ファントムオブキルSS (水無 亘里)
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月神の憂鬱~Side:アルテミス

「マスター! 聞いているんですか!?」

 

 そんなふうに僕を怒鳴りつけてくる黒髪の麗人、アルテミス。絹のような髪を短めに切り揃えたその女性は、女性的なラインを描く胸元で腕を組み、月のように美しい瞳で僕を睨めつけていた。そのあまりの迫力に、思わず尻込みしてしまったとしても、それは仕方ないことだろう。

 

「……えっと、何かな……? アルテミス」

「何かな? ……では、ありませんッ!」

 

 と、言いながら僕の胸倉を掴んできた。どうしたんだろ、怖いな……。

 

「私は見ていたんですよ? ロンギヌスさんに、不埒なことをしていましたね!?」

 

 不埒なこと……? 何かしただろうか。僕はロンギヌスの修行に協力するため、弱点をつついていただけなのに……。

 

「何か勘違いしてないかな? 僕は不埒なことなんてしてないってば。ただ、ロンギヌスの修行のため、弱点を攻めようと……」

「弱点を攻める……ッ!? そ、そんな、ロンギヌスさんの苦手なところを執拗に攻め立てるだなんて、なんて不埒な……ッ!」

「え……、いや、執拗にって……。そんな……」

 

 だが、僕の話を聞く様子もなく、アルテミスは弓を構えた。

 

「今日という今日は許しませんッ! 覚悟してもらいますよ!!」

 

 えぇー……、という僕の声を無視して、アルテミスは僕の手を引いた。

 弓使いらしいごわごわした手の感触の中にも、柔らかい女性的な感触も感じられて、僕は空気も読まずに少しドキドキしてしまっていた。

 アルテミスの髪から香る爽やかな匂いもまた、僕の思考を奪おうとしていた。

 

――

 

 これはなんと言っただろうか。ウィリアム・テル?

 僕は頭の上に鞠みたいなボールを乗っけて、立ち尽くす。そこへ矢を番えて身構えるアルテミス。

 その双眸は美しく開かれていて、なんなら彼女が矢を射る前に、僕は視線に射られているまである。

 ……ともかく、そんな二重の意味で背筋を振るわせながら、僕は彼女の威姿をその目に収めていたのだった。

 そして……。

 

 カッ! ……と。

 

 月を思わす瞳が見開かれた瞬間には、矢が僕の頭上を掠めており、すっと、鞠の重みだけが僕の頭上から消え去っていた。

 ふぅ……。僕の吐息と重なるように、アルテミスが胸を撫で下ろしていた。それだけ緊張感を持ってもらえるのは少しばかりありがたい気分だった。

 本当に何かの腹いせに当ててもいいやー、くらいの気持ちで僕を使っているのかと思っていたけれど、僕以上に緊張感を持ってくれているのなら、それはどこか嬉しくすら感じてしまう。

 ホントは怖くて、ガクブルだけれど、少しだけ胸が温かい。どこか倒錯めいた不思議な感覚だった。

 俗に言う、吊り橋効果にも近いものなのかもしれないけれども。

 それから、何度も頭上に鞠を乗っけるが、アルテミスはそれを全て的中させてゆく。

 

「すごいな……、アルテミス。はぁ……、まるで美しい女神でも見てるみたいだよ……」

「え……?」

 

 その瞬間、顔を赤らめたアルテミスの、狙いがズレてしまう。

 危なげなく的に吸い込まれていたはずの矢が、寸分違わず僕の顔へ……。

 って、死ぬわッ!?

 

 尻餅をついた僕の元へ、アルテミスが駆け寄る。

 

「だ、だいじょうぶですか!? マスター!」

「うん。だ、だいじょうぶ……。……死ぬかと思ったけど」

 

 彼女に支えられ、どうにか立ち上がる僕の顔をまじまじと検分し始めたアルテミス。……なんか、顔が近い。緊張するな……。

 ぺたぺたと僕の顔に触れて傷がないか見たり、僕の首をくいと回してみたり、まぶたを引っ張られ瞳孔までチェックされた。

 

「……だいじょうぶ……、みたいですが……」

「あの、アルテミスさん……?」

「……? なんでしょう?」

 

 きょとんと首を傾げるアルテミス。って、いやいやアンタ、そんな可愛らしく顔を上げると尚更……。

 顔が近い。アルテミスの黒い髪がさやさやと流れ、彼女から放たれる清涼な芳香に、僕の心臓は早鐘を刻み出す。

 やがて、アルテミスもそれに気づいたのか、顔を真っ赤に染めながら距離を取る。

 

「も、申し訳ありません。マスター。怪我させていないかと心配で……」

「ううん。だいじょうぶだよ。咄嗟に躱したみたいだから」

「……ですが」

 

 アルテミスは、それでも僕に気遣わしげに視線を送ってくる。

 そんなアルテミスの顔を見ていたら、どこか悪戯心が刺激されてしまう。同じ謝るなら、もっと……。ねぇ……?

 

「あ、あの……マスター?」

「アルテミス。キミは僕を怪我させそうになったよね?」

「は、はい……。申し訳ありません……」

「反省が必要だよね?」

「はい……。私にできることであれば、なんでもやりますのでどうか……」

 

 ふふ……、そう……。なんでも、ねぇ……。

 

「ねぇ、もう一回言ってみて。なんでも……?」

「ええ。私にできることは、なんでもやらせていただきますので……、どうかご容赦を……」

 

 僕はその言葉にゆっくりと頷いてみせた。

 

「アルテミス。僕の心は寛大だからね。キミを許してあげるよ。……ただし、お願いをひとつだけ聞いてくれたら、……ね?」

 

――

 

「ふぅ……、ん……。ど、どうですか……? マスター?」

「うん、良い感じだよ……。そのまま、うぅ……続けて……」

 

 僕は快感にその身を震わせながらも、アルテミスに続きをせがんだ。

 アルテミスは静かに、コクリ……とそのしなやかな首を縦に動かした。

 再びアルテミスの身体が上下運動を始める。その丁寧かつ執拗なまでの愛撫に僕は身も心も蕩けそうなほどだった。

 思わず愉悦に浸るような声が漏れてしまう。

 

「もう少し上の方もお願い……。ああっ、そこ! そこ、すごいよ……」

「ふふ、分かりました……。ここですね……」

「ふぁっ! すごいな、アルテミスは、……まるで僕の思ってること全部分かってるみたいだ」

「いえ、そんな……。全部は分かりませんよ、さすがに……。ですが、なんとなくは分かることもあります。……きっとこうして欲しいんだろうな、とか」

 

 するとアルテミスの細い指の感触が、よりはっきりと実感できる。艶めかしい手の動きが、滾るような深い快感をもたらしてくる。

 

「ああ、アルテミス。僕もう我慢できないよ。そのままもう一回ギュッてしてくれないかな」

「……もう、甘えん坊さんですね。今回だけですよ?」

 

 アルテミスが全体重を預けてきた。僕はそのまま快楽に溺れるようにして意識を手放してしまう。

 

 ……そんな素晴らしいマッサージをしてもらったのだった。

 しかし、背中に乗っかったアルテミスの感触や温もりに、違う意味でも興奮してしまっていたのは、本人には絶対に内緒だ。殺されちゃうからね。




どうもこんにちは初めまして。ランク144の亘里です。普段は余所で一次創作してますが、欲望が抑えきれなかったので二次始めました。二次をやるうえで、ガチエロを書こうと思ったんですが、なんかキャラ的に合わない気がしたのでちょいエロ路線に変更。度胸がなかったとも言います。
アルテミスさんはテンプレ的なツンデレなのでネタが一瞬でできました。むしろちょいエロに路線変更するまでのが長かった。なんかしっくりこなくて……。
今後も思いついたら何か書きます。お楽しみいただけたら嬉しいです。ではでは。


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聖槍の不意~Side:ロンギヌス

「ごちそうさまでした……」

 

 そう言ってそそくさと即席の食卓を去ってしまうまだ新入りの少女。

 物憂げな様子で、使った食器を川辺へと持って行く。

 聖槍と謳われるあのロンギヌスをルーツとするキラープリンセスとは思えないくらいに、その背中は小さい。……まるで触れたら壊れてしまいそうなくらいに。

 

「ホント、見た目は可憐な女の子なんだけどね……」

 

 なんとなく独りごちると、隣から「うむ!」と同意の声が聞こえる。

 

「見たところ、食が細い様子……。あれでは、力が出ぬのではないか?」

「オゥ! ご飯いっぱい食べないとハァピーになれないヨ! マサムネは良いこと言うネ☆」

「……ていうか、そんな気にしなくても良くない? あ、マスターおかわり」

 

 同じくキラープリンセスのマサムネとフライクーゲルは僕と同じくなんとかしたいみたいだが、レーヴァテインのほうはいつも通りやる気なしだ。どこにあるんだ、やる気スイッチ……。

 茶碗におかわりをよそってやるとレーヴァテインは小さく「ありがと」と言ってガツガツと食事に没頭する。思えばこういうときくらいしか彼女の笑顔は見てないかもしれない……。

 しかし、考えてみれば、僕はまだキラープリンセスたちのことを理解できていないのかもしれない。

 戦いにおいては、彼女たちの力は必須だ。マスターなどと呼ばれても、結局僕にできることは、異族と呼ばれる脅威を退けるために彼女たちを引き連れるだけだ。連携を的確にするために戦闘訓練も行っているし、実戦だって何度も行ってきた。

 けれど、僕にはまだ足りないのだ。彼女たちの真の力を引き出すためには、決定的に何かが欠けている。

 それが何かは分からないけれど……。きっと、このロンギヌスのことだって、それに繋がっている。そんな気がするのだ。

 だから僕は、ロンギヌスと打ち解けなければならない。それがマスターとして彼女たちを率いる僕に課せられた使命なのだ。

 

「……なるほど。だったら僕は、逃げ出すわけにはいかないな……!」

 

 突如立ち上がり拳を握る僕に、プリンセスたちの白い視線が突き刺さる。

 が、そんなものは無視する。ロンギヌス、彼女を救う。今の僕はそれだけに生きる。

 カチャリ……、そんな音が水辺から聞こえる。川縁でロンギヌスが食器を洗っているのだろう。

 そんな彼女の周囲に、何かがあるような気がする。それは、防御壁のような障壁のような、言うなればバリアのような何かが……。

 それを生み出しているのが彼女の内なる拒絶心なのだとすれば、それを打ち破るにはどうすればいい?

 考えろ……。生み出しているのは、心……。

 ……待てよ。心か。だとすれば……。

 僕は胸の内に浮かんだとある妙案の成功率について熟考を始めた。

 

――

 

 パチリ、焚き火の薪が小さく爆ぜた。

 時刻はすっかり夜更けになった。

 僕はというと、揺らめく炎を見ながら機を待っていた。

 

「ねぇ、マスター? そんな格好してるとなんだか悪巧みしてるみたいだヨ?」

「え、そうかな? どう思うレーヴァテイン?」

 

 訊くや否や不満げな声が返ってきた。

 

「……なんで私に訊くの? どうでもいいし」

「じゃあ、マサムネは……?」

「ふむ……。何か崇高なことを考えているかのようだが、主君、何を考えているのだ?」

 

 崇高、か。それもあながち間違いではないかもしれない。

 僕は岩に座り込んだ体勢で膝の上に腕を立てている。両手は組んでいるのでその上に額を乗せ視線は焚き火を見るように視線を低くしている。

 どう見ても考え事をしている立派なマスターの姿勢である。異論を挟む余地などこれっぽっちも存在しない。

 

「良い質問だ、マサムネ。良いだろう、その質問に答えてあげよう。僕はね、マサムネ……」

 

 僕は少しだけ間を作った。案の定、マサムネは食いつくように前のめりになった。

 

「ロンギヌス、あいつを……」

 

 ゴクリ。そんな生唾を呑むような音が聞こえる。

 

「くすぐりに行こうと思うんだ」

 

 え? 声を上げたのはフライクーゲルだろうか。僕は構わず話を続ける。

 

「くすぐりと言っても、これは遊びじゃない。ロンギヌスには先にテントに戻ってもらった。今頃熟睡中だろう。つまりは完全な無防備状態……」

「た、確かに如何なる達人も睡眠中は無防備になるという……。まさかそこへ攻撃を仕掛けると……?」

「僕だって心は痛むよ。けど、睡眠中なら拒絶心など発生しようがない。ロンギヌスの防御膜を打ち破り、打ち解けるためにはこれしかないんだ……」

「しゅ、主君……ッ! そんな恨まれるようなことまで……ッ! 全ては拙者たちや姫たちのために……ッ!」

 

 そんな遣り取りをレヴァとクーゲルが冷ややかな眼で見ているのは何故だろうか。いや、ロンギヌスのことを思えば冷ややかにもなるか。それもそうか。

 

「これは高度で危険な特訓だ。僕は人でなしのマスターだと思う。だが、ロンギヌスの成長のためには涙を飲むしかないんだ。……僕にはこんな手段しか思いつかなかったんだ。不甲斐ない愚かなマスターと笑えばいい」

「いや、主君は立派な主君だと思うぞ。そんなに思い悩んでまで決断をするとは……! だが、信じているのだろう? ロンギヌスを」

「ああ。あいつならきっと耐えられる。そして、気づくはずだ。あの防御壁の無意味さに。そうすればきっと打ち解けられる。僕はそう、信じているんだ……」

 

 マサムネは僕を信奉するような視線で見上げてくるが、レヴァとクーゲルの視線は冷ややかを通り過ぎてなんだか鋭利な刃物のようでもあった。そうか、これが僕の選択が生んだカルマなのか……。

 

「マスター、セクハラは程々にネ」

「……私になんかしたら、斬り落とすから。それじゃ……」

 

 捨て台詞の意味は良く分からないが……。

 

「主君、拙者にも高度な訓練を施してはもらえないだろうか……」

 

 と、マサムネだけは好意的だった。とはいえ、少し心が痛むのは仕方がないのかもしれない。

 

「分かった。けど、そのときは僕のこと、恨まないでくれよ……?」

 

 マサムネはキラキラと輝くような笑顔で強く頷いた。なんだかふりふりと尻尾を振りまく大型犬みたいに思えてしまって、僕は少しだけ気が緩んだ。

 こんな僕を無防備に信じてくれる。マサムネは素晴らしい仲間だ。いや、マサムネだけじゃない。

 レーヴァテインはいざ戦闘になれば誰よりも戦果を上げてくれるし、フライクーゲルは広い射程を生かしたバックアップで味方の窮地を幾度も救ってきた。

 そうだ、僕たちのパーティは素晴らしいチームだ。ロンギヌス、君ももう、このチームの一員なんだからな。

 

――

 

 僕の心臓はバクバクと鳴っていた。それもそのはず、ここはロンギヌスの寝るテントだ。

 天幕一枚隔てた先に女の子が無防備に寝ているんだ。僕は今更そんなことに気づかされた。

 だが、ここで止まることができるのか? 断じて否である。

 ロンギヌスは打ち解けていない。それはおそらく彼女の恐怖心や緊張に起因している。

 それを覆すには行動が必要不可欠なのだ。その扉を開けるには、彼女本人か誰かがこじ開けてやらねばならないのだ。

 ならば問おう。その扉を開けるのは誰か。いたいけな少女にそれをやらせるのか。僕はそれを許容できるのか。

 僕は彼女を救いたい。そのためなら、何にだってなってやる。僕はマスターなんだから。

 

 震える指で、天幕をめくる。

 物音一つしない。すっかり熟睡しているのだろう。

 暗がりから少女の小さな背中が見える。可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 ゴクリ。生唾を呑み込んで、僕はテントの中に這入る。

 膝立ちで一歩一歩近づくが、ロンギヌスが目を覚ます気配はない。

 肩が少女の呼吸に合わせて上下している。

 僕はその身体にそっと、手を伸ばす。

 まずは、首だ。

 人体の急所が詰まった大事な部位だ。その分感覚神経も鋭敏でくすぐりに対する抵抗力も少ない。

 

 すぅ……。

 

 うなじの部分を撫でるように指を滑らすと、ロンギヌスの肩がびくりと震えた。

 さすがに起きてしまったかと僕は身体をこわばらせてしまうが、それ以上の変化は起こらない。

 ロンギヌスは、そのまま何事もなかったかのように眠り続けている。

 

 すすすぅ……。

 

 もう一回撫でてみた。

 

「う、んぅ……」

 

 少し鼻にかかるような細い息を漏らすが、やはり起きない。

 この程度では刺激として足りないと、そういうことかもしれない。

 いいだろう。ならば、その先を味わわせてやる。

 

 つぅ……。

 

 首筋を辿り、肩へ。さすがに衣服の中へ手を突っ込むのは躊躇われたので、衣服の上からなぞるように触る。

 

「んにゅ……」

 

 寝返りを打ち、仰向けになるロンギヌス。心臓が口から飛び出そうになったが、少女の反応はそれだけだった。

 そして、大変なことに気づいてしまう。

 ……隙がない。

 仰向け。それだけの体勢移行で背後という死角が消え去った。無意識なのか分かっていてやっているのか。いずれにせよ、ここからの攻撃は生半可では許されなくなってしまった。

 次に狙うべきは何処だ……?

 まず目についたのはお腹だ。

 普段から手や衣服に守られているが、臓器を守る大事な部位に変わりなく、また普段から衣服に包まれているため人肌などの直接的な接触に対する抵抗力は低いはずだ。攻撃としては有効だろう。だが、こちらにも隙ができてしまう。お腹を触ろうとすればその下にはどうしてもロンギヌスの手が位置しているのだ。

 つまり、ロンギヌスが起きた場合、掴まれやすい。こちらの防御力を著しく削ることになるのだ。

 そこまで計算してこの姿勢を取ったというならば、この少女の評価を改めねばなるまい。まさしく聖槍の名に恥じない勇敢な少女であると、そう評さねばなるまい。

 だが、こちらの攻撃手段が一つしかないと思ったら大間違いだ。

 手は布団の上に置かれているが、その下には布団ごしの空間がある。布団は柔らかい素材だ。ゆえに形を変えやすい。つまり、潜るように僕が手を伸ばせばその下を掻い潜ることだってできるのだ。

 つまり、狙うは脇腹!! これこそが、導き出された唯一の答え!!

 

 ズザザァァ!!

 

 そんなふうに潜り込んでロンギヌスの脇腹へ指先が触れる。

 その瞬間――。

 

「ふ、ふぇぇぇぇぇ!!!」

 

 突如飛び上がるようにして起き上がった、ロンギヌス。その所作はなんなら戦闘中よりも機敏かもしれない。

 

「な、なななな何してるんですかぁ、マスター!?」

「何と言われても……。僕はただロンギヌスの脇腹に触ろうとしてただけだけど」

「なな何言ってるんですかぁ!? ダメダメダメ駄目ですよ、絶対に駄目ですッ!!」

「そんなこと言われても困る。じゃあどこなら触って良いの?」

「良いとこなんてありませんよぉ! マスターの馬鹿ぁ!! うわぁ~ん!」

 

 枕を投げつけられ、ロンギヌスはテントを飛び出して行ってしまった。

 

「おや? 何があったのロンギヌス」

「フ、フライクーゲルさん聞いてください!マスターが……、マスターがぁ……!!」

「……へぇ~。まったく、それは酷い話ネー。あとでアルテミスにう~んと叱ってもらっちゃおう☆」

 

 その後、ロンギヌスは仲間たちと少しだけ打ち解けるようになり、それからさらにその後アルテミスからお説教されたりウィリアムテルされたりしたけれど、それはまた別の話である。




お久しぶりです亘里です。ランク150になりました。
それはともかく。今回はロンギヌス回です。
前回のアルテミス回のちょっと前に行われていた遣り取りがこんな内容だったよというお話です。
オチが上手くいかなかったのでちょっと拍子抜けっぽい終わり方かも。
構想してたときはそうでもなかったんだけど、書いてみるとなんだかなーっていうのは創作あるあるな気もしますが、改善できるようがんばります。
あと、シリアスパートに広げすぎたかもしれません。ちょっと前回と雰囲気違うな、嫌だな、って人はごめんなさいでした。
しかし、書いててマサムネが可愛すぎてどうしようもないです。
あと、タガタメもやってます。もう少しシナリオ考察が進んだらなんかやるかも。
そんなこんなでお楽しみいただけたら幸いです。次回のマサムネ回(たぶん)でお会いしましょう。ではでは。


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武士の黙座~Side:マサムネ

 それは、旅の途中偶然見つかった。

 打ち捨てられた洞窟の奥底から、氷の塊が見つかったのだった。

 洞窟の中はヒヤリとしているが、依然外のほうは暖かくて移動時は汗ばむくらいの陽気だった。

 そんな中でこんな氷室が見つかったのだから、賑やかなキル姫たちは大いに盛り上がりかき氷を作って火照った身体を静めることになった。

 

「さぁ、アナタ? たぁんと召し上がれ♪」

 

 芭蕉扇が差し出した器を僕はそぅっと受け取った。何故ならこれでもかというくらい山盛りだったからだ。

 

「盛りすぎじゃないかな、芭蕉扇?」

 

 しかし芭蕉扇はその反応が気に入らなかったらしく、豪奢な羽根付き扇をパチンと閉じた。

 

「だって私はアナタの正妻だもの! 他の姫たちと同じようなよそい方など、できるわけがないわっ!」

「ちょっと芭蕉扇! 毎度の正妻発言にも言いたいことあるけど、それよりも加減ってものを考えなさいよ! 冷たいものをいっぱい食べ過ぎると簡単にお腹壊しちゃうのよ! せっかく私が適切な量で計っておいたのに……」

「まぁまぁ……。ちゃんと冷えすぎないように気をつけるからさ、その辺にしといてあげてよ。芭蕉扇だって悪気があってやったわけじゃないんだし……」

「……もうっ! ちゃんと気をつけなさいよね! この隊はその辺みんなルーズなんだから!」

 

 心配性のアスクレピオスも今回はなんとか矛を収めてくれたが、しかしこれ、気をつけてどうにかなる分量じゃないかも……?

 けれど、おかわりしてるキル姫もいることだし、大丈夫だろう。僕はあまり気にしなかった。

 そして、実際僕の身には恐れるような事態は何も起こらなかったのだった。がしかし……。

 

――

 

 それは翌日の話になる……。

 

「主君、実は折り入って頼みがあるのだが……」

 

 それはいつも気合い充分、勤勉極まりないキル姫、マサムネの発言だった。

 

「どうしたの? そんなに元気がなさそうなのは珍しいけれど……」

「う、うむ……。実は恥ずかしながら……」

 

 そんな前置きをしながら、マサムネは上目越しに打ち開けてくれたのは……。

 

「拙者、腹を壊してしまったのでござりまする……」

「ぷっ!」

「なっ!? 笑うことないではないか! ただ、昨日……。珍しく氷菓など食べたもので、少し舞い上がってしまって……。その上、ほら、拙者の服は腹部の布地が少ないゆえに……」

 

 確かに。布地が少ない……、どころかへそ丸出しスタイルだし、冷えるのもしょうがないような服装だと思う。

 

「それじゃあ、アスクレピオスに相談して薬をもらってこよう。きっとすぐに良くなるよ」

「ま、待ってくれ! それではいかんのだ! 主君、後生だからお待ちくだされ!!」

 

 それは珍しく慌てた様子のマサムネだった。どこか怯えた様子にも見える。それこそマサムネには似つかわしくない姿だ。

 

「あれだけ強気でアスクレピオスの忠告を破ったのだ……。今更頭を下げるなどできようものか……。拙者、どれほど苦しくとも、彼女にだけは相談するわけにはいかぬのだ。……だからどうにかこの場だけの話にはしてくれまいか?」

「それは、いいけど……。でも大丈夫なの……?」

「かたじけない。いや、拙者の心配なら無用でござる。……アイタタ」

 

 しかし、ふらつきよろけてしまうマサムネ。よく見れば顔色もあまり芳しくない。

 

「ほら、そんな恰好してるからだよ。ほら、僕の上着、着ていいからさ」

「か、かたじけない、主君……」

 

 今度はマサムネの顔が少し赤くなっているような……。ひょっとして熱でもあるのだろうか?

 

「主君、差し支えなければで構わないのだが……その……」

「うん? 僕で良ければ何でもするよ? 遠慮せずに言ってみて」

「う、うむ……。その、良ければなんだが……」

 

 マサムネは僕の貸した上着の裾をきゅっと握りながら、とんでもないことを言うのだった。

 

「腹を、さすってはもらえぬか……?」

 

 僕はそんなことを訊かれるとは露知らず、返事をしそうになって……。

 

「え……? それくらい構わないけ、ど……? って、えぇ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、マサムネは僕のインナーの袖を、ぎゅっ。万力みたいな強い力でつまんできて、放してくれない。

 

「主君も聞いたことくらいあるだろう? 手当という言葉は手を当てる、つまり古くより伝わる気の伝達手段であり、その効果は遙か昔より実証されてきたのだ。つまり、主君にさすってもらえれば、主君より賜った気の力で拙者の腹痛は治まり、活性化した気がお互いの健康状態すら改善させ、さらに元気になれるというわけだ。無論、やらぬ手はなかろう?」

「……そう言われると、そうかなぁ?」

 

 しかし、確かにどこかで聞いたことあるかもしれない。そうか、お腹をさすってあげるだけでそこまでの効果があるのなら、確かにやらない手はないだろう。よし、やろう。

 そして、目を向けると、そこにはマサムネの白いお腹があった。

 体質のせいか日焼けは少ない。だが、不健康とはほど遠く見えるのは、やはりこの引き締まった肉感にあるのかもしれない。

 ぱっと見では、筋肉質というほどではないのだが、見れば見るほど無駄な脂肪のない美しいお腹だった。

 

「それじゃあ、……触るよ?」

「う、うむ……」

 

 とはいえ、女の子の身体だ。同意の上とはいえ、治療のためとはいえ、やはり少し緊張してしまう。

 そぅ……と、腕を伸ばす。僕が唾を飲み込むのと同時に、マサムネも緊張した面持ちだ。

 ぴと。指が触れた瞬間、

 

「やんっ」

 

 あれ? 誰の声だろう。近くに他のキル姫がいたのだろうか。

 

「ゴ、ゴホン! き、気にしないで続けてくれぬか?」

「え? でも今、他のキル姫っぽい声が……」

「気の所為ではないか? 拙者には聞こえぬが」

「そうかなぁ。確かに聞こえたんだけど……」

「気の所為に決まっておろう!」

 

 マサムネがそこまで言うのなら、気にしなくて良いのかなぁ。まぁ確かに錯覚か何かかもしれないし……。

 それじゃあ、もう一度……。さすり。

 

「ふぁっ……、んぅ……」

「マサムネ? だいじょうぶ?」

「あ、あまり激しくは……ッ! ……そう、そのまま……」

 

 もうちょっとゆっくりのが良いのかな。

 ……そうか、こうして手をさすっていると、乾布摩擦みたいに手が温まってくる。これが気なのだろうか。マサムネも顔が赤くなっているし、確かに効果があるのかもしれない。

 

「ああ、収まってきたぞ。さすがは主君だな……」

「どうかな? もう少し続けたほうが良い?」

「……うむ。もう少しだけ構わぬか……?」

「もちろんだよ」

 

 マサムネのお腹はすべすべしていて、柔らかかった。けど、それはせいぜい表面までであって少し力を入れて押し込んでみるとそこには確かな弾力が存在している。これが腹筋なんだな。

 しばらくさすっていると、マサムネが僕の右手を捕まえていた。

 掴まれた僕の右腕を、マサムネは大事そうに両手で包み込んだ。

 そして、見上げた先には満面の笑みのマサムネの顔があった。

 

「主君、いつぞやにしていたロンギヌスへの修行も、このような心地だったのだろうか……」

「……ロンギヌスはほとんど寝てたけどね……」

「不思議な心地がする……。主君との信頼が深まったような……。実はな、主君……。拙者は少し嫉妬していたのだ」

「嫉妬?」

 

 マサムネは静かに首肯する。

 

「うん、ロンギヌスは入隊してすぐに主君からあの、特別訓練を行わせてもらい……、アルテミスも主君と特別な特訓をしていたのだろう?」

「うん。まぁ、そうだけど……。あれは優秀だからとかそういう意味じゃなくてね――」

「分かっているのだ。拙者が劣っているのではないと、分かっているつもりなのだ。だが、それでも……」

 

 マサムネの表情が黒い前髪で塞がれてしまう。まるで不安げな顔を隠そうとしているかのように。

 

「胸の中に沸き上がる不安は、幾度剣を振るっても掻き消えるのではなかった。だから、こうして特別な特訓ができて、良かったと思うぞ」

 

 その顔は、今までで見たマサムネの顔の中で一番眩しい。

 

「この深まった絆の心と、この高ぶる忠義の心で、拙者はまだまだ強くなるぞ!」

 

 忠義の武士が新たなスキルに目覚めるのは、それからすぐのことだった。




タイトルが決まらなくて困った回。黙座は黙って座っている様子という意味らしいです。腹痛や不安を表現できる良い感じの単語ってないものなんですかねぇ。
前回にマサムネを出して修行がどうのと言わせたのはこの回を書くための布石でした。ちなみにホントに行われていた本家では、水着で特訓してて腹痛になったみたいです。あれ? かき氷じゃなかったっけ? と、書いてから気づきました。たぶん作中時系列的にはこの後に水着でまた腹痛になるんじゃないかと思います。

あと、一応ストックを使い切ったので、解説です。
このシリーズはあくまで本編をなぞらず、キャラクエも再現せずに、好き勝手やるつもりで書いてます。ホントにネタがなくなったら本家を流用するかもしれませんが、可能な限り流用なしでやります。
あと、サブタイトルも本編同様中二風味で書いてます。全部○○の○○というタイトルになってます。けど、もうネタ切れかも。
ガチエロ路線も考えてましたが、いろいろと難しいので現状このままチョイエロくらいで書くと思います。
あと、最後に。
気晴らしで書いてるので安定した更新にはならないと思います。ご了承ください。


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君の名を呼ぶ~Side:レーヴァテイン

 それはまだこの世界で僕が目を覚ましてばかりの頃の話――。

 

 旅に不慣れな僕は仲間たちの進言もあり、町で休息を取ることになったのだった。

 とりあえず宿を一部屋取ることになったのだが、そこで少し困ったことになる。

 

「何よアンタ、これも想定済みで部屋を一つにしたんでしょ? このムッツリスケベ」

「ち、違うよ! だいたいその辺の遣り取りは全部ティルフィングがやってくれてたじゃないか!」

 

 僕に濡れ衣を着させようとしているのはデュリンという名の……、なんだろうか。

 彼女は、人間を手のひらサイズまで小さくしたような大きさの女の子で、背中に生えた光る羽のようなもので空を飛んでいる。

 妖精、といえばすぐに伝わるような外見なのだが、それを一度でも口にしようものならすぐに激昂するため表現が非常に難しい。

 癇癪持ちなのかわりとすぐに機嫌が悪くなるが、チョコをあげるとすぐに機嫌が回復するため、不機嫌が長持ちした試しはない。

 

「もうっ、デュリン! 今は仕方がないでしょう? まずは腰を落ち着けなくては……」

「まったく、そんなこと言って……。夜中に襲われたって知らないわよ。……ふん、何よチョコなんか差し出して、ごまかそうったってそうはいかないんだから……モグモグ、こ、この香ばしい薫りは、……素晴らしいわぁ……ッ!!」

 

 デュリンにチョコのおかわりを用意しつつ宥めに掛かっているのはティルフィング。桃色の髪が印象的な見目麗しい少女である。

 そんな、随分と賑やかなメンツだが、残りは、宿へ着くなりベッドへ倒れ込んでしまった小学生くらいの身長のガンバンテインや、早々に町へ遊びに出掛けてしまったナンパ大好きなケラウノス、荷物を整理すると言って拾った石をぼうっと眺める天沼矛(あめのぬぼこ)がいた。

 デュリンも入れれば五人の美少女に囲まれての一泊だ。さすがに少々緊張の色は隠せない。

 それに、道中数回の戦闘をしたにもかかわらず、少女たちからは女の子特有の匂いが漂っていて、自分の汗臭い匂いと比べて改めて違いを見せつけられてしまう。

 そんな自分の体臭を気にした動作だったのだが、ティルフィングは途端に表情を変える。

 

「そうですね、ここまでしばらく戦い詰めでしたものね。少し汗を流してきますね、マスター」

「う、うん……」

「覗くんじゃないわよ?」

 

 なんて、デュリンが言ってくるが、さすがにこのサイズの女の子の覗きはしないかなぁ。口には出さないけど。殺されそうだし。

 

――

 

 そうして僕は一同が落ち着いた頃合いで、この世界のことを聞いた。

 世界を蝕む者たち――異族が人々を蹂躙している。それと戦うことができる唯一の存在がキラー・プリンセス、通称キル姫。キル姫を管理しているのがラグナロク教会だ。

 ユグドラシルを中心にしてそこから王聖区、人民区、耕民区、人外域と続く。外側に行くにつれて異族の数が増え危険が増していく。

 僕はその耕民区と人外域の境界を隔てる冥花の花畑で目を覚ました。

 そこで偶然会ったのがティルフィングたちだ。彼女らに出会わなければ僕は今頃異族に食われていたはずだ。

 

 はてさて、そんなところがここまでの顛末なのだけれど、話が一段落したところでデュリンがついてこいと、僕らを促したのだった。

 辿り着いたのは、ラグナロク教会の支部である町で一番大きな館の中だった。

 警備の騎士がすんなりと通してくれた廊下を進むと、そこにはいかにも教会といった風情の聖堂があった。

 大きな扉を両手で押し開けると、絨毯が奥まで続いていた。

 静謐な雰囲気を醸し出す空間に、僕は肝が冷えるような心地がしたけれど、デュリンは気にも留めない感じでふわふわと先へ進んでいく。

 置いて行かれないように慌てて進む。少し空気が冷たいような気がする。

 しかし、落ち着いてくるとその光景にまず疑問符が浮かんだ。果たしてここはなんなのだろう、と。

 聖堂といえば、祭壇とか十字架とかそういうのが置いてあって、人々はそれに手を合わせてお祈りをするんだと思っていた。宗教の大体はそういう傾向があるのだと思う。……僕の偏見でなければ、だけど。

 けど、そこにあったのは泉だった。コインを投げればお金が増えるわけでもないだろうし、メダルを填め込むような穴だって存在しない。それはただの水を貯めただけの空間だった。少なくとも僕の目にはそう映った。

 

「着いたわね。よし、ここでガチャが引けるわ」

 

 ガチャ? 何のことだろうか。クジみたいなものだろうか。しかしそれらしい店構えは見当たらないが……。

 

「はぁ……。これだから素人の相手は面倒なのよね」

 

 デュリンはわざとらしいくらいに大きく溜息を吐くと、肩を竦めた。

 

「デュリン、私にも分かるように説明してもらえませんか? ここはラグナロク教会の施設ですよね? まだ、マスターの洗礼も行っていないのに、勝手に使って大丈夫なのでしょうか?」

「そんなの大丈夫に決まってるでしょう? っていうか、いちいちガチャ引くのに教会の許可なんて取ってたら、教会は今頃致命的な人手不足に陥ってるわよ」

「……それで、ガチャっていうのはなに……?」

 

 さすがにティルフィングのほうは知っていたらしく、デュリンと眼をパチクリとさせたあと、二人で目を見合わせていた。まるで僕だけ蚊帳の外みたいだ。

 

「そこまで知らないなんて、……記憶喪失って本当に面倒なのね……。良いわ、教えてあげる。良い? ガチャっていうのはGrand Artifact that Created [Humanoid Alternation]の略称よ。頭文字を取ってGACHA、ね。意味は『新世代の人類を創造するための聖遺物』……だったかしら。まぁ、ようは新しいキラー・プリンセスを仲間にするための儀式だと思っておけば良いわ」

「ガチャを引くにはマナや姫石を使うと聞きましたが、デュリンはそれ、持っているの?」

「……なんとかマナガチャ一回分くらいはあるわよ。これを使ってガチャを引きなさい。今の戦力だけじゃあ、とてもじゃないけど王都になんて辿り着けないし」

 

 そうして手渡されたのは青い光の球体のようなものだ。実体はないようで、容積的にたぶんデュリンよりも大きいから、体積を持つ物質というわけではないみたいだ。……で、これをどうしろと?

 

「投げ入れるのよ。泉に向かってね。それが召喚の儀式。アンタのバイブスに適応した姫が必ず召喚されるわ。今後何度もやることになるんだから嫌でも慣れてもらうわよ」

 

 ……そうは言われても良く分からない。けれど、やってみなければこのまま何も分からないままだ。僕は手の上に浮かんだそれを泉の方へ投げるように手を振った。

 光は僕の手を離れ、泉に落ちる。――瞬間、スパークするみたいに光が暗い聖堂内を駆け巡る。

 思わず腕で遮った先で、バシュゥと何かの音が鳴り、光が収束していく。

 バシャア、と水音がして、そこに一つの影が生じていた。

 人の形をした影が、ゆるりと泉から這い出してくる。

 カクン、と腰が抜けてしまった。もう僕はただ見上げることしかできない。

 銀色の髪、深紅の瞳。雪のように白い肌。それは、天より舞い降りた天使のように美しい少女だった。

 ト……。僅かな足音すら荘厳な響きを伴って伝わる。

 そして、少女の花弁のように美しい唇がゆったりと開いた。そして、どんな楽器よりも美しい音色で声を発した。――それが人の声であると気づくのに僕はしばらくの間気づくこともできなかったくらいに。

 

「……あなたが私のマスターなの……?」

 

 僕は、何も答えられない。喉に何かが詰まったかのように呼吸すらできない。呼吸の仕方が思い出せなくて、僕はただ、震えていた。

 

「ねぇ、宿は何処? 私、今すぐ寝たいんだけど……」

 

 僕にはそこまでの記憶しか残っていなかった。

 あとから聞いた話では、僕はティルフィングに担がれて宿に連れ帰ってもらったらしい。

 レーヴァテインは勝手にもう一つ部屋を取り、そちらで寝泊まりすることにしたそうだ。出費が大変なことになったとデュリンが呻いていたが、チョコ代も結構馬鹿にならないとティルフィングが漏らしていたのを僕は聞き逃さなかった。

 とにもかくにも、それが僕の初のガチャ体験であり、その後何度も命を救われることになる大切な仲間、レーヴァテインとの出逢いなのだった。




ガチャを書いてみたかった、という回でした。
せっかくなので序盤の説明諸々やチュートリアルでのガチャなどのお話になりました。
教会等の設定は多少作った部分もあるので本編との相違があったらすみません。まぁ二次創作なので……。
あと、ガチャの語源はしっかりと作ってみたかったんですが、英文法を覚えたのはもう十年以上前なのでうろ覚えもいいところです。受験生は参考にしないでください。あと、イングリッシュに詳しい方、正しい英文法を教えてもらえるとありがたいです。伝わる程度であればいいんですけども……。
あと、今回から○○の○○というタイトルを廃止しました。絶対にネタ切れになると思ったからです。まぁ次回あたりにまた近いタイトルになるかもしれんけど。
今回は推し姫のレヴァを書きましたが、そして次回もレヴァ回になりそうな気配です。まだ予定ですが……。ぼそぼそと喋るときのゆかなボイスがツボ過ぎて生きるのが辛いです。
……そういえば今回エロがなかった……。


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白銀と朧月夜~Side:レーヴァテイン

 夜の帳が降ろされ、木々も眠りに落ちた頃――……。

 

「呼び出しといて、いきなり〈コレ〉……? あなたってホントにしょーもない人……」

 

 僕の腕の中には、そんなふうにぼやきつつも抵抗しないレーヴァテインがいた。

 

「……抵抗しないんだね。もっと嫌がられるかと思ったんだけど……」

「だったら、最初からやらなきゃいいじゃん」

「……いや、だってさ……」

 

 予想外の返しにしどろもどろになる僕を、レーヴァテインの月を思わせるような瞳がじっと見つめていた。

 そして、ふっ……と。目が眩しそうに細められる。ささやかな微笑が場を和ませる。

 

「……するならさっさとして。明日も早いんでしょ?」

「う、うん……」

 

 僕はごくりと生唾を飲み下した。

 

「それじゃ、レヴァ。……その、良いかな?」

「いや」

 

 ええっ?! と困惑した僕を見上げながらレーヴァテインは口元を意地悪に歪める。

 密着した状態で、さっさとしてまで言っておいて、何がダメなのだろうか。ご褒美を目の前で取り上げられたような絶望感が、僕の胸中を埋め尽くす。

 

「でも、あなたは変態だからそう言っても歯止めなんて効かない。あたしの制止なんて聞かずに襲いかかる。……そんなの分かってるし」

 

 そこまで言われるのは癪だが、その発言の意図はつまり、ひょっとしてもしかすると……。

 

「ねぇ、レヴァ。……どうして抵抗しないの? ……嫌なんでしょ?」

「……別に。めんどくさいだけだし……」

 

 そう言ってそっぽ向くレーヴァテインだが、頬は赤く染まっていて声も少し震えている。

 

「じゃあ、するね……?」

 

 ……返事はない。だが、レーヴァテインは僅かに首をコクリと動かした。

 その顎を押さえて、覆い被さるようにして僕はレーヴァテインと唇を重ねた。

 柔らかい唇の感触と、彼女の熱くなった身体の熱量を味わうようにして、そこで一度唇を話す。

 レーヴァテインは少し呆然とした顔つきで、視線は中空を彷徨っていた。

 だが、その細い指先はまるで続きをせがむかのように僕の上着の裾を掴んだままだった。

 その手に引っ張られるようにして、僕の影は再び少女の影と交わった。

 僕は何度もレーヴァテインとキスをした。

 啄むような甘いそれではなく、貪るような熱いそれを交わした。

 やがて、何度目か分からなくなってきた頃、ふとレーヴァテインは声を上げた。

 

「……ねぇ、当たってるんだけど」

 

 何が、とは敢えて言わなかったが(個人的にはちゃんと言って欲しいところではあったが)、それはさすがに言わずとも分かった。

 

「ごめん、レヴァがあまりにも可愛くて……」

 

 そう言うと、レーヴァテインは耳まで顔を赤く染めて、ぼそりと呟く。

 

「……優しくしてくれたら、……許してあげるし……」

 

 僕はそこで理性のタガが外れてしまい、少し乱暴に細い肢体を押し倒してしまう。

 恨みがましく睨めつける視線に、申し訳なく思いながらその白い頬を指で撫でた。

 

「……はぁ。どーせ、こうなると思ってたけど」

「ごめん、ここからはちゃんと、……するから」

「……ふん、どーだか」

 

 呆れたような口調に反して、どこか熱っぽい響きの少女の声を聞きながら、僕はゆっくりと体重を掛けていった。

 レーヴァテインはそれを受け入れるように身体の力を抜いた。

 そして、僕はまたレーヴァテインの唇を狂ったように奪う。

 ……そうして夜は更けていった。

 

――

 

 眩しい日差しに照らされて、僕は目を覚ました。

 天幕の向こうから日差しが差し込んできていた。

 僕はシーツから這い出て、起き抜けの身体を伸ばす。

 

 ……あれ? レーヴァテインは?

 ……というより、どうして天幕に戻ってきているのだろう。昨夜はあの後、どうしたんだっけ?

 

 もそもそと目元をこすりながら、外へ顔を出すとキル姫たちから声を掛けられる。

 その中に、レーヴァテインがいた。

 

「ねぇねぇ、レヴァ。昨夜のことなんだけど……」

「昨夜?! マスター、なになに? 昨夜はお楽しみでしたねってこと? じゃあ、次は私と一晩楽しもうよ!」

「なッ、マスターッ?! 少しお話があります! ケラウノスさんは少しお待ちください」

 

 僕がレーヴァテインに声を掛けようとすると、ケラウノスが腕を引っ張り、アロンダイトが割って入ろうとしてくる。

 ちょっと待って欲しいんだけど。僕は昨夜の出来事が現実だったのか、それとも夢だったのか、レーヴァテインに聞き出さないといけないのに。

 でなきゃ、気になって今夜は眠れそうにない。

 喧噪の中、どうにかレーヴァテインの背に追いつくが、彼女はそのまま振り返らない。そして、吐き捨てるように言った。

 

「……変態」

 

 そんな……ッ?! そう思いながら打ちのめされる僕はアロンダイトに引き摺られていった。

 そんな視界の向こうでは、レーヴァテインに与一が心配そうに声を掛けていた。

 

「あれ……? レーヴァテインさん、顔が赤いですよ? どうかされたんですか?」

「……なんでもないし」

 

 そんな遣り取りが僅かに聞こえた気がした。




レーヴァテインが気になって仕方なかったので、思いの丈をぶつけてみました。
一応、オチから想像できるとは思いますが、レヴァと密会したところまでは現実だったように書きました。が、そのあとどの程度の行為にまで至ったかのかはご想像にお任せします。どちらとも取れるように書きました。
……ぶっちゃけた話、「抵抗しないの?」「めんどくさいし」というツンデレな遣り取りを書きたかっただけでした。楽しかったです。ごちそうさまです(意味深)。

あと、当初の予定では、ラブリュス編を書くはずだったのですが、そっちを書き終わる前にこっちを突発的に書いてしまったので、それは次回に持ち越しです。
以前、次回レヴァ回と書きましたが、淘汰の話を書くつもりでして、それはラブリュスを主役にすることになったので、ちょっと以前より予定が変わっています。まぁ、結果としてレヴァ回になりましたが。

追記:本当はラブリュス淘汰編を書きたかったのですが、プロットまでしかできてません。
ちょっとボリュームが膨らみそうだったのと、優先順位が低めだったためエタりました。
そうこうしてる間に原作サイドはロストラグナロクやらさらなる新章まで追加されたりして、もはや僕の心は取り残された廃墟となっているような心地です。

たぶん続きませんが、暇すぎて死にそうになったら書くかもしれないのでいつかまた見に来てください。


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