルームに向かう。

 会議室には各級指揮官が揃っていた。現状は帝国軍を振り切り、フェザーン本星に展開しているビュコック艦隊との合流を目指している。艦隊の指揮は、最先任のヤンがとっていた。

「現状、帝国の関心事がフェザーンにあるとはっきりしてるね。では長距離の遠征軍にとって必要な物とは何だろうか」

 ヤンは確認するように言った。その言葉に皆顔を見合わせる。

「じゃあ、君。答えて」

 ヤンは大学の講義で生徒を指名する教授のように若い士官を指名した。

「あ、はい」

 周囲の視線が集中することを感じて戸惑いがちに青年は答える。士官学校を出て間もないのだろう、まだ幼さを感じる顔立ちだ。

「水、食糧、弾薬、燃料でしょうか」

 その事にヤンは頷く。

「燃料! これがなくなると、弾があっても艦艇は鉄屑だ」

 推進剤。これが尽きると手も足も出ない。

「ビュコック提督が行っているのは帝国軍の兵站に負担をかける事だ。かの皇帝ナポレオンとの戦いでロシアは内陸に引き込んだ。日露戦争でロシアは、軍の戦略構想を皇帝が理解せず意思統一が行われていなかったために敗戦の道をたどった」

「ヤン提督宜しいですか?」

 歴史の講釈が好きなヤンの弁舌に水を差して、シェーンコップ挙手して発言の許可を求めた。

「どうぞ」

「ナポレオンって誰ですか?」

「あ……」

 絶句するヤンに代わって、構想を説明されていたムライが口を開いた。

「フェザーン本星での決戦だが、同盟軍の増援が到着するまでの時間稼ぎが出来れば帝国軍を追い返せるかもしれない。もちろん、そう簡単には行かない事も分かっている。現に後方に残した偵察衛星が破壊された」

 回廊突入時に自分達の航路が算定されないように気を配りながら、衛星と機雷をばらまいてきた。

「厄介な事に帝国軍は我々の後を追っている」

 通常なら航路を偽装するため幾何学的な軌跡を描くが、今回は真っ直ぐ進んだ。そして手の内が読まれていた。

「友軍と合流する為の時間を稼がなければならない」

 気を取り直した様にヤンが説明の後を引き継ぐ。

「とりあえずは隕石に無人砲台を設置し、仮設の陣地がある様に偽装する。普通なら艦砲射撃で破壊してそのまま進んでくるだろうが、慎重な指揮官なら注意を引くことが出来るかもしれない。シェーンコップ少将、君に任せて良いかな」

「船の中で揺られるだけでは体が鈍ると思っていた所です。丁度良い」

 シェーンコップの言葉にヤンは満足げな笑みを浮かべて頷く。フレデリカは不安そうな視線をシェーンコップの背中に注ぐ。

 

 

 

 ヤン艦隊を追跡するのはラインハルト・フォン・ミューゼル。

 クルーゼンシュテルンは「“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)を襲った叛徒の輩はの掃討終了した。今度はこちらがフェザーン領内に雪崩れ込む番だ」と言った。

 本隊も補給と準備を終え次第、ラインハルトの後を追う。

 ラインハルトの任務は、帝国領に侵入した叛徒の残存戦力を追跡し処理する事。もう一つは、ロイエンタール艦隊との連絡回復だった。

 敵が残していった衛星によって妨害が行われており連絡が遮断されたままだ。それらも潰しながら進まなくてはならない。

「奴ら、こちらの裏をかいたつもりの様だがな」

「半日もあれば追い付きます」ラインハルトの言葉にキルヒアイスは答える。

 レーダーが漂流している同盟軍の駆逐艦を発見した。外殻の装甲板が所々失われており遺棄されていると考えられる。

 そのまま無視しても良いが、武士の情けなどと言う物は驕りに過ぎない。

 敵は完膚なきまでに叩き潰す必要がある。

 地上戦で死体にまで止めを刺すのは、死んだふりをしている者が居るからだ。

 艦艇も同じだ。沈黙した様にしか見えなくても、兵装が生きている可能性がある。

「まるで靴の底に付いたガムか犬の糞だ」

 捨てられていても踏めば靴を汚す。

「徹底抗戦の構えですね」

 ラインハルトは眉をひそめる。残して置かれた廃船か分からぬ漂流物が厄介だった。

 処理しなければ後続に被害が出る。

 露払いとして前衛のラインハルトが処理しなければならない。

「撃て」

 前衛は油断することなく脅威の可能性が有るものを排除する。それ自体が敵の時間稼ぎだとしてもだ。

 

 

 

 漆黒の宇宙空間では日没で戦闘が終わるという物でもない。

 フェザーン本星の輝きを肉眼で死人できる距離だが、不眠不休の戦いが行われ攻撃側は一歩踏み出す度に流血を強いられる。

 瓦解していく戦線を第5艦隊も支えるだけで手は一杯だ。決して弱卒では無いが、損害に構わず苛烈な攻撃で前進しようとする帝国軍に蹂躙されていく。敵の物量による恐怖が味方の士気を挫く。

 やり過ぎた。引き付けすぎるほど帝国軍の注意を自分達に引き付けた。

(パエッタの艦隊が間に合えば挟撃できる)

 耐えきることができれば生き残れる。だからこそ、皆必死に戦っている。内心ではビュコックも甘い期待でしかない事を理解している。

 補給物資の消耗が急角度なカーブを描いて行く。いつまで持ち堪えられるか。そればかり頭に浮かぶ。

「応援到着まで残り時間は僅か。間に合うようですね」

 フォークが囁いた。

 司令部の空気は安心感が漂っていた。だが戦力的に第5艦隊は劣勢で長くは持ちこたえられない。

「命令を違える事に成るが、一時的な撤退も仕方がない」

 防共協定を締結した以上、フェザーンを見捨てる訳にはいかない。限界まで粘ったビュコックはフォークに撤退の準備を命令していた。パエッタとの合流を選択したのだ。

「失礼します」

 帝国軍の兵站線を叩いていたヤマグチ少将が呼び戻されてきた。

 額の髪をかき上げながらフォークも同席している。ビュコックは少し疲れた表情を浮かべていた。無理もない。最近は深い眠りにつく事が出来ていないし、疲労が蓄積されるばかりだ。

「お疲れ様でした。大した戦果ですね」

 輸送船団襲撃で1000隻近くに損害を与えている。フォークの世辞にヤマグチは不適な笑みを浮かべた。

「次はもう少し楽をさせて欲しいですね」

「早速ですが、ウランフ提督とボロディン提督が戦死したのはご存知ですね」

 フォークの言葉にヤマグチは頷く。そうでなければ帝国軍がここまでこれた訳が無い。

 ビュコックが口を開いた。

「貴官は本日付で中将に昇任し、残存艦艇を以て編成される第13艦隊の指揮を委ねられる」

 現在、後退中の残存戦力はヤン・ウェンリーが指揮を執っている。そのままヤンに指揮を委ねてはと言う声もあるが、ヤンよりもヤマグチを押す声の方が大きかった。

「その艦隊には我が第5艦隊も含まれる。まあ、要するに貴官に尻拭いを頼むと言う事だな」

 今回は完全な負け戦だ。パエッタが来るまで持ち堪えられそうも無い。

 ならば責任を持って後衛をビュコックが務め、一人でも多くの部下を生き残らせる選択をした。合流さえすれば反撃が出来る。

 第5艦隊を含めた残存戦力の指揮権。これがヤマグチに委譲される。

 ビュコックとしてはヤンに艦隊を預けたかったが「彼には決断力が欠けています」とフォークが反対した。

 フォークもヤンの能力を評価しているが、それは艦隊の司令官と言うよりも幕僚として支える裏方としての能力だった。ヤンの性格では評議会を敵に回し排斥されるだろう。それならばもっと活躍できる場に置いてやる方が当人や周りのためにも一番良い、そう言った。

「第13艦隊。私がですか」

 幾ら敗残兵の混成とは言え艦隊を預かる。突然、降って沸いてきた話にヤマグチも驚きを隠せない。

「この人事に関してはシトレ元帥も承認している。ヤン分艦隊の収容とこの艦隊を宜しく頼むぞ」

 フェザーンに派遣された同盟軍艦隊第一陣の残余戦力はヤマグチ中将が指揮を執る。

「はい」

「参謀長、貴官もヤマグチ中将に同行しろ」

 司令部幕僚が全滅では、残余戦力を指揮して無事同盟領に帰還させる作業をヤマグチ一人でやる事になる。フォークはヤマグチを支えてくれと頼まれた。

「よろしいのですか?」

 参謀長に着任したばかりで、こうも早々と上官と自分の所属する艦隊を失う展開を迎えようとは思っていなかった。

「最後までお付き合いしたかったです」

 ビュコックは敬愛に値する上官だった。

「今までありがとうございました」

「何、わし達だけが全てを背負い込む訳じゃない。それに苦労するのは後に残る者たちだ」

 苦笑を浮かべる幕僚を前にしてビュコックは落ち着いていた。

(孫が高等部へ上がる姿を見たかった。だが自分達が戦う事で銀河帝国、皇帝によるファシトから未来を守れるなら問題無い。それに、急いであの世に行くつもりもない)

 ビュコックは自分なりに満足した気持ちで最後を迎え様としていた。ただし残って付き合わされる者にはたまらない。自己犠牲に陶酔する自己満足だ。

 

 

「第5艦隊との合流予定時間には間に合います」

「早く着けばその分だけ犠牲者は減らせられる。そうだろう?」

 パエッタは艦隊から高速艦艇を分派して先行させる事を決断した。

「諸君は第一の矢だ。敵を蹴散らしてやれ」

 戦隊規模の任務部隊を預けられたのはマッカーシー准将。選ばれた将兵の士気は旺盛だった。

 そしてビュコックが指揮権を移譲し司令部付の戦隊で敵を食い止めようと立ち塞がった時、ようやくにして帝国軍の側翼に展開する警戒線にたどり着いた。 

 死を覚悟していたビュコックには朗報だった。撤退を中止し、士気を盛り返す同盟軍に反比例して帝国軍の攻勢は鈍った。

「叛徒の応援が到着したのか。楽には行かんな」

 ファーレンハイトはビュコックの守りを抜けなかった事に悔しさを感じた。

 雑多な混成部隊である第5艦隊とは違い、応援の艦隊は錬度の高さを見せた。

 例えば、遊園地に似合いそうな名前の同盟軍戦艦「メリーゴーランド」は旧式であったが、鈍重どころか俊敏な操艦で帝国軍の迎撃をすり抜けて行く。

 マッカーシー合流したビュコックは、帝国軍の攻撃をかき乱せれば良い。

 足並みが乱れてパエッタの本隊が到着するまで時間を引き延ばせば勝ちだった。

「まさに蛮族的闘争だな」

 ファーレンハイトは同盟軍の動きを見て不快気に言った。

 CICでは当直士官がレーダー員と一緒に彼我の位置を覗き込んで頭を捻っていた。

 ファーレンハイトの旗艦「ダルムシュタット」には、周囲に6隻の戦艦が直衛として付いていた。6隻が組んだ立方体は、スパルタニアンごときの襲撃を寄せ付けない。

 到着した同盟軍は単座艦載艇を射出し始めた。それが蚊の様に隙間から入り込んでくる。消耗し補充で補われていた第5艦隊とは錬度が違った。

 戦艦「ナグナブロ」が艦尾にミサイルを受けて脱落する。

「叛徒共め!」

 陣形が崩れ始めた。戦艦「シュレック」も艦首から艦尾にかけて、舐めるように7発の光線を浴びて爆発した。爆風に煽られて「ダルムシュタット」も揺れる。

 隙を衝いてくる「メリーゴーランド」は旧式戦艦だ。だからこそ乗員も熟練していると言えた。

「準備よし!」

 射撃準備完了の報告に艦長は号令を出す。

「撃て!」

 旗艦の盾となり戦艦「ショゴス」が「メリーゴーランド」の射軸線上に立ち塞がる。戦艦とは言え至近距離の射撃を浴びては持たない。装甲は衝撃を受け止められず分解される。その先は墓場へ突撃だ。核融合炉が壮絶な熱量をぶちまけて、閃光が放たれる。

 パエッタの目論見通り高速艦艇で構成されたマッカーシー戦隊は帝国軍を攪乱し足止めに成功した。

「ビュコック提督、お待たせしました」

『何、もう少し踏ん張れたさ』

 到着したパエッタがビュコックに報告した時、第5艦隊旗艦「リオ・グランデ」被弾大爆発を起こした。

 ビュコックの戦死である。

 第13艦隊として撤退準備中、中止命令を受けたヤマグチ中将は、後衛についていたビュコック直轄戦隊の生き残りを収容した。

 後日、パエッタ達は意図的に戦場到着を遅らせたのではないかと批難された。

 到着後、パエッタは他の艦隊を第13艦隊の支援に向ける一方で、自ら率いる第2艦隊で延伸した帝国軍の戦列を叩こうとした。

 目的は後方遮断の脅威を与える事で、戦線を立て直す友軍への圧力を逸らす事だ。

「遂に来たか」

 スクリーンを見てロイエンタールは納得した様に呟いた。

 ロイエンタールは新手の同盟軍が到着した事でフェザーン本星攻略を断念した。

 早期攻略が出来るならまだしも相手は完全編成の艦隊だ。悠長に新手の艦隊まで相手にしていては消耗品が枯渇する。ミイラ取りがミイラになっては本末転倒だ。

(この借りは返す)

 復讐を胸に誓いロイエンタールは後退を指示する。

 

 

 

 活動的な馬鹿ほど恐ろしい物はないと言う。電子新聞には「帝国軍全面侵攻」「不法越境」の文字が踊っている。同盟軍は猛烈邀撃。敵主力部隊崩壊で総反撃戦展開。敗敵猛追と軍報道課は発表していた。

 同盟ではフェザーン回廊の状況について言論統制が行われていた。「フェザーンでは我が軍優勢」と景気の良い報道しか流されていないため、同盟市民たちは、自分達の国が長期戦に耐えうるだけの国力を持たないと言う事を知らない。

 それでも市場で出回る物資が減少傾向にある事から薄々は感付いていた。市民の中に

厭戦気分がゆっくりとではあるが、確実に浸透しつつあった。

『我が忠勇なる同盟軍巡航艦「ペクトゥサン」はフェザーン回廊会戦に於いて、降下企図の帝国軍艦を撃沈致しました──』

 送迎の車内で流していたニュースを消すとサンフォードは溜め息を漏らした。

 戦意高揚のニュースには飽きていた。妻に付き合わされるオペラも嫌いだ。必ず死人が出るからだ。

 正直、隣に座っている妻よりもクラブで若い女と踊る方が楽しい。

(アリア・ポコテン、頬のぷにぷにした良い女だった)

 情事を思い浮かべていると窓の外を眺めていた妻が振り返って口を開いた。

「事故かしら」

 信号が青になっても車列が進まない。

「そうだな」

 様子を見に行った私設秘書から、交通誘導システムの故障らしいと報告が届く。

「ふむ」

 人的資源の枯渇による事故が最近頻発していると電子新聞に上がっていた事を思い出す。

「嫌ね」

「時間には間に合うさ」

 こう言った些細な点でも、予備役を含む軍の大規模動員によるフェザーン支援は、同盟の日常生活に歪みをもたらしている。

 軍では駐屯地の警備や各種業務を民間軍事会社に委託していた。予備役召集により人での減った警察も、治安維持を委託していた。その最大手がカストロプを支援したホネカワ。フェザーン企業が、表立って同盟にも社会進出し始めていると言う象徴的な仕事だった。

 

 

 

 樹海の木々をかすめるようにワルキューレの編隊が低空飛行で通過していく。

 出兵の観閲式典を前日に控えて、帝都は戒厳令が布告されていた。皇帝が臨席する以上当然の警備だ。

(だが、多すぎる)

 リッテンハイムは上げられた報告に目を通して疑問を抱いた。帝都防衛軍司令部や内務省が事前にたてた計画と異なっている点があった。軍、警察、憲兵が当初の計画以上に動員されている。

 軍事の専門家でないが、そのため数字が気になった。

「予定をくりあげますか?」

 不確定要素は排除したい。決起の計画が漏れたかもしれないと不安が沸き出す。

 日付が変わろうとする深夜。自宅の玄関でリューネブルクは、訪問客を不快な表情を隠しもせず迎えた。相手はリッテンハイム侯の使いの者だ。

「夜分失礼致します。リューネブルク閣下、お迎えに参りました」

 口調こそ丁寧だが有無を言わせぬものがあった。

「ご家族の身の安全は、この者たちが保障致しますのでご安心下さい」

 そう男が言って体をずらす。戸口の外に二人の男が居た。

(ていの良い人質か)

 リューネブルクはまだ悩んでいた。家族を守る為に協力を決意した。しかし叛乱が成功しても無事過ごせるとは思えない。

 剣呑な夫の空気に気付いたのか、妻が不安そうな表情でリューネブルクを窺ってくる。

「父さん?」

 子供の純真な瞳にリューネブルクは自分の歪んだ顔を見た。

(子供に誇れる父親か……)

 口元に笑みを浮かべて子供の頭を撫ぜる。そして妻を抱き寄せて囁いた。

「後ろを見ていなさい」

 家族に恥じない行動を決意した。悪を倒し正義を貫くと。

 玄関に立つ男の顔面を殴りつけてそのまま外に放り出す。

「な、何を!」

 後ろ手に扉を閉めて外に出た。他の二人が慌ててブラスターを取り出そうとするが、庭弄りのために用意していたレンガを投げつけて気勢を制する。

 実の妹さえ利用しようとする義兄は、家族壊す敵と言えた。大切なのは我が身ではなく家族だ。

(俺は義理堅い男だ。だから謝礼と復讐は必ずする)

 リューネブルクの怒りが、吹き荒れる暴風となって三人にぶつけられる。

 この後、駆けつけた憲兵によって暴行、傷害、脅迫、誘拐、建築物侵入、威力妨害、器物損壊等、治安上憂慮すべき罪状を持つ反抗グループが摘発された。

 リューネブルクから通報を受けて叛乱計画の全容が関係機関に伝わると、侍従が完全武装の近衛兵を引き連れて皇帝の寝所に慌しくやって来た。兵達には扉の前に控えさせて、室内に入る。

「皇帝陛下。夜分遅く失礼致します」

 侍従のまとう剣呑な空気に皇帝は訝しげな表情で窺う。

「何事か」

「たった今、入った報告によりますとリッテンハイム侯爵が兵を率いて武装蜂起するとの事です」

 内務省と軍は武装解除に動き出しているが、皇帝の居城も戦場となる恐れがある。事体が沈静化するまでは避難すべきだ。

「ふむ」

 早急な帝都からの脱出を侍従は進言するが、皇帝は却下する。侍従は表情を強張らせ再考を嘆願する。

「陛下、何卒御考え直しを!」

 皇帝の身に何かあれば、リッテンハイムに寄与するだけだ。だが、皇帝には信念があった。

「皇帝は退かぬ」

 説得が不可能な事を知った侍従は、近衛師団長に皇帝の居城で迎え撃つ事を指示した。

 

 

 

「今回も悪党退治だ。リッテンハイムは殺すな。吐かせる事があるからな」

 帝都を朝靄が覆う早朝、執行部隊がリッテンハイム侯と側近の身柄を押さえるべく動き出した。装甲車の兵員室内でハルオは凄みのある笑みを浮かべた。

 アンラックでの治安回復が概ね終息した事で、ハルオの中隊はオーディンに戻ってきたばかりだった。装甲擲弾兵と宇宙艦隊も今回の件で動員されている。前線から戻ってきたばかりの部隊に内通者いないだろうとの判断だ。

 帝都全域で大規模な停電が発生した。時間にして5分程で復旧がなされた。

 その間に近衛師団が帝都防衛軍司令部へ逮捕に向かった。内務省を初めとして各官公庁でも一斉検挙が行われている。決起の参加部隊は、駐屯地を出る前に主だった将校が逮捕された。

 すべてが順調に行われていた。しかし最後の詰めが甘かった。

 動物的直感があったのか事前に情報が漏洩したのか、リッテンハイム侯爵の姿は屋敷に無かった。

「どうしますか、中隊長」

 ハルオは呑気に待っているつもりはなかった。使用人の中で一番の古株を連れて来させる。

「時間が惜しい。リッテンハイムは何処に言ったか吐いてもらおう」

「だれが喋る物か!」

「あ、そう?」

 主人への忠誠心から口を割らない執事を自白剤で尋問した所、城下に出かけると言い残していたそうだ。意識朦朧とした執事を椅子に縛り付けたまま、ハルオは外に飛び出す。

「監視は居眠りでもしていたのか?」

 帝都オーディンは、防衛上の観点から入り組んだ古い町並みを意図的に残している。裏通りに入れば、追跡する側にとっても迷路になっている。捜査を攪乱する為の欺瞞情報と言う可能性もあるが、そこまで考え出したら限が無い。少なくとも目の前の執事は、自分達のように尋問の訓練もされていないだろうし嘘を言っていないとハルオは判断した。

 敵の所在が不明。これ程、厄介な相手は無い。

(だが、リッテンハイム侯の狙いは分かっている)

 皇帝さえ抑えれば逆転が出来る――

「此方、チンジャオ。逮捕は失敗した。全部署に通達、奴らは“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)に向かうぞ」

 大通りは憲兵が警察と共同で検問を張っている。何処を通過したか。皇帝の居城上空は飛行制限区域になっている。空を飛べば目立つ。地上しかない。

 装甲車に飛び乗り、最短経路である大通りに向かう。通りは観閲式の受閲部隊が更新するため交通規制をかけられていた。その為、一般車両は通っていない。

「おい貴様、何処の所属だ!」

 検問で規制をかけていた交通警察と憲兵が、相手が装甲敵弾兵である事に驚きながらも駆け寄ってくる。

「馬鹿野郎! そんな事を言っている場合か。逆賊が陛下を狙っているんだぞ」

 これまで一般市民には知らせず、観閲式の為の警備としか思わせてはいない。誰が敵で味方か分からなかったからだ。警察も一部にしか伝わっていない為、貴重な時間が説明で費やされる。

 

 

 

 皇帝の居城では、特別な式典があったり祝日の日には薔薇の庭園が一般解放されている。当然、立ち入り禁止の制限区域がある。

 鬘と帽子で変装したリッテンハイム侯爵と護衛が市バスから出てきた。

「警備の配置はどうだ?」

「確認しましたが、当初と同じです」

 一般の観光客に混ざって検問を通過した。通常は所持品の検査も行われるが、事前に協力者の手を通して装備を持ち込んでいた。

 庭園と言っても敷地面積は広い。小高い丘や森もある。

(まさか観光ルートに用意していたとは思うまい)

 待ち合わせの場所に近衛師団の制服を着た下士官がいた。

「巡回の目を潜って装備を持ち込むのは大変でしたよ」

 近衛師団の兵が全て皇帝に忠誠心持っている模範的な者ばかりではない。この下士官は闇金融で金を借り借金で首が回らなくなっていた。買収は簡単だった。

「ご苦労だった」

 リッテンハイム侯が頷き部下が現金の入った鞄を渡す。取引で支払の不履行等と言う姑息な真似はしない。下士官は中身を確認すると笑みを浮かべた。

「世の中、金ですよね」

 言い淀む事の無い物言いにリッテンハイムは納得する。人にはそれぞれの価値観がある。否定はしない。

 装備を手早く回収した。目立たない様、武器を携行する。

 深呼吸して部下に指示を出す。

「始めよう」

 リッテンハイムの指示で部下は動き出す。

「あ、そこの貴方。コースから離れないで下さい」

 森から出ると警備の兵がやって来る。

 護衛が手荷物の鞄からブラスターを取り出して、躊躇する素振りさえ見せずに射殺する。他の観光客から悲鳴とどよめきの声が上がった。

「騒ぐな!」

 部下たちが結束バンドで拘束して行く。これからは時間との勝負だ。

「すぐに追っ手が来るぞ。急げ!」

 自分達の手の内が読まれていた。普通なら戦場になる帝都から皇帝は避難させられているだろう。だが皇帝は居城にいる。それは確信していた。

(逃げるようでは君主ではない。そしてその様な人物ではない)

 害すべき相手をこの段階になっても信頼していた。

 

 

 

 

36.2-2

 

“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)に向けてロイエンタール艦隊は向かって後退していた。敵の拠点を目前にしながら、新手の増援が到着した事で後退を余儀なくされた。要塞の司令部には打電したが返信は無い。ロイエンタールと幕僚は、帝国領内に侵攻した敵がばらまいた妨害電波を放つ衛星が残っているのだろうと判断した。

 引き上げの先頭は、進撃の先頭を勤めたファーレンハイト艦隊だ。連日の戦闘で将兵を疲労感が覆っている。年末年始の休暇は期待できないが、これぐらいの特典は当然だ。

 駆逐艦「ミステル」でルパート・ケッセルリンクも穏やかな時間を過ごしていた。蜜柑の皮を剥きながら口に掘り込む。芳醇な甘味が口に広がり頬を緩ませる。

(冬は蜜柑だよな)

 こたつが欲しいなと考えていると報告が届いた。

「6光秒先に不明艦多数、敵艦隊と思われます」

 方位は味方勢力圏である帝国側出口。だがレーダー見張員の声は緊張していた。緩んだ意識を切り替えるには十分だ。

「あ~あ、またか」

 伏兵は考えられない。一部の敵艦隊の味方戦線を突破したと言う話は聞いていた。おそらくその艦隊だと判断できた。

 うんざりした気分になるが、警報を発し僚艦に報告する。

 

 

 

 ファーレンハイトに前衛として敵の相手を押し付けて、戦艦「トリスタン」の私室でロイエンタールはミッターマイヤーと通信回線を開いて会話をしていた。

 ミッターマイヤーは現在、“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)に於いて、

動員された諸侯の警備隊から使えそうな艦艇を抽出し、有機的に動かせる様に訓練指導を行っていた。

「此方の応援にはいつ来れるんだ」

『数だけは多かったが雑多な混成だ。使い物に成るにはまだ時間がかかりそうだ』

 警備隊と言っても、惑星軌道上での運用を想定した哨戒艇、魚雷艇と言った小艦艇ばかりで星間移動の航宙能力のある艦艇は限られる。

「そいつは楽しそうだな」

『まあ駆逐艦の数だけは揃えられそうだ』

 航宙能力の低い旧式な機関や装備。まともに戦えるのはブラウンシュヴァイク公の私兵ぐらいしかない。

「疾風ウォルフに鍛えられたら、旧式艦でも乗員は精兵になるさ」

『だと良いがな』

 ミッターマイヤーはフェザーンでの戦況を問う。それに対してロイエンタールは表情を僅かに歪める。

「今一歩だったが、欲を出して全てを失うわけにもいかん」

 無念の思いが表情に滲み出ている。

『引き際が肝心だな』

 本当ならフェザーン攻略の報告を酒の肴に盛り上がりたかった。機会は先に延びたがまだある。

「俺が慰められるとはな」

 自嘲気味に唇を歪めてロイエンタールは呟いた。警備隊の教育などと閉職に回されてミッターマイヤーが腐っていると心配しての連絡だ。

 ミッターマイヤーはロイエンタールの心遣いが嬉しかった。

『俺に関わっていると卿まで閉職に回されるぞ』

 冗談混じりに言ったミッターマイヤーの言葉にロイエンタールは呼吸音だけで笑った。

「俺が勝手にやることだ」

 敵艦隊発見の報告が届いたのは、ミッターマイヤーが返事を返そうとした瞬間だった。

「邪魔が入った。また連絡する」

 艦橋に駆けつけると、幕僚は戸惑いを隠せない様子でいた。

「一戦交えざるを得ないか」

 彼我の距離が詰められてスクリーンに艦影が拡大される。同盟軍は戦闘による損傷を受けている艦が多い。

「後退している?」

 艦隊司令部では戸惑いの声が上がる。

「友軍に撃退されたのだろう」

 ロイエンタールの声に艦隊司令部の面々は納得する。

 一方のヤン艦隊では、索敵の網に引っかからず見つからなければ問題ない。だが現実には、後退していても前方監視を疎かにしていないファーレンハイト艦隊の索敵に見つかった。

 ロイエンタール艦隊を抜けなければフェザーンの友軍と合流できない。だからこそ策を考えた。敵旗艦を制圧して人質に敵中を突破する。これが出来るのは薔薇の騎士連隊だけだ。

「我々は敵艦隊から旗艦を孤立させ拿捕する」

 シェーンコップも理解はしていいる。かなりの数が沈むだろう。全てを失うか、それとも僅かな生存に賭けるか。あれもこれも全てを望むなど不可能だ。助けられる者は助けるが、不可能な時は切り捨てる選択をする。偽善でもなく、当然の帰結だ。

「無理はせずに、適当な所で切り上げてくれ」

「了解」

 シェーンコップの反応の薄さに少し寂しい物を感じながらも、そのまま見送る。

 強襲揚陸艦「ノソローク」で薔薇の騎士連隊と陸戦隊の混成部隊は待機する。薔薇の騎士連隊は、アンラックの戦いで数こそ減らしたが精強さは衰えてなど居ない。

「ノソローク」艦長のアレクサンドル・ニコラーエフ大佐は赤毛の女性で、シェーンコップに言わせると中々良い女だ。

 軍と言う特殊な社会で、女性扱いは難しい。定時に帰れる職場なら良いが、戦闘航行中の駆逐艦で妊娠してしまうと洒落にならない。

 その辺りを考えれば同盟軍は帝国軍と比較して大胆な採用を行っている。国力で帝国に劣り人的資源が限られた同盟だから女性の社会進出も目覚しい。

「必ず敵旗艦までお届けします!」

 ニコラーエフ大佐の決意を込めた言葉にシェーンコップは明るく応対する。

「よろしくな」

 同盟軍に於いて伝説と言っても良い武勲をあげてきた薔薇の騎士連隊と任務を遂行できる。その栄誉に頬を高揚させていた。

「ノソローク」の護衛には、駆逐艦「ブイストルイ」と「ボエヴォイ」がついている。護衛にあたる2隻の艦長達も、若く暑苦しいほどやる気に満ちていた。

 尊敬と羨望の眼差しを向けられながらも、彼らの運命を考えると不機嫌になる。

 駆逐艦は盾になってこその護衛。戦艦や巡航艦みたいな大出力のビームや大口径の火砲で華々しく戦果をあげることはできないが、量産性の高さで代わりが利く。そう言う意味でも、水上艦艇の時代で役割は完成している。

(おそらく、こいつらは全員死ぬな)

 目標にたどり着くまで護衛が生き残れるとは考えられなかった。元からシェーンコップの部下だった者たちは、女性艦長を口説かない元連隊長姿に作戦を前に緊張しているのだろうと気を引きしめる。

 

 

 

 ファーレンハイトは便利屋としてこき使われる我が身の不運を内心で腹立たしく思っていた。

 敵戦力は2000隻にも満たない寡兵。だが手を抜くつもりはない。戦いは常に本気でやる。

「最後の詰でミスをする様な事は無しで頼むぞ」

 幕僚の間に流れていた鎧袖一触と浮わついていた空気が引き締まる。

 ファーレンハイトは戦場の厳しさ知っている。

 先手を打ったのはヤン艦隊から放たれたスパルタニアンの編隊だ。

 レーダーを見るまでも無く、視界に帝国軍の艦艇が眩い光となって現れる。同盟軍空戦隊を指揮するオリビエ・ポプラン中佐はスパルタニアンのコックピットで表情を歪める。

 CSPのワルキューレが周囲を固めている。それだけでも、自分達の攻撃隊よりも数がいた。

(圧倒的戦力の物量。贅沢な艦隊だ)

「攻撃開始」の指示を出し、各中隊事、攻撃目標に向かう。

 少しでも大物を沈め様と、防空陣を構成する駆逐艦には目もくれない。

 最初の警戒線を超えれても、パイ生地の様に帝国軍は待ち受けている。誘導弾にチャフやフレアで欺瞞行動をとりながら回避機動をする。その間にも実体弾やビームが機体の傍らをかすめる。中和磁場など無い為、当たったら即座に昇天する。

「糞!」

 次々とレーダーの表示から消えていく僚機の表示。ポプランは熟練した飛行技術で回避行する物の、部下の多くは防空砲火の餌食となって撃墜されて行く。

(駄目だ。駄目だ! このままでは落とされるだけだ)

 アンラックから生き残り祖国を目前にして、こんな所で死んでいく。その不条理に怒りを感じる。

 ルパート・ケッセルリンクは「ミステル」をかすめる様に通り過ぎていった敵を見て意図する所を悟った。

 戦力の少ない敵は、最初の一撃で戦艦を叩くつもりだ。

(悪くは無いが、簡単には抜けさせないさ)

 防空陣は薄くは無い。後続する他の宙雷戦隊や巡航艦が戦列を組んで、砲火を打ち上げている。生き残ってもCSPが叩きに向かう。

 レーダーから通り抜けた敵編隊の表示が消えるのを確認して、すぐに自分の仕事へと専念し始めた。

「撃て!」

 艦隊が砲撃の射程に入り、帝国軍から攻撃の砲火が放たれる。同盟軍も砲火で応対しながら後退して行く。その様子を見てファーレンハイトは考える。

「さて、どう出るかな」

 麾下の宙雷戦隊は、フェザーンを目前にして撤退した鬱憤をぶつけようと戦意を燃やしていた。

「ミステル」にも宙雷戦隊旗艦の「キュアノア」から指示が入る。

「『キュアノア』より入電。我に続け」

 攻撃の矢が放たれる。

「開店だ。お客さんを歓迎してやろう」

 休む暇など与えない。苛烈な攻撃で同盟軍をかき乱す。

 

 

 

 皇帝の居城。その防衛を司るのは皇宮警察と近衛師団の役目だ。近衛師団の配置に関しては下調べする時間もなくて、警備にぶつかってしまった。

「侵入者を発見。応援を頼む」

 相手は廊下に設置されたTV電話で直接、連絡を取っている。このままでは奇襲の効果が失われ、捕捉撃滅されるだけだ。

(通信の遮断は失敗したか)

 別班に基通を抑えておくよう命じていたが連絡が取れない。返り討ちにあったと判断する。

(このまま自分達だけで始めるしかないか)

 リッテンハイム侯は傍らの部下を見た。ラウディッツ中佐は生粋の装甲擲弾兵で大隊を指揮していた男だ。

「行けるか?」

 リッテンハイムの発した質問の意味を良く理解しており、ラウディッツは力強く頷く。

「大丈夫です」

 単に皇帝の命を奪うだけなら、手っとり早く皇帝の居城に核攻撃するなり艦砲射撃を浴びせるなり幾らでも手段はある。それでも討ち漏らして万が一、生存していた場合を考えるならば、今以上の手段は存在しない。

 外では逮捕の為に急行する部隊があった。

 ハルオの中隊が車列を列ねて皇帝の居城に到着した時、銃声と爆発の戦場騒音が響いていた。

「止まれ。誰か!」

「第146装甲擲弾兵連隊……」

 リッテンハイム侯爵を追跡してやってきたと説明する。

(見たところ、正門で警備に当たるには兵の数が少ない。全員駆り出されている様だ)

 確認の為、警衛所に連絡している。その間、油断なく銃口が向けられている。

「確認した。通ってくれ」

 第一に皇帝の安全を確保。次にリッテンハイムの身柄を確保する。

 移動中に各小隊へ任務付与をしておいた。

 装甲車から降り立つと薔薇の香りを打ち消す死臭がした。殺害された観光客と警備の近衛兵の遺体が路肩に転がっている。顔をしかめて指示を出す。

「玉座に急げ!」

 装具を鳴らして部下と共に駆けていきながら、ハルオは侍従や女官の姿が少ない事に気付いた。

 それは決起したリッテンハイム同様だった。

 謁見の間に通じる廊下でリッテンハイム達は、守備側の抵抗に遭遇しなかった。

(罠か)

 動物的本能が危険を知らせていた。

(だが退くわけには行かない)

 罠があれば食い破るとリッテンハイムたちは扉を押し開き中に踏み込んだ。

 皇帝は悠然と玉座に腰かけていた。

 声を荒らげるでもなく、皇帝はいつもの謁見を行うように気だるい表情で言った。

「覚悟があるならば撃てば良い」

 その心は抑制されており、氷のような瞳だった。

(さすがは、帝国を統治する皇帝だな)

 引金にかかった指に力を入れれば皇帝の命は容易く奪える。

 だが、近衛兵が実戦さながらの完全装備で周囲を固めている。すぐに蜂の巣になってしまうだろう。その光景を見て敗北を悟った。

 視線の端に、ベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナの姿を捉えた。皇帝の背後に控えているがリッテンハイム侯を睨んでいた。

 皇帝と一対一でわざわざ過ごしたい人間は限られている。常に傍に居たのは、シュザンナただ一人だ。

 彼女に政治的野心があるのかと疑った時期もある。その事を今では否定できる。

(あれは、ただの女だ)

 政治的野心を持って彼女の知己を得ようと贈り物をした貴族もいたが、彼女はいかに高価な物を贈られようと受け取りはしなかった。

(真の意味で陛下に忠誠と情愛を注いでいる)

 男とは違い、ただ信じて無垢な情愛を注げる女を羨ましいとさえ思った。

「武器を捨てろ!」

 鋭い言葉が叩き付けられ、リッテンハイムの思考を中断する。

 勧告をして来たのは、交通事故で入院中と報告を受けていた近衛師団長だ。

「リッテンハイム。卿の企ては全て明るみに出ている。大人しく縛につけ」

 向けられる銃口の数を考えるならば、抵抗は無駄だ。リッテンハイムに随ってこの場に居るのは、忠誠心が高い直参の部下ばかりだ。家族との訣別を済ませ主人の命令で命を投げ出す覚悟が出来ている。

「閣下……」

 命令を求めてラウディッツが囁いてくる。戦えと言う命令を待ちかねている。

「これまでだな」

 この場所で待ち伏せされている可能性はあった。

 その事には気付いていたが、万が一に賭けてここまで来た。だが、勝利の女神が微笑んだのは自分ではなかった。

 自嘲気味な笑みを浮かべると、部下に武装解除に応じるよう告げる。

(負け戦に付き合わせる必要は無い)

 部下の間から嗚咽の声が洩れる。

 ふいに娘が、一緒に行ってみたい遊楽地があると言っていた事を思い出す。

(サビーネ、約束は守れそうに無い)

 妻のクリスティーネにも黙って来た。自分の行動を知った時、家族が悲しむのは明白だ。

(全ては終わった……)

 連行される時、俯いたリッテンハイムに近衛兵が囁いた。

「すぐに家族も後を追わせてやる」

 表情を強張らせ立ち止まろうとしたリッテンハイムを小突く。

「立ち止まるな!」

「くっ……」

 敗者に情けがかけられる事は無い。大逆罪は一族三代に渡るまで極刑と定められている。

 

 

 

 後退していた同盟軍が突如として攻勢に出た。戦力で劣る側が巴戦になれば自滅の道を進むだけだが、敢えてその道を選んで混戦状態となった。

 CSPのワルキューレが殺到する同盟軍宙雷戦隊の突進を食い止めようと向かうが、そうはさせまいとスパルタニアンが向かっていく。

 空戦隊がぶつかり合っている頃、突撃の切っ先に帝国軍の砲火が集中する。周囲から降り注ぐ豪雨の様な熱量と質量の嵐に、突出部の外側に位置する艦艇は光球へと姿を変える。

 隣を航行していた巡航艦が、機関室に灼熱した砲弾を受けて爆発した。損害が激しく操舵不能で漂流している艦もある。すぐに射点につきたいが、それまでに沈められる艦の方が多い。

 時間ばかり過ぎていき、距離は中々詰まらない。永遠に思える時間が過ぎて射撃位置に到達した時、スクリーンを見ると戦力は半分以下に減っていた。

 弱い所を容赦無く叩かれる。

「魚雷発射!」

 圧縮された空気が魚雷と共に射出され振動が響いてくる。

 防空駆逐艦「カネゴン・ブースカ」は、その名の通り元々が防空駆逐艦であるため対艦戦闘に慣れていない。それが本職の駆逐艦相手にまともにやりあっている。

「中々やるじゃないか」

 巡航艦「ガチンコ・ヤラセ」を初め帝国軍に巡航艦3隻、駆逐艦5隻に被害を与えている。

 同盟軍は奮闘しているが、自ら砲火の網が広げられた袋に入っている。すぐに「カネゴン・ブースカ」も沈められる。

「前衛の宙雷戦隊に損害が出ております」

 ファーレンハイトは気が付いた。

「混戦を狙っているな」

(だが数で劣る敵が混戦に持ち込んでどうするつもりだ?)

 戦力的にはロイエンタール艦隊が優っており、このまま行けば包囲撃滅できる。

 従卒からコーヒーを受け取り喉を潤す。気分は落ち着かない。

 スクリーンに、帝国軍の砲火に捉えられて痩せ細る敵艦隊の姿が映し出されている。

(敵の狙いが分からない。このまま突き抜けられると考えているのか)

 戦力差から考えて、正面からぶつかり合うなど愚の骨頂。

 ファーレンハイトは敵の強硬な攻撃を避け、側背に回り込もうとした。代わってロイエンタールの本隊が正面に出て戦闘に参加する。

 ファーレンハイト艦隊が退いた様に見えて、同盟軍は勢い付いて進んで行く。ロイエンタールに被害が及ぶ恐れはあった。

(敵の弾が旗艦に当たるかどうかは俺の考える事ではない)

 結果が全てであり、勝利に寄与できれば問題にはならない。それに旗艦は艦隊の中枢に位置する。有力な戦力で囲まれているのに、その艦隊を後方で遊兵化させておくのはもったいない。

(ロイエンタール提督にも苦労をして頂こう)

 ファーレンハイト艦隊に間隙が出来た。

『状況開始します』

 シェーンコップからヤンに敵旗艦突入前の最終報告が届いた。フレデリカは憂いに満ちた表情でヤンの背後に立ち、その報告を聞いていた。

(あ……)

 スクリーン越しにシェーンコップが不適な笑みを浮かべた。

 視線が絡んだ。シェーンコップがヤンの肩越しに自分を見ていたのは勘違いではない。

 視線を受け止めたフレデリカは、シェーンコップとの情事を思い出して頬を染める。

 そんな二人の様子を見てヤンも口元に笑みを浮かべた。

「どうしたの?」

 マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人は小首をかしげてヤンに尋ねてくる。

「あの二人の事さ」

 ヤンが視線を向けた先。シェーンコップとフレデリカ。気が付けば、いつも居る組合わせで二人は付き合っている物だと思っていた。

「あの二人はお付き合いしているのじゃなくて?」

「ああ。シェーンコップはね……」

 ヤンは説明する。同盟で一番浮気な男と言われているが、シェーンコップを射止めるだけならともかく自分の下に留め置けた女性はいない。そのシェーンコップがフレデリカとは相性が良いようだ。

「最高の見世物だと思わないか?」

 ヤンの言葉はマグダレーナにしか聞き取れない程度だったが、息を飲ませるには十分な内容だ。

 恋人たちの別れ。そしてスクリーンに映る戦場の光景。

 一つ一つの光球は、燃焼する時に兵の命も燃やし尽くして行く。だから輝く光は人の生命のかき消える瞬間であり、最も美しい。

 それをヤンは史劇の様だと言う。狂った理論だが、当然だとも思える。

「悪くはないわね」

 微笑みを浮かべながらマグダレーナは答えた。高揚してくる気持ちは本心だった。自分達も舞台の登場人物になった気分だ。

「ただ、あまり大っぴらには言わない方が良いわよ。普通の人には刺激が強すぎる内容かも知れないから」

「そうだね」

 口元に微かな笑みを浮かべながらヤンは、マグダレーナの言葉に同意を示す。

 ヤンは自分の信条や意見を発言する上でTPOをわきまえていた。

 シェーンコップ達を乗せた艦が敵に向かって行く。その様子を確認してヤンは暗い笑みを浮かべた。

(何かしら。また悪い事を考えているのね)

 傍らのマグダレーナはその事に思い当たり、自分を驚かすような何かをやってくれるのかと期待する。

 

 

 

 強襲揚陸艦「ノソローク」が「トリスタン」に接舷した。

「おっと……」

 衝撃が強襲に備えていた陸戦隊の面々を襲う。シェーンコップは身動ぎ一つせず待機している。

 戦争は何でもありだ。最低限度の約束事を双方で決めていないため、卑怯だと叩かれる。

(普段から正義なんて言葉を軽々しく使う人間は信用できない)

 シェーンコップは卑怯と言わせない。ねじ伏せるだけの実力を持っている。正義感だけでは生き残れないし、出世はできない。

 クロロベンザルマロノニトリル、CSガスが最初に流し込まれた。本来は暴徒鎮圧用の物だが効果は高い。

「前へ!」

 艦内の配置は叩き込まれていた。各班事に制圧目標に向かって駆けていく。

 爆発の衝撃で壁に打ち付けられた乗員が気絶して床に倒れている。一瞥すると、シェーンコップは延髄に戦斧を叩き込んで止めを刺す。敵に情けは無用だ。それ、に敵の司令官以外の捕虜は必要ない。

 敵に口を開く暇も与えず、薔薇の騎士連隊は艦内になだれ込んだ。

 アルバート・チェグウィデン大尉は帝国からの亡命貴族でも、その子弟でもない。陸戦隊の一員として要塞攻略に参加していた。その後の撤退で、ヤン達と合流してからは暇をもて余していた。

 今回任せられた使命の重要性を考えると、恋の瞬間のように心を浮き立たせる。

 元から薔薇の騎士連隊に所属していた者は数を減らしており、今では定員の半数以下だ。その為、自分達が補充として加わる。アンラックで数を減らした薔薇の騎士連隊を支援して敵旗艦に突っ込む。同盟軍陸戦隊の精鋭として名高い薔薇の騎士連隊と肩を並べて戦える得難い機会だ。

 後は突っ走り戦果を上げれば良い。そんな言葉に踊らされた自分の決断を、今では後悔している。

 艦隊の旗艦ともなれば、保安中隊や陸戦隊に相当する者も乗艦している。ガス攻撃で乗員が右往左往している横で適切な反撃をしてきた。部下に死傷者が出る。

 ゼッフル粒子の発生装置を投げようとして、自分自身も腋を撃ち抜かれた。

(馬鹿が……!)

 迂闊に身を晒した自分を内心で罵倒する。

「小隊長!」

 喉頭に込み上げてくる自分の血の臭い。致命傷で助からないと理解している。

「行け……」

 アルバートは何とか言葉を振り絞りその事を伝える。先任は頷き、部下を促す。

 本作戦は時間との勝負であり、負傷兵は切り捨てられる。

 ヘルメットの視界は、吐き出した血で赤く汚れている。班員は一瞥をすると駆けていく。

「最後ぐらい、格好をつけて死ぬさ……」

 アルバートの呟きを気に止める者はいない。

 シェーンコップは準備運動として体を暖めるには十分な戦果をあげた。

 一人で既に2個分隊に相当する敵に損害を与えている。陸戦隊員でもない船乗り相手なら楽勝だった。

 殺人の技術が洗練されていると言うのも妙だが、シェーンコップの戦斧を振るう姿は女性の子宮を疼かせる物があった。

(まったく、あの人らしい)

 ブルームハルトは一人、独走するシェーンコップの姿に苦笑しながら声をかける。

「シェーンコップ准将! 一人で進まないで下さいよ」

 ライナー・ブルームハルトは、シェーンコップの部下で数少ない生き残りの一人だ。カスパー・リンツがアンラックで戦死してからは連隊長代理に就任している。無事帰還すれば15代目の連隊長は彼だと思われている。

「遅れる方が悪い」

 そう言ってシェーンコップは片目をつぶってウィンクを送ってきた。

 走って後を追いかけるブルームハルト。装甲服の中は汗をかいてびっしょりと下着まで濡れている。

(何てタフな中年なんだ)

 自分が同い年になっても、同様の体力を維持できているかは疑問だ。

 途中で立ち塞がる敵の抵抗を軽くいなしながら進む。

(旗艦とは言え乗員の数は知れている。千人切りをするわけでもない)

 司令官の首を狙う。指揮機能を一撃で破壊できる手だ。

(ただの腰巾着ではないと言うことを証明しないとな!)

 自らを奮い立たせながら、引き離されないよう後に続く。

 シェーンコップが倒した敵の血で床がぬるぬると滑る。

 角を曲がるとシェーンコップが扉の前で待っていた。艦橋だ。

「全員深呼吸をしろ」

 息を整えると、疲れ切った頭に酸素が回ったのか少し落ち着いた。

「行くぞ!」

 戦艦「トリスタン」に通信士としては配属されたヲチ・スレ伍長は、「トリスタン」に配属される前は戦艦「ベオウルフ」にいた。ミッターマイヤーの解任に伴い「トリスタン」に移動してきたばかりだ。

 どの職場にいようと緊張感を持って勤務に当たるの当然だ。 しかし敵の襲撃を受けて死線をくぐるような緊張感は願い下げたい。

(俺は装甲擲弾兵じゃない)

 思考に浸っていると艦長から指示が飛んできた。

「スレ! 頭を低くしろ!」

 ビクッと体を震わせて首を下げた。その瞬間、頭上を鋼材の破片が通過していった。

「え……」

 壁にめり込んだ鋼材に視線を向ける。

(艦長の指示が遅ければ、頭と胴体がおさらばしていた……)

 ぞっとしながらも、雄叫びを上げて突撃して来る敵を前にして持ち場につく。

「叛徒の奴等を近付けるな!」

 航行したくても周囲を敵に囲まれ船足を止められていた。侵入して来た敵は艦橋を狙っている。

「帰還したら隊員クラブで全員に奢ってやるぞ」

「じゃあ、酒も飲み放題ですか?」

 敵と戦いながら軽口を叩く猛者もいた。

「ああ。好きなだけ飲め」

 艦長のシルクド・ソレイユ大佐は部下を鼓舞して防衛を指揮している。しかし士気がいつまで持つかは疑問だった。敵に勢いを感じた。

 

 

 

 ミューゼル艦隊はヤン艦隊の後方に迫っていた。ロイエンタール艦隊がヤン艦隊と交戦に入った様子は、無人偵察機から中継される映像でわかった。

「俺達の追跡していた敵かな」

「だと思います」

 自分達の追撃から逃れようとした時のような繊細さは感じられず、強引な攻め方に見えた。

 自分達が迫っている事に気付いているだろうが、阻止できる状況ではない。ラインハルトに挟撃の機会が訪れた。

(散々、嫌がらせのように自動砲台や機雷をばらまいてくれたが、これで終わりだ)

 ロイエンタールと連絡を取りたいが、「トリスタン」との連絡が繋がらない。映像から見て、「トリスタン」に敵艦が取り付いていた。

「それで旗艦に敵兵が斬り込んでいるのか」

 艦隊の数で優っているが動きに俊敏性が欠けている。ロイエンタールの指示を仰げないため、仕方がない事なのかもしれない。

『敵は薔薇の騎士連隊。叛徒の精兵です』

 報告を受けてざわめきが起こった。帝国軍にもその武名は知られている。

 ラインハルトは表情を歪める。思い出したのだ。

 キルヒアイスも「ああ、奴等か」と納得できた。ロイエンタールもみすみす討ち取られはしないだろうとも思っていた。

 帝国領から追撃していたミューゼル艦隊と、フェザーンから後退するロイエンタール艦隊。両者は包囲網を構築しようと動いている。

 だがロイエンタール艦隊は旗艦が襲撃を受けており動きに乱れが生じていた。

 ファーレンハイトは意外な状況に舌打ちをした。

「ロイエンタール提督をお救いしなくては!」

「それには、まずは目障りな敵の護衛艦艇を排除する」

 

 

 

 旗艦が襲われて艦内では乗員が抵抗を続けているという。

 ロイエンタール提督も災難だな。

 急報を受けて「トリスタン」の舷側に駆逐艦「ミステル」は取り付いた。

「先任、後お願い」

「はい、艦長」

 敵の駆逐艦を始末したら、そのまま艦内に侵入した敵を排除しろとの命令を受けたのだった。

(これって駆逐艦乗りの仕事じゃないな)

 そう思いながらも装甲服に身を包み僕は「トリスタン」に乗り移った。

 通信室、CIC、機関室。最初にどこの応援に向かうべきか。

 艦の運行よりも、艦隊の指揮回復の方が優先だ。

「急げ! ロイエンタール提督を敵に討たせるな」

 この場で正規の装甲敵弾兵として地上戦を経験した事があるのは僕ぐらいだ。必然的に指揮は委ねられる。

(くそ!)

 隔壁が閉じる前に体を滑り込ませたのは、僕と部下の3名。なんとか間に合ったと思ったが、武器を構えて敵が待ち構えていた。

(有りがちな状況だな)

 苦笑いを浮かべると敵兵が襲いかかって来た。

「帝国軍の奴らを合流させるな!」

 正規の陸戦隊と艦艇の乗員では戦技の練度も異なる。味方は押されていた。

(舐めるな!)

 戦斧で相対した敵の足を払うと、滑って倒れた顔面に柄の部分を叩き込む。

 ヘルメットを突き抜け床に脳漿をぶちまける。

 味方を倒されて敵が向かって来る。敵の斬撃を戦斧で受け止める。

「くっ……」

 少し動いていないだけで体が鈍った。息が切れる。

 どっと汗が噴き出て来る。自分の足で駆け抜け戦うの久しぶりだ。

(帰ったら運動をしないといけないな)

 駆逐艦が小さいとは言え艦長としての仕事は幾らでもある。体力練成をしている暇が無かった。

(暇は作る物か)

 考え事をしている余裕がまだある。

 力を抜いて相手を誘い込み、そのまま薙ぎ払う様に一撃を入れて倒す。

 

 

 

 ルパート達が艦橋へ向かっている頃、シェーンコップは敵の抵抗を排除してロイエンタールと対峙していた。

「卿は何者だ?」

「ワルター・フォン・シェーンコップ。お見知り置き願おう」

 お互いに相手の力量が只者で無いと見て取った。

(この男の前では時間稼ぎは無駄か)

 艦橋はほぼ制圧され、ロイエンタールは捕虜になるか、抵抗するかの選択を求められていた。

 ヤンは敵の増援が旗艦に取り付いたのをスクリーンで確認した。

(十分に敵の注意を引きつけてくれたな)

 ただ、最初に一戦を交えたファーレンハイトの艦隊は、包囲の構築を優先している。混乱は見られない。旗艦に依存しない判断で動いている。

「艦長、前進一杯だ。この宙域から離脱する」

 突然の言葉に反応できなかった。

(味方が敵の旗艦に突入した。目的は敵の旗艦を人質にとって味方勢力圏へ脱出すると言う作戦だったはずだ)

 この宙域から脱出する。その命令が意味する事に気付いて艦長が批難の声を上げようとした。

「それでは、他の者達は……!」

 ヤンは先を言わせない。

「私の頭は同盟にとって必要な物だ」

 この意味分かるねとヤンは微笑んだ。

「心配しなくて良い。貴官は私の命令に従っただけだ」

 ヤンを生き残らせる事は、必然的に自分達を生き残らせる事になる。迷う事も無い。人はいざとなれば自分が可愛い。飢饉の時に、親が愛する我が子を食べる事すらあるのだから、奇麗事など言っても仕方が無い。

「ねぇヤン」

 マグダレーナが耳元に囁く。

「なんだい?」

「貴方、初めから突入した者を囮にする予定だったの?」

 フレデリカがヤンを睨んでいるが、声は聴こえないだろう。

「シェーンコップは生きていたら、いつか障害になると思ったんだ」

 シェーンコップ瞳の奥には憎悪が感じられた。

(非戦闘員を巻き添えにした事が奴には納得できていなかった)

「切り札は最後まで取っておくものだ。それに自己犠牲の騎士なんて時代遅れな物だろ? 」

「悪い人ね」

 くすくすとマグダレーナは声を殺して笑い出した。

 戦艦「ヒューベリオン」と周囲の艦艇が、混沌とした戦場の脇を通り抜けて離脱していく。

 

「敵艦隊の一部が、我が艦隊の後背に向かっています」

 ファーレンハイトは自分の艦隊を迂回するように通り過ぎていく艦隊を見た。数は100隻あるかどうかの小規模な戦隊だ。

「後方遮断か。違うな……戦線から離脱している?」

 ファーレンハイトにヤンの意図は読めなかった。見えているものだけが真実とは限らない。だから敵の、何らかの欺瞞行動かと疑った。深読みのし過ぎで手を出さなかった。

“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)に帰還後、ヤンの行動を知ったファーレンハイトは破廉恥な恥知らずと罵った。

「トリスタン」の艦内に残されたシェーンコップ達の命は消えかけていた。

「司令部からの応答がありません」

 ブルームハルトの言葉にシェーンコップは、視線を「トリスタン」のスクリーンに向けた。

 世界は残酷だ。目を疑う光景が広がっていた。戦艦「ヒューベリオン」が司令部付隊の艦艇と共に戦場から離脱していく。ヤンのほくそ笑む姿が脳裏に移った。

(糞っ、彼奴の尻馬に乗って首を突っ込むんじゃなかった)

 自分の甘さに潰される奴はよく見てきた。

(だが俺もとは……)

 一瞬でも信じた事は間違いだった。

(自分達は帝国軍の注意を引き付ける囮だった)

 ヤンは味方を犠牲にして逃げ出した。

(畜生。あの野郎、地獄を見せてやる!)

 使い潰されるとは屈辱だった。 

 次にあったときは遠慮なく捻り潰すと決意した。

(だがどうする。どうやってこの危機を切り抜ける)

 興味深そうにシェーンコップ達を見ていたロイエンタールは口を開いた。数分前まで、捕虜になるのはロイエンタールの立場だったが状況は逆転した。

「どうする卿達を置いて司令官は逃げ出したようだぞ」

 ロイエンタールの言葉には嘲る物はなかった。

「これまでの勇戦に敬意を表して投降を薦めるぞ」

「降伏は好みではない」

 黒に銀の映える制服も、血と硝煙で薄汚れている。

 まだ死の河を通り過ぎるには早すぎる。

「ならば、そうだな……」

 ロイエンタールは悪戯を思い付いたような表情を浮かべた。

「卿ら、亡命しないか? 俺の食客として保護してやるぞ」

 静寂とした空気が艦橋に満ちる。シェーンコップは不敵な笑みを浮かべると戦斧を床に立てた。

「……それならかまわん」

 亡命をする事自体が珍しい事ではない。同盟の移民局はフェザーンからの移民以外にも、帝国からの亡命者を取り扱っている。帝国にも受け入れる機関や体制はある。出世頭ではリューネブルクが上げられる。

(ヤン・ウェンリー。奴をこの手で始末する機会が与えられるなら構わん)

 シェーンコップと薔薇の騎士連隊が投降した後、ロイエンタール艦隊は残る艦艇にも投降勧告を送った。

「返事は無いか」

「はい。旗艦が逃走して指揮系統がまとまっていないという事では無いでしょうか」

 統率を執るべき責任者の不在。その為、同盟軍は個々の艦長が判断して動いている。

「だからと言って砲撃が止まない以上、手を抜く訳にも行かない」

 自分達に砲火が向かって来る以上、その脅威を排除するしかない。

「はい」

「勝ちは六分をもってよしとす」と古代の偉人は言っている。実際の所、それを言った王の国は滅んだ。後事を託す後継者育成に失敗したのも、その様な中途半端な心構えだったからだ。

 これで良いだろうと言う物は無い。勝てるときに勝つのは当然だ。そこで手を抜く事こそ慢心なのだから。

 ロイエンタールの傍らに武装解除されたシェーンコップが並んで立ち、スクリ-ンを見詰めている。ロイエンタールは気にする事無く指示を出す。

「止めを刺してやれ」

 完全に包囲され切り捨てられた艦隊の残りを、帝国軍から放たれた砲火で光の渦が覆う。

 返す刀で「ミステル」に戻ったルパートは、休む暇も無く残存艦隊への攻撃に加わっていた。

「突撃!」

 雷撃を加えようと宙雷戦隊が増速する。その針路上で青白い光球が発生して、飲み込まれていく艦影。

 その様子を見て僕は指示を出す。

「あ、後進一杯!」

「ミステル」が回避の為、急停止する。この瞬間にも駆逐隊が丸ごと消滅していた。レーザー水爆による攻撃だ。

「『スマイレージ』『ハロヲタ』『カズチィ』沈没!」

 帰ったら焼肉を食べに行こうと誘って来た同僚の顔を思い出す。

(あいつの奢りだったのに……)

 この至近距離で使ったのだ。敵にも損害が出ている。包囲の外縁部と接していた駆逐隊が余波を食らって爆発した。

「破れかぶれか」

 その時、敵の後方に光球が次々と現れた。遠距離からの艦砲射撃だ。

 

 

 

「ミューゼル艦隊ですね」

 ロイエンタール艦隊はミューゼル艦隊とすれ違った。レンネンカンプ艦隊が代わって前衛に出ると言う事だ。

『後は小官にお任せ下さい』

 ラインハルトは自信と覇気に満ちた表情で挨拶を送ってきた。

(美味しい所だけ持ち去られるか……)

 ロイエンンタールは自嘲気味な笑みを浮かべる。

“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)に帰還すると、同盟軍の帝国領での殺戮行為や帝都での騒乱の情報が入ってきた。

「フェザーン本星を目前にしながら、撤退せざるを得なかった事を我が身の不徳と恥じ入ります」

「いや、卿は良くやってくれたよ」

 フレーゲルから労いの言葉をかけられ、艦隊は休養と再編成の為、帝都に帰還する事となった。

「次の作戦がある。短い期間だが、ゆっくり英気を養ってくれ」

「御意……」

 

 

 

 

“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)に帰還すると、オフレッサーに呼びつけられてルパートは酒の供をする事になった。

 薔薇の騎士連隊の投降でロイエンタールは面目を保った。

「首の皮一枚だがな」

 オフレッサーの言葉に一瞬、表情を強張らせながらも僕は努めて明るい口調で言う。

「同盟からの亡命者が、名だたる薔薇の騎士連隊。どう言う扱いをするか大変ですね」

 帝国では悪名の方が大きい。何と言ってもテロ攻撃の実行犯捕らえれた戦果は大きい。

「正道に戻ってきた。縛り首にする訳にもいかないだろう」

 少しふざけた口調で言うと不敵な笑みを浮かべた。

「シェーンコップだが、奴は復讐の機会を求めているそうだ」

「部下ともども囮にされれば仕方ないでね」

 敵艦隊の指揮官はヤン・ウェンリー。イゼルローン要塞後略の立案者。それだけではなく帝国領内での破壊活動を立案したとして、ヤン・ウェンリーの悪名が知られている。

「内務省の手入れで逮捕されたと聞いていましたが……」

「男爵夫人の手引きで脱獄したそうだ」

 女一人をたらしこんだ女衒に思えた。

「まるで魔術師だな」

 オフレッサーは皮肉を込めてヤンを評価した。

「ええ。出来る事ならこの手で殺してやりたいです」

 友人の家族も、薔薇の騎士連隊による破壊活動で犠牲者になっていた。

 内務省警察局から弟夫婦の射殺死体が発見されたと連絡が入り身元確認に行ってきたそうだ。

『御丁寧に妻子は犯されて殺害されており弟の死体はバラバラだったよ』

 そう報告して来た友人の表情は一生忘れられない物だった。

 弟夫婦はピクニックの途中で襲撃されて、乗ってきた私有車を奪われたと言う。

 作戦を実行したのは薔薇の騎士連隊だ。だが作戦を立案したヤンを許せない。

 枝豆に手を伸ばすと、横からオフレッサーの手が伸びてきて小鉢事持って行かれる。

「貴様も、そろそろ駆逐艦から降りてもらうぞ」

 枝豆を追っていた視線をオフレッサーの口元から外す。

「え」

 フェザーンの討伐。その仕置きが終われば、人事異動が発令される。

「陸が恋しくなっただろう。地に足を付けて戦えるぞ」

 

 

 

「うん。旨いな」

 噂の渦中の人物であるシェーンコップは、山盛りの大根サラダを口に頬張っている。

(よく食えるな。この人は)

 シェーンコップとブルームハルトは食堂に通された。要塞と言う事もあり規模は大きい。今は人影も疎らだ。

「どうかしたか?」

(些細で何でもないと言う事か)

 ゆったりとお茶を飲んで怪訝そうな表情を浮かべる上官を見て、ブルームハルトは真面目に考えていると頭が痛くなりそうだった。

「……いえ」

 出された食事に手を出さないブルームハルトに、世話を命じられたホフマイスターが口を開いた。

「お口に合いませんか?」

「そう言うわけではない」

(毒殺を疑っているとも言えない)

 何しろ、少し前まで自分達は彼らの仲間を殺戮していたのだ。

「毒は入っておりませんよ」

 図星を突かれてどきっとした。二人の間を緊張した空気が漂う。

「ん。喰わんのなら俺が貰おう」

 そう言うとシェーンコップはブルームハルトのトレイを取る。

 シェーンコップによって、空気はうやむやにされた。 最後はデザートまでお代わりしていた。

 トイレに行くとシェーンコップがさりげなく呟いた。

「あの場で出された食事に手を出さないのは非礼だ」

 はっとして顔を向けると、シェーンコップは疑うのは解るがなと付け加える。

(初めから気付いていたんだ)

「申し訳ありません」

 シェーンコップの度胸に感嘆として、自分の軽率な態度を謝罪した。

 

 

 

 このままフェザーンを潰すのは容易い。様々な利害関係の思惑が絡み合う事によって、帝国から最後の勧告が行われる事になった。

 メックリンガーが使者としてフェザーンに訪れた。再会の挨拶を交わすことも無く、冷徹に用件だけを述べた。さすがにルビンスキーも憮然とした表情で受け応えした。

「断れば帝国はどうするつもりですか」

 降伏するか、滅ぼされるか。答えは決まり切っているが尋ねずにはいられなかった。

「叛徒を叩き潰す前に、フェザーンが歴史の1ページになるだけです」

 反乱鎮圧後のアンラックは、帝国の新たな市場となっている。フェザーンと規模こそ異なるが、今後の進展が望める。フェザーンだけが全てではない。

「同じ支配されるなら楽な方を選びませんか」

 勝者の余裕か、遠慮の無い物言いだ。

「ゆっくり相談をなさって下さいと申し上げたい所ですが、時間は限られております」

「特使殿がお戻りの時間までに返事は決めさせて頂きます」

 壁にかかった時計を見ながらメックリンガーは答える。

「お互いの為に、良い返事を期待しております」

 礼をするルビンスキーの横を通り退室しながらそう囁いた。

 帝国からの使者を宿泊施設として宛がったホテルに待たせて、ルビンスキーは長老会議を召集した。

 ルビンスキーからの報告を受けて突きつけられた選択に、長老会議の議事進行は紛糾する。要約すると「降伏した場合、我々の既得権益はどうなるのだ」と言う事だった。

 怒りと屈辱の混じった視線がルビンスキーに集中する。

(ざまあ見ろ。俺が悪いと責める事も出来ないからな)

 老人達は商人として利益を失う事を看過出来ない。帝国との手切れを決めたのは長老会議だ。

 足掻けば足掻くほどに袋小路にはまって行く。

「フェザーンの代表者である私達の処罰は避けられないでしょう」

 最悪、極刑もありえるが、ルビンスキーには傀儡であったと言い逃れる選択もあった。

 戦うも亡国、戦わざるも亡国。フェザーンの歴史が終わる。

「これ以外の選択肢など無いと言うのか」

 誇りを捨て降伏するか、意地を張り同盟と共に滅びるしかない。

 

 

ルート選択分岐

 

a)提案の受け入れ。諦めて降伏する→3-1

b)提案の拒否。ナンセンスだ! お情け主義など冗談ではない、最後まで戦う→4-1



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銀英伝に転生してみた 37話(3-1を選択)

37.3-1

 

 フェザーン回廊での戦いは終局に向かおうとしていた。フェザーン軌道上には同盟軍第二陣の艦艇が展開している。目的はフェザーン防衛、目標は帝国軍の撃破又は撃滅。

 推進剤の補給作業急がれる中、パエッタは一際損害の激しい艦隊に視線を向ける。

 弾痕だらけの廃船と見紛う駆逐艦、艦尾を失った巡航艦、貴重な推進剤を吐き出し続けている戦艦。無傷な艦艇は1隻もない。

「残存戦力の収容はどうだ?」

「ヤマグチ中将に第13艦隊編成の辞令が出ており、第5艦隊も任せられたそうです」

 第一陣として送り込まれた3個艦隊が壊滅して残余艦艇がかき集められた。名称こそ第13艦隊となっているが、実体はお荷物にすぎない。

(ヤマグチも貧乏くじを引かされたな)

 後輩の顔を脳裏に浮かべて、苦労を考えると憐れに思う。

 パエッタは戦場で勝利を得るべく邁進して来た。その自分だから分かる事もある。

(この戦争は負けだ)

 強大な戦力を保持する帝国軍と、まともにぶつかり合って勝てると思うほど楽観視をしていなかった。

 評議会の決定に従うのはシビリアンコントロールの結果だが、政治家が同盟を滅ぼそうとしているのは納得できない。急遽降って沸いたフェザーンへの派遣。そして逐次戦力の投入。

(行き当たりばったりか……)

 統合作戦本部が立案した対帝国戦略は、こちらから攻めずフェザーンを緩衝地帯として戦力を回復する事だった。しかし、現状は消耗戦に引きずり込まれている。

(その結果が、これだ)

 フェザーン側の空気が当初の歓待するような姿勢から、微妙なものに変わっていた。

「帝国と講和を結ぶという噂もあります」

 自分達、同盟軍が犠牲を払った事でフェザーンは守られてきた。排外主義、差別主義の帝国と融和すると言う事は、同盟にとって裏切りと言えた。

「だとしたら、我々はどう動くかだな」

「連中に非和解で戦い抜く根性が無いなら、帝国軍の奴等と一緒に血の海に沈めてやりましょう」

 裏切るなら武力行使でフェザーンの制圧も辞さない。その様に部下は意見を言った。内心では同意できた。しかし、それをしてしまえば民主主義の大義を失う事にもなる。

「上の判断を待つしかないな」

 現時点でなら、対峙する帝国軍を蹴散らせると自負している。しかし戦闘停止命令が出されており、今は政治家に判断を委ねるしかない。

(時間の経過と共に敵は増強される)

 無尽蔵に思える敵戦力。この先に描ける未来は悪夢でしかない。

 

 

 

 ヤン・ウェンリーは、パエッタと合流して息を吐く間も無くハイネセンより召還命令が出た。帝国領内での後方攪乱任務の報告である。

 ヤン・ウェンリーの帰還。それと同時に3個艦隊壊滅の報告がハイネセンに入った。

 フェザーンは封殺されビュコック、ウランフ、ボロディンと言った名だたる提督の戦死も痛い。同盟軍が受けた打撃と損害の深さを痛感する。

(帝国領を荒らし混乱させる事には成功した。だが迷走させる程では無かった)

 シトレは苦虫を噛み潰した様な表情で、損害報告に目を通していた。

(今回の作戦で非戦闘員を殺傷した。同盟軍の威信は泥にまみれたと言うが、そんな事よりこの戦争は分が悪い)

 パエッタの到着で帝国軍が一時的に退いたが、いずれ再攻勢に出てくるのは明白だ。このままでは、せっかくイゼルローン回廊を封じたのにフェザーン回廊で同盟の国力は搾り取られてしまう。

 更なる軍拡と徴兵を行わぬ限りは同盟軍の戦力は磨り減るばかりだ。だが徴兵は禁じ手である事も理解していた。人的資源の枯渇は経済活動も停滞させる。社会が回らなく成るのだ。

 

 

 

 幸せは落ちていない。簡単に見つけられる物ではない。今ある物に満足できるなら、それも幸せの形ではないだろうか。

 ユリアン・ミンツは両親の死後、ヤン・ウェンリーに拾われた。ヤンは私生活ではだらしない一面もあるが常識人でここでの生活に不満はない。

 ヤンを見ているとイゼルローン要塞陥落の英雄と言う印象は無い。食事時に眠たそうな表情でこちらを見つめるヤンは、冴えない中年でしかない。

「中年って私はまだ若いんだけど……」

 士官学校でヤンの後輩だったアッテンボローは、ヤンを不良中年と呼んでいた。ユリアンに言わせればアッテンボローも似たようなものだった。

 今では官舎に訪ねてくる者は少なくなった。ユリアンが手料理を奮うことも減った。それでもユリアンにとっての平穏がここにはある。

(それに今日は帰ってくる!)

 TV電話でヤンから知らせがあり、帰宅の時間は遅くなるかもしれないが客人も一緒だと言っていた。

(久しぶりに腕をふるえる)

 夕食の献立を何にするか食材を確認しにキッチンへ向かう。

 

 

 

 帝国軍の襲来に備えて、お飾りとはいえ防空火器が屋上に設置され要塞の趣を見せる統合作戦本部の庁舎に、宇宙艦隊司令長官のロボス元帥、参謀長グリーンヒル大将、統合作戦本部長シトレ元帥と言った軍の重鎮が集まっていた。

 室内の空調が効いているはずなのに書記のリチャード・ドゥティ大佐は息苦しさを覚えた。無理もない。今日は内輪での非公式な査問だ。

 呼び出されたのはイゼルローン要塞陥落の立案者であるヤン・ウェンリー。若き英雄だ。

「ヤン中将。貴官が部下を見捨て敵前逃亡したと言う証言があるのだが、これに対して申し開きはあるか」

 グリーンヒルは顔をしかめてそう言った。

「それは誤解です」

 ヤンにとってこの問答は想定済みであり、額に汗が浮かべ困ったような表情で演技をする。

「誤解だと? 反革命、反民主主義の敵対者は許されない。君の行いは反階級的犯罪で同盟軍の歴史的指命に対する裏切りで、組織規律の重大な侵犯であると分かっているのかね」

 言い訳は許さないと、グリーンヒルは強い眼光でヤンを睨んでいる。

「弁解を許されるなら私欲からではありません。小官に与えられた任務は帝国領内での後方攪乱でした。物理学が示す通り環境が人を変えるのです。今回の場合は環境が人を支配した実例です」

 残念ながら逮捕されましたが、と断って続ける。

「アンラックで戦線の一翼を担う革命軍支援は、事前の計画に則りムライ少将が指揮をしました。小官が合流したのは帝国軍に破れた後でした」

「その辺りは端折って良い。問題はフェザーン回廊で帝国軍と遭遇した時の事だ」

 ヤンはなるほどと言う風に頷く。

「小官には任務を報告する義務がありました」

 指揮官は、兵と共に死ぬべき事が仕事ではない。

「あれもこれもと、全てを望む事は不可能です。優先順位に従ったまでです」

 答えるヤンの顔は当然の事を成し遂げたと言う物だった。

 一方で、直接的な部下を失ったグリーンヒルは眉をひそめ不快そうだった。

 シトレは咳払いをすると発言する。

「納得は出来ないが、理解はできる」

 艦隊を犠牲にしたヤンとロボス派の縁は、今回の脱出劇で切れた。ここでヤンに恩を売り取り込もうと、シトレは弁護した。

「我が軍はフェザーンで多くの人的資源を失った。ヤン中将には、階級にふさわしく同盟のためにも帝国と階級攻防で戦って貰わねばならない」

「勿論です。帝国軍の侵略を粉砕すべく邁進し、同盟の旗を打ち立てるとお約束致します」

 ヤンはシトレの思惑に乗り愛国的言動をした。いかに自分が現状を憂いているか、帝国との戦争を具体的にどう対処するか。

「ヤン中将の提案は興味深い物があった。具体的に検討して見たいと思う」

 終盤には査問の空気は消え失せており、対帝国戦争計画の意見具申の場に変わっていた。グリーンヒルは話をすり替えられたと苦々しい表情を浮かべていたが、結果的にヤンの処罰はなかった。

 他の者が退室し二人きりになるとシトレはヤンに話しかけてきた。

「ヤン中将。今回は貸しだからな」

「はい。ご期待に応えられるよう善処いたします」

 査問が終わり、ヤンが庁舎から出ると空は日が沈もうとしていた。

「早かったわね」

 ベンチに腰かけて待っていたマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人は、ヤンが歩み寄るとそう言った。マグダレーナの肩越しに私服の憲兵が会釈してきた。監視だ。フェザーンの協力者である亡命者とは言え、しばらくは監視もいる。

「それじゃ、私の家に向かおうか」

 官舎まで憲兵が地乗車で送ってくれた。窓から見る町並みは、シャッターの降りている店舗も多く、出兵前と比べて人通りが少なく感じた。

(戦時経済の統制。その影響か)

 ぼんやりと考えている間に玄関の前に地上車は停まった。

 官舎と言えど、待っている者がいると安息の地になる。久しぶりのわが家に、リラックスしてインターホンを押した。

「お帰りなさい」

 非保護者が可愛らしい笑顔でヤンを迎え入れる。

「ただいま」

 そう答えるヤンの肩越しに妙齢の貴婦人が居ることに気付いた。

「ヤン中将?」

 ユリアンの問いかける眼差しに気付いてヤンは紹介する。

「ああ。こちらは僕の知人にあたる女性だ」

「こんにちは。貴方がユリアンね。私はマグダレーナよ」

「あ、はい。ユリアン・ミンツと申します」

 突然の出会いに驚きながらもユリアンは挨拶を交わす。

(綺麗な人だけど、ヤン中将の恋人だろうか?)

「玄関先で立ち話も何だから、ともかく中に入ろう」

 ヤンの言葉に苦笑を浮かべて官舎の中に入る。

 夕食を出前で取り、食卓を三人で囲む。

「どうだい。学校の方は」

「卒業後をどうするか先生に訊かれました」

 外では相手が望む答えをする。教科書通りに愛国者を装い軍に入りたいと受け答えをしておいたとの話に、ヤンは愉快そうな表情を浮かべる。

「良いね正解だよ、ユリアン。そのまま、相手の望む答えを返して演じなさい」

 ユリアン・ミンツは人生の先輩にして保護者の言葉に耳を傾ける。

「そうなのですか?」

「要らぬ不興を買えば人生を楽しめないからね」

「なるほど」

(可愛い顔をしていても、この保護者の影響を受けているわね)

 マグダレーナは、目の前で皮肉と言うスパイスを効かせた師弟のやり取りする会話に呆れていた。

 

 

 

 グリーンヒルは仲間を見捨て逃亡したヤンに失望をした。理想を持ち反骨心のある革命の闘士と思っていたが、考え違いだったと気付かされた。

 甘利の斡旋、収賄を行う政治家と変わらなく姑息な敵前逃亡者だ。

 帰宅して扉を潜ると、玄関で待っていた娘の眼差しにグリーンヒル大将はたじろぐ物を覚えた。

「どうした、こんな所で」

 フレデリカは帰国後、ヤン・ウェンリーが友軍を囮に逃亡した事実を父親に告発した。

「お帰りなさい。ヤン中将の起訴は取り下げられたと伺いましたが?」

「ああ、ただいま。その件は残念だが事実だ」

 父であるグリーンヒル大将は、ロボス元帥の懐刀として影響力もある。だがヤンは、シトレ元帥に擁護され今でものうのうと笑みを浮かべているということだった。

(許せない! 贖いはさせる)

 シェーンコップだけではない多くの将兵が犠牲になった。フレデリカの瞳に黒い炎が宿っていた。

 

 

 

 銀河を統べる神聖不可侵な皇帝に牙を剥いたリッテンハイム侯爵。叛乱計画は土壇場で瓦解した。

 決起の参加予定部隊を事前に押さえられたのは、リューネブルクの働きにもよる。

 事情聴取を終えたリューネブルクは、軍務省で今後の進退について説明を受けていた。

「だが無罪放免とはいかない。わかるな?」

「承知しております」

 皇帝の決断一つで首と胴体が別れる。緊張しながら軍務尚書からの通達を受ける。

「よって貴官には、フェザーン地域軍(FATF)の司令官を任ずる。戦力的には不満かもしれないが鍛え上げて貰うぞ」

 フェザーン回廊で亡命フェザーン人のゲリラを相手に掃討作戦を行う。それが与えられた罰則だった。

(これでは罰どころか栄転ではないか!)

 リューネブルクは感動していた。最前線で武勲をあげて凱旋する機会を貰えた。武人として名誉な事だった。

 帝国は考えていた。

「はっきり言って、フェザーンを解体することは容易い。だが次の戦が待っている。自由惑星同盟──叛徒との決着だ。精々、フェザーン人には希望をもって働いてもらおうと言う事だ」

「はい」

 帝国軍は友軍を囮に逃げ出したヤン・ウェンリーと、汚名を覚悟に投降したシェーンコップ以下、薔薇の騎士連隊を宣伝した。3個艦隊を失い惨敗した同盟にとって、この不祥事を認めるわけにはいかなかった。

 ヤンの言い分を認めて同盟市民には仕方の無い犠牲と喧伝した。一方で薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊の名は同盟軍の汚点でしかなかった。帝国軍に投降しただけならまだしも、積極的に帝国の尖兵としてフェザーン地域軍などに参加したとある。同盟への亡命帝国人が白眼視され、あるのは疑心暗鬼の社会不安だけであった。

 フェザーンの再軍備。その為、人員と器材を帝国から提供し補完する。帝国軍の後方で作戦に当たるが、貧弱な組織では困る。ハルオ、ルパートや多くの人間が出向する。

「内務省の管轄で設置されるが、戦時の指揮系統はこちらに一元化される」

 まあ、今も戦時だがなと付け加える。

 そこに秘書官が微笑みを浮かべて、お茶とお菓子を二人の前に置いていく。

 戦場で血と硝煙にまみれてきた自分には縁の無い香水の香りが鼻腔をくすぐるとリューネブルクは思った。

(俺には高嶺の華だった妻のように、いずれ誰か、有力者に貰われていくのだろうな)

 一部のフェザーン人には、帝国に不満を持ち武装解除に応じない残党を匿っている者も居る。それがテロを助長している。残党狩りは報償金を賭けた。

「現地住民に任せると手を抜かない。古代の植民地支配に倣ったやり方だ。貴官はどう考える」

 意識を切り替える。

「FATFはフェザーン人と亡命者を有効利用できる。悪くない手ですね」

「うん。貴官になら、元部下のシェーンコップを使いこなせるだろう」

 この新設される組織は未知数だった。内心複雑な心境で曖昧な笑みを浮かべる。

「温情に感謝いたします」

 少なくともリューネブルクは名誉の戦死を選べる。自分が死んで家族に類が及ぶこともなく、遺族年金を残せると言う事に安心感を覚えた。

 

 

 

 独立商船「ベリョースカ」の薄暗い船内で男は電子新聞の記事を読み上げていた。

「意外に呆気なく降伏したな……」

 フェザーンが自治権を放棄して帝国に降伏すると同意したのは10日の事だった。

「帝国暦487年12月15日正午までに同盟軍はフェザーン回廊から退去して貰いたい」

 正式な退去指示が出された。

「亡命するならこれが最後の機会だ」

 帝国はフェザーンを緩衝地帯として残す選択をはなから放棄していた。講和条約締結後に進駐してきた帝国軍の戦力は大きく、フェザーン人に同盟領内進行への前線基地として活用する方針を示していた。

 帝国の武威を前に、いままでフェザーン人として保証されていた権益を失う事になる。

 住民は同盟に亡命するか、唯々諾々と帝国に従うかの選択を迫られる。

 ここにも選択を迫られている男がいた。

「それで船長。俺達はどうなるんですか?」

 船長と呼ばれた男、ボリス・コーネフは密輸行を手掛けていた。

 帝国が広域指定犯罪者として捜索していたヤン・ウェンリーの逃走にも手を貸した。

 カストロプ叛乱でもフェザーンから消耗品の輸送にあたった。すねには傷があり、内務省が見逃すとは思えない。

 おんぼろな船はともかく、これまで苦楽を共にしてきた部下を帝国の手に引き渡すことは避けたい。

「お前達は俺に付いてくるのか?」

 部下たちに否応も無い。ボリスに付いていけば安心と言う自信を持っていた。

「勿論です!」

 幸いにして家族はいない。フェザーンに引き留める者がいないのならば同盟に亡命するだけだ。

(商売はどこでもできるからな)

 ヤン・ウェンリーも亡命するならば便宜を図ってくれるだろうと言う、考えがあった。

 新たに臣従宣誓が行われて、フェザーンは自治領から皇帝直轄領へと変わる。フェザーンの住民を三等人種として待遇すべきだと言う意見も出たが、同化の融和政策が選ばれた。しかし、フェザーン人にとって住みやすいかは別だ。

 

 

 

「貰える物は何でも貰っておけ」

 軍隊の鉄則である。自分が要らない物でも他者には有用な物かもしれない。物品愛護の教えを混ぜた話だ。

 物の付加価値を正しく判断できるかどうかは人生経験も必用だ。人材の有用性。その判断基準も同じく言える。

 使えないと思っていた者がある日突然、優秀になっている。お膳立ても必要かもしれないが人材育成は時間がかかる。一昼一夜で判断はできない。

 帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の前に立つラインハルト・フォン・ミューゼルもその一人だ。統帥本部次長アルフレート・グーゼンバウアー中将の同席していた。

「ラインハルト・フォン・ミューゼル准将。皇帝陛下の命により艦艇6800隻を以ってテロ組織である地球教鎮定を命じる」

「はい!」

 ラインハルト・フォン・ミューゼル。人間は変われば変わるものだ。かつては増長した小僧でしかなかったが、多少は協調性を身に付けたように見えた。

「よろしかったのですか?」

「上部だけの演技かどうかは、まぁこれからの働き次第だな」

 ミュッケンベルガーは、グーゼンバウアーに向かってそう言った。何しろ、第六次イゼルローン要塞攻防戦ではラインハルトの指揮で一個分艦隊が壊滅したのだから、そう易々と信用する事はできない。

(今はもう少し保護観察の期間だな)

 いずれは黄金の鷲になって飛び立つかもしれない。だがそれは今ではないのは確かだ。

 

 

 

「ミューゼル准将が地球教鎮定の下命を受けたそうだ」

 ラインハルトの噂を酒の魚に、ミッターマイヤーはロイエンタール相手をしていた。共と過ごす時間は雑念から心を落ち着ける。一人で居ると善からぬ事を考えてしまうからだ。

 FATFが地上戦の主力となる為、地上軍の指揮はリューネブルクが執る。ラインハルトは艦隊を自由に動かす最良が与えられた。

「軌道上から艦砲射撃で総大主教の居る根拠地を叩けば済む事じゃないか?」

 宗教上の殉死者を出す訳には行かない。情報管制と物理的封鎖で地球は世界から葬られる。

「多少の無理は利くだろう?」

 核攻撃も辞さないなら楽勝だろうと、ロイエンタールは大量殺戮兵器の使用をほのめかせていた。ミッターマイヤーは、ふとアルコールの香りに焼け焦げる臭いを感じた。飲みすぎたかと軽く頭を振って唇を開く。

「それでは正解とはいえないな」

 力攻めをすれば済むと言うものでもない。首領が生死不明では困る。

「死体を確認せねばならんからな」

「なるほど」

 その任務を行うFATFが相手にするのは狂信者。普段、同盟軍を相手にしている戦闘よりも凄惨な物になるだろうと想像できた。

「だからミューゼル准将か」

 ロイエンタールはこれを踏絵と読んでいた。この戦いでは決断を求められるだろう。ただの小僧では無いと証明する機会だ。期待に答えられる男なら、忌まわしい過去を振り切って、再び出世街道に立ち戻れるだろう。

 

 

 

 12月も半ばを過ぎた24日。太陽系の地球。銀河に住む全ての人類発祥の惑星。地球教の聖地にして根拠地だ。そこで信者は寡黙的な生活を送っている。

 多くの宗教が既存の宗教を取り込む事で勢力を拡大したように、クリスマス行事も地球教に取り込まれていた。祝日の前夜、浮わついた空気が流れていた。

 男の名はヴォルフガング・シュッセル。司祭として地球教の幹部であり、迷う事無く長年、信仰をしてきた。近年では、信者獲得にばかり目が行き、教団幹部の中に、サイオキシン麻薬を使用した洗脳で犯罪紛いの勧誘を行っている者もいる。シュッセルは信仰心の厚さを自負しているが、そのやり方は下品だと思う。

(内部の自浄効果を期待したい……)

 だが、総大主教自体に信者に手を出しているなどと黒い噂が流れていた。

(このままで良いはずがない)

 地球教は宗教団体ではあるが、一つの惑星をほぼ完全に支配している。信者と言う手段を用いる事で、帝国や同盟の諜報機関を凌ぐ情報戦を展開してきた。

 自分達が聖地と仰ぐ地球の防衛は、教団の大きさに対して驚くべきほど貧弱な物だった。

 軌道上には申し訳程度の偵察衛星が浮かんでおり、防空用の火砲やミサイル発射機の類いは備えられていない。

「誰がこの聖地に手を出す?」それが彼らの持論だった。

 しかし、近年の情勢変化は地球教にも影響を与えた。叛乱鎮圧の為と称してフェザーン越境を行い、遂にはフェザーン進攻を行った帝国。いつ自分達の教団に牙を剥くかもしれない。それは杞憂に終わらなかった。

「シュッセル司祭様。ブルジョワジーの手先、帝国軍の艦隊が迫っております!」

 防空指揮所と呼ぶにはみすぼらしい警備隊詰所に、衛星からの情報が届いた。観測された艦艇数は、後続を含めると一万隻を軽く越える。帝国の侵攻と言う文字が脳裏をよぎる。

 地球教は、情報を統べる者が世界を動かせると知っており、帝国と同盟の共倒れを狙っていた。

 良い小説を書こうとして資料を買い漁っても、積んでるだけで読まなければ部屋のゴミだ。同じ様に、情報は持っていても生かさなければ宝の持ち腐れだ。自分達に接近して来たルビンスキーを飼い慣らしたつもりで、最後の瞬間に止めを刺したのも情報だった。

 アドリアン・ルビンスキーの造反。地球教はルビンスキーに首輪をつけたと安心しきっていった訳ではない。だが監視は懐柔されており、情報を最後まで察知できなかった。

 帝国に売り渡されたのは地球教に関する密謀の数々と、銀河に張り巡らされた枝について。国内の防諜に目を光らせていた帝国は、ルビンスキーの身の安全を保証し、引き換えに情報を手にいれた。歴代皇族の殺害計画や叛乱の煽動。フェザーンの黒幕は地球教だった。

 作戦名「神の座」発動により、ラインハルト・フォン・ミューゼルの艦隊がやって来た。

「総大主教様にご報告を! それと警備隊を呼集して下さい」

 シュッセルの指示に警備隊は動き出す。地球教に転換期がやって来た。

(せめて防空火器だけでも備えておくべきだった)

 気付いた時には全てが後手に回る。

「グルームレイクとの回線が途切れました!」

 第一段階として軌道上の衛星がワルキューレに排除され目と耳が失われた。

 

 

 

 初陣。それは期待と緊張感を持つ物だ。だが、現実は味気無い。歴史上の英雄のように武勲をたてる機会は、早々に訪れる物ではない。

 ハルオの指揮するFATF第101大隊はフェザーン人志願兵と出向の帝国軍人からなる。新設部隊の初陣。部隊を錬成する時間は少なかった。

 厄介事を押し付けられた気分でハルオはため息混じりに、傍らに立つ部下に話しかける。

「俺が大隊長でお前が中隊長とはな」

 中隊長の一人として部下に同期がいた。ルパート・ケッセルリンク大尉だ。

「お前の方が俺より大隊長に向いていると思うんだがな」

 ハルオから見てルパートは完成された人間だった。同期とは思えないほどの落ち着きを持っており、臨時に任された小隊を歴戦の指揮官のように指揮していた。

(あれで初陣とは思えない。別の世界で実戦経験を積んでいたと言っても信じるぞ)

 あながち間違いではなく真相に一番近づいていた。

 ハルオにルパートは答える。

「謙遜するな。薔薇の騎士連隊を相手に戦ったんだ。当然だろう?」

 ルパートは中隊規模以上の指揮をしたことがない。駆逐艦にも長く乗っていた為、ハルオの実戦経験に一目をおいていた。

 ルパートの言葉に恨みがましい視線を向けてハルオは言った。

「それならせめて俺の階級を上げて欲しいな」

 二人とも階級は大尉のままだった。

「役職手当てがつくんだろう?」

「微々たる物さ」

 にもかかわらず責任と仕事は多いとハルオの瞳が語っていた。

「いっちょ、ぶちかましてやろうぜ」

 ルパートはハルオに不敵な笑みを返した。

 帝国軍には地球教の拠点配置や装備の情報が伝えられている。軌道上から惑星を調べたところ、中世時代と同程度の文化圏が存在する事を確認した。

 問題となるのは北米大陸のカートランドと呼ばれる地域。古代史研究で高名な歴史学学者ウィリアム・ムーアは、当時の世界帝国である米国のシグマ、プレイトン、レッドライト、フェニックスと言った計画によって巨大な地下施設が築かれたと記している。

 その場所は現在、岩盤に囲まれた大地で岩と枯れた樹木が立っている。ただ、電子の目は誤魔化せない。巧妙に偽装されているが、大出力のアンテナや貯水槽があった。明らかに地下施設の為の物だ。地球教は、施設を修復し再利用していた。

 

 

 空爆で地ならしをして地上軍が降下する。

 降下作戦の原案は僕が立案した。ハルオに頼まれたからね。

 参考にしたのはクロプシュトック討伐の焼き増しだ。

「敵の抵抗は軽微です」

「うん」

 0600時、FATF第101大隊は北米大陸東海岸に降下した。

(地球か、何もかもが懐かしい。その内に日本も行ってみたいな)

 空挺堡を確保して降下誘導が、尖兵である僕の中隊の任務だ。焼き焦げた草の臭いが鼻腔をくすぐる。

 つい先日、オフレッサーの言葉通り人事発令通知で移動命令が僕に出た。

 装甲擲弾兵への復帰かなと期待したよ。

 実際はFATF。僕の他にも帝国軍から士官、下士官が派遣されていた。

 FATFは新設された部隊とは言え、元叛乱側の人間ばかり集められている。

(何だかな……)

「中隊長、降下時に揚陸艇1隻がエンジン不調で引き返した他に問題はありません」

「あっそう」

 中隊の展開状況を確認して満足に頷く。何事もなければ、全ては予定通りに終わる。

「後は本隊の降下を待つだけだ」

 そこに斥候が戻って来て報告した。

「敵の軽車輛が向かってきます」

(事前の空爆で脅威になりそうな物は排除したはずだが?)

 しばらくすると、砂塵を巻き上げて車列が姿を表した。

 民製仕様の地上車に、機銃や無反動砲を搭載した簡易装甲車だ。数こそ揃っているが脅威と言えるほどに物でもない。

「成る程。正規の戦闘車輛ではないから撃ち漏らしたのか」

 機動打撃戦力としてはお粗末な物だった。

 地球に降り立ち感傷に耽る間もなく戦闘開始だ。

 

 

 

 地球軌道上には、帝国軍の艦隊に混ざってFATFの艦艇もいた。

 巡航艦「フリントストーン」からワルキューレが発艦準備をしている。コックピットでオリビエ・ポプランは、いらいらと作業が終わるのを待っている。

『ポプラン中佐。敵は地球教だから間違えるなよ』

「了解……」

 艦長からの言葉に愛想を交えず簡潔に返事をするポプランの心境は複雑だった。

 オリビエ・ポプランはFATF空戦隊を預かっている。今まで同盟軍として戦ってきた敵と肩を並べている。

 戦死した同期や部下を思えば、今すぐ帝国軍に噛みついてやりたいが、自分一人の責任ではない。付いてきた部下にも迷惑をかけることになる。

(それに真の敵はヤン・ウェンリーだ。俺達は騙されて捨てられた)

 自分達を使い捨てにしたヤンを許さない。

 

 

 

 軍用車両に比べれば、装甲も無に等しい。機銃の掃射で簡単に撃破される敵車輛。近接航空支援で手は抜かない。与えられた兵装をワルキューレはばら蒔いていくだけだ。

 爆弾が油の中に入れられるフライドポテトのように投下される。轟音が空気を震わせ、宇宙空間との戦闘の違いを実感する。

 爆発の炎と煙が収まると、四肢を曲げて口を開き苦悶の表情を浮かべた焼け焦げた死体が見える。

(ざまあみろ)

 アンゴラでの戦闘を思い出した。懐かしい戦場だ。口元に笑みが自然と浮かぶのを感じた。

 瞬く間に空爆で車両部隊は壊滅していく。

「続けて第二波がやって来ます!」

 後続する歩兵が追い付いたようだ。

「射撃用意!」

 号令をかけるが車両部隊を撃破して爆弾を残した手持ちぶさたなワルキューレが歩兵に襲いかかる様子が見えた。

(抜かれるな……)

 後続する敵兵力は火制範囲に入りきらない規模だった。勢いよく向かってくる。

「撃て!」

 突撃破砕線上に敵の死体がごろごろと転がる。現実感のない嘘のような光景だ。

 太陽が頭上でぎらぎらと暑い日差しを放っている。

「車輛を縦にしろ!」

 人海戦術で倒されても、わらわらと集まってくる敵の姿は不気味だった。

「狂信者どもめ……」

 弾薬の消耗が激しい。航空支援があるのは慰めだった。

「蟻のように出てくるな」

 巣穴である地下から出てくる所など蟻にそっくりだ。

 我ながら的を得ている言葉だと思う。

 地上に在る建造物が本拠地ではない。中枢施設は地下に築かれている。

 迫り来る敵が見えた。僕も銃を手にする。

 二人目を倒した所で距離は詰まっており、悠長に射撃できる余裕は無くなった。戦斧が手元に無いため、銃剣を着剣して敵に肉薄する。

 右肩に痛みを感じた。敵の銃剣が突き刺さっていた。

 敵に先手を取られたが、構わず体の中心を狙って突き刺す。確かな手応えを感じた。

「死ね糞が!」

 二撃目を放とうと思って抜こうとするが、銃剣が途中で折れてしまった。

 しかしまだ槍として突き刺すことはできる。武器は拳の延長に過ぎないと言う事を忘れなければ戦える。

「楽しいなあ」

 僕は根っからの歩兵だと実感した。負傷してもこの興奮は押さえられない。

 敵に適当な数が揃っているならば、人海戦術だけででも帝国軍を退けられたかもしれない。しかし帝国軍は十分な火力を備えていた。

 産み出されるのは死体の山だけだ。文字通り屍山血河となっている。濃厚な血の臭気と戦場の狂気に触れて、FATFの新兵に動揺が見える。

「おい、そこの二等兵」

 しゃがみこんでいた兵士は立ち上がる。胃の中の物を地面にぶちまけげっそりとしていた。

「お前の同期を集めて捕虜を後送して来い」

 全ての信者が洗脳されている訳ではない。装甲擲弾兵が迫ってくると、戦意を失い武器を捨て投降する者も多い。

「は、はい!」

 目標を与え考える余地を与えない。初めての殺人を行った兵士に対する心配りは指揮官務めだ。

 空に舞い上がる黒煙と炎。懐かしい香り胸いっぱいに吸い込んだ。

 僕は僕の戦場に帰って来た!

 

 

 

 ミューゼル艦隊は輸送船団の護衛と地上軍への対地火力支援を任務としている。射撃計画通りに戦場で事が進むのは稀である。ある程度の予想もしていたが、当然のように敵の逆襲が始まった。

「敵機甲部隊が空挺堡に接近中。第101大隊は火力支援を求めております」

「無様だな」

 ラインハルトはスクリーンに映し出された地上の戦況に眉を潜める。降下誘導の先遣隊が降りて、まだ日も暮れていない。

「第101大隊が敵の包囲を受けています」

 FATFに期待をしていなかったが損害は看過できない。日没と同時に第一波が降りる予定だ。大隊が壊滅すれば計画に齟齬が生じる。

 航空支援で敵を叩いているが、かなりの戦力が集まってきている。

「不味いな……」

 降下時間を早めることにした。

「薔薇の騎士の力を見せてもらいましょう」

 投降した同盟軍のうち、協力的な者は新設されたフェザーン地域軍に配属された。

 FATFの指揮はリューネブルクが当たっている。

「ああ。任せてもらおう」

 薔薇の騎士連隊。同盟軍陸戦隊でも精強と名に知れた部隊。帝国領内での後方撹乱、アンラックでの革命軍支援で戦力を減らし、ロイエンタール艦隊の旗艦突入で投降した。現在はFATFで投降したフェザーン警備隊や同盟軍陸戦隊の人員で再編成されている。

 新生薔薇の騎士連隊にとって初陣となる。降下する地上軍はFATFから抽出されており、帝国軍は軌道上から支援する。

 泥の中で足掻くのは、帝国への贖罪であり彼らの義務だ。ここで手を抜いたり無様な姿を晒すようなら、存在価値はない。

 ラインハルトは支援射撃を命じる。

「地球を原始時代に戻してやれ」

 戦隊司令を艦隊司令部から分離していた。戦隊司令の指示が通達される。

「各艦に信号。針路250度」

 その指示を受け艦長が艦の針路を変更する。

「取舵一杯。針路250度」

 復唱の声を聞きながら、射撃号令も合わせて出す。

「主砲右砲戦。準備出来次第、各個に撃て」

 旗艦の乗員は優秀な人材が集められている。即座に反応が返ってくる。

「射撃準備良し!」

 艦長が戦隊司令に視線を向け、頷くのを確認すると指示を出す。

「撃ち方始め!」

 艦長の注文通りに機能する乗員の動きは、見ていて気持ちの良い光景だ。それが艦隊の有機的な動きとなる。

 ラインハルトの横に並んで立ち、キルヒアイスはスクリーンを見つめていた。士官学校を卒業してからずっと隣に立ってきた。初めて乗艦した駆逐艦に比べれば、自分でも落ち着いてきたと思う。

(ラインハルト様の傍らに立つのも、今回の出兵で最後か)

 マリーンドルフ伯爵の口利きで、来年には駆逐艦艦長への移動内示が出ている。

(フロイライン・ヒルダには、お礼を言いに伺わねば)

 ラインハルトとキルヒアイス。お互いの依存から卒業する良い機会だと思った。

(ラインハルト様は羽ばたく翼を持たれている)

 

 

 

 艦砲射撃が地表をえぐり撃ち込まれていく。

「良いぞ! どんどん潰してくれ」

 嬉しそうに部下達が歓声をあげているが、僕には懸念があった。

 必然的に潰されていない出入り口に敵兵力が集中する。それは自分達地下に進入予定の経路だ。

(敵の抵抗に、正面からぶつかる事になるな)

 

 

 

 降下した薔薇の騎士連隊。同盟からの投降兵を中核に2個大隊と連隊本部で構成されている。

 乗船中、帝国軍の人間からは不信な視線を向けられていた。勿論、シェーンコップも気付いていた。今回の地球教掃討は、自分達に与えられた好機だ。ここで戦闘力を誇示すれば、同盟領進行の際には同行出来るかもしれないと言う考えもあった。

(ヤン・ウェンリー。奴の息の根は俺が仕留める)

 シェーンコップにとっては、FATFの大隊が壊滅しようとどうでも良かった。だが小癪にも勇戦している。

(あまり活躍されると薔薇の騎士連隊が目立たない)

 揚陸艇がワルキューレの支援で降下するが、歓迎の対空砲火もなくあっさりと地上に展開できた。

(先陣を願い出るべきだったか……)

 物足りなさを感じながらも、第101大隊の指揮所に向かう。

 大隊本部は降下地域の外縁部にある農家に開かれている。

 敵の抵抗が弱まって来た。ハルオは幕僚を引き連れて各中隊を激励して回る事にした。これも大隊長の仕事だ。最初に向かったのはルパートの中隊だ。

「この無反動砲は叛徒の装備ですね」

 遺棄された武器の山を前にルパートが説明している。部下の目もあり、今は敬語を使っていた。

「帝国、同盟色々とあるな。武器援助を受けていたのか、あるいは横流しの品か……」

 どちらにしても地球教とフェザーン、同盟の協力関係が帝国の想像以上に進んでいた証拠だ。

 ハルオの視線の先では、投降してきた捕虜を武装解除して連行されている。そこへ恩着せがましい態度でシェーンコップが現れた。

「薔薇の騎士連隊のお手並みをご覧頂けたかな?」

 薔薇の騎士連隊が投入されて戦況が動いたわけではない。十分な近接火力支援と増援があったからだ。

 ハルオがむすっとした表情で応対する。

「お久しぶりですな、シェーンコップ准将。アンラックでは貴方を仕留め損なって残念です」

 するとシェーンコップも表情を引き締めた。

「あの時、対峙した帝国軍の指揮官は貴官か?」

「ええ、そうです」

 メカポリスの戦いで薔薇の騎士連隊は半数を失った。殆どがハルオの中隊との交戦での損害だ。シェーンコップにとっては部下の仇でもある。二人の間で冷たい空気が流れた。

 薔薇の騎士連隊の降下予定が前倒しで早められた為、ハルオとは前進計画の打ち合わせをする必用があった。しかし、険悪な空気で顔見せの挨拶程度になった。

(まぁ良い。俺達は俺達で好きにやらせて貰う)

 地上軍を統轄するリューネブルクからは、無傷の薔薇の騎士連隊に残敵掃討を、第101大隊には引き続き尖兵として前進命令が出た。

 

 

 

 新たな地上部隊の降下で、敵の戦力的劣勢な状況は明らかだ。だが敵の抵抗は弱まるどころか、再び激しさを増して来た。

 負傷者が後送されるのを傍目に、僕の中隊は前進を続ける。

 教会の床を爆破したら、情報通りに地下道への入り口が開いていた。

「前へ」

 長大な地下道は地上車が通れるほど広い。

「情報通りだな。油断するなよ」

 事前の打ち合わせで、進入経路は確認していた。

 大気圏内での戦闘は、弾道に影響を受けるビーム兵器より実体弾が重宝される。近接戦闘では昔ながらの白兵戦で、戦斧が猛威を振るった。

(地下王国と言った感じか)

 地下に何かしらの宗教的観念があるのか知らないが、地下道は長く延びており、迷路のようだった。それだけではなく制圧した地域でも隠し通路があるのか、敵が襲来する。

(中隊本部が敵に襲われるなんて最低だな)

 心臓の拍動を感じる。汗が装甲服の中を蒸らしていた。

 戦斧《トマホーク》を一閃させるごとに死体が生み出されていく。恐怖を伝達させて戦意を低下させるには派手な演出が必要だ。しかし曲がりくねった通路では対峙する敵の数は知れている。地形防御の効果か、こちらの威力を見せ付けるには壁などで遮られて視覚的障害が多く心理的効果が薄い。

 敵の数は泉のように湧き出て多い。難攻不落の要塞を攻めている気分にさせる。あまり訓練されていないのだろう。敵の射撃精度は低い。

 狂信者は帝国軍を怖れぬ死兵のように襲いかかってくる。敵の戦意はさほど落ちる事も無く、有視界での近接戦闘は凄惨な物となる。幼い子供でさえ包丁やナイフを手に迫ってくる。

「中隊長!」

 僕の前にも敵が現れた。まだ年端も行かない子供だ。

(馬鹿げている。SWAPOでもこんな自殺的な攻撃をしてこなかったぞ)

 戦斧を振るうには距離を詰められた。柄から手を離して投げつけると、ブラスターを引き抜き眉間に銃口を向ける。

(すまんな)

 子供に引き金を絞る事に内心で葛藤しながらも務めを果たす。

 サイオキシン麻薬による洗脳だ。殺意もなく幽鬼のよう視線を向けてくる敵に不快感を覚えた。

 相手への恨みや殺意はなかった。先に引金を引かなければ、こちらが殺されていただろう。

 角を曲がれば不意の遭遇。敵は粉塵爆発を気にする事もなく発砲してくる。

 こちらは総大主教を「最悪、死体でも確保しなければならない」と言う条件で窮屈な動きだった。

 上からは「爆発物の使用は極力控えろ。使用も相手を確認してからだ」と聞かされていた。

(面倒を負うのはいつも兵隊だ)

 居住区域と執務室の制圧を第一目標にしている。しかし、他の部屋に潜んでいる可能性もあるため一々捜索しなければならない。

(現場に負担と混乱をもたらす指示ばかりだな)

 目標以外の部屋には、手榴弾でも投げ込んで迅速に通過したかった。

 現状は、貧弱な武装だが数だけはいる敵に足止めされている。

 

 

 

 生産ラインのある工業区域に入った。制限区域の表示が壁や通路にある。

 周囲から敵意をまとった銃弾が降りかかってくる。

(これじゃ、|立体TV(ソリビジョン)の戦争映画だ!)

 ドナルド・ハンバーグラー二等兵は、入隊1ヶ月も経たない内に戦闘に投入されるとは思ってもいなかった。帝国軍の補助任務と聞いており、FATFを警備隊に毛が生えた程度となめていた。しかし戦場で敵は手を抜いてくれない。

 殺すか殺されるか。だから攻める側も手を抜かなかった。

 ある部屋では、巨大な水槽の中で黄色い液状の何かが撹拌されていた。作業員の中に標的が居ない事を確認すると、手榴弾を投げ込み扉を閉める。

 悲鳴と同時に連続した爆発が起き、扉の隙間から黒煙が漏れ出してくる。

 捕虜を取っている時間が惜しい。小隊は先に進む。

 

 

 

「伝令!」

 尖兵として先行する第1小隊から童顔の兵士が駆けてきた。入隊前は商店のアルバイトをしていたと言っていた事を思い出す。

「中隊長、投降して来た者が邪魔で進めません」

「うん、だが殺す訳にもいかない。捕虜には監視を残し、迂回して前進を継続しろ」

 雑納に残っていた飴を伝令の口に入れてやる。蜜柑味だ。

 疲れた体には甘味が一番だと思う。時計を見れば、地下に突入して半時間も過ぎている。

 玉砕覚悟の敵を相手にまともに考えるのは無駄だ。

 穴蔵にこもった敵と戦う不利を考えて、神経ガスを流して皆殺しにすべきだとハルオに進言した。

『司令部に進言してみる』

 しかし提案は却下される。ラインハルトには汚い戦い方であると見えた。

 地上で戦う兵士が地獄を見ていると考えたことはない。宇宙で艦隊を指揮して駆け抜ける。それがラインハルトの考えるの戦場だ。

(甘いんだよ糞が。戦場は綺麗じゃない)

 今すぐ必要な戦闘行動に過ぎない。許可を持っていては損害が増える。

「俺が責任を負う」

 戦場では聖人でいられない。必要なのは決断できる事だ。

「金髪の馬鹿な判断は聞いてない」

 そう言う事で、化学防護服を着用するよう通達し、神経ガスの使用を実行する。

「帝国に仇成すごみは皆死ね」

 貧弱な軽火器程度の装備しかない教団の警備では帝国軍に敵う術もない。

 

 

 

 ラインハルトは甘さを自覚していた。陸戦では地上で戦っている指揮官たちに及ばない。

(だが、俺は人生の敗者ではない)

 蟻のように大地を這いずり回るどころか、艦隊を預けられている。

「お待たせいたしました」

 ラインハルトに頼まれた納豆入りコーヒーを従卒から受け取ってキルヒアイスは振り返った。その瞬間だった。ナイフを持った士官がラインハルトに脇から近付いていた。

「ラインハルト様!」

 思考に没頭していたラインハルトの反応が遅れた。キルヒアイスはラインハルトが刺される瞬間を目撃した。炭素クリスタルの刃は心臓深く、柄まで達している。

 直ぐに取り押さえられる士官だが、最後の瞬間にナイフを引き抜いていた。吹き出る鮮血がラインハルトの制服を見る間に染めていく。

「貴様! 地球教の信者か!」

 士官は抵抗はしない。

 駆け寄ったキルヒアイスは圧迫止血方で傷口を押さえる。しかしラインハルトの傷から命がこぼれ落ちていくのを感じた。

 取り押さえられていた士官が狂ったように笑い声をあげる。

「思い知ったか!」

 小突かれても笑い声をやめない。

「家族の復讐だ!」

 第6次イゼルローン要塞攻防戦で士官の兄は、巡航艦「ノルトライン」に乗艦していた。ミューゼル分艦隊の一翼を担い、無残にも沈んで行ったのである。この戦いで無様な負け姿を晒したラインハルトの事は帝国軍で知れ渡っていた。残された遺族にとって、無能な指揮で理不尽に死んだ事は納得などできない。

(こんな所で俺は死ぬのか……)

 薄れ行くラインハルトの意識に批難の声は届かない。結局、ラインハルトは自らの血で贖罪を遂げる事になった。

「通信士。ダットマン大佐に繋げ……」

 キルヒアイスに戸惑ったような視線が集中した。

「キルヒアイス少佐?」

 ラインハルトの腰巾着、男娼と思われていた男が上官の死に直面して騒いでいない。

「次席指揮官に指揮権を速やかに委譲する」

 キルヒアイスの言葉に幕僚は、はっとしたように動き出す。

 キルヒアイスは自分でも驚くほど冷静だった。ストレッチャーに乗せられ運ばれていくラインハルトの姿が視界の端に映る。心に動揺はない。

『キルヒアイス、俺と一緒に宇宙を手に入れよう! 宇宙を手に入れたら酒池肉林の贅沢が出来るぞ。重婚や近親婚も思いのままだ。姉上だって俺達の物に成るんだぞ?』

 少年時代にラインハルトはそう言っていた。下らない戯言。だがラインハルトなら何かを成し遂げると信じていた。

(酒池肉林の夢は、夢のままでも終わった)

 ラインハルト・フォン・ミューゼルは歴史の主人公に成る事は出来なかった。

(ヒルダ様……)

 こんな時だからこそ、ヒルダに逢いたいと心から思った。

 

 

 

 尖兵小隊として先頭を進む第1小隊は総大主教の寝所を囲んだ。ミトロファン・モスカレンコ中尉は部下の緊張感をもった視線と瞳が合い、微笑を浮かべた。

「行くぞ」

 大きく深呼吸をして合図をする。ドアノブを導爆線で破壊した。

 戦斧を構える手に力を込めて中に突入した。敵の迎撃に備えて扉から飛び込んで、即座に散開する。

「え……?」

 視界には大きなベットの上で倒れている男女の姿があった。近付いて確認すると全員死亡していた。

「これが総大主教か」

 裸の老人が苦悶の表情を浮かべていた。汚物にまみれていたが、本人である事を確認した。

(やれやれ、無駄足だったか)

「30α、こちら20。卵は孵っていた」

 モスカレンコはルパートに目標制圧の報告をする。

 

 

 

 戦場に神は居ない。当然、マリア様も見ていない。あるのは死体袋に入る者と生き残った者だけだ。

 運び出されて行く死体袋を眺めていると、失われたはずの腕が痛む気がした。

 カストロプ討伐で失った片手。幻肢痛は今後も断続的に現れるだろうと診断を受けていた。これから一生付き合っていくしか無い。指先の屈伸をしていると先任が近付いてくる。

「ようやく終わりですな」

「そうだね」

 味方の遺体回収は当然として、敵の遺体は放置しておきたいが戦果確認のために搬送される。

「宗教は本当に録でもないですね」

 総大主教様の遺体は肥大した豚のようで、信者の女性たちと裸のまま寝所に倒れ伏せていた。まさに醜聞だ。

「指導陣と根拠地である地球を失い、奴等も終わりだな」

 捕虜が虚ろな表情を浮かべて列を作り移送される順番を待っている。収容所か刑務所で再教育を受けると言う事は予想できた。

「それと、少々厄介な問題があります」

「どうした?」

 先任が他の場所に誘導する。部下の一人が拘束されていた。

「捕虜の女性に手を出したそうです……」

 階級章を見るまでもなく、初陣の新兵だとわかった。彼の班は待ち伏せで壊滅したと言う。PTSDの症状が見てとれた。

 本来なら指揮官の職責で射殺できるが、法務官と軍医に相談する必要性を感じた。

(おいおい、勘弁してくれよ。何をやってくれてるんですか……)

 僕は人格者ではないが、投降した者は保護される物だと考えていた。大隊長であるハルオを通してラインハルトにも報告が行く事になる。

 その時は、まだラインハルトの死亡を知らなかった僕は、自分を馬鹿にするラインハルトを脳裏に浮かべてうんざりした気分になった。 

 

 

 

 ヨブ・トリューニヒトは終戦工作を行っていた。現状的に自由惑星同盟の敗戦は避けられないと考察していた。まずは講和の下地を作ることだ。その為、軍と接触し協議を重ねていた。

「敵に一撃を与え、会談の席に着かせる」

 政治的切り札として自軍が勝利を得られるなら異論はない。問題はサンフォード議長ら議会の面々が帝国との講和に応じるかだ。権力の椅子にあくまでも固執し、同盟を滅ぼすつもりならクーデターを行う計画だった。

 その時期にヤン・ウェンリーが接触してきた。ヤンの口から出たのはクーデターの計画だった。

「サンフォード議長ら主戦派を権力の座から引きずり下ろすには、クーデターしかありません」

 最終的には、トリューニヒトを首班とする政権を発足させると言う提案だった。

(私達と同じ結論に至ったわけか……)

 同席する様にトリューニヒトに頼まれていたグリーンヒルは、ヤンの言葉に表情を変えない。その様子からヤンは自分と同じ考えに至っていた事を確信する。

「魅力的な提案だがね。ヤン中将は、暴力的な行為には反対だと思っていたよ」

 トリューニヒトの言葉に、東洋系特有の腹を読ませない笑みを浮かべる。

「私の家族に少年がおりまして……」

 ユリアン・ミンツの父親が戦死してヤンに引き取られた事などを説明する。女なら物にしていた所だとまでは漏らさない。清廉潔白な軍人を演じきる。

「政府の洗脳教育で、子供が戦場に立ったり軍人に憧れる社会は異常だと思います」

 軍を賛美しなかった。愛国的な言葉を吐く訳でもないヤンに対して、今まで不快感を持っていたグリーンヒルは悪印象を少し和らげた。

「あの子のためにも、戦争を終わらせたいと思っています」

 イゼルローン要塞陥落の立案者として、ヤンの能力は評価できる。目的が一致しているなら協力できるとトリューニヒトは判断した。

「頼りにさせてもらうよ」

 トリューニヒトは今後の動きをどうすべきか、ヤンに意見を求めた。ヤンは迷う事無く答えを口にする。

 

 

ルート選択分岐

 

a)市民を混乱させるわけにはいかない。戦力の回復を優先し、まずは帝国の出方を見てからだ→3-2-a

b)後手に回っては不味い。火急的速やかに決起する→3-2-b



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