ニグンさんは死の運命と戦うようです (国道14号線)
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ニグンさんはカルネ村で戦うようです

だいたい書籍1巻、アニメ4話と一緒です。

オリジナル要素は2話から出していきます。




「隊長。ガゼフ・ストロノーフはまだ村の中にいるようです」

 

陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインのもとに偵察に行っていた隊員が報告を行う。

 

「よし。では作戦を開始しよう」

 

満足そうに報告を聞いたニグンは隊員たちに呼びかける。

 

「各員傾聴」

 

「獲物は檻に入った」

 

「汝らの信仰を神に捧げよ」

 

全員が黙祷を捧げる。人類のためのこれから行う作戦での神の加護を祈る。

 

「開始」

 

その一言で全員が一糸乱れぬ動きで村の包囲に向かっていった。

 

 

 

 

 夕刻の平原に展開する彼ら45名は陽光聖典の隊員であり、全員一流の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。

 陽光聖典とはスレイン法国の特殊工作部隊群「六色聖典」の1つであり、人類に仇なす亜人などの殲滅を主な任務としている。彼らは王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフの暗殺のためにここに来ていた。

 

「村の包囲は無事に完了したようです」

 

 ニグンの護衛と連絡のためにつき従う隊員が報告を行った。

 

「あとは出てくるのを待つだけです」

 

「どこから出てくるか分からん。見逃すなよ。もう追跡はうんざりだからな」

 

 ガゼフを殺すための作戦は単純である。

 帝国の騎士に偽装した兵士を辺境の村を襲撃させ、ガゼフの戦士団に救援の命令を下させる。そうして誘き寄せたガゼフを村ごと包囲し、殲滅するという算段である。

 

 しかし、中々うまくいなかった。

 

 ここ数日村に入ったガゼフを包囲しようとしたが、ニグンたちが村に着く前に逃げられてしまっていた。

 そもそも追跡や情報収集は風花聖典の仕事であり、殲滅を得意とする陽光聖典は苦手なことである。だが、風花聖典は裏切り者の追跡に忙しかったので、仕方なく独力で行っていた。

 

 それでもしぶとく追跡を行ったところ、村を襲った兵士が戻ってきて位置がつかめた。

 4人しか生きて戻って来なかったが、ガゼフに返り討ちにあったのだろう。口々に化け物を見たと言っていた。ガゼフの戦い方を詳しく聞きたかったが、包囲を先に行う必要があるため早々に帰らせ、急いでこの村までかけつけた。そのおかげで包囲が間に合った。

 

 ようやく訪れたチャンスなので何としてもここで殺したいものだ。

 

「しかし、人類のために殺されるとは憐れな男ですね」

 

「ふん。あんな国に仕えているから殺されることになるのだ。人類の危険を顧みず、己の欲望を満たそうと醜い争いを続けるとは、愚かとしか言いようがない国だ」

 

 ニグンの言葉に隊員は頷いた。

 

 ガゼフの仕えるリ・エスティーゼ王国は王派閥と貴族派閥の対立が深まり、お互いに足を引っ張り合っている。

 王に忠誠を誓うガゼフが死ねば、王派閥の力は弱まり、貴族派閥が勝利するだろう。しかし、ガゼフの死により王国の戦力は下がる。その隙に侵略して法国に吸収しようというわけだ。

 

 人間の国に囲まれた王国では気づかないかも知れないが、人類は常に存亡の危機にある。

 

 600年前に六大神が救いの手を差し出さなかったら。

 500年前に八欲王が優れた種族を殺してまわらなかったら。

 200年前に十三英雄が魔神を滅ぼさなかったら。

 

 人類が現在生き残っているのは多くの偶然に支えられている。

 

 ニグンたちの仕えるスレイン法国は人類が生き延びるために人知れず戦い続けているが、油断すればあっという間に絶滅してしまうだろう。

 人類はお互いに争うのではなく、一丸となって亜人種や異形種と戦わなければならない。

 そのためなら自分たちはいくらでも手を汚そう。

 彼ら陽光聖典はそう決意し日々戦っている。

 

「自分の死が人類の統一と存続に役立つのだ。感謝してほしいぐらいだ」

 

 ニグンはつぶやく。

 

 王国はもはやまともな方法では争いをやめないだろう。

 ガゼフは死なねばならない。

 その死を犠牲に人類は生き延びるのだ。

 

 そう考えながら召喚した監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)で包囲の状態を確認していると、隊員からの声が聞こえた。

 

「西よりガゼフが出てきました!! 騎馬により包囲網の突破を狙うようです!!」

 

 立てこもって長期戦になると厄介であったため、この動きはニグンたちにとってありがたかった。思わず笑みがこぼれる。

 

「馬鹿め。村人の犠牲を恐れたな」

 

 声を張り上げ、命令を出す。

 

「これより戦闘に入る!! 訓練通り行えば我々の勝ちは揺るがない!!」

 

 

 

 

 

 

 戦闘は当然のことながら順調に進んだ。

 ガゼフは貴族派閥の横槍により王国に伝わる五宝物を1つも装備していない。それでも何体もの天使を1人で倒すのはさすがである。しかし、その程度では何の役にも立たない。包囲している45人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が次々に召喚するスピードには到底追い付かない。ガゼフの部下は天使1体に2人で何とか戦えるというありさまであり、たやすく討ち取れる。

 

 ガゼフのことを徹底的に調べ上げ、貴族派閥に工作をしかけ、不十分な装備で村に誘き寄せる。事前に入念な準備を行ってきたニグンたち陽光聖典の勝ちは戦いの前に決まっていた。

 

 部下は次々に倒れていき、ついに立っている者はガゼフのみになった。

 そのガゼフも天使たちの攻撃を受けついに倒れた。

 

「止めだ。ただし一体でやらせるな。数体で確実に殺せ」

 

 ガゼフに天使たちが殺到する。

 

「なめるなああああああああッ!!」

 

 叫びながらガゼフが立ち上がる。

 その迫力に天使たちが止まった。

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! この国を汚す貴様らに負けるわけにいくかあああ!!」

 

 その姿にニグンは憐みすら覚える。

 

「本当に国を愛するならば、こんな村は見捨てればよかったのだ。お前さえ生き延びれば、将来的にはここの村人の何倍もの国民を助けられただろう」

 

 ニグンがガゼフの立場ならば当然そうしただろう。小を切り捨て、大を生かす。それが出来るから陽光聖典は人類のために人を殺すのだ。

 ガゼフにはそれができない。しかし、ガゼフがここまで強くなれたのは、全ての民を守るという夢があるからでもある。

 

 両者は相容れない存在であった。

 

「そんな夢物語を語るからお前はここで死に、守ろうとした村人も殺されるのだ」

 

 ガゼフに最後通牒をつきつける。

 

「無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 予定通り我々の勝ちは揺るがず任務は達成できそうだ。

 ニグンの思惑と逆にガゼフは微かな笑い声を漏らす。

 

「・・・何がおかしい」

 

「くくっ、俺を殺すのは容易だろう。しかし、あの村には・・・俺よりはるかに強い人がいるぞ。そんな人が守っている村人を殺すなどお前たちには不可能だ」

 

「下らんはったりだ」

 

 ガゼフより強い者など王国にはいない。チームとしてはガゼフ以上の脅威になるアダマンタイト級冒険者の「蒼の薔薇」と「朱の雫」は王都にいることは確認済みだ。

 ゆえにガゼフの発言は嘘に決まっている。そんな者はいるはずがない。

 

「・・・天使たちよ、ガゼフ・ストロノーフを殺せ」

 

 命令に従い天使たちがガゼフに向かっていく。ガゼフも最後の力をふりしぼって一歩を踏み出した。

 

 

 

 次の瞬間、ニグンたちは目を疑った。

 

 今までガゼフがいた場所に、奇妙な仮面をした魔法詠唱者(マジック・キャスター)と漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に包んだ戦士が立っていた。

 周りに倒れていたガゼフの部下もいなくなっていた。

 転位魔法によるものだと考えられるが、そんな魔法に心当たりはない。

 

 警戒のため全ての天使を下がらせて壁を作り、出方を窺っていると、前方にいた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が声を掛けてきた。

 

「はじめまして、スレイン法国のみなさん。私はアインズ・ウール・ゴウン。親しみをこめてアインズと呼んで頂ければ幸いです。こちらは私の部下のアルベドです」

 

 年は分からないが、丁寧な男の声だった。

 

「・・・ガゼフ・ストロノーフはどこへやった」

 

「あの村に転位させました」

 

「命乞いにでも来たか」

 

 鼻で笑いながら問いかける。この男もまた目の前の命にこだわる愚か者のようだ。ガゼフを切り捨てれば村人とともに逃げられただろうに。

 

「まさか」

 

「え?」

 

 予想外の答えについ声が漏れる。

 わずかに怒気をはらんだ声でアインズは続ける。

 

「戦士長との会話を聞いていたが、お前たちはこの私がわざわざ救ってやった村人を殺すと公言していたな。これほど不快なことはない。」

 

 人類のために戦うスレイン法国の六色聖典の1つ陽光聖典の活動になんという言い草であるか。

 ニグンはアインズの無知な言葉に怒りが込み上げた。

 

「不快とは大きく出たな。で? だからどうした?」

 

「抵抗することなくその命を差し出せ、そうすれば痛みはない。断ればその無礼の代償に絶望と苦痛を与えてやろう」

 

 アインズが一歩だけ足を進めた。

 たったそれだけで、首元に刃を突き付けられたような強烈な恐怖を感じ、ニグンは反射的に命令を下す。

 

「天使たちを突撃させよ!」

 

 突進する2体の天使に反応することもできず、アインズはあっさりと攻撃を食らった。どうやら先ほどの強さはみせかけのようだ。

 ニグンは安堵の息を吐き出し、嘲笑った。

 

「無様なものだ。つまらんはったりでなんとかしようと――」

 

 疑問を感じて言葉を止める。

 なぜ奴は倒れない。なぜ天使たちが苦しそうにもがいている。

 

 2体の天使が左右に動く。

 そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 アインズは剣を体に突き刺されながら、天使たちを左右の手で持ち上げていたのだ。

 

「嘘だろ・・・」「馬鹿な・・・」

 

 隊員たちが呻き声を上げる。

 

 体を貫かれて平然と立っているなど信じられないが、まったくありえない訳ではない。

 もしかしたら刺さりどころがよかったのかもしれない。もしかしたら痛みを軽減するマジックアイテムでやせ我慢しているだけかもしれない。

 しかし、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が第三位階の天使である炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を持ち上げることはありえない。成人男性ほどの重さを片手で持ち上げられるのは一流の戦士だけである。

 

 驚愕するニグンたちをよそに、アインズは無造作に天使たちを地面に叩きつける。地震と間違えるほどの衝撃を受けて天使は光の光の粒となり消えていく。

 

「ふむ。見た目だけではなく、強さもユグドラシルと同じか。異世界なのに同じ魔法とは興味深いな。調べる必要がありそうだ」

 

 アインズが何か呟くがニグンの耳には入らない。聞こえてはいるが目の前の事態に理解が進まない。

 

「いくぞ? 鏖殺だ」

 

 アインズの言葉に我に返ったニグンは、慌てて命令を下す。

 

「全天使で攻撃を仕掛けろ!」

 

 その言葉に応じて40体以上の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が一斉に襲い掛かる。ニグンの知る限り最強の存在である漆黒聖典であってもこの数には苦労するだろう。しかし――

 

 <負の爆裂(ネガティブ・バースト)

 

 アインズから放たれた黒い波動が触れるや否や天使たちは次々に消えていく。ただの一撃で全ての天使が掃討された。

 信じられない光景に隊員たちは恐慌状態に陥りかけるが、ニグンは奥の手を使うことを決意し落ち着きを取り戻した。

 

「最高位天使を召喚する! 時間を稼げ!」

 

 その声に隊員たちは奮い立たされアインズに次々に魔法を仕掛ける。さらにニグンの監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)も攻撃に参加し時間を稼ぐ。

 さすがのアインズも最高位天使の存在は怖いのか、動きが止まる。

 

 その隙にニグンはクリスタルを取り出して発動させる。

 ちょうど監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)が破壊されたときにそれは召喚された。

 

「見よ! 最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

 見る者すべてが聖なる力を感じる光り輝く至高の天使。これこそが特別に携帯を許されたニグンの奥の手。200年前に魔神すら滅ぼした最高位の天使の召喚である。

 

「こ、これが最高位の天使だと?」

 

 アインズの驚きの声にニグンは優越感を覚える。

 形勢逆転だ。

 

「そうだ! これこそが最高位の天使だ! 驚くのは無理もない。私ですら見たことはないのだからな」

 

 アインズは明らかに動揺しているようであった。人間の力を遥かに凌駕する天使を召喚されるとは夢にも思ってなかったのだろう。

 

「お前ほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を殺さねばならないのは残念だが、私に奥の手を切らせたことは誇り思うがいい。」

 

「下らん」

 

「・・・何?」

 

 あまりにも冷たい言葉に耳を疑う。

 

「こんな幼稚なお遊びに警戒していたとは・・・・。自分が恥ずかしくなってきた」

 

「いえ、アインズ様。未知の敵に警戒を払うのは当然の事です。このムシケラたちが弱すぎるせいであってアインズ様の行動に間違いはございません」

 

「・・・まあそれも一理あるか。それにしてもこの程度とはな」

 

 最高位天使の前だというのに、まるで緊張感のない話をする2人に向かってニグンは叫ぶ。

 

「まさかお前たちは最高位天使を超える存在であるというのか! ありえん! そんな人間は存在しない! はったりもいい加減にしろ!  <善なる極掌(ホーリー・スマイト)>を放て!」

 

 第七位階魔法である<善なる極掌(ホーリー・スマイト)>は人間には扱えない領域の魔法である。当然、人間が食らえばひとたまりもない。それでもアインズは悠然と待っている。

 

「早くうってこい。気が済むまで相手をしてやろう」

 

 すさまじい音とともに空から光の柱が降り注ぎ、アインズを飲み込む。すべての存在を消すかのような光の奔流を前にニグンは祈った。

 

――頼む、死んでくれ。これで終わってくれ。

 

 しかし、ニグンの祈りもむなしくアインズはそこに立っていた。

 

「今度はこちらの番だな。絶望を知れ。<暗黒孔(ブラックホール)>」

 

  威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の前に小さな黒い点が現れたかと思うと大きな穴に広がり、一瞬で全てを飲み込んでしまった。光り輝く天使は失せ、いつの間にか日が暮れた草原に夜の帳が落ちる。

 

 突然、空の一部が割れてヒビが走る。しかし一瞬で元に戻った。

 混乱するニグンにアインズが声をかける。

 

「どうやら誰かが情報系の魔法でお前の様子を窺おうとしたようだな。・・・まあ私の魔法壁が作動したおかげでたいしてのぞかれなかったが」

 

 その言葉にニグンはさらに混乱する。自分を監視するような者は本国しか思い浮かばない。神官長たちは自分を信頼して最高位天使のクリスタルを授けたはずなのに、なぜ監視されていたのか。もしやこのアインズの存在を感じとり、自分を捨て駒にして情報を集めようとしていたのだろうか。

 

「さて、遊びは終わりだな」

 

「ま、待て!ちょっと待って欲しい!アインズ・ウール・ゴウン殿…いや様!」

 

 アインズの言葉にニグンは恐怖し、慌てて静止する。本国の思惑はさておき、今は生き延びなければならない。

 

「私たち・・・いや、私だけでも命を助けていただければ望む物はなんでも差し上げましょう! 金でも!物でも! 私は本国では高い地位にいるため、私が申し上げれば国にもかなりの要求が可能です! 命ばかりはお助けください! 何でもしますから!」

 

 隊員たちから切り捨てられたことに恨みの声が上がるが無視してニグンは言い切った。なんとしても隊員たち()を切り捨て、自分()を生かさなければならない。

 

「駄目だ」

 

 必死のお願いも簡単に拒否される。

 アインズは仮面をとり、骨だけの素顔をあらわして言った。

 

「無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 それから先は地獄が待っていた。

 どこまで耐えられるか試すように魔法を撃ち込まれて倒れていく者。いともたやすく四肢を切り飛ばされる者。いつの間にか現れた異形の者に捕まり、悲鳴を上げながら体を食われる者。

 誰もがぎりぎり生きてはいるが死んだ方がましな目にあっていた。

 

 やがて遊ぶのに飽きたのか、全員の傷は治され、異形の者たちに連行されていった。体は拘束されていないが、自分の意志で動くことができない。異形の者たちはだれもが恐ろしい存在感を放っており、おもちゃを手に入れたかのように面白そうにこちらを眺めている。

 

 そうして辿り着いた先もまた、ニグンたちの度肝を抜いた。

 スレイン法国の神殿がガラクタに見えるほどの豪華絢爛な大墳墓。これが見学に来ているのであれば大いに沸き立ち、興味を惹かれただろう。しかし、先ほどのことを考えると気が重い。

 

 アインズは全ての情報吐かせろと異形の者たちに指示していた。よってすぐに殺されることはないだろう。だが、ニグンたち陽光聖典の隊員たちには「特定の状況下で質問に3回答えたら死ぬ」という魔法がかけられていて、情報の流出を防いでいる。そのため、質問に答えれば死ぬのだ。かといって答えなければ、こちらの命をなんとも思っていない化け物たちに想像を絶する苦痛を受けるだろう。法国による救出も、こんな化け物の巣窟では期待できそうにない。

 

 すなわち、ニグンにはもう死の運命から逃れることはできないのだ。

 

 隊員たちとは別にニグンだけは別の部屋に連れてこられた。そこにはタコのようなおぞましい化け物がいた。

 

「あら、いらっしゃいん」

 

 化け物は男とも女とも判断しがたい濁声で歓迎する。

 

「おねえさんはナザリック地下大墳墓特別情報収集官、ニューロニストよ。まあ拷問官とも呼ばれているわん」

 

 自分は拷問されるのか。異形の者がいう拷問が人間のそれより温いものとは思えない。

 震え上がるニグンにニューロニストは優しく声をかける。

 

「あらん。おねえさんに会えて嬉しくて震えているのねん? 可愛いわん」

 

 ニューロニストは嬉しそうに触手でニグンの胸をなでてくるが、心臓が抉られそうで生きた心地がしなかった。

 

「残念だけど本格的に話し合うのは明日からでね、今日はカルテの製作のための簡単な質問だけなのよねん」

 

 ニューロニストは残念そうに告げるが、ニグンは絶望した。助けを待つまでもなく、もう死んでしまうのか。

 

「じゃあまずお名前はなんていうかしらん」

 

「ニグン・グリッド・ルーイン」

 

 ニグンの意志に反して口から言葉が出てくる。どうやら精神支配の魔法を受けているようだ。

 

「うふふふ。ニグンちゃんね。じゃあお仕事はなにをしてるのん」

 

 どこで人生を間違えたのだろうか。

 

「陽光聖典の隊長をしています」

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)になって人類のために戦おうと決意したのが間違いだったのだろうか。

 

「おうちはどこなのん」

 

 生まれる国を間違えたのだろうか。

 

「スレイン法国の首都に住んでいます」

 

 答えた瞬間、心臓が張り裂けるような痛みを感じ、体が前に倒れていく。

 

 倒れるまでの刹那、今までの自分の人生を思い返す。

 順調な人生であった。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の才能に溢れ、若くして六色聖典の隊員に選ばれた。その後も順調に腕を上げ、陽光聖典の隊長になった。ときには失敗もあったが、順調に任務をこなしていた。そう、すべては順調であったのだ。カルネ村での戦いまでは。

 

 ニグンは死の直前、叶わぬ願いを想う。

 

 

 

 もう一度、あのときからやり直せれば。

 

 

 

 

 そのとき、ニグンの頭に無機質な声が響いた

 

 

―――まずは1回

 

 

 

 

 

 気が付くとニグンは草原に立っていた。

 

 目の前には一緒に捕まったはずの隊員たちが整列していた。

 

「これは・・・・いったい・・・・・・」

 

 困惑したニグンのもとに1人の隊員が近づき、言った。

 

「隊長。ガゼフ・ストロノーフはまだ村の中にいるようです」

 

 

 




ニグンさんは原作で一番不運だと思います。

ここでは幸運を掴むべく頑張ります。



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ニグンさんは現実を突きつけられるようです

死んだはずのニグンさん。しかし、彼は生きていた。

果たしてこの先生き残れるか。




「どうかしましたか、隊長」

 

 報告した隊員は不思議そうにニグンを見る。その様子を見てニグンは必死に考える。

 

 ここはカルネ村の外の草原だ。先程の報告は、村を包囲する前に偵察させた隊員から聞いた報告だったはず。

 

 目の前に整列する隊員たちを見ると、全員直立不動でニグンの命令を待っている。1人として様子のおかしい者はおらず、この状況をおかしいと思っているのはニグンだけのようであった。

 

 今までの地獄は追跡に疲れた自分が見た夢だったのか。

 

 ひとまず情報の収集が必要と考え、隊員たちに命ずる。

 

「各員2人1組となり村の周辺の偵察を行え。王国の別働隊がいる可能性がある。どんな些細なことでも、何かがいた痕跡が見つかれば報告せよ」

 

「「「はっ」」」

 

 ニグンの命令に隊員たちはすぐさま行動を開始する。

 

 この命令の目的はアインズの部下の化け物たちの存在を確認することである。

 

 アインズは村人を助けてやったと言っていた。あれほどの組織のトップが単身で村人を助けに来るとは思えない。部下たちが村を包囲し、兵士たちの実力を見極めてから、側近のアルベドを連れて介入したと考えるのが自然である。

 すなわち、村の周辺には既に化け物たちがいるか、もしくはいたはずである。多数の化け物がいたならば何かしらの痕跡が残っているはずだ。また、まだそこにいるのならば隊員たちを襲うことも考えられる。

 

 偵察の間ニグンは自分の体や装備の状態を確認する。体は健康そのものであり、痛みもない。使用したはずの 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が封じられたクリスタルも未使用のままであった。

 

 先程までのことが現実だとはとても考えられない。

 

(そうだ。夢に決まっている。あんな化け物いるわけがない)

 

 そもそも第7位階の魔法を受けても無事である化け物の存在など到底信じられない。かつて十三英雄と戦った魔神たちでさえ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)には敵わなかったのだ。それにあれほどに大量の化け物がいるならば、法国がすぐに気づくはずである。

 

 考えれば考えるほど夢だったとしか思えない。

 

 そんなニグンの考えを証明するように報告がくる。

 

「隊長。村周辺を徹底的に調べましたが、伏兵の存在も痕跡も確認できませんでした」

 

 ニグンは頷いて、命令を出す。

 

「では、包囲を開始しろ」

 

 村の包囲も何の問題もなく完了した。念のため何人かは周囲の警戒にあたらせたが、異常はない。

 

(やはり夢だったな)

 

 ようやくニグンは安心し、殲滅の手順を復習しながらガゼフの動きを待つ。やがて隊員から報告の声が上がる。

 

「ガゼフが西から出てきました!! 強引に包囲を突破するようです!!」

 

 悪夢と同じガゼフの動きに、一抹の不安を抱えて戦闘が始まる。

 

 

 

 

 

 戦闘は夢と同様に進んだ。ガゼフの部下は次々に倒れていき、ついにガゼフ1人になった。そのガゼフも天使の攻撃を受けてついに倒れる。

 あまりにも夢と同じ展開に不安が大きくなるが、必死に抑える。

 

 これは夢の通りではない。計画通りなのだ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、天使たちに命じる。

 

「天使たちよ、止めをさせ。」

 

 これで終わりだ。ガゼフは死に、任務は完了だ。

 

「なめるなああああああああッ!!」

 

 しかし、ガゼフは叫び、立ち上がる。

 天使たちの動きが止まる。

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! この国を汚す貴様らに負けるわけにいくかあああ!!」

 

 夢と()()()()変わらぬ主張に思わず声をあげる。

 

「黙れ! お前にもう打つ手はなく、村人とともにここで死ぬのだ!」

 

 笑うなよ。決して笑うんじゃないぞ。

 ここで笑わなければあくまで計画どおりの展開であり、問題ないのだから。

 

 しかし、ガゼフは笑う。

 

「な、な、なぜ笑っている! お前にはもう打つ手がないはずだ!」

 

 自然と声が震える。

 夢と同様にガゼフは答える。

 

「くくっ、俺を殺すのは容易だろう。しかし、あの村には・・・俺よりはるかに強い人がいるぞ。そんな人が守っている村人を殺すなどお前たちには不可能だ」

 

「嘘だ! 嘘だ! 嘘に決まっている!!」

 

 あんな化け物が現実にいるわけがない。

 

「そんなことはあるはずがない!! お前は嘘をついている!!」

 

 明らかに取り乱したニグンの様子に隊員たちから戸惑いの目が向けられる。

 ガゼフも不思議に思ったのかニグンに告げる。

 

「・・・なぜそんなに必死なのか知らないが、俺の言っていることに嘘はない」

 

「いいや、嘘だ! 誰もお前の助けに来ず! 私は生き残るのだ!」

 

 あれはただの悪夢だ。現実ではない。

 

「天使たちよ、ガゼフ・ストロノーフを殺せ!!」

 

 襲い掛かる天使たち。迎え撃とうとするガゼフ。

 ニグンは神に祈る。

 

 何も起こるな。あれは夢だったのだ。

 

 しかし、ニグンの祈りもむなしく、悪夢は現実となった。

 

 

 

 

 

 

 奇妙な仮面をした魔法詠唱者(マジック・キャスター)全身鎧(フルプレート)を着けた戦士がガゼフのいた場所に現れる。その存在に隊員たちは天使を下がらせ警戒する。

 やがて魔法詠唱者(マジック・キャスター)があいさつをする。

 

「はじめまして、スレイン法国のみなさん。私はアインズ・ウール・ゴウン。親しみをこめてアインズと―――」

 

「も、もうしわけありませんでした――――!!」

 

 突如としてニグンは両手を地面につけ、その場に平伏した。 

 

「「「え?」」」

 

「え?」

 

 予想外の行動に隊員たちからもアインズからも戸惑いの声が出る。

 

「偉大なるあなた様に大変失礼なことをしていたと痛感しました! ムシケラの分際で調子に乗ってしまい申し訳ありません! 」

 

 先程までの行動から一転して必死に謝罪をするニグン。

 あまりの態度の変化に驚いたのか、アインズは独り言をつぶやく。

 

「魔力探知を防ぐ指輪はしているし、転位魔法は第3位階にもあるからそこまで高度というわけでもない」

 

 他の隊員たちにとってもアインズは突然現れた警戒すべき相手ではあるが、自分たちとそこまで差があるとは考えていない。アインズの行動を振り返ってもここまで態度が変わる理由はなく、隊員たちもニグンの行動が理解できない。

 

「なぜ私の姿を見て、即座に平伏したのだ?」

 

 アインズの疑問に後ろにいるアルベドが答える。

 

「アインズ様の偉大なる御姿を前にすれば、当然の反応でございます。この世界の全ての存在はアインズ様に跪くべきなのですから。アインズ様の偉大さが分からぬムシケラの方がおかしいのです」

 

「そ、そうか・・・。この男にそれを見抜く力があるとは思えないが・・・」

 

 アルベドは当たり前のように考えているようだが、アインズは納得できないようである。

 

「おやめください、隊長!」「突然どうしたというのですか!」

 

 ようやく我に返った隊員たちはニグンを諌めるが、全て無視してニグンは必死に命乞いをする。

 

「どんなことでもします! この埋め合わせは必ず致します! ですからどうか命だけは」

 

「駄目よ」

 

 アルベドが冷たく告げる。

 

「お前は自分が何をしたか分かっていないようね。アインズ様の御計画を邪魔したのよ。どれほど謝罪しても許されることではないわ。最大の苦痛を受けて、己の愚かさに後悔しながら無残に―――」

 

 アルベドの主張をアインズが手をあげて静止する。

 

 もしや、見逃してくれるのではないか。

 

 ニグンの胸に希望がわいてくる。しかし――

 

「ま、まあ身の程を弁えていれば、いたずらに苦痛を与えずに死をくれてやるがな」

 

「ああ、さすがはアインズ様! こんなゴミにさえ御慈悲をお与えなさるとは。なんて器が広いのでしょう」

 

 この化け物たちは狂っている。死を与えることの何が慈悲だというのだろうか。

 ニグンは震え上がる。

 

 アインズたちの言い草に隊員たちが怒り出す。

 

「黙って聞いていれば調子に乗りやがって!」「お前たちは私たちに勝てると思っているのか」「ストロノーフより先にお前たちを殺してやる!」

 

 彼らは全員、第3位階の魔法を使いこなす一流の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。その上常日頃から厳しい訓練を積んでおり、その実力に自信を持っている。たかが2人に負けるわけがないと判断するのも当然である。ニグンもそう判断しただろう。―――あの悪夢をみるまでは。

 

「お、お前たちやめるのだ! 相手を怒らせるな!」

 

 この2人の実力を知っているニグンは必死にとめる。隊員たちがどれだけ無残に殺されようと構わないが、下手に刺激すれば自分も巻き添えに死んでしまう。

 しかし、あの悪夢をみていない隊員たちは聞く耳をもたない。

 

「全天使で攻撃するぞ」「俺たちの力をみせてやれ!」

 

 次々にアインズたちに向かっていく天使たち。

 いまだニグンの行動の理由を考えていたアインズがこちらを向いて言った。

 

「ひとまず周りを黙らせるか」

 

 

 

 

 

 

 夢の通りアインズの実力は圧倒的であった。

 襲い掛かる40以上の天使を一撃で粉砕し、雨のように降りそそぐ魔法の1つもアインズには届かない。ようやく実力差を理解した隊員たちの命乞いも、うるさいとばかりに全員を一撃で倒す。蹂躙するその姿はまさに魔王。人を遥かに凌駕した化け物である。

 まだ全員が一応生きていることを確認すると、アインズは戦闘に参加せずに平伏していたニグンの前に立つ。

 

「馬鹿な部下たちはどのようにあつかっても結構です。 ですが私の命は見逃してください! 命さえ助けて頂ければ必ずお役に立ってみせます! 」

 

 最後のチャンスとばかりにニグンは必死で願う。

 アインズは黙って聞いていたが、処遇を決めたのかニグンに言った。

 

「では役に立ってもらうか。<支配(ドミネート)>」

 

 アインズの指からニグンに魔法が放たれる。体の自由がきかなくなり、その場で立ち上がる。いやな予想が頭に浮かぶ。

 アインズが問いかける。

 

「名はなんという」

 

「ニグン・グリッド・ルーイン」

 

 やはり意志に反して言葉が出てくる。

 

 まずい。このままではあの悪夢の再現だ。

 

「ではニグンよ、ここには何をしに来た」

 

「ガゼフ・ストロノーフを殺しにきました」

 

 やめてくれ。質問はここまでにしてくれ。こんなことをしなくても自分からいくらでも話すから。

 

 そんなニグンの心の中を知る由もなく、アインズは問う。

 

「ではなぜ私がお前たちよりはるかに格上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと分かったのだ」

 

 そんなこと決まっている。

 

「夢でみたからです」

 

 胸に痛みが走り、ニグンは倒れこむ。

 驚くアインズをよそに、目を閉じながらニグンは後悔する。

 

 

 せっかく夢で警告されたというのに、自分は死んでしまうのか。

 なぜ、夢を信じなかったのか。

 

 

 

 暗転する世界の中で無機質な声が聞こえる

 

 

―――これで2回

 

 

 

 

 

 

 ニグンはまたしても草原に立っていた。

 

 悪夢で見たときと、悪夢から覚めたときと同様に。

 

 そうしてニグンは3度目の報告を告げられる。

 

「隊長。ガゼフ・ストロノーフはまだ村の中にいるようです」

 

 

 




1回で学習するニグンさんなんてニグンさんじゃないと思います。



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ニグンさんは現実を受け入れるようです

ニグンさん「あんな化け物、いるわけない」

アインズ「やあ」

ニグンさん「」ドゲザー




「またか・・・・。」

 

 ニグンは周囲を見渡しながら呟いた。

 この現象は先程体験したものだ。予知夢かと思ったが、予知夢の中でまた予知夢をみるとは思えない。

 

「時が戻っている・・・?」

 

 突拍子もない考えだが、この状況を一番的確に表しているように思える。

 

 2回の死の経緯を思い返す。

 最高位天使の攻撃すら通じない骸骨のアンデッド。ニグンの常識を遥かに越え、現実だとは受け入れたくない存在である。

 

 しかし、一度は悪夢と切り捨て信じなかったが、二度目となるとさすがに信じざるを得ない。

 現実を受け入れたニグンの決断は早かった。

 

(逃げるか)

 

 あんな化け物と戦っても勝てるわけがない。話もまるで通じないし、相手にしないのが一番だ。アインズは村人を殺すことに怒っていた。この村に危害を加えなければ、襲われることはないだろう。

 

 そう判断し、隊員たちに宣言する。

 

「この村での任務達成は困難とみなし、討ち取られた兵士に変わって村の破壊工作に移る」

 

 隊員たちにざわめきが起きる。何人かの隊員たちは明らかに納得できないようでニグンに尋ねる。

 

「な、何故でしょうか。ようやく包囲に成功したというのに、諦める理由が分かりません」

 

「そうですよ隊長!今こそ奴を殺す最大のチャンスです」

 

 口々に反対の声をあげる隊員たち。ニグンはその様子に冷ややかな視線を送り、全員に呼びかける。

 

「理由が分からない者は手を挙げよ」

 

 半数ほどが手を挙げる。

 それを見て高圧的に言い放つ。

 

「・・・・こんなにいるのか。フン、呆れたものだな」

 

 その態度に手を挙げた隊員たちは居心地悪そうに眼をそらす。ニグンは手をおろさせ、偵察をしてきた隊員の方を向いて話しかける。

 

「では、お前に聞こう」

 

「はっ」

 

 この隊員は手を挙げなかった。

 

「村の建物はどの程度残存していた?」

 

「壊れた家が数軒ありましたが、ほぼ無事でした」

 

 整列した隊員たちの方を向きながら、ニグンは当然のように言った。

 

「・・・さすがにこれで分からない愚か者はいないと思うが、復習も兼ねて聞こうか。おい、帝国の騎士に扮した兵士たちへの命令はなんだ?」

 

 指を指された隊員が答える。

 

「王国の辺境の村々を襲い、数人を残して皆殺しにして村の建物を焼きはらえ、というものです」

 

「数人残すのはなぜだ?」

 

「生き残りをエ・ランテルへ送らせることで人数を減らすためです」

 

「建物を焼き払うのはなぜだ?」

 

「籠城されることを防ぐためです」

 

「その通り」

 

 よどみない返答にニグンは頷き、説明する。

 

「建物が無事ならば籠城される恐れがある。焼き払うには近づかなければならず、接近戦に持ち込まれやすい。もちろん、村に立て籠もられても暗殺成功の確率の方が高い。しかし、万が一ここで取り逃がしたら、ストロノーフが五宝物を身に着けずにこんなところに来ることはもうないだろう。いくら貴族派閥が妨害しようと王派閥、何より国王ランポッサⅢ世が許さない」

 

 命を狙われているガゼフを無防備に出動させるほど、王は無能ではない。逃げられたら暗殺の難易度が上がるのは間違いない。

 ニグンは力強く断言する。

 

「ゆえに、確実に成功させねばならない。少しの不安要素でも排除する必要がある」

 

 その様子に隊員たちは納得したように頷いた。

 

「気づかれぬ内にここから離れ、野営の準備と次に襲う村の選定を行う。夜明けとともに襲撃を行うことを目標とする」

 

 反対する者はいない。

 

「では行動を開始する。ひとまず南の森を目指すぞ」

 

 あの化け物たちの本拠地はここから北にあった。移動するならば南が一番安全だろう。

 

 そう判断し、ニグンは先頭にたって歩き始める。

 数人の隊員が左右に散開し、周囲の警戒を行う。残りの隊員はニグンに続く。その動きに一切の無駄はなく、集団というよりは1つの生命体のようである。

 

 

 

 

 

 歩きながらニグンは考える。

 

(本当に呆れたものだ。こんな口車に乗せられるとは)

 

 2回の死の経験からではなく、事前の調査で分かっていることがある。

 

 ガゼフは民を犠牲にするようなことは絶対にしない。

 平民出身で苦労した経験があり、民を助けるために戦士となった。だから奴は見捨てられない。明らかな罠だと分かっていても、誘き寄せられている。

 村を包囲して、村ごと殲滅する素振りをみせれば必ず村から出てくる。ガゼフ・ストロノーフはそういう男なのだ。

 

 この作戦の立てられた経緯を理解していれば、ここは断固として反対しなければならないのだ。

 

 後ろに続く隊員たちを見ると、不満を抱いているような者はなく、全員命令通り従順に動いている。

 その様子にニグンは嘆く。

 

(今回は無能さに助けられたが、こんな有様では私が指揮できない状況になったら使い物にならんな)

 

 ニグンは気づいていないが、これには仕方ない面もある。

 陽光聖典の訓練は、ニグンの命令通りに統率のとれた動きで殲滅をするという点を重視している。それは個人の思考を奪い、戦略や戦術はニグン1人に頼り切りになっていた。

 

 

 やがて隊は村から離れた森にたどり着いた。

 周りに生物の気配はなく、静まり返っている。

 

 そろそろ隊を止めるべきかとニグンが考え始めたところ、カサリと、小さな音がすぐ前から聞こえた。

 アインズの手下かと思い、慌てて目を向けると、2人の子供が立っていた。

 

 その姿を見てニグンは呟く。

 

闇妖精(ダークエルフ)か・・・」

 

 アインズの部下にいた記憶はない。ならばこのあたりにただ住んでいるだけなのだろうか。

 

「どうしますか、隊長。殲滅しますか」

 

 後ろにいた隊員がささやいた。

 

 今の任務はガゼフの暗殺であるが、陽光聖典の主な任務は亜人の殲滅である。いかに表面上は人類に友好的であろうと、彼らは潜在的に人類の敵である。そうした不安要素を消すために陽光聖典は存在する。殲滅しようという隊員の考えはもっともである。

 

 ニグンは考える。

 

 闇妖精(ダークエルフ)森妖精(エルフ)と違い、はるか南方の地で人と関わらずに生きている。人の目の前に現れることはまずない。それどころかこんなところに生息しているとは聞いたことがない。

 アインズの手の者である可能性は十分にある。

 

 だが、こちらから手を出さなければ大丈夫なはずだ。

 

「本来なら殲滅するところだが、今は目立つ行動は避けるべきだ。襲ってこない限り無視するぞ」

 

 隊員たちは残念そうに従い、避けるように進路を変える。

 通り過ぎようとすると、闇妖精(ダークエルフ)たちの話し声が聞こえた。

 

「お、お姉ちゃん・・・。あ、怪しい集団って、この人たちでいいのかなあ・・・」

 

「うん。マーレ、やっちゃって」

 

 その言葉に応えてマーレと呼ばれた闇妖精(ダークエルフ)が持っていたスタッフを振るう。

 すると、地面から大量の植物が生えてきてニグンたちを拘束する。そのスピードは並ではなく、抵抗する暇もなく全員が捕まった。

 

「な、何が起こった!?」「植物がひとりでに?!」

 

 うろたえる隊員たちをニグンは叱責する。

 

「落ち着け、こんなものすぐに脱出できる!」

 

 しかし、植物たちは異常な強度を誇り、ニグンがどれほど力をこめようと魔法を使おうとビクともしない。隊員たちも同じようで、誰1人脱出できない。隊員たちは精一杯の虚勢で吼える。

 

「亜人ごときが何をする!」「殺されたいのか!」

 

 そんな様子も意にも介さず、姉の方がマーレに言った。

 

「よーし。あとはモモンガ様が到着するまで待つよ」

 

 その言葉にニグンは希望を抱く。

 

「モ、モモンガ様だと・・・?」

 

 聞いたことがない名前だが、アインズではない。ならば助かるのではないか。

 闇妖精(ダークエルフ)たちに問いかける。

 

「その・・・、モモンガ・・・様、というのはお前たちの主人なのか?」

 

「そう、偉大なる至高の御方々のまとめ役にして絶対の支配者。それがモモンガ様」

 

 姉の方が自慢げに答える。その様子にニグンは少し安堵した。

 少なくともアインズの手下の化け物たちよりは話が通じそうだ。ここは慎重に情報を集めるべきだろう。

 

 ニグンは言葉を選びながら質問を続ける。

 

「あなたたちを従えるほどの偉大なモモンガ様が、私たち――いや、私たちごときにいったい何の用だというのですか?」

 

「さあ?モモンガ様の深遠なお考えはあたしには分からないからねー。情報収集とかじゃない?」

 

 そのあっけらかんとした態度にニグンは口に出かかった言葉を飲み込む。

 

(情報収集のためにこんな手荒なことをする奴がいてたまるか)

 

 どうやらこの闇妖精(ダークエルフ)もモモンガという者もまともな感性を持っていないようだ。

 人間の感性を持ち合わせていないという点でニグンに疑念が湧く。

 

 やはりこいつらはアインズの関係者なのではないのか。

 

「そのお方は・・・、モモンガ様は・・・森妖精(エルフ)なのか・・・?」

 

  森妖精(エルフ)ならまだなんとかなる。法国では奴隷として迫害されているが、森妖精(エルフ)の中には集落を作って人間と取引を行う者もいる。ニグンたちは身元を示す物を一切持っていない。法国の者ではないと信じ込ませれば、取引次第で解放してくれる可能性は十分にある。

 

「ちがうよ」

 

 しかし、あっさり否定される。

 最悪の事態を想定して、ニグンはおそるおそる問いかける。

 

「で、では何者だ? ま、まさかアンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではないよな?」

 

 アウラは不思議そうな顔でこちらを見ながら言った。

 

「確かにモモンガ様はアンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)だけど。なんでお前が知ってるの?」

 

 その言葉にニグンはうなだれる。

 

 あいつだ。アインズと名乗っていたあの化け物だ。

 

 考えてみればわざわざ敵に本名を名乗る意味などないだろう。本名はモモンガというようだ。

 希望を打ち砕かれたニグンは思わず悪態をつく。

 

「あの糞骸骨め、紛らわしいことしやがって」

 

 

 

――その瞬間、いままでのんきだった闇妖精(ダークエルフ)たちの雰囲気が変わった。

 

 

「お前今なんていった」

 

 その言葉には明確な怒りが込められていた。

 

「モモンガ様を罵ったな? 人間ごときが至高の御方を侮辱するだと? 許せない!!」

 

 姉の闇妖精(ダークエルフ)が拘束されたニグンに無造作に近づき、そのままニグンの右の親指をむしる。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

 あまりの痛みに悲鳴がでる。

 そのまま2本、3本とむしられてゆく。

 

「や、や、やめてくれええええええ!!」

 

 悶絶するニグンの姿に隊員たちは震え上がり、罵声が止まる。

 

 右手の指をすべてむしったところで手が止まった。

 

「生け捕りにしろってご命令だから殺すわけにはいかないし。人間って腕ぐらいなくても大丈夫だったけ? 」

 

 思案して、今度は左の指をむしろうとするとする。

 

「お、お姉ちゃん・・・」

 

 今まで後ろでなにかしていたマーレが声をかけた。

 

「何さマーレ。あんたまさか止めるつもり?」

 

 姉は苛立った様子でマーレをにらむ。

 その様子を見てニグンは考える。

 

 マーレはずっとおどおどしていて、暴力が苦手のように見える。きっと姉を止めてくれるに違いない。

 

「モ、モモンガ様に、伝言(メッセージ)でお願いしたら・・・み、見せしめに1人ぐらいなら、殺してもいいって・・・。し、死んでも、アンデッド化の実験に使うって」

 

「よくやった、マーレ! これで死ぬ心配なく痛めつけれるよ」

 

 だめだ。こいつも狂っている。

 

 

 そこから先は以前みた地獄と同じであった。

 ニグンの体は末端から次々にちぎられていく。

 

 もはや痛みでまともに思考することもできない。

 ついに出血で意識が遠くなり、死が感じられ、ニグンは神に祈った。

 

(神よ。2度の救いがあなたの御力ならば、どうか再び私をお救いください)

 

 

 

 またしても声が聞こえた。

 

 

―――3回目

 

 

 

 

 

 

 ニグンはあの草原に戻っていた。

 先程までの体の痛みはなくっており、記憶通りに隊員たちは整列している。そして記憶通りに隊員が報告する。

 

「隊長。ガゼフ・ストロノーフはまだ――」

 

「フフフフフ」

 

 報告の途中でニグンは笑いだす。

 

「隊長?」

 

 不審に思った隊員が問いかけた。

 

「フフフハハハハ、フハハハハハハハハハハハハ―――ッ!!」

 

 驚く隊員たちを無視してニグンは歓喜の声をあげる。

 

「私は生きているぞ! あんな化け物たちでも私を殺すことは出来ていない!」

 

 あの化け物たちが殺そうとしたにも関わらず、こうして無事である。それどころか、取り逃がしたことにすら気づいていない。

 

 常識を遥かに超えた力がはたらいていることは明らかであった。あの化け物たち以上の力を持った存在などニグンには1つしか思いつかない。

 

 神だ。

 

 これは神が救いの手をのばしてくれているに違いない。

 私が信仰する生の神が化け物に殺される私を憐み、救おうとしてくださるのだ。

 他の誰でもなく、この私を選んでくれたのだ。

 私は神に認められたのだ。

 

(神よ、ご加護に感謝します)

 

 生き残ってみせる。例えどんな手を使おうとも。

 

 

 




ニグンさんは前向きです。



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ニグンさんは生き残る方法を考えるようです

ようやく事態を理解したニグンさん。
いよいよ本格的に動き出します。

前回のあらすじ:
アインズ「捕まえたはいいが大人しくしない? 下っ端1人ぐらいなら見せしめにしてもいいぞ」

ニグンさん(生首)「私が隊長です」

アインズ「えーー」


 ニグンは草原に1人で座り、思案に暮れていた。考えている内容はもちろん、いかにしてこの場から脱出するかである。

 

 隊員たちには夜になれば闇視(ダーク・ヴィジョン)を使える自分たちの優位性が高まると説き伏せた。現在は村の監視と周囲の警戒をし、交代で休むよう命令している。突然笑いだしたニグンの事を不審に思っているようだが、隊員たちは素直に従った。

 

 こうして考える時間を確保したニグンは隊員たちから離れて、自分の死を振り返る。

 

 3回の死によってニグンが分かったことは主に4つである。

 

1.村を襲った兵士はアインズと名乗る魔法詠唱者(マジック・キャスター)に返り討ちにあった。

2.アインズは最高位天使を遥かに超える力を持つ。

3.村やガゼフを襲うとアインズの怒りをかう。

4.アインズの手下に既に包囲されており、逃げ出すことは出来ない。

 

 これらの情報から生き残る方法をニグンは考えている。

 

 

 突然現れて、人間の限界を遥かに越えた力を持っている存在。それは法国が信仰する六大神や、かつて世界を征服した八欲王を思わせた。アインズの実力を身に染みて感じたニグンにとっては、アインズが同様に神話の世界からこの世界にやってきたとしても納得がいく。

 

 戦ってもニグンたちでは絶対に勝てない。あの化け物たちに匹敵する存在となるとニグンには2つしか思いつかない。六大神の血を覚醒させた神人とアーグランド評議国などにいる竜王(ドラゴンロード)である。

 

 しかし彼らがアインズたちに勝てるかというと疑問である。

 

 神人は人間の血が交じっているため、六大神と同様の力を持っているとは思えない。竜王(ドラゴンロード)たちは八欲王との戦いに敗れて数を減らしている。つまり、ニグンの知る限りアインズたちに勝てる存在はいないということである。

 

 実際はスレイン法国には神人の中でも異例の存在である番外席次や、六大神が残した傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)などの秘宝があるため、まったく勝ち目がない訳ではない。とはいえニグンはそれらの存在を知らないが。

 

 戦ってもダメ、逃げてもダメ。ならば投降するしかないだろう。

 だが、隊員たちは説得できないだろう。いくら簡単に口車に乗るといっても、任務を放棄するとは思えない。

 それに、仮にアインズに投降しても、情報収集を目的にしているならば魔法で精神操作される可能性が高い。

 

 ならば―――

 

「隊長。もう十分日は暮れたように思いますが、いかがでしょうか」

 

 ニグンが顔を上げると、10人ほどの隊員が立っていた。

 辺りを見回すと、いつの間にか太陽は沈み、暗くなっていた。

 

「・・・そうだな。これだけ暗ければ、我々の優位性はかなり大きい」

 

「では隊長。そろそろガゼフ・ストロノーフの殺害に移りますか」

 

 このまま村を襲うわけにはいかない。しかし、アインズたちが既に立ち去った可能性も一応ある。分の悪い賭けではあるが、試してみてもいいかもしれない。

 

「総員に伝達せよ。各員闇視(ダーク・ヴィジョン)を使用し、村を包囲しろ。行動開始だ」

 

「そんなことをさせる訳にはいかないな」

 

 背後から声がする。

 振り返ると、魔法詠唱者(マジック・キャスター)と戦士がいた。アインズとアルベドだ。

 

「はじめまして、みなさん。私はアインズ・ウール・ゴウン。親しみをこめてアインズと呼んで頂ければ幸いです」

 

 隊員たちが突然の出現に驚いて浮足立つが、ニグンは冷静だった。

 

(なるほど。自分がいる村の周辺に、正体不明の集団がいれば探ってみようと考えるのも当然か)

 

 アインズにここに来た目的が知られた以上、生還はもう不可能だろう。しかし、ニグンは大して落ち込まなかった。むしろ、自分の仮説の正しさを確かめるいい機会だとすら考えていた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンとは聞かぬ名だな。このあたりに来たのは最近か」

 

「ええ。ですから情報収集に努めいているのですが―――」

 

 予想通りの答えにニグンはほくそ笑む。やはり、アインズたちはつい最近ここに来たばかりのようだ。今まで存在が知られていなかったのも納得だ。

 アインズは怒気をはらんだ声で言葉を続ける。

 

「お前たちはこの私がわざわざ救ってやった村人を殺すといったな。これほど不快なことはない」

 

(そういう貴様は、神がわざわざ救ってくださった私を殺そうとしているではないか)

 

 ニグンは心の中で悪態をついた。

 

「死よりも恐ろしい苦痛を味わい、知っていることを全て吐いてもらうぞ」

 

 アインズが一歩だけ足を進めた。たったそれだけで、隊員たちは死の恐怖を感じて後ずさりをした。

 だが、ニグンはもう恐怖を感じなかった。なぜなら自分には神がついているのだから。目の前の死の王よりも遥かに偉大な神が。

 

「ふん。お前如きでは、私に何もできん」

 

 決して虚勢ではない。ニグンの心には確信があった。

 

「神の御業の前に、己の無力さを知るがいい」

 

 ニグンは後ろで組んでいた手をほどき、ゆっくりとアインズの方に手を向ける。アインズが少し警戒するようなそぶりを見せる。

 しかし、ニグンはアインズには魔法をうたず、掌を自分の頭に向けて唱えた。

 

「<衝撃波(ショック・ウェーブ)>」

 

 ニグンの頭に衝撃が走り、脳が掻き混ぜられる感触がした。

 驚くアインズを尻目に倒れていくニグン。

 

 視界が暗転していき、意識が遠くなる。

 

 そうして、声が聞こえた。

 

 

 

―――4回目

 

 

 

 

 

 ニグンはもはや見慣れた草原に戻っていた。

 今までの場合と同様に復活できたことを確認し、安堵した。

 

(・・・・よし、無事に死ねたな)

 

 神の力で復活することを信じているニグンだが、恐れていることが1つあった。

 

 それは、アインズに捕えられて、死ぬことができなくなることである。

 

 精神操作の魔法を受けても、3度の質問に答えれば、ニグンたちは法国の魔法により死ぬことができる。しかし、アインズが先に他の者に質問してこのことが知れば、死なないように何か対策するだろう。そうして生かされ続け、時を戻れなくなることが唯一の不安要素だった。

 そのため、ニグンは自殺したのだ。

 

 アインズとの会話から、ニグンの考えは裏付けられた。

 やはり、目的が知られると敵対は不可避のようだ。また、アインズたちはこのあたりに来たばかりで、情報収集のために村を救ったようだ。

 

 日没までに何か行動を起こさないといけない。

 ニグンができる行動は2種類ある。自ら動くことと隊員たちを動かすことである。

 

 ニグンとしては生き残るためには何でもする覚悟はできている。自分のプライドよりも神の期待に応えるほうが重要だと考えているからだ。

 任務を逸脱するようなことでなければ、隊員たちを言いくるめることは簡単である。極秘にこんな任務もあったと伝えれば、大抵のことは信じるだろう。普段からニグンにのみ伝えられている情報は多く、任務終了後に隠された目的を明らかにしたこともある。

 

 アインズは情報を求めている。

 ニグンは精神操作魔法を受けてはいけない。

 アインズは村人とガゼフたちに友好的である。

 隊員たちは割と自由に動かせる。

 

 これらの情報からニグンがこの場から生き延びるためには―――

 

(ひとまずこの方法でいくか)

 

 ニグンは考えをまとめ、隊員たちの方を向き、命令を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフは村長の家を借りて、村を救ったアインズと話をしていた。

 

 他の村と同じように、この村でも無抵抗の村人を殺戮していたところにアインズがたまたま遭遇し、交戦したということだ。村を襲った兵士の装備から、下手人は帝国の手の者だと考えられた。平民出身のガゼフとしては、残忍な帝国の兵士たちへの怒りが湧き、それ以上に村人を救ってくれたアインズに感謝の念を抱いた。

 

 アインズの召喚した死の騎士(デス・ナイト)はかなりの力を感じた。現在の自分の装備では勝てないかもしれないと感じられるほどに。魔法に詳しくないガゼフからみてもアインズの装備も見事なもので、本人の実力も相当なものだと思えた。それにも拘わらず、アインズは謙虚で驕っている様子はない。

 そんなアインズの姿勢にガゼフは好感をもった。

 

 話も一段落つき、そろそろ外に戻って復興の手伝いでもしようかと考えていると、1人の部下がやってきた。

 

「戦士長! スレイン法国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だという者がやってきましたが、どうしましょうか」

 

「スレイン法国の者だと? 1人でか?」

 

 ガゼフは驚いた。法国は王国と敵対しているわけではないが、友好的でもなく、交流の薄い国だ。ガゼフも法国に特に知り合いはいない。こんな辺境の村まで1人で自分を探しに来る者に心当たりがない。

 

「ええ。なんでも戦士長に話したいことがあるとか。マジックアイテムを多数装備していましたが、戦闘の意志はないようでいくつかこちらに渡してきたほどです。現在は村のはずれで待機させています」

 

「分かった。すぐそちらに行こう」

 

 マジックアイテムを複数所有しているということは、アインズと同じくかなりの腕前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)で間違いないだろう。こちらに預けるということは村の襲撃の関係者ではなさそうだ。だがやはり、怪しいことは否定できない。

 ガゼフは立ち上がって扉の前まで行った所で、思い直してアインズの方を振り返った。

 

「ゴウン殿。よろしければ一緒に来て頂けないか。交戦の可能性は低そうだが、もしかしたらよからぬことを企むものかもしれない。私は魔法は詳しくないので、そういった兆候に気づいたら教えてはくれないか」

 

 アインズは少し黙ってから答えた。

 

「・・・戦闘になった時に加勢の約束はできません。怪しい動きを伝えるだけというならば構いませんが」

 

「かたじけない。それだけでも大変助かる」

 

 ガゼフはアインズに頭を下げて感謝した。

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)がこちらにもいるというだけで、相手への牽制になるだろう。

 

 何も起こらないことを願いながらガゼフはアインズとともに家をでた。

 

 

 

 

 

 

 ガゼフが村のはずれに行くとガゼフの部下に囲まれた1人の男がいた。立ち姿から相当の訓練を受けているように思えた。

 

「あなたが王国戦士長ガゼフ・ストロノーフか」

 

 男はガゼフの事に気づき声をかけてきた。

 

「そうだ。こんなところまで来るあなたは何者だ? 私の記憶の限り、これが初対面だと思うが」

 

「私はスレイン法国の陽光聖典の隊長を務めているニグンという者だ」

 

 陽光聖典。

 その言葉はガゼフにも聞き覚えがあった。スレイン法国に存在するといわれる特殊工作部隊群”六色聖典”の1つのはずだ。だが、それ以上の情報はガゼフも知らないし、そんな者がここまでくる理由も分からない。

 

 警戒するガゼフの前でニグンは頭を下げて謝罪した。

 

「誠に申し訳ない。この近辺の村々を襲撃していたのは全て我々法国によるものだ」

 

「・・・? どういうことだ?」

 

 不思議に思うガゼフに対し、ニグンが説明する。

 

 

 王国の権力闘争を止めるためにガゼフの暗殺が法国で決まったこと。

 辺境の村を襲ってガゼフを誘き寄せる手はずになったこと。

 貴族派閥に工作することで五宝物を装備させないようにしたこと。

 誘き寄せられたガゼフを殺すように命じられたこと。

 

 

「つまり帝国の手の者と見せかけて、私を誘き寄せるためだったわけか」

 

 帝国にはフールーダを筆頭として、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が多数所属している。しかし、戦争にはあまり出てこず、もっぱら研究と後方支援に勤しんでいると聞く。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいないならば、五宝物を装備しなくてもよいのではと貴族派閥に圧力をかけられて、ガゼフは貧相な装備でここに来た。

 

 腹立たしいことに全ては法国の手の上で踊らされていたわけだ。

 

「その通りだ。人類のために必要な犠牲だと自分に言い聞かせていた。今まではモンスターや亜人が相手だっため納得できた。しかし、返り討ちにあって帰還した兵士を見て我慢できなくなった」

 

 ニグンは頭を振り、辛そうに言った。

 

「兵士たちは死に怯えていて見るに堪えない有様だった。今から自分も人間に同じことをするのか? 私は人類のために罪のない人を殺したと神に胸を張っていえるか? ・・・・そう考えるととてもじゃないが実行できなかった。だが、部下たちは納得してくれなかった」

 

「ということは再び村が襲われる可能性があると?」

 

 一気にガゼフの気が引き締まる。法国を誤魔化して見逃すことにしたのではと考えていたが、事態はまだ続いているようだ。

 

「ああ。私の裏切りによって任務を諦めて国に帰ってくれればよいが、いまだここを狙っている可能性は十分にある。私の部下は総勢44人で、全員が第三位階までの魔法が使用できる魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ」

 

「第三位階を使える者が44人だと?」

 

 ガゼフは驚愕した。第三位階とは魔法詠唱者(マジック・キャスター)として大成した証である。それ以上の位階は天賦の才がある者しか到達できず、一般の魔法詠唱者(マジック・キャスター)では第三位階に到達することを目標としている。

 そんな領域に達する者が44人もいるのでは、とても現在の装備では太刀打ちできない。

 

「当然、私は彼らの戦い方をよく知っている。ストロノーフ殿と協力して戦えば、打ち破ることは出来なくとも包囲の突破ぐらいできる可能性は十分ある。とはいえすぐにここから脱出することを勧める」

 

「しかし、それでは村人を見捨てることにならないか。私を逃した腹いせと再び誘き寄せるために、ここを襲撃する恐れはないだろうか」

 

 それこそがガゼフが最も恐れる事態である。自分のせいで村人に犠牲が出ることは絶対に避けたい。

 ガゼフの問いにニグンは歯切れが悪そうに答える。

 

「それは・・・そうだが」

 

「ならば私が囮になり、部下たちに村人をエ・ランテルまで送らせるべきだ」

 

「戦士長、それは危険すぎます! そもそもこの者の発言が真実であるとは限りません。」

 

 ガゼフのあまりに自分を顧みない提案に、部下が反対の声をあげる。

 

「まずはエ・ランテルに帰還し、兵を連れてくるべきです。村人が心配だというならば我々が残ります」

 

 村には馬はいない。そのため村人を連れて移動すると速度は落ち、格好の的になるだろう。そのため、村人は連れて行くわけにはいかない。エ・ランテルから増援を呼ばなければ移動させられない。

 

「だが、その場合でも村が襲われた時に、一番生存率が高くなるのは私がいる場合だ。そもそも私が誘き寄せられていれば村人は狙われないだろう」

 

 一番多数の命が助かる選択はガゼフを囮にすることである。そうすれば他の者は安全に帰還できる。それは部下たちも分かっていた。だが彼らは納得できない。

 

「・・・しかし」

 

「私が囮になるべきだ」

 

 ガゼフはきっぱりと断言する。部下たちは必死に何か言おうとするが、言葉が出てこない。

 その時後ろから力強い声が聞こえた。

 

「その必要はありません」

 

 振り返るとアインズが立っていた。手から魔法を使用したであろう光が発せられていた。

 

「魔法で探ってみたところ、40人程の集団がこの村から離れて南に向かっています。戦士長殿を殺すのは諦めて、国に帰るようですね」

 

「・・・・あなたは? ストロノーフ殿の部下に魔法詠唱者(マジック・キャスター)はいなかったはずだが」

 

 ニグンの問いにアインズが答える。

 

「申し遅れました。わたしはアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われていたところを通りかかったので、助けた者です」

 

「ならば兵士たちが言っていた化け物というのはあなたのことか?」

 

「・・・いえ、それはおそらく私が召喚したシモベのことでしょう」

 

 アインズは後ろに控えていた死の騎士(デス・ナイト)を指さす。それをみたニグンは納得したように頷いた。

 

「法国の暴走を止めて頂き感謝する。それで南に向かったということに間違いはないか?」

 

「ええ。かなり離れているので、もう戻ってこないでしょう」

 

 その言葉にニグンは安心したようだった。

 

「それは良かった。今回の顛末を報告して、五宝物を常に所持する許可を取れば、もうここも襲われる心配はないだろう。また命が狙われるかもしれないが、それは今回とは異なる方法のはずだ」

 

 しかし、ガゼフの部下はまだ不安なようである。

 

「戦士長。いまだここは危険です。夜道になってしまうでしょうが早急にエ・ランテルに帰還すべきかと」

 

 ガゼフはしばらく考え、決断した。

 

「・・・そうだな。今のうちに帰還するとしよう。エ・ランテルに着いたらここを含めた辺境の村に、しばらく兵が常駐するように手配しよう。さすがに今回のことを報告すれば、貴族たちも邪魔できないだろう」

 

 戦争中の帝国ならばともかく、法国がこのような手段をとるとは誰も考えていなかっただろう。すぐに王国の警備全体を見直す必要がある。

 ガゼフは総員に帰還の準備をするよう命じ、ニグンに向かって言った。

 

「法国の決定で起きた今回の事件の罪を、命令を受けた君1人に負わせるのは間違っていると私は考える。直接危害を加えたわけではないし、直前に思い直してくれたのだからなおさらだ」

 

 ガゼフの言葉に嘘はない。自分も王の命令ならば、非情な作戦を行わなければならない可能性もある。だからといって、命令に背けば裏切り者の烙印が押されるだろう。そんな状況になったときに自分の考えを貫けるだろうか。ガゼフには断言できなかった。

 自分の思いに従ったニグンの行動は称賛されるべきであり、非難する気にはならない。

 

「だが、だからといってここで解放するわけにはいかない。証言をしてもらわなければならないし、王国の法に基づいて罰を受けてもらうかもしれない」

 

「構わんよ。全て覚悟の上だ。村人の虐殺の片棒を担いだのだから、殺されても文句はない」

 

 その堂々たる返事に、ガゼフはできるだけ軽い罪になるよう便宜を図ろうと決心した。

 

 ガゼフはニグンの装備していたマジックアイテムを全て没収し、身柄を拘束した。アインズたちはもう村を離れるようであったので、感謝の意と王都に来た際には必ず礼をすると伝えた。村人には必ず増援を送ることを約束した。本当は復興の手伝いをしたいところだが、法国の危険性をいち早く伝えなければならない。

 

 やがて準備を整えたガゼフたち一行は、エ・ランテルに向けて夕方の道を疾走した。

 

 

 

 

 

 護送されながらニグンは考える。

 

(我ながら名演技だったな)

 

 今まで4度も死んだとは思えないほどうまくいった。

 

 アインズに投降しても、精神操作魔法をかけられて死んでしまう。ならば、ガゼフに投降すればどうだろう。ガゼフは誠実な人柄であり、いかに許せないことをした者であっても、反省して降伏しているならば暴力的な行動はとらないのではないか。アインズといえど、表面上は友好的に接しているガゼフの意に反することはあまりしないのではないか。

 

 これはもちろんただの推論である。何か理由をたてたり、ガゼフの隙をついたりして、魔法をかけてくるかもしれない。

 

 そこでニグンは、隊員たちに極秘にガゼフについて探る任務があると伝え、北で待機させた。訝しむ者もいたが、そのために威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)のクリスタルを預かったと伝えて納得させた。ニグンが戻ってから、村を襲う手はずになった。

 

 すでに陽光聖典を包囲していたアインズは当然北に向かったことに気づくだろう。しかし、アインズは()に向かったと言った。すなわち村とガゼフたちを危険にさらすならば、先に捕まえておくべきと判断し、部下に襲わせたわけだ。

 

 これこそがニグンの狙いであった。村を包囲したときは包囲にガゼフが気づいた上、陽光聖典の正体も戦力も不明なので、後手に回ったのだろう。そこで投降の際に正体と人数、実力を伝えて先手を打たせたのだ。そうすることで捕まえた隊員たちに尋問すれば十分と考え、ニグンへの興味が薄れることを期待したのだ。つまり隊員たちは囮であり、撒き餌であった。

 

 その結果、全てはニグンの予想通りにいった。

 

 隊員たちを見捨てる形になったが、ニグンに後悔や罪悪感はない。元々アインズに捕まるはずだったので仕方ないことと割り切っている。それに人類のために人を犠牲にすることには慣れている。

 ガゼフには人殺しの命令は初めてだったと伝えたが、もちろん嘘である。そんな甘い考えでは人類はとっくの昔に滅んでいただろう。それは最前線で戦ってきたニグンが一番よくわかっている。

 

 

 やがて、エ・ランテルの城壁が見えてきた。もう夜は更けて辺りは真っ暗だが、城壁上のたいまつで気づいた。

 化け物の領域から人間の領域に戻ってこれた。もう死ぬこともないだろう。

 

 これからアインズたちへの対策を考えなければならないと思うと、頭が痛くなる。六大神のような穏健な者ならよいが、おそらく八欲王のようなこの世界を混乱させる者だろう。ニグンにどうこうできる存在ではない。

 

 しかし、ニグンはもう1人ではないのだ。いずれ法国の者が自分に接触してくるだろう。そうしたら、なんとしてもアインズの危険性を伝えて人類全体で協力をしなければならない。ガゼフの暗殺などという些事に拘っている場合ではない。

 

 勝てる未来は思い浮かばないが、今回のように神の加護があればなんとかなるかもしれない。

 

(神よ。どうか我ら人類をお守りください)

 

 こうしてニグンは無事にエ・ランテルに辿り着いた。

 

 








※次回もニグンさんは死にます




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ニグンさんは囚われの身のようです

この話でのニグンさんはオリハルコン級冒険者程度の実力で、第4位階の魔法まで使えるという設定です。

アインズさん相手では無意味ですが、現地の人間の中ではトップクラスの実力者です。一応。




 薄暗い部屋に机を挟んで2人の男が椅子に座っていた。

 1人は神経質そうな役人。もう1人はがっしりした体格の囚人。

 

「いい加減吐いたらどうだ。スレイン法国の秘宝はなんだ。六色聖典の部隊構成はどうなっている。法国から賄賂を受け取った貴族はだれだ。」

 

「・・・」

 

 イライラした様子で役人が尋ねるが囚人は答えない。

 

「1つでも答えれば減刑すると言ってるのが分からんのか。ニグンよ、お前だってこんなところで一生を過ごすのは嫌だろう?」

 

「勘違いするなよ」

 

 ようやくニグンが口を開いた。

 

「私は殺人の任務が嫌になって投降したが、国を売ったわけではない。貴様らに法国の機密など話す気はない。」

 

 役人がニグンを睨み付けるが、ニグンも睨み返す。

 

「・・・チッ、もういい。今日はこれまでだ。」

 

 根負けした役人がそういうと、後ろに控えていた衛兵がニグンを立たせ、牢に連行した。

 

 

 

 

 エ・ランテル外周部には巨大な墓地が存在する。これはアンデッドの発生を抑制するために存在している。

 

 アンデッドの発生原因に関しては分かっていないことが多いが、基本的には生者が死を迎えた場所に生まれてくる場合が多い。特に無残な死を遂げた死体や埋葬されていない死体からは非常に発生しやすい。

 発生したアンデッドを放置しておくとより強いアンデッドが発生し、それを放置すると更に強いアンデッドが発生するという現象が起こる。この現象を防ぐためにもアンデッドの討伐は不可欠である。

 

 帝国との戦争が行われるカッツェ平野に近いエ・ランテルでは墓地の需要が大きく、結果として外周部の西側地区の大半を占める巨大な墓地ができた。

 いくら壁で囲まれているとはいえ、アンデッドが発生する墓地の近くに住みたがる者はいない。そのため、墓地のまわりには牢屋やゴミ捨て場といった市街地に作れない施設か、アンデッドを討伐する衛兵や冒険者のための駐屯所などしか存在していない。

 

 現在、墓地のすぐ北にある牢屋にニグンは収監されていた。

 

「まったく、毎日毎日飽きもせずに・・・」

 

 牢に戻されたニグンはベットに横たわりながら悪態をついた。

 

 ニグンがエ・ランテルに着いてから1週間が経過していた。この1週間、ニグンは毎日尋問を受けている。

 

 法国は王国と交流が薄いため、その実態は謎に包まれている。帝国のフールーダ・パラダインを凌駕する魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるとも、魔神をも打ち倒せるマジックアイテムをもっているとも噂されているが、真偽は不明である。

 

 王国は敵対していない法国について積極的に調べようとはしなかった。しかし、戦士長暗殺未遂事件を受けて状況が変わった。法国が王国に介入してくる可能性があるならば少しでも情報を集める必要がある。投降したニグンからならば、多くの情報が得られるだろうと考えて尋問が行われた。

 

 しかし、ニグンは何ひとつ答えない。

 

 ニグンはアインズから逃げるために投降しただけで、王国に協力する気はさらさらない。

 特に意味のない情報であっても、何か話せば待遇が良くなることは分かっていたが、それができない事情があった。

 

(法国に裏切ったと誤解されたら、殺されるかもしれん)

 

 陽光聖典の隊員たちがアインズの手によって全滅した以上、法国には何が起こったか知る術はない。王国でニグンが捕虜になっていると分かれば、情報を求めてすぐに接触してくるだろう。その時のための言い訳もすでに考えている。

 

 しかし、下手に法国の情報を喋って王国側についたと思われたら、間違いなく穏便な接触にはならない。最悪、弁解の間もなく殺されてしまうかもしれない。なのでニグンは黙秘を続けていた。

 

「・・・暇だな」

 

 その気になれば脱獄は容易いが、王国の追跡をかわして法国まで辿り着けるかは怪しい。アインズたちに遭遇する可能性まで考えると、法国の接触を待った方がいい。

 

 だが、陽光聖典の隊長として忙しい毎日を送ってきたニグンにとって、牢屋生活は退屈だった。だからといってやることもないため、早めに床についた。

 

 

 

 

 

 

「・・・騒がしいな」

 

 眠っていたニグンは外からの物音で目を覚ました。窓から外を覗くと今は深夜のようである。だというのに、鐘の音が聞こえてきた。こちらに近づいてくる慌てた足音も聞こえる。

 

 鉄格子から看守たちの様子を見ると、看守たちも原因が分からないようで不安そうな表情をしている。

 すると、外から衛兵が飛び込んできた。顔面は蒼白でひどく怯えたようである。

 

「大変だ! 墓地からアンデッドが大量に溢れてきて今にも門が破られそうだ!」

 

「何!? それは本当か!」

 

 看守たちは驚いた。もし門が破られたら、ここも危ない。それどころかエ・ランテルそのものが危ない。

 

「南門にアンデッドの大群が発生したと連絡がきた直後に、北門にも大群が現れた。1万体以上のアンデッドが発生したと考えられる」

 

 アンデッドは種類によって強さは大きく異なるが、通常発生するものは大して強くない。しかし、1万という数はあまりにも多い。その上、アンデッドの特性によって、より強いアンデッドが次々発生すると考えられる。

 

 状況は絶望的だ。

 

「駐屯所にいた衛兵と冒険者たちに応援を頼んだがとても手が足りない。戦える者はすぐに門まで来てくれ。私は冒険者組合に連絡してくる。」

 

 そう言い残して衛兵は出て行った。

 残された看守たちは呆然と立っていたが、我に返ると慌てて装備を着け始めた。その光景を見てニグンは呆れかえった。

 

「王国はアンデッドの駆除すら出来んのか」

 

 アンデッドの退治はたとえ戦争中の国家間でも協力するほど重要な案件である。自分たちが住む都市の墓地でそれを怠り、アンデッドの大群を生み出すとは聞いたことがない。

 

「愚かとは思っていたがこれほどとは・・・」

 

 見殺しにするべきか一瞬迷ったが、このまま放っておけばニグンもただでは済まない。

 鉄格子ごしに看守に声をかける。

 

「おい看守。私をここから出せ」

 

「は?」

 

「私がアンデッドを殲滅してやろう」

 

 予想外の提案に看守はうろたえる。

 

「い、いや、そんなことができるわけが・・・」

 

「〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉」

 

 看守の言葉を無視してニグンが魔法を唱えると、鉄格子はひしゃげて吹き飛んだ。

 唖然とする看守たちをよそに、牢から出て適当な看守用の外套を身に着けた。

 

「全滅させたら戻ってくる」

 

 そう言い残してニグンは墓地に向かった。

 

 

 

 

 墓地の北門では激戦が繰り広げられていた。

 休憩所にいた衛兵と冒険者たちが到着した直後、門は破られた。押し寄せるアンデッドたちを必死に迎え撃つが旗色は悪い。

 

 発生したアンデッドはさほど強くはない。鉄級冒険者でも1対1なら互角、銀級以上の冒険者ならまず負けない、といった程度の実力である。しかし、数が多すぎた。衛兵と冒険者が合わせて20人ほどなのに、門から出てきたアンデッドたちだけで100は超えていた。

 

 打ち合わせる暇もなく戦いになったため、互いに連携もうまくできない。その結果、戦線は徐々に後退していき、崩壊も時間の問題である。

 

「だめだ! 門からゾンビ達が出てきてしまう。もうおしまいだ!」

 

「諦めるな! なんとしても墓地に押し戻すんだ!」

 

 弱音を吐く冒険者に仲間が必死に声をかけるが、その声も震えていた。この戦いに勝ち目がないことは誰もが分かっていた。だが、何としても応援が到着するまで時間を稼がなければならない。その思いから彼らは決死の覚悟で戦う。

 しかし―――

 

「うわっ!」

 

 すぐ隣から悲鳴が上がる。振り向くと、1人の衛兵の右手足にアンデッドの腸が巻きついていた。必死に振り解こうともがくが、バランスを崩して転倒し、アンデッドに引っ張られていく。

 

「た、助け! だれかあああああああ!」

 

 あっという間に引き寄せられた衛兵にアンデッドが群がり、全身を食べていく。

 その様子を見て、全員に恐怖が駆け巡る。

 

「ひいいいいいいいい!」

 

 耐えきれなくなった1人がついに逃げ出した。つられて他の者も逃げ出そうとする。

 

「うろたえるな、愚か者どもが!!」

 

 突然、その場に大声が響き渡った。驚いて声の方を見ると、外套を着た男が立っていた。

 

「〈第4位階天使召喚(サモン・エンジェル・4th)〉」

 

 ニグンの詠唱によって、全身鎧に身を包んだ天使が召喚される。手にはメイスと円形の盾を装備し、全身が光り輝いていた。

 

「アンデッドを倒せ」

 

 命令に従って、監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)が一気にアンデッドの集団に突撃する。反応することもできないアンデッドに向かって、片手に持った大きなメイスを振るう。一振りごとにアンデッドの頭部は砕け、次々に倒れていく。

 

 アンデッドに対して天使は非常に相性がよい。さらに、スケルトン系など打撃系が弱点のアンデッドも多い。そのうえ、ニグンに召喚されたモンスターはタレントによって強化されている。

 これらの要素が重なり、監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)はアンデッドを蹂躙していく。

 

「すげぇ・・・」

 

「あれ1体で全滅させられんじゃないか?」

 

 今まで絶望に追い込まれていた衛兵と冒険者たちに、希望が広がった。しかし、その希望は他ならぬニグンによって否定される。

 

「いや、数が多すぎるな。私が限界まで召喚し続けても、半分も倒せないだろう」

 

「で、では今のうちに墓地側に乗り込むべきでは?」

 

 衛兵の提案にニグンは冷ややかな視線を送った。

 

「素人が考えそうな下策だな。わざわざ敵に包囲されにいく間抜けがどこにいる。」

 

 ニグンが嘲笑ったとき、監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)が門を出てきたアンデッドを殲滅し終えた。傷をいくつか負ってはいるが、まだ戦える。

 

「門を通過してくるアンデッドを妨害しろ。ただし、無理に全滅させなくていい。」

 

 命令に従って門に向かっていく天使を確認すると、ニグンは衛兵と冒険者にも命令を下す。

 

「門を中心に半円状に包囲網を作れ。墓地側に押し込むことは諦めて門を出てきたところを包囲殲滅するぞ。アンデッドどもの方が数が多いが、門を通過できる数は限られている。包囲を徹底すれば対処できる数だ」

 

 衛兵と冒険者は理解が追い付かないようで呆然と立っている。その様子にニグンはイライラして怒鳴りつける。

 

「適度に距離をとって門を包囲しろ! 行動開始!!」

 

「「は、はい!」」

 

 慌てて位置につく衛兵と冒険者に、ニグンはさらに指示を出す。

 

「戦士職の者はアンデッドの正面に立って戦え。魔法職はアンデッドどもが1人にに殺到しないように注意を引け。神官職は戦士職の回復に努めろ。私は天使を召喚してアンデッドの通過の阻害と押され気味の者の援護を行う」

 

 監視の権天使(プリンシバリティ・オブザペイション)が撃ち漏らしたアンデッドたちが門から出てくる。

 

「とにかく時間を稼げ。応援が到着すればこの程度どうにでもなる」

 

 

 

 アンデッドたちが再び衛兵と冒険者に襲いかかる。だが、先程より数は少なく、互いの連携もとれている。

 

「いける! このペースなら応援が来るまで持ちこたえられる!」

 

 衛兵と冒険者たちに再び希望が広がる。

 

「右翼はもう少し下がれ! 左翼に大型のアンデッドが向かっている! 集中して魔法を放って戦線の崩壊を防げ!」

 

 陽光聖典は人類に害となる存在の殲滅を基本任務としており、戦闘行為は六色聖典の中で最も多い。隊長として長年働いてきたニグンは、包囲殲滅の経験が極めて豊富である。そのニグンの指揮によって的確に戦えるため、包囲網は維持できている。

 

 しかし、ニグンは不安を感じていた。

 

(討伐を怠ったため大発生したかと思ったが、明らかに数が多すぎる。人為的なものだったらまずいな)

 

 ニグンには原因に心当たりがあった。

 

(ズーラーノーンがかつて都市1つを滅ぼした”死の螺旋”。もしもこれがそうだったら、これから高位のアンデッドが次々に湧いてくる)

 

 現在、大量のアンデッドたちと戦えているのは、1体1体が弱いためだ。同じ数の高位のアンデッドが相手ではあっという間にやられてしまうだろう。そうなる前に術者を見つけ出して始末しなければならない。

 

(高弟1人だけなら、私でも相性が良ければ倒せる。しかし、弟子たちが間違いなくいるだろうし、そもそもこの広大な墓地で発見することが難しいか)

 

 冒険者の応援がやってきても、これが死の螺旋ならば打つ手はない。アダマンタイト級冒険者でもいれば話は別なのだが、エ・ランテルにはミスリル級までしか常駐していない。

 もちろん、ズーラーノーンが原因であることはニグンの推測にすぎない。しかし、それ以外の可能性としては、あのアインズたちぐらいしか思いつかない。あの化け物集団ならば、この程度容易く引き起こせるだろう。その場合はもっと打つ手がない。

 

 逃げる算段を考えていると、異変に気付いた。

 

「うん?急にアンデッドが来なくなったな」

 

 墓地の奥から向かってくるアンデッドの数が突然減ったのだ。

 

「誰かが原因を突き止めて、発生を止めたか?」

 

 どの門にもアンデッドは押し寄せているはずである。この数のアンデッドを突破し、ズーラーノーンの高弟を倒せる者など思いつかない。

 だが、実際に数は激減している。

 

(あの日から、どうも予想外のことばかり起こるな)

 

 もっとも、これは良い意味で予想外のことであるが。

 

「応援に来たぞ! 大丈夫か!?」

 

 振り返ると30人ほどの冒険者が到着したところだった。ニグンは彼らにも指示を出す。

 

「包囲に加勢してやれ。先程まで倒しても倒しても大量に押し寄せてきていたが、たった今それがなくなった。残存するアンデッドを倒せばもう終わりだ」

 

「よし、手分けして倒すぞ! 我々は中央を担当する」

 

 応援の冒険者たちが加わったことで、アンデッドは次々に倒されている。まだアンデッドは大量に残っているが、この分なら心配ないだろう。

 

「やれやれ、これで一件落着か」

 

 大量発生の原因は分からないが、もう発生しないならば誰かがうまくやったのだろう。

 ニグンは大きく伸びをして呟いた。

 

「―――牢に帰って寝るとするか」

 

 外套を大げさにはためかせてニグンはその場を離れた。

 

 

 

 

 

 戦闘の後、ニグンは大人しく牢に戻った。当初の予定通りに法国からの接触を待つためだ。

 久しぶりの戦闘に疲れていて、驚く看守を適当にあしらってすぐに眠りについた。

 

 目を覚ますともう朝になっていた。看守に尋ねたところ、昨夜のアンデッド騒動はもう収まったそうだ。たった2人の冒険者が解決したという噂が流れているらしいが、詳しくは知らないようだ。

 その処理に追われているようで、今日は尋問はない。暇を持て余していると、昼ごろになってニグンの牢に看守がやってきた。

 

「面会です」

 

 ニグンは鉄格子の無くなった牢を出て、看守の後をついて面会室に向かった。

 

(ようやく来たか)

 

 ニグンには王国にいる知り合いはいない。法国の工作員とみて間違いないだろう。

 

「あなたを訪ねてきたのは女性1人で、1対1の面会を希望しています。普通なら認められませんが、昨夜のことを考えて特別に許可が下りました」

 

 墓地での戦闘に加勢したことが伝わったためか、今朝から看守たちはいやに親切である。

 

(わざわざ面会に来るということは、何かしらのマジックアイテムを渡してくるのか? それとも今回は聞き取りだけか?)

 

 どちらにせよ、看守がいないのは好都合だ。

 やがて、部屋辿り着いた。

 

「こちらが面会室です。外から鍵をかけますので、終ったら備え付けの鐘を鳴らしてください」

 

 看守はそういうとニグンに部屋に入るように促した。指示に従って中に入ると、中には1人の女性が座っていた。

 

 その姿を見てニグンは立ちつくし、グビリと唾を飲み込む。

 

 気配が違う。

 自分とその女性では、人と獅子ほどの存在感が違うのだ。

 ただそこに座っているだけで、人としての格の違いをこちらに伝えてくる。

 

 ニグンは彼女のことを知っていた。しかし、なぜ彼女が直々に来たのかが分からない。()()()()()()()である彼女が。

 

「ではごゆっくり」

 

 そんなニグンの心境を露にも知らず、看守は呑気に扉を閉めた。

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活に備えているはずの漆黒聖典が来るということは、ただ事ではない。

 

「あなたは漆黒聖典の――」

 

 おそるおそる声をかけようとすると、後ろからわずかな殺気を感じた。

 

「っ!」

 

 急いで身を翻そうとするも、遅かった。心臓こそ逸れたが、ニグンの背中に突き立てられた短刀は肺を貫いた。

 ニグンの背後に、魔法で姿を消した暗殺者がいたようだ。

 

「ぐはっ」

 

 短刀が引き抜かれ、傷口から大量の血が噴き出る。

 治癒魔法を唱えようにも、肺がやられて詠唱ができない。

 

 倒れこんだニグンは薄れゆく意識の中で2人の話を聞いた。

 

「クリスタルも回収したし、あとはこの死体を持ち帰ればいいだけか。おとなしく牢屋にいるとは予想外だが、楽ができたな」

 

「しかし、これでよかったのでしょうか。予備兵を除いて()()()()()()()()()()()()陽光聖典の立て直しを任せられる人物などそうそういません。ルーインを精神操作して訓練させるべきじゃないですか?」

 

「裏切り者を生かしておいては示しがつかないだろう。再編には漆黒聖典(ウチ)から誰か派遣するんじゃないか」

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活が予言されているのに、メンバーを減らして大丈夫でしょうか?」

 

「・・・まあ、その辺りは神官長たちの判断に任せよう」

 

 

 なぜ裏切ったと確信している?

 

 なぜ陽光聖典の生き残りがいる?

 

 

 混乱するニグンをよそに、あの声が聞こえる。

 

 

―――5回目だ

 

 

 




漆黒聖典には勝てなかったよ・・・・



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