SAO Takt (赤チョコボ)
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1 仮想世界へ

初投稿です。色々とおかしいところがあるかと思いますがよろしくお願いします。


「ソードアート・オンライン、ですか?」

「ああ、実際に朝倉君に体験してもらいたくてね」

 

社長からの指名であれば断れない。俺、朝倉拓人はVR業界の会社の手伝いをしている。

粗方の単位を取り終えた俺は日がな一日仕事をしている。

確かに急速に発展するVR業界の革命とも言えるそのゲームは、同事業を展開する会社からしてみれば決して無視することのできない案件なのだろう。

 

「必要器具は揃えてある、君には午後1時のサービス開始とともにゲームを体験してもらい、それを元に評価を下してもらいたい。よって本日の午前中は器具の設定を終わらせておき、抱えている急ぎの案件などがあれば対処して早めに昼休憩を取るように」

「了解致しました」

 

何故手伝いの俺がこんな仕事を任されたか、と言えばこの会社は社長である父のもので大学卒業後はここに就職が決まっている、謂わば跡取りに経験を積ませたいからだろう。

その為手伝いとは言うが実質卒業前から修行をさせているようなものだ。

社内では比較的年齢の若い物の意見を参考にしたいとは言っているが、経営者としてこの分野の最先端を実際に体感させる、というのが目的だろう。

言われた通りに設定や抱えている仕事を終わらせ、早めの昼休憩を取る。

今日は和食の気分だな、久しぶりにとんかつでも食べようかな、と。

この時はまだそんなことを考えていた。

まさかこんなにも長い間、現実での食事をできなくなるとは思いもしらずに。

 

 

「リンク・スタート」

 

音声認識を開始し、VR世界へと没入する。

途端に世界が切り替わり、美しい景観が広がっていく。

現代社会のような高層ビルはなく、中世的な建築物や緑が広がる。

始まりの街。

その広場がこのゲームの開始地点である。

 

「さて、まずはメインメニューを開くんだったかな」

 

右手の人差し指と中指を伸ばし、それを下へ軽く振る。

ステータスや装備、スキルやオプションそして一番に下にログアウトボタン。

粗方のシステムをチェックしていく。

流石あの茅場晶彦の作品といったところか、直感的かつ機能的にまとまっている。

一通り確認し、それを閉じる。

次は周囲の探索だろうか。

あたりを見回せば広場からは宿屋や武器屋等の主要施設があり、そしてゲームを開始した多数のプレイヤー達がいる。

プレイヤー達はゲームを楽しみにしていたのだろう、誰も彼も笑顔であれをしよう、これをしたいと目を輝かせていた。

とは言え自分は遊びに来たわけではないので、仕事を続行する。

次はこのゲームの最大のウリである戦闘だ。

街の外へ歩いていく。

視界には見渡す限りの草原が広がり、恐らくは敵モンスターなのであろう猪のような生き物が点々と存在している。

その中の一体へ近づくと、このモンスターの名前なのだろう、フレンジーボアという文字が猪の頭上に現れる。

初期の街の周りにいるモンスターならそこまで強くはないだろう、戦闘を体験してみることにする。

手持ちの武器は初期装備の片手剣のみなのでそれを装備し、猪へ斬りかかる。

斬撃はヒットし、猪はこちらに向き直る。

突然切りかかられ、怒り心頭と言った様子だ、鼻息も荒い。

 

「すまないな猪よ、こちらも仕事なんだ」

 

猪は突進が主な攻撃なのだろう、猪突猛進に体当たりを狙ってくる。

が、やはり初期モンスターそこまで鋭い攻撃というわけでもない。

何度か斬撃を当てれば猪は倒れ、ポリゴン片を散らしながら消えていく。

 

「なるほど、これは確かに既存のゲームとは大違いだ」

 

実際に自分の体を使ってモンスターと戦う、これはかなりの爽快感だ。

ゲームといえば頭を使って遊ぶだけ、と言った考えを持っていた俺も認識を改める。

これだけでも大きなウリと思うが、このゲームのウリは他にもある。

ソードスキル、と言う必殺技の様なものだ。

事前に目を通した資料では技の起点となる初動を行うと発動でき、システムが歴戦の勇士のように最後まで技を誘導してくれる、というものだ。

 

「えーと、片手剣で使えるソードスキルは、と」

 

スキルパネルを開き、スキルを表示する。

点灯しているスキルは一つのみ、ソニックリープと言うらしい。

そのまま一番近くにいるフレンジーボアに近づき、初動の構えを取ってみるが、何も起こらない。

その構えから武器を振ろうとするとシステムアシストというやつだろう、体が誘導されるような感覚が湧き上がる。

その感覚に任せて体を捻り片手剣を突き込むと光るエフェクトとともに段違いの突進突きが放たれた。

ソードスキルはフレンジーボアへと吸い込まれ、ポリゴン片が周囲に舞う。

 

「これは凄いな、一撃か」

 

俺も大学生だ、人並みにゲームはする。

そのまま何度も繰り返し、ソードスキルで敵を倒していく。

ある程度なれたところで周囲を見渡せばかなり夢中になっていたようで、周囲にはチラホラとプレイヤーの姿が見えた。

すぐ近くには二人組の男性プレイヤーがいて、どうやら一人がもう一人へソードスキルの使い方をレクチャーしているようだ。

 

「構えにちょっとタメを作るんだ。あのプレイヤーさんは簡単に出来てるぞ、ちょっと真似してみたらいいんじゃないか」

「そのタメっていうのがよくわかんねぇんだよ・・・。って結構近付きすぎちまったな、スンマセン」

 

と、二人組の男の何だか悪趣味なバンダナの方が声を掛けてくる。

 

「いえ、こちらも夢中になっていたので」

「あの、もしよかったらなんすけどソードスキルをもう一回見せてもらえませんか。俺VRは初めてでなれてなくって。あ、いきなりスンマセン、俺クラインって言います」

「お前また知らない人にそんな事・・・、あ、おれはキリトってプレイヤーネームです。あの、すみません一回だけで良いのでお願いできないですか」

 

声を掛けてもらったので返答すると悪趣味なバンダナの方のクライン、見た目は無難な感じにまとまっているキリトがすまなそうに告げてくる。

 

「えっと、わかりました。私のプレイヤーネームはTaktです。といっても私もVRは初めてなのですが」

「えーマジっすか、なんつーか堂に入った感じみたいなのがありましたけど」

「そうだな、俺と一緒でベータの体験者かと思ったくらいです」

「ベータ、ですか」

 

ベータと言うのはソードアートオンラインのベータサービスのことだろうか。

 

「あ、コッチのキリトはベータサービスで結構やってたらしくて、それで俺がレクチャーを頼んだんすよ。よかったら同じVR初心者同士一緒にパーティどうですか?」

「いや、タクトさんにも都合があるだろう・・・スミマセン、気にしないでください。こいつ俺にもいきなり声かけてきたんですよ、予定があるなら断ってもらっても良いので」

 

彼らはパーティを組んでいて、それに俺もどうかと誘ってくれているのだろう。

こちらとしても色々な機能を使っておきたいので願ったり叶ったりだろう。

 

「いえ、私もパーティプレイには少し興味があるのでお邪魔でなければ是非」

「よっしゃ、そうと決まればキリト、パーティ申請頼むぜ。俺はシステムまだわかってないからさ」

「わかったって。それじゃタクトさん、パーティ申請するので受諾お願いしますね」

 

と言ってキリトがシステムパネルを呼び出し何やら操作をするとこちらに一つウィンドウが出てくる。

【キリトからパーティに招待されました。パーティ申請を受諾します。 YES/NO 】

YES を選びパーティ申請を受諾すると新しいウィンドウが開いた。

パーティメンバーのHPバーと名前が表示されていて、KiritoとKleinと書かれている。

 

「受諾できたようですね、改めてよろしくお願いします、キリトさん、クラインさん」

「こちらこそよろしくっすタクトさん。あれ、Taktってこう書くのか、てっきりTakutoかと思ってましたよ」

「ああ、成る程、オーケストラの指揮者が使うようなTaktなんですね」

「ええ、そうなんです。とは言っても適当に付けた名前なんですがね」

「ははっ、分かります。俺も結構安直にKiritoってつけましたから」

「まぁ取り合えずお手本お願いしますよタクト先生」

「いや、私も初心者なので先生は・・・」

 

頼まれたからには仕方ないので手近なところにリポップしたフレンジーボアに目掛け、ソニックリープを放つ。

それを見てクラインも自分の近くに連れてきた対象へ見よう見まねで技を繰り出す。

そんなことを繰り返ししているうちにどうやらクラインもコツを掴めたようだ。

 

「結構安定してきたんじゃないか、どーよキリトこの俺様の飲み込みの速さは。」

「いや、タクトさんはもっと早くやってただろ・・・。」

「まぁまぁ、コツを掴めたのならいいじゃありませんか。」

 

と、気が付けばかなりの時間が経っていたようだ。

今日のところはこのぐらいにして報告内容もまとめなければいけないだろう。

 

「結構時間が経ちましたね、そろそろ仕事の予定に引っかかりそうなので私はこれでログアウトさせてもらいますね」

「こんな時間からお仕事っすか。ってああっもうこんな時間か、そういえば俺、飯を出前で頼んでてあと三十分で届いちまう」

「クラインはもうちょっと落ち着いてプレイしろよ・・・。了解ですタクトさん、お仕事って時間大丈夫ですか」

「実は今も仕事中なんですよ、私はVR関係の会社の仕事でここに来てましてね。噂のゲームの体感調査とでも言いますか。報告するための書類をまとめたりしなければならないので」

「仕事で来れるなんて羨ましいっすね、俺なんて徹夜で並んで買いましたよ。ってそんないい面だけ見ても仕方ないな、書類制作、頑張ってください」

「お仕事中だったなら、パーティプレイなんてしてて迷惑じゃなかったですか?」

「いえいえパーティプレイのの調査にもなりましたし大丈夫ですよ、このゲームは会社で購入したようですよ、購入担当になった人も出勤扱いで買いに行かされたそうですし」

 

会話もそこそこにログアウト準備をしていたクラインの様子がおかしい。

 

「あれ、キリトよぅログアウトってどこにあるんだ?」

「システムパネルの一番下にあるはずだけど。ちゃんとよく見てみろよ」

 

そういうとキリトもメインメニューを呼び出し操作をする。

俺がゲームを始めて直ぐにメインメニューを確認した時にはそこにあったはずだ。

確認のために急いで俺もパネルを開く。

 

「どういうことだ・・・?」

 

思わず同時に呟く。

確かにあったはずのログアウトボタンが、まるで最初からなかったかのように消滅していた。



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2 帰還不能

「ログアウトボタンがない?」

 

流石に稼働してすぐだからかこんなバグもあるのだろうか。

 

「仕方ない、出前の受け取りの前にまずはGMコールかな、こりゃ」

「こんな深刻なバグならみんな問い合わせしてるんじゃないか?繋がらないかもしれないけど取り合えずやってみろよ、クライン」

 

キリトにそう言われ問い合わせをするクライン。

だがやはり混雑しているのか反応がない。

 

「なぁキリト、ほかにログアウトするコマンドとかってないのか?」

「ちょっと待ってくれ。いや、無いな。SAOにはそれ以外の方法でログアウトする方法はない」

「そりゃあ困るぜ、このままだと俺のアンチョビピッツァとジンジャーエールが届いちまう」

 

ログアウト出来ないという事実よりも飯のほうが大事なのか。

と言うかピザだったんだな、とどうでもいいことを考えていると、

突然鐘のような大音量のサウンドが響き渡り、全員の体が光り出す。

光量はどんどん増して行き、目も開けられなくなる。

一瞬の浮遊感の後、光と音は収まり、目を開けたクラインが言う。

 

「なんだぁってここは・・・始まりの街の広場か?」

「そうみたいだな。ってことはバグに対しての何かしらの説明とかか?」

 

あたりを確認すればそこは確かに最初にログインした始まりの街の広場だ。

同じく強制的に移動させられた多くのプレイヤーたちが同じように辺りを見回している。

 

「上だ、上を見ろ」

 

誰かが叫びその場にいた全員が空を見上げる。

そこには真っ赤な文字で【Warnig】【System Announcement】二つの単語が表示された真っ赤な帯が回っている。

 

「どうやら運営からのアナウンスがあるようですね」

 

と、俺はつぶやきやっとこれでログアウト出来ると溜息を付きかけた。

それが途中で止まったのは生理的不快感を覚えたからだ。

なぜなら見上げた頭上の帯は血のような赤黒い血液のように変形し、やがて一つの形に変わっていく。

それはフードを被った顔のない、巨大なヒトガタだ。

 

【プレイヤー諸君、私の世界へようこそ。私は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の存在だ】

 

この時点でこれの脳内は嫌な予感で埋め尽くされていた。

あの茅場晶彦が、アナウンスだと?

彼はメディアへの露出も控えていたその紹介記事がある雑誌も数える程しかない。

そんな男がこれから何を説明しようというのか。

この世界をコントロールできる唯一の存在だって?

 

【メインメニューからログアウトボタンが消えている事に気づいているプレイヤーも多いだろう、君たちはこのゲームのクリア、即ちアインクラッドの百層をクリアするまで自発的にログアウトすることは叶わない】

 

自発的にログアウトが出来ないだって?

アインクラッドとはこのゲームのダンジョンなのか、或いはこの世界自体なのか。

混乱する思考の整理に手間取っている内になおも茅場は告げる。

 

【外部の人間による強制的なログアウトも不可能だ。強制的なナーヴギアの解除、停止或いは破壊が行われた場合、ナーヴギアの信号素子が発する強力なマイクロウェーブにより君達の脳を破壊する】

 

一瞬言われた意味がわからない。ナーヴギアが脳を破壊する?

ナーヴギアとはこのゲームを行う上で装着するヘットギア式の筐体だ。

首から下への電気信号を遮断し、ゲーム内のアバターの操作を行う。

ナーヴギアから脳へ送られる信号を脳は認識し、この風景を見ている。

その信号素子を増幅し、高出力のマイクロウェーブによって脳を破壊するだと?

それはつまり、現実世界における【死】に他ならない。

やがてプレイヤーたちの理解が追いつき始め、ざわめきが広がる。

 

「何を言ってるんだ、つまりログアウト出来ずに、現実から外そうとしたら死ぬってのか?そんな冗談みたいなことがあるはずないだろ・・・?」

 

クラインがナーヴギアを外す仕草をする。

当然そこには何もないし、現実の体が動いてナーブギアを外すことはできない。

そもそもここは仮想で、脳からの命令はナーヴギアが全て遮断している。

この世界にいる限り、現実の俺達は指一本動かすことができない。

俺はナーヴギアの原理を整理するため口に出して確認する。

 

「ナーヴギアは微弱な電磁波を発して脳に擬似的感覚信号を与えている。云わば電子レンジの発展上にあるもの。その出力を上げるようなバッテリーがあれば原理的には可能?」

「タクトさん?まさかあいつの言ってることが本当だって言うんですか?」

「ええ、そうです。そしてナーヴギアは結構重たいですよね?その重量の三割はバッテリーセルの重さです。つまり茅場の言うことが真実なら、現実の私達の脳内を破壊することは不可能ではない」

 

信じられないという表情のクライン。

俺も信じたくはなかった。

だがそんな俺たちを無視し、さらに茅場は言葉を重ねる。

 

【脳内破壊シークエンスは具体的には十分間の外部電源の断絶、二時間のネットワーク切断、ナーヴギアの強制的な解除あるいは破壊。これらが確認された場合に実行される。またこの条件は現実世界で当局やメディアを通し、世間に公表をされている、それらを無視して行われた親族、あるいは友人による強制的なナーヴギアの解除行為により】

 

茅場はそこで言葉を区切り、間を置いて告げた。

 

【現時点で二百十三名のプレイヤーがこのアインクラッド、そして現実から永久退場している】

 

茅場の言葉は広場を恐怖と混乱に落とし込んだ。

そしてその元凶は状況の説明を続ける。

 

【諸君らにとってこの世界はもうひとつの現実である。この現実から脱出するにはSAOをクリアする以外には方法はない、そしてこの世界での諸君の命、ヒットポイントが零になった時点でナーヴギアは脳内破壊を開始する】

 

ゲーム内でヒットポイントが尽きたとき、お前は死ぬと。

茅場はそう言っているのだ。

現実へ帰還したければゲームをクリアするしかない。

これはゲームであって遊びではない。

命をかけた戦い、デスゲームだ。

おれは声を潜め、キリトに問いかける。

 

「キリトさん、聞きたいことが二つあります」

「・・・なんですか、タクトさん」

「以前君がプレイしたとき、何層まで進むことができましたか?そして何回ヒットポイントは零になりましたか?」

「・・・それは」

「成る程、その反応だけでもわかりました。恐らく百層には程遠く、また一度や二度の死亡では決してきかない」

「・・・そうです」

「ありがとうございます」

 

すべてを真実だと仮定すれば現実への帰還は恐らく年単位、それも一年や二年では足りない。

如何に犠牲を出さず、攻略できるかが鍵になる。

そんなことを考えているうちにも説明は続く。

 

【最後に諸君へこの世界がもうひとつの現実である証拠を見せよう。アイテムストレージをこちらで開く、そこに私からのプレゼントを用意した】

 

強制的にアイテムストレージが開かれるとそこにはアイテムがひとつだけ。

手鏡、というアイテムが選択されプレイヤー全員の手にオブジェクト化される。

手鏡を覗き込んでみるがそこにはメイキングされたキャラクターが映っているだけ。

これが何の証拠になるそう考えていると、手鏡から光が溢れ出し広場全体が眩い光に包みこんだ。

耐えられず目を閉じ、やがて光は収まった。

瞳を開けて手鏡を確認する。

そこにはメイキングされたキャラクターではなく、現実世界の俺の姿が映っていた。

顔を上げて周囲を見渡すが、ここは現実ではなくSAOの始まりの街だ。

視界の端にKiritoの文字を見つけ、その人物を確認する。

パーティを組んでいたキリトの姿はなく、大人しめの黒髪に中世的な顔立ちの少年がこちらを見ていた。

 

「キリトさん?」

「タクトさん・・・?」

 

お互いにパーティウィンドウを確認し、そこにいる人物が先程までと変化していることを認める。

もう一度自分の手鏡を確認する。

やはりそこには精密に再現された現実の自分の顔があった。

 

「ナーヴギアは信号素子で顔全面を覆っている。それを利用してスキャニングしているのか・・・」

 

キリトがつぶやくように言う。

確かにナーヴギアによって顔全面を信号素子が覆っているならばそれをもとに再現することは不可能ではない。

ナーヴギアは頭全体を覆うヘッドギアの形状をしている、なら体格はどう再現した。

思い出せ、午前中に行ったナーヴギアの設定方法を。

 

「身長や体格は初回設定時に行うキャリブレーションで大体の再現可能だ・・・」

 

キャリブレーションとはナーヴギアの本体設定時に全身に手を触れさせ、手をどれだけ動かせば自分の体に触れるかを測る作業だ。

 

「今ここに存在する私達は限りなく近く再現された現実の姿です。アバターのヒットポイントは自身の体であり命であると。茅場はそう言いたいのでしょう」

「なんでそんなこと・・・」

「それについては茅場自身が答えてくれるのではないでしょうか。まだ彼は彼がこんなことをした目的を話していません。」

 

俺の言葉にキリトとクラインは茅場へ視線を戻す。

茅場は今までの感情の乗らない説明口調から変化し、ほんのすこし、ある種の憧憬を浮かばせたような声で語りだす。

 

【この世界を見る、その為だけに私はナーヴギアを作りSAOを造り上げた。この世界、この状況こそが私の目的だった】

 

この世界を見る、それが目的?

まるで説明になっていない。

 

【諸君らへのチュートリアルはこれにて終了とする。諸君らの健闘を祈る】

 

茅場はそれ以上語ることはなく、そのまま空へ溶けるように姿を消した。

 

「ふざけるな」

「これは夢だ・・・夢なんだ」

「こんなのは嫌・・・現実へ帰して」

 

プレイヤー達は口々に呟く。

不満は伝染しあっという間に広場は喧噪に包まれた。

そんな中、キリトが何か言いたそうに出口を顎でしゃくる。

 

「すぐにここを出よう、クライン、タクトさんついて来てくれ」

 

言われるがままに出口を抜け、ある程度離れたところでキリトはこう言った。

 

「俺はこのまま街をでて次の村へ行きます。茅場の話が本当だとすれば先に進む以外現実に帰ることはできない。すぐに始まりの街周辺のモンスターはプレイヤー達で狩り尽くされる。そうなる前に次の村を拠点にしたほうがいい。俺はベータで安全な道を確認しているから今の段階でもたどり着くことだってできる。二人も一緒に来たほうがいい」

「確かに茅場の言うことが真実ならこの先はゲーム内のリソースの奪い合いになりそうですね。キリトさんの言うことは最善かもしれません」

「すまねぇキリト、俺は一緒に行けねぇ」

「クライン?」

「俺はダチと一緒に並んでこのゲームを買ったんだ。あいつらもあの広場にいるはずだ。お前さんが俺とタクトさんを助けてくれようとしてるのはわかる。でも、あいつらを見捨てて俺だけ先に行くなんて事、俺にはできねぇ」

「・・・クラインさん。キリトさん、私も一緒には行けません」

「タクトさんまで?」

「個人であるならその方法は最適でしょう。VR初心者である私を連れて道中を抜けるより、キリトさん一人の方がより安全に街までたどり着ける。違いますか?」

「・・・そんなことない、一人より二人の方が安全です」

「あなたが優しい人だということはわかりました。でもそんなことで君までここで足踏みをする必要はありません。私は広場で混乱の収束に努め、情報を集めて君を追いかけます。だから君は先に行ってください」

「・・・そうかわかった」

「キリト、誘ってくれて嬉しかったぜ。俺もダチと合流したらお前を追いかける。お前は自分の為に先に行ってくれ」

 

クラインと俺はパーティを抜け、キリトの背中を押した。

だが、キリトは一歩に進もうとしない。

 

「二人共何を言っているんだ?」

 

何ってそれは。

 

「確かに二人を置いていった方が俺は早く進むことが出来るかも知れない。でもふたりがそう言うなら置いていくことなんてできないし。それにタクトさん、混乱を収めて【情報】を集めるんでしょう?ベータテスターの俺が持ってる情報、役に立つんじゃないですか?」

「キリトさん・・・そうですね、君が一緒に来てくれるならより情報も集められるでしょう。すみません、君まで巻き込んでしまいますね」

「ありがとよ、キリト」

 

思ってもみなかったキリトの答えに俺は苦笑を浮かべて答える。

クラインはちょっと涙ぐんでいる、VRの世界でも涙は出るんだな、と。

そんなことを思いながら俺達は広場へと引き返した。

 




誰が喋ってるかわかりにくいな・・・わかりにくいですよね・・・。
キリト君はこの話ではビーターにはなりません。
初めての投稿なのに大丈夫かなぁ・・・。


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3 始まりの街、広場にて

俺達は茅場にプレイヤーが集められた広場へ戻る。

戻る途中幾人ものプレイヤーとすれ違う。

ベータテスター達や戦う決意をしたプレイヤーはもう攻略へ乗り出しているのだろう。

だが攻略を始めたプレイヤーの数はそう多くない。

おそらく二割もいればいい方だろう。

広場へたどり着くとそこには多くのプレイヤーがいた。

SAOのプレイヤーの数はサービス開始時に一万人、茅場の言葉にあった犠牲者二百十三名、そこに攻略へ出た者達を合わせ、合計二千名としてもとしてもここにはまだ八千人のプレイヤーがいることになる。

座り込み沈んだ表情で俯く者、依然として不満を告げる者、罵り合う者。

雰囲気は当然良くないが、まだ最悪にはなっていない。

少し経てば外部からの救援がくるかもしれないと。

茅場の言葉を真実だとまだ信じていないからだ。

だがそれが裏切られた時、必ず犠牲者が出る、それも攻略とは関係ない形で。

このままではログアウトの魅力に逆らえず、自ら命を絶つ者が出てくる。

プレイヤー数は減りはしても消して増えることはない。

このままではゲームのクリアは不可能になる。

 

「クラインさんはご友人と合流してください」

 

俺がそういうと、クラインは頷きすぐに駆け出す。

彼には幸か不幸かこの世界に顔見知りがいる。

合流するに越したことはない。

気心知れた友人がいれば少なくとも自ら命を絶ちはしないだろう。

問題はそれ以外の孤独なプレイヤーだ。

 

「キリトさん、呼びかけをします。広場で一番目立つところはどこでしょうか?」

「それなら多分、こっちだ」

 

キリトの誘導で講演台の様な物のある場所へ移動する。

 

「NPCが何かのイベントでそこで集まっているところを見たことがある。ここからならそれなりに声は通ると思う」

「ありがとうございます」

 

俺はキリトに礼を言って講演台の前に立つ。

こんな大勢の前でしゃべった経験なんてない。

それでも何もしないより効果はあるはずだ。

息を吸い込み、できるだけ大声で広場のプレイヤー達へ語り掛ける。

 

「皆さん聞いてください。先の茅場からの説明が真実だとすれば、現実へ帰るためにはゲームをクリアするしかない。その為にはモンスターと戦うことになるでしょう。ですが、私達はヒットポイントが零になればナーヴギアによって死んでしまう。そんな危険を犯すより、安全に助けを待つ方がいいと考える人もいると思います」

 

突然話し始めた俺に、視線が殺到する。

ポリゴンでしかないはずの体に緊張が走り、心臓を掴まれたような感覚を覚える。

 

「今、プレイヤーの中には既に攻略を始めている人たちがいます。そんな彼らを馬鹿だと思う人もいるでしょう。茅場の言葉は真実である保証はない。そんな言葉に踊らされず、外部からの救援を待つべきだと。ですが茅場の言葉がもし真実だったとしたら。その場合私達は全員が協力し合わねばなりません。何故なら先の言葉が真実であった場合に、私達にの体にはタイムリミットがあるからです。」

「先の説明で茅場は私達の死の原因となる脳内破壊シークエンスの条件に2時間のネットワーク切断と言いました。外部電源の断絶が十分であるのに対してこちらは二時間、変だとは思いませんか?」

「帰還の手段がこのゲームのクリアしかないのであればそれは一日二日で終わるものではありません。もしこのままログアウトできなければ私達は現実世界で体を動かすこともできません。ゲームクリアするまで食事もできないことになります。それでは私達は死んでしまう。おそらくネットワーク切断の猶予は現実での体、リアルボディを病院等の施設へ移動し、延命環境を準備するためのものです」

「たとえそれがなされたとしてもそれは延命にすぎません。体を動かせない以上筋肉は衰える。クリアに時間をかけすぎればいずれリアルボディの方が限界を迎えてしまうでしょう。だから私達は早急にこの世界から脱出しなければなりません。すで攻略を始めた彼らは最悪を想定し、いち早く行動を始めたともいえます。」

「攻略に死が常に付きまとう以上、私は全プレイヤーが協力し合う必要があると考えます。全員でモンスターと戦えと言っているわけではありません。戦闘適性が低い人だっているでしょう」

「情報を集める、食料を調達する、モンスターと戦う。ほかにもやれることはたくさんあるはずです。このゲームに参加したのは一万人、これ以上は増えることはありません。だから皆さんにお願いがあります」

「まず決して死なないで下さい。プレイヤーは増えることがないのなら今いる人数で協力するしかない。一人一人の力が小さいとしても、塵だって積もれば山になるんです。私は現実へ帰りたい。皆さんだってそれは同じはずです。全員が協力し合えば生きて現実へ帰ることだってできるはずです。私はこれから自分にできることを一つずつ始めます。だから皆さんもできることを考えて一つずつでもいいんです。始めてみて下さい。」

「希望を捨てないで、今やれることをやっていきましょう。これで私の話したいことはすべてです。皆さんどうか協力をお願いします。」

 

と言って話を終わる。

するとまばらな拍手が起こり、それは周囲に広がり広場が音に包まれた。

途端に心臓が思い出したかのように暴れ始める。

俺は逃げるように広場を後にした。

しばらく歩き、適当な宿屋へ逃げ込む。

ようやく緊張も収まって来た。

 

「度胸ありますねタクトさん、俺だったらあんな大勢の前で演説なんて絶対無理だ」

「キリトさん、居たんですか」

 

どうやら俺はキリトがついていたことも意識の外だったようだ。

 

「居たんですかって酷くないですか。それより、これからどうします?」

「しばらくは情報を集めつつ、レベルを上げていきたいところですが、恐らく始まりの街周辺はプレイヤーでいっぱいでしょうね」

 

キリトとこれからの方針を練っているとシステムアラートが鳴る。

キリトにメールがきたようだ。

 

「クラインからです、友人と合流できたから紹介したいって言ってます。ここの場所を伝えてしまっても大丈夫ですか?」

「わかりました。お願いします」

 

キリトが何やら操作をしクラインへ返信する。

メール機能か、確かに使ったことがなかった。

しかしなぜクラインは直接こちらに送ってこなかったのだろうか。

SAOではフレンド間でしかやり取りができない決まりでもあるのだろうか。

 

「キリトさん、クラインはどうしてこちらに直接送ってこなかったのでしょうか?」

「ああそういえばタクトさんには教えてなかったですね。SAOは初期の設定だとフレンド以外からは受信できない設定になっているんです。オプションをいじれば設定は変えられますよ、ベータでも気づいたのは二日目でしたからたぶんみんな知らないんじゃないかな」

「なるほど、しかしそれは不便ですね。こういった面でも知識の差がありますね。知識の共有これも問題点の一つか」

 

等と話しているとクライン達が来たようだ。

ちょうど近くにいたらしい。

クラインがこちらを見つけ、メンバーの紹介をしてくれた。

皆クラインの友人だけあって気のいい人物のようだ。

 

「それとこいつはディアベル。さっき会っったんだけどなかなか話せる奴でさ。二人の話をしたらどうしても会って話がしたいって言うんで連れてきた」

「初めまして、俺はディアベル。気持ち的にはナイトをやってます」

 

これはこの男なりのジョークなのだろう。

俺とキリトも自己紹介をする。

 

「無理を言って連れてきてもらったのはタクトさんに話があったからなんだ。俺はベータテスターだ。知識も情報もベータの物は一通り把握している。第一層の攻略はベータテストでも時間がかかった。これから一ヵ月後を目途に第一層のボスを攻略する。そこでタクトさん、あなたには攻略の指揮を執ってもらいたい」

 

それからディアベルは熱心にこう語った。

まず一ヵ月の間に情報を集め、ボスのいる部屋を捜索する事。

ボスフロアと呼ばれるそこにはフィールドモンスターとは比べ物にならない強敵がいるるという事。

ボス討伐には参加できる人数が限られていてパーティは七つまでだという事。

ボスフロアを捜索している間に戦闘力の高いプレイヤーに声をかけ上限人数でボス攻略を行う事。

ボス討伐における最後の攻撃を行ったものには強力なアイテムが手に入る、いわゆるLAボーナスがあること。

そしてボス討伐の指揮を俺に任せたいという事だった。

 

「話は理解しました。ですがそこまで考えているのであれば私でなくともあなた自身が攻略の指揮をとればいいのではないしょうか。なぜ話したこともない私に指揮を?」

「確かに最初は俺もそう考えていた。でもあの広場であなたの演説を聞いて思ったんだ。あなたには人の心を掴む力がある。俺なんかよりもずっとうまくやれるはずだ。あの場にいたプレイヤーに君の言葉は届いていた。」

「俺もタクトさんになら任せて大丈夫だと思う。俺は茅場の言葉の後、クリアするために行動しようとしたけど、それじゃ犠牲が多すぎることがわかった。タクトさんは状況を理解してこのSAOにいる全員でゲームをクリアしようとしてた。タクトさんならきっと犠牲者をより少なくすることができると思う。」

 

ディアベルとキリトはそう言ってくれるが俺にはそこまでの自信はない。

ボス討伐には危険が伴う、俺の指揮で誰かが死ぬかもしれない。

そう考えてしまうとすぐに返事はできなかった。

 

「少し考えさせてください。答えはすぐには出せませんが私達もボス攻略には参加するつもりでしたのでそれまでには覚悟を決めておきます」

「わかった。俺はこれから説明した通りにボス討伐の為に動く。日程が決まったらまた連絡からそれまでに返事をしてくれれば構わない。できればいい返事を期待しているよ」

 

ディアベルはそう告げると宿屋から出ていく。

俺達はボス攻略に参加する為、装備を整え攻略を開始し、情報を集めに動いた。

一か月後、ディアベルから招集をかける連絡を受け、俺達はボスフロアの前に集まった。

ディアベルに答える言葉は決まった。

 

 



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4 第一層ボス攻略会議

茅場晶彦からの洗礼の後、無我夢中でプレイヤー達の前で演説をした日から1ヵ月が経った。

プレイヤー数は大きく数を減らし、千人の命が失われた。

一万分の千、プレイヤー数は一割も減っていた。

無我夢中で行った演説もプレイヤー達に希望は与えたが、それでも閉鎖されたこの環境は日毎にプレイヤーの心を抉っていった。

千人の犠牲者の内、半数は街中での自殺である。

日が経つにつれ、無理な攻略するものも増え、プレイヤーは確実に数を減らしていった。

一層突破は一ヵ月と予定はされていた、しかし犠牲はあまりにも多い。

 

イルファング・ザ・コボルド・ロード。

それが第一層のボスの名前だ。

討伐の為の攻略会議はディアベルにより招集されたトッププレイヤー達は指定された小さな闘技場に集まっていた。

全員が集まったことを確認すると控えていたディアベルは中心へ歩み出て話し始める。

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう。知ってる人もいると思うが改めて自己紹介しとくな。俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

前にも言っていたがこれは彼の持ちネタなのだろうか。

だがそのおかげか討伐の為緊張していたプレイヤー達は肩の力を抜くことができたようだ。

拍手と囃し立てるような声が闘技場内に響き、ディアベルは言葉を重ねる。

 

「みんなに集まってもらった理由は言うまでもなくボス討伐の為だ。始まりの街では俺達に希望を託して、みんなが自分にできることをしてくれている。その期待に俺達は応えないといけない」

 

ディアベルの言葉にプレイヤー達の目に火が灯る。

ディアベルは言葉を続けようとしたが、一人の男が立ち上がり大声で割り込む。

 

「ちょーと待ってんかい」

 

そのまま闘技場の観覧席からジャンプで階段を下り、ディアベルの前に立つ。

 

「ワイの名はキバオウ。こん中に今まで死んでいった人達に詫びなきゃいかん奴がおるはずや」

「詫びなきゃいけない奴ですか?」

「とぼけんな。ベータテスター達の事や。ベータテスターが率先して情報をプレイヤーに流せば犠牲はもっと少なかったはずや。あいつらは今までそれをしなかった分、ここにいるプレイヤーに装備やコルを支払って今までの清算をするべきや」

 

無茶苦茶な話だ、今からボスを倒すのにベータテスターから装備を取り上げる?

犠牲になった人達は確かに攻略の遅さに蝕まれ、命を落としたのかもしれない。

だが初層突破に一ヵ月かかることは情報屋を通し全プレイヤーに広まっている。

これ以上の速さでボスに挑むことは自殺行為。

その為ギリギリの安全マージンを取って一ヵ月、そう伝えられたはずだ。

 

「発言いいか?」

 

存在感のある声とともに大男が立ち上がり手を挙げている。

筋肉質な体にスキンヘッド、さらに髭面の物々しい見た目の男が眼光も鋭くキバオウを見据えている。

 

「俺はエギル、ここに集まったプレイヤーはこのガイドブックを知っているか‽」

 

エギルの手にはプレイヤーメイドの分厚い本。

集まったプレイヤー達もウィンドウを開きオブジェクト化をしてガイドブックを出現させる。

 

「知っているけどそれがどうかしたんか」

「このガイドブックは始まりの街のどんなショップにでも置いてある。俺は作った人物が気になって情報屋からその人物の情報を買っている」

「その情報屋の名前は?いい加減なやつじゃないんやろな」

「鼠のアルゴだ」

 

鼠のアルゴ。

それは数いる情報屋の中でもこの一ヵ月、一番精度の高い情報を売っていた人物だ。

トッププレイヤー達は情報集めを怠らない、ここにいるプレイヤーなら一度は利用したことがあるだろう。

それゆえに信頼できる。

そう集まったプレイヤー達は判断した。

 

「なるほど、それでガイドブック作ったプレイヤーがベータテスターだって言うんか?馬鹿馬鹿しい、あいつらはゲーム始まってすぐに自分の保身のために先へ進んだんや。そんな奴らがわざわざそんな本作るわけないやろが」

「確かに制作を主導したプレイヤー自体はベータテスターではないらしい。これは鼠のアルゴ本人から聞いた情報だ。この本は情報提供者から全プレイヤーに公開するように言われた情報を集めた本らしい。情報提供者の名前は巻末に記載されている、中でも多くの情報を提供しているのがこの会議の主催者ディアベル、キリト、そしてタクトというプレイヤーだとアルゴは言っていた。この情報は別料金をとられたがな」

 

キリトとタクトのプレイヤーネームはこの場所では知っているプレイヤーのほうが少ない。

必然的にディアベルに視線が集まる。

 

「確かに俺も情報提供者の一人だ。けどこれは俺が始めたことじゃない。名前の挙がっているタクトさんに協力を呼びかけられて、それに応じただけだ。キリトも同じ。ちなみに俺はベータテスターだ。」

 

弾圧しようとしたベータテスターに目の前のディアベルが含まれることを知り、キバオウが一瞬たじろぐ。

それに構わずディアベルは続ける。

 

「タクトさんはあの日チュートリアルの後演説を行った人物だ。この中にも演説を聞いたプレイヤーもいるんじゃないか?」

 

その言葉に何人かのプレイヤーが頷く。

 

「ベータテスターの中にも情報提供者がいるんはわかった。けどまだワイは信用ならん。ベータテスターが初心者ほっぽり出して自分の保身に走ったのは事実や。ディアベルはん、あんたが指揮を執るならワイは抜けさせてもらうで」

「確かにベータテスターの中にはそんな人間もいるだろう、同じ括りのベータテスターを信用できない、というのは暴論だけどわからなくはない。だから俺はベータテスターじゃない、タクトさんに指揮をお願いしたい。タクトさん、答えを聞かせてください」

 

ディアベルがタクトに視線を向けるとプレイヤー達も視線を追う。

その先のタクトに見覚えがあったのだろう何人かのプレイヤーが確かにあの日演説してた人だと呟く。

タクトもこの日の為に覚悟をしてきた。

その場で立ち上がりディアベルに応える。

 

「初めまして、私がタクトです。まずはキバオウさん、それに皆さんに謝罪させてください。申し訳ありませんでした」

 

突然謝られるとは思わなかったのかキバオウが面食らった表情を浮かべる。

 

「なんやいきなり、謝るってことはあんさんもベータテスターか」

「いいえ、私が謝罪をしたのは情報が広く行き渡らず、千名もの犠牲者が出てしまった件についてです。私はベータテスターではありませんが、彼らに協力を頂いてなお、犠牲者を減らすことができなかった。その点は私の力不足です」

「はっ、信用ならんな。口ではなんとでも言える」

「そうですね、ですがその前にボスの攻略についてお話させていただきます。ボスの名前は皆さんご存知かと思いますがインファング・ザ・コボルト・ロード、取り巻きとしてルイン・コボルト・センチネルが存在すると思われます。ですがこれはベータテスト内での情報です、今回もそうとは限らない」

「私とディアベル、キリトが今まで集めた情報の中ではベータテストに登場したモンスターとボスフロアまでのモンスターは特に違いはないそうです。ですが攻撃パターンに差異が確認されています。これはディアベルに確認を取りました、確かな情報です」

 

その言葉にプレイヤー達の表情が緊迫した物へ変わる。

 

「ちょーと待ってんかい。それはつまりこの攻略会議が意味のないものに変わるかもしれない、そう言っとるんか」

 

プレイヤーを代表してキバオウが問う。

 

「ボス自体の変更がありうるかもしれない、という意味ならそうです。しかしこの会議が無意味な訳ではありません。ボス自体の変更、あるいはパターンの変更があるかもしれないという事をこの場の全員が理解する。その意味でこの会議は無駄にはなりません」

「どういうことや」

「今はベータテストではなく、本サービスだという事です。既存のモンスターに攻撃パターンの差異がある以上、登場するボスはすでに変更されている可能性をこの場の全員で理解する事で不測の事態を避けます。これから先、攻略が進むにつれてベータサービスにはなかった変更点、新階層も出てきます。その心構えを全員でしておくべきなんです」

 

考えてみれば未確認情報が出てくることは当たり前のことだ。

ベータサービスで踏破した階層は百層には程遠いはず。

 

「加えて言うならすでに情報のある分慢心の生まれやすい低階層ではそのようなことがある、という意識の有無で犠牲者は減らせると私は考えています。第一層のボスはインファング・ザ・コボルト・ロード、取り巻きにルイン・コボルト・センチネルがいると仮定します」

「ベータテストの情報では残りのヒットポイントゲージが一本になるとタルワールを装備し強力な攻撃を行ってくるとの事です。取り巻きのほうは大ボスほどの脅威はないそうですがこちらも油断はしないでください。ベータテストとは違う行動をとる可能性もあります」

「今回は集まった人数を考え六人パーティをA、B、C、D、E、のパーティに分け、残りの4人をF隊とします。ABC隊はボスの足止めを、DEF隊で取り巻きを排除しボスへ加勢する方針で攻略を進めます。見る限り今回はパーティでの参加が五つはあるようですので人員を振り分け編成します。申し訳ありませんが個人単位での参加者はパーティバランスを考えて各パーティに参加してください」

 

それぞれプレイヤー達はパーティを組み始める。

六人パーティができたのは四つ、四人パーティーが一つだ。

面識があるプレイヤーとやはり組みやすいのだろう何人かが残る。

残ったのはエギル、ディアベル、キリト、タクト、両手剣を持った大柄なプレイヤーとフードを被った比較的小柄なプレイヤーだ。

 

「ディアベルと剣で防御のできる両手剣さんはあちらの四人パーティに合流してください。それからディアベルは防御可能なプレイヤーの多い二隊と連携してABC隊を率いてください。私とキリト、エギルさんとフードの方はF隊です。ダメージディーラーの多いDE隊と連携して取り巻きを速攻で撃破しABC隊に合流します」

「また各隊の中で三名づつを前衛、後衛ととしてリーダーは後衛に入るようにしてください。仮定と異なる状況に陥った時はパーティリーダーの指示に従ってください。前衛後衛でポーションの使用時間を交代で稼ぎ、不測の事態に陥った場合にはパーティリーダーの指示に必ず従ってください」

「最後にボスへの最後の攻撃を行ったプレイヤーにLAボーナスという形で強力なドロップアイテムが付与される可能性がありますが、第一層の攻略においては獲得者にすべての権利があるとみなします。以上を基本方針として攻略を進めますが何か質問があれば挙手をお願いします」

 

流石はトッププレイヤーといったところで挙手は見当たらない。

次へ移ろうとしたところでキバオウが挙手をする。

 

「最後の最後になってあんたら以外攻撃するな。なんてことはあらへんやろな?」

「ありません。他に質問はありませんか?ないようでしたらこれから三十分のパーティミーティングの時間を取ります。その後パーティリーダーは私に誰かリーダーになったか連絡をお願いします。リーダーの確認が終わり次第ボス討伐を開始します。各自それまでに心の準備をお願いします」

 

説明が終わり各自パーティミーティングを開始する。

それぞれがトッププレイヤーだけあり皆真剣に打ち合わせをしている。

ボス討伐まであと三十分。

俺もパーティメンバーとボスの攻略のため打ち合わせを始めた。



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5 インファング・ザ・コボルド・ロード

攻略開始を目前に控え、俺達四人は打ち合わせを始める。

 

「まず私達四人のパーティのすることを確認します。私達四人はF隊として行動し、ボスとともに現れると仮定するルイン・コボルト・センチネルをDE隊と連携し早期撃破後、ABC隊の足止めする大ボスのインファング・ザ・コボルト・ロードを全隊で連携し撃破。一階層の踏破です。ここまではいいでしょうか」

「ああ」

 

キリト、エギルが相槌をうち、フードのプレイヤーは頷く。

 

「と、その前にもう一度自己紹介をしておきます。私はタクト。メインアームは片手剣です」

「俺はキリト。同じく片手剣だ」

「俺はエギル。獲物はこれだ」

 

エギルのメインアームは斧だった。

強面のこの男が装備すると無駄に強そうだ。

もっともSAOではパラメーターによって威力は計算されるので、見た目は威力に関係ないのだが。

しかし斧をメインアームにしている以上見掛け倒しという事はない。

ここに呼ばれたのは皆が皆現在のトップレベルのプレイヤーだからだ。

最後の一人、フードのプレイヤーは細剣をこちらへ見せる。

どうやらそれが彼のメインアームなのだろう。

 

「この四人であれば前衛はエギルとキリト、私と彼が後衛が良さそうですね。キリトと私は武器は同じですが私は全体への指揮も行いますので」

「なら必然的にパーティリーダーはタクトさんにやってもらう形で。俺とエギルが前衛を固めます。スイッチのタイミングはお任せします」

「ああ、それでいいだろう。」

 

エギルとキリトはそう言いフードのプレイヤーに視線をやる。

彼も反対意見は無いようだ。

その他細々とした対処法を確認し終わり、パーティを組む。

 

「ではパーティ申請を送りますのでお願いします」

「了解だ」

 

キリト、エギル、フードのプレイヤーへ順番にパーティ申請を送っていく。

だがフードの人物への申請中にタクトの手は止まってしまった。

 

「Asuna?」

「どうして私の名前を知ってるの?」

 

フードの人物が不審そうに反応する。

だがやはりその声は想定していた男の声ではなく透き通った女性の声だった。

 

「失礼しました。パーティ申請を送るときにプレイヤーネームが表示されるので」

「そうなんだ。なら別に謝る必要なんてないでしょう」

 

申請を送り受諾される。

パーティウィンドウにTakt、Kirito、Agil、Asunaの文字が表示される。

 

「いえ、女性がここにいるとは思いませんでしたので、先ほどは勘違いで男性扱いをしてしまいましたからそちらの謝罪です」

「そういうこと。それなら私が女だって言わなかったのが悪いだけ。やっぱり謝る必要なんてない。ばれちゃったなら仕方ないしこれはもういいかな」

 

そういうと彼女はフードを下し顔を上げる。

明るい栗色の髪が流れて黄色がかった薄茶色の瞳がこちらを見ている。

小ぶりだがスッと通った鼻筋の下で薄ピンクの唇が目を引く。

かなり整った容姿だが驚いたのはそこではない。

俺はその顔に見覚えがあった。

 

「アスナお嬢さん?」

「え?」

「お嬢さん?」

 

彼女が困惑した声を上げ、二人も疑問の声を上げる。

無理もない、現実世界で会ったのは一度だけ。

俺が彼女に会ったのは父に無理やり連れだされた商談の席でたまたま居合わせたアスナに自己紹介をした程度。

 

「朝倉さん?」

「アサクラさん?」

 

キリトが怪訝そうな顔でこちらを見ている。

仮想世界で現実の本名を出すのはマナー違反だ。

ゲームなんてほとんどしたことがないアスナにはそんなことはわからなかったのだろう。

説明の為に俺は事情を話す。

 

「彼女は現実世界で一度だけお会いしたことがありまして。他に呼び方も知らないと思いますのでとっさに出てしまったのだと思います」

「なるほど。でもアスナさん、今後はその名前では呼ばない方がいいですよ。ネットでは嫌がられることもありますから」

「ごめんなさい、私ネットのマナーには疎くて。Takt、タクトさんでいいのかな」

 

キリトがそういうとアスナは慌てて頭を下げた。

そこまでかしこまらなくてもいいと思うのだが。

エギルは大人の対応で聞かなかったことにしたようだ。

 

「まさかこんなところで知っている人に会えるなんて思わなくて。すみません、失礼しましたタクトさん」

「いえ、私もこんなところでお会いするとは思いませんでした。ですが今はボス討伐まで時間がありません。皆さん準備はいいですか?」

「いつでも行けますよ」

「おう、任せろ」

「ええ、行きましょう」

 

三人がそれぞれに答える。

なぜ良家のお嬢様がこんなとこをにいるのか気にはなるが今はボスの攻略が最優先だ。

装備やアイテムの確認を終えるとそろそろ定刻だ。

他パーティのリーダーも報告にきて準備は完了したとのこと。

ついに第一層のボスとの対決だ。

 

「私から言えることは一つです、皆さん、生きてこの戦いを終わらせましょう」

 

俺はディアベルに一言頼む、と視線を送る。

ディアベルは意図を呼んでくれたようだ。

 

「俺もからも一つだけ。この世界のみんなのために、勝とうぜ」

 

プレイヤー達は大きな声で答える。

そしてボスフロアの扉をあけ、全員が広間に躍り出る。

扉の先には大小二体のモンスターいる。

大きな方がインファング・ザ・コボルト・ロードだろう。今のところタルワールは装備しておらず片手にこん棒らしき武器を装備している。

取り巻きの方もルイン・コボルト・センチネルで間違いがなさそうだ。

 

「今のところは想定通りです。ABC隊はボスの足止めを。DEF隊は取り巻きの撃破です。情報と違う動きをする可能性があることを忘れないように」

 

タクトが大声で指示を出し全員が己の役割をこなす。

 

「ABC隊は連携してボスの注意を集める。前衛、厳しくなる前にスイッチだ、常に余裕をもって対処しろ」

 

ディアベルも受け持ちの隊を率いてしっかりと足止めをこなしてくれている。

俺達と合同で取り巻きの撃破に回ったDE隊もいい動きだ。

順調に取り巻きの体力を削っていく。

E隊のリーダーから一人がそろそろイエローゾーンに差し掛かると連絡が来た。

 

「一人イエローです。DEF隊後衛準備。キリトさん、タイミング任せます」

「了解です、スイッチ」

 

セリフと同時にソードスキルを放つキリト。

片手剣から放たれた三連突き、ヴォーパルストライクが命中し一瞬取り巻きがノックバックする。

そこにエギルが斧のソードスキル、スマッシュで強烈な切り下しを食らわせた。

ルイン・コボルト・センチネルが大きく体勢を崩す。

DE隊も連携して攻撃を入れ、前衛後衛が入れ替わる。

 

「入れ替わったらポーションで最大回復まで待機。何があるかわかりません、死角のフォローを頼みます」

「了解」

 

指示を出しつつ全員の戦いぶりを確認する。

アスナにはフォローが必要かと思っていたが俺は彼女を甘く見ていたいたようだ。

彼女の振るう細剣は高速でかつ的確に敵に命中している。

硬直の少ないソードスキルを織り交ぜ効果的に体力を削っていく。

恐らく総合力ではキリトや俺に劣らない。

ここまでは良いペースで削れている。

ルイン・コボルト・センチネルの体力はあと半分といったところだ。

回復が終われば次のスイッチでこいつは倒しきれる、そう判断し指示を出す。

 

「ポーションでの回復が終わり次第全員でソードスキルを打ち込んでこいつを仕留めます。最大回復したら教えてください」

「了解です、あと十秒。よし、いけます」

「各自合わせて下さい。初撃は私が行きます」

 

俺は突進突きのソードスキル、ソニックリープを放つ。

続けてDEF隊全員のソードスキルが命中し、ルイン・コボルト・センチネルは倒れる。

周囲を見渡しながら指示を出す。

 

「DEF隊全員で周囲の警戒をお願いします、回復が必要な人は今のうちに。増援がなければABC隊へ合流します。ディアベル、状況は」

「こちらはようやくボスのゲージ一本を削ったところだ、予想以上にボスのステータスが高い。なんとかイエローなった者から各々スイッチさせているが、このままだとまずい」

「わかりました。こちらはもうじき最大回復です。DEF隊で前に出ます、その内に回復を行ってください」

「助かる。ABC隊は次のスイッチで一旦下がるぞ。交代したらポーションで最大回復」

「DEF隊はディアベルのタイミングで交代に入ります。ディアベルは回復と警戒しつついつでもスイッチできるようにフォローをお願いします。タイミング任せます」

「行くぞ、スイッチ」

 

DEF隊も合流し残すは大ボスのインファング・ザ・コボルト・ロードのみ。

ボスの防御が予想以上に高かった以外は順調だ。

DEF隊もうまく攻撃をいなしている、今のところは問題ない。

ABC隊の回復が終われば押し切れるだろう。

そして二本目のヒットポイントゲージを削り終わり残り二本に差し掛かったところでインファング・ザ・コボルト・ロードは大きな咆哮を上げた。

 

「ディアベル、回復状態はどうですか?」

「九割回復しているあと十秒。ABC隊前衛は用意、よし、いいぞ、タイミング任せる」

「DEF隊下がります。交代後は回復をしつつ周囲の警戒を。行きます、スイッチ」

 

ソードスキルを放ちディアベルのABC隊と交代する。

回復をしつつ全員で周囲の警戒を行う。

後方を確認していたアスナが叫んだ。

 

「さっきの取り巻きが復活してる、でもヒットポイントは半分くらいみたい」

「体力が半減しているなら一パーティで抑えられないか?どの道このままじゃ大ボスを削り切る前にABC隊のポーションが無くなるぞ」

 

エギルの言う通りこのままでは押し切れない。

ならここは俺達で抑えるしかない。

 

「F隊で取り巻きを足止めします、DE隊はABC隊と連携して大ボスの撃破に、ディアベル、DE隊の指揮も任せますよ」

「了解した、俺は指揮に徹する。D隊は前衛と攻撃参加だ。以降同隊を攻撃隊とする。E隊はABC隊後衛と合流だ。以降同隊を防御隊とする。交代タイミングは俺が支持を執る、あと少しだ、気を抜くなよ」

「F隊は復活した取り巻きを足止めを開始します。四人同時に行きます、回復も四人の中で回します、攻撃は全部避ける気で行きますよ」

 

F隊の三人に呼び掛ける。

 

「任せてくださいタクトさん」

「油断するなよキリト、まぁ、カバーはしてやるがな」

「私達が取り巻きを抑えられれば、みんながなんとかしてくれる。行こう、タクトさん」

 

キリト、エギル、アスナが答える。

俺達は復活したルイン・コボルト・センチネルと戦闘を始める。

正面にエギル、左右に俺とキリト、背面にアスナだ。

 

「大ボス隊の邪魔をさせずに封殺します。前後左右、全方位から連携で攻めますよ」

「了解」

 

エギルの斧が足を払い、キリトと俺がわき腹を切り裂き、よろめく小型の後頭部をアスナの細剣が穿つ。

隙を見て連携を重ねていくが三隊で攻めていた先ほどまでとは火力が落ちる。

ましてや回避優先で手数も少ない、削れるゲージは多くはない。

だが大ボスを抑える本隊は順調にヒットポイントを削っている。

もうじきゲージは最後の一本になる。

 

「ディアベル」

「ああ、全員敵の攻撃に備えろ。強力な攻撃が来るぞ。あと少しだ、みんな頑張ってくれ」

 

そしてヒットポイントは残り一本となる。

ボスは装備していた武器を投げ捨て、腰に携えていた一本の武器を抜く。

刀身はタルワールの特徴である曲線を描いていない。

日本人に一番馴染みのある形状で、普通の物よりもかなり刀身が長い。

あれは・・・。

 

「キリトさん、ボスの武器は刀に類する野太刀です。あれのスキルは?」

「野太刀だって?あれは初層の敵が使うような武器じゃない、まずい全員下がれ」

「攻撃隊全員下がれ。範囲攻撃が来るぞ、とにかく下がるんだ」

 

キリトの声を聞いたディアベルが全員に交代命令を出す。

だがインファング・ザ・コボルト・ロードの攻撃の方が早い。

それを悟ったディアベルは単身、ボスへと肉薄する。

キリトが叫ぶ。

 

「馬鹿野郎なにやってんだ」

「駄目だ、後退するよりボスの攻撃の方が早い。一瞬でも誰かがソードスキルで行動遅延をしなければ」

 

ディアベルのソードスキルは発動し、インファング・ザ・コボルト・ロードに直撃する。

僅かな騒動遅延が起こり、攻撃隊は後退に成功した。

ソードスキルによる硬直中のディアベルへ野太刀の一閃が振るわれる。

当然硬直中には回避も防御もできはしない。

ディアベルは攻撃隊の後退を認めて満足そうに笑った。

ボスの攻撃がディアベルに直撃する。

誰一人として動くことはできなかった。

ただ一人攻撃隊で後退せずにいたその男以外には。

 

「このええかっこしいが、ワイはあんさんを認めてへん。せやかてこんなかっこつけも認められんわ」

 

野太刀がディアベルに吸い込まれる瞬間そこに割り込んだのはキバオウ。

武器を盾にして野太刀を受け、そのまま二人は吹き飛ばされる。

 

「キバオウ、おい、生きてるか」

 

庇われたディアベルのヒットポイントもレッドゾーン間近だ、しかし気にも留めずに立ち上がり彼はキバオウに探す。

 

「レッドじゃのうてドットやけどな、ぎりぎり生きとる」

 

立ち上がったディアベルのさらに後方でキバオウは返事をした。

後退していた攻撃隊が駆け寄り、ディアベルとキバオウを中心にして防御陣形を組み上げる。

 

「なんのためにワイが攻撃受けたんや、ディアベルはん、あんさんのやるべきことはまだあるんと違うか」

「すまない、感謝するキバオウ。防御隊はボスの相手を頼む。あの攻撃はもう見たはずだ、分散して当たれ。攻撃隊は警戒しつつ最大回復、すまないが俺とキバオウの回復時間を稼いでくれ」

 

防御隊はすぐさまボスへと向かう。

取り巻きを相手していた俺達も負けていられない。

復活した後も削られ続けたヒットポイントは残り四分の一といったところ。

 

「キリト、エギル、アスナ、俺達もこいつを片付けて応援へ向かうぞ。まさかできないなんて言わないよな」

「当たり前だ。ようやく敬語がとれたなタクト。そっちの方がらしいんじゃないのか」

 

俺の問いかけにキリトが皮肉っぽく答える。

こいつも俺に敬語が取れてるくせに。

 

「いつでもいけるぜ、タクト。これでやれなきゃ男じゃねぇ」

 

エギルは白い歯を光らせそう答える。

黒い肌とのコントラストが眩しい。

 

「もちろんです、タクトさん。私もいつでもやれるわ」

 

アスナの敬語は変わらないが雰囲気が柔らかくなった気がする。

瞳はやる気に満ちていて今にもルイン・コボルト・センチネルに突っ込んでいきそうだ。

三人の意思を確認して俺達は攻撃を仕掛ける。

 

「出し惜しみ無しだ。一気に決めるぞ」

 

一気に間合いを詰め、ソードスキルを発動させる。

まずはアスナがソードスキル、アヴォーヴで動きを止める。

動きが止まったところへエギルのソードスキル、スマッシュを叩き込む。

スマッシュの命中を確認した俺とキリトは左右からソードスキル、スラントを放つ。

 

「合わせろよ、キリト」

「任せろ、タクト」

 

左右から同時に放たれた斬撃は中心で重なりあい衝撃力を逃さず降りぬかれた。

今度こそポリゴン片を散らしながらルイン・コボルト・センチネルは消えていく。

その間大ボス隊も上手く野太刀の攻撃範囲を外しながら戦っている。

 

「ディアベル、F隊は攻撃隊に合流するぞ」

「了解だ。みんな、ここが正念場だ。次の合図で攻撃隊、防御隊は全員ソードスキルをボスに放て。俺達も全員最大回復している、いけるな、キバオウ」

「当たり前や、こんなおもろいとこてへたれられへんわ。タクトはん、合図は任せんで」

「任せろ、みんな準備は良いな。行くぞ、スイッチ」

 

スイッチを合図にボスと対面していた防御隊全員のソードスキルがボスに突き刺さる。

ボスのヒットポイントが見る見るうちに半減する。

続いてディアベルとキバオウ含む攻撃隊もスキルを放つ。

だがまだボスは倒れない。

攻撃隊も防御隊も消して短くない硬直があるはずだが彼らの表情に不安はない。

まだ攻撃は終わっていないのだから。

 

「おいしいとこやけど譲ったるわ」

「決めてくれ、みんな」

 

キバオウ、ディアベルが笑顔でそう告げる。

 

「ああ、あとは俺達F隊に任せろ」

 

これだけの期待を受けて決められないわけがない。

裂帛の気合を込めた、俺、アスナ、エギル、そしてキリトのソードスキルはがインファング・ザ・コボルト・ロードに命中する。

ポリゴン片が舞い、ファンファーレとともにCongratulationsの文字が表示される。

 

二千二十二年十二月。

この日俺達は高きアンクラッドの頂への一歩を踏み出した。



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6 つかの間の日常

俺達は団結して第一層のボスの撃破した。

犠牲者は無い。

全員で戦い、全員で生き抜いた実感がようやく沸いてくる。

 

「お疲れ様でした、タクトさん」

 

ディアベルが声を掛けてくる。

 

「ディアベル、スタンドプレーは感心しませんよ。確かに攻撃隊が後退することができたのはあなたのお陰です。でも、一歩間違えば死んでいたかもしれないんですよ」

「すまない、あの場はああするしかなかった。指揮の為一列下がっていたから丁度ボスの行動がよく見えたんだ」

「指揮のために下がっていたのに指揮官がやられたら元も子もないでしょうに。今後はこんなことがないように頼みますよ」

「ああ、可能だったらな」

 

そう言ってディアベルは苦笑を浮かべる。

恐らくそんなことをいいながらもこの男は同じことを繰り返すのだろう。

共に戦う仲間を守るためならば命は惜しまない。

 

「タクト、少しいいか?LAボーナスの事なんだが」

 

そうキリトが声を掛けてくる。

 

「俺はたまたま攻撃が最後になっただけだ。この戦いで一番活躍したのはタクトかディアベルだろ。だから二人のどちらかがもらった方がいいんじゃないかと思うんだ」

「討伐の前にその話はしただろう。そんなことをしたら揉める原因になる。キリト、お前が使うべきだ」

「そうだなキリト、俺はキバオウのお陰で拾った命があれば十分だ。それは君の物だ」

 

俺とディアベルにそう言われ、キリトはそれを受け入れた。

装備を変更しボーナスアイテム、コートオブミッドナイトを装備する。

 

「似合うじゃないか。髪の色も黒だから、黒一色で地味だけど」

「うるせー、ほっとけ」

 

キリトは拗ねたようにそっぽを向く。

 

「これでやっと第一層の攻略は完了か」

 

ディアベルがそう呟く。

 

「いや、まだだ」

 

だが俺はそれを否定する。

 

「第二層への開放が終わって初めて攻略完了だ。そうだろ?」

 

俺はニヤリと笑ってそう告げると、第二層へのアクティベートを開始した。

 

 

 

第一層完全攻略の情報が公開されるとプレイヤー達は沸いた。

ここ一ヵ月、希望となるような情報がなかったアインクラッドの住民達はそれを聞くと表情を輝かせ、皆に喧伝して回った。

 

そして次の日、ひとまず始まりの街の宿屋に戻った俺とキリト、そしてアスナはこれからの方針について打ち合わせをすることにした。

 

「さて、何となく攻略からここまで一緒に行動してきたけど二人はどうするつもりなんだ?」

 

キリトとアスナに問いかける。

 

「俺はこの一か月間ずっとタクトと一緒に行動してきたし、いまさら一人で行動する気もないからなぁ。タクト、別にいいだろ?」

「ああ、俺としてもキリトがいると心強い。アスナさんはどうします?」

「アスナでいいですよ、タクトさん。私も出来れば一緒に行動したいです。それから敬語もいりません、昨日は呼び捨てで呼んでくれたでしょう。」

「いや、あれはテンションがおかしなことになってただけで、普段から私は敬語なのですが。私としてももう少し戦力が欲しかったのでパーティを組んで行動する事にしましょうか」

「ああ、問題ない。俺には敬語は使わないんですか、タクトさん?」

「うるさいよ。お前はいいんだよ。お前も攻略の途中から敬語無くなってたし」

「ずるいですキリトくんだけ。私もアスナって呼んでください。敬語もなしですからね」

「わかった、これからよろしくなアスナ。その代わりそっちも敬語は無しだ。これでいいか?」

「よしっ、こちらこそよろしくね、タクトさん、キリトくん」

「よろしく、アスナ」

 

それから俺達は第二層攻略に向けて行動することを決め、三人でも連携方法などを話した。

ふと、気になっていたことを聞いてみる。

 

「そういえば、アスナはどうしてSAOに?ゲームには興味なんてなさそうと思ったんだけど」

「実はナーヴギアは兄の物なんだ。あの日私は母と喧嘩してしまって、気まぐれに借りてみただけで。兄は発売前から楽しみにしていたみたいで、私によくここが凄い、これをしたいって話をしていて。兄は海外出張が決まってしまって、絶対楽しいからやってみろって私に押し付けていったんです。私も喧嘩した母と話したくなくて、それで」

「なるほど。フードを被っていたことからわかります。女性一人では大変だったでしょう」

 

頼れるものも知り合いもいないアスナはとてもつらい思いをしたのだろう。

俺にはキリトがいた。

一人でボス攻略に参加できるレベルまで戦ってきたアスナの苦労は想像を絶するものに違いない。

俺はアスナの頭を慰めるように優しく撫でる。

アスナは瞳に涙を浮かべ、泣き出しそうになりそのあと怪訝な顔をした。

 

「なにこれ、ハラスメントコード?」

「ああ、それは異性に故意に触られた場合にそのプレイヤーを監獄エリアに飛ばすことができる機能なんだ。要はこれはセクハラですかってシステムが聞いているんだ」

「は?」

 

キリトが解説を入れる。

ちょっと待てなんだそれは。

俺はアスナを慰めようとしただけでそんな意図はないぞ。

 

「どうする、アスナ。君がそれを許可すればタクトを監獄送りにできるぞ?」

 

キリトがにやにやしながらアスナに言う。

 

「へぇー、そうなんだー。どうしよっかなー」

 

アスナも涙を引っ込めて、にやにやと笑顔になる。

 

「ちょっと待ってくれ、俺はただアスナが大変だったんだろうって思って。確かに勝手に頭を撫でたのは悪かったよ、でもいきなり監獄なんて行き過ぎだろう」

「冗談ですよ、冗談。あはは」

 

余程俺の焦った様が面白かったのか今度は心から楽しそうな笑みを浮かべてポップアップしたウィンドウを消す。

 

「はぁ、勘弁してくれ。でもまぁなるほど、いろいろな機能があるんだなSAOには。一人の時には知らなかったのか?」

「ええ、一人でやっていた時は、一度変なのに絡まれて、それから目立たないようにあのフードを被っていたから」

 

SAOは男性に女性が少ない。

それは単純に女性プレイヤーの割合が少ないからだ。

あの日茅場の手鏡によってプレイヤー現実の姿のままプレイすることになった。

それまで話していた見た目麗しいプレイヤーが男だったと知り激昂していたプレイヤーもいた。

アスナほどの美人になると言い寄る男も多いだろう。

と、話が脇道に逸れ過ぎたか。

 

「そろそろ出かけないか?ディアベルの話じゃ第二層はそこまで苦戦しないらしい。俺達も、うかうかしてると置いて行かれるかもしれない」

 

といったところでメッセージを受信した通知に気づく。

差出人はエギル。

内容はなにやらショップを始めるそうなので一度見に来てくれないか、とのこと。

どうやら同様のメッセージをキリト達も受け取ったらしい。

 

「とりあえずエギルのとこに行ってみるか。二人もそれでいいか?」

 

確認をとると二人とも頷く。

場所は二層の街区の一カ所だ。

転移門で二層へ移動し、目的の場所を探す。

転移門からすぐの一等地にその店はあった。

所有者が間違いないか確認し、中へ入ると見覚えのある男がそこにいた。

 

「ずいぶんいい立地だな、エギル、高かったんじゃないか?」

「来たか、タクト。なんだキリトとアスナも一緒か」

「はい、私達パーティを組むことにしたんです」

「なるほどな。一層攻略の立役者が組むのか、そりゃ楽しみだ」

「お前もだろ。かなりいい店だけど、この店どのぐらいかかったんだ?」

 

エギルが苦笑しながら答える。

 

「まぁボスから入手したコルと貯めてた分は結構使ったがな。それはさておきさっそく商談だ。お前らの使ってない装備を俺に譲ってくれないか?」

 

現状だと余った装備はNPCに雀の涙程度のコルで売却するか、欲しがっているプレイヤーを探して直接交渉するくらいしか使い道がない。

直接探すのは時間がかかるし、対人交渉は割に合わないことも多い。

 

「なるほど、俺達を呼んだのはそういう事か。基本的に使ってない装備なんてNPCに売り払うくらいしか使い道がないしな。それをエギルが買い取って、必要としているプレイヤーに販売するってところか」

「ああ、もともと考えていたことではあるんだがな。第一層の攻略ではボス討伐のメンバーは上限にはならなかっただろ?トッププレイヤーのお前らの装備ならお下がりでも、平均的なレベルの奴らからすれば十分な性能になる。あとはそれを使うプレイヤーのレベルが上がれば、ボス討伐の人員不足は解消できる。特にキリトは体防具を入手してたからな、攻略に使うレベルの装備なら二層でも通用するだろう」

 

確かにボスの戦力は多いほうがいい。

育っているプレイヤーが少なすぎた為、一層のボス討伐では欠員が出ていた。

エギルの商売は平均レベルの底上げにもなるだろう。

 

「まぁ俺もNPCに売ってはした金にするより全然儲かるからいいけど、仕入れに使うだけの金はあるのか?」

「その辺はショップの機能で便利なのがあってな。キリトは店に品物を預けてくれるだけでいい。俺が品物を店に並べて値段を登録する。あとは欲しいプレイヤーが購入するだけで自動的にお前と店に販売金額が入るってことさ。ま、利益の相談は必要だがな」

 

エギルの店は主に仲介人をする店という事だろう。

これを使えば装備品はもちろんこの先必要となってくるであろう製造クラスの素材調達なんかにも役立つに違いない。

話を聞いたキリトが呟く。

 

「なるほどな、ベータテストではなかった機能だ。店を買う資金も必要だから元手はかかるけど、それさえクリアできればそこそこに稼げそうだな」

「まぁ前線でモンスターを倒すのとそうは変わらない額だがな。で、譲ってはもらえるのか?」

 

エギルは早くこの店を軌道に乗せたいのだろう、話もそこそこに商談をまとめようとする。

 

「内訳が七:三ならいいぜ」

「おいおい、投資資金の回収もあるんだ。五:五と言いたいところだが、パーティを組んだ縁だ。六:四でどうだ?当然お前らが六だ」

「ま、妥当なところか。俺はそれでいいぜ、タクトとアスナはどうする?」

 

キリトはショップに預けることにするようだ。

専用のパネルを操作しエギルとの交渉を終える。

 

「俺もそれで構わない」

「私もお願いします、エギルさん」

 

俺達もショップ機能を使ってエギルと交渉をする。

俺がアイテムを指定し、エギルが利益販売額と利益の内訳を提示して交渉を終える。

なるほど、このシステムなら所有者と販売者は対等だ。

 

「そういえばお前ら、もう二層のフィールドには行ったのか?」

「いや、これから行こうと思ってる。先にこっちに寄ったんだ」

「ならちょうどいい、ついでにお使いを頼まれてくれないか?この街のNPCで鍛冶職の素材になるアイテムをくれる奴がいるんだが、それをうちに置きたいんだ。討伐系で難易度が高めだが、なかなか経験値も悪くない。勿論金は払う。お前らなら普通にこなせるレベルだろう、どうだ?」

 

討伐系か、エギルの見立てで問題ないならいけるだろう。

二層でレベルアップもしておきたかったところだ。

 

「ちょうどレベルもあげたかったし問題ない。二人もいいよな?」

 

反対意見はなさそうだ。

 

「それで、NPCはどこにいるんだ?」

「ああ、この店を出て左へ進むと教会がある、そこの二軒隣の建物だ。中にいる老婆が開始NPCだ」

「了解した、それじゃ行ってくる。装備の販売は頼んだ」

 

俺達はエギルの店を後にして目的のNPCへと向かった。



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