シロウサギの奮闘記 (矢鱈)
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Ver.1 出逢い
Ver.1.1


 

 

 

 

ところで皆さん、獣人という言葉はご存知だろうか?

 

現実にはいなく、空想上の生物である。その名の通り、獣と人のハイブリット。

獣人と聞いて思い浮かべる姿は、全身獣の毛で覆われた人の形をした動物か、耳と尻尾が生えた所謂、萌え!な感じの女の子か……どちらを貴方は浮かべるだろう。後者を思い浮かんだ貴方は同志だ、握手。

 

しかし、今回はその人に違い耳と尻尾を持った獣人じゃなく、全身毛だらけのモフモフの方を浮かべてほしい。

ウサギな、白いウサギが二足歩行をしていて、指は五本ある。ウサギな。それを思い浮かべてほしい。

 

 

 

それが今の俺の姿である。

 

 

 

俺は所謂転生者。

転生だからって必ずしも人間になるとは限らない。まぁ、気づいた瞬間には驚いたけど、生きるのに必死だったからな。

何せ、身内もいない、ここが何処かわからない。家もない、ホームレス。

自慢の脚力と腕力で金もないから盗みも働き、薄い毛布で包まって寝る生活。

こんな生活を一ヶ月ぐらい続けている。ウサギなのに成長が遅いのなんの。多分一年経てば、大人サイズになると思う。今は子供サイズだけど。

そうそう、最近見つけたゴーグルがとっても良くてな、調節すると遠くが見えるんだよ。しなかったら普通の目を防ぐ物だけど。

って、それはどうでも良いんだよ。俺の姿もな?問題は。

 

 

 

この世界のことである。

 

 

 

この街で生活してきたが、自分が獣人なのに他にはいない。人間だけだし、俺の姿を見て驚いているぐらいだ。おかしい。これはおかしい。

獣人だから差別というわけではない。人間達が獣人という存在を知らないようだった。だって俺の姿見た第一声が、「うわっ!ウサギが喋ってる!」だぜ?獣人を知っていたらこうはならない。

この世界の事を俺は知っている。善良な市民達が暮らしていて、それで海軍がいて、海賊がいる世界。様々な建物の壁に貼られる手配書。どう見てもあのONE PIECEの世界だ。

 

そりゃ獣人の存在知らんわな。

 

スリラーバーク編までONE PIECEはアニメで見ていたんだが、獣人らしきことは出ていなかった。この世界にいないと見ていいだろう。多分。

 

 

 

 

 

 

 

………………という現実逃避は置いといてだ。

いつも通り、裏路地で見つからないように寝ていたハズだった。薄っぺらい布に包まり寝ていたハズだった。

 

「船長!またそんなものを拾って!」

「あァ?いいだろ、別に」

「どうせモフモフだからでしょ!拾ったの!ベポがいるじゃないですか!」

「いや、ベポとは違う系統の毛並みだ」

「そういうことを言ってるんじゃないです!!」

 

目が覚めたら細身の男と“PENGUIN”と書かれた帽子を被った男が言い合ってました。

どうなってんだよ、と嘆く暇もなく。只々、目玉が飛び出んばかりに目を見開いて、驚いて、慌てて起き上がり戦闘体制を取る。ゴーグルしかつけてないし武器もないが、大人一人は倒せる腕力と脚力はあると信じてる。もしこいつらが戦闘に慣れていたら、ヤバイが。

 

「あ、起こしちゃいましたかね?」

「ペンギンが大声出すからだろう」

「え、おれのせいです?」

 

帽子の方はペンギンと言うのか……実に分かりやすい。そう意味がわからない納得をしていると、細身の男の方がこちらへ寄ってきた。え?この人デカくない?俺がまだ子供サイズとは言え、この身長はないでしょ。一体、何センチなんだ……。

俺がこの男性の身長のデカさに驚いていると、男性は少し屈んで俺と目線を合わせてきた。眠たそうなその切れ長の金色の目はしっかりとこちらを見据えている。

 

「起こしちまったな。傷の具合はどうだ?」

 

傷?傷なんてした覚えないけど?

そう首を傾げると男性は悲しそうな雰囲気を出したが、それもほんの一瞬で、男性は俺の身体を指差した。俺も警戒しながらも目線を動かし、そこを見ると包帯が巻かれていた。

 

「切傷があった。確実に刀傷だ、それも無数に」

 

言外に何があった?と聞いてくるその人は少し怒っているようだ。

刀傷……あぁ、確か山賊と戦った時だ。山賊は海賊より弱いとは言え、一応賊であり戦いに慣れている。倒せたが、その代わり山賊が持っていたサーベルによって何度か斬りつけられた気がする。多分、その傷だろう。

 

「……詳しくは聞かねェ。だが、傷が完璧に治るまでここにいろ。生憎、医療器具は揃ってるんでね」

 

どうやら医者らしい。それも完治するまで逃さないタイプの。

スクッと立ち上がると、その男性はペンギンさんに幾つか指示をしてから部屋を出て行った。というかこの部屋、医療室か。周りには何もないけど、消毒液の臭いがキツイ。

すんすんと鼻を動かしながらも、自分の身体をペタペタと触る。毛もあるからなんだか包帯がむず痒くて、掻きそうになるけど我慢をする。傷が悪化すればあの人は怒りそうだ。

 

「ごめんな。船長、気まぐれだから」

 

自分の身体から視線を上げ、ペンギンさんを見る。目元は帽子の影で見えないが、その口元は苦笑していた。

ジッとその顔を見ていると何を思ったのか、側にあった椅子を持ってきて俺の目の前に座る。俺は立ち上がった状態から座り、サラサラのシーツを被り直す。所謂病人状態……怪我兎だけど。

 

「船長の言う通りに絶対安静だから。思ったより深いからな、その傷。何でそんな傷作ったのかは知らないけど、ほっとくわけにもいかなかったと思う。船長、優しいからな」

 

気まぐれで優しい船長らしい。

どうやらあの男性はペンギンさんの船長で、ここは船の中。しかも潜水艦だと。

潜水艦……うん、潜水艦だぞ?かっこよくない?

この船が潜水艦だと教えてくれたペンギンさんが、俺の食いつき加減を見て鼻高々にこの船について話し出した。

 

「ここからじゃわからないけど、黄色い船体に大きいジョリーロジャーのマーク。中は空調設備完備だし、普通に海面を遊泳できる。甲板も、マストもあるんだ」

 

一回外から見てみるといい、かっこいいから!と締めくくったペンギンさんは誇らしげで、この船が好きなんだなと思った。

船の話が終わると船長さんの話になり、気分屋で気まぐれだから何しでかすかわからないとか、敵を倒す船長クール過ぎてヤバイとか、ベポの前だけ少し顔を綻ばせるんだからベポ狡いとか。マジで船長さん好きなんですね。

likeじゃなくてloveだよ、これ。大丈夫?一線越えないか?

 

「ただ一つな、困ったことがあって」

 

ん?なんだ?

今までの話だとあまり困った風には思えなかったけど。

ペンギンさんは握り拳を作って、歯を食いしばり、一筋の涙を流した。なんだ!?なんだ!?大丈夫か!?え?何?そんな大事なの!?

 

「花が無いんだよ!!」

 

は?

 

「この船に女がいないッ!!」

 

ババーンという効果音がつきそうな感じで拳を振り上げたペンギンさん。

涙まで流してあんな表情するから、どんな一大事かと思えば……。

 

もの凄くどうでもいい事でした。

 

ジトーッと冷めた目で見てると、ペンギンさんの頭に一振りのデカイ刀の背が振り落とされた。勿論鞘に入ってるから安心だ。できないけど。

ゴフッ!という声を出して血を吐くペンギンさん。舌でも噛んだか?少し痙攣してる。大丈夫?

倒れたペンギンさんの側から現れたのは、船長さん。相変わらず細身で、ジョリーロジャー入りの七分袖のパーカーは目立つ。ここまで海賊だと主張してる人初めて見たよ。

にしてもこの顔、何処かで?

 

「うちのコックにお粥を作らせた」

 

食べろ、と差し出されたお盆の上には小さな鍋があり、白いご飯で作られたお粥はいい匂いを漂わせていた。

すんすんと鼻を動かす。一応毒が無いか匂いで確認するが、まぁここまで良くしてくれてるんだ。大丈夫だろう。

海賊と言えど、さっきのペンギンさんの会話からはよくある賊共とは違う質を感じた。多分彼らはいい海賊だ。

レンゲを持ちお粥を掬う。猫舌なのでふぅーっと息を吹きかけ、十分に冷ましてから口に入れた。ほんのりと甘さが口一杯に広がる。

 

「美味しい……」

 

自然とそう呟いていた。

一口、二口と口に運んでいると、気が緩んだ気配がした。無意識に船長さんの方を見ると、ペンギンさんと話し合っていた時のニヤリとした表情じゃなく、ほんわかした作られてない本来の笑顔がそこにあった。ふわふわと胸の内が暖かくなる。

 

「そうか、よかったな」

 

そう言って船長さんは頭を撫でてきた。自然に目を閉じてそれを受け入れる。見た目から来る印象とは真反対の優しい手つきがとても気持ち良くて、すりっと頭を無意識に押し付けた。

船長さんは少し驚いたみたいだが、俺の甘えに答えてくれて、また撫でてくれる。少し撫で方が変わったりしたりして、とても良い。しかしこの人撫でるのうますぎかよ。

 

「あ!船長、狡いです!俺も撫でたい」

 

ガバリと起き上がったペンギンさんは俺の頭に手を近づけてきた。

ん?撫でてくれるの歓迎だぜ?

ペンギンさんの撫で方は船長さんとは違い、少しだけ荒っぽい。だけど優しい。

撫でられる事がこんなにも気持ちいいのは、多分ウサギだからだろうと言い訳する。

 

「船長、ウサギ起きましたぁー?」

「キャプテ〜ン?」

 

ペンギンさんと船長さんのナデナデに目を細めていると、新たにキャスケット帽子を被った茶髪のグラサン男とシロクマにも揉みくちゃにされたのは余談だ。

 

しっかしシロクマも喋る時代なんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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街を気まぐれに歩き、そいつを見つけたのは本当に偶然だった。

路地裏に隠れるようにいた小さな命。

薄っぺらい毛布に包まれたそいつは、刀傷が大量にあり、少し膿んできてしまっている。小さな口で必死に息するのを見てしまっては、ほっとくわけにはいかない。

白い毛並み、茶色い薄い毛布、酸素が足りないと必死に呼吸している姿を見ると、幼い頃の自分を思い出す。おれの場合、白い毛並みじゃなく肌だったが。

急いで自身の能力で船に帰還すると、すぐ側にいたペンギンをとっ捕まえ、急患だと知らせる。医療室へ駆け込み、手術まではいかないが処置を施す。膿はほっといても得はないからな。

処置が終わると、ペンギンが持ってきた消毒液をぶっかけ、包帯を巻く。

余程疲れているのか、こいつは何をしても起きようとはしない。

 

寝ているこいつを見る。

ウサギの顔をしたそいつは、どう見てもベポと同類だ。どうやってあの国から出てきたのかは不明だが、知り合いもおらず、自身と同じ種族もいない、身内は当然いないので心細かっただろう。

長く先が黒い耳が、ぴょこぴょこと動く。無意識に音を拾っているのだろう。

 

「またそんなものを拾って!」

 

それはとんだ言い種だな。こいつは物じゃねェのに。

まぁペンギンもそんなつもりで言っているわけじゃねェだろうけど。

ぎゃぁぎゃぁと喚くペンギンを適当にあしらっていると、今の今まで寝ていたウサギが起きた。

ガバリと起き上がり、目を見開かせるとすぐさま戦闘態勢に入った。ヘぇ……?

 

「あ、起こしちゃいましたかね?」

「ペンギンが大声出すからだろう」

「え、おれのせいです?」

 

驚くペンギンを無視し、そのウサギの下に行く。コツコツと靴の音が鳴る。

おれの姿を見たそいつは身体を強張らせ、ジッとこちらを見ている。くくっ、笑いそうになるが、それを抑えて目線を合わせるように屈む。

 

「起こしちまったな。傷の具合はどうだ?」

 

そう尋ねると首を傾げるその生き物。

 

…………。

 

「切傷があった。確実に刀傷だ、それも無数に」

 

そう告げると思い当たる節があったのか、首を傾げながらも頷いていた。

眉間に皺が寄りそうだ。

 

「……詳しくは聞かねェ。だが、傷が完璧に治るまでここにいろ。生憎、医療器具は揃ってるんでね」

 

そう言って立ち上がる。ペンギンにここに大人しくさせているように言いつけ、立て掛けてあった鬼哭を持ち部屋から出る。

起きたんなら精が出る物が必要だな。よし。踵を翻し、ある場所に向かう。

 

何、治療は外からだけではなく、内からも重要だろう?

 

免疫力はあげた方はいい。

鉄でできた扉を三回ノックし、入る。この船で一応船長をしているんだ、ノックぐらいでいいだろう。

 

「お、船長。あのウサギはどうしたんだ?」

「今起きたところだ。お粥を頼む」

「あいよ、了解」

 

ウチのコックにそう頼むと、コックは奥に消えた。途端に聞こえる規則的な包丁の音。全く、手際がいい。

近くにあった椅子に座り、足を組む。

思い浮かべるのは先ほどのウサギだ。

 

白い体に耳の先だけが黒い毛並み。

ベポと同じ種族だと考えて、今は子供サイズだが大きくなるだろう。あの反射神経、瞬時に戦闘態勢に移るその判断力と瞬発力。

 

…………欲しいな。

 

ニヤリと笑う。

決してモフモフだから、というわけではない。確かにあの艶やかな毛並みは、ベポのふわふわな毛並みとは違っていいが、ずっと触っていたいが。決してそういうわけではない。

 

あいつは使える。

 

さぁ、どう引き込もうか?

 

思わず上がる口角。

お粥が入った鍋を持ってきたコックはおれを見て、ヒクリと頬を引きつらせる。

 

「船長、その顔は怖いぞ」

 

仕方がないじゃねェか。楽しいのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




ハートの海賊団のモブ感が結構好きです。というかモブ。

主人公に頭をスリスリされた船長さんの反応。
L「ッ……!(何だ!この可愛い生き物!スリスリしてくる!気持ちよさそうに目を細めて。ヤベェ///ベポも小さいときは同じぐらい可愛かったのに、今やあんなデカくなって。いやまだ可愛いが。それより、やっぱこいつ可愛いすぎるだろ///よし、何が何でも引き入れよう」
P「船長、後半ダダ漏れです」



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Ver.1.2

 

 

 

 

迫ってくる蹴りを素早く左腕で受け止め、すぐさま足に力を入れ相手の懐に入り、握り拳を作り顔面へと突き出す。

だが、相手はそれを慌てて後ろに逸れ、バク転をすることによって距離をとった。チッ。

 

「そこまでだ」

 

その言葉を聞き、戦闘態勢を解く。

上がった息を整え、深く息を吐く。

早くなった鼓動が一定の早さに戻るのを確認すると、対戦相手を見る。白いふわふわしたその毛並みはとても触り心地がよさそうだ。

 

「ベポ、距離をとったのはいい判断だ」

「えへへー、ありがとうキャプテン」

「だが、まだ子供のウサギに負けそうになるなんてな」

「弱いシロクマですみません……」

 

ズゥーンと空気を重くし謝るシロクマ、ベポさん。クマのくせに打たれ弱い変な奴である。しかし拳法の使い手で、とても強い。

俺は現在、ベポさんや船長さん、船員の皆さんに戦い方を教わっていた。

 

この船、ハートの海賊団の潜水艦らしく、約二週間ほどこの島に停泊するらしい。理由はログの溜まり具合。

この島のログは約三週間と言われてたはずなので、もう一週間はここにいるという。

俺が拾われたのは五日前であり、傷が完治せずとも治ったのは三日前だ。まだ傷跡が残っているが、無理しなければ傷口が開くことはないと言われた。

 

ハートの海賊団。その船長さんであるトラファルガー・ローは“死の外科医”と呼ばれる2億ベリーの賞金首だった。

通りで見覚えがある顔だった。トレードマークである斑点模様の帽子もそうだ。最初気づいた時、とにかく驚いたが……別に恐怖することでもない。賞金が大きいのは政府にとって凶悪であるだけで、民間人に害があるとは限らない。ルフィが代表的だ。

名前を聞いた時、ビビったか?と聞かれたので首を横に振ったら、逆に驚かれたのはいい思い出だ。だってあんな優しい目を向けてくれる人が怖いだなんて思わない。ペンギンさんやシャチさんが言うには、そんな目をするのはほんの偶にらしい。

じゃぁ俺はレアモノを見たわけだ。そう言ったら結構悔しがられた。愛されてるね、船長さん。

 

「おい、ウサギ」

「?」

 

振り返るといつの間にかベポさんは船内に入る途中で、船長さんがこちらを向いて立っていた。ん?いつの間に?

 

「飯ができたみてェだ、行くぞ」

「ご飯!行く!」

 

船長さんの半分ぐらいしかない身長で、俺はご飯を食べに行くために駆け寄る。

この船ではご飯もご馳走になっていた。俺が毎日盗んだモノや、捨てられたリンゴの芯とかしか食わないと言ったら、何故か船員達に泣かれた。

 

船長さんが俺のことをウサギと呼ぶからには、俺が名前を教えなかったせいだ。聞かれなかったというのもあるが、生憎前世の名前は忘れているし、今世では名前がない。親もいないんだから当然か。

だから、とは言ってはなんだが、“ウサギ”と呼ばれる。船長さんが最初に言いだしたことで、段々と船員達にも伝染していった。

 

ご飯、ご飯と鼻歌交じりに船長さんの後ろをトコトコとついていく。ここのコックさんが作るご飯はとても美味い。今は昼時、つまり昼ご飯だ。

最初に一緒に食べていいと言われた時は本当にいいのか?と思ってしまった。ここまで懇意にしてもらう理由がないからだ。

もしかしたら毛が入るかもしれない、とそれを理由に断ろうとすれば、ベポがいる時点でそんな変わんねぇよ!と皆が笑って許してくれた。他にもいろいろ理由を述べたが、どれも別にいいと言われ、痺れを切らした船員の一人が俺を掴んで食堂に放り込まれたのは驚いたが。

船長さんとは違い、とても陽気な人達で胸が温かくなったのは覚えてる。

 

キィイと鉄の扉を開ける。この潜水艦で一番広い食堂はもう、皆が集まっていて船長さんが来るのを待っていたらしい。

縦四列に並んだ長テーブルの一番の上座に船長さんが座る。俺はシャチさんの前でベポさんの横に座る。

給仕係が俺の目の前にご飯を持ってきてくれる。今日は和食らしい。白いご飯が存在感が有り余るぐらいに艶やかだ。絶対美味いぞ、これは。

 

「待たせですまなかったな」

 

あまり大きい声ではないのに響くその声は苦笑気味で、どこか嬉しそうだった。

その船長さんの言葉に皆は、別にいいですよー!とか、船長を待つぐらい屁でもねぇぜ!とか、キャプテン早く食べよー!とか口々に叫ぶ。そんな彼らをまた笑い、船長さんはコック、いただくぞ。と呟き、米を一口。途端にいただきますの声が重なる。

この船では最初に船長さんが一口食べてから、船員が食べる習慣がある。俺もそれに倣って、そうするようになった。

白いフサフサの手を合わせる。日本式の作った人への感謝の言葉。

 

「いただきます」

 

今日の昼ご飯は、ご飯、味噌汁、鮭の塩焼きなど、和食。

ここのコックは船員さんが米派だからなのか、和食が出ることが多い。しかも、全てが絶品ときた、尊敬します。

 

「やっぱ美味しい!」

「コックに言ってやれ、喜ぶと思うぞー」

「あ、シャチさん、海苔の佃煮取って」

「おまっ……人使い荒いなぁ、はいよ」

 

シャチさんに海苔の佃煮を取ってもらい、食べてる箸とは違う箸で瓶の中から取り出し、米にかける。黒と白のコントラストはとても魅力的で、美味そうだ。

あぁー、ここで日本食を食べれるとは思ってなかったからなぁー……幸せだ。

 

「そうだ、ウサギ」

「ペンギンさん、何?」

「今日、買い出し頼まれてるから、街案内してくれるか?」

 

なん……だ、と?

 

「あ、おれもついていく!」

 

ベポさんもハイハーイ!と元気良く手を上げて、そう言ってきた。

白米をシャケ醤油ご飯にして、ガツガツ食べていたシャチさんも、お椀片手に手を上げた。

 

「おれも「シャチは留守番な」何故にッ!!」

「嘘だって」

「嘘かよッ!!」

 

あぁ……これは断れる雰囲気ではないな。俺は味噌汁を飲みながら、空(天井)を仰いだ。あ、あそこ汚れてるー。味噌汁がうめぇー……幸せだー。

別にいいんだけどね。うん。別に、遠くからなら大丈夫だ。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ、あそこが八百屋で、あっちが魚屋!」

 

遠くから見えない程度に指差せば、ペンギンさん達は頷いた。

 

「わかりやすいな」

「随分とオープンなんだなー」

「アザラシ……あるかな?」

「「いや流石にない」」

 

どうやら魚屋の方に向かうらしい。

和気藹々と歩いていく彼らを尻目に、俺は路地裏に入り、屋根の上に飛び乗る。いつものことで慣れてるので、音もなくちゃんと上に降り立った。

魚屋とは向かい側の屋根。平坦なその屋根に寝そべり、所謂スパイみたいな状態で状況を伺う。生憎、ペンギンさん達は俺に気づいていないようだ。

ピクピクと耳を動かし音を拾う。人間より耳はいい方なので、この距離の会話は造作もない。

 

「おっちゃん、鯖はあるか?」

「できれば大量に」

「あいよっ…!?ってシロクマか、驚いた」

「おれがなに?」

「うわっ!喋った!マジであのウサギと似てんな、お客さん」

 

そんな会話が聞こえてくる。やっぱ、把握されてるな。行かなくてよかった。

一ヶ月も盗みを続けていれば、把握されるも当然。喋る白いウサギという珍しいモノなら断然。

魚屋のおっさんが呟いたその言葉にペンギンさん達は首を傾げた。

 

「ウサギ?もしかして、白いウサギのことか?」

「おう!帽子の兄ちゃん会ったことあるのか?」

「いや、会ったと言うか」

「友達だよ!」

「…………え?」

 

ベポさんが元気良く俺のことを友達と言うと、魚屋のおっさんは固まった。目を見開いて、鯖を袋に詰めていた手は止まっている。

そして、再度首を傾げたペンギンさん達に、詰めかけだった鯖を投げつけた。慌ててペンギンさんが受け取る。

 

「にっ、二度と来るんじゃねぇ!」

「「は?」」

「あんな泥棒の友達なんか信用できるか!それはやる、もう来るんじゃねぇぞ!!」

 

ピシャリ、とシャッターを魚屋のおっさんは閉めた。ここの店たちは昭和の商店街のようになっている。だからだろう、オープンな店の話し声は街中に響く。

ペンギンさん達はが、え?と周りを見渡すも、蔑んだ目線を送った店の主人達はおっさんと同じようにシャッターを閉めた。それは、来るなという拒絶。

 

「どういうこと……?」

「……ベポが友達だって言ったのが原因か」

「買いもん、できないなぁ……」

 

どうする?と話し合う三人。良くも悪くもベポさんは純粋過ぎる。

……しょうがねぇか。俺は立ち上がり、走り出す。

少し迂回して、魚屋の裏手から屋根上へと登る。何故迂回したのかというと、ペンギンさん達がそこにいたし、今は顔をあわせるのが気まずいと思ったからだ。

いつも使っている屋根裏の扉を開く。扉というより通気口であり、俺がいつも盗む時に使っている入り口だ。住民たちはこの事に気づいてない。そっと蓋を外し、中に入る。音を立てないよう、着地して、懐に仕舞ってあった袋を取り出し、鯖を詰める。確か結構いるよな……ペンギンさん達が貰っていた数を思い出し必要な分だけ詰め、また通気口を通って屋根上に出る。

屋根の上からペンギンさん達を見るが……あれ?いない。どっか行ったのかな?……潜水艦に帰った可能性が高いな。なら潜水艦に行くか。

袋を担ぎ上げ、走る。目指すは潜水艦だ。

 

 

俺のせいで買い物ができなくなったんだ。ならその原因である俺が盗み出し、差し出せば関係ない。

 

 

そう思っての行動だった。

 

 

 

 

 

 

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「本当にそう思っているのなら、お前はバカということだな……」

 

あれ?……あれ?

可笑しいな?何で、なんで、そんなに怒ってるんだ?なぁ……教えてくれよ、教えてよ、船長さんッ。

 

「盗みを働いていたのは聞いていた……今回の事もベポの失態が原因だ」

 

だがな、と船長さんは続ける。

チャキ、と鬼哭という名前らしい大太刀を抜く。発生する薄い膜が俺と船長さんを包み、そして視界が反転した。首を斬られたのだ。

ポトリと地面に落ちる俺の頭。視界に映ったのは、ガクガクと震える己の足。今更ながらに2億ベリーの賞金首というのを思い出した。船長さんは優しすぎるからどうしてもそうは思えなくて、けれど、ギラリと光る容赦のない眼光がいつもとは違うと語っていた。

怖い、正直にそう思った。

 

「“俺が盗み出せば関係ない”?ベポの言葉のお陰で関係大有りだ。こちらが頼んで盗ませたようなものになるだろう」

 

その言葉にハッとする。

確かにベポさんが俺のことを友達だと言ってくれた。そしてベポさん達が鯖を欲しがりその鯖を俺が盗めば、どう見てもベポさん達が俺に頼んだようなものになる。

つまりは、俺が盗んでも仕方がないのだ。“友達”という関係を持ってしまったのだから。

どうやら身体に引っ張られて精神年齢が退行しているらしい。ブワッと涙が溢れて、ごめんなさいと何度もいつの間にか呟いていた。首が離れた胴体も、崩れ落ちるように膝をつき地面に座った。

 

「……まぁお前はまだ子供だ。自覚できれば、それでいい」

 

涙で頬が濡れる。

そんな俺の頭を持ち上げ、トンと胴体の上に置き繋げてくれた。痛みもない、傷跡もない、普通なら死んでいるような体験をしてしまったが……船長の奇怪な能力より、未熟さを悔やむ心が己を支配していた。

 

「これを魚屋に置いておけ。それでチャラだ」

 

いつの間にか船長さんの手にあったお金の入った袋を手渡される。

ぐずぐずと鼻水を啜りながら、中身を見ると丁度俺が盗んできた分の料金が入っていた。

少し遅いが確かに料金を払えば、盗んだことにはならない。俺はコクリと頷き、立ち上がり、まだ残っている涙を取るために目をこする。

キィと音が聞こえた、扉の開く音だ。どうやら船長さんは船長室に帰るらしい。いつもより眠たそうだ。

その様子を見ていると不意に船長さんが口を開いた。

 

「だが、助かった。礼を言っておく」

 

ん?

船長さんが小さくそう呟くと、廊下へ消えていった。俺も慌てて追いかけ、外に出る。

ど、どういうことだ!船長さん!!

廊下をキョロキョロと見渡すも、誰もいない。気配もしない。もう近くには船長さんがいない事に少し落胆する。

 

「ふふっ……」

 

どうやって移動したのか気になるが、追いかける必要はない。なにせ、こんなニヨニヨとした顔、見せられはしないのだから。

金の入った小袋を手に持ち、船から街へと行くために廊下を歩く。

 

 

 

 

 

後ろから送られる三つの温かい視線に、俺は気づかないまま上機嫌で船から降りた。

 

 

 

 

 




その後の船長達。

L「あいつは行ったか?」
P「えぇ行きましたよ。反省はしているみたいですけど、後悔はしてないようです」
L「そうか……」
S「そういや、ウサギのやつ、首をぶった斬られたのにそんなに取り乱してなかったっすねー」
P「あっ、バカッ!」
S「えっ?」
B「キャプテン……?震えてるけど大丈夫?」
L「あ、あぁ……」

トラウマと化した。


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