「艦娘グラフティ2」(第6部)<秋雲の脱走> (しろっこ)
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(みほ6ん)<秋雲の脱走>(改2)

私、秋雲さんは、巻雲と一緒に、山陰地方へ向かう列車の中に居るんだ。なぜって?それは……言い難い理由があるんだよ。



「やっぱりさ、京都で自首すべきだったんだよ~」

 

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「艦娘グラフティ2」(みほちん第6部)

 <秋雲の脱走>

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<<山陰本線:列車内>>

 

「ねえ、ねえ秋雲~」

あ、夢見てた。ちぇっ、良いところだったのに……

 

「何だよ、巻雲~」

私はちょっと不機嫌そうに答えた。

 

「ねえ、もうすぐ米子に着くよ?起きて準備しなよ~」

そういう巻雲は、ほとんど手ぶらに近いほど荷物が無い。翻って私は画材とか、そこそこ荷物があるんだよな~。

 

「あ~、だるい」

私は首を廻す。まる一日半、列車に乗っていると疲れる。いや、これは単なる筋肉痛だけじゃなくて、やっぱり精神的なストレスって言うのかな?後ろめたさもあるよな。

 

私はボンヤリと窓の外を見た。夜明けはまだのようだけど、かなり明るくなっている。田畑が、ドンドン通り過ぎていく。

 

「ねえ~絶対さぁ、駅で憲兵さんとか待ち伏せしているよ~」

巻雲は口を開けば、すぐこれだ。そりゃ今まで何度もビクビクして大変だったけど、こんな田舎町まで手が回るかねえ~

 

私は座席に散らばった食べ物や画材を荷物にまとめながら応えた。

「あんた、心配しすぎだよ。こんな田舎にまで、手が回ると思う~?」

 

「だってさあ~、秋雲がした事って脱走じゃん。絶対まずいって」

それも何度も聞いた。でも事実だよな~。

 

私が黙っていると巻雲は、さらに続ける。

「やっぱりさ~、京都で自首すべきだったんだよ~。その方がサァ~罪も軽くなるでしょ?」

 

「分かってるよ」

だんだんイライラしてきた。自首とか罪なんて人聞きの悪い言葉使うなよな~。そう思いながらも結局、悪いのは私だし巻雲は私に巻き込まれただけだ。全然悪くない。

 

そう、京都駅で危うく憲兵に捕まりかけたけど、たまたま京都の憲兵が私たちの無線と同じ周波数だったから、間一髪、無線傍受して助かったんだけど。

広い京都駅で、巻雲と散々走って……でも巻雲は”へやあ~”って言うだけで、ちっとも文句、言わなかったよな。悪かったよホント。そう思うと、ちょっと落ち着いてきた。

 

「悪りぃ~全部、秋雲さんが悪いよなぁ」

私は不安そうに見上げる巻雲に、謝るように言った。

 

「……」

巻雲は不安そうな顔をしたまま、ただ黙っていた。

 

<<山陰本線:分水嶺>>

 

やがて列車は、大きな川を渡りはじめた。ガタンゴトンと言う腹の底から来るような反響音と、点滅を繰り返すように車窓を通り過ぎていく鉄橋の支柱の陰が、巻雲のメガネに反射している。彼女と私の不安感を増長するようだ。

 

「駅……」

私は何かを思いついた。

 

「なに?次の駅?米子だよ?」

巻雲は言うけど……いや違う。確か、その手前にもう一個、駅があったはずだよ。そこで降りよう!米子駅は、やっぱ憲兵が居るかもしれない。それにここは鎮守府が近いから、憲兵の無線も海軍の周波数とは違えているはずだから、さすがに傍受は出来ないだろうし。

 

それに米子駅の手前なら、こんな田舎だから小さい駅のはず。私は必死で記憶を手繰り寄せた。確か米子駅の手前で山陰本線と境線がすごく近くなる場所があった。だから手前の駅で降りて境線まで歩こう。そうすれば米子駅は素通りできるはずだ。

 

瞬間的に、そう考えた私は巻雲に言った。

「次だよ、次の駅で降りよう」

 

「はにゃあ?」

変顔の巻雲は無視して、私はカバンから米子市の地図を取り出した。資料室から、かっぱらって来て良かった。どうせ横須賀じゃ米子市の地図なんて要らないだろう。

 

「え~っと、さっきは何とか大山って駅だったから、いま大きな橋を渡って~」

調べる間もなく、車掌が案内する。

 

「次は~、東山公園、東山公園~」

弾かれたように私は反応した。

 

「巻雲!ここで降りよう!」

 

「へやぁ?」

相変わらず、謎の反応をする巻雲。でも良いんだ、私はもう降りる。列車は減速していく。私はそそくさと荷物をまとめると、出口へ向かう。

 

「ひゃ、ひゃあ~、待ってよ~秋雲~」

ダブダブの袖を振り回しながら、巻雲が付いてくる。

「ごめんな、巻雲。いつもアンタを振り回すのは、私なんだよね」

 

「ひゃ、ひゃ?」

相変わらず変顔しながら、付いてくる巻雲。でも、その表情はどことなく楽しそうにも見えた。何だかんだ言っても巻雲も、こういう冒険っての、嫌いじゃないんだよな?

絶対に捕まるものか。こうなったら徹底的に逃げてやる。なんだか私も意地になってきた。

 

<<山陰本線:東山公園駅>>

 

「ここで降りま~す!」

車掌に切符を渡して、私と巻雲は列車を降りた。思ったとおりだ。ここは無人駅。ものすごく小さい。しかも降りる人も乗る人も、ほとんど居ない。横須賀じゃ考えられないよな、こういう駅。

 

あっち(横須賀)じゃ街中で私たちが海軍の軍服を着ていると、すごく目立つんだけど。でも幸い、こういう田舎の無人駅だとホントに誰も居ないから、逃避行には好都合だ。

そういえば京都では、目だって大変だったんだよな~。

 

「ねえ、大丈夫なの?」

不安そうに、巻雲が聞いてくる。私は胸を張って答えた。

 

「抜かりはねぇぜ、ちょっと歩けば、すぐに境線だぁ」

すぐに駅のホームから階段を下りて駐車場みたいなところを横切って、また階段を上がって通りに出た。

しかし私の荷物が、かさ張るなあ~。やたらぶらぶら動いて邪魔だ。艤装なら身体にピッタリするんだけど、ダメだなカバンは。

 

私が荷物で苦戦しているのを見て、巻雲が声をかけてくれる。

「ねえ、持とうか?」

 

いや、巻雲を巻き込んでいるのは私だからな、それは出来ない。

「いや、良いよ。ぜんぜ~ん軽い、軽い」

 

「そぉ?」

でも、すぐに荷物が邪魔になってきた。やっと山陰本線の踏み切りを渡ったのに、いったい、境線までは、どれだけ歩くんだろうか?

 

<<出雲街道:長い行軍>>

 

「地図、地図~」

私は立ち止まってカバンから地図を取り出して、現在地を確認した。

 

「えっと、ここが東山公園駅だから……」

山陰本線とクロスするように、小さな川が流れている。その先にある交差点、出雲街道を左折か。

 

「あの街道を左に曲がって、えっと、ず~っと行ったら、境線の駅だよ」

 

「ひゃ?そこまで歩くの?何メートルあるの?」

一緒に地図を覗いていた巻雲が叫ぶ。

 

私は反論する。

「軽いよ、きっと直ぐだよ」

 

でも甘かった。海図と違って普通の地図はスケール感が違う。まして航行するのと徒歩じゃ、何ていうのかな~?体感的な距離感とか時間の感覚が違うんだ。

 

「ヤバイな」

数分と経たないうちに、直ぐ私は弱音を吐いた。

 

「意外と、遠いな」

荷物が肩に食い込む。

 

「だよ~、地上行軍なんて、私たちには向いて無いんだよ~」

半分泣きそうな声で巻雲が言う。ホント巻雲を巻き込んで、済まないと思っている。

でも向いていようが居まいが、とりあえず駅まで行かなきゃ。私は荷物を抱え直して、無言で歩き始めた。巻雲も、それ以上は何も言わずに付いてきてくれる。ホント済まない。

 

それでも、何十分も歩いただろうか?右手に大きな学校が見えて、そのはるか先のほうに、何となく踏切が見えてきた。

「あ、あれかな……」

 

「……」

もう巻雲も限界だろうな。さっきから、ふにゃふにゃ言いながら、それでも文句一つ言わずに付いてきてくれる。私は本当に良い友人、いや同志を持ったよな~。何だか泣けてきた。

 

<<境線:博労町駅>>

 

だいぶ明るくなった頃、やっと境線の駅に着いた。博労町(ばくろうまち)駅か。別名ころぼっくる?へえ~妖怪の名前が付いているんだ。ここも無人駅だな。いいことだ。そこの待合室の時刻表を見ていた巻雲が言う。

「ねえ、ラッキーだよ。ちょうと、あと10分くらいで、境港行きの列車が来るみたいだよ」

 

「そっか、ラッキーだったね」

ホント、良かった。こういう田舎の列車って、一本逃すと、次の列車が来るまで大変なんだよな。

 

「ふにゃ~疲れたねえ~」

巻雲は、額の汗を拭きながら安心したようにベンチに腰かける。もし、これが逆の立場だったら、私は巻雲に文句を言っているだろうな。

 

私は思わず、巻雲の両肩に手を当てて頭を下げた。

「巻雲、ホントに、ごめん。そして……」

 

私は顔を上げて、巻雲の目を見た。

「ありがとう」

 

一瞬、キョトンとした顔をしていた巻雲は、すぐにドヤ顔になって応えた。

「やだなあ~、友達じゃない~。どうってことないってぇ~」

 

私は巻雲の隣に座って、頭の後ろに手を組んだ。ホントに私は巻雲のためだったら、何でもしよう。

そう思っていたら、踏切が鳴り出した。もうすぐ下り列車が来る。それに乗ったら、あとは鎮守府まで一直線だ。

 

「でもさあ~、こういう着任も良いねえ~」

巻雲は、そう言って笑った。

 

「だろ?秋雲さんと一緒で、良かっただろ?」

つい、そう言ってしまった。

 

「うん、これからも、ずーっと、一緒だよ?」

 

「あったり前……」

それ以上は、何も言えなかった。涙が、止まらなかった。

 

巻雲は黙って私の手を握ってくれた。

「ほらぁ、列車来るよ?」

 

「うん」

泣いたら、ちょっとスッキリした。ここが新天地なんだ、私たちの。

 

<<境線:列車内>>

 

直ぐに、列車が来た。おお!イラストが描いてある、スケッチしたいけど~、直ぐに発車だよなあ~、残念。

 

「秋雲~、早く~」

 

「分かってるって」

ふと見ると、車掌さんが私が乗り込むのをニコニコして待ってる。私は慌てて会釈をしながら乗り込んだ。車内は空いている。

 

「秋雲~、こっちこっち~」

巻雲が手招きする。うわあ、車内もイラストだらけだ、これは嬉しい。

 

「ねえねえ、スゴいね、この列車、マンガだらけだ~」

 

「うん」

そう言いながら私はカバンからスケッチブックを取り出す。何となく、これは絵が好きな私への、神様からのプレゼントかなあ~?って、単純にそう思った。

 

スケッチブックを広げながら、列車内に描き込まれたイラストの数々を見回す私。しかも、そのほとんどが何だろう、おどろおどろしい。これって妖怪?そうか~、さっきの”ころぼっくる”っていう駅名も、妖怪にちなんでいるんだ。この境線が、そういう仕掛けなのかな?

 

巻雲も目を丸くしているが、はしゃいでいる。

「凄いねえ~なんだか遊園地みたい。こんな田舎にさあ、こんな列車があるんだねえ~ビックリ。癒されるなぁ~」

 

「そうだね~、何かホッとするよね」

目の前の座席に描いてあるイラストをスケッチをしながら答える私。でも巻雲の言う通りだ。ずっと緊張して大変だったから、この列車にはマジ癒される感じ。……それがたとえ妖怪のイラストであったとしても、だ。

 

「ねえ、おなか空いちゃったね~。結局さ、京都でも逃げてたから、お弁当、買えなかったし~。米子駅にも寄って無いから、全然買えなかったよねえ~」

そうだ、私もお腹が空いていることに気付いた。そういえば今までずっと緊張していたせいか、すっかり忘れていた。結構、大変な状態なんだけど巻雲は、あっけらかんとしている。こういうところが巻雲の良い所なんだよな。

 

私はスケッチの手を止めて言った。

「どうしよう?車内販売なんて無さそうだよね」

 

「そうだねえ~。でもさ、境港まで一時間もかからないんでしょ?だったら我慢できるよ」

ほんと、巻雲って健気だよな。こういう順応性って言うか、素直な部分が、もう少し私にもあればなあ~って思う。それが無いから、こんな”脱走劇”を演じることになったんだ。

 

「ねえ、窓開けていいかな?」

巻雲が言う。もう目の前の座席に描いてあったイラストは模写し終えたから、私はうなづいた。

 

「あ、良いよ~、ごめんね」

私はスケッチブックを閉じて、一緒に窓を開けた。

 

「わぁ~」

巻雲と私は、独特の匂いと風に包まれた。

 

さっきまでの山陰本線の車窓とは違って、この境線の車窓には、ほとんど畑が広がっている。しかもネギ。白ネギだらけ。その土の匂いと、ネギのつんと来るような匂いが漂ってくる。それに列車のディーゼルエンジンの排気ガスと、線路の独特の鉄粉のにおいが混じって、何となく、工廠のゴミゴミした感覚を思い出した。

 

それでも私たちは、この”田舎臭い”香りを、存分に愉しんだ。何だか、生命力が蘇って来るような不思議な感覚だ。私は今後どうなるか、わから無いけど、巻雲がうらやましく思えた。私も、こんなところに着任してみたかったな。

 

<<境線:車窓より>>

 

「ねえ、秋雲~、見てみて、防空壕にクレーター」

 

「ホントだ~」

空軍基地が近くなった頃、草原に、いくつもの防空壕と大小のクレーターが見えてきた。まるで戦場の跡だな。そこで私は思い出した。美保鎮守府って確か、小さい鎮守府なのに敵の襲撃を受けたり、地上戦をやったって聞いたことがあったな。

 

私は言った。

「巻雲は知っているかな?美保鎮守府って……」

 

「知ってるよ。着任するんだもん、ちゃんと報告書は読んだって!」

巻雲はそう言いつつ自分のカバンから、ちょっとヨレヨレになった報告書のコピーを取り出した。

 

「あれぇ?報告書のコピーなんて、良く持ち出せたねえ~」

 

でも巻雲はメガネの底から悪戯っぽい目をして笑う。

「えへへ、私もやるでしょ~……な~んてね。違うよ、これは手書きのメモだよ~」

 

一瞬ドキッとしたけど、やっぱりいつもの巻雲だった。安心した。メモを見ながら巻雲は言う。

「えっと~先月かな?深海棲艦の攻撃機が飛来して、それを艦砲射撃で撃破。そのとばっちりで美保空軍基地がダメージって、あ、あそこに見える空軍基地がそうジャン?」

 

巻雲が指差す方向に確かに空軍基地の滑走路や格納庫が見えた。そこにも滑走路の外側には、まだクレーターが点在していた。

 

巻雲は続けた。

「でもさぁ、いくら敵が来たからって、いきなり艦砲射撃って、すごいよねえ~」

 

私は返す。

「それはさ、空軍基地の迎撃機とか全部落とされたんでしょ?確か、境港には陸軍の対空砲もあったらしいけど、全然役に立たなかったっていうし」

 

「良く覚えているね~、うん、うん、確かにそう書いてあるね」

巻雲は感心している。

 

「地上戦って、深海棲艦って上陸部隊も持っているんだね~。凄いねえ。初めて聞いたよ」

巻雲はダブダブの袖で、メモをめくっている。

 

「そうらしいね。でも確か艦娘が軍用車の機銃で対抗したとか。結局、最後は駆逐艦からの艦砲射撃らしいけど、向こうも空母機動部隊が来たらしくて、鎮守府主力艦隊全員で追い返したんだよね。なかなか優秀ジャ~ン、美保鎮守府って」

 

「そうだねえ~、すごく小さいのにね。そっか~着任が楽しみだなあ~」

巻雲はそこまで言って、ハッとしたような顔になった。

 

<<境線:希望を胸に>>

 

「……ごめん、秋雲は、美保鎮守府は正式な着任じゃあ、ないんだよね」

謝る巻雲に、私は明るく返した。

 

「……良いって、良いって。気にしない!絶対、秋雲さんも巻雲と一緒に美保鎮守府に着任するからさ、絶対大丈夫だよ!」

 

本当は、私は不安だらけなんだけど。今はそう言うしかなかった。でも、そんな私を見た巻雲は直ぐに明るくなった。

「そうだよね!うふふ。秋雲が言うとホントに大丈夫に聞こえるから不思議だよね~。今までもさ、そんな風に何でも越えちゃってるよね、秋雲は」

 

「ふふん、そうさ。秋雲様はピンチをチャンスに変えるのさ!」

私は笑った。

 

「ひゃあ~すご~い」

巻雲は、伸びた袖で鈍く拍手をする。でもそう言いながら私も不思議と”何とかなる”っていう自信が湧いてくるんだ。そうだよね。自分で自分を信じないと、結局何も越えられないんだよね。

 

やがて車窓から見えていたクレーターが少なくなり、家が増えてきた。境港市の市街地へ列車は近づいているようだ。向こうに見える細長い山も、どんどん大きくなる。

 

<<境線:市街地へ>>

 

巻雲が向こうに見える山を指差す。

「ほらぁ、あの山の頂上に、レーダーがあるよ」

 

「あれは、多分空軍のだね」

 

「へえ~、この辺りって、田舎なのに陸海空、全部揃っているんだね」

巻雲は、メガネを持ち上げる。

 

「そうだね~」

 

「だから敵にも攻撃されたのかなあ?」

 

「ええ~、それはどうかなあ?だって他の鎮守府だって、狙われてもおかしくないのに、全然、そういう報告は聞いたこと無いよね」

 

「そっか~、敵にも何か、ここを攻撃したい訳があったのかなあ~」

巻雲は、またメモを見返している。

 

私は頭の後ろで手を組んで言った。

「ええ~?敵が何か考えて、特別に来るってこと?まっさかあ~」

 

「だってぇ~、やっぱ何か目的が無いと作戦なんてしないでしょ?いくら謎が多い敵だからって言っても深いわけとかさ、あったんじゃない?」

巻雲は時々、鋭い考察をするんだよ。これには私も、ちょっとビックリした。そして何となく、そういう事情があっても別に不思議でもないのかもしれない。そんな思いが湧いてきた。

 

巻雲は続けた。

「でもさ、敵の事情なんか知ったらサア、攻撃できなくなるかもね」

 

「そ、そうだね」

そう応えながら私は、あまりそういうことを考えて戦いたくは無いなと思った。

 

「あはは、やっぱりバカな方が良いか~」

巻雲は、いつもの笑顔で笑った。私はちょっと引きつって笑った。事情なんか、知りたくないね。

 

列車は、かなり境港に近づいていた。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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「みほちん」とは「美保鎮守府」の略称です。
「みほちん第6部」(みほ6ん)
=「みほちんシリーズ6」です。


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(みほ6ん)<秋雲の反転>

 夜の海。

 

 昼間は青くて清々しいのに夜は、すべてを飲み込んでしまうような不気味さがある。

オマケに今夜は、かなり荒れている。川内姉さんもかなり手こずっていたな。

 

 でもあの敵の空母も不運だった……そう思いながらアタシは鉛筆を走らせる。さすがに暗いからって照明弾も撃ちすぎたかな? さっきから巻雲が金切り声で『なに? あれ何よ!』ってうるさい。

 

 敵の空母は既に沈黙して沈みかけている。司令部の命令とはいえ正直、沈んでいく艦を書くのは嫌だな。個人的にはもっと癒される絵を描きたい。

 

「秋雲ぉ!」

 

またか……チョッと待ってよ。後少しで描き上がるんだから。

 

「秋雲ぉっ、危ない!」

 

ええ? 何が危ないって? ……と思っていたら振り返る間もなく、お尻に衝撃が走る。

 

「あ痛ぁ!」

 

 よく『尻に火が点いた』というけど……痛タタ……本当にそうなるとは思わなかった。見ると艦隊の他の艦船は、回避しつつ爆雷を投下し始めている。

 

魚雷直撃? すると潜水艦? まだ残党が居たんだ。

 

お尻に手をやる。

痛ぁ……ああ! これじゃあパン○丸見えじゃないか?

 

あれ? なんだか頭がクラクラしてきた。

巻雲や川内姉さんの叫び声と司令部からの無線がしつこいけど……ダメだ。制御不能になってきた。

 

 薄れ行く意識の中で、もし轟沈しても絶対このスケッチだけは手放すものか……そう思っていた。

 

『秋雲ぉ!』

 

 うるさいな……って、あれ?

 

気がつくとアタシは独房の冷たいベットに横になっていた。

ハッとして跳ね起きた……お尻を押さえながら。

 

 振り返るとドヤ顔の巻雲。ああ、こいつがさっきからずっとアタシのお尻をモップで突いていたんだ。

 

「止めてよ」

 

 アタシは恥ずかしくてわざと強く言い返した。でも巻雲の表情はいつものまま。眼鏡越しに緩い目で、ダブダブの袖でモップを揺らしている。

 

「ねえ、秋雲は別に命令違反じゃなかったンでしょ? なんで独房なの?」

「……」

 

やっぱ言うべきかな? 実はアタシ入渠の後、自分から『反省したいから牢に入れてくれ』って司令に頼み込んだんだ。司令は困った顔していたな。

別に? 理由はない。何となく……ってか。

 

お尻の魚雷だって、独房に入るのだってコレが初めてじゃないし。独りで考えたい時間もあるよね。

 

「大淀さんが心配してたよ」

 

へえ、あの大淀さんが? 

 

 あ! 

 

アタシは慌ててスケッチブックを探した。それを見ていた巻雲が言う。

 

「スケッチブックはねぇ、司令が持って行ったよ」

 

 ええ?

 

あれまだ未完成なんだけど。そんなアタシの表情を見た巻雲は言う。

 

「司令、パラパラって見てさぁ、『上出来だ』って褒めてたよ。まぁ秋雲的には嫌かもしれないけど。もう十分だよ?」

 

アタシは不満だ。

 

「ねえ、秋雲ってさあ、ホントはここでスケッチ仕上げたかったんでしょ?」

「……」

 

図星だ。こいつには隠せないな。アタシが黙っていると巻雲は続ける。

 

「でも皆、もう分かってるよ? だって大淀さんも『好きにさせて下さい』って司令に進言してたよ」

 

 何だ皆にバレバレだったか……ちょっと恥ずかしい。顔が火照ってきた。

 

そんな私を見ぬフリをした巻雲はモップを仕舞うとジャラジャラと鍵の束を取り出した。

 

「ねえ、もう良いよね?」

 

そうだな、ホントは司令や大淀さんへのわだかまりも、あったかも知れないんだ。

 

 でも独房の窓から見える青空のように……いや、広くて青い大海原のように、でっかくて深い心を持たないとダメなんだな、きっと。

 

結局、小さいコトこだわっていたのはアタシだけ。周りの皆はアタシを優しく見守ってくれてた。そんな気がした。

 

「うん、出るよ」

 

アタシは立ち上がった。

 

 巻雲はダブダブの袖で鍵を差し込んで開錠する。『ガチャ』っという解放される音……それはアタシの心も解放してくれたような音だった。

 

「行こ?」

 

巻雲が手を差し伸べる。

 

「うん」

 

 アタシは久しぶりに巻雲と手をつないで収監エリアを出た。その通路の先に逆光で見えにくいけど背の高い艦娘……大淀さんが立っていた。

 

 あれ? 急に涙が……。

 

これはきっと、急に明るいところに出たからだ。アタシは自分にそう言い聞かせたけど涙は全然、止まらなかった。

 

私の顔を見た大淀さんは、とても優しい笑顔をしていた。

 

「コレで拭く?」

 

巻雲は自分のダブダブの袖口を出してきた。

 

「ばか」

 

アタシはとりあえず自分の袖口で涙を拭った。

 

「はい」

 

 いつの間にか大淀さんが私に近寄ってハンカチを貸してくれた。ああアタシって普段からハンカチも持っていないんだよな。

 

「いいのよ、気にせず使って」

 

 アタシは黙って受け取ると涙を拭った。そのハンカチは良い香りがした。いつもと違う感じ……アタシは自然に大淀さんに話しかけた。

 

「ごめんなさい……」

 

やや上目遣いに見上げたアタシに、大淀さんは微笑んでいた。

 

「良いのよ。誰でも、そんな気持ちになるコトあるから」

 

巻雲が横から小突く。やめてよ。

 

「さて……と」

 

大淀さんは腰に手を当てて言った。

 

「貴方には仕事がたくさんあるのよ」

 

ええ? 目を丸くした。

 

「貴方宛のね、投書がたくさん来ているの。貴方ペンネームで活動していることは知っていたけど……貴方のファンって、一体どこで住所調べるんでしょうね? 私書箱とか、直接来たものとか……とにかく司令にも許可は取っているから巻雲さんと二人で今日は整理しなさい」

 

一瞬、何が起きているのか分からなかった。巻雲が言う。

 

「秋雲の絵ってさ、癒されるぅー、とか言ってファンが多いんだね。私も知らなかったよ」

 

それを受けて大淀さんが言う。

 

「貴方のスキルからしたら青葉さんと一緒に広報部に回ってもらった方が良いかもしれないわね。航続距離の長さも生かせるし。これは本省の参謀も前向きに検討するって仰っていたからほぼ、決定ね」

「はあ……」

 

正直、何が起きているのか分からなかったけど……そうか。アタシも少しは人の役に立つんだな。それだけは分かった。

 

「良かったジャン、秋雲ぉ」

「うん」

 

久しぶりに見る青空と海がいつもより輝いて見えた。アタシはやっぱり、この鎮守府で一生懸命頑張ろう……純粋にそう思えた。

 

「あれぇ」

 

 巻雲が変な声を出した。その視線の先にブイサインをする青葉さんがいた。何となく青葉さんが手を回してくれたような気がした。

 

距離は遠かったけど私は敬礼をした。青葉さんも軽く返してくれた。そっか、青葉さんの名前も青空や海と同じなんだな。だから青葉さんは自由人なのかな? そう思った。

 

巻雲が言った。

 

「行こ」

「うん」

 

私たちは司令部へ向かって歩き始めた。今日も快晴だな。

 

 



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