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第0話 始まりの時

初めまして。

不安もありますが頑張っていきますので、どうかよろしくお願いします。


「ひとつ、世界を救ってみてはくれんかの?」

 

 

 

真っ白な世界で男は目の前に立つ老人にそう言われた。一般的なイラストのサンタクロースを真っ白に塗りたくって帽子を取っ払ったような外見だ。因みに、てっぺん禿である。

 

 

 

「…すまない、理解が追い付かない。」

 

 

 

冷静に対処する男。否、男かどうかは定かでない。

老人の前にあるのは眩い光を放つバスケットボール大の発光体だけである。その発光体は自身を人間の男と判断していた。

 

 

 

「ふむ。では順を追って説明しよう。

 

まず、アイアムゴッド。ユーアーデッド。おーけー?」

 

 

 

「…ノー。」

 

 

 

何故か片言の英語で説明した老人に発光体は極めて淡白に答えた。なんとなく、老人に対する憐みの念が込められているような感じがしなくもない。

 

 

 

「おーけー。で、主の魂はなかなか上質なのだ。」

 

 

 

発光体は「ノー。」と答えた。にもかかわらず老人は説明を続けていく。と、いうよりもそもそも発光体の返事の内容など聞いていない。

 

 

 

「人を勝利へ導く……俗に言う英雄の格でな。平和なあの世界より儂の友人の作った世界に入れたほうがいいと思ったのじゃ。有体に言えば転生じゃな。」

 

 

 

「……はぁ…」

 

 

 

「で、行ってもらう世界じゃが主も知っておる。主の世界じゃ二次元の存在として世に出ておったからな。タイトルは知らんがなかなかに過酷な世界じゃ。そのまま送ってはすぐに死んでしまうじゃろうから、儂の権限で幾つか特典をやろう。」

 

 

 

話しについていけていない発光体だが、要点だけは理解していた。よくよく見てみれば自身の身体も周囲の空間も現実味が一切感じられない。

故にこれは夢か、もしくは本当にテンプレ転生かだと理解した。

 

そして本能が後者だと告げていた。だから、不用意に言葉を発することなく老人の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

「特典内容は新しい肉体。戦闘用の機体。そして拠点。あとは何か主の望むモノを2つまでなら叶えよう。」

 

 

 

「質問がある。いいか?」

 

 

 

「うむ、構わぬぞ。」

 

 

 

特典と聞き、僅かに反応を示した発光体が質問の許可を求めると老人は満足そうに頷いた。発光体の内情がどうであれ、現状をある程度正確に捉えて且つ協力的な反応を示したことが嬉しいようだった。

 

 

 

「今のままでは生きること自体が過酷で、英雄を求める世界……。さらに戦闘用の機体ということは何かと戦争でもしているのか?」

 

 

 

「うむ。“Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race”…通称“BETA”。日本語に直訳すれば“人類に敵対的な地球外起源種”じゃな」

 

 

 

「…成る程。確かに、力がいるな。少し考えさせてくれ」

 

 

 

「うむ。

幾らでも待とう。ここに居る限り時間は無限じゃ。」

 

 

 

なんとも素晴らしい空間である。

そんなことを思った発光体は即座に思考を切り替え、特典として要求するモノを考える。世の中柔軟な思考を持っていなければ苦労する。その点、この発光体は思考力、並びにその柔軟性に関しては常人よりも上だった。そのため、現状を正確にではないが自分なりに把握し、最善を尽くそうとしている。10分、20分と過ぎていき、最後には何分かかったかも分からない程長い時間を費やした発光体は特典を決めた。

 

 

 

「決まったようじゃな。では、順に聞いていこう。

 まず第一に、新しい肉体じゃ。既に気付いておるじゃろうが主が死んでおる。で、その際に肉体のほうは再生不能なまでのダメージを負ったのじゃよ。詳しく言うなら釣り上げられた深海魚のように為っておった。」

 

 

 

要するに、内側からボンッであった。別に体内で爆弾が爆発した訳ではないのだが、結果的にそんな感じになっていた。

 

 

 

「あぁ、肉体は人間の若い男で頼む。詳しい容姿の指定はないが利便性を追求してくれ。」

 

 

 

「ふむ?イケ面とかにはせんのか?英雄色を好むとも言うし、イケ面にしてハーレムを作ってもよいのじゃが?」

 

 

 

「別に興味ない。それに、面に寄ってくる女は気に食わん。」

 

 

 

「ホッホッホ…。成る程のう、確かにそうじゃな。では此方で適当な器を見繕っておこう。

 

 なら容姿はここまでにして、次は機体を聞こうか?」

 

 

 

「マクロス・クォーター」

 

 

 

「……。………はい?」

 

 

 

あまりに予想外だったのか、老人は間抜けな面で聞き返す。しかし、返って来た答えは変わらず、

 

 

 

「マクロス・クォーター」

 

 

 

と言うものだった。「むむむ…」と唸りながら眉間を揉み解した老人は観念した。

 

 

 

「それは機体というより戦艦じゃが?いや、確かに機体と言えなくもないが…。」

 

 

 

「これでいい。追加特典の部分で拠点に機体開発の設備を付けてもらうつもりだ。」

 

 

 

「成る程……。じゃが、魔改造機とかは無理になるぞ?」

 

 

 

「あぁ。寧ろ、魔改造機はあっては困る。説明のしようがない。」

 

 

 

発光体は強力無比なワンオフ機体を一機よりも、換えの利く量産機を大量のほうがいいと判断したのだろう。確かに、圧倒的な物量で押し寄せるBETAに対して、幾ら強力とはいえ一機程度では対処出来ない事態が発生してもおかしくない。戦場はユーラシア大陸全土と広大なのだから。

それに神の力で作られた魔改造な機体なんぞ各国に説明を求められた際に答えることが出来ない。最悪、機体そのものが新たな戦乱の種になりかねない。それなら物理法則に則った機体なら説明もつくし、適度に技術流出を行えばある程度は各国の暴走を抑えられる。

 

 

 

「うむ。なら主の機体はマクロス・クォーターでよいな?

 

 よし、次!拠点じゃ!」

 

 

 

「フロンティア船団。」

 

 

 

「……うむ、もう驚かんぞ。フロンティア船団じゃな?

 

 と言うよりも主よ。まさかと思うが第5計画に乗る気ではあるまいな?」

 

 

 

フロンティア船団は大規模な移民船団だ。それも地球から別の惑星への移民である。同じ移民を目的とした第5計画派にフロンティア船団は最高の手見上げになる。

 

 

 

「まさか。あんな失敗が目に見えた計画に誰が乗るか。」

 

 

 

「…なら良いのじゃが……。しかし、拠点として船団を要求してくるとはのぉ。」

 

 

 

などと言っているが、第5計画に属さないというのならば構わないらしく、フロンティア船団は許可された。

 

 

 

「では、最後に2つの追加特典じゃが……開発設備はフロンティア船団にもともと有る故特典の枠は取らんよ。じゃからあと2つ、じゃ」

 

 

 

「そうか。では最初から考えていたモノから言わせてもらおう。

 

 レアリエンを200体要求する。」

 

 

 

PS2用ゲーム『Xen○saga』シリーズに登場した、端的に言えば限りなく人間に近いロボットである。炭素で形成された者や、珪素や液体金属で形成された者など様々なタイプが存在する。観測を始めとした補助型や記録管理を目的とした型、さらには純粋に戦闘用の型まであり、人手として申し分ない。

 

 

 

「…詳細は?」

 

 

 

「観測型として百式タイプを80。そしてその内1人に残り79人の管制能力を持たせてくれ。

次いで戦闘型を40。これもリーダー的ポジションの者を4人頼む。

残りの80は農業用と工業用に。数は40ずつだ。リーダーは不要。

また、彼ら全員には能力を統一せずに個性を持たせてくれ。

 

…レアリエンに関しては以上だ。」

 

 

 

「うむむ…中々に複雑じゃな。じゃが、問題ない。

 

で、最後の1つじゃがどうする?」

 

 

 

一辺に伝えた情報量が多かったため老人は少し唸っていたが問題なく用意出来るとのことで、最後の1つを訊ねた。しかし、発光体としては予想外の枠であるため特別要求があるわけではない。かといって何も頼まないのは損でしかないため、最後の1つは大量の食糧ということにした。肉や野菜は勿論のこと、魚介類もアイランド1などの人工の海や川に用意してもらった。

 

 

 

「では、転送の準備に入ろう。いつ、何処がよい?」

 

 

 

「そこも決めていいのか…。なら…1990年の10月22日、木星圏に頼む。」

 

 

 

「うむ、承知した。では、これより転送を行う。

 

第2の生に幸多きことを。」

 

 

 

その言葉と共に老人が右手をサッと左から右へ走らせると、何の前触れもなく忽然と発光体は姿を消した。

真っ白な空間に残ったのは老人ただ一人。それだけだった。

 

 

 

「さて、なかなかに面白そうな奴じゃったが……いい暇つぶしになるといいのぅ。」

 

 

 

老人の呟きを聞いた者は誰も居ない。

 

 

 




どうも、第0話。プロローグでした。
ワードで下書きを書いてからコピーしているのですが、読みづらい等何か思うところがありましたら感想やメッセージで教えてくださるとうれしいです。

では、読んでいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いします。


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第1話 始動

はい、まずは好調に第1話行きますよ~。


フロンティア船団の中でも最大の規模を誇る亀の甲羅のような形状をした居住区――アイランド1内にある政庁の執務室で目を覚ました男はまず始めに鏡の前に立った。

前世での日本人然とした黒い髪や瞳はその名残すら消え去り、金色の瞳の吊り目と肩口まで下ろした銀髪が目を惹く少年。それが鏡に映った男の新しい肉体だった。引き締まっているが決してマッチョではない屈強そうな肉体やスラリと伸びた細身。前世では二次元の中でしかお目に掛かれないであろう程の美少年だ。顔立ちや身長などから判断して年齢は12歳程度。伸び盛りの育ち盛りというこれからの鍛え方次第で大きく化ける肉体だ。

 

 

 

「ふむ、凄いな…。しかし、これでは名を変えなくてはならんな……。」

 

 

 

西欧人の容姿をしていながら日本人の名を名乗るのは不自然だろう。なら、折角生まれ変わったのだから名も変えてしまおう。

しかし新しい名を考えるのはそう急がなくてもいい。暫らくは訓練や勉強に費やす予定なので、人前に出るのは少なくとも2年は先になるだろう。1992年のスワラージ作戦、もしくは1998年の光州作戦のどちらかでこの世界の人類と接触を持つつもりだ。しかし、これはあくまで予定であって実際には大幅に変更される可能性も高い。

 

着用していた新統合軍の制服の襟を正し、マホガニー製の机に置かれたパソコンを立ち上げてみる。ファイルを適当にクリックして中身を確認していっていると、現在の船団の様子が表示された。細々とした数値を添えて書かれていたが、面倒な部分を略して纏めると以下のようになった。

 

 

 

・レアリエン総数200体、全体正常稼働中

・全アイランド生命維持システムに異常無し、発電システム並びに天候操作システム正常に作動中

・食用動植物全200種類正常に栽培中、一部収穫可

食糧庫在庫不足

・鉱物資源在庫潤沢(フォールドクォーツを含む)

・現戦力:バトル・フロンティア…1

     マクロス・クォーター…1

     グァンタナモ級宇宙空母…3

     ウラガ級護衛宇宙空母…9

     ノーザンプトン級ステルスフリゲート…18

計 戦艦32隻、バルキリー0機

 

 

 

これだけの情報を脳内に叩き込み、男は革張りの椅子に深く腰掛けて凭れ掛かる。男というよりも少年といった方が適切な男の体重では軋みもせずに椅子は男を押し返す。

 

 

 

「…バルキリーは無し、か。だが資源は豊富にあるから時間さえかければ揃えられる。護衛艦も、船団の護衛としては少ないがBETAを相手取るには充分だな…。

 

取り敢えず、バルキリーの製造を指示するか。」

 

 

 

船団内全ての指示がこのパソコンから行える。そのためこの執務室に居れば何でも出来るのだが、それではつまらない。人間、動いてなんぼだ。製造の指示を出した際にレアリエン1人を呼び出し、船団内を案内してもらおう。それらすべてを見てから各所への細かい指示は出す。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

 

 

 

 

――そして1年後

 

アイランド1から繋がった環境艦の1つであるアイランド3。南国の海と孤島をイメージした艦内を2羽の鋼の鳥が飛び交っていた。白く2枚の主翼の他に同じく2枚の尾翼、さらにコックピットの斜め後ろにも2枚の羽根を備えた鳥……否、可変型戦闘機・バルキリーは高度な3次元戦闘を繰り広げていた。

 

VF-11C サンダーボルト

 

それがこの2機の機体名称だった。新統合軍が第一次星間戦争後の主力量産機として開発した機体で、優れた操作性を持っており一般兵に配備された。この機体を第1期量産機として1個大隊36機+予備機10機の計46機が現在フロンティア船団の所有する主力バルキリーである。

通常の戦闘機形態であるファイター形態を中心にUターンや宙返りで交互に背後を取り合い、機体下部に装備したガンポッドのペイント弾で攻撃する。そんな攻防が暫らく繰り返され、最終的に1機が相手を振り切れずエンジン部分をピンクに染められたことでこの空中戦は終了した。

観光レジャー用の人工島の砂浜に手足の生えた戦闘機という奇妙な形態――ガウォーク形態で着陸した2機のキャノピーが開き、それぞれ1人ずつ男が降りてくる。敗北したサンダーボルトからは銀髪に金の瞳をした少年が、勝利した側からは短い茶髪の青年が降りた。

 

 

 

「……ふぅ、やはり、カナンは強いな。」

 

 

 

「まぁ、俺の素体は記録に長けたタイプだがこう言った兵器の操作に関しても高い適正を持つように造られたからな。」

 

 

 

少年に“カナン”と呼ばれた青年型のレアリエンは今降りたばかりのサンダーボルトの装甲を軽く叩きながら答えた。

この1年少年に機体の操縦を教えてきたカナンは自分達の主君とも言える少年の操縦技術の上達速度に内心驚いていた。確かに、自分や他の戦闘部隊のレアリエンには及ばないものの、たった1年で身につけたとはとても思えないような機動を繰り出してくるのだ。1から肉体を鍛え上げ、船団全体の指揮や地球の状況の把握も同時に行いながら修練に励む少年は何でも教えればスポンジのように吸収していく。

カナンや、少年に徒手空拳やナイフによる体術、銃などの白兵戦能力を教えている戦闘用レアリエンも少年を鍛える時間を楽しみにしているらしい。

 

 

 

「お疲れ様でした、ゼロさん。」

 

 

 

近くの小屋で待機していた桃色のウェーブがかった髪の少女型レアリエンが少年に水で薄めたスポーツ飲料を差し出す。

過去の名を捨てた少年の新しい名前……それが“ゼロ”だった。

零(0)、虚。存在しない、という数字。この世界の生まれでない、過去のない少年に適した名ではある。

 

 

 

「ありがとう、モモ。」

 

 

 

少女型レアリエンのモモ。百式汎用観測型レアリエンのプロトタイプで、船団中の百式の頂点に立つ存在である。本来はそのような能力は持っていなかったため、能力と性格が合っていない。モモはとてもではないが他人に命令出来るような性格ではなく、とても優しかった。

 

 

 

「はい、カナンさんもどうぞ。」

 

 

 

「貰おう。」

 

 

 

カナンにも差し出されたドリンクを受け取り、カナンは少年――ゼロを見る。

ボトルを持ったまま腕を組み、目を閉じて天を仰いでいる。それはゼロが何かを思案する時の癖だった。

モモもゼロの様子に気付いたようでカナンと並んでジッと待っている。

 

 

 

「あと、半年かな…。」

 

 

 

不意にゼロが天を仰いだまま目を開けて呟いた。その言葉の意味が分からずカナンとモモは揃って首を傾げた。

 

 

 

「カナン、あと半年で私を完成させてくれ。」

 

 

 

「…いいだろう。」

 

 

 

ゼロの言葉にカナンは頷く。

正直、カナンはこの世界のBETAとの戦闘を知らない。しかしそれでも、今のゼロの操縦技量でもこの世界のパイロットの初陣における平均生存時間である8分を生き延び、生還することが出来るだろうと推測する。それはゼロ自身も気づいているだろう。それでもまだ準備に徹する。万全に万全を重ね、さらに万全を重ねる。

万が一にもミスをしないために。評価は全て誤差を下方修正し、油断も慢心も無くす。それがゼロの方針であり、船団の全レアリエン達はプログラム関係なしにそれに賛同していた。

 

 

 




以上、第1話でした。
舞台はマブラヴ、機体はマクロス、キャラはゼノサーガ(レアリエン)が基本になります。

オリキャラは今後も何人か出る予定ですが、ネーミングセンスに関しては先に謝らせていただきます。ごめんなさい。


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第2話 ファーストアタック

目指せ、毎日更新!
(…せめて大学の春休み中は)

と、いう感じです。話のストックはまだありますので今のところ余裕がありますです。


そして月日が流れ、1992年9月某日。ラグランジュポイントの一角に一隻のグレーの巨艦が在った。全長400mを超えるこの艦はフロンティア船団からフォールドと呼ばれるワープ航法を使って単独で地球圏にやってきたステルス強襲艦マクロス・クォーターであった。その甲板には12機の蒼い機体が並び、発進の指示を待ちわびていた。グレーのミサイルポッド兼増加ブースターであるファストパックを装備したその機体達は今回の作戦のために半年間で急遽製造され、さらにフロンティア船団の設備で最新式に改修された単独での大気圏突入・離脱能力を備えたエース機VF-19F エクスカリバーだった。高性能ながらも操縦性の悪さからじゃじゃ馬とまで呼ばれたYF-19の操作性をある程度改善したその機体を駆るのはゼロとカナン、そして他のレアリエン達の中でも腕利き10人を引き連れた船団最強の中隊だ。そしてその中でも異彩を放つのがゼロの乗る機体だった。左右のファストパックを改修し、ミサイルの装弾数を減らして小型レドームを装備しており、識別名称はVF-19S(改)となっている。シートも複座になってり、後部座席には髪の色が水色なだけでモモとそっくりな百式レアリエンが1人座っていた。

 

 

 

「クォーターよりナイト各機へ。ユーラシア大陸インド領ボパール付近にて戦闘と思しき熱源を探知。スワラージ作戦が開始された模様。」

 

 

 

クォーターの艦橋で通信席に座った百式レアリエンからの報告にエクスカリバーに搭乗するゼロは気を引き締める。

 

 

 

「ナイト1、了解。予定通り、軌道降下師団(オービット・ダイバーズ)の陰に紛れて降下する。ナイト2(カナン機)を先頭に慣性航行にて地球に接近開始。」

 

 

 

「了解。ナイト2、発艦する。」

 

 

 

カナンのエクスカリバーを拘束していたワイヤーが外され、電磁式カタパルトが作動してカナン機を押し出す。一瞬にして加速させられた機体はそのまま慣性に従って地球へと流されていく。続けて他のエクスカリバーも射出されて行き、ついにゼロの番となった。

 

 

 

「では、死なないように頑張ってくるとしよう…。

 

 ナイト1、ゼロ機出るぞ。」

 

 

 

途端に勢いよく押し出される。シートに強く押し付けられる感覚に呻き声が漏れるが、アイランド内の擬似重力下でのアクロバット飛行に比べたらどうと言うことはない。

そしてクォーターから放れたなら後は進路を微調整して待つだけになる。その微調整も後部座席の百式がやってくれているので、ゼロの仕事はもう降下するまでない。

 

 

予め傍受しておいたスワラージ作戦で降下師団の出番は中盤であることは分かっていた。

戦車や歩兵、戦術機、さらには衛星軌道上からの爆撃などでBETAを――特に光線級を地上に引っ張り出し、その大半を殲滅した後にAL(アンチレーザー)弾による重金属雲の展開。この段階で漸く降下師団の降下が開始される。光線級は空間飛翔体を優先的に狙い、さらにその精度は恐ろしいまでに正確だ。下手に光線級が残っていたり、光線級のレーザーを幾分か減衰させる重金属雲が不十分な状態で降下しようものなら最悪大気圏突破に使う再突入殻がそのまま棺桶になりかねない。

 

そして降下師団は本作戦におけるハイヴ攻略部隊であり、彼らの全滅はそのまま作戦の失敗である。そのため、確実に降下出来るよう光線級の誘き出しに時間をかける。降下師団の降下は最短でも作戦開始から3時間後であろうというのがゼロの予測だった。

 

そしてその予測は当たった。作戦開始から3時間後――ゼロ達が衛星軌道上に到達して30分後、地球周辺を周回していたシャトル群から大量の再突入殻が放出される。ダミーも合わせて50は超えている。今回のタイミングで投下するのは傍受していた通信から分かっていたため予め温めてあったエンジンの回転が一気に加速する。

 

 

 

「ナイト各機、発進!降下後即座にハイヴ構造体北部より突入する!」

 

 

 

ゼロが叫ぶ。

 

それと同時に12機全てのエクスカリバーがテールノズルの蒼白い光の筋を残して飛び出した。スワラージ作戦を監視するためにこの宙域の監視衛星のほとんどが内側を向いており、外から接近するエクスカリバーには気づいていない。また、視界の狭いシャトルの搭乗者には目視すらされず、レーダーには放出したばかりの再突入殻と混ざってしまってエラーとして認識される。

 

結局、宇宙に居た者達は誰一人として地球に降下していった12個の蒼い機影に気付かなかったのである。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

 

 

 

 

大気の摩擦等で激しく揺れるコックピットの中でゼロは歯を食い縛りながらも眼だけは見開いていた。ピンポイントバリアを機体下部に集中展開させ、摩擦熱から機体を保護する。それでも熱は完璧には防ぎきれず、コックピット内は優に60℃は超えている。機体とパイロットスーツの空調設備が無ければあっという間に熱中症に陥っていただろう。

と、ゼロが場違いなことを考えていると近くで複数の爆発が起こった。

 

 

 

「軌道降下師団、光線級による狙撃を受けています!」

 

 

 

「チッ…!光線級の数が多いのか!?

 

 各機大気圏突入後全速で降下しろ!速度にモノを言わせて突っ切る!」

 

 

 

「了解!」

「「「イエッサー。」」」

 

 

 

百式からの報告に舌打ちしつつ即座に対応を考え、叫ぶ。大気圏突入中のため電波状態があまりよろしくないが、全員の返事を待つ余裕はない。

数秒後、大気圏突入の高熱で赤く染まっていたコックピットがもとの色を取り戻す。ゼロは即座にコントロールスティックを前に押し倒し、機首を下げさせる。地表とほぼ垂直になるまで機体を傾けた後、一気にスロットルを踏み込んだ。二発の熱核反応タービンエンジンが火を吹き、白い飛行機雲の軌跡を引いて加速する。エンジン出力に加えて重力による加速によって尋常でない負荷が機体と搭乗者に加えられる。機体の方は不用な部分の電力供給をカットして無理やり発生させたピンポイントバリアで凌ぎつつ、人体にかかる分は小型の重力制御装置とパイロットスーツの対G機能、それと根性で耐える。

 

 

 

「…ッ!レーザー照射来ます!」

 

 

 

後部座席の百式の悲鳴のような短い声が挙がる。

 

 

 

「突っ切る!後続、続けぇ!!」

 

 

 

機体前部に集中したピンポイントバリアと全体に施した対レーザー塗膜によって数秒程度の照射なら問題ない。連続的な照射を受ければ塗装が剥がれてしまうが、よほど集中的に狙われない限りもつ。

 

回避行動は一切行わず、ただ真っ直ぐに落ちていく。後続11機も全機が同じように落ちている。

 

 

 

「舌噛むなよぉ!」

 

 

 

やがて近づく地表。BETAの体液で染まった紅い大地ギリギリまで我慢を続け、変形レバーとコントロールスティックを一気に引いた。

 

部分変形によって脚部が前に押し出され、機体に急制動を掛ける。音速を軽く超えた速度から一瞬にして秒速0m近くまで減速したため、身体に掛かった負荷は並ではなかった。それでも足を止めれば『死』に繋がるのが戦場だ。すぐに機体の体勢を整え、ガウォークもどきからファイター形態に戻る。地表数mの高さを音速で駆け抜ける。

 

 

 

「ナイト2から12まで、全機のマーカーを確認しました。作戦をフェイズ2へ移行します。よろしいですか?」

 

 

 

「許可する。」

 

 

 

百式がレーダーを確認し、全機が健在することを知らせる。次いでフェイズ2――弾薬を極力消費しないよう、回避重視の戦闘機動でハイヴへの突入指示を出していく。バルキリーは取り込んだ大気をタービンで加熱し、膨張したそれを吐き出すことで推力を得ている。つまり、原子力エンジンを搭載しているため半永久的にタービンを回し続けられるバルキリーには大気圏内で行動するに当たって活動限界というものが存在しない。機体が壊れない限り飛び続けられるバルキリーは長丁場が当たり前の対BETA戦において非常に優秀だった。

 

ファイター、ガウォーク、バトロイド。

 

3形態全てを駆使し、緩急をつけた機動でBETA群を翻弄しつつ、ゼロ機を始めとした12機のバルキリーは一直線にハイヴの入口を目指した。

 

 

 




今回もありがとうございました。

…ふぅ、1区切りずつの文字数稼ぐのがキツイ。皆さんよく書けますね。尊敬しますよ。


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第3話 混乱と思惑

今回はゼロたちではなく、ゼロたちを見た人類サイドです。


ゼロ達がハイヴの入口で合流し、突入した頃、スワラージ作戦の総司令部では蜂の巣を突いたかのような惨状が広がっていた。

 

 

 

「所属不明機(アンノウン)の追加情報入りました!確認された12機はハイヴ内に侵攻したもよう!」

 

 

 

「アンノウンの画像来ました!」

 

 

 

「該当する機種無し!作戦参加各国もアンノウンに関する情報は無いとのことです!」

 

 

 

つい先ほど行われた軌道降下師団による降下作戦に紛れて戦場に現れた12機の戦闘機の情報が多数集められ、その対応に追われていた。

 

戦闘機が降ってきた。

戦闘機が変形した。

光線級の攻撃を弾いた。

 

等々、到底信じられないような情報が最初に前線から届いた時指令本部に居た者達は何を世迷言を…、と取り合わず前線衛士達の疲労からの幻覚だと切り捨てた。それほどまでに現実味が無かったのだ。

 

戦闘機などと言う既に廃れた兵器が今更現れる訳が無かった。しかもそれが変形し、さらにはレーザーを弾いたなどと。

 

 

しかし、同じような報告が4件5件と続くと指令本部の面々から緊張感が漂い始めた。1、2件程度なら単なる幻覚と処理出来た。だ

が、全く同じような報告がどんどん入ってくる。終いには戦術機のカメラが捉えた手足の生えた戦闘機もどきが地上スレスレと滑るように飛んでいる静止画まで送られてくる始末だ。戦場でそんな映像を作る暇があるわけがない。強いて言うなら映像を送ってきた戦術機は重金属雲の濃度の低い位置で戦闘行動を継続中だった。

 

作戦参謀は大急ぎでオペレーターに命じ、作戦参加各国に新兵器投入の予定があったのかの確認を行わせた。返って来た答えは「No」。

ならばと今度は可能な限りのデータを集め始めた。前線には戦闘機の数や進行方向などの情報や静止画で構わないから映像を可能な限り送るように命じ、本部のほうでは各国と協同で解析に努めた。

広いブリーフィングルームに集まり、スワラージ作戦を国連に提示したソ連や、この地にあった国であるインドを始めとしてかなりの人種が押し入ったこの部屋はだいぶ窮屈になっている。今なお前線から送信されてくるアンノウンの画像が現像された物がデスクに並べられ、正面モニターに大きく拡大されて映し出される。

 

 

 

「こ、これは…!」

 

 

 

「事実なのか…?レーザーを弾いている……。」

 

 

 

「跳躍ユニットが無い?いや、足に集約しているのか……。だがこれでは強度不足で歩行出来ないのでは…?」

 

 

 

3つの姿を持ったアンノウンの写真を隅々まで見る学者・技術者が唸る。中にはルーペまで使っている者まで居る程だ。作戦における兵器のデータを収集するために来ていた彼らだったが、既に興味は自国の兵器ではなくこちらに向いていた。

 

特徴的な前進翼を持った青い戦闘機が突撃級の頭上を音速の数倍の速度で駆け抜ける写真。

手足のある奇妙な戦闘機が手にした突撃銃で進路を塞ぐ要塞級の下を潜り抜けながら一斉射を繰り出す写真。

跳躍ユニットも兵装担架もない人型が左前腕部にライトグリーンの光を纏わせて光線級の放ったレーザーをぶん殴っている写真。これによってレーザーは僅かにではあるが曲がり、人型の身体から放れて後方を走っていた突撃級のケツを焼いていた。

 

どれもこれもが信じられないものばかりだった。しかし、実際に静止画という形で前線から送られてきていた。

この場に居た彼らは思った。

 

「どこの実験機か知らないが、何としても手に入れる。」

 

この機体に使われている技術をモノにすることが出来れば祖国に評価される。自分の立場がより一層豪華に、強固な物になる。

BETAに勝てるなどと言う考えはなく、ただ己の利権にしか目が行っていないようだった。如何にして他を出し抜くか。彼らの思考はそれだけで埋め尽くされて行き、1人のソ連軍将校が黙って退出したことに気付かなかった。

そして将校はやや小さな、無人の第二発令所に踏み込んだ。そして慣れた手つきで秘匿回線を開く。

 

 

 

「…私だ。………喜べ、貴様らのターゲットが増えた。

 

…そうだ。例の戦闘機モドキだ。確保は期待していない。が、何としても『リーディング』させろ。『リーディング』さえ出来ればそこから出所を探れる。BETAよりも此方を優先させろ。どうせあのような下等生物共に思考なんぞある訳がない。……よし、では結果を残せ。

すべては、偉大なる祖国のために。」

 

 

 

ハイヴ突入直前だった機密部隊の中隊長の男にそう命じた将校は口元に小さな笑みを浮かべ、この交信のログを消去した。

 

 




はい、今回もありがとうございました。

そしてごめんなさい。キリのいいところで切ったんですが短い。大変短い。

基本私が書くと1節が1500程度にしかならないんです。今回短い分、明日は少し頑張ります。


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第4話 聖剣の目的

サブタイトルを考えたいのだが、思いつかない……。


 

――――ボパールハイヴ内部。そこは幻想的な地獄だった。

 

一見暗く大きな洞窟のようなそこは、岩肌に付着した苔かもしくは岩肌自体かが淡い緑色の光を放って辺りをほんのりと照らしていた。そのため、陽の光の届かない内部に潜っても暗闇とは程遠い。

そしてその地を埋め尽くすかの如く流れる赤い川。全長2m弱の蜘蛛のような外見をした醜悪な流水は戦車級と呼ばれるBETAだった。戦場に現れるBETAの中でもっとも多く、もっとも多くの兵士たちをその搭乗兵器ごと喰らったのがこいつ等だ。

普段なら数にものを言わせて戦術機に喰らいついていく戦車級だったが、今回ばかりは一方的に蹂躙されていた。

 

 

 

「反応炉に我々の情報を伝える訳にはいかない。確実に殲滅しろ。」

 

 

 

ゼロの駆るVF-19S(改)率いるバルキリー1個中隊は戦車級の跳躍でも届かないような高さに滞空しながらガンポッドやミサイル、対空レーザー機銃で虐殺していた。さながら絨毯爆撃のような連続的な爆発の波に呑まれ、戦車級はなす術なく死滅していく。

 

一帯の戦車級が全滅するとエクスカリバーは全機ファイター形態へ変形し、ハイヴ内を陣形を組んで飛ぶ。4機で1個小隊というこの世界の編成基準に則り、4機中3機で三角形を描き中央に1機が収まる。この陣が3つあり、更にこの3つで三角形を組む。一般的には傘型の陣形に似ている。フォーメーション・トライフォースと名付けられたこの陣の先頭集団の中央にゼロは居た。

 

 

 

「ッ!レーダーに反応!ターゲットと思しき熱源を探知しました!」

 

 

 

「了解。ナイト1より各機、ターゲットと思しき熱源を捉えた。アクティブ・ステルス最大展開、バトロイド形態での追跡を開始する。」

 

 

 

ゼロは言いつつ返事を待たずに通信を切り、アクティブ・ステルスの機能を最大まで上げる。アクティブ・ステルスとは相手のレーダー波を解析し、欺瞞情報を送り返すことによって此方の位置を隠すステルス機能のことで、従来のステルスと異なり機体の素材や形状に拘らなくていいという利点を持っている。更に言えばその効果は従来のものよりもはるかに優れ、いかにレーダー機能を強化された機体であってもこの時代の技術で作られた物では捉えることは出来ない。もっとも、人間や機械をレーダー以外の何らかの方法で探知するBETAに対しては何の意味もない機能である。

 

高速飛行が可能な代わりにエンジン音が大きくなるファイターやガウォークは止め、バトロイド形態による主脚歩行と短距離跳躍で前方に居る戦術機に近づく。

 

 

 

「機体識別完了。F-14AN3マインドシーカー、ビンゴです。」

 

 

 

「数は?」

 

 

 

マインドシーカーは国連主導の一大計画である「オルタネイティブ計画」の第3計画――通称オルタネイティブⅢ直属部隊に配備された機体で、これはこのスワラージ作戦でハイヴに潜ったと言われるフサードニク中隊の物だ。スワラージ作戦の要であり、ゼロ達の今回の目的でもある。

 

 

 

「残存機数12。中隊全機の健在をかく……ッ!偽装横坑よりBETA群出現!1機撃破されました!」

 

 

 

百式がフサードニク隊の状態を報告していたところで中隊の近くの壁が吹き飛んだ。そこから大量のBETAが湧いて出て来る。そして一瞬にして穴の近くに居た1機が赤く染め上げられた。10体以上の戦車級が取りついたのだ。衛士がパニックを起こし操縦桿から手を放したのか、そのマインドシーカーは一切抵抗することなく崩れ落ちた。

 

 

 

「生体反応は?」

 

 

 

「2つとも消失しました…。」

 

 

 

マインドシーカーの特徴の中でその最たるものは複座型であるということだろう。複座化は操縦を分担することで衛士1人にかかる負担を軽減することがメリットとして挙げられるが、2人の人間が操縦するため双方の意志の疎通が必要不可欠だ。更に言えば、1機でも多くの戦術機が必要な対BETA戦において複座型の機体を運用することは無かった。では何故このマインドシーカーは複座型を採用しているのか?それは前部座席に座る『少女たち』がオルタネイティブⅢの達成に不可欠なキーだからだ。複座型でありながらマインドシーカーは操縦の分担を行っていない。後部座席の衛士が1人で操縦していた。

では前部の少女は何をしているのか?その答えは『リーディング』と『プロジェクション』と呼ばれる第3計画によって生み出されたデザインベイビーたる彼女達の持つ与えられた能力の行使であった。

 

対象の脳波を色や絵に変換して読み取る『リーディング』と、対象の脳に此方の感じたモノをぼんやりとだが伝える『プロジェクション』。

 

この2つを駆使してBETAの思考を読み取り、有効な戦術を構築する。もしくはBETAに平和的なイメージを与え、友好的な関係を築こうとする。それがソ連の主導するオルタネイティブⅢの概要だった。

そして相手の思考を読み取るなどと言う通常の人間とはかけ離れた能力を与えられた少女たちが一般衛士達に快く受け入れられるわけが無かった。元来人間という生き物は一般と違うものを忌避する傾向がある。普通に生活するに当たって最もよく目にするモノを基準とし、そこから少し違ったモノが有れば表面上は受け入れたような態度を見せつつも本心では距離をとりたがる。家族といったような強固な繋がりのない関係であったなら尚更だ。

そしてそんなふうに父も母もなく、生まれたのではなく造られた人と違った能力を持った少女たち。衛士たちは畏怖し、背中を預けることは出来ないと少女たちを前部に座らせていた。

所詮は道具。壊れた(死んだ)なら代わりを造ればいい。

 

人間でありながら人間として見られない少女たち。その保護がゼロの今回の作戦目的だった。しかし、ならば今死んだ者達は良かったのか?よくは無かった。が、後の事を考えると今この場でマインドシーカーを撃破して連れ去るというのはリスクが高かった。ここで交戦して少女たちを連れ去れば正史にあったフサードニク中隊のもたらした『BETAには思考はあるが、人類を生命体として認知していない』という情報が伝えられなくなる。他の作戦で得られる可能性もあるが、今回のスワラージ作戦のような大規模作戦はもうない。次はいつ、何処のハイヴで第3計画が行動するか分からない以上、この場が唯一の場だった。

第3計画の最終生還率は6%。そして極僅かな可能性ではあるが、そのすべてが即死だったとは思えない。それを待つ。無ければ、帰還途中を襲撃する計画ではあるが、そうなるといろいろ面倒が増えるので遠慮したかった。

 

 

 

「フサードニク中隊、前進を再開しました。残機数10、撃破されたのは2機。両機ともに生存者はありません。」

 

 

 

「…そうか。

では、行くぞ。此方を感知し、向かって来るものだけを殺せ。

 

 

……すまないな。」

 

 

 

足元で蠢くBETAをホバリングで往なしながらフサードニク中隊を監視していたゼロ達はガンポッドによる銃撃と脚部に内蔵された高火力のマイクロミサイルの投下でBETAを吹き飛ばしながら追跡を再開する。途中、地面に転がるマインドシーカーに小さく謝罪の言葉を投げかけ、前進した。

その表情は己が未熟故に幼く、世界を知る事も出来なかった子どもを救えなかったことへの憤りで満ちていた。

 

 

 




本日も更新出来ました。読んでいただきありがとうございます。

先日、感想で貴重なご意見を頂きました。
今後追加設定がいくつか出てくる事が予測されます。
大目に見ていただけると幸いです。


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第5話 数字の少女

ふぅ、小説執筆って難しいですね…。


ドゥヴェースチ・ビャーチェノア。

 

200と5。すなわち、第5世代の200番目。

生まれた順番がそのまま呼称となった少女はボパールハイヴの下層を目指すフサードニク中隊の中に居た。マインドシーカーの前部座席に座り、ただ命じられたままにBETAに対し『リーディング』と『プロジェクション』を繰り返す。

ソ連製の衛士強化装備に起伏の少ない小さな身体を包まれ、ただ祖国への忠誠と任務遂行の手段のみを教えられた少女はふと、首を回して背後を見やる。誰かの、何かの視線を感じて仕方が無かった。『リーディング』で探そうとしても、ドゥヴェースチの能力の範囲外に居るらしく見つけることが出来ない。

 

 

 

「何見てやがる化けモンが…。こっち見んじゃねぇ!」

 

 

 

「……すいません。」

 

 

 

マインドシーカーを操縦していた衛士がドゥヴェースチの様子に気付き、ドゥヴェースチの座るシートの背もたれを蹴りつける。成長するに当たって感情というモノを得る機会を与えられなかったドゥヴェースチは淡々とした声で謝罪しながら前を向きなおす。

 

 

 

「ケッ…。命令じゃなかったらこんな気味わりぃ化けモン即行処分してやんのによぉ……。いやぁ、まずは『お楽しみ』が先か?フヒヒ…!」

 

 

 

『お楽しみ』とは何か、何故後ろの衛士は笑っているのか。何も分からないまま、ドゥヴェースチは無表情のまま前を向き自分の任務を果たすべくBETAとの接触を待つ。

 

ちょうど、その時だった。地面が振動し始め、マインドシーカーの強化されたレーダーがBETAの反応を捉えた。管制ユニット内に警報が鳴り響く。特殊部隊隊員だけあって、その瞬間即座に10機となった中隊は慌てることなく密集陣形をとる。

 

 

 

「し、震動探知……。た、隊長!デカいですよ!」

 

 

 

ドゥヴェースチの後ろの衛士が上ずった声でフサードニク1に言う。振動計の針は既に振り切れ、感知した振動がとてつもなく大きいことを知らせる。この場合の可能性は2つ。1つ目は接近するBETAの数がとてつもなく多い事。もう1つはBETAがすぐ近くまで来ているという事。

しかしレーダーにはBETAの分布が表示されていない。つまりはBETAはまだ近くに居ない。2つの可能性のうち、今回は前者だ。そう、フサードニク中隊の全員が思った。

 

だが、ここはハイヴ。人類の常識が一切通用しないBETAの巣だ。

 

警報が五月蝿く鳴り響く中天井が弾け飛び、大量の土砂が降りかかる。

 

 

 

「くっ…!隠し縦坑か…!全機、離れろ!」

 

 

 

フサードニク1が咄嗟に叫ぶ。それを聞いてすぐに飛び退く者が大半を占める。が、いくら特殊部隊に選抜されるほどの人材とはいえ所詮は人間。突発的な出来事に弱い者も居る。ドゥヴェースチの後ろの衛士もそんな人間だった。降り積もる土砂の中、ただ狼狽えるのみ。そしてその土砂と共に落ちて来たBETAの1体がマインドシーカーの背後に着地した。

サソリのような外見をしているが甲殻ではなく肉のようなモノに覆われた巨体。両腕の鋏に当たる部分にはダイアモンドよりも固いナニかを纏い、尾節には歯を食い縛ったかのような醜悪な面が浮かんでいる。要撃級と呼ばれる種だ。

 

 

 

「…ヒッ!」

 

 

 

それが衛士の断末魔だった。着地の勢いのまま要撃級の腕が振るわれ、マインドシーカーの背中を抉り取る。衛士の身体は後部座席ごと持って行かれ、管制ユニット内にハイヴの空気が流れ込む。舞う粉塵と機械の破片がドゥヴェースチに降り掛かる。マインドシーカーは倒れ、その衝撃でドゥヴェースチは管制ユニットの前部に顔から叩きつけられた。ぶつかった場所が悪かったのか、打ち付けたというよりも何かが刺さったような鋭い痛みを一瞬だけ感じたドゥヴェースチは意識を手放した。薄れ行く意識の中最後に見えたのは、一目散に奥へ逃げていく9機のマインドシーカーの後ろ姿だった。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

 

 

 

 

頭上からの偽装縦坑による奇襲を1機脱落という形で脱したフサードニク中隊がハイヴの奥に消えるとゼロ達は即座に行動を開始した。ファストパックに装填してあったミサイルを12機が一斉にばら撒き、脱落したマインドシーカーに群がるBETAを吹き飛ばす。足場を確保したゼロとカナンのエクスカリバーがマインドシーカーの傍にガウォーク形態で着陸し、キャノピーを開く。

他の10機がマインドシーカーを中心に円を描くように展開し、BETAの接近を食い止めている。そんな中にゼロとカナンは身を翻して機体から飛び降り、大破したマインドシーカーに駆け寄る。

 

 

 

「ゼロ!危険だ!お前は戻れ!」

 

 

 

ハイヴ内にほぼ生身で降りたゼロの身を案じてカナンが声を張り上げる。BETAに対して生身の人間は無力だ。強化外骨格なりEXギアなりの補助機械無しでは3年後に発見される全BETA中最小かつ最弱の兵士級にすら勝てない。

 

 

 

「悪いな。だが、これは1人ではキツイだろう。」

 

 

 

ハンドガンを腰のホルスターから抜いたゼロはミサイルによる攻撃の残り火を避けてマインドシーカーに辿り着き、スイスイと突起に手をかけて登って行く。既にここまで出て来てしまっては下手に1人で帰すほうが危険は高い。普段は慎重に慎重を重ねる指揮官の無茶な行動に溜息を1つだけ吐き、カナンも急いで追いかけた。

背中の大きな穴に辿り着くと管制ユニットの内部が見えた。後部座席は丸ごとごっそり削り取られていたが、幸いにも前部は無事だった。カナンが適当な突起に腰に固定していたワイヤーを外れないように縛り、内部に潜り込む。そこでは1人の銀髪の少女がぐったりとして倒れていた。出血しているらしく、頭の付近に紅い水溜りが出来上がっている。狭い空間の中でゆっくりと刺激しないように少女の身体を起こし、傷口を診る。

 

 

 

「…これは、酷いな。ゼロ救急セットを貸してくれ。」

 

 

 

強化装備に守られていた部分には目立った外傷はないが、剥き出しだった顔の傷が酷かった。飛び散った破片による切り傷が多数。これはまだ治療すれば傷跡も残らないだろう。しかし、『左目』は完全に潰れていた。装甲の裂け目のささくれが刺さったらしく、傍に紅く染まったささくれがあった。

 

 

 

「カナン!どうだ?」

 

 

 

自分用の、人間用の救急セットをワイヤーで結んで下しながらゼロが訊ねる。

 

 

 

「医療は専門じゃないから詳しくは分からん。だが急いでクォーターで処置すれば助かるはずだ。」

 

 

 

救急セットのポーチを開き、医療用ナノマシンの入った注射器を取り出す。このままでは強化装備の保護被膜のせいで注射が出来ないので、レスキューパッチを探し出して押し込む。すると保護被膜が分泌された薬品によって溶かされ、素肌が現れる。加減が効かないためほぼ生まれたままの姿だが、小さな少女に欲情する暇なんぞないし、そもそも対象外だ。

手早く消毒と注射を済ませると強化装備のプロテクターを全て外し、抱き上げて上で待つゼロに渡す。カナンも素早く上に上がると、カナンがもう一度少女を受け取り、ラペリングの要領でマインドシーカーから降りる。ゼロのほうはワイヤーは使わずにひょいひょいと適当な足場に飛び移りながら降りた。

 

 

 

「…カナン!BETAの増援が近づいているらしい!」

 

 

 

ヘルメットに内蔵されたスピーカーから一通りのBETAを撃破し終え、増援を警戒していた百式から通信が入った。

全裸の少女をお姫様抱っこで走るカナン。もし今が平時であったならからかっていただろうが、残念ながらそんな暇はない。それぞれの乗機に飛び乗り、キャノピーを閉めつつ起動シークエンスを開始する。

機体のエンジンが充分に加熱されるまでの僅かな時間を使ってカナンはパイロットスーツを脱ぎ、少女に着させる。と言っても、サイズが違い過ぎるため寝袋のようになってしまっているが。

 

 

 

「ナイト1よりナイト2。1個小隊とともに先に離脱しろ。」

 

 

 

機体を浮かび上がらせ、バトロイド形態へ変形させたゼロがカナンに通信を繋げる。

 

 

 

「いや、俺一人でいい。4機も抜ければお前の護衛がままならなくなる。」

 

 

 

「ここで命を張る気は毛頭ない。危険と判断したら即座に撤退する。

 

 それと、お前の連れている子が今回の目的なのだ。国連が追撃をかけて来る可能性もある。

 

 さらに言うと、ガンポッドの残弾が12機で使うには乏しい。なら弾薬を集約した少数で作戦を継続した方が戦闘時間が延びる。」

 

 

 

「…ッ、分かった。ガンポッド、ラスト2マグだ。受け取れ。」

 

 

 

あまり時間をかけていては膝の上の少女の容態が急変しないとも限らない。医療用ナノマシンのお蔭で出血は落ち着いているが、だいぶ血を流している。急いでちゃんとした設備で処置しなければならない。

1個小隊で抜けることに納得は出来ないものの、今回は身を引いてガンポッドの残りのマガジンをゼロに差し出す。そのカナンに従いナイト10から12までの3機が他の機体にマガジンを渡し、ガウォーク形態へと変形する。

 

 

 

「じゃ、また後で。」

 

 

 

「あぁ。」

 

 

 

ゼロはカナンに手を振り、通信を切る。マガジンを交換し、先ほどBETAの空けた天井の穴を見上げる。エクスカリバーのレーダーでは増援はそこから来ているとのことだった。

 

 

 

「ナイト1、フォックス1!」

 

 

 

エクスカリバーの肩に装備された改良型ファストパックから大量の小型ミサイルが射出され、天井の縦坑に吸い込まれていく。目視は出来ないが、そのミサイル達は縦坑内と落下するかの如く勢いで疾走するBETA群先頭集団に着弾し、吹き飛ばす。狭い縦坑内では爆炎の動きは制限され、通常空間とは比べ物にならない勢いで縦坑内を焼き尽くす。と言っても爆炎による攻撃が有効打と成り得たのは戦車級以下の小型種のみで、突撃級と要撃級に対しては僅かに侵攻を遅らせることも出来なかった。

そして、その間にカナン達1個小隊は離脱しており、縦坑の出口の先ではBETAを打ち払うべくミサイルポッドを開いた8機のエクスカリバーが待ち構えていた。

 

 

「…つまらないものですが、どうぞッ!フォックス1!」

 

 

 

ゼロが叫ぶとともに8機のエクスカリバーから小型ミサイルが発射される。1機の最大同時発射可能数は12発。それが8機分。過剰とも言えるほどの火力が一瞬にして縦坑から飛び出したBETAを薙ぎ払った。

 

 

 




以上第5話でした。閲覧ありがとうございます。

世の中、なかなか、思い通りにはいかないものですな。
妄想を文章に起こすのがきつくなってきました。まぁ、まだ諦めませんけど。


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第6話 撤退

うぅむ…。何故だろう。

昨日辺りからパソコンに張り付いている私を見る家族の視線が痛い。

それと、今回からサブタイトル入れました。初投稿には間に合いませんでしたが…


ゼロ達がハイヴに突入して早2時間。とうとう弾薬が底を尽き始めた。特にガンポッドとファストパック内蔵のミサイルの残弾数が部隊全体で1割を切っている。武装面で言えば対空レーザー砲とピンポイントバリアパンチといった機体の電力を消費する武装があるため通常の戦闘行為なら継続は可能である。しかし、今回相手にしているのは無尽蔵に湧いて出て来るBETAであり、戦場となっているのは奴らの巣だ。面制圧力に欠ける状態ではあっという間に呑み込まれる。

ばれないようにフサードニク中隊の追跡を続けていたゼロ達だが、ステルスではBETAを誤魔化すことは出来ず既に何度か奇襲を受けていた。中破・大破はいないものの、ガンポッドやファストパックを破壊された機体が出始めている。

 

 

 

「……潮時か。」

 

 

 

ガンポッドのマガジン内が空になったことを知らせる警告音を切りながらゼロはこれ以上の作戦継続は危険と判断した。予備マガジンは既に尽きており、さっきのがラストマグだった。さらに、ゼロの機体は現状での最重要防衛目標だったため他の機体が身を挺して守っていたので損傷はないが、ほかはそうではない。エンジンを損傷した機体はいないが、いつそんな被害が出るか分からない。ここは全機の生存を優先するべきだ。

 

 

 

「ナイト1より各機。現時刻を以って作戦をフェイズ3に移行。自身の生存を最優先しつつハイヴより脱出する。」

 

 

 

「「「了解。」」」

 

 

 

ゼロの機体を囲むようにして防衛していた7機のエクスカリバーがファイター形態へ変形し、順次逆走を始める。アクティブ・ステルスの機能は停止させ、搭乗者の生命維持のための機器に電力を回す。そうしていなければ生身の人間であるゼロは脱出のための機動にかかるGに押し潰されていただろう。ガウォークとファイターを織り交ぜた緩急の付いた機動はやたらとカクカクと進路を変えており、内部は絶賛シェイク中だった。

 

 

 

「ぐ…、お……。」

 

 

 

あまりの重圧に苦悶に満ちた声が漏れるが、手足は止まらず常に機体を操作しており、眼は外界とレーダーの間を絶えず往復している。ひたすら、延々と続く同じ景色とレーダーが捉えたBETAの予測進路を交互に見続け、内壁を突き破って飛び出してくるBETAを後方に置き去りにして出口を目指す。

そしてついに太陽の光が見えてきた。残りは一直線で、カーブも新たなBETAの反応もない。スロットルを力の限り踏み込む。一気に踏み込んだため、機体のバランスが崩れるがすぐさま整え、置き土産とばかりに最後のマイクロミサイル2発を天井に撃ち込む。高火力のミサイルが内壁を抉り、崩落を招く。しかし岩石が降り注ぐ前にゼロ達は脱出を果たし、追撃してきていたBETAだけが阻まれる。

 

 

 

「各機高度に気を配れ!戦術高度は50m!」

 

 

 

ハイヴを出た事で光線級の狙撃を警戒しなければいけなくなる。そのため、この時代で確認されているBETAの中で最大を誇る要塞級を盾にして飛ぶ。低空飛行は地表やBETAと接触する危険が高いが、高度をとって全方向からの狙撃を警戒するよりはマシであったし、低空であれば国連のレーダーにも掛かり難い。

進路上で回避が出来そうにない位置に出て来そうなBETAだけをレーザー機銃で焼き殺し、南下する。展開していた各国の部隊が此方を鹵獲するつもりか、追いかけて来るが重装甲の第1世代機ばかりでぐんぐん距離が開いていく。

そのまま国連軍本部の頭上も通り抜け、インド洋に飛び出す。輸送艦隊の間を縫って飛び、突破すると同時に大気圏内での最高速度であるマッハ5.5まで速度を上げて追跡を振り切る。

 

そのまま暫らく飛行を続け、長射程の持ち主である重光線級を警戒しなくてもいい辺りまで南下するとゆっくりと機首を持ち上げていく。海面から垂直になるまで機首を持ち上げ、そのまま上昇を続ける。成層圏をも難なく突破し、無重力空間に突入すると身体に掛かっていた負荷が一気に楽になる。

 

 

 

「…ふぅ。他はどうだ?」

 

 

ゼロが首を回して背後を振り向きながら訊ねると百式はすぐにレーダーを確認する。

 

 

 

「ナイト3からナイト9までの全機を確認。

 

 …クォーターより入電。ナイト2をはじめとした小隊は1時間ほど前に着艦。至急救助した少女を医療カプセルに入れ治療を開始。一命を取り留めたとのことです。」

 

 

 

「そうか。……これより帰投する。全機の収容後フォールドを使って現宙域を離脱。船団と合流する。準備するよう指示してくれ。

 

 …少し、寝る。」

 

 

 

「分かりました。

 ナイト1より全機――――」

 

 

 

百式が部隊やクォーターに指示を出しているのを聞きながらゼロは機体を自動操縦に切り替え、目蓋を閉じる。

初の実戦に疲弊していたゼロは気が抜けると同時に強烈な眠気に襲われ、抗うことなく微睡みに沈んで行った。

 

 

 

 




今回も閲覧ありがとうございました。

スワラージ作戦はこれにて終了。
次回は時間が一気に飛びます。


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第7話 動き出す者達

今回は3年後。
時間は進み、フロンティア船団の活動が本格化します。


スワラージ作戦から3年後の1995年末。木星圏で着々と準備を進めていたゼロ達フロンティア船団は当初よりもその規模を大きくしていた。

マイクローン装置の代わりに設置されていたレアリエン用パーツの製造設備を稼働させて活動するレアリエンを10倍の2000人にしたためだ。操艦等は自動化が進んでいたために大きな問題もなく進んでいたのだが、兵器の保有数が増えたり月日を重ねたりしていく内に人手が足りなくなって来ていたのだ。

自動化された機械では対処できない場所の修理や、環境艦の動植物の調査などは人間と同じ思考を持つレアリエンでないと対処出来ない。よって、次第に増やして行って落ち着いたのが2000体と言う数だった。もっとも、そのすべてが従軍しているわけではなく、4割ほどは食糧の生産や建築、学問といった分野に散って一般人として暮らしている。もちろん、簡単な訓練は受けているため非常時のヘルプには入れる。

現在の人口はレアリエンを含めて2002人。人間はゼロとスワラージ作戦で救出したESP発現体の少女だけだ。

 

そしてグリニッジ標準時1995年12月31日22時01分。フロンティア船団のうち、旗艦バトル・フロンティアとマクロス・クォーターは月の近くにフォールドアウトしてきた。

月面奪還作戦。そのために5年かけて揃えたバルキリー部隊が2隻に搭載されている。バルキリー108機の1個師団と偵察用ゴーストが12機、72機2個大隊のデストロイド部隊まで用意した。戦術機で同数の180機を揃えてもハイヴ攻略は不可能だが、バルキリーはスペックで戦術機を圧倒している。加えてマクロスが2隻。戦力は充分だ。

 

さらに、現在確認中の要素もある。それは『月に光線級はいない』という推測だった。

 

 

 

「先行したQF-4000部隊より月面の探査データを受信。

 

 ……現在、月面に光線級の痕跡はありません」

 

 

 

ゼロの居るマクロス・クォーターのCICに座った百式がスワラージ作戦でVF-19S(改)の入手したBETAのデータとゴーストから送信されてきたデータを照らし合わせて報告する。その内容に艦長席に座ったゼロは口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

「…続けて各種レーダーによるハイヴ内の索敵に移ります」

 

 

 

「60分で切り上げて撤退させろ。作戦開始までに確実に脱出させてくれ」

 

 

 

「了解」

 

 

 

「あの……ゼロ…」

 

 

 

コンソールを叩き、ゴーストに指示を出す百式。ゼロが指示を出し終えたのを見計らい、その後ろに控えていた少女が躊躇いがちに声をかけた。

手入れの行き届いた腰まで届く銀髪をうなじの高さでヘアゴムで1房に止めた色白の少女だ。左目には黒い眼帯を着け、百式達と同じ統合軍の女性用制服を着ている。

 

 

 

「ん?なんだ?ナターリア」

 

 

 

ナターリア・ビャーチェノア。

 

かつてドゥヴェースチ・ビャーチェノアと数字で呼ばれていた少女は今は祖国と決別し、フロンティア船団で生きていくと決めた日よりそう名を変えた。そして、その時祖国や家族を忘れないようファミリーネームはそのままにし、ファーストネームもソ連風の女性の名にしていた。

救出後フロンティア船団で様々なモノを見ながら過ごしたナターリアは人間らしい感情を手に入れ、同じ人間であるゼロとゼロに言われて自分世話をしたカナンとモモに懐いている。本人曰く、ゼロは兄でモモが妹、カナンが父だそうだ。前者2人は初めにそう言われた時には恥ずかしそうにしていたが同時に嬉しそうではあった。が、カナンだけは少なくない精神的ダメージを負ったようだったが。

そしてナターリアはゼロ達の力になりたいといい、バルキリーの操縦適正があまり高くなかったためにゼロの副官及びクォーターの副長を務めている。

そしてリーディングに頼らないようにしているナターリアはゼロに作戦立案時から気になっていたことを訊ねた。

 

 

 

「どうして、ゼロは月に光線級BETAが居ないと思ったのですか?」

 

 

 

「あぁ、その事か。

 ナターリアには以前話したよな?俺の過去とこの世界の可能性の2つを」

 

 

 

 

「えと…はい。BETAが居ない世界から来た、というのと桜花作戦とバビロン作戦ですよね…?」

 

 

 

「そう。その桜花作戦で得られたBETAの生態…というのかな。分からんが、行動原理がかなり単純だったんだ。

数々の星を渡って資源を回収する。それだけがプログラムされた土木機械、それがBETAだ。そして奴らは人間を生命体と認識せず、人類の反抗を地球の自然災害と認識しているんだ」

 

 

 

月に立つハイヴモニュメントの中でも最も巨大な月のオリジナルハイヴ。今現在クォーターの遠く正面に天辺を見せるそれを見ながら一端言葉を切ったゼロはナターリアに視線を向ける。ここまでは分かったか、という確認にナターリアは頷く。

 

 

 

「人間も、戦術機も、核兵器も災害。当然、今のところはG弾だってそうだろう。

 そして地球で光線級が誕生した理由は何だ?」

 

 

 

「戦闘機…ですよね?」

 

 

 

「そう、戦闘機。その戦闘機はBETAにとってどんな災害だっただろう。自分達の届かない高さから攻撃してくる。それは軌道こそ違うものの砲弾やミサイルも同じだ。空を飛ぶ物。それに対処するために造られたのが光線級で、それ故空間飛翔体を優先して狙う。

 

そして、光線級で対処しなければならなかったような物は今まで地球以外で観測されなかった。故に地球特有。作業最優先の奴らが、戦闘機などの災害の無い地球以外でそんな災害に対処するために造られた物を他でも造ると思うか?そんな物を造るなら小さいが月面戦争時代から活動していた戦車級とかを量産した方がよっぽど効率的だ。

 

月や火星で光線級を造る理由がないんだよ。人類は月面戦争でもパワードスーツや戦車といった地上兵器しか使ってなかったんだからな。上から襲ってくるのは地球だけだった」

 

 

 

ゼロの推論を聞き、ナターリアは純粋に驚いた。なんの根拠もなく月にも光線級は居る、と思っていたのだが、ゼロは根拠を持って光線級は居ないと言っていた。そしてその根拠を聞いて納得した。

推論するための材料をなる情報の差があったとは言え、確かにそう考えれば月に光線級がいないと考えられる。

 

 

 

「ま、人間の考えの効かないBETAだから、本当に居ないかはしっかり確認しないといけないがな。ひょっとしたら月の低重力に適応した新種がいるかも知れんし、気は抜けないぞ」

 

 

 

「っ、はい」

 

 

 

BETAに人類の常識は通用しない。これは先人達から言われてきた戦訓だ。これを忘れたら一気にBETAに呑まれる。ナターリアは気を持ち直し、正面ハイヴ構造物を見る。これから始まる大規模作戦。この世界の地球生まれの人間としてただ1人の立ち会い人となるナターリア。

一瞬たりとも気を抜かない。そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてグリニッジ標準時1996年1月1日00時00分。

 

 

 

「作戦開始!」

 

 

 

ゼロの号令とともに月面オリジナルハイヴ攻略作戦が開始された。

 

 




今回は少し書き方を変えてみました。
さらに、ゼロによる月面における光線級の考察。オリジナル設定ですがいかがでしたでしょうか。

次話では撃って殴ってぶち抜いて吹き飛ばす、という虐殺タイムを予定しています。

今回も閲覧いただきありがとうございました。


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第8話 マクロス・アタック

はい、今回は宣言通り撃って殴って(……)です!



 

「作戦開始!」

 

 

 

年が明けると同時にゼロが叫ぶと、眼前を白い閃光が焼き尽くす。

圧倒的なエネルギー量を持つ重量子反応砲・マクロスキャノン。予めオリジナルハイヴ構造物の真横数百キロに展開していたバトル・フロンティアから放たれたその一撃はハイヴの根本を焼き払い、月の重力を振り切って宇宙の彼方へ消えていった。これにより月面から突き出ていた構造物は消滅した。余波でだいぶ月面が抉れたが、月自体が粉微塵になるよりは遥かにマシなのでよしとする。

沸騰し、瞬時に冷却された地面には大きな穴が1つ空いている。ハイヴの地下層が剥き出しになっている。そしてその穴の中央に開いた主縦坑がロックオンされる。

 

ワラワラと迎撃に出てくるBETA。しかし残念ながら第2の矢はすでに放たれている。

人型をした強襲形態に変形したクォーターが左腕に収束したピンポイントバリアを纏い、突撃する。戦車級や要撃級といった見知ったものがほとんどだが、ちらほら見覚えのないBETAも出て来る。

 

 

 

「関係ない。

 

ぶち抜けぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

左腕が突き出され、クォーターがさらに加速する。左腕がBETAを押しつぶしながら主縦坑に突き立てられる。ブースターを最大まで展開。押し込めるところまで押し込むとピンポイントバリアを解除。ハイヴ内に侵入した左腕のハッチがすべて開かれ、リフトを使ってデストロイドたちが姿を現す。火力支援に特化した移動砲台シャイアンⅡ68機がその火器すべてを展開。友軍機に当たらないようにだけ気を配り、一斉に火を吹く。

両腕のガトリング砲と荷電粒子ビーム砲、両肩のミサイルポッド。搭乗するレアリエン達は今この場で撃ち尽くす気でトリガーは引きっぱなしだ。千にも達するミサイルが狭い坑道に入り込んで爆発していく。爆炎が坑道を駆け抜け、潜んでいたBETAを焼いていく。何度も何度も繰り返し焼かれたBETAは耐え切れずに斃れていくが、シャイアンⅡの手は止まらない。撃ち続け、最後にはガトリング、ミサイルは撃ち尽くし、荷電粒子ビーム砲はオーバーヒートするまで続いた攻撃が止まるとクォーターを後退させ、左腕を引き抜く。

左腕が抜かれた後の主縦坑にはBETAの死骸が1つも見当たらない。すべて吹き飛んだようだ。後退して距離をとるクォーターが通常の航行形態へと戻り、カタパルトにバルキリー部隊が姿を現す。三角形に近い形状をしたブルーグリーンの機体。大小2種類のビーム砲を2門ずつとガンポッドを1丁、さらにミサイルポッドと火力に優れたステルスバルキリーVF-171 ナイトメアプラスだ。クォーターに艦載されていた24機が順次発進していく。

このVF-171が現在のフロンティア船団の主力バルキリーとなっている。3年かけて数を揃え、VF-11を経て軍部で使用しており、以前開発していたVF-11は訓練機や土木作業機として運用が続けられている。

 

 

 

「本艦前方にデフォールド反応検知。バトル・フロンティア艦載部隊が合流します」

 

 

 

クォーターの正面に薄い桃色の渦のようなものが多数現れ、そこから新たなナイトメア部隊が姿を現す。そしてその中に4機、異様な機体が混じっていた。バルキリーの数倍を誇る焦げ茶色の巨体に鮫の目と口がマーキングされた怪物――可変爆撃機VB-6 ケーニッヒ・モンスターだ。

4門の320mmレールガンを筆頭に重ミサイルランチャーが左右3門ずつの計6門。対空対地機銃や小型ミサイルランチャーが2門と、バルキリーと比べて遥かに高い火力を誇っている。その怪物4機が通常の爆撃機の姿であるシャトル形態から人型のデストロイド形態へ移行し、背中の4門のレールガンをクォーターのマクロス・アタックで抉じ開けた主縦坑に照準を合わせる。装填された弾頭は炸裂徹甲榴弾。もっとも、内蔵した火薬の量は半端なく、4発撃ち込めば戦術核1発にも匹敵する威力を誇っている。

マクロス・キャノンとマクロス・アタックの2連撃によって既に全壊していると言っても過言ではない状態に陥った月面オリジナルハイヴだが、生憎とここで手を緩めるほどゼロは甘くない。ケーニッヒ・モンスター4機が一斉に吠えた。轟音を轟かせて射出された計16発の弾頭が主縦坑に吸い込まれていき、内壁に当たって大爆発を起こす。

その爆発の残光が消えないうちにナイトメア部隊が主縦坑に侵入し、ケーニッヒ・モンスターとクォーターがミサイルで援護する。ナイトメア部隊がフォールド通信を使ってハイヴ内の映像をリアルタイムで送ってくれるが、BETAが一切いない。残骸すらない。すべて消し飛んでいる。

やがて横坑や縦坑にも侵入した部隊からはちょくちょくBETAと交戦したとの報告が入るが、いずれも残党といった感じで最大でも中隊規模のBETA群としか遭遇しない。

そのような状態が暫く続き、作戦開始から90分後、ナイトメアの1個中隊が巨大な広間のような空間で地面から生えた立派な男●器のような物を発見。地面に倒れ伏していたが、あまりに巨大なため警戒して距離をとっての映像だったが、ゼロが見た限りミディアム状態だった。念のためミサイル全弾とビーム機銃を数十発と撃ち込ませた後に、ピンポイントバリアを手腕に纏わせて殴らせ、フルボッコで砕かせた。これが、月面に存在した重頭脳級の最期であった。

 

その後、さらに1時間かけてハイヴ周辺の残存BETAを駆逐したところでゼロは作戦終了を宣言。月面オリジナルハイヴ攻略作戦は残存BETA掃討の際に混戦になった者が数名墜とされたが死亡者は20人に満たずゼロ達フロンティア船団の完勝に終わった。

 

 




完勝です。間違いなく完勝です。
というよりも「やりすぎたかな…」と言った感じがします……。
しかし、マクロス・キャノンとマクロス・アタックをぶち込んだのだし、こんなもんかなと。

今回も閲覧いただき、ありがとうございました。


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第9話 オリジナルハイヴ攻略作戦報告書

今回は作戦後の忙しいゼロ、といった内容になります。



1996年1月2日。完全破壊した月面オリジナルハイヴの安全確保を研究素材の採取が続けられている中、ゼロはクォーター艦内にあるバーのような造りをした休憩室で報告書に目を通していた。マクロス2隻の被害状況や未帰還機とその搭乗レアリエンのプロフィール、消費した弾薬や戦闘態勢を整え直すのにかかる予測日数など。分かりやすく、簡潔に纏めてあっても、その量はA4用紙20枚に及ぶ。

自軍のことだけでこの量だ。まだこれに加えてBETAの調査結果も明日明後日の内に届けられる。

 

 

 

「……はぁ、今回は出撃しなくて良かった。とてもじゃないが身がもたん」

 

 

 

資料を手放し、眉間を揉んで一息吐く。利便性を優先した身体、ということで体力や身体能力に関しては同年代の人間と比べると遥かに勝っている。しかし、それでも年齢的にはまだ少年と言えるようなもので、消耗は早い。体力的に夜更かしや徹夜が出来ないため、日中にやるしかないのだが、如何せん量が多い。資料の内容上他人に任せるわけにもいかず、ただひたすらにもくもくと資料に目を通して内容を把握していき、問題の解決策や今後の予定を組み立ててパソコンに記録していく。

冷めたコーヒーを飲み干し、コーヒーメーカーからお代わりを注ぐ。地球では高級品となってしまった天然物のコーヒーだ。存分に香りを楽しみ、一口口に含み飲み込む。

 

 

――これは香月博士との交渉カードにはなるかな?

 

 

あまり詳しいほうではないが、純粋に美味いと思えるこのコーヒーなら簡単な情報操作の依頼の報酬としてなら喜ばれるかと思うが今はまだ彼女との接触は避けたい。

目を閉じ、天井を仰ぐ。光州作戦で降りるか、日本本州侵攻で降りるか…。どの道あと3年後にクォーターだけでも降ろす予定だ。船団本隊には簡易の月基地の建設やBETAやG元素の解析といった仕事が詰まっている。あまり身動きはとれないが、地球の詳しい情勢のデータも欲しい。現地の市民難民の状態が届かないのだ。一応、各国の通信やラジオ等は傍受しているのだが、貧困層の国民のことはほとんど取り上げられず、たまに上がっても明らかな脚色が加えられている。

 

幸いというか、現在はどこの国も難民の受け入れや治安の悪化で入国や戸籍に関する管理が甘い。密偵でも送り込むべきか。どうやら先の戦闘の光は地球からでも観測出来たらしく、監視衛星がかなりの数月に注目している。調査隊の編成も行われているらしいが、現在の地球の技術力ではどれほど急いでも調査隊の月到達は数か月後になるだろう。それまで監視が続くとして、代償として月と反対側の監視が疎かになっているらしい。全方位を監視していた衛星のほとんどを月側へ集めたのだから当然とも言える。無謀、としか言いようがない。取りあえず、監視の薄い宙域にフォールドアウトしてバルキリー単体で何人か降ろしたほうがいいか。

 

 

 

「……となれば善は急げ、だな」

 

 

 

思考を切り上げ、密偵に関して簡単に決めた内容をメモしておく。密偵に関しては後回しだ。まずは今回の報告書を始末しなければならない。

と、ゼロが気合いを入れ直していると、休憩室の扉が開いた。

 

 

 

「あ、ゼロ。コーヒーでしたら私が淹れましたのに……」

 

 

 

胸の前に大量の白い紙を抱えたナターリアが入室して来た。ゼロのコーヒーの湯気の具合から淹れて然程経っていないと気付いたナターリアが申し訳無さそうにするが、その時は居なかった上にナターリア自身の仕事もあったのだからゼロは気にしていない。寧ろ、ナターリアの抱える紙の束を見て冷や汗を流して思考の余裕を無くしている。

 

 

 

「ナターリア……、それは…?」

 

 

 

「あ、はい。今回の作戦で交戦したBETAの種類や攻撃・行動パターン、移動速度など現在判明した部分の纏めです。もう1時間もすれば回収したBETA残骸の解析結果やG元素のデータも届きます」

 

 

 

A4用紙40枚ぐらいだろうか。まだ最初の報告書すら目を通し終わっていないというのに。さらにあと1時間でまだ増えるという。

 

 

 

「レアリエンの処理能力をあまく見ていた……」

 

 

 

「あ、ゼロ!?ゼロ!」

 

 

 

フラッと、意識が遠のくような感覚とともに背後の椅子に崩れ落ちる。すぐにナターリアが駆け寄って揺さぶってくれたお陰で事なきを得たが、精神的にかなり追いつめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして5日後、ようやくすべての報告書を読み終えたゼロだが、かなり疲弊していた。しかし、かなりの体力を消耗したのに見合うだけの情報も得ていた。

それらをまとめると下記のようになる。

 

 

 

・戦死者18名。全部隊残弾20%。

稼働機体マクロス級2隻、バルキリー86機、デストロイド38機

一時撤退を推奨

 

・重頭脳級の完全破壊。サンプル回収不可。

 光線級、重光線級、兵士級は未確認

 新種1種確認。攻撃方法及び特徴は光線級と類似するも、短射程低出力・高精度高燃費と違いあり。また、照射時間が長く、照射しながらの移動も可。光線級の原種と推測される。初見でバルキリー20機が撃墜もしくは被弾。

 

・G元素と思しき未知の物質を大量に入手。現在総量約220t

 フロンティア船団研究機関では受け入れ準備完了

 

・米国のシャトル打ち上げ施設の活動が活発化

 

 

 

という事だった。

光線級の原種と思われる新種が少々厄介そうだが、短射程のためバルキリーのレーザー機銃で充分射程外から駆除出来るとのことだ。

そして考えていた密偵だが、トランスジェニックタイプという限りなく人間に近い肉体を持ったレアリエンを30名ほど地球の重要拠点となっている都市に下ろし、一般市民の生活に紛れ込ませることとなった。戸籍管理がズサンになっているため、案外簡単に潜り込めそうだ。ナイトメアプラスを改修して通信能力とステルス能力を向上させた機体を与え、リペアツールも持たせておけば多少の問題なら自力で対処してくれる。ジャマ―も持たせておけば検査も潜り抜けられる。問題はナターリアのようなESP発現体だが、ソ連の機密区画にでも近づかない限り今のところは平気だろう。

 

 

 

 

今は1996年。人類の存続か滅亡までの分岐点までは4年と10ヵ月。

第4計画に協力するか、独自に動いてオーバーテクノロジーで殲滅戦を行うか。最低でも2年以内には方針を確定しなければならない。それまでは月の完全奪還や兵力の増強、資源の回収とBETAの研究などをやって過ごす。

報告書を厳重に保管し、ゼロはようやっと落ち着いた時間を手に入れ、艦内の自室へと戻った。

 

 




以上第9話でした。
閲覧いただきありがとうございました。

次話でもまた少し時間が飛び、あの娘登場します。


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第10話 早乙女

2日ぶりの更新になります。
バイトが始まり、少々時間に余裕がなくなってきました。

更新速度が落ちます。


 

 

――1997年9月 日本 京都

 

夏の終わり、ひぐらしの鳴く季節。京都市内にある斯衛軍衛士養成学校の教室は少女達のざわめきに支配されていた。20人以上いる生徒の中の1人である篁唯依もまた親友である甲斐志摩子や山城上総、能登和泉、石見安芸との会話を楽しんでいた。ファッションやスイーツなど、年頃の少女らしい会話で盛り上がっていると教室の扉が音を立てて開かれ、黒いアイパッチを着けた男性の教官が入室してくると教室内は一斉に静寂に包まれる。教官が教壇に立ち、唯依達をざっと見渡すとゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「本日の訓練を始める前に貴様らに新たな仲間を紹介する」

 

 

 

よく通る声で発せられた一言に教室内が再びざわめく。

 

 

 

「静かにしろっ!……よし、早乙女、入れ」

 

 

 

「は…!」

 

 

 

教官が一喝して黙らせ、入口に向かって声をかける。すると少女の声が聞こえ、扉を開けて入ってくる。

藍色のストレートヘアーを赤い髪留めの紐で一房に結んだ綺麗な顔立ちをした少女だった。同性でさえも虜にしそうな美貌を持つ少女は教官の隣に立つと背筋を伸ばし、敬礼をする。

 

 

 

「…早乙女美与です。よろしくお願いします」

 

 

 

「早乙女は帝国陸軍の訓練校からの推薦でここに来た。武家出身ではないが、戦術機の操縦に関しては貴様らの上を行っている。よく見てしっかりと学べ!」

 

 

 

教官の言葉に全員が驚いて美与を見る。陸軍から斯衛軍に抜擢されることはあるが、訓練生の時代から抜擢された前例はない。基本的に技量に大きな差がないからだ。しかし、そんな中選ばれた美与は本当に強いのだろう。唯依達は純粋に関心するが、他の生徒達は半信半疑で見下したような視線を美与に向けている。武家という高い地位であり高度な戦術機機動を持つ事から斯衛軍は帝国内でもエリート視されている。確かに武家出身ではない者がその腕前を買われて入隊することもあるが、武家でないということから地位は低い。養成学校といえどもその気は強いようだ。

そんな生徒達を一瞥し、教官が指示を出す。

 

 

 

「早乙女の紹介はこれまでだ!これより戦術機訓練を行う!全員、衛士強化装備に着替えて戦術機ハンガーに集合!急げ!」

 

 

 

教官に言われて生徒達が早足で教室を出ていく。遅れたら罰としてグラウンドを10周走らされるのだ。皆急いで着替えに行く。唯依達も更衣室に向かおうとすると、教官に呼び止められた。

 

 

 

「篁、貴様、早乙女の案内をしてやれ」

 

 

 

「あ、はい。了解しました、教官」

 

 

 

一瞬間を置いて唯依は答えた。

確かに、今日来たばかりの美与は更衣室もハンガーも分からない。今も教官の後ろで唯依を見ている。そして一歩前に踏み出し、唯依に手を差し出して握手を求める。唯依もそれを握り返した。

 

 

 

「改めて、早乙女美与です」

 

 

 

「篁唯依と言います。これからよろしく」

 

 

 

「ええ。では教官、失礼します」

 

 

 

教官に敬礼をし、唯依と美与は廊下に出る。廊下では上総達が待っており、互いに自己紹介をしてから更衣室へと向かった。趣味や好きな人など、年頃の少女らしい質問を美与にしたり、既に1人だけ彼氏のいる和泉を安芸がからかうのを楽しみながら唯依達は半透明の保護被膜が特徴的な訓練生用の衛士強化装備に着替え、ハンガーに集合する。教官は既に到着しており、竹刀を持って立っていた。

 

 

 

「それでは本日の訓練を始める!全員搭乗!

 それと早乙女!貴様は篁の第2中隊に入れ!機体は12番機だ!」

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

全員が一斉に駆け出し、訓練用に与えられた77式戦術歩行戦闘機『撃震』に乗り込んでいく。実機訓練開始から既に2ヵ月以上経過しているため、起動シークエンスは皆問題無くスムーズに終える。重厚な装甲を持つ機体が唸り声を上げて目を覚ます。整備兵が退避完了したのを確認し、機体を主脚歩行で前進させる。唯依を部隊長とした第2中隊がグラウンドに整列し、その反対側に第1中隊が向かい合って並ぶ。

まずは戦術機の基本操作のおさらいから。主脚歩行は既に確認済みのため、戦術機の腰に装着された2つの跳躍ユニットの確認からだ。ユニット本体の可動に不具合がないかを調べ、次に姿勢制御翼の確認。それが終われば跳躍ユニットを軽く吹かしてみて異常がないかを調べる。その次に肩関節から主腕全体を動かし、副腕、兵装担架と確認していく。そしてそれらが終わると74式戦術機長刀の模擬刀で素振りをする。

そこまではいつも通り。普段ならここから山間部まで飛んで陣形の演習に移るのだが、今回は違っていた。

 

 

 

「さて、現状貴様らの中で1番腕の立つのは篁だったな。

 篁と早乙女!一騎打ちだ!」

 

 

 

教官の言葉に全員が息を飲む。

斯衛軍にとって最も重要視される技能の1つである戦術機による剣術を鍛えるために導入された訓練法。跳躍ユニットによる機動戦ではなく、主脚歩行による歩行戦を原則としたこの訓練は両者の純粋な剣技の勝負になる。しかし、今日の訓練プログラムに一騎打ちは含まれていなかった。プログラムを急に変更するなど、今までの教官ならしなかったからだ。唯依も驚いたが、訓練生時代から斯衛軍に目を付けられた美与の実力を知るいい機会だと思った。

 

 

 

「了解!」「了解」

 

 

 

唯依と美与が返事をし、グラウンドの中央に長刀を1振りずつ持って向かい合う。互いに正眼、剣道でいう中段の構え。長刀の切っ先同士が辛うじて触れ合うか触れ合わないかの距離。

 

 

 

「始めぇ!」

 

 

 

教官が叫び、一騎打ちが始まる。しかし、互いに沈黙を保ったまま動かない。戦術機という機械の甲冑を纏っている以上、間合いは互いに同じ。勝敗を分けるのはそれぞれの持つ技。それがどのようなものであるか掴めていない為唯依も美与も慎重になる。

摺足で少しずつ回り込むように移動するが、やはり人間の身体と勝手が違い動きがぎこちなく感じる。と、摺足をしていた美与の撃震の右足が地面を削って引っかかった。

 

 

 

「そこっ!」

 

 

 

好機と見た唯依が仕掛ける。長刀を大きく振り上げて大上段から振り下ろす。しかし、それは美与の誘いだった。地面に突っかかった撃震が重心を滑るように移動させ、機体を長刀の軌道上から右へ外し、同時に左腕の甲で唯依の長刀の腹を押す。軽い一撃だが、長刀を反らすには充分で、唯依の振り下ろした長刀は地面に叩きつけられた。

 

 

 

「くっ…!」

 

 

 

美与の機体は唯依から見て左側に避けている。唯依は事後硬直が切れるタイミングを見極めて即座に長刀から右手を放し、左腕だけで長刀を横薙ぎに薙ぐ。その一撃を一歩退くことで難なく避けた美与は長刀を振り切ったために唯依の機体のバランスが崩れた瞬間を狙って踏み込んでくる。右腕で短く保持した長刀を左肩越しに振り上げて迫る。握りしめず、手の中に余裕を持たせて保持された長刀がしなるように迫る。

 

回避運動。機体を捻ってぎりぎりで躱すが、長刀の切っ先が撃震に触れて甲高い金属を引っ掻いた音が鳴る。長刀が戻ってくる前に一太刀入れなければと焦る唯依だったが、美与の攻撃は終わっていなかった。眼前に迫る美与機の掌底。それが唯依機の胸部に叩き込まれ、背中から地面に倒れると、構え直した美与機が長刀の切っ先を唯依機の胸部に添える。少し押し込めば長刀は装甲に触れ、そのまま突き破って唯依を押し潰すだろう。

 

 

 

「そこまで!早乙女、一本!」

 

 

 

ワアァァァァっと、歓声が湧く。完敗だ、と唯依は酷く落ち着いた様子で現実を受け止めていた。誘いから始まって此方の動きを読んでいたかのような危なげない回避とその後の流れるような連撃。唯依が第1撃を回避することすら読んでいたのかと思う。

 

 

 

「私の勝ち、ですね。篁さん」

 

 

 

差し出される美与機の手を取って撃震を起き上がらせる。

 

 

 

「えぇ。それと、唯依でいいです」

 

 

 

「そう。なら私も、美与でいいわ。

 それと機体は大丈夫?激しく倒しちゃったから……」

 

 

 

確かに、と唯依は機体ステータスに目を通すが異常は見当たらなかった。

 

 

 

「大丈夫、問題ないわ」

 

 

 

「そう…良かったわ。

 

 どうもバルキリーと同じに使ってしまうわね……」

 

 

 

「え…?」

 

 

 

安心したような表情を見せた美与が最後に小さく何かを呟いた。よく聞き取れなかったが、何と比べたのだろう。そんな唯依の声が聞こえたのか、美与は何でもないとだけ答えてそれ以降は何も口にしなかった。

疑問が残った唯依だが、すぐに教官が山岳地へ移動するよう指示を出したため意識をそちらへと回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

24機の撃震が山岳地へ向けて飛び立ったのを見届け、教官自身も車を走らせる。前方では気流など自然の力によってバランスを崩す撃震を懸命に立て直しながら山岳地へ進む撃震が居た。もともと適正の高い唯依や上総ですら機体がぶれるというのにも関わらず、転入生の美与だけは補助翼を僅かに動かすだけでバランスを保ち、機動にぶれがない。

 

 

 

「アイツは……本当に訓練生か…?」

 

 

 

一騎打ちの時の機動や今の飛行など、半端なベテランと同等の技術を有している。幾らなんでも訓練生とは思えなかった。

 

 

早乙女美与、15歳、日本人、女性。

朝鮮半島出身でBETAの侵攻により家族と生き別れ、派遣されていた日本軍により保護。

帰国後、行く宛もなく帝国陸軍衛士訓練学校に入学。座学実技ともに優秀で当時の教官が斯衛軍に推薦。さる御方に許可され、今に至る。

 

 

教官である男に言い渡された早乙女美与のプロフィールはそれだけだった。

いったい何者なのか、本当に経歴通りの少女なのか。根拠はないが、まず間違いなく経歴通りとは違うと断定出来た。

しかし、自分は軍人で教官。今の自分がすることは美与の正体を探ることではなく、美与や唯依達に戦う術と生き残る術を教えることだ。

 

そう割り切り、教官はアクセルを踏み込んで山岳地へと向かった。

 

 




以上第10話、閲覧ありがとうございました。

オリジナルキャラ、早乙女美代。
アルト君のお母さんの名前らしいです。容姿は息子と瓜二つとか。
そしてその正体は……!?

では、また次回。


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第11話 『光州の奇跡』

お久しぶりです。
なかなか時間がとれないのと、話の書き方に悩んで遅くなってしまいました。


美与が斯衛軍衛士養成学校に転入してから半年が経った1998年の3月。ある晴れた日に、唯依は志摩子や上総、和泉、安芸、美与の6人で昼食を摂っていた。昼休みの桜の木の下でマットを広げ、宿舎で作ったお弁当を広げて突く6人は他愛のない話をして盛り上がっていた。

転入早々の一騎打ち以来、唯依は美与と互いに戦術機機動を相談し合うぐらいに親しくなった。そして、もともとライバルであり意見の交換を行っていた上総も加わり、その後に他の3人も混じるようになっていた。結局そのまま美与が唯依達のグループに加わるという形で6人は一緒に行動するようになった。

 

 

 

「……そう言えば皆さん、『光州の奇跡』…聞きました?」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

箸を一旦休めた上総が全員を見渡しながら訊ねた。唯依や志摩子、和泉、安芸は黙って頷いたが、美与だけは知らなかったらしく疑問の声を挙げた。

 

 

 

「あぁ、早乙女さんはご存知ないのも当然ですわ。私も斯衛軍に努めている父から伺った話ですから」

 

 

 

「そう…。あ、謝らないでいいわよ。

 それで?『光州の奇跡』って何があったの?」

 

 

 

家族は居ない、と言っていた美与の前でやむを得ず家族の話をすると上総はすぐに美与に謝ろうとする。美与もそのタイミングを分かっているので、上総が頭を下げようとする前に止めた。そして頭を上げた上総は、唯一知らない美与に周囲との情報の誤差がないかを確かめながら説明を始めた。

 

 

 

「先日行われた光州作戦はご存知ですわよね?その作戦の途中、帝国軍司令官彩峰中将が独断で帝国軍の1部を移動させたのです。逃げ遅れた一般市民を救助するために。

 ですが、帝国軍が抜けたために戦線が瓦解。危うく各国の派遣軍に多数の死傷者が出るところでした。しかし、瓦解した戦線に所属不明機が現れたのです」

 

 

 

「6年前のスワラージ作戦でも確認された変形する青い戦闘機と3年前の月面事件で確認された深緑の戦闘機。1個師団規模のそれがいきなり現れて戦線を押し上げたとお父様と叔父様から聞きました。本当はいけないのですが、写真も、ここに」

 

 

 

上総の説明を引き継いだ唯依が制服のポケットから写真を4枚取り出し、全員に見えるように置いた。

写真に写っていたのは何れもどこの国の戦術機とも似つかない人型と戦闘機の軍団。跳躍ユニットも無しに宙に浮き、信じられないほど小型のミサイルを何十発とバラ捲いている。映っているのは2機種で、それぞれ3つの形態を見せていた。

 

 

 

「うっわ、唯依こんなのどうしたの?」

 

 

 

「よくこんな写真貰えたわね。機密とかじゃないの?」

 

 

 

安芸と和泉が身を乗り出して写真に釘付けになっている。志摩子や上総も安芸達ほどではないが興味深そうに見ていた。

 

 

 

「えぇ。叔父様が、ね。他の人の意見も聞いてみたいって。お父様は反対してたけど…」

 

 

 

「叔父様って技術廠の巌谷中佐よね?唯依に激甘の…」

 

 

 

「あ、あはは……うん」

 

 

 

志摩子が唯依に訊ねると、唯依は困ったように笑った。唯依の父親の親友である巌谷榮二は未婚で子どもがいない。そのせいか、親友の娘である唯依を溺愛していた。普段は公私の区別を付けるのだが、時たまやらかす。この写真もそうだった。

 

 

 

「それで、この機体の主翼のところ。何かマーキングされてるの…分かる?」

 

 

 

そう言って唯依が1枚の写真を指差す。その写真には青い戦闘機が旋回運動をしている姿が映っており、機体を上から見たように見えた。そして唯依の指先には確かに白い文字のような物が見て取れた。

 

 

 

「拡大したら『VF-19 Excalibur』って書かれていたみたい。……たぶんエクスカリバーっていうのが機体名だと思う」

 

 

 

「エクスカリバーって確かアーサー王伝説に出て来る聖剣の名前よね……」

 

 

 

「え?じゃあEUの新型?」

 

 

 

「ですが機体の形式番号の付け方は米国に似ていますわ」

 

 

 

「えぇ。お父様達も米軍の新型の線で調査を進めてるって。

 射撃による制圧で近接兵装を持っていないし、近接戦を軽視している米国が怪しいって。レーダーにも映らないらしいし、ステルスを研究してるのは今のところ米国だけだから」

 

 

 

唯依達が互いに意見を交換し合っている中、美与だけは黙って1枚の写真を見ていた。メインとして映っているのは深緑の戦闘機だが、その奥に小さく映っている青い人型を注視している。追加ブースターの形状がその機体だけ違うのだ。レドームと組み合わせた特異な形状をしており、パッと見の配置だが、他の機体はその機体をカバーするように展開しているように見える。

 

 

 

「…はぁ」

 

 

 

「――で、この機体は作戦を……って、美与?どうかした?」

 

 

 

突然溜息を吐いた美与に気付いた唯依が話を中断して不思議そうに訊ねた。そんな唯依に何でもないわ、と答えて美与は唯依に続きを促す。

 

 

 

「そう?なら、進めるわね。

 えっと、この機体が支援してくれたお陰で被害は最小限に抑えられたの。それどころか、侵攻してきたBETAを全滅させちゃったし。彩峰中将が助けようとした避難民も全員無事に逃げ切れたの。彩峰中将は独断で軍を動かした罪が問われたんだけど、不明機のお陰で被害は少なかったから1階級の降格処分と半年間の謹慎で済んだらしいわ。

で、これら諸々合わせて、全体として人類がBETAに対してこれまでで最小の被害で撃退出来たから『光州の奇跡』って呼ばれるようになったの。

 

 

……って、あれ?ごめんなさい、山城さんが説明してたのに盗っちゃった…」

 

 

 

一通り説明を終えた唯依がふと、初めにこの話題を出して説明を始めたのが上総だったことを思い出して顔を赤く染めながら謝った。どうやら、他人の説明を盗ったのははしたないと思ったらしい。

 

 

 

「別に構いませんわ。それに、やっぱり篁さんのほうが知っている内容は多かったみたいですし。

 早乙女さんも、理解出来ましたか?」

 

 

 

「えぇ、お陰様で。それにしてもそんな事件が起こっていたなんてねぇ」

 

 

 

「今はまだ情報規制が掛けられている状態ですから。もう少ししましたらニュースでも報道されるでしょう」

 

 

 

光州での出来事は一旦ここで置き、昼休みも少なくなってきたために6人は急いで昼食を食べ始めた。

 

 

 

 

 

そして夜。日付も変わり、寮に住む者達が寝静まった頃、美与は1人トイレの個室に入っていた。持ち運び可能な小型の通信機のアンテナを伸ばし、イヤホンを耳に着けてマイクを持っている。

 

 

 

「――はい、此方スカル5。報告します。光州作戦での機体画像を篁唯依により拝見させられました。VF-19はマーキングから機体名が知られましたがVF-171はまだ判明していない模様。――はい、はい。彼女達は米国の新型の線が濃いと判断しているようです。――は?宇宙人?未来人?いえ、そのような話は……あぁ、EU軍内の話ですか。惜しい線ですね」

 

 

 

外の気配に気を配りながら、美与は何者かと交信を続ける。その目は訓練生の物ではなく、一流の軍人の目つきだ。

 

 

 

「――はい、あと4か月も無いのですね…。――守ります、必ず。死なせたくない、そう思うようになりましたから。

 ――はい。ありがとうございます、ゼロ。それと、あまり無茶はなさらないよう。ではまた、次回の定時連絡の時に」

 

 

 

通信を切り、通信機をポケットに回収した美与はトイレの個室から出て暗い廊下を歩いて割り振られた自室へと静かに帰っていった。

 




第11話閲覧ありがとうございました。
今回は光州作戦について、又聞きといった感じで書いてみました。

次話はBETAの京都侵攻になるかと…。


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第12話 フロンティア船団の愉快な仲間達

ごめんなさい。
前回、「次回は京都防衛線!」と予告したのですが、トータル2話の資料が不足していることに気付きました。
そこで急遽予定変更で船団の様子を少し……


1998年3月。地球に潜入させたレアリエン達から現地の生の声を報告してもらい、情報を集めている中ゼロはフロンティア船団最大の規模を誇る居住艦・アイランド1内の北京エリアにある中型会場に来ていた。最大収容人数は2000人をゆうに超え、現在の船団の大半が入る事が出来る。この会場の使用用途は様々で、自動で客席を動かすことが出来、屋内スポーツやショーを観るために建築されている。

そして今日、この会場内には1500人を超えるレアリエン達が集まっていた。工業用や農業用、果ては戦闘用まで幅広く、男性型女性型問わずに観客席に入っていた。多くのレアリエンがラフな私服で来ている中目立つのはやはり舞台のすぐ前に集まった一団であろう。ピンクの法被を羽織り、同じくピンクの鉢巻を巻いている。両手にはなにやら棒を握っており、人によって色は様々だ。

そしてゼロが居るのは舞台脇の映像記録室。そこには大量の画面が壁いっぱいに並べられており、舞台や客席の様子を生中継している。

 

 

 

「5番カメラ、右に15度上に5度修正!

 48番!レンズに埃が着いてる!取っておけ!」

 

 

 

「…楽しそうですね。ゼロ」

 

 

 

「あはは…そうですね。でも、ゼロさんも今まで忙しかったでしょうし、今日ぐらいは…」

 

 

 

ヘッドホン一体型のマイクで各カメラを操作している映像係のレアリエンに事細かく指示を出すゼロの後ろでナターリアとモモがゼロに聞こえないよう小声で話している。その表情や声音が困惑気味なのは気のせいではないだろう。2人の抱いていたゼロのイメージを軽く粉砕するぐらいに今目の前に居るゼロは楽しそうにはしゃいでいた。と言っても、はっちゃける訳ではなく、飛ばしている指示は真面目なモノばかりで妥協を許さない辺りはまだゼロらしい。

アイランド1の他に31隻ある環境艦や、各戦闘艦の視察や司令塔を失った月のBETAの動向調査等の事務的な仕事に加えて密偵達の報告を聞いたりバルキリーの操縦訓練を受けたり、生身での戦闘訓練を受けたりと多忙だったゼロにしてみれば今日は久々の休暇みたいなモノだった。

 

 

 

「1分前!準備は!?」

 

 

 

「「「完了です!」」」

 

 

 

音響、照明、舞台スタッフのチーフ達の自信に満ちた返答をヘッドフォン越しに聞き、ゼロは口元に笑みを浮かべた。

そして、

 

 

 

「10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…!」

 

 

 

小声でハンドサインも合わせてカウントダウン。0になるタイミングで客席を照らしていた照明が落とされ、ステージにライトが集中する。白い光の照らす中に立つグリーンのショートヘアーの少女の姿に注目が集まり、一瞬の静寂が訪れる。

 

 

 

「みんな!

抱きしめて!銀河の!果てまでぇ!!」

 

 

 

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」

 

 

 

ステージに立つ少女の一言で客席が一気に弾けた。続いて流れ出すリズミカルな音楽に合わせて少女が躍り出す。

 

そして前奏が終わり、淡いイエローの衣装を着た少女が歌い出す。色取り取りのライトがステージの少女を照らす中、客席でも様々な色のスティックライトが振られている。

曲が進むにつれて客席のテンションも上昇していき、熱気が上がる。

 

 

 

「「「う~、おいっ! う~、おいっ!」」」

 

 

 

と言いながら腰だめから拳を振り上げて合いの手を入れて盛り上がる者達も居れば、

 

 

 

「「「L・O・V・E・ラ・ン・カ!」」」

 

 

 

ピンクの法被集団の猛者達が曲の邪魔にならないようにステージ上の『星○飛行』という歌を歌う少女――ランカを応援する。

そして曲がサビに入ると会場内はより一層の盛り上がりを見せ始めた。ランカの背後の大型スクリーンが起動し、夜空と流星群を映し出す。ファンシーな容姿で描かれた二頭身ランカのキャラが絵の星に乗って飛び回るという立体映像をフルに活用した演出に客席ではさらに歓声が上がった。

そんなテンションが続き、およそ4分間の曲が終わりを迎えた。そして客席の熱気が収まらないうちにランカは汗を光らせたまま華のような笑顔で一礼し、パタパタと舞台袖に駆けて行く。そして入れ替わりに次の歌い手が舞台中央の床から姿を現す。

現れたのは何処か子どもっぽい少女のランカとは違い、同年代ながらも女性と言える風格とも言える雰囲気を持ったストロベリーブロンドの長髪の美女だった。ランカが妹キャラとするなら、さしずめ彼女は姉キャラと行った所か。

軍服に似た衣装に身を包んだ彼女は自信に満ちた表情でハンドマイクを握った。

 

 

 

「さぁ!続けて行くわよ!

 あたしの歌を聞けぇ!!」

 

 

 

そして始まる2曲目。それは1曲目のランカの曲とは違った激しい曲調だった。

 

 

――『射手座午後○時D○n't be late』。それが曲のタイトルだ。

 

 

 

客席が再び盛り上がっていく。ランカの時とはまた違った盛り上がり。同じ歌手であっても2人は違うタイプであるということがはっきりと表れている。

そして曲調が変わればバックの演出も当然変わる。今、舞台の上空では4人のレアリエンが曲に合わせて飛んでいた。『跳んでいる』のではなく、『飛んでいる』のだ。EXギアというパワードスーツの一種で、自立飛行が可能な上大型銃器の軽快な運用が可能である点からバルキリーパイロットの緊急脱出装置として採用され始めた軍事品である。そんなものがコンサートで使われることは本来ありえないのだが、今回のコンサートは船団を挙げて開催しているため設備をフルに活用していた。

 

 

そしてランカと2人目の歌手であるシェリルの2人が交互に歌っていくのをゼロはモニター越しに見ていた。今回のコンサートの主催者は彼である。そのゼロは現在コンサートの映像を録画しているカメラの映像を同時に見ながらそれらをどの様に編集するかを真剣に考えていた。

レアリエンとはいえ感情がある。そして感情があるということは不満が溜まれば不具合が生じるのだ。反乱というのはリミッターが掛けられているため不可能だが、土壇場でミスをされては適わない。そこで考えたのが今回の慰問コンサートだった。当然の如く、ランカとシェリルはレアリエンである。戦闘用でも農業用でもなく歌唱用。『歌を歌う』というのは通常の発声とは異なる方法が必要だったため設計に時間がかかったものの、今はこうして問題無く歌えている。

今まででは船団内での娯楽と言えばレジャー施設の使用しかなかったのだが、ランカ達を皮切りに文化によって生み出された娯楽を普及させていきたいのがゼロの心内である。

 

 

 

「そういえば、兄様はFire Bomberというバンドのファンだったのですよね?

 彼らは造らないのですか?」

 

 

 

身体を左右に揺らして曲に合わせてリズムをとっていたナターリアがふと思い出したようにゼロに訊ねた。

このフロンティア船団の研究施設の1つにはランカやシェリルを始めとして『マクロス』の世界で歴史に名を連ねるほどに有名な人物のデータが保存されている。それも聖人悪人問わずだ。そのデータを基にレアリエンの肉体を造り出し、性格のデータを打ち込む。当然、性格はデータ入力のため改竄が可能である。

 

 

 

「まぁな。確かに俺はあのバンドが好きだが熱気バサラがな……。

 気を抜いたら勝手に飛び出してハイヴとかで歌い出しそうで怖いんだよ」

 

 

 

戦場でも歌うバサラならやりかねない。寧ろ、やる。

死んだなら造り直せばいいのだが、どうもそういった行いは好かない。死んでしまったならそれでお終い。造り直すというのはやろうとは思わなかった。

 

 

 

「でしたら、その辺りの部分を矯正すれば……」

 

 

 

「そんなことしたらもうそれは熱気バサラじゃねぇ。

 性格の改竄は美与だけで充分だ」

 

 

 

「…そうですか。でも、確かに美与さんは市民から戦闘員に変えたお陰で軍部に馴染むのに時間がかかりましたしね」

 

 

 

いまのところ、レアリエンの中でデータから起こして性格を変えたのはスカル5として帝国の衛士養成学校に潜入している早乙女美与だけだ。

その美与も、性格を変えた際の肉体との不具合で調子が悪かった。現在はその頃の不調は収まったが、性格を変えたレアリエンを生み出す度に何度も再調整するのは骨が折れる。

 

 

 

「……ですが、せめてボビーさんだけは変えて欲しかったです」

 

 

 

マクロス・クォーターの操舵手として生まれた肌黒の身体は男、心は乙女な人物を思い出し、ナターリアは溜息を吐いた。

メイクアップアーティストとしても優秀な、今現在もランカ達のメイクを担当している彼(?)はよく嫌がるナターリアに強引に化粧を施す。可愛くなるのはいいのだが、可愛すぎる気がするのだ。いい人ではあるのだが、そんなこんなでちょっと苦手なナターリアだった。

 




以上、閲覧ありがとうございました。

今回はコンサート会です。
京都防衛線については4月になればブルーレイ1巻の置いてある下宿に帰れるので、それ以降になります。
ごめんなさい…。


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第13話 戦闘準備

1週間ぶりの更新になります。
今回はライブではなく、ゼロのお仕事と船団の動きになります。


 

 

1998年6月某日。BETAの日本侵攻まで正史通りならばあと1ヵ月と言ったところでフロンティア船団では急ピッチで戦闘準備が進められていた。

リゾートエリアであるアイランド3や穀倉エリアのアイランド5、工場施設の集中したアイランド11、医療施設と生物学の研究施設が並立するアイランド26という4つの環境艦を船団から切り離し、大気圏突入用の特殊コーティングを施させる。今回の戦闘後、船団は表舞台に立つことを決めた。そのための地球上での拠点として降下させることも決定した。環境艦単体では大気圏離脱は不可能であるためもう船団に合流させることは不可能になる。そのため、綿密な点検を行い、必要・不必要な物資の移動等で多くのレアリエンが作業に没頭している。

 

 

そして現在昼過ぎ、ゼロはナターリアを伴ってアイランド1内のレアリエン製造施設に来ていた。新しい仲間の誕生を迎えるためだ。

 

 

 

「ではゼロ、起こしますね?」

 

 

 

「あぁ、頼むよ」

 

 

 

ゼロは既に22歳。既に成人を迎えており、背丈も高い男性へと成長している。そしてナターリアも眼帯が痛々しいものの綺麗な美少女へと成長し、はっきりとした年齢は分からないものの、今はおよそ15歳程度。の、割にしてはやたらと発育がいい。この世界はデカいチイさいの差がやたらとはっきりしている気がするゼロ。と、そんなことを考えている内にナターリアがスイッチを押し、レアリエンを製造していたカプセルが開放される。2つのカプセルが開き、1人ずつ男女が現れた。

青い長髪の男性と深緑のショートカットの女性だ。2人とも素っ裸なのでゼロは男性に、ナターリアは女性へと駆け寄って毛布で包む。そのまままだ目覚めていない2人を検査室に運び込み、異常がないかを検査する。

診断結果は2人とも異常無し。目覚めて1日休ませたら仕事を教えられるだけの体力が回復するだろう。

 

 

 

「ゼロ、確かあの2人に留守を任せるのですよね?大丈夫なのですか?」

 

 

 

「大丈夫さ。あの2人のオリジナルは天才でね。実際に別の船団の艦長と市長をやっていたんだ。それに、2人ともエースだ。専用カラーのVF-22も用意したし、何の問題もないさ」

 

 

 

検査の結果に目を通しながら廊下を歩くゼロにゼロの今日使う資料を胸の前で抱えたナターリアが続く。ここ3年で仕事を完璧に覚え、秘書官としてどこに出しても恥ずかしくないぐらいに成長したナターリアを伴って視察するのがゼロのいつもの姿となっていた。かと言って甘い雰囲気の類は一切流れず仕事一筋の2人は、一部感情の豊かなレアリエン達が2人の関係の進展についてのトトカルチョを楽しんでいることを知らない。そしてその一部という感情豊かなレアリエンが一番初めの超技術で造られた200人が中心だということも、だ。

 

そして次に2人がやって来たのはアイランド1内の飛行場。ここには退役させたVF-11Cが格納されていた。もう少しすればこの中から状態のいい物を一個大隊ほどアイランド11に移動させて自警用にする予定ではある。その状態のいい物の内2機を引っ張り出し、EXギアを装備した新デザインのパイロットスーツを着た2人が乗り込む。

これから行うのはナターリアの戦闘訓練とゼロの教導の訓練だ。適正が低いとは言え、ナターリアも最低限の戦闘機動は出来る。ならば非常時にバルキリーを動かせるように訓練しておくべきだとゼロが考えたためだ。そしてゼロ自身、誰かに教えることは自分の技術向上の一環になると思い教導官をかってでた。初めの内はカナンが見張っていたのだが、最近ではすでに問題ないと自分の仕事に戻っている。2人でアイランド1内を飛び回り、ロックオンすることを目指す。火器類は流石に艦内で使用出来ないのでどちらかがロックオンすれば終わりだ。その後は軽く空中散歩を楽しんでから帰投。

その頃にはだいぶ夜も近づいているので街の商業区画では活気が溢れて来る。総人口は未だに少ないが、既に専用のお金は流通しており、食材は購入することが必要となっている。これは地球に合わせる必要があったためで、別に支給制にしても問題は無かった。しかし、こうやって売る者と買う者が居れば街が一気に明るくなる。街の大型スクリーンの中で歌うランカやシェリルの歌を聞きながら、仕事場から割り振られた自宅へ帰宅する際中に食材を買って帰るレアリエン達に混じってゼロ達も晩御飯の食材を買って帰る。自宅として使っている政庁に戻り、キッチンで料理して食べ、それが終わるとそれぞれの部屋に戻る。そこからは2人は別々に簡単なデスクワークが待っている。

ゼロはその日1日の船団内でのトラブルや生産消費された物資の確認と生産の指示。ナターリアは次の日のスケジュールの組み立て。それが終われば入浴、そして就寝だ。

 

表舞台に立つまで、もう残り僅か。しかし、焦らず着実に準備を重ねて行った。

降下させる各アイランドには滑走路を敷き、可変戦闘機や可変爆撃機、可変攻撃機、人型戦車(デストロイド)の配備が進められている。地球での旗艦となるクォーターの操舵手としてボビー・マルゴが、艦長兼表の代表としてジェフリー・ワイルダーがそれぞれ準備を進めており、人間を専門とした衛生兵も何人か用意させてある。

地球に予め潜入済みのレアリエン達とも連携をとって、降下後に一部合流の手筈となっている。また、技術提供を要求されたときのための出しても問題ない程度の技術を纏めた資料も作成済みで、G弾対策にMDE(マイクロ・ディメンジョン・イーター)弾も何発か準備した。実弾系の補給物資や食料、難民受け入れの施設の整備がまだ不安が残るが、数日中には完了するだろう。

 

BETAの九州上陸は1998年の7月。台風の上陸に合わせてとしか記憶にないゼロは太平洋付近の天候に注意させている。今のところ台風発生の兆候は見られないが、どの台風の上陸時にBETAが上陸するのか分からない以上早急な準備が必要だった。先遣隊の部隊編成や宇宙に残って月の残存ハイヴ攻略や月面資源の回収、火星からの着陸ユニットの迎撃部隊などの留守番組の編成は順調に進んでいる。準備が完了次第先鋒は出立し降下するが、どのように接触を図るかは決めかねている。あまり強行な手段を取れば関係は悪化するし、かといって下手に出過ぎれば舐められる。戦力や生産力では此方が上回っているが、経験が圧倒的に不足している。そこを突かれないよう、突く暇を与えないように迅速に且つ可能な限り穏便に対等になる交渉を行う必要がある。

 

どのような手段を用いて交渉を行うべきか。それを考えながらゼロは微睡みの中に落ちていく……。

 

 

 

 

 

 

もう間もなく、フロンティア船団は大きく動き出す。

 




以上、閲覧ありがとうございました。
…MDE弾ですが、空間ごと強制フォールドさせるのでG弾も宇宙の何処かにフォールド出来るんじゃない?と思って対G弾兵器としました。

来週は更新出来るか不明です。何かネタが思い浮かべば挙げますが、無ければ京都防衛戦を4月に挙げることになります。

追伸)申し訳ありません、くたばっておりました。お久しぶりです。
感想で色々と意見を戴き、ノックアウトされとりました。そこで今後の展開の再構築を行った上、少し内容の変更を行いました。変更内容はナターリアのゼロの呼び方と、この話のゼロの今後の予定(?)です。
最新話は週末には上げる予定ですので、今後とも気長にお願いします。


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第14話 太陽の少女

お久しぶりです。忘れられていない事を願いつつの3か月ぶりの投稿です。


 

――1998年7月1日。

旗艦をマクロス・クォーターとしたフロンティア船団先遣部隊は4隻の環境艦を従え宇宙のL5宙域へとフォールドアウトした。居住性に優れたリゾート艦を始めとして、医療関係の施設が集中した艦や兵器開発の設備を整えた艦、牧畜などの食糧生産能力に長けた艦。L5の暗礁宙域に全艦を待機させ、クォーターから2機のバルキリーが飛び立った。1機はゼロ専用の改良型ファストパックを装備したVF‐19Sで、もう1機は薄い水色をしたVF‐19だ。正式名称はVF-19AというVF-19シリーズの初期生産型で、じゃじゃ馬と呼ばれたYF-19の機体色を濃く残している。S型、F型では廃止された前進翼の可動を使用出来るようになっており、全体的により空力特性を意識した機体だ。ピーキーな操縦性故にゼロは遠慮したが、宇宙での空間戦闘用に再設計されたS型よりも地上での活躍は期待出来る。此方に搭乗しているのはカナンで、S型にはゼロとナターリアが搭乗している。

使い捨てのフォールドブースターを装備した2機はある程度加速してからフォールドを行い、この宙域から姿を消した。

 

そして2機は地球の衛星軌道上にフォールドアウトし、ブースターをパージした。ブースターは重力に捕まり大気圏に突入して燃え尽きるため後に回収されてデータを取られる心配はない。対して2機は地球の重力に引き込まれないよう注意しながら監視衛星にダミーの映像を流す。その後は現在の高度を維持し、日本への降下タイミングを待った。

 

 

「ゼロ、クォーターのモモさんから緊急の通信が来ています」

 

 

「なに…?繋いでくれ」

 

 

出立してからまだ1時間と経っていないのにも関わらずの緊急通信を疑問に感じつつも、ゼロはナターリアに通信を繋がせた。すぐに回線が開き、小型モニターにモモが映し出された。

 

 

「どうした?」

 

 

『H.16、重慶ハイヴ周辺にてBETA反応が増大。近日中に大規模部隊の侵攻が開始される可能性があります。また、太平洋上にて大型台風発生の予兆が見られます。恐らく……』

 

 

早くも来た、と言ったところか。続けて詳細を報告するモモによれば、この様子では第2週にはBETAが日本に上陸するだろうとのこと。1週間で何処まで堅牢な後ろ盾を造れるかは疑問だが、これでは多少強引な手段に出る必要があるかも知れない。

 

 

「…艦隊は現在の宙域にて待機。第1種戦闘態勢のまま連絡を待て。また、4日以内に連絡のない場合、指揮権はジェフリーに委託。あとは任せる」

 

 

『分かりました、作戦の成功を祈ります』

 

 

「…通信、切断されました。降下予定時刻まで残り30分です」

 

 

モニターが消え、ナターリアがこの高度に留まる残り時間を報告した。足元の地球は生憎と夜であるため今どこの上空に居るのかは見えない。ただコンピューターの計算した時刻に計算通りの角度で侵入するだけだ。そうすれば日本の三宅島付近に降りられる。

カウントダウンをモニターに表示させ、ゼロはシートを少し傾け力を抜いてその時を待った。

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

 

――1998年7月2日・京都

 

日本の首都である京都。その中に武家の屋敷が集中する区域がある。そして五摂家の一角である煌武院家の屋敷もまたここに在った。日も沈み、すっかり暗くなった屋敷の縁側に1人の少女が座っていた。白い着物を着た少女からは気品が漂っており、知らぬ者でも一目見れば彼女が大変高貴な生まれであると分かる。少女の名は煌武院悠陽。齢15にして次期政威大将軍最有力候補だ。

その悠陽は夕食を終え、自室に戻って1人空を見上げていた。雲は晴れており、澄んだ視線の先には金色に輝く月が顔を見せているが、悠陽は彼女にとって大切な1人の少女の姿を幻視していた。

 

 

「悠陽様」

 

 

「真耶さん?どうぞ」

 

 

閉じた襖の向こうから呼ばれた悠陽はその声の主を招き入れた。襖を静かに開いて入って来たのは紅いの軍服に身を包んだ眼鏡を掛けた女性だった。月詠真耶という、悠陽の付き人だ。

 

 

「悠陽様。紅蓮大将閣下と彩峰少将閣下、榊国防大臣は明日の正午にお見えになられるそうです」

 

 

「そうですか、分かりました。ありがとう、真耶さん」

 

 

現在の将軍は弱っている。別に歳という訳でも病という訳でもなく、ただ政府でいう支持率というモノが下がっているのだ。将軍に問題があったのではなく、そういう時期が来たというだけだ。人々が新しい流れを求める時期が。そしてそれすなわち悠陽が将軍になる日が近いという事で、悠陽を支援している幼い頃より彼女に文武に渡って指導してきた師達を呼びその将来に向けてどうするべきか話し合おうとしていたのだ。これまではそれぞれが日本の重鎮とも言える者達故に時間が合わなかったが、明日漸く揃うと言う。

3人の来訪時刻を伝えに来た真耶に礼を言い、再度悠陽は外に視線を向けようとした。しかし、その動作はふわりと自身の膝に降り立ったモノに気を取られて中断させられる。

 

 

「何者だ!」

 

 

鋭い剣幕で真耶が叫び、悠陽を室内に引き込み自分を盾とした。外を見ても既に人影はなく、気配も感じない。真耶の声を聞き付けた侍女や警備の者達が慌ててやって来る。

 

 

「どうなされました!?」

 

 

「賊だ!まだ遠くには行っていない筈!」

 

 

真耶の言葉を聞き、警備部隊の隊長が部下に指示を出して周辺一帯に包囲網を敷き、警戒するよう指示を飛ばす。

そんな中悠陽だけは落ち着いた様子で外から投げ込まれたと思しきモノを見ていた。それは紙飛行機だった。独自の織り方をしているのか、少なくとも悠陽の知る形ではないもののそれは確かに紙飛行機だった。翼の裏には文字のようなモノも見え、悠陽は破らないよう慎重に紙飛行機を開き始めた。

 

 

「悠陽様!危険です!」

 

 

「大丈夫ですよ、真耶さん。文のようです」

 

 

駆け付けた者達がそれぞれの場所の警備に向かうのを見送った真耶が注意するが、重さからして単なる紙のようで、例え毒が塗られていたとしても着物の袖越しに触っているため危険は低いだろう。それに、悠陽自身このような一風変わった形で届いた手紙に興味があった。

 

 

「…開きました。どれ……っ!?」

 

 

「これは!?」

 

 

少し手間取ったものの紙飛行機を開くことに成功した悠陽は何が書かれているのか楽しみにしながら2つ折りになっていた紙を開き、一緒に見た真耶と共に息を呑んだ。手紙は上半分は文字でメッセージが書かれていたが、2人の目にまず飛び込んできたのは下半分を埋めた一枚の写真だった。道着姿の悠陽そっくりな少女が何処かの庭先で剣を振っている様を斜め上から捉えた写真。写ってる少女はまるで気付いた様子はなく、隠し撮りされたかのようなアングルだった。

 

 

「…冥夜っ」

 

 

真耶よりもいち早く正気を取り戻した悠陽は慌てて上半分の内容に目を通す。

 

――明日7月3日午後6時、大文字山の頂上にて内密にお会いしたい。可能なら紅蓮醍三朗、彩峰秋閣、榊是親、鎧衣左近の同席を希望する。

 

簡潔に纏めるとこのような内容が丁寧な文体で書かれていた。この文で呼ばれている鎧衣左近という男は明日来訪する3名と同じく信用に足る人物で、彼は国内外の情報収集に秀でた者だ。写真については一切触れられていなかったが、そのせいで逆に下手に動けない。

すぐさま真耶が冥夜の安否の確認のために御剣邸へ連絡を取りに向かった。幸いなのか、知っていたのかは分からないが明日要求された3人は屋敷に来ることになっている。左近についても現在は何処に居るのか定かではないが呼べば地球の裏側からでも即座に現れるだろう。

今の自分に出来ることは無い。そのことを歯痒く思いながら悠陽は空を見上げた。視線の先に浮かぶのは何者かによって奪還されたという月だけ。その月に冥夜の姿を思い浮かべながら悠陽は明日への不安を感じていた。

 




はい、以上第14話でした。
次話更新日は未定ですが、なるべく早く投稿出来るようにしたいと思います。


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第15話 接触

一月ぶり、お久しぶりです。
今回、切りのいいところまで書こうとして途中で力尽きました、ゴメンナサイ。
後半かなり急ぎ足です。


――7月3日午後5時30分。

指定された時刻の30分前に悠陽は真耶をと手紙に書かれていた者達のみを伴って大文字山を登っていた。双子は忌み児という古くからの習わしによって生まれてすぐさま『生まれなかった』ことにされ、分家である御剣の家に差し出された妹が絡んでいる以上下手に人員は動かせないため直衛は真耶と醍三朗、秋閣の3人のみ。他は暗部の人間が10人ほど頂上付近に潜んでいるだけだ。

左近を呼び寄せ、醍三朗達が屋敷を訪れた時に手紙の事を話し出向くという旨を話した際当然の如く猛反対されたが、五摂家としての権力にモノを言わせて認めさせた。結果、納得はしてないが仕方がないと説得を諦めた醍三朗がまず味方についてからは意外とすんなり話は進み、残った真耶達は悠陽が直接出向く事を止める事を諦めた。

数時間前から先行している暗部からの報告で道中に罠等は確認されていないため周囲の気配にのみ気を配りながら6人は頂上を目指す。そして指定された6時の10分前に頂上に着いていた。夕日に照らされた山頂には悠陽達以外誰も見えず、また誰も姿を見せていないと真耶の小型イヤホンに報告が入る。

悪戯だったのか、そんな思いが一同の脳裏に浮かんだその時、空気を切り裂く飛翔音とジェットエンジンの音が微かに耳に届いた。その瞬間真耶と醍三郎が悠陽の前に出て腰に差した刀に手を掛け、是親と左近が悠陽と背中合わせになり秋閣がその前に立つ。

 

 

「あれは…?」

 

 

真っ先に音の聞こえる方角の空を見上げた悠陽の視界には2つの黒い影が映った。一瞬鳥かとも思ったが、違った。羽ばたかず、人の形をしている。真耶達も釣られるように視線を向けてその姿を認識し、思考を止めてしまった。人が飛んでいるのだから仕方がない。

茫然としている内にその2人の人影は悠陽達の手前20m程の場所に足元から着陸した。衛士強化装備ほどではないが身体のラインの浮き出る似たような物を着て背中や手足に装甲を身につけた男女だ。バイザー付のヘッドギアを付けているため顔つきは分かりにくいが、2人とも銀髪で日本人ではなさそうだった。

 

 

「お初御目に掛かります、煌武院悠陽様」

 

 

ガシャリと、足音を立たせながら一歩前に踏み出した男の方がヘッドギアを外し、跪いた。肩口までの銀髪と月のような金の若い男だった。悠陽よりは年上だが、真耶よりは下だろう。男が踏み出した時の音に反応して真耶と醍三朗の刀の鍔が鳴ったが、男も女もそれに緊張した様子は見られない。

 

 

「貴公…名は?」

 

 

足を肩幅まで開き、腰を落とした醍三朗が低く睨みながら悠陽に変わって問いかけた。

 

 

「失礼、申し遅れました。私はフロンティア船団所属のゼロ。ファミリーネームは御座いませんので、ゼロと御呼び下さい。そして彼女はナターリア」

 

 

「…ナターリア・ビャーチェノアです。AL第3計画の出自ですので、この場での策略は無意味とお思い下さい」

 

 

ゼロと名乗った男の後ろで待機していた女が立ったままヘッドギアを外した。腰元まで届く銀髪をポニーテールにした少女と言っていい年頃で、左目に眼帯をしていた。

そして悠陽達を驚愕させたのはナターリアの言ったAL第3計画の出身だと言うことだった。五摂家とは言え、まだ子どもだった悠陽には詳しくは教えられていなかったが、悠陽は第3計画とはBETAの思考をリーディングという相手の思考を読み取る超能力のようなモノで調査するという計画だったと記憶している。幾ら計画が当に廃止されたとは言え、ソ連が計画の遺物をそうそう他者に差し出すとは思えない。しかし、銀色の髪と青い瞳は悠陽達が得ていたESP能力者の外見的特徴と一致する。

予め第3計画出身であると明かし、周囲に潜んでいる者達の行動と悠陽達が深く思案する事を制限する。それがゼロの思惑であり、悠陽達が見事に策に嵌った事を何とか『読み取った』ナターリアは悟られないよう一息吐いた。正直なところ、ナターリアのESP能力はそれほど高くない。悠陽の思考もはっきりとはイメージが分からず、潜んでいる者達も何人か居るという事ぐらいしか分からない。

 

 

「……ゼロ、ナターリア…。

 名は分かりました。ではゼロ。回りくどいのは止めましょう。私(わたくし)達を呼び出した用件は何ですか?」

 

 

「はい、重慶ハイヴよりBETAの大規模集団が東進を開始。海岸線へ向けて突き進んでいるため日本列島への侵攻が目的と思われます。九州、中国地方に避難命令を発して頂きたく直にお願いしに参った次第です」

 

 

「BETAが…日本に…!?紅蓮、彩峰!真ですか!?」

 

 

ゼロの発した言葉に悠陽は慌ててその手の情報を早期に入手しているであろう軍部の高官2人に問うた。

 

 

「確かに、重慶ハイヴのBETAが東進を開始したとの情報は入っております…。しかし…」

 

 

「作戦司令部の予測ではBETAの帝国侵攻は半年後とされております。朝鮮半島への増援ではないかと言うのが我々の意見です」

 

 

しかし、高官2人は違うと言う。ホッと一息吐きそうになった悠陽だったが、遮るように立ち上がったゼロが口を開いた。

 

 

「半年後に侵攻、とはどのような情報を基に推測されたのですか?BETAの思考は解明されていないというのに、どうやって?貴方方の常識ですか?今まで散々その常識を裏切ったBETA相手に」

 

 

「確かにそうだな。しかし、君の話の根拠は何だ?BETAが帝国に侵攻して来るという根拠は?」

 

 

秋閣が問う。此方の推測の根拠を尋ねてきたのなら其方の推測にははっきりした根拠があるのかと。

 

 

「…残念ながらありません。ただ、BETAはこれまで人類の意表ばかり突いてきました。地下侵攻や、光線級が居なかった地帯への急な出現。何れも人類側が大丈夫だろうと油断し切ったところで発生しています。半年後まで大丈夫などという推測を信じて油断している帝国に侵攻しても可笑しくはありません。重慶から海岸線まで、既に防衛戦はなく一直線ですしね」

 

 

ゼロの根拠は無いと答えた。これもまた推測だと。しかし一理有る事でもあった。

 

 

「此方の警告を受け入れるも受け入れないも自由です。ただ、侵攻が始まった際には迅速に一般人の退避をお願いします。

そして、用件がもう一つ有りまして、帝国にBETAが侵攻した時に我々フロンティア船団の参戦許可をお願いします」

 

 

「警告は感謝します。…しかし、フロンティア船団とは?得体の知れない者を帝国に招く訳にはいかないのですが」

 

 

「あぁ、そう言えば言ってませんでした。1600m級超大型戦艦バトル・フロンティアを旗艦とした艦隊で、現在は月面にて残存BETAの処理及び資源の収集を行っています。彩峰閣下とは光州でお会いしましたね」

 

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 

1600m級やら艦隊やらと気になる事も言っていたが、そのどれよりも簡潔にフロンティア船団という組織の事を悠陽達に理解させたのは月面と光州だろう。左近だけは普段のポーカーフェイスを保っていたが、ちらりと視線を向けた悠陽に対して首を左右に振った事からして掴んでいない情報だったらしい。

スワラージ作戦以降大規模な戦闘の時には時折現れる不明機を所有する月面でBETAと交戦していた所属不明勢力。火力や機動力、防御力、武装の全てが戦術機を超える可変戦闘機を所有する勢力を各国は血眼になって探した。しかし、戦場で得られる映像が限界で、一度見失えばレーダーから消え失せてしまい追跡は不可能。直後に水平線の彼方で急上昇する機影が確認されるが、大気圏を突破したところで再びロスト。監視衛星にもダミーの映像が流されているために何処から来て何処に消えていくのか分からなかった。

 月面で確認された時には米国が調査隊を打ち上げたが、接触は出来ず。月面には未だBETAが残っていたために着陸は断念し、以後は監視衛星での観察だけに留めている。

軽快な機動に光線級の攻撃すら弾く防御兵装、高性能な小型誘導ミサイル、そして未だどの国も実現出来ていない光学兵器。そんな世界中が欲している超技術の塊を所有している組織が今、自分達の目の前に居るという。

 

 

「市民の避難が遅れる場合は港に向かうよう指示してください。此方で回収します。

 また、九州の防衛が不可能と判断された場合早急に全軍退避してください。完全退避の確認後海上よりケーニッヒ・モンスター4機による砲撃を行わせて戴きます」

 

 

ケーニッヒ・モンスターと言えばヴァリアブル・ボンバー、可変爆撃機のカテゴリーに属する機動兵器としては最大級の火力を誇る、その名の冠する通りの怪物だ。この世界のS-11にも匹敵する威力を持つ大口径誘導弾を放つ砲を4門備えており、弾薬を満載したモンスターが4機も居れば容易く地形を変える事が出来るだろう。ましてや、反応弾を使用した場合など九州がこの世から消滅する。しかし悠陽達はケーニッヒ・モンスターを知らないためゼロの説明では支援砲撃程度のものと推測した。そのため、その恐ろしいまでの火力を知らないまま頷いてしまった。

 

 

「それから、鎧衣さん。これを」

 

 

そう言ってゼロはフロッピーディスクのようなモノを懐から取り出し、左近に投げ渡した。開いていた距離を緩やかな放物線を描きながら飛んだそれを左近は丁寧に受け止めた。

何の変哲もないただのフロッピーのようだが、何のデータが入っているのか。警戒を続ける真耶や醍三朗以外がそのフロッピーに目を向けると、ゼロは中身の解説を始めた。

 

 

「我々が母艦級と呼称している超大型BETAと月のオリジナルハイヴ最奥に居た重頭脳級、反応炉とも呼ばれている頭脳級BETAの現在判明しているだけの戦闘データです。大きさや行動パターンが記録されています。他にもこれまで潰したハイヴの内部構造とBETAの出現予測地。

 余った記録領域にバルキリー……VF-11CとVF-171のスペックデータが少しだけ入っています。好きに使ってください」

 

 

 告げられた中身に悠陽達が驚いている中、ゼロとナターリアはEXギアを起動させてフワリと浮かび上がる。その時のエンジン音で悠陽達が視線を戻した頃にはゼロ達の身体は既に人の頭の高さを超えていた。

 

 

「ま、待て!」

 

 

真耶が一歩踏み出し声を上げる。

 

 

「終始一方的で申し訳ありませんが、退散させて頂きます。そろそろ逃げないと包囲されそうですので。

 では、ごきげんよう。またお会いしましょう」

 

 

バイザーを下ろし、ニッコリと社交的な笑みを浮かべたゼロは腰のアタッチメントからスモークグレネードを取り出し、真下に落とす。白煙が辺り一帯を覆い隠し、不意打ちを警戒した真耶達が悠陽達を囲む中、飛翔音が遠ざかって行く。煙幕が晴れる頃には空には誰も居らず、茜色の空には人影は無い。完全に逃げ切られていた。

真耶が山の外で待機していた者達に連絡を取っているが、南に飛んでいくのが見えたが目標が小さく速かったため見失ったという。これまでアンノウンとして扱われてきた者達と接触出来たのは僥倖だったが、一方的に情報やデータを渡されただけで此方の質問は一切出来なかった。何処の国の者達なのか、それすらも分からず悠陽とゼロの面会は終わった。

 

 

翌日、九州地方に対して非常事態宣言が発令され、民間人の避難と防衛部隊の展開が五摂家の煌武院家次期当主であり、次期将軍最有力候補である悠陽と斯衛軍大将の醍三朗の指示で開始された。

 




以上第15話でした。
こう言った政略は苦手です。納得いかないかも知れませんが、何卒御容赦を…


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第16話 七夕の戦い

お久しぶりです。
今回から日本での戦闘が始まります。


 

――1998年7月7日。重慶ハイヴより侵攻を開始したBETAの一団が長崎県の海岸線に上陸。BETAの日本侵攻が始まった。

 侵攻の3日前より出されていた避難勧告により民間人の大半は九州地方を脱出。残る者達も福岡県や大分県で連絡船待ちという状態だ。市街地には既に軍関係の者しか残っておらず、避難民の護衛も最低限で済んだため九州に配備されていた部隊の多くが防衛戦に参加。6時間以上にも及ぶ激戦の末BETA群の殲滅に成功した。七夕の勝利は世界中で大々的に取り上げられ、日本では翌日の8日はお祭り騒ぎだった。劣化ウラン弾や艦砲射撃、BETAや大破した戦術機の残骸等で暫らく九州は閉鎖されるだろうが、次期将軍最有力候補と斯衛大将の2人はBETAの侵攻を予測した英雄的な扱いを受けて持ち上げられた。

 しかし、そのお祭りムードは予想外の冷や水を掛けられて沈静化した。BETAの第2陣が接近中。その報が帝国軍の作戦本部に届けられたのは8日の深夜。BETAは既に日本海に入水しており、翌日9日の夜には上陸するだろうとのこと。侵攻してくる数は先日の倍以上で、最悪な事に大型台風の上陸と重なる。倍以上のBETAが侵攻して来ると聞いた時、本部に居た将校たちは先日のは先鋒に過ぎず、これこそが本体だったのだと。入水するまで観測班は何をしていたのだ、と怒鳴り散らす者が居たが返事は気弱な声で勝利を祝っていたという。そのせいで監視が緩んでいたそうだ。連続的な侵攻はないだろうという希望的な推測から生まれた油断。誰もが感じていた油断であるため、本気では怒れなかった。

 ともかく、現実にBETAは再度侵攻してきていることに変わりは無く、日本全土に再度勧告を出す。勧告を受けた市民の反応は2種類だった。先日の戦闘で既に多くの被害が出ていることを知っている兵庫以西の市民はパニックに陥り、京都以東の市民は再度返り討ちに出来ると自信を持って笑った。京都以東の中には京都には将軍や屈強な斯衛軍が居る為、自分達の場所までは来ないだろうと思っている者も居た。

 そしてパニックに陥った兵庫以西の者達の内、未だ九州に取り残されている者達は絶望に沈んでいた。台風の影響で避難用の連絡船が動かなくなったのだ。新幹線や高速道路は軍が戦術機や支援兵器を持ち込むために使用しており、避難には使えない。

 

 

「……台風の前に第一波があるなんて知らなかったぞ…くそっ」

 

 

 日本に潜入しているレアリエンからの報告を受け取り、ゼロは表情を歪ませた。BETAは台風と共にやってくる、としか知らなかったゼロは第一波に気付かなかった。クォーターとアイランド各艦の降下を待っていたゼロがその事実を知った時、戦闘は既に佳境を迎えており、バルキリー隊が発進準備を整えている間に戦闘は終結して残存BETAの追撃を行っている段階だった。

 この戦闘のお陰でクォーターやアイランド各艦は問題なく監視の目を縫って降下出来たのだが、それでも戦闘に気付かなかったのは痛い。一般市民に関しては避難途中に軽傷を負った者が数名いる程度で被害は無いに等しいが、軍関係はそうでもない。戦術機や戦車、無人偵察機はその半数が使用不能に陥り、歩兵部隊に至っては壊滅状態だ。

 このままでは第二陣を抑えきるのはまず不可能であり、未だ九州に取り残された市民も居る。

 

 

「ゼロ。残っている市民は凡そ2000人。避難が必要な戦傷者を含めると3000人ほどになるかと」

 

 

 海底に沈んだクォーターの艦橋でモモからの報告を受け取る。この2000や3000という数字は単なる計算によって導き出されたおおよその数でしかない。実際にはもっと多いか少ないか。それでも支援が必要な者が1000人以上いる事に変わりない。

 

 

「…日本政府へ通信文を送れ。『これよりフロンティア船団は帝国への支援行動を開始する』、と。

榊国防大臣が見れば反応はすぐに返って来るだろう。

 ジェフリー艦長、頼む」

 

 

「うむ。クォーター微速前進、アイランド3とアイランド21は本艦の進路をトレースさせろ」

 

 

 反応があろうとなかろうと支援だけはするつもりであるため、クォーターと環境艦2隻で帝国領海内へ移動を開始する。目的は港付近で立ち往生している避難民の回収。環境艦は単艦でも8kmにも及ぶ大きさを誇る。円柱状で直径が3km。半分ほどが海や密林と言った自然に覆われているとは言え、人が暮らす事の出来るスペースが20平方kmはある。それが2隻もあれば数千人なら収容出来る。問題は大人しく乗ってくれるかだが、連絡船が停まっている以上拒否すればBETAに殺されるしかない以上得体の知れない艦にも乗ってくれるだろう。念のために人型のレアリエンにも案内をさせるために配備してあるため、手間取らないことを願う。

 

 

「アイランド3よりオクトス2個中隊が発進を開始。アイランド3及び21の直援行動を開始しました」

 

 

 後続のアイランド3の耐圧ハッチが開き、そこからゲンゴロウのような機影が24個吐き出される。その正体は潜水艦形態をとった水陸両用デストロイド・オクトスだ。ミサイルやビーム砲、実体弾で武装した統合戦争時代に開発された初期型の機体で、マクロスの世界では珍しく水中戦も想定されている。技術的にも旧式で、唯一無人機化した際のAIだけが最新式であるためAIとビーム発生機、動力付近に自爆用の爆薬を搭載した完全に使い捨て兵器である。陸上での最高時速も95キロ毎時と戦車級にも劣るため接近戦になったら生還は望めない。それでも火力は充実しており、総合性能ではA-6を上回る。デストロイド形態では4脚の異形で、初見ではかなりの威圧感を与える。特に前腕部のクローを展開すれば厳つさが上がり、相手の人間にはそれだけで威圧になる。あまり刺激し過ぎると問題だが、ニコニコ笑顔で近づいて舐められるのはもっと頂けない。そのための手段としてオクトスを環境艦の護衛に付ける。

 環境艦内部の要所にもオクトスやVF-11Cサンダーボルトが警備をしているため、多少窮屈な思いをするだろうが死ぬよりはマシと諦めてもらう。

 

 

 

 

――数時間後、避難民の集中していた港に限界まで近づいて浮上し、避難民や負傷兵の収容を行っていた2隻の環境艦からクォーターに連絡が入った。混乱はあったものの、すでに斯衛軍の上層部からフロンティア船団という者から支援が行われるという連絡が入っていたらしく、想定していたよりはスムーズに全員を収容出来たとの事だった。何故政府からではなく斯衛軍からかと思ったが、真耶や醍三朗が動いたのだろうと予測が着いた。

 そして収容を終えた環境艦は次いで防衛戦に参加させる戦力を港に排出する。これらは使い捨てではなく、レアリエンに搭乗させた先遣部隊の主戦力だ。VF-171EXナイトメアプラスEXを隊長機としたVF-171ナイトメアプラスの機動部隊が1個大隊と、VF-11CサンダーボルトにAPS-11アーマードパックを装着したフルアーマード・サンダーボルトの1個大隊。この2個大隊が1隻の環境艦から発進し、合計で4個大隊。機数にして144機。これに加え、太平洋上からは浮上したアイランド13の甲板に展開した4機のVB-6ケーニッヒモンスターによる爆撃と言っても差し支えない支援砲撃。さらにクォーターにはゼロの機体を始めとしてVF-19シリーズが12機搭載されている。

 あとは避難民を乗せたアイランド3と21が安全圏まで撤退すれば、侵攻してくるBETA本隊を迎え撃つ準備は整う。第一陣で支援出来なかった分、今回の戦闘で挽回すべくゼロは気合を入れる。そして艦の指揮や展開部隊への指揮権をジェフリーに委譲し、ゼロはパイロットスーツに着替えるべくロッカールームへ向かった。

 




以上、第16話でした。
文字数少ない上に、説明臭い文章ばかりで会話文が全然無いという拙い話で申し訳ございません。

次話はゼロ視線でBETA戦になると思います。


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第17話 戦闘開始

また一ヶ月ぶりです。
なかなか話しが思いつかず申し訳ありません。感想の方でもあったのですが、基本月一更新になると思います。


 太平洋上に浮かび、船首を戦場と化している九州へ向けているマクロスクォーターのデッキに青いカラーリングを施されたバルキリーが待機していた。VF-19Sを複座型にして通信機能を強化した改造機であるこの機体に乗るのは新統合軍のパイロットスーツを着込んだゼロと百式レアリエンの少女だ。

 BETAの第2陣は台風に紛れるように上陸を開始。展開していた海軍艦が艦砲射撃を行うものの、悪天候故に戦果はほとんど挙げられていない。このままでは大多数のBETAが上陸することになっただろうが、史実と比べて上陸したBETAの総数は少ない。九州を縦断して日本海へと侵入した先遣のオクトス部隊の働きが大きかった。陸戦ではBETA相手では性能不足が否めないが、オクトスの土俵である水中戦に持ち込めば殆どワンサイドゲームと化す。BETAは水中でも活動出来るが浮かぶことは出来ず、水底を歩くことしか出来ない。対してオクトスは潜航形態であれば水中を縦横無尽に駆け巡れる。光線級は水中ではレーザーを放つことがない上に、例え放ったとしても海水によって大幅に減衰させられて本来の威力を発揮できない。結果、海中を高速移動するオクトスに対するBETAの持つ有効な攻撃は要塞級の触手程度に限られてくる。尤も、レーザーが使えないのはオクトスも同様で、使用可能な火器が限られるため戦闘継続時間は短い。よって撃ち漏らしが多いが、光線属種2種を優先して排除するよう設定してあるため、上陸に成功した光線属種は多くない。

 

 

『日本帝国国防省より、榊国防大臣名義でアイランド3経由で通信、入りました。

内容はフロンティア船団戦闘部隊の戦闘参加要請、及び展開中の帝国防衛部隊の展開配置。提供情報より戦線の後退している区域への最短ルートを選出。データを転送します』

 

 

「データ受信を確認。ナイト中隊は第4戦闘区域へ向かう。スカル大隊は第2戦闘区域の防衛戦の再構築。内、バーミリオン、パープルの2小隊は連携して帝国部隊の撤退支援及びラビット特務小隊への観測データの転送を優先」

 

 

 VF-171シリーズで構成された可変戦闘機大隊であるスカル大隊と、その中に組み込まれている小隊の2つに任務を言い渡す。クォーターの百式経由でゼロの言葉がそのまま大隊レアリエン各員に伝えられると、その旨がクォーターから返される。

 その間にクォーター自体が回頭して船首が九州内陸――ナイト中隊が向かう方角へと向けられており、ゼロのVF-19Sが3基あるカタパルトの内の1つに到着していた。0.5Gの重力場が形成され、機体が僅かに浮遊する。

 

 

「ナイト1、発進する!」

 

 

 カタパルト脇のランプが赤から青へと変わると同時にスロットルを全開。低い重力の中で一気に加速し、離陸する頃には音速に達する。高速で移動する以上、通常なら身体をシートに押し付けられることになるのだが、機体自体とパイロットスーツに装着しているEXギアの重力制御で負荷を軽減する。

 後続も続いて来ており、ゼロ機を囲むように陣を組んで飛翔。陸地に達する前に高度を下げた中隊12機は九州の大地を高速で縦断するべく加速。その速度はVF-19の大気圏内での最高速度であるマッハ5に迫る。

 

12振りの聖剣が目指す先の空は紅く燃え上がり、嵐の中であっても明るく照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――帝国陸軍本土防衛軍九州方面第3戦術機甲連隊。九州北部の臨海地域で戦闘を行っていた戦術機108機からなる大規模部隊だったこの部隊も、先日から続く連戦で壊滅状態だった。第1波の侵攻時に約半数を失い、今回の戦闘で既に10機近く脱落したこの部隊は最早一個大隊規模にまで減少している。77式戦術歩行戦闘機『撃震』と89式『陽炎』の2機種編成の部隊では性能不足が否めず、損害を出しながらの撤退戦が精一杯だった。

 

 

『ちくしょお、ちくしょお…ちくしょぉぉぉぉぉ!』

 

 

『死ねぇぇぇ!糞どもがぁぁぁぁ!』

 

 

 開きっ放しの通信回線から今も生き残っている連隊員達の中でも若い者達の絶叫が絶えず流される。陽炎を駆る連隊長である男性の少佐も、叫び声を上げてはいないが網膜上に映る忌々しい異星起源種共を鋭く睨みつけながらトリガーを引き続けている。36mm徹甲弾が彼の部下に群がる戦車級を薙ぎ払っていく。若い隊員達は仲間を殺されたせいで頭に血が上り、足元の警戒が疎かになってきている。遠方の大型種に砲撃を加えてばかりで、足元に戦車級の死体が積み重なって来ていることに気付いていない。古参の衛士はそんな若い衛士のフォローに回っており、戦力の損耗を抑えている。

 

 

「っ!?…またか……」

 

 

 遥か前方――始めに部隊を展開した沿岸部より先の海岸線で大規模な爆発が確認された。10から先は数えていないが、これでかなりの数の所属不明機が自爆したことになる。海上に展開する駆逐艦からの報告によれば戦術機よりも小型の多脚型の機動兵器で、海中を泳ぎ回ってBETAの数を減らしているらしい。そして弾薬が尽きれば上陸して光学兵器と巨大な爪でBETAと陸戦を繰り広げる。しかし、陸上での機動力は高くなく、戦車級に簡単に追いつかれて喰い付かれている。機体機能に障害が発生する前に自爆で多数のBETAを巻き添えにしているらしく、戦闘続行が困難と見るや即座に自爆する様からアレ等は無人機ではないかと推測されている。

 光学兵器を搭載した水陸両用小型無人機なんぞ何処の国の物かと考えてしまいそうになるが、彼らにとっては今は敵ではなく友好的である上、自分の命の危険のある戦場でそんな暇は無かった。未だ光線級が上陸して来ない事を見るにアレ等が光線級を優先的に撃破してくれているのだろう。だがそれもそろそろ限界だろう。数が減り過ぎている。

 

 

「…南も北も…。所属不明勢力ばかりか」

 

 

 そして所属不明なのは目の前の無人機だけではない。南の方の港では3キロ以上もある超巨大なドームのような艦が2隻現れて避難民を収容したという。そこにも多脚型の無人機が居たという事は同じ勢力なのだろう。本当に、いったい何処の国なのか……。

そう考えてしまったのが悪かったのだろう。

 

 

『隊長!』

 

 

「ぬっ!ぐぅぅぅぅ……!」

 

 

 2機連携を組んでいた副官の声で意識が現実へと引き戻されてみれば、接近を許してしまった突撃級が眼前に迫っていた。咄嗟に回避行動を取るが躱し切れず、多目的追加装甲を保持していた左手腕が捥ぎ取られた。衝撃を受けて機体は転倒し、2体目の突撃級が突っ込んできている。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 跳躍ユニットを吹かせようとしたが、転倒した際に損傷したらしく右側が動かずに中途半端にしか動けなかった。

 

 

『隊長!』

 

 

 回避不能。死。

 副官の呼び声を聞きながらこの2つの単語が目の前に浮かぶ。最後の足掻きとショートしている右腕の突撃砲を乱射。弾丸は突撃級ではなく、全く別の戦車級を吹き飛ばすべく飛翔する。着弾を見届けるより早く突撃級が視界いっぱいに広がってくる。

目を閉じることなく、突撃級を睨みつけていた男は次の瞬間に、自分が死ぬ筈だった瞬間の一歩前で起こった光景に茫然とすることになる。

 

 

「なに…?……づぉ!」

 

 

 接触寸前だった突撃級の無防備な横っ腹に光の矢が突き刺さったのだ。突進中に真横から高エネルギーの衝撃を受けた突撃級は身体を前後に焼き切られ、慣性で吹き飛んだ前半分の進路が僅かに逸れる。その僅かなズレのお陰で彼の陽炎に突撃級が直撃する事は避けられた。尤も、完全に外れた訳ではなく機体の一部を引っ掛けられたために機体は吹き飛んだ。ワンバウンドして滑る陽炎だったが、中の衛士だけは守り切った。関節は在らぬ方を向いて各所から火を吹く陽炎だったが、胴体部分の損傷はもともと多い胸部装甲と兵装担架、肩の装甲のお陰で損害は大きくなく、緊急脱出の操作は受け付けた。

 

 

『隊長!御無事で!?』

 

 

「……あぁ。何があった…?」

 

 

『例の無人機のレーザー攻撃です。直後にレーザー砲が爆発して結局自爆してしまいましたが』

 

 

「…そうか。では、ヤツの分ももう少し頑張るとしよう」

 

 

 そう言って強化外骨格を装着し終えた彼はアサルトライフルを片手に機体から飛び降りて離れる。もうもちそうになかった陽炎は彼が距離を取り切る直前に爆発を起こして大破したが、副官の陽炎がカバーに入ったお陰で爆風で吹き飛ばされることはなかった。

 

 

『隊長。6キロ後方に後退中の補給部隊が居ます』

 

 

「分かった。隊の指揮権を君に譲渡する。互いに運が良ければまた会おう」

 

 

『……はい、お気をつけて』

 

 

 強化外骨格を付けているとは言え、BETAが侵攻してきている中を単身移動するには成功する可能性は限りなく低い。中型種や戦車級は戦術機部隊が何とか抑えているが、兵士級や闘士級といった小型種はほとんど素通りに近い。現に、彼自身何体かの小型種が陽炎の足元を通過するのを見送っていた。一対一で相手より先に発見できれば勝機があるが、そう上手くは行かないだろう。戦場で緊急脱出して自力で無事生還を果たした者は少ない。彼も副官も、最後の会話になるだろうと覚悟していた。

 

 

 

 

その時だった。では、と言ってBETAが来る前に走り出そうとした彼らの通信機に落ち着いた、自身に満ちた青年の声が届いたのは。

 

 

『こちらフロンティア船団、マクロス・クォーター所属ナイト中隊。これより其方の部隊の掩護に入る。指揮官は居るか?』

 

 

 若い男の声は混乱した戦場の中とは思えないほどきれいに聞こえてきており、その声に気を取られて聞いていた全員の手が止まる。しかし流石とも言うべきか、連隊長である彼は即座に自身のすべきことを思い出し、通信機に向かって口を開いた。

 

 

「各員!手を止めるな!」

 

 

 彼の言葉で全員が気を取り直し、再度目の前に集中し出す。一瞬とは言え隙を晒したのだが、幸い攻撃を受けた機体は居なかった。

 

 

「連隊長は私だ。貴官は?」

 

 

 このオープンチャンネルで声の青年に名乗りを上げる。網膜投影中のウインドウには『Sound Only』とだけ表記されており、顔を晒すつもりがないことが分かる。

 

 

『先ほどは行き成り声を掛けて済まなかった。我々の事は一種の私設部隊と思ってくれて構わない。国防省に許可を得たので今回の戦闘に参加させて頂く』

 

 

「何だと…?そんな話は……」

 

 

『10秒で有視界に入る。貴隊は後退して補給に入ってくれ』

 

 

 通信が切断され、ノイズだけが残される。何とか再度交信を試みようとするが一向に繋がる気配はない。

 すると甲高い飛翔音とエンジン音が微かに聞こえ始めた。音の聞こえた方に視線を向けると12個の青い戦闘機が視界に入ってくる。戦闘機が飛んでいることに一瞬驚くが、その飛んでくる機体がはっきりと見えるとその驚きは倍に跳ね上がった。大陸派遣部隊が持ち帰った記録に残されていた不明機だったのだ。タイミングからしてあれが声のナイト中隊なのだろう。そして彼らの飛んできた方角は南。つまり、避難民を収容した巨大艦や自分の命を助けて自爆した無人機は彼らの勢力と予測が着く。

 自分や仲間の戦術機部隊の頭上を越えてBETA群に突っ込んだ戦闘機たちは報告にあったのと同じように人型へと姿を変えて単砲身の突撃砲やミサイル、小型レーザーでBETAを蹂躙していく。報告書で読んだ時には半信半疑だった彼だが、実際に目にしてその戦術機とは比べ物にならない戦闘能力に言葉を失った。しかし、すぐに仲間に指示を出すべく回線を繋ぐ。

 

 

「ブロンズリーダーより各機。後退して補給に向かえ」

 

 

『隊長!?』

 

 

「あれでは我々は不用だろう。なら、これ以上失う前に後退する。奴らのデータは取って置けよ」

 

 

『…了解。各機!聞こえたな!?』

 

 

『『『『了解!』』』』

 

 

 聞こえてきた声は予想以上に少ない。どうやら向こうに気を取られている者が多いようだが古参の仲間が怒鳴りつけて後退させているので大丈夫だろう。

 

 

『隊長、乗ってください』

 

 

「あぁ、済まんな」

 

 

 目の前で片膝を着いて手を差し出してくる副官の陽炎の手に乗り、そのまま陽炎が立ち上がる。立ち上がりながら管制ユニット内に収納してもらい、簡易シートを引っ張り出して身体を固定する。

 

 

「やれやれ、何とか生き残ったか…」

 

 

小さく呟きながら網膜投影をリンクさせ、急速に遠ざかっていく戦場を見やる。拡大してみれば、かなりの混戦を行っているにも関わらず、12機の機体に損傷は見受けられずどんどんBETAの死骸を生み出して行っている。性能だけでなく、衛士の腕もいいのだろう。上手く互いにカバーし合っている。

あんな機体が自分達にもあれば……。そう思って彼は首を振る。今大切なのは日本を守ったという結果であってその結果をもたらすのは自分達でなくてもいいではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロ達のバルキリー部隊が第3戦術機甲連隊への加勢を果たしたその頃、日本海上に展開していた帝国海軍艦隊の旗艦・霧島の艦橋でもその姿を確認していた。100年近くも前に建造された霧島は老朽化が進んでいるが、その火力は未だ健在。しかし激しい風雨と荒波によって満足な砲撃を行えないでいた。

 

 

「主砲、てぇぇぇ!」

 

 

 艦長の指示に従って沿岸部に上陸したBETAを引き連れている護衛艦や駆逐艦と共に砲撃していく霧島だが、照準が定まらず命中弾は少ない。それでも、海中の無人機によって光線級の上陸が阻止されている今は上空の無人偵察機が健在であるためこの状態の命中率としては高い方なのだろう。

 

 

「無人機、残機数が二桁を切りました!」

 

 

「雪風被弾!光線級が上陸した模様!」

 

 

 索敵手と通信士の報告に艦長は下唇を強く噛み締める。ついに光線級が上陸し始めたのだ。無人機達はよく二桁以下になるまで光線級の上陸を阻止してくれたものと感謝するが、ここから加速度的に被害が増大していくだろう。

 

 

「雪風は後退!

艦首を陸に向けろ!レーザーの照射源に砲火を集中!撃てぇぇぇぇ!」

 

 

 カウンター戦法になってしまうが、それでもこの悪天候で確実に光線級を撃破するにはこれが最良だった。幸い上陸した光線級は少なく、被弾した艦を後方に回せば何とか撃沈される艦は少なくて済む。光線級の一撃では駆逐艦や護衛艦でも多少の被弾なら航行を続けられるため、重光線級が上陸を果たすまではこの戦法で行くしかない。

 

 

「艦長!フロンティア船団、ラビット特務小隊という部隊から通信が届いています!」

 

 

「フロンティア……?閣下の仰っていた者達か!繋げ!」

 

 

 今回の戦闘に出撃する前に斯衛軍の紅蓮大将から艦長自身に直接通信で伝えられた援軍の組織名。詳しい戦力や所属国家は機密と言われたが投入された無人機の性能や数、さらには避難支援をしたという巨大艦の規模からして一国並の能力があると見て間違いない。どんな相手が出て来るのか、緊張と不安を感じながらも通信用モニターを見上げる。しかし映し出されたのは『Sound Only』の文字のみ。

 

 

『戦艦・霧島ですね?このような通信越しで申し訳ありませんが、此方はフロンティア船団、マクロス・クォーター所属のラビット特務小隊です。これより砲撃支援を開始します。可能でしたら観測データの共有をお願いします』

 

 

 まだ少女と言って差し支えのない声が流れる。予想外の声に言葉に詰まるが、何とか気を持ち直して対応する。

 

 

「分かった。5分程待ってくれ」

 

 

『お願いします。此方も、航空隊からの観測データが入り次第砲撃を開始しますが其方の観測データも併用しますので部隊の展開に注意して下さい』

 

 

 そこで通信は切れ、艦長の男は緊張を解いて一息吐く。

 

 

「艦長、よろしいので?」

 

 

「あぁ、彼女らについては紅蓮閣下から聞いていた。小隊程度でどの程度の火力があるのか疑わしいが、陸軍の展開配置と地雷原のマップを纏めて転送しておけ」

 

 

「はっ!」

 

 

 副長に指示を飛ばさせ、通信士と索敵手がコンソールを叩く速度が上がる。

ずれて来ていた帽子を被り直そうと手を頭に持って来ると、目の前の九州の大地で一際大きな爆発が起こった。続いて爆風が霧島にまで届いて艦隊が大きく揺れる。

 

 

「何事だぁ!?」

 

 

「分かりません!……南方より高速飛翔物体接近!」

 

 

 その報告が終わるや否や、再度大きな爆発が起こり何が起こったのか何となく理解出来た。しかし同時にその推測を否定する自分が艦橋に居る将校たち全員の中に居た。

 

 

「まさか…今のが砲撃か……?」

 

 

 有り得ない程の高火力で、レーダーでの発見の次の瞬間には着弾する非常識な弾速。何れも彼らの知る武装とは桁が違った。

 通信を繋げてきた少女がデータを欲しがったのは命中率を上げる為ではなく友軍を巻き込む可能性を少しでも減らすためだったのだと遅れて理解出来た。

 

 

「……まったく、とんでもないな」

 

 

真っ赤に燃え上がる大地を見ながら艦長の男は呟く。あの様子では例えBETAを駆逐して防衛に成功したとしても、この辺り一帯は焼け野原になって暫らくの間人の住める環境ではなくなるだろう。可能であったなら出来る限り街は形を残しておきたかったが、アレではもう何も残るまい。後で上層部から五月蝿く言われるだろうなと、あまりにも場違いな思考をしながら艦長は指示を出す。

 

 

「本艦隊も砲撃支援を開始する!各艦、全砲門開け!」

 

 

 各艦の砲雷長達が一斉に動き出し、砲塔に配備された兵士達が弾頭を装填。

 

 

「撃ち方始め!」

 

 

「撃ちぃ、方ぁ、始めぇ!」

 

 

 艦長が叫び、砲雷長が復唱。同時に全艦が一斉に火を吹き、既に火の海となった大地の手前――海岸線付近に砲弾を撃ち込んでいく。内陸に進んだBETAは例の航空隊と特務隊に任せ、霧島旗下の艦隊は水際に上陸したばかりの無防備なBETAに狙いを付けている。

 上陸してすぐに背後から砲撃を受けて粉砕されるBETA群だが、砲弾の再装填の間に次々に侵攻していく。艦隊の弾薬が尽きるのが先か、BETAが途絶えるのが先か。どちらかが尽きるまで続く砲撃戦が繰り広げられ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻。

 

 

「撃てぇ!」

 

 

避難民を収容し、太平洋上に浮かぶアイランド13から発進したケーニッヒ・モンスター4機から為るラビット特務小隊を率いているナターリアは自身もケーニッヒ・モンスターの一番機を操縦しながら指揮を執っていた。可変戦闘機での戦闘は出来ないが、可変爆撃機でなら出撃出来るとカナン達に教えられており、訓練を積んできたナターリア。可変戦闘機の簡単な操縦訓練と並行してのそれは困難を極め、離着陸と変形、砲撃しか出来ないナターリアだったが今回はそれで充分だった。山岳を盾に反対側の戦場へと320mmのレール砲をひたすら叩き込むだけの仕事。

 しかし目視での狙撃ではなく、観測データを当てにした予測射撃であるため難易度は高い。その難易度を少しでも下げる為、ナターリアは眼帯を外して義眼である左目を開いていた。トランスジェニックタイプのレアリエンの物を流用しており、人間の裸眼と違って羽コープ越しのような機械的に見えるようにも出来る。その機能を利用して観測データを統計して作成されたBETAの分布図の位置に予め衛星軌道に挙げられていた偵察機の照準器を数ミリの誤差もなく合わせている。実際に撃ち込んだ際には大気などの様々な要因によって誤差が大きくなるが、それでも狙った箇所は砲弾の効果範囲内に収めている。

 砲撃を行うのは2機ずつ。砲撃と再装填を交互に行い、砲撃が途絶える時間を極力減らすようにしている。弾薬が尽きる前にはアイランド13から出た補給部隊が補給してくれるため弾切れの心配はない。そして砲撃が交代制になっている理由はもうひとつある。それはゼロ達ナイト中隊が飛べるようにするためだ。4機の一斉砲撃では着弾時に発生する爆風も桁違いになり、如何にバルキリーといえど姿勢制御に支障が出る。ならばナイト中隊を下げればよいのだろうが、撃ち漏らしを撃破しつつより詳しい観測データを送信するのがナイト中隊の役割なのだ。そんな危険な役目をゼロやカナンにやって欲しくないナターリアだが、ゼロは指揮を執りながらも自ら前に立つ人物だと知っているし、ゼロが出る以上護衛の役割のカナンが出ない理由はない。

 自分に与えられた任務を正確にこなしながらナターリアは他に2人――観測班の百式レアリエンの乗るコックピット内で小さく呟く。

 

 

「…ちゃんと帰って来てくださいね……?2人とも」

 

 

 

 

 

 

――1998年7月9日。後の歴史に深く刻まれる大規模戦闘が始まった。

 




以上、第17話でした。
今回は長めに8000字越え!……この内6000字近くをこの土日に書いたんですよね……。思いついた分全部つぎ込んだから頭の中すっからかんですわ…


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第18話 合同軍議

お久しぶりです。
執筆速度が上がらず、申し訳ありません…


 

 

「ナイト1、フォックス1!」

 

 

 生きたBETAと死骸、砲撃の残り火に埋め尽くされた戦場の低空をファイター形態で飛びながら機体を横回転させる。機体の上部が地面と水平になった瞬間、マイクロミサイルを12発ばら撒く。ランダムにロックした小型種に殺到したミサイルが爆発でより多くのBETAを巻き込んだ。それに見向きもせずに前方に迫っている要撃級を新たなターゲットへと選定し、バトロイドへ変形させる。高度をさらに下げて両足で地表を削りながら急減速を謀りつつ右腕部にピンポイントバリアを収束。勢いを失いきる前に要撃級の左半身をすれ違いながら抉り取る。

 着地からすれ違うまでに接近しようとしてきた小型種に対して頭部のレーザー機銃で迎撃し、再度ファイター形態へ変形して飛び立つ。

 

 

「ゼロ。ナイト6がレーザー攻撃により左翼を損失。ファイター形態への変形に支障が出ています」

 

 

「自力での撤退は?」

 

 

「…困難かと。僚機のナイト5がカバーしていますが高速移動自体が不可能のようです」

 

 

 ファイター形態のまま、ガンポッドを保持した右腕部だけ変形させて弾幕をばら撒きつつ、戦場を見渡す。撃墜された者は居ないものの、弾薬節約のために格闘戦主体のスタイルになってきている機体がチラホラ見え始めた。

 

 

「スカル大隊はどうなった?」

 

 

「帝国陸軍と連携して防衛線の構築が完了しました。陸軍の撤退支援に向かった2小隊も損害は無く、大隊との合流を目指しています」

 

 

「分かった。引き際だな……カナン!」

 

 

 防衛線が構築されたのなら光線級が姿を見せ始めたここで無理に戦線を維持することもない。大破する機体が出る前に撤退する。そう判断したゼロがカナンを呼ぶと右側後方にカナンの乗る水色のVF-19が並ぶ。

 

 

「撤退する!ナイト5に6を回収させろ!」

 

 

『了解、カバーに入る』

 

 

「ナイト1より各機、撤退します。光線級が存在しているため撤退プランはBです」

 

 

 カナンの機体が急速に進路を変更し、地上戦を続けるナイト5と6の支援に回る。ゼロの後ろの席では百式が戦域に存在する中隊全機に指示を送り、撤退コースのデータを転送している。転送されたコースは光線級が存在しているせいで高度がとれない為、地上のBETAや建造物の残骸を盾に出来る程の超低空での飛行を中心に手近な山岳を超えるまでは戦闘機動を維持したままの撤退だ。被弾しているナイト6では厳しいため機体を放棄させ、窮屈ながら5に同乗させる。

 カナンが直援に回り、それをさらに他の機体でカバーする。その間に6のパイロットは機体に残された全ミサイルの信管を外し、ジェネレーターを暴走寸前まで出力を上げた状態でEXギアを使用して機体の傍でホバリングしていたガウォーク形態の5に飛び移った。もともと1人乗りのVF-19に後付けでEXギアを付けているためかなりの窮屈になっているが、このまま大気圏離脱するわけでもないので何とかなるだろうと予測する。

 回収が完了したのなら長居は無用。全機がファイター形態へ移行して最大戦速で東へ向けて移動を開始する。目指す先はスカル大隊の居る防衛線。追撃を仕掛けてくるBETAがかなり居るが、速度の差でどんどん引き離していく。散発的に飛んでくるレーザーも、ランダムに回避行動をとらせることで回避し、結局全機が被弾することなくBETAの攻撃範囲から脱した。

 

 

「――っ、はぁ、はぁ……」

 

 

 機体のレーダーや衛星からの情報で安全区域に出た事を確認したゼロはヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てて荒い息を吐く。意識して深く呼吸を繰り返す事でだいぶ落ち着いてきたゼロはボトル内のドリンクを含み、携行用の固形食を口に押し込む。それはカナンを始めとした他の機体のレアリエン達も同じで、数時間ぶりのエネルギー補給を行っていた。決して美味くないソレを味を感じないように一気に喉の奥に流し込んだゼロは機体の制御を自律機動に移行する。非常時に備えて常に操縦桿を握ってはいるが、張りつめていた全身の筋肉を緩和させて休息を摂る。

 

 

「…戦況は?」

 

 

「スカル大隊にアポロ大隊が合流したようです。作戦自体は順調ですが、進軍してくるBETAの数が想定より多いことが不安要素ですね」

 

 

「帝国軍の動きはどうなっている?」

 

 

「既に九州の放棄を決定したようです。彩峰中将が働きかけたようで、関門海峡に絶対防衛線を敷いて九州にBETAを封じ込める算段らしく、デルタ1に協力要請が出されています」

 

 

 ふむ、と頷くゼロ。船団側だけで見れば損害は無いに等しく、順調に作戦を遂行しているがゼロ達に対抗するためか元々これほどの数を送り込んでいたのかは分からないがBETAの数が非常に多い。敵の増援が途切れずに押し寄せるため帝国軍の戦術機や戦車、歩兵部隊にはだいぶ被害が出ているらしい。軍の損害を抑えるため、ケーニッヒ・モンスターと海軍の攻撃で大半が焦土と化した九州を早々に諦めた動きの速さに感心と同時に驚きを感じる。正直、もっと戦力を投入するなり、抗議をガンガン持ち込んでくるなりすると思っていた。

 そして関門海峡に絶対防衛線を構築するというのは此方の計画の内でもあり、フルアーマードのVF-11Cの大隊が早い内から向かっている。しかし、重装甲で可変機構部分を塞いでいるせいでファイター形態になれず、ナイト中隊やスカル大隊の補給物資を持ってバトロイド形態で走っているためまだ到着はしていない。このまま何事も無く両方が進軍出来ればほぼ同時に合流することが出来る。

 

 

「それから、デルタ1の索敵範囲内に多数の無人偵察機を確認しています。どうしますか?」

 

 

「障害にならない限り無視させろ。無いと思うが此方の通信に影響が出るようなら撃墜を許可する」

 

 

「了解、そう伝えます」

 

 

 この段階で既に無人偵察機を飛ばせるのは帝国軍と在日米軍だろう。中華やソ連も近いが、戦闘開始から6時間と経っていない状況では辿り着いては居ない筈。通信内容は流石に見逃せないが、映像を残す程度なら相手にする必要もない。ただ単に学者や技術者勢が腰を抜かす程度だ。そしてその予想は当たっていたりする。クォーターから発進する可変戦闘機部隊や可変爆撃機、カタパルトや艦載機数等の情報を海の向こうでほぼリアルタイムで見た技官達一同は開いた口が塞がらず、唖然とするばかりで分析が手つかずになっていた。

 

 

 そして数十分後、関門海峡に敷かれた絶対防衛線の内側に辿り着いたゼロ達ナイト中隊は一足先に到着していたアポロ大隊から補給を受けていた。弾薬を始めとした消耗品の補給や、破損もしくは摩耗の点検。それらをナイト中隊の隊員達が行っている間、ゼロはカナンと共に岩国基地に置かれた帝国軍の作戦司令部に呼ばれ、出向いていた。身体検査を受け、銃を持った衛兵に左右を固められながら向かった先は壁一面に及ぶ巨大なモニターのある部屋で、帝国陸軍の軍服に身を包んだ日本人達が10人と少し。そして米国陸軍と国連軍が1人ずつ。2人とも白人で、この場に居る者の階級章を見ればそのほとんどが大佐以上。尉官も僅かに居るが、若い男女で資料らしきモノを抱えていることから補佐官か通訳だと推測する。入室すると同時に室内に居た者全員から一斉に視線がゼロ達に向けられる。好奇心や疑惑……そして敵意。様々な感情の籠った視線を受けながらもゼロは一切たじろぐことなく自分をこの場に呼び出したであろう人物へ柔和な笑みを浮かべ頭を軽く下げる。

 

 

「お久しぶりです、彩峰少将閣下。此度の戦闘において、早期に此方の参戦を認めて頂き感謝します。そして同時に、BETA第1波の対処に参戦出来ず、申し訳ありませんでした」

 

 

「いや、感謝や謝罪をしなければならないのは我々の方だ。避難勧告を出したは良いが、正直私達は半信半疑だった。そのせいで部隊の展開は不十分。それでも自力で押し返せると、君達に支援要請をしなかった。結果が、多大な被害とたった1度の勝利に酔ったための警戒心の忘却。今回の事はこれ以上の失態を繰り返さないための行いだ。

 君達の警告を意味なきモノにしてしまった事を、帝国を代表して謝罪したい」

 

 

 互いに頭を下げ、同時に上げる。頭の下げ合いはこれ以上は無意味であり、早急に本題に入らなければならなかった。しかしその前に、

 

 

「フロンティア船団所属、可変戦闘機部隊指揮官及びナイト中隊中隊長ゼロです。そして彼は副隊長兼隊長補佐のカナンです。双方ともファミリーネームは御座いませんので、お気軽に呼び捨てて貰って結構です。以後、お見知りおきを」

 

 

自分達を紹介しておく。話している言語は日本語。パイロットスーツに翻訳機もあるので英語に設定しても良かったのだが、この場は日本人が中心なので日本語で行く。何人か、比較的若い佐官や将官が質問を口にしようとしたが、中将の階級を付けた老兵が手で制した。米陸軍や国連軍はそれでも聞いてくるかと思ったが、こう言った作戦会議に参加するだけあってこの場では控えるようで動きは見せなかった。そして一度軍議が始まれば自国の危機であるため集中して積極的に意見を出して行っている。

 

 

「ゼロ君、其方の戦力はどれくらい出せる?」

 

 

軍議の途中、戦術機部隊の展開位置についてになった時に秋閣がゼロに問いかけた。割り振られた席に座って軍議が始まって以降一言も発していなかったゼロに注目が集まる。

 

 

「我々としても関門海峡に防衛線を構築する予定だったため戦力は集まっています。2個大隊72機です」

 

 

「それだけか!?」

 

若い佐官の男がゼロの答えに思わず立ち上がって声を上げた。

 72機。作戦内容によって異なるが、今回の決して抜かせる訳にはいかない絶対防衛線に投入するにしては少ない。まして、ゼロは当初から海峡に防衛線を敷くつもりだったと言った。帝国が九州を諦めなければどうするつもりだったのかは今はいい。問題なのはこの72機を足したところで戦術機の数が必要と推測される数より少ない事だった。

 帝国軍はもともと岩国に配備されていた1個師団108機と九州から撤退してきた中でも応急措置で即行戦闘可能な24機。そして在日米軍と在日国連軍から合わせて2個大隊。数で言えばゼロ達と同じだが、駐屯軍である上、その駐屯基地から離れた地に即座に向かえる数としては多い。合計276機の戦力で海峡の死守。海峡のみを死守するのであれば足りるが、海底を移動して側面や四国に渡るBETAにも対処しなければならない。在日の両軍は四国へ回ることが決まっており、200機足らずでの本土防衛は厳しい。

 しかし、

 

 

「ご安心を。数は少ないかも知れませんが、相応の倍以上の戦果を挙げられる者達ですので」

 

 

「これをどうぞ。アポロ大隊に配備されている36機の武装データです」

 

 

ゼロが朗らかに言うと、その背後に控えていたカナンが小さなバッヂのような物を取り出してゼロの前のテーブルに置く。そこから立体映像が空中に映し出され、その中にフルアーマード・サンダーボルトの映像が浮かび上がる。軍議に参加していた者達はこの小型の立体投影機に驚き、その次にはフルアーマードのデータに驚く。

 全高12.92m。一般的な戦術機の凡そ3分の2の大きさ。にも拘らず、長射程且つ高い貫通性を誇る30mm6連重ガンポッドを一門と対空パルスレーザーが一門。口径は小さいものの、射程や貫通性で戦術機の36mmチェーンガンを凌ぐガンポッドと、何処の国でも未だ研究中のレーザー兵器。これだけで標準装備の戦術機に匹敵する火力がある中、さらにその分厚い装甲の中に高火力且つ高追尾性のマイクロミサイルを大量に仕込み、両肩に連装ビーム砲を合わせて4門。最終的には攻撃機であるA-10サンダーボルトⅡに匹敵する火力を持っており、重鈍ではあるがミサイルやビームの取り付けてある装甲は着脱式で、打ち切った後にはパージして身軽になる事も出来る。また、装甲自体を付け替えるだけでミサイルやビームが補給出来るため補給に掛かる時間が飛躍的に短い。今回は補給部隊が同伴していないためこのような方法は取れないが、それでも高い面制圧能力があり、リロードや再補給の隙を埋めるためにスカル大隊が控えている。

 そしてそのスカル大隊の機体――VF-171のデータも公表する。此方は火力ではフルアーマードに大きく劣るが、近接格闘性能や継戦能力で勝る。汎用性を求めた戦術機に似た運用方法が主で、低威力で連射性の高いビーム砲と連射出来ないものの単発威力の高いビーム砲をそれぞれ2門備えている。大隊内の中隊長機に当たるVF-171EXも、此方は映像だけで武装データはないが、明らかに武装強化されているのが分かった。

 これらに加え、ナイト中隊11機も補給が完了し、満足な休息を得た後に参加。弾薬の補給や加熱した砲身の冷却のために一時下がっているラビット特務小隊も参加する。九州の大地を焦土と化した怪物の主砲の口径――320mmレール砲を4門――を話した時、この場に居た多くの者が戦慄し、極一部の将官が喜色を浮かべた。恐らく大艦巨砲主義者なのだろう彼らの気持ちも、分からなくもない。全長約30m、全高も10mを超えないシャトルに足の生えたような機体に戦艦の主砲が取り付けられている。この怪物が群を成せばそれだけで壮観であろう。流石に砲弾や砲身が特注品のため数が揃えられないので大量生産は効かないが、たった4機で街数個を焼き尽くすのだから今回はこれで充分。寧ろ、これ以上出して火山を刺激でもしたら目も当てられない。

 

一先ず、データの一部を開示したことで数は物足りないかも知れないが充分な戦力足りえると納得して貰えたので良しとする。この後、戦術機と可変戦闘機の展開の配置や補給のローテーション、連携の相談等を行い解散となる。隊員達に伝えるとさっさと退出したゼロとカナンが通路を歩いていると背後から英語で声を掛けられた。一瞬浮かべた嫌そうな表情を消し、ゼロが振り返ると案の定、米陸軍の男がカツカツと靴を鳴らしながら歩いて来ていた。

 

 

「貴様ら、どこの国の人間だ?」

 

 

 ゼロよりも背の高い男は見下ろし、威圧しながら英語で問うた。屈強且つ強面の軍人に間近で威圧されても顔色ひとつ変えないゼロは男に合わせて英語で答えを発する。

 

 

「秘密です。……何分、忙しい身ですので、失礼しますよ」

 

 

 ゼロの答えに憤りを露わにする男に背を向け、歩き出す。男は肩を掴もうと手を伸ばすが、ゼロに触れることなく割って入ったカナンに阻まれる。男はカナンを睨みつけるが、カナンは全く意に介さず男に背を向けゼロを追う。男は逃がすものかと、基地に来ている部下に足止めして米軍の貸し出し区画まで連れてくるよう指示を出したが、そうするだろうと予想していたゼロ達が呼んでいたナイト中隊のパイロット達によって失敗に終わる。単なる自動小銃で武装した軍人程度では強化外骨格よりも遥かに高性能なEXギアを着込んだレアリエンを一瞬たりとも止める事が出来ず、ゼロとカナンはEXギアの機械の腕に捕まって悠々と自分達の機体の置いてある区画へと戻った。

 

 

 

 この時のEXギアやフルアーマード・サンダーボルトの記録が元に強化外骨格の改良計画や、戦術機のフルアーマー化計画が立案されたりするのだが、それはまだ少し先の話である。

 




以上、第18話でした。
書く内容が思いつかず、見直してみれば何やら後半機体スペックをグダグダ書いているだけに……。今後善処します…。


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第19話 関門海峡防衛戦

お久しぶりです。今回もまた1ヵ月ぶりです。


 ゼロ達のVF-19が岩国基地での簡易補給を始めた1時間後、BETAの先頭集団が防衛部隊の射程圏内に侵入を果たした。開戦の合図はフルアーマードVF-11Cによる長距離ミサイルの雨。一機に付き100発を超える大量のミサイルが低空を直進して先頭を走っていた突撃級の群に真正面からぶつかり、盛大な花火を咲かせた。尤も、装甲殻を破るには単発火力が足りず傷をつけるだけに終わり、その傷も自然回復してしまう。それでも、足元で爆発したミサイルや突撃級の下に回り込んだミサイルは足を吹き飛ばしたり、そのまま命を奪った物もあった。このミサイルで完全に撃破した数は少ないが、真正面からの爆発による圧力で先頭のBETAの進行速度が僅かに鈍り、後続との差が縮まる。そこに水平線の向こう側に陣取ったアイランド21上で帰還して弾薬の補充を済ませたナターリア率いるラビット小隊のVB-6ケーニッヒ・モンスターの砲撃が撃ち込まれる。そしてそれでも倒し切れなかったBETAの群にスカル大隊が突入する。最優先撃破目標は突撃級。突撃級さえ居なければ正面からの砲火が通用するからだ。36機編成の大隊を半分ずつに分け、左右から挟み込むように突撃。ファイター形態での一撃離脱でミサイルや機銃で同時に複数のBETAを攻撃していく。レアリエンならではの完璧な役割分担でターゲットが重複する事なく、一度の突入でほぼ全ての突撃級に致命傷を与えて離脱する。残った僅かな突撃級とその後ろに控えていた他のBETA群に対してはフルアーマードの重ガンポッドと帝国軍戦術機の突撃砲による正面からの分厚い弾幕によって殲滅する。

 その後新たなBETA群が侵攻して来るが、それも補給を済ませたスカル大隊が再度突入して同様の戦法で殲滅。しかし、フルアーマードの搭載ミサイルが底を尽くとラビット小隊による撃破数が落ち始める。既に5度目の戦闘に突入している今、フルアーマードはアーマードパック内のミサイルを撃ち尽くしており、2種類のガンポッドとアーマードパックの連装レーザー砲による中距離砲撃戦を展開。未だに近距離戦闘の間合いに侵入させていない為撃墜された機体は帝国軍機にも居ないが、それもいつまでも続かないだろう。現に、最も厳しい戦闘を繰り返しているスカル大隊では損傷した機体が出始めている。目の前に飛び出してきた突撃級や要撃級を避けようとして高度を上げてしまった機体の片翼が光線級に撃ち抜かれたり、長時間に及ぶ連続戦闘に機体にトラブルが生じたりと戦死者は居ないものの限界が近づいていた。

 

 

「…スカル大隊を引かせろ。代わりは我々が務める。奇数班は俺、偶数班はカナンが指揮」

 

 

「了解。ナイト1よりナイト各機。スカル大隊に代わり、ナイト中隊が切り込み隊になります。ナイト2は4,6,8,10,12を指揮してください。

 続いて、ナイト1よりスカル大隊各機。後退してください。ナイト中隊が引き受けます」

 

 

 指示を回してもらい、その間にアイドリング状態だった機体のステータスをチェックする。弾薬は満タン。各部異常無し。ガウォーク形態で待機していた機体を浮かび上がらせる。整列していた中隊の各機も同じように浮かび、一斉にファイター形態へ変形する。BETA第2陣が上陸を始めて既に24時間を超えている。ナイト中隊で撃墜は1機。死者は無し。撃墜されたナイト6も、今回の補給の間にクォーターから予備機を送って貰ったお陰で戦線には復帰している。しかし戦闘に続く戦闘で機体にもパイロットにも相当な負荷が掛かり始めている。もう2,3のBETA集団の殲滅が完了すれば1回引き上げた方が良いかも知れない。交代要員として休息に戻していたアポロ大隊と、環境艦の治安維持に残していたフルアーマードのもう1大隊を送るように指示を出す。

 低空を高速で飛翔しながら部隊を半分に分け、左右に散らせる。海峡を超えれば防衛部隊の姿が見え、突貫工事で築いた簡易な補給基地に辿り着いた。もう少しで後退させる連絡は行っているため、フルアーマードの大隊は持ち込んだ補給物資全てを使い切るつもりで予備のガンポッドも引っ張り出してきている。戦死者を出すことなく防衛線を維持できているためか帝国軍の方も士気は高いようで、地上に出ていた整備兵らしき男達が通り過ぎるゼロ達に拳を突き上げている姿をカメラが捉えられていた。軍上層部の方では一部違うが、最前線の兵士達からはかなり受け入れられているらしい。平時であれば何かしらのパフォーマンスでも入れてやりたいが今は戦時だ。そのまま通り過ぎ、少し内陸に入った辺りで機体をガウォーク形態に変えて着陸する。再びアイドリング状態に戻して後は索敵班が敵集団を見つけて予測侵攻ルートを導き出すまで待機だ。

 

 

「…そう言えば、環境艦に収容した避難民はどうなったか報告は来ているか?」

 

 

 待機している間は周辺警戒も交代制なので空き時間は多く、その時間にふと思いついたことをゼロは背後の百式に訊ねた。百式はサッと機体の通信ログに目を通し、その中から環境艦についての報告ファイルを見つけると開いて目を通す。

 

 

「はい、暴動や混乱もなく比較的落ち着いているようです。避難民の大半は海岸エリアや放牧エリアに集中しているようで、機密区画への侵入者も10名を切っており対処完了しています。配膳した食糧も合成物ではないため好評を得ているようですね」

 

 

 負傷者に関しても医療設備を開放しており献血を募ったり、治療を施したりしている。尤も、外科医などは居ないため基本全自動で機械が管理しており、医療ポッドや回復促進の医療用ナノマシンを中心とした治療法で、この世界の人間にとっては違和感しかないだろう。それでも患者は暴れたりすることなく治療を受けているため警備を担当しているレアリエンは手間が省けて助かっているらしい。

 基地へと改修した機密区画への侵入者も無害な正真正銘の迷子が半数を占め、残りは他国と仲のいい所謂密告者だったそうで、後者の中でも特に抵抗的だった者は現在環境艦内の孤島でサバイバルに勤しんでいるらしい。警告や艦内での注意事項、違反者への処置等は予め通達しておいたので、文句を言われる筋合いは無い。一応最低限の飲み水とサバイバルナイフ一本は放置した地点の近くに落としておいたというし、バルキリーが定期的に哨戒するため死にはしないだろう。

 

 

「西北西、12kmに新たなBETA群を発見。防衛部隊にデータを転送します」

 

 

「頼む。中隊全機、戦闘準備!第1部隊20秒で離陸!」

 

 

 レーダーに新たなBETAが表示され、百式が後方の補給基地に展開している部隊に規模と予測侵攻ルートを算出したデータを送信する。その一方でゼロ自身も通信機を通してナイト中隊に出撃命令を出す。そして機体の出力を戦闘状態まで引き上げ、計器を確認して異常が生じていない事を確認して離陸する。それに続くようにゼロの後方でも5機のVF-19がガウォーク形態で浮遊する。

 

 

「ナイト中隊、出るぞ!」

 

 

 ゼロが叫ぶと同時に6機のVF-19が一斉にファイター形態へ変形して飛ぶ。少しの間縦一列の隊列を組んで飛翔していると、頭上を高い熱量を持ったナニかが一瞬で通り過ぎ、先の大地に落ちて灼熱の華を咲かせた。VB-6の320mmレールキャノンの砲弾だ。広範囲を巻き込んだ爆炎の中から砲撃で吹き飛んだBETAをものともせずに前進して来る後続のBETAがワラワラと姿を現す。

 

 

「エンカウント!全機、オープンコンバット!突撃級を最優先!」

 

 

 バトロイド形態に変形してガンポッドとミサイルを疾駆する突撃級の中でも最後列に居る個体の横っ腹にブチ込みながら叫ぶ。ゼロを始めとした4機が前衛に立ち、足を止める事なく駆け抜けながらガンポッドとレーザー機銃で掃討戦を開始する。火力の高いミサイル系は敵集団の内側に入ってしまえば扱い難いために撃っていないが、肉質の柔らかい背面を狙っての攻撃なのでガンポッド等でも10発程叩き込めば行動不能にまで追い込むことは出来る。絶命はしていないが移動が出来なくなっていればそれでよく、前衛4機の攻撃に耐えた個体を後衛に就いた2機が追撃を撃ち込む。動けなくなって倒れた突撃級はその状態でも14mはあり、ガウォーク形態をとったバルキリーなら充分に隠れる事が出来る。前方から同じようにして哨戒してきたカナンの率いている部隊と交錯した後、ガウォーク形態で動けない突撃級を光線級からの盾にするように回り込んでホバー移動する。こうすることで要撃級や戦車級と言った突撃級の直後について来る筈のBETAが倒れている突撃級を乗り越えて来なければならなくなり、進軍スピードが格段に落ちる。その隙に連携らしい連携をしないで真っ直ぐに突き進む残った突撃級を背後から攻撃を加える。こうして突撃級による簡易防壁を2層作ったところでナイト中隊は離脱を計る。これが大隊規模での哨戒であったなら弾薬に余裕があって最低でももう1,2層作れるのだが、中隊は大隊の3分の1しかいないのだ。一度目の哨戒で3分の1の機数と同等の戦果を挙げたのだがそれで限界だった。

 

 

 結果として、今回の戦闘で防衛部隊は遂に近接戦闘を繰り広げた。簡易防壁によって密度の増したBETA群に対してVB-6や帝国海軍の軍艦、陸軍の戦車隊からの波状攻撃が撃ち込まれたのだが殲滅には至らず、戦闘を駆け続けていた突撃級の集団と格闘戦一歩手前まで行き、警戒したVF-11Cがアーマードパックをパージしたのだが、減少した火力では砲撃を切り抜けた残党を抑えきることが出来なかった。帝国軍の戦術機は74式近接戦闘長刀を抜き放ち、VF-11も戦術機の短刀を借りて突貫で取り付けた銃剣で斬りかかったり、銃身が焼き付くまでトリガーを引きっ放しにして近距離砲撃戦を繰り広げたりした。そしてフロンティア船団側には居なかったが、帝国軍の方で遂にこの防衛線初の戦死者が出た。新兵が乗っていたという77式撃震が4機大破し、乗っていた衛士も1人しか遺体が回収出来ない程だった。それに加え、補給基地にまで兵士級と闘士級といった小型種が数匹侵入し、衛兵8人と整備兵2人が戦死した。この小型種は補給基地の機械化歩兵と整備用に派遣されていたレアリエンがEXギアを使用して撃破した。

 その戦いから二日後、侵攻しているBETAが中隊規模での散発的なモノになってきたため戦死した14名の簡素な追悼式がつい先ほどまで行われていた基地の片隅でゼロ達ナイト中隊はクォーターへの一時帰還準備を進めていた。先の戦闘でアーマードパックをパージしたVF-11の大隊はもともと限界が来ていた事もあって戦闘の翌日に帰投している。その際、アーマードパックの残骸は簡単な即席地雷としてリアクティブアーマーを起動し、ビーム砲のジェネレーターも外部からの暴走が可能な状態にしてBETAの侵攻が多かったルートに適当に埋められている。BETAがそのルートを通った際に一切の躊躇いも無く爆破すると宣言したため、衛星からの監視で軽く確認したところ盗人は出なかったし、実際に起爆した際も変な箇所で爆発した形跡はなかった。

 

 

「…さて、帰ったら再出撃の前に美味いもんでも食いたいな」

 

 

 アポロ大隊や交代のVF-11の大隊が到着した基地を後にし、海上で待つクォーターへ帰投しながら誰にともなく呟く。実際、基地では最初はともかくだんだんと歓迎されてきており、絶大な戦闘能力を持つ機甲戦団の代表ともなればそれなりに品の良い食糧を分けて貰えた。飼い慣らすための餌のようなモノで、この世界の食事としてはまぁまぁ美味しい部類に入るのかも知れない料理だったが、残念ながら合成品を扱っていない船団の食事と比べれば数十段ぐらい落ちる。口にすると問題になるので黙っていたが、クォーターでの食事が日を追うごとに恋しくなっていったほどだ。そしてそれはカナン達も同じようで、失礼にならない程度に食べてから貸し出された区画で持ち込んだレーションを齧っている姿を何度か見ている。

 BETAが侵攻を開始した時には頭上に在った台風もとうの昔に列島を通過し、青く澄んだ夏の空が広がっている。何もなければ眼下の海に思いきり飛び込みたい天気の中飛行するゼロ達が後10分ほどでクォーターとの合流地点に到着しようという時分、突如として緊急通信を知らせるアラートがコックピット内に鳴り響いた。

 

 

『ゼロっ!』

 

 

 即座に百式が回線を繋げ、切羽詰った表情のモモが目の前に開いたウインドウに映し出された。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『兵庫県南西部に……母艦級らしきBETAが出現しました!』

 

 

 どうしたと、問おうとしたゼロを制して発せられたモモの言葉にゼロの顔が青褪めた。

 




今回も5000弱と、一ヶ月かけた割には短いです…。ですが、一応キリが良いところな上、この次は舞台を移す予定なので大目に見て頂けると幸いです。


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第20話 嵐山守備中隊、結成

……0時に間に合わなかった。
ケツバットの番組見てたら間に合わなかった……(T_T)


 訓練の修了、臨時任官。7月21日の朝、突如として告げられた通知と兵庫県南西部が出現した正体不明の超巨大BETAによって壊滅したと聞かされた時、斯衛軍衛士訓練学校に通っていた篁唯依達は言葉を失った。確かに、BETAはこの国に侵攻を開始していたし、いずれはこうなるだろうとの覚悟もしていた。しかし、フロンティア船団という勢力の協力を得て九州地方での封じ込めが成功していた中突然の事態に教官の言葉が理解出来なかったのだ。

 唯依達が茫然とする中でも、教官による状況の説明は続く。開示出来る情報としては、出現した超巨大BETAは光線級や要塞級をも含む大量のBETAを吐き出した後に地中へと姿を消したという。この超大型はフロンティア船団側が母艦級と呼称しており、大容量のBETA運搬能力を持つまさにBETAの母艦・空母だという事から正式に母艦級と呼ぶことが決まった。母艦級は非常に硬い外殻を持っており、戦艦の主砲にすら耐えるため撃破するにはそれ以上の火力・貫通力を誇る攻撃を加えるか、開いた口内に戦術核レベルの爆弾を放り込み、尚且つ口を閉じた状態で起爆するしかないとのこと。フロンティア船団では交戦経験があり、母艦として運用しているマクロス・クォーターという戦艦の最大火力や、複数機必要になるがVB-6という砲撃機

による波状攻撃なら有効打を出せるという。そのため、主力中隊を帰還させたクォーターが全速力で母艦級の迎撃に向かったが、惜しくも間に合わなかった。

 惜しくも、というところで海上艦しか知らない唯依達は九州沖から瀬戸内海の兵庫沖までそれ程短時間で移動したのかと驚くが、実際は浮上したクォーターが地上で出せる最大速度で移動したのであり、その速度は海上艦の比ではない。そして兵庫県に到着したクォーターは母艦級から出現したBETA群に対し満足な反撃も出来ず壊滅した姫路基地に代わり、倉敷基地と合同で四国・中国が挟み撃ちを受けないように食い止めている。フロンティア船団の参戦という事実やその船団の使用している技術に関して各国の諜報機関がやっきになって探っているが、表には出て来ていない。

 

 

「貴様らは嵐山補給基地に配属され、異星起源種どもが万が一防衛線を突破し、帝都の直衛部隊と戦闘に入った際の補給支援に当たる。また状況次第では対BETA戦も充分に可能性がある。……嵐山補給基地への移動は一八○○。それまでは自由時間だ。家族に挨拶に行って来い。疎開は始まっているから急げよ」

 

 

 唯依達の配属先が告げられ、教官が教室から出て行く。暫らく沈黙が続いたが、やがて誰からともなく席を立つ。仲の良いグループで集まり教室を出て行く少女らの表情には何も浮かんではいなかった。訓練が終わり任官したという喜びも、間もなく戦争になるという現実も、何もかもが信じがたいのだろう。

 

 

「……こうしていても仕方ありません。私達も行きましょう」

 

 

 唯依の隣で沈黙を続けていた上総が立ち上がった。その上総を見上げていた唯依もまた立った。そして続くように志摩子、和泉、安芸と立ち上がる。覚悟が出来た兵士の表情からはほど遠いが、恐怖はない。6人目、訓練期間の途中から入学してきた美与だけは座ったままだったが、彼女は誰よりも早く行動に移しているのを唯依は知っていた。

 

 

「美与?何見てんの?」

 

 

 座っていた座席の関係上美与の机が見えなかった安芸がもくもくと資料に目を通している美与に訊ねる。

 

 

「嵐山周辺の地図よ。訓練兵上がりの私達が活動するとしたら、基地からはあまり離れないでしょうし。地形を理解しておけば立ち回りとかも効率良く出来るしね」

 

 

「でも、その辺りなら飛行訓練で通ったわよね?今更?」

 

 

「あの時は地形の把握には力入れてなかったしね。本当は実際に下見したいところだけど、今は地図で我慢ね」

 

 

 和泉の質問にも答えつつ、美与は地図を畳んで鞄にしまう。他に出していた筆記具もしまうと美与も立った。

 

 

「お待たせ」

 

 

「ううん。それでは、寮の私物を片付けに行きましょうか」

 

 

 唯依を先頭に訓練校の寮へ戻る。美与のような例外を除いて基本的に武家出身者ばかりが集まる斯衛軍の訓練校だけあって寮には個室が与えられている。衣服や教材以外にも私物を持ち込んでいる者も多く、唯依達もまた私物を持ち込んでいた。それらを必要な物のみを箱に詰め、持ち出して貰い、残りは放置する。通常の卒業であれば回収されて来年度の新入生が再利用したり貧困層に配られたりするために業者に回収されるのだが、今回はそんな余裕はないためBETAを撃退して業者が京都に戻ってくるまではそのままだ。時間もないため下着や貴重品と言った他人に見られたくない物だけを鞄に詰め、最後に父の形見である古びた懐中時計を手に慣れ親しんだ部屋を後にする。廊下には上総と美与の姿しかなく、志摩子達は恐らく寮や訓練校での思い出を思い返しているのだろう。それも2,3分もすれば全員廊下に姿を現し、無言のまま歩き出す。入寮する前、毎日訓練校に通学するために通っていた道も無言のままそれぞれの屋敷へと向かい、分かれていく間も静かなものだった。市民の避難も始まっているため街自体には喧噪が溢れているが、武家屋敷の集中している地帯に入るとそうでもなくなる。武家としての誇りから、パニックに陥る事なくそれぞれの為すべき事を為す為に動いている。家族への別れを手短に済ませ、車で軍部に向かう当主を見送った女達が家中達を纏め上げて指示を出し、家宝すら捨てて避難を開始している姿があちこちで見られた。

 

 

「それじゃあ唯依、また後で」

 

 

「うん、また後で」

 

 

 最後まで一緒に歩いていた志摩子とも別れる場所に着いた事で軽く挨拶を交わして別れる。譜代武家である篁家の屋敷は奥地に位置し、一般武家の志摩子や上総達の屋敷よりも遠くまだ少し距離があった。

 

 

「あれ…?そう言えば美与さんは…?」

 

 

 1人になってふと感じた疑問。大陸で家族を失って天涯孤独となった美与は親戚が居るという話も聞かず、早々に別れた今どうしているのだろうか。自分たちが考え事をしていたためにその時は気付かなかったが、どこに行ったのだろう。暫らく想像してみていたが屋敷と出迎えに出て来ていた母の栴納の姿を見て考えを切り上げ、背筋を伸ばし、栴納の顔をしっかりと見つめながら近づいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同刻、間もなく発射する最後の新幹線に大量の市民が押し込まれている様を近くの10階建て程のビルの屋上から見下ろす少女が1人居た。藍色の長髪を朱い髪留めで一房に結った少女は、唯依が思い浮かべていた早乙女美与だ。美与は以前と同じ、小型の通信機を片手に交信を続けていた。

 

 

「はい。今晩から嵐山補給基地に配属されます。BETAの侵攻状況から考えて明日の夜実戦投入かと」

 

 

『――。―――――』

 

 

「本当ですか!?…分かりました。時間になり次第、ビーコンを起動します。受領後はどのようにすればよろしいですか?」

 

 

『――――――』

 

 

「了解。時間合わせ、お願いします。カウント35時間22分00……4、3、2、1、スタート」

 

 

 通信機とは異なる小型の端末を足元に置いていた鞄から取り出した美与は、それについているボタンを操作して時間を打ち込み、カウントと共に起動する。すると一秒ごとにカウントダウンが始まった。

 

 

「カウントの正常稼働を確認。続いて、ビーコンのテストを行います。よろしいですか?」

 

 

『――』

 

 

 答えを聞いた美与は通信機のボタンの1つを押す。すると赤いランプが一定間隔で点滅を始める。5秒ほど点滅させた後にもう一度同じボタンを押して点滅を止める。

 

 

『――。―――』

 

 

「はい、分かりました。では、また」

 

 

『――』

 

 

 確認すべきことを確認しきった美与は交信を切った。出していた機材を鞄に仕舞い込み、ふと西の空を見やる。青い空と白い雲の広がる一見平和な空だが、時折光の柱が空を貫いている。常人であれば見えないであろうが、生憎と美与は普通とは異なっている。故に、戦場で挙げられた破壊の光が見えていた。

 

 

「……嫌な感じね」

 

 

 空を睨み、小さく呟いた美与はそのまま路地裏へと飛び降りて誰にも見られずに姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして夜。嵐山補給基地に正式に配備された唯依達は簡略化された着任式を経た後、受領された戦術機の格納庫に籠っていた。任官した事によって使用する機体は82式瑞鶴へとなる。訓練校で使用していた77式撃震の国産改修機で、唯依の父と父替わりである巌谷榮二少佐によって生み出された斯衛のための刃。唯依にとって感慨深い機体だが、出撃までに撃震との違いを実際に把握しておかなければならず、整備班とともに機体の調整に専念していた。

 

 

「火を入れてみます。離れてください」

 

 

外部で作業をしている整備班に向かって警告してから機体を起動させる。主機に火が灯り、唯依の網膜上に直接外の景色が映される。と言っても映る景色は格納庫の中だけ。中隊長を務める斯衛軍大尉の紅い瑞鶴と唯依の山吹色の瑞鶴。他は全て白の瑞鶴で、斯衛軍の仕来りに従って出身武家の格式ごとに機体のカラーリングが異なっている。そんな中、一台の戦術機輸送車が格納庫に侵入してきた。荷台には剥き出しのままの瑞鶴が積まれており、その色合いは黒。武家以外の斯衛衛士の乗機を表す色で、美与の機体だと即座に判断出来た。その瑞鶴に美与が駆け寄っているのが見えるので、その推測は正解だったようだ。

 

 

「あれ…?」

 

 

「どうしました?少尉」

 

 

 スムーズに起動して立ち上がった美与の瑞鶴の、教本のような綺麗な動きを見ていた唯依はふと違和感を感じて声を出していた。それを聞き付けた開きっ放しの管制ユニットの近くで計器の調整を行っていた整備士の少女が訊ねる。

 

 

「美与さん……早乙女少尉の機体なのだけど、アレは…」

 

 

「…あぁ、黒は基本最前線に送られてますからね。機体に余裕がないので前線から整備に戻って来た機体を突貫修理で持ち込んだらしいですよ」

 

 

 武家でない斯衛は帝都の直接守備に就く事なく最前線でBETAの進撃を食い止めるための先鋒に組み込まれている。そうでない者も居るがそう言った者は基本的に五摂家直属の部隊として配備されており、個人を守るために戦う事になっている。もともと数が少ない中、既に多数の黒は配備先が決まっており、予備機が足りていない。寧ろ、任官したばかりの唯依達に新品の機体が回される事自体他の軍では異例なのだ。美与に与えられた機体は前線で酷使されて送り返された物を修理した機体。満足な整備も出来ていないのではないかと不安を感じる唯依だったが、当の美与は一切気にしてはいなかった。

 そしてその美与は機体をハンガーに固定した後、協力している整備士達が唖然とする速度で機体に接続したコンピュータを使って調整を行っていた。センサー系統のチェックを行い、OSに介入して姿勢制御や自動操縦のプログラムを自身の扱いやすいように改変していく。本来であれば許されない行為なのだが、その速度が速すぎる事と、モニターを覗き込める距離に居た整備士達がプログラム関係にそれ程強くなかった事が幸いして気付かれることはなかった。

 

 

「ゼロ達の言っていた通り、本当に無駄の多いOSね。…出来れば唯依達のOSも書き換えて挙げたいけど、させては貰えないでしょうね」

 

 

 誰にも聞こえないように、ポツリと呟いた美与は機体の起動スイッチを押して停止させる。整備士達はこれから前線に送り出す補給物資や一端帰投した機体の整備に忙しくなるため、最後の整備になると言って美与の瑞鶴の装甲を少しだけ開いて配線に異常がないかなどの簡単なチェックを行っていく。その忙しさから通常であればそう簡単に変わらないOSを再確認することはないだろうと思うが、念のためにダミーの通常プログラムを流してから機体から降りた。

 

 

「瑞鶴、短い間だけど、力を貸して頂戴ね」

 

 

 コツンと、足先の装甲を軽く打ち、瑞鶴に話しかけた美与はそのまま格納庫を後にして待機室へと向かった。強化装備の上から羽織ってから行くとそこには着座調整を終えていた唯依達が既に集まっており、テーブルを囲ってお茶を飲んでいた。

 

 

「美与さん、どうぞ」

 

 

「ありがとう」

 

 

 美与が一席だけ空けられていた席に腰を下ろすと、上総がコップに急須からお茶を酌んで差し出した。それを受け取って一口含むとふぅ、と一息吐いた。

 

 

「い、いよいよ……なんだよね」

 

 

 仲の良いメンバーの中でも最も小柄な少女である安芸がお茶の入ったコップを両手で挟み込みながら呟いた。その手は目に見えて震えており、その目には恐怖が浮かんでいる。それを見た唯依達の表情が曇るが、美与だけは平然としていた。

 

 

「……ねぇ、何が怖いの?」

 

 

 不意に切り出した美与に唯依達の視線が注目した。しっかりと自身が注目を集めたのを確認した美与は言葉を続ける。

 

 

「BETA一体一体は大したこと無い。厄介なのは数だけ。その数も、私達が落ち着いてちゃんと連携すれば大したことないわ。怖いと思うのは人間なんだし当然でしょうけど」

 

 

「美与は…BETAが怖くないのかよ」

 

 

「そんなの怖くないわ。でも、貴女たちの誰かが居なくなるのは嫌」

 

 

「私達…?」

 

 

「えぇ。と言うより、親しい人たち…かな。私がここで戦う理由は、貴女たちを死なせないため。貴女たちは、何のために戦うの?」

 

 

 安芸と和泉が弱々しく問いかけるのに対して美与は即答で返す。そして何のために戦うか。その問いに即答したのは唯依だった。

 

 

「帝国のため、将軍のため、市民のため。それが私達武家に生まれた者の務め。だから――」

 

 

「――それが唯依…貴女の戦う理由?」

 

 

「え、えぇ…」

 

 

 唯依に向けられる美与の視線が鋭くなる。別れ際、母に背を押されて固めた意志が僅かに揺らいだ。

 

 

「……まぁ、それでも良いけど。その理由はあまり長続きしないわ。顔も知らない、不特定多数のために戦うのは途中で苦しくなるわよ?」

 

 

「そんな事ないわ。いつまでも、私のこの思いは分からない」

 

 

 暫し睨み合いが続くが、美与の方が不意に視線を和らげた。あまりに突然の事だったので唯依は勿論、こんなタイミングで喧嘩かと焦り始めていた上総達も呆けてしまった。

 

 

「固いわねぇ。でも…ま、そこが唯依のいいところなんでしょうけど。

 ねぇ、和泉…貴女はどう?」

 

 

「えっ!?私!?」

 

 

行き成り話しを振られた和泉は大いに慌てた。

 

 

「わ、私もええっと…唯依と同じ、かな?」

 

 

 視線を上下左右に振りながら、最終的に唯依に合わせながら和泉は答えた。その答えに美与はニヤリと小悪魔めいた笑みを浮かべた。

 

 

「へぇ…彼氏君は違うの?どんな人かは話にしか聞いた事ないけど、和泉のためって言うんじゃない?」

 

 

「え、えぇっ!?い、いや…そそその…」

 

 

 BETAとの戦闘が未だ続いている九州戦線に配属されている和泉の彼氏。その彼氏の事を言われて純粋に慌ている和泉を見て場が少し和む。そして和泉は和泉で頭の中の彼に真剣な表情で「僕は君のために――」と言われて茹っている。

 

 

「私はそんな理由での方が人は強く成れると思うわ。というか、そっちの方が人間らしくない?」

 

 

「まぁ、確かにそうですわね」

 

 

「でも私達ってそう言うの無いのよねぇ」

 

 

 美与に賛同する上総と頬に手を添えて溜息を吐く志摩子。訓練校は女子校で男は精々教官しか身近に居なかった唯依達には色恋沙汰というのは縁が薄い。唯一彼氏持ちの和泉も恥ずかしがって普段はこう言った話を滅多に持ち出さない。

 

 

「そうだ!ねぇ、和泉!その彼氏君は大丈夫なの!?」

 

 

 和泉の彼氏が九州に居る事を思い出した志摩子が身を乗り出して和泉に訊ねる。それを受けて唯依達も気になって和泉に注目が集まった。

 

 

「あ、うん。彼も、彼の配属されてる部隊も全員無事だって」

 

 

「本当!?」

 

 

「もう2週間戦闘が続いているのでしょう?それで、誰も…?」

 

 

「うん…。基地に来る前に電話した時に、詳しくは軍機だって教えてくれなかったけど……」

 

 

「へぇ…。じゃ、じゃあさ!BETAって教官が言ってた程強くないのかもね!」

 

 

 急に強気に成り出した安芸。もともと明るくムードメーカーの素質のあった安芸のその雰囲気は唯依達にも伝播する。少なくとも初めの頃のような恐怖や不安からくる緊張した雰囲気ではなくなった。BETAなんか大したことない、私達が倒してやる。そんなやる気が出てきている。

 

 

「嵐山守備中隊!起立!」

 

 

「っ!中隊長に敬礼!」

 

 

 少しだけ雰囲気の明るくなった待機室に踏み込んで声を張り上げた紅の強化装備を着た女性を見て唯依が号令を掛け、室内に居た全員が直立して敬礼する。今回の部隊の中隊長を務めることとなった斯衛大尉は返礼をした後、サッと室内を見渡して指示を出した。

 

 

「第1小隊は夜間警戒のため厳戒態勢で待機!第2、第3小隊は交代に備えて仮眠室で休息を摂れ!」

 

 

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

 

 室内に居た全員の声が重なり、命令に従ってそれぞれ動き出す。唯依と志摩子、和泉、安芸は第2小隊。上総と美与は第3小隊のためまずは休息が命じられたため仮眠室に向かう。簡素なベッドで、布団も薄く寝辛いが眠れる時に寝ておかなければならない為唯依達は無理にでも寝ようと布団に包まれる。

 

 

「皆……絶対、生き残ろうね」

 

 

「「「えぇ」」」

「「うん」」

 

 

 眠りにつく直前、唯依が掛けた言葉に5人全員が力強い返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして翌日の日の沈んだ時。BETAの一集団が防衛戦を突破し、嵐山補給基地の目の前にまで迫って来た。当然、緊急発進の指示が出され、唯依達はそれぞれの機体に乗り込んでいく。そして美与もまた、補給基地唯一の黒の瑞鶴に乗り込み、長刀と突撃砲、多目的追加装甲を1つずつ手にした迎撃後衛装備で射出台に機体を固定する。

 

 

「……さぁ、瑞鶴。無茶するけど、お願いね」

 

 

 愛機となった機体の操縦桿を優しく撫で、視線を腰にアタッチメントで取り付けた端末にやる。カウントダウンは継続されており、残りは3時間弱。それまで機体をもたせつつ、全員を助ける。不可能かも知れないが、初めから諦める訳にはいかない。

 

 

『ブラスト・オフ!』

 

 

 先に出ていた中隊長を追うように唯依の山吹の瑞鶴が飛び立つ。追って志摩子達の瑞鶴も発進し、第3小隊の小隊長である上総が発進した。次は美与の番だ。

 

 

「早乙女美与、出ます!」

 

 

 ペダルを強く踏み込み、2基の跳躍ユニットが火を吹いて機体を押し出す。

1998年7月22日。嵐山の夜空に12羽の鶴が飛び立った。

 

 

 

 




今回はアニメ・TEの第1話に相当する話ですね。
本当はもう少し、BETAと接触するところで切ろうと思っていたんですけど、テレビ以外にも携帯会社の変更によるアドレスとかの再設定で断念……。


ps:前書きの顔文字。初めて使うんですけど『しょんぼり』で意味あってますかね?


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第21話 夜天に鶴が舞う

どうも皆様、1年と五ヶ月半月振りでございます。殆どの読者の方には忘れられる、諦められていたでしょうが、感想欄で更新を期待されましたのでちょっとずつ書いていた物を時間も空いたので急遽完成させました。
 一年程放置、その後約半年かけて書いていったものなので文体等で違和感が見受けられるでしょうが、御容赦願います。


 

『第2小隊は突撃級の殲滅』

 

 

「第2小隊、了解!」

 

 

 唯依が小隊長を務める第2小隊に中隊長からの指示が下る。指揮下に入っている志摩子や和泉、安芸を代表して唯依が返答する。

 

 

『俺の率いる第1小隊は第3小隊を支援!第3小隊は要撃級を各個撃破しつつ光線級の撃滅を最優先とする』

 

 

『第3小隊、了解』

 

 

 第3小隊は上総と美与の小隊。唯依と同じく小隊長の上総が返答し、中隊全機が待機状態から機体を立ち上げる。地形の起伏を利用して潜んでいた場所から立ち上がると、目視出来る距離に土煙が上がっている。

 

 

「…来た。あれが、BETA!」

 

 

 忌むべき異星起源種。その生理的悪寒を掻きむしる異形が群を為して押し寄せてきている。先鋒は速力の最も優れた突撃級。

 

 

『迎撃シフト、アローヘッドワン!』

 

 

 中隊長により選択されたのは突破力を重視した陣形。第1小隊を先頭に第2、第3小隊が槍のように鋭く食い込む事の出来るように組まれた陣形を即座に組み上げる。

 

 

『全機、兵器使用自由!行くぞ!!』

 

 

 突撃砲と長刀、短刀。更には追加装甲の指向性爆薬。その全ての使用が許可され、中隊が一斉に進軍を開始する。跳躍ユニットの推進剤を温存するために主脚歩行による全力走行。訓練校での成果を発揮し、陣形を乱す事なくBETAの群に突撃する。

 

 

『う、うわああッ!!』

 

 

 BETAとの距離が縮まるに連れて恐怖心に駆られた志摩子が叫びを上げながら突撃砲を乱射する。その弾丸の全ては接近する突撃級に命中するが、そのどれもが装甲殻に弾かれてダメージを与える事が出来ない。

 

 

「訓練を思い出して志摩子!突撃級は!!」

 

 

 装甲殻が無く柔らかい背中を狙う。それが訓練校で教官に教わった突撃級との戦い方。

 突撃級の中でも先頭を走る個体との接触直前で跳躍ユニットを吹かして飛び越えるように地面を蹴る。突撃級に触れることなく上を取った唯依は即座に機体の姿勢を変えて真下を通り抜けようとする突撃級のその無防備な背中に36mm徹甲弾を一斉射。その結果を見ずに姿勢を戻して機体を着地させる。背後ではドウッという突撃級が倒れる音が響く。

 唯依の周囲でも同様の方法で先頭部隊を撃破した瑞鶴達が次々と着地していく。

 

 

『…やった!』

 

 

 そして唯依に注意された志摩子も上空から背中の兵装担架に積んだ状態の突撃砲による射撃で3体もの突撃級を屠っていた。しかし、

 

 

『レーザー注意!!』

 

 

 唯依の機体内に警報が鳴り響き、中隊長の警告が飛ぶ。ハッと上を見上げた唯依の視線の先では志摩子の駆る白の瑞鶴が未だに上昇を続けていた。

 

 

「駄目、志摩子!高すぎるッ!!」

 

 

 警報が鳴ったという事は光線級がその魔眼を此方に向けているという事。そんな状況下で迂闊に高度を上げれば…。

 志摩子にそう警告を発しようとする唯依の視界に突如として黒い影が割り込む。その影は跳躍ユニットの白い軌跡を引きながら志摩子の瑞鶴に猛烈な速度で迫る。

 

 

『えっ…』

 

 

 唯依の声に反応した志摩子。その眼前には黒い瑞鶴が命一杯に映っていて右腕を伸ばしていた。

 

 

『下がりなさい!』

 

 

『キャッ!?』

 

 

 そこからの一瞬の内に起きた事は見ていた唯依には信じ難い出来事だった。

 黒い瑞鶴が志摩子の瑞鶴の足を掴み、思いっきり下に向かって引き摺り下ろした。志摩子の悲鳴と中隊にたった1機の黒の瑞鶴を駆る美与の怒声が響く。志摩子を引き摺り下ろした反動で志摩子機と位置を入れ換えるように上空に姿を晒した美与機は上体を反らし、跳躍ユニットの向きを真上に向けて一瞬の停滞も許さずに落下する。しかし、既に光線級の魔眼は志摩子機を捉えていたようで、灼熱の光線が駆け抜ける。そして唯依には必殺の一閃が美与機を貫いたように見えた。

 

 

「美与さん!志摩子ッ!」

 

 

 思わず悲鳴にも似た声を上げてしまう唯依だが、美与と志摩子の2機は無事に着地を決めていた。志摩子の機体に外傷はなく、美与の機体に関しても左手に保持した盾の上半分と左肩の装甲の大半を失うという程度の損傷に抑えていた。

 

 

『早乙女少尉!無事かっ!?』

 

 

 中隊長が美与の安否を確認しようと通信を繋げると、美与機は半分以上が融解した肩部追加装甲をパージしながら機体を立たせる。

 

 

『こちら早乙女。問題ありません、戦闘続行可能です』

 

 

 指向性爆薬の装填された盾は防具としては役に立たなくなったが、まだ武器としては使用可能であるためか保持したままの瑞鶴からの通信に中隊一同の表情に安堵の色が浮かぶ。見敵からわずか数十秒で危うく1人欠ける所だったのだ。対BETA戦の理不尽さが全員の意識に染み渡る。

 

 

『甲斐少尉、早乙女少尉に感謝しておけよ。

 全機、仕切り直しだ!』

 

 

 今唯依達が居るのはBETA先鋒、突撃級とその後ろに続く小型と中型種の間なのだ。既に戦車級の紅い波が近くまで迫っていた。さらに背後には先ほど飛び越えた突撃級が唯依達に目もくれずに京都を目指している。唯依達第2小隊に与えられた任務はその突撃級の殲滅だ。即座に反転し、その無防備な背中に劣化ウラン弾を撃ち込んでいく。

 対人探知能力の低い突撃級は背中から撃たれて同族が次々と屠られているというのにも関わらず依然として前進を止めない。そんな突撃級の殲滅は難なく完了した。突撃級を追って中隊本隊との距離が開き過ぎていた唯依達は動いている突撃級の姿を確認した後、合流を図るべく跳躍ユニットを吹かした。

 

 

『こんのぉぉぉお!』

 

『はぁぁぁっ!』

 

 

 第1小隊と第3小隊が叫びながら突撃砲を撃ち、近接長刀を振り下ろしている。既に戦闘開始から5分。訓練学校で習った死の8分の半分を超えている。だというのに、新兵ばかりの中隊で1人も脱落者が居ない。死の8分など、結局は新兵の気を引き締める為の教官たちの脅しだったのかと通信の向こう側で安芸達の話が聞えるが、そうではないのだと小隊の中で先頭を行く唯依には見えていた。

 

 

「……凄い」

 

 

 黒い瑞鶴が全身からドス黒い液体を滴らせながら戦場を所狭しと飛び回っていた。指向性爆薬は早々に使い切ったのか、すでに盾を装備していない瑞鶴は右手に突撃砲を、左手に近接長刀を握ってBETAの群を引っ掻き回してヘイトを集めている。左肩の装甲がなく、重心のずれた機体の特性を上手く活かして唯依には予測不可能な機動を繰り広げる瑞鶴。安芸達もその姿に気付いたようで、その凄惨な戦いぶりに息を飲んでいた。

 

 

――旋回機動の途中で放たれた弾丸は適格に要撃級の腕や脚の関節を穿つ。

――振るわれた長刀の一閃は群がっていた戦車級を纏めて斬り裂いていく。

 

 

 到底、唯依達に真似出来るイメージの湧かない戦闘機動。第3世代機である不知火や開発途中の最新鋭である武御雷ですら可能かどうか怪しい。いくら訓練兵時代に斯衛に推薦される程であったとは言え、本当に唯依達と同期なのか。美与の鬼神の如き戦闘を見てそのように思ったのは唯依だけではなく、至近で見ていた中隊長もだった。他の第3小隊を置き去りに突出した美与のサポートに回っていた彼女は美与の戦闘能力に驚くとともにその視野の広さにも舌を巻いていた。最前線に1人立ち、ベテランである彼女ですら満足に援護出来ない程激しく動きながらも時折、部隊員の死角から迫っているBETAに向けて数発ずつ36mmを発砲している。仕留め切れてはいないが、それでも誰かがそれに気付いて止めを指している。11人の新兵全員が死の8分を乗り越えようとしている。その原因は間違いなく美与にあった。機体は全くの同じ筈、しかし何かが決定的なまでに違っている美与の機体。その何かが分からないが、いつか彼女の立つ頂に辿り着きたいと唯依は強く想った。

 

 

 

 

 

 

 

『くっ!マニュピレーターが…!』

 

 

 何度目か分からない剣撃を低空で掬い上げるように繰り出して要撃級の左足全てを切り飛ばした美与が悪態を吐きながら短距離跳躍で後退してくる。長刀はその場に取りこぼされ、隊長機の傍に下がって来た美与の機体を見れば左手の指が在らぬ方を向いていた。もともと両手で振るう事で十全の力を発揮する長刀を片手で何度も振り回したのだ。繊細な作りをした指に限界が来て当たり前、むしろ良くここまでもったものだ。

 

 

「よくやった早乙女!休ませてやりたいところだが次は私が前に出る、援護しろ!」

 

 

『…了解』

 

 

 呼吸を整えながら返答する美与に兵装担架の突撃砲を差し出す。数瞬躊躇いを見せた美与だったが、既に残りの武装が突撃砲と長刀が1つずつに短刀が2本で、尚且つ左手で武器を保持できない美与の手数を増やすには左の担架に誰かの突撃砲を装備するしかない。本来なら新兵に自分の武器を預けて自身の手数を減らすような真似はしないのだが、先ほどのような機動を見せた美与にならと中隊長は考えていた。

 

 美与に代わって前に出て思いきり暴れる中隊長。美与程強烈な機動ではないが、基本に忠実にサンプル映像のような理想的として訓練校で唯依達が教わった機動でBETAを屠って行く中隊長と右手と左担架の突撃砲で適格に援護していく美与。その2人だけ明らかに唯依達とは次元が違っていた。

 

 

『やった!やったよ唯依!』

 

 

 要撃級の腕を長刀で受け止めるのではなくいなし、反撃の一閃で撃破する。長刀を巧みに操り、機体に負荷を掛けないようにしてまた一体の要撃級を仕留めた唯依の背後を守っていた安芸が興奮した様子で声を上げる。切り方が浅かったのか、まだ動いている崩れ落ちた要撃級に何度も留めを突き刺す安芸。

 

 

『死の8分を乗り切った!私達これでついに……っ!?』

 

 

 戦闘開始から8分が過ぎ、中隊全員が死の8分を乗り切った。その事に気付き歓声を上げた安芸だったが、その瞬間に彼女の瑞鶴の脚部に突撃級がぶつかった。横っ腹に大量の風穴を空けた突撃級の死骸。安芸はおろか、唯依や近くに居た志摩子、和泉すら気づいていなかったその存在。既に死んでいるが、誰かが撃破してくれなかったなら今頃安芸は恐怖すら感じる事なく絶命していただろう。その事に気付いた安芸の顔が真っ青に染まる。

 

 

『石見さん、落ち着いて。平静を失えば今度こそ危ないですわよ』

 

 

 突撃級の弾痕から射撃された方位を算出して唯依達が視線を向けると、硝煙が立ち上る支援突撃砲を構えた上総の白い瑞鶴の姿があった。小高い丘に登って射線を確保した美与以外の第3小隊は全員存分に射撃と索敵に注意を割けていた。美与と中隊長が脅威度の高いBETAの集団を優先して潰して回っているため唯依達第2小隊と第1小隊だけでも充分対処可能な程度のBETAしか接近出来ず、ポジションを取った第3小隊に至っては殆ど散発的にしか接近されていない。そのため戦場全体を見渡す余裕が出来ており、上総は油断している安芸に突進している突撃級に気付く事が出来たのだった。

 

 

『ご、ごめん…ありがとう』

 

 

『どういたしまして。それより、引き続き護衛をお願いいたしますわ』

 

 

 唯依達の任務は上総達が安心して遠方の光線級や要撃級を排除するために集中出来るようにする事だ。寸でのところで命を救われた安芸も持ち直したようで長刀を構えて近くのBETAに斬りかかっている。その姿に先ほどのような興奮も油断も無い事を見てとった唯依もまた上総達を支援するべく戦闘行動を再開した。

 数十分後、皆懸命にBETAを倒して行っているが、その数は減るどころか益々増えてきている。倒しても倒しても一向に終わりの見えない戦闘に肉体的にも精神的にも疲労が溜まって来ている。もとより新兵であり、若干15,6歳でしかない唯依達の精神への負担は大きかった。集中の隙間を縫って数体のBETAが弾幕を抜けて損傷を受ける機体が出始めてきている。

 

 

『36mmラストマグ!』

 

『120mm残弾無し!』

 

『クッ、突撃砲オーバーヒート!』

 

 

 その上周囲から弾薬が底を尽き始めた報告が上がり、美与に至っては安全装置の発動を解除して強引に使用していた銃身が歪になった突撃砲を投げ捨てている。

 

 

「限界か…」

 

 

 部隊は小破した機体が数機居る程度で損耗は少ないが、衛士の疲労と残りの武装の量からしてこれ以上の戦闘継続は無理と判断し、中隊長は撤退の許可を取るために嵐山のCPに通信を繋ごうとした。

 

 

『左舷より敵増援有り!』

 

 

 狙撃仕様であるが故にカメラ精度が高い支援突撃砲のスコープを覗いていた上総からの悲鳴に近い報告に指が止まる。

 

 

「なんだと!?どうなっている!後続の報告は受けていないぞ!」

 

 

 即座に通信回線を開き、嵐山基地のCPへと繋ぐ。

 

 

「CP!応答せよ!どうなっている!正規部隊はどうした!CP!」

 

 

 中隊長は懸命に声を張り上げるが、返ってくるのはノイズのみ。重金属雲を展開していないため、通信環境はクリアな筈にも関わらずだ。それが意味する事は至極単純だ。

 

 

「壊滅したのか…基地も、正規部隊も…」

 

 

 基地は別ルートで侵攻したBETAに襲撃されたのだろう。正規部隊も、最精鋭とは言わずとも不知火を配備した精鋭部隊だったのだが、物量に圧殺されたのかも知れない。

 

 

「…基地が陥落した今、この場を死守する意味は無しか。

 

後退する!全機跳躍準備!」

 

 

 敵の増援に対処するには全機の残弾数から見ても心許無く、更には士気自体がこの増援で急落してしまっている。例え踏ん張らせても大した時間も稼げないと戦闘終了後の言い訳を考えた中隊長の指示の下、中隊全機一斉にBETAに背を向けて跳躍する。

 戦闘を行っていた地域を脱し、稲田の集中する農村部へ突入。光線級を警戒して高度を下げて連続跳躍で後退していく中、機体管制ユニット内にレッドアラートが木霊した。

 

 

『レーザー警報!?』

 

「案ずるな!この高度なら陵丘が楯になって照射は出来ん!」

 

 

 撤退時において最も恐ろしいのは光線級だ。他のBETAは速度の関係から全くの脅威では無い。光線級による戦術機の攻撃範囲外からの正確無比な狙撃により、背中から撃ち抜かれて撃墜される者は多い。ひよっこに全力後退しながら背後からの狙撃を回避しろなどと言う命令は無茶に等しい。中隊長自身も出来るか怪しいのだ。だからこそ陵丘という天然の壁を用いて光線級の射線を塞いだのだ。

 しかし、

 

 

『っ!まずッ』

 

 

 最後列を跳んでいた美与が切羽詰った声を上げ、瑞鶴を急上昇させた。

 

 

「早乙女!?」

 

 

 その美与の行動に驚いた中隊長だが、その次の光景に絶句した。

 

 

『美与さん!』『美与!?』

 

 

 美与と親しい唯依達の悲鳴のような声。中隊全員が、自分達の頭上で何本もの光の矢に撃ち貫かれた黒い鶴を見た。

 

 

 

 




更新が完全に停止してしまって申し訳ありませんでした。
この作品では読者の皆様の感想や、執筆時の気分で当初の構想から大きく変えた部分が多々あり、また長期の更新停滞によってこの後の展開の構想が頭から飛んでしまいました。ですので、誠に勝手ながら現在の京都防衛戦終了を持って打ち切りとさせて戴きたいと思います。
この場で明記した以上書き切る所存ですので、あと数話ですがよろしくお願いします。


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