Belkaリターンズ (てんぞー)
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運命の夜

 タクシーから降りて感じるのは暖かい春の陽気だった。空が完全に闇に包まれる夜の闇であっても、春である事に変わりはなかった。もうちょっと軽い服装でよかったかもしれないなぁ、と軽く着ている灰色のパーカーを揺らし、脱ぐかどうか数秒だけ迷い、軽くブーツの調子を確かめる様に踏みながら、歩く。今まで使っていたブーツは空港に到着すると共に新しいのに買い替え、捨ててしまった。だから新しく購入したものを履きならしている最中だが、やはり、慣れた道具じゃなきゃ違和感が残るな、と思う。まぁ、それも日常的に使い続けていれば慣れるだろうとは思っている。

 

 だからタクシーから降りた所で比較的にクラナガンの湾岸地帯に近い、路地裏へと入り込み、奥へと進んで行く。迷路のように入り組んだ路地裏を進んで行けば、夜の中にいくつかの気配を感じる―――が、近寄ってくることはない。スラムから比較的に離れているこの付近は治安は良く、無駄に刺激しない限りはちょっかいを出される事もない。これも管理局のおかげだろうか。

 

 そんな事を考えている内に目的の場所へと到着する。夜の闇、道しるべとなる灯が少ないこんな路地裏であろうと、通い詰めた場所であれば目を瞑ってでも到着する事が出来る。その程度には通いなれた()()を路地裏を抜けた、小さな広場に発見する。ミッドチルダを出る前に目撃した通りの場所であり、まったく姿を変える事のない木製の屋台。昔から通っていた場所の変わる事のないその姿を目撃し、そして既に誰かが二、三人程度しか並ぶ事が出来ない席を占領しているのを目撃する。もしかしたら、そんな事を思いながらさらに歩いて近づく。

 

 入口の代わりに飾られている暖簾、そしてこの屋台というものは元々ミッドチルダの文化ではなく、チキュウと呼ばれる世界の文化が何十年も前に輸入されたものらしいが、そのスタイルは一言で例えるなら()()()だ。科学と魔道の融合による技術発達は世界を汚染させながら高いスタンダードで文明を維持している。そんなスタンダードをキープしているミッドチルダからすれば、管理外世界も管理世界も大半は低文明のレベルに入る。実際、チキュウから学べた事は多くない。

 

 だが技術以上にミッドチルダを含む管理世界は、文化の継承や学習を推奨する。

 

 特にミッドチルダはコレ、と言える強い文化が存在しない。新興の世界である事が理由かもしれない。だからこそ、様々な世界の風習や文化を学習し、それを反映している―――この屋台みたいに、民間のレベルでも。

 

 そういう訳で、別の世界の文化であろうと、親しみが存在する。それ故に、そういう文化にも理解はあるから作法も心得ている。というか、個人的に異文化に触れるのが好きなのだ。それが理由で昔はこの屋台に通っていたりしたのだが、

 

「やっほー、先に始めてるで」

 

「おいおい、俺の事を待っててくれてもいいじゃねぇか」

 

 軽く苦笑しながら暖簾の向こう側を見れば、長椅子に座っているのは全身黒のジャージ姿、同色のツインテールが特徴的な少女だ。数年ぶりに見たその姿に溜息を吐き、そして並ぶように長椅子に座る。屋台の反対側には白い服装に帽子を被った中年男性の姿があり、丼を用意しながら此方へと視線を向ける。

 

「何時もの……あぁ、あと酒も宜しく」

 

「あいよ」

 

 数年ぶりだが、それでもそれだけで話は通じるらしい。せっせと丼にクラナガン=麺を移していくのを眺めつつ、右隣に座っている少女へと視線を向ける。その前には大きな丼とクラナガン=麺、そして透明な色の酒が注がれたコップが置いてあった。それを見て何か一言挟もうかと思って―――そして止めた。彼女の姿を見ながらうつむきそっかぁ、と呟く。

 

「そういやぁ、お前ももう16だっけなぁ……」

 

「ミッドじゃ16から飲酒解禁やからねー。まぁ、ベルカの方だともうちょい緩いから前からちょくちょく飲んでいたんけどね。でもこうやって一緒に飲むのは初めてでしょ? 私が飲み始める頃には既に世界外にいたわけだし」

 

「そうだなぁ―――」

 

 基本的なミッドチルダでの飲酒、喫煙の年齢は16だ。それに対してベルカは1、2年ほど早い。それはベルカとミッドチルダの文化の違いから来ることにある。ベルカは戦乱の時期が長く、水が貴重品だった時もあり、水よりも酒が多かった、なんて事もあった。若い子供も戦場へと送り出すそんな地獄の時代、酔いの一つでもしなきゃ現実を忘れる事も出来なかった―――そういう事もあり、酒や煙草の年齢制限に関しては比較的緩い、という特徴がある。これに加えて麻薬も昔は利用していたが、平和な時代になってからはそんなものに頼る者もいなくなり、自然と廃れた。

 

「俺がミッドを離れて四年か」

 

「定期的に手紙は貰っていたけど、基本的に何をしてたん?」

 

 屋台の大将からクラナガン=麺を受け取り、酒を受け取り、割り箸を割ってレンゲを握り、暖かいスープと一緒に麺を啜り始めながらその疑問に答える。

 

「基本的にゃあ経験の穴埋めと馴染ませだよ。体動かしてひたすら反復してりゃあそれで馴染むのは確かだけど、それ以上に()()()()()()ばっかりだから。俺の代で全部終わらせる予定だし。だからな? 基本的には数カ月単位でランダムに管理外世界を回ってたわ。基本的に前半は持ち込みの食べ物で、後半は完全なサバイバル。それを数か月単位一か所でやったら補給とかで離れて別の管理外世界へ―――いやぁ、いい経験になったわ」

 

 割とハードな状況というか、環境というか―――やはり過酷な環境に身を置いて生活すると感覚が研ぎ澄まされるというものはある。だけどそれだけじゃあ駄目だ。重要なのは基礎、そして基本になってくる。野生を経験しつつ、それを忘れない様に、ブレ無い様に生きる。それが重要だ。まぁ、それ以外にも色々とやる事があったのは事実だが、彼女に語るようなことはない。

 

「まぁ、そんだけ好き勝手生きて一族の遺産を食いつぶしてりゃあねぇ。もうウチらしかおらんよ、一族も」

 

「そうだなぁ、親父たちはもういねぇし」

 

 一回食べ始めるとどれだけお腹がすいていたのかを自覚させられる。どんどんと麺とスープを胃袋の中へと流し込みつつ、もう一族の残りは自分と、そして横にいる少女の二人だけだという事も思い出す。横の少女とは腹違いの兄妹だ。そして母も、父も、そして彼女の母も、全て同じ一族の出身だ。だけど上の三人は既に死亡している。その為、残されたのは二人だけだ。一族の義務としてなるべく血を濃く残しつつ次世代を生むというものがある。それは一族に継承される特徴を色濃く継承させる為の行為だ。

 

 ―――それが嫌で積極的に武者修行の旅に出た訳だが。

 

「しっかし……お前、最近は調子どうよ」

 

 当たり障りのない感じに話しかけてみれば、ジト目が返ってくる。

 

「なんやその思春期の娘に話しかけるオトンの様な話題の作り方。にーちゃん、別にコミュ障でもなんでもないんやからもっとシャキっとせーや」

 

「シャキっとつってもなぁ……? 数年間会ってないんだからどー話せばいいかぶっちゃけ良く解らないっつーか……? なぁ? お前も微妙にこの気持ちをわかれよ、おい。ほら、こう―――兄妹だろ俺ら!? 理解しろ!」

 

「ハハッ、無茶苦茶言いよるわ、こやつめ」

 

 そんな言葉を彼女は返してくるが、そこに一切の嫌悪感は感じられない。服装は色気のかけらもないジャージ姿だが、その下にはちゃんと女としての体の形が出来上がり始めているのが見える。なんだかんだでこいつも大人への道を進み始めているのだろう。何より、飲酒が出来るというのは昔とまるで違う所だ。こうやって少しずつ、少しずつ知らない内に女になるのだろう。それはなんだか、少しだけさみしい、そんな気分だった。

 

「んで」

 

 彼女が声を挟んでくる。

 

「―――いきなりなんでミッドに戻ってきたん? 結婚? もしかしてウチと結婚してくれるん? ベルカじゃあ成人やで、ウチも」

 

「悪いけどそこらへん一族の掟に縛られるつもりねぇからなぁ、親父もお袋もいねぇし。別件だよ、別件―――ほら、何でも最近、ベルカ自治区の方ではオリヴィエ殿()()の生まれ変わりだとか何だとかがいるらしいじゃねぇか? 風の噂で聞いたからちょっくら確かめておかないといけないかなぁ、って」

 

「ん? あぁ、そう言えば聞いた事あるなぁ―――」

 

 なんでも、と言葉を零す。

 

「―――JS事件で生き残ったオリヴィエ殿下のクローンが今も生きていて、教会が隠しているとか」

 

「へぇ……やっぱマジだったんだ」

 

「うん、らしいね」

 

 気楽そうに彼女がへらへらと笑う。その姿を見て、軽くため息を吐いて、妹分の気楽さに少しだけ、嫉妬を覚える。妹分に継承されたのは戦闘に関する記憶だけだ。それだけだった分、戦闘に関する才能と合わせて凄まじいポテンシャルを発揮する。一族の人間としては非常に完成度が高い―――ハイエンド的な存在だと断言しても良い。それに比べて自分は、一族としては失敗作、だが同時に最高傑作と言っても良い存在になった。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という理由に他ならない。自分の父と母は()()()()()。隣に座る彼女は外から招き入れられた者だった。その結果、彼女は純粋に、戦闘という側面のみを色濃く、魔道の性質や才能を含めて強く継承した。

 

 ―――ヴィルフリッド・エレミアの記憶と無念はここにある。

 

「となるともう数年前からの話か」

 

「らしいねー……どうしちゃったん? 顔を強張らせちゃって」

 

「あ? あぁ、お前がやんちゃしてヴィクターを怒らせていないかどうかを考えたらそりゃあ俺の表情も強張るわ」

 

「酷い!」

 

「酷くない」

 

 泣き真似をしながら右腕にがばり、と抱き付いてくる彼女の姿を―――ジークリンデ・エレミアの姿を見て、姿は変わってきても中身はあんまり変わってないのかもしれないなぁ、と軽くため息を吐き、何時の間にか空になっていた酒のお代わりを頼む。同時にジークリンデを腕から引きはがし、空になっているジークリンデのコップにも更に酒を注ぐ様に大将に頼む。それを見たジークリンデがいやんいやんと言いながら自分の頬を抑える。

 

「このままだと酔い潰されちゃうわー、送り狼されちゃうわー」

 

「安心安定のヴィクタータクシー。安心して眠れ」

 

 送り狼してくれないとやだぁ、と変に駄々をこねるこの愚妹をどうしてやろうか、このまま意識を落として放置してやろうかと考えたが、屋台の大将の視線がどこか、生暖かいものだ。流石に人前でやるのもなぁ、と思い直し、酒を新しく受け取りながらそれを口に付ける。久しぶりに家族と呼べる少女と飲む酒の味は悪くはなかった。少なくとも残された最後の肉親との時間だった、悪い訳がない。

 

 

                           ◆

 

 

「ま、見えてた結果だな」

 

 一時間もすれば完全に酒に飲まれて眠ってしまったジークリンデの姿が出来上がっていた。明らかに慣れていないペースで酒を飲んでいたのだからしょうがないが、どうやら若干舞い上がっていたのかもしれない。今度からは飲み過ぎないように注意してやるか、なんて思いながら大将に電子クレジットで支払いを終えて、ジークリンデを背中におぶさる。昔よりも重くなったジークリンデの感触に苦笑し、あとどれぐらい子ども扱いできるのだろうか、と考える。ジークリンデよりは大人―――と言ってもたった二年しか差はない。二年なんて時間は簡単に過ぎ去って行く。その時、まだ本気だった場合は―――どうなのだろう、断れるのだろうか? まぁ、その時はその時なのだろうとは思う。

 

 ともあれ、背中にジークリンデを背負って、湾岸地帯を港沿いの道を行く様に歩き始める、完全に自分が潰すような形になってしまったのは、反省するべきなのかもしれない。そんな事を考えながらクラナガンに隣接する海を眺めつつ、歩く。

 

「ミッドは変わらねぇなぁ―――」

 

 昼も夜も明るくて、発展していて、騒がしくて―――変わらない。武者修行の旅に、自分の行く先を探す為にもベルカを、そしてミッドを出て数年が経過した。それでもミッドは全く変わらないし、自分もさほど変わらなかった。人間としての成長は、武者修行した程度じゃどうにもならなかった。もっと何年間も世界を、次元を旅して鍛える必要があるのかもしれないなぁ、とは思う。旅は良い。文化は良い。様々な事が学べる、様々な事が身に付く。人との出会いは人生を豊かにする―――旅は楽しかった。

 

 だけども、こうやって、またミッドチルダに戻ってきてしまった。

 

「ヴィヴィ様―――か、お前もさぞや無念だったろうな、ご先祖様」

 

 正直、ジークリンデは幸運だった。エレミア一族の戦闘技能と経験だけを継承して。そこにヴィルフリッドの()()が存在しないから無駄に考える必要も、それに悩まされる必要もない。羨ましく思う反面、これはこれでまた人生の彩ではないか? と思う所もある。それにしたって18のガキは思う事ではないな、と結論付けた所で、

 

 ―――正面に気配を感じた。

 

 俯きがちだった表情を持ち上げて正面へと向ければ、そこには長い緑髪、ツインテールの女が立っていた。白い戦闘装束に特徴的な仮面を被り、目を完全に隠していた。が、その体格とボディラインは惜しげなく戦闘装束が見えているから間違いなく女だとは解る。女から感じるのは明確な怒気―――そして殺意だった。珍しい、ここはクラナガンで、スラム街ならまだしも、ここは夜とはいえ、労働者の多い湾岸地帯なのだ。こんなところで犯罪を犯すような真似をする存在は、その危険性からほとんどいない。

 

 特にクラナガンと言えば次元世界を管理する管理局のお膝元―――そんな所で犯罪に走る馬鹿はなかなか見ない。だから今、目の前で繰り広げられている光景は、非常に珍しいものだった。あぁ、どうするべきか。そんな事を悩みながら、口を開こうとして、

 

 先に相手の声が聞こえた。

 

「―――ヴィルフリッド・エレミア……!」

 

「こりゃあ運命を信じたくなるな」

 

 女が絞り出すように吐き出した怨嗟の言葉はヴィルフリッド・エレミア―――もはやエレミアの記憶の中でしか名前を残さない存在だ。故にその名を知っている存在は非常に限られる。たとえば―――戦乱のベルカ、その記憶を継ぐ者、等。そしてその名を怨嗟と共に吐き出す人物をおそらく、一名しか存在しない。

 

「化けて出たか、覇王(クラウス)

 

「幾代重ねても消える事のない無念を晴らす為に、化けて出ました―――いいえ、()()()()()()()にこの無念を晴らさせてください」

 

 ―――いっそ、運命的だと表現しても良かった。偶々ミッドにオリヴィエのクローンの話を聞いて、それを確かめて、ヴィルフリッドの記憶にケリをつけようと考えて―――そして帰ってきたその日に、緑髪の覇王(クラウス)と出会う事が出来たのだ。これ以上のドラマチックな展開もないだろうと思う。だから小さく笑って、背負っていたジークリンデをゆっくりと下ろし、近くの倉庫の壁にもたれかかるように座らせる。

 

 かなり飲んだから、おそらくは何があっても起きる事はないだろう―――かなり深く眠っている。

 

 解っている。逃げるべきなのだろう。連絡を入れるべきなのだろう。だがそれとは関係なく、エレミアに根付いた禍根がそれを許さない。本能的に相対しろ、と叫んでいる。だから逃亡という手段が取れない。本当にジークリンデが眠っていて―――いや、この記憶まで受け継がなくてよかった。受け継いでいたら今にも起きていただろう、この気配だけで。

 

()の名前は語る必要はないな?」

 

「あぁ、()にとっては今の名なんて些事ですからね―――()(クラウス)で、貴方(お前)貴方(ヴィルフリッド)で、それで十分でしょう、お互いに。えぇ、こうやって見れば感じ取れます。貴方が()()なんだと」

 

 彼女(クラウス)の言葉に小さく笑みを零す。そうだな、それで十分だ―――ベルカの戦士に戦う意味を問う必要はない。戦意がある。戦意を叩き返した。なら、もうそれで十分だ。この先、子供の世代まで縺れ込む予定は一切ない。ここで綺麗さっぱり清算できるならそれに越したことはないのだ。だったら言葉は不要―――ベルカの戦士であれば、武を持って語れ。

 

 お互い、こんな時を待っていたのだ。

 

「―――そうだ、予め言っておくがヴィルフリッドは聖王家に軟禁されていて助けるどころか言葉を届ける事すらできなかったぞ」

 

「そうでしたか、成程―――」

 

 履き慣れていないブーツで大地を踏む。ジーンズのポケットに手を入れて剣の形をしたアクセサリを取り出し、魔力を通してデバイスを待機状態から通常の状態へと移行させる。黒い片手剣へと姿を変えた所で、左半身を前に出すように踏み、緑髪の彼女(クラウス)は薄いグローブに包まれたその手をほぐす様に動かし、右半身を前に出すように動き、

 

 同時に声を零した。

 

「―――お前(ヴィルフリッド/クラウス)はここで死ね」

 

 瞬間、踏み出しと同時に呼吸を盗み、地面を滑る様に瞬発し、重心を前へと落としながら一歩で数メートルの距離を超え、体重を右手で握るロングソードのアームドデバイスに注ぎ込み、それを左から右へと向かって両手で半ばまで、残りを片手で切り払った。戦闘装束、そして魔力をきりさく感触と共に肉と鮮血の感触を得る。が、胴体を断ち切れた感触はない。エレミアン・クラッツの技術の一つとして強化された肉体を無視してその肉体を断つ、抉る、砕く知識がある。

 

 だがそれとは別に、筋肉を締め上げて硬化させているのと、そして純粋に胸の脂肪―――つまりは乳房が邪魔して刃が滑った。

 

 ―――初撃必殺とは行かんか。

 

 胸中、吐き捨てながら即座に体を横へとズラし、直後、振りぬかれる拳を回避しながら刃を振う。斬り割いたところを再び狙う様に引き戻す動きでの切り返しに超反応する覇王が片手、人差し指と親指を弾く様に動かし、それで剣の腹を叩いて受け流し、そのまま円の動きを加えて掌底をノータイムで同時に叩き込んでくる。それに反応し、此方も動きを加速させる。弾かれた刃を懐へと素早く引き戻しながら体をスウェイさせ、短く、刻む様な動きでステップを取り、回り込む様に掌底を回避しながら横へと回り込み、内功を練って内臓を固めつつ、側面から頭を叩き割る様に刃を振り下ろす。

 

 回避される。

 

 向こうも似たように体を揺らす事で軸をズラし、それに追従する体の動きで剣を回避し、両腕を防御や回避に拘束する事無くそのままカウンターの打撃へと移行する。その動きの質はエレミアン・クラッツによく()()()()。それもそうだ―――覇王流(カイザーアーツ)もエレミアン・クラッツも同時期に効率的に戦場にいる存在を殲滅する為に生み出された殺人技術だ。

 

 ―――戦乱時はおそらく肩を並べて共に戦場を駆けた。

 

 それがこんなにも、拗れに拗れて、そして歪んだ。

 

 ……となると発展させた技術が勝負の分かれ目か……!

 

 継承ではなく、そこから発展させた技術がこの勝負を終わらせる。そう理解しながら回避、カウンター、ステップ、この三動作を高速で行うループが完成する。戦闘の基本とは()()()()()()()()()によって生み出される。初撃で殺すか、最後の一撃で殺すか―――それが殺し合いだ。故にお互いに一撃目で殺せなかった。

 

 ()()()()()を叩き込む為の流れを作るためにお互いに動く―――。

 

「まるで真逆だな。今度はこっちが男でそっちが女―――それでもヴィヴィ様への想いは廃れないか!」

 

「この気持ちが、無念が消えてたまるものですか……!」

 

 あぁ、だからこそ―――クラウスも、そしてヴィルフリッドも、その思いは怨念と表現してもいいものなのだろう。存在するべきなのではないのだ、こんなものは。エレミアも消えるべきなのだ。そして同様に―――こいつも、消えるべきなのだ。

 

 こいつ(クラウス)を消して、オリヴィエも怨念になっているようならば消して、そして俺も消える。

 

 これでベルカの負の遺産は消えて、エレミアも継承の呪いから解放される。

 

「だから、死ね……!」

 

 踏み込む。瞬間的に体を相手へと向けて寄せながらも動きの基点を複数生み出し、視線誘導と行動警戒を相手へと強制させ、そこから急加速の動きで基点を生み出さなかった手首のスナップから袈裟切りを放つ。その見極めの一瞬を見抜く為に覇王の動きが一瞬だけ止まり、その瞬間に斬撃が放たれていたが―――やはり肉が硬い。エレミアン・クラッツを知っている動きだ。魔法ではなく技術で肉を硬化させ、予め攻撃に備えている。

 

 故に次の瞬間、斬撃を刻まれながらカウンターが叩き込まれてくる。胸骨を砕かれる痛みが体を突き抜ける。それを噛みしめながら刃の腹を見せ、その反対側へと衝撃が抜ける様に掌底を腹に裏に叩き込む。

 

 デバイスが砕け、そして無数の刃となったそれがシャワーとなって正面から覇王の体を刻む。

 

「ッ―――」

 

 鋭いデバイスの破片は覇王の一撃を受け止め、受け流さなかった故に入った罅を利用したもので、砕け、捨てる事を前提に運用しているもの―――それ故に、正しく衝撃を通せば簡単に砕け、それがナイフ代わりに簡単に突き刺さる。意識が欠片も乗っていない破片の雨、反射的に後ろへと下がりながら大きく腕を動かし、風をかき乱す円の動きで気流を限定的に生み出し、破片の雨を受け流す。その瞬間を利用し、袖口を軽く振い、仕込んでおいた待機状態のアームドデバイスを抜き、魔力を通して新たに起動状態へと持って行く―――そしてそのまま、ステップを取って側面を抜ける様に背後へと回り込み、肩上まで引き上げた右手の刃を首を斬り落とす動きで振う。

 

 首へと刃が刺さるのと同時に、肉に挟まれて刃の動きが止まる。合わせられる様に覇王が呼吸を合わせて掌底を刃へと叩き込んでくる。このまま武器を握っていれば絶対に手をやられると判断し、迷う事無く武器を手放す。それを直前で見切った覇王の拳が剣にぶつかり、砕かず弾かれるように滑り、それはその直線状にある此方の頭を狙って真っ直ぐ振われてくる。頭を横へと倒せばそれが頬の肉を抉りながら横へと抜けて行く。数瞬後にはそれが手刀になって首を刈るのは見えている。

 

 故に後退はない。

 

 更に接近する。刃を握り直す余裕はない。正面から、抱き合う様に距離にまで接近し、頭突きを食らわせながら零距離の掌底を喉に放つ。そのまま喉を潰そうとするが、体を右へと捻りながら力を受け流す覇王がそれを許さず、腕を滑らせるように刀身を弾き、刀身部分を指でつかみ、横を抜ける様に跳びながら指のスナップで剣を投擲する。加速の入った刃が真っ直ぐ、覇王の目に突き刺さりそうになり―――掌の動きによって弾かれ、砕かれた。

 

 が、同時にその顔を隠していた仮面も砕けた。

 

 オッドアイズの少女の素顔が露わになる。砕けた仮面の破片が突き刺さったのか、目の横に傷が入り、そこから流れる血がまるで涙の様に伝わって流れている。後ろへと一歩ステップを取り、右そでを振う。仕込んでおいた待機状態のアームドデバイスの待機状態を解除し、破壊された他の物と全く同じデザイン、重量のロングソード型のアームドデバイスを握る。

 

 量産品、AIなし、ほとんどストレージデバイスと変わりはない。ただ頑丈さと数を、そして最後に待機状態へと格納できる、それ以外の機能を全てオミットしたアームドデバイス。武器と言う者は所詮、使い捨ての存在だ。故にこうやって、壊す事を全体に遠慮なく戦えるが―――こういう、一撃一撃で砕けれるレベルの相手となると砕けない武器が欲しくなってくる。だが無い物強請りは―――出来ない。持っているもので殺すしかない。

 

 故に踏み出す。内功を練って備えるのが見えている。消滅(イレイザー)の特性を保有するエレミア一族に魔力や魔法による防御力は意味を持たない。シールドを張ったらシールドごと消滅させながら斬り殺す、或いは殴り殺せばいいのだから。それを覇王は良く理解している。そして、だからこそ極限まで技術に頼った、魔力も魔法も使わない戦い方をしている。

 

 呼吸を盗むのと同時に、気配と基点の動きを利用したミスディレクションを織り交ぜ、視線を盗んだ。エレミアが重ねてきた500年を超える経験から、相手がどう反応するのかを的確に見抜き、それが勝手に動き出すのを意志の力ですりつぶし、コントロールする。故に踏み出しと同時に覇王の視界から消えた。正面にいるのに見えないという状況が生み出され、そのまま右側面へと一歩で、三メートルの距離を詰めて回り込んだ。呼吸の間を入れる事もなく、そのまま斬撃を滑らせるように切り込む。

 

 斬撃が走り、戦闘装束を貫通して背が大きく斬れ、血が溢れる。流れる様に、斬撃で硬直しない様にそのまま背後を抜ける様に踏み出したところで―――足が踏み潰され、強制的に動きが止められた。瞬間、全身から力を抜いて脱力する。だがそれが完全に完了する前に背中を此方へと押し付け、

 

 零距離から最高速度へと助走なしで加速した、背面の一撃がこちらの体を横から殴りつけた。

 

 踏み砕かれた足が解放されるのと同時に大きく体が吹き飛ぶ。が、空中で回転する様に態勢を整え、着地し、口から血混じりの唾を吐き出しながら両足で着地し、即座に剣を構え直す。左半身を前に、右半身を後ろに、右手をやや後ろへと引く様に、切っ先を相手へと向けて。

 

 覇王がこちらへと視線を向けた。その体は所々赤く濡れており、戦闘装束も破れている―――乳房が見え、それが流血で赤く濡れているのも見える、が、それを隠そうともせずに、そのまま拳を構え直す。その戦意と殺意は欠片も折れる事はなく、そこにあった。かなりそそる光景であり、このまま倒したら押し倒してしまいたい衝動に駆られるが、そんな余裕はないし、確実に殺す、という意思だけがここにある。

 

 クラウスの血族、ここで断てば次はない。戦乱ベルカの負の遺産はこの時代には必要ない―――全て消えるべきなのだ。

 

 次の刹那で殺す。そう思って動こうとしたところで、此方へと向かって来る複数の気配を感じる。魔力を感じるその気配はおそらく、いや、間違いなくパトロール中の魔導士の存在だろう。このまま粘れば挟撃する形で勝てるかもしれないが、

 

「―――名前は」

 

「ハイディ・E(Einhald)S(Stratos)・イングヴァルト―――貴方は」

 

「ヨシュア・エレミア」

 

「その名、絶対に忘れません。次は確実に殺します。では―――」

 

 気配が近づいてくる事から本来の理性を取り戻したのか、ハイディと名乗った少女は軽く頭を下げてから影の中へと残像も残さず消えていった。その気配が一瞬で消え、去って行くのを確認してからデバイスを投げ捨て、そのまま道路に倒れる。

 

「―――ようこそミッドチルダ(地獄)へ、か」

 

 直ぐ傍までやってきた気配を感じつつ、そのまま目を瞑る―――なんて散々な夜だったのだろうか、そう嘆きながら、

 

 口の端は隠しようのない笑みで歪んでいた―――。




 アイン……ゲフンゲフンハイディちゃん16歳。ジークにゃん16歳。そしてきっと、どっかの聖王様も16歳。つまり脱ロリ。約束された非キチロリの事実。

 それぞれの記憶関係の怨念を強くして、年齢を引き上げたらこれ大参事にならない? 古代ベルカリプレイしない? という試みです。軽く書いてみたら案の定これだよ! という感じで。

 なお主人公の能力とか生まれは全部ダイスで決定した。名前の元ネタはエレミアがエレミヤから来ている事からって話で。


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遭遇-1

「―――帰ってきて早々やらかしましたわね」

 

「ワイルドだろ?」

 

 管理局が管理する病院の一室に、今、自分の姿がある。上半身を持ち上げてベッド横の椅子へと視線を向ければ、そこには白地に青刺繍の施されたワンピースを着た、翡翠の瞳に金の長髪の女がそこに座っている。ヴィクトーリア・ダールグリュン―――古きベルカの血族の一人だ。かつては雷帝とも謳われた人物の子孫であり、その素質をもつ女だ。何よりも重要なのは―――彼女にジークリンデを預けていた、そして預けるだけの信頼関係がお互いにはある、という事だろう。だからキツイ視線を向けてくる彼女に対し溜息をつき、

 

「悪かったって言ってるだろ雷帝(ヴィクター)ちゃん。……っと、そっちのポケットにパイプが入っているから取ってくれ」

 

 近くのコートハンガーにかかっている上着のパーカーを指さすと、ヴィクトーリアが少しだけ睨んでからパーカーの前まで歩き、そのポケットの中からパイプ、草の入った袋、そしてマッチ箱を取ってきてくれる。それを受け取り感謝している間にヴィクトーリアが窓を開けに行くのを見て、パイプに葉っぱを詰め込み、それにマッチで火をつける。パイプを咥え、ゆっくり、優しく呼吸をするように煙を吸い込み、肺の中に送りこみながら―――息を吐く。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛……やっぱこれだわ……はぁ、心が安らぐわ」

 

「出る前はそんなもの吸ってなかったのに、いったいどこで手に入れたのよ」

 

「あー……何時だっけかなぁ……煙草が肌に合わなかったからパイプ試してみたら意外と楽しくてハマったんだよなぁ……。ほら、探偵モノを想像したら、よくパイプを咥えながら優雅に考え事をするじゃないか? アレって結構キマってるよなぁ……なんて思ったら何時の間にか専門店に足を運んでたわ。いやぁ、買い物って楽しいね」

 

「……」

 

 ヴィクトーリアの絶対零度の視線を受け流しつつ、口に咥えたパイプを楽しみつつ、視線を窓の外へと向ける。感覚的に胸骨と足、特に足が酷くダメージが大きい。が、戦闘を行うために最適化されているこの体は非常に再生能力が高く、今のミッドチルダの再生技術も高い。骨折程度であれば数日も休んでいれば完全に元に戻るだろう、とは医者の見解だった。ならあと数日我慢すればハイディを殺しに行けるな、と考えた所で、

 

「っと、そうだった。ジークの面倒ありがとうな」

 

「そんな言葉で騙されると思っているのかしら? ―――最近有名な通り魔と戦ったのでしょう?」

 

 ストレートに言葉を叩き込んでくるヴィクトーリアの姿へと視線を向け、軽く空いている手で頭を掻く。困ったものだ、と思う。ストレートに昨夜の出来事を言う訳には―――いや、別にいいか。ヴィクトーリアは割と身内だ。教えた所でほとんど問題ないだろう、と判断する。まぁ、ここからはどうせハンティングタイムなのだ。これからも心配をかける事を考えたら早めに話した方が賢明だ。だから、そのままストレートに答える。

 

「―――通り魔はクラウスだった」

 

「クラウス―――いえ、本人じゃなくて子孫って辺りね」

 

 その言葉に頷く。

 

「たぶんジークを狙ってたんだろうな。まぁ、エレミアとしては俺の方が()()からな。ジークには目もくれず俺と殺し合ってくれたのは幸いか」

 

「うーん、こんなキチガイが増えたとなると少々困りましたわね」

 

 ストレートにキチガイと言ってのけたヴィクトーリアに視線を返すが、まるで意に返さずに悩む様な表情を浮かべていた。まぁ、武者修行で管理外世界サバイバル生活なんてことをやっている人間をキチガイ以外にどう表現すればいいのか、という事なのだが。ともあれ、問題はクラウスだ。いや、彼女の名前はハイディだが、その中身はクラウスだった。少なくとも殺し合っている間は完全に覇王としての風格、才気、武威を示していた。此方も少しだけヴィルフリッドに飲まれていた部分もある。

 

 ―――ただ、昨夜はお互いに探り合いの部分もあった、本気で殺し合ったとしたら、確実にどちらかが死ぬだろう。

 

「……いけねぇ、段々古代ベルカに考え方が引っ張られ始めてるわ」

 

「戦うなら殺すか殺されるかの二択ですわねぇ。現代のベルカは平和が続いているという事もあってそういう考えはめっきり減りましたが、それでも殺る時は徹底的に、ってのが基本的なスタンスですわね」

 

 ベルカの殺意は高いよなぁ、と思いながら、そうだ、と声を零す。

 

「んで、ジークの様子はどうよ」

 

「心配とかは一切してませんわよ? 兄を病院送りにしたのは凄いけど、絶対長生きしないだろうって確信していましたわ。あとついでに犯人特定して闇討ちする気が満々で―――」

 

「やめろ。というか止めろ」

 

「解っていますわよ、それぐらい。エドガーに適当な仕事を押し付ける様に言っておきましたから、今頃屋敷内で何か仕事をしている事でしょう」

 

 安堵の溜息を吐く。取り合えず妹分がどっかへと突貫する様な事はこれで避けられるだろう。彼女に関しては本当に好き勝手生きていてほしい、という兄としての気持ちもある―――いつまでも古代ベルカの負の遺産に囚われているのも馬鹿馬鹿しいし。そう考えると彼女には戦闘経験だけ引き継がれているのは幸運だった。

 

「全く難儀な性格をしていますわね」

 

「うるせぇやい」

 

 苦笑する様なヴィクトーリアの姿はなんだか主導権を握られている様であんまりいい気がしないが―――こいつほど、仲の良い相手がいるわけでもない。ともなれば、しょうがない、という感じもしてしまうものだ。実際、ダールグリュン家というよりはヴィクトーリア自身には色々と借りがある。その最たるものがジークリンデの面倒を見てもらう、という所だ。基本的にミッドチルダに定住していない自分が安心してこの世界の外に出ていられるのも、ヴィク―トリアという面倒見の良い女がジークリンデの世話をしてくれているからだ。

 

「んな事よりも最近はどうなんだよ」

 

「露骨に話題を変えてきますね……まぁ、いいでしょう。ここ数年間、ろくに文明的な生活を送っていないらしいですし、貴方が現代社会に適応できるように最新のニュースなどに関して教えてあげましょう」

 

「そうしてくれ。その方が気がまぎれる」

 

 そうね、とヴィクトーリアが言葉を置く。そしてそこからこのミッドチルダにいなかった間の数年間に、何があったのかを話し始める。と言っても、ヴィクトーリアが語る日常はそう、捻くれたものではない。雷帝の血族ではあるが、継承するものはその血だけだ。ベルカの負の遺産を継いでいないヴィクトーリアの日常は平和なもので、ジークリンデの打倒を目指して日々鍛錬し、DSAAでの優勝を目指している事を聞ける。ヴィクトーリアは自称ではあるが、ジークリンデのライバルを名乗っている。そしてそれに見合うだけの鍛錬を重ね、実力を見せている。だがDSAAの話をされ、そうか、と呟く。

 

「もうそんな時期なのか―――今年も出場するのか、DSAAに」

 

「それは勿論参加しますわよ。ダールグリュン家の者として、敗北したままではいられませんとも」

 

 大きな胸を張る様に意気込みを見せてくる。その姿に苦笑し、意気込みは解ったから、と軽く宥める。二年前はノリで参加したジークリンデがそのまま優勝した、なんて話を手紙を通してだが聞いている。その時は手酷くやられたらしく、手間のかかる妹分からライバルへと見事、ジークリンデに対する見方が変わったらしい。

 

「そう言えば貴方はDSAAへと参加するつもりはありませんの?」

 

「俺、そこらへん、競技としての興味は薄いからなぁ―――ほら、ジークの方は割と社交的だけど、俺はもっとクールガイなイメージじゃん? あんまし目立つの嫌なんだよなぁー」

 

「貴方ほど目立ちたがりな馬鹿も珍しいですよ、いまどき」

 

 本当のことを話すと、エレミアン・クラッツ、俗に言うエレミア式の戦闘術がスポーツには極限まで向かない事が一つの理由だ。ジークリンデの方はまだ良いが、此方に関してはヴィルフリッドの記憶が残っている。ヴィルフリッドはオリヴィエへとエレミアン・クラッツを教えた事を非常に後悔している。もしかして自分がオリヴィエの戦う才能を見出してしまった、そのせいでゆりかごを動かす決意を作ってしまったのではないか、と。精神修行の類でヴィルフリッドの残念が心を支配しない様に修行はしている―――だけど当時の彼女の想いを考えれば、あまりその技を見せびらかそうとは思わない。

 

 それにジークリンデよりももっと鋭利に、極悪に、殺すように技を伸ばしている―――そのことを考えると、DSAAに出るには不向きだろう、と個人的には思っている。それはそれとして、ジークリンデがチャンピオンとなるのは兄貴分として非常に気持ちの良い話だ、此方側の事情には一切かかわらずにぜひとも頑張ってほしいとは思う。

 

「ま、出るってんなら応援するよ―――ジークのついでに」

 

「あら、ついでですか」

 

「おう、やっぱり肉親の情の方が勝るって奴よ」

 

「もう私達も家族みたいなものだと思っていたんですけどね」

 

「雷帝ちゃんの心はほんと広いわぁ」

 

 そっち方面でからかおうとしても無駄だ、と態度で示しつつパイプで一服入れる。最初は煙たいだけだったパイプも、慣れてしまえば結構味がある。ただヴィクトーリア自身はあまり好きではないらしく、無言でパイプを咥えている此方の姿を見て、少しだけ眉をひそめている。あんまり嫌がる事をするべきではないかなぁ、とは思うが、それでもパイプを口から外さない。習慣になってしまった、という部分も実際にはあるのだ。

 

「ところで雷帝ちゃん」

 

「なんでしょうか?」

 

「……いや、なんでもねぇや」

 

 途中で言うのを止めると、気になるのかこくり、と首をヴィクトーリアが傾げてくる。その様子が実に可愛らしいので、もうちょっとだけ見ていたいな、とは思う。が、何時までも続くわけでもない。だから窓の外へと視線を向ければ、管理局捜査官の制服姿が病院へと向かって歩いてきているのが見える。おそらくは事情聴取―――自分が昨夜、最終的には倒れている所を見つけられた事を考えれば軽く調べられるだけで済むだろう。

 

 なんだかんだで、管理局って杜撰な所があるし。

 

「そろそろお客さんが来るから帰った方が良いぞー。あ、後ジークによろしく」

 

「はいはい、解っていますよ。それよりも死なないでくださいね」

 

「怪我をするなとは言わないのか」

 

「言うだけ無駄って理解しましたからね」

 

 流石理解ある友人を持つと話が楽だ。そう思いながら病室から去って行くヴィクトーリアの姿に名残惜しさを感じる。少し見ていない内に本当に女の体をする様になって、色々と辛い。男女間の友情って本当に成立するのだろうか疑わしくなってくる。少なくともアピールされたら一瞬でコロっと行きそうな気もするが、

 

 くだらない事を考えるのはこれまでにしよう。

 

「―――まずは退治して、んで探すか」

 

 ハイディという女を。

 

 そして現代に蘇ったオリヴィエの存在を。

 

 その為にもまずは療養、そして、管理局の質問に答えるとしよう。そう考え、ヴィクトーリアが抜けて行った扉の方へと視線を向けていれば数分で人の気配がやってきて、止まる。こんこん、とノックの音が響き、どうぞ、と声をかける。

 

「管理局の者です。昨晩の出来事についてお聞きしたいのですが―――」

 

 そう言って病室の中へと入ってきたのはオレンジ色の髪をした、短いツインポニー姿の女だった。面倒だなぁ、とは思うが、追及されて痛い物を持っているのは事実だ。

 

 素直に答え、そしてさっさとこの入院生活が終わる事を祈る。




 怪我したら入院。これ常識。そして雷帝ちゃん。見事な金髪巨乳、何もおかしくはないな。しかもオカン属性とかいう良物件……。

 その頃エリオは捕食行動から逃げていた。


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遭遇-2

 サングラスの位置を軽く調整しながら呟く。

 

「―――いやぁ、結局普通に戻ってきちまったな」

 

 病院で数日大人しくしていれば、あっさりと体の方は回復してしまった―――元々戦う為に、そして旅をする為に肉体改造を行ってきたエレミアの一族なのだ、骨折程度数日もあれば完全に回復できる程度の回復力はある。それでも簡単に砕け無い様な頑強さを持っているのだが―――相手が相手だっただけに、何も言えない。

 

 目の前には庭付きの豪邸、その入り口となる門が見えている。結局たっぷり数日で病院で拘束されてしまった為、暇な時間が長かった―――だから漸く退院したところでこうやって顔を出す事が出来る様になった。今来ているのはヴィクトーリア、つまりはダールギュルン邸になる。ヴィクトーリアの両親は二人ともベルカの教会関係者であり、忙しいらしく職場での寝泊まりの方が遥かに多い。その為、家には滅多に顔を出さず―――だからこそ、勝手にエレミアの兄妹が居候していたりする。

 

 そう、自分たちの事だ。

 

 ―――そもそもエレミアは流浪の民だ。大地をベッドに、空を天井に、そうやって流れながら暮らしてきた一族であり、それが明確に変わったのはヴィルフリッドとオリヴィエの一件以来だろう。それ以来エレミアの一族はベルカからほぼ離れる事はなくなった。だがそれで生活の基盤を得たわけではない。今でも基本的にエレミア一族―――つまり己とジークリンデはテントでの生活が基本だったりしたのだが、ヴィクトーリアと仲良くなっては割と家に居候させて貰っている為、もはや旅をしているのも自分ばかりだ。

 

 たぶん、エレミアは自分の代で滅ぶのだろうなぁ、と思っていたりする。

 

 そんな事を考えながら門の前に立てば、連絡を入れる前に自動的に門が開き、入れるように道を見せる。通い慣れた道である為、そのまま門を抜けると目の前の豪邸には入らず、その裏手へと向かって脇の道から入る。豪邸である為、それなりの距離が存在するが、既にジークリンデやヴィクトーリアの気配は感じられる。焦る事もなく、歩いて屋敷の裏側へと到達すると、広い庭に三つの姿が見える。水色の髪の執事服の男、黒い戦闘装束に身を包んだジークリンデ、そしてドレスメイル姿のヴィクトーリアの姿だった。

 

 ダールグリュン邸の裏庭のスペースでジークリンデとヴィクトーリアは相対しており、ジークリンデは無手、ヴィクトーリアはハルバード型のアームドデバイスを手に、ゆっくりとした動きで相対している。動きに速度は一切存在していない。まるでプールの底を泳ぐような遅い動きで得物を振っている。軽く感知すれば解る―――二人の動きの補助には一切の魔力はない。装備されている戦闘装束も重量軽減処理なんて存在せず、見た目そのまま、金属と布の重みが体にかかっている。その為、汗を流しながら体を動かしている。

 

 特にヴィクトーリアはハルバードという金属の塊を持っているだけ、髪が顔に張り付くように汗を掻いている。

 

 緩い動きの中で、2人はしっかりとお互いを両目で確認しながら動き続ける。実戦とは違った、遅い動きである為に長考できる上に、しっかりと型を、理想的な形を維持しながら体を動かす事が出来る。それ故に実戦での動きを試しながら、しっかりと体の動きを組み合わせる事も出来る鍛錬だ。そこで魔力を使わないのは純粋に体力を付ける為の鍛錬の一環だ。そうやって動く事によって、戦いに必要な要素のほとんどを凝縮して鍛えているのだ。

 

 ゆっくりと繰り出されるジークリンデの掌底に対してこれまたゆっくりとヴィクトーリアはゆっくりと後ろへと下がりつつ、ハルバードで薙ぎ払う様に動作に入る。合わせる様にフリーハンドで振われるハルバードに合わせ、片手を乗せるとそれで体を持ち上げ、ハルバードを乗り越える様に前進する。無論、魔力で強化していない肉体でジークリンデは片手で体を持ち上げているし、ヴィクトーリアもジークリンデの体重を支えているのだ―――二人とも、腕がかなりきついはずだ。

 

 それでも動きは止めずに、2人の静かな戦いは続く。風を切るような音はなく、争うような気配はなく、極限まで集中し、汗を流しながら体力と脳を酷使する相対が続く。ハルバードを乗り越えたジークリンデが近づくのに合わせ、ヴィクトーリアが左足を繰り出す。速度的な問題で回避する事を選択できないジークリンデが掌底に使った手を戻しながらガードに使用し、それを滑らせるように弾こうとするが、ヴィクトーリア自身も腕に力を入れているらしく、微動だにしない。ハルバードを抑えるのに使っていた手を解放しながらジークリンデが片足をヴィクトーリアの足と足の間―――股の間に通す。ヴィクトーリアが片足で体を支えている状況を理解して、力の入れにくい態勢を強要するやり方、ヴィクトーリアも慣れているらしく、重量のある鉄の装具を纏った体をその程度では崩さず、ハルバードを弾く様に短く持ち直しながら後ろへと下がろうと、上半身を後ろへと倒してゆき、

 

「―――あ」

 

「お」

 

 バレリーナの様に仰け反った所で、裏庭、つまりは庭園に入り込んだ此方の存在を見つけた。テーブルの方でタオルを手に待機していたエドガーがぺこりと此方の存在を見つけて会釈し、それに会釈を返す様に片手を上げつつ、視線をヴィクトーリアとジークリンデへと戻した。

 

「おいーっす」

 

「退院おめで―――」

 

「にぃ―――ちゃぁ―――ん!」

 

 ヴィクトーリアがしゃべり終わる前にヴィクトーリアを横へと押し飛ばし、ジークリンデがこちらへと向かって腕を広げながら走ってくる。その姿にこちらも腕を広げながらはっはっは、と笑い声を響かせながら迎えようとした瞬間、ジークリンデに呼吸を盗まれるのを知覚し、即座に呼吸を()()()。その一瞬の間にジークリンデが背後へと拳を振り上げる動作で回り込んでいた為、後ろへと体を滑らせながら肘を迫ってくる顔面へと叩き込む為に動く。

 

 それに反応するジークリンデが息を吸う様に打撃から組技へと呼吸を変え、突き出された肘に対して下半身を跳ね上げ、絡めるように両足を抱きつける。だから対応する様に右腕から倒れる様に、高速で体を大地へと叩きつけようとすれば、素早くジークリンデが体を飛ばす。

 

 三回、ばく転を決めながら両足で地面に立つと、今度こそジークリンデが片手を上げて、歩いて近づきながら此方が対応する様にあげた手を叩きつける。

 

「わぁーい、にーちゃんの容赦のなさ変わってへんわぁ」

 

「お前の容赦のなさもいい感じに変わってないぞ愚妹!」

 

 わぁい、と子供らしい声を響かせながらジークリンデはそのまま猿の様にするりと背中から肩の上へと移動し、その上に座る。まぁ、ハイディの件で心配させてしまった為、あまり強く言えないから、そのまま肩に乗せて、ヴィクトーリアとエドガーの方へと向かう。今の兄妹のやり取りを見ていたのか、ヴィクトーリアは呆れたような溜息を吐いた。

 

「退院した直後にまた入院とか止めてくださいよ、医者もただじゃないんですから」

 

「いやぁー大丈夫やよ、ヴィクター。にーちゃんこの程度で死ぬタマやないし」

 

「でも非殺傷切っていましたわよね」

 

「じゃないと鍛錬にならへんもん」

 

 ねー、と言って来るジークリンデにせやせや、と答える―――が、自分達兄妹が他と比べて軽く突き抜けている自覚はある。基本的に鍛錬に非殺傷なんてものは利用しない。鍛錬で組手をするときは本気で、それこそ骨を砕くつもりでやる―――そしてその果てに死んでしまうのなら所詮それまでの存在だった。悲しみを覚えるし、後悔もする。だが納得はする。それが古代ベルカの血脈を()()()()()存在の証明だ。未だにその精神が古代の戦士のままなのだ。

 

「ちゅーかにーちゃん、闇討ちされて大怪我とかクッソ笑えるんやけど」

 

「愚妹よ、貴様に一つ教えてやるがな、そいつは元々お前がお望みだったのをこの偉大なる賢兄が引き受けてやったんだ、感謝してこの賢兄を崇めろ。敬え。そして甘やかせ。兄は癒しを所望だ、解るな愚妹よ? ん? お前の兄は癒しを所望だぞ」

 

「いーやーしーぱぁうーわぁー」

 

 そう言いながら足で首を絞め始めた。ぶち殺すぞ妹よ、と脅迫しながら振り下ろそうと上半身を振うが、きゃあと声を放ちながら足だけで首にぶら下がり、振り回されるのを楽しんでいる。数年間おろそかにしていた兄妹のスキンシップを何とか埋めつつも、ヴィクトーリアとエドガーへと改めて視線を向けなおし、よ、と片手を上げてもう一度挨拶し、サングラスの位置を直す。

 

「ま、そんなわけで愚妹共々世話になるよ! 堕落させて!!」

 

「働きなさい」

 

「雷帝ママー!」

 

「貴方もいい歳でしょ? 就職しなさい」

 

 教育方針が厳しい。だが管理局も、ベルカ教会も就職先としてはなんだかなぁ、というのが本音だったりする。管理局はブラック企業として次元一有名だし、ベルカ教会は少々、オリヴィエを神聖視し過ぎているのが個人的に、そしてヴィルフリッド的に非常に気に入らないのだ。確かに聖王オリヴィエはベルカの救世主である事には間違いはない。だがそれだけではない、それだけではなかったのだ。オリヴィエはただの女の子だったのだ。それをもはや、誰も覚えていないのだろう。

 

 自分とハイディを除いて。

 

 ―――後はオリヴィエのクローンぐらいかもしれない。

 

 だからそれが気に入らない、というだけの話だ。オリヴィエを、犠牲となった女の子としてヴィルフリッドは記憶し、自分もそう認識している。だから聖王としてオリヴィエを崇めるベルカ教会とはあまり相性がよろしくない。なので、ベルカ教会への就職はパスする方針にある。そして管理局も魔導士優遇の環境だ―――自分とは非常に相性が悪い。こうなると普通の仕事じゃなく、もっと適当で金払いの良い所に就職した方が良い。

 

 主に非合法な奴だが。結構いい経験になるのだ。

 

「つか割と早い時間からお前ら身体動かしているけどどうしたんだ。DSAAに向けてスパー中?」

 

 頭を叩いてくるジークリンデを片手で払おうと何とか苦戦しつつも、ヴィクトーリアへと視線を向けると、エドガーから受け取ったタオルで顔を拭きながらえぇ、という返答が返ってくる。エドガーへとタオルを渡せば、それと入れ替わる様に水の入ったボトルが受け渡され、それを一気に飲みながらヴィクトーリアが話を続ける。

 

「まぁ、DSAAの予選までは数か月、本戦までにはまだまだ時間があるのですけれどね。だから今のうちに基礎鍛錬じゃなくて手の内を見せないレベルでの模擬戦も始めました―――まぁ、あまり本格的にやろうとするとお互い、手の内を晒してしまいそうなのですが」

 

「お、んじゃあ俺が相手するよ。タダメシ食うのはいいけど、やっぱ働いた後で食うのが一番楽しいし」

 

 そう言うと露骨に嫌そうな表情をヴィクトーリアが浮かべる。気合を入れて肩からジークリンデをはがし、それを勢いよく投げる。回転しながら見事に着地を決め、エドガーから拍手を貰う姿を無視してヴィクトーリアへと視線を向け続けていると、嫌そうな表情を浮かべて、ヴィクトーリアが言う。

 

「だって貴方―――魔法使わないじゃないですか。正直体術、技術関連の相手はジークがいますし……」

 

「えー。俺の方が強いから愚妹(ジーク)よりも強いぞ。もっと楽しいぞ。というか俺にお前を苛めさせろ。今は美少女を戦ってボロボロにしたい気分なんだ」

 

「控えめに言ってヨシュアってクソヤロウですよね」

 

「自覚はしてる」

 

 サムズアップを向けると呆れたような息をヴィクトーリアが吐く。が、次に吐き出す言葉は彼女からではなく、ジークリンデの方からだった。

 

「ウチより強くなってるとかぬかしおるこの愚兄をどうするべきか―――そうだ、殺そう」

 

「お、やんのか? やんのか? お? お?」

 

「ん? なんやその眼。もしかし見てる? ウチの事見てるん? ん? お?」

 

「似たもの兄妹ですねー……ホント」

 

 その言葉に関しては全面的に肯定する―――やっぱ、こいつとは血の繋がりを感じる。特に容赦のなさ、戦いという行為に対して求める姿勢は非常に似ている。おそらくジークリンデも同い年だったら迷う事無く武者修行についてきていただろう。

 

 そんな事を考えている間にヴィクトーリアがエドガーと共に庭の隅へと退避していた。自由に戦え、という事なのだろう。許可をもらった為、遠慮なく戦闘モードへと精神のスイッチを即座に切り替える―――必要はない。日常的に戦闘モードだ。常在戦場ではない。ただただ、憐れに手遅れなだけだ。

 

 灰色のパーカーを揺らし、袖の中の重みを確認し、サングラスの位置を調整し、正面、魔法を使った身体強化や構えを終えたジークリンデの姿を確認しながら良し、と言葉を放つ。

 

「フライングは!」

 

「許可!」

 

「反則は!」

 

「あり!」

 

「殺したら!」

 

「ごめんね!」

 

「―――カウントダウン……3、開始……!」

 

 言葉を放つと同時にお互いに気配を殺し、そして呼吸を奪う為に正面へと跳躍した。




 諸君、これがベルカの兄妹だ。フライイング、反則、凶器許可の無差別ルール。

 そしてエリオは今日も日常を過ごしてた。


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遭遇-3

 ―――戦闘とは初撃で決まる。

 

 相手を殺す時は一撃目で致命打を与える―――それは二撃目からは勝率が下がって行くからだ。戦いは早く終われば終わるほど、お互いの手の内を見せないで済む。その為、一撃目で先制を奪い、必殺を叩き込むのが必須になってくる。特にエレミア、つまりはエレミアン・クラッツは一撃で必殺する事に優れている動きだ。元々はそうでもなかったが、戦乱ベルカにおいては戦争という事象に対応する為、必殺しながら次を必殺する、という風に動く必要が出来上がり、そういう方向へと進化した。拳や得物に消滅効果を乗せて放つようになったのもそれが理由だったりする。

 

 ―――つまり、初撃必殺だ。エレミアン・クラッツにもこの技術はある。

 

 それが()()()()()だ。簡単に言ってしまえば相手の呼吸の間隔を認識し、吸うのと吐く、その間に絶妙な刹那の間、認識に生まれる死角へと潜り込む事によって察知が不可能、理解が不可能な攻撃を可能にするという理不尽な技術になる。同じ系統の技術を持っていない限り、絶対に回避できず、即死させる。

 

 先制必殺の技術。

 

 それをジークリンデと同時に行いながら拳と拳を受け流すように弾き合わせた。呼吸を同時に盗むという事は合わせる行為でもある。故に、同じ技術を持っている相手には無論、無力化される。それを知っていても使うのは―――ただたんに遊んでいるからだろう。

 

 殺す気で。

 

 右拳と左拳がぶつかり合い、体を横へと飛ばしながら袖を振り、アクセサリーを手のひらへと飛ばし―――魔力を流して待機状態からアームドデバイスの姿へと持って行く。それと同時に足を大地に付けたジークリンデがインファイトを仕掛ける為に踏み込んでくる。素早く、軽く、そしてエレミアン・クラッツらしく必殺を狙って拳にイレイザーを乗せて踏み込んでくる。

 

 迎撃する様に踏み込みながら()()で斬り抜く。

 

 それを目撃したジークリンデが迷う事無く飛び越える様に跳躍し、裏側へと回り込み、着地する。

 

「にーちゃんにーちゃん! 今の殴ってたら肩まで持っていかれてたんやけど!!」

 

「やったね! 義手を装備できるよ! 聖王(ナイチチ)と一緒っ!」

 

「テラ不敬やでにーちゃん!」

 

 罰せるものなら罰して見ろよ、と咆哮を住宅街に響かせながら笑い、踏み込んでくる。右へと薙ぎ払う斬撃をジークリンデが一本踏み込み、上半身を後ろへとスウェイさせ、その反動で動きを加速させながら更に深く踏み込んでくる。剣が入り込めない近距離へと、リアクションがとりにくい距離へと踏み込んで、拳を握りしめてくる。

 

 が、それよりも早く、片足を踏み込んだジークリンデの膝に乗せていた。

 

「―――」

 

 その状態から放たれた回し蹴りが拳を横から叩き、ジークリンデを後ろへとわずかながら押し込み、着地しながら斬撃を袈裟に放つ。横へと重心をずらし、それに引っ張られるように地面を削りながら移動するジークリンデが回避し、カウンターをすぐさま放ってくる。が、これも牽制打だと理解している。初撃で殺せなかった分、最後の一撃へと向けてそれ以外全てが牽制になるのだ。故に互いに殺す為の一撃を叩き込む為の探る状態に移る。

 

 それでも、放つ一撃は()()殺してもいい様に、必殺のままになっている。

 

 払う刃がジークリンデを強制的に後ろへと押し出す。その隙を狙って踏み込んでくるジークリンデに合わせる様に拳を左手で迎撃しつつ、右手の刃を逆手に握り直して踏み込み、首を刈る動きで素早く振う。攻撃の動作を阻害されたジークリンデが後ろへと押し出され―――その動きを追い詰める様に踏み込む。その一歩を踏み込んだ瞬間、

 

 ジークリンデが呼吸を奪って背後へと一瞬で回り込んだ。時間をかけても戦況がループするだけのだと数手先を読み、理解したのだろう―――既に拳は振り上げられており、叩きつける動作に入っている。合わせられた呼吸を外し、そしてこちらから合わせる様に呼吸を変える。直後、意識の合間から潜り込む領域を反射行動の領域へと切り替え、エレミアの神髄を封殺しながら反応できない速度で後ろへと向かって振り返る事もなく斬撃をバックハンドで放った。

 

「へぶしっ」

 

「安心しろ、みねうちだ」

 

 剣の腹を顔面から股下まで抜く様に叩きつけられ、蠅叩きによって潰された蠅の様な姿を見せながらジークリンデが地面に倒れる。倒れた愚妹の背中の上に腰かけつつ、宣言する。

 

「兄より優れた妹が存在するものか愚妹め……!」

 

「あぁーん、負けてもうたー」

 

 尻の下でジタバタするジークリンデから退く気配を欠片も見せずに、勝者の権利として妹を椅子代わりに使う事に愉悦を感じる。今、ここで、愚かな妹を倒して一家の最強の存在は己であると高らかに証明したのだ―――出来なかったらこの数年間、何のために武者修行に出ていたのだろうか、という話になるのだろうが。ともあれ、戦闘時間は長くても十数秒程度だった。ジークリンデと自分との戦いにしては()()()()()()というのが正直な感想だ。つまり成長したのは自分だけではなく、

 

「お前も強くなってんだなぁ」

 

「そらそーやで、なんて言ったって天下のエレミアやからな。まぁ、滅亡寸前に珍種やけど」

 

「絶滅危惧種だからプレミアがつくぜ」

 

「マジか。にーちゃん売りとばそ」

 

「先にお前が売り飛ばされろ」

 

 サングラスをかけ直しながら視線をジークリンデから外し、ヴィクトーリアの方へと向ければ、笑顔と呆れの様なものが返ってくる。だけどとりあえずは使っていたアームドデバイスへと視線を向ける。今、ジークリンデと戦うのに使っていたデバイス、その刀身は大きく抉れていた。攻撃を食らう刹那に消滅の特性を使って消し去って対処しようとしていたのだが、それが完了する前に叩きつけた為、中途半端に抉れたのだろう。まぁ、こうなってしまえばもう使う事も出来ない。安物、量産品だから再生能力もなく、これで完全に死んだだろう。投げ捨てる。

 

「ちょっと! 人の庭を汚さないでくださいよ!」

 

「悪い悪い―――特にそうとも思ってないけど」

 

「本当に屑ですね!」

 

 いえーい、と言いながら立ち上がると、その隙に抜け出してジークリンデが後ろから、首からぶら下がる様に手を回してくる。それを遊ぶように軽く振り回しつつ、ヴィクトーリアへと向けて歩きだし、彼女の前で動きを止める。

 

「さあ、第二ラウンドだ! 勝ったらなんでもいう事を聞かせるルールでな!!」

 

「勝てる気が欠片もしないので遠慮します。それに前見た時よりも鋭く、そして早くなっていますし筋肉もついているようですし―――本当にそれで魔法使っていないかどうか疑わしいんですけど……」

 

「ん? あぁ、前にも言ったけど俺は()()()使()()()()()()()()からな。魔法は完全に切り捨ててるわ。その方が強くなれるって解ったしな。実際、それで愚妹を何度も倒している訳だし」

 

「ほ、本気の本気ならう、ウチ負けないし……」

 

「声が震えてますよー」

 

 ヴィクトーリアの言う通り、俺は魔法を使用しない。別段無才という訳ではない。魔力量に関してはB+あるし、空戦適性とカートリッジに対する適正に関しては最高クラスの結果を出している。その代わり射撃系の魔法や支援は死んでいるが、強化の魔法などに関しては人並の才能はあるし、使えもする。別に出来ない訳じゃないのだ。ただ使わない、というか選択肢から除外している。相手が完全に魔法でのみ殺す事の出来る魔法生物でもない限りは、魔法は一切使わず、肉体とその時の武器のみで戦うと決めている。

 

 実際、そうやって自分の戦いを制限してから強くなっているし、これが一番自分に合うスタイルだと確信している。

 

 それに魔法に頼り過ぎるとそれがキャンセル、封印、破壊された場合に動揺したりパフォーマンスが落ちる。戦乱ベルカ時代では魔法そのものを封印する技術なんて存在した―――その記憶を持っている人間として、魔法に頼る事は純粋に恐ろしいのだ。何せ、魔力を操作できなくなるだけで封殺されるのだ。

 

 ―――だったら魔法を捨てれば良い。

 

 どんな環境、どんな状況でも手段を選ばずに、確実に必殺して戦場を蹂躙するのがエレミアン・クラッツだ。魔法を使った戦い方があれば、魔法を使わない戦い方もある。

 

「エレミアの500年を超える歴史、その経験の中には魔法での戦い方、魔法を使わない戦い方、体の動かし方、技術、判断―――様々なもんが叩き込まれてる訳だが、それ全部を適応するのって人間の一生は短すぎるんだよなぁ。だから俺はそこらへん、一番自分に必要とする奴以外は切り捨てて、必要な技術と経験を徹底的に体に馴染ませたからな。魔法を捨てたおかげで逆にスムーズに強くなれたわ」

 

「神髄はそこらへん、オートで適切な経験と技術をピックアップして体を動かすモードみたいなもんなんよやな。全てを体になじませるには一生は短すぎる、だから勝手に最適化して動くモード組み込めばいいやんけ! な感じで」

 

「狂気のベルカ技術だよな。次元一、狂ってる文化だわ」

 

「たぶんこの会話、初めて聞いた人は正気を疑うんでしょうねぇ」

 

 エドガーがヴィクトーリアにしっかり、とエールを送っている。だが考えてくれ、この地雷いっぱいの一族に生まれてしまった自分とジークリンデの事を―――と思ったが全力でタダメシ食って生活しているのでかなり良い人生を送っている事に気が付いた。

 

「女の金でメシ食って……女の家に泊まって……好き勝手女の金で生活している……」

 

「にーちゃん、なんかウチらヒモみたい!」

 

「マジか、実際ヒモだしな。雷帝ちゃん! ずっと前から好きでした!」

 

「えっ!? あの、その―――」

 

 突然話を振られたヴィクトーリアがその言葉に顔を赤くする。その姿を見て、ジークリンデと顔を合わせる。これ、押せばそのままいけるんじゃないのか? とたぶん同時に疑問に思ったところだが、エドガーがそれ以上は冗談では済まさない、と視線で警告を送ってくるので、これ以上はやめておく事にする。もし、本気になる時があったらその時にしよう、という事で、

 

「雷帝ちゃんよ、俺はお前がチョロイと色々と不安だぞ? お前、そこらへんのイケメンに好きです、とか言われて結婚詐欺に引っかからない? 大丈夫? エドガーも心配そうな表情浮かべてるよ? 本当に大丈夫?」

 

「も、もう! からかわないでください!」

 

 一応知っている女子の中では好感度ダントツである事は黙っておこう。このチョロさからすると本気にされかねないし、たぶん言ったら最後、エドガーが許してくれないだろう。そうなると好き勝手生きる事も出来ないし―――それにハイディやオリヴィエの件もある。恋愛やら恋人やら、そういう事は全部めんどくさい事にケリを付けてから考えたい。

 

 チラリとエドガーを見る。

 

 セーフサインが出た。良し、と心の中でガッツポーズを取っておく。

 

「しかし―――見ていたら少し闘争心を刺激されてしましましたね。ヨシュア、一手お願いできますか?」

 

 完全に汗の引いた状態でエドガーから数歩離れるとハルバードを此方へと向ける様に構えるので、無論問題ないと返答して新しくデバイスを取り出そうとして―――袖を振っても待機状態のデバイスが一つも出て来ないのを確認する。未だに首からぶら下がっているジークリンデがそれを見ながら口を開く。

 

「にーちゃん、いい加減まともなデバイスでも持ったら?」

 

「えー……」

 

 不満の声を漏らすと、ヴィクトーリアがそうですね、と声を盛らしながら持ち上げたハルバードを下げた。

 

「折角です―――帰還の記念にまともなデバイスを一つ、発注しましょう」

 

「えー……」

 

「なんでそこで不満そうなんですか……」

 

 まともなデバイスは割と高級品の部類に入る。それこそまともなものを要求するなら最低で数十万、グレードの高い物を要求すれば数百万、ハイエンドのカスタムタイプで数千万に突入するらしい。そこまで行くともはや兵器と呼べるクラスだが、

 

「量産品でカスタムされた専用のデバイスぶっ壊すのが楽しいんじゃん!」

 

「さ、専用を発注しに行きますよー」

 

 そんな風に、笑い、とぼけ、そして困らせながら、

 

 ―――再び、このミッドチルダでの日常に帰ってきた。




 若干ヤクザでどこか屑でなんかどっかが外道でベルカ。やはりベルカ。お前が立ちふさがるのかベルカよ。ちなみにこのお話は「てんぞーが自分向けのバトル解説している」という部分もあるのだ。今まで描写や詳細を省いてきた動きや技術を自分で納得できるように解説しているという部分もある。

 趣味の産物なのである。

 エリオが捕食されそうなのも趣味なのである。


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遭遇-4

 ―――デバイス。

 

 それは魔導士が魔導士として活動する上では一番必要になってくる道具だ。デバイスは単純に武器としての役割を果たすのだけではなく、魔導士が握る事によって代理演算を行う事が出来る。魔法の行使とは数学や物理学の計算を複雑に行い、学問として現象を発生させる部分もある。故に脳で常に魔法発動の計算を行いながら魔力のコントロールを行う必要がある。デバイスはその魔法行使に必要な演算作業を代理で行ってくれる。世の中にはマルチタスクを行えばそれでいいのではないか、と言う人間もいる。

 

 人間の脳は凄まじい、それを効率よく運用できるなら問題ない。

 

 ―――だがマルチタスクに目覚めた所で脳の使用領域を増やしている訳ではない、元々使っている領域を効率よく運用しているだけだ。それがマルチタスクという技術なのだから。つまり、マルチタスクを習得しても効率が上がるだけで、出力や記憶容量が上がっている訳ではない。その為に魔法の代理演算、そして魔法を発動させるための式そのものを記憶させるデバイスが必要になってくる。真の天才は息を吸う様に記憶した式を生み出し、魔法を使用してくる。だがこれは所詮トップエースと呼べるような存在、或いは歴史に名を残すような理不尽な英雄の所業であり、一般市民、或いは普通の魔導士が見るべき姿ではない。

 

 そんな英雄でもデバイスは所持している―――人間の脳だけでは限界がある。

 

 だから、デバイスというものに人間は頼る。魔法を効率的に運用する為に。

 

 だが逆に言えばこうだ、

 

「魔法を使わなければ、そもそもデバイスなんざいらねぇだろ?」

 

 この一言に尽きる。魔法というものを行使するには魔力が必要になり、魔法を使うには脳の演算領域を必要とする。つまり、戦闘という領域で常に脳を次の動きとは別に、魔法の事に関して考え続けなければいけない。使える領域を100%と表現し、マルチタスクを利用しつつ戦闘での基本的な魔導士の思考配分は50%魔道、50%動きという風に割けられる。これに指揮、状況、今後の事とかを考えるたびに使用するリソースが減って行く。これに対して俺の場合、魔法という選択肢をオミットしている為、そもそも利用する思考領域が全て動きにのみ直結するのだ。

 

 経験を肉体へとフィードバックしやすいとも言える状態になっている。

 

 それにデバイスも精密機器だ―――機能を増やせば増やすほど脆くなるし、金はかかるし、調整だって必要になってくると。AIであれば状況によってはコンフリクトエラーでも叩きだして壊れる可能性もある。そんな物に命を賭けたくはない、という思いもある。だが武器は消耗品で、基本的には使い捨てである、という概念が強い。

 

 何よりエレミア一族の技は本気で殺すのを目的とする場合、消滅効果を利用する―――その場合、デバイスが壊れる可能性が非常に高い。その為エレミアン・クラッツはデバイスの使用を推奨しない。どんな環境、どんな得物でも好きに戦えるように動きが出来上がっている。それこそ武器を使い捨ててでも。

 

 それ故、ジークリンデはデバイスを保有していても滅多な事では使いはしない。そして俺も、使い捨て以外でデバイスを持つ事はない。ジークリンデのデバイスは等級でCLASS3あるのも実際はDSAAに出場する条件で最低限CLASS3のデバイスを所持していることが参戦条件になっているからだ。だからDSAAでは使うが、それ以外では基本的にデバイスを使う事すらなく、或いは外付けの演算装置程度にしか使っていない。なにせ、組手をする時は大体そのまま殺しに行くのだ―――デバイスを持つ事で発揮する非殺傷設定なんて面倒なものは邪魔だ。

 

 だが、どうやらヴィクトーリア的にはデバイスを使い捨てにしている現状に不満があったらしい。というか本人的に見栄えが悪すぎるらしい。

 

 と言うか、

 

「―――ほとんど身内の様なものですし、身内に量産品のデバイスしか持たせないのか、と呆れられたりするので。ダールグリュン家の為にも少しは見栄えの良いデバイス、持っていてくれませんか?」

 

 その内容が予想を超えてクッソ真面目だったので―――迷う事なくダールグリュン邸から逃亡を試みた。しかし、既にそれが見えていたのか、ヴィクトーリア自身がデバイスのコアを既に発注し終わっており、後はそれに相応しいフレームを用意、組み合えればよい、と逃げ場を完全に閉ざしていた。そんなわけで半ば強引に専用のデバイスを所有する事をは決定しており、

 

 それが―――なんとなく気に入らず、不貞腐れていた。

 

 

                           ◆

 

 

 春のミッドチルダは暖かい。基本的に四季がはっきりしているミッドチルダは古代ベルカの騒乱の出来事を反省し、環境の保全と技術の監視を行ってきた―――その結果、自然と科学のバランスを考える様にミッドチルダを発展させてきた。その結果、中心部のクラナガンはかなり開発されているが、中心部から離れれば離れる程、豊かな自然を都市と調和させるようにデザインし、特にミッド南部となると修練場や訓練場の類が増える為、広大な土地と自然が残されていたりする。

 

 ダールグリュン邸からとにかく逃げる様に離れてこっちへと来てしまったのは―――まぁ、一種の習性の様なものだと思ってしまった。クラナガン近郊の南部には高級住宅街の他にも陸士隊の退舎も存在している為、休日の公園にはトレーニングに励む学生の姿や陸士の姿が見える。偶に妙に強い人間がそういうのに交じっていたりする為、公園を訪れては対戦相手を探すような時期も一時期存在した。だから、逃げる様に家を出た所で自然にここに来たという事は、対戦相手の一つでも求めているのかもしれない。

 

「なんだかねぇー……」

 

 公園内で鍛錬に励む学生や休日の陸士の姿を見る。最近ではストライクアーツ等が流行らしく、魔法と格闘術の戦闘技術が重要視され、そのトレーニングに励む子供たちの姿が見える。年齢はどれも自分よりも4、5年程若い子が中心に見える。欠伸を漏らしながら視線を移せば、公園のトラックを走る陸士の姿が見える。ご苦労な事だ、そう思いながら片手をポケットの中に突っ込み、

 

 そこから黒い、親指ほどの大きさの球体を取り出す。

 

 ―――デバイス・コアだ。

 

「これがン十万するとはなぁ……」

 

 もう遅いかもしれないが、このままダールグリュン邸で居候し続けると、その内勝手に事実婚扱いされてそうな、そんな恐怖を覚える。経済状況は破滅的だが、血筋だけを見るとベルカ最古、それも王家と直接交友関係のあった一族出身なのだ、そりゃあ定住していなくても最高クラスの血族なのだ。抱き込んでも一切問題ない。

 

「……ジークは預けたまま、近い内に出ていくか」

 

 ヒモやっているのも悪くはないが、問題はハイディだ。アイツがいる限りミッドチルダでの生活に平穏がない事は確定しているのだ。そうなってくると、向こうが手出しをしてくる前に此方から手を出しておきたい。何時、どんな時代であろうとも殺し合いは先手を奪った相手が遥かに有利なのは変わらない事実だ。幸い、相手の名前は割れている。この後にでも役所へと向かって、ハイディ・E・S・イングヴァルトという名の人物を見つけ出せばよい。

 

 後は奇襲で手足を潰して無理やり改心させれば終了。

 

 名乗った時点でまともな勝負を捨てれば、勝てるのだ、そりゃあ。

 

「―――ま、そんなもんで無念は晴れんだろうけどな。なぁ、そこらへんどうなんだよヴィルフリッド」

 

 空に向けてデバイス・コアを掲げながら、継承されたヴィルフリッドの記憶へと語りかける。無論、返答はない。ヴィルフリッドの嘆きは非常に静かなものだ。刺激さえしなければ目覚める事もない。だが一度目覚めれば、人格を食う様に侵食してくる―――あのハイディの夜も似たようなものだ。そればかりはどうしようもない事だ。だからどうにか、次の世代までにはケリを付けたい事だった。きっと、自分の先祖も同じことを考えていたのだろうが、

 

 これが結果だ。

 

「ま、なるようになるだろ。とりあえずは俺の周りの事だよな―――まずはこいつか」

 

 半ば、押し付けられる様に得てしまったデバイス・コアへと視線を再び、向ける。デバイス・コアは演算や機能を司る部分だ。これにフレームを与える事でユニゾンデバイス、ストレージデバイス、アームドデバイス等の様々なデバイスへと加工する事が出来る。なおダントツで高価なのは最もパフォーマンスの高いユニゾンデバイスであり、そして次に高価なのはインテリジェントデバイス型のアームド等になる。今まで使っていたデバイスはアームド、それもほとんどストレージに近いタイプだ。その理由は頑丈で待機状態からの起動が早い、という点にある。

 

 武器に求めるのは頑丈さと切れ味だけだ。特に重要なのは頑丈さだ。だから、AIも必要ないし、演算を行う必要もない。それをヴィクトーリアは中々分かってくれない。見栄えが大事なのも良く解る話なのだが、妙にデバイスを持たせようとするところ、何かを邪推したくなってくる。ただ、まぁ、いい機会なのかもしれない、と考えておく。頑丈な、壊れない武器を一つ持っておけば色んな戦線で安定して戦い続けられる、という事でもある。

 

「―――ま、いっか。無駄な機能を省けば俺好みになってくれるだろ」

 

 そう呟きながら座っていた公園のベンチから立ち上がる。ポケットの中にデバイス・コアを押し戻しながら勢いよく体を伸ばし、そして欠伸を漏らす。どこか、期待できそうな相手がいればそのまま挑戦する予定だったが、この公園にいる者はどれもこれも退屈そうな相手ばかりだった。やはり、強くなるのは楽しいが―――同時に退屈だと思う。結局、振う相手も状況もなければ腐らせているだけだ。

 

 一体、覇王流もエレミアン・クラッツも、継承する事に価値や意味はあるのだろうか?

 

 ―――いや、ないのだろう。これは呪いだ。最も近くにいながら、オリヴィエを救えなかった愚かな者達に対する、末代まで続く呪いなのだろう、と思う。ただそれはそれとして、ハイディの様な美少女は心の底から屈服させるときっと、ものすごくいい気分になれるに違いない。エレミアの問題を解決するついでに、自分の趣味で心を満たそう、そう考えながら歩き始める。あまり連絡もなしにうろついていれば、その内ジークリンデ辺りが探しに来るだろうから、その前に一回ぐらい連絡を入れてやるかなぁ、なんて事を考えながら、公園の出口を目指し始める。

 

 まぁ、今日一日は適当にぶらりとミッドチルダを旅して回るか、なんて事を考える。幸い、足に関してはダールグリュン邸の車庫にあったバイクをパクってきた為、割と余裕はある。バイクに乗ってミッドチルダを放浪するのもたまには悪くはないかもしれない。そんな事を考えながら公園の出口を目指したところ、

 

 視界の端に引っかかるものがあった。気になり、足を止めて、視線を其方へと向ける。

 

 公園の端、公園の内外を分ける林の中へと視線を向ければ、そこにはしゃがみ、背中を丸める姿があった。特徴的な朱いリボンに両初のツインテール、白のブラウスにダークグリーンのスカートを履いた、おそらくは中学生ぐらいの少女の姿だった。その片手には猫じゃらしが握られており、それを振って、木陰の下で何かと遊んでいる姿が見える。まるで此方に気付きそうにもない、その姿に、両手で顔を覆ってから、短く息を吐き、そのまま歩いて近づく。

 

「にゃーにゃー……にゃー? にゃー」

 

 そんな、可愛らしい猫の鳴きまねをしながら、緑髪の少女は猫じゃらしを片手に黒猫と戯れていた。少々歳を食った黒猫らしく、その表情はまるで仕方がないなぁ、と言わんばかりのものでありながら、しっかりと少女が振るう猫じゃらしを両前足で追いかけていた。黒猫も遊び慣れているのか、高い反射神経を披露しながら猫じゃらしを追いかけるが、それよりも少女の方が一枚上手らしく、黒猫の動きを完全に見切る様に触れる直前で揺らし、捕まる事を回避している。

 

 その後ろ姿を確認し、横へと移動して横顔を確認し―――そして本人である事を確認した。してしまった。だが相手の方はどうやら黒猫に夢中で、全く此方に気付くような姿を見せない。そのまま少女の横で膝を折る様に座り、

 

「にゃーにゃー」

 

「に゛ゃ゛ー゛」

 

「にゃー」

 

「に゛ゃ゛ー゛」

 

 声を濁らせながらにゃーと、少女の様に猫の声真似をすると、黒猫がこちらへと汚い声でなくんじゃない、と非難する様な視線を向け―――そして少女の視線がこちらへと向けられた。その視線は此方へと向けられ、凍り付く。それを見て、笑顔を浮かべ、

 

「に゛ゃ゛ー゛」

 

「え、いや、あ、あの、ま―――」

 

「に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛!」

 

「違うんです! 違うんです!」

 

 顔を真っ赤にしながら猫じゃらしを揺らし、両手を大きく振って否定する―――が、そんなものは関係なく、立ち上がり、少女の周りを囲む様に踊り、妙に汚い猫の鳴き声を披露する。

 

「に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛! にゃーだってよ! にゃー! 可愛い! ハイディちゃん可愛い! 可愛いなぁ!」

 

「や、やめてください……や、や、やめてください……!」

 

 顔を真っ赤に染め上げながら、それを隠すように両手で顔をハイディ・E・S・イングヴァルトは隠した。月下の襲撃者。ミッドチルダを恐怖に落とした通り魔。管理局に指名手配される犯罪者―――だが、今、ここで見せている姿は、

 

 ただ、一瞬の弱みを見せてしまったが為に弄られ続けるだけの少女だった。




 やっぱりこうやって真っ赤にして顔を隠す様な女の子が可愛いと思う。暴力ヒロインはどうしても受け付けない……。恥ずかしいから殴ったりするのはアレだなぁ、と。とりあえずハルにゃんにゃー、ということで。あと遭遇-1でのDSAA部分ちょっとだけ削除。女子、男子の部を分けるのも面倒なので統一で。

 そしてエリオは神になった。


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遭遇-5

 場所は変わり、再びベンチへと戻ってきていた。ベンチの中央を陣取る様に野良の黒猫が体を丸めて座っており、それを挟み込む様に自分と、そしてハイディが座っている。流石に真横に座るだけ相手に対して心を開いてはいない。だから黒猫を置いて座る、というのは丁度良い距離感だった。が、そんな事をそもそも心配する必要もないのかもしれない。ハイディの方へと視線を向ければ、未だに頬の一部を赤く染めている。猫と戯れている様子を見られたのが予想以上に恥ずかしかったらしい―――それも、特に敵として意識している相手となると、羞恥心もすさまじい物だろう。心中察ししない。そこらへん反省しないで生きてきている馬鹿なのだ。だがとりあえずは、

 

「数日ぶり……でいいんだよ、な? ハイディちゃん」

 

「……はい、数日ぶりですね、ヨシュア……さん」

 

「お前、今物凄くさん付けするかどうか悩んだろ。アレだ、言っておくぞ。俺、18だかんな。年上だからな」

 

「解ってますよヨシュア」

 

「さん付けの気配が消えた……?」

 

 ハイディはすまし顔を浮かべているつもりだが、頬の赤さは抜けない。やはりこういう所を見ると年相応、十六歳程の少女に見える。少なくとも大体それぐらいの少女だと経験上、看破できる。それはまるで、あの夜、湾岸地帯で戦った相手とは別人のような姿だった。あの時のハイディは非常に魅力的で、そして美しかった。刀匠によって鍛えられた名刀の如く殺気が鋭く差し向けられ、憤怒と殺意がストレートに心臓に叩きつけられ、呼吸を奪いながらも全身を熱く燃え上がらせていた。そんなハイディの姿は今、ここにはいなかった。殺意も敵意もない、完全に十代女子の姿だった。

 

 まるであの夜の出来事が夢だったかのようにさえ思える―――が、ハイディの首筋には斬撃痕が存在している。それは治療しても消える事のない、一生残る傷だ。そういう風に斬ったのだから当たり前の話なのだ、おそらくは背や前面にも同じような傷があるだろう。それが、あの夜は幻想ではなく、真実であり、すぐ横にいるこの少女が敵である事を証明している。

 

 ハイディは此方へと視線を向けると真面目な表情を浮かべ、口を開く。

 

「ヨシュアさんは……ヴィルフリッド、でいいんですよね?」

 

「そうだな。オリヴィエに義手を与え、エレミアン・クラッツを教えて、クラウス・イングヴァルトがクッソボッコボコにされた原因を遠まわしに生み出したヴィルフリッド・エレミアの子孫たぁ俺の事だ―――エレミア一族、知ってるだろ? 俺と妹で最後の二人だぜ。絶滅する前に会えてよかったなぁ!」

 

 げらげら笑いながら軽くハイディの中にいるクラウスを刺激する様に言葉を放った。何時でも動けるように体には軽く力を入れながら、傍目は完全にリラックスしている様に姿を偽装する。これでハイディが直ぐ動けば、それに対処するだけだ。いや、その方が面倒がなくて良い。そう思う。だがそんな期待を裏切る様にアインハルトは穏やかな言葉を放った。

 

「そうでしたか。改めて名乗ります―――ハイディ・E・S・イングヴァルト。クラウスの記憶継承者であり、イングヴァルト家の子孫―――最後の一人です」

 

「―――となると俺もお前もお家的には最終ラインか」

 

「ですね。エレミアはどうかは知りませんが、イングヴァルトは血筋を残す為に嫁を出したりしていましたが、それももう途絶えて直系の私一人を残してもう存在しません。同じような状況に会えたのは運命的とでも表現するべきなのでしょうか」

 

「どうなんだろうな。もしこのシナリオを書いた奴がいるなら相当根性の腐った野郎にはちげぇねぇな」

 

 息を吐きながらそう思う。運命的、自分と彼女の出会い、そして今、こうやってまた会えたことを表現するならその言葉しか見つからない。この広いミッドチルダという世界で、住んでいる場所は星の反対側かもしれないのに、なのに偶々やってきた公園で出会う事が出来たのだ。もはや運命という言葉でしか表現する事が出来ない。

 

「こういう時って大体2パターンあるよな、ドラマだと」

 

「そうなんですか?」

 

「話している間に恋心に目覚めて戦って両方死ぬか、最終的に兄妹だって発覚して結婚できない悲恋コース」

 

「昼ドラの見過ぎじゃないですかそれ。いや、ベルカ末期は実際にドラマを見ているのかってぐらいドラマチックでしたけど。それにしたってそれはないですよ」

 

「そこまで強く否定しなくていいだろっ」

 

 恋愛感情など生まれないと断言するハイディの言葉に軽く半ギレしつつ答えれば、漸くハイディの表情に微笑が浮かぶ。紛れもない、美少女の笑みだった。そうやって笑っていればクラウスの記憶の継承者だなんて解りもしないだろう。だが、心の奥底で、自分が少しずつ、目の前の少女に惹かれ始めているのが解る。おかしなものだ、時間や理由であれば間違いなくヴィクトーリアやジークリンデの方があるのに。

 

 ―――やっぱり、昔そうであったように、ヴィルフリッドがクラウスを求めているのだろうか。

 

 まぁ、逆レイプしてでも子種を奪わなかったヴィルフリッドが悪いという結論なのだが。

 

 そう、ベルカ末期に足りなかったのは―――逆レイプだったのだ。アレがなかったから古代ベルカは悲劇だったのだ。というか全体的にお友達お友達していたのが悪いと思っている。クラウスはさっさとオリヴィエを押し倒すべきだったし、ヴィルフリッドはさっさとクラウスを襲うべきだった。クロゼルグに関してはペドすぎるので何も言えないが、少なくともハーレムが許可されていた時代なのだから、それぐらい出来た筈だ。クラウスがヘタレをこじらせてしまうのが全部いけない。

 

 ともあれ、軽くハイディが笑っている姿を見れば、本当に欠片も闘争心は今、存在しないらしい。それを知って、どうしたものかなぁ、と思う。ここで殺せば凄く簡単に終わる話だが―――現代社会でそんな蛮行は簡単には行えない。

 

「でよ、ハイディちゃん」

 

「なんですか」

 

「どうする?」

 

「……どうしましょうか」

 

 並んで息を吐きながらどうするべきかを考える。ハイディに闘争心が存在しない以上、間違いなく今がチャンスなのだが―――あいにくと、デバイスは今、一つも持っていない。元々デバイスは後でどうにかしようと考えていた事が悪いのだが。ただそれでもエレミアン・クラッツは武器を選ばない。ジークリンデもほとんどデバイスを使わずに素手で戦っているから、自分も同じように戦えばいいだけだ。だが、自分も間違いなく戦う気がないのは事実だった。そんな気分にはなれなかった。何故だろうか、あの夜に一回戦ったことが原因なのだろうか―――不思議と、そこまで必死にする必要はない、そんな感じがある。

 

 結局は振り回されているだけだろうか―――エレミアに。

 

「正直な話―――ずっと子供の頃から悩まされているんです。いえ、今も十分に子供なんですけど。それでも覇王の記憶を持っていて、それがまるで映画(ホロ)フィルムの用に頭の中で流れているんです。目を閉じて眠りにつけば、一人ぼっちのシアターで延々と見せ続けられるんです。覇王の記録を、その憤怒を」

 

 それは良く解る。自分も経験した事だ。それに加えてエレミアの500年を超える戦闘経験がまるで自分の物の様に叩き込まれるのだ。気が付いたときには誰かに言われずとも戦いを求めていた。更なる力を求めていた。そして罰を求めていた。エレミアとしての本能、そして継承された業というものは消す事が出来ない。だがその500年の業に覇王のそれも、劣る事はないのだろう。凄まじい憤怒と悲しみ、エレミアの一族に匹敵するそれを覇王はたった一人で生み出したのかもしれない。

 

「気が付けば拳を振るっていました―――覇王が最強であると証明しなきゃいけない、という強迫観念に背中を押されるように。そしてエレミアを心の底から憎む様に求めていた。お前がいなければ、お前さえいなければオリヴィエは苦しむ事もなかった。馬鹿な事を考える事もなかった、と……どうなんでしょうね、そこらへん」

 

 そうだな、と呟く。古代ベルカの戦時の記憶を思い出す―――思い出せるのは地獄の風景だ。ヴィルフリッドも一人の兵士として前線で聖王家を、オリヴィエが守ろうとしたものを守るために戦った。だけど酷いものだった―――聖王家はヴィルフリッドがオリヴィエの決心を鈍らせる存在であるかもしれないと判断していたのだ。実際、ヴィルフリッドが根強く説得していればオリヴィエは考えを変えたかもしれない。だが、

 

「―――ヴィルフリッドもヴィルフリッドで、あの時は幽閉されていたんだ。嘆いているよ、今でも。聖王家に捕まらずにいれば、義手を砕いてでもオリヴィエを止めていた、ってな」

 

 エレミアと聖王家の相性は悪くはない。聖王家の保有する最強の防御スキル、聖王の鎧―――エレミアのイレイザー能力はそれを問答無用で消し去って殺す事が出来る。つまり、聖王を一番効率的に殺せる一族でもある。もしもの場合があったら、ヴィルフリッドはそれでオリヴィエを戦闘不能に追い込んで止める予定だった。だがそれよりも早く、幽閉されてしまった為に全ては悲劇へと向かって加速してしまった。

 

「クソみたいな話だな」

 

「ですね、本当にクソみたいな話です……ですが、なんでしょうか。こうやってまともに話せたとなると、少しだけどこかで救われた気持ちになるのは―――」

 

「―――錯覚じゃねぇの? 問題は何一つとして解決してねぇからな?」

 

 その言葉にハイディは黙った。結局のところクラウスの怨念も、ヴィルフリッドの怨念も、どっちも消えていないのだ。話せば話すほど目の前の少女に心が惹かれて行く―――それが何よりもの証拠だった。この程度だったら精神力のみで何とかできる範疇だが、よほどひどくなるなら記憶を飛ばしたりする必要も出てくるが、それに関しては最終手段だ。

 

「結局のところ、俺も、お前も決着を付ける為に出会ったんだよ。少なくとも俺はそう思うぜ。じゃなきゃ出会った意味がねぇからな」

 

「そう、ですか」

 

 だけど、同時にこれは素敵な出会いだとも思った。人生、何が起きるかは解らない―――だけどこんな、古代の騒乱の決着をつける事が可能なのだ。だとしたら、もはやなんでもアリだと言えるのではないだろうか? 少なくとも、俺はどんなクソの様な事であろうとも、全力で楽しみたいとは思っている。じゃなきゃこのクソの様な世界で生きている意味はない。愉しさのない人生なんて死んでいるのも一緒だ。

 

 生きているだけ、義務感でやっているだけの人生に価値なんてないのだ。

 

 ハイディは悩む様な姿を見せている。

 

 だから立ち上がる。ハイディの前へと移動し、そして右そでをまくりながら傷だらけの右腕、その力瘤を作る様に腕を曲げ、拳を握る。

 

「お前はぐだぐだうだうだ考え過ぎなんだよ―――第一クラウスのヤロウは馬鹿だったじゃねぇか。オリヴィエが死んだ後でどうすればいいかも解らず拳を振い続けるぐらいの。お前もその馬鹿と同じ血脈なんだろ? 上品な言葉で自分を飾る必要ぁねぇんだよ」

 

 そう、

 

「俺達は()()()()()()()()()()、もっと原始的で、容赦がなくて、そして殺戮の時代を戦い抜いた連中の記憶を持っているんだぜ? 騎士とか、誇りとか、そういうのが一切存在しなかったベルカの暗黒期を戦い抜いた覇王と黒の血族―――その子孫だろうがぁ!」

 

 騎士ではない。殺す為には手段を選ばなかった。だから覇王流も、エレミアン・クラッツも、効率的に、非人道的に、ただただ相手を殺す手段を極めようとした。それでしかゆりかごを浮かべた事に対してできなかったから。

 

()()()()()()()()()()()()()()だろ? だったら()りあおうぜ、ハイディ―――別段今決着つける必要はねぇ。俺も、お前ももやもやしてんなら殴り合った方が色々とすっきりするだろ。なぁ、そう思わねぇか?」

 

 その言葉にハイディはまっすぐ視線を返してきた。悩む様な、しかし振り払う様に、まっすぐ視線を此方へと返してくる。吸い込まれそうな色合いが左右で違うその瞳。抱きしめたくなるこの気持ちは一体自分のものか、或いはかつて、クラウスに対して恋慕の情を抱いた彼女のものなのだろうかは解らない。だが解るのは―――戦うのは楽しいという事だ。

 

 強くなるのは楽しい。

 

 だが強くなるのは退屈だ。

 

 だから、想いっきり拳を振って殺し合えるのは―――きっと、幸福なのだろう。

 

 ―――それを、ハイディは理解している。

 

 だから、彼女は答えた。

 

「ヨシュア―――私、貴方と戦いたい(殺し合いたい)です」

 

 そして、それに俺も答える。

 

「あぁ、俺もだよ」




 ふぇぇ……どうすればいいか解らないよぅ……じゃあ殺し合おうか。蛮族的ベルカ理論。もはや憎悪を示すのに暴力、求愛するのにも応力とかいう熱い文化になり始めている。ベルカは非常に罪深い……。暑い風評被害を生み出したのは誰だ。

 ✝天から舞い降りし最強の食糧(エリオ)


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遭遇-6

 公園には最近の流行に合わせた、組手が行えるグラウンドが存在する。自由利用なので他にも拳を、蹴りをぶつけ合って力を確かめている姿は見える。やはり流行となっているらしい。その一角へと自分とハイディも移動した。やる事は簡単だ、というより周りの連中がやっている事と変わりはない―――拳と拳を体に直接叩き込んで、相手が敗北するまで殴り合う、それだけの話だ。シンプルでいて、そして最も無作法とも言うべきルールだ。明らかに殺傷系統の技は禁止されているが、それ以外は大体なんでもありなのだ。

 

 一般良識の範囲を守っている人間と―――その外側の人間では認識が大きく異なってくる。

 

 立った場所、五メートルほどの距離を開けて反対側へと視線を向ければハイディの姿がある。その姿は戦闘装束へと魔法を通して変身を完了させていた。あの襲撃の夜と全く同じ戦闘装束姿をハイディは見せ、それに対応する様にこちらも拳を振い、体を振い、間接が普通に動くのを確かめながら自分の体に異常がない事を確かめ、呼吸を整えて内功を練る。

 

「ま、あんまし意味がないけど、このグラウンドは魔法が使えないやつ向けに非殺傷結界が貼ってあるから、魔力ダメージに関しては一切心配する必要はない―――殺す気でやっても殺せない」

 

「殺すつもりであれば物理的に潰せ、ですね」

 

 正解、と答えながら袖を振う―――が、デバイスは出て来ない。当たり前だ、全て尽きているからこそデバイス・コアなんてものを渡されてしまったのだ。もう少し慎重に使えば良かった、なんて事を今更ながら軽く後悔しながらも、エレミアン・クラッツを思い出す。ルーティン作業だ。呼吸をすることで内臓を引き締め、筋肉を引き締め、内功を練り上げる。そうする事でこれから叩き込まれる攻撃に対して内臓をある程度保護する。

 

 ミッドチルダ式ではバリアジャケット、ベルカでは騎士甲冑、そして純粋な戦士は戦闘装束と呼ぶ、魔力によって生み出す鎧は自動的に体温調節等を行いながら衝撃吸収、魔力からの保護等を行う高性能な防壁だ。鎧を着用するよりも遥かに優秀な鎧。それが戦闘装束になる。非殺傷結界と含めればそれなりに高い防御力を発揮する為、攻撃を当てる時は殺す気でやらないと駄目だろうと判断する。

 

 ―――息を吸い、そして吐く。ルーティン作業だ。内功を練り、戦いに備えて肉体を締め上げ、力を行き渡らせる。スイッチを切り替えるなんて必要はない。エレミアの神髄に頼る必要なんてない。ヨシュア・エレミアは()()()なのだ。我が闘争、我が日常。闘争が日常であり、そして息を吸う様に戦う事が出来る。故にスイッチを切り替える必要なんてない―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 闘争の亡者でしかない己に―――準備は必要ない。

 

 拳を握り、それで終わる。そしてハイディもまた、断片的ではあるが修羅としては出来上がっていた。故に彼女も覇王流の最も基本的な構えを取り―――それで準備を完了させる。言葉は必要ない。構え、舞台に立った瞬間が闘争の始まりになる。

 

 ―――だから呼吸するよりも早く、それ(呼吸)を奪った。

 

 体は前に倒れる様に、足を前へと踏み出しながら、重心を明確に前へと向けて押し出すようにズラして行く。発生するのは落下と前進、体を前へと飛ばしながらも落下し続けるという事象であり、重心が前へとズレた影響を受けて体が前へと向かって()()()()()()様に移動距離が一気に延びる。落下と前進、そして引っ張られる動きによる正面への移動と共に、曲げられた足は力を練りながら全身を使った力の伝達を利用し地を蹴る様に体から重力の重みを奪う。結果、体が完全に重力の束縛を振り払い、一瞬で到達点へと()()されるように移動する。フラッシュムーヴ、クイックムーヴ、そう言われる高速移動術式を生身の肉体で行う技術。縮地とも言えるそれを、言葉をハイディの呼吸の合間の僅かな無意識の中へと潜り込む事によって、察知不可能な接近を果たす。

 

「景気づけの一撃だぁ!」

 

「―――」

 

 迷う事無く接近から掌底をハイディの腹部へと叩き込む。掌そのものが緑と白の戦闘装束に沈み込むのを感じつつも、練り上げた力をその場で足を踏み込み、大地を砕く様に震脚を打ち込んで、軸足をアンカー代わりに、全力の掌底をそのまま押し込んだ。戦闘装束に施された衝撃吸収能力を反発と(とお)しの技を使って、威力を減退させずにダイレクトに叩き込み、

 

 貫通させた。

 

 ハイディの体が浮き上がる様に後ろへと衝撃と共に吹き飛んでゆく。戦闘装束の腹部に穴が開き、掌底を叩き込まれた腹部はその一撃で赤くなっている。が、叩き込んだ感触は堅かった―――直前でガードしていたのか、或いは先読みされたのかも知れない。反動を軸足から流す事で殺しつつ、そのまま前へと向かって、再び落下と前進を同時に行う高速の移動で追いつく。側面を抜け、首をへし折る事を目指してハイディの首目掛け、拳を振り下ろす。

 

 が、当たり前の様にハイディがそれに反応した。最低限の動きで回避を起こす為に足を蹴りあげ、下半身を持ち上げながら上半身を沈める。逆立ちする様に拳を蹴りあげながら片手で大地を叩き、回転しながら両足で立とうとする。その姿へと迷う事無く正面から振り込む。ハイディもこちらへと向かう様に後ろへと()()()()、姿が届く前に空間へとストレートに打撃を叩き込んだ。凄まじい膂力から放たれる拳は空気を砕き、押し出しながら速度を合わせる為に衝撃波となって襲い掛かってくる。魔力を乗せていない純粋な衝撃波による攻撃は非殺傷結界ではどうしようもない()()()()になる。

 

 故に踏み込もうとする此方の姿は衝撃波を食らって、頬は、服が、首が空気の壁に殴られ、斬られる。熱が体の中にこみ上げて行くのを感じながら、笑みを浮かべそのまま直進する。衝撃波を正面から肉体で耐え抜いた先、拳を構えるハイディの姿がある。踏み込み、拳のキルレンジに踏み込む。

 

 ―――殺す為の拳を殺気を乗せて放つ。

 

 殺気が乗っている時点でもはやテレフォンパンチの領域だ。見せ札だと解っている。それでも放つ拳は必殺する。当たれば確実に殺す。それだけの威力を拳に込めている。少なくとも守らなければそのまま目玉を抉る、そのつもりで顔面へと放った―――そうすれば戦士としてはもはや再起不能だ。故にハイディは迷う事無く片手で受け流すように手を叩き、それを軌道から外しながら手刀へと姿を変え、真っ直ぐ此方の顔面を目掛けて殺傷性の高い一撃を叩き込んでくる。防御は不可能だとその初動を判断し、体を横へと飛ばして回避するのに合わせ、

 

 ハイディが一瞬で追い付いてくる。否、ハイディが先読みして回り込んだ―――身体能力自体は魔法で強化されているハイディの方が遥かに高い。故に先手がハイディに奪われる。同じ動きであれば、素早い方が先手を奪うのが常識なのだから。

 

「ははは―――」

 

 笑いながら突き出される手刀を右へと弾き、返しに拳を繰り出し。体をズラしながら回避したハイディがそこから寸分の狂いもなく、喉へとめがけて貫手を放ってくる。頬を切らせるぎりぎりの所で回避しながら、更に懐へ、体を密着させるように左肩から接近する。そのまま、心臓を止める為に拳を一気に下から抉りこむ様に放つ。そこに邪魔になる乳房があると理解しての心臓殺しの一撃、無論、喰らえば必殺のそれをハイディは見なくても理解している。故に迎撃の為に手が伸びる。

 

 触れる様に伸ばした手は捻り、流し、払う、三動作が凄まじい練度で組み合わせられ、アッパー気味に繰り出される一撃を完全に逸らすことなく捻り千切る様に動く。反射的に体全体を持ち上げて、捻りに合わせて触れられた状態で逆立ちした。そうしなければ数瞬後には腕が千切れていたのを理解しつつ、

 

 逆立ちした状態から大地へと向かって逆立ちのまま、蹴り落とした。

 

 既に構えられていた両手にガードされ、蹴った反動を利用して体を後ろへと飛ばし、宙返りを決めながら着地する。瞬間、ハイディが踏み込んでくる。

 

「は―――」

 

 突き出してくる必殺の一撃を受け流す。掌で円を生み出しながら逆の方向に腕で円を描く。その円運動で運動に込められたエネルギーを拡散させながらハイディの腕を掴み、手首を握り潰しながら砕き、腕を腕に絡めながら足を引き、頭から大地へと叩きつける様に体を落として行く。

 

 それをハイディが関節を外して腕を抜くのを見た。

 

「―――は」

 

 ハイディが笑みを浮かべながら絡めていた此方の動きを逆にとり、後頭部に片手を添え、それを大地へと向けて全力で叩きつけてくる。それを感じつつフリーの片手でかけているサングラスを外し、

 

 顔面を大地へと叩きつけられた。衝撃で頭がはねた直後に頭の裏から大地へと叩きつける様にもう一撃来るのを察知する。頭を砕く勢いで振われるそれを無強化の肉体で喰らえば間違いなく頭が弾けて死ぬだろうな、と冷静に考え―――息を吐き、体を左へ捻る。そのままハイディの体を引っ張る様に自分の体を回し、水月にケリを叩き込む。

 

「おう、今のは痛かったぜ」

 

 ハイディの姿を蹴りあげながら出来た僅かな時間、サングラスを再装着し、口から血の塊を吐き捨てながら片手で大地を殴って後ろへと跳ぶ。空中で態勢を整えなおして着地し、血と混じった唾を再び大地へと吐き捨てながら拳と掌底を構える。左半身を前に出し、やや倒れこむ様な姿勢で立ち、正面、両手を拳にして構えるハイディの姿を見る。その表情に陰鬱な姿はない。獰猛な、狩猟者の笑みが浮かんでいる。それもそうだ。

 

 イングヴァルトも、エレミアも、

 

 数えきれないほど人を殺した、暗黒期を生き抜いた戦士だ。誇りもクソもない、()()()()()()()()という時代を生き抜いた一族、その血族、そのハイエンド、最終形とも言えるのが自分たちの存在だ。闘争は日常であり、細胞がそれを歓喜して感じ取る。考えても良い。だがそれ以上に戦えばそれで理解し合えるし、思い至る。そういう生物なのだ。罪深いほどに救いようがない。平和な日常を送っていても戦場から逃げようとも思えない。

 

 だから自分もハイディも笑顔を浮かべながら踏み出す。

 

 その初速はハイディが早く―――此方がそれを抜く。

 

 後の先。後から先を奪うという概念。それを達成させるようにハイディの初動を確認してから縮地で加速し、その背後を取った。右拳を振り下ろし、驚異的な反射神経で背後からの脅威を感じ取ったハイディが強化された肉体で超反応し、攻撃を受け流す。が、既にそれは見えていた―――どちらへと向かって受け流されるか、さえも。故に流れに任せる様に重心は既に移動されていた―――弾かれた方向へと、弾かれながら体は動いていた。

 

 拳が入る。

 

 弾かれる。

 

 火花はない、鉄の音もない。だが肉と肉がぶつかり合い、傷つく鈍い音が響く。既にハイディの片手は手首が折れている為に力が入らない―――攻撃の起点に使う事が出来ない。故に、この瞬間、

 

 ハイディの呼吸を完全に読み切れた此方が勝った。

 

 縮地で落下しながら前進、背後へと回り込みながら呼吸を盗んで打撃を腹へと叩き込み、持ち上げる様にハイディの姿をくの字に折り―――最初はそのまま殴り飛ばした動きを、そこで止めた。込めるはずだった力をそこで止め、腹へと当てた手をゆっくりと戻しながら後ろへと数歩下がる。

 

 顔を見れば、そこには少しだけ不満そうなハイディの表情があった。非常によい所で寸止めした、という自覚はある。だけど不満そうな表情に対して、ハイディはすっきりした表情も浮かべていた。どうやら殴り合っている間に、色々と整理がついたのかもしれない。

 

 周りではひそひそと向けられる声と視線がある。そういえば公共施設だったな、と今更ながら思い出しながら、

 

「すっきりしたか?」

 

「ちょっとだけ不満ですが―――はい、なんかすっきりしました。私、解りました。キチン、と決着をつけないといけないんだって事が。それに私―――どうやら因縁や記憶云々を抜いた、戦うの嫌いじゃないみたいです」

 

「そっか……んじゃ、いいんじゃねぇかそれで―――」

 

 可愛らしく笑みを浮かべるハイディの姿に苦笑を返しつつ、とりあえずは溜息を吐く。お互いに本気ではなかった―――が、近い内に本気でやる必要はあるだろう。こういう形でお互い、発散させるのも限界があるだろうし。

 

 ともあれ、

 

「ハイディ、また逢引(デート)しようぜ。こういうのでも、こういうのじゃなくても。お互い、連絡とりあってさ」

 

 願ってもない事ですと答えるハイディの姿を見てうんうん、と頷き、じゃあ、と言葉を吐く。

 

「―――一緒に怒られようか」

 

「えっ」

 

 保護もなくハイディの戦闘装束を全力で殴った対価として、爪や皮が軽くはがれてしまった片手を持ち上げ、その指先をハイディの背後へと向ける。恐る恐るといった様子でハイディが振り返れば、そこには茶色の管理局の制服を着た、先日、病室で事情聴取に来た管理局員と同じ人がいた。

 

「どうも、次元管理局の者です―――言わなくても解ってますよね?」




 これだけ容赦なく殺し合ってて通報されない理由がねぇだろ!!! 鉄腕王ガチャ入りおめでとう!! エリオは西から東へ流れたよ! ハイディちゃん可愛い!!

 今まで使ってきた縮地とか呼吸を盗むとか、そういう技術を詳細に、どうやっているのかを描写しながら戦うのって結構楽しいです。攻撃を繰り出す、その1動作にも色々と込められているもんがあるんだよー、的な。やればやる程沼にはまっていくこの感覚凄い。

 あとハイディちゃん可愛い。アインハルトではなくハイディと呼んでいるのは姿は一緒だけどキャラがかなり違うから区別している感じですね。ピンクと紫を名前で呼ばずにキチロリと呼ぶのと同じような感覚。あの魔物どもはどうやって生まれたのか今では思い出せない……。


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遭遇-7

 管理局の取調室、ハイディと横並びに座りながら、ため息を吐きながら盛大にだれていた。少し前まで正面にいた橙色の髪の執務官の姿はない。呼び出され、この部屋から出てしまったからだ。魔封錠を装備されている手前、脱出不可能と考えているのは実に甘いとしか言えないが、無駄に管理局で何かをしたい訳でもないし、だらだらと目の前の鉄のテーブルに上半身を倒してだれていた。あの殴り合いからそれなりに時間が経過しており、喰らったダメージ等は管理局付の治療型魔導士が一気に回復してくれた。砕けた骨以外のダメージはほぼ元通りになっている。ハイディの手首の方も、二日ぐらいで直るだろうとは思う。欠伸を軽く漏らしながら、ぐだぐだとやっていると、ハイディがあの、と声をかけてくる。

 

「……全く不安心配なさそうな姿しているけど、大丈夫ですか?」

 

「ん? まぁ、確かに一般的に見るとかなりオーバーな感じに殴り合ってたけどな―――ぶっちゃけヒートアップすればこれぐらい、そんな珍しい事でもないからな。殺していないし、お互いに納得している部分があるだろ? こういうのは相手に対して損害賠償を要求してくるから拗れるんだよ。適当な理由をでっち上げて、それを通せば管理局もそれ以上追及は出来ねぇよ」

 

 無論、言葉はすぐ横に座っているハイディにのみ聞こえる様に放った―――それぐらいの余裕はある。だからハイディも成程、と言いながら顔を赤くし、俯く。

 

「だ、だから言ったんですか―――その、痴話喧嘩だった、って」

 

「まあの」

 

 カップル扱いにして、痴話喧嘩の結果ガチの殴り合いに発展した―――そういうケースは別段珍しい話ではない。今もどこかで起きている事だ。何よりミッドチルダ、ひいては次元世界という存在そのものが()()()なのだ。潜在的にリンカーコアと魔力を保有する次元世界の住人は魔法という技術を使用する資格を保有している。それ故に、人の本能として、力を振う事を恐れない部分がある。力を使う事に快感を覚える。この次元世界の住人達はなんであれ、魔法という技術を使いたくてしょうがないという性質を持っている。だから割とあるのだ、傷害事件は。そしてだからこそ、管理局の仕事は減らない。

 

 ご愁傷様、無作為に領域を広げるからこうなるのだ、盛大に苦しめ。

 

 そんな馬鹿な事を考えつつ、年ごろの娘らしく顔を赤くしたり、様々な感情を見せるハイディを横目に見る。こういう姿を見てしまうと、殺す気が失せるから困ってしまう。実際、殺して終わらせる、なんて手段はちょっと()()()()様な気もしてきた。困った。殺せる時に殺せばそれで解決だった筈だったのだが―――こうなったら別の手段を用意するべきかもしれない。

 

「しかし初心というかなんというか……ハイディちゃん、もしかして恋愛経験とかないの?」

 

「ま、まだ十六歳ですよ、私」

 

「結婚できるじゃん」

 

 結婚というワードに再び顔を赤くして、それを隠すように両手で顔を隠す。ここまで初心というか、色ごとに対して苦手な娘は久しぶりに見るからなんというか―――心が浄化される。ジークリンデは普通に一緒に風呂に入るし、ヴィクトーリアもヴィクトーリアでそこらへん、普通に恋人になってもいいって感じのオーラがあって困る。やっぱり美少女と言ったらこういう初心で恥じらいのある子がいいよなぁ、何て思ったりする。エロを求めるのは正直風俗にいけばいいんじゃないかなぁ、と思う。

 

 と、軽くハイディをからかって遊んでいる間に取調室の扉が開く。中に入ってくるのはティアナ・ランスターと名乗った執務官だった。溜息を吐きながら中にやってくると、此方へと視線を向けてくる。

 

「親族が迎えに来たから帰っていいですよ。ただしもう二度とこんなレベルまで痴話喧嘩を発展させないでください……いいですね?」

 

「仲がいいほどなんとやら、という事で許してくださいな」

 

「それで許せるなら法律はいらないんだよ」

 

 ティアナの言葉にごもっともです、と答えながら欠伸を軽く漏らし、椅子から立ち上がりながらハイディと共に取調室から出て行く。そのまま、止められることも注意される事も、怪しまれる事もなく取り調べに使っていた管理局陸士隊の支部の外へと出ると、入口正面にはジークリンデの姿があった。その横には公園の駐車場に置いてきたバイクの姿もあり、しっかりと回収してきたらしい。片手を上げて挨拶を送れば、ジークリンデが中指を向けてくる。ナイスガッツしている妹分だ、と改めて思う。

 

「にーちゃーん! どこで女の子ひっかけたん? 騙すのはあかんよ? もしかして寂しかったん? 大丈夫? 結婚する?」

 

「一応血の繋がりがあるっての忘れるなよお前」

 

 立って待っているジークリンデへと接近し、デコピンをその頭に叩き込み、軽く怯ませながら頭を撫でる。そのままハイディへと振り返る。

 

「こいつは俺の妹分のジークリンデ―――ジークリンデ・エレミアな。んでこの緑髪のがハイディちゃん―――」

 

 軽くジークリンデとハイディの事を紹介しながら、視線を空へと向ければ、空は暗くなっており、月が浮かび上がっている。日中はぶらぶらして、昼過ぎには公園でやらかしていたのだから、もうこんな時間にもなるか、と納得する。今日も今日で色々と楽しかったな、と思いつつジークリンデが引っ張ってきたバイクに乗る。慣れた様子でジークリンデも後ろに乗り、腰に手を回してくる。魔道エンジンが搭載されているバイクは燃料として魔力のみを要求してくるため、非常にクリーンなエネルギーによって動いており、振動も少なく、快適な乗り物だ。最もこのご時世、快適じゃない乗り物の方が少ないんだろうが。

 

「っと、そうだった。ハイディちゃんどこに住んでるよ。3ケツになるけど送ってくぜ」

 

「3ケツは事故率高いけど我慢してーな!」

 

「事故前提ですか―――というか陸士隊の人睨んでますよ」

 

「いいんだよ。これぐらいだったら誰だってやってるし、注意したところで減らないって解ってんだから」

 

 2ケツ、3ケツなんて法整備を行っても消える事のないヤンキー魂さえあれば即座に実行に移されるのだから、注意したところでどうしようもない。それに今のシステマライズされた環境で、事故は機械的に回避が可能なので、3ケツしたところで事故は起きない―――普通は。そう、普通は。意図的にそこらへんのセーフティを全部切っている我がバイクに関しては当たり前の様に事故を起こしてくれるのだ。まぁ、意図的に起こしたい訳ではないのだが。

 

「んで、どうする?」

 

「……えーと、ではサウスグラノス駅まで宜しくお願いします」

 

「あいよ。ジーク、メット取ってもうちょい詰めろ」

 

「あいさー!」

 

 ジークリンデがバイク後部座席からスペアのヘルメットを取っている間にハンドルに引っ掛けてあるヘルメットを手に取り、サングラスと交代する様に被る。ヘルメットをかぶり、後ろに乗るジークリンデとハイディが身を寄せる様に後ろに乗ったのを確認してからバイクのエンジンに魔力を注ぎ込み―――動かす。

 

 エンジンの音を一切響かせずに静かにバイクに命の火が灯る。蹴り出す必要もなく、両足をバイクに乗せてハンドルを握れば加速しながら前進し始める。管理局前から公道に出て、バイクに搭載されているナビゲートシステムを起動させる。片手でホロウィンドウを操作して目的地のサウスグラノス駅をマーキングしたら、そちらへと向けてスピードを上げながら一気に突き進んで行く。

 

 春とはいえ、夜になると少しだが涼しく感じてくる―――特にバイクで夜風を全身で浴びていれば、それも強く感じる。だがその感触に心地よさを感じる。それが好きで、風を体に感じるのが好きで風圧無効化の術式がバイクには搭載されていない。少しでも長く夜風に当りたいと感じつつも、やるべきことがあるし、十分に遅い時間だ。

 

 ハイディを送り届ける為に真っ直ぐと最初の目的地へと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

「―――本日は色々とお世話になりました」

 

「おう、俺も楽しかった。手首が治ったらまたデートしようぜ」

 

「その時はまた全力でお相手させていただきます―――おやすみなさい、ヨシュア」

 

「おやすみハイディ」

 

 駅前から手を振りながら、定期券を使って駅の中へ向かうハイディの背中姿を見送る。その姿が完全に駅の中へと消える前に、ハイディが一度振り返って手を振ってくる。それに対して軽く手を振り返し、完全に姿が言えなくなるまで待ってから駅から視線を外し、バイクの方へと視線を戻す。バイクを椅子代わりに座っているジークリンデが軽く胡坐を組む様な姿勢を取っており、膝に頬杖をついている。その表情は若干つまらなさそうなものだった。

 

「―――で、にーちゃん、あの子、なんなん?」

 

「お前が本人がいなくなるまで待つというデリカシーが存在しているとは割と驚きだったわ」

 

「にーちゃん」

 

 少しだけ、真面目な色を含んだジークリンデの声だった。どう答えたものか、そう軽く悩みながら歩いてジークリンデの方へと近づくと、言葉が続いてくる。

 

「別にさ、にーちゃんが何をしようが拘束したい訳やないからあまり口を出したりせーへんよ。にーちゃんはなんだかんだで大人やし。ウチが心配するだけ無駄な所があるし。―――でもな、にーちゃん血の匂いしてると心配するで、ウチ? もう家族もにーちゃんとウチしか残ってへんし。そこらへん忘れんでほしーな」

 

「……」

 

 ジークリンデのその言葉に軽く息を吐きながら近づき、そして優しく、頭に触れ、撫でる。そうだ、もう一族―――いや、家族で残っているのは自分とジークリンデの二人だけだ。何をどういおうとも、ヴィクトーリアは血族の者ではない。ジークリンデにとって純粋に家族と呼べるのは、自分、一人だけなのだ。だから俺が死ねば―――天涯孤独の身になる。

 

 だから頭を撫でながら言う。

 

「どうしたジーク―――生理痛か?」

 

 無言の腹パンがカウンターに帰ってきた。割と本気だったらしく、凄まじい衝撃が腹に伝わり、思わず腹を押さえて蹲る。片手でタンマのサインをジークリンデへと向けつつ数秒間、蹲ったまま腹を押さえ、呼吸を整え、

 

「良し! ふぅ! ふぅ! 復活! ふぅ!」

 

「にーちゃん、真面目な話やで、一応。デリカシーっちゅうもんがないんか」

 

「ババァもジジィも死んで誰がお前に性知識のアレコレを教えたと思ってんだよ」

 

「そういやぁ今更やったな」

 

 エレミアは放浪の一族だ―――つまり学校とかには行かないし、必要な知識は先祖の記憶を継承し、継承されなければ親から教わる。親は全員死んでいる。戦闘能力のみを継承したジークリンデには生活に関連する知識が全く存在しなかったため、それを教えたのが自分だったりする。なので超今更なのだが―――まぁ、少しだけ、真面目な空気は紛れたから、それでいいだろうと思う。

 

「ふぅ……あんな、愚妹よ。お前、にーちゃんに勝てた事あるのかよ」

 

「この前早食いで勝ったやん」

 

「そういう話してるんじゃねぇよ……! 面倒くせぇから正直に言うけど、アレ、イングヴァルト」

 

「お、イングヴァルト(ヘタレ)の血筋、現代まで残ってたんか。ヘタレ過ぎて告白出来ずに戦場で死んで血筋が途絶えるんじゃないかなぁ、ってウチ思ってたんやけど」

 

「お前、時々俺よりも酷い時があるよな。俺は将来が心配だよ」

 

 ため息を履きながらヘルメットをバイクから取り、ジークリンデのも取って、その頭にかぶせる。自分のヘルメットも装着してからバイクにまたがり、しっかりと腰を掴んでおけ、と指示を出しておく。背中に抱き付くジークリンデを感じつつ、

 

「まぁ、まかしとけ―――俺は夏休みの宿題は初日に全部燃やすタイプなんだ」

 

「それ、安心してえんやろか。……まぁ、いいや! にーちゃん楽しそうやし。楽しいなら悪くはないんやろな。ただ、あんまし怪我して可愛い妹を心配させたらあかんよ?」

 

「へいへい」

 

 もう少し家族サービスをするべきかどうか、そんなくだらない事を悩みながらバイクのエンジンを起動させ、

 

 そして帰るべき場所へと向かって、姿を進めた。




 ハイディちゃんもノリが良くなってきたな。一番ノリがいいのは愚妹ちゃんだけど。某ランスター氏とは長い付き合いになりそうな気がする……逮捕的な意味で。

 これをvivid作品と言い張る勇気。ベルカ二次と言った方が納得しそう


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現代の王達-1

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを探す。

 

 このミッドチルダという世界にいる事は間違いがないのだ。なら後はその場所を特定するだけになる。そしてその作業は―――個人的に言わせて貰えば、そう難しくはない。第一にオリヴィエ・ゼーゲブレヒトという女が特徴的過ぎる。彼女の遺伝子からクローンを生み出したのであれば、いくつか特徴的な要素が残る。それをベースにオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの継承者を探し出せばいいのだ。そう難しい話ではない。クラウスとハイディがそうで、自分とエレミアがそうであるように、髪色は濃く遺伝する。同時に赤と緑のオッドアイもオリヴィエのクローンであれば、まず間違いなく発現しているし、最後に証拠となる虹色の魔力(カイゼル・ファルベ)を纏っていれば確定だ。場合によっては特徴のどれかが外れているかもしれないが、最低限二つ満たす様であればかなりいい線行っているだろう。少なくともオッドアイに関してはオリヴィエの遺伝的特徴だ、これはまず外れない。

 

 ここまで特徴を確認したら、ミッドの総人口の中からオッドアイの人間を情報屋にリストアップさせる。そこから金髪に絞り込めば、かなり狙えてくるが、ここからさらに情報を絞って行く。判断材料は簡単に手に入るのだから、難しく考える必要はない。

 

 数年前に発生したJS事件にてゆりかごが浮かび上がった―――アレの起動にはそもそも聖王家の血族が必要だ。だから可能性とクローンがこの時期に生み出されたと判断し、使用されたと考える。そうなるとこの事件にかかわった人間の周辺に身柄が渡った事考えるのが自然だ―――一次保護、或いは護衛、間違いなくオリヴィエ・クローンと一回接触しているだろう。だから主要人物を中心に、その周りにオッドアイで金髪の少女の姿がないかを調べて行けば―――見事ヒットする。

 

 予想通り、彼女は存在した。情報屋から見事に獲得できた彼女の写真はおそらくは十五、十六程の少女のものであり、緑と赤のオッドアイを持ち、金髪のサイドポニーという髪型をしていた。データではなく写真という形で受け取ったそれを懐へと滑り込まさせ、そして確信する。

 

 ―――この子がターゲットである、と。

 

 

                           ◆

 

 

 場所はミッドチルダ北部―――ここにはベルカ自治区が存在する。ベルカは一度、古代の騒乱によって滅んでいるが、その文化は散った民によって再興され、そして聖王教会都市という形で復興を果たし、ミッドチルダの中でも大きな土地を得ている。次元世界にを跨ぐ様に広がる聖王教会の勢力は広がっている。重要なのはこのベルカ自治区には聖王教会関連の学園や施設が多く存在し、

 

 また、件の少女もここにある学園に通っているとの事であった。

 

 ミッドチルダ北部―――ベルカ自治区、距離は数キロあるが、それでもダールグリュン邸が存在する事を考えれば、意外と近い場所にいたらしい。そのことに対して少々間抜けだったと思わなくもないが、これもまた()()なのだろう。誰かが、或いは世界が()()()()()と告げている様な、そんな気さえする。

 

 ―――灰色のパーカーのフードを被り、口にパイプを咥え、両手をジーンズのポケットに入れた状態で朝、ザンクト・ヒルデ魔法学院の校門近くを、適当な民家の壁に寄りかかりながら気配を消して観察する。普通の登校風景がそこには見えた。口から煙を吐き出そうとも、気配を殺している限り、誰もこちらに気付くような事はない。一切気にする事も疑問に思う事も、そんな事はなく真っ直ぐ学院の敷地へと向かって歩いて進む学生達の姿が見える。小・中・高等部がそろっている上に学士資格まで最終的に取得可能なこの学院はかなりの規模を保有しており、学院へと向かう学生の姿は幼い子供から、大学院に通う大人の姿まで、多種多様に入り混じっている。それを眺めながら、

 

 ふと、自分とジークリンデが手を繋いで登校している風景を幻視する。

 

 給食には何が出るのだろうか、宿題はどんなだったのか、次の授業の準備をしたり―――そんな日常を幻視し、振り払う。ジークリンデだけでもせめて、学校に通わせてあげたかった、という気持ちはある。だがジークリンデには欠片も学校に通う気持ちはないし、俺ももはや通う様な年齢も通り過ぎた。モラトリアムの時間はもう終わってしまった。辛い現実と戦わなきゃいけない時間がきてしまったのだ。

 

「ま、未練だわな……」

 

 口から煙を吐き出しながらパイプを咥え直す。パイプに詰められた葉が燃え、そして精神の鎮静効果を持ったそれがゆっくりと心を泥沼の底へと沈めて行く―――ヴィルフリッドの意志と共に。やかましい先祖の声を完全に抑え込みながら。薬は悪くない。あまりやかましい時は強制的に意識を沈める事が出来るのだから。そう思いながらしっかりと、校門を抜けて学院内へと進んで行く姿をチェックする。既に写真の姿は脳裏に焼き付いている。だから一々確認する必要はない。気配を消して背景に紛れ込みながら静かに確認をしてゆく。

 

 ―――その中で、強い気配を感じるようになる。

 

 明らかに高い魔力を持った存在が一定の距離を開けながら歩いている。集団ではなく、それとなく距離を開けながら陣形を保つ様に接近している―――護衛の基本形だ。付かず離れずの距離を維持しながら見守る為の陣形、感じられる気配は三人ほどで、その中に一人、突出して強い者がいるのも感じられる。ガードが厳重だなぁ、と思いつつ特に何かをする訳でもなく、そのまま静かにパイプを吹かしながら民家の壁に背中を任せながら登校風景を眺めていれば、

 

 ―――その姿が見えた。

 

 St.ヒルデ(ザンクト・ヒルデ)の制服に身を包んだ、金髪でサイドポニーの少女の姿が見える。ロングツインテールの子と、そして東方の雰囲気を持つ黒髪の少女と共にSt.ヒルデの高等部の制服に身を包んだ彼女はまっすぐ、校門へと向かって歩いていた。左目の緑目と右目の赤目を確認する。それは間違いなくオリヴィエ・ゼーゲブレヒトと同じ瞳の色で、遺伝的特徴を兼ね備えた少女だった。何よりもクスリで沈めていたヴィルフリッドが倦怠を引き裂く様に目覚めようとしていたのが何よりもの証拠だった。オリヴィエの姿を思い出し、そして重ねてみれば成程、と納得できる。彼女にはオリヴィエの面影がある。どことなく似ている感じはする。

 

 ただ、

 

「―――これはあんまりだろう……」

 

 制服の下からでもこれでもか、という程に強調されるその豊かな胸の存在が悲しすぎた、憐れすぎた。主にオリヴィエが。オリヴィエは両手が存在しなかった事からある種の発育不良に見舞われており、その最たるものとして身長は伸びず、そして胸の発育も非常に悪い―――簡単に言ってしまえば凄まじい貧乳だったのだ。なおヴィルフリッドも大きくはなかったのだが、多分それが理由でクラウスには女としてさえ気づかれなかったのだろうと思う。それにしても高校生にはとても見えないサイズの胸なのだが―――アレか、もしかして貧乳のまま死んでしまったから来世では、とかそういうノリだろうか。

 

 それにしてはジークリンデの胸、そこまで大きくないのだが。いや、育ってるのだがぶっちゃけヴィクトーリア程じゃないというか。

 

 そこまで考えた所で、ここで考える事でもなかったなぁ、と思い出す。ゆっくりとパイプを口から離し、煙を吐き出す。無論、見えないが護衛がちゃんと存在している。それ故にしっかりと気配を殺したまま、ゆっくりと気取られないように動き、再びパイプを咥え直す。が、何かを感じ取ったのか、彼女は此方へと視線を向けた。そしてその両目で此方を軽く捉えた為、とりあえず軽くだが頭を下げた。それに反応する様に彼女も軽く頭を下げ、学友と共にそのまま学院の校門を抜けて行った。

 

「まさか気を向けられるとは思わなかったな―――流石ヴィヴィ様、って所か」

 

 いや―――今はエース・オブ・エース高町なのはの娘、高町ヴィヴィオか、と胸中で呟く。これでJS事件に巻き込まれたのがヴィヴィオであるとほぼ確定出来た。そしてヴィルフリッドの反応を見る限り、おそらくはこれで正解なのだろうとも思う。彼女こそがオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの現代の姿なのである、と。そうなってくると重要なのは果たして彼女がこちらの事を覚えているのか―――過去の記憶を継承しているのかどうかだ。

 

 エレミアを、イングヴァルトを覚えているかどうか。それが重要な話になってくる。それとこれでは問題が異なってくるからだ―――覚えているのなら、一番めんどくさいパターンに突入する。その時は本当に殺さなくてはいけなくなる。ハイディが暴走するようならハイディも殺す必要がある。そうやって血脈を断てば二度と蘇る事も、継承される事もない。それを祈るばかりだが、

 

「さて、どう動くかなぁ……」

 

 間違いなくヴィヴィオに対して接触しないといけないが―――おそらく、普通に接触しようとしたところで出来るわけがない。クローンとはいえ、ベルカの、聖王教会の信仰対象なのだから。こっそりと隠形を維持しつつ護衛しているベルカ騎士の存在を察知すれば、それぐらいは解る。こうなってくると出来る事は非常に限られてくる。取れる手段は色々とある。まずは学校に潜入して接触する事、次は誘拐するとか。

 

 ただ、一人でそれをやるとなると、どこか面倒な事になってくる。まず間違いなくチェックが入ってくるのだから。

 

「どうしたもんかね……やっぱ襲うか?」

 

 夜、襲いかかる様に試すのが一番手っ取り早いとは思わなくもない。そうなると完全に姿を隠す必要が出てくるが―――まぁ、個人的な趣味として一番楽しい手段ではないかなぁ、と思わなくもない。んじゃ、計画でも立てるかねぇ、と口の中で呟いて離れようとしたところで、

 

 ―――通学路を歩く姿を見る。

 

 一人、静かに、St.ヒルデの高等部制服に身を包んで歩くのは見覚えのある緑髪の少女―――ハイディの姿だった。制服姿に身を包んだ彼女の姿を見て、似合うなぁ、と軽く和みつつ彼女もSt.ヒルデの生徒だったのか、と軽い驚きを感じ、その姿を眺めていると、後ろから歩いてくる複数の生徒の姿が見えた。おそらく年齢はハイディと変わらないだろう数人の少女は後ろからハイディの事を指さすと、軽く嗤う様に仕草を取ってから歩くペースを上げ、その背中姿に追いつく。あまり、いい気配がしないなぁ、何て事を思っていると、

 

 ハイディに追いついた少女達が後ろからハイディにぶつかり、その姿を道路に転ばせた。

 

「あら、ごめんなさい。少し急いでいたの」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

「そう、それじゃあね」

 

 くすくすと悪戯が成功したような喜びの声を漏らしながら少女達はハイディを助け起こす事もなく、そのまま校門へと向けて走り去っていった。ハイディへと放った言葉は明らかな嘘であり、どこからどう見ても最初からハイディを転ばすこと以外の意図は見えなかった。転ばせた後もまるで気にする様な姿は見せなかった姿―――これが噂のイジメかぁ、と納得する。そして同時に、そんな被害に合っているハイディが何もしないのが不思議だった。

 

 転んだ拍子に背負っていたカバンが開いてしまい、その中身が道路に零れていた。それをハイディは集め、カバンの中に詰め直していた。その姿を見て、溜息を吐く―――なんでヴィヴィオの事を探りに来ていたのに、こんな事をしているんだろうか。そう思いながら、

 

 足はハイディの所へと向かっており、カバンに筆記用具などを入れ直した彼女へと向け、手を伸ばしていた。ハイディはパーカーのフードを被っている此方の姿を見て、気配を察し、驚くような表情を浮かべた。

 

「……もしかして、ヨシュア、ですか?」

 

「何時まで転んでるんだ、さっさと起き上れよお前も」

 

 ハイディへと手を伸ばし、その体を大地から引き揚げ、立ち上がらせる。それに小さくありがとうございます、とハイディは声を放つと、転んだことによって付いた埃をはたいて落とし、改めて此方へと視線を向ける。

 

「えーと……その気配が一緒ですし……ヨシュアでいいんですよね? 一体ここへ何しに来たんですか?」

 

「無論制服姿の女の子を視姦しに―――あ、いや、冗談です。冗談だからそんな視線を向けるなよ。俺、そこまで飢えてねーから!」

 

 突き刺さるハイディの視線を受け流しながら、学園の方を指さす。

 

「オラ、予鈴が鳴る前に教室へと急いだ方がいいんじゃねぇのか?」

 

「あ……そうでした。えーと」

 

 ハイディが走り出そうとする前に、此方へと振り返りながら何かを言おうと、言葉を求めている。だからその姿を見て苦笑し、

 

「昼休みになったら話したい事があるから、その時にな」

 

「はい。それではまた後で」

 

 振り返り、校門へと向けて走って行くハイディの姿に小さく苦笑しながら、これは同時にチャンスだとも取れた。

 

 ―――彼女を上手く利用すれば怪しまれずにSt.ヒルデに侵入できる。身分はハイディが保証してくれる。

 

 そんな事を考えながらも、

 

 どうにも、先ほどの光景、放置しておくには尻の座りが悪かった。ヴィルフリッドもなんだか情けなさに少々いつもとは違う方向に嘆いている様な、そんな気がする。もしかしてクラウスのヘタレっぷりは現代まで遺伝しているのかもしれない。そんな事を考えながら一旦St.ヒルデへと背を向けて、歩き出す。

 

「昼まで適当に時間を潰すかねぇー……」

 

 呟き、脳裏にヴィヴィオ、オリヴィエ、ハイディの姿を巡らせながらどうするべきかを考え、歩いた。




 ヴィヴィオ(大)のお胸大き過ぎね? オリヴィエとか言う人が憐れでしょうがないんですけど。一番憐れなのは隠してもいないのに女として認識さえされなかったヴィルフリッドなんだけどね。まぁ、このお話は全体的にvividの闇を深くしている感じだから余計ひどくなってるところあるかもだけど。

 それにしても大人ヴィヴィオや大人アインハルト(ハイディ)の活躍するssってないよなぁ、基本的にロリだし。ロリだと一切食指が動かないんだよなぁ……。これみたいに年齢ズラして原作とかないかな。

 無印なのはをStsの年齢で、とか発想としては面白そう。

 ともあれ、次回は学園潜入。原作vividでも思ったけどお前ら同じ学校にいるのに何で気づかないん?


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現代の王達-2

 数時間歩いたり辺りを把握したり立ち読みして時間を潰し、今度はパイプをしまい、フードを下ろした状態でSt.ヒルデへと戻ってきた。いや、入る事が出来た。

 

 どうやらハイディが手配してくれたらしく、校門を抜けて学院の一番手前にある校舎、そこの受付へと向かうと、ゲスト用のIDカードを受け取る事が出来た。首からぶら下げる為のストラップが付いたそれを首に引っ掛け、自分がゲストであると周りに証明する―――なお、ハイディは遠縁の親戚だと言って証明してくれたらしい為、適当にそっちの方向へ話を合わせる事にした。予め学院の授業スケジュールを調べておいたため、授業が終わる十分前には校舎内に辿り着く事が出来た。無論、校舎内の構造もある程度は知っている。

 

 受付のある校舎から高等部の別校舎へと向けて静かに周りへと視線を向けながら歩き進んで行く。St.ヒルデは予想を超える綺麗で、そして良い学院だった。大学部の生徒達が静かに休んでいる姿が見えるが、それ以外の生徒達は誰もが授業に参加し、熱中している様に見えた。そういえば、この学院は中々の高級学院だったな、と昔確かめた学費を思い出す。それが理由でジークリンデを通わせることを諦める羽目になったのだ。

 

 ヴィクトーリアの両親が払うと言ったが、さすがにそこまでは甘えられなかったのはやはり、男としての意地だったのだろうか。ともあれ、この校舎にこうやって足を運ぶことになるとは思いもしなかった。やはり、名残惜しくも感じるこれは未練なのだろうとは思う。今更感じるそんな感情に―――いや、感傷に小さく苦笑を漏らしながら、名残惜しさを振り払って真っ直ぐ、高等部の校舎へと向かう。構造はそう複雑ではない。サングラスがかかっているのをしっかりと確認しながら中庭を抜け、そのまま高等部の校舎へと上がる。

 

 ハイディは高等部の二年―――ヴィヴィオの一学年上になっている。学生で一学年も違うと、こんな大きな学院となるともはや違う世界にいるようなものだろう。それが理由でヴィヴィオの存在に気付かなかったのだろうか。そんな事を考えている内にベルの音が鳴り響く。どうやら授業が終わり、昼休みの時間となったらしい。今までは静かだった学院内が急激に騒がしくなり始める。あと数分だけ早く此方へと着ていれば、ハイディの授業姿を見れたかもしれないなぁ、何て軽い後悔を感じながら校舎内へと入った。

 

 時折視線を感じながらも、特に何かをする訳でもなく、昼休みへと飛び出して行く高校生たちの間を縫って階段を上がり、二階へ、そこにある教室へと向かう。

 

 それは見た事のない風景だった。

 

 ―――エレミアは学校に通わない。

 

 放浪の民であるエレミアには定住の地がない。世界を、国を、大陸を渡って移動し、経験と技術を磨き続ける。そうやって数百年間の研鑚を経て、今のエレミアン・クラッツを生み出した。だから学校に通った記憶が、継承された記憶の中にも、そして自分の経験にもなかった。だから今、こうやって目の前に見る大量の学生が廊下を歩いている姿は非常に新鮮で、そして未知の出来事だった。未練というものは中々切り離せないものらしい。密かに自嘲しながら歩き進んで行けば、受付で教えられたハイディの教室を見つける。

 

 廊下から覗き込めば、学生たちが机を合わせたりして集まり、弁当を開いて食べたりする姿が見える。これが学生生活なのかねぇ、なんて感想を抱きながら教室の入り口まで到着すると、教室の奥、その端にハイディの姿を発見する―――ハイディ本人は俯きがちにカバンの中を探っている様で、此方の様子に全く気付いていない。溜息を吐きながら呼ぼうかと思ったところで、

 

「あの、何か用でしょうか!」

 

 クラスの女子の一人が、髪の毛を軽く整え、可愛らしく微笑みながら小走りでやってきた。明らかに媚びを売っている姿に小さく笑い声を零し、

 

「ハイディと会う約束があるんだ、ちっと連れて来てくれねぇか」

 

「ハイディ、ですか……?」

 

 ハイディの名前を出して首を傾げている。流石にクラスメイトの名前を知らない訳はないよなぁ、と思いながら、名乗っている名前が違うのか、と思い至る。そこで呼ぶ名前を変える。

 

「アインハルト、解るか」

 

「あぁ、なんだ、ストラトスの……ちょっと待っていてくださいね」

 

 やっぱり、なんて感想を抱きながら少女はハイディの所へと向かうと声をかけ、そして此方へと指さしてくる。追いかける様に視線を此方へと向けたハイディは少しだけ驚くような表情を浮かべてから、嬉しそうな笑みを浮かべ、カバンを片手に素早く此方へと寄ってくる。邪魔する様に立ちはだかった女子や、転ばそうと前に出された足を反射的に、認識さえする事もなくすり抜ける様に回避して、教室の入り口までやってくる。

 

「ヨシュア、来てくれたんですね」

 

「俺は約束を守る兄ちゃんとして妹にゃあ覚えられていてね。とりあえずメシを食いながら適当に話そうぜ。食堂、あるんだろ?」

 

「はい、案内しますね」

 

 こっちです、と言いながらハイディが教室を抜けて、食堂へと案内してくれる。その背には教室の女子からの妬みと悪意の視線を向けられていた。が、それに一切気にする事無く、先導する様な形でハイディは学内の食堂へと案内をしてくれた。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――広い。食堂はその一言に尽きた。

 

 初等部から大学部までを内包する学院なのだから、当然食堂は複数存在し、そしてどれもが凄まじい広さを誇っているとハイディが説明してくれた。その中でハイディが案内してくれたのは古いベルカ料理を出してくれるところであり、昔、クラウスやオリヴィエ達が食べていた味に近い料理を出してくれるため、懐かしさを求め、よく利用するという食堂だった。そこで挽肉と野菜を混ぜた辛めの御飯の料理を頼み、ハイディが確保してくれた席に、正面から相対する様に座った。昼休みであるが、食堂が広い事もあり、空いている席はそこそこ見えた。

 

 スプーンで食べ物を口の中へと運び、ピリっと感じる辛みに交じる調味料の僅かな甘さ、そしてそのあとから続く様にやってくるコクの味わいを堪能しつつ、視線をハイディへと向ける。彼女の前には自分と同じ料理が並べられていた。

 

「ハイディちゃん、弁当じゃないのか」

 

「えぇ、昔はそうでしたけど、盗まれたり勝手に捨てられることが増えましたから少々お金がかかってしまいますけど、弁当は諦めて食堂で食べる事にしたんです」

 

「つー事は、イジメを受けているって事は認めるんだ」

 

 露骨ですからね、とハイディは笑いながら答えた。口の中でご飯の暖かさを感じつつ、ほーん、と声を吐き、これはまたなんでそんな事になっているのだろうか、と思う。口に出したつもりはないが、どうやら視線で理解してしまったようで、ハイディは少しだけ、呆れる様に答えた。

 

「―――怖いんですよ、私の事が。私には覇王(クラウス)がいましたから、ある程度の聡明さを見せてきました。授業のテストでは満点を取り、体育の授業では常にトップを出し続けた。覇王の血族で、記憶を継承している人間であれば誰だってそれぐらい簡単に出来る事です―――だからそれがまるで怪物の様に映ったんでしょうね。くだらない……」

 

 自嘲する様に最後の言葉をハイディは放った。

 

「でもお前、イングヴァルトの人間だろ? 下手な貴族よりもぶっ飛んだ血筋だぞ。お前、世が世ならお姫様として崇められる立場なんだがなぁ」

 

「私は学院ではアインハルト・ストラトスで名を通していますからね。理解のある人間には確かに私を立てようとしますし、血筋を知れば苛めようとする人もいませんでしょう。ですが、()()()()()()()()()()()、とでも言うのでしょうか、まぁ、大体そんな感じです。イジメに関しては心配しないでください。一度潰した事もあるので、向こうも手だしして良いラインは見極めているでしょう。何か、心配させてしまったようですいません」

 

「気にすんな。三度も顔を合わせれば完全に縁が結ばれている様なもんだ、知り合いっつーか、完全な腐れ縁だろ? 俺とお前は。たぶん今すぐ解れても意図しない所でばったりと出会っちまうさ」

 

「そう行くと少しだけ、ロマンチックですね」

 

 かもしれない、と小さく笑う。実際、時を超えて二人の王、そしてその友が揃いそうなのだから、ロマンの一つぐらい感じてもおかしくはない。これでクロゼルグがこの学院にいれば完全に昔の面子がそろうのだが―――現代のクロゼルグに関しては、少々面倒な方向へと突き抜けてしまった為、ここしばらくは会えていないという事実がある。それでもたぶん、覇王の話を餌に出せば食いつくかもしれない。そんな事を考え、

 

「ま、何にせよハイディって呼んでいるのは俺だけか」

 

「えぇ、そうなりますね」

 

「なんか独占している感じがして悪くないな」

 

「……そうですか」

 

 返答はそっけないが、やっぱり顔は赤くなって必死に食べ物を口の中へと運んでいる。そう、やはりこれだ。こういう女の子らしいリアクションが見ていて楽しいのだ。ウチの妹に同じような事をやると”続きはベッドで聞こうか”とか言い出してくるからアレはもう駄目だ。そんな感想を抱いて、以外にもこれがハイディの臨んだ日常の形なのかもしれない、と思う。少なくとも同情するのも、此方で手を出してどうにかするのも間違っている。

 

 選択肢はハイディの成したものであり、それは尊重されるべきことなのだから。

 

「こほん、そう言えばヨシュアはここへ一体何をしに来たんですか? 何の用事もなくこんな所へ来るようには見えないんですが。あの、決着の事でしたら正直学院では……」

 

「お前、俺が学院で唐突に殺しを始めるテロリストにでも見えるのかよ! ―――正直ちょっと得意だよ!」

 

 ハイディの少しだけ冷たい視線が突き刺さるが、それを笑い声と共に受け流し、真面目に答える。

 

「―――お前、ヴィヴィ様に会えるつったらどうする」

 

 その言葉に対するハイディの言葉は早く、そして簡潔的だった。

 

「冗談でしたら今すぐここで殺します」

 

 その言葉をハイディは本気で言い放っていた。完全に動けるように力を練り、スプーンを握ったままそれで殺せるように準備動作にさえ入っていた。だからその言葉に続けるように、ハイディの知りたい言葉を告げる。

 

「オリヴィエ・クローンを見っけた。相手が記憶を継承しているかどうかは解らんが、お互い、綺麗に殺し合って決着つけるよりも、色々とすっきりするやり方があるんじゃねぇかと思うんだが? ん? どうだ? このオリヴィエ・クローン―――ヴィヴィ様が覚えている、覚えていないにしろ、一発ぶつかる事が出来れば色々とすっきり出来ると思わねぇか?」

 

 覇王の後悔は聖王よりも己が弱かった事にある。故に、どういう方法であれ、覇王が聖王に対して勝利してしまえば、それで覇王の事は大分片が付くのだ。だから手っ取りばやく、ハイディに対して、オリヴィエ・クローン、高町ヴィヴィオと戦ってみるつもりはないか、と話を持ち掛けているのだ。これで覇王の話に関してケリを付ければ、自動的にヴィルフリッドも大人しく消えてくれる。何せ、彼女の後悔は聖王の死、そして覇王のその後の事に関してなのだから。だから覇王がケリをつければ、それで全部終わる。

 

 全部、終わる。

 

 だから偽る事なくハイディに言葉を告げた。無論、それは法律を破る事前提の話だ。寧ろそれ以外にヴィヴィオに対してコンタクトする方法はないだろう。たとえ同じ学院にいても、手の届かない存在なのだから。だからそれをすっ飛ばして、事を成す。

 

 邪道だ。

 

「で、どうするハイディちゃん? お兄さんと悪い事してみないか?」

 

「そうですね……偶にはグレるのも悪くないかもしれません。手首も治って復調しましたし。慣らすついでに決着をつけるのも悪くはない……そう思いませんか、ヨシュア」

 

 そう言ってハイディは微笑んだ。可愛らしい少女の微笑みだが―――その眼の奥に宿しているのは修羅の業だ。幾代を超えても消える事のない、薄まる事のないベルカの血に宿る修羅の業が、迷う事無くその選択肢を後押ししている。

 

 きっと、冷静に考えればまた別の手段があるのかもしれない。

 

 協力を頼めばもっと穏便にコンタクトが取れるのかもしれない。

 

 だがそんなものは思いつかないし、何よりも()()()()()()()()()

 

 だからこそ、間違いなくハイディはイジメてくる連中を無視するのだろう、アレは羽虫と同じ程度の存在であると。関わってはいても眼中にはない。どこか歪んでいる。だけどそれが美しい。

 

 そう、

 

 だからこそこう言うのだ―――ハイディも俺も、()()()なのだと。




 イジメを受けている様で実はアウト・オブ・眼中、させてやってんのよとかいう新しいスタイル。ハイディちゃんも手遅れ修羅勢だったようです。

 てんぞー先生の修羅ってなぁに? 

 それは闘争する事が日常で、戦う事にはストレスを感じずに、シームレスに日常と闘争の日々を行う様な存在を言うのよ。戦いを求めるのは戦闘狂。珍しかったり凄い技術を使う者は武芸達者、修羅とは言わないのよオラァ。修羅とは戦いを求めるのではなく生活の一部になってしまった存在で御座るよ。

 じゃあ手遅れってなんだよ! 最初から修羅って手遅れじゃねぇか!

 手遅れって連中はスイッチが入ったきり戻らなくなった残念な人々。精神が戦ったままから降りて来ないのに普通の生活に交じれるから実際スゴク=サイコパスな人たち。まともな様に見えて戦いから帰ってきていない、本当に手遅れな方々。


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現代の王達-3

 高町ヴィヴィオがターゲットだと決まれば、後はそこからどんどん計画を構築していけば良いだけの話だ。ハイディの親類という言い訳を使えばSt.ヒルデに入るのは難しくないし、連絡を取り合えるように携帯端末のアドレスも交換した。これでハイディと連絡を取り合う事が簡単に出来る様になった。ならここから何をするのか? その答えは簡単だ。

 

 ―――ストーキング。

 

 ストーキングという言葉にはネガティブなイメージがあるが、その行動には犯罪―――特に性犯罪のイメージが付きまとうからだ。が、実際のところは言葉を変えれば調査、或いは情報収集という風にも取れる。警察や探偵がストーキングしていると言われれば、あぁ、仕事で誰かを追っているのだろう、という結論に辿り着くだろう。そこに疚しい気持ちは存在しない。自分が行う事もそれと同じだ。実際、個人の生活ルーティーンなんてものは情報屋に行っても購入できるものではなく、専用の探偵でも雇用しなければ解らない事だ。

 

 だったらそこらの探偵よりも腕前と、そして隠形に自信のある自分自身でストーキングし、調べ上げてしまえばいいのだ、という結論に辿り着く。そこまで到達すれば後は簡単だ。完璧に気配を遮断した様に、過去のエレミアが暗殺の下調べとして諜報を行ったように、気配を殺し、姿が見られない様に視線とカメラの存在に気を使いつつ、

 

 ヴィヴィオの下校姿を追いかける。

 

 重要なのは顔も体も隠さない事であり、そして頭髪の色、顔の印象をアクセサリーなどで変えておく事で、怪しそうな姿を一切しない事になる。何より気配さえ覚えればある程度見えない位置にいても追いかける事が出来るのだから、態々視界に入る範囲で追い続ける必要はない。護衛らしいベルカの騎士も、結局はモノレールに乗る所までしか護衛しない。そこから南へ一時間、ミッドチルダの首都へと向かい、

 

 駅で降りた所を茶髪のサイドテールが特徴的な女―――高町なのはに車で迎えられる。

 

 初日で追いかけられたのはそこまでだった―――二日目からは姿、服装を変えてバイクで駅の近くに待機する。ヴィヴィオがなのはに迎えられ、帰宅する道を途中まで進み、そしてそこで追跡を止めて違う道へと入る。

 

 次の日は違うバイク、違う格好で追跡を止めた場所で待機し、ヴィヴィオの乗った車が通ってくるのを確認し、追いかける。学校を出た、駅に入った等の確認は協力してくれるハイディがいる為、スムーズに行える。それを利用して追跡三日目はヴィヴィオが住んでいる場所を特定する。

 

 そこから数日、感づかれている場合を想定して休みを入れ、交友関係に関する情報収集の方に力を入れる。こうやって高町ヴィヴィオという高等部一年生のデータが集まり、行動や生活圏、関係のある人物とかが解ってくる。まずは高町ヴィヴィオが16歳の少女であり、クラスメイトのコロナ・ティミル、リオ・ウェズリーとは非常に仲が良いという事。

 

 彼女が聖王のクローンである事は秘密ではあるが、聖王の血筋であるという認識をされており、信仰に近い人気を獲得している。それが不思議とクラスの外へと出ないのはその話をクラスの外へと広げない様にクラスメイトが注意しているのと、ある程度の情報操作が行われているから、らしい。その為、ヴィヴィオが聖王のクローンその人、であるという事実は学院内では広がってはいない。意外と狭いコミュニティだと思わせられる。

 

 このヴィヴィオだが、週に一度はベルカ自治区の教会ミッドチルダ本部へ、何らかの用事で向かっているらしい。この時、帰りは遅くなり、夜、暗くなってからになる―――つまり、これが狙い目になってくる。だが、それはそれで問題が浮かび上がってくる。

 

 

                           ◆

 

 

「―――エース・オブ・エース、そして金色の死神ですか」

 

「調べてみたら保護者として”エース・オブ・エース”高町なのは、そして”金色の死神”フェイト・T・ハラオウンが登録されてたわ。説明する必要もないと思うけど、2人とも超A級、或いはS級の魔導士で、例のJS事件の功労者達だ。今の空戦魔導士でお世話になっている連中は多いだろうよ」

 

 言葉を放ちながら左手に握った握り飯に齧りつく。場所は再びミッドチルダ南部の公園、ハイディと偶然の再開を果たした場所、語り合ったベンチになる。間に再びあの野良猫をはさむような形で、ベンチを二人と一匹で占領する様に座っている。左手で握っている握り飯はダールグリュン邸を出る前に自分で簡単に作ったものだ。残念ながらそこらへんのスキルがジークリンデには存在せず、ヴィクトーリアに関してはスキルがあってもそれを従者たちが中々手を出させてくれない為、昨晩のあまりものを勝手に拝借しつつ、おやつ代わりに作ったものだ。

 

 個人的に食べ応えのある方が好きなので市販の握り飯よりも大きめに、笹の葉を皿代わりにし、肉を巻いてある。複雑な味付けはしておらず、昨晩の焼肉を巻いて作った握り飯は肉自体に味がある為、味付けとかを考える必要はない、楽な料理だ。携帯しやすいし、ゴミも少ない。個人的にはかなり好きなものだ。それを食いながら、話す。

 

「ぶっちゃけよう―――ヴィヴィ様この二大魔神と一緒に暮らしてる」

 

「一気にめんどくさくなってきましたね……」

 

「なぁーご」

 

 俺にも寄越せ、と視線で訴えかけてくる黒猫に握り飯の欠片を渡し、満足させながら納得する。VIP相手にしては異常に警戒が低いというか、温いというか、護衛が少なく感じられたが、それも当たり前の話だ。おそらくこのミッドチルダ、無差別級で二桁にランクインするレベルでの強さを持つ魔導士が二人も一緒に生活しているのだ。下手に護衛をつけるよりも、保護者の二人に任せておいた方が遥かに安全だ。

 

「砲戦のプロフェッショナルに近接戦のプロフェッショナルですか―――落とすのに苦労しそうですね」

 

「んだなぁ、なるべく相手にしたくはねぇけど、逆に言えばチャンスでもあるしなぁ―――」

 

 結局のところ、根っからの戦闘狂でもあるのだ、自分も、ハイディも。血は争えない。なのは、そしてフェイトという超級の魔導士がいると聞いて、逆にやる気に燃えているのだから救いようがない。そう、逆にやる気が湧いてくるのだ。()()()()()()()()()()、と。やろうとしている事は間違いなく犯罪なのだろうが、そんな事今更どうこう思う様な人生は送っていない。

 

 だからこれでほぼ、確定した。

 

()るか」

 

「えぇ、()りましょう」

 

 目的はもはや決まっていたのだ―――古代から続くベルカの因縁に決着をつけよう。それは自分とハイディの間にある共通の認識だった。ハイディはハイディで昔からクラウスから継承された記憶に悩まされ続けてきた。そしてそれをどうにかしたいとずっと悩んできた。だからこそ真夜中の通り魔となって、様々な強者を倒してきた。だがそれでもクラウスの記憶は薄れない、どうにもならない。エレミアと出会ってしまえば怒り狂い、本来の体の持ち主の心でさえも侵食してしまう程にその想いは強い。ハイディもいい加減、そんな勝手を終わらせたい。

 

 そして俺は、こんな馬鹿げた昔の因縁をずるずると引きずりたくはない。もし自分が結婚して、子供を作ったとして、その世代には綺麗さっぱりとした時代を用意したい。妹にこんなくだらない因縁の犠牲になって欲しくはない。だからこれはきっと、その為に運命が用意した舞台だと自分は思っている。

 

 オリヴィエ・クローンがミッドチルダにいると武者修行の間に風の噂で聞いて急いで戻って来てみれば、戻ってきた夜にクラウスの子孫と―――ハイディと出会う事が出来た。探そうとした矢先に再びハイディと出会い、そして聖王のクローンはなんとクラウスの子孫と同じ学院で時を過ごしていた。それもお互いに、全くそれに気づく事もなく、毎日すれ違う様に時間を過ごしている。

 

 高町ヴィヴィオは多くの学生、人に慕われ、華やかな時を過ごす。

 

 ハイディ・E・S・イングヴァルトは理解される事も笑う事もなく孤独に時を過ごしている。

 

 果たして自分という事情の分かる理解者が出てくるまでハイディは一体どんな日常生活を送っていたのだろうか―――彼女は自分が最後の血族だと言っていた。それはつまり、もはや彼女には肉親が存在しないという事を示すのではないのだろうか? 事実は解らないが、そうであったとしたら家であっても彼女は孤独だったのだ。それにあーだこーだ言うのは幸せな人生を送っている第三者として間違っているだろう。不幸な人生だと蔑むのも、見下すのも間違っている。だけど、

 

 見過ごすのは気持ちが悪い。

 

 ―――そう、気持ち悪いんだ、見過ごすのが。そしてそう感じられるほどに彼女に好意を向けている。

 

 言い訳をするのであれば、ここまで自分は気安い男ではないと断言しておく。出会ったばかりの人間に対して心を開かないし、身内以外は勝手に幸せになっていればよい、その程度にしか思わない。ハイディの境遇や背景は同情の出来る事だし、かわいそうだとは思うが、()()()()()()()()()なのだ。武者修行の間にもっと地獄の様な世界を見て回り、もっとひどい生活や人生を送っている子供を見た事がある。その子供たちに対して同情や悲しみを覚えるようなことはあっても、ここまで近づこうとしたことは一切ない。

 

 ―――やっぱり惹かれてるって事かね。

 

 ヴィルフリッドに引っ張られ、惹かれているのだろうか。これも決着をつければ解る事だろう。まぁ、少なくとも不義理な事はしたくはない、とは思っているが―――そこら辺に関しては後々考える事としよう。

 

 そう思いながら指先にくっついていた最後の米粒を舐め取り、軽食を終える。

 

「一番現実的なのはこの聖王教会の帰りに襲撃する事だ。この時護衛のベルカの騎士は存在せず、高町なのはかフェイト・T・ハラオウンのどちらかが迎えに来ている。だから俺が保護者の方の相手をすればヴィヴィオがフリーになる。俺が愉しんでいる内にお前が決着をつければそれで終わりだ」

 

「そんな作戦で大丈夫なんですか? 穴だらけですけど」

 

「別に穴だらけでもいいんだよ―――最終的には襲撃者が俺達だってバレなきゃそれでいいんだし。模擬戦の類だったら間違いなく不利だけど、純粋な殺し合いだったらまず間違いなくソッコで殺し落とせる自信はあるしな。そこらへん、お前も良く解ってるだろ?」

 

 あぁ、とハイディが声を漏らしながら頷く。

 

「あの知覚できない動きですか。アレ、原理的にはどうなっているんです?」

 

「覚えたいならやめておいた方が良いぞ? アレは才能じゃなくて資質を要求するもんだし。他人の呼吸を覚えて、自分の呼吸をそれに重ね合わせ、完全に同期させながら相手の無意識の領域を探るって作業が第一段階だからな。慣れてくると呼吸合わせなくても無意識がどこら辺にあるか解ってくるもんだけど」

 

 これがまためんどくさい。無意識の内側に滑り込む事によって相手は視認していても認識が出来ない。そういう状況が発生するのだ。つまり、視界の外側に存在し続ける事と一切変わりがないのだ。しかも一対一でしか使えない。これが対多だと同時に複数の人間に合わせるという物凄く面倒な作業がある上、現実的ではなくなるからだ。対人最強の技術の一つである事に間違いはない。

 

「視線の動き、体捌きでハイディちゃん、意識誘導できる?」

 

「……いえ、覇王流は合理ではなく獣的な勘を無理やり発現させる剛拳に近い流派ですから、あまり相性は良くないでしょう」

 

「だろ? ま、心配なさんな」

 

 相手が誰であれ、所詮は数十年分の経験しか持たない人間、舐めている訳ではないが―――どう足掻いても数百年を超えるエレミアの殺戮の歴史には届かない。無論、経験が戦いに必要な事の全てだとは言わない。重要なのは経験、そしてそれを反映できる肉体だ。だからこそ基礎は鍛え続けなければならない。経験が最も色濃く反映されるのが基礎の動きなのだから。技術は余分なアーマー、パーツでしかない。

 

「それよりもお前の方は大丈夫なのかよ?」

 

「いえ、問題ありません。覇王流はもう二度と聖王に敗北しません。聖王の鎧が発動しようとも、正面から砕く技術を覇王流は身に着けました―――まさしく執念の賜物と表現すべきものですが」

 

「んじゃ、心配するだけ無駄だな、これ」

 

「えぇ、無駄です。心配する必要はありません。貴方も私も」

 

 戦ったからこそ理解する、お互いの実力を。そしてもはやこの凶行を止められる人間はいないという事を。止めようとさえ思いもしない。

 

 だから実行は―――近い。




 私、ベルカさん。今あなたの背後から殴りかかるの。

 私、ベルカさん。今あなたの背中の上でストンピングしてるの。

 恐怖、ベルカさんの囁き。受話器は握りつぶしてしまうから直接耳元でささやいてくれる新しい怪異なのだ……。背中を壁に押し付けて待機していると壁を突き破って出現するスペシャル演出付きだぞ!

 という訳でそろそろ戦いのお時間ですよ


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現代の王達-4

 月のない夜、街灯のみが夜の闇を晴らしていた。

 

 そんな夜の闇の中で、住宅街の屋根の上から遠くの様子を眺める。闇夜の中でも見える様に訓練はされているし、遺伝子的に改造も施されている。特別な道具がなくても闇の中は良く見える。後は遠くを見る為に双眼鏡を用意すれば、魔法なんてものを使わなくても確認する事は出来る。そうやって双眼鏡を使って確認する視線の先で、住宅街脇の道路を走る車の姿が見える。赤いスポーツカーなのはいいが、少々成金趣味ではないか、と個人的には思うが、まぁ、それは今考えるべきことではない。

 

「後数分で指定ポイントへと到着しそうだな」

 

「そうですか。では動きましょうか」

 

 横へと視線を向ければ何時かの戦闘装束に仮面を装着したハイディの姿がある。それに合わせる様にこちらも服装を変えてある―――が、無論、バリアジャケットなんてものではなく、全身を覆うフード付きのローブだ。願掛けの意味も含めてエレミア一族で使用するローブを用意してきた―――少なくとも相当ニッチな学者でもない限りは、ローブの意匠からエレミアだと理解する事は出来ない。今回は戦闘が予想されるため、これぐらいになっている。ともあれ、車が法定速度を守っているのは管理局の局員らしいな。

 

 そう思いながら先回りする様に跳躍する。宵闇を背に、音もなく大跳躍をハイディと並んで果たす。一応、車の方からは見えない様にこちらの体を壁にするようにハイディの横に並走する様に跳躍、移動し、素早く屋根から屋根の上へと移動して行く。既に高町ヴィヴィオが帰り道に通るルートは把握している―――護衛の庇護者がいるとはいえ、それでもルートを変えずに帰ろうとするのは立場を考えると不用心の一言に尽きるだろう。或いは数年も経過すれば警戒心が落ちるのだろうか?

 

 そんな事を考えながら高町ヴィヴィオが乗る車が来る場所へと先回りし、屋根の影に隠れる様に立つ。夜の住宅街に起きている人間の気配は一切存在しない。予めそうなる様に手を回していたのだから、それも当たり前なのだろうが。

 

「緊張しているか?」

 

「いえ、特には。貴方と私がいてしくじる理由もありませんから」

 

「嬉しい事を言うじゃねぇか―――そんじゃ期待に応えますか」

 

 確認する。

 

 この住宅街は戦場として用意したものであって、予めとある細工を通して住民が起きれない様にしてある。その為、戦いが発生しても何ら問題が無い様にしてある。ここを、帰り道として高町ヴィヴィオは毎回通っている。そして今回も通ろうとしている。無月の夜、夜の明かりは街灯だけとなっている。家の明かりは家人が眠っている為、全て消えている。故に、

 

 ―――車が入るのと同時に街灯が破壊されれば、完全な闇が世界を支配する。

 

 街灯の配線が切れる。同時に発生する夜の闇、光源は夜の星々と車のみになる。それでも突然発生した闇に車の動きが一瞬で鈍る。その瞬間に屋根を蹴りながら一瞬で体を射出する様に加速させ、車のボンネットへと飛び出させる。全身の筋肉を動員させ、足へと集中した瞬間的な移動が次の瞬間、片膝を突く形でボンネットをへこませながら着地させる。

 

 正面に視線を向ければ、金髪のサイドテールの少女―――高町ヴィヴィオ、そして茶髪のサイドテールの女、エース・オブ・エース高町なのはの姿があった。フードに顔が隠れている為、此方の表情は見えないだろう。だが、それに一切気にすることもなく笑みを浮かべ、口を開く。

 

「こんばんわ。夜のデートはいかがかな?」

 

「すいませんけど、好きな人がいるので遠慮します」

 

「残念。拒否権はないんだな、これが」

 

 言葉が終わるのと同時に左手を振う。反応する様に左手を持ち上げたなのはの手には既に待機状態が解除された杖のデバイスの姿があった。左袖から延びる様に叩きだされた鎖は一回デバイスとぶつかり、弾かれ―――蛇の様な鋭さを担ってデバイスを避けるようになのはの手首に絡みつき、

 

「らぁ―――」

 

 フロントガラスを粉砕、横へと扉をぶち破る様に引き抜きながら車の外へと引きずり出した。それと同時に自分の姿をボンネットから蹴り飛ばし、助手席から飛び出してくるヴィヴィオの拳に蹴りを叩き込んで迎撃しつつ、車の後方へと着地するハイディの方へと向けて蹴り飛ばす。しっかりとその姿が弾かれたのを確認しながら、なのはの姿が遠くへと行かない様に鎖を引き寄せ、道路をワンステップ踏みながらなのはへと向かって軽い跳躍で踏み込んで行く。それに反応する様にデバイスを両手で構えるなのはが踏み込んだ此方の頭を目標に石突を叩き込んでくる。

 

 左手人差し指で軽く弾きながら受け流し、内側へと踏み込みながら肩を喉へと叩き込み、押し出すように肘を胸に叩きつけて体を吹き飛ばす。なのはの姿が民家の壁に衝突するのと同時に、操作を失った車が壁に衝突し、光が消える。

 

 再び、完全な闇が世界を支配する。衝突の音を聞きながら、一旦ハイディとヴィヴィオの存在、声を完全に頭の外へと排除し、なのはにのみ、意識を向ける。叩きつけられた壁からよろよろと立ち上がるなのはの姿はあの有名な白いバリアジャケット姿―――ではない。私服姿、それも少し上品なもので、少しだけ良い所へ行く為の、お洒落な格好だった。とはいえ、今の攻防でそれも多少切れて台無しになってしまっている。

 

「―――魔封、鎖……!」

 

 魔封鎖は魔力を封じる性質を持った鉱石を加工する事で生み出される鎖―――主に犯罪者の拘束等に使われる道具だが、見ての通り、相手が空戦魔導士だったりすれば一気にそのアドバンテージを殺すのに使える―――特に自分の様に魔法を使わない人間、或いは先天的に魔力を持たない様な存在にとっては、最高の武器だと言っても良い。

 

「どうよ、お得意の空は飛べないぜエースさんよ」

 

「う……ん、困……たな……ぁ……ねぇ、レ……グハ……」

 

 肩からぶつかった時に大声を出せない様に喉を潰した。その影響かなのははしゃべるのが苦しそうであり、そして声も全く出ていない。これなら声で助けを呼ぶ事も出来ないな、と確認する。

 

Sorry(すみません) Master(マスター), error(エラーを) detected(感知しました), failure(助けは) for rescue(呼べそうにありません) call.』

 

「まぁ、まともに相手するわけないんだけどな」

 

 全力で鎖を引く。こっそりと手首に絡まっていたそれをほどこうとしていたなのはの動きを無視して鞭の様に振い、しならせながら鎖その物を()()()()()()()。武器ではなく、鎧や鎖は重みとなり、装着しているのであれば贅肉、或いは骨格の代わり、延長線上として慣れれば扱える。故にやっている事は感覚的には腕の延長線上のものをしならせているだけだ。だが最高で切っ先が音速を超える事すらできる鞭という武器でそれをやれば、その先に何か重りがあれば、

 

 当然、その先にいる重り(なのは)がすべての負担を得る。

 

 血管が圧力に耐え切れずに弾けて切れる―――が、なのはは空中で態勢を整え、重心をズラし、衝撃を受け流すように動きながら、反対側の壁へと叩きつけられた。武術を、或いは武道を学んだ人間の動きだ。しっかりと受け身も取れている。だが、

 

 致命的に状況と相性が悪い。

 

 鎖を引き、振い、反対側の壁に叩きつけながら震脚で道路を砕いて舞い上がった石を掴み、それを肩、肘、手首、そして指を順番に動かすようにスナップさせ、全力で投石する。殺人的加速力を得た石は壁に叩きつけられたなのはの姿へと向かって飛翔し―――寸前にガードに入った腕に衝突し、皮膚を破りながら肉に守られた骨を砕いた。その口から苦悶の声が漏れる。

 

「さて……ぶっちゃけ嬲るのは趣味じゃないんだよな。寧ろタイマンでガンガン行くのが一番好きなんだが……まぁ、今回に限って油断も慢心も、敗北の可能性を欠片すらも残さねぇからな。入院する程度で済ませておくからこれで勘弁してくれ―――」

 

 返事が来る前に石を投げた。体をかばう様に壁を背にするなのはの足に直撃し、その姿が一段、崩れる。また石を補充して投げ、逆側の足首を砕いて立てなくする。更に投石し、大丈夫な方の腕を砕いてガード不能の状態へと追い込む。そこからさらに石を連続で投げつけ、折らずに体力を奪う様に体に打撲傷と切り傷を狙ってつけて行き、ある程度体力が減ったところで攻撃を止め、一切距離を詰める事もなく、いつでも投石が出来る様に待機をしながら視線をなのはへと向ける。

 

 相手はエース・オブ・エースと呼ばれる人間だ、油断も慢心も出来ない。

 

 もしかして一発逆転できる手段を持っているかもしれない。或いは限定的な奥義の類を習得していて、近づくのを待っているのかもしれない。もしかしてこの状態から得意の砲撃魔法を放てるのかもしれない。或いは、そんな風に何かが出来るのかもしれない。出来ないのかもしれないが―――それが安心する理由にはならない。”エース”の称号を得る人間というものは基本的にどこか、完全にぶっ飛んでいる。理不尽だと表現しても良い。高町なのは、フェイト・T・ハラオウンは両者ともにぶっ壊れた強さを持つエースだ。だから、やるなら徹底的にやる。

 

 奇襲する。飛行手段を奪う。攻撃手段を奪う。分断する。防御手段を奪う。回避手段を奪う。助けを呼ぶ手段を奪う。

 

 レイジングハートを封じ込めて、バリアジャケットを展開させなくて、喉を潰して言葉を話せない様にして、手足を砕いて、体力を奪って―――それで何もしない様にずっと、ハイディの方が終わるまでなのはを監視していて、それが終わって逃げきれてから安心する。

 

 それがプロフェッショナルの仕事である―――勝たなきゃいけない戦いでガチメタを張らない方が頭可笑しいのだ。故に淡々と戦闘ではなく、張ったメタ行動で相手を()()して、そしてそのまま相手が何もしない何もできないのを監視している。ヴィヴィオの方に視線を向ける必要すらない。

 

 ハイディは絶対に負けない。それが真実だからだ。だから石を手の中で転がしたまま、何時でも投げられる状態でなのはを見張っていれば、

 

 全てが始まって数分が経過したところでどさり、と誰かが倒れる音が響く。視線を向けるまでもなく、気配と足音から誰が立っているのかは解る。だからなのはへと視線を向けたまま、言葉を背後、ハイディの方へと向ける。

 

「で、どうだった?」

 

「なんでこんな事に拘っていたのか……そう思える程の雑魚でした―――えぇ、もう思い残す事はありませんね。彼女はオリヴィエではありませんでした……ただ、遺伝子が同じだけの肉人形でした」

 

 つまり無価値であった、そうだとハイディは言っているのだ。これだけやらかしておいて無価値だったと断言するのは少々天罰が下ってもしょうがないのではないかと思ったが―――どこか、ハイディの声には晴れ晴れとしたものが、重圧から解放されたものがあった。長い間苦しめてきて病魔から解放されたような、そんな感じをハイディの声から受け取れた。その理由も解る。

 

 オリヴィエが存在しないのであれば、悩む必要はない。

 

 少なくとも―――今は存在しない、だから完全な自由を手に入れたという事になる。心の中でおめでとう、と言葉放ちながらなのはを束縛している魔封鎖、此方側を外し、何時でもなのはが自由に逃れられる様にしておきつつ、背中を向けずに数歩、後ろへと下がる。

 

「―――ま、運が悪かったと思って諦めてくれ。しばらく娘と一緒にゆっくりできる休日が出来たとでも思って入院楽しんでくれ……俺が言えたもんじゃねぇけどなぁ!」

 

「行きましょう。これで私達は自由です―――これからは普通に生きていけます」

 

 ハイディが背を向けて闇の中へと跳躍し、即座に姿を消す。その姿を追いかける様にこちらも闇の中に溶ける様に気配を霧散させ、そこから跳躍して現場から離れる。月のない、光の夜の闇の中で、先頭を跳躍して離れて行くハイディの背中姿を追いかけながら、ローブのフードの下で笑みを浮かべる。

 

 ―――本当に彼女はこれで終わりだと思っているのだろうか。

 

 違うだろう。寧ろこれが()()()だ。

 

 管理局のエースを、そして聖王教会の最重要人物を襲撃するだけして、ただで終わると思っているのだろうか。ハイディはどこか抜けている所がある。それがヒントになってきっと、ハイディを、そして此方を()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 その為に願掛けにエレミアのローブを着ているのだ―――気づいてくれなきゃつまらない。

 

「悪いな、ジーク―――」

 

 血筋が、本能が戦いを求めている。

 

 鍛えればどうなる―――強くなる。

 

 そして強くなれば―――敵が欲しくなる。

 

 敵がいないのは退屈なのだ。だから、これからの日常は刺激的(vivid)になるだろう―――。




 修羅の業からは逃れられないのだ。

 vividの闇は深い。

 そして魔法を封じたチェーンデスマッチ(投石ハメ)という戦い方。実は投石って慣れれば割と極悪というか、当たり所が悪ければ結構人を殺せるもんで、残弾とか気にしなくてもいいし、こういう状況なら遠慮なく使える武器なのです。


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現代の王達-5

「―――お、やっぱり身辺洗われてるな」

 

「お前は一体何をやらかしたんだ……」

 

 目の前、ゆりかごの様な、椅子の様な機械に座り、首元にケーブルを繋げる男の姿がある。肉体を直接機械とつなげる事によって高速で情報処理、ハッキングやクラッキングを行う男は次元世界の中でもそこそこ名の売れている情報屋だった。ミッドチルダ北部に存在する広大な廃棄都市群は昔は栄えていた都市の残骸だ。ロストロギア、或いは凶悪な事件の発生により廃棄された都市の残りであり、もはや普通の人は住んでいない。

 

 普通の人は。

 

 逆に言えば残骸ではあるが多くの建造物が普通の街の様に存在するこの区画は身を隠すには最適な場所でもある。それは無論、後ろ暗い人間、或いは金のない人間にとっても同様である。廃棄都市は犯罪都市であり、そしてまたスラムでもあるのだ。広大な土地を占領する廃棄都市はいくつかのセクターに分かれており、スラム区画、そして管理局が演習等に利用する区画と別れている。砲撃戦を行っても凄まじいほどに余裕があるのは流石元大都市だと言うべきだが、今では犯罪者を育てる苗床でしかない。管理局も管理局でどうにかスラム区画の浄化を行おうとしているが、圧倒的に人が足りない。

 

 数年前のレジアス・ゲイズの失脚、死亡から管理局の陸の弱体化は未だに回復していない。空と海が力を増し、首都圏の治安維持は強化されている。

 

 だがそれと引き換えにスラム、辺境、小規模や中規模都市に対する人員の配置や管理能力は下がっている。近年ではそれを危惧した管理局が漸く陸に対する優遇政策を初め、予算を一気に増やしたりもしたが、長期的な計画であり、今はまだ、ほとんど成果が上がっていない。その為、ミッドチルダに存在する無数の廃棄都市は身を隠すためには非常に有用な場所だった。少なくとも大規模な捜索隊は入り込む事の出来ない、そういう場所なのだから。

 

 故に、情報屋はこういう場所を拠点にする。特に地下にアジトを掘る事が多い。空戦魔導士は空という広い空間で戦うからこそその実力を発揮できるのだ。地下アジトは大抵狭く、ろくに武器を振り回す事が出来ない様にできている。そうやって空の魔導士が戦い難い環境を作っているのだ。そうすれば警戒するのは陸戦を得意とする陸士にのみなる―――そして此方は人員不足で動きが鈍い。

 

 目の前の情報屋も同じように地下にアジトを持つ者であり、ヴィヴィオの存在を見つけ出すのに苦労して貰った者だ。とはいえ、此方はしっかりと金を出している為、ここら辺、問題はないはずなのだが。ともあれ、顔を隠すようにフードとサングラスをかけたまま答える。

 

「なんだ、情報か? 情報が欲しいのか? ―――金の話をしようか」

 

「いや、どうせ件のエース・オブ・エース襲撃事件の犯人がお前ってだけだろ」

 

「お、真実を理解してしまったか―――金を払え」

 

「がめついぞこいつ……! ま、アンタの事だから絶対にやらかすと思ったけど、予想の斜め上にやらかしてくれたな。いや、調べるからには何かをやるのかと思ってたけどさ―――」

 

 そう言いながら情報屋の前でホロウィンドウが開いては消え、それを素早く何十と繰り返しながら情報を整理、そして集め、精査して行く。その中で集まって行く情報をフィルタリングし、本当に必要な情報のみをピックアップして行く。静かにパイプを吹かしながら情報屋の動きを待っていると、終わったぜ、と情報屋の声がかかってくる。

 

「エース・オブ・エースの身内と生徒達がカンカンになって襲撃者を探しているぜ。ついでに小さい聖王様が襲われたって事でもベルカ教会の方もカンカンだな。ま、管理局の看板娘の一人が闇討ちされたんだ。キレてもしょうがないって話だけどな―――おぉっと、無限書庫の旦那さんも情報を集めてるみたいだな。お、お前がエレミアだって事までバレている様だぜ。妹、いるんだろ?」

 

「簀巻きにして転がしてきたから大丈夫だろ」

 

「って事は十中八九、兄ちゃんバレてるぜ」

 

「隠す気ねーしな」

 

 笑いながらそう告げる。そう、俺の方はどうでもいいのだ。寧ろバレて管理局のエース級が来るならそれはそれでいい、きっと楽しいに違いない。残念な話だが、此方は正道から外れてしまった人間だ。欲望の為なら多少、犯罪に走るぐらいはどうって事はないと思っている。ヴィルフリッドの件も始末したし、エレミアの宿業からの解放記念に、いっちょ派手にやっておくか、という程度にしか感じていない。まぁ、元から戦う事と強くなることにしか興味を持たない屑だ、こんな人生でいいだろうと思っている。

 

「で、どうするんだよ、ここから。お得意様で居続ける限りは協力するけど―――」

 

 情報屋から視線を外し、メタリックな天井を見上げながらどするかなぁ、と呟きながら腕を組み、考える。ぶっちゃけた話―――自分の本音は戦いたいだけなのだ。管理局のエース級なんてそもそもこういう機会じゃないと戦えないし、正規の手段を取ろうとすれば絶対にどこかの組織に所属しなくてはならなくなる。だからいい感じに、お互い一切の遠慮なく()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っている。だからそうだなぁ、と呟く。

 

「セクターB-10かなぁ……」

 

「無人区画がどうした?」

 

「無限書庫の色男に俺の居場所だ、って送ってくれないか―――そうだな、一週間後ぐらいがいいんじゃねぇか。ミッドの再生医療ならそれぐらいで良さそうだしな」

 

「あいよ」

 

 理由は実に簡単だ―――身内の汚名は身内で晴らそうとするからだ。これが管理局へと送られたなら、管理局はチームを組んで殺しに来るだろう。ベルカの聖王教会もおそらく知れば間違いなく暗殺チームを送り込んでくるだろう。だが、高町なのは、及び高町ヴィヴィオと親しい人間が知れば話は変わる。まず間違いなく身内でケリをつけようと動いてくる。組織のやり方ではなく個人のやり方で決着をつけようとするのは結末に、或いは過程に納得がいかないからだ。

 

 無限書庫の司書長は個人的に高町なのは、そして彼女の友人達と親しい。

 

 ―――だから、絶対に管理局にも、聖王教会にも情報を漏らさないだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。おそらくはエレミアが犯人だという情報も司書長から漏れている事はまずないだろう。ミッドチルダの再生医療ならば一週間もあれば回復するだろう。少なくとも治し易い様に綺麗に骨は折ったつもりだ。変に後遺症が残ってしまっては此方の方がやり難い。まぁ、それにあっても付き添いが一人、或いは二人という所だろう。

 

 前回は奇襲したうえでの不意打ち、ガンメタを張っての勝負だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()のだ―――今度、戦う時はそんな事はせずに、全力で正面から戦い、地の引きずり落としてその首を斬り落としたい。そういう願望と欲望が己の中にある。そしてそれに素直に従う事にしている。だからこそ家を出て、妹を捨てて武者修行なんてことをした。そうやって戦いを求めでもしないと、

 

 自分が生まれてきたその意味が解らない。

 

 無駄に経験と技術を詰め込まれ、一体何をすればいいのだろうか。クラウスとの和解? オリヴィエとの和解? そんな事はたった数分で解決してしまった。そうなると増々解らなくなってくる―――だったら好き勝手に生きるしかない。手遅れなのは自覚しているのだ。だったら後は破滅に向かってまっしぐらになるだけだ。そもそも自分はジークリンデの様に業に恐怖する事はない。それを受け入れている。だからこそこんなザマなのだ。

 

 ―――まぁ、生まれてきた意味とか所詮はどうでもいい話だ。

 

 んなもん、満足していればそれで解決するのだから。

 

「んー、高町本人、そしてテスタロッサが控え、って所かな……」

 

「あん……?」

 

「何でもねぇよ。それよりも金は出してるんだからしっかりと頼むぜ」

 

「あいよ、暴れるのはいいけど、こっちは絶対に巻き込むんじゃねーぞ」

 

 まぁ任せな、と言葉を放ちながら地下アジトの外へと階段を上がって出る。セキュリティの類は存在しない―――そんなものを露骨に導入すれば誰かがいる、と示しているからだ。ともあれ、周囲を軽く確認しつつもアジトから出て、廃棄都市区画―――スラム街へと出た。相変わらず腐った様な臭いがスラム街には充満している。異臭、そして同時に性根の腐った人間の臭いだ。綺麗な服装の人間を見れば、それを狙おうと視線を向けてくる。だからそれを散らすように視線に殺気を突き返せば、蜘蛛の子を散らすように消えて行く。

 

 所詮はハイエナ―――でもそうしないと生活が苦しいのがスラムの真実だ。ミッドチルダでの生活は基本的にID管理された電子通貨を利用する。その為、不法入居、密入国している人間はミッドチルダでは非常に生活がしづらい。IDを持たぬものはこういう環境でしか暮らしていけない―――慣れれば、或いは能力があればあの情報屋みたいに快適な生活を送れるのだろうが、ここいらにいる大半は限りないリソースを奪い合う様な者ばかりだ。

 

 それが一番楽な生き方だから。

 

「さぁてと、お買いものとかしなきゃだめかねぇー」

 

 この先、どれぐらい戦えるかはわからないが、とりあえずの相手は予測できる。だからそれに対応する様に装備や道具の購入、罠の仕掛けなどをしなくてはならない。此方が意図的に魔法の無使用という制約を己に課している限り、常に相手と自分の戦力はイーブンではない、と理解しなくてはならない。此方が抜きんでている技術を持っていても、相手には魔法という凶悪な武器を保有している。その武器を自分は己の意志で投げ捨てているのだから、

 

 その状態で勝利してこそ己の正しさは証明される。

 

 軽い鼻歌を口ずさみながらスラム街の通りを歩み、進んで行く。やっぱり欠片も反省していないのでジークリンデやヴィクトーリアには済まない事をした、とは思わない。悪いが思えない。なので反省する代わりに思いっきり楽しんでくるのを心の中で約束しつつ、

 

「―――ハイディちゃん、どうしてっかねぇ……」

 

 クラウスの呪縛から解き放たれた今、ハイディは精神的に完全に解放された―――あの襲撃の夜以降、一度も連絡を取り合う事も、会う事もしていない。その後の彼女は一体何をしているのだろうか、と、少々気になる所だ。だが、彼女もずっと子供でいられるわけがない。解って手を出したのだ、一体どういう報いが返ってくるのか、それを理解している筈だ。理解せずにやったのなら……やはり子供だった、それだけの話か、

 

 或いは俺の様な狂人だった、というだけだ。

 

「ま、終わって生きてたら会いに行くか」

 

 なんだかんだでハイディは可愛いし、美少女を愛でるというのは男として生まれた以上、確実に正しい行動であるに違いない。だがそれも結局は終わったら、の話だ。

 

 人生は所詮一瞬で。背負うべきことがなくなったら自由がやってくる。そうなったら生きがいを見つけるしかないのだから、今は他の事を考えずに、鼻歌を軽く口ずさみながらスラム街を歩き、来たるべき日の為に備えよう。




 長く続いたプロジェクトが終わった後妙にハイテンションになる人いませんか?

 こいつです。


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現代の王達-6

 視界が良く通る屋上の上、目の前には剣が床に刺してある。塗装さえ施されていない、安物のストレージデバイス―――アームドですらない、使い捨てが出来る安物のデバイスだ。それが目の前に突き刺さっており、その前に胡坐をかいている。空は青く澄み渡っており、空気に湿気の気配はない。良い日だと思う。そして楽しい日に成るだろうとも思う。瞑想している訳ではない―――そもそも瞑想が必要な人間ではない。そういうのは所謂悟りを開くタイプの人間がとる行動であり、修羅道に落ちた者はそんな事をしなくても良い。

 

 日常を闘争で彩れば、それでいいのだから実に簡単だ。戦いは呼吸であり、そして日常である。ただそれを理解し、そして実践していればそれだけでいいのだ。それだけで修羅の心は出来上がる。だから息を吐きながら立ち上がり、目の前の床に突き刺さった片刃の片手剣のストレージデバイスを抜き、肩に乗せる様に握って、構える。峰の部分で軽く肩を叩く様にリズムを刻みながら、視覚ではなく感覚、気配を追えば、正面、その先に一点の白が見えてくる。

 

 飛行しながら接近してくるそれは人の形をしており、此方が相手を目視するのと同時に、魔力による回線、念話による通信回線が繋がってくる。

 

『色々言いたい事はあるけど―――君の様なタイプの人は言葉で語るよりも、一回敗北を認めさせた方が遥かに早いよね』

 

 此方側の人間の心理をよく理解している彼女の―――高町なのはの言葉に笑い声を零しながら同意する。そう、暴力のない言葉になんて意味はない。特に関係が敵である以上、言葉には暴力が必要とされるのだ。それを高町なのはは良く理解していた。それは経験から来る言葉なのかもしれない。幼少期、友人であるフェイト・T・ハラオウンを止める為に何度もぶつかった事。或いは闇の書事件で体当たりでぶつかって行きヴォルケンリッターに言葉と信念を通した事。調べれば彼女の経歴、或いは遭遇した事件は()()()()()()()()()()()()。俺もチキュウのウミナリでもっと早く生まれたかった。

 

 そうすればもっと面白い戦いが出来たかもしれないのに。

 

 それだけは、高町なのはに嫉妬している事だった。

 

 ―――だけど、それだけだった。

 

「良くご存じでらっしゃる―――ま、俺は暴れたいだけなんだ。お互い、ぶっ壊れるまで派手に()りあおうぜ。俺も窮屈だった人生が自由になったおかげではっちゃけたい気分なんだ―――!」

 

 言葉を念話として叩きつけた直後―――閃光が空を抜けた。

 

 高町なのはが得意とするアウトレンジからの長距離砲撃が空を焼きながら直線上を薙ぎ払う様に真っ直ぐ、屋上そのもの消し飛ばすように放たれた。チャージする姿さえ見せなかった初手での必殺の一撃はおそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう、最初から最大級の収束砲撃が放たれてきた。それに対応する様に、

 

 跳躍した。

 

 やる事は変わらない。砲撃そのものを飛び越える様に、いつも通り重力を殺して大跳躍する。同時に砲撃を放ったなのはに対して攻撃を放つ為に握っていた剣を落としながら体を捻り、柄を足の甲に当て、そのまま回転を乗せて全力で蹴りをなのはへと向けて放ち―――剣を弾丸代わりに射出した。即座に最高速度に乗ったそれが結果を生み出すのを確認する前に、体が下へと向かって落下して行く。が、同時に放った攻撃の影響で砲撃が切り上げられ、消えて行く。

 

 体が完全に落下を始める頃には砲撃が消えている。袖を振って新たな待機状態のデバイスを取り出し、展開する。

 

 大型ライフル銃へとデバイスが変化する。落下しながらそれを一回大地へと向けて放ち、その反動で小さく浮かび上がる。結果、落下したままであれば体を貫いたであろう魔力の球体が足元を抜けて行った。それを知覚した瞬間、ライフルを捨てる様に足場に跳躍。

 

 刹那の時間を駆け抜けて最寄りの屋上へと鉄柵を蹴り飛ばしながらスライドして着地する。が、スライドしながら体は前へと向かって走り出す。それに合わせる様にレンジを変えない為になのはがデバイスを構えながら移動を開始するのが見える。徹底的にアウトレンジから此方を磨り潰すという意図が見えている―――実際正しい。此方が接近に失敗すれば予想通りの展開になる。

 

 その為にも、瞬間加速を行いながら跳躍し、速度を一切劣化させない等速移動で屋上から屋上へと素早く移動する。その姿を追うのを止めたのか、砲撃がなくなる―――その代わりに桜色の魔力から生み出された魔力弾が追いかけてくるように正面から迫ってくる。それを目視しながら、迷う事無く屋上から飛び降り、ビルの壁を蹴る。()()()()()()()()()()()()()()()()()という矛盾した行動を行う。体を縮地の要領で打ち出すのと同時に、壁に引っ掛けた足で体全体を引っ張り上げる事によって一瞬だけ体を上へと持ち上げ、高度を落とすことなく落下する。故に壁を蹴り、壁を蹴り、ビルとビルの合間をジグザグに壁を蹴り、跳躍しながら加速して移動する。

 

 人間の出せる知覚外の速度に、魔力弾が追い付けず、置いて行かれる。

 

 それに反応する様に放たれた砲撃は薄く―――そして広がっていた。

 

 広範囲殲滅型の砲撃魔法。それは足場であるビルを破壊しながら確実に飲み込む範囲に広がりながら接近してくる。迫ってくる光の壁に対してやれることは、

 

 何もない。

 

 蹴った壁で体を前へと叩きだしながら新しく握りなおした剣を投擲する。正面の光壁にぶつかりながら一点の歪みを生んだその地点へと向かって全力で拳を叩き込んで合流すれば、僅かに砲撃が揺らぐ。その地点を中心に、加速した勢いに任せて強引に体を砲撃の向こう側へと押し出すように叩きだす。その向こう側に見えるのは、

 

 接近した高町なのはの姿だった。

 

「君みたいなタイプは身内にいるから良く知っているよ―――」

 

 悪鬼の様な笑みと共になのはが此方の頭上を取っていた。それは直接足場が下に来ない限りはどうしようもない位置で、陸戦魔導士最大の弱点とも言える場所だった。つまり空戦魔導士が陸戦魔導士に対して得られる最大のアドバンテージ、それが頭上という足場がない限りどうしようもない位置の確保だ。正面ならまだどうにかなる、背面も対応できる。だが頭上が一番対応においては面倒が多い。

 

 故に、専用の対策が必要とされる―――。

 

「ハ―――」

 

 投石した。屋上に着地した時、スライドしながら削った屋上の床、握りしめていたその破片を手首で反動を付ける様に投擲する。魔力を込めるアクションよりも一呼吸早く投擲された破片はまっすぐ、吸い込まれるようになのはの目へと向かって飛翔し―――体を横へとズラすことによって回避された。その瞬間、コンマ数秒程だが、時間が生み出される。その瞬間に両袖の中から次のデバイスを引き抜く。待機状態を解除した出現するデバイスの姿は―――ハンドガンとライフル。

 

 下へと向けて射撃した反動で体を打ち上げるのと同時に、ライフルを足場に乗り捨てながら一気に跳躍する。そのまま頭上で構えたなのはへと蹴りを叩きこむ。

 

 バスターを放つ直前の動作に回し蹴りを叩き込んでその発射先を横へと蹴り飛ばす。そのまま足をデバイスの先端、突起している所の返しに引っ掛け、足の筋力のみで全身を支えながら体を折るよう捩じりながら―――なのはに肉薄した。零距離でハンドガンを喉に突き付け、そのままノータイムで射撃を叩き込む。

 

 乾いた銃声が響くのと同時に、カウンターの拳が此方の腹に突き刺さった。視線を喉へと向ければ、なのはの喉がバリアジャケットによって保護されているのが見える―――おそらくは此方が急所を狙うと理解していて重点的に保護したのだろう。喉を潰すには至っていない。腹を貫く拳の感触を感じながら内功を練って衝撃に耐え、

 

 片手で頭髪を掴み、今度は額へと銃口を向け、トリガーを引いた。

 

 空中で射撃の音が響くのと同時に、足からデバイスが解放され、その先端が腹に叩きつけられ、零距離から砲撃を食らう。だがそれでも手も意識も手放すことなく、魔力ダメージによる意識の混濁を意志の力でねじ伏せながら、連続で射撃する。故に一瞬も銃口をブレさせる事もなく、自分の指を髪の毛に絡めるように掴み、そのまま銃口から魔力によって無限に生成される弾丸を発射する。

 

 砲音と銃声が響く。空を駆け抜ける戦闘の音に空気が震え、そして痛みが体を満たす。口の端から血を流すのを理解しつつも、一歩も動く事もなく、そのまま引き金を引き続ける。

 

 そのまま十数秒間、空中で上がる事も落ちる事もなく引き金を引き続ければ、なのはの眉間が切れ、赤い滴が流れ―――その視界を奪う様に目の中に入った。その瞬間、僅かにその視線がぼやけるのを理解し、動く。

 

 顔面に叩きつける様に銃を投げつけながらデバイスの切っ先を蹴り回し、回転させる体をそのまま相手の側面へと叩きつける。視界が原因でなのはの反応が鈍い。故に蹴り飛ばしながら体を引っ掛け、自分の体を引き寄せる様に前進しながら、

 

 空中を蹴り進む。

 

 高町なのはという足場を使って、蹴り飛ばしながら踏み進む。素早く、連撃を叩き込む様に蹴りを動きの基点となる肘や膝を中心に叩き込み、動きを封殺しながら、

 

 最後に大きく蹴りを叩き込み、姿を大きく吹き飛ばしながらまだ健在だった廃墟ビルの壁を貫通する様に中へと叩き込み、前転する様に追従し、壁に開いた穴から中へと侵入する。蹴り飛ばされたなのはが既に立ち上がり、デバイスを構えている。着地と同時に新しく袖の中からデバイスを抜く―――今度はダガー型のストレージデバイスを待機状態を解除して持ち出し、その二つを逆手に握りながら、

 

 荒いなのはの呼吸を読み取って、縮地を使って床に傷を一つ付ける事もなく加速し、その背後へと一歩で到達する。なのはには知覚する事の出来ない動き、無意識という察知できない領域での動き。

 

 ―――その動きをなのはは呼吸を外して目で追った。

 

 人間の無意識という領域、その領域に踏み込んで動くという事はほぼ無敵だと表現しても良い動きだ。なぜなら無意識を人間は察知する事は出来ない―――ただ一つの例外を抜いて。

 

 ()()()()だ。無意識に、経験からなされる直感と理解から、反射的に行動を視線で追い、そして反応している。故になのはは目で動きを追っていた。理解ではなく反射的に動く事によって対応する事を選んだ為に。おそらくはどこかで見たのか、或いは使われたことがあるのか、その経験を通してなのはは対応し、動く。

 

 故に()()()()()()()()、動いた。

 

 視線で追いかけてくるのを理解して、反射的に行動できる範囲を見極め、そのギリギリ外側を意識しながら動く。難しい話ではない。()()()()()()()()()()()からだ。数百年間の累積された殺人と鍛錬の記憶と経験。それはエース級との戦いの記憶でもある。人間がどういう状況でどうやって動くかなんて腐る程体に刻み込んできた一族。

 

 ―――無意識を超えて反射で反応する人間なんて腐るほど見てきた。

 

 だから、なのはの反射行動を見切る。

 

 回り込んだ動きに対して追従する様に振り向く体とは逆方向へと進む。逆時計回りに踏み込む此方の体に対して反射の行動で時計回りに動くその体に対して、すり抜ける様に左手の刃でバリアジャケットごと肩口から腰まで刃を斬り抜き、斬撃を刻み、その振った刃を骨に当る感触で引き戻しながら、

 

 逆の手の刃で全面でXの字を描く様に逆側の肩口から腰まで斬撃を通した。物理法則が速度に追いついて鮮血が溢れ出す瞬間、なのはの腹を蹴り飛ばすのと同時に、突き出されたデバイスが槍の様に左肩に突き刺さり、腕の動きを奪う。だがそれと同時に新しく抜き出されたライフルのデバイスが蹴り飛ばされたなのはを追撃する。

 

 ―――切り裂かれたことによって保護がなくなった肩の傷口に素早く射撃し、その姿を奥の壁まで吹き飛ばす。

 

 空中に血の軌跡を描きながらその姿が壁に叩きつけられ、動かなくなったのを確認してから左肩に突き刺さったデバイスを引き抜く。最後の最後で失敗したな、と口の中に溜まった血を横へと吐き出しながら、なのはのデバイスをその足元へと投げて転がす。

 

「よぉ、また俺の勝ちだな。無理に頭上を取ろうとせずに延々とアウトレンジからネチネチやってりゃあ勝てただろうに」

 

「そうしてたら……それで別の手段を使ってた、でしょ?」

 

 なのはのその言葉にまあな、と答える。今いるビルも、周辺のビルにも実は爆薬を仕込んである。もし徹底的にアウトレンジから戦うつもりだったらビルを一斉爆破させ、舞い上がった粉塵とビルの破片を足場に、空に強制的な足場を作り、落下する数秒間の間に接近、そのまま大地に叩き落とす予定ではあった。が、なのはがそれではなく頭上を取る事を選んだ為、その必要もなくなった。

 

 ふぅ、と息を吐きながらビルの天井を見上げ、息を吐く。

 

 楽しかった。凄く、楽しかった。

 

 だけど―――死ねそうな恐怖は感じられなかった。

 

 だからどうすべきか、その判断に関しては一瞬で答えが出た。

 

「で、エースさん生きてる?」

 

 言葉をなのはへと向ければ、少々苦しそうに言葉が返ってくる。

 

「トドメを刺されていないからね」

 

 意識はあるし、致命傷でもない。ただ、戦闘を続けるには少々厳しい怪我だろう。高町なのはにこれ以上の戦闘は無理だろう。だから、もう脅威ではない。だから警戒心を解きながら近づき、感じた事をそのまま、言葉にした。

 

「なんか……色々と疲れたわ。もういいや―――俺を逮捕してくれ」




 お兄ちゃんが神速でNDQしているのを目撃したために反射行動で対応出来たなのはさん。その経験はきっと無駄じゃなかった……。

 そしてヨシュアさん自首。次か次くらいで歴史は繰り返すかねー


 あとこのお話とかで使ってる技術云々、気に入った人がいれば、まぁ、使ってもいいんじゃないかなぁ、って。理屈通ればもっと描写しやすい! って人はいるだろうし。


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現代の王達-7

 窓の外へと視線を向ければ緑色に彩られる穏やかな春の山の姿が見えてくる。

 

 山の空ではベルカオオワシが得物を求めて飛翔している。やがて急降下して山中に姿を消すのはおそらく、獲物を見つけたからなのだろう。自由に獲物を探し、そして狩るその姿に小さな嫉妬を感じ、自分という男の器の小ささに軽い呆れを抱いて、視界をもっと近くへと寄せる。窓の下の方へと視線を向ければ、中庭の姿が見える。そこでは杖を片手に、歩行のリハビリを行う少女の姿が見えた。看護婦の助けの下、何とか杖で体を支えながら懸命に歩こうとするのは好ましい姿だった。心の中で頑張れ、と軽くエールを送りつつ、視線を窓の外から病室の中へと戻す。

 

「―――まさか俺が聖王医療院の世話になるとはな」

 

「公にならずに使える医療機関となると結構限られちゃうからね。ここ数年前に一度お世話になっているんだけど、山中にあるせいかそこまで知られていないから、こっそり療養するのに向いている場所なんだ」

 

 そう答えるのは自分が座っているベッドの向かい側、ベッドに腰掛ける様に座っている女の姿―――高町なのはの姿だった。患者服姿ではあるが、昨日に受けた攻撃のダメージは治療のしやすいダメージばかりであったため、さほど難しい治療はなく、ほとんど回復していると言っても良い状態になっている。何せ、今回は腕や足を折る様な事は一切しなかった。それに比べて此方は肩をデバイスが完全に貫通していた。その為、肩に開いた穴を埋める他にも砕かれた肩の骨の再生、神経の再接続等面倒な作業が複数存在したため、あえなくベッドから動かして貰えない身となってしまった。

 

 ―――そう、ここは病院だ。正確に言えば聖王教会が管理する病院の一つ、聖王医療院。

 

 その中でも秘密にしておきたい患者を治療する為の場所―――そこで自分は治療を受けていた。目の前のなのはもこの医療院の医師達の治療を受け、ほとんど回復してしまっている。左腕がまだ動かないこの状況で、彼女と戦う事になったら、きっとものすごく苦戦するだろう。それは楽しそうなのだが―――全くそそらない。そそられない。

 

「俺はてっきりそのまま管理局の豚箱にボッシュートでもされるもんだと思ってたんだけどね。通り魔の犯行! エース・オブ・エース重症! 聖王のクローンも暴行を受ける! マスコミが放っておかないと思うんだけどな」

 

「うん、()()()、ね?」

 

 なのはの放った言葉はつまり、今回の件に関しては特別な事がある、という事だ。それを考えようとして―――やめた。やる気が一切湧かない。徹底的に自分の中に在った何かが萎えてしまったというのを、なのはと戦ってしまって理解した。そしてそれによって、どうもそういう気分にはなれなかった。本格的にどうしようもないな、と自己分析を行いつつ、で、と言葉をなのはへと向ける。

 

「俺をどうしたいんだ」

 

「違うよ。君がどうしたいか、でしょ」

 

「んなの戦いたいだけさ。その為に解りやすく餌を撒いて、噛みついてくれるのを待っていたんだから、それ以外何もないだろう? めんどくせぇ、とっとと管理局にでも引き渡してくれよ―――聖王教会関係の施設は嫌いなんだよ、俺」

 

 少しだけ苛々するのを未熟だとは感じない。それこそが人間らしさで、自分らしさでもあると思っているから。何より、エレミアの記憶を通して歴史を理解すれば、この感情は決して間違いではない、という事を理解しているから。だから、聖王教会、そしてそれに関連する施設は嫌いだ。言葉は綺麗で、そして素敵なのだろう。やっている事も悪くはない、それは認める。だけどそれとは別に純粋に気に入らないだけだ。それだけの簡単な話だ。

 

「それは―――君が()()()()だから、かな?」

 

「一族に関して調べた、って事か」

 

「まぁ、調べられる範囲で友人の力を借りてね。エレミア一族―――確か聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトに技と腕を与えた一族だってね」

 

「成程、聖王教会が絡んでるって訳か」

 

「少し、ね。話を止めるのに力を貸して貰っただけだよ。向こうとしてもあまり、エレミアの人とイングヴァルトの人の不祥事を広めるのは面白くはないからね。現代ではあまり知られていないけど、信心深い所ほど良く知っていたり覚えていたりするらしいし……まぁ、私は今回、それを利用させて貰った形かな。なんだかなぁ、管理局に入ったばかりの頃は次元世界の平和の為に頑張るぞ! とか思ってたのに、今では裏取引とか、裏技とか、そういうセコイ技ばかり覚えている様な気がするよ」

 

「いい気味だ」

 

 苦々しさを現すなのはの顔に軽く笑い声を零しながら、少しだけ良い気分になる。どんなに強く、純粋でも、どこかに所属すれば、或いはグループに所属してしまえば、その色に知らない内に染め上げられてしまうのだ。それが―――自分は面倒だった。

 

「で、何用だよ」

 

 改めて言葉を送れば、それはこっちのセリフだよ、という言葉が返ってくる。

 

「挑発なんかして、一体何がしたかったの?」

 

 何がしたかったのか―――そう言われると、答えは一つしかない。

 

「―――戦いたかった。強い奴と、命を削る様な激闘を演じたかった。一切遠慮のない、自重も慢心も油断もしない、純粋な殺し合いがしたかった」

 

「でも、満足できなかったんだ」

 

 なのはの言葉にゆっくりと頷く。そう、認めるしかなかった。満足なんて出来るはずがなかった。()()()()で満足できるわけがなかった。そんなのは最初から解っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実が存在しているのだから。

 

「ガキの頃からずっと頭の中でフィルムが流れてんだ。数百年間の一族の歴史が。どうやって暮らし、どうやって戦い、そしてどうやって次の世代へと託したか、ってのが。その中でも騒乱のベルカは凄まじかった。常に全力を出して殺し続けてた。そしてフィルムはだんだんと自分の経験になるんだ。そして見ていた物語が自分の体験になる―――それがエレミアって一族なんだ。だから知ってしまってるんだ、死の一歩手前で常に前進し続ける様な状況を」

 

 エース・オブ・エース、おそらくはこの時代で最強の一角に名を上げる存在の一人だろう。まともに戦おうとすれば勝機がないかもしれない。そんな相手だが―――古代ベルカの無差別な殺し合いと比べると、()()()()()()のだ。戦士として普通。反則は使わない。理不尽だけど突き抜けていない。冗談みたいな固有能力はない。問答無用の禁忌兵器がない。殺しても這い上がって蘇ってくるような恐怖さえもない。強い―――だけどそれだけだ。

 

 平和な時代の強さだ。

 

 なのはの前後―――それがこの時代の強さの上限だ。

 

 もう、絶対にあの魂を削る様な充足感を得る時代はない。涙を流しながら虐殺した先で一人だけ戦場に残っている様な寂しさを感じる事もない。乗り越えるためにエレミアは鍛えた。一族で鍛え続けた。ずっと鍛え、もう二度と敗北しない様に鍛え続けた。そして鍛え抜いて―――今、こうやって聖王のクローン、覇王の継承者と出会う時代がやってきた。その時代で漸く役割を果たせる。そう思って動いて、

 

 それはたった数分で終わった。

 

 だったら今度は自由に、衝動のままに暴れようと思った。

 

 だがあの時代の充足感はもうない。

 

 ―――ただただ、空しいだけだった。楽しいが、そこで終わってしまう。それだけだった。

 

 ある意味、強くなりすぎたと言えるのかもしれない。そしてこれからも強くなり続ける。それがエレミアとしての本能なのだから。だけど敵はいない。やるべきこともない。戦っても充足感は得られない。それでも本能が、体が、細胞が戦いを求めているのだ。何も得られないのに、昔の様な充足感はもうそこに存在しないのに、使命感さえ欠片も存在しないのに―――それでも日々は闘争と同等であるが故に、戦いと鍛錬を求めてしまう。

 

 そう考えたら、どうしようもなく疲れた。疲れてしまった。戦う事にも、何かをすることにも。

 

「―――だから適当に豚箱に突っ込んで、そこでのたれ死んだ方が遥かに建設的だ、ってな。一族の使命がなけりゃあ日常に充足感もない、一体何のために生活してりゃあいいんだよそりゃぁ。家族の為、とか易い言葉は確かに多くあるけどさ……結局は他人に奉仕する事だって自分が満足する為のもんだろ? ―――めんどくせぇ、牢屋の中でふて寝決め込んでる方が遥かに生産的だって、あほくせぇ」

 

「これは拗らせてるなぁ」

 

「自覚はある」

 

 なのはを倒してそれを自覚した。自分は自分で思っている以上にめんどくさい生き物である、と。だから適当に管理局に捕まった方が生産的だと思って、なのはに捕まえる様に言った―――その結果がこれだ。黙殺だ。聖王と厚い親交のあったイングヴァルト、エレミアが裏切る様に襲撃したなんて話が広がれば困るのは聖王教会の人間だ。何故そんな事にさえ気づかなかったのだろう。

 

 ―――或いは通り魔騒ぎも、聖王教会が裏で握りつぶしていたのかもしれない。

 

 面倒だ。ただただ、面倒だ。自由になった―――そう思ったところで血族である以上、エレミアという名を背負っている以上、どうしようもなく逃れられない話だったのだ。何より一番嫌いな聖王教会によって助けられている、という所が最も気に入らない話だ。出来る事なら早くここから出て行きたい所なのだが、おそらくは左腕が完治するまでは絶対に退院させてはくれないだろう。

 

 だるい、ただひたすらにだるい。俺にどうしろというのだ。

 

「ふんふん、成程……じゃあ、軽く質問するけどなんで聖王教会が嫌いなのかな? ベルカの人達は基本的に聖王信仰をしているけど」

 

「あぁ? 聖王家とかいう畜生の一族を知らないからそんな言葉を吐けるんだよ。第一聖王としてあがめているオリヴィエだって本来はただの小娘だよ。守るべき民衆がいるのと、そして自分にそれだけの能力があると聖王家にたぶらかされたせいでゆりかごを動かしさえすれば自分でも守れると思って突っ走った馬鹿だよ、アレは。俺は断じて聖王教とかいうもんを認めはしないぞ。その考えが彼女を殺した―――彼女を崇める馬鹿は認めない」

 

 最後の言葉は自分の言葉というよりは、ヴィルフリッドの言葉だったかもしれない。そう、オリヴィエは正確に言えば殺されたと言っても良い。ゆりかごに対する適正は彼女が最低だった。聖王家を見ればオリヴィエよりも適性が高く、生き残る可能性の高い人間はいたのだ。だけど聖王家はオリヴィエを乗せた。使()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()のだ。オリヴィエがゆりかごに乗れば戻ってくることは絶対にない。それを知っていてオリヴィエを乗せたのだから。

 

 これはきっと、完全に一族が共有して抱く、憎しみの気持ちなのだろう。言葉にして吐き出したことはない―――だがジークリンデも、間違いなく聖王教会を認めないだろうし、近寄ろうともしないだろう。

 

「まぁ、平たく言えば聖王教会自体は一生関わりたくないと思っている」

 

「―――じゃあヴィヴィオに関してはどうかな?」

 

 なのはの質問に対して首を傾げる。ヴィヴィオ―――つまりはオリヴィエ・クローン、高町ヴィヴィオの話だろう。彼女はオリヴィエの遺伝子を使って再現させられたクローンだが、面影があるだけでほぼ別人だ。性格なんてものはほぼ知らないからそこらへんの判断は出来ないが、遺伝子だけの同一人物―――オリヴィエではない。

 

「どうとも思わない。別人だし」

 

 良し、成程、となのはが言葉を吐き出し、君、と言いながら立ち上がり、指先を此方へと向けてくる。

 

「―――退院したらウチへ来ようか!! 拒否したら聖王教会へと身柄を引き渡すよ!」

 

「クッソ、こいつ……!」

 

 今の話を聞いて調整したな、と確信しつつ、軽くため息を吐く。

 

 正直な話―――どうでもよかった。だから流されるようになのはの提案に了承の言葉を吐き、そして再び視線を窓の外へと向けた。

 

 中庭でリハビリをしていた子が倒れていた。

 

 ―――何故だか今度は応援する気にはなれなかった。




 なのはさんの華麗なるトーク=ジツ。なお本日2更新目なので1話前をチェックお忘れずに。

 この世で一番美味い料理を食べた後に半端に美味しい料理を食べても「あ。うん……美味しいね」という感じになる様な感覚。人間とは実に面倒な生き物なのです。でも一番面倒なのはなのはさんの主義。


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現代の王達-8

「―――本当(マジ)で不問かよ」

 

「聖王教会と私のコネ、凄いでしょ?」

 

 威張るようなもんではない、となのはに答えながら聖王医療院から拘束される事もなく退院する事が出来た。隠れている人間の気配もなく、本当になのはが一人で此方を案内している、という状況だった。本当に自分のやりたい事を貫くというスタイルは嘘じゃなかったらしい。改めて目の前の人物に対して呆れを半分感じながら、感嘆する。例えそれが法としては間違っているとしても、それでも我を押し通す姿勢に関しては自分と同じような部分がある。そこは完全に褒めていい所なのかもしれない。そんな事を思いながら医療院の横の駐車場へと向かえば、そこには何時か見たスポーツカーの色違いがあった。

 

「同じ車種のを買ったのか」

 

「ううん、保険が下りたからね、色違いのを融通してもらったの。元々はフェイトちゃんの車なんだけどね、私は買うの面倒だから借りてるの」

 

 という事は破壊したのはフェイト・T・ハラオウンの車だった、という事なのだろう。まぁ、車の持ち主と保険会社に関してはご愁傷様という言葉しかない。必要な事だったので、そのことに対する謝罪の言葉は浮かんでこない―――当たり前だが、それを悪いとは思っていないのだから。だから、へぇという程度にしか聞かず、ドライバー席に乗り込んだなのはの横、助手席に座り、パーカーのポケットに入れていたケースからサングラスを取り出し、それを装着する。息を吐いてシートに寄りかかったところで、

 

「あ、ベルトはちゃんと装着してね」

 

「そう言えば法のサイドだったな」

 

 シートベルトを装着する迄は車を動かさないのは見えているので、黙ってシートベルトを装着する。それを確認したなのはもシートベルトを装着し、車を動かし始める。エンジンの音を鳴らさない、魔導エンジンの車は僅かに大地から浮かび上がると静かに大地を滑る様に駐車場から医療院の外へ、そして公道へと進んで行く。その行く先は解らない。だがなのはの格好は肩を出したカットソーのシャツにジーンズと、かなりカジュアルな格好だ。このまま管理局へと向かうようには思えないし、彼女も彼女で、管理局や聖王教会とは別の思惑を抱いて動いているように思える。

 

 だが、そもそも今の自分に何かをしよう、というやる気はない。連れて行きたいところがあれば勝手に、という気持ちだった。徹底的になるとこういう気持ちになるんだな、とどこか納得しつつ息を吐き、車の外、流れて変わって行く景色に視線を合わせる。

 

「そう言えばまだ君の名前を聞いていなかったね」

 

「知ってるだろ?」

 

「調べてはあるけど……君は名乗ってないでしょ?」

 

「ヨシュア。ヨシュア・エレミア。君もさんもいらない。ヨシュア、だ」

 

「うん、じゃあヨシュア。私は高町なのは、改めて宜しくね」

 

 こいつ、頭おかしいんじゃないのか、なんて事を思いながら溜息を吐き、適当に返答する。実際高町なのはという女は一種のキチガイだと認めなくてはならない。引退するべき怪我を追っても戦場にしがみつき、自分の信念を貫き通した結果大団円に物事を終わらせている―――()()だ。英雄と呼ばれる存在の気配、そして特異性を持っている。物事に己が介入する事によって全体的な流れがプラスの方向へと流れて行く、そういう存在だ。

 

 歴史を紐解けば、そういう存在は時々現れる―――ベルカが悲劇で終わったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが結論なのだと個人的には解釈している。果たしてこの女がいる事で自分の考えなどは良くなるのだろうか。どうだろう―――個人的には無駄だと思いたい。そんなご都合主義の化身、存在しても萎えるだけだ。何もかもそいつがいるだけでどうにかなるのなら、結局のところ、他の全ての努力が無駄だった、という事になるのではないだろうか。

 

 全部そいつに任せて他の奴は寝ていればいいのだから、ある意味楽な人生かもしれない。

 

 ―――何不貞腐れてるんだ、俺。

 

 溜息を吐きながら想像以上に腐っている自分の姿に軽い呆れを感じる―――ある意味、一族の使命が終わっていない方がまだ精神的には良かったのかもしれない、と思う。そうであればまだ救いはあった。だから今、新しく何か生きがいを見つけなくてはならないのだが、そんな気分にさえなれない自分の頭の弱さがダメなのだろうか。

 

 そんな事を考えている内に静かに走る車は山間部から高速道路へと移り、ミッドチルダの都市部を視界にとらえ始める。見え始めるのはミッドチルダ中部の都市の一つだ。比較的に北部に近いその都市へと向かって車は走っている。そこになのはの家があるのだろうか、向かったところで何をするのだろうか。疑問は尽きない。それでも特に質問する様な気にもなれなかった。だから黙って、なのはの車が進む先へと案内を完全に任せていた。最新の技術によって風は車内に入りこんで来ない。だから軽く風を感じたくて、肩肘をドアの上に乗せる様に、そして顔もその近くへと動かし、

 

「ヨシュアは妹がいるんだよね」

 

「あぁ、愚妹が一人な」

 

「愚妹なの?」

 

「ま、俺と比べるとどうしようもなくな。それでも可愛い唯一の肉親さ―――」

 

 時折なのはの方から向けられる質問に答えながら、移動の時間を潰した。

 

 

                           ◆

 

 

 やがて高速道路から降りて市内に入ると真っ直ぐ住宅街へと―――向かわなかった。それどころか都市の中心部へと向かい。そこからどこかへと向かおうとしていた。記憶しているなのはの家とは全く別の場所だ。管理局とも関係ないし、聖王教会管理の土地とも違う。本当に予想がつかない状況になりながら進んで行くと、やがて目的地に到着したのか、とある建物の前で速度を落とし、駐車場へと入って行く。駐車を完了させ、エンジンを切った所でなのはがついたよ、と言葉を放った。その言葉に従い、シートベルトをはずしてからスポーツカーから降り、

 

 そして建造物へと視線を向けた。

 

「―――公民館か」

 

「うん」

 

 公民館―――ミッドチルダのそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。基本的にその手の施設は管理局の所有物ではあるが、公民館は管理局や聖王教会の管理する物件ではなく、土地の管理者が管理している物件であり、税によって管理されている施設だ。この土地で暮らしている者であると証明する事が出来れば―――つまりはIDを提示すれば、市民は気軽に管理局などとは関係のない施設で魔法や戦闘訓練を行う事が出来る。基本的に一般家庭での魔法の過度な使用は禁止されている為、一般人にとっては数少ない練習場所でもある。

 

 なお、一部ダールグリュン邸の様に納金する事でその土地内では自由に魔法を使える様契約している所もある。その為、ヴィクトーリアやジークリンデは態々施設を借りる必要がなかったりする。

 

「こっちだよ」

 

 なのはが慣れた様子で正面に向かうのを見て、再び溜息を吐きながらサングラスの位置を軽く調整し、その姿を追いかけて歩き始める。利用するのも初めてではないらしく、入口を抜けた所で受付が挨拶をし、普通に通してくれていた。此方に視線を向けてくるが、高町なのはというビッグネームの前ではどうでもよかったのか、直ぐに視線が外された。

 

「ここ、それなりに使ってるのか?」

 

「あの子の友達がこっちの方に住んでるからね、それなりに使う回数も多いんだ。私は仕事のせいでずっと相手をしていられるわけじゃないし」

 

 そう言いながらなのはが案内した先は公民館の多目的ホールだった。ただそこは今、とある目的の為に一色に染め上げられており、誰もが同じことに打ち込んでいた。拳が振るわれ、蹴りが振るわれ、踏み込み、バックステップ、シンプルだが特に形のない格闘技の正体はストライクアーツ、打撃をベースとした徒手格闘技術だ。今、この公民館のホールはストライクアーツの練習場として解放されていた。

 

 ホールの入口を抜けて、邪魔にならない様に端の方へと移動してからなのははホールの奥、角へと視線を向ける。それを追う様に視線を向ければ、そこには三つの人影が見える。一人はツーテールのプラチナブロンドの少女、もう一人は黒髪ショートヘアーの少女―――そして最後に金髪サイドテールの少女。コロナ・ティミル、リオ・ウェズリー、そして高町ヴィヴィオの仲良し三人娘の姿だった。三人ともスポーツウェア姿であり、動きやすい格好をしていた。

 

 そしてそれで行っているのはシンプルな組手だった。ヴィヴィオ対リオというカード、魔法も使わずに拳と蹴りのみで戦っている姿を披露していた。ヴィヴィオが踏み込み、拳を繰り出そうとすればそれをリオが円の動きを利用して受け流し、その腕を絡み取ろうとする。だがそれにいち早く反応したヴィヴィオが腕を取らせないために腕を引き、逆に蹴りを繰り出してリオの狙いを外す。だがそこにほとんどダメージはない。下段蹴りを受ける直前に硬気功で体を軽く固め、ダメージを軽減しているのが見えた。魔法が乗っていない素の動きだからこそ良く見え、そして解る。リオの方は武術の動きが色濃く出ている。どこかでちゃんとした師を得て、そして才能を振いながら磨いている最中だ。

 

 それに比べてヴィヴィオは、

 

「無様なもんだなぁ、アレ」

 

「あはは……」

 

 実に無様なものだった。拳、蹴り、それを打ち出す動きは悪くはない。打ち出す時に体重を乗せ、重心がブレ無い様にちゃんと動いている。おそらくはそこだけ、誰かに見てもらい、教えてもらっているのだろう。だがそれ以外の動きが致命的、というよりは壊滅的だった。基礎は汲み上げられているが、基本が見えていない、そういう状態だった。或いは教わるべき師を持てていない―――いや、組み立てる前のパズルを見ている様なものだった。最終的なイメージはあるけど、全く組み上がっていないという形だった。

 

 リオはしっかりとした、合理によって組み立てられた技術によってヴィヴィオと相対する。だがヴィヴィオはまるでその先を理解しているかのような、そんな動きでリオの動きを先回り、回避し、そして攻撃を重ねる事で打点を稼ぎ―――そして勝利した。傍から見ればヴィヴィオの圧勝だっただろうが、その戦闘内容は呆れの一言に尽きる。究極的にはアレは、

 

 天性の才覚によって最善の動きをその場で選び続けているだけだ。

 

 格上だろうが同格だろうが、全く関係ない。圧倒的才能で必要な動きを引き出し、それで撃破しているのだから。

 

 ―――それはあまりにも()()な姿だった。

 

 ハイディの戦いを一切見る事はなかった。だがこんな動きを見ればいやでも理解してしまう。魔法を使った場合、ヴィヴィオがどんなふうに動くのか、どういう戦術を取るのか、どういうスタイルになるのか。これ以上必要なかった。最適な戦術で最善で動く、ストライクアーツを練習しているという事はそれがベースなのだろう。だから断言できる。

 

「負けて当然だな」

 

「そうなんだ」

 

「覇王流にも(エレミア)にも英雄殺しのノウハウや天才殺しのノウハウはあるからな―――一番怖いのは努力を止めず、必要以上に欲張らず、己の分を弁えながらも諦めを知らない()()だからな。それと比べると可愛いぐらいだ」

 

 クラウス・イングヴァルト。()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だがオリヴィエを失った悲しみから一代で完全に覇王流を生み出し、完成させるところまで持って行ったところを理解すれば、ぶち抜けた凡人という生物の恐ろしさが伝わってくる。だからヴィヴィオには特に恐ろしさは感じないが、逆に残念さを感じる。

 

 ―――彼女に必要な事を教えられる人間がいれば、間違いなく化かす事が出来るのに。

 

 そこまで考えた所で、口に出そうとしていた言葉を止め、そして思考を一旦かき消す。高町なのはが一体俺に何をさせたいのか、どういう目的なのかを、それを理解してしまったからだ。

 

 高町なのはがどういう女だったのかを思い出し、

 

 妹とも、娘とも言えるヴィヴィオが同じような気質だとしたら―――求めるものは見えてくる。

 

 だけど迂闊にもそれを口に出すわけにはいかず、黙ったままでいると、やがてヴィヴィオがなのはに気付いたのか、片手を上げて手を振ってくる。それに応える様に手を振るなのはの姿を見て、もう一度ヴィヴィオの腕を見る。

 

 ―――一瞬だけ鋼鉄の義手の姿を幻視し、乾いた笑い声が漏れた。

 

 どうなのだろうか、また―――歴史は繰り返すのだろうか、と。




 なのはさんの計略がそろそろ見えてきた所。

 なおまだ原作前なんだぜ、これ


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現代の王達-9

「あ、なのはさん、こんにちわ!」

 

「こんにちわ!」

 

 ヴィヴィオに見つかったからか、なのはが三人娘の下へと回り込んで近づいて行く。それに反応したコロナとリオの二人がなのはへと手を振り、それから此方へと視線を向け、首を軽く傾げていた。見慣れない男がいるから当然だろう。なのはの数歩後ろ、サングラスで視線と顔を軽く隠すように、影の中を歩きながら近づく。真っ先に主人にじゃれ付く子犬の様な様子でヴィヴィオがなのはへと近づいた。

 

「なのはママ!」

 

「あはは……流石に年齢的にはお姉ちゃんの方が良いんだけどなぁ」

 

 なのはが少し困った様な表情を浮かべるが、それに気にすることなくヴィヴィオはなのはへと近づき、そして本当に大丈夫かどうか、それを確認している。なのはも致命傷からは程遠いが、十分なダメージを短期間に二度も受けている。それを考えれば親族が心配するのも普通の事なのだろう。自分の場合は―――考える必要もない。自分が負けて死ぬ何てことをジークリンデは絶対に考えないし、勝利を疑わない。それと同様に、自分もジークリンデが敗北するなんて事は想像できない。つまり、心配する必要は欠片もない。会わなければ勝手にどっか、好き勝手に生きているという認識で済むからだ。

 

 それはそれとしてリアクションは取るが―――そんな事を考えている内にヴィヴィオの視線がなのはから此方へと向けられる。人を疑う事のない、純粋な瞳だった。おそらくは此方が襲撃犯の片割れだと気付いてすらいない。

 

『解っていると思うけど、君の事は内々で処理してあるから、真相を知っている人は限られているよ』

 

『あいよ』

 

 拒否権がある訳でもない。なのはの言葉に念話で答え、なのはが此方へと視線を集中させるように、一歩横へと退き、ヴィヴィオが正面から捉えられる様に道を作る。そうする事で相手は此方を良く窺え―――此方もヴィヴィオの姿をよく見る事が出来た。St.ヒルデに下見でヴィヴィオの姿を確認する事は何度もあった。だがこうやって正面から見ると、妙な罪悪感が胸の内を絞める様な、そんな感覚がある。それは高町家に対する申し訳なさから来るものではない、というのは解っている。そんなものを感じるなら最初から暴れない。だからきっと、

 

 これはエレミアの―――ヴィルフリッドの置き土産なのだろう。

 

「えーと、なのはママの知り合いですか?」

 

「―――」

 

 恐れる事もなく話しかけてきたヴィヴィオの姿に凍り付き、どう答えたものか、と一瞬だけ悩み、小さく息を吐きながら頭の裏を掻き、どうしようもない所でつまってんな俺、と自嘲する。女の相手なんてのは慣れているくせに、ここに来て急に初心な少年の様なリアクションは流石にないだろう、そう聞こえない様に呟きながら、愛想よく笑みを浮かべる。

 

「―――おう、まぁ……うん、お仕事でお世話になった関係かな!」

 

『間違ってない』

 

『うるせぇ』

 

 念話で入ってくる茶々にツッコミを返しつつも、そこから言葉を引き継ぐ様になのはが口を開いた。

 

「実はね、この人……ヨシュアは私が知っている中では一番格闘技に詳しく、強い人なんだ。スバルやギンガにも負けないかな。色々困っている様だし、ちょっと連れてきたんだ」

 

「おい」

 

 すぐさまなのはに言葉を向ける。だが視線だけを返してきたなのはは”別にいいだろう?”と視線だけで伝えてくる。まるっきり話を了承したわけでもないのに強引に進めてくるからどうしたものかと悩む。が、既に三人の娘たちからは期待の視線の様なものが送られてきている。それを前に、普通に断るのは男子としては如何なものだろうかと思い、即座に断るのを何とか止めながら溜息を吐きながらしょうがない、と呟く。

 

()()()()()()、って事にしておく」

 

「ありがとうヨシュア。……という訳でヨシュアお兄さんに存分に話を聞いたりしてもいいよ? 一切遠慮なく。それこそぼろ雑巾になるまでサンドバッグにするぐらいなら」

 

「お前、笑顔の裏で実はネチネチ恨んでるだろ……ま、ご紹介に預かったヨシュアだ。この先どうするかは未定だとして、とりあえずお前さんがたの保護者のちょっとした知り合いだ。というか何度か勝ってる。殴り合いに関してはそこの砲撃脳よりは遥かに賢い所があるから遠慮なく話を聞きに来るといいぞ。何せ歴史に名を残すファイターを育てた()()があるからな。おっとぉ、なのはさんにはまだちぃと早すぎる話だったか。すまんな」

 

「寧ろネチネチ恨みを抱いているの君の方なんじゃないかなぁ」

 

 ヴィヴィオが二歩後ろに下がるのと同時になのはへとガンを飛ばし、なのはが半ギレの様子で笑顔を浮かべながら首を傾げ、

 

「あ゛ぁ゛……?」

 

「やんのかよ、コラ……!」

 

 軽く萎えていた状態だったが、漫才を通してモチベーションというべきものか、或いは活力と呼べるものが漲ってくるのを感じ取る。数秒間、無言のままなのはとガンを飛ばし合うが、やがて意味はないと悟り、互いに視線を外す。ともあれ、怯えた姿を見せている三人娘へと改めて視線を向けなおす。

 

「まぁ、なんだ……聞きたい事は自由に聞け。嘘はつかない」

 

「ガラは悪いけど、悪い人じゃないからね」

 

「男は少し悪い方がかっこいいんだよぉ!」

 

 何か文句でもあるのだろうか。エレミアと言えば()()()と言うものがあるのだ。基本的に幼い頃から黒という色に対して惹かれるものがあり、そして遺伝的にも黒髪を持っている。その為、全身黒づくめというファッションセンスの欠片も存在しない格好をしているのだ。しかも割と趣味で。センスが悪いと解っていても、それでも黒一色に惹かれてしまう本能を持っているのだ―――それで何とかアクセントを付けようと個人的にはサングラスを装着したり、着崩したり、マフィア風とか、色々と格好で頑張っているのだ。

 

 ―――良し、なんとかテンション充填できた、頑張ろう。

 

「という訳で質問カモォ―――ン!!」

 

「テンションの落差が激しい人だなぁ」

 

「それ言っちゃ駄目だよ……あ、でもなのはさんに勝てたって話本当ですか?」

 

 ツインテールの少女と、コロナの質問に対してサムズアップを向けると、視線が此方からなのはへと向かい、なのはが頷きで返答を返す。先ほどの発言はネタとして捉えられていたのか、まぁ、初対面だからしょうがないよな、と自分に対して言い訳を放ちつつ、少しだけ寂しく思っていると、じゃあ、とヴィヴィオが片手を持ち上げながら此方へと視線を向けてくる。

 

「じゃあ質問です。ヨシュアさんってなのはママやスバルさん達よりも強いって言ってますけど……具体的にどういう事が出来るんですか? えーと、教わるにしても何が出来るか解らないと具体的な事が聞けなくて」

 

 その質問は実に難しい質問であり、そして同時に簡単な質問でもある。

 

「ぶっちゃければこうだ―――()()()()()()()。射撃、支援、回復、召喚が苦手だけどウチ(一族)の方針でな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってクッソ面倒なもんがあるんだわ。おかげで大体何でも出来る。とはいえやっぱ砲撃とかバインドから砲撃とか、収束砲撃とかクソとしか言えないんだけどな―――まぁ、基本的には近距離専門でやってるよ。武器は選ばずにな。拳、剣、槍、棒、人間だって武器に使うぞ」

 

「なんか最後おかしいの混ざってた気がする」

 

「シッ、見ちゃいけません」

 

 見てはいけないというランクまで来てしまったか。割とテンション上げて頑張っているが駄目なのだろうか―――まぁ、いいや、そう結論付けながら視線を三人娘のレスポンスを待っていると、じゃあ、という言葉をヴィヴィオが放ってくる。この変人の塊のような存在に臆する事もなくまだ話しかけようとするとは対した奴だと素直に評価しておく―――或いはただの箱入り娘なのかもしれないが。

 

「えーと、じゃあ……圧倒的に格上の人を倒すにはどうしたらいいか解りませんか? えーと、相手はおそらくストライクアーツの達人で、一撃の重さが凄いタイプなんですが―――」

 

 ―――あ、これハイディちゃんの事だな。

 

 これで確信した。ヴィヴィオはハイディに負けたが、諦めてはいないのだ。昔、とある魔王少女が戦い、そしてリベンジを果たす事によって友情をはぐくんだように、それをヴィヴィオが成そうとしている。そしてその為に必要な最大のパーツをなのはは理解している―――即ちエレミアン・クラッツだ。聖王が覚え、そして覇王流を生み出す前のクラウス・イングヴァルトを無傷で粉砕した最強の組み合わせ。それを再び再現しようとしているのだ。

 

 この女、全力で此方側のトラウマを抉りに来ているのだが、畜生過ぎるんじゃなかろうか。

 

 ―――それでも乗り越えた話だから、そこまで心に響くものはない。

 

「誰を相手にしているかはわからんが、勝つだけならメタれ。相手が何を得意とし、何を苦手とするかまず理解して、そっから戦術の構築を始めるんだ。徹底的に相手の土俵をぶっ壊して自分のペースに持ち込んで、実力を発揮させずに封殺する。たとえば砲戦の魔導士なら即座にショートレンジに潜り込んで最大の武器を封じるとか、魔導士全体は魔法が使えなくなると木偶になるから割と対処しやすいのもあるな……まぁ、そういうのが知りたい訳じゃないんだろうけど」

 

「ねぇ、会話の間にちょくちょく私に対するディスり入ってないかな?」

 

 なのはの言葉を完璧に受け流しつつ、そうだな、と言葉を置く―――改めて考え、そして判断するにはもっと時間が必要だと結論付ける。本格的に教える事に関しては自分の覚悟、そして()()が必要になってくる。即決する事は流石にちょっと、一族として駄目だ。これは自分だけの問題ではなく、場合によってはジークリンデにまで響く事になるだろうから。だからとりあえず本格的にアレコレを教えるのは考えるとすると、

 

「―――一足跳びに結論から()()()事にしよう」

 

 体を軽く持ち、左半身を前に、左腕を軽く持ち上げ、右腕を後ろに引き、拳は前へと向ける。基本的な、特に何かある訳でもない、普通の構えだ。構えながら、ヴィヴィオに言葉を贈る。

 

「一々説明するより一回経験した方が早いだろう。ちと構えて、打ち込んで来い」

 

「え、あ、はい」

 

 言われたヴィヴィオが少しだけ焦る様に左半身を前にするように、拳を構え、ストライクアーツで教えられる基本的な構えで此方と相対する。その姿を見て、言葉を告げる。

 

「んじゃあ天才(オリヴィエ)英雄(クラウス・ハイディ)の効率的な処理方法ってのを軽く実戦するな。たぶん経験しない限りは絶対勝てないトリックがあるから」

 

 仕方がない、と言い訳をしながらも―――なぜか妙な充足感を感じていた。




 なのはさんが何やら何時ものノリにのってきたようです。

 という訳で次回、てんぞー式天才・英雄の殺し方。これを読んで君も経験を積んだ努力型凡人キャラで英雄や天才を一方的に惨殺しよう!

 次回、英雄完全殺害マニュアル。


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英雄完全殺害マニュアル-1

「行きます!」

 

「おう、来い来い」

 

 魔力を、魔法を使わない基本的な組手―――とはいえ、動きに関しては真面目だ。触れて確かめる必要はない。肉体に関してはよく鍛えられていると、理想的な肉の付き方をしているのはヴィヴィオの動きを少しでも見れば解るだろう。さすが教導官を保護者に持っているだけはある―――だが専門的な教育を受けていないし、経験と知識が大幅に欠落しているのは認めなくてはならないだろう。

 

 ヴィヴィオがまっすぐ、正面から踏み込んでくる。動きは早く、そして力強い。一撃の強さよりもスピードを重視した動きで、ステップを軽やかに、左半身を前にして右腕を引き、殴りかかるように踏み込んでくる。それに合わせるように半身程後ろへと体を引きながら踏み込みからの右拳を受け流すように円の動きで反らし、そのままカウンターで掌底を顔面へと向かって下から抉り込むように叩き込んでゆく―――それが放たれる直前に天啓を受け取ったかのような動きでヴィヴィオが超反応を見せる。体を後ろへと引きながら掌底が届くぎりぎり範囲外まで体を反らし、動きが伸びるのを待つような体制に入る―――実際、普通は伸びきるだろう。

 

 そういうことに素早く、細かく反応するために反復練習というものは行う。一つの掌底をとっても、繰り返し行えば素早く細かい調整を繰り出すことだってできる。ゆえに自分にとっての最善はこのまま手首をひねり、指先をヴィヴィオの服装にひっかけながら動かすことで、その体勢を崩す事にあるのだが―――今回はそれを行わない。

 

 そのまま腕を伸ばし、掌底を外す。その動きに合わせて素早く、バネのように反動で体を戻しながらヴィヴィオが決着のために拳を入れようとして、

 

 あっさりと、逆の手で生み出された拳の初動を弾きながら足を延ばして股の間に挟み込み、伸ばした掌底を手刀へと変え、軽くその首筋をトン、と叩く。

 

「……あれ?」

 

 あまりにもあっさりと敗北したヴィヴィオが状況を良く飲み込めずに一方後ろへと下がりながらあれ、と声をこぼしながら首を傾げる。その姿に小さく笑い声を戻しつつ、ヴィヴィオが言葉を零す。

 

「あれ、今の確実に行けた筈なんだけどなぁ。えっと、もう一度お願いします!」

 

「ういうい、怪我とか一切気にせずに全力で来るといいよ、確実に無理だろうからな」

 

 その言葉に軽くむっとした表情をヴィヴィオは浮かべ、お互いに五歩程離れてから再び構え直し―――動いた。

 

 今度のヴィヴィオの動きは先ほどよりも遠慮がなく、魔法は使っていなくても肉体の出せる全速力で一気に踏み込みながら、全力で拳を振るいにやってくる。半歩後ろへと下がりながら突き出された左拳を右へと左腕で叩いて払い、再び、さっきと同じように掌底を繰り出す。が、今度は回避ではなくクロスさせるように右拳での迎撃をヴィヴィオは選び、力の込められたそれがこちらの体を軽く押し戻す。

 

 合わせるように一歩半程後ろへと下がり、追従するように一歩と半分のさらに半分ほどの距離をヴィヴィオが踏み込んできた。挑戦的な距離だ。互いに全力で殴り合える距離、ノーガードの殴り合いが発生する距離だが、踏み込みで加速している分、後ろへと下がったことによって減速している此方よりも初速は早く、この距離でいえば確実にヴィヴィオのほうが動きが速いだろう。

 

 こちらが弾き飛ばされた時点でこの距離を理解していなければ。

 

 ゆえに吸い込まれるように踏み込んできたヴィヴィオの拳を掴み、捻り、足元を蹴り払いながらその体を一回転させ、スポーツコートの床に背中から叩き付ける。あまり激しくやるのも可愛そうなので、着地する寸前に足を軽く挟み込んで減速させるのも忘れない。そうやって背中から倒れたヴィヴィオは目を大きく開き、瞬きをしながら口を開いた。

 

「……えっ?」

 

「何故こうなるかを理解しなきゃ一生負け続けるぞー」

 

「ちょ、ちょっとタイムでお願いします!」

 

 いいぞ、と返答を出した瞬間、ヴィヴィオがすばやくリオとコロナと合流し、三人でスクラムを組みながら相談を始める。聞こえないように相談を始める三人の姿を眺めていると、後ろのほうにいたなのはがゆっくりと歩きて近づいてくる。その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「やる気がなかったくせに、真面目にやってるね」

 

「何事も中途半端にやるのが許せない性質でね。何かをやるなら徹底してやらないと結果は残せないし、失礼って話だろ? 中途半端ほど見ていて見苦しいものもない―――まぁ、これぐらいなら安いもんさ、個人的にはちと複雑な部分があるけどな」

 

「ふーん……で、ヴィヴィオを簡単にあしらえているタネは何なの」

 

 そう聞いてくるなのはにも、答えは解らなかった様子だ。それを聞いてあぁ、そうか、と納得する。()()()()()()()()()()()()()()()()()。今やっているのは特別な奥義や技術でもなく、()()()()()()()()()()()()とも言えるものだ。まだ二十代の小娘が開眼するには早すぎるか、とは思いつつ、現在のミッドチルダは、次元世界全体は()()()()()から、もっと後になるだろうな、と思う。だからなのはに答える。

 

「―――答えはCMの後でな!」

 

「言いたいことはわかるけどそのドヤ顔は気に入らない」

 

「あ、相談終わりましたー!」

 

 ヴィヴィオの声になのはの存在をガン無視し、視線をヴィヴィオへと向け直し、そして構える。リオとコロナと相談した成果、自信を持ったかのような表情を彼女は浮かべていた。もう数秒は持ってくれるかなぁ、と期待をしつつも、拳を構えてくるヴィヴィオに対して軽く挑発する様に指先でかかってこい、と仕草を取る。それに反応し、

 

 ヴィヴィオが踏み込んでくる。

 

 

                           ◆

 

 

「―――勝てなーい! 一回も攻撃が当たらなーい! なんでぇ―――!」

 

 可愛らしい文句の声を吐き出しながらヴィヴィオがスポーツコートの床に座り込む。途中から参加していたリオとコロナもまた途中から参加していたため、ヴィヴィオほど楽ではないが、それでも適当にあしらい、経験を積ませながら無傷で勝利し、疲れた様子で床に座りこんでいた。美少女が汗に濡れながら息を荒くしているのはマイサンにあまりやさしくはないが、ある意味やさしい光景だなぁ、なんて思っていた。なんでぇ、と本気で解らない様子でヴィヴィオが言葉を放ってくるので、答えを教える。

 

()()だよ―――まぁ、これが俗に言う()()()()()()()ってやつだ」

 

「俗にって言う割には初耳なんだけど」

 

「うるせぇ」

 

 なのはの言葉に突っ込みを入れながらヴィヴィオに質問を投げかける。

 

「ヴィヴィさ―――ヴィヴィオちゃん、時々妙に鋭い動きを行うよな、アレ、どういう判断でやってるん?」

 

「えーと―――基本的にはなんというか”ここ!”って瞬間、完全に”取れる!”って感じのイメージが浮かぶんです。この瞬間にここへ行けば、絶対上手く動けるはず、という感じのが。ママや皆はそれが天性の勘、超直観、才能の閃きって言うんですけど―――」

 

 ―――その言葉は間違っていない。天才、あるいは英雄とも呼べる人間が持つ圧倒的才能の閃き、天性のバトルセンスとも呼べるものだ。凡人では絶対に思いつけない、あるいは踏み込めない領域へと英雄達は踏み込んでくる。勝つか負けるか。その領域へと踏み込んで当然のように勝利してくるのが英雄であり、その前提と言えるのがこの天性のセンスだ。これがあるからこそ凡人と才能のある人間には圧倒的差がある。どんな鍛錬を重ねようとも、最高のタイミングで最善の行動を連続で打ってくる相手に対してはどうしようもない。

 

「うん、まぁ、基本的にそれが才能って奴だ。1を聞いて100を理解する、ってだけじゃねぇ。普通の人間には持たないセンスの様なもんを持っていて、訳の解らない世界を見ている。だから普通に戦っているのに急に最善の選択肢を知識もないのに踏み込んできたりする。所謂理不尽の権化だな。こういうのは大体タイプ的に分けられて―――」

 

 なのはを指さす。

 

「魔法の展開速度、習熟、センスの良い賢人タイプの天才、英雄って奴な。覚えが早く、学んだことを反映させたりする事に対して高い適応性を見せる。魔法覚えたり、運用したり、改造したりとか、戦うことよりも教えたり研究したりするほうが適職なタイプな。んで―――」

 

 次にヴィヴィオを指さす。

 

「闘争の才を持っているタイプ。直感や閃きで最善のタイミングをつかむ。学習したことを即座に動きに反映する。一つの学習で二歩先を進む連中、凡人が血涙を流しながら呪詛を向ける対象、そして歴史で一番英雄として君臨しがちな連中だ。正しい戦乱に放り込んでやれば見る見るうちに実戦を通して成長して事件を解決してたりするタイプな!」

 

 これ、冗談ではなく()()なのである。エレミアの記憶に残された実話であり、経験談である。まぁ、兄妹で子供を作っている前例がすでに存在している時点で割と畜生な一族であることは大体誰もが知っている。

 

「えーと……その、私、その闘争の才ってのを持っていますけど、それ、悪いんですか……?」

 

「んにゃ、悪くねぇぜ。すべての戦士が同じスペックだとして、この世界にいる九割の連中はそれで倒せるんじゃないかなぁ」

 

「でもヨシュアさんは倒せないじゃないですか」

 

「そらそーよ、俺の場合完全にその性質を理解して利用させて貰っているからな」

 

 その言葉にヴィヴィオが首を傾げる。なので、物凄く解りやすく答えを出す。

 

「つまりだ―――戦闘中、相手が理不尽な動きをするってんなら()()()()()()()()()()()()ってだけの話なんだよ。理不尽が理不尽であるのは()()()()()()なんだ。どのタイミングで、どうやって相手は踏み込んでくる? なんで? 可能か? そういう事を呼吸の様に考え、理解しながら対応するんだよ。基本的に最悪な瞬間に踏み込んでくるんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()からな、理解さえしていりゃあ先に罠を張る事もできるし、カウンターを用意して叩き込めもできる」

 

 つまりは、と結論する。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が天才、英雄殺しの秘訣な。あとはそうだな、だいたい10cm程英傑の方が殺しに来るときに踏み込みが重いから罠張りやすい」

 

 そう結論付けると、三人娘も、なのはもその言葉に黙り込む。だが即座に復帰したのはなのはだった。

 

「それだけの経験、どれぐらい戦えば身に付くの?」

 

 なのはの言葉に対して少しだけ声量を下げて、三人娘には聞こえないように答える。

 

「現代の次元世界は平和すぎるからなぁ……現在の事件発生のペースで考えたら五十代後半頃になるんじゃねぇか? 前提として()()()()()()()()()()()()()()()()()()上でな。あと同じ相手はだめだ。学習しねぇな、同じ相手にやっていてもそいつの呼吸を覚えるだけだし。必要なのは理不尽への学習と対応力だし」

 

「それは必要なことなの?」

 

()らなきゃ身につかない」

 

 だからこそ英雄殺し、なんて物騒な名前がつくのだ。英雄を殺し、その理不尽を経験し、生き延びる事によって初めて学習、成長するのだ。理不尽という存在がどういうものであれ、それを経験し、死を通すことによって乗り越えるのだ。そうやって体に一つずつ、どうやって理不尽が稼働するのか、そのロジックを刻んでゆく。

 

 騒乱の古代ベルカ等はそういう連中で溢れていた。毎日どこかで生まれては殺され、欠損した数を埋めようとまた新たに生まれる。戦場で生まれ育った修羅であれば三十年もあれば学習することが出来る―――むろん、生き残れればの話だが。エレミア一族は言い方が悪いが失敗して死んでもバックアップが存在する。相打ったとしても、その記憶を引き継ぐ誰かがいるのだ。死んで学習するのを繰り返せば、それでいいのだ。

 

 だから自分がこうやって披露し、振るっているのも一族の犠牲と研鑽の末に出来上がったデータベースのようなものだ。故に断言する、

 

 経験は大事だ。これのあるなしは大きく影響する。

 

「え、えーと……対策はこれ、どうすればいいんですか……?」

 

 ヴィヴィオの困ったような声に視線を向ける。

 

「ん? そんな難しい話じゃねぇよ。そもそもバグ技みたいなことやって勝ってるんだから、それを止めて堅実に戦えって話だよ。慣れてきたら使う相手を見極めつつな。ま、いい経験になっただろ? ほら、こうやって一回経験しちまえば”いったい何をされたんだ”って困惑せずに”もしかして……”って考えられる様になるだろ? これでもだいぶ違うもんさ……っと、格闘を教えるつもりがなんか物騒な技術を伝授しちゃったな」

 

 ―――まぁ、クラウスもこれが使えるし教えないとそもそも戦いにならないのだが。

 

 それに自分が古代ベルカのヴィルフリッドよりも強い様に―――ハイディも、クラウスよりも強くなっているのだ。当たり前の話だが人類は学習し、成長する生き物だ。末裔だから、という理由で劣化しているのはおかしな話だ。

 

 そんなことを考え、ヴィヴィオに雑学のアレコレを伝えている内に―――時間は過ぎていった。




 理不尽に勝ちたかったら理不尽を殺せよオラァ、というお話。これだから古代ベルカは修羅道とか言われるんだ……。エリオの人生も捕食道とか言われるんだ……。

 えぇ、そして過去の記憶をベースに現代で改良されているんだから昔の連中よりも弱いわけねーだろ、という現代の連中。魔法の威力を上げて超ぶっぱとかのわかりやすいインフレは存在しないのだ、

 ひたすら地味で、刃の様にとがれた殺意のインフレがこのお話には愛とともに詰まってる。


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英雄完全殺害マニュアル-2

「―――ヴィヴィオに戦い方を教えて欲しいんだ。たぶん、私や私の知り合いじゃ誰も本当に満足できる戦い方をヴィヴィオには教えられないから―――」

 

 高町なのはのその言葉に対して即答することはできず、考えさせてくれ、という言葉を放ってその日は終わった。ヴィヴィオはなのはと共に家に帰り、リオとコロナもそれぞれの保護者が迎えに来ていた。彼女たちを見送ってから一人、モノレールに乗って暮れてゆく夕日をモノレールの窓から眺めながら帰路を行く。ミッドチルダ全体がモノレールによって繋がっており、大体数時間もあれば星の反対側へとさえ向かえるのはさすがの魔道科学による技術の発展、というべきなのかもしれない。しかしそれでもなのは達と別れたのは夕方になってから、

 

 気付けばダールグリュン邸のあるベルカ自治区に入り込んでいた。特に深く考えず、頭をからっぽにした結果がこれだった―――どこかで、ここを帰るべき場所だと考えていたのかもしれない。ここから逃げる理由もなく、そのまま、両手をポケットの中に入れて、無言のまま、ダールグリュン邸の前へと到着する。もうすでに暗くなっている、寝ているだろうなぁ、なんてことを思いながら呼び出し鈴を押そうとしたところで、門が開き、中に入ることが出来るようになっていた。

 

 ゆっくりと歩いて前庭を抜け、まっすぐ正面扉を抜け、邸内に入る。広く、そして最低限の照明以外は消してある玄関ホールの中央には窓の外から入り込む月光によって照らされる一つの姿が見えた。おそらくは今までずっと、起きて待っていてくれた人物だ。寝る準備を進めていたのは白いワンピース型の寝間着姿を見ればよく分かる。

 

「お、雷帝ちゃん」

 

「偶には真面目にヴィクトーリア、とでも呼んでくれませんか。別にそう呼ばれるのが嫌というわけじゃありませんが」

 

 玄関ホールを進んで、この邸内にある自分の部屋へと向かおうとすると、その進路を邪魔するようにヴィクトーリアが立ちはだかった。その右手は拳に握られており、それを作ったところで動きを止めていた。言わんとしていることと、そしてやろうとしている事は良く理解できる。おそらくはなのはに事情を話されたのだ、現状、一番親しい人間だから。だから道を閉ざしたヴィクトーリアの姿を前に、腕を組み、

 

 ノーガードで立った。

 

「言葉は―――」

 

「ふんっ」

 

 喋り終える前に入ったリバーブローに酸素を無理やり叩き出される。それに何とか真顔で、腹筋を固めながら耐えようとするが、なんだかんだで魔力を使って強化されていたらしく、予想以上にダメージが内臓に響く。

 

「たんま……」

 

「どうぞどうぞ」

 

 タイムを貰ったのでしゃがみながら腹を押さえ、殴られた箇所を軽くさすりながら呼吸を繰り返し、何とか痛みを体の外へと追い出そうとする。数秒間、そうやってうずくまったところで何とか痛みの波が抜けたのを感じ取り、良し、と小さく言葉を吐きながら立ち上がる。

 

「ふぅ、良し……良し! 立ち直った! 立ち直ったぞ俺! 割と鋭かった!」

 

「えぇ、まぁ、一応次元世界の十代女子としては最高クラスの実力を持っているって把握していますからね、私」

 

 そういって軽く此方へと笑みを向けてから、真面目な表情をヴィクトーリアが浮かべる。

 

「―――少し、私の部屋でお話しませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 ヴィクトーリアの部屋はこの屋敷の一人娘の部屋らしく、かなりの広さを持っており、天蓋付きのベッドなんかが置いてあり、いかにもお嬢様風の部屋になっている。実際、ダールグリュン家はかなり良い所の血筋であり、ベルカとしては珍しい現存している、生きている貴族の血族なのだから。だから実際にはお嬢様風ではなく、ヴィクトーリアは貴族のお嬢様なのだ。それも雷帝に連なる由緒正しきものの。とはいえ、ダールグリュンの家は武門の家であり、武人の血を引いている。ヴィクトーリアの部屋はその気質を継いでか、無駄な装飾品が少ない。

 

 クローゼットを開ければ女の子らしい服装がそれなりに入っているが、無駄な装飾品の類はこの部屋には置いていない。化粧品の類も最低限で、部屋に飾ってあるもので目を引くのは大きなベルカ赤熊の人形だろう。昔、誕生日に自分とジークリンデが二人でプレゼントしたものであり、今もヴィクトーリアのベッドの上で抱き枕として利用されているのか、所々抱きしめられ、そして修繕されている所が見える。

 

 そんなヴィクトーリアの部屋、ベッドの端に、二人で並んで座っていた。自分が男で、ヴィクトーリアは女だ。そんなことからあんまり彼女の部屋に入ったり、中を見たりすることはない―――だからこうやって彼女の部屋に入るのは本当に久しぶりだった。普段であればここで茶々の一つでも入れるところなのだろうが、生憎と気分的にも、そして状況的にもそういう事は出来なかった。だからヴィクトーリアに案内されるようにベッドの端に座り、何かを喋るわけでもなく、無言で時間を過ごしていた。

 

「……」

 

「……」

 

 特にそれが心地悪いとは感じない。ヴィクトーリアとの付き合いは長い。放浪に出る前には基本的にここを拠点に―――ここに一緒に住んでいた様なものだ。ヴィクトーリアは幼馴染で、第二の家族とも言える存在だった。それに思春期の少年少女が送るような甘酸っぱい青春とは遠く離れた精神をしている自分達にとって、特に緊張するような事実はなかった。だからどうしようか、そう考えてから、口を開こうとして、

 

 ―――止めた。

 

 ごめん、すまない、悪かった。()()()()()と断言できる。なぜなら自分はごめんとも、済まないとも欠片も思っていないからだ。形だけの謝罪に意味はない。反省していないのに謝罪することはできないな、と思った。だからなんて言葉を放とうか少しだけ悩んで、やっぱり男からリードするのが世の中だよな、と妙な結論を生み出し、

 

 真夜中、サングラスを装着したまま、このまま夜の闇に溶けることが出来たら楽だなぁ、と思いながら口を開く。

 

「その……なんだ、心配させたな」

 

「心配させた? それは心配しますよ。襲撃したと思ったら挑発したとか何とかで入院したとか全部事後報告だった上にどこにいるか何をしているかどういう状態なのか一切連絡もなしですし。もしかして、ヨシュアは私の事を便利な女とでも勘違いしていませんか? 貴方の妹(ジーク)は一切心配する事もなく”現代の雑魚で殺せる奴がいるなら見てみたい”とかへらへら笑っていましたけど」

 

「ふっふっふ、さすがは愚妹だな―――あだっ」

 

「こら、茶化さないでください」

 

 右隣に並んで座るヴィクトーリアが横に置かれた手を軽く抓っていた。反射的に手を引き戻そうとすると、それをヴィクトーリアが両手で包む込むように掴んでいた。それを持ち上げ、胸元で抱きしめるように持って行く。

 

「―――この数年間、物凄く心配しました」

 

「おう」

 

「だから帰ってきて入院したと聞いたときは物凄く心配しました。いろいろと言いたい事はありましたけど、それでも無事な姿を見れたので、それで良いと思いました。とりあえずは無事な姿を見れただけでも、それだけでも良かった―――そう思ったのに、しばらくしたら何やら暴れたり、怪我をしたり、また入院したり、そして今度は何か犯罪を握り潰されたとか。私の気持ち、解りますか? 別に行動を束縛するつもりも、あれだこれだ、と口出しをするつもりはないんです。そういう重い女にはなりたくないんです」

 

「……おう」

 

 だけど、とヴィクトーリアが目を閉じ、胸元で手を抱きしめながら言う。

 

「―――凄く、心配したんですよ?」

 

 そう言った。

 

 そしてそれだけで十分だった。ヴィクトーリアが胸に抱く手から熱が伝わってくる。そのほかにもどくんどくん、と少しだけ、緊張するように早く脈打っている心臓の鼓動が、それが伝わってくる。それだけだけれどウソはついてないし、本気だった。そう、本気の言葉だった。だからこれ以上なく、自分には効いた。溜息を吐いて、そのまま後ろへと、ヴィクトーリアのベッドへと背中を預けるように倒れこむ。ヴィクトーリアに抱えられていた手がするすると抜けて、そして横に落ちた。

 

「俺さ」

 

「はい」

 

「……心配させた?」

 

「心配しない幼馴染がいたら相当な畜生でしょうねー少なくとも私は貴方がどれだけ強くても、無傷な姿を見せてくれない限りはずっと心配しますよ?」

 

「そうか、心配させちゃったかぁ……」

 

 軽く、顔を覗き込んでくるように身を乗り出してくるヴィクトーリアの姿を見て、色気を感じる前に申し訳なさを感じた。今までは欲望のまま、心の赴くまま―――そして一族の目的を果たすためにずっと動いてきた。だから自分を縛るもの(一族の使命)から解放されて、ようやく自由だ、好き勝手出来る。心行くまで潰れよう。そう思っていた。だけどそんなことはなかった。

 

 人生はもっと複雑で面倒で、過去からは逃げられず、自分でやったことの責任は取らなきゃいけないのだ。そして、その上で、改めて思う―――縁からは逃げられない、という事だ。完全に自業自得としか言いようがない。非常に残念な事実だが、ヨシュア・エレミアは戦いとは別のところで、この少女に対して、ヴィクートリア・ダールグリュンに対して勝てる気がしなかった。心配している、そう言われて、

 

 ()()()()()のだ―――今までの様にふるまうことも命を投げ捨てて殺し合えそうにもなかった。

 

 覗き込むように顔を、上半身を此方へと向けてくるヴィクトーリアの無防備さを見て、これ、実は誘ってるのではないかなぁ、なんて事を一瞬だけ考え、真剣に此方を気遣っている彼女に対して失礼だよな、と考え、息を吐きながらゆっくりと、そして静かに目を閉じる。もう、どうもで良いという気持ちはなかった。戦いたい(息をしたい)という気持ちには変わりはない。だけど、目の前の彼女の表情を崩すようなことはできないな、という考えが確実に自分に刻まれていた。

 

 こんな、数分程度の会話なのに。

 

 それがどうにも、数百年を超える一族の歴史よりも大事に思えた。

 

「なぁ、ヴィクトーリア」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「実は聖王のクローンに格闘技教えてくれないか、って頼まれてるんだ。ちなみにさ、ずっと昔の話だけどエレミアは聖王に義手を与えて、そして格闘技を教えたんだ。それが結果でゆりかごなんてものを()()()()()が動かしたんだけど―――」

 

「―――でもそれはそれ、これはこれ、ですよね? 所詮は三百年前の出来事。今は戦争はありません。ゆりかごももうありません。そして貴方が亡霊を気にする必要もない―――そうですよね、ヨシュア?」

 

 当たり前のように笑顔と共にヴィクトーリアがそう言い切った。それは迷いのない、そして信頼のある言葉だった。ヴィクトーリアは心の底から疑う事無くそういっていたのだ。

 

 そうだよな、それが当たり前なんだよな―――だけど知っていて言い切るのだから、やはりヴィクトーリアは自分が思っているよりも、ずっと凄かった。やっぱり勝てない。良い女だ、それも凄く。そして、自分の様なろくでなしには非常にもったいないような、そんな女だ。小さく笑い声をこぼしながら目を開ければ、笑みを浮かべるヴィクトーリアの姿があった。窓から差し込む月明かりを受けて輝く金髪と合わせ、普段は見れない彼女の姿を見れた気がして、

 

 少しだけ―――なんだか恥ずかしかった。

 

 だから誤魔化すように一気に上半身を持ち上げ、ずれていたサングラスの位置を調整し、そして一気にベッドから起き上がり、背筋を伸ばし、体を伸ばす。

 

「ヴィクトーリア、サンキューな」

 

「いいんですよ、貴方が迷惑をかけるのはいつもの事ですから。もう慣れましたよ。ただ私、心配性みたいですから、あんまり無視しちゃだめですよ?」

 

「あいよ―――お休み、ヴィクター」

 

「えぇ、お休みなさい、ヨシュア。そしてお帰りなさい」

 

 振り返ることなくヴィクトーリアの部屋から出て行く。部屋から出た所で軽く頬を掻き、そして息を吐きながら自分の部屋へと向かって歩き進んで行く。今夜のヴィクトーリアはなんというか、いつもよりも非常に色っぽかったのは認めざるを得ない。いつもあんな感じだったらちょっと理性が危なくなるレベルには。とはいえ、今はそんなことよりも、

 

「―――心配させない様に、色々と頑張りますか」

 

 目標を定め、これからどうすべきか、それを決めるために、

 

 ―――まずは下着姿で勝手に兄のベッドで眠っている愚妹を蹴り落としてベッドを取り返して寝る事にした。




 英雄殺害マニュアル(色気的な意味で)。

 ヴィクターは前々から可愛いからヒロイン的な活躍をさせたかったキャラなんだけど、今作は踏み切ってメインヒロイン級の活躍を、ということで。幼馴染、金髪巨乳……これはポインと高いですよ!! 誘惑ってこうやるんだよ!! 断じて捕まえて逆レするんじゃないからな!!


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英雄完全殺害マニュアル-3

 袖のない黒いインナースーツを上に着る。下は動きやすさと機能性を重視して黒のカーゴパンツを、そしてインナースーツの上からハーフスリーブの黒に紫のラインの入ったミリタリージャケットを着て、両手に手を保護する事を考えてのオープンフィンガーグローブを装着する。焦げ茶色のコンバットブーツに足を通し、しっかりと紐を結ぶ。最後に小さく、丸い黒レンズのレトロサングラスを取り、それを装着する。鏡の前に立って軽く自分の姿を確認し、頭の後ろで長く伸びている尻尾の様な髪を一回解いてから今度は軽く、編む様に整える。普段は服の下に入れて隠している為、ほぼ目立たず、気付きすらされないものだが―――。

 

「ま、こんなもんだろ」

 

 ジーンズとパーカー姿と比べればかなり変わっただろう。あの恰好は町中、誰にでもまぎれることが出来るような恰好だった。パーカーもすぐに顔を隠せられる為であり、サングラスも顔の形を見られない為だ―――だからそれを取っ払った結果、大分すっきりしたようなイメージがある。少なくとも別人のような恰好になった。鏡を見て、緩く編まれた髪が首の後ろで揺れるのを見て、悪くないと思い、

 

 自分の部屋から出る。新しい靴を足に馴染ませる様にしっかりと踏みながら前へと進もうとすると、後ろで扉の開く気配がする。振り返り、気配の方へと視線を向ければ、予想通り下着姿のジークリンデが目を擦りながら昨夜放り込んでおいた彼女の部屋から出てきていた。兄としてはいろいろと複雑な気持ちになるその恰好を見て溜息を吐くが、愚妹の方は一切気にする様子はなく、

 

「にーちゃん、まだ朝早いんけどなにしてるん……? かっこ、気合い入れてるぅし」

 

 眠そうにそう投げかけてきていた。左手の腕時計を確認すれば、現在の時刻はまだ朝の五時―――朝日が見え始めた頃になったばかりだ。定職も、教育の義務も存在しない自分達エレミアの兄妹に朝早く起きて鍛錬を始める必要なんてない―――一日、自由に暮らし、自由に鍛えればいいのだから。ただ、これからは義務と使命がなくなったからどう活動するかは考え直さなくてはならないが、それにしたってこんな時間に起きる意味はない。それを解っているからジークリンデが確かめに来たのだろう。

 

「兄ちゃん、ちぃとバイト始めたかんな」

 

「え、今度は誰を消すの?」

 

「お前、ナチュラルに人を暗殺者扱いするの止めない???」

 

「にーちゃん人を消すこと以外になんか特技あるん???」

 

「こんな愚妹(いもうと)、粛清してやる!!」

 

「きゃー!」

 

 襲い掛かるようにわしゃわしゃとジークリンデの髪をかきまぜ、そのまま流れるように部屋へと蹴り戻す。楽しそうな悲鳴を漏らしながらスキップするようにベッドへと飛び込んだジークリンデは少しだけ転がってから、視線を入り口にいる此方へと向けてきた。

 

「なんかにーちゃんいい顔しとる」

 

「そっか」

 

「あとヴィクターはメスの気配を漂わせてる」

 

「言葉には気を付けろよ居候」

 

 行ってらっしゃい、と言って再び毛布の中に突撃するジークリンデの姿を背に、そのままダールグリュン邸の一階へと降りれば、包みを片手に立つヴィクトーリアの姿が昨夜、帰ってくるのを迎えてくれた玄関ホールと同じ場所にいた。近づいて朝の挨拶を行うと、そのまま包みを此方へと渡してくる。

 

「それではこれ、朝ご飯ですから、どこに行くかは解りませんけど、不健康な事はしてはダメですよ? と、エドガー―――」

 

「―――はい、此方に」

 

 音も気配もなく出現したエドガーがいつの間にか自分の部屋からショルダーバッグを持ってきており、それを此方へと渡してくる。それを受け取った瞬間、再び音もなくエドガーの姿が消える。本当に従者の鏡だよな、と思いつつヴィクトーリアから弁当を受け取り、それをバッグの中に入れて背負う。そのまま背を向けて出ていこうとしたところで一回足を止め、そして首だけを動かし、片目でヴィクトーリアへと視線を向けておく。

 

「……夕飯までにゃあ帰ってくる様に頑張るわ」

 

「えぇ、久しぶりにいっしょに夕飯を食べるの、楽しみにしてますね」

 

 首の後ろを軽く掻きながら、ダールグリュン邸を出る。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――高町なのはの連絡先は持っている。だから引き受けると返答すれば、すぐに会う場所をなのはが指定してきた。場所はミッドチルダ北部―――聖王教会ミッドチルダ本部、そこだった。ヴィヴィオの立場、そしてなのはが聖王教会と持つ繋がりを考えれば簡単に場所を借りることが出来るのは解っていた。が、こうやって露骨に嫌がらせを入れてくるあたり実にいい根性をしていると思う―――知らないで借りたとも考えられるが。

 

 ともあれ、場所はダールグリュン邸からそう遠くはない、そもそもからしてダールグリュン邸もベルカ自治区、つまりはミッドチルダ北部に存在するのだから。直通のモノレールに乗って一時間と少し、それで聖王教会ミッドチルダ本部に到着することが出来る。場所に関しては非常に憂鬱だが、帰りは一時間と少しで戻れる事を考えれば、そう悪くはないと、自分を慰める。

 

 そんなモノレールの中で、ヴィクトーリアが作ってくれたらしい弁当を朝ご飯代わりに胃の中に流し込み、時間をかけずに聖王教会の巨大な入り口の前に到着する。駅まで歩いた時間や、駅からここまで歩く時間を入れるともう十分に朝と呼べる時間になっている。そして、予想したように門前には二つの姿があった。

 

「あ……おはよう、ヨシュア。姿が全然違うから一瞬誰かと思ったよ」

 

「あ、おはようございます。今日も宜しくお願いします」

 

 なのはとヴィヴィオの姿だった。なのはは肩出しのカットソーシャツ等のカジュアルな格好、ヴィヴィオはすでに運動する気満々なのか、スポーツウェア姿になっていた。とりあえず片手を上げて挨拶をしながら近づき、聖王教会の姿を見て少しだけ嫌な顔を浮かべ、それをすぐさま消す。

 

「つーわけで、教える事になったヨシュアなんだが……本当にいいんだな?」

 

「私は問題ないよ。もう一度言うけど、私の知り合いの中ではおそらく一番強いインファイターだしね。否定する要素はないよ。正直人格に関しては欠陥しか見えないけど」

 

「お前の脳味噌も一回洗った方がいいと思えるぐらいにはクソだけどな……えーと、で、ヴィヴィさ―――はっくしゅん! ヴィヴィオちゃんも本当にいいんだな?」

 

 なのはと繰り広げる言葉のジャブに軽い困惑を見せつつも、ヴィヴィオは頷く。

 

「あ、はい。ヨシュアさんの実力は感じ取ったばかりですし、こう―――どうあがいても絶対に勝てない、という感じがひしひしと伝わってきました。多分魔法を使って全力で打ち込んでも、あっさりと利用されて負けます、私」

 

「その直感、大事にせなあかんよ。割と生死を分けるから」

 

「否定しないんですね……」

 

 ほかの人間には悪いが、自分の様に屍の山の上に生み出された怪物がこの次元世界にほかに存在するとは到底思いたくない。存在するとして、ハイディが最後であって欲しいと思っている。ついでにこの特性が自分に子供が出来るとして、遺伝しないことを祈っている―――ともあれ、合流したので、そのまま聖王教会の中へと進んで行く。とはいえ、進むのは聖堂とかの方ではなく、騎士の訓練用に存在する訓練場の方である。今日に限ってはなのはの伝手があるらしく、それを完全に貸切にしているらしい。

 

 さすがミッドチルダを救った英雄は違う、今度殺そうと思い、少しだけ不機嫌になりながら、訓練場へと向かう。それを横に眺めていたヴィヴィオが口を挟んでくる。

 

「ヨシュアさん……もしかして無理やりなのはママが頼んじゃったとか……?」

 

「ん? あぁ、いや、聖王教会って組織がクソと同じレベルで嫌いってだけだから気にする必要はねぇよ。まぁ、信じている人間に害悪はねぇけど組織はクソだな、組織は。うん、組織はクソ」

 

「え、えぇ……」

 

「歴史家の連中は無駄に聖王家の活躍を美化しすぎなんだよ。ただそれだけの話だ。お前に関しては特に思うことはないから安心しろ。おう、そっちのお前は覚悟してろよ、また近い内に撃墜記録伸ばしてやるから」

 

「大丈夫、超高高度から引き撃ちでリンチするから」

 

 この女絶対殺す、と心の底で新たな誓いを追加しつつ、訓練場へと到着する。内観は先日のスポーツコートとそう変わりはない。必要なのは広さ、そして頑丈さなのだから、当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが。

 

 訓練場はなのはが言った通り完全に貸切状態で、人影どころか気配すらなかった。良い場所だと思う。最終的には経験を積む為に多くの見知らぬ者といろんな手合わせをする必要がある、それが目的で自分は武者修行をしてきた。だがヴィヴィオは現在、その前の段階だ。まず最初に、教える前にいろいろと把握しなくてはならないことがある。

 

「とりあえずウォーミングアップを兼ねて柔軟を始めてくれ。誰から教わったとか、何ができるとか、拘りとかポリシーがあるなら教えてくれ」

 

「はーい!」

 

 そういいながらヴィヴィオがさっそくウォーミングアップを柔軟体操を始める。日常的にこなしているのか、その動きには淀みがなく、慣れた様子で体を解す。それを確認しながら自分もこっそりと手の開け閉めを行い、手足の調子を軽く動かすように確かめる。少なくとも今日の調子は悪くなく、筋を痛めるようなことはないだろう。

 

「んーと、格闘技はスバルさんやギンガさんに教わりました! 基本的にあちらの専門がシューティングアーツで、ストライクアーツではないので本格的な部分は無理ですけど……その代わり基本的な動きだったらずっと打ち込んできました」

 

「ちなみに体作りと魔法に関しては私が担当したよ。基礎体力をつける為に日常的にランニングさせて、理想的な体型を維持してるよ。おかげでちょっとというか年の割にかなりうらやましい形になってるよね……」

 

「な、なのはママ? ちょっと目が怖いんだけど……」

 

 ゆっくりと柔軟体操を続けるヴィヴィオの姿を見る。ウェスト、ヒップ、バスト、そして身長ともに、女性として非常に魅力的で理想的だといってもよい領域にヴィヴィオの姿はある。これでまだ十六歳だというのだから、末恐ろしい。女の体はそれなりに見ているし、知っている、そんな身からしても非常に魅力的な体をしている―――しかし体を伸ばすたびに主張してくる胸のものは非常に青少年の目には凶器として映るな、と思う。

 

「まぁ、変にクセとかがない方が教えやすいからいいんだけどさー本当にいいのか? 聖王教会にはちゃんと格闘技教えられる奴いるだろ?」

 

「でも君の方が強い―――そしてヴィヴィオに合う一番の格闘技を教えられるのは君だけだよ」

 

 なのはの言葉は正しい。聖王家の人間は一種の才能の化け物だ。それこそ一度見たことのある動きや魔法はコピーして使用できる、なんてことができるぐらいには。まさしく天才の領域に立つ存在だ。だから、そんな聖王の血筋と一番相性が良いのがエレミアン・クラッツだと思っている。特定の型が存在せず、手段、道具を選ばずに戦う技術なのだ。なんでも覚えられる聖王の血筋と、何でもやるエレミアン・クラッツ―――相性が良いのは明白だ。

 

 

 しかし、その情報をいったいどこから仕入れてきたのかが非常に気になる。割と未公開の情報は多いのだが―――気にするだけ無駄だろう。

 

 と、考え事をしている内にヴィヴィオの柔軟体操が終わり、ウォーミングアップも完了する。普通は体力作りのためにランニングでも入れるのだろうが、それは激しい運動の類を入れない場合の話だ。組手や長時間の型稽古を入れる場合、体力の消耗が激しいので、あらかじめランニングをさせると途中でバテかねない。なので、

 

 あらかじめ仕込んでおいた掌に収まるサイズの黒い長方形―――待機状態のデバイスをカーゴパンツとジャケットのポケットから抜き、それを訓練場にばら撒く様に投げる。

 

 投げられるのと同時に待機状態が解除されたデバイスたちはそれぞれの姿に戻り、床に突き刺さったり、転がったりする。そうやって剣、銃、メイス、槍等の様々なストレージデバイスが転がる戦場が出来上がる。

 

 とりあえず一番近くに刺さった剣のところへと向かい、その柄を片足で踏み、柔軟を終えてやる気満々のヴィヴィオへと視線を向ける。

 

「よし、ヴィヴィオちゃん」

 

「はい、ヨシュアさん」

 

「―――今からいろいろと調べるから、全力で生き延びて」

 

 ヴィヴィオがえっ、という言葉を放った瞬間、

 

 足を滑らせて剣の切っ先を床から引きはがし、回転させるように刃をヴィヴィオの方へと向けた。そのまま低い位置にある剣、その柄を蹴り飛ばし、弾丸のごとく射出する。体全体を支える役割を保有する足はその性質、構造上腕よりも肉が付きやすく、縮地等の移動術を多用する都合上、かなり鍛えられている。そのため、弾丸を銃から放つのと遜色のない破壊力を持った剣は一直線に駆け抜けてゆき、ヴィヴィオの右頬を裂いて後ろの壁に刀身の半ばまで突き刺さった。

 

 余談だが、非殺傷設定とは()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。物理攻撃にそんな便利なものはない。ベルカの騎士も、ベルカの戦士も、訓練で骨を折ったり、傷を作ったりする事は別に珍しくないのは魔法を使わない近接戦闘訓練が普通の魔導士の数倍用意されているからだ。

 

「じゃあ、頑張ってね。一切躊躇とか手加減しないけど。あ、倒れたら無理やりでも立ち上がらせるから」

 

「あっ、あっ、あっ―――」

 

 引き攣った様な笑みを浮かべるヴィヴィオに対して、遠慮なく修行(拷問)を開始した。

 

 やるなら徹底的にだ―――中途半端はない。




 絶望の表情を浮かべてるヴィヴィ様(AA略

 そして実はここまで主人公の容姿に関する描写はなかった事実。

 というわけで全自動英雄殺害マシーンの育成ゲー始まるよー。ちなみに気になっているヒロインに関してですが、vivid娘共(ベルカ三人娘+雷帝)以外は特に考えてないです。最後は一人に絞るだろうけども。ツイッターでアンケ取るのも悪くなさそうかなぁ、と(事前調査で圧勝のハイディちゃん)。

 でも最終的に金髪巨乳の子勝ちそう(どれとは言わない


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英雄完全殺害マニュアル-4

 一メートルほどの柄の先端に金属の塊がついている鈍器―――メイスを軽めに握りながら、右足から踏み込み、下から振り上げるようにしつつ、握る手に力を込める。反応するようにヴィヴィオは回避ではなく、片足と両腕を交差させる事によって防御を固める。だがそれで威力が殺せるわけもなく、メイスにはじかれた衝撃によってヴィヴィオのからだが後ろへと押し込まれてゆく―――()()()()()()()()()()()()だ。魔法で身体を強化していなければとっくに骨は折れている。魔法で強化して折れないレベルで徹しを調整している。だから精々骨に衝撃が伝わる程度にしかダメージは通っていない。くらい続ければそれで一時的に神経が衝撃から麻痺するものだが―――今は関係ない。

 

 ヴィヴィオを三メートルほど後方へと押し込み、その姿勢が安定する前にメイスを前方へと投げ、ヴィヴィオがそれを腕ではじく間に近くに落ちていた槍を蹴り上げる。それをつかみ、左半身を前に見せるように構え終わった瞬間、ヴィヴィオの姿勢が安定し、一気に踏み込んでくる。が、それを牽制するように縦に斬る。ヴィヴィオはそれを後ろへと軽くスウェーしながら回避し、その反動で体を加速させ、前に出る。

 

 その瞬間に合わせるように斬りつつ小さく円を描いた矛先を薙ぐ。それをヴィヴィオは敏感に反応し、片手でガードするように防ぐ―――瞬間、突き出された槍が一瞬でヴィヴィオの喉に到達し、動きを止める。

 

「ハイ、ストップ、っと。ここまで。一旦休憩いれっぞ」

 

「はぁーい! ……ふぅ、一発も入らない……」

 

 黄昏るような表情を浮かべてヴィヴィオが溜息を吐くと、休憩を入れる為に持ち込んだスポーツドリンクの補給へと向かう。その恰好はインナースーツに白いジャケットのバリアジャケット姿だ。途中から無強化、魔法なしの状態だと話にならないのが発覚したのだ、魔法込みで反撃の許可をヴィヴィオに出した。だがこれがその結果だった。

 

 今のところ、ヴィヴィオは格闘のみで反撃しているが、一撃さえ体に掠らせる事が出来なかった。此方がヴィヴィオの様な超人を殺すことに慣れているのも事実の一つだが、それ以上にヴィヴィオの動きに関しては問題があった。だから槍のストレージデバイスを軽く回転させ、片手で振り回してから床に突き刺し、それに寄り添うようにヴィヴィオへと視線を向け、口を開く。

 

「―――ひっでぇ悪癖があるな」

 

 ヴィヴィオが驚いたような表情を浮かべるが、ヴィヴィオ以上になのはがそれに食いついた。

 

「本当に?」

 

「インファイターやるなら致命的なんじゃねぇかな」

 

 いいか、と少しだけ勿体ぶる様に言葉を置く。少しだけ間を開けて、ヴィヴィオとなのはが此方へと集中する時間を作り、それからゆっくりと言葉を放つ。

 

「―――ガードのし過ぎだ」

 

 ヴィヴィオはその言葉に首を傾げるが、なのはは理解したようにあぁ、と小さく声を発し、そして認めた。

 

「たぶん私が原因かなぁ……フェイトちゃんだと参考にならないし」

 

 苦笑する様ななのはの声にヴィヴィオがやはり首を傾げる。ヴィヴィオにはいったいどういう事なのか、話が通じていないらしい。だから再びいいか、と言葉を置く。馬鹿にするみたいだが、教えるなら徹底的に―――基本的な要素から話した方がいいだろう。なのはの方に視線を向けると、此方の意図を理解してか、首から下げているペンダント型で待機しているデバイス、レイジングハートに一言、言葉を送ると此方の正面にホロウィンドウが出現する。それを引っ張って大きくさせると、ホワイトボード代わりになる。

 

「いいかヴィヴィオちゃん? 戦闘で取れる三つの動きはなんだ」

 

「えーと、回避と攻撃と防御ですよね」

 

 正解だと答える。これが戦闘における三大要素だ。攻撃、回避、防御。すべての行動は大体この三つで分類する事が出来る。出来るのだが、素質や保有技能、スタイル等によってこの比率は大きく変動する。まぁ、ここには問題はないのだが、問題なのはヴィヴィオが意識的にガードしすぎる、という事なのだ。

 

「大事に育てられているのはわかるが、防御のし過ぎだ。たぶんなのは辺りを参考にしているか、或いは他に体が丈夫な奴を参考にしているんだろうけど、回避に対して純粋な防御の回数が多すぎるんだよ」

 

「……何か問題なんですか?」

 

 そうだね、となのはが言葉を浮かべる。

 

()()()()問題はないだろうね。まぁ、元々教えているのが私やスバルだからね。自然と戦い方が耐えて殴る、という方向性に流れちゃったんだろうね。実際私は強固なシールドを張れるからいいし、スバルは肉体的には天性のものがあるから殺す気で攻撃を加えてもケロリと耐えちゃうときがあるからね。まぁ、そこらへんしょうがないけど―――正直、ヴィヴィオは参考にしちゃダメかな」

 

「え、なんで?」

 

「即死出来るからだよ」

 

 そうだな、言葉を吐きながらなのはにシールドを張る様に頼む。それを了承したなのはがシールドを生み出し、そのシールドから数歩後ろへと下がる。それを見届けてから軽いステップでシールドへと向かって踏み込み、右手を軽くひねりながら貫手の形で脱力させ、肩、肘、手首、と動きを連動するように動かして行き、一気にそれを前へと向かって放つ。

 

 ―――結果、ノータイムで放たれた貫手がシールドの一点を貫通して穴を穿つ。

 

「はい、ヴィヴィオ生徒。ガードしようとしてシールドを張った場合の君の末路を口にしてください」

 

「ヨシュア先生、私これ超即死してます」

 

 振り返りながらついでに裏拳でシールドを完全粉砕しながらヴィヴィオへと視線を向け直す。視線の先でヴィヴィオは軽く震えていたが、それを無視して話を続ける。

 

「基本的にな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ。特にグラップラーの類は攻撃を受けない事が最も好ましい。そして攻撃をどうしても避けられない時は確実に受け流しておきたい―――何故か解るか?」

 

「……ダメージが発生するから?」

 

 それは合っている。素手で戦っている以上、防御を選択した場合には自然と体にダメージが発生する。これは全体的な勝機を奪う行動であるが、それよりも致命的な問題が防御という選択肢には存在する。それが、

 

()()()()()()()んだよ」

 

「回転率、ですか」

 

 おう、と頷いて答えながらホロウィンドウに情報を入力、表示してゆく。

 

「とりあえず理想的な戦闘ってのは最初の一撃で敵を倒す、或いは殺すことだ。だけどそんな風に勝負を決められる事は多くないってのが現実だ。そうなってくると戦闘のサイクルが生まれてくる。つまりは攻防のサイクルだ。お前が攻撃し、相手がそれを防ぎ、相手が攻撃し、此方がそれを防ぐってサイクルだな。格闘に限った話だとこのサイクルの回転率は凄まじく早い。そしてそのスピードを維持し、戦うってのが理想だ」

 

 解るだろ、と言う。

 

「防御って行動は動きを止める必要性が出てくるんだ―――まぁ、少なくとも攻撃はできないわなぁ! それにダメージが発生セイセイセーイ! ごめん、ちょっと飽きたからラップ調にしてみたけどクソ微妙だったわ。まぁ話が逸れたから戻すな。つまり俺が言いたいのは回転率の低下が勝率の低下にイコールするって話だ。特に徒手格闘の場合―――」

 

 軽く拳を振るう。

 

「―――リーチが短い。威力が低い。壊されると詰む。一回防御に回ると一気に削られる要素が増える。特に俺やハイディみたいな超達人級とも呼べる連中になってくるとまず狙うのは必殺だ。初手で殺す。次に初手で殺せないなら手足を破壊する。確実に殺すための手段を取る。んで防御なんてしようものなら徹しでガードに使ったものごと心臓ぶち抜いてジ・エンド、って訳だ。まぁ、あのお友達たちと戦う分には特に問題ないんじゃねぇかなぁ。俺とかのレベルを相手にするなら自殺志願者にしか見えないけど」

 

「先生」

 

「何かな生徒」

 

「辛辣すぎて涙が出そうです」

 

「泣け。泣いたら全裸になって周りで踊るから」

 

「というか今さっき聞き捨てならない名前が出た気がするんですけど」

 

「こまけぇ事はいいんだよ、良い全自動型英雄殺戮マシーンになれないぞ」

 

「なりたいとは欠片も思ってないんです!」

 

 笑って無理やりヴィヴィオの指摘や抗議の声を受け流し、とりあえず必要な情報をホロウィンドウに追加して行く。真面目な話をすると格闘家、或いはグラップラーとも言える存在に必要なのは高い攻撃の回転率を維持する事だ。だから必要なものは簡単にまとめると、

 

 初撃で殺せる技術、

 

 相手へと素早く接近する方法、

 

 確実に攻撃を流す技術、

 

 的確に攻撃を先読みして回避する知識。

 

「……ま、ざっと纏めるとこんな感じだ。拳で戦う以上は絶対に遵守しなきゃいけないのは最悪の状況ではない限りガードしない事、魔法に対して過剰に信頼を置かない事、そして常に一撃で仕留める気で攻撃を繰り出す事になる。まぁ、今はこれ以上詰め込んでも頭に入らないだろ。雑学とか基本的に俺もめんどくせー、って感じだからな」

 

 ヴィヴィオへと視線を向けるといえいえ、と首を横に振る。

 

「なんかちょっと途中でふざけが入っているせいか聞いていて飽きないです」

 

「そうか? そりゃあ良かった、ふざけがいがあるってもんだ。ま、今語ったのはとりあえずとしての知識だ。一度に全部改善するってのはどうあがいても不可能な事なんだ、焦る理由がなけりゃあ苦しむ必要も一切ねぇ、一つ一つ座学交えて覚えていきゃあ良い。千里の道も一歩からな、な?」

 

「はい!」

 

 良い返事だった。そしていい感じに体から疲労が―――何よりも緊張が抜けているのが解る。先ほど色んな武器で殴り掛かったときはまだ此方の事をよく理解していないからか、ヴィヴィオのからだが強張っているのが解った。だがこうやって付き合いやすい人間だと話をすれば、心を開いてくれればもっとやりやすくなる。親しみやすい様にしただけの苦労はあった―――少々だましているようで心が痛むのはこの際、見逃しておこう。

 

 何より、誰かに教えるということに対して楽しみを感じている自分がいた。

 

 はたして、ヴィルフリッドも同じような思いだったのだろうか―――もう、彼女に聞く事はできない。

 

 だから俺は俺の道を進む。

 

「んじゃそろそろ再開しよっか。つっても今日は色々と調べたい事が多いし、射撃魔法解禁で俺とちょっと模擬戦流してみっか。ふぇー、意外と人に教えるのって大変だな。お前、良くこんなめんどくせぇ事やってられるな」

 

 その言葉をなのはへと放つと、放つは軽く笑いながら答える。

 

「でも楽しいでしょ?」

 

 否定はしない―――いや、出来なかった。実際誰かを育てる、というのは自分を鍛えるのとは違う楽しみがあった。今、まだそれを始めたばかりだが、そのプロセスを楽しんでいる自分がいるのは事実だった。自分を鍛えるのだったら出来る事を把握し、そして必要なことを行う。それだけでいいし、どんな無理だって出来る。だが誰かに教えるということは理解できるように情報を与え、メリットを伝え、そして出来る事をさせないといけない―――自分を鍛えるのとは全く違う事を要求してくるのだ。

 

 しかし、まずは、

 

「肉質、クセ、呼吸、とっさの判断の仕方とか調べさせてもらうぞ」

 

「はい!」

 

「―――そして理不尽に蹂躙される側の気持ちを徹底して教えてやる。お前がこれから経験するのはお前が多くの人間に与えた絶望で、そしてこれから多くの人間に与える絶望だ。汝、己を知るべし。故にまずは徹底して無力さを覚えろ、体で」

 

「あ、この人の目軽くイってる」

 

 そんな風に―――新たな鍛錬の日々が始まった。




 なのはが面倒見てたから基礎能力があって、スバルが見てたから基本動作が出来ているイメージ。ただし要塞型のなのはや、殴り合いが基本のスバルを見てきたからその悪癖がある感じな。

 ヴィヴィ王は何故か可愛いのに昔からヒロインに上がってこれない不遇な子な気がする。ヤンデレに走るとヒロインの座を逃す法則。マッマの正妻力が高すぎるんや……。

 ともあれ、授業&授業。戦うにはやはり座学も必要という感じのアレ。


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英雄完全殺害マニュアル-5

「覚悟はできてないな? そぉい!」

 

 気絶した男の姿を逆さまにひっくり返した状態で、頭からゴミ箱の中へと叩き込んだ。本当ならここで身包みを剥ぐ所なのだが、さすがに人の目があるところでそこまで酷い事をすると、通報される。周りへと視線を向ければすでに通報されそうな気配がある。めんどくささを感じながら溜息を吐き、ゴミ箱へと向かって唾を吐き捨ててからゴミ箱に背を向け―――ベルカ自治区の街並みにまぎれるように歩き始める。気配を殺す事もまぎれる事もしない。それは敗北者の態度だからだ。

 

 勝者は常に王道を歩む。それが義務であり、そして勝利からは逃げられないから。

 

「だけどめんどくさくなってんなぁ」

 

 サングラス越しに風景を眺め、特に目的もなく、歩きながらそんなことを呟く。

 

 ―――当たり前の話だが、現実は理想からほど遠い。

 

 自分らしく生きているつもりでも、周りからすれば邪魔でしょうがない時は何度もある。そしてそれは法律だったり、悪法だったり、様々な要因が絡まって発生する事だ。つまり―――面倒なことは往々にして発生しやすい、という事に通じる。理由は簡単であり、調べなくてもべらべら口にしてくれるため、非常に解りやすい。故に振り返る事もなく、()()()()()()()()()()()。そう、騎士候補。ミッドチルダという世界の、ベルカ自治区という場所を見ればそれだけで数百、或いは数千と存在するベルカの騎士、その候補生。

 

 それが、ゴミ箱にシュートした存在の正体だ。

 

「めんどくせぇな」

 

 呟きながら感じる視線を振り払うように角を曲がれば、此方へと近づいてくる気配を感じる。その気配は此方を探るような気配を向けてきている為、即座に此方を求めているのだと理解する。人前で殴り潰すのもあまり良くないと判断し、今度は何人だろうか、そんなことを考えながら近くの路地裏へと入り込み、迎撃の出来る空間へと、周りの視線が気にならないで済む場所まで歩き進み、そして反転する。

 

 拳を軽く鳴らしながら迫ってくる世界に対して迎撃の用意を始めるが―――視界に映ったのは緑色の髪色だった。その姿を見て、鳴らしていた拳を解く。

 

「―――深く考えもせずに頭を突っ込むからそうなるんですよ」

 

 そう言って目の前に着地したのは私服姿のハイディだった。着地の衝撃に緑髪をふわり、と舞わせながらそれをさっと片手で後ろへと流し、久しぶりにその姿を前に見せた。メールアドレスを交換して、お互いに連絡は取り合っている。だがこうやって直に会うのは本当に久しぶりだった。前会った時と変わらぬ姿を見せて、ハイディは此方へと笑顔を向けた。

 

 

                           ◆

 

 

 ヴィヴィオに戦い方を教え始めて二週間が経過する。

 

 ある意味予想した通りだったが、ヴィヴィオは才能の塊ともいえる存在だった。教えれば教えるほどそれを吸収、学習して強くなってゆく。まさに天賦の才とはこの少女のためにある、と言える領域だった。少なくとも一週間という短い期間だが教えたことをスポンジの如く素早く吸収してゆくヴィヴィオの才能はまさしく破格だと断言できるものが見えた。このまま自分がヴィヴィオを鍛えてゆけば、まず間違いなく普通の同世代の少年少女では相手にすることが出来ない、そういう怪物が生み出される―――そんな確信があった。少なくともそれは直接教えている自分にしか感じ取れないものだった。

 

 そして俺はそれを肯定した。

 

 ()()()()()()()、と。早く()()()()()()、と。

 

 ―――俺を殺せるぐらいに強くなってくれ、と。

 

 だからヴィヴィオに対して行う鍛錬の類は一切遠慮を行っていない。教えているのは戦い方ではなく、エレミアン・クラッツ―――つまりは戦場で効率的に敵を処理する戦闘技術だ。あらゆる武器を使えるのは戦場で相手から得物を奪って闘争を続ける為で、特定の戦闘手段にこだわらないのはどんな相手であろうと等しく殺せるように対策をしておくためだ。なんでも習得できる聖王の血筋との相性は最高だと言っても良い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。オリヴィエほど上手く学習しない。だけど個人的な目的として、その程度で満足されては困る。そしてヴィヴィオ自身、そういうレベルでは到底ハイディを倒せないという事を理解している。だから訓練中は一切の遠慮や手加減というものを抜きで鍛え上げていた。無論、ヴィヴィオはバリアジャケットを装着して訓練を行っている。

 

 だけど、それでもヴィヴィオの姿は何度も吹き飛ぶ。

 

 ある時は壁に叩き付けられて、次の瞬間には扉を貫通するように殴り飛ばされる。また別の時は喉を潰されて少しの間呼吸が出来なくなったり、或いは床に叩き付けられ、そのまま立ち上がるまで何度も叩き潰され続けたとか。ワザと心を折るような過酷な手段を択んでヴィヴィオを追い込みに行っているのはある意味俺が与えられる慈悲だった―――少なくともこれで心が折れれば、所詮それまでの話だった。だがヴィヴィオは本気でハイディの打倒を考えているようで、

 

 正面からこれに耐えていた。

 

 だから、

 

 ―――ヴィヴィオの両腕を折って病院に叩き込んだ。

 

 

                           ◆

 

 

 ハイディと並んで、モノレールから降りながら、何時もハイディと会うの(デート)に使っている公園へと歩いて向かっていた。最近はハイディと顔を合わせる回数が少なくなっていたので、近況報告ついでに勝手ながらデートと思って歩いていた。

 

「まぁ、元々俺の事を気に入らねぇって連中は多かったんだけどな」

 

「そうなんですか?」

 

「まぁな。俺、ダールグリュン家にお世話になってるんだけど、エレミアの名を使うのは嫌だからな、周りからすりゃあホームレス兄妹がいい処のお嬢様に寄生してやがる、って感じになってるんだわ。だから俺か愚妹がソロの時はそこそこ嫌がらせがあるんだぜ? まぁ、なんか最近は愚妹に限ってはDSAAで名が売れたからか拝まれているらしいけど」

 

 基本的にヴィクトーリアは昔から可愛かったし、そして人気もあった。人格者で、美人で、金を持っていて、それでいて家事が出来る。こんな女の子を近所の男共が放っておくと言えば、絶対にありえない。基本的にベルカやミッドチルダの男子は早熟だ。そういう事もあって若いころから男女への意識というものは存在している。そういうのが鬱陶しくも関わってきていた時代があったのだ。

 

「まぁ、この連中に関しては俺が一人一人こっそり闇討ち恐怖のベルカ仮面ごっこした結果、もう二度と近づいてこなくなったんだけどさ」

 

「やらかしグセは昔からだったんですね」

 

「おう、まぁ、何が言いたいとなると―――俺、基本的に戸籍登録してねぇ無職住所不定の十八歳イケメンだからな。しかもエレミアであることは滅多に名乗らないからただのホームレスってしか思われてないからな」

 

「率直に言うと生き神(ヴィヴィオ)をホームレスが虐めている様にしか見えませんよね。というかこいつ何やってんだ? あ゛ぁ゛? 案件というか」

 

「お前も大分言う様になりやがったな畜生。だけど大体はそんなもんだよ」

 

 始まりはとっても小さい事が。名前の通ってない、正体不明の男が現代の聖王とも呼べる存在に戦い方を教える、という事態だ。これは聖王教会としては面白くないだろう。どこともしれない馬の骨によって本当は一流の手によって教えられるべき逸材が穢されているのだから。ここで上層部がエレミアだと知っていて許可したのを理解していても、その情報は末端までには届かない、どこかで純粋に気に食わない、という連中が噴出するのだ。

 

 この世はハッピーな漫画やアニメの世界じゃない。

 

 現実で生きているのだ、調子の悪いことや都合の悪いことは良いことよりも発生しやすい。

 

 ―――悪意は善意よりも強い。

 

 だから始まりは嫉妬だ。アレは誰だ、なぜ教えている。羨ましい、羨ましいぞ―――と、それが始まりだった。それまでは良い。高町なのはが許可を出しているのだから、他の者は口出しする事はできない。そんな権利はないし、少なくとも精神鍛錬を行っている騎士達だ、己の感情の抑制程度は出来る。そしてガッチガチな鍛錬内容を見れば実力を把握できるだろう。だから騎士に関しては問題はない。問題は続きで―――騎士候補達の存在だ。

 

 彼らは若く、そしてまだまだ未熟な青い果実達。

 

 ―――生まれた時から無駄に精神が老成して、不気味なほどの落ち着きのある自分(エレミア)と比べて暴走してしまってもしょうがない、と諦めてしまう。

 

「ま、両腕纏めて折ったのが暴走の原因かな。それまではちょくちょくイヤミ言う奴はいたんだけど、直接襲い掛かってくるような奴はいなかったからな―――まぁ、気持ちは解るし、一撃で気絶させてトイレに流すかゴミ箱に叩き込むかで許してるけど」

 

「改めて聞くと譲歩しているようには全く聞こえませんよね、それ」

 

 それはいいじゃないか、と言いながら公園の前の歩道で足を止める。軽くハイディの横顔を眺めてから、此方から切り出す。

 

「んで、俺はいいとしてそっちはどうなんだよ」

 

「ヴィヴィオさんに絡まれる回数が少々増えていて憂鬱ですね」

 

 若干疲れたかのようにそうハイディは言った。当たり前の話だが、探そうとすればハイディとヴィヴィオは同じ学院に通ってるのだから、簡単に見つけられるのだ―――そんな状況でヴィヴィオがハイディに話しかけない理由はない。イジメを受けている立場のクセに今、ベルカ一番のアイドルの熱烈なコールを受けているのだ、嫉妬は凄まじいものだろう。

 

「ただ―――明確に日々、強くなっていくのは感じれますね。まだまだ塵芥ですが。ですが明らかに対英雄級を想定した気配を持ち始めていますし……将来的には自分を殺せる化け物でも生み出すつもりですか」

 

「出来たら最高だな。勝ち続けるのには飽きたし。真正面から殺しに来てくれる素敵な女の子とか所望する」

 

「……じゃあ、私と戦いますか?」

 

 信号の色が赤から緑へと変わる。それを確認し、答えるのを避ける様に歩き出す。なんとなく彼女にそれを答えるのが嫌だった。ハイディと本気で戦う事となれば、間違いなくどちらかが死んで決着がつく。本気でやり合おうとすれば止まらない、という相手はいくつかいる。まずその筆頭はハイディだろう。今までは本気じゃなかったからいいが、本気で始めれば誰かの介入があっても、そいつを殺してでも続けようとするだろう。

 

 あとは、確か今の時代にはヴォルケンリッターが存在した筈だ。過去のエレミアが一回殺害しているし、その縁から出会えば殺し合いそうな気配があるから是非ともエンカウントは悩むところだと考えている。ともあれ、

 

「お互い、壮健ってとこだな」

 

「ですね」

 

 軽く笑いながら公園に到着する。とはいえ、特に何か特別なことをするわけでもない。そもそも一方的にデートと呼んでいるだけで、やっていることは顔合わせ、情報交換だけだ。かかわろうと思いもしなければ、一生かかわらない相手なのだ―――少なくとも因縁が終わったら。

 

「なんとなくですが、此方へ足が向いてしまいますね」

 

 公園に到着すると林の中へ、野良猫の定位置、お気に入りの場所へと向かう。基本的にハイディはこの公園へ来ると、軽い柔軟以外は野良ネコで遊んでいるらしい―――というのも、ハイディレベルの相手がいない為、柔軟以外はする事がない、と表現してもいいのだが。ともあれ、今日は今日でこのまま猫で遊ぼうと考えているらしく、少しだけぽやぽやした雰囲気をまといながらいつも猫がいる場所へと向かえば、

 

 ―――そこにあったのはぼろぼろの傷だらけになった野良猫の姿だった。




 ハイディちゃん久しぶりの出番、そしてヴィヴィ王様両腕を折られる、痛くなくては覚えませぬ(AA略


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英雄完全殺害マニュアル-6

「酷い……」

 

 いつもはめんどくさそうにだが相手をしてくれる野良猫はお気に入りの陽だまりの中で、傷だらけの姿を癒すように横たわっていた。その胸が上下しているのを確認すれば、まだ生きているのは解るが、見てわかるぐらいには傷は酷かった。ざっと目視しただけで確認できる傷は左前脚の切り傷、右後ろ足の骨折、体全体に打撲の形跡が、まるで甚振る様に存在していた。明らかに野生の類や事故の類ではなく、何者かに攻撃を受けた、という傷だ。野生では発生する事のない種類だからその程度は察せる。問題は誰がやったのか、だがさすがにそこまで判断する材料はない。走って駆け付け、容体を確認するハイディの後ろに歩いて近づく。

 

「どうだ?」

 

「回復魔法をかけたいところですけど……正直なところ、回復魔法に耐えられそうにないですね」

 

「……そっか」

 

 回復魔法は傷を治す―――が。体力を回復させるような万能性はない。回復魔法の原理は複数種存在し、一番基本的なものは回復力促進の物であり、自然回復する効果を超高速化させることによって傷を塞ぐ類のものだ。専門になる事によってもっと効率的で安全な魔力を魔法によって縫合素材に変質させたり、安全性の高い魔法を使える様になる。回復魔法と医学は切っても切れない縁になる訳だが、

 

 レベルの低い、いわゆる誰でも使える初歩の回復魔法は()()()()()()寿()()()()()という性質がある。本当に緊急時こそちゃんとした医者を求めるのはそれが理由だ。素人の回復魔法は傷を治すが、多大な疲労と寿命の消耗を相手に強いる。

 

 おそらくハイディの回復適正は自分の様に低いのだろう、このまま回復魔法を使えば確かに野良猫の傷は治るし、流血は防げるだろう。だがその代りに体力とさらに寿命を消費するだろう―――もうすでに老猫だ、こんな状態で体力を使ってしまえばそのままぽっくりと逝ってしまうだろう。だから回復魔法をかける事もなく、そのまま動きをハイディは止めてしまっているのだ。

 

「獣医はどうだ」

 

「あまり縁のないことですから正直あるかどうかなんて事は……」

 

 ハイディが溜息を吐き、そして小さく、か細い声で呟く。

 

「どうしようもありません―――これも節理ですか」

 

 所詮は野良猫だ。体を激情に任せて暴れ出すような出来事ではない。これをやった相手に対して相応の報いは向けるだろうが―――()()()()だ。泣いて許しを請うまで殴り続けたりとか、そんな物騒なことはしない。死んでしまったら悲しい、それで終わってしまう。

 

 この心の渇きは、ある意味で強さの代償かもしれない。戦って死ぬのは仕方のない話で―――生きている内に、何時かは死ぬのだ。運が悪ければ暗殺されるか事故で死ぬか、そんなことだってある。どこかの世界では隕石が落ちてきて、それに衝突して死んだ人間なんてもいるらしい。つまり命なんてものはその程度のものだ。親しい相手が死んだとしても、それはそれで()()()()()()()のだ。

 

 エレミアは既に何十と喪失を経験している。

 

 クラウスは―――唯一無二(オリヴィエ)の喪失を。

 

 だから死には慣れている。親しい者―――親族を抜けば百、千、万という戦友の喪失だって経験している。それと比べると今更猫の一匹ぐらい、どうという事もない。ないはずなのだが、ぼろぼろの野良猫を見るハイディの姿は悲しそうだった。いや、実際に悲しんでいた。

 

 その瞳に涙を浮かべる程度には。それを見て、あぁ、と気付かされる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と。猫が死んだら死体をどうするか、なんてろくでもない事を考える此方とは違って、正しく悲しむことが出来る彼女なら―――やはり、ヴィヴィオが何とかしてしまうのではないかと思ってしまう。ヴィルフリッドの意志は消えて、クラウスの意志もきっと消えた。だとしたらもう自由なのだろう、ハイディは。彼女を修羅の世界に繋ぎ止める楔はもうないのだ、だとしたらそれでいいのではないだろうか。

 

 ―――こんなことになるなら、一回本気で殺し合えば良かった。

 

 そんなことを思いながらもポケットに手を入れ、そして持ち歩いているかどうかを確認する自分は、やはり少々甘いところがあるのかもしれない、なんて事を思う。思いながらもポケットの底に感じるつるっとした感触に持ち歩いているのを確認し、小さく、ハイディには聞こえない様に自嘲を零した。自分は―――結局のところ、何をしたいのだろうか。

 

 三百年前の決着は……本当に終わっているのだろうか―――?

 

 そんな事を考えながらポケットの中から()()を取り出した。

 

 ハイディの横へと近づき、しゃがみこんで野良猫の様子を見る。与えられた傷は痛ましいものんだが、猫はそれを一切気にする様子もなく、陽だまりの中で目を閉じていた。時折ハイディの視線が鬱陶しいのか、嫌そうな表情を浮かべては再び目を閉じて力を温存している。こういってはアレだが、なかなか図太い神経の猫らしい。野良のプライドとでもいうのか、それを持っているらしい。ただ現状、そんなもんは女の涙の前ではクソだと評価しておく。だからポケットの中から取り出した()()を野良猫へと近づける。

 

「それは―――」

 

 ハイディが此方の動きを見て口を開く。だからそれに答える。

 

「―――デバイスコアだよ」

 

 最高級、という言葉がつくが。ともあれ、デバイスコアを野良猫に近づける。目を開けた野良猫がそれを見て、小さくめんどくさそうに鳴いてから視線を外す。どうにでもしろ、という事だろう。本人―――本猫の了承を得た所で久しぶりに腐らせている魔力をリンカーコアから吹き出し、そしてそれを記憶に記録してある魔法の一つ、その式に通す。デバイスなんかを使用しない、脳で演算し、数式と記号を引き出し、それに魔力を通すことで魔法反応が発生する。

 

 野良猫の足元に黒い三角形の古代ベルカ式の魔法陣が出現する。

 

「これは―――使い魔契約のもの、ですか?」

 

「ちと違うな。廃れちまったからもう誰も覚えていない術式だよ。それに使い魔にした所で命の総量は変わったりしないからな―――」

 

 だから外付けの命が必要になってくる―――自然に持っている以外のもので補強すれば良い。ハードが限界なら外付けのハードを用意すればいいのだ。個人的にはどうかと思う手段だが、女の涙には変えられない。だから久しく使っていない魔力で魔法を発動させた。基本的なベースは使い魔作成の魔法だが、その細部は違う。そもそもこれは古代ベルカ時代に存在した術式であり、非道という事を理由に廃れていった術式の一つだ。故に発生することは普通ではありえないことで、野良猫の胸に当てたデバイスコアがその体を通り抜ける様に沈んで埋まり、姿が見えなくなる。それに続く様に魔力のラインを魔法を通して野良猫との間に形成し、生物としての転生に近い現象を発生させる。

 

 発光は数秒間。それが終わると魔法による処理は終了し、完了する。そのままへたくそな回復魔法を使えば、野良猫の傷がふさがり、癒されて行く。体力は消耗されるが、体内に埋め込んだデバイスコア、そして此方から供給される魔力が命の変わりとして消耗され、自動的に修復される。その為、もう心配する事はない。もはや回復ではなく()()に近いが、

 

 野良猫の傷だらけの姿は見慣れた、くたびれた黒猫の姿になった。

 

「……ま、こんなもんだろ。これで死ぬ心配はないだろうよ」

 

「いったい何をしたんですか?」

 

 久しぶりに魔法を使ったなぁ、と立ち上がり、軽く体を動かしながら答える。

 

「生体デバイス化だよ。古代ベルカにはユニゾンデバイスの作成技術、禁忌兵器の技術、そして凶悪な使い魔の作成方法があったからな。それを掛け合わせて生み出されたのが生体デバイスよ。ユニゾンデバイスよりはコストを抑え、だが簡単に生物を強化して運用する方法……って奴だな。まぁ、躯王よりはマシって所じゃねぇかな」

 

 本来はここに従属やら肉体改造やら装備の埋め込み等色々と面倒な改造があるのだが、野良猫の一匹を助けることを考えれば、そんな事をする必要はない。これだけで回復は可能だ―――とはいえ、生体デバイス化を済ませてしまったからそのまま、という訳にもいかないだろう。両膝を折ってしゃがみ、視線をハイディから黒猫へと視線を向ける。

 

「おう、野良猫やい、生きてるか。いや、ここまでやって死なれたら火葬すっけどさ」

 

 そう言うとゆっくりと黒猫が目を開き、そして此方へと視線を向けてきた。

 

「……みゃぁぉぅ」

 

 めんどくさそうに鳴いた黒猫が言葉に反応して声を放つと、そのまま体を起き上がらせて来る。その姿をハイディが心配そうに眺めるが、気にする事もなく、黒猫は此方へと近づき、そして尻尾を丸めながらしりもちをつく様に目の前で座る。

 

「……お手」

 

「……みゃ」

 

 やれやれ、と溜息を発しながら黒猫は前足を此方の掌の上に乗せ、そして猫と共に視線をハイディへと向ける。揃った動きにハイディが一瞬だけビク、っと反応するが、すぐに笑みを浮かべ、小さく笑う。そのまま両手でめんどくさそうな表情の黒猫を持ち上げ、そして苦しめない様に抱きしめていた。

 

「ありがとうございますヨシュア。後日主犯は見つけ出してこの子とまったく同じ目に合わせるとしまして―――因縁の決着や今回の件と、色んなところで世話になっています」

 

「そこら辺はあんまり気にするな。俺とお前は同期の桜、って奴だよ。この無駄に重い過去を知っている人間同士、ちょくちょく仲良く散歩しているのも悪くはないんじゃないか? まぁ、美人を侍らせて歩き回るってのは男のステータスの一つだしね」

 

 そう言うとハイディは柔らかい笑みを零した。

 

「もう、そんなに言わないで下さいよ……本気にしちゃいますよ?」

 

「おっとぉ、それは困ったな。俺はもうちょっと今のプレイボーイな環境を継続したいんだ」

 

 その言葉に二人で軽く笑い、ハイディが野良猫を解放する。元気になった以上、これ以上押さえつけているのもかわいそうだと判断したのだろうが、解放された野良猫はハイディから解放されると、そのままの足取りで此方の横まで移動し、丸まって日向ぼっこを継続するように動きを止めた。どうやら野良とはいえ、此方に対してある程度の恩は感じているようだ。ヴィクトーリアにデバイスコアの件、どう言い訳するか悩んでいたところだし、遠慮なくこいつを引き合いに出してやろうと考えながら、軽く立ち上がり背中を伸ばしてから視線を同じように立ち上がったハイディへと向ける。

 

「さて……どうしようか」

 

「そうですね……お礼、と言うのも少々おかしいですし、私の家へと来てみませんか? モノレールに乗って移動すればそう遠くはありませんし……なんか、今更体を動かす気分にもなれないと言いますか……その……ダメ、ですか?」

 

 ―――これは誘われているのかな……。

 

 物凄く、物凄く悩む。良く考える。相手は十六、ほぼ十七の娘で、こっちは十八歳だ。ミッドチルダの法律的に考えるとアウトだ、実にギリギリのアウトだ。だがよく考えろ、ウチに来ないか、と言っている女の子の誘いとは大体そんなものではないか、と。それにハイディの顔は羞恥心で赤くなっている。好感度も大分イベントをこなして稼いできた感触も自分にはある。だがよく考えろヨシュア―――この子コミュ障だぞ? ぼっちだぞ? 自分と接触するまで友達なんていう概念が存在しなかった現代のいけるバーバリアンガールだぞ? そう、良く考えたらハイディってぼっちを相当高いレベルで拗らせているのは確かだ。少なくとも拗らせてなければ通り魔なんて事やらないし、イジメを承認してどうでもいいとか思いながら放置してない。

 

 ―――レベルがたけぇ……!

 

 色んな意味で。助けてエレミア、と脳内を叫んでみるがご先祖様たちは全員ガン無視で放置してくれる。畜生、これだから脳筋(バーサーカー)一族は信用ならない。脳内で溜息を吐きながらどうしようかと、数瞬だけ悩み、答えることにした。

 

「んじゃ、ちょっとだけお世話になろうかな……? まぁ、予定はないしな―――」

 

 そこまで話したところで、新たな気配を感じる。

 

「―――じゃあ予定をこれから埋めて貰いましょうか―――」

 

 茶色の管理局制服にオレンジ色のショートツインテールの女の姿だった。その手にはホロウィンドウで”任意同行”と書かれており、

 

「―――署の方でね! オラ、公共の場での魔法の使用は禁止よ。言い訳は署でね」

 

「そんなー」

 

 世の中、かっこよく決めたいのにオチがつくのはどうしたものか―――。




 ライフラインが死んでいる中での執筆。遅れ気味で済まぬ、だが断水中なんだ……あと発電機炎上……。

 そして黒猫型生体デバイスゲット。偶には擬人化も人の言葉もしゃべらない純粋なアニマルなのを。


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英雄完全殺害マニュアル-7

 軽く欠伸を漏らす。

 

「ふぁーぁ……眠いな……」

 

 公園のベンチに座って、日向の中で温まる様に背中を預け、全身で太陽の光を浴びていると軽くだが眠気が襲い掛かってくる。今朝は襲撃もなかったため、非常に平和に時間を過ごせている為、眠くなるのもしょうがないのかもしれない。が、それを退屈と感じてしまっているあたり、やはり人生にイベントを求めるタイプの人間なのだろうなぁ、と自己分析を行う。視線を横へと向ければ、あいている一人分のスペースを占領する様に少しだけ体格の大きい黒猫が体を丸めながら温まる様に目を閉じていた。飼い主にペットは似る、という事だろうか。まぁ、それも悪くはないだろうと思いつつ、再び欠伸を軽く漏らす。軽く落ちてきたサングラスを押し上げて位置を元に戻し、このまま眠ってしまおうかなぁ、と一瞬だけ悩むが、近づいてくる気配に一瞬で脳が覚醒を促し、完全に眠気を払い除けた。ただ姿勢を変えるのはめんどくさく、そのまま待機していると、

 

「先生、終わりましたー! お待たせしました!」

 

 高町ヴィヴィオがSt.ヒルデの制服姿で比較的に学院に近いこの公園内のベンチへとやってきた。予め放課後に鍛錬したいとヴィヴィオが言っていたので、こうやって動く事の出来る場所で待っていたのだ。放課後に関してはほかの学生の目が面倒だから特に接触する事もなかったのだが―――何やら、ヴィヴィオの瞳には闘志が見える。それに押されるような形で承諾してしまった。その為、平日の日中からこうやって、鍛錬の出来る、魔法の使用許可の出ている公園で待っていたのだ。

 

 これで先日の様な逮捕は発生しない―――おのれ管理局。この恥辱は忘れないぞ。ついでにハイディのお宅訪問の機会を失ったことも絶対に忘れない。

 

 そんなどうでもいい恨みを抱きながら、走ってきたのか軽く汗をかいているヴィヴィオの姿を見て、これはウォーミングアップいらないかねぇ、なんて事を考えながらヴィヴィオの姿を見て、軽く首を捻る。闘志が満ちているのは解る。やる気があるのも見える―――だがそれにしては妙に自信をを持っている様に見える。ふむ、とつぶやきながら答え、立ち上がり、

 

「なんかやる気で満ちてるけど……なんかあったか?」

 

「ふっふっふっふ……それは手合わせの時に教えますよ! とりあえずウォーミングアップ、軽く走って済ませてきたので早速動きましょう!」

 

 そう言いながらカバンをベンチの上に下ろし、直ぐ傍のフィールドへと向かってヴィヴィオが駆け足で移動する。両手を折ったのに、それでも一切気にする様な様子を見せずに付き合ってくるあたり、その信念は本物なのだろう。こうなってくると彼女を無碍にする事も出来ない。いよいよ、此方も本気を出して付き合うべきだなぁ、そう思いながら猫へと視線を向ける。

 

「見張り宜しくな」

 

「……なぁご」

 

 いつも通り、めんどくさそうに鳴くと、ヴィヴィオが置いたカバンの上に上半身だけを乗せる様に移動し、守る様に位置についた。それを確認してから視線を組手用のコートへと向かったヴィヴィオへと向け、既に彼女が白い上着に黒いインナーのバリアジャケット姿へと変わっているのを確認した。やる気があるなぁ、と確認しながら歩き、眠気を完全に頭の中から吐き出すように短く深呼吸し、それが終わる頃にはヴィヴィオの前方、五メートルほどの距離が空いた場所に立っていた。

 

「今日は物凄く調子がいいのだ―――一撃通しますよ!」

 

「お、俺を殺しに来るとは()る気満々じゃねぇか。先生は生徒の殺意を大いに肯定しますよ―――攻撃に露骨に乗せない限りは。慣れると読まれるからな!」

 

「あの、それ。一部の特殊すぎる人たち専用なんだと思いますけど」

 

 笑いながら軽く構える。と言っても、アームドデバイスやストレージデバイスの類はもう、ヴィヴィオ相手には抜かない。武器の基本的な対処法に関しては一週間、ノンストップで体に直接叩き込み続けた。ヴィヴィオの才能であればそれを記憶し、才能が勝手に必要な時に組み上げて緊急回避に回してくれる。本格的に経験を積み上げない限りは、これでまだ大丈夫だ。だから一番相手をしなくてはならない拳を相手に、徹底的に経験を積めるように此方も無手でヴィヴィオの相手をし始めているのが鍛錬の近況だ。

 

「……ま、今日は見ている人間が多いから骨折ったり、吐くほど強く殴ったりしねぇから安心しろ。だけどそれ以外のルールは基本一緒だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だ。勝利を考えろ。勝てなくても勝つ方法だけを考えろ。そして―――」

 

()()時は一撃で確実に仕留める、ですね」

 

「グッド! 今のお前じゃあ毒を盛っても俺は殺せねぇからな、一撃一撃、遠慮する事なくぶち込んで来いよー」

 

「もう、そこらへんの遠慮は捨てました。考慮するだけ無駄だって悟りましたし」

 

 少しだけ遠い目を浮かべてからすぐに普通の表情にヴィヴィオは戻った。此方の事を考えるだけ無駄だと何度もぶっとばして直接叩き込んでやったのだ、どんな馬鹿だったとしても学習するぐらいにはそれは。そしてヴィヴィオは優秀な生徒だ、教えれば教えるほどそれを学習してゆく。教えがいがないとも言えるが―――それはまた別の話だ。自分も自分でそこそこ充実感は感じている。

 

「ほんじゃ―――」

 

 かかってこいと言葉を吐こうとしたその瞬間、此方の意を突こうと、ヴィヴィオが迷う事無く強化されたその肉体で大地を蹴り、軽く踏み込みに使った大地を砕きながら前へと飛び出してくる。その動きは評価するなら―――()()のだろう。まるで重戦車がバイクのスピードで突っ込んでくるような、そんな威圧感を正面から受ける。きっとそれは間違いではない。今、目の前から踏み込んでくる少女の姿はいつも通りだが、

 

 その実纏うバリアジャケットと強化魔法は先日目撃したそれよりも遥かに効率化されている。

 

()()()()にゃぁー。まぁ、喋り終わるのを待たない卑劣さは悪くないぞ」

 

「あぁ、やっぱり対応される―――」

 

 踏み込みと共に放たれる右ストレートは素早く、砲弾を思わせる迫力を伴っており、初期に繰り出されたそれよりもヴィヴィオの動きに最適化され、無駄が減っている。その為、素早く、短く、引き戻しやすくなっており、ストレートが伸びきる前に引き戻し、連動して次の一撃へと踏み込めるように出来上がっている。その完成度はなかなかに高い。いや、ヴィヴィオの動き全体から見ても踏み込みからの右ストレートの完成度は非常に高い―――それはヴィヴィオが性格的に、そしてスタイル的に踏み込みから必殺の一撃を叩き込む事を得意としていることだ。故に、この一撃は非常にレベルが高く、

 

 あしらう様に右手でたたきながら流し、追撃の掌底を叩き込もうとする動きに、素早く連動の動きを絡める事が出来る。動きの完成度を高めるという行動は威力を上げる事ではない―――次に繋げ、確実に敵を殺すという力を生み出して行く行動だ。それを求め続ける行為が()()()()()()()()()のだ。

 

「動きが何時もよりも()()な―――」

 

 受け流すヴィヴィオの腕が強い。そう感じ、何時も受け流すときよりも少々強く力を籠め、腕を捻りあげる様に外側へと弾けば、合わせる様にステップをとりながらダッキングを合わせ、外へと踏み出しながら捻られる腕を戻しつつ、逆の拳を振りぬいてくる。牽制だ、それは本命ではない。一撃目でつぶせなかった以上、最後の一撃以外は全て牽制と段階的なものへと変わって行く。そういう風に教えている。

 

 戦いを決めるのは一撃目、そして最後の一撃だ、と。だから一撃目で殺せなかった場合、最後の一撃への道を作るのが戦いになる。

 

 それを理解し、ヴィヴィオの動きがシフトする。インファイトからの重い一撃を意識した必殺から、軽いステップを取ったヒット&アウェイの素早い戦い方へと。素早く踏み込みながら攻撃を繰り出し、全てのインパクトが乗る前に体を滑らせ、()()()()()()()()()()()。打撃の衝撃だけが短く空間に停滞し、体は回避の動きに入って範囲から逃れようとする。基本的なヒット&アウェイの動きだが―――この基本が重要なのだ。

 

 結局のところ、奥義やら秘儀なんて言われる動きも基本動作の延長線上でしかない―――基本が出来なければ応用なんて不可能だ。そしてその下積みがないと経験を反映することが出来ない。ヴィヴィオの場合、逆に経験が足りなくて最適化が甘いのが弱点だが、

 

 今日に限っては動きが何時もよりも早く、そして力強い。素の動きはやる気か闘志か、それで幾分か良くなっているが―――全体的な魔道補助効率が上がっている。その正体を大体最初の接触で見抜き、

 

 回避する方向へと合わせて踏み込む。

 

「なんで動く方向解るんですかぁー!」

 

「経験」

 

 その一言で結論付けながら距離を取ろうとするヴィヴィオの片足を踏み、ステップを取ろうとしていた足の動きを封殺しながら両手でヴィヴィオの両手を内側へと弾き、その腕を胸の前でバツの字を描くように交差させ、その中点に踏んでいた足で素早く膝蹴りを叩き込み、ヴィヴィオのからだをその点を中心に軽く蹴り上げる。ヴィヴィオのからだが衝撃で浮かび上がるが、何度もくらっていれば慣れてくる、吹き飛びそうになりながらも、即座に片足を大地に叩き付ける事でアンカー代わりに地面に体を縫い付け、そのまま距離を生み出そうとする為に足を振るう。が、それよりもはじくのに使った此方の方が手を戻す動作が早く、

 

 ヴィヴィオの腹に拳を置いた。踏み込みの距離はなく、普通は力は乗らない。

 

「あっ」

 

「詰まったら無理に距離を稼ごうとするのがダメだな。グラップラーなら格闘以外にも掴み技や組技の類も覚えておかないと辛いぞ」

 

 足で力を練り、膝、腰、丹田、肩、肘、手首、指の関節と力を連動して行く。人体は筋繊維の固まりであり、骨と骨の間にはクッションの役目を果たす軟骨や空洞が存在する。力を練り上げるのと同時に、肉体全身をバネとして認識し、体全体を少しだけ押し込み、その反動を初期の加速として足の先から順に加速させてゆく。それが体を通り、指の先へと到着する頃には踏み込みなんて必要のない、

 

 発勁(ゼロインチパンチ)が完成する。

 

 体を加速台に、力を人体から逃さない証拠として踏んでいる大地は一切揺るぎもせず、衝撃がノータイムでヴィヴィオを貫通し、今度こそ完全に吹き飛ばす。それと同時に消滅の応用で編んだ魔法解除の術式がヴィヴィオに融合していた存在を内側から弾き出し、空を舞うその姿の二本の長い耳を掴む。

 

「うわっ、へぶっ、どわっ」

 

『……!!』

 

 転がりながら吹き飛ぶヴィヴィオから視線を外し、片手で掴んだ存在の正体は―――ウサギのぬいぐるみ姿のデバイスだった。ヴィヴィオを殴ったときの感触が妙に硬かったり、魔法の効率が格段に良くなっていたのは間違いなくこいつが原因だろう。今まではレイジングハートを使っていたが、アレは元々なのはのデバイスであり、なのはの為にチューニングされている。それを他人が使ったのではやはり、フルスペックで運用する事はできないだろう。

 

 逆に言えば自分用にチューニングされたデバイスであれば、遥かに高い効率で運用する事が出来る。感覚的に言えば軽い、動きやすい、或いは()()()という言葉が一番近いのだろうか。強化魔法どころかバリアジャケットすら使わない自分が言うべき話じゃないかもしれない。

 

 ともあれ、ウサギ型のぬいぐるみデバイスを解放する。解放されたデバイスは少しの間だけ落下すると、即座に浮かび上がり、急いで、それこそ逃げる様にヴィヴィオの下へと向かう。

 

「自分用のデバイスを入手した、って訳か」

 

「それでも勝てないって理不尽ですよー!」

 

 むくり、と大地に倒れていたヴィヴィオが起き上がる。周りの視線が自分とヴィヴィオに突き刺さるが、それを気にする事もなく、ヴィヴィオは一瞬だけ逆立ちになると、そのまま体を両手で押し上げる様に飛ばし、両足で着地して立ち上がった。デバイスを肩の上に置いたヴィヴィオに対して言葉を贈る。

 

「貴様にこう言ってやろう―――馬鹿め、と。現代ミッドは魔道優遇の時代に突入している。だからリンカーコア、潜在魔力量によって才能の高低が一般的な認識だ。なぜなら魔力を持っている奴は才能なんかなくてもデバイスでそれを補正すりゃあ大体何とかなるからな! 魔力に任せた身体強化、砲撃、シュート―――魔力の量が多いイコール継戦能力と出力が増えるってことだ、ここまではいいな?」

 

「うっす!」

 

 ヴィヴィオが頷いて、目の前で動きを止め、話を聞く。それを確認してよし、と軽くうなずきながら話を続ける。

 

「だがな、ぶっちゃけた話()()()()()()()()()()()()()考え方だ。基本的に魔力の量ってのは才能の授かりものだ。こいつを大幅に増減させる方法は現代には存在しねぇ。あったとしたら後天的に誰かのリンカーコアを移植するぐらいの事だろうな。それにしたって魔法使用可能な全人類の内、四割から六割がランク的にD前後の連中ばかりだ、最低限B級の魔力量のあるリンカーコアでも吸収しなきゃ意味のねぇ話だ―――まぁ、これは基本的な話だ」

 

 そう、あくまでも基本、

 

「そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。強くなるという行動は普通から外れる事であり、強さを求める行動は正気を捨てるってことでもある。一般人からすりゃあなんで態々痛いのに好き好んで戦うんだ? ガード? カウンター? 物好きのドMかなんかか? それが戦わない連中の意見よ。だけど強くなればなるほど痛みはどうでもよくなってくる、もっと強いやつとの戦いを求める、もっと強さを求める―――正気のままでは強さは得られないってのが現実だ」

 

 もし正気のまま、強さを嫌がって強くなるような奴がいれば、

 

 そいつは怪物だ。正気のまま壊れている。個人的に一番怖いと思えるタイプだ。

 

「んで基本から外れるってことは()()()()()()って話でもある。魔力高の認識はここら辺、トップエース級に来ると変わってくる。何せここに来るような連中は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()連中だからな。逆に言えば魔力の高い、魔力任せの連中との交戦経験、撃墜経験を持った人間が必然的に増えるって話だ。この環境になってくると、逆に魔力のない、超尖った連中が相対経験の少なさから明確な弱点になり始める」

 

 簡単な話だ、経験があるから勝てる―――経験がないから勝てない。倒したことのあるタイプだったら簡単に倒せるだろう。だがRPGゲームを遊んでいて、新しいエリアに入る。

 

 その新しいエリアで出現したエネミーはHPが高いタイプではなく、

 

 極限までHPと攻撃が低く、防御と回避と耐性がアホの様に高いエネミーだった。

 

 経験も情報もなしに戦ったらどうなる?

 

 当たり前の話だが、当然の様に負けるか、マグレで勝利するか、逃げるかの三択になる。

 

 環境は上へと上がってくると、個人個人でこういう風に大規模な環境変化が発生するのだ。

 

「相手が強くなれば強くなるほど、常道からは外れ、そして常道の連中を息をするように潰せるようになってくる訳だ。戦闘経験を繰り返せばパターン、しっくりくる戦い方、自分で取れる対処法とかを編み出すことが出来るからな。だから魔力が高く、身体能力が高い、攻撃力の高いやつを相手にするのは簡単だ―――何十、何百、何千回と戦闘経験があるし、そういう連中をどうやって徹底的に倒すかっていう戦闘経験、データバンクが俺の中に蓄積されているからだ―――ここまでオーケイ?」

 

「つまり先生の話は、魔力の高い人間は強いけど、低いまま強くなった人間ほど突き抜けていないから対処しやすい、ってことだよね」

 

「お、真理を突くな。正解だ」

 

 魔力が高くて出来る事は非常に限られているから、解りやすいのだ。

 

「超射撃、過剰身体能力―――ほら、魔力が腐るほどあっても結局出来る事はこれぐらいなんだよ。後はレアスキルの存在を警戒しつつ、射撃型なら接近して一撃で仕留める。相手がインファイターなら先読みしながらカウンターで一撃で仕留める。相手の攻撃とスピードが上がるだけで()()()()()()()()()()()()()()んだよ。つーかむしろ過剰に能力が存在する分、魔法任せな動きになるから逆に基本的な動きがおろそかになったりするな―――」

 

 ここら辺、自分が魔法を使わない最大の理由だったりする。魔法を使えば楽に能力を強化できるのは確かだ。だがそうやって肉体を楽に強化したり、高速移動を魔法で行えば、それだけ自分で磨いた技術が鈍る。戦いの肝は全て根幹である基礎と、そして基本動作になる。これを疎かにする人間は最後の最後で負ける。

 

 まぁ、これは一種のポリシーであり、古い言葉で言えばゲッシュとも言えるものかもしれない。

 

 遊びでなら多少の魔法は良いかもしれないが、本気で駆られた時以外は魔法の使用を禁止する。その事によって常に自分の技に対する信仰心を抱き、研鑽を怠らず、常に自分の肉体にすべての信頼を置いて最善で勝利し続ける、と。

 

 まぁ、これは他人に押し付けるようなものではない。所詮は個人のポリシーの問題だ。

 

「ともあれ、ハイディちゃんは強い―――それこそ魔力がSランクの魔導士とかだったらエサの様に食い殺すぐらいにな。上を目指したきゃあどっかで戦いに関して突き抜けろ。なにかしらのポリシーを抱け。他人ではなく己の何かに信仰心を抱け。戦う理由を他人ではなく自分にだけ求めろ。求道者であれ、戦いは他人のためではなく己のための究極のエゴイズムなのだから―――そのエゴを通した先に勝利が待っている」

 

 それが戦い―――そして殺し合いなのだ。

 

 話を終わらせたところでヴィヴィオがはぁ、と息を吐く。

 

「学生に教えるべきものではない事を教わってる気がする……」

 

「気にすんな。俺がお前のころの年齢はこういうのは全部自分の記憶にコンバートして無人世界で山籠もりしてたからな。それと比べりゃあ今はまだまだ楽よ」

 

「前々から思ってましたけど先生って飛び抜けたキチガイの中でも特に飛び抜けたキチガイですよね」

 

「笑顔でストレートに言えるようになってきたな、お前。悪くないぞ。遠慮は精神的な毒だからなぁ、吐き出したい事あったらもっと吐き出せー」

 

「ほんと、遠慮ないなぁ、先生……と、無人世界の話で思い出した」

 

 ヴィヴィオがデバイスに頼むと、ホロウィンドウが一枚、浮かび上がる。そこには無人世界カルナージに関する資料が存在し、そのホロウィンドウを片手に、視線をヴィヴィオへと視線を戻す。

 

「実は身内でオフトレに行く予定なんですけど、先生もどうですか? いろいろと環境変えて試せるし。なのはママが午後にはメールで聞いてみるって言ってたんですけど」

 

 あの女の場合参加強制にさせてきそうだなぁ、と思いつつ、

 

「参加面子は?」

 

「私、コロナ、リオ、スバルさん、キャロ、エリオ()、なのはママ、ノーヴェ、アインハルトさん、フェイトママ、ティアナさんに……後はほかにも身内が何人か確認取れ次第増えるかな?」

 

 全員、大体聞いたことのある名前―――というか有名人ばかりだった。

 

「パスパス! 女ばっかりじゃねぇか! 少しは男を呼べよ! んな空間居づらくてしょうがねぇぞ!」

 

「えー、大丈夫だよー、先生が来るなら他にも強制参加させるから」

 

 本当に大丈夫かねぇ、と思いつつも、面倒を見るなら徹底的に―――断れる筈がなかった。

 

 溜息を吐き、なんだか最近は少々面倒だなぁ、と思いつつも、楽しいことは否定できなかった。




 少し休んだらいつも以上に書けたお話。

 こういう今まで書いてきた「バトル理論」に理由や中身を与える作業が最近、本当に楽しい。今まで不鮮明だった部分にライトを当ててそこを見ている感じがして、やる事、書く事に表現の幅が広がって行くのを感じる。やっぱ動きや理論の追及って楽しいね。

 こうしたらなぜキチガイなのか? というのを言葉にして表現する楽しさ。

 肉、入荷しました。


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修羅舞踏-1

「―――ちゃんとパスポートは持ちましたか? チケットも忘れちゃだめですよ? 無くしたら困りますからちゃんと解る場所にしまっておいてください。あと浪費もダメですからね。そこらへんはあまり心配していませんが、それでも何か困ったことがあったらちゃんと電話してください……いいですね?」

 

「オカンか」

 

「ただのメスだよ」

 

 愚妹に無拍子で腹パンを注入にしてから、旅行用のショルダーバッグを片手にバイクに跨り、股の間に転がりこむ様に猫が座る場所を見つける。そんな姿を完成させたら視線をダールグリュン邸へと向け、サングラスをかけ直してからヴィクトーリアと大地に倒れている愚妹(ジークリンデ)に軽く手を振り、数日の別れを告げてバイクを走らせる。住宅街を出たら真っ直ぐ高速道路に乗って、全身で風を感じながらバイクを走らせ、そしてクラナガン国際空港へと向けてただまっすぐ、走って行く。

 

 空へと視線を向ければまだほのかに暗い朝の空が見える。だが既に地平線の向こう側から朝の陽ざしが見え始めている。バイクについているラジオの電源をオンにすれば、かかっているチャンネルから一昔前の曲が流れてくる。それを猫と共に聞きながら、今日は晴れだったな、なんて昨晩確認した今日の天気を思い出し、軽く欠伸を漏らしながらバイクを前へ、前へと向かって走らせてゆく。クラナガンへの道のりは、空港へとつながる高速道路の道は初めてじゃない。何年も前、武者修行のためにミッドを出て、その時もこの道を通った。

 

「……ま、今回は俺一人じゃねぇんだけどな」

 

「なぁご」

 

 猫の返答を聞きながらそのまま真っ直ぐ―――オフトレのために合流すべく、クラナガン国際空港へと向かう。結局、ヴィヴィオに押し切られる形でオフトレへと参加する事に了承してしまった。あまりにも自分らしくない……そう思うとやはりオリヴィエの血には勝てない運命なんじゃないだろうか、とどこか苦笑しながら思ってしまった。それともなんだろうか、ハイディも何故か参加してしまっているこのオフトレ、

 

 また覇王と聖王と黒を寄せ集めるような引力が、運命が残っているのだろうか。

 

「―――どうなんだろうなぁ、猫。俺たちの因縁って本当に終わったのかね? そう思えるかぁ?」

 

「なぁごぉ」

 

 知るか、という返答を猫から返してもらいながら、それもそうだよな、と朝焼けが見えてくる早朝の空に笑い声を響かせながら、ほぼ無人の高速道路を駆け抜けて行く。不承不承で参加しているはずだったオフトレが、なぜだか妙に楽しみだった。ヴィヴィオの陽気さに頭をやられでもしてしまったのだろうか。まぁ、偶にはそれも悪くはない。

 

 人生は短い。ひょんなことで死んでしまう事だってある。

 

 だったら生きている間に出来る事はやった方がいいのだ。

 

 飲み、食らい、抱き―――そして戦う。自分の人生に求める事はこれぐらいだった。だから今もそれだけでいいと、その程度にしか思ってはいないのだが、どうだろうか……答えは出ない。人よりもはるかに多くの知識を持って、経験を積んでいようが、結局は自分も18のガキであることに過ぎないのは事実だ。他人の靴を履いて威張っているだけのガキだ。与えられたものに甘んじて胸を張りたくない。

 

 まぁ、どうでもいい話だ。

 

「あー……巨乳美少女が目の前にいて抱けないってのはこう、もやもやするもんだなぁ。こう……アレ、反則的だと思わないか? あの年齢でアレはさすがにちょっと凶器すぎるだろ! クラスメイトだったらガン見してる自信があるけどお前どうだ? ん?」

 

「……」

 

 返答すら返さないほどに飽きれている猫の存在にもう一度大笑いを空に響かせ、サングラスの下から登り始める太陽を眺め、視線を外し、一気にアクセルを踏み込んで加速しながら空港へと向かって速度を上げて行く。

 

 

                           ◆

 

 

 空港に到着し、預かりサービスにバイクを預ける。これでミッドチルダに帰ってきたとき、バイクを受け取ることが出来る。しっかりと認証ナンバーを携帯端末と頭の中に記録しておきつつ視線を、空港のゲートの一つへと向ければ、そこには多数の女性と、そして少数の男性によって構成されるグループがあった。見覚えのある顔がいくつかある為、即座にそれが目的のグループである事に気付くが……なんだか妙に帰りたくなってきた。俺はエレミアの本能に逆らうぞと決意をした瞬間、集団の中に居心地悪そうに混ざっていた緑髪姿の女が見えた。

 

 その視線が此方へと向けられた。

 

 やばい、と思った瞬間には高速歩法で緑髪の―――ハイディの姿が此方へと向かって既に踏み込み終わっており、目の前にその姿が瞬間的に出現した。

 

「おはようございますヨシュア。貴方の事を待っていたんですよ」

 

「あぁ、生贄としてなぁ!」

 

 逃げようかと思ったが腕を組まれ、ガッチガチに拘束されていた。腕に当たる胸の感触は役得なのだが、それ以前に腕を締める力がそれこそ折る様なレベルなので、そんな場合じゃなかった。内功を練りつつ腕を固め、ハイディの万力の様な締めをこらえながら、半分引きずられるように集団へと合流する。それを見ていたのか、集団の中から進み出たヴィヴィオが小さく笑いながら手を振ってきた。

 

「おはようございます! なんか先生とアインハルトさんって凄い仲良しですね」

 

 ヴィヴィオのその言葉にお互いに顔を見合わせて、ハイディが抱き付いている腕へと視線を向ける。素早く離れたハイディは一歩だけ横へと離れ、こほん、と小さい声で咳払いをする。そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに……なんてことを思いながらも、かわいらしいリアクションが見れただけよしとするか、と己の中で処理する。ふぅ、と息を吐くと足元に近づいてきた猫にハイディの視線が奪われ、膝を折ると何時の間にか握っていた猫じゃらしで猫と戯れ始める。

 

 そんなだからお前ぼっちなんだよ。

 

 思っていても、口にはしない。

 

「んま、俺も世話になるわ。そういう訳でマナーを解さない野蛮人だけど、カルナージのオフトレに参戦させてもらうぜ」

 

「どうぞどうぞ、知り合いが多い方が楽しいですから!」

 

 屈託のない笑顔で迷う事無くそう言う事の出来るヴィヴィオはまさに純粋無垢とでも言うべきなのだろうか、こういう少女が少しずつ世俗に染まって汚れてゆく姿は興奮するものがある、なんてくだらない事を考えながら視線を外せば、なのはの姿の他に、有名人の姿を見かける。金髪の女はフェイト・T・ハラオウン、あのポニーテール姿は烈火の将シグナム、あっちは普段お世話になってるおまわりさん、と割と知るだけなら知っている人の割合が多いな、とは思う。ともあれ、知っている顔に挨拶する前に、先に代表者としてなのはに挨拶をしておく。

 

「っつーわけで、今回は宜しくな」

 

「うん、此方も宜しく。君の持っている技術もこっちは興味であるから」

 

「まぁ、俺も教導技術に興味がないと言えばウソだからな。そこらへん、技術交換を交えながら色々と進めていこうぜ……っと、この場合は久しぶりって言えばいいのかねぇ、烈火のに守護獣」

 

 なのはから視線を外し、視線をシグナムともう一人、狼の耳を生やした男の姿へと向ける。その言葉で此方の存在に対して確信を抱いたのか、あぁ、と口を開いてから笑みを浮かべてくる。守護獣の方は腕を組んだ状態で頷き、

 

「久しいなエレミア。姿形、性別さえも変わっても気配だけは変わらんか」

 

「ま、うち等の特性みたいなもんよ……つーか俺はまた会えるとは思いもしなかったんだけどな。ま、お互い平和な時代に生きる事が出来たんだ、昔の話で盛り上がるのはいいけど―――」

 

「足元を掬われぬ様に、だろ? それは我らも心得ているから心配する必要はない」

 

 そういってシグナムが小さく笑みを零す。合わせて三人で軽く手を叩いて数百年ぶりの旧交を温める。昔の事を知っている、経験していると面白い事も起こり得るよなぁ、なんて事を思いつつ、視線をヴォルケンリッターの二人から外せば、ヴィヴィオの視線が真っ直ぐ此方へと向けられているのが解る。それも軽いジト目で。

 

「どうしたヴィヴィオちゃん」

 

「いや、なんか先生とシグナムさん達と仲が良いなぁ、って」

 

 なのはのあらあらという微笑ましそうな表情に一発顔面に叩き込んでやろうかとは思ったが、それを我慢しながら年長者の矜持で抑え込んでおく―――少なくとも主観経験だけならこの集団の中でぶっちぎりどころか次元世界でもぶっちぎりの自信はあるのだから。ともあれ、んとな、と言葉を前置きして視線をヴィヴィオへと向ける。

 

「俺たち戦友。な、ザッフィー」

 

 ザフィーラを肩を組む。その言葉にヴィヴィオが首をかしげるがザフィーラは頷き、肯定する。

 

「ここにいる誰もが生まれる前の話だ。まだ古代ベルカと言われていた時代に我々は肩を並べて戦っていた。だがザッフィーは止めろ」

 

「ザッフィーやシグシグとはその時代戦友よ、戦友。俺たちエレミア一族は親から子へと記憶と経験を継承させるから、基本的に先祖のやった事ややらかした事は全部覚えているから、究極的に言えば”今も生きている”って半分は言えるようなもんさ。んでずっと昔にザッフィー達と肩を並べて戦ってた時があったのさ、当時のウチの一族がな」

 

「懐かしい話だ……あの頃は本当に地獄だったな―――あとザッフィーは止めろ」

 

 肩を組んだまま過去を想起する。いきなり爆ぜる人体。訳も分からなく切り殺される戦友。虚空から出現して爆撃を行う戦艦。時間の壁を越えて発生する狙撃。お前らちょっとヤバすぎるもん戦場に投入してない? 本当にそれでいいの? とか思ってしまうが全員、狂ったようにブレーキが消し飛んでいた時代だ。基本的に正気が残っている人間数名が味方とかいう状況になってた。正気を失った奴は片っ端から禁忌兵器に手を出して大地を滅ぼすだけだ。

 

 アレは、ほんと酷い時代だった。

 

 もしかして裏に黒幕がいて、時代をそういう風に流れさせていたのではないか? と思ってしまうほどには。まぁ、ただ間違いないのは火種を用意した奴、そしてそれを燃え上がらせた奴がいる事なのだが。惜しむべくはその連中を見つけられなかったことだろうか。

 

「そんなわけで俺とザッフィーはマブよ、マブ」

 

「マブは言い方が古いのではないかザッフィーは止めろ」

 

 その言葉にほえー、と声をヴィヴィオが漏らし、そして少し悔しいなぁ、と声を零す。その反応に軽く首を傾げれば、ヴィヴィオが答えてくる。

 

「え、だってアインハルトさんや先生の様に過去の記憶が、オリヴィエさんの記憶が存在していれば私だって同じような話題で盛り上がれたり、懐かしい話をできたじゃないですか。だから私も欲しかった―――」

 

「あ、それがあると私やヨシュアが酷く拗らせるのでやめた方がいいです」

 

「オメー、既に割と拗らせてるの気付いてないの???」

 

 ハイディが此方へと鋭い視線を向けてくるので、ザフィーラを正面に押し出してその大胸筋でガードする。ノリがいいのか軽く大胸筋をピクピクさせているあたりがポイントになっている。ただヴィヴィオは拗らせる、という言葉の意味をよくわからないらしい。なるほど、と思いながら頷き、フェイトを指さす。

 

「ああいうのは百合を軽く拗らせて男が見つかってない女って言うんだ」

 

「え、そこで私を例に出すの? 初対面なのに!? というかこじらせてなんか……待って、なんでヴィヴィオはそこでなるほど的な表情を浮かべてるの! ねぇ!」

 

「だってフェイトママ彼氏の一人もいないでしょ」

 

 ヴィヴィオの言葉がフェイトを殺した。そのまま崩れ落ちるフェイトの姿を誰も助ける事はなく、合流の時間は少しずつだが迫って来る。その度に新たな顔があらわれ、

 

 そして、カルナージでのオフトレへと向けた移動が始まる。




 息抜きに更新。最近はクッソ真面目に一次の設定資料を構成中でそれに時間を取られている感じで。興味のある方は活動報告を確認な感じ。カクヨムでやるか、なろうでやるか実際悩みどころ。

 それはそれとして、ベルカ大集合


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修羅舞踏-2

 それから更に十数分ほど時間を潰しているとまだ合流していなかった面子がやって来る。とはいえ、そのほとんどが自分にとっては未見―――初対面の相手だった。そこには無論、ハイディも含まれていた。このなのはファミリーとでも言うべき集団は偉い実力者の集団ではあるのは解っていたが、ザフィーラやシグナム等の古い戦友を除けば、ほとんど初対面の面子ばかりだった。しかもそれに美人がついてくる。少しだけ居心地の悪さを感じながらオフトレの参加者が全員そろったことで、空港の中へと移動が始まった。

 

 女子連中の荷物が妙に多いため、チェックインで時間がかかるのはどこでもいっしょだな、と観察している間に自分を含めた男子連中は早めにチェックインを完了させ、他の検査もパパっと終わらせ、ゲートへと向かうという手軽い状態だった。

 

 なお猫はさすがにケージの中に入れて貨物室行きだった。

 

 自分、ザフィーラ、赤毛の少年、それがオフトレ男子の全てだった―――いっそ虚しさすら感じる数だったが、ともあれ、軽くあいた時間に自己紹介でもしておくべきか、と時間を潰すついでにビザの確認などを終わらせた赤毛の少年に手を出す。

 

「軽くしか自己紹介してねぇからもっかいやっとくな、ヨシュア・エレミアだ。今回は貴重な男子の一人だから、よろしく頼むぜ」

 

「あ、エリオ・モンディアルです。異様に強いって話は聞いています、今回は宜しくお願いします」

 

 赤毛の少年は見た目、15,16程に見える。少年から青年になろうとしている時期だ。少し、格好つけたがる年頃でもある。自分もそういう覚えはあるから、ちょっとだけ親近感がわいてくる。だけども態度は礼儀正しい。だから礼儀正しいタイプだなぁ、と思いながら手を握り返してくるエリオと握手を交わすとそうだなぁ、とザフィーラが頷く。

 

「基本的に我らの付き合いは女子が多いからな……何故か」

 

「男子でオフトレに参加できそうな知り合いは他は……ヴァイスさんぐらいですかね? 他はここのみんなとはあまり付き合いのない個人的な知り合いですし」

 

「なんだよザッフィーも(エリオ)も寂しい人間関係しやがって。いや、美女に囲まれるのも一緒にいるのも素敵な話なんだぞ、もうちょっと笑顔になってもいいんだぜ、お前ら。ロビーで待っている間に素敵な嫉妬の視線を突き刺さってるのを感じただろ」

 

「俺の場合そういう視線で見れる様な感覚ではないし、そう見たら見たで”獣医へと連れて去勢させるからな”と言われてな……あとザッフィーは止めろ」

 

「僕を肉って断言するの止めませんか。あぁ、うん。なんか大体のキャラ把握できましたけど。あと肉じゃないです。僕超肉食系ですから。女子とか食いまくりですから。特定の女子と付き合わないプレイボーイですから」

 

「プチトマトを使った料理と言えば?」

 

「サラダ」

 

「草食系だな」

 

「こんなの関係ないでしょ……!」

 

 エリオの言葉に三人で視線を合わせ、数秒間無言で過ごし、それから一気に爆発させるように笑い声を零した。なんだかんだで自分の周りにいるのは良くも悪くも女ばかりだ。そうなって来るとさすがにデリカシーの都合上、口に出せない話やテンション、ノリといったものがある。ここにはザフィーラ、自分、そしてエリオの男三人しかいない―――男の馬鹿話をするにはちょうど良いタイミングだった。

 

「いやぁ、このノリで喋れる相手がいるとはなぁ。参加するの女子ばっかりだから乳とケツ視姦するしかやる事ねぇかなぁ、とか思ってたんだけどこれは案外寝る時が楽しそうだな。性癖暴露大会とかAV観賞大会とかお前、誰で性の目覚め感じた? とかそういう話が出来そう」

 

「あ、そういうノリってなんか修学旅行って感じがしますよね。というかAV持ち込んできたんですか」

 

「しっかりとな! 最初はこれ、流しっぱなしにした所をヴィヴィオにでも突っ込ませてテロろうかと思ってたんだけどちゃんとした使い方出来そう!!」

 

「相変わらずお前(エレミア)は頭がおかしいなぁ……」

 

 褒めるなよ、などと答えながら三人で少しだけ下種い笑い方で盛り上がる。なんだかんだでこの手の話題の盛り上がり方は男子の方が楽しい……というか自分の周りの女性は、こう、本気にしそうなタイプばかりだから必然的に避ける事がある。ミッドチルダの男子女子人口は割とイーブンなはずなのに、なぜか女子ばかりが知り合いにいるとかいうのが現状だからこういう付き合いがあるのは存外嬉しい。

 

「まぁ、待て。これはヴィヴィオのためでもあるんだ。見ろよ親Aと親Bを。片方は百合をこじらせているし、もう片方はなのはだぜ……?」

 

「言いたい事は凄く良く解る」

 

「ただ聞かれたら処刑されかねない言い方ですよね」

 

「そこで恐れるから貴様は肉の視線を向けられるんだ。貴様もタマの付いた男なら自分から攻めるぐらいの気概を持たねばダメだろう! 諦めんなよ! 男なんだろ! その立場に甘んじるなよ!! もっと気合い入れて! 押し倒すぐらいのマッシブさを見せてサラダについてくるベーコンぐらいの肉系男子を卒業するんだよ!!」

 

「今、僕の事凄い勢いでディスってません??」

 

「してるよ!」

 

「なんか段々僕の中で遠慮力っぽいゲージが削れて行く気がする」

 

「そのまま消費しきろ。本番は向こうに到着した夜になってからだからな。それまでにそのゲージは吹っ飛ばしておきたい」

 

 いったい何をやらかすつもりだ、と恐ろしそうな視線エリオが向けてくるが、この修学旅行の雰囲気っぽい夜でやる事と言ったら決まっている。しかし相手は歴戦の管理局員。それを達成するには一人の力じゃ絶対に不可能だろう。となるとどうあがいてもザフィーラとエリオの力が必要になって来る。なおザフィーラに関しては数百年ぶりに出会えたおかげか結構テンションが高いのは解る。犬だしそのうち立ちションしそう。

 

「しかし現代までエレミアが生きていたとは驚いたな。戦乱の間に絶滅したものだと思っていたが」

 

「夜天の書の方はバックアップ機能があるからそう簡単にゃあ消えるとは思えなかったし、ウチらは生きてればいつかまた会えるとは思ってたけどな。まぁ、あの時代は基本的に何かが起こっても驚けないぐらい不思議な時代だったしなぁ……」

 

「端で聞いていると古代ベルカのイメージって良く掴めないものなんですが……古代ベルカってどんなもんなんですか?」

 

 エリオが首を捻りながらそんな事を聞いてくる。それを問われ、ザフィーラと視線を合わせ、首を捻る。古代ベルカ、それがどんなものだったか……その言葉の答えは難しい。古代ベルカを表現する言葉は多いが、その最たる物を出すなら”地獄”という言葉が最も正しいだろう。そんなことを考えているとポツポツと審査を完了させた女子達が此方へとやってきて合流してくる。背の低いピンク髪の少女がエリオに視線を向けると、一瞬だけ野獣の如くの眼光を見せてからその横へ滑り込むように移動した。あぁ、これは肉だよなぁ、なんてことを思っていると、他にも続々と合流し始める。

 

「あ、私も古代ベルカの事知りたいです!」

 

 ヴィヴィオが片手を上げながらそう言ってくる。その言葉に対して後ろから歩いて追いついたハイディが溜息を吐きながら肩を振るう。

 

「知ったところでどうしようもありませんよ。あの時代は本当に色んな意味で”救いのなかった”時代です。一番力のあった聖王主家が真っ先に滅んだせいで周辺を抑えるバランスやパワーが消滅してしまい、次元世界をいくつも巻き込んだ大戦争へと発展してしまいましたからね。今では管理局がロストロギアと呼んでいる物も古代ベルカでは製造されている武装だったりしましたからね。それを振り回して殺せるだけ相手を殺そうとする、そんな時代でした。ぶっちゃけ、あんまり情操教育に良くないですよ」

 

 ハイディはそう言葉を漏らしながら此方の隣へと歩いてくる。やはり他の面子とはまだちょっと交流し辛いか、なんて事を考えながら軽く、バレない様に溜息を吐いていると、ザフィーラが腕を組んだまま頷く。

 

「正直な話、あの時代の事はどんな幸福があっても忘れられない。あの時代に抱いた絶望の数々は決して色あせない、忘れてはならない教訓としてこの胸に刻まれている。だがアレは伝えるようなものではない。忘れる事が一番の幸福だ」

 

 シグナムが合流した。その表情は若干複雑なものだ。

 

「古代ベルカの話か……あまり良い思い出がないな。つくづく今の時代がどれだけ平和か思い知らされる。戦う事は嫌いではないし、あの時代の猛者とまた戦いたいという気持ちも確かにある―――だがもう二度とあの地獄を経験したいとは欠片も思えない。それだけは確かだ」

 

 シグナムの言葉にハイディ、自分、そしてザフィーラの三人で頷く。だけどヴィヴィオはそこでえー、と声を零す。

 

「なんかそれずるいですよ。四人だけなんか知っていて。その言い方だと余計気になりますよー。だって聖王教会の書籍にだって残っていないんですから、ベルカ騒乱の初期からの話は―――」

 

「……残せるわけないじゃないですか」

 

 誰にも聞こえないよにぼそりとつぶやいたハイディの言葉が的を得ている。聖王教会はおそらく意図的に初期の記録を焼却、或いは封印している。今では神の様に崇められているオリヴィエは実は聖王家に生贄としてゆりかごに乗せられた、なんて真実が出てきたらイメージが崩壊するだろう。基本的に現代の人間が知っているのは聖王家のクリーンな側の話だ。ぶっちゃけた話、きれいごとで世界は支配できない。ベルカ聖王家だって相当汚い事を裏ではやっていたのだ。じゃなければ国家、そして連合盟主なんて事は出来ない。

 

「……そこまで酷い話なの?」

 

 なのはの言葉に頷く。

 

「古代ベルカの争いに関してはもう二度と戦争なんかしねーよばぁーか! って大声で叫びたくなる内容だし―――」

 

「―――ベルカ初期、オリヴィエがゆりかごに搭乗するきっかけとなった話をすると私やヨシュアみたいに教会嫌いか不信に陥る事もありますね。まぁ、私達の場合は当時の光景を知っているから誰よりも畜生だったところを知っているというのもあるのですが」

 

「うーん、そこまで言われると気になっちゃうなぁ……」

 

 そんなつぶやきが聞こえた所で、ゲートを通した次元航行艦の搭乗開始を告げるアナウンスが空港内に響いた。そちらへと向かって移動を初めながら、ちらりとヴィヴィオの方へと視線を向け、その姿を盗み見た。わくわく、という風の表情を浮かべ、期待に満ちた視線を向けてきている。その姿を見て、小さく息を吐きながらゲートへと到着する。

 

 そこでパスポートとボーディングパスを見せて通してもらい、そのまま次元航行艦に搭乗する。何度もこういう空港にはお世話になっている文、自分は慣れている。さっさとパスに書いてある席まで移動し、ショルダーバッグを上のスペースに押し込んだら座る。予めチェックインの時に決めていたようにザフィーラとエリオが横に座る―――つまりは男が三席一緒に並んでいるわけだが、背後の席から身を乗り出すようにヴィヴィオが姿を見せた。

 

「ねー、教えてくださいよー」

 

「……」

 

 どこか子供っぽいその様子はある意味”子供その物”とも言えるのだろうが―――そうか、と思い出す。まだまだヴィヴィオは子供だったな、と。クローンとして作成され、生み出されたのだから与えられた知識とは別に経験年数は圧倒的に不足している子供だったと。そりゃあ色々と無防備だよな、とシートの頭部分に胸を乗せているヴィヴィオを見ながら思い、

 

「仕方ないにゃあ、ヴィヴィオちゃんは……」

 

「えっ、教えちゃうんですか」

 

 ヴィヴィオの様に後ろの席から身を乗り出したハイディが少しだけ驚きながら口を挟んでくる。

 

「むしろここで教えて過去の聖王家に関する幻想を捨ててくれたら色々と嬉しいわ。歴史は過ちを覚える為にあるし―――ま、数時間のフライトなんだ、暇つぶしにゃあちょうど良い話題にもなるだろ?」

 

「やったー!」

 

 椅子を乗り越えて抱き付いて来ようとするヴィヴィオの額にカウンターでデコピンを叩き込みつつ、やれやれ、という視線をハイディから向けられる。一番のコミュ障でぼっちのお前にだけはそんな視線向けられたくないと思いつつも、

 

 なんだかんだで過去を話し、理解されるのは少しだけ、幸福な事だよな、

 

 そう思いながら過去を語る内容を考え始める。




 飛行機内も暇だけど、空港でチェックとか受けている間が一番暇というね。という訳で次回、地獄のベルカの歴史。オフトレ入って濃厚なバトル描写したいとか考えつつも、どっかで早めにベルカの話は入れないとこじれるよなぁ、と。

 そして三馬鹿結成


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修羅舞踏-3

 すべての悲劇、そもそもの始まりはオリヴィエが聖王核を母親から強奪する様に受け継いで生まれてしまったことが原因なのだろう。その時、全ての歯車が狂いだしたのだろうとは思う。少なくとも、それがエレミアとしての見解だった。当時の聖王はそれを酷く悲しみ、そしてそれを忘れる様に政治に埋没した。そうやって聖王家は、ひいてはベルカは更に大きく繁栄し、多数の国家の同盟盟主としての地位を入手するに至った。だがそれは性急なものだった。当時の聖王、たった一代でそれをなしたのだ。

 

 反発しない者がいないわけがない。

 

 見えないところでガスが蓄積され始めた所で―――王女としては欠陥品のオリヴィエはシュトゥラへと留学の名目で送り出された。シュトゥラは聖王家から見てもかなりの強国であり、若いうちにオリヴィエとクラウスを合わせておけば後に政略結婚でくっつける時楽になるのではないか、と聖王が判断したのだ。そして両腕のないオリヴィエに両腕を与える許可を出し、オリヴィエはシュトゥラへと人質に出された。

 

 そこでオリヴィエは得難い友を得る。武術と義手をくれたヴィルフリッド・エレミア、シュトゥラの王子クラウス・イングヴァルト、そしてシュトゥラの森に住まう魔女のクロゼルグ。彼らと共に留学という名目で騎士学校へ学びにきたオリヴィエはベルカの王宮では学ぶ事のできなかった、友と遊ぶ時間や、その楽しさ、そして()()()()()()()という気持ちを芽生えさせる。それはある意味、狙われた事だった。何もしない小娘が酷い世界から大事なものを得る様な事があれば、それに対して執着心を覚えるだろう、そういうやり口だった。

 

 だが当時、それを理解できる彼女の味方はいなかった。

 

 ヴィルフリッドはクラウスに恋心を抱きながらもオリヴィエとの友情を感じ、青春の日常を過ごしながらもオリヴィエの才能を認め、その拳を振るう術を教える事に楽しさを覚えていた。クラウスはその心がオリヴィエに惹かれて行くのを理解しつつも、まだ青年でしかなく、未熟である彼では政治の世界の闇は深すぎた。そしてクロゼルグは純粋に幼かった。幼すぎた。彼女は物語の犠牲者役でしかなかった。

 

 オリヴィエの近くにいて、彼女を理解する者がいても、シュトゥラから離れたベルカの地で彼女を理解し、守ってくれる存在はいなかった。だから悲劇の盤面はドンドン突き進んで行く。水面下でガスがドンドン蓄積されて行き、オリヴィエの見えない世界でそれは爆発した。

 

 聖王家に対して戦争を売る国家が出始めた。その同盟国であるシュトゥラは燃やされ、クロゼルグは怪我を負った。その事に対して心を痛めたオリヴィエはクラウスやヴィルフリッドの声を無視して即座にベルカへと戻り、父である聖王に対してゆりかごを使う事を求め、それに自分を使う様に頼み込んだ。

 

 ―――聖王は涙を流しながら笑顔でそれを喜んだらしい。

 

 この時点でオリヴィエの運命は確定した。

 

 もし、城に誰か、彼女の味方がいれば、聖王の意向を変えることが出来れば、説得することが出来れば、或いはオリヴィエを強引に連れだせるような人間がいれば、話はまた別だったかもしれない。だがそれに対して聖王は先手を打ってきた。

 

 オリヴィエが平和の願いと小さな不安を継げた相手、ヴィルフリッドを警戒してまず手練れの騎士で彼女を囲み、逃げ出せない様に適度に暴行を加え続けながら幽閉した。万が一オリヴィエを説得できる存在がいたとすれば、或いは彼女を武力で止める事が出来たのは、同じ流派を知り尽くしたヴィルフリッドだったのだろうから。だから聖王はまずヴィルフリッドを幽閉し、オリヴィエから彼女の存在を隔離した。

 

 次に聖王はクラウスを騙した。次に誰か、何かをするのであればそれは間違いなくクラウスだっただろうから。恋心とは時に人を大きく変える。それを聖王は自分自身で良く理解していた。だから聖王はオリヴィエは城でおとなしく警護されており、荒れている現状に対して非常に悲しんでいると虚報を流した。生来の正義漢であるクラウスは疑いもせずに、それが少しでもオリヴィエの慰みになるのであれば、という理由から最前線に出た。

 

 そこから地獄は始まる。

 

 先制攻撃でシュトゥラを焼き払ったのは禁忌兵器だった。現代のミッドチルダで禁止されている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。例えば躯王。誰がそう名付けたか、始まりは一体のゾンビ。そいつが死ぬとき破裂した細菌によって感染が発生し、十数人がゾンビになって、そいつが次の犠牲者を生み中で、始まりの人は自分と殺した相手の死肉を集めて融合し、更に醜悪な怪物として肉を圧縮して人の形を保ったまま戦い続ける。何が酷いかというと躯王は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だろう。地獄の様な世界の中でも自殺してもそれで犠牲者が増えるだけ、安息の地は戦場で禁忌兵器によって焼却された時ぐらい。

 

 そんなレベルの兵器が普通にぶっ放されるのがベルカ騒乱だった。だがこれはまだ1戦場規模だったから()()()()()と言える。ゆりかごは禁忌兵器の中でも最悪と呼べる類の兵器であり、ロストロギアの製造を行っていたと言われる古代ベルカであってもロストロギアと言われていたブラックボックスの塊であり、

 

 聖王家はその破壊力を理解するも()()()()()()()()()のだ。

 

 着々とオリヴィエの生贄が決まって行く、一番最初に動いたのは怪我をしているクロゼルグだった。元よりクラウスやオリヴィエ、ヴィルフリッドという人体の限界に挑戦した武人達と一緒にいた彼女は強く、そして何よりも賢かった。故にクロゼルグは誰よりも先に、一番信頼し、そして好きだった男へ―――つまりはクラウスへと知っている事、

 

 オリヴィエがゆりかごに乗ろうとしている事を教えた。

 

 情報が規制されていたクラウスとは違い、クロゼルグは自由に話を集めることが出来た。それ故に、彼女はクラウスにその言葉を伝え―――悲劇の夜が訪れた。

 

 戦場からベルカへと直行し、ゆりかごへと到着したクラウスの前にいたのは完全に覚悟を決め、ゆりかごへと搭乗する段階だったオリヴィエの姿だった。ゆりかごへの適性の低いオリヴィエはゆりかごを動かせば最後、確実に死ぬと言われていた。そして聖王家には当時、もっと適性の高い人物がいたのは確かだ。だが聖王家の王女が命を使って戦争を止めた、という話題性は当時の聖王にとっては素晴らしい状況だった為、誰もオリヴィエを止める事をできず、実行に移されていた。

 

 オリヴィエの覚悟は決まっていた。

 

 だからクラウスもやる事を決めていた。

 

 暴力でオリヴィエを殴り倒し、連れ去って逃げる、と。完全に王子の立場を捨てるし、国を捨てるし、戦争からも逃げるだろう。だがクラウスはそれでもいいと判断した。オリヴィエのためなら自分の人生のすべてを投げ捨ててでも良いと思ったのだ。故に倒して、強引にに連れ去る。それを実行するためにクラウスは拳を作って、オリヴィエへと向き直り、

 

 ―――掠り傷さえ与える事も出来ずに敗北した。

 

 救国の使命を背負ったオリヴィエの覚悟は()()()()()()()()のだ。メンタル面ではクラウスの覚悟とそれこそ引けを取らないほどに。そしてオリヴィエの才能は軽くクラウスを凌駕しており、聖王の鎧と呼ばれるレアスキルの使い方を彼女は直感的に完全に理解していた―――初めからクラウスが本気のオリヴィエに勝てる様な道理は存在していなかったのだ。そして倒れたクラウスの前で、

 

 オリヴィエはゆりかごに騎乗した。

 

 ―――そして本当の意味でのベルカ騒乱が始まった。

 

 聖王家とゆりかごの参戦―――それは最悪クラスの禁忌兵器の実戦投入という結果だった。次元世界そのものを滅ぼすという兵器を前に恐れた敵対国家がとる手段は一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だ。ゆりかごの参戦前は戦場クラスの禁忌兵器だったのが、ゆりかごの参戦によって次元世界規模の禁忌兵器へとランクアップした。

 

 実質、戦争から歯止めが消えた瞬間だった。

 

 人を殺す事ではなく、()()()()()()()()を目的とした兵器が台頭し始める。その中でオリヴィエを救えなかった者達がそれぞれの動きを始めた。

 

 まずゆりかごの稼働によって価値のなくなったヴィルフリッドは解放された。オリヴィエの確定された死に涙を流しながらクラウスの結果を知り、恋心がありながらも何も出来なかった己にはもはや声をかける資格もないと、戦争を早期に終焉させる事を目的として敵対する指導者を皆殺しにする為に動いた。

 

 クロゼルグは終始子供であり、庇護される存在であり、悲劇の被害者だった。それを嘆いた彼女は魔術を磨き、それを遺伝的に伝えながら記憶を伝えて行き、今日にこういう悲劇が起きない様に子孫に伝えて行くシステムを生み出し、過去の幻想から逃げる様に姿を消した。

 

 そしてクラウスはキレた。王子という立場を利用した最前線に立ち、生き残る様にしながらも一番多く敵を殺せるように動き、帰り道のない修羅道へと堕ちた。相手がどんな達人、化け物であろうとも、手段を選ばず絶対に殺し、突破し、そして生き抜いた。

 

 そうやってオリヴィエと関わった、彼女の友人たち三人は全員人生が狂った。

 

 戦争はゆりかごが動いてから数年継続した。まずゆりかごが敵国を次元世界から消し去った。同時にベルカも新たな敵の禁忌兵器によって消し飛び、ゆりかごはその敵を消し飛ばし、報復にシュトゥラが地図から消えた。連鎖的に滅ぼし、滅ぼし返す流れでベルカの大地も、シュトゥラの大地も、跡形もなく消し去り、ゆりかごもすべての殲滅を終わらせると大地に落ちて眠りについた。クロゼルグは秘境で人にかかわらず生きる様になり、子孫を残すために男を見つけて孕み、ヴィルフリッドは一族の義務として一族の男と子供を作り、そしてクラウスは王族の義務として子孫を残した。

 

 文字通り、後に何も残さず、記録やそれを残す事の出来る人間のほとんどさえも滅ぼし、古代ベルカの騒乱は終焉した。

 

 残されたわずかな人々はゆりかごで敵を全て滅ぼし、そしてそれを成す事で死んだオリヴィエを最高の聖王として崇め、その言葉だけがオリヴィエに関して後に残った。

 

 

                           ◆

 

 

「―――子供を残した後のクラウスはそのあと、血の匂いが忘れられず、常に戦場を求めて放浪し、遺伝子にその全てを刻んでどこかで果てたとか。えーと……此方から補完できるのは大体これぐらいですね。ヨシュア、そっちはどんな感じですか?」

 

「お互いに確認できる事はこっちでも同じく記憶している。ヴィルフリッドは一族としての義務があった分自棄になったりする事はなかったけど、アレ以降は一度も笑みを浮かべる事はなく、死体の様に流されて生きてたな。クロゼルグは……まぁ、また会う時があったら聞いとけばいいか。まぁ、そんなことがあった俺らですが、こんなふうに時代を超えてまた仲良くなれました」

 

「……めでたしめでたし、ですね?」

 

 と、そこでホロウィンドウを通して情報共有しながら話をしていたのだが、機内を軽く見渡す。

 

 そこに広がっていたのは葬式会場だった。言葉のテロってここまでダイレクトアタックになるんだね、という感じだった。話を聞いていた者は誰もが俯くか涙を流し、ヴィヴィオやリオ、コロナに至ってはワンワン泣いてしまって年長組にあやされる最中だった。機内で盗み聞きしている乗客が他にも数人いたようで、同じように顔色を青ざめさせながら無言でうなだれている姿が確認できるし、これ、下手なテロよりもよっぽどテロいんではないのか、とテロの新機軸を切り開きそうになる。

 

「うむ、懐かしき地獄の風景を思い出すな。話を聞いている時に目をつむればあの頃の風景が思い出せる」

 

「あの頃は基本的に一撃で敵を殺しながら消し飛ばしでもしないと死体で邪魔しに来るからな、炎熱の変換資質を持つ者は結構重宝されていたな―――私とか」

 

「ヴォルケンリッターのメンタルはバケモノか」

 

 一部がヴォルケンリッターの慣れ切った様子に戦慄している中、ヴィヴィオがひときわ大きな声で鳴き声を響かせる。

 

「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛! よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛! 時代を゛超え゛て゛ま゛た゛仲良く゛な゛れ゛て゛良か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛!」

 

「お前はそろそろ煩い。てぃ」

 

「あだっ」

 

 椅子を軽く乗り越える様にヴィヴィオの額にデコピンを叩き込むと、ヴィヴィオがハンカチで目元を拭いながら片手で額を抑えていた。悲しんだり感動したり色々と忙しい奴め、と軽く溜息を吐きながら笑みを浮かべ、

 

「いいか、これに懲りたらオリヴィエの記憶があれば……なんて絶対思うんじゃねぇぞ? いろいろあったけど現代は比較的平和でやってるからな。拗らせてるのは俺たちで十分だ。記憶(こんなもの)がなくても笑って生きる事は出来るんだからな。それよりもほら―――」

 

 窓の方へと指させば、次元航行から通常航行空間へと出た窓の外にはカルナージの自然の姿が映し出されていた。どこまでも広がる蒼穹、大地を埋め尽くす緑、そしてそのままの姿で暮らしている野生生物たち。ほんの一部分だけ観測と生活用に開発されている以外は無人世界であるカルナージ、その美しい自然の姿が窓の外には広がっていた。

 

「滅びたクソの様な歴史よりも自然を楽しもうぜ」

 

 無人世界カルナージへ、こうやって俺たちは葬式の様なムードで到着した。




 このカルナージ行く流れが凄い修学旅行を思い出させる。何、てんぞーの修学旅行の思い出だって? 貴様らそんなことが聞きたいのか?

 パンツ一枚姿で頭にパンツを被ったポーランド人の後輩が夜、ベッドから抜け出して床を転がり始めながらピスタチオをスパイダーマンの糸発射のポーズで投げ飛ばし「ダーマ! ダーマ!」とか言いながら転がってたら教頭の足に転がりぶつかってそのまま連行された事かな……。

 転がりながら教頭の横を進んでゆく姿はまぎれもないキチガイだったてんぞーの修学旅行の思い出。まって、これ俺の思い出じゃなくて後輩の思い出だぞ。

 そんなことを言いつつまた次回。えぇ、ベルカは地獄でした。でもまぁ、終わった話なのでさっくり。


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修羅舞踏-4

 カルナージの空港は小さく、そして乗客のほとんども自分たちが占めていた―――当たり前だ、そもそもカルナージは無人世界であり、観測班や監視を抜けばほとんど人が住んでいない。ここにいるのはなのは達の知人であるルーテシアとメガーヌという人物らしく、それを除けば管理局の観測班ぐらいだろう。今回の旅行にベルカの騎士の護衛はヴォルケンリッターが二人も参加している事から存在しないし、安全性は保障されている。そういう訳で空気を完全にお葬式状態にしてしまった手前、少しだけ居心地の悪さを感じており、飛行機が着陸してからは全員を押し出すような形で空港から押し出せば、たちまち気力を回復させる。だろう。そんな事を思いながら空港を歩く左側には人の感触があった。

 

「……」

 

「一緒です!」

 

 左側へと視線を向ければ飛行機から降りた直後、腕を絡めてきたヴィヴィオの姿があり、その反対側の腕はハイディの腕と絡んでおり、ヴィヴィオが中継ぎをする様に自分とハイディの姿を繋げていた。まだまだ目元は泣いた跡で少しだけ、赤く腫れているが、今では笑みを浮かべている。本当に子どもの様な奴だなぁ、とは思いもするが、実際のところ、自分やハイディが精神的に老成しすぎているだけの話だ。むしろヴィヴィオぐらい能天気なのが普通の子供なんだろうとは思う。まぁ、それにしたって次元世界では老成した子供がそれなりに比率としては多いのは事実なのだが。

 

「なぁご」

 

 ケージから解放された猫が自業自得だと言わんばかりに軽く笑うような声で鳴き声を響かせたのがやけに印象的だった。

 

 

                           ◆

 

 

 ターミナルを出てエアポートバスに乗って一時間ほど大自然に囲まれながら進むと、やがて陰鬱な雰囲気はその景色の前に完全に吹き飛んでいた。バスから降りて更に歩く事十分ほど、道がなくなって切り開かれた草原に木製の大型ロッジの姿があり、その前で紫髪の少女が大きく手を振りながら立っていた。

 

(エリオ)がないなら帰っていいよ―――!」

 

「畜生にしか気に入られないのかアイツ」

 

 第一声から狂気を感じさせる発言から、小走りで追いついたピンク髪―――キャロのドロップキックが決まって紫髪の少女、ルーテシアが蹴り飛ばされた。恋敵やってるんだなぁ、とどこかホンワカとしつつ、何時になったら俺とハイディは解放されるんだろうか、と横で笑顔のまま腕を組んだヴィヴィオを素早く確認し、視線を他の男共へと向ける。

 

 エリオはそんな場合じゃなかった。

 

 ザフィーラはいつの間にか小型犬になって首根っこで掴まれて運ばれていた。

 

 ―――もしかして男子の立場ヤバイ? そんな事実に今更ながら気づかされる。

 

 そんなことを考えながらもロッジに近づけば、営業スマイルを浮かべたルーテシアが片目で野獣の眼光をエリオへとむけて放ちながら、口を開いた。

 

「皆ようこそカルナージへ! (エリオ)だけ置いて帰っていいよ!」

 

 ロッジの扉が開いて虫人の様な存在が出現し、ルーテシアを掴むとそのままロッジの中へと引きずって連行して行き、入れ替わる様にロッジの中からルーテシアの母であるメガーヌが出現した。

 

「娘がやんちゃやんちゃで……本当に申し訳ありません。それはそれとしてようこそカルナージへ、長旅お疲れでしょうし、まずは部屋の方へ案内しますね」

 

「どうも、メガーヌさん。数日間お世話になりますね」

 

「いえいえ、此方も―――」

 

 既に顔見知りらしいなのは達一部の年長者は直ぐメガーヌへと近づき、そのまま話を始めるとロッジの中へと進んでゆく。自分達もそのままヴィヴィオに引っ張られるような形でロッジの中に入って行く。ロッジの内装は広く、それこそ普通に客商売が出来そうなほどに整っており、宿泊施設でも開けばいいんじゃないかな、と思える程まともなロビーが存在し、カウンターに置いてあった鍵を取ると、メガーヌがそのままロッジ内の案内を始める。遊技場、露天風呂、そして男子部屋、と順に案内をしてもらう。男子部屋に到着した所で組まれた腕から逃げ出そうとするが、意外とがっちり腕をからまれており、

 

 面倒なので、気配を殺してから猫を拾い、自分の腕と入れ替える様に猫を変わりに挟み込み、脱出した。

 

「……」

 

 信じられないものを見るような目を猫が向けてくるが、それを無視してそのまま男部屋の中へと入り、ショルダーバッグを部屋の隅のほうへと投げ捨てながらおいてある二つの二段ベッドを確認し、

 

「いっちばぁ―――ん!」

 

 軽いステップから跳躍し、壁に足をつけたらそのまま壁を歩いて二段ベッドの上へと到着し、壁から足を外してベッドの上へと着地、そのまま寝転がる。軽く見た感じ、普通に宿泊施設として取れるロッジの一室、そのままな感じだ。特に不満のない、いい部屋だ。それに二段ベッドはあんまり使った経験がない。個人的には割とこの時点で満足している。そんなことを考えながら二段ベッドから首を出して下へ視線を向ければ、エリオとザフィーラの視線がこちらへと向けられていた。

 

「えーと……本当に魔法、使ってないんですよね……?」

 

「俺はな。魔法使わないほうが強いからな」

 

お前ら(エレミア)は何時もどこか突き抜けたやつが一人いるよな」

 

「そういう一族だからな」

 

 よっこらしょ、と声を零しながら頭から落ちるようにベッドから落下し、逆さまに倒立するように着地し、軽く両手で体を跳ね上げて両足で着地する。そのまま軽く体を右へ、左へと捻る様に動かしてから拳を握り、短く振るう。やっぱり移動時間が長く、体が活動を求めている。せっかく猫を連れてきたもんだし、今日はいつもと違うことに挑戦するのもオツなのかもしれない。

 

 この程度のことで気分を良くするのだから、自分も安い男だなぁ、と考えていると、エリオの声が思考を中断するように入り込んできた。

 

「今まで魔法を使わずに戦う人は見た事がないんですけど……辛くありませんか?」

 

 辛いか辛くないかで問われれば、

 

「勿論辛いさ。だけどこいつぁ俺が事故で使えなくなったわけでも、特別な事情があってやってるもんじゃねぇ。俺が俺自身に対して与えた強くなるためのルールみたいなもんよ。どっかの白い魔王みたいに遠距離引き撃ち高高度、ってコンボをやられるとものすごくめんどくせぇけど、そういうのに以外は俺、安定して即殺してるぜ」

 

 まぁ、と言葉を置く。

 

「―――今、オフトレに来ている連中に負ける気はしねぇな」

 

「……ほう」

 

 ザフィーラから好戦的な声が漏れた。ザフィーラへと気配を向ければ、エレミアの記憶にあるザフィーラよりも存在としての、()()としての密度が落ちているように感じられる。だけども、その肉体は鍛錬を欠かさないようにしっかりと磨かれ、闘志も研がれた刃のように鋭く感じる。なんてことはない、ザフィーラは生物に近くなっている。それだけの話だ。兵器だった頃よりも間違いなく()()()()()()()と自分は思う。

 

 だが強くなっているのは彼だけじゃない。

 

「どうだ、軽く体、動かしてみるか? まずは柔軟からの技術交流って感じで」

 

「悪くないな。数百年の間にお互い、どういう風に技を磨いたのか、それを語り合ってからでもいろいろと遅くはないだろう」

 

 結構乗り気だなぁ、とザフィーラの反応を見て思う。しかし良く考えれば乗り気じゃなければそもそもここまで来ないだろうと思いつき、当たり前の話だったよなぁ、と理解する。そこでじゃあ、とエリオが声を漏らす。

 

「すぐ傍に運動用のグランドがあるのでそこへと行きませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 どうやらメール等でルーテシアがしきりに自慢などをしている為、構造や場所についてはエリオがよく知っているらしい。これなら態々ガイドを読んでくる必要はないな、と考え、エリオの先導に従って部屋を出て、そのままロッジの外へと向かって行く。

 

 エリオの言う通り、トレーニング用の設備も非常に充実している、と言えるレベルで用意されており、自分が知っているダールグリュン邸の庭よりも広く、そして本格的に戦闘訓練を行える広場があった。どうやらシミュレーター機能搭載の様で、DSAAで標準となっている擬似戦闘プログラムのほかに環境再現プログラムも搭載されているようで、かなり自由が利くようになっているらしい。

 

 正直、羨ましい話だ。これで想像できる限り一番険しい環境を再現し、そこに引きこもれば武者修行の旅なんて―――なんてことも思わなくはないが、今は今、と切り捨てて、ザフィーラと相対する事にする。

 

「環境設定はどうしますかー?」

 

「障害物が多いとヨッシー有利になる」

 

「逆に開けているとザッフィーの方が有利になるな」

 

「二人とも半ば殴り合う様に名前を言い合うのやめません? なんでそんなに喧嘩腰であだ名を言うんですか? というか僕にどうしろと……」

 

 これも友情の形の一つだ、なんて言っている間にエリオが適当に環境設定を終わらせる。シミュレーターによって再現されたのはごつごつとした岩肌、山の斜面だった。足元の大地が盛り上がり、斜めに大地が傾きながら岩石がそこら中にあるが、多すぎず、少なすぎずといった感じに存在している。まぁ、これならある程度はフェアだろう、とは思う。しかしここまで環境を再現できるのはすごい技術だと関心を抱く。

 

「クラッシュシミュレーターも起動したのでよほどのダメージじゃない限りは大丈夫ですよー!」

 

 エリオのその言葉にはぁ、と息を吐く。

 

「便利になったもんだわ……」

 

「俺もそう思う……が、悪い事ばかりではない」

 

 そう言いながらザフィーラが足元を確かめるのを見た。しっかり大地を踏み、身体を固定するように靴裏で斜面を踏み潰し、感触を確かめる姿が見える。それを見て、さて、と小さく息を吐きながら武器が手元にない事を思い出しつつ、

 

 ―――足元の小石を蹴り上げ、右へと全力で投げ飛ばした。

 

「―――」

 

 瞬間、一瞬だけザフィーラの意識がそれを追うのを察知し、息をするよりも早くその意識の虚へと潜り込み、不安定な岩肌の斜面を全力で疾走する。慣れていない人間であれば転びそうになる事もあるだろう。だが己には確固たる山での踏破の経験がある―――それが山でのフリーランニングの仕方を体に伝える。

 

 故に一切のロスもなく、躓く事も何もなく、一瞬で落下するように、滑空する様にザフィーラへと到達する。そのまま迷う事無く着地で踏み込んだ右足を軸に体を前へと押し出す慣性をそのまま右手の掌底に乗せ、流れる様にそれをザフィーラの胸へ、最初は脱力した状態―――当てる寸前に力を籠め、肩、肘、手首、指関節を通すように衝撃を”押し込む”。

 

 ザフィーラの体を抜け、衝撃が反対側へと抜ける。

 

 が―――その肉体が硬い。

 

 押し込むように放った掌底を受けてもなお小動もしない。それはまるで鋼の塊を叩いたような、そういう類の感触である。そしてそれには覚えがある。

 

 蛇腹剣、或いはスネークソードと呼ばれる剣がある。

 

 伸びればリーチも長く、自由に動く武器ではあるが、それを戻し、完全に合一させている間は通常の剣同様の高い強度を見せる―――ザフィーラがやっているのはそれと同じことだ。

 

 肉体を締め上げ、筋肉で体を包み、抑え、そしてガッチリと固定し、押し込んだ衝撃をそのまま殺すように”強度で耐える”やり方だ。故に押し込まれた攻撃を完全に殺すように耐えきったザフィーラはこちらの攻撃後のわずかなゆるみを強制的に生み出し、戦闘のリズムを破壊する様に踏み込み、此方の軸足を逃がさないように踏み潰す。実戦であればそのまま足を踏み抜いて破壊する動きだが、クラッシュシミュレートでやっているせいか、そこまでの破壊力はなく、

 

 しかし、此方の逃亡を許さない。

 

 故に踏み込みのなく放ってくる拳に対して最小限の動きで指先で拳に触れ、クッションにする様に関節を折りながら殺す勢いを増やし、それをそのまま横へと弾く様にもう一歩、あいている足で踏み込みながら、肩からザフィーラの胸板へと踏まれている足を背後へと押し出すように体を前へと突き出し、

 

 体当たりをする様に下からザフィーラの体を押し上げ、物理的に踏み込みを無効化し、衝撃を利用して体を後ろへと滑らせる。

 

 それを阻むようにザフィーラの左腕が伸びる。指先が拳ではなく爪の様な、フックの形をしている。それは体ではなく、服装を狙ったものが目に見えている。

 

 故に上着の袖に指が引っかかり、突き抜けるのと同時に倒れこみながら足元の砂利を顔面へと蹴り上げつつ、上着を抵抗する事無くするり、と抜けて体を倒す。

 

 腕が降りぬかれるのと同時に上着が眼前へと引っ張られ、砂利から守る様に広がる。その瞬間に大地に背から着地し、両手で大地を掴んで蹴り上げる様に倒立、後ろへと体を飛ばしながら両足で着地する。

 

 見事にそれを片腕で防いだザフィーラが上着を投げ捨てるのを確認しつつ、再び大地の感触を足裏に―――久々の強敵の気配に血を滾らせ、踏み込んだ。




 気分転換がてら久しぶりの投稿というかなろうと合わせて本日は二作品目の更新だこれ。まぁ、なにはともあれ、

 基本的にザッフィーってなのはだと空気な場合が多いので、少しはカッコいい方がいいんじゃないの? という事で。あ、あとインドでリアルで牛に追いかけられたトラックに飛び乗って逃亡しました。怖い。


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修羅舞踏-5

 踏み込まず、後ろへと足を引きずりながら逆の足で足元の小石を蹴り上げ、それを掴む。それに反応する様にザフィーラが踏み込みながら片腕を掲げ、突き進んでくる。その姿を目視しながらも魔法を一番使いづらい近・中距離――――魔法のアクションが遅さにつながる距離を維持しながら後ろへと滑る様に山肌を進み、投石しながら後退する。

 

 武器がないなら生み出せば良い。

 

 そして投石とはもっとも原始的で、多くの生物を殺した武器だ。

 

 軟球でさえ剛速球となって頭に叩き付ければ人を殺すことが出来る―――それを鍛えられた男の腕で、それも殺すだけの威力と技術を込めて放てば、それだけで凶器となる。銃も弾丸も必要はない。即席の凶器で十分殺せる。そしてこのやり方は非常に慣れている。手首と指をスナップさせる様にしながら腕全体を最小限の動作で投擲する。そうすると投石が鋭さを得て、

 

 最小限の動作で回避したザフィーラの服が、切れる―――つまり速度による鋭利性を得る。

 

 たまにはチマチマと削るのも悪くはない。そんな思考を形成しながらザフィーラとの距離を常に保ち、逃亡する様に見せ、ひたすら投石を続ける。蹴り上げ、掴み、投擲する。一連の動きを逃亡する動作と組み合わせることで逃げながら迎撃するという動作を魔法なしで完成させ、そのままザフィーラを削る。無論、それでザフィーラの体力の総量が減るわけではない。

 

 ―――だがザフィーラは究極の二択を迫られる。

 

 足を止めて距離を作って魔法を使うか、

 

 あるいはダメージ覚悟で一気に距離を詰めるか。

 

 そして―――ザフィーラが選んだのは接近だった。

 

()()()

 

 予想通り、と胸中で呟きながらザフィーラの腕に小石が強打され、いやな音が響いた。しかしそれに構う事もなく強い踏み込みで接近したザフィーラが震脚で足を大地に打ち込み、そのまま軽い地割れを大地に叩き込む。山の斜面という不安定な足場でそんなことを行えば立っている者は強制的に流されるのにきまっている。故にこちらの出来る事はそれを耐える、或いは跳躍による回避で、

 

 それを狙い澄ませたような拳が迫る。

 

 迫りくる拳に対してとれる選択肢は少なく、回避は不可能―――ならば迎撃するしかない。

 

 まっすぐ、砕くために振るわれる”剛”の拳に対してこちらがとる選択肢は蹴りだった。迫りくる拳に対してこちらの蹴りを上から斜めに流すように叩き込む。結果―――ザフィーラは揺るぎもしない、しかし、その代わりにこちらの体が押し上げられるように跳ね上がる。否、押し上げられるのではなく衝突の反動で”滑り上がる”のだ。故に跳躍から滑空、そして反動で再上昇し、

 

 ザフィーラの上から拳と蹴りを連続で繰り出す。徹し、貫く拳ではなく、正面から受けながら砕くというスタイルのザフィーラの拳は力強く、その反動を利用すれば体はたやすく打ち上げられる。故に、

 

 ザフィーラとの拳のラッシュ勝負に入った瞬間―――体が落下しなくなる。

 

 殴り、蹴り、反らし、滑り、そして反動で身体を浮かび上がらせる。戦いにおいて上をとるという行動は常にアドバンテージを握り続ける行動である。それ故にザフィーラを頭の上から押さえ続けるという状況は好ましい。だがその不利を向こう側も存分に理解している為、

 

 一瞬、攻撃が完全に停止し、体を固める事で防御し、蹴り落としを肩で抑え―――耐えた。

 

 その状態で固まり、攻撃を繰り出した後の動作で離れようとした瞬間、腕を伸ばし、足を掴みにかかる。捕まれば落とされると即座に判断し、

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 そのまま体を引き寄せ、両手で足をつかまれるのと同時に逆側の足で首をつかみ、両手の指を刺突させるような状態へ、そしてザフィーラの耳へと射し込めるようにして―――動きを止める。そのまま、数秒間、互いに組み合った状態で動きを止めていれば、

 

「―――あー!! なんかもう戦ってるー!!」

 

 能天気なヴィヴィオの声が聞こえた。その声に軽く苦笑し、足を解きながらバク転する様にザフィーラの肩から降りて着地する。片手でエリオにシミュレーターを解除してもいい、とサインを送ると山の斜面が消えて場所は再びグラウンドへ、そして少しだけ汚れた上着が残った。それを拾い上げながら袖を通す。アレ以上ザフィーラと殴り続けたらヒートアップした末に殺し手に手を出しそうだったので自重しなくてはならない。

 

 ―――アレだ、久々で若干気が昂っているのかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、ヴィヴィオが傍にまで寄ってきていた。

 

「ずるいし何時の間に逃げたんですか! 探してたんですよ! しかもザフィーラさんとなんかすごい事やってたし! というかザフィーラさんがそこまで殴り合えるって知らなかった……」

 

「魔導士が多い上に人間だと寿命を縮める様な戦い方だからな、他人に教えられるようなものではない」

 

「まぁ、ザッフィーは剛拳の中でも特にアレなタイプだからな」

 

「自覚はあるがそういう()()だからな―――あとザッフィーではない」

 

 そう言うとヴィヴィオがあ、知ってます、と声を零す。

 

「剛拳ってアレですよね、知ってますよ―――ストロングなスタイルって! そして柔が剛よりもストロングなスタイルって!」

 

「今すぐこの馬鹿に教えた責任者呼んで来い」

 

 視線をグラウンドの入口の方へと向ければ、最低限の身支度を終えた女子組が姿を現しつつあり、エリオが既にピンク色と紫色に引きずられてどこかへと連れ攫われるところだった。その中で、なのはが見事なサムズアップを向けてくるので、反射的に首を掻っ切るしぐさをとる。溜息を吐きながら、ここでも授業の時間か、と軽く息を吐く。

 

「じゃあまず簡単に説明すると、基本的に近接戦闘には大きく分けて剛、そして柔って呼ばれる二つのスタイルがある。別にこの二つのいいところどりをして合わせて使ってもいいが、断言するが戦闘中にそんな事してっと()()()()()()から、普通は完全に片方に染めておくもんか、片方しか使わないもんだ。ここ、テストに出すし方針にかかわる話だから覚えておけよ」

 

「はーい! あ、クリス、記録とっておいて」

 

 返答したヴィヴィオがデバイスの兎人形にこちらの発言の記録を頼み、頷いた人形が浮かびながら必死に記録を取り始める。それを見てザフィーラが腕を組みながら此方へと視線を向ける。

 

「教師の姿が似合ってるなヨッシー」

 

「うるせぇザッフィー。……えーと、それとなんだっけ……あぁ、そうだった。剛と柔な。簡単に分けるなら剛は受けて殴る、柔は流して殴る。そういう分類だ―――ちなみに勘違いされがちだけどどちらかに優劣があるとか、そういうのは一切なし。純粋に肉体の相性と技術としての相性の問題だ。ちなみに柔で格闘の出来る代表は……えーと、俺や妹のジークで―――」

 

「剛の代表となると俺やナカジマ……あとはそうだな、イングヴァルト……いや、今はアインハルト・ストラトスだったか。こっちになってくるな」

 

 少し離れた場所でハイディが名前を呼ばれたことに反応したが、ヴィヴィオよりもどちらかと言うとヴォルケンリッターの方に興味があるように見える。

 

「さて、ま……柔ってのは解りやすい。今やっている事の延長線上の事だからな。受けない、流す、回避する、力を利用する―――基本的な武術、と言われて抱くイメージに出てくるのが柔って呼べるスタイルって奴だ。何よりも重視するのは連携と回転率と連続性だ。ある意味マグロっても言える。動きを止めずにそのまま仕留めるのが理想だからな」

 

 そして剛は似て非なると言える。

 

「剛ってのは解りやすく言えばボクシングだ。受けて殴る。いや、受けて()()()殴るが正しいな。ダメージを受ける事が前提じゃなくて、攻撃を受け止めて、そして殴る事を前提としたスタイルになっている。柔が受け流す事によって隙を作るスタイルなら剛は受け止めて無理やり隙を作るってスタイルだ……決してノーガードって意味じゃねぇからな?」

 

 その言葉にヴィヴィオが首を傾げる。

 

「でも受けるって事はダメージをもらうって事じゃないんですか?」

 

()()はそうだろう」

 

 ザフィーラが言葉を挟み込んでくる。剛に関しては現役の彼のほうが説明が適任だろう、と言葉を譲る。

 

「ダメージとは受ける過程で発生するものだ。これは防御という手段をとる以上、仕方のない事だ。だが剛と呼べる戦闘スタイルを貫く以上、戦闘中に受ける必要が出てくる。故に技術を持って確実に受け止める、という手段が必要になってくる。まぁ、これは見てもらった方が遥かに解りやすいだろう。頼む」

 

「ういよ」

 

 返答と同時に掌底を捻じりこむようにザフィーラの胸へと向けて片手で放つ。それこそ食らえばしっかりとダメージが通るような一撃をだ。それに対してザフィーラは足を開き、筋肉を絞め上げて、体を固めながら腕を交差し、迫ってくる掌底に対して手首の部分に交差した腕をひっかけ、震脚を打ち込むように体を固定しながら仕込まれる腕を押し上げる。絞め上げた筋肉は鋼の様で、体は大地にしっかりと固定されており、腕を押し込もうにも体がそれ以上先に押し込めない。

 

 それを見せた所でお互いに解除する。

 

「……という風に、受けながらも攻撃を無力化させる、という技術がある。これが我々の言う受けて止める、というものだ。ただ回避出来る攻撃は普通に回避するという事は忘れないでほしい。あくまでも受けて止めるのは攻勢を仕掛ける時の流れの一部だ―――それ以外は柔も基礎もほぼ変わりはしない」

 

「ほぉー……なるほど……なんか力強く殴る、そんな感じのイメージだったんですけど、結構違うんですね」

 

「力強く殴るのは結局どこでもやってる。というか最低限相手をぶっ壊すだけの威力あるならそれ以上火力を求める必要なんかねぇんだよな。それ以上は明らかに過剰火力ってだけで。まぁ、ロマンが解らないわけでもねぇんだけどよ。必要以上の火力持ってると無駄に警戒されるし真っ先に狙われるし、無駄に目立つからな、めんどくさいから一番最初に落としたくなる」

 

 無言でなのはの方へと視線を向ければ、笑顔が返ってくる。なのでこちらも笑顔で威圧を返しておく。

 

「……まぁ、女での剛拳はハイディちゃんが異様に完成度が高いから聞けばいいよ! たぶん俺よりもおんなじ女としての目線でもっと話せるんじゃないかなぁ!!」

 

「はーい!!」

 

「よ、ヨシュア!」

 

「さ、話し合いましょうアインハルトさん!」

 

 今まで完全に蚊帳の外だったハイディだったが、ヴィヴィオが構ってと言わんばかりに接近するのを見て―――そのまま全力で森へと向かって逃亡する。むろん、ヴィヴィオもそれを逃そうとするはずがなく、逃げるハイディを追いかける様にそのまま森の中へと突っ込んで行く。森の中へと消えていった二人の姿、そしてもはやここには存在しないエリオ達の姿を思い出し、

 

「―――若いなぁ……」

 

「鬼畜か」

 

 誰からかツッコミが入るが、それは違うなぁ、と低めの声で囁き、言葉を紡ぐ。

 

「俺はただ純粋にハイディちゃんの困った表情を眺めて愛でたいだけなんだ……!」

 

「もう一度言うが鬼畜か」

 

 間違ってないかもしれない―――ヴィクトーリアはそこらへん、完全に耐性があるから面白くないし、ジークリンデとも仲良しだからけしかけられない。そう考えるとハイディはネタやいたずらに使える逸材なのかもしれない。特にヴィヴィオに関する事となるとどうすればいいのか解らないような、そんなフシも見える。まぁ、そういうものはたいてい接しているうちにぶつかって、叫んで、そうやって解決していくものだ―――この世で一番人生経験を持っているエレミアの言葉なのだから、それは間違いがない。

 

「枯れてる場合じゃねぇや。なぁ?」

 

「なぁご」

 

 いつの間にか黒猫が足元まで来ていた。恨みがましい視線が”なんで見捨てた”と訴えているような、そんな気もする。笑ってそれを流しつつ、視線をザフィーラへと向ける。

 

「さて、若い連中に実力的に追いつかれたくないし、数百年ぶりに技術交流するか」

 

「お前はまだ若いだろうに……まぁ、異論はない。とりあえず秘伝の類から行くか」

 

 オフトレ―――そこまで期待してはいなかったのだが、予想外に楽しくなりそう。そんな予感があった。




 この後めちゃくちゃ技術交流した。

 基本的に奥義とか言われる技術は秘匿していると成長しないし、単一視点じゃ気づけない弱点や抜け穴があるからこういう技術交流は成長の為に必要なのである。そこらへん解らずに交流せずに死蔵しているのはもう……おぉぅ、としか。

 ストロングと剛よりもストロングな柔。中野は魔境だったよぉ……。


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修羅舞踏-6

 ―――それからオフトレが始まる。

 

 自然という普段とは全く違う環境は鍛錬に新たな花を添える。人間、単一の環境に慣れきってしまうと肉体がそれに対して最適化してしまう。最適化それ自体は別に悪くはないのだが、最適化をしすぎるとどうなるのか、それはつまり骨組のみのプラモデルの様なものだ。基本の基本、根幹部分だけを残したそれ以外を捨てきってしまう。つまりは、他の処では全くどうしようもなくなってしまう、という事だ。

 

 それ故に定期的に環境を変えながら、ひたすらどんな状況、とっさの時であれ反応できるように基礎を磨くのが鍛錬となっている。自然があふれているカルナージはシミュレーターではなく、本来の自然を使って体を動かす事が出来、森林が存在する事もあって空気は濃く、何時も以上に活力が体に漲るのをしっかりと感じることが出来た。

 

 そうやって体を動かしながら周りを観察、オフトレに参加した面々を少しずつ覚えて行った。

 

 オフトレに参加している面子は大きく分けて三種類に分けられる。

 

 一つは高町なのはを中心とする機動六課勢になる。数年前にJS事件を解決した伝説的なチーム、その主要メンバーが勢ぞろいしており、それがグループとしての一角を形成している。そして二つ目がその六課に敵対し、今は恩赦によってある程度の自由を獲得した戦闘機人。彼女たちは生来の身体能力が非常に高く、まるでインプリントで知識を得たかのような綺麗な戦い方をするのが特徴だ。そして最後が高町ヴィヴィオを中心とした格闘家組となる。むろん、自分が含まれるのはこの格闘家組だろう。

 

 ともあれ、ほぼ外様と言える自分の話し相手になれる人間は少ない。ザフィーラとはそれなりにノリで話せるのはお互いに男だからだ―――だがヴィータやシグナム相手となってくると性別の壁があって少々めんどくさく、本格的に話しかける取っ掛かりが出来ない為、そしてハイディがヴィヴィオに追いかけられている為、全体から一歩離れた状態から全体を観察することが出来た。

 

 なんというか―――非常に面白い集団になっている。

 

 憎しみ、嫉妬、殺意、嫌悪感、そういうものを一切感じない。その上で一つの大きなグループとして純粋にオフトレを楽しんでいる、という姿も見れた。正式な教導官であるなのは、そしてそのサポートにヴィータという体制になっているが、割と本格的にトレーニングは進んでおり、別に自分が口をはさむ必要も、無駄に混ざる必要もないだろう、とは見て取れた。

 

 そもそも、知らない人物が多すぎるし。

 

 それはともかくとして、そうやって観察しつつ、一人一人、知らない相手の名前を覚えた。そこまで興味があるわけではないが、観察しながら呼吸や体の揺れを自然と把握して覚え、頭の中に叩き込みながら、

 

 ―――楽しそうに笑っているシグナムやヴィータ、ザフィーラの姿をみた。

 

 昔とは違うんだな、と殺意に充血した過去のヴォルケンリッターの姿を思い出し、

 

 吐き気を覚えつつ心底がっかりに感じている自分がいることに欠片も驚きはなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぁーぁ……」

 

 暖かな陽射しが射し込んで来る。

 

 椅子代わりに座っている平らな岩は高く、半ば川に突き出ている。長い間日光を浴びているせいかそのまま座れば暖かく、体を温めて眠気を誘ってくる。足をそんな岩の上から降ろすように座り、手にはロッジの方から引っ張り出してきた釣竿がある。それにはなんの餌もついておらず、魚なんて引っかかる訳もなく、しかしなんとなく垂らした釣り糸に期待しているのか、向こう側の面子に一切混ざる事はなく、黒猫が横で丸くなって魚が釣れるのを期待しながら眠っている。パイプを咥えながら、視線を黒猫へと向ける。

 

「なんて暢気な奴だ……人の金で旅行してメシを食いやが……って……? ん……? あれ、俺もあんまり変わらない……? まぁ、基本他人の金で生活している身分だし、お前のことを言えないな、俺」

 

「……」

 

 返答はない。片手で釣竿を握りつつ、空いた右手で軽く黒猫の耳の付け根を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らす声が聞こえる為、これはこれで良かったらしい。さて、どうするか、めんどくさいな、そんな考えが脳内を軽くめぐり―――考える事をやめて、無心で水面に沈んだ釣り糸へと視線を戻す。そこには何もない―――だからこそ都合がよい。心を落ち着ける、精神を統一する、そういう事に利用できる。元々釣りなんてものは忍耐力の勝負だ。釣れても良い、釣れなくても良い。そういう風に興じるものだ。だからあの集団から一人、離れた場所でこうやって釣り糸を垂らしている。

 

 少しだけ黒く濁った心に嫌悪感を抱きながら。

 

 なのに、

 

「―――太公望みたいな事をやってるんだね」

 

「だとしたら、そのタイコーボーって奴は相当ひねくれた奴だったんだろうな」

 

 黒猫を撫でていた手を戻しながら視線を肩越しに背後へと受ければ、そこには高町なのはの姿があった。ただその服装は戦闘や訓練用のバリアジャケット姿ではなく、赤のラインが入った薄桃色のビキニスタイルの水着で、上からジャケットを羽織る姿だった。目に毒だな、と思いつつ視線を前方へ、釣り糸の方へと戻す。

 

「地球……私の出身世界に出てくる古いお話に出てくる仙人の事だよ。今の君みたいに意味のない釣りをして、興味を惹かせて王様を釣り上げた、そういうお話だったかな」

 

「だとしたら意図は真逆だな、めんどくさくて逃げてきたんだし」

 

「あ、逃げたって認めるんだ」

 

「俺にはちょいと女子密度が高すぎる」

 

 そこでヒャッホー、と言える程オープンスケベという訳でもなければ、こっそり見る様なムッツリでもないし―――というか女なんてそれこそ欲しくなれば押し倒せば一発なような気もする。だから、こう、多くの女性に囲まれても別段高揚するなんてことは特になく、ネタの一環としては突貫してもいいが積極的に居ようとは別に思わない。そもそも知らない顔が多すぎる。

 

「何より俺が一番めんどくさいからな」

 

「へぇ、どういう意味で……あ、横いいかな?」

 

「こいつに聞いてやってくれ」

 

 肩の動きで横に座っている黒猫へと示せば、軽い欠伸を漏らしながら黒猫がその尻尾で反対側なら許す、と示してくる。どこまでも尊大な猫の態度に小さく笑い声を零したなのはは左隣へと腰を下ろし、釣り糸が垂れる水面へと視線を向けた。

 

「で、どういう意味なの?」

 

「文字通りめんどくさいって話だよ。全体的にみると俺だけここにいる連中の中では完全な外様だからな。別段いようがいまいが、そこまで気にするもんじゃねぇだろ? だったら適当に時間潰すわ。偶にはゆっくりと時間を過ごすのも悪くはないしな―――」

 

「―――なんて嘘をついているわけだけど」

 

「おい」

 

「いや、誰でも解るでしょ、それぐらい?」

 

 うーん、手強い。苦笑しながら言葉を吐く。だが同時に思う。さて、どうすると。だが良く考えれば思わせぶりにアクションをとりつつそれを一切吐かないやつが一番めんどくさいキャラなんじゃないか? という考えに至る。まぁ、自分がそんな奴と出会ったら無言で一発殴ってさっさと喋ろ、と言うだろう―――つまりはそういう事なんじゃないだろうか。

 

 じゃあ吐くか、とその判断は早かった。

 

「まぁ、ぶっちゃければアレよ。ザッフィーやシグシグ、ヴィーちゃんいるじゃねぇか。技術的に強くなって、笑って、汗掻いて、すっげぇ人間らしくなっていて……というかそのまんま人間になっていて俺としてはもうそりゃあびっくりってもんよ。元々守護騎士のプログラムなんて損耗させてナンボってもんだからな」

 

「へぇー」

 

「細かい事を語りだすと女々しいしネチネチし始めるから簡潔に言うと寂しいんだよ。あとちょっとした嫉妬かねぇー……」

 

 頭が回ると必要のないところまで解ってしまう。無駄に高性能な脳味噌をくれたご先祖様にはここだけはしっかりと恨んでいてもいいかもしれない。おかげでどうしようもない事で恨めないし、どうでもいいことで恨みそうになる。世の中、理不尽の様でどうにかなって、また意味の解らないところでどうにもならない。

 

 訳が分からない。だけどそれが解る。そういう話だ。

 

「ヴォルケンリッターは強くなったけど()()()()()な」

 

「……大切なものが出来ちゃったからね」

 

 八神はやて。それが今、ヴォルケンリッターの中で最上位に位置する存在として、プログラムではなく感情の領域で組み込まれている。それは家族の関係だ。だから彼、彼女達はどんなことがあろうとも絶対に生き残ろうとする。特攻なんて事はしないだろうし、必要のない危険からは身を遠ざけるだろう。そして刹那の快楽で命を賭ける事なんてありえないだろう。

 

 だから強くなった。守れるものがあるから。

 

 だから弱くなった。命を投げ捨ててでも守れないから。

 

 死んでも殺す、それが出来ない。そして―――()()()()。その意思を感じられた。

 

 完全に今の法則、つまりは現在の管理局の法律に範疇に収まっているのだ。

 

「ぶち殺す、死んででもぶち殺したい―――そう思って自分が行動できるってのを考えるとな、あいつらは元は劣化コピーでそっから育って今ではある意味人間よりも人間らしいのに。俺、そんなにふわふわしてんかねぇ、って感じで」

 

「まぁ、若干抽象的で伝わり難いけど言いたいことの意味は大体解るよ。つまりは死にそうな状況でカットインが入りそうなヒロインがいないんだね」

 

「もうちょっと、こう、言い方ってもんがあるんじゃないかな!!」

 

 その言葉になのはが笑い声を零し、ごめんごめん、と軽く謝ってくる。

 

「妹じゃダメなの?」

 

「アイツも俺と極論似たようなもんだから無理だ」

 

「じゃあ居候先の子とか」

 

「雷帝ちゃんはなぁ、たまーに意識する事はあるんだけどなぁ……。まぁ、めんどくさいから考えてないわ。居候してメシ食ってるのが楽だし」

 

「今、物凄いダメ男な部分を見たというかダメ男を通り越してこれじゃあただのクズ男か……」

 

「クズで悪かったな……まぁ、そんなわけで連中見てると若干気がめいるからこっち来てリセットよ、メンタルの。我ながら未熟なのが嫌になってくるな」

 

 空いた片手でパイプを掴み、口から話して煙を吐き出し、再び咥える。どこまでも時間を浪費しているに過ぎないが、元々は兵器だったヴォルケンリッターが今ではあんなに人間らしいのだ―――それに比べて自分は、いや、エレミア一族はなんなのだろうとは思う。悲願という建前はあるものの、

 

 それが終わってしまえば理由がない。ただ単に時代に取り残されているだけではないか。

 

「―――もう、俺みたいなやつはいらない時代になったんだよなぁ……」

 

 それをいいこととして喜ぶべきなのか。それとも一族が、そして己が鍛え続けたこの武威がもう意味を持たないという事に嘆けばいいのか。それが自分には少々、解らなくなってくる。あのヴォルケンリッターはしっかりと己の存在理由を見つけられた。家族の、主という女の為に戦い、生きたいと思っているのは見れば解る。

 

 だがはたしてそれに比べ、自分はどうなのだろうか。

 

 今の俺の暴力は何のためにあるのだろうか。家族か、友人か―――しっかりとした目的がない。別んそれが悪いとは言わない。趣味やなんとなくで武を鍛える奴だって世の中にはそれなりといるだろう。

 

 だけどヴォルケンリッター―――元戦友の昔と今を比べてしまうと、なぜだかひどく焦りを感じてしまうのは事実だ。

 

 ―――悲しいなぁ、こんな風に時代に取り残されてることを実感するなんて。

 

 そう思っていると横、なのはから声がする。

 

「ふーん……なるほどね。まぁ、私は別にカウンセラーでもないから何かを言えるってわけでもないし、共感してあげる事も出来ないんだけどね」

 

 だけど、と言葉をなのはは置いた。今まで座っていた横から立ち上がり、そしてサムズアップを向けてきた。

 

「You、ちょっと恋愛してみなよ! オススメはウチの娘とかがいいよ! ヴィヴィオちゃんは料理というか家事全般出来るし、性格いいし、胸も大きいし、親のひいき目を見てもパーフェクトな娘だと思うんだけど! 問題はその背景だけね!」

 

「おい」

 

 ははは、と笑い声をなのはは零しながらゆっくりと歩き去って行く。

 

「君の悩みは理解する事は出来ないけど、何が必要なのかはわかるよ。君には私達に比べて徹底的に欠けているものがある、ってね。そして、それはね―――」

 

 それは、と一拍、なのはが間を入れる。そして、

 

「―――青春だよ。それじゃ、私は戻るから」

 

 好きなだけ言ってなのははそのまま、元のグループへと戻っていった。おせっかいな女め、と軽く毒づきながら視線を川の、釣り糸の方へと戻し、パイプを噛みながらあいた口の隙間から息を吐く。

 

 直後、小さく水面に沈む釣り糸の先―――釣り針が何かをひっかけたという事実に驚きつつ釣竿を素早く、手首でスナップする様に引き戻し、

 

 その釣り針に魚が引っかかっているのを確認する。それを釣り針から外して川の中へと投げ返し、小さく息を吐く。

 

「……青春、ねぇー……」




 ちょっとだけ真面目な話、次回から馬鹿に戻る。バカをやっているとふとした時に正気に戻ってなんかやる気を完全になくす、ネタに対してマジレス食らって白けてしまった、今回はそういう感じのアレ。

 なのはさんがドンドンエキセントリックになっていく……。


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