四葉の龍騎士 -横浜騒乱編ー (ヌルゲーマー)
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第0話

横浜騒乱編の前に、ちょっとだけ生徒会会長選挙の話です。


「おはよう、四葉斬」

 

朝から聞こえてくる挨拶がおかしい。朝だから『おはよう』は良い。何故『四葉』なのか?クラスメイトがかけてくる言葉は皆同じだ。

 

「一体どうなってんだよ~?」

 

ぐったり机に突っ伏すザンの周りに幹比古やレオがやってきた。

 

「おはよう、ザン」

 

「ザン、四葉に婿入りしたって本当か?」

 

「はあ?」

 

夏休みのある一日の事は公表されていないことだ。真夜もまだ早いと判断し、二人の関係は師族会議含めて連絡はしていないと聞いている。当然、司波兄妹にも伏せられている。一体どういうことなのだろうか。ザンは疑問が絶えなかった。

 

「だれだよ、そんな事言っているヤツ!」

 

「あたし~」

 

快活な少女が悪びれも無く告白した。

 

「エリカ!どういうことだよ!」

 

「え~、だって、あのダンスパーティであんなもの見せつけられちゃあねぇ」

 

ここぞとばかりにエリカがおもしろがっている。日頃の鬱憤を晴らしているかのようだ。

 

「十師族をネタにしていると、後で睨まれることになるかもしれないな。千葉家は大丈夫だろうか?」

 

横にいた達也が半分脅しを口にする。エリカは思わず口に手をやった。

 

「…次兄上にチクってやる」

 

「な、何でザンくんが知っているのよ!」

 

次兄上?教室中の話題が達也の脅しの効果もあったのか『四葉』から『次兄上』に移行した。

 

「も~、やめて!無し無し、今の無し!」

 

エリカの叫びは教室に空しく響いた。

 

 

-○●○-

 

 

昼休み、生徒会室には意地の悪い笑みをしている女性がいた。

 

「やあ、ザンくん。婿入りの日取りは決まったかね?」

 

「…修次さんに絡む人は、発想が同じなんですかね?エリカも似たようなネタで噂をばら撒いていましたよ」

 

そう言ってザンはプリントアウトした写真を両手に二十枚以上持っていた。

 

「…なんだい、それは?」

 

「ふっふっふ。恥ずかし地獄に行くのなら、委員長も道連れだ!」

 

ばっと撒いた写真が、真由美や深雪、鈴音にあずさなどに行き渡る。それには修次と共に映る摩利の姿だ。その顔は恋する乙女の顔だった。

 

「な、何て物を持ってくるんだ!見るな!見るな~!」

 

「ふ~んだ。俺をいじろうとするからだ。まだまだありますよ!これなんかレア物!羞恥に顔を染める委員長!いかがっすか~!」

 

「やめてくれ~!」

 

この非常にくだらない事が終息するのに、十分を要した。

 

「今月で引退か~」

 

ひと段落したところで、今度は真由美がテーブルに突っ伏していた。

 

「ああ、生徒会長引退ですか。お疲れ様でした。そういえば、会長選挙は今月でしたっけ」

 

ザンは紅茶を入れたカップを真由美の前に置く。

 

「ありがと。あとはあ~ちゃんが生徒会長を受けてくれればねぇ」

 

「何故、あ~ちゃん先輩なんですか?」

 

「ザンくん!ナチュラルにあ~ちゃん呼ばわりは止めてください!それに、私には生徒会長は無理です!」

 

あずさはぷんすか怒っていたが、皆可愛い動物を見る目でその光景を眺めていた。ザンの疑問に答えたのは鈴音だった。

 

「過去五年、生徒会長には主席入学の生徒が務めていたのです」

 

「へぇ!あ~ちゃん先輩が主席入学だったんですか!俺、てっきりはんぞ~先輩だとばっかり思っていました。大変失礼な思い込みをしてしまいました。申し訳ありません」

 

「申し訳ないと思うなら、『あ~ちゃん』呼びは止めてください!」

 

「生徒会長になったら、止めます」

 

「うっ…」

 

真由美がザンに向けてエールを送っていたが、あずさが心変わりするまでには至らなかった。

 

 

-○●○-

 

 

達也とザンは久しぶりに風紀委員会本部に来たのだが、めずらしい事に賑わっていた。

 

「これだけいるんなら、俺いらないかな?帰って良い?」

 

「ナチュラルにサボろうとするな。委員長、何かあるのですか?」

 

「特に委員会の行事があるわけではないよ」

 

達也とザンは顔を見合わせたとき、ザンが気が付いた。

 

「そういえば、千代田先輩が風紀委員入りするって聞きましたね」

 

「そうなんだよ。前学期末に部活連枠の三年生が一人辞任していてね、その補充で花音が来るんだ。女子が風紀委員に選ばれるのは珍しいから、暇人どもが見に来ているのさ」

 

「委員長が選ばれたときも、注目を浴びたのでしょうね」

 

達也の指摘に、摩利は不機嫌な顔をして黙り込んでしまった。どうやら、あまり思い出したくない事だったらしい。

 

「私のことはともかく、花音の面倒はしばらく達也くんにお願いしたい」

 

「俺が、ですか?」

 

「君が、だ。…花音、今日のところは達也くんに同行して、巡回のイメージを掴んでくれ」

 

本部にやってきた花音は、あちこちで着任の挨拶をしてまわりようやく摩利の元に来た。

 

「えー?摩利さんが教えてくれるんじゃないんですか?」

 

「私じゃ参考にならんよ。私を見つけると、後ろめたい奴はこそこそと逃げてしまうからな。達也くんは事件遭遇件数、検挙率共にナンバーワンだ。それとも、ザンくんにお願いするか?」

 

「結構です!司波くんにお願いします!」

 

ごねていた花音がザンの名前を出すと即答していた。流石にザンも驚いたが、ピンとひらめいたようだ。

 

「幾ら達也が好みのタイプだからって。千代田先輩、五十里先輩と達也のフタマタなんて駄目ですよ?」

 

「しないわよ!私は啓一筋なんだから!」

 

花音は達也を引きずるように本部を出て行った。達也の眼は恨めしそうにザンを見つめていたが、ザンのスルー技術も向上しているようだ。

 

 

-○●○-

 

 

新学期が始まって一週間がたったころ、早朝に電話があった。

 

「七草が俺を探っている?」

 

『ええ。手の者によると、九校戦以降にあなたの事を調べている奴らが増えたけど、未だ続けているのが七草よ。学校では七草のお嬢さんから何か言われていない?』

 

「特に今までと変わったことは無いな。ただ、何かきな臭いな」

 

『そうね。あなたのことだから問題無いと思うけれど、一応気をつけてね』

 

「ああ、ありがとう、真夜」

 

電話を切ると、ザンは学校に向かった。遅めの登校であったため、達也たちとは学校まで会えず仕舞いだった。ザンがクラスにたどり着くと、面白いことが聞こえてきた。

 

「…達也が生徒会長に立候補するって、噂が流れているんだよ」

 

「ほうほう、そうなんだ。がんばれ達也、応援するぞ」

 

「俺は立候補するつもりは無いぞ。そんなデマが流れているのか」

 

「なんだ、やっぱりデマなのか。廿楽先生からも聞かれていたし、先生方も信じているようだったけれど?」

 

「俺も先輩たちから聞いているぜ?結構好意的だったぞ」

 

「私も聞いた。一年の風紀委員が生徒会長に立候補するって。達也くんのことだと思っていたんだけど」

 

「私も…」

 

矢継ぎ早にレオやエリカから噂を聞き、美月まであるようだ。達也は机に突っ伏した。美月は一つ思い出した。

 

「カウンセリングの時に、チラッと話題がでたような気がします」

 

その噂相手を聞き、達也が甦った。どうやら目標が見つかったらしい。一時限目の途中で達也は教室から出て行ってしまった。達也の動向を目で追っていたエリカがザンに確認していた。

 

「どうしたのかな?達也くん」

 

「小野先生んとこ行くんじゃない?さっき美月から噂の出所聞いちゃったからね」

 

エリカは頷いてはいたが、疑問は残っていたようだ。

 

「なるほど。でも、小野先生言うかな?」

 

「『言わせる』に近いんじゃないか?達也の場合」

 

その言葉に、エリカも納得していた。帰って来た達也に話を聞こうと考えていたが、休み時間に今度は真由美がやってきて達也を連れて言った為、聞けずじまいだった。

 

「持っていかれちゃったなぁ」

 

「いや、持っていかれたって。どうせ生徒会長は深雪の立候補の説得を達也にお願いしに来たんだろう?」

 

「そうなの?」

 

「昼休みだと、達也と深雪はセットだからな。そんなところだろう。ただ…」

 

「ただ?」

 

思わせぶりなザンの言葉に、エリカは疑問を持った。

 

「きっと、達也は深雪を生徒会長にするのを薦めないだろうな。『妹にはまだ早い』とか言ってさ。それで、多分中条先輩の説得を引き受けるんじゃないかな?」

 

「なんでそうなるのよ?」

 

「ん?深雪にはさせたくない。自分は当然やりたくない。たしか服部先輩は部活連会頭になるため生徒会長にはならない。そうすると、有力な候補として本人はその気は無いが、中条先輩がピカイチだ。そんなところだろうよ」

 

「へぇ。よくそんなこと分かるわね」

 

「ま、長い付き合いだからな」

 

そう言うとザンは端末に向かった。止まっていた座学の続きをするためだ。

果たして、達也は「シルバー・モデルの新型CAD(モニター品)」という物で釣って、見事生徒会長に立候補させたそうな。

 

 

-○●○-

 

 

九月末の週に入った頃、昼食を終え教室に戻ろうとしていた達也や深雪、ザンに摩利が声をかけた。

 

「少し相談したい事があるのだが、本部へ来てくれないか?」

 

深雪は一般科目でほぼ自習のようなものだから多少遅れても問題ない、達也やザンは実技小テストのようなものだが、時間内にクリアすれば大丈夫だ。皆頷くと風紀委員会本部に向かった。

本部では向かい合わせに座ると、いささか緊張した面持ちで摩利が切り出した。

 

「…相談したいのは、真由美の事だ。生徒会役員一科生限定廃止案反対派の動きが気になってね。反対派の動きが大人しすぎると思っている。同じ一高生同士考えたくは無いんだが、平和的な裏工作がうまくいかず、暴力的な手段に出る輩も十分警戒しなくてはいけないと思う。それでだ」

 

摩利は達也や深雪、ザンを見渡した。

 

「真由美と一緒に下校してもらえないだろうか?」

 

「会長を、家まで送っていくのですか?」

 

「できればしてほしい。真由美はいつも一人で下校するから、事故に見せかけるのも校内より簡単だ。君たちならどんな闇討ちを受けても大丈夫だろう?」

 

摩利が言うのは、達也が『術式解体』が使える事とザンの『無限の小盾』を指しているのだろう。しかし、達也は断りをいれた。

 

「申し訳ありませんが、今日は用事がありましてお受けできないのですが」

 

「なら、今日は俺が行きますよ。明日、達也と深雪にお願いするさ」

 

「すまないが、頼む。こういう時期でなければ、服部に声をかけるんだが…」

 

ザンは心の中で合唱した。服部なら泣いて喜んだろうに。

 

 

-○●○-

 

 

「お嬢さん、駅まで一緒に歩いていきませんか?」

 

「何、ザンくん。待っていてくれたの?」

 

校門を出てきたところにナンパの様な声をかけてきたザンに、真由美は驚いていた。ただ、胸に手をあて恭しく頭を下げる執事の様なその姿に、疑いの目で見る。

 

「それで、どうしたの?やっぱり、摩利にいわれたの?」

 

「そうですよ。生徒会長が心配で心配でご飯がのどを通らないっていうもんだから。涙ながらに説得されては断れないですよ」

 

「…別に、そこまで話を盛らなくてもいいわよ。それにしても心配性ね。…ザンくんは、それ言っちゃって良かったの?」

 

ザンは肩を竦めた。そして真由美に何か言おうとしたときに、真由美の端末が鳴った。誰かからの電話らしい。

 

「はい。…え?いえ、でも…はい、承知しました」

 

その後真由美は複雑な表情をしており、無言だった。真由美のこの姿を初めて見たザンは、真由美にもこういった面があるのだと感心していた。

駅に着くと車が待っており、老紳士が傍らに立っていた。

 

「お迎えが来ているようですね。では、生徒会長。また明日」

 

「…ザンくん、申し訳ないけれどもう少し付き合ってくれないかしら?」

 

「でも、車来てますよ?」

 

「その、私の家まで来て欲しいの。都合はどうかしら?」

 

「特に予定は無いから、いいですよ」

 

真由美はホッとした表情でいた事から、気乗りしなかったのだろう。ザンも先日の真夜の電話のことを思い出していた。ザンは車に乗る前ににどこかに電話をしていた。

 

「でっかい家!」

 

高級住宅街にある、豪華な洋風の家の前に車は止まった。ここが七草邸なのだろう。

ザンは応接室に通され、真由美は着替えの為に自室に戻った。運転をしていた老紳士が紅茶をザンの前に置く。

 

「ありがとうございます、名倉さん」

 

「いえいえ。急なお願いに快諾していただき、ありがとうございます」

 

そんな話をしていると、一人の男が入ってきた。今時珍しく眼鏡をしている。

 

「桐生斬くんだね。私は七草弘一と言う者だ、初めまして。君のことは真由美から聞いているよ。あと、九校戦の活躍は見事だった」

 

「ありがとうございます」

 

恭しく返したザンだったが、冷静に七草弘一を見ていた。言葉上は褒めているが心がこもっていない。

 

「立ち入った話をするのだが、君は四葉なのかな?」

 

「話の意図は分かりませんが、違います」

 

「しかし、そのなんだ。四葉当主と、その…」

 

「後夜祭のダンスパーティの時にキスをした話ですか?その後はありませんよ」

 

弘一が言いよどむ事をザンが言ってのけたので、弘一のほうが気圧された形だ。

 

「君は、真由美のことをどう思うかね?」

 

「生徒会長は気が利き、皆に愛される素晴らしい方だと思います」

 

「そうではなく、君個人としてだ」

 

「…大変魅力的な女性です」

 

弘一の目に安堵の色が見えた。

 

「桐生くんの結婚相手に、真由美はどうだろうか?」

 

真由美が扉を開けるのと同時に、ザンも口を開いた。

 

「お断りします」

 

父親が何を断られたのか、真由美には分からなかった。

 

「それは、やはり四葉が…」

 

「関係ありません。生徒会長は、真由美さんは非常に魅力的な女性です。しかし、こと結婚について、まずお嬢さんのお気持ちを第一にすべきでは無いでしょうか?このようなやり方は、私は承服しかねます」

 

「十師族は権限と共に、責務がある。強力な魔法師を生み出さなくてはならない。その為には優秀な魔法師の血筋も必要なのだよ。好いた相手が魔法師として優秀であれば、それも可能だろう」

 

「でも、俺の両親は魔法師ではありませんよ?」

 

ザンの言葉に、弘一の眉がピクリと動く。確かに桐生斬という男の素性が分からない。七草の力をもってしても闇のままだった。

 

「失礼だが、ご両親は…」

 

「亡くなりました。私がまだ幼い頃、事故で。それからは孤児院の院長先生が親のようなものです」

 

両親が亡くなっているのは事実であったが、その後は嘘が続いた。姉たちのことは話す必要は無いだろう、ザンはそう考えていた。

 

「真由美さんから伺っているかもしれませんが、私はBS魔法師です。ライセンスをとっても上位ランクは取れないでしょうよ」

 

「…断ると魔法師として大成できないかもしれないし、社会的地位も望めないかもしれないが、それでも良いのかね?」

 

「お父様!?」

 

弘一の言葉を聞き、真由美は父親に抗議の意思を示したとき、ザンはスッと立ち上がった。その目は哀れみを持っていた。

 

「そのような言葉でしか、他人(ひと)と話せないのですか?いつまでも治さないその目は、意地のつもりかもしれませんが、滑稽ですね。婚約者一人救えず、他の人間がそれを成した。それが許せませんか?」

 

「ほう…」

 

憤怒の表情で立ち上がった弘一だが、ザンの次の言葉で動揺を覚えた。

 

「青い髪の男に負けたことが、まだ心残りですか?」

 

「何故、お前がそれを知っている!?」

 

「言うと思いますか?では、失礼します。…今後、俺にちょっかい出すのは止めていただこう。『七草家』が無くなるのが嫌であれば、ね」

 

ザンは濃密な殺気を弘一にぶち当てたあと、応接室を勝手に出て行った。弘一は膝から崩れこむ。真由美は部屋を出たザンを追いかけた。

 

「ごめんなさい、このようなことになると思わなかったの」

 

「別に、生徒会長のせいではありませんよ。それに、生徒会長が興味あるのは達也ですもんね」

 

真由美の顔がポンと赤くなった。

 

「な、なな、ななななな…」

 

「幾ら『七草』の家とはいえ、『七』ばっかりじゃないですか」

 

「そ、そんな事はどうでもいいのよ!な、なんでそう思うの!?」

 

真っ赤な顔で抗議する真由美だったが、ザンは肩を竦めていた。

 

「あれ、隠しているつもりだったんですか?あんな艶っぽい目で達也のことをいつも見つめているくせに」

 

「つ、艶っぽいって…、私そんな目していたかしら?」

 

「やれやれ、自覚が無いとは…。良い事を教えておきましょう。達也みたいなのは、『押しの一手』ですよ。絡めとろうとするから、すり抜けられるんです。密室に誘うなりして、ゴーですよ」

 

フムフムと頷きながら、何処から取り出したのかメモ帳にメモを取る真由美だった。

 

「そんなことより、外が騒がしいですね」

 

「そうね、何かしら?」

 

外にでたザンと真由美を待っていたのは、報道陣だった。

 

「桐生斬さんですね?七草真由美さんと婚約されたと伺いましたが?」

 

思いもよらない事に、真由美は真っ赤になって否定した。ひょっとすると、この報道陣は父親が呼んだのかとも思った。我に返った弘一が出てきたとき核心を捕らえていたと思ったが、どうやら違うようだ。

 

「誰だ!そのようなデマを流しているのは!今日、桐生くんが来てくれたのは、九校戦の活躍に対してささやかなお祝いをしようと呼んだからだ。そのような事実は無い、帰りたまえ!」

 

「では生徒会長、私はこれで。このように報道陣が来ては、食事どころではありませんからね」

 

わざと声を低くせずに話し、報道陣に印象付けると車に乗り込んでしまった。名倉の運転で駅まで送られるザンを、弘一は複雑な表情で見送った。当事者でしか知らない事を、なぜ彼は知っているのか。報道陣を呼んだのは一体誰か。それにあの殺気。今まで弘一が体験したことの無い濃密さだった。彼は本当に一体何者なのか。答えは出ない。

なおザンの時もそうだが、達也や深雪の時も、特に真由美を襲撃する不埒者は現われなかった。

 

-○●○-

 

 

生徒総会、立会い演説会、そして投票が行われた。総会ではまだしも、演説会では深雪が暴走しサイオン光の吹雪が吹き荒れたが、達也がそれを抑えたことにより無事終了した。

 

「おめでとう、あ~ちゃん」

 

「中条さん、おめでとう」

 

あずさが生徒会長に当選し一件落着かと思われたが、いたわるかのような鈴音の言葉と面白がる事を隠すこともしない摩利の言葉で否定された。

 

「司波さん、無効票なのですからそんなに気にしなくても良いと思いますよ?」

 

「達也くん、惜しかったな」

 

「桐生くんの場合は、司波さんの暴走の際に展開させた『無限の小盾』と噂のせいですね」

 

投票数、五百五十四票。

内、有効投票数、百七十三票。

司波深雪、二百二票。中条あずさ、百七十三票。司波達也、百七十六票。桐生斬、三票。

 

「でも、こんな結果になるとはねぇ」

 

「待ってください。大勢の方が勘違いして私に投票したのは認めざるを得ませんが、何故『女王様』や『女王陛下』や『スノークイーン』が私の投票にカウントされているのですか!?」

 

泣きそうな声で深雪は叫んでいた。

 

「『深雪女王様』とか『司波深雪女王陛下』とか『スノークイーン深雪様』と投票表紙にありますので、他に解釈の仕方がありませんので…」

 

申し訳なさそうに鈴音が深雪を宥めようとするが、深雪は納得するはずも無かった。なお、演説会で深雪を達也が止めたせいか、『騎士達也』『女王陛下の教育係』『氷皇帝』などがあった。

 

「いいじゃんか、深雪。俺なんか、『四葉』と『盾』だぞ!?それも三票はそのどちらかだ。ひどくない?」

 

「いいんです、ザンさんは!…お兄様ぁ!」

 

泣き出す妹をそっと抱き、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩く。

 

「大丈夫だよ、深雪。誰が何と言おうと、俺にとってお前は、可愛いお姫様だ」

 

泣き止んだ深雪だったが、そのまま抱き合っているため空気は甘くなる一方だった。達也と深雪以外は、全員ブラックのコーヒーを濃い目で飲んでいたそうな。




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第1話

端末より着信音が鳴り響く。ザンは端末を手に取り相手を見ると達也だった。

 

「はい、もしもし?」

 

『さっきのは何だ!?』

 

珍しく達也が動揺しているようだった。出る前に録音モードにしておくことを忘れていたザンはネタの回収しそびれた事を後悔した。

 

「何って言われても、何の話だよ。一つ思い当たる事はあるんだが…」

 

『それだ!先ほど小さい龍が現れて俺を守ったぞ』

 

「ああ、やっぱりそれか。それは研究中の『無限の小盾』のオプションの一つだよ。別魔法とも考えているがね。自動遠距離防御『守護龍(シールド・ドラゴン)』だ。まあ、本番では盾型に戻すけどね」

 

電話越しに達也が苛立っていたのが分かったザンは、簡単に種明かしをしていた。

 

「自動で動くんだけれど、俺は察知できないからな。厄介事に首を突っ込むお前で試すのが一番だろう?だから、今日学校でつけたんだよ」

 

『勝手に実験台にするな!一体いつそんな事をしたんだ?俺が気が付かないなんて…』

 

「ああ、あの時だよ」

 

それは、放課後に行きつけの喫茶店に寄った時間までさかのぼる。

 

 

-○●○-

 

 

「え、達也。論文コンペの代表に選ばれたんだ!?凄いじゃないか!」

 

「ああ」

 

幹比古が自分が代表に選ばれたかのように驚いていたが、達也はいつも通り冷静だった。エリカも、あまりに冷静な達也に思わず突っ込みを入れてしまう。

 

「ああって…。達也くん、感動薄すぎ。でも、代表は市原先輩と平河先輩、それに五十里先輩じゃなかったっけ?…あ、そうか」

 

エリカが気が付いた点を、達也も肯定した。

 

「ああ、そうだ。平河先輩は小早川先輩と共に、今は三高に短期留学している。来月末には戻ってくる予定のようだが、当然コンペには間に合わない。そのため辞退したそうだ」

 

「そこで市原先輩から指名されたのがお兄様なのです!」

 

立ち上がり右手を挙げ、まるで天啓を受けているかのような深雪。美月はどうしたら良いのか目線を泳がしており、エリカはため息をついた。

 

「…それで?何についての論文なの?達也くんのことだから、CADに関するもの?」

 

「いや、市原先輩と五十里先輩が進めていたのは『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその解決策』についてだ」

 

「それって、『加重系魔法の三大難問』の一つじゃなかったっけ?」

 

論文テーマを聞き、幹比古が驚きの声を上げる。レオは何かは理解できていないようで、首を傾げていた。

 

「ま、がんばれよ達也。論文コンペは手伝う事は出来ないけど、応援しているぜ。()()()()を前祝で貸しておいてやるよ」

 

「…?ああ、ありがとう?」

 

肩をポンとたたくザンに達也はとりあえず礼を言っておいたが、その後ザンからは特に物は受け取っていなかった。

 

 

-○●○-

 

 

『まさか、あの喫茶店の時のことか!?しかし何も見えなかったが…』

 

「見えたら守ることが出来ないだろう?ステルス効果には苦労したんだ」

 

達也は魔法式が見えていなかったことから、何らかの方法で遅延術式が発動した事を推測していた。

 

「『守護龍』は今回厳しめの条件としていたんだ。命にかかわる状態だったんだろう?何があった。俺に電話してきたんだ、問い詰められる事も考慮しての事だろう?」

 

『…ああ、そうだな。順を追って話そう』

 

達也の話では、古葉小百合が達也たちの家に来たそうだ。古葉小百合とはFLT本社に勤めており司波龍郎の愛人でもある。小百合は聖遺物(レリック)の複製を達也に依頼してきたのだ。防衛軍がらみのようだが達也とザンは無謀だという認識はあっていた。

 

「おいおい、現代技術で合成が難しいから『聖遺物』なんじゃないのか?それに、よくお前たちの前に顔が出せたものだな。お前が止めたんだろうけど、あの人の氷漬けができなくてよかったよ」

 

『部屋に行くように説得するのには苦労したがな。そこで…』

 

「ああ、大体分かったよ。大方お前が断って古葉さんが持ち帰ったんだろう?それで危機感の薄いあの人をお前が追いかけた。どうせ襲撃されたところをお前が救ったんだろう?」

 

『だが、腕利きのスナイパーがいた。この『守護龍』が居なかったら、どうなっていたかわからん』

 

「まあ、役に立ったんなら良かった。それでどうする?その『聖遺物』はどうするんだ?()が預かるか?」

 

『いや、叔母上に借りを作りたくない。今は持ち帰るしか無いが、恐らくFLTに持っていくことになるだろう』

 

「別にあの人は借りとは思わないだろうが…。まあいい。とりあえずお前が持っている間は、『守護龍』もそのままにしておくからな。お前に何かあると、深夜様も悲しむぞ」

 

『…分かっている。夏休みに久しぶりに会ったが、その、なんだ。俺に対する態度が大分変わっていたからな。俺も大切にしたいと思っている』

 

達也の独白に、ザンは思わず笑みを浮かべていた。父親の方は残念だが、せめて母親の方だけでも一般の家庭の様になって欲しいとザンは思っていた。どうやら心配は要らないらしい。

 

「これから、この件についても忙しくなるかもしれないな」

 

そう言ってザンは電話を切った。達也は断ったが、真夜に連絡しないわけにはいかない。なるべく『四葉』を関わらせないように、どう言ったものか。ザンには別の悩みが発生していた。

 

 

-○●○-

 

 

達也は論文コンペの資料を探しに、図書室に来ていた。そこで真由美にばったりあってしまった。

 

「そういえばリンちゃんのお手伝いに指名されたんだったわね。こんなところで立ち話してちゃ他の人に迷惑だし、中に入ろっか?」

 

口調は疑問形だったが、真由美は達也の腕を掴むと閲覧室に入っていった。

 

「達也くんにとっては急な話だったと思うけれど、今回のテーマはリンちゃんにとってコンペの勝ち負けにとどまらない意味を持っているから、よろしくね」

 

ウインクする真由美だったが、達也は居心地が悪そうだった。狭い部屋で肩を押し付けあっている状態だ。

 

「市原先輩は今回のテーマに、特別な思い入れがあるのですか?」

 

達也の疑問に、真由美は嬉しそうに指を立て答える。

 

「魔法師の地位向上。魔法師を経済効果の重要なファクターとすることで、魔法師は本当の意味で兵器として生み出された宿命から開放される。『重力制御魔法式熱核融合炉』はその有効な手段になるって、リンちゃんはずっと言っているわ」

 

「驚きました。市原先輩が俺とまったく同じ事を考えていたとは。こんなマイナーな思想の持ち主が身近に居るとは思いませんでした」

 

達也の心なしか嬉しそうな感想を聞き、真由美は不機嫌モードに入った。

 

「ふ~ん。良かったわね、リンちゃんと気が合って」

 

「いえ、別に気が合うとか合わないとかいう問題では無いと思いますが。市原先輩と俺では、方法論がまったく違うようですし」

 

「でも、基本コンセプトは同じでしょう?…達也くんて、実はリンちゃんみたいなのがタイプなの?」

 

悪い笑みを浮かべている真由美に、達也の頭の中は警鐘が鳴りっぱなしだ。この流れは、今までの経験上まずい事になる。

 

「はあ?」

 

「こ~んな美少女と肩を寄せ合ってお話をしているというのに、全然手を出す素振りも無いと思ったら」

 

真由美は立ち上がると身体をクネクネとよじる。

 

「ごめんね~。お姉さん、子供体型で」

 

達也はため息を吐くと頭上を指差す。

 

「俺に露出性癖は無いので。監視カメラの前で女性に手を出すような事はしませんよ」

 

「え?あ、えっと。じゃ…じゃあ、カメラが無かったら?」

 

動揺する真由美は、思わず呟いてしまった。

 

「もちろん、先輩の据え膳なら遠慮なくご馳走になります」

 

達也が冷静に返すものだから、真由美は顔を真っ赤にし出口付近まで後ずさった。なお、何故かこの時の映像と音声を深雪が持っており、後日達也は氷漬け一歩手前までいったという。

 

 

-○●○-

 

 

達也のホームサーバーにクラッカーからの攻撃があったことを五十里に話し、鈴音にも警戒するように会話したところで、風紀委員長になった花音が合流した。コンペの代表が産業スパイの標的にもなることを摩利から話があり、鈴音には服部と桐原が、五十里には花音がガードにつくとのことだ。摩利は達也にザンをガードに薦めたが不要と断っていた。

達也は五十里と花音を伴って備品の買出しに行った。店から出たところで、達也は二人に監視されている事を告げる。花音が周りに視線を向けると、一人が逃げ出した。

 

「待て!」

 

自己加速術式を使い花音は監視者に追いつきかけたところで、その監視者が振り向くと小さな何かを花音に放り投げる。二人の間に閃光が走り、花音は両腕でガード体勢を取らざるを得なかった。

監視者はその隙にスクーターに跨りエンジンをかける。目のくらみから戻ってきた花音が監視者に対し魔法を発動しようとしたところを、達也の『術式解体』が吹き飛ばす。

 

「達也くん、何をするの!?」

 

スクーターが進み始めたところで何故かスクーターは停止していた。

 

「!?」

 

五十里の魔法『伸地迷路』。タイヤの接地面と道路の電子分布を操作する事により、クーロン力を斥力に偏倚させ摩擦係数を近似的に零にしたのだ。

監視者は舌打ちすると、スクーターのスイッチを押す。スクーターの一部が変形しロケットエンジンが出てきた。

 

「あぶない!」

 

達也は叫ぶと五十里と花音を突き飛ばそうとした。爆音と共にロケットエンジンの炎が達也たちに襲いかかったが、複数枚の小さな盾がそれを阻んだ。

 

「よう、危なかったな」

 

「ザン!」

 

「なんだい、ありゃ?あんなの、もし転倒して引火でもしたら大爆発だぜ?産業スパイの話は聞いていたが、それだけじゃあ無さそうだな」

 

ザンが倒れていた達也たちを起こしながら舌打ちすると、達也も頷いていた。

 

 

-○●○-

 

 

「あ、達也くん。今日は早かったんだね」

 

赤毛のポニーテールの少女が帰って来た達也に声をかけた。エリカは視線を達也から美月に移す。

 

「視線を感じるんだってさ」

 

「視線?」

 

「…今朝からなんだか、嫌な視線を感じるんです。物陰からこっそり隙をうかがっているような、気味の悪い視線で」

 

若干顔色が悪い美月が、意を決したように語り始めた事から、達也もただ事ではない事を察知していた。

 

「ストーカーの類か?」

 

「私を狙っているんじゃなくて、もっとこう、大きな網を張っているような感じが…」

 

「特定の個人ではなく、当校の何かということか」

 

美月は自分の勘違いかもと考えているようだが、幹比古は美月の感覚が間違っていないと肯定していた。

 

「今朝から精霊が不自然に騒いでいる。多分誰かが『式』を打っているんだと思う」

 

そして、それは幹比古たちが使う『式』とは異なる、日本の『式』ではないということだった。

 

 

-○●○-

 

 

「それで、どうなっているんだ?密入国者の話」

 

『先月から今月にかけて相次いで発生しているのは伝えたわよね。それと時期を同じくしてマクシミリアンやローゼンといったCADの世界トップメーカーに部品を納入している企業が盗難にあっているわ。また、達也さんや古葉を攻撃したものの術式と今一高を監視している術式から、十中八九、大亜連合が絡んでいると思う。まだ、断定は出来ないけどね。他にもUSNAの影も見えてきているわ。ザン、私が後始末を受け持つから、貴方の思うとおりやりなさい』

 

「いいのか?いろいろと大変だろう?」

 

『何言っているの。貴方は自重とか苦手でしょうに。あの日だって手加減してくれないから、翌日は腰が痛いったら…』

 

「な、何言っているんだ!もう切るぞ、真夜!」

 

『うふふ。またね、だ~りん』

 

顔を真っ赤にしたザンは大慌てで電話を切った。深呼吸をした後に電話をしまうと、ザンは校門へと急いだ。達也たちが待っているはずだ。

 

 

-○●○-

 

 

放課後、達也たちいつものメンバーは一緒に下校していた。論文コンペの進捗などを話しながらであったが、達也は視線を感じていた。しかし学校の時とは雰囲気が異なる事から放置していた。尾行する価値が無いと分かれば済むかもしれない、そういった打算もあっただろう。良く立ち寄る喫茶店が目に入った。

 

「ちょっと寄っていかないか?」

 

「あ、賛成!」

 

「達也は、また明日から忙しくなりそうだしな」

 

達也の提案に、エリカとレオが乗った。

 

「そうだね、少しお茶でも飲んでいこうか」

 

幹比古も同様に頷いていた。これはエリカたちも尾行に気付いているのだろう。

喫茶店に入ると、各自がそれぞれ注文し、論文コンペについて話を咲かしていたところ、エリカがおもむろに立ち上がる。

 

「エリカちゃん?」

 

「ちょっとお花摘みに行って来る」

 

「おっと、わりい。電話だわ」

 

聞いてもいないのに、レオは立ち上がると外に出て行った。幹比古は紙に何か書き始めている。深雪の隣に座っていたザンの姿が一瞬揺らいだことを、達也は見逃さなかった。

 

「派手にやりすぎるなよ…」

 

達也は小さくため息をついていた。

 

 

-○●○-

 

 

「お~じさん、私とイイコトして遊ばな~い?」

 

コーヒーを飲み終えたところに声をかけられた男が振り返ると、エリカが笑みを浮かべて立っていた。

 

「何を言っているんだ、もっと自分を大切にしなさい。それにもう日も暮れる。人通りの少ないところにいたら、通り魔に襲われるかもしれないぞ」

 

「通り魔って、こんなヤツのことかい?」

 

退路を塞ぐようにレオが現れる。エリカも折りたたみ式警棒型CADを展開する。エリカのその身からもれる殺気が男を包み始める。

 

「ずっとつけていた様だけれど、何の用?」

 

「怖いねぇ。こういう所だけは大した女だ」

 

レオもプロテクターを兼ねたCADを装備する。男は深呼吸すると叫んだ。

 

「助けてくれー!強盗だー!」

 

「言い忘れていたけどよ、助けを呼んでも無駄だぜ?今はここに誰も近づかない」

 

「ていうか、近づけないんだけれどね。私たちの認識を要に作り上げた結界だから、私たちの意識を奪わない限りぬけだすことも出来ないよ?」

 

オールバックの男はため息を吐いていた。ハイスクールに通っている生徒に遅れをとるなど。

飲んでいたコーヒーの紙コップを男はエリカに投げつける。エリカが左手でコップを弾くと目の前に男が間合いを詰めていた。右手の隠しナイフの突きを二度かわし三度目をCADで弾く。

レオはエリカに攻撃している男の背後から攻撃をしかけるが、逆に男にかわされると蹴りを食らってしまった。

エリカが自己加速術式を用いてCADで殴りかかるが、男もかわし続ける。エリカが大振りになったところで、男は一旦間合いを離した。隠しナイフをエリカに投げつけ、弾かれると再度ナイフを構えたところでレオのタックルに吹き飛ばされた。

 

「おー、痛ってえ。機械仕掛けってわけでもなさそうだし、ケミカル強化か?」

 

「アンタも相当なものよ。さっき、まともに食らったでしょう?」

 

男が立ち上がろうとしたが、二人に囲まれていることもあり、諦めたのかそのまま座り込んだ。

 

「俺たちはただ、尾行の理由を聞きたいだけなのさ」

 

「わかった、降参だ。元々私は、君たちの敵じゃ無い」

 

そう言う男を、レオは睨みつける。

 

「よく言うぜ。あんたの攻撃、俺とコイツじゃなきゃ死んでるぜ。敵じゃ無いってんなら、手短にな。何時までも結界張らせておく訳にいかねーからよ」

 

「…良いだろう。ジロー・マーシャルだ。詳しい身分は言えないが、いかなる国の政府機関にも属していない。私の仕事は、魔法科高校生徒を経由して先端魔法が東側に盗み出されないように監視し、軍事的脅威となり得る高度技術が東側に漏洩した場合にはこれに対処する事だ」

 

「東側?あんた西側か。なんでそんな手間かけるんだ?」

 

「…この国の平和ボケは治ったと思っていたんだが」

 

ジローは立ち上がると拳銃をレオたちに向けた。

 

「動くなよ。…USNAでも西ヨーロッパ諸国でも、魔法工学を狙った東側のスパイが急増している。君たちの学校も、東側のターゲットになっているんだぞ!…さて、必要な事は話したと思うんだが、そろそ…」

 

ジローは退散の為に結界を解くよう言おうとしていたが、言葉が続かなかった。先ほどまでとは違う、濃厚な殺気が男を包んだからだ。

 

「てめぇ、拳銃(そんなもの)をコイツらに向けて、五体満足に死ねると思うなよ」

 

エリカやレオの後ろからザンが歩いてきた。濃密な殺気を纏ったままで。ジローは自らの死の未来映像が見え震えていた。ジローの視界からザンが消えると、ジローは右手に激痛を覚えた。いつの間にか回り込んだザンが、ジローの右手を握り砕いていたからだ。

 

「ぐああ!」

 

―そもそも、死ぬときは五体満足なのかな?―

 

余計な事を考えているエリカを親指で指差し、ザンはジローに言い放った。

 

「コイツらが先に仕掛けていたからな。それで許してやるよ。さっさと消えな。結界は俺が壊しているから、出て行けるぜ。ただ、おかしな素振りを見せたら、分かっているんだろう?スモークとか使ったら、その首へし折るぞ」

 

ジローは右腕を庇いながら、走って逃げていった。

 

「まったく、お前らはツメが甘いというか、なんというか」

 

「悪うございましたね!」

 

最後にザンに助けられてしまった事が悔しかったのかエリカはそっぽを向き、レオは頭を掻いて苦笑いを浮かべていた。

 




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第2話

時間がかかってしまいました。
次話もかかるかも…。


「でっかい電球!」

 

「常温プラズマ発生装置だ」

 

ザンの見たままの意見を、達也が切って捨てた。校庭ではコンペ用魔法実験装置の動作テストを鈴音や五十里などがやっており、護衛としてザンも見回りをしていた。

 

「達也、冷たいなぁ。姫様も最近冷たいし、俺何かしたっけ?」

 

「生徒会選挙が原因だろう」

 

生徒会会長選挙が行われ、あずさが晴れて生徒会長となったのだが、無効票として達也や深雪の名前があった。名前があっただけならまだしも、『スノークイーン』『氷の女王』が深雪票としてカウントされていたのだ。これはザンの仕業に違いないと、深雪は決めつけていた。

 

「あれは、まったくの濡れ衣って言ったじゃんかよ。それに、俺は生徒会長を『あ~ちゃん先輩』って投票したぜ?」

 

「深雪が信じてしまっているんだ、日頃の行いのせいだな。俺にはどうしようもない」

 

達也が肩を竦めて首を振っていた。ザンも諦めて回りを見渡した。エリカたちも来ており、紗耶香と話していた。話し終わると紗耶香は何かを凝視している。するとおもむろに紗耶香は走り出した。誰かを追っているようだ。エリカと隣にいた桐原も紗耶香を追って走る。エリカたちが追いつくとき、紗耶香が追っていた女子生徒と対面していた。

 

「追いついた。あなた、一年生ね?」

 

「わ、私は、一年G組、平河千秋。何の用ですか、先輩?」

 

紗耶香は千秋の手元を指差した。

 

「それは、無線式のパスワードブレイカー。非合法のハッキングツールよ。テロリストなどが好んで使うものなの。私にはわかるのよ。スパイの手先になった事があるから…!」

 

「!」

 

千秋の肩がビクンとはねる。

 

「だから忠告するわ。どのような連中か知らないけれど、今すぐ手を切りなさい!」

 

「…せ、先輩には、関係ない事です」

 

千秋の返答に、紗耶香は目を見開いた。紗耶香自身、全身が震えていることを自覚している。

 

「放っておけるわけ、無いでしょう!あいつらはあなたを利用して、使い捨てるだけよ!」

 

「…分かっています。私は何かが欲しくてあいつらと手を組んだわけじゃ無いんですから!」

 

千秋は小さい何かを投げつけると、閃光が走る。光が視界を遮ると、右手を突き出し紗耶香に向ける。手首を上げると、手首の裾から小さな矢が飛び出し紗耶香を襲う。咄嗟にエリカは木の枝でその矢を弾いた。矢は転がると煙が噴出し紗耶香たちを覆う。一番矢の近くにいた桐原がむせこんでいた。

 

「がはっごほっ…」

 

―催涙ガス!-

 

用意周到さと手持ちにCADが無いことから、エリカは二の足を踏んでいたが、エリカたちが走って追っていたことを気にしていたレオが走ってきた。

 

「おおらああ!」

 

そのままの速度で千秋にタックルを仕掛ける。二人とも倒れこんだ。

 

「や、やりすぎたかな?」

 

「ほうほう、一年E組西城レオンハルト君、女子生徒を押し倒すっと。風紀委員として捕まえた方が良いかな?」

 

「え、ちっ、違うって!エリカたちも見てたよな?な?」

 

いつの間にか来ていたザンが楽しそうにメモをとるふりをしていた。

 

 

-○●○-

 

 

五十里と花音が保健室に入ると、保険医の安宿が左腕を後ろから極め、取り押さえているところだった。なお、安宿曰く「戦闘能力皆無」らしいが、怪我人を逃した事は無いらしい。千秋をベッドに座らせると、花音が口を開いた。

 

「一昨日も、無茶したわね。何故データを盗み出そうとしたの?」

 

「…私の目的はプログラムを書き換えて、プレゼン用の魔法装置を使えなくする事です」

 

「プレゼンを失敗させたかったの?」

 

五十里の事もあるため、花音の目線がきつくなる。しかし千秋はそれに負けじと反論した。

 

「違います!あの男はリカバリーさせてしまうかもしれない。でも、少しぐらい慌てさせる事が出来るかもしれないって思ったんです!」

 

「嫌がらせの為だというの?事と次第によっては、退学になるのかもしれないのよ!?」

 

「構いません!あの男に一泡吹かせられるのだったら…」

 

そう言って、千秋は嗚咽し始めてしまった。五十里が小春の前に座る。

 

「平河千秋さん、君は平河小春先輩の妹だね。お姉さんがそうなったのは、司波くんのせいだと思っている?」

 

「だってそうじゃないですか。あいつは分かっていたのに、小早川先輩のCADの事は言わなかった。妹に危害が及ばなければ放置するんだって、『あの人』も言っていました!桐生くんがいなければ、小早川先輩は魔法師生命どころか、命すら危なかったんですよ!」

 

「…もしあの事について司波くんに責任があるとすれば、気付かなかった僕たち技術スタッフ全員の責任だよ」

 

そう言う五十里に、千秋は焦点の合わない瞳を向ける。

 

「笑わせないでください。姉さんにも分からなかったんですよ?五十里先輩が気付くわけ、無いじゃないですか!桐生くんだから助けてくれたんです。それなのに、あいつは…」

 

千秋は最後まで言葉を続けられなかった。安宿により、気絶させられたからである。

 

「あ、安宿先生?」

 

「はいはい、ここまで。身柄は魔法大学付属病院で預かっておくわ」

 

「は、はい。…それにしても、何故ここまで思い込んでしまったんだろう?平河先輩は確かに電子金蚕に気付かない事はショックだったろうけれど、今は技術向上の為に小早川先輩と留学しているのだろう?ここまで悲観的に思い込むことは無いはずなのに…」

 

「そうだね。何か、負のイメージを植えつけられていると言うか、増幅されているといった感じがするね」

 

「啓、それって…」

 

パンパンと手を叩き、安宿はため息をつく。

 

「はいはい、二人はコンペの準備に戻りなさい」

 

五十里と花音は頷いて外に出るしかなかった。

 

 

-○●○-

 

 

「早速ですが、周先生。例の少女がしくじった様ですな」

 

周と呼ばれた男が顔を上げる。男にしては珍しく長髪だ。

 

「陳閣下のご懸念は理解しているつもりです。ですが、彼女にはこちらの素性を何一つ伝えておりませんので、情報漏えいの危険性は無いと思われます」

 

「ほう、それでよく協力者に仕立て上げましたな」

 

周は肩を竦めた。

 

「あの年頃は純粋で情熱的ですから、自分と価値を示すために多くを聞くより、多くを語るものです。お陰で、色々な事を教えてもらいました」

 

「…周先生がそう仰るのでしたら、大丈夫なのでしょう。ただ、くれぐれも『万が一』が無いように願いますぞ」

 

そう言って陳は酒をあおる。

 

「心得ております。近日中に様子を見て参りましょう」

 

その言葉に陳は笑みを浮かべたが、陳の隣にいる男は周を睨んでいた。

 

 

-○●○-

 

 

達也たちはめずらしく昼食を食堂でとっていた。遅れてきたほのかが見渡すと、二名いないことに気が付いた。

 

「エリカと西城くんは、まだ履修中なんですか?」

 

「あの二人、今日は多分やすみだよ」

 

達也のせりふが意外だったのか、ほのかはフォークを落としそうになった。

 

「え…?二人一緒にですか?」

 

「ああ、二人そろってだ」

 

達也は悪い笑みを浮かべている。ザンは我関せずで、弁当を食べ続けている。

 

「も、もちろんただの偶然かも知れませんが…」

 

「偶然じゃない可能性もある!」

 

雫が目をきらりと光らせていた。幹比古は相変わらずオロオロしていた。

 

「い、いや、二人にはそんな素振りが無かったと思うけど」

 

「でも、二人で一緒に休んだというのであれば、一体何をしているのかしら?」

 

深雪の発言に、美月と幹比古が顔を赤くする。

 

―エリカがレオに剣術を教えているってところだろうな―

 

爪楊枝で歯に挟まったかすを取りながら、ザンは小さく呟いていた。

なお、この後レオや幹比古の身にラッキースケベが舞い降りたのだが、別のお話。

 

 

-○●○-

 

 

達也が深雪を伴い、FLTに聖遺物を届けると、FLTではハッキングを受けていた。沈静化させることに牛山たちは成功したが、何が目的で仕掛けてきたのかは分からなかった。

達也は家に帰ると、小春から電話を受けた。妹の謝罪をしていたが、小春自身にも何故千秋がそこまで思いつめているのかは分からなかった。小春は千秋の通信ログを一方的に達也に送りつけて電話を切ってしまった。

 

「やれやれ、姉妹間でも、ハッキングは犯罪ですよ?先輩」

 

そう言いながらも、達也は千秋の後ろにいる悪意が気になっていた。

 

 

-○●○-

 

 

「FLTのカウンターアタックです」

 

「予定通り、回線を遮断しろ。これで司波達也はFLTのラボのセキュリティに疑問を持っただろう。聖遺物を不確かなセキュリティに預けようとは思わないはずだ」

 

「論理的に考えるのであれば、そうでしょう」

 

「そういえば、今日小娘の様子を見に行くらしい。その前に消せ」

 

「是」

 

 

-○●○-

 

 

関本がロボット研究部に侵入を果たそうとした頃、千秋は病室で一人の男と会っていた。

 

「どうやってここに?」

 

「とっておきを使いました」

 

「とっておきって、魔法?」

 

「魔法なんか使わなくても、人は幾らでも奇跡を起こせるものですよ」

 

「何、キザな事を言っているんです?桐生くん。そこに座ってください」

 

椅子にザンは腰掛けると、ベッドに腰掛ける千秋と対面した。

 

「話をしておこうと思ってね」

 

そう言うザンを、千秋は何故かジト目で睨んでいた。

 

「な、何?」

 

「桐生くん、何故姉さんを振ったのですか?」

 

「はあ?」

 

突然の言い様に、ザンの顎が落ちた。

 

「ミラージバットが終わったときに、姉さんは興奮気味にあなたの事を色々褒めていたんですよ。それが閉会式を終わってダンスパーティの後に急に落ち込んでいました。そう、きっとあなたが姉さんを振ったに違いないんです!」

 

「いやいや、ちょっと待って!俺は平河先輩と付き合ってもいないし、特に告白された事も無いんだ。俺と平河先輩は、そんな関係じゃない」

 

慌てて両手を振るザンを、納得がいかない千秋が見つめる。

 

「でも、それなら、どうして姉さんは急に留学なんて言い出すんですか!?」

 

「それこそ、九校戦で自分を見つめ直したんだろうよ。自分に足りないところを補完する為に、彼女は努力しているんだ。例え妹であろうと口出しすべきじゃないと思うよ」

 

千秋はうな垂れてしまった。ザンはため息をついた。

 

「貴女に、何があったんだ?達也を恨むようなことは無いはずだ。九校戦では何もトラブルは無かったし、平河先輩は自らを高めるために留学している」

 

「何も、無い…。何も…?わ、私は…」

 

非常ベルが鳴り響いた。ザンは千秋に部屋にいるように言うと外に飛び出す。扉を小盾で保護すると、廊下に目をやる。そこには一人の男が立っていた。

 

「呂剛虎」

 

ザンの後ろから声が聞こえてきた。千葉修次と渡辺摩利だ。どうやら千秋の様子を見に病院に来ていたようだ。

 

「ザンくん、下がってくれ。あいつは大亜連合の白兵戦魔法師、世界で十指に入るとされる対人近接戦闘のエキスパートだ」

 

「ふうん、あれが」

 

修次の言葉を聞き、ザンは前傾姿勢をとる。呂は鋼気功を展開する。鋼気功とは、大亜連合が誇る近接戦闘魔法であり、気功術を基に皮膚の上に鋼より硬い鎧を展開するものだ。

二人は弾かれたように走り出した。互いの間合いに入ると、呂が拳をザンの顔面に炸裂させた。

 

「ザンくん!」

 

「!?」

 

しかし、ザンは何事も無かったように遠心力を乗せた拳を呂の右わき腹に食らわした。

 

「ぐあっ!」

 

そのまま呂は吹き抜けのシャンデリアまで吹き飛ばされ、落下していった。修次や摩利が下を見た頃には、呂はいくつかの血痕を残していたが姿を消していた。

 

「仕留め損ねたか」

 

「CADも無いのに、無茶するんじゃない」

 

呆れる摩利だったが、それは考え違いだ。ザンはペンダント型CADは持っている。しかし、千秋の病室を魔法で保護しているため、他の魔法を使わなかったのだ。

警察が来たので、ザンは魔法を解いていた。事情聴取を受けた後再度千秋の部屋へ赴いたが、千秋は達也を恨む契機となった事実を忘れていた。敵が一人で無い事は、可能性として低くない。考えれば分かるはずだった。ザンは自分の愚かさを思い知らされていた。

 

 

-○●○-

 

 

翌日、達也とザンは先日のデータ盗難未遂の犯人、関本勲の面会に来ていた。風紀委員の委任状が必要であるが、真由美と摩利が取得しておりそれに同行する形となった。摩利が関本の部屋に入り、隣の部屋へ真由美たちが入って様子を見る算段だった。

 

「ちょっと、俺は見回ってくるわ」

 

そう言ってザンは一人廊下に残った。

 

―さてさて、この微かに香る殺気はなんだろうね?まずこっちに行ってみるかな?―

 

階段を降り正面玄関が見えたところで、トラックが突っ込んできた。車体を横に滑らして止まると、ハイパワーライフルで武装した兵士たちが六名出てくる。警報も建物全体に鳴り響いた。

 

「やれやれ、やっぱりはずれか。そうだろうなぁ、アイツがこんな殺気を匂わす訳無いか」

 

金色の湯気のようなものを纏わせ、ザンは兵士たちへ突っ込んだ。

 

 

-○●○-

 

 

「もし呂剛虎ってヤツに会ったら、右わき腹を狙え」

 

「まだ、ダメージを残しているか?」

 

「俺の一撃だからな。数日では完治できないだろう。浸透系が使えれば、一撃で沈められたんだろうけどなぁ」

 

「じゃあ、呂剛虎に使ったのは…」

 

「ああ、『穿』だ」

 

達也は、関本と面会が決まったときにザンに聞いていたことを思い出していた。摩利や真由美と交戦する呂の動きは、どこか鈍さを見せていた。

 

「七草先輩、渡辺先輩。右わき腹を中心に攻めてください」

 

そう言いながら、達也は『術式解体』を呂へ放つ。身体を覆っていた鋼気功が吹き飛ばされた。

 

「!?」

 

摩利が炭素粉末を呂の周りで燃やし、低酸素状態を作り出す。呂の動きが更に鈍くなったところに、三本の刀から織り成す圧切りが呂を切り刻んだ。達也はその魔法が源氏の秘剣であろうことを予測していた。

 

「うへぇ、残酷」

 

「ザン!」

 

ようやく到着したザンだったが、事は終わっていた。呂も拘束され連れて行かれた。

 

「突入部隊をふたつ相手にしていたら、終わっちゃってたよ」

 

「お前、分かってて他に回っていただろう」

 

「あ、ばれた?」

 

達也はため息をついた。ザンはもとより達也たちに呂は任せるつもりだったのだ。その代わりにそれ以外を受け持っていたのだ。

 

「ま、ダメージを受けたままのヤツなら、達也の敵じゃあ無いからな。それに念のために『守護龍』はお三方に付けておいたしね。それが現れていないって事は、楽勝だったって事でしょ」

 

「ザンくん、何だい?その『守護龍』って」

 

「渡辺先輩、さっきのトドメの魔法って何ですか?」

 

摩利とザンの間で沈黙が続く。にっこり笑みを浮かべるザンの顔を睨んでいた摩利は、諦めたかのようにため息をついた。

 

「分かった、魔法を詮索するのはルール違反だからな。聞かなかったことにするよ」

 

「どうも」

 

肩を竦める摩利を、面白そうに真由美は見ていた。どうやら摩利ではザンをコントロールできなさそうだ。ただ、自分にもそれはできそうもないと真由美は思っていた。

 

 



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第3話

お待ちいただいた方、申し訳ありません。体調を崩すと中々戻りませんね。インフルエンザで無いだけ、まだマシだったです。


「達也く~ん、おはよう。明日は何時ごろ会場入りするの?」

 

朝一番、教室に入ってきた達也にエリカが笑みを浮かべて挨拶をしていた。

 

「俺は八時に現地集合、コンペは九時に開始だ。一高の出番は三時からだな」

 

「ふ~ん…。現地集合って、デモ機はどうするの?」

 

「デモ機は生徒会が運送業者を手配しているよ。…どうしてそんなことを?」

 

「いや、ちょっとね…」

 

歯切れの悪いエリカの後ろから声がかけられた。

 

「大方、授業をサボってまで新しい魔法をレオに叩き込んだのに、出番が無いのは嫌なんじゃないかな?」

 

「ザンくん!」

 

エリカは頬をポリポリ掻いていた。

 

「せっかく手取り足取り懇切丁寧に教えて、自分の恥ずかしい姿まで見せたのに出番が無いのは悔しいのかな?」

 

ゴン!鈍い音がザンの頭から聞こえた。顔を真っ赤にしたエリカの鉄拳がザンに降り注いだのだ。

 

「な…、何でそこまで知っているのよ!」

 

「あれ?冗談のつもりが当たった?」

 

「うっ…」

 

「いや、アレは事故だったんだ…!」

 

「アンタは黙っていなさい!」

 

鉄拳はレオの頭にも降り注いでいた。

 

「ゴメン、悪かったってエリカ。そんなに怒るなよ。…そうだな、警備を担当しないから俺は何も言えないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のは問題ないよな?達也」

 

「そうだな。何か事件が起きたら()()()()()()()()()()しても、問題はないだろう」

 

達也の言葉を聞き、一緒に話を聞いていた幹比古は苦笑いを浮かべ、レオとエリカはハイタッチしていた。それを見ていたザンがニヤニヤ笑みを浮かべていたのに気付いたエリカは、またレオの頭に鉄拳を振り下ろしていた。

 

「いでぇ!今の、俺は悪くねぇ!?」

 

 

-○●○-

 

 

「司波さん、お久しぶりです」

 

「一条さん」

 

横浜国際会議場。論文コンペの会場で一条将輝が深雪に声をかけたのだ。

 

「後夜祭のダンスパーティ以来ですね」

 

深雪の表情が一瞬曇ったが、それが分かるのは隣の達也ぐらいのものだった。

 

「ええ、こちらこそご無沙汰しております」

 

丁寧な深雪の返しに、顔を赤くして一条がわたついていた。

 

「天下のクリムゾン・プリンスも、女性の扱いは苦手と見える」

 

深雪の後ろにいたザンは、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「お前!?な、何をしているんだ!」

 

「俺はコンペの重要人物を護衛しているって訳さ」

 

「俺は要らないと言っているんだが…」

 

達也は軽くため息をついていた。風紀委員であるザンだが、今回会場の警備には含まれていない。十文字は、ザンが会場入りすることで良しとし、共同警備には組み込まなかったのだ。ザンの『護衛』は勝手にやっていることだ。おかしそうに笑っていた深雪は、改めて一条に向き直る。

 

「一条さんが目を光らせて下さっているのであれば、私たちも一層安心できます。十三束くんも頑張って下さいね」

 

目の前の二人の男性たちは、揃って顔を赤らめていた。これは男性コントロールは真夜並になるかもと、ザンは少し危惧していた。なお、この時ザンは平河千秋の姿を見つけていた。千秋は鈴音に言われた言葉を確認しに来ていたのだ。自分が達也を超える事ができるのか。その為に何かを此処で得られるのか。真剣な表情をしている千秋を、ザンは茶化すことなく見送った。

 

 

-○●○-

 

 

「現時点では、この実験機を動かし続けるために高ランクの魔法師が必要ですが、エネルギー回収効率の向上と設置型魔法による代替で、いずれは最初の点火に魔法師を必要とするだけの重力魔法式核融合炉が実現できると確信しています」

 

会場から割れんばかりの拍手が鈴音に降り注いだ。満足げに微笑む鈴音を見て、ザンは立ち上がった。他の発表の前にトイレを済ませておこうと考えたのだ。

ザンが用を足した所で爆音が響いた。地震の様に地面まで揺れている。ズボンのチャックを上げたところで男がライフルをザンに突きつけた。

 

「手を挙げろ。抵抗をすれば、どうなるか分かるな」

 

「…手ぐらい洗わせろよ、な」

 

言い終わる前に懐に入るとザンは男の鳩尾に左拳を打ち込んだ。男は悶絶して崩れ落ちた。

 

「ハイパワーライフルか」

 

ザンは銃身を折り曲げると、銃弾を窓から投げ捨てた。トイレから出てホールに急いでいると、銃声が鳴り響く。どうやらホール内で発砲があったようだ。ザンは苛立ちを隠せずホールに繋がる扉を蹴破った。ザンの視線の先には深雪と、その前に立つ達也。そして達也にライフルを突きつけ、発砲する男の姿があった。達也が右手を突き出し何かをする素振りを見せたが、その前に小盾が銃弾を阻む。

 

「ふぅざぁけぇるぅなぁ!!俺の()()()()に、何していやがる!!」

 

ザンの怒りの声がホールを震わす。正に龍の咆哮だ。出入り口付近にいた武装した男たちは、ザンの拘束に向かう。

 

「てめぇら、五体満足に死ねると思うなよ?」

 

近くにいた男にゆっくりと歩き出すザン。光の無い目に濃密な殺気を放つザンを見て、男は狂乱し乱射した。ハイパワーライフルの弾丸を全て小盾で防ぐと、ザンは男の首を掴み持ち上げた。

 

「が、がはっ。ぎ、ぎざま…」

 

「て、手を離せ!」

 

ザンが視線を声の方に向けると、別の男が女生徒に銃口を向けていた。

 

「阿呆が。この俺がいる場所で、俺以外に『殺し』ができると思うなよ」

 

「くっ」

 

発砲するが銃弾はすぐに小盾に阻まれた。それならば捕まえようと考えたのだろう。女生徒に手を伸ばしたが、男の手は小盾に阻まれた。

 

「宣告する。武装を放棄し投降せよ。さもなくば、()()()()()()

 

その言葉と同時にザンは濃密な殺気を武装している男たち全員に放った。仲間の一人を片手で軽々と持ち上げ、ハイパワーライフルの銃弾を無効化する化け物。そして自らの絶望的な未来を見せつけられ、男たちは武器を落とした。

 

「拘束しろ!」

 

ザンの言葉に、我に返った警備の人たちが男たちを拘束した。

 

「達也さん、お怪我はありませんか?」

 

レオやエリカ、ほのかなど、いつものメンバーが達也の下に集まる。

 

「ああ、問題無い。ザンのおかげでな」

 

達也は顎で階段を下りてくるザンを指した。

 

「これからどうする?」

 

好戦的な目をするエリカに、達也は小さくため息をついた。

 

「…正面入り口で、警備の魔法師と侵入者が未だ交戦中だ。逃げるにしても、まずそいつらを片付けないとな」

 

「まっていろ、なんて言わねーよな?」

 

嫌な予感というものは当たるものだ。エリカの目を見たときに、この状況は確定していたのだろう。

 

「別行動をして、無謀な突撃をされるより()()か…。七草先輩、それに中条生徒会長。この場を早く離れたほうが良いですよ。最終目的は何にせよ、こいつらの最初の目的は優れた魔法技能を持つ生徒の拉致、または殺傷でしょうから…」

 

物騒な言葉を残して、達也たちはホールから出て行ってしまった。ザンはあずさの前に片膝をつく。

 

「ザンくん?」

 

()()()()()()。この場の指揮をお願いいたします。貴女が当校の生徒会長に相応しいのは、私が存じております」

 

ザンは中条の右手を掴むと手の甲にキスをした。

 

「きゃっ」

 

「では、失礼します。生徒会長、お早めに」

 

ザンはそう残し達也を追いかけ出て行った。あずさは自らの手の甲を見て呆けていた。

 

 

-○●○-

 

 

横浜国際会議場正面口。銃弾がまだ飛び交っていた。柱から頭を出そうとしたレオの襟を掴むと、達也は後ろへ引き倒した。

 

「…敵は対魔法師用の高速弾を使っている」

 

「…達也、容赦無いね…」

 

「でも、おかげで命拾い」

 

幹比古の言葉に、的確な突っ込みを雫が入れていた。

 

「深雪、敵の銃をだまらせてくれ」

 

「は…」

 

「その必要はねーよ」

 

達也が視線を動かすと、追いついたザンがそこにいた。

 

「怒っているのか?」

 

「当たり前だ。それに既に宣告も済ませている」

 

「ホール以外のやつらは、知らないと思うが…」

 

達也の突っ込みを無視して、ザンは敵に姿をさらす。当然銃弾が降り注ぐが、全て小盾が防いだ。前傾姿勢になると、解き放たれた弓矢の如く疾走する。ザンが入り口まで走り抜けると、巨大な爪で引き裂かれた様な傷痕を残し絶命した侵入者たちの姿があった。

 

「出る幕が無かったぜ…」

 

不満そうなレオやエリカたちと、言葉を無くすほのかや美月の姿があった。

 

「…すまない、刺激が強すぎたかな?」

 

「…いえ、大丈夫です」

 

「わ、私も」

 

気丈に振舞うほのかや美月に、ザンは笑みを浮かべていた。思ったより、強い娘たちのようだ。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

「情報が欲しい。予想外に大規模で深刻な事態が進行しているようだ。行き当たりばったりでは、泥沼にはまり込むかもしれない」

 

「だったら、VIP会議室を使ったら?政治家などが会合に使う部屋だから大抵の情報にはアクセスできるはず」

 

雫の提案に、達也たち全員が乗った。

 

 

-○●○-

 

 

VIP会議室に入り、モニターにマップデータを映し出す。一面危険地帯と化している事が読み取れた。

 

「何これ!?」

 

「ひっでえな、こりゃ」

 

事態の深刻さについて、皆が同じ心境となった。

 

「お兄様…」

 

不安な面持ちの深雪に対して、達也は笑みを浮かべて頭をなでる。

 

「状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら、敵に補足されてしまうだろう。だが、脱出しようにも公共交通機関が動いていない」

 

「だったら、シェルターに避難する?」

 

幹比古の提案に、達也は賛同した。

 

「じゃあ、地下通路だね」

 

「いや、地上から行こう」

 

達也が地下通路ではなく地上から行く事にエリカは疑問を覚えた。しかし、マップデータを見て、何かに思い至ったようだ。

 

「それに、移動する前に時間が欲しい。デモ機のデータを処分しておきたい」

 

 

-○●○-

 

 

デモ機のデータ処分の為に、ステージ裏に到着した達也たちの前には、想定外の光景が広がっていた。

 

「何をしているんですか?」

 

達也も思わず言葉に出していた。真由美や摩利、鈴音といった多くの一高メンバーがそこに居たからだ。鈴音が振り返りもせず言葉を返した。

 

「データが盗まれないよう、消去しています」

 

「七草先輩たちは?」

 

「私たちだけ逃げ出すわけには行かないでしょう?」

 

笑みを浮かべる真由美に対し、達也は小さくため息をついた。扉が開くと巌のような男が入ってくる。

 

「司波、七草」

 

「十文字先輩」

 

「お前たちは先に避難したのではなかったのか?」

 

「データの消去をしているの」

 

相も変わらずな真由美に、十文字は眉をぴくりと動かした。

 

「…そんな大人数でか」

 

「他の生徒は中条に連れられて、地下通路に向かいました」

 

服部の報告に、達也がピクリと動いた。

 

「地下通路…?」

 

「何かまずいのか?」

 

沢木には達也の意図が読めないようだ。いや、一部の者たち以外は読めないのは仕方ないかもしれない。

 

「いえ、懸念に過ぎませんが…。地下通路は直通ではありませんから、他のグループと鉢合わせる可能性があります」

 

「遭遇戦…」

 

「そうなった場合、地下では正面衝突を強いられる可能性があります」

 

「服部、沢木!すぐに中条の後を追え!俺は他に逃げ遅れた者が居ないか、もう一度見回ってくる。桐原」

 

「はい」

 

服部と沢木は走り外に出て行き、十文字も桐原を連れて見回りに出て行った。五十里は達也に顔を向けると、他の機器のデータ消去を達也に依頼した。

 

 

-○●○-

 

 

データ消去作業が終了した一高メンバーは、一高用の控え室に集まっていた。

 

「港に侵入した敵艦は一隻、海岸一体は敵に制圧されちゃったみたい」

 

「あ~あ」

 

真由美の情報に、皆に分かるようにエリカがため息をついた。

 

「交通網は完全に麻痺。これはゲリラによるものじゃないかしら」

 

「…彼らの目的はなんでしょうか」

 

五十里の疑問に、真由美はモニターから目をそらさず続けた。

 

「横浜を狙った事から、ココにしか無い物が目的じゃないかしら。厳密に言えば、京都にもあるけど」

 

「魔法協会支部…!」

 

「正確には多分、魔法協会支部のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから」

 

摩利は、敵の目的の他に気になる点があった。

 

「救助船は何時到着する?」

 

「あと十分ぐらいで到着するそうよ。でも、人数に対してキャパが十分とは言えないみたい」

 

「うむ…」

 

鈴音の端末に着信があった。摩利が視線を鈴音に移す。

 

「シェルターに向かった中条さんたちの方は、残念ながら司波くんの懸念が的中したようです。敵の初撃は小さな盾が防いだらしく、また敵も少ない事から、もうすぐ駆逐できるそうです」

 

「『守護龍』が無事働いたようだな」

 

「達也、そういうのは言わないの。そうした方がカッコイイんだから」

 

達也の言動にザンは肩を竦めていた。ザンに何か言いたそうな摩利だったが、無駄と判断したのか皆に振り返った。

 

「…状況は聞いてもらった通りだ。船の方は、あいにく乗れそうに無い。こうなれば、多少危険でもシェルターに向かうしかないと思うのだが」

 

「わ、私も摩利さんに賛成です」

 

花音が手を挙げ賛同を示す。

 

「…お兄様?」

 

達也が壁を睨みつけていた。いや、壁の()か。シルバー・ホーンを抜き、壁に向けて構える。真由美も何事かとCADを操作した。マルチ・スコープにより、真由美にも外からトレーラーが会議場に突っ込もうとしているのが視えた。

達也がトリガーを引こうとしたとき、ザンが叫ぶ。

 

「達也!」

 

達也が視線をザンに移すと、ザンの眼は金色となっていた。ザンは視線を動かすことなく、首を横に振る。達也は頷くとシルバー・ホーンをゆっくりと下ろした。

 

「駄目!」

 

トレーラーが突っ込む直前、小盾の群れに進入を止められていた。完全に停止したところでトレーラー全体を小盾が覆う。覆ったかと思われた瞬間に小盾は消え、金色の湯気に覆われていた。

 

「byebye」

 

右手に炎のマークのあるグローブをしているザンは、右手でパチンと指を弾く。剛炎がトレーラーを包んでいた。

 

「今のは…」

 

真由美の言葉を遮るように扉が開くと、女性が入ってきた。

 

「おまたせ」

 

「も、もしかして響子さん?」

 

「お久しぶり、真由美さん」

 

驚く真由美に対し、柔和な笑みを浮かべる響子。なお、外では敵の揚陸艦からミサイルが発射されたのをザンは見ていたが、十文字が到着した事もあり手を出しはしなかった。尤も、そのミサイルを迎撃したのは、また別の人間であったが。

 

 

-○●○-

 

 

藤林響子が控え室に入ったのに続き、中年の男が入ってきた。達也や深雪、ザンも見知った顔だ。響子は達也に眼を向けた。

 

「特尉。現在情報統制は、一時的に解除されています」

 

ザンは小さく舌打ちし、達也は敬礼をした。真田に連れられて入ってきた十文字も、司波が敬礼している姿を見て驚きの表情を浮かべていた。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。藤林、現在の状況を説明して差し上げろ」

 

「はい」

 

端末を操作し、モニターに映し出す。

 

「我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地へ急行中。魔法協会関東支部は、独自に自衛行動に入っています」

 

「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況に鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中であった我が隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官に出動を命ずる」

 

真由美や摩利、エリカにレオ、そして幹比古に美月。ほのかや雫など、皆表情が固まった。ザンは床を苛立ち紛れに蹴っていた。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解いただきたい」

 

「特尉、君の考案したムーバルスーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」

 

扉のところに立っていた真田に、達也は頷いた。達也が視線を響子に向けると、響子も頷いた。

 

「皆様には、私と私の部隊が護衛に就きます」

 

「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩たちと共にシェルターに避難してくれ」

 

そう言って扉に歩を進める達也の背中に、深雪は声をかけた。

 

「お兄様、お待ちください」

 

振り返った達也の下に深雪がつくと、深雪は両手で達也の両頬に触れる。達也は片膝を床に付き、まるで女王陛下に謁見する騎士のようだ。意を決した深雪は、目の前の達也の額に唇で触れる。

 

「うおっ。何だ!?」

 

「これって?」

 

想子が活性化し、まるで暴風のように吹き荒れる。収まると、深雪は笑みを浮かべた。

 

「お兄様、ご存分に」

 

「征ってくる。ザン、後は頼んだ」

 

「ああ、まかせておけ」

 

達也の手前そう言ったザンではあったが、達也を送り出すしかない自分に不甲斐なさを感じていた。

 



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第4話

「駅までもう少しです。市民の皆さんは、そこまで避難すれば…」

 

藤林響子を先頭に、地上からシェルターに避難していた一行だったが、二台の直立戦車が行く手を阻んだ。

 

「はいはい、お約束お約束」

 

ザンは一気に間合いを詰めると、右の一台の右面に回り込みそのまま拳を振り抜いた。もう一台を巻き込みながら吹き飛ばされると、剛炎に包まれる。ザンの右手には、そのまま炎のマークがあるグローブが装備されていた。

一行が先に進むと、地面が落ち地下通路の一部が見えていた。どうやら先ほどの直立戦車の仕業らしい。

 

「皆は無事なの!?」

 

「会長たちは無事です」

 

幹比古が地下の様子を確認したことにより、真由美たちは一先ず安心できた。

 

「でも、この入り口からシェルターに避難は出来ないわね。…父の会社のヘリを呼びます。逃げ遅れた人たちを乗せて、空から脱出しましょう」

 

「私も父に連絡します」

 

真由美の提案に、雫も同調した。

 

「それでは、部下を置いていきますので…」

 

「それには及びませんよ」

 

エリカが「和兄貴」といって驚いていた。千葉寿和は、エリカに笑みを浮かべた後に響子に向きなおる。

 

「軍の仕事は外敵を排除することであり、市民の保護は警察の仕事です。我々がここに残ります。藤林さ…藤林中尉は本隊と合流してください」

 

「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」

 

笑みを浮かべ去る響子を見て、寿和はその姿に見とれていた。

 

「無理無理。和兄貴の手に負える相手じゃないって」

 

ニヤニヤ笑みを浮かべるエリカの言葉に同意したのか、寿和は肩を落とした。しかし顔を上げた寿和は意地悪い笑みをエリカに向ける。

 

「…そんな態度で良いのか?俺はお前に良いものを持ってきてやったんだぞ?」

 

「フン!」

 

奪い取るように寿和から刀を受け取ったエリカは、どこか嬉しそうだった。

 

 

-○●○-

 

 

残された市民とヘリの発着スペースを守るため、チームを分けて防衛に当たることになった。

 

「ザンくんは、ここに残っていて。何かあったときに皆を守れるのは、ザンくんだと思う」

 

「私も、ザンさんが残ったほうが安心です」

 

「お、おいおい…」

 

エリカや深雪の言い分に、ザンは閉口した。しかし、自分が後方に残ったままで深雪を戦場に出したとあっては、達也に後で何をされるか分かったものではない。ザンは大きくため息を吐いた。

 

「分かった。じゃあ、皆手を出して」

 

円陣を作らせると、ザンは右手を出した。

 

「必ず、無事に帰って来るんだぞ。無理はするなよ」

 

「まっかせて」

 

「おう」

 

「がんばるよ」

 

エリカやレオ、幹比古と皆がザンの手の上に手を乗せていく。五十里も乗せたが、花音は嫌がった。

 

「嫌よ、何でそんな恥ずかしいことしなくちゃいけないのよ!」

 

「七草先輩、五十里先輩の手って、スベスベして気持ち良いらしいですよ?触ってみませんか?」

 

「あら、そうなの?それじゃあ…」

 

「だめー!啓は、私の!!」

 

明らかにウソくさい小芝居に引っかかり、花音も手を乗せた。皆が手を乗せたところで掛け声をかけた。

 

「よし、行って来い!龍の加護があらんことを」

 

「そこは、神じゃないの?」

 

エリカの突っ込みを、ザンは聞かないことにした。

 

 

-○●○-

 

 

「どうにか避難できそうね」

 

ヘリの到着に笑みを浮かべる真由美だったが、雫がその奥に何かを見つけた。

 

「いなご?」

 

魔法で駆除を試みるが、効果が無かった。

 

「化成体!?」

 

それに何か意思を持っているかの様にヘリへ向かう。エンジンの吸気口にでも入り込んだら、ヘリが墜落してしまう。あわやというところであったが、想子の光と共にいなごの大群は消え去った。

 

「あれは…達也さん?」

 

黒いスーツに身を包んだ者たちが、空に浮かんでいた。ほのかたちは、その内の一人が持つCADに見覚えがあった。

 

 

-○●○-

 

 

「リンちゃん、ウチのヘリもすぐに来るから…」

 

北山家のヘリが飛び立った後に、真由美が鈴音に声をかけようとしたが、続ける事はできなかった。

 

「動くな!」

 

ゲリラ兵が鈴音を人質にし、ナイフを突きつけていたからだ。もう一人は片手に手榴弾を持っている。

 

「なるほど。機動部隊で戦力を前方に引き付け、脱出後人数が減った後ターゲットを確保ですか」

 

「ほう、頭の回転が速いな。本作戦に先立ち、大勢の同志が確保された。お前には、その解放の為に人質になってもらうぞ」

 

「そんなこと、させるわけねーだろ」

 

ザンが真由美の前に立つ。

 

「ザンくん」

 

「すみません、市原先輩、七草先輩。このような事態になってしまって」

 

「動くなといっているだろう!!次に動いたら…」

 

男が言い終わる前に、ザンは間合いに入ると手榴弾を持っている男を蹴り飛ばす。盗った手榴弾のピンを抜くと、そのまま蹴り飛ばした男のほうに投げ捨てた。

 

「き、貴様!」

 

鈴音を拘束していた男はナイフを鈴音に突きたてようとしたが、小盾に阻まれた。

 

「!?」

 

ザンは男の左わき腹に右拳を叩き込み、拘束が緩んだところで鈴音を引き剥がすと、そのまま左拳で顎を上に打ち抜く。

 

「ぐはっ」

 

奪ったナイフを崩れ落ちる左胸に突き立てたのと同時に、奥では爆発音がしていた。

 

「さて、行きますか」

 

満面の笑みを浮かべるザンに、真由美と鈴音は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

-○●○-

 

 

「あ、来たんじゃない?」

 

ヘリ特有の音がするが、姿が見えない。深雪の端末には真由美からの電話がかかっていた。

 

「深雪さん、ロープを下ろすからそれにつかまってくれる?」

 

どうやら魔法でヘリを周りより見えないようにしているようだ。まるで光学迷彩だ。深雪たちを回収したヘリは、続けて摩利たちの回収へ向かう。

 

敵兵の反撃に、摩利たちは防戦一方になっていた。反撃の隙をうかがっていると、敵兵たちに、ドライアイスの弾丸が降り注ぐ。花音の端末からコール音がなる。ディスプレイには真由美の名前だ。

 

「七草先輩!」

 

一瞬、気が緩んだのだろう。しかし桐原と五十里は悪夢を見た。まだ敵兵は残っていたのだ。銃口が紗耶香や花音に向けられていると考えた桐原と五十里は、それぞれ紗耶香と花音を守るために立ちはだかる。銃声が轟いたが、銃弾が届く事はなかった。全て小盾が弾き返していた。

 

「!?」

 

敵兵が驚いているところに、小さな龍が降り立った。いや、敵兵にはそのように見えたのだ。怒りを隠さない、ザンの姿を。ザンは右手を敵に向けると『龍の氣』を解き放つ。全身の『龍の氣』を右手に集めると小さく呟いた。

 

「ドラゴン・ブレス」

 

敵兵がいた一帯は焦土と化し、アスファルトから戦車の残骸を含め、全て燃え尽きていた。声を無くしていた摩利たちにザンは振り返ると、ため息をついた。

 

「まったく、桐原先輩も五十里先輩も、カッコつけすぎですよ。それで怪我したら、そちらのお二人はどうなると思っているんですか?最初に言ったじゃないですか。無理はしないようにってね」

 

「う、うるさい!べ、別にカッコつけていたわけじゃ…」

 

「はいはい、愛しい紗耶香の為ですものね、分かっていますよ」

 

「貴様、そこに直れ!」

 

桐原がザンを追いかける光景を見て、皆緊張が解れたようだ。真由美はヘリの中から、あまりに緊張感の無い下の光景を見てため息をついた。

 

 

-○●○-

 

 

避難途中の七草家のヘリで、美月の身体はビクンと震えた。

 

「どうしたの?」

 

「ベイヒルズタワー辺りで、野獣のようなオーラが視えた気がして…」

 

ヘリがベイヒルズ付近を飛んだ際に、摩利も視認できた。

 

「あいつは!」

 

「あの時の人だね。摩利…」

 

「ああ、あいつは私たちがしとめる!エリカ、西城。お前たちにも手伝ってもらうぞ。ザンくんはヘリの護衛を頼む」

 

「もちろん」

 

摩利の無茶振りに、好戦的な笑みで頷くエリカ。深雪は小声でザンに話しかける。

 

「ザンさん…」

 

「分かっている。俺も行くよ」

 

 

-○●○-

 

 

防衛に当たっていた義勇軍を吹き飛ばし、車を大破させ突き進む呂剛虎の前に、摩利や真由美、エリカにレオが立ち塞がる。壮絶な笑みを浮かべた呂は、摩利に向かって走り出した。

 

「はあ!」

 

横からエリカが山津波を呂めがけ放つが、呂は振り返ると両手で受け止めた。レオの追撃を呂はかわすと、そのまま蹴りをレオに放つ。レオに蹴りが直撃する前に、ドライアイスの弾丸が呂を襲った。一瞬体勢を崩す呂だったが、すぐに持ち直すとレオを吹き飛ばした。レオは直前に硬化魔法を使用した為、即死は免れたようだ。

 

「このお!」

 

エリカの上段からの一撃を、呂は横にかわした。

 

―かかった!―

 

振り下ろされた刀は、そのまま呂目掛け跳ね上がる。所謂ツバメ返しだ。しかし、呂は拳で刀をいなすと、掌底でエリカを吹き飛ばした。

呂の身体がビクンと震えた。そして、またあの壮絶な笑みを浮かべた。視線の先には、エリカを受け止めたザンがいた。

 

「ザンくん!ヘリの護衛を頼んでいただろう!?」

 

「ヘリは『無限の小盾』で守っていますよ。その分、こっちに回せなかったですけどね」

 

エリカを下ろすと、エリカが持っていた刀、大蛇丸を拾うと肩に担ぐ。

 

「エリカ、コレ借りるよ。それじゃ、ソイツの相手は俺が務めますよ。他の人は手を出さないでね~」

 

「馬鹿を言うな!そんな…」

 

エリカは苦しそうながらも頷き、摩利は言葉が続けられなかった。呂は既にザンを敵として認め、走り始めていたからだ。ザンも走り出し、お互い間合いに入った。

 

「!?」

 

互いに間合いに入り、呂は目の前のザンに右拳を突き出そうとした瞬間に目の前からザンが消えた。ほぼ勘で目線を下げると、ザンが斜めに切り上げる体勢だった。呂は後ろに飛び退こうとしたが足が動かない。上半身を反らそうにも、身体が言う事を聞かない。その時、呂は悟った。ああ、()()()()()()()()()()のだと。

ザンは斜めに切り上げ、その勢いで立ち上がると呂に背を向けたまま刀の血をふるい落とした。呂はゆっくりと仰向けに倒れ、身体であった部位が分裂して崩れた。

 

「袈裟切り、横薙ぎ、逆袈裟の三連撃、なのか。私には最後の動きしか見えなかった…」

 

―私もそうだけれど、何か悔しいから言わない―

 

摩利の言葉に心の中で同意したエリカだったが、自らの得物を自分より使いこなせる者を認めたくも無かったのだろう。

 

「それにしても、流石『龍の刀』だ。あの…」

 

「『龍の刀』!?」

 

今度は摩利の言葉にエリカは跳ね起きた。ダメージは残っているが、そんなものは関係無い。

 

「ザ…」

 

「そういえば、深雪は?先に降りたんじゃないのか?」

 

「深雪さんは先に中に入りましたよ?」

 

「あのお姫様は!」

 

ザンは舌打ちすると、魔法協会支部の中に消えていった。放り投げられた大蛇丸を受け取ったエリカは、声をかけるタイミングを逸して地団太を踏んでいた。

 

 

-○●○-

 

 

「ここが、魔法協会支部…」

 

扉のセキュリティを端末を使用して開放させると、男は扉をくぐった。その時に悟る。この異様な冷気は何だ。

 

「これが『鬼門遁甲』ですか」

 

「司波…深雪…」

 

「私をご存知という事は、ここしばらくお兄様に付きまとっていたのは、貴方なのですね」

 

陳は『鬼門遁甲』が破られるとは思っていなかった。居るはずが無い人物が、ここに居る。

 

「警告を受けていました。方位に気をつけなさい、と。正直なところ、それだけでは意味が分からなかったのですが、方位に気をつけなければならないなら、三百六十度全ての方位を警戒していれば何とかなると思いました」

 

「っ!」

 

「幸いこちらには、見えないものを見える魔法師が居ましたので。術によって『見えない事にされている貴方の姿』も、見えたというわけです。とにかく、貴方がのぞきの張本人なら、貴方に居なくなってもらえればしばらく安心できるというものです」

 

深雪が微笑む。端正な顔立ちの女性が微笑んでいるにもかかわらず、陳は恐怖しか感じなかった。そうして、陳の氷像ができあがった。

 

「しばしお休みください。私も色々上達しましたので、ずっと眼が覚めないということは無いはずです」

 

「深雪ー!」

 

「ザンさん?」

 

陳の氷漬けが出来た直後、ザンが部屋に飛び込んできた。深雪の無事な姿を確認すると、ザンは深雪の下に駆け寄りそのまま抱きしめる。

 

「きゃっ。ちょ…ちょっと、ザンさん!?」

 

「良かった…。無事で良かった…!」

 

この異世界から来た男は、まだ自分が子供か何かと勘違いしているのでは無いだろうか。自分は立派な魔法師であると分かっていないのでは無いだろうか。ただ、自分を心配して来てくれたのは事実だろう。深雪は自分の顔の温度が上がる事を自覚しながら、ザンの背中に手を回した。

 

 

-○●○-

 

 

作戦が失敗した敵揚陸艦は、残存兵力の回収を諦め逃走を図った。しかし、その揚陸艦も房総半島と大島の中間を過ぎた辺りで魔法により轟沈した。

大亜連合の鎮海軍港には多数の艦艇が集結しつつあった。しかし、こちらも魔法により()()させられたのであった。魔法こそが勝敗を決する力であることが証明された事件の結末だ。この日は後にこう呼ばれる。『灼熱のハロウィン』と。

 

「先ほど、次の日曜日に事情説明に伺いたいと、風間少佐から連絡がありました」

 

葉山からの報告を、真夜は紅茶を飲みながら受けていた。

 

「そう。じゃあ、達也さんと深雪さんもその日に来てもらいましょう。楽しみね、早く二人に会いたいわ」

 

「真夜」

 

「本当に、楽しみ…」

 

「真夜!」

 

「…何よ。別に他意は無いわよ?」

 

あさっての方向を向く真夜を後ろから抱きしめるザン。

 

「だから、魔法協会支部のことは誤解だって言っただろう?あの陳が居たんだ。無事を確認して思わず…」

 

「抱きしめたのよね?」

 

真夜の冷たい声に、ザンは目を泳がした。目があった葉山は、おじぎをすると、そそくさと出て行ってしまった。

 

「私というものがありながら、抱きしめたのよね?」

 

「だから、悪かったって。許してくれよ。俺が愛しているのは、真夜だけなんだ」

 

背後から離れると、真夜の正面に回り、片膝をつく。真夜の左手を取ると、両手で包み込んだ。

 

「達也も深雪も、俺にとっては親友なんだ。無事である事を喜ばないわけは無いだろう。そして、俺が愛している女は、お前だけなんだ、真夜」

 

「…わかったわよ、信じてあげる。それに無事である事を喜ぶ事は理解できるつもりよ。貴方が無事に帰ってきてくれて、私は嬉しいもの」

 

二人が惹かれあい、そのまま口づけを交わした。ザンは一安心したところだったが、真夜が意地の悪い笑みを浮かべていることに一抹の不安を覚えた。

 

「真夜?」

 

「せっかく達也さんや深雪さんに来てもらうのだから、姉さんや穂波さんも来てもらいましょう。そして、私たちの事を達也さんたちに聞いてもらいましょうよ」

 

「だから早いって、前に話し合ったじゃないか」

 

「うふふ、そうだったかしらね?」

 

「おい…」

 

真夜の真意は分からないが、次の日曜日は荒れそうだと、ザンは嘆息した。

 

 




横浜騒乱編、無事完了しました。

次の機会がありましたら、またお会いしましょう。

(お、来訪者編のコミカライズも始まったのか)


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