GOD EATER~砕かれし記憶~ (ダオラ)
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プロローグ
「よっこらせ、と」
ふぅ、と息を吐きながら、リンドウは横たわるソレに身を預け、地面に腰を下ろした。
思ったよりも硬い感触を背中に感じ、起き上がろうかと一瞬迷ったが、座り込んですぐ立ち上がるのも面倒だと思ったリンドウは、そのまま一服しようとタバコを取り出す。
すると、そんな彼に一人の女性が歩み寄って来た
「あらリンドウ、もうくたびれちゃったのかしら?」
少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ、「もうすっかりおじさんね~」などとリンドウをからかう彼女の名は、橘サクヤ。リンドウの幼馴染であり、一緒に仕事をする同僚でもある彼女は、よくこうして彼をからかっては、いたずらっ子のように微笑むのである。
なので、リンドウもまたいつものように、しかめっ面になりながらも反論するために口を開く。
「バカ言え、俺はまだ若いっての。これはその、あれだよ、ほら……なんだ」
視線を宙に彷徨わせ、必死に言い訳を考えるリンドウを見て、サクヤは思わず吹き出してしまう。
そんな彼女の様子に少々気恥ずかしいものを感じながら、リンドウは手に持ったタバコに火をつけ、一息吸い込んだ。
――と同時に、思わず顔をしかめる。また、タバコの質が落ちていることに気付いたからだ。
しかし、生きるのに必要な食料の質すら落ちているこのご時世、今更タバコの質が落ちただのと食料プラントに文句を言えるはずもない。
仕方なくリンドウは、「やっぱり仕事の合間に吸うタバコは一味違うねぇ」と誤魔化しながら、今自分がもたれかかっている、こんなご時世になった原因であるソレに目を向けた。
ソレは、確かにこの地球上で生まれた生物。しかしそれは、正しい生態系からは決して生まれることはない姿をしていた。
虎のような、それでいてリンドウが子供に見えるほどに巨大な体躯。首元から6枚に広がる、マントのような真紅の体皮。
本来在ってはならぬその生物は、今やこの世界中で様々な姿を取り、人を、町を、そして、森や大地さえも蹂躙し、喰らっている。
そんな異形の生物達は総じて、かつて日本と呼ばれていた極東地区に伝わる八百万の神に例えられ、こう呼ばれるようになった。
荒ぶる神――《アラガミ》、と
「…………おい」
低く、暗い声に呼ばれ、リンドウが振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
声のイメージそのままに、暗い紺色のパーカーに身を包み、フードを目深に被ったその少年もまた、リンドウの同僚である。名前は、ソーマ
「『家に帰るまでがミッションだぞ』って言ってたのはどこのどいつだ? そもそも、まだ討伐目標は全部仕留めてねぇってのに、何休んでんだ」
手厳しい言葉だが、それは仲間の身を案じて言っているということは、付き合いの長いリンドウには分かっている。
しかし、だからこそ、少しばかりからかってやりたくなるものだ
「はっはっは。いいじゃねぇか。お前さんの感覚でも、このあたりにやっこさんの気配は感じないんだろう? 少しばかり休憩してたって、いきなり喰われやしないって」
「チッ……勝手にしろ」
口ではそう言いつつも、突然《アラガミ》が現れた時のために、ソーマは油断なくあたりを警戒する。
そんな彼の様子に、「素直じゃないねぇ」と零しつつ、リンドウが2本目のタバコに手を伸ばした――その時。
3人の感覚が、近くにただならぬ気配を感じ取った。
間違いなく、アラガミだ
「…………おい」
ソーマが休憩していたリンドウに注意を促す。
しかしそれを聞くまでもなく、リンドウは既に立ち上がり、真剣な面持ちで構えていた
「わかってる。……はぁ、ちょっとばかりのんびりしすぎたか?」
「『最初に倒したアラガミを餌に、残りのアラガミをおびき寄せて奇襲する』……って言ってたけど、この感じだともう隠れる暇はないわね。どうするの? リンドウ」
アラガミには、あらゆるモノを“捕食”するという特性がある。
そしてその特性は、同じアラガミに対しても例外ではない。
故に、討伐目標の多かった今回の任務では、アラガミを餌にアラガミをおびき寄せて奇襲してみよう――と、リンドウが提案したのだ。
結果、おびき寄せるのは成功したが、もう隠れる時間がないので、奇襲は出来ない。そこで、何か代わりの作戦はあるのかとサクヤは尋ねたのだが――
「まぁ、こうなったら大人しく正面切って戦うしかないな」
と、リンドウはあっけらかんと言い放ち、自らの武器――チェーンソー状の紅い刀身を持つ大剣を構え直した。
「最初からそのつもりだ……!」
ソーマもまた、ノコギリのような黒い刀身を持つ大剣を腰だめに構えると、気配を感じる方向を睨みつける。
その直後、ソーマが睨んだ方向から、鬼の面のような巨大な尾を持つ獣型のアラガミ、《オウガテイル》が3体姿を現した。
「援護するわ。2人とも、油断はしないでね」
身の丈ほどもある長大な銃を構え、サクヤは前衛の2人に念を押す。
このオウガテイルというアラガミは、単体ではそれほど強くないが、だからといって気を抜くと、人間など一瞬で喰われてしまう。
それが、アラガミという存在だ。
「了解! お前らも、死ぬんじゃねぇぞ!」
「フン……」
リンドウがサクヤに返事をしている間に、ソーマは真正面からオウガテイルへと突っ込んでいった。
その無謀とも言える突進に、驚いたのはオウガテイルの方だった。
ソーマの動きの速さについていけず、一瞬だけ足が止まる。
そしてその隙を、ソーマは見逃さなかった。
「死ねっ……!」
一瞬で先頭にいたオウガテイルの懐に入り込み、手にした大剣を力の限り横に薙ぐ。
とても人のものとは思えぬ力で振り抜かれた大剣は、狙い違わずオウガテイルの首を切り落とした。
首を失ったオウガテイルは、断末魔の叫びすら上げることなく、その場に崩れ落ちる。
「ガアァァァァァァ!!!」
仲間を殺された事への怒りか、はたまた目の前で獲物が無防備な姿を晒していることへの歓喜の雄叫びか。残ったオウガテイルは、大剣を振りきって上体が泳いだソーマめがけ、一斉に飛びかかる。が――
ドンッ! ドンッ!
銃声とともに、2体のオウガテイルは空中で弾き飛ばされた。
何が起きたかなど、考えるまでもない。間違いなく、サクヤによる援護射撃だ
「言ったそばから危ないわね。いくらなんでも突っ込みすぎよ、ソーマ」
弟を叱る姉のような口調で言うサクヤに対し、ソーマは見向きもせず剣を構え直して、
「あれくらい、援護なんかなくたってどうにでもなる」
とだけ言うと、サクヤの射撃で倒れ込んでいるオウガテイルにトドメを差すべく、地面を蹴った。
そんなソーマに対し、既に最後の1体を仕留めたリンドウは、「やっぱり素直じゃないねぇ」と呟きつつ、手に持った大剣の切っ先を、目の前に横たわるオウガテイルに向けた。
次の瞬間、リンドウの剣が生き物のようにうねり、“何か”がせり出して来た。
深い闇のような色をしたソレは、刀身を包み込むように肥大化し、やがて龍の顎のような形状に変貌を遂げる。
細かく脈動するその顎は、まるで極上の餌を前にし、舌なめずりをする獣のよう。
そして次の瞬間、剣より生まれたその顎が伸び、オウガテイルに喰らいついた。
既に活動を停止したオウガテイルの肉を裂き、吹き出る体液を浴びながら、貪るようにして喰らうその様は、まさしく、人類の天敵たるアラガミそのものだ。
そう、この武器こそ、人類が世界の捕食者たるアラガミに対抗しうる、唯一の手段。
神から生まれた、神を喰らう武装。その名も――《神機》
やがて、体の半分ほどを喰われたオウガテイルは、力尽きたかのように黒い塵となって消え、顎は元の形へと戻っていく。
元に戻った神機を軽く持ち上げたリンドウは、柄の部分に備えられたオレンジ色の球体を確認し、苦虫を噛み潰したような顔になる
「こりゃまた微妙なのが出たなぁ……」
いつも帰るたび、「何かいい素材は取れたかい?」と、自らの研究材料をせびりに来る男の顔を思い浮かべ、リンドウは頭を掻く。
アラガミからレア物の素材が取れた時はいいのだが、そうでないときは、時々何食わぬ顔で追加の任務を与えてくるような男なので、今日のような日は少々帰るのが億劫になるのだ。
「今日の戦果はイマイチかしら? 予定ではもう1体いたはずだけど」
サクヤがあたりを見回しながら、言う。
確かに、観測班からの情報では、最初にオウガテイルを引き寄せるのに利用したアラガミ――《ヴァジュラ》がもう1体いたはずなのだが、もうこのエリアから逃げたのか、リンドウは付近にアラガミの気配を全く感じられなかった。
「お前はどうだ? ソーマ」
何気なく水を向けると、ソーマはやや面倒くさそうに舌打ちし、ぶっきらぼうに答えた
「……俺も同じだ。なんの気配も感じない」
「なるほどな……よし、じゃあ帰るか」
3人の中で最も鋭い感覚を持つソーマですら気配を感じられないのだから、もうアラガミは逃げたのだろう。そう結論づけたリンドウは、2人を伴って帰路についたのだった。
――ここは、アラガミによって全てを喰い荒らされた世界。
死と絶望とが地上を満たし、人々は生きる希望すら失いかけている。
しかし、だからこそ彼らは戦場に立つ。
残された僅かな光を守るために。
神に抗い、神を喰らう者達。
彼らこそが、《ゴッドイーター》である。
主人公出ず!
……はい、次回こそは出ます。小説の神薙ユウ君ほど格好良くないですけどね←おい
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第一話 新たなる神機使い
時々一人称っぽくなってるかもしれませんが、そこは生暖かい目で読んでもらえると幸いです。
高い壁に囲まれたその場所は、さながら陸の孤島。
中では多くの人々が、ボロい掘っ立て小屋でギリギリの生活を送っている。
しかしそれでも、壁の外に行こうとする者は一人もいない。
それもそうだろう。何せ、あの壁一つ隔てた外は、アラガミがいつ出没してもおかしくない危険地なのだから。
例え貧しくとも、生きるためにはこの限られた世界にいるしかない。
この場所の名は、フェンリル極東支部。
元々は生化学工業に特化した一企業に過ぎなかったフェンリルだが、アラガミの蔓延によって無政府状態となった世界において、他のどの企業よりも早くアラガミ、及びその体を構成する《オラクル細胞》の研究に着手し、アラガミに唯一対抗出来る《神機》を作り上げた。
更に、その神機を繰るゴッドイーターをも育成し、世界にその名を知らしめたフェンリルは、名実ともに人類最後の砦となり、『人類の保護とオラクル技術による文明の復興』を掲げ、世界中に支部を構えるに至った。
そんなフェンリル支部の中心部には、明らかに他の家屋とは異なる建物がそびえ立っている。
アラガミに襲われてもビクともしないであろう頑強そうなその建物こそ、支部の中枢を担う役割を持つ。
ゴッドイーターやフェンリルの社員などが暮らす宿泊施設、アラガミ研究のための研究所、ゴッドイーターの養成施設。そして何よりも、生きるのに必要な食料を生産するプラントなど、支部を維持、発展させる上で欠かせない設備がこの建物、及びその地下施設に全て備えられているのだ。
そんな施設である以上、普段外部の人間が出入り出来るのは、エントランスホールまでと定められており、その奥にある施設を見ることなど出来はしない。
ただ一つ、例外はある。それは――
『入りたまえ』
機械を通してややくぐもってはいるが、よく通る、凛とした男の声だった。
政治家にでもなれば、政治に興味すらない若者でさえもその声に聞き入るのではないか、そんな力のある声だ。
声に導かれるようにして入って来たのは、一人の少年だった。
黒髪黒目のその少年が、入ってまず目にしたのは、その広い空間だった。
家がひしめき合い、狭い路地ばかりの外部居住区を見慣れた彼にとって、この広い場所はなんとも落ち着かない。
そんな彼の気持ちを察したかのように、男は優しげな声色で、言う。
『少しリラックスしたまえ。その方が、いい結果が出やすい』
ありふれた言葉だが、それで本当に少し落ち着いた彼は、そこで初めて男の顔を見た。
この部屋の突き当たりの壁、その高さ5メートルほどに位置する場所がガラス張りになっており、その奥にある部屋で、男は腕を後ろに組み、悠然と立っていた。
『さて、早速だが……これより対アラガミ討伐部隊、ゴッドイーターの適正試験を開始する!』
そう、外部の人間が唯一立ち入る機会。それこそが、ゴッドイーターの適正試験だ。
とは言え、ゴッドイーターとなってしまえば、その瞬間フェンリル関係者の一員となるので、関係ないと言えばないのだが。
ともあれ、彼は今回、ゴッドイーターとなるべくここに来たのだ。
『心の準備ができたら、そこにある台座に右手を置きたまえ。それで、適正試験は終了だ』
もっと色々あるかと思っていた少年は、たったそれだけかと少し拍子抜けする。
しかしそれがかえって、一体どんな試験なのだろうかと彼を不安にさせた。
恐る恐る、部屋の中心に置かれた台座へと近づいてみると、彼の不安は更に増した。
台座の上には神機ともう1つ、ナットを半分に割ったような形の物が、上下に別れた台座の両方に取り付けられてある。普通に考えると、この台座はこれを腕に取り付けるための装置――なのだが。
普通に考えて、こんなものを腕に取り付けるのにわざわざ機械を使う必要はないだろうという事と、何よりも、台座の大きさが機械加工に使われるプレス機並にでかいことが、どうしようもなく彼の不安を煽る。
腕を押しつぶさんばかりの迫力に躊躇っていると、またしても男は、そんな彼の逡巡に気付いたかのように口を開いた。
『どうした? 怖いのかね?』
黙っていると、それを肯定の意味だと受け取ったのか、男は再び語り出した。
『君がなぜ、危険と隣り合わせの戦場へ向かう道を選んだかは、私の知るところではない。しかし、君にもそれなりの理由や、覚悟があって来たはずだ』
大仰な手振りも無ければ、特別熱く語っているわけでもない。
しかしそれでも、やはりこの男の言葉には、思わず聞き入ってしまう何かがあった。
『その恐怖心を乗り越えれば、君はアラガミと戦う力を手にするのだ。勇気を振り絞れ。一歩踏み出すのだ!』
「………………」
確かに彼には、ここへ来た理由があった。
アラガミに恨みがあるわけでも、こうしなければ生きられなかったわけでもない。
しかし、彼にとっては大きな理由が。
「よし……!」
意を決し、少年は台座に手を伸ばした。
手首をナットのような物の上に置き、その先にある神機を掴む。
直後、勢いよく台座の上部が彼の腕に向けて落下してきた。
「――――――ッッッ!!!!」
瞬間、彼の腕に激痛が走る。
しかしそれは、押しつぶされた痛みなどではなかった。
何かが無理矢理腕の中に押し入り、食い荒らしているかのような、そんな痛みだ。
あまりの激痛に、腕を引き抜こうともがくが、ビクともしない。
そこでようやく、彼は悟った。この大仰な機械は、あの腕輪を嵌める時、対象者が動かないよう無理矢理押さえつけるための物なのだと。
「うっ……あぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
男が何かを言っている気がするが、痛みのあまり、先ほどまではあんなに聞こえていた声すらも、彼の耳には入らなかった。
このまま意識を手放してしまえばどれほど楽だろうと思いながらも、同時に、そんなことをするわけにはいかないことも分かっていた。
そんなことをすれば、確実に死ぬ。
「ぐっ……はぁ、はぁ、はぁ………」
どれだけ時間がたっただろうか。突然痛みが消えたかと思えば、落下した時とは対照的に、ゆっくりと台座が持ち上がっていく。
荒い呼吸を落ち着けて、フラフラと立ち上がった彼は、ふと、自分の体に違和感を覚えた。
体が軽い。更に、何気なく持ち上げた右腕には、先ほど握りしめていた神機がある。
ゆうに子供の身長くらいはありそうな鉄の塊が、いともたやすく持ち上がっていることに驚いていると、神機の柄のあたりから、黒い木の枝のような触手が伸びてきた。
触手は迷いなく右腕に取り付けられた腕輪の穴をとおり、体の中へと入って来る。
しかし、先ほどのような痛みはなかった。いやむしろ、体の奥底から、ふつふつと力が湧き上がってくる。
『おめでとう、神崎キオ君。……君がこの支部初の、“新型”ゴッドイーターだ』
キオと呼ばれた少年は、新型という言葉に疑問を感じ、改めて己の神機を見やる。
彼にはあまり神機の知識はなかったが、それでも、時々出撃途中のゴッドイーターと出くわすことはあったので、この神機のおかしなところはすぐ目についた。
この神機は、見るからに近接戦用の剣であるにも関わらず、その柄のあたりから、どう考えても銃としか思えない砲身が飛び出しているのだ。
『そう言えば、君は何も知らないのだったね……なんなら、私の口から説明してもよいのだが』
男は、一瞬考えるような素振りを見せると、再び顔を上げる。
『いや、今はやめておこう。後で詳しく説明するので、今は体を休めるといい。気分が悪いなどの症状がある場合は、すぐに申し出るように』
やや疑問が残る形となったが、ともあれ、こうして少年は無事、ゴッドイーターとなったのだ。
一旦神機を預けたキオは、一般人も出入りするエントランスで待つように言われた。
一般人も出入りする、とは言っても、フェンリル関係者以外では、何かしらの必要物資の支給を申請しに来る人か、ゴッドイーター相手に商売をする商売人くらいしかいない。
なので、そのエントランスにある長椅子に、足をブラブラさせながら座っている少年を見たとき、キオはすぐ彼がゴッドイーターだと分かった。
だからなのか、キオは何気なく、彼のすぐ隣に腰を下ろした。
「ねぇ、ガム食べる?」
すると座ってすぐ、少年の方から話しかけて来た。
いきなりで少し戸惑ったが、彼なりに話しかけるきっかけを作ろうとしているのかと思い、素直に手を伸ばした。
「うん、じゃあもらうよ。ありがと」
「どういたしましてっと」
受け取ったガムを口に放り込むと、少々薄いが甘い味が口いっぱいに広がった。
普段あまり腹にたまらない物を食べる機会のなかったキオは、新鮮な気分でしばらく味わっていると、またしても彼の方から話しかけて来た。
「アンタも適合者なの?」
適合者、というのは、間違いなく神機使いのことだろう。
そしてアンタもということは、やはり彼もゴッドイーターだということか。
「うん、さっき適合したところ」
そう言うと、少年の表情がパッと明るくなった。
「やっぱり! 実は俺も1時間くらい前に適合したばっかでさ、ちょっと不安だったんだよ。ほら、神機使いって怖い人多そうじゃん? 新人が俺一人だったらどうしようかと思ってたんだよー!」
次々とまくし立てる少年の勢いに、キオは少し押され気味になって聞いていると、ようやく落ち着いたのか、彼は最後に手を伸ばしてきた。
「俺、藤木コウタ! よろしく!」
なんだかあれよあれよと言う間に話が進んでいる気がしたが、まぁ悪いやつではなさそうだ、と結論づけたキオは、軽く微笑むと、言った。
「俺は神崎キオ。よろしく」
握手に応じ、お互いに笑い合う。
しかし、そんな風に喋っていたせいだろう。自分達に近づく足音に、2人は全く気がつかなかった。
「自己紹介は既に済んだようだな。ならば立て」
「へ?」
突然の声に驚き、コウタは間の抜けた返事を返す。
声のした方を振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
何かのファイルを片手に彼らを見据える彼女の眼光は鋭く、まるで蛇に睨まれた蛙のような気分になる。
「立てと言っている……立たんか!!」
「「はいっ!」」
まるで軍の教官のような迫力に、思わずキオはピシッと起立してしまう。
コウタに至っては、早くも苦手意識を持ったのか、視線を合わせないように天井を見上げてしまっている。
「予定が詰まっているので簡潔に話すぞ。私の名前は雨宮ツバキ。お前たちの教練担当者だ」
訂正。のような、ではなく、本当に教官だったようだ。
「まずはメディカルチェックを済ませたのち、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の扱いなどのカリキュラムをこなしてもらう。今までは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。つまらんことで死にたくなければ、私の命令には全てYESで答えろ。いいな?」
直立したままピクリともしない2人を見て、ツバキは一瞬だけ呆れ顔になる。
しかし、すぐに元の凛とした表情に戻ると、
「分かったなら返事をしろ!!」
と、彼らを怒鳴りつけるのだった。
「「はいっ!」」
そして、本日2度目となる教官の怒声を聞きながら、キオは、絶対にこの人には逆らうまい、と心に誓うのだった。
一五○○までに、ペイラー・サカキ博士の研究室までくるように。との指示を受けたキオは、今現在その研究室に向かっている――のだが。
「……ここ、どこ?」
初めて来る場所。それに加え、こんなにも大きな建物に入った経験のない彼は、探し始めてすぐ迷子になってしまったのだ。
こんなことなら、最初にちゃんとツバキ教官から道を聞いておくんだった。と後悔しながら、ならば次に会った人に道を聞こうと心に決めてウロウロと歩いていると、彼の前から一人の少女が歩いてきた。
作業用のズボンと白いタンクトップを着込んだ彼女は体中がオイルで汚れており、いかにも整備士と言った感じの出で立ちだ。
「君、今日来た新人?」
「えっ? あ、うん」
道を聞こうと口を開きかけたタイミングで先に声をかけられ、キオは少々間の抜けた返事を返してしまう。
しかし、これでようやく道が分かる。そう思い、キオは改めて口を開いた。
「ねぇ、ペイラー・サカキ博士の研究室ってどこにあるのか教えてくれない?」
すると、彼女は突然笑い出した。
何がおかしいのかと首を傾げていると、そんなキオの様子に気付いた彼女は、彼に理由を説明すべく口を開く。
「実はさ、ツバキさんに頼まれてたんだ。『今日来た新人、どうせ研究室への道もわからずウロウロしているだろうから、見かけたら声をかけてやってくれ』って」
大当たりである。
「そういうわけだからさ。取り敢えず研究室へはそこのエレベーターを使って、3つ下の階に行ったら、まっすぐ進んだ突き当たりのところにあるから」
「そうなんだ。ありがと」
お礼を言って立ち去ろうとするキオを、彼女は慌てて「待って」と呼び止めた。
振り返った彼に、彼女は優しげな声色で、言う。
「ツバキさん、厳しい人だから訓練とか辛いだろうけど、本当は優しい人だから、めげずに頑張ってね。……困った事があったら、私も相談くらいは乗ってあげるから」
キオのことを心配してか、そんなことを言う彼女にもう一度笑顔でお礼を言うと、今度こそ彼はエレベーターに乗り込んだ。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、残った彼女は、一人こう呟いた。
「彼が例の新型か……ちょっと頼りない感じだけど、大丈夫かなぁ」
後にキオがこの事を聞き、ちょっとばかり落ち込んだりするのは、ずっと先の話である。
先ほどの少女に教えて貰ったおかげで、なんとか研究室にたどり着いたキオは、恐る恐るドアを開ける。
思えばここへ来てからというもの、ずっとビクビクしている気がするが……誰であれ、最初はこうなるものだと思いたい。
部屋の中は、間取りの半分ほどが大きな機械に占領されていることを除けば、至って普通の部屋だった。
そして、部屋の真ん中に唯一ある椅子に腰掛けながら、その機械類をカタカタと操作しているこの部屋の主は、キオの方をチラリと見ると、言った。
「ふむ……予想より726秒も早い。よく来たね、神崎キオ君」
これでも道に迷ったせいで遅れた方だったのだが、この人は更に遅くなると踏んでいたらしい。
予想の根拠が非常に気になるが、なんとなく知らない方がいい気がしたので、黙っていることにした。
「さて……見てのとおり、まだ準備中なんだ。ヨハン、先に君の用事を済ませたらどうだい?」
見てもただ機械をいじっているようにしか見えないが、ともかく準備中とのことなので、まずはヨハンと呼ばれた男――先ほど、適合試験の時に話していた男の話を聞くことにしたキオは、彼の方に向き直る。
しかし彼は、キオではなく博士の方を向き、口を開いた。
「サカキ博士……そろそろ、公私のけじめを覚えていただきたい」
怒っている……というよりは、やや呆れている様子の彼に対し、サカキ博士は聞く気が無いのか、黙ってキーボ-ドを叩き続けている。
しかし、博士のそんな反応にも慣れているのか、ヨハンと呼ばれた男は顔色1つ変えず、改めてキオのほうを向いて口を開く。
「さて、適合試験はごくろうだった。私は、ヨハネス・フォン・シックザール……この極東支部の支部長を務めている」
只者ではないと思っていたが、確かに、立ち振る舞いから高貴さを感じさせるこの男には、支部長という役職はよく似合っていると、キオは思った。
「彼も元技術屋なんだよ。ヨハンも、新型のメディカルチェックに興味津々なんだよね?」
たった今まで夢中でキーボードを叩いていたというのに、一応話は聞いていたのか、サカキ博士は突然話に割り込んで補足する。
そんな彼に対し、支部長は首だけ振り向くと、言った。
「あなたがいるから、技術屋を廃業することにしたんだ。……自覚したまえ」
「本当に廃業しちゃったのかい?」
突然の沈黙。過去に何かあったのか、2人の間に不穏な空気が流れる。
しかし、それも長くは続かず、支部長はフッと自嘲気味に笑うと、再びキオに話し始めた。
「さて……先ほど言ったとおり、君にはまず、《神機》という物について、簡単に説明してあげよう」
再び機械操作に夢中になったサカキ博士を尻目に、支部長は説明を始める。
その表情がどこか楽しげなのは、やはり元技術屋という経歴ゆえなのだろうか。
「君は、アラガミが何で構成されているか、知っているかな?」
「オラクル細胞……ですよね?」
「その通り。アラガミは、『考え、捕食する一個の単細胞生物』……オラクル細胞の集まりだ。そしてオラクル細胞は、この世のあらゆるものを捕食し、その性質を取り込む。これは、同じアラガミであっても例外ではない。このオラクル細胞の特性を利用し、我々が用いる武器として発展させた物こそ、神機」
「つまりある意味、神機もアラガミであると言えるわけさ」
支部長の説明を聞いて、技術屋としての血が騒いだのか、またしてもサカキ博士が横槍を入れてきた。
さすがに怒ったかと思い支部長の顔をうかがうも、やはり慣れているのか、特に気にした様子はなく、再び説明を始めた。
「この神機には、2つの形態が存在する。1つは、近距離戦闘用の剣形態。そしてもう1つが、遠距離戦闘用の銃形態だ。しかしこの2つの形態、特に銃形態には欠点がある。銃形態の神機は、オラクル細胞が変異した特殊なエネルギーを弾丸として放つのだが、当然、このエネルギーは無限ではない。ある程度は、神機に埋め込まれたオラクル細胞が生成してくれるのだが、その量にも限りがあるのだ。そこで今までは、剣形態の神機が、敵であるアラガミを切った際に取り込むわずかなオラクル細胞を、銃形態の神機に補充するという手段を用いていた。しかし、アラガミとの激しい戦闘中にそれを行うなど到底不可能である以上、そのやり方ではどうしても限界があったのだ。そこで、此度フェンリル本部技術開発局は、その2つの形態の可変を可能とした、新たな神機を開発したのだ。それこそが、君の神機……《新型神機》、というわけだ」
説明を聞いたキオは、ようやくあの神機の異様な形の意味が分かった。
つまり、剣の柄から飛び出た砲身は、やはり銃。その2つを戦闘中に切り替えながら、状況に応じて柔軟に戦う。それこそが、自分の役目。
「けど、この新型神機というのはなかなかやっかいでね。可変という機能をつけたせいか、従来の神機よりもより厳しい適合条件をクリアしなくては、到底扱うことの出来ない代物になってしまったんだよ」
やっかい、というわりには楽しそうにサカキ博士は言う。
そんな博士とは対照的に、支部長は「さて、ここからが本題だ」と前置きし、真剣な面持ちで再び話し始めた。
「改めて、君の任務を説明する。君の任務は、ここ、極東地域一帯のアラガミの撃退、及び、そのアラガミの《コア》の奪取だ。そしてその資源は、来るべき『エイジス計画』を成就するための礎となる」
エイジス計画。その計画の名は、キオも何度か聞いたことがあった。
人類が生き残るための最後の手段にして、人々の最後の希望。
「エイジス計画とは、極東地区沖合い、旧日本海溝付近に、アラガミの脅威から完全に守られた楽園を作るという計画なのだが……これを成すためには、まだまだ資源が足りない。君には、期待しているよ」
恐らく、支部長もまたこの計画に期待を寄せる一人なのだろう。知ってか知らずか、彼の言葉に熱がこもる。
そして、話すべきことを話し終えた支部長は、サカキ博士に「後は任せた」と告げ、部屋を後にした。
「さて……準備完了だ。そこのベッドに横になって」
「あ、はい」
言われるがまま、キオはベッドに横たわる。
そう言えば、メディカルチェックとは一体何をするのだろう。そう思った彼はサカキ博士に聞くため、体を起こそうとするが、なぜか力が入らなかった。
「少し眠くなるだろうけど、気付けば君はもう自室のベッドの上だ。戦士のつかの間の休息というやつだね。予定では、10800秒だ。ゆっくりお休み」
素直に3時間って言えばいいのに――
そんなことを考えながら、キオの意識は深い眠りへと落ちていった。
気がつくと、キオは見知らぬベッドで横になっていた。
あくびを噛み殺しながら起き上がり、大きく伸びをすると、一言。
「……ここ、どこ?」
考えること数秒。
寝ぼけていた頭もだんだんハッキリしてきて、キオはつい先ほどのことをようやく思い出す。
「そうか……ここ、俺の部屋か」
メディカルチェックに入るとき、サカキ博士は「気づけば君は自室のベッドの上だ」と言っていた。
あの言葉通りなら、この場所はキオにあてがわれた部屋ということになる。
「結構広いんだな……ゴッドイーターの部屋」
ここに来る前に間借りさせてもらっていた部屋を思い起こし、キオは思わず苦笑する。
人が一人が寝れば、もう後は誰も入れないほどの部屋で生活していたのだが、この部屋は軽く10人は寝られるのではないかというほど広い。
しかも、部屋の奥には小さな冷蔵庫や、その上にはコーヒーメーカー。更には大きなソファーなどがあり、キオはどうしても以前の生活との格差を感じざるを得なかった。
「……さて、このあとどうすればいいのかな?」
メディカルチェックのあとも、スケジュールが詰まっているとツバキは言っていた。
であるならば、目が覚めた以上いつまでも部屋にいるわけにもいかないが、かと言ってどこへ行けばいいのかも聞いていない。
どうしたものかと考えていると、突然ドンドンとドアを叩く音が聞こえてきた。
「はいはーい、今開けまーす」
もしかしたらツバキさんだろうか? と思いながら開けてみると、そこに立っていたのはコウタだった。
先ほどと変わらず、黄色い服とオレンジのズボンに身を包んだ彼は、キオの方を見るなり、突然腹を抱えて笑い出した。
「ははははは!! お、お前、なんだよその頭!」
どうやら、原因はキオの髪にあるようだ。
癖の強い彼の黒髪は、元から少しツンツンと逆立っているのだが、これが寝起きともなると更にひどくなり、爆発したかのような髪型になるのだが、それがコウタにはツボだったらしい。
「それより、何か用? あっ、もしかして、ツバキさんに呼ばれた?」
いつまでも笑い続ける彼にキオが尋ねると、ようやく落ち着いたらしいコウタは、「そうだった!」と前置きし、口を開いた。
「今すぐ訓練を始めるから、キオを連れて訓練場まで来いってツバキさんが。早く行こうぜ!」
言い終わるが早いか、コウタは踵を返し、エレベーターの方へと走っていく。
「あっ、ちょっと待ってよコウタ!!」
慌てて追いかけながら、キオは、果たしてツバキさんの訓練とはどういったものなのだろうかと、そんなことを考えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い呼吸を繰り返し、キオとコウタの2人は訓練場を走っていた。
訓練場に着いた彼らに対し、ツバキがまず始めに命じたことは、「私がいいと言うまで全力で走れ」というものだった。
言われるがままに走り出した2人は、知らないうちに自分の足が速くなっていることに気付いた。
その上、いくら走っても全く疲れない。
いつまででも走っていられそうな感覚に楽しくなってきた2人は、言われるまでもなく全力で訓練場を何周も、何十周も走り回った。
とは言え、流石に永遠に走り続けられるわけはなく、体力の限界は突然訪れ、2人仲良く一気にペースが落ちる。
しかし、ツバキさんはその時こそを待っていたかのように、具体的な数字を俺達に示した。
「後100周!!」……と。
「俺、もう、無理……」
残りはまだ90周ほどと言ったところで、コウタはその場にへたりこんだ。
それに釣られ、キオも足を止めてしまう。
「まぁ、初日はこんなものか……」
そんな彼らの様子を初めから予想していたのか、ツバキは特に怒るでもなく、手に持ったファイルに何かをメモしていた。
そして2人に近づいて来るなり、言った。
「どうだった? ゴッドイーターになって始めてのランニングは」
聞かれ、2人は呼吸を整えながら、なんとか答えた。
「最初は、すごい速く走れて、疲れないし、驚きました……けど」
「なんでかな……急に疲れがドッと来たんだよな……」
彼らの言葉を聞いたツバキは、満足そうに頷くと、言った。
「お前達も知っての通り、ゴッドイーターは神機をコントロールするため、その腕輪から定期的に《偏食因子》を摂取している。だがこの偏食因子から得られる恩恵は、単に己の神機に喰われなくなるだけではない。同時に、人間の身体能力を極限まで高める効果もある。この高い身体能力のおかげで、ゴッドイーターはアラガミとも互角に渡り合えるわけだ。しかし、突然上がった身体能力だ。慣れるにも時間がかかる」
確かに、とキオは思った。
ゴッドイーターでない普通の人間でも、歳をとって体力が衰えると、昔の体力と同じ感覚でいるためにうまく走れず、転んでしまったりするだろう。そして小さな子供などは、自分の体力の限界が分からず、力尽きてパタッと眠るまで動き回ってしまうことが日常茶飯事だ。
「つまり今のお前達は、自分のこともわからん無知な子供と同じということだ」
ツバキの言葉に、コウタは苦笑を浮かべる。
しかし、キオは
「自分のこともわからない……か」
その言葉が、いつまでも頭の中に響き、とても笑って流すことは出来なかった。
なんか主人公あんまり喋ってない気がする。
こんなところ原作リスペクトしなくていいのになぁ……まぁ、こんなもんですかね?
えっ、戦闘はどうしたって? 多分あと2話は先になりますね!←おい
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第二話 訓練
よって結構早め? に投稿出来ました。
……この暇な時間、いつまで持つかな?
キオとコウタがゴッドイーターになった日から、早いものでもう1週間の時が流れた。
この間、2人は毎日のように訓練を続けてきた。
ランニング、筋トレなどの肉体的なものだけでなく、その合間には、今まで確認された主なアラガミとその特徴、攻撃パターンや短所。更に自分達の使う神機の種類や特徴などの勉強もした。
コウタはよく勉強中に居眠りをしては、後にそのことを聞いたツバキさんに怒鳴られていたが、概ね順調に訓練は進み、遂に今日からは、神機を用いた本格的な戦闘訓練に入ることとなったのだ。
初の戦闘訓練だ。流石に、いつもは怖いもの知らずと言った感じのコウタも、やや落ち着かない様子でツバキさんを待っている。
「なぁキオ」
「何?」
「戦闘訓練って何するのかな?」
「さぁ?」
「………………」
キオも緊張しているのだろう。コウタへの受け答えが、ついいつもより素っ気ない物になってしまう。
とは言え、さすがにこれからすぐ危険な訓練が始まるとは思っていない。
この一週間、ツバキの訓練はスパルタでこそあったが、休憩の時間はちゃんと用意されていた。
曰く、「体を壊しては元も子もないからな」とのことだったが、その言葉を告げた時のツバキさんの表情が、いつになく優しげだったのは、決して勘違いなどではないはずだ。
と、そんなことを考えていた時。
『聞こえるか? お前達』
マイクを通したツバキの声が、訓練場に響き渡った。
見上げてみると、以前適正試験を行った時、支部長が立っていた場所に、今は彼女が立っていた。
「あれ? ツバキさんなんでそこに?」
今までは直接訓練場に足を運び、俺達に指示を飛ばしていたツバキが、今日はあんなところにいるということにコウタが疑問の言葉を投げかける。
しかしその理由は、言われてみると至極当然の理由だった。
『お前達のような新米が神機を振り回す場所など、危なっかしくて近づけるか』
言われ、思わずキオは苦笑する。
確かに神機を振った時、もしすっぽ抜けでもしたら危険極まりないが、つまりはそれが起きる可能性があると思われているということになる。
早く信用されるくらいになってやる。とキオが心に決めていると、ツバキはそんな彼に早速指示を飛ばす。
『さて。早速だが、まずは射撃訓練を行う。キオ、お前は神機を銃形態に変形しろ』
「は、はい」
コウタの神機は、旧型の遠距離用神機、《モウスィブロウ》。
なので可変機能などなく、初めから銃形態だ。
一方新型のキオは、普段は剣形態になっているので、射撃訓練を行うには変形させる必要がある。
彼は軽く目を瞑り、神機に向け、念じるように命令を出す。
命令を受諾した神機が微かに震えたかと思えば、剣が柄の部分に半分ほど収納され、それとは逆に大砲のような砲身が飛び出し、変形が完了する。
この間、約2秒と言ったところか。キオが神機を変形させるのはこれが初めてだったために少々遅い。
しかし、慣れれば誰でも1秒程度にはなるとツバキから聞いていたキオは、特に気にせず彼女の方に向き直った。
『それでは、これからお前達が打つ“的”を出す。こいつはオラクル細胞で作られた擬似アラガミだが、まぁ、お前達を喰ったりすることはないし、今回のやつは動かないよう調整してある。取り敢えず、これで自分の神機の射撃感覚を掴め』
2人の正面、50mほど離れたところから、突然黒い塊が2つ飛び出す。
大きな尾を持ち、屈強そうな二本足をしたその姿は、《オウガテイル》というアラガミによく似ている。
ただ、オウガテイルは全身が白いのに対し、こちらはまるで黒いスライムを無理矢理オウガテイルの形にしたような、そんな姿をしていた。
最初はその異様な姿に躊躇した2人だったが、ツバキさんの言った通りその場から動かないことを確認すると、コウタは神機を持ってないほうの手をあげ、
「じゃ、コウタ撃ちまーす」
と宣言するなり、モウスィブロウを構えて照準を合わせ、いきなり引き金を引いた。
鈍い発射音とともに放たれた弾丸は、赤色の軌跡を描きながら擬似アラガミに向けて疾駆する。
しかし、直撃するかに思えたその弾丸は、僅かに右上に逸れ、奥の壁に僅かな焦げ跡を残すに終わった。
「あー……おしかったね、コウタ」
てっきり当たらなくて悔しがっているかと思い、そう声をかけたのだが、コウタは何やら顎に手をつけ、ブツブツと呟いているのみで、キオの声は届いていない様子だった。
「コウタ?」
「よしっ、もう一発! 行け!!」
気合の一声とともに、コウタは再び引き金を引く。
するとどうだろう。先ほどは僅かに逸れた弾丸が、今度は狙い違わず擬似アラガミの中心を射抜く。
「まだまだ!」
続けざまに、彼は3度引き金を引く。
そのどれもが最初に当たった弾丸とほぼ同じ軌跡を描き、吸い込まれるように擬似アラガミの傷口に命中していく。
そして計4発の弾丸を受けた擬似アラガミは、そのまま黒い塵となり、消滅した。
「よーっし、決まったぜ!」
「すごい……」
5発撃ち、最初の一発以外は全て命中。しかも、ほとんど着弾地点がズレていなかった。
とても初めて撃ったとは思えない正確さだ。
『ふむ……なら、次はキオ、お前が撃て』
「はい!」
俺も負けてはいられない、と気合を入れ、キオは神機を構える。
銃口を擬似アラガミに向けて揃え、狙いを定めて、一気に引き金を引き絞る。
通常の銃では考えられないほどに大きな反動を腕に感じると同時に、火の属性を持った赤い弾丸が銃口より放たれる。そして真っ直ぐに、
バチィン! という音とともに、ツバキの目の前で、ガラスにブチ当たった弾丸が弾け飛ぶ。
『………………』
「あーあ……やっちゃったな、キオ」
「わ、わざとじゃないよ!? 誓ってわざとじゃないっ!!」
わざとじゃない、と言っても、コウタの呆れ顔は増すばかりだ。
それもそうだろう。何せ、擬似アラガミからツバキのいる位置までは、5メートル近い距離があったのだから。
いくら初めてとは言え、このズレはないだろうとキオ自身も思った。
「だ、だったらもう一回……!」
コウタだって一発目は外したのだ。きっと、次こそは……!
そんな、祈りにも近い思いを込め、キオは再び引き金を引く。
そして放たれた弾丸は、不幸にも
「………………」
恐る恐る、歯車の壊れた機械人形のようにキオは顔を上げる。
そこには、絶対零度の微笑を浮かべる、ツバキの姿があった。
『一応聞いておく……今のは、狙ったのか?』
「いいえっ!! 断じて違いますっ!!」
ツバキを神機で狙い撃つなどという恐れ多いこと、キオにはとても出来るはずがない。
なので彼は全力でツバキの言葉を否定し、それでも足りないかと首を千切れんばかりに左右に大きく降る。しかし彼女は、一言『そうか』と言うと、表情を変えぬまま、言った。
『つまりお前は、予定していた射撃訓練では到底実戦に出られぬほど射撃は下手くそですと、そういうわけだな?』
え? と、何か嫌な予感がキオの頭をよぎったと同時に、ツバキは冷徹に言い放った。
『お前の射撃訓練の量を、取り敢えず倍に増やす。……今日は休む暇はないと思え』
「え~っ!?」
悲痛な叫びを上げながら、キオは、ツバキさんを怒らせるとやっぱり怖い、と再確認するのだった。
「はぁ~……」
深い溜息を一つ吐き、キオはベッドに身を投げる。
反動で少し跳ね上がるほど柔らかな感触が心地よいが、それすらも彼の憂鬱な気持ちを和ませてはくれなかった。
というのも、
「元気出せよキオ。射撃なんて、そのうち上手くなるさ!」
コウタの楽観的な言葉に、キオは更に深々と溜息をつく。
そう、あれから何時間と訓練をしたのだが、キオの射撃技術は一向に改善されないのだ。
一応、マシにはなっている。
最初は5メートルズレていた弾丸も、取り敢えず5メートル弱の範囲には必ず入るようになったのだ。
もっとも、彼がこのことをコウタに言ったところ、「それ、全然変わってないじゃん!」と笑われたのだが。
「はぁ……もうちょっとツバキさんからアドバイスが貰えればいいんだけど」
ツバキは、今でこそ教練担当者を行っているが、かつては凄腕の遠距離神機使いだったという。
なので、もっと彼女から直接アドバイスを貰えればマシになるかもしれないのだが、やはりそう暇な人ではないため、あまり長く訓練場にいられないのだ。
では訓練はどうしているのかと言うと、普段は2人に何かしらの訓練メニューを渡し、それに従って自主訓練をしているような形を取っている。
しかし、やはりそれではあまりアドバイスを貰えないので、体力云々の訓練はともかく、こういった技術的な訓練は少し困るのだ。
ならばとコウタにアドバイスして貰ったりもしたのだが……
「だからさ、こう神機を構えて、擬似アラガミがいるだろ? そっちに銃口を向けてだな、後はそのままドーンと撃てばさ、ちゃんと当たるんだよ!」
この通り、抽象的過ぎてあまり参考にならないというのが本音だった。
「いや、その……もっとこう、コツみたいなのないの?」
「そう言われてもなぁ……」
なんともバツの悪そうに頭を掻き、コウタはそっぽを向いてしまう。
なんでも彼が言うには、「なんとなく、こんなもんかな? って撃ってみたら、普通に当たった」だそうで、具体的にどうすればいいかはよく分からないらしい。
「まぁ、そんなことは置いといてさ、気晴らしにバガラリーでも見ない? 俺、これまでの話全部持ってるからさ! オススメはやっぱり234話かな? あの話はさ……」
コウタが嬉々とした表情で勧めてくるバガラリーというのは、一言で言えば単なるドラマだ。
最近ちまたで凄まじい人気を誇っているのだが……キオにはあまり興味がなかった。
しかし、コウタはこのドラマの熱狂的なファンで、1度語り出すとゆうに3時間は話してしまうということは、キオはこの一週間で嫌というほど分かっていた。
そんなコウタのお誘いをやんわりと断ったキオは、そのまま彼の部屋を後にすると、エントランスへと足を運んだ。
特に用事があったわけではないが、何もない自室に一人でいる気にもならなかったので、自然と来てしまったのだ。
「よぉ兄ちゃん、あんまり見ない顔だけど、新米かい? 良かったら買ってかない? 安くしとくよ」
そんなキオを目ざとく見つけたのは、エントランスでゴッドイーター相手に商売をするよろず屋だ。
ちなみに、まだ実戦に出ていないキオには給料が入らないので、当然物を買う金などない。
「ごめん、俺まだ訓練生だから、お金ないんだ」
正直に言うが、よろず屋は「まぁまぁ、見るだけ見てってよ!」と商売人らしく食い下がってくる。
特にすることもなかったキオは仕方なくその場にしゃがみ込むと、布の上に並べられた品々を一つずつ手にとっては確認していく。
「……何これ? 鉄?」
「いんや、マグネシウムさ。神機の強化に使えるらしいぜ?」
「こっちの錠剤と薬品は?」
「回復錠とОアンプルだな。回復錠は一錠飲めば、たちまち体内のオラクル細胞が活性化し、傷が癒えるという優れ物。Оアンプルも、口から摂取することで遠距離型神機が放つオラクル細胞が腕輪を介して補充されるっつー一品よ。どっちも便利だぜ?」
「え~……」
他にも、やれアラガミから取れた体液だの、対アラガミ用のスタングレネードだの、更には、遠距離型神機がオラクルエネルギーを弾丸に変化させるのに使われる、《バレット》まで置いてあった。
なんだか胡散臭い商品が多い上、どこから手に入れたんだと言いたくなる物まであり、本当に効果がある物なのか非常に疑わしい。
「そんな顔しなくても、この人の店不良品は滅多に置いてないから、心配しなくていいよ」
そんな考えを見透かしたような言葉に驚き、キオは反射的に顔を上げる。するとそこには、一人の少女が立っていた。
銀色の髪にゴーグルをかけ、服はおろか顔にまでオイルがついた彼女の姿は、キオは確かに見覚えがある。
「そうだ。君、あの時の……」
「ん。覚えててくれたんだ」
そう、キオがゴッドイーターになった日、研究室への道を教えてくれたあの少女だ。
自己紹介はしていないので名前は知らないが、彼女もキオのことを覚えていたようだ。
「そう言えば、自己紹介まだだったね。私、楠リッカ。整備班で、主に神機のメンテナンスを担当してるんだ」
彼女も同じことを考えたのか、丁寧に自己紹介をしてくれた。
ならば自分もと、キオは口を開く。
「俺は神崎キオ。一応、ゴッドイーターだよ。まぁ、まだ見習いみたいな感じだけどね」
ははは、と笑うキオに、彼女――リッカもクスッと微笑むと、言った。
「知ってるよ。君、有名人だもん」
何か有名になるようなことしただろうか? と、キオは頭を捻るも、中々思いつかない。
すると、そんなキオに対しリッカは一瞬ニヤリとした表情を浮かべ、言った。
「この支部初の新型神機の適合者にして、恐れ多くもツバキさんを神機で狙い撃った初めての人でしょ? そりゃあ有名にもなるよ」
「ぐはっ!?」
リッカの一言は神機の放った弾丸よりも深くキオの心を抉り、彼は地面に突っ伏した。
まさか、今日あったことがこうも早くこの極東支部――通称《アナグラ》に広まるとは思ってもいなかったのだ。
しばらく部屋に篭っていたい衝動に打ちひしがれていると、流石に見兼ねたリッカが優しく彼の肩を叩き、助け舟を出してくれた。
「まぁ、最初はそんなこともあるよ。いつまでも気にしないで、次はちゃんと当たるように練習すればいいじゃない。……あっ、そうだ」
何かを思いついたかのように、リッカは手を打つと、キオにこう提案した。
「ちょうど今、訓練場で君と同じタイプの銃身パーツを持った遠距離神機使いの人がいるからさ、彼に聞けば、少しはいいアドバイス貰えるかもよ?」
「俺と同じ……?」
キオの神機は《新型神機》等と銘打ってはあるが、実際に神機に取り付けてある刀身パーツと銃身パーツは、旧型神機の物と別段変わりはない。
もちろんキオの神機に取り付けられた、ショートブレード型刀身パーツ《ナイフ》と、ブラスト型銃身パーツ《20型ガット》も、神機使いの間ではごくありふれた物だ。
つまり、キオと同じブラスト型の銃身パーツを持つ遠距離神機使いがいるならば、話を聞いて損はないはずだ。
「……よし、なら早速行ってみるよ。いろいろとありがとう、リッカさん」
恐らくリッカは、ツバキさんあたりから訓練の状況を聞き、わざわざ励ましに来てくれたのだろう。
そう思ったキオはリッカにお礼を言うが、彼女は「そうじゃなくて」と言うと、笑顔でこう言った。
「リッカでいいよ。私も君のこと、キオって呼ぶからさ」
そう言って、ウインク一つ。
顔がオイルで汚れていることなど、どうでもいいと言えるほど可愛らしい仕草に、キオは思わず視線をそらす。
そんなキオの様子に、またしてもリッカはクスッと微笑むと、「またね、キオ」とだけ告げ、その場を後にしたのだった。
「うん、またね、リッカ」
去っていくリッカの背中に向けてそう言うと、キオも訓練場へ向けて歩き出した。
訓練場に着いたキオは、そこで壮絶な光景を目にした。
一人の若者が、4体もの擬似アラガミを相手に戦っているのだ。
キオとコウタの2人が的として使った擬似アラガミと同じ姿。しかし、素早く動き回りながら彼に襲いかかるそれは、もはやアラガミそのもの。
そんな擬似アラガミの内1体が、ちょうど彼に向けてその全身でもって体当たりを仕掛ける。
「ふっ!」
それを横に転がりながら躱した彼は、飛びかかった勢いを殺すためにその場で停止している擬似アラガミに向け、神機の引き金を引く。
放たれた弾丸は、キオやコウタが訓練で使っていた弾丸と違い、重力に従って弧を描きながら擬似アラガミへとぶつかった、その時。
とてつもない爆音とともに、赤い爆炎が立ち上り、一撃で擬似アラガミは沈黙する。
あれは、ブラスト型の遠距離神機が得意とする《モルター》と言う名のバレットから放たれる、『破砕』属性を持った弾丸だ。弾丸が何かに触れた瞬間爆発し、その高い威力で持ってアラガミを粉砕する。
しかし、爆発元である弾が重力に逆らえないために射程が短い上、オラクル細胞の消費量が多く長期戦に向かないという欠点がある。
だがその威力は、そんな短所を補って余りある効果があった。
そして若者は擬似アラガミを倒せた事を確認するや否や、すぐさま前転して場所を移動した。その直後、2体の擬似アラガミが横から彼の元いた場所に飛びかかってくる。
見えていたわけではないだろう。しかし、彼は初めから擬似アラガミがそう動く事を分かっていたかのように、躊躇いなく神機を構えながら振り向き、間を置かずにすぐさま2度引き金を引く。
放たれた2発の弾丸は、どちらも狙い違わず擬似アラガミの頭を吹き飛ばし、残りは一体のみとなる。
しかしそこで、最後の一体は意地を見せた。最初の1体を若者が倒した時のように、神機で射撃をした際に生じる僅かな隙をつき、彼に飛びかかったのだ。
「くっ」
不意をつかれた若者は、あわやというタイミングで前方に身を投げ出し、ギリギリで回避に成功する。
そして起き上がった彼は、擬似アラガミが再び攻撃を仕掛ける前に、素早く倒す。
「すごい……」
最後は少し危なげだったが、それまでの動きは完璧だった。
キオが感嘆の声を上げると、それに気づいたらしい若者が、派手な赤髪を横に払いながら近づいて来た。
「君は……ああ、君が例の新人クンかい? 噂は聞いているよ。……って、どうしたんだい?」
「……いえ、なんでもないです」
やっぱり噂広まってるのか……と、本当にしばらく部屋に篭っていようか真面目に考え始めていたとは言えず、キオはそう誤魔化すと、若者は「そう、ならいいけど」と軽く流した。
「ところで、僕に何か用かい?」
「あ、そうだ。実は……」
キオは彼に、自分は射撃が苦手であること、今日一日訓練して、一向に改善されないことを告げ、その上でアドバイスが欲しい、と頼み込んだ。
話を聞いた彼は、ふむ、と一考すると、キオに向けて口を開いた。
「まぁ、アドバイスくらいは構わないけど……射撃技術なんて物は、一朝一夕でそうそう上達する物じゃあない。そんなに焦らなくても、じっくり訓練すれば、誰でも上達すると思うよ?」
確かに彼の言うとおりだろう。いくら一日中訓練したとは言え、まだ初日。いくら酷い射撃精度であっても、まだまだ焦るには早いかもしれない。
だが、それでも。
「俺は……早く強くなりたいんです。早く強くなって、アラガミと……ちゃんと、向き合わなきゃいけないんだ!」
擬似アラガミのようなマガイモノでなく、れっきとしたアラガミと。
そう告げると、若者は突然笑い出す。
バカにされたのかとキオは憤慨するが、どうやらそうではないようだ。
「その心意気、気に入ったよ。僕はエリック。エリック・デア・フォーゲルヴァイデ。その心意気に免じて、君の訓練に付き合ってあげるよ。ま、君も僕を見習って、早く人類のため華麗に戦いたまえ」
そう言って、エリックはキオに手を差し出す。
そして、キオは彼の手を握り返すと、言った。
「ありがとう。俺はキオ、神崎キオだ。よろしく」
こうしてその日は、時間の許す限り、2人は訓練場で射撃訓練に勤しんだのだった。
戦闘は2話先までないと言ったな? あれは嘘だ。エリックつえー
そして次回はようやく実戦! 最後のキオのセリフは特に関わらないけどね!
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第三話 初陣
結果
リンドウさんは悪ガキだった←予想通り
カノンの命中率は5割←キオよりマシ(あれ?)
ジーナさんは胸のことを気にしている←意外
ソーマがエリックにデレていた←驚愕
とまぁそんなことはさておき、感想でキャラの設定を書いたらどうかと言われたので、取り敢えずあとがきにでも書いてみます。一話使うほど書くこともないので←おい
巨大なビル郡が立ち並ぶ、喧噪に包まれた街――
ここがそんな街だったのは、一体いつの話なのだろうか。
かつてどこかの企業が栄華を極めたであろうビルには大きな風穴が空き、人々が行き交った道路は荒れ果て、コンクリートどころか草木の一本も残ってはいない。
町の中央で、いつも人々が神に救いの祈りを捧げていたであろう教会も、今はただ寂しい風の音がするばかりとなっている。
《贖罪の街》。それが、この場所の今の呼び名だ。
アラガミによって滅ぼされ、今なおアラガミがエサを求めて徘徊するこの街に、当然ながら彼らは遊びに来たわけではない。
今日がキオの、ゴッドイーターとしての初任務の日なのだ。
「準備できました」
神機を片手に、後ろで待っていてくれている上官に向けてキオは言う。
しかしその上官――雨宮リンドウは、突然ニヤッとした笑みを浮かべると、軽い調子でこう言った。
「ちゃんとリッカから貰った道具も準備出来たのか? 忘れてきたなんて言ったらリッカが泣くぞ~?」
今回、初任務に赴くキオに向け、リッカは「なんか心配だから」と、いくつかアラガミとの戦いで役立つアイテムを手渡した。
リンドウが言っているのはそのことなのだが、ここに来る道中、彼はずっとそのことで「お熱いね~」などとキオをからかい続けているのである。
こちらの反応を楽しまれていると分かっていても、キオはやはり言われるたび、慌てて否定してしまうのだ。
「ちゃんと準備出来てます! 心配ご無用です!」
半ば自棄になりながら言うと、さすがにリンドウも「はっはっは、冗談だよ」と言い、すぐに表情を真剣な物へと変える。
「じゃ、今日の任務を確認するぞ。目標は《オウガテイル》一体。単体でしか確認されてないが、こいつ等は群れを作ることが多いから、もしかしたら別のところで潜んでる個体がいる可能性もある。気をつけろ」
リンドウの忠告に、キオはふむふむと頷きながら聞き入った。
さすが、長年ゴッドイーターをやっているだけあり、予測にも説得力がある。
「そんなわけで、俺からの命令は3つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良ければ不意をついてぶっ殺せ」
最後に「あっ、これじゃ4つか?」と肩をすくめるお茶目な一面を見せつつ、リンドウは言う。
常に飄々として軽い感じの男だが、その態度の裏には、ゴッドイーターとしての確かな覚悟がある。そうキオは思った。
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
リンドウの声に押され、キオは贖罪の街へと足を踏み入れるのだった。
「あ~っ、大丈夫かなキオのやつ!」
ニット帽越しにがーっと頭を掻き、コウタはそのまま長椅子に身を投げ出す。
行儀が悪いことこの上ないが、昼間のエントランスは人が少ない上、元々コウタはそんなことを気にするような
「全く、少しは落ち着いたらどうだいコウタ? 彼の相手はオウガテイルが一体。リンドウさんもついてるし、死にはしないさ」
そんなコウタに、そばに座っていたエリックが呆れ顔で言う。
すると、声に反応したコウタが飛び起き、反論すべく口を開いた。
「だってさ、結局あいつ、遠距離射撃ほとんど当てられないまま出撃しちまったんだろ? 心配にもなるよ」
「……あれは筋金入りだったね」
初めてキオと会った日からの訓練の日々を思い出し、エリックは苦虫を噛み潰したような顔になる。
そう、あの日からというもの、毎日欠かさず訓練したのだが、結局キオの射撃は3m程度のズレが残ってしまったのだ。
ちなみに、的中率で言うならば1割以下である。
「けど、剣の腕は良かったから出撃させてもらえたんでしょ? 取り敢えず実戦慣れさせるってツバキさん言ってたし」
何かのドリンクを片手に、リッカが言う。
実は、キオは射撃が滅法苦手だが、剣の方は割と得意だったようで、射撃訓練の半分以下の訓練時間しかなかったにも関わらず、そちらの方は実戦レベルまで上達していたのだ。
新型でなく、旧型の近距離神機に適合していたらどれだけ楽だっただろうと、冗談抜きで言えるほどである。
「ともかく、僕達がここでとやかく言っても仕方ない。彼を信じて待とうじゃないか」
どこまでも落ち着き払っている様子のエリックだったが、先ほどからずっと彼が出撃ゲートの方を見ていることをリッカは気づいていた。
なんだかんだ言って、彼も初陣であるキオのことが心配なのだろう。
「ちゃんと無事に帰って来てよ……使ってくれる人がいないと、せっかくの新型もいじり甲斐ががないんだから」
この場にいないキオに向けてそう呟くと、リッカはドリンクの中身を一気に煽るのだった。
「せいっ!」
振り下ろした神機が、オウガテイルの頭を切り裂く。
しかし、
(浅い……!)
剣の切っ先が軽く掠った程度で、倒すことはおろか、よろけさせるほどのダメージも通らない。
ならばともう一度神機を振りかぶると、目の前をオウガテイルの大きな尾が通過した。
「うわっ!」
空を裂く風切り音に、キオは冷や汗が流れる。
当たらなかったのはただの運だ。キオは咄嗟に距離を取り、1度心を落ち着ける。
贖罪の街に足を踏み入れたキオとリンドウは、すぐに街を徘徊するオウガテイルを発見、交戦を始めた。
しかし、予定通り敵が一体だけということを確認すると、リンドウは自ら手を出さず、いつでも飛び出せる場所で待機を始めた。
以降、キオは1人で戦っているが、予想以上に硬いオウガテイルの外皮とそのスピードに手間取り、中々決定的な攻撃が出来ずにいた。
「突っ込みすぎだ、新入り! もっと隙を伺え!」
リンドウから指示が飛ぶが、新人のキオにはどれが明確な隙なのかわからないというのが現状だった。
今も、ただ無闇に突っ込んだわけではなく、一応はオウガテイルの突進終わりを狙ったのだ。
(さて……どうするか……)
考えている間にも、状況は動く。
オウガテイルが尻尾を振りかぶるような動作をしたかと思えば、その先から大きなニードルを飛ばしてきたのだ。
「おっと」
横にステップを踏み、キオは飛んできたニードルを回避する。
その直後、神機と同じくらいの大きさがあるニードルが地面を抉る音を聞き、思わずキオの意識はそちらを向いてしまう。
するとその隙を狙い、オウガテイルがキオに飛び掛ってきた。
「ぐっ!?」
咄嗟に、キオは神機の鍔にあたる部分に取り付けられたシールド――《対貫通バックラー》を展開し、その攻撃を防ぐ。
腕が痺れるのではないかという衝撃に顔をしかめつつも、なんとか耐え切ったキオは、追撃が来ないうちに再び距離を取った。
「このままじゃ……そう言えば、リッカからもらったアイテムの中に、スタングレネードがあったっけ」
リッカからもらったアイテムは、全部で3つ。
ゴッドイーターの体力を回復させる回復錠と、スタングレネード。そしてもう1つ、丸いカプセル状のアイテムがあるのだが、それがなんなのかキオには分からなかった。
ともかく、肝心のスタングレネードは、破裂と同時に強力な閃光を撒き散らし、アラガミにめまいを起こさせる力がある。これを使えば、確実な隙を作れるだろう。
そう思い、キオはスタングレネードを手に取りかけるが、やめた。
(これくらいでアイテムに頼ってちゃ……ここから先、生き残れない)
オウガテイルは、比較的弱いアラガミだ。
まだまだ強いアラガミが山ほどいる以上、こんなところでアイテムに頼っていてはいけない。そう考えたキオだったが、それではオウガテイルの隙を作れない。
「……そうだ!」
キオはあることを思いつき、神機を変形、銃形態にする。
これならば安全な距離を保ちつつ攻撃できるが、碌な射撃技術も持たないキオが、これでオウガテイルを仕留めようなどとはさすがに思っていない。
「バレット変更……よし、行け!」
普段訓練で使用していたノーマルなバレットから、破砕属性を持つモルターへと変更し、立て続けに引き金を引く。
距離は訓練の10分の1程度しかないが、動きまわるオウガテイル相手にそのほとんどは狙いを外れ、一発だけ足元に着弾、爆発した。
「ガアッ!?」
爆風に煽られ、オウガテイルがよろける。
そしてその瞬間、キオは剣形態に戻した神機を振りかぶり、オウガテイルの懐へと一気に駆け込んだ。
「喰らえ!!」
袈裟懸けに切り下ろし、手首を返して切り上げる。そしてそのまま左へ薙ぎ払うと、再び大きく切り上げる。
今度こそ確実に捉えた連続攻撃によって、オウガテイルの体は次々と傷が入り、体液が噴き出す。
得体の知れない液体を浴びてしまったキオは不快感に眉をひそめるが、今はそんなことに構ってはいられない。
「これで……」
切り上げた勢いを利用し、ギリギリまで体を捻って力を溜める。
そして、その力を一気に解き放つ!
「どうだぁ!!」
振り下ろされた神機は深々と首元を切り裂き、今度こそオウガテイルはダメージの蓄積で倒れこむ。
アラガミは基本的に不死身だが、ここまで損傷していてはしばらく動けないだろう。
「よくやった。新入りにしちゃあ上出来だ」
リンドウが、キオに労いの言葉をかける。
しかし、キオの表情は未だ険しいままだ。
まるで、何かを警戒するかのように。
「どうした?」
「リンドウさん、まだ何かいます!」
なんだって。というより早く、リンドウもその気配を察知し、辺りを見渡す。
すると、物陰から2人を取り囲むように、次々とオウガテイルが姿を現した。
その数は、5。
「あらら……俺たちも好かれちまったもんだなぁ、新入り。よりどりみどりってか?」
こんな状況であるにも関わらず軽口を叩くリンドウに、キオは苦笑を浮かべる。
「どうせ出てくるなら、いろいろ出てきてくれたほうが俺は嬉しいんですけどね。オウガテイルは今
キオの言葉に、案外ノリがいいやつだな、と思ったリンドウが振り向くと、僅かだが彼の表情に陰りがあることに気付いた。
(コイツも、なにかしら背負っちまってるのかね……)
「リンドウさん、俺行きます」
すると突然、キオは自分達を取り囲むオウガテイルの一体に向け、正面から走り出した。
「おい、待て新入り!」
リンドウの制止を振り切り、明らかに無謀な突進を慣行するキオ。だが、決して無策なわけではなかった。
(もしこの状況を打開できるとしたら……あれしかない!)
飛び込んでくる獲物を、これ幸いと喰らうべく、オウガテイルは大口を開けて喰らいついてくる。
人間など一瞬で噛み砕くであろうその攻撃への恐怖心を必死で押さえながら、キオは回避するでもなく逆に前へ跳ぶ。
すんでのところでオウガテイルの攻撃をかわし、体の下へ入り込んだキオだったが、まだ安心は出来ない。
すぐ隣にある、巨大な樹の幹のような足がもしのしかかりでもしたら、結局は哀れなエサと成り果てるだろうからだ。
転がり出るようにしてオウガテイルの後ろに飛び出たキオは、そのまま無防備となっている尻尾めがけ、神機を突き出す。
しかし、今度は斬るわけではない。
「喰らいつけ!!」
剣形態の神機のみが持つもう一つの形態、捕食形態だ。
剣の柄あたりから生まれた黒い顎がオウガテイルの尻尾を喰いちぎり、取り込む。
そしてそのオラクル細胞は、腕輪を介してキオの中にまで取り込まれ、体中の細胞を活性化させる。
これこそが、捕食形態となった神機が、生きたアラガミを捕食することで得られる力。
《
「ガァァ!!」
今尻尾を喰われたオウガテイルとは別の個体がキオに近づき、ニードルを飛ばしてくる。
やけにゆっくりに見えるその攻撃を難なくかわしたキオは、そのまま先ほどとは比べ物にならないほどの速度でオウガテイルへと肉薄し、右足をたったの一撃で切り落とす。
「ガァァァァァ!!!」
「悪いけど、終わりだ」
倒れ行くオウガテイルに向け、キオは突きを繰り出す。
一撃、二撃、三撃……そして最後に、軽くジャンプをしながら体を横に捻り、落下の勢いと遠心力をたっぷりと乗せた一撃を叩き込む!
「ガ……ァ……」
断末魔の叫びとともに、オウガテイルは塵となって霧散する。どうやら、勢い余ってコアまで破壊してしまったらしい。
不死のアラガミが持つ唯一の弱点。それが《コア》と呼ばれる、アラガミの全身の細胞を統制している指令細胞郡だ。
これを破壊、あるいは摘出されたアラガミは、
そしてゴッドイーターはアラガミの撃退が任務だが、同時に、そのアラガミのコアの回収も任務となっている。
なぜならアラガミのコアというのは、神機や、支部を取り囲む対アラガミ装甲壁に始まり、今や様々な分野で活用される万能資源だからだ。
アラガミによって人類は危機的状況に陥っているというのに、辛うじて全滅を免れているのはアラガミの恩恵があればこそというのは、実に皮肉なものだが。
「はぁ、はぁ、次は……?」
「もう終わったよ、新入り。ご苦労さん」
バースト状態も終わり、息を荒げるキオにリンドウは改めて労いの言葉をかける。
キオが辺りを見渡すと、残っていた4体ものアラガミは、既に全て地面に伏していた。
これをやった人物など、考えるまでもない。
リンドウはたった1人で、キオが1体を仕留めている間に、4体ものアラガミを仕留めてみせたのだ。
「ま、ちょっと無理しすぎな気もするが、動き自体は悪くない。次からはもっと慎重に、な?」
キオの肩にポンッと手を置き、「じゃ、コア回収して帰るぞー」と言い残すと、リンドウは捕食形態にした神機でせっせとオウガテイルからコアを回収し始めた。
それに習い、キオも回収を始めるが、頭の中は別のことでいっぱいだった。
(何も思い出せない……こいつじゃないのか? ……俺を襲った、アラガミは)
では、キオの設定でも軽く書きます。
神崎キオ(16)
使用神機
ショート/ブラスト/バックラーの、ナイフ/20型ガット/対貫通バックラー
2071年フェンリル極東支部第一部隊に極東支部初の新型神機使いとして入隊。
8年前にアラガミに襲われたことで記憶を無くしており、家族構成などは本人も覚えていない。また、襲われた時のことも忘れているため、どんなアラガミに襲われたのかも不明。そのアラガミと出会うことで何か記憶が戻るきっかけになればと思い、神機使いになった。
神機との適合率は高いが、射撃精度は新人として見ても過去最悪。今のところ誤射はないが、ツバキに一刻も早い改善を求められている。
この設定が生きるのはかなり後ッ!←マテ
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第四話 破戒の繭
正直飛ばそうか本気で考えましたけど、そうするとサクヤさんの出番が遥か先になってしまうので書きました。
……カノン達の出番はいつになるんだろう? というか、第三部隊の方々に関しては出番がある話のネタすらない始末。←マテ
……なんとか頑張って話のネタを捻り出そう。
「よっ、新入り」
オウガテイル討伐任務から数日がたったある日。
リンドウは、キオの部屋を訪れていた。
「あっ、リンドウさん。おはようございます」
キオが丁寧に挨拶するが、リンドウはやけに辺りを警戒するようにキョロキョロ見回すと、囁くような声で言った。
「新入り、例の物……」
「ああ、ありますよ」
「ちょっと待っててください」と言い残し、キオは部屋の中へと戻る。
そして、一分ほどたった頃、キオは一つのダンボール箱を持って現れた。
「よいしょっと……これでよかったですよね?」
言われ、リンドウは地面に置かれた箱の中身を確認する。
そこに入っていたのは、いくつもの缶ビールだった。
それを見たリンドウは、途端に破顔して親しげにキオの肩に腕を回す。
「いやぁ、やっぱり持つべきものは優しい後輩だな! これで俺も、しばらくはビールに困らなくてすみそうだ」
そう、リンドウがわざわざキオの部屋を訪れた理由とは、キオに届けられる配給ビールをもらうためだったのだ。
本来なら、未成年であるキオに配給ビールはないのだが、今の時代は特に未成年の飲酒が禁止されているわけでもないので、一応頼めば届くのだ。
だからと言って、決してキオ自身が欲しかったわけではなく、当然、リンドウに頼まれてのことである。
「何か欲しい物があったら遠慮せず言ってくれ。ビールとタバコ以外の配給品ならなんでもやるよ」
「別にいいですよ。特に欲しい嗜好品があったわけじゃないですし」
キオの言葉に、リンドウは「遠慮するなって!」と言いながら乱暴に頭を撫で回す。
そんな彼の行動にキオが戸惑っていると、2人の背後から突然声がした。
「朝っぱらから何をコソコソしてるのかと思えば……そういうこと、リンドウ」
その声に反応し、リンドウはビクッと体を硬直させる。そしてゆっくりと振り向いたそこには、予想通り、一人の女性が立っていた。
「全く……後輩にまでビールをせびりに来るなんて、上官のすることとは思えないわよ?」
呆れ顔でそう言う彼女に、リンドウは慌てて反論する。
「いやあの、これはだなサクヤ、お互いの同意の上での正当な取引であってだな? 決して俺がせびりに来たわけじゃなく……ほらアレだよ、この新入りがどうしても例のジャイアントトウモロコシを食べたいって言うから……」
「えっ、ジャイアントトウモロコシってなんですか? 美味しそうですね」
リンドウの必死の弁明も、キオの何気ない一言で完全に無意味と化す。
もはや呆れを通り越し、軽い軽蔑の眼差しを向けられ始めたリンドウは、わざとらしく「そうそう! 肝心なこと忘れてた」と声を上げる。
「お前ら2人にミッションだ。イカンイカン、すっかり忘れてた。ほらほら、急がないと教官殿に怒られちまうぞ。じゃ、そういうわけだ新入り、ジャイアントトウモロコシはとっといてやるから、ちゃんと2人で生きて帰って来いよ」
「あ、ありがとうございます」
(うまく逃げられたわね……)
2人を急かすや否や、そそくさと退散するリンドウの背を見て、大きな溜息をついたサクヤは、キオとともにエントランスで待つツバキのもとへと急ぐのであった
そこは、一言で言えば異常だった。
中央部は隕石が落ちたかのように抉り取られており、上空は常に重い雲に覆われている。
また、アラガミによる影響なのか、その場所では決して収まることのない竜巻が轟轟と唸り続けており、もし巻き込まれたらと思うと一刻も早くアナグラへ帰投したい衝動に駆られてしまう。
《嘆きの平原》と呼ばれるそこは、巨大なアラガミの頻出区域として知られ、ゴッドイーターも特に気を引き締めて向かわなければならない場所の一つだ。
そんな場所でも比較的安全な高台の上にたどり着いたサクヤは、早速ブリーフィングを行うべく、キオに向けて口を開いた。
「今回の相手は《コクーンメイデン》よ。1度現れればその場所からは一歩も動かない砲台型のアラガミだけど、遠距離ではレーザー、近距離では殻の奥に仕込んだニードルで攻撃してくるやっかいな相手よ。くれぐれも先行しすぎないように、私の援護出来る射程内で行動すること。遠距離型の神機使いとペアを組む場合、これが基本戦術だから、覚えておいてね?」
サクヤの言葉に、キオは素直に頷く。
すると、彼女は笑顔で言った。
「うん、素直でよろしい! 頼りにしてるわ」
そうは言うが、果たして新人の自分がどれだけ役に立つのだろうかとキオは苦笑する。
すると、彼女は優しくキオの肩に手を置くと、言った。
「ちょっと緊張してる? 肩の力抜かないと、いざというとき力が出ないわよ?」
そう言われ、キオは大きく息を吐き、知らず知らずのうちに入っていた力を抜く。
そう言えば、とキオは初陣の時を思い出す。
あの時は、リンドウのやけに軽い態度や言動のせいか、ほとんど緊張することなく戦えた気がする。
ああ見えて、やはり新人の自分のことを気遣ってくれていたのか、とキオが考えていると、サクヤはそれまでの温和な表情を引き締め、告げた。
「さぁ、行くわよ!」
その名の由来ともなった『鉄の処女』という拷問器具によく似た姿をしたアラガミであるコクーンメイデンは、オウガテイルと違って動き回らないため、すぐに見つかった。
最初は一歩も動かないその様子から、楽に倒せるかと思っていたキオだったが、流石にそこまで甘くはなかった。
「危ない!!」
「っ!?」
サクヤの声を聞き、キオはコクーンメイデンから距離を取る。
その直後、コクーンメイデンの体から、無数の棘がキオめがけ高速で飛び出してきた。
あと一瞬判断が遅れていれば、今頃体が穴だらけになっていたことだろう。
しかし安心したのも束の間。コクーンメイデンの頭がパックリと割れたかと思えば、そこから光の弾丸がキオめがけて発射された。
「くっ……!」
キオはそれを横に転がりながら回避すると、即座に神機を変形させ引き金を引く。
しかし体勢が悪かったためか、相手は動かない的であるにも関わらず、弾丸はコクーンメイデンを掠めもせず虚空へ消えた。
「やっぱりモルターの方が爆風の分当てやすいかな……あれ?」
バレットを変更し、再び引き金を引くが神機は何の反応も示さない。
どうやら、弾切れのようだ。
「撃ちすぎた……」
コクーンメイデンの放つ光弾は、注意さえしていれば躱すのはそう難しくない。しかし一方で、体から伸びるニードルの方は目で追えないほど速いため、キオはオウガテイルの時のように、銃撃でまず隙を作ろうと試みたのだ。
しかし、やはりそこは極東支部最低を誇る射撃精度。一発も当たることなく、遂には弾切れを迎えてしまったらしい。
どうしようかと思案していると、キオの背後から一発の弾丸が飛来し、コクーンメイデンを貫いた。
「ほら、早くとどめを!」
「あ、はい!」
キオは慌てて神機を変形させると、サクヤの射撃による痛みなのか、うめき声を漏らすコクーンメイデンに斬りかかる。
それに反応したコクーンメイデンは、すぐさま自らを切り刻む不埒者を追い払おうとニードルを伸ばすが、その時には既に、キオはコクーンメイデンの背後へと回り込んでいた。
「その棘が真後ろに出せないのは分かってるんだよ!」
叫びながら、キオは無防備な背後めがけ、これまで録に近づけなかった鬱憤と、ついでに射撃が全く当たらなかった腹いせも含めた全力の斬撃をお見舞いする。
更にその勢いのまま、二撃、三撃と次々繰り出される斬撃に、コクーンメイデンは後ろに向き直ることすら叶わず、そのまま沈黙する。
それを見たキオは、辺りに別のアラガミがいないことを確認すると、コアを回収すべく神機を捕食形態へと変形させる。
「やるわね。新人とは思えないくらいいい動きだったわよ」
すると、キオに近づいて来たサクヤがそんな事を言う。
「そ、そんなことないですよ。サクヤさんの援護のおかげです」
キオが慌てて否定すると、サクヤはフフフッと笑みを零し、言った。
「確かにあなた、射撃は素人以下だったわね。それと、欲を言えば私の射線上にはあまり入らないで欲しいかな? いくら射程内でも、援護出来なくなっちゃうから」
サクヤの神機であるスナイパー型の銃身は、射程と貫通力に秀でた《レーザー》というバレットを得意とする。これは、弾丸自体が小さく威力が落ちる代わりに、アラガミの強固な外皮すらも容易く貫くのだが、そのアラガミの奥にいる味方に誤射してしまう可能性があるのだ。
そのため、今回のキオのように、アラガミとの射線上で当りもしない射撃を繰り返したりされると困ると言うサクヤの言葉に、キオはうっ、と言葉を詰まらせる。
そんな彼の様子がおかしかったのか、サクヤはまたしてもひとつ笑みを零すと、言った。
「それじゃあ、帰るわよ」
「あっ、はい! ……?」
「どうしたの?」
突然足を止めたキオに向け、サクヤが疑問の声をかける。
すると、キオはやや浮かない表情で言った。
「いや……今、何か聞こえませんでしたか? 獣の咆哮、みたいな……」
「まさか、アラガミ?」
真剣な表情で尋ねるサクヤだったが、キオは曖昧に首を傾げるだけだった。
「分かりません、オウガテイルのじゃありませんでしたし。……すいません、気のせいだったのかも」
謝るキオに、サクヤは「気にしないで」とだけ言うと、彼を伴って再び歩き出した。
(……まさか、ね)
嫌な予感を、胸に秘めながら。
ただサクヤさんを出すだけの話にするのも個人的にダメ。またしても予定より敵アラガミが多いなんてワンパターンなのもツマラン。
というわけでどうしようか悩んだ結果が最後のフラグ立て。
さぁ最後のフラグがなんなのか予想してみるがいい! えっ、バレバレ? そそんな馬鹿な……(汗
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第五話 鉄の雨
これで暇がなくなったらどエライ亀更新になりそうな予感……タグに亀更新入れようかなぁ……
「ふむ……」
何やら難しい表情を浮かべ、エリックは何かの雑誌を読みふけっていた。
時折あーでもないこーでもないとブツブツ呟くその様は、傍から見ればさぞおかしな光景だろう。
「何してるの? エリック」
「っ、なんだ君か」
キオが話しかけてみると、よほど集中していたのか、かなり驚いた様子でキオの方に向き直った。
一体何にそんなに入れ込んでいるのかと、キオがエリックの読んでいた雑誌に視線を落とすと――そこには、年端もいかない少女の写真がズラリと並んでいた。
「…………ああ、エリックってそういう……?」
「キオ、君絶対何か勘違いしているだろう」
なおもキオが疑うような眼差しでエリックを見ていると、彼は深い溜息とともに、そんな雑誌を広げている理由を話し始めた。
「……次の仕事が終わったら、妹に服をプレゼントしてあげる約束をしているんだ。だから、この雑誌で妹に似合う服を探しているんだよ。分かったかい?」
「へー……」
「妹はエリナと言ってね。綺麗な緑がかった銀色の髪をした、可愛らしい子だ」
キオが納得したと見るや、エリックは聞いてもいないのに妹について語りだす。
「僕らは欧州にあるフェンリル傘下企業、フォーゲルヴァイデ財閥の生まれなんだけど、エリナには欧州の空気が合わなかったらしくてね、よく咳の発作を起こしていたんだ。だから、2年前からエリナは一人ここ極東地区の叔母の元に身を寄せているんだ。けど……エリナが極東に移って、一週間くらいしたころかな? あの子から、手紙が来たんだよ」
一旦間を開け、エリックはその手紙に書かれていたことを噛み締めるように、ゆっくりと言った。
「『この辺りのアラガミは、欧州より凶暴で怖い。私もいつ襲われるか』……ってね」
確かに極東地区は、アラガミとの激戦区として知られるが、だからといって他の地域よりアラガミが凶暴ということはない。しかし、それはエリックも分かっているようで、こう続けた。
「もちろん、欧州でもアラガミは凶暴だ。つまり彼女が言いたいのは、こういうことさ。『一人ぼっちは寂しい』……ってね。可愛い妹にここまで言われちゃ、僕だけのうのうと財閥の御曹司なんてやってられないだろう? だから僕は周囲の反対を押し切って神機使いになり、やっとの思いでこの極東支部に……エリナのそばに来られたってわけさ」
穏やかな表情でそう締めくくるエリックには、妹のために命を賭けることへの躊躇も、安全で快適な暮らしを捨てた後悔もない。
つまりはそれだけ、彼にとって妹の存在は大きいのだろう。
「……優しいんだな、エリックは」
だからこそ、素直にキオがそう評すると、エリックは当然だと言わんばかりに胸を張る。
「その方が華麗だろう? エリナも喜ぶし、一石二鳥というやつさ」
「あっ、キオさん、エリックさん」
自慢げに語るエリックの様子に、キオが自嘲気味な笑みを浮かべていると、エントランスでオペレーターを務める少女――竹田ヒバリが、2人に突然声をかけてきた。
「お二人に任務が来ましたよ。場所は《鉄塔の森》、討伐目標は《オウガテイル》と《コクーンメイデン》です。それと、エリックさん」
「なんだい?」
「清掃員の方から言伝です。『あんたはトイレを何回詰まらせれば気が済むんだ、早く使い方を覚えておくれ』だそうです」
ヒバリの言葉に、エリックの顔が笑顔のまま固まる。
そして、ゆっくりとキオの方を向き直り、
「キオ、このことは、エリナには内緒にしてくれたまえ」
と、念を押すのだった。
その様子に、キオが小さく「全然華麗じゃないね……」と呟いたが、彼は口笛など吹きながら、必死で誤魔化すのだった。
古びた鉄塔が木々のように乱立したそこは、まるで鉄で出来た森。
かつて近隣の都市に電力を供給していたそこも、今では大部分が水没し、かつての喧噪は見る影もない。
《鉄塔の森》にたどり着いたキオは神機を持ち上げると、同行者である2人の方を向き直る。
「エリック、準備出来た?」
もう一人の同行者と話し込んでいるエリックに尋ねると、彼は
「僕はいつでも準備万端さ。それに、仮に準備不足でも問題ない、僕は華麗だからね!」
と、よくわからないことをのたまうのだった。
「……おい」
少し油断しすぎな気がしたキオは注意しようと口を開きかけるが、それより早くもう一人の男が言う。
「油断しすぎだ。アラガミに喰われても知らねえぞ」
どこか暗い声で注意されたエリックだったが、彼は軽く受け流すと、言った。
「何、僕と君がいれば、どんなアラガミも敵ではない。だろう? 華麗なる僕の相棒君」
「誰が相棒だ」
相棒発言をあっさり否定されたが、エリックはまるで手のかかる弟を見るような目でやれやれと肩をすくめると、今度はキオのそばに近寄り、囁くような声で言った。
「彼はソーマと言ってね。素直じゃないところがあるけど、根は優しくていいやつだ。君も仲良くしてやってくれたまえ」
エリックの言葉に、キオは小さな笑みとともに頷くと、彼は「さーって!」とわざとらしく声を上げ、一人鉄塔の森の奥地へ向かって歩き出した。
「あっ、待ってよエリック!」
キオもそれに習って歩き出したが、この時、本当に油断していたのはエリックではなくキオなのだと、彼は知ることになる。
例えば、本来いつでも盾を展開出来るよう両手で持ち、腰だめに構えていなければならない神機を、この時は片手で持っていたこと。
例えば、エリックに着いていくことに目が行って、もう一人の同行者であるソーマが、2人から遅れていることに気がつかなかったこと。
そのどちらか一方でも無ければ、このあと、あんなことにはならなかっただろう。しかし、それは起きてしまった。
「エリック!! 上だ!!」
「えっ?」
突然の声。反射的に足を止めて空を振り仰いだそこには、2人めがけて飛びかかるオウガテイルの姿があった。
「しまっ――」
突然のことで反応が遅れ、咄嗟に盾を展開して防ぐという発想に至らない。しかも、ゴッドイーターの筋力からすれば僅かな差だが、神機を片手で持ち上げていたのでは一瞬間に合わない。
喰われる――そう思った瞬間、キオは、横から突然襲いかかった衝撃に吹き飛ばされた。
「なっ……」
突然の浮遊感に戸惑いながら振り向くと、こちらに手を突き出すエリックの姿が見えた。
何が起きたのか、そんなことは簡単だ。
襲い来るオウガテイルに気付いたエリックは、せめてキオだけでもと、彼を突き飛ばし、庇ったのだ。
「うわぁぁぁぁ!!!」
キオがいなくなったことで、オウガテイルの狙いはエリックのみに絞られる。
一片の迷いなく彼に飛びかかった捕食者は、目の前のエサを前に、舌なめずりをする間すら惜しむように、すぐさま口を開け
エリックを、喰らった。
「ぁ……」
「ボーッとするなッ!!」
突然の事で唖然とするキオの横を疾風のごとく走り抜け、ソーマはオウガテイルの体をその巨大なバスターブレード型神機――《イーブルワン》で両断する。
ただの一撃で体を真っ二つにされたオウガテイルは、地面に崩れ落ちる間すら与えられることなく、そのまま塵と消える。
まるで、何事もなかったかのように。
「……っエリック!!」
ようやく我に返ったキオは、横たわるエリックの右腕にはめられた腕輪へと手を伸ばす。
しかしその手は、途中で別の腕に掴まれ届くことはなかった。
「無駄だ……もう、死んでる」
「……!!」
腕輪を介して自らの体力を相手に分け与え、蘇生を促すゴッドイーター特有の治療法、リンクエイド。
しかし、当然それも既に死んだ人間には効果はない。
頭を喰われ、即死したエリックのように。
「なんで……なんでだよ……お前、言ってたじゃないかっ! 妹に服を買ってやるって!! やっと……やっと妹のそばにいられるって!! それなのに……なんで俺なんかを!!」
エリックの体から止めどなく流れ出る血で汚れようと構わず、キオは彼の体を揺さぶる。
しかし、死者が何かを言おうはずもなく、だんだんと冷たくなっていくその体に、キオはただ言葉を投げかけることしかできない。
自分の無力さに、キオは涙が溢れてくる。
「……言っておくが、ここじゃあこんなことは日常茶飯事だ」
未だエリックの死体に向け叫び続けるキオに、ソーマは先ほどと変わらない口調で言う。
声に反応してゆっくり振り向くと、彼はそんなキオに向けて神機を突きつけ、言った。
「お前はどんな覚悟をを持って
「覚、悟……」
理由はある。だが、それは果たして覚悟と呼べるほどのものだろうか?
エリックのように、全てを捨ててまで成し得たかったことだろうか?
どれだけ考えても、答えは出ない。
「……覚悟もなしにこんなところに来たんなら、もう帰れ。……邪魔なだけだ」
そう言うと、ソーマは神機を担いで先へ向かって歩き出す。
確かに、覚悟はなかったかもしれない。だが、だからと言ってこのままでいいのか? とキオは自問する。
そんなことは――
「待てよ」
声に反応し、ソーマはその場で立ち止まると、キオの方を向き直る。
キオは腕で乱暴に目尻を拭って立ち上がると、ソーマと同じように神機を突きつけ、言った。
「エリックは……妹のために戦うって言ってた。それなのに、あいつは俺を守って死んだんだ。だったら、俺があいつの覚悟を継ぐ。あいつが守ろうとしたものも、あいつが守るはずだったものも全て、俺が守る!!」
それがせめてもの、エリックへの償いだと信じて。
「それが……俺の覚悟だ」
「………………」
その時、辺りから獣の咆哮が響き渡る。
と同時に、キオとソーマを取り囲むように4体のオウガテイルが現れ、更には鉄材が組み合わさって出来た高台の上に、コクーンメイデンが2体、突然
「……時間だ、いくぞルーキー」
「……ああ!」
その言葉を合図に、2人は左右に散る。
それを見たコクーンメイデンは、すぐさまその頭から光の弾丸を2人に向けて放つ。
ソーマはチラリと横目でそれを確認しただけで避けるが、キオはそれすらせずに真正面からオウガテイルに向け加速する。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
光弾が背中をかすり、肉が焼ける匂いとともに激痛が走るが、それすら無視してオウガテイルの懐に入り込んだキオは、雄叫びとともに神機を振りまくる。
型も何もあったものではないが、何度も何度も斬りつけられたオウガテイルは、あっけないほど簡単に崩れ落ちる。
「ぐっ……!?」
突如として左肩に感じた痛みに、キオは苦悶の声を上げる。見れば、そこには大きな棘が突き刺さっていた。
そばにいたもう一体のオウガテイルが、キオに向けて尻尾からニードルを飛ばして来たのだ。
肩から次々と血が流れ落ちるが、構いはしない。
既にキオの体は、エリックの血で赤く染まっているからだ。
「こ、のぉぉぉぉぉ!!!」
込み上げる怒りの感情をぶつけるかのように、キオはオウガテイルに斬りかかる。
すぐさまオウガテイルがその牙でもって彼を噛み砕こうと口を開くが、左腕を盾替わりにそれを防ぐ。もうその腕は治療なしでは役に立たないだろうが、代わりに深々と突き刺さった牙は容易には抜けない。
キオは身動きの取れなくなったオウガテイルに向け、力の限り神機を振り下ろす!
「ガァァ……」
「はぁ、はぁ……次ッ!!」
崩れ落ちたオウガテイルからコアを回収するのも忘れて次の敵を探すが、もう既に、辺りにアラガミの姿はなかった。
「おい」
上から声が聞こえ、振り仰ぐと、そこには2体のオウガテイルと、コクーンメイデンを既に仕留め終えたソーマの姿があった。
彼の表情からは感情が読み取りにくいが、どこか悲しげな雰囲気を纏いながらキオを見下ろし、ソーマは言った。
「お前、エリックの覚悟を継ぐって言ったな」
「……ああ」
短くそう答えるキオに、ソーマは冷たく言い放った。
「だったら、もっと腕を磨くんだな。……今のお前じゃ、自分一人守ることすらできやしない」
ソーマの言葉に、キオは歯噛みする。
自分の力の無さを認めるのは悔しいが、少なくとも、今のキオではソーマに遠く及ばないことは明らかだ。
「最後に忠告だ。……死にたくなければ、俺には関わるな」
それだけ言うと、ソーマは鉄塔の森を後にした。
一人残されたキオは、肩に刺さったニードルを抜きながら、そばで横たわるエリックを見る。
あの時、オウガテイルからキオを庇う余裕があったのなら、恐らくは自分だけ助かる道も彼にはあっただろう。
しかし、彼はそれをしなかった。会ってたった数週間しかたっていない、キオを守るために。
「エリック……」
気づけば、鉄塔の森に雨が降り始めていた。
雨はキオの体についた血を洗い流し、赤く澱んで地面へと落ちる。
キオにはその一滴一滴が、まるで鉄のように重く感じられて
雨が止むまで、一歩もその場から動くことが出来なかった。
サラバ、華麗なる我らがエリックよ。安らかに眠れ。マスク・ド・オウガにはならなくてい……おっと誰か来たようだ
しかし、逆上してる(?)とは言えオウガテイル相手にここまでボロボロになる主人公ェ……
こんな調子で大丈夫か? 大丈夫じゃない問題だ←
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第六話 破壊の猿人
今回の話、戦闘描写が半分以上あるんですが、それはほんの数時間で書き終わりました。
そのくせなんでこんなに投稿が遅れたかって? それ以外にものすご~く時間が取られたんだよ!(泣)
リンドウさんの会話はすごく書きやすいんだけどなぁ……
カタカタと無機質な音を立てながら、リッカは専用のマニピュレーターを操作し神機の整備を行っていた。
しかし、いつもはどこか楽しそうにしているそれらの所作も、今日ばかりは重く沈んだ表情で行っている。
「リッカ」
突然背後から呼ばれ、リッカが振り向くと、そこにはキオが立っていた。
彼はどこか虚ろな目で、彼は今リッカが整備していた神機――エリックの神機を見ると、僅かに視線を逸らす。そして、まるで気を紛らわそうとするかのように無理矢理笑顔を作ると、言った。
「俺の神機の強化、もう終わってる? このあとコウタと任務に行くことになったからさ……まぁ、もしまだなら明日にしてもらうけど」
キオの目の前でエリックが喰われてから、まだ数日しかたっていない。新人である彼では、まだ心の整理もついてないだろうに、それでもリッカに心配をかけまいとするその様子に、彼女も負けてられないと小さく微笑む。
「ん、終わってるよ。注文通り、刀身も銃身も装甲も全部改良を加えてあるけど……でも、良かったの? まだ数えるほどしか任務に行ってないのに、パーツを全部強化なんてしてさ。もうすっからかんなんじゃない?」
神機のメンテナンスは、サボると故障の原因になったり、最悪その神機自体が使い物にならなくなったりするため無料で整備班が行ってくれるが、強化は別だ。そして、当然それにかかる代金は強化する神機の所有者持ちなので、実は神機の強化を行う人はあまりいない。
リッカはそのことを指摘したのだが、キオはなんでもないことのように首を振る。
「別に、これ以外に使い道がないから大丈夫だよ。俺はコウタみたいに、仕送りする家族がいるわけでもないしね。それに」
キオの表情が、一気に暗くなる。顔を俯かせ、拳を握り締めると、絞り出すような声で彼は言った。
「早く……せめて、エリックと同じぐらいには強くならなきゃいけないんだ」
目標を持つのはいい。それに向かって頑張れば、キオは強くなるだろう。しかし、リッカは同時に、彼に一種の危うさを感じた気がした。エリックのことを悔やむあまり、強くなることに目が行き過ぎて、周りが見えていないのではないかと。
このままではまずいと、リッカは話題を変えるため口を開く。
「そう言えばさ、キオ……君、ちゃんと盾使ってる?」
「へ?」
「いや、前の任務の時も大分無茶したみたいだし、キオは他の近距離型神機使いに比べて盾につく傷が少ないからさ……気になって」
エリックのことから少しでも離れた話題にしようと思ったのに、結局は神機の話になってしまった自分にリッカは自嘲する。だが、こうなってしまった以上はもう誤魔化すのはやめよう、と考え直す。そして、「そうかな……」と頭を掻きながらそっぽを向いているキオに向け、彼女は出来るだけ優しい声色で、言った。
「別に、神機を傷つけて欲しいわけじゃないけどさ……無理だけはしないでよ? 神機使いに代わりはいても、あなたの代わりは、世界中のどこにもいないんだから、さ……」
もうこれ以上、誰にも死んで欲しくない。そんな思いを今まで何度願っても、一人、また一人と死んでいった。だが、それでも、やはりまた願ってしまう。アラガミと戦う術のない自分には、祈ることしか。言葉をかけることしか出来ないから。
そんなリッカの思いの込められた言葉を聞いたキオは、再び笑顔になると、言った。
「ありがとうリッカ。……それじゃあ、行ってくるよ」
キオは携帯端末を取り出し、コウタに「先に行く」と連絡すると、そばに固定されていた己の神機を手に、戦場へと向かうのだった。
後から追いかけて来たコウタと共に乗り込んだヘリでキオが向かった場所は、《嘆きの平原》。
以前、サクヤと共にコクーンメイデンを討伐したこの場所に、今度は《コンゴウ》というアラガミが出現したと言う。
「キオ、どうする? コンゴウって割とでかいアラガミらしいけど、どっちにいるのかな?」
高台の上で、コウタがキオに尋ねる。
ここ《嘆きの平原》は、全体的に平らな地面が続いているが、中央部だけは竜巻が唸り、その周りは壁のように地面が盛り上がっているため、実際に戦闘出来る場所はドーナツ状の地形となっている。
なので、左右どちらに行こうと奥まで行けば道は繋がっているのだが、始めてここを訪れるコウタにはそれが分からないのだろう。
本来ならば、ここでキオがコウタに説明するべきだ。しかし、キオはただ右の方を眺めるのみで、コウタの質問には答えようとしない。
「キオ? どうした?」
キオの様子を訝しんだコウタが再び呼びかけると、キオは「なんでもない」と首を横に振った。
「どっちにいるか分からないから、ここは二手に別れよう。できるだけ慎重に進めば、不意打ちをくらうことはそんなにないと思う。それで、コンゴウとかいうアラガミを見つけ次第、合図を送って合流。それから2人で戦おう」
神機使いの腕輪には、いくつか機能が備わっている。
腕輪をした人間の生死を確認し、現在地を発信し続けるビーコンや、一定範囲内の仲間に簡単な信号を送る機能などだが、この2つがあれば、ここで二手に別れても簡単に合流出来るというわけである。
「分かった。それじゃあどっちに進む?」
「俺が右に行くから、コウタは左に行って」
驚くほど早く即答したキオに、コウタは僅かに訝しげな視線を送るが、まぁいっか、と呟き、高台から飛び降りた。
「それじゃ、気をつけろよ! また後でな!」
「……うん」
元気よく手を振ると、コウタは慎重に進み始めた。
恐らく、コウタがキオの考えを知ったら、激怒することだろう。だが、キオには、こうするよりほかに方法がなかった。
キオが高台から飛び降り、右側へと回ると、すぐそこにそいつはいた。
丸い体はオウガテイルの2倍はあろうかというほど大きく、その体を支える手足は巨木のように太い。
尻尾と、2足歩行が可能なその姿は猿にも似ているが、背中には明らかに通常の生物ではありえないパイプのようなものがついている。
こいつこそが、今回の標的。《コンゴウ》だ。
「ゴアァ!!」
コンゴウはキオを見つけるなり、地響きが聞こえるほどの力で地面を殴りつけ、威嚇する。
打ち合わせ通りなら、ここでキオはコウタを呼ばなければならない。しかし、キオは神機を構えるだけで、腕輪には見向きもしなかった。
「ごめん、コウタ……生きて帰れたら、謝る。あ、リッカにも無茶しないって約束したんだっけ。リッカにも謝らなきゃなぁ……」
そう、キオは初めから気づいていた。コンゴウがこの場所にいたことに。
気づいていたからこそ、コウタに二手に別れようと提案したのだ。コンゴウと――この危険なアラガミとの戦いで、コウタを傷つけないために。
これが、ただの自己満足だということはキオにも分かっている。
例えこの場でコウタが戦わずしてコンゴウを倒せたとしても、コウタだってゴッドイーターである以上は、もっと危険な戦いに身を投じなければならないことだってあるはずだ。
それでも、キオはこうすることを選んだ。彼を、守るために。
「コウタが戦う必要なんてない……アラガミは、俺が殺す。命に換えても!!」
「ゴアァァァァァ!!!」
その叫びが開戦の合図だったかのように、コンゴウは一気にキオへと肉薄する。二足で立つことも可能なコンゴウだが、移動する時は両手も使うため、巨体が仇となり動きが遅くなることはない。キオの予想より早いスピードで接近したコンゴウは、腕をもたげたかと思えばすぐさまその拳をキオに向かって振り下ろす。
「これくらい……!」
直撃すれば骨の一本や二本は確実に砕けるであろうその攻撃を、キオは一歩後ろに跳ぶことで回避する。
目の前を豪腕が通り過ぎたのを確認すると、キオは挨拶がわりだと言わんばかりに、強化された刀身パーツ《ナイフ改》を、コンゴウの鼻先に突き入れる。
「ガゥ!?」
ただのエサだと思っていたキオの思わぬ反撃に、コンゴウは一瞬怯む。
この程度でコンゴウに痛手を与えられたとはキオも思わないが、それでも隙は隙だ。キオは1度開けようと思っていた間合いを一気に詰め、無防備な腹めがけて神機を振り下ろすと、そのまま斬り上げから斬り払いへの連続攻撃へと繋ぐ。
まずはこのくらいかと考えたキオがそこで一旦距離を置くと、その直後、コンゴウは未だ腹下にいると思っているキオをその巨体で踏み潰さんと、両手を挙げてその場に倒れ込んだ。
無防備と言えば無防備な攻撃方法だが、そのあまりにも大きな巨体が地面に倒れ込んだ衝撃は凄まじく、近くにいたキオは地面の揺れに足を取られそうになる。
もし欲張ってあの下で攻撃を続けていたら、今頃ペチャンコになっていたことだろう。
「けど、取り敢えず先制は出来た」
コンゴウはオウガテイルよりずっと強いアラガミだと聞いていたが、スピードはあまり変わらない。
もちろん、その巨体ゆえのパワーとリーチは驚異だが、注意して見れば躱すことはそう難しくない。
やれる、俺でも倒せるかもしれないという希望が、キオに勇気を与えてくれる。
だが、コンゴウの力は、何もその巨体とパワーだけではなかった。
「なんだ?」
突然コンゴウが距離を取ったかと思えば、体を屈めて背中のパイプをキオに向けるような体勢を取った。
何をする気かとキオは一瞬次の行動に迷ったが、すぐにツバキに教わったコンゴウの攻撃方法の一つを思い出し、慌てて横に向かって大きく回避した。
直後、キオの横を見えない何かが通過した。その何かはキオの遥か後方で崖に激突し、地響きとともに拡散する。
それは、この世界で最もありふれた物である空気を、パイプの中で圧縮、砲弾へと変えて放つコンゴウの攻撃方法の一つだ。その攻撃は、威力もさることながら、空気で出来ているため目視しづらいという非常にやっかいな特性を持っている。
だが
「やっぱり躱せないほどじゃない!!」
地面を蹴り、キオはコンゴウへと肉薄する。
正面から突っ込んでくるキオに向け、コンゴウは再び空気の砲弾を放つが、予備動作が大きいこともあってキオは軽々と回避し、再びコンゴウの懐まで入り込むと、神機を捕食形態へと変形させる。
「喰らいつけ!!」
捕食形態にした神機が、コンゴウの横腹を喰い千切る。
取り込まれたオラクル細胞によってバースト状態となったことを知覚すると、キオはたった今喰いちぎった傷跡に向け、次々と神速の斬撃を繰り出す。
「ゴ、ゴアァァァァ!!!」
周囲に纏わりつく獲物を捉えんと、コンゴウは次々に周囲を殴り、腕を振り回して薙ぎ払おうとするが、どれも当たらない。
バースト状態になったキオには、この程度の速度の攻撃は苦もなく回避出来る。
「ガァァ!!」
ついに痺れを切らしたかのように、コンゴウは体ごと倒れ込んでキオを踏みつぶそうとする。
しかしキオは、この瞬間こそ待っていたかのようにすぐさまコンゴウから距離を取ると、倒れ込んだ衝撃が収まると同時に、無防備なコンゴウの頭めがけ渾身の連撃を浴びせかける。
兜のように顔面を覆う赤い外皮を神機で突く度に、ピシピシと音を立てながら徐々にヒビが広がっていく。
「これでどうだ!!」
トドメだと言わんばかりに、軽いジャンプからの回転切りをお見舞いすると、コンゴウの顔面に入っていたヒビが一気に広がり、外皮が砕け散った。
「ゴアァ……」
頭を腕で抑えながら、コンゴウは今度こそダメージの蓄積で倒れ込む。
だが、まだ終わってはいなかった。
「しぶといな……」
バースト状態が終わったキオは、起き上がるコンゴウを見てそう評した。
恐らくこれがオウガテイルだったなら、もう3度は仕留めたのではないかというほどの斬撃を浴びせたというのに、コンゴウはまだまだこれからだと言わんばかりに咆哮する。
胸をドンドンと拳で叩きながら、息を荒げて叫ぶその様は、まさしくゴリラそのものだろう。
「けど、流石に大分ダメージは蓄積したはずだ」
今、間違いなくコンゴウは攻撃ではなく、痛みに耐え兼ねて倒れ込んだ。
アラガミに痛みを感じる神経があるのかは分からないが、ダメージが蓄積している証拠としては十分だろう。
このまま行けば、勝てる。そう確信し、キオは再び突っ込む。
瞬間、コンゴウと目が合った。キオはその目の奥にただならぬ気配を感じ、突進の勢いが僅かに緩んだ。
その僅かな減速が、キオの命を救った。
コンゴウは、今までとは桁違いに速い速度で、キオを殴り飛ばさんと拳を繰り出してきたのだ。
「なっ!?」
咄嗟に盾を展開して防ぐが、あまりの威力にキオはボールのように弾き飛ばされる。
受け身すら取れずまともに背中から地面に落ちたキオは、衝撃で息を詰まらせる。もしあのままの速度で突進していたら、間違いなく盾を展開することすら叶わずこの一撃で動けなくなっていただろう。しかし、なんとか立ち上がったキオは、トドメを刺そうとパイプを構えているコンゴウの姿を目にした。
再び倒れ込むようにしてそれを躱すキオだったが、痛みのせいで中々もう一度起き上がれない。
「くっ……そっ……」
このままではまずい。そう考えたキオは、懐からスタングレネードを取り出し、コンゴウの鼻先めがけて放り投げた。
しかし、体勢が悪かったためか、スタングレネードはまるで見当はずれの方向へと飛んでいく。
一瞬本気で焦るキオだったが、幸か不幸か、コンゴウの攻撃でキオが痛めつけられていたためにスタングレネードは思いのほか距離が伸びず、辛うじてコンゴウの視界内で炸裂する。
「オオォ……」
強烈な閃光に目を灼かれ、コンゴウが身悶える。
スタングレネードの正確な効果時間は分からないが、そう大して長くはない。
キオはすぐさま回復錠を取り出すと、口に放り込んだ。
すると、スーッと痛みが引いていく感覚とともに体が一気に軽くなり、キオはなんとか再び立ち上がることが出来た。
しかし、その頃には既にコンゴウの視力も回復し、怒り心頭と言った様子でキオに向かって咆哮した。
「怒り……そうか、怒りか」
ここでキオは、もう1つアラガミについて教わっていたことを思い出した。
コンゴウのような中型~大型のアラガミは、オウガテイルのような小型アラガミにはない特性として、『怒り』状態がある。アラガミは、ダメージを蓄積され怒りが頂点に達すると、動きが早くなったり外皮の硬さが変化したり、更には攻撃力や攻撃パターンまで変化することがあるという。
つまり今のコンゴウは、怒りによってスピードもパワーも上がっているということだろう。
(なんとかバースト状態になれれば対抗出来るかもしれないけど……今のこいつに、捕食する隙があるのか……?)
バースト状態は、もって一分。しかし、あの怒り状態は果たしていつ解ける物なのか見当もつかない。
しかも、バースト状態になるには生きたアラガミを捕食する必要がある。この怒り状態のコンゴウ相手では、捕食どころかナイフ改の一撃を入れられるかどうかすら怪しい。
スタングレネードを使えば捕食出来るだろうが、リッカから貰ったスタングレネードは残り7つ。これで仕留めきれなければ、それこそ手段が尽きてしまう。
「ゴアァァァ!!」
「っ……悩んでる時間もないか。だったら!」
コンゴウが突進してくるのを見、キオは悩むのをやめてスタングレネードを取り出すと、足元に投げつけて炸裂させる。
対象との距離が開くと効果時間も短くなるかもしれないが、外すよりはよっぽどマシだ。
思ったとおり、距離はまだあったがコンゴウは再び目を灼かれ、その場にうずくまる。
「そこっ!!」
動かなくなったコンゴウの肩を、捕食形態で喰い千切る。
喰らったオラクル細胞を取り込むうちにコンゴウは視力が回復したらしいが、なんとかバースト状態にはなることが出来た。
「だぁぁぁぁ!!!」
雄叫びをあげながら、次々と傷口を狙って斬撃をねじ込む。
見れば、先ほど神機で喰らったコンゴウの横腹は、どうやったのかもう傷口が塞がっていた。
恐らく体内に蓄えられたオラクル細胞で補完したのだろうが、もしそうならこの傷口もいつ塞がるかわからない。
キオはもう二度と塞がらないようにと、押し広げるように斬撃をねじ込み続ける。
「ゴアァ!!」
「ぐっ……」
斬撃の途中で、コンゴウが殴りかかってきた。
咄嗟に盾で防ぐが、やはりバースト状態でも完全には防ぎきれず、押し負ける。
少し開いてしまった距離を埋めようと走り始めると、コンゴウは再び前かがみになり、パイプの先をこちらに向けてきた。
しかし、あの空気の砲弾は懐に入ってしまえば当たらない上、このタイミングならばキオの方が僅かに早い。
躊躇いなくキオは懐に飛び込み――そして、突然体を襲った衝撃に吹き飛ばされた。
「かはっ……!!」
何が起きたのか、キオには全く分からなかった。
気付いた時には体を痛みが突き抜け、しばらくの浮遊感の後地面に叩きつけられる。
「ぐ……一体何が……」
辛うじて体を起こすと、キオはコンゴウの方を見る。すると、コンゴウを中心に、地面に円形の跡が残っていた。
それでようやく、キオは自分の身に何が起きたのかが分かった。
あの時、コンゴウはパイプから空気を砲弾にして放ったのではなく、爆散させたのだ。
その結果、放たれた空気は死角のない全方位攻撃となり、キオを襲ったのだ。
「回復錠は……」
ともかく、早く回復錠を飲まなければと取り出そうとするが、コンゴウはそんな暇を与えてはくれなかった。
突然体を丸めたかと思えば、そのまま転がるようにして体当たりを仕掛けて来たのだ。
キオは痛む体に鞭打ってなんとか回避しようとするが、今までのどんな攻撃よりも速いその動きに体がついていけず、引っ掛けられるようにして再び吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
地面を数回転がり、バースト状態も終わったキオには、もう立ち上がる力は残されていなかった。
コンゴウも、獲物の最期を悟ったのか、今まであれほど猛り狂っていたというのに、やけにゆっくりとキオに向かって近づいて来た。
(ここ……までか……?)
何をやっているんだろうなぁ、と、キオは自嘲する。
結局、一人ではコンゴウ一体倒すことも出来なかった。
ソーマの言ったとおり、自分一人守ることも出来なかった。
エリックが守りたかったものも、何一つ守れなかった。
けれど、今回は誰も死んでいない。だったらもういいじゃないか。
そう思い、目を閉じようとして――
「キオぉぉぉぉ!!!」
自分を呼ぶ声に、顔を上げた。
見間違うはずはない。そこにいたのは、先ほど別れたコウタだった。
「コウ、タ……」
「待ってろ、今行く!!」
銃を乱射しながら、コウタはキオに向かって一直線に走る。
コウタに気付いたコンゴウが空気砲で迎撃しようと身構えるが、それでも彼は止まらない。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
放たれた空気の砲弾を、コウタは当たる寸前で横に転がって躱し、再び駆け出す。
転がった時以外ずっと銃を撃ち続けているというのに、コウタの放った弾は一発も外れることなくコンゴウに当たり続けている。恐るべき命中精度だ。
「キオ!!」
コンゴウの脇を抜け、コウタは奥で倒れているキオの右腕に飛びつく。
次の瞬間。何かがキオの中に流れ込んでくる感覚とともに、体中を襲っていた痛みが嘘のように引いていく。
エリックが死んだ時、キオがやろうとしたゴッドイーター特有の治療法、リンクエイドだ。
キオの体に再び立ち上がる力が戻るのと引き換えに、今度はコウタの顔色が悪くなる。治療の代償として、極度の脱力感に襲われている証拠だ。
「っ!! コウタ!!」
体に力が戻ると同時に飛び起きたキオは、今まさにコウタを後ろから殴り飛ばそうとしているコンゴウの前に立ちふさがり、盾を展開することでこれを防ぐ。
先ほどは押し負けたが、今回はコンゴウが落ち着いているためか、ギリギリ耐えることができた。
しかし、安心は出来ない。
コウタはリンクエイドを行ったせいでまともに動けず、キオ自身もリンクエイドで完全に傷が治ったわけではない。このままでは、2人ともコンゴウに喰われる。
「そんなこと……させてたまるかっ!!!」
キオは盾を斜めにズラし、わざと力の均衡を崩す。
思ったとおり、コンゴウの拳は横にズレ、突然押し返される力が弱まったためにコンゴウ自身は前につんのめる。
その隙にキオはスタングレネードを取り出すと、コンゴウの眼前に突き出し、ほぼゼロ距離で炸裂させた。
「ガアァァァァ!!!」
三度目を灼かれ、コンゴウは身悶える。
そしてその隙に、キオはコウタを連れてその場から一時離脱するのだった。
何このコンゴウ強い
ハイ、キオ一時撤退です。もうボッコボコですね、ハイ。
一応、使用神機は ナイフ→ナイフ改 20型ガット→20型ガット改 対貫通バックラー→対貫通バックラー改 へと強化されたんですけどね……
しかしその代わり、キオに『神なるノーコン』の称号が与えられ(ry ……げふんげふん
まさかこの話がこんなに長くなるとは思ってなかったので、2話に分けました。続きは次回です。
それにしても、コンゴウ戦でこんな調子じゃあディアウス・ピターとかとの戦闘になったら何話かかることやら……いや、そもそもウチのキオはアイツに勝てるのか? 勝てる未来が見えないぞ←オイ
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第七話 仲間
これからはずっとこんなペースかと思いますが……まぁ、ちょっと思い出したら見てみようくらいな感覚で読んでもらえると嬉しいです。
さて、肝心な今回の話……うまく書けてるか心配(汗
嘆きの平原から少し離れた場所で腰を下ろしたコウタは、自身の体力を回復錠で回復させると、キオの応急処置をしていた。
幸い、キオは特に大きな怪我もなく、回復錠とちょっとした処置で普通に動けるまでになっていた。
「それで……どうして一人で戦ってたんだ?」
一通り治療が終わると、コウタはいつになく真剣な表情で尋ねた。
いつもは大抵のことを軽く水に流して笑い飛ばしているコウタも、今回ばかりはさすがに看過出来なかったのか、その目には怒りの色すら浮かんでいる。
「アラガミ見つけたら呼ぶって、そう言ってたじゃんか。なんで一人で戦ったりしたんだよ」
尋ねても、キオは顔を俯かせているだけで何も答えない。
その様子に、コウタはあまり考えたくなかった可能性を口にする。
「……俺が、信用出来なかったからか?」
コウタの言葉に、キオは慌てて顔を上げる。
「ち、違う! そんなんじゃない! 俺は、ただ……」
「ただ?」
「……ただ、コウタを……アラガミと戦わせたくなかったんだ。エリックみたいに……死なせたく、なかったから……」
再び顔を俯かせ、ゆっくりと紡がれたその言葉に、コウタは深い溜息をつく。
キオなりにコウタを思っての行動だったということは、コウタにもわかる。だが、それは――
「それってさ、結局俺のこと信用出来ないってことじゃん」
「だからそれは違っ――」
「違わねえよ!! つまりお前は、俺がコンゴウと戦ったら死ぬって思ってたってことだろ? 俺が信用出来ないって言ってるのと、何が違うんだよ!?」
コウタの剣幕に、キオは押し黙る。
彼の言っていることが正しいということは、キオにも分かっている。
しかし、だからと言ってその言葉を肯定するわけにもいかない。
長い沈黙の末、キオは絞り出すようにして言った。
「……怖、かったんだ」
「え?」
「また、俺のせいで誰かが死ぬのが……怖かったんだ」
また、というのは、エリックのことだろうか。
そんなコウタの考えを肯定するように、キオは続けた。
「エリックを殺したアラガミはオウガテイル……普段のエリックなら、何の問題もなく倒せてたはずだったんだ。けど、エリックはオウガテイルに不意打ちされた俺を庇って……俺のせいで、死んだんだ。……笑っちゃうよね、新型神機使い、だなんて大層な肩書きを並べても、結局俺はオウガテイルの相手も満足に出来ない新人でしかないんだ。……だから俺、コンゴウ討伐任務のこと聞いたとき、怖くなったんだ。また、俺のせいでコウタを死なせることになるんじゃないかって。だから…………けど、結局は一緒だった。また俺のせいで、今度はコウタを死なせるところだった。あの時と、何も変わってない。……やっぱりあの時、俺が死ねばよかったんだ。そうすれば、コンゴウだって楽に倒せただろうし、誰も……誰も悲しまずに済んだのに……!」
キオの体が、小刻みに震えている。
自責の念と後悔と悲しみと、様々な負の感情が渦を巻き、それらが涙となってキオの目から零れ落ちる。
まるで、見えない暗闇に怯える子供のようなキオの様子に、コウタはただ黙って立ち上がると、キオを無理やり立たせ、
「バッカヤローーー!!!」
と、握った拳を全力で顔面に叩き付けた。
「ぐっ……!」
加減など全くない、ゴッドイーターの全力で殴られ、キオは倒れこむ。
口を切って流れる血もそのままに顔を上げたキオの目に映ったのは、烈火の如き怒りの表情を浮かべた、コウタの顔だった。
「エリックが死んで、お前がどれだけ辛い思いをしたかは俺にはわからない。けどな、だからって、死ねばよかったなんて悲しいこと、死んでも口にするんじゃねえよ!!」
「だったら……俺はどうすればいいんだよ!?」
「っ……!」
叫びながら、感情のままにキオもコウタに殴りかかる。
もはや、キオ自身にもこの激情を抑えることは出来なかった。
「お前は任務に行ってたから知らないだろうけど、あの日の夜、エントランスにエリックの妹が来たんだ。病気がちで、まだ年端もいかない女の子が、親に連れられるでもなくたった一人でアナグラに来て、それで……一晩中、泣いてたんだ。エリックはどこなのって、なんで会ってくれないのって、ずっと……ずっと泣いてたんだ。それなのに、俺はあの子に何もしてやれなかった。エリックを死なせたのは俺なのに、俺にはあの子の悲しみを癒すどころか、アラガミから守ってやることすら出来ない。こんな俺が生き残って……一体何になるって言うんだよ!?」
吐き捨てるようにして叫ぶキオだが、コウタにはそれが、辛いことに耐えかねて全てを投げ出そうとただ自棄になっているようにしか見えなかった。
だからこそ、コウタはもう一度、力の限りキオを殴り飛ばす。
「生き残って何になるって? じゃあ逆に聞くけどな。お前が死んだら、それこそ何になるって言うんだよ!? それでエリックが生き返るのか? 違うだろ!? その子の悲しみが癒されるのか? そんなわけないだろ!? 今のお前は、ただ事実から逃げてるだけだ。エリックを死なせて、本当に悪いって思ってるなら、エリックが命懸けで守ったその命を無駄にするんじゃねえよ!!」
「っ……けど……俺は……」
倒れ込んだキオは、起きる気力すら無くしたようにその場でうずくまる。
そしてようやく絞り出された言葉は、キオの偽りなき本音だった。
「俺にはもう、無理だよ……エリックの命を背負って、これ以上生きてくことなんて……もう、俺には……」
コンゴウを一人で倒せれば、この苦しみから逃れられる気がした。
コウタを守ることが出来れば、この重荷から解放されるような気がした。
もちろん、コウタを危険から遠ざけたかった気持ちもある。しかしそれ以上に、エリックを死なせてしまった罪から、目を逸らしたかった。
「……だったら!!」
そんなキオの言葉に、しかしコウタは幻滅するでもなく、ただ優しくこう言った。
「最初っから俺のこと、頼ってくれよ。……仲間だろ?」
「仲、間……?」
驚いたような表情を浮かべながら顔を上げたキオに、ああ、と頷き、コウタは続けた。
「どういう状況で、何があってお前がエリックを死なせちまったのか俺は分からないし、その罪を一緒に背負ってやることも出来ない。けど、その苦しみを一緒に背負ってやることなら出来るよ。カッコつけて、一人で抱え込むんじゃねえよ。嬉しいことも辛いことも、みんな分けあって支えあって、そうやって一緒に前に進むのが仲間だろ? 少なくとも、俺はお前のこと仲間だと思ってる。他の何にも変えられない、大切な仲間だ。きっと、リッカやツバキさんやリンドウさんだって、そう思ってるはずだ」
訓練の時、いつも厳しく、それでいて2人を気遣ってくれていたツバキを思い出す。
初任務の時、軽口を叩きつつもただ1つだけ、『生き延びろ』と命令していたリンドウを思い出す。
そして、ここに来る前の、リッカの言葉を思い出す。
『無理だけはしないでよ? 神機使いに代わりはいても、あなたの代わりは、世界中のどこにもいないんだから、さ……』
「………………」
「だから、もう一人で死にに行くような真似はやめてくれ。これ以上仲間に死なれたら、流石に俺も耐えらんないよ」
コウタの言葉が、キオの胸に突き刺さる。
エリックが死んで、辛いのは自分だけではないのだ。エリックの家族はもちろん、コウタや、もっと長くエリックと付き合いがあったであろうアナグラの人々。みんな、一様に辛い思いをしている。
それに気付いた時、キオは自然と、その言葉を口に出していた。
「ごめん、コウタ……俺……」
勝手に戦って。危険な目にあわせて。迷惑かけて。
謝らなければならないことが多すぎて、何に関して謝っているのかはキオにも分からなかった。
しかしコウタは、そんな彼の気持ちを察してか、笑顔で手を差し伸べた。
「もういいよ。けど、次こんなことやったらただじゃおかないからな?」
差し伸べられた手を取り、キオは立ち上がる。
エリックを死なせてしまったという自責の念はまだ消えていない。しかしその目からは既に暗闇は消え、確かな光が宿っていた。
「うん……ありがとう、コウタ」
そう言って、キオは笑顔を見せる。
それは、涙でぐしゃぐしゃになった、とてもひどい顔だったが、
今までで、一番心から笑えた気がした。
2人が嘆きの平原に戻ってきた時、コンゴウの姿は見当たらなかった。
「もっと奥地まで移動したのかなー? キオ、お前どう?」
先ほど、キオだけはコンゴウの存在に気づいていたことはもうコウタも知っている。だからこそ尋ねたのだが、キオは首を横に振った。
「今度は俺も分からない。多分奥で何か捕喰して、体力を回復させてるんだと思う」
ここから離れて、大分時間がたっている。おそらくは、キオが与えたダメージもほとんど回復されていると見て間違いないだろう。
しかも、キオが使用して減ったアイテムは補充出来ない。コウタの回復錠を少し分けてもらっているが、コウタ自身がスタングレネードを持っていなかったので、逆に彼に3つ手渡し、残りは2つだ。
しかし、キオにもう恐怖はない。ただコウタと一緒に戦い、生きて帰る。それだけだった。
「いた!!」
キオの言葉に、コウタが身構えると同時に目を凝らす。
するとその前方、100mほど離れた場所で、こちらに背を向け何かを貪るコンゴウの姿を捉えた。
「それじゃあ、打ち合わせ通りにお願い」
「任せとけ!」
ドンッと胸を張るコウタに、今回ばかりは頼もしいものを感じながら、キオは足音を忍ばせコンゴウに近づいていく。
しかし、気づかれないようにと注意すればするほど、キオは今まで気にもしなかった小さな物音にまで過敏になっていくのを感じた。
どれだけ慎重に動いても消しきれない小さな足音や、自らの呼吸、心臓の鼓動の音。そのどれもが、やけに大きな音のように思えてならない。
だが、その全てはこの嘆きの平原の中央で唸り続ける竜巻の音にかき消され、コンゴウの耳までは届かない。
永遠にすら感じる長い時間をかけてようやくコンゴウの真後ろに到着したキオは、コウタが打ち合わせ通りの場所にたどり着いていることを確認すると、捕喰形態にした神機で一気にコンゴウの尻尾を喰い千切る!
「ゴアァァァァァ!!?」
突然のことに、コンゴウは痛みより先に驚きが混じったような声を上げる。もっとも、アラガミにそんな感情があれば、の話だが。
そして、自らの尾を喰らった不埒物を探して振り向いたコンゴウは、バースト状態となったキオ目掛け拳を振り下ろす。
しかし、その時には既にキオは横に回り込んでおり、叩きつけられた拳はただ地面を揺らすだけに終わる。
「行っけぇーーー!!!」
直後、コウタのモウスィブロウから青白い弾丸が雨のごとく放たれ、コンゴウを襲う。
コンゴウの弱点である、雷属性を持った弾丸だ。着弾と同時にバチバチと放電するそれを次々と喰らい、流石のコンゴウも腕で顔を庇いながらよろける。
「そこだ!!」
その瞬間、キオがコンゴウの懐に飛び込んだ。
袈裟懸けに斬り下ろし、逆袈裟に斬り上げ、水平に薙ぎ払うと再び斬り上げる。
今はもっとも驚異だった腕がコウタの銃撃に釘付けになっているため、キオは伸び伸びと斬撃に集中することができ、一撃一撃が狙い通りコンゴウの左足に吸い込まれていく。
「ゴアァ……」
切り刻まれた左足ではその巨体を支えきれなくなったのだろう、コンゴウが地面に倒れこむ。
だが、まだ終わっていない。
「キオ! 今だ!」
「分かってるよ!」
ここまではキオの作戦通り。後は、この
キオは神機を銃形態に変形すると、セットしていたバレットを排出。代わりに神機の中から別のバレットが装填されたのを確認すると、コンゴウに照準を合わせる。
「喰らえ!!」
引き金を引くと同時に、キオの腕に今までに感じたことがないほど強い反動がかかり、銃口からとてつもない何かが放たれる。
コンゴウの放つ空気の砲弾によく似たそれは、竜巻すら凌駕する唸りとともにコンゴウへと疾駆し、パイプ部分を直撃した。
「ゴアァァァァァァ!!!!」
天を衝くような咆哮とともに、パイプが粉々に砕け散る。
それは、新型神機のみが持つ機能の1つ。
生きたアラガミを喰らった際、取り込んだオラクル細胞の一部を用いて生み出される、新たなバレット。
その名も、《アラガミバレット》だ。
「すごい……」
アラガミバレットは捕喰したアラガミが強力であればあるほど、その威力を増す。
コンゴウのパイプを一撃で破損させたそれは、紛れもなくキオが今まで見たどのバレットが放つ弾丸より強力だ。
しかし、一方で欠点もある。それはもちろん、生きたアラガミを喰らわなければアラガミバレットを生み出すことは出来ないということもあるが、それだけではない。
アラガミバレットには
だからこそ、これをアナグラへ持ち帰って複製することも出来無ければ、1度作成したからといって何発も撃てるわけではない。
キオに残されたアラガミバレットは、あと2発。
しかも、初撃を当てるまではコウタと打ち合わせをしていたが、流石に2撃目をキオの腕で当てるための作戦までは立てられなかったため、ここから先は状況に合わせて隙を作るしかない。
コンゴウも再び怒り状態になっており、まさしくここからが本当の勝負と言ったところだろう。
「コウタ、援護お願い!!」
ひとまず、バースト状態が終わるまでに少しでもダメージをと考えたキオは、顔はコンゴウに向けたままコウタに告げ、一気に走り込む。
当然コンゴウは迎撃しようと拳を振り上げるが、コウタの狙撃が邪魔で思うように力が入らないのか、キオでも容易に掻い潜り、懐まで入り込むことができた。
「やぁ!!」
踏み込みざまに水平に斬り払うと、キオはコンゴウの反撃がまだ来ないことを確認し、斬り上げながら神機を変形させる。
「もう1度……喰らえ!!」
先ほどは微妙に距離があったために――と言ってもコウタなら間違いなく当てられる距離だが――若干狙いがズレたが、今回はほぼゼロ距離。
外す心配もない状態で放たれたアラガミバレットは、その凶暴なまでの威力を存分に発揮し、コンゴウの腹部を深く抉りとる。
「ガアアァァァァアアァァ!!!!」
通常の生物ならばとっくに命を落としているであろうほどの傷を負っても、コンゴウはまだ止まらない。
アラガミバレットを撃つために至近距離で銃形態にし、盾を展開することも出来ないキオに向け、傷だらけの体で押しつぶそうとする。
「うわっ!?」
苦し紛れの一撃など今更喰らうキオではなかったが、倒れ込んだ拍子に飛び散ったコンゴウの体液が不運にも目にかかってしまった。
「ぐっ……くそっ」
構成している物質すら知れぬ液体が目に入り、頭では危険と分かっていても反射的に目を瞑ってしまう。
慌てて距離を取りつつ、腕で目をこすって無理矢理こじ開けるが、その時には既に、コンゴウは視界から消えていた。
「いない!? どこに――」
「キオ!! 左!!」
コウタの声に反応し振り向くが、その時には既に、コンゴウはキオに向けて拳を振り下ろしていた。
咄嗟に、キオは銃形態の神機の側面を盾替わりにしてこれを防ぐ。しかし、
バキッ――と、嫌な音が響くと同時に、キオは大きく吹き飛ばされる。
「キオ!!」
「大丈夫ッ……!!」
コウタの叫び声に反応しつつ、キオは空中でバランスを立て直すと、空いている左手を軸に地面に着地する。
取り敢えずはまだ動けるが、やはりコンゴウとの戦いは油断ならない。これ以上続くと、いずれは2人のどちらかがやられるのは明白だ。
「コウタ! 次で決めるよ!!」
回復錠で騙し騙し戦っている体のほうもそろそろ限界が近い。残り一発しかないアラガミバレットで仕留められなければ、もう次の捕喰をする体力も残っていないかもしれない。つまりは正真正銘、これがラストチャンスだ。
「オッケー! 俺がいくらでも援護してやるから、決めてこい!!」
キオは1つ頷くと、再びコンゴウに向けて駆け出す。
もう何度目とも分からぬその行動に、コンゴウもほぼ全壊状態のパイプを構える。
(どっちだ? 砲弾? 爆散? それとも別の何かか?)
このまま突っ込んで返り討ちにあえば、間違いなくもう動けなくなる。かと言って距離を置けば、空気の砲弾と転がり攻撃で嬲り殺しになるだろう。
しかし、迷う必要などなかった。
「グオァァ……」
コンゴウはどちらを行うでもなく、その場に崩れ落ちた。
特にコウタからの援護があったわけではない。しかし、まるで痛みに耐え兼ねたかのように、攻撃を中断させたのだ。
「もう、コイツも限界ってことか……!」
なら、この一撃で終わらせる。
キオは走り込みながら銃形態に変形させた神機を、コンゴウの胴体に突き付けた。
「これで……最後だっ!!」
ドンッ――と鈍い音がすると同時に、コンゴウの体から噴水のごとく体液が吹き出し、右胸から右肩にかけて大きな穴が穿たれる。
体との接続を絶たれて吹き飛んだコンゴウの右腕は、ドチャッ、と不快な音を立てて地面へと落下し、そのまま塵となって消えた。
「ガ、ガァァァ……」
フラフラと、コンゴウは2、3歩後ずさり、そのまま地面へと――倒れなかった。
「ガ……アァァァアアァァァ!!!!」
「なっ……!」
まだ、コンゴウは力尽きていなかった。腹を抉られ、右胸を吹き飛ばされ、体中傷だらけになってもなお、この生物は目の前のキオを喰らわんと、残された左の拳を振り上げている。
恐るべき捕喰本能――いや、これはもはや執着だ。他の生物と何も変わらない、生きるという、生物がその根底に持つ最大の本能。飽くなき生への執着心だ。
「ちくしょうっ……!!」
今のタイミングからではもう回避は間に合わない。
アラガミバレットもなく、このコンゴウを今すぐ仕留める手段はキオには残されていない。
いくら死にかけとは言え、コンゴウの拳をまともに受ければ、今度こそキオは死ぬ。
ここまでか――そんな考えが過ぎり、目を閉じた――その時。
「ガアァァァァ!!!」
「へんっ、俺を忘れてもらっちゃ困るっての!」
コンゴウの絶叫と、コウタの声がキオの耳に飛び込んで来た。
何事かと目を開けてみると、コンゴウは目を押さえ、苦しそうに身悶えていた。
恐らくコンゴウがキオを殴り飛ばそうとしたその瞬間、コウタが素早くスタングレネードを投げ込んでくれたのだろう。
「コウタ……助かったよ、ありがとう」
そう言ってコウタに笑顔を向けると、コウタは若干慌てた様子で口を開く。
「そんなことはいいから、早くとどめ刺さないと」
「分かってるよ」とだけ言うと、キオは目を灼かれてフラフラと倒れ込むコンゴウの口の中へ、銃形態の神機を押し込んだ。
目が見えず、反撃もままならない状態で銃口を突きつけられているコンゴウに、僅かな憐憫を抱きながら、キオはただ一言
「……バイバイ」
とだけ言うと、躊躇なく引き金を引き絞った。
1発では足りず、2発、3発と続けて引き金を引いていくと、4発目の弾丸がコンゴウの口内で爆発したところで、頭が吹き飛んだ。
大量の体液を撒き散らしながら横たわるコンゴウの様子が、やけに死んだエリックを想起させてキオは不快に眉を潜めるが、それも一瞬のこと。
キオは捕喰形態にした神機を突きつけ、コンゴウを喰らっていく。
「やったな! キオ!!」
「うわっ」
やがて、コアを摘出されたコンゴウが塵となって消えたのを確認すると、コウタはしがみつくようにキオの肩に手を回し、笑顔で言う。
そんな彼の様子に、「元気だなぁ」と若干呆れの混じった笑いを浮かべつつ、キオは口を開いた。
「……うん、全部、コウタのおかげだよ。……ありがとう、本当に」
今回のコンゴウ討伐の功労者は、間違いなくコウタだろう。
エリックの死を引きずって暴走するキオを止めただけでなく、最後のとどめもコウタがいなければ刺すことは出来なかった。
だからこそ口をついて出たキオの真っ直ぐな感謝の言葉に、コウタはくすぐったそうに「いいってことよ」などとカッコつけながらそっぽを向く。
滅多に見せない表情にキオが笑い出すと、コウタはふてくされた表情を浮かべるが、すぐに一緒になって笑い出す。
そして、笑いながらキオは思っていた。
コウタと一緒なら、どんなアラガミでも倒せるんじゃないかと。確かに、そう思っていた。
――そいつが、現れるまでは
「ガアァァァァァァァ!!!!」
「っ!?」
「な、なんだ!?」
突然の咆哮に、2人は神機を構えて辺りを見回す。
しかし、周りにはアラガミどころか、生物の一匹たりともいない。
まさかと思い、キオは嘆きの平原の中央を見上げる。
竜巻が唸り、人が立てば簡単に天高く吹き飛ばされてしまうであろうそこに、確かにそいつはいた。
「嘘……だろ……?」
虎のような体躯と、血のように赤い6枚のマント。コンゴウの2倍はあろうかというその巨体を支える、発達した四肢。2人を見下ろすその双眸は、獲物を狩る狩人の眼差し。
それは、ゴッドイーターが一人前になるための試練と呼ばれた存在。
その一方で、数多くのゴッドイーターの命を志半ばで終わらせ、喰らってきた最強の王者。
雷纏いし、破壊の権化。その名も――《ヴァジュラ》
そんな絶対強者が、2人を完全に補足し、今まさにその身を喰らわんと天高く跳躍したのだった――!
ふむ、腹が抉られ右胸が吹き飛び体中傷だらけで血を垂れ流しながら襲い来るコンゴウ……怖っ(泣)
まさかコンゴウがこんなに強いとは……そして、そのままの流れでヴァジュラ出☆現!
……あれぇ? キオ達が生き残るルートが見えないなー←おい
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