Fate/Shadow Lie (むっすー)
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渦巻く影へ
開幕&Side by 相馬祐一


~序章・開幕~

 

 しん、と空気が張り詰める。

 先程まで一定間隔で鼓膜を震わせていた水滴の音も、いつの間にか消えていた。

 大空洞を煌々と照らすのは炎。円形に広がる大空洞の壁かしこに、異様に明るい松明が無数に灯っている。

 その光景は中央にそびえる時代錯誤な建造物――いうなればそれは祭壇――をより幻想的に、より重厚に、より壮大に見せるようだ。

 カツン、カツンと音が鳴り。

 祭壇へと続く階段の元に、二つの影が伸びた。

『……ようやく、終わるんだ』

 聞きなれない不思議な言葉が炎を揺らす。

 揺れた光の照らしたものは、不気味な銀色に反射する長髪を揺らす青年の横顔だ。

『ううん、違うよ。始まるの。終わりが始まるんだよ』

 聞きなれない不思議な響きが空気に触れる。

 触れた空気のその先には、神秘的な銀色を振りまく長髪の少女の唇があった。

「そう、か。そうだな、ナヴィス。これから始まるものを……俺たちが、この手で」

「そうだよ、ベアッド。私たちが、この手で」

 反響した誓いは虚空に消え、長い残響をその場に遺す。

 握った手と手を炎が照らし、見下ろすようにそびえる祭壇に、2人は視線を向けた。

 この日をどれだけ待ち望んだか。

 この瞬間を、どれだけの命が待ち焦がれたか。

 この感覚を、どれほどの祖先が思い描いたか。

 遠く遠く、その起源と血脈に宿された誓いを、思いを、願いを、望みを、今ここに果たすと約束しよう。

 それが血に宿された悲願であり、彼らに課された運命であるが故に。

 

『――聖杯に誓いを。我らが悲願、我らが大望。遥か太古の時を経て、今ここに成就されんことを願う』

 

 

~ side 相馬祐一 ~

 

 季節は冬。

 御影市の住宅街は静まり返り、明かりを灯す家も少ない。

 そんな閑静な街角に一つ、小さな明かりを灯す家があった。

 時刻は0時。ちょうど今、日付を越えたところだ。

 骨まで凍るような寒さの中、今頃みんな震えながら寝てんだろうなと他人事のように思いながら、相馬祐一は自室のベッドに転がり、己が右手天井に突き上げるような形で見つめていた。

 幼心に焼きついた『魔術師』という響き。

 とにかく不思議で、純粋に憧れていた。

 きっとアニメや漫画みたいにかっこよくて強い、一種の英雄的理想像。

 自分もそんなふうになれるんだって、訳も無く嬉しかった過去。

 そして突きつけられる現実。無論、子供心をそのままに体現できるほど甘いものでもないわけだ。

 かつて炎や雷が出ると思い焦がれた右手。もちろん未だに出たことは無い。相馬一族の魔術はそんな大それたものではなかった。

 ――兄は、果たしてどうだったのだろう。

 実際に兄が魔術を行使した現場を見たことがあるわけではない。けれど、行方不明になったあの日、両親は口々にその才能を惜しんだ。

 兄には、自分にできなかったことができたのだろうか?

 自分はそんな兄よりも劣っていたのだろうか?

 時期も遅れたかとくやみつつ、やむなく教わった魔術。しかしその実、祐一はメキメキとその腕を上達させた。両親さえも驚く程であった。

 しかし、それでも時折彼らが見せた憂い顔は――やはり、兄と比較してしまったから、なのだろう。

 上達する喜びと相反する、自分の知らない兄への劣等感は祐一の精神の根幹を確実に汚染した。

 そんな劣等感の克服も兼ねての独り立ちではあったが――結果的にそれは、インドア気質だった彼の自虐癖を大いに促進させる結果となってしまった。

 やはりどれほど修練を重ねようとも、兄には遠く及ばないのだろうな、と。

「……あー」

 治らないな、この自虐癖も。

 自嘲するように祐一は苦笑した。

 右手を下ろし、深く嘆息する。

 先ほど暖房は切った。部屋の空気を冷気が侵食していく。

 暖色、寒色という言葉があるけれど、この空気の変化を色にするならばまさにそんな感じだろう。

 温かい恒常的な朱色は、冷たい非常的な水色に塗り替えられていく。

 魔的なモノが、部屋に入ってくる。

 ふっと、床を照らしていた月明かりに影が差した。

「……あの、いい?」

 控えめな声が冷たい空気を震わせる。

 目を向けると、いつの間にか月明かりを背に少女が立っていた。

 重く輝く長い黒髪に白のワンピースという簡素な出で立ち。普通なら寒くて居られないような出で立ちなのだが、少女の様子からは寒さなど微塵も感じられない。

 白く透き通った肌は月光を吸い込み、本当に光っているようにさえ見えた。

 だが、驚くようなことではない。

 祐一は彼女を知っている。

「どうした?」

 顔だけ向けて問う。

「志乃さんが呼んでるよ。立ち会って欲しいって」

「あれ、今日だっけ?」

 こくりと少女は頷く。

 しまったなあ、しっかり失念していた。

 今から行けば、間に合うか。

「ん、わかった。めんどくせーけど、行ってやるかな。お前はどうする?」

「行く」

 短く少女は答える。

 鈴の転がるような声、というと陳腐な表現かも知れないけれど、少女の声はまさにそんな表現を思わせる。

 可憐で、素朴で……少し捻ったらすぐに狂ってしまいそうだ。

「おっけ、了解。んじゃー行きますかな」

 気だるげに一度伸びをすると、祐一はそのまま腹筋で上体を起こす。

 寝癖……は大丈夫か。どうせ短いからそこまで気にすることでもないし、今から会う相手は志乃だし。

 ベッドから立ち上がって、

「……やっぱり気になるなあ」

 祐一は少女を見て呟いた。

 いくら彼女とはいえ、この時期にワンピース1枚だなんて寒くはないのか?

 そう問うてみるも、少女はただ首を振るばかり。どうなってやがるんだ一体。

 まあ言っても仕方が無い。少女がいいならばそれでいいのだろう。少なくとも祐一の体は寒いのだ。壁にかけてあった厚手のジャケットを羽織り、彼は寒さを凌ぐことにした。

 少女と共に部屋を出て、祐一は玄関へ向かう。小さいとはいえ二階建ての家に男子高校生が1人暮らしというのもなかなか無駄に贅沢なのではないだろうかといつも思うが、あって困るものでもない。特に気にすることではなかった。

「そうだ、志乃の方はどんな感じだった? 準備とか一通り終わってる感じ?」

 少女はふるふると首を横に振った。想定済みである。

「あー……立ち会うっつーより手伝えって感じだろうな」

「志乃さん、意地でも自分でやりきるつもりでいるけど」

「そう言って今まで自分でできた事が何回あったかねえ」

 皮肉っぽくそう言うと、少女はクスリと笑った。

「じゃあ、見てあげないと、だね」

「そーゆーこと」

 まったく手間のかかる幼馴染だ。もう少しあいつは頭を使うことを知るべきだろう。考えなしに行動するからこうなるのだ。

 変わらない幼馴染の行動に苦笑する。だが、今回ばかりは事情が違う。普段の厄介ごととは違う。

 祐一の胸も高鳴りを隠せないでいるほどに。

 噂に聞いた冬木の聖杯戦争。

 7体のサーヴァントと7人のマスターが競い合うゲーム。

 最後まで勝ち残った勝者には、万能の願望器たる聖杯がもたらされる、と。

 失われたと思ったその戦争は、ここ、御影市にてふたたび執り行われようとしているのだ。

 何故かはわからない。

 けれど。

 再び右手を見る。

 なんの力も無い、無力な右手。

 だがそこには、赤い痣のような文様がくっきりと浮かんでいた。

 選ばれたマスターたる証、サーヴァントへの絶対命令権、3画の令呪に他ならない。

 令呪の存在のみが、聖杯戦争の開幕を何よりも雄弁に物語っていた。

「……マスター?」

 隣の少女が不思議そうに祐一の顔を見上げる。30センチの身長差があれば見上げるという表現が正しかろう。

「あ、いや、なんでもない……わけじゃないけど」

 そうして祐一は、視線を少女に向けて、

「――よろしく頼むよ、メリー」

 自身のサーヴァントにそう言った。

 祐一の召喚したクラスはアサシン。

 都市伝説に名高い『メリーさん』に他ならない。

 誰がこの少女を見てサーヴァントだなどと思うだろうか。現に祐一も驚いた。

 けれど、間違いなくサーヴァントなのだ。

 本来聖杯戦争におけるアサシンクラスは、そのクラス自体が触媒となり定められた英霊が召喚される。

 だが、彼の召喚したアサシンはその法則に当てはまらない。

 都市伝説の存在、メリー。英霊としても、反英霊としても、とても該当するとは思えなかった。

 ……しかしこうして召喚された事実は揺るがないわけだから、祐一は特に気にもしなかったが。

 声をかけるついでに頭を撫でてみた。

 艶やかな髪はとてもさわり心地がいい。

 触れた手のひらはスルリとその小さな頭部を滑り落ちる。

「ひぁっ!?」

 当人は突然の事に驚いたようで、目を丸くして祐一の手から飛び跳ねるような形で離れる。

「おっと、嫌だった?」

「…………」

 アサシンは肯定も否定もしない。ただ目を丸くして祐一を見るばかり。

 まだ召喚して間もないからだろう、何を考えているのか等まだわからない。

 けれど、きっと慣れていない、のだろう。どことなく可愛らしい。そんな印象を感じた。

「ま、いいか。頼むよ、メリー」

 そうして祐一は同じ言葉を繰り返す。

 彼の言葉に、アサシンは笑顔でしっかりと頷いて言った。

「絶対に、勝つよ」

「おう」

 兄でさえ未踏であるこの聖杯戦争。

 それを制したとなれば、その実力は兄をも上回ることに同義なのである。

 玄関の戸を開く。眼前に広がった雲ひとつ無い真冬の空に、祐一は不敵な笑みをむけて見せた。

 そして外へ足を出す。同時に、隣にいた少女は白いと息と共に溶けるようにして姿を消した。



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Side by ロラン・マルフォレイ

~ロラン・マルフォレイside~

 

 ――もしも。

 もしも万能の願望器なんてものがあるならば、彼は何を願っただろうか。

「……技術と知識」

 何度自身に問うても、導き出される答えはそれだけだった。

 そんなものどの魔術師だって欲している。彼の欲だけが人一倍強いという訳でもない。

 彼はただの普通の魔術師だ。

 モノ作りの好きな魔術師だ。

 それに要する知識と技術は、欲しても欲しても満たされない。

 そんな飽くなき欲望。

 彼の中にはそれしかない。

 なのに、どうして?

 どうして僕なんかに、令呪なんてものが現れてしまったのだろう……?

 左手にくっきりと浮き出たそれは、見紛うことなく令呪であった。

 混乱した。それはもう混乱した。プラモデルを作っていてトレードマークたるアンテナ部分をニッパーで両断してしまったり、卵を割ったあと中身を三角コーナーにイントゥしたり、帰宅して脱いだ靴下を冷蔵庫にシュートしたりするくらいには混乱していた。

 何を思ったか頭だけ炬燵に突っ込んだまま眠ってしまったり、、トイレの蓋を閉めてから座ったり、河原で電話をしていて石を投げるつもりが携帯電話の方を投げてしまったりするくらいには動揺していた。

 嫌だったわけではない。寧ろ嬉々とした。だからこそ理解できなかったのだ。

 僕なんかが選ばれていいのか、と。

 けれど、なし崩しに準備を進める中で徐々に頭は冷えてきた。

 過程はどうあれ、今彼には令呪が宿っている。

 それは変えようも無い事実。

 すなわち、聖杯戦争への参加権があるということなのだ。

 ならば参加しよう。

 奇跡の魔術礼装、万能の願望器を手に入れるチャンス。そんなもの人生に二度とない機会なのだから。

「――まあ、僕正直聖杯自体には興味ないんだけどねー」

「ええっ!? それどういう――うわっちち! 熱い熱い!」

「……こぼしたお茶は拭いといてよ」

 ガリガリとヤスリがけの手は止めないまま、ロラン・マルフォレイは呆れ混じりにそう呟く。

 そう、彼には聖杯を求める確固たる理由が無かった。

 先述の通り、彼が強いて求めるものは技術と知識。だがそれは、決して安易に手に入れていいものではない。

 無論、ある程度先天的な資質や才能があるのは仕方のないことだ。代を重ねた血筋が優秀という事も、魔術師の界隈では揺るぎない法則である。

 その恩恵が少ないからこそ、後天的な力は己が実力を持って手に入れる必要があるのだと。

 自身の研究の果てに手に入れるからこそ、それらには意味があるのだと。

 結果も勿論大事だが、そこに至る過程もまた重要なのであると。

 ならば彼は何を思って聖杯戦争に望んだのか。

 それも『過程』なのだ。

 7体のサーヴァントと7人のマスターによる殺し合い。その極限の中で無ければ見出せないモノもあろう。

 つまり彼は、1つの大きな経験として聖杯戦争に臨むのだ。

 無論それがとんでもなく馬鹿なことなのだろうとは思っていた。親父に言ったら殺されるだろう。

 けれど、彼はその道を選んだ。

 だから後悔などない。寧ろ期待が膨らむ。

 他のサーヴァントの宝具、他のマスターの礼装や術式、全てに興味があった。

 経験に勝る糧は無い。それがロランの信条であった。

 そもそもこうして日本にいる事だって、色々な経験を積むためなのだから。

「ちょっとマスター! 聖杯に興味が無いってどういうこと!?」

 ふいに正面から可愛らしい怒鳴り声が聞こえる。ヤスリがけの手を止めて顔を上げると、そこには本気で焦燥した美しい顔があった。近い。

 ……まあ、こいつとの出会いもまた経験だなと回想する。

 

 

 時を遡ること2日前。

 ロランの拠点は都市部の片隅にあった。

 何の変哲も無い二階建てベランダ庭付きのちょっと豪華な家だ。知り合いのツテで安く手に入れた物件である。

 普通に生活する分には何一つ不自由しない。そして最大の見所は地下にある。

 いい具合に魔力のたまった地下室。さらにその土地は霊地としても悪くない。彼の研究と作業にはもってこいの場所だった。

 ロラン・マルフォレイという人物にはこれといった特徴が無い。

 髪型は短髪で、色は天然のブロンド。瞳は碧眼。生粋の外国人である。

 身長だって平均くらいだし、肉付きも言うほど無い。

 錬金術の流れを汲む家系に生まれ、生育過程に置いてこれといった事件も無く、成人式も迎えた現在二十歳で彼女なし。

 平々凡々。

 そんなことを気にする様子も無いのが彼らしいといえば彼らしいが。

 その日は前々からサーヴァントの召喚を行う日と決めていた。

 召喚用の触媒も、手配通りどうにか手に入った。

 黒い角笛の破片。

 上手くいけば彼が召喚できるはずだ。

 数々の道具を有し、戦場を駆け抜けたかの騎士が。

 そして深夜、召喚の儀式は決行された。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 ぽけっとしつつもしっかり者のロランは、なんの滞りもなく召喚の儀式を終了させた。

 その体にかかる負荷さえ全く気にした様子もなく。聖杯はサーヴァントを招いた。

 魔方陣から迸る圧倒的な輝き。期待に胸躍らせ、ロランはかたどられて行くその人影を凝視し続けた。

 彼が、来る。

 シャルルマーニュ12勇士が1人、美貌の騎士アストルフォ――!

 魔獣ヒッポグリフォを乗り回し、数々の道具を活用して勝利をもたらした英雄。

 ロランの狙った英霊が。

 やがて光は収束し――召喚された英霊の全貌が明らかになる。

 身長はそう高くも無い。白い外套の内側に収まる体躯はどちらかというと細い。黒いものを着ているからだろうか。

 腰には様々な道具が下がっており、触媒として使用したもののオリジナルであろう角笛もうかがえた。

 ここまでならば、まあアストルフォといってもそうかと頷ける。

 だが、これはどういうことだ?

 イメージと違ったとか言う次元じゃない。

 文字通りロランは言葉を失っていた。

 そんなことはお構いなく、目の前の『美少女』は快活な笑顔で言うのだった。

「キミが、ボクのマスター?」

 声音も高く、まあ所々に見受けるそれっぽい紋章などから察するに騎士ではあるのだろうが、やはり『少年』の色が濃く、しかし出で立ち全てを総合してみると、それはどう足掻いても『美少女』なのだ。

 頭には黒い髪飾りがついていて、編んで纏められた桃色の長い髪は背中へと垂れている。

 スラリと脚は長い。ええっと、なんだっけ、なんていうのあれ、膝上のソックスを上から吊るやつ、ガースーベルト? 違う、それではどこぞの年末特番ではないか。

 それに短いスカートのように見えるけれどアレはスカートなのか? どういうことなんだ?

 名称も思い出せないまま、ロランは再び困惑する。

 顔立ちは美しい。確かに美貌だ。美貌の騎士の名に相違は無かった。

 しかし、それにしたって、これは……これは、どういうことだ。

 ロランは心中で叫んだ。

「……? マスター、だよね?」

 再び問いかけられ、ロランはハッと気を取り戻す。

「あ、ああ、そうだ。僕がお前を召喚、したんだが……ええっと、待って、確認させてくれ、お前はライダーのサーヴァント、アストルフォで間違いない?」

 そう言うロランの心中はとても複雑だった。

 YESと言って欲しいけれど、どこかで否定して欲しくもあった。

 彼の中にも、召喚する英霊のイメージというものはあったから。

 もっとこう、思わず憧れてしまうようなオーラを纏った美青年を期待していたのだ。

 違うといわれて、「ですよねー」という返答をする未来を手繰り寄せようとするが、

「いかにも! ボクはシャルルマーニュ12勇士が1人、アストルフォ! 此度の聖杯戦争、ライダーのクラスで召喚に応じたよ」

「ですよねー」

 台詞以外の未来は変えられそうも無かった。

「さて、契約完了だね……どうしたの? マスター、なんか顔色悪いような」

「ああ、うん、その、思い違いというかなんと言うか、カルチャーショックじゃなくてジェネレーションギャップじゃなくて、ええっとなんていうか……」

 あたふたするロランをライダーは怪訝そうな顔でうかがう。

 そこで初めて、彼は己がサーヴァントの目を正面から見た。

 ……先ほど、彼に彼女がいないと紹介したが。

 付け加えるならば「いたこともない」のだ。

 要は女性経験皆無なわけである。

 幼い頃から人と遊ぶより自分のことを優先する人間だったロランは、そもそも同性はもとより異性とこうして間近で話したことなど数えるほどしかないのだ。

 そんな彼にとって、このサーヴァントは上級者向けすぎた。

 初めて合わせたアストルフォの瞳は、ただ純粋だった。

 純粋に綺麗だなと、ロランは思った。

(だ、駄目だ駄目だ、何考えてるんだ僕は。頭を冷やせ、こいつはサーヴァントなんだ……!)

 そう自分を叱咤するも、やはり情けないとは思いながら、彼は顔に血が上っていくのを止める事ができなかった。

「青かった顔が赤くなってく……熱でもあるの? マスター」

 そんなロランのウブは心情などつゆ知らず、ライダーはロランに近寄り前髪をかきあげて額と額をくっつけた。

 …………。

 はは、笑うがいいさ。

 二十歳にもなってその反応かよだっせえと笑うがいいさ。

 指差して腹抱えて爆笑するがいいさ。

 だって動けないんだよ仕方無いだろう。

 突然現れた美少女がおでこくっつけて「熱があるの?」とかどこの出来の悪い作り話だ、くそったれ。

 誰にでもなくロランは心中でそう開き直る。

 彼はゼロ距離まで迫ったライダーの顔から目をそらすのに必至だった。

 心臓がバクバクとうるさい。そのくせ肺はなんだか仕事をしていない。

 まさか自分のサーヴァントに可愛いなんて感情を抱くとは思っても見なかった……なんとなく恥ずかしい気持ちになる。

 無意識的に求めたか、あるいは距離故の不可抗力か、タイミング悪く嗅覚がライダーを捉える。

 ああ、女の子っていい匂いがするんだなあ。

 頭が麻痺するという感覚を、ロランは今になって思い知った。

「うーん、熱は無いよね……一体どうしたの?」

 それでも本気で気遣ってくれているらしいライダー。言えるもんか、お前が可愛くて死にそうだったなどと死んでも言えるもんか。

 召喚したてということもあるのだろう、心の内が相手に伝わっていないのが何よりの救いだった。

「あ、う、その、あれじゃないかな召喚で魔力使って疲れてるとかそういう類のそれ的なあれでございましょうよ?」

「マスター、日本語狂ってるよ?」

 異国のサーヴァントに日本語を正されるなどと誰が想像しただろうか。はたして、この経験も立派な糧なのだろうか。

「と、とりあえず召喚は上手くいったみたいだし、よしそうだな、僕は寝るとするよ……」

 一刻も早くこの状況、具体的にはライダーから離れなければ。離れて落ち着かなければ。きっと慣れるさ、そうさきっと慣れる。人間ってそういう生き物。

 きっとこのサーヴァントなら献身的なようだし大丈夫わかってくれる……!

「えー、マスター寝ちゃうの? もっとお話しようよ、色々と!」

 しかしそう上手く世の中は回ってはくれない。あろうことか12勇士と名高い美貌のお調子者はマスターの睡眠を許さなかった。

「え? いや、ほら、僕眠いし、0時回ってるし……」

「じゃあ今日は徹夜だね!」

「なぜじゃあに繋がった!? しかも召喚直後に貫徹とか僕を殺す気か!?」

「大丈夫だよ、ボクがずっと傍にいるから」

「そういう類の発言は今はやめてくれ寿命が縮まる!」

「どんな敵が来ても、ボクは絶対にマスターを守るから!」

「いやそりゃ嬉しいけども、まださすがに襲ってはこないだろうからほら大丈夫だから」

「あ、そうだ! 密着していればいつでも身を挺して守ることが出来るよね!」

「はわっ!?」

 我ながら情けない悲鳴じみた絶叫だったと思う。

 ライダーに抱きつかれた。

 いや、さすがに密着のくだりは本人も冗談なのだろうけれど。

 抱きついてきたのも軽いスキンシップのつもりなのだろうけれど。

 それこそ冗談じゃない、と言いたい。

 背中に回された手とライダーの細い体に挟まれて、ロランは意識が途切れていくのを感じた。

 ああ、でも。

 柔らかいや。

 

 

 時間軸は1日進み、次の日の朝。

 ロランはいつもと同じ目覚ましの音で目が覚めた。

「……? あれ、ここは……」

「あ、気がついた? おはよう、マスター」

 声のするほうに目を向ける。すぐ右隣だ。

 ロランはベッドではなく敷き布団での睡眠が好きだった。

 だから居間兼寝床は畳だし、今彼が寝ている場所もいつも通りの布団の中だ。

 右隣にくるりと首を向けると、そこにはこちらをのぞき込むライダーの顔があった。

 ワリと近い。

 ……。

 …………。

 ………………。

「ほわっつ!?」

 理解してロランは飛び起きる。

「な、なななな、ララライダー!? 何してんだお前はこんなところで朝っぱらから!?」

「今現状だけを言うなら、マスターの寝顔鑑賞。結構可愛い顔してるね、マスター」

 爽やかな笑顔でライダーはそう言った。

 朝からライダーに殺されかかっています、どうもロラン・マルフォレイです。

「一応いきさつを説明すると、昨日マスター急に気絶しちゃったから、ああ疲れてるんだなと思って。部屋に来て見たら、布団っていうのかな? これが敷いてあったから、ああここで寝るのかと思って横にしたんだけど……」

「あ? あ、そうか、昨日……」

 落ち着きを取り戻しつつある思考が数時間前の事件の記憶を呼び起こす。

 ……召喚の疲れもあるとはいえ、しかし気絶するってどういうことだよ。

「ここまで運んでくれたのか。それはすまんな、ありがとう。ライダー」

「いえいえ、マスターの為にボクはここにいるんだから。お礼は寝顔で十分だよ」

 ははは、とロランは軽く笑う。

 幾分落ち着きを取り戻せてはいるようだ。

 まともに話せるようになったところで、ロランは特に意図もなく口を開く。

「もう勘弁して欲しいけどね……いやしかし、驚いたよ、ライダー」

「何が?」

「いやほら、まさかシャルルマーニュ12勇士が1人、美貌の騎士アストルフォが、こんな美少女だったとは思わなくてね」

 すると不思議なことが起こった。

 序急破で説明しよう。

 まずは序。

 当の本人はきょとんとしていた。

 続けて急。

 わなわなと少し震えだし、心なし顔が朱を帯び始めた。

 そして破。

 叫んだ。

「――ボクは……男だああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 そして時間軸は現在へと舞い戻る。

 昨日は色々とあったが、まあ語るまでのことでもない。

 というか個人的に思い出すとまた心臓に重労働を強いることになる。

 ともかく、ちゃんとアストルフォは男性らしい。ロランようやく普段の自分を取り戻しつつあった。

「だから、言葉通りだよ。聖杯自体にそんなに興味は無いんだ」

「え? え? 待ってよ、じゃあなんで? なんでボクは呼ばれたの?」

「なんでって、聖杯戦争に参加するからに決まってるじゃないか。僕はお前を愛でるためだけにお前を召喚したわけじゃないよ」

「誰もそんなこと思ってないよ! ……ま、まあ、マスターがどうしてもって、言うなら、その……別に、そういうのもいいけど……」

「はぁっ!?」

 思わずロランは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 当のライダーは顔を赤らめて上目遣いでロランを見る。無論美少女と見紛う容姿をもっての攻撃だ、破壊力は抜群である。

 本気のようにも見えるが、さすがに冗談だろう。冗談であれ。頼む。

 ……かくいう自分も、そういうのも満更ではないかもしれないとか思ってしまった。これは秘密にして墓まで持っていくことにした。

 そもそも女の子に見えてしまうような格好をしていたのも、生前親族や身内からそういう風に遊ばれていたから、というものらしいが。

 だからって召喚に応じる際の格好もそれを引き継ぐとは……本人も案外そういう願望があるのかもしれない。

 ともあれ、ロランはアストルフォのとんでもない一面を垣間見てしまった気がした。

「ま、まあ、それはいいとして。聖杯自体にそこまでの興味はないけど、僕は聖杯戦争そのものに興味があるんだよ」

「そのものに……?」

「そう。7体のサーヴァントと7人のマスターの殺し合いともなれば、みんなそれぞれ宝具とか礼装とか持ってるよね。僕はそれらが見たいんだ。アイデアとしてもそうだし、そこから閃くものがあるかもしれないし。それ以上に、魔術師同士、英霊同士の戦いそれ自体稀有な事態だからね。それに、甘い考えだろうけど、聖杯戦争に参加っていう『経験』はすごい大きな糧になると思うから」

 だからお前が必要なんだよ。

 ロランは言い切った。

「なるほど……そういえば、マスターはモノ作りが得意なんだっけ」

「得意っていうか好きっていうか、まあまだ上手ではないけどね」

 そもそも彼の家系はそういった分野に重きを置いて研究を重ねてきたのだ。

 魔術で物を作る。

 錬金術の流れを汲んだ系統。

 それがマルフォレイ家なのだから。

「そういえば、ライダー。お前はどうなの?」

「え、ボク?」

「そう。召喚に応じたってことは、お前も願いがあったんだろう? それはやっぱり知っておきたいんだけど」

 聖杯を求める理由は、マスターとサーヴァントともに知っておく必要があるだろう。そういった小さなすれ違いが命取りとなる可能性もあるのだ。

 するとライダーは困ったように頬をかいた。

「いやー、その。なんていうか。ボクもこれといった願いは、ないんだけど……」

「……お前人の事言えないぞ」

「う、うるさいなあ!」

 顔を赤くして誤魔化すライダー。この赤はさすがに本気の赤だろう。可愛く見えてしまったが、ロランはすぐに頭に冷や水をかけた。

「……楽しそう、だったから」

 だがライダーの口をついて出たのは、予想外の言葉だった。

「へ?」

「だから、その……楽しそうだったから」

「……まあ、そうか。アストルフォってそういう性格だったね、そういえば」

 思わず閉口しかけたところで思い出し、ロランは納得する。

 冒険好きのトラブルメーカー、どこにでも顔を出すお調子者。悪事という概念無く好き放題暴れまわるが、最悪の事態には踏み込まない。

 そういった彼の性格的特長を考えれば、楽しそうだったからというのはしっかりと理由になっているではないか。

「でも! でも、マスターが聖杯に興味が無くても、ボクは絶対にマスターに聖杯をあげるから……全力で頑張るから」

 それが、ライダーとしてのボクの役割だから。

 ……まだ召喚して3日目だが、ライダーの真剣な眼差しは、初めてみたかもしれない。

 純粋で真っ直ぐ。騎士だからというのもあるのかもしれないが、ロランにはそれが彼の本質なのだろうと思えた。

 だから、その瞳を見返し、笑顔で応ずる。

「ああ、頑張ろうな、ライダー」



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Side by 渚砂綾乃&Side by 光入観風

~ Side by 渚砂綾乃 ~

 

「――告げる」

 御影市の内陸側、生い茂る間霧山のふもとに佇む屋敷に1人。

 渚砂綾乃は幾度となくこぼれ落ちた涙を、また手の甲で拭き取った。ああ、メガネ邪魔。

 けれどこぼれ落ちる。ひっくひっくと肩が震える。こんな状態の私にマスター権を移譲するなんて、父は何を考えているんだろう。

 何を考えていたんだろう。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 本音を言ってしまえば自信なんて皆無だ。

 綾乃は自分自身をコンプレックスの塊だと自負するほど。そんな人間にどうして自信が芽生えようか。

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

(それでも私は決めたんだ)

 魔方陣から暴力的なまでの光が迸る。

「誓いを此処に」

(父の遺志を継ぐって、決めたんだ)

 暴風が巻き起こり、不可視の力が渦を巻く。

 彼女の三つ編みが暴れ狂うが、そんなことは気にならない。

「我は常世総ての善と成る者」

 淡々と紡ぐ。呪文を紡ぐ。震える声で紡ぐ。言葉を紡ぐ。

 それ以外は考えない。考えたくない。

 けれど、意識を逸らそうとすればするほど、綾乃の脳裏には回想が巡って仕方が無い。

 ――サーヴァントの召喚を目前に控えたその日、彼女の父、渚砂壮馬は倒れた。

 綾乃はその病状について詳しく聞いていない。

 けれど、搬送先の病院で息を引き取ったのはこの目で見届けた。

 聖杯戦争の参加が叶わなくなったその無念と、その権利を娘に託し、彼はあまりにもあっけなく死んだ。

 本来なら綾乃は父の葬儀に参列する必要がある。

 父の魂を弔う必要がある。

 だが、その父がそれをよしとしなかったのだ。

『俺のかわりに聖杯を』

 それが父の遺言。

 託された綾乃に、はなから選択肢などなかったのだ。

 苦渋の選択さえできぬまま、そして彼女は今父の渇望したサーヴァントを呼ぼうとしている。

「我は常世総ての悪を敷く者」

 触媒は『鬼の血が付いた布切れ』のみ。

 父曰く、随分前に先祖が手に入れて蔵にしまってあったのだそうだ。

 真偽は定かではないが、少なくともそれが本当ならば鬼が呼べる。

 鬼となれば、弱小であるはずが無い。

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし」

 クラスはバーサーカー。日本に伝わる鬼は軒並み悪役だ。ならば主に従順であるとは限らない。

 理性の剥奪という保険を兼ねた賭けだ。

 代理で聖杯戦争に望むに当たって唯一幸運だったと言える事は、少なくとも父が知っていた聖杯戦争に関する知識全てを事前に聞いていたことだろう。

「汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 迸る光に凶暴さが宿る。轟音は唸り声のように屋敷を駆け巡った。

「汝三大の言霊を纏う七天」

 さあ、代行しよう。我が父の無念を。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 一際強烈な光が綾乃を襲う。

 暴力的な光量に視界が染まり、思わず目を覆った。

 暴風は庭の木々をしならせ、植木を掘り返し、屋内の戸はガタンガタンと外れていく。

 そして、光と風はやがて収束した。

 かざしていた手をどけるも、まだ視覚はクラクラとしていて安定しない。

 だが荒れた庭の中央、魔方陣の中心に、小さな人影があるのだけはわかった。

 こちらを見ているのはわかるが、向こうはこれといった動作を見せようとしない。

(そうか、狂化されてるから言語能力がないんだっけ……)

 父からの説明を思い出し、向こうからのコンタクトが無いことを確認する。

 会話さえままならないというのは些か寂しい気もしたが、これは自分のための戦いではない。父のための戦いだ。ならばそこに自分の勝手なわがままは必要ない。

 ただ殺す為だけのクラス、バーサーカー。

 しかし狂戦士という名前の割には、やはり体躯が小さいような……?

 ――目が慣れると同時に、綾乃は我が目を疑った。

 そして同時に、我が耳を疑う事になる。

 爆音の後、初めて鼓膜を奮わせたのは、小さな女の子の声だった。

「あなたが、わたしのますたー?」

 

 

「……解せぬ」

 いやにおとなしいバーサーカーを引き連れて居間に戻った綾乃の、炬燵に入って第一声がそれだった。

 眼前のバーサーカーを見るたびその言葉が脳裏で反響し、彼女の思考を掻き乱す。

 疑問は多々あった。

 まず狂化がEとはどういうことだ。

 見たところ筋力のパラメーターだけ上がっているようだが……それもDだ。

 いやまあ、パラメーターも驚き桃の木山椒の木だけれども。

 それよりなにより、その見た目はどういうことだ。

 どこからどうみても童女ではないか。

 少し長めのおかっぱ頭に白い簡素な着物。背は低く目は大きい。童女。

 バーサーカーが童女……!?

「ますたー、おかわり」

「えっ? え、うん、どうぞ……」

 バーサーカーが差し出した空になった湯飲みに茶を注ぎながら綾乃は思う。

 ……ある意味、父が見なくて良かった結果かもしれない。

 いや、あるいはあの豪傑な父のこと、こんなサーヴァントでも策を巡らせて勝ち抜いてしまうのかもしれないけれど。

 ていうか何で自分のサーヴァントをもてなしているんだ私は。

 こればっかりは綾乃の性分なのだろう、どうしようもない。

 バーサーカークラスは元々あまり強くない英霊のパラメーターを底上げして戦えるようにするクラスだ。

 だというのに、このサーヴァントの狂化のランクは繰り返すがE。

 筋力だけランクアップして、無くしたものは複雑な思考能力のみ。

 しかもランクアップした筋力もD。

 他のステータスだって良しとは言えないようなものばかりだ。

 幸運がB、次いで魔力がC、耐久と敏捷に至ってはE。

 ……案外日本に語り伝えられている鬼って、そんなに強いものでもなかったんじゃないのか、なんて綾乃は想像してしまう。

 そういえばこの茨木童子だって鬼というだけでこれといった偉業を成し遂げている訳でもないし。

 まあステータスが全てという訳ではないのだから、そう目先の数値ばかりに気を取られていても仕方がない。それにもしかしたらトンデモ宝具を持っているかもしれない。

 けれど正直、綾乃は既に期待をしてはいなかった。

 そもそもこのバーサーカーは鬼なのかどうかすら怪しい。

「ねえ、バーサーカー?」

 バーサーカーはくいっと顔を向ける。

「あなた、名前は?」

 問うと、バーサーカーは首をかしげた後、端的に答えた。

「いばらきどうじ、ってよばれたよ」

「茨木童子……」

 その真名には心当たりがある。どうやら彼女は鬼で間違いないようだ。

 かの大妖怪、酒呑童子の舎弟であり、大江山に巣食う鬼達の副頭領たる妖怪。それが茨木童子の伝承。

 にわかに信じがたいが、まあ、そういうことならそうなのだろう。

「……このお饅頭、おいしい」

「いつの間に饅頭に手を出したのかしら、この子……」

 ていうかさっきから飲み食いしかしてないし……

「――さて、どうしたものかしらねえ」

 ため息と共に綾乃は愚痴を零す。

 強ければそれこそゴリ押しでも3騎士クラスとも対等に戦えるかと思ったのだが。

 こうなってしまうと、少し作戦を変更しなければいけない。

 夜の街をわざとうろついて敵を挑発、ひっかかったらバーサーカーを送りつけてゴリ押し短期決戦。

 まあこうも甘いものだとはさすがに思っていなかったが、これくらいは出来るだろうと踏んでいたのだ。

「……最初は手の内隠して敵情視察からが無難かしらね」

 そんでもって、隙をついて奇襲。

 単純ではあるけれど、そもそもバーサーカークラスは燃費が悪いのだ。綾乃自身の魔力量は少ないわけではないが、恐らくバーサーカーを使役しての長時間の戦闘には耐えられないだろう。

 現に今だって結構な量の魔力を持っていかれている。

 その点を踏まえると、この単純な作戦がもっとも効果的なはずだ。

 茨木童子の保有する宝具によっても若干変わるだろうが、基本はこれでいこう。

 今日は召喚直後の疲れもあるし、今の分を食べ終わったら霊体化して貰って、私はとっとと寝よう。

 それと普段はできるだけ霊体化していてもらおう。思った以上に魔力の消費が激しい。この状態で戦闘とか私耐えられるんだろうか?

 まあ、それはやってみないとわからないか。

 綾乃の決断はいつも早い。

 ていうか、サーヴァントってご飯とか食べなくてもいいはずなんじゃ……?

「ますたー、お饅頭もうないの?」

「この短時間で8つ全部平らげたの……!?」

 ……このバーサーカーが霊体化していないときはなるべく食べ物を見せないようにしようそうしよう。

 ああ、お父様。こんなバーサーカーで私大丈夫なんでしょうか。

 綾乃は一抹の不安を覚えざるを得なかった。

 

 

~ Side by 光入観風 ~

 

 御影市は大きく分けて5つのエリアに分類される。都市部、工業地帯、旧住宅街、現住宅街、港である。

 西南に広がる自然公園を中心にすると、北には間霧山、南には海がある。山からは間霧川という太い川が流れていて、自然公園の中央を通って海へと流れ出る。小規模ではあるが、御影市はいわゆる扇状地に成り立つ都市なのだ。

 自然公園を取り囲むようにして、御影市のシステムを凝縮した都市部が広がっている。高層ビルも少なくは無く、ショッピングモール等も内包しているため休日の日中などは嫌になるくらいの人が行き交うが、日が落ち始めるとその人ごみも目に見えて軽くなり、深夜帯に近付くとパタリと人がいなくなる。小規模なドーナツ化現象である。

 山の方には坂の多い旧住宅街、都市部より西側には比較的新しい住宅街が広がっている。都市部と両住宅街の境は軒並み繁華街や学校などが立ち並んでおり、都市部の明かりが落ち始めるのと入れ替わるようにして、この繁華街エリアは輝き出すのだ。

 旧住宅街は都市部に近いほど家の密集率も高いが、山の近くになればなるほど年代は逆行し、山の麓にまで至ると時代錯誤としか思えないような古式ゆかしい家屋も見られる。実際に住んでいる人間は御影市の古参であることが多い。また、川沿いにはそれなりの規模を誇る田園や畑、果樹園が広がっているのも特徴の一つだ。

 対して西側の住宅街はどこまで行っても普通の住宅街だ。比較的広めの道路の両脇にはびっしりと家が立ち並んでいる。似たような家屋が多いのも特徴だろう。

 都市部と住宅街より南は埋立地で、海に隣接していることもあり工業地帯が広がっている。小規模な港もあるが、御影市の港といえばもっと大きい。

 それが、都市部北西から伸びる御影大橋のたどり着く先にある離島である。こちらが御影市の本来の機能だ。

 大きな港。御影市最大の売りである。

 御影市は以上の5ブロックから成る。

 それら全てを一望できる場所など、間霧山の頂か都市部の中でも際立って高いセントラルビルより他に無い。

 知られていない事実ではあるが、セントラルビルの最上階と屋上はとある人物の専用フロアとなっている。

 光入観風――ここ御影市の霊脈を管理と魔術的な事件に対処、その痕跡の隠匿を生業とする魔術師。御影市における裏のトップでもある彼こそがその専用フロアを有する人物だ。

 セントラルビル屋上のフェンスに寄りかかり、スーツ姿の観風は眼下に広がる景色を呆然と眺めていた。

 屋上は至って簡素で、無骨な網目状のフェンスに囲われた冷たいコンクリートの地面に不自然な赤黒い模様が染み付いているのが特徴といえば特徴か。

 しかしここから見渡せる夜景は御影市最大のビルの屋上というだけあって絶景で、陳腐ではあるがそれを例えるならば小さな星の海といった具合だ。

 地上から見上げればギラギラと明るさを見せるネオンも、ここからではランプの明かりよりも小さい。

 あまりの非現実さに、自身の存在さえ観風は曖昧に感じた。

 時刻は夜7時。街の明かりがもっとも強く輝く時。

 普通なら美しく見えるであろうその光景に、

「……つまんねぇなぁ……」

 観風は小さく吐き捨てた。

 ああ、本当につまらない。

 そんな小さな灯では、満足できない。

 もっと、強い灯を。

「――マスターよ。この光景は、そんなにもつまらないものなのか……?」

 何も無い虚空から男の声が響く。

 太く逞しい声からは屈強な戦士の姿が連想されが、先述のとおりそこには虚空しか存在しない。

「あ? あー、オレからしたらつまんねぇつまんねぇ、つまんねぇの最上級だ。モースト退屈。こんなものを見るくらいなら蟻の巣観察の方がよっぽど楽しいね」

 まあ、数秒でぐちゃぐちゃだろうけどな、巣。

 そう付け足すと、観風はぺっと外へ唾を吐き出す。唾液は小さな星の海に沈み、そしてすぐに見えなくなった。

 つまらなさそうにため息をついて、観風は体を反転させてフェンスへと寄りかかる。下にどんな被害があろうと知ったことか。

「では、マスター……あなたは、何なら楽しいと申すのか?」

 虚空の声が再度問いかける。

 観風は一瞬眉をひそめるが、何かを思いついたように唇を吊り上げた。

「何だと思う? 当ててみろよ」

「……蟻の巣の観察?」

「バーカ、それは比較で例えだ」

「では、紙幣を数えることか? なんとなくその光景は似合いそうだ」

「テメェオレがそんな成金趣味に見えんのか? ……まあ金数えんのが好きなのは認めるが楽しいわけじゃねえよ」

「ううむ、考え事はあまり好きではないのだ……いかんせん、戦場ではただ殺して回るのみであったからな」

「なんだ? 降参か?」

「致し方あるまい」

 どうしようもないオーラ全開で虚空の声が降参をする。観風はため息を付いた後――嗤った。

 決して勘違いしてはならない。

 先ほどの笑みはあくまで口元を吊り上げるという表装上のもの。

 今観風が湛えた表情は、決してそんな優しいものではなかった。

 虚空は息を呑む。

 これが、自分のマスターなのだと。

「んじゃあ答えあわせだ脳筋サーヴァント。オレにとって楽しい事ってのは、テメェもよぉく体験してるはずだぜ?」 

「……?」

「――人が一番輝く時って、いつだと思う?」

 唐突に観風が問いかける。

「……一所懸命になっている時ではないのか?」

 特に、生きようと必至になっている時。

 文字通り命の炎を燃やしている時。

 虚空の声はそう答える。

「ああ、その通りだ。生きようと躍起になる。死にたくないと悲鳴を上げる。生きながらえることに全力を注ぐ……命の炎が一番輝く時だ。つまり、死ぬ時だ。望まぬ死を目前にしたとき、人は泣き喚く。何もかも投げ出して、ただ生きることを求める」

「――何が言いたいのだ、マスター」

「つまり血だ。叫び声だ。涙だ。悲鳴だ。命の炎が搾り出す生への執着全てだ。オレはそれを観るのが何より好きだ! 楽しくってたまんねぇ! 迫る死に怯える様はどんな映画よりどんなドラマより心躍る!」

 一句一句告げるごとに、観風の狂気が増していく。

 その様子に、サーヴァントはただ息を呑むばかりであった。

 召喚された当初は頼りになるマスターだと思っていた。いや、今でもそれは変わらない。

 ただ、彼へのイメージに一つだけ付け加えるならば。

 彼はまともな『人間』ではなさそうだ、ということだ。

「……なるほど、どうも我がマスターは『善』からはかけ離れているらしい」

「ほお、言うねえ。んじゃテメェはどうなんだ? 復讐の末死んで動かねぇ人間をずーっと引きずり回して見世物にしたんだってなぁ?」

「っ!」

「敵の水汲みの護衛を神殿まで引きずっていって惨殺したってえのも聞くが……さあて、テメェは『善』なのか?」

「…………」

 虚空の声は言葉を詰まらせる。

 観風はクヒヒと不気味に嗤った。

「まあ、戦闘時以外はそれはそれは優美な風流人で、心優しく正義感の強い英雄だったんだろうが……」

「――マスターよ、お褒めの言葉は有り難く頂戴するが……少しは言葉を選んではいただけないだろうか」

 ピシリと割り込む虚空の声。あろことか、声音には怒気さえ混じっているように感じられる。

 マスター、光入観風はそれだけのことを口にしたのだ。

 空気が張り詰める。が、観風はそんなものは意にも介さず言葉を続ける。

 空気に気づかないか。

 或いは、それさえ愉しみとしているか。

「あ? 怒ってんのか? ハハッ、笑わせる。俺もテメェも同じだっつってんのによぉ」

「何が同じか! 常日頃より人の死に悦を見出してなど、私はいない!」

「バーカ、頻度の問題じゃねえ。俺が毎日、テメェは敵を前にした時だけ。これが導く結果にどんな差異がある? 俺もテメェも『そいつを愉しんで殺す』っつう部分に違いはねえだろう?」

「…………」

「その行為の結果、目の前には死体が転がっている。さあ、どこにどんな違いがある? 論点は過程じゃねえ、結果だ。それはテメェもよぉくわかってんじゃねえのか?」

 虚空の声は返事をしない。

「過程はあくまで過程だ。結果ほど重要じゃねぇ。だが結果に至る過程がつまんねぇってのも考えもんだ。楽しい過程を踏んで、望む結果に至る。それが強者だろう?」

 虚空の声は返事をやめた。

 その通りだ。

 過程はどうあれ結果が重要だというのは、観風の言うとおりよく分かっていた。

 いくら戦場で奮闘しようとも、負けてしまえば意味がないのだから。

 つまり観風はそういうことを言っているのだ。

 何をしてでも、この戦争に勝つ、と。

「――ケッ、つまんねぇ。まあいい、前戯だ前戯」

 そう吐き捨てると、観風は再び眼下の街並みに目をやる。

「ああ、前戯だ。これから始まる殺し合い、聖杯戦争っつうゲームの前戯。なあ、折角大義名分を持って人を殺せるゲームなんだぜ。楽しまなきゃあ損だろう?」

 冷酷な殺人者の眼差しを受けてなお、街は煌々と輝く。

 だが、観風の表情は変わらない。

 無表情に冷たい瞳をたたえたまま、彼は再び虚空へと目をやった。

「――とりあえずは使い魔を飛ばして様子を探っている。動きがあったら呼び出すから、それまでは自由にしてろ」

 了解した、と小さく声が反応すると、次の瞬間にはそこにサーヴァントの気配はなかった。

 そして屋上には観風が1人残る。

「さあ……開戦だ――偽物の聖杯戦争の、な」

 まあ本物だろうが偽者だろうが関係ねえけど……せいぜい楽しむとしようか。

 愉しそうに嗤って。

 観風はようやく歩き出す。

 やがて月が厚い雲に隠れ。

 再びその顔をのぞかせたとき、屋上に観風の姿はなかった。

 



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Side by 貝原京介&Side by 西連寺志乃

~ Side by 貝原京介 ~

 

「全く何を考えておる。妾にこのような山道を登らせるなど、平民風情が粋がるでないわ。というかここに道はあるのか? 先より主よ、お主道無き道を進んではおらぬか?」

「よく仕組みはわかんねーッスけど、姐さん透明なんだからいいじゃないッスか。俺歩きッスよ本当に。それに姐さんご所望の場所なんてここくらいしかないわけッスから、ちょっとくらい勘弁して欲しいッスね」

「ふん、ならばつべこべ言わずにさっさと案内せい。あと先より気になっておったのじゃが、主の語調が気に入らん。なんじゃそのパワ○ロ9とかのサクセスモードで出現する足の速い後輩みたいな語調は」

「なんで知ってんスか姐さんそんなマイナーなの」

「ふむ、マイナーなのか? どうも聖杯の与える知識というのもなかなかいい加減なようでな……ともあれ気になるものは気になる。治せ」

「治せなんて言われても……一種の癖と言うかなんと言うか。まあ敬語の崩れなんで敬意の形として受け取って欲しいッスね」

「敬意か……主に敬意を示されるというのも不思議な話ではあるが、まあよい。これも一つの信頼関係というわけじゃな。もう一つ気になったのじゃが、お主、妾が霊体化していると1人でべらべらと喋っているように見えるのじゃろうな、客観的には。三十路小太りのチャラ男が山道を登りながら独り言とはなかなかに痛ましい光景ではないか」

「……誰も見てないッス。それに見られてたってどうでもいいッス。あと三十路小太りチャラ男ってすげー不名誉ッス」

「うむむ、やはりッスッスうるさいのう……まあ、それくらいは妥協してやるとしよう。じゃが三十路小太りチャラ男は外見そのままの印象じゃ、素直に受け止めよ」

「嬉しくないッスねえ……まあいいッス。あー、なんでも願いが叶うならその印象変えたいッス」

「なんじゃ? 説明したじゃろう、聖杯さえあればどんな願いも叶うと。これはその戦争なのだと」

「いやー、ぶっちゃけ俺聖杯? とか、聖杯戦争? とか、サーヴァント? とか、まだよくわかんねーんスよ。つーか実感がないっていうか。ただノリでいつも通り適当に見つけた可愛い子を壊しに行ったらオカルティックなこと始めようとしてたらしくて、まあ好奇心ッスね。それでソレが持ってた本に書いてあった文章……呪文みたいな? あれ口にしたらなんか姐さん出てくるし、そしたら右手に変な痣浮かぶし、その本持ってたソレは壊れたみたいに動かなくなっちゃうし」

「――まあ、わからぬ話でもなかろうよ。聖杯は万能の願望機。それを手にするチャンスを、よもやこんな三十路小太りチャラ男に横取りされたとあれば絶望もしよう」

「……でもあの後あの可愛い子いたぶってマジでブッ壊したのは姐さんッスよ?」

「何を言う、そこに美しい少女が居たのならばその血は妾の糧とならねばならぬ。いやなに、数えるのも億劫なほどの年月、妾は処女の血に飢えておったのでな。つい普段以上に弄んでしまったが……よもやお主『ドン引き』したというわけではなかろうな?」

「まさか、寧ろ感動したッス! あそこまで面白く壊れていく様子は生まれて初めて見たッスよ! マジ興奮したッス!」

「そうかそうか、やはり妾の主は理解ある主のようじゃ。しかしお主もとんでもない性癖の持ち主よのう? まさか壊れたそれをその場で玩具にしてしまうとは」

「いやだって、目の前であれだけの物を見たらそりゃあ興奮くらいするッスよ」

「まあ生憎と妾には屍姦の趣味はわからん。じゃが、故に妾とお主はいい関係になれそうじゃな?」

「理解してもらえないのはまあしょうがないッスけど、いい関係ってのは?」

「妾は少女の血が欲しい。じゃが餌がおらぬ。お主は屍が欲しい。じゃが殺す手間がかかる。餌の収集は端からお主の役割として、妾はお主の集めてきた少女を殺そう。さすれば妾は血を得ることができ、残った屍はお主に渡そう。『ギブアンドテイク』というやつじゃ」

「なるほど、確かにいい関係ッスね。まあ、探すのだけは骨が折れそうッスけど……壊れていく様もいいオカズ、その為ならちょっと頑張ってみるッス」

「うむ、楽しみじゃ。して、主よ。まだか?」

「ああ、丁度ほら、ここッス」

「――ふむ、なるほど、これだけの広さがあれば妾の城も作れそうじゃ。この土地も魔術的に申し分ない。早速結界を張るとしよう」

「どうも、そこは姐さんの領分みたいッスね。あ、俺なにかすることは?」

「そうじゃな……美しい少女を集めよ。結局求めるところはそこにある。お主の『眼』をもってすれば容易い事であろう?」

「ははは、まあ、了解ッス。注意点は?」

「まず最優先、右手の痣を隠すこと。次に、妾と同じような、つまり敵サーヴァントやマスターに遭遇したら、魔術師ですらないお主に叶う相手ではない、とにかく逃げろ。その時、ここへは来るな。敵に感づかれたくはないのでな。それと、最後に」

「最後に、なんスか?」

「――連れ来る少女は、できる限り処女であると、妾は嬉しい」

 

 

~ Side by 西連寺志乃 ~

 

 西連寺志乃。

 市立御影第3高校、2年2組、帰宅部所属。

 性別女性、年齢17歳、身長160cm、体重は神秘のヴェールの向こう側。

 私服はワイルドなものを好む。

 普段着は作業着。

 髪型は天然の茶髪のポニーテール。

 成績は上の下、運動は上の中、人望はそれなり。

 趣味は人形弄りとバスケットボール。

 好きなものは神話や逸話、オカルト全般、何かを作ること。そしてロマン。

 嫌いなものは卑屈な態度、夢の無い見解、理解する努力をしないこと。そして現実。

 ポリシーはとにかくチャレンジすること。

 長所はチャレンジ精神旺盛な所。

 短所は歯止めが利かない所。

 特技は趣味全般。

 現在親戚宅にて下宿中。

 幼馴染は相馬祐一。

 腐れ縁は相馬祐一

 インドア仲間は相馬祐一。

 理解できない人は相馬祐一。

 専属パシリは相馬祐一。

 自分を使う奴は相馬祐一。

 ライバルは相馬祐一。

 親友は相馬祐一。

 嫌いな人は相馬祐一。

 

 好きな人は、相馬祐一。

 

 

 西連寺志乃と相馬祐一は、物心ついた時からの知り合い、すなわち幼馴染という関係だ。

 あまり行動的ではなく何においても思考と探りが先行する祐一に対し、志乃は相反する性格を持っている。

 基本は祐一と同じく、現代の若者らしいインドア気質。

 しかし彼と決定的に違う点は、その行動力と好奇心にある。

 自分の知らないもの全てに等しく興味を持ち、それを知るためならばいかなる時間も労力も惜しまない。

 つまり祐一はこの正反対の性質を持ち合わせている――言ってしまえば無気力無関心面倒くさがり。

 そんな彼に、志乃は言うのだ。

『興味が無いのは仕方が無い。でも、頭から理解できないって否定から入るのはダメ。理解する努力はしようね?』

 と。

 とことん努力嫌いの祐一には決定打になりえないことを知りながら、志乃は幾度もこの台詞を口にする。

 文字通り、といえば文字通り。

 故に祐一にはそれこそ理解できないことだろうと、彼女もわかっていた。

 何せ彼女のその台詞の本意は自己主張にあるのだから。

『もっと――アタシの事を、わかって』

 無論、理解できない祐一がそんな事を知るはずも無く。

 今宵も彼は『腐れ縁の世話焼き』として志乃の家を訪れたのである。

 ――サーヴァント召喚の儀式は少しばかり時間がかかったが、なんとか成功した。数刻前のことである。

 念願のサーヴァント。自分のサーヴァント。

 噂に聞けども、目にすることは適わなかったそれが、目の前にいる。

 夢か現か幻か。言うまでもない、現実だ。己が体内から魔力が流れてゆく感覚がそれを実感させる。

 その実感は何よりも彼女を嬉々とさせ。

 同時に、どうしようもなく沈み込ませる。

 彼女の背後で一連を見守っていた祐一からは、その瞬間の表情など見えるはずもなかった。

 だからどうこう言える事でもないのだが、もしも見えていたとしたら、祐一は何を思っただろうか。

 サーヴァントを召喚したその瞬間。

 ――彼女は、諦めにも似た苦笑を湛えていた。

 何故だろう。

 何故、アタシがやらなければならなかったのだろう。

 喜ぶべき点は、先述の通りサーヴァントの召喚をこの手で行えた事、そのサーヴァントを手に入れたこと。相馬祐一と同じステージに立てたこと。

 悲しむべき点は、マスターになってしまったこと。相馬祐一と同じステージに立ってしまったこと。

 それは相馬祐一と敵対することに同義なのだ。

 令呪を宿したその瞬間、聖杯に選定されたその瞬間、彼女は喜びより先に絶望を得た。

 否、喜んだことに絶望した。

 彼と敵対することになることは明白だったのに。

 聖杯戦争への参加権に、喜びを覚えてしまった。

 魔術師としては至極まっとうな反応。

 だが、西連寺志乃としてはどれほど辛かったことか。

 相馬祐一との同盟関係がせめてもの救いだろうか。

 現状は敵対しなくても良い、その事実が何より彼女の辛さを軽減させていた。

 ――問題の先送りに過ぎないことくらいわかってはいるけれど。

 それほどまでに、彼女は祐一との敵対を忌避していた。

 同盟関係など――祖父に知られたら何を言われるかわからないのに。

 なんで、どうして、なんのために。

 アタシは好きな人を倒さなければならないのだろう。

 

 

 今日は志乃の召喚したサーヴァントを加えた上での作戦会議の日だった。

 はずなのだが。

「ねえねえ、ここってどうなってるの?」

「うんうんここはね、この回路がここに接続されてて――」

「なるほど、これで効率が……でもここって、こうした方がパワー出るんじゃないかな?」

「それも考えたんだけどね、そうしちゃうとバランスに支障が出ちゃうの。そこだけなんとかなればいいんだけど……」

 ところで、志乃の家は住宅街の中でもなかなかの大きさを誇る。

 元は親戚の家で、昨年までは同居していた。だが、今年に入って家主が海外赴任、残された母とその息子は一時実家へ帰宅。

 結果、このだだっ広い家は志乃が1人で占拠していることになる。

 その庭に、大きなガレージがあった。

 高さ20mというのだから、一体家主は何を思ってこれを作ったのだろうと考えずにはいられない。日曜大工の為に、と聞いてはいるが、日曜大工でモビルスーツでも作っていたのだろうか。

 しかし召喚場所としては必要以上の広さを誇り、立地的にも合格。召喚はそこで行われた。

 だからこのサーヴァントが召喚されたというのなら、あるいは幸運だったのかもしれない。

 ガレージ隅の小さなイスに背もたれを抱え込むようにして座った祐一は、眼前にそびえるソレを見てただため息をついていた。

 そのため息が意味する感情は祐一自身わからない。けれど、恐らくは驚嘆の類だろう。

 ガレージの壁にかけられた大きな古時計に目をやる。耳を澄ませばカコンカコンと時を刻む音が空気を震わせているのがわかる。

 見た目は仰々しいものだが、志乃曰く、あの時計は有名なモデルのレプリカ――つまり偽物なのかもしれないらしい。

 ティーセットにテーブルにイス、そして本物か偽物かすらわからない不思議な古時計。20mの巨大ガレージ。

 色々と間違いなのではないかと気が気ではなかった。

 志乃と彼女が召喚したサーヴァントは、先ほどからそこに聳える18mロボットについて熱心に議論を交わしている。

 興奮も興奮。

 一時的に苦悩全てを脳の片隅へおいやるくらい造作も無いほど、その興奮は例年に久しいものであった。

 自律稼動する巨人の宝具だなんて。

 なんて――なんて、ロマンが溢れているのだろう!

 久しぶりに心が揺れた。震度12くらい揺れた。

 もはや志乃には作戦会議よりも目の前にそびえ立つソレの仕組みに興味が注がれてしかたが無かった。

 幸か不幸か、彼女の召喚したサーヴァントもまた似たような気質の持ち主らしい。

 というのも、サーヴァント自身この宝具を何よりも気に入っているのだとか。ロマンがある、とは本人の談である。図らざるもマスターとの相性は抜群のようである。

 志乃が召喚したサーヴァントは美女だった。流れるような金髪を背中で1つに纏め、この世のものとは思えないほどの美貌が何より輝かしく存在を強調する。いやまあ、確かにこの世ならざる存在なのだろうけれど。

 シンプルではあるが綺麗でどことなくエロティックな貫頭衣に身を包み、見た目に反して声音と語調は快活。

 どこまでも完成された女性だった。

 美女と共に宝具を語る。

 彼女が夢にまで見た光景。

 ただ今は、その幸せ以外に目が向けられなかった。

 ――否。

 その幸せにだけ、目を向けていたかったのかもしれない。

 

 

「18mの巨人って……この類の宝具、見られたら真名は一発で看破だろうなあ」

 隣に立った彼のサーヴァントは無言で首肯した。

「触媒無しでの召喚は、マスターに似たサーヴァントが呼ばれるって話だが……まあ、確かに似てるっちゃあ似てるのかもしれないな」

「そうなの?」

「ああ、安易だけどな。あのロボットじみた宝具はまあ間違いなく志乃の心を揺さぶるさ。震度12くらい」

「震度って7までじゃないの?」

「いや、そこマジレスされてもな……それにあいつの言うロマンってああいう類のものだろうからな。昔からあいつロボットとか好きだったし……俺も何度ガ○ダムを初めとしたロボットアニメを勧められたかわからん」

「部屋にあったグレ○ラガンっていうのも、そういうものなの?」

「あれもついこの間押し付けられたやつでな……まああいつがオススメしてんだからそういう類のものだろう」

 嫌いじゃないから、まあいいけど。

「ふーん……」

 アサシンは何か考えるようにそう呟き、イスに座ったまま脚をぶらぶらと遊ばせる。

 その様子はどうみても普通の女の子なのだが、これでサーヴァントというのだから世の中何が起こるかわからない。

「マスターと志乃さん、ホント仲いいんだね」

「まあ言うて幼馴染だからな」

 苦笑と共に祐一はそう口にする。

 だが、対するアサシンは語調を暗くして言った。

「……マスターは、いいの?」

 硬直。

 祐一の思考が塗りつぶされる。

 押し殺していた苦悩はあるべき場所へと返ってきてしまう。

 先送りにできない問題。

「な、何がだよ?」

 我ながら何を言っているのだろう。

 わかってはいるけれど。

「その、仲のいい志乃さんを……マスターにして」

 しかしアサシンは言葉にする。

 何より苦悩したその問題を。

 祐一の顔から感情が消失したのも当然の反応である。

 お面のような無表情。

 これは祐一の何より動揺している証拠なのだ。

「……俺はあいつの足りない部分を補える。あいつの足りない部分は俺が補える。1人より2人、作戦の幅も広がる。悪い話じゃない」

「でも、最後に残るのは一組だけ、なんだよ?」

「…………」

「今は同盟で戦わなくても済むかもしれない。でも、他の5組のサーヴァントを倒した後、否が応でも私たちは志乃さんと、あの巨人と戦わなくちゃいけない」

「……ああ」

「そして私はアサシンのサーヴァント。アサシンのクラスは、対サーヴァント戦闘には特化していない」

「……そうだ」

「つまり私はあれに勝てない。勝つには――マスターを攻撃するしか、ないよ」

「…………」

 アサシンの視線が祐一を貫く。

 アサシンの言葉が祐一を壊す。

 どうしようもなく悩んでいた。

 考えて、考えて、考えて。

 結論がでる前に、日を迎えてしまった。

 ――志乃に令呪が宿ったと聞いた瞬間、祐一は彼女にマスター権を放棄させようとした。

 当たり前だ。祐一は志乃と戦いたくは無かった。

 自分が降りればいい話でもあったが、その時既に彼はサーヴァントを召喚し終えている。

 それに、これは好奇心で参加するようなゲームではない。

 情け容赦の無い殺し合い。

 相応の覚悟を持ち得ない魔術師が安易に参加していいものでは、断じてない。

 聖杯戦争の定義云々ではなく、覚悟の欠如は死に直結するからだ。

 だから、やめさせようとした。

 けれど出来なかった。

 ――語る彼女の表情が、あまりにも楽しそうで嬉しそうで。

 彼にはそれをやめさせるだけの勇気も自信も、なかったのだ。

 結局祐一は、アサシンの問いに答えられぬまま。

 俯いたまま。

 口を開くことは無かった。

 心的な部分で少なからず繋がっているからだろう、アサシンは己がマスターの苦悩を汲み、それ以上の追求をしなかった。

 ありがたいと同時に辛くて、そしてなにより。

「みっともねえ……」

 いつまでも決断を下せない自分が、マスターとして情けない。

 そんな自責の念が何より彼を追い詰める。

「大丈夫だよ、マスター」

 知らず知らずのうちに握りこんでいた拳を、傍に来てたアサシンの手がそっと包み込む。

 はっとして首を向けると、アサシンは一見無表情のままそこに立っていた。

 けれど祐一にはわかるのだ。彼女の表情は無表情に見えても、その実彼女が無表情であることなど一度も無いのだと。

 ただ、表現が少し苦手というだけ。若しくは意図的に押さえ込んでいるものが溢れ出しているのかも知れない。或いは両方か。

 確かなことは、その時のアサシンの表情は優しいものだったということだ。

 触れた手の感触を祐一はそっと確かめる。

 冷たいけれど、その手は確かに温かかった。

「メリー……」

「悩むことは、悪いことじゃない。けど、悩みすぎてもダメだから。みっともなくないよ、マスターはマスター。マスターがどんな結論を出しても、私はそれが最善なんだと思う」

 紡がれた言葉は、慰めの言葉。

 メリーの表情はただ優しく。

 伝えたかったのは、サーヴァントとしての信頼。

 メリーの眼は、無の中に少しの微笑。

 恐怖の都市伝説の体現者というわりに、マスター思いのサーヴァントだ。

 まあ、マスターを蔑ろにするサーヴァントというのもいはしないのだろうが。

 しかし自分のサーヴァントに慰められるってどうよ。

 そんなことを思いながら苦笑しつつも、祐一の脳裏には最後の一言がちらついて止まない。

 彼女が口にした文章。その最後の台詞の本意は、もっと違うところにあるのだろう。

 すなわち、

『マスターが命ずるならば、私はあの西連寺志乃を殺すことも厭わない』

 と。

 彼女はそう言っているのだ。

 あとは自分の選択と決断のみ。

 今日だって言ったばかりではないか。

 絶対勝つ、と。

 しかし勝者となるには、志乃を切り捨てなければならない。

 果たして、いつまで。

 いつまで、このままで。

 このままで、俺は。

 俺は、一体どうすればいいんだろう。

 

 

 結局、また答えなど出ぬまま。

 偽物の時計は深夜0時の鐘(かいまく)を告げた。

 始まりの早鐘さえ、2人の耳には届かない。



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Side by ベアッド・アエレディタス

 深夜の御影港に、およそ人の気配は存在しなかった。

 人どころか、生の気配が無い。

 ただ無機質で不気味な静寂が世界を満たす。

 彼は深海に潜ったことなどないけれど、きっとそこはこんな場所なのだろう。

 開放的で閉塞的。

 そんな奇妙な感覚。

 暗い暗い海の底に1人。

 屋根があるわけでもないのに月明かりさえ遮断しているような錯覚に陥る。

 そんな暗黒を帯びた港の一角に、1人の男が立っていた。

 月光を浴びて輝く長い銀髪を潮風に遊ばせ、彼は再び眼前の魔方陣を見る。

 無人の港を寂しく照らす電灯の僅かな明かりを反射し、描かれた魔方陣は生々しくぬめりと光る。

 ――召喚の準備は整った。

 あとは、彼女の報告を待つのみ。

 それをもって、開戦は告げられる。

 念のため港に張った結界を確認してみる。

 オールグリーン、問題はない。人払いのおかげで普通の人間が寄り付くことはなく、仮に誰かが通ったとしたら一発で判明する。

 だから、ただ彼は待つのみだ。

 冬の海は凍てつくように寒い。心も体も芯から冷めてゆく。たとえ人間から温度という概念が失われたとしても、この海では誰一人泳ぎたいとは思うまい。

 御影市の海は、そんな魔性を感じさせる海だった。

 だからこそ、この地を召喚場所に選んだのだが。

 彼はゆったりとしたカーゴパンツに厚手のパーカーを着込み、少し長めの黒いマフラーを纏って待っていた。

 このゲームの管理者を。

 最愛の少女を。

 ――ふと自分を客観視してみると、どれだけ自分は心酔しているのだろうかと思わず苦笑が漏れる。

 それが戦いにおいては危険なことだと知りつつも、彼にとってその感情はもはや麻薬以上のものだ。本人の意思でどうにかできるものではない。

 しかしそれでも。

 例え彼が優れた魔術師であったとしても。

 どうしたって恋慕の感情は抑えられない。

 深夜の港で血で描かれた魔方陣を前に、想い人の想像をして頬を緩めている。そんなワンシーンがそこにはあった。

 どう見ても命を賭した戦争の前夜とは思えない。

 やがて、彼女はやってきた。

 自分と同じ、銀髪を靡かせて。

 ベアッド・アエレディタスは、笑顔でナヴィス・デウボーソルを迎えた。

「おかえり、ナヴィス。どうだい、進捗状況は」

「うん、全部。予定通り、セイバークラス以外の6体のサーヴァントが召喚されたよ」

 そうか、とベアッドは応じ、思わず頬を緩める。

 予定通りだ、と。

 此度の聖杯戦争において、セイバークラスはベアッドでなければ呼ぶことが出来ない。

 そう細工したのは他ならぬナヴィスだ。

 最強のカードとして誰もが欲するセイバーのカードは、予定された勝者たるベアッドにこそ相応しい。

 そして呼ばれる英霊も、相応の格がなければならない。

 すなわち、狙うは大英雄。

 彼らがあえて最後にサーヴァントを召喚したのは、開幕までの保身の為だ。

 誰よりも先に召喚する事ももちろん可能であったが、いかんせん彼ら自身御影市という戦場に慣れていない。開幕のその瞬間まで手の内は隠すべきだし、少しの情報だって漏洩はできない。

 そして人間関係に対して閉鎖的だった彼らに、この街で完全に身を隠せる場所は無い。

 ならば、自分たちの召喚を持ってゲームのスタートとしようと。

 そう考えての事だった。

「でも、ごめんね。どんなサーヴァントがどのマスターに呼ばれたかまでは、わからなかった」

 申し訳なさそうにそう言ったナヴィスの頭を、ベアッドは優しく撫でる。

「いや、十分だよ。ありがとうな」

「ううん、力になれて嬉しいよ」

 ナヴィスは儚げに微笑む。

 この笑顔が自分に向けられたものだと思うと途端に嬉しくなってしまい。

 この笑顔が自由なものではないのだと思うと途端に悲しくなってしまう。

 ――本当はベアッドにとって悲願など先祖の遺した厄介ものでしかなかった。

 興味がない。そんなことをして何になるというのだ。

 その意図は全くつかめない。

 けれど、彼の姉であるヴェロム・アエレディタスは言うのだ。

『先祖の悲願は子孫がかわりに達するものだ』

 と。

 悲願という名の束縛。

 逃げ出そうかとも考えた。

 しかし考え直すと、長く世俗から切り離されていた彼らに行くあてなどあるはずもなく。

 だからベアッドもナヴィスも従った。従わざるを得なかった。

 これは血筋と先祖の呪いか何かなのだろう。

 そんな中で零す笑みが、自由な笑であるはずがないのだ。

 彼も彼女もやりたくないのだから。

 ――自由に笑って欲しい。

 その一心で、ベアッドはここまで来たのだ。

 その終わりが始まろうとしている。

 ちらりと腕時計に目をやると、時刻はそろそろ日付をまたぐかといったところ。

「早速始めよう、下がっていて」

 うん、と小さく頷くと、ナヴィスは少し遠くに離れる。

 確認して、ベアッドは足元にあったアタッシュケースを開いた。

 中に保管されていたのは、錆び付いた何かの金属片。

 とある聖剣の破片。あるいは魔剣とも。

 これが召喚の触媒だ。

 陣の中央にそれを安置する。

 そして彼は陣の前に立ち、令呪をかざす。

 眼を閉じて――言葉を紡いだ。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 陣に光が走る。

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 強烈な魔力の感覚。

「みたせ。みたせ。みたせ。みたせ。みたせ」

 我らが悲願を達するため。

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 そして、宿命からの解放のため。

「――告げる」

 契約だ。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 悲願の成就を、約束しよう。

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 だから、成就したその時には。

「誓いを此処に」

 俺は自分の為に生きる。

「我は常世総ての善と成る者」

 俺は彼女の為に生きる。

「我は常世総ての悪を敷く物」

 悲願潰えたまま没していった先祖の為。

「汝三大の言霊を纏う七天」

 そして、彼女の自由な笑顔の為。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 この戦争は、俺がこの手で終わらせる――!

 

 

 風を切る。

 風を破る。

 そんなスピードで、空を駆ける人影が1つ。

 そんなスピードで、空へ跳ねる人影が1つ。

 片やスーツ姿の男。撫で付けたオールバックが激しく靡く。

 空を飛んでいるほうはこちらだ。無論超能力などではない。魔術だ。

 魔力を両足で交互に爆散させることで、半ば強引に飛行を実現している。そのフォームは走行というよりスケートのそれに近かった。

 片や軽い鎧姿の戦士。片手に丸い盾、片手にシンプルな槍を持っている。

 ビルの屋上、家屋の屋根、何もなければ電柱の上。

 足場という足場を駆使し、上空を飛ぶように駆け、男と同一ルートをたどる。

 その速度は常軌を逸脱しているという次元のものではなかった。

 2つの影はその眼に闘士を宿し、そして殺気を纏い。

 御影大橋をも数秒のうちに渡りきり。

 そして前方に、巨大な魔力を捉えた。

 男はニヤリと嗤う。

 

 

 光が収束し、ベアッドの眼前に大柄な金髪の男が出現する。

 新緑の外套に赤い鎧。

 そしてその手には、両刃の大剣。

 間違いなく最強のカードを引いたという実感が彼を満たす。

 予想通り。期待通り。

 何という確証があるわけではない。けれど、彼の直感はそう告げているのだ。

 ベアッドが確認のために口を開く。

 同時に、伏せられていた男の瞼が持ち上がる――その時だった。

 結界が2つの存在を捕捉。しかしそれは、ベアッドが危険の肉薄を感知するタイミングと同時だった。

 それも、片方からは膨大な魔力を感じる。

「ベアッド上ーっ!!」

 悲鳴にも似たナヴィスの言葉が港を震わせる。同時に、一陣の風が訪れた。

 視界端に影が躍る。そのスピードに、一介の魔術師であるベアッドの動体視力が追いつくはずもない。

「っ――!」

 とっさに体を横に飛ばし、回避行動を取る。彼の生存本能が叩き出した行動はそれが限界だった。

 しかしベアッドが動くより先に、彼の前に立ち塞がる人影が1つ。

 セイバーだ。

 手にした両刃の大剣が襲撃者を横薙ぎに斬り払う。

 ――鳴り響いたのは甲高い金属音。

 所作に対して空気を震わせる音はか細く。

 静寂の港に狂乱を告げた。

 

 

 ここに7騎のサーヴァントが出揃った。

 そしてこの交錯を持って、御影市聖杯戦争は幕開けとなる。

 それは始まりのゴングとしてはあまりに陳腐で。

 しかしこのゲームのあり方を思えば、これ以上ない程適していたとも言えよう。

 

 完全か不完全か。

 

 本物か偽物か。

 

 真実か虚偽か。

 

 そして、光か影か。

 

 不明瞭な聖杯戦争は、こうして幕を開ける。

 その影のヴェールの向こう側に何があるかなど、誰も知らぬまま。

 神様は残酷に、運命を弄ぶ。



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開戦
狂気の鐘の音


 

 襲撃者は片手の盾を瞬時に突き出し、振りかざされた大剣を受け止める。角度をつけて受け流すことでその衝撃を最大限に殺し、セイバーの目の前に着地した。

 その隙にセイバーが後退。剣を持ち直し、無粋な襲撃者に相対する。

 横目で確認すれば、マスターは傍らの少女ともども既に退避済みのようだ。

「――召喚直後を狙うとは、風情もへったくれもねえな」

「ほう、風情を気にする英霊だったか。それはすまないことをした……だがこれは既に戦だ。それとも、この戦場において尚、風情を楽しむ程の余裕があると?」

 盾を構え、その向こうで襲撃者は得物を握り直す。

 敵は間違いなくサーヴァント。そして、得物から察するにクラスはランサーと見える。

 ――飾り気の無い長槍、のように見えるが。

「ここを戦場に変えたのはお前じゃないのかよ?」

「その発言、此処を戦場と認めたものであるとするならば、貴様には此処で戦う意思があると解釈するが……構わんな?」

「ハッ、回りくどいのは嫌いでね。それに、んな意思なくても襲うだろう?」

「無論だ」

 ジリリ、とわずかに襲撃者は両足に力を込め、体を屈め僅かに前傾する。

 スタートダッシュの構え。タイミングさえあれば急加速からの刺突が見舞われるだろう。

 戦意と殺気以外に、襲撃者から感じられるものは無い。

「襲われた以上、まぁ応戦しない理由はない。マスターに実力を持って最強を証明する機会にもるだろうし、この聖杯戦争、最初に敵サーヴァントを仕留めるっつー功績だってなかなか上等じゃないか」

「ほほう、さすがはセイバークラスの英霊。だが、自信と傲慢は似て非なるものだと知れよ小僧」

「何言ってんだ? 自分が最強でないと、聖杯には届かないだろう? そういうことだ。だから早速で悪いが、此処で俺の剣に斬られろ小僧」

 不敵な笑みと共に言い放ち、セイバーは大剣を握りこむ。

「――無駄話が過ぎた。せいぜい私の槍についてこい、セイバーよ――!」

 襲撃者が地を蹴ると同時に、

「さあ来いよ、ランサー!」

 セイバーは剣を正面に構えた。

 ――交錯は一瞬。

 風を切る音。

 甲高い金属の衝突音。

 突き出された槍の穂先が首筋を掠めてセイバーの髪を僅かに削る。

 対して振り下ろされた剣は古めかしい盾に阻まれ、ランサーへの打撃とはならない。

 交錯の中、ゼロ距離で両者の目が合い。

 お互いに、ニヤリと笑みを零す。

 

 

 戦線からさほど離れてもいない貨物倉庫の中へ逃げ込んだ2人は、開け放たれた倉庫のドアから戦いの様子を覗き見る。

「……ランサーか」

 退避を終えたベアッドは2度の交錯に目を凝らしながら呟く。

 3騎士クラスの一角。俊敏さをウリとする槍使いのサーヴァント。

 しかし、なんだ、あの槍兵は。

 一撃目はまだ上空からの奇襲だったためよく見えては居なかったが、2度目はしっかりと見た。

 その、異常な俊足を。

 サーヴァントだからという理由で片付けられるものではない。

 セイバーまでの肉薄は文字通り瞬きのうちの出来事だ。

「初速、ってレベルじゃなかったよね」

「ああ……それに、あの初速から正確な間合いでの急制動。どうかしてる……」

 高速移動、という言葉さえ正しいかわからない。

 とにかく規格外だ。まさか初陣からトップクラスの強敵と相対することになるなどと、誰が予想したか。

「いや、予測できなかった方が悪いか」

 しかし軽口を叩いている余裕はない。ベアッドは眼前で繰り広げられる接戦を凝視しつつ、次の行動を想定する。

 見たところ、セイバーと襲撃者――ランサーはどちらが優勢というわけでもない。

 かわし、斬り付け、防ぎ、突き。

 接戦である以上、ランサーがマスターを直接狙いに来ることはないだろう。外に目を向けるだけの余裕は無いはずだ。

 それを加味すると、ベアッドが現状気を付けねばならない点はただ1つ。

「ランサーのマスター、だね……」

 ナヴィスの言葉に彼は無言で首肯する。

 少なくとも敵マスターはランサーを視認できる位置にいる、若しくはその位置に使い魔を飛ばしているだろう。

 だが、この結界の中で魔術的な行為が行われれば、即座にその位置情報と規模をベアッドへ伝える。

 そして今のところその反応は無い。

 つまり、あのランサーが単独行動スキルを保有していない限りマスターはこの結界内のどこかに潜んでいるということになる。

 そもそもそうでなくては、結界を突破した2つの反応の説明がつかない。

「くそっ、索敵機能くらいケチるんじゃなかった……」

 誰に言うでもなく――強いて言うなら自分に対して、ベアッドはそう愚痴る。

 彼の言葉通り、この結界はあくまで受動的な機能しか兼ね備えていない。

 通過した反応と結界内における魔術の行使による魔力の反応。そして一般人を対象とする人払い。それがこの結界の力だ。

 結界内における索敵能力などなくとも、境界線を敵が通過した時点で居場所はおおかた特定できるのだ。そこへ行けばいいだけのはずだった。

 しかし結果はどうだろう。結界の伝達とほぼ同時に、敵はこちらまでたどり着いてしまっている。敵のマスターの位置は把握出来ていない。

 予想以上のスピードだったというのが本音だが、うっかりといえばうっかりだ。

 しかしポジティブに考えれば、ある意味目的を達成しているとも言える。

 元々、結界を張ることに関して言えばベアッドはナヴィスに遠く及ばない。けれどこの結界はベアッドが張ったものだ。

 何故か彼に張らせたのか。それは、彼が言うほど結界を張ることを得意としないからである。

 一般人こそ欺けど、魔術師相手なら即座に感知される程度の結界。

 それはつまり、敵マスターをおびき寄せる撒き餌となるのだ。

 狙いはそこにあった。

 彼らが召喚する予定だった――現に召喚された英霊は最優たるセイバークラス。なおかつ、その中身は竜殺しの逸話さえも保有する大英雄だ。

 加えて、ベアッドとナヴィスそれぞれも自身の力量には自信があった。伊達に隔絶された生活を送っていたわけではない。

 敵マスターに出向いてもらうことで、自分たちの労力を可能な限り減らす。そして現れた敵を確実に迎え撃つ。さみしいことではあるが、長い間この港周辺を根城にしていた彼らにおいては、迎え撃つという行為はホームで戦うという行為に等しいのだ。

 しかしこうなってしまっては敵マスターを万全で迎え撃つことさえできない。自分の脚と目で直接さがすか、自身の魔術を持って索敵をする他ないだろう。

 その旨を手早くナヴィスに伝えると、彼女はこくりと頷いた。

「じゃあ、ちょっと探ってみる――」

「伏せろっ!」

 彼女の台詞を遮り、ベアッドは叫ぶ。同時に、彼の結界が魔力の反応を伝えた。

 その位置――後方数メートル。

 ナヴィスは彼の叫びに脊髄反射のスピードで頭を抱えてかがみ込む。

 刹那、先程まで身を隠していた倉庫の壁が轟音と共に弾け飛んだ。

 間一髪。

 頭上を通過する死の気配が髪をかすめ、残留した殺気が悪寒となって脊髄を撫でていく。

「いつの間に背後をとられた……!?」

 顔を上げ、ベアッドは何も見えない闇に向かって当てずっぽうに人差し指を向ける。

 指先に魔力が集中する。強力なガンドのたどり着く先、『フィンの一撃』だ。

 物理的破壊力を伴った呪詛は、暗闇に向けて容赦なく発射される。

 それも一撃ではない。ガトリングガンじみた一斉掃射。横なぎに軌道を描く人差し指を追うように、漆黒の弾丸は扇状にばらまかれた。

 暗い闇の向こうにこれといった反応はない。コンテナに隠れたか、若しくは。

「性懲りもなく、上か!」

 上空に魔力の反応。ベアッドは小さく一小節の呪文を口にすると、槍投げの姿勢で上空に魔力を投擲する。

 彼の属性である炎が具現化。それは一筋の閃光。一点集中の意を込められた炎は一種の槍と化す。

 暗闇を裂き、槍は進行ルート上の垂れ下がったランプに衝突して消えた。

 しかしランプは原始的な松明として燃え上がる。電力には遠く及ばないにしても、その光は暗闇を取り払うには十分だ。

 ランプの破片が砕ける音とともに、敵マスターは朱色の光のもとにその全貌を晒す。

 男だった。男はなんということもなく、コンテナの上に悠然と立っていた。

 闇に紛れるような黒いスーツ。日本人らしい黒髪はオールバックにまとめられ、晒された狂気じみた笑みが2人を睥睨する。

 だが、その焦点がベアッドとナヴィスを明確に捉えた瞬間、彼は露骨に肩を落とした。

「――セイバーのマスターってほどだ、どんなヤツかと思ったら……なんだ、只のガキじゃねぇか。しかも外人」

「お前はランサーのマスターで相違ないな」

 しかしベアッドは奥することなくピシリと返す。会話など成立していない。させるつもりも元より存在しない。

「んあ? ああ、そうだよ。ドンピシャご名答、オレがランサーのマスターだ。古式ゆかしい日本の伝統らしく名前のひとつやふたつ名乗っても支障はねぇんが……」

 途端、空間を圧迫する何かがベアッドとナヴィスを押しつぶす。

 発生源は眼前の男。見れば、軽薄そうだった男の何かが膨れ上がったように見える。

 物理的にではない。感覚的に膨張を感じる。

 押しつぶされる。プレッシャー? 違う、そんな内からこみ上げるものではない。

 どす黒く渦を巻くこの感覚は――純粋な殺気。

 男は片手をゆっくりと天井へと突き上げ、

「――殺す相手に教える名前は冥土の土産にしてやろうって決めてるんでなぁ」

 三白眼の視線が槍となって二人を貫く。

 心臓が跳ねる。本能が死に危険信号を発する。

 鍛えられたベアッドでさえこれなのだ。その傍ら、ナヴィスはどれほどの衝撃を受けただろうか。

 やがて倉庫に再び帳が落ちる。光源であったランプそのものが焼失しつつあるのだ。今まで消えずに燃え盛り続けたのはベアッドの特性故の現象だろう。

 当のベアッドは冷徹な視線を男に叩き返す。長い前髪の隙間からのぞく瞳にはただ覚悟だけが燃え盛っていた。

 彼の直感は、眼前の敵を危険だと判断した。同時に他の参加者を舐めきっていた己の認識の甘さに憤りを覚える。

 洒落にならないほど、こいつは強い。

 けれど勝てないわけじゃない。

 否、負けるという選択肢は端から存在しない。

 自分の為にも、彼女の為にも

 敗北という分岐点など、あってはならないのだ。

「――ガキ、といったな」

「あ? おお、言った。だってガキじゃねえか。どうせまだ10代なんだろう? 惜しいねぇ、こんな所で無様に命を散らすなんて」

「それは残念だ。そんなガキに返り討ちに合うんだからな……安心しろ、その汚らしい名前を口にする前に、終わらせるさ」

 炎を纏ったランプがついに落下を始める。急速にしぼんでいく明かりは、場所を貨物倉庫から戦場へ、心情を生から死へと切り替えた。

「言うじゃねぇか……ちっとは楽しませてくれよ? そしてそのまま、俺を楽しませて、」

「お前を殺して、このゲーム最初の手柄を頂く。そのためにも、この炎に焼かれて、」

 ――ランプが落ちて、明かりが消えた。

 セイバーのマスター、ベアッド・アエレディタスに相対するはランサーのマスター、光入観風。

 両者は余すことなく殺気を込めて、静かに暗黒を裂く。

 

「「死ね」」

 

 

 

 時を同じくして、間霧山の麓。渚砂の屋敷には亡くなった玄馬の妻である京子と、父方の祖父母、そして亡き父の座を継いだ渚砂家当代、渚砂綾乃の姿があった。

 今回の件に関し父方の本家で一族の会議が召集されることとなり、分家の党首となった綾乃以外の人間は一時的にそちらへ向かう事になったのだ。

 広い玄関先には、旅立つ直前の重苦しい雰囲気がどんよりと立ち込めている。

「綾乃、無理はしてはいけませんよ。あの人の遺言だからって……あなたが無事でなければ意味がないんだから」

 力ない言葉が母の口から紡がれる。普段の強さはそこになく、ただやつれた弱々しさのみが霞んで消えるばかりだ。

 故に綾乃は、つとめて元気に答える。

「大丈夫よ、お母さん。死んじゃったら元も子もないもん、それくらいわかってる。心配してくれてありがとう。でも、ホントに大丈夫だから。安心して、行ってあげて。私の分まで」

 気丈に振舞おうとする彼女の心情を察することのできない母ではない。綾乃とて、ショックであることに変わりはないはずなのだから。

 娘の意を汲み、そうして母を含めた祖父母は渚砂の家を出る。

 親戚の車に乗り込むのを見届け、その車が見えなくなるまで綾乃は手を振った。

 低いエンジン音が空気を振動させる。やがてその音も遠くへ消え失せ、テールランプのぼんやりとした明かりがわかるかどうか。

 静寂を取り戻した綾乃の聴覚を、小さな鐘の音が揺さぶる。深夜0時の鐘の音だ。

 そして音が止み。

「……さて、貴方達はどちら様? あまり他人の家を盗み見るのは関心しませんが」

 凛とした口調で、彼女は背後へ振り返る。

 電灯の明かりの下に、何の前触れもなく。初めからそこにいたかのような自然さで。しかしこれ以上ない違和感を放って。

 そこには影がいた。

 黒い服を身に纏った、不気味な影がそこにいた。

 シルエットの如く黒染めの背丈。影の生み出す彫りの深い顔立ち。どうにもそれは、どこか外国の男のように思えた。

 無表情を貫くその首から下げられた十字架が、月明かりか街頭か、光を反射し不気味に存在を強調する。

 その出で立ちに、綾乃は聞き覚えがないでもなかった。

「ふむ――あまり西洋の魔術事情には通じていないのですが、いわゆる“代行者”と呼ばれる方でしょうか?」

 影は答えない。返答のつもりだろうか、懐から小さな何かを取り出し――それらは刃を成した。

 それぞれの指で挟むようにして、計6本。

「黒鍵……ですか。まあ意図はわかりませんが、少なくとも味方ではなさそうですね。そちらに攻撃の意思があるのならば、私は渚砂家の看板を守らねばなりません。ですが――」

 そう言って一度、綾乃は屋敷の方に目をやる。

 見えざる壁を見るような、そんな目だ。

「……貴方程度では、これをつかうに値しないようね。いいわ、」

 話も半ばに、痺れを切らしたかのように代行者が地を蹴る。前傾姿勢で黒鍵を構え、標的は渚砂綾乃ただ1人。そのスピードは噂どおり人のものではない。

 だが、きっと彼は綾乃の影から飛び出す人影には気付かなかっただろう――

「――っ!? ぐ、はぁっ!?」

 鈍い音。そして代行者は突然後方へと弾け飛ぶ。それが前方から来た腹部への強い打撃だったと、代行者ははたして理解しただろうか。

 奇妙な体勢で宙を舞い、代行者はもといた電柱へと背中から勢いよく衝突した。あの衝撃だ、背骨が無事だとは思えない。

 それでもなお意識を失わないのは、さすが鍛えられた代行者というだけのことはあろう。しかし息も絶え絶えで彼が見た衝撃の正体は、生還を諦めさせるには十分すぎる代物だった。

 或いは、いっそ気を失ったほうが幸せだったかもわからない。

 ――童女を見た。

 白い着物を着た、美しい童女がいた。

 けれどそれは童女ではなかった。

 その手にはアンバランスな――無骨な金棒が握られていたのだから。

「ますたー、あれ、ころしていいの?」

 背後に立つマスターへと、童女は再三確認を取る。

 その無垢な表情に、綾乃は笑顔で答えてしまった。

「ええ、やっちゃって、バーサーカー」

 マスターの命令が下った。途端、バーサーカーは倒れ伏す代行者の元へ急行する。

 代行者は声さえ上げられない。

 なんだ、この純粋な殺気は。この清純な狂気は。

 サーヴァントとは、これほど異常なものなのか。

 彼の思考は驚愕と恐怖に塗りつぶされ。

 生存本能などとうに死滅した。

 代行者にはもはや抵抗の気力さえ残されていない。振り上がる金棒を前にしても、体が動かない。動かそうとも思わない。動かせるとも思えない。

 そこにいたのは、やはり童女などではなかったのだ。

 強いて言うならば、そう。

 それはまるで――

「――鬼……」

 金棒は容赦なく、一撃で頭蓋を破砕した。

 脳漿が飛び散り、歯が砕け、肉片が転がり、べちゃり何かがアスファルトに染みを作る。

 殺戮の瞬間。

 人が肉塊に変わる時。

 その瞬間を肉眼で捉え。

 途端――綾乃は無意識のうちに口を押さえ屈み込んでしまっていた。

 襲い来るのは強烈な嘔吐感と生理的な嫌悪感。それは間違いなく、人の無残な死を直視したが故の反応。

 私の知っている人間は。

 あんな死に方はしない。

 自分の命令と自分の心情が矛盾していることに気付き、ようやく綾乃は理解した。

 しかしそれが覚悟の欠如だったと、彼女は思わない。

 彼女は戦う覚悟を決めた。

 傷つけ、傷つけられる覚悟を決めた。

 必要ならば殺し、最悪の場合殺される覚悟を決めた。

 そう、覚悟はあった。

 けれど、彼女には決定的に足りないものがあった。

 ――彼女は、人を殺すということを知らなかったのだ。

 殺人という行為が与える衝撃を、彼女は何一つ知らなかったのだ。

 猟奇的な殺人などは言うまでもなく、空想や作り話以外で見聞きした事はない。その空想だって、たかが知れている。

 そもそも、覚悟や知識云々以前の問題だ。

 彼女がいかに優秀な魔術師とはいえ、魔術師である以前に、彼女はまだ18歳の少女なのだから。

 目を向ければ、白い着物を返り血で染めながら尚も凶行に及ぶバーサーカーの姿がある。

 やめて、やめて。

 そんな懇願は、ついに逆流した吐瀉物によって阻まれてしまう。

 目を伏せても聞こえてくる。

 耳を塞いでも伝わってくる。

 脳裏に焼きつく惨劇の様子が彼女という正気を揺さぶる。

 しかし、殺戮を命じられた鬼の虐殺は止まらない。

 力を得た無垢なる悪鬼の殺戮衝動は止まらない。

 バーサーカーは肩を砕いた。

 鎖骨と肩甲骨が肉を食い破り、千切るように肩を分断した。

 バーサーカーは胸部を砕いた。

 1秒前まで生きていた心臓がつぶれ、赤い噴水がアーチを作った。

 バーサーカーは腹部を砕いた。

 潰されひしゃげ、元の形を伴わない臓器が宙を舞った。

 バーサーカーは腰を砕いた。

 骨盤が瓦解し、不恰好に皮膚を貫いた。

 ――そうして、凶行の末。

 出来上がったのは、黒いボロ布の上に広がる赤い花園。

「っ――おわっ、た、の?」

 バーサーカーの動きが止まったからだろう、綾乃から流れ出る魔力の量が幾分軽くなったように感じた。

 息も絶え絶えに綾乃が小さく声を漏らし、確認を取る。バーサーカーは問いに対して、きっと笑顔だったのだろう。

「ころしたよ。こわしたよ。ますたーのてき、たおしたよ」

 かろうじて顔を上げれば、目の前にはやはり笑顔のバーサーカーが立っていた。

 しかしその貌は変わり果てている。

 透き通るような肌にはいまだぬめり気を保持する赤色で落書きが成され。

 白かった着物は、いつの間にか朱色に染まり。

 手に持っている金棒には、元の形すらわからない何かがへばりつく。

 そんなバーサーカーに、綾乃は――幽かな笑顔を向ける。

 マスターの言うことをきちんと守ったのだ。

 怒ることなど、何もない。

「……はは、みっともないな。折角敵マスターが見てるんだから、宣戦布告のつもり、だったのに……かっこわるいなあ」

 まるで誰かに向かって語りかけるように、綾乃はそう吐き捨てるように呟く。

 バーサーカーは首をかしげた。

「まだ、てき、いるの?」

「……ええ、いるわ。最後よ、そこの電柱の上。黒い鳥が、敵よ」

 その場所を、綾乃は見ていない。見なくともわかる。少なくとも、見られていることはわかる。

 バーサーカーはくるりと踵を返し、ふと足元に転がっていたソレを手に取る。

 ゼラチン質のそれは、どうにも先ほどの肉塊から転がりでた眼球のようだ。

 大きく振りかぶり、バーサーカーは眼球を投擲する。

 風を切る音に次いで、グチャという肉の弾ける音がして、最後に鳥が撃墜された音を聞いた。

 あの使い魔がどのサーヴァントの使い魔かはわからないけれど。

「はは。あえて見せ付けて、警戒させて、あとは引き篭もってようと思ったんだけど……作戦、失敗、かぁ……」

 綾乃は小さく苦笑をもらす。

 バーサーカーは忠実に命令を行使した。

 それに耐え切れなかった自分のミスだ。

 まさか序盤からこうも大きなヘマをするなどとは思っても見なかったのだろう。

 今、彼女の頭の中は真っ白だ。

 あの肉塊の事後処理などという仕事はこれっぽっちも頭の中にない。

 足取り重く、何も考えられないまま、ふらふらと彼女は我が家の玄関まで辿り着き。

 そしてプツリと、意識が飛んだ。

 



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反する2人

 

 ガレージにそびえ立っていたロボットがどこかに消え、西連寺志乃がようやく自身のサーヴァントとちゃんとした会話を始めた頃だった。

「っ――!」

 眼球の奥に激痛が走る。使い魔が破壊された反動だ。

 しかし突然のことのわりに祐一は冷静だった。即座に感覚共有の魔術を切り、使い魔とのリンクを完全に断ち切る。先程まで別の場所を映し出していた左目は眼前のガレージに焦点を結んだ。

 全く、胸糞悪い映像で吐き気をもよおした直後にこの激痛とは、なかなかタチの悪い拷問だ。

 リンクを切ったおかげで激痛は収まったが、しかし残留した鈍痛はぐわんぐわんと祐一を揺らす。

「マスター、どうしたの? 大丈夫?」

 無意識的に即頭部を押さえていると、異常を察したのかアサシンが声をかけてきた。

「……大丈夫、ただの反動だ。町中に待機させておいた使い魔が一匹やられた――多分、あれはバーサーカーだろうな」

 むしろ他のクラスに該当するとは思えない。

 とはいえ自分のサーヴァントが既に規則破りではあるから、断言もできないが。

「偵察だったら、私が行くのに。私アサシンだよ? 気配遮断は得意だし、そもそもそういう時のためのサーヴァントなんだよ?」

 アサシンは咎めるようにそう言った。

 彼女の言うことも最もだ。しかし、それを考慮しない祐一ではない。

「確かに、気配遮断に仕切り直し持ちのお前なら敵状視察に最適だろう。けど、今俺がやっていることはそうじゃない」

 きょとんとするアサシンに、祐一は小さく微笑んで言葉を続ける。

「ある程度他のマスターやサーヴァントの情報があるんならそいつを中心にマークすればいい。そういう時はお前に頼む。けど、現状俺たちに他のマスターの情報は志乃達以外にない。そういう時は、一人の有能な偵察者を当てもなく走り回らせるより、多数の無難な偵察者を区域ごとに飛ばしたほうが効率的だろ? それに、俺の魔術はそういう所に特化してるからな」

 相馬の家系は元々荒事に向いてはいない。彼の言うとおり、その魔術は索敵や治癒といった後衛的な分野に特化している。

 彼の使った魔術は暗示の応用で、なんの変哲もない動物を簡易的な使い魔とするものだ。あくまで暗示をかけているだけの為、それは使い魔でありながら自然の動物に限りなく近い。意識しなければそれを使い魔と認識するのは難しいだろう。

 しかし反面しっかりとした動物であるため、完璧なコントロールはできない。故にこういった範囲索敵以外での有用性は低いのだ。

 ――バーサーカーのマスターには、初めからそれが使い魔だとバレていたようだが。

「……理解はしたけど、なんていうか、それ私のアイデンティティーが危ない気がする」

 釈然としない様子でアサシンが拗ねる。頬を膨らませて目線で抗議を送るその様は、外見も相まってなかなかに可愛らしい。祐一はそんなことを思いながら笑顔で受け流す。

「俺のとお前のとじゃ用途も規模も違うだろ? 大丈夫、お前を信頼してないわけじゃない。誰よりも頼りになるサーヴァントだと思ってるよ」

 そう言うと、アサシンはようやく嬉しそうに微笑んだ。

 口にこそしなかったが、アサシンをあえて動員しない理由が彼にはもうひとつあった。それは情報を利用した攪乱である。

 アサシンクラスは索敵能力に優れた暗殺者のクラス……その認識を利用しては、と考えたのだ。

 他のマスターが祐一の使い魔を発見したとする。それは間違いなく敵からの監視だと気づくだろう。

 ならば次は誰のものかを考える。そうして真っ先に除外されるのは、使い魔など使う必要もないアサシンクラスなのだ。

 故に、他のサーヴァント、及び魔術師の情報が少しでも判明するまで、彼はアサシンを使わない。

「……つうか、あいつらは一体何やってんだ?」

 視線を上げる。その先には見慣れぬ一匹の犬と戯れるアーチャーと志乃の姿がある。

 あの犬はなんなのだろう。志乃は犬を飼っているわけではないし、そうなるとその犬はアーチャーのものとなる。宝具の一種なのだろうか。

 少なくともここから見ている分にはただの犬にしか見えないのだが……。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 ――彼女にはいい加減、会議らしい会議をはじめようという気はないのだろうか。

「呼んでこようか?」

「ん? ああ、すまん。そうしてくれ」

 アサシンが呼びに行ってくれている間に、祐一は情報を整理することにした。

 

 

 

 恐らく、7体のサーヴァントは全て現界しただろう。

 現在確認されたのは、自身のサーヴァントであるアサシン、志乃のサーヴァントであるアーチャー。そして先ほど使い魔が捉えた、バーサーカーと思しきサーヴァント。

 戦場となった場所にあったあの巨大な屋敷は、おそらく旧住宅街にある屋敷の1つだろう。それもあの規模となれば限られてくる。そこの住人であるならば、恐らくマスターはすぐにでも割り出せるはずだ。

 他のサーヴァント、マスターに関してはまだ情報はない。が、今現在はるか遠くの港全域を結界が覆っていることから、あそこでは既に戦闘でも行われているのではないかと予測される。使い魔を飛ばしたいところではあるが、生憎と祐一の即席使い魔はあそこまでの広範囲はカバーできない。

 アサシンの動員も考えたが、前述のとおり現段階でアサシンを直接偵察に向けるのはまだ早い。結界の出来栄えこそ不完全なもののようだが、万が一を考えるとそこにアサシンを向かわせるのは得策ではないだろう。

 加えて、現段階で港を戦場にしているサーヴァントを推測すると、セイバークラス、ランサークラス、ライダークラスのいずれかとなる。こと戦闘能力に優れたこのクラス相手にもし見つかった場合、いくら仕切り直しスキルを保有するメリーといえど撤退が確実とは思えなかった。

 アサシンクラスはマスターにとって最大の驚異。なにより、少なくとも自分なら、真っ先に排除するだろうと考えたのだ。

 キャスターに関しては、必ず霊格の優れた土地に拠点を作るはず。この街には至るところに上等な霊地が存在するのだ。早急に陣地を特定する必要がある。知らず知らず迷い込んでいるなんて失態は笑えない。

「……案外情報集まってるわけじゃないんだね」

「うぐっ」

 整理し終えた情報を話し終えると、志乃から情け容赦ない一言が浴びせられる。

 返す言葉もなく詰まる祐一。そんな彼をフォローしようとアサシンが口を開きかけるが、先に空気を震わせたのはアーチャーだった。

「まあまあ、志乃ちゃん。まだ始まったばっかりだし、ね?」

「むー、アーチャーが言うなら……で、祐一。どうするの?」

「とりあえずは他の動きを観察……といきたいところなんだが」

 それをよしと思わないのが志乃である。案の定、彼女はぶすっとふくれっ面をしていた。

 どちらかというと無鉄砲にドンパチやりたいのだろうなあ、と祐一もそこまでは予想ができていたが。

「ねえ、祐一」

「却下」

「まだ何も言ってないよ!?」

「どうせ『引きこもっていても云々』とか言おうとしたんだろ?」

「うぐっ」

 やはりか。

 自分と同じ詰まり方をした彼女を半眼で見やり、祐一は小さく嘆息した。

「な、なんで、わかったの……?」

「腐っても幼馴染だろうが。それくらい読めなくてどうしてお前をコントロールできる」

「なんか、すごい馬鹿にされてるような……」

「はぁ……お前は少し考えることを知るべきだ。情報は多ければ多いほど有利になる。それにもっと肯定的に考えてみろよ、潜伏期間中はこっちも戦力の備蓄ができる。いざ戦う時に力不足用意足りない、なんて笑えないだろう?」

「うむむ……そう、だと思うけど」

「けど?」

「少なくとも私たちが表に出れば、それを狙った他のサーヴァントは出てくるでしょ? それって情報にならない?」

「その意見はもっともだが、遠距離攻撃を得意とする弓兵のクラスが前線にでてどうする。それに、お前自分のサーヴァントのステータス見てみたか? 筋力耐久敏捷共にEランクだぞ?」

「そうやって数字ばっかりに目を向けるのは祐一の良くないクセだと思うよ。やってみなきゃわかんないことだってあるでしょ?」

「ある。それは認める。だがそんな危険なかけをする度胸は、俺にはない。例えどれだけ低くても勝率は上げるに越したことはないだろう?」

「何、アーチャーがそんなに弱いって、祐一はそういうワケ?」

「そうじゃねえよ、だから考えろって。お前はどこから誰に襲われるかわからない情報皆無の前線に優秀な兵士を送り込むの――?」

 話を切り、祐一は視線をわずかに下方向ずらす。話をそらされたかと思い志乃は食いかかろうとするも、それが彼の本気の雰囲気だと感じ取って昂る気持ちを押さえつけた。

「……どうしたの?」

 声をかけたのはアサシン。よく見れば、祐一の焦点はどこかずれている。ここではないどこかを見ている、そんな風に見えた。

 数秒あって、祐一はつとめて冷静に、視たものを口にする。

「……使い魔の一匹が、サーヴァントらしき気配を感知した。場所は、ええと――中央自然公園、か?」

 彼の左目は上空からの視点だった。

 木々に囲われた場所。中心を流れる大きな川。それを囲うような芝生。

 街灯が照らす暗い公園には、2人の人影のみが見える。

 目立った武装は見えないが、その傍らには四足歩行生物らしき影がある。恐らくはライダークラスだろう。

 しかしああも堂々としているとは――

「……挑発、か?」

「何が見えたの?」

 志乃の問いに祐一は見たとおりのものを答える。

 それがトリガーとなってしまったのだろう。

 話し終えた途端――志乃はガレージを飛び出していた。

「っ! おい待て! 早まりやがって……アサシン! あいつを止めろ!」

 アサシンに命ずるも、時既に遅し。

 完全な連携で駆け出したアーチャーは志乃を抱え、家屋の屋根を伝って深夜の戦線へと飛び立ってしまっていた。

 ああなってはアサシン1人では止められまい。もはや影さえ夜闇に紛れてしまった。

「マスター、どうするの?」

「……ああなった以上、止めても無駄だ。すまん、後を追ってくれ。俺は残って監視を続けるけど、逐一状況は報告してくれ。状況に応じて指示を出す」

 端的に告げると、アサシンはコクリと頷いて姿を消し去る。

 アサシンが戦線へ向かったのを確認すると、祐一は深いため息を付いた。

 ――彼が徹底的な監視を決め込む事ができなかったのは、きっと幼馴染に対する情だったのだろう。

 祐一の左目は、ほどなくして相対する2体のサーヴァントを映し出す。

 

 



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特異なる英霊

 中央自然公園は都市部に内包された巨大な公園だ。

 間霧山から流れ出る川を囲った巨大な自然公園で、そのまま自然公園と呼ばれ親しまれている憩いの場。

「ねぇ、マスター?」

「どうしたライダー」

 深夜の自然公園に、2つの声が発され消える。

 甲高い少女のような声と、平凡な低い男の声だ。

「本当にここにいるだけで敵が来るの? ボク空とか飛べるよ? そのまま探しにいけるよ?」

 そう言って、ライダーは傍らの魔獣をポンポンと叩く。鳥の顔をした4足歩行生物は鳥の声で小さく喉を鳴らした。

 猛禽の頭部と翼を持ち、下半身は馬の姿。幻獣グリフィンと馬のハーフ。それは魔獣クラスの幻想種、ヒッポグリフに他ならない。

 ライダー、アストルフォの駆る騎乗兵装だ。

 ロランは片手で何かを弄びながら呆れ混じりに返答する。

「やめてくれ。お前、そんなものが空飛んでみろ。たちまち見つかって大騒ぎだ。僕はまだ魔術協会に殺されたくはない」

「大丈夫だよ、ボクがみんな追い払うから!」

「見つかった時点で僕は大丈夫じゃないんだよ」

「じゃあマスターをつれて逃避行とかでもいいんじゃない?」

「何が良いのかわかりやすく説明してくれ」

「ボクがマスターとずっと一緒にいられる」

「ぐっ!? うわ、わ、やめて、その天然なのか狙ってるのかわかんない笑顔はやめて。あと言ってる意味がさっぱりわからない」

 意味がわからずにライダーはきょとんとしてしまう。必至に目を逸らしつつも、ロランの脳裏には街灯を背景に綺麗に笑うライダーの姿が焼きついて離れないでいた。

「……? まあ、いいや。それで、なんでここで待ってるだけなの?」

 再三ライダーが問う。

「あ、ああ。自分たちで探しにいかなくても、相手の監視カメラに引っ掛かれば誰かでてきてくれると思ったからさ」

「監視カメラ……?」

「敵の使い魔だよ。誰だろうな、わざわざ使い魔を使うって事はアサシンじゃなさそうだ……キャスターか誰かじゃないかなあ」

 索敵能力に優れたアサシンクラスを所有するマスターがわざわざ使い魔を寄越すということも考えにくい。

 おおかた、キャスター陣営かアーチャー陣営のどちらかであろう。セイバーとランサーのクラスなら、そのステータス故に使い魔がこちらを発見した時点で即攻撃に転じているはずだ。そうしてこないという事は、必然的に前述した2陣営であろうと予測される。

「ふうん、使い魔か。いやだなあ、ボクこそこそやるのは好きじゃないよ」

「そこは騎士だからってのもあるんだろうけど……敵はそういうことにこだわりはないだろうさ。だから僕らはこうやってわざわざ出てきてる――っ!」

 刹那、ロランは言葉を切った。

 空気が一変し、公園が戦場に切り替わる。それを肌で感じ取ったからだ。

 ライダーとロランは同一方向に目を向ける。同時に、その先に2つの影が降り立った。

 既に敵意が満ちている。和解の余地はなさそうだ。

「――まぁ、元々和解するつもりなんてさらさらないんだけど、ね」

 ロランは不敵に笑いつつ、自身の魔力回路を起動した。

 これでいつでも礼装の起動が可能だ。

「――志乃ちゃん、あれ、ライダーだよ」

 降り立った金髪の女性――おそらくあちらがサーヴァントだろう――は、抱えていた少女へそう耳打ちする。

「どうもそうっぽいね……まあ、飛ばれてもあなたなら対処できるでしょ?」

「もちろん。じゃあ、志乃ちゃんは下がってて。サポートは任せるよ」

 わかった、と返すと、志乃はアーチャーの腕から抜け落ち、背後の木々まで後退する。

 それを見送って、ようやくロランは口を開いた。

「……なんだ、君のマスターは戦わないのかい?」

「答える必要はある?」

 しかし返答はつれないものだった。全く、少しくらい話をしたって良いじゃないか。見てくれは美しいが棘のある女性だ。

 次に言葉を投げかけたのは、しかし意外にもアーチャーであった。

「――マスターの退避を狙わなかったのは、騎士道ってヤツなのかな、ライダー?」

「えへへ、まあね。それに、マスターから相手のマスターは狙っちゃダメって調教されてるし」

「お、おいまてライダー! 誰が調教したって!?」

「えっ? マスターが……したでしょ? 強く」

「違う! 調教違う! 強調! 似てるけど意味全然違うから!」

 きょとんとするライダーと慌てふためくロラン。

 そんなコントじみたやりとりを開始した2人を見やって、アーチャーは半眼で訊ねる。

「……あなたたちは、どんな関係なの?」

「どんなって、言うまでもなく主従関係だよ?」

「強い調教をするような?」

「うん、そうだね」

「意味が違うだろうそれ!」

「――ライダーのマスター、私はあなたを軽蔑するよ。こんな可愛い女の子にそんな、調教だなんて……」

「違うっつってんだろうが!」

 ロランの絶叫。続いて、ライダーが打って変わったように叫ぶ。

「おいお前! 誰が女の子だって!? ボクは男だぞ! これでも騎士だ! 聞いて驚け、我はシャルルマーニュ十二勇士が1人っ!」

 …………。

 母音が静寂に成り代わる。

 叫び終えたライダー以外の人間は、それぞれがポカンとしていた。

 ふと気付いてライダーが周りを見渡すも、その反応の正体はつかめない。

「……今の、真名バレじゃないのか?」

 そんな中、ロランがぼそっと呟く。

「――し、しまった!? い、言っちゃいけないんだっけ、名前!?」

 ライダーは青い顔で叫んだ。

 シャルルマーニュ十二勇士でヒッポグリフを駆る者など、1人しか該当しない。

 彼の絶叫は真名への最大のヒントであり、同時に答えと同義ですらあった。

 慌てふためくライダーを、アーチャーはどうしようもないといった様子で見据える。

「……まあ、お調子者と名高いあなたなら、なんとなく……今までの言動も納得できる、かも……」

「な、なんか不名誉な納得のされ方……も、もういい! いいよ! 名乗ったに近いんだから、もう始めるよ、マスター!」

 青かった顔を1人で赤くし、ライダーはヒッポグリフへと騎乗する。そして手綱を取り、どこからともなく身の丈に合わない白い騎乗槍をその右手に掴んだ。騎乗槍には紋章が刻まれている。

 しかしアーチャーは不動。どんな攻撃手段を用いるのかさえわからないが、ライダーは攻撃あるのみと判断。ヒッポグリフを滑空させる。

「ったく、緊張感ないなあ、ライダーは……まあいいや、じゃあライダー、予定通りサーヴァントを頼むよ。僕は……そうだな、やっぱりマスターと戦いたい」

 ロランはそう念話を送り、右手で弄んでいたモノに魔力を流し込んだ。

「さて、自慢の武器のお披露目だ――輝け、『天上の双子(ディオスクロイ)』!」

 

 

 

 

 同刻、御影港貨物倉庫。

 もはやそこに、綺麗な四角形をとどめたコンテナなど存在しなかった。

 或いはひしゃげ、或いは溶け、或いは敵へと向かって突進する。

「くっ……!」

 飛翔した小型のコンテナに向けて、ベアッドは再び一小節の呪文を口にし、右の掌をなぎ払う。

 高温の火球がコンテナに直撃し、投擲武器と化した鉄塊はその速度をわずかに遅らせる。

 その隙にベアッドは射線上から脱出、背後で鳴り響く鉄の衝突音に耳を劈かれながらも、眼前にて立ち回る敵へ炎の槍を生成、投擲。

 しかし、その攻撃は難なくかわされてしまう。

「どうなってるんだ……? 威力が弱い……魔力が、足りないのか……?」

「はっはぁ! どうした小僧、そんな弱火じゃすぐ消えちまうぞぉ!? 唸れよ、窮奇っ!!」

 観風は自身の礼装に再び命令を下す。

 彼が窮奇と呼んだ限定魔術礼装、『變化狂風(ピェンファークァンフン)』はさながら獣のような唸り声を上げる。

 その実体はマスターの命令にあわせて行動する自立した思考回路を持つだけの魔力の塊に過ぎない。

 霊である本体はあらかじめ一定量供給された魔力を消費しながら風そのものに憑依し、風を操る変幻自在の魔物と化す。

 時には刃に、時には盾に、時には槍に、時には壁に。

 必要とあらば、彼の呼んだ窮奇という魔獣の姿を纏って顕現する事さえ可能だ。

 窮奇はマスターの命令に従い、無数の刃となって降り注ぐ。

 服のあちこちを切られながらも、ベアッドはガンドの嵐で迎え撃つ。

 不可視の刃に弾丸を当てる事など容易な事ではない。

 しかしベアッドは、刃を越える数の弾丸を持って弾幕防御を展開する。

「ベアッド、今!」

 そして好機は訪れた。

「……あ゛?」

 流れるように移動を繰り返していた観風の動きが急に静止する。

 磔にされたようにぴたりと動かなくなった体に、誰より本人が驚愕していた。

「動けねぇ……ああ、なるほど。結界の類、か」

 ふと視線をおろせば、観風の片足は黒い線のようなものに触れているように見える。それが結界の類であろうことは察するに難くない。

 禍々しく渦を巻くその小型結界は、どうやら侵入者の肉体を静止させるもののようだ。

「テメェか、小娘」

 三白眼がひしゃげたコンテナの向こう側を忌々しく睨みつける。案の定、コンテナの影からはナヴィスが銀髪をなびかせておどり出た。

 先程から逃げる風を装いつつ、彼女はその結界の起動準備に勤しんでいたのだ。

 なにせこれは今まで収集してきたモノの中でも一級品だ。起動にはそれなりに時間が掛かってしまう。

 気がかりといえば、捕らえられているにも関わらず余裕の態度を崩さない観風が不気味といえば不気味だが……しかし動けない事に変わりはあるまい。発動してしまえばこちらのものだ。

「やっちゃって、ベアッド!」

「援護感謝!」

 そう答えて、ベアッドはほくそ笑む。

 勝機。ここで確実に仕留めさえすれば、まずは強敵たるランサーの排除が完了する。

 しかし生半可な攻撃ではきっと仕留め損ねるだろう。幸いにして敵は身動きを封じられている。意思を持つが故に、彼の礼装も同様に動けずにいるようだ。

 ベアッドは右の手のひらをおもむろにかざし、呪文の詠唱を開始――

「っ!? くそっ、ナヴィス後ろだ!」

 しかし、彼らの連携はいともたやすく崩されることになる。

 ベアッドが呪文の詠唱を中断し叫ぶと同時に、轟音と共に壁をブチ破って人影が飛来する。右手に持った得物は槍――ランサーだ。

 ナヴィスは突然飛来したランサーと、追随するようにして風を切る壁の破片をかろうじて回避する。しかしその集中の途切れが生み出した結界のほつれは、わずかであれ致命的だった。

「今だ、とっとと喰い破れ!」

 命令を受諾する不可視の獣。圧縮された風の刃は結界のほつれを起点にその全てを解体した。

 同時に供給されていた魔力が尽き、窮奇は見えぬまま姿を消す。

「ふぅ……それで、何だ? オレが助かったから結果オーライだが、テメェランサー、その体たらくはどういうことだ?」

 素早く二人の傍から退避した観風の第一声は、足元に転がるサーヴァントに向けられたものだった。

 重傷なのは左腕。ランサーの左腕はセイバーの一撃を受けたらしく、それはもはやただぶら下がっているだけの肉塊にしか見えない。

 滴る――否、流れ落ちる血液は、待つ事無くして観風の足元に血だまりを作った。

 しかしランサーは何ということもなく飛び起き、状況を説明する。

 それだけの重傷を負いながらも表情1つ動かさないその英霊は、2人の若い魔術師を震え上がらせるには十分だった。

「盾を過信しすぎたようだ。やはり英霊の武器を相手に現代の盾では無謀だったらしい」

「その結果がその傷ってか? ……けっ、そんなじゃまともな勝負にすらならねえだろうなあ。――オレが離脱するだけの時間を稼げ」

 サーヴァントの返事は聞かない。聞く必要もない。

 それが当たり前だと言わんばかりの態度で、観風は悠然と戦線から離脱する。

「おいおいランサー、お前捨てられてんじゃねえか?」

 声と同時にガラガラと瓦礫の崩れる音がする。

 目を向ければ、無造作に壁を切り払いながら戦線へ復帰する青年の姿があった。

「……セイバー」

 反応するランサーの視線には憎悪と殺意以外の感情は見て取れない。

 そんな呪詛めいた視線に晒されながらも、セイバーは余裕そうな笑みを零した。

「時間を稼げ、ってか。運が悪かったなランサー、俺が相手じゃなけりゃ、まだ生き残れただろうに。――ああ、そうだ。悪いな、マスター。本当ならこいつをとっととねじ伏せてマスターには敵のマスターを追ってもらいたい所なんだが……そうするとあんたらが危険だ」

「ごちゃごちゃ言われなくても、とっくに追跡できる範囲にいないよ、ランサーのマスターは。俺たちは大丈夫だ。だからお前は、ランサーをここで駆逐しろ」

「……合理的なマスターだな、全く――了解した」

 声と交錯は同時。セイバーより僅かに早く、ランサーの一撃がセイバーの腹部を掠める。同時にセイバーの剣戟は、肉塊同然だったランサーの左腕を切断していた。

 おびただしい量の血飛沫がほの暗い倉庫に舞う。しかし尚、ランサーは表情一つ動かさない。

 そして何の支障も無かったかのように俊足を持ってセイバーの背後に回りこみ、その脚部へと槍を突き立てる。

 その速度にベアッドが青ざめるも――ランサーが化け物のようであるように、セイバーもまた彼に異常を見せ付ける。

 槍の穂先は切り裂くはずだった脚部に刺さる事さえなく、その攻撃を阻まれていたのだ。

「――俺の肉体は特別製でね。生憎、物理攻撃ならAランクの筋力持ちでもかすり傷しかつかない」

「なるほど……道理で、私の槍が通じぬわけだ――しかし!」

 ランサーはそのままセイバーの体を沿わせるように槍の穂先で斬り上げる。

 肉体は鋼といえども、その身に纏う武装はその限りではない。ランサーの槍は深緑の外套をばさりと切り落とし――

「――そこまでだ、答え合わせはあの世でしな、ランサー」

 振り返ったセイバーの剣が、ランサーの胸部へと深々と突き刺さる。

 サーヴァントの体を保たせている霊核は、それぞれ心臓と頭。そのどちらかを破壊すれば、サーヴァントは消滅――すなわち聖杯戦争から脱落する事となる。

 セイバーの一撃は、間違いなくランサーの心臓を貫いていた。

 しかし。

「……く、くくっ! いい一撃だ、だが甘い――」

 瀕死のランサーが浮かべた表情は苦悶でも憤怒でもなく。

「セイバーよ。外套に隠れた汚点、しかと目に焼き付けさせてもらったぞ……また、合間見える日を楽しみにしている」

 それは勝利を確信した武人の笑み。

「――私に負わせたこの傷は高くつくぞ、北欧の大英雄『シグルド』よ……!」

 真名の看破、その事実に驚嘆するベアッドとナヴィス。同様に戸惑いを隠せないセイバー。

 3者3様の反応をじっくりと観察するように見回し。

 そして、ランサーはその姿を消失させた。

「――霊核をやったはず、だろ?」

 震える声でベアッドが問う。セイバーは血に濡れた大剣の柄を握り締め、応じる。

「間違いなく、心臓をやった。けど……ランサーは、消滅していない。あれは霊体化、だろうな。手ごたえがまるで無かった」

 淡々とセイバーは事実を口にする。言語化されたその事実はベアッドにさらなる混乱をもたらした。

 霊核たる心臓を破壊して尚消滅しないサーヴァントなど、彼らの考え及ぶ常識の範囲ではないのだ。

 困惑を隠せない2人の間に、先ほどまでだんまりだったナヴィスが口を挟む。

「でも、そういう英霊だってきっといるよね? ランサーの真名を調べるヒントになるはずだよ……死ななかったのは、事実なんだから」

 彼女の言葉はあくまで前向き。言葉では理解しベアッドは同意するも、頭の中は未だに混乱したままだ。

「……とにかく、だ。マスター、一旦ここは離れたほうがよさそうだ。長居して他者に見つかるのもゴメンだし、とっとと拠点で回復に努めるべきだろう」

「……そうだな、セイバーの言う通りかもしれない。一旦引き上げよう、ナヴィス。1度落ち着いて、それから色々考えることにする」

 正直なところ、ベアッドの疲労具合は半端なものではない。

 連続した魔術の行使に、生死の駆け引きによる重度の緊張感。それらは重なり融合し、大きな疲労とストレスとなってベアッドを蝕んでいる。

 混乱がいつまでも解けなかったのは、そこにも原因があるのかもしれない。

 程なくして彼らは港から離れ、そこには元の静寂が舞い戻る。

 しかし月光が暴く御影港には、数刻前までの魔的な美しさなど微塵も存在しない。

 ただそこには、炎の残滓と鉄塊の散乱する無骨な戦の傷跡以外、何も残ってはいなかった。



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前哨戦

原文書いたのがだいぶ前なんで推敲とかむしろしないほうがいいんじゃないかって気がしてきた。


 

 ヒッポグリフの滑空は始まって間もなく上昇という形で終わる事になった。

「うわっ!?」

 突如眼前に飛来したモノに反応、ライダーはヒッポグリフの手綱を引く。騎乗者の命令を即座に遂行しヒッポグリフは垂直に近い上昇行動をとる。直後、その足元をソレが猛スピードで掠めていった。

 轟音と共に背後に静止したそれは巨大な岩石。判断が遅れていたらどうなっていたかと思うと背筋が凍る。状況的にアーチャーの攻撃なのだろうが、あれは一体どこから出てきたものだろう?

 無論この公園にあのサイズの岩石は存在しない。あったとしても、見るからに細身のあのサーヴァントが投擲できるサイズの岩でもない。

 アーチャーを中心に旋回飛行を続け、ライダーはあれやこれやと思案する。しかし投石されたのは事実だ。飛んだところで気休めにもなるまい。

 案の定、投石の第二波がライダーを襲う。

「今度は小さいのかっ」

 飛来したのは先ほどのものに比べれば小型の石塊。しかしそのスピードは軽く銃弾を凌駕するだ。少なくとも直撃すれば軽症では済むまい。

 ガトリングガンを連想させる勢いで掃射される弾幕を、飛行するヒッポグリフの旋回速度を上げることでなんとか対処する。

 その間にライダーは投石の出所を確認した。

 見たところ、アーチャーの周囲に投石器らしき器具は見当たらない。さらに目を凝らせば、どうにもその石塊は何も無い虚空から発射されているように見えた。

 悠然と立つアーチャーの両肩の辺りから2箇所。2つの砲門から交互に石塊が射出されている。

「……異空間からの攻撃、か。厄介だなあ、遠距離攻撃ってことはクラスはアーチャーかな?」

 しかし判明したところでアーチャーの弾幕攻撃は止まらない。止め処ない弾幕攻撃には近寄る隙さえないのだ。

 亜空間からの投石による弾幕射撃。そんな逸話を持つ英霊など、すぐに言われて思い付きなどしない。

「まあ、マスターの言うとおり、時間稼ぎにはなると思うんだけど……」

 ちらりと目をやると、ロランは早速攻撃を仕掛けているようだった。それが見えていながらアーチャーがロランを攻撃しないところを見るに、彼女の投石攻撃はあくまで一方向にしか対応できないのだろう。そのメカニズムがどうであれ、現状ロランに攻撃の矛先が向かないというだけでライダーは役割を全うしているといえる。

 ロランが敵マスターと戦っている間、サーヴァントにそれを邪魔させないように足止めする。それこそがライダーに与えられた役目だ。

 しかし。

「でも……うーん、これじゃあボクが楽しくないなあ」

 さてどうしたものか、と思案しつつ、ライダーはヒッポグリフを降下させ弾幕の回避に専念する事にした。

 

 

 

(ちょっと、アーチャー!? 敵マスターこっち来る、来ちゃうって! ていうか来た! やばいやばい! ごめん実は勢いで出て来ちゃったから私今なんにもないんだよ!? どうしよう、どうにかできない!?)

 志乃の狼狽が念話によってアーチャーの脳裏に響く。本当に勢いだけだったのか、と内心で嘆息するアーチャー。マスターの意思最優先でこうさせてもらったが、あのアサシンのマスターの言う事も少しは考慮すべきだったかもしれない。これではサポートも期待はできないだろう。そもそも援助を求められている状況でサポートを期待すること自体おかしな話だが。

 自分の魔術でどうにか対処できないのかと思わなくも無かったが、しかしマスターを護る事はサーヴァントの大事な役割である。

 現在アーチャーの主武装は上空のライダーに対する弾幕攻撃で手一杯だ。アーチャーはもう1つの宝具をマスターの元へ送る事にした。

(ごめんね、私の攻撃はあくまで範囲攻撃が得意なだけだから、完全に別方向に攻撃、っていうのはできないの。代わりに私の番犬を送るわ。敵マスター程度が相手なら十分に働いてくれるはず。危なくなったら撤退するよ)

 そう念話を送り、アーチャーは自らの番犬にマスターの守護を命じる。

 すると、どこからとも無くその足元に一匹の犬が姿を現した。先ほどガレージで志乃達と戯れていた犬だ。

 褐色の毛並みを持つ大型犬。その風体はレトリバーのものによく似ている。

「マスターの護衛をお願いね、ラエラプス」

 ラエラプスと呼ばれた大型犬は応ずるように吼えると、一直線マスターの逃げ込んだ林へと駆けて行く。ラエラプスは本来探知能力に優れた宝具なのだが、元を正せばラエラプスは猟犬だ。宝具へと昇華される程度の戦闘能力は備わっている。

「……敵マスターの力量がわかんないから、なんとも言えないんだけどね……」

 しかしないよりはマシであろう。それに低ランクとはいえ宝具に相当する猟犬だ。

 マスターといえど所詮は魔術師。現世に生きる人間の攻撃程度で落ちてもらっては困る。

 アーチャーは視線を上空へ戻す。

 弾幕攻撃が功を奏しているのだろう、ライダーはやはり迂闊には近寄って来れないようだ。

 しかし数に物を言わせた弾幕攻撃の全てをかわしきっている事もまた事実。アーチャーは遠距離攻撃を主体とするサーヴァントである。この弾幕を突破されてしまうと非常に危うい。最悪の場合、切り札を切らねばならないかもしれない。

 ――ならば倒せなくとも、情報だけは持ち帰ってもらおう。

 志乃の幼馴染らしいあのマスターの事だ、きっとアサシンのサーヴァントをここへ派遣しているだろう。恐らく気配遮断スキルを利用してそこらの木の陰にでも潜んでいるはずだ。

 折角こうして敵をひきつけているのだから、彼らには見合った分の情報を見取ってもらわねば困る。

 

 

 

「痛っ――流れ弾にでも当たったか……」

 左目に再び激痛。恐らくアーチャーの弾幕の餌食となったのだろう。

 先ほどと同じ要領で感覚共有の魔術を切る。するとタイミングよく携帯電話が震えた。

 表示される番号は見たこともない数字の羅列。これがアサシンの魔術によるものだと理解するのに時間はかからなかった。

 アサシンは伝達に特化した魔術の使い手でもある。本人曰く、顔さえわかっていればどんな状況でも意思疎通が可能だという。

 これはその一種ということなのだろう。通話ボタンをおして応じれば、その向こうからはご丁寧に通話レベルの音質でアサシンの声が聞こえた。

「マスター、聞こえる?」

「ああ、アサシンか? 丁度いい、ついさっき流れ弾に当たって使い魔が落ちちまって見えなくなったんだ。そっちの状況は?」

「タイミングばっちりだね。戦況は相変わらず、アーチャーの弾幕攻撃をライダーが回避し続けてる。志乃さんはライダーのマスターの攻撃から逃げるので精一杯みたい。今はアーチャーの猟犬が加勢してるけど……」

 私も助けたほうが良い? とアサシンが問う。

 祐一の召喚したアサシンはいわばイレギュラーだ。姿を見ただけで正体の看破まではできないだろうが、しかし戦闘行動は可能な限り避けるべきだろう。

 ことアサシンに関しては、正体不明であればあるほど有利なのだから。

「いや、このまま監視だけを続けてくれ。仮にもアーチャーの宝具っていうなら大丈夫だろう。それに志乃だって考えはしないがバカじゃない。死にそうになったら撤退くらいするだろうしな」

「撤退できなかったら?」

「……不本意だけど、その時は援護を頼む。可能な限り姿は隠してな……で、敵サーヴァントに関しては?」

「敵のサーヴァントはライダークラス――って、途中まで見てたなら言うまでもないか。真名も自分からバラしてたよ、きっとバカなんだろうね」

「……ちなみに、その真名は?」

「多分だけど、アストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士でヒッポグリフの駆り手なんて、それしかいないもんね」

「ナイス上出来だ、ライダーの対策はなんとかなるだろう。で、敵マスターの顔は認識したよな?」

「もちろん覚えた。これでいつでも『メッセージ』は発動できるよ」

 よし、必要な情報は揃った。

 携帯電話を片手に祐一はほくそえむ。

「ありがとう、監視を続けてくれ。敵マスターの戦い方とかライダーの宝具とか、そういった情報もあると助かる。特にライダーはアーチャーと同様、宝具に有利な補正がかかっているクラスだからな」

「うん、わかった」

 それじゃあ、と電話を切る。

「……しかしあいつ、本当に武装なしで飛び出していくとは……」

 祐一はため息混じりに呟く。彼女自身、あまり使いたくない、という事もあるのだろうけれど。

 しかし、そうはいってもやはり。

 ――本当、もう少しあいつは考える事を知るべきだ。

 

 

 

 ロランの起動させた礼装『天上の双子(ディオスクロイ)』は、一見対を成す2つの光球である。

 礼装の名前も相まって、彼の頭上に浮遊するその様はまさに天上に輝くふたご座を連想させた。

「まあ、意識してつけた名前なんだけどね、『天上の双子』は」

 そんな独り言を漏らしながら、ロランは2つの光球を操る。

 彼の視線は、木々の合間を縫って走るアーチャーのマスターの姿を絶えず捉え続けていた。

「――とりあえず、様子見かな」

 小さくそう呟くと、光球は一直線に志乃の下へと飛来する。

 ロランの下した命令は陽動。手の内のしれない相手ならば、まずはその手の内を知ることが最優先だろう。

 飛来する光球はそれ単体が圧縮された魔力の塊だ。現在の飛行スピードでの直撃はおよそ人間ではありえないレベルの筋力による一撃に相当する。対サーヴァントとしては心許ないが、対魔術師の武装としてはそれなりの役割を果たすだろう。

 魔力の接近に気付き、間一髪で志乃は木の陰へと避難する。先刻まで彼女の背中があったその場所を『天上の双子』の片割れがかすめていく。

 遅れて届いた2つ目の光球は志乃の隠れた木の中腹に突進を仕掛けた。

 ズシンと木が悲鳴を上げる。その威力は小さな光球の外見からは想像もできないほどのもの、車でも衝突したかと疑うほどだ。もう少し威力があればその木は抵抗なくへし折れていただろう。

「きゃっ!? な、なんなのこの馬鹿力!?」

 悲鳴と共に揺れた木の陰からたまらず志乃が飛び出す。

 そして自身を追尾する一対の光球を視認すると、彼女はあろうことか背を向けて走り出した。

 ロランはあからさまに顔をしかめる。こちらの攻撃が終了した直後なのだ、普通なら反撃のチャンスとみて攻撃に転じるだろうと予測していたのだが。

「……戦わないつもりか?」

 そうまでして隠したい手の内なのか。

 それとも、単に戦う手段がないのか。

 だとすればとんだ間抜けだ。戦う用意さえせずに戦場へ姿を現すなど能無しにも程がある。

 しかし相手は初見の魔術師。それが相手の策かもわからない。

 一瞬の思案の末、ロランはもうすこしつついてみる事にした。

 あくまでロランの目的は「他者との戦いを通して経験を積む事」である。拮抗するというのも面倒ではあるが、しかし圧勝できれば良いわけでもない。

 己の本気を相手の本気とぶつけ合い、その末で勝利しなければ意味がないのだ。

 故に彼は決定打を与えない。たかだか少女1人だ、『天上の双子』が直撃すれば動く事はできないだろうし、ロランならば2つの光球を彼女にぶつけるのはさして難しいことでもない。

 しかしそうなってしまうと相手の全力を見ることができないため、彼の目的が達成できなくなってしまう。

 ギリギリ当たらない位置に『天上の双子』を飛ばすのは、彼の想像以上に集中力を費やすものだった。

「……おっと?」

 しかしその均衡は脆くも崩れ去る。

 飛来した『天上の双子』から志乃を護るようにして、一匹の犬がその間に割り込んだ。

 光球の勢いは止まらない。衝撃は大型犬の腹部を容赦なく襲った。

 しかし――犬はさしてダメージを受けた様子でもない。

 ようやくか、とロランは光球を自身の下へと回収した。

 その後、瞬間的に周囲に視線をめぐらし、立地的状況を把握。その後志乃へと視線を向ける。彼女はようやく立ち止まれたようで、荒々しく肩で息をしていた。

 あの余裕の無さから考えれば、この場所に誘いこまれた、というわけでもなさそうだ。

「へぇ、ディオスクロイの直撃が平気、か……その強度、そして出現タイミングから察するに、君の礼装ってわけじゃなさそうだね。さしずめアーチャーの宝具か何かなんだろう?」

 何気ないロランの言葉に、志乃は呼吸を整えて応ずる。

「だったら、何? どの道光の球程度の礼装じゃ、サーヴァントの宝具に傷をつけることなんて無理でしょ?」

「足止めくらいはできるさ。それで、君自身は戦わないのかい? 幸いここは暗い上に時間も遅い、どれだけドンパチやってもそうそう気付かれはしないと思うけど――それとも、君は戦えない人?」

 挑発的な笑みと共に戦闘を促すロラン。しかし志乃は動かない。

「――あんた程度に私の『腕』を見せるなんて、真っ平ゴメンだよ」

「なるほど、それじゃあ今、君は丸腰なわけか」

 ずばりと言い当てる。ロランの”かま”は容赦なく、志乃のかりそめの余裕を引き剥がす。

「な、何を言って――」

「だって今君は見たところ武装を持ち歩いてはいないみたいだし。魔術の気配も感じない。それってつまり、剣士が剣を持っていないみたいなことだろ? 君は丸腰、その犬しか頼る事ができない――或いはまったく気配を感じさせない武装という可能性もあるが、どうもそういう感じでもなさそうだ。拍子抜けだなぁ、全く。仕方ない、その犬だけでも見せてもらおう」

 唖然とする志乃を置き去りに、再びロランは『天上の双子』へと指令を下す。

 今度は先ほどの陽動とは違う。下されたのは徹底的な物理攻撃。アーチャーの宝具、ラエラプスへの攻撃命令だ。

 先ほどとは比べ物にならない程の魔力を放出し、2つの光球はラエラプスへと飛来する。

 咆哮と共に体当たりを持ってラエラプスは迎撃する。衝撃波は周囲の木々を少し揺らした。

 それほどの衝撃を受けて尚、ラエラプスは毅然としている。

 そして1度距離をとり、再び衝突。変わらない衝撃ではあるが、単調な衝突は確実に『天上の双子』とラエラプスを消耗させている。

 そんな中、志乃は1つの疑問を口にした。

「私を……狙ってこない?」

 なぜ丸腰とわかっていて攻撃しないのか。

 マスターさえ殺せればサーヴァントも消えるというのに。

 ライダーのマスターは、一体何を考えているのだろう。

 その答えは、なんと当の本人から弾き出される。

「なんで狙わないかって? 当たり前じゃないか、今は能無しといっても、相手がそれなりに戦えるヤツと分かった以上、僕は君の、その『腕』とやらを見るまで君を殺せないよ。だって意味が無いだろう? 折角他の魔術師の戦い方や礼装なんかが見られる機会なんだから、それを見る前に術師を殺してしまうのは――勿体無い」

 なんでもないように、あたかもそれが当たり前であるかのように。

 悠然とロランはそう告げて、志乃は思わず唖然とする。

 その答えに対して志乃は何も感じられない。強いて言うならば、そこには歪んだ何かがあったように思う。

 命のやり取りだというのに、この男は相手の攻撃を欲しているというのだから。

 理解できない、理解できない。

「そんなに変な話でもないと思うんだけどなぁ……僕はただ、色んな経験をしたいだけなんだよ。経験以上に自分の力になるものはないだろう? 色んな魔術を見て、色んな礼装を見て、色んなサーヴァントを見て、色んな宝具を見て、それら全てを体験して――その上で勝利できれば、僕の中に蓄積される経験値は間違いなく僕を更なる高みへと導いて――?」

 しかし語りの途中でロランは言葉を切る。同時に彼の脳内は即座に切り替わり、分割していた思考を全て統合、現状への対応策を即座にたたき出していた。

 視界の端に映りこんだ者に対する策。

 ――この厄介ごとを処理するのはやっぱり面倒だ、アーチャー連中に押し付けるとしよう。

 そのために必要な事も既にはじき出されている。こんなものの処理のために手の内を晒すのはバカらしい。

 思考分割、高速思考は錬金術師の得意分野なのだ。

 

 

 

 突然にしてロランの語りが止まった。不審に思って目を凝らせば、彼はどことなく焦っているように見える。

 何かあったのだろうか?

 そう思って、志乃は自身の右目を『起動』させる。

 彼女の右目は義眼である。それもただの義眼ではない、卓越した技工士の手によって作られた立派な礼装である。

 ロランの言うとおり、起動しなければごくごくわずかの魔力を動力として視覚情報を脳へ伝達するただの義眼なのだ。

 右目に込められた魔術は暗視と遠視。これで夜間における視力はそこらの夜行性動物を上回る。

 どうやら彼の視線はどうやら林の外を向いているようだった。

 その先に何があるのだろうか。それが彼を困惑させている原因なのだろうか。

 様々な疑問が浮かび上がる中、彼女は何の抵抗も無くそちらに視線を向ける。

 そして、志乃の脳裏に危険信号が灯る。

 彼女の視線の先――暗がりの中を逃げるようにして駆け出す人間の後姿があったのだ。

 判断は早かった。

「追うよ、ラエラプス! アーチャーも手伝って!」

 叫ぶや否や、志乃は第三者の追跡を開始した。神秘の秘匿は最優先、魔術師としては当然だ。

 しかしアーチャーまで巻き込んでしまったのは、果たして良い判断だったといえるだろうか。

 内心では間違っていると、彼女自身も理解している。この程度自分でできなければならない。

 けれど1人でその一般人を手にかけられるとも思えない。

 そう――西連寺志乃に欠如していたのは殺し殺される覚悟。十代半ばの少女にはおよそ無縁な、しかし現状、絶対必須の死の覚悟。

 それを自覚した瞬間、彼女はもう引き返せないのだという途方も無い絶望に染まった。

 彼女には己が手で殺すべき一般人を殺せる自信などどこにも無かったのだ。そんな人間が聖杯戦争に臨むなど、笑う事さえ愚かしい。

 しかしもう、引き返せない。

 こうしてアーチャーの戦闘に介入してまで彼女を呼びつけてしまった以上、今現在、志乃は目撃者を確実に殺さなければならないのだから。

 

 

 よし、上手くいった。ロランは心中でそうほくそえむ。

 目論見どおり志乃は危険な状況に思考を乱している。このままなら間違いなくアーチャー陣営は目撃者の抹消に取り掛かるだろう。

 自分たちが手を下すのは面倒だ。

 それに、このままアーチャーのマスターと戦ってもまともな戦いにはならなかっただろう。どの道ロランは今宵決着をつけるつもりなど毛頭無かった。

 次いで取るべき行動はこの場所からの迅速な離脱。そのためにはライダーの力が欠かせない。

(ライダー、撤収するよ)

(うわ!? あ、ああ、これが念話ってやつか。で、えっと、撤収って事はもうマスターはいいの?)

(ああ、今倒しても経験にはなりそうにない。僕が一旦車道まで出て走るから、追走する感じで拾ってくれるか?)

(OK了解。すぐいくよ)

 念話はそこで途切れる。見れば、ライダーの回避行動が蛇行から直線へと変わり、一直線こちらへと飛んでくる。アーチャーの弾幕攻撃が止んでいると言うことは、おそらくアーチャー陣営は揃って目撃者の抹消に向かったのだろう。

 深夜という事もあり、都市部の広い車道には車の一台も走っていない。魔獣の滑走路としては申し分ないはずだ。

 飛行していた『天上の双子』を回収し、指示した通りロランは車道へとその身を躍らせ、北に向かって走る。程なくしてロランと並走するようにして接近したヒッポグリフに飛び乗り、首尾よくライダー陣営は深夜の空へと舞い上がる。

「ふぅ、とりあえず戦線離脱かな」

 横目で先ほどまでの戦場を見下ろし、ライダーは一息ついた。

「で、どう? マスター、やりがいはありそう?」

「まだなんとも。少なくともアーチャーのマスターは……正直、期待はしてないよ。ただ……」

「ただ?」

「……引き際に、彼女の右目が突然『礼装』に変わった。不自然ではあったんだ、武装にしてはあまりにも微弱すぎる魔力が、ずっと彼女の全身を覆っていた――でも、あの右目を感じたらすこし仮説が立った。これがもし当たっていれば……最高の研究材料に成り得るかもしれない」

 そっか、と小さく返し、ライダーは次の進路を考える。戦線離脱はしたが、飛び続けることも無理だ。1度拠点へ戻るのが無難だろう。

 しかし深夜とはいえ街中へは迂闊に降りられない。

「どうしたらいい?」

 この辺りの地理にはまだ疎い。ならば良く知るマスターに問うのが一番だと判断した。

「このまま夜空のドライブ、なんてのも粋だと思うけど?」

「やめてくれ、結構恐いんだぞこの高度」

「マスターさ、『吊り橋効果』って知ってる?」

「なんでここでその単語が出て来るんだよ!」

「満天の星空を魔獣に乗って眺める一夜ってのもなかなかロマンチックだよね」

「否定はしないけど!」

「星……綺麗だね。ははっ、君が綺麗過ぎて僕には良く分からないや」

「何を1人で寸劇してんだお前は」

「いやほら、こんなのやろうよ、っていう提案」

「やるわけないだろう! ちなみに、今の僕はどっち側だ」

「キザな方」

「よっぽどありえない!」

「じゃあマスターは受けの方が良い? ボクが攻め?」

「だからなんでそうなるんだ!」

 あはは、とライダーは楽しそうに笑う。しかしロランからすればたまったものではない。少し自分でも想像してしまって赤面してしまったではないかどうしてくれる。

 ロランの思考が乱れているのは、その発言だけによるものではない。

 吹き付ける風にのって先ほどからライダーの髪が眼前で揺れているのだ。鼻腔を突くいい匂いはきっとライダーのものなのだろうと思うと、なぜだかロランは頭が痺れるような錯覚に陥ってしまう。

 心拍が早いのは高所の飛行による恐怖なのだと信じたい。

 くそっ、吊り橋効果だなんていわなければ意識せずにすんだものを!

 どうしたって生物学上は男だけどライダーのそのナリはどう見ても美少女なんだぞ!

「まあ、それはまた今度で良いや。で、マスター、この辺で降りても大丈夫な場所ってどこかある?」

「初めからその話をしてくれよ……うーん、そうだな」

 恐らく街中では迂闊に降下できないと分かっての質問なのだろう。

 確かに都市部、新旧市街地での降下は第三者に目撃される可能性が高い。

 港と工業地帯も周囲が開けているため同様に無理だろう。

 となると、残った降下場所は1つしかない。家までは遠いが、あそこしかないだろう。

 思案の末、夜空を駆けるヒッポグリフは着地場所を求めて間霧山へと消えていった。



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一夜

本格的に文章リハビリしなきゃと思いました。本来セイバー陣営のくだりがあった所、見直したらどうにもイメージ合わなくていやだったので埋め合わせにキャスター陣営のくだりとほんのちょっぴりライダー陣営を新しく書き加えたんですが、ダメですわ文章書けなくなってますわ頑張ります。完璧に第三者的な視点にしようと思ったんですがねぇ……


 深く静まる御影の街を、男は走った。

 視線は遠く、山の麓に佇む屋敷を見ている。

 流れる汗さえ拭わない。それが代謝によるものなのか、俗に言う冷や汗と呼ばれるものなのか、その判別さえする余裕はない。

 ただ、今は、逃げる。

 入り組んだ路地裏を曲がるとガツッと脚が何かに引っ掛かる。一瞬で彼の背筋を悪寒が滑り落ちていくも、それが大きめのゴミ袋だったことを横目で確認すると、彼はそのままスピードも落とすことなくその場を走り去る。

 彼の思考回路はショート寸前で、今は逃走以外に何も考える事ができなかった。

 むしろ無我夢中で走る事以外にすることはない。

 いつの間にか路地裏を抜けると、アーケード街のそばに出る。草木も眠る丑三つ時、にはまだ早いのだろうけれど、しかし日付はとうに超えている。草木も寝始めるそんな時間に商店街が活発であるはずもなく、商店街はどこまでもがらんとしていて、それは闇を吐き出す深い洞窟のようにさえ見えた。

 前方には暗がりの道。後方には危うい空白。

 何の気配も存在しない、死んだ街。

 誰一人として存在しない、暗闇の町。

 その奈落の中で1人、男は走り続ける。

「そんな、わけ……あるかよ……っ!」

 しかし男は苦しそうに小さく悪態をつく。

 気配がない、だなんてありえない。

 誰も居ないわけが無いのだ。

 何故なら彼は、先ほど人間を見ていたから。

 ――しかし、それが触れてはいけない一瞬だった事はすぐさま理解した。

 先ほど目撃してしまった聖戦は、決して部外者の侵入を許さないはずなのだ。

 魔術師は魔術を隠匿するもの。ことあの戦い――きっと、彼女の言っていた『聖杯戦争』ってヤツなんだろう――においては尚の事、目撃者は早急に抹消する必要がある。

 ならば自分は狙われていると思うのが妥当だろう。

 人の体を成した人ならざるものの戦いを目撃してしまったのだから。

 だが現実は彼の言葉どおり。

 不気味なほどに生を感じさせない空間が、そこにある。

 その静寂はこれ以上ないほどに男を焦燥へと駆り立てた。

 焦っているから気配が掴みにくいのかもしれない。けれど、殺気の1つさえこれっぽっちも感じないとはどういうことなのだろうか。

 それが何より不気味でしょうがない。

 かつてこれほどまでに静寂に恐怖したことがあっただろうか。

 ああ、早く。向かわなくては。

 目下目指すは渚砂の屋敷。

 あそこにたどり着く事さえできれば、とりあえず安全は保障されるだろうから。

 気付けば視界には沈黙を貫く寂れた田園風景が捉えられている。

 この坂を上れば、そこにあるはずだ。

 なかなかに急な坂道は容赦なく体力をそぎ落とす。

 しかし立ち止まってはいけない。もう少し、もう少しなのだ。

 走り出して何分だっただろうか。彼がたどり着いたのは、確かに渚砂の屋敷だった。

 けれど、そこは見知った屋敷などではなかった。

 少なくとも彼の知っている渚砂の屋敷は、付近の電柱に正体不明の赤い花が咲いているような場所などではない。

 こうも無残に血と殺戮の臭いを残すところでは、断じてない。

 ――この、惨状は、なんだ?

 わからない。

 逃走の恐怖が和らぎ、安堵を得た次に男が得た感情は疑念であった。

 普通の殺人事件、というわけでもないはずだ。あの赤い花はそういうモノではない。

 交通事故か何かというわけでもないようだ。なにせあれは意図して破壊された者なのだから。

 荒い呼吸を繰り返す彼の脳はその体調とは裏腹にひどく冴えていた。

 ふらつく足に喝を入れ、悪臭に顔をしかめながら花へと近づく。まだ、死んでそう時間は経っていないようだ。

 ふと、視界の隅に何かが映り込む。赤黒い血にまみれてはいるが、それは未だに鈍く月明かりを反射する。

 見れば、それは十字架のようなもの。それと、何かの柄のようなものだ。

 実際に見たことこそないものの、男の知識はこの因果関係から1つの推論を導き出す。

「――聖堂協会、の……? 代行者か、これ……?」

 しかし仮にそうであるとするならば。

 聖杯戦争参加者であるところの渚砂家、その家の前で死に果てる代行者。

 その仮説で考える場合、この惨状はここで行われた戦闘の形跡となる。おそらくは、聖杯戦争絡みで、だ。

 この周辺でそれに関わっている人物は、彼の知るところで1人。渚砂綾乃、その人である。

 連絡によると、今彼女は屋敷に1人。父は他界し、彼女を除いた住人は皆その関係で出払っている。

「……あいつが、これを?」

 あるいは、彼女が召喚したというサーヴァントか。

 ともあれ彼女に事情を聞かない事には始まらない。

 暫定的にそう結論付け、男は頭を振り、渚砂の門を潜る。

 そして玄関へと歩き出し。

 ――背後に気配を感じたのは、その刹那であった。

 

 

 

 

「えー、何ココぉ? こんな山ン中にお城なんてあったっけぇー?」

「んー? 知らないけどぉ、面白そうだしいいじゃん? んで、ここ何なの京ちゃーん?」

 如何にも夜遊び真っ最中といった様子の少女が2人、城を見上げて言葉を交わす。

「ここッスか? まあ、入れば分かるッスよ。楽しい楽しい所ッス」

 京ちゃん、と呼ばれた小太りの男は適当な答えを返す。不信もいいところな返事であるはずが、しかし少女2人は「そっかぁ」と納得した。視線は命令された犬のように城から動かない。

「葉菜ちゃんと早希ちゃんは順応が早くて助かるッス。さて……えーっと、名前、なんでしたかね?」

 男がもう1人、静かだった少女に声をかける。

 綺麗な黒髪の清楚な少女だ。間違ってもこんな時間に不審な男に付き従うようには見えない。

 異常な点をひとつ挙げるとするならば、彼女から「自我」らしきものが感じられないところだろうか。

 操り人形のようにふらふらと足を前に出し、少女は問いに答える。

「……如月英梨、です」

「そうッス。英梨ちゃんッスね、すみません。んじゃ、待たせても寒いッスね。中入りましょうか」

 男が声をかけると、城を見上げていた2人の少女は小走りで城へと向かう。不気味なのは、それこそ命令された犬のようだということだ。

「英梨ちゃんも、ほら」

 唯一動かなかったその少女の背を押し、男も城へと歩を進める。既に先の2人は城へと入っていってしまった。

 しかし少女の歩は遅い。

 しばらく押して歩いた男だったが、やがて痺れを切らしたように少女の肩を掴む。

 そして、少女と目を合わせた。覗き込むように、探るように、その様相はあたかも催眠術のようである。

「……い、や……」

「ふーん、なかなか手ごわいッスね。先天的な耐性とか、あるんスかね? ま、いいや――ほら、『行くんスよ』?」

 男は少女の目を見て離さない。少女の視線も男の目から離れない。しかし少しの抵抗の意を感じ取ることくらいは出来るだろう。

 まさぐって、染み込ませて。まさぐって、染み込ませて。まさぐって、染み込ませて。

 やがて少女から抵抗の意が消えると、

「……行き、ます」

 小さく、搾り出すように、そう口にした。

 男はニヤリと下卑た笑みを零す。

 

 

 城の内部は中世ヨーロッパを彷彿とさせるデザインとなっているが、実物のそれより随分とコンパクトである。

 広い大広間は厳格な石造りで、壁にかけられた無数の松明が内部をライトアップする。

 照らし出すものが無骨な牢屋ばかりでなければ、いい雰囲気でもあったのだろう。

 視界に入るものは鉄、鉄、鉄。耳に入るものは絶叫、罵声、悲鳴。鼻をつくのはつんとした血の香り。

 積み上げられた正方形の鉄格子の箱はさながらペットショップの鳥かごを彷彿とさせる。捕らわれているのはどれも若い少女達だ。

 絶叫し脱出を試みる者、絶望し涙を流す者、諦め無抵抗にへたり込む者。男は満足げにそれらを見渡す。

 籠の中には先ほどの2人の少女もいたようだ。何が起こったのか理解できていないのだろう、共にポカンとしている。

「うーん、姐さんの城はやっぱ格別ッスね。さて、さっきのビッチはいいとして、この上物は姐さんに直接渡さなくちゃならないッスよね。ほら、歩くッス」

 少女に進行を促し暫く進むと、より強い血の匂いが嗅覚をかすめる。同時に複数の断末魔が耳をくすぐり、男の心を興奮へと駆り立てる。

 見えてくるのは身の毛もよだつ拷問器具の数々だ。鉄格子で仕切られた狭い部屋の中では、少女達が掠れた声を上げつつ大量の血を流し、やがて静かになっていく。

 流れ出たおびただしい量の血は壁や床へと消える。最上階に鎮座する城の主の元へと送られているのだ。

 興奮を滾らせ、男の歩調は早くなる。

 階段を上ると、そこは広い部屋だった。カーテンに仕切られた巨大なバスが鎮座しており、中から若い女性が顔を出す。

「おお主よ、遅かったではないか」

「いやまあ、色々手間取っちゃいまして……つか姐さん、また若くなりましたね」

「ふん、当然よ。それはそうと……ふむ、なかなかの上物を捕まえたな」

 女性は男に連れられた少女を見やり、ニヤリと笑う。

「でしょう? これがまた、俺の目の効きにくい子だったんスよ。ビッチ2人はラクだったんスけどねぇ」

「ああ、さっき下で捉えた2人か。まあ、処女ではないにせよ若い女子であることに変わりはない、有り難く血液を頂戴するとしよう。今はそれより……その子じゃ。ほれ、こっちへ来い」

 そう言うと、女性はバスタブから液体をすくい取り、少女へと飛ばす。

 額に付着した血液は、たらりとその整った顔を伝って服にシミを作った。

 とたん、少女の動きが緩慢になる。そしてあれだけ男が動かすのに苦労した足を、とんとんと女性の方へと動かしていくのだ。

 それを確認すると、女性は近くの棚から鳥かごをその手にとった。

 手で持てる大きさの鳥かごだ。中には小さな少女たちが捕らわれ、内部に生えた無数の針に今尚呻き、ポタポタと血液が滴り落ちている。

 女性は愛おしそうにその鳥籠を開き、

「そうじゃ、いい子じゃ。そして……妾を楽しませてくれ――『羽無き少女の鳥籠(ピジョン・ブラッド)』」

 解放された魔力が少女を襲う。

 変化は一瞬、その少女が一瞬で小人ほどのサイズまで縮小された。

 そのまま吸い込まれるように鳥かごへと放り込まれる。

 ――はっと、少女が目を醒ます頃には、もう遅かったのだ。

「いっ、ぎ、ああああああああああああああっ!?」

 小さな悲鳴が新しく生まれ、女性はその様を愛おしそうに見つめていた。

 同時に籠の口から、1人の少女が吐き出される。

 籠から解放された少女は元のサイズへと戻るが、全身を切り裂かれぐったりとした様子だ。

「お、これはもしかして貰っていいヤツッスか?」

 男が嬉しそうに吐き出された少女へと駆け寄る。生きているかもわからない、肉体欠損のひどい少女だ。

 しかし男の昂ぶりは収まらない。鼻息荒く、しかし手は出さず、女性の返答を待っていた。

「うむ、もう少し絞れそうではあったがのぅ。どちらにせよ時間の問題じゃ、くれてやる。好きにせい」

「マジッスか! いやっほぉ! さぁて楽しむッスよ!」

 返答をもらった男はいやに機敏な動きで満身創痍の少女を担ぎ、部屋を後にする。

 少女を連れ込み、女性から処理済みの玩具を受け取り、その夜のお供にする。男はこれが毎日の楽しみになっていた。

 もはやこれを異常とも思えない。思うわけがない。何せ夢にまで見た生活だったのだから。

「いやぁ、マジ天国ッスねぇ! 毎日毎日こんな生活できるなんて夢みたいッス! 明日も頑張れる気がするッス!」

 意気揚々と拷問部屋を通り抜け、男は汚れた屍の待つ自室へと向かう。

 拷問と屍姦に満ちた狂乱の居城は、静かに、しかし着々とその規模を広げていく。

 

 

 

 

「……? ねえ、マスター?」

「ん、どうしたライダー?」

「いや、あそこ。空の上からだからわかりづらいけど、あの、ほら、開けたところ」

「……あそこがどうした?」

「いや、さ。結界が張ってあるんだよね、多分。かなり強力なヤツ」

「……結界?」

「うん。いや、もしかしたらキャスターの根城だったりするのかなぁ? って。あ、できれば今夜ドンパチは勘弁してよ? 結構ボクも疲れたし」

「ああ、それはそうだ、僕だって疲れてるし魔術戦なんて願い下げだ。もしキャスターの根城なんだとしたら、あそこは強烈な工房ってことになるし。それなりの準備も必要だしね」

「ふーん。まぁ、マスターなら余裕だよね」

「んー、魔術師との真っ向魔術戦はそんなに経験ないし得意じゃないんだけどなぁ」

「そう? ま、いいや。情報ひとつゲット、ってことで」

「本当にキャスターの根城かどうかは調べてみないとわからないけど……まあ、今後の方針としては調査対象にして損はしないだろうし。いい拾い物をしたよ」

「へへん、幸運Aは伊達じゃないって事だね! いやぁー役に立ててボクは嬉しいよ!」

「わかった! わかったから安全運転してくれ頼む!」

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこはいつもの部屋だった。

 上を向いていた視線をコロンと横に向ければ、乱雑に放置された工具類や材料らしき木材に石の欠片、正体不明の液体が入ったビーカーや試験管が数本。傍らに積み重ねられた本の山は今にも崩れ落ちそうだ。

 間違いない。

 どれほど寝ぼけた頭でも、その部屋が西連寺志乃の、つまり自分の部屋であると認識する事は容易だった。

 しかし朦朧とする思考は状況判断さえ曖昧にする。そもそも何故自分はここに居るのか、まずその原因さえわからないでいた。

 いや、ここは自分の部屋だから居てなんらおかしいことは無いのだが、どうにも昨晩はここに戻っていないように思うのだ。

 ぼーっとした頭で考えていると、何の脈絡も無く視界に何かが映り込んでくる。

「ああ、志乃ちゃん。起きたね、おっはー」

「…………」

 数刻反応に迷った末、なんだかとても面倒になって、志乃は再び布団に顔を埋めた。

「あー! ちょっと志乃ちゃん、2度寝はダメだって、不規則な生活は美容の乱れに直結するんだから! はい起きる!」

「喪女に美容とか……マジ勘弁……てか昨日、私疲れたし……」

 ごろんと寝返りを打ち、志乃はそう返す。

 ――疲れて?

 はて、昨日は一体、何があったんだったか?

 ……。

 …………。

 ………………。

「あー、そうだ。昨日……ああ、思い出した。全部思い出した」

 唐突に思考回路がフル回転し、記憶を辿る。

 とても短い記憶だ。

 アーチャーに念話を送り、目撃者を追いかけようとして。

 そこで唐突に意識が飛んだんだっけ。

 思い返せば、召喚直後の疲労を抱えたまま戦闘へとなだれ込み、敵マスターの攻撃から逃げ回るのにやっとやっとなところに、目撃者という精神的ダメージ。今まで倒れなかった方が寧ろ不思議かもしれない。

 むくりと上体を起こし、1度目を擦ると、志乃は傍らに座り込んだ相棒に目をやった。

 長く綺麗な金髪で、どことなくエロティックな貫頭衣に身を包んだ美女。サーヴァント、アーチャーである。

「……ここに運んでくれたのは、アーチャー?」

 美女は笑顔で頷き、説明を始めた。

「そ。さすがに自分のマスター置いて追跡、ってワケにもいかなかったし、ラエラプスに行かせようかとも思ったんだけど、あの攻撃が結構効いてたみたいでね。追跡断念して、家に連れ帰ったの。やっぱりアサシンの連中が見てたみたいで、準備良くアサシンのマスター――祐一君、だっけ? あの人が休ませる準備しててくれて、今に至ります。報告以上っ」

 ぴしっと可愛らしく敬礼のような仕草をして、アーチャーは言葉を終える。なんだかお茶目だな、と志乃は感じた。

「そっか、祐一が手伝ってくれたんだ……それで、その、目撃者に関してはそれ以降スルー?」

「ううん、アサシンの子に追跡させてる、って祐一君は言ってたよ。どうなったか、その後はまだ聞いてないんだけど」

 なるほど、と答え、志乃は報告を整理していく。

 整理が終わる頃には、彼女はいつも通りの彼女だった。

「了解、わかったよ。迷惑かけてごめんね、ありがと」

「いいよ、謝らなくても。私は、あなたのサーヴァントなんだから」

 あはは、と苦笑を返す。

 けれど、その一言は彼女の覚悟を促す。

 ――覚悟、か。

 考えてもいないまま、こうして聖杯戦争を迎えてしまったけれど。

 こうなってしまった以上、覚悟は決めなければならない。

 まずは、昨日のような失態を犯さない事。戦う覚悟云々以前に、丸腰のまま戦線に出て行くだなんて、思い返せば異常にも程がある。

 祐一の言うとおり、まずは考える事から始めようと思った。

 しかしそれはそれとして。

 カレンダーを見れば日付は月曜日。高校生である彼女にはいつも通りの学校生活が待っているわけである。聖杯戦争なので学校を休みますとは言えない。

 その旨をアーチャーに伝えると、彼女は何の問題もなく了承した。霊体化して付いてくるという。妥当だろう。

「あ、コーヒー淹れたけど、アーチャー飲む?」

「コーヒー……? 貰ってみようかな」

「安物でごめんねー、でも頭は冴えるよ、これ」

「ありがと、っと、熱い熱い……に、苦いよ、これ?」

「あー、ごめんごめん、私いつもブラックだからつい。砂糖とミルク、あるけどいる?」

「もらえるなら、嬉しいかも」

「ん、了解」

 そうして、彼女達の非日常は平和からスタートを切った。

 

 

 

 

「……どう? 調べ、ついた?」

 同刻、相馬祐一。

 机に固定されたアームから伸びるデュアルディスプレイを巧みに操り、彼は着々とマスターを絞り込んでいく。

 本来ならば、昨晩の目撃者はアサシンに始末させる予定だった。気配遮断スキル持ちならば、相手が死んだ事を理解する前に殺す事だって可能だったろう。

 しかしそうはしなかった。

 ――目撃者たる彼は、他でもない魔術師だったのだから。といっても微弱も微弱、初歩中の初歩の魔術を扱える程度と推測される。魔術師かも、と思ってその気配を探らなければわからないほど微弱なものだ。

 その気配が確定に変わった瞬間、祐一はその目撃者が何かしら他のマスターと繋がっている可能性を考えた。

 そしてアサシンにそのまま追跡を続行させ、泳がせ続け。

 男がたどり着いたその先には、記憶に新しい処刑風景が広がっていた。

 そして男は、その傍らの屋敷の敷地へと入ろうとしていたのだ。

 黒ずくめの不審な男が背後に現れ何か言葉を交わしていたようだが、それについてはまた詳しく調べる必要があるだろう。おそらく無関係というわけでもあるまい。

 話を終えると黒ずくめの男は再び闇に消え、ターゲットの男は門を潜った。敷地に入った途端男の気配をロストしたことから、あの敷地には気配を遮断する結界が張ってあるとみて間違いは無い。あるいはそれ以上のものかもしれない。

 着々と様々な情報が集まっていく。圧倒的な情報アドバンテージを噛み締めると、祐一は思わず頬を緩めた。

「……ビンゴ、かな」

 しばらくの検索作業の末、祐一は纏めた情報をテキストとして打ち出す。

 ――旧住宅街に佇む巨大な屋敷。

 ――魔術師が張ったものと思われる隠匿の結界。

 ――魔術師の出入り。

 その家は複数人が同居する古来よりの家柄ではあったが、調べた所その家の当主はつい最近他界していることが判明した。

 そしてその家族構成を見るに、一族の後継者である可能性、そして魔術師である――すなわち、マスターである可能性がある人物はたったの1人。

 関連事項と裏づけとしてその人物について調べていくと、処刑現場にてバーサーカーに命令をしていたあの人間と面白いように一致する。

「アサシン。こいつが、バーサーカーのマスターだ。多分、間違いは無いだろう。覚えておいてくれ」

 こくりとアサシンは頷いて、その情報を脳へと叩き込んでいく。

 性別、女。

 年齢、18。

 髪型、肩辺りまで伸ばした黒髪の軽いソバージュ。発見した写真には三つ編みのものと二種類あったが、ソバージュが基本のようだ。

 特徴、いかにも委員長、といった様子のメガネをかけている。

 所属、御影北高校、3年2組。図書委員長であり、元拳法同好会会長。

 名前(ターゲット)――渚砂綾乃。



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渚砂綾乃

見直してみるとやっぱり全然お話進んでないですな。


 ――それが何なのか、渚砂綾乃には理解できなかった。

 見渡す限り赤と黒。光も無ければ闇も無い。上下も無ければ左右も無い。

 真っ暗な世界に1人。眼前には暗黒がどこまでも広がっていた。

 反転したキャンバスには深紅の水玉模様が規則性も無く描かれてゆく。それは、水面に広がる波紋のように美しい。

 ぽたり、ぽたり。

 音と共に水玉模様が漆黒を染める。

 広がる深紅が漆黒を侵す。

 視界が真赤に染まってゆく。

 やがてその漆黒が深紅に染まりきったとき、その中に彼女は見た。

 そこにあったのは赤い花。

 小さく醜いラフレシア。

 赤く大きな花弁の傍に、汚く千切れた黒い葉っぱが落ちている。

 花には無論顔なんて無いけれど、しかし彼女は、どうにもその花に見られているような気がしてならなかった。

 とても気持ちが悪い。何故だか悪寒が止まらない。

 だから、綾乃は思った。

 あの花が消えてしまえばいいのに、と。

 するとその願いに答えたように、深紅の中に白い影が落ちた。

 それは人のようにも見えたけれど、感覚的に人の様には思えなかった。

 白い影は花を覆い隠し。

 ぐちゃり、ぐちゃりと音がして。

 白い影が消え去って、そこには壊された花がある。

 望みどおり花は消え去った。しかし綾乃の悪寒は増すばかりである。

 足元に視線を下ろせば、そこには小さな白いボールが転がっていた。ボールは一箇所だけ不自然に黒くて、雑草の根っこのように走る赤い筋がよく目立つ。

 花から飛び出した球は、彼女の視線を捕らえて離さない。

 その光景は、容赦なく綾乃の正気を揺さぶった。

 ――お前がやった?

 私がやった?

 ――ちがう、ちがう。

 私がやった?

 ――お前がやった?

 私は何も、していない。

 ――お前は一体何をした?

 私は人を殺してない。

 ――お前は人を殺してない。

 私は殺人者なんかじゃない。

 ――お前は殺人者なんかじゃない。

 ほらやっぱり、私は殺人者なんかじゃない。

 

 ――それじゃあお前は殺戮者だ。

 

 

 

「――っ!」

 不気味な言葉が脳裏に浮かび、それをトリガーに綾乃の視界は唐突に色を取り戻した。

 焦点を結ぶと、目の前には見慣れた木目の天井がある。

 深紅の水玉も、汚い花も、何も無い。

「……夢……」

 呆然と単語を口にする。どんな事も言語化すると自覚作用が強まるようで、みるみる彼女の頭は冴えていった。

 むくりと上体を起こし、周囲を見渡す。いつもの目覚めと変わらない家具の配置具合から、どうやらここは自室のようだ。

 感覚が戻って最初に感じたのは気持ち悪さ。体中にべたべたとした汗をかいていて、布団の生ぬるさも相まって非常に気分は良くない。加えて室内を満たす寒気が汗を冷やし、温と寒の狭間で綾乃は身震いをした。

「――恐怖心、なのかしら……」

 数刻前まで夢に見ていた光景を思い返し、綾乃は頭を押さえて1人ごちる。

 恐怖心。言うまでも無く、昨夜の惨劇が悪夢の引き金となったのだろう。生まれてこの方まともな夢自体あまり見たことは無いけれど、あれは俗に言う悪夢の部類なのだろうと彼女は直感した。

 あの惨状は、今でも思い出すだけで――吐き気がする。

 人間はあんな風には死なない。人として死んで初めて、それは死人となる。

 しかしまともな死に方をしなかった人間は、もはや人間としての扱いようもない――ただの肉塊だ。

 そこに人としての尊厳があるかないか。それが殺人と殺戮の相違点。

 お互いの生死をかけての殺し合いならばまだしも、綾乃の行った一方的な攻撃に尊厳など微塵もありはしない。

 ただ軽い気持ちで人間の命を弄んだのだ。

 故に殺戮者。夢の中での問いかけは、あるいは真実を知った自分自身によるものだったのかもしれない。

 逃避する渚砂綾乃を現実へと引き戻す、人間らしい渚砂綾乃の声だったのだろう。

 そりゃあ逃避だってしたくなる。けれど現実は自分の中にある。そう、今だって外に出れば――

「――しまった!」

 そうしてようやく外に放置されているであろう肉塊のことを思い出し、綾乃は毛布を跳ね除け部屋を飛び出した。

 近所の評判や魔術師としての隠匿はもちろんだが、なにより玄関先に肉塊が転がっているなどと遠出した親族の耳に入ってしまえば大事だ。いくら憔悴していたとはいえ、その処理を怠ってしまった昨夜の自分を叱咤せざるをえない。

 ちらりと時計を見れば、時刻は午前7時。普段の起床時間と変わらない。彼女の体内時計は気絶して尚正常に動作しているらしい。

 誰にも見つかっていなければいいのだが――

 しかしそんな不安は、間延びした音によって破られる事になる。

 屋敷の中に響き渡る単調なチャイム。それは来客者を告げる合図だ。

 つまり、誰かが既に門の前まで来ているということ。

 その門の前には、問題の死体が転がっている。

 混乱が混乱を呼び、綾乃の足は自然と止まっていた。

 目の前には既に玄関の戸がある。そこを開くか否か、その判断さえまともにできない。

 ――まだ死体はあるのだろうか。

 だとすれば、来客者は死体を見た事になる。

 それに関してのことならば、私はどう答えるべきなのだろう?

 一切の無関心というのもかえって怪しまれよう。けれど最適な嘘を咄嗟につけるほど、彼女は器用な人間ではない。

 きっと問い詰められれば、何も言えなくなってしまうだろう。

 居留守を使うか?

 しかし残念な事に、人を外で待たせているという事実が彼女の良心に働きかけてしまう。

 変なところで生真面目な自身の性質を呪った。

 行かなくちゃいけない。けれど行きたくない。

 パニック手前の逡巡。

 ――しかし、その逡巡は無意味な事になる。

 なんの脈絡も無く、ガラッと音がして。

 迷いを見せる彼女の目の前に、黒い服の人間が現れた。

 硬直。

 その硬直は、2重の驚愕によってもたらさらたもの。

 1つは突然だったという事。単純な人間としての驚き。

 もう1つは、その人間の外見に既視感があったからだ。

 全身を覆う黒いキャソック。それは神父服だというのに、しかしその男からはそんな温厚なイメージは微塵も感じて取れない。

 黒くて暗くて、それはむしろ冷酷な殺人者といったイメージが強い。

 ――そう、丁度、外にあった死体の『元の姿』と同じ様な。

「ああ、いらしたんですね。出てこられないので、てっきりまだお休みかなと思ったのですが」

 ふわりと柔らかそうな赤色の髪を揺らし、男は不釣合いなほど丁寧な口調でそう言った。

 綾乃の口は言葉を紡がない。

「そうですね、まず、勝手に門を潜った事は謝罪いたしましょう。後日お伺いする事も考えたのですが、何せもう“始まっている”訳ですから、毎晩こちらへ帰られるという確証もありませんし……」

 しかし男はそんな綾乃を意にも介さない。

 ただただひたすらに、綾乃は恐かった。

 先ほどからこの男――不気味なほどに笑顔なのだ。

「――それにしても、このお屋敷はなかなかに興味深い。これが日本古来の建築様式、というのでしょうか? なるほど、東洋と西洋では魔術のあり方そのものが根本的に違うのだとは耳にしていましたが、こうも開放的でありながらこの屋敷は工房としての役割をも果たしている。久しぶりに、いい刺激になりそうですよ」

「……あな、たは……?」

 ようやく綾乃は震えた言葉を搾り出す。

 問いかけに、男は「ああ」となんでもないように答えた。

「これは失礼。この度聖堂教会より参りました、スキール・オフティヴィマと申します。まあ、お気づきであろうとは思いますが、いわゆる『代行者』ですね――昨晩、貴女が殺害なさった者の上司に当たります」

 以後、お見知りおきを。

 そう言って、スキールは頭を下げる。

 代行者、すなわち昨晩の襲撃者。

 先ほどの既視感は、やはりあながち間違いでもなかったようだ。

 そうと分かった途端、綾乃の混乱は一気に収束され、脳が隅々まで冴え渡る。

 綾乃は一歩引いて臨戦態勢に入った。

「――何の用、ですか」

「まあ、そう喧嘩腰になら無いで下さいよ。それに、サーヴァントも実体化させられないような今の貴女が僕と渡り合うなど自殺行為……それくらい、ご自分で良く理解されているはずでは?」

 しかし、スキールの一言が彼女の内側に突き刺さる。

 彼の言う通り、現在綾乃は優しく言って万全ではない。昨夜の精神的ダメージが肉体にまで残留している。

 魔術的な部分に関しても万全でない事は明白だ。

 まず、バーサーカーが無反応であること。意図的に綾乃が抑えているわけではなく、バーサーカーは実体化できるほどの魔力供給を受けていないのだ。

 次に結界の停止。渚砂の屋敷は敷地内を特別な結界で覆っている。結界の内部は管理者に絶対的なアドバンテージを与える仕掛けが施してあり、それは先ほどスキールの言った「工房」というものに近い。

 しかしその結界は、彼の侵入に対して発動しなかった。

 これは結界の管理者である渚砂綾乃との供給ラインが不安定であるが故の事態。

 そして何より、武術を修めた綾乃の直感が告げているのだ。

 今の状態では彼に勝てない、と。

「……もう1度問います。何の用ですか?」

 彼女はゆっくりと形だけの臨戦態勢をとく。

 一見無謀にも見えるが、仮に彼の目的が綾乃に危害を加える事ならば、こんな悠長な会話など繰り広げてはいまい。そう判断しての行動だ。

 綾乃の問いに対し、スキールは変わらない笑顔で応じる。

「ええ、では本題に。昨晩、僕の部下が犯した所業に対する謝罪を、と思いまして」

 しかし飛び出したのは予想もしないような言葉だった。

 思わず綾乃の口からは呆けたような声が漏れてしまう。

「……謝罪?」

「はい、ご迷惑をおかけしました。元々あいつは喧嘩っ早いところが目立っていまして。今回の任務ではせいぜい捨て駒にでもなればと思って連れて来たのですが――全く、何を血走ったのやら」

 深々と下げた頭を上げ、スキールはそう言った。

 信じられない。

 人殺しをするような連中が、部下を殺した相手に謝罪だなんて。

「その為に、わざわざ来られたんですか……?」

「ええ。部下の不手際は上司の責任でもあります。まあ、これといったお詫びが出来ない所はとても心苦しくはありますが、一応お詫びの形として、外の汚い有機物はこちらで掃除をさせていただきました。無論周辺住民の皆様は何も関与していませんので、ご安心ください」

「え、ええ……その、どうも、ありがとうございます」

 綾乃もペコリとお辞儀を返す。

 とりあえず外の死体が誰にも見つからなかったのなら、とりあえずはよしとしよう。

 しかし綾乃の中には新たな疑念が生まれつつあった。

 先ほどスキールは「サーヴァント」という単語を口にした。

 それはすなわち、聖杯戦争のことを知っている……さらにいえば、綾乃がマスターであるということも知っている。普通の代行者の知りえる事柄ではあるまい。

 この不気味な代行者は、今回の聖杯戦争とどのような関係があるのだろうか。

 さらに単純に言うならば――敵か味方か。

 疑念は深まり、考えれば考えるほどに彼女の表情は微細な変化を見せる。

 それを察したのだろう、スキールは付け加えるように口を開いた。

「ああ、それともう1つ。端的に申しますと、僕たちは『あなた』に敵対する存在ではありません。ですから、貴女方が僕たちの任務を妨げさえしなければ、僕たちは貴女方には無干渉な存在です。どうか、誤解をなさらないように」

 ごくり、と固唾を飲む。

 その発言は一見友好的に見えるも、裏を返せば「邪魔をすれば敵」という事にもなり得る。

 直接関係が無いという遠まわしな発言からも、綾乃が彼らの任務とやらの邪魔になる可能性はゼロではないのだろう。

 それが何かまでは話せないようだ。

「わかりました、極力お邪魔はいたしませんよう、努力します」

「ご理解いただけたようで、幸いです。お互い、上手くいくといいですね」

 それではこれで、と小さく口にして、スキールは踵を返す。

 綾乃は追うこともしない。追うという選択肢が、既に他の思考に埋め尽くされていた。

 聖堂教会。代行者。聖杯。任務。

 予想もしなかった方面の問題。

 それらが何を意味するのか、彼女にはまだ理解できない。

 しかし、本当に他愛もない直感レベルの想像ではあるが。

 この聖杯戦争、何か別の問題があるのではないか――?

 そんな小さな疑念が、彼女の中に渦を巻いた。

 

 

 

 

 兎にも角にも、相馬祐一の身分はいまだ高校生である。

 故に彼も例外なく登校しなければならなかった。

 生死にさえ関わるこの戦いの最中、呑気に学業に励む気などさらさらなかったが、しかし学校という共同体は昼間における絶対の城壁である。

 聖杯戦争はその特性上、基本的に進展が見られるのは夜間。しかし、それはあくまで基本的という話。昼間だって油断していればどこから凶刃がその身を襲うか分からない。

 だが、その魔術という凶刃は決して一般人の眼前で行使されることは無い。それは魔術師としてのルール。破ればまっとうな生活はできまい。

 故に、一般人の中に身を隠す事ができる学校という場所は、祐一にとって非常に都合の良いシェルターなのである。

「……どうした?」

 しかし、どうにも彼のサーヴァントにとって居心地の良い場所というわけではないようだった。

 霊体化しているためその姿を目視する事はできないが、集中すれば気配程度ならばある程度感じられる。

 その気配というのが、丁度祐一の背後ゼロ距離の場所なのだ。

 実体化したならば彼女は彼の背中に密着しているような状態だろう。

 さすがに表情までは見えないため、何を思ってそう密着しているのか祐一には皆目見当もつかない。

 すると、ふいに祐一の携帯電話が震える。

 送り主は不明。強いて言うならば、意味不明な文字の羅列が送り主。それがアサシンによるものだと祐一は知っていた。

 魔術C+を誇るアサシンの得意分野は情報の伝達。それは昨晩の電話によって遺憾なく発揮されている。電話ができてメールができないということもないのだろう。

 しかしどうしてまた急に? それに情報伝達なら念話でも済むはずなのである。

 そう思って、祐一は文面を開く。

『ふえー>< マスター、私こういう場所苦手かもー(;▽;)』

 ……普段のぱっと見無感情からは想像もできないような、やけに「女の子」な文面がそこにはあった。

 そのギャップにわずかな驚愕を見せつつも、祐一は短い文章で返信する。

『なんで?』

 彼女の返信は早い。

『その、理由とかはごちゃごちゃしててよくわからないだけど、とにかくなんていうのかな……すごくイヤな感じがするの』

『生前になんかあったとか?』

 とはいえ、メリーさんとは都市伝説。都市伝説の存在に生前も何もないのかもしれないが、考えられる理由はそこにある。

『私もそうだと思うんだけど、その部分だけすごくごちゃごちゃしてて整理ができないの。だからわからないんだ、原因が。そもそも私はね、大昔から最近まで色んな時代の幽霊とか怨霊とかっていう類の存在が『メリーさん』っていう座を使って顕現した姿なの。沢山の人の残留した思念の集合体。だから、昔のことを思い出そうとしても、いろんな人の昔がそこにはあってね、しかも『負』っていうのかな、なんか暗いものばっかりなんだ。見るのも嫌になるくらい沢山。ちょっと逸れちゃったけど、だからね、厳密に生前って言うのは無いんだ、私』

『そうだったのか……その中に、こういう人ごみとかっていうのに反応してしまう記憶がある、って事なのかな』

『多分そう言うことなんだと思う。だからちょっと恐くて、マスターの背中にくっつかせてもらってるけど、いいかな?』

『霊体だし、全然支障ないし……昼間から行動するようなマスターもいないだろうしな。いいよ、それでお前が落ち着くんなら』

『ありがと、嬉しい』

『そういえば一番最初のあれ、何? 顔文字とか全然使うイメージ無かったんだけど』

『え? ああ、えっと、ちょっと使いたくなっちゃって……ダメ、かな?』

『いやダメってわけじゃないけど。結構茶目っ気あるんだなーと思って』

『えっへへ、これでも見た目は女の子ですから』

 そうこうしていると、授業開始のチャイムが鳴る。

 普段どおりに授業が始まるも、案の定祐一の様子は上の空。

 日常の中に溶け込む非日常。案外身近にそういうものはあるんだろうと思っていた。

 その異質な一点が今は自分なのだと思うと、なんとなく自分の立場が奇妙に思えてしまうのだった。

 

 

 

 

 御影市の商店街の盛り具合は、平日といえども全く衰えない。行き交う人々の活気に当てられ、沈み気味だった綾乃の気分も幾分良くなっていた。

 昨晩の惨劇。そして今朝の衝撃。どれもこれも今なおダメージとして彼女の精神に苦痛を強いている。

 加えて浮かび上がる聖杯戦争とは別の何か。スキールの任務とやらがそれに関連しているような気がするのだが、もちろん綾乃にはその正体など皆目検討持つかず、どうにも気持ちが纏まらない。

 そもそも代行者だってそんな大っぴらにして良いものでもない。

 一体彼は何を思って訊ねてきたのだろう。

 本当に謝りに来ただけだったのか、はたまた別の思惑があったのか。

 考えれば考えるほどに疑念は深くなってゆく。

 しかしこのまま家にいても悩み込み沈み込むだけだ。そう思い、彼女は思い切って家を出た。

 彼女の通う御影北高校は創立記念日として休日となっている。どの道休日をもてあましていたのだ。

 いざ商店街に来てみれば、案の定気分は高揚していく。道行く人々の中に見知ったような顔もちらほらと見える。

 少々うるさくはあるけれど、気分転換としてこういったショッピングもたまにはいいものだ。

 それに比較的平和な今のうちに外へ出ておかないと、いずれこちらの情報もばれてしまう。そうなっては昼間といえどもおちおち外出もできない。なによりアサシンクラスに見つかってしまっては笑えないだろう。

 始まってからというのもおかしな話だが、彼女の行動は戦争前の最後の休息も兼ねていた。

「まあ、言っても本屋しか行くところ無いのよね」

 誰に言うでもなくそうごちて、彼女は言葉どおり一直線に本屋へと足を運ぶ。

 複雑に繋がるアーケード街でも、歩きなれた彼女からすれば目を瞑ってでも向かう事ができるだろう。

 真っ直ぐ進んで、2つ目の角を左に曲がって、一際目立った雑貨屋を右に曲がると見えてくる。

 最近は聖杯戦争が云々だの父が云々だのと出来事が重なっていたため、ゆっくりと本屋に立つ時間などなかった。それだけに、彼女の足はいつになく早まっていく。

 何か面白い本はあるだろうか。好きな作家の本は出ているだろうか。あの漫画の続きはどうなったのだろうか。

 思えば思うほどに期待は膨らんでいった。

「おっと」

「きゃっ」

 雑貨屋を曲がったところで、彼女は誰かとぶつかってしまった。

 見ると、相手は男だったようだ。少々贅肉のついた体つきに、痛んだ茶髪のウルフカット。顔を見るとまず肌の荒れ具合に意識が向いてしまう。

 服装は無駄にギラギラしていて、両手には皮の手袋、そして耳にはピアス。明らかに残念な大人が外見だけ着飾っているようで、綾乃は既に第一印象で嫌悪感を抱いてしまった。

 しかしぶつかった事は非である。彼女はすかさず頭を下げた。

「ご、ごめんなさい、私、ついうっかりしてて……」

「え? ああ、いやー気にしてないッスよ、お嬢さん」

 男は軽い語調でそう言った。

「あの、それでは……」

 そして綾乃は足早にその場を去ろうとする。

 だが、何故か彼はそれを逃さなかった。

 男は脇を抜けようとした綾乃の前に立ちふさがるようにして立った。

「お嬢さん、ちょっとお時間いいッスか?」

 突然の問いかけに、綾乃は思わず身構えてしまう。

 なんとなく、嫌な予感がしたのだ。

「いえ、私急いでますから……」

「まあまあ、そう言わずに」

 そう言って男は綾乃の顔を覗き込む。

 とても気分が悪くなって、彼女は目を逸らそうとする――

「……?」

 しかし、どういうことだろう。

 彼女の視線は男の視線と重なったまま微動だにしない。

 動かさないのではなく。

 動かせない。

 その感覚はある種の暗示を思わせる。

 文字通り視線を絡め取ったまま、男は言葉を紡いだ。

 少し、男の瞳が赤黒く蠢いて見えた。

「――お嬢さん、悩み事とかってないッスか?」

「悩み事……」

「そう、あるいはコンプレックスとか」

「コンプレックス……」

 自分でも不思議なほど、言葉が脳へと染み込んでくるのがわかる。

 悩み。コンプレックス。

 その言葉から連想されたのは、鏡に向かう自分の姿だった。

 可愛くない、自分の姿だった。

 見た目より中身だとは言うけれど、中身だって嫌なくらい頑固で意地っ張りで見栄っ張り。

 こんな私ではダメだと思っても、それを変える方法が分からない。

 このままでは、あの人にだっていつ見放されてしまうかわからない。

 文武両道を体現したような秀才の悩みは、意外にもそんな年頃の女の子然としたものだった。

「その様子だと、訳アリっぽいッスね。何、気にする事はないんスよ。人間なら誰しも、自分に対する不満を持っている。俺だってそう、ぶっちゃけるんスけど、この体型は遺伝なんスよ。全く、とんでもないッスよね、不可抗力なんて。でも、その不満はいつまでも持ってちゃあ体に悪い。でも排除しきれるものでもない――そんなもの、どうしたらいいんスかね?」

 普段の綾乃ならば、当にこの男を叩き伏せてその場を去っていただろう。こんな問いかけにだって答えなかっただろう。

 故に、答えを思案している今の彼女は平常ではないということだ。

 しかし彼女は自発的に考えているわけではない。それは『考えて答えなければいけない』という一種の強制力のようなものに思えた。

 うっすらとそれを自覚しつつも、彼女は答えを口にしてしまう。

「……気にならないようにしてしまえばいい……?」

「おーう、そうッスよそれそれ! いやあ、お嬢さん聡明ッスね。その答えに一発でたどり着くなんて、お嬢さん素質あるッスよ」

 ぺらぺらと紡がれる軽薄な言葉。

 その言葉に疑念を抱く事さえ、既に彼女はできなくなっていた。

「実は俺、そういう悩みとかコンプレックスを少しでも和らげる――いわゆるカウンセラーみたいな仕事してるんスよ。悩みなんて持ってても、なかなか相談できる相手もいない。つーわけで、こうしてたまに街頭でちょっとしたお誘いをしてるワケッス」

「誘い……?」

「ええ、まあ。っつーか、お仕事ッスよお仕事。そうッスね、ここだと場所も悪いし立ち話も疲れるし……そうだ。ちょっと歩いたところにオススメの喫茶店があるんスけど、詳しいお話はそこでしないッスか? こうしてお話を聞いてくれたお礼っていうとアレッスけど、俺奢りますし」

 あそこのコーヒーは格段に美味いんスよ。

 男は笑顔でそう言った。

 危ない。それは理解している。

 けれど、実際に意思は言う事を聞かない。

 首が動く。

 縦に動く。

 それ以上はいけない。

 けれど動いてしまう――!

「おいおい、何してるのさ? 女性相手に暗示だなんて、ボクは良くないと思うなあ」

 そして頷いてしまう刹那、綾乃の眼前にふわりと桃色の髪が躍り出る。

 とても中性的な出で立ちで、彼女はそれを綺麗な少女だと思った。

 けれど同時に、それには人ではないような、どこかバーサーカーに似た異質な感覚があった。

「おい、おいってば……何を勝手に手出ししてるんだお前は。頼むから厄介ごとには首を突っ込まないでくれ」

 続いて長身の男がその傍らに立つ。横顔から窺える金髪碧眼は天然のようで、簡素な黒いコートを羽織っていた。

 暗示がかかっていても、綾乃の本能は告げる。彼は魔術師であると。

「ん? なんなんスか、お嬢さん? 俺は仕事なんスけど」

「へえ、暗示つかって連れ去ろうとするのが仕事なんだ? ねえマス……じゃなかった、ロラン? そんな仕事が現代にはあるの?」

「あったら世紀末だよそんなの……まあそれはともかくとして、そういう風に魔術を使うのはあんまり感心しないなあ。いくらここが東洋の魔術協会が管理する土地だからって、好き勝手やったら他の魔術師から袋叩きに合うのも時間の問題だよ?」

 ロランと呼ばれた青年は優しい口調でそう言った。

「魔術? 協会? んー、よくわからないッスね。姐さんにも言ったんスけど、俺はそういう魔術師っていう胡散臭い連中とは違うんスよ」

「へえ、違うんだ。じゃあ、この人にかけた暗示はどうやったのかな?」

「企業秘密ッスけど、そんなに知りたいのなら――っ!?」

 綾乃に対してとったものと同じ覗き込むような行動。しかし、それを少女に対して行った途端、男は驚愕に目を見開いた。

「あれ……そんな? 俺の眼が、効いてない……!?」

 少女は真っ向から男を見据え、不敵な笑みを浮かべる。

「やっぱり、魔眼の一種か。高ランクなものだったらボクも暗示かけられちゃうかと思ったんだけど……ふふん、対魔力の低いボクにさえ通用しないような低ランクな魔眼か。人間をひっかけるなら上等かもしれないけど、相手が悪かったね」

「……? あんたらもしかして、聖杯戦争とかっていう変な祭りの関係者ッスかね?」

 男は少し身を引いて訊ねる。

 聖杯戦争という言葉を知っている以上、小太りの彼もまたその関係者の1人なのであろう。

 けれど、どうにも魔術師でもないような人間が一体どう関係しているのか。

 考えられる可能性としては、いわゆるイレギュラーと称されるような『魔術師ではないけれどマスターになった人間』という例外。

 問いかけに対し、少女が胸を張って答えようとして――

「ちょっと待て、またバラす気か? もう真名バレは勘弁してくれよ、いくら弱点が無いとはいえ対策練られちゃ面倒なんだけど」

 ロランがガツリとストップをかけた。

「あっ、そうだった。また名乗っちゃうところだった……まあ騎士の性分ってコトで」

「ったく――代わりに僕が答えよう。初めまして、だよね? 僕はロラン・マルフォレイ。今回、ライダーのマスターとしてこの街に来てる。それで、こっちはライダー。僕のサーヴァントだ。どうぞよろしく――さあ名乗ったら名乗り返すのが礼儀だよ、君は一体何者なのかな?」

 そう言って、彼はにこりと微笑んだ。

 ライダーのマスター。

 その単語は、男と綾乃の両方を驚愕させる。

 冷や汗が頬を伝う中、男は小さく唸るように答えた。

「……貝原京介」

「なるほど、貝原さんか。よく覚えておこう……さすがに、誰のマスターか、なんてのはアンフェアだけど喋ってくれないよね?」

「――あんた、何なんスか」

「質問に質問で返すのは感心しないなぁ。ま、その返答は少なくとも自分がマスターだって発言と同義だね」

「今聞いてるのはこっちッス。あんたは何者なんスか」

「さっきも言ったじゃないか、僕は君の敵だよ。錬金術師、ロラン・マルフォレイはライダークラス以外の全てのサーヴァントとマスターの敵対者さ」

 そして無言。男はわずかに低い姿勢でロランを睨みつけ、足早にその場を去っていった。

 ロランも少女も追いかけることはしない。

 それから程なくして、綾乃の意識は完全に覚醒した。

「……私、暗示かけられてたの?」

 信じられないといった様子で綾乃は一人ごちる。

 思いもよらないところで敵マスターと思しき人間の策にはまるところだった――否、助けがなければ完全にはまり込んでいた。

 綾乃の前に立っていたライダーはくるりと綾乃に向き直る。

 とても可愛らしく、それでいてどこか凛々しい。一瞬で綾乃はその全てに魅入ってしまう。

「さて、と。どこか悪いところとかない?」

「えっ、いや、特には……」

 じゃあいいや、とライダーは快活に微笑んで、またくるりと方向を転換した。

「よし! 悪いやつは追い払ったし、ボク達も行こうか」

 そういってライダーは傍らのロランと腕を絡める。

 ロランは顔を赤くして喚いた。

「ばっ、いくら変装してるからって、その、そういうのはやめてくれってば!」

「いいじゃんいいじゃん、傍から見たらカップルみたいでしょ?」

「だから困るんだって! お前男だろ!」

「でも外では女として通せって言ったのはロランだよ?」

「いや、うん、まあ言いはしたけど……だからってこれは、その……」

「それとも……ボクじゃ、嫌?」

「――っ! あー、もう! やめてくれ、本気で悲しそうな顔をするな! わかった、わかったからそんな目を向けないでくれ!」

「へへーもー、ロラン照れちゃってー! これじゃどっちがマスターかわかんないよ?」

「くそっ、これは当たりだったのか外れだったのかわからんぞ……!」

 そんなカップルまがいのやりとりをしながら、2人は綾乃をおいて去ろうとする。

 人ごみに彼らが消えてしまう直前、綾乃が声をかけた。

「あ、あの!」

 先に振り返ったのはライダーの方だ。

「どうしたの?」

「そ、その……ありがとうございました! でも、良かったんですか?」

 次いでロランが怪訝そうな顔で振り返る。

「良かったって、何が?」

「だって、さっき私を放っておいたら、私は敵の策にはまってもしかしたら死んじゃってて、そうしたら私は脱落で、あなたたちは少し楽できたんですよ? なんでわざわざ、私なんかを――」

 助けたんですか?

 その一言は発することさえ許されなかった。

 2人のため息が綾乃の言葉をさえぎったのだ。

「なんで、って……極論言っちゃうと、それ見逃しても後味悪いし。それに、さっきの君の言葉で確信したけど、君もマスターなんだろう? いやまあ、なんとなくそんな気はしてたけどさ」

 ロランの発言に綾乃はハッとする。感情に任せて言葉を吐き出していたのが間違いだった。

 自分がマスターだと明言してしまうなんて。

 彼は挑戦的な笑みをたたえて口を開いた。

「君が何を思って聖杯戦争に望んだのかは知らないけど……僕はね、いろんな経験をしたいんだ。今回で言えば多種多様な戦闘経験。だから聖杯戦争に参加した。その一因になるかもしれない人をみすみす見殺しにするなんて、もったいないだろう? 僕は君との戦いを経験したいんだ」

 見たところ、君はとても強そうだ。

 その一言の瞬間だけ、綾乃はぞくりと身震いをした。

 それは本人に言わせればきっと武者震いだと言うのだろうけれど。

 今朝のスキールに似た異様な余裕が、本当はとても怖かったのだ。

「ま、結果オーライってヤツだね。敵マスターに2人も会っちゃうなんてさすが幸運Aは伊達じゃないよね!」

「ああ、すごいのはわかったからあんまり調子に乗るな?」

「えーっ、だってそれくらい自慢しなきゃボクは何を誇ればいいのさ! ……はっ、そ、そういうことなの、ロラン?」

「嫌な予感しかしないけど、どういうことか一応聞いてみようか」

「つまりボクはこうしてここにいることを、ロランの隣にいることを誇っていいんだって、そういうこと!?」

「この短時間でそこまで超解釈できるお前の思考回路には相変わらず脱帽するよ」

「いやー、えへへ。そんな褒められても、ここじゃ何にもしてあげられないよ?」

「褒めてないしやめてくれ! ここじゃなかったら何かする、みたいな言い回しは!」

「あれあれ、ボクは何をするなんて明言はしてないけどなぁ。いったい何を想像したのかなロランは?」

「ばっ!? お、お前ハメたな!?」

「いやーロランもやっぱり男なんだね! さあさあ言ってみ、何を想像したのか! 結構本気で楽しみだよボクは!」

「やめろ! ごめん、あやまるから! やめてくれ思い出させないでくれっ!」

 ……はて、私はいったい何に恐怖していたんだろう。

 目の前のやり取りと恐怖という単語は毛ほども結びつく様子がない。

 けれど先ほどの身震いの余韻はしっかりと彼女の体に残っている。

 綾乃の勘違いだったのか、はたまたこのやりとりは強者ゆえの余裕なのか。

 聖杯戦争という殺し合いとこの2人はどうにも似合わない。そうまで思わせる2人の平和っぷりはやがて遠ざかってゆく。

 綾乃の恐怖など毛ほども知らず、そんな微笑ましい会話を残して。

 そうして今度こそ、ロランとライダーは人ごみへと消えた。

 網膜に焼きついた2つの後姿は、とても殺し合いをするようなものには見えなくて。

 けれどきっとその2つの後姿も、夜になれば狩人のそれに変貌するのだろう。

 見たことはないけれど、不思議と宵闇にたたずむ2人の後姿が脳裏を掠めた。

 きっと彼らは、日常と非日常の切り替えが出来るのだろう。

 のほほんとした空気は聖杯戦争に似つかわしくない。けれど関係のない時に張り詰めていても気が参ってしまう。

 その切り替えが、きっと上手なのだろう。

 結局その日、綾乃はそのまま家へ帰ることにした。

 気分転換にはならなかったけれど、敵のマスターに関する情報が少しでも手に入ったと思えば有意義な時間ではあっただろう。

 改めて自身の体調を確認する。バーサーカーにはまだうまい具合に魔力が行き届いていないようだ。

 もう少しの休養が必要だろうと判断。まだ夕日にすらなってはいないが、少し寝よう。もしかしたら夜には動くことになるかもしれない。

 ――今度は悪夢なんて見ないように。

 布団に入ると、彼女の意識はストンと落ちていった。

 



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