波紋提督と震えるぞハート (クロル)
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第一部 ファントムフリート
プロローグ


 前世で俺はチベット発祥の秘術である特殊な呼吸法を学んだ。

 つまり、波紋法である。通っていた古武術道場では仙道と呼んでいた。

 波紋法、略して波紋の修行は困難を極める。

 1秒間に10回の呼吸ができるようにする、10分間息をすいつづけて10分間はきつづけるようにする、など、微妙に可能そうでよく考えるとできるわけがない鍛錬の達成が要求される。

 しかし、俺にはそれができた。肺や横隔膜などを代表とした呼吸器官の優れた素質と、厳しい鍛錬がそれを可能にした。文字通り血の滲む鍛錬だったのだが、その話は割愛しよう。

 

 波紋を使えば水面を歩き。有り得ないほどの若々しさを保ち。座った姿勢で数メートルもジャンプできる。ただの呼吸法で正に超人になれるわけだ。

 この波紋法というのは、実は太陽と同じ波長のエネルギーを生み出すもので、本来ゾンビや吸血鬼を破壊するために開発されたものだという。そして波紋法を修め、それを利用した吸血鬼との戦闘技術を身につけた者を「波紋戦士」と呼ぶ。

 

 しかし俺は波紋は使えても、波紋戦士にはなれなかった。

 何故か。

 恐怖に弱かったからである。

 

 恐怖によって、人間は体がすくむ。息が乱れる。戦闘で激しい動きをしても息は乱れる。繰り返すが、波紋というのは特殊で困難な呼吸法だ。息が乱れれば波紋は途切れる。命懸けの戦闘を行いながら波紋を練るには、恐怖に打ち克つ並外れた精神力、息を乱さない体力が要る。俺は体力はあったが、精神力は無かった。命がかかっている、と思った瞬間、怯え震えて息が乱れ脂汗をかき、波紋が維持できなくなったのだ。

 

 そんな訳で落ちこぼれだった俺だが、ある日、道場がはるか英国から流れてきたらしいゾンビに襲撃された時、咄嗟に妹弟子を庇って波紋を使う事ができた。ゾンビの牙を喉笛に受けながら、激痛と恐怖に耐えてたったひと呼吸の波紋を練り、カウンターの一撃。脳天に波紋を受けたゾンビはただの一撃で灰と化した。

 その瞬間、俺は波紋戦士になり。

 致命傷により、死んだ。

 

 そして生まれ変わった。

 生まれ変わった先の世界には波紋も無ければ吸血鬼やゾンビもいなかったが、それ以外は慣れ親しんだ現代日本とまったく変わらなかった。

 いや、一つだけ大きな違いがあった。「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画が売られていたのだ。

 果たして俺の世界があったからこの漫画があったのか、この漫画があったから俺の世界があったのか。それは分からない。自分の前世の世界が漫画化しているというのはなんとも奇妙な感覚だったが、まあ、ファンになるには十分な理由だった。

 生まれ変わっても少し修行をすれば前世の感覚を取り戻し波紋を使えたので、漫画から幾つか知らなかった波紋疾走を学んだり、戦い方を学んだりもできた。

 ジョジョの奇妙な冒険は俺のバイブルだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学生最後の夏休み。俺は海浜公園の近くに新しくできたデパートに買い物に来ていた。就活は終わり卒論も早々に片付き、悠々自適。就職すれば時間も無くなり旅行は難しいだろうから、どこかのビーチで常夏のバカンスでも過ごそうかと思い、水着を買いに来たのだ。三年前に履いたのが最後の海パンはカビ臭くなっていた。

 まだ開店セール期間中のデパートは安売り割引の文字が目立ち、そこに群がる人は多い。かくいう俺もピラニアの一員と化している。スポーツコーナーの一画、水着コーナーに集まりキャアキャアはしゃぐ若い女性客――――そしてそこから離れた男物の売り場に集まるむさい男達と俺。対比で男臭が凄い。

 

 だが! 俺はそんじょそこらのむさい男とは一味違う。

 前世の古武術道場の鍛錬をサボり気味だが幼い頃から続け、常日頃から(今も)波紋を練り続けた結果、鍛えこまれ絞り込まれた美しくたくましい筋肉と高身長を得ている。そのへんの男とはむさくるしさの格が違うのだよ、格が。結局むさくるしい事は否定しないが。顔もジョジョばりに濃いから。しかしジョジョと違って全然モテないのは理不尽である。やっぱ誇り高き血統じゃないとダメかー(´・ω・)

 

 悩みながらジョジョ柄の海パンが無いか探していると、突然横の壁が轟音と共に吹き飛んだ。瓦礫の塊が頭に直撃コースで飛んでくるのを、咄嗟に腕に集中させた波紋で弾く。

 水着コーナーに集まっていた若い女性客が鋭い悲鳴を上げ、むさい男達も甲高い悲鳴を上げた。うるせえ。

 

 むむむ。鉄筋コンクリートを吹き飛ばすこの威力には覚えがある。吸血鬼だ! この世界にもいたのか! 白昼堂々と良い度胸だ!

 

「コォォォオオオオオ!」

 

 俺は波紋を全身に漲らせ、決然と壁に空いた大穴へ歩み寄った。大穴の向こうに見える青い空、青い海。そこから漂う微かな腐臭とうっすらとした霧。いかにも吸血鬼らしい。

 背後から引き止める声がするが止まらない。男にはやらなければならない時があるのだ。

 最大限に警戒しながら、大穴の外を覗く。

 上下、左右。壁に足をめり込ませて垂直に立っている吸血鬼も、街灯の上に立っている吸血鬼もいない。非常階段から転げ落ちるような勢いで逃げていく買い物客達が見えるだけだ。

 …………。

 

 あれっ。

 いない。

 どこ? 吸血鬼どこ?

 

 困惑して見回していると、デパートの駐車場に停まっていた車が数台まとめて吹き飛ばされていった。たちまち炎上を始め、近くの道路の車窓から野次馬達がなんだなんだと顔を出す。

 数秒の間を起き、今度は民家が砲弾でも喰らったように爆音と共にバラバラになった。どういう事だ? 吸血鬼が大岩でも投げまくっているのか。

 

 車や民家が吹き飛んでいった方向から、大雑把に何かが飛来してきた方角を割り出す。そちらには海しかなかった。青い海には薄らと不気味な霧が覆っている。 

 海上で、何かが赤く光った。黒煙が上がり、数瞬後、信号待ちしていた大型トラックが恐竜に体当たりされたように派手に横転してスリップ。牛丼屋に突っ込んでいった。

 

 吸血鬼にしてはおかしい。いくらなんだもパワフル過ぎだ。DIO様でもあの距離からの投擲でトラックを吹き飛ばすのは難しいだろう。まさか究極生物……?

 目を凝らし、意識を集中して海上にいる「ソレ」を見る。

 鯨のようなフォルム。うっすらと煙を上げる背中についた砲筒、メタリックな黒い装甲。凶悪な剥き出しの歯。病んだような鈍い光を放つ両目。

 見覚えがあった。

 駆逐イ級だ。

 

 ア、アイエエエエエエ!? 深海棲艦!? 深海棲艦ナンデ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世と今世では大きな違いが一つだけある言ったな。スマンありゃウソだった。

 今の今まで気にも止めていなかった事だが、もう一つ、大きな違いがあった。

 前世にあったブラウザゲーム「艦隊これくしょん」が、今世には無い。

 



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一話 不知火に落ち度はあるか

 砲塔を旋回させる駆逐イ級を遠目に見て、ここ数日のニュースを思い出した。東京湾周辺を航行していた豪華客船が沈没した、というニュースだ。船体は真っ二つでボロボロ。現場周辺は濃い霧に包まれ生存者の救出は難航し、専門家やら自称有識者やらがあれこれと事件の原因を推測していた。有力なのはエンジントラブルによる爆発という話だったが。

 もしかしなくてもコイツ、あるいはコイツらのせいなんじゃあないだろうか。

 

 駆逐イ級。ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」に登場する雑魚敵だ。RPGでいうところのスライム。それが一匹ともなると、故意に負けようと思わなければ負ける方が難しい。

 艦娘がいれば。

 

 転生してからこっち、艦娘なんて聞いた事がない。艦娘なしで対処する時、駆逐イ級の強さはどれほどなのか。

 今また、ファミレスに砲弾が突き刺さり、無残な崩壊と共に瓦礫の山に変わっていく。あちらでも、こちらでも、さながら空襲のように無慈悲な破壊がバラ巻かれている。

 これがスライム? 馬鹿言っちゃいけねェ、魔王の間違いじゃないか。

 

 デパートに空いた大穴の縁に立ったまま眼下の惨状に呆然としていると、空から独特の爆音が聞こえてきた。見上げれば飛行機雲を引き連れて戦闘機が一機飛んでいる。

 来た! メイン自衛隊来た! 早い! もう来たのか!

 

 実際島風も大満足の恐ろしく早いご到着だ。自衛隊は深海棲艦の襲撃を予期していたのか? と一瞬思ったが、すぐに考えを改めた。沈没した豪華客船のニュースでは、残骸に残された痕から何者かに(陰謀論者は隣国の仕業だと根拠もなく名指ししていたが)攻撃を受けたのでは、という話もあった。それに備えていたのなら驚くほどでもない。相手が深海棲艦だとは思っていなかっただろうけども。

 

 とにかく自衛隊は到着した。自衛隊は実戦経験と数はさておき、練度は世界最高峰。漁船を化物化した程度の怪物に遅れはとらないだろう。自衛隊を倒したいならゴジラぐらい持ってこないと相手にならない。

 これで安心だ。

 

 しかし――――本当に、そうだろうか。

 

 深海棲艦の上空を旋回する戦闘機を見ている内に、嫌な予感がしてきた。

 

 艦隊これくしょんはブラウザゲームだ。ストーリーはあって無いようなもので、しかし人気はあったため、二次創作で盛んにゲームのバックグラウンドやストーリーが捏造されていた。その中でも潜在的な共通認識だったのが「深海棲艦の現代兵器無効説」だ。

 ミサイルやステルス戦闘機が登場せず、艦娘のみが戦っているのは、深海棲艦に有効打を与えられるのが艦娘のみであるからだ、という理屈付け。

 それがこの世界でも適用されるなら、自衛隊は深海棲艦に勝てない。

 

 旋回を続ける戦闘機が突如として煙を吹き始めた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 俺はずっと戦闘機を目で追っていた。攻撃された様子はない。しかし現実に、戦闘機はきりもみしながら落ちていき、中から人が飛び出してきてパラシュートを開く。戦闘機はそのまま遠くの霧の中に突っ込んだかと思うと、酷い衝突音と共に大きな水柱を上げた。

 呆然とする。戦闘機が堕ちた。エンジントラブルか? それとも俺が分かっていないだけで何かされたのか。

 

 深海棲艦。既知でありながら未知の敵。そこで始めて、俺の心に恐怖が湧き上がった。

 あれは本当に深海棲艦なのか。人類は勝てるのか。俺は今、終末の序曲に居合わせたのではないか。

 

 しかし。

 波紋戦士にとって、恐怖は不倶戴天の敵にして親しい友のようなもの。

 

 俺は己の拳を見た。イジメ抜いたとまでは言えずとも、堅く、強く、鍛え上げた拳を見た。

 前世での、長く辛い鍛錬を思い出す。

 妹弟子を守るため、グールをこの手でぶちのめした、短くも輝かしい記憶を思い出す。

 

 波紋戦士は戦闘機には勝てない。しかし相手が化物なら、究極生物だろうと倒せるのだ。

 つまり。

 

「俺が深海棲艦に勝てない理由はないのだァァァッ!」

 

 跳躍ッ! デパートの大穴から飛び降り、足に波紋を集中。くっつく波紋で壁を駆け下りる。

 そしてそのまま地上を海に向けて疾走する。

 頭上を砲弾が通り過ぎ、数メートル離れた背後の街路樹を爆散させる。止まない砲撃。成す術もなく蹂躙される平和な街。自衛隊が堕ちた今、俺が止めなければ誰が止める?

 

 再びの爆音、しかし破壊音は続かない。俺は走りながら空を見上げた。

 意外ッ! それは三機の戦闘機! 自衛隊の増援だ。

 

 が、ダメ。焼き直しのように戦闘機が煙を吐きはじめる。苦し紛れにミサイルが発射されるもすぐに勢いを失い空中で爆散。そのまま戦闘機は墜落無残。南無三! ブッダよ寝ているのですか!

 

 どうやら深海棲艦には現代兵器が通用しないらしい。

 しかし、波紋は現代兵器ではない。

 

 埠頭から海に躍り出て、海上を走る。波打つ海面に広がる波紋。なぜか俺の周りだけ濃霧が晴れ、視界も充分。

 予測! それはクレバーな戦闘における必要不可欠な行為。俺は果敢に砲撃音の元へ向かって海を駆けながら予測した。

 深海棲艦と共に現れた濃霧は、もしかすると太陽を遮断するためのものではないか? 俺の周りの濃霧が晴れているのは、深海棲艦の濃霧、引いては深海棲艦に波紋が有効だからではないか?

 根拠は充分。心を震わせろッ! 唸れ血液のビート!

 

 視界についに深海棲艦イ級が映る。俺に気づき、砲門を向けるイ級。

 

「コォォォォォオオオッ!!!」

 

 刻め呼吸のリズム! 血中に作り出した太陽のエネルギーを次第次第に束ね、拳に集中!

 

 砲門の向きを読み、弧をを描く走路でイ級に接近する。真横を砲弾がつんざく爆音と共に通り過ぎ、風圧で煽られよろめいた。しかし足は止めない。

 とうとう射程圏。俺は水面を蹴り、跳躍した。

 大口を開けるメタリックな怪物に喰らわせる波紋はもちろんこれだ。

 

「銀色の波紋疾走ッ!」

 

 着弾ッ! 狙いたがわず拳がイ級の装甲に突き刺さる。波紋が流れる独特の音と手応え。効いている。

 そしてッ!

 このままッ!

 拳を!

 こいつの!

 目の中に…………つっこんで!

 殴りぬけるッ!

 

 跳躍からの着水。残心を怠らず振り返る。

 脳天を叩き壊され痙攣する深海棲艦。病んだような昏い光を放つ不気味な眼光も、片目を潰されてコワさ半減だ。砲門をなんとか俺に向けようとするイ級だが、それを果たせず動かなくなる。

 確信する。奴は死んだのだ。

 

 波紋を受けたグールが上げるのとそっくりな煙を上げながら塵になっていくイ級を見ていると、素晴らしい達成感がこみ上げてきた。

 

 難敵であった! 終わってみれば決着は一瞬! 俺は無傷で一撃の勝負! しかし砲撃を貰っていれば俺が肉片と化していた! 射程! それは戦闘の基本! 遠距離砲撃をする相手に拳で挑むのは相当キツい! デパートからかなりの距離を全力疾走し息も切れている! 水面に立つだけの波紋の呼吸を保つだけで精一杯だった! 戦闘が長引けば負けていたのは俺だっただろう!

 それでも勝ったのは俺だった! 迷い無い勇気に裏付けられた、一直線の行動が早期決着を可能としたのだ!

 お疲れ俺! ありがとう波紋!

 

 呼吸を整え、凱旋するために陸地に目を戻そうとする!

 そこで視界の端に一瞬映る影!

 難破船か深海棲艦の残骸か! 背後を振り返り、霧に包まれた海の彼方に目を凝らす!

 捉えたのは『敵影』! 感じたのは敵意! 数は……『三』!

 意味するものは……敵の、増援ッ!

 

「アカン」

 

 これは無理だ。俺は全力で逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸地にほうほうの体で駆け戻り、デパートの影に隠れて荒い呼吸を整える。

 砲撃はますます激しく、市街地を蹂躙していた。あちこちで火の手があがり、避難が完了したのか死に絶えてしまったのか、最早悲鳴も聞こえない。

 

 落ち着け。落ち着け。

 一匹相手でも際どい戦いだった。三匹相手は犬死だ。既に街は死に体、守るべき民衆も既にない。

 俺も避難すべきではないか? 海に面した市街地を潰されたとしても、イ級が陸地を闊歩して侵攻してくるとは思えない。足のある人型深海棲艦ならどうか知らないが、とにかく一度引いて体勢を立て直すだけの余裕はあるはず。

 

 呼吸が落ち着いた。逃げよう。逃げるのは恥ではない。戦う意思を失わない限り。

 逃走手段として手頃なバイクか何かないかと見回したところで、川が目に入った。コンクリートで舗装されたその川は幅広く、水深も充分。

 遡上。その言葉が思い浮かぶ。

 

 血の気が引いた。これはマズいぞJOJO。逃げてる場合じゃない。深海棲艦が川を上ってきたら内陸まで蹂躙されてしまう。

 なんとか、なんとかできないか。

 俺一人では無理だ。助力がいる。しかしこの世界に俺の他に波紋使いなんて……

 

 そこで電流走る。

 深海棲艦と戦う者は艦娘だけではない。

 そう、提督だ。艦娘を建造し、指揮する者。

 

 何かに導かれるように、俺は本能的に「それ」をした。「できる」。その確信があった。

 何をしたのかは俺にも分からない。ただ、確かに「それ」は成った。

 反応は劇的だった。

 

 倒壊したビルの群れから突き出した折れた鉄骨が、身をよじるようにコンクリートから抜け出て俺の前に飛んでくる。倒壊していない無事なビルからも、無理やり引きずり出したように鉄骨が出てきた。支えを失ったビルが崩壊していく。

 スーパーマーケットや民家からは窓ガラスをぶち破り、金属製の鍋やフライパン、アルミホイルのロールが群れを作って飛来。大量のガラス片が道路に散乱した。

 ガソリンスタンドからはガソリンが意思を持ったようにダバダバ流れ出て、俺の前に池を作った。

 しばし間を置き、海の方からは墜落した戦闘機のものと思われる弾薬がジャラジャラと金属音を立てながら転がってくる。

 

 目の前に集まりうず高い山を作ったそれは眩い光を放つ。

 

「うお、まぶしっ!」

 

 思わず目を閉じ、数秒後目を見開いた時、資材は消え、代わりに制服を着た一人の少女が立っていた。

 

「はじめまして、司令官。不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 俺は不知火ではなく、その背後の惨状を見ていた。周囲から無差別に無理やり「鋼材」「ボーキ(アルミ)」「燃料」を引っこ抜いてきてしまったせいか、半壊していた街が全壊になっている。

 これ、深海棲艦より俺の方が被害出したんじゃないか。

 不知火は眉間に皺を作り、あまりの出来事に呆然とする俺を訝しげに見た。

 

「……不知火に、何か落ち度でも?」

 



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二話 戦場の艦娘(+提督)

 

 陽炎型二番艦不知火は、なぜか愕然としている司令に訝しんだ。身の丈優に2mを超える巨漢であった。彫りの深い顔立ちをしているが、歳の頃は二十ほどだろうか。妙な立ち方をした何かのキャラクターが描かれたTシャツの上からでも、鍛え上げられた筋肉が分かる。若い。軍服も着ていない。しかし、不知火には彼が自分を喚んだ司令である事が直感的に分かった。

 司令。不知火が従うべき、司令官である。

 

 鋼鉄の艦であった自分が人型を取り二足歩行しているというのは確かに奇妙な感覚であったが、敵と戦うべく海上で司令の指示に従い作戦行動をとるという事に違いはない。

 今も街が煙を上げ、瓦礫の山が築かれ、砲撃の音がする。そこは戦場であった。血と硝煙の臭いがする、不知火のいるべき場所であった。

 司令は固まったまま顔を手で覆ってブツブツ呟いている。何か失礼があったのかと自らの行動を思い返す。しかし、喚ばれ、挨拶をしただけだ。心当たりはない。

 

「不知火に、何か落ち度でも?」

 

 不知火が恐る恐る尋ねると、司令はハッとした様子で頭を振り、目を合わせてきた。鋭く、力強い目であった。戦場を知る者の目。しかして血に飢えてはおらず、誇り高く澄んでいる。好ましい目だった。

 司令は渋い声で言った。

 

「不知火。一応確認しておくが、君は艦娘だな?」

「はい」

「俺の指示に従うと考えていいんだな?」

「はい」

「では不知火、君に『アレ』を倒せるか?」

 

 司令が『アレ』と言ったモノを、不知火は説明されずとも正確に理解した。この霧を出しているモノ。深海に棲む艦。人類を脅かす、倒すべき敵である。

 勿論です、と口を開きかけ、不知火は口を動かすというある種奇妙な行動を改めて意識した。二本の腕、二本の足。目。口、鼻。かつてとは勝手が違う。意気軒昂なれど、慣れない体でどこまでやれるか? 一瞬の躊躇はあったが、不知火は肯定した。

 

「ご命令ならば」

「よし。不知火、ついて来い!」

 

 崩壊した街の瓦礫を避け踏み越え、走り出した司令に、不知火も一拍遅れて追従した。海へ走りながら、司令からブリーフィングを受ける。海から一隻の深海棲艦がやってきて、之を撃破。しかし三隻の援軍が現れ、戦術的撤退。戦力増強のため不知火を建造する。不知火は司令と協力し、街の正面の湾に展開している深海棲艦――――仮称、駆逐イ級三隻を撃滅する事が今回の任務となる。

 一隻は撃沈させたのだから、自分以外の艦娘がいるかと思い見回すが、姿はない。尋ねると、その一隻は司令が沈めたという。司令は艦娘ではないが、砲も魚雷も使わず素手で深海棲艦に致命打を与える事ができるらしい。信じがたい事であったが、埠頭から飛び降り海上に出た司令が平然と水面を走る様を見ては納得するしかなかった。

 

 何か質問があるか、と尋ねられ、不知火は首を横に振る。鋼鉄の体であった頃と違う事があまりにも多い。何を尋ねれば良いのかもあやふやだった。それに、支離滅裂な質問を浴びせて逐一回答を貰っているほどに時間がある訳でもない。今この瞬間も、街は攻撃されたいるのだ。

 しかし何でも良いから、と重ねて言われたため、不知火は不思議に思っていた事を尋ねた。

 

「司令。もしかして、その服装が最近の海軍の正装なのでしょうか」

「いや、これはただのJOJOプリントだ。承太郎だぜ? いいだろ」

「は、はあ」

 

 人型をとって一時間も経っていないし、口が裂けても人の流儀に詳しいとは言えなかったが、もっと普通の服を着れば格好良く見えるのに、と思った。

 

 海上を滑るように航行しながら、司令に「簡単な作戦」の説明を受けた。

 不知火が敵に砲撃を浴びせ、注意を引きつける間に、司令が背後に回って攻撃。

 簡単に言えばこれだけである。

 初陣であり、下手な連携の試みは却って逆効果であろう事を考慮した結果だった。練度初期値の不知火単艦では三隻と撃ち合いをしても数で押し負ける。司令は一撃必殺手段を持つが近接必須で、弾幕に耐えられない。

 不知火の砲撃は当たらずとも充分囮にはなる。囮があれば司令に攻撃が行かず、接近できる。単純ながらも互いの利点を生かした作戦だ。

 

「幸運と勇気を!」

 

 司令官は暖かい大きな手のひらで不知火の肩を叩き、横に逸れて霧の中に消えていった。

 司令官の航跡を示す独特の波紋も波の合間に消え、不知火は一人になった。断続的な砲撃の音は止んでいない。戦場にたった一隻取り残されたような錯覚に陥りそうになる。

 別れて三分後に砲撃を始めるように言われている。不知火は命令を遂行すべく、前方にゆっくり進み、霧の向こうに薄らと敵影が見えた所で止まり、砲を構えた。

 砲がひどく揺れ、狙いが定まらない。艦とは比較にならないほど小さな人の身では波の影響が酷い――――舌打ちして下を見たが、波は低く、静かなものだった。

 また、砲撃の音が轟く。それに合わせ、砲が揺れる。

 不知火は、砲を揺らしていたのは自分の手だと気付いた。体が震えている。

 

 自分が震えている事に、自分で驚いた。初陣といえば初陣だが、そうでないといえばそうでない。まさか戦いを前にして震えるなど。

 これが、恐怖。

 不知火は本能的に知っている。深海棲艦は通常火器では傷つかない。しかし、艦娘の攻撃は通る。逆もまた然りだ。

 

 アレは自分を沈める事のできるモノである。

 そうはっきりと認識した途端、砲のブレが大きくなった。朧げな沈没の記憶が、恐怖が、絶望が、無念が、フラッシュバックする。

 手袋をしていなければ砲を取り落としてしまっていたのではと思うほど、手がじっとりと気持ち悪い汗で湿った。

 

 数を数える。あと三十秒で、自分は囮射撃を始める。

 本当に自分に囮が果たせるのか。安請け合いではなかったか。このザマでは前に砲弾が飛ぶかも怪しい。

 今からでも作戦変更を具申するべきではないのか? しかし賽は投げられた。今からでは止められない。

 自分が失敗して、自分だけが沈むなら良いが、今回不知火がしくじっては司令が危ない。

 不知火は司令の姿を思い出し……そして言葉も思い出した。

 

「幸運と、勇気を」

 

 人間には感情がある。恐怖はその名の通り恐ろしいものだ。小破すらしていない艦娘を行動不能にし得る。

 しかしその恐怖を乗り越えるのもまた感情である。

 勇気だ。

 

 不知火と違い、装備も無い人の身でありながら、徒手空拳で敵に肉薄する人がいる。遠くから撃つだけの簡単な援護に怖気付くほど、陽炎型二番艦は情けないのか?

 為すべき事がある。成したい事がある。ここでやらなければ、この二度目の生に意味などない。

 

 司令が触れた肩から腕へ、指先へ。胸へ足へ、頭へ。暖かさが広がった気がした。

 震えが止まった。

 

「司令。不知火は、期待に応えてみせます」

 

 ゼロ。

 心の中でカウントを刻むと同時に、不知火の12.7cm連装砲が火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は上手く決まった。震えが無くなったからといって霧の向こうに霞んだ敵に砲撃を当てられるほど、不知火の練度は高くない。

 しかし砲弾は前に飛んだし、敵の意識を引く程度には近くに着弾した。

 そして、それで充分だった。

 

「銀色の波紋疾走ッ!」

 

 司令のよく通る声が不知火の場所まで聞こえた。霧を破ってイ級の背後から現れた司令が一隻を拳で殴り飛ばし、続いてもう一隻も叩き潰す。

 誤射を防ぐために砲撃を止めた途端の、驚くべき早業であった。素人目に見てもかなりの鍛錬を積んだ事が見て取れた。本当に、深海棲艦を拳一つで倒してしまった。不知火の中で司令への敬意がまた増した。

 

 三隻目のイ級へ躍りかかる司令だったが、最後の一隻は他の二隻と少し離れた位置にいた。

 それを薄ら寒い緑色の目で見たイ級は動いた。その動きは司令とは逆方向で、つまり、逃げていた。

 司令はそれを追いかけるが、距離が縮まらない。

 

 不知火の見たところ、司令の航行速度は目算で20ノット(時速37km)前後であった。人間としては素晴らしく速いが、イ級はそれよりも速い。引き撃ちをされれば追いつけず滅多撃ちにされる。

 

「司令! 引いてください!」

 

 再び牽制の砲撃をしながら叫んだ。声が届いたのか、司令は不知火をまっすぐ見た。かなりの距離があったが、心の奥底まで貫かれるような、不思議な強さを持った目線だった。

 不知火はありったけの気持ちを込めてその目をまっすぐ見返した。

 司令はもう、二隻撃沈という充分過ぎるほどの成果を出した。後は自分の仕事だ。不知火は誇り高き陽炎型なのだ。艦がいながら人に、それも司令に戦の趨勢を任せるなど、あってはならない。

 

 司令は小さく頷き、反転して撤退を始めた。イ級も引き撃ちを止め、速度を落として後退から前進に入ろうとする。そこに不知火はありったけの弾薬を浴びせた。イ級の航路が変わった。砲が自分に向けられる。

 不知火は度重なる砲撃で焼け付くように熱くなった自分の得物を構え直し、イ級に向かって全速前進した。当たらないなら、当たるまで近づくまでだ。

 

「沈め……」

 

 最初は祈るように。

 砲撃は情けないほどに命中精度が低く、至近弾は少なく、命中弾は輪をかけて少ない。

 

「沈め」

 

 二度目は戦意を込めて。

 互いの砲撃が交差する。至近弾が海面を叩き、水柱が上がって不知火の体を濡らした。

 

「沈めッ!」

 

 最後は決定事項を告げる一喝だった。

 お互い外すのが難しい距離まで接近していた。

 不知火が最後の一撃を撃つ。

 イ級も最後の一撃を撃とうとしたが、海面を伝った波紋に触れた途端に一瞬痙攣し、狙いが大きく逸れた。

 体勢を崩したイ級に砲弾が突き刺さる。

 

 一瞬の間、そして爆発。一面の水の世界に束の間現れる赤の色を一瞥した後、不知火は背後に向き直り、誇りと自信をもって敬礼した。

 

「司令。作戦が終了しました」

 




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
Lv:3
装備:12.7cm連装砲
眼光:駆逐艦並


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三話 これより艦隊の指揮を執ります

 

「お疲れ」

 

 よくやった、御苦労、頑張ったな、とかなんとか色々言葉は浮かんだが、服のあちこちと頬に煤をつけたまま敬礼する不知火にかけた言葉は結局割とフレンドリー路線で落ち着いた。

 前世で庇った妹弟子の名前も不知火だったから、どうにも他人とは思えず上手く距離が取れない。こうして見ていると顔立ちもどことなく似ている気がする。案外、そのあたりの縁で不知火が初期艦になったのかも知れない。

 

「司令。戦況はどのようになっているのでしょうか? 各地でこのような本土攻撃が?」

 

 戦闘の余韻も冷めない内に、覚悟と緊張が混ざった凛々しい表情で不知火が聞いてきた。

 そんなもの俺に聞かれても困る。俺だってなあなあで戦闘潮流に巻き込まれただけだ。が、不知火は俺に聞くしかない。

 

「ちょっと待て」

 

 答える前に、状況確認のために周りを見回す。瓦礫の山と化した街は静かなもので、砲撃は止まっている。燻っている建物はあっても、燃え上がる炎はひとまず見当たらない。霧のせいだろう。

 深海棲艦を沈めた後も、霧はまだ残っていた。ただしかなり薄くなっている。もう霧というよりも、薄く霞がかっている程度で、視界の確保に支障はない。しかし海に目を移せば、遠くの海上をまだ濃い霧が覆っているのが見えた。

 なんとなく察しがついた。恐らく、この霧は深海棲艦の勢力圏の証なのだ。霧があるから深海棲艦が存在できるのか、深海棲艦が存在するから霧が出るのかは知らないが、倒して薄くなったという事は、深海棲艦を完全に駆逐すれば霧が晴れると思っておいて良いだろう。そして遠洋に濃い霧が見えるという事は、まだ敵がいる、更なる追撃の可能性が充分にあるという事でもある。

 ふむ。

 

 俺は不知火に予測も含めて一通りの説明をした。俺が海軍の人間でないと聞いてかなりのショックを受けたようだったが、今は非常事態だ。深海棲艦の電撃的奇襲で現代の日本防衛戦力……自衛隊も後手に回っており、市民が立ち上がらざるを得ないと判断したと説明すると、何やら感服していた。尊敬の目がこそばゆい。

 

「司令はこの後どうすべきとお考えですか?」 

「そいつぁ難しい問題だな。まあ、何をおいても情報だ」

 

 ここで待機して救助を待つ、内陸へ逃げる、留まって交戦、瓦礫に埋まっているかも知れない人々の救助エトセトラ。取れる選択肢は多い。選択の参考にするためにも、情報収集をする必要があるだろう。戦争で重要なのは兵站と情報である。戦争をする時、兵站が切れている! 情報もわからんでは敗北は確実! 確実! そう、コーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい確実なのだ。

 ポケットに入れていたスマートフォンを出してみたが、変なノイズが入るだけでネットに繋ぐどころか操作そのものを受け付けず、やがてピガガッと悲鳴を上げて煙を出し、沈黙した。玄関が粉砕されていた近くの民家にお邪魔して固定電話を試してみるも、当然繋がらない。というか停電していた。電気屋にあった電化製品も軒並み沈黙していて、電池式の携帯ラジオまでスマートフォンと同じような壊れ方をしてしまった。

 水道管もあちこちで破裂して大きな水たまりを作っていて、道路は乗り捨てられた車や倒れた街路樹でとても使える状態ではない。都市インフラが完全に破壊されている。

 

 襲撃の始まりの時、自衛隊の戦闘機が墜落した事を思い出す。スマートフォンやラジオの異常と併せ、恐らくこの霧の中では電化製品が使えないのだろうと予測を立てた。

 厄介な状況だった。情報収集をしたければ足で稼ぐしかない。

 自衛隊は戦闘機を落とされ警戒しているはずで、即座の救助は望めない。政府が状況を把握できているかも怪しい。襲撃されているのはこの街だけなのか? 全国規模なのか? 世界規模なのか? それも分からない。

 

 戦争において戦力の逐次投入は愚策である。少数で散発的に戦闘を行い各個撃破されるのも論外。戦力を素早く集中させ、一気呵成に攻撃をするのがセオリー。その理論に則れば、俺と不知火は恐らく攻撃されていないと思われる内地に一度撤退し、自衛隊なり義勇軍なりなんなり、他の戦力と合流すべきだ。

 しかし。民家や電気屋をうろついている間に、海をチラチラ見ていた不知火の報告によると、海上の霧が少しずつこちらに近づいてきているという。俺が見ても分からないが、人の形をしていてもやはり艦。視力が違う。不知火の証言をまとめ速度をざっと計算した結果、恐らく明日の未明頃に再度襲撃があるとの予測立てられた。

 

 一時撤退している間に港を占拠、あるいは川を遡上、あるいは上陸されたら恐ろしい事になる。障害物のない海だからまだ補足・撃破できているのだ。それが可能かどうかは知らないが、もし深海棲艦にコンクリートジャングルに潜まれたら本格的に打つ手がない。

 コンビニで弁当を食べて腹ごしらえをしながら(代金はレジに置いておいた)、不知火と額を突き合わせて方針を検討する。

 

「防衛ラインの構築を具申します。深海棲艦の本土上陸は回避すべきです」

「そうだな。情報については誰か人を見つけて、その人にひとっぱしりしてもらうか」

 

 破壊された道路では車どころかバイクの運転も難しいだろう。文字通り走ってもらう事になる。俺と不知火は街を防衛しなければならない。深海棲艦の被害を受けていないであろう内陸との連絡役は誰かに任せる必要がある。自衛隊が陸路で兵力なり救援なりを寄越してくれればそれがベストなのだが、そう上手くいくとは思えない。

 コンビニの書籍コーナーにあった街の地図でどこからどこまでを防衛ラインと定めるか決めようとしたが、不知火は難色を示した。

 

「この地図は地形の精度は高いですが、水深も海流も描かれていません。もっと詳細な情報が必要です。それと、防衛ラインをどう決めるとしても、不知火と司令だけでは戦力が心許ないかと」

「あ~……」

 

 確かに。前世にあったゲームは艦隊『これくしょん』。艦娘はこれくしょんしてナンボだ。特にゲームではなく現実では戦力的に。一隻+オマケだけでは、例えば駆逐六隻で突破をかけられたら攻撃の手が足りず防衛ラインを抜かれるだろう。

 追加の召喚、もとい建造が必要だ。

 しかし。

 

「? 不知火に何か?」

「いや」

 

 きょとんとしている不知火を見る。こんな小柄な駆逐艦娘の建造でさえ、付近一帯の鋼材やら燃料やらを根こそぎ引っこ抜いて集める必要があった。

 ゲーム内での建造では、最低建造費用は鋼材30、燃料30、ボーキサイト30、弾薬30。現実と相関関係があるとするなら……いや待て。

 そういえば、不知火の建造には開発資材を使っていない。阿呆みたいに材料を消費したのはそれが理由か? 艦一隻分と考えれば少ないぐらいなのかも知れないが。

 うーむ? よくわからん。とりあえず保留にしておこう。

 

「海図は図書館だな。郷土資料コーナーに行けばあるだろ、たぶん。なかったら市役所あたりか」

「お供します」

 

 図書館への道すがら、意外にも怪我人や逃げ遅れた人は全然見当たらなかった。襲撃から三、四時間は経っているし、既に避難が完了したのか、あるいは立てこもって息を潜めているだけなのか。内陸の方へ避難するように大声を出しながら進んでいると、弱々しいうめき声が聞こえた。声を辿ると、瓦礫に足を挟まれている御老人がいた。迷わず駆け寄る。

 

「大丈夫ですか」

「あ、足が……」

 

 瓦礫の下を除いたところ、足が挟まれて圧迫はされているが、潰れている訳ではないようだった。

 

「ふん! ……ふゥん! ……不知火、頼む」

「了解です」

 

 瓦礫を持ち上げようとして失敗し、波紋疾走込みでも失敗し。普通の波紋使いは鋼鉄の首輪をちぎれない程度にしか筋力向上しないからね、仕方ないね。不知火に頼むと、空のダンボール箱でも持ち上げるかのようにひょいっと持ち上げて投げ捨てていた。馬力が違う。

 

「さすが不知火! 俺に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ! あ、大丈夫ですか? 歩けますか」

「あ、ああ。助かったよ。お嬢さん、力持ちだねぇ」

「艦娘ですから」

 

 不知火は当然、といった風にクールに答えた。力持ちってレベルじゃないが。

 御老人は御神さんというそうで、特に衰弱もなく元気だったため、内陸の方へ御足労をお願いさせてもらった。俺が把握している限りの情報をありったけメモして渡し、警察か自衛隊に届けてもらうように頼む。その情報を元に対深海棲艦戦に有効な援助をもらえれば最善。艦娘と波紋使いに組織のバックアップがあれば、鬼に金棒、ジョースター家にスピードワゴン財団だ。

 

 何度も振り返って頭を下げる御神さんを見送る。これで俺達が深海棲艦に負けて海の藻屑になっても、最低限の情報は活かされる。

 後顧の憂いは無い。あとは前を見据え、心と体を振り絞るまで。

 

 図書館の駐車場は破壊されていたが、本館の方は無事だった。誰もいない館内の郷土資料コーナーを二人がかりで探すと、海図はすぐに見つかった。他にも海に面した高台、海上からの砲撃に対する遮蔽に使えそうな建造物・地形などの情報も漁る。コピー機は止まっていたし司書もいないので、メモだけ置いて勝手に借りていく事にする。

 

「思っていたより水深がありますね。魚雷発射に支障はなさそうです」

「魚雷あるのか」

「はい。無いよりマシ程度のものではありますが」

 

 そう言って魚雷を見せてくれる。今更だがこんなにゴッツイ艤装を身につけていて邪魔ではないのだろうか。

 話を聞くと、どうやら見た目通りデフォルトで最低限の魚雷や砲は持っているらしい。確かにゲームでも装備0で戦えていた。ちゃんとした装備があるに越した事はないようだが。

 不知火は装備を二つ持てる。初期装備が12.7cm連装砲のみだから、あとひと枠分余裕がある。できれば用意したいところ。

 

「不知火、装備ってどうやって手に入れるんだ」

「はて……不知火には分かりかねます。私を建造した時と同じようにはできないのですか?」

「それは街崩壊不可避」

 

 不知火建造でかなり街の資源をかっさらってしまった。また同じ事したらペンペン草も生えなくなるぞ。装備開発自体は感覚的にできそうではあるが。

 

「司令の身一つで諸々を工面するのはやはり無理が出るかと。ドックがあればいくらか効率的なのでは? ここは海に面していますし、工廠か造船所の類は無いのでしょうか」

「造船所! そういうのもあるのか」

 

 早速街の地図を調べてみたが、造船所はなかった。古い地図によれば第二次大戦中はあったようだが、戦後に畳んでしまったらしい。今は缶詰工場になっている。

 しかし調べている内に思いついた事があった。

 ゲームでは艦娘の建造にも装備の開発にも、燃料や弾薬といった資材の他に開発資材が必要だった。不知火の見た目も初期装備も、深海棲艦の姿までもゲームとここまで似ているのなら、開発資材についても類似していると考えるのは妥当だ。開発資材は建造の触媒だと仮定する。占いに水晶、呪いに髪。オカルトに触媒はつきもの。資材から人間を錬成、もとい艦娘を建造するのもオカルトの領域。きっとそう外れた考え方ではない。

 

 俺と不知火は図書館で手に入れた戦利品を適当なバッグに詰め、深夜までかけて街中を回ってそれらしいものを収集した。

 ホビーショップで見つけた埃を被った重巡のプラモデル。過去の戦没者慰霊碑を少しだけ削らせてもらった石の欠片。転覆していた漁船の船体の一部。古本屋で見つけたエースパイロットの伝記などなど。何が開発資材として働くか分からない以上、片っ端から集めるしかない。船体の設計図でもあれば一番それっぽくて良さそうなのだが、流石に見つからなかった。

 

 そして時刻は明け方近く。元造船所、現缶詰工場の魚臭い工場の搬入口のあたりで戦利品を並べ、建造を試みる。不知火は数歩下がって、ホームセンターで見つけてきたカンテラで照らしてくれている。装備は後回しだ。まずは頭数を揃えたい。

 さて。上手くいくといいが。いや、上手く行かせるのだ。不知火にも相当街中を駆け回って手伝ってもらったのだから。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の……違った。あー、まあ、アレだ。建造ッ! お前が艦娘になるんだよ!」

 

 なんとかなるだろ、と気合を入れると、なんとかなった。

 不知火の建造時と同じように、周りから夜の静寂を破りガタガタ音を響かせながら勝手に資材が集まってくる。しかし、不知火の時よりも遥かに小規模で大人しいものだった。

 集まった資材は光を放ち……それが収まった時、資材があった場所には二人の艦娘が立っていた。

 

「貴様が司令官か。私は那智。よろしくお願いする」

 

 凛々しい長身の女性がまっすぐ俺を見て言い、

 

「航空母艦、鳳翔です。不束者ですが、よろしくお願い致します」

 

 弓道着を着た小柄な女性がたおやかに微笑んだ。

 

「ようこそ、『戦争』の世界へ。俺の事はジョジョか波紋提督とでも呼んでくれ」

 

 ジョジョ立ちをキメて華麗にアイサツすると、二人共困惑して顔を見合わせた。

 ……うむ、掴みはOK(強調)!

 

「あー、ごほん。悪いが悠長に親睦を深めている余裕はないんだ。早速だが二人には約二時間後には出撃してもらう事になる。深海棲艦の上陸を阻止する防衛戦だ。念のため確認しておくが、重巡洋艦と、軽空母だな?」

「うむ」

「はい」

「よし、都合が良いな。まずこの地図を見てくれ。現在地がここで、未明にこの方面の海域から深海棲艦の侵攻が予想されている。鳳翔、お前は情報の要だ。この高台に登って艦載機を海上に飛ばし、制空権の確保と偵察をしてくれ。入手した情報はこまめに艦載機に手紙か何かを持たせて前線の二人と俺に送って欲しい。無理なら手旗信号か狼煙に頼る事になるが……できるか?」

「できる、と思いますが……無線は使えないのですか?」

「無理だ。電気製品は全部イカれてる。情報通信をして、余裕があればでいいが爆撃も頼みたい」

「了解しました。情報伝達を優先、余裕があれば攻撃ですね」

「よし。では不知火と那智。お前達には前線を頼みたい。二人で組んで深海棲艦を迎え撃ってくれ。細かい判断は全て現場に任せる。ただ、あくまでも俺達がするのは防衛戦だ。敵が引いたら追うな。本当なら俺も出たいところだが――――」

 

 言いかけると、不知火に睨まれた。苦笑が漏れる。

 

「――――まあ、それは最終手段だ。俺は不知火と那智が抜かれて上陸された場合の最終防衛ラインとして待機する」

 

 これが不知火と考えた最高の作戦。万全とは言い難いし、急造の作戦は穴だらけ、ガバガバもいいところだ。

 が、やるしかない。戦わず、引くこともできる。しかし戦うと決めたのだ。強い意思でやり遂げなけらばならない。日本に住む一市民として、そして邪悪に立ち向かう波紋戦士として、ここで深海棲艦を食い止める。

 

 それから、時間ギリギリまで四人で情報共有をする。

 やがて空は白みはじめ、海をじっと睨んでいた不知火が言った。

 

「司令、来ます。そろそろ作戦配置に」

「よし。作戦は頭に叩き込んだな? 行くぞ、暁の水平線に勝利を刻め!」

 

 




 とりあえず初期メンバーはこの三隻(´・ω・)


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四話 波紋提督第一艦隊、抜錨

 

 朝日が海上を覆う霧に吸い込まれ、黎明の空は赤く染まる。海を望む高台の上で潮風に髪をなびかせながら、鳳翔は弓に矢を番えた。

 奇妙な心持ちであった。弓を扱うのは始めてであるはずなのに、まるで艦から艦載機を発艦するという行為の延長線上であるかのように感じる。

 

「風向き、よし。航空部隊、発艦!」

 

 引き絞り、ひょうと放たれた矢は飛来しながら九九式艦爆へと変じる。実物とは比べるべくもない大きさで手のひら大ほどしかないが、その爆装の威力は充分深海棲艦を沈めるに足る。

 鳳翔は九九式艦爆を11機搭載している。内6機を海に向けて六方向に扇形を描くように発艦した。残り5機は連絡用と、もしもの時のための予備である。

 九九式艦爆は爆装と対潜能力に特化しており、索敵や対空能力は無い。しかしだからといって、搭乗員(妖精さん)が乗っている以上目も耳もない訳ではない。最低限の偵察は可能だろう。

 

 艦載機が戻ってくるまでの間、嵐の前の静けさの中で鳳翔は考える。

 最初から空母として建造された、世界で初めての航空母艦が、時を超えて現代の最初の航空艦娘として蘇る。因果なものだ。旧式も良いところの身ではあるが、培った経験で戦線を、提督を支える事ができるだろう。カラダの違いによるギャップを埋めるまではどうしてもぎこちなくなってしまうが。

 先任の艦娘、不知火は着任から一日も経っていないが、提督を随分信頼しているようだった。自分と同じく建造された那智などは提督の浮ついた服装とかぶいた姿勢に眉を寄せていたが、鳳翔は逆にやる気を感じていた。

 現代に蘇ったこの身は、なぜ艦ではなく人の形をとっているのか? 答えは提督も分からなかったが、鳳翔はきっとより深く人に、提督に寄り添うためだと考えていた。

 艦には無い身近さ、暖かさ。人と同じ目線で物を見て、考える事ができる。それはきっと、巨大で勇ましい鋼鉄のカラダと同じくらい大切なものだ。提督に不足があるならば、自分が支えよう。自然にそう思えた。

 

 やがて艦載機が帰還し、飛行甲板を掲げて着艦させる。何機か着艦に失敗して落ちてしまったのは要訓練だろう。鳳翔は落ちた衝撃で頭を打ってべそをかいている妖精さんを慰めながら、情報を聞いて書面にしたためて別の妖精さんに持たせ、待機させていた2機を前線組と提督へ送った。

 空を飛ぶ艦載機を見送った後、提督に持たされたボールペンをしげしげと見る。提督によると、インクを付ける必要の無い万年筆、らしい。便利な世の中になったものである。日本はもう六十年以上戦争をしておらず、平和を謳歌し、技術を発展させていたのだ。そして、その太平の世の中が深海棲艦によって今まさに破壊されようとしていて、一部は壊されてしまっている。

 鳳翔は長きに渡りその一生を戦いと共に過ごした艦である。一線を引いた後も練習艦として後進の育成に努め、最後は解体処分を受けその資材をお国の為に役立てた。

 できるのなら、今世も戦い抜き、再び平和が訪れる様を見たい。

 そう願いながら、鳳翔は表情を引き締め、霧の中からぼんやりと姿を現した深海棲艦に向け弓を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジン音に空を見上げると、ちょうど爆撃機から紙が投下されるところだった。ヒラヒラと舞うそれが海に落ちてしまう前に、那智は落下地点に先回りして掴み取った。通信筒は残念ながら用意できていない。情報によると、敵は腕の生えた軽巡1、単眼の未確認駆逐1、イ級より角ばった造形の未確認駆逐2の四隻。角ばった駆逐艦を先頭に、単縦陣で正面から侵攻しているとの事。

 それを旗艦不知火に伝えると、不知火は少し考えて言った。

 

「イ級の変異体のような駆逐艦をロ級としましょう。このロ級に私が先制雷撃を行います」

「脅威度の高い軽巡から片付けた方が良いのではないか?」

「いえ、まずは確実に数を減らしましょう。私は専用の雷装を積んでいないので、軽巡の装甲を抜けない可能性があります。那智さんは軽巡をお願いします」

「うむ、心得た」

 

 少し距離を空けて横に並んだ不知火を横目に見る。不知火は魚雷発射管を動かして軽い動作確認をしていた。動きはぎこちないが、過度な緊張の様子はない。一足先に実戦をしたからだろうか。少し悔しくなる。まあ、今から戦功を上げれば良いだけだ。戦力比2:1とはいえ、この身は重巡。驕るわけではないが、早々負けるつもりはない。

 不知火は提督を信頼しているようだが、那智はまだその人柄を測りかねている。日本人には珍しいほどの巨体に鍛えられた体と、それに反比例するように浮ついた漫画が描かれた服。身に付ける意味もないような鎖やワッペンで服を飾り、どうにも戦場に似つかわしくない。愚物ではないようだが、あまり良い印象は抱けなかった。

 なにしろこれから司令官と仰ぐ者なのだ。酒の一杯でも酌み交わしながら、人間性の底を図ってみたくもなる。

 そのためにも、まずはこの一戦を終えなければならない。那智は20.3cm連装砲を構え、高揚する心のまま薄ら見え始めた敵影を睨んだ。姿が変わっても、この身は重巡洋艦。戦うために存在する。

 

 開戦の合図は、鳳翔の艦載機によるものと思しき爆撃だった。爆弾が次々と投下されていき、しかし大部分が外れ、水柱を上げるだけに留まる。それでも最も警戒すべき軽巡の船体を大きく揺らがせたのは僥倖だ。

 続いて不知火が魚雷を発射しようとするが、もたもたしている内に敵の砲撃が飛んできて、不知火の足に着弾した。衝撃で取り落とした魚雷があらぬ方向で暴発してしまう。

 

「ぐ、小癪な……! 仕方ありません、砲雷撃戦に移行!」

「了解した。砲雷撃戦、用意!」

 

 最後尾にいる軽巡はまだ少し遠い。那智は照準を合わせ直し、20.3cm連装砲を撃った。弾は見事先頭のロ級に命中し、一撃で撃沈する。歓声を上げたくなったが、ぐっと堪えて旗艦に報告する。

 

「ロ級撃沈! あと三隻だ!」

「了解! 軽巡をお願いします!」

 

 耳をつんざく爆音が次々と轟き、爆炎と硝煙が吹き上がる。たちまち海上は戦場と化した。

 お互い練度が低く、至近弾や夾叉ですら少なく、なかなか弾が命中しない。鳳翔の支援爆撃も牽制以上の効果が得られていない。牽制があるだけでも相当楽になるのだが、やはりもどかしい。

 

「接近します! これでは命中弾が少なすぎる!」

「待て不知火!」

 

 同じく苛々していた不知火が砲弾を浴びせながら敵艦隊に急接近したが、鳳翔の爆撃に危うく巻き込まれかけ、波に大きく煽られた。そこに軽巡の砲撃が突き刺さり、吹き飛ばされる。那智は息を飲んだが、不知火は服がボロボロになってはいるものの依然しっかりと水上に浮かんでいた。

 

「この……!」

「落ち着け、鳳翔の支援もあるのだ。何を焦る事がある、貴様は旗艦だろう? どっしり構えていろ」

「……すみません。やはり司令のようにはいきませんね」

 

 那智は提督が深海棲艦を殴り飛ばしたという与太話を信じている訳ではなかったため、不甲斐なさそうに唇を噛む不知火の言葉に曖昧に頷いた。そのあたりも含めて、提督とはしっかりと話し合う必要があるだろう。

 十数分のもどかしい撃ち合いの末、中破した軽巡が背を向けて撤退を始めた。駆逐は全て沈んでいる。那智は思わず追撃に入ろうとしたが、肩を掴まれて止まる。振り返れば、不知火が首を横に振っていた。そこで提督の命令を思い出す。追撃は御法度だ。

 

「戻りましょう。完全勝利とはいきませんが、任務は果たしました」

「そうだな。すまない、熱くなっていたようだ。貴様の負傷も直さなくてはな。牽引は必要か?」

「航行に支障はありません。那智さんこそ大丈夫ですか」

「ああ、小破程度だ。問題ない。それと、私の事は那智で良い。戦友だろう?」

 

 那智は大きなアザができた腕をさすりながら男らしく笑う。不知火は表情を僅かに歪め、背を向けて陸に戻り始める。那智は帰投完了後不知火が提督に同じ表情を向けるまで、不知火が微笑んだのだと気付かなかった。

 不器用な艦娘だ。だが、好ましかった。少し遅れて帰投した鳳翔もまた好ましい。艦載機は敵に回ると恐ろしいが、味方にいると頼もしい。それを改めて認識させてくれた。共に戦うに足る、勇敢な僚艦である。彼女達となら、どこまででも戦えそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒壊を免れた、海を望むビルの一室にて。戦果を報告する誇らしげな不知火の頭を撫でながら、内心で頭を抱える。

 一人も欠ける事なく帰投し、かつ撃退できたのは大戦果だ。それは素直に嬉しいし、手放しで褒める。しかし。

 負傷……? 入渠……? どうすればいいんだ。弾薬と燃料は経口摂取で良いらしいが、服やら艤装やらの修理はどうすればいいんだ。俺は裁縫もできなければ技師でもないぞ。

 助けてクレイジーダイヤモンド! 明石でもいい!

 

「つかぬことをお伺いしますがね、その負傷はどうすれば直るんですかね。消毒して包帯巻いておけばOK?」

「何を言っているのだ。我々は人の姿であっても本質は軍艦だ。勿論、入渠ドックにて鋼材と燃料でもって修復するに決まっておろう」

 

 那智に怪訝そうに返されて、そっすね、としか言えなかった。やり取りを見ていた不知火が察した顔をする。せやで、入渠ドックは無いし、この街の資材はほとんど建造でネコソギにしてしまったんや。

 やばい。開戦早々資源枯渇で末期戦の気配。たった四人で街の防衛は土台無理な話だったか。

 

 ……いや、そうとも限らない。ジョナサンを見ろ。ジョセフを見ろ。奴らはたった数人で世界を救ってるぞ。俺だって彼らと同じ波紋戦士の端くれ、街の一つや二つ。

 考えろ、考えろ、考えろ。どうすれば戦線を維持できる。いや、維持ではない、弱気になってはいけない、防衛ラインを上げていき、少しでも押し返すのだ。

 

 今必要なのは補給と修復。補給は……街の端の方まで行って、ガソリンスタンド、民家の灯油の備蓄、車のタンクを漁れば少しは燃料が確保できるはず。建造には不足する資材量でも、修復程度ならきっと賄える。同じように車を解体すれば鋼材も手に入るだろう。人の財産に手を付けるのはいささか気が引けるが、超法的措置というやつだ。イイ子ちゃんのままでは世界は救えない。

 他にも、もしかしたら深海棲艦の亡骸をサルベージすれば弾薬などが手に入るかも知れない。このあたりは明日にでもまとめて探索を行うべきだろう。

 

 そして、修復。

 服が破れて中破状態の不知火と、体の動きがぎこちない小破状態の那智。このまままた戦線に送れば撃沈の危険があるし、戦闘能力も低下している。直してやりたいが、設備がない。平和に浸かりきっていた日本に軍艦を直せる設備なんて、と考えたところで思い直す。家よりデカい軍艦を直す設備で、人間大の艦娘を修復できるか? んなわけない。どの道無理なのだ。たぶん。

 

 高速修復材。妖精さん。明石を狙って建造。とりあえず風呂に突っ込んでみる。色々考えてみたが、改めてできる事を脳内に列記してみると、やはり波紋が一番有効そうだった。

 波紋は太陽の波動を持つ力。闇の生き物にダメージを与え、生物を癒す。深海棲艦に波紋でダメージが通るなら、対の存在である艦娘を癒せるのではないか。

 

「那智、ちょっといいか?」

「む、なんだ。次の作戦か? その前に戦勝祝いの一杯をやるぐらいは良いだろう?」

「その話は後にして、とりあえず手を出してくれ」

 

 少し警戒しながら出された手をガッシリ握り、波紋の呼吸! 刻め血液のビート!

 

「コォォオオオオオッ!」

「こ、これは……!?」

 

 特殊な呼吸法が生み出した太陽のリズム! 俺の肉体に発生した波紋エネルギーを那智に送る! 握った手から那智の手に伝わり! 腕を駆け巡り負傷を癒し! 胴へ届き疲れた体をも癒す! 見込み通り波紋は艦娘の負傷にも有効だ!

 そして最後は那智が反対の手に持っていたワインボトルに伝わり! ワインのコルクがスッ飛んで那智の額を強打した! すまんッ! わざとじゃない!

 

「何をする!」

「くるゃああーっ!」

 

 グーで殴られた。流石艦娘、いいパンチ持ってる。首がもげそうだ。

 

「那智、上官に手を上げるとは何事ですか」

「い、いや、つい反射的にな。提督、すまない、大丈夫か」

 

 不知火に睨まれ、那智はしどろもどろで謝ってくれた。呼び捨てか。お二人さん仲良くなってるね。

 波紋で首を癒しながら波紋について改めて説明する。那智はすっかりアザの消えた腕をなんどもさすりながら、狐につままれたような顔で頷いていた。

 

「なるほどな。駆逐を殴り飛ばしたというのもあながち嘘ではなさそうだ」

「だろ」

「司令、私の艤装もお願いします。砲身が曲がってしまって」

「悪い、艤装は生物じゃないから無理だ。服も。すまん」

「いえ。無理を言ってしまって申し訳ありません」

「小破程度なら資材も要らんみたいだな。不知火もやってみるか……どうだ?」

「……直りませんね」

「ダメか。中破だからか? 全く効いていない? どんな感じだ?」

「司令の手が暖かいです」

「お、おう。そいつは良かった。負傷の方は?」

「あっ、し、失礼しました。そうですね、何と言いますか、欠けた歯車が空回りしているような感覚がします」

「ふむ? 資材があれば直りそうか?」

「どうでしょう、はっきりした事は言えませんが、私見としては――――」

 

 真面目な話の途中で腹が鳴る音がした。那智が顔を赤くして俯く。

 

「……これは燃料の補給がまだだからでな? 軍艦としての機能の問題であって」

「皆さん、お食事にしましょうか。簡単なものを用意させて頂きました」

 

 いつの間にか席を外していた鳳翔が、タイミングよく風呂敷包みを持って戻ってきた。流石お艦。

 腹が減っては戦はできぬ。それは艦娘も人間も同じだ。

 俺達は小難しい話をひとまず中断し、オフィステーブルに椅子を持ち寄って集まり、次の戦いへの英気を養った。

 




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
装備:12.7cm連装砲
眼光:軽巡洋艦並


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五話 正面海域を防衛せよ

「司令、おはようございます」

「おはよう。朝食は娼婦風スパゲティーだ」

 

 拠点にしているビルの一室に、仮眠室で短い睡眠をとっていた不知火が髪を手櫛で梳きながら戻ってきた。七輪に置いていたフライパンをとり、皿に中身を移して渡してやると、礼儀正しく手を合わせてから食べ始めた。

 開戦から二週間が経過していた。外部からの連絡はまだない。世界で生存しているのは自分達だけなのではと疑ってしまう。連絡を頼んだ御神さんはどうなったのだろうか。誰か内地に偵察に送ろうかという案も出たが、戦況がそれを許さなかった。一人でも戦線を離れたら確実に崩壊するほどギリギリの攻防が続いている。

 

 深海棲艦の攻勢はジョジョに激しさを増し、一日二回の襲撃は当たり前、朝昼夜のフルコースも珍しくない。潜水艦や重巡、軽巡クラスも頻繁に現れるようになっている。あちらさんは六隻編成がデフォルトで、こちらは相変わらず三隻とオマケだ。

 一度夜間にひっそりと潜水艦に川の河口まで侵入され、危うく本土上陸の危機があった時から、河口に瓦礫を投げ込んで封鎖し、夜間は必ず誰かが臨海を哨戒するようにしている。

 中大破の修復は資材を消費した上で波紋を流す必要があり、しかも数時間かかる。誰か一人が中大破すればその艦娘と俺で二人戦線を一時離脱する事になるのだ。郊外に遠征して資材を集めてきたり、スーパーマーケットやコンビニ、家庭菜園から食料を集めてきたりする人員も必要で、間が悪い時には一隻で深海棲艦六隻相手に遅延戦闘を行う事すらあった。

 

 もちろん数の不利を補う工夫は怠っていない。無事だった漁船をロープで繋いで障害物として配置したり、俺も弾に油を塗り波紋を流して発射する改造ボーガンで援護射撃をする。漁船はすぐに破壊されてしまうし、波紋攻撃も軽巡クラスは二、三発入れないと撃沈できず、重巡以上にはカスダメしか入らないと判明したのだが。相手の耐久力が高いのか、俺の波紋がなまっちょろいのか……

 相手の編成によっては俺が潜水服を着て潜行し、青緑の波紋疾走で水中から深海棲艦を攻撃する事もあった。もっとも潜行中に爆雷を喰らえば余裕ではじけ飛んで汚ねぇ水中花火になるからあまりやりたい手ではない。水中では回避も難しいのだ。

 

 外から艦載機の低いエンジン音が聞こえ、開いている窓からペットボトルが投げ込まれ床に転がった。中には紙が入っている。鳳翔の連絡だ。

 

「二十分後に四時の方向から敵侵攻あり。軽空母1、重巡2、軽巡1、駆逐2」

「了解しました。那智は」

「まだ資材集めに出てる。プランBで行くぞ」

「了解。不知火、出撃します」

 

 不知火はミネラルウォーターを一気飲みした後、机に置いてあった連装砲を装備しようとしてまだ修理中である事に気付き、ため息を吐いて駆け出していった。それを連装砲の上でミニマムなスパナを振るって修理していた妖精さんが敬礼で見送る。

 艦娘の全ての装備には妖精さんが宿っていて、装備の修理はその妖精さんに任せている。修理専門の妖精ほどの腕前ではないらしいが、ゆっくりとなら修理できるのだ。当然、出撃に修理が間に合わない事も多い。それでもなんとかしてきた。建造と同じ手順で艦戦、爆雷、電探、魚雷と最低限の開発もしているのだが、状況は依然厳しい。

 郊外からの資材集めと戦闘による資材消費がほとんどトントンで、カツカツのやりくりをしているため、開発はそう滅多にできるものではない。建造なんてもっての他だった。近代化改修? 改装? そんなもんに回せる資源あるわけないだろ! レベルは充分足りている感触があるが、改装できるほどの資源は全然溜まらない。

 

 七輪に水をかけて火を消してから、俺も出撃する。常にグロい資源で昨日も出撃、今日も出撃、明日も出撃。求むホワイト鎮守府(切実)。 

 

 もう見慣れてしまった崩壊した街並みを駆け、配置につく。プランBは敵艦隊に対して中央海上に不知火を据え、両翼地上に俺と鳳翔が展開するガバガバ鶴翼陣形だ。上手くいくと敵艦隊を三方向からタコ殴りにできる。

 テトラポッドを積み上げて造った雑なトーチカの中から海上へボーガンの狙いを付ける。そのまま波紋を練りながら数分待つと、深海棲艦が複縦陣で現れた。不知火が先制で魚雷を発射し軽巡を片付けると同時に、鳳翔の艦載機が敵艦載機と航空戦に入る。不知火は引き撃ちで後退・誘導を始めた。駆逐二隻が俺の正面を過ぎていく。まだ……まだ……今!

 

「コォォオオオッ! 無駄ァ!」

 

 波紋を帯びた鉄球が飛ぶ! 着弾、今! 駆逐一隻撃沈!

 

「無駄、無駄、無駄ァ!」

 

 装填済みのボーガンに素早く持ち替え、更に二連射! 二発目外れ! 三発目命中、駆逐撃沈! 四発目外れ! 異常を察した重巡リ級の病んだ寒々しい光を放つ瞳がこちらを向く。人型なだけあり、表情から容易に殺意が読み取れた。

 やばい!

 ボーガンをまとめてひっつかんでトーチカから飛び出す。一拍遅れ、空気を震わす砲撃音と共にトーチカが爆発四散! 砕けた石片が散弾のように襲ってくる! 猛スピードの面制圧だ! 伏せても跳んでも大怪我は必至!

 

「う、ぉおおおお! ツェペリ男爵! 技を借りるぜ!」

 

 小さく跳び、体を地面と水平に。石片に足を向け、当たる面積を最小にして波紋防御!

 足の裏に爆発的な勢いで石片が衝突し、肩を、頬をかすめていく。しかし嵐をやり過ごし、無様に、しかし最小限のダメージで地面に落ちた。

 即座に跳ね起きて身を低くして走り、崩壊したレストランの壁の後ろに飛び込む。

 

「フーッ……」

 

 危ない危ない。日に日に深海棲艦の俺への対処能力が上がっている気がする。一昨日よりも昨日よりも、発見されるのが早くなっている。人型に近い艦種ほどそれが顕著だ。奴らも学習しているのか。基本的に逃げる艦は追っていないから、情報が持ち帰られているのだろう。追撃して全滅させれば情報は封じる事ができるが、五日前に那智と不知火に追撃させ、反転からの反撃を喰らって二人共危うく轟沈しかけたばかりだ。アレでウチに追撃をかける余力は無いと思い知った。三隻+αで二週間しのげているだけでも奇跡だ。我ながらよくやっている。

 

 巻き上げ機構でボーガンを装填し直し、構えながらそっと壁から顔を出す。

 海上の戦場の様子を伺うと、不知火が敵艦隊最後の重巡にトドメを刺すところだった。壊れた魚雷発射管から魚雷を引き抜き、それを片手に持って突貫。ジグザグに蛇行して砲撃をかわしながら重巡リ級に肉薄し、その口に魚雷を突っ込んだ!

 軽業師のように重巡の頭を上から踏みつけて無理やり飲み込ませ、跳躍。重巡リ級=サンはアワレ爆発四散! 不知火はその爆風に乗って離脱し、降り注ぐ火の粉とリ級の残骸を背景に、水面にアクション映画のワンシーンの如く着地を決めた。

 ヒューッ! カッコイイ。初陣で震えていたあの不知火が立派になって。

 

 ちなみにこれが那智の場合、無手で真正面から肉薄しリ級の口に折れたリ級自身の砲身を突っ込んで暴発させ、爆炎の中から平然と現れる。昨日やっていた。

 最近、弾が尽き装備が壊れた時は肉薄してなんとかするというのが波紋艦隊のセオリーになりつつある。もしかしなくても俺の影響だ。

 

 しばらく上空を旋回していた鳳翔の艦載機が、宙返りをしてから帰っていく。戦闘終了確認の合図だ。今回は運良く取り逃がしが出なかった。ほっと息を吐く。またなんとかかんとか一戦をくぐり抜けた。

 こんな事をあと何回何十回繰り返せばよいのか。先の見えない未来に気が遠くなりそうだ。

 だが、何度来ようがこの命尽きるまで跳ね返し続けてやろう。もう理屈ではない。意地だ。ここまで戦ってきたのだ。最後までとことんやってやる。

 俺は帰投した不知火を伴に、疲れた肩を回しながら拠点に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼頃、那智が大八車二つに潰して丸めた自動車のフレームや壊れたラジオ、潰れた鍋、灯油入りポリバケツなどを山盛りに乗せて戻ってきた。ビルの前に造ったスペースに置いて一息つく。

 

「ふう。遅くなってすまない。近場にはもう資材がなくてな」

「お疲れ様です」

 

 汗を拭う那智を、折れたどこかに家の柱に斧を振り下ろして薪にしていた不知火が労った。風呂に料理に、燃料は欠かせないが、灯油もガソリンも貴重品だ。代替できる分は薪で補う。煙の出ない炭は室内用である。まさに戦時下。つらたん。

 

「もうすぐお昼ができますよ。手を洗ってきて下さいな」

「ああ、悪いな……一戦あったか?」

 

 積み上げたブロックにドアを渡して作った簡易野外台所でカレーを煮込んでいる鳳翔が言う。那智はバケツに貯めた水で手を洗いながら、近くに置かれていた修理中の不知火の魚雷発射管を見て眉を顰めた。朝には無傷だったものだ。

 

「不知火が小破でそれが壊れた程度だ。問題ない」

「貴様も怪我をしているではないか」

「腕がモゲたりしなけりゃァ波紋の呼吸で治るからな。小破は無傷」

「よしっ、できました。お昼にしましょうか」

 

 鳳翔の鶴の一声で、俺は読んでいたジョジョ4巻を閉じた。ううむ。一人のジョジョラーとして深仙脈疾走は使ってみたい気がするが、使ったら死ぬんだよなあ。今思えば、前世の道場の師範は使えるような台詞を言っていた覚えがある。俺は深仙脈疾走を習っていないが、概念を知れば実行できる程度の下地はある。

 考え込んでいると、鳳翔が俺の分のカレーをよそいながら微笑んだ。

 

「提督は本当にその漫画がお好きですね」

「おっ、興味あるか? 家に全巻揃ってるからこの戦いにカタがついたら貸すぞ。これは本屋から拝借してきたやつだが」

「止めておけ鳳翔、漫画を読むと頭が悪くなるぞ」

「おい六十年前の価値観持ってくるのやめろ。ジョジョは漫画を超えてるから。芸術だから。ジャンプ黄金期を支えた屋台骨だぞ。十週打ち切り漫画とは格が違うんだ」

 

 力説したが、那智はカレーを食べながら処置なしとでも言わんばかりに肩をすくめた。こ、こいつ……!

 怒りゲージを溜めていると、斧を置いて手ぬぐいで汗を拭う不知火がテーブルにつきながら言った。

 

「那智、司令の技はあの漫画に描かれているものと同じなのです。秘伝書のようなものと考えても良いでしょう」

「なに……?」

「お、興味出たか? 読めよ(威圧)。あッ、いや、読み始めるとドハマりして徹夜しちゃうからなァ~! やっぱやめといた方がいいかなァ~!? 面白過ぎるもんなァ~! ……おっ? 鳳翔このカレー旨いな。何入れた?」

「お肉の代わりに不知火が採ってきてくれた魚介を少々。お口に合いましたか?」

「ベネ。パール・ジャム入ってそう」

「ジャムは入れていませんが……」

 

 しばらくレシピについて鳳翔と話しながら魚介カレーに舌鼓を打つ。那智が二回目のおかわりをしながら、思い出したように言った。

 

「そういえば、資材回収の途中でまた白骨死体を見つけたぞ。略式だが、埋めて弔っておいた」

「不知火も今日薪の材料を探している時に建物の下に白骨を見つけました」

「あー」

 

 街に散在する白骨死体は、直接何かあるわけではないのだが、不気味な問題だった。開戦直後に死んだ人々の死体だと考えても、腐敗が早すぎる。まさか吸血鬼やグールが戦乱に乗じて血を啜り肉を喰らっているわけでもあるまい。

 ……ないよな?

 

「一週間ほど前はまだ見つける死体に肉と皮があったのだがな。海に近い場所ほど腐敗の進行が早いように思う」

「ふむん。そうすると……霧のせいか?」

 

 戦線維持に手一杯で押し返せていないため、この街は未だ人間の領域とは言い難い。街には依然薄い霧が覆っていて、それは海に近いほど濃くなっている。開戦後数時間後に街中で声をかけて回った時、街が不自然に静かだった事を思い出す。霧が人体を急激に衰弱・腐敗させる効果を持っているとしたら、それも納得だ。あの時、既に大多数は意識不明になるか死亡していて、声を上げる事もできなかったのだろう。

 俺に霧の影響がないのは波紋の呼吸を続けているからだとして……御神さんはなぜ元気だったんだ? もうけっこうな歳のご老人だったし、なぜ動けたのか分からない。御神さんも波紋使いだった可能性が微レ存?

 御神さんは今どうしているのだろうか。彼の身も心配だ。

 

 また考え込んでいると、慎ましくカレーをひと皿だけ食べた鳳翔が空になった大鍋を皿と一緒に持っていこうとした。

 

「鳳翔、洗い物は俺がやっておく。休んでおけ」

「でも、提督。提督もお疲れでしょう? 怪我もなさっていますし、御自愛下さい」

「鳳翔はもう三日も動きっぱなしだろーが。お前に倒れられたら困るんだ」

「……そうですね、ではお言葉に甘えて、少しだけお休みします。提督、私は仮眠室にいますので、御用があればいつでもおっしゃって下さいね」

 

 申し訳なさそうに一礼してビルの中に消えていった。鳳翔には破れた服の修繕や食事作りなどで随分頼ってしまっている。マメに労ってやらなければ。

 鳳翔の代わりに食器を抱え持つ。水道が使えないため、洗い物と水汲みは川でしている。人の活動が絶えた事で、皮肉にも生活・工業排水がストップして川の水が綺麗になっているのだ。流石に飲む分は煮沸消毒しているが。

 

「洗い物をしてくる。二十分で戻る。那智、警戒を頼む。不知火、朝の会戦についてまとめておいてくれ。戻ってきたら一緒に深海棲艦の編成とか陣形の傾向を割り出せないか考えてみよう」

「承知した」

「了解です」

 

 二人共疲れを滲ませながら、しかし覇気の籠った声で返事をする。

 これだけ激しい攻勢を受けながら、なんとかなっている。これからなんとかならなくなりそうでも、なんとかするまで。波紋戦士はそういうのが得意なのだ。俺はジョジョ4巻をお守りのように懐に入れ、川へ向かった。




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
Lv:70
装備:12.7cm連装砲、61cm四連装魚雷
眼光:重巡洋艦並


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六話 波紋提督、提督になる

 開戦から一ヶ月が経った。深海棲艦の侵攻の激しさは留まるところを知らず、一日3~4回の襲撃に戦艦、空母が当たり前に出てくるキチガイじみた攻勢が当たり前になってきた。

 こちらの絡め手、奇策、戦術はあらかた対応され、泥沼の争いの様相を呈している。近隣一帯の資材は漁り尽くし、あと二日分もない。

 服を修繕する余力もなく、風呂を沸かす気力もない。むしろ体に泥を塗り、海藻をまとい、少しでも発見されにくくするゲリラめいた戦術を導入する始末。手段を選んでいられないのだ。

 乏しい燃料を節約するため、極力海上に出ず、沿岸を走り回って応戦するようになった。中破のまま出撃するのもザラで、怪我をしていない時間の方が珍しく、眠れる時に神経をとがらせながら浅く短い眠りにつき、日付の感覚が鈍る。

 

 普通の人間だったら、既に二、三回過労死しているだろう。呼吸を乱さず100km走り続けられる波紋戦士と、艦娘であるからこそできるジゴクめいた日々。

 それでも限界は近い。

 

 夕暮れの黄昏に染まる海上で、今日も深海棲艦と死闘を繰り広げる。敵編成は戦艦ル級2、空母ヲ級2、重巡リ級1、雷巡チ級1。近海とは思えないトチ狂った編成だ。しかもル級は赤いオーラをまとった界王拳状態……もといエリートだ。どちらにしても強化されている。

 

「航空部隊、発艦!」

 

 鳳翔がル級の砲撃を避けつつ、破壊され崩れた埠頭をバランスを崩さず駆け抜けながら、秒間2射で次々と艦載機を発艦していく。一分の乱れもなく編隊をつくって飛んでいく艦載機を、ヲ級二隻が合わせて三倍の数でもって迎え撃つ。

 両者が接敵する前に、海上から火線が伸び、たちまち敵艦載機の半分をなぎ払った。

 苛烈な対空砲火を浴びせた不知火は結果も確認せず、不意に隣を走っていた俺の腕を掴んだ。

 

「司令、失礼します」

「お、おおおおおおッ!?」

 

 そのままぶん投げられる。

 重巡リ級が放った砲弾と空中でかすめるように交差し、心臓がバクンと高鳴る。それすらも血液を巡らせる糧として、俺は人間砲弾となって着水ついでに重巡リ級に殴りかかった。

 

「オラァ!」

 

 銀色の波紋疾走を、リ級は右腕の装甲で防御した。ブ厚い鉄の扉に流れ弾の当たったような音が響く。しかし、あまり効いていない。装甲が厚い深海棲艦ほど波紋の流れが悪いのだ。JOJO並の強力な波紋なら装甲をブチ抜けるだろうが、俺の貧弱ゥな波紋では無理。僅かにたわませる程度にしか効かない。

 しかし、一撃が通じないからといって、一撃の威力を高めるのは愚策。俺は吸血鬼を超える怪力で俺を突き飛ばそうとしてくるリ級の腕をかいくぐり、波紋疾走を連打した。

 一発で効かないなら、十発でも百発でも入れてやれば良いッ!

 

 これだけのインファイト。攻めきれなければ反撃で掴まれ、HBの鉛筆のようにベキッ! とへし折られる。

 だが後の事は考えない。この連打に命を賭けるッ!

 

 おおおおおッ!

 震えるぞハート! 燃え尽きるほど――――

 ヒート!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 

 立て続けに波紋を叩き込まれたリ級は吹っ飛んでいき、バラバラになって海に沈んでいった。

 

「提督! 受け取れ!」

「グッド!」

 

 振り返ると、陸上で戦艦ル級に攻撃を浴びせていた那智が、片手の砲で砲撃を継続しながらボーガンを投げ渡してきた。改良を重ね、重巡のパワーでなければ引けないほどに強力な弦をセットされた大型弩は、戦艦・空母クラスにもある程度の有効打を与えられる。

 砲弾が飛び交い爆音が轟く戦場の中、氷のように心を鎮め、ピタリと戦艦ル級に狙いを定める。

 ル級の足元の水面下で爆発が置き、体勢が崩れた。不知火の魚雷による援護だ。その隙を逃さず波紋を帯びた弾を発射! まっすぐ飛んだ弾はル級のドテッ腹に突き刺さった。すかさず那智の追撃が入り、ル級撃沈。

 

 そろそろ限界だ。ここは戦場のド真ん中。長居すれば集中攻撃を喰らってミンチになる。

 俺は息を大きくすいこみ、グイッと額に引っ掛けていたゴーグルを下げ、海中に飛び込んだ。深く深く、砲弾の届かない海底まで潜行し、海上を見上げる。潜水艦がいなければ、海底は絶好の避難場所だ。魚雷は青緑の波紋疾走で相殺できる。波紋を練るためのひと呼吸の空気を得るため、このあたりにはあらかじめ空気を入れたペットボトルに重りをつけて沈めてあるのだ。

 絶え間なく波打ち泡立っていた海面は、十分ほどで静寂を取り戻した。念のため更に数分待ってから、水底を蹴って海上に上がる。波紋使いの肺活量をもってすれば、この程度なんという事はない。

 

 束の間の静寂を取り戻した海を一瞥し、俺は不知火達と連れ立って短い休憩をとるために拠点へ戻った。

 帰途につく間、誰も喋らなかった。声を発する力も惜しむほど、全員が消耗している。

 不知火は目の下のクマがずっと消えていない。那智はもう三回も中破のまま出撃している。鳳翔は一昨日からまともに補給していない。休ませてやりたいが、その余裕はない。俺もまた、限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく全員が拠点に揃い、疲れきった体を休めていた時。

 そのエンジン音に最初に気付いたのは、椅子に座ったまま仮眠をとっていた不知火だった。

 反射的に立ち上がって流れるように換装を身に付け走り出そうとしたところで、足を止めて困惑した表情を浮かべる。

 俺もすぐおかしな事に気付いた。音が海と反対の方向……つまり、内地の方角から聞こえるのだ。

 

 いつの間にか深海棲艦に侵入されていた?

 馬鹿な。そんなはずはない。

 

 三人に静かにしているようにハンドサインを送り、足音を忍ばせて窓から外の様子を伺った。

 荒れ果てた路上を、一台の装甲車が向かってきていた。散乱した瓦礫や柱を押しのけながら、大型トラックを牽引している。

 目を凝らすと、運転席でハンドルを操る老人の顔が見えた。

 一瞬記憶を辿り、それが誰か思い出す。

 御神さんだ。

 

 胸の奥から喜びが湧き上がる。待ち望んでいたものが、とうとうきた。

 

「救援だ!」

 

 外に飛び出す俺に、三人もついてきた。手を振って近づくと、御神さんは車を止めて降りてきた。

 俺は御神さんに駆け寄り、キツくハグをした。涙が出そうだった。

 

「ああ、良かった、本当に良かった、もうオシマイかと」

「遅くなってすまなかった。また生きて会えて良かった。苦労をしたようだね」

「そりゃもう苦労なんてもんじゃないですよ」

 

 肩を叩いて離れ、お互いを改めて見る。御神さんは白に金ボタンの、海軍のものと思しき制服を着ている。それだけで日本は国としてまだ存続している事がみてとれる。

 対して俺は泥がついて磯臭い破れた服に、伸ばしっぱなしの髭面。急に恥ずかしくなった。少しぐらい格好を整えて出てくれば良かったか。

 

「情報と、物資を持ってきた。話す事が山ほどある。他の艦娘と提督……あー、艦娘を建造した者を集めてくれないか」

「あ、これで全員なので」

「……これで?」

「これで」

 

 御神さんは俺達を一人ずつ見て、目を瞬かせた。

 なんだ、変な事でもあるのか。

 あるんだろうな。俺も薄々思ってた。

 

「ま、まあそういう事なら。長い話になる、どこか落ち着ける場所はあるかな」

「拠点にしてるビルがあるんで、そこに行きますか。鳳翔、話している間警戒を頼む」

「ああ、それは私の艦娘に任せよう。初春君!」

 

 御神さんが声をかけると、装甲車の後部ハッチが開いて、一人の少女が出てきた。

 神職を思わせる格好をした少女がてててっと駆け寄ってきて俺達の前で止まり、海軍式の敬礼をする。

 

「お初にお目にかかる。初春型駆逐艦、1番艦の初春じゃ。よろしく頼みますぞ」

 

 この世界の艦娘は、俺の艦隊だけではなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が降り、空に瞬く星の下。

 拠点ビルの前に熾した焚き火を囲んで並べたパイプ椅子に座った御神さん……御神提督が説明を始めた。艦娘三人は御神さんが持ってきた燃料を飲み終え、傾聴の姿勢をとっている。那智と不知火の負傷は、高速修復材というチートアイテムにより、服も含めて綺麗に直っていた。

 

「さて。まずは世界情勢から話していこう。深海棲艦の攻勢を受けているのはここだけではない。一ヶ月前、世界中の海に深海棲艦が現れた」

 

 深海棲艦が現れた海域には必ず霧が出て、その霧の中では全ての電子機器が故障。衛星からも霧の中は見通せず、初日に運悪く海上にいた船という船はほとんど沈むか、行方不明になったという。各国の海軍、空軍は電子機器を封じる霧を前に、戦闘すらなく自滅。加えて現代兵器を無効化する深海棲艦に手も足も出なかったという。

 

「この霧というのがもしかすれば深海棲艦よりも厄介でね。人間に対してのみ猛毒で、霧の中にいると成人男性なら30分で倦怠感を覚え、1時間で目眩と頭痛の症状が出る。2時間で意識を失い、3時間で死亡する。子供は1時間ともたない」

「う、うわぁ……」

 

 俺はそんなにヤバい霧の中に一ヶ月もいたのか。流石にゾッとする。

 

「御神さんが無事だったのは?」

「そう、そこが肝になる。艦娘を建造できる提督の素質を持つ者は、霧の影響を受けないのだ。君がそうだし、私もそうだ。もちろん、艦娘も霧を無効化する」

「ほう。波紋は関係ない?」

「無いようだね。ただ、提督は大抵一芸あるようでな。君の場合はそれが波紋なのだろうね」

 

 日本では、深海棲艦の侵攻開始初日から一週間程度の間、臨海部から内地に避難する人々による交通網の飽和、海上輸送壊滅による物質の供給停止・それに便乗した買い占めなどにより、酷い混乱が起きた。深海棲艦の霧による害がよくわかっていなかったため、救助に向かった人々の二次被害も酷かったらしい。が、不幸中の幸いというべきか、その中に霧の影響を受けない人が一定数いて、それをキッカケに提督の存在が発覚した。老若男女の提督は様々な理由で艦娘を建造。個人的に反撃に出たり、政府に連絡したりと行動を開始する。

 

 無理もない事だが、大混乱により情報が錯綜し、御神さんに託した俺の情報はなかなか政府に上がらなかった。業を煮やした御神さんが政府ではなく自衛隊の方へ直接直談判に行くと、あっさり話が通り、スムーズに反抗計画が練られ始めた。

 以後、霧の影響を受けない人々の募集がかけられ、かなりの高給で提督業の打診がされる事になる。受諾した人間には少佐相当の海軍所属「提督」の地位と資源が渡され、艦娘を建造して戦地に派遣された。既に個人で戦っていた提督にも、既に正式に着任した提督が声をかける事になっている。

 また、俺が不知火建造で起こしたような街の崩壊も頻発したらしく、現在では正式な提督以外艦娘の建造や装備開発は禁止されている。

 

 提督の数は少なく、日本全体で確認できている限り五十人に満たない。提督には大抵一芸があって、十艦隊を同時に指揮できるマルチタスク提督や、高速修復材を作れるポーション提督、自分を中心に半径数kmの霧を消し去る大結界提督、人語を喋る猫提督などがいるらしい。なおネーミングはネット由来である。

 外国も日本と同じような状況らしい。深海棲艦の圧力を受けていない内陸国と海に面した国の間でイザコザがあるようだが、それはひとまず日本には関係ない。

 

 提督は2~3人をひと組として、それぞれ十隻前後の艦娘を引き連れて一つの鎮守府を作り、深海棲艦に対抗しているという。

 道理で波紋艦隊を見て驚いていたわけだ。提督複数人で艦娘十隻とか裏山。

 

「あっ、という事は御神提督は俺への増援なんですか? やったー!」

「すまんが、私は南方の鎮守府に行く事になっている。沖縄と九州南部が深海棲艦の手に落ちているようでね」

「やっぱり一人のままなんですか、やだー!」

 

 他の地域も酷いもので、一人で戦線を支えられているなら増援を送る余裕はないようだ。ほんの三日前には、函館の二人の提督と十五隻の艦娘からなる鎮守府が大打撃を受け、撤退を余儀なくされたという。確かに深海棲艦の津波は凄まじい。俺は波紋戦士としての戦闘の心得があり、運も味方してどうにかなっているが、元一般人の提督が戦艦やら空母やらを相手にしたら二人がかりでも負けるだろう。

 

「他の地域の深海棲艦は軽空母と軽巡が主戦力だ。函館の攻勢は重巡が混ざった六隻艦隊の二連続襲撃だったようだね」

 

 なんだママっ子(マンモーニ)提督か。戦艦も空母もいない艦隊にたった二連戦で負けてんじゃねーよ、ペッ!

 

「ここの攻勢は激しいな。戦艦や空母は激戦区の横須賀や舞鶴でもあまり無いんだがね」

 

 御神提督が俺と不知火がせっせと書き溜めていた戦闘履歴の紙のブ厚い束をめくりながら頬を引きつらせていた。

 同情するなら資源くれ、と言うと、くれた。牽引してきた大型トラックに満載した資源をまるごとくれるという。高速修復材やその他の小道具と一緒に。

 お、おおおおおおッ! さっすが~、御神さんは話がわかる! これで我が艦隊はあと一ヶ月は戦える!

 

「話が長くなったね。そろそろ行かなければ。ああ、最後に、君と不知火君にはこれを贈りたい」

「これは?」

「私は彫金師をやっていてね。助けてくれた感謝と、親愛の証に指輪を作らせてもらった。どうか受け取って欲しい」

 

 そういって御神さんが小さな箱を俺と不知火にくれた。中には銀色のシンプルな、しかしよく磨かれた指輪が入っていた。

 

「はあ~、なんかすみませんね。何もお返しできないですけども」

「構わんよ。飾るなりはめるなり、好きにするといい」

 

 早速右手の人差し指にはめてみる。すいつくようにピッタリだ。試しに親指にはめてみても、ピッタリだった。なにこれすごい、サイズが自動調節される。魔術的何かか?

 不知火が何やら指輪を持って迷っていたので、一声かける。

 

「どうした、はめないのか」

「戦闘中に落としてしまいそうで」

「こう言ってはなんだが、高価な素材を使っているわけではないからね。失くしたならまた贈らせてもらうよ。遠慮する事はない」

「御神さんもこう言ってるんだ、好きにしたらいいんじゃないか」

「……はい」

 

 不知火は頬を染め、指輪を左手薬指にはめた。

 ん? ちょっとはめる指おかしくないか。

 俺が何か言う前に、ここまで黙って見ていた那智と鳳翔がガタッと立ち上がった。

 

「待て不知火。貴様なぜその指にはめた。言ってみろ!」

「古代ギリシャでは「左手薬指と心臓は1本の血管で繋がっている」と信じられていました。そこからその指に指輪をはめることで、お互いの“心と心を繋ぐ”という意味合いが生まれたそうです。私は司令との親愛の証としてそれにあやかっているだけで、他意はあります」

「なんだそうか。深読みして悪かっ……んん!?」

「御神さん、余裕があればで良いのですが、同じ指輪を私にもつくっていただけませんか?」

「むっ、ずるいぞ鳳翔! 私も頼む!」

 

 賑やかな声を聞きながら、焚き火の明かりにかざし、指輪を眺める。

 もしかしなくても、コイツはカッコカリ指輪というやつだろうか。こういう形で手に入れるとは思っていなかったが、存外悪く無い。こうして形として絆を残せるのは良いものだ。まあ、俺が不知火に感じているのは異性に向ける愛情ではなく、弟子に向けるような親愛なのだが。今度は不知火の前で死ぬような無様はさらしたくない。

 

 ここしばらくなかったような明るい雰囲気を噛み締めながら、絆と戦いへの決意を新たに、俺は指輪を握りこんだ。

 




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
Lv:100
装備:12.7cm連装砲、61cm四連装(酸素)魚雷
眼光:戦艦並


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七話 決戦、鎮守府正面海域

 

 御神提督からもらった資材でとりあえず改造した。不知火と鳳翔が改になり、那智は改二になる。

 新しい艦娘を建造するかねてからの案は却下された。敵艦隊に戦艦・空母が混ざらない時はない。練度1の艦娘を連れて行ったらあっという間に轟沈するだけだ。雑魚狩りでレベリングしようにも雑魚が出ず、演習する相手もいないし、教導訓練をする戦力的余裕もない。せめてあと二週間早く補給があればまだ建造が間に合ったのだが、今更言っても仕方のない事だ。

 

 御神提督の物資の中には、通信機器も入っていた。深海棲艦の霧の中でも使える特別性だ。ダイヤルやメーターがゴテゴテついた電子レンジぐらいの大きさの古臭い機械で、戦争映画で見た気がすると思ったら、付属のメモによるとまさにその頃の機械らしい。モールス信号って電報を打つヤツだ。

 この通信機はメカニック提督が作ったもので、中に妖精さんが入って動かしているという。ちなみに携帯電話やスマホにすると妖精さんが仕組みを理解できず動かない。妖精さんは第二次世界大戦までの機械しか理解できないようだ。

 海軍本部――――正式名称は『海上自衛隊深海棲艦対策本部』だが誰もそう呼んでいない――――との連絡手段に、物資の補給。海軍の制服も支給された。ようやく鎮守府らしくなったぜ。

 

 ところがどっこい、連絡はできても意思疎通が上手くいかなかった。

 まず、御神提督を通して海軍本部に送った資料が眉唾扱いされた。一番の激戦区と思われていた横須賀の提督達すらも上回る、あまりにも飛び抜けた非現実的とも言える戦果だったため、虚偽報告だと思われたらしい。

 気持ちは痛いほど分かる。俺も逆の立場だったらホラ吹きだと思うだろう。だが事実だ。

 資料の詳細さを理由に報告を真実だと判断してくれる人もいて、そのあたりで本部では意見が割れている。一秒でも体を休ませたい休憩の合間に、丁寧に情報をまとめてくれた不知火の功績だ。

 

 本部からの電報で、一度直接説明に来てくれと指示されたが、無茶言うな。できるわけがないッ! これは流石に四回言ってもできない。半日でも街を空けたら、即! 深海棲艦に占領される。

 代わりの提督と交代なら行けるが、生半な提督では戦線を支えきれないし、支えられる提督は他の海域での戦闘に忙しい。本部遠征の話はアッサリ頓挫した。

 

 更に悪い事に、召喚を断ったせいかは知らないが、その数日後「今まで補給なしでもやってこれたんでしょ? これからも支援なしで大丈夫だよね?」という旨のとんでもない通達をされた。

 あのさぁ(怒)

 

 どこも戦況が厳しいのは分かっている。絞れるところは絞っていきたいだろうさ。

 しかし、他の鎮守府は提督2、3人体制で、艦娘20隻前後だ。俺は一人で艦娘3隻。おかしい(おかしい)。どう考えても支援を優先するべきは俺のとこだろ。本部の認識が甘すぎる。直談判に行く余裕がないのが悔しい。

 

 一度だけ御神提督の初春が鳳翔と那智の指輪を持ってきてくれたが、配達を終えるや否や慌ただしくトンボ帰りしていった。九州もだいぶヤバいらしい。救援をくれなんてとても言えなかった。

 

 そして御神提督の補給から一ヶ月。節約に節約を重ねて使ってきた資材も再び底を尽きかけていた。三十個あった高速修復材もあと二つしかない。

 再三の本部への補給要請がようやく実を結び、明後日にようやく査察を兼ねて次の補給が届く事になっている。遅い(憤怒)。

 だが、現状を見てもらえればいくらなんでも次からの補給は安定するだろうし、追加人員も期待できる。苦労がようやく報われるのだ。

 

 が、悪いニュース――――それも最悪のニュースが、鳳翔の偵察機からもたらされた。

 それはかつてない大規模侵攻。

 禍々しい赤いオーラを纏う見たことのない白い装甲空母深海棲艦を旗艦として、 十 二 隻 が一時間後に襲来する。

 

 連合艦隊じゃねーか!

 お前深海棲艦が連合艦隊組んで良いと思ってんの? ふざけんなよコラ。

 

 俺は仮設鎮守府(ビル)に全員を招集し、緊急の対策会議を開いた。

 鳳翔が深刻な表情を浮かべて報告する。

 

「敵新型艦載機を確認。形状は白い球体で、こちらの偵察機を一機残して全て落とされました。編成は旗艦を仮称・装甲空母鬼1に加え、以下全てエリートクラスです。空母ヲ級2、戦艦ル級3、軽巡ト級1、駆逐ニ級2、雷巡チ級1、潜水ヨ級2」

「対潜、航空戦、砲雷撃戦、夜戦。全て怠りなし、か。ガチ過ぎませんかねぇ」

「ヨ級二隻は辛いな。提督に潜行してもらう手が使えない」

「敵新型艦載機は優秀です。悔しいですが、制空権喪失は覚悟して下さい」

「機雷は全て使い切っています。トーチカは修復に三時間、今回の会戦には間に合いません」

 

 全員押し黙った。

 

「厳しい作戦になりそうだな。誰か案はあるか?」

「市街地戦に持ち込むのはどうでしょう? 地の利をより活かせるかと」

「先週それやってだいぶ街がスッキリしちまったからなぁ。障害物もあって無きが如しだろ」

「一点突破で背後に、いや無理か」

「ふーむ。不知火ッ! 君の意見を聞こうッ!」

「……あまり口にしたい事ではありませんが、誰かを犠牲にする戦法をとれば」

「それは許さん。全員生還するぞ。一人も沈ませない。今回の侵攻を防いで終わりじゃないんだ。次の侵攻の時、誰かが欠けて押し返せるか?」

「しかしいくらなんでも、この戦力差を犠牲なしにひっくりかえすのは不可能です」

「『防衛線は守る』『部下も守る』。「両方」やらなくちゃあならないってのが「提督」のつらいところだな。覚悟はいいか? 俺はできてる」

 

 『覚悟』とは!! 暗闇の荒野に!! 進むべき道を切り開くことだッ!

 誰かを切り捨てる事は『覚悟』ではないッ!

 

「全員で、勝つぞ」

 

 俺が手を出すと、那智がニヤリと笑い、その手をガッと握った。不知火がその上に手を乗せ、鳳翔が更にそれを両手でそっと包み込む。全員の手の指輪が呼応するようにキラリと光った。

 波紋艦隊始まって以来の、最大最悪の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は横一列に並んで海面に立ち、敵艦隊を待ち受けていた。固まっているところをまとめて潰されるのは避けるべきだが、散開して各個撃破されるのはもっと避けるべきだ。互いにフォローできる距離を保ち、真正面からブチのめす。そう決めた。それがどれだけ困難でも。

 急に霧が濃くなってきた。敵は近い。晴れ渡った青い空から注ぐ太陽の光が弱まり、薄ら寒い冷気がひたひたと湧き上がってくる。

 

 連装砲の握りを確かめながら、不知火がポツリと言った。

 

「不知火は……不知火は、仲間が沈むのが恐ろしいです。でも、深海棲艦はどれほど仲間が沈んでも、全く怯まない。奴らに恐怖はないのでしょうか」

「そうだな。あいつらにそんな感情があるとは思えん」

「……それは私達よりも奴らの方が揺るがない強い存在だという事では?」

「不知火、それは違う」

 

 俺は微かに震えている不知火の頭をワシワシ撫でた。

 

「恐怖を知らないのと、恐怖を我が物とする事は全く違う。俺が戦えるのは『怖さ』を知り、『恐怖』を我が物とする『勇気』があるからだ」

 

 鳳翔が緩やかに弓を構え、次の瞬間、手が霞んだ。全くブレない美しい姿勢のまま手だけが超高速で動き、4秒で42機全てを発艦させた。

 

「いくら強くても深海棲艦は『勇気』を知らん!」

 

 俺は改造ボーガンを構えた。霧の向こうに影が蠢く。

 

「ノミと同類よォーッ!!」

 

 敵の輪郭がはっきりした瞬間、鳳翔の爆撃と、俺達の砲撃が一斉に火を噴いた。

 

 戦闘がはじまった。爆音と爆炎を抜けて現れたボロボロのル級の背後から、駆逐と軽巡が現れ魚雷を発射しようとする。発射の寸前に不知火が12.7cm連装砲で針の穴の糸を通すような狙撃を加え、魚雷発射管を壊し暴発させた。

 

「右舷対潜警戒!」

 

 一人で敵艦隊と撃ち合っていた那智が、砲撃音に負けない大声を張り上げた。流れ弾で激しく波打つ海面に、俺達を迂回して回り込むように微かにふた筋の航跡が見て取れた。

 鳳翔が航空部隊に弓を振ってサインを送りながら叫ぶ。

 

「不知火! 合わせて下さい!」

「了解!」

 

 俺が背負っていた対潜装備を投げ渡すと、不知火は三秒で換装し、鳳翔の対潜攻撃に合わせて爆雷を投射した。間を空けて高々と水柱が上がる。不知火はほんの一瞬ソナーに耳を当て舌打ちした。

 

「一隻かわされました!」

「もう一度!」

 

 二人が潜水艦に構っている内に、敵艦隊が接近してきている。邪悪な笑みを浮かべた装甲空母鬼の顔がはっきり見えた。アイツはヤバい。本能が脅威を訴え、冷や汗が流れた。ケツの穴にツララを突っ込まれた気分だ。

 

「コォォォオオオオオ!」

 

 呼吸を練り、敵艦隊へ向けて波紋を流す。薄く広がり拡散した波紋はダメージを与えられない。しかし、行動を僅かに鈍らせる事はできる。その間に不知火が再び換装を済ませ那智の砲撃戦に加勢する。

 

「提督!」

 

 悲鳴をあげた那智に襟首を強く引っ張られた。間近に大砲が着弾し、衝撃と大波で俺と那智、不知火と鳳翔を割る。うねる波を制し合流しようとするが、それを邪魔するように次々と敵の攻撃が撃ち込まれ、たちまち引き離された。こちらの戦略が読まれたようだ。この程度折込済みではあるが、やはり辛い。

 戦闘中に分断されても良いように、なけなしの高速修復材二つは二人に分けて持ってきている。しかしその高速修復材を持っている俺と那智が固まってしまった。

 

「提督、どうする!」

「俺の分のバケツも渡す! 行け! それと装甲空母鬼を狙うように伝えてくれ!」

 

 見たところ、艦載機の半分は奴から発艦されている。旗艦で、鬼級。奴を倒せば引いていくかも知れない。希望的観測だが、最も可能性のある生存戦略だった。予想の倍は攻撃が激しい。このままではジリ貧だ。

 鳳翔の防空網を突破してきた敵のタコヤキ艦載機が不知火に急降下爆撃を加えたのが遠目に見えた。雨のような爆撃を不知火は機関部が悲鳴を上げるほどにエンジンを酷使して俊敏に回避したが、避けきれず大きく吹き飛ばされる。那智は歯噛みして俺から高速修復材を受け取り、分厚い火線を掻い潜って不知火の方へ急いだ。

 

 那智の応戦が途切れた途端、俺への集中砲火が始まる。たまらず息を大きく吸い込み、ゴーグルをかけて海中に飛び込んだ。焼けた砲弾の欠片や近くで砲撃をしまくっていた那智の放熱で火傷した皮膚に海水が染みる。クソッ、やってくれるぜ。

 距離を空けて位置を変えて再浮上するか。それとも水中に留まって青緑の波紋疾走で援護するか。潜行しながら考えていると、遠くにありえないものを見て、口からガボッと空気が漏れてしまった。

 

 オイオイオイオイオイオイオイ。

 あれは潜水ヨ級だ。中破状態だが、はっきりこちらを補足している。コイツ、不知火と鳳翔の対潜攻撃をくぐり抜けてきやがったッ! 並の練度じゃあない!

 波紋戦士は水中戦もできるが、得意とは決して言えない。水中は潜水艦のホームグラウンドだ。俺はマグロに追われるイワシのように必死こいて急浮上し、海上に躍り出た。

 海上はまだまだ熾烈な砲撃戦が続いている。那智、不知火、鳳翔は合流できたようだが、ここから遠い。

 

 瞬時に判断する。水中は無理。一度陸に上がって瓦礫に隠しておいたボーガンを拾い、見つからないようにぐるっと敵後方に回り込んで攻撃。これだ。

 一度潜ったおかげか、敵は俺を見失ったらしい。モタモタして再度補足されない内に、俺は急いで陸まで後退して折れ曲がった看板の陰に飛び込んだ。

 

 陰から陰へ、気配を殺して移動しながら、チラチラと戦況を伺う。三人は一人一人が八面六臂の活躍をしていた。

 那智への砲弾を鳳翔の艦攻が空中で打ち落とし、鳳翔の艦載機の尻についた敵艦載機を不知火が対空砲火で狙撃する。敵の三式弾を那智が駆逐の死骸を盾に防ぐ。

 鳳翔は右へ左で蛇行して回避行動をとりつつ、飛行甲板を水平に構えて着艦を行いながら、並行して神がかり的なバランス感覚で補給の終わった艦載機から次々と発艦させていた。

 全員上手くカバーし合って戦っている。これならいけるかも知れない。

 

 そう思ったのがフラグだったのだろうか。

 

 不知火に直撃する軌道で、三発の戦艦の砲撃が同時に迫った。不知火は生き残りの潜水ヨ級に爆雷を投げるモーションに入っていて回避できない。

 咄嗟に、鳳翔が飛行甲板を投げた。砲撃は飛行甲板に着弾し、粉々にする。飛行甲板が防げなかった一発は不知火が身をよじり、なんとか至近弾で済ませた。

 不知火は沈まなかったが、それでついに戦線が決定的に崩れた。

 

 鳳翔の艦載機の動きが精彩を欠き、次々と撃墜されていく。鳳翔は慣れない15.5cm三連装副砲に持ち替えて戦闘を継続しているが、完全に制空権を奪われた事によって急激に押し込まれ始めた。那智が胸に砲撃を受け血を吐き、鳳翔は足に魚雷を受けて膝まで沈んでいる。不知火は尋常ではない量の汗を吹き出しながら、二人を賢明に庇っている。空のバケツが二つ、波間を漂っていた。

 ダメだ。悠長に後ろ回り込んでいる時間はない。ここからだとかなり敵艦隊に近いが……ここでやるしかない!

 

 立ち上がり、移動ついでに回収していたボーガンを構える。狙いは装甲空母鬼。三人の奮戦で、中破状態になっている。

 発見される前に撃てるのは一撃!

 ありったけの波紋を!

 この一発に込めるッ!

 地球の空気を全て吸い込むほど深く吸い込め!

 雲を吹き飛ばすほど力強く吐き出せ!

 

 くらえ深海棲艦! ブッ壊すほど――――

 

「シュート!」

 

 前世も含めて人生最高の波紋を込めた弾は、素晴らしいスピードで飛んだ。弾はぐんぐん装甲空母鬼に近づく。艦載機を追い抜き、戦艦の間をすり抜け。

 装甲空母鬼が気付いて振り返った瞬間、弾はその装甲に守られていない柔らかいドテっ腹に突き刺さった!

 

 戦場に身の毛もよだつような絶叫が響き渡った。

 よぉしッ! 大命中! カエレ! もう帰れお前!

 

「オノレ……オノレェェェェ!」

 

 地獄の底から湧き上がるような怨嗟の声と共に、装甲空母鬼が得体の知れない液体を血のように吐きながら俺に砲を向け、放った。

 バカめ、反撃は予測済み。そんなミエミエの砲撃、簡単に避けっ……あ。

 

 瓦礫に挟まれて避ける隙間がない。

 

「あ、あああああああッ!」

 

 着弾まで一瞬。ほんの小さな呼吸で生み出した僅かな波紋を右拳に集中。

 回避できないなら迎え撃て! 最も強いとされる「拳からの波紋」で!

 

 鋼鉄の砲弾が拳と衝突する。赤熱する砲弾が指を砕く。波紋と反発しあい、減速する。だがまだ止まらない。

 砲弾は肉を裂き、骨をへし折り。

 右腕をフッ飛ばし、弾かれて後方へ逸れていった。

 

 オー、マイ、ゴッド……

 吹き出す鮮血をどこか他人事のように見ながら、着弾時の衝撃に頭を殴られ、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃料も弾薬も尽き果て、不知火は気力だけで動いていた。もう普通の少女と同じぐらいの力しか出せない。それでも、不知火は戦っていた。

 不意に霞む不知火の目が、装甲空母鬼の体が大きく揺れるのを捉えた。心胆寒からしめる絶叫の後、装甲空母鬼はあらぬ方向へ砲撃すると、反転した。

 

「……?」

 

 何を企んでいる?

 

 ぼやけた頭で訝しむ。

 装甲空母鬼に追従して他の深海棲艦も反転し、退却していった。

 

 勝った?

 ……追い返した。

 

 不知火は息を吐き、とっくに感覚がなくなっていた腕をだらりと下げた。

 喜ぶべき事だ。大戦果である。

 しかし勝ったとは思えないほどの不安があった。胸騒ぎがした。 

 体が重い。不吉で、ずっしりとした……蝕むような重さだ。不知火は汗で垂れ下がった髪をかき上げ、そこで自分の銀の指輪が黒ずんでいるのを見た。

 

 全身の血の気が一気に引いた。

 

「司令!」

 

 不知火は水面を駆け出した。導かれるように、司令の方へ。那智もすぐに事態を悟り、水面に立つことすらできなくなっていた鳳翔を担いでそれに続いた。

 

 瓦礫の中に司令が倒れていた。右腕が肘の先から無い。無残な傷口からドクドクと血が溢れていた。三人が近づいても、身動ぎ一つしない。

 頭が真っ白になった。心のどこかで、いつかこの時が来るのではないかと危惧していた。

 恐れは現実となり、目の前に横たわっている。

 

「あ、ああ……し、司令」

「不知火、しっかりして下さい。提督はまだ生きてらっしゃいます」

 

 打ちのめされた三人の中で、一番最初に我に帰ったのは鳳翔だった。自分の髪をまとめていた紐をほどき、素早く右腕に巻いてキツく縛り、止血する。

 

「那智、棒と布を探してきて下さい。担架を作ります。不知火、本部に電報で救助要請を。私は足がこれですから、ここで提督を見ています」

 

 有無を言わさない口調で指示を出され、不知火は弾かれたように仮設鎮守府へ走った。

 足が鉛のように重かった。吸い込んだ空気、霧が肺から全身に毒のように広がっていくのを感じる。今や不知火は深海棲艦の霧の影響を受けていた。司令が死にかけ、呼応するように不知火も弱っている。

 仮設鎮守府通信室に倒れこむように入った不知火は、急いで電報で緊急の救助要請を打った。

 返信までの時間がじれったい。

 

 やがて返ってきたモールス信号をイライラしながら解読した不知火は絶望した。

 救援には二日かかるという。司令はどう考えても二日もたない。

 

 フラフラと通信室を出た不知火は、司令を担架に乗せて移送してきた二人と鉢合わせた。

 目線で問いかけられ、首を横に振る。不知火は顔を伏せ、ふらついている鳳翔と担架の持ち手を代わった。

 不知火はそっと司令の手を握った。冷たかった。それは海の冷たさだった。不知火はこれまで海を恐ろしいと思った事はなかったが、始めて恐怖を感じた。

 

 しばらく三人は立ち止まり、重苦しい沈黙に沈んでいたが、不意に那智が歩きはじめた。担架を引っ張られ、不知火も歩く。斜め後ろを、折れた角材を杖にして、鳳翔もついてきた。

 

「那智。どこへ?」

「内地の病院へ行く。救援が来ないなら、こちらから行くまでだ」

「それは」

 

 防衛線を放棄する事になる。

 その言葉を、不知火は飲み込んだ。

 あれだけ苦しみ抜いて守ってきた戦線も、司令の青ざめた顔を見ていると、まったく価値の無いものに思えた。

 

「急ぎましょう。鳳翔、ついてこれますか」

「ついていきます」

 

 鳳翔の決然とした言葉に、那智と不知火は無言で足を速める。

 勝利した敗残兵達は、足早に瓦礫の街を抜けて歩いて行った。

 




名前:陽炎型二番艦不知火(改)
艦種:駆逐艦
Lv:140
装備:12.7cm連装砲、61cm四連装(酸素)魚雷、10cm連装高角砲
眼光:大和が泣いて許しを乞う


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エピローグ

 目が覚めると、白い天井が目に入った。煤で汚れ、亀裂の入った天井ではない。横を向くと綺麗なカーテンのかかった割れていない窓から陽光が柔らかく差し込んでいて、反対を向くと、微笑んでいる鳳翔と目があった。

 

「提督、おはようございます」

「ああ、おはよう?」

 

 状況が飲み込めない。視線をずらすと、点滴されている腕と、それを握っている鳳翔のか細い手が見えた。

 改めてまわりを見回す。病室だった。天国ではない。それは俺が助かった事と、防衛線が破棄された事を意味していた。

 ……まあ、仕方ない。最大限に、もしかしたら最大限以上にやり遂げたのだ。悔いはない。

 

 枕に頭を沈め、体の各部に力を入れて調子を確かめながら聞く。右腕の肘から先はやはりなかった。

 

「不知火と那智は?」

「今ちょっと出ています。御加減はいかがですか? 果物は食べられますか」

「あー、頼む」

 

 するするとナイフでリンゴの皮を剥いていく鳳翔に聞くと、あれから三日経っているという。

 腕が吹っ飛んだぐらいで三日も寝ていたとは情けない。鳳翔曰く、意識が無いと深海棲艦の霧の影響を受けやすくなるというから、そのせいもあるのだろうが。

 確かに体が弱っているのを感じる。

 

 病室にはテレビが置いてあった。そういえば、もう二ヶ月も見ていない。ドラマの話の流れはとっくに追えなくなっている。戦争で放送中止になっているのか、どうなのか。今どんな番組をやっているのか気になる。

 

「テレビ付けてもらっていいか? 内陸は電波飛んでるんだろ」

「そろそろお休みになられた方が」

「いや、波紋使ってるからむしろ起きてた方が回復する……何か隠してないか?」

「いえ、私は……はい。そうですね、やっぱり。いずれ分かる事ですし」

 

 鳳翔が俺に食べやすく切ったリンゴの皿に爪楊枝を添えて渡し、TVをつけると、艦娘による海軍本部襲撃のニュースがやっていた。

 三日前に起きた事件で、実行犯は駆逐と重巡の二隻。

 

 ニュースキャスターの解説に合わせて、見覚えのあり過ぎる駆逐艦が軍服を着た壮年の男性をアイアンクローしている映像が写っている。

 声が震えた。

 

「おい、これ」

「はい。そうです」

 

 マジか。お前ら何やってんの。

 

 鳳翔の説明によると、あの後不知火と那智によって俺は街を離れ内地のこの病院に担ぎ込まれたという。緊急手術により一命をとりとめ、容態が安定したのを確認するや、那智と不知火は海軍本部へ行った。

 尋常ではない剣幕で最高責任者を出せと要求する艦娘二隻に、受付は怯え、警備を呼んだ。二人は警備を振り払い、ちょうどその場にいて止めようとしたどこぞの提督の陸奥を一蹴。ずんずん奥へ入っていき、最高責任者を捕まえ、その場で波紋提督――――俺への継続した充分な支援と、俺が担当していた海域への交代要員の早急な派遣を約束させた。

 ありがたい。ありがたいが、やった事は海軍本部襲撃と高官の脅迫だ。ぐおおおおおお、胃が痛い。

 

 二人は今支援の内容を詰めるために海軍本部に留め置かれているというが……要するに体の良い拘留だ。

 

「でも、提督が思っているような酷い事にはならないと思いますよ」

「それは楽観し過ぎじゃないか。下手すればクビ飛ぶぞ、物理的に」

「いえ、世論がとても同情的で」

 

 海軍本部襲撃直後は、それはもう酷い有様だったらしい。人の形をした軍艦による、人間への反抗。これが臆病な一般市民の神経を逆撫でしない訳が無い。恐慌状態になった市民による艦娘迫害の機運が高まり、あわや鎮守府襲撃に発展するかと思われた。

 が、マスコミが波紋艦隊の報告書をスッパ抜き、同時に波紋鎮守府最寄りの提督が世紀末もかくやという戦場跡を確認。超絶ブラック鎮守府の実態が明かされた。

 世論はたちまち熱い手のひら返しをした。

 

「薬師寺提督が――――ああ、俗に言うポーション提督の事ですが、彼女が過労で倒れていたという話も芋蔓式に出てきまして」

 

 海軍本部の統制・管理の杜撰さが明るみに出たのだ。民衆の怒りは艦娘よりもむしろ海軍に矛先が向いた。今朝海軍が管理体制の再編を発表し、このニュースはこれまでの経緯を振り返る的なアレのようだ。専門家が「深海棲艦と艦娘というまったく未知の存在を扱った設立二ヶ月の生まれたての組織だからこういう不手際も仕方ない」というコメントをして他の出演者から袋叩きに遭っている。専門家の言葉は正論だが、実際に不手際の煽りを喰った身としては冗談じゃない。

 

「勝手な行動をとってしまい、申し訳ありません。二人に代わってお詫びを」

「待て待て待て、結果オーライだ、気にしちゃいない」

 

 椅子から降りて床に手をつこうとした鳳翔を止める。

 こういう事は俺がやるべきだった。それを不知火と那智にやらせてしまったのだ。謝るのはむしろ俺の方だろう。

 

 容態を見に来た医者は俺の回復力の速さに驚いていた。無くなった腕が生えてくる事はないが、それ以外は驚異的スピードで治癒していて、明日には退院できるという。

 

「二、三日は栄養をとって安静にしていてもらいたい。よければこちらで義手の手配をするが、どうするね?」

「そうですね……変な事聞きますけど、ジョジョ知ってますか」

「知っているよ。ジョセフかね?」

「そうそうそうそうそう。あんな感じのできます?」

「難しいね。精巧な義手には電子回路が使われる。霧の中で電子回路は壊れてしまう。電子回路を使った義手は第二次対戦以降の技術だから、残念ながら妖精も理解できない」

「そうですか」

「あまり期待しないでもらいたいが、開発の打診はしておくよ」

「いいんですか? お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の退院に合わせ、不知火と那智が戻ってきた。平謝りする二人を宥め、提督として正式に話をつけるために海軍本部へ護送される。

 乗り心地の良い護送車の中で、不知火から渡された追加報告の書類を読む。

 

 あの海域に交代で派遣された提督によると、一日に一度駆逐艦が三、四隻で来る程度で、大きな侵攻は全くないらしい。しかもその駆逐艦も陸を遠巻きにうろうろするだけで帰っていき、見ただけで分かるほどあからさまに警戒しているという。

 後任の提督の艦隊練度は一般的なレベル、つまり練度20程度。攻められたら終わる。

 

 しかし、深海棲艦のこの対応も分かる気がした。主戦力で連合艦隊を組んで満を持して挑んで跳ね返されたら、俺なら一度引いて作戦を練り直す。俺はこのザマだが、装甲空母鬼も致命傷だった。俺達が敵の追撃を恐れているように、たぶん深海棲艦も追撃を恐れている。

 

 後任の提督の潜水艦が沿岸一帯に沈んだ夥しい数の深海棲艦の残骸を発見し、俺達の報告の裏も取れた。

 提督の人手が足りていないというのは誇張なしの事実のようで、人員の追加はないが、その代わりに資材は優先的にくれる事になったようだ。中・大型艦を十隻以上建造し、一ヶ月は充分に運用できるだけの資材供給。高速修復材の支給。食料配給。正規の鎮守府設営など。他にも要望には可能な限り応えるとの確約がある。

 いったいどんな交渉をしたのか気になるが、不知火のあの目に睨まれ、那智のあの声で高圧的に言われたら誰もが頷いてしまうだろう。俺でも失禁するかも知れない。

 

「病み上がりのところ申し訳ありませんが、新造艦を今日にでも建造して練度の向上を図っていただきたいです」

「ん? そうだな、あっちが警戒してる内にこっちも体勢を整えたい。整う前に来ちまったら俺達が出るとして」

「司令、それですが。不知火達に後遺症が出ています。以前のように戦うのは難しいかと」

「何?」

 

 不知火は隣の座席に置いていた連装砲を持った。途端に手が震え、取り落としてしまう。重々しい音を立て、連装砲は座席の下に転がった。

 

「この通りです。不知火は専用装備を装備できなくなってしまいました。衰弱状態で霧の影響を受けたせいではないかと。鳳翔は機関部を損傷し、水面に立つ事ができません。那智は燃料タンクの破損により、継戦能力が大幅に低下しています。戦えないわけではありませんが」

「直らないのか?」

「高速修復材でも無理でした」

 

 あっさり言う不知火に悲壮感はない。しかし、申し訳なさと不甲斐なさがこみ上げた。俺が気絶していなければ、きっとこんな事にはならなかった。

 

「すまん」

「謝らないで下さい。不謹慎ですが、良い機会だったのではないでしょうか。これを機に司令には後方に下がって頂こうと不知火達は考えています」

「いや、それは戦力足りなくなるだろ?」

「そのための新造艦です。お願いです、戦場には出ないで下さい。もう二度と、司令を傷つけさせはしません」

 

 不知火は俺の手を握り、まっすぐ目を見てきた。

 強い目だった。何かを背負い、覚悟を決めた、戦士の目だった。

 不知火は立派になった。本当に、よく成長した。

 

「頼む」

 

 俺は不知火の手を握り返し、頷いた。

 

 

 

 

 

 第一部 完




 不知火……全体的な衰弱により、装備スロット0。上司への想いを秘めた(時々秘められていない)忠実な部下
 那智……タンク破損(胸に大怪我)により、継戦能力大幅低下。友情を昇華し、愛を超越したかけがえのない戦友
 鳳翔……機関部破損(足に大怪我)により、水上に立てない。お艦


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第二部 戦闘海流
プロローグ


 本命である二部三部への前フリのつもりだった一部が反響ありすぎて二部を書くのが怖い。でも“恐怖”を克服することが“執筆する”ことだってDIO様が言ってた。


 

「建造ッ!」「英国で生まれた帰国子女の」「金剛、貴様はこっちだ」「エ? あっはい」

「建造ッ!」「航空母艦、加賀です。あなたが」「ようこそ加賀さん。こちらへどうぞ」「……はい」

「建造ッ!」「川内、参上! 夜戦なら」「川内さん、こちらへ」「最後まで言わせてよぉー!」

 

 海軍本部に併設された造船所の一角で、建造、建造、建造。支給された資材をガンガン溶かしていく。バランスの良い艦隊が組めるように、建造の触媒となる開発資材はあらかじめ不知火と那智で選定してある。うおォン、俺はまるで人間造船所だ。

 

「建造ッ!」「足柄よ。砲雷撃戦が得意な」「久しいな、足柄。ここへ来い」「あら、早速出撃かしら!? 燃えてきたわ!」

「建造ッ!」「工作艦、明石です。少々の損傷だったら、」「明石さん、お待ちしていました。こちらへどうぞ」「はいはい。なんです、この建造ラッシュ」

「建造ッ!」「陽炎型駆逐艦8番艦、」「久しぶりですね、雪風。同じ陽炎型同士仲良くやっていきましょう。こっちへ」「はいっ!」

 

 まだまだ建造。どんどん建造。建造した艦は不知火、那智、鳳翔がそれぞれ自分の組に連れて行く。駆逐、潜水艦、軽巡が不知火。重巡、戦艦が那智。そして空母その他は鳳翔に任せ、速成教育を施す事になっている。

 

「建造、建造、建造、建造、建造ッ! もっと熱くなれよォ! 建造!」

 

 できるできる頑張れ頑張れ絶対できる頑張れもっと建造できるって!

 資材が光って人型をとり、建造が完了したそばから挨拶する間もなく次の建造へ。これだけ建造すると自己紹介だけでもけっこうな時間だ。今日中に荷物と一緒に鎮守府に戻る予定なのだから、おざなりな対応になって申し訳ないとは思うが勘弁して欲しい。

 最終的に建造したのは、

 

 不知火組が「川内、神通、夕張、夕立、時雨、響、雪風、伊8」

 那智組が「金剛、榛名、長門、利根、筑摩、足柄、大井、北上」

 鳳翔組が「明石、大淀、赤城、加賀」

 

 の合計20隻となった。つ、疲れた。一隻二隻の建造では気にならなかったが、これだけ建造すると地味に体力を使う。病み上がりにはキツい。

 不知火に支えられて息を整えてから、号令をかけた。

 

「ようこそ波紋艦隊へ。俺が諸君の提督だ。波紋提督かジョジョ提督とでも呼んでくれ。簡単な挨拶で悪いが、早速鎮守府に移動して出撃に向けた訓練を積んでもらう。細かい内容は担当に聞いてくれ。全員、駆け足!」

 

 見た目は少女でも、本質は軍艦。艦娘達は建造されたばかりで右も左も分からないだろうに、全員ぎこちないながらも海軍式の敬礼をして素直に命令に従ってくれた。金剛などは那智についていく途中で振り返って俺にウインクを寄越すほど余裕がある。

 ……今更だが、ものすごい女所帯になるんだよな。ストーンオーシャンばりに濃い顔してたら普通に対応できるんだが、可愛らしい少女ばかりだから困る。

 

 海軍本部は東京にあり、俺の任地は伊豆の下田鎮守府。今回仮設がとれて正式な鎮守府になる。

 下田まではけっこう距離がある。内陸の道は深海棲艦に荒らされていないが、鎮守府の近くからは深海棲艦の霧の中を通る事になるため、艦娘か提督による運転が必要になる。波紋艦隊で運転ができるのは俺だけ。俺だけで艦娘23隻と大量の物資を運ぶのは無理がある。数往復する時間は惜しい。

 悩んでいると、横須賀鎮守府の猫提督が運転手としてあきつ丸を貸してくれた。彼女は陸軍の艦であるためか、運転ができるという。ありがたい配慮だ。トレーラー二台に貨物車を牽引していけば一度でいけるだろう。

 

 片腕がないため左手だけでハンドルを握り、ギアチェンジを不知火に任せ、下田へ。道中特に何事もなく、薄らと漂う霧の中に突入。整然としていた街並みがみるみる崩壊したものに変わっていき、海にほど近い更地同然の仮設鎮守府前でトレーラーを止めた。艦娘達に頼んで荷物を下ろしてもらう。荷物の中には解体してまとめられたプレハブの部材もごっそり入っている。今日中に組み立ててしまいたい。

 

 荷物を下ろしていると、仮設鎮守府にいた提督と艦娘達が疲れきった様子で出てきた。

 

「あなたは……怪我はもうよろしいんですか? 下田鎮守府提督代行の垣根です」

「お疲れ様です。俺の事は気軽に波紋提督かジョジョ提督と呼んで下さい」

 

 話していると、水も食料もロクになく、隙間風が酷い上にコンクリートの上に雑魚寝、壁や床には血の跡で、かなりストレスを溜めていたのがひしひしと伝わってきた。

 

「ジョジョ提督はよくこんな鎮守府でやってこれましたね……」

「改めて見ると自分でもちょっと信じられないですよ」

「垣根提督、荷物を下ろし終えましたので、御乗車下さい。自分が運転手を務めさせて頂きます」

「ああどうも。ではジョジョ提督、私はこれで」

「垣根提督は海軍本部へ?」

「いえ、この足で九州奪還に加わります。あそこは今練度より数が欲しいようで」

 

 垣根提督は敬礼して、艦娘を連れてトレーラーに乗り込んでいった。

 あきつ丸は点呼して全員乗車したのを確認した後、俺の前に来て敬礼した。艦娘達がする敬礼とは少し違う。陸軍式敬礼ってやつか。

 

「では将校殿、自分はこれで失礼します……ところで、勲章は帽子につけるものではないですよ」

「知ってます。承太郎ルックなので」

「軍服の前が開いているのは?」

「それも承太郎ルック。ふん!」

 

 Tシャツの下の筋肉をピクピクさせると、あきつ丸は引いていた。ジョナサンにも引けをとらないと自負する筋肉なのにこの反応である。やっぱ誇り高き血統じゃないとダメかー(´・ω・)

 

 あきつ丸のトレーラーが走り去った後、明石の指示でプレハブの組み立てが始まった。俺も手伝おうとしたが、監督という名目で鳳翔に椅子に座らされる。腕吹っ飛ばしてからこいつら過保護になったな。

 俺もまだまだ現役、と思うが、駆逐のチビっ子達が太い鉄骨をひょいと片手で持ち上げてはしゃぎながら運んでいるのを見て、大人しくしておこうと思い直した。那智曰く、休養も戦いだ。

 

「私、建築は専門じゃないんだけどなー」

 

 俺の横で設計図を片手に指示を出しながら明石がボヤいている。だが指示は的確だ。すまんな。

 

「提督、情報を整理しました」

 

 垣根提督から受け取った書類を整理していた大淀が、注釈を入れてまとめたものを渡してくれる。

 目を通してみると読みやすく、簡潔にまとめられていて、ほとんどサインをするだけでいい。

 

「提督、向こうにトーチカみたいなのありますけど、あれも直しておいた方が良いです?」

「んー、一応頼む」

「了解です、ささっとやっちゃいますね。はーい頭上注意! クレーン通りますよー」

「提督、これからの艦隊運営方針ですが、どのようにいたしましょう」

「軽い訓練の後防衛線の張り直しだな。鳳翔、大淀の仕事ももう決まってるんだったか?」

「はい、問題ありません。大淀さんには基本的に通信室に詰めてもらう事になると思いますが、いざという時のために最初の練習航海だけは出てくださいね。提督のサポートとして秘書官に不知火を置いて、大淀さんは不知火と連携して資材管理、本部との通信、ゆくゆくは車の運転もできるようになって頂いて、物資の陸上輸送などを――――」

 

 なにこれすごい。座ってるだけでどんどん話も作業も進んでいく。俺いる必要なくないか。

 ぽけっと眺めているだけで、時刻は夜。作業照明に照らされる中、プレハブの組み立てが終わった。

 通信室、宿舎、工廠、入渠ドック、執務室、通信室、資料室、資材倉庫、トイレ、食堂、厨房。ざっと一通りは揃っている。外観は大規模な工事現場で時々見る作業員用の建物といった様子で、鎮守府という感じはしない。霧のせいで大工に来てもらうわけにもいかないのだ。隙間風が入らないだけでも有り難く思うべきだろう。

 

 不知火に一言をと促され、艦娘を労う。

 

「全員お疲れ。建造初日から移動、工事と色々あってしんどかっただろう。本格的な訓練は明日からだ。今日はゆっくり練習航海をしてくれ」

 

 そう締めくくると、全員ほっとした顔をした後、ん? と首を傾げた。顔を伺い合い、代表して加賀が挙手する。

 

「今日、ですか? もう本日は残り三時間程度ですが」

「今日の、今からだ」

「今から? 夜戦!? やったー!」

 

 テンションが高いのは川内だけで、半分以上の艦娘が困惑していた。不知火が手を叩き、全員を集めながら言う。

 

「深海棲艦はこちらの疲れなど考慮してくれません。疲労状態での航海を経験しておくのは必ずためになります。心配しなくてもほんの一、二時間沿岸を航行するだけです」

 

 夜道を先導する不知火にぞろぞろと艦娘達がついていくのを見送る。那智と鳳翔は航行に難があるため留守番だ。

 

「では、私は補給と夕食の用意をしますね。時間としてはもう夜食ですが」

「あー。スマン、間宮を建造できれば良かったんだが開発資材(しょくばい)がなくてな」

「いいえ、作り甲斐があって嬉しいです。腕によりをかけて作りますね」

 

 鳳翔はクセで旧鎮守府の野外調理場に行きかけ、恥ずかしそうにそそくさとプレハブの厨房に入っていった。それをニヤニヤと見ていた那智がふと空を見上げる。俺も釣られて見ると、星空に満月がぼんやりと輝いていた。全国の沿岸部が破壊され大多数の工場がストップし、ガソリン価格の急騰で排ガスは急激に減少した。おかげで空気は綺麗になったのだろうが、あいかわらず薄くかかる霧のせいで差し引きあまり変わったようには見えない。ひんやりと湿った夜風が頬に染みる。

 

「貴様、調子はどうだ?」

 

 那智が空を見上げたまま言った。

 

「不知火は貴様の腕の代わりになると言っていた。鳳翔は貴様の手が届かないところを支えると。私は二人ほど器用な事はできないが、まあ、その、なんだ、一緒に酒を呑んで、愚痴を聞くぐらいはできる。私達は負傷していても、戦えないわけではない。新しい艦も進水した。だから……まだ終わりではない。先へ進める。そうだな?」

「ああ。俺も那智も、新造艦に任せて楽隠居にゃまだ早すぎる。なんなら今から駆逐をブッ飛ばしに行ってもいいぐらいだ」

 

 右腕を失い、弱くなったとは思わない。

 ジョセフは腕を失って戦えなくなったか? ジョニィは足が動かないからといって弱かったか?

 そんな事はない。積み上げた闘いの年季は確かに身についている。

 

 那智は俺の顔を見て、強がりではないと見て取ったらしい。背中をばしんと叩き、満足そうに笑った。

 

「そうか、なら結構。まだまだ一緒に暴れられるな」

 

 ガツンと拳をぶつけ合う。その拳には強さではない別の重さがあるような気がした。



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一話 新たな船出

 

 午前零時に夜間航海訓練から新造艦達を引率して戻ってきた不知火は、たっぷり四時間の睡眠を取り、食堂に作りおいてあった鳳翔のおにぎりを食べながら司令の部屋の前へ向かった。プレハブ鎮守府の部屋数はまだ少ないが、司令室とは別に個室を割り振るのは当然の配慮だった。敬愛すべき上官である不知火の大切な司令を雑魚寝させるなど有り得ない。

 まだ薄暗い中で、不知火は司令の部屋の前でじっと彫像のように立ち、耳をすませた。規則正しい寝息が微かに聞こえる。司令曰く、ジョジョほどの才能がないため寝ている間は波紋を使えないらしい。司令はよくジョジョを持ち上げ、自分を下に置く。不知火にとっては司令こそ素晴らしい才能と機知に富み、力と勇気を兼ね備えた最高の人なのだが、その司令が尊敬しているのなら、漫画の登場人物であったとしても評価するに足る者なのだろう。昨日司令が私物として持ち込んだ布教用ジョジョ全巻が食堂に置いてあるので、時間を見つけて読むつもりだ。

 

 太陽が登る頃、寝息が止まり、身動きする音が聞こえた。数秒待ってから、ノックする。

 

「司令、おはようございます。不知火です。お迎えに上がりました」

『おお? ああ、秘書艦だからか。別にこんな事までしなくていいぞ』

「お邪魔でしたか」

『いや、ありがとう。少し待ってくれ』

 

 扉越しに話して二分もしないうちに、司令がスッキリとした様子で出てきた。白い軍服は前が開いているし帽子も傾いているが、そういうファッションだと知っているため突っ込まない。

 

「おはよう不知火。六時間も寝ちまったが襲撃はなかったか?」

「おはようございます。襲撃はありませんでした。垣根提督の記録によると、深海棲艦による偵察は日中のみ。それも正午から夕方にかけてに集中しているようです」

「そうだった、報告書にそんな事書いてあったな。スマンまだ寝ぼけてるみたいだ」

「一応夜間も鳳翔と那智が陸からですが交代で沿岸部を警戒しています。今は那智が」

「……早く負担減らしたいな」

「そうですね。そのための新造艦訓練予定ですが」

 

 歩きながら本日の予定について話し合う。

 鎮守府の朝は早い。食堂に入ると、半数ほどの艦娘がもう席についていた。併設の厨房で鳳翔が忙しく働いている。

 

「提督、おはようございます。すみません不知火、朝食の準備を手伝っていただけますか?」

「それは――――もちろんです」

 

 鳳翔に乞われ、不知火は司令に許可をとろうとしたが、肩を軽く叩かれ無言の肯定を受けたため、頷いて厨房に入った。

 不知火が司令のそばを離れた途端、まだロクに挨拶もできていない上官に興味津々の艦娘が数隻、司令に群がった。

 

「Good morning! 提督ぅー、朝からかっこいいデース! 一緒に食べませんカ? 私、提督とtalkしたいヨ!」

 

 中でも金剛は積極的で、オープンな好意を振りまきながら司令の手を取り自分の席の方へ引っ張った。司令は勢いに押されて連れて行かれている。

 あれは「うっとおしいぞこのアマ!」と言おうか迷っている顔かな、と考えながら味噌汁の火の番をしつつ様子を見ていると、金剛が司令に見えない角度で不知火の方を向き、見せつけるようにドヤ顔をしてきた。どうやら、目下最大のライバルと判断した不知火に親密さをアピールしたいらしい。

 

「……ふ」

「!」

 

 鼻で笑うと、金剛は何やら悔しそうにしていた。

 不知火は新造艦が少しベタベタしたぐらいで自分と司令の絆がどうにかなるとは全く思っていない。積み上げてきたモノが違うのだ。

 

 厨房のヘルプに一区切りが着く頃には、司令はもう食べ終わっていた。目で合図され、席を立つ司令に付き従う。

 

「長門、おかわりは自由だ。食料と補給の在庫は気にしなくていい。それとハチ、面白すぎて止まらないのはよぉぉぉぉぉぉッくわかるが食べてから読め。それ何巻だ? 三巻か」

「提督、ジョジョが波紋使ってますけど、もしかしてジョジョのモデルって提督ですか」

「むしろ俺のモデルがジョジョ。いや知らんけど。荒木先生がD4Cの使い手なら俺が先かジョジョが先かの問題も解決するんじゃないか」

「D4C?」

「D4Cは7部の……まあ読め。ジョジョはいいぞ」

 

 司令が伊8と話している間に金剛に「負けないからネ!」と正面きって宣言され、不知火は薄く笑った。陰湿さとは程遠い、気持ちの良い敵対宣言だった。

 もちろん不知火も負けるつもりはない。

 

 朝食後、マルキュウマルマルから開始予定の射撃訓練までの短い間、司令室で提督の仕事のサポートをする。

 艦隊が充実し、ようやくこれから楽になっていく展望が見えたのは嬉しいが、反面司令との時間は減っていくだろう。それが悲しい。贅沢な悩みである。秘書艦として他の艦より接する時間は遥かに長いのだが、これまでが親密過ぎた。

 狭い司令室で司令と二人きりの幸せな時間は、大淀が本部からの電報を持ってきた事によってすぐに破られた。次の物資搬送は五日後になるため、何か要望があればその二日前までに申請するように、との連絡だ。

 

 二人きりではなくなってしまったが、仕事は仕事だ。不知火は大淀も交え、訓練開始直前まで、何を要望すべきか真面目に話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと厳しい訓練を想像していたのだが。普通だな」

 

 遠く、海上に浮かべた的に砲撃し、三回目でようやく当てて上半分を消し飛ばした後で、長門が呟いた。周りでは那智担当の七隻が横一列に並び、それぞれ自分のペースで的に砲撃を繰り返している。

 長門は鎮守府への移動中トレーラーの助手席に座り、あきつ丸から初期艦三隻の戦歴について聞いていた。常軌を逸した激しい訓練が待ち受けているものと覚悟していたのだが、蓋を開けてみればなんの事はない。無茶を要求される事はなく、もたついていれば丁寧に助言を貰える。

 

 長門の呟きを拾った那智は肩をすくめた。

 

「厳しい訓練もできるが、それにはリスクを伴う。綱渡りをしないために綱渡りをさせたのでは本末転倒というものだろう」

「戦艦長門の名は伊達ではないぞ。どんな訓練も耐え抜いてみせよう」

「ほう。では一定時間鳳翔の爆撃と不知火の魚雷と私の砲撃を同時に回避する訓練をするか? 直撃すれば轟沈するが、訓練効果は保証しよう」

 

 そう言って那智は無造作に20.3cm連装砲から七回の砲撃を放った。七発の砲弾は吸い込まれるように七つの的のド真ん中に突き刺さり、木っ端微塵に粉砕する。

 あまりの速射性と精密性に長門は絶句した。

 

「もちろん訓練は実弾だ。ペイント弾では緊張感がなく、効果が薄い。手心も緊張感を削ぐ。可能な限り火力の低い装備を使いはするが、お互い本気で沈め合う実戦訓練だ。当然、貴様に僚艦はなし。戦力比三対一はよくある事だからな」

「それは訓練ではなく処刑というのではないか……?」

「私達はその処刑を生き残ってきたのだ。それで、どうする。やるか?」

 

 長門の表情を見て那智は答えを聞かずに察した。脅してそう思わせただけで、もし長門が是と答えても本当に本気で沈めに行くつもりはなかったのだが。

 誉れあるビッグ7がまさか怖気づいたわけでもあるまい。実戦の前に訓練で沈んでいたら世話はない、という事だろう。

 

「ならばこの訓練を続ける事だ。何、厳しくするつもりはないが、甘くするつもりもない。この那智に任せておけ」

「あ、ああ。不満があるわけではない、教官に従おう」

「うむ。では小休止だ。私が補給をして的を設置しなおすまで自由時間とする」

 

 穏やかな訓練は初期艦の総意である。戦況に余裕があればこうしたかった、ああしたかった、という願望だ。いつ沈むかも分からない無茶な戦いも、常に気を張り詰めた暮らしもさせたくない。

 那智が陸に引き揚げると、埠頭で鳳翔が赤城と加賀に指導をしていた。埠頭は崩れていたはずだが、と首をかしげ、パイプ椅子に腰掛けてぐったりしている明石を見て納得する。

 疲れているようだったのでそっとしておいた。

 

 鳳翔が近くにテーブルを出して並べていた燃料を飲みながら、空母組の訓練を眺める。加賀が釈然としない様子で首を傾げている。

 

「こんなに礼を崩して良いのでしょうか」

「艦載機の発艦は弓道ではなく弓術ですから。思い通りに射れるのであれば、型に拘る必要もありません」

「では逆立ちして足で弓を引いたりだとか」

「ふふっ、加賀さんはお茶目さんですね。それも面白いかも知れませんが、やっぱり正しい姿勢、美しい姿勢の方が安定しますから。どこを崩し、どこを引き締めるか。難しい問題です」

「鳳翔さん、もう一度お手本を見せてもらっても良いですか?」

「もちろんです。今度はゆっくりやってみましょうか」

 

 赤城に乞われ、鳳翔はやさしく頷いた。頼られるのが嬉しくて仕方がないといった様子だ。

 鳳翔の射は非常に滑らかで、自然だった。所作の一つ一つが柔らかくしなやかで、目が吸い寄せられるような不思議な魅力がある。そしてその美しさに見とれていると、気づけば全機発艦が終わっているのだ。艦載機に詳しくない那智ですら極致という言葉を連想させるのだから、空母二人には特に感じ入るものがあったらしい。二隻に挟まれて盛んに褒めそやされ、鳳翔は照れていた。

 

「私、鳳翔さんのようになりたいです!」

「あら、嬉しい事を言ってくれますね。でも私はどちらかといえば曲芸ばかり身につけた歪な軽空母ですから、そっくりになられても困ってしまいます。貴女達には私から良いところだけ学んで、王道の強さを身につけて欲しいですね」

 

 鳳翔は片腕が使えない時に歯で弓を引いたり、艦攻射撃で砲弾を撃ち落としたり、発炎筒を使って夜間発艦・着艦をしたりしていた。凄いのは間違いないが、やはり曲芸。不安定で、限定的な状況下でしか役に立たない。安定感のある王道を征く事ができればそれに越したことはないのだ。

 那智は空母達から目を離し、飲み終わった燃料缶をゴミ箱に捨て、未来の主力艦を育てるために海上へ戻った。

 実戦は、すぐにやってくるのだ。

 



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二話 いつまでも演習って訳にもいきません

 時刻は昼すぎ。昼食後の、鎮守府正面海域。沿岸警備がてら陣形の切り替え、射撃、航行の訓練を施していた不知火は、海上に薄ら揺蕩う霧の微細な変化にいち早く気付いた。

 夜間航行よりは楽だよね、などと話しながらほどよく緊張をほぐしている随伴艦に指示を飛ばす。

 

「敵艦隊が来ます。ハチさんは下がって下さい。まだ駆逐複数を相手にするのは辛いでしょう。それと……川内さんと雪風も下がりましょうか。三人は戻って提督に報告を」

 

 度を越した少数精鋭だった波紋艦隊にはこれまで縁の無い話だったが、他の鎮守府から上がった情報をまとめた結果、提督の艦娘管理能力には限りがある事が分かっている。

 一つは、一艦隊の編成は六隻まで。七隻以上の編成も可能だが、その場合艦娘の深海棲艦への特攻が失われ、実用的ではない。

 もう一つは、同時指揮は四艦隊まで。四艦隊を超えて同時に運用した場合、七隻以上の編成と同じペナルティを被る事になる。一艦隊しか指揮できない提督もいれば、四艦隊指揮できる提督もいる。この差の理由は分かっていない。波紋提督は四艦隊を運用できる。

 つまり最大で六隻四艦隊、合計24隻の艦娘を出撃させる事ができるのだ。

 波紋艦隊の艦娘は現在23隻であるから、目一杯には足りないが、大淀と明石は非戦闘要員で、鳳翔と那智に出撃制限がついている事を考えればどの道足りていない。

 

「旗艦は不知火が受け持ちます。単縦陣!」

 

 三人が緊張した面持ちで下がったのを確認し、不知火は号令をかけた。不知火を先頭に、時雨、夕立、響、神通、夕張がぎこちなくフラフラはしているものの、間違う事なく陣形を変える。

 

「うー、この霧、邪魔っぽい。敵艦が見えないっぽいー!」

「そうだね。でも、きっとそれは敵艦も同じだよ。大丈夫、頑張ろう」

 

 夕立と時雨の会話を聞き流しながら、不知火は艤装を構えた。あの戦いの後、始めての実戦である。一週間に満たないとはいえ、ブランクがある。半日と間を置かず戦い続けてきた身には長すぎる休養期間であったように思えた。艤装は専用のものではなく、威力が落ちる。後遺症のせいか、以前は気にならなかった霧が体にまとわりつくような不快さを伴っている。

 不知火は弱くなっている。一通り動きに問題が無い事は確認しているが、実戦で不都合が無いとどうして言えるだろう?

 

 不安を抱く不知火だが、努めて平静を保とうしたし、事実、心は静かに凪いでいた。この程度、ハンディキャップには入らない。

 共に戦ってきた心強く頼れる司令が、今は背後にいる。守らなければならない。それは心細さや重圧ではなく、誇りと決意となって不知火に力を与えた。

 自分の最初の実戦を思い出す。自分以上に、今、随伴艦達は不安と恐怖を抱いているはずだ。

 不安、恐怖。それを制す術を不知火は知っている。

 不知火は言った。

 

「皆さんはきっと今、恐怖や不安を感じているでしょう。それは自然な事です。不知火もそうでした」

 

 弱気な発言に、見なくても随伴艦が不安そうにしているのが分かる。不知火は構わず続けた。

 

「でも、不知火は敵を沈め、強くなり、生き残ってきた。不知火をここまで強くした司令の言葉を、貴女達にも送りましょう――――『幸運と勇気を!』」

 

 力強く誇り高く発した言葉に、一転全員が奮い立つ。不知火が砲を構えると、随伴艦もそれに続いた。霧の中に影が見え、敵が現れる。不知火は叫んだ。

 

「砲雷撃戦、用意! ……てぇーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦が終了しました」

「おお、ご苦労」

 

 司令室の椅子にどっかり腰掛け、無傷で帰投した不知火の敬礼を受ける。座ったまま艦隊の出撃を見送り、帰投を迎えるこの立場にはまだ違和感が大きい。

 

 報告によれば、二期建造艦による初の実戦はつつがなく一方的に終わったらしい。不知火を旗艦とした空母・戦艦を含む連合艦隊計12隻に対するは、深海棲艦偵察部隊駆逐イ級三隻。数で見た戦力比は1:4で、火力その他で見ればもっと酷い。低い練度は数と不知火のカバーで十二分に補われ、被害は小破以下が二隻のみ。不知火が艦隊の練度向上を考えて攻撃を控えず、敵艦隊撃滅に注力していたらその被害もなかっただろう。暴力を振るう側になって改めて気付く、数の暴力の圧倒的有利さである。

 

 もっとも、次か、その次からはこうもいかない。

 偵察艦隊が消息を絶った事で、敵は状況が変わった事を知るだろう。偵察の数を増やすか、それとも再度侵攻をかけてくるか。戦闘の本格化は避けられない。艦娘の練度向上に努めると同時に、俺も戦士や現場指揮官ではなく司令官としての腕を上げていく必要がある。

 

「――――そして、現在は出撃しなかった川内さんと雪風、無傷の夕張さんと夕立に哨戒を任せています。報告は以上です」

「お疲れ。今日中に報告書にまとめておいてくれ。哨戒のシフトも組んだ方がいいだろうな」

「組んであります。後ほどお持ちします」

「お、おお」

 

 不知火、有能。俺の出番なし。もう不知火だけでいいんじゃないか。

 敬礼して退室した不知火と入れ違いになるように、大淀がノックと誰何の後書類をもって入ってきた。

 

「提督、失礼します。一般企業から電報が入っています」

「一般企業? 本部からではなく?」

「はい。食品関係で支援をしたいと」

 

 書類を読むと、無料で嗜好品を提供させてもらいたい、という旨のかなり下手に出た内容だった。それだけしかない。特にこちらへの要求もない。なんぞこれ。

 

「ワケがわからんぞ」

「提督も怪しいとお考えですか?」

「タダより高いものはないって言うからな。十中八九、何かある。裏取りできるか?」

「やってみます」

「おっと待て」

 

 退室しようとした大淀を呼び止め、メモ帳に走り書きして渡す。

 

「御神提督とメケ提督の連絡先だ。同じような話が来てないか当たってみてくれ。あとメケ提督にはあきつ丸を貸してくれた礼も頼む」

「了解で……え?」

「どうした」

「あ、いえ、失礼します」

 

 大淀はメモを二度見してから退室した。まあ「めけめけ王子13世提督」は二度見するよな。メケ提督の飼い主は何を思ってこんな名前にしたのか。

 大淀の退出後、書類を数枚片付ける。海軍本部から定期支援を受けられるようになった代わりに、書類仕事が追加されたのだ。資材を無事受領しました、その資材の量はこれぐらいで内訳はこうでした、前週の資材消費はこれぐらい、その内訳はこれこれこう、資材の他の物資についても同様だ。

 

 今まで、各地の鎮守府の運営は提督個人の裁量にかなり依存していた。海軍にツテがあったり、交渉能力が高かったり、内陸部との交流が楽だったりする鎮守府が充分な支援を受けていた反面、孤立していたり、交渉能力が低かったりする鎮守府は酷いものだった。不知火と那智の海軍本部襲撃以降はそういうガバガバ体制にメスが入り始めている。これからは書類仕事と引き換えに均一で公平で充分な支援が受けられるようになっていくだろう。ありがたい事だ。書類仕事で資材が貰えるなら喜んで書類捌きマシンになるさ。

 

 ただし、入院中、廊下に海軍事務職員募集のポスターがベタベタ貼られているのを見かけたし、たぶん海軍本部も人員が全然足りていない。襲撃初期の自衛隊出動からの返り討ちや、深海棲艦の霧の中での救助活動による二次被害で多大な被害が出ている。平時より大幅に減った人員で戦時の仕事を回せる訳が無い。鎮守府への支援が安定するのはもう少し先になるだろう。

 

 書類を片付けた後、入渠ドックに向かった。入渠ドック、とはいっても、プレハブハウスを一つ使って作られた風呂場である。

 湯船の近くに資材が置いてあると、どこからともなく出てきた妖精さんが資材をぽいぽい湯船に投げ込んで溶かし、浸かった艦娘にマッサージや治療を施し始める。なぜ湯船に浸かる必要があるのか、妖精さんがどこから湧いたのか、疑問はあるが妖精さんなら仕方ない。妖精のせいなのね、そうなのね。

 

 まだ下田鎮守府にある入渠ドックは二つだけで、来週には追加のプレハブの建材が届くはず。最終的には四つまで拡張する予定だ。一つの鎮守府に五つ以上入渠ドックを作っても、働き蟻の法則なのかなんなのか、五つ目以降の入渠ドックの妖精さんがサボりだすのだ。だから入渠ドックは四つまでで、同時に修復できる艦娘も四隻までになる。

 ちなみにこのあたりの法則を掴むまでに各地の提督達は相当難儀したらしい。

 

 今、使用感を確かめるために波紋で治る程度の軽傷の時雨と神通を入渠ドックに入れている。

 入渠ドックに入ろうとして、止まる。中にいるのは裸の時雨と神通だ。改善点や感想を聞こうと思ったが、今入ったら覗きになる。クソ提督不可避。

 あとで聞こうと踵を返すと、通りがかりの響とばっちり目があった。体格差から見上げられているが、間違いなく見下されているのが分かった。響は冷え冷えとした声で呟いた。

 

「つまり司令官は、そういう人なんだね」

 

 あ…あの響の目…養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ…。

『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!

 

「まて響。誤解だ。話せば分かる」

「そうかな。これは不知火に伝えておくよ」

「あ、そう? ならいいか」

 

 不知火なら誤解だとわかってくれる。

 堂々とした俺の態度で本当に誤解だと察したのか、響は気まずそうに帽子を弄った。

 

「えっと、司令官はここで何をしていたんだい?」

「入渠ドックの確認だ。これから長く使っていくんだから使ってみて不具合があればすぐに直す必要がある」

「そうだったのか。すまない、誤解してしまった」

 

 響は素直に頭を下げた。エエ娘や……許す!

 その後響を肩車して食堂に行ったら駆逐が寄ってきて、木登りならぬ人間登りをされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初戦の翌日からは、重巡・軽空母クラスが波状攻撃をかけてくるようになった。ただし妙に逃げ腰で、毎回交戦もそこそこに引いていく。一体何を考えているのか。

 

「不知火達をここに釘付けにしておきたいのではないでしょうか」

 

 司令室でコーヒーをグィィッと飲みながら不知火と議論する。

 

「まだ打って出られると困るってか。連中の傷はそんなに深いのかね」

 

 深海棲艦が俺達に反撃に出られると困るなら、ぜひ反撃に出たいところだ。深海棲艦の目論見を挫く以外にも理由はある。

 海軍による支援体制が確立し始めたおかげか、幾つかの鎮守府では正面海域制海権の奪取に成功している。つまり、鎮守府周辺の陸地やその正面海域の霧を祓い、その先の海域への反撃の糸口が見えてきている。しかし深海棲艦の霧の中では計器が滅茶苦茶に狂い、視界も効かず容易に方角喪失状態になるため逆侵攻作戦は文字通り難航している。

 

 その正面海域を開放した鎮守府から、「資源湧き」の報告が出ているという。

 資源湧きとは、海上の特定の地点に燃料の詰まったドラム缶や鋼材が浮いているという意味不明な現象の事だ。海軍本部が過去の資料を引っ張り出したところ、どうも昔艦が沈んだり戦闘機が墜落したりした場所に資源湧きポイントが重なっているらしい。

 

 日本は資源輸入国である。海路を封鎖され、輸入品の価格は天井知らずに上がっている。先日の食品会社の支援の打診も、大淀の調べによると、原料が輸入できず値上げに踏切り、結果客足が遠のいて行き詰まった経営を話題の鎮守府に広告塔になってもらう事でなんとかしようという目論見らしい。「艦娘も食べている菓子!」だとかそんな感じで。他の鎮守府にも色々な会社から同じような打診が来ているようだ。

 

 それはそれとして、石油の輸入も停止している以上、一種の油田である資源湧きポイントの確保は重要だ。現状、国単位で篭城戦をしているようなものだ。補給が無ければ干からびて死ぬ。できるだけ早く逆侵攻をかけて海路を奪還、流通を復活させる必要がある。

 資源湧きポイントを発見し、資源の足しにするため。そして海上輸送を復活させるため。防衛戦も重要だが、そろそろ打って出なければならない段階に入ってきている。

 

「二期艦の練度は不知火から見てどうだ。反攻作戦はできそうか?」

「難しいところですね。鎮守府から離れると鳳翔と那智の支援が効きませんし。私だけでカバーするとなると」

「不知火」

「はい?」

「僚艦を守ろうとするその意思は尊い。だがあいつらもいつまでもヒヨッコじゃあない。逆に考えるんだ。僚艦に援護してもらうと考えるんだ」

「援護してもらう」

「攻撃が分散されるだけで楽じゃないか? まだ背中を任せるには不足かも知れんが、足を引っ張るほどじゃあないだろう? どうだ?」

「そう……そうですね。一息に正面海域制海権奪還ができるかは分かりませんが、威力偵察としてひと当てして、轟沈せず帰投できる程度の練度はあるかと」

「ベネ!」

 

 俺は不知火と反攻作戦を練り始めた。

 さあ、反撃だ。

 



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三話 反攻・鎮守府正面海域解放戦

 ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」には、「中破轟沈説」というものがあった。中破状態で進軍すると轟沈する危険性がある、というものだ。実際は中破進撃はセーフで、大破進撃をすると轟沈の危険があったのだが、運営から仕様の説明はなく、提督達が検証を繰り返して轟沈条件を特定するしかなかった。

 

 翻ってこの現実の世界では、中破轟沈も大破轟沈も無い。無傷で士気が最高に高くても、練度1未改修の駆逐が戦艦の砲撃の直撃を受ければ普通に木っ端微塵になる。ゲームより酷い。現実は非常である。

 だが轟沈に関して提督の間で真しやかに囁かれる噂は存在する。それが「提督轟沈防止説」である。

 簡単に言えば、艦娘の近くに提督がいれば轟沈しない、提督から離れるほど轟沈しやすくなる、というもので、信じている提督は多いらしい。俺もマジかよそれ、とは思うが半分ぐらいは信じている。初期艦三隻があれだけの戦いの中で轟沈しなかったのは、俺がすぐそばで一緒に戦っていたからかも知れない。提督から離れるほど艦娘が轟沈しやすくなるというのなら、さぞ強力な轟沈防止効果があった事だろう。

 

 真実は定かではない。とはいえ打てる手は打っておきたい。鎮守府正面海域制海権奪還作戦、通称反攻作戦を決行するにあたり、俺は連合艦隊に同行する事にした。

 戦いはせず、連合艦隊の後方の戦闘領域外についていくだけだが、不知火達には随分渋られた。俺が死にかけたのがトラウマになっているらしい。それでも護衛に数隻つける事で渋々了解をとれた。

 この出撃への同行も正面海域開放までだ。流石に遠洋まで遥々艦娘に同行するつもりはない。提督轟沈防止説を信じるなら、遠征艦隊に俺がついていくと、鎮守府の守りが薄くなる。俺の留守を狙って鎮守府を潰されたら目も当てられない。同行は鎮守府からほど近く、何かあればすぐに帰還できる正面海域のみにしておくのが妥当なところだ。

 

 連合艦隊第一艦隊、旗艦不知火。以下、長門、金剛、足柄、加賀、赤城。

 連合艦隊第二艦隊、神通、時雨、夕立、響、大井、北上。

 第三艦隊(提督護衛)夕張、雪風、利根、筑摩、伊8。

 第四艦隊(鎮守府待機)が那智、鳳翔、大淀、榛名、川内、明石。

 

 以上の編成となる。二期艦の練度は数値にして20程度。改へ改装している者もいれば、まだの者もいる。

 

 黎明の太陽が水平線から顔を出し、薄らと海上に漂う霧を白く浮かび上がらせる。この霧とも今日でオサラバになるといいんだが。常々思う事だが、エンヤ婆が出そうで不気味だ。

 埠頭で待機組にしばしの別れを告げ、出撃。霧の中に分け行っていく。

 

 連合艦隊の姿がギリギリ見える程度の距離を保ち、海の上を行く。利根と筑摩が観測機を飛ばしているから、はぐれる事はない。

 

「提督、本当に波紋使いなんですね。艦娘の艤装つけてるとかじゃないんですよね?」

 

 海面を走っていると、横を滑るように航行する夕張が俺の足元をマジマジと見ながら感嘆した様子で言った。足を踏み出すたび、波紋法の名の由来とも言える波紋が生まれ、広がっていく。ドヤァ……

 

「艦娘の艤装は人間には付けれん。波紋も艦娘には使えん。そこに互換性はない」

「えー、そうなんですか?」

「前に不知火と那智と鳳翔に教えようとした事があるんだが、ダメだった。艦娘は人間とは体の内部構造も血液組成も違う。植物に波紋を使わせようとするようなものらしい。たぶんな」

 

 鉄と油から生まれた艦娘は、生物に近いが生物ではない。生命エネルギーである波紋エネルギーを受け取る事はできても、生み出す事はできないのだ。そのあたりを教えると夕張は興味深そうにメモ帳を出して書き留めていた。

 

「横隔膜を刺激して一時的に軽い波紋を作れるようにもできないんですか?」

「それも無理。夕張、ジョジョ読んだのか?」

「三部まで読みました。提督ってジョセフみたいですよね」

「あんな知略はないけどな」

「雪風は一部まで読みました! 雪風、ブラフォードさんが好きです!」

「シブイとこ来るなあ」

「私は七部の途中まで。たぶん鎮守府では私が一番読んでると思います」

 

 ハチも水面に顔を出して話に入ってきた。伊達に本から魚雷を撃つ訳じゃないな(?)。聞けば、自由時間はずっと食堂に入り浸って置きジョジョを読んでいるらしい。そうだろうそうだろう。入り浸りたくもなるだろう。なんなら自分で全巻揃えてもいいんだぞ。

 

 しばらく利根と筑摩も加えてジョジョ談義に花を咲かせたが、敵との交戦が予測される海域に入ったため、口を閉じる。利根と筑摩は索敵に集中し、ハチは水面下を警戒。夕張と雪風も電探に耳を澄ませる。

 

「むっ」

「どうした」

 

 唐突に利根が声を上げ、緊張が走る。利根は眉根を寄せて偵察機と繋がった通信機に耳を済ませ、顔を綻ばせた。

 

「喜べ提督! 連合艦隊が資源湧き地点を見つけたようじゃぞ!」

「グッド! 何が湧いてる? 燃料か? 鋼材か?」

「待て待て、そう急くでない。えーと、これはじゃな……」

 

 利根が目を閉じて通信に集中する。

 資源湧きスポットの発見。もうこれだけで戦果としては充分だ。どうせ今回は軽い偵察、本格的に攻略するつもりはない。一度帰るのも手。

 深海棲艦の霧の中を進むのは難しい。霧の特徴として、侵攻すると容易に方角喪失に陥るというものがあるのだ。撤退は何故かすんなりいくのだが。ちなみに艦娘ではない場合、撤退すら困難だ。

 

 利根によれば、湧いているのは弾薬と鋼材らしい。ここで回収していくか、それとも帰りがけに拾っていくか、という話になり、どうしようか考えていると、今度は筑摩が声を上げた。

 

「連合艦隊が戦闘体制に移行。敵艦隊です!」

「おいでなすったか。待ち伏せされたか?」

「……いえ、そんな様子ではないようですね。遭遇戦のようです。えっと、私はどうすれば?」

「筑摩はそのまま遠巻きに戦闘の推移を見ていてくれ。援護はしなくていい、下手な手出しは邪魔になる。利根、念のため挟撃を警戒する。背後に偵察機を飛ばしてくれ。夕張、雪風、ハチは戦闘体制を維持して待機。いつでも動けるようにしておいてくれ」

 

 各員了承の返事を返し、指示に従った。その動きは淀みない。不知火達はしっかり訓練をつけてくれたようだ。後で褒めてやろう。

 筑摩によれば、敵艦隊は戦艦ル級エリート2、空母ヲ級1、重巡リ級エリート2、軽巡ヘ級1。防衛戦の一番キツかった時期に勝るとも劣らない重編成だ。あの頃と違って数の利を取っているのはこちらで、練度も新兵というほどに低くはない。それでも危なく感じる編成。恐らく、これが鎮守府正面海域の制海権を握っている敵艦隊だろう。

 

 砲撃音が遠く雷鳴のように聞こえ、空気が震える。見守る事しかできないのがもどかしい。

 だが、信じて待つのも戦いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Урааааа!」

 

 響が大破状態の軽巡ヘ級に主砲を浴びせると、ヘ級は煙を上げながら沈んでいった。最後の悪あがきに撃ち返してきたものの、狙いが定まっておらず、明後日の方向に飛んでいった。

 次弾を装填しながら周りを見渡す。戦況は若干の優勢。制空権は赤城と加賀が確保しているが、金剛がル級二隻の連撃で中破している。大井・北上は先制雷撃でヲ級とル級の一方を小破させた後、重巡リ級による砲撃を受け、中破。そして今、不知火、夕立、時雨の釣瓶打ちで大破した軽巡ヘ級を響が沈めた。

 

 正規空母組の戦闘機を抜けてきた敵艦載機が三機、響に急降下爆撃をしかけてきた。回避行動を取るが、肩に一撃をもらってしまう。

 

「くっ……」

 

 歯を食いしばり、急上昇していく敵艦載機に対空砲火を浴びせる。一機が煙を上げて堕ちていった。

 

「後は任せて」

 

 横に立つ加賀が弓を引き絞り、放つ。鋭く放たれた矢は艦戦に変じ、逃げていく敵艦載機の横腹に食らいつき、撃墜した。

 

「響、長門さんの援護を! 加賀さん、金剛さんの後ろへ!」

「了解しました」

「了解!」

 

 加賀に礼を言う前に、爆音が轟く中でもよく通る不知火の声が指示を飛ばした。気づけば響と加賀は他の艦から孤立しかけていた。不知火は視野が広い。よく見ている。提督の薫陶だろうか。

 響は砲撃をくぐり抜け、長門の元へ向かう。響の視線の先で、神通を庇った長門が爆炎に飲まれた。ひゅ、と息を呑む。直撃だ。

 神通は悲鳴を上げた。

 

「長門さん!?」

 

 しかし、爆炎の中から現れた長門は、煤けて軽い傷を負っただけでピンピンしていた。波に煽られた神通の手を取り、力強く引き起こす。

 響はほっと息を吐き、合流した。

 

「長門型の装甲は伊達ではないよ。まだいけるな?」

「はい。次発、装填済みです!」

「響、到着した。援護する」

「よし! 合わせろ神通、響! 目標ル級小破個体! 全主砲、斉射! て――ッ!!」

 

 不知火の的確な指示の下、各員上手く立ち回った。

 もちろん、ミスは多々あったし、全員が不知火ほどの働きはできない。それでも熟練の艦の下で積んだ訓練と、実戦を経て磨かれた連携は嘘をつかない。半数以上の大破艦を出しながら、ついに敵艦を残り中破のル級のみに追い込んだ。

 

 響も大破している。だが、大破と引き換えに空母ヲ級を沈めた。トドメだけ攫う形になってしまったが、二隻の撃沈である。大戦果だ。

 今日は調子が良い。しかし砲は破損して使い物にならず、魚雷発射管は脱落して沈んでしまった。帽子は吹き飛び、肩が痛む。機関部も怪しい音を立てている。

 もう無理はできない。後ろに下がろうとした響に、ル級が悍ましい、言葉にならない妄執の雄叫びを上げながら砲撃を放ってきた。中破状態でも流石はエリート個体と言うべきか、その狙いは正確だった。まっすぐに響へ向かって砲弾が飛んでくる。

 

 響は大破して動きの鈍った体を動かし、砲弾の軌道上から外れる。

 その避けた先に、砲弾が迫っていた。

 連撃だった。

 

 頭が真っ白になった。

 腰に凄まじい衝撃が走る。

 

 小さな体が空を舞う。血飛沫が飛び、例えようのない、しかしどこかで経験したような喪失感に襲われた。

 響は無様に水面に落ちた。立ち上がろうとするが、足が動かない。

 見れば、腰から下が丸々無くなっていた。

 

「あ」

 

 心に染み入ってくる冷たい感覚の正体を思い出す。響はこの感覚を知っている。

 鋼鉄の軍艦であった頃の、最後の感覚。

 水底に呼ばれる感覚。

 轟沈の感覚。

 

 運命を悟り、目を閉じる。涙は出なかった。響は役目を果たしたのだ。

 昔、響は姉妹の中で一隻だけ生き残った。見送り、失うばかりだった。

 今度は誰にも先立たれなかった、という事に、奇妙な安堵すら覚えていた。

 響は水中に没し、暗く慈悲深い海に身を任せ……

 

 ――――響! 受け取れ! お前はまだ沈まないッ!

 

 その時、提督の声と共に、沈みゆく響に何かが流れ込んだ。

 

 それは身を包む冷たい海の水と相反するように内から湧き上がる、熱いモノだった。

 提督の声には希望があった。命の輝きがあった。

 まだこの声を聞いていたい。この人の隣に立ち続けたい。そう思わせられる熱があった。

 

 そうだね。提督。

 私はまだ、沈まない。沈めない。

 

 渡されたチカラを受け取る。響は目を開き、ぼやけ、遠のいた海面を見上げた。

 

 思い出せ。

 私の名を。

 その二つ名を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が沈んだ場所から、眩い光の柱が立ち上った。

 敵も味方も、その神秘的な光に目を奪われる。

 

 辺りに漂っていた弾薬と鋼材が、光の柱に吸い込まれ、溶けて消えていく。

 海面が波打ち、光の柱の中に小さな人型が形作られる。その声を、戦場の全ての者が耳にした。

 

「不死鳥の名は――――」

 

 光が消える。

 その両足が水面に降り立ち。

 その蒼い双眸が、愕然とする敵を射抜く。

 

「――――伊達じゃない!」

 

 蘇った駆逐艦の声が、高らかに響き渡った。

 




ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」では、負傷した艦を「改造」した時、完全修復され、新規装備に更新され、燃料弾薬も最大まで補給される。


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四話 酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ

 響改を含む全艦で滅多撃ちにされたル級が沈むと、海上に漂っていた霧が見る間に引いていった。太陽の暖かな光がまっすぐ海面に届き、波間に反射してきらめく。

 数ヶ月ぶりに、下田の海に光が差した。

 海は青かった。そんな事を忘れていた自分に驚く。霧に覆われた、暗く、冷たい海に慣れ過ぎていた。

 

 おお、海よ。

 母なる海よ。

 お前は美しい!

 だから!

 

 俺は夕張から恭しく差し出された拡声器を受け取り、遠く海上で響を胴上げしている連合艦隊と鎮守府まで届けと、天に向けて声を張り上げた。

 

「全艦よくやったッ! 俺達は勝った! 第二部完! 今夜は宴だァ!」

 

 ハウリングする大音声に合わせ、艦娘達が全員歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボロボロの身体を曳航し曳航され、行きの何倍も時間をかけて鎮守府に帰投すると、留守番組が暖かい風呂と料理を用意して迎えてくれた。

 

「大淀、全員分の高速修復材を出してくれ」

「よろしいのですか?」

「今日は大盤振る舞いだ。パーッとやろうぜ、パーッとな」

 

 大淀に指示を出した後、連合艦隊を一人ずつ労い、響を5mぐらい高い高いして肩が外れてはめ直し、鎮守府裏手の一角に設けられた簡易野外シャワー設備で体を洗う。何時間も波飛沫を浴びていると体中が塩まみれだ。

 シャワーを浴びて体を拭くものを持ってくるのを忘れたのに気づいたが、良いタイミングで衝立の向こうからにゅっと手が伸びてきて、タオルを渡された。

 

「司令、どうぞ」

「お、おう。覗きは良くないぞ」

「覗いてはいません。気配を読んだだけです」

「そうか……」

「不知火に何か落ち度でも?」

「いや」

 

 服を着てシャワー設備から出ると、休めの姿勢で不知火が微動だにせず待っていた。服が新しくなっていて、髪からうっすら湯気が立っている。もう入渠を済ませてきたのか。島風よりはっやい。

 不知火をお供に食堂に向かったが誰もいない。ちょうど入ってきた夕立に聞くと、食堂に一度に全員入るとギュウギュウ詰めになるため、宴会は野外でやる事になったらしい。食器を取りに来た夕立について野外会場に向かう。

 会場と言っても、旧鎮守府の調理場だ。積み上げたブロックにドアを渡した台所も、改めてみると野性味があっていい。

 

 鳳翔がせっせと料理を作っていて、俺も手伝いたいが、片腕ではむしろ足手まといになるだろう。ううむ。

 

「これでよしっ。あとは火にかけて……あら? マッチが無いですね」

「任せろ」

 

 緋色の波紋疾走で薪に着火してやると、鳳翔に礼を言われた。夕張とハチが「波紋の無駄遣い」とでも言いたげに見ていたが、ジョセフだって散々悪用してただろうが。波紋はそんな高尚な技ではない。

 

 シートを敷き、机と食器を出す頃には暗くなってきていたので、探照灯を光源代わりに設置する。10km先で本が読めるほどの光量の探照灯をそのまま使えば失明必至なので、明石と夕張の工房チームに良い塩梅に改造をお願いした。何故か原型を留めていない提灯型になっていたが、提灯の上で星空を見上げながらおちょこを傾けている妖精さんを見て納得した。

 

 そして、宴が始まる。堅苦しい挨拶はしない。

 ジュースも酒も野菜も肉もある。飲め、食え、騒げ、だ。

 

「酒! 飲まずにはいられないッ!」

 

 不知火に酌をされ、お高い日本酒を空ける。ほんの一年前、平凡()な大学生だった頃はこんな高い酒も美女と美少女に囲まれた宴会も考えられなかった。不思議な気分だ。どちらかと言えば食屍鬼と吸血鬼に囲まれた宴会という名の殺し合いの方が簡単に想像できる。

 

 ほろ酔いで周りも見渡すと、艦娘達は思い思いに宴会を楽しんでいた。響はウォッカをチビチビやりながら榛名と談笑しているし、利根は早くも潰れ、焼酎瓶を片手に目を回して筑摩に膝枕されている。金剛が来ないなと思ったら、ブランデーと紅茶を鳳翔のところに持っていき、何やらレシピを教えているようだ。

 ちなみにウチの鎮守府では艦種を問わず艦娘に飲酒制限をつけていない。燃料を経口摂取する艦娘にアルコール制限なんて今更過ぎるだろう。

 

 どれ、少し会場を回るか。飲み二ケーションってヤツだ。

 立ち上がりかけ、ふと躊躇う。待てよ、これ気楽に飲んでるところに上司が首突っ込んできて酒が不味くなるパターンか? 俺は大人しくしてた方が良いのか?

 

「司令? 何かつまむ物を取ってきましょうか」

「いや、今日は無礼講だ。秘書官だからって俺のそばにいる事ァない。不知火も好きにしていいんだぞ」

「はい。不知火は好きにしています」

「そうか」

「はい」

「そうか……」

「はい」

 

 不知火が空になったおちょこに酒を注ぎ、俺はそれを一口飲む。

 沈黙が流れる。しかしそれは心地よい沈黙だった。一緒に星空を眺め、賑やかな宴会を眺める。言葉が無くても、会話があった。

 

 顔をほんのり赤くして酔った加賀が唐突に歌い始めたのを見ていると、子犬、もとい夕立がパタパタ寄ってきた。

 

「提督さん、提督さん! 夕立ったら、結構頑張ったっぽい! 褒めて褒めて~!」

 

 すり寄り、頭を差し出してくる。

 おっ、これはフリかな?

 

 俺が厳粛に夕立ちの頭に手のひらを乗せると、近くでチューハイを舐めていたハチが察した顔になった。

 

「良ぉお~~~~~~~しッ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

「えへへー!」

 

 満面の笑みでご満悦の夕立。 

 

「提督、その、僕も頑張ったよ?」

「よし来い時雨!」

「しれぇ! 雪風も頑張りました!」

「よし! 飛び込んでこい!」

 

 わらわら寄ってきた駆逐をまとめて撫で回す。お前ら全員MVPだァァア!

 満足した夕立が時雨に連れられてジュースを取りに行き、雪風は木の下で眠ってしまう。鎮守府の屋根の端に登り満月を背にポーズを決めている川内と、その下でハラハラしている神通を眺める。誰も彼もが楽しんでいる。俺と目が合えば誰も彼もが笑顔を向けてくれる。それが例外なくベッピン=サンなのだから言うことはない。

 

 ベロベロに酔った足柄が呂律の回っていない言葉を俺に叫んできたので半笑いで手を振っていると、突然横から顔を掴まれた。ほんのり頬を赤くした不知火の顔、酒臭い息。

 思わぬ奇襲にビビッていると、不知火はグィィッ、と自分の顔を近づけてきた。視界にはもう不知火しか映っていない。

 

「司令、誰が見えますか」

「し、不知火が見える」

「他に誰か見えますか」

「不知火しか見えない」

「もう一度」

「不知火しか見えない」

 

 不知火が満足そうに顔を離し、俺の膝の間にぽすんと座って缶ビールのプルタブを開けた。そのままゴキゲンで鼻歌を歌い出す始末。

 スゲー酔ってる。

 だがそれがいい。可愛いぞ不知火! 好きだ!

 

 膝の間に収まった不知火の小さな体。俺を見上げる、普段の鋭さがなりを潜めた潤んだ目。

 俺の心が震えるぞハート! こんなのズキュゥゥゥン! するしかないだろ!

 

 あ、でもその後泥水で口を洗われたら死ねるな……

 やめとこ。

 

 俺は不知火を持ち上げて横に下ろし、酔い醒ましに水を貰いに行った。

 その後も金剛がアタックをかけてきたり、北上を剥こうとしている大井の口に酒瓶を突っ込んで潰したり、宴会芸としてワインで波紋カッターを披露したり。

 宴会は天井知らずに盛り上がり、真夜中過ぎまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から、鎮守府は通常営業に戻る。

 鎮守府正面海域を攻略した事により、陸地と沿岸部の霧は祓われた。どこからどこまで霧が晴れたかの確認、それを踏まえた哨戒体制の組み直し、本部への報告、今後の作戦計画など。数日は戦闘は控え、事務的な処理が多くなる。

 

 正面海域を開放したという報告から数日後、早速崩壊した街への最初の移住者がやってきた。漁業を営んでいる方で、自動車で小型船を牽引してやってきた。

 菓子折りを持って挨拶を持ってきたその壮年の男性に話を聞くと、内陸では魚介類の値段が天井知らずに上がっているという。

 

「どいつもこいつも深海棲艦を怖がってね、霧が晴れた後も沿岸部には誰も住みたがらないんですわ。いえね、私もマア怖いですがね、秋刀魚一尾980円と来れば勇気出すしかないでしょう。もちろんジョジョ提督と艦娘サン達が奴らに負けないと信じてますしね」

「期待には応えさせてもらいますよ。後ほどどこまで霧が晴れているかを書き込んだ海図を渡しますので、あまり霧に近づき過ぎないように漁をしていただくとして。このあたりに住める家はないですが、内地から通勤されるおつもりで?」

「車にテント積んで来たんで、とりあえずはそのへんの空き地にでも住まわせてもらおうかと思ってますよ。獲った魚を出荷しなきゃあならないんでどの道毎日内地と往復はするんですがね」

「あー、すみません、部屋を貸せたら良いんですが、ウチも空きがないもので」

「いえいえとんでもない」

 

 男性は頭を下げて去っていった。

 鎮守府から海までの間は明石が時間をみつけてチマチマ撤去しているが、街はまだまだ瓦礫の山。物理的にも、心理的にも、この街に元の活気が戻るまでまだまだかかるだろう。

 それでも人は戻ってきた。

 俺達が頑張れば、もっと戻るだろう。

 

 他の鎮守府も頑張っているらしい。既に日本の沿岸部の四分の一は開放され、残りも押している。九州戦線も大詰めだという。

 深海棲艦との戦争は人類に形勢有利なようでいて、危うい。何しろ海上輸送が封鎖されているのだから、このまま一気に押しきれなければ、資源の枯渇で死ねる。

 じっくり腰を据えて、という戦法は取れない。多少無理でも無茶でも、逆境をぶち抜いて進まなければならない。

 

 だから、まだ日本沿岸の全開放が済んでいないにも関わらず、海軍では海上輸送開通のための作戦が立てられていて。

 俺はその要となる「羅針盤計画」のために、本部に呼び出しを受けていた。



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【艦娘は】まったり提督雑談41【これくしょんするものではない】

散々お待たせして申し訳ないが掲示板回なんだ。すまんな(´・ω・)


1 : 名無しの提督:2015/11/22(日) 06:14:32 ID:svaBbAF2

 

  提督(海上自衛隊深海棲艦対策部特務官)に関するまったり情報交換スレです。

  海外で提督に相当する役割を負っている方々の情報も含みます。

  ガチで情報収集したい方は本スレへどうぞ

 

  【本スレ】ttp://kaigun.3ch.net/teitoku/#22

  【海軍本部】ttp://www.mab.go.jp/msbf/

 

 

266 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 00:42:45 ID:o0OqbQ98

 

  ちょっと待てそれだと多すぎない? 国民人口は中国13憶インド12億じゃん? なんで中国の提督保有数インドの1.3倍あんの?

  なんなの中国は畑から提督生えてきてんの

  

 

267 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 01:14:48 ID:1Iydjpil

 

  中国は確か先月ぐらいに提督素質検査を義務付けたから、それでポンポン見つかってる。

  インドは自己申告制だから記録上は少なく見える。潜在的な提督を考慮すればそんなに数の開きはないはず

  国策の違いやね

 

 

268 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 01:32:00 ID:saiTkeoX

 

  あとあの国はそもそも統計上の人口と実際の人口違うから。

  人口比で見ると明らかに中国だけ国民千人あたりの提督数多いんだよなあ

  本当の人口で見たらたぶん提督の人口比率は世界どこでも変わらん

 

 

269 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 03:11:55 ID:41jvxl8h

 

  あの国では戸籍の無い提督が活躍しているとかいないとか  

  隠しておくべき隠し子が提督の素質を持っていたばっかりに隠れていられないご時世である

 

 

270 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 03:29:12 ID:pukmv7eh

 

  中華の闇深過ぎぃ

 

 

271 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 03:40:01 ID:857dnh6s

 

  その点アメリカは明るいよな

 

 

272 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 07:37:53 ID:qkfbv63m

 

  あそこはマジI need you!って感じある

 

 

273 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 07:44:48 ID:10pfjgh4

 

  緊急事態宣言から隣国間の海上輸送経路ブチ抜くまでわずか二ヶ月である

 

 

274 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 07:48:45 ID:kjhasd32

 

  流石大統領が提督やってる国は違うわ

  物量も違うし

 

 

275 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 08:09:25 ID:utoekbc0

 

  日本は十分の一の物量で二倍の結果出すから(震え声)

 

 

276 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 08:10:51 ID:IKD2qtpp

 

  >>275

  それは波紋提督だけだろ

 

 

277 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 08:34:08 ID:10pfjgh4

 

  波紋提督漢娘説は積極的に推していきたいッッ!

 

 

278 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 08:35:01 ID:nfrga3k2

 

  俺はメケ提督人外説を支持するぞ!

 

 

279 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 08:40:19 ID:pal7fnvs

 

  めけめけ王子13世提督は人外説以前に普通に人外

  まあ喋るし尻尾二本だし化け猫って意味では人外というかなんというかね

 

 

280 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 09:47:27 ID:utoekbc0

 

  メケ提督フルネームは何度見ても草生える

 

 

281 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 10:14:48 ID:wvl1xjia

 

  ではここであきつ丸と戯れるメケ提督をどうぞ

  >>画像リンク

 

282 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 10:16:45 ID:hdkfnfd1

 

  >>281

  不知火さんじゃねーか!

 

 

283 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 10:20:09 ID:pukmv7eh

 

  大 正 義 不 知 火

 

 

284 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 10:31:44 ID:8s7jj4m

  下田の不知火さんは世界一アイアンクローが似合う艦娘だと俺の中で話題に

 

 

285 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 10:59:56 ID:svaBbAF2

 

  海軍関連板での不知火さんアイアンクロー画像との遭遇率は異常

 

 

286 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 11:00:34 ID:teltksn5

 

  アイアンクローかけられてる高官殿の雑コラ漁るのが最近の密かな楽しみ

 

 

287 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 11:35:50 ID:kntikeks

 

  雑コラはよく見るけど不知火さんの元ネタ画像ってまだ海軍本部襲撃の時の一枚しかないのん?

 

 

288 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 11:37:00 ID:114mdoad

 

  舞鶴の不知火ちゃん画像なら……

  >>画像

 

 

289 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 11:45:37 ID:vdrgoeps

 

  >>288

  眼光が弱い。撮り直し

 

 

290 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 11:51:01 ID:gmsl9eib

 

  >>288

  覇気が足りない。撮り直し

 

 

291 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 11:53:25 ID:jfhhwoq5

 

  函館のマンモーニ提督の不知火ちゃん画像下さい

 

 

292 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:00:15 ID:ajgnekgf

 

  >>291

  プロシュート提督と御呼びしろッ! 頭が高いぞ!

 

 

293 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:02:11 ID:jfhhwoq5

 

  いやなんで兄貴だよ

 

 

294 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:03:22 ID:aj7dng5d

 

  >>293

  一昨日あたりの鎮守府襲撃でなんか覚醒して駆逐イ級一本釣りキメてた

  函館は青葉いるからその時の写真もあって本スレだとかなり出回ってる

 

 

295 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:14:50 ID:jfhhwoq5

 

  >>294

  写真見てきた。こりゃ兄貴ッすわ

  今! 心で理解した!

 

 

296 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:23:45 ID:akfh66dm

 

  ペッシは覚醒してもプロシュートになるわけじゃねーぞ

 

 

297 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:27:38 ID:DdbA3sbr

 

  知ってる。そのへんガバガバだからなあ

  波紋提督の影響でにわかジョジョラーめちゃ増えたから

 

 

298 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:31:56 ID:utoekbc0

 

  書店にジョジョ一冊もないのは草

 

 

299 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:40:30 ID:yrewimn2

 

  むしろ草も残らない勢いで売れてる

  書店勤めなんだけど予約とか取り寄せハンパない

 

 

300 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:42:45 ID:adprjgqm

 

  リアル波紋使いで提督って改めて考えるとちょっと意味分かんないよな

 

 

301 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:45:59 ID:kjhasd32

 

  バトルスーツ着て艦娘連れて最前線に出てる大統領提督の方が分からない

  アメコミが二次元の壁突破してやがんぜ

 

 

302 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:51:04 ID:857dnh6s

 

  デッドプールも月までブッ飛ぶ衝撃の事実

 

 

303 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:58:09 ID:8jambheu

 

  まー実際おかしくない提督の方が珍しい

 

 

304 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 12:58:53 ID:pukmv7eh

 

  せやな

 

 

305 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 13:05:27 ID:an720n31

 

  固有スキル無しの提督は無能という風潮はどげんかせんといかん

  みんながんばっとるんやで

 

 

306 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 13:16:09 ID:dnair5nw

 

  九州の雄、御神提督は普通やぞ

 

 

307 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 13:24:23 ID:embpd2m2

 

  あの人もなんかあるらしい

 

 

308 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 13:33:33 ID:iwnbp18m

 

  >>307

  それどこ情報よ~?

 

 

309 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 13:51:50 ID:embpd2m2

 

  >>308

  忘れたけど高練度艦の首飾りだか腕輪だかがどうとかこうとか

 

 

310 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 14:00:45 ID:utoekbc0

 

  え? 御神提督が秘書官に首輪つけて飼ってるって?(難聴)

 

 

311 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 14:52:18 ID:1kysydnd

 

  おい御神提督ディスると九州男児の群れに処されるぞ

 

 

312 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:01:06 ID:10pfjgh4

 

  波紋提督がオーバードライブしに来るぞ

 

 

313 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:14:39 ID:dnbow3jf

 

  あの二人仲良いからな♂

 

 

314 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:17:45 ID:pukmv7eh

 

  ホモは帰って、どうぞ

 

 

315 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:55:27 ID:857dnh6s

 

  【速報】提督会議IN横須賀開催決定

 

 

316 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:55:27 ID:456kdnvv

 

  【速報】近日提督会議が横須賀で開催!

 

 

317 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:58:03 ID:plmnhtfc

 

  まさかの速報被り

  オラ詳細あくしろよ 

 

 

318 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 15:54:49 ID:857dnh6s

 

  【速報】提督会議IN横須賀開催決定

 

 

319 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:01:22 ID:edbgyi7j

 

  おいどうした時空歪んでるぞ

 

 

320 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:03:18 ID:123sdgjj

 

  本スレで祭り起きてるめっちゃ重い

  これ鯖落ちするんじゃね

 

 

321 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:07:38 ID:456kdnvv

 

  とりあえず情報提供以外の書き込みは控えろ

  F5は5分に一回、お兄さんとの約束だ

 

 

322 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:07:34 ID:456kdnvv

 

  とりあえず情報提供以外の書き込みは控えろ

  F5は5分に一回、お兄さんとの約束だ

 

 

323 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:07:49 ID:gsdek5m3

 

  各地の提督集めてなんかやるらしい

  プロシュート提督にも召集かかってるっぽい

 

 

324 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:13:13 ID:a2n4m5hi

 

  波紋提督横須賀ご来場確定ィィ!

 

 

325 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:11:00 ID:ppvnek11

 

  やっぱむっちゃんは赤木提督のとこのが一番エロい

 

 

326 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:19:55 ID:asfhtead

 

  これ不知火さん波紋提督に同伴して来るんじゃね

  撮影班素材集め逝って来いよほらほらほら早くwww早くwww

 

 

327 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:21:48 ID:ppvnek11

 

  すまん誤爆

 

 

328 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:27:36 ID:YgfQmndD

 

  >>326

  アイアンクローこわいです

  頭弾け飛びそう

 

 

329 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:29:18 ID:10pfFAH4

 

  俺波紋提督が来たら土下座して弟子入りするんだ……

 

 

330 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:30:59 ID:dnAlmD45

 

  赤木提督も召集って嫌な予感しかしない

  集まった面子ケツ毛までむしられるぞ

 

331 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:35:51 ID:dFD9ngl0

 

  おい出席確定してる提督でマトモなの御神提督しかいねーぞ

 

 

332 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:41:02 ID:dnbw58m8

 

  重巡殴り飛ばす提督VS駆逐一本釣り提督

  ファイッ!

 

 

333 : 名無しの提督:2015/11/23(月) 16:46:34 ID:puHDv7eh

 

  渾沌の予感!

 



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五話 提督会議

 羅針盤計画。

 海上輸送経路打通の要となる計画だ。

 陸が目視できる鎮守府近海ならとにかく、それより遠洋に出ると、途端に道しるべを失い方角喪失状態になるという。深海棲艦の霧の中では従来のあらゆる位置特定法が用を成さない。これでは逆侵攻は夢のまた夢。

 そこで、海軍は「羅針盤」を開発した。工藤提督、通称メカニック提督が開発した羅針盤には妖精さんが憑いていて、作戦行動から「帰投する」際にまっすぐ鎮守府を示してくれる。これがあれば少なくとも「帰り道がわからない」という最悪の状況は回避できる。

 しかし現在の羅針盤では帰投が可能になっただけで、侵攻ができない。霧の中に「進んでいく」時は、妖精さんが困り顔でぐるぐる乱回転する羅針盤と睨めっこしているだけで、羅針盤は役に立たない。メカニック提督もあれこれ改良を重ねたようだが、お手上げらしい。

 

 羅針盤プロトタイプは科学の域を超えていて、全ての内部メカニズムが従来の技術をガン無視している。

 そこで固有技能持ちの提督に招集がかかった。ワケのわからん物にはワケのわからん者を。

 海軍本部の指示は極めてシンプルだ。

 

 『羅針盤を改良し、遠洋航海を可能とせよ』

 

 簡潔過ぎる指示だが、あれこれ細かく注文をつけられ雁字搦めにされるよりはマシかも知れない。

 がんばるぞいっと。

 

 そんな訳で東京の海軍本部にやってきたのだ。

 同伴は秘書兼護衛の不知火と、運転手として大淀。不知火も運転を覚えようとしたようだが、残念ながら身長が足りずまともにこなせなかったらしい。

 海軍本部前には既にマスコミがやってきていた。俺達の車をみると押しかけてきたが、警備員がそれを抑えている。別の警備員に誘導されて敷地内に入り、車を降りる。

 

「では提督、私はこれで。お帰りの際はお呼び下さい」

「おお、そっちも頼んだ」

「お任せ下さい」

 

 大淀は会釈をして発車し、街中に消えていった。俺が会議に参加している間、大淀には買い出しを任せている。作戦行動に必要な物資は政府が配給してくれるが、経費で落ちない類の嗜好品は自分で買うしかない。宅配を頼めればいいのだが、まだ下田鎮守府は宅配可能地域から除外されている。大淀はウチの艦娘からあれこれとお使いを頼まれているようだ。俺もジョジョ最新刊を頼んでいる。

 ちなみに下田鎮守府では艦娘に一ヶ月1万円の小遣いを渡している。提督は海軍から基本給の他に、艦娘一隻につき二万の手当が支給されるのが普通だ。その内一万を艦娘に渡している形になる。残り一万は何か起きた時のための積立金として、俺の通帳とは別に大淀に代表して保管させてある。

 他の鎮守府では二万を全額艦娘に渡したり、艦種に応じて金額を差し引いて渡したりしているようだ。全額提督がもっていく例もあるという。まあ建前上は提督への手当だから、それでも間違っていない。

 実質艦娘は月給0~2万、衣食住保証で働いている事になる。すんごいブラック。そもそも艦娘に最低賃金を適用するか否かでもかなりモメているようだし、どうなる事やら。

 

 指定された時間の一時間前に着いてしまったが、海軍本部のロビーに入ると、既に提督と思しき人が数人、そして艦娘も何隻かソファーでくつろいでいた。大鯨に抱き抱えられた猫も一匹いる。若奥様に抱かれたペットにしか見えないんだよなあ……

 

「どうも、メケ提督。お久しぶりです」

「むにゃん? ああ、君も来たのか。大鯨君、もそっと上げてくれたまえ」

「はい、提督」

 

 大鯨がメケ提督の脇を持って持ち上げ、俺にメケ提督の目線を合わせてくれようとしたが、高さが足りていない。身長高すぎてすまんな……

 下半身をダルーンとぶらつかせているメケ提督は前脚を舐めながらもごもご言った。

 

「義手はまだ無いのかね?」

「ウチの大淀が今日試作品の受け取りに行ってくれる予定です」

 

 仕様書だけは先に見てある。至って普通の義手らしい。艦娘のパワーを基準に作られた日本の科学は世界一ィィィィ! な一品を期待したが全然そんな事はなかった(´・ω・)

 御神提督も呼ばれているようだが、まだ来ていない。他に知り合いもいないのでメケ提督としばらく話し込む。

 

「羅針盤計画っていっても機械は専門外もいいとこですが大丈夫ですかね」

「大丈夫だ、私もわからん。まあ工藤がどうにかするだろう。君は工藤を知っていたかな」

「メカニック提督ですよね。お会いした事はありませんが、話だけは」

「うむ。そこで赤木に巻き上げられているのが工藤だ」

 

 メケ提督が前脚で指した方を見ると、顎の尖った白髪の海軍制服の男と、バンダナを巻いた顔の青い男と、早霜を膝に乗せた気弱そうな女性、そして不知火が雀卓を囲んでいた。

 なにやってんだ不知火。

 

「工藤提督はバンダナの?」

「うむ。白髪は赤木だ。私も麻雀に誘われたが、肉球では牌を掴めんのでな、断った。女性は薬師寺だ。よくジャーキーをくれる」

「なんかウチの不知火が混ざってるんですが……」

「心配するな。負けても人の絵を描いた紙切れを取られるだけだ」

「それ金毟られてるんじゃないですかァ! 不知火待て!」

 

 急いで駆け寄ると、不知火が「どうぞ」と席を俺に譲ってきた。

 

「いやどうぞじゃなくてな。なんで賭け麻雀してるんだ。すみません勘弁してやってください、こいつルールも知らないので」

「しかし司令、勝てば高速修復材をくれるそうですよ」

「ああ、現物支給だ。レートは千点一個。高速修復材の手持ちがなけりゃ金でもいいぞ」

 

 赤木提督がタバコをふかしながら渋い声で言った。

 千点一個! 魅力的だ。高速修復材はあってもあっても足りない。しかし現物支給という割には現物が見当たらないが。

 疑問が顔に出ていたのか。薬師寺提督が消え入るようにひっそりとした声で言った。

 

「私が作る……」

 

 そういって近くに置いてあったポカリのペットボトルを手に取り、唐突に両手で一生懸命振り始める。しかしすぐに息切れしていた。何やってるのかわからんが体力と筋肉が足りない事は分かる。

 そういえば薬師寺って聞いた事あるな、と思っていると、ペットボトルがボワンと漫画チックな煙を上げ、高速修復材のバケツに変わった。

 ハアアアアア!? 新手のスタンド使いか!?

 あ、いや、聞いた事あると思ったら薬師寺ってポーション提督の事か。

 

「生産者の方でしたか。どうも、上城定成です。ジョジョ提督か波紋提督と呼んで下さい」

 

 薬師寺提督はゼーゼー荒い息を吐きながら会釈し、早霜に気遣われている。貧弱なお人らしい。こんな生産方法でバケツ量産してたらそりゃ過労で倒れるわ。

 さっきからしきりに財布の中身を確認していた工藤提督が恐る恐る言った。

 

「ちょ、ちょっと俺降りていいですかね。これ以上負けがこんだら明石……ウチの秘書官に怒られるんで」

「途中下車は許さん。が、ツケ払いにしてやってもいいぞ。で、JOJO。お前はやるのか? やらないのか?」

「賭けよう! 花京院の、じゃない俺の財布を!」

「グッド!」

 

 この後めちゃくちゃ毟られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて人が集まり、羅針盤計画会議が始まった。人数は十人に満たない。各自の同伴の秘書官を含めても二十人以下だ。提督が招集されたとはいっても全国の提督を全員集めて防衛線をガラ空きにするわけにもいかず(下田鎮守府には臨時で別の提督が入っている)、更に固有技能持ちの提督に絞るとこの程度しか集まらないのだ。

 そして会議が始まり自己紹介が終わると、早速羅針盤プロトタイプを前にして試行錯誤が始まった。工藤提督がメカニズムを説明してくれるが全然分からん。メケ提督は既に大鯨が振る猫じゃらしと戯れていて、薬師寺提督は部屋の隅の暗がりで早霜とヒソヒソ雑談している。大丈夫かこの会議。

 

「とにかくですね、まずは全員の固有技能で何かしらの影響をこの羅針盤に与えられないか試して頂こうかと」

「というと?」

「例えば、そうですね、上城提督」

「ジョジョか波紋でお願いします」

「あー、ジョジョ提督」

 

 工藤提督はコイツめんどくせぇ、という顔をしながら訂正してくれた。エエ人や。麻雀の大負けも結局明石にスパナでド突かれながら現金で素直に払ってたしな。

 

「ジョジョ提督の固有技能をこの羅針盤に使って見せてください。その反応を私が見て、良い方向に働いたか悪い方向に働いたか判断します」

「普通に波紋を流せばいいんですか? 波紋疾走ですか?」

「あーっと、ジョジョ読んでないのでそのあたりはちょっと。そうですね、最初は弱めの方? でお願いします」

「了解です」

 

 目の前の机に置いてある羅針盤は、前世のブラウザゲームで見た二次元の羅針盤を三次元化したような形をしていて、端っこに妖精さんが座って欠伸をしている。

 要望通り、羅針盤に手を当てて波紋を練る。おおおおおおッ! 唸れ波紋! 刻め血液のビート!

 

 羅針盤に波紋を流すと、鼻ちょうちんを膨らませていた妖精さんが驚いて飛び上がった。妖精さんの体を白い光が包み、妖精さんはびっくりした様子で自分の手を見ている。

 白い光は急激に強くなった。妖精さんの髪がビン! と逆立ち、顔つきが何かこう、彫りが深い感じに変わっていく。更に気のせいかドドドドドドドド……! と幻聴が聞こえてきた。

 

「こ、これは……ッ!?」

 

 工藤提督の明石が目を見開いている。

 眩い光に包まれた妖精さんは声なき雄叫びを上げ、突然その小さな拳を足元の羅針盤に叩き込んだ。

 羅針盤にヒビが入り、真っ二つに割れる。光と音は消え、妖精さんの姿も戻る。何故かアフロヘアになった妖精さんはてへぺろ! と舌を出して凄いスピードで逃げていった。

 

 後には真っ二つになった羅針盤だけが残される。

 微妙な沈黙が会議室に降りる。

 答えは聞くまでもない気がしたが、一応聞いてみた。

 

「この反応はどうですか? 良い感じですか」

「論外です。向こうに行って貰えますか」

「アッハイ」

 

 戦力外通告を食らった。アイテム開発はSPW財団の仕事だから(震え声)

 

 メケ提督も戦力外通告を食らった、というよりも海軍本部最寄りの鎮守府だから顔を出しただけで元々期待されていなかったようなので、二人(?)で情報交換がてら雑談で時間を潰す。

 

「君はまだ一隻も沈めていないのかね?」

「そうですね、まだ。半分退役状態にしてしまった事はありますが。他の鎮守府ではけっこう沈んでると聞きますが実際どうなんです」

「うむ。轟沈を経験していない提督は珍しい。誇るが良い」

「メケ提督も沈めていないのでは?」

「いや、最初期にまるゆがいってしまった。勇敢で、誇り高く、そして毛づくろいが上手い奴だったよ」

 

 落ち込んだ様子のメケ提督の顎を大鯨が優しくこしょこしょした。目を細めるメケ提督。こうしてるとただの猫なんだよなあ。でも喋ってる。死んでも植物になって蘇りそう。

 暗い話題で追い打ちをかける事もない。少し話を変える。

 

「羅針盤が完成したとして、その後の計画がどうなっているか知ってます?」

「それは知らんが、最近横須賀鎮守府では深海棲艦の追跡調査をしているな」

「追跡調査」

「うむ。交戦後、撤退していく深海棲艦にペイント弾を打ち込むのだ。ペイントされた深海棲艦が再び現れるまでの周期、頻度の分析を進めている。統計手法を用いれば奴らの補給地点までの距離や総数あるいは新造艦の生産ペースを割り出せる。今後の作戦の指標となるだろう」

「なるほど。上手い手ですね」

「私の発案だ」

 

 マジかこの猫。下手な人間より優秀なんじゃないか。

 

「今回の計画の成果と合わせて各地の鎮守府にも追跡調査が命じられるだろう」

「そういえば来週の支給物資目録に演習用にしてはペイント弾の支給多かったですね」

「個人的には秋刀魚の群れの追跡調査をしたいところだがね。予算が降りない」

 

 メケ提督は物欲しげに大鯨の胸のクジラパッチワークに猫パンチを繰り出した。そんな予算降りるわけないんだよな。やはり猫か。いやでもブラウザゲーム艦隊これくしょんには秋刀魚イベントあったしワンチャン……?

 

 メケ提督と話し込んでいるうちに、いつの間にか会議は終わっていた。どうやら改良の目処はついたらしい。一度解散という事で、御神提督と夜の街に飲みに繰り出す。不知火と御神提督の初春、マンモーニ提督改めプロシュート提督もついてきた。

 プロシュート提督には「アンタのせいで凄い風評被害を受けた」と絡み酒をされたが、最初に「君はプロシュート提督だね?」「そういう君はジョジョ提督」という挨拶が成り立ってしまった時点でもう親近感しかなかった。ジョジョラーに悪い奴はいない(真顔)。

 

 俺にとっては情報交換会と顔合わせの趣が強かったが、とにかく会議は翌日の再検討会議をもって無事終了し、解散と相成る。

 鎮守府への宅配定期便契約を結んできた大淀を褒めたたえつつ、俺達は下田へ戻った。

 再び戦いの日々だ。結末へ向けた運命の歯車は、軋みを上げながらゆっくりと動き出していた。

 



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六話 運命の大車輪

サブタイトルに特に意味はないです


 羅針盤の実装により、各鎮守府の作戦行動は劇的に楽になった。

 俺は羅針盤実装以前には鎮守府近海しか攻略経験がなかったので実感が薄いのだが、今までの敵海域攻略は不安定過ぎた。霧の中で迷い続け、何も発見できず帰投するパターンが多く、大破艦を曳航して撤退中に襲撃を受ける事もままあったという。

 対して羅針盤を使えば、針が指す方向に進めば必ず一回は敵艦隊か資源湧きに遭遇できる。しかも撤退しようと思えば、敵艦隊に遭遇しないルートを確実に示してくれる。これほどありがたい事はない。

 

 羅針盤実装から二ヶ月。我が下田鎮守府・波紋艦隊も破竹の勢いで海域攻略を進めた。制海権はみるみる広がっていき、資源湧きポイントを次々と確保。なみ居る深海棲艦をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。鳳翔、那智、不知火の教えはしっかりと二期艦に根付いていた。安定感抜群の連携。不測の事態への対処。命中精度、回避能力、状況判断。全て一流と言って問題はない。練度にして70~80ぐらいだろうか。ローテーションでひっきりなしに出撃を繰り返していればこれぐらいにはなる。

 

 驚くべきはこれだけの出撃を繰り返し、殲滅を続けていてもまるで途切れない深海棲艦の数である。海軍本部からの発表によると、日本近海で記録に残っている限りですら、開戦から先週の時点までで一万五千隻が沈んでいるという。実際はもっと多いだろう。

 もはや無限湧きといってもいい。ゲームならむしろ無限湧きじゃないと困るところだが、ここは現実。ファンタジーやメルヘンじゃあない。無限湧きなんぞ冗談ではない。

 

 そこでメケ提督考案のペイント作戦がモノを言った。

 深海棲艦との交戦後、撤退していく敵艦をわざと逃がし、ペイント弾を撃ち込む。ペイントされた敵艦と再び交戦するまでの期間、前回の交戦地との距離などにより、深海棲艦の巣の位置をあぶり出す。

 全国の鎮守府に任務として言い渡されたこの作戦を二ヶ月間続け統計をとった結果、とうとう深海棲艦の巣の場所の一つが判明した。その付近一帯の深海棲艦は、全てその海域からやってきて、その海域に戻っていく事をデータは示している。

 

 そこは神奈川県相模湾沖。横須賀と下田のおよそ中間に位置する海域だった。

 

 道理で下田と横須賀への襲撃が激しかったはずだ。俺だったら、自分の本拠地の近くにある敵基地は真っ先に潰す。深海棲艦も本拠地の目と鼻の先に敵基地があれば、そりゃアもう必死こいて潰そうとするだろうさ。言われて考えてみれば納得である。

 

 その海域にはゴジラで有名な三原山を頂く大島があるため、深海棲艦は大島を拠点化しているものと推測されている。大島とは開戦直後から音信不通になっており、住人の生存は絶望的。偵察後、生存者が確認できなければ、横須賀・下田の二鎮守府合同作戦によってこれを攻略する事が決定した。生存者がいれば救出作戦になるわけだが、残念ながらそうはならないだろう。

 アメリカは既に同様の敵拠点海域の攻略を何度か経験していて、そういった敵拠点海域を「E海域」と呼んでいる。ABC順でたまたまEになったからとか、エネミーのEだとか由来には諸説あるがどうでもいい。とにかく日本もその呼称に倣うようだ。

 

 日本最初のE海域攻略作戦が、明後日に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 E海域攻略作戦を控え、下田鎮守府の艦娘達は二週間ぶりの休日を謳歌していた。最低限の哨戒任務に就いている艦娘以外は皆思い思いに過ごしている。最近瓦礫の撤去が進み、店も開店しはじめた街へ繰り出す者。ここぞとばかりに惰眠を貪る者。部屋に籠って積み本を消化する者。軽いトレーニングをする者。色々だ。

 俺はというと、食堂で利根と将棋をしていた。傍らにはいつものように不知火が控えている。しかも二ヶ月前より距離が近い。

 

 一ヶ月前、街に人が戻り始めた頃、散歩に出ようと鎮守府を出たところで頭のおかしい奴に襲われた事があった。その男はナイフを持っていたが、もちろん即座に波紋ズームパンチ。ナイフの射程外からぶん殴って撃退した。その後の警察の調べによると、その男は初期の襲撃で家族を深海棲艦に殺されていたようで「全部提督とかいう奴のせいだ」という支離滅裂な超理論を喚き散らしているらしい。俺のムキムキなガタイを見て怯まず向かってきたその固い意思を、どうして正しい方向に向けられなかったのか……

 

 襲われた時、不知火は偶然出撃していて隣にいなかった。帰投した不知火は事の顛末を聞き、俺を襲うのが深海棲艦だけではないという事に随分衝撃を受けていたようだが、その衝撃以上に俺の危機に隣にいなかった事を悔いたらしい。以来、一切の出撃を控え、四六時中俺の警護についている。一時は風呂にまでついてこようとしたぐらいだ。

 二期艦は既に立派に育っていて、不知火が抜ける事による戦力低下も充分カバーできる。不知火の実質的な引退を受けて、鳳翔も同じように引退を決意していた。元々後遺症を負った身で無理をして実戦や教導に出ていたのだ。良い機会だったと言える。

 俺が襲われたのは得体の知れない提督や艦娘という存在への不信感が根底にあると考えた鳳翔は、鎮守府と地元の交流を進めるべく、数日前から得意な料理を活かして居酒屋を始めた。一種のイメージ戦略だ。鳳翔の気配りには本当に頭が下がる。俺なんて波紋を練って殴るしかできないからな……。

 

 那智もまた襲撃事件からしばらくの間は自分も何かしなければと悩んでいたが、結局今まで通り教練に務めるのが自分にできる最善だと判断していた。那智はもう教導艦としても板についている。これから新造艦が来た時も教導を任せたいと伝えると何やら感激した様子だった。那智教官。良い響きだ。

 

 そんな事を考えていたせいか、迂闊に進めてしまった飛車が開けた隙間に、利根は鋭く香車で切り込んできた。

 

「うっ! ま、まった」

「待ったは一度だけという約束じゃ」

「ぐぬ」

 

 利根がニマニマしている。こいつ、強い……! 俺が弱いのも確かだが。

 

「利根お前絶対詰将棋とかやりまくってるだろ。ルール覚えて二週間の強さじゃないぞ」

「うむ。入渠の間暇なのでな、詰将棋集を持ち込んでおるのだ。どうじゃ、投了か?」

「まてまて、逆転の神の一手を今考えてる」

「神の一手とな!? それはすごそうじゃのう!」

「お、おう」

 

 目をキラキラさせているところ悪いが「うわあ義手の調子が!」と叫んで将棋盤をひっくり返そうか悩んでいただけだ。

 それから十分ほど悩んだが良い手が見つからず、苦し紛れに不知火に交代。

 将棋盤に向かう不知火にはスタンドが見えそうなぐらいの鬼気迫る迫力があったが、普通に利根が勝った。

 

 大喜びしている利根に景品(布教)として1/10DIO様フィギュアを渡し、鎮守府をブラブラする。

 プレハブハウスは増設され、最近は二隻ひと部屋のルームシェア状態だ。二区画離れた敷地では下田新鎮守府の基礎工事も始まっている。時代は移り変わるものだ。まだ一年も経っていないのに、三隻と一人で雨漏りするビルを拠点にしていた頃が懐かしい。

 

「どいてどいてーっ!」

 

 後ろから聞こえてきた声に飛び退くと、軽そうなトレーニングウェアを着た足柄がTシャツ短パンの夕立を肩車してダッシュしてきた。

 

「あははっ、すっごく速いっぽいー!」

「まだまだ行けるわよー! あっ、不知火! あなたも乗る!?」

「いえ、結構です」

「そう!? あと二周!」

 

 足柄は嵐のように去っていった。なんなんだ、と見送ると、今度はダルそうな北上を肩車した長門が走ってきた。こちらは二隻とも艤装をフル装備している。

 

「くっ、差が縮まらん! 流石にハンデが大きすぎたか……!」

「言い出したのは長門さんじゃーん。あ、提督おはよー」

「むっ、提督か! このような格好で失礼する! 勝負の最中なのでな! うおおおおお!」

 

 長門は叫び声を上げながら走り去っていった。それを生暖かく見送ると、今度は大井が来た。

 

「北上さーん! 肩車なら私がしますから! 待ってくださーい! 北上さーん!」

 

 平常運行の大井は俺達に気付かず走り去った。

 それを見送り次は誰だと後ろを見るが、今度は誰も来ない。朝っぱらからなにやってんだこいつら。

 不知火は大規模作戦前に疲労を貯めるような事をするなと怒るか、と顔色を伺うと、何やらソワソワしていた。

 ははーん。

 

「不知火も肩車するか?」

「いえ、お構いなく……司令がどうしても、と仰るなら、構いませんが」

「どうしてもッッ!!」

「え、あっ」

 

 力強く肯定して不知火をひょいと担ぎ上げる。

 ちょうどそこに一周して戻ってきたらしい足柄が突進してくる。肩の上で笑っていた夕立が不知火を見て目を丸くした。

 

「あーっ! 不知火の顔、まっかっぽいー!」

「赤くないです」

「あら本当! 不知火のそんな顔はじめて見たわ!」

「赤くないです」

 

 マジで? どんな顔をしてるんだ。

 首を捻って見上げようとすると、手で目隠しされた。

 

「不知火は照れていません」

「じゃあ見てもよくないか」

「……照れてはいませんが、司令に見せられる顔ではないので」

「そいつはますます見たくなってきたなぁ~!?」

 

 不知火の目隠しを引き剥がそうとするが、不知火は大人気なく艦娘パワーを全開にして抵抗してきた。そっちがその気ならこっちもスタンドパワーを全開……いや幽波紋は無理だ。波紋使ってやるからなぁ!

 あ、でも無理だこれ。艦娘の馬力には勝てない。

 

 と、そこに足柄とすれ違うように雪風がパタパタと走りよってきた。手に何か掲げ持っている。

 

「しれぇ! 見てください! 雪風、ポラロイドカメラ買ってきました! 一枚いかがでしょう!」

「グッドタイミング雪風! サッと一枚頼んだ!」

「了解です!」

「雪風待っ」

 

 雪風の激写が不知火を襲う。勝った! この勝負、幸運の女神が味方したのはこの俺だッ!

 しかし次の瞬間不知火が肩車から脱出して、顔を隠したまま超スピードで雪風ごとカメラを拐って逃げていった。

 逃がすか、と追いかけるも、あっという間に見失い、そして三十秒もしない内に不知火の方から戻ってきた。表情はいつもの真顔で「見せられない顔」の面影もない。

 

「不知火、写真は?」

「何の事か分かりかねます」

「不知火の恥ずかしい写真は?」

「不知火は写真など撮られていません」

 

 こいつゴリ押しやがる。

 結局不知火はシラを切り通し、雪風も「しれぇには見せないでと頼まれました!」の一点張りで、どんな顔をしていたかは迷宮入りになってしまった。

 

 大規模作戦の前とは思えない和やかさ。しかし確実にその時は近づいていた。

 




次話で二章決着予定(三章構成予定)。


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七話 「ようこそ…『艦娘の世界』へ…」

 

 決戦E海域作戦概要ッ!

 神奈川県相模湾沖、大島に位置する深海棲艦拠点の破壊! 現地はエリート級、フラグシップ級を多数含む深海棲艦の巣と化しており、人間の生存者はなし! これに対し海軍は提督四人の艦隊から成る攻略作戦を決行する!

 

 主力部隊、赤木提督「ハードラック艦隊」! 戦力の中核を担う連合艦隊である!

 その露払い、メケ提督「ねこまんま艦隊」! 偵察と雑魚掃除を行い、予測される姫・鬼級との最終決戦へ主力部隊を安全に送り届ける! 

 沿岸防衛、薬師寺提督「後方支援艦隊」! 攻略作戦の間も深海棲艦の攻勢は続くのだ! 提督三人が抜けた穴を一時的にカバー!

 予備戦力、上城提督「波紋艦隊」! 他三艦隊の補佐を行う!

 

 前衛、後衛、補助。隙のない構えだ。俺も那智、不知火、鳳翔が戦えれば中核艦隊の一端を担う事になったのだろうが、現状では若干力不足だ。赤木提督のハードラック艦隊のメンツは、第一艦隊が雪風、時雨、大鳳、瑞鶴、扶桑、山城。全員練度99を越えた指輪持ち(カッコカリ済)で、第二艦隊もそれに準じる。ハードラックとダンスっちまうような全然そうでないような極端なメンツと言える。これもうわかんねぇな。

 ちなみにブラウザゲームならいざ知らず、この世界に「指輪=ケッコンカッコカリ」という概念はない。指輪は艦娘と提督の間に結ばれた強い絆を目に見える形に表したものであって、結婚指輪とは無関係なのだ。左手薬指に指輪を嵌める艦娘が多いのも事実だが。

 

 金剛や足柄は主力から外された事に不満そうだったが、俺はそうは思わない。現実問題として赤木提督の艦娘の方が練度が高いし、沿岸部でゲリラ戦法が通用するならとにかく、土地勘の無い海域での殴り合いとなると確実に赤木提督の方が指揮が上手い。一度演習をしたが判定はC:戦術的敗北で、まさに戦術で負けた。彼に任せれば「安心」できる。

 

 そんな訳で、決戦の日。

 物資は充分。士気は高い。作戦も練ってある。後は実行するだけだ。実行する事が最も困難なのだが、それもまた心得ている。

 あとは幸運を祈るだけ――――いや、そんな運任せではいけない。天に手を伸ばし、勝利を掴み取るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハードラック艦隊旗艦時雨は、幸運と実力、冷静な判断力を備えた自他共に認める一流の艦娘である。その時雨をして、目の前の光景には「ゾッ」とさせられた。

 

 E海域攻略は作戦通りに進んでいた。まずねこまんま艦隊が掃除した海上をハードラック艦隊が続き、大島に近づいた。大島から雲霞の如く不気味な形状の敵艦載機が飛来したが、付近に展開していた波紋艦隊・加賀と赤城の協力もあり、ハードラック艦隊は完全に温存したまま大島を射程圏に収めた。

 そこからねこまんま艦隊に背後の警戒を任せ、ハードラック艦隊は敵主力部隊に注力する事になる。

 

 大島から現れた敵主力艦隊は、目に見えるような濃密な瘴気をまとっていた。今まで出会ったどの深海棲艦をも超えている凄味を感じた。エンジン音だけ聞いてブルドーザーだと認識できるようにわかった。彼女たちが、近海に深海棲艦を送り出している元凶であると、時雨は本能で悟った。

 

 すぐに、かつてない激戦が始まった。

 敵主力艦隊は、練度はもちろん、装備そのものも通常の深海棲艦とは一線を画していた。砲声が絶え間なく轟き、海面に水柱が高々と吹き上がる。空間を砲撃、爆撃が占領し、その隙間を縫うようにしてなんとか命を繋ぐ有様だ。半端な練度の艦が紛れ込めば十秒で轟沈できるだろう。

 しかし、それは敵にも言える事だった。撃たれれば撃ち返し、陣形が整いそうになれば妨害する。敵艦もまた負傷し、苦しい戦いを強いられている。

 

 特に厄介なのは、やはり敵艦隊旗艦「姫級」だった。深海棲艦特有の白い髪と肌をした成人女性型で、球形の艦載機による航空戦、大口径の砲による砲撃戦、水面下での雷撃戦と、たった一隻で全てを高練度でこなしてくる。こちらの動きを見切ったような挙動も多く、やりにくい事この上ない。

 その姫級の脇腹には、酷い火傷のような痕があった。艦娘との交戦経験があるのだろう、と時雨は推測する。

 

 霧が、深い。

 敵主力艦隊が現れてからというもの、いつにもまして濃く冷たい霧が一帯に広がっていた。

 

 そのせいもあるのだろう。経験にないほどの苛烈な長時間の連続戦闘による集中の乱れ、疲弊もあった。

 過酷な艦隊決戦の中、どの艦娘も、提督も、最善を尽くした。

 それでも――――犠牲は避けられなかった。

 

「春雨……!?」

 

 他の艦を庇うように何発も砲弾を受け、大破した扶桑が息を飲んだ。

 厄介なフラグシップ級空母ヲ級を沈めるための、ほんの僅かな隙だった。その隙に、第二艦隊が崩され、引き離され……そして今、第二艦隊旗艦春雨は姫級―――禍々しい笑みを浮かべた装甲空母姫に首を掴まれ、見せつけるように掲げられていた。両足は無残にもぎ取られ、赤い血を滴らせている。

 

 しかもそれだけではない。

 春雨の首に装甲空母鬼の指が食い込み、その指先に動脈が摘まれていたのだ。

 

「う……あ……」

 

 春雨の顔がどんどん青ざめていく。全身の血管が破裂するのではないかというほど激しく脈打つ。それに呼応し、装甲空母鬼もまた、指先から腕を通り、全身を脈打たせていた。

 それは攻撃というより、侵食だった。恐るべき事に、艦娘の生命と深海棲艦のエキス(EXTRACT)を循環交換されているのだッ!

 

 春雨の青ざめた肌は色を失くし、冷たさを帯びた白に。柔らかな薄紅色だった髪の色は抜け落ち、無機質な白に。破れた白露型の服はより禍々しく変質して再生した。

 下半身に目を移せば、二隻の駆逐イ級に似た小型深海棲艦が失われた両足の代わりを歪に勤めている。

 変化が止まり、春雨の震えも止まった。手を離され、着水した春雨は、沈まず海面に浮いた。轟沈した訳ではない。

 

 それでも最早、彼女は艦娘ではなかった。仇敵でも見るかのような敵意に満ちた白い双眸で、時雨達を見下している。

 悍ましい、新たな深海棲艦……「駆逐棲姫」とでも言うべき存在に変質したのだ。

 

「このおおおおおっ!」

 

 衝撃的な光景から我に帰った山城が、絶叫を上げて主砲を装甲空母姫に撃ち込む。

 装甲空母姫はそれを避けようともせず……代わりに、駆逐棲姫が立ちふさがり、その身で砲弾を受け止めた。

 息を呑む山城。山城の心には、まだどこか春雨は「こちら側」なのでは、という希望的観測があった。

 

「イタイジャナイ……カ……!」

 

 仲間を撃ってしまった、という罪悪感は、爆炎の中から現れた駆逐棲姫が向けた砲門の斉射により、容易く薙ぎ払われた。

 手加減はなかった。身に付いた経験から半ば反射的に回避行動をとっていなければ、間違いなく轟沈していただろう。

 

「春雨、どうしてっ!」

 

 負傷した肩を押さえ訴える山城を憎悪に染まった眼で睨み、駆逐棲姫は無言で次弾を装填する。

 呆然とする山城の頬を、時雨が叩いた。

 

「時雨?」

「立って、山城」

 

 時雨は山城の手を握って、水面に立たせた。素早く損傷具合を確認し、頷いてから、声を張り上げる。

 

「みんな! 春雨は……春雨は、もう『沈んだ』! ここでやらないと僕たちが沈むんだ! 動いて!」

 

 感情を押し殺した時雨の声で、全員が歯を食いしばり、再び戦闘態勢をとった。

 

 艦隊の被害状況は、第二艦隊が軒並み大破。扶桑・山城が大破。大鳳が中破。雪風・時雨・瑞鶴が小破。

 対するは、無傷の装甲空母姫と小破の駆逐棲姫。

 二回戦が幕を開けた。

 

 夕刻に始まった決戦だったが、既に日は沈み、夜になっていた。戦いはまだ終わらない。

 

 赤木提督が念を入れて第二艦隊に持たせていた探照灯と照明弾が功を奏し、戦えないわけではないが、空母がほぼ置物と化しているのが痛かった。実質、時雨・雪風と姫級二隻の苦しい戦いになっている。

 メケ提督と波紋提督の艦隊は助けに入れない。第一から第四艦隊までをローテーションでフル稼働させ、大島に吸い寄せられるように群がる深海棲艦をひたすら排除し続けているのだ。増援は望めないが、代わりに決戦開始からここまで一切敵艦の横槍が入っていなかった。それ以上を望むのは酷だろう。薬師寺提督も前線を支えるために今度こそ過労死するのではないかという勢いで高速修復材を緊急増産していて、とても援軍に力は割けない。

 

 かといって撤退もできない。撤退を助ける戦力が足りていないのだ。退けば、背後からの攻撃で全滅する。一度だけ砲火を縫って波紋艦隊を護衛につけた間宮が補給に来たが、激しい攻勢に晒され、迅速な補給を終えるや否や命からがら逃げる事になった。もう二度とできないだろう。

 

 やるしかない! 今! ここでッ!

 

「雪風! 合わせて!」

「はい!」

 

 敵もダメージを重ねているが、その勢いに衰える様子はない。無尽蔵なのではと思えるほど、惜しみなく弾薬をバラ巻いてくる。

 敵の底が見えない。大破した味方も牽制と陽動を入れてくれているが、最早ほとんど効果は見込めず、逆に攻撃されればいつ沈んでもおかしくない。

 時雨は雪風と合わせ、賭けに出る事にした。当たれば大勝ち。外れればもう打つ手はない。乗るか、反るかの大勝負。

 

『倍プッシュだ……!』

 

 無線でその旨を伝えると、赤木提督から不敵な返答が返った。

 砲撃音に混ざって微かに聞こえた独特のエンジン音に視線をチラリと頭上に移すと、照明弾が照らす霧に霞んだ夜空を、一瞬機影が過ぎった。

 

『大鳳に航空支援をさせる……! 十中八九、当たらん……! 発艦はしたが、着艦は不可能……! 決死隊……これは戻れぬ艦載機……! それでも……当てる……! 今だけは……!』

 

 時雨はこの苦境の中、笑った。獰猛で、力強い笑みだった。

 提督は自分達を信じてくれている。それだけで、無限の力が湧いてくるようだった。

 

「三、二、一、今ッ!」

 

 ありったけの魚雷を発射し、続けて二門の主砲を雪風と交互に途切れなく撃ち込む。神業に近い装弾速度と、一心同体とすら呼べる連携が可能とする技だった。

 味方の牽制で一箇所に寄せられた二隻の姫級が、砲火の中で魚雷接近を感知し、回避行動をとろうとする。

 そこへ、大鳳の艦載機の爆撃が降り注いだ。

 祈るような一瞬。爆撃は見事に姫級の上に落ちた。大鳳は、この土壇場で信頼に応えてみせた。

 

「やりました! 提督、どう? これが大鳳の、そして私たち機動部隊の本当の力なんです!」

 

 背後で上がった歓声に、時雨は微笑んだ。

 不運艦と揶揄される大鳳だからこそ、提督は重用し、経験を積ませてきた。提督の指揮と、本人の練度、集中力、精神力、技術力……即ち運を凌駕する実力が、結果を引き寄せたのだ。

 今度は時雨と雪風が信頼に応える番だった。

 

 精密な砲撃は最後まで姫級の回避を妨害し続け、遂に魚雷が着弾。戦闘開始から最大の、雲まで届くのではというほどの水柱が上がった。衝撃波が戦場を駆け抜け、水面を波打たせ全身を叩く。

 舞い上がった海水が驟雨のように降り注いだ。

 全員、固唾を飲んで結果を見守る。残弾は誰も無かった。これで駄目なら、本当に打つ手はない。

 

 水煙が収まると、そこには力なく海面に漂い、沈み掛けている駆逐棲姫の姿があった。

 装甲空母姫は……背を向け、逃走していた。

 

 感情を抑え、努めて冷静に提督に報告すると、追い打ちはしない旨を通達された。トドメを刺しておきたいのは山々だが、全員本当に余力がない。撤退する装甲空母鬼を守るように、一帯の深海棲艦が集まっていくのも追撃を控える決断を手伝った。

 

『やる事をやった後、帰投しろ』

「……うん。ありがとう、提督」

 

 時雨は提督との無線を切り、海上を静かに滑った。自然に、仲間達も時雨に続く。

 霧は闇に紛れて消えていった装甲空母姫に引かれるように消えていた。雲ひとつない澄み渡った夜空に、またたく星が見える。

 

 時雨はエンジンの駆動を抑え、その場に停泊し、海面に膝をついた。戦う力も、浮く力も失った駆逐棲姫の上半身をそっと抱き起こす。腰の下に取り付いていたイ級モドキは粉々になっていた。

 

 膝に頭を乗せられた駆逐棲姫は、濁った眼でぼんやりと上を見上げた。時雨もその視線の先へ目を移す。二人は今、同じ美しい星空を見ていた。

 不意に、時雨の膝に熱いものが落ちる。

 駆逐棲姫は泣いていた。艦娘と何も変わらない、熱く、悲しく、感情の篭った涙だった。

 

 駆逐棲姫は空を仰ぎ、消え入るように小さく呟いた。

 

「ああ……」

 

 幻想的な光を帯びた月が、深海棲姫の瞳に大きく写っている。

 

「月が……きれい……」

 

 駆逐棲姫は――――春雨だった艦は、その言葉を最後に、二度と動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大島から、深海棲艦が駆逐された。以降周辺海域一帯に出没する深海棲艦は激減し、大島には急遽鎮守府が建設され、二度と占領される事がないよう、新しい提督が着任する事になる。日本政府はこの着任を以て、近海の緊急事態体制の解除を発表した。

 平和は勝ち取られたのだ。

 

 逃走した装甲空母姫の行方はようとして知れない。深海棲艦が現れなくなった訳でもない。外洋に出ればまだまだ頻繁に出没する。残りのE海域が幾つあるとも知れない。

 深海棲艦を完全に滅ぼすのは無理だ、和平を考えるべきだ、という声もある。

 

 しかし開戦からというもの、深海棲艦との戦いは無理なことばかりしてきた戦いだった。提督も艦娘も、無理だとか無駄だとかいった言葉は聞きあきたし、彼らには関係ない。

 いつか平和な海を取り戻すまで、艦娘と、提督と、深海棲艦の戦いが終わる事はないだろう。

 

 

 

 

 第二部 完

 




 第二部冒頭をプロローグにしたけど、エピローグ的を挿入するのが面倒になってしまった。
 そんなわけで第二部にエピローグはないです。書く気が起こらないエピローグを無理に書いてただでさえ低下気味の執筆ペースを更に落とす事はない(強弁)
 あと今回はE作戦主力部隊で波紋艦隊の活躍がほとんど無かったですが、波紋艦隊と装甲空母姫(本編で明言はしていませんが、装甲空母「鬼」が敗北から学んで「姫」になっています。装甲空母は反省すると強いぜ)が接触したらジョジョ的に考えて因縁の決着を付けざるを得ないのでこのような形になりました。シーザー死亡回的なアレだと思って下さい。
「第三部 スターダストワルキューレ」に続きます。


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第三部 スターダストワルキューレ
一話 ドイツ艦娘はうろたえないッ!


 

 深海棲艦との戦いが始まり、二年が経った。

 日本近海は全域が開放され、隣国間の海上輸送経路も開通。今は遠洋航海の安定化に向け、全国の鎮守府が日々暁の水平線に出撃を繰り返している。

 

 そんな折、下田鎮守府ジョジョ提督率いる波紋艦隊、つまり俺の艦隊はドイツへの親善大使として大海原を旅していた。

 航空機を飛ばすと未だ高確率で深海棲艦の艦戦に撃墜されるため、自然と輸送は海上に限られている。各地に寄港し補給をしながら、日本を出て二ヶ月。ドイツは目前に迫っていた。

 

 ドイツ親善大使派遣の目的は今後の深海棲艦対策における国際協力の折衝である。

 開戦から二年。既に大多数の国で近海の開放が終わり、国家間の海上輸送経路開放が進んでいる。どこの国も国防だけで精一杯だった開戦直後ならいざ知らず、近頃は国家間での協調が問題になって来ていた。

 例えばアメリカ=日本間の輸送経路を切り開こうとした場合、日本主導で行うのか、アメリカ主導で行うのか、という話が出てくる。日本主導で行うなら、日本はそのために多くの時間、資源、人材を費やす事になる。それに対しアメリカはどう応えるのか。まさか「日本がやってくれたんだラッキー! サンクス! HAHAHA!」で済むはずがない。その輸送経路を利用した貿易において関税を緩めたり、金銭を支払ったり、そういった相応の見返りを出すのが当然だ。

 あるいは日米共同で輸送経路を切り開くなら、攻略海域の分担や、連携についての相談が必要になる。

 どちらにせよ、密な交渉は欠かせない。

 

 今回俺がドイツに親善大使として派遣されるのにもそういう訳があるのだ。もっとも実際の交渉は船に同乗している外交官の方がやってくれるのだが。

 ちなみに現地では親交の証として相互に艦娘を贈り合う(正確には建造の触媒となる物資を交換する)事になっているらしい。

 ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」でもサービス開始から時間が経つにつれてイタリア艦やドイツ艦、アメリカ艦が実装されていった裏にもこういう事情があったのかも知れない。

 

 ちなみに俺が留守の間、下田鎮守府は新人提督に任せてある。ここ数ヶ月は日本の鎮守府正面海域はどこも平和なもので、出るとしても散発的な駆逐級。新人でも充分務まる。海軍本部の支援も充実していて、指揮艦娘数・種に応じた通常補給の他、本部から発行された任務をこなし報告すれば追加の補給も受けられる至れりつくせりっぷり。

 良い時代になったもんだ。鎮守府正面海域に鬼級が戦艦と空母を山ほど連れて突撃かましてくる時代は去った。

 

 さて。

 そろそろドイツ上陸地点である北部の町キールが見えてきた。ハチが無線を通じてドイツ語で現地の海軍と話している。遠くの海上で信号弾が上がり、ハチは俺に入港許可が出ました、と頷いた。

 

「はっちゃーん、工廠はすぐ借りられそう?」

「入国手続きをパスしてから申請して、最短で許可が下りるのは翌日みたいです。だから、明日ですね」

「そっかあ。早いとこ艦内工場のちゃんとした整備したいんだけど。ま、仕方ないかな。みんなもコッチに居る間に一応整備してもらってね、私も手抜きしたつもりないけど」

 

 明石が言うと、同行していた艦娘達は威勢の良い返事を返した。やっと長旅が終わる開放感からか、皆テンションが高めだ。

 現在は俺と外交官さん、ハチ、明石が乗っている小型客船を中心に輪形陣を作るような形で波紋艦隊は海上に展開している。

 編成は旗艦は不知火。他、天龍、北上、神通、長門、加賀となっている。二期艦を中心に三期艦である天龍と一期艦不知火を混ぜた。

 一期艦や二期艦というのは、建造時期に応じて艦娘を区別する半ば公称の俗称だ。

 

 一期艦……開戦から政府による深海棲艦迎撃態勢確立まで(日本なら不知火アイアンクロー事件まで)に建造された艦。劣悪な環境で戦い抜いた歴戦の強者で、ただでさえ数が少ない上に半数以上は既に轟沈している。生き残りは練度100を超える。

 二期艦……政府主導の組織的反攻開始から領海開放までに建造された艦。練度は80後半から、100に達している者もいる。鎮守府の精鋭。

 三期艦……領海開放以後に建造された艦。このあたりになると決死の戦いを経験した者は少ない。練度は70以下。

 

 と、このように区別されている。

 主戦力の一期・二期艦を中心に、経験を積ませるために天龍を混ぜた。手堅い編成にした甲斐あって道中の散発的な深海棲艦の襲撃も問題なく返り討ち。天龍の顔つきも出発前と比べてスゴ味が増している。うむうむ。

 

 現地の方々の歓迎を受け上陸し、簡単な入国検査を終えると、プリンツ・オイゲンのエスコートでキール鎮守府に案内された。オイゲンは日本語も勉強しているようだが、まだ会話ができるレベルではなく、最初の形式ばった挨拶の後はハチが通訳をしてくれている。当たり前だがドイツ語ペラッペラで、スンゲードイツ人っぽい。

 オイゲンが運転するドイツ車(いかにもな高級車だが名前は知らない)に揺られながら、そういえば案内役に人間がいないな、と思って聞いてみる。日本ならこういう時に艦娘とは別に提督か海軍の高官がつくもんだが。

 

「Es gibt Menschenrechte in Deutschland von Mensch-Kriegsschiff. Deshalb Ich habe ein hohes Maß an Diskretion in militärischen Aktivitäten」

「えっと、ドイツの艦娘は人権が認められていて、軍内部では高い裁量権を持ってるそうです」

 

 ルームミラー越しにオイゲンの胸の徽章を確認すると、かなり豪華なヤツがピカピカ光っていた。確かアレ中佐ぐらいのヤツじゃなかったか。下手したら俺と同じぐらいの階級だぞこれ。

 興味本位で投票権もあるのか、と聞いてみる。

 ハチが質問すると、オイゲンは軽く頷いて、ja、と言った。これは俺にも分かる。イエスだ。

 おいおい日本なんてまだ艦娘に正式な人権与えられてないぞ。すごいなドイツ。過去の人種差別の歴史からの反省がそうさせているのかも知れんが。

 コッソリ事前に持たされた資料で徽章を確認したところ、プリンツは中佐だった。よかった俺の方がギリ上だ。階級制度が違うからはっきり格差があるわけではないが。

 

 オイゲンが鎮守府前に車をつけると、ビスマルクが出迎えてくれた。オイゲンの敬礼に鷹揚にこたえ、親しげに話しかけてくる。

 

「ようこそドイツへ、歓迎するわ。私はビスマルク型戦艦のネームシップ、ビスマルク。このキール鎮守府の管理責任者よ」

「はじめまして、下田鎮守府提督の上城です。日本語お上手ですね」

「ふふ、そうでしょう。よく勉強させてもらったわ。日本文化もね」

 

 握手しながらビスマルクの徽章を確認する。

 こ、この徽章は……!?

 う、うわあああああああああッ! 『少将』だッ! 少将だコイツ! 俺より偉いぞ!

 

「気軽にビスマルクと呼んでくれて構わないわ、ジョジョ提督」

「ではビスマルク少将と」

 

 いきなりのニックネーム呼びである。ドイツでも俺の通り名はジョジョ提督なんだろうか。

 隣の外交官さんは笑顔のままで、ビスマルク少将と丁寧に挨拶を交わしている。彼女とは仲良くなれそうだ。

 

 外交官さんは今日はキールで一泊して旅の疲れを癒し、明日首都ベルリンに経つため、軽い挨拶の後早々にホテルに案内されていった。

 俺はというと、不知火をお供にビスマルク少将閣下直々にキール鎮守府を案内してもらっている。他の艦娘は現地の艦娘に会いに行った。ハチはそっちの通訳だ。

 

 キール鎮守府は古めかしい煉瓦造りで、年季の入った見事な前庭までついていた。そこに幾つか真新しい建物が併設されている。

 鎮守府から見える近所の家々も壁に蔦が這っていたり壁のヒビを補修した跡があったり、それなりの年月を感じさせる。港のすぐ近くだというのに、破壊された痕跡が無い。キールには深海棲艦の初期の襲撃が無かったのだろうか。

 先を歩いてそれぞれの建物の役割を説明してくれているビスマルク少将に聞いてみる。少将は自慢げに答えた。

 

「ああ、私が提督の指揮で侵攻を防いだのよ。完全にね。開戦から一度もキールの町に奴らの攻撃は許していないわ」

「マジで!? すげえ! ……あ、いや失礼」

「ふふ、海軍少将は伊達じゃないのよ。実力で勝ち取った栄誉だもの、大抵のカンムスには負けるつもりはないわ。彼女とやればどうなるか分からないけどね」

「恐縮です」

 

 ビスマルク少将に挑発的な流し目を向けられ、俺の斜め後ろに影のように控える不知火は無表情に目礼した。

 

「良い娘ね。大切にしなさい、ジョジョ提督。こっちの提督は優秀なのはいいのだけど、最近ちょっと私を放置気味なのよね。厄介な仕事押し付けてくるし」

 

 そう言って少将はため息を吐いた。色々大変そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キール鎮守府に大音量の警報が響き渡ったのは、一通り施設を案内してもらい、そろそろ他の艦娘を回収してホテルに引き上げようかという時だった。

 慌ただしく人と艦娘がごっちゃになって駆け回り始め、館内放送を聞いたビスマルク少将が顔を青ざめさせ、相当口汚い感じの悪態を早口に吐き捨てた。

 

「ジョジョ提督、緊急事態よ。護衛をつけるから急いでここから――――」

 

 少将が言い終わる前に、俺は異変に気づいた。

 妙に視界が霞む。窓の外に見える、夕日に照らされていた町並みがぼやける。

 奇妙な寒気が走った。これは久しく見ていなかった、懐かしくも忌まわしい……

 

 ……深海棲艦の、霧だ。

 

 そう遠くない鎮守府のどこかから、爆音と、それに続いて建物が崩れる音、そして悲鳴が上がった。

 舌打ちしたビスマルクが、通路の端から息を切らせて駆け寄ってきたオイゲンから艤装を受け取り一瞬で装着。音のする方へあっという間に走り去る。

 

「Hier besteht……今、ココ、アブナイ、ヨクナイ。POWニゲタ。提督ニゲル!」

 

 オイゲンも身振り手振りで俺にわたわたもどかしそうに説明して、ビスマルクを追いかけていく。

 やばそう、というかやばい。状況がイマイチ掴めないが、ここにいるのはマズい。この霧を出せるのは深海棲艦だけ。近くに深海棲艦がいる。建物の中にいれば崩れた時に潰れて死ぬ。超人たる波紋使いでも、大重量の下敷きになれば死ぬのだ。

 

「司令、こちらへ」

 

 不知火に手を引かれ、建物を脱出する。罵声とサイレンが鳴り響く中、どちらへ逃げようか周りを見回すと、ハチを先頭に俺の艦娘が全員ひと塊になってこちらへ走り寄ってきた。

 ハチは俺の前に来るやいなや見たこともないほど焦った様子で言った。

 

「提督、状況は把握していますか!?」

「いや、逃げろと言われただけだ」

「では簡単に説明します。私も館内放送を聞いただけですが、捕虜が牢を破って暴れているそうです。脱走したのは――――」

 

 衝撃波と砲撃音が全員の身体を揺さぶった。地面と建物がビリビリと振動し、壁のタイルやベランダにかけられていた観葉植物がバラバラと落下する。

 耳を抑えて音源を見る。

 そこにいたのは、病的に白い肌に角を生やした女性型のモノ。砲身をビスマルクに向け、犬歯をむき出しにして赤い瞳を爛々と光らせている。

 

「――――深海棲艦、姫級です」

 

 ハチの声は震えていた。

 

「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ! 『捕虜』だって? 姫級が捕虜?」

 

 信じがたいが、腑に落ちるところもあった。ビスマルク少将が言っていた「提督に押し付けられた厄介事」。施設を案内された時、説明されなかった地下へ続く階段。

 ドイツ海軍は! 姫級を捕縛し! 管理下に置いていたのだッ!

 

「司令、不知火達は現在艤装がありません。即時撤退あるいは一時退却後態勢を立て直してからの援護を具申します」

 

 不知火が俺を庇うように立ちながら、冷静に言った。現在、不知火達は整備点検のため艤装を全て預けている。徒手空拳で姫級に挑むのは無謀だ。

 いや、俺の波紋ならどうだろうか。空母棲鬼にすら痛打を与えた波紋なら……!

 

 オイゲンとビスマルクは、通常の海戦と比べて信じられないほどの至近距離で姫級と撃ち合っている。しかしお互い手数が足りていない。どちらも攻撃性能を回避性能が完全に上回っていて、当たる様子がない。が、マグレ当たりでも一発当たればそこから一気に崩れるだろう。

 たった、一発!

 

 今! 姫級の目は完全にドイツ艦二隻に向いている!

 俺の存在や、武装もしていない日本の艦娘達は明らかに脅威と見なされていない!

 これは好機ッ!

 

 呼吸のリズムを変える。

 血液の流れによって生まれる小さなエネルギー。それを呼吸法によってしだいしだいに集め作り出す太陽の振動!

 生命のほとばしり「波紋」!

 

「司令、まさか……いえ、分かりました。お供します」

 

 察した不知火が覚悟を決めた目になる。足元の瓦礫から突き出した鉄骨をねじ切って丸め、そこに自分の髪をひと房引き抜いて巻きつけた。

 波紋エネルギーは生命のエネルギー。非生命体に波紋を流す事はできても、維持する事はできない。簡単に言えば、近接攻撃に波紋をエンチャントするなら拳だろうが剣だろうがなんでもいいが、投擲攻撃に波紋をエンチャントする場合、油を塗ったり植物を使うなどして生物的なエッセンスを帯びさせなければならないのだ。

 不知火はそれを理解し、自分の髪を使って弾丸を作ってくれた。

 

 髪は女の命。それを躊躇いもなく差し出した不知火のその覚悟に敬意と感謝を表そうッ!

 

 弾丸を受け取り、そこに高めた波紋を増幅集中!

 おおおおおおおおおおおおッ!

 この一投に込める! 刻むぞ血液のビート!

 

 ブッ壊すほど――――

 

「シュート!」

 

 しばらく実戦を離れていたとはいえ、腕は鈍っていなかった。波紋入りの弾丸は姫級に着弾! 波紋が流れる独特の音が響き、姫級がおぞましい悲鳴を上げる。

 

「Feuer!」

 

 その隙を逃さず、オイゲンとビスマルクの十字砲火が姫級に食らいつく。流石の超高練度艦、いくら俊敏な相手でも、足を止めれば良い的だ。姫級は大火力をマトモに受け、下半身を丸ごと爆散させた。

 明らかに轟沈判定の一撃。しかしビスマルクに一切の油断も気の緩みもない。肉片一つ残さないと言わんばかりに、瓦礫の上に転がる姫級の上半身に厳しい目を向けたまま次弾を装填する。

 

「ビスマルク! 下です!」

 

 唐突に不知火が叫んだ。叫びながら砲を構えようとして、何もない空間を掴む。

 ビスマルクが目を下に向けるのと、瓦礫の隙間を縫って進んできた黒い紐のようなものがビスマルクに絡みつくのは同時だった。

 

 意外ッ! それは髪の毛ッ!

 なんて言ってる場合じゃねえ!

 

 ぐん、とビスマルクの身体が姫級の髪に引っ張られる。姫級自身もビスマルクに引き寄せられ、衝突。ビスマルクは砲撃でトドメを刺そうとするが、髪に振り回されて照準が定まらない。

 蠢く髪でビスマルクの足に絡みついた姫級は、なんとビスマルクの身体にズブズブと沈みこみ始めた!

 ビスマルクが絶叫を上げる。オイゲンが悲鳴を上げる。俺たちは息を飲んだ。これはまさか、話に聞いていた、深海棲艦の「侵食」!

 

「引き剥がせッ!」

 

 俺たちは急いでビスマルクに駆け寄った。肌の白化が始まったビスマルクから、全員で姫級を引き剥がそうとする。しかし、既に肉体が完全に融合していた。引っ張ってもビスマルクが苦悶の声を漏らすだけだ。

 恐怖そのものの顔で涙を流すオイゲンにビスマルクは優しく声をかけ、それから決然とした表情で俺たちに言った。

 

「ジョジョ提督、もういいわ。こうなったら私はもう助からない…自分ごとこいつを吹っ飛ばす覚悟よ!」

 

 ビスマルクは魚雷を手に握り締めていた。大型戦艦とはいえ、それを抱き抱えて起爆すれば木っ端微塵。陸上の戦いだからこそ使えなかった魚雷を、ビスマルクはここで使おうとしていた。

 

「少将、それは! そ、そうだ、俺の波紋で!」

 

 ビスマルクに手を当て、波紋を流す。しかし姫級が剥がれるどころか、ビスマルクが血を吐いた! その血は恐ろしい事に、タールのように黒くねばついている!

 愕然とする俺に、ビスマルクは脂汗を垂らしながら言った。

 

「もういいと言ったでしょう。離れなさい、もう間もなく、このままこいつを爆破するわ」

「それでは少将も死んでしまう!」

 

 ビスマルクはくわっと目を見開いた。

 

「私はこれでも誇り高きドイツ艦娘! その程度の覚悟はできてこの任務についているのよッ! あなた達日本人(ヤパーニシュ)とは根性が違うの! 祖国のためならこの身体ぐらいかんたんにくれてやるわ!」

 

 自ら死に向かっているとは思えないほど、その言葉は力強く、心からの誇りに満ちていた。

 

「しかし死ぬ前に言っておく事があるわ。我がドイツ海軍は単なる軍事上の好奇心で姫級を捉えたわけではないの」

 

 ビスマルクの目から色素が抜け始め、額の下で何かが蠢く。

 

「喋るな! 深海化が早まる!」

「聞きなさい! 貴方は、貴方と不知火は聞かなければならない宿命にあるッ!

 現在我が軍はこの姫級の他に複数の姫級の存在を確認し、その追跡調査を行っているわ。それによると、太平洋のどこかに『姫級の巣』があるらしいの。その場所を突き止めるためにこの姫級に尋問をしていたのだけど、思わぬ事が分かってね。『姫級の巣』は特別に霧が濃い。特殊能力を持つ提督の指揮下にある超高連度艦、つまり練度100以上の艦でなければ近づく事すらできないの」

 

 ビスマルクがフラリとよろめき、自分の徽章を外してオイゲンに握らせた。何事か言い、下がらせる。よろよろと俺たちから距離をとりながら、ビスマルクは続けた。

 

「だからいずれ姫級は敵となりうる貴方のような提督と、その艦娘を集中的に狙うようになるでしょう! それが貴方と深海棲艦の因縁! どちらかが滅びるまで終わる事はない!

 そして、さあ、終幕よ! フフフ、こいつと道連れなら悪くはないわ。提督には、ビスマルクは勇敢だったと伝えて頂戴……」

 

 その遺言を残し、ビスマルクは爆発を起こし、消えた。

 

 膝をついて嗚咽を漏らすオイゲン。俺も項垂れるしかなかった。ちくしょう、かっこつけやがって……!

 こいつの提督にどんな顔して会えばいいんだ……!

 

 全てを包み込み、半壊したキール鎮守府に静かに夜の帳が降りていく。それは同時に、最終決戦へ向けた幕開けでもあった。

 

 




 シリアスなのかシュールコメディなのか書いててわからなくなった。どっちとでも受け取っても下さい(´・ω・)


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二話 装甲空母大鳳は静かに暮らしたい

 艦娘は同名艦でも個性がある、というのはそれなりに知られている話である。

 駆逐艦不知火を例にとってみよう。不知火という艦娘は忠誠心が高い傾向にある。ジョジョ提督の不知火は提督から決して離れず、護衛に務める事を信条としている。眼光は睨んだだけで駆逐艦が沈むと言われるほど鋭い。対して舞鶴の不知火は内政屋で、主に影から提督を支える事を信条としている。眼光はひっそりと消え入るように儚い。

 メシマズで有名な比叡でもアレンジャー、カクセナス、アジオンチーなど方向性は多種多様。

 秋雲などは同じ同人業界でも、提督×艦娘派、提督×提督派、艦娘×艦娘派などに分かれ水面下で骨肉の争いを繰り広げているという恐ろしい噂が真しやかに語られている。

 

 さて。

 下田鎮守府の大鳳はいわゆる三期艦である。日本の領海から深海棲艦が追い出され、熾烈な戦いが終わってから建造された。

 大鳳には激戦がわからぬ。大鳳は、鎮守府防空を任された装甲空母である。艦載機を飛ばし、飛行甲板を整備して暮らして来た。けれどもジョジョ提督の動向に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 この大鳳は、他の大鳳と比較して大人しく、引っ込み思案な性格をしていた。争いを好まず、平穏を愛する。

 激しい「喜び」はいらない。そのかわり深い「絶望」もない。「植物の心」のような人生。そんな「平穏な生活」こそ大鳳の目標である。

 そんな大鳳も、自分の上司であるジョジョ提督の事は気になって仕方がない。

 

 鎮守府というのはどこも女性ばかりで、男性が少ない。女性提督の鎮守府などは物資の搬入業者以外男性がいないという事すらある。下田鎮守府も例外ではなく、大鳳がジョジョ提督を意識するのも必然の成り行きだった。

 ジョジョ提督は2mを超える長身に鍛え上げられた筋肉の鎧をまとった、彫りの深い顔の男である。かぶいた服装を好み、海軍支給の制服すら着崩している。一般的に女性受けはしない男である。

 しかし、前線で艦娘と肩を並べて戦ったという意味不明な経歴を持ち、今は一線を引いたとは言え、その指揮は現場で戦う艦娘の心理をよく汲み取ったもの。指揮の手腕も標準以上で、柔軟性を持ち、何よりも艦娘を尊重し、信頼を預けてくれる事が心地よかった。

 

 加えて言えば、艦娘に厭らしい目を向けて来ないのも安心できた。

 基本的に、艦娘の存在は提督に依存する。提督が死亡すれば艦娘は消え去り、資材の山と変わる。提督の指示に異論を唱える事はできても、強く言われれば逆らえない。

 日本近海の開放が終わり、命懸けの激戦を知らない新任の提督は認識が甘く、見目麗しい艦娘を情婦の如く扱うゴミクズもいるという。

 そうでなくとも、本来鎮守府の財政を助けるために設置された「任務制度」を逆手に取り、艦娘を建造しては使い捨てにするブラック鎮守府も存在する。

 まともな鎮守府、まともな提督の下に着任した大鳳は幸福だ。

 

 要因は様々だが、大鳳が提督に心惹かれたのは事実。

 ところが大鳳は引っ込み思案で、任務中ならばいざ知らず、個人的私用で提督に話しかける勇気は持てなかった。金剛を筆頭とする艦娘が熱烈なアプローチをかけ、バッサリと一刀両断されたのを見て心が折れたともいう。

 それに、そもそも大鳳は平穏を愛する。提督の取り合いに飛び込むのは気が引けた。

 故に、コッソリと遠くから提督を眺めては想いを募らせ、想いをこじらせ、うっかり提督×大鳳の薄い本を買ってしまったのも仕方のない事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注文した薄い本が届く早朝、大鳳は落ち着かない気持ちで鎮守府正面入口でウロウロしていた。

 艦娘が個人的に注文した物品は毎朝まとめて届く事になっている。それを受け取り、各艦娘の部屋に配達して回るのは当番で持ち回り。大鳳は薄い本が届く日時を自分の当番の日に合わせていた。

 

(ま、まだでしょうか。まさか輸送中に襲撃があったとか? 誤送で別の場所に送られたとか)

 

 まだ配達予定時刻まで3分はあったが、大鳳は不安で仕方がなかった。

 大鳳は運が悪い。軍艦時代も、艦娘になってからも。コンロに着火すれば爆発。花火に着火すれば爆発。爆発絡みの事故を掃除機のように吸い寄せるのはもちろん、不運という不運が大鳳にはまとわりついている。悪い想像をするのも無理ない事である。

 大鳳は自分の不運を理解しているため、今回の注文に際しても十重二十重の安全策をとっていた。

 

 まず、目的は薄い本を手に入れる事。これは横須賀の秋雲にプレイのシチュエーションなどを細かく注文して描いて貰った。今思えばどうして性癖全開で顔見知りの艦娘に頼んでしまったのかと顔が熱くなる。酒の席の話であったし、口止め料込みで依頼料は弾んだので、秋雲から話は漏れないと信じたい。

 薄い本はありふれた柄のカバーをかけ、カムフラージュのための何の変哲もない文庫本に混ぜて送られてくる。誰かがうっかり大鳳宛の配達物を見てしまっても、パッと見では文庫版ジョジョの奇妙な冒険1~10しか見えないだろう。下田鎮守府ではジョジョの単行本は至極ありふれたものなので、誰も怪しまない。

 薄い本入手後にも気を配り、自室の文机の引き出しを密かに改造して二重底にし、そこに隠すように準備してある。仮に二重底に気づかれたとしても、正式な手順を踏んで開けなければ、爆発して証拠は隠滅される。文机が爆発するのは普通ありえないが、大鳳は過去にカップ麺を爆発させた前歴がある。上手くごまかせるだろう。

 

 ここまで気を配るのは、大鳳が目指す『平穏な生活』のためである。

 もし! 万が一にでも! 薄い本の存在が誰かに知られ、性癖が暴露されたら、心に深刻なダメージを負ってしまう。

 ささやかな欲望を満たしつつ、頭をかかえるような『トラブル』を避ける。大鳳にとっては重要で油断できないミッションだった。

 配達物を受け取り、自室の引き出しに隠すまでは安心できない。今の不安な精神状態は不本意なもので、早く済ませて『安心』したいところだ。

 

 配達予定時刻から2分が過ぎた頃、やっと業者が到着し、大鳳は努めて冷静を装いながら荷物を受け取り、震えそうになる手を抑えて受け取り票にサインをした。

 一礼して去っていった業者を見送り、ちらりと荷物を確認する。大鳳の他にも文庫本を注文した艦娘がいたらしく、そのうち何冊かは大鳳の薄い本とカバーの柄が被っていてまぎらわしい。

 大鳳の注文した薄い本はダンボールに入っているはずが、剥き出しで輪ゴムで留められているのを見た時は機関部が止まるかと思った。早速業者のミスという名の不幸の襲撃である。カバーをかけていなければ即死だった。中身をチラ見したところ、カバーの中身までは不幸の被害から免れ、ちゃんと注文通りのものだった。

 

 ドキドキしながらまずは空母寮へ向かおうとして、反射的に建物の影に身を隠す。ちょうどジョジョ提督がTシャツにハーフパンツ姿で玄関から出て、朝のジョギングに向かうところだった。軽い柔軟の後、走り出した提督の後ろを影のように不知火がついていく。嫌な汗をかきながら姿が見えなくなるまで見送り、ほっと息を吐く。暴走寸前だった機関部が静かになり、頬の熱が引いていくのを感じる。

 もし提督の目に留まり、薄い本が見つかりでもしたら(大鳳の機関部の)爆破は避けられなかっただろう。危なかった。

 

 建物の影からそっと身を出して、玄関を潜り鎮守府本棟に入る。艦娘の寮へは必ず本棟を通らなければならないのだ。

 

「おや、大鳳さん」

 

 後ろから声をかけられ、思わず飛び上がりそうになった。

 ゆっくりと、平静を装って振り返ると、そこには眠たげな目をした青葉がコーヒーカップ片手に立っていた。手には数冊の本と写真、何かの原稿と思しきものを持っている。

 

「おはようございます。朝早くから……ああ、荷受当番ですか。ご苦労様です。コーヒー、飲んでいきます?」

 

 青葉が手に持つ配達物に目をやり、朗らかに聞いてくる。先ほどからドキドキが止まらない。まるで破廉恥な行為に手を染めているようだった。あながち間違っていないが。

 大鳳は、慎重に、怪しまれないように返す。

 

「すみませんが……遠慮します。これからこの『荷物』をとどけなくてはならないので。それでは」

「仕事熱心ですねぇ」

 

 幸い、興味は惹かれなかったらしい。大鳳は普通の歩行速度で、しかし全速力で青葉から離れようとする。青葉は今最も見つかりたくない相手だった。情報収集や広報に熱心な青葉に薄い本が見つかれば、確実に大鳳の息の根は止まるだろう。

 

「おはようございまーす!」

「おっと」

「きゃっ」

 

 その時、通路の角を曲がって猛スピードで現れた島風が走り抜けていった。青葉はコーヒーをこぼさまいとするあまり本と写真、原稿を取り落とし、慌てて仰け反った大鳳も荷物を落としてしまう。

 

「島風さーん! 廊下走ったら提督に怒られますよーっ! まったくもう……」

 

 青葉はぶつぶつ言いながら資料を拾いはじめる。大鳳もしゃがみこみ、真っ先に素早くカバー付きの本を確保した後、青葉の資料を拾うのを手伝った。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。きょーしゅくです。大鳳さんの荷物は大丈夫でした?」

「割れ物はありません。大丈夫ですよ」

 

 自室に戻るらしい青葉と別れ、背を向けて、本を確認する。折れたり曲がったりしていないかのチェックだ。

 

「!?」

 

 そこで大鳳は一気に顔を青ざめさせた。カバー付の本の中身が違う。なぜか世界のカメラ特集の本だった。

 振り返る。そこには口笛を吹きながら去っていく青葉の後ろ姿があった。手にはカバー付の本がある。

 カバーの柄にありふれたものを選んだせいで、青葉のものと被ってしまっていたのだ。そのせいで、取り違えが起きた……!

 

(な、なんという事でしょう……! 青葉! 本を勘違いして持っていたのですか! まずい……あの『本』の中身を見られた(・・・・)ら……)

 

 薄い本の中身は提督×大鳳。しかも、青葉は大鳳が荷受当番である事を知ってしまっている。薄い本を注文したのが誰か、馬鹿でも分かるだろう。

 どうするか(・・・・・)!?

 正直に「取り違えましたよ」と言うのは避けたい。「え? そうですか?」などと返され中身を確認されたらそれで「詰み」。かといって「絶対に中身は見ないで下さい」と前置きするのも、余計な好奇心を煽るだけだろう。

 もう一度スリ変える(・・・・・)しかない。それも気づかれずに、がベスト……

 

 大鳳は少し距離を離し、青葉の後をつけた。青葉は一度食堂に入り、すぐに出てきて、のんびり歩いていく。手に持ったコーヒーカップはなくなっていたが、本はそのまま持っていた。カップを返しただけらしい。本もうっかり置き忘れてくればそれを回収するだけで解決するのだが、大鳳にそんな幸運はなかった。

 機会を伺い尾行する大鳳は、青葉が重巡寮へ向かっている事に気づいた。重巡寮に大鳳のような空母は目立つ。荷物を渡しに来たのだ、と強弁もできるが、運の悪い事に、この日の荷物に重巡宛のものはなかった。

 

(非常に……まずいですね……)

 

 最悪の事態を脳内に駆け巡らせながら、ジリジリと尾行を続ける大鳳は、青葉が重巡寮の手前の離れの建物に入っていくのを見た。

 その建物は「印刷所」である。利用するのは大淀か青葉ぐらいなので、利用しやすいようにと本棟と重巡寮の間に建てられたプレハブ小屋だ。

 小屋の窓に忍び寄り、そっと中の様子を伺う。青葉は窓に背を向けて輪転機を動かしていた。輪転機の稼動音はうるさく、少しの音は誤魔化してくれそうだった。

 不幸中の幸い。大鳳は意を決し、ここですり替えを行う事を決断した。

 

 実質、これが最初で最後のチャンスだった。青葉は印刷を終えれば重巡寮に帰るだろう。そうなればもうすり替えは難しく、そうでなくとも、いつ青葉が気まぐれを起こして本の中身を見てしまうか分からない。早急にすり替える必要があった。

 そっと窓を開け、室内に体をすべり込ませる。空母としては小柄だったのが幸いし、つっかえる事もなく無事侵入に成功した。青葉は口笛を吹きながら輪転機にかかりきりだ。本は青葉の斜め後ろ、死角のテーブルの上に無造作に置かれている。青葉が振り返るだけで、大鳳は言い訳不能の窮地に追い込まれる。だが、この状況が既に窮地だ。

 

(振り返らないで……振り返らないで……!)

 

 心から祈りながら震える手を伸ばす。そして机の上の本を手に取り……すり替えた!

 青葉は気づいた様子がない。大鳳は焦らず窓から再び外に出た。

 外の空気を胸一杯に吸い、安堵の息を吐く。手にはしっかりと本がある。やり遂げたのだ!

 

 正直、途中からシチュエーションがジョジョ四部の悪役、吉良吉影のそれを似過ぎていて気が気ではなかった。最終的に青葉を爆破するハメにならず、心底安堵する。

 吉良は幸運の星に守られていたが、大鳳は死兆星に憑かれている。しかし、事態の解決は大鳳の方がスマートだった。細やかな「気配り」と大胆な「行動力」で対処すれば、不幸も恐るるに足りず。

 大鳳は踵を返し、足取り軽く来た道を戻った。歌でも一つ歌いたいようなイイ気分だった。

 

 しかしまた不安に駆られる。外出後、玄関に鍵をかけたか確認するような気持ちで、念には念を入れてカバー付の本の中を確かめる。

 

(そ、そんな馬鹿なッ……!)

 

 大鳳は衝撃に打ち震えた。

 そこにあったのは薄い本ではなく、世界のカメラ特集でもない。タイトルは「今日の夕飯100選」……!

 これが何を意味するか? 恐らく、二度目の取り違えが起きていたのだ! 大鳳がほんの一瞬、青葉から目を離した隙に……! 大鳳の薄い本を持っていったしまった青葉が、薄い本を今日の夕飯100選と取り違えた、という事……!

 本のタイトルから察するに、事が起きたのは恐らく食堂。確かに青葉はほんのひと時食堂に入り、その間大鳳は青葉から目を離してしまっていた。

 

 大鳳は今にも死刑宣告を受けたような気持ちでフラフラと食堂を覗いた。そこには既に十人以上の艦娘が姦しくお喋りしながら朝食をとっていて、カバー付の本の姿はどこにも無い。

 絶望的に隅々まで目線で探していると、厨房に立つ鳳翔と目があった。たおやかに微笑みかけてくれるが、大鳳にそれに応える心の余裕はもはやなかった。

 

 おしまい。もうおしまい。薄い本は行方不明。既に誰かに持ち去られたのは間違いなく、遠からず中身を見られ、話は鎮守府中に広まるだろう。大鳳の静かな暮らしは失われた。ほんの少し、欲を出したばかりに……

 ゾンビのように生気なく、寮を巡って機械的に荷物の配達を終わらせる。仕事を終えた大鳳は半泣きで自室に戻った。朝食をとっていなかったが、食欲がなかった。

 

 全てを忘れベッドに倒れ込もうとした大鳳は、机の上に置かれた一冊の本を視界の端に取られ、猛禽のようにとびついた。

 震える手で中身を確かめる。意外ッ! それは大鳳の薄い本!

 

「な、なぜここに……!?」

 

 驚愕する。まさか、本が勝手に歩いて大鳳の部屋にやってきたとでも? それとも妖精さんが見つけて気を効かせてくれた?

 混乱する大鳳だったが、本のカバーについた、味噌汁の微かな匂いに気づき、全てを悟った。

 

 青葉と出会ったのはまだ食事の時間帯の前の早朝。その時間帯に食堂にいるとすれば、それは鎮守府のお艦にして料理長。

 鳳翔である。

 本の中身を見た鳳翔が事件の全容に気付き、こっそり机の上に置いていってくれたのだ。

 

(う、うう……)

 

 親切というべきか、余計なお節介というべきか。大鳳は形容し難い羞恥心に頭を抱えた。

 鳳翔はこういった話を吹聴するタイプではない。その意味では、最善の相手に見つかったといえる。被害は最小限で済んだ。

 

 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 大鳳はそれから悶々と悩み続け、勇気を出して「今日の夕飯100選」を鳳翔に返すまで二週間かかった。

 



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