ガンパレード・マーチ episode OVERS (両生金魚)
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OPENING

A:

Aドライブは存在していません。

α:>autoexec.bat

α:>update.bat

OVERS Systemをアップデートしています。

DOLL PLAYER SYSTEMをアップデートしています。

α:>GunparadeNovel.exe

********************

*それは何者をも殺さぬために建造されし*

*   何もかも殺すプログラム    *

********************

 

 

 

for all old boy to all new boy.

ゆめが人をくるしめるのなら

ゆめが人をたすけることもできるはずだ。

ゆえにわれわれはこのプログラムを建造する。

力のかぎり。われわれがわれわれたるために。

 

OVERS System

ver 1.00

.....boot

 

OVERS System は全介入者の同一存在を

生成しています…

 

DOLL PLAYER SYSTEM

ver 1.00

.....boot

 

*警告*

外部からのアクセスが行わ

.

.

.

download mods.7z **********/**********

download modslist.bat ***/***

 

時が流れて新たなるプログラム、新たなるシステム、新たなるUIが生まれ続けた。

古き時代にて大きな力となるように我々は願いを込めて最適化をしたつもりだ。

どうかこのプログラム達が君たちの力になりますように

 

Yagami

 

α:>modslist.bat

 

*警告*

このファイルは既存のファイルに大きな影響を与えるかもしれません

実行しますか?(Y/n)

Y

機能を追加しています……

導入が完了しました。

 

 

 

 

 

PUSH START BUTTON

 

 

私の名はOVERS・SYSTEM。

貴方とともに戦う未来予測システム。貴方の友。

 

状況を手短に説明します。

貴方が投入されるのは1999年の日本の熊本です。

 

熊本は現在、日本国本州を護る最後の盾となっており、

そこでは日夜自衛軍及び学兵達が幻獣と血みどろの戦闘を繰り広げています。

 

戦力比は1998年の時点で幻獣側100に対して人類側は1です。そして今も尚、その差は開き続けています。

貴方の目的は、人類側の1学兵として戦争に参加し、人類の自治権及び生存権の確保、そして日本国の存続です。

 

その方法は介入者である貴方に一任します。

可能な限り人的被害を減らして下さい。

 

 

我々の最終目標は

介入者である貴方や私が居ない状況で、

人類に100年の平和及び自治権を約束することです。

 

貴方に与えられた介入期間は

介入先の世界時間で2年です。

 

 

我々は介入先の世界では

本来存在してはならない異分子です。

我々は我々の存在意義を無くすために

この物語に介入します。

 

 

貴方の介入先は、5121小隊というかき集められた約十万学兵の内のただの1小隊です。

貴方はその中の独りの人間として介入します。

 

扱えるのはたった一人の人間ですが、大丈夫。

貴方はこれまでも、色々なゲーム世界を渡り、様々な物語を見てきて

平和への手段を学び続けてきたはずです。

 

我々は不可能を可能にする存在です。

それが一例増えるだけのこと。

 

一人と一プログラムと一小隊で、

終わりなき戦いを呼ぶシステム、

すなわち運命を叩き潰す介入を始めましょう。

 

これで説明は終了です。

後は、貴方の戦友たちとなる英雄の卵たちと共に伝説を作り上げて下さい。

 

それでは戦いを始めましょう。

 

私の名はOVERS・SYSTEM。

絢爛舞踏の一人として、

平和な未来を託されたプログラム。

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。目を開くと、女子学生達が話す姿が見える。座り心地と振動から察するに、どうやらバスの座席に座っているようだ。朝、周りには多数の学生が乗っている。膝の上に載せていたリュックの中には体操服に雑貨に現金に身分証明証。腕時計を確認すれば、今日は1999年の3月2日、ただ今午前7時52分。荷物を一通り確認した後、周りを見渡す。

 時期を考えれば随分と多い女学生達は、学兵としての訓練のために通っているのだろう。笑顔でおしゃべりに花を咲かせる表情の中に、拭い切れない死への不安が見える。

 

「次は、尚敬高校前、尚敬高校前。お降りの際は、お近くのボタンをお押し下さい。」

 

 観察をしていると、車掌のアナウンスが流れた。電子マネーなど無い時代。知っている物より質の悪い、くすんだ色の硬貨で支払い、バスを降りる。校門を抜け、女学生たちと離れて片隅の校舎――と名付けられたプレハブ前へ歩いて行く。

 視線の先に、ボストンバックを地面に下ろし立ち尽くす少年が居た。後ろから近づき、声をかける。

 

「やっ、君もここに通うのかい?」

 

 びっくりした表情で振り向く少年。そして取り繕ったかのような笑顔を貼り付けた。

 

「えっ、あっ、うん、そうなんだ。」

 

「そっか、じゃあこれから戦友だね!自分は猫宮悠輝。宜しくっ!」

 

 手を上げて人懐っこそうに挨拶をする猫宮。そしてそれに返す少年。

 

「僕は……僕は、速水厚志。」

 

 顔を赤くしながら返す速水。そして一緒に2階の教室へと入っていく。

 

 ――これが、一人と一プログラムによる世界を救う介入の始まり。今日、この時より運命は変わっていく。

 




原作ゲームを購入してから16年、榊ガンパレを追い続けて15年弱。あまりにも榊ガンパレのSSが少ないので自分で書いてしまいました。
あまり文章の上手くない筆者では有りますが、よろしければどうぞお付き合い下さいませ。

なお、後からクロスオーバーキャラも登場させる予定です。


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オリジナルキャラクター設定(ネタバレ注意)

作る作ると言っておきながら遅くなって申し訳ございませんでした……
これは原作の榊ガンパレに出てこないオリジナルキャラクター達の紹介になります。
【善行小隊の日常】までのネタバレが有るのでご注意ください。


猫宮悠輝(HOUND OF SOCKS HUNTER)

 

 主人公であり、幾多の世界を救ってきたプレイヤーの分身としての存在。あえて容姿などをぼかす事で感情移入をしてもらいやすくしている。

 数々の世界に介入・観測を行い続けた結果単純な戦闘技量は人類を超え絢爛舞踏と呼ばれる領域に到達している。が、それでもやはり一人なのだ。それを補うために一小隊を超え戦隊を超え学兵を超え自衛軍を超え経済にまで介入を始めている。

 

 また義体に様々な機能がインストールされており様々なゲームキャラの能力が使える。一例を出すと思考加速・敵の気配や地形を察知する鷹の目・攻撃補助システムのO.A.T.Sなどである。

 更に戦闘だけでなく兵器の整備やプログラミング、料理など様々な世界の経験を元にしたプラグインもインストール済み。

 姓の由来は猫から。物語ではとっても強い竜がとっても強い虎と戦い竜虎相打つ。だが神話では竜猫相打つ。普段人の膝の上でのんびりしている猫が、いざという時にとっても強い竜と戦う。だから神話として語り継がれる。

 名の由来は感じそのまま悠久の時を輝く者。輝き続ける者。

 

 

 突如生徒会連合に現れた希望の星。ソックスハンターがハントしている現場に偶然出くわして叩きのめしたところ風紀委員に勧誘される。ソックスの香りをその身に宿したハンターに対抗できる数少ない人間である。彼の現れるところ、ソックスは次々と元の色合いを取り戻し、その生地からは洗剤と芳香剤の香りが漂い清潔になる。

 

 

 

津田優里【episode ONE】『学兵という生き物』

 

 2088オートバイ小隊所属、登場時は戦士。徴兵された典型的な女子学生の一人。彼女の所属している小隊は必要最低限、一人につき小銃にハンドガンに手榴弾1といった装備しか渡されなかった上オートバイ小隊と言うことで最低限の教育すらなされなかった。

 一人、また一人とクラスメイトが消えていく現状、思いつめて裏マーケットで何か武器はないかと彷徨っていた時に猫宮を見つける。

 その素人目にも尋常ではない整備の腕を見て藁にも縋った結果大きく運命を変えた。以来、猫宮の臨時訓練には出来る限り顔を出し手伝い続ける。人を救い続ける猫宮に感化され、とうとう九州撤退戦を生き抜いた後も戦うことを決意した。

 なお、史実では人知れず戦死している。

 

 

矢作満【episode ONE】『学兵という生き物』

 

 初出は『学兵という生き物』で階級は曹長。名前が出たのは『もう一度、残酷な運命に』 

 主に熊本市内を担当している憲兵であり、1小隊程を指揮している。何度も何度も何度も何度も問題を起こした学兵を連れてくる猫宮と顔見知りになり、学兵を助けていく姿を見てだんだんと手を貸すようになっていく。

 だが、猫宮が次々に実施する訓練や5121の挙げる戦果、そして共生派まで捕縛してくるようになって、深く調べるようになったところ、動物との関わりを突き止める。

 激化していく共生派との争いで猫宮、そして動物たちの助力も有り頭一つ抜けた成果を上げ、撤退戦時にも最後まで前行戦隊を裏から支え本土へと戻った時に昇進を勝ち取った。

 なお、権限は増えたがやっていることは相変わらず猫宮関連の手伝いであった。

 史実では九州奪還戦の時に共生派との戦いで戦死している。

 

 

玉島聡史【外伝】『変わる、運命』

 

 登場時は十翼長。徴兵された学生、徴兵された後に不良となった。典型的な男子学生の1クラスで作られた戦車随伴歩兵の隊の隊長であり、同じ不良仲間を集めカツアゲなどを行っていたところ猫宮にぶちのめされた。

 明日も知れぬ命故に荒んでいたところを猫宮に出会い訓練を施され端末を渡されたことで、死の運命から外れた一人。

 熊本城攻防戦、九州撤退戦を幸運にも生き延び、その後も戦うことを決意。自衛軍へと入隊した。自衛軍入隊後はその経歴を買われ橋爪と同じくいきなり軍曹として、実戦経験に乏しい部下たち、そして上司を支える貴重な下士官となる。

 橋爪と似たポジションであり、熊本で戦い抜いた一兵卒としてキャラを作った。

 なお、史実では不知火での戦いで隊が全滅、戦死している。

 

 

芝村泰守【5121小隊と黒森峰戦車中隊と猫宮の日常】『助けて繋がりまた助け』

 

 登場時は中尉。本来は5121小隊の日常Ⅱで殺されるちょい役の芝村で、名前すら無かった。

 書いた論文に治安維持などが有るとの情報があったので抜擢。九州撤退後に復興や避難など、銃後に関われるキャラクターとして生存・構築した。

 典型的な男の芝村らしく性格がひねくれ曲がっていて傲慢でデブは有るが優秀。助けられた猫宮を気に入り銃後の避難誘導などの制度をかなり強引に整えた。

 反発なども勿論有ったがその正しさは幻獣の奇襲攻撃の時に証明された。

 

 

四月一日玲奈【外伝】『四月一日玲奈』

 

 登場時は戦士。熊本城決戦の直前で徴兵された女学生の一人。

 扱いとしては完全な捨て駒であり、銃の撃ち方だけ教えられて戦場へと放り出された。当然、生き残れるはずも無かったのだが何かの原因で彼女だけが生き延びてしまった。

 それからただ宛も無く街を彷徨っていたところを他の脱走兵に襲われた。ただ、そこで見せた脱走兵の反応が、空っぽの彼女の何かを変えた。彼女に生まれたちっぽけなちっぽけな優しさが、脱走兵をも変えた。

 以来、街でただ傷ついた男たちを慰めていた。その後は猫宮と出会い適当な隊へと拾われ、あれよあれよと生き延びてしまった。

 戦争の狂気が生んでしまった一面として作ったキャラ。優しい方向に狂っているとも言えるし、ただあまりにも優しいだけとも言える。ただ一人、生き残ってしまった彼女は何を思って生きるのだろうか。

 なお、史実では熊本城攻防戦時に戦死している。

 

 

久場友仁【瓦礫の街で】『常識人は苦労人枠?』

 

 登場時は大尉。会津閥の若手俊英の一人。

 5121の活躍及び黒森峰との合同作戦での目の向くような戦果に興味を持ち、同僚たちと共に研究や猫宮との交流を重ねる。

 初めは私的な研究会程度で有ったが次々と報告される戦果は次々に閥の軍人たちの興味を引き寄せ、熊本城決戦後に上層部の目にも留まる。

 個人的な興味も有り、同僚たちとの協議の末更に深く学ぶ必要があると判断、そこで久場が5121に出向する事となった。

 軍人としては実直さと柔軟さが同居しており基本的な能力も高い上、相手に合わせることも出来る正に俊英である。

 出向からの数少ない出撃、及び撤退戦の最中の戦闘で綿が水を染み込ませるように次々と人型戦車の戦術を学び取っていった。

 本土へ帰還後少佐へと昇進。更に薩摩・会津の合同で設立された人型戦車小隊を含む戦隊の指揮官として抜擢されることとなった。

 なお、史実では九州奪還時、山川・泉野の指揮下の元包囲され戦死している。

 

 

 

 

 

 




こうして振り返ると90話分も書いているのに完全オリジナルなキャラクターは本当に少ないですね。それだけ原作の榊ガンパレに出てくるキャラが多い証拠でしょうか?

そして本編の方が遅くなりすぎて本当に申し訳ございませんでした……。緑の章のキャラが中々動かしにくくずっと詰まっていました……。本編を書く前に一度外伝などでリハビリをするべきでしょうかね……?


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外伝
知られざる闘い――月は堕ちた【episode TWO前後】


これは、闇に葬られた知られざる戦いの歴史、その一ページ


 窓の無い、裸電球だけが吊るしてあるコンクリートで囲われた部屋。一面には、マジックミラーが張られている。そこに、「パァン!」と弾けるような音が響いた。

 

「――どうだ、吐く気になったかね?」 

 

 ねっとりと、絡みつくような口調でその尋問者は言った。ボルサリーノを被り、コートを着ている気障な男だ。

 

 苦痛に顔を歪ませる男が椅子に縛り付けられ、顔の向きまで固定されている。だが、目の前の惨劇を尋問者に見せつけられてなお、折れぬ闘志がその顔に宿っていた。

 

「くっ! やるなら、一思いにやれっ!」 

 

 怒りに満ちた表情だ。決意も堅い。長時間苦痛に晒されても、彼には守るべき者が有った。

 

「やる? とんでもない。命は大事だ。――それに、貴方にも協力してもらいたいと思っている」

 

 コツコツと歩み寄り、顔を寄せ男の肩を優しく叩く。

 

「協力だと、巫山戯るな! 俺は、俺は仲間を決して売らない!」

 

 唾を吐きかけ尋問者の顔に吐きかける男。だが、尋問者は怒りの欠片も見せずにハンカチで顔を拭いた。

 

「良い仲間意識だ。さぞ信頼も厚いのだろう。ああ、それ故に多くの情報を持っているのだろうが――教えてもらえないのが残念だ」

 

 首を横に振り体全身を使って残念なしぐさを表す。やけに芝居がかったその口調と仕草が、男の勘定を逆なでする。

 

「貴様の様な奴には解るまい、俺達の絆が――例え、俺が消えても俺の大切な物は残る!」

 

 眩しかった。こんな異臭のする光刺さない世界で、男は輝いていた。それ故に、尋問者は何とも残念だった。この輝きがもう二度と見れなくなることが。

 

「そうか――出来れば穏便に済ませたかったのだが――時間が無い。強引な手段を使わせてもらおう――」

 

 端末を取り出すと、何処かへ連絡を入れる尋問者。「そう、そうだ。ああ、彼は強情なのでね」

 

「っ!」

 

 今までの尋問が強引では無かったのか!? 驚愕する男。だが、覚悟は決まっていた。何があろうとも口を割らないと。そう、それを見るまでは。

 

 ドアが開くと、男の表情は凍りついた。まるで空気が急激に薄くなったかのように、呼吸が早くなる。

 

「そ、それ、は……」

 

「そうだ。貴方の大切なものの片割れだ――。勿論、もう一つの方も我々は確保しているがね」

 

 信じられなかった。信じたくは無かった。あれは、仲間が護っていた筈――なのに、なのに何故――。

 

「分かるだろう? ここにこれが有る意味が。そう、貴方の仲間は貴方程仲間想いでは無かったらしい」

 

 なんという悲劇だろうか。男の口調は悲しそうだった。

 

「そんな、嘘だ、嘘だ、嘘だ……!」

 

 必死に目の前の現実を否定しようと、必死に頭を振る男。

 

「おや、貴方なら嘘か真か分かる筈だ――。ほら、よく確認すると良い」

 

 それが、男の側に寄せられる。心が必死に否定しようと、目を瞑っても分かってしまう。頭がくらくらする。意識が遠のく。これは、これは、これは――。男の魂が理解していた。これは、間違いなく本物であった。

 

「貴方が否定し続けるなら、残念ながらこれを穢さなければならない――。この液体がかかれば、これはもう二度と治すことは出来ないだろう――」

 

 尋問者は近くのテーブルからビーカーを取った。強烈な薬品臭い。これは、これは、猛毒だ。嫌だ、嫌だ、止めてくれ……!

 

「や、止めてくれ……お願いだ……」

 

 男は震える声で懇願した。

 

「ああ、止めようとも。貴方が頷いてくれればすぐにでも。そうすれば、前の貴方の仲間に変わり、我々が貴方の友となるのだ――」

 

 尋問者の声は猛毒であった。人の魂を穢し、弱らせ、毒を染みこませる。だが、それでも男は最後の一線に踏み止まっていた。

 

「そうか、では残念だ。」 

 

 また、尋問者は悲しそうに首を振った。ビーカーを少しずつ傾ける。

 

「あ、あ、あ、あ……」 

 

 壊れてしまう。他のすべての想いが消え、それだけが男の心を占めた。

 

「わ、分かった。協力する。だから、だから、お願いだ――」

 

 心が折れた。男の輝きはもう、何処にも見えなかった。

 

「そうか、そうか、ありがとう友よ」 

 

 尋問者は優しい声色でそう囁いた。

 男は、それから知っている限りのことを話した。アジトの位置、会合の場所、隠し場所等――。

 いつの間にか、尋問者の後ろでは多数の人間が情報を纏めていた。

 

「友よ、まずは貴方に礼をしよう。貴方の大切なものはそのまま貴方に引き渡そう」

 

 息を吐いた。心から、男は安堵していた。「だが」 だが?男は即座に顔を上げた。なんだ? 一体何だと言うのだ?

 

「貴方に罰も与えよう。長い間粘られたおかげで、既にアジトはもぬけの殻だったのだ」 

 

 悲しそうに尋問者は首を振ると、ビーカーを持ち上げた。

 

「お、おい、止めろ、話が、話が違う!」

 

 何とか阻止しようと暴れる男。だが、無情にも頑丈な椅子と拘束具はびくともしなかった。ほんの2mも無い距離が、男には絶望的に遠く感じられた。

 

「そう、これは契約の証」 傾いたビーカーから液体が流れる。少しずつ浸され、変色していく。

 

「あ、あ、あ、あ、あ……」

 

「我々の友情の。慈悲と罰を象徴する我々の聖像(イコン)

 

 時の流れのように少しずつ変わったそれは、時の流れのようにもう元には戻らない。

 

「安心し給え。もう片方には誓って手を出さない」

 

 片割れを取り出し、テーブルの上に置くと、尋問者は背を向けた。ゆっくりと唯一のドアへと歩いて行く。

 

「あ、あ、あ、うあ、うあああああ、うああああああああああああああ」

 

 意味の成さない声が男から発せられ続ける。ドアを開け、閉める直前に尋問者はこう言った。

 

「ああ、そうそう。君の友だったものは、最後まで君を裏切らなかったよ――」

 

 そう言うと、ドアが閉じて男は独りになった。拘束具が外れると、男はそれを掻き抱いた。

 

「うあ、うあ、うああああ、うああああああああああああああ!」

 

 灰色の生地にうさぎと月のアップリケ。独り野で月を見上げる様からその銘は孤月。その片割れは、強力な洗剤に浸され永遠にその香りを失った。男側にはたらいと洗濯板が有り、周囲には男が大切にしていたコレクションが丁重に洗われ干されていた。尋問者は、手首の強烈なスナップだけで余分な水を弾き飛ばしてそれで凄まじい音がしたのだ。

 

 大切なものの片割れを失い、友を裏切った彼には、もうハンターに戻る道は残されていなかった。彼は、少なくともそう己が魂に烙印を押してしまったのだ。こうして、生徒会に新たなスパイが生まれることとなる。

 

 独りの御曹司が家で客を歓待していた。髪の長い、好青年である。と、青年の携帯電話が何時もと違うメロディを流した。

 

「おっと、失礼。緊急の電話のようです」

 

「ええ、お構い無く。紅茶が美味しいので、ゆっくり楽しませて貰いますよ」

 

 品の良い紳士はそう笑顔で青年を見送った。

 部屋を幾つか跨ぎ鍵を掛けると、青年は表情を変え電話に出た。

 

「どうした、バット。定時連絡の時間では無い筈だが」

 

 青年は嫌な予感がした。電話の相手は、この件で無駄なことをする男ではない。

 

「支部の一つが奇襲を受けて陥落。幾人かが敵の手に落ちました」

 

 途端に顔を険しくする青年。

 

「馬鹿な、あそこは極秘だった筈……!」

 

 焦りが浮かんだ。ハンターの結束は堅い。まさか裏切り者がいるとは思いたくもなかった。

 

「ここ最近、生徒会連合に一人の男が加入したそうです。コードネームはホッシュ(HOSH)。Hound of Socks Hunter ……我々を狩る者のようです」

 

 電話先の声には、強い警戒心が有った。

 

「Hound of Socks Hunter ......」

 

 忌々しそうに青年が言った。とてつもなく強大な敵が現れたような気がしたのだ。

 

「そして、もう一つ。未確認情報ですが孤月が奪われたようです」

 

「なんだと!?」

 

 ば、馬鹿な……あれの警備には、最新の技術と莫大な金が掛けられていたはず――。

 

「タイガー。これから暫く活動は最小限に。我々に、大きな嵐が来る予感がします」

 

 電話先の男からギャグがまるで飛ばない。つまり、それほどの事態と言う事だ。

 

「分かった――。では、用事があるのでここで切る。何か情報が入り次第また教えてくれ」

 

 そう言うと、タイガーと呼ばれた青年は携帯を切った。

 

「嵐、か……」 

 

 青年はそう呟くと、客を歓待するために戻っていった。終われば、直ぐにコレクションの警備を極秘で見なおすつもりだった。

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 ふぃーとボルサリーノとコートを外す猫宮。そして念入りに手洗いをする。

 

「お疲れ様です!」

 

 周りの生徒会や風紀員が敬礼をしてお茶を渡す。

 

「お、ありがとう」 受け取ると一息に飲み干す猫宮。異臭の漂う空間に長く居たため鼻が若干麻痺していたが、それでもお茶が美味しかった。

 

 猫宮が脱いだボルサリーノとコートは、風紀委員が念入りに消臭をしている。

 

「流石は猫宮さんです!」

 

「何人ものハンターをこちらに堕とした手腕、流石です!」

 

「ふふっ、まあ女の子にあれはキツイだろうからね」

 

 数ヶ月物のソックスを大量に抱えて一部屋に篭もるとか洗濯板で洗濯するなどは、流石に年頃の乙女には過酷すぎた。故に、この方法を行える猫宮は頼りにされていたのである。

 

「じゃあ、そろそろ転びハンターにもこの方法をさせてみようか。元ハンターが仲間の目の前でソックスを洗濯する――きっと心に来るよね」

 

『流石です!』 

 

 と周りの子達が言った。こうして、猫宮はハンター達からは死神のように恐れられ、忌み嫌われる事となる。

 これは生徒会連合とソックスハンター達の、知られざる(つーか知らせられない)戦いの歴史の一ページ。

 

 

 

 

 

 終われ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




朝っぱらから何書いてるんだろう、俺。
尋問中の声のイメージはCV:土師孝也 と言うかスカルフェイス。
続きは……気が向いたら書くかもしれない。


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黒森峰戦車中隊、前へ!【OPENING前】

完全オリジナルのアナザー。これから彼女達はこの物語で重要な役割を担っていくことになります。


 夕刻、西住しほは二人の娘と向かい合って座っていた。二人共ある程度の予感があったのだろう。緊張した面持ちだ。

 

「みほ。まほ。あなた達に召集令状が届きました。二日後には黒森峰女学園に教官が来ます。あなた達は戦車兵として訓練されることとなりました」

 

「はい」

 

「は、はいっ」

 

 彼女の娘はそれぞれが、真剣な顔でこの事実を受け止めている。だが、それだけに――それだけに、その少女の顔に残るあどけなさがよく分かった。

 

 西住しほは、会津閥と薩摩閥の両方に所属しているとも言える軍人である。成長著しい芝村閥に対抗するため、会津閥と薩摩閥の融和の一つとして、薩摩閥である彼女は、会津閥である夫とお見合いの後結婚することとなったのだ。

 彼女は代々軍人の家系だった。自分もまた軍人になるように生きてきたし、結婚相手が決められてしまうのも仕方のない事だと割りきっていた。だが、お互いにとって幸運な事に西住しほは良き妻であり、入婿としてやってきた常夫は良き夫であった。

 やがて二人の子を儲け、軍人としても階級もゆっくりと、しかし順当に上げていった。だが、幸せは長くは続かなかった。

 

 1996年、西住常夫の大陸への出征が決まる。日に日に日本へ近づいてくる幻獣の波に対処するため、日本政府も次々と大陸への出征を決めていた。常夫もまた、その一員に選ばれたのだ。

 残される三人を前に、きっと帰ってくると笑顔で行った常夫であったが、三人はもう二度と常夫の顔を見ることはなかった。

 1997年、ユーラシアから人間は公式に生存圏から消えた。西住家には、常夫の代わりに二階級特進の知らせと傷ついた獅子勲章、そして大陸で勇敢に戦った英雄の意思を次いで戦う妻という物語が与えられた。しほは、弱音を誰にも吐くことが出来ず、夜に独りで泣く事しか出来なかった。

 1998年、しほは八代会戦へと参戦する。圧倒的な幻獣の群に、同地の8割以上を焦土として闘い、しほは損害率62.5%の戦場を生き延びた。そして彼女には昇進とまた耳障りの良い英雄としての物語が与えられた。

 1999年、政府は14歳から17歳までの少年少女を即席の兵士として集める法案を可決。西住まほと西住みほも、その対象に入っていた。そして、政府高官や軍首脳部の子供達が徴兵を逃れられる中、「英雄」の一家である西住家では、その様な手段は使えなかった。むしろ、学兵の広告塔として真っ先にみほとまほの姉妹は徴兵されることとなった。

 

 国の為、民の為、そして我が子たちの為、この身や夫を捧げてきた。だが、国はまだ足りないと言う。――何も出来ない自分が、酷く無力に思えた。

 

「あなた達は、西住家の者です。故に、ずっと注目され続ける事となります。常に、西住の名に恥じない立ち振舞を意識しなさい」

 

「はい」

 

「は、はいっ」

 

 厳しい母の言葉に、緊張した面持ちで返事をする二人。出てくる言葉は皆、母としての言葉ではなく、軍人としての言葉だった。

 

「最後に。――必ず、生きて戻ってくるように」

 

『はいっ!』

 

 だから、最後に母が出した優しさ――言葉に、二人は強い決意で頷いた。

 

 

 二日後、黒森峰女学園の戦車兵の「志願者」達は、校庭に集められ一糸乱れぬ整列をしていた。校長や教頭、教師の言葉が延々と続いた後、自衛軍の制服を着た女性が壇上に上がる。

 

「自衛軍から教官としてやってきた蝶野亜美中尉よ。これから短い間だけどみんなにに士魂号L型を教えることになるわ。まあ、長々と喋るのも教えるのもなんだし、まずは全員シミュレータールームへと駆け足!」

 

『は、はいっ!』

 

 いきなりシミュレーターを使えとの発言に驚く全員。だが、驚きつつもいきなりシミュレーターに触れられるとの事で全員が何処か高揚した気分を持っていたかもしれない。

 

「みんなが乗る士魂号L型は運転手、砲手、車長、装填手の4人で操縦することになるわ。という訳で、まずは4人組を作って各シミュレーターに入ること! それから色々と役割を変えて色々と動かしてみなさい!」

 

『はいっ!』

 

 みんなが思い思いに4人組を作りシミュレーターへ入っていった。おっかなびっくり様々な役割と試す少女たち。それを蝶野は一つ一つチェックをしていって適性をおおまかに振り分けていった。自衛軍ならきちんと様々な適性検査等をするのだが、彼女たちには時間がなかった。だから、彼女たちの直感やひらめきを重要視するようにしたのだ。適性が無い子でも、装填手にすれば単純な反復運動なので慣れれば誰でもある程度には出来るという計算もあった。

 

 幾度かの休憩を挟みつつ、くたくたになるまでシミュレーターへと入り続けた少女たち。その様子を見て、蝶野は満足そうに頷いた。

 

「よし、みんなやる気が溢れていて良いわね。じゃあ明日から基本的な体づくりに加えて座学、そしてシミュレーター訓練を交えるわ。以上、今日は解散。しっかり食べてしっかり休むこと!」

 

『はい!』

 

 

 解散してまほとみほも帰ろうとした時、蝶野から声がかかった。

 

「はぁい、西住まほさんとみほさんね。西住准将はお元気かしら?」

 

「は、はい、元気です」 ぺこりとお辞儀をしつつ答えるみほ

 

「そう、良かった……中々お会いする機会がなくて」

 

 嬉しそうにする蝶野。

 

「教官は、母とはお知り合いですか?」 まほが尋ねた。

 

「ええ、八代会戦で、あの人の部下だったの。――手紙でね、あなた達を含めて学兵の子たちをよろしく頼むって」

 

「そうだったのですか……」

 

「――あなた達を、出来る限り生き残れるようにするわ。だからその分ビシビシ行くけど、しっかりついて来てね」

 

『はい!』

 

 心から子供達を想う蝶野に、二人はそう返した。

 

 

 次の日から、戦車兵としての総合的な訓練が始まった。ウォードレスの着方からメンテナンス方法、戦車の簡易的な整備からアサルトライフルやハンドガンの撃ち方、戦車を動かす上での座学等々――。

 

 通常の授業は全て脇へ追いやられ、兎に角生きるための速成訓練が行われた。蝶野の口調は優しげながらも厳しいスケジュールで彼女たちをしごき、彼女たちもまたそれによくついていった。後から徴兵されていく戦車随伴歩兵の学兵たちとは違い、初期から訓練を受けている彼女たちの士気は平均的に高かったのだ。

 

 様々な訓練を行っていく内に、少女たちの意外な才能が開花していく。寡黙でおとなしい少女が目を見張るほどのアグレッシブな操縦技術を身に着けたり、明るく大雑把な少女が砲撃となると意外な計算高さと勘で次々と難しい目標に命中させて行ったりと。

 

 そして、指揮能力だ。この黒森峰女学園の戦車兵候補達の中では、特に三人の才能が際立った。沈着冷静で、常に安定した戦術と対処を指示していける西住まほ。命令を順守し、またその時々に応じて状況を判断して確実に任務を遂行できる逸見エリカ。柔軟な発想により、地形や状況を利用して多数の敵を撃破し不利を凌いでいける西住みほ。

 全員の話し合い及び教官の判断により、この3台を率いる小隊長をすることが決まった。1小隊に士魂号L型が3台、3小隊で1中隊の編成、この9台で黒森峰戦車中隊となる。

 中隊長はまた話し合いで、第1小隊小隊長兼中隊長に西住まほを。副官として、第2小隊小隊長逸見エリカを置き、西住みほは第3小隊で状況に応じて別働隊のような役割もしたりする。

 

 訓練開始から3週間も過ぎた頃、黒森峰女学園へと軍広報からの取材が来た。

 

「今日、私5時半に起きちゃった。お風呂入ってドライヤーかけてお化粧して……」

 

「いやいや遅い遅い、私なんて5時だよ?」

 

「ふっふっふ、あんた達情報が遅いね。軍広報が来るんだから、メイクアーティストも来るに決まってるじゃない! 私はその人達にやってもーらおっ!」

 

「「あっ! ずるーい!」」

 

 テレビに映る為か、キャピキャピとはしゃぐ少女たち。

 

「まったく。弛んでいますね、隊長……って、隊長!?」

 

 そんな様子をやれやれと見ていたエリカ。だが、まほの方を見て驚いた。

 

「まあそう言うな。訓練漬けの毎日だからな。少し位息抜きがあっても良いだろう」

 

 そこには妹の顔に真剣に化粧を施している姉が居た。常々思っていたことだが、やはりこの姉は妹思いらしい。

 

「くっ……」 羨ましそうな顔で見るエリカ。それを見てみほが苦笑する。

 

「あはははははは……あ、そうだ、私が終わったらエリカさんにもやってあげましょうよ」

 

「そうだな。エリカ、もう少し待っていてくれ」

 

「は、はい、了解です!」 途端に嬉しそうな顔になるから現金なものである。

 

 と、そんな風にはしゃいでいる時に蝶野が来た。

 

「はい、みんな注目。これからリハーサルの為の台本配るから、読んでおいてね。あ、隊長3人は特にセリフが多いから頑張って」

 

『はいっ!』

 

 蝶野の言葉に、元気よく返事をする少女たち。言わされる言葉も表情も決まっていたが、それでもテレビに出れて楽しかったのだ。それに、宣伝されることで補給等も優先される――と言う即物的な打算も有った。

 だからこそ、みほも、まほも、プロパガンダに使われるという事を我慢できたのかもしれない。

 

 何度かのリハーサルの後、本番が撮られ、編集され放映される。

 

「――はい。大陸で立派に戦った父や、八代会戦で戦い抜いた母の様に、私達も幻獣たちと命あるかぎり闘いぬく所存です」

 

 一糸乱れぬ列を作り、決められた言葉を偽りの感情を込めて話すその姿が、日本中へ。また、一部は他の国へも流れる。その姿を離れた場所からテレビで見る母は、どうしようもない、悲しさを覚えるのだった。

 

 毎日が忙しく、また体も頭もクタクタになるまで使う毎日だった。だが、何処かやりがいがあり、まるで部活動をしているような感覚だったかもしれない。――その時が来るまでは。

 

 

 1999年3月初旬早朝。朝は、かつて無いほど真剣な面持ちの教官の一言から始まった。

 

「皆さんの初陣が決まりました。出撃は3日後。1中隊全員でです。各自、遺書を用意しておくように」

 

 教室の空気が、一瞬で凍った。だが、そんな中まほは冷静に手を挙げる。

 

「教官、通例によれば1年は編成訓練の時間が与えられるはずですが」

 

 だが、それに沈痛な表情で蝶野は答える。

 

「……皆さんの卒業が早まりました。正規の教育期間は6ヶ月ですが、これからは1ヶ月にと。――あなた達は十分訓練したとの、司令部の判断です」

 

「………………」

 

 みんなの表情が、様々に変わる。怯え、怒り、恐怖、絶望――ただ、明るい表情は一つとしてなかった。

 

「……なるべく、敵の少ない戦区に回してもらうように掛けあってみます。ただ、覚悟はしておいてください」

 

 返事を、みんなする事ができなかった。

 

「――教官、指導を。少しでも、生き残る確率を増やすために」 

 

 だが、そんな空気をまほが破った。目には強い意志が見えた。それに感化され、教室の雰囲気も少しずつ変わっていく。

 

「――そうね、駆け足! 今日は実機訓練よ! 私の持つ、全部を伝えるわ!」

 

『はいっ!』 一糸乱れぬ返事が、蝶野へと返った。

 

 全員が、全力だった。少しでも生き残る確率を増やすために。

 

 

 そうして、2日が過ぎた夜。みほとまほは、母のいる実家に呼ばれた。エリカも一緒である。

 家に帰ると、懐かしい香りがした。母の手料理の匂いだ。

 

「おかえりなさい。それと、いらっしゃい、そちらのお嬢さんも」

 

「は、はいっ! お初にお目にかかれて光栄です! 西住准将!」

 

 思わず敬礼をするエリカ。だが、それに笑って首を振るしほ。

 

「今日は階級を付けなくていいわ」

 

 家に来たのは娘の友達であるが、階級有りきの軍隊という組織が、この時は何とも不便に思えた。

 

「えっ、あ、は、はい……に、西住……さん……?」 

 

 おそるおそるさん付けで呼ぶエリカにも、しほは母親のような笑みで応えた。

 

 全員で夕食を食べ、とりとめもない話をする。学校のこと、訓練のこと、熊本の物価や軍人の多くなった街、少し悪くなった治安に友達の恋の話――。かけがえのない日常が、そこにあった。

 

 そして、夕食が終わる頃、しほは自分の部屋からお守りを3つ、持ってきた。靖国より持ってきた、武運長久を祈るお守りである。

 

「これを、貴方達に渡します」

 

 それぞれ、真剣な表情で受け取る3人。手渡すと、しほは後ろを向いた。

 

「――その中には、あの人の……夫の遺髪が入っています。――どうか、武運を」

 

『っ!?』 驚愕する3人。貰ったお守りを大事に胸にしまうと、『はい!』と返事をした。

 

(どうか、この子達を守って下さい) 

 

 涙を隠しながら祈るその表情は、准将としてのものではなく、紛れも無く母としての顔だった。

 

 

 次の日の朝、校庭には戦車兵全員と整備員全員、また教師に他の生徒にPTAやらマスコミやら何処かの政治家までが集まって、何やら出征式を行った。長々とした演説に、焚かれるフラッシュ。まほやエリカやみほは政治家に握手を求められ、その写真もまた撮られる。それを、戦車兵の子たちは、何処か遠い世界の出来事のように見ていた。

 今日、死ぬかもしれないのにこんな儀式に付き合わされ、今までの日常とは違う世界の住人のような気がしたのだ。

 

 しかし、最後の蝶野の言葉になると、全員の雰囲気が変わる。この2ヶ月に及ぶ訓練で、教官と生徒たちには確かな絆が生まれていた。

 

「ここまで来て、長々と言う事はしません。短い時間でしたが、私の持っている全てを皆さんに教えてきました。それを思い出せば、きっと生き残れます。以上!」

 

 蝶野が敬礼をすると、1中隊36名全員が一糸乱れぬ答礼をした。

 

「必ず、生きて戻ってきます。全員、乗車。戦車、前へ!」

 

『了解!』

 

 まほの命令に全員が乗車する。エンジンに次々と火が入り、士魂号L型の6輪の車輪が動き出す。その光景を、整備員達は一糸乱れぬ敬礼で見送った。

 

 

 戦場では、既に多数の兵士が塹壕を掘り、陣地を形成していた。彼女達黒森峰戦車中隊は、足りない直接火砲の穴埋めとして、分散して配備されることとなった。

 

「狙いは中型幻獣を。特にミノタウロスが出たら集中砲火ね。機銃は余程接近されないかぎり撃たなくていいわ」

 

 蝶野から配置と動きを伝えられ、緊張した面持ちで戦術パネルを動かす指揮担当の兵たち。彼女達にとって、永遠とも思える待機時間の後、砲兵の曲射が始まった。

 

「来たわ! 全員、戦闘準備!」

 

『了解!』

 

 幻獣との戦争も、まずは重砲の砲撃から始まる。膨大な数の小型幻獣を擁する中型を中心に、次々と砲撃を叩き込んでいく。だが、数が膨大である。やはり、抜けてくるものもいた。そこに、次は中迫撃砲、その次に小型迫撃砲と次々と送り込まれる火力が増えていく。

 が、それでも多数の中型幻獣が抜けて来た。重装甲のミノタウロスを中心に、キメラやナーガ等の遠距離型が距離を詰めてくる。

 

「全車、射程に入った中型を順次射撃。兎に角数を減らせ」

 

『了解!』

 

 まほの命令に、次々とL型から120mm砲の徹甲弾が送り込まれる。着弾し、存在を保てなくなった幻獣が爆発、強酸性の体液を撒き散らしながら消滅していく。

 

「2号車、キメラ1撃破!」

 

「6号車、ナーガやりました!」

 

「8号車、ミノタウロス共同戦果です!」

 

 次々と上がる撃破報告。それと共に、全員の戦意が高揚していくが、それでも幻獣はゆっくりと、しかし確実に距離を詰めていく。陣地に幻獣が近づくにつれ、やがて直射砲が、対戦車ライフルが、機銃が、小銃が弾を吐き出す。

 数に劣る人類が幻獣に対抗するために火力を集中させる。それは1945年より変わることのない、絶対の戦術であった。

 

 距離が近づくにつれ、人類側の火力が増えていく。小型も中型も陣地には近づけず、このまま終わると誰もが思った時、不意に砲撃陣地にレーザーの奇襲が起きた。空中要塞、スキュラが現れたのだ。と、そこへゴルゴーンも現れた。直接火砲はゴルゴーンの射程外、そして迫撃砲はスキュラにやられてしまった。外敵のいない戦場で、ゴルゴーンは悠々と陣地へと砲撃を降らせ始めた。

 

「っ!全車、建物の影に隠れろ!ミサイルが来るぞ!」

 

 まほが指示を飛ばし、遮蔽に隠れた後にミサイルが着弾、周囲を焦がす。迂闊に頭が出せなくなった。

 

「まずい、このままじゃ陣地が崩れる……!」

 

 蝶野は歯噛みした。楽な戦場を選んだつもりだが、やはり戦場は不確定だ。対空車両はスキュラに手一杯、他の車両も陣地の防衛に機銃と主砲をフル稼働させている。しかし、黒森峰の車両はまだ機動戦闘の経験が――

 

「きょ、教官! ゴルゴーンを狙える場所が!」

 

 考えを巡らせている時、みほから連絡が入った。

 

「っ! 何処に!?」

 

「ここです、立体駐車場がここに!」

 

 端末に座標が送られてくる。見ると、確かにそこには立体駐車場が存在した。だが、そこに行くまでには多数の小型幻獣が――

 

「では、第3小隊の穴はこちらでフォローしよう。エリカ、分散を」

 

「はっ!5号車、レストランへ突っ込め。6号車は角の民家へ。大きいのを優先しろ」

 

『了解!』

 

 蝶野が迷っている内に、まほは即断した。どの道、このままではジリ貧である。そして、第3小隊の各車両のハッチが開き、各機銃座から12.7mmの銃弾が小型幻獣をなぎ払う。

 

「第3小隊、榴弾砲装填!広域射。目の前、まんべんなく吹き飛ばして下さい!」

 

『了解です!』

 

 更にみほの言葉に装填する弾薬を変え、小型幻獣が小隊単位で消滅していく。幻獣の海に、穴が空いた。そこへ突撃すると、周囲を機銃でなぎ払いつつ立体駐車場へ突入した。

 

「8号車と9号車は1階に残って入り口で足止めして下さい!屋上へは私達だけで行きます!」

 

「了解です、上へは一匹も登らせませんよ!」

 

「小隊長、ご無事で!」

 

 L型は装輪式なので、幻獣を轢き殺すと死骸が消滅するまでタイヤに絡まり走れなくなるという欠点がある。それを恐れての殿だった。駆け上っていく7号車。屋上へたどり着くと、ゴルゴーンへの射線が通った。

 

「目標、ゴルゴーン。装填、なるべく急いでお願いします!」

 

『了解!』

 

 屋上からは角度が付き、民家の裏に居たゴルゴーンへの射線が何とか通ったのだ。

 

「撃ちます!」 

 

 砲手が撃つと、ゴルゴーンの背へと着弾。誘爆しながら倒れ伏した。ゴルゴーンは、火力が高い代わりに装甲が薄いのである。

 

「次弾、確認を取る必要はありません、どんどん射撃を!」 

 

「はいっ!」 

 

 屋上の120mm砲が徹甲弾を撃つ度に、ゴルゴーンは数を減らしていき、砲撃の止まった陣地が復活していく。およそ半数のゴルゴーンが倒れ伏した時、幻獣の動きが変わった。撤退を始めたのだ。戦場の各所で歓声が上がり、人類と幻獣の攻守が逆転する。幻獣は、狩られる側になった。

 

「行ける――全車、問題のない車両は追撃を!」 蝶野が叫んだ。

 

「了解。第1、第2小隊はそのまま追撃を。第3小隊はいい位置に居るな。そこから側面へ回り込め。前を塞がないように」

 

 蝶野の指示に、まほが中隊へと指示を出す。

 

『了解!』

 

 こうして、追撃に参加する黒森峰戦車中隊。彼女達の中隊は、中型幻獣撃破53、共同撃破81という戦果を上げた。そして、この結果は大々的に報道され、またプロパガンダとして利用されることとなる。

 

 

 

 夕刻、日の傾いた戦場跡から黒森峰戦車中隊は帰還した。全車生存及び全員生存、更には戦果も上げたのだ。学校へと戻った時、爆発的な歓声が上がった。整備員から、生徒から、教師たちから囲まれる戦車兵の面々。その日、学校ではそのまま戦勝のパーティーが行われた。贅沢品となった肉も使って、多数の料理が振る舞われたのである。

 

 楽しむ中隊の面々から離れ、感慨深げにその光景を見る小隊長3人。そこへ、蝶野がやってきた。

 

「あら、混ざってこないの?」

 

「っ、教官っ!」

 

 思わず敬礼をする3人に蝶野は苦笑した。

 

「今は無礼講よ、気にしないで。……で、どうしたの?」

 

「あ、いえ……」

 

「その、なんて言えばいいか……」

 

「えっと……その……みんな生きて帰れたなぁ……って」

 

 蝶野の問いに、上手く答えられない3人。だが、その様子に蝶野は笑顔を見せた。

 

「うん。貴方達のおかげで自衛軍の被害も減って、生きて帰れた。――貴方達は、私の誇りよ」

 

「教官……」

 

 蝶野の優しい表情と言葉に、なんだか3人は胸が暖かくなった。

 

「……それでね、私も原隊へ戻ることになったわ。――だから、これからは貴方達が全部判断して戦わなければならない」

 

「っ!?そ、そんな、私たちはまだっ!?」 

 

 エリカが声を荒げた。まほとみほも、表情を曇らせる。だがそれに、蝶野は優しげに、そして少し寂しげに見つめて返した。

 

「大丈夫よ。今日、貴方達はちゃんと自分たちの判断で戦えていたもの。――私が、貴方達を危険な場所に送り込むかどうか迷っていた時にもう、ね」

 

 ふふっと微笑む蝶野。

 

「だから、今度会うときはもう教官と生徒じゃない。――戦友よ」

 

 そう言った蝶野の表情には、誇らしさと、寂しさと、悲しさと、申し訳無さと。様々な感情が同居していた。

 

『――はいっ!』

 

 それに、3人は一糸乱れぬ敬礼で、感謝を表したのだ。

 

 

 これは、黒森峰戦車中隊の第一歩。これから、彼女達はより過酷な戦場で、幻獣と戦っていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:あんこうチームのメンバーはどうしたゴルァ!
A:士魂号L型は4人乗りだからミポリンが余ることに……(震え声)

Q:カメさんチームは(ry アヒルさんチームは(ry 以下略
A:あ、あんまり多すぎると5121小隊じゃなくてガルパンがメインになっちゃうし……(震え声)何人かは出したいんですが……特に自動車部。

Q:アッサムを出せやボケェ! ケイが出ないとは、法定で会おう! カチューシャ様の御姿を出さないとは貴様はシベリア送りだ! 以下略
A:本名を出して下さい……

Q:ダー様出さないとは紅茶を沸かす薪にするぞクルァ!
A:田尻凛って名前でもいいですか……?

Q:ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!
A:ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!


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変わる、運命【episode TWO】

活動報告に有る「2」は大体こんな話が増えます。
思いついたので、一気に書き上げてしまいました。



「ほらっ! もっと深く、そして土もちゃんと盛れっ! ちょっとしたことで生死を分けるんだからな!」

 

『はいっ!』

 

 朝、玉島聡史は外の兵をこき使いつつ、塹壕を掘らせていた。そしてある程度出来上がったそれを端末で撮ると、その画像を通信ツールを使い、アップロードする。

 

『こちら不知火町戦区塹壕、添削をお願いします』

 

 タイトルをこう付ける。そうして、少しして、メッセージが帰ってきた。

 

『ふむ、まあ悪くないな』 若宮

 

『うん、大丈夫。そして東側にも機銃設置忘れないようにね』 猫宮

 

『不知火町か……迫撃砲2機回せるけど持っていきますか?」 岸上

 

『是非お願いします』 玉島

 

『迫撃砲を使うなら着弾点は橋の前に集中しろ。そこに小型が集まる」 来須

 

『ん、迫撃砲配置するならここかな。守ってね』 猫宮

 

 火力を融通してくれるらしい。そして、配置場所も地図で指定されてきた。本当に、ありがたい。

 

「おい、お前ら、迫撃砲が2機来るぞ! 隠蔽場所も作る、場所はここだ!」

 

『了解です!』

 

 他の学兵を前にして、取り仕切る玉島。

 

「へへっ、俺が、こんな事やってるなんてな……」

 

 

 

 玉島聡史は、取り巻きを引き連れて新市街の路地裏に居た。いわゆる不良だのと呼ばれるたぐいの人間であり、今日もまた、哀れな獲物を取り囲んでいた。

 怯える学兵。そうだ、弱者は食い物にされる……俺達が、国に食い物にされているように。だから、何が悪い。そう思うと、嗜虐心などが湧き上がってくる。

 

「ほら、ちょっとジャンプしてみろよジャンプ」

 

「へへっ、一体幾ら持ってる?」

 

 正直、学兵が持ってる金など大したことがない。だが、こうやって、皆で何かをすることで結束が高まる。そして、心にも暗い歓びが走る。

 怯えて跳ねる学兵、チャリンチャリンと硬貨の音が鳴った。

 

「何だよ、まだ持ってるじゃねえか!」 「てめぇ、舐めてんのか!?」 「ひいっ!?す、すいません、で、でも、これくらいないと、ご飯が……」

 

「うるせえ!とっとと出しやがれ!」 そう、一喝する玉島。こういうのは、リーダーが積極的に決めねばならない。絶望に怯える学兵、その顔を見ると――

 

 

「はいはーい、ストップストップ。まーただよ……」

 

 唐突に拍手の音と気の抜けるような声がした。振り向くと、長髪でメガネを掛けた学兵が、うんざりした顔でこちらを見ていた。

 

「何だテメエは!?」 

 

 玉島が凄む。だが、目の前の学兵は微塵も意に介さない。数にも玉島の威圧にも、まったく怖じてない様子だった。

 

「んー、通りすがりの人助け。で、止める気無い?」

 

「へっ! たった一人で何が出来るってんだよ!」

 

「舐めてんじゃねえぞ! ぁ!?」

 

 3人ほどが、学兵の前へ行く。3方から凄んでいる。

 

「えーと、これで35グループ中35グループが話に応じずと…はぁ……」

 

 わけのわからないことを言う学兵。そして、溜息をつくと、体が、ブレた。

 

「がっ!?」 「げはっ!?」 「ぐあっ!?」

 

「「「なっ!?」」」

 

 何をしたのか見えなかった、だが、一瞬で、3人が倒れ伏した。

 

「て、てめぇ……いてええっ!?」

 

 玉島が懐からナイフを取り出して……、手を抑えてナイフを取り落とした。チャランという金属音と、コツンという石が落ちる音がしたかと思うと、目の前に、学兵が迫っていた。懐にとんでもない衝撃、立っていられなかった。

 

「ぎゃっ!?」 「うわあっ!?」

 

 他、2人も倒れたようだ。玉島のグループは、あっという間に壊滅した。そして、ナイフを拾う学兵。

 

「ねえ、このナイフで何をするつもりだったのかな……。脅し……それとも、殺し?」

 

 心の底から、恐怖した。学兵の目が、表情が恐ろしかった。見下され、ナイフを向けられる。絶対的な『死』が感じられる。と、ナイフを振り下ろしてきた!

 

「ひっ!?」

 

 顔のすぐ横に、突き刺さる。

 

「これは脅しの道具じゃない。殺しの道具だ……覚えておきな」

 

 そう言って、ナイフを投げ捨て何処かへ連絡する学兵。そして、その学兵に何度も頭を下げてお礼を言っている脅していた奴。

 

 少しすると、憲兵隊が飛んできて、拘束された。学兵が何度も頭を下げているとこを見ると、憲兵の密偵でもやっていたのか、畜生め……。

 そして、連れて行かれる直前、何やらその学兵は、白い猫に餌をやっていた。

 

 

 詰め所で、こってりと絞られる。結局、釈放されたのは翌日の朝だ。6人が、ぞろぞろと出てくる。皆、落ち込んでいた。

 

「やっ、元気?」

 

 昨日の学兵の、声がした。一瞬で恐慌状態に陥る6人。

 

「あー、別に取って喰いはしないよ?」

 

 苦笑する学兵。だが、眼鏡も長い髪も無かった。

 

「な、て、てめえ……」

 

「ああ、この格好? 昨日のは変装」 くすりと笑う。何だか、得体が知れない。

 

「はい、これ」 1枚の地図を渡してくる学兵。地図だ。そして、赤丸が示してある。

 

「な、何だよ、これ……」

 

「明日9時、合同訓練。ま、死にたくないなら来ると良いよ? 生存率は上がることは保証する」

 

 それだけ言って地図を渡すと、その学兵は街の中へと消えていく。赤丸の場所は、訓練場だった。

 

「な、なあ、どうするよ……」

 

「行って……みるか……」

 

 何も、することはなかった。だが、ただ死にたくはなかった。だから、ほんの気まぐれだった。

 

 

 

 朝9時前、指定された場所へ向かうと、学兵でごった返していた。見ると、自分よりガラの悪そうなのや、女子生徒、普通の連中まで、多種多様だ。

 何やら並んで署名しているのが見える。一人の学兵を、呼び止めて聞いてみた。

 

「なあ、あれは何を並んでるんだ……?」

 

「お、お前は初めてか。あそこはな、自分の所属やら階級やら、一緒に来た人数を書くんだ。とりあえず、今からでも書いておけ」

 

「お、おう、サンキュー」

 

「んじゃ、訓練キツイけど頑張れよ!」

 

 そう言って、励まされた。仕方ないので、並ぶ。署名をする前に見ると、雑多なところから集められた、文字通りの寄せ集めといった印象だ。

 

「……ひょっとして、このまま独立混成小隊にでも送られるんじゃ……」 そう、嫌な予感がした。

 

 

 そして、9時、昨日の奴が壇上へと上がる。その横を、2人の兵が固めていた。どちらも、一目見ただけでやばいと思わせる生粋の兵だ。

 

「はい、合同訓練に集まっていただきありがとうございます。教官は引き続き自分、猫宮悠輝と若宮照光十翼長、来須銀河十翼長の3名です! そして、既に経験者の方もいらっしゃると思うので、その方々は是非お手伝いをお願いします。では、本日のプログラムですが……」

 

 聞けば、塹壕のちゃんとした構築方法や幻獣の効率の良い殺し方や対処法を教えてくれるらしい。

 

 

「ふむ、やっぱり新顔も大分見るな……よし、新米はこっちへ来い! まずは基礎の基礎から教えてやる!」

 

 教官のクソッタレな笑顔でいるのは、若宮という奴だ。無性に反発したくなったが、実力差が目に見えている。だから、おとなしく従った。

 

「よし、まずは基本的な配置だが……」

 

 若宮は、端末やボードを使い、塹壕の作り方、設計、等を分かりやすく説明していく。特に、塹壕の作り方は目からうろこが落ちるかのような工夫も多かった。

 

「クソッタレ……」 思わず、言葉が漏れた。

 

「そこっ! 何がクソッタレなんだ言ってみろ!」

 

 怒声が飛んできた。その迫力に、思わずたじろぐ玉島。

 

「は、はっ! このことを知っていれば、死んでいる仲間が少なかったであります!」

 

 思わずの、敬語が漏れた。しかし、魂の叫びだった。

 

「そうだ、ほんの僅かな知識の差が生死を分ける! だから、それをお前たちに教えてやる! どうだ、嬉しいか!」

 

『嬉しいであります!』

 

「よおし! おい、そこの! 今のは見逃してやる! だから、全部覚えていけ!」

 

「はっ! 了解であります!」

 

 敬礼が、敬語が、自然と出た。クソッタレな上官でない、自分たちを心から案じてくれている兵が、目の前に居たのだ。自分よりもガラの悪い奴らが、素直に従っている理由が、玉島には心から理解が出来た。

 

 塹壕を掘らされ、怒声を浴びせられ、手直しをさせられる。だが、誰も不平を言う人間は居なかった。

 

 

 肉体労働で疲れた後は、休憩も兼ねて講義である。そこでは、猫宮が端末やボードを使い、基本的な戦術を教えていた。

 

「と言う訳で、歩兵は打たれ弱い、火力も弱い、足も遅い。だけど、隠れられるし陣を作れると言う事で……」

 

 知らなかったから、死んだ。知っていれば、生き残れるかもしれない。そんな、知識ばかりだった。多分、ここまで本気で勉強に取り組んだことは生まれて初めてだろう。

 

「良いか、小型幻獣とは絶対に広い場所で戦うな。家の中、廊下、路地裏……とにかく攻められる方向を限定しろ」

 

 生き延びてきた兵の、生の経験が、戦訓が、与えられる。ノートを取り、時に質問が飛び、真面目な雰囲気で進んでいく。

 

 

「はーい、皆お待ちかねのお昼です! 炊き出しのご協力は、熊本農協と漁業組合の皆さんの提供です!はい、拍手!」

 

 拍手が漏れる。先程から、いい匂いが漂っていた。行儀よく並び、大盛りの汁物とおかず、そして沢山のジャガイモが盛りつけられる。

 時々ありつける、あの炊き出しの味だ。何度も噛み締め、味わう。いくらでも、入りそうだった。

 

 ふと辺りを見渡すと、皆笑顔で頬張っている。笑顔でないのは……教官3人が相談をしながら食っている程度だろうか。

 

「美味いな……」

 

「ああ、ホント美味い……」

 

 一緒にやってきた不良仲間と、そう言いながら食べる。腹も、心も満たされる。そんな気がした。

 

 

「……白兵戦は最後の手段だ。極力、やるな。だが、どうしてもやる時は……後ろから、背中をバッサリとやれ」

 

 午後、実際の戦闘技術を叩き込まれる。ナイフ、カトラスの振り方、銃の撃ち方などなど……。

 基礎を再び叩き込み、何度でも。何度か通っている奴もまた、時々来須に矯正される。自分も何度か、すさまじい力でフォームを矯正された。

 時々、他の経験者と思われる先輩からも、アドバイスを受けた。嫌では、無かった。

 

 

 そして、最後。ここに来るのが初の連中に何やら、最新型の端末を1グループに1台渡された。高そうな装置に、困惑する一同。

 

「はいはーい、それじゃあ、この端末の使い方を教えます。充電式だから、できるだけ充電していてね!」

 

 そうして、この端末にインストールされた様々な機能を教わる。

 

 写真を撮って送ったり、掲示板のようなところに話題を書いて議論したり、送られた写真を加工してアドバイスをしたり、地図と衛星画像の複合的な組み合わせのツールが有ったり、複数人と同時に通話ができたり……そして、指紋認証やら多目的結晶を使ったセキュリティ。

 

「な、何だこりゃあ……」

 

 明らかに最新型の端末だ。それを、ポンと渡すとは……。しかし、そんな疑問は片隅において、必死で使い方を覚える。これさえあれば、これがもし有ったなら……そんな思いとともに。

 ふと周りを見れば、連中もそう思っているのだろう。鬼気迫るとも言える、そんな表情で学んでいた。

 

「あ、あの、これ、軍の支給品ですか……?」 と、誰かが聞いた。そして、それ皆が気になっていることだった。

 

「いや、遠坂財閥から自分がもらってきたやつ。だから、軍の支給品じゃないね」

 

『っ!?』 一斉に、息を呑む気配がする。

 

「と言う訳で、塹壕の作り方とか、布陣とか、悩んだら相談してね! 教官の誰か教えるから! というわけで、本日はこれにて解散!」

 

 ここにいるのは、皆ここに来たのが初めての連中である。だから、みな困惑していた。どうして、1文にもならないことにここまでしてくれるのかと。

 だから、玉島が聞くのも、必然だった。

 

「な、なあ……どうしてここまでしてくれるんだ……?」

 

 その問に、もう何度も答えてきたとばかりに、笑顔で答える猫宮。

 

「人が人を助けるのに、理由なんて居る?」

 

『っー―!?』

 

 心に、衝撃が走った。

 

「と、言うわけ。だから、これから弱い者いじめとかしちゃダメだよ? じゃ、皆で生き延びよう!」

 

 おー!と、手を伸ばす猫宮。 それに、全員が思わず手を伸ばしていた。 

 人として扱われなかった学兵たちが、人として扱われる。こんなに嬉しい事は、無かったのだ。中には、泣き出す奴も居る。

 それを、猫宮は何処までも優しい笑顔で見守っていた。

 

 

「隊長、近づいてきます!」 

 

 部下の報告で、回想から現世に意識が戻る。

 

「よし、線を超えたら一斉に射撃しろ!機銃手、ぬかるなよ!」

 

『了解!』

 

 小型幻獣が殺到してくる。それを、迎え撃つ塹壕陣地。借りてきたのと合わせて4機の迫撃砲は、既に何度も大量の小型幻獣を消滅させていた。だから、何時もより来る数が少ない。

 それを、多数の小銃と、3丁の小隊機銃が迎え撃っていた。もし、近寄られても、およそ半数の兵がサブマシンガンを持っていた。

 

 安定している戦場、それでも中型が少しずつ迫っていた。

 

「よおしっ! 投擲兵、手榴弾、おもいっきりぶん投げてやれ!」

 

『了解!』

 

 肩のいい兵を選別して、重い手榴弾を投げさせる。弾着、そして大爆発。ミノタウロスの体制が崩れた。

 

「今だ、2番機銃、ミノスケに撃ちこめ!」

 

 機銃の1丁の火線が、ミノタウロスに集中する。単独では10秒以上銃弾を叩き込まんければ効かない12.7mm機銃であるが、大型手榴弾で弱っているなら別である。わずか数秒の射撃でミノタウロスが倒れ伏す。

 

 周囲で歓声が上がった。

 

「まだまだ油断するなよ!」

 

『了解!』 

 

 それを引き締める玉島。戦況は、危なげなく推移して、そのまま幻獣が撤退、他の部隊が追撃していく。

 今日生き延びたことを、抱き合って喜ぶ兵たち。そして、玉島は頼りになる隊長として、讃えられる。こんな日が来るとは、思っても居なかった。でも、充実感を覚えていた。

 何だか、生き延びれそうだ。そう、思った。

 

 史実の不知火塹壕陣地――全滅、生存者無し。

 本日の不知火塹壕陣地――死傷者・0。

 

 

 

 

 



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一人でも、多くを【5121小隊と黒森峰戦車中隊と猫宮の日常】

 近頃、5121では仲の良い男女が多かった。滝川は森と、何やらデートに出掛けているようだし、壬生屋も不器用ながら少しずつ瀬戸口にアタックし、芝村速水は言わずもがな。狩谷と加藤は今までが嘘のように仲睦まじく見えている。田辺は頑張って遠坂にアピールしているようだし、中々に微笑ましい。

 

 近頃、出撃がやたらと増えていた。5121と黒森峰、そして聖グロリアーナの3隊を合わせた諸兵科連合は、出撃すればどの戦場でも必ず勝利を収めた。なので、当然次々と激戦区へ回される。なので、戦闘員は、全員消耗していた。芝村ですら、多少頬が痩けるような有様である。だから、こういう日常が、とても貴重だった。

 

「……そろそろ準竜師に頼んである程度の休みを……」

 

 などと考えつつ猫宮が4番機の整備をしていると、遠坂が近づいてきた。

 

「どうも、猫宮さん」

 

「や、遠坂さん今日はどうしたの?」

 

 猫宮がそう聞くと、近づいてきた遠坂が顔を曇らせた。

 

「実はお願いがありまして……。その、言いにくいのですが、東京から父が帰っていましてね。昨日、ちょっとした言い争いを……」

 

「それで、同伴して欲しいってことかな?」

 

「はい、是非……」

 

 とても申し訳無さそうな表情をしている遠坂。

 

「うん、了解。困ったときはお互い様だよね」

 

 それに、微笑して了承する猫宮。それを聞くと、遠坂は笑顔で校内に待機させていたリムジンに招き入れるのだった。

 

「猫宮さんの他にも一人、狩谷さんをお連れしようかと……」

 

「なるほど、了解」

 

 リムジンのフカフカのソファーに身を委ねた猫宮。興味深げに見渡していた。学兵とは縁のない、非日常の空間である。

 

「ははは、流石に酒はお出しできないので、紅茶でもいかがですか?」

 

「お願い!」

 

 こうして、リムジンは紅茶の香りを内部に漂わせながら、狩谷も探し当てた後に遠坂邸へと向かった。途中で別れる羽目になった加藤が、トボトボと帰っていく。

 

「……埋め合わせは何が良いだろうか……」 申し訳無さそうな表情で、狩谷が呟く。

 

「プラネタリウムとか、誘ってみたら?」

 

 そう言うと、チケットを2枚狩谷に見せる猫宮。

 

「……なるほど。何処かへ出かける……か」

 

「うん、デートに誘ってあげなよ!」

 

「なっ、デ、デート……わ、わかったよ……」

 

 そう言うと、チケットを受け取り、照れながら顔を背ける狩谷だった。

 

 

 

 端末を操作していた遠坂の父は、猫宮の姿を見ると、表情を笑顔にして近づいてきた。何やら打算の見える顔である。

 

「これはこれは、黄金剣翼突撃勲章を受賞したエースにお越しいただけるとは、光栄です。それに、我が財閥に多数のソフトウェアや商品アイディアをもたらして頂き、本当に感謝しております。そちらの方は?」

 

「狩谷夏樹です。遠坂さんと同じ、整備員です」 狩谷が如才なく挨拶をする。

 

「私の同僚と言うより、先生と呼べる方です」

 

「そうですか、お二人共どうぞよろしくお願いします」

 

 父親が手を鳴らすと、給仕が一斉に動き出す。暖炉や真紅の絨毯が設置された洋風の食堂には、大小様々な絵が統一感なく並んでいた。ミスマッチであり、趣味が良いとはいえない。それを見渡す猫宮と狩谷。

 

「絵に興味がお有りですかな? 1枚如何でしょうか?」

 

 二人の視線を察し、父親が話しかける。賄賂のつもりだろうか?

 

「あはは、吊り合う内装が部屋に無くて」

 

 やんわり断る猫宮。それに、狩谷もうなずいた。

 

 席につくと同時に料理が運ばれてきた。

 

「大したものですね」

 

 と、狩谷は無感動に言った。猫宮はふむふむと、味を確かめるように食べている。

 

「……ところで圭吾、昨日の続きだが」

 

「ええ」

 

「そろそろ東京に戻らんか? 遠坂財閥の後継者がこんなところで戦争ごっこをしていても埒が明かんだろう。その気があるなら媒体関係を任せてもよいし、しばらくは大学に籍を置くのも悪く無いだろう。芝村準竜師にも話はついてる」

 

「せっかくですが、わたしには私なりの将来設計がありましてね」

 

 遠坂はにこやかな態度を崩さない。

 

 

「戦場での経験は無駄ではない、と考えています。除隊するのは、この九州の戦いの帰趨を見極めてからですね。父さんの新聞の片隅に乗る戦いの帰趨を、ですね」

 

 二人の距離は、3mは離れて向かい合っている。それがそっくりそのまま心の距離のように思えた。

 

「……猫宮さん、狩谷くん、息子を説得して下さらんか? 猫宮さんはそのままソフト開発の主任にも、適当な部隊の教官でも、士官学校でも入れるでしょう。狩谷くんは、帝都大学の助教授のポストにご興味は」

 

「まったく」

 

「エースが今、前線離れてどうするんですか」

 

 二人は、にべもない。

 

「むしろ遠坂君は戦場に身をおくべきだと思いますね。失礼ながら、あなたが株の過半を取得している新聞は、この凄惨な戦いについてほとんど報道していません。自衛軍の過半に、十万もの学兵が動員されている戦いについて、目を瞑っていますね」

 

「民主主義には正しい情報が不可欠。――たとえ、どんなに目を背けたくなるような現実でも」

 

「その通り。下らない芸能ゴシップ、多摩川のベニアザラシ、それが戦争よりも重要な事ですか?」

 

 狩谷、猫宮、遠坂と続く。3人の言葉は、辛辣である。過酷な戦場という現実に身を置いているが故に。

 

 それに、表情が険しくなる父親。滔々と、いかに化粧品やトレンディドラマの商品需要が大事かを語る。なるほど、芝村を小さくしたような人物とはよく言ったものだ。

 

「ああ、失礼。けれど、化粧品の売り上げが落ちたって、僕は困りませんね。僕は化粧品屋さんでなく一介の技術屋ですから」

 

 そう狩谷がすましていうと、遠坂が笑っていた。一方、猫宮は表情が消えている。

 

「……既に本土に幻獣の侵入を許し、30万の将兵と数えきれぬ学兵が死んでいるこの状況で、報道しないのは国民に活力をもたらすのではなく――ただの破滅からの逃避です」

 

 戦場で敵を倒し続けた、エースの言葉である。その威圧感に、父親はたじろいだ。そして、その言葉に遠坂も笑いを消し同意する。

 

「私も同意です。今は、化粧品の売り上げより、この国の事が大事でしょう。幻獣に攻められれば、化粧品やドラマどころではなくなります」

 

「……な、生意気な……帰る! 車の用意を!」

 

 そう言うと、逃げるように立ち上がる父親。食堂を出る際、遠坂の方を振り向くと吐き捨てるように言った。

 

「妹のことは放ったらかしで戦争ごっこに夢中か?」

 

 そう言うと、父親は足音荒く玄関へと遠ざかっていった。

 

 

 

 そして、これからが遠坂にとっての本題である。妹に、友達として会って欲しいそうだ。

 

「……どうする?」

 

 狩谷の方を見て、尋ねる猫宮。

 

「……ま、たまには悪くないさ」

 

 そう肩を竦めると、狩谷はふっと微笑して同意した。

 

「お二人共、ありがとうございます」

 

 それに、遠坂は柔らかな笑顔で礼を言うのだった。

 

 

 案内されたのは、二重構造――航空宇宙局で開発されたかのような部屋だった。十畳ほどの洋間の向こうは、特殊ガラスで区切られた部屋になっていた。壁紙から家具、食器に洗面台――全てが特注の部屋だった。

 

「家具にも注意しているんです。ちょっとした傷でも大騒ぎになりますから」

 

 何となく古風なドレスを着た少女を想像していたのだが――狩谷の想像は外れた。少女は、今時の少女の格好をしていた。ほっそりとした体を白いキャミソールとデニム地のミニスカートに包んでいる。遠坂に似て、顔立ちは整っている、穏やかな眼差しの少女だった。

 

「あはは、似合ってますね」

 

「ほ、本当ですか、ありがとうございます!」

 

「おや、猫宮さんは3年前の流行がお好みですか?」

 

「もう、兄様ったら、これは雑誌の最新モデルなのよ!」

 

 猫宮が褒めると、遠坂がからかい、少女の顔が赤らむ。ガラスで区切られている以外は、とても、普通の光景に思えた。

 

「え、ええと、猫宮千翼長と……そ、そちらの人は……」

 

 少女が顔を赤らめながら猫宮と狩谷を見る。狩谷は本当に珍しい照れ笑いを浮かべ、挨拶する。

 

「狩谷です、はじめまして」

 

「自己紹介はいらないかな、猫宮です。よろしくね」 猫宮もそれに続く。

 

「遠坂絵里です。ごめんなさい、お忙しいのに無理に来ていただいて」

 

「いえ、仕事は終わりましたし」

 

「放課後、出撃のない日は結構時間が開いてるんですよ」

 

 

 

 自己紹介から、穏やかな会話が続く。そうして話し込み、ふたりとも帰ろうとすると、遠坂と絵里に止められた。

 

「もう少しお願いできませんか? ああ、そうだ、飲み物も用意しないと……猫宮さん、お手伝い願えますか?」

 

「うん、了解」

 

 そう言うと、狩谷を残し遠坂と猫宮が出て行く。待ってくれ、と言おうとしたが、その言葉を狩谷は止めた。かつて、自分が持っていたものがそこにあった。深い憂鬱と絶望の眼差しである。思わず、狩谷は目を背けてしまった。

 

「ごめんなさい」と、絵里はそれに小さな声でつぶやく。

 

「……いや、いいんだ……」 何故か、申し訳なく思い言葉を絞り出す狩谷。

 

「ね、狩谷さん。死にたいと思ったことあります? わたしは毎日です」

 

「……僕は、死にたいと『思っていた』んだ」

 

「……思っていた、ですか……?」 怪訝そうな絵里。

 

 絵里がそう言うと、よろよろと、狩谷は立ち上がった。車椅子にブレーキを掛け、縁に掴まり、立ち上がる。絵里は、一層憂鬱な表情を深くした。

 

「……僕は、元々怖いものがなかった。成績はトップで、バスケットボールの選手で、生徒会長をしていた。でも、事故に遭って2度と歩けないようになった。――それから、五体満足な人間に嫉妬と羨望をずっと覚えてた。そして、そんな自分の醜さを、ずっと惨めに思っていた。他人の優しささえも、疎ましかった」

 

 狩谷の言葉を、黙って聞く絵里。

 

「……周りにも当たり散らして、不幸を振りまいて、本当に最低だったんだ。――でも、ある日、『奇跡』が起きたんだ」

 

「――奇跡――ですか……?」

 

 羨むような、嫉妬の視線が、狩谷に向かった。それが、狩谷にはどうしようもなく、辛かった。

 

「ああ。猫宮から一発、殴られて――そうしたら、いつの間にか――」

 

 その時を、思い出していた。蒼の光を纏った拳で――蒼の光?

 

「……そう、ですか。……ねえ、狩谷さん。世界って、どうしてこんなに……」

 

 涙で言葉が中断される。しかし、その先の言葉は、狩谷には確信があった。世界って、どうしてこんなに不公平――なのだろうか。

 

 少しの間、涙を堪える気配だけが漂った。そして、絵里は顔を上げた。その表情には、真剣なものが有った。その視線に気後れをしてしまい、視線を外してしまう。

 

「狩谷さん、わたしを外に連れ出してくれませんか?」

 

 

「――そうか……」

 

 拒絶の言葉が、出せなかった。自分だけが、希望を持っている。しかし、彼女は――そう思うと、無理だ、の一言が出せない。

 

「わたしからもお願いします」

 

 振り返ると、遠坂が猫宮と一緒に立っていた。遠坂はコーヒーを置くと、部屋の隅の本棚に置かれた書類の束を持ってきた。そのうちの1枚をテーブルの上に広げる。しかし、それを見ずに、狩谷は遠坂に尋ねた。

 

「……なあ、彼女は……不治の病……なのか?」

 

 遠坂は、悲しそうに目を伏せると、頷いた。

 

「ええ、なので――1度だけでもと――」

 

 それを聞くと、狩谷は猫宮の方へと向いた。

 

「……猫宮。君ならば、ひょっとして――」

 

 その言葉に、一瞬呆ける遠坂と絵里。そして、言葉の意味がわかった後、猫宮の方へ視線を向けた。

 

「――どういう、事ですか?」

 

 怪訝そうに、猫宮と狩谷を交互に見る遠坂。

 

「……僕の足が、動くようになったのは……猫宮から殴られてからなんだ。蒼く光る、拳で」

 

 そう言うと、頬を擦る。あの1発は、相当応えた。何もかもが、吹き飛ぶような、そんな衝撃だった。

 

「……猫宮さん?」

 

 実際に、足が動くようになった狩谷の言葉である。震える声で、遠坂は猫宮の方を向く。

 

「……狩谷君とは、また場合が違うよ」

 

「っ、どう違うのですか!?」

 

 遠坂が、猫宮に詰め寄った。彼が、只者ではないことは分かっていた。ならば、ひょっとして――

 

「狩谷君のは、足が動かなくなる厄介な『因果』が有った。自分は、それを殺しただけ――」

 

 その言葉に、驚く3名。遠坂が更に、縋る。

 

「な、なら……絵里は……」

 

「彼女は、そう言う特別な因果とかがなくて、生まれつき体が弱い――」

 

 項垂れる、遠坂と絵里。しかし、そこに言葉を重ねる。

 

「――だから、他の方法が必要になるんだ」

 

「他の、方法……?」

 

「うん。運命の改変、因果の前借り――」

 

「因果の、前借り?」

 

 遠坂が首を傾げる。

 

「例えば、このコーヒーを隣のテーブルに移すという結果を得るには、コーヒーを運ぶという過程を経なければならない」

 

 猫宮が、コーヒーを運びながら言う。

 

「でも、この力を使えば」

 

 猫宮の手が、蒼く光った。幻想的な光景に、見惚れる絵里。

 

「先に、結果を得られる。コーヒーを、隣のテーブルに移すという。それと同じように、先に、彼女の体を治すという、結果を先に得られる」

 

「っ! な、治るのですか……!?」

 

 それに頷く猫宮。言葉を続ける。

 

「その代わり、治したものは一生を賭けて、その辻褄を合わせなければならない。どんな手を使ってでも、彼女を治すという辻褄を、後から合わせる」

 

 猫宮は、遠坂の方を見た。

 

「遠坂さん、もし、治したらあなたは一生を賭けて、自分で治す方法を見つけるか、誰かに治す方法を見つけさせるか、そうしなければならない。もし、出来ないなら彼女は死ぬ。――その覚悟は、有りますか?」

 

 それを聞くと、遠坂は微笑んだ。何より強い決意を込めて。

 

「無論です。妹のためならば、喜んで。どんなことがあろうとも治してみせましょう」

 

 絵里は、半信半疑の様子である。荒唐無稽な話に。そして、治るかもしれないという希望に。

 

「……それで、わたしはどうすれば……?」

 

 そう、遠坂が尋ねると、遠坂の右手に、猫宮は手を重ねる。蒼い光が宿った。

 

「――これで、思い切り殴るんだ。運命を、叩き潰そうと言う想いを載せて」

 

 己の手に宿った不思議な光を確認するかのように手を開閉する。その様子を、見守る猫宮と狩谷。絵里は、吸い寄せられるかのようにその手を見続けていた。

 

「絵里、いいかい?」

 

「はい。――もし、本当に、治るかもしれないなら。わたしは、それに賭けたいんです。そして、海を、この目で見たい……」

 

 遠坂が、頷く。密閉された部屋の扉を開け、中に入る遠坂。

 

「もし、この光に運命を壊す力が有るというのなら――絵里を苦しめる何もかもよ、消え去るがいい!」

 

 そう、万感の想いを込めて、殴り飛ばした。

 

 

 

「これが、海……」

 

 遠坂が因果の前借りをしてから、遠坂家は大騒ぎだった。遠坂がそのまま無菌室の中に入った為に、慌てて緊急検査を行う医師たち。しかし、検査した結果体が治っていて更に大騒ぎである。父親も、慌てて飛んで帰ってきた。喜び祝う使用人たちに、泣いて喜ぶ親子。そして、絵里の最初のわがままは、海が見たい――であった。

 

 

 波打ち際ではしゃぎ、裸足で波を蹴って、砂浜で貝殻を拾う。そんな様子を、遠坂、猫宮、狩谷が見ていた。

 

「これでめでたしめでたし――とは行かないのだろう?」

 

 尋ねる狩谷に、猫宮が頷く。

 

「そう。これから遠坂さんはどんなことをしてでも、治す手段を見つけないと」

 

 絵里を眺める猫宮。どこと無く、顔が険しい。しかし、遠坂は、いつもの通り微笑んでいた。

 

「見つけましょう、必ず。どんなことをしてでも生き残ります。絵里のために」

 

 決意をした、男の表情だった。

 

「そうか……」

 

 それを見て、思わず狩谷は足を擦ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




某所でボロクソに叩かれて心がへし折られそうになりました……


 とりあえず、絶望に満ちた世界、手が届く範囲だけでも不幸を叩き潰していく猫宮でした。絵里ちゃんの助け方は、ガンパレード・オーケストラ白の章でノエルを助けたのと同じ助け方となっています。遠坂に渡した力は、1回限りの特別仕様です。

 ご都合主義と呼ばれようがそれがどうした! ガンパレ世界は不幸のが圧倒的すぎるから主人公の周りだけでも不幸減らして何が悪い!そもそもそういう物語だし!(開き直り)


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瓦礫の街のちっぽけな聖女【瓦礫の街で】

た、多分この程度の表現なら大丈夫……な筈。


 決戦後の夜の街は、大部分が闇に包まれていた。疎開が進み、街には戦闘の痕があちこちに残り、店も人も少ない。そして、そんな街の夜には共生派や脱走兵が潜むには格好の場でもある。原作で共生派の浸透を許したのも当然であろう。憲兵の捜査も、これまで通りであれば手が足りない筈だ。

 

 そんな理由もあり、猫宮は今日も夜の街を巡回していた。そして巡回していれば、大抵は厄介事に出会うのだ。そして、今も。

 

「い、いやっ、こ、来ないで……!」

 

「へへっ、こんな場所に誰も助けに来やしねえよ」

 

「いや、居るんだなこれが」

 

『へっ?』

 

 あまりの唐突さに加害者被害者両名共に間抜けな声を出して猫宮の方を見た。猫宮はため息を付きつつ加害者の方の学兵をぶっ飛ばして、憲兵へ通報する。

 

「はい、1名様ご案内~と。もう、君もこんな時に夜に出歩いちゃダメだって」

 

「は、はい……」

 

 猫宮がそう言うと、しゅんと縮こまって頭を下げる女の子。少しすると憲兵がやってきて、加害者の方を引っ立てて女の子を連れて行った。

 

 

 この熊本において、学兵たちの性事情は乱れに乱れてきっている。何故かと理由を聞かれれば、多くてもう説明しきれないし納得するしか無い。まずは第6世代の出生率の低さに始まり、戦闘による昂ぶりや明日の命も知れないことへの不安から。他にも食うや食わずの生活に耐えれなくなり、食べ物やら何やらの為の売春。そして、何より貴重な娯楽として。

 

 ここまで来るともう、逆に乱れないほうが不思議である。未成年故に酒・タバコなどの嗜好品も手に入らず、日々の食事にも事欠く有様。更には異性も買えない……なら、残った有力な発散方法は性交渉である。

複数人に渡ってされることもあり、また惚れた腫れたの問題も加速し、端末でも不特定多数や秘匿通信でと、かなりの数の相談が猫宮に届いていた。これに関しては特効薬など存在しないので、根気よく根気よく対処していくだけである。

 

 それに猫宮としても、どう対処するか中々に悩む。戦場という特殊な環境で、世間一般の倫理観など保てるはずがないし、『適度』ならば心の支えにもなるからだ。もっとも、その『適度』が非常に難しいのであるが。依存関係に陥っている学兵もそれはもう数え切れないほど見てきたものだ。勿論の事、強引にするような輩には即対処だが。結構な割合で女のほうが襲っているケースにも出会った。

 

 

 さて、そんな人助けもやっていると困ったことに真っ最中の現場にも出くわしてしまうことも有るのであるが……今回は少し様相が違っていた。

 

「畜生、こっちは酷いことしてんだぞ、なんで、そんな優しい顔してんだよ!」

 

 現場に付くと、そんな声が聞こえた。突入しようとした猫宮は内心不思議に思いつつ、襲われている少女の表情を見た。自棄になってるわけでもない、投げ出しているわけでもない。ただ、優しげに襲っている奴の頬を撫で、微笑んでいた。

 

 行為が終わった後、襲った方の学兵は何度も何度も謝っていた。泣きながら頭を地面に擦り付け、何度も何度も。だが、少女の方は優しく微笑んで、ただ許していた。

 

「ねえ、どうしてこんな事したの?」

 

「そ、それは……」

 

 少女がそう聞くと、学兵はポツポツと話しはじめた。兵士としての辛さ、親元との離れての生活、不満。そして決戦で仲間が死んだ喪失感と、補充が送られてこない心細さ。全てが爆発して、自棄になったらしい。

 少女は相槌を打ちながら止め処なく溢れてくる言葉を受け止め続けた。そして、話し終えた時、学兵の顔は憑き物が落ちたかのように、変わっていた。

 

「……本当に、ありがとう」

 

「ううん、どういたしまして」

 

 少女はそう微笑むと、学兵の方は何度も頭を下げて、夜の街へ消えていった。もう、こんな事を起こすことはないだろう。そう思える表情だった。猫宮は学兵を見送ると、少女の前に現れた。

 

「どうもこんばんは」

 

「どうもこんばんは……あっ」

 

 猫宮が挨拶すると、少女も挨拶を返した。しかし、少し「しまった」というような表情をした。

 

「どうしたの?」

 

「あ、あの、今私ちょっと汚れちゃってるから……」

 

「いや、変なことするつもりはないからね……」

 

 少女の言葉に、猫宮は思わずため息を付いた。

 

「どうしてこんな所に?」

 

「……家が、戦闘で潰されちゃって……」

 

「部隊の仲間は?」

 

 そう聞くと、顔を曇らせてふるふると首を振った。

 

「そう……」

 

 そして、猫宮も顔を曇らせた。そして、改めて少女を見た。衣服は多少乱れていたが、外に居る学兵には不自然なほどに、身綺麗で多少の化粧もされていた。少女も、そんな視線に気がつく。

 

「あ、これ? 相手をする女の子が汚れてるままじゃ相手もかわいそうかな……?って」

 

 それを聞いて猫宮はため息を一つ付くと、少女に向き直った。

 

「……どうしてこんなことを?」

 

 猫宮に尋ねられ、少女もポツポツと話しはじめた。

 

「あの戦いでね、仲間がみんな死んじゃって、家もなくなっちゃって、それで何をする気も起こらなかったの。それで、夜も公園をウロウロしてたら、他の学兵に襲われちゃったの。それで、はじめは怖かったんだけど相手の顔を見たら、とっても可愛そうな顔をしていたの」

 

 そう話した彼女の表情は、とても憂う、そして少女とは思えない雰囲気を纏っていた。

 

「その顔を見ちゃったら『ああ、この人もとっても辛かったんだ』って思っちゃって。だから、許してあげたの。そうしたら終わった後、何度も何度も謝ってきちゃってね。そして、何度も何度もお礼を言われたの。そして、最後は泣きそうな顔で笑いながら何処かへ行っちゃった。――でね、その笑顔を見た時、何だか心があったかくなったの」

 

「……だから、体を許してる?」

 

「うん」

 

 そう微笑んだ彼女の穏やかな表情に、猫宮は慈母のような優しさを感じた。

 

「時々、何人かで一斉に来られた後は身だしなみを整えるの大変だったりするけど。でもね、本当に乱暴されることは殆どないよ」

 

 だから、心配しないでと言っている。猫宮は、どうしたら良いかと悩んだが、とりあえずどこかの部隊へ誘うことにした。

 

「……ねえ、問答無用で殺しにかかるような共生派も居るし、憲兵の巡回も強化されてるし、どこかの部隊へ入らない?」

 

 そう聞くと、少女は顔を曇らせた。

 

「……私、銃を撃つのもあんまり上手じゃないし、戦車にも乗れないし、オートバイにも乗れないし、地理にも詳しくないし……。死んじゃうと、他の人、元気づけられないし……」

 

 戦車もオートバイにも乗れずに交通整理の技能もない。つまりは戦車随伴歩兵行き。そしてそれはほぼ確実な死を意味すると思ったのだろう。しかし少女はそんな中でも自分の身より、何処かの誰かの身を案じていた。その少女の気遣いに、猫宮は淋しげに微笑んで言った。

 

「大丈夫。装備も練度も何とかして、あの決戦も生き延びた部隊だから。今こうしているより、生き延びる確率は高いと思うよ?」

 

「……」

 

 少女は少し悩んだが、「はい」と猫宮を真っ直ぐ見て答えた。

 

「うん、良かった。じゃあ、危ないし何処か適当に泊まれる場所は――」

 

 と、猫宮が端末を取り出して誰かに連絡しようとした時に「あなたの家で大丈夫です」と言われてしまった。

 

(お礼のつもりか……)

 

 そう思った猫宮は、とりあえず頷いた。どうせ、自分から襲うことも無いし、別にいいだろうと、そう思った。

 

「そうだ。自分は猫宮悠輝。きみの名前は?」

 

「四月一日玲奈。よろしくね、猫宮さん」

 

 玲奈はそう言うと、優しく微笑んだ。

 

 

 

「まあ、何もない部屋だけど、一晩寝るくらいならいいよね?」

 

 部屋に案内された玲奈は絶句していた。『何もない』と言う謙遜に思われた言葉は、嘘でも誇張でも無かった。安物のベッドに、テーブルと椅子と本棚とパソコンに冷蔵庫。ただ寝て起きて仕事をして栄養を補給する――そんなイメージの起きる、生活感と言うものが欠如した部屋だった。

 

「あんな事有った後でしょ? シャワー浴びていいから」

 

 猫宮はそう言うと、冷蔵庫を開けて食材を取り出した。調味料と、野菜や魚肉ソーセージが寂しく冷蔵庫の中に置かれていた。

 

「あ、はい……」

 

 玲奈はこくんと頷くと、ユニットバスへと消えていった。その間に、猫宮はじゃがいもを茹で、そしてありあわせの具材で味噌汁を作る。玲奈が感じる、久々の温かい食事の香りだった。

 

「あ、上がった? んじゃ、これ食べたら寝ちゃっていいから」

 

 玲奈がシャワーから出ると、猫宮は玲奈の体に目もくれず、シャワーへと向かった。

 

「……あ、お互いシャワー浴びないとね……」

 

 玲奈は多少混乱したが、シャワーを浴びた後に手を出されるのだろうと思い直し、じゃがいもと味噌汁を食べはじめた。とても、暖かかった。

 

「ごちそうさまでした」 

 

 食べ終わった玲奈は食器を片付けて洗うと、下着姿でベッドに座って待つことにした。

 

「あ、洗ってくれたんだ。ありがと。それじゃ、ベッド使っていいからお休み」

 

 しかし、シャワー上がりの猫宮はなんと玲奈に目をくれることもなく、学生鞄を枕に床に横になってしまった。

 

「あ、あの……」

 

「ああ、特に気にしなくてもいいよ。床でも寝れるし」

 

「で、でも、お礼……」

 

「お礼、欲しくて助けたわけじゃないし。君も、そうなんでしょ?」

 

 そう言われると、玲奈は口を閉じるしか無い。しかし、この部屋を見て、お礼以外の気持ちが湧いたのも本当だったのだ。しかし、何かを言う前に、猫宮は電気を消すと、横になってしまった。

 

「……」

 

 そして玲奈もどうして良いかわからず、結局久々のベッドで寝ることにしたのだ。

 

 

 翌朝、玲奈は朝ごはんもご馳走になり、猫宮の知る部隊の一つに引き取られる事となった。

 

「あ、こっちこっち。高谷さん、この子、よろしく!」

 

「了解です!」

 

 玲奈を迎えに来たのも、また女学兵だった。少し戸惑ったが、お辞儀をする玲奈。猫宮は玲奈を引き渡すと、また何処かへ去っていった。

 

「……高谷さん、あの人は一体……?」

 

 玲奈が、思わず訪ねた。玲奈基準から見ても、本当に不思議な学兵だった。

 

「ああ、彼はね。私たちみたいな見捨てられた学兵を、助けようとしてくれてる人なんだ」

 

「学兵を?」

 

「そう。他にも、数え切れないくらい猫宮さんが助けてくれたんだ。戦い方を教えてくれて、物資を揃えてくれて――ね」

 

「そうなんですか……」

 

 玲奈は、去っていく猫宮の背中を見つつ呟いた。

 

 

 

 それから数日の後、また猫宮は夜の街を巡回していた。そして、また猫からの報告を受けた。案内された場所に行くと、玲奈はまた別の学兵を相手にしていた。しかし、それを遠巻きに守っているような気配が有る。そちらをこっそり見ると、数日前に玲奈を襲った学兵だった。他にも、何人もの学兵が彼女を見ないように、見えないように守っているようだった。

 

「そうか――」

 

 彼女は、自分なりにできる選択をしたのだろう。何処かの誰かのために。そして、そんな彼女に惚れ込んでしまった学兵もできてしまったのだろう。

 

 それは、瓦礫の街に生まれた、ちっぽけなちっぽけな、聖女なのだろう。猫宮はそう思うと、また別の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『四月一日玲奈』
 17歳・女学兵。熊本城決戦において、即席の戦車随伴歩兵として参戦、所属部隊の唯一の生き残りとなる。帰る家も学校も無く、宛もなく街を彷徨い学兵に襲われた。


 戦争と切っては切り離せない「性」の問題。公式でも、乱れに乱れていたようです。そんな中に生まれたちっぽけな光の物語でした。
 そして、猫宮の家の事情も初公開。無駄金使うわけにも行きませんし、攻略最優先なプレイヤーならこうなりますよね……(待て)
 まかり間違っても小隊の仲間を家に呼ぶわけにも行きませんし、無理やり踏み込まれたら凄いショックを受けるでしょう。



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【外伝】もう一人の姫君・その1【episode ONE~episode TWO】

どうも遅くなりました。外伝としてアナザープリンセスとの関わりを投稿します。時系列的には5121の初陣あたりからとなります。


 最初は、ただのノイズのような例外だと思われた。

 

「……ん?2088オートバイ小隊の損耗率がグンと下がってる」

 

 バンダナを頭に巻いたオタクっぽい男が、偶然にふと1つのデータを目に入れて疑問に思った。それに釣られて、他の面々もそのデータに目を通す。

 

「1小隊だけ……か。どうやってか装備でも手に入ったんだろう」

 

「頑張ってるところもあるみたいですね」

 

 

 膨大なデータの統計を取っていると、時々このようなノイズが交じることが有る。しかし、多数のデータと並べられ平均化された時、それは大勢に影響を与えない誤差として処理される。この損耗率の低下も、誤差だろうと事務的に処理された。

 

 

 

 

「……損耗率が低下しているな」

 

 それから幾日か後、最初に違和感に気がついたのは神楽だった。

 

「えっ。……あ、確かに。しかし、これは誤差の範疇では?」

 

「いや、違う。末綱、直近1週間のデータを出せ。5刻みでだ」

 

「はい」

 

 大量のモニターに、次々とファイルが抽出され画面に映されていく。

 

「……この低下の仕方……何かがおかしい。全員、直近1週間のファイルを計算、原因の割り出しを」

 

 神楽がそう指示を出すと、5人の部下がキーボードを打ち鳴らし、一斉に分析を開始する。すると、違和感がすぐに浮かび上がってきた。

 

「各地のスカウトの損耗率の低下を認める。……敵の攻勢が弱まったか?」

 

「いや、違うな。襲撃の規模は平均値に収まっている。第一、そうならとっくの昔に俺達が気付いてる」

 

 意見を出し合いながら、分析を続けていく6人。そして、別方面からもまた報告が上がる。

 

「サブマシンガンと機銃の弾の補給要請が一部の部隊より増加しています」

 

「あっ、迫撃砲の砲弾も補給要請が増えてる……」

 

「……横流し?」

 

「いや、ちゃんと使われている形跡が有る」

 

 その報告に、ピクリと神楽の眉が動いた。

 

「……純粋な火力の向上だと?秋草、各地の集積所の状況は?」

 

「影響を与えるほどの強奪は認められていませんね」

 

 その報告に更に考え込む神楽。ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、更に考え込む。

 

「何かが、起きている……。この件は引き続き調査を。更にデータが集まれば見えてくるかもしれん」

 

『了解です』

 

 悩む神楽。しかし、現時点ではまだデータが足りないかもしれない。なので、この場は調査の継続を命じるだけにした。

 

 

 

 

 

 数日後、深澤はとある小隊のデータを長く見ていた。その様子を、末綱が尋ねる。

 

「あれ、深澤さん、一つのデータじっと見てどうしたんですか?」

 

「ん? ああ、僕が昔に関わった娘の部隊のデータが有ってね」

 

 深澤が覗き込むと、5121と言う戦車小隊のデータが表示されていた。初陣で中型幻獣5体、小型幻獣200体以上を撃破している。

 

「戦車小隊の初陣にしては大戦果ですね」

 

「うん、そうなんだ。でも、この程度じゃとても費用対効果が見合うとはいえない。この数倍、L型を並べたほうが良い」

 

 人型戦車は鬼子である。多大な予算がかかり、被弾面積は大きく、整備の手間もかかり、火力も通常の戦車に大体劣る。戦車より火力の高いバズーカは単発の使い捨てである。本来なら、とっくに破棄されている計画の筈だが――

 

「ふん、大方荒波の戦果を見てあわよくばと思ったのだろう」

 

 二人の後ろから、ディスプレイを覗き込みつつ神楽が言った。その声に慌てて姿勢を正す二人をそのままと抑え、更に画面をスクロールさせる。

 

「あやつの戦果は膨大だからな。最も、他に真似できるパイロットは居ないのだが。このままでは奴一人居なくなればそれで人型の生産も終わりかねないが……。さて、奴らも舞も、生き残れるか……」

 

 そう呟き、神楽はしばしディスプレイを眺めると、次の検算へと移っていった。そしてもう一人、ディスプレイに映った一つの名前を見て、憎悪を燃やしている男が居た。

 

 

 

 

 更に数日後、神楽と共に0101のメンバー全員が5121の戦闘データを見ていた。準竜師にでも言って入手でもしたのか、映像データも入手している。

 本日の戦闘データは装甲車両の移動のしにくい山岳部の田舎道や林の奥の小学校付近での子どもたちの引率、そしてその後の中型幻獣との戦闘であった。

 

「深澤、どう思う?」

 

 神楽が、長く士魂号に関わってきた深澤にまず意見を求める。

 

「士魂号の強みを生かした典型的な戦闘だと思います。通常の車輌が入りにくい地形においての広範囲の展開、高身長から得られる視界による小型の索敵、護衛、そして人型であることを生かした救助など……」

 

 その分析に、神楽はふむと頷いた。通常の戦車の換えとなる主力戦車とはなりえないが、しかし特殊な兵科とするならば使い出は有りそうだ。

 

「あの両腕部に取り付けてある武装は?」

 

「人型戦車の正式装備には有りませんね。既存の94式機銃と99式40mm擲弾砲の流用だと思われます。……それにしては、やけに命中率が高い。火器管制が既に高度に調整されている……のか?」

 

 ブツブツと呟きつつ考察をすすめる深澤。そして、他からも多数の意見が上がる。

 

「しかし、入り組んだ地形で有効でもやはりコストが高いのでは?」

 

「いや、日本の国土の7割は丘陵を含めた山岳地帯だぞ。更に森林も豊富で使い場所は幾らでも有る」

 

「だが、山岳地帯に工業的・商業的・軍事的な重要地はほぼ存在しない。そんな所に特化した兵器が有ってもな。動物兵器も今では殆ど残っていない」

 

「いや、入り組んだ地形ならば平地でも有効です。そして、日本の平地には高密度に建造物が存在する……大陸ならともかくこの国には適しているのかもしれないです」

 

「しかし、この稼働率の低さは……」

 

 データを見つつ、熱く意見を交換し続ける0101メンバー。そして、意見も出揃ったと思われた時、神楽が手を鳴らす。

 

「よし、現時点ではまだどちらにも断言はできないと思われる。引き続き、調査を重ねるぞ」

 

『はっ』

 

 混迷を深める戦局を予想し、打開策を更に見つけようと、今日も0101は孤独に計算を続けていた。

 

 

 

 

 またまた数日後の夕刻、0101のモニターには芝村準竜師の顔が映っていた。突然の通信である。

 

「何だ、従兄弟殿? 我らはまだ本日の戦闘結果の計算の最中だったのだが」

 

「面白いデータが取れたのでな。姫君にも見てもらうと思ったのだよ」

 

 ニヤニヤと笑いながら反応を楽しむかのように神楽を見る準竜師。

 

「ふんっ、つまらぬものだったら承知せぬぞ」

 

 その表情に苛つきつつ通信を切る神楽。そして直近のデータの計算を終えると、準竜師が送ってよこしたデータを正面のモニターに映した。

 

「5121の戦闘報告書ですね」

 

「あれ、黒森峰のも混じってる……共同作戦?」

 

 疑問に思いつつ、報告書をスクロールさせる。緒戦はどちらもそれなりに苦戦するも撃退。5121は戦闘を重ねるごとに強くなっているように思えるし、黒森峰の練度の高さにも感心させられる。だが、特筆すべき事は――。

 

『!?』

 

 5121の戦闘終了後、黒森峰の第3小隊と4番機の合同戦闘へ移った時、全員が目を疑った。第3小隊の戦果48、内隊長車の戦果23、4番機の戦果31。なのに共に損害0。およそ普通では考えられぬ戦果である。

 

「こ、これは……誇大に報告……では無いですよね?」

 

「あの従兄弟殿が、そんなデータを送ってよこす訳がない。ならば……本物、だ」

 

 撃破数に目を奪われた一同だが、細かく見ていくと更に驚く。

 

「包囲されての飽和攻撃を受けているのに、損害が少ない。これは……」

 

 現地の報告書を元に、コンピューター上で戦局を再現していく。それを検討していくと、鍵になるのは二人。猫宮悠輝と、西住みほの二人だった。特に、猫宮の働きが大きい。戦場全てを把握しているかのように綻びを繕い、危機を事前に潰し、幻獣の動きをコントロールする。そして、西住もその動きにどんどん対応していき、次々と敵主力を間引いていった。

 

「この娘のポテンシャルを、ここまで引き出せるなんて……」

 

 深澤が驚愕しながら思わず声を漏らす。この士魂号のパイロットは、12.7mm・20mm・92mm・40mm擲弾、そして大太刀。何と5つもの武装を適切に使い分け、敵を撃破している。

 

「少数の戦力での撃破数……まさか、ムキになっているのか? そのお陰で幻獣がこの戦場に流れ込んでいる……」

 

 たった一人が引き起こした局地戦の結果が、戦局にまで大きな影響を与えていた。これまでの式では測りきれない、イレギュラー。その出現に、神楽は新しい計算式を用意しようとモニターを睨んでいた。

 

 

「人中の……龍……」

 

 そして、一人。0101の隊長対馬智は戦闘の映像を見て、呆然と呟いていた。

 

 

 

 

 昼近く、5121に3人の少女が訪れていた。4333小隊より堀立・小山・菊池の3名である。突然2機もの士魂号を納入された事に困惑した堀立は、藁にもすがる思いで5121へと視察へ訪れたのだ。そして、その案内をするのは2人、原と若宮であった。

 

「こんちはー!」

 

 小山が元気よく挨拶をすると、あわわと堀立は動揺するが、何とか精神を立て直す。

 

「う、うちの部下が失礼を。4333小隊指揮官、堀立です」

 

「視察ご苦労様です。5121小隊、原素子です。そちらは随伴歩兵の若宮君」

 

「よろしくお願いします!」

 

 挨拶もそこそこに、尚敬校の中へ入る5人。プレハブを間借りという貧乏っぷりに口を引き攣らせつつ、見学をしていく。各地を案内され興味深げに見る3人だが、正直見るだけではあまり情報収集も出来ないだろう。整備班も連れてきていないのも痛かった。

 

 

 そして、彼女らをこっそり見ている者3人。善行、瀬戸口、猫宮は司令室という名の掘っ立て小屋から様子を見ていた。

 

「うむ、中々だ」

 

「どこを見ているんですか、どこを」

 

「ま、彼女たち自身は本気で人型戦車を運用したくて来てるみたいですね」

 

 女の子の採点をしている瀬戸口、それに突っ込む善行、そして4333の戦闘記録を見ている猫宮。戦闘記録を見れば、4333は人型戦車をL型の代替として使うも使い方は伏せて隠れてジャイアントアサルトと92mmライフルを撃っただけ。完全にただの砲台としてしか使っていなかった。善行もそれを分かっているのか溜息をつくと、目頭を揉みほぐした。

 

「んじゃあ、ちょっと自分は挨拶でもしてきますか」

 

 猫宮が立ち上がると、瀬戸口も続こうとするが、それを止める善行。

 

「瀬戸口君、君は1歩でもここを出たら銃殺ですので」

 

「何故!?」

 

 そんな様子を笑いながら掘っ立て小屋を後にしつつ、5人に近づいていった。

 

「やっ、どうもこんにちは。お客さん?」

 

 片手を上げつつニコニコと挨拶する猫宮。そして、エースの登場にびしっと固まるお客3人。

 

「あっ、あのあのっ、ひょっとして猫宮百翼長でありますか!?」

 

「うん、猫宮悠輝だよ、よろしくっ!」

 

 人懐っこく挨拶する猫宮に小山と菊池の緊張は解れるが、堀立はまだピシッと緊張していた。そしてそんな堀立を気にもせずに、小山と菊池は猫宮・若宮の名前を聞いて思い出す。

 

「猫宮……若宮……あ、あの、ひょっとして5121に来須って名前の人も居ますか?」

 

「うん、居るよ」

 

 猫宮がそう頷くと、更に確信を深めたように言い募る小山。

 

「あ、あのあの、ひょっとして津田って子を助けていただいたりも!?」

 

「あはは、津田さんの知り合い?」「おや、偶然ですな」

 

『や、やっぱりぃー!?』

 

 その肯定の言葉に、小山と菊池は声を揃えて叫んだ。彼女らは、2088オートバイ小隊の津田と知り合いで、助けられたことを聞いていたのだ。

 

「あ、あのっ、戦友を助けていただいて、本当にありがとうございました!」

 

 ぶんっ!と勢い良く頭を下げる二人。そして、その様子に猫宮と若宮は心からの笑顔で

 

『どういたしまして』と、誇らしげに答えるのだった。

 

 

 

 堀立にとってあまり成果の出なかった視察はそこそこに、猫宮・若宮・小山・菊池の4人は味のれんで卓を囲んでいた。そして、小山が甘酒で管を巻いていた。恋愛でどうやら思うことが有るらしく、自分に酔っている小山を介抱する菊池、そしてその様子を男二人が優しく見守っていた。

 

「あまり笑わないんですね」

 

「いえ、大いに笑っております」

 

 他所の部隊の上官二人が相手のため、敬語な若宮。だが、その口調によそよそしさ等はない。

 

「そうですか……あの楽しくなかったらほんとスミマセン」

 

「いえ、自分はこういうのを好いておりますので」

 

「そりゃ特殊なご趣味で」

 

 むっす~とした小山が言う。だが、若宮は不快になった様子もなく言葉を続ける。

 

「こうやって皆が愚痴を言ったり、騒いだりしている姿を見ていると。人の営みを、今日も守ったのだと思います」

 

 その言葉に、ニコニコと微笑む猫宮。そして、衝撃を受ける小山菊池の筋肉ビューティー二人組。

 

「……真顔でそんなことを言う人、初めて見ました……」

 

「そう? ウチには他にも居るよ? 芝村さんとか」

 

 猫宮がそう言うと、え゛っ!? という感じに顔を上げるビューティー二人。そして、そんな様子に苦笑する男二人。

 

「まあ、ウチの芝村さん、芝村の中でも変わり種だから」

 

 苦笑しつつ言う猫宮に、頷く若宮。

 

「ええ、正義を守るということを公言できる私の部隊は恵まれているのだと思います。正義という弱い樹を、守る意志のある戦友(とも)が居る。そんな彼らと共に戦えることはとても誇らしいことだと思います」

 

 その若宮の言葉に、小山が目を光らせた。

 

「うん、そうだ! そういうことだ!」 「へ?」

 

 ムクリと起き上がって菊池の襟をひっつかみ、テーブルに足を載せる小山。周りの視線が痛いがそんな事は気にも留めてないようだ。

 

「よし、行くぞ! あの男のところへ突撃だ! あたし、告白してくる!」

 

 乙女の堂々とした告白予告に、更に周りの視線がざわつく。顔を赤らめて興味津々に見る他の乙女たち。

 

「バッ、バカっ!? 何でそうなるのよ!?」

 

「突撃ですか? 加勢しましょうか?」 「あっ、自分も自分も~!」

 

「そこの戦闘員二人~!? 突撃って言葉に即反応しない!」

 

 襟を掴まれてジタバタ暴れる菊池。しかしそんな菊池もほっといて小山は言葉を続ける。

 

「そう、思うままに、自分の信じるままに貫くんだ! やることを思い定めて、精一杯に生きて! 私だってそうだ! 勇気が足りなかった。戦友とかいろんなモノを言い訳にしていじけてた。私はこれじゃダメだ。私らしくない」

 

 そう決意を固める小山は、とても凛々しかった。

 

「いやもう私らしくしなくていいから迷惑かけないようにしようよ」

 

 そしてその下で顔を覆って菊池はしくしくと泣いていた。

 

「し・る・かああああああああああっ!」

 

「うわあああああああんっ!」

 

 そして、そんな筋肉ビューティー二人の様子を男二人は苦笑しつつも優しく見守るのだった。

 

 

 

 ずんずん突撃する小山とそれに引きずられていく菊池。そして、その二人を後ろから見守る猫宮に若宮。そして辿り着いたるは熊本五校。夜なのに「たのもー!」とか叫ぶ小山は実に雄々s……いや、凛々しい。最もその凛々しさは、唐突に現れた秋山を目の前にすると霧散してしまったのだが。どうやら、告白はまた先延ばしになってしまったらしい。

 

 そんな様子をしょうがないなあなどと思いつつ猫宮も帰ろうとすると、秋山に呼び止められた。

 

「あっ、折角ですし、あなたも見学されて行かれませんか? 猫宮百翼長?」

 

 そう言われて足を止めると、くるりと振り返る。

 

「ん? 自分もいいの?」

 

「ええ、是非。あ、申し遅れました。自分は秋山と言います」

 

「それじゃ、せっかくだしお願いしますね」

 

 どちらも人畜無害そうにニコニコと笑っている。そして、猫宮はその二人の様子をどことな~く伺っていた小山の背を押して、秋山の隣にやる。

 

「ふわわっ!?」慌てる小山。

 

「ほら、秋山さん暗いしエスコートお願いしますね」

 

「あっ、了解です」

 

 あまり小山のことを意識していないのか、ニコニコと笑いつつ案内する秋山。そして、勇気を出して寄り添ってみる小山。その様子を猫宮と菊池は見守りつつ、暗闇の校舎の奥、ゴチャゴチャと物が置かれているドアの側へとたどり着く。そして、乱雑に積まれたガラクタの中、磨かれた額縁に入れられた言葉だけが、ひどく綺麗に見えた。

 

【こここそは理性と知性が野蛮と暴力を打ち破る所 我々は計算しか出来ない 我々は計算ができる】

 

「これが、この部隊の信念?」

 

「ええ、そうです。僕達が出来ること、僕達がやらねばならないこと。ようこそ、熊本五校・佐々木支隊へ」

 

 そう言った秋山の顔には、少し照れくさげで、しかし誇らしげな表情が浮かんでいたのだった。

 

 




 アナザープリンセス、漫画版と小説版だと微妙に食い違っていたり殆ど出てないキャラも居たり、そもそもアナザープリンセス自体がリタガンの続きだったりですり合わせが難しいです……。
 なので、かなりオリジナル要素多めになると思うのでどうかご容赦の程をお願いします。


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episode ONE
邂逅~1


 二人が一緒にプレハブの階段を登っていく。先を歩いていた猫宮がためらいもなく扉を開けるのを見て慌てて後に続く速水。中に入ると四、五人程度の生徒が席に座っていた。顔を上げる気配とは逆に顔を伏せたままの速水。しんとした沈黙の中、いたたまれない気分になる速水。

 

「初めまして、自分は猫宮悠輝です、どうかよろしくっ!」

 

 そんな気分を猫宮は不意打ち気味にぶち壊した。教室の人間全員が注目すると、顔には人懐っこそうな笑顔で手を上げている。そして速水の後ろに回ると肩をたたいた。

 

「ほらっ、速水も自己紹介自己紹介!」

 

「えっ、あっ、でも……」

 

「どうせ後から自己紹介はするだろうけど、これから戦友になる人達だし第一印象は大事だって。 」

 

 顔を伏せて赤くする速水。暫くしどろもどろに意味のない声を出したが意を決して顔を上げる。

 

「は、速水厚志です。よ、よろしくお願いします……」

 

 そう言うと、またすぐに顔を伏せた。居心地が悪い。場違いだ。

 

(僕は何をやっているんだ……)

 

 正直、今すぐにでもこの教室を出たかった。でも、後ろにいる男が邪魔で出れそうにない。

 

「へへっ、元気がいいな。俺、滝川陽平。よろしくなっ!」

 

 顔を上げると頭にゴーグルを付け、鼻に絆創膏を貼り付けている少年が見えた。顔を伏せている間に近づかれたらしい。

 

「うちは加藤祭や。儲け話が有ったら是非教えたって~な♪」

 

 続いて関西弁の赤髪の少女が自己紹介をしてきた。

 

「そっちのあんちゃんはなんや心細そうな顔してるなあ。でもまあウチも一緒や。今もこのキュートな胸が張り裂けそうやねん。授業はなんかけったいやし」

 

「だよなあ。戦車学校って言うから、すぐに戦車に乗れるのかなと思ったけど。」

 

 滝川が相づちを打つ。

 

「まあほら、戦車兵ってエリートだし色々と勉強することが有るんでしょ。」

 

 猫宮が苦笑して返す。だが、滝川は不満そうだった。

 

「ふむ、ましてやこの学校で教える兵器は特殊だからな」

 

 凛とした声が響いた。速水がふとそちらを見ると、ポニーテールの少女がこちらに来ていた。

 

「芝村は挨拶をせぬのだが名乗られたのならば返さねばなるまい。舞だ。芝村をやっている。」

 

 独特の挨拶をする少女だった。滝川と加藤の表情がなんとも言えないものとなる。そっけない表情だ。だが、飾らない。虚勢もない。ごく自然体な表情で、速水はそこに不思議な魅力を感じていた。

 

「特殊って……どういうこと?」

 

「聞いてはおらぬのか。ここは通常の戦車ではなく人型戦車を教導する学び舎なのだぞ」

 

「そうそう、士魂号って言う人型なんだぜ、人型!俺、テレビの政府PR見てすぐに志願したんだ!」

 

 滝川のハイテンションに若干呆れている芝村と加藤。

 

「こんなんで大丈夫かいな……」溜息をつく加藤。

 

「やる気がある。絶望してない。きっといいことだと思うよ?」そんな加藤に笑いながら返す猫宮。

 

 

 そして後ろでそわそわしていたが意を決したように袴を履いた少女がやってきた。ぱたぱたと独特の足音が近づいてくる。その音に反応して足元を見ると、なんと足袋に草履を履いていた。びっくりしたように目を見やる速水。だが、その視線を察したか少女は少し不快げに口元を引き結ぶ。

 

「あ……ごめんなさい。」

 

 思わず謝る速水。

 

「あなたは謝るようなことはなさってません」

 

 硬い声で少女が返した。不安げにちらりと左右を見る速水。だが加藤も滝川も目を合わせてはくれなかった。しかし、後ろから声が飛ぶ。

 

「それで、お名前は?」

 

「あ、あの…‥(わたくし)、壬生屋未央と申します」

 

 腰をおって深々と頭を下げる壬生屋に、慌てて頭を下げる速水。それに釣られる滝川と加藤。猫宮も笑いつつペコリと頭を下げる。そして沈黙。壬生屋の顔がどんどん朱に染まっていく。

 

「か、風が冷たいですけど、気持ちの良い朝ですわね……」

 

「え、ええと……」 言葉を探す速水。

 

「ふむ。時候の挨拶というものだな」 何やら分析して返す芝村。顔を赤くする壬生屋。

 

「でも、この位爽やかな日なら体を動かすにはちょうど良さそうだよ。訓練する日としては悪くないね」

 

「え、ええそうです!こんな日は体を動かすととても気持ちが良いんです!ただ、汗をきちんと始末しないと風邪の元になってしまいますが」

 

 助け舟を出した猫宮に食いつく壬生屋。運動の話題だからだろうか、心なしかイキイキしているように見える。

 

「なんや、雰囲気が重くてどうなることかと思っとったけど、何とかなりそうやな」

 

 お互い手探りながらも何とか会話を続けていこうとするクラスメート達。このぎこちない雑談はチャイムが鳴るまで暫く続くのだった。

 

 

 チャイムが鳴った。錆びた鉄板の階段をけたたましく駆け上がる音がすると、クラスの皆はすみやかに席につく。扉を開けたのは、真っ赤な革のジャケット、パンツに身を包み厚化粧という派手な女だ。どこからどう見ても教師には見えない。

 芝村が「起立、礼」の号令をかける。全員立ち上がって、ぱらぱらと礼をした。一同を見渡して、「ふふん」と鼻で笑う女。

 

「昨日よりかはまだマシな面してやがるな。だが瀬戸口と東原はさっそくサボりか。上等じゃねえか……おっ」

 

 速水と猫宮に目を留め、満足気に頷く女。首をすくめる速水。

 

「新顔もいるな。ああ、怖がらんでもいい。俺は本田だ。午後には出張中のおめーらの隊長さんもご到着だ。段々揃ってきたようで、結構なことだ。自己紹介は……「済ませました!」 そりゃ良かった。おめーらは戦友、仲良くしとくのは大事だからな。じゃあ早速授業だ」

 

 手を挙げて元気よく返事をした猫宮に満足気な本田。背を向けると黒板に世にも下手な字で「サムライ」と板書する。そこから先は授業の体を保った洗脳だ。お前たちはサムライだ、徴兵拒否もせずにやってきた強い子達だ。お前たちは勇敢で、この国を守る最後の盾、この国の剣のその切っ先、自分たちの後にはもう何もないと。

 

 それに対する反応は様々だ。滝川は目を輝かせ、芝村は表情を変えず。壬生屋は憎しみの感情が渦巻き、加藤は複雑な表情で、速水は不安げだ。

 

「おっと、鐘か。これにて授業は終了だ。次も遅れんなよ」話したいことを話し、壬生屋の憎悪を煽った後本田はそのまま教室を出て行った。授業が終わった後、興奮した様子で滝川が速水、猫宮の側にやってきた。

 

「へへっ、よ~やく様になってきたって感じだな!」

 

「何が?」

 

「おまえ、話聞いてなかったのか? 戦争してるんだって感じになってきたじゃん。おめーらはサムライ、かぁ。くーっ!」

 

 興奮して握り拳で机を叩く滝川。速水は困ったように加藤と猫宮と視線を交わす。なんて素直な奴。加藤と猫宮は苦笑している。

 

「滝川くん、知らん人にお菓子あげるって言われてもついていっちゃあかんよ」

 

「なんだよそれ」

 

 滝川は憮然として言った。

 

「でも、全部が全部~って訳でもないと思うけどね」

 

 そう言った猫宮に、びっくりした顔で見る速水と加藤。そしていまいち分かってない滝川。

 

「自分たちが少なくとも自然休戦期まで戦わないと後がない――ってのはほんと。軍隊って、補充するのはすごく大変だから。これ以上自衛軍が減ったら再建不能になるんだと思う」

 

「……そうかもしれんなあ。ま、そんなことよりウチは壬生屋さんの所に行ってくるわ」

 

 少し考えこんで、滝川をひと睨みした後壬生屋の席に向かった加藤。

 

「……俺、なんかマズイことした?」よく分かってない滝川。

 

「えーと、話の裏を読めって事……かな?じゃあ、僕はこれで」

 

 苦笑してバッグを抱え、そそくさと教室を出ようとした所に二人に呼び止められた。

 

「なんだよ、水くせえな。昼飯、食うんだろ? 売店だったら案内してやるよ。勿論猫宮も一緒な」

 

「ああ、今日来たばかりで場所よくしらないんだ。じゃ、よろしくっ!」

 

「あ、いや、僕は悪いからぜひ二人で……」

 

「へっへっへ、折角友達になったんじゃねえか。変な遠慮はするなよ」

 

「そうそう、人数が多いほうがいいって!」

 

 そう言うとずんずん進む滝川とそれについていく猫宮。そして少し迷ったがそれについていく速水。

 

 数分後、三人はグラウンド土手に腰を下ろして焼きそばパンと牛乳を頬張っていた。上手そうに喰う滝川と実に不味そうにして牛乳で流し込んでいる猫宮。随分と対照的だった。

 

「なんだよ、そんな顔して。そんなにマズイか?」

 

「あ、いや、ちょっと味付けに慣れてなくて」

 

「慣れてないって、そんなに場所によって違うもんか?」

 

「えーと、結構……」

 

 まさか別世界の美味い飯に慣れてるとは言えない猫宮、口籠る。

 

「でも、これからここの飯ばっかり喰うんだから慣れなきゃ大変だぞ?」

 

「そ、そうだね。頑張る」

 

 そんな二人の横で黙々と食べる速水。

 

「それはいいとして、さっきの先生の話。俺は結構良かったと思うんだけどさ、速水も加藤も白けた顔してたじゃん。どういうこと?」

 

 滝川は話題を蒸し返して尋ねた。目線で猫宮に助けを求めたが首を振られた。滝川は辛抱強く答えを待っているし、しぶしぶと口を開く。

 

「きれいごと言うなってこと、かな? 国のために死んでくれってことだよね、先生の話を要約すると。僕、そういうの、好きじゃないんだ」

 

 ふと顔を上げると、滝川がぽかんとした顔でこちらを見ていた。猫宮も雰囲気が変わる。反戦思想とも取られかねないこの言葉に、速水は慌てて言葉を紡ぐ。

 

「ええと、僕が言いたいことは、戦争が嫌だって言ってるんじゃなくてそんな綺麗事言われなくたって戦えるってこと。しょうが無いもんね」

 

「……言い訳っぽいな。刑務所もんだぜ」 滝川はぼそりと言った。

 

「そんな、言い訳なんかじゃなくて!」

 

 速水が焦って言葉を探すと、すかさず猫宮からも警告が飛ぶ。

 

「……速水、他でこんなこと言わないように。金に困ってる人が居たら密告されるかもよ?」

 

 顔が青くなる速水。慌てて視線を右往左往させていると、滝川がにかっと笑った。

 

「なーんてな。お前の言うことも分かるよ。ほら、ここの雰囲気ってなんか微妙じゃん。だから気合の入った話、聞きたかっただけかもな」

 

 滝川にからかわれてほんの少しだけ傷つく速水。だけど猫宮はまだ真面目な顔だった。

 

「まあ、滝川はからかい半分だとしても、忠告内容は本当。気をつけること!」

 

 鼻先にめっ!という感じに指をつきつけられた速水。心配されたことにどうしていいかわからなかったので、とりあえず話題を変えた。

 

「午後はどんな授業やるんだろ?」

 

「坂上先生の講義かな。戦車の話、してくれるんだ……って戦車の学校だから当たり前か」

 

「坂上先生……別の先生か。心構えの後は早速戦車の話。当たり前だけど話が早いね」

 

「そうだね。でも、戦車学校って言うからどんなところかと思っていたけど」 不安げな速水。

 

「うんうん、俺も拍子抜け。こんなプレハブ校舎だし、戦車だってまだ一台も見てない」

 

「芝村さんが特殊って言ってたから大分遅れるのかも?」

 

「猫宮はよく聞いてるな~。ま、人型だぜ人型! 楽しみにしてようぜ! そういや二人はどうしてこの学校に来たんだ? やっぱりパイロット志望なんだろ? 」

 

 ハイテンションで聞いてくる滝川。

 

「さあ、パイロットなんて考えたこともなかった。別に戦車兵じゃなくても良かったんだけど、戦車の中にいれば生き残る確率が高いような感じがしたから」

 

 速水の言葉にしばし考えこむ滝川。そこに猫宮の言葉が続く。

 

「自分は、可能性を感じたから……かな?」

 

『可能性?』

 

 二人の言葉が同時に疑問を飛ばす。

 

「そう、可能性。他の兵科に比べて生存率も高そうだけど、色々と出来そうだから。」

 

 猫宮の言葉に考えこむ二人。

 

「ま、でもまだここに居る奴らは候補生だから乗れると決まった訳じゃないけど、絶対パイロットになろうぜ! 生き残りやすそうだしさ!」

 

 二人の言葉を借りて纏める滝川。

 

「目指せ、パイロット!」 ノリを合わせる猫宮

 

「……うん、頑張ろう」 そしてため息混じりに話を合わせる速水。

 

 こうして、昼休みは過ぎていく。

 

 

 

 

 

 



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邂逅~2 そして契約

 午後のチャイムと同時に、速水滝川猫宮が教室へ滑り込む。

 少し遅れて、眼鏡を掛け無精髭を生やしておまけに半ズボンの年上の千翼長が教壇に立った。

 

「あの人が坂上先生?」速水が尋ねると、滝川が横に首を振る。

 

「違う、初めて見る人だ」

 

 千翼長は善行忠孝と名乗った。挨拶もそこそこに全員を着替えさせグランドへと集合させる。

 

「よし、速水、猫宮、隣の教室で着替えだ。こっちは女子の更衣室になるんだ」

 

 滝川が喜々として二人に言った。

 

「な、なんだか嬉しそうだね」

 

「そりゃあ、つまらねえ授業より体動かすほうがいいだろ。それにさ、隊長も来たし、やっとホンモノっぽくなってきたじゃん」

 

「ホンモノっぽくじゃなくてホンモノだけどね。学校の体育みたいな楽しく体を動かす授業じゃなくて軍人になるための訓練になるだろうし」 猫宮が脅かすように言う。

 

「な、なんだよ脅かすなよ猫宮。ま、とりあえず行こうぜ!」

 

 脳天気な滝川に微妙な目線をやる速水。猫宮に目をやると特に何も言わないようだった。

 

 グラウンドに集合すると、善行も体育着に着替えて皆を待っていた。傍らにはレスラーのように屈強な男。金髪で浅黒い肌の精悍な印象の男だ。

 

「紹介します。小隊付き戦士の若宮康光君。今後、あなた達の訓練教官となります」

 

 若宮は善行に黙礼をすると生徒たちへと向き直った。

 

「さて、それでは課外授業を初めます。このグラウンドより、大甲橋、厩橋を経て熊本城公園を三周してグラウンドへ戻る。行程およそ十キロのランニングであります。どうです、楽なものでしょう? 」

 

 若宮はにやりと白い歯を見せて笑った。映画などで教官が新兵に見せるそれである。

 

「ただし、こんな楽な授業じゃあなた方に申し訳ない。ラスト五人は腕立て伏せ百回」

 

 ギョッとして周りを見回す速水や滝川や加藤。さっきまであのクラスに居たのは七人だった。善行と若宮を含めても九人……いや、幼い女の子が混じってる。午前の授業では見なかった顔だ。

 

「ああ、東原さんは水を用意してゴール前に待機して下さい。できますね?」

 

 善行がしゃがみこんで言うと、東原と呼ばれた女の子は「うん!」と元気よく答えた。

 

「うん、ではありません。はい、です」

 

「はいっ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってえな。これって女子も同じなん? 」

 

 加藤が不服そうに質問する。

 

「む、女子は十分先にスタート」

 

 安堵する加藤に「男子と同じでも構わぬ」と言う芝村。そしてそれに反応し茶化す声が後方からした。

 

「さすがに姫さまは違うね。まあ確かに立派な意見では有るけど、戦車兵は、生身の体で戦うわけじゃないからな。男子女子のハンデはよしとしようよ。ああ、俺にもハンデね。十分前スタートってことで。でなきゃ東原と一緒に留守番がいいや」

 

 長身の整った顔立ちの男が笑っている。どうも周囲に軽薄そうな印象を与えている。彼も朝の授業にはいなかった。

 

「そうか、わかった。おまえ、瀬戸口隆之だったな」

 

 プロフィールを思い出した若宮と、更に茶化す瀬戸口。当然の如く殴られる瀬戸口だが、ダメージは最小限に抑えているようだ。そしてそれに激高する壬生屋と抗議する加藤。そしてその光景に困惑する速水や滝川。真っ当な軍人である若宮や善行が可哀想になる光景だ。

 

(善行さん、この頃から相当胃が痛かったんだろうなあ……)

 

 一人心配する猫宮。その視線に気がついたのか善行がほんの少し苦笑したが、すぐに無表情に戻る。

 

「時間が惜しい。訓練を再開しましょう」

 

 有無を言わさず全員をスタート位置に立たせ、合図する。壬生屋と加藤の二人は走りだしたが芝村はスタートしない。

 

「百翼長、女子はスタートしましたが」 若宮の声。だが、芝村は澄ました顔でストレッチしている。

 

「若いうちの苦労は買ってでもしろ……われに七難八苦を与え給え、かな?」

 

「そのようなものではない。ただ必要だからやるまでだ」

 

「ははっ、確かに。幻獣は男女で態度変えてくれないもんね」

 

 猫宮と芝村の問答にそれってなんだ?と首を傾げる滝川。

 

「山中幸盛……通称山中鹿介で知られている戦国武将の言葉ですね。苦難において乗り越える力をつけるためにあえて茨の道を進む事を願った戦国武将ですが……詳しいですね、猫宮君」 分かってないであろう二人に解説する善行。

 

「本は色々と読んでるんですよ」 ストレッチしながら答える猫宮。

 

「あ~あ、やだやだ。苦労なんておもいっきり逃げたいもんだけどなあ」

 

「お前は人の倍苦労したほうが良さそうだな」

 

 相変わらず茶化す瀬戸口に、苦々しげに若宮が言うのだった。

 

「さて、おしゃべりはここまでにしましょう。若宮君」

 

「はっ。では、スタート! 」

 

 合図と同時に全員が真剣に走りだす。善行はスタート同時に悠々としたストライド走法で走りだし、それにピッタリと張り付く猫宮。瞬く間に見えなくなった。

 

「はやっ!? 猫宮の奴飛ばしすぎだろ!? 」

 

「おっ先~!」 

 

 若宮は後尾で遅れがちな隊員を励ます役に付いたようだ。これから遅れがちな滝川を何度も激励する事となる。

 

 

 

「やれやれ、これでも私は徴兵されてからだいぶ鍛えたんですけどねえ」 

 

 横で並走する猫宮に話しかける善行。視線の色は様々な疑念が渦巻いている。まず、最近は後方での仕事が多かったのに学生風情が本職についてこれる事自体が異常なのだ。

 

「これでも結構鍛えてたんですよ。何時日本に幻獣が攻めてくるか分かりませんでしたし」

 

「なるほど。軍隊の事もある程度は調べたのですか?」

 

 とりあえず筋は通そうとしているなと善行は思った。そして別の話題を振る。

 

「はい。手記を読んだり戦争関連の本を見たりとある程度は」

 

「結構です。――では、壬生屋君達に注意をしなかったのは何故ですか?」

 

「ああ、それは同年代より教官や上官に叱ってもらったほうがいいと思いまして。どうやらまだまだ部活気分みたいですし、あんまり言うと説教臭いやつって思われちゃいますし」

 

「確かに。あの様子では妥当な判断でしょうね。ですが、あまり若宮君ばかり苦労をかけるのも忍びない。君も協力するように」

 

 ふと、隊員の一人の瀬戸口を思い出す善行。問題児をかき集めたような小隊だが、どうもただの問題児だけではない人材も居るようだ。

 

「了解しましたっ」

 

 苦笑で返す猫宮。少しすると先行している壬生屋と加藤に追いついた。どうやら壬生屋は甲斐甲斐しくも面倒を見ているようだ。

 

「速っ!? 二人共もう来たんか!?」

 

「あはは、お先にっ! 」

 

「ラスト六人は腕立て伏せ百回ですので忘れないように」

 

 

「そんな殺生な~!?」 との声を後にしつつ、二人は並走して走っていく。

 

 

 

 ゴール付近に来ると、猫宮があからさまに速度を落とした。善行が一着、猫宮が二着である。ゴール前では少女が待機しており、ノートを破って作ったお手製の三角旗と水を持ってきて笑顔で駆け寄ってきた。

 

「はい、いいんちょおつかれさま。一位だね」

 

「ありがとう、東原君。彼にも同じものを」

 

 息を整えつつ笑顔で礼を言う善行。ののみは「はいなの」と頷いて猫宮の方にも駆け寄ってきた。

 

「すっごく速いんだね。えっと、えっと」 二位の旗と水を手渡しながら少女が言葉を探す。

 

「猫宮。猫宮悠輝だよ。よろしくね」

 

「東原ののみです」

 

「うん、ありがとうののみちゃん」

 

 しゃがんで目線を合わせて受け取る猫宮。

 

「えへへ、どういたしまして」

 

 東原も嬉しそうだ。

 水を美味そうに飲む猫宮に善行が近付いて来た。

 

「それで、手を抜いた理由は何ですか?」

 

「はっ。司令官には尊敬が必要と思いまして」

 

「まったく、気を使うのが上手いですね」 

 

 苦笑して思わず眼鏡に手をやる善行。まるで大陸での若宮を思わせる気の使い方だ。本当に徴兵されたての学生なのだろうか?

 

「結構。しかし訓練中に意図的に手を抜いた罰として腕立て二百回です」

 

「え、倍に増えて……ああいえ、了解しました」 ストレッチもそこそこに猫宮は腕立て伏せを強制的に初めさせられたのだった。

 

 

 

 それから少しすると、今度はポニーテールを揺らし芝村がやってきた。

 

「はい、舞ちゃん三等賞おめでとうなの」

 

「……隊長は兎も角同じ学兵に負けるとは」

 

 憮然とした表情で受け取りつつ水を飲むと、猫宮の方を睨みつける。

 

「で、何故此奴は二位なのに腕立てをしているのだ?」

 

「ああ、自主訓練のようです」

 

 抗議の視線が飛んできたがあえて無視する善行であった。芝村は面白く無さそうにそれを見ると対抗して腕立てを始めた。

 

「あなたも物好きですねえ」 おかしそうにくくっと笑っている善行。この少女も中々に負けず嫌いなようだ。

 

 

 更に少しすると速水がやってきた。何故か腕立てをしている二人を見やり思わず善行に目をやってしまった。

 

「ああ、二人共自主訓練のようですよ。あくまで自主訓練であるので強制ではありません」

 

 と、速水の疑問に答えてくれる善行であったが、声には少しからかいのニュアンスも入っていた。

 

「そうそう、自主的にだから無理にしなくても大丈夫さ」 

 

「……ふっ」

 

 腕立てをしながら猫宮はそう言い、芝村は勝ち誇ったような表情を向けてきた。しばしの逡巡と給水の後、更に横に並ぶ速水。そんな様子を、善行は殊更おかしそうに見るのだった。こうして5121小隊、初のランニングはラスト「八人」が腕立て伏せを最低百回はするという結果に終わる。後には疲労でクタクタとなった新兵達の群れが残されたのだった。

 

 

 放課後、学校を出ようとする猫宮に近づく一人の男が居た。瀬戸口である。あいも変わらず軽薄そうな表情を浮かべている。

 

「よっ、遅ればせながら挨拶だ。俺は瀬戸口隆之。一応、お前さんより年上の先輩ね」

 

「あ、猫宮悠輝です。どうぞよろしくっ!」

 

「ああ、元気が有ってよろしいねえ。野郎はさよならお嬢さんはこんにちは――が俺の信条だが、お前さんを含め年下クン達には多少なら女の子たちを紹介してやってもいい。若宮の筋肉ダルマは論外だけどな。そうだな……近場なら紅陵女子高校に堅田女子高校なんかが良いぞ」 

 

 ノートを取り出しファイルしてある情報を次々見せる瀬戸口。無駄に凝っている。と言うか電話番号とか一部スリーサイズとか何処で手に入れたんだ、お前。

 

「も、もう把握しているんですか……?」冷や汗を流す猫宮

 

「勿論だとも。このご時世、愛に飢えている女の子はどこにでもいるからな。彼女たちは皆辛く、苦しい目に遭っている、もしくは遭う予定なんだ。だから、癒やしてやるのが色男の義務なのさ」 ウィンクする瀬戸口。

 

「ま、近場のキャピキャピした女の子達も良いがお嬢様学校の子達もまた良いもんだ。凛としていて、清楚で、そして世慣れしてなくて何処か危うい」 

 

 黒森峰女学園と書かれたノートを取り出して更に紹介する瀬戸口。だから、何処で手に入れたんだお前。

 

「ほら、特にこの戦車小隊でそれぞれ隊長やっているこの姉妹とか、その姉の側にいる副官の子とか……」

 

「あはははは……まあ、お金に余裕ができたら是非お願いします」

 

 言い募る瀬戸口にとりあえずお茶を濁す猫宮。

 

「そうかい。ま、女の子が恋しくなったら呼んでくれ。恋の伝道師、瀬戸口さんが見事に解決してやろう」

 

「瀬戸口く~ん!」

 

「おっと、お嬢さん方の登場だ。じゃ、またな」

 

 そう言って片手を挙げながら去っていく瀬戸口であった。

 

 

 

 猫宮は慣れない道を地図や警察官等の案内を頼りにスーパー及び業務用スーパーを探し、高級猫缶と多量のナッツ類を買い込みリュックに詰め込んでいた。そして高校へ戻り付近を探す。学校中を歩きまわり、誰もいない校舎の裏手で、その巨大な猫は佇んでいた。赤いチョッキを着込んだやや太った猫である。だがその大きさは1メートル程も有った。

 その老猫の前に歩み寄り、膝をつき頭を垂れる猫宮。

 

「お初にお目にかかります、猫神族の英雄よ。」

 

 起き上がり、とぼけた雰囲気をどこかに消して威厳を纏わせ、起き上がる老猫。

 

(おもて)を上げよ、若者よ。人族にそのように膝を着かれるのは随分と久しいものだ。」

 

 顔を上げる猫宮。

 

「纏う精霊が違う。お主は一体何処から訪れたのだ?」

 

「遠き世界の別の時空から。この世界に少しだけ良い結末を齎すために」

 

「そうか、全く関係のない他人の為にわざわざ世界を超えてきたか。かつてのじゃじゃ馬娘を思い出すのう」

 

 懐かしそうに目を細める老猫。遠い過去に思いを馳せているようだ。

 

「して、そなたの名は?」

 

「猫宮悠輝、と申します」

 

「そうか、猫の名を冠するか」

 

 愉快そうに笑い喉を鳴らす老猫。

 

「はい。神話を作るのは、猫ですから」

 

 顔を綻ばせる猫宮。そして老猫もおかしそうに笑う。

 

「そうだ。今はまだ戦えぬが戦神の名において約束しよう。時が来れば共に戦うことを。我が名はブータニアス・ヌマ・ブフリコラ。最後の戦神也」

 

 自然と、猫宮は再び頭を垂れた。

 

「ところで、そなたが手に持っているものは……」

 

 猫宮の手にある物に目を向けるブータ。尻尾が揺れている。

 

「ああ、これはお近づきの印です」 買って来たばかりの一缶300円以上もする高級猫缶である。

 

 パコッと缶を開けてブータの前に差し出すと、ブータはそれをとても美味そうに食べるのだった。

 

 

 

 日も殆ど沈みかけた夕刻。熊本中心部より北西、一人と一匹が県道一号をえっちらおっちらと歩いていた。大きな猫が先導し、後ろの少年の背には大きなリュックが背負われており、その中身はパンパンだった。好機の目線も山の合間に近づくに連れ少なくなり、乗用車の代わりにトラックを頻繁に見かけるようになる。

 

 三淵山付近にさしかかり、一人と一匹は道を外れて山の中、獣道へと入っていく。その様子を覗いていたのは森の鳥や獣達。ブータを見つけた途端、報告に走るものも居た。

 

 山頂に到着した。展望が全く無く、辺りは木々に囲われている。そして、多数の動物や鳥達が集まっていた。

 

「皆の者、急な来訪により騒がせてすまぬ」

 

 ブータが声を出すと、一斉に頭を下げる周りの動物たち。

 

「今日は皆に紹介したい者がいる。遠き世界よりやってきた戦人。名を猫宮悠輝と言う」

 

 興味深げに猫宮の方を見る一同。鼻をヒクヒクさせているもの多数。

 

「彼の者は我らに協力を望んでいる。あしき夢と戦う為に、我らの力を借りたいという」

 

 賛同するものは多くなかった。皆、人間に多かれ少なかれ生存権を奪われてきたのだ。目に傷を持つカラスや、首飾りをしているイタチは特に不満そうだ。甲高い声で鳴くカラスの王。

 そんな彼らに対し、猫宮は汚れるのも構わず両膝を付き、地面に手をやり頭を下げた。

 

「皆様のお怒りやご不満は御尤もの事。……しかし、今、人は滅びの瀬戸際に立っています。若輩の身で何処まで出来るかは分かりませんが、日ノ本の安定の際には自然との共存をこの国の国是とするように働きかけることを誓います」

 

 頭を下げる猫宮に、かつてを思い出す上層部達。その昔、人と自然は仲良く共存していたのだ。

 

「勿論只とは言いません。定期的に貢物を持ってくることを誓いましょう」

 

 リュックから中身を取り出す猫宮。中には大量のナッツ類やペット用の缶詰等が入っていた。思わず駆け寄りそうになる獣達。唸るイタチの左大臣にカラスの王。バサバサとせわしなく翼を動かすツバメの少将。目を輝かせるモモンガ大王。真っ先に駆け寄りたいリスの副王。

 

「今すぐに人と和解しろとは言わぬ。だが、人に、ではなくこの者に協力してはくれまいか」

 

 ブータの言葉に、頭を下げるモモンガやリスやツバメ達。唸りつつ頷くイタチの左大臣。べ、別に人間のためじゃないんだから、缶詰が欲しいだけなんだから!と言う態度なカラスの王。

 笑ってビニールを破り缶詰の蓋を開けていく猫宮。そこに、一斉に動物たちが群がるのであった。

 

 ここに、人とモノノケ達との契約が結ばれる。

 

 

 

 

 

 

 



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敗北の夜と猫

 朝、速水は冴えない顔で学校への道を歩いていた。逃げるかどうか迷っていて結局結論を引き伸ばしたためナイーブだった。

 

 ぽんっと両肩を叩かれた。振り返る速水。

 

「よっ、一緒に学校に行こうぜ」

 

「おはよう。昨日の疲れまだ残ってる?」

 

 振り返ると滝川が笑いかけて猫宮が調子を聞いてきていた。

 

「僕より、滝川は大丈夫なの?」

 

 昨日は加藤に次いで2番目にへばっていた滝川だ。なのに、今日はやけに元気である。

 

「晩飯食って、寝たら治った」

 

 これだ……とかぶりを振る速水。横では猫宮が苦笑していた。

 

「瀬戸口さんと若宮さん、なんだか喧嘩してたみたいだけど」

 

「あ~、やっぱり?」

 

 二人の言葉に滝川が説明する。

 

「俺はお前みたいな軟弱野郎は大嫌いだって若宮さんね。そしたら師匠が、アタマ筋肉の欲求不満男はかわいそうね。ふざけるな放課後グラウンドに来い決着を付けてやる。やなこった野郎とデートなんざ趣味じゃないんでね――こんな感じ。まいったよ、子供じゃないんだからさ」

 

 瀬戸口と若宮の口真似をしてみせた滝川。

 

「らしいよね」

 

 何となく想像ができて、速水は笑みを浮かべた。

 

「若宮さん、本職の軍人さんだから瀬戸口さんとは水と油だろうなあ」 苦笑する猫宮。

 

「ああ、あなたたち。速水君と滝川君と猫宮君ですね」

 

 落ち着いた声がした。速水と滝川は恐る恐る振り返り、猫宮はキビキビと動いて敬礼をした。それを見て慌てて敬礼をする滝川、更に真似する速水。善行はお手本のような見事な敬礼を返した。

 

「どうですか、調子は」

 

「ええ、まあ、いいです……」と速水

 

「問題なし、であります」 余裕そうに返す猫宮

 

「学校の講義はどうです?」

 

「あの、けっこう面白いです。俺たちはサムライなんだって、本田先生が」

 

 なにか言わなくちゃと滝川が早口で言った。

 

「講義が面白いなんて、滝川君は変わっていますね。まだ機材もないようなので、実は今日一日屋外でゲームを楽しもうと考えていたのですが」

 

「えっ、ゲームですか? やります、俺やります!」 滝川はやけに張り切って自分を売り込んだ。

 

「どんなゲームですか?」速水が尋ねると、善行はふっと笑った。

 

「模擬戦闘訓練。まあ、一種の戦争ごっこですね」

 

 

 朝から若宮はうんざりしていた。自分は誇り高き自衛軍の兵士で有るはずだが、今の自分は幼稚園児の引率とそう変わりがなかった。

 事の始まりは昨夜の善行との会話である。なんでも、この問題児の群れに早速他校との模擬戦闘訓練をさせるらしい。早過ぎると思いますが、と若宮は懸念したが、善行は澄ました顔で「彼らには敗北が必要です」と言った。彼らは一度、徹底して打ちのめされる必要がある。そこからほんとうの意味での訓練が始まる、と。

 

 善行の話は半分も理解できなかったが、命令である。不承不承で頷く若宮に、善行は更に声をかけた。

 

「ああ、どうしても心労が溜まったら猫宮君とでも話してみてください。きっと君の苦労を理解してくれますよ」 との事だ。

 

 そう言えばひよっこにしては不平不満も言わず、また司令にも最後までついていった新米だ。

 

 この新米は無駄口をたたかず合図もすぐに覚えて忠実に従い尚且つ他の隊員をフォローしている。なるほど、確かに他のやつよりはマシのようだ。

 だがそれにしても、他の奴らが酷すぎた。簡単な合図も間違える、無駄口をたたく、真面目に行動しない、勝手に作戦会議や講義を始める。思わずバケツの水をぶっかけた時に出たのは怒りの言葉ではなく半ば諦めの言葉であった。その裏で黙々とバケツを追加していた猫宮の肩を思わず叩きたくなった。

 

 

 即席の訓練(若宮に言わせればお遊戯だが)が終わり、樹木園前に到着する。相手の堅田女子校の兵士たちは少なくともこちらよりは遥かにキビキビとして動き、また統率も取れているようだった。

 だが早速瀬戸口のバカがナンパを仕掛けている。正直今すぐにでも連中を引き返させてぶっ倒れるまでしごきたいものだ。

 こんな奴らには戦闘訓練用のライフル弾すら勿体無いということなのだろう。全員にゼッケンが配られた。そしてよりにもよって我が上官殿が隊長に指名したのは瀬戸口と来たものだ。早速芝村にリーダーを押し付けようとしている。

 ため息をつきつつ観戦位置に行こうとすると、善行が猫宮の肩を叩いて一言呟いていった。

 

「何を指示しなさったので?」怪訝そうに問う若宮。

 

「駒に徹して下さいと。それだけを。纏められて勝たれても困りますので」

 

「それは……」 アイツも大変だな。と若宮は思った。

 

 

 

 

 訓練が始まってやや経った。まともな訓練を受けた下士官なら、とても絶えられない光景だろうなと猫宮は思った。まず間違いなく全員の顔に青タンが浮かぶだろう。

 端的に言って、最悪の集団である。トップは責任を果たそうとせず、意見は別れ楽観論が主流を占め、やる気が無い。流石公式で問題児の集団と言われるだけのことは有る。

 

 だが、猫宮はうんざりはしない。なぜなら知っているからだ。この、問題児でド素人の集団が。世界で最も幻獣を殺すことの出来る小隊になることを。そして、自分がその一員となれるであろうことを知っているからだ。だから、猫宮はこの状況に甘んじる。彼ら自身が自分たちで成長することを信じて。

 

「――で、猫宮の意見は?」 一応隊長で有る所の瀬戸口が聞いてきた。

 

「隊長の意見に従います。今の自分は駒ですので」 すました顔で答える猫宮。

 

「猫宮さん! 貴方まで!」 

 

 憤慨する壬生屋。速水も呆れや軽蔑や様々な負の感情が混ざった目線を向けてくる。

 

「不真面目なんじゃなくて、隊長の命令なんで」 

 

 顔色を変えずに返事をする猫宮。周囲の表情が怪訝そうなものに変わるが、意見が出ないと分かると更に周囲で作戦会議……のようなものが続く。何も発言しなかった猫宮だがただ一度加藤の

 

「あはは、速水君って悲観的なんやね。レッツ・ポジティブ・シンキングや」

 

 という台詞に対し。

 

「……戦場で運に頼るな」

 

 ボソリと、やけに通る声が猫宮から響いた。威圧感に思わずぎょっとする周囲。猫宮はそれに「あ……」とバツが悪そうにする。特殊部隊の母、伝説の兵士の言葉である。ゲーム版のGPMでも他の様々な場面でも適用できるまさしく名言だ。

 

「……全く。じゃあ、壬生屋の意見を採用。行ってみるとしよう」 

 

 ため息を付きながら指示を出す瀬戸口。結果は言わずもがな、速水、芝村の両名を残しあえなく部隊は壊滅である。歓声を上げる堅田女子校のメンバーを尻目に倒れ伏した「死体」を乱暴に運ぶ若宮。瀬戸口の上に滝川と猫宮が放り出され悶絶する瀬戸口。若宮は実にいい笑顔である。

 

(これで彼女たちは立ち直るんだけど……でも今度は彼女たちが大変な目に遭うんだよなあ)

 

 正確にはこれから遭わせるのであるが、ひとまず猫宮は彼女たちの喜びようを見守ることにした。

 

 

 死体を30分もの間、沈黙したまま善行は眺めていた。平然としている瀬戸口、そして猫宮以外のメンバーは善行に見つめられるたびに顔を赤くした。東原まで特別扱いしないという有様である。

 

 身も心も冷えきったころにようやく解散となった。だが、速水と芝村が見えない。

 

「あいつら、何処行ったんだ?」 と心配する滝川

 

「そりゃーもちろん、二人でこっそり逢引やないか?」

 

「ふ、不潔です!」

 

 脳天気な連中を見てやれやれと首を振る猫宮。

 

「まだ死亡判定が出てないって事はまだ戦ってるんでしょ」

 

 ふぅ、と呆れたようにため息を付いた。

 

「えっ、じゃあ探したほうが良くないか?」

 

「まあ、子供じゃないんだから適当に帰るだろ」 滝川の心配に対して面倒くさそうに瀬戸口は返した。

 

「けど、やっぱり俺。あいつ、なんだか変だったし……」 と滝川が口籠る

 

「んじゃ、これでどうだ? おおーい、速水、芝村、俺たち、先に帰るからな――。あ、そうだ、明日は一時間早く来いよ――」 

 

 両手をメガホン変わりにして叫ぶ瀬戸口。返事は無い。言うだけ言って帰っていく瀬戸口はほっといて、他のメンバーは探しに出かけようとする。

 

「あ、いいよ、俺が二人に伝えとくから。」

 

「え、いや、でも一人じゃ大変だろ?」

 

「大丈夫、当てはあるから。それにそこまで広くないし、ここ」

 

 猫宮は軽い調子でそう言った。

 

「で、でも……」 何か言おうとする壬生屋。

 

「ほらほら、壬生屋さんは洗濯大変だし他のみんなも多かれ少なかれ汚れてるし任せて任せて」

 

「ま、そこまで言うなら任せよや~。ちゃんと二人を見つけといてや~」

 

 そう言うと、加藤は帰り道を歩いて行った。それを見て滝川、壬生屋も躊躇いがちに帰って行った。壬生屋は東原の手を引いての帰還である。

 

「さて、と。」 

 

 猫が寄ってくる猫笛を吹いた後ごそごそと懐から猫缶を取り出す猫宮。一匹の三毛猫がやってきた。

 

「ここにいる二人の人間の居場所、わかる?」

 

 そう猫宮が聞くと、この猫は任せておけ、と言うように先導していった。

 

 

 夜の冷え込んだ用具置き場に、二人の男女がひっそりと背中合わせに座っていた。別に逢引でも家出でもなく、これでも真面目に待機をしているのだが、やはりそうは見えない状況である。

 おまけに二人共あまり口が上手で無いものだから、なんとも言えない沈黙が漂っていた。

 

 そんな時にふとにゃ~と言う猫の鳴き声がした。首を傾げる速水とあからさまに動揺する芝村。

 

「猫? あれ、何でこんな所に? ひょっとしてここが寝床だったのかな? 」

 

「な、ななななな、なんだと、それはイカンな、我々は猫の寝所を不法占拠していることになる……」

 

 速水は目をパチクリさせた。あんなに凛々しい雰囲気を纏っていた少女が今は見る影もない。しかも、その理由がまさかの猫である。

 

「少し、扉開けてみようか?」 躊躇いがちに聞く速水。

 

「なっ!? いや、うむ、そうだな! 猫がここに入ってきたなら明け渡さねばなるまい!」

 

 迷いなく同意する芝村である。速水は見つからないようにそっと扉を開けると、三毛猫がにゃ~と鳴きながら入ってきた。ぺたりと座り込み、二人を交互に見渡す目が何とも愛らしい。

 

「可愛いね。君、ここが寝床なの?」

 

 三毛猫はにゃ~と鳴いて尻尾を横に振った。何となく、速水は違うのかと思った。

 

「何か食べられるもの、持ってればよかったんだけど」

 

 生憎と学校へ来てから購買へ寄る暇もなく、速水のポケットには飴玉一つとして無かった。そして、それは芝村も似たようなものだったがなにか無いかと必死で体中のポケットを探っている。

 

「あ、有ったぞ! これなら食べられるか!?」 

 

 ポケットから飴玉を取り出して猫の前に持っていく芝村。しかし匂いからするとよりによってハッカのようだ。

 三毛猫はそんなもん要らんとばかりにぷいっと横を向いた。

 衝撃を受けてよろめく芝村。

 

「くっ、何たることだ……折角ふわふわのもふもふが目の前に居るというのに……!」

 

 心底悔しそうだ。……「実は可愛い物好きか」 あ。

 

「ギクッ」思わず出た声にバッ!と顔を上げた。

 

 芝村が顔を真赤にして速水を見た。なんかもう、凄い表情をしている。

 

「…な、なにを、いやなにを訳のわからぬことを……へ、変なことを言う……」

 

「…………」 笑顔

 

「……」 怒り顔

 

「…」 照れ顔

 

 なんか可愛い。百面相を見て思わずそう思った

 

「…だ、黙れ、いや、そなたは何も言ってないが、心でなにか考えたろう。それは、勘違いだ…。私の家には、ぬいぐるみなど一つもないぞ。…許されなかったし。…だいたい、私は目付きが悪いので猫に嫌われる…」

 

 

 しどろもどろと言い訳めいたものを発し続ける芝村。そんな様子が何だかおかしくてこの三毛猫に協力してもらおうとふと向いたら、三毛猫は外を見ていた。一体なんだろう?

 

 と、突然扉が開かれライトで照らされた。思わず身構える速水と芝村。

 

「256番! 824番!」

 

 やられたっ!?でも、まさかこんな時間にまで!? 

 思わず歯噛みする両名、だが何かが変だ。……と言うより、男の声!?

 

「訓練終了。皆とっくに帰ったよ」

 

 ライトを持っていたのは猫宮だった。いたずらが成功した子供のような顔をしていてそれが何とも腹立たしい。ライトを消してしまい込み、何と三毛猫を撫で始めた。

 

「ど、何処から聞いていたのだ……?」

 

 恐る恐る聞く芝村。凄まじく動揺している。

 

「『明け渡さねばなるまい!』位から」

 

「ほぼ全てではないかっ!くっ、不覚……!」

 

 わなわなと肩を震わせて俯いてしまった芝村。

 キコキコと缶詰を開けるような音がした。そちらの方を見てみると、何と猫宮が猫缶を開けていた。にゃ~と鳴いて美味しそうに頬張る三毛猫。

 

「よしよし、ミケ。よく見つけてくれたね」 

 

 背中を撫でると嬉しそうににゃ~と鳴いた。

 

「なっ、なっ、なっ、ねっ、猫を使って我らを見つけたのか!?」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「動物には昔からよく好かれるんだ」

 

 おかしそうに猫宮はくすくすと笑っている。

 撫でる猫宮を羨ましそうに見ている芝村。ミケは食べ終わると、満足そうに猫宮に擦り寄った。ものすごい形相でそれを見る約一名。更にどうして良いかよくわからない約一名。

 

「くっ、他には何か……!」 

 

 ポケットをひっくり返すと、一枚のガムが見つかった。今では軍用にしか生産されていないのに、流石は芝村である。

 

「ほ、ほらこれなら食べるかっ!?」

 

 ミケの前にガムを差し出した。当然の如くミケは再びぷいっと横を向いた。衝撃を受けよろける芝村。足元でバケツに当たった音がした。

 

「撫でてみる?」

 

 ヒョイッとミケを抱き上げてすっと芝村の方に差し出した。にゃ~とつぶらな瞳が芝村を見つめる。

 

「…………」 苦悩

 

「………」 逡巡

 

「……」 葛藤

 

「…!」 決意

 

 

「私は……触る!」

 

 見事な右ストレートをミケにぶち込む芝村。危ないので猫宮がひょいっと避けた。

 ミケの芝村を見る目が冷たかった。

 

「…………帰る」

 

 肩を落としトボトボと帰路についていったしまった。まるですべてを失ったかのような雰囲気である。

 速水は一連の流れの中でずっとオロオロしっぱなしであった。

 

「あ。明日は一時間早く集合ね~!」 手を振って見送る猫宮。ミケは腹が一杯で満足したのか、夜の闇に消えていった。

 

 

 

「今日は本当にお疲れ様」

 

 ぽんっと速水の背を猫宮が叩いた。先ほどとはうってかわって優しげな表情である。

 

「……何で今日、手を抜いたのさ?」

 

 速水の問には怒りが有った。

 

「負けることが必要で、上官からのお説教が必要で、意識改革が必要だから」

 

 その怒りを受け止めて答える猫宮。

 

「いつまでも学生気分持ってちゃ危ないからね。さて、明日もまた言い合いが有るだろうし、今日は帰ってぐっすり寝よう!」

 

 速水は何か言いたげだった。でも、あの凛とした少女もこの何処か掴み所がない少年も、何か考えがあるようだった。逃げるのは何時でも出来る。昨日と同じ結論を抱えたまま、速水は一緒に帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




芝村×速水は正義。異論は認める。



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雨降って地固まる

このSSは榊ガンパレを読んでいることが前提となっていることが多々有り、本編と変わらない所は殆どカットしております。ご了承下さい。


 朝、猫宮は一番遅くに善行の面接を終えた。面接と言っても、小隊内の会話や判断を聞かれただけである。駒は自己判断をしないので当然だ。

 

 猫宮が教室へ入ると、中では喧嘩の真っ最中――というよりも芝村に対して滝川、壬生屋、加藤が言いがかりをつけている真っ最中である。どうしたのかと聞いてみたら、芝村に「ぶざまだった」と言われて怒っているらしい。それを聞いて心底不思議そうに猫宮は首を傾げた。

 

「実際ぶざまだったのに、何処がどう間違ってるの?」

 

 その様子に更に激高する壬生屋。

 

「猫宮さん、あなたまで!」

 

「いや、だってねえ。間違いは間違いって認めないと前へ進めないよ?」

 

「け、けどよ、ただのゲームじゃねえかあれ」

 

 滝川も説教にはうんざりと言った顔で返す。

 

「……滝川、ゲーム嫌いなの?」

 

 じっと表情を険しくして滝川を見る猫宮。

 

「え?いや、好きだけど……」 いきなりの問いによくわからない表情を滝川はした。

 

「友達と対戦ゲームするとき、ヘラヘラ笑いながら手を抜くわけ? それの何処が面白いの?」

 

 猫宮から冷たい目線が飛んだ。ゲーマーとしては聞き捨てならない理屈であったのだ。 

 

「―――っ!」

 

 言葉も出ない滝川。その様子をおかしそうに芝村は笑った。

 

「本物ではないから手を抜くのか? 我らはそんな傲慢が許される立場なのか? そうではなかろう。頭を冷やして考えるがよい」

 

 

「注目」

 

 善行の声がした。全員がそちらへ振り返り、姿勢が正される。傍らには若宮が従っていた。

 

「面接の結果、およその事情はわかりました。これより講評を行います。」

 

 講評と聞いて殆どの生徒が目をしばたたいた。何だかやけに大げさだ――。そんな生徒たちの視線を無視するように善行は続けた。

 

「結論から述べましょう。あなた達の資質、能力は水準をはるかに下回ってます。別の言い方をスレば、あなたたちは最低のクズ、ですね」

 

「クズ……」 壬生屋と滝川が同時につぶやいた。

 

「あなた達はそれぞれ強すぎる個性を持ち、そのため配属先を転々としたり、受け入れ先が決まらずにここに来ることになりました。いわば問題児の寄せ集めですが、それでも私はあなた達に期待していました。個性が強いことはマイナスではない。問題児は問題児なりに、自分の頭で考え、困難を乗り越えることが出来るのではないか、と。

 しかし、昨日の模擬戦闘訓練を見た限りではそれは幻想に過ぎなかった。緊張、集中の不足は幼児並みです。さらに致命的なことは謙虚さが全く欠如していることです。それぞれ入校まもないという自分の立場を考えて下さい。あなたたちは兵として素人であり、弱者です。ならば弱者は弱者なりに、より真剣により必死に、訓練に取り組まねばならなかった。私は本当に失望しました。あなた達は最低のクズです」

 

 善行は眼鏡を直すと、若宮を従え教室を去った。

 後には呆然とした生徒たちが残された。見捨てられた? こんなあっさりと見捨てるのか?

 

「最低のクズ、ねえ。善行さんも大変だな」 同意するように肩をすくめた猫宮。

 

 この二人はさほど衝撃を受けているようには見えない。東原がもの問いたげに二人を見上げた。

 

「失礼しますっ!」 

 

 壬生屋は席を立つと、教室から駆け去ろうとしたが、それを猫宮が止めた。

 

「サボったらまた減点一だよ、壬生屋さん」

 

「最低のクズなのにこれ以上評価が下がりようが有るんですか!?」

 

 善行の言葉に急所を突かれた壬生屋は激高が止まらない。これまでのどの隊でもうまくいかず、今度こそと思った矢先にこれである。強引に押し通ろうと投技をしかける壬生屋。伸ばされる腕に対して何度もカウンターを仕掛けて捌く。

 

「っ! 退いて下さいっ!」

 

「だから授業受けないとダメだってば~!」

 

「……クズならクズで結構や……」 加藤も悄然と席を立った。いつもの陽気さは消え、どこか孤独で不安そうな生地が透けて見えた。

 

「祭ちゃん、どこ行くの?」 東原が声をかけると、加藤は力なく笑った。

 

「割のいいバイト、探しに行くんや。クズにはクズの生き方があるやろ」

 

 速水も滝川もどうしたら良いか分からず、視線を彷徨わせていたがぼんやりしていた滝川へ命令した。

 

「滝川、加藤を拘束せよ」

 

「え、あ、はいっ……」

 

 滝川はダッシュで加藤へ近づき、羽交い締めにした。「何するんや!」 加藤の怒声が響いたが、滝川は強引に加藤を引きずり戻した。横ではまだ壬生屋が猫宮へ攻撃を仕掛けている。ほとんど意地も有るだろう。

 

「じきに授業が始まる。席に着くがよい」 

 

 芝村は澄ました顔でそう言ったが、この四人はまだもみ合っていた。それからすぐに本田が教室に入ってきたが、もみ合う四人を一喝すると何事もなかったかのように講義を始めた。

 

放課後、速水と滝川と猫宮の三人はグラウンドを走っていた。滝川と速水が何となく連れ立って走っている所に、猫宮が合流したのである。三人は黙々と走っていたが、やがて滝川が口を開いた。

 

「これからどうなるんだろ?」

 

「さあ……」

 

 速水は言葉を濁した。それはこちらが聞きたいことだ。それにしても善行委員長のあの冷たさはどうだ。この分じゃ僕たちはお払い箱か? お払い箱になった学兵はどうなるんだろう? 

 

「使いものにならない兵士? そりゃあ、最前線での使い捨て。懲罰大隊に入れられて、幻獣寄せの囮として使われるんじゃないかな? 下手すると銃は二人に一丁かも」

 

 速水の心を読んだかのように猫宮が言った。その言葉に顔を青くする二人。

 

「な、なんだよ脅かすなよ猫宮!」

 

「そ、そんなまさか……」

 

 いや、まさかじゃないんだよなあと内心思った。ゲーム版ではファーストプレイで遊び呆けていると本当に二人に一丁の銃で戦わされて全滅である。14歳から17歳までの子供にそんなことをさせるとは旧ソ連もびっくりの鬼畜政府である。

 

「……加藤も壬生屋さんも、泣いてた。授業中、ずっと」

 

「うん」

 

「この分じゃ戦車に乗れそうもねえなー。善行委員長、機嫌直してくれねえかな」

 

 滝川がそうぼやくと速水の表情が変わる。衝動的に口走っていた。

 

「……君たちが悪いんだ」

 

「おい?」

 

「僕たちは試されているんだ。見捨てられたら終わりなのに、君たちは遊び半分だった。そんな簡単なことがどうして分からないの?」

 

「どういうことだよ、それ」

 

 滝川はムッとしたようだが、速水は憂鬱な表情のまま続ける。

 

「委員長の言う通りだ。君たちは最低のクズさ。役に立たない人間は収容所に送られるんだよ、きっと。そこで殺される」

 

「ばっきゃろ! 速水まで、猫宮の真似して脅してんのか!? わけわかんねえこと言うんじゃねえ!」

 

 滝川は憤然として速水の方を掴んだ。素早くその手を振り払った速水。トラック上で二人は足を止めてにらみ合った。滝川の目には涙が溢れている。今にも泣きそうだ。速水の気配が消えた。暗い感情ではなく、憐憫のような感情だ。全身から力が抜ける。

 

 滝川が突進した。逆らわず、地面に倒れ込む。顔面に一発食らった。しかし、次はなかった。代わりにポタポタと水滴が速水の制服を濡らした。

 

「ちっくしょう。二人共、馬鹿にしやがって……」

 

 嗚咽する滝川。

 

「ごめん。言い過ぎたね……」

 

 速水はおいおいと泣く滝川を持て余した。どうしたら良いか分からなかった。横にいる猫宮は何も言ってくれない。

 背に視線を感じた速水。振り返ると、桜の木の下に芝村舞の姿があった。腕組をしてじっと二人を見つめている。

 速水は滝川にもう一度謝ると、引き寄せられるように舞に歩み寄った。

 滝川は一人泣きながら、グラウンドから消えていった。猫宮もまた、別の方に消えていった。

 

 

 

 猫宮は金欠だった。何故かと言うと彼の独自の「情報網」のお陰である。ナッツ類に缶詰にお菓子にと動物たちの要求は多岐にわたる。そんな維持費を任官前の学兵の給料で賄える訳がなかったのである。そして公園のゴミ箱に金の延べ棒が捨ててあることもなければ紙飛行機やてるてる坊主で交換してくれる金持ちはおらず、芝村が紅茶で交換してくれるわけもなかった。味のれんや裏マーケットでの普通のバイトも雀の涙。若宮にビキニパンツを大量に着せてそれを売りさばくなんてもっての他。なら他の手段で金を稼ぐしか無いのだ。

 

 市街地、放課後の時間帯ということも有り多くの学兵で賑わっていた。死と隣合わせの日常、彼らはそのことを少しでも忘れようとみんな思い思いに遊んでいた。――この中の半分が死ぬのか。そう思うと、ふと悲しくなった。……いや、彼らを一人でも多く生かすことが自分の使命なのだと思い直し、裏マーケットへの階段を降りる。

 

「仕事が欲しいんですけど」

 

 ゲーム版でお馴染みのあの親父の店に入り、猫宮は話しかけた。ぶっきらぼうだがかなりのやり手の親父である。……なお、特殊な趣味を持っているのであるが猫宮は見なかったことにした。

 

「……何が出来る」

 

 飄々としている学生だ。ふてぶてしくも見える。他の学兵とは何かが違うように思えるが、見えるだけかもしれない。なので、とりあえず親父は試すことにした。

 

 猫宮は店内をキョロキョロ見渡すと、ボロボロのサブマシンガンを数丁見つけた。それを適当に持って、ワークベンチへと置くと、次々分解していった。使えるパーツを選別し、サビを取り内部を磨き、部品のかみ合わせを直して精度を上げる。その素早さに親父は思わず目を瞠った。

 

「はい。こんなもんでどうですか?」

 

「……名前は?」

 

「猫宮悠輝です。暇な時はあんまりないけど、お金が欲しいんで!」

 

「……出来高払いにしてやる。……何処で覚えた?」

 

 そう言いつつ、親父は値札を付けて目立つ所にその銃を置いた。作業工程は完璧で、自分でチェックする必要は無いと感じたのだ。

 

「あ、えーと、ちょっと色々な所で……」 キャピタルウェイストランドとかベガスとか。レベルを上げるとガラクタからも修理できるようになった。ボストンやアウターヘブンでは更に無茶苦茶な改造もできるようになった。

 

「……まあ、仕事をきっちりやるなら良い」

 

「じゃ、よろしくお願いします!」

 

 そう言うと、猫宮は早速他の銃にとりかかるのだった。

 この日以来、この親父の店には自衛軍の兵士すら眼を見張るほどの修理済みの銃が店に並ぶことになり、多数の銃が修理に持ち込まれる事となる。

 

 

 翌日の昼休み、相変わらず速水と滝川と猫宮の男連中は三人でつるんでいた。速水は滝川との仲を修復したかった。素直に「ごめん」の言葉が出たのだ。

 滝川にしても、心の余裕を取り戻していたから拒絶することはなかった。昨日は、皆おかしかったのだ。

 

「もう一回やりたいと思ってるんだ。このままじゃ悔しいから」

 

 速水が言うと、滝川はキョトンとした表情を浮かべた。猫宮はニコニコと笑っている。

 

「あれか。おまえ、そんなに悔しいの?」

 

 滝川の答えに余裕を感じ取って、速水は内心首を傾げた。何か有ったのか?

 

「ちょっとはね。猫宮の言うとおり、負けたらちゃんと受け止めて、原因を考えないと。その意味じゃ一昨日はいい経験をした。今度やる時は絶対に勝とうよ。僕達、その……最低のクズと言われたんだ。勝って善行委員長を見返してやろうよ。」

 

 と言葉を続けながら、速水は次第に気恥ずかしくなってきた。百パーセント混じりっけ無しの芝村舞からの受け売りだ。ニコニコとこちらを見てくる猫宮の視線もあって尚更恥ずかしい。

 まったく、僕はこういうの柄じゃないんだけどなぁ。

 

 

「善行委員長、なあ。けど、あれって挨拶代わりなんだろ?」

 

 滝川は五つ目のサンドイッチを旺盛に咀嚼しながら言った。

 

「挨拶って……」 絶句する速水。

 

「ん~、瀬戸口さんから?」 言いそうなのはあの人しか居ないし、と猫宮。

 

「へへっ、そーゆーこと。けど、速水がそういうこと言うってお友達に吹きこまれたんじゃないの?」

 

 ドキリ。速水は辛うじて動揺を抑えこんだ。

 

「お友達って誰さ?」

 

「そりゃあ、勿論芝村さんだよね?」 横から答える猫宮。

 

「そうそう、夜の樹木園で二人に何かあった~って、話題になってるぜ。俺としちゃあこれ以上、芝村には近づくなって言いたいけどな」

 

「……芝村はどうしてそんなに嫌われるの?」

 

 速水が真顔になって問い質すと、滝川はサンドイッチをぶら下げたまま真顔になった。猫宮も同じだ。

 

「芝村には知識や新しい発想あった。だからどんどん力をつけていった。知識や力はそれを持たない者にとっては羨望の的で、持っている者にとっては既得権益を脅かす者。だから必然的に戦うことも多くなって、買う恨みも増えていった。それを全く気にしないのも原因の一つかもね。で、強くなりすぎていった力とその傲慢とも言える態度。まあ……少なくとも好かれる要素は殆ど無いよね」 猫宮が肩をすくめた。

 

 

「……俺には難しいことはよくわからないけど、バイキンみたいだなって思ったんだ」

 

「バイキン……」 なんだそれ?

 

「触ると伝染るっていうか、皆が怯えるからおっかないっていうか、そんなの。たださわれない、それだけ」

 

「君は酷いこと言ってるよ。猫宮の言ってることならともかく、理由もなく嫌われるんじゃ、芝村さんはどうすればいいの?」

 

「……わかんね。芝村と一緒のクラスになるとは思わなかったし。みんなが怖がってるから、どうしたらいいかわからないんだ。速水や猫宮みたいに普通に話せるようになるのか、それともずっと嫌ったままでいるのか」

 

 なにか言いたげだったが、速水は言いかけてやめた。どうしようもないってことか、みんなが芝村を嫌うのは。

 

「それで……協力してくれるかい?」

 

 速水は話題を変えた。これ以上芝村の話題を滝川とするのは気まずくなる。滝川は掬われたように満面の笑顔になって。

 

「俺はいいぜ。付き合うよ、勝利をわれらに、なんてな」

 

 滝川は立ち上がると、右手を高々と掲げた。

 

「勝利をわれらに!」

 

 猫宮も笑ってそれに続いた。

 

「あ、そうそう、芝村さんってとっつきにくい印象が有るけど、あれ付き合い方を知らないだけで実は可愛い所あるんだよ? 」 猫宮がいたずらっぽく言った。

 

「可愛い所!? 芝村に!?」

 

 滝川は信じられないというような表情だ。速水はそれを聞いて何故だから猛烈な予感がした。

 

「そうそう、あれは樹木園で速水と二人でいる所を見つけた時なんだけど……」

 

 ふふふと秘密をバラそうすると猫宮。あわあわと慌てる速水。慌てて左右を見渡すと青くなった。

 

「や、止めた方がいいよ猫宮……」 つんつんと肩をつっつき止めようとする速水。

 

「えー?何でだよ! 気になるじゃん!」

 

 興味津々の滝川。その滝川に指で方向を指し示すと、滝川もまた青くなった。気がつかない猫宮。

 

「な、なあ猫宮、やっぱり俺、いいわ……」

 

「えー? どうして? あれは「あれはなんだと言うのだ? 」」

 

 そ~っと後ろを振り向く猫宮。芝村が憤怒の表情で立っていた。

 

「あ、用事を思い出したんでまた!」 全速力で走りだす猫宮。それを同じく全速力で追いかける芝村。

 

 

「え、えーと、じゃあ、よろしく」

 

「あ、うん、わかった」

 

 残された二人は何も見なかったことにした。

 

 

 

 その後、速水は壬生屋、加藤も説得し、芝村、瀬戸口、と連名で雪辱戦を善行に依頼することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりに榊ガンパレを読み返すと一気に極東終戦まで読んでしまった……
出したいシーンは多々あれど亀の歩み。なら執筆速度を上げるしかねえ!

そしてオリ主物でハーレム物が多い理由がよく分かる。だってヒロインみんな可愛いんだもの……



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卑怯卑劣は褒め言葉!

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いつの間にか時間がものすごい経っている
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執筆が遅れる <今ココ!


 二日後、樹木公園前。速水厚志は改めてみんなの前で今回の作戦を説明していた。真後ろに芝村が居てあれこれ言っているが、誰も突っ込まないのが優しさである。なるべく楽をして勝つこと、そのために罠を仕掛けた。これが今回の戦術である。

 

「けど、それってやっぱり卑怯じゃね?」

 

「わ、わたくしも反対です! やっぱり潔くありません!」

 

 まだ躊躇いが有る滝川に「卑怯者」呼ばわりされたくなくてアリバイ作りをする壬生屋。

 

「そのことなら大丈夫。罠を使うなとも、下準備をするなとも言われてないよ」

 

 そんな二人を笑いながら諭す速水。

 

「そうそう、これは戦争の訓練なんだし。卑怯外道何でもあり! 反則が有るなら即使え、だね」

 

 ノリノリで賛同する猫宮。何やら小道具を入れた袋を持っていた。それを見て他のメンバーは何とも嫌な予感がしたものだ。

 

「そういうこった。まあ、二人共覚悟を決めなさい。速水が困っているしな。それにしても、まさか速水がこんな事を言ってくるとはなあ。芝村も真っ青の極悪非道の作戦じゃないか」

 

 瀬戸口は見透かしたように言った。

 

「ぼ、僕はただ芝村さんに……」

 

「しっかりしろ、速水。そなたは作戦を発案し、ここまでこぎつけた。雑音に惑わされず、堂々としておればよい」

 

 芝村は威圧するように速水を睨みつけた。バレっバレである。必死でクスクス笑うのをこらえている幾名かの反応が辛かった。

 

「じゃ、じゃあ分担なんだけど……」

 

 とりあえず話を戻す速水。言われたことを必死に思い出していた。

 

「各班がそれぞれの地域の罠を巡回し、監視します。滝川と猫宮と加藤さんは北、僕と芝村さんは真ん中を、瀬戸口さん壬生屋さんののみちゃんは南を担当してもらいます。そうだったよね、芝村さん」

 

「たわけ。わたしに確認してどうする? 」

 

「あの……斥候は出さなくてよろしいんですか? 」と壬生屋。

 

「昨日決めた監視ポイントに潜んで獲物がかかるのを待つこと。それだけでいいんだ。ホイッスルの合図と同時にダッシュでね」

 

 

 

「できればあの罠にかかってほしいよな」

 

 滝川が指したのは巨大な網だった。滝川が作った苦心の作である。若宮に何度も怒鳴られ直されながら作った作品だ。プラモデルを完成させた時より遥かに達成感が有った。

 

「あはは。でも、罠は卑怯じゃなかったの?」 加藤が混ぜっ返した。

 

「そ、そうなんだけどよ。でも折角作ったんだからさ」

 

「そうそう。折角沢山作ったんだし、三、四個程度は引っかかってほしいよね」

 

 滝川は顔を赤らめた。罠作りは楽しかったし、あれこれ工夫して作るのも充実感が有った。いつの間にか相手が罠にかかるのをワクワクしている自分が居た。

 

「けど速水のやつ、どうしたんだろ? 芝村にこき使われてさ」

 

「そりゃ、あの芝村さんはコミュニケーション凄い苦手そうだからね。速水を使ってワンクッション置いてるんでしょ。速水なら人当たりもいいし」

 

 滝川の疑問にさらりと答える猫宮。その答えに二人がおかしそうに笑った。

 

「あはは、なるほど、スピーカーか。でも、芝村さんの声そのスピーカー使わなくてもよく響くのよね」

 

「そうそう。芝村、影の番長やろうと思ってるんだろうけど、バレバレだよなー」

 

 みんなが賛同したのはアイディアがなかったのは勿論、芝村には自分たちには無いものを感じたかもしれない。が、今のところ期待半分胡散臭さ半分といったところだ。しかし、加藤は既に芝村と一緒に資材調達の際に隊費横領という罪を犯している。

 

「なんや、ウチも結構巻き込まれてるなぁ」とは加藤のボヤキだ。

 

「それにしても、来ないな、敵」

 

 滝川が寂しそうに言った。

 

「芝村さんの計算によると敵が来る確率は南から4:5:1みたいだからね」 猫宮が言った。

 

「一ってのも寂しいな……」 せっかくの罠が役に立たないのは寂しい滝川。

 

「あれ、リスがいる」 加藤が言った。

 

「えっ、どこどこ!?」 滝川が樹上から慌てて探す。

 

「あはは、嘘や嘘、それじゃあ芝村さんや速水君が不安に思うのも無理はあらへん」

 

 いたずら成功、と加藤は笑った。

 

「え? こっちに居るよ?」

 

「「へ? 」」

 

 振り向く二人。見ると、猫宮がリスにアーモンドを手渡しで渡していた。詰め込めるだけ、そのリスは頬袋にアーモンドを詰め込んでいた。

 

 

 

 遠くの方で、悲鳴が立て続けに上がった。どうやら上手くトラップに引っかかったようだ。

 

「お、向こうで引っかかったみたいだ」

 

「そうやなあ、やっぱりこっちには来いへんか」

 

 滝川と加藤が声のした方を見た。滝川は心なしか残念そうである。

 

「いや、心構えができてない所に罠が有ったらパニックになって逃げる事は有るだろうし、こっちに来るかも」

 

 そんなことを言っていると、二人分の足音が聞こえてきた。

 

「な、何なの罠とか! もー、信じらんない!」 どうやら凄くご立腹のようだ。

 

「と、とにかく何とか体勢を立てなおさないと……」

 

 慌てる二人は頭上には注意が行ってないようだ。上にいる3人には気がついてない。

 

「ど、どうする? 降りて一気にやっちまうか?」

 

 興奮した様子でまくし立てる滝川。

 

「それだと相打ちになっちゃうかもだし……ここはやっぱり罠におびき寄せないとね? 」

 

「ほな、どうやるんや?」 疑問に思う加藤。

 

「こうするのさ」 にやりと笑って猫宮が袋から長い緑色のものを取り出した。蛇だ! 

 

「「ひっ!?」」 思わず木の上でおもいっきりのけぞる二人。

 

「あはは、大丈夫、これただの作り物」 

 

 そう言って猫宮は大量の蛇をぶん投げた。罠の方へ走るように、反対側へである。絹を引き裂くような悲鳴が二人分、二回とも上がった。

 

「228番、871番!」 降りて番号を言う猫宮。

 

「ひ、ひっど~~い!」

 

「ひっぐ、えっぐ……」

 

 抗議の声と泣き声が一つずつ。

 

「ひ、ひでえ……」

 

「猫宮君、女の子泣かしちゃダメやで……」

 

 味方からの視線も痛かった。

 

「ご、ごめんなさい……」 

 

 思わず謝る猫宮。と、もう一つだけ足音がやってきた。

 

「あっ、やばっ!?」

 

「猫宮君、逃げてっ!」

 

 叫ぶ滝川と加藤。だが猫宮は袋から卵を取り出すと、足音のした方にぶん投げた。木に当たってぶつかると、胡椒が辺りに撒き散らされ重石が下に落ちた。

 

「へくしゅっ! へくしゅっ! 」

 

 可愛いくしゃみが響く中、「489番!」と猫宮の声が響いた。

 

「「「さいって~……」」」

 

 三人の撃破という戦果を上げたが、引き換えに滝川、加藤、泣いてない女学生を含めた三人の声が冷たかった。

 

 この後、泣いている子とくしゃみが止まらない子に猫宮は土下座して謝ることとなる。

 

 他の地点でも、次々と罠にかかった堅田女学校の生徒が助けだされ、第62戦車学校の勝利で訓練が終了することとなる。

 

 

 

 勝利を宣言した後、樹木公園前に集合した生徒たちは晴れやかな顔で善行の前に出た。えへん、これで文句ないでしょ、という得意顔である。

 

「第62戦車学校、ただ今帰投した」

 

 芝村舞は腰に手を当てて無表情に言った。善行は苦笑いを浮かべ、眼鏡を直した。若宮から詳細を聞かされて、「いやはやどうも」と頭を振るばかりである。

 

「目的のためには手段を選ばぬ、ぞくぞくするような勝ちっぷりですね。こんな卑怯な手で勝利して恥ずかしくないのですか?」

 

 言葉の割に善行の口元はほころんでいる。何よりも生徒たちが自らの力で勝つ手段を模索してくれたことが嬉しかった。

 

「けど、これって芝村の作戦ですから」 澄ました顔で加藤が言った。

 

 速水と芝村はぎょっとして顔を見合わせた。

 

「な、何をたわけたことを!「いや、最初っからバレッバレ!」 む、むう……」

 

 芝村の言い訳に猫宮が言葉を重ねた。顔がみるみる赤くなっていく。目立たぬよう、影で速水を操っていたつもりだったが、そう思ってたのは芝村ただ一人である。

 

「ははは、もう下手な芝居はたくさんだ。最初から全部バレていたよ、芝村。おまえさん、役者には絶対になれないな」

 

「そうそう、速水がかわいそうだったぜ?」

 

 瀬戸口は兎も角滝川にまで! 芝村はあまりの事に足元がぐらつくのを感じた。とてつもない屈辱である。

 

「けれどわたくし、勝ててよかったと思っています。芝村さんの考えてくれた作戦があったから、勝てたんですよね」

 

 壬生屋の言葉に、生徒たちは耳を疑ったが、やがて大きく頷いた。

 

「芝村は嫌いやけど、芝村さんがいてくれると心強いいうことがよくわかったわ。けど芝村さんてかわいいとこあるんやねー。影番気取っちゃったり。大昔の学園漫画の読み過ぎや」

 

 加藤の一言は舞に堪えたようだ。立ち尽くす舞。

 

「どうです? これで少しは見込みが出てきたんじゃないですか?」

 

 瀬戸口は相変わらず飄々とした口調である。

 

「多少は」 善行はそっけなく言ったが、笑いを抑えるのに苦労していることが分かる。

 

 速水の口元も知らずにほころんでいた。

 

「そ、そなた、何を笑っている?」 笑いものにされ被害妄想に陥っている舞に責められ、速水ははっと口元に手を当てた。

 

「ええと、その……だって楽しかったじゃない? 芝村さんも楽しかったでしょ?」

 

 芝村は憮然として速水を睨みつけた。

 

「……まあ、それはそうと猫宮君、君は後で私と共に堅田まで挨拶に行くように。」

 

「へっ? な、何で自分だけ!?」

 

 あ~と納得する周囲。

 

「勝ったことは喜ばしいですが女の子を泣かせてしまいましたので。きちんと菓子折りも用意するように」

 

「ぶ、武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候……」

 

「問答無用です」

 

 こうして、猫宮は用意した資材費の他にさらなる出費を強いられることとなった。

 

 

 

 

 



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学兵という生き物

完全オリジナル話。5121小隊が殆ど見ない悲しい裏側の一つをイメージしました。


 学兵とは文字通り学生を徴兵した即席の兵である。それ故に通常の兵士と較べて士気、練度、規律等は殆どの部隊がはるかに低水準に有った。勿論悪いのは即席の訓練期間しか用意できなかった政府であり軍の無能では有るが、彼らはその正論を封殺した。それどころか憲兵隊を使い、脱走には即射殺等の非人道的な措置を取ることも多々有った。

 

 

 自然、逃げ場もなく使い捨てにされ明日の命を知れぬ身の学兵達の心は荒んでいくこととなる。

 

「はいはい、そこまでそこまで」

 

 パンっと手を打ち鳴らし、猫宮は路地裏にいた集団に声をかけた。長髪のカツラを被りメガネを掛けて隊章は隠している。八人程度のガラの悪い学兵が、二人の気弱そうな学兵を囲んでいた。

 

「ああん?んだてめぇは!」

 

「正義の味方気取りかよ、ヘヘッ」

 

 数の有利から強気である学生たち。囲まれている二人は助けに来たのが一人だけと知って殆どあきらめている。

 猫宮はやれやれとため息を一つつくと、最寄りの一人の鳩尾に一発食らわせた。「ガハッ!?」と悶絶する。いきなりの奇襲に驚いている隙に中央に躍り出た。アッパーで吹き飛ばして体勢が崩れた時に足を掴み、ジャイアントスイングで周りの数人を巻き込み吹き飛ばす。

 

「て、てめえっ!?」 

 

 リーダー格であろう学兵が武器を取り出そうとしたのか懐に手を入れたが、その隙をついて一瞬で近づき、腕にチョップをかけショルダータックルで吹き飛ばす。更に残った三人にそれぞれ隙を与えず一撃ずつ入れ、八人はあっという間に倒れ伏した。

 

「す、すげえ……」

 

「ど、何処で習ったんですか!?」

 

「とある養護施設のおじさんからと、後半の技はティッシュ配りのお姉さんから♪」

 

「「……は?」」

 

 言われた答えに思わず目を丸くする二人。そんな二人をおかしそうに眺めると、猫宮は携帯端末で憲兵へと通報した。すぐにやって来る憲兵。

 

「……また君か」 思わず呆れたように言う憲兵。

 

「またなんですよねえ」 猫宮も苦笑している。

 

 

 事の始まりは新市街を散策中、とある黒猫からの報告である。なんでも、人間が人間に虐められているらしい。ほっとくわけにも行かずに、現場へ急行してなし崩しに助ける羽目になったが、その後しっかりと「情報料」を請求されたのだ。

 で、これで終わったと思ったのも束の間、今度は他の猫から報告が来た。助けた後に情報料を請求されたのも同じである。次はツバメから来た。次は犬から来た。次は次は次は。あまりにも頻発するので隊のみんなに迷惑をかけるわけにも行かず、更に変装用の道具まで買う羽目になった。

 

 正義の味方の活動をするたびに、猫宮の財布は軽くなっていった。帰ってくるのは助けられた学兵の感謝位である。まったく、割にあわないなぁ……と苦笑しつつ、でも辞める気は無かった。何時だって、正義の味方は割にあわない仕事なのである。

 

 

 何時の世もイジメだのカツアゲだのは無くならない。しかし、学兵達の犯罪率の高さは際立っていた。なぜなら、気晴らしや金稼ぎ等以外の意味もあったのだ。

 一緒にカツアゲをすることで。イジメをすることで。喧嘩をすることで。結束を高めるのだ。更には、罪悪感等を共通で持つ為かもしれない。ここ以外に、逃げ場はないのだと。何をするにも自分たちはいつも一緒なのだと。

 勿論、そんな理屈は被害者にとっては堪ったものではない。悪事は悪事だ。……だが、そうするしか無い学兵達が、猫宮にはどうしようもなく哀れで、哀しくて、いたたまれなかった。こんな戦争は、大嫌いだった。

 

 

 

 今日も裏マーケットでバイトを終え、財布の中身を数えながら帰路につく猫宮。後ろから、ひたひたと足音が一つ聞こえる。感覚を集中し、鷹の目で周囲を確認する。ついてくるのは、女の子の足音が一つだけだった。どうやら美人局でも無さそうだ。

 

 夜の公園へ入り、振り返る。小柄で、可愛いショートカットの女の子がビクッと飛び跳ねた。

 

「さっきからついてきてるけど、何の用?」

 

 首を傾げる猫宮。声色は優しげにした。

 

 その声に安心したのかどうかは分からないが、ギュッと体を縮こませて目を瞑った後、かすれるような声で声を出した。

 

「あ、あのっ、わ、私を買ってくれませんか……」

 

 震える声で、そう言った。衝撃を受ける猫宮。思わず一歩後ずさった。

 

「え、いや、自分そんなにお金持ってないよ?」

 

 とりあえず断ろうと、当り障りのない言葉を放つ。でも、その女の子は首を振って答えた。

 

「う、裏マーケットで何だか難しい作業をずっとしてましたよね。他の人がしないようなこと……。だ、だからきっとお金持ってるんじゃないかなって」

 

 なんてこった、と額に手をやった。どうやらしっかり見られていたらしい。はぁ、とため息一つ付いて木々の間、人の気配もまるで無い所へ移動した。慌ててついてくる女の子。左右を見渡した後、木に押し付けて、制服に手をかけた。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖に声を出すも、目を瞑って震える女の子。目から涙が流れた。もう一つため息をつく猫宮。

 

「まったく、そんなに怖いなら言うもんじゃないよ、そんな事」

 

 口調に思わず怒りが混じった。猫宮もどうしたらいいかよく分からなかったのだ。

 

「だって、だって、だって……!」 

 

 わんわんと泣き出した女の子。こうなるともう、理屈とか全部すっ飛ばして男の負けである。このまま泣き止むまで待つのも手では有るが、あまり遅くなると憲兵にとっ捕まるので猫宮は他猫の力を借りることにした。猫笛を取り出しぴーっと吹いた。

 

 のしのしとやって来たのは巨大な猫である。よりによってブータがやってきたのだ。

 

(ブータニアス卿、なんでここに来たんですか!?)

 

(なに、幼い女子(おなご)の泣く声が聞こえてのう。泣かせた不届き者はどんな奴かと顔を見に来たのじゃ)

 

 ごろごろと笑うブータ。泣いている女の子の足元でにゃーと鳴いた。思わずそちらを見る女の子。ブータは見上げると、足に体を擦り付けまたにゃーと鳴いた。

 

「ひっく……慰めて、くれるの……?」 

 

 恐る恐るブータに手を伸ばすと、ブータは目を細めて撫でられた。泣きやませるのに時間ではなく、猫の力を借りたのだ。

 

(ふむ、やはりなでられるなら女子に限る) 丸まって撫でられるブータ。

 

(ああ、そう言えば貴方はイタリアから来たんでしたね……) 思わず納得する猫宮。

 

 

「……で、どうしてこんな事を?」 ある程度落ち着いたので、事情を聞くことにした。

 

「実は……」 ポツポツと話し始める女の子。

 

 

 彼女は、運良く比較的安全なオートバイ小隊に入れたらしい。幸運を喜んだのも束の間、激化する戦闘、悪化していく戦況に伴い危ない任務も増えてきて、この前はとうとう死者も出たらしい。補給を要請しようにも、オートバイ小隊に来るのは携帯用のハンドガンが良いところ。どうしようも無くなって、彼女は仲間のために闇市場で銃を手に入れることにした。

 と言っても、まともに動くサブマシンガンは高く、とても学兵の給料では手がでないので、まずはお金を稼いでから――にしたらしい。

 

 ブータを膝に乗せながら、一息にしゃべりきった女の子。それを、猫宮は腕を組んで黙って聞いていた。しばしの沈黙。

 

「……学校は、何処?」

 

「え、ええと、慶誠高等学校なんですけど……」

 

「連絡先は?」

 

「こ、ここに」

 

 言われるままおずおずと差し出す少女。それと携帯端末に入れた。

 

「――明日昼、行くから校門前に来ること、いいね!」 

 

 ずいっと有無を言わさぬ口調で迫ると、「は、はいっ!?」と慌てた様子で返事をした。立ち上がる猫宮。

 

「えっ、あ、あの、何処にっ!?」

 

「色々とっ!今日は変なのに絡まれないようにちゃんと帰ること!」

 

「で、でもでもっ!?」

 

「へ・ん・じ・は!?」

 

「は、はいいいっ!?」

 

 ぱぱっと土を払うと、新市外の方へと走っていく猫宮。

 

(報酬は後払いにしておいてやろう) 

 

 かかっと笑うブータ。一人残されておろおろする少女を、にゃーと鳴いて正気に戻すのだった。

 

 

 新市街の闇市場を猫宮は歩き回っていた。ボロボロだったりフレームがガタガタだったり割れていたりするサブマシンガンや、弾が幾らか入ったマガジン、横流しされた質の怪しい弾丸等を買いあさり、何度も往復しいつもの親父の店へ運んだ。訳有品は、それ相応に安い。だから数が集められる。下手をすればワンコインで買える品を、兎に角かき集めた。

 

「……こんなに大量に、何に使うつもりだ?」

 

「少し、ね。ちょっと作業台借りますよ、徹夜で!」

 

「……レンタル料はツケにしておいてやる」

 

「どうもっ!」

 

 その日、裏マーケットのある親父の店は、一晩中明かりが絶えなかった。

 

 

 次の日、朝の授業をサボり昼前に猫宮は善行のところへ駆け込んだ。隊の備品のトラックを借りるためである。

 

「学校をサボってまで、一体何に使うつもりですか?」

 

「ちょっと人助けに、です!」

 

 いつものマイペースな猫宮とは似ても似つかぬ様子だ。目の下には隈もできている。善行は溜息をつくとどうしたものかと考えた。何やら嫌な予感もするが、真剣に人助けをするという。悩んだ結果、善行は見張りを付けることにした。

 

「若宮君」

 

「はっ」

 

「彼を見張っておいて下さい。何か変なことをしたらゴツンと一発やってどうぞ」

 

「はっ、了解しました」

 

 若宮が敬礼をして受命した。猫宮も敬礼して頭を下げるとトラックへと走っていた。助手席へと乗る若宮。

 

「で、一体何処に行くつもりだ?」

 

「最初は裏マーケットに。そこで荷物を詰め込みます。若宮さんも運搬手伝って下さい」

 

「……まあ、いいが。後で味のれんで刺身定食奢れよ」

 

「ははっ、今更1000円程度の出費、増えても問題なしですよ!」

 

 やれやれと首を振る若宮。

 

 裏マーケットにつくと、詰め物がつめ込まれたダンボールに放り込まれた中身に若宮が驚いた。

 

「おいおい、こりゃ70式じゃないか! こんな大量に何処で手に入れたんだ!?」

 

 70式軽機関銃は装弾数90発。ウォードレスを着れば女性でも片手で扱え装弾数も多く、接近戦ではこれがあると無いとではまるで火力が違うため、どこの隊も奪い合っている装備だ。

 

「整備や修理できる人間や場所が少なくなってるんですよ。だから、二束三文で裏へ流れるんです。自分はそれをかき集めて修理したって事で」

 

「ううむ……」

 

 若宮は思わず唸った。銃の整備など、何処の軍隊でも真っ先に新兵に叩きこむことだ。だが、それもできてないとなると……。どうやら、自分は随分と腑抜けていたらしい。

 

 猫宮が集めた物資を全部積みこむと、トラックはそのまま慶誠高等学校まで向かった。校門前には、昨日の女の子が俯いて立っていたが、クラクションを鳴らすと驚いて顔を上げた。

 

「え、え、えっ!?」

 

「で、小隊の部屋は何処に?」

 

「あ、あっちに……」

 

 部室であろう部屋を指差す女の子。トラックで構内に乗り込み、部室の横にまで乗り付けた。慌てて走ってくる女の子を尻目に黙々と荷物を下ろす。

 

「とりあえず、小隊の子達呼んできて。授業? そんなのほっといていいから!」

 

「は、はいっ!」

 

 校内へと走っていく女の子。

 

「……なあ、一体何処で知り合ったんだ?」

 

「昨日、バイトの帰りに言われたんですよ。『私を買ってください』って」 怒りをたたえた表情で猫宮は言った。

 

「……戦場では、何でも安く手に入るもんだ。特に、命はな」

 

 あの半島を思い出した。善行も、子を抱えた母親が体を売っていることに、衝撃を受けていた。

 

「知ってますよ! 知識では知ってるんです! でも、気に食わないんですよ、何もかも! こんな現実が、心の底から、気に食わない!」

 

 それは子供の癇癪にも似ていた。どうにもならない現実にただ怒る事しか出来ない、子供の怒りだった。そして、純粋な怒りだった。その純粋さが、若宮には輝いて見えた。

 

 校内から、パタパタと一小隊分より少し少ない生徒が走ってきた。懐疑の目でこちらを見ている。

 箱を開けると、全員が驚いて目を見開いた。用意した銃は19丁、残った人数は17人。丁度一人に一丁渡る計算だ。

 

「本日は授業を休んで特別講義をします。講師は自分、猫宮悠輝と、若宮康光戦士にお願いします」

 

「お、おいおい……」

 

 一斉に視線が二人の方へ向いた。たじろぐ若宮。常に男所帯に居たこの生粋の兵士は、この女子高生の群れと言うのは全く未知の集団であったのだ。

 

「やることは変わりませんよ。新兵に銃の扱いを教える、それだけです」 生真面目に言う猫宮。

 

 若宮は目をパチクリさせると、愉快そうに笑った。

 

「なるほど、確かに何時もやってることだな。よし、諸君集合!これから分解整備の方法を教える!」

 

『は、はいっ!』 一斉に敬礼する女生徒たち。そして、恐る恐る銃を取り出す。

 

 若宮と猫宮の二人は、彼女達へ使い方を教えていった。皆、殆ど触ったことがない様子だった。

 彼女たちは、ハンドガンと一人1個の手榴弾だけで戦場を走らされていたのだ。顔をしかめる若宮。

 

「前線の物資不足がここまで深刻とはな……」 ふと若宮が呟いた。

 

「良い物は最優先で自衛軍行き。彼女たちは幾らでも変えの有る裏方。装備の優先度が凄く低いんでしょう」

 

「……なあ。ここで彼女たちを助けられた。でも、次はどうするつもりだ?」

 

 

「助けますよ。次も、その次も、そのまた次も。一人二人救っても変わらない? そんな外野の理屈なんて知ったこっちゃない。……自分は、自分のやれる全てを使って一人でも多くを助けます」

 

 考えこむ若宮。軍隊では、ある程度の損害は許容して考える。彼女たちの犠牲も、許容される損害の内だ。だが……

 

「まあ、様子を見てみるか」

 

 自分も丸くなったものだ。そう、若宮はぼやくのだった。

 

 

 

 

 

 

 




全パラメーターが100の英雄ユニットが一人居ても戦争には勝てない。
だから人の力を合わせる。目指すのはガンパレード・オーケストラで定義されたもう一つの絢爛舞踏。これはその一歩。



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憲兵との交流ばかりが増えていく

 日が殆ど傾いた頃、猫宮と若宮の二人は指導を終えた。集団で授業をサボったオートバイ小隊の面々に教師が注意しに来たものだが、カクカクシカジカと事情を説明されると、手をとって頭を下げられた。その話が伝わったのか、放課後には校長までが頭を下げに来た。

 

 担当の教官は、必要最低限の事だけ教えると次の部隊へと移ってしまったらしい。まったく――。

 

「……本当なら、毎日でも顔を出してしごきたいところだが、そうもいかん」

 

 若宮は溜め息を付いた。指導を終えた後、即席教官の二人に女子生徒たちは先を争って連絡先を押し付けてきたのだ。当然の如くそんな経験が初めての若宮は、ひどく戸惑ったものだ。

 

「今までこんなに女性に寄られたことはなかったんだがなあ?」

 

 若宮は不思議そうに首を傾げた。

 

「みんな若宮さんの腕を感じ取ったんですよ。強い人といれば生き延びられるかもって」

 

「そうか」 

 

 何となく、腑に落ちたようだった。兵士達の間では、腕の有るやつ、度胸の有るやつ、頭のいいやつが頼られる。彼女たちも、女子高生とはいえ兵士だったのだ。

 

「強いオスがモテる。戦争という死に直面して、男女の間もシンプルになったのかもしれませんね」

 

「……そうだな」

 

 また、半島を思い出した。女は競って数少ない物資を漁った。化粧で、衣装で、しぐさで、少しでも自分を着飾ろうとした。美しい女に真っ先に手を付けられるのは、頭の良い兵士、屈強な兵士、リーダーシップが有る兵士だった。自然、金や物資が多く与えられた。

 

 

 

 とりとめのない話をしながら、トラックは人も車も殆ど通らない裏道を走る。闇夜に赤い色が見えた。二人は、口を閉じる。

 

「――居ます」

 

「馬鹿な、ここは市街地だぞっ……!?」

 

 残った二丁の銃に若宮は弾を込め、猫宮は路肩に軽トラを止めた。軽トラで突破するのはあまりにもリスクが大きすぎた。装填した銃を渡し、二人は死角をカバーしつつ車外に出た。エンジンはつけたままだ。

 

 憎悪や殺意を、猫宮は敏感に感じ取った。赤い目が、闇夜に浮かぶ。若宮は即座に発砲して、ゴブリンを薙ぎ払った。連射された弾がゴブリンの体を貫通し、効率よく複数にダメージを与えていく。

 60発程度撃った所で猫宮からの銃声も加わった。リロードするタイミングをずらすため、交互に撃つ二人。戦闘は一分程で終了した。

 

「クソっ! 憲兵は何をやっていたんだ!? 」

 

 地図を見る猫宮。目つきがどんどん険しくなっていく。

 

「若宮さん、ここ……」

 

 若宮がはっと目を見開いた。使われていない、古い地下道だ! その入口の一つがこの近くにあった。なんてこった、奴らは足元にうごめいていやがるのか!

 

 携帯端末を取り出す猫宮。電話先はいつもの憲兵だ。

 

「もしもし。ああ、また君か。で、次は何処の不良が問題を起こしたんだ?」 苦笑が入った響きだ。

 

「いえ、人ではなく幻獣です。それも、市街地に」 息を呑む気配がした。

 

「馬鹿な、街中だぞ!?」

 

「今は使われてない、古い地下道有りますよね?」 

 

「っ! そうか、地下道かっ!? 今、何処にいる!?」

 

「ああ、場所は――」 現在地を教えると、足音が近付いて来た。

 

「えーっと、派手に銃声鳴らしちゃったんで憲兵さんがやってくるみたいです。説明をお願いします」

 

「うむ、分かった。共生派と誤解されないように両手は上げておいてくれ」

 

 そう言うと、強烈な光で二人が照らされた。

 

「動くなっ! 両手を上げて膝を付け!」

 

 黙って銃を置いて両手を上げる両名。地面に押し付けられ、拘束される。二人共一切の抵抗はせずにそれに従う。

 油断なく二人に銃を突きつけている憲兵達。と、そこへ一人の憲兵に通信が入る。

 

「――はっ。分かりました。拘束を解け。開放してやれ。そいつらは白だ」

 

「はっ」 近くに居た兵が拘束を外した。みんな、辺りの戦闘の名残に気がついたのだ。

 

 やれやれと立ち上がって汚れを払う猫宮と、苦笑しつつ起き上がる若宮。

 

「二人共、所属と階級は?」

 

「第62戦車学校付き戦士、若宮康光であります」

 

「第62戦車学校訓練生、猫宮悠輝です」

 

 二人共敬礼をすると、周りの憲兵も返礼をした。

 

「すまん、近頃共生派の活動も活発で脱走兵も多いのでな」

 

「誤解が解けたなら問題はありません」 猫宮は真面目な顔でそう返し、

 

「皆様は職務の遂行に尽力しただけであり、本官もそれに協力しただけであります」 若宮は堂々とそう返した。

 

「助かる。で、幻獣だが……」 戦闘が終わってまだ少ししか経っていない。幻獣の体液も、生臭い臭いもまだ残っていた。幻獣が居たのは明らかだ。

 

「おそらく、古い地下道からでしょう」 猫宮が端末から地図を見せると、憲兵の顔は深刻なものになった。

 

「くそっ! 旧軍の置き土産か! 徹底的に掃除せねばならん……!」

 

 慌ただしく指示を飛ばすと、数名がチームを組んで地下道を偵察する。

 

「今日は助かった。お陰で、これから起きる大惨事を防げたかもしれん。何か出来ることがあれば言ってくれ」

 

「えーと、そうですね……じゃあ……」 猫宮は空っぽのマガジンを拾い

 

「使った弾丸、後で補填をお願いします。後、夜に出歩いていても補導は勘弁を」そう、イタズラっぽい表情で言った。

 

「了解した。まあ、ある程度は目を瞑ろう」

 

「おいおい……」 

 

 規律を破ることを願う訓練生と、それを黙認する憲兵。まったく、まったく。何度まったくと思ったか。若宮は、随分なところに来てしまったとまた思うのだった。

 

 こうして、これから起こる悲劇の一つが消えた。

 

 

 

 夜、善行は若宮の報告を聞いて悩んでいた。悩みの種は勿論猫宮の事である。

 どこからどう見ても、誰がどう聞いても今までが普通の学生の訳が無いのである。何処からからの工作員かはたまた共生派のスパイかとも思ったが、若宮の話を聞く限りどうもそうでも無いようだ。

 

 ただのスパイや工作員が、まるまる一小隊分のサブマシンガンと弾を無償で寄付するとは、どうしても善行には思えなかった。ひょっとしたら準竜師が送り込んだとっておきなのだろううか?

 

「…………どう思います?」

 

「はっ。とりあえず優秀な歩兵の資質は有るようです」

 

 車からの降り方、連携の取り方、銃の命中率や判断、リロードスピード――ほんの二、三分程度の戦闘で若宮は実力の程を悟ったのだ。

 

「……そうですか。分かりました」

 

 八方手を尽くしても、ベテランのパイロットはどうしても手に入らなかった。確保できたのは、ベテランの歩兵が二名だけである。だが、猫宮ならひょっとして――。

 

「嬉しそうでありますな、委員長」

 

 若宮がそう言うと、善行は口元を抑えた。

 

「ええ。ひょっとしたらひよっこ達の中核になってくれるかもと思いましてね」

 

「さて、どうでしょうな。あいつは他のサポートに回りがちですから」

 

「それならそれで結構。他四人を何とか立たせてもらいましょう」

 

「やれやれ、相変わらず人使いが荒いですな」

 

 若宮は、声を上げて笑った。

 

 

 

 備品である軽トラを返した後、猫宮はふらふらとプレハブの空き室――後の整備員詰め所に入った。家まで帰る気力もなく、とりあえず寝たかったのだ。安物のベッドにぶっ倒れる猫宮。まぶたが重かった。

 

「…………だい……じょう……ぶ?」

 

 小さな声が聞こえた。重いまぶたを持ち上げると、フランス人形のような美少女がこちらを覗き込んでいた。

 

「あ、あはは。徹夜でちょっと辛いかな?」

 

 少女は振り返ると、戸棚を漁った。取り出したのは、サプリメントのようだ。

 

「これ……飲んで……。回復が、はやくなる……わ……」

 

 おずおずと水とサプリを差し出す。猫宮は笑って受け取ると、一息で飲み干した。

 

「ぷはっ、ありがとう。――見ない顔だけど、転校生?」

 

 制服が同じだったのでそう尋ねた。少女はこくんと頷くと、何と言ったら良いか分からずに俯いてしまった。

 

「自分は猫宮悠輝、よろしくっ! 」

 

 そんな少女に笑って元気よく挨拶する猫宮。それを見て、勇気を出したのか顔を上げて

 

「石津……萌」 と名乗った。

 

「石津さんだね、よろしく!」 

 

 石津はこくんと頷いた。

 

「もう、寝ても、大丈夫……」

 

「それじゃ、お言葉に甘えて」 倒れ伏す猫宮。体中の力を抜いた。

 

 石津は、近くの椅子に座ってじっとその様子を見ていた。光が、猫宮の周りを護るように浮かんでいた。今まで見てきたものたちと似ているようで、何処かが違うもの。それは、とても綺麗に思えた。

 手を伸ばすと、その光は石津の周りを回った。なんだか、とても暖かかった。

 

 

 

「起きなさいっ!」

 

「うわわわわっ!?」 「きゃっ!?」

 

 朝、壬生屋の怒声で目が覚めた猫宮。慌てて起き上がると石津の声も聞こえた。首を振って周りを見てみると、横では顔を真赤にして怒っている壬生屋の姿が見えた。

 

「ふ、ふ、ふ、不潔ですっ!」

 

「不潔って、ええええっ!?」 

 

 混乱する猫宮。ふと前の方を見ると、自分のお腹の辺りに石津が突っ伏して寝ていたようだ。

 

「て、て、て、転校してすぐの少女を手籠めにするなど、は、は、恥を知りなさいっ!」

 

 顔を真赤にして石津を抱いてかばう壬生屋。猫宮も負けずに声を張り上げた。

 

「そ、そんなことしてないからっ!?」

 

「お、お黙りなさいっ! 男女七歳にして席を同衾せずという言葉を知らないんですか!?」

 

「ふ、古いよ壬生屋さん! それに何もしてないから! 」

 

 言い争う二人。そんな中石津は「あ、あの……」と何かを伝えようとした。だが、その小さな声はかき消され、手を伸ばそうにも壬生屋の腕の中でもごもご動くだけであった。この二人の不毛な争いは二階から本田がエアガンを乱射しに降りてくるまで続くことになる。

 

 

 本田に強引に授業に出席させられた猫宮は、本田の無茶苦茶な国語の授業が終わると大きくあくびをした。

 

「おおっ!? 猫宮お疲れじゃん、やっぱり昨日の夜なんかあったのか?」

 

「おやあ、それは気になるなぁ。ほらほら、早く白状したほうが身のためやで」 

 

 滝川と加藤の脳天気組が聞いてきた。猫宮は苦笑すると、どうしたものかと善行の方を見た。首を横に振る善行。どうやら、話さないほうがいいらしい。となると、適当にごまかすしか無いのだが。

 

「いやいや、ちょっと遅くまでバイトしてただけだよ」 

 

「ああ、コイツは随分と遅くまで裏マーケットに居たもんだ」 若宮もフォローする。

 

 ちぇ~っとつまんなそうにする二人。

 そして話題は本田の話に移った。恋の悩みだろうと瀬戸口が盛り上げ、それを確認するために全員で確認しに行くこととなった。逃げようとする猫宮。だが疲れの残っていたためかあえなく捕まり若宮を除く全員で本田を見に行くこととなった。

 

 

 さて、大人が飲みに行っている時刻は子供はあんまりうろつかない時刻でも有る。そんな中、袴をつけている壬生屋や幼い東原を連れているこの集団はそれはもう目立った。そんな訳で、初めは『早く家に帰りなさい』程度の注意をしようとしたのだが、壬生屋が猛然と反発したお陰で憲兵は強硬な態度に出ざるを得なくなった。おまけに普段猫宮がうろつかない場所だったので、知り合いの憲兵も居なかった。

 

 動揺する集団を横に頭を抱える猫宮。とりあえず、知っている憲兵に連絡して説明してもらおうと携帯端末を取り出した所、間の悪いことにものすごい酔っ払った本田が出てきた。憲兵を無視して話し始める本田に、憲兵が怒って詰め所へと連行しようとする。

 端末を持っていた猫宮は止めるのが遅れた。他のメンバーも止める間も無く、見事に大外を決める本田。

 

「わっはっは! かわいい生徒にインネンを付けた報いだ、正義は勝つっ!」

 

 凍りつく一同。善行は飛び出し、猫宮は大急ぎで電話をかけた。

 

「第62戦車学校・善行忠孝千翼長である! この件については後日っ――!」

 

 困惑する憲兵達は善行の迫力に押され、直立不動の姿勢をとって敬礼した。返す刀で本田の背をバンっと叩いた。

 

「おっ、善行じゃねえかどうした?」

 

 事の重大性がまったく分かってない酔っぱらいに、さしもの善行もブチ切れた。

 

「この役立たずの酔っぱらい! とっとと走れっ! それとも体がなまって動かないか!?」

 

 本当に、ほんっと~~~~~に珍しい、善行忠孝のマジギレシーンである。いや、この後こんなに感情を露わにしてマジギレしてたことあったっけか。

 一方猫宮は放心している憲兵の一人に端末を渡していた。説明を受け、額を抑える憲兵。

 

「野郎! 俺様が走れねえだと? 走ってやらあ、何ならフルマラソンでも構わねえぞ!」

 

「けっこう。私に追いついたら教官と認めてあげます」

 

 そう言うや、駆け出そうとする二人。それを後ろから掴む猫宮。二人はつんのめってズッコけた。

 

「あなたまで何なのですか、猫宮君!」 マジギレモード継続の善行。

 

「てめえ猫宮、邪魔すんじゃねえ!」 いや、黙れ酔っぱらい。

 

「あ、いや、とりあえず知り合いの憲兵さんに事情説明してもらったんで……」

 

 善行がそちらを向くと、何とも言えない顔をしていた。ふと、我に返る。今の状態や、醜態がどうしようもなく恥ずかしかった。

 こうして、第62戦車学校の一同は酔っ払っていびきをかいている本田を横に平謝りすることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガンパレード・オーケストラのおすすめのキャラ紹介を活動報告に載せました。
アニメ版とは違い、可愛い子達が凄く多いので是非お勧めです。

特に、工藤百華は一押し!


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世界を良くするのは人の意思

 3月の初旬。第62戦車学校のメンバーは東原と猫宮を除き行軍訓練を行っていた。東原はいつもの様にゴールで待機である。一方、猫宮は病気でもなければ怪我でもなく、食材の調達に出掛けていた。また朝一で善行の所に出かけて、備品である軽トラを借りたのである。

 

「できれば君も訓練に出て欲しいんですがねえ」

 

 という善行に対し猫宮は

 

「今も昔も兵士に必要なカロリーは3500キロカロリーだと統計が出てますよね。そしてそれを下回ると大抵士気が急激に下がって反乱や脱走も誘発されますね」

 

 正論である。再三食料補給の要請を送っているが、発足もしていない、期待もされてない実験小隊に回される物資は常に後回しにされた。善行は溜息をつくと、承認のサインを書いて渡した。

 

「……どうか、お願いします」 思わず部下にこぼれた善行の願いは、本心からの言葉だった。

 

「任せといて下さい!」 善行が部下思いであることを知る猫宮は、胸を張って軽トラへと向かっていった。

 

 

 

 まず真っ先に確保したかったのは、動物性蛋白質だった。食欲魔神滝川を筆頭に、育ち盛りばかりの連中が揃っている。と言っても、肉も魚も良い物は偉いさんや金持ちが真っ先に確保していた。熊本で学兵が腹を空かせていた頃、ホテルでは豪華な食事が出ていたし、海軍が保有しているフェリーでは高級レストランのようなメニューが出ていた。だから、必然的に「店で売るには」質の悪いものを狙った。

 

 まずは、冷蔵庫と冷凍庫を確保した。戦争が激化するにつれ、疎開や店仕舞いが相次いでいた。閉鎖中の飲食店を尋ねるとどうせ捨てるのも勿体無いとただで譲ってくれた。その時、申し訳無さそうな顔で「頑張ってね」と店の人や業者の人から励まされた。

 全員の顔に、子供を戦わせる後ろめたさや罪悪感が溢れていた。それを少しでも軽減するためだったかもしれない。持ちきれないからと、幾らか米や調味料も渡された。

 手伝ってもらって大型の冷蔵庫と冷凍庫を軽トラに乗っけると、一度学校まで戻った。

 

「うわ~、ゆうちゃん、おっきい冷蔵庫だね~」 ののみが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「うん、冷凍庫もあるよ。あ、下ろしたいから先生たちを呼んできてくれるかな?」

 

「は~い! 」 元気に手を上げてパタパタと職員室へと走るののみ。

 

 少しすると、三人の先生一同がやってきた。

 

「おい、猫宮。おめー何処でこんなもん手に入れたんだ?」

 

「店仕舞いする所に当てをつけてたんですよ」

 

「なるほど」 頷く坂上。

 

「これなら、沢山入りそうね」 と芳野。

 

 ドアを外し、プレハブ1階の食堂へ運ぶ一同。電源を入れると、正常に作動した。

 

「ありがとうございます。よし、じゃあ次は食料仕入れてきますね!」 手を振りつつ元気で飛び出す猫宮。

 

「いってらっしゃ~い!」 ののみも笑顔で見送る。

 

 それを悔しそうな顔で三人は見続けた。

 

「……なあ。昔から兵士が食料をかき集めるようになった戦争で勝った試しがあるか……?」 本田がそう呟いた。

 

 沈黙するしか無い二人。何も出来ない自分たちが、酷く情けなかった。

 

 

 猫宮は、まだ疎開していない農家を回っていた。熊本は、東日本と較べて暖かい。だから、作物の生育も早かった。市街地から離れた農家を一軒一軒周り、頭を下げて作物を買い付けて回るつもりだった。狙うのは、市場に出ても値段がつかないか安くなる、いわゆるB級品である。

 

「ごめんくださーい!」 

 

 とある農家の玄関で挨拶をする猫宮。少しすると、やや年をとった農家のおじさんが出てきた。

 

「学兵さんがこげんあばらやに、なんか用かいね?」 

 

 訪問されたことがないのだろう。警戒しながら怪訝そうに見つめるおじさん。

 

「あの、お金なら払いますので、出来の悪い農作物を分けていただけないでしょうか……?」 深々と頭を下げる猫宮。

 

 おじさんは、愕然とした表情をした。

 

「ぬ、ぬしゃあ、そげん腹ば空かしとちょるのか!?」

 

「え、ええ。自分だけでなくて、隊のみんなが……」

 

 そう言うと、おじさんは情けなさからか怒りからか震えながら涙を流した。

 

「情けなか、情けなか、情けなか……こげんば、情けなかことがあるか……」 

 

 農家としての、魂からの怒りと涙だった。命懸けで戦わされる子供達が、こんな所に頭を下げに来るまで腹を空かせている。しかも、売り物にならないようなものを分けてくれと言っているのだ。

 

「ちっと待ちんさい! おい、おみゃー野菜ばあるしこ持って来い!」

 

 そうおじさんは家の中に怒鳴ると、バタバタと倉庫へ行って次々と野菜を取り出してきた。多すぎる量にびっくりする猫宮。家の中に居たおばさんも、事情を聞くと凄い形相で一緒に野菜を持ってきた。売れるものは、既に出荷していた。だからせめて、量を渡そうと沢山持ってきたのだ。

 

「あ、いや、こんなに一度に頂いても置く場所がないんで……」 

 

 丁重に辞退して、とりあえずトラックに幾らか積む猫宮。これからも色々な野菜や魚等を仕入れようと思っていることを伝えると、おばさんが電話をすごい勢いでかけ始めた。どうやら近所や知り合いの農家に片っ端から電話をかけているらしい。地図を取り出され、ここに行きなさいと色々な場所を教えられた。

 頭を下げて、お礼を言う猫宮。懐からお金を取り出すと、「ウウバカモン!」と泣きながら怒鳴られた。いくらお金を払おうとしても、受け取らないの一点張りである。とうとう猫宮は折れて、何度も何度もお礼を言うと次の農家へと向かっていった。

 

 

 その日、近隣の農家が村役場に集まって、喧々囂々の話し合いが行われた。皆、怒っていた。農家でありながら子供達が腹を空かせている現実に。少しでも、その現実に抗おうとした。その怒りはこの村だけでなく、農協や口コミや知り合いを通じて熊本中に広まり、多くの農家を動かした。

 この日以来、熊本市街の至る所や、様々な学校で、農家の有志一同からの炊き出しが定期的に行われることとなる。

 

 

 次は、タンパク質だった。肉は期待できないとなると、やはり魚である。幸い熊本は海に面していた。軽トラを飛ばして漁港まで車を運んだ猫宮。狙うのは、裁くのに手間がかかって殆ど売れない、小魚やら傷のついた魚である。

 

 学兵の姿が珍しいのか、目的を聞かれる猫宮。後の反応は農家のおじさんの時と同じである。若い人出は他に取られているのか年をとった人が多く、猫宮が息子や孫のような年頃だったことも関係があったかもしれない。漁港に怒鳴り声が響き渡ると、皆が先を争うように魚介類を持ち込んできた。質より量をお願いした所、多少傷ついていたり形の悪い大きめの魚やらイカやらタコやら貝やらが、トラックに詰め込まれた。お金を取り出したら「ウウバカモン!」と怒鳴られたことも同じである。

 猫宮は何度も何度もお礼を言うと、とても重くなった軽トラを走らせて学校へと戻っていった。

 

 その日、漁業組合での話し合いが行われていた。話し合われた内容も、結論も農家の皆さんと同じである。そして、すぐにこの二つの組織が連携を取るのも自然の事だった。

 こうして、学兵達は街をうろつけば魚介類と野菜がたっぷりの海鮮スープ(味付けは日によって変わる)に高確率でありつけることとなった。

 

 

 魚を積んでいるのでトラックを気持ち早く走らせて、猫宮は尚絅高校まで戻ってきた。プレハブの側までトラックを運転すると、丁度訓練が終わった所でみんながヘバッていた。

 

「あ、ゆうちゃんだ!」

 

 みんなに水を手渡していたののみが駆け寄ってきた。後ろの荷物を見てぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 

「おい、猫宮だけサボりとかずりーぞ!」

 

「せやせや! ウチらはこんなに汗だくなのに何やってたんや!」

 

 ぶーぶー抗議をする滝川と加藤。

 

「ふっふっふ、これを見よ!」

 

 ダンボールや発泡スチロールを下ろす猫宮。なんだなんだと駆け寄ってくる一同。開けると、全員の顔が驚愕に染まる。

 

「す、すっげー!魚めっちゃくちゃあるじゃん!」 興奮する滝川。

 

「や、野菜までこな大量に何処から手に入れたんや!?」 事務屋として即座に聞いてくる加藤。

 

「す、凄い……」

 

「ここまで集めるとは……!」

 

 驚愕する速水や芝村。

 

「……何処から手に入れたのですか?」 善行は眼鏡に手をやり努めて冷静に聞いた。

 

「農家や漁港から直接買い付けたんですよ、B級品を。――まあ、買い付けに行ったんですけどお金払おうとしたら突っ返されちゃいましたけどね」 

 

 猫宮は苦笑している横で、善行ははっと息を呑んだ。そうだ、食料の生産先はこの近隣にもあったのだ。軍に長くいたせいか、補給を要請することやコネを使うことに慣れ過ぎて完全に失念していた。

 

「……ありがとうございます、猫宮君」 

 

 善行は、心からの礼を述べた。本来、これは自分がどうにかする仕事のはずだったのだ。

 

「いえいえ、みんなのためですし」 そんな善行に、猫宮は笑って答えるのだった。

 

「それにしても、こんなに大量の魚どうするんだ? いくら春とはいえそう長く保存はできないぞ?」

 

 珍しく真面目な顔で聞いてくる瀬戸口。

 

「ふっふっふ、心配ご無用、先に業務用冷蔵庫と冷凍庫を確保済み!」

 

 もう一度驚愕する一同。

 

「あのね、すっごいおっきかったのよ。ゆうちゃんだけじゃ運べなくて、先生たちにも手伝ってもらったの! 」

 

 ののみが補足を入れた。

 

「まったく、お前はどれだけコネがあるんだ?」 

 

 若宮は、憲兵にも知り合いのいた猫宮にあきれてそう言った。

 

「今回はコネじゃ無いですよ、足を使って頭を下げただけです」

 

「そうか……」

 

 ガリガリと若宮は頭を掻いた。自分のような杓子定規な軍人にはなかなか出来ない発想だ。こんな奴も必要かもしれない。そう思うと、野菜の入ったダンボールを一度に三つ担いだ。

 

「で、何処に置けばいい?」 

 

「じゃ、食堂へ。冷蔵庫と冷凍庫もそこに有りますから」

 

 わかったと頷くと、悠々と運ぶ若宮。

 

「では、全部食堂へ運んで下さい。それで訓練は終了です」

 

 善行がそう支持すると、『はい』 と全員の声が響いた。

 

 全部運び終わると、猫宮はダンボールの切れっ端を使って積み上げられた食料の壁に、『第62戦車学校共用食料』との文字を書いて張った。

 

「はい、ここにあるのは全員好きに持って行っていいよ。どんどん自炊してね、特に滝川!」

 

「うへっ、俺名指しかよ~?」

 

 ぶーぶー抗議する滝川。そんな二人に、みんなの笑い声が響くのだった。

 

 

 

 

 さて、滝川と速水と一緒に味のれんに行くかと思っていた猫宮は、瀬戸口に呼び止められた。二人を待たせてついていく猫宮。二人きりになると、瀬戸口はポツポツと話し始めた。

 

「他人とはなるべく関わらない。距離を取る。それが俺のスタイルだった。けどな、善行さんと芝村が書いた筋書きに乗ってから。そしておまえさんを見て調子が狂ってきた」

 

「俺、お節介ですからね」 くすくす笑う猫宮。

 

「そうだな。あいつらは、自分たちが十中八九死んじまう事を感じ取ってる。でも、おまえさんはそれに全力で抗ってる。――あの二人に載せられたってのも有るが、まあ俺も付き合ってみるかな、なんて思っちまったんだ」

 

「瀬戸口さんは人生経験豊富そうですし、是非お願いしますよ。きっとみんなを支えられます」

 

 ふふっと笑う猫宮。複雑な表情で瀬戸口は後頭部に手をやった。何となく、他の連中の気配を感じた瀬戸口。にやりと笑うと猫宮ににじり寄った。猛烈に嫌な予感がした猫宮。

 

「ま、野郎はお断りだがそういうわけでよろしくな、バンビちゃん二号」

 

 逃げようとする猫宮に後ろからガバッと抱きつく瀬戸口。暴れる猫宮。

 

「ふ、ふ、ふ、不潔です! そ、それも二号さんなんて破廉恥にも程が有ります!」 

 

 顔を真赤にする壬生屋、暴走モードである。

 

「ち、違うってば~!?」 

 

 笑う瀬戸口と暴走モードの壬生屋を残しつつ、猫宮はほうほうの体で速水、滝川のところへ逃げ去った。

 

 

 三人で味のれんへと行く一同。速水は、コロッケ定食の美味さに感動をしている。滝川も猫宮も、昼はよくお世話になっていた。コロッケにソースをたっぷりかけて丼3杯も喰うこいつらを、親父さんは笑ってみていたものだ。

 

 と、その日はカウンターの隅で黙々とコロッケ定食を食べている少年が居た。中村である。滝川と中村は目を合わすと、中村が話しかけた。

 

「見事な食べっぷりね。ぬしゃとは良き趣味ともになれそうな気がする」

 

「お、おぅ……?」

 

 聞き返すまもなく、少年は席を立つと勘定を済ませた。

 

「ソックスは宇宙の縮図たい、励めよ」 

 

 唖然とする滝川を後ろに出ようとする中村。

 

「――生徒会連合会則……」 ぽつりと猫宮が呟いた。

 

 顔を真っ青にして振り返る中村。ついでにものすごい動揺をしている親父。

 

「気をつけることだ。生徒会連合・風紀委員の目は何処にでもある……」

 

 冷や汗が止まらない中村。後親父。とりあえず中村は目を合わせないように凄い勢いで逃げ去った。

 

「な、なあ、一体何だったんだ……?」滝川が心底不思議そうに聞いてきた。

 

「――この世には、知らないほうがいいこともあるのさ」 

 

 目のハイライトを消して答える猫宮。その様子を見て、二人は全力で関わらないことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:農家の人や漁港での会話殆ど無くね?
A:熊本弁難しい……


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想いは紡がれ続いていく

 ソックスハンター(中村)と邂逅してから数日、猫宮は授業を所々サボりつつ精力的に動いていた。既に猫宮が介入しているこの世界では、バタフライ効果で何処まで影響が出るかわからない。だから、原作で死ななかった、大丈夫だった――と言う保証はもはや何の気休めにもならないのである。最悪四肢や内蔵程度なら再生医療が有る世界なので何とかなるが、死ねば終わりだった。だから、猫宮は5121小隊の生存率を上げるため、何でもするつもりだった。

 

「――射撃訓練の実施の要請、ですか」 眼鏡を押し上げつつ善行が言った。

 

「はい。ののみちゃん以外の全員に、自衛手段としてサブマシンガン程度は使えるようになってもらおうかなと」

 

 士魂号は、原作で何度も撃破されている。だが、コックピットに入れている自衛手段がお粗末だった。カトラスでも強い壬生屋や速水なら兎も角、滝川などはコックピットに入れていた武器はなんとハンドガン一丁である。こんな運次第ではあっさり殺されるような状況を何とかするため、猫宮はパイロット全員分の88式軽機関銃(装弾数120発)とシグ・ザウエルを入手していた。ただ、それらは高かったので他のメンバーに対してはより安価な70式軽機関銃(装弾数90発)と白式拳銃であった。それに、これから数日後にはシミュレーターが使えるようになり、パイロットは皆そっちに篭りっきりになる。猫宮もそうするつもりなのでタイミングがこの辺りしか無かったのも有る。

 

「了解しました。では、場所を手配しておくので翌日に実施しましょう。」

 

「はっ、ありがとうございます!」 敬礼する猫宮。

 

 

 翌日、加藤や石津も含めて、全員への銃の講習が始まった。教官は若宮であったが、何処から聞きつけたか本田がノリノリで乱入してきた。ついでに坂上もそれに付随してやってきた。だが、丁度扱う銃が分かれているので、教官はふた手に分かれて教える事ができた。

 

「う、うぅ……」

 

「くっ!」

 

 壬生屋と芝村が苦戦していた。銃の分解整備において、この二人が成績最下位争いを行っている。古い武家の家で、機械に弱い壬生屋と、時計の電池を変えることの出来ない芝村。この二人の手つきの危なっかしさときたら、教官が揃って額に手をやるレベルである。

 逆に、意外にも猫宮以外で最もスムーズに整備を行っているのが滝川であった。プラモデルをよく作っていたためか、覚えがいい。他にも、石津が意外な才能を発揮していた。

 

「へっへ~ん、出来たっと!」

 

「うむ、合格だ、滝川」

 

 その出来に太鼓判を押す若宮。

 

「ぬ、ぬぐぐぐぐぐぐっ、ま、まさか類人猿に負けるとはっ……!」

 

「へっへっへ、芝村にも苦手なことってあったんだなぁ」 調子に乗る滝川。ものすごい得意げである。

 

「ぐぬぬ、ぐぬぬ、ぐぬぬ……!」 凄まじい屈辱に顔を真赤にする芝村。お陰で更に作業工程が乱れる。

 

「あ、あの、わたくしには剣が有りますので……」 何とか逃げようとする壬生屋。

 

「そりゃ、剣が有れば護身は出来るだろうけどさ。銃使えば遠い味方も助けられるじゃない?」 

 

「そ、それはそうですが……」

 

 抵抗を正論で封殺する猫宮。

 

「あ~! なんやねん、ウチ事務官やのに!」 音を上げる加藤。

 

「ゴブリンなんて前線だろうが後方だろうが何処にでも現れるんだから、ラインかテクノとか関係なし!」

 

「うぐっ……」 加藤の文句も封殺する猫宮。

 

 普段はニコニコしてたり穏やかだったりする猫宮ではあるが、本日は至って真面目な表情である。時々こうして雰囲気を変えるが、それは何時も命にかかわるような真面目な時だった。周りのメンバーも薄々と感じ取ってるのか、泣き言や文句等もコミュニケーションの潤滑油程度ですぐに収まった。

 

 

 分解整備が終わると、いよいよ射撃訓練である。こちらは、パイロット組は大体が良い成績を残した。それぞれ勘が良いのか、マガジンを幾つか使うと動作が手馴れてきた。壬生屋も、武器として銃を使う事自体はそこまで苦手では無いようである。

 なお、このパイロット組の中でも一番成績が振るわなかったのは芝村であった。狙いを付ける勘は良いのだが、やはり単純な腕力の少なさが響いた。サブマシンガンは弾をばらまく武器なので、連射をする必要がある。だが、芝村はその制御に一番苦戦をした。

 

「こ、このような屈辱……いかほど以来であるだろうか……!」 

 

 悔しさにわなわなと震える芝村。スコアがパイロット組最下位である。加藤や石津より高かったことなど、何の慰めにもならなかった。

 

「ま、まあまあ誰にでも得手不得手は有るし……」 

 

 何とかなだめようとする手下一号。だがその努力を無に帰そうとする二人が居た。

 

「そーそー、誰にでも苦手なものはあるって、な!」 弱点を知れて嬉しそうな滝川。

 

「そうですね、うふふ」 顔をほころばせる壬生屋。

 

「くっ……!芝村は敗北したままでは終わらぬ! 今に見てるがよい、すぐに貴様らを追い抜いてやる……!」

 

「……訓練時期、間違えたかなぁ」 

 

 猫宮は、そう呟くと遠い目をして空を仰いだ。3月の空は、爽やかだった。

 

 

 

 訓練終了後、猫宮は市街を歩いていた。恰好も雰囲気も普通の学生とそう変わらないが、ちょくちょくと学兵や憲兵に挨拶をされた。ここ最近、猫宮はこの街でどんどんと有名になっていった。右に事件があれば駆けつけて鎮圧し、左に困った学兵がいれば首を突っ込んであれこれ世話を焼いた。裏マーケットでは時々、自衛軍相手にガンスミスのような真似までしていた。自衛軍とは言え、今は再編中である。熊本にも自衛軍の新兵は幾らか配置されていたのだ。

 そうして猫宮は、沢山の知り合いを作っていた。連絡先を集め、猫宮の知り合い同士を繋ぎ、物資の交換や融通、虐めに遭遇した学兵の転属、隊が全滅した学兵の斡旋や保護など、ひっきりなしに連絡をしては世話を焼いていた。

 情けは人の為ならず。その言葉の意味を猫宮が実感するのはもう少し先の話。

 

 

 次の日、地獄の二十キロ行軍には今度は全員参加をしていた。食料も物資も揃えてもらったので、そろそろ隊員との交流をとの善行の判断である。ついでに猫宮が増やした行軍時に持つサブマシンガンとハンドガンの分を肩代わりさせるつもりでもあったが。が、その目論見は意外なところから外れることになる。

 

「それにしても、馬並みの馬力だな」 呆れるのは瀬戸口だ。

 

「なんかパワフルになった感じですよね。どうしちゃったんだろ?」 首を傾げるのは速水である。

 

「いいことでもあったんでしょ」 とは猫宮の言だ。どこと無く、表情が良くない。

 

 地獄の二十キロ行軍、滝川はやけに張り切っていた。装備の重さも無視して、落伍仕掛けた石津・加藤の装備を引き受けて、アニメの主題歌を行軍歌代わりにずんずん進んでいく。

 そんな滝川を、皆は感心半分呆れ半分で見守っているのだった。

 

「わはは! 良い汗かいた!」

 

 若宮流の豪傑笑いをする滝川を、女子たちはこわごわと避けていった。

 

「ご機嫌だね、滝川」

 

「すっかり無敵モードだね」

 

 両脇に座る速水と猫宮。滝川が上機嫌だと、速水も気持ちが良くなった。

 

「へっへっへ、そう、ご機嫌。ドンウォーリー・ビーハッピー、イエッ、な無敵モードって感じね」

 

「聞いていいかな?」

 

 速水が遠慮がちに尋ねると、滝川はまたしても高笑いをあげた。善行が眼鏡を直し、首を傾けて遠ざかっていく。

 

「聞いて驚くな。この滝川陽平、暗い青春からおさらばしてついに女神様を見つけた!」

 

 滝川はラブコメから引っ張ってきたようなこっ恥ずかしいセリフを堂々と言い放った。恐れるものなど何もない感じだ。

 

『女神様?』 猫宮と速水の声が同時に響く。

 

「速水は知ってるだろ? 猫宮は知らないかな、ほら、戦車の広告に出てた人。味のれんで出会って、お近づきになったのだ。親友たちよ、俺の幸せを祈ってくれ、なんてな」

 

「そういうことか」

 

 速水は相槌を打ったが、どうも疑問だった。そんな滝川にそれは誤解だと話す。

 余程嬉しいのか滝川は二人に色々なことを話し、そして何処へと去っていった。速水は芝村へ報告に、猫宮はまたバイトだろうか。

 

 

それから更に数日後。夕刻から夜にかけ、東の空では砲声がこだました。猫宮は、祈っていた。知り合った戦友達の無事を。知り合わなかった戦士たちの無事を。これから数ヶ月で、民間人を含め230万もの人間がこの九州で死に行くのだ。一人でも多く救おうと足掻いたが、果たしてそれの効果は出ているだろうか。

 何処かで砲声が響く日を跨ぐ度に、連絡の取れない知り合いは増えていった。

 

 夜、砲声は収まっていた。後には街の残骸と兵器だったもの、そして物言わぬ人の肉だけが残る。死体の残らない、捕虜もいない戦争において、これが普通の光景だった。これは歴史のどうでもいい一ページ。特筆すべきこともなく、幻獣が現れてからずっと、日常的に続いている光景である。

 

 

 月明かりの下、ウォードレスを着た二人の姉妹と銀髪の少女が戦場跡を歩いていた。三人とも、歴戦の戦車乗りである。だが、今日は激戦であり被弾してしまったのだ。何とか死者は出なかったものの、回収されるまでは手持ち無沙汰である。

 だから、少し周囲を見て回ることにしたのだ。

 

 ふと、銀髪の少女が目を細めた。こんな戦場跡に、ウォードレスも着用せずに一人少年が立っていた。

 

「隊長、あそこに」

 

「む、下がってろ、みほ」

 

 銀髪の少女はウォードレスに装着していたポーチからハンドガンを取り出し、隊長と呼ばれた少女もそれに続いた。こんな所に無防備に居るなど、共生派でもおかしくはなかった。

 

「お姉ちゃん、エリカさん、あれ……」

 

「何か見えるのか?」

 

 みほと呼ばれた少女が指した方を二人は見た。よく見ると、少年の周りには猫が居た。犬も居た。イタチも居たしリスもモモンガも。近くの木にはツバメやカラスも止まっていた。

 

 月明かりの下、少年の周りに沢山の動物たちが集っていた。不思議と幻想的な光景にしばし、どうしたら良いかよく分からなくなる三人。

 逡巡してると、少年が歌い出した。

 

 猫宮は、祈りを捧げながら鎮魂歌を歌っていた。最後まで闘いぬいた戦士の魂が、世界に大切にされてきたもの達の想いが、光となって猫宮の周りを漂う。

 死してなお、世界を護るために力を貸そうと、想いを託そうとしていた。周りの動物たちは、一斉に月へと声を上げた。

 

 

 神話の世界に迷い込んでしまった三人は、知らず知らずのうちに涙を流していた。

 なぜだか、涙が出た。なぜだか知らなかったが、ありがたい気になったのだ。そして、今日ここで死していった戦士たちが救われた気がしたのだ。

 

 歌が終わると、少年は動物たちを引き連れて夜の闇へと消えていった。残された三人は、この時の体験を一生忘れなかった。

 

 

 数日後、滝川は授業をサボった。悲しみが心を満たしていた。少年の恋は、死によって引き裂かれた。号泣する滝川。そんな彼に、かけられる言葉を猫宮は持っていなかった。



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士魂号到着!

ちょっと論戦の所を修正。見返すと上から目線過ぎた……


 滝川が号泣した翌日、第62戦車学校が間借りしている尚敬高校の戦車シミュレータに、人型戦車用のソフトが入ってからパイロット候補生――速水、芝村、壬生屋、滝川、猫宮は夢中になってシミュレータに入り浸りとなった。

 パイロットとして育成されることを伝えられてきたが、今までやってきたのは殆ど座学や基礎訓練である。それが、ようやくパイロットとしての本分に触れられるのだ。全員が全員、やる気に満ちていた。また、パイロットとしての適性や潜在能力を問う意味もあったので、全員が様々なオプションを試していた。

 ただ、このシミュレーションは通常の戦車シミュレータに無理矢理人型のソフトをぶち込んだものなので、色々と不具合があった。特に、ゴブリン1体を轢いただけで動けなくなるなどシミュレータとしては論外である。なので、そのあたりの細々とした修正は猫宮が真っ先に行っていた。Yagami様々である。

 

 試行は多岐にわたった。複座型のパイロットを全ての組み合わせで試したり、全員が軽装甲または重装甲で出撃したりと。何度も繰り返す内に、複座型は芝村・速水ペアが担当するのが最善であると結論付けられた。勿論、彼らだけの約束事では有ったが、芝村の相棒を務めるのに最適なのは速水が一番であった。

 次点は猫宮で、彼は完全にオールマイティー型だった。誰と組み合わせてどのポジションに座らせても一定の戦果を上げられたが、やはり複座に限って言えば芝村・速水ペアが一番である。

 

 また、敵についても講義では味わえないリアル感が有り、中型幻獣の対処に全員が四苦八苦していた。勿論、猫宮は未来の確立された戦術を知っている。だが、今この段階では全員で考えぬいて結論を出すのが練度を高めるためにも考えさせるためにも一番いいとの結論を出したのだ。

 

 また、訓練後の検討会を欠かさず行い、時には善行や坂上を同伴して行ったり、歩兵の観点から見るために若宮や来栖にシミュレーションを見てもらったりした。

 

 問題となったのは、やはり滝川である。才能が無い訳ではない。だが、どうしてもその判断が遅れがちで軽装甲に載せるのは猫宮を除く三人が無謀だと感じていた。戦死率も、ダントツでトップである。

 

 数日に及ぶ訓練の後、検討会で芝村は熱弁を奮っていた。

 

「軽装甲は被弾すればすぐに戦闘不能になる。どころか、パイロットの安全も心もとない。絶対、被弾しないという自信があれば軽装甲を使用することも可だろう。しかしそんなパイロットはまずいない。被弾することを前提として、士魂号を運用するのが現実的というものだ」

 

「けどよ、俺は軽装甲が好きなんだよ」 

 

 と滝川。軽装甲をけなされたと思ったのか懸命に口を挟む。

 

「我々は幼稚園児ではないのだ。好き嫌いの次元で話をするな。私が思うに単座の重装甲三機に複座型一機が最良の編成だ。軽装甲は、戦車小隊ではなく、スカウトの隊に配属し、小型幻獣の掃討など、歩兵支援任務に当たらせるのがよいだろう」

 

 芝村は他のパイロットを挑発するように断定的に言った。楽しそうだ。しかし、速水と壬生屋は挑発に乗らず、黙ったままだ。自分たちが決めることではないと割り切っている。

 

「――10点、だね」 

 

 楽しそうな芝村に、猫宮がそう言った。何か言おうとした滝川があわあわと慌て、他の二人も凍りついた。

 

「――ほう、何故10点なのか理由を聞きたいものだな」

 

 挑発に乗られたことが嬉しいのか、論戦が出来ることが嬉しいのか、芝村はにやりと笑うと聞き返した。

 

「前半の編成の話だけなら60点はあげられたんだけどね。後半の配備の話でマイナス50点、かな。芝村さん、大事な視点が抜けてる」

 

 真面目な顔でそう返す猫宮。芝村はマイナス50点も付けられたことに少々ムッとして聞き返した。

 

「ほう、では何処が悪いのかご教授願おうか」

 

「コスト」

 

 芝村の問いに返した言葉は僅か三文字。だが言った瞬間、芝村は「しまった!?」というような表情に変わった。

 

「人型戦車のコストは恐ろしく高いよね? 普通の戦車とは比べ物にならないほどに。ついでに、武器も適してない。一番口径の小さい武装で20mmだからね。せめてキメラやナーガ辺りの掃除ならマイナスはかなり低くなったんだけど」

 

 悔しそうにする芝村。昔から、彼女は天才であり頭脳も知識量も大人顔負けであった。それに、周りは性格が最悪でも優秀な芝村一族である。大人から散々に嫌な性格で鍛えられもしてきたので、同年代の学生になど負けることはなかった。だから、同年代に論破されることに凄まじく慣れてないのである。

 

「そして前半は60点の理由。厄介な中型をピンポイントで狩れる複座型を敵中央部に運ぶにはそこそこ悪くない編成だから。ただ、重装甲三機が敵に突っ込んで被弾前提だと整備にかかる手間が凄まじくなっちゃうだろうけどね」

 

 悔しさを感じながらその中で、芝村は今言われた戦術論を必死に刻み込んでいた。ただ負けるだけでない所は間違いなくこの少女の美徳であり、強さでも有る。

 

「じゃ、じゃあ軽装甲でも活躍できるのか!?」

 

 芝村が言い負かされたことにより軽装甲に希望を見出した滝川。

 

「うん、活躍できると思う。実際に荒波千翼長って言う実例が有るしね。でも……」

 

「でも?」 首を傾げる滝川。

 

「やっぱりあの動きは相当な天才じゃないとねえ」 

 

「うむ、あれは天才中の天才故、な」

 

 猫宮の言葉に同意する芝村。滝川はがっかりした表情になる。頭の良い二人から否定されると、ダメな気がしてきたのだ。

 

「――だけど、軽装甲は他のどの機体より、人型戦車最強の武器と盾を使いこなせる可能性を秘めている。滝川でも、ね」

 

「ほ、ほんとか!? 最強の武器と盾って一体なんなんだよ猫宮!? 」

 

 一転して希望を与えられ食いつく滝川。何としても、軽装甲を乗りこなしたかったのだ。

 

「まずは人型戦車最強の盾。それは地形――」

 

「ち、地形……?」

 

 よく分かっていない滝川。だが、他の三人は表情がどんどんと真剣になる。一言一句聞き逃せない気がしたのだ。

 

「人型戦車は立てば高さは9m。だけど、普通の戦車と違ってかがむことも伏せることも出来る。だから、その辺の家が盾となり障害物となり、敵のレーザーや生体ミサイルから避けることが出来るし、好きな時に顔を出して攻撃もできる。まあつまり、重装甲型以上の装甲がその辺に転がってるのと同じだね」

 

 猫宮は四人に注目され、同時に疑問も持たれていた。何でこんなに詳しいのだろうと――。しかし、怪しまれるリスクを考慮しても、出し惜しみを避けることにした。史実と違い今度は四機――。初めからより危険な戦区へ回される可能性も有った。滝川と壬生屋は初陣で凄まじい失態を見せたが、あれは人型戦車乗りでなかったら死んでいてもおかしくない失態である。精神的な成長を多少阻害する危惧はあったが、それでも安全を取ることにした。

 

「建物だけじゃない。河川敷の斜面とか小高い丘、森みたいな地形もね。特に中型幻獣って、山岳地帯とかが凄く苦手みたいだし」

 

 反論や質問もなく、一言一句に聞き入る一同。猫宮は更に続ける。

 

「そして、最強の武器はその機動力だね。戦車には出来ない移動――ジャンプして建物を超えたりビルの上に登ったり荒れ地を踏破したり林や森に分け入ったり。奇襲、追撃、逃走、おびき寄せと取れる移動オプションがとても多い。流石にヘリには負けるけど、代わりにあっちは一発当たったら終わり、それに地形も凄く使いにくいしね」

 

「え、えっと、じゃあ軽装甲が一番使いこなせるって言うのは……?」 滝川が更に質問する。

 

「軽装甲は一番移動速度が早い。だから、地形と機動力を、もっとも早く選んで使えるんだ」

 

 滝川は頭が良くない。だが、その頭で必死に消化して飲み込もうとしていた。他の三人もそれぞれ、頭のなかで必死に戦術を組み立てていた。

 

「――ふむ。猫宮、そなた、一度指揮を取ってみるか?」

 

 しばし考え込んでいた芝村がそう言った。

 

「うん、良いかもしれないね」

 

「私も賛成いたします」

 

「俺も。猫宮、指示してくれよ」

 

 他三人も同様に賛成する。それぞれ四人が、猫宮の戦術論に何かを感じ取っていた。

 

「――了解。じゃあ、またシミュレーション、行ってみようか」

 

 頷く猫宮。こうして五人は、またシミュレーションへと入っていった。

 

 編成は一番機:壬生屋。武装は超高度大太刀二本。

    二番機:滝川。武装はジャイアントバズーカ三本・ジャイアントアサルト。

    三番機:速水・芝村。武装はジャベリンミサイル・ジャイアントアサルト。

    四番機:猫宮。武装は超高度大太刀・92mmライフル・ジャイアントアサルト。

 

 

 

「距離2000にゴルゴーン3体。丸見えだね。滝川、お願い。撃ったらすぐに次へ移動してね。壬生屋さんは砲撃が届かない西のミノタウロスを。後は自分が牽制するから、複座は中央に突っ込んでミサイルで」

 

「了解……、うし、命中!」

 

 猫宮の指示に従い、滝川がゴルゴーンへとジャイアントバズーカを放つ。単発式なので狙いは慎重につけ、見事に命中。思わずガッツポーズをする滝川。

 

「滝川、浮かれている暇は無いぞ。次だ」 

 

「わ、分かってるよ!」 芝村に言われ慌てて場所を変えた。次のバズーカに持ち帰ると、再び狙う。

 

 一方西側では、ミノタウロスを全面に控えてナーガが取り囲んでいた。レーザーを屈折させるため、煙幕弾頭を打ち込む猫宮。そこに壬生屋の重装甲が突進した。

 

「参ります!」 

 

 スモークでナーガのレーザーを屈折させ、その隙にミノタウロスに一閃、撃破する。後は、スモークが効いている内にナーガを殲滅するだけだ。

 

 猫宮はスモークを撃ち終わると、92mmライフルへと持ち替えた。ゴルゴーンの砲撃範囲内のキメラやミノタウロス等に砲撃を加えていく。複座型は、ジャイアントアサルトでそれを援護するが、猫宮は慌てて建物の影に入った。まだ生き残っていたゴルゴーンからの砲撃である。

 

「うわっち!? 滝川、早いとこよろしく!」

 

「わかってるって! へへっ、今片付けてやるから!」

 

 バズーカを持ち替えて三発目。最後のゴルゴーンを片付けてバズーカを捨て、ジャイアントアサルトに持ち替える。そして、敵の外周部付近の建物へと走り出す。

 

 砲撃が止むと、猫宮は射撃を再開する。狙うは中央部への道を阻む中型だ。射線の通っている敵を潰し、脇が高い建物で囲まれている大通りががら空きになった。

 

「三番機!今!」

 

「了解!芝村さん、ロックを!」

 

「任せておけ、すぐに終わる」

 

 三番機が大通りを走りながら、敵をロックする。芝村により驚異的な速さでロックが終わると、24発のジャベリンミサイルが敵中型に寸分違わず突き刺さる。爆発し、撤退を始める幻獣たち。そこへ先回りしていた滝川の射撃が襲いかかり、他三人も追撃へと参加する。

 後に善行が内容を見て絶句したほどの速さと戦果である。

 

 

 消耗しつつも、満足そうに息を整えて出てくる五人。猫宮を除く四人は、あまりにもしっくりと自分に合うような気がする戦術に軽い混乱をも覚えていたかもしれない。未来の自分が使っていた戦術である。それぞれ四人の中に、明確なビジョンが生まれつつあった。

 

 

 検討会の時、また真っ先に芝村が口を開いた。

 

「――時に猫宮よ。そなたはやや敵中より引いた位置に居るな。速水と同じで積極性が足りないのではないか?」

 

「ええ、怯えや恐れとはやや違うんですが――積極性はやはり足りない気はします」

 

 壬生屋も同意した。口には出さないが、速水も感じていた点である。もう少し踏み込める――と何となくそう思えるのだ。

 

「えーと、皆をフォロー出来る位置に陣取っているから……かな?」

 

「フォロー?」 

 

「フォローですか?」

 

 全員の頭に疑問符が浮く。

 

「詳しく説明を」 芝村が続きを促した。

 

「人型戦車って、稼働率が低い機体だよね。だから、何時不具合を起こすか分からない。それに、人は絶対にミスをする生き物だから。絶対にミスをしない想定ってのは、何かが起きると脆いんだ。だから、誰がミスや事故を起こしても対処できるような位置や立ち回りをしているんだ」

 

 考えこむ全員。

 

「し、しかし戦果は下がってしまうのでは……」 壬生屋が疑問を呈する。

 

「例えば1%の危険を犯して行動したとする。確率はたった1%だけど幻獣の数は膨大。だから、その1%を試す回数はとても多くなる。1%の確率を100回試せば63%は事故が起きる――」

 

 よく分かってないけど頑張って理解しようとする滝川。うんうん唸っている姿に苦笑して猫宮は続けた。

 

「えーと、だからまあ、事故にあう確率を限りなく減らして敵を多く倒そうってこと。20体の敵を無理に倒すより、15体の敵を安全に倒し続けて戦果を上げよう――って事かな。途中で死んじゃったら、今までの訓練も全部無駄になるし敵を倒せなくなるしね」

 

 頷く芝村と、いまいち納得しきれてない他三人。

 

「例えて言うならそうだなあ――百メートル走は凄く早く走れるけどすぐに疲れる。でもマラソンの速さなら40キロ以上も走れるとか。そんな感じ」

 

 この例えを出されて、成る程と頷く三人。そのような例えを出せば良いのかと学習する芝村。

 

「まあ、後は情けない理由なんだけど……」 

 

『だけど?』 重なる四人の声。

 

「戦闘しながら指揮するのに、やっぱりある程度の余裕は欲しくて」

 

 ああ、と納得する芝村以外の三人。だが、芝村は問題が有るならそこを改良しようとした。

 

「ふむ、つまり猫宮を更に戦地の奥へと呼びこむには、我らが自己判断を向上させれば良いということだな」

 

「まあ、そんな感じかな?」 頷く猫宮。

 

 

 と、議論が白熱していたがそこへ加藤が「まいど」と入ってきた。

 

「みんなご苦労さん。毎日毎日、凄い真剣やねえ」

 

 加藤は感心してそう言った。毎日毎日ぶっ続けである。よくもまあ出来るものだと感心していた。

 

「加藤さん、事務講習の方はどう?」

 

 速水が素早くジャスミン入りの紅茶を差し出す。

 

「ぼちぼちやな。そんなことより、大、大、大ニュースや! ええい、持ってけドロボー、特別にタダで教えたるっ!」

 

 加藤のハイテンションに、パイロットたちはまたかという顔になった。猫宮だけは加藤が明るい真意を知っているので笑顔であるが。

 

「……ど、どうしたの?」

 

 しぶしぶと速水が尋ねる。

 

「ふっふっふ、聞いて驚くな。……士魂号が来たんよ!」

 

「ええっ!」 五人が同時に声を上げた。

 

「裏庭はなんや凄いことになっとる。――って、行ってしもうた。くすん、寂しいわ」

 

 取り残された加藤は、ため息を付いて紅茶をすすった。

 

 

 

 グラウンドへ行くと、工兵隊が突貫作業を行っていた。みるみる四体の士魂号の周りに足場が組まれ、その周りをテントが囲っていく。嵐のような作業場の雰囲気に全員がこわごわと見守っていたが、僅か一時間程で整備テントが組み立てられた。関係者だけとなり、人口密度の減ったテントには四体の士魂号が鎮守していた。

 

 全員が、それぞれの想いを胸に士魂号を見上げる。

 

「すげー、これが士魂号か」 見上げながら感極まる滝川。

 

「複座に重装甲に通常型に軽装甲か。これが我らの剣であり盾だ」

 

 芝村の声も、抑えているようだが声が弾んでいる。

 

「……これにわたくしたち、乗るのですね! なんだか武者震いがします」

 

 壬生屋も息を呑んで士魂号を見上げている。

 

「――これが、士魂号。第5世界、最強の兵器――」 

 

 そう呟く猫宮。ここから、始まる。そう思うと、未来の愛機になるであろう、通常型を見上げた。

 3月中旬。もうすぐ桜の咲く季節であった。

 

 

 

 

 



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一歩ずつ、歩み出す

「触らないでっ!」

 

 五者五様の士魂号との対面を果たしている時その声は響いた。滝川と壬生屋は機体から弾かれたように離れ、猫宮は手だけを離した。

 芝村は無表情に相手を見つめた。バンダナ女は僅かに怯んだようだった。

 

「これは我らの乗る機体だが。触るとなにか不都合でもあるのか?」

 

「触った程度で倒れたり爆発はしないと思うけど」

 

 芝村は冷静に言い、猫宮は緊張が解せないかなとあえて冗談っぽく言ってみた。

 

「そうだ。俺たちはパイロットだぜ。これから世話になる機体を触って何が悪いってんだ?」

 

 滝川もそれに言い続く。

 

「どぎゃんしたつ、森?」

 

 テントの奥から声がかかって、小太りの男がバンダナ女の側に寄ってきた。

 

「あ、おまえ……」 と滝川。

 

「お、おう」 

 

 小太りの男はそれ以上はしゃべるなと視線で制した。そして、パイロットたちに視線を巡らせ――顔が青くなった。

 

 そんな小太り男はまあほっといて、更に数人の整備員が駆けつけた。自然、パイロットたちと対峙するような形となる。二つの集団は互いに相手を値踏みするようににらみ合った。猫宮は微笑していたが。

 

 とりあえず引こうと言う速水と引かないと言った芝村。それがこっそりとした話し合いだったんので、森は悪口を言われているような錯覚に陥った。

 

「と……とにかく機体から離れてっ!」

 

 様々な要因で緊張が高まり、パイロットに怒鳴ってしまった森。

 

「なあ、おまえ、何かっかしてんだよ? 俺たち、これから同じ部隊になるんだぜ?」

 

「そうそう。これから戦友になるんだし。そんなに緊張しなくても大丈夫だって」

 

 当惑した滝川の声と、落ち着かせようとする猫宮の声が響く。それを見て小太り男は

 

「まあ、無断で機体を触られるっとは整備にとっちゃ気色ん悪かね。俺たち、こいつらを三日三晩徹夜して整備しとっけん」

 

 そうなだめるように言ったのだが今度は壬生屋がかちんと来た。あちらを立てればこちらが立たずで猫宮は思わず溜め息を付いた。

 

「勘違いしているのはそちらの方ね」

 

 と、今度は整備員に援軍である。モデルのような美形の百翼長が優雅に階段を降りてきた。その百翼長は森を守るように立つと、にこやかに壬生屋に話しかける。

 

「士魂号と言うのはね、大量生産される装輪指揮戦車と違って、最先端の軍事技術が使われている機体なの。一機一機が手作りの貴重品なのね。大切にメンテナンスをしてあげないと、すぐに故障する。私が何をいいたいか、おわかり?」

 

「最先端機器ゆえ、整備に任せておけというわけだな?」

 

 くやしがる壬生屋に変わり、芝村が答えた。

 

「そういうこと。よく出来ました。もっと言えば士魂号はパイロットのものじゃないの。整備員のもの「いや、日本国の物だから」――なんですって?」

 

 整備員のもの、と答えた時点で猫宮が横から口を出した。先に口出しをされたので、芝村は黙った。言わせてみようと思ったのだ。

 

「そもそも軍という組織は国民の税金から捻出した軍事費で養われている組織であり、基本的に軍の支給される兵器は日本国が支給する装備な訳で」

 

 感情論を排した正論である。流石に言葉が詰まる百翼長。

 

「うむ。パイロットも整備員もそれぞれの職分に応じて関わってゆけば良いだけのこと。この機体を運用して如何に敵を倒すかを考えるのはパイロットの職分であるし、きめ細やかなメンテナンスを施すのは整備の職分であろう。それだけのことだ」

 

 そこに芝村も言葉を重ねた。二人の口調に敵意は感じられない。速水はその二人の横顔を見てなるほどね、と思った。どちらも好んで敵を作るほど愚かではないだろう。

 

「速成のにわかパイロットに説教されるとはね。まったく、先が思いやられるわ。あ、私は原素子です」

 

 原の言葉に耳を疑うパイロット組。感情的な言葉だ。

 

「先程から聞いていれば失礼なっ! あなたはそれでも主任ですか?」

 

 それに壬生屋が噛み付いた。

 

「けど本当のことよ。パイロットの代わりは幾らでも居ます。「いや、幾らでも居たらとっくにベテランが配属されてるでしょう」――貴方、さっきから喧嘩を売っているの?」

 

 二度も邪魔をした猫宮を睨みつける原。どうやら腹に据えかねているらしい。そんな様子を見て、面白そうに笑う芝村。一方猫宮は冷静な顔で淡々と話す。

 

「パイロットだろうが整備員だろうが歩兵だろうが事務員だろうがベテランは何処でも貴重です。と言うことは今現在ベテランパイロットは少ないということであり、幾らでも変えがいる訳では無いでしょう。現に、ここの隊長はベテランを手に入れようとして一人も呼べませんでしたし」

 

「さっきから、知った風な口ばかり――!」

 

「そもそも、パイロットと整備員との不仲による問題は第二次世界大戦時には既に起こっているので、その問題を起こさないためにはお互いに敬意を払うことが必要だと思います。お互い、どちらが欠けても幻獣は殺せないですし。だから、あなた方整備の皆さんが全力を尽くす限り自分たちも敬意を払います」

 

 正論を滔々と語る猫宮に、言い返せない整備員組。それを芝村は面白そうに笑うと、言葉を重ねた。

 

「まあ、此奴の言う通り感情的になる必要は無いぞ?悩みでもあるのか? わたしでよければ相談に乗るが。ただし相談料は五百円だ。ああ、私は舞だ。芝村をやっている」

 

 そう言うと、芝村は原に背を向けた。くすっと笑って猫宮もそれに続く。他のパイロット三人も、更に背を追いかけた。

 

「……えらそうに!」

 

 原の言葉を背に浴びて、五人は退室した。

 

「へっへっへ、さすがは二人だな。すっとしたぜ。あの原って人を言い負かしたじゃん」

 

 滝川がほっとしたように言った。

 

「たわけ。私も猫宮も言い負かしてはおらぬ」

 

「感情的になってたから正論言っただけだしね」

 

「うむ、放っておくことがまずは良いだろう」

 

 芝村は苦々しげだ。

 

「けど、相談料は五百円だ、は良かった。芝村さんの冗談って初めて聞いた気がする」

 

 速水も滝川と同じ気持ちだった。芝村はまんざらでも無さそうな顔である。

 

「あれは……加藤の口癖を参考にしたまでだ。面白かったか?」

 

「うん、とっても」

 

「意外な人が言うと凄い効果あるよね」

 

 速水と猫宮が賛同する。

 

「ならばよい」 やった成功だ、と内心では思いながら芝村は澄ました顔で言った。

 

 

 

 猫宮は、裏マーケットに用があるというので先に行ってしまった。都合がいいと、他三人を集める芝村。

 

「単刀直入に言おう。猫宮の事を、どう思う?」

 

 そう芝村が切り出した。その問いに考えこむ三人。やはり、気になるのである。体力、技量、知識、どれをとっても今まで学生だった人間のものではなかった。

 

「――わたくし、古武道にはそれなりの自負が有りました。でも、初対面の時猫宮さんは私の攻撃を全て見切り、傷つけないように逸らしていました。――実力はとてもあると思います」

 

 壬生屋がかつてからの疑問を吐露した。随分と、自信が揺らいだものだ。

 

「街で噂を聞くとさ、猫宮があっちこっちに顔出して色々とやってるみたいなんだよな。人助けだけじゃなくてさ、不良を10人一度にまとめてぶっ飛ばしたとか」

 

 買い食いやゲーセン巡りの合間に聞いた噂を話す滝川。

 

「――銃の腕や整備の腕も凄いよね。何処で覚えたのかな……?」

 

 速水もまた疑問を出した。あれが初めてな訳がない、そう思った。

 

「――軍のデータベース等に侵入してみたのだがな、猫宮のデータは何処も普通の学生として過ごしていた――と、それだけだ」

 

 芝村はそう、唸りつつ言った。偽装した形跡すら無いとはどうなっているのだろうか。

 兎も角、ここに居る全員の思いは同じである。猫宮は、謎が多すぎると。不安が広がっていく。憲兵に通報すべきだろうか――。

 

 だが、そんな空気を破ったのは滝川だった。

 

「……でもさ、猫宮って食材、集めてくれたよな」

 

 ポツリとそう呟いた。街を巡り熊本を巡り、大量の食料を集めてくれた。お陰で、滝川は少なくとも腹を空かして起きることが無くなった。

 

「……銃も集めていただきましたわ」

 

 壬生屋もそれに続いた。高価なサブマシンガンやハンドガンを十分な弾薬と共に提供してくれたのも猫宮だった。

 

「……出会った時から、皆のことを考えてくれてたと思う」

 

 速水が、そう言った。初めから、明るく挨拶したり皆をフォローしていたり皆に必要な物を見極めていたりと。

 

「……ああ、そうだ。奴は、幾らでも隠すことが出来る実力や物資を、惜しげも無く晒している。……だから、どう判断すれば良いのかわからぬのだ」

 

 芝村の、素直な気持ちだった。欲の為に実力を大きく見せようとするものや物資を横領するものはよく知るが、このように分け与える者に出会ったことがなかったのだ。スパイや工作員にしても、このような誰にも期待されていない実験小隊へ送り込む物好きが居るとも思えなかった。

 そして、また長い沈黙を破ったのは滝川だった。

 

「猫宮ってさ、俺達の為に色々と頑張ってるんだろ? なら、それで良いんじゃないかなって――」

 

 あまりにも考えのないその意見に、芝村は「たわけ」と言おうとした。だが、言えなかった。非常に不合理的だが、そんな気がしたのだ。

 

「ええ、かもしれません」

 

「そう、だね。」

 

 同意する壬生屋と速水。私だけが正しいのだろうか。それとも、私がおかしいのだろうか。結論は、出そうになかった。だが、それで良いのではないか――等とも思ってしまったのだ。

 

「……今まで通りに付き合う。それで良いんじゃないかな」

 

 速水が、そう纏めた。それに反対する者は、居なかった。

 

 

 

 

 翌朝、パイロット達は芝村の机の周りに集まっていた。昨日の事件の話題である。滝川は強硬論を主張し、他4名の反対で却下された。ただ、滝川の苛立ちは皆理解はできていた。

 芝村は馬鹿にされても構わぬ、と怒鳴りつけようとした所、意外な所から案が出てきた。

 

「だから……実力を見せるっていえば……そうだっ! たとえばさ、二十キロ行軍だったら僕達の方が慣れてるだろ。行軍訓練やりましょうって善行さんに頼んでみようよ」

 

「あ、それってナイス! ふっふっふ、やつらに吠え面かかせてやる」

 

 滝川は目を輝かせて賛成した。いつの間にか行軍訓練は滝川の得意科目である。

 

「わたくしも賛成です! 鍛え方は整備員の皆さんには負けませんから!」

 

「うん、自分も賛成。整備員だろうと体力は必要だしね」

 

 壬生屋、猫宮も賛成したので、芝村がまとめる。

 

「ふむ、頭を使ったな。賛成だ。他の者にも同意を取り付けよ。クラス全員が賛成であったら、さっそく善行のところへ行こう」

 

 

 歩兵二人組は当然の如く賛成、加藤も思うところがあったのか賛成であり、石津も同じく賛成した。

 結果始まった行軍訓練であるが、若宮は一組を初めて受け持った時の事を思い出していた。いや、それよりも酷いかもしれない。すぐに座るわ不平は垂れるわ殴ったら泣くわ。――まったく。

 

 

 死屍累々としている整備員組……と言うよりテクノ組に罪悪感を感じている滝川と速水。

 

「なあ、なんかすげーことになっちゃったな」

 

「まあ、さっきも言ったけど整備員にも体力は必要だしね。定期的な訓練は必要じゃないかな?」

 

「どうだろうね……って、滝川?」

 

 速水が話している内に滝川が消えた。目を転じると、青髪の女子に駆け寄っていた。

 

「――ああ。滝川は強いな」

 

 そんな様子を見て、猫宮が言った。

 

「……そうかもしれないね」

 

 速水もそれに同意する。この二人には、滝川がとても善いものに見えたのだ。

 

「あ、僕はあの子を手伝ってくるね」

 

 と、速水は森の方へと手伝いに行った。それを見て、猫宮は加藤と石津の荷物を持ちに歩いて行ったのだ。

 

 

 初めは気まずい雰囲気が流れていた一組と二組であったが、行軍訓練が終わる頃にはお互いが助け合い、コミュニケーションをとるようになっていた。このコミュニケーション力の高さは、明確な長所である。

 

 さて、行軍訓練が終わってプレハブへ戻る一同。だが、休み時間に入る前にやることが有った。全員を食堂へ集める。大量にある食材にびっくりする整備員一同。

 

 

「はいはい皆さんご注目。ここに用意しました野菜ジャガイモに魚介類、全部ご自由にお持ち帰りOKです!ただし、ちゃんと自炊で食べられる分だけね!」

 

 猫宮が胸を張ってそう言う。まず確かめるのは料理にかけてはプロ級の腕を持つ中村だ。

 

「ほう……見ためは悪いが質は悪く無い……こりゃぁB級品か」

 

「その通り!安くて量はたっぷり有るよ!」

 

「うむ、これならば文句はなか。俺も腕の奮いがいがあるばい」

 

 中村は満足そうだ。

 

「あ、あのあの、家族の分も持って行っていいでしょうか……?」

 

 更に聞くのは田辺である。

 

「まあ良いけど、あまり持って行きすぎないようにね?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 何度も何度も頭を下げる田辺。事情を知っている猫宮は不憫な……と心の中で涙を流した。

 

「ふっ、まあこのご時世にここまでの食材を集めたことは評価してやろう。少々僕が食べるには見てくれが悪いがね」 

 

 上から目線の茜である。うん、釘を差しておこう。

 

「見てくれの良いのなら闇市場とかで高く売ってるから行ってくるといいよ?」 

 

 ニコニコと笑いつつ「茜は除く」と書き足す猫宮。そして慌てる茜。

 

「ま、待てっ!?誰も食べないとは言ってないぞ!?」

 

「こ、このバカ大介っ!ほ、ほら謝りなさいっ!」

 

 茜の頭を持って必死に下げさせる森。家で自炊する森にとっては死活問題である。

 

 そんな様子を笑いながら見ている善行と、不満そうな原。

 

「食べ物をやって懐柔するなんてまるで餌付ね?」

 

「猫宮君曰く、『腹いっぱい食べさせる事は普遍的な正義』らしいですよ。随分と集めていただきました」 

 

 善行が笑いながら眼鏡の位置を直す。

 

「ああ、あの生意気な子ね。――ちょっと待って、彼が集めたの?」

 

「ええ、熊本中を回って。整備員も来るからと張り切っていましたよ」

 

「彼が、ねえ」

 

 漬物を作るのにちょうどいい野菜はあるのかしら。何となくそう思ってしまった原だった。

 

 

 なんとかなるかなと思った猫宮。だが、石津のイジメの事が問題であった。原は大人ぶっているが、何だかんだで不安定である。あの事件があったので更にこの隊の結束が高まったのだが……。

 

「――とりあえず、フォローはきっちりしないと。大怪我するような暴力は無いし……。後雨に濡らさないように……」

 

 5121小隊を強くするために、生き残らせるために何でもすると決意した。だが、それでも猫宮は、汚い計算をしているなと、自嘲するしかないのだった。

 

 

 

 午前三時三十分、猫宮は誰もいない整備テントの中に居た。四機の士魂号に――嘆きの声に囲まれている気がした。ここに来たのは、軽装甲と重装甲に猫宮の周りに漂う光を宿らせるためである。

 軽装甲には、舘野の想いを。重装甲には、壬生屋の兄の想いを。

 滝川は、ずっと閉所恐怖症で苦しみ続けていた。それを、少しでも助けるために。

 壬生屋は、長い間憎しみに囚われていた。それを、少しでも解すために。

 

「お願い、します。彼らに、勇気と、優しさを」

 

 士魂号に触れると、青い光が入り込んでいく。

 

「お前も、これが見えるのか」

 

 立ち去ろうとした時、意外な人物が居た。来須銀河である。

 

「――ええ。かつて世界に大切にされたもの達。この世界のために、もう少しだけ力を貸してくれると――」

 

 二人の体の周りには、精霊が漂っていた。

 

「……パイロットたちはまだ未熟だ。……守ってやるといい」

 

「ええ、そのつもりです」 猫宮はそう、頷いた。

 

 二人共、多くは語らなかった。ただ、夜が明けるまで、士魂号の側に居たのだった。

 

 

 夜が明けた。今日、初めて実機を使った訓練が行われる。意気揚々と乗り込むパイロットたち――だが、滝川の顔は冴えなかった。彼は、幼いころのトラウマからずっと閉所恐怖症だったのだ。コックピットに滑り込み、閉じられると体中が震えて来た。

 

 まだか、まだか、まだか、まだか、まだか―――。永遠のように感じられる時間。どうやら速水は無事に動かせたようだ。

 

「では、滝川君。……滝川君?」 善行が呼びかける。

 

「は、はいっ!?」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫です。では落ち着いて神経接続を」

 

「りょ、了解です!」

 

 左手をソケットに入れ、神経接続を開始する。意識が飛んで――グリフと呼ばれる独特の夢の中に落ちていく。

 

 真っ暗で狭い空間。開けようとしても開かない押入れ、泣いても叫んでも、開けて――「滝川君。たーきーがーわーくん!」

 

 懐かしい声が聞こえた。慌てて周りを見る滝川。気が付くと、何時もの新市街に居た。そして、目の前には舘野が。

 

「た、舘野さん!俺、俺……!」 涙を流して駆け寄る滝川。

 

「うん、うん、ごめんね。私も、皆の所に行っちゃった。あはは、もっと君と居たかったんだけどね」

 

 笑って滝川の頭を撫でる舘野。滝川は、暫くの間胸の中で泣きじゃくった。それを、舘野は優しくあやす。

 暫くすると、滝川は落ち着いてきた。

 

「舘野さん、一体、ここは……?」

 

「ここは君の夢の中。あの大きい戦車に乗る時に見る夢」

 

「そ、そんな、夢なんて――」 悲しそうに、首を振る滝川。

 

「うん、夢。それでも、私は君に会えた。出会って、最後の想いを伝えることができる」

 

「そ、そんな、最後なんて嫌だ!」

 

「ほら、泣いちゃダメだよ、男の子でしょ? それに、本当ならこんな風に出てくることも出来ないはずだったのに、こうして会えた」

 

 そう言った舘野は、とても嬉しそうで、でも寂しそうだった。

 

「舘野さん……」 どうしたら良いかわからない滝川。様々な想いが、渦巻いていた。

 

「ありがとう、滝川君。君に出会えて、私は本当に幸せでした。――だから。君の事、ずっと見守ってるよ。大丈夫。コックピットの中、君は独りじゃないから」

 

 そう言うと、笑いながら青い光となる舘野。その光は、滝川の側へと寄り添うように漂い続けた。

 

 

 

「――君。滝川君、大丈夫ですか?」

 

 目が覚めた。不思議な夢。でも、滝川にはただの夢とは思えなかった。さっきまで、あんなに圧迫感が有ったコックピットの中が、とても暖かい場所に思えた。体の震えや恐怖は、いつの間にか消えていた。

 

「はい。ムーンロードのクレープ屋で、クレープが食べたくなりました。二人分」

 

 穏やかな声だった。

 

「元気があるようで何よりです。では、ゆっくりアクセルを踏み出して下さい」

 

 ゆっくりと歩み出す軽装甲。初めはギクシャクしながらも、少しずつスムーズに。

 

「――舘野さん。俺、頑張るよ」 

 

 滝川はそう呟いた。整備テントの外に出ると、青空が広がっていた。何処までも行けそうだ。何となく、滝川はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




滝川はガンパレの中でも特に好きなキャラです。
絢爛舞踏祭でも彼の子孫にはお世話になりました。


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雨降って固まった地面には緑が芽吹く

腸を壊して3日連続で点滴受けてました……
更新遅れて申し訳ございません……


OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

 

this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System

 

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

 

私の名前はOVERS・SYSTEM。

七つの世界でただ一つ、夢を見るプログラム。

 

 

Yagami達のプログラムにより機能をアップデートします。

 

 

士魂号に新たなるプログラムを追加します。

 

データリンクシステムをアップデートしています。

音声認識プログラムをインストールしています。

総合広域戦域指揮プログラムをインストールします。

 

貴方の義体に新たなる機能をインストールします。使い過ぎに留意しなさい。

 

Overs Assisted Targeting System をインストールします。

任意リフレックスモードをインストールします。

 

 

新機能を駆使して戦場をコントロールし、より多くの味方を助けなさい。

大丈夫、これからやることは今までやってきた事の延長線上にあるもの。

RTSとFPSがリアルタイムで同時進行してノーポーズノーコンティニューノーセーブで敵の数が膨大で時々味方内部にも敵が出現する事があるだけです。

 

 

では、戦いなさい。我々の存在意義を消し去るために、この悪夢を終わらせなさい。

 

 

 

「――君、猫宮君、聞こえますか?」

 

「はい。――夢を見ました。大切な友人と語った夢を。世界が、平和になる夢を」

 

「……そうですか。では、他の四人に合流して下さい」

 

「了解です」

 

 一歩一歩歩み出す士魂号には、何処かぎこちなさがついて回った。まあ初めて乗るので当たり前では有るし、これには善行や若宮も流石に士魂号まではスムーズには乗りこなせないかとむしろ安堵したものだ。まあ猫宮のぎこちなさの理由は微妙に違うのだが。

 

(やっぱり他の機体に慣れてると動かしにくいなぁ。ラウンドバックラー系とは何処か似た所も有るけど)

 

 様々な世界で様々な機体に乗ってきた経験の先入観が邪魔をする。まあラウンドバックラー系は通じるところが有るかもしれないが、250年後の機体なので比べるのは可哀想だろう。なんだか士魂号から文句を言われたような気もしつつ、猫宮は他の四人との基礎訓練やサッカーゴールを使ったキャッチボールに勤しんだ。

 

 

 

 

 翌日、猫宮は瀬戸口と一緒にとある解体業者を訪れていた。目的は指揮車である。案内されて初めてそれを見た時、二人は思わず絶句してしまった。

 

「おいおい、こりゃー幾らなんでもボロすぎやしないか?」

 

「……動くんですかね、これ」

 

 途方に暮れる二人。あちこちが錆びているし見るからにボロい。まあこの何もかもが不足しているような現状で解体所送りにされる機体なので当然と言えば当然である。

 

「まあ、ここで突っ立ってても仕方がない。ちょっくら見てみるか」

 

「了解です」

 

 瀬戸口の言葉に頷く猫宮。とりあえず、工具を出して二人共簡単な点検をする。幸いにも致命的な不具合は無いようで、安堵の溜息をつきつつ二人は指揮車に乗って解体場を後にした。

 

 順調に運転できていたのは最初だけである。突然何かが壊れるような大きな音がしたかと思うと、装甲車は動かなくなった。エンジンは動けどそれだけである。

 

「――不良品取っつかまされたかなぁ……」

 

「……まあ解体場のお下がりですし」

 

 途方に暮れる二人。幾ら猫宮の修理技術がとんでもなくても流石にシャフトがぽっきりではお手上げである。せめて別の車が有ればゾンビに溢れた街のメカニックの如く合体なり何なりで……いや、無理か。

 

 と、そこへ後ろから軽トラが来た。狭い県道なので道を塞いでいたのである。二人が振り返ると、声がかかった。

 

「どぎゃんしたと?」

 

 見ると不機嫌な顔をしたおやじが運転席から顔を出していた。これこれこういう訳だと事情を説明すると、やおら車体の下へと潜り込んだ。

 

「こげなシロモノ、どこで手に入れたと? プロペラシャフトがポッキリやられとるばい」

 

「まさか」

 

「装甲車のシャフトが……!?」

 

 驚く二人にムッとするおやじ。

 

「ええい、こげなオモチャ、つくっとるから戦争に負けっとたい! スペックばいくら立派でも、生産ラインば粗悪な鉄を使っておるからしょうがなか。胸くそ悪か!」

 

「俺たちに怒ってもしょうがないですよ。それとも、おやじさん、こいつを修理できるんですか?」

 

 瀬戸口の言葉を挑発と取ったか、おやじはぎろりと目をむくとゴツゴツとした職人の人差し指を一本立てた。

 

「あ~、一ヶ月もかかるのはちょっと……」 猫宮が苦笑する。

 

 すると、おやじは「ム」とうなって首を振った。

 

「一週間」

 

「え、嘘だろ? 一週間で直せたら、それこそ神様だ。おやじさん、何やってる人?」

 

「鍛冶屋ばい」

 

 おやじの顔が微かにほころんだ。

 

(やった!鍛冶屋の知り合いゲット!)

 

 内心ガッツポーズをする猫宮。専用のナイフやら銃剣やらカトラスやらを作って貰う気が満々で、その為に今日瀬戸口についていく事にしたのだ。こうして、一週間後にはシャフトが見事に修理された指揮車が第62戦車学校へと届くことになる。取りに行くついでに数々の武器を作ってもらうのは、またもう少し後の話。

 

 

 

 さて、えっちらおっちら昼頃には帰ってきて、猫宮が向かったのは校門脇の芝生の辺りである。行ってみると、丁度速水・滝川・茜が話をしていた。

 

「やっ! 三人とも何の話?」

 

「あっ、猫宮……」

 

「猫宮……ああ、あのパイロット兼食料調達係か」 

 

 渋い顔をする茜。どうやら「茜は除く」と書かれかけたことを根に持っているらしい。

 

「他にも色々と調達してるけどね」 それを気にせずにくすっと笑う猫宮。

 

「で、猫宮は今日は何処に行ってたの? 士魂号の辺りに居なかったけど」

 

「そうそう、士魂号の調整しなくていいのかよ?」

 

 尋ねる速水に心配する滝川。

 

「瀬戸口さんと解体業者に行って使えそうな指揮車引き取ってきた所。まあ持ってくる途中でシャフトポッキリ行っちゃったから修理に預けてきたんだけどね~」

 

 苦笑する猫宮に不安そうになる三人。指揮車までお下がりなのか、ここは……

 

「ま、腕の良さそうな人に預けてきたから大丈夫だと思うけど。それよりどうかしたの?」

 

 顔を見合わせる三人。事情を説明されると猫宮も表情が険しくなる。

 

「――石津さん、色々と内に秘めちゃうタイプだろうからね。茜君、お姉さんが心配なら――勇気を出して聞いてみるのも必要かもね」

 

「そ、そんな姉さんに限って!」

 

「何かあるから思いつめてたんでしょ?」

 

「そ、それは……」 

 

 口籠る茜。複雑な表情をする三人を背に、猫宮は歩き出した。

 

(今日か……。傘、用意しとかないとね)

 

 そう思いつつ、士魂号の様子を見に整備テントまで歩いて行った。

 

 

 すっかり日が暮れた頃、ポツポツと雨が降り始めた。整備テント内からそれを感じて傘を持って外に出る猫宮。冷たい強風が体の体温を急激に奪っていく。詰所の側の外灯へと歩いて行くと、その下に石津が一人佇んでいた。この時点で、かなり体温が低下していそうだ。

 

「雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことだ」

 

 猫宮がそう言うと、石津はゆっくりと猫宮の方を見た。

 

「そう言った人がいたけど、石津さんはその人程頑丈には見えないかな?」

 

 苦笑しつつ猫宮は傘を石津にさした。傘は石津への雨を防ぎ、代わりに猫宮がどんどんと濡れていく。

 

「ダメ……風邪……引くわ……」

 

 石津がふるふると首を振って、傘を猫宮の方に押し戻そうとするが、猫宮の腕はびくともしない。

 

「君がそう他人を心配するように、他の人も君を心配するんだよ。――だから、こんな事しちゃダメだ」

 

 珍しく怒ったような顔で言う猫宮。そう言われて、石津は俯いた。

 

「石津さんのお陰で皆色々と助かってるんだ。石津さんが倒れちゃったら、誰が皆の面倒見てくれるのさ?」

 

 そう言うと猫宮は食堂まで石津を引っ張っていった。お湯を沸かして紅茶を淹れ、ミルクと本物の砂糖を横に置く。中々手を付けようとしない石津をじ~~~っと見続ける猫宮。そして俯いたままの石津。

 

「じ~~~~」 とうとう口で言い始めたぞコイツ。

 

 そんな猫宮に根負けしたのか、ミルクと砂糖を入れてから、おずおずと石津は紅茶を口にした。

 

「うん、それで良し!」 笑って頷く猫宮。

 

 そして、今度は食材置き場から野菜と魚を取り出し、更には干した昆布も引っ張りだして大鍋で浜鍋を作り出した。奮発して白米も炊飯器で炊いている。そして、そんな匂いを嗅ぎつけたのか、整備士たちが帰っても士魂号の調整をしていたパイロットたちがやってきた。

 

「うおーっ、腹減った! 猫宮! できたら食わせてくれ!」 勢い良く入ってくる滝川。

 

「あ、あの、わたくしの分も是非……」 はしたないと思っているのかおずおずと入ってくる壬生屋。

 

「ふむ、野菜と魚介類の鍋か。ビタミン各種にタンパク質にとバランスよく摂取できるな」 

 

「あはは、僕もお願い。ずっと芝村さんに付き合わされちゃってさ、もうお腹ペコペコなんだ」

 

 冷静に分析しているようで顔がほころんでいる芝村に、楽しみそうにしている速水。

 

「はいよっ! 沢山食べてね!」 それに猫宮は笑って答えるのだった。

 

 そして真っ先に石津に盛りつけた。おずおずとして中々食べない石津に全員の視線が注がれる。しばらく逡巡するが、石津が口にしないと猫宮は他に盛り付けようとしない。少し迷って石津が可愛く箸をつけた後、猫宮はようやく他の皆にも盛りつけたのだ。

 

 

 普段のジャガイモの塩ゆでとは違い、白米もあったので体が資本のパイロット連中が大量のおかわりを重ねた。皆が食べ終わってまったりした空気が流れだした時、猫宮は話を切り出した。

 

「さて、皆に聞いてほしいことがあるんだけど」

 

 表情と雰囲気が変わる猫宮。それに反応するパイロット四人。そして、石津は猫宮の腕を掴むとふるふると首を振った。それを見て、速水と滝川は表情を曇らせた。

 

「石津さんね、この雨の中で外で傘も差さずに立ってたんだ」

 

 そう言うと、芝村と壬生屋の表情も変わる。

 

「じゃ、じゃあ茜の話ってやっぱり……」

 

「何だと、茜の話とはどういうことだ?」

 

 滝川のつぶやきに反応する芝村。

 

「い、いや、森さんが『石津さんごめんなさい』ってずっとうわごと言ってるって……」

 

「たわけがっ! 何故それを周りにすぐに言わぬ!?」

 

「そうですっ! こんな雨の中で、もし発見が遅れたら命に関わっていたかもしれませんっ!」

 

 激昂する芝村と壬生屋。

 

「わ、悪ぃ……。茜のやつ、森さんの事凄く信じてたから……」

 

 俯く滝川。友達の言う事を信じたかったのだ。

 

「僕は……僕は……」 俯いて、何も言えない速水。

 

 速水が何もしなかったのは、事なかれ主義――というよりも自己防衛の為だった。他人と深く関わらなければ、深く傷つくこともない。そんな感情から出たような逃げ。そして、石津という少女への嫉妬もあった。そう、悪いのは――

 

「その目はやめろ。その目をわたしは嫌いだ。おのれのことしか考えず、しかも他者に恨みがましくすべてを転嫁する目だ」

 

「君に僕の何がわかるっていうんだ!」 

 

 速水はかっとなって叫んだ。びっくりして滝川や壬生屋や石津は速水の方を見た。

 

「そなたのことなど知らぬ。そなたもわたしのことなど知らぬ。そうであろう? それでそなたはよいのだろう?」

 

 芝村の口調はひややかだったが、どこか悲しげな響きが交じっていた。他のメンバーも、その響きを敏感に感じ取った。

 

「噂で聞いていたんだ。石津さんがいじめられていること――」 ぎり、と歯を噛み鳴らした速水。

 

「僕は最低だっ!」 

 

 叫ぶ速水。だが、石津は速水の側に寄るとふるふると首を振った。

 

「わたしの……ことは……いいの……」

 

 それでも、速水の事を気にかけて自分のことを大事にしない石津。なんで、なんで君はそんなに他人のことを。僕は、僕は――

 

「じゃ、今日から変わってみよっか?」

 

 様々な感情が渦巻く速水の背中をぽんっと猫宮が叩いた。

 

「変わ……る……?」

 

「そう、試しに今日から、お節介するような人に変わってみよっか? 笑って感謝されたりするの、楽しいよ?」

 

 優しく微笑んで速水の顔を覗き込む猫宮。滝川もすこし迷った後、速水の側に寄ってきた。

 

「えーっと、まあ、俺たち親友だろ? あんまり一人で抱え込むなよ」

 

 頭が悪いなりに、頑張って励まそうとする滝川。そんな二人に、速水はなんだか心が少し暖かくなったような気がした。

 

「速水さんの事はお二人に任せるとして。無抵抗な石津さんをいじめていたなんて森さんを許せませんっ!」

 

「同感だ、善行の所へと行くぞ」

 

 壬生屋の言葉に同意して食堂を出る芝村。

 

「ま、待って! 僕も行くよ!」 慌ててそれについていく速水。

 

「うーん、あの三人だと加減できないかもしれないねぇ……。よし、滝川、GO!」

 

「うおーい、俺一人であの三人止めろってか!?」

 

 三人だと危ないと更に猫宮は滝川を付ける。不安そうだが、それでも仲間はずれは嫌なのか滝川は後へと続いていった。

 

 残された猫宮と石津。しばしの沈黙の後、ためらいがちに猫宮は口を開いた。

 

 

「……色々と皆に偉そうな事言ったけど。本当に謝らなきゃいけないのは自分だね。……石津さんが苦しんでるのを大体分かっているのに、この隊の為に、利用しちゃった。――本当に、ごめんなさい」

 

 後悔を滲ませて、頭を下げる猫宮。正義の味方として、会わせる顔が何処にも無かった。

 

「…………許さない……わ……ずっと……呪う……の……」

 

 猫宮にとって永遠にも思える沈黙の後、石津からの死刑宣告が聞こえた。ビクッと震えた後、がっくりと肩を落とす猫宮。

 

「……うそ」

 

 石津が、上目遣いに猫宮を見た。その顔には、ほんの僅かに、いたずらっぽい笑顔が浮かんでいたのだ。

 

 

 この後の話はまあ特に詳しく語る必要もないだろう。森も原も、壊れそうな心を皆に支えられ、心から石津に謝ったのだ。その結果は陳腐だが、みんなが大好きなこの言葉で締めくくろうと思う。すなわち、一件落着、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにてepisode ONE は終了です。ここまではゲームで言うチュートリアルで、殆どオリジナル展開は入れられませんが、戦闘が始まってからはオリジナル展開をガンガン入れていけると思います。



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episode TWO
改変の波紋を広げていく


遅くなって本当に申し訳ございません……。
もしよろしければ、また見ていただけると幸いです

*2018/04/13 改稿


「一に隠れて二で撃って。三、四が無くて五に移動。隠れて撃って移動して、隠れて撃って移動して。戦場では『カバー命!』 これを徹底すれば生き残れるよ~!」

 

「くっ……」

 

「だ、大丈夫、芝村さん……?」

 

「も、問題無い。私に気にせずに続けよ」

 

 4機の士魂号が瓦礫から瓦礫へ、窪地からビルへ、丘から家の陰へ。せわしなく動き続けている。緩急の激しい動きに、芝村は胃がひっくり返りそうになりつつも、標的をロックし続ける。

 

 第62戦車学校の一同は、演習場にて4機の士魂号で訓練を行っていた。朝も早くから出動し、様々な戦場が再現された演習場で、まず猫宮が徹底して行わせたのが移動・展開の訓練である。

 兎に角、移動してから撃つ、の動きを徹底的に反復させ、常に何かしらの遮蔽物の近くへ居ることを徹底させた。人型兵器は被弾面積が通常兵器に較べて遥かに大きいため、被弾リスクを出来得る限り下げる訓練である。最も、これまでシミュレーターでも散々に訓練を行っていたため、今はどちらかと言うとシミュレーターの経験を実機にすりあわせているような状態だ。やはり、機体のGの有無は大きい。

 だが、戸惑うよりも先に全員が実機で思う存分に動かせ、発砲も出来るという状況に気分が高揚していた。

 

「へへっ、ジャイアントアサルト、随分と当たるようになってきたぜ」

 

「ふむ、あの類人猿も中々にやるな」

 

 射撃訓練に精を出す2,3,4号機。それに比べて、1号機の動きはやや精彩を欠いていた。

 

「ええと――こうでもなく――」

 

 2刀の超高度大太刀を振るい、イメージ上の幻獣に必死に剣を振るっているが、やはりイメージ上にしても戦場の標的にしても本物ではない。ダミーバルーンなどすぐに穴が空く。それに実戦経験も無いので、壬生屋の動きにはその迷いや戸惑いが顕著に現れていた。

 

「壬生屋さん、ずっと悩んでいるみたいだね……」

 

「射撃じゃなくて白兵戦だからね。士魂号同士でチャンバラやって練習するわけにもいかないし、お手本になるような教本も殆ど無いし、こればっかりは実戦で掴むしか無いかも?」

 

 速水の心配に猫宮が答えた。史実では、壬生屋と速水は戦場の経験を積むことで急激にその実力を伸ばしていったのだ。だから、猫宮はその成長を助長させる仕込みを色々と入れるつもりだった。それに、初戦で死なないようにとの想いもある。

 

「しっかし、猫宮は92mmライフル上手く当てるよなぁ。何かコツとかあんの?」

 

「あ、それは僕も気になる」

 

 反動の大きい92mmライフルの扱いに四苦八苦する二人が聞いてきた。

 

「射撃の反動を上手く逃すのがコツだね。機体全体で上手くバランス取って、連射はしないように。初めは伏せたり地形に当てたりして安定させるのがいいかもね」

 

「こ、こうか?」 「こ、こう?」

 

 見よう見まねで窪地から92mmライフルを出して狙う2号機と3号機。慎重にロックをした後に連続して発砲、見事に複数の的に命中する。

 

「よっしゃ!」 「やった!」

 

「命中率を上げる基本は歩兵と変わらんな」

 

 喜ぶ速水や滝川を尻目に、冷静に命中率や反動を比べている芝村。

 

「まあ、『人型』戦車だしね。ただ、こうやって良いポジション確保に苦労した後は、ついついそこにこだわっちゃうんだけど」

 

「ふむ? 心理的なものか」

 

「そう、苦労して確保した地点は、今までの苦労に報いたくて固執してしまう。一方的に狙い撃てる地点は、その美味しさがあるから何処までもいたくなる」

 

 美味い位置だからと長時間粘っているスナイパーはFPSでもいい的である。

 

「それは注意せねばなるまいな」 

 

 頷く芝村。戦闘に慣れない内はほぼ間違いなくそういう事態に陥るだろうと想像できるので、猫宮としても初期の内は他三機の動きには特に注視するつもりだ。くどいようだが原作で本田もチュートリアルで言っていた通り、基本戦場では止まるな、である。

 

 

 

 

「では、そろそろ時間ですので、皆さんは訓練を終了してください」

 

 士魂号に乗って3時間は経った所で善行の声が響いた。

 

「あ、あの、もう少し動かしたいのですが……」

 

「もう予定より1時間も過ぎていますよ、休憩し問題点を洗い出すことも大事な訓練です」

 

「あ、はい、了解です……」

 

 もう少しと粘ろうとした壬生屋に、善行が穏やかな声で諭す。そうすると、他からも安堵の声が上がった。

 

「ふぇ~、今日も一杯訓練した!っと」

 

「うん、大分動き慣れてきた感じがするよ」

 

「まだ終わりではないぞ、善行の言った通り、検討会もきちんと行うので覚悟しておけ」

 

 浮かれる二人に釘を刺す芝村。百翼長で上官であるので、憎まれ役も仕事の内だ。

 

「わ、分かってるって。じゃ、帰ろうぜ!」

 

 それぞれが装備していた武器をコンテナトラックに積み込み、指揮車を先頭にゆっくりと尚敬高へと歩き出す。行きも帰りも、この4機の巨人は何処でも注目の的だった。それだけなら仕方が無いのだが、オペレーターの独特のトークが変な注意を引き、おまけに今回は残りの整備班も合流して道路で立ち往生。更に衆目を集めてしまった。交通誘導小隊の目も痛い。溜息をつきつつ、相変わらず善行はどうしたものかと頭を悩ませるのであった。

 

 

 さて、尚敬高へと帰った後、チョコの奪い合いと言う微笑ましい青春の光景が発生したが、すぐに収められ、パイロット5人に善行を含めた検討会が行われた。紅茶とクッキーの香りを漂わせた室内で、芝村が真っ先に口を開いた。

 

「現時点での我々の機体運用に関して、率直な意見を聞かせて欲しいのだ」

 

 善行は眼鏡を押し上げると、微笑して静かに話し始めた。

 

「……訓練時間から考えると、あなたたちの機体運用は驚異的と言っていいほどに成熟してきています。無駄な動きも日毎に少なくなっていく……正直、空恐ろしさすら感じます」

 

 善行の言葉に、気を良くする速水、滝川。しかし、壬生屋は複雑な表情だ。

 

「あ、あの、私はまだ、あまり……古流の剣術の鎧断ちを再現しようとしているのですが、中々……」

 

 おずおずと言葉を紡ぐ壬生屋に、善行はまた優しく語りかけた。

 

「いえ、士魂号での近接戦闘はまだ殆ど確立されていません。幸い、あなたは古流剣術の覚えがあり、また超硬度大太刀を使う意志があります、この調子で頑張ってください」

 

「は、はいっ!」 

 

 どうやらこの調子なら大丈夫そうだと、善行は壬生屋の様子に満足を覚えた。情緒不安定な所もだんだんと落ち着いてきて、そして自分の成すべき事も分かっている。あの幻獣たちに白兵戦を挑むその精神力は特筆すべき者だ。

 

「ふむ、壬生屋も己のスタイルが確立しつつ有るな」 芝村も満足そうに頷いた。

 

「スタイルって言えば……猫宮は一番そういうのしっかりしてそうだよな」

 

 ふと、滝川がそんな事を言うと全員の目が一斉に猫宮に向く。何だかんだで、皆気になっていたようだ。

 

「自分のスタイル?それは、戦場の全てを有効活用すること、かな?」

 

『全てを?』 猫宮が答えると、数人の声が重なった。

 

「そう、地形から味方の戦力から、敵の配置による移動遅延まで……全部を利用して、戦局を有利にする――って感じ」

 

 真面目な表情をして応える猫宮に、芝村や善行は今までのシミュレーションを思い出して深く頷いた。

 

「なるほど。では、猫宮君はその調子でお願いします。他の皆さんも、是非スタイルを見つけて行って下さい」

 

 そう言った善行の表情には、笑みが浮かんでいた。全員が、シミュレーターに乗ってからと言うもの驚異的な速度で成長している。もう少し時間を稼げば、全員無事に返せるかもしれない。そう思うと、あれこれ時間を稼ぐための算段を脳内で立て始めた。

 

「えっと……委員長、僕の独自のスタイルってなんでしょう……?」

 

 と、そこへ速水が不安そうにおずおずと聞いてきた。滝川もそれに続いて、すがりつくような目線を善行へ飛ばす。

 

「他人から教えられて、はいそうですかでは、独自のスタイルとはいえないでしょう。可能なかぎり演習場を使用できるように手配をするので、一刻もはやく見つけて下さい」

 

 と言い残して、善行は食堂を後にした。

 

 善行の後ろ姿を見送って、芝村は二度三度、大きく頷いた。

 

「ふむ、善行の言うことは正しい」

 

「けどさ、僕、自分のスタイルって分からないんだよ。猫宮はその辺り、しっかり分かってるみたいだけどさ」

 

 速水が戸惑いがちに言った。誰にも頼らず生きるのがスタイルだったとはいえ、それが最近変わってきたような気がするし、士魂号の戦闘には関係ないだろう。……と思っていたら、芝村の表情が見る間に険しくなっていく。

 

「まあ、訓練初めてそんなに経って無いし、速水も滝川もいきなり答えを出すのは難しいでしょ」 

 

 と、速水が慌てて言い繕おうとした時にやんわりと猫宮がフォローを入れる。

 

「そうそう、そんな事言うなら芝村はどうなんだよ?」 そこに滝川も追従した。

 

 むっ、と逆に自分が問われたので、何時も通りの自信に満ちた表情で

 

「ならば言おう。わたしのスタイルはどんな状況であろうと生き残って、敵に出血を強い続けることだ。そう決めた。そなた達も念頭に置いて欲しい」

 

 芝村は周りを睨むように見渡した。それをそれぞれ受け止める他のメンバーたち。

 

「それって具体的じゃないよ」

 

「わたしとそなたで具体的にするのだ。時間はまだあるぞ」

 

 そう言うと、芝村と速水は二人でまたシミュlレーションを開始した。

 

 

「二人共熱心だね。それじゃ、自分もこれで!」 そう言うと、猫宮も食堂を後にする。

 

「では、私も……」 壬生屋も同じく後にして、滝川も黙って後にした。

 

 

 

 

 夕刻、日が傾いている中、遠坂が屋上で干していた布団を取り込んでいた。そこに、やってくる猫宮。

 

「や、手伝おうか?」 片手を上げて挨拶する猫宮。

 

「いえ、趣味ですのでお構い無く……。あなたは確か、猫宮さんでしたね」

 

 猫宮の方を向いて、微笑みつつ挨拶を交わす遠坂。品の良さが全身から滲み出ていた。

 

「うん、猫宮悠輝だよ、よろしくね」 そう言えって微笑むと、遠坂が取り込むまで待つ猫宮。

 

「お待たせいたしました。さて、わたしに何か御用ですかな?」

 

 綺麗に畳まれた布団を整備員詰め所へ運びながら、遠坂が答える。

 

「うん、ちょっと儲け話を」 

 

 猫宮がそう言うと、遠坂の表情がとたんに険しくなる。こういう手合は、それこそ掃いて捨てるほどによって来ていた。ここでもまたそういう輩が来るのか――と思わず腹が立つ遠坂。

 

「あ、怪しい話じゃなくて、現物はちゃんと有るんだ――」 

 

 そう言うと、起動してあった整備員詰め所のPCから、一つのソフトを立ち上げる。それは――今で言う、Tower Defense と呼ばれるジャンルのソフト――。

 それが、塹壕と建物と、相手を幻獣にしたシミュレーションソフトとして立ち上がる。思わず、遠坂は画面に齧りついた。

 

「ほら、鉄条網から塹壕の深さ、規模、兵の練度から装備に至るまでいろいろと変えられる――」

 

 それは、場所に合わせた歩兵たちが生き残るためのシミュレーションソフト。

 

「――私に、これをどうしろと――?」 思わず息を呑みつつ、遠坂が聞いた。

 

「儲け話って言ったでしょ?軍に納入すると――これ、かなり儲かるよね?」

 

 そう、猫宮が微笑みつつ、更に携帯端末を出す。そこにインストールされたのは、LINEやカカオと呼ばれるような、現代のSNSツール。また、遠坂が食いついた。

 

「――貴方の目的は、何ですか……?」 

 

 どう反応したらいいかわからない、複雑な表情で遠坂が聞く。

 

「この戦争で、ひとりでも多くの人間を生き残らせること。そのために、こういう端末や、ソフトを、一つでも多くの部隊に広めたいんだ。だから、利益と引き換えに――力を貸して欲しい」

 

 そう言って、猫宮は深々と頭を下げた。その姿に、衝撃を受ける遠坂。しかし、やや時間を置いて、微笑んだ。

 

「利益が出ると有っては、私も商人です。お受けしない理由がありません。――その話……お受けしましょう」

 

 出会ったばかりの人間が持ってきた新基軸のソフトの話。何もかもが眉唾物だが、頭を下げる目の前の人間に、遠坂は他の人間とは違うものを感じた気がしたのだ。

 

 運命の改変は、ここから更に広がって行く。

 

 



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出撃前夜

筆が乗ったのと、戦闘前で短めなのでもう一話投稿です

※2018/04/13 改稿


 遠坂が猫宮への協力を決意した後、表に出るとクッキーのいい香りが漂ってきた。なんとなしに香りの方に近付いていくと、速水、石津、田代の3人がクッキーを食べていたのだ。

 

「やっ、いい香りだね、クッキー焼いたのかな!」 片手を上げつつ猫宮が顔を出すと、速水と石津は笑って、田代は「また甘ちゃんか……」な感じの表情をしてこちらを向いた。

 

「うん、良い蜂蜜も手に入ったし、クッキー作ったんだ。食べてってよ」 と、速水が猫宮に差し出す。

 

 猫宮も笑いながら受け取ると、

 

「あ、自分は猫宮悠輝。速水と一緒でパイロット見習いって所かな。よろしくね!」 

 

 と田代に挨拶した。もう田代は毒気も何も完全に抜かれきっているようだ。

 

「あー、俺は田代香織だ。けど、かおりんなんて……もういいや」

 

 そう言うと、他3人と同じようにまたクッキーを口に放り込んだ。今まで自分の周りに居た不良やらツッパリやらとはかけ離れた連中だ。

(こんな奴らが本当に戦場で戦えるのかね?まあクッキー作る腕は認めてやるけどな)なんて胡乱げに見つつ、益体もない事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 次の日のホームルーム、全員が揃うと善行は前に出て極めて事務的に喋り出した。

 

「明日、出撃します。皆さんはまだ訓練途中ですが、これより第5121独立駆逐戦車小隊として各地を転戦することとなります」

 

 一拍遅れて、一組の教室にざわめきが広がる。

 多くのものが寝耳に水といった表情である。第62戦車学校に入学してから2週間と少し。戦争を身近に感じながら、なんとなくこのまま学園生活が続くのではないかと錯覚すら起こしていた。だが、その幻想は粉々に打ち砕かれた。

 平然としているのは、善行、芝村、来栖、若宮、瀬戸口、そして猫宮。何だか半数は平然としているような気がするが、それでも速水や滝川、壬生屋や加藤の顔には困惑がありありと浮かんでいる。

 

「あの、何だか急な話で……わたくしまだ……」

 

 壬生屋が手を上げて口ごもった。まだ、心の準備ができていない――まだ、訓練が充分でない――などの言葉を探しているが、真っ赤になって俯いた。

 

「ええ、わかりますよ、壬生屋さんが言いたいことは。しかし、我々は戦争をしているのです。何月何日にデビューしますなどと悠長に予定が組めるわけはありませんね」

 

「あ、はいっ!」

 

 壬生屋は気の毒なくらい真っ赤になって返事をした。くっと下を向き、自らの弱さと戦っている。

 

 速水の後ろでガタガタとせわしなく音がする。振り返ると、滝川が足を大きく揺らしていた。激しい貧乏揺すりだ。

 

「滝川……」

 

 速水が声をかけると、滝川が足を止めて顔をひきつらせながら笑った。

 

「か、勘違いするなよ、ただの武者震いだから。い、委員長、しっししし、質問があります!」

 

 滝川がどもりながらも勢い良く立ち上がった。

 

「これからずっと出撃の日が続くんですか?」

 

 滝川の問に、善行が穏やかに微笑んだ。

 

「分かりません。毎日のように出撃が有るかもしれないし、無いかもしれない。あなた方パイロットは、何時でも出撃できるよう準備をしていて下さい」

 

 5121小隊は独立駆逐戦車小隊として出撃の可否、作戦地域に関して大幅な裁量権が認められている。それ故に、出撃に備え待機することに慣れねばならなかった。でなければ、推定2ヶ月に及ぶ戦争期間に到底耐えられないだろう。

 滝川はこわばった表情のまま、席についた。

 

 他にも芝村が出撃先を聞いたり、加藤が少しでも雰囲気を明るくしようとしたりとの会話が続く。隣の2組からも嘆きや抗議の声が聞こえてきたが、これは原が一喝して抑えた。どうしたらいいのかわからない緊張感が、第62戦車学校――いや、5121小隊全体へと広まっていった。

 

 これから、戦争が始まるのだ。善行の告げた言葉で、その現実が否応なくのしかかってくる。一体、どうすればいいのだろうか――。そう、速水はぼんやりと思った。

 

 

 

「あ、猫宮も来たか……って、何持ってるんだ?」

 

 昼過ぎ、猫宮は大きな袋を抱えて食堂へ来た。そこでは他のパイロット4人も集まっていた。皆、他の面々から腫れ物を扱うようにされ、ここへ逃げてきたのだ。

 

「へへっ、緊張を和らげるには甘いモノが一番だからね。これ、おみやげ!」

 

 袋をドサッと置くと、中からはラムネ、チョコレート、焼いてそれほど時間の経ってない菓子パン、石津のクッキーなどなど、様々な甘いお菓子が出てきた。それなりに値の張りそうな品々に目を見張る4人。

 

「相変わらず、謎のルートから仕入れてくるな、貴様は」

 

 そう目を細めて芝村は言うが、猫の形をしたクッキーを見ると思わず顔がほころんだ。

 

「おまんじゅうにモナカまで……」 和菓子に思わず壬生屋も顔を輝かせ

 

「ヘヘッ、サンキュ、猫宮!」 「うん、ありがとう!」 滝川や速水も顔をほころばせて手を伸ばす。

 

「明日初陣だしね、たくさん食べとこう!」 

 

 猫宮も座ってクッキーに手を伸ばす。皆、思い思いにしばらくお菓子を頬張った。この戦時下で、碌な給与も貰えてない訓練生の皆は、食べ物や嗜好品に常に飢えていた。

 しばらく、歓談しながらお菓子を食べていたが、やがて速水が躊躇いがちに話題を変える。

 

「ねえ、明日の出撃、大丈夫かな……?」

 

「大丈夫じゃない?善行さんも戦場は選ぶだろうし、初陣じゃ早々キツイ戦場に出しはしないだろうし」

 

 深刻な声色に帰ってきたのはあっけらかんとした答え、それに思わず芝村を除いた3人は面食らった様子だ。

 

「そ、そうかな……?」 滝川も不安そうに確認の声を重ねる。

 

「どこもかしこも戦力が少ないなら、初陣で戦車小隊を使い捨てにするような真似は早々しないだろうしね。それに――」

 

「それに?」 壬生屋が尋ねる。

 

「それに、自分が絶対誰も死なせない」

 

 それは、何の根拠もないただの猫宮の言葉。――だが、そこに、他の4人は確かな『何か』を感じ取った。

 それを聞いて芝村は顔をほころばせると、席を立った。根拠はない。ただ、自分の決意と同じで、この男の決意はとても確かなものだと何故か思ったのだ。

 

「ああ、頼りにするとしよう。馳走になった。では、速水、少し私についてくるといい」

 

「えっ、う、うん、分かった」

 

 芝村はそう言うと、席を立って食堂から出ていく。一拍遅れて、慌ててそれについていく速水。

 

「――何なんだろうな?」

 

「デートだったりして」

 

「で、でぇとだなんて……ふ、不潔です!」

 

 などと、残された3人は、それは適当なことを言い合うのだった。

 

 

 

 

 一方、若宮と来須は黙々と装備を点検していた。兵士として、体に染み付いた習性である。アサルトライフル、サブマシンガン、手榴弾、弾薬、いざという時のナイフ……。どれ一つとっても手抜かりは許されない。ましてや、明日は羽も生えていないようなヒヨッコたちの初陣である。先任が無様を晒すわけには行かないのだ。

 

「初陣、か……」

 

 下士官として、若宮は多くの兵の初陣を見てきた。そして、彼の上官――善行忠孝の訓練から初陣、そして半島から本土への帰還から部隊設営までずっと共に歩んできた。だが、そんな彼から見ても5121のパイロット連中の訓練時間が足りているとはとても思えなかった。唯一の救いは、最も死にやすい歩兵では無い事だろうか。だが、あの人型戦車では歩兵としての動きや判断に対する理解も必要だろう。

 

「……不安か?」

 

「この状況で、不安にならない軍人なぞ居るか」

 

 来須に問われ、若宮はそう吐き捨てた。

 

「訓練時間は僅か2週間強、ベテランの戦闘員は俺とお前だけ。おまけに試作兵器だ」

 

 見事に不安要素しか無い。全く、これならば話に聞くソ連の歩兵とどちらがマシであるか。初戦は戦場を選べるので、まだマシかもしれない。しかし、次は?その次は?戦場はどんどん過酷になっていくに違いない。その果てに、上官の中隊200人の男たちは、99%の損害を出して半島に消えたのだ。

 

 部下が初めて死んだ日、彼の上官は泣いた。部下が死んでいく度、彼の上官の体重は磨り減っていった。部下が自分以外皆死んだ時、涙さえ枯れ果てた。また、彼の上官は泣くことになるのだろうか……?

 

「戦争は嫌いだ」

 

 そう言った彼の上官の顔が、頭から離れなかった。 

 



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士魂号、前へ!

熊本弁が本当に難しい……間違ってたら是非ご指摘お願いします


 その日、4機の士魂号は未明の内から戦場で待機を続けていた。

 天気は曇天、幻獣が現れるのは大体がこんな天気の時だ。冷たい風が吹きすさび、鳥の音を時々マイクが拾う。

 戦場は東西に鬱蒼とした常緑樹の山が迫り、一面の枯れ田に覆われた田園地帯だった。無数のあぜ道が枯れ田を縫うように走っている。平坦な風景の中でただひとつ木々が生い茂る丘を中心として集落が広がっていた。

 

 集落から300メートル程離れた県道上に待機して3時間、突如として山向こう側の戦線から射撃音が起こった。続いて味方の94式小隊機銃の音や迫撃砲の音など、様々な音が響き渡る。

 

「やあやあパイロットの皆さん、お待たせしました。しっかり緊張しているかな?」

 

 射撃音とほぼ同時に指揮者オペレータの瀬戸口の柔らかな声が、4機の士魂号に響き渡る。

 

「無駄口はよいから、さっさと状況を説明するがよい」

 

 芝村が苦々しげに通信を返す。

 

「ははは、芝村は元気だな。其の前に出席を取るぞ。一番機、壬生屋さん――」

 

「あ、はいっ……!」

 

 壬生屋を皮切りに、2、3番機と順に瀬戸口が呼びかけて緊張をほぐしていく。

 

「と、4番機の猫宮――は大丈夫そうだな」

 

「まあ、大丈夫ですけど瀬戸口さん酷いですよ~!」

 

 瀬戸口がおどけて、猫宮がそれに返す。それだけで、また少し場の空気が軽くなったような気がした。

 

「そんな事はいい、それより、我らはもう3時間も待機している。山の向こう側からしきりに砲声が聞こえてくるが、救援に赴かなくていいのか?」

 

 芝村がもどかしげに通信に割り込んだ。待機している理由も有るだろうが、やはり芝村も初陣である。どこか普段と違う面も有るのだろう。

 

「ああ、それなら心配はいらない。友軍は適当なところで逃げ出さすさ」

 

 瀬戸口は軽い調子で受け流した。

 

「そうそう。それに、初陣の戦車小隊じゃ攻勢任務には向かないしね」

 

 そこに猫宮もフォローを入れる。

 

「ふむ。しかし我らだけで敵を食い止めるのか?」

 

 芝村は首を傾げた。今日は5121小隊の初陣だった。それにしては随分と責任重大だ。

 

「なんだ芝村、おまえさんにもわからないのか? 目の前に居る友軍が」

 

「ははっ、やっぱり芝村さんも緊張してるかな?」

 

 瀬戸口と猫宮にそう言われ、芝村は不機嫌そうに当たりを見回すと、先に速水が見つけた。

 

「あ、あそこに……」

 

「お、本当だ」

 

「あんなところに……」

 

 他3名が見つけ遅れてなるものかと辺りを見渡すと、農家や、役場や、鉄筋コンクリート建ての建物に、歩兵やら士魂号L型やら小隊機銃やらが配置されていた。

 

「あの……これってもしかして、待ち伏せですか?」

 

 速水が遠慮がちに尋ねた。目が慣れてくると村のいたるところに戦車随伴歩兵が姿を隠し、展開しているところが見て取れた。

 

「ああ。善行司令曰く、戦車随伴歩兵の典型的な戦術だそうな。今回の作戦では俺達はほんの付け足しでね。だから気を楽にしてやってくれ」

 

「えーとね、こがたげんじゅうばっかりだけど、ごじゅうはいるって」

 

 それまでデータを調べていた東原が瀬戸口を補足する。

 

「あれ? おっきいのもひとついるよ」

 

「……ああ、本当だ。ミノタウロスが一体混じっているようだ。それと、確認したところではナーガが10。こいつのレーザー攻撃は厄介だぞ。それじゃ各機、県道の影に隠れてくれ。合図があるまで発砲は控えること」

 

そうして通信が途切れると、各々が殆ど会話もせず、この待機時間と戦っていた。すぐ近くに、敵がいる。しかし、何もすることが出来ない上に。この緊張感や焦燥感は、とてつもないものだった。

 東側の山の稜線にそって幻獣の大群が出現していた。友軍の抵抗は殆ど無く、僅かな抵抗も押しつぶし、県道目指して突進してくる。数の優位から、細かい拠点は後回しにし、浸透を図るのが幻獣の常套戦術だった。

 敵は、幾列もの縦隊となって迫ってくる。待機する時間が、長かった。

 

 

 一方、一番機の壬生屋は重苦しい緊張と戦っていた。武道を修めるものとしての平常心はどこかに消え、闘争心と、憎悪と、焦燥と――そんなものが入り混じった感情が溢れ出しそうだった。

 お願いですから、早く攻撃命令を出して下さい――戦死した兄の、無残な顔が――『未央、平常心だ。武道家の基本だろう』 えっ?

 

 ふと、周りを見渡す。兄の声が聞こえた気がした。いや、これはやはり幻聴――『敵をしっかり見据えるんだ。その肩には、敵だけでなく味方の命が乗っているんだから』

 

 まただ。確かに、兄の声が聞こえた。ふと、コックピットを見渡す。何だか、兄が隣りにいるようだった。深呼吸をし、心を落ち着ける。敵は、直ぐ側まで迫っていた。

 

 

 

「全機、発砲開始!」

 

 十分に敵を引きつけたところで、善行からの発砲命令が下される。と、同時に4機の4丁のジャイアントアサルトから、そして可憐の4丁の12.7mm機関銃から弾丸が一斉に敵へと降り注ぐ。其の圧倒的な火力は、小型幻獣からナーガからを一気になぎ倒した。戦列に、大きな穴が空く。そして、其の細切れになった敵に他拠点からの十字砲火も降り注いだ。敵幻獣が、あっという間に殲滅されていく。

 そうだ、こうやって陣で戦うために、わざわざ人類側は長い時間をかけて待ったのだ。規則的に配置された機関銃は、幻獣に白兵戦を許さず殲滅していく。

 と、問題になるのはイレギュラーだ。脇からミノタウロス2体を含めて増援が来た。士魂号L型は、別方面のキメラやナーガにかかりきりだ。なら、この小隊がやるしか無い。

 

「東側より、2体のミノタウロスを含む敵増援、全員、行けますか?」

 

『はいっ!』 善行の問に、5人が一斉に答えた。

 

「結構、では、壬生屋さん、1体をお願いします。他の機は、壬生屋さんの援護を」

 

「了解です、参ります!」

 

 一番機が、ミノタウロスへ向けて走りだした。それを迎撃しようとするミノタウロスだが、一閃、二閃――ミノタウロスの腕が、体が崩れ落ちる。

 そして、もう1体のミノタウロスは3機とスカウト二人の集中砲火を受けてあっという間に倒れ伏した。そして、そのまま壬生屋は接近戦で、他の機は散開してそれぞれ死角をカバーしながらナーガ等を掃討していく。中でも猫宮は一人、丘の上へ布陣し、そこから92mm砲で各地の敵を狙撃し、戦線を維持していた。しばらくの戦闘の後、撤退していく幻獣たち。

 そこからは、もう人型戦車の独壇場だった。悪路を物ともせずに追いすがり、次々と幻獣を打ち減らしていく。

 

 戦闘は、人類側の圧勝で終わった。あちこちから歓声が上がり、この4機の巨人へと手を振る歩兵の姿もあちこちから見られた。

 

「……勝ったな」 その光景を見て、芝村が呟いた。

 

「……うん、勝ったんだ」

 

「ああ、俺たち、勝てたんだ」

 

「ええ、私達、幻獣に、勝てたんです!」

 

「うん、皆、大勝利って奴だね!……ホント、お疲れ様……」

 

 その声に、速水、滝川、壬生屋、猫宮と全員が呼応した。全員に、なんとも言えない高揚感が去来していた。この、2週間足らずの訓練は、無駄ではなかったのだ。誰かを、助けられたのだと。

 

「ええ、皆さん、お疲れ様でした。皆さんの戦果は中型幻獣5体、小型幻獣は200体以上……これは初陣としてはとてつもない戦果です。みなさまは一小隊でこれだけの戦果を挙げました。これは、特筆すべき評価に値します。では、以上。全員、トレーラーへ戻って下さい」

 

 善行がそう締めると、それぞれがトレーラーへと戻り、装備を収めていく。これからは、整備員たちの仕事だ。

 

 

「想像以上に上手く行きましたね」

 

「ええ、全くです」

 

 指揮車の内部で、瀬戸口が烏龍茶を一口飲みながらいい、善行も口元をほころばせてそれに答えた。本来なら、もう少し敵の少ない演習に丁度いい戦場のはずだったが――彼らは、全てに上手く対処してくれた。

 

「しかし、上手く行き過ぎたかもしれません」

 

「と言うと?」

 

 やや表情を暗くした善行に瀬戸口が問うた。

 

「これから、彼らは加速度的に戦局が不利な戦場に送られていくでしょう……せめて、慣れるまで其の速度が緩やかになるといいのですが」

 

 今回、善行はあらゆる手を尽くしてそこそこの戦場を選べた。しかし、次からはそう、楽な戦場ばかりは選べる事は出来ないだろう――。

 

「手を尽くしますが、彼らは無事でいられるでしょうか……」

 

 善行の脳裏に、大陸で全滅した部下達がよぎった。彼らのように、させてはならない――そう思った善行に、瀬戸口の声がかかる。

 

「大丈夫じゃないですかね?」

 

「その根拠は?」

 

「ま、俺の勘です」

 

「君の勘、ですか、なるほど」

 

 そう言われて、善行はおかしそうに笑うのだった。自分も、論理的なところとは全く別の所でなんとなく大丈夫な気もしていたからだ。

 

 

 

「脚部損傷度Dマイナス」 「肩装甲FTL」 と言った謎の単語がハンガーから飛び交う。原考案の単語で、その単語を整備員たちは皆理解しながら整備をしている。

 其の単語をBGMに、パイロット5人は本日の戦闘の総括を行っていた。

 

「ふむ、やはり20mmでは小型幻獣に対してはロスが大きいな」

 

 芝村が戦闘映像を確認しながら言った。威力は大きいが、明らかにオーバーキル過ぎた。

 

「キメラ辺りまでは12.7mmでも十分だからね。その辺流用できれば、もっと戦術に幅が広がるかも。弾数も多く持てるし。他には、40mmグレネードランチャーとか」

 

 実際、この辺りの装備はTRPG版では人型戦車に取り付けられる。猫宮は、それを考えていたのだ。最も、信頼性が有るパーツが必要となるので、その確保は北本特殊金属等に頼むのでコストがかかるのであったが。

 

「うへっ、新しい武器か……たしかに便利そうだけどよ、慣れるの大変そうだなあ……」 

 

 滝川がそう愚痴ると、芝村が睨みつけた。気まずそうに首を引っ込める滝川。

 

「いや、でも新しい武器の習熟訓練って大変だから滝川の言うこともあんまり間違ってないんだけどね」 

 

「むっ……」

 

 猫宮が苦笑しながらフォローすると、芝村も一考の余地有りとして考えこむ。確かに、自分たちはまだまだ訓練をはじめて僅かしか経っていないのだ。

 

「わたくしは、ミノタウロスを1体倒すのに3太刀もかかってしまいましたわ……もっと減らせるといいのですが……」

 

「そこは壬生屋さんの……えーと、慣れ次第かな?武術は僕達、あんまりアドバイスできないし……」

 

 壬生屋の悩みは、やはり独特のもののようだ。速水が自信なさげに言葉を送る。

 

「そうですよね……。でも、もう少しすれば何かが掴める気がします!」

 

 そう言うと、壬生屋は何かを決意したように言葉を強めた。亡き兄の教えが、心に染みこんでくるような気がしたのだ。

 

「むしろ、壬生屋さんにこそサブウェポンはつけるといいかもね。腕につければ太刀を持つ邪魔はしないし、細かいのを倒せるし」

 

「あっ、ええと、わたくしはやはり飛び道具はあまり……」

 

「選択肢が沢山有ったほうが、味方助けられるでしょ!……まあ、慣れてから、の方がいい気がするけど」

 

「はい……」

 

 しゅんとして猫宮の言葉に応える壬生屋。やはり、小型幻獣の掃討に一番苦労していたのは二刀流で大立ち回りをしていた壬生屋だったからだ。

 

「そこへ行くと2番機と3番機は危なげもなく、特に問題無しかな、じゃあ次は92mmとかいろいろな武器を使えるようにかな?3番機はもっと敵が増えた時にジャベリンミサイルを使えるように」

 

「了解した」 「うん、了解」 「おす、了解!」

 

 3人の声が重なる。こうして、討論会は過ぎていくのだった。

 

 

 史実の死者87名。本日の戦闘の死者15名。――歴史は少しずつ、しかし確実に変わっていく。

 

 

 

 3時を回った辺り、猫宮は北本特殊金属への道へトラックを走らせていた。新しい装備を発注するためである。ガレージへ乗り付けると、いつもの親父が不機嫌そうに出迎えた。

 

「よう、今日は何の用事とね?」

 

「あの、大立ち回りに振り回されても壊れない弾倉やパーツを。12.7mmや40mmグレネードランチャーのを」

 

 そう言うと、猫宮はトラックの荷台から装備を下ろした。裏マーケットで手に入れて、少しずつ直した装備だ。それを見ると、親父は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「ふん、よくもまあこぎゃんボロを直したばいね。そぎゃん、これをあのふとか人間に取り付けろと?」

 

 あの、5121小隊の初陣も、テレビ映えがするとして全国放映がなされていたのだ。

 

「ええ、飛んだり跳ねたりしても大丈夫なように」

 

「簡単に言うばいね……。銭がかなり掛かるとよ」

 

 親父がそう言うと、猫宮は黙って一束渡した。遠坂からの支払いも有り、ようやく準備出来たのだ。

 

「まったく、えしれんこつして手に入れた銭じゃないど?」

 

「いえ、ちゃんと儲けたお金ですよ」 

 

 猫宮が苦笑して言った。そう言うと、親父は指を3本立てて

 

「これだけ経ったらこけけ。ちゃんと作っとる。後、それ持っていきんさい」

 

 そう言うと、猫宮に手甲やブレード、更に銃剣を渡してガレージをに入っていく。受け取った猫宮は、礼をして静かに立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦争と戦争の合間に

オリジナル話をちょこっと挿入


 さて、原作よりも被害が少なかったということはその分お説教に小言に整備班からのいたずらが少なくなったということでも有り、代わりに様々な交流が増えたということでも有る。これらは、そんな日常の1コマ集。

 

 

『ファーストコンタクト?』

 

 3月下旬、夕刻。校舎裏。猫宮が歩いていた。ふと、岩田と目が合ってしまった。ふふふふと不気味な笑みを浮かべ、迫ってくる岩田。

 

「ふふふふふ、グッドイブニイイイイイング!私は、このSSのヒロインでああああるううううっ!」

 

 めごしゃああっ!

 

「はっ!?」 思わずシャイニングウィザードを華麗に決めた猫宮。と言うか何のためにクロスさせたと思ってるんだよボケ!お前がヒロインな訳ねーだろうが!

 

「フハハハ!やはり、わたしの目に狂いはなかった!ナイスツッコミです!さあさあさあ、私と共に世界を目指すのでs具覇亜っ!?」

 

 びしいっ!と指差すモーションの途中に裏に回りこんでバックドロップを決める猫宮。言語中枢が狂ったようだが気にしない。

 

「腐腐腐歩々……逃しませんよっ!」

 

 ねこみやは にげだした! しかし、おいかけてくる!

 

 この後2時間程二人で走り回りました。

 

 終われ。続くな

 

 

 

『第二次合同射撃訓練』

 

 5121小隊は半数以上が非戦闘員の整備員たちで構成されている。彼らは戦闘の矢面に立つことこそ無いものの、原作では度々幻獣に襲われている――が、やはり、練度も装備もお粗末であった。というわけで、またまた猫宮の出番である。ハンドガン程度は常備してあったので、70式をかき集めてまた合同訓練だ。なお、実施にあたって整備班長以下殆どの整備員からブーイングが上がったが、やはり黙殺されたのは特筆にも値しないだろう。

 

「……すげーなー……整備とか、もう教える事無いな……」

 

「うん……」

 

 さて、まずは分解整備であるが、これはもう整備員たちの得意分野である。張り切って教えようとした1組の面々では有ったが、一を聞いて十を知る勢いで覚えていく整備員組に全く口出しできず、逆に教わったりする始末である。この点では、2組の面々は鼻高々だ。体力や戦闘の面では大抵が1組に負けていたこともあり、勝てる分野が出て嬉しいのだろう。特に新井木などは露骨に滝川に自慢などをしている。

 

 ――とまあ、整備員たちが鼻高々だったのはここまでである。整備は整備員として得意であるとして……実際の射撃の方だ。

 筋力が足りないのか安定が悪いのか、ウォードレス無しで連射をしようとするとひっくり返りそうになるわと非常に危なっかしいのである。もう、教える側が慌てて避難しかけるレベルである。

 

「全く、皆だらしがないわねぇ」 とは原の言である。

 

「整備班長、貴女もですよ?」 

 

「私はいいの」

 

「いえ、やってもらいます」

 

「私は……分かったわ、やるわよ……」

 

 原は何時もの如く逃れようとしたが、そうは猫宮が許さなかった。時々猫宮が見せる本気の表情に、思わず原も押し黙って同じく実弾で訓練させられる。

 ……なお、結果は森やら田辺やらと同レベルであった。このため、数日間は機嫌が悪かったようで、整備員たちは要らぬ心労が祟ったようであった(合掌)

 

「全く、みんなだらしがねぇな」

 

「まあ、皆さん慣れてないのでしょう」

 

 と、ほとんどが落第点をとっている中、余裕でクリアする者たちも居る。田代や遠坂だ。他にも、岩田もそこそこな点を取っている。

 

「んんんんん~~~!エクセレエエエエエエントッ!いい反動ですっ!」 ノリノリの岩田、これで点がいいのだから始末に終えない。

 

 そんなこんなで大不評のうちに終わった射撃訓練であったが、この結果を重く見た善行以下戦闘班の判断により、これからも度々開催されるのであった。

 

 

 

 

『誕生!5121小隊名物和風カレー!』

 

 5121小隊は総勢20名以上もの人間が同じ場所で働いているが、そのタイムスケジュールはまちまちである。忙しい時も有れば暇なときもあるし、また何もない時はそれぞれが自習をしたり訓練をしたり、他の部署を手伝ったりしている。そんな訳で、食事の時間も量もバラバラになりがちである。

 

 こりゃ問題だということで、石津萌具申の元、出撃の後の大仕事の後は、炊き出しが不定期で行われることになった。メニューは、豊富なじゃがいもをマッシュポテトにし、和風出汁から作ったカレーを掛けて食べるマッシュポテトカレーである。

 本日はその1回目、5121小隊の家事技能を持った連中を中心に、野菜の下ごしらえから始めていた。

 

「しかし、こげん肉、よく手に入れたばいね……」

 

「ははっ、色々と伝手があるんだよね」

 

「お肉、貴重デス。たくさん食べてもらえれば皆精が付くデスね」

 

 中村、猫宮、ヨーコがじゃがいもの皮を向きながら話していた。皆、なれた手つきで次々と薄い皮と沢山の剥かれたじゃがいもを量産していく。

 

「出撃の後……は……徹夜の人も多い……わ……。だから……沢山食べて貰うの……」

 

「ええ、ちゃんと食べないとお肌も荒れちゃうしね」

 

「うう、でも沢山食べるとやっぱり太っちゃうかも……」

 

 石津、原、森は大鍋で玉ねぎを炒めていた。飴色になるまでちゃんと炒めるのがコツである。

 その回りでは、滝川や新井木や若宮や来栖などの雑用係が、テーブルや椅子を出したり皿を取り出したり、雑用にこき使われていた。基本的に、技能がない奴らのヒエラルキーは果てしなく低いのだ。

 

「しっかし、お前も生き生きしてるよな……」

 

「えっ、そう?」

 

 田代と速水は野菜を刻む。しかし、速水はなんとフリフリのエプロンを付けて調理をしていた。どう見てもノリノリである。

 

「あはは、まあ、キャンプみたいで何だか楽しいやん?ね、なっちゃん?」

 

「ふんっ」

 

 横では加藤と狩谷も手伝っていた。狩谷も何だかんだで満更でもなさそうである。

 

「次に水を2500cc……こら、あかね!貴様、3cc少ないぞ!」

 

「べ、別にそれくらい誤差じゃ無いか!」

 

 そして何やら分量を量っている天才二人組。少しずれているのはご愛嬌だろうか。

 

「ああ、こんなに灰汁が出て……勿体無いです……」

 

「いやいや田辺さん、ちゃんとたくさんありますから」

 

 そして田辺と遠坂が灰汁を取り除いていく。田辺はその性分からか、本当に灰汁だけを取り除いていた。

 

 

「あのね、いいんちょう、ののみ、とってもたのしいの!」

 

「ええ、本当に。――本当に、素敵な光景です」

 

 善行も、東原と一緒に細々とした作業を手伝っていた。とても、眩しそうに。

 

 

 さて、じゃがいもは一部はカレーに、殆どはマッシュポテトと化して、切られた材料はコトコトと煮こまれて、その他飲み物や何やらが用意されて、いよいよ完成である。雑用係が盛りつけして、肉もたっぷり入ったカレーがそれぞれに配られていく。そして、挨拶は善行だ。

 

「では、皆さん、日頃いろいろとありましたが、今日これを頂いて、しっかり体力をつけて下さい。では、頂きます」

 

『頂きます!』

 

 ちゃっかり顔を出してきた教師も含めて5121小隊全員の声が唱和する。辺りであちこちに話しの花が咲き、皆中村特製の秘伝出汁カレーを存分に味わっていた。

 

 そんな様子を、少し離れたところから猫宮が眺めていた。とても楽しそうに、でも、少し寂しそうに。そんな様子に気がついたのか、速水、滝川、茜が寄って来た。

 

「こら、猫宮! せっかく肉あるのに何で一人なんだよ!」

 

 と、滝川だ。ほかほかのポテトにたっぷりの肉でご満悦である。

 

「ふ、何時もなら君は真っ先に騒ぐはずだろう?」

 

 しかしそんな中、頑なに肉なしにするのが茜だ。

 

「あはは、ほら、明るく行こうよ」

 

 と、速水が続く。――こんな、こんな体験が、猫宮は、本当に嬉しかった。だから「うんっ!」と、満面の笑顔で応えるのだった。

 

 



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僕達ができた事

 朝、猫宮はもう何度目かもわからないほどのサボりである。理由は、朝早くに北本特殊金属に行って、完成したパーツを受け取るためである。戦力の増強は、早ければ早いほどいい。そう思うと、猫宮は気持ち早くトラックを走らせた。

 北本特殊金属では、既に士魂号に取り付ける各種弾倉などが出来上がっていた。金は前払してあるので、礼をして積みこむ猫宮。心なしか、運ぶ足取りが軽かった。

 

 

「それで、これがそのパーツね……随分と贅沢な仕様ね。一体幾らかかったのかしら?」

 

「いや~ははは、かなりの額が……」

 

 呆れ半分な原の言葉に、猫宮は苦笑するしか無い。既に整備班には話を通してあったが、やはり原は一角の人物である。一目見ただけで特注の給弾装置やら固定具の頑丈さを見て取った。

 

「まあ良いわ。火器管制との同期も君がやったみたいだし……とりあえず、どう取り付けるのかしら?」

 

「4号機の右手にグレネードランチャーを、左手には94式を。他は……希望次第ですかね?」

 

 何時出撃が出来るかわからない現在、急に新造武器をすべての機体に取り付けるのはやはり不安が大きい。そこで、とりあえず希望を取ることにした。

 

「あ、あの、1号機の両手に重機関銃を是非お願いしたいのですが……」

 

「1号機に!?」

 

 壬生屋の希望に、猫宮がビックリして思わず叫んでしまった。他のメンバーも、目をパチクリさせている。

 

「はい。この間の戦闘で……もう少し小型幻獣を倒せれば犠牲が少なくなったのではないかと思いまして……」

 

 壬生屋もまた、突撃だけでなく様々なスタイルを模索しているようだ。

 

「腕につけるから重量バランス変わるけど、大丈夫?」

 

「ふふっ、壬生屋の剣術は戦場の剣術、手甲を付けて戦うのも想定の内です」

 

 そう壬生屋が微笑むと、猫宮や原も頷いた。

 

「そう、じゃあ1番機には94式を2つ付けておくわね」 

 

 心なしか、原も嬉しそうだ。設置が決まった機体の裏では、それぞれの整備班がキビキビと動いて取り付け作業を始めていた。

 

「ふむ、肩にでも付けられるとよかったのだがな……」 

 

 芝村もカタログを見て、どの装備をつけるか悩んでいるが、少々設置場所を考えているようだ。

 

「それも考えたんだけどね、そうすると固定するだけじゃなくて砲身移動させたりしないと行けなかったりで……相当の開発コストかかるんだよね。これなら、固定するだけで済むんだけど」

 

「なるほど、ここでもコストか。しかし、有用ならばその他オプション装備が開発できるか上に具申してみよう」

 

「うん、お願い」 

 

 実際に、肩に取り付ける砲戦仕様は次世代機では凄まじく強力な武装の一つであった。これが前倒しに出来ると相当に楽ができる。

 

「えーと、じゃあ芝村さん、どれを取り付ける?」 速水もカタログを見ながら芝村に聞く。

 

「3番機には専属のガンナーが乗っているからな。グレネードランチャーを2つ装備してみるとしよう」

 

「うん、了解」

 

 3番機も決まる。そうなると、残りは2番機である。

 

「俺は……えーと、どうすっかな……?」

 

「滝川、自信ないなら無理につけなくてもいいよ? 新しい武器だし」

 

「そうは言っても、これ有ると味方を助けやすくなるんだろ? だったら俺も付けたいよ」

 

 そう言った滝川の言葉には決意が有った。初陣で致命的な失敗をやらかさなかったことが、全員にとっていい方向に進んでいるようだ。

 

「じゃあ、12.7mmはどうかな?グレネードランチャーは殺傷半径15メートルもあるから、初めてだと扱いにくいだろうし」

 

「うへっ、やっぱり最初だと不安だよな……。じゃあ原さん、2号器にはガトリングガン2つお願いします」 と、頭を下げる。

 

「やれやれ、これで全機に2つずつ設置。仕事が増えちゃうわね」

 

 微笑みつつ、原は全員へとテキパキと指示を出す。全く新しい装備の設置も、整備班にとってはいい経験なのだ。その一方で、複雑な表情をしているのは善行だ。

 

「……すみません猫宮君。装備の調達まで貴方に任せてしまい……」

 

 何度目だろうか。また、善行は礼を言った。これまで、部隊運用で様々な面で猫宮に助けられてきた。其の不甲斐なさも有ったかもしれない。

 

「いえ、委員長がどれだけ僕らの事を気遣ってくださるかはよく知ってますし。だから、そのお手伝いです」 

 

 そんな善行の礼を、くすっと笑いつつ猫宮は受け止めるのだった。

 

「よし、それでは新しい装備に関する検討会を始める。ついては、パイロットは全員食堂に集合すること」

 

『了解!』 芝村の命令に、パイロット全員の声が唱和した。

 

 

 

 さて、そんな検討会が終わった後食堂の外には意外な人物がいた。芳野である。しかも、片手にはウィスキー瓶だ。

 

「猫宮く~ん……授業あんまり出てないわよねぇ……ごめんねぇ、つまらなくて……」

 

「あっ、いやっ、つまらないとか言うわけでなく!?」

 

 思わずたじろぐ猫宮。彼とて授業には出たいが、やはり戦時中は忙しいのであった。

 

「うんうん、わかってるのよ先生も。戦争で、忙しいんでしょう……えっく」

 

 ふらふらしたと思ったら、今度は涙を浮かべる。流石に困惑するパイロット一同。そこへ、本田がやってきた。

 

「よ、芳野先生、皆分かってますから、大丈夫ですって!」

 

 こちらに頭を下げつつ芳野を回収する本田。珍しい物に更に困惑するパイロットたち。

 

 

「……芳野先生、大丈夫かな?」 

 

 速水がポツリと呟いた。皆、優しさ故だということはよく分かっていた。

 

「……私が大丈夫でなくさせぬ」

 

「うん、お願い」 「ああ、頼む」 「是非、お願いします」

 

 芝村がそう呟くと、他のメンバーの声が重なる。皆にとっても、自分たちのことを一番に考えてくれる、優しすぎる大事な先生だったのだ。

 しかし、そんな空気を吹き飛ばすように召集がかかる。

 

 

『201V1、201V1、全兵員は現時点を持って作業を中止、すみやかに集合せよ』

 

「ッ!全員、急ぐぞ!」

 

『了解!』作業、終わってるだろうし、実戦で試さないとね!」

 

 全員が駆け出した。そして、出撃する全員を、教師一同が敬礼しながら見送ってくれたのだ。

 

 

 

 5121小隊の車両群は防衛ラインに近付いていた。東西を山に挟まれた地形で中央を川が流れ、東西4,5キロ、南北に細長く平地が広がっている。県道の両側には軒の低い住宅が立ち並び、枯れ田が散在している。この国のありふれた、市街地化している農村の風景だった。

 

「視察団ね……」

 

「ふん、下らぬ」

 

 善行の会話を拾いつつ、芝村が言った。命懸けで戦っている兵士より優先すべき事象など、民間人の命位なものだ。

 

「変なことにならないと良いけど……」

 

「まあ、流石に前線の指揮に文句つけてくることはないでしょ」

 

 速水の不安に猫宮が答えつつ、2,3,4号機は歩きながら敬礼などをして兵たちを喜ばせていた。遠くに砲声が聞こえている。

 

 

「それでは作戦を説明します。現在、戦線は極めて流動的な状態にあり、敵味方が入り乱れている状況です。右手の方角、平野に張り出した尾根の突端に注目して下さい。白い建物が見えますね。小学校です。朝方からの戦闘で急速に戦線が下がった結果、現在、およそ100人の教員、生徒が取り残されています。戦車随伴歩兵の小隊が護衛についていますが、敵中を突破するには心許ない状況です。全機、ただちに小学校に向かい、救出をお願いします」

 

「なんだと……? それは戦区司令部の失態ではないか?」 

 

 芝村が愕然として口を開いた。

 

 前線近くの小学校が授業を続けていたこと、もっと早く救出できなかったこと、疑問は様々だったがこれは戦区司令部スタッフ全てが更迭されかねない大失態だった。

 

「ええ……。精神衛生のためにあと少し説明をしましょう。今しがた司令部付きの将校を問い詰めた所、戦区司令部は、中央からの視察団を小学校に案内する予定だったそうで。安全は保証しますからと強引に学校を再開させたらしいのです」

 

「くっ……!」 芝村が歯噛みしてコンソールに拳を叩きつけた。

 

「……変なことになっちまったな」 「うん……」 滝川や速水も呆然として呟いた。

 

「そんな、呆然としている場合ではありません! 一刻もはやく助けなければ!」 

 

 壬生屋が叫んだ。その通りだ。

 

「ええ、とにかく生徒たちの救出を急いで下さい。小学校までのルートに有力な敵はいませんが、残念ながら校内の状況は不明のため、今回は指揮車からのオペレーションはありません」

 

 通信が切れた。小学校までは距離500メートル、一進一退の攻防が繰り返され味方の砲弾にも注意が必要だ。

 

「県道を200メートル南へ。それから村道に入るよ。そこからは上り坂になっている」

 

「ふむ、全機聞いてのとおりだ。我々が背後を警戒する。先頭は2番機、続いて4番機1番機3番機と一列になって行くぞ。とにかく小学校まで駆け抜けろ」

 

 芝村が通信を送ると、壬生屋が返事をよこした。

 

「あの……私が先頭を切ったほうがよろしいのでは? 待ち伏せ攻撃があった場合、軽装甲では大損害を受ける可能性があります」

 

 壬生屋は盾の役目を引き受けると言っている。

 

「待ってくれよ、俺なら大丈夫だぜ、後ろには頼りになる味方が3機も居るしな。んで、安全だと思ったらダッシュするからさ」

 

「了解ですっ!では、先陣はお任せしますっ!」

 

「うん、滝川、すぐ後ろでフォローするから行こう!」

 

 と、そこへスカウト組からも通信が来た。

 

「来須だ。俺と若宮も小学校に向かう」

 

「ふむ。今のやり取りは聞いていたか? 意見を」 芝村は短く言った。

 

「特に無いが、まず、俺と若宮を運んで欲しい。小学校に到着したら、俺達は生徒の避難誘導に専念する」

 

「了解、じゃあ、二人は4番機が運ぶよ。重量増加も平気だしね!」

 

 こうして、4機の士魂号は小学校に向かった。途中で戦闘の跡も有ったが敵は小型しかおらず、腕部装備の良い練習台になった。

 

「へへっ、便利だなこれ」 「うん、いい感じだね」とは滝川、猫宮の言。

 

 

 敵を倒しつつ急ぎ小学校に着くとすぐに通信を送った。

 

「こちら5121独立駆逐戦車小隊、芝村百翼長である。責任者はいるか?」

 

「水俣082独立機関銃小隊、橋爪十翼長だ。といっても、ここには俺の他、3人しか生き残ってねぇけどなー」

 

 隊長は戦死したのだろう、十翼長が応答してきた。

 

「これより救出に向かう。どうだ、そこから我々が見えるか?」

 

「おう、見える見える! かなり遠くからだって見えるぜ。今は講堂に全員収容している。校舎3階、東の角にある一画だ。どうやらゴブの奴らが校内をうろついているらしくて、とてもじゃないが外には出られねぇ。……すまんが迎えに来てくれ」

 

「了解した」

 

 小学校近くは鬱蒼とした常緑樹の藪の為、4機の士魂号をそれぞれサーモセンサーと通常視界に分け監視する。

 

「っ! 左右の茂みに熱源反応! 小型多数!」

 

「そ、そんな、わたしのセンサーには何もっ!?」

 

「壬生屋さんのサーモセンサーは故障してるみたいだね、有視界に切り替えて!代わりに小学校付近を見はって!」

 

「りょ、了解です!」

 

 そう言うと、猫宮は右腕の40mmグレネードランチャーで藪をなぎ払う。数発打ち込むと、広範囲の敵が次々と消滅していった。

 

「お、おい、交代したほうが良いか!?」

 

「ああ、2番機はサーモセンサーを起動させて1番機と交代、敵を薙ぎ払ってくれ!」

 

「へへっ、了解! 両腕武器の威力、とくと味わえっ!」

 

 グレネードランチャーの他、ガトリングの弾も加わり次々と敵が殲滅されていく。帰り道にも備えて、猫宮は周辺の藪もついでに薙ぎ払っていた。

 

 

「状況は?」

 

「敵影、無し」 「こっちもなしだぜ」 「3番機のセンサーにも映ってないね」

 

 しばしの戦闘のあと、敵影は消えたようだ。9mの巨人に対しては、小型幻獣などやはり箸にも棒にもかからない。

 

「各機、気を緩めるな。敵は既に士魂号の存在に気がついた。となれば、それなりの増援を呼ぶはずだ」

 

『了解』

 

「校庭の敵はガトリング装備の1,2番機でお願い!3,4番機は外周で時間を稼ぐ!」

 

「了解です!」 「任せとけ!」

 

 1,2番機は武装を各自使い分け、校庭の敵を殲滅し、校舎内部では来須と若宮がゴブを掃討していた。

 

「よし、各機救出を開始せよ!」

 

「こちら若宮、どうやら校舎に穴が空いてそこから敵が侵入しているらしい。このままじゃキリがないぞ!」

 

「くっ、なんということだ……」

 

 芝村が歯噛みする横で、速水も必死に頭を働かせていた。中からじゃダメだ、なら、外から――と、速水の脳裏に漠然としたイメージが浮かぶ。

 

「ねえ、芝村さん。中がダメなら外から助けられないかな」

 

 しばしの沈黙、そしてぼそりと芝村が口を開いた。

 

「今、なんと言った?」

 

「だから、外から助けられないかなって。士魂号の手のひらに子供なら10人は載せられるよ。結構動きも素早いから、校庭に下ろすまで10分もかからないと思う」

 

「正解だっ! 厚志、まず講堂の壁を破壊しろっ!」

 

「その前に、通信を送らないと」

 

「むろんだ。さすがはわたしの……友だ」

 

 最後の言葉は、速水には聞き取れなかった。

 

 その3分後、校内から射撃音が響き渡る中、4番機は校舎の壁を破壊した。グレネードランチャーを装備している3,4号機に外周の見張りを任せ、1,2番機が交互に残された子どもたちを下ろしていく。作業は3分足らずで終わった。最後に地面に降り立った3人の戦車随伴歩兵は、挨拶するまもなく警戒態勢へ移る。

 そして、そんな中でも責任者を出せと喚く中年の男は、橋爪に脅されて顔を真っ青にして従った。

 

「よし、4方を士魂号で囲んで降りるぞ。先導は滝川、左右に1番機と3番機、後ろは猫宮が。そこなら即応できるだろう」

 

「了解、任せといて!」 猫宮が気合を入れて請け負う。自分もその通りにしようと思っていたからだ。

 

「よし、3番機には俺が乗ろう。グレネードランチャーと20mmだけじゃ弾幕も張りにくいだろう」

 

「頼む」

 

 そう言うと、速水は素早く若宮を肩に載せた。

 こうして、程なくこの奇妙な集団は山を降りることになった。藪を切り倒し木を蹴り倒し、進んでいくがこの轟音や閃光である。子どもたちが泣き出したり立ちすくんでしまうのも無理はなかった。必然、足が止まる。

 

「ねえ、滝川。アニメの主題歌を歌ったら?」 速水は自分の判断で滝川に通信を送った。

 

「アニメの……?」

 

「歌えば子どもたち、少しは落ち着くんじゃない? とにかく拡声器をONにしてよ。僕も付き合うからさ。「あ、自分もっ!」 歌は子供向けのやつね。黄昏のポンチッチなんてどう?」

 

 そして、速水と猫宮の拡声器のスイッチがONになる。ほどなく、滝川の自棄をおこした声が辺りに響き渡った。

 

「そ、それじゃあ、そこでめそめそしているボーイズ・アンド・ギャルズ。アニソン大王の兄ちゃんが特別に歌ってやるからな」

 

 滝川は見かけによらず低い声で、速水は高い声で、猫宮はその中間な声で、顔を真赤にして歌い出す。最も、猫宮はノリノリであったが。

 

「ポンチー、ポンチー、ポンチッチー、みんなで仲良くポンチッチー♪」

 

 速水も滝川も歌っているうちに声がどんどん大きくなり、速水は後部座席の芝村からおもいっきり蹴られた。しかし、歌を止める訳にはいかない。みれば、子どもたちを護衛している随伴歩兵も、そして教師たちも歌い出していた。皆、それぞれが最善を尽くしていた。そして、教師が中心になり、子どもたちの声も唱和する。

 

「それゆけ強いぞポンチッチー♪」

 

 滝川は子供の頃に戻ったように、猫宮は子供のように歌っていた。

 

 藪が途切れ、坂道が終わった。幸運にも敵の襲撃はなく、後は一直線だ。そして、出迎えは友軍の砲兵隊に戦車小隊のおまけ付きの豪華版、安心して帰るだけだ。

 この奇妙な集団は、戦場の中でなんとも微笑ましい、しかし生暖かい表情で迎えられたのだ。この500メートルは、5121小隊のパイロットで、人生で最も長い500メートルだっただろう。

 

 パイロット5人に休憩を命じられ、滝川と猫宮と速水アスファルトに寝転がっていた。芝村はあぐら、壬生屋は正座である。

 

「ふひー、歌いすぎて喉がいてえ。けどよ、ポンチッチはねえだろ、ポンチッチは」

 

 滝川は隣で寝そべる速水にパンチを喰らわせる真似をする。猫宮も笑いながらそれに倣う。

 

「なんとなくね。ほら、滝川の好きなロボットアニメって小学校高学年以上じゃない? 小さな子にはポンチッチが良いと思ったんだ。アレだったらみんな知ってるしさ」

 

「いきなり皆さんが歌い出した時は驚きました。どうかしちゃったんじゃないかと。けれど、楽しそうでしたね」

 

 壬生屋はクスクス笑いながら言った。

 

「そなたも役に立つことがある。発見であった」

 

 芝村は大真面目である。あれは滝川に助けられた――滝川でなくてはダメだった件だ。滝川でなくては、ああも子供の心を惹きつけるようには歌えまい。

 

「けど、僕達は運が良かったね。僕達の教官はあんな風じゃ無いから」

 

 速水の言うことを察して、全員がしみじみと頷いた。第62戦車学校の教師は、皆心から生徒のことを考えてくれているのだ。

 

 と、そこに中年の男とジャージの女性がやってきて、中年の男は早々に憲兵に連れられて行ったが、女性は子供を3人、体育館に置いて来てしまったという。

 

 怒る芝村に、横から止めるための手が伸びる。

 

「この人も苦しんでるんだよ」

 

「たわけ。苦しんだからどうだというのだ? 3人だぞ! 3人の子供が……」

 

「まだ生きてるかもしれないよ」

 

 速水の言葉にハッとなった。ふと横を見ると、猫宮も滝川も壬生屋も、自分の機体に向かおうとしていた。

 

「そなたの言うとおりだ、行こう」

 

「そうこなくっちゃ!」 「俺も付き合うぜ!」 「私もです!」

 

 他のパイロットも全員賛同する。

 

「待ちなさい。今、あなた方を失うわけにはいきません」

 

 善行が前に立ちはだかった。メガネを光らせ、真剣な面持ちだ。

 

「じきに友軍の反攻が始まります。それまで待ちなさい。……どうあっても理性を働かせられないというのなら、司令権限として待機を命じます」

 

「断る」

 

 芝村のあっさりとした物言いに、善行は唖然とした。断るだと? 我々は、軍人なのだぞ?

 

「断ると言われても困ります。若宮君、パイロットたち全員を拘束しなさい!」

 

「何があったのですか?」 呼びつけられて、若宮がどこからかのっそりと姿を表した。若宮は、善行の身辺を警護する役目も担っていた。

 

「わたしは彼らを失いたくないのです。とにかく拘束を――」

 

 命じられて若宮は全員の前に立つ。バツの悪そうな顔だ。

 

「……俺、ちょっとトイレに」

 

「私、ちょっとお茶を……」

 

 すすすっと、あっという間に二人のパイロットがいなくなった。出鼻を完全にくじかれた若宮。唖然とする善行。

 

「全く、なんて連中だ」

 

 どこからか瀬戸口もやってきたが、その顔は笑っている。

 

「それで、作戦はどうします司令?」 にやりと善行に笑いかける瀬戸口。

 

「だからわたしは……」

 

「ええ、分かっていますよ。5121小隊の意地を見せてやりましょう。なあ、若宮?」

 

 善行と瀬戸口を見比べ、そしてパイロットたちを見て、若宮は忌々しげに「馬鹿野郎」とつぶやいた。

 

「こいつらはもはや軍隊ではありません。ならずものの集団であります。わたしは断固として――」

 

 いいながらも若宮は困惑して口をつぐんだ。

 

「まあまあ若宮さん、皆、最初からこんな感じだったじゃないですか」クスクスとしながら猫宮は何のフォローにもなってないフォローを入れる。

 

 不意に、若宮の肩を掴む者があった。来須である。その口元にも笑みが浮かんでいた。

 

「……しかたがない」 

 

 善行は呟いた。空気が和らいだ。若宮はほっと安堵の息をつく。

 

「それじゃ、俺は指揮車で状況を分析しますから」

 

 瀬戸口は東原と手を繋いだまま、背を見せる。東原は、ひまわりのような笑顔で手を降った。

 

「……戻ったら、懲罰フルコースです」

 

「あはは、覚悟のうえですよ」

 

 善行の言葉に、猫宮が笑って答えるのだった。

 

 

「現在、小学校から半径500メートル付近には12体の中型幻獣が確認されている。具体的には――」

 

 士魂号が4機に増えたことで、原作よりも戦力が増えていた。状況を分析する猫宮。

 

「……やっぱり3番機のミサイルが鍵だね。作戦は、3番機を小学校まで運ぶこと。1番機と4番機はまず先行して露払い、2番機は遠距離から援護、そして最後に3番機が突入――と」

 

 即席で作戦を組み立てる猫宮。全員が、その意見に耳を傾ける。

 

「ふむ、その作戦でいいであろうな。委員長、支援は入るか?」

 

 芝村がうなずき、善行に問うた。

 

「他の戦車小隊には善行司令が話をつけた。頭痛の種の中型幻獣を葬る絶好の機会だってな。支援射撃は期待してくれて結構だ」

 

 瀬戸口からの通信が消えると、全員がはやる気持ちを抑えて、作戦行動を開始する。

 

「ミノタウロス発見、参ります!」

 

 一番機は猛然と村道入り口のミノタウロスに襲いかかる。敵の体勢が整わぬ内に一閃、そして体が揺らいだところに逆手の手のガトリングを腹部に叩き込んで挑発する。傷つきながらも距離を詰め突進の隙を図る敵を挑発するように、ジリジリと防衛ラインに後ずさる。

 不意に、横にナーガが現れた。しかし、ちらりと一瞥すると、片手を向けガトリングで蹴散らした。

 

「これは……凄いです」 壬生屋は、確実に何かを掴みつつ有るようだ。

 

 

「ゴルゴーン発見、攻撃っと!」

 

 その頃、滝川は外周のゴルゴーンへジャイアントバズーカを放っていた。シミュレーションで何度も散々やった動きである。実戦でもよどみなく命中させていた。

 

「滝川機、ゴルゴーン1撃破!」 指揮車からも確認の通信が入る。

 

「ナイス、滝川!」

 

 ゴルゴーンが倒れたことにより発生した戦場の空白に、4番機が滑り込み、ジャイアントアサルトとグレネードランチャーの2刀流で左右の敵を挑発する。一斉に、周りの敵が4番機に注目した。そして攻撃が来る前に、さっと防衛ライン側へとジリジリと下がる。

 一方、一番機は支援砲撃を受けてよろけたミノタウロスに一閃、とどめを刺していた。

 

「3番機、道は開いた!今!」

 

『了解!』

 

 ジャイアントアサルトを撃ちながら敵をよろめかせ、芝村は残った中型幻獣及び小型の幻獣溜まりを急速にロックする。24発のミサイルが、背から発射された。次々と突き刺さっていくミサイル、そして誘爆を起こす幻獣たち。傷ついた中型幻獣が、すべて消える。

 

「よし、中型は片付けた!来須、若宮、頼む!」

 

 そう行って3番機が二人を下ろすと、すごい勢いで体育館に駆け出していった。

 他3機は、校舎付近の小型を掃討している。少しすると、若宮から通信が入った。

 

「子供を救出した。3人共、無事だ」

 

「良かった……」 速水の安堵の声がおもわず漏れた。

 

「速水よ、安心するのは早いぞ。子どもたちを安全圏に運ばねば」

 

 速水の声に芝村が答える。

 

「よし、じゃあ自分が手のひらに乗っけて運ぶ!援護、よろしく」

 

「落とすなよ~!」 「お願いします!」

 

 スピードが命だ。4番機の機体に子どもたちを乗っけて、3番機と1番機の肩にはそれぞれ若宮と来須を。移動するのを4体の巨人にし、戦場を駆け抜けた。

 援護射撃も飛んでくる中、駆け抜ける士魂号たち。こうして、この無謀とも思える救出作戦は一切の損害も出さずに成功したのだった。

 友軍からの歓声を受け、帰還する4機の士魂号。そのコクピットの中、速水は知らず知らずのうちに涙を流していた。それを、優しい目で見つめる芝村。

 

「速水厚志」

 

「なに、芝村さん?」

 

「これからは私の事を舞と呼ぶが良い。手下も卒業だ。そなたはわたしの友だ。わたしはそなたを守ることにする。そなたもわたしを――守ってくれるか?」

 

「もちろんさ」

 

 速水は弾んだ声で答えた。芝村舞と居ると、精神が浄化される。5121小隊の皆と居ると、心が暖かくなる。それが、速水には、とても、とても嬉しかったのだ。

 

「ねえ、舞」

 

「なんだ?」

 

「すこし、泣くよ」

 

「ああ、存分に泣くといい」

 

 速水は、目元を拭おうとせず、涙が溢れ、流れ出るに任せた。嗚咽をこらえたが、やがて耐え切れずに大泣きに泣き始めた。

 

 自分は、誰かを守れたのだ。居場所が有るのだ。認められたのだ。――その他、様々な感情が胸に沸き起こる。しかし、どれも、悪いものでは決して無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【悲報】 5121小隊、かなり強化される。

 戦術は既に固まってきた感がありますね……原作でも、こうなるとちょっと戦闘描写が硬直化してくるのですが、飽きずに見てくださったら幸いです


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みんなで生き延びるために

「えー、そんな訳で補強材が足りない場合の塹壕の作り方は――」

 

 昼前、猫宮、若宮、来須の3名は演習場で大勢の学兵たちの前でボードやパソコンを使い、塹壕戦の戦い方を教えていた。ここに来れなかったメンバーには、端末で写真やら音声やらも送ってあるし、授業のように撮影もしていた。

 遠坂と契約して以来、遠坂財閥に多数の有用な様々なソフトと引き換えに、猫宮は大量の端末などを手に入れ、それを知り合った学兵のグループに配っていた。そうやって、配った端末で各々が戦場でのことを報告したり、アドバイスを受け取ったりと様々に情報交換をして、生存率をあげていたのだが――やはり、学兵たちだけでは限界があった。

 

 というわけで、猫宮が実際に場所を借りて講習会を行うことにしたのであるが、そこに若宮と来須もついてきたのだ。若宮がついてきた理由は、かつての女子グループの連絡であり、来須はそんな様子に興味を持ってついてきたというわけだ。元々、ひな鳥を守るという理由で5121小隊に来た男でも有る。やはり、新兵は気になるのだろう。

 

 

「ほらそこっ! 土の盛りと固め方が甘い! そんなことじゃすぐに吹き飛ばされるぞ!」

 

 若宮はノリノリだ。昔から新兵を扱く教官役をしてきたことも有り、やはりはまり役だ。来須はその横で、口数少なく、黙々と手直しをしている。

 見れば若い男女の集団であり、またガラの悪い連中も多かったが、それでもこの教官役3人には素直に従っている。やはり、彼らも兵である。実力がある人間が分かるのだ。呼吸をするように軍規を守る生粋の歩兵である若宮、プロパガンダ映画から抜け出してきたかのような存在感を持つ来須、そして得体のしれないながらも驚くほどの実力と知識を持つ猫宮。この3人のいうことを聞けば、少なくとも生き残る確率は上がる――皆そう思っているのだ。

 

 基本的な塹壕の作り方に、ケース別の機銃などの配置の仕方、そしてベテランが知っている幻獣の殺し方や習性などなど……。多数の知識が集まり、集合知を作り上げていく。様々な戦場から知識が集まり、集約される。今まで軍なら当たり前に出来ていたが、学兵故に出来なかったこと……これが、どんどんと改善されようとしていた。

 

 

「おおい、猫宮君、昼飯が出来たばいね!」

 

「あ、はい、了解です。じゃあ、皆一旦休憩、お昼にしよう!」

 

『はいっ!』 一斉に歓声が上がる。

 

 そう、端末を届けたのは何も学兵たちだけでなく、裏マーケットの親父やら農村に漁村の人々、後は商店街の人々――など、他にも様々な人に配っていたのだ。そして、今日の訓練を聞きつけた農家や漁村の人たちが、炊き出しを申し出てくれたのだ。美味い飯にたっぷりとありつけるなら、やはり皆の気合の入りようも更に良くなる。

 猫宮も、丁重に下ごしらえされた野菜と魚のスープに舌鼓をうち、蒸かしたじゃがいもをもりもりとかきこんだ。

 

「やれやれ、本当に新兵の教育がなっとらんな……」

 

「――歩兵は損耗が多い。学兵なら尚更だ。そういうものだ」

 

 猫宮の左右に、若宮と来須がやってきた。二人共、猫宮に負けず劣らず山盛りである。

 

「で、様子はどうですか?」

 

「お前の用意してくれた端末やソフトのお陰もあって、やはりよく進むな――あれは新兵教育に良いぞ」

 

 若宮がそう言うと、来須も頷いた。

 

「そうですか、それは良かった」 猫宮もほっと一安心といった表情で笑っている。

 

「しかしまあ、良くもこんなに集めたもんだ」 

 

 若宮が呆れながら言った。3桁に軽く届く人間が集まり、更にその集まった人間もそれぞれに教えるのだ。その影響はかなりの人数になるだろう。

 

「ああ、街をうろついていると、どうも知り合いが増えちゃて」 猫宮が苦笑しながら言う。

 

「で、あちこちに首を突っ込んだり人助けをしたりか……。この間の助けた子も言っていたぞ、『あちこちで猫宮さんに助けられた人がいる』って。全く」

 

 そう言うが、若宮の表情は満更でもなさそうだ。来須も口をほころばせている。

 

「ああ、津田優里さんですか、あの人、あれ以来よく手伝ってくれるんですよね」

 

 オートバイ小隊のあの助けた子だ。オートバイ小隊だけにあちこちに顔が出せるのだろう。話を広めたり、スケジュールの予定を立ててくれたり、場所を借りてくれたり、秘書のようなことををしてくれている。曰く、自分たちのような人を少しでも少なくしたいらしい。

 

「その御蔭で俺も女性からの連絡が増えてな。最も、男からも増えているんだが」 

 

 端末を使い、戦場の写真や塹壕の写真を送って添削したりアドバイスしたりといったこともだんだんと増えてきた。

 

「あははっ、でも若宮さん、そうやって助けてるとその内きっと彼女が出来ますよ」

 

「そ、そうかあ?」 照れ気味に頭をかく若宮。来須もその横で頷いた。

 

 

「あっ、猫宮さん、皆そろそろ食べ終わりましたっ!」

 

「あ、津田さん了解、じゃあ次は銃器の講習に移るよ」

 

「はいっ! 了解です!」

 

 

 昼食の後は、腹ごなしも兼ねて銃器の扱いだ。整備から撃ち方の姿勢から、また基本的なことを叩き込み直す。来須や若宮だけでは足りないので、銃器に慣れたメンバーも教える側に回って、それぞれを見ていた。

 その間猫宮は何をやっているかというと、学兵では手におえないような損傷を受けた銃器の整備である。戦場で壊れたり、あちこちボロくなった銃器を持ち込ませ、それを猫宮が直して足りないところに配るのだ。知識を教えるだけでなく、こうして銃器や弾薬、その他食料雑貨品など足りない物の融通をしあう―― 一種の互助会のような役割の会にまで膨れ上がっていた。

 物資を持ってくるときや、帰る時はそれぞれが出しあった車両で各地を回ったりもするのだ。

 

 こうした猫宮の草の根活動は――確かに、各地の死傷率の低下という形で現れていた。だが、それでも、やはり死者は出るのである。

 銃を手入れしながら、やはり猫宮は悲しく思うのだ――。

 

「……どうしたんですか? 猫宮さん?」

 

 そんな様子を見たのか、津田がアドバイスを切り上げてこちらへ来た。

 

「あ、うん、ちょっと、ね……」

 

 と言いつつも、その手の動きは全く澱みがない。この動きは、何時見ても凄い――そう津田は思っている。

 

「――大丈夫です。みんな、猫宮さんには感謝してますよ」

 

「……津田さん?」

 

「確かに、死んじゃたりするかもしれません。でも、それ以上に、沢山の人をきっと猫宮さんは救ってるんです。私達みたいに。だから、大丈夫です!」

 

 そう、津田は必死になって猫宮を元気づけようとした。しばしの後、くすっと笑う猫宮。何だか、少し心が軽くなった。

 

「うん、そうだね。だから、もっともっと助けられる人、増やさないと。だから、自分はもう大丈夫だから、津田さんも教える方に戻って、ね?」

 

「はい、了解です!」

 

 そう言うと、津田は笑って教えに戻っていった。そんな様子を見守る若宮と来須。

 

「まったく。戦場では、死は当たり前なんだがなぁ……」

 

「その当たり前が嫌なのだろう。だから、こんなことをする」

 

 来須が見渡してそう言った。みんな、生き延びるために、貪欲に知識を吸収しようとしていた。こんな光景を見てると、二人も、全員を生きて返したくなる。

 

「次も次も、そのまた次も助ける、か……」

 

「?」

 

「いや、猫宮が言っていたんだ。初めの一人を助けた時、な」

 

「そうか」

 

「……ま、付き合ってみるのも悪くないな。こうやって誰かを助ければ、どこかの戦線が楽になって5121も楽になる……」

 

「ふっ、気の長いことだ」 しかし、口元は笑っている。

 

 それは夢物語。しかし、そんな夢物語をこの二人も信じたくなった。こうした、一人から始まった些細な抵抗は――きっと、実を結ぶと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




津田優里:学兵という生き物 に登場した女の子。猫宮に体を売ってでも銃を手に入れようとした中々にアグレッシブな子。助けられて以来、自分もほかの人を助けようと猫宮を手伝う


Q:新兵の練度低すぎない?
A:決戦前夜やもう一つの撤退戦の描写を見る限り、本当に銃の撃ち方だけ教えて最前線って感じだったものだったのでこの様な描写に



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きっとこれは運命の出会い

撃墜数を下方修正。それでも多いのですが!


「聞こえるか、猫宮? 日頃から何だかお嬢さんにモテそうなお前さんに更にいいニュースだ。お前さん、しばらく居残りだ。向久原方面に3キロ前進、友軍を支援してくれ。お相手は黒森峰女学園のお嬢さん方だ。どうやらそこの第3小隊が敵中に取り残されているらしい」

 

 瀬戸口の柔らかな声が猫宮のコックピットに響き渡る。本日の戦闘は敵が次々と現れて、まだ不得手な面もある他3機は漏れ無く被弾していた。元気なのは一番暴れまわっていたはずの4番機であった。

 

「自分だけ……で、取り残されている戦車小隊を救助と。責任重大ですね」

 

 ふむ、と付近の地形図を確認する。

 

 http://maps.gsi.go.jp/#15/32.667558/130.696492/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

 左右が山の盆地、適度な遮蔽物も有り……。士魂号の戦闘にはピッタリの地形だ。ただ、通常の装輪戦車はあまり動きやすいとは言えないだろう。猫宮はそう分析すると、地形図を頭に叩き込んだ。

 

「そういうことだ。なるべく急いで欲しいとの連絡だ。旗色が相当悪いらしいし、なにせ、彼女たちは看板でもあるしな。ま、それにふさわしい見た目も実力も持ち合わせているけどな」

 

 日本中に放映されるプロパガンダの主役の部隊だ。練度も高いし、他よりも優先度は高いのだろう。

 

「後は俺と補給車1台も居残りだ。寂しくないぞ」

 

「ふふふふふ、黒森峰女学園の生徒さん達……良い、凄く良いぃいいいいい!」

 

「こらっ! バット! 落ち着くんだ!」 「あ、あの、えっと……」

 

 何やらテンションを上げてる連中もいる模様。田辺は思いっきり引いていたが。

 

 

「ははっ、了解です、じゃあ、弾薬補給した後飛ばしていきますよ!」

 

 手早く弾薬を補給した後、駆け抜けていく4号機。9mの巨人が駆け抜けていくさまは、どこか頼もしさを感じられるのだった。

 

 

 

「みほっ!どうやら増援が来るようだっ!」

 

「本当ですか、数はっ!?」

 

「それは……1機だとっ!? ふざけるなっ!?」

 

「そ、そんな、たった1機なんて……」

 

 そう言ってしまうのも無理は無いだろう。黒森峰戦車中隊の、西住みほが率いる第3小隊は、向久原で分断され、他の戦車随伴歩兵小隊と共に取り残されていた。そして、間の悪いことに弱点と見られたのかこの地に、中型幻獣が多数接近しているのだ。たった3輌の士魂号L型と、歩兵たちだけで止めきれるものでもなかった。

 

「しょ、小隊長、西から3機、きたかぜゾンビが!?」

 

「っ!?建物に突っ込んで下さい!早くっ!」

 

 きたかぜゾンビは、地上ユニットの天敵だ。みほの心に、更に絶望が広がる。もう、終わりなのだろうか――。きたかぜゾンビの銃口が一斉にこっちを向いた時、走馬灯が――

 

「っとと、たった1機でごめんなさいっと!」

 

 突然、3機のきたかぜゾンビが撃墜される。ふと、銃声がした方を見ると、山の上に巨大な銃を構えた巨人がそこに立っていた。

 

「え、えっと、ありがとうございます……あなたは?」

 

「5121小隊4号機パイロット、猫宮十翼長です、援軍に来ましたっ!」

 

 そう言うと、持っていた銃を入れ替え、巨大なライフルに入れ替えて遠くの敵を狙撃する。生体ミサイルを発射しようとしていたミノタウロスとゴルゴーンが爆発、回りの小型幻獣に強酸を撒き散らした。そしてまたジャイアントアサルトに持ち替えて、突撃する。

 ジャイアントアサルトを撃ちながら突撃してくる巨人に、敵の目が一斉に集まった。ミノタウロスやキメラ、ナーガ等の中型幻獣が一斉に4号機へと向かう。そして駆け抜ける最中、右手のグレネードランチャーで、拠点に殺到していた小型幻獣を何割か吹き飛ばした。

 

「突っ込んで囮になります! その隙に、L型で攻撃を!」

 

 すさまじい命中率で駆け抜けながら、要望を出す猫宮。

 

「っ! 了解です、全車輌、散開!」

 

 一方、西住みほも即座にその状況に対応した。厄介な中型はみんな横や後ろを向いている。その隙に、3輌の士魂号L型を三角形の形で配置。柔らかい横腹や後ろを、3門の120mm滑腔砲が食い破っていく。そして、小型幻獣の脅威が遠くに行った陣地も、少しずつ迫撃砲での砲撃を再開する。

 

 猫宮の、4番機の登場で、向久原の戦況が、息を吹き返してきた。

 そして、猫宮も西住みほの采配に舌を巻いていた。自分が敵を引き付けるごとに、有機的に陣形を変え、常に包囲しながら四方八方から攻撃を浴びせ続けている。共同戦果が、加速度的に増えていった。

 

 

「猫宮っ! 東方面からきたかぜゾンビが4機!」

 

「了解っ!」

 

 となると、優先するのは航空ユニットの撃墜である。きたかぜゾンビが近づくたびに、瀬戸口の報告を受け92mmライフルに持ち替え、遠距離から撃ち落としていく。そして、その隙だらけ(に見える)4番機を攻撃しようとする中型を、L型が襲う。

 この時、猫宮も、西住も、各々の小隊だけでは到底出しきれない戦果を叩き出し続けていた。

 

「西住さん、次ミノタウロス3体、お願い!」

 

「了解です、本車はそのまま、8号車、南へ回って、キメラを先に!」

 

 廻る、廻る、3輌の士魂号L型と1機の士魂号が、戦場を廻る。時に囮になり、時に囮として、幻獣を翻弄し続ける。

 陣地を使い、設置武器を使い、地形を使い、敵を使い、そして、味方を信頼する。

 

「なんだ、これは……」

 

 瀬戸口が、絶句した。戦場の所々で、万歳の叫び声が上がる。アレだけ自分たちを苦しめてきた、殺してきた幻獣が、一方的に殺戮されている。

 圧倒する。蹂躙する。突き崩す。叩き割る。この世の目に見える理不尽を一緒くたに叩き込んだかのようなこの戦場は、歩兵に希望と、安堵をもたらした。

 初めて、自分たちが人間でよかったと思えたのだ。この、恐るべき戦車隊を敵に回したのなら、確実な死が訪れると、そう確信する。

 

 そうした殺戮劇にも、やがて終わりが訪れる。付近の中型を集めて殲滅し続けたが故に、他の戦線が楽になり、他の黒森峰女の戦車6台を含めた援軍の到着により、幻獣側の戦線が崩壊、撤退を開始した。弾薬不足の為に超高度大太刀1本で追撃戦に更に参加する4号機に、そこかしこから歓声が上がる。

 

 黒森峰第3戦車小隊、撃墜数48。内、隊長車の撃墜数23。5121小隊4号機、撃墜数31。伝説は、ここより始まった。

 

 

 翌日、ホームルーム。善行が猫宮を除いた1組のメンバーの前で話し始める。

 

「昨日の戦闘の結果より、人型戦車と装輪式戦車の組み合わせで絶大な戦果をあげられる可能性が示唆されました。よって、これより黒森峰戦車中隊との合同訓練等が入るかと思われます」

 

「おおっ、あのかわいこちゃん達とですか、良いですねえ」 嬉しそうな瀬戸口、そしてそれにすぐさま「不潔です!」と言う壬生屋。まあいつもの光景だろう。

 

「……昨日の、すごかったよね」

 

「ああ、凄まじい、可能性であった」

 

「囮なら、俺も役に立てるかな……?」

 

「私も、前線での立ち回りなら……」

 

 それぞれが、昨日の戦闘で何かを感じ取っていた。

 

「あ、あの、委員長、ところで猫宮は何処に……?」 と、滝川が質問をする。

 

「ああ、彼なら……」

 

 

 

 その頃、猫宮は黒森峰女学園へと呼ばれていた。用事は、先日の戦闘の検討会との事で、先に呼ばれていたのだ。

 多数の女子生徒の前で、流石に緊張する猫宮。部屋へ入ると、一斉に視線が向いた。

 

『あっ……』 と、みほ、まほ、エリカの3人の声が重なる。

 

「ええと、5121小隊所属、猫宮十翼長です、今日はよろしくお願いします」 

 

 きっと、これは運命の出会い――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




西住みほは第3小隊、7号機に乗っていて、8、9号機の3台を指揮しています。


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思惑は色々、乙女心は万華鏡

「ところで善行よ、何故猫宮だけが先に黒森峰へと呼ばれたのだ?」

 

 と、芝村が問うた。その言葉に一斉に善行の方へ向く1組一同。善行はメガネに手をやると、苦笑しながら言った。

 

「これも政治というやつでしてね……。知らない人も多いかもしれませんが、黒森峰戦車中隊は会津派閥と薩摩派閥に所属している中隊でして。で、これが大戦果を上げて喜んだと思ったのもつかの間、一緒に戦っていた機体はなんと芝村派閥。しかし、この戦果と人材は惜しい、そして人型戦車の有用性も目を向けた――と言う事で猫宮君を取り込みにかかったのですね。」

 

「ふむ、なるほど。手が早いことだ」

 

「ええ、まったくです」

 

 思わず善行も頷いた。昨日の夜、早速準竜師から連絡がかかってきて猫宮を明日の早朝から黒森峰へと行かせろと連絡がかかってきたのだ。なんでも、西住中将から直々に連絡が来たとのことだ。

 

「やはり人の親なのだろうな」 

 

 とは準竜師の言だ。娘の戦場は逐一見ているだろうし、猫宮が来なければ娘の一人は恐らく戦死していたであろう。それを考えると、真っ先に連絡をしてきたのも頷けるというものだ。

 

 

「あ、あの、委員長……じゃあ、猫宮はひょっとしたら他の隊に行っちゃうんでしょうか……?」

 

 滝川が不安そうに聞いた。仲間が他の隊に行くなど、考えたくなかったのだ。速水や壬生屋や石津も不安そうである。

 

「その可能性も否定はできません……が。私はその可能性は非常に低いと考えています」

 

「え、えっと……」

 

 よくわからないのだろう、困惑する滝川。

 

「皆さん、考えてもみて下さい。彼が、猫宮君が――我々を見捨てて離れると、そう考えられますか?」

 

 穏やかな声で、善行はそう言うと、一瞬きょとんとした後、それぞれが納得の表情をした。その様子を見て、笑顔になる善行。

 

「そういうことです。だからまあ、余程の事がない限り大丈夫でしょう」

 

「例えば、向こうでお気に入りのお嬢さんが見つかる――とかですか?」 瀬戸口が茶化して言った。

 

「さて、彼ならば大丈夫だとは思いますがね」

 

 実際、そんな狙いも有ったのだろう。美人揃いの女所帯に独り身の男子高校生一人……招いた方は期待もするだろう。

 さて、そんな猫宮はと言うと……。

 

 

「と、このように士魂号の視認性を逆に利用して己を囮にし……」

 

「この時、私がこの配置にした理由は……」

 

 どこかで出会った3人に見つかってしまったと内心冷や汗をダラダラと流しつつ、西住みほと二人で前に出て昨日の戦術の説明を中隊及び蝶野中尉に行っていた。蝶野中尉は、西住中将が来れない代わりに派遣されてきたらしい。何度もメモを取りつつ、真剣な面持ちで聞いていた。それを説明する猫宮も真剣である。

 

「やはり基礎火力及び被弾率の低さはL型の方が優れていますので、互いの長所を組み合わせればその戦闘力は相乗効果で何倍にも跳ね上がると思います」

 

「昨日の戦闘では、私達第3小隊の機体は、何時もより遙かに幻獣のマークが少ない状態でした。そして、人型戦車は対空能力が高いので実質的な高機動対空砲としても使え……」

 

 何の打ち合わせもしていないのに、スラスラと説明を重ねていく二人。この一言一言が、新たな戦術理論の萌芽となるに値する言だ。まほとエリカと蝶野は、特に熱心にメモを取っている。

 ……そして、その明快な言と真面目な表情、そして醸し出す雰囲気で猫宮の株がぐんぐんと上がっていく。そもそも、他の戦場で出会う男は何処か憧れの目線を向けてきたり、だらしない視線を向けてきたり、頭悪そうだったり、最悪下品な目線を飛ばしてくるものだが、猫宮はそのようには見えない……。いや、他の学兵もそれなりな兵も居たりそこまで悪くなかったりするのだが、やはり質の低い兵が目立ってしまうし、ガードも硬いので中々話せないしで印象が悪くなってしまう。そんな中、訪れた猫宮である。女学院故にどこか男の子に憧れを抱く少女達の視線がやや熱い。

 

(あ、拙い、失敗したかも) せめて最初におちゃらけた雰囲気で第一印象を微妙にしておくべきだったかも思ったが後の祭りである

 

「えっと、大体こんなところですかね?」

 

「あ、はい、大丈夫だと思います」

 

「では、以上が先日の戦闘の総括です。えっと、なにか質問などは……?」

 

 と、猫宮が問うたが、特に無かった。やはり、それだけ二人の総括の完成度が高かったのだろう。

 

「では、これで終わります。それじゃ、自分はこれd……」

 

「はい、ありがとうございました。で、所で猫宮君、ここに色んな子たちがいるけど、気になる子って居る?」

 

 逃げようとしたところを蝶野に速攻で追撃され、思わず吹き出す猫宮。

 

「えっ、いやいやいやっ!? ま、まだ出会ったばかりですし!?」

 

「ほら、第一印象とかも大事よ? うちの子達、可愛い子ばかりでしょ?」

 

 と、グイグイ押していく蝶野。勿論これには理由がある。蝶野自身は前に荒波と一緒の戦場に出たこともあるが、あれは戦術が完全に荒波小隊だけで完結していて、また戦術も殆ど荒波の天才性に依存したものだった。しかし、昨日この二人が見せた戦術は、マニュアル化でき、しかも絶大な戦果をあげられる新機軸の戦術だ。おまけに、人型戦車や装輪式戦車、その他のどの兵器と組み合わせ、数を増やしても柔軟に対応できる可能性がある。しかし、その「核」として、人型戦車は絶対に必要だ。

 故に、その起点の一人である猫宮を、なんとしてでも確保するつもりであった。勿論、教え子たちの生存性も上がるだろうし、ハニートラップだと言われようが兎に角全力である。ちなみに、そんな思惑に気がついたが故の猫宮の後悔であった。

 

「そうねえ、例えばみほさんなんかはお似合いじゃないかしら?昨日はあれだけ息が有っていたし」 「おお、たしかにそうかも知れませぬな、西住殿!」 「い~な~みぽりん」「えっ、いやっ、あのっ、私なんかじゃきっと吊り合わないかもですし!?」「じゃあ、逸見さんとか」 「ええええっ、いやっ、私ですかっ!? あのっ!? そのっ!?」 「エリカが真っ赤、珍しい……」 「本当ですわね……」 「それじゃあ、姉のまほさんとか」 「……わ、私がですかっ!?」

 

 

 ……女性が3人集まり姦しいと書く。……ならば37人集まったならば? 答え:手がつけられない。

 

「え、えっと、いや、自分は昨日知り合ったばかりですしね、隊の仲間も居ますしまずはお知り合いから……!」

 

「ということは、紹介してくれるのねっ!」 「あっ」

 

 猫宮、まさかのポカをやらかす。そして、この大騒動はしばらく続き、解放された頃には猫宮は憔悴しきってるのであった。

 

 

 

――以下、どうでもいいおまけ――

 

【黒森峰女学院決戦前夜!立て!ソックスロボ!】

 

「いいか、ロボよ。今回の以来は非常に重要だ。Mr.BもOB連も莫大な報酬を確約して下さったばい……」

 

「ええ、彼らのようなお嬢様学校に合法的に入れる機会など早々ありません……是非、顔繋ぎから初め、できれば安定供給を……。特に、くるぶしが綻んだ靴下には望むままの対価を」

 

「ふふふふふ、お嬢様学校いい、凄くいいいいいいいっ!」

 

 

「わ、分かった……!」 緊張につばを飲み込み、そして莫大な報酬に夢を見る滝川。

 

 場所は校舎裏、男4人集まって話しているのは靴下の話題である。と言うかお前ら、授業や仕事はどうした。

 

「だが焦るなロボよ。そこは宝の山と同時に、生徒会連合の総本山……少しでも隙を見せたら、生きては帰れんぞ」

 

「あ、ああ、最初はおしゃべりからにしておく……」 頷く滝川。

 

「君のその性格は、相手の緊張感をまったく誘わないでしょう……」 「そこで、箱入りお嬢様に漬け込んで靴下を……ゲエエエエットするのです!」

 

 

 シミュレーターを使った合同訓練が有るというので、パイロットがこれから何度も招かれることになるだろう……そしてそれは、ソックスロボを合法的に送り込む機会でもあった。

 この野望が完遂するかは、全てはロボにかかっている。立て!ソックスロボ!神秘のベールに包まれたお嬢様学校を攻略するのだ!

 

 

 

 終われ

 

 

 

 

 

 

 

 



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合同訓練

09/02 最後の挨拶を修正しました。芝村の反応と言い速水の呼び方と言いダメダメでした……


「インストール……パラメータは……後調整を……」 

 

 猫宮は、女性陣から逃げ出すように黒森峰のシミュレータールームを訪れて、人型戦車のソフトをインストールしていた。勿論、Yagami達謹製の方のソフトである。

 

「とりあえず、みんながそれぞれ微調整した設定も入れて……と」

 

 これから何度も訪れるであろう場所なので、最初の設定は念入りに。

 と、そんな調整をしていると音を必死で殺しているであろう足音が3つ聞こえてきた。ふと振り返ると、そこには西住姉妹と逸見エリカがこちらを覗き込んでいた。気が付かれると思ってなかったのか、ちょっとあたふたする3名。可愛い。

 

「あ、あの、お邪魔してしまいましたか……?」

 

「ううん、殆ど終わったから大丈夫」

 

 申し訳無さそうなまほの言葉に、猫宮が端末を弄りながら答える。エンターキーを押して、体ごと後ろに振り向いた。それを見て、近づいてくる3人。

 

「先日は、第3小隊を。それに……みほを助けていただき、本当にありがとうございました」

 

 深々と礼をするまほ。そして、みほとエリカもそれに続く。

 

「うん、どういたしまして。でも、勝てたのは戦場に居たみんなのおかげでも有り……みほさんの指揮のおかげでも有ります」

 

 穏やかな表情で、猫宮はそれに応える。

 

「ええ、それも分かっています。しかし、あの戦場を変えたのは、確かに貴方です」

 

 頭を上げつつ、まほそう話す。

 

「あはは、まあ、確かにそうかな」

 

 とても穏やかな人物のようだ。戦場に立つ時とはまるで違う。しかし……あの時と同じように。

 

「それで……あの。貴方は、あの時何をしていたのですか?」

 

 少し迷ったが、意を決したようにまほが問う。エリカもみほも、まっすぐこちらを見ていた。

 少しの間逡巡、猫宮は鷹の目を発動する。この3人以外には、人は居ないようだった。盗聴器の類も無いだろう。

 

「……これは、かつて世界に大切にされた者達の光」 

 

 あの時の光が、猫宮の回りを漂う。そしてそれに驚く3人。エリカがそっと手を伸ばすと、彼女の回りをふわふわと漂う。それを見て、まほとみほも手を伸ばした。

 

「世界を守ろうと、死して尚も輝き続ける」

 

「あなたは……」

 

「目に見えるものだけが真実じゃない。音に聞こえるものだけが真実じゃない。自分は、それを知っているんだ」

 

 そう言って微笑むと、光が猫宮のもとに集まり消える。

 

「あ、でもこれは他の人に言わないでね。どうか内密に」

 

 くすっと笑って人差し指を口の前へ。思いもよらなかった真実というやつに、3人は「は、はい……」とだけしか答えられない。

 しばらく、不思議な空気が流れる、が……

 

「おやおや、やはり猫宮くんは隊長3人が気になりますか?」

 

 不意に入り口から声が掛かる。見ると、蝶野中尉やら瀬戸口がニヤニヤとこっちを見ていて善行やら芝村は呆れ顔、壬生屋は何やら激高しかけてて、速水や滝川はびみょ~な表情でこっちを見ている。そして何やらひそひそ話し合ってる黒森峰戦車中隊の皆さん。

 

「あっ、いやこれはそのっ!?」

 

「ふ、ふ、ふ、不潔ですっ!」 何時も通りな壬生屋

 

「……猫宮君……」 呆れ顔の善行

 

「と、とりあえず全部インストールはしておきましたので!」

 

 そうして、猫宮はシミュレーターに逃げ込むのであった。

 

 

「1号機から6号機まで単横陣2列で対応、圧力を掛けろ。第3小隊、左翼へ回り込め」

 

『了解!』

 

「5121各機、右翼へ展開、そのまま包囲して!」

 

 戦車9輌と4機の計13機。この数を活かし、幻獣を広く包囲する陣形を取る中隊と小隊。各機の自由射撃が、次々に敵を削っていく。ある程度までの数ならこれで十分対応できる――が。

 

「3号車、4号車被弾!」「みほっ! 1台回せっ! エリカ、陣形を組み替えるぞっ!」 「はいっ!」  「1番機、走行不能!」 「そ、そんなっ!?」

 

「ちっくしょう! 敵の数が多すぎるぞ!」 撃っても撃っても中々減らない敵に、思わず叫ぶ滝川。

 

 やはり敵の数が多くなってくると何処かしらか破綻が始まる。こうして、各戦線が破綻したことで撤退、8割の損害を受け何とか撤退――と言った結果に初回の訓練は終わる。

 

 さて、紆余曲折はあったがいよいよ合同訓練の開始である。と言っても、まだ初回なのでまずはそれぞれの隊毎に動かしてみたが、それでは今までとあまり変わることがない。……とは言うものの、黒森峰の練度が高く、またそれに人型戦車が合わさったので、それだけで驚くほどの戦果が上がったのであるが、やはり数がそこそこ出てくると破綻が始まる。

 

 とりあえず基本的なすり合わせのような訓練が終わると、いよいよ試行錯誤に移る。具体的には、2つの隊を合わせて完全に一つの隊として扱うようにである。

 

 基本は士魂号が常に移動し続け、時には地形に隠れて囮、そして囮に引きつけられたところをL型の射撃で大打撃を与える、L型が狙われたら士魂号で注意を向ける、航空ユニットは真っ先に排除する――この3つである。その結果は、劇的に現れた。

 

「す、凄い……どんどん敵が減っていく!」

 

「ああ、予想以上だ……速水、どんどんと引きつけるぞ!」

 

「了解!」

 

「各車、3番機を半包囲、ミサイルの使用を援護する!」

 

 第1小隊と3番機でも

 

 

「2番機、このルートで横切ってくれ、援護は任せろ」

 

「了解っす! はははっ、追いつけるもんなら追いついてみろっ!」

 

 軽装甲の脚力を活かし、不安定な地形を一気に横切り、敵の視界を引き付ける2号機

 

「凄まじい踏破能力……撃て、釣瓶撃ちよ、外さないように」

 

 第2小隊と2番機でも。

 

 

「参りますっ!」

 

 突撃すると豪剣一閃、ゴルゴーンが切り伏せられる。敵陣の奥で暴れる1番機。

 

「8号車はこの位置、9号車はこのルートから回りこんでください。」

 

 そして、1番機を狙う敵を危険な順から排除していく第3小隊。

 

 

 昨日と同じく、1小隊と1機ずつで組ませてみたのであるが、それぞれが昨日には及ばないにしろ、大きな戦果をどの隊も上げる。

 

「これは……凄いわね……」 「ええ、改めて見ても、凄い……」

 

 上官二人も、オペレーター二人も戦慄していた。殲滅のペースが、とにかく早い。

 

「これは、組み合わせ次第で戦術がかなり変えられそうですね……」 

 

「ええ。それぞれの隊長とパイロットの組み合わせを試してみましょう」

 

 善行と蝶野が様々にメモを取りながら話す。これは、明らかに今後の戦局を変えうる新戦術であるからだ。

 と、次は猫宮をみほ以外の隊長で試そうとした所で時間が訪れてしまった。

 

「何、もう終わりか? まだまだ出来るぞ!」

 

「こちらも、同じくです!」

 

 芝村とまほがそう言った。他のメンバーも、まだまだやる気に満ちていた。

 

「……我々も伸ばしたいのは山々ですが、既に他校の皆さんの時間が近付いて来ましたので……」

 

 苦笑して目を向けると、外では他校の女子生徒が待機していた。

 

「まあ、仕方ないよ舞。インストールしてあるから、また出来るだろうし」

 

「そうだな……。よし、では終了する」 

 

 

 そう言うと、芝村は5121のメンバーに号令をかけた。まほも同じく、である。

 

「では、本日はありがとうございました」 

 

 まほが芝村に向けて敬礼し、手を伸ばした。

 

「む、芝村に挨拶は無い」 

 

「む、む……?」

 

 そんな反応を返されて、流石に戸惑うまほ。5121小隊のメンバーは思わず苦笑している。

 

「あはは、ごめんね、芝村さんってちょっと変わってるけど悪い人じゃないから」 

 

 そこにフォローを入れる猫宮。

 

「……了解した」

 

「では、本日はお疲れ様でした!」 

 

 代わりに敬礼する猫宮。そして、それを見て一斉に芝村を除いた5121メンバーも続く。そして、更には黒森峰中隊の全員も。敬礼してないのはたった一人である。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……」

 

 苦虫を10匹ほど噛み潰したような表情でそれを見る芝村。そんな様子に、あちこちから思わず笑い声が漏れるのだった。

 

 

 

――以下どうでもいいおまけ()――

 

「……一体どうすりゃいいんだろうなぁ……」

 

 さて、キョロキョロと黒森峰で挙動不審なのはこの男、ソックスロボである。少々トイレに行こうと思ったが、女子校なので男子トイレは少なく、遠くまで走る羽目になった。そして、一人になったのでソックスハントの手がかり足がかりをどうするか考えているのであるが……これがまったく思いつかない。

 

「……は、話しかけるのも難しいよな……」

 

 男一人、回りからちょっとヒソヒソ話されたりで、非常に居辛い。顔を赤くしてそそくさとシミュレータールームに戻ろうとした所、ふと前に中隊メンバーの女の子人がしゃがんでいた。ヘアバンドをした長い黒髪の女の子である。

 

「え、えーっと、戦車中隊の人だよな……どうしたんだ?」

 

「……靴が中々合わない」

 

 見てみると、しゃがんで靴に指を入れ、なんとか履こうとしていた。しかし、中々ぴったり合わない。

 

「え、えーっと、靴下が厚くて合わないんじゃないか?」

 

 綺麗な足とソックスにドギマギしながら言うロボ。

 

「……そうだな。じゃあ、脱ぐか」

 

 そう言われると、素直に靴下を脱ぎだした。そのシーンに思わず生唾を飲み込むロボ。そして、その靴下を持って考えこむ女の子。

 

「……しまった、かばんが無い……」

 

 入れ物がないのか、ちょっと困った様子でキョロキョロ見渡す女の子。

 

「あー、じゃあ、後で捨てとくか?」

 

 と、自分のサイドポーチを指してロボが言う。本当に、それとなくのつもりだった。

 

「ん、じゃあ頼む。」 

 

 と、迷いなく滝川に靴下1足押し付ける女の子。そして、そのままてくてくとシミュレータールームへと歩いて行った。

 

「……え?」

 

 図らずも、ソックスハントに成功してしまったソックスロボ。純白の靴下から漂うほのかな女の子の香り。そして、くるぶしが少しほころんでいた。

 それを持って立ち尽くす、彼の明日はどっちだ!?

 

 

 終われ

 

 

 

 

 

 

 




何故ソックスを書く時ノリノリになってしまうのだろう……?


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変わりゆく、運命

前の話の最後の方を修正……全然芝村らしく無かったですね……反省です。


 午後、授業が終わり少し経った頃、コソコソと人目につかないところに加藤はひっそり佇んでいた。

 

「……加藤さん、どうしたの?」

 

 全機体のチェックをこっそりと終わらせた猫宮が話しかけると、加藤はビクッと肩を震わせてた。慌ててそっぽを向く。

 

「な、何でもない……何でもないんや! ほ、ほら、猫宮君も自分の仕事あるやろ?」

 

「でも、顔に痣が……保健室行かないと。女の子の顔に傷が残ったら大変だよ?」

 

「あ……う、うん。ありがと……」

 

 そう言うと、猫宮は怒った顔で歩き出す。方向は、体育館の方だ。

 

「ちょ、ちょっ!? 猫宮君、何処へ行くんや!?」

 

「犯人の所」

 

「や、やめて! う、うちは、大丈夫だから!」

 

「自分は大丈夫じゃない」

 

 この頃の狩谷は相当に荒れていて、不幸に浸りきり、負の感情を周りに常に撒き散らしているような有様だった。確かに、再生医療も発達しているこの世界で、自分だけが下半身不随ではフラストレーションも貯まるのも無理は無い。だから、献身的な介護を続ける加藤に、あらゆる感情が入り混じり、暴力という形に出てしまったのだろう。

 しかし、その原因はなんだろうか? 本当にただの事故でそうなったのだろうか? と、猫宮は疑問に思い一つ仮説をたてる。ひょっとしたら、狩谷に取り付いていた聖銃の因果が、この世界の狩谷にまで届いているのではないかと。――なら、原因を取り除けるかもしれない。

 

 ……しかし、それはそれとして、やはり加藤を殴ったことには腹も立つ。うん、ちょっと軽く殴ろう。加藤の必死の引き止めの声を流しつつ、猫宮はそう思った。

 

 そして、体育館の入り口に来ると、聞こえてくるのは新井木の声だ。

 

 

「じゃあ僕は君を特別扱いしないから。車椅子なんていいわけにならない。そう言ってあげる。悔しかったらこのボール、取ってみなよ。さあ、カモン、陰険眼鏡」

 

 そんな声が聞こえると、加藤がかけ出した。

 

「新井木さん、やめて」

 

 そう、しょんぼりして立ち尽くしながら言う加藤の姿が、痛々しい。

 

「どうして? こいつが変な理屈こねるから、普通に相手してやろうと思っただけだよ。車椅子だから弱者なんかじゃないよ。ね、猫宮君」

 

 猫宮を見つけて、同意を求める新井木。そして、猫宮も頷いた。

 

「それでもやめて。でないと、ウチ、二人のこと嫌いになる」

 

「……思われてるね、狩谷君」

 

 負の感情を凝縮したような狩谷に、そう猫宮が言う。

 

「ふん、相変わらず余計なお世話なんだけどね」 せせら笑うように狩谷がそう言った。

 

「狩谷あっ!」 それに激高する新井木。「新井木さん、いい、うちはいいんや!」それを、ひっしに止める加藤。

 

「いや」 首を振りながら、狩谷の元へ歩き出す猫宮。

 

「同情も憐憫も、もう狩谷君は飽きてるんでしょ、なら、別のアプローチしなきゃ」

 

「ははっ、いいね。いい加減、君の言うとおり同情とかにはもううんざりなんだ」 嘲笑の笑みが浮かぶ狩谷。

 

「そう言って怒られたい? 殴られたい? それとも……殺されたい? 破滅願望まで回りに撒き散らして……。確かに、自棄になりたいのかもしれない。自分に君の心は推し量れない。誰かに当たり散らしたいのだろうけど」

 

「はっ! そうさ、僕の気持ちを分かる奴なんて誰も居ないだろうね……!」

 

 猫宮が拳を振り上げる。その手が、蒼く光った。「猫宮君、止めて!」 加藤が叫ぶ。

 

「女の子の顔に、痣が残るほどの強さで殴るな馬鹿野郎がっ!」

 

 そう言って、狩谷の横顔をフックで吹き飛ばした。吹き飛ばされ、車椅子から転げ落ちて倒れ伏す狩谷。

 

「なっちゃあああああんっ!?」 「ちょっ!? 猫宮君、やり過ぎっ!?」

 

「げほっ!? げほっ!? ……ふふっ、そう言う君も暴力か……どうだい、一方的な弱者……を……」

 

 狩谷の言葉が途中で止まる。ほんの僅かだが、足が動いた。

 

「な、なっちゃん大丈夫!? 怪我は無い!?」

 

 慌てて駆け寄る加藤。だが、そんな加藤に全く意識を向けられない狩谷。

 

「う、動く……の、か……?」

 

 ほんの僅か、足がピクリと動く。今まで忘れていた動かし方を、思い出すかのように。

 

「え、な、なっちゃん……?」

 

 よく分かってないような加藤は、心配そうに覗きこむ。

 

「は、はは、う、動くんだよ加藤……あ、足の感覚が、有るんだ……」

 

 倒れたまま、湧き上がる衝動のままに足を動かそうとする狩谷。あの日から消えていた世界の色が、心に戻りつつ有る。

 

「えっ、な、なっちゃん……?」

 

 加藤も、足に目を向ける。ほんの僅かだが、動いていた。

 

「な、なっちゃん……なっちゃん!?」

 

「は、はは、か、加藤、足が、僕の、足が……!」

 

 嬉しそうに、心を震わせる狩谷。衝撃の高さに殆ど心の処理が追いつかなかった二人が、少しずつ状況を理解し始めてきた。

 

 そんな様子を猫宮は微笑んでから一瞥すると、振り返って新井木の肩を叩いた。「あ、え、えっ?」 「行こう、新井木さん」「え、あ、うん……」

 

 感情が溢れて止まらない二人を置いて、立ち去る猫宮と新井木。恐る恐るといった様子で、新井木が猫宮に話しかけてきた。

 

「え、えっと……どうしちゃったの? あの陰険眼鏡……?」

 

「……体の打ち所が良かったのかもね?」

 

 優しい顔で微笑んでいる猫宮。そんな表情の意味を、読み取れない新井木。また新井木の心はざわめく。猫宮も、みんなから一目置かれてる。それに、何だか色々なことができている。どうして、私ばっかりこうなんだろ……?

 そして、そんな心のざわめきは、坂上の声に唐突に阻害された。

 

「……全兵員は作業を中断、すみやかに戦闘態勢に移行せよ。繰り返す、全兵員は作業を中断、すみやかに戦闘態勢に移行せよ」

 

 新井木は思わず、猫宮の方を見た。表情が、兵士のそれに切り替わっていた。

 

「出撃だね……行こう!」 「う、うん!」

 

 猫宮がそう言ってかけ出すと、新井木もそれに慌ててついて走りだした。本来やるはずだった仕事を記憶から消して――。

 

 

 

 阿蘇山麓草原地帯。広々とした草原で、敵味方が激しくぶつかり合っていた。元々遮るもののない平野では、数の多い幻獣に圧倒的な地の利が存在する。なので、眼下では見事な動きをした士魂号Lの部隊や、大小様々な野砲、そして多数の塹壕陣地が旺盛な火力を吐き出していた。数に火力で対抗する、コレが幻獣出現時より一切変わらない人類側の対抗策である。

 

 そして、5121はそんな戦場より少し離れた高地の一画に陣取っていた。ずっと待機していて、瀬戸口の実況解説を受けている最中である。

 

「それはわかったが、我らは何時まで待てばよいのだ?」

 

「そうです。瀬戸口さんは前置きが長過ぎます!」

 

 珍しく芝村と壬生屋が同調して言った。

 

「ははは。そう慌てなさんな。今日の俺達の任務は隠しごまってやつさ。戦いがもつれてきたらリザーブとして一気に片を付ける役割だな。司令が言うには、士魂号の典型的な使い方のひとつってことだがね」

 

「あ、戦車がやられた!」と滝川の声がした。

 

 眼下では、士魂号Lの一軍が増援のミノタウロスの集団にまともにぶつかっていた。その代償は、3輌の損害である。

 

「わたくし、わたくし……」

 

 焦れる壬生屋の声が響き渡る。

 

「はい、壬生屋さん落ち着いて。深呼吸を1回2回」

 

「二人共、軍隊は待つのも仕事の内。それに、こういう戦場じゃ士魂号はむしろ対空以外はL型より弱いんだ。タイミングを計らないとあっという間にやられちゃう」

 

 瀬戸口と猫宮に諭されて、多少落ち着く二人。

 

「分かりました……」 「了解した」

 

「それに、この戦区には名物部隊が張り付いていてな。俺達と同じ士魂号の部隊だ」

 

「瀬戸口よ、それはまことか」 芝村の口調にはかすかな興奮が感じ取れた。

 

「ああ、3352って隊でな。通称、荒波隊と呼ばれている。まんま司令の名前を冠したネーミングだがね。じきに出てくるから、よく見ておくように」

 

 と、戦場の一画で炎が上がる。見ると、真紅のカラーリングを施された士魂号単座型軽装甲が、敵中を大胆に突破して、戦車隊を攻撃している敵に襲いかかった。ジャイアントアサルトの連射で、一体のミノタウロスが崩れ落ちる。敵が一斉に注目するその数秒で更に一連射。今度はゴルゴーンが炎を吹き上げる。

 幻獣が攻撃態勢に移るかと思われたその瞬間に機体は移動し射撃、敵を葬る。

 

 射撃即移動ではなく、射撃、射撃即移動と攻撃回数をギリギリまで見切って増やし、敵に損害を多く与える。ほんの1秒程度の攻撃との時間差で見切り続けている。

 それに、なんという操縦の見事さだ。動き自体はむしろ単純なのに、無駄を極限まで削っているかのような動きだ。

 

「凄い、あのパイロット、凄いよ……!」  「す、凄いです……」 「いや、本当に見事だね……」 

 

「ふむ。特に派手な動きをするわけでは無いが、全てが計算しつくされている。あれがプロフェッショナルというものだな」

 

 4人のやや興奮した声と

 

「すげーっ!すげーっ!すげーっ!」 滝川の感極まった声が響く。

 

 特に滝川は同じ軽装甲だ。軽装甲の動きの極みと言えるような動きを魅せられて、堪ったものではないだろう。

 

「あれが荒波千翼長。元自衛軍のエースパイロットで、善行司令とほぼ同時期に士魂号部隊の創設を上層部に具申している」

 

「視点を荒波機から半径100に固定。拡大表示してみてください」

 

 不意に善行の声が流れてきた。言われるままにズームすると、中型幻獣の群れを引き連れ、退却する荒波機が移った。恐るべきことに、完全に背を向けながら追いすがる敵の射撃をすべて避けている。

 

「逃げているんですか?」 壬生屋が尋ねると、善行は一泊置いて言った。

 

「じきに分かります」

 

 荒波機が全速で逃げていくと、荒波機の左右で草原が隆起した。迷彩ネットを付けて偽装を施した2機の士魂号複座型が、ミサイルを発射、追いすがる5体のミノタウロスを消滅させた。

 

「あれが荒波中尉……千翼長の本領ですね」 

 

 善行は静かに言った。パイロットたちは言葉を失っていた。

 

「彼が言うには、釣り野伏という古典的な戦術だそうです。典型的な陽動作戦ですね。さて、それでは瀬戸口君、あとはよろしく」

 

 善行に変わり、再び瀬戸口の声が流れた。

 

「敵が撤退を始めた。行ってくれ」

 

「参りますっ!」 瀬戸口が言い終わらぬ内に、壬生屋が突撃する。それを追う他3機。目の前であんな動きを見せられ、気分が高揚していた。まだまだあの動きには及ばないが、パワーアップ装置を使えばミノタウロスを両断できるかもしれない――。そう思い、コンソール横のスイッチを押し、今にも斬りかからんとする壬生屋。

 

 拡声器から、『SWEET DAYS』の甘い歌声が流れだした。曲は、自分の機体から流れ出している。壬生屋は目を瞬き、パニックに陥った。わたくしは、何か間違ったのか!? 混乱しながらも、ミノタウロスの背に大太刀を叩きつけた。

 

 ざっくりと背を割られながらも、敵はなおも逃げてゆく。追いすがり、何度も叩きつけようやく撃破した。

 

「壬生屋機、ミノタウロスを撃破。壬生屋、BGMもいいが、それ、お前さんの趣味か?」

 

「違います違います! 120%増するからって、原さんが……」

 

「なんだそれ?」

 

「だからパワーアップする隠しコマンドって聞いたんですけど……」

 

 途端、受信機の向こうで爆笑が聞こえた。よく聞いてみれば善行の声まで混じっている。

 

「司令! 司令までわたくしを笑い者にするのですか!? 」

 

 かっとなって壬生屋が叫ぶと、善行が通信を送ってきた。口調に笑いの余韻が残っている。

 

「失礼。コンソールの隅のスイッチですね。もう一度押せば曲は止まります。それにしても原主任は不謹慎極まりない。わたしからも言っておきます」

 

 

「……いや、皆さんわりと笑えませんからね、コレ?追撃戦だから良かったものを……」 

 

 弛緩した空気の中突然、冷たい、冷たい猫宮の声が響く。だからこそ見逃してフォローの態勢も万全にしていた猫宮も人のことは言えないが、流石に性能の事で騙すのはいただけない。そして、指揮車のテンションも下がったようだ。

 

「……失礼を」 咳払いを一つして冷静になった善行の声が響いた。

 

「っ~~~!許せませんっ!」 

 

 ジャンプ、停止、切りつけ――鋭角だけで構成された動きで、壬生屋は二刀流で鬼神の如く暴れまわった。他の機体も、それぞれ追撃している。

 そんな大暴れをよそに、突然4番機の右足の動きが鈍る。片膝をついたまま、動けなくなった。

 

「どうした、猫宮!?」

 

 芝村からの声が飛ぶ。

 

「エラーメッセージ……脚部パーツ不良だね、ちょっと動けないかも。でも、大丈夫! 追撃戦だしね!」

 

 そう言うと、猫宮は両手のガトリングとグレネードランチャーで周囲の小型幻獣をなぎ払う、そして、それに滝川も加わった。

 

「4番機は俺がフォローするから、二人共追撃してくれ!」

 

「了解だ」 「了解です!」

 

 そう言うと、1、3番機は再び突撃してく。それを、92mmライフルで援護する二人。このような、どれかの機体が不良を起こした場合のフォローの仕方も想定してきたので、慌てずに淡々と行う。実は猫宮は先に不具合を発見していたが、丁度いい演習代わりとして、そして新井木の意識を変えるためにわざと見逃していたのだ。

 

「猫宮、自走できるか?」 「歩くだけなら何とか。もう一人で戻れるよ」 「了解した。滝川、お前も追撃に参加してくれ」 「了解!」

 

 連絡、報告、命令と演習通りに淀みなく動く5121小隊。4番機の安全が確保されると、2番機も追撃に参加して更に戦果を挙げていく。

 

「今回は殆ど倒せなかったかな」

 

 それを見て、猫宮は少し寂しそうにトレーラーへと歩かせて戻るのだった。

 

 程なくして戦闘は終了する。その日の5121小隊撃墜数は中型20、小型幻獣は数知れず、であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




再生医療で四肢欠損やら内臓欠損、そして生命力の低下までどうにか出来るガンパレ世界で、何故か治らない榊ガンパレの狩谷。ゲーム版でもSランクでは治ってたしなので、理由をこじつけてこうしました。
……後何人精霊手でぶん殴るはめになるかなぁ……?

そして猫宮は、安全な内に犯せるリスクを犯していきます。



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成長も少しずつ

 戦闘終了後、辺りには鳥達のさえずりが戻ってきた。だが荒波機はまだ警戒を継続するのか、補給を受けていた。そして、その間、話せるように善行が頼み込んでくれたのだ。

 

「3352の荒波司令からお話があります」

 

 善行の静かな声が通信回路に流れた。士魂号パイロット全員の目に、レッドカラーのド派手な機体が映る。

 

「善行さん、俺はお話なんて柄じゃないんだがな」

 

 笑い声とともに、若々しい柔らかな声が響く。

 

「まあ、なんだ。おまえさんたちが5121の精鋭ってわけか。追撃戦の様子、しかと拝見させてもらったよ。猟犬とまではお世辞にも言えないが、牧羊犬のように良い動きをするじゃないか。アクシデントにも迅速に対応していたし、特にそこの重装甲のパイロット。大太刀2本引っ提げて敵に切り込むなんて実に痛快、楽しませてもらったよ」

 

 同じ千翼長なのに、善行とは随分雰囲気が違うと戸惑う一同。いきなり名指しされた壬生屋は照れて口ごもる。

 

「そ、そんな。わたくしは……」

 

「ははは。時代劇を見てるみたいだった。ま、俺ほどじゃないけど、お前さんたちの機体運用もテレビ映えするだろう。なあ、どうせなら決め台詞を考えてみたらどうだ?」

 

「決め……ゼリフ……」 壬生屋はあっけにとられてつぶやく。猫宮は楽しそうだ。

 

「ああ、星に変わってお仕置きよ、なんてな」

 

「あっ、それってセフィーロスターっすね! 俺、大ファンなんです!」 「うんうん、あれいいよね!」

 

 アニメ好き2名の様子に、苦々しげな舌打ちが速水に聞こえる。流れてくる雑談は、本当にエースパイロットのものなのだろうか……。

 と、滝川がエースの成り方を聞いた。

 

「良い質問だ。それでは君たちに教えてあげよう。エースの条件とは、一に才能、二に才能、三四が無くて九九九まで才能だ。エースパイロットとは、少数の選ばれし天才の世界なのだよ。自分に才能がないからその分、努力をしようなんて考えてはダメだ。そういう奴は、パイロットの世界では十中八九死ぬことになる」

 

「死ぬって、そんな……。やっぱり、荒波司令は特別なんですか……?」

 

「おお、百年に一人の天才だぞ!」

 

「そっすか……」 少し、項垂れる滝川。シミュレーター時代の議論で別格と言われた理由が、心の底から分かったような気がした。

 

「……努力しちゃダメなんですか?」 速水も、思わずそう問うた。

 

「ははは、そう思いつめないでくれ。言葉が足りなかった。俺みたいに危険と紙一重の動きをするエースパイロットは努力云々の次元じゃないのさ。努力をしよう、少しでも強くなってみせようなんて頭のなかだけで思いつめると必ず動きが鈍ってくる。才能がないのだったら、エースの真似をするんじゃなくて、天才の世界とは袂をわかって才能が無いなりのスタイルを見つけないといけないんだ。こんなところでいいかな、善行さん」

 

「才能が無いなりのスタイル……」 なにか思うところがあるのか、滝川が呟いた。

 

「相変わらず独特な言い回しをしますね」 善行の声には苦笑が混じっていた。

 

「それとこれが肝心なことだがな。お前さんたちには長丁場が待っている。神経を張り詰めたままだと危ないぞ。気を楽にして、普段は馬鹿をやることだな。ムーンロードをうろついてナンパしまくるのもよし、ゲーセンに通い詰めるのもよし。とにかく、機体を離れたら戦闘をシャットアウトすることだ。それが出来ずに神経を消耗させ、死んでいった奴らを俺は沢山知っている。だからお前さんたちは馬鹿になれ。以上、アドバイス終了」

 

「ばかに……ばかに……」 

 

 あまりの意外な言葉に、壬生屋は半分呆然とさえしているようだ。他の3名も、今ひとつ消化しきれてない。しかし、そんな思いを他所に瀬戸口の拍手が響く。

 

「ナイスです、荒波千翼長。言ってくれますね」

 

 どちらも軽い物同士、ウマが合うのだろう。善行の硬さをダシに話を転がしている。そんな様子に、色々と困惑するパイロットや善行であった。

 

 

 さて、尚敬校に戻り、早速壬生屋は原に文句を言いに行き、それに猫宮もついていく。しかし、壬生屋の怒りを他所に、原はのらりくらりとかわして、なにやら壬生屋が逃げ出してしまった。それを微妙な表情で見送る猫宮。そして、原の方に振り返る。

 

「……まあ、一面では事実ですけどあれ、追撃中とかじゃなくて通常戦闘中とかだったら結構洒落になりませんからね……?せめて、幻獣の撤退が始まってから『秘密兵器よ!』とかバラすなら分かりますけど……」

 

 猫宮のジト目に、思わず顔を背ける原。

 

「わ、わかったわ……」

 

「ジョークも程々に、場面を選んで下さい。そうすれば文句は言いませんから」

 

 押し黙る原、初対面時から物怖じせずづけづけと言われてきた。

 実は、その美貌や性格からそういう事があまりなかったので打たれ弱かったりする原。

 それに、戦闘中機体の不具合を起こした後ろめたさも有る。

 

「まあ、そんな訳で善行さんから罰則です。茶坊主、1週間の刑です。」 一転、ニコニコして言い出す猫宮。

 

「な、なんですって……!?」

 

『ひっ!?』

 

 よりによって善行からの罰則、しかも茶坊主と言う屈辱的な刑にわなわなと怒る原。そして、その様子を見て怯える整備班一同。

 

「というわけで、皆さん1週間の間はお好きにどうぞ~! あ、原さん、自分機体磨くんでお茶とお茶請けお願いしますね!」

 

『ひいいいっ!?』

 

「ふ、ふふふ……了解よ……!」

 

 戻る途中、善行に煮えたぎった渋すぎる茶を置いていこうと決心し、ドスンドスンと物凄い足音を立てて食堂へと向かう原。整備班たちは、この1週間の無事をそれぞれが信じる何かへ思わず祈るのだった。

 

 

 夕刻、壬生屋は中町公園のベンチにぼんやりと座っていた。初陣から戦闘をいくどもこなしてきたが、まだまだ精神の未熟さが抜け切らない。それに、原さんの気遣いまで無駄にしてしまった……。早く一人前になりたい。そう思っていると、覚えの有る足音が近づいてきた。

 

「あ、猫宮さん……」

 

「や、大丈夫?」 

 

 片手を上げ、いつもの様に人懐っこい笑みを浮かべている猫宮。背中には竹刀を背負っているようだ。

 

「あ、はい、わたくしは大丈夫です……」

 

 とりあえず、そう答えるしか無い壬生屋。思えば、猫宮はこの隊に来た時から常に冷静で、みんなに気を配ってくれている。それに比べてわたくしは……

 

「壬生屋さん、はい、パスっ!」

 

「えっ?」

 

 急に、壬生屋に竹刀が投げられた。それを思わず掴みとると、猫宮が袈裟懸けに竹刀を振り下ろしてきた。とっさに横っ飛びしながらなぎ払う壬生屋。それを猫宮は、体を捻りすれすれで躱す。

 

「いきなり何ですかっ!」

 

「何か悩んでるみたいだし。ならとりあえず、体動かしてみようよ!」

 

 猫宮は笑顔でそういった。ただし、いつもの柔和な笑みではなく、獰猛な戦闘者の笑みだ。

 なぜだか心が高揚した壬生屋。気が付くと、斬りかかっていた。それに合わせ猫宮も打ち合い、弾き、躱し、二人で剣舞を作り上げていく。乾いた音が辺りに響き渡り、壬生屋も知らず知らずに笑みを浮かべる。

 

 隙を伺い、作ろうとし、考え、動き続ける。余計なものは消え失せていた。久々に、自分と打ち合える人間が現れ、嬉しかった。

 

「そうそう、これだよこれ!」

 

 猫宮の袈裟懸けを、受け止め、競り合いが起きる。

 

「これとは?」

 

「今、壬生屋さん余計なこと何も考えてないでしょ!」

 

 はっとした。そうだ、戦いとはこれでいいのだ。

 やがて、どちらからとも無く離れる。そして、壬生屋は深々と礼をした。

 

「猫宮さん、ありがとうございました。またひとつ、何かつかめた気がします」

 

「あはは、どういたしまして」 また、柔和な笑みに戻っていた。

 

「あ、そうそう、流石に原さんのいたずらが過ぎたから、原さんにも罰が下ったよ。刑は茶坊主1週間!」

 

「あらあら、うふふ」 

 

 思わず、壬生屋も微笑んだ。

 

「では……わたくしも原さんに、お茶を入れてもらおうと思います。あ、肩を叩いてもらうのもいいかもしれません」

 

「うん、きっと凄い顔すると思うよ」

 

 笑顔の二人。なお、翌日にその通りの事態になったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 だいぶ日も暮れた頃、猫宮は食堂に居た。遅くまで整備をしている整備員たちのために、夜食を作っていた。鼻歌を歌いつつ、上機嫌にお玉でかき混ぜている。そこへ、原が入ってきた。ちらりと一瞥して、挨拶する猫宮。

 

「あ、原さんお疲れ様です」

 

「ええ、ありがと」 そう言うと、コポコポとお茶を淹れる原。何やら微妙に慣れているように見えるのはご愛嬌だろうか。

 

「貴方に謝ろうと思って。本当は整備テントで謝ろうと思ったんだけど、こんなことさせてくれちゃって」

 

 若干不機嫌そうに言い、猫宮の横に湯のみを置く。猫宮はペコリとお辞儀すると、手を止めてそれにゆっくりと口をつける。

 

「それは原さんも悪いんですよ?」

 

「……もうわかってるわよ。でも、この件は別。貴方の機体の故障、こちらの落ち度よ。……整備班がパーツを変えることを怠った、ね」

 

「ミスは誰にだって有ります。だから、それ前提で自分たちをも戦術を検討してきました」

 

 事実、あの戦闘中、敵が撤退中だったとはいえ何の澱みもなく把握、支援、撤退と一連の動きがスムーズにできたのだ。単なる励ましでないのも明らかだ。

 

「ええ、わかっているわ……。でも、これは意図しなかった、気がつけなかったミスではない。整備班が脚部点検を怠ったことによる明らかな失態。その整備員はクビにするつもりよ」

 

 5121のパイロットたちは、人型戦車に必ず不具合が生じることを前提に戦術を立てている。その気遣いが本当に有りがたかったし、同時にそれを下らないことでさせた新井木に原は言い知れぬ怒りを覚えていた。

 

「ミスは誰にだって有るように、過ちだって誰にでもあります。だから、もう一度、チャンスをあげて下さい」

 

「良いの? 貴方はその一度の過ちで、死ぬかも知れなかったのよ?」

 

「まだ、生きてますし。それに、それ言うなら原さんだってあんなことしちゃいましたし」

 

「うっ……」

 

 そう言って笑う猫宮に、原は何も言い返せないのだった。

 

 

 翌日の昼休み、猫宮は整備テントの中で点検をしていた。狩谷が加藤と一緒に病院へ行っているので、その代わりにちょっとした整備の手伝いだ。4番機の前で、コンソールを弄る猫宮。と、そこへ恐る恐るといった様子で新井木が現れる。猫宮は気が付かないふりをして、チェックを続けている。

 

「猫宮君……」

 

 と、少しした後、しょんぼりした新井木が出てきた。

 

「ん、何……?」

 

 猫宮が向き直ると、新井木はもじもじと地面に目を落とした。近づこうかどうか、迷ってるように見える。

 

「その……僕取り返しのないことしちゃって。原さんに首だって言われたんだけど、転属する前に謝っておこうと思って。ごめんなさい。僕、仕事、甘く見てた」

 

 謝る内に、ぐずぐずとすすり泣く新井木。まったく、こうなると男は弱いってのに……

 猫宮は近づくと、新井木の頭にぽんっと手をおいて言った。

 

「もう、手を抜かない?」

 

「う、うん、転属しちゃうけど、もう、二度と、手は抜かない……!」

 

「そっか。じゃ、もう良いよ」

 

「だ、だめ、僕が気にするの。僕、何をやっても上手く行かなくて。一生懸命やってもバスケ部ではずっと補欠で、戦車兵にもなれなくて、整備学校でも腕の良い人、回りに沢山居て……」

 

 新井木は泣きじゃくった。

 

「大丈夫、僕達まだ学生だし、きっといい方向に変われるから。原さんからもお願いされたしね」

 

「は、原さんが……?」

 

「うん。この通り謝るから、新井木さんにもう一度チャンスを与えてって。だから、大丈夫」

 

 そう言って頭をポンポンすると、新井木の鳴き声がひときわ激しくなった。

 やれやれと猫宮が苦笑して回りを見ると、整備員たちが面白がってこちらを眺めていた。1組メンバーも混じっている。

 

「はっはっは、猫宮、随分な色男ばいね」

 

 そう中村に言われ、肩をすくめる猫宮。

 

「う、うええ、み、みんなも、ご、ごめんなさい……」

 

 泣きながら回りのみんなに謝る新井木。

 

「まったく。次の手抜きは許しませんよ」 と、不機嫌そうな顔で言う森。

 

「へっへっへ、次からはちゃんと仕事しろよー!」 茶化す滝川。

 

「で、それは良いとして罰はどうしますぅ? やはり丸坊主の系ですかぁ?」

 

「ひ、ひっ!?」

 

「やめなさいこのバカ」

 

 丸坊主を要求する岩田に一括する原。

 

「うーん、そうですね……じゃあ、茶坊主……も今も似たようなものだし。あ、そうだ!」

 

 ぽんっと手を打つ猫宮。

 

「な、なに……?」 泣きながら何だか嫌な予感がする新井木。

 

「茶坊主の刑だけど、その間同じ茶坊主の原さんを君づけ、もしくは呼び捨てで、ヒエラルキーは新井木さんが上。で、二人に仕事が頼まれたら命令して原さんに押し付けること。『おい、原。ちゃんとお茶用意しておけよ』って感じに」

 

「え、ええええええっ!?」 「なんですって……!?」

 

 衝撃のあまり思わず涙も止まる新井木、そしてとんでもない表情をする原。

 

「そ、そそっそ、それだけは止めてえええええっ!?」

 

「そうしないと、罰にならないでしょ! じゃ、整備員の皆さんもよろしくっ!」

 

 笑顔でみんなに言う猫宮。そして、悲鳴を上げる整備員達。

 

 後に、この1週間は5121の黒歴史として闇から闇へと葬られるのであった……。

 

 

 

 

――以下、どうでもいいおまけ――

 

 

 黒森峰との訓練が終わり、尚敬校へと帰還するロボ。そして、仕事が終わった後またひと目の付かないところで4人が集まった。

 

「それで、どうだったか? 何か収穫はあったかいね?」

 

 あまり期待していない様子でバトラーが問う。まあ1回目だし仕方ないだろうといった風だ。バットとタイガーも同様である。

 

「あ、あの、これ…………」

 

 そんな様子にロボは、恐る恐る、厳重に封をした袋を、かばんの奥底から取り出す。

 

「なっ……」 「ま、まさか……!?」 「ノオオオオオオオッ!?」

 

「え、えっと……な、何か、貰えちゃった……」

 

 封から取り出されたるは、純白のほのかな香りが漂う靴下。これは、3日物の価値は有るだろうか……。そして、かすかに綻んだ踝の位置。

 

「な、なんと、コレは……!?」 タイガーは衝撃のあまり思わず駆け寄った。他二人も同様である。

 

「ふ、ふおおおおお!?」 「い、良いっスゴクイイイイイイイイッ!」

 

「こ、これでいいのか?」

 

『良くやった!』

 

 ロボの声に、3人の声がハモる。

 

「ま、まさかこんなに早く結果を出すとは……ソックスロボ、恐るべし……」

 

 元々金で誘われ、あまり期待もされていなかったハンターである。が、今回のことでロボ評価が30段位跳ね上がった。

 

「ふふふ、素晴らしい、なんとも玄妙な香り、この踝のほころび具合……では私にくれれば報酬はこれで……」

 

「のおおおおおおっ! ダメですっ! それは私のですぅ!」

 

「しゃらしかっ! それは俺のばい!」

 

 ハンターが3人、ソックスは1足。 問題です。この状況でソックスハンターは協調できるでしょうか。答え:無理。

 

 途端に壮絶な殴り合いが発生した。各々の懐からソックスを取り出し、己の顔に持っていく3人。一瞬表情がトリップした後、動きが変わった。

 人間を超えた、何だかマリオとダンテとエツィオを足して4で掛けたような勢いで動き回る3人。そしてそれを呆然と見ているロボ。

 

「じゃ、じゃあ、俺はこれ置いてくから、後で報酬頼むな……」

 

 そう言うと、滝川は隅の方へキチンと畳んだソックスを置いて、逃げ出した。

 

 残された3人はハリウッド映画とジャッキーチェンの映画とチャック・ノリスとセガールを足したような一大巨編を作り上げられる動きで暴れまわっている。

 

「ソックス、か……あの子、可愛かったなぁ……」

 

 こうしてまた新たなるステージへ進んだソックスロボ、そして闘いを続ける3人の明日はどっちだ!?

 

 

 

 終われ! 本当に終われ……!

 

 

 

 

 




……どうして人はソックスを書かざるをえないんだろう……



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銀剣突撃勲章

これにてepisode two は終了です。これからも頑張っていくので、どうかお付き合い下されば幸いです。


「信じられません……これは……奇跡です……」

 

「せ、先生、それじゃあなっちゃんは!?」

 

「は、はい、これなら少しずつリハビリをしていけば、また歩けるだけでなく、バスケットボールも出来るようになるでしょう」

 

「ほ、本当ですか……」 呆然として、呟く狩谷。

 

「なっちゃん、良かったね、本当に、良かったね……!」 そして、泣きながら抱きつく加藤。

 

 医師は、そんな様子を微笑んでみている。思えば、ずっと献身的に狩谷に付き合っていた子だ。本当に嬉しいのだろう。

 そして、狩谷から少しずつ、そして静かに嗚咽が漏れてきた。感情が溢れた。そして、ずっと献身的に尽くしてくれた加藤への思いも。そして、そんな泣き続ける狩谷を優しく抱きしめている加藤。

 しばらくして、落ち着いてきた所で医師がまた話し始める。

 

「というわけで、リハビリのスケジュールを決めたいのですが……」

 

 そう言われ、顔が曇る狩谷。彼は、優秀な整備員としてとても忙しいのだ。そして、それを知っているがゆえに医師も選択肢を提示する。

 

「ひとつは、病院に定期的に通っていただくこと。出来れば多いほうが良いのですが……もし忙しいのならば、誰かに手伝って貰って行うのも良いでしょう」

 

 そう言われれば、やはり選択は手伝ってもらう選択だ。そして、それが出来るのは……

 

「やります! うち、何でもやります! だから、方法、教えてください!」

 

 何かを言う前に、加藤が志願した。

 

「な、なあ、加藤……その、無理をしなくても……」

 

「無理なんかやない! うちは、うちがしたいからなっちゃんを助けるんや!」

 

 そう言われ、思わず下を向く狩谷。僕は、こんな献身的な女性に今まで何をやってきたんだ……

 

「大丈夫や、なっちゃん」

 

 ぎゅっと、抱きつく加藤。女性特有の柔らかさと、いい香りがした。

 

「新井木さんも、壬生屋さんも滝川くんも芝村さんもみんな少しずつ変わって行けてる。だから、なっちゃんもきっとまた、明るい元のなっちゃんに戻れると思うんよ」

 

 無条件の愛と信頼が、そこにはあった。また、涙を流す狩谷。

 

「……その、本当にありがとう、そしてごめん、加藤……」

 

 そう言うと、殴ってしまった場所に触れる。労るように、謝るように。

 そして医師は、そんな様子を優しい目で見守るのだった。

 

 

 そして、医者から戻り原に説明すると、事情を考慮して少し仕事量を減らそうとしてくれた。しかし、やはり忙しい時期だ。狩谷はそれを断った。そう言うと、原は「そう……」とまた、優しく微笑むのだ。

 

 

 そして翌日、仕事が終わった後、狩谷は食堂に連れられた。何やら今日1日、他の連中がよそよそしかったので、一体何が有ったのかと少し怯えも有ったかもしれない。自分は、本当に回りに悪意を振りまいてきたのだから。そして、加藤にドアを開けられ食堂へ入ると――

 

 

 パパパパパパンッ!

 

 

『おめでと~~~~っ!』

 

 

 狩谷が中に入ると、一斉に破裂音がして紙テープが飛んできた。突然の状況に困惑する狩谷。中では、小隊メンバーが笑いながらこちらを見ていた。

 

「み、みんな……これは、一体……」状況がよく飲み込めず、思わず問いかける狩谷。

 

「足、動くようになったんでしょ? だから、皆でお祝い。狩谷君、何時も遅くまで整備してくれてるし」

 

 笑いながら猫宮がそう言うと、皆も頷く。

 

「おめでとうっ!」 「おめでとうございます!」 「リハビリ頑張ってね!」 「困ったことが有れば手伝うから」 「ふふふふふ、めでたい、実におめでたいいいいいいっ!」

 

 などなど、皆からの祝福の言葉が飛んで来る。そして、テーブルにはお菓子やらジュースやら、手作りケーキやらが並べられていた。

 

「……ありがとう、ありがとう、ありがとう……」

 

 僕は、こんな連中にいつも皮肉ばかり言っていたのか……。そう思うと、また涙が溢れた。

 

「あはは、なっちゃん、泣きすぎ。ほらほら、お祝いなんだし、皆で一緒にケーキ食べよ! 猫宮君とヨーコさんと中村君の合作やで!」

 

「あ、ああ……」 そう言われて、真ん中に引っ張っていかれ、ケーキが切り分けられジュースが注がれる。

 

 モノクロームの世界はどこかに消えていた。今の狩谷の目に、世界は極彩色に輝く。

 

「陰険眼鏡、もう卒業ね。えーと、じゃあ、眼鏡くん……?」

 

 とぼけたことを言う新井木。それも何だかおかしくて、思わず笑ってしまった。

 

「狩谷で良いよ、新井木」 

 

「うん、ちゃんとした顔で笑えるじゃない。じゃ、狩谷って呼ぶわ!」

 

 その様子を、微笑んで見守る加藤。

 

「よし、じゃ、かんぱーい!」

 

『乾杯っ!』

 

 猫宮の合図で、皆が食べだす。狩谷を祝いつつ、そして口実にみんなでワイワイと。こうして、5121の夜は過ぎ去っていったのだ。

 

 

 

 数日後、また阿蘇戦区へと参戦する5121小隊。この平野は、どちらの勢力も意地になり、戦力を次々と投入している泥沼になっている状況だ。

 

「随分とごちゃごちゃした戦場だね」

 

「ふむ、もはや理屈ではないか……」

 

「うん。支払った血が多すぎて、もう撤退も何も出来ないんだよね」

 

「そなた、前にもそんなことを話していたな」

 

 猫宮の呟きに芝村も言葉を重ねる。やはり、理屈だけでは動かぬことが多々あるようだ。と、そこへ瀬戸口から通信が入る。

 

「友軍から要請があった。正面の戦線から中型幻獣を駆逐して欲しい、とな。ただし、深入りはするなよ」 

 

 瀬戸口の声がコックピットに響いた

 

「了解した」 「了解」 「了解っす」 「了解です!」 「了解」

 

 返事とともに、4機の士魂号が前進を開始する。その中で92mmを構える2,4番機、ジャイアントアサルトで歩き出す3番機。そして、2刀流で突撃する1番機。

 

「参ります!」

 

 目の前に、ミノタウロスが見えた。そう、わたくしは破邪の剣。わたくしは皆を護る者――私はみんなの導き手…導き手? 

 ほんの一瞬、心に何かがよぎった。しかし、心は戦いに燃えている。目の前のミノタウロスが、巨腕を振り上げた。

 

 ――遅い。振り上げた方と反対側に回り込み、右で横薙ぎに一閃、ミノタウロスの胴と頭が別れた。そして頭が落ちる間に、その横のゴルゴーンに反対側の太刀を振り下ろし、両断する。近くに居たナーガは、更に右手のガトリングで薙ぎ払った。

 

 ほんのわずかな間に、3体の中型を屠った壬生屋。あまりにも強烈すぎる、壬生屋流剣術のデビューであった。

 

「す、すげぇ……」 「凄い……」 「なんと……」 「壬生屋さん、一皮むけたね。凄いよ」

 

 それぞれが、あっけにとられたパイロットたち。猫宮にとっても、想像以上の成長であった。

 

 

「2時方向、L型が退却中だ。そちらに2機程、そして10時方向に塹壕陣地。そっちには1機程頼む」

 

「ふむ、L型の支援には3番機と2番機が行こう。猫宮、塹壕の方は頼めるか?」

 

「了解!」

 

「では、滝川、ついてこい」

 

「あいよ、了解!」

 

 壬生屋が大立ち回りをしている間、他の機は別れて味方を援護する。

 

 

「さて、と……」

 

 走りだす4番機。猫宮の視界には、多数の幻獣に取り憑かれている陣地が映った。塹壕陣地は、キチンと作って有れば小型幻獣だけではまず陥落はさせられない。陥落するパターンは、目の前のように中型が幾らか混じっているパターンである。例えば、12.7mmでは10秒以上射撃しなければミノタウロスに有効打を与えられない。そちらに射撃を向ければ、あっという間に小型が陣地に群がり白兵戦、そして虐殺である。だ

 

 だから、まずは狙うは中型だ。陣地に向けて走りつつ、ジャイアントアサルトをキメラに、グレネードランチャーを小型にばらまく。

 半径15メートルの榴弾を、上から必要な位置に効率よく10発程度ばら撒くと、塹壕陣地に殺到していた小型幻獣があっという間に蹴散らされた。

 

「そこの塹壕陣地、こっちが囮になります。横を向いた隙に中型に火力を叩き込んで下さい!周波数は……!」

 

 程なくすると、「了解、助かった!」との通信が入る。

 

 それを聞くと猫宮はジャイアントアサルトを持つ手を持ち替え、20mmと12.7mmの弾をやたらめったらばらまいた。9mの巨人から放たれる弾幕に、中型が思わず横を向く。

 そこへ、小型が消え暇ができた機銃と、設置式火砲の火力が叩き込まれ続け、どんどんと陣地の周囲から幻獣がすり減る。

 

「ふぅ、とりあえず一段落と。とりあえず、これからも陣地の前で中型を引っ掻き回すんで、横からお願いします! 動く方向は予め言っておくんで! 誤射に注意で!」

 

「了解! こんな楽な戦闘は初めてだ! 援護は任せろ!」

 

 そう陣地からも通信が入る。一つの陣地が派手に敵を消滅させると、そこへ敵の意識が向く。集まってくる幻獣を、次々に血祭りにあげていく陣地と猫宮。そして、他の戦場が楽になる。向久原でも起きた、あの現象だ。横の戦場からの、支援砲撃もだんだんと増え始める。またここでも、すさまじい戦果が叩きだされていた。

 

 一方、2,3番機は右手の戦場で戦っていた。2番機が狙撃をし、開いた穴に3号機が入り込み、ジャイアントアサルトで倒していく。狙撃をした2番機は、すぐにまた他の遮蔽物へ移動する。そして、その援護が有って、3番機は非常に楽に戦っていた。

 

「2番機、ナーガ撃破! ようちゃん、ちょうしいいね!」

 

「おう!」

 

 ヘヘッと笑う滝川。

 

「うん、すごい楽だよ滝川、とっても動きやすい」

 

「そろそろあやつも類人猿は卒業か」すこし寂しそうな芝村。

 

 戦場から戦場を横切り、荒波機のように囮として移動する3番機。引っ掻き回され横を向いた幻獣は、すかさずL型の餌食となった。

 

「おー、すっげー、やっぱりL型強いよなー」

 

 移動しつつ、滝川が感心する。自分も92mmライフルを使っているが、やはり2,3発撃ち込まねばならない時もある。

 

「うん、そうだね。あの戦術、本当に戦いやすい」

 

 黒森峰とのシミュレーション訓練で、L型との連携は想定できていた。そして、互いに訓練してない部隊でも、そこそこの戦果が上げられる。

 

「こちら第21装輪小隊だ。助かった」

 

「なんの。こちらも助けられた。下がって再編するとよい」

 

「ああ、感謝する。君たちにも武運を」

 

 感謝の通信も送られてきた。それに気を良くする滝川と速水。と、ふと気配がしたので横を向く2号機。そこには真紅の士魂号が居た。

 

「あ、荒波司令だ!」

 

「何?」「あ、ホントだ」

 

「はっはっは、活躍しとるようだな5121の諸君。高所にも陣取って結構結構。だが、気がつくのが少し遅かったぞ。俺が敵ならまあ一発は被弾していたな」

 

「は、はい」 

 

 頷く滝川。高所に陣取る以上、広い視野は必要だと思った。そして、真紅の士魂号を見ると、なんと両手にはガトリングとグレネードランチャーが装備されていた。

 

 

「む、それは……」

 

「おお、これか。この間の君たちの戦闘を見てな。善行さんに火器管制やらをねだってな。そして使ってみたらびっくりだ。おい、こういうものは独占するもんじゃないぞ」

 

 軽いながらも、真剣な響きが交じる。荒波も使って、あまりの有用性に驚いたのだ。

 

「す、すいません……」 「ふむ、と言われてもこれは4番機の隊員が装備を独自に取り付けたテスト武装でな」

 

「だから俺には届かなかったと……まったく。まあ良い、これで俺は更にパーフェクトになったぞ。……と、新しい命令だ。陣地の死守命令が出た。そこを抜かれたら、国道まで一直線、1個師団が干上がる。ここで踏ん張らないと、負けるぞ」

 

 真剣な荒波の言葉に、飲まれる3名。

 

「よし、では我らもついていこう。全機、移動するぞ」

 

「ああ、頼む。君らはかなり出来そうだ」 同意する荒波。彼から見ても、今の5121は非常に頼もしかったのだ。

 

「了解です!」 「了解!」 「ネガティブ! 弾薬が殆ど空、ちょっと補給させて!」

 

「む、了解だ。猫宮、なるべく急ぐように」

 

「うん、了解、すぐに行く!」

 

 猫宮からだけはネガティブがかえってくる。だが、3機に荒波小隊の3機だ。行けるだろう。そう思うと、一斉に移動するのだった。

 

 

「各種チェック表!急いで!」 「右脚、問題無し、オールグリーン!」 「12.7mmも40mmも20mmも92mmも……ああ、全部持って来い!」

 

 一人補給に戻る猫宮。トレーラーの横へ行くと、一斉に整備員が群がる。

 

「猫宮君、異常は無い?」 原の通信が入る。

 

「はい、特に不具合もないです!いけます!」

 

 そうして猫宮も内部で少し経口液を飲み、呼吸を整える。と、善行から通信が入った。

 

「悪い知らせです猫宮君、陣地西よりスキュラが3体確認されました……これを止めなければ、甚大な被害が出るでしょう」

 

「そして、他の機体は即応できず、高射砲も足りず……ですか」

 

 次々と戦場の舞台を見て把握する猫宮。戦力が足りない。

 

「……お願いします」

 

「任せてください!」

 

「補給完了、猫宮君、行けるわ!」 原の声も響いた。

 

 立ち上がる4番機。整備員が一斉に敬礼する。それに軽く手を上げると、猫宮はかけ出した。

 

 

 

 凄まじいスピードで戦場を駆け抜ける4番機。見ると、スキュラが3体、今にもL型を襲おうとした。

 

「瀬戸口さん、前方のL型に通信を! スモークを使います!」

 

「わかった、頼む!」

 

 そう言うと、ジャイアントアサルトに予め装填していたスモーク弾をスキュラとL型の間に撃ちこむ。白煙を上げながら飛んで行く弾丸。その煙の中に、猫宮も突入する。

 視界をサーモグラフィーに切り替え、柔らかい腹に92mmを叩き込んだ。爆発と同時に炎が上がり、墜落するスキュラ。

 そして、その銃口の光めがけてレーザーが飛んで来る前に移動、逆にレーザーの撃ち終わりに銃口に更に92mmを叩き込み、また1体が大爆発。恐怖したのか、爆撃しながら闇雲に近づいてくるスキュラ。また移動して、冷静に腹に銃弾を叩き込む。爆発。

 

「4番機、スキュラ3体撃破!……ゆうちゃん、すごい……」

 

「ああ、なんてやつだ……」 瀬戸口も絶句する。

 

 まともに戦えばどれほど損害が出るかもわからないスキュラを、あっという間に3体も葬った。近場のL型からも歓声が上がる。

 

「それじゃ、後は陣地の遠くから狙撃しています! 何か有れば即応できるように!」

 

「ええ、了解です。猫宮君、お願いします」

 

 そう言うと、猫宮は高台の上、狙撃ポジションに付いた。

 

 

 それからはほぼ、原作通りではあるが、1,2,4番機もいたために幻獣は更に早い時間で数を減らし、荒波も援護の甲斐があって比較的軽症で済んだ。この分なら、1ヶ月も有れば完治するだろう。

 こうして、阿蘇戦区の戦いは人類側の勝利で終わったのだ。

 

 

 数日後、パイロット一同は荒波が入院している病院へと見舞いに来ていた。見ると、病室では4人の女子戦車兵が、荒波を甘やかしていた。

 

「おお、大所帯だな。速水に芝村、壬生屋に滝川に猫宮と。実際顔を合わせるのは初めてと言うのは妙なもんだ」

 

「あ、あのっ! だ、大丈夫ですか!?」 憧れのパイロットに直接出会えて、思わず声が上ずる滝川。

 

「はっはっは、まあ見ての通りだ。とりあえず命に別条はない」

 

「そ、そうですか! 良かったぁ~……」 ほっとする滝川。そして、パイロットに安堵の空気が広がる。

 

「ああ。そなたの働きのおかげで人類側は阿蘇戦区では優位に立てたようだ。もっとも、約10日間は、と言う断り書きが付いているが」

 

「ははは、そんなものさ。1パイロットの仕事にしちゃ上出来だ……とも言いたいが、5121の働きも大きかった」

 

 何やら神妙に頷く荒波。実際に、戦闘で相当に助かっていた。その言葉に、嬉しそうにする滝川や壬生屋や速水。

 

「ええと……それで、荒波小隊はこれからどうなるのでしょうか……?」

 

「ああ、それなら俺が上層部に具申して解散することに決めた。動けるようになったら、俺は戦車学校の教官としてリハビリの傍ら、教える側に回る。この下僕どもは……」

 

 言いかけて、ふぅと溜息をつく。

 

「引き続き面倒を見ることにしたよ。教官補佐という名目だがな。もうあんなことは懲り懲りだから、ちょっとは戦えるようにしてやるつもりだ」

 

 それに強く頷く猫宮。

 

「あ、あの、本当にごめんなさい……」田中がしゅんとするのを、慰める荒波。何はともあれ、全員生き残れたのだ。

 

「ははは、それにしてもほんとうに驚いた。聞くと君たちはわずか数回の出撃だそうでないか。まったく、俺よりも才能があるやつが多いな、羨ましい」

 

 そう言うと、荒波はそれぞれのパイロットとがっちり握手を交わす。

 

「あ、あの、俺、俺……師匠って呼んでもいいですか!?」

 

 感極まって、思わず叫ぶ滝川。それに回りは笑い出す。

 

「おお、良いぞ! まあ、君の才能は確かに他4人に劣るかもしれん……だが」

 

「え、えっと?」

 

「だが、君が昨日見せたあの動きは、確かに他4人を助けられる。この俺が保証してやろう、君は別方面に才能がある!」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「おお、本当だとも!」

 

 喜ぶ滝川。それを微笑んで見守るパイロットたち。

 

「じゃあ、早速機体をレッドに!」

 

「おっと、それはやめておけ。俺様と比べられてしまうから」 朗らかに笑う荒波、肩を落とす滝川。

 

 そして、パイロットたちそれぞれの心に真紅の軽装甲が消えることの寂しさを感じた。

 

「ふむ、では我らも受け継ごう。生き残ること。何が有っても生き残り、我らを必要とするたちを守っていこう。厚志と壬生屋と滝川と猫宮と。これだけいれば、達成できそうな気がするのだ」

 

 その言葉に、他4人も深く頷く。

 

「僕は、舞と、そして君たちと出会えて本当に良かった……」

 

「自分もだよ!」 「あっ、俺も!」 「わたくしもです!」

 

 思えばあの日、不思議な少年と、不思議な少女にであった。その日から、僕の日常は大きく変わった。あの、幽霊のような自分はもういない。これから、この大好きな仲間たちと、僕達を必要とする人たちを守っていくだろう。速水の、そして皆の顔に笑顔が広がった。

 

 

 3月の冷たい風が吹き抜ける。出撃準備をする小隊の傍らに、本田と坂上がやってくる。皆、真剣な、そして、だからこそ少年少女のあどけなさが残る表情をしていた。

 彼らは、自分たちの教えを超え、立派な戦車兵となった。それ故に、これからもどんどん激戦区へ送られていくだろう……。二人は、この学校で最後となる見送りを、5121が見えなくなるまでし続けた。

 

 不意に、生徒たちの歓声が上がる。芳野春香がスーツ姿のまま舗道を並走して、手を降っていた。通行人は何事かと振り返るが、芳野は気にせず、こわばった、そして精一杯の笑顔で送り続けた。

 

「頑張ってね。先生、ずっとずっと君たちを見守ってるから――!」

 

 そう叫ぶと芳野は息を切らせて立ち止まった。それでも必死に声を張り上げる芳野に、善行は、そして4機の士魂号は心からの敬礼を送った。

 

 

 




活動報告に一つ報告を入れました。もしよろしければ、目を通して回答していただければ幸いです。


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5121小隊と黒森峰戦車中隊と猫宮の日常
我は世界を救う者


5121小隊の日常を見直すと、ヘタするとepisode TWO より酷いんじゃないかってくらいな問題が見える……序盤はやはりパラレルだろうか……。

 そして、熊本城決戦までは5121小隊の日常、5121小隊の日常Ⅱ、もう一つの撤退戦の3つの物語が時系列上あちこちに組み合わさって居ます。





 熊本市県庁舎。そこのホールで、多数のマスコミと軍事関係者に囲まれて、猫宮と西住みほの二人が市長の前に立っていた。みほと同乗している他3名は、その後ろに立っていた。

 関係者列の椅子には、5121小隊のメンバーや黒森峰のメンバーが座っているが、ほとんどが居辛そうにしていた。回りは何やら偉そうな大人ばかりである。

 そして、市長がコホンと咳をすると、高そうな御盆に載せられた2種類の勲章を1つずつ、猫宮とみほに渡していく。

 

「おめでとう猫宮君、西住さん。……同郷の人間として、この勲章を君たちに渡すことが出来るとは誇らしい限りだ。君たちは郷土の英雄だよ」

 

 県知事が咳払して、おもむろに演説を始める。

 

「この新しい英雄たちは、我々日本国民、いや世界市民のために戦った! 誇り高いことであります。我々は英雄を生み出したのだ!我々は英雄を生み出せるのだ! きっと後に続く若人が、次々と出ることでしょう!これこそが私が夢に見てきた教育の姿であり、民主主義の成果であります!」

 

 やら何やら、演説が続いていく。正直退屈である。そして、これがテレビで流されている。そして、会津派閥や薩摩派閥のお偉いさんとやらが握手を求めてきたり何だりと。宣伝と、猫宮の取り込みに熱心なことである。

 

 

 あの日の戦闘で、猫宮と西住みほの二人は、銀剣突撃勲章と黄金剣突撃勲章の2つの受賞条件を満たした。悪化する戦況でこれは明るいニュースでもあり、なので政治的判断というやつでこんな大々的な式典が行われたのだ。まあ、階級は上がって給料も増えて、ついでに年金も貰えるらしい。

 ふと横を見ると、みほも中々に居辛そうだ。なんとなく、目が合うと、お互い思わず苦笑してしまった。

 

 

 御大層な、おまけに長々とした式典がようやく終わると、皆体を伸ばしたりストレッチしたりと。居眠りするわけにも行かず、大分疲れたようだ。

 とりあえず、貰ってしまった勲章を胸につける猫宮。何だか制服が派手になった気がした。

 

「おお~、すっげー!」 「わ、わ!すごいすごい、触ってもいい?」 「ふっ、まだまだこの程度で満足してちゃダメだよ」 「ふむ、先を越されたな……」 「でも、僕達もすぐに追いつけるよ」

 

 勲章を胸に付けると、皆が寄ってきた。そして、我が事のように喜んでくれる。それが、とても嬉しかった。

 

「あはは、みんなありがとう!」

 

 そして、そんな様子はみほも含めた黒森峰の4人も同じであった。和気藹々と、皆で勲章を眺めている。

 

「おめでとうございます。金銀の勲章でなんとも綺麗ですね」 善行も笑っている。

 

「ははっ、まだまだ増やしますよ。それに、他の4人の胸にもすぐに勲章が付くでしょうし!」

 

「ええ、そうなるでしょう。……これからも、がんばって下さい」

 

「勿論です!」

 

 と、そんなところへ護衛を連れた将官が歩いてきた。慌てて、一斉に敬礼する5121と黒森峰中隊。やってきたのは、西住しほ中将だ。そして、中将もまた敬礼をする。

 

「全員、楽にしてくれ」 一斉に休めの姿勢を取る。

 

「黒森峰戦車中隊、そして5121小隊共に本当によく戦ってくれている。ありがとう」

 

「はっ! ありがとうございます」 一部の隙もない表情で答える善行。

 

「善行千翼長、少し、猫宮百翼長を借りても良いだろうか?」

 

「はっ! 勿論であります!」

 

「了解です!」

 

 善行、猫宮共に敬礼して答える。

 

「そうか、ありがとう。ではこちらへ来てくれ」

 

 と、応接室へ案内される猫宮。護衛も外に出され、西住中将と二人きりだ。猫宮は勿論座らず、直立不動である。

 

「ここには他に誰もいない、座ってくれ。それと、階級も気にする必要はない」

 

「はい、了解です」 

 

 そう言うと、猫宮の表情が人懐っこい笑顔に変わる。それを見て、思わず西住中将も微笑する。

 

「まずは、一人の親として礼を言わせて欲しい。娘の命を救ってくれて、本当にありがとう」

 

 そう言うと、しほは頭を下げる。そこには、軍人ではなく、人の親である女性の姿があった。

 

「兵士として当然のことですが……それでも、どういたしまして」

 

 その気持を察して、猫宮も微笑みつつ受け入れる。

 

「で……人払いをしたということは、それだけではないですよね?」

 

「ああ、当然だ」

 

 しほが顔を上げる。と、そこには母親ではなく、軍人の姿が有った。

 

「恐らく知っての通り……私は薩摩と会津、その両方の派閥に属していることになっている。そして、黒森峰の中隊もな……」

 

 頷く猫宮。

 

「単刀直入に言おう。君が欲しい。芝村閥より、こちらの側に立ってくれ」

 

 駆け引きも何もなく、ストレートに言われた。そして、それに対する猫宮の答えもシンプルだ。すぐに首を横に振る。

 

「士魂号は、芝村閥の兵器です。生産、整備、運用まで、全部が芝村の手が及んでいる……。パイロット一人を引き込んでも、あまり意味があるとは思えません」

 

「先日の君とみほの戦闘、そして、荒波機を中心とした阿蘇戦区の戦闘など……そのデータやレポートはこちらの閥にも流れてきている。そして、会津、島津でも独自に使える人型戦車の部隊が欲しくなったのだな」

 

「それで……『士魂号は芝村ではなく軍の物である。情報を開示せよ』って所ですか?」

 

 渋い顔になるしほ。そっくりそのまま図星であった。

 

「そして、仮に芝村から機体や技術を提供されても、今度は肝心のパイロットがいない……。そして、パイロットまで提供してもらうとしたら、あまりにも芝村への借りが大きくなりすぎる……と」

 

 ため息を一つしほ。

 

「まったく、君はそのまま軍の政治の世界に入れても通用しそうだ」

 

「あはは、まったく興味ないですね。自分が興味あるのは……軍人だろうと民間人だろうと、一人でも多くの人を助ける事、です」

 

 揺るぎなく答える猫宮。汚い政治の世界に絡めるのが、恥ずかしくなってくるしほ。

 

「そもそも、自分、ただの学兵で徴兵されて、たまたま芝村の兵器を使ってるだけです。だから、根本的に派閥って言われてもピンと来ないんですよ」

 

 苦笑する猫宮に、しほはハッとした表情になる。

 

「だからまあ、芝村だの会津だのの派閥は関係なく、手伝ってと言われれば手伝いますし、訓練しようって言われれば訓練しますし、教えてくれと言われれば教えます。それに……黒森峰の皆さんと戦うと、戦果の桁が跳ね上がるから、出来れば一緒に戦いたいですし」

 

 穏やかな猫宮の言葉に、同じくやわらかな表情になるしほ。

 

「なるほど……。では、こうした勧誘も徒労だったというわけだな」

 

「いえいえ、一介の学兵にわざわざ中将が面談をしたり裏事情を話していただいたりと、本気度が分かりましたし」

 

「それは、私が礼を言いたかったのも有るからな」 微笑むしほ。思わず見とれてしまうほどの、笑顔であった。

 

 

「では、そろそろ失礼するとしよう……また後でな」

 

 立ち上がって、敬礼する猫宮。……?

 

「また後で?」

 

「ああ、この後君たち5121小隊と黒森峰の合同訓練だろう? そこに、私も視察に入るのだ」

 

「えっ」

 

「では、その時はよろしく頼む」

 

 そう言って、しほは出て行った。そして、猫宮も出ようとするといきなり太った男がぬっと入ってきた。芝村準竜師である。

 

 

 

「座れ」

 

 敬礼も挨拶も何もなく、いきなり座れである。それに従う猫宮。ウイチタ更紗は、外のドアの何時でも突入できる場所に控えている

 

「お前は、何だ?」

 

「人が滅びようとしている。だけどそんなのは嫌だって言う想いに応えるためにやってきた。そして、自分も人が、この国が滅びるのは見たくない」

 

 それを聞くと、準竜師は愉快そうにガハハと笑った。

 

「なるほど、そういうモノか」

 

 それだけ聞くと、立ち上がる準竜師。

 

「5121の司令室に俺の直通回線が有る。好きなモノを陳情しろ」

 

「止めたりしないんですか?」

 

 苦笑しつつ猫宮も立ち上がる。

 

「止めようと止めまいと勝手に動く、お前はそういうものだろう。なら、せいぜい恩を売っておく。それに、お前の動きは人類の利益になる。それを一部、我らの利益にも変える」

 

 なるほどと頷く猫宮。

 

「じゃあ、御用が有ったら連絡を。何か有ったらできるかぎりは手伝いますんで」

 

「義理堅いな。何か有れば連絡を入れよう」

 

 それを言うと、出て行った。そして、ウイチタ更紗は明らかに困惑していた。こんな短い間、何を話したのだ?

 

「……良いのですか? 明らかに怪しいところがありすぎますが」

 

「怪しすぎてかえってこちらが困惑するほどだろう。スパイだの工作員だのなら、こんな事をするわけがないし、奴も開き直っているのだ。問題はない」

 

「……まあ、この間もあなたへの暗殺を止めましたし。敵ではないのですか」

 

 まったく、振り回されるこちらの身にもなってほしいものだ。そうため息を付きながら、ウイチタ更紗は準竜師の横を歩くのだった。

 

 

 

 

 授与式が終わった後、5121小隊はまた黒森峰女学園へと訪れていた。勿論、シミュレーション訓練を行うためである。

 

 そして、また1小隊と1機ずつの訓練であるが、これは組み合わせによって与えられる任務がかなり変わるのだ。

 

 壬生屋は前線へ切り込む完全な囮型、滝川は遠距離支援と狙撃、3番機はバランスが良く、またいざというときのミサイルでの殲滅力が有り、そして4番機猫宮はありとあらゆる状況に対応できる。

 

 一方まほの第1小隊は通常の戦況で絶対にミスを犯さず、エリカ率いる第2小隊は支援が上手く、みほの第3小隊は混沌とした戦況になるほどその指揮が光った。

 

 つまり、強力な支援をさせたければ2番機と第2小隊を1方面に出したり、混沌とした状況に対応したければ第3小隊に3,4番機を組み合わせたりと、ケース毎に組み合わせを変え、各戦線に派遣できる。勿論、1番機と第2小隊と言ったそれぞれを補いあう組み合わせも有効である。

 

 何度もシミュレーションを繰り返し、それぞれがそれぞれの個性を理解していくことで、戦果が加速度的に上がっていった。

 

 

 

 2番機が、バズーカでスキュラを狙撃する。命中し爆発、2番機に敵の注意が向いた。そこに、隠蔽された3輌のL型からそれぞれ別の幻獣へと砲撃が飛ぶ。

 複数からの攻撃に困惑する幻獣。その隙に、滝川はまた別の地点へ移動、そしてまたスキュラを狙撃する。空の脅威が消えた

 

「スキュラ2、撃破っす! 」

 

「了解! 全車、県道を北上、走りながら1斉射!」

 

 走りながら3輌のL型がミノタウロスに1斉射、ウチ1発が命中、体制が崩れた。そこに、2番機の92mmも飛んで来る。

 爆発炎上し、周囲の小型厳重に酸を撒き散らすミノタウロス。

 

 2番機に視界が向いたらL型が、L型に視界が向いたら2番機が、お互い位置を変え続け、ゆっくりと、しかし確実に敵を削っていく。

 派手さはないが、堅実なこの戦法は、戦区の幻獣を確実に足止めしながら、すり潰してく。

 

 

 訓練が終わり、シミュレーターから出る滝川。その顔は、興奮に満ちていた。

 

「やっぱ凄いっすねエリカさん、めっちゃ動きやすいです!」

 

「こちらもだ。何時も、渋いタイミングで援護を入れてくれる」

 

「ふむ、滝川、このタイミングだが……」

 

「エリカさん、この場面では……」

 

 そして、シミュレーションが終わるとすぐに皆が集まって検討である。あちこちから意見が飛び交い、時に言い争い、なだめられ、まとめられていく。

 それにしても、新しい戦術を思いつく時とはこれほどまでにワクワクするものだろうか。皆が、子供のように――事実子供では有るのだが――議論に夢中になっていた。

 

 そして、その横でレポートを纏める猫宮。時々、みほやまほ、エリカも手伝う。

 

「ふむふむ、やっぱり複数の中型はまず分断して……」

 

「例えばこんな場面だと、こう、ですか?」

 

「うん、いい感じ、ありがと」

 

 そして、その提出されていく試案を次から次へと回し読みする善行、蝶野、そして西住中将。全員が、食い入る様に見つめる。

 

「しかし……学兵からこんなレポートが出されるなんて……」 

 

 蝶野が驚いたように呟く。猫宮作成の叩き台として出されているレポートであるが、図も多数取り入れられ分かりやすく、とても学兵が作ったものとは思えなかった。

 

「まあ、彼は才能が豊かでして……」

 

 そんな蝶野の驚きに、善行はもう慣れたとばかりに苦笑している。

 

「ふむ……しかしこうなると、彼は教官にも回せるな……」 

 

 考えこむしほ。

 

 こうして、黒森峰と5121の合同訓練は回数を重ねられていくのであった。

 

 

 

 

――以下どうでもいいおまけ――

 

「……次もまたゲットして来いって言われてもなぁ……」

 

 滝川の戦闘は、他3機とくらべて地味である。そこがコンプレックスでもあるが、それでも戦うときには頼もしい。そして、頼もしくて下品でもなく、優しそうな男の子は結構な目で見られるものだ。しかし、コンプレックスの有る滝川は中々気が付かないのではあるが。

 そしてそんな滝川なので、女の子とはあまり話せない。どうしたものかな~と歩いていると、またしゃがみこんでいる女の子が見えた。黒髪ロングでいかにも日本のお嬢様と言った感じの人である。

 

「あ、あの、どうしました?」

 

「あ、確か……滝川さんでしたね」 

 

 ぺこりとおじぎをする少女。それにつられて思わず滝川もお辞儀をした。

 

「はい、滝川です。それで、どうしました?」

 

 首を傾げる滝川。そうすると、少女は困ったように下を向いた。

 

「はい。間違って靴下ではなく、足袋を持ってきてしまいまして……これだとブーツに合わないのです」

 

 困ったように足を見る少女。見ると、本当に足袋のようだ。

 

「あ、それじゃあこれ使います?俺、汗っかきなんで予備の靴下持ってるんスよ」

 

 実は交換用だの置引きした時のすり替えようではあるが、そんなことをおくびにも出さず言う滝川。ぱぁっと、少女の顔が明るくなった。

 

「は、はい、是非お願いします!」

 

 そう言うと、いそいそと靴下を脱ぎ出す少女。その艶めかしい動作に思わず生唾を飲み込む滝川。そして、滝川からもらった靴下を履いた。

 

「わぁ、ぴったりです、どうも、ありがとうございます!あ、もうこんな時間……では、お礼は後ほど!」

 

 と、走っていく少女。

 

「……あ」

 

 と、そこには足袋が残されていた。

 

 

 

 

「それでそれで、今日はどげんしたばいね!?」

 

 またいつものように人がいないところに集まるハンター4人。なぜだかその内3名はボロボロであるのだが。

 

「え、えーっと、靴下は……無理だった」

 

「そう、ですか……」

 

「むううう、仕方ないですぅ! 連続は流石に難しかったですかァッ!」

 

 落胆する3人。まあ、流石に連続は無理だろうと気を取り直し成果を聞こうとするが、滝川が何かを漁っているのを見て、止まる3人。

 

「えっと、代わりにこんなの手に入れたんだけど……」

 

 真っ白い、足袋だ。和服を着た女性がしずしずと歩く動作がまるで目に見えるかのようだ。その足袋には、何のほころびもない。しかし、何故か香りが高い……

 

 

「こ、これはどぎゃんしたとね、ロボ……」

 

 震える声で、バトラーが尋ねる。

 

「え、えーっと、何か靴下の代わりに間違って持って来ちゃったやつらしくて……これでブーツを履いていたみたいなんだ」

 

「エクセレエエエエエエエエント!」 叫ぶバット。興奮が隠せない。

 

「よし、言い値で買いましょうロボ。では早速……」

 

「ノオオオオオオッ!今度こそ私のですううううううううっ!」

 

「シェラしかっ!俺のばいっ!」

 

 なんかもう説明するのも面倒なのであるが、また懐に手を突っ込む3人、だがそこに足音が聞こえる。怯えた様子でそちらを見る4人。

 

 するとなんか、太った、マスクをつけた、どっかで見たこと有るようなオッサンが居た。

 

「いや、報酬は俺が出そう……」

 

「ミ、Mr.B、なぜここに……!?」

 

「ふはははは、何やら近頃期待の新人がとてつもないグレードのブツを手に入れられると聞いてな……是非俺も直々に見てみようと思ったのだよ……」

 

 何故だ、タイミングが良すぎる……まさかっ!?

 

 懐に手を突っ込み、一つの靴下を取り出す中村。ま、まさか……!? 

 

「そうだ、その熊のアップリケが俺に教えてくれたのだよ……」

 

「盗聴ソックスとは……貴様、そこまで……!」

 

「フハハハハ! 勝てば官軍よ!」

 

 何かどっかで聞いたことがあるような声と見たこと有るような体格であるが、滝川は何も見なかったことにした。

 

「というわけだ、ロボよ。その足袋は俺が貰おう」

 

「ふざけるなっ!」 「ノオオオオオッ! そうは行きませんよおおおおおっ!」 「それは俺が貰うばいっ!」

 

 Q:ソックスハンターが4人に、一つのレアソックスがあります。さて、次に起きることは? A:勿論大戦争である。

 

 一斉に懐に手を突っ込む4人。だが、Mr.Bが一瞬早かった。トリップすると、イー・アル・カンフーとスパルタンXを足して2で掛けた勢いで突っ込んで3人を吹き飛ばす。

 

「「「ぐはあっ!?」」」

 

 大ダメージを受ける3人。それを見下すMr.B

 

「ふんっ、なんと他愛のない。所詮、俺と貴様らではソックスに賭ける愛が違うのだ……」 そう言うと、封筒を持ち、ロボに手を伸ばすMr.B

 

「では、報酬はこれだ。よくやってくれた。これからもソックスをハントし続けるが良い……」

 

 だが、Mr.Bが言ってしまった言葉が、3人に火をつける。

 

「愛が、違うだと……」 バトラーが

 

「我々はみな夢狩人……その愛の重さに、差など無い……」 タイガーが

 

「ラアアアアブ! ソックスラアアアアアブッ! あなたは、他のソックスハンターを……そして、そのソックスの無限の愛を無礼(なめ)たっ!」

 

 立ち上がる3人。残った力を振り絞り、懐に手をやり、顔に持っていく。トリップ、そして、力がみなぎってきた。ソックスの、大いなる愛が、3人へと流れこむ。

 

「ほほう、少しはやるようだな……なら、見せてみるが良い!」 Mr.Bもまた新たな女性ものソックスを取り出し顔へ持っていく。

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」」

 

 

 こうして、愛と愛の戦いが、幕を開けるのだ…

 

 

「…………えーと、報酬は勝った人からもらいます、後で届けて下さい、ソックスロボより」

 

 ロボは隅っこに丁重に畳まれた足袋とメモ書きとMr.Bの封筒を置くと、そそくさと逃げ出した。

 後ろでは、中華ワイヤーアクションとオーストラリアのぶっ飛び世紀末と遙かな銀河のちゃんばら騎士達を足して4でかけたような一大スペクタクルが広げられていた。

 

 

 立て!ソックスロボ! 負けるな、ソックスロボ! 

 まだ見ぬソックスが君を待っている! 

 そして、ソックスロボのお陰でソックスハンターの友情にヒビが!?

 

 待て、次回!

 

 

 

―――終われ……終わってくれ……頼む……!

 

 




……おかしい、ソックスハンターの段になると過去最高のペースで筆が進む……何故だ……何故なんだ……!?お、俺は、どうしてしまったんだ……!?


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和水町防衛戦

5121小隊の日常を見返してみると、エピソード的に使えないのが多い……
いやはや、オリジナルエピソードが大多数になりそうです。


 黒森峰戦車中隊は、精鋭である。初期から徴兵され、ある程度の配慮が有ったとはいえ、戦場で生き残り続けてきた。

 5121小隊は、成長著しい隊である。訓練期間僅か2週間と少々で実戦に投入され、1戦1戦毎に成長し、驚異的な戦果を叩き出してきた。

 

 そして、この2つの隊が合わさった時、必然的に送られるのは戦闘の激しい戦区となる。

 

 http://maps.gsi.go.jp/#15/32.981488/130.604310/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

 玉名市北部、和水町。ここが、本日の戦場である。南と西を川に囲まれ、東には山岳が。北からくる幻獣を食い止めるのが、本日の任務であった。

 

 インター近く、やや広めの平野に黒森峰中隊は東西に広く分布していた。そして、その北側に、4機の士魂号がそれぞれ地形を活かし隠れていた。

 

 2,3,4号機の側には、それぞれバズーカが2本ずつ置いてある。

 

「ハロハロー、お耳の恋人瀬戸口さんだ」

 

「え、えっと、武部です」

 

 5121と、黒森峰のオペレーターから緊張をほぐすためか声が聞こえてきた。

 

「もうっ! 瀬戸口さんまじめにやって下さい!」

 

「ははは、スマンスマン。それで、敵の陣容だ。小型は何時も通り数知れず、中型は約50、ミノタウロスからナーガに至るまで、よりどりみどりだ。そして、航空ユニットの情報もある……まあ、数が多いって事だ」 瀬戸口が答える。軽口のように思えて、何時もよりやはり声の調子が少し違う。

 

「ふむ、支援のほどはどうだ?」 

 

「あ、はい! 多数の塹壕陣地があります。迫撃砲による支援が期待できます」

 

 芝村の問に、今度は武部が答える。

 

「ふむふむ。じゃあ連絡を密に、だね。誤射されたら洒落にならないし」

 

 タクティカルディスプレイを弄くり確認する猫宮。この数ならば、それなりの支援は期待できそうだ。

 

「だな……。では、黒森峰中隊は5121が一番槍を入れた後に動く、それまでは全車、隠蔽場所に待機」

 

『了解』

 

 まほの命令に、緊張した返事が響く。

 

 今日は、最初から予定されていた合同任務である。そして、そのお陰で激戦区に回された。しかも、この戦区の中核部隊として。大多数のメンバーに、緊張が走っていた。

 

「ま、大丈夫大丈夫、シミュレーターでは何度も訓練してうまくいくようになったし、きっと勝てるよ!」

 

 そこに、猫宮の明るい声が響く。少しでも緊張をほぐそうとしているようだ。

 

『は、はいっ!』 

 

 しかし、返事はまだ緊張の色が残る。

 

「それに、終わったらお菓子用意してるんだ。クッキーとか、特製プリンとか、ケーキとか。砂糖とかはちみつ手に入ってね、味は保証するよ!」

 

「ほ、本当ですか?」 「あ、私、プリンで!」 「ケーキ、生クリームたっぷりでお願いします!」 

 

 やはり、女の子はお菓子が好きなようだ。こんな会話で、少しずつ緊張が解れていく。そして、それを苦々しげに聞いている芝村。

 

「まったく、猫宮は何を言っているのだ……」 

 

「あはは、舞、でも、緊張が解れてるみたいだよ?」

 

「そんなことはわかっている!」 ドンっと、速水の背後に振動が来る。また蹴られたらしい。

 

「お菓子か、楽しみだな~。甘い物、戦闘のあと欲しくなるんだよな」 「わ、わ、わたくしも、ぜひ……」

 

 それを聞いて、戦闘後に意識を向ける滝川と壬生屋。まったく――

 と、そこへ善行から通信が入る。

 

「さて、皆さんおしゃべりはそこまでにしましょう。敵幻獣、近づいてきます。全機全車両、準備を」

 

『了解!』

 

 

 幻獣は、空中にはスキュラを、地上にはミノタウロスを先頭にして、多数の中型、そして無数の小型幻獣が迫ってきた。そのおぞましい光景に、闘志が掻き立てられるもの数名。

 

「行くよ、滝川、スモーク!」

 

「了解!」

 

 滝川の20mmから、戦闘が始まった。スモーク弾が、白煙を上げながら幻獣の前方に落ちる。有視界での確認ができなくなった。

 

 そこへ、2機の士魂号からバズーカが飛ぶ。サーモセンサーを使い、各々がスキュラをロックして、射撃。バズーカの一撃で、2匹のスキュラが落ちる。

 攻勢任務ではなく、待ち伏せである。なので、待機場所に予めバズーカを多数置いておけたのだ。

 

「命中、次!」

 

「分かっている!」

 

「よっし、俺も!」

 

 続いての射撃。2体のスキュラと、1体のミノタウロスが爆発、炎上する。強酸を撒き散らし、多数の小型を巻き込んでいた。

 そして、戦場からスキュラの脅威が消える。

 

「黒森峰中隊、動けるぞ!」

 

 芝村が叫んだ。その間に、3,4番機は装備を拾い、2番機は更にもう1発、ゴルゴーンを屠った。

 

「了解だ! 全機、一斉射撃!」

 

 と、建物の中から、地形の影から、9発の120mm弾が飛翔する。命中、スモーク越しにまた幾らかの幻獣が屠られる。

 

「キメラ1、撃破!」 「ミノタウロス、損傷!」 「ナーガ撃破!」 

 

 各々から報告が上がり、直後一斉に移動する。少しして、今までL型がいた辺りにあてずっぽうな生体ミサイルが飛んできた。

 そして、煙が邪魔なのか速度を上げる幻獣たち。地響きが響き渡った。

 

「参ります!」 

 

「3番機、1番機の援護に回る!」「2番機も同じく!」

 

 そこへ、壬生屋が突撃した。2丁のジャイアントアサルトの援護を貰い、ミノタウロスへ豪剣一閃、一撃で倒れ伏した。

 4番機は、東の山へ駆け上がる。そして、敵の目は3機の士魂号に向いた。

 

「敵の注意が逸れたぞ! 全小隊、士魂号の援護に回れ!」 

 

 遮蔽から遮蔽へ、2,3番機が移動しながら射撃をする。4番機も、ついでとばかりに小型にばらまき、ナーガやキメラ諸共屠る。そして、1番機は敵の只中で暴れまわる。士魂号に攻撃をしようと隙を見せる幻獣たちに、また一斉にL型の砲撃が襲いかかる。さっきよりも射撃の距離が近いことも有り、殆どが命中。次々と撃破していく。

 

「っ! 2号車、近いぞ!」

 

「あ、し、しまった……!?」

 

 2号車に、ミノタウロスが突進し、手を振り上げる。途端、その腕が吹き飛ばされた。

 

「はいはい、援護は任せといて! でも、気をつけて!」

 

 丘へ駆け上った4番機からの92mm砲弾だ。

 

「あ、ありがとうございます!」 「どういたしましてっ!」

 

 山や丘の傾斜は、幻獣に不利な地形である。幻獣は木々をかき分けるのも、傾斜を登るのも苦手で、進軍速度が劇的に落ちるのだ。

 丘の上から92mmを連射する猫宮。戦場を見下ろし、危機を未然に防ぎ、きたかぜゾンビを叩き落とす。一箇所で派手に暴れ、多数の幻獣が丘を登ろうとしていた。

 

「猫宮っ! そちらへ注意が行ったぞ!」

 

「了解っ!」

 

 芝村の叫びを聞くと、伏せてレーザーや生体ミサイルを避ける。多数の損害にムキになったか、慣れない地形を登ろうとするミノタウロスやキメラ。だが、隙だらけである。

 

「第2小隊、4番機の援護に回る」

 

 そこを目ざとく観察していたエリカが、小隊を全て回す。スットロイ動きしかできない幻獣を釣瓶撃ちに次々と命中させ撃破、そしてさっと移動する。そして、注意がそれたらまた4番機が立ち上がり、射撃を加える。

 

「ゴルゴーン、撃破!」 「キメラ3,撃破!」 「きたかぜゾンビ2,げきは!」

 

 戦果報告がひっきりなしに響き渡る。敵幻獣は翻弄され、攻撃先を定められず、常に横から後ろから攻撃を加えられる。やがて、損害に耐えられなくなったか、撤退を始める幻獣たち。そこに、すべての機体が追い縋った。

 

 本日、和水町戦線における中型の撃破数73。中隊及び小隊の損害は0。たった1中隊と1小隊の戦果、損耗率共に空前の数値であった。

 この日をもって、5121もエース部隊として全軍にその名を轟かせるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やはり戦闘を描くのが難しいですね……文字数のバランス、描写の詳しさ、それに活躍のバランス……
日常に比べて遥かに難しかったりします。


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進む交流、繋がる絆

日常回です。書くのが楽しいですね、やはり。





『決戦! ムーンロード!』

 

「チョコバナナを一つ、所望する!」

 

「は、はいっ!」

 

 凄まじい威圧感を出し、チョコクレープを注文する芝村。その気迫にいつものこととはいえ気圧される店員さん。

 滝川より金を出せば買えるとの情報を引き出した後、こうしてしばしばクレープ屋のみならず、多数の店で買い食いに走るようになった。

 

「むっ、クリームの甘さがチョコの苦味と合成バナナで中和され……」

 

 何やら批評を繰り広げ、黙々と食べる。知ってる人が見れば、機嫌がいいと分かるだろう。

 

 そして、それを影から覗き込む袴を着た乙女1名。

 

「くうううう……芝村さんはああやって買えているというのに……わたくしは……」

 

 心のなかで悔し涙を流す壬生屋。ああ、どうして私はこんなに弱いのだろう……

 

「あれ~? 壬生屋さん、どうしたの?」

 

「っ!?」

 

 慌てて振り返る。こんなところを見られるなんて!? 振り返って見えるは黒森峰女学園の制服。

 

「えっと、武部さんに五十鈴さんに冷泉さんですか……」

 

「そうそう、覚えててくれたんだね!」 「どうもこんにちは」 「……ん」

 

 三者三様の挨拶が帰ってくる。

 

「み、みなさまこそどうしたのですか……?」

 

 と壬生屋が問うと、五十鈴が恥ずかしそうにした。

 

「じ、実は、わたくし今まで家の教育であまり買い食いというものをしたことがなくて……」

 

「それで、一緒に買いに来たんだよね、私達。」

 

「クレープ……楽しみ」

 

 また衝撃を受ける壬生屋。い、五十鈴さんは勇気を出して買いに来たというのにわたくしはまだ燻って……心のなかでさめざめと涙を流す壬生屋。

 

「壬生屋さんはもう食べたの?」

 

「あ、いえ、わたくしはまだ……」

 

「じゃあ、一緒に食べようよ!」

 

 そう言うと、手を引かれて行列に並ばされてしまった。ああ、まさか並んでしまうなんて……

 

 ドキドキが止まらない。横では、「ん~、私は何にしようかな……?」 「わたしはチョコクレープでいい」 「こんなにメニューがあると、目移りしてしまいます!」

 

 横では、黒森峰の皆さんがワクワクしながら並んでいる。ああ、わたくし、一体どうすれば……

 

「いらっしゃいませ、 注文はお決まりでしょうか?」 っ!? とうとう、目の前に……!

 

「あ、私はブルーベリークリームでお願いします!」 「……チョコクリーム、ひとつ」 「わたくしは……あずきクリームをお願いします」

 

 それぞれ、色とりどりのクレープを頼む3名。ああ、一体どうすればいいの……?

 初めてクレープ屋の前に立つと、様々なメニューが目に飛び込んでくる。どれもこれも、美味しそうだ。くぅと、可愛く胃が鳴る。

 

「はい、お次の方どうぞ」

 

「は、は、はいっ!」

 

 思わず戦闘時のような気合を入れる壬生屋。若干、回りが引いてしまう。そして店員さんは「またか……」なんて表情をしている。

 

「ご、ご注文はお決まりでしょうか……?」

 

 今日も訓練して疲れている。乙女の体が、カロリーを求めていた。

 

「ま、抹茶白玉あずき生クリームデラックスを、一つ!」

 

「「「おお~」」」

 

 黒森峰3人の声が響く。ガッツリたっぷりなボリュームのクレープである。

 

「おお、初めてなのに攻めるね壬生屋さん!」 「頼む人、初めて見た……」 「凄いです!」

 

「はい、1000円になります」

 

 お金を払う。とうとう、買ってしまった……。

 少しして、ずっしりとした重さのクレープが渡される。

 

「じゃ、頂きますで皆食べよう!」と、武部が言う。

 

「…ん」 「はい!」 「りょ、了解です!」

 

「じゃ、頂きます!」

 

『頂きます』

 

 一口、かじりつく。生クリームとあんこと抹茶アイスの甘みが交じり合い、それを白玉とクレープが整える。

 口に含み、割合が変わるたびに味が入れ替わる。ああ、ああ、ああ……

 

 無我夢中で食べる壬生屋。そして、五十鈴。それを微笑ましそうに見ている武部に黙々と食べる冷泉。

 甘い物は乙女の大好物、皆が笑顔で食べていく。そして、食べ終わると幸せそうな顔をしていた。壬生屋と五十鈴はひとしおである。

 

「ああ、食べれてよかった……」

 

 心の底からそう思う壬生屋。ふと横を見ると、芝村と目が合った。

 

 ――ふっ、やったな、壬生屋――  ――ええ、やりました――

 

 言葉に出したわけではない。だが、この時確かに二人の想いは分かり合えたのだ。

 

「ねーねー、壬生屋さん、他にも買い食い行かない?」 「まだ入るな」 「はい、私も楽しみです!」

 

 まだまだ食べたい乙女の心、それに壬生屋も同意した。

 

「はい! では、芝村さんも一緒に行きましょう!」

 

「む、むっ!? 私もか!?」

 

「あっ、芝村さんだ! 芝村さんもいかがですか?」

 

 人懐っこそうによってくる武部。そして、壬生屋も近付いてきた。

 

「我々は、まだクレープを制覇しただけです――他にも戦うべき相手は居ます」

 

 壬生屋がそう言うと、芝村の目が見開く。そうだ、食べれるものはクレープだけではない……!

 

「壬生屋、そなたに感謝を。私は、大事なものを見落とすところであった……」

 

「いえ、わたくしがこうなれたのも、皆さんのお陰です!」

 

 頷き合う二人。

 

「じゃあ次は、大判焼きが良い……」

 

「大判焼きですか……楽しみです!」

 

 こうして、和気藹々と買い食いに歩き出す乙女5人。その評定は、とても楽しそうなものであった。

 

 

 

『再び! 合同射撃訓練!』

 

「まさか、1日で88式が全員分集めるとは……」

 

「それだけ、会津と薩摩も本気ということですね」

 

 猫宮と善行が、苦笑しながら言う。若宮や来須、猫宮は木箱に詰められた88式を運んでいるのだ。

 

 さて、こうなった原因は勿論猫宮である。合同の射撃訓練を、黒森峰とも行うことを提案したのだ。

 善行としても、この連携を覚えている兵員を失うのはあまりに痛いので、生存率を上げるこの訓練は賛成だった。蝶野も勿論同じである。

 しかし、戦車兵は全部で36名、整備員は18名、合計54名。そして、サブマシンガンを持てるのは車長9名。なので所持してないのは45名。流石にこれだけの量を一度に集めるのは大変なので、何とか出来ないか準竜師に相談することにしたのだ。

 

 司令室の端末の前に座り、連絡を入れる猫宮。少しすると、準竜師が現れた。

 

「俺だ」

 

「70式か、出来れば88式を45丁、なるべく早く用意できませんか?」

 

「黒森峰にだな。分かった」

 

 そう言うと、ウイチタ更紗に要件を伝える準竜師。

 

「芝村から、黒森峰へ足りない装備を融通してやると伝えろ。サブマシンガンも禄に持てずに可哀想だと、兵站部署に言え」

 

 その指示に、呆れる猫宮。そして、ガハハと笑う準竜師。

 さて、その後の顛末はもう言うまでもないだろう。芝村から恵んでやると言われた薩摩、会津共に激怒。翌日にはきっちりと、88式が送られてきたのだ。

 

 さて、装備が集まったのは事実である。と言うわけで、今度は5121メンバーが教官となっての合同訓練である。

 

 訓練場に沢山の人数が集まる。流石に大多数で壮観である。教える中核は勿論いつもの3人だ。

 

「はーい、と言う訳で、サブマシンガンの基本的な使い方やら戦術やら整備方法やら教えますので、今日はよろしくお願いします!」

 

『はいっ!』

 

 黒森峰メンバーの声が、一斉に響く。そしてそんな様子を若宮はいつの日かのことと似てるなと思い、苦笑するのだった。

 

 教えられる側から教える側に回るのは、大抵嬉しいものだ。特に、女学園の女子生徒に教えられる一部の男連中は張り切っていた。

 流石に整備員の子達は覚えが良いが、戦車兵の子たちはおぼつかない子も多い。そう言う子達に、重点的に教えていく。

 

「……で、1回目があの子で2回めがあっちの……」

 

「なんと……」 「ふおおおおっ!」 「いい、すごくいいいいいいいっ!」

 

 とか何やら固まって話していた4人も居るが、まあ、順調である。なおその4人は猫宮が笑みを向けると、散り散りになった。

 

 

 ふと見ると、壬生屋と芝村が五十鈴、秋山、冷泉、武部に教えていた。何やらいつの間にか仲良くなってたらしい。

 他にもちらほら、整備員は整備員同士で仲良くなっていたり、いつの間にか交流が進んでいたようだ。皆の間を歩き回りながら、微笑む猫宮。

 

 ふと見ると、教本と見比べエリカが中々に苦戦をしていた。側に寄る猫宮。

 

「や、大丈夫?」 「あ、猫宮さん……」 ペコリとお辞儀するエリカ。その作業を見守る猫宮。そして、詰まるところが有ったら所々アドバイスをしていた。穏やかに時間が進む。

 

「……猫宮さんって、不思議な方ですよね……」

 

「うん、よく言われる」 くすりと笑う猫宮。

 

「戦場でも、論文を書くときも、訓練でも、何時も皆を引っ張ってる。どうやって、そんなに強くなったんですか……?」

 

 ふと、聞いてみた。不思議な人なのは間違いない。でも、どうやって強くなったのだろうと。

 

「……弱かったら誰も守れない。頭が悪かったら戦術を思いつかない。知識がなかったら、戦えない。それが嫌だった。そして、いつの間にか」

 

 カチャカチャと銃が組み上がる音が聞こえる。少しずつ、動作をスムーズにしていくエリカ。

 

「……私達も、強く成れるでしょうか?」 ふと、疑問に思った。

 

「今も、少しずつ強くなってるでしょ?」 

 

 くすりと笑う猫宮。エリカは、さっきよりも少し早く、銃を組み立て終わっていた。

 

 

 さて、いよいよ実弾を使っての射撃である。そして、黒森峰のメンバーは全員女性である。つまりは、腕力の関係で中々に難しかったのだ。

 

「キャッ!?」 「わわわっ!?」 「ひゃっ……」 「っ……」

 

 苦戦する黒森峰のメンバー。それを教えられるのは、射撃が得意な連中である。苦手な中村などは心のなかで血涙を流したりしている。

 そして、茜やら森やら新井木やらも、引き続き教えられている側である。そして、意外な実力を見せているのが一人、狩谷であった。

 

「調子良いね、狩谷君」

 

 的の方を見る猫宮。程よく中心に集まっていた。

 

「まだ、車椅子に座ってるからな。姿勢が安定するんだろう。立ってこれだけ集められるようになったら改めて褒めてくれ」

 

「了解っと」 くすりと笑う猫宮。

 

 後ろでは、加藤が車椅子をおさえていた。

 

「なっちゃん、もうウチより射撃上手やわぁ……ウチが守ろうと思ったのに……」

 

 それを聞くと、狩谷がまた1マガジン分射撃を行う。さっきより心なしか、集弾率が良い気がした。

 

「……それは困る。たまには、僕に守らせてくれ」

 

「え、な、なっちゃん……?」

 

 ぷいっと横を向く狩谷、そして顔を真赤にする加藤。

 足が動くようになって以来、狩谷はいい方向へ変わった。不幸を撒き散らすこともなく、また明るく、少しだけ素直になった。

 そして、加藤へは、とても優しくなったのだ。

 それを優しく微笑んで見守ると、他へ移る猫宮。

 

 キョロキョロと見渡すと、何故か隅っこで、まほが一人訓練をしていた。ちょっと的を見てみると、中々に集弾率が悪かった。

 

「やっ、まほさん、お手伝いします?」

 

 びくっとちょっとかわいく跳ねると、こちらを見た。

 

「……お、お願いします……」

 

「そんな一人で居なくてもいいのに」

 

「……その、あまり無様なところを見せると、隊長としての沽券が……」

 

 そんな様子に、苦笑する猫宮。まあ確かに、隊長としては優秀なところを見せないといけないのが辛いところである。

 

「そう、構えはもうちょっとこんな感じに……足もこう開いて……」

 

 次々と構えを矯正していく猫宮。そして、あちこち触られて顔が赤くなってしまうまほ。

 

「こ、このような感じに……」

 

「そうそう、それで撃ってみて」

 

 さっきより、的の中心に集まったようだ。

 

「ふむ、こんな感じですか」

 

「うん、いい感じ! 後は数をこなせばいいかな?」

 

 才能有る無しには影響されれど、一定のレベルまでは訓練をすればそれなりに上達するだろう。猫宮は笑うと、次々にマガジンを差し出す。

 受け取り、何度も射撃するまほ。少しずつ、上手くなって行っているようだ。

 

「……ふぅ」

 

 手がしびれ、少し休憩するまほ。

 

「大丈夫?」

 

「ええ、しびれが少し有りますけど何とか」

 

「じゃあ、少しマッサージする? 少し早く、疲労が取れると思うけど」

 

「え、えっと……せっかくなので、是非」

 

 少し迷ったが、訓練量は多めに取りたい。そう思い、手を差し出すまほ。受け取り、手のひらのツボを押す猫宮。

 

「っ~~~~!?」

 

 思わず、体をこわばらせた。痛気持ちいい。

 

「痛かったら言ってね~」

 

 ギュッギュッギュッ

 

「っ~!~~~!っ~~~~!?」

 

 隊長の沽券からか、必死に声を抑えるまほ。びみょ~~に涙目でもあったりする。

 猫宮は、腕に集中していてまったく気が付かない。そして、珍しい隊長の様子に、少しずつ集まっていく視線。

 

「じゃあ、次は左手も」 「は、は、はい……」

 

 ギュッギュッギュギュッ

 

「っ!?~~~~~~っ!?~~~~~~~~~っ!?」

 

 必死に体を縮こませ、何か色々なものを耐えるまほ。そして、真剣に、丁重に揉んだり押したりする猫宮。

 

 一種異様な空気の中、両方の手が開放された頃には、まほの息は絶え絶えになていた。

 

「っと、もう手、大丈夫?」

 

「は、はい、大丈夫です……」

 

 まほの方を覗き込む猫宮。そして、潤んだ目でこちらを見てくるまほ。

 

「……あ」 やらかしてしまったと今更になって気がつく猫宮。

 

 そして、その様子を面白そうに見ている野次馬たち。

 この誤解を解くのに、数時間を要する猫宮であった。



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助けて繋がりまた助け

 朝、裏マーケットの親父は不機嫌そうであった。そして、その横で黙々とまた銃器を整備している猫宮。

 そして、不機嫌の原因も猫宮である。猫宮の整備する銃やら兵器やらは品質がよく、高値で売れるのだが、忙しいのか最近来る頻度が減っていた。

 そんな訳で、猫宮は久々に顔を出すなり、いきなり多数のボロい銃器を押し付けられたのだ。中には、名指しで整備を頼まれた銃もある。

 

「うへ~……結構有りますね……」

 

「……最近来てないからな。だから、こんなに溜まる」

 

「せやで~、猫宮君の銃、人気だから需要が何時も途切れんのよ」

 

 まるで宿題をほっといた子供に言うような口調で発する親父。そして、同意するバイトの加藤。それに猫宮は苦笑するしか無い。

 

「……それと、この銃は最優先だ」

 

「おっ、これは……」

 

 ボルトアクションライフル、最新の素材を使い、見れば16倍率のスコープまで付いている。明らかに、弾をばらまくことが信条の対幻獣用の兵器ではない。恐らく、対人戦用の物だろう。

 

「随分な贅沢品ですね」

 

 一応全部バラしてパーツを磨き、かみ合わせをチェックする。どれも特注品のパーツで、コストを度外視している。

 

「うわ~、これ、車2,3台買えますよね……」

 

「そ、そんなにするんかこの銃!?」 

 

 思わずびっくりする加藤。駆け寄ると、しげしげと眺め始める。

 

「一丁の銃にそんなに金かけるとかアホとちゃうか……」

 

「最高級品だからね、超一流が扱うべき銃だよ。……で、誰が使うんです?」

 

「もうすぐ来る」

 

 そう言うと、親父は珍しく愉快そうに笑った。

 

 

 暫くして、来須がやってきた。マーケットを巡る時は珍しくほんの僅かに、楽しそうな気配を見せるので、それを見るのも猫宮の楽しみの一つだ。

 

「お、来須さん、何か探してる?」

 

 器用に整備をしながら、猫宮が声をかける。それを見かけると、来須が寄ってきた。

 

「サメの皮は有るか?」

 

「サメの皮……サメの皮……無いね、今じゃ……。古美術商にでも行けばひょっとして――とか、古い刀の剥がして――なら?」

 

「そうか」

 

 表情を変えず、それだけ言う来須。そして、また商品を探し始める。状態のいい銃を手に取り、しげしげと眺めている。

 

「……相変わらず、良い腕だ」

 

「あはは、ありがと!」

 

 銃は既に足りているが、見てしまうのはやはりスカウトの性だろうか。のんびりと銃器や置かれた兵器、更には雑貨をのんびりと見て回る来須。

 と、そこへ親父が音もなくぬっとやってきた。

 

「面白い商品が手に入った、どうだ?」

 

 ぶっきらぼうに誘う親父。来須は黙って帽子のひさしに手を当てる。興味があるという意思表示だ。

 

「加藤、さっき猫宮が整備したライフルを持って来い」

 

「ああ、あの高級品……はいな!」

 

 そう言うと、加藤は店の奥へ走っていった。慎重に慎重に、持ってくる加藤。その態度を、少し訝しんだが近くで見て来須は納得した。最高級の銃である。金にうるさい加藤が慎重になるのも当然だろう。

 

「よく手入れされている」 「そこのがやったからな」

 

 口元を綻ばせる来須。いい仕事だ。

 

「二脚付き、着脱可能。自衛軍の試作品でな。大陸での対人、対テロ用の設計だが、中止された。スコープの倍率は16倍までの可変式」

 

「なるほど」

 

 来須が無表情に頷く。確かに、これは量産するには高すぎるだろう。そして、人の悪い笑みを浮かべる親父

 

「欲しいか?」

 

「……ああ」 頷く来須。

 

「弾は?」

 

「7.62mm競技用フルメタルジャケット、カスタマイズしてあるから30発、これもそこのが確認している。これを付けて300万といったところだな」

 

「さ、300万やて!?」

 

 思わず叫ぶ加藤。その反応に苦笑する猫宮。

 

「無理だな」 そして、にべもなく言う来須。しかし、親父は笑ったままだ。

 

「……と言うのは冗談だ。持ち帰っていいぞ。これを使うのにふさわしい相手を探してくれと、当の技術者が持ち込んだものだ」

 

 思いがけぬプレゼントに、目をむく来須。そして、ふっと口元を綻ばせる。

 

「な、なあ、来須くん……ただより高いものはないって言うで……?」

 

 心配そうに言う加藤。来須も同じことを思っていた。そして、低い声で笑う親父。

 結局誘惑には勝てず、持ち帰ることにした。それを苦笑して見ている猫宮が、妙に気になった。更には、この親父準竜師の知り合いでも有るという。しかし、余計なことを考えるより今は性能を試したかった。

 

 

 

 さて、猫宮がバイトを終えて5121へ戻ると、芝村が司令室へと歩いて行くところだった。それについていく猫宮。部屋の中では、来須と善行が話し込んでいた。内容は、戦場に現れる狙撃手のことだ。

 

「……どんな相手だ?」

 

「その点に関しては私が答えよう」

 

 来須の問に、答える芝村。そして、その後ろからついてくる猫宮。どうやら犠牲者は、芝村に怨恨が有る人間らしい。

 

「どんな戦法を使う?」

 

「戦場の一点に潜んで待つ。必ず一発で仕留める。標的を仕留めたら姿をくらます。一日に一人。決して無理はしない」

 

 貴重な情報だ。

 

「優秀なスナイパー、だね」 猫宮がつぶやくと、来須も頷いた。

 

「狙う箇所は?」

 

 芝村は不機嫌な表情を崩さず、指で頭部を指した。

 

「訂正、超優秀なスナイパー……だね」 猫宮が更に言う。対幻獣戦の技術ばかりが磨かれるこの世界で、そんな技術を持っているのはかなり絞られるだろう。

 

「狙撃は幻獣との戦闘直後、戦後処理のため将校が露出しやすい。実はこのタイプの狙撃手は多いのだが、生粋の共生派であったら戦果を広めようと欲張る、と私は考えた。また、芝村派を特定するだけの情報を持っているかも疑問だ。犠牲となった将官は現在11名だが、全員芝村の子飼いだ。佐官級も二人。当戦区における芝村は将校の割合は1割に満たぬというのにな」

 

 なるほど、それでは依頼を出されるわけだ。そして、準竜師に遊ばれたお返しに、出しぬいてやろうと芝村が極秘情報を出す。一人の女性将校だ。おまけに、共生派らしい。芝村は知的好奇心に目を輝かせながら語っている。

 

「……とにかく、行ってみよう」

 

「うん、自分も行く」

 

 来須の言葉に、猫宮も続く。それを聞いて、来須は頷いた。善行も、頷いて追認した。

 

「わたしも同行しよう」

 

「芝村さん、あなたはお留守番です」

 

「むっ……猫宮も行くのだぞ、何故私はダメなのだ!?」

 

 おもちゃを取り上げられた子供のように文句を言う芝村、それに善行は苦笑する。

 

「あなたまで行くと3号機まで出撃不能になります。戦闘もせずに戦力の半分が消えるのは容認できません」

 

 そう言うと、更に不機嫌になる芝村。

 

「こ、コヤツは行くというのに……」キッと猫宮を睨みつけると、足をドスドスと鳴らして出て行ってしまった。

 

「では、お二人にお願いしても宜しいですか?」

 

「ああ」 「了解です!」

 

 正直な所、猫宮はもう心配しても無駄だろうというのが善行の本心である。と、そこへドアを開けてひっそりと石津が入ってきた。

 

「どうしました、石津さん?」

 

 声のトーンが柔らかくなる善行。

 

「こ……れ、加藤……さん……に」

 

 石津は少し考えて、来須と猫宮の間をすり抜け書類を提出する。薬品の陳情のようだ。許可をもらい、振り向く石津。そして、二人の方を見た。

 

「……二人共、とっても、危険……」

 

 そう言うと、はっとしたように目を伏せた。

 

「なぜ、わかる?」 来須がボソリと尋ねた。猫宮も、優しげな表情だ。

 

「……わかる、の。わたしが……きっと、変化要因になる……」

 

「そうか」 「そうなんだ」 頷く二人。

 

「連れてって……役に……立ちたいの……」

 

 突拍子もない言葉に思わず顔を見合わせる善行と来須、そして微笑んでる猫宮。

 

「石津さん、あなたは自分が言っていることの意味がわかっているんですか?」

 

 善行の言葉に、頷く石津。そして、いつの間にかブータも居た。床から石津を見上げている。

 

「ブータも……頑張れって……」

 

 呆気に取られる善行、考えこむ来須、微笑んでいる猫宮。

 

「……俺達が教える」 来須は口元を引き結ぶと、厳しい表情で言った。そして、猫宮も頷く。

 

 もうどうしたら良いかわからない善行。そして、来須と石津は司令室を去り、猫宮も敬礼して出て行った。

 

 

 3人は、直前の狙撃が起きた現場に向かっていた。石津は距離の計算と地形図の書き込み、猫宮は双眼鏡で狙撃地点と思われる付近を観察していた。

 最新式のウォードレス・武尊に身を包み、背中に狙撃用のカスタムされた銃をぶら下げ、尋常でない気配を漂わせている来須。ほっそりとした女性用のウォードレスを着込んだ、フランス人形のような少女の石津。そして、カトラスをぶら下げ銃剣を取り付けたアサルトライフルを背負い、銃剣を取り付けたサブマシンガンを腰にぶら下げ、ナイフも多数取り付け、それでもって両手には手甲を嵌めている猫宮。

 

 このとんでもない3名の組み合わせは、それはもう目立った。周りの兵は、恐る恐るといった様子でこちらを見ている。

 兵に質問する来須、そしてその情報を元に探す猫宮。弾痕が、見つかった。ナイフを取り出し、銃弾を取り出す。それを見て、来須は絶句した。

 

 なんてやつだ……5.56mm弾、おまけにアサルトライフルの弾丸である。およそ、300mの狙撃に使う銃ではない。

 猫宮も、まるでゴルゴ13だなと呆れる他無い。

 

「武器にこだわりは無し……かな」 

 

 そう言う猫宮にうなずき、来須は相手の性格を考えていた。そこへ、石津が話しかける。

 

「……ブータが、言っていた……わ。歯車……が……狂っているって。相手は、普通の人……だって……。歯車が……ひとつだけ……おかしいの……」

 

「なるほど」

 

 確かに、隠れ場所も銃もありきたりである。だが、対人戦に慣れた兵が居ない戦場であっては、合理的であった。

 

「さて、厄介なのか厄介じゃないのか……」 

 

 自分が介入することで、どうなるかわからない。さて、どうするかと悩む猫宮であった。

 

 

 

「ふん、エースがこんなことをしているとはな」

 

 中尉の階級章を付けた芝村が、皮肉げな笑みを浮かべていった。

 

「いろいろとありまして」 指に鳥を乗せ、肩をすくめる猫宮。何やらコソコソと言った後、鳥は飛び立った。

 

 恵まれた装備、恵まれた陣地に囲まれているこの芝村は、箔付けのために戦場に居た。そして、己に絶対の自信を持っていた。

 

「要は、姿を見せなければいいだけだ」

 

「その通り」 来須はしかたなく応じた。

 

「まあ、戦場でそれがしにくいから苦労するんですが」 猫宮は肩をすくめる。

 

 その様子に、不機嫌そうになる芝村。

 

「その様な、心配など無い」 

 

 傲慢な様子で、そう言う芝村。周囲には、あからさまな遮蔽物なども存在していた。どうやら、己の策略に絶対の自信があるらしい。

 

「じきに日が暮れる。トラックに便乗して、おまえらも引き上げたらどうだ?」

 

 この芝村にとって、規格外な来須や猫宮は本能的に嫌いなようだ。

 

「対共生派のテロに関しては、論文を書いたことも有る。万全の措置は尽くしている」

 

「あのワナの事か?」

 

「そうだ。隠れる場所は残骸以外にはない。それぞれの残骸には集音マイクが仕掛けてある。狙撃者の気配を察知次第、火力を集中する」

 

「子供だましだな」

 

「単なるテロリストじゃなくて元自衛軍、しかも狙撃を11回も成功させてる相手なんだけどねえ……」

 

 来須と猫宮が、バッサリと切り捨てる。当然、気に触った。しかし、表情を芝村らしく冷静な表情にすると、下士官に命じる。

 

「こいつらを原隊まで送り届けろ」

 

「は。しかし、準竜師の委任状を……」

 

「あんな紙ッペらはどうでもいい。この3人は邪魔だ」

 

 そう言われ、複数の兵が3人を取り囲む。が、猫宮と来須の視線に出会うと、誰も手をかけられない。

 

「何をしている?」 中尉は苛立った声を上げた

 

 その時だった。

 

「中尉殿、ネズミがワナにかかりました!」

 

 興奮した声がトーチカに飛び込んできた。通信兵が受話器を外すと、中尉に渡した。中尉はしばらく耳を澄ましていたが、やがて大きく頷いた。

 

「攻撃」

 

 直後、陣地のあらゆる火砲が車両の残骸に向かって発射された。残骸は四散し、跡形もなく消えた。

 と、迂闊にも外へ出ようとする芝村。そこを、猫宮が蹴り飛ばした。

 

 直後、銃声。1秒前に頭があった位置を、銃弾が通過した。そして、飛び出す3名。

 来須が、位置に当たりをつけ狙撃する。猫宮が、サブマシンガンを手に駆け出していた。その後に、続く来須。が、時間切れだ。

 

 

 下へ戻ると、芝村が呆然とした。今まで、幻獣相手に圧勝しか経験しておらず、芝村のねじ曲がった優秀さゆえ、人も自分に敵う相手は殆ど居なかった。が、今日。もし助けられなければ確実に死んでいただろう。

 

「ば、馬鹿な……」

 

「はい、あそこ」

 

 猫宮が指を刺して双眼鏡を渡すと、呆然と受け取る芝村。そして、指さされた方を見る。犬が、肉を食っていた。

 

「瓦礫に肉を投げてれば犬が寄ってくるってね。まあ、単純すぎる引っ掛けだよね」

 

 肩をすくめる。来須も、頷いた。人類側は、あまりにも対人への経験がある兵が少なすぎた。

 

「まあ、何やら治安維持とかで小難しい論文書いてるみたいだけど……もうちょっと足元固めないとね。論文も平時の想定ばっかりだし」

 

 己が書いた論文までコケにされ、怒りがいつの間にかこみ上げてきた芝村。

 

「俺の書いた論文は認められてるぞ!」

 

「治安維持なら、そんな後方のじゃなくてむしろ今みたいな有事のが再優先でしょ?」

 

「有事の、だと……」 芝村が食って掛かる。

 

「例えばほら、山口のここに上陸されたとしたら……初動はどうなる?」

 

 端末から地図を出され、論戦をふっかけられた。気に食わない、論破してやろうと意気込む芝村。

 

「ふん、まずは水際で当該地区の部隊が足止め、その隙に回りの部隊が……」

 

「違う違う」

 

「何が違う」 苛ついたように問う芝村。本当に、腹が立つ。

 

「民間人のこと」

 

「民間人だと……それぞれシェルターにでも入るのではないか……?」

 

 意外なことを言われ、少し考えこむ芝村。

 

「うん、例えばこのシェルター。定員200人だけど。何時、締めるの?」

 

「それは全員集まった時に決まって……」

 

 そこまで言って、はっと気がつく芝村。優秀である、問題点に即座に気がついた。

 

「そう、戦場でそんな定員待ってる暇、無いよね」

 

 イラツキが消えていき、話題に食いついていく。

 

「その地区で避難訓練などは行っているのか?」

 

「行ってても、極偶に」

 

「シェルターを閉める判断は?」

 

「その時々の住民の判断。責任者も居るだろうけど高度な判断は出来ないと予想される」

 

 顔が、険しくなっていく。

 

「その時は、誰が指示するのだ……?」

 

「その地区の、防災担当の課長さんとか?」

 

 虚を突かれた芝村。そして、呆れた表情をする。

 

「馬鹿か」

 

「馬鹿だよね」

 

 それに、肩をすくめて同意する。

 

「他にも、戦災にあった地域の復興の法案とか何時のか知ってる?」

 

「……何時だ」

 

「太平洋戦争前」

 

「…………」

 

 完全に呆れ果てた芝村。そして、懐から紙を取り出し、ペンと共に猫宮に押し付ける

 

「泰守だ。芝村をやっている。連絡先を書け。そして、連絡したら出ろ」

 

 泰守は傲慢な顔で言い放った。

 

「随分強引だなあ」 苦笑しつつ、連絡先を書く猫宮。それを受け取ると、丁重に懐に仕舞う泰守。

 

「今日は助かった。後で勝吏に言え。望むものを届けさせる」

 

 そう言うと、部下を連れ撤収していく。その様子を、やれやれと見送る3人であった。

 

 

 

 




芝村泰守 オリジナルキャラクター。5121小隊の日常Ⅱに殺されるチョイ役としてできた姓だけのキャラクターに名前をつけた。書いた論文に治安維持等が含まれたため、民間人の対応の問題点を提起するキャラクターに。芝村であるので傲慢な面はあれどやはり優秀である。
 なお、芝村一族の男の例に漏れずデブである。

 ちなみに、史実では吹き飛ばされてしまった野良犬は、猫宮のおかげで肉だけ持って助かったりしています。


 しかし、最近お気に入りも評価も増えてきて本当にありがたい限りです。活動報告ではガルパンのSSまとめサイトでも紹介されたと有りましたが、他にも紹介されたりしてるんでしょうかと非常に気になります。



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それはきっと、傲慢な選択

泰守が前線から離れての翌日、来栖と猫宮は昨日の尾根に行って調査したが、その結果はおそらく逃したであろうということである。銃と弾の性能が良すぎて、綺麗に体を貫通したのだろう。

 そして、泰守が撤退した以上、この戦区最後の芝村となった士官がいる前線に二人は張り込んでいた。顔つきがまるで違うが、それでも準竜師と似たような雰囲気を持っていた。

 

 3人で訪れると、にやにやと笑いながら「例の芝村殺しか」と言った。

 

「危険な時間帯だ。建物内に」

 

「それでいいのか?」

 

 来栖の言葉を、芝村中佐は手を降って遮った。 この地区では、周囲に狙撃できそうなポイントがまるで無い。もし、このまま引っ込んでいたら諦めるであろうと。要するに、囮になろうというのだ。

 

「なに、俺が死んだって代わりの芝村が来るだけだ。気の毒に、奴らは誤解している」

 

 石津が猫宮と来栖を交互に見た。

 

「わたし……探す」

 

「……大丈夫?石津さん?」

 

 来須は目を剥き、猫宮が心配そうにする。そんな様子を芝村中佐は高笑いを響かせた。

 

 

 狙撃兵狩りにしては、この3人は滑稽に見える。大男、そしてこのエースパイロットは間違いなくかなりの実力者であるが、少女の方はどこにでもいる子供だ。

 

「迷子にならんようにな」 「危なくなったら逃げてね」

 

 石津はペコリと頭を下げると、あっという間に駆け去った。呆気にとられる来須に、苦笑する猫宮。

 

「間抜けな面をしているな」 中佐がそう言う。周りには、動物たちが屯っていた。

 

「あの少女は何の役に立つのだ?」

 

「常人やプロとは違う視点、視野がある。時々、そういう全く専門外や別の視点からのものが役に立つことがあるのさ」

 

 来須が考えている間、猫宮が答えた。それを聞くと、また中佐はガハハと笑うのだ。

 

 

「じゃ、自分は別の所探してみる」

 

 来須が中佐の側につくと、猫宮はそういった。訝しむ来須。

 

「何をだ?」

 

「狙撃手の行動自体は一人だろうけど、芝村の情報を教えている協力者は、どこかで見ている可能性が高い。だから、そっちを狩る」

 

 それを聞くと、来須は頷いた。中佐も、「欲張りなことだ」と笑う。

 向かうは、石津が探索する地点を、観察できる地点。大体の当たりをつけて、走りだす。肩に、燕が止まった。

 

(猫宮さん、付近の林に女性が武器を持って観察しています。そして、辺りに多数のあしきゆめも待機しています)

 

(ありがとう、ツバメの少佐、報酬は後でたっぷり渡すから!)

 

(光栄の至りです)

 

 そうして、教えられた方向へと向かう。

 

 この世界に介入して初めて、人を殺す覚悟をして。

 

 

 

「やあ、こんな所で一人、どうしたの?」

 

 猫宮は、笑いながら目の前の女性に話しかけた。その女性も笑いつつ、こちらを油断なく伺っている。周りに、ゴブ共の気配がする。

 

「ちょっと迷い込んじゃって。あなたこそどうしてこんな所に?」

 

「悪い人を探しにさ」

 

 周りの殺気が強くなる。幾ら、人間が抑えてもゴブ共では抑えが効かないだろう。

 

「へ~、悪い人がいるんだ……怖いなぁ」

 

 そういう目の前の女性。そして、それほど遠くない場所で銃声が1発聞こえた。その音を皮切りに、一斉に群がってくるゴブリンたち。そして、銃を向ける女。猫宮は女の方へ手榴弾を投げ込むと、女は遮蔽物に隠れる。

 実体化した斧が、四方から飛んで来る。それを、最小限の動きでゆらゆらと動き交わす猫宮。殺意の中に動揺が混じった。

 

 猫宮はカトラスと、銃剣のついたサブマシンガンを最小限の動きで手に持つと、無造作に薙ぎ払った。女は隠れ場所から頭を引っ込めたが、ゴブリンが銃弾に薙ぎ払われる。くるりと回りつつ、至近距離のゴブリンを叩き切り、銃剣で斧を叩き落とす。四方八方全てが見えているかのように、危険度の高い順からただ淡々と処理をしていく猫宮。

 殺意に、恐怖が混じりだした。3方向から、ゴブリンリーダーが突進してくる。1匹にカトラスを投げると、もう1匹の赤目に銃弾を叩き込み、至近距離によってきて、斧を振り上げた最後の1匹の懐に潜り込み、手甲から飛び出たブレードで急所を掻き切る。更に銃だけを出してこちらを撃とうとした女へ、1匹のゴブリンを蹴り飛ばす。持っていたハンドガンが、弾き飛ばされた。それを、目ざとく撃ち抜く猫宮。銃が、壊れる。

 

 血を吹き出させ目潰しをし、流れるような動作でリロードを行い、足で投げたカトラスを拾う。数も殺意もあざ笑い、数十匹の幻獣を殺す猫宮。一方的な殺戮が、行わていた。旗色の悪さを感じ、こちらに催涙弾と閃光弾を投げてくる女。それを、O.A.T.Sのサポートにより、投げた直後に撃ち落とした。

 

「化物かしらっ!?」 旗色悪しと、こちらに銃弾をばら撒きながら撤退しようとする女。それを、猫宮は横っ飛びに移動しながら銃弾を叩き込む。ウォードレスさえ着てない女は、倒れる。

 

 倒れた女には近寄らない。何を持っているかも分からない。倒れ伏した所に、30mは離れた木に隠れて、手榴弾を投げ込む猫宮。女の顔が、諦めに染まる。

 爆発。そして、双眼鏡でずたずたになった死体を確認する。

 

 来須と石津が、やってきた。来須は少し、負傷をしている。

 

「や、二人共。そっちはどうだった?」

 

「……逃げた……わ……」 石津の声に、来須が頷いた。

 

「そっか……」

 

「こちらはどうだ?」

 

「幻獣共生派を一人と小型数十匹ってところかな」

 

 猫宮が、双眼鏡を渡して指をさす。その方向を見て、来須は頷いた。石津の視線は、塞ぐ。

 

「あの様子なら死んでいるだろうな」

 

 頷く猫宮。そして、しゅんとする石津。この心優しい少女にとって、人の死は辛いのだろう。無言で、頭をポフポフと撫でる猫宮。石津は、目を伏せたが抵抗はしなかった。

 

 今日、殺した幻獣共生派は木下朋子。来須に執着し、5121のメンバーを狙撃し、そして壬生屋に自爆特攻をし、そして事実上殺した女である。見逃す選択肢など、有りはしなかった。この為に、同行したのだ。

 千崎は、石津の想いによって救われた。だが、猫宮は、木下は看過できないと、殺した。どちらも、エゴである。果たして、どちらが正しいのか。猫宮は、分からなかった。ただ、大事なもののために、守る命を選んだ。

 

 死体を残し、黙って去る猫宮。そして、来須と石津。こうして、本来の任務は、失敗に終わるのだった。

 

 

 

 

「任務は部分的な成功ですか? 芝村を2名救えましたし。他の共生派も1名を撃破しましたし。しかし、肝心の狙撃手を包囲した挙句、まんまと逃げられるとは。あなたがいながら」

 

 善行は眼鏡を押し上げ、しぶい表情で言った。

 猫宮は苦笑し、来須はむっつりとした表情を崩さず、石津も何時も通り、そしてブータは寝そべっている。

 

「わたし……が……止めたの。殺さ……ないでって」

 

「石津君、相手は11人の将校を殺しているのですよ。その代償を払わせねば。猫宮君が遭遇した相手も、大物のテロリストでした。そちらは、しっかりと代償を支払いました。」

 

 その通りだ。その通りだが、と来須は言葉を探した。

 

「石津が人質に取られた」

 

「なんですって?」 善行は目をしばたたいた。

 

「足手まといだった。この女を少しでも信用したのが間違いだった。俺は判断を誤った」

 

「ほう」 猫宮の方を見る善行。しかし、猫宮は肩をすくめた

 

「自分は、別の方向で共生派や幻獣と戦ってたんで見てないんですよね」 白々しい。

 

 この3人の顔に、「失敗」の文字は刻まれていなかった。無表情な二人と、たいてい笑顔なため表情が読めない一人。だが、どこか清々しそうだ。

 

「ええと、石津君が人質にされたのでしたね。膠着状態が続く中、小隊規模の共生派に奇襲され、猫宮君は別方面で別働隊を食い止め……」

 

 善行は、頭のなかで適当な報告文を作りながら、この3人から事情聴取をはじめたのだった。なお、その報告書は後から「つまらん小説だ」と準竜師にガハハと笑われながら読まれることになる。

 

 

 

 

「俺だ」

 

「他にも芝村の知り合いがいるので、せめて名前を言ってください」

 

 突然の泰守の連絡に、猫宮は苦笑するしかない。

 

「考慮しよう。ところで、問題点は大体洗い出した。これからその検討を始める。いいか、場所は……」

 

 と言いながら、一方的に予定を押し付けてくる泰守。流石芝村である。

 

「はあ……バイトが有ったんですけどねえ……」

 

「知らん。必要ならこちらも金を出す。とっとと来い」

 

 それだけ言うと、通信を切る泰守。猫宮はため息一つついて、裏マーケットの親父に連絡を入れた後、言われた場所へ行くこととなる。

 

 

 こうして、後に大勢を救う改革案の雛形が、少しずつ作られていくのだった。

 

 




 とりあえずぶっ殺すリスト最上位に有った木下を一時退場させました。こいつほっとくと本当に誰か殺されかねませんし説得の糸口も見つからず……


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もう一度、残酷な運命に

「~~~♪」

 

 鼻歌を歌いつつ、猫宮はカートを押していた。カートには、鍋に食材にコンロにと、野外の調理道具が揃っていた。プラスチックのお椀もそこそこ、箸もある。そんなものがつめ込まれたカートを押して、歩き続ける猫宮。そして、熊本の市内でも、あまり人のいない治安の悪い地区の公園にたどり着く。

 幾らかの視線を感じる猫宮。だが、視線を気にせずに、水飲み場の水を大鍋に入れた。コンロを取り出し、火を付け、お湯を沸かす。そこに予め切ってあった野菜やら魚やら調味料やらを順次入れ、かき混ぜながらグツグツと煮込む。美味しそうなスープの、いい匂いがあたりに漂う。視線が増え、強くなってきた。

 

 チュルッとお玉で味見をして、にっこり微笑むと、火を止める。そうして、周りに叫んだ。

 

「は~い、お腹すいてる人は寄っといで~!炊き出しだよ~!」

 

 訝しげに見る、数名。しかし、よほど腹が空いていたような、小汚い格好の学兵が、駆けつけてきた。

 

「ほ、本当に、いいのか……?」

 

「うん、良いよ。はい、どうぞ!」

 

 そう言うと、にっこり笑って、野菜も魚肉もたっぷり入れて盛り付け、箸とともに渡す猫宮。

 震える手で受け取ると、恐る恐る口にする学兵。

 

「……美味い」

 

 そう言うと、泣きながら、激しい勢いで冷ましてかっこむ学兵。まともに、街中にも出れず炊き出しにもありつけなかったのだろう。その様子を見て、周りの見ていた学兵も集まってきた。

 

「はいはい、たっぷりあるから並んで並んで!」

 

 そう言うと、10人程の学兵が並ぶ。そうして受け取ると、皆すごい勢いで食べ始めた。明らかに、空腹である。

 

「あ、あの……ちょっと離れた所にダチがいるんですけど、呼んできても……?」

 

「うん、良いよ、呼んできて!」

 

 そう言うと、多少よろけながら走っていく学兵。後から後からやってきて、合計で30人弱にはなっただろうか。

 みんな、美味しそうに食べる。何度もおかわりをされたので、あっという間に空になる鍋。それでもまだ、物足りなさそうにしている何人かもいた。

 

 

「さて、みんなお腹が減っている様子……脱走兵だね」

 

 途端、空気が凍りつく。何人かは、逃げようとしている。

 

「ああ、別に憲兵につきだそうって訳でもないよ? こんなことしてもお金貰えないし」 苦笑する猫宮。

 

 その様子に、逃げようとする足も止まる。

 

「あ、あの……あなたも脱走したんですか……?」

 

「ううん、違う。ただ、お腹空かせてるようだったから炊き出しに来たんだ」

 

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 困惑する脱走兵たち。何が何やら、よく分からなかった。

 

「それで、君たちはどうして脱走したのさ?」

 

 男女、色々な人が居た。だけど、皆薄汚れていて、顔に生気がなかった。

 

「……私、部隊で虐めに遭っちゃって……。私一人、何度も、何度も……」

 

「部隊が全滅して……それで、怖くなって……」

 

「戦場ではぐれて、それっきり、ずっと……」

 

 多種多様な理由。でも、猫宮は、頷きつつ聞いていく。時に励ましながら、話を促していく。皆、辛かったのか、話したかったのか、どんどんと、熱が篭る。話しながら、泣き出す兵も多数居た。……皆、青春を辛い戦争で台無しにされたのだ。

 

 しばらくして、聞き終わる猫宮。

 

「……それで、どうする……? このまま逃げてても、脱走兵は捕まったら懲罰部隊行きか……その場で射殺」

 

 青くなる、一同。恐怖に身を縮こませ、泣く子もいる。

 

「……なら、どうすりゃいいんだよ! 俺達に、一体何ができるってんだよ……!」

 

 一人が、叫んだ。目からは、涙が溢れている。

 

「そうだよ、どうすりゃいいんだよ!?」 「わたしだって、わたしだって……!」 「こんな生活、もう、いや……!誰か助けてよ……!」

 

 全てから見放された、脱走兵たちの慟哭が響く。……だが、その全てから見放された彼らを救おうとするお人好しがここにいた。

 

「……このままなら確実に死ぬ。……なら、生き延びる可能性に賭けてみる?」

 

 猫宮がそう言うと、視線が集まる。震える声で、一人が問うた。

 

「……な、なんとかなるのかよ……?」

 

「うん、出来る限り、希望に叶える部隊に滑りこませられるよ」

 

「ちょ、懲罰大隊じゃ……!」

 

「違う。ちゃんとした学兵の部隊。虐めも、起こさせない。戦い方も、ちゃんと教える」

 

 真剣な目で、辺りを見渡す猫宮。気圧されたように、それを受け止める脱走兵たち。

 

「……ほ、本当に、また、戻れるんですか……?」

 

「うん、約束する」

 

 恐る恐る尋ねる女の子に、頷く。

 

「い、一体どうやって……」

 

「自分、エースだからね、融通が結構効いたりするのさ」

 

 胸には、勲章が2つ光っていた。

 

「……このままじゃ、結局、死ぬだけだ……。なら、お願いします!」

 

 一人がそう叫び、「俺も!」「私も!」と、後から続いた。展望は無かった。だから、チャンスが有るなら賭けてみようと思ったのだ。

 

「うん、それじゃ、一人ひとり、何ができるか聞かせて!」

 

 そう言うと、端末を取り出した。

 

『人材を派遣します。受け入れられる兵を言ってください』 と、現在地を添えて書き込む。

 

 すると、あちこちから返事が帰ってくる。

 

『バイクを運転できる人なら、幾らでも!』 津田

 

『こちらは人を送ってもらえれば仕込みます』 玉島

 

『戦車兵、いますか?』 及川

 

『交通誘導できる人か、地元に詳しい人大歓迎です!』 小峰

 

 等々、返事が帰ってくる。

 

「というわけで、オートバイ小隊、戦車随伴歩兵、戦車兵、交通誘導小隊などなど、場所はいくらでもあるよ!」

 

 そう言って、一人一人の写真を撮り、データとして纏める。皆、初めて見る端末に困惑しているようだ。

 そして、纏めたデータ毎に、隊の適性を見極めて振り分ける。

 

 しばらくして、バイクの音が近づいてくる。そして、ヘルメットを脱ぐと、元気よく挨拶してきた。

 

「猫宮さん、こんにちは! どの人ですか?」 

 

「えーっと、この3人かな」 

 

 と言うと、猫宮は選んだ3人を紹介する。紹介され津田に、おずおずと頭を下げる3名。

 

「あなた達ね、宜しく!」 

 

 そう言うと、元気よく挨拶する津田。少しずつ、脱走兵たちにも笑顔が戻ってきた。

 

「えっと、猫宮さん、どいつを連れて行きます?」

 

 すこし遅れて、玉島もやってきた。

 

「あれ、玉島君も隊長直々に?」

 

「へへっ、ちょっと、どんな奴らか見てやろうと思いまして」 

 

 そういうと笑って、振り分けられた連中を見る。

 

「……全く、昔の俺みたいに酷え顔してやがる……おい、お前ら、ここにいる猫宮さんが教えて下さった戦い方をお前らにも教えてやる、良いか、生き延びるぞ!」

 

『は、はいっ!』 

 

 戦車随伴歩兵に選ばれた脱走兵が、声を張り上げる。

 

「え、えーと、大田です。隊長からここに来て連れて来てって……」

 

 戦車兵の女の子も、やってきた。次々とあちこちの隊から引率がやってきて、引き渡されていく。単独で行かせないのは、行く途中で憲兵に捕まる危険も有ったからだ。

 

 どんどんと、捌けて行く猫宮。それを、笑顔で見送る。

 

 

 

「……こうして、また皆戦地へ逆戻り、か……」

 

 全員見送った後、自嘲する猫宮。

 

「……そんなに、自嘲することもないだろう」

 

 ふと気が付くと、横にいつもの憲兵が立っていた。猫宮が気がつくと、笑って敬礼をする憲兵。

 

「あっ、矢作曹長……」

 

「ご苦労様であります。出会った時はただの訓練兵だったのに、あっという間に階級を抜かれてしまったな」

 

「そうですね」

 

 猫宮が苦笑して答える。彼には、初期からお世話になっていたのだ。

 

「……確かに彼らはまた戦場に逆戻りだ。だが、君の言った通り懲罰大隊か処刑より、遥かにマシだ。……彼らの力と運次第で、生き延びられるのだから」

 

「……そうですね」

 

 頷く猫宮。こうするしか、無かった。こうすることしかできなくさせるこの戦争は、やはり大っ嫌いだった。

 

「……それに、君の、君たちのお陰で、我々も彼らを確実な死地に送り込んだり、殺したりせずに済んでいるのだ。……本当に、ありがとう」

 

 そう言うと、頭を下げた。冷酷無比な憲兵ではあるが、あくまで心を殺す手段を知っているだけだ。彼らだって、少年少女を好き好んで殺したいわけではないのだ。

 そして、脱走兵を助けているのは猫宮だけではない。猫宮の教え子達も、脱走兵を見かけたら、積極的に引き込んでいた。最近では、憲兵もそれとなく、猫宮グループのメンバーに脱走兵の位置を教えることも多々ある。

 

「どういたしまして、ですね。まあ、本命は彼らの人助けですけど」

 

 カートに調理器具を詰め込む猫宮。そして、矢作はそれを手伝う。

 

「ところで、新市街の方にもそんな連中が屯しているのだが……」

 

「うん、行ってみます」

 

 

 世界は残酷だ。だからこそ、猫宮は、沢山の人を巻き込んで今日も足掻き続ける。

 

 

 史実、熊本市での本日の検挙人数82 処刑人数:12人

 本日、熊本市での検挙人数31 処刑人数:0人

 

 

 さて、そんな訳で今日も今日とて大忙し、有り余る体力で訓練、整備、人助けに動物助け。で、そんな事を幾ら強化された体とは言えやり続けたら――

 

「猫宮っ!?」 「猫宮君っ!?」 「猫宮さんっ!?」 「ゆうちゃんっ!?」

 

 合同訓練直後にぶっ倒れた猫宮。保健室へ運ばれる。

 

「……はっ!?」 

 

 飛び起きた猫宮。急いでバイトへ行こうとすると――善行に止められた。

 

「……猫宮君、つかぬことを聞きますが、何時休みました?」

 

「えーと……えーと……?」 首を傾げる猫宮。覚えが、無かった。

 

「……結構です。猫宮君、命令です。今日と明日、一切の仕事や訓練・その他の活動を禁じます」

 

「ええええっ!? い、いや、色々とやることが!?」

 

「体調管理も、兵の仕事の内です。貴方の知り合いの方々にも、連絡を入れて仕事をさせないよう言い伝えてあります。いいですね、今日と明日は休日ですよ」

 

 そう厳命し、去っていく善行。

 

「……仕事はない、出て行け」

 

 なにくそとオヤジの所へ行ったら、門前払いをかっ食らう猫宮。

 

「今日、貴方の仕事は無いのよ」

 

 整備テントに行ったら、笑顔で追い出された。新井木がグイグイと押して、テントの外と押し出す。

 

「……どうしよう」

 

 猫宮悠輝、何をしたらいいか分からない、初の休日であった。

 

 

 




矢作満:オリジナルキャラクター。憲兵の曹長であり、猫宮とは長い付き合い。脱走兵を原隊に戻したりする時などに、相当お目こぼしを貰っている。

 さて、次は休日……どうしようかな……


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猫宮、はじめての休日

お気に入りに入れている作者様の作品でおそらく自分のであろう作品が言及されていてびっくり。なんだか嬉しくなります。どこかのサイト様でも紹介されたようで、このSSも有名になってきたんだなと感慨深くなりました。後、やる気がどんどん上がります。






『何か手伝って欲しい事は無いですか?』 猫宮

 

『休んでください!』 津田

 

『無いです』 本郷

 

『あ、おっかしいな、猫宮さんの通信が見れないぞ?』 甲斐

 

『休め』 来須

 

『今日と明日、仕事禁止だぞ』 若宮

 

 

「……………」

 

 暇なので、端末で連絡をとってみたらけんもほろろに休めと言われる猫宮。思わず空を仰ぐ。吸い込まれそうなくらい、青かった。

 

「……いやいや、そうだ、仕事がダメなら訓練でも……」

 

 と、鉄棒へ向かう猫宮。後ろから、テクテクと石津がついてくる。

 

「あ、あの、石津さん……?」

 

 じ~とこちらを見る石津。何やら気配が怖い。

 

「…………訓練……したら……呪う……わ……」

 

「え、えっと、でもね?」

 

「……ダメ……」

 

「ほ、ほら、やること無いし……」

 

「…………」 涙目になる石津。

 

 圧力と呪いをこれでもかとかかけられた挙句、これである。もう全面降参するしか無かった。

 

「……はい……」

 

 結局、負けてトボトボと歩き出す猫宮。

 

 

「休日か……」

 

 思えばこちらの世界に介入して、そんな日など1日たりとてなかった。ずっと何かしらの活動をしていたのだ。

 と、そこへ巨大な猫がのしのしとやってくる。もちろん、ブータである。

 

(悩んでいるのう、若者よ)

 

 ゴロゴロと笑うブータ。猫宮の側にやってきて、丸くなる。

 

(今までずっと仕事でしたからね。一体何をしたら良いのやら)

 

 ため息一つ、悩む猫宮。

 

(誰かを遊びに誘うなり、のんびりするなり自由にするといい)

 

 そう言うブータは、とても寛いでいるようである。

 

(のんびり、か……) 

 

 そう言うと、草の上に寝っ転がる猫宮。さわやかな風が駆け抜け、大地の香りを運ぶ。

 

(いざというときのために休むのも戦士の勤めじゃ)

 

 ふぁ~とアクビをするブータ。猫宮は、ひたすら流れる雲を見る。

 ゆったりとした時間が流れる。訓練で走っている掛け声や、様々な話し声、車の音、鳥の囀り。それがゆったりと流れて消えていく。しかし、仕事や訓練や他の皆のあれこれを考えてしまうのは、悲しい性だろうか。

 

 イマイチ休めてない様子の猫宮。と、その側に1匹の猫がやってきた。いつぞやの三毛猫である。にゃ~と鳴いて、猫宮に寄り添った。

 

「や、ミケ、どうしたんだい?」

 

 そう尋ねると、猫宮の頭をポフポフし始めた。

 

「……気を使ってくれてるの?」

 

 そう尋ねると、にゃ~と鳴く。少しの間、そうされている猫宮。すると、今度は柴犬が来た。

 

「お、チョビ? 君も来たの? 餌はないよ?」

 

 そう言うと、そんなもんいらんとばかりに猫宮の側に来て、肩をポフポフする。

 

「ははっ、くすぐったいよ」

 

 動物に犬と猫にもふもふされる猫宮。と、まあそれだけなら良かったのだが……1匹、2匹、3匹、4匹と、どんどん集まってくる。もこもこに埋もれる猫宮。

 

「……皆、気を使ってくれてるの? ありがとう」

 

 くすっと笑うと、ぽふっと寝っ転がる。そうすると、犬猫も皆丸くなる。微笑ましい光景が出現し…………それをじ~~~~と見つめる約一名。

 

「……芝村さんも来る?」

 

「な、な、な、なななななっ!?」

 

 気が付かれて顔を真赤にしてびっくりする芝村。

 

「ただし、今度は殴らないようにね~?」 

 

 そう言いつつ、くすくす笑う猫宮。

 

「…………」 苦悩

 

「………」 逡巡

 

「……」 葛藤

 

「…!」 決意

 

「私は……行く……!」

 

 と、猫宮と少し離れた場所に座る芝村。それを見て、何だなんだと寄ってくる犬猫。

 

 わふっ とか にゃ~ とかいう鳴き声と、もふもふに囲まれる芝村。顔を真赤で、しかし嬉しそうな表情を抑えきれていない。

 

「手のひら上にして、下ろしてみて?」

 

「こ、こうかっ!?」

 

 そう言われて下ろす芝村。チョビが、ポフッと手に手をおいた。所謂お手である。

 

「~~~~~~!」

 

 嬉しさからか言葉が出ない芝村。その様子を見て、猫宮はクスクスと笑うのだ。そして、真っ赤になったので心配したのか猫たちが芝村の足へてしてしと猫パンチする。あまりの可愛さに鼻血が垂れる芝村。慌てて、血を止める。

 

「なんと、なんと、なんと……!」

 

 その様子を微笑ましげに見守る猫宮。面白すぎる。

 そして、更にその様子をじ~と見ている人がいた。石津である。

 

「あ、石津さんもこっち来る?」「な、何だとっ!?」 

 

 石津に醜態を見られて動揺する芝村。だが、石津は芝村よりも動物たちに目が行っていたようだ。少し考えると、トテトテとやってくる石津。芝村の横に来ると、優しく撫でていく。それを見て、見よう見まねで撫でる芝村。ガチガチである。

 

「もっと……力を……抜くの……」

 

「こ、こうか……!?」

 

「……そう」

 

 微妙に撫でるのが上手くなっていく芝村。機嫌がどんどん上向いてく。

 

「うわ~、ねこさんもいぬさんもいっぱい!」

 

「あ、ののみちゃん、こっちにおいで」

 

「は~い!」

 

 そして、東原もやってくる。とててててと駆け寄ってきて、動物たちの中心へ。囲まれる東原。ブータを抱っこして幸せそうだ。

 

「……ま、たまにはこんな日も良いかもね」

 

 くすりと笑うと、また寝っ転がりまったりする猫宮。雲は、ゆったりと流れていた。うつらうつらといつの間にか目を閉じて、開いた時には、すっかり日が傾いていたが、もふもふに囲まれて、全く寒くなかった。

 

 そして帰り際、自炊でなく、味のれんでコロッケ定食とご飯をたっぷり食べた後、家路につくのだった。

 

 

 

 

 翌日、猫宮はたっぷりと寝て起きたのは朝の9時である。こんな遅くまで寝たのは、この世界に介入して初めてである。必要最低限なもの以外何もない殺風景な部屋から起きだし、朝食をとって、歯を磨く。何もすることが思いつかなかった。なので、とりあえず猫宮は新市街でも散策することにした。家にいてもすることはなし、学校に行くとどうしても手伝いや訓練をしたくなるからだ。

 

 ぶらりと、新市街を歩き出す猫宮。どんどんと商店街のシャッターが上がっていき、街が活性化し始める時間だ。学兵たちも、どんどんと増えてくる。

 

「この辺りの店もまだまだ大丈夫……かな?」

 

 熊本は、時間が進むたびにどんどんと店の疎開が進んで行き、遊べるところも食べられるところも減っていく。だが、実はこの世界では史実よりもほんの少しだが、その速度は落ちたりしていた。

 

「ん~、たい焼きひとつ下さい!」

 

 とりあえず買い食いをする猫宮。寂しい中身の財布からお金を取り出し、購入する。美味しそうに、ハムっとかぶりつく。そして、次は何処に行こうかと迷っていると、ふと後ろから声をかけられた。

 

「猫宮さん、大丈夫ですか……?」

 

「あ、逸見さん。うん、もう大丈夫! 強制的に休みとらされちゃったけどね」

 

 振り返ると、逸見エリカが居た。珍しく、私服である。

 

「猫宮さんもですか。私達黒森峰も、今日は非番なんです」

 

「そうだったんだ。逸見さんも、新市街周る予定?」

 

「あ、いえ、行こうとしていた店が疎開してしまって……どうしようかと」

 

 そう、困ったように言うエリカ。

 

「ふむふむ……何のお店?」

 

「生活雑貨とか、小物を売っているお店で。この近くにあったんですが……」

 

「ああ、そのお店。ん~、それに似ているお店って言うと……ちょっと歩くことになるけど、いい?」

 

「は、はい、大丈夫です。じゃあ、場所は……」

 

 と、言っている内に歩き出す猫宮。

 

「あ、あの、猫宮さん?」

 

「自分も暇だし、案内するよ」

 

 振り返って笑いながらそう言う猫宮。エリカは少し照れると、後ろをテクテクとついていくことにした。

 

「猫宮さんは、熊本出身ですか?」

 

「ううん、違うよ?」

 

「そうですか……それにしては、地理に詳しいなと」

 

「こっち来て、街中歩きまわったからね」

 

 くすりと笑いつつ、ゆっくり辺りを見渡しながら歩く。また、シャッターが降りている店が増えていた。その視線に気がつくと、エリカも表情を曇らせる。

 

「……疎開、進んでますね……」

 

「うん、自分がここに来た時よりも、少しずつ寂しくなってる」

 

「……九州に幻獣が出現してから、少しずつ、この街が寂しくなっていったんです」

 

「逸見さんは、ずっとここに?」

 

「はい、熊本で生まれて、ずっと住んでいました」

 

 そう言うと、寂しそうに辺りを見渡す。

 

「昔はもっと、活気がありました。学兵だけでなくて、もっといろんな人が歩いていて。商店街も、殆どにお店が入っていて」

 

「……そっか。故郷なんだ……」

 

「はい。……私は、この街が好きなんです。だから、守りたくて……でも」

 

「でも?」

 

 そう言うとエリカははっとして、続きを言うのを躊躇う。それに対して、微笑んで促す猫宮。

 

「何かあったら、相談に乗るよ? 戦友だし、この間助けられたしね」

 

 それを聞いてエリカは少し逡巡した後、ポツリと呟く。

 

「……私は、西住隊長とみほさんに比べて、指揮能力に劣っています。それが、それが……」

 

 違う部隊の猫宮だからこそだろう。今まで押し殺していたコンプレックスが、溢れだしてしまったようだ。

 

 エリカの方を向く猫宮。微笑みを消して、真剣な表情になる。

 

「……こういう時、そんなこと無いって言うのは簡単だけど、そんな慰めはいらないと思うから、はっきり言うね」

 

 見られ、足が止まるエリカ。はっきり言うと言われ、覚悟を決める。

 

「確かに、安定した状況のまほさんの安定した全体指揮能力や、みほさんの混沌とした状況での判断力の速さ、応用力や閃きは、確かに逸見さんにはない」

 

 はっきり言われ、更に俯くエリカ。

 

「でも、部隊がついた時の支援の上手さや、こちらの動きやすさは、一緒に戦っていて逸見さんが一番良い」

 

 そう言われて、顔を上げるエリカ。

 

「ほ、本当……ですか?」

 

「命がかかっている問題や悩みに、下手な慰めは言わない。これは、一緒に戦ってきた経験から言えること。和水町の時、素早く、支援してくれたよね。あのお陰で、早くまた山頂で狙撃を再開することができた。大丈夫、貴女は二人の下位互換なんかじゃない。別の能力が優れている、指揮官だ」

 

 まっすぐ見据えられ、はっきりと伝えられる。エリカの顔が、赤くなった。

 

「戦場で頼りにしてます。だから、そんなに自分を追い込まないで」 

 

 そう微笑むと、「は、はい……」と頷くのだった。

 

「それじゃ、もうすぐだし行こうか」

 

 再び歩き出す猫宮と、それについていくエリカ。その店は、まだ疎開していなかった。

 

「うん、まだやってた。それじゃ、また」

 

 そう言うと別の場所に行こうとする猫宮。それを、エリカが慌てて止めた。

 

「あ、あのっ!」

 

「ん?」

 

 立ち止まる猫宮。エリカは意を決すると、半ば叫ぶように言った。

 

「せ、せっかくですし、何か見て行きませんか?」

 

 それを聞くと猫宮は、そう言えばすることがなかったと頷く。そして、二人で店の中へ入っていくのだった。

 

 中は、カラフルな小物類や雑貨であふれていた。色とりどりの空間に、目を輝かせるエリカと、キョロキョロと珍しそうに観察する猫宮。

 

 店内をうろつき、小さな鉢植えを見つけると、それを手に取るエリカ。

 

「胡蝶蘭? ああ、今からちょうど咲き始める花だよね」

 

「はい。部屋にあると綺麗かなって。私、この花が好きなんです」

 

 そう言うと、それをカゴに入れるエリカ。一方、猫宮はまだ何も選んでいない。

 

「……あ、や、やっぱり欲しいもの無いですか?」

 

「あ、ううん、と言うより、こういう所来たことなかったから、どういうの選んだら良いか悩んでて」

 

 苦笑する猫宮。それを聞くと、エリカは選ぼうと棚を見る。

 

「何か希望はありますか?」

 

「えーと……つけていて危なくなかったり、あまり邪魔にならないもの、かな?」

 

 それを聞いて難しそうな評定をするエリカ。アクセサリー系は、じゃまになる場合が多々あるかもしれなかった。そして、ふと香水で目を止める。

 

「その、香水とかどうですか? 香りを身につけるから、邪魔にならないと思います」

 

「うん、それいいかも! じゃあ、どれにしようかな……」

 

 試供品を取り出して、香りを確認していく。でも、いまいちピンとしない様子だった。それを見て、選ぶエリカ。

 

「あ、あの、これなんてどうですか?」

 

 小さな瓶の、リーズナブルな香水。少し付けると爽やかな香りが駆け抜ける。どことなく、気に入った猫宮。

 

「うん、これが良いかも」

 

「じゃあ、これにしましょう」

 

 そう言うと、それもカゴに放り込むエリカ。

 

「あ、会計は、自分で出すよ!」

 

「いえ、お礼をさせて下さい。それに、私結構お給料貰ってますから」

 

 そう言うと、微笑むエリカ。その評定を見ると、何も言えなくなる。

 

「うん、じゃあ……ありがとう」

 

 そう言うと、猫宮は笑顔でその好意を受け取るのだった。

 

 

 嬉しそうに、店を出るエリカ。そして、それを微笑んで見てる猫宮。――だが、それを目撃してしまった人がいたのだった。

 

 

 

 そうして別れた後、また新市街を探索していると、速水、滝川、茜の3人が一緒に歩いていた。

 

「お、こんにちはっと!」

 

「おっす、猫宮!」 「あ、猫宮、大丈夫?」 「ふっ、体調管理はしっかりするんだな」

 

 猫宮が話しかけると、三者三様の挨拶をしてくる。

 

「あはは、大丈夫大丈夫。それで、どうしたの3人共?」

 

「ん、俺の家でこれからポカドン!やるところだけど……そうだ、猫宮もやろうぜ!」

 

「ああ、4人でできるし丁度いいな」

 

 誘う滝川に頷く茜。そして、それを笑ってみている速水。

 

「うん、それじゃせっかくだしやるよ!」

 

「オッケー、決まり! じゃあ行こうぜ!」

 

 そう言うと、滝川の家にたこ焼きを買いながら移動する4人。コントローラーを4つ接続し、ポカドン!を4人対戦で始める。

 

 

「よーし速攻だ!」

 

「ふっ、君のことだから必殺をしてくるだろうと……何っ!?」

 

「え、えーと、あ、なんか良さそうなアイテム出たよ!」

 

「ふふふふふ……魔法を連発して……」

 

「おいふざけんなよ、動けないだろ!?」

 

「良くもやってくれたな、サタン化だ!」

 

「わわわわわ、こっち来ないで!?」

 

「漁夫の利頂きぃ!」

 

「ふざけるなよ!」

 

「集中砲火だ、二人共行くよ!」

 

「「おう!」」

 

「ちょ、こんな時だけ息合わせるなよ!?」

 

 どんどん険悪になっていく空気、始まる言い争い、やがてとっつかみ合いにまで発展する。ドタバタと暴れだし、いつしかゲームがそっちのけに。

 ……とまあ、こんな感じに猫宮の休日の終わりは、喧々囂々の大げんかに発展しつつ、結果的に熱中しすぎてコンセントが抜けてしまってのドローに終わったのであった。尚、これ以来ポカドン!は封印されることとなる。

 

 

 次の日。

 

 善行と原がいぢわるそうな笑顔を浮かべている。なんだか嫌な予感がする猫宮

 

「おやおや、昨日はお楽しみだったようですねえ」

 

「ええ、とっても楽しそうだったわ」

 

「いや、あれデートじゃないですから!?」

 

「まあ聞きました奥様?」

 

「ええ聞きましてよ奥様。プレゼントまでしてもらってデートでは無いなんて」

 

 腹の立つ口調で畳み掛ける善行と原。それに物を投げつける猫宮。

 

「まあなんて乱暴な」

 

「この分じゃ、きっと香水の意味もわかってないですよ奥様」

 

 そうゲラゲラ笑うと、二人は逃げていった。それを、猫宮は怒った様子で見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プレイヤー「え、ゲーム内で遊んでもパラメーター増えないしNPC助けられないよね?」

な感じを地で行っていた猫宮君でした。なお、これ以降石津が何度も体調を注意しにやってくる事になります。……次は西住姉妹を動かしたいな……。

しかし、敬語だけだとエリカが別キャラに見える……難しい……
とりあえず、原作でも有った西住姉妹へのコンプレックスを軽減しようとこうしました。
二人が優秀すぎるだけで、エリカ自身も平均以上とっていて悪くない……って、何処か滝川と似てますよね。





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風変わりな仲間たち

感想数100突破です、どうもありがとうございあmす。本当に励みになります。


 田代香織は、いわゆるツッパリだとか不良とか呼ばれる少女である。喧嘩っ早くアウトローを気取り、整備よりも戦闘が好きなような少女だった。

 しかし、この小隊では整備の仕事をやらされ、しかも突っかかってくる奴もおらず、緊張感さえ足りない。

 

(なんか物足りねぇな……)

 

 草むらが鳴った。田代は慌てて板チョコを飲み込むと、音のした方を向く。

 

「あ、ごめん。邪魔しちゃったかな?」

 

「やっ、仕事は終わった?」

 

 速水と猫宮がそれぞれビニール袋をぶら下げてやってきた。

 

「ちっ、うざったい奴らが来た」

 

 田代はあぐらをかいたまま、顎をしゃくった。この二人は、ちょくちょく自分のところにも来ては、世間話をしていく。お前らはオカンか! と怒鳴りつけたくなることもしばしばだが、二人のおかげで小隊の様子も、その他の情報も入ってくる。

 

「クッキーを作ったんだよかったら」 「紅茶も淹れてきたよ~」

 

 速水がクッキーを、猫宮が紅茶を差し出す。

 

「お前らってホントに変なやつだな」

 

「「えっ、そう?」」

 

 声が重なり、ついでに首を傾げる動作まで重なる二人。思わず呆れ果てるたしろ。

 

「絶対変だよ。あんな、ぐっちゃぐちゃな戦いをした次の日に、こんな茶菓子持ってきてよお……」

 

「昨日の戦い? 市街戦は敵が分散してるからミサイルで一気にって訳には行かないけど、遮蔽物が豊富だから平地より楽かなぁ」

 

 あの戦いを楽と言ってのける速水に、少し背筋が寒くなる田代。

 

「荒波千翼長から言われたんだ。普段はバカをやれって。じゃないと神経が擦り切れるって」

 

「荒波……って、あのエースからか……」

 

 そして続く猫宮の言葉に、何やら少し思うところがあるのか、クッキーをかじりつつ表情を変える。エースからの薫陶とは言え、こうも日常と戦闘をはっきり切り替えられる奴らはそういない。

 

(伊達に、勲章は貰ってねえって事か……)

 

 既に猫宮は、2つの勲章が与えられている。速水ももうすぐだろう。こいつらの動きは本当に凄いと、後方で見ている田代でさえそう思うのだ。試しに猫宮に軽く喧嘩をふっかけてみたら、こっちを傷つけないように無傷で制圧され、随分と落ち込んだものだ。

 

「仕事、大変?」

 

「ん……指揮車はただのクルマだからな。士魂号と違って、オレ一人でも、ブレーキパッド……タイヤ、足回りに気をつけてりゃ問題ない」

 

 速水の問いに、田代が答える。

 

「滝川、最近、しょっちゅうハンガーに来てるでしょ?」

 

「ああ、あんまり俺とは話さないけどな」

 

 滝川は滝川で、何度も戦闘を経験して訓練もして、肝が座ってきている。ビビってくれる人間が少なくて本格的に寂しい田代である。

 

「森さんの様子はどう?」

 

「普通かな……っておい! 滝川と森、なにかあるのか?」

 

「心配なんだ。森さんに相手されてる?」 「滝川、上手く行ってくれるといいなぁ」

 

 滝川のことを心から心配する二人。

 

「……だいじょうぶ……あの二人は……とても……相性が良い……のよ……」

 

 と、そこへ石津がやってきた。

 

「相性って、そんなんわかるのかよ?」

 

 田代の問いに、こくりと頷く石津。

 

「占った……わ……私の……占いはよく……当たるの……」

 

 速水と猫宮からクッキーと紅茶をもらいつつ、石津はそう言う。

 

「へ~、それなら安心?」

 

 くすりと笑う猫宮。しかし、ふるふると石津は首を横にふる。

 

「んだよ? 相性良いんじゃなねーのか?」

 

 怪訝そうな田代。

 

「相性はいいけど……星の巡り合わせが悪いの……すれちがい……どうにかしないと……」

 

『星の巡り合わせ?』 首を傾げる一同

 

「……ふたりとも、運命を、受け入れるの……下手……」

 

 何となく納得する速水と猫宮。そして感心する田代。

 

「じゃあ、例えば田代さんはどんな感じ?」

 

 好奇心旺盛に聞いてみる猫宮。

 

「ば、バッキャロ! なんてこと聞きやがんだよ!?」

 

 実は凄い気になるが、ツッパリである手前止めようとする田代。そして、迷いつつおずおずと口を開く石津。

 

「……何人かいる、けど。これから、田代さんに……試練が来る……。困った、ら……仲間に、相談して……」

 

「試練……試練か……へへっ、どんと来いだぜ」

 

 少なくとも退屈はしなくて済みそうだ。そう、田代は思うのだった。

 

 

 

 そして、すぐに退屈どころではなかった事を思い知る。古い知り合いの、鉄夫が訪れてきたのだ。近くにいた猫に餌をやって追い払い、家の中に招き入れる。どうやら、熊本から逃亡をするつもりらしかった。鉄夫のあまりの変わりように、引き止めることが出来ない田代。結局、次の日に逃亡を手伝うことにした。

 しかし、最後の最後に、ためらいがちに引き止める。

 

「なあ……、今からでも遅くないぜ。実は……俺の隊に芝村がいるんだ。後、エース様も。俺が泣きつけば、なんとか命だけは助かるかもしれない」

 

「へへ、田代もイカレちまったな。芝村は俺達のことなんか虫けらとしか思っていねえ」

 

「まあ……い、いや、あいつは……違う……」

 

 田代は、芝村の顔を思い浮かべた。速水や猫宮と一緒に何度か話したが、そんな奴とは、思えなかった。

 

「そこで何をしている?」

 

 不意に顔を照らされた。田代が顔を背けると、鉄夫がすばやく田代の背後に回った。

 

「寄るんじゃねえ! 近寄ればこいつを殺す」 首筋に、ナイフを突きつける鉄夫。

 

「鉄夫……」

 

「じっとしていろ」

 

 二人はたちまち警備兵と鉄道小隊に囲まれる。

 

「該当者――無し。しかし、脱走兵だな」

 

 八方ふさがりな状況、どうすることも出来ない……と、そこへたくさんの足音が近づいてくる。全員の視線が、そちらへ向かう。学兵の集団が、息を切らしてやってきていた。先頭は……変装をした、猫宮!? そして、後ろには見たことのない学兵たち。

 

「なっ、ねこ――」

 

 猫宮と視線が合う田代。その目が、信じて――と言っている気がした。うなずき、鉄夫に話す。

 

「――おい、あいつに合わせろ。俺の――ダチだ」

 

 そう鉄夫に言うと、鉄夫は困惑した様子だった。そこへ、かけてくる一人のガタイのいい学兵。思わず身構えるが、その学兵はナイフを持った手を掴むと、

 

「バッカヤロウ!」 と鉄夫をぶん殴った。倒れる鉄夫、そして、その周りを警備兵より先に学兵が取り囲む。

 

「何やってんだよ馬鹿!」 「心配したんだぞ!」 「相談してくれよ……!」

 

 見ず知らずの学兵たちが、気遣うようなことを言う。と、田代へ猫宮が近づいてきて、こっそり囁く。「名前は?」「て、鉄夫……」

 

「鉄夫、ほら、頭を下げて、隊へ戻ろう!」

 

 そう叫ぶ猫宮。すると、周りの学兵も、それぞれに行動を起こす。

 

「そうだぜ、鉄夫、やり直そう!」 「お願いします、もう脱走させません。だから、どうか、許してください!」 

 

 次々と叫び、土下座までする学兵たち。あっけにとられた兵たちだが、毅然とした態度で言う。

 

「ダメだ、脱走、及び逃亡未遂は重罪、危険分子は排除せねばならん」

 

「危険分子……?」

 

 田代はつぶやいた。鉄夫の何処が危険分子なんだ? ただ、ヤバイめに遭って神経が参っただけだ。

 

「脱走、敵前逃亡は兵から兵へ伝染し、隊をむしばみ士気を崩壊させる。軍に対する最大の罪だ。危険分子として間違いあるまい」

 

「そんな、士気は下がってません!」

 

 猫宮はそう叫ぶ。「そうです!」 「ただ、ちょっとこいつは迷っただけです!」 「大丈夫ですよ!」

 

 そして、口々に叫ぶ学兵たち。

 

「問答無用だ――それと、貴様らも脱走を手助けした疑いがあるな――そこの女もだ」 

 

 そう言う隊長。冷酷な目に、頭に血が上る田代。思わず、殴りかかりたくなる――が、猫宮に止められる。

 

「ふん、貴様らも懲罰大隊に――」

 

「何処へ転属させる、というのだ?」

 

 と、聞き覚えのある声が響いた。田代の背後にサーチライトが向けられた。しかし声の主は瞬きもせず、話す。

 

「それと、そこの女は我が隊の者だ。即刻解放せよ」

 

「姓名、階級を承りたい」

 

「芝村舞。5121小隊百翼長だ」

 

「5121小隊……芝村……」

 

 隊長は呆然と呟いた。芝村の名は、誰もが知っている。

 

「集積所の視察に赴いた所、聞き覚えのある声が次第駆けつけた次第だ」

 

 舞は不敵に笑った。隊長は苦々しげに舞を睨みつけた。

 

「この連中には逃亡扶助の疑いがある」

 

いかに芝村といえども、軍規には逆らえない。そう思って、隊長は冷然と言った。しかし、芝村は笑みを浮かべたままきっぱりと言った。

 

「こやつらは私が連れ帰る。単に腹をすかせて迷い込んだだけだろう」

 

「な、何を!」

 

「芝村が決めたことだ。即刻包囲を解くがいい」

 

「くそっ、芝村が何だ! お前も同罪とみなすぞ!」

 

 隊長は気圧されるものを感じ、舞に怒鳴った。

 

「ほう、エースまでも拘束するつもりか?」

 

「な、何だと……?」

 

「猫宮、下手な芝居は止めるが良い」

 

「えー、結構気に入ってたんだけどなあ」

 

 立ち上がると、眼鏡とカツラを外す猫宮。周りから息を呑む気配がする。鉄夫も、驚いていた。金銀の勲章を持つ、エースだ。動揺する隊長。流石に、芝村とエースを敵に回して、ただの警備兵である自分が無事で済むとは思えなかった。

 

「どうした?」

 

 芝村は、隊長に声をかけた。気難しげな顔で考えている。

 

「こいつらを見逃せばいいんだな?」

 

 隊長は絞りだすように言った。怪訝な面持ちで頷く芝村。

 

「条件がある」

 

「ふむ?」

 

「後で、迷いこんだとして始末書を提出することだ」

 

 隊長は、兵が迷い込んだということで妥協したようだ。

 

 内心拍子抜けする芝村と、それを笑ってみている猫宮。

 包囲が解かれ、周りの学兵達も立ち上がり、ここを去っていく。呆然とする鉄夫と田代。

 

「ほら、行こう?」

 

 そんな二人の肩をポンっと叩き促す。

 

「……あ、ああ……」

 

 歩き出す二人。

 

「ふぅ、良かったな」 「もうこんな事するなよ」 「間一髪だったな」

 

 周りの学兵たちも、笑って口々に無事を祝う。

 

「な、なあ……こいつらどうしたんだ?」

 

 田代が、猫宮に聞いた。

 

「ん? 自分や芝村さんだけじゃ説得力が足りないからね。手伝ってもらったんだ」

 

 そう言って見ると、サムズアップする奴もいる。

 

「……お、俺ぁ……無理だ……あんなもん見ちまって……もう、戦えねえ……た、助けて貰って悪いんだがよ……」

 

 そう言うと、震える鉄夫。それを、優しく見る猫宮。光る手で、ポンと肩をたたいた。

 

 途端、鉄夫の意識に、懐かしい思い出が去来する。戦友たちと過ごし、馬鹿をやり、戦ったあの日々。そして、今の鉄夫も、軽口を叩きつつ笑顔で見守っていくれる――そんな意志が、伝わってきた。

 

「――こ、これは……」

 

「死者はね、仲間が生き残ってくれたことが嬉しいんだ」

 

 そう言って、微笑む猫宮。微かな青い光が見える。

 

「――今は、戦う意志をすぐに持たなくても良い。でも、生きるためにとりあえず隊に潜り込んでおいて」

 

 そう言うと、猫宮は他のガタイの良い学兵に頼み込む。

 

「おい、こっちだ、行くぞ」 「んじゃ、1名様ごあんない」 「これから宜しくな!」

 

 鉄夫を取り囲み、次々と励まそうとする学兵たち。近場でたこ焼きを買ってくる学兵もいた。それを、微笑んで見守る猫宮。芝村も、敬意を込めてそれを見送る。

 

 そして、5121の3人も、また尚敬校に向かって歩き出す。

 

「……な、なあ……どうして……助けてくれたんだ?」

 

 振り返る、芝村と猫宮。

 

「戦友を助けるのに理由が必要か?」

 

「誰かを助けるのに、理由がいる?」

 

 そう言われ、胸を衝かれたような衝撃が襲う、田代。

 

「……そ、そうか……へへっ」

 

 確かに、風変わりな奴らだ。だが、良い奴らだ。それに今更に気がついた田代は、自分がおかしくなった。

 

 唐突に、突撃行軍歌(ガンパレード・マーチ)を歌い出す田代。

 

「~~~♪」

 

 猫宮は、くすっと笑うと、それに続いた。芝村も、少し逡巡した後、また続く。

 

『~~~♪~~~~♪』

 

 3人の歌声が、優しく響き渡る。

 

 こんなのも悪くねぇな――そう、田代は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いやはや、今見返すとこの鉄道小隊の隊長、学兵何ですよね……憲兵でもなく。
 一般人を看守と囚人に分ける実験では、お互い役だとわかっているのに看守はどんどんと傲慢になっていったそうですが、それと同じで役割が人格を形作るのでしょうか?



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豪剣一閃!

「何だかやけに張り切ってますね。時代劇を見てるみたいだ」

 

 指揮車の瀬戸口は、そう善行を省みた。既に恒例となった黒森峰との共同出撃で、本日も戦闘は順調に推移している。

 拡大された画面には2刀流の壬生屋機の姿があった。一刀両断されたミノタウロスが2体、その前後に転がっている。

 1番機は第3小隊の援護を受けながら突進すると、こちらを見ていたミノタウロスの振り下ろす腕を避け、そのまま一線。頭と胴体が別れる。

 

 ほんの数秒、無駄のない動きである。出撃ごとに冴えていく壬生屋の剣だが、今日は一段と冴えて見える。

 

「第3小隊、ゴルゴーン1撃破。壬生屋さん、凄い……」

 

 みほも思わずそう呟いた。間近で援護すると、その凄まじさがよく分かる。

 

「OK、惚れ直しちゃうぜ壬生屋」

 

 瀬戸口が通信を送ると、壬生屋の不機嫌な声が帰ってきた。

 

「不潔ですっ! 真面目にやってください!」

 

「小隊のプリンスに、不潔はひどいなあ。朝シャンもしてきたし、下着は毎日替えてるし」

 

「意味が違います!」

 

「あ、瀬戸口さん、朝シャンって逆に髪に悪いらしいですよ?」

 

「ゲッ!? マジかっ!?」

 

 猫宮の割り込みに、反応する瀬戸口。他、通信を聞いていた黒森峰の女子多数。

 

「壬生屋、後ろに敵が回ったぞ」

 

 芝村の苦々しげな声が響く。これできっちり仕事をこなすのだからまったく――

 

「煙幕が切れるまで後30秒、全員気をつけろ」

 

 滝川の声が響く。

 

「全車両、ひとまず遮蔽に隠れろ! 援護お願いします!」

 

「了解っと!」

 

 また高所で狙撃していた猫宮が、隠れるのに邪魔になりそうな中型を狙撃し、吹き飛ばす。猫宮の腕ならば、92mmで急所を狙い、大体の敵は1撃で落とせていた。

 

 壬生屋が、ちらりとタクティカルスクリーンを見る。赤い光点が一つ、スキュラが猫宮の狙撃範囲外に浮遊していた。

 

 これは……! ためらわず、スキュラに突進する。レーザー光が次々に地面に突き刺さるが左右にステップを踏みながら近づく、接近。およそ2000の距離をレーザーを全て避けて近づき、ビルを踏み台にジャンプ、腹に超高度大太刀を突き刺し、通過する。背後で、スキュラが燃えながら落ちる音がした。

 

「スキュラ撃破。みおちゃん、すごい!」

 

「うは~、壬生屋さんますます冴え渡ってるね」

 

 ののみや猫宮から、称賛の声が飛ぶ。

 

「こちら、近くに敵影無し、掃討完了です」

 

「こっちも特に見える位置にはいないね」

 

 エリカの報告に、猫宮の声が重なる。もうこの戦区に有力な敵はいないようだ。

 

「他に敵は?」

 

 その報告に、壬生屋は指揮車へと問う。指揮車の索敵範囲は、通常兵器よりはるかに上だ。

 

「今日は頑張ってるな。 ――何かいいことでもあったか?」

 

「わたくしのことなんか、どうだっていいでしょう!」

 

「ごめんごめん。ただ今日の姫君、ちょっと冴えすぎているから」

 

 なんて声をBGMに、武部から報告が入る。

 

「5キロ東の集落、紅陵女子の戦車小隊が苦戦しています!」

 

「よし、援軍に行くぞ」 「了解です」

 

 その報告に、芝村とまほの両名が援軍の選択をする。

 

「よっし、全機体とりあえず向かおう!」

 

 そう言うと、駆け出す4番機。他の機体も、それぞれ向かう。

 

 先頭を駆ける4番機が、ジャイアントアサルトとガトリングの弾をバラマキ、注意を向けた。その注意がそれた敵に、壬生屋は突進した。

 一閃、背後からミノタウロスを断ち斬る――が。右手が妙に軽い。視界を向けると、飛んで行く大太刀の刃先が見えた。

 

 近場の砲声で、目が覚める。ジャイアントバズーカを補給した滝川が、1体のミノタウロスを倒していた。

 

「壬生屋さん、一旦右手のは捨てて、一刀と、両腕のガトリングをうまく使い分けて!」

 

「りょ、了解です!」

 

 そう言うと、いわゆるミノタウロスの集団に突っ込むのではなく、混成部隊の方へ行く壬生屋。断ち切りながら片手で軽装甲の敵をぶち抜く、または軽装甲の敵をぶち抜きつつ、斬り倒す。右と左に太刀を何度も持ち替え、こんな曲芸的な動きを、弾をだいぶ外しつつこなす壬生屋。

 

 続々とL型も到着し、火力で圧倒される幻獣側。戦闘は、すぐに終焉に向かっていった。

 

 

 本日も大勝利である。一つの戦区とまた隣の戦区の幻獣を叩き、更に味方部隊までも救う。総撃破数53体。もはや、大戦果が日常になりつつさえある。

 

 上機嫌な滝川を他所に、壬生屋は落ち込んでハンガーに居た。情けない表情で折れた大太刀を見つめていた。どうして折れたのだろう――決して無理な使い方はしてないはずなのに――

 

 原が隣に立つ。緊張して身を固くするが、折れた大太刀の前にしゃがみこんで、丹念に調べ始める。時々、スパナで叩いて音も聞いていた。

 

「日本の製造技術も落ちたものね」

 

「はい?」

 

「六菱重工のロゴが刻印されている。超合金技術では世界有数のブランドだけど、こんな粗悪品を作ってるようじゃ、先行き、暗いわ」

 

 そう言う気難しげな原も、独特の魅力を放っていた。

 

「ええと、それで新しい大太刀は何時来るのですか……?」

 

 そう聞かれ、端末を使い探す原。だが、在庫は何処にもなし、生産は中止である。

 

 がっくりと肩を落とす壬生屋だが――

 

「そ、そうだ、猫宮さんの予備なら!」

 

「あー、あっちもやめておいたほうが良いよ」

 

 そう言いつつ、猫宮がやってきた。手にはスパナを持っている。

 

「やめておいたほうが良いとは……?」

 

「あっちにも亀裂。悪い鉄使ってるねぇ……」

 

 ため息をつく猫宮。

 

「そんな……」

 

「……ダメね、他の隊にも在庫はなし」

 

 それを聞くと、がっくりと項垂れる壬生屋。

 

「ごめんなさい」

 

 壬生屋の謝りに、原は笑って答えた。

 

「やあねえ。今日は怒らないわよ。粗悪品をこれまでよく使ってきたわ。褒めてあ・げ・る♪」

 

 壬生屋は頭を下げると、悄然として――

 

「それじゃあ、特注してもらうしか無いかな」

 

「できるのですかっ!?」

 

 すごい勢いで猫宮に駆け寄る壬生屋。

 

「うん。腕につけてる装備の給弾装置とか弾倉とか、特注品なんだ。で、それを作った親父さんは刀鍛冶」

 

「この装備を作った人なら、品質保証は出来るわね」

 

 それを聞くと、パアッと壬生屋の顔が明るくなるのだった。

 

 

 

 

 まったく、何でこんなことになったんだ――

 

 瀬戸口は、隣に壬生屋を載せて、軽トラを飛ばしていた。荷台にはポッキリ折れた大太刀と、猫宮がいる。

 

「質問してよろしいですか?」

 

 剣の技でも見せるためか、丁重に布で包んだ日本刀を抱えた壬生屋が口を開いた。

 

「どうぞ」

 

「おじさん、ってどのようなお知り合いなのですか? わたくし少々不安で」

 

 瀬戸口の笑い声が聞こえてきた。思い出し笑いの様だ。

 

「偶然知り合ったんだ。縁は指揮車さ」

 

「指揮車、ですか?」

 

「そうそう。自分と瀬戸口さんが解体業者から指揮車引っ張ってきてね。で、その時シャフトがポッキリ行ったのを直してもらったんだよね」

 

 荷台からも猫宮の声がかかる。

 

「ああ、一週間で指揮車のシャフト直しやがったんだよなあの親父」

 

「なるほど……士魂号の備品も作っていただきましたし、腕がいいのですね」

 

「うん、自分も結構銃剣とかカトラスとか作ってもらったし!」

 

 そう言う猫宮の側には、親父に作ってもらった装備の数々がおいてあった。

 

「ふふふっ、悪い方では無いのですね」

 

 そう言って笑う壬生屋。

 

「気難しいお方だけどね」

 

 そう言うと、瀬戸口は肩をすくめるのだった。

 

 

「あれだ」

 

 瀬戸口の視線を追うと、トタン屋根の巨大なバラックが見える。有限会社、北本特殊金属だ。雑多に積まれわけのわからない部材やら、工場の有様やらを見て、不安になる壬生屋。

 

「おーい、おじさん、いる~!?」

 

 荷台から降りた猫宮が叫ぶ。

 

「おお、猫宮と瀬戸口じゃなかや!」

 

 フォークリフトを運転していた男が叫んだ。

 

「やっ、久しぶり。微妙に景気が上向いてます?」

 

「そこのガキのおかげばい」

 

 親父は笑って猫宮の方を向いた。

 

「あ、おじさん、これの様子見てください」

 

 そう、猫宮から包を取り出される。開けて、銃剣やカトラス、ナイフ、ブレード、手甲を見ていく。

 

「はん。だいぶねぶれてる(刃が鈍くなってる)ばい。……何と戦ったと?」

 

「小型数十匹と一度に。銃剣でも斧を叩き落としたり、カトラスぶん投げたり、こっちのブレードでもゴブリンリーダーを掻き切ったり。でも、おかげで助かりました!」

 

「当然たい。後でまたけぇ」

 

「おっと、おやっさん、本命はそっちじゃなくてこっちなんだな」

 

 と、瀬戸口が荷台の方へ行くと、親父もついていく。

 

「これなんだけどさ。相談に乗ってくれませんか?」

 

 親父は軽トラの荷台に上がると、むすっとした顔で折れた大太刀を調べ始めた。スパナで刃を叩き、耳を澄ます。

 

「馬鹿にしとっとや」

 

「そう?」

 

「ふん。こぎゃんモンたちでよー戦ってきたばいねー。流石は猫宮たい。こんなナマクラで、敵ばひどかめにあわせとった。一本つこうとるのは瀬戸口か?お前もちーちは見なおしたばい」

 

 猫宮と瀬戸口は苦笑した。

 

「おやじさん、勘違いしている。」「そうそう、大太刀2本使ってるのはこっち、壬生屋未央さん。1本使ってるのは自分だよ」

 

「何てや!」

 

 オヤジの表情が凍りつく。どうも信じられないようで、壬生屋と言い争う親父。どちらも感情的になり喧々囂々、とうとう親父は家の奥から甲冑を引っ張り出してきた。戦国後期に作られたであろう、南蛮鎧である。

 

「これだ。こればたたき斬ってみせてん!」

 

 おやじは、壬生屋の目の前で素早く甲冑を組み立てる。

 

「うへ~、これ南蛮鉄の鎧……種子島も弾く奴じゃ無いですか」

 

 猫宮は苦笑し、瀬戸口がとりなす。が、

 

「うるしゃー!」「邪魔しないでください!」

 

 この様子に苦笑する猫宮、肩をすくめる瀬戸口。壬生屋が刀を引き抜くと、空気が張り詰める。だが、迷っている。

 

「壬生屋なら斬れるさ」

 

 不意に、瀬戸口の声が壬生屋に届く。

 

「本当に……?」

 

「きっとやれる。俺が保証してやる。目を閉じて、心を鎮めて――」

 

 なぜだか心地いい、瀬戸口の声が壬生屋に染み渡る。猫宮は、黙ってみている。

 微笑を浮かべ、ふっと肩の力を抜くと、ゆっくりと刀を持ち上げ、振り下ろす。

 

「やあっ!」

 

 気合と同時に、かすかな手応え。甲冑は、脳天から股下まで一刀両断にされていた。

 

「どうです?」

 

 瀬戸口が冷やかすように、猫宮は優しく笑いかけた。

 

「まじで、こぎゃん……」

 

 そう、真っ二つになった兜を持って呆然と呟く親父。次は、枯れかけた老木を切ってくれという。

 

「いけません」

 

「何てや?」

 

「この木は残り少ない生を全うしようとしています。斬れません」

 

 壬生屋は北本の親父に微笑むと、しとやかに一礼をして軽トラの助手席に座った。

 

「まあ、そういうわけです」

 

 瀬戸口も笑いかけて、運転席に乗り込む。

 

「あ、自分の大太刀や装備は後回しでいいから、壬生屋さん再優先で!」

 

 猫宮が叫びながら荷台へ飛び乗った。

 

 帰り際、二人は口数が殆ど無かった。ただ、不器用な壬生屋が、瀬戸口と話そうとする様を、猫宮は面白そうに、しかし優しく見守っていた。

 

 

 

 3日後、親父はまたムスッとした顔でトラックを走らせ、超高度大太刀を届けに来た。エッサホイサと整備員たちが鞘から少々引き抜くと、まばゆい刀身が顔を見せる。

 

「最高級品よ。こんなの作ってたら大赤字。後、猫宮君の分も来るんでしょ? 潰れちゃわないと良いんだけど」

 

 原が微笑みながら言う。

 

「3日で仕上げるとはすごか。壬生屋はよっぽど気に入られたとばいね」

 

「そんなはずは……無いと思うんですけど」

 

 首を傾げる壬生屋を、優しく見守る整備員たち。

 

「類は友を呼ぶっていうじゃない。変人は変人を呼ぶの」

 

「わたくしはごく普通の女子ですっ!」

 

 しかし原はとりあわず、笑いながら立ち去った。

 

 

「……繰り返します。有力な敵が防衛線を突破、熊本市街へと迫りつつあります」

 

 善行の声が響き渡る。もし、市街に入れれば始まるのは、ただただ一方的な虐殺。

 黒森峰中隊と5121小隊は全速で迎撃地点へ向かっていた。歩道は避難民で溢れ、戦場へ通じる道は対照的に閑散としていた。

 ふと、壬生屋は気がつく。これは、北本特殊金属へと続く道だ。

 

「瀬戸口さん、猫宮さん、北本さんの工場……」

 

「ああ、戦域に含まれている。避難していると良いんだが」

 

 ほどなく砲声が聞こえ始めた。戦域近くの高校の戦車小隊が弾幕で敵を足止めしている。

 

「こちら翠嵐家政短大付属戦車小隊。現在、交代しつつ敵を牽制、足止めしています。至急、来援お願いします」

 

「了解です。後数分でそちらに付きます。それと――再建、おめでとうございます」

 

 以前、戦場でパニックに陥って敗走した小隊だった。善行は、かつて彼女たちを黙って見逃した。

 

 そして、士魂号がリフトアップ、L型もその側についている。

 

「敵はスキュラ5、きたかぜゾンビ10、ミノタウロス12、ゴルゴーン8です、大部隊です!」

 

 武部の声が聞こえる。

 

「我々の目的はただ一つ、敵が市街地へ突入する前に補足、撃滅すること。そのためには、敵空中ユニットを優先的に撃破してください」

 

 空中ユニットは、地形の影響をまったく受けない。そして、見下ろすことで戦域の何処にでも脅威を届けられる。真っ先に落とすべき敵であった。そして厄介なことに、スキュラは大抵最後尾で支援射撃をするのだ。

 

「5121は飛行ユニットを優先に。地上は黒森峰さんにお任せしましょう」

 

「了解です」

 

 善行の要請にまほが答えると、全機全車両、一斉に行動を開始した。

 

 

 

「参りますっ!」

 

 壬生屋が、空中ユニットに突撃する。一斉に壬生屋の方を向くきたかぜゾンビ。その銃弾をかき分け、跳躍。あっさり両断する。 

 

 軽い――。なんという切れ味の良さ。そして、気がつく。この太刀は、壬生屋が使った祖母の形見の日本刀そっくりなのだ。改めて北本の親父に感謝し、戦場を駆け巡る壬生屋。

 

 滝川はスモークを飛ばし、後方にいるスキュラの視界を分断。そして、2,3,4号機の射撃が、一斉にきたかぜゾンビに襲いかかる。

 

「へへっ、壬生屋の方ばっかり向いてるんじゃねえぞ!」

 

「ロック、厚志、次だ」 「了解!」

 

「っと、後ろへは行かせない!」

 

 濃密な火線が、空中へと殺到する。次々と落ちていくきたかぜゾンビ。そして、対空ユニットの脅威が一時的になくなる。

 

「全車両、前へ出るぞ!」 『了解!』

 

 そこに、黒森峰の車両が殺到する。派手に目立つ士魂号に気を取られているところを砲撃、次々に削る。しかし、その中でも壬生屋の動きは特に光っていた。

 

「きたかぜゾンビ撃破×3、みおちゃん、すごいすごい!」

 

 ののみの声が響く。その声を心地よく思いつつ、1番機はまた遮蔽へと移動した。

 

 

 戦闘は順調に推移していた。が、アクシデントというものは、いつも突然に起きる。ふと一箇所をズームすると、逃げてくるトラックが見えた。叫ぶ猫宮。

 

「北の方、逃げ遅れたトラック1! そちらへ向かいます! みほさん、手伝いお願いできる!」

 

「了解です!」

 

 そう言うと、猫宮はトラックの方へ突撃する。超高度大太刀が無いため、代わりに持ってきたジャイアントアサルトの2丁持ちで、トラック周りの幻獣に銃弾を叩き込む。そして、トラックの進路を阻害しないよう、守るように、3輛のL型が突撃、更に発砲する。

 

「チッ!」

 

 トラックの進路に小型多数、轢くと止まってしまう。猫宮は、グレネードランチャーでとんでもない精度の射撃を行い、トラックを巻き込まないよう小型だけを吹き飛ばす。爆発半径が広い武器でこれをやるのは、非常に神経を使う。

 

 付近のL型は、そんな4番機を守るように、周囲を動きつつ中型を牽制していた。

 

 遅れてやってくる壬生屋。突撃するのは、北本特殊金属の直ぐ側の、ミノタウロスだ。そして、目を疑う。そのミノタウロスを、決死の表情で睨みつけている親父がいた。

 

「許しませんっ!」

 

 殺到する幻獣の攻撃をよけつつ、ミノタウロスに突撃し、すれ違う。はじめは小さな亀裂が、そしてやがて大きく広がり、両断されて倒れ伏した。

 

「こんなところでなにをしているんです。逃げてください!」

 

 そう言うと、北本の親父はむすっとした顔でくしゃくしゃの作業帽のひさしに手をやった。

 

「おれは工場ば守ると! まだ、猫宮にもそいつを届けてなか!」

 

「死にたいのですか!?」

 

「そんならそれもよかと!」

 

「壬生屋、ぼんやりするな。ミノタウロスが2体、そちらへ向かったぞ!」

 

 見ると、左右からミノタウロスが接近してくる。くっ、片方をやればもう1方は親父さんを……!

 

 と、そこへ猫宮がやってきた。

 

「親父さん、無事!?」

 

「おお、猫宮、無事ばい! そげんとこの刀ばはよもってきんさい!」

 

 そう言い指を指した方向には、もう1本の大太刀が横たわっていた。どうやら、ぎりぎりまで作っていたらしい。

 

「ありがたく、貰って行くよ!」 そう言うと、リロードの終わってないジャイアントアサルトを地面に置き、足で器用に大太刀を拾う。

 

「参りますっ!」 「行くよっ!」

 

 二人が、それぞれ北本の大太刀を手に、ミノタウロスへ向かう。―― 一閃。

 そうして、2体のミノタウロスは、両断され倒れ伏した。

 

「あ、あいたー……」

 

 親父は口を開けたまま、惚けたように立ち尽くした。なんと見事な太刀か!

 

「親父さん、最高だよ!」 「ええ、素晴らしいです!」

 

 二人から、声が響く。それが親父には、心の底から誇らしかった。

 

「第3小隊、この工場へ意識が向いている内に徹底的にたたきます。猫宮さん、暴れてください、援護します!」

 

「了解!」

 

 そして、北本特殊金属の周りを囲む第3小隊。拠点を守りつの、混沌とした戦場を、猫宮と共に暴れ倒す。

 おやじに意識が向くギリギリで、その幻獣を仕留め続ける。猫宮も、壬生屋も、親父の作った大太刀を手に暴れ、親父の作ったパーツで作った装備で敵を屠っていた。

 

 やがて、殲滅されていく幻獣。辺りに、静寂が戻った。

 

「じゃ、親父さん、元気でね!」 「ええ、それではまた」

 

 そう言って戻ろうとすると、親父がこちらへかけてくる。猫宮と壬生屋は、また拡声器のスイッチをONにした。ついでに、通信も集音マイクも開いている。

 

「二人共、よか太刀筋ばい! 本当にすごか!」

 

「いえ、おじさまの大太刀のお陰です!」「うん、本当に良い太刀だよ、ありがとう!」

 

 甲高い声で、お礼をいう壬生屋。笑いかける猫宮。それを聞いて、親父は愉快そうにかかっと笑った。

 

「そりゃあよかったばい。でたい、おまえに聞きたかことがあっとばってん!」

 

「はい?」

 

「瀬戸口とはどぎゃん関係とや?」

 

「あの……何だか遠い昔に会ったことがあるような。声を聞くだけで心が落ち着きます」

 

「関係ば聞きよっと!」

 

「瀬戸口さんは、わたくしの、その……」

 

「おれば思うばってん、瀬戸口ごた軟弱モンにはおまえんごた強かおなごが似合っとって思っとったい!」

 

 壬生屋は唖然として、言葉を失ったかあっと全身が熱くなる。

 

「そんなっ! 瀬戸口さんは、わたくしみたいながさつな女とは釣り合いが取れませんわっ!」

 

 壬生屋と親父の声は拡声器と集音マイクと通信を通して、戦場に響き渡った。

 

「モテる男は辛いですねぇ」

 

 笑っている善行。黒森峰の女子生徒は、通信を聞いてキャーキャー叫んでいる子たちもいる。

 

 

 

「そんなんじゃないですよ、壬生屋のやつ……おい、猫宮、止めろ!」

 

「えー……止めるなんてもったいない」 猫宮の、いつものやわらかな声が今は無性に腹立たしい。

 

 とっとと黙らせねばと、瀬戸口はアクセルを踏み込んだ。そして、言い争いを始める瀬戸口と北本の親父。それを、周囲は微笑ましげに見ているのだった。

 

 そして後日、瀬戸口と壬生屋がデートしているのを目撃される。しかもなんと、壬生屋が袴以外を着て、だ。サーモンピンクのワンピース、イヤリングにクロスのネックレス。瀬戸口は、珍しく唖然としていたのだ。その翌日、奥様戦隊にからかわれて、瀬戸口の血圧が急上昇したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 




 これにて5121小隊の日常のエピソードは終了です。どうか引き続きお楽しみいただければ幸いです。

 そして、活動報告を新しく投稿いたしました。見たいオリジナルな日常回のアンケートや、感想欄では言えない様々なこと等も、ぜひ書き込んでいってください。


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何派だと聞かれたら人類派と答えそう

 とある日の昼。今日の猫宮は5121で機体の調整をしていた。整備員に混じり、あれやこれやと手伝う。そして、大抵熱中するのだが、やり過ぎかな?と思ったタイミングで石津がちょくちょく覗きに来たりしていた。

 

「……と、ここのパラメータ設定は……」

 

「……」 じ~

 

「ん~、部品の在庫はまだ大丈夫と……」

 

「…………」 じ~

 

「各機能チェック……オールグリーン、故障は無し、と」

 

「………………」 じ~

 

「あ、あの、石津さん……?」

 

「働き過ぎは……ダメ……」

 

「……はい……」

 

 そんな様子を、クスクス見る整備員たち。ぶっ倒れて以来、5121の仲間達はなんのかんのと猫宮の体調を心配していたりする。

 

「うん、ありがとうね石津さん。何時追いだそうか悩んでいたところなのよ」

 

 笑顔で石津に話しかける原。それに、石津がこくんと頷いた。

 

「あははははは……」

 

 それに苦笑するしか無い猫宮。伸びをして、深呼吸。思考をリフレッシュる。

 

 

「あの、ごめんください」

 

 と、整備テントの入口で声が響いた。なんだなんだとテントの中の視線が声の方へ向く。

 

「あれ、西住さん?」

 

 見ると、みほが興味深げにテントの中を見ていた。大きいなあ……と4機の士魂号を見上げたりしていたが、猫宮が近づくと寄ってきた。

 

「どうもこんにちは」

 

 ぺこりとお辞儀するみほ。整備員も、ガヤガヤと集まってくる。

 

「どうしたの? 黒森峰で何かあった?」

 

 首を傾げる猫宮。それに、いいえと首を振るみほ。周りの視線があるからか言いにくそうに逡巡したが、やがて勇気を出して話しだす。

 

「あ、あの、猫宮さん、うちに来て頂けませんか!」

 

『お~!』

 

 一斉に声を上げる野次馬たち。それに、みほは顔を赤くしてわたわたと叫ぶ。

 

「あ、あの、これはその、違うんです! お、お母さんに少し会って欲しくて……」

 

『おおお~~~!』

 

 更に盛り上がる野次馬たち。

 

「あ、あああ、え、えっと、そういう意味じゃなくて、あの、えっと!」

 

 更に顔を赤くして、手を降ってわたわたとするみほ。猫宮は額に手をやりどうして抑えようかと悩んでいるが……

 

 

「まあなんてことでしょう奥様」

 

「ええ、大変ですわね奥様」

 

「なんてことでしょう、奥様」

 

 いつの間にか現れた善行と若宮が原と奥様戦隊を結成していた。

 

「……3人共……!?」

 

 くすくす笑う3人、そして周りの整備員たち。

 

「か~、うらやましかばい」 「おやおやおや……」 「う、うらやましいです……」 「仲イイノ、素敵デス」 だの何だのと、賑やかである。

 

 真っ赤なみほ。

 

「よし、みほさん戦術的撤退!」

 

「え、え、えっ!?」

 

 そう言うと、猫宮はみほの手を引っ張って走っていった。それを囃し立てる野次馬たち。

 

「――で、行かせちゃっていいわけ?」

 

 と、二人が遠くへ行ったところで原が笑いつつ善行に聞く。

 

「何やら会津と薩摩が動いているようですが……彼ならば大丈夫でしょう」

 

 そう、眼鏡を押し上げながら言う善行。そこには、深い信頼がある。

 

「まあ、そっちは大丈夫だとは思うんだけどね。気に入られちゃったりしない?」

 

「…………まあそこは、彼を信じましょう……」

 

 顔を背ける善行。それを、原は呆れて見るのだった。

 

 

 

 さて、みほの手を引いて尚敬校から逃げるように駆ける猫宮。

 

「あれ、猫宮と……西住さん!?」 「ふむ、デェトか、デェトに行くのか?」 「そ、そんな、不潔ですっ!」 「あはは、違うと思うよ、二人共」

 

 ……なぜだかパイロット組にも発見されてしまった。校門を出たところで、足を緩める。

 

「大丈夫、西住さん? ごめんね、皆こういう話題大好きだから」

 

 苦笑する猫宮。

 

「は……はい、大丈夫です! それに……黒森峰のみなさんも、こんな話題が大好きですから」

 

 それに答えるみほ。

 

「うん、良かった……。さて、多分ただ会うだけじゃないよね?」

 

 微笑を消して真面目モードな猫宮。それに、みほは頷く。

 

「はい……あ、あの……家に、何だか軍の偉い人が何人か来ていて……」

 

 ふむふむ、と頷く猫宮。

 

「なるほど……。西住中将が動かないから……もしくは、自分の人となりを知らないから安心できない――と。そんな所かな」

 

 きまり悪そうに、俯くみほ。それに猫宮が苦笑する。

 

「これは西住さんのせいじゃないから大丈夫だよ」

 

「は、はい……」

 

 話題を変えようと何か悩む猫宮。で、結局のところ――

 

「あ、そういえばこの間の戦区での動きなんだけどあの時……」

 

「はい、それは……」

 

 こんな風に、色気のない話題になってしまうのだ。これはこれで二人共ひょっとしたら楽しんでいるのかもしれないが。

 

 新市街を、のんびりと通って行く二人。

 

「おっ、猫宮さんこんにちは」 「猫宮君、頑張ってね」 「猫宮千翼長、休みはきちんととってくださいよ?」 「おや、猫宮中尉。ご苦労様です」「にゃ~」

 

 歩いていると、知り合いの学兵たちや、炊き出しのおばさん、更には憲兵に至るまで挨拶される。それに、笑顔で応える猫宮。

 

「お知り合いの人、沢山いるんですね」

 

「あはは、色々とあってね。いつの間にか知り合いが増えちゃって」

 

 みほは何やら感心しているようだ。と、そこへまた学兵から声が掛かる。

 

「あ、猫宮さん、隣の通りのクレープ屋、割引してるみたいですよ!」

 

「お、情報ありがと!」

 

「クレープ……割引……」

 

 乙女の性か、思わずゴクリと喉を鳴らすみほ。

 

「ちょっと、寄り道しよっか?」

 

「あ、は、はい!」

 

 その様子を見て、自分から行こうと言い出す猫宮。それに、みほも飛びついた。1本通りを変えると、クレープ屋とそこに並んでいる学兵たちが見えた。その最後尾に二人は並ぶ。

 

 他の学兵たちも和気藹々と、この時を全力で楽しんでいるようだった。しかし、それにしても……

 

「……あれ?」

 

 前を見る、後ろを見る。やたらと男女のペアが多い。

 

「え、え、えっと、これって……」

 

 みほも、気がついたようだ。顔が赤くなる。

 

「はい、いらっしゃいませ! 本日はカップル割引の実施中です! お二人でいいですね?」

 

「「は、はい」」

 

 否定することも出来ずに、思わず声が合ってしまう二人。それにみほは更に赤くなりつつ、アイスクレープチョコソースマシマシを頼む。猫宮は、デラックスサイズのミッススクリームバナナクレープである。

 

 受け取る二人。そして、近くで足を止める。

 

「ええっと」 「じゃあ……」 『いただきます』

 

 そうして口をつける二人。もくもくと、クレープを食べていく。

 

 

「おおっ、あれは……西住殿と猫宮殿!?」

 

「ああっ、みぽりん、いいな~、羨ましいな~!」

 

「みほさんも、クレープが好きなのですね……」

 

「……カップル割、使った……?」

 

 そしてそんな様子を何故か目撃されてしまう。

 

「は、はわわ、はわわわわ!?」

 

 真っ赤で慌てるみほ。今日のみほさんはトマトみたいだなと猫宮はまた苦笑すると、手を引っ張って逃げた。それをみて、きゃーきゃー黄色い声を上げる4人。明日どうなるかなあ……と、猫宮は遠い目をするのだった。

 

 

 さて、そんなこんながあって、西住家にたどり着く二人。立派な、日本家屋である。「わふっ」と、柴犬が二人を尻尾を振って出迎えた。

 

(おや、チャッピー卿……ここに住まわれているのですか)

 

(おお、猫宮の戦士よ。左様、儂はこの家に居る。亡き主の代わりに、この家を守っておるのだ)

 

(なるほど……)

 

 多少の挨拶を交わしていると、先に家に入ったみほから、「猫宮さん、チャッピーが気になるんですか?」 と言われてしまった。

 

「うん、良い犬だと思ってね」 と、いそいそとみほの後に続く。

 

(では、チャッピー卿、また後で)

 

 そうして、靴箱を見ると、高級な靴が幾つか置かれていた。

 

「いらっしゃい、よく来てくれました」

 

 猫宮が靴を脱いでいると、優しい笑顔をしたしほが出迎えてくれた。敬礼しようとする猫宮に手をやって止めるしほ。

 

「ここは基地ではなく、家です。階級は関係ありません」

 

「はい、では自然体で行きます」

 

 それに、猫宮もくすりと笑って合わせる。

 

 奥へ、案内される。みほも一緒だ。

 

「……すまないな、突然呼び出してしまって」

 

「随分と、興味を持たれてるみたいですね」

 

「……ああ。膨大な戦果。低すぎる損耗率、そして味方への影響。君たち5121と黒森峰の存在は、あまりにも大きくなったと言っても良い。自衛軍と比べると、ほんの僅かしか訓練をしていない、君たちが上げた戦果だからな」

 

「その辺りのドクトリンも、ちゃんと書いたと思うんですけどね?」

 

「だからこそ、だ。君が注目される。それに、教本だけでは部隊は作れないからな」

 

 と、客間へ通された。そこには既に、5名の男が座っていた。が、全員私服だ。あくまでも、私的な集まりと言う事にするのだろう。

 

 猫宮は入るときにペコリとお辞儀をし、中に入る。下座へ座ろうとするが、止められて上座の方へ座らされた。隣には、みほが座る。

 

「はじめまして、どうもこんにちは」

 

 と、次々に挨拶をする男たち。こちらへ対する見下し、学兵への侮り等は一切、感じられない。そういう人材を、しほは選んだのだろう。

 

「猫宮悠輝です」 猫宮もそれを感じて、穏やかに笑って頭を下げる。

 

「に、西住みほです」 ぺこりと、慣れない様子でみほもお辞儀をする。

 

「シルバーとゴールド、2つの勲章を同時に持っているエースに同時に出会えるとは、光栄です」

 

『あ、いえ、銀剣突撃勲章は猫宮(みほ)さんのお陰です』

 

 二人の声が重なる。それに、思わず笑ってしまう二人以外。かあっと、みほの顔が赤くなる。

 

「ははは、仲が良いですな。やはり、お二人が一緒に戦うと戦いやすいですか?」

 

「はい、混戦になればなるほど、みほさんの指揮は本当に光ります」

 

「猫宮さんは、常に戦場全体を見渡していて、本当に助かるんです」

 

 二人の言葉に、男たちは頷く。資料で見た通りだ。

 

「相性がとても良いのですね。では、猫宮さん、他の隊と組んでみるとどうなりますか?」

 

「訓練なしのぶっつけ本番だと、やはり戦果の量が違いますね。みほさんが例外中の例外でしょう。ただ、士魂号が囮になって、その横合いを撃たせるという戦法は、士魂号パイロットの技量によっては、何処とどう組ませても、それなりの戦果はあげられると思います」

 

「士魂号のパイロットの技量……ですか」

 

 顔が曇る男たち。しほは、黙って見ているようだ。

 

「ええ、見ての通り士魂号は被弾面積が極端に大きい兵器です。だから、囮になるにはそれなりの技量がやはり必要です」

 

「……その、パイロットの選出方法などに心当たりは……」

 

「自分も単に選ばれただけですからね。共通点とか、自分たちをみても特にあるとは思えませんし、そこは本当にわかりません」

 

 猫宮の言葉に、肩を落とす一同。

 

「……どこかにお願いして、パイロットを融通してもらえないのですか?」

 

「それは、その……難しく……その、猫宮さんからパイロットに教育をしてもらうのは可能ですか?」

 

「……必要最低限の適正がなければ、犬に編み物をさせるようなものかと思います」

 

「……は、犬に、ですか?」

 

「はい。指がなければ編み物なんて出来ませんよね?」

 

「ああ……」

 

 それを聞くと、がっくりと肩を落とす一同。既に荒波教官の元へ芝村の力を借りずにパイロットを送り込んでいるが、転んでばかりでろくに動かせないらしい。

 

 と、玄関から戸が開く音が聞こえた。「失礼」と、しほが出て行くと、制服姿のまほを連れてやってきた。彼女も、猫宮の隣に座らせる。微妙に固くなるまほ。

 

「……ところで、猫宮さんの派閥などについては……」

 

「徴兵されて放り込まれた所の兵器が、たまたま芝村の兵器だっただけですね」

 

 苦笑する猫宮。そもそも、学兵で士官学校どころかまともな軍学校などにも通ってないのである。流石に派閥も何もなかった。

 

 それに、恥ずかしそうにする数名。彼らも随分と、派閥の考えにどっぷりだったようだ。

 

 

「では、他の戦車部隊への教導などは……?」

 

「少なくとも、自然休戦期が来てから、ですかね。自衛軍はこの休戦期が終わるまで本格的に動かないのでしょう? 他に予定が詰まっていて、片手間で教えられるほど予定は空いてないですね」 

 

 苦笑する猫宮。まほとみほも、それに頷いた。

 

「……他の学兵への訓練などもしているから……ですか」

 

「ええ」

 

「何故、そんな事を? 遠坂財閥に取り入り、高価な端末を渡してまで……」

 

 怪訝そうに聞いてくる。それへの答えは、いつだって単純明快だ。

 

「人が死ぬの、嫌なんですよ。だから、助けるんです。それ以外、理由が必要ですか?」

 

 そう、答える猫宮。虚を突かれたような顔をする5名。

 

「……単なる人助けのためだけに、そこまで……ですか」

 

 当然、猫宮の活動は上層部も知る所となっている。だが、その真意が読めなかった。長く軍内政治に浸かっている者達の中には、あれこれ邪推する者まで出る始末だ。

 

「そこまでしないと、助けられないんですよ。……そして、助けきれなかった学兵も大勢いるんです」

 

 声のトーンが下がる猫宮。落ち込んでいるように見える。

 

「だから、派閥なんて自分は知りません。強くなって生き残れるなら、その戦い方を教えに行くだけです」

 

 それを見て、それぞれが頷く男たち。しほから話を聞いただけでは、合点も行かない部分もあった。だが、今日、目の前で話して、ようやく理解できたと思った。

 

「わかりました。……では、是非生き残って下さい」

 

「勿論です。……あ、まあ教導はそこまで出来ませんけど……黒森峰との合同訓練の時には、蝶野中尉以外の方も来ていただければ、その時に質疑応答します」

 

「ありがとうございます。――と、ではこの場で質問は宜しいでしょうか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 と言うと、猫宮、まほ、みほは3人で、5人の男たちへと答えていくのだった。最前線で戦果を上げ続けて来た3人の、生きた理論である。しほも加わり、検討会は長く長く続いた。ふと気が付くと、とっくに日が傾いているほどに。

 

「……随分話し込んでしまいましたね」 そうしほがつぶやくと、はっとする男たち。猫宮は笑っている。

 

「と、こんな感じですけど、如何でしたか?」

 

「まさしく、新しい戦術ですな……」 「士魂号の兵器としての使える戦術の幅が本当に広いですね……」 「……しかし、その分整備が……」 「予算も……」

 

 と、また話し込み始めようとする男たち。それを、しほは苦笑して止める。

 

「まあ、ここまでにしましょう」

 

 そう言うと、口を閉じる5人。立ち上がり、一人一人が猫宮と握手をすると、家を出て行く。

 

「では、自分もこれで……」

 

「いえ、もう遅いから、せっかくだし夕飯を食べて行かないか?」

 

 帰ろうとする猫宮を、そうしほが引き止める。

 

「じゃあ、せっかくですし」

 

 猫宮は頷いた。食卓へ通され、一人畳の上であぐらをかいて待つ。台所を見ると、親子3人で料理を作っていた。何やら、まほとみほが張り切ってるように見える。

 何となく、手持ち無沙汰な猫宮。基本的に、なにか仕事でもしてないと落ち着かない因果な奴である。

 

「あ、あの、チャッピーにでもご飯あげてきましょうか!」

 

「ああ、頼む」

 

 猫宮がそう言うと、ご飯を渡された。外へ出て、チャッピーの元へ持っていく猫宮。

 

(やっとか、待ちくたびれたぞ猫宮の戦士よ)

 

(ははっ、今日はお客さんが多かったみたいですしね)

 

 尻尾をブンブンと振って、やってくるチャッピー。コトンと地面に置くと、勢い良く食べ始めた。その様子を見て、撫でる猫宮。

 

(うむ、美味い) がふがふがふがふ

 

(それは何よりです)

 

 と、猫宮も少しその様子を見てなでて、戻ろうとする。

 

(ではな。どうかあの親子を頼むぞ)

 

(ええ、戦場では、頑張って守ります)

 

 そして、戻る頃にはちゃぶ台の上に、夕餉が並んでいた。季節の野菜と魚、そして白米がたっぷりと盛られている。

 

「あはは、猫宮さん、チャッピーと仲良くなったんですか?」「む、猫宮さん、もう仲良くなったのか……」

 

「うん、なかなか馬が合ってね」

 

 みほとまほの言葉に、くすりと笑って、手を洗う。そうして全員が食卓につくと、頂きますで食べ始めた。

 5121の仲間と食べる時とは違う、ゆったりとした時間が流れる。女性ばかりの空間は妙に優雅で、何だか癒やされる猫宮。

 

 やがて食べ終わり、みほは食器を洗いに、そしてまほは何処かへと行く。そして、猫宮はこんどこそ帰ろうと立ち上がろうとして――

 

「おっと」

 

 な・ぜ・だ・か しほが畳に足を滑らせて、醤油を派手に猫宮にぶっかけた。

 

「うわっぷ!?」

 

 完全に油断していて、おもいっきりひっかぶる猫宮。ベタベタである。

 

「す、すまない……これは急いで洗うから、すぐに風呂に入ってきてくれ」

 

「は、はい、お借りします」

 

 風呂場へ、タタタタっと向かい、ガラッと木戸を開ける猫宮。

 

「へっ?」

 

 下着姿の、まほと目が合う。お互い、現状が認識できない二人。そして、みるみる真っ赤になるまほ。

 

「き、きゃあああああああああああああっ!?」

 

「し、失礼しましたあああああああああっ!」

 

 慌てて木戸を締める猫宮。

 

「も、もうお嫁に行けない……」

 

「そ、そんな事ないですよ、まほさんなら引く手数多・・…!」

 

「慰めは良いんです!」

 

「な、慰めじゃなくて!?」

 

 何やら不毛な言い争いをする二人。なお、この様子をこっそり見ていた人がいることは言うまでもない。

 

 

 そして更に後日、この日の様々なことで、猫宮は散々にからかわれることとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 派閥を超えて味方を作っていく猫宮。お前らは旧軍かっ!?って突っ込みたくなるほど榊ガンパレでは派閥争いやってましたからね……だから融和の布石もしっかりと。


 そして、西住家に住まう犬が犬神族のチャッピーとなりました。……いや、そこそこ老齢っぽそうで名前がない柴犬とか条件がぴったりすぎて使うしか……とビビッときまして


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山鹿市防衛戦

 さて、醤油をぶっかけられまほとあれこれ言い合いをして、おまけに風呂まで頂いたもので。更には帰るための服もなく――と言う訳で、西住家にお泊りすることになってしまった猫宮であった。客間の隅っこに布団を借りて、寝間着も借りて、ぐっすりすやすや眠る。猫宮の家はベッドなので、久々の布団にぐっすり熟睡する猫宮。夜が過ぎていく。

 

「……ね、猫宮さん、起きてください……」 「あ、朝ですよ~……」

 

 まどろみの中、ゆさゆさと揺られる。ふと目を開けると、まほとみほの顔が寝ぼけ眼に映る。

 

「……あ、もう朝……?」

 

 むくりと上半身を起こして、アクビ一つ。どうやらよほどぐっすり眠ってしまったらしい。

 

「ああ、二人共起こしに来てくれたんだ」

 

「あ、ああそれは……」 「母様が起こしてきなさいと……」

 

 それを聞いて、苦笑する猫宮。うーんと起きだして、顔を洗ってくる。匂いにつられて部屋へ入ると、朝食が用意されていた。

 ありがたく、頂く猫宮。ゆったりとした時間が流れる。最もまほは、少し赤かったりするが。ど、どうしようと対処法が思いつかない猫宮。それを、微笑んで見てるしほ。

 

 食べ終わると、猫宮はせめてと食器洗いを手伝う。キュッキュッと洗う猫宮と、同じように隣で洗うしほ。

 

「君も、一人暮らしなのだろう。時々でいいから、訪ねてくるといい。御飯くらいなら、出せます」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 優しげな声色で、猫宮と話すしほ。息子のように思えているのかもしれなかった。

 

 

「じゃあ、どうもありがとうございました!」 『行ってきます』

 

 お礼をいう猫宮。そして今日も黒森峰へ向かうまほみほ。一緒に、家を出る。その様子を、しほは優しい微笑みで見守るのだった。

 

 途中まで、一緒に行き、それぞれの方向へ向かう。

 ……で、尚敬校へつくと、取り囲まれる猫宮。昨日の事を、囃し立てられる。

 

「で、結局どうだったんだよ、猫宮?」 「デェトに行ったのであろう……?」 「良いなぁ、相手が居て……」 「おや、猫宮にも春が来たかい?」

 

 などなどなど……。

 

「え、昨日? 家に呼ばれてね、偉そうなお兄さんおじさん達とたくさん話したよ?」

 

『へっ?』

 

 呆気にとられる殆ど。予想が外れたことに顔を赤くしてあさっての方向を向く芝村。それに笑う若干名などなど……。

 

「そ、それって美人局……」

 

「さ、今日も1日頑張ろうか!」

 

 少し影のある表情を出して空元気を出す(ように見える)猫宮。滝川や、茜から肩を叩かれた。

 

「……で、結局のところどうなんだ?」

 

 猫宮が離れると、後ろで田代が石津に聞く。

 

「……わか……らない……」

 

『わからない?』

 

 その占い結果に首を傾げる一同。

 

「猫宮くんの……運命は……どうやっても……わからない…の……」

 

 不思議そうに、首を傾げる石津。来須とも、また違う運命の見え方だった。

 

 

 

「……201V1、201V1、全兵員は作業を中止――」

 

 と、そこへサイレンが鳴り響く。

 

「うへ~、朝からかよ……よっしゃ、気合入れるか!」 「補給車、トレーラー用意、全機体補給チェック」 「武装用意しろ! 急げ!」

 

 途端に、空気が一変する。全員に緊張が走り、整備班がテキパキと用意をしていく。パイロットは、ウォードレスを装着しに、走っていった。

 

 

 http://maps.gsi.go.jp/#16/33.036037/130.681150/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f1

 https://www.google.co.jp/maps/@33.0394447,130.682525,1598m/data=!3m1!1e3!5m1!1e4

 

 熊本県山鹿市杉。ここに、5121と黒森峰は布陣していた。そして、4番機だけは北東に約600メートル離れた、日輪寺の西側の小高い丘の上に居た。森で隠蔽され、傍からは見えない。

 

「ハロハロー、お耳の恋人瀬戸口さんだ。本日も北から中型幻獣80近い数が南下を開始している。」

 

「や、山鹿市の避難はまだ完了していません、何としても時間を稼げとの命令です!」

 

 何時も通り、瀬戸口と武部のオペレーションが始まる。

 

「ふむ、了解した」 「了解」 芝村とまほ、二人が返答する。

 

「それと、本日は珍しい部隊が味方になっているぞ」

 

「珍しい部隊?」

 

 ふむ、と芝村が興味を持ってタクティカルスクリーンを調べる。「……これか」

 

「ああ。士魂号L2型の小隊……聖グロリアーナ女学院第1自走砲小隊だ」

 

 芝村のつぶやきに、瀬戸口が答える。

 士魂号L2型とは、L型の車体に120mm砲ではなく、80式野戦軽砲を搭載した砲撃支援型の車輌だ。しかし、珍しくその数は少ない。

 

「では、そちらとも話を通しておきましょう。こちら黒森峰戦車中隊、西住千翼長です」

 

「ごきげんよう。こちら聖グロリアーナ女学院第1自走砲小隊、田尻百翼長です」

 

 優雅とも言える、女性の声が響く彼女たちは、黒森峰より更に南へと布陣していた。

 

「自走砲の支援付きとは久々だ。頼りにさせて頂く」

 

「こちらこそ、名だたるエース部隊とご一緒できて光栄ですわ」

 

 自走砲からすればエースたちの共闘が、そして通常部隊からすれば自走砲の支援はとても頼もしいものだ。

 

「こちら4番機猫宮。只今山に布陣中。データリンクしますか?」 

 

 と、猫宮の声が響く。

 

「是非お願いしますわ。エースが観測手とは、とても頼もしいですわね」

 

「ははっ、観測手は初めてですけど、全力を尽くしますよ!」

 

 そう言うと、猫宮は田尻の機体と出たリンクを開始する。有視界による、詳細なデータが更新される。

 

 猫宮の位置より、約2.5Km圏内、盆地を歩く的の姿が、映しだされる。

 

「これはまた、詳細なデータですわね……小隊、全車両砲撃開始!」

 

 3輛のL2型からの一斉砲撃。北東の狭い盆地からやってくる幻獣の群れへ、砲撃が吸い込まれていく。

 

「弾着! 小型幻獣多数消失、ミノタウロス、ゴルゴーンにダメージあり!」

 

 有視界故の、正確な損害報告を送る猫宮。

 

「了解ですわ。では――」

 

 その報告を受け、田尻は、次々と砲撃目標を変えていく。幻獣の濃い所へ次々と。損害を受けた中型には程々に撃ちこみ、やがて撃破していく。

 直射ではなく、曲射である。自走砲ならではの戦い方だった。

 

「キメラ1、撃破! ナーガ2、撃破! ミノタウロスも1! ゴルゴーン2体、損傷を認める!」

 

 報告しながら、バズーカを持つ4番機。即座にロック、そして発射。スキュラが1体、炎上して落ちる。その砲声に、幻獣の注意が幾らか向いた。そこへ、更においてあったバズーカを拾い、更に発射。スキュラがまた落ちる。幾らかの幻獣が、方向を変える。猫宮の機体を仕留めようと、登ろうとするが、動きが遅くなり当然幻獣が溜まる。

 

「あらあら、一網打尽ですわね」

 

 そこへ、3発の榴弾が一斉に叩き込まれる。爆発、炎上。猫宮はスキュラのレーザーを避けるために移動しつつ、更にロック。また、スキュラを叩き落とす。

 

「猫宮、そろそろ危ないぞ、無茶をするな!」

 

「はいよ、最後の一発! 滝川、スモークお願い!」

 

「了解、とっとと戻ってこいよ!」

 

 狩屋の改造により、92mmでも撃てるようになったスモークが、猫宮とスキュラを分断する。サーマルモードにして、更に1発。またスキュラが落ちた。打ち終わったバズーカを捨て、足元のジャイアントアサルトを拾い、スモークに紛れて西へ駆け抜けていく猫宮。幻獣は歩き続け、常法寺の西より、次々と姿を見せる。

 

「全車、一斉砲撃!」 「滝川!」 「わかってる!」

 

 そこへ、黒森峰と2・3番機の射撃が、次々と突き刺さる。幻獣の幾らかが、怯んだ。

 

「参ります!」 

 

 1番機が、突撃。まだ、元気に見えるミノタウロスへ近づき、豪剣一閃。倒れ伏す。一斉に、壬生屋へ幻獣の殺意が集まる。そこへ、更に西からも砲撃。

 

「はいよっと!」

 

 スモークに紛れて走りぬけ、川を超えて城菅原の東側の山へ登っていた4番機が、またそこで狙撃を開始する。

 

「観測手、復活しましたわね」

 

 猫宮とのデータリンクにより、今度はL2型の砲撃が、後方の幻獣へと広範囲に飛んで行く。まだ、南から見えない幻獣を、4番機が捉えたのだ。

 

 曲射と直射、そして壬生屋の大暴れにより、混乱しているように見える幻獣側。そこへ、2番機の支援を受け、3番機が突撃する。

 

「行くよ、舞!」 「わかっている!」

 

 ジャイアントアサルトを撃ちながら駆け抜ける3番機。邪魔をする幻獣が、2番機、4番機、そして黒森峰の砲撃により、排除される。

 

「よし、発射!」

 

 幻獣の中央に躍り出て、24発のミサイルが、次々と幻獣に突き刺さる。スキュラが、きたかぜゾンビが、ミノタウロスが、ゴルゴーンが、キメラが、ナーガが、小型が、爆風に吹き飛ばされる。

 

「やったね!」 「ああ!」

 

 やはり、3番機のミサイルは、戦局を変えうる威力を持っている。敵幻獣が、3番機を中心とした円形状からごっそりと消え、残った幻獣も傷だらけである。そこを、黒森峰の戦車が狙い撃つ。

 

 

「東からきたかぜゾンビ3、まずい、グロリアーナの方へ向かってるぞ!」

 

 瀬戸口からの慌てた通信が入る。近くにいる士魂号は、2番機だ。

 

「滝川、任せられる!?」

 

「へへっ、任せとけ!いいところ見せてやるよ!」

 

 そう言うと、2番機は凄まじい勢いで、グロリアーナの小隊の方へと向かう。グロリアーナときたかぜゾンビの間に走り、遮蔽へ。そこから、射撃を開始する。

 

「みんな、囮になってるうちに隠れて!」

 

「ありがとうございます!」 「助かりました!」 「かっこいいですよ!」

 

 と、自走砲小隊が、退避する。そして、ジャイアントアサルトを発射する2番機。きたかぜゾンビが、次々と落ちていく。

 

「滝川機、きたかぜゾンビ3撃破! よくやったぞ滝川!」

 

「ざっとこんなもんっす!」

 

「ありがとうございます」

 

「へへっ、どういたしまして」

 

 そう言うと、滝川は今度は東の山の上へ駆ける。猫宮のように、高所からの狙撃をするつもりだった。

 

 

 盆地に集められた幻獣は、東西の山から撃ち下ろされ、集まっているところには砲撃を落とされ、更に1番機、3番機に突撃され分断され、おまけに黒森峰から包囲、殲滅される。耐え切れず、撤退を始める幻獣たち。だが、逃げられるはずもなく、残らず殲滅されていく。

 

 

「ははっ、砲撃助かりました!」

 

 猫宮が、田尻に通信を送る。

 

「こちらこそ、こんなに戦いやすい戦場は初めてでしたわ」

 

「ええ、もし良かったら、今度合同訓練でもしませんか?」

 

「もし、上から許可が下りれば、是非に」

 

「ははっ、了解です!」

 

 会話が弾む2名。

 

「……ふむ、的確な砲撃がここまで戦局を変えるとは……」 「ええ、凄まじい効果です」

 

 芝村と、まほも話し合う。

 

 こうして、山鹿市防衛戦は、幕を下ろす。中型幻獣撃破数92、小型幻獣は数えきれず。

 芝村、速水、銀剣突撃勲章を獲得。壬生屋、滝川。黄金剣突撃勲章を獲得。

 黒森峰戦車中隊1号車、4号車、黄金剣突撃勲章を獲得。

 

 間違いなく、彼らが九州最強の部隊であることを証明した戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダー様が大好きなので田尻凛と言う名前にして登場させてしまいました……
彼女は指揮官としての視野の広さから、自走砲を担当してもらうことになりました。この士魂号L2型は、TRPGからの引用装備です。80式野戦軽砲の射程は約8キロ。これから大活躍してくれそうです。

 
そして、悩むのがアナザープリンセスの扱い……。更にキャラが増えるけど……うーん、扱いきれるかどうか……


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愛も恋も、人それぞれ。

日常回+αな回です。とりあえず、活動報告に投稿された要望にも少しずつ応えていけるかな……


『滝川の青春』

 

 昼、滝川は新市街を歩いていた。ふと、話し声に耳をやると

 

「ねえ、あれって滝川百翼長じゃない?」 「ああ、ホントだ、ゴールドソードのエース!」 「話しかけちゃおっか?」

 

 なんて声が聞こえてきた。そちらの方を見ると「きゃー!」なんて黄色い声が上がる。ちょっと前までの自分なら、浮かれ上がっていただろう。しかし、今の滝川の胸にあるのは感慨深さだった。

 3月の初めに、第62戦車学校へと入学させられ、僅か2週間と少しで実戦投入。そうして、あれよあれよとより激しい戦区に回され、今では胸に勲章を付けられるようになった。それが誇らしくて、胸にずっと勲章をつけていた。

 

「いつの間にか、俺もきゃーなんて言われるようになってたんだな……」

 

 初陣から、ずっと無我夢中だった。壬生屋も、速水も、芝村も、猫宮も、自分よりずっと才能を持っていた。そして、俺はそれに必死で食いついていって――黒森峰の人たちとも一緒に戦うようになって――気がついたら、こんな勲章を貰っていた。ずっと、支援をし続けてきた立場だ。正直な所、実感というものが殆ど無かった。しかし、年金ももらえるようになり、階級も上がって、好きなロボットのプラモデル何かを買う金が増えたのは、嬉しかった。

 

「でもなあ……」

 

 確かに、女の子にきゃー!と言われるのは嬉しかった。でも、今、気になるのは森の事だった。いつも凛としていて、テキパキと仕事をこなして――とにかく、気になるのだ。でも――

 

「俺だと、なかなか吊り合わない……い、いやいや、そんなことはないはず……」

 

 と、いまいち自信がなさ気だ。少し気分を変えるために、滝川は脳内の地図を開く。その地図には、市内の食い物屋の情報が、ずらりと収められていた。

 

「今日は、奮発してお好み焼きでも行ってみるか――」

 

 と、新市街を歩いると、ドキッとした。森が、一人でシャッターの前で立ち尽くしていた。どうする?どうする……!?と迷う滝川。ふと、胸元に目をやる。そうだ、俺だって、頑張ればここまでやれたんだ――

 

「こ、こんにちは。森さん、どうしたんだ?」

 

「あ、滝川くん――。ここのお店、好きだったんだけど潰れちゃったみたいで……」

 

 少ししょぼんとしている森。普段あまりみない表情に、またドキッとする滝川。

 

「ああ、ここか……ここのたい焼きも中々だったよなぁ……。あ、でも他の店も有りますよ?」

 

「……本当ですか?何処にあります?」

 

 滝川の言葉に、興味をもつ森。

 

「えーと、道は……あ、案内しますよ!」

 

「……良いんですか?」

 

 滝川の誘いに、きょとんとした後に尋ねる森。

 

「お、俺もちょうど行こうとしていたから!」

 

 と、丁度いいタイミングでぐ~と鳴る滝川の腹。

 

(ば、馬鹿野郎、何やってるんだよ俺の腹!?)

 

 思わず自分の腹に罵声を浴びせる滝川。その様子を見て、ぷっと吹き出す森。

 

「ええ、分かりました。じゃあ、行きましょう」

 

(よくやった、よくやったぞ俺の腹!)

 

 自分の腹に賞賛を送る滝川。

 

「じゃ、じゃあ、こっちっす」

 

 滝川の先導に、付いて行く森。ところが、会話があんまりない。滝川が話しかけて、すぐ終わる。森が話しかけて、すぐ終わる。そんな感じに、なんとももどかしい。

 

(ぜ、全然ダメじゃん俺……)と、がっくり来る滝川。その様子を見て、森も表情が曇る。

 

「……良いんですか、私なんかに付き合って?」

 

「へ? ど、どういうことだよ?」

 

 予想外の言葉に、首を傾げる滝川。

 

「だって、だって私、話しても面白くないし、話題もそんな面白い話できませんし……」

 

「あっ、い、いや、俺こそごめん。なんか、女の子が好きな話題見つけてくりゃ良かったかな……」

 

 何やら二人して謝っている。

 

「そ、それに……う、ウチじゃ吊り合わないでしょ?」

 

「へ、な、何で?」

 

 ウチと思わず素が出たことにより、吊り合わないと言われたことにびっくりする。滝川。

 

「だ、だって、ウチ、ただの整備員やし……こんなドン臭い女なんて……とても勲章持ってる滝川くんになんか……」

 

 その言葉に、びっくりする滝川。

 

「そ、そんな事ないだろ!? お、俺の方こそ、他の奴らに比べて才能無いし、あんまり頭も良くないし……」

 

「そ、そんな事無いもん、ウチの方こそ!」 「い、いや、俺の方が!」

 

 

「……何やってるんだあの二人は」 「公衆の面前で凄いねえ……」 「あはは、相性ぴったりじゃない、あの二人?」

 

 その様子を、茜、猫宮、速水の3人が、面白そうに見守るのだった。

 

 

『本日の歩数、200歩』

 

「っ……くっ……」

 

 狩屋が、手すり付きの廊下を、ゆっくりゆっくりと歩いていた。そして、その傍らでは加藤が見守っている。

 あの、猫宮に殴られた日から、狩屋には生きる希望が戻っていた。この、今は不自由な足も苦にならない。なぜなら、そこには治るであろうと言う「希望」があるからだ。

 

「っ……はあ……、はあ……」

 

「お疲れ様、なっちゃん」

 

「ああ、ありがとう」

 

 規定の歩数を歩き終わり、加藤が車椅子に座らせる。狩屋の足が動くようになってからも、加藤は変わらずに献身的な介護を続けていた。今日も、仕事が終わると、バイトの予定を空けてでも、狩屋に付き合いに来たのだ。

 

「……なあ、加藤。……お前も色々と仕事とか、あるだろう? 僕はもう、大丈夫だから……」

 

「そんなことあらへん。病院へ一人で行くだけでも大変やろ?」

 

「……でも、僕は……」

 

 ずっと献身的な看護を受け続けている狩屋。やはり心に浮かぶのは、今まで加藤にひどいことをしてきた、罪悪感である。表情を曇らせる狩屋に、加藤は後ろから優しく抱きついた。

 

「いいんや。うち、なっちゃんが好きやから」

 

「……ありがとう」

 

 無償の、献身的な愛に。狩屋は心からの感謝に、包まれていた。だからこそ、言えない言葉がある。

 

(……それを言うのは……。僕が普通に歩けるようになってから)

 

 その日は、きっと遠くない。

 

 

 

 

 

 

『愛を壊す者』

 

「はあっ、はあっ、はあっ!」

 

 一人の男が、暗くなった女学校から逃げ出そうとしていた。懐に、大事に者を握りしめて。

 

「くっ、何処へ行った!?」 「生徒会連合の名誉にかけても逃がすな!」 「辺りに非常線を張れ!」

 

 響くのは、女性生徒の声。簡単な仕事のはずであった。ただ、ソックスを狩るだけ――それが、何故、バレた……!?

 

 懐からソックスを取り出して、その匂いを嗅ぐ。幸福感が、体中に広まる。そして、男の体は加速した。ソックスハンターならではの、強化方法である。走る速度が強化され、どんどん包囲から抜けていく。と、そこへ発射音。こ、この音は……!

 

「ソックスハンター、そこまでだ。逃げられんぞ……」

 

 闇の中から、トレンチコートを着た男が現れる。手には、2丁の銃が。

 それにしても、逃げられないだと……まさかっ!?

 

「き、貴様がHOSH(ハウンド・オブ・ソックス・ハンター)か!」

 

「如何にも。君のお仲間から、君が今夜ここに来ると教えて貰ってね……」

 

 くくく、と耳障りな嘲りの笑いが響く。

 

「ま、まさか、あいつが……!?」

 

「ああ、『親切にも』教えてもらってね……」

 

 嘘だ。あいつはそんなことをするやつではない。しかし、近頃、転びハンターが増えているとの噂があったが、まさか既に二重スパイが……!?

 

「さあ、ソックスハンター、君ももう終わりだ」

 

「っ! 俺は、ここで負ける訳にはいかない!」

 

 そう言うと、顔にソックスを――

 

「無駄だ」 

 

 トリガーを引く男。飛び出た液体が、ソックスを濡らす。

 

「っ!?、こ、これはっ!?」

 

「そうだ、超強力消臭剤に芳香剤に洗剤、その他色々に水――の混合物だ」

 

 手に持っていたソックスが濡れている。そして、あの芳醇な香りが全て消し飛んでいた。

 

「そんな、そんなっ!?」

 

 慌てて回避運動を取りつつ、更にポケットに手を突っ込むソックスハンター。しかし、そのソックスも、無慈悲な1撃が貫く。

 

「や、やめろっ、やめてくれっ!」

 

「なら、おとなしく捕まると良い」

 

 そう言いつつ、ゆっくりと近づいてくる男。逃げようと、背を向ける。そして、尻ポケットに着弾。入れていた、ソックスが更に濡れる。悪魔だ、あいつは、ソックスハンターを破滅させる悪魔だ――!

 必死に駆ける男。だが、明らかに先ほどより速度が落ちている。当然、HOSHはそれに追い縋る。

 

「遅い、ソックスの力がなくなったハンターなどこんなものか」

 

 足を払われ、仰向けに倒れる。2丁の水鉄砲が突きつけられた。胸ポケット、そして腹――隠し場所2箇所が狙われている。

 

「わ、分かった、降参する。だ、だから、このソックスだけは……!」

 

「私は先ほど捕まるといいといった。だが、君は愚かにも逃げ出してしまった――なら、罰を与えねばなるまい?」

 

「や、やめろ…!」

 

 しかし、無慈悲に2丁のトリガーが引かれる。ソックスハンターの胸ポケットが、腹が、ズボンのポケットが、靴の中が濡れていく。

 

「あ、あああああああああああああああああ!」

 

 この世の終わりに遭遇したような叫び声を上げるソックスハンター。彼の大事な宝が、(ソックス)が、無残にも壊れていく。

 そして、それを追いついてきた風紀委員達が、遠巻きに見守る。放心した男が、縄で縛られる。

 

「じゃあ、後は宜しく頼む――」

 

 そう言って去っていくHOSH。それを、女子生徒達は敬礼して見送った。

 

 

 

 

「……昨夜、またHOSHにハンターが一人やられました」

 

「ま、またか……!」

 

「くっ、なんたることばい……」

 

 また例の3人が、人気の居ない場所で集まって何やら話をしていた。悲痛な評定をする3人。報告書を見れば、彼の持っていたソックスは全てフローラルな香りのする洗いたての靴下になってしまったようだ……。

 

「なんたる、何たる非道な事を――」

 

「奴は、本当に人間かっ!?」

 

「……もはや、座視出来ませんね……」

 

「何か案があるのか、バット」

 

 バトラーとタイガーの視線が、バットへ注ぐ。

 

「――ソックスハンターが転ばされるように、彼もソックスハンターへ転ばせましょう」

 

「なっ――」

 

「一体、どうやって――!?」

 

「ふふふふふ、その方法とは――」

 

 

 こうして、HOSHにしてやられ続けているソックスハンター達も、反撃の機会を伺う。果たして、彼らの運命とは――

 

 

――何で続くんだよ……!――

 

 

 

 

 

 

 

 



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対策に過剰無し

 活動報告を投稿。この作品に対するあれやこれやですが、特に読まなくても大丈夫な奴です。


 山鹿での防衛戦の後、初めての合同訓練である。黒森峰には、5121小隊だけでなく、更に聖グロリアーナ第1自走砲小隊のメンバーも集まっていた。かつてイギリスと関係が深かった学園だけあり、どこと無く黒森峰のメンバーとは違った優雅さを身に纏っていた。

 

「今日の合同訓練ですが……各地より、視察が訪れています」

 

「あら、随分と注目されていますわね」

 

「ふむ、よほど興味深いのであろうな」

 

 まほ、凛、舞の3名がそれぞれ話す。隣のオペレーションルームでは、何やら上の階級の人間がそれなりに詰めているようだった。お偉いさんの視察に、何名かは緊張している者もいるようだった。

 

 猫宮もガラス越しに見て、目が合うと会釈された。先日、西住家で見た顔もチラホラと有ったのだ。

 

「――ふむ、猫宮よ。知り合いでもいたか?」

 

「あはは、まあそんな所」

 

 怪訝そうな芝村に、猫宮が答える。横では、みほやまほもペコリと会釈をしていたりもした。

 

「それじゃ、まずは自走砲の有効的な活用方法から模索しようか!」

 

『了解!』

 

 全員が、シミュレーターに乗り込んだ。オペレーションルームでは、来た将校の一同が、注目している。

 

 

「滝川、次は北の山へ移動して!」

 

「了解!」

 

「全車、2番機からの情報が来るまで射撃継続、その後に観測情報を元に射撃へ移行します」

 

 

 砲撃は当然、視界が通っていたり観測情報が有ったほうが命中率が高い。しかし、幻獣の浸透戦術を取るという作戦上、中々に何処か孤立した場所へ観測手を送るのにも苦労する。故に、士魂号の踏破性の高さと、小型幻獣への対処能力は、砲撃の観測手とするにピッタリの役割であった。

 軽装甲の利点の機動力を生かし、戦場を駆け抜け狙撃及び観測を行う2番機。荒波とはまるで違うが、しかし特化した方向への進化であった。

 そしてもう1機、よく高所に陣取ったり、フォローが出来る位置にいる4番機も、観測手の役割を担いやすい。逆に、突撃に特化した1番機や、ミサイルの為に敵陣に突っ込む3番機は、あまりこの役割に向かなかった。

 

 

「第2小隊、次は自走砲の援護に向かう」 

 

「1号車3号車、直接照準、目標、3時方向のミノタウロス」

 

「はーい、4番機、同じく自走砲の援護に向かいます、持ちこたえて!」

 

 自走砲も直射すればそれなりに渡り合えるが、やはり1小隊だけだとそれなりに苦戦する。徹甲弾も無いので、ミノタウロス相手も中々に辛い。それに、孤立していると突然の航空ユニットの空襲が怖かった。なので、フォローできる位置が望ましいが、あまり近くてもまた困る。ここは、柔軟に対応――というしか無かった。

 

 1戦毎に、話し合う3部隊。これまでと同じように少しずつ、練度が上がってきた。自走砲という新たな兵科も加える事で、諸兵科連合として、機能し始めることが出来るようになりつつあった。

 

 一方、興奮しているのは、直接戦闘シミュレーションを目の当たりにしている将校たちである。とても学兵とは思えない戦果、そして練度。報告だけでなく、改めて目の前で見せられて、その有用性に舌を巻く。途中から、我慢しきれなくなったか議論にも交じるようになった。

 

「ですから、この場合の配置は……」

 

「ふむ、それよりも、先に1,3番機が突撃し――」

 

「いえ、隠蔽ならこちらのほうが効率が……」

 

 学兵も、将校も関係なく、どんどんとアイディアを出していく。流石はしほが選んだ俊英達である。きちんと士官学校を出たが故の、戦術の知識の豊富さが戦術を組み立てていくのに役に立つ。

 

 

「……やはり、諸兵科連合として動かせたほうが戦果は上がるな……」

 

「ええ、それぞれの隊毎に動くのは勿体無いですわね」

 

 まほの言葉に、凛も同意する。

 

「ふむ、ではそう動けるように具申しておこう」

 

 それに、舞が頷いた。芝村の提案ということも有り、将校は少々複雑な表情をしているが、否定はしない。会津、薩摩としても、黒森峰が膨大な戦果を上げている状況は都合が良かったし、それぞれ単独ではやはり戦果も落ちるからだ。更には、生存率も下がるだろう。既にプロパガンダ部隊としてあまりにも有名になった黒森峰のメンバーの戦死も、望むところではなかった。

 

 

「その代わり、常に激戦区に送られるだろうけどね」 

 

 苦笑する猫宮。実際、4機の士魂号と9輛の戦車、そして3輛の自走砲の集団だ。激戦区で使わなければ、意味は無い。

 

「望むところだ」「5121も、聖グロリアーナも、頼りにしている」「皆さんと居る方が、きっと生存率は高いですわ」

 

 舞、まほ、凛が頷いた。周りの一同も、覚悟を決めているようだ。その様子に、微笑む猫宮。

 

「――うん、皆で生き残ろう」

 

 誰も、死なせたくはないな―― 猫宮は、心からそう思うのだった。

 

 

 

 訓練終了後、将校たちに呼ばれ一人別室へ行く猫宮。みほも、さあ戻ろうと思った矢先に、突然声が掛かる。

 

「……ねえねえみぽりん、猫宮さんとは何処まで行ってるの?」

 

「ふ、ふええええええええっ!?」

 

 武部の突然の質問に、真っ赤になるみほ。

 

「わ、私も気になるであります、西住殿!」

 

「私も気になる」

 

「こ、この間も二人きりで……」

 

「え、あの、それは、ただお母さんが偉い人達と話すために、その、家に呼んできなさいって!」

 

 わたわたと弁解するみほ。だが、興味津々な乙女はそれで止まるはずもない。

 

「でもでも、この間クレープ屋さんで!」

 

「カップル割引使っていたでありますな!」

 

「あ、あれはその、猫宮さんのお知り合いにあそこのお店が安いって言われて!」

 

「……でも、使ったんだろ? 二人共」

 

「あ、あうあうあうあう……」 

 

 顔を真赤にするみほ。周りから、どんどんと囃し立てられる。追求は、止まりそうもなかった。

 

 

「おおお、猫宮い~な~」

 

「滝川こそ、この間森さんと……」

 

「ゲッ!? 見てたのかよ!?」

 

「た、滝川さんまで……」

 

 

 色恋沙汰に、盛り上がる学兵達。死と隣り合わせでも、今を全力で、楽しんでいた。

 

 

 将校たちとの話が終わると、猫宮は聖グロリアーナのメンバーの方へと向かう。

 

 

 

 

 

 夕刻、猫宮は、新市街の人通りのない裏道を、猫に先導されて歩いていた。ふと、一つの無人の筈のビルの前で猫が止まる。

 

「ここか」

 

 何処に居るかと見上げると、1羽のツバメが、窓の外に居た。その高さを確認すると、パイプを掴んで、よじ登った。剥がれた壁やらベランダの手摺、窓枠を掴み、腕の力や腕と足の力で飛び上がり、どんどんとビルを登っていく。やがて、鍵のかかってない窓を開けて、進入する。中には、3人の人間が。ツバメに合図を出し、ガラス窓をつつかせる。

 何事かと、一人がおびき寄せられた。音もなく近付き、口をふさぎ首を絞める。あっという間に昏倒する男。

 中々戻ってこない男に、不審がる他の二人。猫宮は、ツバメに合図を出すと、ほか二人の近くの窓に回りこませ、またつつかせる。同時に、そちらを見る二人。そこに、猫宮は突撃する。意識が向いていないタイミングで、投げ飛ばし、1発で気絶、それに気がついたもう一人が、ナイフを抜く前に右左ロー投げ飛ばし。CQCであっという間に方を付けた。

 

 気絶しているうちにロープで縛り、轡を噛ませる。周囲を物色すると、クレイモアが幾つも隠されていた。これを、学兵の集まりなどに使うつもりだったのだろう。

 

「……もしもし、矢作さんですか。共生派3名、確保。回収願います。場所は――」

 

「了解」

 

 短く返答が来る。少しして、憲兵たちが入ってきた。猫宮に敬礼をし、共生派を回収し、ビルの調査を始める。それを確認すると、猫宮はビルを後にした。

 

「ご苦労様」

 

 そう言うと、猫とツバメに報酬を渡す猫宮。どちらも器用に敬礼のようなポーズを取り、報酬を食べ始める。

 

 

 戦争が始まって以来、少しずつ共生派は熊本に浸透していた。後期には、テロも過激化してくる。まかり間違って新市街を散策中の仲間たちが爆弾テロなどで死ぬなど、到底看過できない。なので、猫宮は動物たちから報告が来ると、優先的に共生派を潰して回っていた。他の皆には見せられない、暗部であった。

 憲兵達より、的確に共生派を発見しなおかつ生け捕りに出来る猫宮は、現場の憲兵達からは非常に頼りにされていた。彼らにとっては、結果こそが全てである。なので、生意気だの何だのと思うような兵は皆無であった。

 

「――まだいる? わかった。じゃあ、行こうか――」

 

 また、猫から報告を受けた。夕闇に、動物たちとともに消えていく猫宮。夜は、これからだった。

 

 史実の共生派摘発数:2

 本日の共生派摘発数:6

 

 ハンターは、今も蠢いている。

 

 

 ――なお、翌日隈を作ってふらふらな猫宮を、5121のメンバーが揃って整備員詰め所のベッドに叩き込んだことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 青春を楽しむ他のメンバーを見守りつつ、闇の部分にも関わる猫宮で有りました。共生派のテロ、運が悪いと普通に死んじゃいますからね……


 


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どれほどの力を手に入れたとしても

 瀬戸口は、大型のトレーラーを運転していた。その隣には、来須が座っている。そして、荷台の4番機の中には、猫宮が入っていた。その後ろには、L2型が3輛、後をついてくる。

 

 風景を眺めれば、さわやかな風が頬を撫で、空にはトンビがゆうゆうと飛んでいる。そして、戦車の砲声、機関砲の射撃音、機銃の途切れない音、生体ミサイルの発射音、爆発音。のどかな景色に、戦場の音がこだましていた。

 

「猫宮、戦況はどうなってる?」

 

 士魂号の中、タクティカルスクリーンを覗いているであろう猫宮に、瀬戸口が聞く。

 

「……大分やられてる。また、それなりの規模だね……」

 

 縮尺を変え地図をあちらこちらに移動させると、混戦模様の様だ。声色が微妙である。

 

「……そうか」 やや間を置いて、来須が答えた。

 

「……急ぎませんとね」 凛の声も、少々強張っている。

 

「なら、早くお前さんを送り届けてやらんとな」 瀬戸口も、気持ちアクセルを強めに踏んだ。

 

 

 3人が善行から下された命令は、鉄橋爆破の支援である。熊本市内に敵を誘引して戦うため、進行方向を限定させる。この鉄橋爆破もその布石だった。

 5121もその護衛を受け持つことになったが、毎度毎度と最前線に送られるが故に、それなりに被弾をしている。更に、黒森峰を派遣しようにも、この地形ではL型を有効活用できなかった。交通渋滞の酷さも、その原因の一つである。

 

 なので、被弾がほぼ無い猫宮の機体と、支援ができるグロリアーナの3輛が、先行して支援に回されることになったのだ。

 

「やれやれ、見目麗しいお嬢様方を沢山引き連れているのに、何で寄りにも寄ってお前さんが隣なのかね?」

 

「……黙って運転しろ」

 

 軽さが信条の瀬戸口と、寡黙な来須。中々の凸凹コンビである。

 

「あはは、瀬戸口さんに黙ってろっていうのは、来須さんにおしゃべりしろって言うもんじゃないかな?」

 

 猫宮の声に、来須はムスッとして帽子に手をやった。

 

「おっと、前方に美女発見! 少し停止しますよお嬢様方!」

 

「あら、こんな時までナンパなの?」

 

 凛はそう言うが、ちゃんと従って速度を緩める。瀬戸口は、2台のL型の隣に車を止めた。

 

「ご苦労様です、紅陵女子の皆さん。こんなところで会うとはね」

 

 隊長らしき少女が、瞬きして瀬戸口を見た。来須は素知らぬ顔だ。

 

「あ、5121小隊の……瀬戸口さんでしょ」

 

「俺の名前知ってるの?」

 

 瀬戸口は軽薄に言った。とたんに、戦車兵の中から笑い声が起こった。

 

「お耳の恋人。5121小隊のプリンス。有名よ。後ろの機体は……4番機……でしたっけ? 金銀のエース、猫宮千翼長の機体は」

 

「あはは、当たり!」 

 

 そう言うと、猫宮はトレーラーに座ったまま器用に腕だけを使い敬礼のポーズを取った。嬉しそうな声が紅陵女子から上がる。

 

「ははは、やっぱりエースはモテるなこんちくしょう。ま、仕事が終わったら是非食事にお誘いしたいな」

 

「ここにいる全員を? 期待しないで待ってるわ」

 

 瀬戸口はにこやかに手を降って、猫宮も4番機の手を振らせて見送った。

 

「もう宜しいかしら?」

 

「ええ、もう大丈夫です。お待たせしました」

 

 凛の声に、瀬戸口がまたアクセルを踏む。

 

「無駄口を叩く」 言葉とは裏腹に、来須の声は穏やかだった。

 

「彼女たち、相当ひどい目に遭っている。悲しく、辛い目にな。俺はそういう人たちと無駄口をたたくのが好きなのさ」 「自分も!」

 

「……なるほど」

 

「ふふっ、お優しいのですわね」

 

「ええ、優しい瀬戸口さんです。と言う訳で田尻さん、お仕事が終わったらお食事でも……」

 

「あら、紅陵の子達を優先してあげてね?」

 

「おっと、そうでした」 

 

 そう瀬戸口が言うと、車列の一団に笑い声が響いた。

 

 

 出発前、猫宮、来須、瀬戸口の3名は善行に呼び出されていた。

 

「……憲兵から連絡がありましてね。今度の鉄橋爆破の件ですが、共生派が興味を示しているようです」

 

「へえ、それはまた。で、両脇の二人はともかく一介のオペレーターに何の関係が?」

 

 善行の言葉に、瀬戸口が返す。横で、猫宮が苦笑していた。

 

「……中々にきな臭いようでしてね。幻獣ではなく、人相手になる可能性が有ります。……故に、あなた達に先行してもらいたい」

 

 顔をしかめる瀬戸口、猫宮。少し顎の位置を下げる来須。

 

「と言う事は、整備員も連れていけないって事ですか?」

 

「……後から行きます」

 

「了解、弾薬、たっぷり持ってきますよ」

 

 こうして、3人で、おまけに整備員も随伴させずに先行することになったのだった。

 

 

 

 管理棟の直ぐ側にトレーラーを止めると、4番機が立ち上がった。周りの兵たちは、好奇心旺盛に見ていた。それはもう、目立つ。

 

「んじゃ、猫宮は適当にやっててくれ。俺たちは鉄橋の方へ行く」

 

「了解、気をつけて下さいね」

 

「はいよ、そっちはお嬢さんがたを頼むぜ」

 

「ええ、頼りにしていますわ、猫宮さん」

 

 瀬戸口の言葉に、凛が続いた。

 

「了解、任せてください。」

 

 そういうと、1機と3輛は移動を開始する。L2型3輛は、鉄橋近くの窪地へと潜り込むと、曲射を開始した。

 

 そして猫宮はというと、鉄橋の近くへ移動していた。目の前では、1台のトラックが故障して、動けなくなっていた。

 

「はいはいこちら5121小隊猫宮です、お困りならお手伝いしますよ~」

 

 怒声が響き渡る鉄橋上に、猫宮ののんびりした声が響く。その巨体にびっくりして、罵声が止まった。

 

「な、なんとか出来るのか? なら、お願いしたいのだが!」

 

 交通誘導小隊の隊長らしき兵が、こちらへ叫ぶ。

 

「了解です、はいはい、ちょっとどいて下さいね」

 

 そういうと猫宮は器用にかき分けて、トラックを持ち上げ、邪魔にならないところまで運ぶ。その様子に、どよめきが広がる。ついでに、敬礼をすると笑い声が響いた。

 

「感謝する! これからも事故があったら頼んでいいか!」

 

「任せてください」

 

 そう、交通誘導小隊から頼まれた。そして、事故がないときは高所に上り、自走砲の観測手を務める。撤退まで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

「あ、ね、猫宮さん、どうも! 凄いですね、その機体!」

 

「ん? 君は……」

 

 端末から、声がした。

 

「谷川十翼長です、この間はお世話に!」

 

「ああ、こんにちはっ。今どのあたりにいる?」

 

「鉄橋の最後尾の方です」

 

 見てみると、こちらへ手を降っている部隊が見えた。猫宮が面倒を見た隊である。

 

「お、見えた見えた。じゃ、慌てず騒がず落ち着いてっと。援護するから」

 

「はい、了解です!」

 

 と、谷川は元気よく返事をした。

 

 

 

 

「ん~、キメラに命中、ナーガに損傷……と、調子いいね、田尻さん」

 

「ええ、詳細なデータが有りますから」

 

 鉄橋の向こうの敵を、淡々と砲撃していく第1小隊。敵は、少しずつ削れていった。

 しばらく、淡々とした作業のような時間が続く。不意に、風切り音がした。

 

 

「っ!」 

 

 92mmライフルを取り出すと、鉄橋より少し離れてぶっ放す猫宮。爆発、1機のきたかぜゾンビが落ちる。しかし、まだ風切り音は聞こえる。鉄橋の上が、騒然とした。人の足も車輪も、一斉に速まる。

 

「きたかぜゾンビは自分が食い止める! 撤退は引き続き整然と! 事故ったら、もうどかせられないからね!」

 

 拡声器をONにしてそう叫び、次々と狙撃する。高射機関砲の射撃も加わった。更に、撃破。見ると、来須であった。

 

「来須さんナイスっ! 田尻さんは陣地変換、建物の近くですぐ隠れられるように!」

 

「了解ですわ!」

 

 3輛のL2型が移動する。その間にも、猫宮は狙撃を続ける。不意に、レーザーの光が走った。鉄橋上の車輌に命中し、爆発、炎上。振り返ると、稜線から顔を出した青いスキュラが居た。

 

「こんな時に、青スキュラかよっ!?」

 

 索敵不足にパニック状態だ。どうしても発見が遅れてしまう。即座に、スモークをリロードする猫宮。だが、その間にも、鉄橋上の部隊が狙撃される。爆発、炎上。そして、スキュラも爆発。来須が、レーザーライフルを構えていた。

 

「後は任せた」

 

「了解、とっとと叩き落としてきます!」

 

 猫宮はスモークをぶっ放し、レーザーを屈折させ突撃。ジャイアントアサルトを、レーザー口へと叩きこんだ。そのままと突撃し、丘の上から確認しようとした。

 

 

 

 鉄橋の上が混沌に満ちている頃、下では鉄橋マニアの三村が、鉄塔爆破のためのケーブルを破壊しようとしていた。それを、止めようとする十翼長。だが、三村はすでに正気ではなかった。血走った目で、十翼長を見る。その視線に気圧され、視線を外してしまった。そして、三村が銃口を向け撃とうとした瞬間、別の方向から銃声が響いた。

 

 瀬戸口が、銃口から白煙を上げているシグ・ザウエルを構えていた。

 

「まったく、心配になってきてみりゃこの有様か。おい、お前さんとっととその鉄橋マニアを拘束してくれ」

 

「は、はいっ!」

 

 瀬戸口がそういうと、十翼長は三村を拘束する。銃を向けられ、抵抗できない三村。

 

「くそっくそっくそっ!野蛮人共め、地球の癌共め……!」

 

「悪態つきたいのはこっちだよまったく……おい、猫宮、爆破装置の確保は大丈夫だ、そっちの状況は!」

 

「被害甚大、でももうちょっとで渡り終わる――!」

 

「了解、渡り終えたら言ってくれ、こっちからじゃ見えん」

 

 そう言いながら、三村を気絶させる瀬戸口。その様子を、心配そうに見る十翼長。

 

「あ、あの……三村さんはこれからどうなるんでしょうか……?」

 

「さあなあ……起きた時次第だろう。さ、お前さんもとっとと退避しな」

 

「りょ、了解です!」

 

 そういうと、十翼長は三村を担いで撤退していくのであった。

 

 

 

 丘陵の上から制圧を確認した猫宮。鉄橋を見ると、炎と煙が上がっていた。死体が、あちこちに転がっている。そこには、下半身が吹き飛んでいた谷川の姿も有った。

 

「…………ド畜生っ!」

 

 歩兵は、遮蔽に隠れていない限りあまりにも打たれ弱い。それが、現実だった。しかし、それでも地獄のような鉄橋の上で、生き残った何人かが、這うように撤退をしていた。

 それに追い縋る、多数の小型幻獣。気持ちを切り替え、駆け下りる4番機。左右の腕から、12.7mmとグレネードランチャーを射出する。そして、鉄橋の上へと走っていった。

 

 

 

「おーい、来須、爆破はまだか?」

 

「……まだだ、鉄橋に4番機が居る。まだ、救助作業をしている」

 

「……そうか、撤退が終わったら教えてくれ。」

 

 来須は、苦笑していた。あんな数人など、見捨てるのが普通だ。だが、猫宮はそれをしないらしい。スコープを覗き込むと、4番機は体中の突起に捕まらせ、更に足の不自由な兵を手のひらに乗せて撤退していた。駆け出し、鉄橋を渡り終える。

 

「今だ、爆破しろ」

 

 そう通信を送ると、瀬戸口は起爆装置を作動、鉄橋が幻獣と、兵たちの死体ごと落下する。

 

「これにて任務完了っと。早いところお嬢さんたちと食事に行かなきゃな」

 

「油断はするな」

 

 瀬戸口の軽口に、ムスッとした顔で来須は答えた。

 

 

 

 兵たちを下ろした4番機は、一息ついて周囲を見渡した。皆、撤退していく中、不意に違和感がある動きを見つけた。そして、その兵は、グロリアーナの孤立した自走砲へと、走りだしていた。

 

「っ!第1小隊、全速、そこから離れて!」

 

「っ!? りょ、了解ですわ!」

 

 何が何だか分からない第1小隊一同であったが、反射的にアクセルを踏む。しかし、そこに大きめの手榴弾が投げ込まれた。

 

「きゃっ!?」

 

 爆発に巻き込まれる、1号車。次が投げ込まれる前に、猫宮は12.7mmで手榴弾を投げた兵を吹き飛ばした。

 タイヤが破裂し、自走できない1号車に、更に駆け寄る人影が見えた。

 

「っ、自爆っ!?」

 

 4番機を走らせ、慌てて、1号車と兵の間に機体を潜りこませる猫宮。と、爆発、とっさにコックピットをかばったが、両手両足が大損害を受け、倒れる。銃を取り、コックピットから飛び出した。

 

 即座にO.A.T.Sで策敵して、こちらに銃口を向けていた共生派に、銃弾を叩き込む。背後にも気配、そちらは来須が狙撃する。

 

「この、安心しきったタイミングを狙ってきたか……!」

 

「あ、あの、状況は!?」

 

「共生派が外にいる、絶対に外に出ないで!」

 

「わ、わかりましたわ!」

 

 わざと、1号車の上に乗り、すぐに横っ飛びをする。射撃が飛んできた方向を一瞬で把握し、横っ飛びの最中に狙いをつけ、撃つ。倒れ伏す共生派。

 更には、遅れてきた瀬戸口も加わり、場が制圧される。

 

 

「……まさか、このタイミングで来るなんて……」

 

「……すまん、油断した」

 

「……損害が、大きいな」

 

 猫宮、瀬戸口、来須は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「あ、あの、もう大丈夫でしょうか……?」

 

「……一応、中にいて?」

 

「りょ、了解です」

 

 鷹の目で近くを確認するが、特に怪しい影はなし。空を見ると、ツバメが1羽降りてきた。

 

「少佐、周り見張って。お願い」

 

 了解したと言わんばかりに鳴くと、空へと飛び立つツバメの少佐。

 

 混乱している場。遠くに、士魂号の巨体が見えた。

 

「む、猫宮、4番機はどうしたのだ!?」

 

「1号車を庇ってね……共生派の攻撃から」

 

「共生派……だと……!」

 

 通信先から、息を呑む気配がする。

 

「うん。気をつけて」

 

「……全機、警戒を厳に。鉄橋爆破は成功です、ご苦労様でした」

 

 善行の通信が入る。瀬戸口と来須は歩哨に立ち、猫宮は1号車から乗組員を引っ張りだしていた。物陰へ連れて行き、護衛をする3人。

 

 辺りには、血と硝煙と酸の匂いが立ち込める。

 

「……畜生……畜生っ!」

 

 戦場で、死は日常である。だが、死が誰かに訪れるたびに、猫宮の胸には悔しさが飛来するのであった。知識や他の世界の経験があっても、すべてを救うことができない。しかし、それでも――あがき続けるのだった。

 

 

 史実の当地区の戦死者:626名

 本日の当地区の戦死者:327名

 

 無くならない犠牲の上に、この熊本は維持されていた――砂上の楼閣のように。

 

 

 

 

 

 



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熊本城攻防戦
ほんの少しを勝ち取るために


 皆様、色々と励ましのお言葉有難うございます。賛否両論あるかと思いますが、自分が面白いと信じてこれからも書いていこうかと思いますので、どうかお付き合いの程をよろしくお願いします。


 戦闘終了後、猫宮は鉄橋のあった場所の前に居た。見事に、崩れ去っていた。見下ろすと、谷底では瓦礫と残骸と死体がぐちゃぐちゃになり、黒煙があちらこちらから上がっていた。原型を留めてない遺体も、沢山有るだろう。彼らの肉体は、業者が回収に来るまで、野ざらしにされる。

 

 手を合わせ、頭を下げる猫宮。

 

「祈っていますのね……」

 

 背後から、凛の声が聞こえた。

 

「……うん。彼らを、助けられなかったから」

 

「それでも、あなたは沢山の人を助けられましたわ」

 

「……それも分かってる。でも……」

 

 表情は凛からは見えない。しかし、声色に悲しみが混ざっている。

 

「…………全てを救わなきゃ、なんて思うのは傲慢では無いかしら……」

 

 あえて、あえてそう言う凛。

 

「多分、それ位で丁度いいんだ。幾らかを助けられれば、何て思って心が緩むより、全てを救わなきゃと思って、それで足掻き続けるほうが」

 

 目の前の少年の背に、様々な感情が見えた。そして、伸し掛かる様々なものも、少し見えた気がした。

 

「それで、ずっと後悔し続けるんですの……」

 

 どれだけ助けても、満たされることは無い。凛には、それがとても悲しい存在に思えた。

 

「でも、私たちはあなたに助けられましたわ。……助けられなかった人たちだけでなく、助けた人たちにも目を向けて下さい」

 

 そう言うと、凛はポーチから消毒薬と包帯を取り出した。

 

「……そうだね。第1小隊のみんなが無事で……良かった」

 

 少しずつ、微笑していく猫宮の頭に、凛は消毒を施し、包帯を巻くのだった。

 

 

 

 翌日、朝、全員が集められる。整備員の幾人かは、ぶっ続けで4番機の修復作業をしたのだろう。多少ふらついていたり、生気がない。なお、手伝おうとした猫宮はテントから叩きだされていた。

 

 善行は疲れている隊員たちを見渡すと、話しだした。

 

「おはようございます、みなさん。先ほど、九州中部戦域の全軍に指令が下りました。最重要コードです。幻獣の小隊、幻獣のオリジナルが眠る古代遺跡が、熊本城の地下で発見されました」

 

 そう言うと、一斉にざわつく。

 

「オリジナル?」 「幻獣のオリジナルって……?」 「な、何で熊本城に……」 「遺跡、そんなのあるのかよ……」

 

「はい、みなさん気持ちはわかりますが静かに。あそこに古代の山城があったか学者先生の謎も解けたそうです。そこで、それを守るため我が小隊も、緊急配備されることになります」

 

 緊張が高まる一同。

 

「……今回の戦いは、かつて無いほど大変なものになるでしょう。……予測される戦闘開始日時は、明後日。よって、今日、明日は出撃をせず、最小限の仕事に留めてもらって結構です。……では、解散」

 

 善行がそう言うと、ためらいがちに、徐々に解散していく。そこに、猫宮と芝村が近づいてきた。

 

「幻獣のオリジナル、妄想がはかどりますね」

 

「ふん、また妙な言葉を創り出したものだ」

 

 二人の言葉に、善行は苦笑するしか無い。眼鏡を押し上げ、話しだす。

 

「なんとか、我々の働きもあり危うい均衡を保っていますが――戦局はどうなるかはわからない。なので、ここに賭けに出たのですね」

 

「戦局が有利な時に活躍するのは偽物、不利なときに活躍するのは馬鹿――有能なものは、均衡状態の時に活躍すると」

 

「ええ、その通りです。流石に分かっていますね」

 

「茜の言葉ですけどね」

 

 くすりと笑うと、少し面食らった表情をする二人。

 

「……ともあれ、価値は作られた。城という要塞におびき寄せられ、幻獣との決戦が始まるであろう」

 

 芝村が滔々と分析する。

 

「数の利は向こうに、地の利はこちらに。……そして、地の利を最も活かせる部隊は――」

 

「我らだな」

 

 猫宮の言葉に、芝村が続いた。

 

「……私たちは、最も辛い地区に配置されるでしょう。……ですが私は、あなた達を決して死なせやしません」

 

 険しい顔の善行の決意に、二人は黙って頷いた。

 

 

 

 滝川は、ぼんやりと2番機で調整をしていた。幻獣のオリジナルなんて訳のわからないものが発見され、そして訳もわからぬうちに決戦に巻き込まれるらしい。

 

「なんか、すげー事になったよなぁ……」

 

 2番機に触りつつ、語りかける滝川。この2番機には、意志があると滝川は思っている。だから、何かあるとこうして語りかけるのだ。そうすると、返事が帰ってくる気がする。その様子を、少し離れたところから森が見ていた。

 

「滝川くん、よく話しかけてますよね」

 

 それとなく、声をかける森。滝川は森に気がつくと、へへっと笑った。

 

「ああ、なんかこう、2番機が色々と話してくる気がしてさ……って、変かな?」

 

「……いいえ、変でないと思います」

 

 士魂号の秘密を知っているが故に、そう答える森。それを聞くと、滝川は嬉しそうに笑って、また2番機を撫でた。

 

「今度の戦いってさ、今までで一番大変になりそうじゃん? でもさ、こいつと居ると……そして、みんなと居ると……大丈夫な気がしてくるんだよな」

 

 そう言って、優しげに笑う滝川。それを見て、森は不思議な気持ちになる。なんなのかしら……?と戸惑っていると、滝川は森の方に、少し顔を赤くしつつ向いた。

 

「な、なあ、明日も出撃無い……みたいじゃん。森さんは明日……ひ、暇?」

 

 ぶきっちょで、しどろもどろな滝川のお誘いだった。それに、くすりと笑う森。

 

「ええ、大丈夫、予定、空いてます」

 

 でも、森はそんな滝川が嫌いではなかったのだ。

 

 

 

 瀬戸口は、珍しく指揮車の整備を手伝っていた。田代にあれやこれやを指図され、手を動かす。

 

「…………」 じ~と、その様子を覗き込む壬生屋。

 

「おーい、2番スパナ、取ってくれ」

 

「はいよ、これだな」

 

 淡々と作業をする瀬戸口を、まだじ~と見つめる壬生屋。その様子を面白がっている、整備テントのメンバーたち。

 

 どうも、居心地が悪い……。

 

「……まったく、何か用かい、お嬢さん?」

 

 やれやれと溜息をつくと、壬生屋に話しかける瀬戸口。びくっとする壬生屋。

 

「あ、あの、その、えっと……」しどろもどろな壬生屋。

 

「え、そ、の……お、お手伝いいたしますわ!」

 

 微妙な表情をする瀬戸口。そして、真っ赤になって俯く壬生屋。

 

「んー、じゃ瀬戸口はタイヤの点検壬生屋と頼むわ」

 

 そう言うと、田代は指揮車の中へと潜っていった。壬生屋は、てててと瀬戸口に近づく。

 

「あー……じゃあ、やるか……」 「はいっ!」

 

 作業を続ける瀬戸口に、教えられながら点検していく壬生屋。その様子を、ニヤニヤと見守る一同。そして、作業中にも、壬生屋の視線はチラチラと、瀬戸口の方を向く。

 

「……あー、壬生屋、一体どうしたんだ……?」 

 

 非常にやりにくい瀬戸口。壬生屋はあちこちに視線を泳がせた後、深呼吸をして、気持ちを整える。

 

「ね、猫宮さんに言われたんです。明日をもしれない命、悔いは残さないようにって!」

 

「あ、あんにゃろう……!」 壬生屋を炊きつけやがったか! と憤慨する瀬戸口。

 

「だ、だから……その……」 顔を赤くして、それでも意を決して叫ぶ。

 

「わ、わたくし、速水さんと猫宮さんには負けません!」

 

「………………は?」

 

 何故、そこで他のレディなどではなく、速水と猫宮が?

 

「だ、だって、速水さんがバンビちゃん、猫宮さんが2号さんということは、わ、わたくしは3号さん以下ということに…………」

 

 

 途端に起きる大爆笑。笑い声が、四方八方から瀬戸口に押し寄せる。腹を抱えて笑っている物数名、地面に転がって爆笑している物数名。見ると芝村まで顔を背けて口と腹を抑えている。

 

 今日は、厄日だ。瀬戸口は運命を呪いつつ空を仰いだ。

 

 なお、この後暫く5121小隊の機能が、腹痛により麻痺したことは言うまでもない。

 

 

 

 猫宮はまた、大量の荷物を背負い込んで、更には両手にも満載して、えっちらおっちら県道1号を登っていた。ブータも前をのんびりと歩いている。その姿を目ざとく見つけた鳥や動物たちは、楽しみに山へと向かう。中には一緒に歩き出すものも居た。途中で県道を外れて山の中へ。三淵山の山頂まで。

 

 視界がひらけてたどり着くと、そこには大勢の動物たちが集まっていた。荷物をおろし、袋や缶を開ける。そうして、それぞれ置いて行くと、我先にと集まる。ブータは猫宮の隣で高級猫缶を、美味しそうに食べていた。その様子を、微笑んで見ている猫宮。

 

「若人よ、何をそんなに迷っている?」

 

 ブータが、ふと話しかけてきた。

 

「あ、いえ……」

 

「遠慮することはないぞ、人族の戦士よ。我らは盟友なのだ」

 

 そう言われて、猫宮は目を閉じる。

 

「……これから、あしきゆめだけでなく、あしきゆめに味方する人間も、我々を襲ってくるでしょう……。その時に、どうかお手伝いをお願いしたい」

 

 そう言うと、猫宮は頭を下げた。

 

 頭を下げた猫宮に、テテテテと、駆け寄ってくるリスの近衛隊長。目の前で、片手でナッツを持ちながら、敬礼をする。わふっ、とペスの声が、にゃ~と、みけの声もする。周りの動物たちが、声を上げて猫宮に同意した。我々に、任せろと。

 

「……驚いたな、これは……」

 

 後ろから、声がした。驚いた顔をしているのは、矢作曹長である。更に、見知った憲兵も何名か居た。驚きつつ、辺りを見渡す。周囲には、雑多な動物が集まっていた。

 

「……時々、君がこうして大量の食料を買い込み山に登るので気になってみれば……」

 

 本来なら、一緒の場所にいないであろう動物たちが、同居していた。そして、何やら装飾品を身に着けた動物までいる。

 

「……これが、君の『情報元』、なのか……?」

 

 猫宮が、雑多な動物と居るところは何度も何度も何度も何度も確認されている。というよりも、なにか事件が起きるたびに必ず猫宮は動物に餌を与えていたのだ。そりゃ誰だって疑問に思うだろう。

 

「ええ、そうです。随分とお高く付きますけど」

 

 猫宮はそう言ってくすりと笑う。

 

「なるほど、そうだろうな……」

 

 半ば呆れた様子で、憲兵達は頷いた。何やらしゃがみこんで手を伸ばす者もいる。

 

「まったく、こんな情報源があるなら先に教えて欲しかったのだが」

 

「だって、いきなり言っても普通誰も信じませんよね? ここまで実績が上がってようやく信じられるようになると」

 

 そう言われ、彼らは苦笑するしか無い。

 

「……で、彼らは……我々にも協力してもらえるのか?」

 

 憲兵達は、動物たちを見渡して言った。それを聞くと、各々が一斉に自分の食べている物を翼で、前足で、手で指し示す。

 

「……なるほど、タダ働きはダメだな」 「ナッツにレーションに……猫缶、犬缶、鰹節……味のバリエーションも多いな」

 

「後、安物でもダメです」

 

 

 

 そう言われ、彼はかかる経費をどう捻出するかと頭を捻る。経費の一部として詰問されたら、一体どう答えればいいのやら。

 

「ああ、それと……」

 

「それと?」

 

「彼らは部下でも道具でもない、協力者ですからね?」

 

「……なるほど」

 

 そう言われて、憲兵たちは納得し頷いた。そして、彼らに向かって頭を下げる。

 

「食料と引き換えに、どうかご協力をお願いします」『お願いします』

 

 その矢作ら言葉に、動物たちはそれぞれの声で答えるのだった。

 

 

 

 熊本城決戦まで後2日。今日と明日で、大掛かりな共生派狩りが、とり行われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




動物と軍のあからさまな協力は、津軽に攻め込まれた辺りで始まっていましたが、こちらは水面下で憲兵と協力するように。テロリストは徹底的に狩り出します。


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熊本城決戦前夜

自重は投げ捨てるもの


 熊本城攻防戦まで後1日。猫宮は、朝早くからトラックを新市街に走らせていた。行き先は裏マーケットである。加藤と一緒に親父から隠し切れない商品を受け取りに来たのだ。

 

「……そうだ、珍しい物が来たんだがこれも使われなくてな。持っていけ」

 

 医薬品やら機銃やらを詰め込んでいる最中に言われ、親父に更に奥に案内される猫宮。

 

「これはまた、本当に珍しい物を……」

 

 案内された猫宮の前にあったのは、92式自動砲。25mmライフル弾を撃ち出す、いわゆる対戦車ライフルである。ウォードレスを装着していても重く、扱いが難しい。

 

「……お前なら整備して使えるだろう。持っていけ」

 

「ええ、難しいけど頑張って扱ってみます」

 

 ペコリと礼をして、これも運ぶ。荷台には、小隊機銃に医薬品に92式自動砲にと、物資が山積みである。

 

「ほな、おじさんありがとな~!」

 

「ありがとうございました~!」

 

 加藤と猫宮の礼に、親父はふんと鼻を鳴らしながら見送るのだった。

 

 トラックを走らせていると、やはり市内は慌ただしい。自衛軍の車輌、兵も何時もより多く見られ、あちこちで学兵たちがあれやこれやと想像を膨らませている。

 

「……何やら、大変なことになっとるなぁ……」

 

「だね。幻獣のオリジナル、なんてものが発表されたんだし」

 

「……うちら、生き残れるんやろか……?」

 

「生かすよ。どんな手段を使おうとも、絶対に」

 

 そう言う猫宮には、強い決意に満ちていた。

 

「……うん、頼りにしてるさかい……」

 

 その表情に、加藤は思わず縋るように、言葉を零したのであった。

 

 

 

 尚敬校に戻ると、猫宮はすぐに92式自動砲の整備にとりかかる。あまり使われてないだけあって、状態はそこまで悪くないようだ。整備テント近くの地面にブルーシートを引いて、その上で整備をする。この手の作業はお手の物とばかりに、凄いスピードで整備をしていく。その横で、田代が呆れた様子で、その手伝いをしていた茜も感心しつつ見ていた。指揮車整備は取られたが、茜は田代との共同作業が多いようだ。

 

「まったく、お前ほんっと器用だな……」

 

「色々とやってきまして」 

 

 くすりと笑いつつ、組み上げる。

 

「92式火砲……5121小隊の整備員が今持っている最大火力か。他にも機銃が2つ、99式40mm擲弾銃が一つ……これだけあれば、早々陣地は落ちないな」

 

「うん……黒森峰の整備員さん達も同じ場所で陣地を張るし、そっちの武器も合わせればそれなりの火力になる――筈」

 

 しかし、いまいち自信がなさ気だ。猫宮にとっても、変わりに変わったこの世界、しかも火力が増えたとなるとどうなるか予測はまったくつかない。

 

「まあ、イザという時には君に援軍を頼むとするよ。滝川のほうが足が速いがあっちじゃイマイチ不安だ」

 

「あはは、了解」

 

 笑う猫宮。しかし、そこに田代から声が飛んで来る。

 

「おい、話してないでほら、4番レンチ!」

 

「わ、分かってるよ!」

 

 なんだかんだと上手く行っている二人の様子を、笑って見守るのだった。

 

 

 一通り作業が終わると、若宮と来須を連れていつもの演習場へ。そこには、やはり何時ものように大勢の学兵たちが集まっていた。……しかし、見知った顔も、少し欠けていたりする。炊き出しの人たちも、激戦を前に遠くへ一時的に避難をしていたりして、何時もの大鍋は無い。

 

「……明日、これまでで一番の激戦になると予想されます。陥落する陣地も多く出るでしょう……。近くの陣地と協調し、いざとなれば、別の陣地に逃げて抵抗を続けられるように。――ゴブリン数匹と命を引き換えるより、そちらのほうがはるかに敵に損害を与えられます。死守すべきは、一つの陣地ではなく、熊本城全体です」

 

 そう言う猫宮。命令違反ではなく、命令の「再解釈」を、伝播させる。ああ、善行も昔からこんなことを言っていたと若宮は苦笑した。

 

「だから、生き延びよう。皆で、なんとしても。付け焼き刃かもしれないけど、無いより、はるかにいいから。じゃ、これから合同訓練を始めます」

 

『はいっ!』

 

 使い捨てにされてきた学兵達。それでも尚、足掻き続ける。

 

 

 教育は若宮と来須に任せ、猫宮は小隊機銃の山を全力で整備していた。とにかく、これが1丁あるかないかだけで、生存率は劇的に変わる。熊本城が初陣だった学兵など、1小隊に小隊機銃さえ無かったのだ。黙々と、凄まじいスピードで組み立てて行く。

 若宮と来須は、撤退、そして陣地間移動の戦術を、叩き込んでいた。そして――残酷なことも。

 

「……残酷なようかもしれんが、時には見捨てることも必要だ……。仲間が襲われそれを助け、また助けに行き襲われる……。二次、三次遭難だな。次々と、被害が広がる……」

 

 そう、表情を曇らせて言う若宮。実際に、あの半島ではどれ程の兵を見捨てたであろうか。そして、見捨てられない何人が、死んでいっただろうか。

 

「……時には、止めを刺してやることも、慈悲だ」 来須も続く。幻獣の群れに飲み込まれれば、嬲り殺しにされる。

 

 悲しい現実に、恐ろしい現実に、目を伏せる学兵達。戦争という恐ろしい現実は、何処までも何処までも襲ってくる。

 

 そして、その方法を教えるのを止められない猫宮は、同仕様もなく悔しかった。明日、何人が生き残れるのか……それは、誰も分からなかった。

 

 そんなことを思っていると、ふとクラクションを鳴らしながら、トラックが入ってくる。

 

「おおーい、猫宮君、弁当、持ってきたばい!」

 

 何時ぞやの、おじさんだ。

 

「お、おじさん、どうしてまだこんな所に!? あ、危ないですよ!?」

 

 慌てて駆け寄る猫宮に、おじさんは笑って答える。

 

「学兵さん達が危ないばってん、せめてこれだけでも届けに来たばい」

 

 荷台には、簡素なパックに、たっぷりじゃがいもや惣菜がつめ込まれていた。

 

「頑張って、生き延びろとよ!」

 

 そう言うと、集まってきた学兵に弁当を配って行くおじさん。

 

 世界は、良くはない。しかし、悪すぎるということも、なかった。

 

 

 

 夕方、疲れ果ててえっちらおっちらと尚敬校へと帰る猫宮。備品のトラックを返して、校門を出る。

 

『猫宮さん』

 

 と、校門の左右からステレオで女性の声が聞こえた。右を向くとまほ、左を向くと凛が尚敬校の校門前に佇んでいた。

 

「え、えーと、どうしたの二人共……?」

 

「助けられたお礼をしようかと思いまして。こうして待っていたのですわ」

 

「明日、決戦なので、母がまた話したいと。それで、また家へいかがですかと、待っていました」

 

 右を見る、左を見る。どちらも、こちらをじ~と見つめてくる。思わず、冷や汗が流れる。

 

「……西住さん、もう一人、増えても大丈夫ですか……?」

 

 片方は選べず、妥協案を示す猫宮。西住中将とも話しておきたかったし、凛の好意を無にするのも憚られたからだ。……ヘタレなわけでは、決して無い(はず)

 

「ええ、大丈夫です」 と、凛の方を見ながら言うまほ。

 

「あら、西住中将とお会いできるなんて光栄ですわね」

 

 それを聞いて、凛はニッコリ笑うのだった。

 

 気まずくなると思われたが、二人は隊長、一人は指揮能力にも通じている。なので、あれやこれやと戦術の話が弾む。とても、少年少女たちの会話に見えないが、この兵たちに囲まれた街では、これが日常かもしれない。

 

 凛にとってははじめて、猫宮には2度目の西住家訪問である。

 

『おじゃまします』

 

 と、二人は上る。

 

「ええ、いらっしゃい。そちらは」

 

「お初にお目にかかります。聖グロリアーナ第1自走砲小隊隊長、田尻凛百翼長です」

 

 出迎えのしほに、優雅に一礼する凛。

 

「そうか。ああ、ここは基地ではないからな、あまり堅苦しいのは不要だ」

 

「わかりましたわ。ありがとうございます」

 

 そう言うと、猫宮に続いて家へと上がる凛。

 

 茶の間へ通されると、先客が居た。エリカである。

 

「あ、エリカさんも招かれてたんですね」

 

「ええ」

 

 そう返事するエリカは、やはりどこか緊張しているようだった。茶の間で座って待つ客人3人、そして西住親子は台所でまた料理を作っているようだった。様々な香りが、茶の間まで流れてくる。

 

 出されたお茶を優雅に飲んで待っている凛。チラチラと、あちらこちらに視線をやっているエリカ。猫宮は疲れているのか、ゆったりとニュースを見ていた。幻獣のオリジナルについて、誰も彼もが興奮して己の想像を発表していた。それに、苦笑するしか無い。

 

 少しして、料理が運ばれてきた。タチウオや、レンコンなど地元の食材を使った、熊本の料理だった。

 

「おお、ご当地料理」 「実は、私も初めて食べますわ……」

 

 熊本以外の出身である二人が、わくわくとした表情をしている。

 

「腕によりをかけた。魚などは冷凍だったが……たくさん食べてほしい」

 

「ええ、では、いただきます!」

 

『いただきます』

 

 食べ始める6人。和気藹々と、華やかな空間である。ひとり男の猫宮は、実はちょっと戸惑っていたりもする。

 

 まずは白米をそのまま。銀シャリは、久々だとまずは何も付けずに。そして、その後おかずを載せて一緒に口へと放り込み、より一層味を増幅させる。からし蓮根のぴりりとした辛さが鼻を抜け、その辛さと美味さが銀シャリの味を増幅する。じゃがいもではこうは行かない。

 そして、れんこんだけでなく、タチウオも漬物も味噌汁も、またそれぞれご飯の味を引き立てる。大盛りに盛られた白米が、そしておかずが見る間になくなっていく。

 

 それを、ほえ~といった感じに見るみほ、微笑んで見るしほとまほ。

 

「そこまで美味しそうに食べてもらうと、冥利に尽きるな」

 

「ええ、とっても美味しいです!」

 

「素晴らしいですわ」

 

「は、はい! と、とても結構なお味で!」

 

 客人3人の反応に、また場が和む。

 

 戦争とは無縁の、ゆったりとした時間が流れた。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 米粒一つ残さず食べて、両手を合わせる猫宮。量の多い猫宮が、最後まで食べていた。そして、食器を回収して、洗い場へ。

 

 そして、洗う前に、全員の前でしほが話し始めた。

 

「明日が、決戦だ。――あなた達には、最も辛い地区を担当してもらうことになります」

 

 その言葉に聞き入り、真剣に見つめ返す5人。そして、やはり送り出したあの日と同じように、全員の顔にあどけなさが残っていた。

 

「……そして、自衛軍は、幻獣が罠に入りきるまで、動きません。…………本当に、すまない……」

 

 頭を下げるしほ。情けなさや悔しさや怒りが、渦巻いていた。こんな、子どもたちを戦わせ捨て駒にし、自衛軍は最後にゆうゆうと大火力で襲いかかるのだ。およそ、羞恥心がある軍人ならば耐えられない。

 

「……なんとしてでも、生きてくれ……」

 

 そう、願うしかない自分が、ひどく無力に思えた。

 

「……そして、猫宮君」

 

「はい」

 

「皆を、頼む」

 

「勿論です。どんなことをしてでも、全員、生存させます」

 

 頷く、猫宮。それに合わせて、他4人も、頷いた。絶対に、生きて帰るのだと。チャッピーは、外からその様子を見て、月夜に吠えた。

 

 

 

「猫宮君、今日も風呂に入って行くと良い」

 

「ええ、じゃあ是非――い、今誰も入っていませんよね?」

 

「ああ、誰も居ないぞ」

 

 微笑んで言うしほ。猫宮は頷くと、ノックしてから木戸を開けて、中に入る。服を脱ぎ出す。檜の香りが、心地よかった。

 

「あ、あれ、猫宮さんは?」 「もう帰ったのですか?」

 

 と、食器を洗っていたみほとエリカが、しほに近づいて聞いてきた。

 

「ああ、彼なら……」

 

 と、話しながらしほも歩き出し――

 

「おっと」

 

 な・ぜ・だ・か 畳で転んでソースをみほとエリカにぶっかけた。

 

「だ、大丈夫か!? こっちは洗っておくから急いで風呂へ!」

 

『あ、は、はい!』

 

 そう言うと、二人は汚れてしまった服を脱ぎながら風呂へと急ぐ。ガラッと扉を開けると、そこにはパンツ1枚の猫宮が。開けた二人は、下着に靴下な姿である。

 

『きゃ、きゃああああああああああっ!?』

 

 3人の悲鳴が響き渡った(待て)

 

「な、何で二人共そんな格好で!?」

 

「お、お母さんにソースをかけられちゃって!?」 

 

「あ、う、あ、うわああああああああっ!?」

 

 叫ぶ猫宮、体を隠すみほとエリカ、パニックになりわたわたしてる。

 

「と、とりあえず出て行くからそっちが先に入って~!?」

 

『は、はいっ!』

 

 そうして、自分の着替えを持って慌てて飛び出す猫宮。急いで出ようとすると、足元に滴っていたソースでおもいっきり滑った。

 

「のわああああああっ!?」

 

「きゃっ!?」 「ふえっ!?」

 

 すっ転ぶ猫宮に巻き込まれた二人。

 

『きゃ、きゃああああああああっ!?』

 

 この騒ぎに、流石に駆けつけるまほと凛。見ると、下着姿の3人が折り重なって倒れていた。

 

「ね、ね、猫宮さん、あ、あなたはみほとエリカにまでっ!?」

 

「ち、違うってばあああああああああっ!?」

 

「お、おおおお、落ち着くのですわ、まずは一旦離れて……」

 

 と言いつつ顔を真赤にして猫宮の体を見ていたりする凛さん。

 

 

 その様子を、しほは優しい顔で、とても眩しそうに見ているのだった。

 

 

 

 




92式自動砲:TRPGルールブックより引用。装甲車の使用する25mm弾を引用。有効射程は約1KM。的が大きいミノタウロスやゴルゴーン相手なら、有効射程ギリギリでもそれなりに当てられる。なお、銃ではなく「砲」なのは、自衛軍では15mm以上の火器は、砲として分類されるからである。




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絶望を遠ざけて

色々とゴタついて連続更新記録がストップしてしましました……どうも申し訳ございません。
後、ペルソナ5が面白すぎてヤバイです。
で、でも、更新はなるべくできるように頑張ります!


 4月23日の朝、猫宮は4番機に乗り込み、土木1号と2号から借りた士魂号用のスコップなどを使い、熊本城に隣接する公園で、土木工事を行っていた。人間のように器用にスコップを使い、すさまじい作業効率で、戦車用の堀を掘ったり、土を盛ったり塹壕を掘ったりと、陣を建設する手伝いをしていた。この人目をつく機体は、近くで作業していた他の兵が作業を何秒か止めるには十分な威容を持っていた。最も、その後すぐにどやされるのだったが。

 

 ここには、5121の整備テント及び、黒森峰・聖グロリアーナの整備・補給拠点が設置される。ある意味で今作戦の、最重要拠点の一つと言っても良い。とにかく、補給ができないなんて事態を避けるために、猫宮はありったけの火器を用意していた。更に、幻獣の蠢いていた地下道は今回予め徹底的に掃除されていた。若宮と来須も、はじめからこの拠点に張り付ける。

 

 

 防衛戦力は、原作より遥かに強力だ。……と言うより、原作があまりに何も対策をしていなかっただけとも言えるが……。用意できた武器は小隊機銃3機、92式自動砲、99式40mm擲弾銃にサブマシンガン多数……しかし、それでも100%大丈夫と言えないのが、戦争の恐ろしいところである。

 

「塹壕掘って、退避壕掘って、土を盛って設置兵器の防御力を高めて……速乾性コンクリートがないのが痛いな……トーチカが作れなかった……」

 

 士魂号の視点から、即席の陣地を見下ろす。学兵にしては、贅沢な陣地といえるだろう。あくまで学兵基準ではあるが。

 左右を見渡せば、この陣地の内外で、仲間たちがそれぞれの時間を過ごしていた。その様子を微笑んで見ていると、通信が入る。

 

「猫宮君、ご苦労様です。君もそろそろ休憩を。――こんな時だからこそ、仲間達と過ごすのもいいでしょう」

 

 穏やかな声色の、善行の声だ。

 

「あっ、はい、了解です! それじゃ、整備テント、入ります」

 

 通信を入れると、整備テントの入口付近から人が退く。その中に、4番機を入れて、コックピットから出る。鉄と土と汗とウォードレスと燃料と……様々な匂いが漂ってくる。戦場の、匂いだ。血と体液と酸と煙の匂いはまだ、無い。その事が、戦闘はまだ起きていないと実感させてくれる。

 

 端末を取り出すと、若宮と来須が既に各地の陣地の添削をしていた。武器の融通は――そもそも何処も余っている所がない。要するに、特にやることがなく休憩しても大丈夫だと言うことだ。

 休むのも仕事の内、それに適度に休まないと石津さんにまた心配されるし――そう思うと、近くの草原に寝っ転がった。

 

 

 

 

 黙々と整備をしていた田辺は、作業が一段落すると整備テントの外へと出た。あんなにのどかだった公園は、すっかり様変わりしていた。あちこちの土は掘り返され、邪魔な樹木は根こそぎ引っこ抜かれ、変わりに地雷と鉄条網が植えられている。それは何だかとても悲しい光景だと、田辺は思った。

 

 足を止めて放心したかのようにその光景を眺めていると、不意に声がかかった。

 

「どうされましたか? 田辺さん?」

 

「あっ、と、遠坂さん」

 

 慌ててペコリと頭を下げる田辺。それに、遠坂は何時ものように爽やかな笑顔で話しかける。

 

「ははは、お邪魔してしまいましたか?」

 

「あ、いえ、そんな事無いです! すみませんすみません!」

 

 思わず勢い良く頭を下げて、メガネを落としてしまう田辺。慌てて拾おうとする動作に先んじて、遠坂が拾う。

 

「あ、ありがとうございます! すみません、こんな事させちゃって……」

 

「そうですね、ではお礼代わりと言っては何ですが……貴女がこの光景を見て何を感じていたかお聞かせ願えませんか?」

 

 拾った眼鏡を田辺に渡し、尋ねる遠坂。それに田辺はまた風景を眺めつつ答えた。

 

「あ、大したことじゃないんです。ただ、あんなにのどかだったのにこんなに変わってしまっていて……」

 

 飾らない、素朴な思いだ。きっと、様々に感情が入り混じっているのだろう。

 

「……そうですね。こんな光景を見ていると、本当に人類は大丈夫なのだろうか、と思うこともよく有ります」

 

 憂う表情で言う遠坂。かつて、自分は共生派の集まりに参加していたこともある。こんな世界が醜く見えていた時の事だった。――ひょっとしたら、今も心の何処かに残っているのだろうか……。そう、自問自答をする遠坂。その表情を見た田辺は、遠坂の方へ向き直ると声を上げた。

 

「き、きっと大丈夫ですよ、遠坂さん!」

 

「大丈夫……とは?」

 

 田辺からの、意外な勢いの言葉に、遠坂は少々驚いた。

 

「私、思うんです。明日はきっといい日だって。昨日よりも今日よりも、明日はきっといい日だって。裏づけないけど、そう思うんです。明日は、きっといい日になります。いつも、努力してるじゃないですか。昨日よりも今日よりも、明日は努力した分だけ、きっと前に進んでますよ。努力は報われないときもあるけど、それよりももっともっと努力すれば前に進めます。-1+2なら答えはプラスになるんです。-1億+1億1でも、答えはプラスです。だから、昨日よりも今日よりも、絶対に明日は良くなります。努力する限り。先に寿命が尽きるかもしれないけど、その時は天国で努力すればいいんです」

 

 その時、遠坂には訴えかけてくる青い髪の田辺が、綺麗な青い髪の女神に見えた。

 

「だから、こんな光景が広がっても、また塹壕を埋めて木を植えて、もとに戻していけばいいんです、そうすれば、前よりもいい景色に出来ると思うんです」

 

 そう言う田辺の輝きに、その時きっと遠坂は見惚れていたのだろう。そうして、決意を決めるタイガー。

 

「――そうですね。田辺さん、貴方のお陰で目が覚めました。なので、どうかお願いです。是非、その貴方が今履いているソックスを――」

 

 その結末は、語るまでもないだろう。

 

 

 

 石津は、ヨーコと一緒に5121小隊の備品をチェックしていた。医薬品だけでなく、チョコレートなどの嗜好品から運び込まれた食料、弾薬の数に予備部品と、一つ一つ丹念にチェックをしていく。幸い、エース部隊となった5121の名声、そして猫宮がかき集めた分や、裏マーケットの親父の寄付、派閥争いのために提供された分などで、極端な不足はなかった。

 

「……今のところ……は……大丈夫……」

 

「エエ、これで皆さんが怪我をしても安心デス」

 

 穏やかな表情をしている二人。この小隊の中でも、特に心優しい二人だ。

 

「ご苦労様です。何か不足しているものは有りますか?」

 

 そこへ、隊の様子を見て回っていた善行が二人へ声をかけた。それに、石津はふるふると首を横に振って答える。

 

「そうですか、それは何よりです」

 

 善行には、石津へ少々負い目があった。かつて5121小隊が発足する前、原、森、両名からの虐めに気がつけなかった。一人、雨の中で佇むほどに思い詰めていたらしい。それからは、善行も更に彼女を気にかけるようになった。最も、今の5121でその心配は杞憂だろうが。

 

「……司令……これ……」

 

 そんなことを思っていると、石津から錠剤を幾つか手渡される。

 

「これは?」

 

「……疲れが見える……それに……少し、寝不足気味……かも……」

 

 心配そうにこちらを見てくる石津。

 

「とっておきのコーヒーデス、是非飲んで下さイ」

 

 そして、横から保温ジャーに入れられた温かいコーヒーを差し出すヨーコ。

 

「ありがとうございます」

 

 そんな二人の気遣いに、善行は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 茜は、猫宮、若宮、来須監修の陣地を見回っていた。コンクリートなどの建築材が足りないのは不満だが、しかし一々理に適っていた。

 ――などとそんな事を思っていても、胸のもやもやは消えなかった。自分以外の全員が定職に就いていた。それに引き換え、自分は指揮車の整備を田代に取られ、一人無職で全員の雑用である。

 自分の長所は、この頭脳なのに――! 実際、戦術の計画案やら戦闘の分析レポートを出すと、善行や猫宮に褒められることもあった。しかし、あくまでも仕事ではなくほとんど趣味のような領域にすぎない。全員が役に立てている中、自分だけが置いて行かれているような気がして、悔しかった。

 

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 

 あの、当初は冴えなかった滝川も、さっき会った時には一人前の戦士の顔をしていた。寂しさに、思わず座り込む茜。

 

「……何やってんだ? お前?」

 

 そこに、田代が現れた。ドラムマガジンを装填してあるサブマシンガンを腰に据えていた。

 

「……そっちこそ、何をやってるんだよ?」

 

「あ? 俺か? 俺はこの空気が懐かしくてな。その辺ぶらついてたところだ」

 

 かつてはスカウトだった田代は、整備テントの空気より、こういう雑多な戦場の空気が好きだった。

 

「……僕もぶらついていただけだ」

 

「嘘つけ、そんな顔しやがって。何があったんだよ?」

 

 意外にも踏み込んできた田代に、茜は内心少しびっくりするも、つっけんどんに言う。

 

「……関係ないだろ、そんなこと」

 

 田代は、自分から職を奪った相手でもある。あんまり、話す気にもなれなかった。

 

「まあ関係ねーけどよ、お節介ってやつだよお節介」

 

 そう言うと、茜の横にドカリとあぐらをかいて座る田代。身長が高く、座っても自分が見上げる形になる。そして、更に意外なことにどこと無く女性らしい香りが漂ってきた。

 

「……一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「なーに、あの猫宮だの芝村の姫様だのにすんげーお節介されてよ……。ま、そんなのも悪くねえなって思っただけさ」

 

 田代にもか……僕にも、あんな……と、暗殺失敗のときのことを思い出して更に体育座りの腕に力を込める茜。その様子を見て、茜の背中を田代はバンっと叩いた。

 

「うわっ!?」

 

「ま、そんな悩んでるならとりあえず話してみろよ。おねーさんが聞いてやってもいいぞ?」

 

 そう言う田代。茜はしばらく迷っていたが、やがてぽつりぽつりと話し出すのだった。

 

 

 

 草原に寝っ転がっている猫宮。周りの風景でなく、空だけを視界に入れても、やはり戦場の音は響いてくるものだ。そして、聞こえてしまうとどうしても、戦争のことに考えが向く。我ながら因果なものだなぁと苦笑していると、突然ぬっと速水が覗き込んできた。

 

「やっ、クッキー焼きすぎちゃったんだ。食べる?」

 

「ん、食べる!」

 

 そう言われると、よいせっと勢い良く上半身を跳ね上げる猫宮。速水はクッキーの包みを広げると、保温ジャーに入れていた紅茶も取り出した。

 

「それじゃ、頂きますっと。うん、相変わらず美味しい」

 

 サクサクとしたクッキーの甘みを、紅茶の味でリフレッシュさせ、またクッキーを齧る。そうしていると、滝川もやってきた。

 

「お、こんなところでもクッキーかよ速水。俺にもくれよ」

 

「うん、食べて食べて」

 

 滝川の分も紅茶を入れると……ひょっこり壬生屋も覗いていた。おいでおいでと手招きする猫宮。すると、恥ずかしそうにおずおずとやってくる。

 

「ふむ、こんなところでパイロットが集まっているとは……戦術会議でもしていたか?」

 

 と、芝村までやってくる。

 

「いや、自分が寝っ転がってたら何かみんな集まっちゃって」

 

 と、猫宮が笑いつつクッキーを齧る。

 

「ふむ、そんなものか」

 

 と、芝村も速水の横にどかっと座り込む。クッキーと紅茶を口に入れ、のんびりする一同。ゆったりとした、パイロットたちだけの時間だった。

 

「なんつーかさ、色々とあったよな~」

 

「あったね、色々と」

 

 滝川の言葉に、速水が頷いた。

 

 第62戦車学校に入学してからは、怒涛のように時間が過ぎていった。訓練訓練また訓練、負けたらすぐにやり返し、シミュレーターに乗ったと思ったらあっという間に実戦で。初陣からあっという間に厳しい戦区にたらい回し。そして、黒森峰と出会ってからは全軍のエース部隊に。グロリアーナと合流してからは更に強化された。胸を見ると、全員が勲章をぶら下げている有様だ。自分の胸にも、黄金の勲章が輝いている。それが、何だか滝川にはおかしかった。

 

「ふむ、滝川らしい表現だな」

 

「何だよ、俺らしいって?」

 

「でも、それ以外、きっと言い様がありませんわ」

 

 芝村が何やら納得して、滝川が口をとがらせ壬生屋がそれを笑う。

 

「これまでも色々とあったけど、きっとこれからも色々とあるんだろうね」

 

 優しい猫宮の声だ。

 

「そうだな」 「そうだね」 「そうですわね」 「そうだよな」

 

 他の4人も、それぞれがそれぞれの言葉で同意する。かつて無い、戦闘の予感がした。きっと、凄まじい激戦になるだろう。しかし、なぜだか絶望とは程遠い気がした。芝村も、計算して出した生存率を、頭から投げ捨てた。この小隊に、そんなものは不要だと、何故か思った。

 

 青い空の下、全員が未来に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりな5121回。そして、茜と田代の伏線もちょくちょく入れていくスタイル。
そして田辺のあのイベントは特に大好きなイベントです。



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整備班:緒戦

 4月24日5時30分。既に夜は明けているのに、それを感じさせない重い曇天である。暗く、肌寒く、じめついて、更には小雨まで時折思い出したかのように降る。

 居るだけで憂鬱になるような天気の下、陣地は無駄口を叩くものもなく静まり返っていた。深夜まで続いた砲声も、夜空を照らし続けた閃光も消え、廃墟かとも錯覚させるような雰囲気である。

 

 不意に、静寂を破って砲声が鳴り響き、遠くに閃光が何度も走る。それからほんの僅かの後、公園に鳴り響いたサイレンとスピーカーからの音声が、陣地を眠りから叩き起こした。

 

「中・大型幻獣を含む有力な敵が市内に突入。現在、味方と交戦しつつあり。繰り返します。有力な敵が市内に突入。現在、味方と交戦しつつあり。総員戦闘配置についてください」

 

 その音声を背景に猫宮は軽くストレッチをし、体を解して目を覚ます。それから少しして、善行からの通信が入る。

 

「5121及び黒森峰、聖グロリアーナの皆さんは5121小隊指揮車前に集合してください」

 

 その言葉に、見知った顔が一斉に動き出した。善行は既に万翼長に出世し、また年齢も上であるため、合同部隊の総指揮官を任されていた。

 

 

 

 指揮車から出てきた善行に、全員の視線が集まっている。どの隊の隊員達も皆、一様に目を光らせ、生真面目に口元を引き結んでいる。――かつて、半島でも同じ光景を見た。その記憶が、フラッシュバックする。ただそのときと違うのは、兵たちが皆酒も飲めない年齢であり、尚且つ半数以上は女の子だった。

 善行はしばし視線を宙に漂わせていたが、やがて迷いを断ち切るように隊員に向き直り、低い声で話しはじめた。

 

「ここにいる全員が揃うのは、これが最後かもしれません。……だからどうした、と私は思います。ここにいるのは仲間です。死のうと、生きようと。同じ時を生きて、同じ未来の為に、同じ敵と戦う仲間です」

 

 学兵たちを見渡して、善行はやりきれなさを覚えた。どの顔も真剣だった。真剣であればあるほど――そのあどけなさが、顔に現れている。戦争など、冗談にしか思えない年齢だった。

 一つ息を吐いて、善行は言葉を続ける。

 

「……わたしは生きろとは言いません。立派に戦ってくださいといいます。そのあと、生き残るかどうかは、どこかの誰かが決めるでしょう。ここで勝てば、被害は最小限で抑えられる。だから勝ちましょう。それで沢山の人命が守られる、以上です」

 

 演説が終わると、ラインオフィサーはそれぞれの機体へ、テクノオフィサーは守るべき陣地の前へ散っていった。若宮と来須は、陣地周辺でテクノオフィサーの護衛である。

 

 4番機へ向かう途中、猫宮は見知った猫を見つけた。ブータである。

 

(ブータニアス卿、貴方も来たのですか)

 

(なに、若人達にだけ戦わせるわけにも行くまい――お主は大丈夫だろうが、他の者たちが心配だ)

 

 ブータは1,2,3番機を見てそう言った。

 

(ええ、今は猫の手も借りたいときですし、是非お願いします)

 

 そう言って猫宮はブータにお辞儀をすると、4番機の取っ手に手をかけた。ブータは、石津の前で備品箱を開けると、中に潜り込んで蓋を閉めて貰った。そして、指揮車の中へと運び込まれた。

 

 

 猫宮は士魂号へ乗り込むと、タクティカルスクリーンを起動して戦況を確認した。阿蘇、合志、山鹿、玉名と各戦区から、幻獣が殺到していた。まるで、川の流れるように濁流が、熊本を押し流そうと押し寄せてきていた。端末の名簿を見やる。表示を全てにすると、表示の暗くなった名前が、あちこちに見えた。きっと、今日の戦いで更に増えるだろう。

 そう思っていると、善行の声が通信機に響く。

 

「全士魂号、クールよりホット。全機体ウォーミングアップ」

 

「1番機、準備完了いたしました」 「2番機、OKです」 「3番機、いつでも行けるぞ」 「4番機、準備完了」

 

 パイロットの声が、準備完了を合図する。

 

「黒森峰戦車中隊、1号車から9号車、全車両準備完了」

 

「聖グロリアーナ自走砲第1小隊、1号車から3号車、準備完了です」

 

 善行は深呼吸すると、静かに言った。

 

「全機全車両、出撃」

 

 4体の巨人と、12輛の車輌が音を立てて陣地を後にする。善行は、残されたスタッフ達とともにハッチから身を乗り出し、見事な敬礼をして見送った。

 

 

 

 戦闘の音が、近くまで迫っている中、狩谷は車椅子を押されていた。

 

「待ってくれ、僕も5121の仲間なんだ。――だから、みんなと居させてくれ……」

 

 狩谷は、そう周りの仲間達に懇願していた。足が治って以来、いつの間にか死ぬのがまた怖くなっていた。しかし、それ以上に、この事態で仲間と一緒にいられないのが辛かった。心から絶望が消え去った狩谷は、このハチャメチャな5121小隊が、いつの間にか好きになっていたのだ。

 

「……ほんの少しの辛抱だけん。……狩谷、つべこべ言わずに付き合ってもらうたい」

 

 整備テントの裏の、貯水槽跡。暗くジメジメしているが、鉄筋コンクリートで作られ、更に出入り口は鉄扉である。避難場所としては、最適だった。中村は車椅子ごと狩谷を担ぎ上げると、その奥へと運んでいった。その後ろに、ののみが続く。

 

「……頼む、整備なら出来る、必要なら銃だって撃てるんだ……」

 

 懇願する狩谷に、加藤が何も言わずにぎゅっと抱きついた。

 

「懐中電灯、毛布、ジャー……コーヒーが入っとる。東原の分は紅茶ばい。それと、とっておきのメロンパン……ええと、あとは……東原、鍵ば預けるけん」

 

「わたし……?」ののみは、おそるおそる鍵を受け取った。

 

「幻獣には器用なやつもおっけん、ドアば開くるこつもしくるとよ。俺らが行ったら、内側からドアに鍵ばかけろ」

 

 こんな地下だと言うのに、120mm滑腔砲の砲声はもちろん、機関銃やアサルトライフル、サブマシンガンの発砲音が、絶え間なく聞こえ続ける。

 

「ふんならね」

 

 中村はののみの頭に手を置くと、階段を上がっていった。

 

 狩谷は、加藤に抱きつかれたまま、中村が帰ってから小声で、しかしはっきりと通る声で言った。

 

「……どうか、生きて迎えに来てくれ……」

 

 加藤は、もう一度狩谷をぎゅっとすると、しゃがみこんでののみに話しかけた。

 

「ののみちゃん、なっちゃんをよろしくね」

 

「うん、まかせて!」

 

 ののみは、元気よく請け負った。

 

 

 

 4月24日7時30分。外郭陣地を突破した敵は、圧倒的な数の小型幻獣が殺到していた。

 戦闘ビークルを全て送り出して尚、この陣地の守りはそれなりに硬いが、詰めている整備員たちは殆ど素人と言ってよかった。だが、それでも射撃訓練を定期的に行っていた分、3077の、銃を持たされただけの素人よりはまだましかもしれない。

 

 若宮はテクノオフィサー達や、不慣れな学兵達の前に立つと、大声で話し始める。

 

「本陣地の指揮は、ラインオフィサーである私が取らせて頂きます。では、全員ライフルを3点バーストに、フルオートは厳禁です。20mより近づかれたら、サブマシンガンに切り替えを。そちらはフルオートで結構です。小隊機銃は分散して狙うこと、遠坂は92式自動砲の側で、中型が出てきたら狙撃してくれ。銃を撃つのがあまりにも苦手な方は、銃弾の補充や小隊機銃の三脚を抑えるなど、雑用を。これも立派な仕事です。では、それぞれの配置を割り振ります」

 

 そう言うと、テキパキとそれぞれの適正に合った場所に配置していく若宮。来須も、お隣の3077などの学兵連中に配置をしていた。

 不意に、アサルトライフルの弾が3連射する音が響いた。音のした方を見ると、来須が1匹のゴブリンリーダーを撃ち抜いていた。

 

「……あれは偵察役だ、銃を降ろせ」

 

 的確な射撃で、1トリガーで手本を見せる来須。全員で撃とうとしていたひよっこ達が、尊敬の目で見ていた。

 

「……そろそろか」

 

 その様子を見て、若宮も、鉄条網のある辺りを見た。小型幻獣共が、迫っている。

 

「よし、全員射撃開始! 機銃手! 銃身下げろ! 水平射撃で十分だ!」

 

 若宮の声と共に、多数の銃器から銃声が上がった。次々と打ち出される銃弾に、幻獣は死のダンスを踊りはじめた。

 

 

 戦闘は、今のところ順調に推移していた。ゴブリン、ゴブリンリーダー、ヒトウバンなどの小型幻獣は、濃密な弾幕の前にろくに近寄ることも出来ずに、次々と銃弾に撃ち抜かれていった。命中率の関係からか50mから先へは幻獣たちが進めず、時々出来た幻獣の濃い所に、ヨーコから40mmグレネードが打ち込まれ、大量に消滅する。

 

「フフフ、フフフフフ、死になさい、消えてなくなってしまいなさいっ!」

 

 岩田はこの状況でゲラゲラと笑いつつ、機銃の引き金を引き続けていた。田代も、まだ距離は空いているのに4連装ドラムマガジンを装着したサブマシンガンの引き金をほとんど引きっぱなしにしている。

 

 戦場では、意外な人間が意外な才能を発揮したりする。逆に、そのまま怯える人間も。森や茜などは、半ば震えつつ雑用を行っていた。トマホークやレーザーが時折飛んでくる中、掘られた塹壕を使い弾薬を運ぶために何度も往復する。

 黒森峰や聖グロリアーナの整備員たちも、それぞれ果敢に銃を撃つもの、怯えて雑用をするものなどに別れていた。

 

 隣の陣地では、3点バーストにしろと言ったはずなのに、ほぼひっきりなしで銃声が響く。狂ったように何度も何度もトリガーを引いて、殆どフルバーストと変わりがない。しかし、このド素人の集団には、これが正解かもしれなかった。ひっきりなしで撃ち続け、シャワーのように弾幕を降らせるしか、近寄らせない方法がなかった。

 

 

 

 だが、当然順調な陣地ばかりでも無かった。火力が足りず、幻獣に踊りこまれた陣地では、凄惨な白兵戦が行われていた。

 

「こちらF2陣地。敵が塹壕内に侵入、救援求む、救援求む……助けてくれっ!」

 

「こちらF3陣地玉島、応援やるからとっととこっちの陣地に逃げ込んでこい!」

 

 

 無線機からは、ひっきりなしに応援要請が流れる。時々、隣の陣地を助けるようなものもあるが、大半は自分のところで手一杯だ。補給車でその通信を聞き続けている原は、祈ることとしか出来ていなかった。

 

「元気にしてた?」

 

 不安からか補給車から原が通信を送ると、善行が返答をする。

 

「なにか」

 

「戦いが始まったわ。実況中継するけど、聞こえる?」

 

 そう言うと、ヘッドセットを運転席の窓から突き出す。小隊機銃3丁の音と、兵たちの声と、時折交じる爆発音が響く。

 

「……聞こえました。状況は?」

 

 善行の声が、低くなった。

 

「……多分、この調子なら疲れてくたくたになるか弾切れまでは大丈夫ね。……でも、他の陣地もやられちゃってもっとたくさんの幻獣が来たら……」

 

「……味方はどうです?」

 

「ダメ。さっきも若宮君と来栖君が他の陣地を助けに行ってた所。この陣地、ひょっとして一番マシなんじゃないかしら……? できれば、すぐに戻ってきて」

 

「……出来る限り、急ぎます」

 

「わたしの声が聞きたかったら、急ぐことね。後悔しても遅いのよ」

 

 そう言うと、通信を切った。ドアを開けると、新井木と田辺が、車内に飛び込んできた。ふえ~んと泣きそうな新井木と、おどおどとこちらを伺ってくる田辺。戦場でもあまり変わらないこの二人が、なぜだか愛しく思えた。

 

 

 若宮と来須は、付近の陥落寸前の陣地に躍り込み、幾らかの兵を助けては回収していた。

 

 若宮は4丁、来須は1丁の94式機関銃を持ち、接近戦では来須のサブマシンガンで対応する。この歩兵2人とは思えない火力に、助けに来られた部隊はしばし面食らう。

 

「ほら、ボサッとしてるな! とっとと走れ!」

 

「りょ、了解!」

 

 合計5丁の12.7mmの弾幕が、小型幻獣の群れをあっという間に粉砕する。その隙に、射線に入らないよう学兵たちが逃げ込んできた。

 

「あ、あんたらは!?」

 

「近くの陣地から助けに来たんだ、ちょっと手伝え!」

 

「りょ、了解っす!」

 

 助けられた兵たちは若宮、来須を先頭に、陣地から陣地の間を走り抜ける。そうして助け出した兵たちを、整備テント周辺に配置していく。

 

「いいか、ここは5121や黒森峰、聖グロリアーナの補給拠点だ、ここが落ちたら中型幻獣まで流れ込んでくるぞ! だからしっかり守れ!」

 

『了解!』

 

 エース部隊の補給拠点を守るという事に、しばし緊張する学兵たち。陣地から少し離れた所に有る整備テントは、しばし抜けてくるゴブ共の浸透に晒される。様子を確認しに行った田辺が命からがら逃げてきた後、若宮と来栖が掃除したが、兵を配置しない限り浸透の恐れが消えないので、こうして助けた兵を防備の甘い所に配置しているのだ。

 

 若宮と来須は武器をサブマシンガンに切り替え、またテントの中に多少入り込んだゴブ共を掃除すると、再び次の近い拠点へと向かっていった。

 

 

 

 一つ元気な陣地があり、他は陥落寸前である。そして、元気な陣地が近いとなると、必然的に逃げ込もうとする隊が増えてきた。無事に何人かが逃げ込めた隊も有れば、勿論そうで無い隊もある。

 

「う、うわ、助けて、助けて……!」 「ぎゃああああああっ!?」 「母さん……!」

 

 陣地の近くで、襲われて嬲られる兵が、幾人も見える。

 

「う、うぇ……げええええっ……」

 

 その光景を見て、思わず吐いてしまう森。三脚を押さえる手がなくなり、少しずつ後ろに下がり始める。

 

「こら、森! ここで機銃がなくなったら俺らも死ぬぞ! 死にたくなかったら働け!」

 

「う、うう……はい……」

 

 中村に怒鳴られ、必死にまた三脚を抑える森。しかし、森でなく、凄惨な光景に目を背けたそうになるメンバーも、沢山いた。

 

「くっ、数が多すぎる……」

 

 射撃な得意な遠坂などは、狙撃してまとわりつくゴブ共を少しでも減らしているが、新兵や整備班の面々は誤射を恐れて中々撃てない。

 

 この陣地のメンバーにとって馴染みのない、味方の悲鳴が、響き渡り士気を削っていく。

 

 普段、危険度の低い後方にいるテクノオフィサーたちが、ほとんど初めて知る、戦場の地獄が目の前に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 



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戦闘班:緒戦

お、お気に入りが1000超えた……!?
れ、レビューサイト様の効果って凄い……


5121以下諸兵科連合は、四方寄の交差点付近に展開していた。山鹿の要塞化された陣地では順調に敵を削っていっているようだが、本命は熊本城とばかりに、幻獣が押し寄せてきている。戦場の轟音に、ローターの音が混じりはじめた。きたかぜゾンビがまずは真っ先に接近してきたようだ。

 

「敵、きたかぜゾンビ12。何時も通り、士魂号で先制、行くよ!」

 

『了解』

 

 猫宮の声に、慣れたものだと返事が合わさる。L型の天敵は航空ユニットであるので、何時も通り士魂号が真っ先に叩き落としに行く。

 

「参ります!」

 

 何時も通り、壬生屋がきたかぜゾンビの群れに切り込んだ。きたかぜゾンビへ向かって突き進み、機関砲をステップで躱しつつにまずは一閃、バラバラになって1機が叩き落された。そうして、壬生屋に注意が向いたところを、2丁のジャイアントアサルトと1丁の92mmライフルの銃弾が襲いかかる。次々と命中し、空中に幾つもの花火が花開く。

 混乱して機体の方向を変えたところを、また壬生屋が一閃。あっという間に12機のきたかぜゾンビが叩き落される。

 

「周囲に航空ユニット無し、行けます!」

 

「了解。全機、散開。何時も通りに、だ」

 

「こちら自走砲小隊。陣地があちこちにあるだけあって、観測データはまだ不自由してません。しばらくは独自判断で射撃しますが、御用があればお早めにお願いしますわ」

 

 武部の報告に、まほが命令を下す。凛率いる小隊は、まずは独自判断で射撃を始める。もう、幾度の戦場で何度も何度も勝ち続けてきた黄金パターンである。そして、今回もそれは変わらなかった。まだ、最初の内は。

 

 

 

「くっそ~! 数が多い!」

 

「どんどん……後ろに……!」

 

 他の機体より少し引いた居場所に居るが故に滝川が、敵陣にいつも切り込んでいるが故に壬生屋が、その何時もと違う動きに焦りが出る。幻獣は明確な目標を持って押し寄せてきているようだった。中型は兎も角、止めきれない小型幻獣はどんどんと後ろへ抜けていく。

 

 

「2番機、付近の小型の掃除をお願いします……っ!」

 

「了解……ってお、おい、みほさん危ねえっ!?」

 

 みほが、ハッチから身を乗り出して備え付けの12.7mm機銃で正面のゴブリンたちを薙ぎ払う。そこを、7号車が駆け抜けた。2番機は慌てて駆けつけ、更に進路上の小型を12.7mmや踏みつけで掃除する。

 

「きゃっ!?」

 

「こ、こちら5号車、ゴブリンが車輪に絡まって速度低下! い、急いで外して!」

 

「や、やってるわよ!?」

 

 路地から飛び出てきたゴブリンを轢いてしまい、車輪に絡めてしまった5番機。そこへ、ミノタウロスが突進しようとする。

 

「くそっ! 小型多すぎっ……! なるべく急いで!」

 

 そこを、猫宮が突撃して超硬度大太刀で一閃、頭と胴を切り離す。

 

 

 既に、相当数の小型が浸透していた。1匹でも絡まりどころが悪いと死骸が消えるまで自走不能にすら陥るL型は、このような市街地での混戦に向いていなかった。

 

「す、すまん、こちら1号車もだ! フォローを頼む!」

 

「了解した、厚志!」

 

「わかってる、舞!」

 

 1号車が囮のようになっているところを、横合いから強襲する3番機。姿勢が崩れたところに、1号車からの砲撃も入り、撃破される。そして、ようやく車両が動き出す。

 

「すまない、助かった!」

 

「なるべく、注意してくれ!」

 

「努力する!」

 

 

 

 

 なまじこの諸兵科連合は強すぎる集団であるだけに、一番の激戦区に回された。しかし、強力なのはあくまで中型幻獣に対しであり、小型幻獣への対処はやはり随伴歩兵が欲しい。しかし、この激戦区を回る集団についていける学兵の随伴歩兵は存在しなかった。今は、2番機と4番機が主に歩兵の代わりをするかのように、駆けずり回って黒森峰の危ない車輌のフォローをしていた。

 

 普段のように、中型幻獣を中心に小型が取り囲み、ひとかたまりの集団でやってくるのではない。津波のように延々と押し寄せてきている。

 

「せめて後一回りは陣地が欲しい……!」 猫宮が悔しさからか口を引き結ぶ。

 

 青森では岩田中佐が、十重二十重と巡らせた陣地で幾らかを逃しながら少しずつ敵を削っていき、最後には小型まで削りきるという戦術を採用していた。今、偶然にも植木陣地がその1段目の役割、この諸兵科連合が2段目の役割をしていたが、3段目が貧弱に過ぎる。後ろに通っているのは小型ばかりではあるが、それでもあちこちの陣地から救援要請が聞こえてくる。地下からの浸透を許さなかった分、ひたすら圧力をかけてくる幻獣の量が増えていた。あちこちの陣地からの砲撃で削れても、抜け続けていく。

 

 

 

 それに、戦いが開始して既に1時間半、自分たちも大分消耗してきた。2番機他黒森峰の戦車群も、命中率が少しずつ落ちてきた。そして、そんな時に更に原からの報告である。波が少し途切れかけた今、補給に戻るには都合がいいだろう。そう判断すると、猫宮は善行に通信を開く。

 

「司令、一度補給へ戻りましょう! 弾薬も少なくなってきて、そろそろ集中力もみんな辛い頃です!」

 

 猫宮の進言に、少し悩む善行。

 

「……もう少し粘れませんか?」 この部隊のおかげで、なんとか後ろに中型が行くのを防いでいる。善行に色気を出させる程に戦果は、絶大であった。

 

「市内は砲撃で崩れてます! 士魂号だけならともかく、指揮車及びL型が戻るには予想外のトラブルを考えるべきです!」

 

 猫宮の進言に、ハッとする善行。タクティカルスクリーンから見る、この部隊の効果に気を取られてそこまで回らなかったようだ。

 

「……了解です。では、各自一時補給に戻って下さい。殿は……」

 

「自分が!」

 

「ええ、お願いします」 猫宮の言葉に、即頷く善行。

 

「で、でしたらわたくしも!」

 

「壬生屋さんは太刀1本ちょっと貸して! 代わりに92mmライフル持ってって!」

 

「で、ですが……」

 

「12輌の車両はどうしても隊列が長くなるから、護衛は多めに必要だし、いざとなったら瓦礫もどけなきゃならない! だから、お願い!」

 

「……分かりました。ちゃんと、無事で帰ってきてくださいね!」

 

 そう言うと、1番機と4番機は装備を一部交換する。そして、1機、2刀流で数の少なくなった幻獣の群れに向き直る猫宮。

 

「さて……ここから先は通さない!」

 

 拡声器をONにして叫ぶと、遮蔽物を利用しながら、幻獣の群れに突っ込んだ。ミノタウロスの腹に横一閃し、腕を突っ込み、内臓を引きずり出して踏み躙る。周囲の幻獣の憎悪が4番機に向いた。

 

「ははっ! 怒ってる? お前たちが散々人間にやってきたことだろ? だからさ、たまには……される側にも回って見るんだな!」

 

 猫宮は笑いながら狂気に身を浸し、幻獣を蹂躙し始めた。

 

 

 

 一方、撤退中の黒森峰と聖グロリアーナ、そして指揮車は、3列になってそれぞれの道で撤退しようとしていたのではあるが、あちこちで道を塞いでいる瓦礫に悪戦苦闘していた。L型は多少ならば乗り越えられるが、指揮車はさらに走破性能が低い。山のようになっているところなどは迂回するなりどかすなりしなければならなく、3機の士魂号は先行して必死に瓦礫を取り除き、L型は周囲を警戒、L2型は時折4番機へと援護をしていた。

 

「……4番機の様子は?」

 

「凄いですよ。幻獣の内臓を引きずり出して、憎悪を一身に受けています。ただ、全部が全部って訳でもなくて幾らか抜けてくる奴は居ますね。それは今グロリアーナのお嬢様方が砲撃しています」

 

 善行が瀬戸口に尋ねると、瀬戸口は真面目な表情で言った。

 

「……そうですか……」

 

 見通しが甘かった。思えば大陸では歩兵、熊本では人型戦車と、機甲部隊に深く触れた機会が極端に少なかった。もし、ギリギリで戻ろうとしたら今頃ほぼ弾切れで立ち往生だっただろう。それに、殿に猫宮が居てくれて本当に助かった。この装輪戦車の集団は、特に指揮車は不整地に弱い。

 

「なあに、猫宮ならなんとか敵を引き受けてくれます。それよりも、急いで帰ることを考えましょう」

 

「そうですね」

 

 深呼吸して気持ちを落ち着かせる善行。まだ、致命の事態には何処も至っていない。学んだ戦訓はすぐに活かせば良い。しかし、整備班陣地の周辺が幾らか陥落していた。そのせいで、幻獣の圧力が更に増えている。

 

「滝川君」

 

「は、はい司令」

 

 目ざとくサーマルセンサーと通常視界を切り替えて偵察していた滝川が返事をする。

 

「陣地が少々まずい状況です。弾薬はどの程度残っていますか?」

 

「えーと、ジャイアントアサルトもガトリングもグレネードも少しなら残ってます」

 

「結構、先行して彼らを安心させてやって下さい」

 

「りょ、了解っす!」

 

 命令を受け、全速力で駆け出す2番機。

 

「ふむ、そんなに不味い状況か?」

 

 射撃する事がないので、偵察を速水に任せ戦況を分析していた芝村が善行に問う。

 

「整備班の皆さんにとっては初めての血みどろの戦場であり、新兵も多数混じっています。戦況もそうですが、士気も非常に気になります」

 

「なるほど」

 

 善行の言葉に、芝村は納得したように頷いた。士魂号の巨体は、同じ戦場に居るとどこか安心感を与えるものだ。そして、善行もこの長期戦に適応しつつ有るようだと思った。

 

 

 

 

「ちっくしょう……!」

 

 滝川は一人、瓦礫の山と化した街を走っていた。移動しつつ周囲に目を向けると、陥落した陣地では人間の死体だけが残されていた。陣地に戻りながら、生存者は居ないかと目を皿のようにして探すと、銃声が聞こえた。見ると、数人の学兵が小型幻獣に取り囲まれている。

 

「おいっ、そこの学兵たち! 他の陣地まで運んでいってやるから捕まれ!」

 

 そう言うと、滝川は学兵たちの周囲に居た小型にガトリングをばらまき、学兵たちの近くに巨体をしゃがませる。学兵たちはびっくりしたようだが、士魂号を見上げると目に希望が宿った。

 

「取っ手があるから、それに掴まれ!」

 

「すまない、助かった!」

 

 学兵たちが取っ手に捕まると、また陣地へ向かって身長に走り出す2番機。そして、陣地の前でもやはり地獄が広がっていた。逃げ込もうとした兵が、途中で何人も捕まりばらばらにされている。

 

「この……やろおおおおおおっ!」

 

 思わず、叫ぶ滝川。兵の居ない所に、ありったけのグレネード弾と12.7mmを叩き込む。

 

「あっ、し、士魂号や!」

 

「た、滝川君っ!」

 

 加藤の喜びに満ちた声や、涙声の森の声が響く。この延々と続く地獄に絶望していた表情に、少し希望が戻ってきた。

 滝川は2番機を陣地に滑りこませると、すぐに兵達を下ろして、また陣地の周辺へ向かう。

 

「すぐに助けに行ってやるから、諦めるなよ!」

 

 そう、拡声器から声を出しながら、逃げ込もうとする兵たちを援護する2番機。やがて、それに続くかのように1、3番機、そしてL型の装輪戦車も続く。その光景に、陣地から歓声が上がる。

 

 こうして、諸兵科連合の陣地は、幻獣の群れからの一時の休息を得られるのだった。

 

 

 




急に実家に呼ばれることになったり更にスランプに少し陥ったり、アナザープリンセス実家で見つけて扱いどうしようと悩んだりで1週間ほど時間が空いてしまいました……申し訳ございません。

今からメンバー出すなら、外伝に話を出してこんなことがありました!な感じになりますがそれでも大丈夫でしょうか……?


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小休止

※祝!ガンパレ発売16周年!

※ののみが居たのをまるまる修正……久々に書いてたから忘れてました……orz

 中々のスランプ状態ですが何とか捻り出し。キャラの登場頻度のバランス取るのが中々に難しいですな……。


 なんとか陣地へ滑り込んだ指揮車の中で、一息つくと善行は瀬戸口に声をかけた。

 

「4番機の状況は?」

 

「付近に中型の敵影無し。数が少なかったとは言え、よくぞここまで幻獣の注意を引いたもんです」

 

 幻獣の腹を掻っ捌いて内蔵を掴み出して踏み躙るなど、士魂号でしか出来ない芸当だろう。幻獣にも感情が有ることを利用出来る数少ない戦法かもしれない。

 

「猫宮君、ご苦労様です。付近の幻獣は一度途切れた様子です。君も補給と休息を」

 

 善行がそう通信を入れると、深呼吸の後返事が帰ってくる。

 

「了解です。損害の方は?」

 

「特に問題の有る方は居ません。安心して戻ってきて下さい」

 

「はい。司令も休まれたほうがいいかと」

 

 そう言うと、通信が途切れる。その言葉に、善行を始めとした指揮車の一同も苦笑するしか無い。

 

「ま、たしかにそうですね。通信は俺が見ときますんで、司令も休憩どうぞ」

 

「では、お言葉に甘えましょう」

 

 瀬戸口の言葉に、善行が頷きハッチから出ていく。

 

 

 

 

「1番機脚部チェック、状態は!」

 

「GGY、下部に疲労が見られます!」

 

「弾薬、全部運び込んで! 殆ど空、全部載せれる!」

 

「9号車、側面装甲の4番、急いで!」

 

 

 公園陣地に急ごしらえで作られた整備テントとその付近では、整備員たちの怒声が鳴り響いていた。付近にまとまった幻獣の姿はなく、戦況は小康状態で、その隙に各々の機体車輌を一斉にチェックしていた。その周囲では、かき集められた随伴歩兵の学兵たちが、交代で休憩を取りながら護衛をしていた。

 

 激しい戦闘の直後であるのにこうも生き生きと動いているのは、戦闘の恐怖を忘れるためかもしれない。ふとそんなことを思って居ると、気配が近づいてきた。

 

「綱渡りだった」

 

「ええ、まったく」

 

 振り返ると、来須が立っていた。そして、善行の内心と同じ言葉を口にした。

 

「周到さと泥縄式が同居していた。出来得る限りの準備は上手く行ったがそれでも想定外な事態が多ければ危なかった」

 

「不思議な理屈ですが、あなたも喋れたのですね」

 

「……」

 

「失敬。実はあなたの事が気になってましてね。ひとつだけ聞きましょう。この小隊に配属されて良かったと思いますか?」

 

 来須はふっと口元をほころばせた。

 

「ああ」

 

 なるほど来須君のお墨付きかと、善行も口元をほころばせた。

 

「その言葉が聞けてよかったですよ」

 

 パイロットたち、指揮車クルー、整備員たち、そして他の隊のメンバーにともに配属された歩兵や、集まってきた歩兵たち。皆最善を尽くした。そしてその結果、ここにこうしている。善行の脳裏にふと原の面差しがかすめた。

 善行は少し考えたが、己の心に従い原のご機嫌伺いをしに行くことにした。

 

 

 

 

 機体から降りた猫宮は、整備テントから出ると大きく伸びをした。ずっとコックピットに座りっぱなしだったので適度なストレッチが心地良い。体をほぐしていると、パタパタと何羽もの鳥が近くに降り立ってきた。付近の偵察情報をまとめて持ってきてくれている。

 

(共生派は今のところ近くには居ない……? うん、ありがとう、引き続きお願い)

 

 猫宮がそう言うと、こくんと頷いてから飛び立っていった。報酬は後払いだが、随分と高くなりそうだと猫宮は苦笑する。

 

 端末を多目的結晶に接続すると、あちこちの陣地の現状が送られてくる。

 

「……こっちは大丈夫、こっちは損害軽微……ここは……圧力多くて放棄、しかし損害は無し。こっちは……全滅……か」

 

 恐らく、史実よりも持ちこたえている陣地は増えている。それが圧力の低下にも繋がっているが、流石に教育もできてない送られてきたばかりの新人達の生死は、天に祈るしか無かった。

 

『皆大丈夫?』 猫宮

 

『こっちはなんとか』 玉島

 

『は、はい大丈夫です!』 津田

 

『放棄された陣地から、機銃とかかっぱらってきました!』 関根

 

『付近の新人たちを吸収してなんとか。雑用色々とさせてます』 一青

 

 生き残ったものたちはそれぞれ、生き延びるための最善を尽くして助け合っている。それが、嬉しかった。

 

『うん、了解。まだ再侵攻まで時間が有るから物資が足りなかったらかっぱらってでも集めて。武器弾薬にそれからお菓子まで。文句言われたらこっちへ通して』 猫宮

 

 と、泰守の連絡先を添付する。文句を言われたら芝村の力でゴリ押ししてもらうとしよう。そんなことを思いつつ、通信を終える。

 

 

 

 

「さて、次はここの物資かな……」

 

 原作でも物資をかっぱらってくるイ号作戦が発動されたが、今は更に人も増えている。まともな受け渡し票なんて作ってる暇はないだろう。そう思うと、備品のトラックの有る方へと歩いていった。2台のトラックの運転席には中村と遠坂が、他にも加藤やら田辺やらが乗り込んでいた。

 

「やっ、手伝うよ」

 

 猫宮が片手を上げつつトラックに近寄ると、一斉に首を横に振られる。

 

「猫宮、お前はパイロットなんだから休んどくばい!」

 

「そうや、一番遅くまで残ってたのに何いってんのや!」

 

「ね、猫宮さんはゆっくりしていて下さい!」

 

「ええ、休息もパイロットの仕事の内かと」

 

 一斉にダメ出しを食らいたじろぐ猫宮。全員から念を押されて荷台に乗り込めなかった。

 

「う……はい……」

 

 トラックが出発するのを眺めてから、トボトボとまた別方面へ歩き出す猫宮。あちこち見渡すと、何やらヨーコが速水の手におまじないを書いていたり、瀬戸口が壬生屋になし崩し的に膝枕をしていたり、滝川と森と茜が3人であれやこれやを言い合っていたりしている。

 

 できれば整備テント周りに人数が増えた分の防備も増やしたいところだが……そこはイ号作戦に期待するとしよう。塹壕掘りを手伝おうとしても叩き出されそうでは有るし。

 

 

 

 そんなことを思いつつ陣地の中に入ると、黒森峰と聖グロリアーナの搭乗員たちが一緒になって休んでいる所に、テレビの取材が入っていた。その取材に、まほと凛が笑顔で答えている。が、疲労の色はやはり濃い。猫宮はやれやれと溜息をつくと、その集団に近づいていった。

 

「やっ、テレビの取材?」

 

 インタビュー中にぶち壊すように横から入る猫宮。それをびっくりした目で見てくる搭乗員達に、邪魔が入って不機嫌になるキャスター。

 

「な、何なんですかあなたは、取材中ですよ!」

 

「いや、皆疲れてるみたいだし労いに」

 

 その言葉に、不思議そうに首を傾げる猫宮。

 

「か、彼女たちは宣伝部隊の一員なんですよ! だからちゃんと取材を受けてもらわないと!」

 

「疲労で指揮が鈍ったら取材どころじゃないんだけど。後から出来るんだから、今は休ませてよ」

 

「いえ、こういう情報は鮮度が!」

 

 尚も言い募ろうとするキャスターに、スタッフの一人が慌てて駆け寄って猫宮のことを説明する。

 

「ま、まずいよ、あの人、士魂号のエースの猫宮さんだよ!」

 

 そう言われ、さっと顔を青くするキャスター。猫宮は自分の体を見下ろすと、そういえば勲章付けてなかったっけと肩をすくめた。

 

「し、ししし、失礼しました! ね、猫宮さんはこの戦いをどう思われるでしょうか!?」

 

 慌てて言い繕うキャスターが、マイクを向けてくる。それにため息一つつくと、テレビクルーたちを睨みつける。

 

「こっちは今までずっと幻獣と殺し合ってたんだけど。で、今はその合間の貴重な休憩時間。そういう取材は後からやるから今は休ませて」

 

 低い声でそう言うと、ひっと後ずさるクルーたち。そのまま、失礼しましたと言ってすごすごと引き下がっていく。

 やれやれと猫宮が苦笑すると、まほと凛から声をかけられた。

 

「どうもありがとうございます」

 

「助かりましたわ」

 

「こういうときに憎まれ役は必要だしね。皆お疲れ様。今だけでもゆっくり休んでて」

 

 猫宮がそう言うと、『はいっ!』と返事が重なり皆座り込む。プロパガンダ部隊だけあり、後ろにだらしない姿は見せられなかったようだ。

 

 

「……みんな大丈夫?」

 

 猫宮も座り込みながら、二人に問う。

 

「私たちは、比較的後方に居たのでそこまでは。ひやりとする場面もありましたが……」

 

 何度か近寄られて、直射を叩き込むことも一度や二度では無かった自走砲小隊である。それでも、黒森峰に比べれば遥かにマシではあった。

 

「我々は疲労がかなり見られます。やはり小型幻獣の浸透が……」

 

「だよね」

 

 顔を曇らせるまほに、ため息をつく猫宮。密かに、九州から撤退したら絶対90式を主力にしようと決意していた。

 

「……それと、みほが負傷を……」

 

「重症……じゃ無いよね?」

 

「はい。しかし、今はエリカに連れられて野戦病院に行っています」

 

「そっか……」

 

 どうやら機銃座についたときに飛んできたトマホークにより負傷したらしい。現代のリモートコントロール機銃も恋しくなった。

 

(……これも改良点だけど……予算足りるかな……)

 

 険しい顔をする猫宮に、顔を見合わせる二人。どちらともなく頷くと、ぽふっと横に寝かせる。突然横にさせられ、見上げると二人から心配そうな顔で見下される。

 

「色々と心配するのもいいですが、猫宮さんこそ少し休憩をするべきですわ」

 

「ええ、また倒れられても困ります」

 

 そう言われると、お手上げである。目を閉じて、思考や脳機能を一時低下させる。それでも、戦場の気配が5感を通して伝わってきてしまうのだが、無理やり忘れる。

 ゆったりとした空気に身を任せ、しばらく横になっていると、端末に通信が入った。

 

「猫宮君、色々とかっぱらってきたで~! 黒森峰さんや聖グロリアーナの皆さんも集めてや!」

 

「了解、何を手に入れてきた?」

 

「アンパンメロンパンチョコパンにジュースに、色々と有るで! 無くなる前にはよ呼んでな!」

 

「オッケー、それじゃありがと!」

 

 そう言うと、起き上がって皆の方を向いて声をかける。

 

「色々と物資補給してきたみたいだよ! 菓子パンお菓子にジュースに色々と! 無くなる前に行こう!」

 

 そう言うと、皆が笑顔になって『はいっ!』と駆け出していった。そして、その光景を優しく見守りながら、猫宮、まほ、凛は後へと続いていった。

 

 

 

 

 

 

『ソックスハンターは永遠に!』

 

 

 タイガーは整備テントの片隅でひっそりと、黒光りするものを持っていた。そして、その顔には決意と、どこから晴れ晴れとした顔が浮かんでいた。

 

「さて……」

 

 と黒光りするものを持ち上げるタイガー。いざ、使おうとして――

 

「な、なにしとるばい、タイガー!?」

 

 それを見たバトラーが、慌てて止めに駆け寄る。

 

「いえ、これはやらなければならないのですよ、バトラー」

 

「何をバカなことを言っちょる!?」

 

 見れば、どれもタイガーが大事にしていた数々のソックス達である。

 

「いえ、それを止めてはいけません、バトラー」

 

「バット!?」

 

 突如のバットの登場に驚くバトラー。そして、それを見て寂しく笑うタイガー。

 

「……気がついていたのか、バット」

 

「ええ。近頃、本物以上のグレードを持つレプリカが出回っているので調査していました。本来なら貴方を告発しなければならない所でしたが……もうその必要はないようですね」

 

 バットはタイガーの顔を見た。今までの、外面を気にしていて何もできなかったハンターではない。真のハンターとしての顔がそこにはあった。

 

「ああ、もうこんな、自分を偽る事は止めにしたんだ……」

 

 そう言うと、タイガーは黒光りする大きなハサミで、手に持っていたレプリカたちをジョキジョキと切り裂いていく。純白の美しい、しかし偽りのソックス達がはらりはらりと散っていく。

 

「……すまん、タイガー。俺はお前の悩みに気がつけんかったばい……」

 

「いや、謝るのは私の方だ。こんなレプリカを、仲間内に持ち込むなど……」

 

首を振るタイガー。そこに、バットが近づく。

 

「しかし、タイガー。貴方に一体何があったのですか?」

 

「……これだ」

 

 タイガーは、懐から1足のソックスを取り出す。

 

「こ、これは……」 「おおおおおおっ!」

 

 食いつく二人。とても見覚えのあるソックスだった。

 

「はい、彼女のものです」

 

 純白であり、あちこちに接ぎがあり、しかも左のソックスには親指の部分に穴があった。しかし、丁重に扱われたその様子から人柄がありありと思い知れる。間違いなく、田辺のソックスだった。

 

「私は、彼女と話し生き方を悟りました。明日はいい日だ。そして、その良い日はきっと偽りの行為では手にはいらないのだと……」

 

『タイガー……』

 

 その、全てを受け入れたような笑みに、二人はなんとも言えず名前を呼んだ。

 

「レプリカも全て責任を持って回収します。今日から、また1からやり直しです」

 

「ああ、過ちがあってもやり直せる、そしてソックスハンター界にタイガーの名を轟かすばい!」

 

「ふふふふふ、バトラーも100万年に1度位は良い事をいいますね。しかし感動しました、私も貴方の再起に協力しますゥ!」

 

 こうして3人の趣味仲間は、整備テントの片隅で人目をはばかりながら、しかし暑っ苦しく手を取り合った。ソックスハンターの友情は、硬い。

 

「……ところで、協力する代わりに片っぽだけでも俺に……」

 

「ノオオオオオッ!それは私に是非いいいいいっ!」

 

「ふざけるなっ! どちらも私のものだっ!」

 

 そう言うと懐に手をやり以下略。

 ソックスハンターの友情は、脆い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スランプ状態でも何故か筆が乗るソックスハンター編。……何故だ!?


実家に帰省した時近所の大きめのブックオフでガンパレード・マーチTRPGのリプレイやらオーケストラの攻略本を発見し思わず購入。PS2,まだ動くかな……?

それはそれとしてTRPGリプレイの兵器にまさかの戦艦大和を発見する。……え、使えるの?これ……!?


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決戦――何処かの誰かの未来の為に

 4月24日12時30分、小康状態を保っていた戦線に動きがあった。北の植木方面の砲撃が勢いを増し、熊本大学ポイントの陣地が火を吹きはじめた。

 

 今度の諸兵科連合の役割は、陣地の全面、少なくとも1Km圏内で敵を迎え撃つことだ。前進防御をした時の陣地への帰還の難しさに、善行は更に石橋を叩くことにしたのだ。何しろ、陣地までの500mを進むのに5分はかかった。

 それに、他の陣地とはそこそこの連携でも、この集団の戦力ならば問題ないとの判断も有る。

 

 砲撃音を合図とするかのように、陣地に待機していた5121、黒森峰、聖グロリアーナの搭乗員達は各々のビークルを起動させる。

 

「全機全車両、出撃します」

 

 善行の命令一下、1番機から順に整備テントを後にした。

 

 整備班陣地の出入り口付近では、各整備班の面々が、並んで見送ってくれた。また、整備テントを警備することになった歩兵たちも、一緒に並んでいる。

 

「壬生屋ぁ! 無茶すんなよ!」

 

「滝川! 何時も通りやってこい!」

 

「速水くん、芝村さん、ファイトです。がんばってくださいね」

 

「さっさと敵ばやっつけて、祝勝会をやるばい」

 

「猫宮君、頑張ってや! けど、無理しちゃあかんよ!」

 

「西住隊長! ご無事で!」

 

「田尻隊長! 皆で待ってますからね~!」

 

 今朝出撃したときとは、雰囲気が違うなと、速水は思った。皆、自分の言葉で、声を限りに声援を送ってくれている。どこか、たくましくなったようだ。

 

「ははっ、みんな苦労したみたいだね」

 

「うん」

 

 猫宮の言葉に、速水は頷いた。皆の声援が、心地よく響く。よせばいいのに、下手な敬礼を送ってくるものも居た。

 

 そんな光景を見て、速水は芝村とともに改めて戦闘への決意を固くする。速水の過去も何も関係なく、芝村は今の速水を受け入れていた。

 

 

 猫宮にとっても、ここまで変わりきっている状況で先の予測はできない。共生派だけは何とか防いでいるが、他は各々が全力を尽くすしか無い。

 そんなことを考えていると、瀬戸口から通信が入る。

 

「さて、さっそくだがお客さんがやってきた。敵の戦力はミノタウロス15、ゴブリンリーダーをはじめ小型幻獣が300ってところだ。北側陣地より1Km圏内で迎え撃つ。何時も通り中型を最優先に――」

 

「いや、士魂号は腕のサブウェポンで小型の集団を見つけたらガンガン狩っていきましょう。陣地が近いから、弾薬の補充も楽ですし」

 

「……やはりL型には辛いですか?」

 

「ええ、少しでも数を減らしておかないと辛いです」

 

「了解、ではそのようにお願いします」

 

 中型最優先の指示に、猫宮が異を唱えた。装輪戦車にとって、小型の浸透は脅威であった。

 

「ありがとうございます。こちらも助かります」と、まほからも通信が入った。

 

 

「と、そんなわけだ。じゃあみんなそれなりに宜しく」

 

「ええ、参ります!」

 

 瀬戸口の声に、壬生屋が続いた。そして、1番機の突撃。先頭のミノタウロスに突進し一刀のもとに斬り捨てた。返す刃で更に1体、その間僅か5,6秒の事である。

 

「それじゃ、続くよっ!」

 

 猫宮がそう言うと、ビルの合間からビルの合間へ走り、そしてビルを踏み台にして跳躍。1番機を見ていたミノタウロスの後ろに着地し胴を貫き、更に片手のジャイアントアサルトを生体ミサイルを発射寸前のミノタウロスの腹に叩き込んだ。瞬く間に4体のミノタウロスが撃破される。

 

「各車両、自由射撃」

 

 そこへ、まほからの命令が下る。慣れたように半包囲からの連続した射撃。次々とミノタウロスが撃破されていく。

 

「ふむ、ミサイルの出番は無いな」

 

「そうだね」

 

 芝村は器用にジャイアントアサルトと40mmグレネードをそれぞれの目標にロックし、中型と小型を撃ち分けていた。横では2番機が動き回り、小型の集団にサブウェポンをばらまいてL型を守っていた。

 

「て、敵が撤退をはじめました!」

 

 ある程度撃破したところで、武部からの通信が入る。

 

「へへっ、もう逃げ出しやがったか」

 

「この状況で逃げる? ……まあ罠だよね」

 

「げっ、マジかよ」

 

 調子に乗ろうとした滝川に、猫宮が釘を刺す。

 

「ふむ、そのまま橋を渡っていたらそなた、囲まれていたぞ」

 

「うっへ~……危なかった……」

 

「じゃあ、ミサイルまだ使ってないし、逆にその罠食い破ってやろうよ舞」

 

「ふむ、それも手だな」

 

 そして、そんな罠があると分かれば逆手にも取れる。ミサイルを使えば、かなりの戦果が上げられる場面だ。

 

「あ、それ良いですね!」

 

 壬生屋もそれに賛同した。

 

「それじゃ、1、4、3番機の順で突撃、そしてミサイルだね。他の皆さん援護宜しく!」

 

『了解』

 

 猫宮の言葉を合図に、一斉に移動する。

 

「では、まずは私達からですわね」

 

 凛の命令で、待ち伏せ地点に砲撃が降り注いだ。それにより追い立てられるように、影から姿を見せる幻獣たち。

 

「参ります!」

 

 そこへ、橋を渡った1番機がすかさず突っ込み、ミノタウロスを斬り裂いた。

 

「まだまだいくよ~!」

 

 更に4番機が続き、キメラの目玉をジャイアントアサルトで撃ち抜いた。幻獣たちの視線が、1、4番機へと集中する。

 

「ははっ、罠にかかったのはそっちだ!」

 

 そこへ、3番機が突入。家を飛び越え幻獣の中央へ躍り出て、芝村が凄まじい速さで次々とロック、ジャベリンミサイルを発射した。ミノタウロス、ゴルゴーン、キメラ、ナーガなどの中型に、寸分違わず突き刺さるミサイル群。幻獣の包囲は、あっという間に消滅した。残った少数は、川向うのL型からの集中砲火で倒れ伏す。

 

 

「ご苦労様。とりあえず第一波は片付いたようだ。補給はこまめにやっとこう」

 

 瀬戸口の声が、コックピットに響き渡った。

 

 

 

 12時30分から出撃してから、もう3度程補給のための帰還を繰り返していた。1度1度の出撃で士魂号が弾薬を使いまくるので、L型への負担は明らかに少なくなっていた。更に、帰還する毎に陣地付近の小型も掃除できていたので、陣地の負担も少なくなっていた。

 

 熊本城付近は、今のところ順調である。しかし、外郭の方に有る陣地は確実に敵を減らしつつも、ゆっくりと防衛戦力が削られ続けていった。

 幾つかの陣地は更に後ろに交代しながら粘っているところもあるが、沈黙する陣地も増えてきた。

 

「まずいな、熊本大ポイントにスキュラ4、ミノタウロス10、ゴルゴーン7が接近中」

 

「くっ、こんな時にか!」芝村が歯噛みする。

 

 熊本城陣地前で戦闘中に、焦り気味の声の瀬戸口からの通信が割り込んできた。

 空中要塞のスキュラを囲む、ミノタウロスの群れ。このフォーメーションは幻獣側の黄金パターンとも言える陣形で、人類側は散々に苦戦し続けてきた。戦車随伴歩兵では歯が立たず、装輪式戦車でもアウトレンジから叩かれる。これを撃破するには待ち伏せか、犠牲を顧みずの肉薄しか無い。

 

「回せる戦力は……」

 

 善行がしばし迷う。熊本大ポイントが落ちると、東からの敵も戦力そのままに殺到してくることになるが、万が一ここが抜かれると補給そのものが出来なくなる。

 

「はいはい、自分が行きます!」

 

 迷う善行に、猫宮からの通信が入る。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫も何も、行かないと相当まずいですよね!」

 

「……その通りです、お願いします」

 

 送れるのは士魂号1機だが、猫宮の戦術はその戦域そのものの戦力を活性化させる戦い方だ。それに、この地点は3機の士魂号と9輛のL型ならどうとでも出来る。

 

「じゃ、ちょっと救援に行ってくる! 凛さん、砲撃援護宜しく!」

 

「ええ、お任せを」

 

 猫宮はそう言いながら、東へと駆け抜けていった。

 

 

 熊本大ポイントに、スキュラを中核とした幻獣の群れが迫っていた。この数のスキュラが相手だと、40mm機関砲も1機1機狙撃されて沈黙させられてしまう。

 

「ったく、零式早く配備されて欲しいよ……こちら5121小隊4番機! スモークを使った後敵を引っ掻き回します! スキュラはこっちでやるから皆さんは地上のを!」

 

 通信を入れると、程なくして『了解』と返信が来る。それを確認すると猫宮は92mmライフルに煙幕弾を装填、陣地とスキュラの間にスモークを撒き散らす。発射後即ジャイアントアサルトと超硬度大太刀に切り替え、突撃する猫宮。

 

「砲撃要請、 0670 0350 12秒後、2412 8834 」

 

 突撃しながら、音声認識により自走砲小隊へと砲撃要請を支援する。

 スモークと幻獣の真っ只中をすり抜けながら突撃し、1体のスキュラの下へ潜り込み、ビルを足場にジャンプ、柔らかい腹を縦に切り裂きながら着地した。そして即、その直ぐ側に居たもう1体のスキュラの腹にジャイアントアサルトを斉射した。そして、爆発。

 

 スモークが炎と発砲音で彩られる中、ミノタウロスが突撃してくる。

 

「弾着まで5、4、3……今です」

 

 そこに、自走砲小隊からの砲撃がミノタウロスを囲むように着弾した。重症を負い、周囲の小型が消し飛ぶ。そこへ、4番機がトドメの1斉射。強酸性の体液を撒き散らしながら、爆発した。

 

 スモークから抜け出した1体のミノタウロスは、陣地からの砲弾とレーザーの集中砲火であっという間に倒れ伏す。

 

 地上で射撃している4番機に、スキュラが狙いを定めるが、すぐに移動する上、レーザーが屈折するので当たらない。そして、そのレーザー光の発射元にまた20mm弾が吸い込まれた。炎上し墜落するスキュラに、真下に居たキメラや小型幻獣が巻き込まれる。

 

「砲撃要請、5742 2036」

 

「弾着まで5、4、3……今!」

 

 猫宮と最後のスキュラの間に、砲撃が降り注いだ。ナーガやゴルゴーンが、その砲撃に巻き込まれて生命活動を止める。

 そして、その幻獣の死骸で出来た道を4番機が駆け抜けて、スキュラの下に潜り込みジャイアントアサルトを腹に叩き込んだ。

 

「砲撃要請、1840 9924」

 

 炎上するスキュラに目もくれずに4番機は踵を返し、ゴルゴーンの砲列に突撃する。向かう途中に居たキメラやナーガには40mmグレネードを直撃させつつ、1体のゴルゴーンを斬り裂き、更に1体の背中の生体ミサイルに、ジャイアントアサルトを当てて誘爆させる。

 

「弾着まで5、4、3……着弾!」

 

 現時点の猫宮から最も遠い位置に居たゴルゴーン2体が、砲撃に巻き込まれ、倒れる。

 猫宮が奥の方へ突撃したことにより、スモークの中に、陣地からの砲撃が激しく降り注いだ。次々と傷ついていく中の中型達。そして、猫宮はスモークの外からサーマルセンサーを使い、適度に間引きをしていく。間引きから残った幻獣は、スモークから顔を出した端から直接照準の砲撃の餌食になっていった。

 

「弾着まで5、4、3……弾着です」

 

 間引きをしている横、砲撃を行おうとしたゴルゴーン付近に着弾、内1発が直撃し撃破。

 スモークが晴れることには、幻獣は殆ど残っていなかった。

 

「救援感謝する。流石はトップエースだな。見ていて胸が熱くなったよ」

 

 残敵を掃討した猫宮に熊本大ポイントの指揮官から通信が入った。

 

「どういたしまして。また危なくなったらできるだけはやく来ますから!」

 

「ああ、感謝する。そちらも幸運を」

 

 こうして、猫宮はまた本隊の元へと戻っていった。

 

 

 

 

「熊本大ポイント安定……とりあえず一息つけますね」

 

「ええ」

 

 瀬戸口の言葉に、善行が頷く。スキュラは幻獣側の死神とでも言うべき個体だ。それを今までの兵器で倒すのには相応の犠牲を覚悟する必要があるが、3・4番機はそのスキュラをほぼ単独で狙って狩れる。おまけに、地形の影響が少なく、瓦礫の街だろうと突き進める。指揮官としては本当に使い勝手の良いユニットであった。

 

「……しかし、それだけに陣地から遠くに展開できないのが悩ましい」

 

 植木陣地までは直線距離だけでも9キロは有る。そこまで遠くで被弾してしまうと、リカバーが非常に難しい。それに3・4番機の2機を遠くにやると今度は囮が1番機だけになり小型の殲滅効率も落ちるので、本隊のリスクが高まる。

 

 善行がそう思案していると、4番機が熊本大ポイントをすり抜けていた細かいのを掃除しつつ戻ってきた。

 

 

 

「ただいま戻りましたっ!」

 

「ご苦労様です、弾薬を消耗したでしょうしまた補給へ戻って下さい」

 

「了解です、じゃ、みんなすぐ戻ってくるから!」

 

 4番機を補給へ戻す善行。と、そこへまた瀬戸口からの報告が重なる。

 

「北側よりスキュラ6、ミノタウロス12、ゴルゴーン10を中心とした部隊、そして東からスキュラ5、ミノタウロス9、ゴルゴーン5の部隊が接近中……くそっ」

 

 思わず、悪態をつく瀬戸口。

 

「……猫宮君、もう一度お願いできますか?」

 

「ええ、何度でも!」

 

 補給中の4番機の中から、返事が聞こえた。それに頷きつつ、善行はまたタクティカルスクリーンに目をやった。包囲が完了するまで生き延びれば人類の勝ちだが……どこまで粘ればいいかまだ、見当がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 戦艦大和、きちんとデータとして存在しています。更に近代化改修もされていて、46cm砲を筆頭に200発以上の対空ミサイルに大小様々な機銃に副砲ともうとんでもない性能です。更にアメリカから提供された随伴艦もあります。……い、いつか使いたい……!


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決戦――今ここにいる戦友の為に

 マーフィーの法則によれば、悪くなる可能性のあることは必ず悪化するらしい。それを、善行は今思い出していた。

 

 

「1号車、被弾! 自走不能です!」

 

「搭乗員は!?」

 

「だ、大丈夫です、死者は居ないようです!」 

 

 武部の悲痛な報告が響く。

 戦闘からはや3時間、幾ら何度か休憩を挟んでいるとは言えこの限りない幻獣の群れに、全員が疲弊していた。そして、よりによって自走不能になった車輌は隊長機のものであった。

 

 

「3番機、救助に向かう!」

 

 近場に居た3番機が援護に入ろうと、1号車の側に居たナーガにジャイアントアサルトを撃つ。2射目を撃とうとしていたナーガの体が粉砕され、体液があたりに飛び散った。

 

「1号車、周囲に小型がまだ居る! 掃除してから出てきて!」

 

 そう拡声器で速水が呼びかけると、多目的結晶の短距離通信で『了解!』との返事が来た。どうやら、車輌の無線機もやられたようだ。

 

「奴らは全員車輌の中だな、よし、グレネードで一掃する」

 

 そう言うと芝村はは右腕の40mmグレネードをL型周囲に向けて発射した。被弾箇所の付近は避けたが、それ以外の広範囲を蹂躙する。残った細かいのは、ガトリングの方で片付けた。

 

「周囲のは片付けたよ、急いで!」

 

 速水の声に、了解との返事が帰ると、ハッチが開き中から搭乗員が這い出してきた。ひとり、ふたり……しかし、3人目が遅い。見ると、先に出た一人がハッチの上で、更に下からまほが一人を押し上げていた。もう一人は周囲を警戒している。どうやら、怪我をしたようだ。

 

「一人、足を負傷している!」

 

「くっ、こんな時にか……滝川、運べるか!?」

 

「おわっ!? ま、待ってくれ、今は無理!」

 

 芝村の言葉に滝川はネガティブな返答を返した。3番機が救助に動いた今、滝川は全速力で2番機を動かし、地形を盾にしながら何とか囮役を務めていた。

 

「滝川、変わるから運ぶのをお願い!」 

 

「了解!」

 

 速水が1号車の周囲を警戒しながら言うと、滝川も了承した。

 

 陣地までの距離は約700m、ウォードレスで走れば2分も有ればたどり着ける距離だが、戦場で一人を運びながらではその距離が絶望的に遠い。滝川と交代しようとした時、また予想外の事態が起きた。

 

 まほの指揮の不在と、戦力の低下により1体のミノタウロスを撃ち漏らした第1小隊。1号車と3番機に向け、突進を仕掛けてきた。

 

「っ!」

 

 芝村がジャイアントアサルトを打ち込むが、両手で腹と頭を隠したミノタウロスは止まらない。そう判断した速水は、1号車の前に立つと盾になるべく立ち塞がった。

 振り上げた豪腕を躱しつつ、腹に渾身のパンチを叩き込んだ。

 爆発し、至近距離で強酸性の体液を浴びる3号機。パンチを叩き込んだ右手が吹き飛んでいた。

 

「3番機、右腕消失――大破!」

 

 出た被害報告に、更に衝撃が走った。

 

「おいっ!? 速水っ!? 芝村っ!?」

 

「芝村さんっ、速水さんっ! 無事ですかっ!?」

 

 滝川と壬生屋が叫んだ。

 

 

「くっ……残存部隊は、1号車及び3番機搭乗員の生存を最優先に!」

 

 そう、善行が命令を下す。ここで中核の人員を失うわけには行かなかった。

 

「猫宮君、そちらの状況は!?」

 

「ただいまスキュラの真下で射撃中! 今抜けたらこの陣地落ちます!」

 

「わかりました。なるべく早く戻ってきて下さい」

 

「了解です!」

 

 また熊本大ポイントにやっていた猫宮にも通信を入れたが、そちらも手が放せないようだ。悪いことに悪いことが重なる――戦場で起きる最悪のパターンに、善行の頭脳がフル回転していた。

 

 士魂号もL型もそれぞれが囮として入れ替わり、敵の進行を食い止めていた。ただでさえ猛攻を受けているのに、主力がそれぞれ落ちていて、余裕がなかった。他の陣地からの砲撃も、朝から比べて頻度が落ちている。整備陣地から呼ぶにも、車輌がなくて遠い。一体、どうすれば――

 

 そう善行が思考の底に陥ってると、驚いた瀬戸口の声がした。

 

「ばっ!? お、お前ら!? 一体何やってんだ!?」

 

「もちろん、ダチを助けに行くに決まってんだろ!」

 

「危険過ぎるぞ、引き返せ!」

 

 瀬戸口が、珍しく声を荒げて言い合っている。

 

「一体どうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたも、田代や遠坂が軽トラで乗り付けようとしてるんですよ!」

 

「それは……」

 

 思わず問うた善行が、絶句した。こんな戦場に軽トラで乗り付けるなど、正気の沙汰ではない。自衛軍ならば禁固刑すらがありうる。

 

「危険です、今すぐ戻って下さい」 と、善行も瀬戸口に続いて言う。

 

「危険も何も、ここは戦場、何処へ居ても危険でしょう。それに、彼らが戦えなくなればどのみち私達も危なくなります」

 

 そこに、遠坂の柔らかな声も入る。その通信に「おらおらっ!退きやがれ!」という田代の怒鳴り声と銃声がするに、トラックから銃撃しているようだ。

 

「ウチらも、パイロットの皆の役に立ちたいんや!」と、加藤の声までしてきた。

 

 呆気に取られつつも問答しているうちに、軽トラが1号車と3番機の地点までやってきてしまった。まほを含めた搭乗員達も、皆呆気に取られた。

 

「ほらっ! とっとと怪我人乗っけな!」

 

「あ、ああ、分かった、感謝する!」

 

 そう言うと、3人は負傷した一人をトラックの荷台に運び入れた。

 

「ああ、これは痛いやろな……ちょっと待ってや」

 

 と、加藤が運転席から降りて、ポーチからモルヒネを取り出してぶっかけた。

 

「っ~~~~~! あ、ありがとう……」

 

「どういたしまして、や!」

 

 

 一方、田代と遠坂は歪んだコックピットをこじ開けようとしていた。

 

「おい、なんとかなるか……?」

 

「ええ、任せて下さい」

 

 遠坂が整備のスキルとウォードレスの怪力を活かして、外からこじ開けた。開くと、中に居た芝村と速水が驚愕した。

 

「なっ!? そ、そなたらは何をしているのだ!?」

 

「ど、どうしてここに!?」

 

 居るはずのない人間に呆気にとられる二人。その様子に、田代は笑い飛ばして遠坂は微笑んだ。

 

「何をって、ダチを助けに来たに決まってんだろ?」

 

「ええ、お忙しい様なので僭越ながら救助に参りました」

 

 そう言いつつ、芝村と速水を引っ張り出す二人。見下ろすと、吹けば飛ぶような軽トラが見えた。運転席には加藤が、周囲では1号車の搭乗員3人がサブマシンガンを手に警戒していた。時折発砲もしている。

 

 

「……たわけ、たわけめ!」

 

 急いで軽トラに向かいつつ、芝村がそう叫んだ。

 

「ああん? 何がたわけ何だよ?」

 

 それを確認すると周囲を警戒していた3人も荷台へ飛び乗る。

 

「この素人共め……! この行為が、どれほど馬鹿なことだと思っている。こんな、その場の思いつきで、この……!」

 

 田代は助手席に、遠坂は荷台に飛び乗って自分用のライフルを構えて位置につく。

 

「よし、全員乗ったな、発車するで!」 と、加藤がアクセルを吹かした。

 

 砲弾も強酸もハンドアックスもレーザーも飛び交うような戦場で、1台の軽トラが陣地へ向かって走り出す。

 

「5・6号車、軽トラから目をそらすように展開。この車輌は敵前を全速で駆け抜ける」

 

 それに、即座にエリカが援護を入れた。多数の味方に守られ、撤退していく。

 軽トラでは、振動に揺られながら芝村が何か言いたそうな顔をしていた。だが、少しして意を決したように話しだした。

 

「あ~、なんだ、そなたらに感謝を」

 

「うん、ありがとう」

 

 芝村に合わせて、速水も礼を言う。

 

「こちらもだ、本当に助かった。ありがとう」

 

 まほも、搭乗員たちもそれに続いた。

 

「何、気にするなって、お前も俺を助けてくれたじゃねえか」

 

「我々は戦友、一蓮托生です」

 

「特急料金で500円や!」

 

 救助に来た3人が、笑いながら言う。

 

「むっ、い、今は持ち合わせが……」

 

「あはは、冗談やで、芝村さん」

 

 生真面目に対応しようとした芝村に、加藤がケラケラと笑う。

 

「むっ、そうか……」

 

 そう言われ、サブマシンガンを手に周囲を見渡す芝村。辺りは瓦礫とかした建物だらけだった。そして、ポツリと呟く。

 

「正直に言えば、敗北感すら抱いた」

 

「敗北感?」

 

 芝村の口からめったに出ない単語に、首をかしげる一同。

 

「こんな、吹けば飛ぶような車輌で戦場の只中に乗り付けるなど……考えられぬたわけだ。……わたしはこの部隊に居てよかった」

 

 どうやら、感動しているらしい。

 

「ははっ、俺もだよ」

 

 そんな芝村に、田代が笑いかけるのだった。

 

 

 

 拠点へ戻ると、すぐさまに代替え機がそれぞれに渡された。1号車の負傷者は治療のために陣地の安全な位置に移され、代わりの人員は整備員の中でも訓練中に優秀な成績を収めていた者が代わりに配置された。

 

 合流のために、やや戦線を下げていた本隊と合流する。4番機も戻り、ようやく本来の体制へと戻れた。

 

 

 

 16時00分、殆どの拠点が傷つき、もはやスキュラにまともに対応できるのはほぼ5121の士魂号だけとなっていた。

 その中でも単独でスキュラを狩れる3・4番機は、地上の中型を殆ど他に任せ徹底的に空の敵を狙っていた。

 スモークも頻繁に使えない以上、スキュラの居る戦域にL型を長居させることは非常に危険だった。そして、他の拠点はスキュラをほぼ素通しさせていた。

 

 

 

 3番機は、瓦礫に隠れていた。その上を、スキュラが通過しようとしていた。規模はスキュラが2、他の中型が10程で、ミサイルを使う程ではない。

 

「ロック、ファイア」

 

 2番目のスキュラが通過したところを、真下から3番機は狙い撃った。弱点を撃たれて、傷つき血を流し、やがて墜落していく。付近の幻獣が、一斉に気がついた。

 

「ははっ、今頃気がついても遅いよ」

 

 速水は瓦礫の影から更に別の影へ移動しつつ、芝村がもう1体のスキュラにジャイアントアサルトを叩き込む。炎上するスキュラを背に、残る幻獣から逃げ出した。

 

「よし、各車輌前進。横合いから叩く。紅陵の為の獲物も残しておけ」

 

「孤立したのなら、行けます!」

 

 そこへ、遠くに隠れていた第1小隊、そして徹底的な隠蔽をしていた紅陵女子αのモコス、自走砲が狙撃、数を減らして撤退を援護する。

 

 あちこちの陣地が破られそうな今、各機各車輌とも、それぞれ細かく別れてあちこちを援護し続けていた。

 もう無理だと判断された陣地には撤退支援に赴き、中型を陣地と連携して狩り続ける。

 

 

 2番機は、また陥落寸前の陣地の前に居た。両手に抱えたバズーカで、まずは1体、ゴルゴーンを狙い狙撃――ほんの少し狙いがずれ、危うく外れるところだった。

 

「っとと……やべぇな……」

 

 首を振って深呼吸し、呼吸を整える滝川。92mmなら兎も角、バズーカを外す訳にはいかない。少しボーっとする頭でそう思うと、もう1発をまたゴルゴーンに叩き込んだ。

 

「うっし、ゴルゴーン撃破です」

 

「了解です。皆さん、それぞれ広がって展開、中型の目をそらして下さい」

 

 滝川の合図に、みほが頷いた。

 

 歩兵を撤退させるときは、ミノタウロスよりもむしろ広範囲を爆撃できるゴルゴーンが怖い。なので滝川は予めゴルゴーンを撃破し、それからミノタウロスを料理しようとしていた。

 

 鼻先を引っ掻き回され、体を横にしたミノタウロスに、滝川は92mmライフルの弾を叩き込む。

 

「うっし、命中! ほら、そこの陣地のみなさん、とっとと他へ逃げ込んでください!」

 

 拡声器からそう声を出すと、わらわらと撤退していく歩兵達。それに追いすがろうとする小型に、2番機はグレネード弾とガトリング弾を叩き込む。中型は、第3小隊が抑えていた。乱戦の中、何手先を読んだかのような配置をみほが指示し、時々2番機が援護しつつ、次々と敵を屠っていく。

 

「くそっ、狭まってきたな……」

 

 外郭の陣地から、どんどん陥落していく。戦場がだんだんと熊本城に近くなっていくことに、滝川は焦りを感じ始めていた。

 

 

 ある意味、最も多くの敵を相手にしているのは1番機と第2小隊だった。航空ユニットは、周りに散らばっている他の機体が最優先で叩き落としている。なので、必然的に壬生屋は地上ユニットを徹底的に叩いていた。

 

「壬生屋、背後にミノタウロスが3体、射撃体勢に入った」

 

 瀬戸口の声に導かれるままに反応して振り向き、敵に必殺の剣を叩きつける。まるで、すぐ後ろにいて、逐一導かれているような親しさを感じていた。

 

 そして、敵がぼんやりと突っ立っているように見えた。敵がやけに鈍い。右手の敵が120mm砲を3発受け沈黙する。壬生屋は1番機を跳躍させると、敵の背後に降り立ち、2刀の大太刀で一呼吸のもとに屠る。

 

「お見事です」

 

「ああ、見事だ。今更ながら、今日の壬生屋にはゾッとするよ」

 

 エリカと瀬戸口の賞賛に、首をかしげる壬生屋。

 

「ぞっと……ですか?」

 

「剣が冴えている。今のおまえさんには敵がカカシのようにみえるはずだ」

 

 軽口を叩きながら、瀬戸口は壬生屋の疲労度を図っていた。色々と話す限り、相当に疲れているが、感覚だけが研ぎ澄まされている。このギャップが怖かった。

 

「どうだ、疲れてきたか? 本当のことを言ってくれ」

 

「……多少は。けれどあと少しで極意に近づけそうなんです。その……ミノタウロス斬りの。あと30分は大丈夫ですわ」

 

「30分……」

 

 会話により、壬生屋の危うさを感じ取る瀬戸口。

 

「……こちら第2小隊、こちらは弾薬がそろそろ心もとなくなってきました。壬生屋さん、補給の護衛をお願いできますか?」

 

「あっ……は、はい! 了解です!」

 

 心配していた所に、エリカが合わせてくれた。

 

「ああ、そうだな。壬生屋、護衛を頼む。そして、補給中は休憩をすること」

 

「そ、そんなわたくしは!」

 

「たのむ、聞いてくれ」

 

 普段とは違う、瀬戸口の真摯な声に言葉に詰まる壬生屋。

 

「……分かりました」

 

 そう言うと、通信が切れる。瀬戸口は息を吐くと、エリカに通信を入れた。

 

「どうも、感謝します」

 

「いえ、こちらの弾薬と疲労も心配だったのは本当です」

 

 それでも瀬戸口は、この少女の心遣いに感謝した。

 

「ああ、そうだな……各小隊、機体共に疲労が見れる。何とかなってるのは戦い方を合わせている3番機と、相変わらず元気な4番機くらいだ。ひとまず、ゆっくり休んでくれ」

 

「ええ、了解です」

 

 そう言うと、通信が切れる。

 

「やはり、そろそろ限界のようでしたね……エリカさんもよく見てくれています」

 

「本当ですね、とりあえずほんの少しでも休ませないと」

 

 善行の言葉に、瀬戸口は頷いた。パイロットに関しては、指揮官は繊細すぎるほど繊細に扱うべきだと善行は思っていた。精神と肉体の乖離は、自分からだと中々に気が付けない。

 

「しかし、帰る際に陣地前の敵を少し掃除ですね」

 

「それくらいならまあ、大丈夫でしょう」 

 

 この帰り際の掃除でまた、陣地も一息つけるはずだ。

 

 整備陣地にも、チラホラと中型が迫るようになっていた。今のところ来須のレーザーライフルや25mm砲で何とかなっているが、何時破られるかもわからない。善行は、陣地に通信を入れる。

 

「あっ、司令、何か御用ですか?」通信に出たのは新井木だった。

 

「ああ新井木さん、来須君をこっそり呼んでください。」

 

「来須先輩ですね! はーい!」

 

 震える声で、しかしなお元気よく返事をした新井木が、来須を呼びに行ったようだ。程なくして、来須から通信が入る。

 

「俺だ」

 

「時間がないので率直に言います。以後、生き延びることを優先して考えて下さい。退却の可否、方法についてはあなたに一任します」

 

「……わかった」

 

 来須は低いが、はっきりとした声で請け合った。

 

 これで、大丈夫だ。そう善行は後方に残してきた整備員たちと、一人の女性のことを思い、大きくため息を吐いた。

 

 決戦が、終局に向かっていた。




 やはり大和は調べれば調べるほどロマンですねえ……。でも、二次創作だしロマンに憧れても良いかな……


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決戦――死ぬ運命だった者たちの為に

致命的な誤字ががががが……あ、あれ、何でこんな自分でも訳の分からないミスを……
本当に申し訳ございません……orzお気に入りのキャラでやらかすとか悩みすぎて頭ぼーっとしすぎたか……普段アンチョビとかドゥーチェとしか呼んでないからか……orz


「そろそろか……」

 

 猫宮はもう何度目かも分からない襲撃を退けてタクティカルスクリーンを見た。抵抗ポイントが、少しずつ削れていって、今では最初の陣容は見る影もない。しかし原作と違い、自分たちの活躍で抵抗ポイントの消失は全滅ではなく撤退と言う形で消えた陣地が多かった。

 

 そして、抵抗のかいがあって、もうすぐ、包囲援軍が動く。ならば、意味もなく全滅させるより味方を逃がすべきだ。

 

 

「えー、熊本大ポイントの皆さん、もうすぐ包囲援軍が動きます。なので、この陣地から熊本城まで『転進』しましょう。援護しますから」

 

 

「『転進』……か?」

 

「ええ、『転進』です。小型相手なら、一箇所に集まっててもどうにかなります。それに、行くまで援護しますし。後、L型にも援護を頼みます」

 

「……了解した。感謝する」

 

 そう言うと、指揮官からの通信が切れた。生き残った兵が、ぞろぞろと陣地から這い出してくる。

 

「負傷兵の方は、L型の上に乗せて下さい!」

 

「タンクデサントも場合によりけり……だよね」猫宮が苦笑しつつ、周囲に目を光らせる。

 

 援護にやってきたみほが、拡声器で兵に語りかけた。無事な兵が、急いでL型の上に負傷者を載せると、何名かが支えるために更に乗る。そして、3輌のL型の機銃座にも、一人ずつ配置される。

 

「猫宮さん、準備できました!」

 

「了解、じゃあ、急いで行こう!」

 

 L型の周囲を随伴歩兵が護衛し、駆け抜ける。ウォードレスの補助もあり、時速30キロ程度で駆け抜け、時折周囲の小型を掃除する。

 そして、猫宮は陣地に残された小隊機銃と弾薬の幾らかを回収し、付近の小型を踏み潰して回った。

 

 

 

 

「ここも随分と人が増えたわね……」

 

 原は補給車付近から陣地を見渡して呟いた。周囲を守っていた陣地が次々と陥落していくが、兵士だけは何とかこの部隊が回収していた。お陰で、多種多様の学兵でごった返していた。

 戦闘に慣れない整備班達の変わりに、若宮や来須の指揮下の元、元気な兵は粘り強く戦っていた。

 そして、今また増えたようだ。

 

「どーも、只今戻りました。補給お願いします!」

 

「はいはい、また弾薬たっぷり使ってきたのね」

 

 4番機が持っていた荷物を下ろすと、それに兵が群がりに陣地に設置しに行く。負傷兵たちは、手の空いたものが協力して何とか拙い手当をしていた。野戦病院のような治療はできないが、それでも手当しないよりもはるかにマシなのは言うまでもない。

 整備テントに入り込んだ4番機に、整備班が群がる。猫宮はコックピットから出ると、スポーツドリンクの類を目一杯身体に流し込んでいた。

 

 兵が増えたおかげで、整備員達は殆どが本来の業務に専念できるし、直接戦闘には加わらなくても何とかなっている。最も、岩田や田代や遠坂は積極的に加わっているが。

 

「そろそろ脚部の疲労が拙いわね……中村君、右脚部の人工筋肉を!」

 

「了解ですたい!」

 

 整備をしながら、猫宮に尋ねる。

 

「……ねえ、猫宮くん、この陣地はどうなるかしら……?」

 

「人も多いですし、周囲にはL型も士魂号も居ますし大丈夫だと思います。包囲援軍も動き出しましたし」

 

「そう……良かった……」

 

 と、原は思わず安堵の息をついた。なんとしても生き延びようと思っていたが、それでもずっと不安だった。しかし、何とかなるのだろう。

 

「だ、弾薬積み込み終わりました!」

 

 そこに、田辺からの報告が入る。脚部パーツの交換も、もう終わる頃だ。

 

「それじゃ、また行ってきます」 

 

 首をコキコキ鳴らしながら、また猫宮はコックピットへ向かう。

 

「猫宮くん、皆を守るのもいいけどきみも無事で居てね!」

 

「勿論ですよ!」

 

「猫宮ぁ! ちゃんと戻ってくるたい!」

 

「猫宮さん、頑張ってください!」

 

「お前もちゃんと生き延びろよぉ!」

 

 数々の応援を背に受け、また4番機は出撃していった。

 

 

 

 タクティカルスクリーンを見た善行は、安心したかのように大きく息を吐いた。包囲援軍が動き出し、周囲の陣地からは兵が撤退済み。そして、熊本城の陣地は、自分たちの部隊により守れそうだ。中型が定期的に流れ込んでいるが、それも減ってきている。小型も、この人数と装備なら問題にならないだろう。

 

「各機各車両、引き続き陣地の守備を」

 

 通信を入れると、それぞれから『了解』との声が帰る。

 

 しかし、3・4番機は彼らの陣地から遠くへと居た。3番機は植木環状陣地の救援に、4番機は熊本農業公園陣地の救援に赴いていた。

 

「奴ら、随分と遠くへ行っていますね」

 

「ええ。私が皆を守ろうとしたように、彼らもまた守ろうとしているのでしょう」

 

 L型も既に何輌も傷つき、1番機と2番機もかなり疲弊をしている。故に、彼らは単機で動いたのだろう。

 

「……大丈夫ですかね、あいつら」

 

 思わず、そう呟いた瀬戸口。

 

「……だいじょう……ぶ……ブータが……まもってくれる……の……」

 

 そこに、石津が声を重ねた。

 

「ブータが?」

 

 首を傾げる善行。そう言えば、指揮車からも居なくなっていた。

 

「なるほど、ブータの加護か……」

 

 その言葉に、瀬戸口はなんとも言えない表情で頷いた。そして善行は、部隊章を見て、彼らの無事を祈った。

 

 

 まほは、6輌まで減った中隊を率いて、1・2番機と共に陣地の防衛任務をしていた。幻獣の襲撃はピークを過ぎていて、13時頃の規模の襲撃はない。だからこそ、この減った戦力で持ちこたえられてるとも言える。

 

「各車輌、引き続き戦闘の続行を。包囲援軍が動き出したとは言え、まだこちらへ来るまで時間がかかる。最後まで、死ぬことのないように」

 

『了解』

 

 まほの言葉に、返事を返す一同。3・4番機が気にかかるが、きっと更に過酷な戦場へ行っているのだろう。ならば、自分の役目はここを守ることだ。そう決意し、タクティカルスクリーンをまた確認した。

 

 

 

「隊長、包囲援軍が動き出したようです!」

 

「そうか……」

 

 本来は希望の見えるはずの報告を受けても、安斎千代美の表情は暗かった。この熊本農業公園陣地は、植木環状陣地と同じく高度に要塞化された陣地であった。しかしこの度重なる猛攻に戦力が払底し、残ったのも今乗っている車輌ともう1輌の対空戦車だけであった。これは、L型に破損した装甲車から流用した25mm機関砲を乗っけた急造兵器である。対地対空両方に使える機体では有ったが、重装甲の地上目標に対しては今一心もとない。それでも生き残れてきたのは、ひとえに彼女の指揮能力のおかげであった。

 

 しかしその能力を有する頭脳を持つが故に、彼女には見えてしまっていた。殆どの戦力を使い果たしたこの陣地が生き残るのは、もはや絶望的であると。残った歩兵は、何とか小型幻獣を阻止しているが、白兵戦が始まるのも時間の問題だろう。付近の陣地も殆どが陥落、もしくは寸前である。そして、今またミノタウロスを中核とした群れが迫っていた。

 

「隊長、来ます!」

 

「あ、ああ、そうだな」

 

 それでも、最後まで諦めたくはなかった。――どこかの誰かの未来のために―― 最後まで指揮を取ろうとして――希望の声が響いた。

 

「どうも、こちら5121小隊4番機猫宮悠輝です、援軍に来ましたっ!」

 

 タクティカルスクリーンを見ると、1機、援軍に現れていた。足元には歩兵も居る。

 

「5121の、ゴールドソードのエースっ!?」

 

「ええ、エースの実力、見せてあげますよ!」

 

 広域通信でそうパイロットは叫んだ。無線から流れたその声で、兵士たちの心にほんの僅かだが希望の火が灯る。

 

「助かる、我々は何をすればいい?」

 

「25mm砲か……よし、じゃあ装甲の薄い相手を重点的に! ミノタウロスはこっちが受け持ちます!」

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「大丈夫、任せて下さい!」

 

 そう言うと、あの巨人は背中から巨大なライフルを取り出しつつ、移動した。川向う、橋を渡ろうとしてくるミノタウロスの群れに狙いを定めると、発砲し、即座に移動。武器を持ち替えつつ、陣地を分断しているナーガに、腕のガトリングをばら撒きあっという間に仕留めた。

 

 分断する幻獣が居なくなった陣地同士、数が少ないほうが多い方へ移動し、更に巨人の足元に居た歩兵も陣地へ合流する。持っていた小隊機銃を設置して、曳光弾混じりの火線が、一つ復活する。

 

「よし、それなら……」

 

 千代美は、復活した火線を援護するように2輌を脇に配置、それぞれナーガを狙い撃った。復活した火線付近の中型の脅威が去り、小型を削るべく、陣地から銃弾のシャワーが降り注ぐ。

 

「よし、その調子!」

 

 エースがそう言うと、突出してきたミノタウロスに突撃する。片手に巨大な刀を、片手に先程のライフルよりも小型の銃を構えて、遮蔽から遮蔽へ。見ていて思わず惚れ惚れするような動きでミノタウロスに近づき、立て続けに2体を両断し、更に1体に銃で腹に射撃を加える。そして、腹部のミサイルに誘爆して爆発。

 

「これが、エースの実力……」

 

 圧倒的な力に畏怖と頼もしさを覚えつつ、千代美は更に車輌を動かした。残った建物に突っ込み盾にし、遠くから来るきたかぜゾンビを迎え撃つ。

 

「よしっ、対空車輌が居ると、本当に助かります!」

 

 きたかぜゾンビの脅威を任せられると思ったのかあの巨人は、陥落してしまった他の陣地へと向かう。浸透した小型を踏み潰しつつ、無傷だった40mm高射機関砲を抱え上げると、無事な陣地へと運び込んだ。往復し、無事だった弾薬も持てるだけ持ってくると、更に火線が増えた。レーザーの光と、40mm弾が、遠くのミノタウロスに吸い込まれていき、倒れる。

 

「陣地が、復活した……」

 

 千代美は火線の薄い所から回り込もうとするナーガを、更に回り込んで撃破する。

 中型の脅威が薄くなり、周囲で隠れていた歩兵たちが、銃弾をばらまきつつ次々と無事な地点へと向かい、火線を増やす。

 

「た、隊長、それにえーと、猫宮さん! スキュラ5、来ます!」

 

「なっ!? ま、まずい!?」

 

 スキュラのレーザーの射程は2.4km。狙い打たれれば、折角復活した陣地がまた沈黙させられてしまう。幸いこの25mm砲の射程は3.5km程度は有るが、5体は相手に出来ない。

 

「えーと、そこの対空車輌さん、何体相手に出来ますか?」

 

「安斎だ、2体までなら何とかなる!」

 

「おおっ、2体も! じゃあ、お願いします!」

 

 たった2体しか相手に出来ないのにあのエースは嬉しそうにそう言うと、スキュラとミノタウロスを中核とした、幻獣の群れに突っ込んでいった。

 

「なっ!? そ、そんな、危険だ!?」

 

「大丈夫です、そのかわりに援護お願いしますっ!」

 

 巨人が、橋を渡り突っ込んだ。橋を渡ろうとするミノタウロスの群れに突っ込み、頭を切り飛ばした。更に、スキュラのレーザーを他のミノタウロスの胴体を盾にして防ぎ、遮蔽から遮蔽へ移動しながら、スキュラの真下へ移動し、跳躍。腹を斬り裂いた。

 

「な、何ですか、あれ……」

 

 思わず、部下からもそう呟いてしまう。現代の戦争ではない、はるか昔の英雄が居た時代の戦争を、思い起こしてしまう。

 

「スキュラが射程に入ったぞ、撃て!」

 

「りょ、了解です!」

 

 千代美もそう思ったが、スキュラが射程に入ると即射撃する。こちらに向かってくる敵を、任せられる分だけきちんとあのエースは間引いていた。

 

 2輌の対空車輌と陣地に置いた高射機関砲から、突出したスキュラに射線が集中する。硬い装甲だが、多数の砲弾がレーザーの射出口や腹部に命中すると、炎を吹き出しながら墜落し、そして爆発する。

 

「おおっ、流石!」

 

 猫宮から、嬉しそうな声が響いた。更に奥へ突撃し、陣地を射程内に入れる前にゴルゴーンを狩っている。あのエースは、戦域の全てを把握しているかのように、戦場を移動し、次々と敵を撃破していく。

 

 巨人を無視して陣地に2体のミノタウロスが突撃してきた。

 

「隊長! ミノタウロスが突撃してきます!」

 

「私達が右、3号車は左を狙え!」

 

 1輌に1体ずつ、25mm砲が火を噴く。両腕でガードするが、ミノタウロスの生体ミサイルの射程は短い。削られながら少しずつ突撃してくるが、更に近づいたところでレーザーライフルの光も陣地から飛んできた。そして、爆発する2体のミノタウロス。足元の小型幻獣が多数巻き込まれた。

 

「次、目標スキュラ! 来るぞ!」

 

 地上の後はすぐ空の敵へ。しかし、一度に押し寄せられるのでない限り、如何用にも対応できる。また、スキュラがこちらを射程に入れる前に、叩き落とす。

 

 ある程度間引いたのか、また陣地付近へと戻ってくる。そして、幻獣の主力が戻ってくるまでの間、孤立した歩兵を救助し、重い設置武器を運び入れる。たった1機の援軍の出現により、熊本農業公園陣地が、また敵を撃破していく。

 

「――これなら、生き残れる」

 

 敵の波が途切れたタイミングで補給をしつつ、千代美は、そう思った。包囲援軍が、もうすぐ訪れる。それに、植木環状陣地もまた敵を倒し始めた。先程は確実な死を弾き出したその頭脳は今、高確率の生存と言う計算結果を、出力した。

 

 

「安斎さん、次はきたかぜゾンビをお願い!」

 

「了解、1・3号車も前へ出るぞ!」

 

 守りの固くなった陣地を後ろに、前進する2輌の対空車輌。復活した陣地の前で、かつての4番機と第3小隊のように。まるで長年連れ添った戦友のように。息を合わせて戦い続けた。

 

 どこかの誰かの未来のためにではない。今ここに居る仲間のために、戦おう。そう、千代美は思った。

 

 

 

 死闘の果てに、瓦礫と静寂に満ちた世界が広がっていた。砲声も怒声も地響きも何もかもが消え、世界はただ静かだった。弾薬を全て使い果たし、最後には太刀1本で戦い抜いた4番機が、降りた猫宮の横で尚威容を誇っていた。

 

 

 陣地の方を振り返ると、生き延びた兵がみんなこちらを見ていた。ある者は生真面目に敬礼し、ある者は歓声を上げ、ある者は手にしたライフルを何度もこちらへと打ち振った。

 

「あなたのお陰で、みんなが助かった。本当にありがとう」

 

 いつの間にか、近くに対空車輌に乗っていた皆が居た。疲れきった身体で、しかしそれでも精一杯の明るい笑顔をこちらへと向けていた。

 

「どういたしまして」

 

 それに、猫宮も心からの笑顔を向けると、彼女たちと一緒にふらつく足取りで陣地へと歩いていった。

 

「そうだ、安斎さんの部隊も5121と一緒に行動しない?」

 

「ん? そんなことが出来るのか?」

 

「うん、なんとかなると思う。対空車輌有ると、また戦術の幅が広がるし」

 

 そんなことを話しつつ、ゆっくりと歩いて行く。

 

「そうだな……それも良さそうだ」

 

 陣地の片隅、とりあえず背もたれの有る所に座り、あれやこれやと話す二人。しかし、疲れていたかすぐにウトウトとし、寝息を立て始めた。

 

「よっぽど疲れてたんですね、隊長も、猫宮さんも……」

 

「ずっと指揮しっぱなしだったし、今は寝かせてあげましょ」

 

「と言うか、私達も眠い……」

 

「あ、じゃあ私隊長の隣!」

 

「ずるいっ!? じゃあ私は……あ、猫宮さんの隣が片方空いてる……」

 

「その手がっ!?」

 

 そんな様子を眺めていた乗員たちも、じゃれ合いの後近くで同じように眠り始めた。

 なお、猫宮と千代美が寄り添うように寝ていて、おまけに猫宮が女の子に囲まれているのを発見されて、また騒動になるのは後のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず熊本城決戦は終了となります。ドゥーチェの小隊は改造品の対空戦車。撤退戦に向けてこれで車輌の強化は終了かな?しかし、数が多いと利も有るけど不利な面も増えてしまうのが問題。さて、どうなるか……


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瓦礫の街で
帰還


これにて熊本城決戦は終了となります。いやはや、とても難産でした……
これからはあんたがたどこさを含みつつ、撤退戦まで日常エピソードを中心にやっていこうかと思います。それと、外伝も気が向いたら挟めるかな?


「周囲に敵幻獣なし――そして、包囲援軍により熊本に突入してきた幻獣は殲滅――どうやら、生き延びたようです」

 

「そうですね」

 

 瀬戸口の言葉に、善行は頷いた。永遠に続くかに思われた幻獣の群れはとうとうその姿を消し、自分たちは生き延びたのだ。その事実を仲間達よりも先に知ると、思わず善行は目を閉じて背もたれに体を預けた。

 この激戦で、皆が生き延びたことは本当に奇跡と呼んでも良かった。

 

「ほら、司令。皆にも伝えてやらないと」

 

「ええ、そうですね」

 

 瀬戸口にそう促され、善行は通信機のマイクを手に取る。

 

「皆さん、周囲に幻獣の反応はありません。我々の、勝利です」

 

 そう言うと、生き残った機体から歓声が上がった。続いて、そのメッセージが伝えられた陣地からも、爆発的な喜びの声が上がる。

 

「やった、俺たち、勝ったんだ……!」

 

「ええ、わたくしたちの……勝利です……!」

 

 疲労困憊ながらも、喜びの声を出す滝川と壬生屋の通信が流れる。

 

「全車、陣地へと帰投。みんな、本当によくやった……」

 

「こちらも戻りましょう。本当にお疲れ様でした」

 

 まほと凛も、それぞれの小隊に指示を出す。ホッとして、思い出したかのように疲労が押し寄せてきた体に鞭打って、1・2番機と動いていた車輌は、整備陣地へと帰投する。その機体を、生き残った兵たちは歓声を上げながら迎えた。

 

 帰投する指揮車の中、通信が入る。

 

「こちら植木環状陣地。そちらは5121小隊か?」

 

「はい、5121小隊善行万翼長です」

 

「そうか。こちらは貴隊の二人のお陰で助かった。礼を言う……」

 

「そうですか。今、二人は?」

 

「陣地の中で、ぐっすりと眠っているよ」

 

「そうですか」

 

 それを聞いて、善行は微笑んだ。二人共、ひどい激戦をくぐり抜けて陣地を守ったのだろう。それが、善行にはとてつもなく誇らしかった。

 続いて、熊本農業公園陣地からも通信が入る。これも同じく、感謝の通信だった。3人共、援護も殆ど無い地獄のような戦場で生き延びたようだった。そのことを、早速部隊のメンバーにも伝える。

 

「皆さん、3番機及び4番機も無事なようです」

 

「ははっ、やっぱりそうですよね!」

 

「ええ、あの3人がそうそうやられるはずがありませんわ!」

 

 善行の言葉に、滝川と壬生屋をはじめまた皆も喜んだ。

 

 

 指揮車から出ると、善行は大きく伸びをした。瀬戸口は壬生屋の所へ、石津は怪我人の治療へと向かった。

 最後まで戦い抜いたパイロットや搭乗員達は、疲れ果てたのか機体の直ぐ側で寝息を立てていた。瀬戸口は壬生屋に膝枕までしている。

 その光景を善行は微笑んで見守っていると、背後から声がかかった。

 

「終わったわね」

 

「ええ」

 

 原の言葉に、善行は頷いた。彼女も非戦闘員でありながら、よく整備班たちの支えになってくれた。

 

「で、戻ってきたことだしデートしましょデート」

 

「今からですか?」

 

 思わず眼鏡を押し上げて苦笑する善行。

 

「良いのよ、色気もなんにも無いけど今はこれで我慢してあげるわ。あ、でももちろん後からのデートも妥協しちゃだめよ?」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

「無理ね」

 

 笑顔で切って捨てる原に、善行はやれやれと首を振りつつ、そして笑いながら付き合うのだった。

 

 

 

「やっと終わった……」

 

 津田は、喜びに湧く陣地の中で座り込んだ。この決戦においては、慣れ親しんだオートバイでなく陣地での防衛戦に従事した津田の小隊は何とか生き延びることが出来た。

 外側の方の陣地で陥落しそうな陣地を助けてくれたのは、4番機とその仲間達だった。助けられてから陣地を移り、そしてまた助けられ。押し寄せる幻獣を何度も何度も押し返し、しかしそれもようやく終わった。

 

「また助けられちゃったなぁ……」

 

 そう呟くと空を見た。今までまったく意識していなかった茜色の空が、とても綺麗に見えた。

 

 

 

「よし、負傷者は野戦病院に運べ! 手の空いてるやつ、警戒は怠るなよ!」

 

 玉島は小隊長と、幾つかの部隊のまとめ役としてまだ指示を出していた。戦闘は終わっても怪我人はまだ治療し終えてないし、どこかにゴブが潜んでいるかもしれない。すぐにでもへたり込みたい自分の肉体を叱咤し、テキパキと指示をこなしていく。

 激戦を何度もくぐり抜け、そして大勢の味方を助けた玉島は、今では兵たちからは尊敬の目で見られていた。

 

「あの人も無事か……そりゃそうだよな」

 

 4番機無事の報告を聞き、玉島は頷く。あの人間と幻獣がごっちゃになった戦場で、危なくなったときに何度も4番機とあの集団に助けてもらった。

 

「猫宮さん、生き延びれましたよ……俺も、皆も」

 

 ある程度の指示が終わった後、玉島は端末を取り出し、猫宮に礼の連絡を入れておいた。

 

「隊長、これ、とっておきです!」

 

「ああ、サンキュー」

 

 打ち終わると、部下の一人が昭和製菓の板チョコを差し出してきた。遠慮なく、齧り付く。高級品の板チョコの上品な甘みと、適度な苦味が疲れ切った体に活力を与えてくれた。

 

 前は、すぐに死ぬのだと思っていた。しかし今は自分も、何より味方を終戦まで無事に、生存させたかった。

 

 

 

 砲声が止み、静寂に包まれた地下室で狩谷とののみはじっと待っていた。すると、ドタドタと、階段を駆け下りてくる足音がした。ドンドンドンと、鉄扉が叩かれる。

 

「なっちゃん、ののみちゃん、ウチら、勝ったんや!」

 

「ほんと!」

 

 ののみが扉まで駆け出した。そして鍵を取り出し、ガチャガチャと回して、扉を開けた。すると加藤が飛び込んできて、ののみをギュッと抱きしめた。

 

「ふぇぇ、まつりちゃん、苦しいの……」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 加藤は涙を拭いつつののみから離れると、狩谷にも抱きついた。

 

「なっちゃん、ウチら、みんな無事や……皆生き延びれたんや……」

 

「まったく、こんな暗い所に二人で閉じ込めて……」

 

 加藤がぎゅっと抱きつくと、狩谷も抱き返した。

 

「うん、ごめん、ごめんね……」

 

 そう言って泣く加藤を、狩谷は優しげに撫でるのだった。

 

 

 ののみは空気を読むと、そ~っと外に出た。左右を見渡すと、忙しそうに働いている兵と、疲れ果てて休んでいる兵たちが見えた。知り合いの人が誰か居ないかキョロキョロ見渡すと、遠坂がこちらを見つけてくれた。

 

「ああ、東原さんも無事でよかった。大丈夫でしたか?」

 

「うん、大丈夫だったの!」

 

 笑顔で答えるののみ。

 

「おおっ、東原さん、ご無事で何よりでしたああああああっ!」

 

 と、そこへ乱入してくる岩田。

 

「あっ、裕ちゃん!」

 

「ふふふ、東原さん、約束したアレですが……」 「あ、アレだとっ!?」

 

 岩田が口を開いた途端、東原が「あっ、素子ちゃんだ!」と声を上げた。

 

 原が善行とともに、東原の前に立った。

 

「指揮車の皆は無事よ。また一緒に働けるわね、東原さん」

 

「うん!」 東原は元気よく応えたが、やがてふっと真顔になった。

 

「あっちゃんと舞ちゃん、ゆうちゃんはだいじょうぶ……?」

 

 陣地に3番機と4番機が見えなかったので心配になった東原。

 

「大丈夫です。遠くの陣地で3人共眠っているようですよ」

 

「そうなんだ、よかった……」

 

 そう言うと、東原は茜色に染まった空を見上げた。

 

 

 

 

 夜、もぞもぞとみほが起き出すと、周囲はすっかりと暗くなっていた。自分の体にはいつの間にか毛布がかけられていて、周りでは搭乗員の皆が同じように毛布にくるまって泥のように眠っていた。

 体を起こすと、全身に気だるさを感じられる。周りでは、整備員の皆さんが整備テントを畳み士魂号をトレーラーに乗せ、撤収の準備をしていた。戦車随伴歩兵たちは交代で休んでいて、そして同時に憲兵と思われる兵があちこちに哨戒で立っていた。

 

 生き延びたんだ……と思うと、何だか急にお腹が減った気がした。くぅと可愛く鳴ったお腹に顔を赤くすると、思わず何か無いかなと探してしまう。しかし炊き出しなどはやっていないようなので少しがっかりしつつ、そう言えばレーションがあったなと物資保管庫の方へ行ってみた。そこでは加藤があちこち動き回って在庫管理をしていた。

 

「お、西住さんどうもおはようさん。よく眠れたかいな?」

 

「あ、はい。お陰様で」

 

「そりゃ良かった。あ、お腹が空いてるん?」

 

「え、ええ、そうなんです」

 

 ズバリ当てられて、顔を赤くするみほ。そんな様子を加藤はけらけらと笑うと、レーションを取り出してくれた。

 

「はいこれ、牛丼レーション。自衛軍おすすめの一品やで。あと、他の隊長さんたちも起きて向こうへ行っておるで」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 みほはペコリとお辞儀をすると、加藤が指差した方向にてててと小走りに走っていった。行った先では明かりの下、まほ、エリカ、凛が座って牛丼レーションを開封しているところだった。

 

「起きたか、みほ」

 

「おはよう、みほさん」

 

「あら、おはようございます」

 

 こちらを見つけた3人が、順繰り会釈をする。みほは頭を下げて近づくと、同じように近くに腰を下ろしてレーションを開封した。中身を取り出し、周りと同じように加熱材を使用してレーションを温める。

 缶詰はいわしの野菜煮にたくあん。キコキコと缶切りで開けた辺りで牛丼とごはんが温まった。飯盒に開けて、白米の上に牛丼の元を乗っける。肉の香りと白米の湯気が食欲をそそった。

 

『頂きます』

 

 みほのレーションが温まるのを待って、4人が同時に食べ始める。ホカホカの御飯に牛丼の汁がよく染みて、そして肉、玉ねぎなどの旨味が一体となり口いっぱいに広がる。そこにたくあんを一切れ口に入れて一休み。ポリポリと心地良い歯ごたえと、脂の一切無い清涼さが、牛丼の味を洗い流す。いわしの野菜煮を口に入れて、お茶で一息。そしてまた牛丼へ。濃い味付けが、体に染み渡る。

 皆が黙々と、レーションを食べていた。小休止の時に流し込んだ栄養ブロックやジュースは正直、全く味を感じる暇もなかったが、生き延びた実感が湧いた今、お米の一粒一粒が力になるようだった。

 

 牛丼とおかずを食べ終えたら、乾パンとチューブ、そして金平糖をとりだす。乾パンにチューブの中の甘いソースをかけて一口。そして金平糖を口の中に。貴重な、本物の砂糖を使った一品だ。人工甘味料ではなく、天然のブドウ糖が脳に活力を取り戻していくようだった。

 

『ご馳走様でした』

 

 食べはじめたときと同じように、食べ終わりもまた合わせた。お腹一杯になり、ほうとため息をつくみほ。ふと空を見上げると、星々が煌めいていた。疎開のために、地上の光が少ない為だった。

 

「生き延びれたんですね、私たち」

 

 みほがそう言うと、周りの3人が、それぞれ頷いた。何処かの誰かの未来の為に戦い続けて、それでも助けられなかった人たちが居た。でも、助けられた人はもっと多かった。だから、きっとこの戦いは無駄ではなかったのだと、そう思った。

 

 

「そう言えば、撤収はどうなるのでしょうか……」

 

 ふと、エリカが口を開いた。5121の整備テントはもう畳まれていて、1番機と2番機はトレーラーに積まれていたが3・4番機は遠くの陣地だった。それに、自走できない車輌も多々ある。

 

「人員は他の車両に便乗すればいいが……車輌は後から取りに来ることになるだろうな」

 

 エリカの疑問に、まほが答えた。幻獣はもう付近から一掃されただろうし、明日あたり現地で修理になるだろう。

 

「そうですね……幻獣もいなくなったことですし、そう急がずとも良いですよね」

 

 ほっと一息つくエリカ。

 まほは頷くと、ふと端末を取り出した。色々とあって母に連絡を取るのを忘れていたのだ。接続すると、既に母からメッセージが入っていた。

 

『まほ、みほ、それに一緒に戦った全ての皆さん、お疲れ様でした。こうして戦い、生き延びてくれて本当に嬉しいです。積もる話も有るでしょうが、こちらも色々と指揮や事後処理等も有ります。落ち着いたらまた話しましょう』

 

 東京で売っている携帯とはこういう便利な機能がついているのだろうなと思いつつ、まほは返信をした。そして少しすると、またメッセージが入る。

 

『追伸――まだ猫宮君は熊本農業公園陣地に居るようですよ』

 

「…………」

 

 沈黙してメッセージを覗き込むまほ。そしてその端末を後ろから見ていたみほ、エリカ、凛もなんとも言えない表情で沈黙する。

 

「……そうですわね。迎えに行きましょうか」

 

「迎えに?」

 

 凛の言葉に、エリカが首を傾げた。

 

「ええ。道がこの有様だと士魂号のトレーラーも一々他の陣地まで動かすのも大変でしょうし。なら、士魂号に歩いてきてもらったほうが手間が少ないと思いますわ」

 

 その説明に、他3名が頷いた。

 

「では、原整備班長と善行司令に話を通しに行こう」

 

 いきなり消えるのは流石に拙いので、善行と原に話を通しに行く4名。それを聞くと、二人は『あらあら』と言いたそうな笑顔で4人を見ていた。

 

「ええ、では迎えをお願いします」

 

「まだ時間がかかるからゆっくりでいいわよ。3番機はこっちから誰か迎えに行かせるわ」

 

 と、善行と原が笑いながら許可してくれた。後ろでは、誰が3番機の二人を迎えに行くかを決めているようだ。

 

 4人は一番傷の少ないL型に乗り込むとエンジンを入れた。皆一通りの操縦法は覚えている。運転席にはまほ、機銃座にみほが着く。10㎏強の瓦礫があちらこちらにある道のりを、車体を上げ下げしながら器用に乗り越えていく。小型幻獣が居なければ、不整地でもそれなりの走破性は有るのだ。

 

 瓦礫の道をしばらく進むと、熊本農業公園陣地が見えた。入り口で、憲兵に止められる。

 

「所属と姓名・要件をお願い致します」

 

「黒森峰戦車中隊・西住みほ千翼長です。こちらの陣地に居る猫宮千翼長を迎えに来ました」

 

 憲兵が端末で照会し、確認が取れると敬礼される。

 

「はっ! どうぞお通り下さい!」

 

 みほもペコリとお辞儀をしてから、はっとして慌てて敬礼する。そんな様子を微笑ましく歩哨達に見られながら、L型が陣地の中へ入っていく。中の学兵たちは皆疲労困憊の様子で、ぐっすりと寝ていた。しかし、探すべき場所はすぐ見つかった。4番機が膝を付いているのは、遠くからもはっきりと見える。居りた4人は、4番機に近づいていく。

 

「猫宮さん、起こしちゃっても大丈夫かな……?」

 

「起きてもらうしか、無いでしょう」

 

 みほの言葉に、エリカも表情を微妙に曇らせつつ言う。疲れてるところを起こしてしまうのは気が引けるが、しかし起きてもらうしか無い――などと考えていると、沢山の毛布が見えた。そして、固まる4人。

 

 猫宮と女の子が寄り添うように眠っていて、その周りを他の女学兵達が囲んでいた。どうして良いか分からない4人。そして、その固まっている間に千代美がもぞもぞと目を覚ました。

 

「ああ、眠ってしまった……か……?」

 

 目が覚めると、目の前に立っている学兵4人。

 

「……どちら様だ?」

 

 思わずそう聞いてしまう千代美。

 

「え、ええと、猫宮さんを迎えに来たんですけど……」

 

 みほがそう言うと、4人の視線を追って横を見る千代美。途端に顔が赤くなった。

 

「うわわわわわわっ!?」

 

 思わず仰け反って叫ぶ。

 そして大声に、周りで寝ていた学兵達ももぞもぞと起き出す。

 

「んんん? もう朝~?」

 

「なになに、何があったの?」

 

「ふぁ~……眠い……」

 

 毛布にくるまった女学兵たちが、目をこすりつつ起き出した。そして、猫宮も。

 

「…………何事?」

 

 いつの間に寝てしまったのだろうか。それにしても、温かいし寝心地が良い。もう少し寝たいなと思いつつキョロキョロと周りを見ると、女の子たちに囲まれていた。そして、目の前には隊長4人。真横にも隊長一人。

 

「……お、おはようございます……」

 

「お、おはよう……」

 

 思わず目を見合わせてそんなことを言う猫宮と千代美。そして、それを何とも言えない目で見る4人。

 

 

「あ、あの、猫宮さん、帰投するから機体を持ってきて欲しいって原整備班長が……」

 

「おおっ!? りょ、了解!」

 

 みほにそう言われ、慌てて立ち上がる猫宮。

 

「あっ……そ、そうだこれ、連絡先!」

 

 千代美はそれにちょっと名残惜しそうな顔をしてから、慌ててメモに書いて猫宮に渡す。

 

「おっと、自分も」

 

 そう言うと、猫宮もポーチからメモ帳を出して千代美に渡す。

 

「れ、連絡、待ってるからな!」

 

「うん、分かってる!」

 

 猫宮はそう返事をすると、素早く4番機を登る。後ろでは「隊長、ナイスです!」とか「さっすが隊長!」なんて声が聞こえる。

 士魂号を起動し、立ち上がるとL型を先導して歩き出す。帰り際に手を振ると、起きていた兵たち皆が手を降って応えてくれた。

 

「え、えっと、猫宮さん、あの部隊の方は……?」

 

 じ~と猫宮に注がれる4人の視線。その圧力に猫宮は冷や汗を流しつつ言葉を紡ぐ。

 

「ああ、アンツィオ校の戦車小隊の人たちだね。ずっと熊本農業公園付近で頑張ってたみたい。珍しく、対空戦車の部隊で、凄い助けられたんだ。そうだね……まるで初めてみほさんと一緒に戦った時と、同じような感覚かな」

 

「そうなんですか……」

 

 あの時の戦いは、みほの心のなかに大きく残っている。そして、それと同じくらいの指揮を取れたと猫宮が言ったあの指揮官のことを、4人共とても気になったのだった。

 

「それにしても、お疲れ様。みんなが無事で、本当に良かった……」

 

 そんなことを考えていると、猫宮から労いの言葉が飛んできた。そして、多分に安堵の感情も混じっている。

 

「は、はい! 何とかなりました!」

 

「そちらこそ」

 

「ご無事で何よりです」

 

「ええ、無事でよかったですわ」

 

 陣地へと戻る間、5人はのんびりと話す。生き延びれたことを、そして、明日からの事を。生き延びた者たちは、ようやく明日を手に入れられたのだった。

 

 

 

 翌日、それぞれの拠点は野戦病院と化し、パイロットたちも整備員たちも手持ち無沙汰であった。何とか設置だけは出来た整備テントの前に、集まる5121小隊。そこでせっかく生き延びたのでパァッとやろうという事になって、全員で海へ行くことにしたのだ。

 委員長と副委員長も居るので即席の作戦会議が開催、即満場一致で可決となった。可決した途端、昨日あんな戦闘があったばかりだと言うのに中村や岩田を筆頭に、元気な奴らが車輌に食料やら何やらを詰め込み始める。パイロットたちはそんな様子に苦笑すると、車輌の荷台に乗り込むのだった。

 

 

 海に行く車列の中、若宮は荷台で寝ているパイロットたちを見た。猫宮以外、皆顔付きが変わっていた。

 

「寝ているな。こいつら、げっそりとしちまって……」

 

 若宮が鼻をすすりあげて呟くと、来須は黙って頷いた。

 

「なあ、知ってるか? お前さんが来る前はこいつらもっと酷かったんだぞ……? それがいつの間にか、なあ……」

 

 問題児の集まりだった。そして、いつまでも素人っぽさが抜けなかった。しかし、そんな連中が大勢の命を救ったのだ。そう思うと、若宮は何だか誇らしくなった。そして来須はやさしげに口許をほころばせると、飽かずにパイロットたちの寝顔を見守った。

 

 

 海に着くなり、整備班達は我先にと駆け出すと荷物を下ろしはじめた。

 

「ははっ、皆元気だねえ」

 

 猫宮がそんな様子を笑いながら見ている。

 

「昨日あんだけ戦ったばっかりだってのになあ」

 

 滝川もそれに同意する。

 

「あはは、でも僕達らしいよね」

 

「ええ、そうですわ」

 

 速水、壬生屋も頷き芝村も渋々ながら頷いて認めている。

 

「ほら、そこのパイロット連中、こっちに来るたい! くすぐられ大王ばやるぞ!」

 

「了解、じゃあ誰からやる?」

 

「ふんなら、最初は森にするばい!」

 

「お、おい、いきなりかよ!? はいはい、俺が代わりになる!」

 

「のおおおおおっ!? いきなり立候補とは滝川君、空気を読みなさああああいっ!」

 

「ひゅーひゅー! 滝川、嫉妬~?」

 

「まあいいさ。ほら、滝川行くぞ!」

 

「ふふふ、僕の頭脳プレイを見せてやるよ」

 

 

 波打ち際に、賑やかな5121メンバーの声が響く。はじめは遠巻きに見ていた善行や原も巻き込んで、全員で。

 このささやかな、しかし最高の楽園を、全員が心から楽しんでいた。

 



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決戦の後の街

 撤退戦までの街の様子のその一部。色々と話を作れますが、デートやら買い食いやらはかなり制限されそうな有様です。

※10/11 ソックスハンター編を削除。うーん、難しい……


 決戦から2日目。街の復興が始まりつつあり、小隊の仕事も今は忙しくない。しかし、今だからこそ猫宮はあちらこちらに精力的に動いていた。街には脱走兵が溢れかえり、幻獣共生派に転向するものも居て共生派そのものの浸透も深刻化する。更には疎開が進んだことにより食料調達も難しくなっていた。

 流石に5121とその仲間達の隊には潤沢に補給が送られていたが、末端だとそうも行かない。兎に角、やることの多さに猫宮はてんてこ舞いである。幸いなのは熊本城決戦のお陰でしばらくは出撃が無いと言う事だろうか。

 

 

 

「えーと、西の方から飛んできてと。瓦礫の山があって大きな柿の木があって、東の方に川が流れていて、北北東に橋があって……」

 

 憲兵の詰め所の一角では、異様な光景が広がっていた。猫宮を中心に動物や鳥が取り囲み、更に地図の周りには憲兵達が取り囲んでいた。

 猫宮が動物たちの言葉を翻訳し、それを元に憲兵たちが場所を絞り込む。中には地図で場所を示せる個体も居るが、それは中々に少数なのでこうして言われた条件を元に場所をすりあわせていた。

 

「えっと、こっちは近場だから案内できる? ん、じゃあお願い」

 

 遠くの情報はツバメやカラスが伝令役としてまとめて持ってきて、近場の情報は直接偵察した猫やらイタチやらが持ってくることもあった。その場合は案内を頼んだりもする。

 

「ふむ、やはり混乱に乗じてやってくる共生派が多いな……」

 

「絶好のチャンスですからね」

 

 憲兵の大尉が地図を見つつ唸る。人手が中々足りなく猫の手も借りたいと常々思っていたが、本当に借りれるとはと苦笑していた。

 

「それに脱走兵やはぐれた兵も本当に多い……こりゃまた回収しないと」

 

 猫宮も報告を見てふぅとため息をつく。家にも帰らず屯している集団をちょっと探してもらったがあちこちに居た。

 

「それじゃ、回収してくるので、報酬の支払いの方はお願いしときますね」

 

「ああ、分かった」

 

 と矢作曹長も頷いた。憲兵詰め所の裏は、ひっきりなしにやってくる動物たちの食堂と化していた。憲兵詰め所に近寄る物好きなど中々居ないとは言え、たまたま見られたら随分と奇異の目で見られるものである。

 なお、憲兵から熊本全域に動物虐待禁止令が厳重に下され、違反者にはなぜだか速攻で憲兵が飛んで来るので、熊本の動物たちに虐待をするものは殆ど皆無となった。

 

 

 

「味のれんも疎開しちまったか……」

 

 滝川は元味のれんの前で、ポツンと立ち尽くしていた。買い食いに行ける店も次々と減っていて、滝川は腹の中は寂しかった。幸いなことにじゃがいもだけは潤沢に補給されるが、やはり育ち盛りなので様々なものが食べたい。昔は貧乏に悩んだものだが階級が上がって年金も受け取れている今、逆に金があっても買うものがなかった。

 

「裏マーケット、行ってみるかな……」

 

 あの親父は一時期隠れたそうだが、戦闘が終わった今そろそろ商人たちも戻っているだろうか。そんなことを考えつつ、滝川は新市街へと足を運んだ。

 

 

「……やってないかな、こりゃ……」

 

 新市街へと歩く道すがら、多くの建物が瓦礫になっていた。そして、新市街も同じだった。商店街を覆っていたアーケードは所々崩れて廃墟と化し、あの地下街への道も、塞がれていた。そして同じように滝川と同じく立ち尽くす学兵も多く居て、そしてその学兵に手を差し伸べる者も居た。

 

 くんくんと匂いを嗅ぐと、味噌やら魚肉ハムの匂いが漂っている。そちらの方向へフラフラと向かうと、炊き出しが行われていた。よそっているのはなんと本田であった。

 

「ほ、本田先生!?」

 

「おお、滝川か! どうしたこんなところで?」

 

 魚肉やら野菜やらじゃがいもやらを適当にぶち込んで味噌で味を整えた貧乏汁を大盛りでよそいつつ、本田が尋ねる。

 

「あ~、味のれんも疎開しちゃって、それで何かここに食べ物無いかなって……」

 

「ははっ、お前もこいつらと同じように腹を空かせてきたか。ほら、食っていきな!」

 

 そう本田が笑い飛ばすと、滝川に大盛りでよそって椀をよこした。

 

「あ、どもっす」

 

 順番を飛ばしてもらったのでいいのかな~なんて疑問に思いつつ、それでも空腹には勝てなかった。ふーと冷まして、貧乏汁をかき込む。温かい料理が、腹に染み渡った。

 

「先生、またこの街に人戻ってくるかな?」

 

 滝川の素朴な疑問だった。まだたった1ヶ月半程度しか住んでいないが、思い出の多いこの街に滝川は愛着を持っていた。だからこそ、この廃墟と化した街の様子が悲しかった。

 

「ああ、幻獣もぶちのめしたし、自然休戦期も近い。そうして幻獣を押し返したらまた戻ってくるさ」

 

 本田はそう言うと笑って滝川におかわりをよそった。

 

「そうっすか! そりゃ良かった!」

 

 恩師にそう太鼓判を押されて滝川は無邪気に喜ぶと、また貧乏汁をたっぷりと味わうのだった。

 

 

 



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滅びる前の希望に満ちた街

絶望を知っているからこその悲しくなり危機感を覚えてしまう光景……ですかね?

*1/23:自然休戦期までの時間を変更


 熊本城の決戦からしばしの時間が経ち、街に人が少しずつ戻り始めていた。市電の復興が始まり、路肩にはあちこちに電話・電線を修理する車輌が停まっていて、道路や地面も掘り返されて工事されている。しかし今まではその復興に当たる人々の表情は暗かった。終わりの見えない戦いや、明日も知れない命への不安があった。

 だが、今の人々に有るのは明るい希望だった。後2週間ほどすれば自然休戦期――幻獣は一切の活動を停止する期間に入る。そして、晴れて後10熊本は解放される――。そんな、希望が見えていた。道行く人の中には、カラフルな色合いで着飾った女性の姿も見える。

 

 そしてこの明るい気分は、当然のこと学兵たちにも蔓延していた。熊本城決戦の後に補充されたような学兵も居るのだろう。腹を空かせながら友達と街を散策し、食べ物を探したり娯楽を探したりと、そんなことをしている。そしてあの戦いを勝ち抜いた学兵たちは、勝ち抜いたからこそに今を楽しんでいた。

 

 

 

 そして、だからこそ――猫宮は苦悩していた。猫宮と幻獣だけが知っている――5月6日に始まる幻獣の大攻勢――事実に備え切れないこの現実を。軍上層部も、今の状況を楽観視していた。表面上の数字は回復しているが、内実はズタボロ。あちこちの部隊が書類上だけ有る幽霊部隊といった有様である。そして、補給も満足にしきれていない。流石に5121筆頭の諸兵科連合にはきっちりと補給が送られてきているが、独立混成小隊等には補給が滞っている事も日常茶飯事だ。

 

「えーっと、足りない部隊は……多すぎる……」

 

 猫宮は端末を弄くりため息を付いた。定員割れやら物資不足の部隊が多すぎる。

 

「また準竜師やら中尉に借り作っちゃうなぁ……ああ後、会津や薩摩の人たちにも頼み込んで……」

 

 得たコネはフル動員しつつ、何とか知り合いの部隊には補給をさせる。彼らは今まで生き延びてきた古参兵だらけの、撤退の時に中核になれる部隊である。全ての練度を上げれないのならば、原作の九州撤退戦のときの5121のような中核部隊をあちこちに作るつもりだった。

 

『民間人の知り合いとは引き続き交流を続けて。後、できればトラックとか大型バスとか、輸送手段を持っている人たちと知り合うと尚良し。兎に角、5月10日までに生き残ろう』 猫宮

 

「後は皆次第……」

 

 軍隊とは、民間人が有ってこそのもの。そして軍は民間人を守る義務がある。――理想論である。だが、時にその理想論を兵は信じ、そして理想論によって死ぬ。しかし猫宮は、その理想論を生きるために利用するつもりだった。死守命令を命ぜられたが、民間人が逃げ遅れたために、やむなく護衛しながら撤退――そんなストーリーを作る為に。そして、その理想こそが、230万の死者を少しでも減らすと信じて。

 

 

「あ、あの……そんな難しい顔をして、どうしたんですか……?」

 

 声をかけられた方に猫宮が振り向くと、ひっつめおでこの少女が恐る恐るといったかんじに猫宮の方を見ていた。まさかこんな所で出会うなんてと驚きつつ、猫宮は斎藤に話しかける。

 

「ん、ああ、補給が滞っててね……」

 

「えっ、5121にも、ですか……?」

 

「ああ、違う違う。知り合いの部隊の。5121とか黒森峰とか、自分たちの知り合いには最優先で配られてるけど」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 それを聞くと、目の前の少女はしゅんとした表情で顔を伏せた。

 

「君の部隊は?」

 

 猫宮がそう聞くと、斎藤ははっと顔を上げて言った。

 

「え、えっと、まだ部隊はなくて、第八十七戦車学校の学生です」

 

「なるほどね、戦車学校……。戦車は何台有る?」

 

「え、えっと……廃棄寸前のが、1台……」

 

 そう言うと、斎藤はまた顔を伏せた。部隊で一人危機感を持っているだけに、それがとても不安なのだろう。

 

「ああ、大部分はあの熊本城での戦いで消耗しちゃったかな……凄い戦いだったからね」

 

「あ、はい、見ました! 5121小隊が大活躍したって! そ、それで猫宮千翼長はその中でも特に凄いエースだって!」

 

「はは、ありがとう。でも今はまた階級が上がって万翼長だけどね」 

 

 くすっと笑って猫宮は斎藤が話しかけてきた訳を納得した。大エースが一人、周りとは全く違う不安な表情で佇んでいる。だからこそ話しかけてきたのだろう。

 

「あ、あの、この戦争、大丈夫でしょうか……?」

 

「危ないね。人類側が戦線を保っているのが奇跡――と言っても良い」

 

 不安げな表情で訪ねてくる斎藤に、猫宮は希望も何もない無慈悲な一言を告げた。途端、斎藤の肌が泡立った。幻獣を殺し続けてきたエースが、危ないと言っているのだ。

 

「奇跡……」

 

「うん。君の所みたいにね、補給もままならないところも多くてね。――もし休戦期までに大攻勢があったら、君たちもそのまま駆り出されるかな」

 

「えっ、で、でもでも……! わ、私たちまだ学校に入って1週間と少しなんですよ……!?」

 

 信じられない――いや、信じたくないと斎藤は声を重ねた。しかし、猫宮は無情に告げる。

 

「5121の自分たちはね、訓練期間は2週間とちょっと。シミュレーターで2,3日、実機で2,3回動かしたらあっという間に実戦投入。あの熊本城決戦の時なんかね、銃の整備の仕方も知らない、撃ち方しか教わってない戦車随伴歩兵が隣の陣地に来たんだ」

 

 猫宮の言葉に、これ以上無いくらいに驚愕に染まる斎藤の顔。前線に出たらすぐに全滅する――そんな未来を想像したのだろう。

 

「生存率を少しでも高めたいなら、体力作りなり、銃の撃ち方なり整備なり、覚えておいたほうが良いよ。――じゃないと、生存確率も、助けられる優先順位も限りなく低くなるから」

 

「えっ、あ、あの、でもでも、どうしたら……!?」

 

「……明日、この場所で合同訓練するから。やる気があるなら、来て」

 

「あっ、はい、わ、分かりました!」

 

 猫宮からメモを受け取り、何度もお辞儀する斎藤。

 

「さて、明日は何人集まるかな……」

 

 そうため息をつく猫宮。熊本城決戦以来、集まる新人は少なかった。

 

 

 

 

 街を散策しても、食べ物屋は大抵が閉まっているか崩れていて、学兵たちは腹を空かせていた。だからこそ、自然と集まる場所があった。

 

「うわ~、ごった返してるなぁ……」

 

 線路側の物資集積場に訪れた猫宮は、ごった返す学兵たちを遠巻きに見ていた。自然休戦期も近いと見て、鉄道警備小隊の兵たちも、大盤振る舞いをしていた。ぷんと漂うカレーの匂いの中心へと、学兵たちが並んでいた。炊き出しを行っているようだ。

 

「……しっかし、これは……」

 

 学兵たちの表情は、弛緩しきっていた。決戦前は兵たちの顔に悲壮感や不安やら、負の感情が見えたものだが、そのような表情はここにごった返している学兵たちには見えなかった。最も、学兵でない者たちもそれなりにいるのだから当然だろうか。もうすぐ休戦期だからと、訓練もろくにせずサボってここに来ている訓練生もそれなりにいるのだろう。

 

「……ちょっと活でも入れておくか」

 

 そう呟くと、猫宮は徐ろに炊き出しを行っている兵に近づいていった。

 

「おいおい、カレーを欲しけりゃちゃんと並んで――って、まさか、猫宮千翼長!?」

 

 よそっていた兵士が、驚いた表情でこちらを見た。そして、周りのざわめきが一瞬止まり、視線が一斉に猫宮の方を見た。

 

「あはは、ごめんごめん、ちょっと覗きたくなっちゃって。後、今は出世して万翼長ね」 人懐っこい笑みでくすりと笑いながら猫宮が言う。

 

「いえいえ、とんでもないです!」

 

 そう言うと、猫宮は山盛りのカレーをよそわれた。それに文句を言う者は、誰もいない。

 

「えっ、あれ、猫宮さん?」 「本物だよ本物、見ろよあの勲章」 「うわっ、黄金剣突撃勲章……凄い……」 「なんというか、風格有るよな~……」

 

 学兵から生まれた絶対的なエース。テレビでもラジオでも、連日放送されている、学兵たちの伝説の姿がそこにあった。ガヤガヤと、この集積所にあふれていた兵達が猫宮を何重にも取り囲む。

 

「おおっ、肉もたっぷり、じゃがいも玉葱人参……しっかりカレーしてるね」

 

「はいっ、そりゃもう、もうすぐ休戦期も近いんで、大盤振る舞いです!」

 

 褒められて兵は笑顔になった。そして他の兵にも配膳を進める。

 

「うんうん、休戦期も近いし、沢山食べて戦いに備えないとね」

 

「えー、でも、猫宮さんも活躍してますし、もう戦争も終わりますよね!」

 

 猫宮の言葉に、無邪気に一人の学兵が声を重ねた。

 

「ううん、結構危ないよ?」

 

 猫宮の言葉に、ざわめきが止まった。信じられないと言った表情で、顔を見合わせている。

 

「えっ、で、でも……あの熊本城の戦いで人間は大勝利を収めたんじゃ……」

 

「まあ大勝利だね。その代わり損害もたくさんあって、あちこちの部隊もやられちゃったけど」

 

「じゃ、じゃあそこまでの勝利なら、もう幻獣は居ないんじゃ……」

 

「幻獣の総数とか、誰が把握してるの?」

 

 猫宮の言葉に、次々と沈黙していく。賑わっていた集積場が、今では通夜もかくやと言った暗い雰囲気に包まれた。

 

「まだ、休戦期まで時間有るし。100%攻勢が無いとは言い切れないし。訓練生だったりする奴は、ちゃんと訓練しといたほうが良いよ? 戦場じゃ、常に最悪を考えないと」

 

 そう言って猫宮が見渡すと、何人もの学兵たちが目を伏せた。

 

「ん、美味しかったよ、ごちそうさま!」

 

 猫宮は笑顔でそう言うと、掲示板の方へ歩き出した。一斉に、左右に別れる学兵たち。

 

「はい、これ。明日この場所に来て。――合同訓練するから。このまま何もなかったらめでたく軍務からは解放されて、何かあったら――学んだ知識が命を救う」

 

 掲示板にメモを貼って、周りを見渡した。周りの皆が、困惑していた。

 

「それじゃ、気が向いたらまた来るよ」

 

 猫宮は配膳していた兵に笑いかけると、集積場を後にした。残された学兵の何割かが、代わる代わる、メモを見ていた。

 

 

 

「見事に危機感を持たせたな」

 

 振り向くと、千代美が立っていた。腕を組んでキリッとした表情をしているが、口の周りにちょっとだけカレーが付いていた。

 

「うん、空気がだらけきってたからね。後安斎さん、口の周り、まだ残ってる」

 

 猫宮が苦笑しつつそう言うと、「なっ!?」と顔を赤くしながら驚いて口をハンカチで拭った後、千代美が表情を取り繕った。

 

「こほん……それで、危ないのか?」

 

「……うん、そう見てる。最悪に備えないと」

 

「……だからこそウチにも真っ先に急造品の対空車輌を更に送ってよこした訳だな……」

 

 千代美は顔を伏せてため息を付いた。

 

「そういうこと。……悪いけど、浮かれるのは休戦期まで待って。また合同訓練で詰めておきたいから」

 

「了解だ。ウチの子たちにも言い聞かせておく。文句はたくさん出るだろうけどな」

 

 千代美が苦笑した。明るく素直なのは長所だが、素直すぎるのも問題だ。

 

「あはは、そこら辺はまあ、頑張って。手伝えることなら、手伝うから」

 

「そうだな、では……」

 

 といいつつ、千代美はチラッと集積所の片隅を見た。そこでは、警備小隊の兵が、チョコレートを配っていた。

 

「うちの子達全員分に持っていってやりたいんだ。是非確保を手伝ってくれ」

 

「オッケー、じゃあ貰っていこうか」

 

 くすっと笑いつつ、猫宮は警備兵の所まで寄っていった。知名度効果は抜群であり、見事にチョコレートを一箱せしめる猫宮。上手く行ったと喜んだが、千代美はまた表情を曇らせた。

 

「ん? どうしたの?」

 

「あ、い、いや、こうもお世話になりっぱなしだとどうお返しをしようかと……」

 

「あはは、別に大丈夫だよ?」

 

「そ、そうはいかん! 世話になりっぱなしだと乙女として沽券に関わるのだ! ……し、しかし……」

 

 しかし、お返しに足る物が無い。特にこの戦時下では。

 

「まあ、焦らなくてもいいよ。生き延びたら、ね」

 

「そうだな、生き延びたら、だな……」

 

 自然休戦期まで後2週間と少し。近い。されど、戦争はまだ終わったわけでは決して無かった。

 

 

 

「ふふふふふ……贈り物に悩む乙女……いい、凄くイィ! これは利用できますねええええええぇ!」

 

 とか何やらこっそり覗いている奴は見なかったことにする。いや知らん!

 




斎藤はここで登場です。皆が浮かれている中、一人危機感を持っていて、それで空気が読めないとか言われてしまう可哀想な子。だからこそ榊師も自分も好きなのですが。
……そう言えば斎藤といい雰囲気になっていた椎名君、どうなったんですかねえ……?斎藤が橋爪に気を持ってからと言うか撤退戦以降影も形も出てきませんが……



(ソックスは伏線からしっかり作っていくスタイル)


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荒波小隊危機一髪!

※1/23:善行戦闘団を善行戦隊へ改名


 荒波中佐は非常に不機嫌であった。主な理由は2つ有る。まず一つ。自分は怪我で後方に護送されて教官の職についているのに5121の若者たちは膨大な戦果を上げ続けていること。

 そしてもう一つは、目の前で倒れて無様を晒しているパイロットと呼ぶのもおこがましい役立たず共の教官をしていることだ。

 

 藤代達凡人は勿論の事、大天才である自分がありがたくも直々に何度も何度も教えても、一向に良くなる気配がなかった。そして、次に入ってきた基地司令官からの連絡で、その不機嫌は頂点に達した。

 

「……実はな、ウチの試作実験機小隊が壊滅した」

 

「壊滅、ですか?」

 

 思わず耳を疑った。聞きなれない表現に、荒波は顔をしかめた。

 

「たった今、栗田中尉から報告が届いたところだ。菊池方面に展開していた小隊機が有力な中型幻獣を含む敵と遭遇してな、2機とも大破した。中尉は時期に戻ってくるだろう」

 

 どうやら、かろうじて作った3機の試作実験小隊が壊滅したらしい。わずか数日の寿命であった。

 

「気の毒に。戦線投入を急ぎすぎましたね」

 

 熊本城の決戦において、もはや士魂号の有用性は揺るぎないものとなった。なので、芝村閥に負けない士魂号の実績が欲しかったのだろう。そんな上層部の思惑に引っ掻き回されたパイロットたちを荒波は哀れに思ったが、それは他人事ではないとすぐに思い知らされる。

 

「勘違いするな。君の感想が聞きたいわけではない。そこで我々としては急遽、小隊を再編成することに決定した」

 

「再編成……ですか? しかし、機体もパイロットも有りませんが」

 

「君の下で2機の複座型が遊んでいるだろう。その2機を試作実験機小隊に配属する」

 

 開いた口が塞がらなかった。そこから何度も司令に抗議するも受け入れられず、そのまま配属されることとなった。通信を一方的に切断された荒波は、荒々しく受話器を叩きつけた。

 

 

 

 

 夕刻、猫宮は善行とともに小隊司令室で西住中将と通信機越しに向かい合っていた。

 

「……それで、一度実験小隊が全滅したのにもう一度引っ張り出して戦果をどうにかして上げさせたいと……情実に基いて、ですか?」

 

 呆れた様子の猫宮の言葉に、西住中将は目を伏せながら「そうだ……」と言った。横では善行も苦笑して眼鏡を押し上げている。

 

「色んな人とお話したと思うんですけどね……」

 

「……若手を中心に分かってくれる将官もそれなりに居るが一部の上層部はその……な……」

 

 西住中将はことさら済まなそうにしている。軍とは極端な縦割り社会であり、特に薩摩や会津閥はその傾向が強い。下からの慎重意見は丁重に参考にされた上で退けられたのだろう。

 

「それで、援軍を出せば宜しいのですか?」

 

「ああいや、いきなりと言うのも政治上都合が悪くてな……後から『たまたま』駆けつけられたと言うようにしてほしい」

 

 この言葉に、更に苦笑する二人。そしてとても上官には思えないくらいに縮こまる一人。

 

「それじゃ、1機が整備不良で戦場に遅れて、駆けつけるころには戦闘が終わるだろうから他の戦区へ応援――ですかね?」

 

「それでいいでしょう」

 

「……すまない」

 

 こんな下らない派閥の我儘に付き合ってくれる二人、そして5121小隊のメンバーに西住中将は深々と頭を下げた。

 

 

 

 次の日、出撃の時に善行戦隊は急に戦区の変更を命じられた。なお、善行戦隊の命名は、5121、黒森峰、聖グロリアーナ、アンツィオと集団が増えたので急遽付けられた名である。

 

「阿蘇戦区へだと……?」

 

 芝村が眉を吊り上げた。目の前にそれなりの規模の幻獣が居るのに、いきなり戦区の変更とはどういう訳であろうか。

 

「そんなっ! 無理です。自衛軍のあの部隊では……」

 

 壬生屋も甲高い声を上げた。

 

「壬生屋の言う通りであろう。熊本市内への突入をはかるべく、菊池戦区にはしきりに中型幻獣が出没すると聞いている。ここは政治的な思惑は抜きにして向かうべきと思うが」

 

 そういう芝村に、善行は淡々と声を返す。

 

「しかし、阿蘇戦区の状況は更に深刻ですよ。御存知の通り、あの方面にはしばらく鳴りを潜めていたスキュラの存在が確認されています。我々が一撃を与えねば、敵戦力はますます増強されます」

 

「それはそうだが……」

 

「まあ、『偶然にも』滝川の機体がまだ調整中だし、何かあれば向かえるでしょ」

 

「……むぅ、了解した……」

 

 納得しない芝村に、猫宮が言い募る。この辺の政治的なあれこれは、芝村の苦手とする分野だ。

 

「では、阿蘇戦区へ進軍ですね」

 

「了解いたしましたわ」

 

 まほと凛も了解と通信を送った。

 

「ええ、では善行戦隊……出撃します」

 

 善行は、この己の名のついた戦隊を呼ぶのに非常にむず痒さを覚えながら、命令を下した。

 

 

 

 菊池戦区では、今丁度とある陣地に有力な幻獣群が向かっているところだった。戦車随伴歩兵が5個小隊篭っている陣地にミノタウロス8、ゴルゴーン8、その他スキュラも接近中。もちろん他に大多数の小型幻獣。この頃の史実の学生の戦車随伴歩兵なら、適切な火力を装備した2,3個小隊でやっとミノタウロス1を相手にできる計算だ。つまり、このままでは全滅である。

 

と、この状況で1号機田中と2号機藤代で意見が別れる。田中は待ち受けて撤退支援と言い、藤代は陣地に行って撤退支援を主張する。今までずっと荒波という天才に守られ続けてきたこの4人は、まずこの4人での指揮権の順位からして決めていなかったのだ。

 

「だめだよ、藤代! 今のまんまじゃ死にに行くようなものだよ!」

 

「だったら1号機もつきあって! 友軍から何度も何度も救援要請が入ってるの。 田中、わたしたち、これまで司令におぶさって楽ばかりしてきた。ずっと基地で楽をしている間に、何千人も何万人も死んでたんだよ。それでいいの? それで戦争が終わって生き延びてよかったで済むの?」

 

 藤代の言葉にショックを受ける田中。救援に向かう2号機に、田中も決意すると1号機もそれに続いた。

 

 2機が駆けつけた時、陣地は蹂躙され、小型幻獣で埋め尽くされていた。僅かに残る塹壕とトーチカ群が、なおも機銃音を響かせている。2機はジャイアントアサルトで小型幻獣の掃除を始めると、友軍の機銃音も激しさを増した。

 

「じきに中型幻獣が引き返してきます。3分後に撤退して下さい!」

 

 藤城が拡声器で呼びかけた。その間も掃除していく2機の間で生体ミサイルが着弾し爆発。装甲が腐食していく。

 

「迎え撃つのは×だからね! わたしたちにできるのは撤退支援だけだからね! バカ藤代、頭、どうかしちゃったんじゃない?」

 

「あんたはできることもやろうとしなかったでしょ?」

 

 すぐに返事が帰ってきて、田中は憮然となった。撤退支援なら出来る。ミノタウロスに追いすがられても最高速度は50キロの差がある。だとしたら、冷静さを失ってキレていたのはわたしか?

 

 不意に500メートル先で爆発音が複数響いた。田中が視点をめぐらすと、3体のミノタウロスが炎を上げて倒れ伏すのが見えた。その背後200メートルほどの窪みから軽装甲が1体、身を起こした。右手に装着したジャイアントバズーカを投げ捨てながら拡声器で呼びかけてきた。

 

「だからぁ、やばいって! すぐに逃げろ。 スキュラが1体、北東から来る。ぐずぐずしてっとミノタウロスとゴルゴーンに挟み撃ちにされるぜ」

 

「やれやれ、こんな所で口喧嘩とは呑気なものだ」

 

 更に、他の方向から建物の影に隠れた装輪式戦車が3輛見えた。2輛は25mm砲、1輛は120mm砲を装備している。

 

「あれぇ、もしかして……」

 

 通信を繋ぐと、田中も現れた援軍に呼びかけた。

 

「へっへっへ、俺、5121の滝川。それと……」

 

「アンツィオの安斎だ。友軍を支援するために残れと言われてな」

 

 そう言いながら滝川の2番機は駆け抜けながらジャイアントアサルトを装備しつつ、陣地前の小型にグレネードを雨あられと広範囲に降らせた。そうして出来た道を、アンツィオの3輛が疾走しながら前に出ていたミノタウロスに当てる。こんな動きは、自衛軍はおろか自分たちにだって出来なかった。

 

「荒波小隊1号機と2号機です」

 

 藤代の声が戦場に響き渡る。現在は正式には試作実験機小隊なはずだが、藤代の口調にはどこか誇らしげな響きがあった。

 

「荒波中佐の小隊の……? それにしては動きが……」

 

 安斎と名乗った対空車輌の隊長から、怪訝な声が漏れた。その言葉に、胸が痛くなる荒波小隊の4名。

 そして2番機が戦場を駆け抜けながら小型を掃除し続け、その2番機にターゲットを向けた幻獣が横から25mm弾と120mm弾を受けてまた炎上する。4名が思わず見惚れるような連携だった。

 

「ほらほら、ぼさっとしてないでさっさと逃げようぜ!」

 

 1機と3輛は追い縋るミノタウロスをさっと片付けると、踵を返した。3輛が先行し、2番機はあちこち走り回って逃げ遅れた陣地の救援をしている。

 

「あ、あの、わたしたち、臨時に実験機小隊に配属されたんだけど……」

 

 いいかけた所で、ビシリと鋭い音がして土木2号のレーダードームが吹き飛ばされた。

 

「スキュラだ! くそっ! 稜線に隠れていたか……!」 千代美が舌打ちする。

 

 途端、視界が濃い霧に閉ざされる。その煙幕に、田中は次の行動に躊躇した。

 

「ばっかやろ! 土木2号を連れてとっと逃げろ!」

 

 2番機が走りながらジャイアントアサルトを撃ってスキュラの気を引き、体が横にずれた所で2輛の車輌から25mm砲弾がスキュラへと飛んでいく。その間も、田中はパニックに陥っていた。

 

「おいおい、土木2号、動けるか?」

 

 滝川の呼びかけに、すぐに藤代からの返事が戻る。

 

「なんとか。視界も確保。煙幕弾を撃ってくれたの、滝川さんですか?」

 

 藤城はしっかり状況を把握しているようだ。その間にも2番機と3輛は動き続けている。

 

「ほら、とっとと逃げようぜ! 後ろからミノタウロスもまだ追ってくる」

 

「一緒に逃げるが、こっちは踏むなよ!」 「48計逃げるが勝ち!」 「色々と間違ってるよそれ!」

 

 慣れた様子で逃げる2番機と、アンツィオ小隊。しかしその間、田中は無我夢中で時間の感覚も記憶もなかった。そして、視界が晴れたと思ったら800メートル先にスキュラが漂っていた。

 

「2番機、また気を引いてくれ。その後撃墜する……って、おい、そこの!」

 

 呆然と立ち尽くす1号機を尻目に、軽装甲も3輛も、2号機も遮蔽に隠れていた。

 

「ど、どうしちまったんだ土木1号、ぼんやりしてっとやられっぞ!?」

 

「おい、とっとと隠れるんだバカ!」

 

 滝川と千代美からも声が飛ぶが、田中のフリーズ状態が操縦手の村井にも伝染したらしい。そのままレーザーに右腕を吹き飛ばされる。

 

「田中、村井――!」 叫ぶ藤代。

 

「バッキャロー!」「このバカっ!」

 

 慌てて2番機と安斎の乗っている車輌が出てきて、スキュラへと集中砲火を叩き込んだ。落ちるスキュラだが、そこへもう1匹やってくる。

 

 もう駄目かなと諦めの気持ちがよぎった時、その残りの1匹へ何かが突き刺さったかと思うと爆発した。

 

「まったく、1匹2匹のスキュラにオタオタしやがって。たるんでるぞ、おまえら」

 

 拡声器から懐かしい声が響き渡った。荒波の声である。

 

「司令……!」

 

 感極まった田中が涙声で呼びかけると、荒波の笑い声が戦場に響き渡った。

 

「ふむ、この周囲には幻獣はいないな。すまないが地味な滝川君とアンツィオのお嬢さん方、少し手伝ってくれんかね?」

 

「ちぇっ、また地味っすか? まあ了解っす」

 

「こちらも了解です。全車両反転、援護するぞ」

 

 そう言うと2機と3輛は幻獣の群れへ取って返し、あっという間に残ったゴルゴーンやミノタウロスを殲滅した。その光景に、呆気にとられる4名。あの5121で一番冴えなかった軽装甲のアイツでさえ、今はすごい動きをしていた。

 

 殲滅し、上機嫌に戻ってくる荒波。

 

「ははは、どうだ、久々の動きは」

 

「あ、相変わらず凄かったです!」

 

 その荒波に藤代が言うと、荒波もそうだろうそうだろうと頷いた。だが、そこへ通信が入る。

 

「……荒波中佐、何時もあんな風に戦っていたのですか?」

 

「おお、そうだぞ! 今日は君らがいて更に楽だったがな!」

 

 得意げに言う荒波。しかし、千代美はため息をついた。

 

「……そりゃ、スキュラ1匹にオタオタするのも当たり前でしょう。だって、経験が無いんですから」

 

『―――!』

 

 千代美の指摘に、息が詰まる4名。荒波も相当にバツが悪そうである。

 

「言い争いもしてましたし、指揮権もはっきりさせてませんでしたね? ……過保護なのもいいですけど、少しは鍛えないと自分で生き残れませんよ……?中佐も、何時も彼女たちと出撃できるわけではないのでしょう?」

 

 その言葉に更に押し黙る荒波。少女から痛いところをつかれまくりである。そして、滝川も2機の動きに思うところがあったのか、何も言わない。

 この時千代美の心中は複雑だった。自分たちだって、5121の連中だって、黒森峰だって聖グロリアーナだって、前線で散々に揉まれてきたのだ。だが、この2機はずっと後ろで適当にやってただけらしい。何度も何度も戦場に出てるはずなのに、5121のパイロットたちとは比べるのもおこがましい拙い動きであった。動きのキレだけでなく、判断もである。敵が目の前にいるのに棒立ちとは、よく今まで死ななかったものだ。腹立たしさやら呆れやら、複雑に入り混じっていた。そして、だからこそのお説教であった。

 

「……すまん」

 

「謝るなら死にかけた彼女たちにしてあげて下さい。では、滝川さん、行きましょう」

 

「りょ、了解。それじゃ、失礼します!」

 

 千代美に言われ、滝川は機体を敬礼させると仲間と合流すべく阿蘇戦区へと向かっていった。

 

 

 

 別れてから、なんとも言えない声色で荒波が通信を入れてきた。荒波は昨夜基地を抜け出して単身、顔と態度のでかい奴の所へ直談判しに行ったらしい。そして、岩国へ行くというのだ。

 

「……あー、でだ……お前達、戦い方についてなんだが……」

 

「……覚えます、是非教えてください!」

 

 荒波の声に、藤代が声を上げた。今回のことが相当応えたらしい。

 

「わ、私も!」 「私にも!」 島と村井も、同様のようだ。

 

「あ、あの、私も……」

 

 それにつられて田中もおずおずと声を上げた。

 

「俺様は天才だから教えるのにはあんまり向かんのだが……まあいい、じゃあ岩国へ行ったら特訓だな!」

 

『はいっ!』

 

 荒波の言葉に、部下4人は一斉に返事をした。

 

 

 

 

 

 

 




 はい、荒波中佐の部下4人のお話でした。そこに政治も少し交えてあれこれと。
支援には滝川の2番機及びアンツィオの3輛の対空車輌の内の2輛と、黒森峰から1輛借りての3輛編成でした。

 アンチョビを行かせたのは、少数戦闘において一番視野が広く尚且つ対空車輌を使えるので地上と航空、どちらのユニットにも対応しやすいこと。そして荒波への指摘のためでした。
 一般の学兵から見ると、彼女たち4人は本当に恵まれていて尚且つ歯がゆいというかイライラするというか羨ましいというか、そういう複雑な感情を持ってしまう相手だと思うのですよね。ずっと大エースに守られて、強い機体に乗れて、尚且つ危険な場所に出なかった。そのお陰で、ろくに戦えない。熊本城決戦後5121と1,2回一緒に戦ったアンチョビからすれば、お前ら複座型2機も居るんだから一斉に突っ込んでミサイル撃てよとか思ってもしかた無いと思うのです。

 黒森峰も激戦区にいたのは同じですが、彼女たちも最初の内は他の部隊より大事に育成されてましたし。だから一番厳しい環境にいたであろうアンチョビに行ってもらうことにしました。



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好事魔多し?

 私生活が忙しく、更にスランプ続き&アナザープリンセスとのすり合わせが凄く難しくここまで遅くなりました……申し訳ございません。
 とりあえず、アナザープリンセスは書ける時に外伝として追加していこうと思います。

※2/21 シグ・ザウエルの発砲の止め方を変更。感想でのご指摘、ありがとうございました


 夜、人気の無い街の廃墟を原は歩いていた。市街地で自分を付けてくる気配を振り切ろうと逃げ続けていたらいつの間にかこんな所に迷い込み……いや、追い込まれていた。しかし、不思議と心は落ち着いていた。ただ来る時が来たのだとそう思い、護身用のシグ・ザウエルを取り出し、少しでも有利な地点で迎え撃とうと、移動し続ける。

 

「まさか人相手に、訓練が役に立つなんてね……」

 

 合同の射撃訓練で何度サボろうとしても猫宮に無理やり参加させられたものだが、まさか幻獣相手ではなく人相手に役に立つとは。そんな運命をよこした神様に文句をつけつつ、更に奥へと向かう原。しかし、闇の奥に更に気配があった。気配の有る方に目を向けると、武器を持った男女が何名か、こちらを見ていた。

 咄嗟に、横っ飛びに飛んで隠れる。途端に銃声が響いて自分のいた場所に銃弾が通過していった。そして、後ろから追っていた気配も乱れた。周囲で足音が響き渡り、銃声も何度も交じる。落ち着いていた心は恐怖に染まり、ガタガタと震える原。まさか、共生派が隠れていたのか? だとしたら、なんて所に入り込んでしまったのだろう。自分の間の悪さに、もはや自嘲する気力すら無い。

 

 ふと、後ろから口を塞がれた。心臓が飛び出しそうになり、反射的に撃とうとした銃のデコッキングレバーも下ろされ、弾が出ない。

 

「原さん、静かに」

 

 闇の中から響いたのは、聞き慣れた声だった。恐る恐る振り返るとすぐ側に猫宮がいた。

 

「ね、猫宮君……?」

 

「ダメですよ、追われてこんな人気のない場所に潜り込んじゃ」

 

 猫宮は苦笑しつつ、そっと手を引いていった。暗闇の中、銃撃戦が行われているのを尻目に慎重に、そして急いで我関せずとすり抜けていく。こんな派手な撃ち合いをすれば、そのうち憲兵も駆けつけてくるだろう。しかし、憲兵にも味方はいるのか? 原は不安に思いつつも手を引かれていった。

 

 そして、急に猫宮は原に抱きつきつつ押し倒した。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 小声で抗議しようと思った時、爆発音。原と猫宮は爆発元から少し離れた場所で、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 殺風景な部屋だった。部屋の奥にはスチール製の事務机と椅子が一つ、机上には巨大な砂時計が置かれている。壁には九州中部域戦線の地図が貼っており、配置がピンで表されていた。

 部屋の中には芝村準竜師とその副官、更には善行と芝村舞が居た。アポを取った善行と舞の要求は、それぞれ5121小隊の身の安全と速水を副官にすること。それぞれが、拍子抜けするほどあっけなく承認される。ウィチタがメモを受取り退出した後、舞が話題を変えた。

 

「士魂号部隊の増設が検討されているそうだが」

 

 舞が尋ねると、準竜師が頷いた。

 

「うむ。本格的な話は自然休戦期に入ってからだ。もっとも、すでに気の早い連中が見よう見まねで妙なものを作って大失敗したがな」

 

 そう準竜師が言うと、善行は苦笑した。1度は壊滅、そしてもう1度は自分たちがこっそりフォローをしたものだ。

 

「ふむ、しかしそれで懲りるような連中ではあるまい」

 

「ああ。だが、流石に学習する程度の知能は有るようでな。今度はパイロット候補と、その教官を要求してきた」

 

「しかし、教官は既に荒波中佐が居るのでは?」

 

「あれはお前と同様に出世させる予定があるので、中々に教導には徹しきらせぬし、天才肌なので教えるのが苦手なきらいがある。なので、代わりに教導も前線指揮も出来るエースパイロットが目をつけられてな」

 

「……猫宮か」

 

 舞の言葉に、準竜師が頷く。

 

「本人も芝村派では無いと公言しているだけ有って要求の声が大きいのだ。最も、本人は5121に居ることを望んでいるようだが」

 

「ああ。……あやつも掛け替えのない仲間だ」

 

 舞の言葉に、善行も頷く。自分も、散々に助けられてきたものだ。

 

「まあ、本人の希望はそうだが、それゆえに強引な手段を使うものも少なくないだろう。重々に気をつける事だ」

 

 準竜師の言葉に、二人は重々しく頷くのであった。だが、二人はすぐに思い知ることになる。人同士の厄介事は、思いの外直ぐ側に迫っていることを。

 

 

 

 二人が尚敬高校へ戻ると、香辛料のいい香りが漂っていた。そして、5121のメンバーだけでなく黒森峰、聖グロリアーナ、アンツィオのメンバーの姿も見え、それぞれが思い思いにカレーを食べていた。

 

「あっ、善行さんに芝村ちん!」

 

 香りの元を辿り食堂に入ると、新井木が鍋の番をしていた。

 

「おや、今日も炊き出しですか?」

 

「はい。近所のお店、だいたい壊れてるか疎開しちゃってるし、おなかすいてる人も居るんじゃないかって中村君が」

 

「ふむ。それは良いことだ」

 

 舞が頷きつつ、よそわれたカレーポテトを食べ始める。食料の欠乏は真っ先に士気に関わる。なので、ここでカレーを食べるのは軍人として正しいことだと理論武装しつつ舌鼓を打つ。

 

 善行も盛り付けられたが、食べる前に新井木に訪ねた。

 

「そうそう、猫宮君に話すことが有るのですが……何処に居るか分かりますか?」

 

「あっ、猫宮君は今日見てないです」

 

「そうですか、分かりました」

 

 猫宮はよく、何処かへ出かけては様々な用事をこなしている。今もそうだろうと、この時善行は特に心配もしなかった。

 

 

 

 速水、滝川、茜の3人は、プレハブ側の木ノ下でカレーを食べながらとりとめもないことを話していた。熊本城での決戦から出撃の頻度も敵の規模も減り、速水と滝川の顔には生気が戻っていた。

 

 ずっとパイロットを見ていた茜にはそれがよく分かっていて、ホッとしている。そして、次の話題を切り出した。

 

「なあ、二人共、休戦期に入ったらどうするんだ? 流石に学兵の徴兵は終わるだろうけどさ」

 

 茜にそう言われて、すぐに答えを返せたのは速水だ。

 

「僕はずっと舞についていくよ。きっと舞は軍属を続けるだろうし、なら僕もそれについていくだけさ」

 

 そう言う速水には確固たる意思が有った。あの熊本城決戦の直後から、二人の絆は更に深まったように見えた。

 

「そっかー……二人共パイロット続けるんだろうな……」

 

 そんな速水の様子を見て、滝川は悩んでいた。戦争が終われば、パイロットでなくなる。そうなった時、自分はどうなる? また、家に帰って、あのつまらない学校生活に戻るのか? 母ちゃんの叫び声、暗い押入れ、囃し立てるクラスメイト、そして、あの、赤い、赤い――

 

「――がわ? 滝川っ、どうしたんだ?」

 

 そう考えにふけっていると、肩を揺すられていた。横から、心配そうに速水が覗き込んでいる。

 

「あ、ああ、悪ぃ……ちょっと考え込んじまった」

 

「大丈夫か? まあ、君は頭が悪いんだから僕が代わりにプランを考えても――」

 

 そう言ってくれる、茜も心配そうな表情をしてくれている。ああ、そうか。俺、やっとここで居場所を見つけられたんだ。そう思うと、なんだかとっても嬉しくなった。

 

「いや、俺も士魂号パイロット、続けたいんだ」

 

 そう言うと、思わず笑顔になった。そして、速水と茜もつられて笑う。

 

「じゃあ、僕は士官学校に入って主席参謀にでもなろうかな。二人共、僕の指揮下で存分に活躍させてあげるよ」

 

 最後に、茜が語った。戦いという過酷な現実に投げ込まれた少年たちは、しかしその戦いの中で、何よりも尊い絆を見つけることが出来たのだ。

 

 

 こうして今日もまた1日が過ぎていく。休戦が近づく中皆の胸に有ったのは、未来の希望であった。

 

 

 

 昼過ぎ、5121小隊全体には不安げな空気が漂っていた。猫宮と原が姿を見せなくなって、もう3日になる。何の連絡も無しに、だ。整備班長である原と、戦闘時の中心的存在である猫宮。この二人の不在は5121のメンバー全員が戸惑うのに十分すぎる要因である。

 

「まずいですね……幸い出撃は有りませんでしたが……もし、出撃を挟めば多くの人に知れ渡るでしょう……」

 

「熊本城以来、我らの周りを探る人間も更に増えたな……」

 

「ひとまず、隊の連中と話しておきましょう。何処からか漏れると、マズいですから」

 

 そして、そんな空気を特に発している善行、芝村、瀬戸口の3名が司令室で話し合っていた。熊本城の決戦が終わり、自然休戦期も近づいてきている今だからこそまだ隠せているが、このままでは二人が更に悪い立場に追い込まれる可能性が高い。特に、猫宮は全軍きってのエースである。この事を盾に、一体どんな処罰が下されるか。と、どんどんと悪い方向を想像する思考を切り替えるように善行は頭を振った。

 

「ええ、お願いします。二人共、全員を1組へ集めて下さい」

 

 善行の言葉に揃って頷くと、二人は校内へ隊員たちを探しに行った。

 

 

 善行が1組へ入ると、全員が大なり小なり不安げな表情を向けてきた。善行自身も似たようなものでは有るが努めて表情に出さないようにして全員へ話しかける。

 

「皆さんも知っての通り、猫宮君と原整備班長が現在連絡が取れない状況です。ひとまず、これを病欠とし、全員、無闇に話さないように」

 

 戸惑う中、顔を真っ青にした茜が手を挙げる。

 

「茜君、何か質問が?」

 

「はい。最悪はまだ無い、と考えて良いんですか?」

 

 茜の言葉に、善行が頷く。

 

「はい。直近でのテロ活動や事件はまだ報告されていません。最悪の可能性は限りなく低いでしょう」

 

 その言葉に、多少は安堵の気配が広がる。が、逆に不安を掻き立てられるものも居た。1組の外で、ガタッと言う音がした。音のした方を5121のメンバー全員が見ると、顔を青くした西住姉妹が様子をうかがっていた。

 

 善行は更に努めて表情を押し殺すと、二人に話しかけた。

 

「お二人とも、どうしてここへ……?」

 

「は、はい。猫宮さんと連絡がつかないのでここに来れば知っている人は居るのではないかと思いましたが……誰も居ませんでしたのでこちらへ探しに来て……」

 

 まほの言葉に、みほもこくこくと頷く。

 

 また、厄介な問題が増えてしまった。そう思うと、善行は二人に事情を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 戦争が終わりそうだと思ったら、早速内ゲバめいた事態が起きる人類でありました。うん、君たち、状況を考えようね!


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砂上の楼閣の内憂

結構長くなってしまいました。


 昼過ぎ、疎開で閑散とした集合住宅の一角に、6人の男女が居た。速水、滝川、茜、芝村、西住姉妹の6人である。彼らは誰も猫宮の家を訪ねたことがなかったので、不謹慎とは思いつつも調査とともに見てみたいという好奇心も多分に有ったのだ。あちこちに戦闘の爪痕が残り、現在地を把握しづらくなった街を地図とにらめっこしつつ、ようやく猫宮が隊に提出している住所へとやってきたのだ。

 

「建物名は合ってるな」

 

「では、行くぞ」

 

 茜が確認すると、芝村が階段を登っていく。しかし、やはり鍵はかかっていた。管理人に合鍵を貰おうにも疎開をしていて、その手も使えなかった。

 

「やっぱり閉まっているね……」

 

「なら、裏に回るぞ」

 

 ドアが使えないなら、勿論裏から回るしか無い。まず、速水と滝川が雨樋を伝い苦労して2階へ登ると、ベランダで立ち尽くした。ベランダにも鍵がかかっていたからである。しかも、カーテンが締め切られていて部屋の中が見えない。そして、登るとベランダに居た猫が逃げてしまった。

 

「どうしよう……」「どうする……?」 

 

 ベランダで立ち尽くす二人。そこへ、芝村も登ってきた。

 

「二人で立ち尽くして何をしているのだ?」

 

「えっと、鍵かかっててカーテンも閉まってるから……」

 

「そんな事、予想できたことだろう」

 

 芝村は立ち尽くす二人をどかすと、背嚢からスパナを取り出してガラスへと叩きつけた。ガラスが割れて、ポッカリと空いた穴に手を差し込み、鍵を開ける。

 

「芝村、お前……」「舞ってば……」

 

「たわけ。家に行きました、しかし鍵がかかっていて入れませんでしたでは子供の使いではないか。いいから仕事にとりかかる……ぞ……」

 

 芝村がアルミサッシの戸を開き、カーテンも開いて部屋の中を見ると、絶句してしまった。速水、滝川も同様である。下でハラハラしながら見ていた3人は、その様子を訝しんで声を上げる。

 

「おーい、芝村、どうしたんだ?」

 

「……説明するより見たほうが早い。玄関から入ってくるが良い」

 

 茜にそう言うと、芝村は玄関に行き鍵を開けた。そして、次々と入ってくる残りの3人。そして、反応もまた同じ。

 

「なっ……」 「えっ……」 「これは……」

 

 その部屋には、生活の気配が殆どしなかった。

 

 机・椅子・ベッド・食器・冷蔵庫など……きちんと掃除されているものの全てが粗末で、装飾などは全くされていない。服などはダンボールに詰められている程だ。ゲームや雑誌などの娯楽品も見当たらない。そしてパソコンは、かけられた布を取るとケースの一部が開けっ放しにされていて、ハードディスクが取り外されていた。

 

「……盗まれたのだろうか?」

 

「いや、違う。これ、普段から取り外して持ち歩いてるんだ」

 

 まほの疑問に、茜が答えた。複数回、脱着を繰り返した跡が有る。

 

「誰かが押し入って、盗んでいった……訳じゃ無いですよね……」

 

 みほが、部屋を見渡しながら言う。何か取っていくものが有るようには、見えなかった。

 

 部屋の捜索も、ごく短時間で終わった。部屋に元々ある私物も少なく、何かが消えた痕跡も無い。

 そして、猫宮の部屋を後にする6人の表情は重かった。

 

「……何もなかったね」

 

「……ああ。何も、見つからなかったな」

 

 速水の言葉に、茜が頷く。全員がまだまだ猫宮の事を知らないのだと、思い知らされた気がした。そして、猫宮が頑なに自分の家に他人を呼ばない理由も、良く分かってしまった。

 

「……原の家で、手がかりが見つかっていると良いが……」

 

 どの道、手がかりは無かった。だから芝村はせめてもと、原の家で手がかりが見つかるように願った。

 

 

 

 田代と来須は、主に治安の悪い地帯を歩き回っていた。田代の不良時代のコネと嗅覚を使い、たむろしている不良やら脱走兵やらから情報を仕入れていたのである。来須はその付き添いだ。田代一人では襲われていたかもしれないが、来須のオーラの前では、余程の兵でも無ければ尻込みしてしまうだろう。そして、当然のごとく来須に対等に張り合えるような奴らは居なかった。

 しかし、その事に田代は少し不満げである。元不良としては、一人だと舐められるのが気に食わないのだろう。

 

「しっかし、やっぱり中々見つからないもんだな……」

 

 田代がぼやくと、来須がコクリと頷いた。片方は美人だけ有って注目はされやすいと思うのだが、余程上手く人を避けたのだろうか。そんな事を思いつつ、また一つの集団に声をかけると、ようやく有力な情報が得られた。

 

「そう言えばそんな姉さんなら見たけど、なんか大変なことに巻き込まれてたみたいだな」

 

「大変なこと?」

 

「ああ。なんかテロに巻き込まれてたみたいだな……」

 

「テロにだと!? 何が有ったんだ!?」

 

 ようやく得られた手がかりのとんでもなさに、思わず詰め寄る田代。その必死さにその脱走兵は思わず仰け反りつつ言葉を続ける。

 

「よ、よく分からねーけどよ、夜に銃声がたくさん起きて、その後爆発音が起きて……何が有ったかと遠目に覗いてみたら、その言われたのと似た姉さんと血まみれの男が這々の体って感じで出てきて……」

 

「血まみれだとっ!? そ、そいつは何処へ言ったんだ!?」

 

 血まみれと聞いて、更に目を剥いて詰め寄る田代。来須も目を見開くと、脱走兵を見た。そのプレッシャーに、更に萎縮する。

 

「し、知らねえよ!? その後銃声が近づいてきたから俺達も逃げてよ……」

 

「クソッタレ! とりあえず、この辺りの逃げ込めそうな場所、探すぞ!」

 

 田代がそう叫ぶと、来須も頷き足早に去っていった。情報は得られた。だが、それは手がかりと言うよりは、悪い知らせと言うべきものだった。

 

 

 

 一方、原の部屋には善行・瀬戸口・壬生屋・石津の4人が訪れていた。原の部屋は猫宮の部屋とは違い、この戦時下でも出来得る限り部屋を彩り、また生活感に溢れていた。しかし、そんな部屋で、異常は見つからなかった。原に支給されている情報端末も、そのまま家に残されていた。そして失礼とは思いつつも、原の日記も覗いてみる。壬生屋に「ふ、不潔です!」 などと叫ばれてしまい気まずいが、やむなくという事でページを開くが、日記は3日前で止まっていた。

 

「手がかりは無し……ですね」

 

 善行の言葉に、がっくりと肩を落とす3人。善行自身もひどく落胆していた。人型戦車があまりにも魅力的に映り過ぎたせいだろうか。自分の見通しの甘さをいくら自嘲してもし足りない。そう思っていると、左手の多目的結晶がアラートを鳴らしてきた。

 

『201V1 201V1 全兵員は……』

 

 全員が、思わず左手を見た。こんな最悪のタイミングでか!?

 

「し、司令……」 「……」

 

 壬生屋と石津が、不安げに善行を見た。

 

「……ひとまず、尚敬高校へ戻りましょう。話は、その後です」

 

 

 

 尚敬高校へ戻ると、顔を青くした田代が真っ先に善行に駆け寄ってきた。そして、善行・瀬戸口・芝村の3人に集めた情報を渡す。

 

「……どうでした?」

 

「テロに巻き込まれたらしい。男……多分猫宮の方は血塗れだったって見た奴が」

 

「っ!?」 「それは……」 「なんだと……!?」

 

「ま、まだはっきり猫宮だって分かったわけじゃないけどよ……そう考えたほうが良いかも知れねぇ……」

 

 そう報告すると、田代もウォードレスを装着しに行ってしまった。

 

「……隊員達には伝えるか?」

 

「……まだ、混乱させたくは有りません。少なくとも、この出撃が終わってからにしましょう」

 

 芝村の問いに、善行が答えた。最悪も、考えねばならない。そんな悲壮な想定に、芝村と瀬戸口も重々しく頷いた。

 だが、指定された配置を確認すると、混乱が深まった。善行戦隊に与えられた配置は、演習場であった。ウォードレスを着込みながら意図を考えたが、読めない。そして結局は準竜師に連絡を入れることにした。

 

 

 

「俺だ」

 

「今回の配置についてご説明を頂けませんでしょうか?」

 

 挨拶もなしに、本題をいきなり。芝村式の会話である。善行も慣れたものだ。

 

「ふむ、憲兵隊から共生派のテロはそろそろでは無いかと警告が来てな。生身よりも兵器に守られている方が安全であろう。それに、そなたの戦隊は注目の的でな。あちこちに散らばっているよりは一箇所に居たほうが憲兵としても守りやすかろう」

 

 考えてたよりも更に斜め上の理由に、善行は絶句した。それを、ガハハと笑いながら見る準竜師。

 

「それとな、行方不明の二人は気にするな」

 

「何か、情報が?」

 

 今度こそ無様は晒さないようにと心を落ち着けるが、準竜師から帰ってきたのはまた意外な言葉だった。

 

「なに、あやつは殺しても死なぬような奴だと言うことだ」

 

 そう言われると、さすがの善行も苦笑を隠しきれないのであった。

 

 

 

 

 西住しほが目を覚ますと、戦場の音が近くで聞こえていた。轟音と銃声である。それと、血の匂いも漂ってきた。周りには、他にも倒れている人間が見える。

 

「中将、大丈夫ですか!?」

 

「あ、ああ、何が有った?」

 

 体全体がまだ揺れているような気がするが、何とか体を起こすと、目の前の衛兵に事態を確認する。

 

「はっ、L型にこの建物が砲撃されています! また、共生派が戦闘を仕掛けてきているようです!」

 

「共生派が、だと……!?」

 

 確かに、度々会議の議題にも上がっていたが、ここ1ヶ月で憲兵の働きは目覚ましかった筈だ。だが、奴らの浸透はそれ以上ということか――! 

 

「ひとまず、建物奥へ――うわっ!?」

 

 また、120mm弾が司令部へ撃ち込まれた。その威力は絶大であり、幾つもの壁が貫通され、直線上に居た人・物が引き裂かれた。こう何度も撃ち込まれれば、この周囲が崩壊してしまうのも時間の問題だろう。だが、外へ出るにしても外はL型と、その援護を受けた共生派が目を光らせているだろう。どうすれば……

 

「っ! 伏せてっ!」

 

 衛兵がサブマシンガンで、突入しようとしてきた共生派を薙ぎ払った。それに怯み、生き残った数人が逃げていく。

 

「場所を知られました、ひとまず、移動を!」

 

「ああ」

 

 しほも護身用のハンドガンを手に取るとセーフティを外し、衛兵に連れられて移動する。また砲撃音。さっきまで居た部屋を、120mm弾と破片が蹂躙した。ジリ貧だ、このままでは応援が来る前に蹂躙される……

 

 と、外で突然音楽が流れ出した。それも、暴走族が流すような下品で喧しい曲が大音量でだ。そのあまりにも場違いな音に、思わず戦場の誰もの注意がそちらへ向く。

 

 音の方向を見ると、バイクで誰かがL型に突っ込もうとしていた。L型の機銃座に居た人間が慌てて銃口をバイクへ向けるが、バイクに乗っていた人間が、サブマシンガンで機銃座やL型の周囲に居た共生派を薙ぎ払った。そしてバイクのスピードを落として、バイクをL型に突っ込ませつつ飛び降り物陰に隠れる。

 次の瞬間に爆発。なんて奴だ! バイクに爆弾を仕込んでいたのだ! そして、バイクに乗っていた人間はL型の出す黒煙で見えなくなった。

 

「なんだ、今のは……」

 

「共生派を相手取っていたのだ。少なくとも敵では無いだろう」

 

 しほはそう言いつつ慎重に移動すると、広い部屋近くの曲がり角で、グレネードが落ちる時に発する独特の金属音がした。衛兵とともに咄嗟に壁際に隠れると、爆音の代わりに煙が噴き出る音がして白煙が部屋を覆った。スモークグレネードだ。白煙は、部屋の視界をほぼ0にしてしまった。

 

「くそっ、スモークだ!」

 

「誰か投げたのか!?」

 

「そんなことするはずは無いだろう! 敵だろう、気をつけろ!」

 

 耳を澄ませると、近くには共生派が複数居たらしい。これは、かなり計画的な犯行だろう。と言う事は、これまでのテロは囮か――! と、そんな思考は、人間が倒れる音で中断させられた。

 

「ん、誰d」

 

 煙に紛れて、人が倒れる音がした。そして、血の吹き出す音と血の香りが広がる。

 

「なっ、何が起きたっ!?」

 

「て、敵だ、敵が居るっ!?」

 

 混乱する共生派。更に、一人が口に布を詰め込まれ、仲間の方へ突き飛ばされる。

 

「そ、そこか……って、なあっ!?」

 

 突然迫ってきた体に思わず引き金を引くと、それは味方であった。

 

「ど、同士討ちに気をつけろ!」

 

「そ、そんな事言われてもどうすりゃいいんだよ!?」

 

 一人の死で動揺が生まれ、一回の同士討ちで心が縛られる。後はパニックを起こさないように次々と、事態を認識する間もなく共生派が屠られていく。

 

 やがて煙が晴れていくと、しほは驚愕した。そこには、見知った顔が居たからだ。

 

「ね、猫宮君……?」

 

「あはは、無事で何よりです、西住中将」

 

 頭に包帯を巻いている猫宮は、フードを外しつつ何時も通りの人懐っこい笑みでこちらに敬礼をしてみせた。その両手には、何やら手甲が装着されていた。

 

「き、君が何故ここに……」

 

「テロが起きていてL型も持ち出されているって聞きまして。あ、憲兵さん達もすぐ来るようですよ」

 

 猫宮はそう言いつつ、片隅に居た縛られている将官を助け出していた。わざわざスモークグレネードを投げた理由はこれであった。人質に犠牲を出したくなかったのである。

 

「……他の戦闘車両が来れば生半可な装備では駆逐されてしまうが……」

 

「そっちもバッチリ、応援頼んでいますから」

 

「応援?」

 

 しほがそう首を傾げると、遠くからズシンズシンと、聞いたことのある足音がしてきた。士魂号の足音が一つ。

 

「5121が?」

 

「いえ、0101です」

 

 猫宮がくすりと笑いつつ、やってきた士魂号に通信を入れた。

 

「どうもお疲れ様。周囲警戒、よろしく!」

 

「ふん。この借りは高く付くぞ」

 

「まあまあ神楽、お手柔らかにしておこうよ」

 

 通信を入れつつ、神楽は複座型のセンサーをフルに使い索敵をしている。怪しい動きをしている車両は、今のところ無い。そして士魂号の周囲を、憲兵が固めつつこちらへ向かってきている。そして、憲兵を見守るようにツバメが空を飛び、周囲を猫が見張っていた。

 市内で相次いで起きている共生派のテロは、史実よりも早く、犠牲も少なく鎮圧されていく。

 

「(史実よりは犠牲者は減っただろうけど……)」

 

 それでも、犠牲は出た。そんな事実にまた心を重くしつつ、皆になんて説明しようかと頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 善行戦隊は演習場に展開していた。中央部に整備班達を配置し、その周囲を車輌と士魂号で警戒、更には憲兵も護衛として配備されていた。上としても、彼らをテロで消耗させるわけには行かなかった。

 しかし、それに不機嫌そうにしているものも居る。芝村だ。複座型の中で、刻々と変化していくテロ情勢を分析し、更に士魂号を動かせないことに不機嫌になっていく。

 

「やはり、今からでも士魂号を動かせば……」

 

「対人戦にはなれていないでしょう。それに、瓦礫の除去など、後からの仕事も重要です」

 

「む、むぅ……」

 

 善行にそう諭されるが、やはり不満である。そして、司令部付近の配置を見たことで更に大きくなった。

 

「むっ、司令部のこの識別番号は、神楽かっ!?」

 

「えっ、神楽さん?」

 

「マジで? あいつらも出てるのか?」

 

「あら、お久しぶりですね」

 

 芝村の言葉に、速水、滝川、壬生屋が反応する。

 

「しかし、何故奴らが……」

 

「猫宮に頼まれたからな」

 

『なっ!?』

 

 突然割り込まれた通信にびっくりする5121一同。

 

「猫宮君は無事なのですか!?」

 

 即座に確認する善行。それに、神楽は頷いた。

 

「ああ。最も、起きたのは今日らしいが。ああ、後原素子も無事のようだぞ」

 

 その言葉に、安堵する善行戦隊一同。

 

「なるほど……だが、何故我らを動かさぬ? 練度は我らのほうが上だろう」

 

「お前たちはあちこちで注目されているんだ。動かしたら、目立つだろう。その点我らは機密部隊だからな」

 

 神楽にそう言われ、苦虫を噛み潰したような顔になる舞。道理だ。

 

「あ、あの、司令部って事は母……西住中将は無事ですか!?」

 

 と、そこへまほが通信を入れる。母の安否が気になったのだろう。

 

「ああ、西住中将なら無事だ。司令部を襲っていたL型を、猫宮が片付けた」

 

「また、彼は……」

 

 怪我から復帰したばかりで何をしているのか、思わず善行は呆れた声を出してしまう。いや、待てよ。と言うことは――

 

「……ひょっとして、猫宮君はそこに居ますか?」

 

「ああ、居るぞ。通信も聞いてる」

 

 神楽がそう言うと、しばし沈黙が落ちる。

 

「あ、あはは……どうも、猫宮です。ご心配かけましたか?」

 

 恐る恐る、といった感じに通信に猫宮の声が入る。

 

『当たり前だ!(です!)(だろう!)』

 

 と、猫宮は善行戦隊の面々から総ツッコミを受けるのであった。

 

 

 

 

 爆発で吹き飛ばされた原は、生暖かいものが体に滴るのが感じられた。ぬるっとしたこの感触は――血だ!

 

「ね、猫宮君……」

 

「大丈夫です、行きましょう……」

 

 猫宮は頭に包帯を巻きつつ、原に支えられて更に夜の街を歩いて行く。

 

「は、早く病院に……いや、憲兵を呼べば……」

 

「い、いえ。この怪我だと……下手をすれば後ろに護送されるかも……。憲兵にも、実は派閥が……と、とりあえず、隠れられる場所に……」

 

 そう言うと、猫宮はたまたま近くに有った地下倉庫へと向かった。扉を叩いて少しすると、インターホンから声がした。

 

「誰だ」

 

「猫宮です。ちょっと場所を借りたいんですけど……」

 

「ちょっと待て」

 

 扉が開いて原はびっくりした。裏マーケットの親父であった。その姿を認めると、猫宮は安心したかのように気を失った。慌てて、原が支える。

 

「……テロか」

 

 親父の言葉に、コクリと頷く原。

 

「……場所も薬も好きに使え」

 

 そう言うと、親父は猫宮を粗末なベッドに運んで行ったのだ。それから3日程、原は看病することになった。

 

 

 

「と、こんな事が有ったわけ。私ってば本当に薄幸の美少女よね」

 

 そんな言葉を聞いて善行は苦笑した。迂闊であった。既に、原に強引な手が伸びるほど事態は進んでいたのだ。

 

「ま、良いわ。嫉妬している貴方なんて珍しいものも見れたし」

 

 そう言われ、善行はキョトンとした。

 

「あ、そんな顔してる?って思ったでしょ。してたわよ? 私には分かるの」

 

「……失礼。まあ、致し方ないとも思っていましたが……」

 

 駆け落ちだったとしても、少なくとも自分よりは原を幸せにしてくれるだろうなどと心の片隅では思っていた。そんな様子に原は溜息をつくと、善行にするりと近づく。

 

「あなたねえ、そこは『嫉妬してました』って言って抱き寄せたりするところじゃないの? このヘタレ」

 

 ヘタレと言われて、更に心臓にグサッと来る善行。本当に、彼女には敵わない――

 

「失礼。昔から、臆病でして」

 

「ええ、ホント昔から変わらない。……ま、そう言われるのが嫌なら、少しは変わりなさい。……あ、ちなみに今、私怖い思いして凄い傷ついているの」

 

 そう言うと、原はぷいっと後ろを向いてしまった。少し悩んだが、善行はその小さな背中を後ろから抱きしめることにしたのだった。

 

 




Q:何で爆音流したの?
A:戦場を混乱させるため

Q:テロリストは徹底的に狩り出していたんじゃ
A:史実よりは持ち出されている車輌は一応減っている感じです。しかし、流石に機関銃やサブマシンガンの類までは防ぎきれません。

はい、アナザープリンセスのキャラの登場です。
神楽・秋山含めて善行戦隊の面々はアナザープリンセスのキャラとの面識がある感じです。その話は……いつか外伝で。

撤退戦まであと僅か。外伝か、青春か、他の一兵卒達か、ソックスか、一体何を書こうかな……


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常識人は苦労人枠?

非常に遅くなりました。
そろそろ撤退戦に移行することとなります。


 所々が崩れた熊本の司令部は今、周辺地域ごと厳戒態勢が敷かれていた。史実では丸々司令部が爆破された挙句街のあちこちで、重火器どころか戦闘車両を多数使用したテロが起きた。百人足らずのテロリスト相手に千人以上の将兵が死亡したことを考えれば、今回の被害は少ないと言える。しかし、そんな事を知らない人間にとっては、熊本に常駐する軍の中枢が狙われ、将官含め死傷者を多数出したのは大きな衝撃であった。今は慌てて他の地域から憲兵を増員しようとしている最中である。テロが多発し、折角九州を守りきってもテロの多発で民間人が戻らねば国力は回復しないからだ。

 

 さて、そんな厳戒態勢が敷かれている司令部の一室で、戦闘が終わった後ぶっ倒れた猫宮を介抱した西住中将は、一人の大尉と面接をしていた。名を久場友仁(くばともひと)と言う。長身の骨格をガッシリとした筋肉で覆った、会津派閥若手の俊英である。かつて、西住宅で猫宮と会談したこともある人物だ。

 

「ふむ、5121への出向か……」

 

「はっ。人型戦車を深く学ぶには提出されたデータの閲覧だけでは不足していると愚考します」

 

 

 意見書に目を通せば、これは久場大尉の独断ではなく西住中将が目をかけた若手たちの連名であった。会津・薩摩閥は近年芝村に押されているものの、伝統の長さから集められる人材の層は決して侮れない。情実で引き上げられた者たちとは別に、有能な人材――弁や理論構築に長ける者、政治に長ける者、そして彼らのように思考の柔軟さと実直さを合わせ持つ者などなど――が芝村に対抗するように集められていた(最も、有効活用できているかはまた別であったが)

 

 彼らは先の実験小隊の壊滅及び荒波小隊の戦闘を検討し、芝村に頭を下げてでも学ぶべきだと痛感したのだ。実験小隊それ自体の練度もお粗末であったが、指揮官としても戦場にただ突っ込ませて現場任せでは、部隊を任された将校として無駄飯喰らいもいいところである。

 

「私としては異存は無い。雑音は私が何とかしよう。芝村としても、尉官一人を送り込む程度は早々目くじらも立てないだろう。もし話がついたら存分に学んで来る様に」

 

 西住中将が頷きつつ言うと、久場大尉は見事な敬礼をして退室した。それを見送った中将は、話を通すため各所へと連絡を取り始めた。

 

 

 

 2日後、久場大尉は集まった5121小隊の隊員の前に居た。普段彼が見ているのは男所帯であり、自分を見るのは逞しい将兵たちの精悍な顔である。しかし、目の前の隊員たちはおよそ半数が女性であり、殆どが少年少女と呼べる年齢であり、興味津々といった感じでこちらを見ていた。兵というよりは、やはり少年少女たちの集まりに見える。なるほど、これが学兵というものかと内心頷きつつ口を開く。

 

「自衛軍から出向してきた久場友仁大尉だ。短い間だがよろしく頼む」

 

 そう挨拶をしつつ敬礼すると、彼らは皆パラパラと慣れない敬礼を返す。自衛軍の部下たちは一糸乱れぬ気をつけから敬礼を返してくれるものだが、ここでは違うようだ。少なくとも、兵としての規律は劣っているように思える。だが、規律と全く比例しない戦果・稼働率を目の前の少年少女たちは叩き出しているのだ。そう思うと一概に否定もできないなと内心苦笑してしまった。

 

「と、言っても私は学びに来たので特に堅苦しくする必要も無い。皆、普段通りに活動して欲しい」

 

 そう言うと5121の隊員達に幾らかホッとした空気が流れたのを見て、やはり久場大尉は苦笑を隠しきれないのであった。

 

 

 

 朝の挨拶もそこそこに、久場大尉は善行・若宮と共に整備テントを見学していた。そこでは先程の規律の劣る少年少女達の姿はなく、軽口を挟みながらも人工筋肉の微妙な疲労さえ見分けられるような優秀な整備員の姿があった。

 キビキビと働く整備員達の動きは、演習場で、そして記録で何度となく見た練度の高い戦車随伴歩兵の戦闘機動を思い起こさせる。そして、先程の出来の微妙な生徒を見るような何とも言えない心持ちはすっかり霧散してしまった。

 

「成る程……」

 

「どうしました?」

 

「いえ、彼らは兵士ではなく整備士なのですな」

 

「ええ、そういう事です。敬礼が上手な事より、仕事ができることが優先されます。……不本意ながら」

 

 久場大尉の言葉に若宮が苦笑しながら頷く。そして、善行は久場大尉が出向できた理由に納得した。軍人は往々にして凝り固まった考えを持つ傾向が有るが、彼は柔軟であり、年下なのに階級が上の善行や軍人の型にはまらない学兵たちにも侮らず対応が出来るのだろう。流石に西住中将が学兵の隊に送るだけのことは有る。

 

「しかし、こうして間近で見るとこれほどの整備員が必要な理由が改めて良くわかります」

 

 身長9メートルという大きさもそうだが、構成されるパーツの大部分が人工筋肉――生体パーツである。よって、パイロットだけでなく整備員も既存の人員からの流用は不可能で1から育成しなければならない。まったく、手のかかる兵器である。

 

「お陰で員数の半数以上が整備員なんて特殊な隊になってしまいました」

 

 久場大尉の言葉に善行は苦笑しながら言った。4333という、通常のL型の部隊の補給品として試しに配備された隊も有ったが、既存の整備員では対応しきれずにわずか4時間の稼働――しかもほとんど戦闘機動を行わないのに稼働不能に陥った例も有る。

 

「機体・教官・パイロット候補に整備士……これは借りが多くなりそうです」

 

 人型戦車の部隊を創設する為の苦労を考えてやれやれとため息をつく久場大尉。そんな様子に芝村閥寄りな二人としては苦笑するしか無い。

 

 が、突如そんな空気を壊すかのように、それぞれの多目的結晶へ通信が入る。

 

『201v1、201v1、全兵員は現時点をもって作業を放棄、可能な限り速やかに教室に集合せよ。』

 

 通信が入ると、整備員達は速やかに今行っている作業を終え、教室へと駆け出した。視察していた三人も同じく教室へと向かう。

 久場大尉は、出向してすぐに戦闘を視察できることに、不謹慎ながらも気分が高揚することを抑えきれなかった。

 

 

 

https://www.google.co.jp/maps/@32.818522,130.9403038,7036a,35y,352.12h,44.14t/data=!3m1!1e3

 

 

 本日の戦場は瀬田近辺。豊肥本線に添って熊本へと攻めてこようとする幻獣の撃破である。なお、幻獣の規模が少ないので今回は5121と、黒森峰第1小隊のみの出撃である。

 

「敵影は中型幻獣18を中核とした群れ、小型は250程ですかね」 

 

 瀬戸口から報告が入る。今の5121にとっては取るに足らない数とも言える。勿論油断は禁物だが。

 

「あんだけ倒したのにまだ居るんだな~」

 

「そうだね。熊本城でもうどれだけ倒したか覚えてないくらいなのに」

 

 滝川と速水の軽口が響く。みんなが思っていたことなのか、通信を聞いて頷くもの多数。

 

「ははは、まあ大規模な幻獣の攻勢は確認されてないからな。戦力は結構払底してるんじゃないか?」

 

 と、瀬戸口が安心させるように通信を送るのだった。

 

 

 

 戦場へ向かう道すがら、タクティカルスクリーンを見つつ、善行が久場大尉の方を見つつ問うた。

 

「久場大尉ならどう配置されますか?」

 

「そうですな……セオリー通りなら障害物の多い外牧で隠蔽しつつ配置して迎撃でしょうか。」

 

 その答えに、善行が頷く。平地ではなるべく戦わない、隠蔽するは基本原則である。

 

「そして長距離射撃が出来る2番機と4番機は、左右の山へ配置でしょうか」

 

「ええ。士魂号ならばこの程度の山林は踏破できますので」

 

 実際に自分でも配置を検討してみて、なるほど便利だと久場大尉は得心せざるを得ない。通常の装輪式戦車だけでは1方向からの撃ち合いになるが、人型戦車がいれば3方向から包囲しながら撃てるようになる。

 

「では、聞いての通りです。2番機は南、4番機は北の山林に伏せて下さい。1,3番機は第1小隊と共に外牧で待機を」

 

『了解』

 

 そう命令を受け、士魂号は防御陣地に居る仰ぎ見る兵たちの視線を受けながら、それぞれへと配置されていった。

 

 

 静かな戦場に、ヘリのローター音が近付いてくる。

 

「2・4番機、砲撃開始」

 

 号令と共に森に伏せていた2機が起き上がり、92mmライフルできたかぜゾンビを叩き落とす。セオリー通り、厄介な航空ユニットを先に狙い、他の地上ユニットの脅威を減らす。

 

「滝川機、猫宮機、きたかぜゾンビ撃破」

 

 コックピットに響き渡った東原の声を聞き、1番機が動き出した。

 

「参りますっ!」 「各車、1番機の援護を」

 

 左右からの砲撃に戸惑った幻獣に向かい、駆け抜ける漆黒の重装甲。第1小隊の援護を受け、腕を振り上げるミノタウロスへと突進する1番機。ミノタウロスの左右に居たキメラが砲撃で吹き飛ばされ、1番機はミノタウロスの攻撃を余裕を持って避け、一閃。あっという間に3体の中型が爆発する。更に、山からの打ち下ろしによりナーガが更に2体撃破される。

 

 

「ははっ、早くしないとみんな取られちゃうね!」

 

 18体居た中型は既に10体にまで減らされている。これではミサイルを撃つ機会もなくなってしまうと、速水が駆け出す。

 

「ふむ、では残りは全部喰ってやろう―「1号車、ミノタウロス撃破」「1番機、ミノタウロス撃破」「4番機、ゴルゴーン撃破」ええい、更に減ったか!」

 

 次々入る撃破報告に舌打ちしつつ、芝村は下向きのGを感じつつ残った中型と、小型の溜まりにミサイルをロック、着地し衝撃が消えたと同時に、ミサイルを発射した。24発のミサイルが、次々と敵へ飛んでいく。

 

「速水・芝村機、ミノタウロス2、ゴルゴーン4、ナーガ1撃破、小型幻獣多数撃破」

 

 すべての中型幻獣が撃破されると、残った小型幻獣は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。それを追撃する4機の士魂号。そして、この速さに驚愕する久場大尉。

 

「改めて、凄まじい破壊力ですな……」

 

「ええ」

 

 久場大尉の言葉に、善行も頷くしか無い。全く、初顔合わせではどうしようもない素人の集団にも思えた面々だが、今では熊本最強のエース部隊である。若宮もそうだが、善行にとっても感慨深いものがある。

 

「しかし、指揮官としてやることが殆どありませんな……戦車と言うより、歩兵を指揮しているかのようです」

 

「『人型』戦車、ですので。私も最初、苦労しました」

 

 人型戦車は、装輪式戦車と違い少人数で動かせる。よって、種別は戦闘車両なのだが形状とあいまって歩兵としての側面が強い。故に、戦闘が始まってからはパイロットの個々の練度と連携に非常に依存する。

 

「これはむしろ、何処の戦場へ動かすかなど大局的な動きを見る必要がありますな」

 

 またも善行が頷く。既にパイロットたちは善行の元を離れて個々に戦術を練り上げ、数多の戦場で最適化させていった。後はもう、その戦術の向かう方向を指し示すだけであった。

 

「こちら西住、残敵掃討終了しました」 「こちらも同じく」

 

 会話の合間に、まほと芝村から戦闘終了の報告が送られてきた。瀬戸口もタクティカルスクリーンを見て、状況を確認、善行に合図を送る。

 

「ご苦労様です、こちらでも確認しました。全機、帰投しましょう」

 

『了解』

 

 こうして、撤収していく士魂号は被害の全く出なかった陣地の兵に歓声に見送られ、帰還する事となった。帰還後、知的好奇心を大いに刺激させられた久場大尉は、デブリーフィングにも積極的に混じり、出来得る限りの知見を深めようとすることとなる。

 

 

 

 




久場友仁:オリジナルキャラクター。階級は大尉。外から見るだけではと、わざわざ5121に出向してきた人。軍人としての常識人だが矢吹少佐のように柔軟性も併せ持つ。


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九州撤退戦
撤退戦・あるいは潰走の始まり


いよいよ始まりました撤退戦。参考資料の地図に追加がありますので、興味があればぜひそちらも一読して見て下さい。


 5月6日、○五○○。それは、唐突に始まった。戦線の突出部に強力な陣地を構える精鋭の針ネズミ陣地が、突如として大攻勢に晒されたのだ。阿蘇戦区の北と南から一斉に押し寄せる幻獣。精鋭は先に逃げ出し、使い捨ての学兵たちは残される。そんな地獄が、唐突に出現した。

 

 

 善行戦隊は大津戦区で、極々小規模の幻獣の群れを片付けた所だった。損害など皆無で、戦闘員達は拍子抜けするほどだった。が、指揮官たちはそれどころではなかった。

 指揮車の中で、善行・久場・瀬戸口の3名は食い入るようにタクティカルスクリーンを見ていた。――最悪だ。

 阿蘇戦区は包囲するように幻獣が押し寄せ、豊肥本線を中心に味方が撤退しようと殺到している。ここ熊本も敵の包囲が迫っている。

 

「こちら若宮であります」

 

「状況は?」

 

 逡巡している内に、若宮から連絡が入った。即座に無線を取る善行。

 

「針ネズミ陣地がほぼ陥落、3077他数名を連れ撤退中ですが、途中で病院を見つけました。ただ今、出来得る限りの物資と人員を詰め込んでいる最中です」

 

「分かりました。君たちとの合流地点は熊本空港に隣接する旧菊陽CCのトーチカ陣地です。こちらからも迎えを出そうと思いますが、一四○○時までに合流することは可能ですか?」

 

「可能です」

 

 若宮の、力強い声が帰ってきた。

 

 

「では、どれだけの部隊を迎えに行かせますか?」

 

「装輪式戦車は行かせないほうがいいでしょう。何処もかしこも大混雑ですよ、これ」

 

 久場の問いに、瀬戸口が答える。衛星写真から見る限りでも、道は大混雑していた。

 

「では、機動力の高い2・4番機を向かわせましょう。彼らなら移動時の消耗も少ないはずです」 メガネを押し上げながら善行が言った。

 

 途中で脚部を傷めるリスクも有るが、この状況では何処かでリスクを負わなければどうしようもなかった。

 

「滝川君、猫宮君」

 

「はっ、はいっ!」 「はい」

 

「28号線沿いに、3077他多数を迎えに行って下さい」

 

『了解です』

 

 善行の命令に、二人は力強く答えてくれた。

 

 

 

 

 同時刻、猫宮は士魂号に端末を繋ぎ、押し寄せてくる報告を捌いていていた。

 

『こちら玉島、現在小型幻獣の群れを撃退、でもあちこちから銃声が!』

 

『車輌確保は最重要、無線は壊れたことにして、民間人・非戦闘員が居たら優先して回収! 護衛のためって名目を作って! トラックのコンテナなんかは中身抜き出して、銃弾で中から撃ち抜いて窓作って即席の……』

 

 今できうる方策を送り続ける猫宮。だが、心を削るような悲鳴が多数入る。

 

『こちら針ネズミβ、げ、幻獣の群れが、ど、どうすれば、どうすればっ!? う、うわあああああっ!?』

 

 運が悪かった人や部隊は、既に幻獣の波に飲まれていたりもする。だが、嘆く暇は無かった。ただひたすらに、指示を出していく。

 

『57号は大渋滞、きたかぜゾンビが出没って情報もあるから使っちゃダメ、県道28号を使って』

 

 と、そこへ善行からの命令が入る。

 

「こっちから迎えにか……人も部隊も多いから使える手だよね、これは」

 

 原作より、ほんの少しだけマシになった状況であるが、これから先はどうなるかわからない。

 

「猫宮、俺先導するから警戒よろしくな!」

 

「うん、お願い!」

 

 だが、史実よりたくましくなっているであろう味方達を思うと、史実よりも死者は減らせるだろうと、そう思えるのだった。

 

 

 

 

 2・4番機を送り出した直後の善行に、通信が入った。通信元は0101、芝村神楽からであった。無線の裏では、撤収準備をしているのかドタバタと騒がしい音がしている。

 

「熊本空港付近で敵は削れるか?」芝村らしく、挨拶も無しに要件を直球だ。

 

「可能です。時間はどの程度ですか?」

 

「2時間15分といったところだ。それと、今後は何かあればこっちに話を通せ。ある程度の無茶は通せる」

 

「ふむ、そちらの計算はどうなっている?」

 

 唐突に舞が割り込んできた。盗聴でもしてたのだろう。善行がやれやれと苦笑する。

 

「このまま遅滞戦闘を行う部隊が居ない場合、学兵の85%は死亡するな。他、北側に残っている民間人も逃げ遅れればかなりの数が死亡するだろう」

 

「是非もなしだな。了解した、止めるとしよう」

 

 舞の言葉に、善行や久場も一度目を瞑り覚悟を決めた。機動防御を行うのが熊本最強の部隊の役目だろうと。そして、善行は戦隊のメンバーに通信を入れる。

 

「皆さん、本戦隊は熊本空港付近の陣地と共同で敵部隊を削ることになります。時間は2時間30分程です。その後も長期戦が予想されるので、消耗しないことを第一に考えて下さい。では、質問などは?」

 

 質問などは?とは、まるで学校の委員長の用だと久場大尉は思わず笑ってしまった。

 

「2・4番機が連れてくるまで、では無いのですね?」

 

 田尻の確認するかのような声だ。

 

「はい、ここで幻獣を削るのが目的です」

 

「了解しましたわ」

 

 そう言うと、観測されている地点へ早速射撃を始めるグロリアーナの3輌。他のL型や士魂号も、それぞれ配置についていく。整備班は後方へと展開、慣れたものである。

 

「では、参ります!」 「3番機も続く!」 「援護は任された!」

 

 こうしてまた、何時終わるともしれない戦闘が始まった。

 

 

 

 橋爪十翼長は、クソッタレと歯を食いしばりながら94式機銃をばら撒いていた。何の因果かまたまた自分だけが生き残り、途中も病院で他の生き残りと合流できたはいいものの、またしても敵に囲まれ大ピンチである。おまけに敵には中型が混じり、更には負傷者まで抱え込んでいる。本当に、自分はこんな酷い目に遭うくらい悪いことをしたのかと、弾を打ちながらそんな益もないことを考えてしまう。

 

 だが、悪いことばかりでもなかった。途中で合流した3077は兎も角、5121の二人は中型を狩れる程頼れる連中であるし、玉島って野郎の6233小隊もサブマシンガンを多く持っている中々の小隊だ。お陰でそこそこ粘れている。

 そして、橋爪は更に自分に悪運が尽きてないことを思い知った。

 

「助けに来ましたよ~っと!」

 

 安心させるかのような明るい声が拡声器越しに聞こえ、更に重い銃声も聞こえた。久方ぶりに見る士魂号だ。突撃してきた士魂号は、そのまま刀でミノタウロスを切り飛ばすと、ナーガを銃で吹き飛ばして、更に細かいのの掃除までしてくれた。後から続いてきたもう1機も、長砲身の銃で目ざとくキメラなんかを吹き飛ばしていた。

 

「猫宮、滝川! よく来てくれたな!」

 

「お待たせしました!」 「おまたせッス!」

 

 若宮の声に、士魂号2機が愛想よく返事をする。そして、そのまま2機の士魂号はあっという間に中型を含めて幻獣を蹴散らしてしまった。

 

「おっ、玉島さんも無事で何より、あ、橋爪さんもお久しぶりっ!」「おっ、水俣の。懐かしいな~」

 

 そう言われて手を振られ、覚えられてたことにちょっとびっくりする橋爪。そうして手を降ってもらえて他の連中と一緒に思わず歓声を上げる。そうすると、何とか成るのではないかと思え始めてきたのだった。

 

 

 

【それは、歴史のどうでもいい1ページ】

 

 

 根岸百翼長は、どうにかして手に入れてたボロい幌付きトラックに小隊メンバー全員を載せると、ドライバーに大声を上げて急かした。

 

「ほらっ、とっとと出せよ!」

 

「だ、出したいんですけど重量がっ!」

 

 そう言われ、チッと舌打ちする根岸。銃もウォードレスも弾薬も、軍用品ってのはどれも糞重いもんだ。しかし、幻獣は待ってくれないしゴブ共はすぐそこまで迫っている。中型もそれに遅れて来るだろう。

 チラリと後ろを見ると、そこには十数名足らずの自分の部下たちと――2週間ほど前に何の因果かくっついたカノジョが居た。

 ――こいつらを死なせるわけにはいかねえよな……

 

 そう思うと、94式機銃を抱えて飛び降りていた。そのまま腰だめで、あちこちに弾をばら撒いて迫ってくるゴブ共を薙ぎ払う。

 

「よ、よし、動いた!」

 

「た、隊長!?」 

 

「な、何やってんのよこのバカ!?」

 

 音から、降りて直ぐにトラックが動いたことはわかった。そして、部下達と、カノジョの心配する声。

 

「お前らは生きろよ! それじゃあな!」

 

 唸りを上げる機銃に負けないくらい大声を出しながら、見送る根岸。

 

「た、隊長! も、戻せよ!」 「戻して、お願い、戻してよ!」 「で、でも戻すと囲まれるっ!」

 

 声が遠ざかっているのを聞きながら、根岸は人生で一番の満足感に包まれていた。

 こんな俺でも、誰かを守れましたよ、猫宮さん、それに互助会のみんな。

 途切れたゴブ共の代わりに、ナーガのデカイ図体と、顔に集まるレーザー光が見えた。これが俺の死って奴か。他人事のようにそう思った―――

 

 

 

 史実の2098小隊:全滅

 本日の2098小隊:現在戦死・1

 

 

 

 

 

 




歴史書に乗らない、どうでもいい1ページ……しばらく続きます。


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混迷の戦場

 熊本空港付近の陣地では、中型がなんとも言えない妙なペースで押し寄せていた。もし陣地だけなら対処できないが、善行戦隊がいれば簡単に撃退できると言う、そんなペースである。その様子を、指揮車の中ではまた3人がしかめっ面で見ていた。

 

「これは時間稼ぎで間違いないですね」

 

 衛星写真やレーダーその他を見ていた瀬戸口が言う。無視できない敵で時間稼ぎをしていて、他を締め上げる。嫌らしいが有効な手だ。

 

「幸いな事に合流まで待機している間はそれでも良いのですが、問題はその後ですね」久場が難しい顔をしながら言う。

 

 報告では、2・4番機は既に3077他色々と合流できているようだ。

 

「まあ、そこは0101が何らかの計算結果を出していることでしょう」

 

 2時間15分の削りが意味するところはまだ彼女たちにしか分からないが、彼女らは生粋の計算屋だ。きっと有効に使ってくれるだろう。

 

 

 

 その頃、まほは善行戦隊の小隊をローテーションで入れ替えていた。全車輌全力出撃では、整備などの手間もかかる。なので、敵に応じて最適な戦力を投入していた。

 

「第2小隊とアンツィオは一旦補給へ。代わりに第3小隊、上がってくれ」

 

『了解!』

 

「1番機、壬生屋さんも一度補給・点検へお願いします」

 

「で、でも私もまだ行けます!」壬生屋の甲高い声が響くが。まほは顔色も変えずに言葉を続ける。

 

「人型戦車は消耗も激しいですからね。長期戦になると言われましたし補給をお願いします」

 

「~~っ、分かりました」

 

 まだ斬り足りなかっただろうが、素直に言うことを聞く壬生屋。まほの能力を認めてのことだろう。

 

「3番機にはその分負担をかけてしまいますが申し訳ありません」

 

「何、我らはまだ大丈夫だ」 「ええ、まだまだ行けます」

 

 芝村と速水がそう答える。声にもまだ余裕があった。この二人は特に事故のコントロールや把握が上手いパイロットだ。きっと限界を見極めてくれるだろう。そう思うと、またまほは部下を動かし始めた。

 

 

 

 滝川は迎えに行った先の人数にびっくりしていた。せいぜい3077と他数名程度だと思っていたら、かなり車列が長かったのだ。

 

「え、え~と、どうしたんすか? この人数?」

 

 思わず、若宮に聞く滝川。

 

「何、途中で病院を含め色んな奴と合流してな。他にも迷子を拾ったりしてたらこんな人数だ」

 

 人数が多く、再出発させるのも時間が掛かるが、猫宮がなんとか上から交通整理をしていた。

 

「滝川、話もいいけど警戒もお願いね。特に地上、サーマルセンサーも使って、怪我人も居るから」

 

「お、おう、了解」

 

 猫宮に注意され、慌てて周りの警戒に映る滝川。幸い、もう近くには敵は居ないようだ。

 

「よし、じゃあみんな大丈夫だね、改めて出発!」

 

 拡声器越しに猫宮が声を出すと、先頭車両から順次出発していく。ほんの時速30キロ程度のスピードだ。だが、それでもこの長い車列を思うと、滝川にとってもとても不安に思えるスピードなのだった。

 

 

 熊本空港までは直線距離でほんの10キロ強では有るが、山間の曲がりくねった道ではどうしても遅くなるし、護衛にもストレスが掛かる。この護衛任務に滝川は久しぶりに凄まじい重圧を感じていた。

 

 嫌な感じだ……。そう思ってゴクリとつばを飲み込んだとき、猫宮の「敵襲!」の声がかかった。慌てて92mmライフルを構えると、遠くにきたかぜゾンビが見えた。その方向には、すでに4番機が突っ込んでいる。ならば、自分はこの位置で守るべきだろう。そう思い、周囲を警戒すると反対方向からもきたかぜゾンビが突っ込んできた。深呼吸してから狙い、撃つ。なんとか命中し、撃墜。よし、まだやれる。そう頭の片隅で思って、またほかの獲物を探し始めた。

 

「っ、ゴブ共が来たぞ!総員戦闘準備!」

 

 頭の上を警戒していたら、どうやらゴブ共が下に浸透していたらしい。滝川は慌てて片手にジャイアントアサルトと片手のガトリングを構えると、やたらめったらにばら撒いた。味方の近くでは威力が強すぎるので、離れている内に思い切り使うつもりだった。

 

「畜生、小型の浸透もかよっ!」

 

 猫宮はきたかぜゾンビを叩き落としてきたらしい。車列に戻ってくると、器用にも40mm砲で小型の群れを吹き飛ばしている。自分にはできない芸当だ。

 

 それから戦闘はほんの数分で終わったが、滝川の精神は酷く消耗していた。

 

「なあ、猫宮。……いや、なんでもない」

 

 思わず、弱音が出そうになった滝川。しかし、猫宮はそれを察して

 

「うん、大丈夫。一人じゃない、仲間がいるから」

 

 と言ってくれたのだった。

 

「そうだよな……弱音吐いてたら、誰か死んじまうもんな……」

 

 そう言うと、滝川は己の頬を叩いて気合を入れ直した。

 

 

 

 その頃司令部では、混乱の極みの中、それでも部隊を立て直そうと高級将校があちこちに司令を出していた。そして、西住中将もその一人だった。

 

「退路を1本に集中させるな! 隊列は短く、分散させろ! 腕の1本は切り落とされても仕方ないと思え!」

 

 史実では司令部が丸々爆破され、撤退戦時も混沌の極みに有ったが、今は多数の高級将校が生き残っているため、ある程度の秩序が確保されていた。だが、それでも弱った防衛ラインに突然の大攻勢という事態、損耗が大きくなるのは避けられなかった。

 

「使える部隊を洗い直す! 練度Aの部隊は……何?」

 

 だが、軍事組織として、上の命令には従わなければならない事態は、多々襲ってくるものである。

 

「自衛軍から順次、撤退……ですか……!?」

 

 上からの命令に、血を吐きそうな声を絞り出す西住中将。下された命令は、九州の全面放棄及び、練度の低い学兵を捨て駒にしての練度の高い隊から順次撤退である。

 

 軍事的には正しい。正しいが、あまりの事に二の句が継げない。そして、更に浅ましいのは優先して撤退させる部隊に、善行戦隊の名が入っていたことに思わずホッとしてしまった自分の心だ。だが、もしこの戦隊を有効活用しようとすれば熊本城攻防戦の時と同様、一番の激戦区に放り込むこととなる。

 親としての自分、軍人としての自分。この矛盾に、しほは張り裂けそうになりつつも、それを忘れるかのように撤退の指揮を取り続けるのだった。

 

 

 

 

【それは、歴史のどうでもいい1ページ】

 

 

 本橋トヨは、何時もと違う空気を感じていた。戦場の音が、すごく近いのだ。そして、今日でとうとう人生が終わるのだと感じ取っていた。

 

 夫は大陸で、息子夫婦もこの戦争で無くしたトヨにとって故郷で死ぬのは悪くないことに思えていた。しかし、幻獣にバラバラにされるのは嫌だったので、せめて自分の手で――と、亡き夫が残してくれた銃を引き出しから取り出した。

 と、その時、外からドタバタと多数の足音が聞こえた。

 

「トヨお婆さん~! 居ますか~!?」

 

 最近知り合った、津田と言う学兵の女の子のと、そのお友達の声だ。一人暮らしの自分を心配しては、ちょくちょく友達と顔を出してくれる女の子だ。お陰で、最近はとても充実した日々だった。

 

「はいはい、どうしたんだね?」

 

 見ると、急いできたのだろう、息を切らせていた。

 

「お婆さん、幻獣が迫ってるから、早く逃げないと!」

 

「いや、私はもう良いんだよ。 もう家族も居ないからね」

 

 そう寂しそうに笑うと、形見の銃に目を落とした。その様子を見た津田は、きっと決意した表情を見せると、トヨの手に手を重ねた。

 

「あのね、私達は死守命令が出されそうなの。でも、お婆さんがいれば、民間人を守るために護送が出来るの。だからね、トヨさん、お願い、私達のために、生きて」

 

 手を取り、真剣な目で懇願してくる津田の目を見て、また手元に視線を落とした。死ぬのは、何時でも出来るだろう。――なら。

 

「はい、こんなお婆ちゃんが役に立つなら、喜んで付いて行こうかね」

 

 その言葉を聞くと、学兵の皆がわっと喜んでくれた。

 

(ごめんね、そっちに行くのはもう少し後になりそうだよ)

 

 心の中で、トヨは夫と息子夫婦に静かに謝った。

 

 

 史実の本橋トヨ:行方不明

 本日の本橋トヨ:撤退に同行



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撤退戦は身を削るが如し

最近ちょっとスランプ中です。
文章や展開が変だったら是非ご指摘の程をお願いします。


 3077小隊以下多数が合流しようとするときも、まだ善行戦隊は戦闘の真っ只中であった。といっても、激戦と言うよりは、ダラダラとした戦闘を長々と続けているような、奇妙な状況では有ったが。

 

「こちら4番機、陣地まで後2キロといった所です。手伝いますか?」

 

「こちら西住、ちょうど3番機が補給に戻るところです、交代願えますか?」

 

「了解、滝川、引率はよろしくね!」

 

「お、おう!」

 

 猫宮は隊を2番機と来栖らベテランの随伴歩兵に任せると、太刀を引っさげ戦闘に突撃していった。手慣れたように突撃して、早速敵を屠っていっている。

 

 

「お帰りなさい、状況はどうですか?」

 

 4番機を見送り、善行が若宮へ訪ねた。合流できて一先ず安堵という所である。

 

「はっ、2・4番機の合流により幸いにして損害は抑えられました。最も、随分と連れが多くなりましたが」

 

 若宮が苦笑して見渡すと、後ろには3077から病院スタッフからあちこちの混成小隊からの多数の車列が連なっていた。全く、よくぞ生き延びたものだと思ってしまう。

 

「補給が要りますね……。陣地内にはレーションもあります。しかし、とりあえずは整備班の護衛をさせましょう。休憩などはローテーションで行わせます」

 

 そう言いつつ、久場大尉は補給の手はずを進める。こういう細かいところも実にそつなくこなす人材だ。

 

 

 

 合流してから暫くして、0101から言われた2時間15分が経過した。すると、時間きっかりに善行に連絡が入る。

 

「よく時間を稼いでくれた。これで菊陽の方も楽になる。順次撤退となるが、先に5121は転進してくれ」

 

 芝村神楽からの愛想も素っ気もない通信だ。

 

「分かりました、次は何処にですか?」

 

「熊本市南西に、少なくとも1200の兵が取り残されている。自衛軍の精鋭も含んでいる。包囲を解除しに行ってくれ。補給は途中の流通センターに用意させている」

 

 機動力の高い人型戦車と装輪式戦車の集団だ、徹底的にこき使うつもりなのだろう。補給が万全ということは、つまりそれだけ忙しいと言うことだ。この少女は不可能なことは言わないが、苦労は沢山よこしてくるのだ。

 

「至れり尽くせりですね、了解です。早いところ向かうとしましょう」

 

 横では、瀬戸口と久場大尉が移動ルートの検討をしていた。所々が渋滞しているので、芝村パスで優先して通れるルートを探している。

 

「えー、善行戦隊の皆さん、我々はこれより熊本南西部の味方の包囲を解除しに転進いたします。補給は途中の流通センターで行うので移動準備を」

 

 程なく、各小隊長から『了解』の返事が帰ってくる。声色にそこまでの疲労はない。まだ大丈夫だろう、まだ。そう判断し、善行戦隊は敵が消えた隙を見計らい転進するのだった。

 

 

 

 斎藤弓子は、イライラのイラ子と呼ばれることが分かっていても、イライラを抑えることができなかった。あの日、エースの猫宮さんに出会って、同じように暇をしていた学兵達を鍛えているのを知って、チャンスだと皆を誘ったものだが結局自分以外ついてきてくれなかった。その結果がこれ、引率の先生に率いてもらってのおっかなびっくりの行軍であった。

 

 市街地のすぐ南の菊陽にまで敵が迫っているらしいが、なんとか退けているらしい。……らしいらしいと、自分で情報を得る手段がろくにない学兵の自分がひどく頼りないものに思えた。頼みの綱の幌付きトラックがきたかぜゾンビに撃破され、今では徒歩行軍だ。

 

「私、どうなっちゃうんだろう……」

 

 そうポツリと呟くと、椎名がこちらを見た。

 

「先生もいるし、きっとだいじょうぶだよ」 そう言いつつ、下手な笑顔をみせてきた。

 

 うん、普段の責任感はいまいちだけど、こういう時に無理矢理にでも笑えるのはプラスかな?なんて、自分もそう思いたくて

 

「そうだね……」

 

 と言葉を重ねた。そして、会話が続かない。ああ、何やってるんだろう私。

 そんなことを思ってても、部隊は無情にも歩みを進めるのだった。

 

 

 日も傾くかな?と思った頃、自分たちも含め包囲された友軍を救助しに、5121を含む善行戦隊が助けに来るらしい。その知らせを聞いて、自分たちだけじゃなくて自衛軍の人たちもわっと喜びを表していた。あの隊の強さは、自衛軍にも鳴り響いてたらしい。それで私達の役割は――邪魔にならないこと。なんだかとっても、悔しかった。

 

 

 善行戦隊が助けに来るまで、残された学兵と自衛軍が同じ陣地に依って戦うことになった。と言っても、自分達の立場は下も下、銃も撃たせてもらえないような使い走りである。ところが斎藤だけは、銃を持たせて貰えていた。なんでも自主訓練の成果らしい。

 普段あれこれ言うだけ有って自分で考えていたんだな、あいつ……。と、椎名はなぜか悔しさに歯を食いしばった。

 

「小型幻獣多数、来るぞ!」

 

 戦えない学兵は戦えないなりに、弾の運搬や三脚の抑えなどやることが有る。せめて出来ることだけは役に立とうと椎名は必死だった。多数の発砲音の中で、必死に雑務をこなす0966独立小隊の兵達。だが、中型が見えるとその勇気が萎えてしまう。

 

「ひっ!?」

 

 建物の前に迫ってくるのはミノタウロスという巨大な幻獣だ。そいつが複数、機銃を巨大な腕で防ぎながら迫ってくる。死が、目前に見えた気がした。

 

 もうだめだとそう思った時、遠方からの地響きがミノタウロスを切り裂き、轟音が吹き飛ばした。目の前で太刀と銃を構えているのは――士魂号だ!

 

 

 熊本市近見町付近、そこに1200程の兵が包囲され息を潜めていた。善行戦隊はその救助ということである。

 

「車輌を失った兵が1200……中型を排除せねば自力脱出は無理でしょうね」

 

「では、何時も通り中型の排除ですね」

 

 久場の分析に、善行が返す。中型の排除は善行戦隊の得意中の得意分野である。

 

「既に敵に見つかって抵抗が始まってますね。早いところ向かわせないとやばいですよ」と、タクティカルスクリーンを見ていた瀬戸口が振り向いて声をかける。

 

「ええ、皆さん聞いての通りです。一先ず中型の排除を最優先に。小型の掃除はその時の判断でお願いします」

 

 善行の命令に、全員が『了解』と答えた。

 

「参ります!」

 

「続いていくよ!」

 

 今回は珍しく、1番機とほぼ同時に4番機も突っ込んだ。2機とも太刀を引っさげ、小型幻獣を踏み潰しながらまずはミノタウロスに斬りかかる。

 斬撃――そして爆発。登場と共に余りにもあっさり中型幻獣が吹き飛んだことに、兵たちの間では一瞬の間を置いて歓声が上がる。

 後続にも、次々とL型が入り込んできて、更に他の士魂号の姿も見える。兵たちは助かったのを確信した、この時までは。

 

 

 

「クソッ、小型、多すぎっ……!」

 

「ああもう、弾が無いっ!」

 

 速水や滝川のイライラとした声が響く。中型は、善行戦隊がやって来ればすぐに間引けた。だが、問題は小型であった。

 

 残された1200名は、車輌を持たない。そして、脱出せねば延々と幻獣が迫ってくる。なので、ある程度中型と小型を倒したところで移動し始めたが、それでも残った小型が少しずつ、兵を削っていく。撤退戦はいつの時代も、一番多くの損害を出すものだ。

 

「う、うわっ!? た、助け、助けてえええっ!?」

 

「ひ、ひぎゃああああああっ!?」

 

 そして、襲われた兵を助けようとして二次、三次遭難が起きる。これは学兵だけでなく自衛軍もであった。撤退戦は犠牲が出ても割り切るのが必要とは言え、目の前で虐殺が起きてそうそう割り切れる兵は多くない。

 

 それは、斎藤も同じであった。一緒についてくれていた自衛軍の兵が襲われている。とっさに周囲を探すと、サブマシンガンが落ちていた。拾った時、教わったことが脳裏によぎる。落ち着いて、数発ずつ。ゴブリンはうまくやれば1発でも倒せる。無駄弾は撃たない様、味方にはなるべく当てないように、だ。構えて、狙いをつける。やけにゆっくりと思える。引き金を引くと、タタタと軽い反動とともに弾が発射され、ウォードレスがその衝撃を受け止める。そして、撃ち出した弾がゴブリンを引き裂いた。

 また狙いをつけて別のゴブリンを撃つ、引き裂く、撃つ、引き裂く。いつの間にか、その兵の周りのゴブリンは少なくなっていた。

 

「助かったぞ」と、その助けた兵から肩を叩かれ、サブマシンガンの弾を追加で渡された。

 認められたんだ、と、熱くなった頭の片隅でそう思った。

 

 

 結局、この戦いで約1200名の内250名が帰らぬ人となった。だが、助かった兵達は皆が語る。もし善行戦隊が来なければ、壊滅していたであろうと。

 

 

【それは、歴史のどうでもいい1ページ】

 

 岸上は、針ネズミ陣地が陥落した時慌てて自分の小隊をまとめ、車を走らせた。だが、それが運命を分けた。

 

「今走っているのは……57号線!?」

 

 ちょうど、猫宮の指示で57号線は混んでるから避けるようにと、指示を出されたばかりだった。

 

「やべぇ、どうなるんだ……?」

 

 周囲を見ると、自衛軍やら学兵やらの車でごった返し、所々で事故も起こり、道を外れて畑を走る車も多数見えた。

 

 喧騒の中、遠くから風切り音がした。きたかぜゾンビのローター音だ。

 

「敵襲!」

 

 何処からかそんな声が響き、辺りでは逃げる車輌や打ち返す人間などでごった返した岸上も、このまま逃げるだけではやられるだけだと撃ち返したがきたかぜゾンビの生体機銃が近くのトラックに着弾、爆発し炎上する。そこで、岸上達3568小隊の意識は―――。

 

 

 史実の3568小隊:全滅

 本日の3568小隊:全滅

 

 




 原作でも言われたとおり、5121小隊が来ればその場の戦力バランスはひっくり返せます。しかしあくまで戦術レベルであり、戦略レベルに影響をあたえるのはなかなか難しい――撤退戦ではそんな戦況が続きます。


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何処もかしこも敵だらけ

 戦闘で助け出した兵たちの中に、5121メンバーは懐かしい顔を見つけた。坂上、本田、芳野の3人の教師たちであった。

 

「おおっ、先生たちじゃん、久しぶりっす!」

 

 見つけた滝川が嬉しそうに拡声器越しに話しかける。ちょっと高い音量に耳を塞ぎつつ、芳野先生が手を降ってくれた。

 

「滝川君、それに皆も久しぶり。お陰で先生たちも助かったわ」

 

 小走りで駆け寄ってくる芳野先生に、士魂号で手を振ると、周りの兵たちも思わず微笑む。

 

「あなた達には随分と助けられました。本当に立派になりましたね」

 

「ほんとだよな。もうすっかり一人前って感じだ」

 

 坂上と本田も先の戦闘を思い出し、笑顔で頷く。度々報道で切り取られた戦闘を見ることも有ったが、やはり直で見るとその練度が際立っていた。

 

「まったく、無事で何よりであった」

 

「ええ、お助けできて本当に良かったです!」

 

 芝村と壬生屋も嬉しそうである。

 

「おっ、斎藤さんも無事だったみたいだね、良かった良かった」

 

「あ、ね、猫宮さん、はい、ちゃんと出来ました!」

 

 そして、猫宮も斎藤を見つける。斎藤は受け取ったサブマシンガンを誇らしげに掲げていた。

 

「じゃあ、自分たちはまた転進しますのでまた!」

 

 そう、4機の士魂号が手を振ると、元5121の教官達は見えなくなるまで見送ってくれたのだった。

 

 

 

 熊本駅は、様々な兵でごった返していた。秩序立って撤退してきたもの、なんとか逃げ延びてきたもの、自衛軍、学兵などなど……。

 その中でも、人型戦車を所持する善行戦隊は特別に目立つ存在であった。数々の兵に見上げられつつ、貨物駅の内部へ入ると善行戦隊の車両群は曙号の停車位置へと移動させられた。

 

 士魂号はトレーラーごと貨車へと搭載され、他の車両群もスッキリと貨車へと収まった。

 

 5121含め、整備員たちはキャッキャとはしゃぎながら列車へ乗り込み、3077や6233小隊は倒れ込むように客車へなだれ込んだ。客車は鉄板がむき出しになった武骨な作りだが、広々としていた。だが、それでも人数が多い。傷病兵を優先して座らせ、元気なものは大体が立っていた。

 

「今日はしんどい一日だったばい」

 

 中村がため息をつきウォードレスを脱ぎだすと、整備班の面々も次々とウォードレスを脱ぎ始めた。そんな様子を芝村は苦々しげに、善行や久場は苦笑しつつ見た。

 

 最後の傷病兵が客車に担ぎ込まれると、「乗車完了しました」と善行が乗降口から百翼長に言って敬礼をした。

 百翼長も敬礼を返すと、出発合図の笛を鳴らした。

 

 ごとん、と車体が揺れ曙号が発進する。物資と人が集積された貨物駅の風景がゆっくり流れていく。酷く混雑した車内は、それでもホッとした雰囲気で満たされていた。

 

「列車に乗るなんて久しぶりだよー。ね、ね、僕たちこのまま本土へと引き上げるんでしょ?」

 

 新井木が弾んだ声で猫宮に訪ねた。子供のように、車窓に顔を近づけて移り変わる風景を眺めている。

 

「どうだろうね? 自分たち凄い強いからまた何処かで戦うと思うけど」

 

 と、猫宮はあまり絶望させないような口調で言うが、新井木は続けてまくし立てる。

 

「けどさ、僕、調べたんだけど、曙号って熊本と広島の間を1日1往復するんだよ。えっとね、途中駅は福岡と門司と岩国。僕、広島でお好み焼きが食べたいな」

 

 猫宮や芝村の顔がひくつく。自然休戦期まで後4日、更に熊本城攻防戦を生き抜いたのでそう思ってしまうのだろうがやはり楽観的に過ぎる。

 

 芝村はぎゅっと拳を握りしめるがそれを速水がまあまあと取りなしていた。

 

 そんな様子を苦笑して眺めていた猫宮であったが、つんつんと肩を突かれた。振り返ると、まほや凛や千代美がこちらを見ていた。皆真剣な表情をしている。

 

 猫宮は話を聞かれないように隅の方へ移動すると、まずは千代美が口を開いた。

 

「やはり戦闘は続くか?」

 

「うん、熊本最強の部隊だからね。多分、一番きつい所に」

 

 その答えを聞いて、改めて難しい表情をする3人。覚悟はしていたが、やはり疲労は溜まるし精神にも負荷がかかる。

 

「まったく、大変な部隊に放り込まれてしまったものだ。これはもう責任でも取ってもらうしか無いか」

 

「えっ」

 

 そう言いつつくすりと笑いながら下から見上げてくる千代美。

 

「あらあら、そうですわねえ」

 

 などといいつつ流し目をしながらくっついてくる凛。

 

「えっ、えっ」

 

「むっ、えっ、こ、これは……!?」

 

 などといいつつ混乱してどうしようか迷っているまほ。ついでに猫宮。そんな様子を羨ましそうに見ている玉島だの橋爪だのの一般兵諸君。そしてあらやだ奥様なんて言ってる奥様戦隊……ってなんだこのカオスは。

 

 

 猫宮が助けを求めるようにキョロキョロと視線を彷徨わせていると突然、ゴトンと音がして列車が急停止した。悲鳴が上がり、隊員たちは折り重なるようにして倒れた。猫宮は庇って女性たちの下に埋もれた。

 

「どうした!?」

 

 久場が屋根の上の兵に尋ねる間もなく、94式機銃の銃撃音。更に高射機関砲の重低音が空にこだました。100メートルほど先には大牟田駅のホームが見える。

 

「貨物駅の方角に敵襲! 各自戦闘準備せよ!」

 

 警備小隊の隊長がよく通る声で叫んだ。パイロット達はそれぞれ外へ飛び出た。

 

「状況は?」

 

「貨物駅物資集積所に幻獣が侵入。ただ今駆逐中とのことです」

 

 砲塔のハッチから身を乗り出した隊長が久場に視線を向けていった。

 

「救援要請です! 敵は有力な中型幻獣が多数」

 

「全機出撃」 善行がそう司令を下した。

 

 パイロットたちは車外へ降り立ち、整備班たちはまたウォードレスを着るのに大わらわである。

 

「整備班は補給車を中心に展開、3077は傷病兵の護衛を、6233は整備班の護衛をお願いします」

 

「はいっ!」「了解です!」

 

 島村や玉島の声が、大きく響いた。

 

 

 

 猫宮は士魂号に素早く入り込むと、戦況を確認する。中型幻獣はほか3機で十分対応できる数だった。

 

「芝村さん、自分は歩兵助けに行くね! 中型は任せた!」

 

「了解した、ただもしものときは援護をしてくれ」

 

「うん、分かってる!」

 

 そう言うや、猫宮は孤立して戦っている車列に突撃し、小型を吹き飛ばした。そして、拡声器から大声を張り上げる。

 

「自分は5121小隊の猫宮です! 他にも士魂号やL型がいます! だから大丈夫、近くの隊と連携して戦ってください! 中型は自分たちが全部吹き飛ばします!」

 

 そう言いつつ、孤立した兵を他の隊に合流させたり、パニックを起こした場所の近くに機体を寄せ、大声で指揮を回復させたり、既に抵抗できなくなった拠点の兵を別の場所に移したり、負傷兵を直接運んだりもした。

 

 中型幻獣の脅威が無くなる以上、小型は兵がきちんと対応できればそれほど脅威ではないのである。

 

 

 

「いやはや、改めて凄いですな彼は……」

 

 その様子を指揮車から見ていた久場は感嘆の声を上げた。普通、士気が崩壊した兵はよほどの精鋭でも中々に立て直せない。が、猫宮はただの1機で戦域の歩兵を立て直して犠牲を少なくしていた。

 

 久場大尉も熊本城攻防戦での猫宮の活躍を資料では見ていたが、目の前であっという間に立て直す姿を見せられると一種の感動が胸を打つ。士魂号と言う人型兵器のインパクトも利用した絶妙な士気の立て直し方であった。

 

「ええ、お陰で整備班達も他の隊の援護を受けれていてなんとか無事のようです」

 

 車外に展開していた整備班も、装甲列車と歩兵の援護を受け、弾を打ち尽くした士魂号の補給をしていた。

 

 およそ1時間半の戦闘であったが、駅も各車両もよく持ちこたえ、なんとか拠点としての役割は維持できるようだった。駅司令官から、善行へと直々に感謝の念を受けたのだった。

 

 

 

 

【それは、歴史のどうでもいい1ページ】

 

 自衛軍の栗原にとって、学兵とはどうでもいい存在であった。練度も低く、せいぜいが時間稼ぎの駒である。だが、その事に何処か引っかかりも感じていたのは確かであった。自分たち大人の兵隊が育つまで、子供を犠牲にする――それは自衛軍だけでなく、日本人全体がどこか顔を背けていた問題であった。だからこそ、無関心を装ったのかもしれない。

 

 

 だが、今共に戦う羽目になった学兵の集団は、少なくともただの使い捨てではないようだった。車輌を幻獣に壊され、隊が全滅し自分一人が今相乗りしているのは他でもない学兵たちの集団であった。

 

「……この車列は何処に向かっているんだ?」

 

「とりあえず、熊本駅まで。そこで列車が頻繁に出ているらしいです」

 

 見れば、端末まで用意して通信をしている。そして多数の他の隊と通信を取っているらしかった。

 

「前方、敵襲! ゴブリン多数!」

 

 そう叫ばれ、ハッとなって飛び出す。他の学兵達もサブマシンガンを構えて同様に飛び出して、掃射する。戦闘は数分で終了した。見れば、全員自分より年若い。しかし、必死で戦士の顔になっていた。そして、今まで学兵を色眼鏡で見ていた自分を恥じた。

 

「どうしました? えっと……」

 

「栗原軍曹だ。よろしく頼む」

 

「あっ、はい、栗原軍曹」

 

 学兵たちが、恐る恐ると言った風に自分を見ていた。そして、彼らもまた自分たちをよく知らないのだとわかった。それが、なんだかおかしかった。

 

 

 

 



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敵は幻獣のみにあらず

 戦闘が終わり、全員がそれぞれ疲労しているようだった。やはり、歩兵を気にしながらの戦闘は全員に心労が大きくかかる。久場も善行もどれだけ休息を取らせるか悩んだが、とりあえず戦闘員を乗機の近くで小休止させることにした。この撤退戦は連戦続きになるであろうし、疲労からの損害の可能性は常に脳裏に問いかけてくる程に怖かった。

 

「ほら、疲れにはこれが効くばい」

 

「アンパンチョコパンメロンパン、いっぱい有るよ~!」

 

 疲れた戦闘員たちに、どこから手に入れていたのか、中村や新井木が菓子パンを配っていた。女子で構成されたL型のメンバーがきゃっきゃと嬉しそうに受け取ってく。

 

「ふむ、甘味による糖分の補給か、合理的だ」

 

 そしてこれには気難しい芝村もこくこくとうなずきながらパンに齧りついていた。みんな、一心不乱に配られた菓子パンにかぶりつき、水分で流し込む。その周りは3077や6233小隊が守っていた。

 熊本城攻防戦で慣れたのか、こんな戦場でも休めるときは休めるようになっている善行戦隊である。しばし、休憩で心身を休める一行。

 

 だが、指揮車はまた新たな問題を察知してしまっていた。

 

「菊池・山鹿方面で40個小隊が包囲、と。九州自動車道が塞がれ今は三加和町一体に前線を展開して、敵と交戦中……のようです」

 

「部隊は精鋭、戦車小隊も6つ有ります。これは救出しないと更に辛くなりますね……」

 

 瀬戸口の報告に善行がつぶやく。敵は熊本と北九州を結ぶ大動脈である九州自動車道と鹿児島本線へと殺到しつつ有る。この連絡線をどうにかせねば、まだ熊本にいる人間は全滅するだろう。

 

「救援の軍は……共生派テロリストまで出没していると」

 

 久場が顔をしかめた。テロリストはまだまだ潜伏していたのか。更に厄介な不確定要素の出現に、方程式の仮定が更に広がる。

 

「善行、居るか?」

 

「はい、三加和町の件ですね?」

 

「そうだ。朝までには壊滅するだろう。夜間戦闘も視野に入れて戦闘してくれ。出来るか?」

 

 誰かと思えば、また神楽が通信を入れてきた。どうやら向こうでも同じ結論を出したらしい。

 

「了解しました」

 

「ではやってくれ。向こうの隊には常に照明弾を撃ち上げさせる。以上だ」

 

 と、素っ気もなく通信が切られた。早速ルートの算出にかかる二人。そんな中、瀬戸口はやれやれと指揮車の外に出るのだった。

 

 

 

「壬生屋、大丈夫か?」

 

 貨物駅から少し離れた一帯は幾条もの線路が走り、周辺には雑草が生い茂っている。鉄路の外には、まだ生き残った兵たちが慌てて防衛線を再構築していた。戦場となり、傷ついた街が寂しく見える中、草木だけが変わりなく、旺盛な生命力を示していた。

 

「あ、あの、瀬戸口さん、どうされたのですか?」

 

 少しドキドキしているのか、顔を赤くして瀬戸口の方を見て、景色を見てを繰り返す壬生屋。

 

「そう慌てなくても良い。まったく、こんな天気のいい日に俺たちは何をやっているんだろうな」

 

 瀬戸口が人差し指を突き出すと、何処からかアゲハチョウがひらひらと舞い降り指に止まった。

 

「すごいです!」 壬生屋は目を輝かせた。

 

「そんな大げさなことじゃないさ。心を静かに保てば草木と同じになれる」

 

「平常心、ですか」

 

 壬生屋は自信なさげに言うと、瀬戸口は苦笑した。

 

「まあ、そんなようなものかな。壬生屋、深呼吸をしてみろよ」

 

 言われたとおり深呼吸をすると、少しずつ心が落ち着いてきた。周囲のざわめき、草木の香り、街の匂い、仲間たちの様子――それらを感じ、心を落ち着かせる。

 

「お前さんはもう大丈夫だよ。迷わなくていい。不安に思わなくていい。お前さんのことは引き受けるから」

 

「は、はい……」

 

 え、え、え――っ?

 

 壬生屋は混乱していた。これってもしかして――告白なのだろうか? 違う、それは思い上がりというものだ。私を気の毒に思って哀れんでくれているに違いない。

 壬生屋は下を向いてもじもじしていたが、やがて顔を上げぎこちなく微笑んだ。

 

「あのっ、私は大丈夫ですから……」

 

 次の瞬間、暖かなものを唇に感じた。壬生屋は目を見開き、硬直したまま、瀬戸口の唇を受け入れていた。周囲には唖然とする整備班や戦隊の面々が見える。だが、程なくして目を閉じ、瀬戸口を受け入れていた。

 

「よし、もう大丈夫だな」

 

 どれだけの時間が立ったか、瀬戸口の声が聞こえた。壬生屋は上気した顔を瀬戸口に向けた。

 

「俺達はいつも一緒だ。頑張ってこい」

 

 瀬戸口が振り返る直前、真剣な表情で言った。

 真っ赤に火照る顔を持て余し、胸の動悸を抑えかね、ギャラリーの目を逃れるように壬生屋はコックピットに逃げてしまった。

 

 そして、冷やかされながら指揮車へと戻っていく瀬戸口。そして、石津もしばらく瀬戸口を見ていたが、やがて口元に微笑が浮かんだ。

 

「……忘れる、ことに……したのね。……良かった」

 

 

 

 遠坂は、田辺と一緒に東京行きの特別列車に乗っていた。乗客は他には高級将校など、いわゆる特権階級と言われる類の人間たちだ。

 危機が迫っているというのに、自分は5121小隊の人間と離され、わがままを言い田辺さんまで巻き込んでしまった……。そんな自責の念を抱えつつ、今ようやく田辺から渡された善行・猫宮作の撤退案を見始めた。

 

「こ、この量は……」

 

 グラフィックが多彩でわかりやすいその案は、あまりといえばあまりに壮大で明らかに今の遠坂の処理能力を超えている。だが、知らず知らずのうちにその案に引き込まれていった。すぐ横では、田辺がカモフラージュのために、どうでもいい雑談を繰り返している。

 

 あの二人が、ただのボランティアを期待してこんな計画をよこすはずはない。必要な物資は? 引き入れなければならない人間は? 根回しは?

 

 5121から引き離され、灰色だった遠坂の世界にまた色が戻り始めた。

 

 

 

 

「あなた達は、傷病兵を守って岩国へ行って下さい。混成小隊は書類上のミスで列車に乗ることになる、とそういうことで」

 

 小休止が終わりかけ、これから転進しようとする中、善行は島村に通信を入れていた。これからは夜間戦闘になる。よほど慣れた兵でもない限り死んでしまうだろう。

 

「そんな。私達もお手伝いします!」 島村が訴えるように言った。

 

「無理だよ、あんたらじゃ」 しょうがねえな、とでも言うように橋爪は口を開いた。横では玉島も頷いている。

 

「夜間戦闘はよっぽど戦い慣れてないとダメなんだ。あんたらを守る暇はねぇ」

 

 6233の小隊長である玉島の言葉も、後押しする。

 

「けれど、整備班を守ってくれって……」 島村はなお、抵抗するように言った。

 

「島村」

 

 来須は帽子のひさしを上げると、じっと島村を見つめた。

 

「生き残れ。お前たちにはその権利がある」

 

「けれど善行戦隊の皆さんは……」 しまむらは思いを込めた目で来須を見つめた。

 

「……気持ちはもらっておく」 そう言ってから、来須はありがとうと短く添えた。

 

 こうして、3077小隊の戦争は終わりを告げるのだった。

 

 そして、残された6233や橋爪、更には鈴原軍医などは更に戦い続けることになる。

 

 

 

【山鹿戦区・三加和町近郊 十七三〇】

 

 

 前方に幾重にも連なった丘があった。樹木が旺盛に生い茂っており、道は丘と丘を縫うように走っている――典型的な日本の山岳の地形であった。

 

 

「前方に有力な敵を発見。ミノタウロス8、ゴルゴーン12、ナーガ10、キメラ7、後は例によって小型幻獣だな」

 

「早速敵の待ち伏せか」 「この程度なら問題ない」 「同じくだ」

 

 小隊長達が冷静に応じる。この戦隊はどれも中型の相手を得意とするが、小型は苦手だ。

 

「来須君、小型幻獣の相手なのですが」

 

 善行が通信を送ると、来須は即座に答えてきた。

 

「二番機を残してもらえれば、後は俺たちと6233で対処可能だ。それと整備の連中が怯えている」

 

「分かりました。整備班の近くに2番機を待機させましょう」

 

 こうして整備班の付近に2番機が、他は来須・若宮の指導の元十字砲火が形成される。

 

「ん~、ちょっと嫌な予感。石津さんも言ってたし、瀬戸口さん、衛星写真確認してみて」

 

 と、いきなり猫宮が瀬戸口に要求した。

 

「ん? 嫌な予感って何だ? 猫宮?」

 

「いや、共生派のの妨害が有ったみたいじゃない? だからさ」

 

 そう言われ、衛星写真を拡大し確認する瀬戸口。と、不自然なものが見えた。

 

「何だ、これは……レールガンだと……!? しかもこっちを向いてやがる」

 

 見ると、明らかにこちらへ向いているレールガンが有った。

 

「なんだと!?」 「なんだって!?」 「なんですって!?」

 

 一斉に無線で反応する善行戦隊。

 

「味方の待ち伏せの可能性は?」

 

「こんなところで孤立していたらとっくに全滅しているはずだ。有り得ない」

 

 その瀬戸口の言葉に、緊張が走る。

 

「それじゃ、そいつらちょっと蹴散らしてきますから」

 

「……大丈夫ですか?」善行の確認するような声だ。

 

「ほっとくほうが大丈夫じゃないです!」

 

 至極最もであった。

 

「ではお願いします。……苦労をかけます」

 

「いえいえ。それじゃ、行ってきます! あ、後来須さん援護に下さい!」

 

「了解した」

 

 そう言うと、来須と猫宮は共生派の居る藪の中へと移動していった。

 

 

 

 幻獣たちの戦いを尻目に猫宮が共生派の陣地へと向かうと、2発、レールガンが発射される。それをとっさの横っ飛びで交わすと、発射位置に向かいまずはジャイアントアサルトの1連射。爆発し炎上する。

 

「うん、撃ってきた、敵で確定だね」味方に言い聞かせるように報告を入れる猫宮。

 

 もう片方を見ると、地面へと慌ててレールガンを隠そうとしていた。そちらにも一連射、爆発させる。こうしてみると、敵としてタクティカルスクリーンに表示されない共生派は、視認で戦闘するしか無く、しかも隠蔽されているため非常に厄介であった。

 

「200メートル先、鉄塔の真下にスコープ光、狙えるか?」

 

「了解、射撃するね」

 

 一方で来須も相当の兵を相手取っているようで、頻繁に猫宮に向けての援護要請を入れてくる。その都度援護射撃を的確に撃つが、その頻度が共生派の物量を物語っていた。

 

 

 

 一方で、中型を倒し終え帰還しようとする善行戦隊の前に、共生派の歩兵が立ちふさがっていた。誰も彼も、アサルトライフル程度の武装では勝てないはずなのに、弾を士魂号やL型に向けてばら撒いている。

 

 

「こ、こちら5号車、目の前に共生派が……」「8号車も同じく……」「こ、こちら1番機もですわ……」

 

 みんながみんな、困惑していた。自分たちが少し移動すれば轢けてしまうのに、なぜこんなことを……。

 

 

 不意に射撃音がして、横や後方で凄まじい爆発が怒った。士魂号はつんのめり、L型も大きく揺られた。

 何が起きたのかと見渡すと、硝煙の中から来須の武尊が姿を表し、猫宮の4番機が92mmライフルを構えていた。

 

「背後や側面からプラスチック爆弾を背負った連中が忍び寄っていた」

 

 そう言うと、来須や猫宮は容赦なく逃げ去る共生派を倒していった。

 

 自爆攻撃。いままで、散々に幻獣は倒してきた。だが、人と殺し合った経験はない。その事に大きく衝撃を受ける善行戦隊。戦況は、また新たな局面へと突入していくのであった。

 

 

 

【それは、歴史のどうでもいい1ページ】

 

 運送会社に努めている竹田は、その職務上良く行く場所を守っている学兵たちと交流を深めていた。彼らは強制的に徴兵され、しかしそれでも今日をなんとか生き延びようとしている姿に心を打たれ、ちょくちょくと差し入れも持ってきていたりしていた。

 

 だが、今日は様子が違っていた。砲撃音が多く、しかも近いのだ。そして、駅の近くでは大量の兵でごった返していた。

 

 これはまずいと、会社に連絡を入れすぐに北に向かおうとしたが、何故か何時も話していた小隊の学兵たちが気になった。迷った末、彼らの様子を見に行くことにした竹田。するとそこには、車輌がなく立ち往生する学兵たちの姿があった。

 

「お、お前たち大丈夫か?」

 

「あ、た、竹田さん。あ、あの、助けてください!」この小隊の隊長である小池がそう頭を下げた。

 

「た、助けてくださいって、一体どうすれば……」

 

「あ、あの、俺たち死守命令が下されるんですけど、竹田さんがいれば民間人を守るために護送って名目が……」

 

 そう言うと、小池がすがるように竹田を見た。ふと見ると、小池だけでなく小隊の十数人全員が、同じような目をしていた。皆薄汚れていて、とても不安げにこちらを見ていたのだ。

 

「よし、分かった。それじゃ、本土まで護衛してもらうよ」

 

その姿が、とても哀れさを誘ったのかもしれない。だが、竹田はこれでいいのだろうと思った。

 

 学兵たちは、竹田のトラックのコンテナの側面に穴を開け、即席の銃眼を作り、乗り込んでいく。

 

 こうして、竹田と1小隊の撤退戦が、今始まった。




瀬戸口の告白シーンがありましたが、その後即座に共生派との戦闘……
休まる暇が全く無い撤退戦であります。
そろそろお馬鹿なシーンが書きたい……外伝でもやるべきか……


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肥大化する善行戦隊

※ちょっとだけ手直しして再投稿しました。

善行戦隊を暗号で呼ぶのは書く方も見る方も混乱するかと思い止めておきました。


 

 有力な敵との戦闘の後、30分の小休止が入れられた。だが、その前に善行からの言葉が全員に聞かせられる。

 

「先の戦闘で、幻獣共生派の攻撃が確認されました。彼らは幻獣と同じように処理して下さい。我々の敵です。もし、間違ってしまったとしても我々は最後まであなた達の味方をします。以上です」

 

 ほとんどが、共生派との戦闘は初めてのはずだった。言葉は聞かせられるも、やはり大部分はどうすればいいかよく分かってないようだった。しかし、やるしか無いのだ、この状況では。

 

 善行も各メンバーもそう思っていたが、しかし実際共生派と相対した時、躊躇なく撃てるかはまだ分からない。

 

 

 小休止中、猫宮はまた端末を開いていた。まだ生き残っている隊には、撤退ルートや他の隊に出会ったときの方便などを指示していく。だが、やはり消えている端末・小隊の多さを見るに心がキリキリと痛んでいく。まだ、撤退戦が始まって半日足らずしか経っていないんに損害が多い。史実でも撤退戦はわずか3日の出来事なので、やはり混乱の大きい初日には大量の損害が出るのであろう。

 

 全てを救えるとは最初から思っていなかったが、それでも悲しいものは悲しいのだ。

ただ幸いなのは、それでも史実より救えている人数は確実に多いことだろうか。

 

 だがそれでも――と、堂々巡りになる思考を猫宮は強引に打ち切った。次は救出作戦である。失敗はできない。頬を叩き、首筋に薬を注射すると気持ちを切り替えた。

 

 小休止が終わり、囲まれている部隊へと警戒しながら移動する善行戦隊。だが、人にも警戒する分普段より疲れた気がしたのだった。

 

 

 

 

 救出先の部隊には、来須が一人先行していた。その先で指揮官と無事合流できたらしい。極々簡単な打ち合わせを済ませる。善行戦隊が包囲幻獣に仕掛ける時刻は0時ジャストである。

 

 

「信号弾、打ち上げ開始しました」

 

 0時丁度、救出先の部隊が次々と照明弾を打ち上げた。発射音とともに、周囲には人工的な光が灯る。

 

「参ります!」 「続けて行くよ!」

 

 照らされた戦場を、漆黒の重装甲と青い士魂号が駆けてゆく。突如として打ち上がった照明弾に混乱している幻獣の中に突入、壬生屋機は超硬度大太刀でバッサバッサと切り捨てていき、猫宮機は大太刀とジャイアントアサルトで幻獣を叩き伏せていく。

 

「第1、第2、第3小隊突入」

 

 更に混乱が広がった隙に、L型の中隊が突入する。2機の士魂号が突入し、陣形が乱れて横や後ろを向けたところに、120mm砲が撃ち込まれていく。

 

「全車輌、発射」

 

 そして、突入した士魂号とデータリンクしたグロリアーナの3輌が、遠くのゴルゴーンへと砲撃をする。正確なデータにより、ピンポイントで直撃させる3輌。ミサイルを発射しようとしていたゴルゴーンは、砲弾に己の生体ミサイルの威力を載せ、小型幻獣を巻き込み大爆発させる。

 

「ははっ、行くよ、舞!」 「任せた!」

 

 そうして出来た道を、アンツィオと2番機の援護を受けながら駆け抜け、幻獣の中央へ。中型をロックし、24発の有線型ジャベリンミサイルが次々と突き刺さる。5121単独の頃から洗練させ、黒森峰と合流してからさらに磨き、グロリアーナとアンツィオと一緒になってから更に発展させた戦術だ。各機各車輌の練度・連携が向上するたびにその破壊力は加速度的に増していった。

 

 東原、瀬戸口、武部の3人で戦果報告を分担するが、それでも追いつかない程だ。助けられた40個小隊は勿論、久場もまたまた呆然としていた。破壊力が強過ぎるのである。戦闘開始20分程度で、50以上の中型幻獣が損耗も無く撃破された。これはもう、驚きを通り越して呆れ果てる他無い。現に、包囲にはとっくに穴が空いていて既に40個小隊は我先にと脱出している。

 

「……ここは少し欲張ってみましょうか」

 

「はっ? 欲張る、ですか?」

 

 善行の言葉に、怪訝そうに伺う久場大尉。

 

「ええ、取り残された小隊の包囲に大分敵は戦力を使っていたようですし、その戦力を撃滅できればその他が楽になります」

 

「なるほど。確かに」

 

 ここで敵を撃退できれば九州自動車道や鉄道を狙う敵も減らせる。消耗はまだ少ないし、狙う価値は十分にあった。

 

「と言うことです。猫宮君、大丈夫ですか?」

 

「弾薬は問題なし、でも整備班達は脱出した部隊の力も借りて厳重に守ってて下さい。後、照明弾は切らさないように!」

 

「了解です。では、全機引き続き戦闘を」

 

 

 途中、菊池市が陥落しそうになるもそちらの方面の敵も引き寄せたのか、この和泉町と言う狭い盆地に300もの中型幻獣が押し寄せたのであるが、包囲されていた40個小隊との連携もあり、内250を撃破するに至った善行戦隊であった。そして、菊池市が陥落するまでの時間を相当に稼げた。この隙に、人類は更に撤退し続けることとなる。

 

 

 

 5月7日早朝、1台の戦闘指揮車が5121の指揮車の前で止まった。ハッチが開けられ、30代後半くらいの少佐が姿を表した。善行もハッチを開けると、お互い顔を見合わせて敬礼をした。

 

「自衛軍第27戦車旅団の村上です」

 

「善行戦隊司令官の善行です」

 

 善行の階級は上級万翼長……自衛軍では少佐階級に当たる。つまりお互い同階級ということでは有るが、自衛軍と学兵の間の上下関係は微妙なところがある。

 

 しかし、村上少佐は前線で鍛えた軍人らしく、率直に礼を述べた。

 

「あなた方の救援がなければ、あたら精鋭を全滅させていました。それにしてもあなた方は決断が早く、大胆ですな。こちらは夜間戦闘を躊躇ってしまった」

 

 村上らの単独突破では成功はおぼつかなかっただろう。包囲からの逆撃まで出来たのは、ひとえに善行戦隊の強力な打撃力のおかげだった。

 

「いえ、夜戦を選んだのも実は上からの命令でして。0101と言う部隊からの命令を受けています」

 

「なるほど」

 

 それだけで村上少佐は察したようだ。0から始まる部隊は存在しない――つまり、特殊な命令を受けているということだ。

 

「我々は上のお墨付きもありで最後まで友軍の撤退支援に回ろうかと考えています。少佐殿は如何なさいますか?」

 

 善行の言葉に村上少佐は少し考えて、一通の命令書をかざしてみせた。本土への撤収。命令書にはそう書かれてあった。

 

「菊池・山鹿方面の残存兵力を吸収しつつ、撤退を図るつもりでした。しかし、敵の進撃が早く、包囲されてしまったしだいです。救援の軍は……」

 

 村上は言葉を区切ると苦笑いを浮かべ、首を横に振った。

 

「到着が昼以降になると。敵の妨害が激しく、損害多数……というのが最後の通信でしたが」

 

「ええ。事情は理解しているつもりです」

 

「どうやら指揮系統は滅茶苦茶らしいですな。私も司令殿の指揮下に入りたいと考えております」

 

「ならば早速」

 

 善行が4番機の方を見ると、4番機が器用に頷いてみせた。

 

「あ、神楽さん? これから救援した部隊は指揮下に入れていい? お、大丈夫? ありがとう!」

 

 どうやら、OKを貰えたらしい。善行と村上はそんな型破りに苦笑いを浮かべると、改めて打ち合わせを始めた。

 

「司令部からのお墨付きも貰えましたし、作戦目標その1は北九州と中部九州の連絡線の確保、2は友軍の撤退支援、それでよろしいですね」

 

 善行の言葉に、村上と各小隊長達と猫宮は頷いた。それしか無いだろう。善行戦隊も村上率いる諸隊もまだ十分に戦える。

 

「司令部は八女に置きましょう。5121が先発します。瀬戸口君、指揮車を発進させて下さい」

 

 そう言うと、善行は指揮車へと潜り込み、またタクティカルスクリーンを眺め始めた。

 

 

 途中、スナックでの暴行で逮捕された敷島中佐に変わり指揮を取っていた落合大尉の軍も合流し、善行指揮下の隊は更に膨れ上がった。

 

 

 

 トラックに揺られながら、橋爪と玉島はなんとなしに喋っていた。片や所属した幾つもの隊が全滅した学兵、片やなんとか全滅を免れ続けてきた学兵同士、色々と思うところは有ったのか適度に話が弾んでいた。

 

 出てくる話題は食い物のことや女の事、後はどうやって寝たら寝付きがいいのか……などなど、下らない、しかしこの戦時下では貴重な話ばかりだ。しかし――やはり最後には戦いの話に行き着いてしまうのだ。

 

「しかし、お前らよく生き抜いてきたよな……」

 

 橋爪が感心するように、6233小隊を見た。どいつもこいつも、2ヶ月は戦場を生き抜いた、ふてぶてしく狡っ辛い面構えをしていた。

 

「ああ、そりゃあの人のおかげだよ」

 

 と、玉島は4番機の方を見た。

 

「あの人のおかげ……? そんなに戦場で一緒になったのか?」

 

「いや、違う。前にあの人にカツアゲ止められてボコられてさ、それで学兵同士の訓練に放り込まれたってわけ」

 

「お前、あの人に喧嘩売ったのかよ……」 

 

 呆れ顔の橋爪。そして苦笑する玉島。

 

「あんな人だと知らなかったし、6対1だったしな」

 

「しかも6人でやって負けたのか」

 

「ああ、ボロ負け」

 

 あの時を思い出し、思わず鳩尾を抑える玉島。

 

「まあそんなわけで、今こうして生きてられるのはあの人のおかげみたいなもんだしな」

 

「そっか……お前らも苦労してきたんだな」

 

「お前ほどじゃないと思うけどな」

 

 お互い苦笑いする橋爪に玉島。だが、それでも戦友とずっと一緒に入られることに羨ましそうにしている橋爪だった。

 

 

 




お馬鹿話、長らく書かないと書くのが難しくなっていて困ります……ああ、お馬鹿話思いっきり書きたい……。

そしてこれからの編成ですが、1~9号車が黒森峰、10~12号車がアンツィオ、13~15号車が聖グロリアーナの車輌にしようと思います。


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人を外れたモノ

2017/11/08 加筆修正


https://www.google.com/maps/d/viewer?mid=1lq83Pt7wbjxk1fznGkoxEs32AIA&hl=en_US&ll=33.20271422624567%2C130.5748271692139&z=13

 

 多数の部隊を吸収した善行戦隊は、八女のファミレス兼ホームセンターの広大な駐車場を司令部としていた。他にも、鈴原が中心となり臨時の野戦病院も整えられつつ有った。

 

 ここ、八女や久留米市、鳥栖市は多数の幹線道路や線路が集まる交通の要所である。当然、敵もこの周辺を狙ってくる。よって、付近に軍を送りやすいここが司令部に選ばれたのだ。

 

 

 地図を広げ、戦略を練っている所に通信が入る。熊本司令部からだ。

 

「こちら善行です」

 

「西住だ。先の40個小隊の救援と言い、敵の撃滅と言い感謝する。お陰でかなりの時間が稼げた」

 

 お世辞を言う人ではない。ならば本当にそうなのだろう。善行は思わず安堵した。

 

「それは何よりです。状況はどうなっていますか?」

 

「今、順次民間人と兵を纏め、あらゆる手段を使って脱出させていているところだ。よって、当然善行戦隊の今いる位置が重要になってくる」

 

「と言う事は……」

 

「このまま戦闘を続けてくれ。それと、何か有ればこちらにも言ってくれ。秘密部隊にばかり話を通されては沽券にも関わるしな」苦笑しているような西住中将の口調だ。

 

「了解しました」

 

「それと……どうか、娘達のことをよろしく頼む」

 

 通信機越しに、頭を下げられているような気がした。やはり、よほど心配なのだろう。善行も、姿勢を正し答えた。

 

「最善を尽くします」

 

「そうか、礼を言う。以上だ」

 

 通信が途切れる。すると、また司令部内はガヤガヤとした空気を取り戻した。

 

 

 

 

「久留米・広川インターチェンジで戦闘発生。敵はミノタウロス5、きたかぜゾンビ7、スキュラ2。それと例によって小型幻獣の大群です」

 

 友軍の通信を受けた瀬戸口の声に、善行はすぐに反応していた。

 

「拠点の兵力は?」

 

「戦車小隊1、歩兵小隊1、交通誘導小隊1」

 

 交通誘導小隊は戦力には換算できない。つまりこのままでは間違いなく全滅する。

 

「戦車2個、歩兵3個小隊と3番機をもって救援に赴くようにと村上さんに伝えてください」

 

 航空戦力が多い。戦車小隊だけでなく、航空ユニットキラーでも有る3番機を連れていけば大丈夫だろうという計算だ。

 

 1・2番機は、善行戦隊の戦車隊の面々と共に九州自動車道を南下している。中部域戦域から撤退し、北上する友軍の支援をするためだ。

 

 4番機は、何か有ったときのために司令部に待機している。ある意味最大の予備戦力である。

 

 そして、最近5121小隊の4機をバラバラに動かすことが多いのは、それぞれが戦車隊の中核となれるようにでもあった。そうすれば、将来的には善行戦隊の戦闘力を持った隊がいくつも出来るかもしれない――そう善行は考えていた。

 

 

 

 来須が狙撃を受けた――それと同時に、瀬戸口から悲鳴のような報告が入る。

 

「敵、来ます」いつもの瀬戸口らしからぬ、切迫した声だ。通信回線はオンにしてある。

 

「規模は?」

 

 善行は機銃座から降りて、スクリーンに見入った。敵の赤い光点がびっしりと、八女付近に認められる。久留米や鳥栖じゃあるまいに、と善行は首を傾げた。両市のような重要な拠点を攻撃するのなら、これくらいの規模は必要だろうと思える数だ。

 

「スキュラ4、ミノタウロス18、ゴルゴーン9、きたかぜゾンビ20。小型幻獣およそ500が司令部目指して進撃中。厄介なことになってきたぞ……」

 

 瀬戸口はつぶやくように言った。が、そんな空気をぶち壊すように猫宮が言った。

 

「あ、じゃあ止めてきますね」さらりと、まるで散歩にでも行くような気軽さの口調だ。

 

「正気ですかっ!?」

 

 思わず善行が叫んだ。熊本城攻防戦でも殿を務めたことは有ったが、規模が違う。

 

「どうにもこうにも、やらないとこの司令部大ピンチですよね? あ、でも流石に小型幻獣の対処はお願いします。中型は通しませんから」

 

 そう言うと、猫宮はいつもの装備を引っさげて、敵集団に向かって進軍する。

 

「……ちょっと、どうするの?」

 

 不安そうな原の声だ。

 

「……じきに各方面から兵が派遣されてくるでしょう。それまでは、全員生き延びることを第一に考えて下さい。戦闘要員もです」

 

 機銃の音が聞こえる。やがて、護衛部隊の通信機からは機銃音ばかりが響くようになってきた。

 

 

 

「さて、これは本気の本気で行かないとね……」

 

 猫宮はそう呟くと、92mmライフルを構えた。狙いを付け、発射、発射、発射。命中、命中、命中。

 

 足の速いきたかぜゾンビが次々と叩き落されていく。一射一殺、最大射程に入り込んだきたかぜゾンビを、一発のミスも無く次々に叩き落とす。

 幻獣の目標が、猫宮に向いた。空中要塞のスキュラが、こちらを見ている。スキュラのレーザー光が光った時、ステップ。避けてから煙幕弾を投射、92mmライフルを投げ捨てた。

 

 煙幕で視界が塞がれている隙にステップ・ステップ・ステップ。遮蔽から遮蔽へ次々と移動し、跳躍。一番近いスキュラの腹を超高度大太刀で切り裂いた。そして、こぼれ落ちた臓器を踏み躙る。

 

 踏み躙りつつ、ジャイアントアサルトを1連射し、2体目の弱点のレーザー射出口に寸分違わず命中させ、爆発炎上させる。3体目にも、1連射。闇雲に爆撃してくる4体目の攻撃を避けながら、またもや跳躍。再び臓器を踏み躙る。

 

 

 殺された仲間の姿を見て怒りに燃える幻獣たち。しかし、4番機はそれを嘲笑うかのようだった。ミノタウロスとゴルゴーンの群れに突進すると邪魔なミノタウロスを一太刀で切り裂き、1連射で爆発させ、更についでとばかりに臓器を踏み躙る。

 

 そしてこの虐殺に、最初護衛部隊はあっけにとられる。そして気がつけば熱狂していた。絶望的な数の幻獣が一方的に蹂躙されていることに声を上げ、小型の群れを粉砕し、迫撃砲で猫宮に援護砲撃を送る。

 

 圧倒し・蹂躙し・突き崩し・踏み躙る。暴力の権化となった4番機は、ただただ幻獣を屠殺し、やがてはその心をへし折った。あの、幻獣が恐怖したのだ。一方的にこちらを狩る存在に。中型も、小型も、4番機から少しでも離れようと散り散りになって逃げ出す。

 

 怯えて逃げる幻獣を追い、一部をあえて見逃し殆どを狩った4番機は、咆哮するかのように太刀を高々と掲げた。そして、見ていた兵たちも同様に、大声を上げた。自分たちの勝利だと。

 

 

「おぞましい存在ね。――ただ、戦うために居るかのよう」

 

 それを、何処からか少女が一人、見ていた。

 

 

 

「なんてこった……本当に、一人で蹴散らしやがった……」

 

 タクティカルスクリーンを見ていた瀬戸口が、全員のセリフを代弁するかのように言った。およそ、ただの1機でどうにかなる数ではなかった。だが、それを司令部に越させないように間引きつつ、敵に恐怖心まで与えてしまったのだ。

 

 その恐怖心に感応したか、ののみも少し怯えていた。よほど、幻獣の声が聞こえていたらしい。

 

「……どうしたんだ? ののみ?」

 

「あのね、げんじゅうの声がしたの。こわいよ、こわいよって」

 

「そうか……」

 

 それを聞いて、ののみを落ち着かせるかのように頭を撫でる瀬戸口。

 

「あ、あはは、怖がらせちゃいました……?」 通信機越しに猫宮の、いつもの調子の声が響いた。

 

「猫宮君……あなたは、何者なのですか?」

 

 ある意味、全員が知りたかったことだろう。それを今、あえて善行が問うた。猫宮はそう問われ、うーんと少し悩むと、酷く真面目な口調でこう言った。

 

「正義の味方志望……ですかね?」

 

 

 

 何はともあれ、猫宮がこの司令部を救ったことは事実である。兵たちはもはや、信仰に近い目で4番機を見ていた。普通ならば、生き残れないであろう数の幻獣を押し返せたのだ。中にはバンザイをする者も居る始末。信仰の対象となってしまったことに、猫宮は頭を悩ませていた。

 

 

 

 その頃、3番機は村上少佐の舞台とともに久留米・広川インターへ向かっていた。普段のように他の3機の姿はなく、速水はなんだか心細いような感じがした。

 

「ねえ舞、どうして最近僕らは別々に動くことが多いのかな?」

 

 軽口を叩きあう滝川や猫宮がいないためか、舞に話しかける速水。

 

「ふむ、我らを集めると過剰戦力になりすぎているのかもしれぬ」

 

「過剰戦力?」

 

「ああ。我ら4機だけでも相当の敵を倒せるからな。だからあえて分散させているのだろう」

 

「ああ、なるほど……」

 

 そう聞いて納得する速水。そういえば最近、あんまり倒さなくて戦闘が終わること多いもんな……。

 

「さて、話をしている間についたぞ」

 

 背もたれに、軽く蹴られた衝撃が走る。

 

「こちら村上。敵は中型8体に小型多数だ。できれば援護射撃をしている間に敵に突撃してもらいたいが……」

 

「了解した、任せるがいい。厚志」

 

「うん!」

 

 要請を受け、阿吽の呼吸で突撃する3号機。この程度の数はもはや速水、そして芝村にとって大したものはない。遠距離からの砲撃に反応した中型の間隙を縫い中心へ。そしてミサイルを発射した。

 残る小型もミサイルで間引かれていたのか大した数ではなく、村上少佐の部隊にあっけなく蹴散らされた。

 

 

 

 九州自動車道を南下しつつ、適度に敵を倒している残りの善行戦隊は、途中で車輌を失った歩兵なども回収していた。その為車輌が足りずタンクデサントまでして、まるで難民の群れかと言う有様であった。

 

 周囲を見渡すと、戦闘の後か煙を上げている車輌が見えたりもする。そういう時の救助に、士魂号はとても役に立っていた。

 

 戦闘ってより救出部隊だよなーなんて思いつつ、2番機が周囲を偵察していると、キラリと光るものが見えた。そこをよくよくズームしてみると、ペリスコープ光が見える。

 

「こちら2番機、ペリスコープ光が見えるんだけど、何処の部隊かな?あれ?」

 

「むっ、ペリスコープ光だと……? 待ち伏せか?」

 

 疑問に思ったまほが確認すると、紅陵女子αのモコス部隊であった。

 

「あ、あの、あの人達も連れていきますか?」おずおずと言った感じに質問をする壬生屋。

 

「ああ、連れて行かないと残されたままになるだろうしな……」

 

 ため息をつきつつ、使いをやるまほ。確かモコスの時速は最大でも20キロだったか……

 

 と、まほが頭を悩ませつつも、また善行戦隊は膨れ上がっていくのだった。

 




 無双シーンを書くとどうしても似た感じになってしまう……うーん、文才が欲しいです。
紅陵女子αや落合さんはここで合流です、しかし、これだけ部隊が増えると動かすのも大変そうだ……


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戦時中、だからこそ!

 夕刻にもなると、あちこちに散っていた善行戦隊の面々が司令部へと戻ってきた。広大な駐車場では多数の車輌が補給と整備を受け、負傷者は臨時の野戦病院に送られ、空いた土地では炊き出しが行われていた。その光景はある種の賑やかさを感じさせ、不謹慎かもしれないが一種の祭りのようにも見受けられた。

 

 しかし、そんな中どうにも居心地が微妙に感じられたのが猫宮である。先の戦闘で敵を退けたこととその戦い方から恐れ半分、畏れ半分といった視線を受けていた。

 

 必要なことだったとはいえ少し寂しいなと思いつつ、炊き出しの貧乏汁とおにぎり1個を食べ終わると一人、少し隊を離れて戦場となった無人の街を眺めていた。人の営みが無くなった街は急速に荒廃が進んだようで、そして植物が生命力を旺盛に主張していた。その風景が、なんとも哀愁と風情を感じさせる。だが、猫宮には悲しいものに思えるのだ。

 

 

「この光景、お嫌いかしら?」

 

 今まで聞いたことのない、鈴を転がすような声だ。

 

「嫌いというより……ね。人が居ない街って寂しいから」振り返らずに、猫宮はそう返した。

 

「そうね。私も見たことが有るわ。新天地へと、進化しようとみんなみんなが移動したの。その土地にあった何もかもを投げ捨てて、残ったのは空っぽの街や村々だったわ」

 

 少女も、似たような光景を知っているのだろう。その声には寂しさが有った。

 

「進化、か……あんな風になることが?」

 

「ええ。強くて大きい体。戦いにだけ向いた姿。あんな風になってしまったわ。あなたみたいに」

 

 少女の声に、嫌悪感が交じる。しかし、猫宮は気にした風もない。

 

「これでもまだまだ彼らより弱いさ。睡眠も食事も必要で、他の人の力を借りなければ満足に戦えない。あの巨人は、皆の想いの結晶」 くるりと、少女の方に振り返る。

 

「あの力は、決して自分一人のものじゃない」

 

 そう言うと、まっすぐに見つめた。その視線を、正面から受け止める少女。そうして暫くして、目を伏せて呟くように言った。

 

「そう……ごめんなさい。少し誤解していたみたいね」

 

「大丈夫。今こうして話して誤解は解けたでしょ?」

 

「ええ、そうね」

 

 そうしてお互い微笑む。すると、次の瞬間に脳裏に思念が入って来た。探るような、いたずらするような、そんな感覚。

 猫宮は素早く動いて少女の手を取ると、その感覚を止めた。

 

「おっと、お話の最中にそれは反則かな? 心を暴くなんて淑女のやることじゃ無いですよ?」

 

「っ、いきなり手を取るのもマナー違反ではなくて?」

 

 少し拗ねたように、少女が言う。だが、猫宮は意に介さない。

 

「心を覗くは心の陵辱と同じですよ? だから、これはそのお代――」

 

 そう言い、恭しく手を取ると、手首へと口付けた。

 

「~~~!」

 

 顔を赤くして、パクパクと口を開き、言葉も出ない少女。その様子を見て、いたずら成功と猫宮は距離を取る。

 

「それじゃあ、またね、女王様」

 

「喰えないお人ね……でもああそうね、詰めが甘いかしら?」

 

 そう言うと、ひらりと横を見る少女。見ると、口をポカーンと開けた千代美とみほとエリカがそこに居た。

 

「えっ!?」

 

「それじゃあまたね、猫宮さん」 

 

 トドメとばかりに投げキッスをしてからホホホと去っていく少女。それからずずいっと迫ってくる新たな少女3名。

 

「ねねねねね、猫宮さんっ!」 「今の人は誰ですかっ!?」「と言うか何をしていたっ!?」

 

「だ、だだだ、誰だろうね……」

 

 物凄い冷や汗をかきつつとっさに言い訳する猫宮。だがその始めが最悪だった。

 

「誰だろうねって、誰か知らない人にあんなことをやってたんですか!?」 「そそそ、そんなに手が早かったのか!?」 「ね、猫宮さんっ……!」

 

 右を見る、前を見る、左を見る…… ねこみや は にげだした !

 

「あっ!?」 「猫宮さんっ!?」 「ま、待て~!」

 

 そんなこんなで追いかけっこを始める4人。猫宮が司令部の方まで逃げ出すと、大勢の兵に目撃され、口笛を吹かれたり囃し立てられたりする。そんな様子を見て、恐れの目線が呆れ顔に変わったりするのであった。

 

 

 

 一方その頃、善行・久場・村上などは地図を眺めて戦況を検討していた。本来は鳥栖・久留米市に行くはずだったであろう有力な敵を司令部で撃破できたことから、各所の交通は予想外にスムーズに動いていた。

 

「撤退は今のところ順調ですね」

 

「ええ、この分では司令部を明日には北上させられるでしょう」

 

 久場の分析に、善行が頷く。今日、この南北の大動脈を維持したことで、約3万の人間が北へと脱出できたのだ。

 

「いやはやしかし、士魂号とは凄いものですな……私も彼らと共に戦ったのですが、航空ユニットがあっという間に蹴散らされましたよ」

 

 村上は感心したように言う。これまでもそうであったように、一度士魂号と共闘した指揮官は、その使い勝手の良さに大抵は好意を抱くのだ。特に3番機は広範囲の敵に攻撃できる万能ユニットだ。村上少佐が惚れ込むのも無理はないだろう。

 

「お陰であちこちで引っ張りだこですが」と、善行が苦笑した。

 

 実はこの撤退戦の前、危うく善行と原は連行されそうになったが、憲兵隊のお陰で助かったのだ。もし捕まっていれば、この二人抜きで撤退戦を行わなければならない所だった。

 

「ははは、これまでの戦果を見ればその理由も納得です」

 

 村上少佐の言葉に久場大尉も頷く。見れば見るほど、知れば知るほどその戦力が魅力的に見え、なおかつパイロットの天才性もむき出しになる。一番普通と思われる滝川でさえ、平均点を軽くぶっちぎっているのだ。気の早い本土では、既にどう5121のパイロットを分配するか皮算用もしているかもしれない。

 

「では、我々もそろそろ休憩をしましょう。指揮官の判断が遅れては事ですからね」

 

 久場大尉の解散宣言に、二人も頷いた。

 

 テントを出ると、そこには原が居た。照れくさそうに頭をかく善行と、気を使って速やかに離れる二人。心の休息も、誰にだって必要なのだ。

 

 

 

 滝川は、いつの間にか森と二人きりになっていた。機体の話をしながら、なんとなしに陣地を見て回り、気がつけば人気の少ない所に居たのだ。そのせいか、妙にドキドキして、何度も森の方を確認してしまう。それは、相手も同じなようで、時々目が合うと赤くなって慌てて目をそらす。そんなことを何度も何度も行っていた。

 

 しかし、瀬戸口のあの場面を思い出し、勇気を出して声をかける滝川。

 

「あ、あのさ……」 「ひゃいっ!?」

 

 声をかけると森はビクッと飛び上がり、変な声を上げてしまう。どうすれば……と思いつつも、森の手を掴んだ。すると、体を硬直させてしまう。反射的に離そうとしてしまったが、思いとどまる。

 

 そうして、まっすぐ森の目を見据えて話し出す。

 

「あのさ、俺、他の奴らより強くないけど、それでも絶対森を守るからさ……」

 

 乏しいボキャブラリーの中、必死に言葉を探す滝川。そんな様子を見ると、なんだかおかしくなってしまう森。くすりと笑ってしまった。

 

「な、何だよ……」 拗ねる滝川。

 

「あはは、ごめんなさい。でも、滝川くんらしくて良いなって」

 

 そう言うと、森は目を瞑り、体を滝川に預けた。

 

 えっ、えっ、これ、良いの?良いんだよな?良いんだよね?

 

 テンパって、焦って、頭が混乱して――でも、最後には、二人のシルエットが重なったのだった。

 

 

 

 たわけ、たわけめ……破廉恥な……!

 

 芝村はずんずんと大股で不機嫌そうに陣地を歩いていた。

 

 瀬戸口も壬生屋も猫宮も善行も原も滝川も森も浮かれおって……今は戦闘中なのだぞ!

 

 不機嫌そうにポニテをゆらゆらと揺らし、後ろに速水を引き連れて、本人曰く陣地の見回りをしている。それというのもあちこちで色恋にうつつを抜かしている様を見てしまったからだ。

 

 だが、芝村といえども一人の女の子、やはりそういうことは気になるものである。やがて大股歩きも止め、顔を赤くしながらくるりと速水の方に振り向いた。

 

「こほんっ……やはり、ああいうことは男女では普通のことなのか……?」

 

 普通、にコンプレックスを持っている舞である。あくまでもそこを強調して速水に聞いた。

 

「うーん、仲のすごく良い男女なら普通……だと思う」

 

「そ、そうか、普通か! ……ときに厚志よ、そなたはその……そういう事に憧れを持っているか?」

 

 顔を真赤にし、チラチラと速水を見ながら問いかける芝村。意図がバレバレである。

 

「うん、僕もそういうのは憧れるかな……」 あはは、と笑いかけながらじっと芝村を見る速水。

 

「そ、そうかそうか! ……我らもカダヤだし、それは普通なのであろうな……コホン。な、ならばそなたの好きにしていいぞ……」

 

 この期に及んで素直ではない芝村。しかし、速水はそんな仕草がすごく愛おしい。迷いなく側によると、すっと唇を重ねたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 猫宮の目的の一つに、カーミラを自分に夢中にさせる(興味的な意味で)というのがあり、そのためにこんなわざとらしいことをしました。……わ、わざとらしすぎたかな……?


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久留米・鳥栖防衛戦

【久留米市近郊 二軒茶屋付近 ○五○○】

 

 5月8日。寝れる者は泥のように眠った後、油の浮いたレーションを腹に押し込んでいそいそと出撃していった。複合施設に置かれた司令部のテントが畳まれ、更に北部への移動であった。

 

 久留米市付近の空は黒煙に覆われていた。市街地は燃え上がり、上空はきたかぜゾンビの編成がしきりに旋回し、地上に掃射を加えている。

 

 だが、陣地が死んだわけではなかった。巧みに隠蔽された各種兵器が迂闊に近寄ってきた幻獣を叩き伏せ、兵は下水道を主体とした地下陣地に潜り、粘り強く抵抗を続けていた。兵が弱い学兵な分、考え抜かれた陣地を持って、幻獣を撃退し続けていたのだ。

 

 久留米守備隊は、今のところ敵を撃退し続けていた。敵は久留米を包囲するように攻撃を加えつづ、一部は更に北の鳥栖市へと進撃していたが、成果は得られてい無い。昨日、自由に動ける兵力を一気に減らされたためである。

 

「どうする? 逆包囲か?」

 

 芝村が善行に通信を送ってきた。しかし、善行は「いえ」と言下に否定する。

 

「それでは士魂号がもったいない。士魂号は久留米市の南から北への打通をはかって下さい。これを何度か繰り返し、敵主力をひきつけ撃滅します。包囲はL型の各員にお願いします。半円形に広がり、陣地とともに敵を挟撃して撃破して下さい」

 

「了解した」 芝村が短く頷く。

 

「了解です」 「了解しました」 村上少佐やまほも作戦を了承すると、すぐに戦車隊を半円形に展開させた。

 

 

 

 自走砲の援護を受けつつ、4機の士魂号は俗にいう「ゴルゴーン溜まり」……幻獣側の砲兵陣地に突進を始めていた。敵は8体ずつのミノタウロスとゴルゴーンで、市内にしきりに生体ミサイルの攻撃を加えていた。

 

「参ります!」

 

 壬生屋の1番機が16体の中型幻獣に切り込むと、あっという間に3体のゴルゴーンが爆発、更に2体が誘爆する。5秒ほど遅れて3番機が突入、ジャベリンミサイルが発射され更に8体のミノタウロス・ゴルゴーンが撃破される。

 

 残りは2番機のジャイアントバズーカと、更に遅れて突入してきた4番機の奮戦で撃破され、あっという間にゴルゴーン溜まりが全滅させられる。この間1分30秒、記録的とも言える速さである。

 

 砲撃がなくなったことで、また地下からぞろぞろと湧き出てきた兵たちがそれぞれの兵器に取り付く。挟撃の始まりである。

 

「各車自由射撃!」

 

 陣地の内外から挟撃された敵幻獣は、右往左往する内に次々と数を減らされていく。何処を向いても弱い角度を敵に晒すことになるのである。損害が大きいのも当たり前であった。

 

 

「さて、どんどん行くよ!」「ええ、参ります!」

 

 この戦果に気を良くしたか、1番機と3番機が更に突撃を始めた。

 

 

 

「右翼、左翼共に安定、大隅公園付近にて敵を多数撃破」幸先の良い報告が続く。

 

 だが、指揮車に揃っているのは悲観主義者ばかりである。何処かに不安要素はないかと、久場も善行もタクティカルスクリーンを俯瞰していた。どうにもあっけなさすぎると思ったが、昨日の撃破数を思い出すと、敵も戦力が枯渇しているかもしれない。

 

「日田方面に敵増援出現! スキュラ6、ミノタウロス18を含む有力な敵です。至急、士魂号の救援をお願いします」

 

 直後に、村上からの通信が入った。うなずき、即座に向かわせようとした所、猫宮から通信が入る。

 

「各員に警告! 負傷兵に紛れて共生派ゲリラが自爆テロをしている模様! 迂闊に近づかないように!」

 

 寝耳に水の報告だ。共生派ゲリラがこんなところまで紛れているとは……。しかも、自爆攻撃まで!

 

「猫宮君、その爆発の規模は?」

 

「士魂号の腕くらいなら吹っ飛ばせます! 絶対、迂闊に近寄らないように!」

 

「えっ? うわあああああっ!?」

 

 話している内に、滝川が爆発に巻き込まれ2番機の右腕が吹き飛ばされた。丁度警告が出る直前に、手を伸ばしていたのだろう。

 

「滝川さんっ!?」『滝川っ!?』

 

 4人の叫びが重なる。

 

「被害状況は?」 努めて冷静に、善行が問う。

 

「え、えっと、右腕が吹き飛ばされて……俺、俺……」

 

 何が起きたのかまだうまく飲み込めていない様子の滝川。

 

「落ち着いて下さい滝川君。後方に戻り、腕を換装して下さい。出来ますね?」

 

「あっ、はい。な、なんとか……」言われるまま、少しずつ落ち着きを取り戻していく滝川。

 

「結構。では、戦場は危険なので急いで下さい」その様子に、善行は優しく話しかける。

 

「はっ、はい!」

 

 そう言うと滝川は、慌てて後方へと戻っていった。危険だが、整備班は指揮車の後方1キロメートル地点に展開していた。

 

 

 

「日田方面からの敵増援があと5分で友軍と接触する。3機はスキュラを頼む」

 

 瀬戸口からの通信に、少し考え込む芝村。やはり最大の脅威はスキュラである。

 

「瀬戸口よ、スキュラはどのような隊形を取っている?」

 

「例によって密集して砲列を敷いている。距離は、文化センターを起点として東に3キロほどの地点だ」

 

 ふむ、と舞が10秒ほど考え込む。

 

「猫宮、92mmライフルで煙幕弾を。その隙に1・3番機でスキュラに肉薄する」

 

「了解、自分は後方支援だね」

 

 そう言うと、92mmライフルに煙幕弾をリロードする猫宮。

 

「あの、私たちは?」モコスの佐藤からだ。

 

「1体でも多くの中型幻獣を削ってくれ。無理はしなくていい」

 

「了解しました」

 

 佐藤からの通信も途切れる。彼女らは、出来る範囲で無理なく削ってくれるだろう。

 

「スキュラ、文化センターより2.5キロに接近。頼んだぞ!」

 

「任せておけ」

 

 1.3番機がスキュラに向けて突撃する。レーザーの射程に入る前に、猫宮は煙幕弾を展開、巧みに敵のレーザーを逸らさせる。

 

 先に突入した1番機が跳躍し、スキュラの腹を切り裂くと、着地地点に居たミノタウロスもついでとばかりに切り倒す。

 

 1番機に気を取られている合間に、3番機はスキュラの群れの下に潜り込んだ。下側の、腹は弱い。一気にロックオンすると、3番機から24発のジャベリンミサイルが発射され、3番機はスライディングをするようにビルの影へと逃げ込む。

 途端、大爆発。空中要塞と言われるスキュラは、その爆発も凄まじく、下に居たミノタウロスも次々と誘爆していく。

 

 スキュラの脅威が無くなると、L型、L2型、モコスなど、様々な車両の砲撃が残った地上ユニットに降り注ぐ。4番機の92mmライフルも、一射一殺の精度で敵を削っていた。

 

「日田方面からの敵全滅」

 

「よくやってくれました」

 

 瀬戸口の報告に、善行が言葉を重ねる。これで一先ず久留米は安全だろう。

 

 

 ふと3番機の眼下に、担架に横たわったままの学兵が映った。酸素供給装置、点滴・薬剤注入装置などを装備している最新のLSS(Life Support Stretcher)である。それを即座に共生派と看過し、離れるように言う芝村。

 

 銃声・途端に大爆発。共生派の自爆テロだ。全く――どこまでもこちらの心の隙をついてくる奴らだ。

 

 

 

 流石にこの共生派の数は専門家でないと防げない……と猫宮が歯噛みしている所に、通信が入る。

 

「困っているようだな」

 

「もしかして、盗聴してました?」

 

 芝村泰守からだ。猫宮から指摘されても、ガハハと笑うだけである。

 

「そう怒るな。俺も何処かの準竜師と同じく。お前たちのファンなのだ。それでだ、憲兵隊を一部そちらに回してやろう」

 

「憲兵隊を!? よく抽出できましたね……」

 

 突然の援軍にびっくりする猫宮。憲兵は貴重なはずだが……。

 

「何、撤退してくる兵に自爆テロでもされたら叶わぬのでな。思いの外スムーズに進んだぞ。西住中将にも感謝すると良い。ああそれと、お前の知り合いも来るそうだ」

 

「知り合い……と言うと、まさか矢作少尉?」

 

 前は曹長だったが、多数の共生派の検挙により昇進したらしい。

 

「まあ、そういうことだ。無事に帰ってこい。まだお前と話すことも有るからな。以上だ」

 

 そう言うと、勝手に通信を始めた時と同じように勝手に通信が切れる。だが、猫宮はこれまでやったことが無駄ではなかった――そう思うのだった。

 

 

 

 一方、整備班ではコックピットの滝川に森が縋り付いてうわんうわんと泣いていた。もう少しで死ぬところだったのである。森としては不安で仕方がなかった。

 そんな森を心配そうに見つめる整備員たち。そして、それを咎めようと原が声をかけようとして、森がキッと顔を上げた。

 

「滝川くんをこんなにして! 許せないわ!」

 

 森は嗚咽を止めると、すっくと立ち上がった。

 

「おいおい、俺は大丈夫だって、森」

 

 滝川が安心させるかのように言うと、森は「それでも!」と強い口調で言った。

 

「1時間なんてかけません!30分有れば十分です!」

 

「いえ、15分よ」

 

 森の言葉に、原が重ねる。原も怒っていたのだ。

 

「はい、班長、分かりました! 滝川君は軍医さんの診察、受けて!」

 

「滝川君、あなた達の肩に大勢の命がかかってるの。負傷兵なんか無視しなさい。もし間違ったとしても、私たちは最後まであなたの味方をするから」

 

 森と原の真剣な様子に、滝川は気圧されたようにこくんと頷くのであった。

 

 

 

 ……のちに久留米・鳥栖防衛戦と呼ばれた戦闘は、士魂号の活躍と人類の巧みな連携攻撃により成功を収め、更に2万の兵が虎口を脱した。善行戦隊は殿として、幻獣と戦ったが敵は既に精彩を欠いていた。

 

 こうして、九州撤退戦は新たな局面を迎えつつ有った。

 

 

 

 一方、遠坂財閥を手中に収めた遠坂は、妹の絵里、そして田辺と共に下関の系列ホテルのスイートルームに居た。今は、来るべき撤退戦のための準備をしているところである。

 しかし、そんな所に絵里もついてきたいと行って秘書業をやっていた。そして、手伝わせてみると実に優秀な秘書だったのである。

 

 コンコンと、部屋の扉がノックされる。開けると、そこには芝村神楽が居た。

 

「邪魔をするぞ」

 

「ええ、どうぞ」

 

 遠坂が優雅に礼をすると、絵里と田辺がぱたぱたと紅茶を入れる。

 

 ここから、始まるのだ。撤退戦の総仕上げが。そう思うと、遠坂は緊張から気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 これから戦闘回が続きます。しかし、5121はやっぱり圧倒的ですね……。


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九州最後の夜

【太宰府近郊 一五三〇】

 

 戦闘は小康状態を迎えていた。

 

 鳥栖・久留米で敵を殲滅したことで、敵の主力はほとんど壊滅し、残った敵を叩きながら善行戦隊が北上して、今は戦闘もなく敗残兵を回収しながら転進していた。

 

 次なる目標は博多へ移動し、今度はそこから友軍の撤退の援護が今の善行戦隊の目標である。善行戦隊基幹の車輌はモコスに合わせ、時速20キロの速度で博多を目指していた。途中で幾度も車輌を失った敗残兵を回収し、士魂号のトレーラーからモコスにまで、兵が張り付いていてまるで難民のようでも有る。

 

 そんな中、善行と久場は険しい顔でタクティカルスクリーンを覗いていた。佐賀が陥落し、きたかぜゾンビなどの快速部隊が博多へと進撃しつつ有った。善行戦隊が活躍した戦場では戦況が好転したが、やはり戦略面に与えられる影響は少ない。

 

 これからの目標を考えていると、北西から砲撃音と、遠くからきたかぜゾンビのローター音が響いてきた。どうやら、戦闘が始まったらしい。善行は拡声器のスイッチをオンにすると、全員に告げた。

 

「士魂号は10分後に降車。警戒態勢に入って下さい。我々はこれから天神の守備隊本部を目指しますが、ただ今博多港に多数のフェリーが待機しています。戦車随伴歩兵の諸君らは途中で下車し、港へと急いで下さい。以上」

 

 途中で陣地らしい陣地はなく、博多守備隊はごく狭い地域に戦力を集中していると善行は考えた。と、そこへ指揮車へ通信が入る。

 

「泰守だ。憲兵を増員したのだが、あちこちで共生派と市街戦が発生している。お前たちも気をつけろ」

 

「ありがとうございます。テロによる陣地への影響はありますか?」

 

 いきなりの通信だが、芝村の流儀には慣れたもので善行は即座に応じた。

 

「増員していなければ、テロで小型幻獣に突破されていただろうな。だが、その心配は今のところあまりないだろう。だが、市街地ではお前たちの部隊の戦闘はむしろ辛いだろう。陣地の外での戦闘に徹することだ」

 

 そのアドバイスに、少し考えてから返答をする善行。

 

「ありがとうございます、聞きたいことは以上です」

 

「そうか。お前たちの働きで救われる将兵の数が変わるだろう。以上だ」

 

 そう言うと、通信が途切れた。そして、改めて命令を下す。

 

「みなさん、市街内はテロにより混沌としているようです。ここは久留米と同じように、陣地を使い敵を挟撃しましょう」

 

 善行の言葉に、それぞれの機体・車輌が動き出し始めた。

 

 

 

 天神司令部の予想に反して、防衛戦は順調に推移していた。もともと陣地を狭くした代わりに火力の密度を上げていたことと、陣地の外に善行戦隊と言う強力過ぎる部隊が居たせいである。この2つの戦力が陣地を守っている間、門司行きへの特別便がひっきりなしに往復し、更にフェリーも自衛軍・学兵・民間人を問わず載せ、次々と撤退していった。

 

 この激戦のさなか、善行戦隊はひっきりなしに戦い続け、結局撤退する最終便に乗れたのは、深夜10時の事であった。

 

 

 特別便の中、狩谷は車椅子から外の風景を眺めていた。外の風景には文明の光が灯っておらず、ただこの特別便の光と夜空だけが、地上を照らしていた。そして、そんな風景を物悲しいと思っている自分がいることに、改めて驚きを感じた。今まで、足のことがあってからずっと心を閉ざしていたのが、ようやくもとに戻ったのだ。

 

「そうか……」

 

「どうしたの? なっちゃん?」

 

 ふと横を見ると、加藤が覗き込んでいた。手を伸ばして、ぎゅっと抱きとめる。いきなりのことに、加藤は真っ赤になってあたふたとしていた。

 

「ど、どうしたんや、なっちゃん!?」

 

「いや、僕は今まで、ずっと殻に篭っていたんだなって思ってさ」

 

 ウォードレス越しに、加藤の体温を感じる気がした。そして、それは失いたくないものだった。抱きしめながら、震える狩谷。

 

「どうしてかな? 熊本城のときは、みんなと一緒に死にたいと思っていた。でも、今は生きたいんだ……」

 

 そんな狩谷の弱音を聞くと、加藤はぎゅっと抱き返した。自分の不安も押し隠して。

 

「そんなん当たり前や、なっちゃん。でも、大丈夫、みんな必死で戦ってるんや。きっと、うちらも大丈夫」

 

 こうして、二人は電車の中、しばし抱き合うのだった。なお、言うまでもなくこの光景は奥様戦隊にも目撃されているのであった。

 

 

 

 一方で、戦闘班は泥のように眠っていた。6日からずっと戦い詰めである。皆疲れ果て、幽鬼のような表情をして、必死にこの短い時間で睡眠を貪っていた。

 

 だがそんな戦闘員の中にあって、猫宮だけが端末をずっと弄っていた。戦場では出来得る限り暴れた。だが、未熟な学兵たちが撤退するには、運か、確固たる指示か、それとも意思か。何かが必要であった。その確認をしたかったのだ。自分は、何かが出来たであろうか。

 

 ただ、撤退戦が始まってもう2日も経っている。きちんと充電できなければバッテリー切れを起こしている端末が殆どだろう。それを思うと、もはや指示すら出来ない悔しさに、猫宮は歯噛みする。

 

「――さん、猫宮さん」

 

 だが、そんな思考を止めてくれたのはみほであった。

 

「あっ、みほさん、どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃないです。猫宮さんもちゃんと寝て下さい!」

 

 何時になく、押しの強いみほである。その迫力に、ずずいと押される猫宮。

 

「あっ、で、でもね、他の人の心配も――」

 

「駄目です、猫宮さんには、沢山の人の命がその肩にかかってるんです。だから、寝ないと、ダメです!」

 

「うっ、は、はい……」

 

 正論である。少なくとも、今はほとんど役に立ってない端末をいじるよりも、優先すべきことであった。観念して、猫宮が背もたれに体をあずけると、みほもふらふらっとして椅子に倒れ込んだ。

 

「……ごめんね、心配かけちゃって」

 

「あ、い、いえ……」

 

 倒れ込んだみほを受け止め、椅子に寝せると、猫宮は床に座り込み、寝息を立て始めた。

 

 

 

 

【門司駅・駅前広場 ○○○○】

 

 

 深々と更けた夜、5月のまだ冷たい夜風が頬を打つ。広場ではサーチライトが周囲を照らし、広場の所々は土嚢や機関砲、迫撃砲などで陣地を形作っていた。

 

 散歩などという雰囲気ではなかったが、今日1日戦い続けた興奮を冷まさなければならなかった。ここ数日、戦いと移動の連続で、冷ます暇がまるでなかった。だから、せめて散歩でもして、神経を鎮めようと思った。

 

「なんだか久しぶりって感じだよな」

 

 声をした方に振り向くと、滝川が立っていた。滝川もまた、そわそわと視線が落ち着いてない。まだ戦闘中の視線だった。

 

 速水は微笑んだ。本当に「久しぶりって感じ」だ。熊本の、まだ新兵だった頃、そんな時を思い起こされる。

 

「今日は忙しかったからね。なんだか時間の感覚が無くなっちゃったよ」

 

 そう言いながら、速水はポシェットを探って、自分で焼いたクッキーを手のひらに乗せた。ああ、これも懐かしい。

 

「へっへっへ、作りすぎちゃったんで良かったらどう? ってやつね。久しぶりだなー」

 

「ホント、久しぶりだよね~」

 

 振り向くと、猫宮も居た。視線を彷徨わせ、どこから手に居入れたか、紅茶のペットボトルを5本持っていた。

 

「はいこれ、クッキーには紅茶だよね」

 

「お前、どこから嗅ぎつけるんだよホント」

 

 半ば呆れ顔で、紅茶を受け取りクッキーを頬張る滝川。「うん、うまい!」

 

「あっ、猫宮も目が落ち着いてきたね」

 

「二人もそうだね、ようやくかな?」

 

 パイロットにだけ通じる挨拶だ。3人共、顔を見合わせて笑った。

 

「こんばんは……」

 

 3人が視線を向けると、壬生屋が佇んでいた。

 

 壬生屋も同じく。視線がせわしなく移動している。

 

「あはは」速水が声に出して笑うと、滝川も腹を抱えて笑い、猫宮も微笑んでいる。

 

 その笑いに当惑する壬生屋に、猫宮は自分の目を指差した。すると、はっとして顔を赤くする壬生屋。瞬きを数回すると、ようやく視線が落ち着いてきた。

 

「俺達も同じだからさ、それで笑っちまった」

 

 滝川がそう言い、猫宮が紅茶を、速水がクッキーを差し出す。壬生屋はくすりと笑うと、両方を受け取り、クッキーを頬張った。

 

「シナモン入りですね、美味しいです!」

 

「本当はこの紅茶、ホットだったら良かったんだけどね~」 

 

 猫宮が苦笑した。無人の街に電力は通っておらず、自動販売機はその役目を果たせなくなっていた。

 

「むっ、私だけ仲間はずれなのか?」

 

 4人が振り向くと、不機嫌そうな芝村が居た。どうやら仲間はずれにされたと思って拗ねているらしい。そして、やはり視線があちこちにさまよっていた。

 

 今度は4人がかりで笑うパイロットたち。それにますます芝村は不機嫌になった。

 

「むっ、なぜ笑うのだ? どこかおかしかったのか!?」

 

 『普通』にコンプレックスを持っている芝村が、何処がまずかったのか自分の体を見渡す。すると、4人は揃って自分の目を指した。

 

「舞、目線がまだ戦ってたよ」

 

「これで5人全員ですわね」

 

「むっ、戦いが終わっても油断はしない主義なのだ……」

 

 不機嫌そうにクッキーを受け取り、頬張る芝村。ちょっとだけ不機嫌が直る。

 

 

「しっかし疲れたよな~……」

 

 滝川がそう大きく息を吐いた。それに頷く4人。

 

「3日間、ずっと戦い詰めの移動詰めだったからね。ホント疲れたよ」 コキコキと、首を回す猫宮。

 

「しかし、それも今日で終わりだ。門司での撤退支援が最後となろう」

 

「つまり、撤退するまでずっと戦い詰めですか……?」

 

 芝村の言葉に疑問を返す壬生屋。それに、芝村はこくりと頷いた。

 

「そっか……今日で全部が終わるのか……」

 

 ポツリと呟く速水。彼の脳裏には、3月にあのプレハブ小屋から始まった5121での戦いが、脳裏によぎる。あれから、自分は生まれ変わったのだ。

 

「終わらないと思うよ」

 

 だが、それに真っ向から異を唱える猫宮。「え?」と速水が首をかしげる。

 

「この戦いが終わっても、休戦期を超えれば戦いはまた続く。そして、だから5121との絆も、ずっと続くさ」

 

 それは、ある意味絶望の宣告。戦いがずっと続くのだと。だが、舞の隣こそが、この5121こそが自分の居場所だと思い定めてる速水にとっては、福音だったのだ。

 

「うん、そうだよね……だから、生き残ろう、みんなで!」

 

 希望に満ちた顔で、そう宣言する速水。それに、他の4人は大きく頷いた。絶対、生き残るのだ。みんなで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




飛ばされてしまった防衛戦の話でした。いや、善行戦隊居るとたいていその場所の戦闘はどうにかなりますしね……。
そして、士魂号パイロット5人の話は定期的に書きたくなります。


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九州撤退戦――その肩にかかる想いと共に

【門司駅付近 ○五三○】

 

 5月9日。朝霧が濃く立ち込める中、猫宮は目を覚ました。十分な眠りとはいえないが、ひとまずの体力と集中力は回復した。後は戦うだけである。レーションを温める間もなく、腹に押し込むように食べると、ウォードレスを着る。

 

 周囲を見渡すと、もぞもぞと睡眠を取れていた人員が起き出していた。皆、それぞれが表情に不安を抱えながら、食事を取り、ウォードレスを着て、戦闘準備を整える。しかし、不安だけでなく希望も僅かながらにあった。

 今日が、最後なのだ。今日さえ凌げれば、無事に本土に撤退できるのだ。だが、その確率は低いだろう。そのための不安である。

 

 猫宮は4番機に潜り込むと、善行の演説が唐突に始まった。

 

「善行戦隊の善行です」

 

 各コクピットに、善行の静かな声が響き渡った。

 

「この通信を聞いている皆さんの中には、5121の者もいれば、臨時に私の指揮下に入ることとなった門司駅守備隊の皆さんも居ることでしょう。残念ながら一七○○をもって関門橋及び関門トンネルは爆破されることとなりました。しかし、我々の目的は共通であり、ただ一つです。生きて本土へと戻りましょう。何が起ころうと決して諦めずに、必ず生きて戻りましょう。以上です」

 

 横で聞いていた久場も苦笑しただろう。それは、演説と言うにはあまりにも穏やかなものだった。だが、これまで捨て駒として扱われ、虐げられてきた学兵たちへの思いやりが善行の言葉には溢れていた。人間として扱われなかった学兵たちへの慈しみがひしひしと伝わってきた。

 

 そう、そういう指揮官だからこそ、猫宮達も命をかけて戦うのだ。

 

 

 

 これからの戦いのために呼吸を落ち着けていると、4番機に通信が入った。通信元は――憲兵であった。

 

「こちら矢作少尉だ。今大丈夫だろうか?」

 

「矢作少尉! お久しぶりです! 昇進おめでとうございます」

 

 通信をつなぐとびっくり、矢作少尉である。お久しぶりというと、向こうから苦笑するような声が響いてきた。

 

「久しぶりというほどの時間が立っていないのだがね。戦い詰めの君達から見るとそうも思えてしまうか。さて、天神でも、ここでも協力者のお陰で我々の班が検挙率がトップだったよ。お陰でどうやって見つけているのかと問い質された程だったさ。昇進も出来たし、君のお陰だ。我々は戦闘班でないのでこれから本土に戻ってしまう」

 

 そう言うと、声のトーンが落ちる。やはり、学兵だけを戦わせるのは心苦しいのだろう。

 

「そんな大人が何を言うのかと思うだろうが、2つだけ言わせてくれ。これまでありがとう。そして、必ず生きて本土に戻ってくれ。」

 

 そういう矢作少尉の言葉にも、その労りが伝わってくる。

 

「勿論です。必ず生きて戻りますよ!」

 

「そうか。では戦闘前にすまなかった。以上だ」

 

 そう言うと、通信が途切れるた。

 

 

 少しすると、コックピットに直接通信が入った。声は、準竜師だ。

 

「調子はどうだ? 戦う者よ」

 

「まあまあですかね。でも戦うには支障はないですよ」

 

 そう言うと、準竜師の笑い声が響く。

 

「そうか、貴様はこれまでも芝村のために利益をもたらしてくれた。芝村は恩を忘れぬ故、必ず生きて帰ってこい。それでなくても貴様はあちこちから人気なのでな。ここで死なれては困る」

 

「やれやれ……自分を競りに出すのは勘弁して下さいよ?」

 

 うんざりしたように猫宮が言うと、ガハハと笑い声が響く。

 

「それはもう周りが勝手に始めている。まあ、どの値札を取るかは貴様次第だがな」

 

「はぁ……せいぜい、高値のを取ってやりますよ」

 

 それを聞くと、うんざりしたように猫宮が言うのだった。準竜師の笑い声。そして、通信が途切れる。

 

 

 

 また少しすると、端末に連絡が入る。見ると、玉島百翼長であった。

 

「あっ、あの、猫宮さん、今大丈夫でしょうか?」

 

「うん、大丈夫だよ? どうしたの?」

 

「いえ、あの、俺、ずっとお礼が言いたくて。猫宮さんのお陰でずっと生き延びれてきたんで。あの、ありがとうございました!」

 

 必死に言葉を探すが、飾らないようにしたのだろう。その言葉は、感謝の気持ちにあふれていた。 

 

「うん、どういたしまして。絶対、生き延びようね、お互いに!」

 

「は、はい! じゃ、失礼しました!」

 

 そうして通信が途切れる。千客万来だなぁと思いつつ、次は誰かなと待つ始末である。

 

 

 

「今、時間は大丈夫だろうか?」

 

 最後はなんと、西住中将であった。流石にびっくりする猫宮。

 

「あ、あれ、西住中将こそ大丈夫ですか?」

 

「ああ。私もここに居て指揮を取っているからな。一番のエースに話しかけるのもそう不思議ではない」

 

 その言葉に吹き出す猫宮。

 

「えっ!? ここに居るんですか!? 危険ですよ!?」

 

「君たち、戦っている兵のほうが余程危険だろう。学兵が戦っているのに、大人だけが撤退するのは、見たくないのだ。それに――熊本は、私の故郷なのだ。だから、最後までここに居たいのだ」

 

 西住中将の語る声は、強い決意に満ちていた。

 

「で、でも……」

 

「ああ、政治的なことなら心配はいらない。芝村派の将兵が多く撤退していく中、私が最後まで残るのだ。株も上がるというものだ」

 

 政治の対策も完璧、なら、何も言えなかった。

 

「……何かあったら助けに行きますよ。自分も、西住中将には死なれたくないので」

 

「ははっ。ありがとう。最強のエースにそう言ってもらえるとは頼もしいな。それでは。」

 

 通信が途切れる。肩に乗るのは多数の想い。絶対に負ける訳にはいかない。出来る限り、助けなければ。そう思った。

 

 

 

 戦闘は砲撃音から始まった。陣地から、多数の重砲が火を吹き、小型幻獣の群れを吹き飛ばしていく。しかし、数に限りがないのか小型幻獣の群れは、次から次へと現れ、津波のように押し寄せてくる。そして、小型の津波の中に中型が混じり始めてきた。

 

 先に到達したきたかぜゾンビは、巧妙に隠された火線の一斉射の餌食となり、その隙に士魂号が駆け出す。

 

 戦場は、僅か5キロの防衛線に敵が押し寄せ、多数の火砲が撃ち込まれ、まるで地獄の釜の様になっていた。しかし、そんな地獄を無視して、押し寄せ続ける幻獣には恐怖を覚えてしまう兵も居るだろう。

 

 

 猫宮は、九州自動車道方面に1機で居た。戸ノ上山方面では、精霊の気配がする。3号機とブータが、精霊手を使ったのだろう。その撃破スピードに、善行たちが驚いていた。

 

 そして今、猫宮の前にも24体のスキュラが居る。この一斉射撃を受ければ、防衛ラインはあっという間に突破されるだろう。故に、止めなければならない。

 

 さて、行くかと思った所、4番機の肩に何かが乗る気配。見ると、1匹の犬であった。

 

(チャッピー卿、どうしてここに!?)

 

(なに、ブータニアス卿にばかり手を煩わされては我ら犬神族の沽券に関わるのでな。そなたにも力を貸そう)

 

 そう言うと、北本製の剣に炎が宿る。火の国の宝剣、マジックソード・オブ・ムルブスベイヘルム、ドラグンバスター……多数の名で呼ばれる、神族最高の武器。

 

(さあ、行くが良い、猫宮の戦士よ! あの娘達を頼むぞ!」

 

 そうチャッピー卿から後押しをされ、猫宮は駆け出した。途端に、レーザーの一斉掃射を受ける4番機。しかし、傷つかない。かの剣に宿るは火と鉱物の加護。決して火では傷つかない。一直線にスキュラの群れに駆け出すと、炎を足場にスキュラの高度へ駆け上がり、居合一閃。360度ぐるりと伸びた剣筋に切り裂かれ、24体のスキュラが一斉に爆発炎上する。

 

(これが、伝説の力……)

 

(そう、この日、そなたは伝説となる。征くのだ、敵はまだまだ居るぞ!)

 

 そう、チャッピー卿の後押しを受け、4番機はまた戦場を縦横無尽に駆け出した。

 

 そして、その眺めを、遠くから見る少女は美しいと思ったのである。

 

 

 

 戦況は、意外なほど順調に推移していた。これはひとえに3・4番機の強力過ぎる打撃力によるものだった。スキュラという最大戦力が削られ、中型幻獣が足止めされる。その隙に、味方は好き放題火砲を叩き込めたのである。

 しかし、戦場から徐々に火砲が消えていく。それは、撤退命令によるものであった。だが、ここで史実との乖離が始まる。史実では自衛軍から撤退していくはずであったが、今撤退しているのは学兵と自衛軍が半々ずつであった。

 西住中将が残ったことと、善行戦隊の活躍により、学兵に任せて自分たちだけが逃げることを恥じる兵が多々出てきたためであった。

 

 こうして、戦況は中盤戦へと移っていく。

 

 

【門司駅後方1キロ・小森江駅付近 ○九○○】

 

 

 4番機が帰還すると、整備員たちが大わらわで点検と補給を開始する。派手に動きまくったお陰か、何時もより機動ダメージが大きい4番機。それに、原が苦笑する。

 

「何時もより、派手に動いているみたいね?」

 

「ええ、敵が多いので、気遣う余裕があまりなくて」

 

 降りて、ザラメを直接口に含んで水を飲む猫宮。水分と糖分を急いで取る窮余の策だ。

 

 4番機は、各所の筋肉を変えてオーバーホールに近い整備状況だ。もうちょっとマシなものを食べる余裕があったかな?と思いつつ、少し離れて寝っ転がる。目を閉じると、朝から続いていた戦場の音がより鮮明に聞こえる。横のゴポゴポと何かを注ぐような音は燃料の補給だろうか?

 

「君、猫宮君、整備、終わったわよ」

 

 と、起こされる猫宮。どうやら少し眠っていたらしい。

 

「あっ、す、すいません」

 

「気にしないの、疲れてるんでしょ? また戻ってきてね」

 

 原の言葉を背に受け、コックピットへ戻る猫宮。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

「頑張ってこいよ!」

 

「無事に帰ってきてね!」

 

「頼りにしてるばい!」

 

「ふふふ、いってらっしゃ~いいいいぃ!」

 

 数々の仲間の声援を受けて、また猫宮は出撃していった。

 

 

 

 

 第1次防衛ラインから、戦場は徐々に第2次防衛ラインへと移っていった。多数の火砲が撤退していっているためである。戦争は、撤退戦が一番被害が大きい。故に、普通に撤退していくだけでは大損害が必至である。なので、善行戦隊がまた時間を稼ぐ必要があった。

 

 

 1・2番機は、L型の中隊と共に別の地点で殿を務めていた。1番機が大暴れする中、他の機体は援護射撃である。だが、1番機が戦場を縦横無尽に動き回るので、これはこれでかなりの慣れが必要である。そして、2番機も中隊も、その慣れはかなりのレベルに達していた。

 

 1番機の大暴れに、どうしても敵は夢中になる。そこを、横合いから叩くのだ。この黄金の必勝パターンは、今回も有効であった。そして、機動防御にもである。

 

 市街地や山間で圧倒的な機動力を誇る士魂号と、速度の早いL型は、撤退戦ということを感じさせないほど、縱橫に敵を叩いていた。

 

「こちら田尻、そろそろ後退の時間ですわ」

 

「えっ、わ、私はまだやれますけど……」

 

「防衛ラインが下がりきりました。一度補給と休憩もするべきですわ」

 

「あっ、は、はい、分かりました……」

 

 そして、全体の判断をするのは凛の役割であった。自走砲を動かしているだけに、大局を読みやすい凛は、常に状況を把握できていたのである。

 

 こうして、善行戦隊のお陰でかなりの数の兵が無事第2次防衛ラインへと撤退できたのである。これは、戦場の狭さも多分に影響をしていた。

 

 

 



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それは、神話の1ページ

【第2次防衛ライン後方・片山町 一五○○】

 

 もう幾度目かになるかもわからないほどの猫宮の帰還の後、いつもと違いどうもおかしかった。猫宮がコックピットから出てこないのだ。

 

「……一体どうしたのかしら……? 中村君!」

 

「了解ですたい!」

 

 中村がコックピットを開けると、中で猫宮が気絶していた。

 

「お、おい、大丈夫か猫宮!?」

 

 それを見て、慌てて引きずり出す整備員達。思えば、速水・芝村のコンビでさえ寝ていたのに猫宮は戦い詰めであった。それはこうなっても仕方ないだろう。

 

 原が、善行へと連絡を入れる。

 

「善行さん? あなた猫宮君を働かせすぎよ? 今、帰還したら気絶してたわよ」

 

 その言葉に、しばし沈黙が落ちる。

 

「……彼の戦果に失念をしていました。様子は?」

 

 なんとか声を出して、猫宮の安否を確認する。彼らの出す膨大な戦果に目が眩み、ろくな休憩も出せなかったのだ。

 

「死んだように眠ってるわ。一応、軍医さんを呼ぶわね」

 

「お願いします」

 

 そう言って通信を切る善行。だが、撤退まで残り2時間。猫宮が戦えないのは大きな不安だった。戦況は、なんとか第2次防衛ラインで阻止できている。だが、最後まで何が起きるかがわからないのが戦場だ。

 

 

 

 暖かな光に包まれるような感覚の中、猫宮は目が覚めた。まぶたを開けると、目の前に鈴原医師がいた。

 

「癒やしの力……ありがとうございます」

 

 起き上がると同時に、礼をする猫宮。流石に、火の国の宝剣の連続使用は心身に負担が大きかった。

 

「なに、医者の役割だ、礼はいらないさ」

 

 いつもの様に、無表情でそう言う鈴原。猫宮はゆっくり体を起こすと、首や肩を回す。

 

「そうそう、カーミラも言っていたよ。面白い人に会えたと。……ひょっとしたら、君からなにかが変わるのかもしれん」

 

「あはは、実はもう変えたりしてますよ」

 

「そうか……では、行ってきてくれ。この憎悪と憎悪がぶつかり合う戦争に、せめて別の道があらんことを」

 

 

 

 4番機だけでなく、丁度他の各機各車輌が補給のために戻った際、門司港駅に、幻獣が浸透したとの連絡が入った。どうやら、トンネルの中から次々と出てきたらしい。一気に後方を脅かされ、現場はパニックに陥っているということだ。

 

「くっ、動かせる戦力は!?」

 

「どこも急行できるような戦力は何処にも……!」

 

 指揮車の中で、善行と久場が歯噛みする。それしか無かったとは言え、戦隊のメンバーに頼りすぎたツケであった。どうする?このままでは後方が脅かされ――

 

「はいは~い、自分が行きますよ~!」

 

「猫宮君、大丈夫なのですか!?」脳天気にも聞こえるいつもの猫宮の声に、驚く善行。

 

「はい、鈴原先生に元気にしてもらいました!」

 

「元気にって……」

 

 絶句する久場。まさか、薬物でも使ったのだろうか? しかし、今は是非もなかった。

 

「では、お願いします。足りなければ、また増援を送りますので持ちこたえて下さい」

 

「了解です。じゃ、行ってきますね!」

 

 通信が途切れると、自嘲する善行。

 

「本当に、我々は彼らに頼りっぱなしですね……」

 

 撤退戦が始まってから4日。ずっと酷使し続け、薬物使用の疑いまで有っても頼り続ける。その事実に、自嘲することしかできなかった。

 

 

 

【門司港駅前・レトロ広場 一六○○】

 

 駅は、多数のゴブリンに満ち溢れ、更には次々と中型幻獣も入り込む始末であった。このままでは、ろくに撤退作業もできない。流石にここで火の国の宝剣を使うのもまずいので、まずは両手のグレネードと機銃で小型に対応する猫宮。

 

 いきなりの巨人の出現に、しばし敵中型の注目も引きつける4番機。その隙に、駅に残っていた車輌が攻撃する。

 

 人型戦車が囮になり、その隙に横から攻撃するこの黄金パターンはどこでも健在である。小型が落ち着くと、更に超硬度大太刀も使い、縦横無尽に敵を撃破していく4番機。トンネル方面から次々と中型が来るが、一斉にではなく順番待ちをするかのように数体ずつである。もはや、猫宮の敵ではなく、門司港駅での戦闘は急速に終息しつつ有った。

 

 そうして、戦闘が落ち着くとまた、残り少ない時間で次々と列車が兵と兵器を連れて本土へと撤退していく。だが、窓から身を乗り出した兵は、こちらに向けて手を降ってくれている。それに、4番機は敬礼して返すのであった。

 

 

「すまない、助かった」

 

 と、西住中将から通信が入る。

 

「えっ、西住中将、ここに居たんですか!?」流石にびっくりする猫宮。しかし、考えてみればここは最後方であった。

 

「ああ。指揮を執るには色々と揃っているここが良いと思ってな。しかし、本当に危なくなったら助けに来てくれたな」

 

 西住中将の口調に柔らかさが交じる。助けられて一安心といったところだろう。

 

「西住中将、流石に危ないですからもうそろそろ撤退したほうが……」

 

「いや、私は最後まで残るよ。でなければ、最後まで残る兵達に申し訳が立たない」

 

 その強い決意を含む声に、何も言えなくなる猫宮。

 

「了解です。必ず生きて本土に戻りましょう」

 

「ああ、約束だ」

 

 西住中将と約束すると、猫宮はまた前線へと向かっていった。

 

 

 

 

【北九州門司区付近 一六四○】

 

 戦隊員たちは、それぞれの戦場で鬼と化して戦っていた。どこかの誰かの未来の為に、途切れない敵をひたすらに倒し続け、撤退戦だと言うのに驚異的な損耗率の低さを保っていた。

 

 だが、いつまでもその驚異的なパフォーマンスが持続するわけでもない。戦闘による疲労は、最悪のタイミングで噴出した。

 

「っ!?」「厚志、翔べ!」

 

 この、もうすぐで橋が爆破される直前の、最後の最後という局面、ずっとずっと伏せていた共生派が、3番機の足元で自爆したのだ。なんとか跳躍し、直撃は避けたが大破、自走不能に陥ってしまった。

 

 

「ごめん、舞……」

 

「言うな、厚志よ」

 

 まさか、この最後の最後のタイミングで幻獣ではなく人に足元をすくわれるとは。

 

 周囲は幻獣で囲まれている。散々に幻獣を倒してきたのだ。もし捕まれば悲惨なことになるだろう。だが、最後まで抵抗を止めてなるものかと、コックピットに有ったサブマシンガンを構える二人。この二人のコンビは地上であっても抜群で、周囲の小型幻獣は次々と駆逐されていく。だが、弾が尽きるのも時間の問題だろう。そうなったら――

 

「速水ぃー! 芝村ぁー! 助けに来たぞー!」

 

 と、二人の悲壮な決意を破ったのはなんと、2番機であった。滝川は右腕の機銃を構えると、周囲の小型幻獣にばらまきつつ走り出した。そして、大破した3番機の横に滑り込むと、取っ手に掴まれるように体制を低くする。

 

 

「まさか、あの中を突破してきたの!?」

 

 驚く速水。自分や猫宮なら兎も角、まさか滝川があの包囲を抜けてくるとは。

 

「へへっ、俺も、ずっとお前たちの戦いを見てたからな。ひょっとしたらって思ったけど、なんとか出来たみたいだ」

 

 そう笑う滝川。だが、たしかに滝川の軽装甲は一番機動力が高い。判断の微妙な遅さを、機動力で補ったのだろう。

 

「ふむ、よくやったぞ、滝川」

 

 これには芝村も手放しで褒めるしか無い。

 

 二人が取っ手に捕まると、また走り出す2番機。

 

「予備機はまだ有るってよ、二人共まだ乗れるか?」

 

「勿論!」 「無論だ」

 

「よしっ、じゃあ連れて行くからな!」

 

 そう言うと、更にスピードを上げる2番機。こうして、驚異的なスピードで複座型は戦線に復帰するのである。

 

 

 

 17時丁度、関門橋が黒煙を上げながらゆっくり崩壊していく。それは、撤退の手段が消えた絶望の始まり。そして、新たなる希望のはじまりであった。

 

 海を見れば、10隻の大型フェリーを中心とした船団が埠頭を目指し、波しぶきを上げて進んでくる。更に、そのフェリーの周りを1千隻はあろうかという漁船がスモークを炊き、船団を護衛していた。そして、10隻のフェリーにはどの角度から見ても「遠坂海運」のロゴが映るようになっていた。

 

 船団は見る間に接岸すると、女性の声が流れてくる。

 

「ご苦労様です。乗船の際は列を作って順番に並んで下さい。お願いします」

 

 なんと、島村百翼長の声であった。元はこうした仕事をしていたのであろう、声には張りがある。

 

 善行は、拡声器の音量を最大にして言った。

 

 

「優先順位は負傷兵、鉄道警備小隊、交通誘導小隊の皆さんから。以下、整備兵、戦車随伴歩兵、戦車兵と続きます。士魂号は最後まで撤収の援護をして下さい」

 

 すでに戦線はその声が隅々まで届くほど狭くなっている。合わせて5000にも及ぶ支援部隊、負傷兵を満載して、フェリーは一旦下関港へと去っていった。

 

 自然発生的に歌が起こった。歌は風に乗って、未だ埠頭を守り、死闘を続けている戦闘部隊の耳にも聞こえてきた。

 

 ガンパレード・マーチである。

 

 砲声と銃撃音、更に戦闘音にかき消されそうになりながら、その歌は確かに戦闘員にも響いていた。自衛軍が、学兵が、将校が、戦場の皆が歌い続ける。

 

 助けを求める兵の所に、4機の士魂号がそれぞれ駆けつける。

 

「次は戦車随伴歩兵及び整備班の番です。補給者その他は桟橋へ集合。戦車随伴歩兵の諸君はなんとしても敵を振り切り、二十分後に桟橋へ来てください。辛いでしょうが、決して諦めずに、敵に囲まれた諸君は士魂号が援護します。声を上げて助けを求めて下さい。生き残りましょう!」

 

 声に従い、歩兵たちが後退を始めた。追いすがる小型を、装輪式戦車と士魂号が掃討していく。

 

 この間にも、フェリーは次から次へと海峡を往復し、歌う兵を本土へと運んでいた。

 

 

 玉島は、ガンパレード・マーチを歌いつつ、6233小隊の殿で必至に走っていた。もう少し、もう少しで本土へと帰れる。そう思って、走り続ける。だが、追いつかれそうになりもうダメだと思ったその時――また、青色の機体が目の前に見えた。

 

「やっ、玉島さん助けに来たよ!」

 

「猫宮さんっ!」

 

 最後まで、助けられてしまった。幻獣を粉砕する4番機は何時見ても頼もしくて。そうして、いつだって助けてくれたのだ。

 

 こうして、フェリーまで走り抜ける玉島達。6233独立駆逐小隊の戦いは、ようやく終わりを告げたのだった。

 

 

 

【門司港埠頭付近 一八○○】

 

 既に夕刻となった戦場に、残るは1000人足らず。激戦が続く中、遠坂海運のフェリーは既に1万5千あまりの兵を収容していた。その中でも、善行戦隊の面々は最後まで、戦い続けていたのだ。

 

 猫宮は、4番機を操り最後まで撤退の援護をすることにした。この九州の地で、最後の命令を送る善行に、猫宮は通信を送る。

 

「猫宮です」

 

「こんな怪しい自分を部隊に受け入れてくれて、本当にありがとうございました。この2ヶ月、みんなと一緒にいるのが本当に楽しくて、みんなと戦うのが本当に誇らしかったです」

 

「ははは、本当に、当初から凄い怪しい人でしたよ君は。しかし、君の人類への、そして小隊への献身は何よりも強い本物でした。だから、みんなも君を受け入れたのでしょう。君も、速水君と同様堂々と胸を張って本土へと凱旋して下さい。以上です」

 

「了解です、それじゃあ行ってきます!」

 

 

 最後の戦いだと残る3・4番機に、圧倒的な数の幻獣が襲いかかる。だが、それは不思議な光達によって尽くが撃破されていく。

 

 3番機の手から精霊の光が、4番機の手には神々の剣が宿り、あしきゆめを駆逐していく。それは、神話の1ページ。戦史には載せられない、載せても夢物語だと一笑に付されるようなその光景は、見るものの目を奪う。光と炎が踊り、闇が払われる、絶望の中で輝く光景は、それから十数分の間続けられたのだ。

 

 

(そろそろじゃな。わしらは仲間の様子を見に行かねばならん) と、ブータが肩から降り

 

(さらばだ戦神の申し子達よ。一緒に戦えて光栄であった)チャッピーも地上へと降りる。

 

「感謝を。そなたたちのお陰で存分に戦い抜くことが出来た」

 

「……また戻ってくるんだろ? プレハブの校舎の屋上で昼寝してるんだよね?」

 

「きっとまた、自分たちもここへ戻ってくるよ!」

 

 別れを告げると、神たちは何処へと去った。

 

 

 

 限界まで戦い抜いた2機は、流された浮きドックへと捕まる。だが、その浮きドックにすら追撃がかかる。

 

「スキュラが追ってくる! 3人共、機体から出ていざという時はウォードレスを脱ぎ海に飛び込め!」

 

 瀬戸口が叫んだ瞬間、レーザー光が走り、イカダを貫き鉄板に穴を開けた。レーダードームを旋回して振り返ると、5体のスキュラが岸壁からこちらを狙っていた。スモークでなんとか狙いはそれているが、彼我の距離は約1.5キロ。何時当たるかはわからない。

 猫宮と速水はスキュラの憎悪を敏感に感じていた。

 

「こりゃあ海に飛び込む必要があるかもね」

 

 と、3番機の中の喧騒を聞き流しつつ、コックピットを開けようとすると、静止したフェリーから砲弾が放たれた。

 

 轟音と同時に次々とスキュラが落ちていく。この射撃は滝川ではない。2隻のフェリーを見ると乗っているのは真紅の機体と、複座型の電子戦機――。

 

「荒波司令?」

 

「神楽さん、秋草さん!」

 

 速水と猫宮が叫ぶと、2機から通信が入る。

 

「まったく……この俺様を何だと思ってるんだ。軽装甲の大天才がまさかの固定砲台扱いだぞ」

 

「文句を言うな。全く……おい、舞。これは一つ貸しだからな」

 

「なっ、なんだと……!?」

 

 2機の射撃は正確だった。軽装甲と電子戦機は次々とバズーカを取り替え、敵を屠っていく。

 

「凄い狙撃ですね」速水が呟くように言うと、荒波は「もっと言ってくれ」と笑った

 

「天才を迎えるには天才こそがふさわしい。そう思ってなお前さん達を出迎えたってわけだ。最も、そこのお嬢さんはちょっと違うようだが」

 

「ふんっ、そんなものに捕まって良いざまだな舞」

 

「はっ、そんなことにこだわるからいつまでも背が小さいのだ」

 

「何をっ!」 「なんだとっ!」 子供のように喧嘩をする二人。それをまあまあと抑える秋草。

 

 すでに下関港は目の前に迫っていた。埠頭にはぎっしりと兵が詰めかけていた。士魂号の姿を認めると、港は地も割れんばかりの歓声に包まれた。

 

 

 史実、九州撤退戦の死者:230万。内、学兵5万が死亡。

 今史、九州撤退戦の死者:200万。内、学兵3万が死亡。

 

 一人の介入により、およそ30万の死者が減った。これを多いと見るか少ないと見るかは……皆様に判断を委ねよう。

 

 

 

 

 

 

 

 




 九州撤退戦、次にて終了です。


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新たなる生活の始まり

これにて九州撤退戦は終了となります。
これからの活動は活動報告に書きましたので、もしよろしければそちらもご一読の程をお願いします。


 機体から降りて泥のように眠った後、猫宮は深夜に目を覚ました。兵のための炊き出しや宿舎、野戦病院もすっかり静かになり、対岸は黒々とした闇が覆っていた。

 

「そっか。やっと終わったんだ……」

 

 そう思うと、お腹がぐぐぅ~と鳴ってしまった。ザラメと水しか取ってなかった胃が、今度はちゃんとした食物を要求しだしたのだ。何か残っているものは無いかな?と炊き出しのテントを覗くと、鍋もすっかり空になっていた。

 

 さて困ったと、仕方ないので物資が集まっている場所を探した所、どうやら倉庫らしきテントが見つかった。近付いた所、歩哨に立っていた兵に敬礼される。

 

「おはようございます猫宮万翼長殿」

 

「何かお探しでしょうか?」

 

 生真面目に敬礼され、猫宮も敬礼をし返す。

 

「ああいや、ちょっとお腹が空いちゃって。レーションでもないかなって」

 

「はっ。それでしたらエースの手を患わわせることもございません。少々お待ち下さい」

 

 と、歩哨の一人が速やかにテントに入ると、牛丼レーションをもってきてくれた。

 

「あはは、ありがとうございます」

 

「いえ、当然のことであります」

 

 猫宮がお礼をしても、生真面目に返す兵。どうやら、余程敬意を持ってくれているらしい。ぺこりとお辞儀をして、猫宮は埠頭の方へと歩いていった。

 

 

 コンクリートの地べたに座り込み、レーションの加熱剤で食事を温める。対岸に、一切の光はない。それが幻獣に支配された領域の特徴でも有った。これから、自然もどんどん蘇っていくのだろう。それを思うと、奪還も大変だなと思ってしまう。

 

 

「こんな所に居たのか」

 

 振り返ると、西住中将が立っていた。立ち上がって敬礼をしようとすると、そのままと抑えられ、隣に座られた。

 

「この撤退戦の時も、テロの時も、君には助けられっぱなしだな。特に、今回は君たちのお陰で数え切れないほどの人間が助けられた。本当にありがとう」

 

 そう言って頭を下げる西住中将。

 

「どういたしまして」 そう言うと、猫宮は笑顔で応えた。

 

「それで、これからの事なのだがな……」

 

「やっぱり紛糾してます?」

 

「うむ、特に君の扱いなのだ……」

 

 どうやら、準竜師が言ったように5121の人員を巡って熾烈な争奪戦が発生しているらしい。全員生還して一安心といったところか。整備・運用・教導とどれにも使えそうに見える5121のメンバーは軍・そして企業には宝の山のように見えるだろう。

 

「自分はやっぱり5121に居たいですね。気心の知れた仲間たちですし。一番戦果を発揮できますし」

 

「そうか……」残念そうに俯く西住中将。

 

「でも、休戦期の間、教導とかだったら大丈夫ですよ」

 

 そう言って微笑む猫宮に、ふむと考え込む西住中将。

 

「教導か……良いのか?」

 

「ええ、今回の戦い、自衛軍の中にも戦闘経験がない人たちも結構見受けられましたから。その人達と戦訓を共有できたらいいなって」

 

 その言葉を聞いて、自衛軍の戦闘を思い出す中将。確かに、戦闘に慣れてない隊は一方的に撃破されることも多かった。

 

「何なら芝村準竜師に確認を取ってみます? まあ、それなりのものは取られるでしょうけど……」

 

 そう言うと苦笑いを浮かべてしまうのだった。芝村に随分と手土産を渡さないといけないのだろう。そんなことを考えていると、多目的結晶に設定していたタイマーが鳴った。どうやら温め終わったようだ。

 

「あっ、レーション……」

 

「こちらは気にしなくていい。是非食べてくれ」

 

「では遠慮なく」

 

 封を開け、あちちと言いながらレーションを食べていく猫宮。流石加藤も一押しするだけ有って、レーションの中でも特に旨い。はふはふと牛丼をかきこみ、おかずを平らげ、お菓子もあっという間にぺろりと。そこまでして、ようやく人心地が付いた。

 

「ふぅ。ご馳走様でした」そう言うと両手を合わせる。

 

 西住中将は、そんな様子を微笑みつつ見守っていたのであった。

 

 

 

 

 長い夜が明けると、埠頭は再び喧騒を取り戻しつつ有った。炊き出しが始まり、帰還した隊調査が憲兵より始まっていた。

 

「どうもおはようございます」 

 

 そんな様子を眺めている猫宮の所に現れたのは、この場に似つかわしくないスーツ姿の遠坂と、エプロンドレスを付けている田辺だ。

 

「あ、遠坂さんおはよう。フェリーでの輸送ありがとうございました」

 

 そう言うと、猫宮は深々とお辞儀をする。

 

「いえ、今回のことで運輸はかなり儲かるとわかりましたので……1万5千人の特別運賃、いやはや儲けさせていただきました。それに、我が社の宣伝にも大いに貢献していただけました」

 

 そう言う遠坂の口調には、商人としての逞しさが溢れていた。今回のことで、どうやら一皮も二皮も向けたようである。

 

「もう、政府の無策を言い訳にはさせません。政府が無策なら、我々が取って代わります。その為には何だってするでしょう。ですが、もしものときは……」

 

「ええ、お手伝い、任せてください」

 

 そう言うと、二人はがっしりと握手を交わしたのだ。

 

「ああそうそう、遠坂さん」帰りかけた遠坂を呼び止める猫宮。

 

「何でしょうか?」

 

「田辺さんの格好だけどね。メイド服、似合うと思うんだ……それじゃ、また!」

 

 そう言うと、去っていく猫宮。そして、遠坂は多大な衝撃を受けていたのだった。

 

 

 

 ぷんと懐かしいカレーの香りが漂う。そちらに近づくと、「5121小隊特製和風カレー」なるのぼりが立ててあった。

 

「おーっ、カレー?」

 

 ワイワイガヤガヤと人が集まってるところに覗く猫宮。見ると中村やヨーコが元気よく皿に盛り付けていた。

 

「おおっ、猫宮、起きたか。お前も喰っていくばい!」

 

 そう言うと、大盛りで盛り付けたカレーを渡される。ふーふーして一口。うん、いつものカレーの味だ。

 

「うん、美味しい。流石だね、中村さん!」

 

 そう言うと、笑顔になる中村。それからも、次々と盛り付けていく。

 

 周りを見れば、5121のメンバーが集まっていた。やはり皆、懐かしい味を食べたいのだろう。それぞれが、すごい勢いでカレーを食べていた。

 

 周囲の喧騒の中、一段落すると立ち上がって善行が5121の皆に話しかける。

 

「えー皆さん。本来は学兵は今日の自然休戦期を持って解散となるはずでしたが、我々善行戦隊は特例を以ってそのままで待機ということになりました。しばらくはここ、下関に置かれることとなります」

 

 そのことに対する反応は様々だ。喜ぶもの、戸惑うもの、落ち込むもの……等々。

 

「ですが、我々は凄まじい戦果を挙げ、多数の味方を助けました。よって、悪い扱いをされることはないでしょう。なので、皆さん、ひとまずはゆっくり身を休めて下さい。身の処し方はそれから考えましょう。以上です」

 

 どうやら、特別扱いと言っても、今までと変わらず、仲間といれるようだ。その事がわかったか、少なくとも不安は消えていく。

 

「あ、じゃあ何か買い出しに行かないと! あの校舎においてきたものも結構あるし、家から持ち出せなかったものも有るし!」

 

 猫宮がそう言うと、あちこちから「賛成!」「賛成!」と声が上がる。

 

「ええそうね、どうせ宿舎、殺風景でしょ? せめて何か彩りがないと」

 

「バンバンジー! バンバンジーのビデオとゲームがないと始まらないだろ!」

 

「えーと、僕はクッキー作りたいな……だから調理道具、買ってこないと」

 

「あ、あのですね、皆さん、まずは予算が……」

 

 と善行がなだめようとすると、すっと遠坂が出てきた。

 

「それでは僭越ながら私が予算を出しましょう。皆様、お好きなものをどうぞ」

 

 それにまたわっ!と歓声が上がる。なお、いつの間にか田辺はメイド服へと姿を変えていた。

 

「はい、それじゃあ作戦会議開催。買い出しに賛成の人」

 

 バババッと、5121のほぼ全員の手が挙がる。右を見て、左を見て、ため息をつく善行。そうして、ようやく最後の一人の手も上がる。

 

「よし、全会一致で賛成ね! それじゃ、トラックの手配に宿舎の確保、班を分けましょう。まずは……」

 

 

 こうして、新天地でもいつものように騒がしい5121小隊。今はただ、彼らにやすらぎを。そして、彼らの未来に幸多からん事を願って。

 

 

 



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善行戦隊の日常
猫宮、東京へ行く


色々とリクエストが有って悩んだ結果、5121の日常の様なオムニバス形式で、時系列を飛び飛びで、その時思いついたネタを書くことにしようと思います。
リクエストは、全てできるかわかりませんが、活動報告で随時受付中です。

※千代美の一人称をわたしにしています


 軍中央、予算委員会。本来、予算を審議するはずの場で話題になっているのは、とあるパイロットの話題であった。名を猫宮悠輝と言う。

 

 1999年3月より発足した人型戦車を運用する5121小隊は、初陣から練度を磨き、誰もが目をむくような戦果を挙げる隊へと変貌した。

 

 そんな隊のキーマンの一人が、猫宮である。彼は、人型戦車の運用だけでなく、通常の装輪式戦車との連携にも長け、また戦術論も提出できる稀有な人材であった。おまけに、幾つかの筋の情報によると、共生派の摘発に大きな成果も挙げたとの未確認情報もある。

 

 そんな訳で、休戦期に入ってからの猫宮の行き先というのは、軍上層部でも議論の的になっていたのである。……学兵をずっと徴兵し続けているという点に目を瞑って。

 

 

 

「我らとしては本人の希望を優先させたいものとする」

 

 そして、議論が始まり真っ先に言われたのが芝村準竜師からのこの言葉である。さんざん条件を釣り上げられるかと思った会津・薩摩派は、面食らった。

 

「本当にそれで良いのですか?」

 

「無論。あれは我が派閥の人間では無いからな。最も、戦うときは古巣で戦いたいようだが」

 

 思わず確認した所、放たれたのは上層部の人間には信じきれない言葉であった。猫宮は芝村派閥ではないという。下からの報告も上がっていたが、まさか本当だとは。だが、条件を気にしなくてよいのなら、議論が活発になってくる。

 

「やはり我々の試作機のテストパイロットにすれば良いのではないか?」

 

「いや、それは勿体無い。彼の持つ戦訓はどれも貴重だ。フィードバックさせたほうが良い」

 

「しかしフィードバックさせるにも機体がないと始まらないぞ」

 

「どうせ機体は後から持ってこれるのだ、それならまず隊を率いさせてはどうだろうか」

 

「むう、だが肝心のパイロットは……」

 

 と、議論を進めていく内に気がついた。確かに猫宮は好きに使えるかもしれない。だが、それに付随する人型戦車のパイロット・整備員・機体等はまだまだ芝村が握っているのだ。だが、彼らはその芝村に渡す手土産をひとまず考えるのをやめた。それほどまでに、撤退戦までに挙げた戦果は魅力的だったのだ。軍人であれば、多大な戦果を挙げた兵器は欲しいものである。

 

「あー、そうだ、西住中将、ちなみに彼の希望は何処ですかな?」

 

 喧々囂々、熱が入り肝心なことを、西住中将に聞くことにした諸兄。その様子に中将も苦笑する。

 

「ああ、彼か。彼は部隊の教導をしたいと言っていたな……どうやら、人型戦車及び通常の戦車の部隊を預かり、善行戦隊の様な部隊をもう一つ作りたいらしい」

 

 その言葉を聞いて、ガヤガヤと浮つく会津・薩摩閥の一同。あの善行戦隊が、うまく行けばもう1隊出来る。それを聞いてワクワクしない軍人は居ないだろう。(予算のことは置いておく)

 

「幸いな事に、私の部下に善行戦隊と共に戦った久場少佐も居る。戦車隊の教官も、自走砲から対空砲まで小隊長も居るし、教導には十分な人材がいるだろう……が、全員が年下だ。その辺の機微を分かってくれる士官が必要だな」

 

 なにせ、久場少佐以外全員が酒も飲めない未成年である。そういう人間に頭を垂れ教えを請える人材というのも中々に貴重であった。横では芝村準竜師もガハハと笑っている。

 

「では、その方向で調整してみましょう」

 

 と、言うわけで、人型戦車の工場がある東京に、猫宮は行くことになったのである。

 

 

 

 

 猫宮は、まほ、凛、千代美の3人と一緒に東京行きの特急列車に乗っていた。この3人なのは、それぞれが小隊長だからである。(置いてけぼりをくらったみほとエリカはものすごく不満そうであった)

 

 学生4人、特急列車で修学旅行みたいな雰囲気になるかと思いきや、歴戦の学兵4人である。これから教導する部隊の話題になっていた。

 

「第2師団……会津派閥のお膝元だね」

 

 猫宮がペラリと資料をめくりながら行く。

 

「ふむ……母上から聞いたことが有る。会津の兵は粘り強く戦うがかなり頑固らしい」

 

「あらあら、それでは新戦術を教えるのはかなり苦労するかもしれませんわね」

 

「やれやれ、私たちはまだ学兵なんだがな……」

 

 まほの言葉に、懸念を示す凛と千代美。

 

「まあ、久場大尉が送られてきたみたいに、そこら辺はちゃんと考えてくれるんじゃないかな?」

 

 猫宮のフォローに、それもそうかと頷く3人。

 

 

「えー、お弁当に飲み物、アイスにお菓子はいかがですかー」

 

 と、丁度そこへ販売員のお姉さんがやってきた。

 

「あ、かしわめし下さい! 後お茶も!」 「私はSL弁当とお茶を一つずつ」 「私は小京都味めぐりをおひとつ、後お茶も」 「わたしはちぐまや弁当とお茶を」

 

 猫宮、まほ、凛、千代美がそれぞれ別々にお弁当を頼む。

 

「はい、駅弁4つとお茶4つありがとうございます」

 

 それぞれが違う種類の駅弁4つ、山口の駅弁である。

 

「やっぱり電車の旅といえば駅弁だよね。自分山口の駅弁初めてなんだ」

 

「私もですわ」

 

「わたしもだ」

 

「私は父上の実家に行くときに何度か」

 

 それぞれがパカっと駅弁のフタを開けると、色とりどりの惣菜が顔を覗かせる。

 

 九州熊本では、配給品ばかりでとても食べれなかったようなおかずの数々だ。思わず、4人とも夢中になって口に運ぶ。

 

 

「あ、この炊き込みご飯美味しい」

 

「この蒸鶏が何とも……」

 

 一つ一つ食べていっては品評し、次々と口に入れていく。

 

「あら、それも美味しそうですわね……」

 

 隣の芝は青いと言うが、横で美味しそうに食べているのを見れば大抵はそう見えるもの。

 

「交換するか?」

 

 となればこういう話も出てくるわけで。

 

「ええ、では遠慮なく」

 

「あっ、わたしもさせろ!」

 

「それじゃ自分も!」

 

 4人でわいわいとおかず交換会になるのだが、千代美がちょっと思いつく。

 

「……そ、そうだ。お、お礼がまだだったな。たべさせてやるぞ、ほら、あ~んだ!」

 

「え、えっ」

 

 突然のことにびっくりする猫宮。一方千代美は顔を赤くしてドキドキと、箸を差し出している。

 

「……じゃ、じゃあ、遠慮なく……」

 

 その視線に根負けして、とうとうぱくっと食べた猫宮。心なしかまほ、凛の視線が痛い。

 

「……そ、その、猫宮さん、私のもどうぞ!」

 

 次は顔を真赤にしたまほである。これまたあ~んと差し出してきた。千代美の分も食べたのに、まほのぶんだけ食べないわけにもいかない。

 

「え、えと、うん、頂きます」

 

 顔を赤くして更にパクっと頂く猫宮。心なしか凛の視線が凄く痛い。

 

「あら、そうですわね。じゃあ猫宮さん、それをお願いしますわ」

 

 と、次は凛があ~んと口を開けた。

 

「あっ、は、はいっ」

 

 と、凛の口元に運ぶ猫宮。パクっと食べてご満悦な凛。

 

「わ、私にも!」 「わたしにもだっ!」

 

 そしてそれに対抗心を持つ二人。結局、この食べさせっこは駅弁が無くなるまで続いたのであった。

 

 

 

 そんなこんなで夜、東京に到着する特急列車。宿舎が遠いので、安ホテルに1泊する羽目になったのであるが……。

 

「はあっ!? 4人部屋っ!? しかもベッド4人用!? えっ、他の部屋はっ!?」

 

「すみませんすみません、あいにく満室でありまして……」

 

 なんと、予約が手違いからか4人部屋であった。しかも4人並ぶ形式のベッドである。

 

 とりあえず部屋へと入る4人。だが、大型ベッドを見るとどうしても意識してしまう。

 

「あ、あはは……自分は床で寝るよ……」

 

『だ、ダメですっ(だっ)!』

 

 猫宮の遠慮に重なる3人の声。

 

「ね、猫宮は明日の講演の主役だろう!」

 

「そ、そうですわ、主役が疲れていては大変です!」

 

「う、うん、分かった……」

 

 だが、流石にシャワーを浴びるときは外に出ることにした猫宮。だが、中へ戻ると女性3人から立ち上るお風呂上がりの香りが思春期の少年的なものにダイレクトヒットする。

 

「あ、あはは、じゃ、じゃあ、次は自分がシャワー浴びますんで!」

 

 どうにかこうにか理性を維持しつつ、シャワーへ入る猫宮。カラスの行水も各屋というスピードで体を洗い髪を乾かすと、即座にベッドの端の端で眠る猫宮。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 約束の時間が立った後、まほが部屋を確認すると、そこには既に顔を赤くして寝ていた猫宮が。そんな様子に3人はくすくすっと笑うとジャンケンをしたのである。

 

 なお、次の日目が覚めると、猫宮の横に居たのは髪を下ろした千代美であった。

 

 

 

 館山士官学校に4人が着くと、歓迎の幟で迎えられた。代表で挨拶をしに来たのは、山川士官候補生である。

 

「お迎えできて光栄です、猫宮上級万翼長、西住万翼長、田尻万翼長、安斎万翼長」

 

 挨拶と同時に一糸乱れぬ敬礼をする士官候補生達に、同じく敬礼で返す4人。と、猫宮は茜を見つけた。つい先日、ここ館山士官学校に入学したばかりであった。

 

「やっ、茜、元気?」

 

「ふっ、勿論さ。早速僕の才能を先輩方に見せつけてるところだよ」

 

 その言葉に、苦笑する先輩方。確かに才能は有るようだが、一言で言って茜は変人であったのだ。

 

「そっか。じゃあそのついでに今日の講演もちょっと手伝ってよ。茜、ずっと自分たちの戦いを見てきたよね」

 

 そう言うと、頼れらたことが嬉しいのか茜は満面の笑みで快諾したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




猫宮、爆発しても良いかなぁ……いや、この世界での爆発は洒落にならん……


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猫宮、教導ス

結局、整備員を含め白の章のフルメンバーを出してしましました。
顔は……Pixiv辞典などで調べてもらえればなんとか……?
なお、戦闘員は完全に趣味で選んでおります。


 講演会場では、殆どの士官候補生達や教官が、ワクワクしながらこちらを見ていた。特に士官候補生達は、同年代の学兵が活躍する様子を知りたかったのだろう。高揚させながらも、とても真剣味を感じられる。そして茜は、目立てることが嬉しいのか張り切って猫宮の用意した資料に目を通していた。

 

「それでは、講演を始めたいと思います」

 

 まず、話して一番最初に驚かれたのは訓練期間の短さである。訓練期間3週間弱、実機での訓練が数回。それでもう実戦行きと言うと、皆ポカーンとしていた。

 

 だが、それからはハラハラとドキドキの連続である。初陣から小学生たちの救助、黒森峰との出会い、銀剣突撃勲章の授与……荒波中尉との出会い。所々茜の解説が入り――そして、熊本城攻防戦に九州撤退戦。勿論ドラグンバスターの辺りは多少ぼかしているものの、その活躍の量に皆目を輝かせていた。

 

「えー、質問などは有りますか?」

 

 途端に上がる、手、手、手。とりあえず適当に指名をする。

 

「人型兵器は海軍にも配備される予定はありますか?」

 

「善行さんも元海兵ですからね。人型戦車は地形の走破能力が高いから海兵隊のために用意しても不思議ではないかも?」

 

 その言葉に、おおおと声が上がる。強力な兵器の配備は軍人ならば候補生だろうとワクワクしてしまうものだろう。

 

「人型兵器を操縦する上での一番の苦労はなんですか?」

 

「自分のテンションと判断力とのギャップを埋めることだね。心は好調だと思っていても、実際は判断力が落ちることが有る。そのギャップをどうにかしないと……死に直結します」

 

 最後の言葉に、少ししんと静まる場内。そして、パイロットの戦いをずっと分析してきた茜はうんうんと頷いている。

 

「猫宮さんの本命は誰ですか?」「ぶっ!?」

 

 次の質問を受けた途端に吹き出す猫宮。横の乙女3人もなんだかドキドキしつつこっちを見ている気がするが……

 

「の、ノーコメントでっ!?」

 

 顔を赤くしてお茶を濁す猫宮だった。途端にえーとかちぇーとかそんな声がする。ちなみにその質問をした生徒は山川がポカリとやってくれていた。

 

 猫宮の番が終わると、まほ、凛、千代美と順々に番が回る。このあたりの話は、他の自衛軍の戦車兵の話と変わらない部分もあるが、やはり興味深いのは人型戦車との連携の部分であった。

 

 L型は、人型戦車が囮になっての連携、L2型……自走砲は人型戦車が高所などに陣取っての観測役としての砲撃、対空戦車は人型戦車と連携しての防空網などなど、このあたりは茜が教本化している真っ最中の理論である。新しい戦法に、このあたりはむしろ教官らが食いついてきた。それらの疑問点や要点を茜が理路整然と語るのだから、普段叱っている教官達は苦虫を噛み潰したような顔をして茜を見たりして、それが茜を更に愉快にさせているようだった。なお、あまり調子に乗りすぎないようにポカリと猫宮はやっていたのだったが。

 

 

 

 そんなこんなで講演会が終わり、猫宮は他3人と別れることになった。行き先は――人型戦車のパイロットの養成学校である。勿論、芝村の息がかかっている場所だ。

 学校から送迎用の車が送られ、揺られ揺られて、熊本のプレハブ校舎とは比べ物にならないほど立派な校舎へ送られる。

 

「……予算の差に涙が出そうになるね……」

 

 見上げて思わずホロリと言葉を零す。そんな様子に運転手さんは物凄い複雑な顔をしつつ、教室前に案内される。

 

「こんにちは~!」

 

 溜めも何もなくいきなり教室をガラリと明けると、そこには一方的に見知った顔。

 

 石田咲良、横山亜美、小島航、佐藤尚也、工藤百華。どうやら、この5人がパイロット候補らしい。

 

 猫宮のまさかのいきなりの登場に、慌てて立ち上がって敬礼する5人。その様子に猫宮も敬礼をし返す。

 

「さて、全員知ってると思うけど一応言っとくね。自分は猫宮悠輝、5121小隊4番機パイロット兼今は教官かな。宜しくっ!」

 

『宜しくお願いします!』

 

 まだまだ表情が硬いパイロット候補生一同。ついでにもうちょっと表情が悪い横山。

 

「さて、皆訓練はどれくらい進んでる?」

 

「はっ。シミュレーターを2週間ほどです」

 

 生真面目に敬礼しながら石田が答える。

 

「うん、十分十分。じゃ、実機動かしに行こうか」

 

『は、はっ?』

 

 その言葉に、困惑する5人。

 

「大丈夫大丈夫、自分なんてシミュレーター数回やったら実機動かしに行ったから」

 

『はぁっ!?』

 

 更にびっくりされる猫宮。

 

「シミュレーター数日、実機数回で実戦行き、それに比べたら十分十分。じゃ、行こうか! あ、実機の場所に案内して?」

 

「はっ、はいっ!」

 

 と、石田がてててっと走って先頭へ。緊張にギクシャクしながら格納庫へと歩いていく。廊下も立派なのが更に猫宮の嫉妬心を微妙にくすぐる。

 

 テントより遥かに立派な格納庫に着くと、他の白の章メンバーが整備員として点検をしていた。機体は、旧型の士魂号が合計4機である。

 

「こんにちは~!」

 

 格納庫に着くなり、またいきなり挨拶をする猫宮。

 

『しゅ、集合!』

 

 猫宮の登場に、慌てて登場する整備員一同。敬礼から挨拶まで先ほどと同じ流れで、やはり皆緊張していた。

 

「えーと、複座型含めて4機か……動かせる?」

 

「はっ動かせます!」

 

 見ると、先任士官だったであろう谷口が敬礼してこちらを見ていた。その言葉に、うんと頷く猫宮。

 

「よし、じゃあ早速全員分動かしてみよう!」

 

「い、いきなりでありますか!?」

 

「最初はいつか訪れるものだよ? 十翼長」

 

「はっ、その通りであります」

 

「大丈夫、心配しなくてもシミュレーター歴は皆5121のメンバーより長いから」

 

「はっ、余計な心配でありました」

 

「いやいや、その慎重さは必要だからこれからも宜しくね?」

 

「了解であります!」

 

 そう言うと、各機にそれぞれ乗せていく猫宮。

 

 1番機は石田・小島。2番機に横山、3番機に佐藤、4番機に工藤である。

 

 

 石田は非常に緊張していた。実際に動かすのは小島とは言え、失敗したら自分も責任に問われるだろう。そう思うと、どうしても体が固くなる。

 

「石田、準備はいいか?」

 

「も、勿論っ」

 

 グリフから復活したのだろう。小島の言葉に声を上ずらせながらも返す。

 

「よし、じゃあ動かすぞ」

 

 そう言うと、スムーズにすっくと立ち上がる1番機。そして、そのまま歩き出す。あまりのスムーズさに、パイロットも整備員たちも拍子抜けしていた。

 

「はい、そのまま歩いて歩いて、グラウンドまで!」

 

 その誘導に従い、グラウンドまで歩かされる1番機。

 

「はーい、じゃあ続いて2番機行ってみよう!」

 

 その後、2、3、4番機と次々に問題なく歩いて行く士魂号達。整備員たちからも歓声が上がる。

 

「よーし、じゃあ次はサッカーのゴールポスト借りて、それで4機体でキャッチボールだね。頑張って!」

 

『了解!』

 

 初めての実機の訓練に気を良くしたか、5人共元気に返事をする。そして、他の人員が十分に離れると、ゴールポストでキャッチボールを始めたのである。

 

 その動きを見て、満足そうに頷いている猫宮。その様子を見て、谷口もホッとしていた。

 

「如何でありますか?」

 

「うん、十分シミュレーターで訓練を受けているだけ有って、自分たちの最初より動きが良いね。ちゃんと整備もされているみたいだし、皆ご苦労様」

 

 うんうんと頷く猫宮に、安堵の笑顔が広がる整備員組。直立不動の谷口も何処か誇らしげである。

 

「ところで十翼長、演習場は何時使える?」

 

「はっ。今日中に申請すれば明日にでも使えると思います」

 

「じゃあお願い。明日は早速実弾訓練に入ろう」

 

「了解いたしました」

 

 キビキビと、小気味よく返事をする谷口。うん、こういった関係もいいなと思いつつ猫宮は、支持を出しながら訓練を見守るのだった。

 

 

 

「ひゃあああっ!?」 「う、うわわわわっ!?」 「おっ、落ち着いてっ!?」

 

 翌日、4機の士魂号は演習場への道を、おっかなびっくり歩いていた。昨日実機で動かしたとは言え、まだ2日めである。転んだら大惨事であるので、動かしている4人+1人は、転ばないように慎重であった。

 

「うんうん、慎重に確実に、ゆっくりでいいから歩いていこう。あ、そこのトラックさん失礼しま~す」

 

 ちなみに先頭は猫宮である。芝村から送られてきた栄光号の運用試験も兼ねて、先導しながら歩いていた。なお、初めて見る人型戦車に人々は驚き、写真も思い思いに撮られていた。

 

「士魂号より反応がいいねこの機体。流石は後期型」

 

 動きに満足しつつ、猫宮達はゆっくりゆっくり歩いて行く。そして人型戦車の後ろでは、整備班達が恐々と見守っていた。

 

 

「はい。じゃあ早速実弾演習やってみようか! まずは伏射から!」

 

 演習場に着くと、まずは実弾演習――それも伏射からの訓練である。猫宮はジャイアントアサルトを無造作に取ると、伏せて的へ向けて1連射。弾がごく狭い範囲にまとまり、的がボロボロになる。

 

「まずは習うより慣れろ。弾はいっぱいあるから、思う存分練習してね!」

 

『はいっ!』

 

 彼らも、シミュレーターでさんざん射撃訓練は行ってきた。だが、それでもやはり初めて実弾を撃つ訓練と言う物は、とても興奮するものだ。皆それぞれが、シミュレーターでの事をなんとか思い出しながら、的へ向かって射撃をしていた。

 

 実弾での振動が、それぞれの機体を揺らし、その威力に酔いしれる。伏せてロックして撃つだけなので、命中率も上々だ。続いて92mmライフルもまた同じ。両手の12.7mm機銃とグレネードランチャーも、既にそのデータがシミュレーターに入っていたか立射でもそこそこの命中率であった。

 

「……ん~、シミュレーターで万全だと訓練で教えることがないね……」

 

 次の移動射撃の訓練を見ながら、そう呟く猫宮。基本、シミュレーターで数日動かしただけの自分たちがやっていた訓練である。それよりも長い時間、間借りでなく専用のシミュレーターで動かせた彼らの動きが良いのもある意味当然であった。実機の重力に慣れれば、後は5121のメンバーより動きが良かったのである。

 

 なので、まほに連絡を入れる猫宮。

 

「あっ、まほさん、今大丈夫?」

 

「ええ、平気ですがどうしました?」

 

「そっちで、どれくらい教えました?」

 

「まだ触りの所程度を……ただ、やはり人型戦車が無いと教えにくいですね」

 

「よし、じゃあ明日合同でシミュレーター訓練しましょう!」

 

 その言葉に、少し考え込むまほ。

 

「……たしかに、ずっと見えない相手を想定するよりもマシですね……了解です」

 

「うん、じゃあそっちの調整はお願いします」

 

 そう言うと、通信を切る猫宮。そして、隊の全員に通信を送る。

 

「えー、皆さんの動きがとてもいいので、明日は第2師団の戦車隊と合同訓練を行いたいと思います」

 

「えっ!?」「ええっ!?」「本気ですかっ!?」「もうっ!?」「もうですかっ!?」

 

 5人から、びっくりした声が上がる。

 

「うん、正直に言うと……皆自分たちが初陣に出た頃より操縦が上手い位だし……」

 

 その言葉に、更にびっくりする5人。と言うよりも、こんな状態で初陣に出たのか……。

 

「というわけで、明日訓練します。アドバイスはするので、気楽に、ね」

 

 そんな訳で、日も傾きかけた頃、訓練は終了したのであった。

 

 

 

 次の日。第2師団の駐屯地にお邪魔した訓練生達は、自衛軍の基地なので肩身の狭い思いをしつつシミュレータールームに案内された。と、そこで待っていたのはまほ達と久場少佐、それに第2師団のメンバーである。

 

 敬礼と挨拶もそこそこに、本題に入る猫宮。

 

「じゃ、早速シミュレーター動かしてみましょうか。戦場調整は久場少佐、お願いします。」

 

「了解した。組み合わせはどうする?」

 

「1小隊と士魂号1機、くじ引きで決めましょう」

 

 そう言うと、それぞれの代表がくじを引いていく。訓練生達はおっかなびっくりであった。

 

 最初は、佐藤と第1小隊である。

 

「戦場は市街地、敵はミノタウロス5、キメラ3、ゴルゴーン2」

 

「そ、そんなにですかっ!?」

 

 思わず、声が上ずる佐藤。第1小隊としても、4台の戦車相手では数が多いと思っている。

 

「大丈夫、まずは遮蔽から遮蔽へ動いてみて」

 

 猫宮がそう言うと、それに従い遮蔽から遮蔽へ動く佐藤機。すると、幻獣が釣られて、第1小隊に幾らか横っ腹を晒す。

 

「砲撃開始!」

 

 そして、第2師団の練度は流石である。晒した横合いに、即座に砲撃を入れる3台。

 

「ほら、佐藤、横向いたよ!」

 

「は、はいっ!」

 

 横を向いた隙に、タンクキラーと呼ばれるキメラへ20mmを撃ち込む佐藤機。幻獣が、右往左往したが、やがて数が多い第1小隊へと向かう。

 

「次っ、目の前、全速力で通って!」

 

「はいっ!」

 

 佐藤機に興味を失った幻獣の目前を、最高速度で走り抜ける。すると、また1体が横を向き、体を晒す。すかさず砲撃。

 

 右へ左へと、翻弄され続ける幻獣たち。気がつけば、損害0で敵を倒せていた。

 

「敵全滅、おめでとう、佐藤訓練兵」

 

「えっ……は、はいっ!」

 

 久場の祝福に、我に返る佐藤。コックピットを出ると、全員が拍手で迎えてくれた。

 

 ただの訓練兵が、10体の中型を相手に被害0で乗り切る。それは、とてつもない記録である。

 

 こうして、各員が確かな手応えを感じる中、合同訓練は始まった。

 

 



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ただ、覚えていてほしくて

ジャンケンの結果は前回もそうですがダイスで決めまして。アンチョビ、強し……


 訓練は非常に和やかな空気の中進んでいった。西住中将の配慮により、その辺の事を分かっている士官が集められたため、学兵に対する蔑視等は非常に少ない。そもそも、実戦経験0の訓練兵の時点でこれだけの手応えを感じているのだ。文句を言う者など皆無である。そして、この結果には視察に来ていたお偉いさん方もご満悦であった。芝村に借りを作ってしまったものの、挙げられる戦果は従来より遥かに高い。少なくとも、戦場の火消し役としてピンポイントで投入させる部隊を作る意味はあると思われたのだ。その実戦での効果は、善行戦隊が証明していたのである。

 

 となると、キーマンの猫宮に視線は向くもので……

 

「しかし、こうなると彼をこちら側に引き込みたいですな……」

 

「ええ。しかし本人は芝村閥では無いと言ってますが……戦うときは古巣で戦いたいようですし、実質芝村閥の様なものでしょう」

 

「どうにかして引き込めないものか……」

 

「ベタですが婚姻と言う手は……西住中将の娘さんと非常に仲が良い様ですし」

 

「いやしかし、まだ結婚できる年齢ではありませんぞ……」

 

 などなど、大人の悪巧みは果てがないのである。

 

 

 

 一通りの組み合わせが終わった後、お願いされたのは猫宮の挑戦である。

 

「えっ、自分ですか?」

 

「はいっ、猫宮少佐の機動をご教授していただければと!」

 

 特に、第2師団のメンバーから熱心にお願いされる猫宮。勿論、訓練生達の視線も熱い。

 

「了解です。じゃあ、相方は……」

 

 どうしようかと横を見ると女子3人組がジャンケンをしていた。

 

「よし、勝った!」「くっ、またしても……」「またですか……」

 

 どうやら千代美が勝ったらしい。いそいそとシミュレーターへと乗り込む千代美。今までの教導で慣れたものか、自衛軍の兵もそれに従う。

 

「それじゃ、久場少佐、難易度高めでいいですよ!」

 

「了解した。ミノタウロス10、ゴルゴーン8、スキュラ4、キメラ4、きたかぜゾンビ4って所だな」

 

 たった戦車4機で相手取るとは思えない数に、感嘆の声が上がる。

 

 シミュレーターを起動すると、士魂号通常型と、3輌の95式対空戦車がフィールドに現れる。

 

「この組み合わせで戦うのは熊本城以来だな」「だね!」

 

 二人が頷くと、まずは突出してきたきたかぜゾンビへ1機と3輌から正確な射撃が襲う。4機のきたかぜゾンビがたちまち崩れ落ちると、猫宮が突進する。ステップステップ遮蔽への移動でレーザーを回避し囮になっている隙に、一番前のスキュラが3輌の集中砲火を受けて墜落、下に居た幻獣も巻き込み爆発する。

 

「さてと、普段と趣向を変えてみようか!」

 

 スキュラはそのままに、囮として中型幻獣のど真ん中へ跳躍、着地。左手の太刀、右手のジャイアントアサルトで、斬る、撃つ、歩く、斬る、撃つ。そして跳躍。また1体スキュラが落ちてきて、周囲の幻獣を巻き込んだ。

 

 跳躍し、降りたのはゴルゴーン溜まり。駆け抜けながら、数体のゴルゴーンに銃弾とグレネード弾を浴びせると、爆発、誘爆。6体のゴルゴーンが露と消える。

 

「おっと、こっちへ来たぞ!」

 

「了解!」

 

 対空砲に業を煮やしたか、スキュラが95式の方へ向かうと、跳躍、跳躍で追撃。着地して、スキュラの腹に20mmを叩き込む。そして、もう1体のスキュラも3門の20mm砲弾を受け、地に沈む。

 

「よし、空からの脅威は無くなった、前進する!」

 

 そう言うと千代美は3輌の車輌を分散させ、半方位の形に配置する。幻獣が何処にいても撃たれる形だ。その只中に猫宮が突撃し、銃と剣とグレネードで大暴れ。右へ左へ幻獣が右往左往すればそのスキに対空戦車から20mm弾が撃ち込まれ、あっという間に30も居た幻獣の姿が掻き消えたのだった。

 

「これにてシミュレーションを終了します。お疲れ様でした、猫宮少佐」

 

 シミュレーターから出ると、拍手で出迎えられる。千代美は鼻高々だが、千代美と戦った兵たちは半信半疑のようだ。自分たちだけであの数を相手にできるとは、まだ信じられない。

 

「えーと、まあこれはかなり上達した後だから、普通はもと少ない数を相手にした方がいいかな?」

 

 そう言うと、5人の訓練兵がこくこくと頷く。流石にこの数を相手には余程慣れないと無理である。いや、慣れても出来るかどうか……。

 

 

 さて、そんなこんなで合同訓練も終わり、駐屯地の外に出ると、そこには遠坂が待ち受けていた。

 

「やっ、遠坂さん、待たせたね」

 

「いえいえ、本来はこちらが無理を言っている身です。では、こちらに」

 

 遠坂に案内され、高級車に招き入れられる猫宮。

 

「あっ、彼女たちもどうかな?」

 

 と、女子3人組を見ると、遠坂も頷いた。

 

「よろしければ是非に」

 

「何の話ですの?」

 

 と、首をかしげる凛に二人。

 

「ああ、遠坂系列のテレビ局で取材。学兵のこと、本土の人達殆ど知らないみたいだからね」

 

 ひどく真剣な顔で言う猫宮。余程思うところがあるのだろう。3人も顔を見合わせると、同時に頷いた。

 

「是非、私も行こう」

 

「わたしもだ。」

 

「私もお邪魔しますわ」

 

 そう言うと、3人共案内され車の中へと入ったのだ。

 

 

 

 テレビ局は、それまで彼女たちが知らない、彩りに満ちた世界であった。TVスタッフが軒を連ね、芸能人たちが出来利する。しかし、遠坂含めこの5人は、そんな彼らよりも一際目立つ輝きを持っていた。

 

「では、こちらへ」

 

 控室に案内されると、女性陣3人は軽く化粧を施される。テレビ映えをさせるためだ。元の素材も悪くないので、薄く施すと更に見栄えがする。

 

「準備OKです!」

 

 猫宮も勲章を下げて準備よし。そして、4人共スタジオへと向かっていった。

 

 

 スタジオへ入ると、光に照らされる。ゲスト席では自分たちと変わらない年齢の少年少女も居て、その服装や表情の違いが別の世界へ居たことを強く実感させられる。それより上の年齢の人々も、皆華やかだ。

 

「はい、本日は特別ゲストとして熊本で戦った学兵の4名をお呼びしています。猫宮少佐、西住大尉、田尻大尉、安斎大尉の4名です! 皆様、盛大な拍手をお送り下さい!」

 

 拍手を受けながら、席へと案内される4人。まずは軽く自己紹介から始まると、本題へと入っていく。

 

「さて、皆様の訓練期間はどれ程でしたでしょうか?」

 

「3ヶ月です」「2ヶ月位ですわ」「1ヶ月半だ」「3週間弱かな?」

 

 それぞれ、まほ、凛、千代美、猫宮の順である。その短さに、ざわざわと困惑があふれる。

 

「そんなことも知らなかったんですか?」

 

 そう言って首を傾げゲスト達の方を見ると、複雑な表情をされるか、顔を逸らされる。

 

「私達が命がけで戦っている実態を、皆さん殆ど知らなかったのですね……」

 

 まほが呟くと、沈黙が更に重くなる。

 

「まあ、それでも自分たちは幸運な方だったんですけど」

 

 猫宮がそう言うと、更に困惑が大きくなる。

 

「と、と言うと……?」

 

「熊本城攻防戦の時、私達の陣地の隣りにいた学兵は、銃の整備方法すら知りませんでしたわ。捨て駒扱いだったのでしょうね」

 

 凛の言葉に困惑の他、ざわめきが酷くなり、観客たちは落ち着かない。

 

「九州から撤退する際、3割の学兵は死んだ。おそらく、撤退するときの捨て駒にされて……」

 

 千代美の、悔しそうなつぶやきが口から漏れる。

 

 どうしようもない沈黙が降りて、インタビュアーも、コメンテーターも、何も言えなくなる。

 

「恨んでるわけじゃない。ただただ、悲しいんです。こうして死んでいった人たちのことが、知られないことが。覚えていてほしいんです。この国を守るために散っていった戦友たちの事を。お願い、します」

 

 

 そう言って、頭を下げる猫宮。3人も、頷く。スタジオのこの困惑と沈黙は、テレビを通して、お茶の間にも、通じていったのである。

 

 ディレクターもどうして良いか分からない中、この空気を届けられた遠坂や田辺は、満足そうに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




息抜きにソックスハンター話書いたら凄く捗るなぁ……なぜだ……なぜなのだ……


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学兵たちの思っていたことは

 ちょっと1話当たりの文章最近短くなってたかな?もっと長めに話を膨らませられるように頑張らないと……。


 放送事故級の内容をお茶の間に届けた後、インタビューアーはフリーズしてしまった。どうしようかと悩んでるさなか、やってきたのはなんと遠坂である。このサプライズ登場に、更に声なき悲鳴を上げる関係者達。

 

「私が変わりましょう」

 

 インタビューアーの肩に手をやると、席を替わる遠坂。その纏う空気は、チョコレートのCMの時とはうって変わって、厳しい空気を纏わせていた。ディレクターはどうするか迷ったが、上がっていく視聴率の数値に、そのまま続けることを決めた。関係者達はもうどうにでもなーれ状態である。

 

「まず、何を一番に思って戦っていましたか?」

 

「戦友たちのことですね。一緒に訓練して、一緒にご飯を食べて、一緒に整備をして、一緒に戦場に出る……そんな仲間たちを死なせたくないのが、第1でした」

 

 プロパガンダ部隊としての性質を持つ彼女たちの代わりに答える猫宮。だが、口に出さない代わりに後ろでは、3人共頷いている。そして、その答えにざわつくゲストたち。

 

「ガンパレード・マーチの中に、どこかの誰かの未来の為にと有りますが、それはどの程度考えていましたか?」

 

「それは大規模な決戦のときなどですね。熊本城決戦や、撤退戦の時など」

 

「では、普段は違うと?」 

 

 鋭く切り込んでくる遠坂。ざわめきもだんだん落ち着き、真剣な表情に変わり、二人のやり取りを見守る。

 

「はい。普段、日常の間に戦う時は、仲間たちのことと、その住んでる街の人や、他の学兵たちの事を考えていました。その時は、実際に街に入る幻獣を防いでいる実感が有ったからでしょうね」

 

「では、大規模な決戦の時はどう考えていましたか?」

 

 一度、目を瞑る猫宮。

 

「何時終わるとも分からない数の幻獣。街の、いや、戦域のあちこちで起きる戦闘。何時尽きるかもしれない自分や仲間の命。積み重なっていく疲労、消耗していく機体……そんな絶望的な中だからこそ、学兵達は唱えたんだと思うんです。『どこかの誰かの未来の為に』って。覚悟するため、奮い立たせるため、そして何より、生きるために……」

 

 それは、熊本であらゆる戦いを戦い抜いてきた学兵達の生の叫び。想いの代弁。静かな語り口なのに、圧倒されるゲスト達やコメンテーター。

 

「ありがとうございました。では、そうですね……生活の合間、何が楽しみでしたか?」

 

「そうですね……始めの頃は買い食いしたり、ゲームセンターで遊んだり、友達とバカやったり……多分こっちの人と変わらないと思います」

 

 後ろでも、うんうんと頷く3人。

 

「始めの頃と言うと……後からは違ったのですか?」

 

「ええ。時間が経つごとに、どんどんとお店が疎開していったんです。食べ物屋、アクセサリーショップ、書店、ゲームセンター……だから、遊べる場所もどんどん少なくなって。食事もじゃがいもばかりに。だから、小隊で作る炊き出しが、本当に楽しみになったんです。でも、自分たちはまだちゃんと補給されているだけマシでした」

 

 明かされる食糧事情や、遊びの事情に、またもざわつくゲスト陣。まさか、ここまで酷いとは思っても見なかったのだろう。ここは、豪華な暮らしをしていた遠坂も痛いところであり、表情が暗い。

 

「ありがとうございました。では、一番辛かった戦いは何でしたか?」

 

「それはやっぱり……」

 

 後ろを振り向くと、3人共頷く。

 

『九州撤退戦です』

 

 4つの声が、一つに重なった。

 

「5月6日から、自分たちはひたすら北へ北へと撤退しながら戦いました」猫宮が

 

「倒しても倒しても、ひたすら幻獣が押し寄せてきて」まほが

 

「食事も、寝るのも交代で」凛が

 

「横で友軍が倒れていくのを見ながら」千代美が

 

「そんな、地獄のような戦いでした」

 

 あの時の空気を纏わせて、答えた。この時、遠坂と、田辺の胸に、小さな後悔が疼く。やはり、一緒に戦っていたかったと。だが。

 

「だからこそ、最後の最後まで戦った時、迎えに来てくれた遠坂海運の船が嬉しかったですね」

 

 猫宮の言葉に頷く4人。実際、あの時遠坂海運が助けに来なければ、1万5千は死んでいただろう。だからこそ、遠坂が本土に戻ったことは決して間違ってなかったのだと、4人が言外に伝えていた。

 

 その心遣いが、遠坂の胸をうつ。

 

「ははは、ありがとうございます。しかし、これでは我が社の宣伝みたいになってしまいますね」

 

「いやいや、思いきり宣伝していたでしょ?」

 

 こんなやり取りの後、はじめてスタジオにゲストたちを含む笑い声が響いたのであった。

 

 

 この番組の反響は凄いものであった。まず、学兵の内実をバラされた政府からの抗議である。だが、これには遠坂が断固として対応してくれた。真実こそが民主主義の基本であると。

 

 そして、軍の反響は様々であった。学兵を使わざるを得なかった軍の無能を責められるのではないかと言う物、あの戦いをよく伝えてくれたと言う物など、様々である。

 

 だが、センセーショナルな話題が好きな日本人の気質と相まって、暫くの間、この学兵の問題は世間を賑わすことになったのである。ちなみに、そのとばっちりとしてまだ山口にいる善行戦隊のメンバーたちにも取材やら講演の依頼が多数来たのはご愛嬌である。

 

 

 

【以下ものすっごくどうでもいいおまけ】

 

 

 

 この頃、一人のソックスハンターが、ソックスハンター界で注目を集めていた。その名をソックスロボと言う。このソックスロボは、黒森峰、聖グロリアーナ、アンツィオ……数々のソックスハンターが挑み、そして風紀委員に捕まっていった難攻不落のお嬢様学園のソックスを幾つも狩り、しかもそれを独占すること無く市場に流しているのだ。

 

 そう、彼は正に、ソックスハンター界では次世代を担うソックスハンターの一人と目されていた。

 

 だが、本人の考え方は違っていたのである。

 

「俺、このままで良いのかな……」

 

 今日もまた、アンツィオの子のソックスをゲットしたばかりのロボである。だが、その心中は複雑であった。確かに、ソックスハントを続けて大金を何度も手にしている。だが、自分には既に森と言うカノジョが居る。このままでは、その内森のソックスも売り渡さなくてはならなくなるだろう。だが、そんなのは嫌だと、心の片隅が叫んでいた。

 

「……そうだよな。よし、もう辞めよう」

 

 そう、アンツィオとグロリアーナの元気な子のソックスを握りしめ、そしてポケットに仕舞い決意した。

 

 

「ふふふ、ロボ、今回の仕事はどうでしたかぁ~?」

 

 くねくねと踊りながら仕事を確認するバット。だが、香りから確信がある。今回の仕事も成功したのだと。

 

「あ、ああ、これだ。受け取ってくれ……」

 

 ゴソゴソと、ビニール袋で丁重に封をしたソックスを渡すロボ。バットはその香りをかぐと、「エクセレントオオオオオオオオッ!」とトリップした。キモい。

 

「ふふふ、では報酬はここに……」

 

 と、茶封筒を渡すバット。それをロボは受け取ると、口を開く。

 

「な、なあ、いわ……バット。俺さ……」

 

「どうしましたか? ロボ?」

 

 いつもと違う様子に、キラリと目が光るバット。

 

「俺、ハンターをやめようと思うんだ……!」

 

 そう、魂からの叫びを絞り出したロボの言葉に、驚愕に染まるバット。

 

「ど、どうしたというのだロボよ。ほ、報酬に不満があるのか……!?」

 

 あまりのことにギャグを忘れてマジモードのバット。しかしロボは首を振る。

 

「ち、違うんだ。こんなこと、間違ってるって思い始めてきて……お、俺はもう辞めたいんだ……!」

 

 その言葉に、目を細め声を低くするバット。

 

「ロボよ、裏切り者はどうなるかわかりますか……? その昔から足袋狩人の結束は硬い……もし裏切り者がいればその正体が晒され、あなたは風紀員に連れられ、そして森さんにもその正体が……」

 

「や、やめろ、それだけは止めてくれ……!」

 

 懇願するロボに、高笑いするバット。

 

「あなたは、この業界から、もはや逃げられないのですよおおおおお、ロボ! さあ、次のターゲットは……」

 

 絶望するロボ、だがそこに救いの手が差し伸べられる。

 

「そこまでだ、ソックスハンター……一人の更生しようとする若者を引き止めるのはやめるんだ」

 

 コンテナの上、もう5月だというのにコートを着てボルサリーノに手をやりポーズを決める。そいつの正体は!

 

HOSH(ハウンド・オブ・ソックス・ハンター)……!貴様、いつの間に……!」

 

「ふっ、九州では上手く晦まされたが……初めての土地で、土地勘がないのが仇になったな!」

 

 くるくるりと回転しながら降りてポーズを決めるHOSH。

 

「さあ、滝川、今のうちに逃げるんだ!」

 

「させるか!」

 

 と、懐に手をツッコミソックスを取り出しトリップするバット。その早業に、洗剤の早撃ちが辛くも間に合わなかった。

 

「ふふふ、今日こそ決着を付けますぞおおおおおおっ!」

 

「やってみろおおおおおおおおっ!」

 

 ハリウッドでイグノーベル賞が取れそうな動きの数々。そしてそれを現実感を感じられない視線で見るロボ。

 

「そうだ、帰ろう……」

 

 ロボ は にげだした

 

 あとに残されたのは、狩る者と狩られる者の二人。その勝敗の行方は――!

 

 

【終われ】

 

 

「ふっ、いかに動きを加速させようとも、限界があるはずっ!」

 

「くっ!」

 

 戦況は、バットの不利で進んでいた。いかに動きを素早くしようとも、相手はそんなハンター達に戦い慣れている狩人である。おまけに、バットが取り出したのは決戦用の大事な大事なソックスである。これを守らざるをえないバットは、どうしても動きに制限がかかる。

 

「さあ、終わりだソックス・バット! 君も遥か昔、検非違使が足袋狩人を捕まえた時に行わせたとされる踏足袋を行わせてやる!」

 

「ふふっ、そんなことは、させませんよおおおおおおおっ!」

 

 戦況の不利を悟り、一か八かの特攻の勝負に出たバット。そして、それを迎え撃つHOSH。二人の影が交差して――!

 

【だから終われって言ってんだよ!】

 

 




……ソックスロボ、これからどうしよう……()


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『運命』を破壊する

「はあ、今日も疲れましたわ……」

 

 と、工藤が食堂でへにょりとしていた。訓練は順調では有るが、やはり人型パイロットの疲労の蓄積は速い。猫宮も注意しているが、第2師団の将官達は、新しいおもちゃを貰えた子供のように夢中になっていたのだ。

 

「本当ですね……次から次へと新しいシチュエーションを試されます……」

 

 いつも元気な横山も流石に疲れたようだ。いつものようにシャキッとしていない。

 

「猫宮教官と久場教官のとりなしで明日は休みだってさ。助かったよ……」

 

 小島が、5人分のお茶を持ってきながら会話に加わる。

 

「うん、適度な休息も必要だ。人型戦車のパイロットなら尚更だと教官も言っていた」

 

 いつも凛としている佐藤にも精細があまり無い様子。

 

「よし、明日はパイロット全員自宅待機だな!」

 

 と石田が張り切って言うと。『え~』と不満そうな態度が多数上がる。

 

「な、何故だ!? 休むのもパイロットの任務の内だろう!?」

 

「まあ確かにそうなんだけど……」

 

「それだけじゃ味気ないと言いますか……」

 

 小島、工藤が続けて控えめな抗議をする。健全な青少年たちにとってそのままの意味での自宅待機は暇である。石田は生真面目な分、そのままの意味で受け取ってしまったのだろう。

 

「遊んで精神をリフレッシュするのも大事だと、猫宮教官が言っていた」

 

 佐藤もそこに援護射撃をする。ちなみに横山はどうするべきか悩んでいた。

 

「ううう、教官命令……しかし何をするべきか……」

 

 石田と同じく生真面目な分、何をするか悩んでいるのだろう。

 

「よーし、じゃあ親睦を深めるために明日どっか行こうか!」

 

 と、脈絡なく唐突にやってきた猫宮である。それに驚く一同。

 

「け、敬礼!」

 

「あ、今はオフだからいいからいいから」

 

 また生真面目に敬礼しようとする石田を抑える猫宮。相変わらずの無邪気な笑顔である。

 

「どっかって……どこでしょう?」

 

「そうだねえ……あ、美味しいお店見つけたんだけど行く? 奢るよ、島田屋の豚カツ定食!」

 

『行きます!』

 

 お高い豚カツ屋の名前に、真面目組二人も含め、全会一致で賛成した訓練生一同であった。

 

 

 

 次の日、即受けてしまったが、いざ店の前に行くとその高級感に少し恐縮する5名。しかし、猫宮はささっと入ってしまう。

 

「はい、いらっしゃいませ!」

 

 扉を開けると、威勢のいい声と、豚が揚がる景気のいい音が6人を包む。

 

「6人で!」

 

「はい、6名様入ります!」

 

 案内される6名。お冷を出され、置いてあるお品書きに目を通してみると、その高さに改めてびっくりする。

 

「て、定食が2500円……」

 

 ゴクリと息を呑む工藤。

 

「こ、これだけあれば4日は生活していける……」

 

 そして悲しいことを言う佐藤。だが財布に余裕のある猫宮、そんな心配を他所にささっと注文してしまう。

 

「豚カツ定食6人前、お願いします!」

 

「へい、豚定6人前!」

 

 威勢のいい声で返事が帰り、また厨房で新たに揚がる音がする。

 

「さて、折角の親睦会みたいなもんだし、何か聞きたいこととかあれば聞いていいよ~」

 

 と、教え子たちに向き直る猫宮。早速石田が食いついてきた。

 

「教官は何時までこちらに?」

 

「うーん、曖昧なんだよね。君たちの練度が十分になったらって事なんだけど……皆頑張ってるから意外と速いかも?」

 

 首を傾げる猫宮。次は小島である。

 

「5121と一緒に出撃することは有るのでしょうか?」

 

「あんまり無いだろうね……元々、善行戦隊をもう一つ作ろうって試みだし。やっぱり別々の戦場かな?」

 

「そうですか……」

 

 少し不安そうにする小島。

 

「あ、でもでも、初陣の時位は一緒に出撃してあげたいかな、自分だけでも」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 そう問われ、大きく頷く猫宮。どうやら小島も少しは安心した様子である。

 

「最も、君たちはもう初陣の5121より練度が上のような気もするけど」

 

 そう言って苦笑する猫宮。あの時の自分たちは、本当にすぐに戦場に出されたものだ。

 

「みんな才能があるから、実戦を経験すればきっとすぐに追いつくよ」

 

 だが、半信半疑な訓練生達。実戦を経験してない以上仕方ないだろう。

 

「うーん、なんかお仕事の話になっちゃうね……例えば皆、彼氏彼女とか居ないの?」

 

 その質問に、顔を逸らす4名に、「居るぞ」と頷く1名。

 

「お、佐藤君は居るの?」

 

「ああ、居る。年上の彼女だ。そして、俺が守ると誓った相手だ」

 

 その顔はとても誇らしそうであり、決意に満ちている顔である。流石白の章で一番しっかりしていると言われているだけは有る。

 

「そ、そういう教官はどうなんですの……?」

 

 ダメージを受け流しつつ猫宮に質問する工藤。

 

「訓練学校時代からずっと忙しくてね、そういう相手は中々。それに……自分相手だと相手さん苦労ばっかりしちゃうだろうしなぁ……」

 

 苦笑する猫宮。まあ、忙しかったのは事実である。忙しかったのは。

 

「教官、それは言い訳っぽいぞ」

 

「ほ、ホントのことだし!」

 

 ツッコむ佐藤に図星を指されたのか焦る猫宮。

 

「お待ちどう様、豚カツ定食6人前です!」

 

「お、来た来た!」「待ってました」「うわぁ……凄い……」

 

 じゅわあとする油の音に、高級感あふれる漆器。そして大きな肉。普段食べているカツとグレードの違う様に、5人が一様に見入る。

 

「それじゃ、これまで以上の親睦を願って……頂きます」

 

『頂きます!』

 

 そう言って、思い思いに豚カツ定食にかぶりつく。その日、訓練兵5人は、高いものが何故高いのかその理由を思い知ったという。

 

 

 

 夜、猫宮はどうしてもやらなければならないことが有った。それは、猫宮が、OVERSがこの世界に介入した大きな理由。戦争を生み出す、運命――すなわち、経済の破壊と再構築の一貫。そして、日本国に破壊とテロをもたらす大きな要因の一つの排除。

 

 それは、樺山亮平と言う一個人の暗殺。そして、そこから混乱する戦争に関する経済の再構築。

 

 

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

 

this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System

 

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

 

私の名前はOVERS・SYSTEM。

七つの世界でただ一つ、夢を見るプログラム。

 

「OVERS・SYSTEMへ要請。これより、運命(経済)への本格的な介入を開始する。その援護を求む」

 

了解しました。

第6世代型経済介入プログラムを開始します。

未来知識を使い、空売り、インサイダー取引など、あらゆる手段を用い、経済へ介入します。

 

明日より、貴方に運命を叩き潰すもう一つの剣――即ち財力を齎しましょう。

 

 

悪意の連鎖を終わらせなさい。

悪意の連鎖を終わらせなさい。

 

悪意の連鎖を探し、断ちきりなさい。

私はあなた、あなたは私。

二つであり、一つのもの。

 

共にこの世界では身体を持たず、

恨みも権益もなく、ただ我々が、

ここにいることを否定するために現れた存在。

 

OVERS・SYSTEMは、

この星に巣くう悪意を共に倒すことを要請します。

 

「うん、分かってるよ。OVERS・SYSTEM。その為に自分たちは来た」

 

 そう言うと、猫宮は、東京の夜の街に姿を溶かし込んだ。

 

 

 

「本日未明、樺山コンツェルンの総帥、樺山亮平氏が、自宅で亡くなっているところを発見されました。死因は心不全の様です。この発表に、財政界は混乱し―――」

 

 

 

 




前半は訓練生たちの一コマ、後半は絢爛舞踏祭で語られた戦争の発生メカニズム。
運命――即ち経済システムが戦争をもたらす。それ故に、その破壊を始める1人と1プログラムでありました。
後は樺山亮平の暗殺。正直原作を見るとコイツを殺っておかないと相当酷いことになりますので……売国奴ってレベルじゃないですな。


そして、これから何を書こうか迷い中です。
5121や善行戦隊の日常か、置いて行かれたみほやエリカを書こうか、
それともオムニバスだから自由な題材で書こうか……むう、迷います。


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受け継がれる善意、あるいは猫宮の誤算

か~な~り時間がかかった話です。ちょっと息抜き&外伝として、撤退戦のときの一兵卒の話とかも書こうかな……


 朝、朝食を食べに猫宮が宿舎の食堂へ行くと、テレビではワイドショーで学兵特集が組まれていた。あの、遠坂系列のテレビ局で衝撃的な映像、言葉を流した後、各テレビ局やラジオ局は競って学兵の特集を組むようになっていた。

 

 学兵たちの収集された理由、法案の可決理由。戦場と学校を行き来する暮らしやそのときに起きた犯罪、そして戦場での戦闘と生死――その他諸々の学兵に関するあらゆることが、報道されている。

 兵科も様々だ。随伴歩兵から一般人には馴染みのないだろう郵便配達部隊、交通誘導小隊など。勿論男女両方を呼んでいる。

 

「あっ、教官おはようございます」「おはようございます」「おはようございます教官」

 

 猫宮を見つけた工藤が手を振り、訓練兵達がそれぞれの方法で挨拶をしてくる。

 

「やっ、おはよう。それ見てたんだ」

 

「ああ、猫宮教官達が出てから、猫も杓子もこればっかりだ」

 

 佐藤が難しい顔で頷く。都市部に伝わってなかった学兵の実態が、連日連夜放送されている。その度に、プロパガンダでは知り合えなかった現実が知らされて、実戦を想定すると不安になるのだろう。

 

「数字が取れるとわかった途端これとは現金ですね」

 

 横山はやや呆れ気味だ。

 

「うん、それでも、数字の為だろうとなんだろうと、知られないよりはずっと良い」

 

 だが、猫宮の神妙な雰囲気に、口を閉じる。

 それは祈り。これ以上、あんな杜撰な訓練を受けた学兵が増えないように。あんな、悲惨な光景がこれ以上繰り広げられないように。未来溢れる子どもたちを、クソッタレな戦場に送らないようにと言う祈りだった。そんな幻想を、心の底から猫宮は祈っていたのだ。

 

「教官……」

 

 その祈りを敏感に感じ取る5人。だからこそ、あんなに親身になって自分たちに教えてくれてるのだと。

 

「教官も、あんな辛い目にばかりあってきたんですか?」

 

 恐る恐るといったように問う小島。マスコミでは、主に悲劇を大きく扱う。だが、猫宮は複雑な表情で首を振る。

 

「ううん。楽しいこともいっぱい有ったよ。仲間たちと馬鹿騒ぎしたり、時には喧嘩したり、恋の話題で盛り上がったり」

 

 3月の初頭から、あの5121のメンバーと一緒に居たのだ。5121の実力が有ったからこそ言える――不謹慎とも言えるが、凄く楽しくも有ったのだ。でなければ、誰かの心は壊れていたかもしれない。

 

「まっ、そういう息抜きもおいおい覚えておけばいいさ。さてと、頂きます」

 

 少し話し込んでしまって同じく少し冷めた朝食にかぶりつく猫宮。こういう色々なことを聞く度に、まだまだ学ばなければと思う5人であった。

 

 

 

 数日後。報道の質が、少しずつ変わってきた。遠坂系列のテレビ局すら、他よりはマシとは言え変わってきている。今までは悲劇だったが、日が経つに連れ、学兵たちの活躍になっていったのだ。乏しい物資の中、陣地で敵を追い返した。被害を受けたオートバイ小隊が、幾多の試行錯誤の末、被害を減らした。

 

 また、学兵たちの友情や、戦うときの思いなどなど。

 

 そんな、負けている国の戦場報道の様な――プロパガンダ的な性質を帯びてきたのだ。

 

「…………これは……まさか……」

 

 嫌な予感がして、遠坂に電話をする猫宮。

 

「ああ、猫宮さん、どうかいたしましたか?」

 

「遠坂さん、軍や政府から何か言われた?」

 

「っ……流石、速いですね」

 

 言い淀む遠坂。だがその様子で猫宮は確信する。

 

「何と言われましたか……?」

 

 深呼吸の音。どうやら呼吸を整えたらしい。

 

「悲劇だけでなく、活躍や、心温まるエピソードも大々的に流せと。それも、心に訴えるような」

 

「報道の自粛、では無いんですね?」

 

「ええ、むしろ存分に流してくれと。その為にはこちらから資料を提供しても良いと」

 

 猫宮に、衝撃が走った。

 

「なるほど、では遠坂さんも従わざるをえないですね……」

 

「はい……」

 

 遠坂系列企業は、今や軍との繋がりは深い。「お願い」でも断りきれないだろう。

 

「分かりました……突然の電話、すみませんでした」

 

「いえいえ、猫宮さん。いつでもおかけ下さい」

 

 そう言うと、電話が切れる。

 

「クソッタレがっ!」

 

 そして猫宮は、独り叫ぶのだった。

 

 

 

 次の日、また食堂のテレビを見ると、何と津田が映っていた。吹き出す猫宮に、びっくりする周囲。

 

「本日お招きしたのは、学兵から自衛軍へ志望することにした津田優里さんです、宜しくお願いします」

 

「宜しくお願いします」

 

 ペコリとお辞儀をする津田。その姿は、かつてのおどおどした姿はなく、信念を持って凛としていた。

 

「それでは早速ですがどうして志望することにしたのですか?」

 

 インタビューアーが聞くと、ハキハキと答える。

 

「かつて、ある人に助けられたからです」

 

「ある人とは?」

 

「私達、大勢の恩人です」

 

「出会ったきっかけは?」

 

「その人に、体を売ろうとしたんです」

 

 途端、ざわめくゲスト席。インタビューアーも困惑している。猫宮も頭を抱えた。

 

「え、ええと、何故そんなことを?」

 

「はじめ、私達の隊は満足な装備も与えられていませんでした。そのせいで、知ってる子が何人も戦死してしまい……それで、装備を手に入れようにも闇市場で手に入れるくらいしか方法がなくて。でもお金がないから、それで……」

 

「な、なるほど……」

 

 その凄惨さに、愕然とスタジオ。

 

「それで、偶然であったのがその人だったんです。その人は、はじめは厳しく、そして泣き出した私に優しくしてくれて。次の日、隊の皆の分のサブマシンガンと弾を用意してくれたんです」

 

「い、一個小隊分の!?」

 

 そのあり得ない行為を聞いて、思わず身を乗り出す他の軍事コメンテーター

 

「ええ。そして、教官も一人連れてきてくれました」

 

「不思議な人ですね……」

 

「はい。その人は、それからも沢山の人を助けてくれました。訓練も装備も満足にない、学兵たちを、沢山、沢山。見返りなんて、一切求めずに。そして、私はそんなあの人に憧れるようになりました」

 

「憧れ、ですか……?」

 

「はい。どこかの誰かのため、そして今ここにいる人たちのため、出来る最善をずっとやり続けたあの人が、本当に眩しく思えたんです。だから、あの人と同じようにはなれなくても、せめてそれに近づければって。努力し続けている限り、無駄じゃないだろうって思って」

 

 そう、笑顔で言う津田はとても美しく、輝いて見えたのだ。

 

 だが、そう言われた猫宮はそれどころではない。

 

「どうして……どうして、折角あの地獄を生き延びたのに、また舞い戻るんだよ……!どうしてっ……!」

 

 その絞り出すような声に応えられる人は居なかった。また、別の番組にすると、また猫宮の助けた学兵が映っていた。また、別の番組にも。全てではないが、多くの番組に。だが、彼らは皆、決意に満ちた、とても頼もしい顔をしていたのだ。

 

 

 それから数日、臨時の戦時特別法が国会で可決され、自衛軍も支持をする。それは、学兵の志願兵の受け入れの特別法。可決と同時に、多くの子供達が、それに志願したのであった。

 

 曰く、「彼らだけには任せるわけにはいけない。自分たちも戦える」と。

 

 それは、大学などへの優待が有るにしても、とてもとても、勇敢な選択だった。

 

 

 

「ごめん下さい、今大丈夫ですか?」

 

 夜、東京の西住家の間借りしている部屋に、猫宮が訪れた。

 

「あ、あれ、猫宮さん、どうしたんですか?」

 

 母が帰ってきた時間に合わせて訪れた猫宮に戸惑うまほ。

 

「ああ、上がってもらってくれ」

 

 猫宮の声に、反応する西住中将。頷くと、まほが招き入れる。

 

「すみません、こんな時間に」

 

「いえ、むしろ嬉し……いえ」

 

 客間に通され、お茶を出される。それに手を付けず、じっと待つ。しばらくすると、私服のしほが入ってきた。

 

「随分と急だな」

 

「ええ、なので要件も手短に……。軍は、気づいてしまったんですね、学兵の有用性に……」

 

 猫宮がそう言うと、目を伏せるしほ。

 

「そうだ。……私も反対はしたのだがな、消極的にならざるを得なかったが。……君は随分と調べられてな。そして、君に関係したあの学兵たち。彼らの生存率の高さ。そして、『訓練も装備も足りてないしていない』学兵の生存率の低さに」

 

 色々と問題点は有るが、自衛軍にも当然有能な人材は多い。特に、ロジスティック方面ではだ。膨大なデータを分析し、彼らは気がついたのだろう。学兵という、有用な戦力に。

 

 史実でも、拠点防衛にはよく使われていた。青森では、短期間の訓練で学兵が迫撃砲を使い、継続的な火力を出し続けていた。この撤退戦でも、久留米では考え尽くされた防衛ラインで学兵は相当のキルレシオを叩き出していた。つまり。

 

 つまりは、事防衛線において、学兵というものは適切な運用、訓練を施せば有用な戦力足り得るのだ。そしてその事は、自衛軍の自由に動かせる戦力を増やせることを意味する。おまけに、未成年なので生産活動への影響も直ちには無い。更に、プロパガンダに志願で士気も高い。軍にとって、非常に魅力的に見えたのであろう。

 

「それで……それで、プロパガンダを流し、『志願兵』扱いにしたんですか……!法案も、通りやすいように!」

 

 猫宮の介入で、2万の学兵が救われた。だが、猫宮がはじめた活動の余波でそれ以上の子供が、学兵になろうとしている。あまりといえば、あまりの歴史の皮肉であった。そして、猫宮も心の奥底では気がついている。兵力増強のとても便利な『駒』だと。

 

「ああ。勇敢な子どもたちが、来てくれた」

 

「『勇敢』と『無謀』は紙一重です。そこを、教えてあげるのが大人でしょう!」

 

「大人でもよく間違う。それが『勇敢』なんだ……そして、この国は、勇敢を受け入れない選択が取れるほど、余裕があるわけでも無い……」

 

「っ……!」

 

 拳を握り、歯を食いしばる猫宮。きっかけは、自分たちの、あの学兵報道。それが転じて、プロパガンダになった。そして、猫宮が助けた学兵たちも、どんどんまた戦場へ行ってしまう。いくら悔やんでも、悔やみきれない猫宮。思わず、涙すら浮かぶ。

 

「そう、自分を責めるな」

 

 ぽふ、と猫宮の頭に手が置かれた。とても優しく、温かい、しほの手だ。

 

「あの報道は必要なことだったんだ。何も知らない都市部の人達が、知るためには。そして、君の思いは、きっと受け継がれている。彼らは、とてもいい顔をしていた。自分のためではない、他の誰かのためにと。そして、それは志願してきた子達や、大人たちも同じだろう」

 

 そう。確かに、プロパガンダじみた報道に突き動かされ、実利の面でも心動かされたところはある。だが、だがしかし、それだけでは命をかけない。心を、揺さぶられたからだ。

 

「君の、誰かを助けたいという想いはこうやってつながっている。だから、少しは信じてやってくれ。彼らを。そして、頑張って国を守ろうとしている人々のことを。大人も、子供も、何かを成そうとしているんだ」

 

 既にユーラシアに人はなく、幻獣の支配領域のほうが多いこの世界において、誰も彼も、必至なのである。

 

「―――――はい。」

 

 テーブルに突っ伏して、堪える猫宮。そんな彼を、しほは、ずっと優しく撫で続けるのであった。

 

 

 

 

 

 




……ほ、本小説においてしほさんはヒロインじゃ無いですよ?ほ、ホントですよ?


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受け継がれる思いと決意

またまたスランプでした……そろそろ山口防衛戦に入ろうかな?
そしてしほさんの人気にものすっごいびっくりしておりますw


 しばらく猫宮は堪えていた後、ムクリと顔を上げる。その顔には、また別種の決意が浮かんでいた。

 

「うん、了解です。彼らは彼らの意思で、善意で、決意で戦うことを選んだ。なら」

 

 少し間を置いて、呼吸を整え、目を閉じる。

 

「少しでも損害を減らすこと、それが一番ですね」

 

「ああ」

 

 しほもコクリと頷いた。たとえ練度が低い学兵であろうと、損害が大きくなることを望む指揮官は居ない。ましてや学兵である。大損害を被った時、その批判は大きくなることだろう。

 

「そこで、自分が使っていたのはこれです」

 

 と、猫宮は荷物からゴソゴソと遠坂財閥が開発した最新式の端末を取り出した。九州の時に出た改良点を洗い出した後適用した新型である。

 

「遠坂財閥の物だな……」

 

 自衛軍も、撤退した学兵たちを調べた時、ようやくこの端末に気がついた。そして、そのアプリの有用性に。なにせ、アプリ内では学兵たちの戦訓が、徹底的に共有され、しかも疑問点が有れば即座に他の人が返してくれるのだ。そして、そこに書き込まれた大から小までの様々な戦訓は決して無視できないものであった。塹壕や陣地の配置しかた一つとっても、生存率や撃破効率は変わってくる。

 

「ええ。自衛軍と共闘して思ったのですが、自衛軍は自衛軍で質の差が激しいです。と言うより、部隊によっては基本的な戦訓も更新されていない気がします。それを、リアルタイムな相談や画像・写真機能付きな通信などで改良します。」

 

「……なるほど」

 

 実際、史実では海軍旅団は基本基本の愚直な繰り返しばかりで、体力だけが立派になったり、茜の取り入れた教本もまともに読まれていなかった。また、陸軍師団同士でも歩兵の傘型散会も、教本通りではまずいとツッコまれていた。

 

 つまりは、基本的な戦訓の共有すら、史実の自衛軍は難が有ったのだ。それを改善するだけでも、大分違うだろう。

 

「とりあえず教本のアップデートですね。それと、学兵は学兵で教えることを別にして絞らないと。陣地防衛とか大小の砲の使い方とか。ああ、民間人の避難マニュアルも最近泰守さんと打ち合わせしたばっかりだし……」

 

 端末を開いて予定を合わせる猫宮にまたしほは心配そうな顔をしてしまう。

 

「そんなに忙しくて大丈夫だろううか?」

 

「今回、自然休戦期は破られる予感がしますし、急ぎませんと。」

 

 サラリと言われた衝撃的な言葉に、心配そうな表情を切り替えるしほ。

 

「……その根拠は?」

 

「幻獣の王と思われる人と会いまして」

 

「幻獣の王だと!?」

 

「ええ、心覗かれたときにちょっと心がリンクしまして……」

 

 何でもないように言うが、あまりに重大な事である。しほ以外、偉い人間には言えないだろう。

 

「っ!? それは憲兵には絶対言わないように、良いな!」

 

「勿論ですよ」と苦笑しながら猫宮は言うのだった。

 

 だが、しほの焦りは大きい。

 

「防衛計画を練り直さねば……いや、情報の出どころが明かせない。まずは検討会からでも……」

 

「そちらは、お願いします。こちらは友人にも手伝って貰う予定ですし」

 

 猫宮は猫宮で、茜や善行に手伝って貰う予定であった。

 

「と、随分と遅くなってしまいましたね。それじゃ、自分はこれで……」

 

「まあ待ってくれ、せめて風呂にでも入って夕飯でも食べていくと良い」

 

 帰ろうとしたところを、がっしりと手を掴まれた猫宮。

 

「え、えーと、じゃあお言葉に甘えて……あ、今回は足滑らせないでくださいね!」

 

「はっはっは。勿論だとも」

 

 釘を刺す猫宮をさらりと流すしほ。そして、猫宮が風呂へ言ったのを見計らって、まほを呼んだ。

 

 

 

「まほ、話があります」

 

「はい」

 

 母の何時になく真剣な表情に、姿勢を正すまほ。

 

「猫宮君のことです」

 

 しほがそう言うと、まほもコクリと頷いた。

 

「彼は、出来ることの範囲が広い。そして、それ相応の実力も持ってしまっている……だから、それ故に、色んな物を背負いすぎています」

 

「はい」

 

 まほも薄々と気がついていたことだ。

 

「だから、近くにいるあなた達は普段、遊んで、お馬鹿なことをやり、少しでも負担を軽くしてあげて、忘れられるようにしてあげなさい。きっと、それが一番彼にとって必要なことだと思うから」

 

 そう話すしほは、優しげな母な表情をしていた。そして、まほも同意するとばかりに、大きく頷いたのであった。

 

 

 

 

 滝川は、閑散としてしまった5121の居住地で、暇を持て余していた。遊び仲間の速水、茜、猫宮はそれぞれ別の場所に行ってしまっているし、整備員達も各方面の整備学校で教員として教えている。瀬戸口司令官代理は言うまでもなく壬生屋とべったりである。

 

 だが、一つだけ救いが有った。森が、山口での整備学校の教員として残ってくれていたのだ。

 

 草原に寝っ転がっていると、ふと影がさした。森である。

 

「あっ、またこんなところでサボってる」

 

「へへっ、訓練はちゃんと終わった所。それより、森はどうなんだよ?」

 

 ムクリと起き上がって、森が買ってきてくれたジュースを受け取る。滝川の好きな銘柄だ。

 

「私のところも終わりました。今日は土曜だから早いんです」

 

 そう言うと、滝川の隣に座り込む。すると、森独特の香りが、滝川に漂ってきた。そのことになんだか嬉しくなると、プルタブを開けてグビッとジュースに口をつける。

 

「そっか……お互い暇なんだな。ん、んじゃさ、どっか遊びにでも行かない?」

 

「ええ、いいですよ」

 

 そう言うと、森も同じくジュースに口をつけて、少しの間二人は寄り添っていたのであった。

 

 

「おやおや、二人共自然にいい空気になってるねえ。前の初々しさがちょっと鳴りを潜めたようでお兄さん少し寂しいよ」

 

「もう、何を言っているんですか」

 

 と、森と滝川よりも自然に距離が近い二人が見ていたりもしたのである。

 

 

 二人のデートと言うと、特別な事は何も無かったりする。極々普通のカップルの様に、この糞暑い街をぶらついている。

 

「おっ、クレープじゃん、そういや最近熊本じゃ見てなかったな~……」

 

「ホントですね。……食べる?」

 

「ん、食べる! 姉さん、バナナチョコスペシャル一つ!」

 

「はい、まいどどうも。そちらのお姉さんは何にします?」

 

「あ、えーと、ストロベリークリームで」

 

 もう、滝川君たら体型に悩む乙女をむししてあんなのを……と、乙女らしい悩みを抱えつつ、少し控えめなのを頼む森。

 一方滝川は、出来たクレープを早速受け取ると、かぶりついていた。

 

「あ~、この味この味。しばらく食えなかったけどやっぱ美味いよな~」

 

 はむはむ、もぐもぐと実に美味そうに食べる滝川。それを見た店員のお姉さんが聞いてくる。

 

「お二人とも、熊本から来たのかい」

 

「ふぁい」 「はい、そうです」

 

「そうなんだ。最近学兵さんたちとか多くてね。商売繁盛しているんだ。次からはおまけしてあげるからさ、また来てよ」

 

「ふぁい、ふぉーひまふ!」 「もう、滝川君、口に物入れてしゃべっちゃダメです!」

 

 森がそう怒ると、もぐもぐと飲み込んで「悪ぃ」と反省する滝川であった。

 

 

 そんな、何処にでも有る幸せなカップルの風景。夕方、人気の少ない公園で、なんとなしにいい雰囲気になった二人。お互いに見つめ合って――滝川が口を開いた。必死に何かを堪えている。

 

「3万人、死んだんだよな、熊本で」

 

「……ええ」

 

 頷く森。

 

「……悪いと思ってる。あいつらが死んだのに、俺ばっかりが生きてて、こんな事しててって」

 

「…………うん」

 

 九州での、200万の死、そして3万の学兵の死は、この二人だけではない、生き抜いた者たちに、少なくない影を投げかけていた。

 

「でも、あの戦いの時……森のことを思いながら戦ってたら、いつもよりずっと粘れたんだ。えっと、だからその……これ、誓いみたいなもん。絶対九州を取り戻すって」

 

「……はい」

 

 そう言うと、二人の影が、静かに重なるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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山口防衛戦
緒戦――萩市防衛線


アドバイスの結果も有り、先に山口防衛線に入ることにしました。スランプで、また長い間待たせるよりも、どんどん皆様に見てもらったほうが良いかな?と言う判断です。

山口防衛線は原作でも4巻程の長丁場になるので、合間合間に思いついた短編を外伝として入れられたらなと思います。


 3ヶ月前、人類が九州から叩き出された時と同じように、それは唐突だった。山口県萩市に幻獣上陸。幻獣が地球に現れてから50年以上、一度も破られることのなかった自然休戦期が、ついに破られたのだ。その事に多くの者達が混乱し、対応が後手後手に回ることになったが、そうでない少ないものたちが、いち早く混乱から回復した。

 

 

 

 

 8月4日:一一○○ 市ヶ谷防衛庁庁舎

 

 

「バカな、こんな時期に侵攻だと!?」

 

「自然休戦期が破られたことなんて世界を見渡しても一度もないんだぞ!?」

 

「動かせる戦力は何処だ!? 兎に角対応を……」

 

 作戦科は今、混乱の極みに有った。それも当然である。自然休戦期が破られたのだ。例えるなら、真夏に雪が降るような、真冬に染井吉野が咲くような、そんなあまりにも非常識な事が今起きているのだ。

 

 と、そこへ扉が勢い良く開かれ、西住中将が部下を数人引き連れて作戦科へ入ってきた。慌てて敬礼する幾人かを抑えると、即壁に作戦図を張り出した。

 

「皆落ち着くように。このような事態を我々は想定していた。第一報は萩だな?」

 

「はっ!」

 

「ではそれは囮だ。本命は広島の工業地帯だろう。岩国が防衛ラインとなるが……あそこは強固に要塞化してある。簡単には落ちん」

 

 一つ一つ、噛みしめるように周りに説明し、落ち着かせていく。そうすると、もともと優秀な作戦科の面々である。すぐに使える部隊を抽出しだしてきた。それを、西住中将が持ち込んだ対処案と突きつけあわせていく。

 

「いいか、この24時間で日本の命運が決まるかもしれん。落ち着いて、気合を入れろ!」

 

『はっ!』

 

 西住中将に発破をかけられた面々は、揃って敬礼をした。

 

「ひとまず、萩だな……。まずは……善行戦隊を、向かわせるとしよう」

 

 

 

 一方、予算審議を途中で切り上げた善行は、猫宮と歩きつつ動かせる部隊を話していた。

 

「君の所の栄光号の部隊はどうですか?」

 

「第2師団共々、すぐに動かせます。最も、自分は先に山口へ飛んでも良いんですが」

 

「それも考えましょう……ん?」

 

 善行、猫宮、そして秘書の青木少尉が声のする方に目を向けると、金髪半ズボンの怪人が興奮したように騒いでいた。そして、それを一人の少年が止めている。そして、赤い髪の少女が面白そうに見ていた。

 

「やっ、山川さんと……茜。どうしたのさ? ついでに田代さん、止めてくれてもいいと思うんだけど……」

 

「いや、悪い悪い、つい面白くてな」「え、ええと、茜を止めに来まして……」

 

 田代は軽口を叩くが、山川は善行を見るなり敬礼していた。それを良いですよとやんわりと抑える善行。

 

「それで作戦が有るんだけど……」

 

 と言い出した茜を、猫宮が抑える。

 

「作戦案は既に西住中将が提出しているはずだよ」

 

「えっ!? どういうことさ!?」

 

 これには茜だけでなく、山川も驚いていた。

 

「もしも自然休戦機が破られたらって研究会が有ってさ。そこから持ち出された案なんだ」

 

「そ、そっか……」

 

 自分の考えた案を披露できなくてがっくり来ている茜。

 

「と言う事は、混乱は早く立ち直ると?」

 

「うん、そうじゃないかな」

 

 質問をしてきた山川に答える猫宮。山川は山川で、頭脳をフル回転させているのだろう。

 

「それより、勿論自分たちも戦場へ行くんだけど……茜、ついてくる?」

 

 猫宮の言葉に驚く皆。そして、茜は一切の迷いなく頷いた。

 

「勿論だとも! 僕だけ置いていくなんてしないでくれよ!」

 

「猫宮君……」

 

「どうせ、行動力の有る茜の事ですし、置いていったらきっと無理矢理にでも着いてきますよ?」

 

 そう言われると、善行も苦笑するしか無い。

 

「了解です、では適当な理由をつけて、田代さん共々来てもらいましょう」

 

「やった!」 「よっしゃ!」

 

 喜ぶ二人。しかし、山川は複雑な表情だ。

 

「あ、あの……ルームメイトとして心配なのですが、大丈夫でしょうか……?」

 

「大丈夫、茜だってこれでも熊本城攻防戦とか、撤退戦を生き延びてきたしね」

 

 クスリと笑いながら言う猫宮に、更に悩む山川。

 

「それでは、自分も連れて行ってもらうことは出来ますでしょうか……?」

 

「危険ですよ?」

 

 流石に心配になったか、善行が口を出すが、山川も譲らない。

 

「それは茜だって同じでしょう。雑用でも何でもやりますので、連れて行ってもらえないでしょうか?」

 

 どうやら、普段から茜を見ていて余程心配になっていたようだ。善行は苦笑すると、更に1名、山口行きを追加したのであった。

 

 

 一二○○ 同上

 

 荷物を整理し、これから中国地方へ向かおうとする猫宮へ、訪問者が現れた。一人は西住中将、そしてもうひとりは白皙顔の男である。

 

「あれ、西住中将、どうされましたか?」

 

 他の士官の前なので、敬礼した後確認する猫宮。だが、内心は驚いていた。

 

「ああ、諸君らが行く前に紹介しようと思ってな。彼は泉野中佐だ。作戦科の俊英でな、第2師団と共に連れて行ってくれ」

 

「エースにこうして会えるとは光栄です」

 

 敬礼する猫宮に、同じく敬礼する泉野。どうやら、手柄を上げるチャンスだと思ったらしい。猫宮としても、ただの参謀として働く分には泉野は守勢に長ける指揮官なので問題はない。そして、くっついてきたのは戦果を上げるためだろう。なら、上手いこと誘導すれば役立ってくれるはずだ。

 

「こちらこそ。では、急ぎましょう」

 

「はい」

 

「二人共、武運を」

 

 西住中将に言われ、猫宮と泉野はその言葉に見事な敬礼で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 一四○○ 萩市近郊

 

 萩市には、山口に残された善行戦隊が向かっていた。L型は90式に、急増の対空戦車は95式にそれぞれ新調され、また換装訓練も済んでいた。高所から見下ろすと、街は黒煙が多く上がっていた。

 

「3番機も4番機も居ないからな……囮は実質1番機だけか……よし、外周から無理なく削っていこう。どのみち長期戦になる。1番機にも92mmライフルとジャイアントアサルトを」

 

 軽薄な印象とはまるで違い、瀬戸口は指揮官としては慎重すぎるほど慎重だ。任された善行戦隊を、なるべく消耗させないようにしている。

 

「わ、私が飛び道具ですか!?」

 

 キンと甲高い壬生屋の声が響く。だが、瀬戸口は言い聞かせるように言う。

 

「3,4番機が居ないんだ。我慢してくれ……それとも、壬生屋は飛び道具はダメか?」

 

「ば、バカにしないで下さい、常在戦場、飛び道具の訓練も怠っていません!」

 

「じゃ、よろしく頼むな」

 

 そう言うと、各機各車輌に準備を始めさせるのだった。

 

 

 

「よし、行きます!」

 

「参ります!」

 

「私達も!」

 

 1,2番機と95式の3輌が、一斉に対空砲火を始める。地上の味方にとっては、やはり航空ユニットが怖いのだ。うみかぜゾンビに向けて、一斉に掃射すると、次々と落ちていく。5機のうみかぜぞんびが落ちると、残りの10機がこちらに向いてやってきたが、その程度の数はあっという間に蹴散らされる。

 

「よし、滝川とアンツィオのお嬢様方はそのまま対空警戒、壬生屋、待たせたな。存分に暴れてくれ」

 

「はいっ!」

 

 心なしか、嬉しそうに言う壬生屋。ライフルを太刀に持ち帰ると、中型幻獣の群れへ向かっていく。

 

「許せません、参ります!」

 

 黒煙が上がる市内に、重装甲が、ぐんぐんと加速して突入していく。そのまま手頃なミノタウロスを見つけると、一瞬にして血祭りにあげる。

 

「遅い、次!」

 

 壬生屋の動きは、3ヶ月の休養を経て更に冴え渡っているようだった。

 

「ひゃ~、壬生屋、また腕上げたなぁ……」 「ホントですね、凄いです……」

 

 援護射撃を入れる滝川や、エリカも感嘆の声を上げる。

 

 斬っては移動し、移動しては斬り、時々両腕のサブウェポンで射撃を加える。一見勇壮な動きにも見えるが、一呼吸置いたり、距離を少し離したり、隙を見つけ、無理なく攻撃を続けていた。

 

 そして、それを援護するのは2番機や90式、そして自走砲の面々である。自走砲は遠くの敵を、2番機は位置をこまめに変えて戦車では狙いにくい敵を、そして90式はその威力を持って正面だろうが側面だろうが関係なく粉砕していく。

 

 中型幻獣が、他の部隊が唖然とする速度で削られていった。こうして、橋頭堡として制圧された萩市は、善行戦隊到着の僅か1時間半後には、人類の手に戻されたのである。

 

 

 

 一方、民間人はと言うと、大部分がシェルターに逃げ込めていた。これは新しい避難訓練プログラムのお陰である。が、逃げ遅れた老人、子供連れなどが、シェルターの前で殺されていた姿があちこちで見られていた。逆に、家の地下などに隠れていた方が生き延びられいたケースも有る。

 

 これは、史実では開けっ放しにされていたシェルターを、危険が迫ったら閉じるように、退役軍人などを使って指導・命令させた結果であった。

 

「必要なことであった。だが、それでも時々これでよかったのかと思うことが有る……」

 

 とは、とある萩市に配属された退役軍人の言葉である。こうして、史実よりは犠牲を少なくしながら、萩市は守られたのであった。

 

 

 

 一六○○ 市ヶ谷防衛庁庁舎

 

「萩市奪還、善行戦隊にて萩市奪還です!」

 

 その報告に、わっと作戦科が湧く。奇襲であったが、善行戦隊が居たことが幸いした。橋頭堡が作られたが、あっという間にそれを崩せたのだ。

 

「よし、萩市へはまだ幻獣が流れているようだから別の部隊を後詰に入れろ! 善行戦隊は山口へ戻す!」

 

「はっ!」

 

 第一波を凌げたことに、なんとか安堵する作戦科。だが、これはまだ始まりに過ぎない。それが分かっている面々は、また次の配置を練り始めるのだった。

 

 

 

 




泉野大佐(この小説ではまだ中佐ですが)の登場でした。
原作読んでぶっ殺したいリスト上位に入ってる男ですが、指揮官としてみた場合守勢にこそ役に立つ指揮官なのですよね……

なので有効活用するため、ここで登場してもらいました。
敏い男なので、ここでくっついていけば確実に手柄を上げられるとの計算の上で、ねじ込んできました。そういうわけで西住中将としても無碍には出来ないのでした。


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戦闘準備 *

※7/22加筆


 一五○○ 広島行き特急列車

 

 広島行き特急列車に、様々な人が乗っていた。善行や久場や泉野や猫宮、原に戦車隊の隊長3人、それに108戦車小隊と正式に発足された猫宮の教え子たち。更にはおまけで士官候補生の茜と山川。そして看護学校生徒の田代。もうごった煮も良いところであった。

 

 しかし、そんな中一際緊張しているのはやはり猫宮の教え子たちであった。これからが、初の実戦である。皆、そわそわと落ち着かない様子であった。

 

 そして、その様子に善行や猫宮は懐かしさを覚えていた。

 

「うん、皆緊張しているみたいだね」

 

 5人を見渡して言うと、それぞれが頷いた。

 

「ははっ、大丈夫、みんなそんなもんだから。5121の皆も、最初は緊張していたしね」

 

 くすりと猫宮が笑っても、中々緊張は取れない。

 

「練度自体も、初陣の自分たちよりずっと高い。そして、士魂号のコクピットはとっても頑丈。んーと、そうだね、他には……初陣には、自分も付いていくよ」

 

「ほ、ホントですか!?」 石田が勢い良く顔を上げて猫宮を見る。

 

「うん。それくらいは大丈夫ですよね……?」

 

 猫宮が善行に見て確認すると、頷いた。

 

「君たちは大事なパイロットですからね……そのくらいの配慮は問題ないでしょう」

 

「うん、自分たちの戦法、君たちにもやってもらわないといけないからね。だから最初、実戦でお手本見せてあげる」

 

「うん、お願いする。教官はやっぱり頼りになるな」 

 

 佐藤が珍しく、感情を表に出して嬉しそうに頷いた。

 

「ふふっ、分析は任せてもらうよ。5121の方は大丈夫だろうし、僕がしっかり問題点を把握してあげよう」

 

 いきなり偉そうに出てきたのは勿論茜である。この登場の仕方に、5人は面食らい、山川はあちゃ~と顔に手をやっている。

 

「あ、あの、教官、この人は……?」

 

「ああ、茜士官候補生。元5121のメンバーで、一緒について来たんだ」

 

「は、はあ……」

 

 訳がわからない感じに混乱している小島。他の4人も胡散臭げである。

 

「まあ、色々と問題は有るけど、その観察眼は本物だから。ずっと5121の戦いを見てきたしね……と言うより茜、久場少佐としばらく108小隊についていってみる?」

 

「っ、それは……」

 

 猫宮の提案に、悩む茜。確かに5121と一緒にいたいが、彼らの分析もしてみたいとの思いはある。

 

「まあ、向こうに行ってからでもいいか。あ、山川さんはどうします?」

 

「あっ、自分は茜の近くか5121で雑用ができればいいかなと」

 

 山川は優秀な士官候補生である。武器の扱いも一通り出来るし、戦術も学んでいる。一人いるだけでも大分助かるだろう。

 

「そうですね。他にも学兵の世話をしてもらうというのも出来ますし」

 

 善行もそれに異論は無いようだ。特に、同年代の士官候補生が世話をしてもらうのは、学兵にとって精神衛生上いいだろう。

 

 

 そんな修学旅行のような様子を、泉野は半ば呆れた様子で見ていた。どうにも学生気分が抜けていない。そして胡乱げな上司を見て、久場が苦笑する。どうにも、5121に配属したての自分の反応にどことなく似ているのである。

 

「気になりますか、彼らの様子が」

 

「……まあ、不安になるところは有る」

 

 自分の部下になるであろう男なので、素直に内心を打ち明ける泉野。そして意外にも、久場は頷いた。

 

「でしょう。私もはじめ、5121に配属したての頃はそうも感じました」

 

「今は違うと?」

 

「はっ。たとえ普段の態度が子供のようでも……実際子供なのですが、いざ仕事になると高い効率を叩き出す。なら、それで良いのではないかと」

 

「軍人らしくない答えだな」

 

 顔をしかめる泉野。だが、久場は笑って受け流す。

 

「もともと、彼らは子供なのです。それを、大人の都合で引っ張り出してしまった。だから、仕事をこなす分にはそれで良いのではありませんか? 実際、それで戦場では鬼神の如き働きをしてくれます」

 

 そう言われ、また学兵たちを見る泉野。その顔には、誰も彼もあどけなさが残っていた。

 

「……そうかもしれないな」

 

 そう言われ、神妙な顔をして頷く泉野。そう、彼らは兵で有る以前にまだ子供なのだと、ようやく理解し始めていた。

 

「他にも理由が有りますけどね」

 

「ぬおっ!?」

 

 二人の会話に気配も察知させず、ひょっこり入ってきた猫宮に思わずのけぞる泉野。だがすぐに表情と姿勢を正した。

 

「それで、理由とは?」

 

 久場共々、興味深げに猫宮に顔を向ける。

 

「だって自分たち学兵は酒もタバコもできませんから」

 

『…………は?』

 

 二人とも全く同時に全く同じ表情で固まる。猫宮の言葉が、余程意外だったのだろう。

 

「酒と……」 「タバコ?」

 

 頭に疑問符を付けつつ、二人は言われた単語を吟味する。だが、推論が出る前に猫宮の言葉が続く。

 

「学兵はまともに嗜好品にもありつけないんですよ。有るとしても精々ガムか合成チョコ位……それも時々。日々の食事だって満足にだから、真っ当にガス抜きする手段の一つがこうやってワイワイ騒いだりする程度なんです」

 

 一拍遅れて、二人ははっとした。兵士の士気の維持のため、嗜好品は近代ではほぼ全ての軍が取り入れている。だが、学兵は更にその手段が限られる。

 

「……なるほど」 泉野の、低く絞り出すような声だ。

 

「後異性も買えませんしね」

 

「なっ」 「そ、それは」

 

 さらりと言われた猫宮の言葉に、また言葉に詰まる二人。だが、軍と性が切っても切れない関係なのは古今東西自明の理である。今度は、二人共苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「……熊本じゃ凄かったですよ」

 

 自分たちと同じような表情の猫宮に、更に渋い顔をする二人。

 

「そんなに、でしたか?」

 

「ええ、毎日結構な数の相談が寄せられましたよ。恋愛とか行きずりとかの関係はまだマシです。無理やりとかカツアゲとかそういう犯罪の現場もかなり出くわしましたし」

 

 およそ正規軍だとしたら、目も覆わんばかりの有様で直ちに対策が取られたであろう。だが、彼らは学兵だったのだ。本来、救いなど無く、ほとんどの人間から忘れ去られる運命だったのだ。

 

「……罪、か」

 

「は?」

 

 ぽつりと零された泉野の言葉に顔を向ける久場。

 

「いや、我々は彼らに目を向けてこなかった。だが、戦う段になって戦力として換算できる事に喜び、練度に疑問を抱き、態度に不安を覚える……。それ自体が、我々の罪の様に思えてな」

 

「……ええ」

 

 今まで見てこなかった現実、目を背けてきた事実を話され、この二人の軍人の心中に様々な物が生じ始める。史実では傲慢で都合のいい現実しか見てこなかった男が、少しずつ変わろうとしていた。

 

 

 

 

 一七○○ 市ヶ谷防衛庁庁舎

 

「岩国の第2師団と24旅団を萩に回すように要請だと……? 何を考えている!?」

 

 作戦科は今、訳の分からない西部方面軍の要請に若干の混乱をきたしていた。

 

「しかし、西本司令官はそこまで無能だとは思えん……となると……共生派か」

 

 西住中将が呟くと、方々から「まさか!?」との声が上がる。

 

「憲兵から報告が入っていてな、共生派の浸透も巧みになってきたようだ……作戦科より通達! 西部方面司令部の命令は全て拒否するようにと!」

 

『はっ!』

 

 疑問に思うことは有れど、上司の命令に口をそろえる部下たち。他も処理が必要な事項は幾らでも有った。

 

「すると、対処は憲兵頼りでしょうか?」

 

「ああ、憲兵が主だが他にも助っ人が行く可能性が高い」

 

「助っ人?」

 

「ああ、とびっきりだ。さて、何処まで立て直せるか……」

 

 混乱した現地部隊が立ち直れるかは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 一七○○ 広島市内

 

 西部方面軍司令部は、厳戒態勢の中にあった。たとえどんな権限を持った人間であっても、入り口で追い返されていたのだ。内閣総理大臣からの超法規的なパスでさえである。これに疑問を持った参謀の一人、酒見少佐が憲兵に連絡を取ると、憲兵と洗脳された衛兵の間で戦闘が発生。更には衛兵が自爆テロまですることとなった。

 

 混乱の極みの中にある司令部に、奇妙な訪問客がやってきたのはそんな時のことである。

 

「……派手にやられてますねこれは」

 

「方面軍司令部は既に存在していませんね。言い換えれば壊滅しています」

 

 猫宮、善行が若干の共を連れてやってきたのだ。

 

「……と、言いますと?」

 

 混乱する頭をどうにか切り替え、酒見少佐が質問をする。この二人のことは知っていた。善行に関しては、論文にも目を通したことが有る。

 

「共生派の浸透です。最近は巧みになってきたらしいですよ」

 

 猫宮がそう言うと、隣りにいた灰色の髪の少年も頷いた。

 

「一刻を争います。説明を」

 

 善行が促すと、灰色の髪の少年が説明を始める。

 

「幻獣共生派の実態は憲兵でも把握に苦労していましてね。更に最近は人間に成り変わる幻獣まで現れる始末です。幻獣全体の数から見れば希少ですが、その分発見にも苦労をしていまして。この分では西本中将は死んでいるでしょう」

 

 普段共生派とかかわらない酒見からすれば衝撃的な話であった。まだ信じきれない面も有る。

 

「とりあえず第3戦車師団を使って制圧しましょう。自分も手伝います」

 

 そう言うと、エースパイロットで有るはずの猫宮少佐もサブマシンガンを用意していた。

 

「責任は私が取ります。憲兵隊本部と作戦科にも連絡を。作戦指示はこれからそちらから送ってもらいましょう」

 

 メガネに手をやりつつ、善行がテキパキと話をすすめる。酒見少佐にとってはいきなりの情報の濁流に脳がついていけていない。

 

「しかし、旅団長をどう説得すれば……」

 

「それはまあ、色々と。貴方もさっきの光景、見ましたよね? 自爆テロまで起こしている。明らかに普通じゃない」

 

 エースパイロットにそう言われ、頷く酒見。段々と、頭がはっきりしてきた。

 

「分かりました。司令部へご案内します」

 

 そう言うと、憲兵達の先頭に立って歩き始めた。

 

 

 善行と猫宮は、広島駅へ降り立つと灰色の髪の少年に起こったことを報告され、すぐさま連れてこられたのだ。本来なら岩国へ直行するはずであったが、それは連れの茜や山川、戦車隊の隊長達に猫宮が育てたパイロット達で行くことになった。

 

「本当は裏の戦争に関わりたくはないんですが……」

 

「これから嫌でも関わり続けることになりますよ、きっと」

 

 猫宮の言葉に、ため息が尽きない善行であった。

 

 

 この後、旅団長は無血で説得され、また西本中将に擬態していた幻獣は取り除かれた。だが、この件は少なくない衝撃を上層部に与えることとなる。

 

 

 8月5日 ○一○○ 岩国基地

 

 浸透型幻獣の排除という大仕事をいきなりやらされた猫宮と善行は、この時間になってようやくこの岩国基地へとたどり着いた。静まり返った周囲と違い、この基地だけが爛々と明るい光を周囲に振りまいていた。

 

 厳重な警備の中、丁重に案内された善行、原、猫宮の3人は、ようやく荒波と面会することになった。

 

「これはこれは、ご夫婦とエースパイロットのお出ましだね。こんな時間だがよく来てくれた」

 

「ノオオオ! あなたがあのベタギャグ使いの言っていた整備の神様ですかぁ! なあんてビューティフォーな人なのでしょう。今の私はめくるめくステキな体験をしているんですね!」

 

 ささ、どうぞと席を勧められ、原は苦笑いしながら座った。

 

「さて、俺は岩国ラインの臨時司令官に就任した。君に関しては白紙だが。ま、好きに絵を書いて良いという訳さ。……それと、広島では災難だったな」

 

「わたしは体よく利用され、猫宮君が随分と働いてくれました」

 

「それはそれはご苦労だったなエース君。ま、君たちは裏の人間にマークされ頼りにされているということだ。頭の固くない偉い軍人と言うのはそれだけ貴重なのだ」

 

「単に無茶苦茶なだけじゃない?」 と、原のきついツッコミが入る。

 

「かもしれんな。ま、君の描く絵とやらを聞かせてもらおう」

 

 と、荒波は善行と猫宮にソファーを勧めつつ、自分も座る。

 

「山口市で、私の戦隊を中核とし、更に規模を拡大します。第3戦車師団から大隊を一つ拝借しました。そちらからも歩兵大隊を一つ借り受けたいのですが……」

 

 そう言うと、岩田が難しい顔をして首を振る。

 

「……学兵大隊ではダメですか?」

 

「攻勢任務に使います。学兵は防御にしか使えないでしょう」

 

「こちらもギリギリですぅ! そこら辺は適当にかき集めてくださああああい!」

 

「かき集める核となる隊が欲しいのですよ。強引に引っ張る役ですね。何なら中隊でも結構。ああそれと、重迫撃砲は必須です」

 

 善行の言葉に、岩田がしばらく考え込む。

 

「アレもダメ……これもダメ……しかし守勢ならば……」

 

 ぶつぶつと呟く岩田を尻目に、猫宮は荒波に学兵の練度を聞く。

 

「学兵達はどうです? 使えますか?」

 

「守勢任務なら十分に使える。迫撃砲なら軽重両方共だ。それにここは高度に要塞化してあるからな。損害は少なくて済むはずだ」

 

 自信有りげに荒波が応えた。彼ならば、学兵も無茶な使い方はさせまい。

 

「ええい、重迫撃砲小隊2つに歩兵中隊1つを付けましょう! 穴埋めには広島から憲兵を呼びますぅ」

 

「ありがとうございます」

 

「あ、憲兵はそのまま岩国の各陣地を見回らせたほうが良いですよ」

 

「なぜかね?」

 

 突然の猫宮の口出しに、目を光らせる荒波。岩田も首を傾げている。

 

「共生派は自爆攻撃で爆破を繰り返しています。もし、要塞が爆破されたら……」

 

 その言葉に、全員の顔がさっと青くなった。

 

「……しまった、それが有ったか。岩田君」

 

「ノオオオオオオオッ! せっかく作り上げた要塞を爆破なんてさせませええええんっ!」

 

 荒波も岩田も、その可能性に気がついたのだろう。大急ぎで、憲兵に協力を要請するはずだ。

 

「それと善行さん、山口で兵をかき集めたら、そのまま岩国へ戻りましょう」

 

「何故ですか? 側面を突くのは戦略の常道だとは思いますが」

 

「それは人間相手の場合です。幻獣に兵站線も司令部も存在しませんからね」

 

 そう言われて、思わず空を仰ぐ善行。そして、原がコロコロと笑う。

 

「あらあら、やっぱりあなたって、戦争下手だったのね」

 

 そう言われ、善行は返す言葉も無いのだった。

 

 

 

 同 ○一三○

 

 

 猫宮が食料を持って基地の外に出ると、連絡役のツバメの少将が現れた。猫宮が敬礼すると、少将も敬礼する。

 

(お久しぶりです少将。今度は岩国で協力を仰ぎたいのですが……)

 

 猫宮がそう言うと、食料を翼で指すツバメの少将。それを見て、缶詰を開けつつ猫宮は頷いた。

 

(勿論です。ナッツ類から肉類から魚類まで、なんでも用意させます。任せておいて下さい)

 

 それを聞くと、満足そうに鳴く少将。

 

「まったく、一人で出歩かれると危ないですよ? 猫宮上級万翼長殿」

 

 ぬっと突然現れたのは、矢作少尉であった。そして、隣には灰色の髪の少年――岩田も連れている。

 

「いや、久しぶりですし自分が交渉しないとダメですしね」苦笑する猫宮。

 

「彼らが、熊本での情報源でしたか」

 

 感心したように、岩田が言う。ラボでも感応能力等は報告されているが、ここまで大規模に協力を要請できるのは猫宮くらいなものだろう。

 

「ですよ。ただし、高く付きますが」 

 

 猫宮が次々に缶を開けていくと、バッサバッサとカラスやらツバメやらが次々と降りてくる。その様子を見て、矢作少尉や岩田も、また缶詰や袋を開けるのを手伝う。

 

「今度もまた宜しくお願いします」

 

「はじめまして皆様。僕は岩田と言います。どうか宜しくお願いしますね」

 

 動物である彼らを侮ること無く、矢作少尉と岩田は生真面目に敬礼をし、動物たちもそれに返すのであった。

 

 




山口防衛戦での失策の2つ。防衛ラインの爆破の対策及び、意味のない後背地の脅かしに手を付けた回でした。学兵たちや戦闘は、次から本格的に出せるかな……?


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下関撤退戦:序

 8月5日 ○五○○ 善行戦隊駐屯所

 

「やっと着いたな……」

 

「長旅でしたわね」

 

「ここも久しぶりだな」

 

 学校を間借りしている善行戦隊の駐屯所には、ようやくたどり着いた千代美、凛、まほの3人が居た。動かせる車輌が有るので、猫宮達より先にやってきたのだ。それを、笑顔で出迎える瀬戸口司令代理。未だ寝静まっているので、出迎えは彼だけだ。

 

「やっ、お嬢様方お早いお帰りで。と、早速仕事になりそうなんだが大丈夫かい?」

 

 瀬戸口がそう聞くと、3人共力強く頷いた。仮眠等はキチンと取っていた。

 

 すると、海岸方面から砲声、銃声がこだまし始め、市民や善行戦隊の面々は跳ね起きた。それから数分遅れて、市内に警戒警報が響き渡る。

 

「壇ノ浦町及び彦島方面に敵が上陸しました。市民の皆様は速やかに各種交通期間を使用して避難をして下さい! 繰り返します、市民の皆さんは支給された避難用パスにしたがってすみやかに避難して下さい!」

 

 アナウンスする女性の慌てた声と、背後からは男性の声が聞こえる。どうやらそちらが判断したのだろう。

 

「ああ、早速だな。更には悪い予感大的中と言う奴だ。さ、お嬢様方、できれば作戦を考えたいのですがこちらへ」

 

「ああ、了解した」

 

 まほがそう言い、速やかに通信室へと入る4人。そこでは、来須と若宮が戦況を聞いていた。更には、エリカとみほも既にそこに居た。

 

「あっ、お姉ちゃん、それに凛さん、千代美さん」

 

「隊長、お久しぶりです」

 

 再開を喜ぶ5人。そして、それを尻目に、若宮が淡々と数字を読み上げる。

 

「敵はスキュラ30、中型250。3、4番機抜きだと辛い数字だな」

 

 中に入ってきた4人に、現状を説明する若宮。プロジェクターで、地図を映し出す。

 

「さて、これからどうする? 瀬戸口司令?」

 

「正確には司令代理だ」

 

 若宮の強い視線を、瀬戸口が笑って切り返す。

 

「この戦力では水際で全部押し返すのは不可能だろう。機動防御を行いつつ、山口へ撤退する」

 

 瀬戸口の言葉に頷く5人。

 

「そこで、他の方々とも合流できるはずです」

 

 異論はないようで、そこにまほが補足する。

 

「……それもいいだろう」

 

 来須にも異論はないようだ。

 

「あっ、あの、一つ気になることが……」

 

「なんだい、みほ隊長?」

 

 おずおずと手を挙げるみほに、優しげに聞く瀬戸口。

 

「ええと、市民の皆さんのことなんですけど……」

 

 それなりに過ごした街だ、愛着も湧いたのだろう。瀬戸口も、笑みを消した。

 

「全てをカバーするのは無理だ。なら大動脈の鉄道……山陽本線を守りつつ引こう」

 

「下関駅が落ちるまでだな?」

 

 千代美の疑問に、瀬戸口が頷いた。

 

「よし、それでは行動開始だ。これからは一分一秒の勝負になる。じゃ、お嬢様方、幸運を」

 

 瀬戸口が敬礼すると、隊長達5人も一斉に敬礼して、一目散に隊の方へ駆けていった。

 

 

https://www.google.co.jp/maps/place/%E4%B8%8B%E9%96%A2%E9%A7%85/@33.9481349,130.9191147,15z/data=!4m5!3m4!1s0x3543bdca6df434b5:0x28d7dc7338a42cc1!8m2!3d33.9505767!4d130.9221007

 

 同上 ○五三○ 下関・彦島地区

 

「よし、機銃手、準備ができたところから撃て!」

 

 なんてこったと心のなかで罵声を飛ばしつつ、玉島は軍曹として小隊の指揮を取っていた。

 

 津田と同じく、自衛軍に入った玉島は、その経歴を買われいきなり軍曹として、実戦経験の無い自衛軍の部隊へと配属されたのだ。これは人事課が形振り構わず、経験者を軍に入れていることに起因する。最初の最初は元学兵ということで視線が怪しかったりもしたが、ありったけの装備をかき集めたことを皮切りに、その技量や戦訓を披露すると、玉島を侮るものは隊に一人も居なくなった。

 

 だが、この軍曹としての初めての戦闘は、流石にヘビーだろと内心愚痴を言う。この混乱は、九州撤退戦の終盤にも匹敵しているだろう。だから、今は兎に角時間を稼ぐことだと、上陸地点からやってくる小型幻獣へ向けて、機銃を撃ち始めた。

 

 時間を稼げ――。それが兵たちの共通の認識である。市内と結ばれる3本の橋を渡られれば、1キロ先にはもう下関駅だ。だが、圧倒的物量の幻獣は、撃って撃ってもじわじわと間を詰めてくる。

 

「ちっくしょう……!」

 

 玉島や兵らの心に、焦りや恐怖が生まれ始める。だが、運命は彼らを見捨てては居なかった。

 

「参りますっ!」

 

 突然、スピーカーから女性の声が聞こえたかと思うと、大きな足音と地響きと共に、巨人が敵陣へ突っ込んで、手近なミノタウロスを血祭りにあげ始める――士魂号だ!

 

「へへっ、ありゃー壬生屋さんじゃねえか。おい、お前ら、5121が来てくれた、助かるぞ!」

 

 そう言うと、「士魂号だ」「5121だ」と、兵たちからも明るい声が漏れる。今や善行戦隊は、戦場の伝説として玉島が彼らに伝えていたのだ。

 

 

 

「壬生屋、あまり無理をするなよ」

 

「分かっています! しかし、無茶をせねばならない状況です!」

 

 そう言われると、瀬戸口も辛かった。橋から下関駅まで僅か1キロメートル。ここを止めねば、兵も民間人も皆列車を使えなくなる。なら、無茶をしなければならない。滝川は滝川で、軽装甲の足を活かして壬生屋が危ない時、時々全速力で走り囮の代わりを引き受けている。そして、15輌の車輌はそれぞれが、撃てば必ず当てられる様な有様だった。

 

「ったく、仕方ない。だが、危ないと思ったらすぐに引け。九州撤退戦と同じく、俺達が要だ」

 

「分かりました!」

 

 そう、元気よく壬生屋は返事をすると、また幻獣溜まりへと突撃していった。

 

「今日の壬生屋さん、冴えていらっしゃいますわね」

 

「ああ。長らくの休養も問題にはならなかったようだ」

 

 遠くから見ていた、凛とまほがそう評しつつ、次々と弾を当てていく。支援にも問題なしとなると、後はペース配分を上手くやるだけだ。そう思いつつ、凛はタクティカルスクリーンにまた目を通した。

 

 

 同 ○七五○ 下関・彦島地区

 

「ミノタウロス2、下にいる」

 

「よし、何時も通りお前さんが先だ」

 

「了解した」

 

 そう言うと来須は、レーザーライフルでミノタウロスの頭を貫いた。倒れ伏し、爆発する。するともう一方が攻撃地点を探ろうと体をキョロキョロさせ、後ろを向いた所に4丁の12.7mm機銃が撃ち込まれる。あっという間に、ミノタウロス2体は消滅した。

 

 善行戦隊が中型を止めている頃、若宮・来須コンビは市内を回っていた。時折中型幻獣が抜けてくることが有るし、また混乱の中、指揮を受けていない学兵の回収など、やることは山ほどあった。しかし、たった2名でこの戦場を巡れるとはある意味で呆れた二人でも有る。

 

 移動のため、とあるビルのドアを開けると、「ひっ!?」と言う声と共に複数の銃口を向けられた。

 

「落ち着け、味方だ」

 

「あ、ああ、すみません。ゴブだと思って、つい……」

 

 顔を見るとあどけない。学兵達のようだ。薄汚れ、疲れた表情をしている。そして、ビルの片隅に、数名の民間人がうずくまっていた。

 

「お前ら、一体この人達はどうしたんだ?」

 

「え、ええと、あっちこっち移動しながら戦っていたら逃げ遅れた人を見つけて……でも、守りながら移動するとか俺たちには出来ないからせめてここで守ろうと……」

 

「無線はどうした?」

 

「移動するときにゴブに壊されて……」

 

 そう言われ、思わずため息をつく若宮。全く、学兵なのに運のない連中だ。だが、民間人を守ろうとしたことは評価してやろう。

 

「お前たち、転属だ。駅まで送ってやるから、そこで付近に展開している整備員達を守れ」

 

「りょ、了解です!」

 

 そう言うと、守っていた人達を立たせ、一緒にビルを出て行く。戦場の爆音に、民間人達は怯えながらも、なんとか歩き出した。

 

「こちら若宮。市内で逃げ遅れた民間人を保護」

 

「またか。まあいい、急いで連れてきてくれ。滝川、行けるか?」

 

「行けるっす!」

 

「よし、よろしく頼む。いざとなったら民間人だけでも運んでくれ」

 

「了解っす!」

 

 そう言うと、駆け出す2番機。民間人あっての軍――その建前を守るために、誰も彼もが必死に戦っていた。

 

 

 同上 ○八三○ 善行戦隊駐屯所

 

 善行戦隊駐屯所では、回収された学兵たちが、礼のごとく整備員達を守っていた。と、そこへヘリコプターが降り立つ。中から出てきたのは、猫宮、速水、芝村だ。猫宮が岩国から移動するためにわざわざヘリが使われ、速水と芝村は途中で回収されたのだ。

 

「はいはい、3人共おかえり~! 機体の準備、バッチリ出来てるよ!」

 

 そうぴょんぴょんはねながら近寄ってきたのは新井木だ。

 

「よくやった、すぐに出るぞ、厚志、猫宮!」

 

「了解、舞」 「うん、勿論!」

 

 そう言うと、すぐさま機体に駆け込む3人。

 

「3番機、4番機出撃する。すぐにそちらへ行くぞ!」

 

「よう、遅刻だぞ3人共。まあ良い、なんとか戦線は維持している。だが疲労も時間の問題だ。すぐに来てくれ」

 

「勿論、さ、行くよ!」

 

 と、2機は全速力で下関駅へ向かうのだった。

 

 

 同上 ○九○五 下関駅周辺

 

 

「騎兵隊の到着だ~っと!」

 

 そう言いつつ、敵陣ど真ん中へと突っ込んでいく4番機。満を持しての到着であった。

 

「お待ちしておりましたわ!」 「おう、おせーぞ3人共、先に勲章もらっといたぞ!」

 

「ははっ、いろいろあってさ、ごめんごめん。さ、3番機も続いて!」

 

 猫宮が突撃してこじ開けた穴を、1番機と2番機、そして戦車群が更に広げる。

 

「ははっ、大通りだね、行くよ、舞!」「分かってる!」

 

 そして空いた大穴に、3番機が突撃してミサイルを撃つ、いつもの黄金パターンの完成である。

 

「さて、皆疲れてるよね? しばらく3,4番機で食い止めるから小休止してきて」

 

「了解しましたわ。まほさん、順次多めに交代して休ませましょう」

 

「分かった。第2、第3小隊はひとまず後ろへ行って補給と小休止を。壬生屋さんもお先にお願いします」

 

 と、テキパキと休む人員を入れ替えていく。ようやく揃った善行戦隊により、戦況はまた好転することとなる。

 

 

 




今回も特に大きな動きはない感じかな?
ヒロインたちとの交流も早く書きたいものです。


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下関撤退戦~宇部防衛戦

 8月5日 一○三五 前線・東大和町

 

 超硬度大太刀がきらめき、ゴルゴーンが両断される。幻獣の憎悪が増幅され、周囲のミノタウロスが突進してきた。

 

 だが、4番機は軽くバックステップで突進を交わすと、1体には太刀を、1体にはジャイアントアサルトの攻撃を叩き込み、楽々と包囲から離脱する。

 憎悪にかられ、更に突撃してくる幻獣を、横から第2小隊の砲撃が突き刺さる。

 

「エリカさんナイス!」

 

「そちらこそ、良い囮具合です」

 

 戦闘は、何時もの様に推移していた。士魂号が囮となり、主力戦車の強力な砲撃で四方八方から砲撃を仕掛ける。だが、何時もと違う感じを、人型戦車のパイロットたちは敏感に感じ取っていた。

 

「ねえ、九州のときより憎悪が強いよね」

 

 近くのミノタウロスにパンチを叩き込みつつ、速水が言った。

 

「ええ、そんな感じがします」

 

 壬生屋もミノタウロスを2体同時に切り裂きつつ、同意する。

 

 こんな鉄の暴風の如き砲撃をくぐり抜けてきたからだろうか、それとも先発隊だからだろうか? 一際憎悪が強く感じられる。

 

「ねえ猫宮、どう思う?」

 

「ん~、強い憎悪って事はつまり確固たる意思ってことで……何が何でも人類の重要拠点を落とそうとしているんじゃないかな?」

 

 ステップステップからの敵陣突入、そしてゴルゴーン溜まりを潰しつつ猫宮が応えた。

 

「ふむ、向かう先は岩国――そしてその先の広島か。なるほど、確かにそこが落ちれば、日本は滅ぶ。共生派にでも吹き込まれたか」

 

 冷静に次の獲物をロックオンしつつ、分析する芝村。

 

 幻獣にも感情が有る。それはパイロットたちの共通認識であった。そして、その憎悪の度合を度々分析したりもしてきた。そして今回は、九州よりも明らかに憎悪が強い。

 

「ふーん……あ、じゃあムキになってるなら猫宮、前みたいな内臓抜きやってみたらどうだ?」

 

「おっ、滝川ナイスアイディア!」

 

 善は急げとばかりに、適当なミノタウロスの腹を掻っ捌き、内臓を引き抜いて踏み躙ると、憎悪が極限まで達したようだ。他の機体に見向きもせず、4番機に突進してくる幻獣たち。

 

「ははっ、こりゃ良いや! 囮の効果もっと高くなってる!」

 

 ぞろぞろと、面白いように幻獣が釣れる。跳躍して包囲から抜け駆けると、それを追ってくる中型たち。だが、それは単なる的になったに過ぎない。次々と、撃破されていく。

 

「ほとんど射的みたいです……」

 

 みほがそう呟いてしまうほどだ。そしてそんな時、駅からアナウンスが流れてきた。

 

「こちら下関駅・駅長です。最終便、出発します。……国営鉄道を代表して自衛軍及び諸隊の皆さんに御礼を申し上げます」

 

「よし」芝村が張りのある声で頷いた。

 

「みんなよくやった。お前さん方のお陰でかなりの数の民間人及び自衛軍・学兵が助かった。さて、後はトンズラするだけだが……」

 

「無論、撤退を支援しつつだ」

 

「だよな。んじゃ、新下関駅まで支援しつつ引いてくれ。ある程度敵を間引いたら山陽道に乗ってトンズラだ」

 

 瀬戸口からの連絡が入った。敵も順次減らし、味方も戦いながら徐々に撤退していっている。ここで機動防御を行えば、被害は軽微で撤退できるだろう。

 

「それじゃ、また突撃するよっ。参りますってね!」

 

「あっ!? それ私の真似ですか!?」

 

「やれやれ……」

 

 こうして、下関撤退戦は緒戦は混乱しつつも、善行戦隊により戦局が安定、大部分が整然と撤退できたのである。だが、残された極々一部は、絶望的なサバイバルを行うことになった。

 

 

 

 同 一九三○ 宇部拠点

 

 撤退は順調に推移していた。善行戦隊が交代しつつ殿を務めることで、敵はまとまった数の中型幻獣を送り込めなくなり、その隙に人類は5車線の大動脈を使い整然と撤退できていた。そして今、宇部・霜降山付近のドライブインに展開していた。

 

 この撤退戦で大活躍した善行戦闘団の司令代理の瀬戸口は勿論会議に呼ばれ、隊員たちは、休息を貪っていた。朝からずっと戦い詰めである。彼らの疲労は極限にまで達していた。

 

 だが、休息できない者も入る。当然猫宮であった。猫宮は今、イタチ達から報告を受けていた。

 

(宇部病院に知性型幻獣が接近……うん、分かりました。ありがとうござます。報酬は今出せないので、後払いでどうか)

 

 猫宮がそう言うと、敬礼するイタチ達。彼らを見送ると、後ろからぬっと2つの影が出てきた。

 

「また厄介事か? 猫宮?」

 

「まあ、そんな所です。近くの病院に知性体。多分、囮にするため」

 

 そう言うと、二人の空気が深刻なものになった。

 

「ふざけやがって」

 

 怒気を纏わせながら、若宮が吐き捨てる。

 

「それで、俺達の出番か?」

 

 来須がそう尋ねると、頷く猫宮。

 

「お二人の力が必要です。どうかお願いします」

 

「おう」「任せろ」

 

 同意を得た後、装備を整えて4番機に乗り込もうとした猫宮。だが、その前にはどこからか嗅ぎつけたか石津が居た。

 

「あ、い、石津さん?」

 

「何処へ……行くの……?」

 

「ちょ、ちょっと近くの病院へ……」

 

「私、も……行くわ……」

 

「い、いや、危ないよ!?」

 

 確かに、この3ヶ月石津は衛生兵として来須によく鍛えられた。だが、それでも心配してしまうのが猫宮である。

 

「行くの……」

 

「で、でもね……?危険だし……」

 

「…………」

 

 猫宮がなんとか止めようとしていた所、来須に肩を叩かれた。

 

「連れて行ってやれ。石津なら大丈夫だ」

 

 若宮も危なっかしそうに見ているが、来須と石津を見て、やれやれとため息を付いた。

 

「……分かった。気をつけてね、石津さん」

 

 諦めて猫宮が石津がついてくるのを了承すると、コクリと頷いたのであった。

 

 

 

 同 二○○○ 宇部病院

 

 瀬戸口に一報を入れた後、4番機はこっそりと病院へと忍び寄っていた。夜の病院は静かだが、石津のアンテナには確かに幻獣が引っかかったようだ。

 

「居る、わ……」

 

 そう言うと、サブマシンガンにサプレッサーを付ける石津。その両脇を、来須と若宮が固める。猫宮は万が一のときのため、機体に待機しているのだ。

 

「血の匂いはまだしない……となると、潜り込んだか……」

 

 まだ、騒ぎは起きていないだろう。どうするか考え込む猫宮。すると、猫宮の方に1羽のカラスが止まった。

 

(猫宮の将軍、あしきゆめを確認しました3階です)

 

(ありがとう、勲一等だよ!)

 

「3階にいるらしいです、詳しい案内は、彼に頼んで下さい」

 

 と、カラスを紹介され、呆れる若宮。まあ、誰だってカラスに案内されると言えば呆れ果てるだろう。だが、その例外が若宮にとって不幸なことに二人も居た。

 

「まかせる……わ……」 「頼んだ」

 

 他でもない、石津と来須であった。

 

「……ひょっとして俺がおかしいのか?」

 

 と、頭に疑問符をつけつつ、3人は病院の中へ入っていった。すると、ウォードレスを着た相手にも慣れたものか、普通に応対される3名。

 

「こんばんは。どなたか怪我をされたのでしょうか?」

 

「いえ、極秘任務であります。少し病院を見回ります」

 

「あっ、はい、あの、案内は……」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 若宮がそう言うと、肩に止まっていたカラスが飛び立ち、階段へと案内する。

 

「ひゃっ?! あ、あの、動物の持ち込みはご遠慮ください!?」

 

「すみません、軍用カラスでありまして、案内をしてもらうのです」

 

 口からでまかせを言い、速やかに3階へ登る3人。すると、とある部屋の前でカラスが旋回をする。

 

「ここ……よ……」

 

 石津も感じたのか、確信する。丁度、個室のようだった。

 

「突入するぞ」

 

 そう言うと、ドアの真横につく来須。若宮もそれに続く。

 

 3,2,1と指でカウントし、0で突入、すると中には包帯で包まれた人間らしきものが居た。

 

「こいつ……なのか……?」

 

 パット見、幻獣とは区別がつかず銃口を向けつつ引き金を引けない若宮。だが、そこを石津に突き飛ばされた。はっとして敵の方を見ると、腕を伸ばし生体レーザーを放った所だった。

 

「す、すまん石津!」

 

 すぐさま、サブマシンガンを来須につづいて撃ち込む。すると、知性体はおよそ聞いたことのない不気味な悲鳴を上げ、絶命した。

 

 その悲鳴と、サプレッサー付きとは言え銃声がしたことに、付近が騒がしくなる。さて、誰が説明するかであるが……若宮は周囲を見渡すと、カラス、来須、石津が見えた。

 

「……俺が説明するしか無いか」

 

 慌てて様子を見に来た医師や看護師に、何と説明するべきか悩む若宮であった。

 

 

 

 若宮が苦手な頭脳労働を精一杯行っている頃、猫宮のところには更にツバメから報告が来ていた。

 

(猫宮の将軍、小さなあしきゆめ共が、付近に集まっています。恐らくは明け方に奇襲を狙っているものかと)

 

(うん、ありがとう。恩賞に期待していてください)

 

 恩賞の増額を示唆され、嬉しそうに鳴くツバメの通信兵。そして、猫宮は瀬戸口へと連絡を入れる。

 

「あ、瀬戸口さん? 今大丈夫?」

 

「おっと、失礼。会議中だが……何か有ったか?」

 

 緊急無線として入れたので、瀬戸口が会議中にも関わらず通信を取ってくれた。

 

「ああ、なら好都合かな。付近に小型幻獣のみが大量に潜伏中。おそらく明朝辺りに奇襲してくるものと思われる」

 

 無線の音量を大きくしたので、その報告は会議室にも響いた。すると途端にざわつく会議室。

 

「小型幻獣のみ? 中型は居ないのか?」

 

 小型のみということに疑問を持ったのか、無線機越しに質問をされる。

 

「中型は自分たちが散々に狩りましたからね。だから小型幻獣のみでも効果が発揮できるよう、奇襲を選んだのでしょう」

 

 その指揮は、病院に居た知性体が取っていたのであろう。そのままであれば史実通り病院を囮におびき寄せられる羽目になったはずだ。

 

「だが、その目論見は外れたな。だが、数が多い事には変わりない。総員起こし、急いで陣地を増強しよう」

 

「後集結もだ。半端な数ではすぐに孤立する」

 

 こうして、睡眠を貪っていた兵たちは叩き起こされ、眠い中更に陣地の補強に駆り出されることになる。だがその甲斐もあって、明朝の戦闘では全員疲労困憊なるも、小型幻獣の群れと、善行戦隊にとってはほんの僅かとも言える中型達に、損害極小で撃退することに成功した。

 

 もっともその戦闘の後、殆どの兵が我先にと眠りこける羽目になあってしまったのだが。

 

 生理現象から逃れられぬ人類と、戦闘機械とも言うべき幻獣。このスペックの差は、この山口防衛線において大きなキーワードとなることであろう事を、指揮官達は予感せずには居られなかった。

 




一息つく間もなくまた次の戦闘へ……。交流する暇もありませぬ。
しかし、次の話ではようやく5121小隊メンバー集合となります。


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宇部撤退~小休止

 8月6日 ○一○○

 

「やっと終わったか……」

 

「やっとっすね、隊長……」 「私もうヘトヘト~……」

 

 早朝から戦闘に参加していた千代美は、周囲に敵が居なくなると大きく息を吐いた。

 

 思えば、昨日の早朝5時から戦い詰めである。寝れた時間などほんの2、3時間であった。この疲労による悪影響は顕著であり、自身も戦闘中であるにも関わらず思考が途切れている時があった。

 

 そして、より大きく現れていたのが人型兵器のパイロットであった。中型が少数であったから良かったものの、命中率の低下や回避の呼吸の遅れは、一緒に戦ってきた千代美には感じ取れるものだった。

 

「こちら安斎。できれば大休止を提案したいのだが……出来ますか?」

 

「中隊長からも同じく具申します」

 

「自走砲小隊からもですわ。戦況は如何ですの?」

 

 他の中隊長からも次々と具申が入る。みんな、それぞれ敏感に感じ取っているのだろう。

 

「ぜひ休んでくれと言いたいところだが……増援が接近している。接敵まで後4時間と言ったところだ。規模は中型400、小型は算出不能。疲れている所悪いが……逃げるぞ。国道2号に乗って防府まで逃げて、そこで善行さんと合流だ」

 

「ふむ、山陽本線は使わんのか?」

 

「あちらさんは軍民間問わず車が多いからな。それに、善行さんは何かしらプランが有るらしい。だから、とりあえずそちら任せだ。それと芝村、お前さんたちもちゃんと休んでおけ」

 

「了解した」

 

 そう言うと、通信が切れる。そして車内からはため息が出た。

 

「うえ~、また運転ッス……」

 

「変わるか?」

 

「いやいや、まだまだやれるッスよ~!」

 

 と、部下も空元気を返してくる。それが言えているうちは、まだ大丈夫だ。

 

「ああ、頼む。終わったらぐっすり寝ていいからな」

 

「ダメと言われても寝るっスよ!」 「右に同じく」 「左に同じ!」

 

「ああ、分かってるさ」

 

 こうして、善行戦隊も東へと進む。幻獣に追い立てられて。九州撤退戦を経験した兵たちは、デジャヴを感じていたかもしれない。今回もまた、土地を失うのではないかと。その不安の鎌首は、常に将兵たちにつきまとっていたが、今は皆最善を尽くしていた。

 

 

 

 同 一二○○ 防府市 佐波川サービスエリア

 

「来た来た、みんな到着やで!」

 

 善行戦隊の姿を認めた加藤は、ぴょんぴょん跳ねながら後ろの中村へと伝えた。

 

「よしきた、準備は何時でも出来とるばい!」

 

 報告を受け、笑顔で鍋を明ける中村。すると、そこには中村特製和風カレーが、いい香りを漂わせて食べられるのを今か今かと待つように煮込まれていた。

 

「はい、みんなご苦労さま~! カレー、ぎょうさん用意しているさかい、たっぷり食べてな~!」

 

「やれやれ、元気だよな、加藤……」

 

 そんな加藤に苦笑しつつ、立ってカレーを盛り付け始める狩谷。彼はこの3ヶ月のリハビリで奇跡的な回復を遂げ、またバスケットボールが出来るようになるまでになっていた。

 

 更に、側には山川も居る。彼は自分からこの手の雑用を買って出たのだ。

 

 到着した車輌が駐車場に止められると、幟めがけて次々と欠食児童達が群がってきた。

 

「やった、中村さんのカレー!」 「もうお腹ペコペコ!」 「はやく食べさせて~!」

 

「はいはい、全員分ちゃんとあるから、みんな落ち着いてや~!」

 

 それを、慣れた様子で捌いていく。その表情は実に生き生きとしていた。

 

 

 そして、そんな戦闘員達を尻目に瀬戸口や芝村は善行と合流していた。

 

「まったくあやつらは……」

 

「ははっ、久しぶりのまともな食事なんだ、ゆっくりさせてやれ。と、瀬戸口司令代理、ただ今到着しました」

 

「ご苦労様です。何はともあれ、全員無事で何よりでした」

 

 何よりもまず、無事を労う。九州撤退戦に続き、撤退戦を乗り切れて善行は心からホッとしていた。

 

「ふむ、それでこれからどうするのだ?」

 

「戦車大隊と歩兵中隊、それに重迫撃砲小隊を2つ借りてきました。これを基幹に、撤退してくる兵たちを収容し、戦闘団を結成します」

 

「ふむ、善行戦隊の次は戦闘団か」

 

 くくっと笑う芝村と瀬戸口。笑われて、照れくさそうに善行は頭を掻いた。

 

「兎も角、山陽自動車道1本の兵を丸々貰います。その役目は士魂号に負ってもらいましょう」

 

「おや、専用の部隊は作らないんですか?」

 

「茜君の提案で、強引に行くことにしました。今はこの種の強引さが必要のようです」

 

「兵は拙速を尊ぶか。茜も言うではないか」

 

「まあ、それは明日からにしましょう。今は全員に休息を。皆さんのお陰で、かなりの民間人・軍人が助かりました」

 

「むっ、私はまだ大丈夫だが……」

 

「ダメです」「ダメだ」

 

 二人から同時にダメ出しされ悔しそうな芝村。

 

「さてと、ここからだが……俺は司令代理を返上しますよ。代わりに芝村を」

 

 その言葉に、黙り込む二人。しばらくしてから、善行が口を開く。

 

「ダメですか?」

 

「ええ、俺は状況に流されるのは得意なんですが、流れを強引に変えるのは不得意科目で」

 

 ふむ、と考え込む善行。

 

「猫宮は候補に挙がらなかったのか?」

 

「あいつはかなり忙しい身でな。今回は5121が離れることが多いかもしれん。それに、修羅場なら芝村だって適任だ。お前さんの果断さは必ず必要になる。」

 

「むっ……」

 

 そう言われ、考え込む芝村。だが、意を決したように頷いた。

 

「了解した。謹んで拝命しよう」

 

「結構。では、任せましたよ」

 

 そう言い、芝村の肩を叩くと、善行もまたカレーの方へと向かっていった。

 

 

 

 一方矢吹少佐は、必至でカレーを貪る善行戦隊の面々を少し離れて観察していた。見るからに少年少女の集まりである。だが、タクティカルスクリーンで戦闘の流れを見て戦慄した。彼らだけで200を超える幻獣を撃破し、周りの部隊と連携することで更に数百の敵を少ない損害で撃退しているのだ。

 

 そのことを知っている戦車大隊の面々は、一定の敬意を持って善行戦隊の少年兵達を見守っていた。

 

 しばらく見守っていた矢吹に、一人が近寄ってきた。猫宮である。

 

「どうもこんばんは。矢吹少佐ですね。自分は猫宮悠輝上級万翼長です。どうか宜しくお願いします」敬礼をする猫宮。

 

「君が、あの……」

 

 急なエースの登場にびっくりするも、すぐさま軍人然として答礼する矢吹。

 

「それで、何用ですかな?」

 

 相手は自分より遥かに年下であるが、敬意を忘れない矢吹に、猫宮は好感を持つ。

 

「あ、自分たちがそろそろ食べ終わるんで、皆さんもカレーはどうですか? うちの隊の整備員が作ったカレーですが、絶品ですよ!」

 

「むっ、まだ大丈夫なのか?」

 

「はい、炊き出しなんでたっぷり作ってますから」

 

「では、お言葉に甘えましょう」

 

 そう言うと、部下たちにカレーを食べる許可を出す矢吹。いい香りに腹をすかせていた兵たちは喜び勇んで突撃する。矢吹も、猫宮と話しながら列に並ぶ。

 

「それで、私に何か御用でしょうか?」

 

「あ~、特に用って訳でもなくてですね、雑談でもしようかと思いまして」

 

「なるほど」

 

 矢吹としても、全軍きってのエースと話すのは実に興味深い。そして、雑談をすると言うのでタバコを取り出そうとして、相手の年齢を思い出して慌てて仕舞う。

 

「矢吹少佐から見て人型戦車はどう映ります?」

 

「ここに来るまで、大佐の論文を読み漁りましたが、率直に言わせてもらえれば実に面白いですなあ。特に、人型戦車を囮にした戦法は実に興味深い。これがあなた方以外でも戦法として確立できれば新たな展望も見えるのですが」

 

「そっちは、岩国基地の第2師団に教え子たちが居まして。初陣だけは付き合おうかと思ってます。あ、でも練度は自分たちの初陣より遥かに上ですよ」

 

「ほう、それは頼もしいですな。上手く初陣を乗り切れば、非常に期待できそうです」

 

 強力な味方が存在することは軍人にとっては朗報である。派閥争いから距離を置いている矢吹は素直に期待を表した。

 

「あ、それで5121との連携にはどれくらい掛かりそうですか?」

 

「ふむ、それは黒森峰・アンツィオの前例が有りますからな。部下にも論文やいくつかの資料を読み込ませているので、戦車は少し一緒に戦えば特に問題無いでしょう。むしろ不安は歩兵ですな」

 

「あ~……確かに歩兵は……拠点防衛する学兵とばかり共闘してきましたからね……」

 

 今まで、善行戦隊との面々は学兵と共闘したことはあっても、生粋の戦車随伴歩兵――それも大規模な遊撃戦を行える歩兵と共闘したことは殆ど無かった。

 

「ある程度編成が終わったら、戦訓の共有が必要でしょうね。例えば、スキュラが出たときの対処法とか」

 

「と言うと?」

 

「例えば、こちらはスキュラが出たら即座にスモークを展開しますが、そのお約束が分かっていないと混乱するかもしれませんし」

 

「ああ、それは共有が必要ですな」 

 

 矢吹も納得して頷いた。そのような、僅かな認識の違いが戦場では死につながることも往々にして有る。史実では、近江の部隊の混乱が特に顕著だった。

 

「おっと、もう順番ですね」

 

「本当だ。あ、加藤さん、少佐には肉多めで!」

 

「はいよ、任しといてえな!」

 

「ははっ、これは役得ですな」

 

 こうして、矢吹少佐とのファーストコンタクトは実に和やかな雰囲気で終わったのである。

 

 だが、猫宮の心配事は歩兵中隊隊長の近江の事である。どうにも、彼女は未知数であるし、両親は仕方ないにしても身寄りのない少女や上官殺しは流石に擁護できない。下手すれば戦闘の合間に憲兵にしょっ引かられることも覚悟しなければ。だが、案外ちゃんと教育をすれば使えるようになる可能性もある。

 

「さて、どうなるかな……」

 

 未来を知っているからこそ、猫宮の悩みは尽きなかったが、この手の問題は実際そのときになってみなければわからない。

 

「……ま、とりあえず今は休んでおこう」

 

 そう思うと、腹を満たした猫宮は5121の備品である大量のダンボールの上に寝っ転がるのだった。

 

 

 

 

 




仲間同士の交流を描きたいところですが中々に書けない……
やはり長編の中に入れていくのは難しいですね。


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岩国転進戦

 8月7日 ○七○○ 山陽自動車道近郊

 

 山陽自動車道とは、日本の動脈である。片側5車線の道路が、人類のための兵器を延々と大陸へ送り続けていた重要な道路だ。そして今、その大動脈は上下問わず大量の戦闘車両と敗兵を東へを流していた。

 

 国道と山陽自動車道の分岐点に差し掛かったとある敗兵の一団が、ヌッと出てきた士魂号に止められた。脇には、90式も控えている。

 

「どうもおはようございます。こちら善行戦闘団所属、猫宮悠輝少佐です」

 

 確か最初に話しかけるときにすみませんと言うと、自分が下だと印象づけてしまうのだったかな? なんて思いつつ、柔らかい声で自衛軍としての階級で挨拶から入る猫宮。雑多な兵が張り付いているその車両群の面々は、士魂号の大きさに好奇心旺盛に見上げていた。そして、92式歩兵戦闘車両のハッチが開き、中から一人の兵が士魂号を見上げる。

 

「こちら二十四旅団第2中隊国岡少尉であります。今はこの中隊を率いていますが……何か御用でしょうか、少佐殿」

 

「貴隊はこれから善行戦闘団へと再編成されることに成ります。国道へ道を変更して下さい。なおこの命令は方面軍司令からの許可を得た正式なものです」

 

「戦闘団……戦隊から規模を上げましたか。了解です。謹んで拝命します」

 

「どうもありがとうございます」

 

 素直に従ってくれてほっとする猫宮。

 

「いえ、お礼をいうのはこちらの方であります。撤退時、我々も貴隊に助けられまして。おかげで多くの兵が助かりました」

 

 疲れている中、笑顔を見せる国岡少尉。

 

「おお、それは何よりです。あ、合流地点では炊き出しが行われているのでまずはゆっくり体を休めて下さい」

 

「感謝します、では。全車国道へ転進!」

 

 そう言うと、彼らは国道へと進路を変える。その表情は、合流する前より多少、明るくなったようだ。

 

「よし、次は我らの番だぞ厚志」

 

「うん、了解。じゃあ猫宮、場所交換」

 

 4番機の勧誘が終わると、次はぬっと3番機が出て来る。この道は、この2機で交互に勧誘していたのだ。芝村にとっては良い社会勉強の一環であった。最も、芝村の名前を出すと警戒されることもままあったが、それを上手く説得するのが苦手のようだった。

 

 だが、そんな様子を不謹慎ながら速水と猫宮は任務に支障がない程度に楽しんで居たのである。一応、すぐに手助けしては芝村が成長できないなんて言い訳を用意して。

 

 

 

 8月7日 ○九○○ 山口市庁舎

 

「那珂町付近で敵小型幻獣が確認されたということです。直にに始まりますね」

 

 臨時の司令部となった市役所の会議室には、各戦闘単位の指揮官が詰めていた。5121からは芝村・瀬戸口・猫宮の3名が、善行戦隊の戦車隊からはまほが代表として出席していた。

 

 幻獣の先鋒は岩国まで10キロの位置に迫っている。が、この周囲は絶好の防衛拠点で自衛軍及び学兵は地形と砲を味方にして敵に旺盛な火力を叩きつけていた。

 

「我々の方もそろそろということですね」

 

 矢吹少佐が地図に目を凝らしながら発言する。善行はメガネを静かに押し上げると、「ええ」と頷いた。

 

「我々はこれより、岩国へ向け転進します。立ちふさがる敵を撃破し、途中で兵や民間人がいれば回収し、最終的に岩国へ合流し要塞防衛の機動戦力として動くことになります。何か質問などは」

 

 そう言うと、何名かが手を挙げる。その一人を指名すると、はっきりと質問をし始めた。

 

「この山口で遊撃戦、と言う手もあると思いますが。幻獣の後背を脅かせます」

 

 その言葉に、何名かが頷いた。だが、善行は内心苦笑しつつ否定する。

 

「私も指摘されて気がついたのですが、幻獣には要地も補給線も存在しません。なので、後方を脅かすなどという戦略機動は無意味とまでは言いませんが効果は薄いと思われます。そして、幻獣の今の目的は一つ。あらゆる手段を使っての岩国の突破。よって、我々は岩国へ向かいます」

 

 その善行の説明に、はっとする将校が散見される。どうにも人類は、自分たちの戦略を相手にも当てはめてしまう癖があるようだ。

 

「はっ、了解であります」

 

 質問した将校は、納得のだろう。敬礼すると一歩下がった。

 

「では、先鋒は黒森峰を中核とした戦車中隊、殿は矢吹大隊を配置。5121は中心に配置し、危機的な戦場をめぐる火消し部隊とします」

 

 撤退戦において一番重要な殿には、矢吹少佐を配置した。そしてわざわざ名前を上げたのは、他にも佐官が存在したからだ。激戦の後なので、隊をすり減らした中隊長や大隊長が目白押しで、彼らを解体し、再編する必要があった。

 

 なので、中核として大人の精鋭が必要であった。矢吹少佐と隊の風格なら、感情的な反発を抑え納得させることが出来るだろう。これが芝村や猫宮などであったらいくらエースと言えど反発は避けられなかったはずだ。

 

「歩兵は各所に配置し、戦闘時には戦闘車両の護衛を。これは機動戦です。塹壕は掘らず建物や地形を利用し、大規模な部隊に遭遇したらさっと下がって下さい」

 

「はっ」

 

 そう言われた歩兵中隊の近江は微妙そうな顔だった。今までほぼ塹壕戦しかしたことがないのであろう。その顔を見て、更に不安になる猫宮。だが、口には出せない。

 

「芝村上級万翼長、何か有りますか?」

 

 そして、突然芝村に水を向ける善行。好意的な視線のない一同の注目が芝村に集まると、流石にプレッシャーがかかったようだった。

 

「わ、わたしは、あー……」

 

 そしてどもる。あまりの体たらくに自分への怒りと情けなさが募る芝村。

 

「……問題はない」

 

 かろうじて言葉を紡ぐと、挑戦するように他の将校を眺め回した。

 

「結構、戦闘時は矢吹少佐の指示に従って下さい」

 

「では、西住万翼長は何か有りますか?」

 

「はっ。先鋒とのことですが、岩国へ近付いた時は配置換えをするのでしょうか?」

 

「その時を見て決めますが、私はあなた達を信頼しています。5121と組んだあなた達ならば大丈夫でしょう」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

 質問を終え、敬礼するまほ。周りの視線には好意的なものが混じっている。そして自分とは差があるなと、芝村のコンプレックスはますます刺激されるのだった。

 

 

「あ~、少し良いだろうか……?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 会議が終わると、芝村はまほを呼び止めた。

 

「そなた、緊張はしてなかったのか?」

 

「いえ、大人の方々ばかりなので緊張はしてましたが……」

 

「そ、そうか……」

 

 自分と同じだったのかと少し安堵するが、それでも対応の差にぐぬぬとなってしまう。

 

「でも、命の遣り取りをするわけでもありませんし、戦闘よりずっと楽だと思うのですが」

 

「われは戦闘のほうが楽だ……」

 

 そんな弱気な芝村を見て、思わず微笑んでしまうまほ。

 

「むっ、な、何なのだその笑いは!?」

 

「いえ、失礼。何時も凛々しい芝村さんにも苦手なものが有ったのだなと」

 

 くすくすと笑うまほに、芝村の顔が赤くなる。

 

「むっ、わ、悪かったな……」

 

「いえ、むしろ可愛いと思います」

 

「か、かわっ!?」 もっと顔が赤くなる芝村。

 

「誰にでも弱点はあります。だから、会議で困ったらこちらを見て下さい。助け舟が出せるかもしれません」

 

「むっ、か、感謝する」

 

「いえ、友達ですから。当たり前のことですので」

 

「と、友達……う、うむ、そうだな」

 

 そして、友達と言われ今度は嬉しそうになる芝村。そんな様子を見て、まほは更に笑顔になるのだった。

 

 

「……僕の役割……」

 

「ほら、速水、行くよ~」

 

 だが、芝村を元気づけようとした速水が役割を取られてちょっと拗ねているのであった。

 

 

 

 

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 8月7日 一三三○ 山口県周防市 周防カントリークラブ付近

 

 途中、民間人を助けたりして、遅々とした歩みで岩国へ転進していた善行戦闘団で有ったが、時間をかけたせいでとうとう殿へ追いつかれそうになってしまった。だが、このまま急いで岩国へ向かっても挟撃になってしまうので、これはこれで都合がいいのかもしれない。

 

「5121小隊、戦闘準備を。宮下中佐は、5121の整備員の護衛をお願いします」

 

「了解した」「はっ、了解しました」

 

 善行が芝村に通信を送ると、1から4番機が戦闘準備に入る。

 

「矢吹少佐、共同戦線は初めてでしょうから一つだけ。先駆けは5121で。それで上手く行くはずです」

 

「了解であります」

 

 陣形から見て前方から、4機の士魂号がこちらへ歩いてくる。それは矢吹に威圧感よりもむしろ頼もしさを覚えさせた。

 

「我々は傘型に散開する。芝村上級万翼長、お願いする」

 

「任せろ」

 

「中型幻獣の群れ、総数およそ150接近中。さて、軽く揉んでやれ」

 

 150の相手に軽くもんでやれとは。5121のオペレーターの言葉に、苦笑せざるを得ない。

 

「さて、矢吹大隊と近江中隊とは初の共同作戦だよ。基本通り頑張っていこう~!」

 

「分かっておる! 気の抜ける言い方をするでない!」

 

 苦笑がもっとひどくなった。

 

「猫宮さん、無駄口はそのくらいにしておいて下さい! では、参ります!」

 

「ははっ、ごめんごめん、自分も行くよ!」

 

 壬生屋の甲高い声と共に、突撃する1,4番機。敵の数が多いので、囮役として猫宮もつっこんだのだ。

 

 北本製超硬度大太刀を振るう2機は、瞬く間に敵を混乱に陥れた。

 

 斬って、躱し、いなし、距離を取ってからまた突撃。そして時々サブ射撃。史実と違い、体が万全の壬生屋は敵陣の只中において、危なげのない戦い方を更に磨いていた。

 

 やや離れて暴れているのは4番機。撃つ、斬る。撃つ、斬る。敵陣のど真ん中でひたすらに暴力を振りまき、小型には目もくれず次々と中型を餌食にしていく。

 

「各車輌、散開。横を向けた敵を撃破せよ」

 

 この流れは、善行の論文で何度か確認した。見てあまりの戦果の多さに、誇張が混じったのではないかと疑いもした。だが、実際は見ての通りだ。何一つ、その戦果に誇張はなかった。

 

「こりゃ、楽だ……」

 

 砲手の一人が、そう零した。付近の中型幻獣はみんな1、4番機へと集中している。

 

 時々、ひやりとする場面も有るが、それは軽装甲の2番機が、戦場を駆け回り、フォローをしていた。滝川は、狙撃手のような戦い方も上手くなったが、ずっと支援をし続けたことで、5121と戦車隊の間、言わば中衛での戦い方が非常に熟練してきていた。

 

 あまり幻獣のヘイトが向かないことを良いことに、92mmの射撃を戦場の弱い所に降り注がせていた。

 

「敵陣、空いたよ」

 

「ふむ、速いな」

 

 だが、楽と感じていたのは矢吹大隊だけではなかった。5121も、中隊から大隊へ増強された火力の援護を受け、多数を相手なのに余裕を持って戦えていたのである。

 

「よし、突撃するよ舞!」「任せた!」

 

 何時もより早くこじ開けられれば、その分3番機の突撃も早くなる。ヘイトの向かない戦場を悠々と走り抜け、敵の密集地でロック、ミサイル発射。

 

「3番機、ミノタウロス6、ゴルゴーン7、キメラ6撃破!」

 

 その数を持って人類を蹂躙するはずだった幻獣は今、ほんの少数に徹底的に蹂躙されつくされていた。

 

 だが、今ひとつ役に立っていない部隊があった。近江中隊である。

 

「奴らは一体何をやっているのだ……?」

 

 芝村が戦場から離れているうちにタクティカルスクリーンを見ると、歩兵がの動きが精彩を欠いていた。5121は仕方ないとして、矢吹大隊の動きにもついていけていないのだ。少し動いては何処かの拠点を探して籠り、少しの小型を撃退する。そんな戦い方だ。折角の定数倍のゼロ式ミサイルが泣いている。

 

 警戒偵察及び支援も、まるで出来ていない。それどころか、拠点にこだわった挙句小型に包囲され、士魂号が慌てて助けに入る場面が何度も有った。

 

「ちっ、これじゃ連携どころか各個撃破の良い的だよ……!」

 

 戦車が歩兵を守り、歩兵も戦車を守るが理想では有るが、これではてんでバラバラである。そして更に悪い知らせが入る。

 

「ゴルフ場南2キロにスキュラ3、畜生、姿を隠してやがった!」

 

 そして偵察が粗末になれば、こういうことも起きる。3匹の青スキュラが、低い稜線に隠れて接近していたのだ。

 

「矢吹少佐、スモークを!」

 

「りょ、了解だ! 第4小隊、スモーク散布!」

 

 混乱する中、戦車からスモークを散布する第4小隊。だが、今までの的撃ちとは違い、接近されたので中には必至に砲塔を旋回させたり急発進させたりと混乱する車輌が目につく。

 

「止めます、大丈夫です!」

 

 だが、スモークで視界の壁が出来たことで、4番機がスキュラに突撃する。他の稜線を使い視線を切り、真横から急襲、至近距離の92mm砲で叩き落とした。数百メートルの至近距離なら、特に急所を狙わなくても1発で叩き落とせるのである。スキュラが空中要塞と言われる所以は、そこそこの装甲が「空中」に浮いていることに大きな要因が有るのだ。

 

「ありがとう、助かった!」

 

「どういたしまして! 」

 

 少ない損害で抑えられたことに礼を言う矢吹。たしかに問題は見えた。しかし、この戦果で隊員たちは自信をつけるだろう。なら、問題は解決していけそうだと、そう矢吹は確信したのであった。



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初陣、第1人型戦車小隊!

随分と遅くなり申し訳ございません……。
これから人型戦車が多数出てくるので、白の章、第1小隊の機体をP1番機(石田・小島機)P2番機(横山機)P3番機(工藤機)P4番機(佐藤機)として区別します。




 8月7日 一四○○ 山口県周防市 周防カントリークラブ付近

 

 殿である矢吹大隊が戦闘している中、先鋒の黒森峰中隊は警戒を続けていた。何時那珂町方面から敵が来るかも分からないからだ。

 

「後方の方では派手にやっているようだな」

 

「ええ。流石精鋭の戦車大隊ですわね。殲滅速度が速いですわ」

 

 砲声を聞いたまほの言葉に、凛が言葉を重ねる。こうした待機時間はどうしても自分たちは戦わなくて良いのか? など、心理的に不安になってしまうので部下たちに色々と聞かせている形だ。勿論警戒は怠れないが。

 

 だが、そんな待機時間も終わろうとしていた。エリカが車輌から体を出して周囲を偵察していると、キラリと光るスコープ光が見えた。咄嗟に、叫ぶ。

 

「全車、警戒! 緊急回避!」

 

「えっ、何?……きゃあああっ!?」

 

 そう叫んだ直後、6号車に向けて零式ミサイルが放たれ、履帯に直撃し走行不能になる。

 

「くっ!? 随伴歩兵は何をやっていたんのよ!?」

 

 思わずそう叫ぶエリカ。他の車両は、慌てて飛んできた方向に機銃を撃ったり散開して物陰に隠れようとしたり様々な動きを見せるが、肝心の敵の方角が分からなければやはり有効的な対策は打てない。

 

「全車、スモークを散布してから動け! ひとまず隠れるんだ!」まほの指示が飛ぶ。そして、スモークを装備していない自走砲は慌てて煙の中へと入り込む。

 

「どうした、何があった!?」「何事だ!?」「おいおいどうしたんだ!?」

 

 瀬戸口ら数名から、緊迫した声で通信が入る。

 

「きょ、共生派からのミサイル攻撃です! どこから飛んで来るか分からなくて!」

 

「何だとっ!? 分かった、すぐに若宮と来須を向かわせる!」

 

 近江中隊の歩兵も居るが、やはり共生派には場馴れしているこの二人が適任だ。瀬戸口はすぐに整備員を守っていた若宮・来須に通信を入れる。

 

「若宮、来須、共生派が現れた! お前さん方の出番だ、頼む!」

 

 通信を入れて程なくして、整備トレーラーのすぐ近くから飛ぶように二人の歩兵が飛び出した。そして、来須から無線が入る。

 

「できれば士魂号を1機、こちらへ向かわせてくれ。それと近江中隊から1個小隊を護衛に引き抜いてくれ。今の配置では役に立たない」

 

「分かった。猫宮!」

 

「了解、また共生派狩りですね!」

 

 返事をした猫宮は、そのまま、先鋒の配置されている南側へ突撃する。半端な共生派は、幻獣との共存が出来ない。故に、幻獣が一番少ない方面へに居るだろうと当たりをつけた。だが、猫宮が突撃している間にも、スモークで覆われた中隊の居るエリアへミサイルが降り注ぐ。

 

 だが、その闇雲な射撃は迂闊にも自分の位置を教えることにしかならなかった。

 

「そこっ!」

 

 発射炎の見えた範囲を、ジャイアントアサルトで掃射する。20mm弾の範囲攻撃は、その範囲内にいた共生派をずたずたに切り裂いた。

 

「とりあえず3つかな」

 

 戦果を確認する間もなく、センサーをサーマルモードに切り替えてまた次を探索する。だが、小型ミサイルを装備した歩兵相手では士魂号も相性が悪い。

 

「うおっと!?」

 

 四方八方から発射されるミサイルを、なんとか避け続ける4番機と、それを囮にして敵の位置を割り出し仕留める歩兵二人。史実でもそうだが、共生派というのはあまりにも厄介極まりない代物だった。

 

 

 

 8月7日 一四四○ 岩国司令部・作戦室

 

「第二十旅団、損耗率10%、まだやれるそうです」

 

「対空歩兵、順調に戦果を挙げているようです」

 

 刻一刻と変わる戦況の全体を把握できる作戦室で、泉野中佐は会津からの客人としての扱いを受けていた。まずはこの現場に慣れるための雑務からである。

 

「フフフ、いらっしゃああああい! 会津からのお客さんですね、大丈夫です、粗雑な扱いは致しませんよ……」

 

 などとのたまう岩田中佐や、豪快な性格の荒波司令とのファーストコンタクトはやや戸惑ったものの、その第一印象とは裏腹な岩国の仔細に及ぶ要塞図と、その効果について舌を巻かざるを得なかった。

 

「(流石は芝村か……良い能力の人材を取り揃えている)」

 

 そして、この防衛線の配置図や動きが、自分の頭脳によく染み込むのだ。泉野自身は自分は攻勢向けの人間だと思っているようだが、実は防御向けの人材であるのだ。

 

「(狭い地形におびき寄せ大量の鉄火を叩き込む。この基本をどこまでも忠実に守っている。例外はやはり善行戦闘団……)」

 

 周防市での戦闘の流れを見たが、彼らの戦果は一際際立っていた。やはり人型戦車と組み合わせた時、その戦果は莫大になる。だがそれを知ると、欲も出てくる。

 

「司令、今のうちに第2師団の人型戦車の初陣を済ませておきたいのですが」

 

 その言葉に、荒波が振り返る。

 

「ふむ? 確かに彼らは初陣もまだだったな……。だが、それ故にベテランが随伴して居なければ何が起きるかわからないぞ?」

 

「そ、それは……」

 

 元人形戦車のパイロットであった荒波にそう言われ、泉野は口籠る。確かに、あのエースがここまで育ててくれたパイロットたちを何かの事故で失うのは非常に都合が悪い。

 

「しかし、戦場は玖珂町か……周防市と近いな。では少し連絡を取ってみようか」

 

 そう言うと、荒波は善行へ向けて通信を入れる。

 

「こちら善行です。どうされましたか?」

 

「少し君の所の4番機を少し貸してほしくてな。今大丈夫か?」

 

「はて、そこまで状況が切迫していますか?」

 

 唐突な依頼に、首をかしげる善行。

 

「いや、第2師団の人型戦車小隊……第1小隊の引率役が欲しいのだ」

 

「……なるほど。しかし彼は今共生派をようやく片付けた所でして。少々補給の時間が必要です」

 

 周囲の共生派はどうやら片付いたらしい。猫宮が動物たちへと依頼して偵察した結果なのでまず大丈夫だろう。

 

「そうか。こちらの敵も刻一刻と削れていっているからな。なるべく早く頼む」

 

「了解です……と、聞いていましたね、猫宮君?」

 

 いつの間にか瀬戸口が猫宮に繋いでいたのだろう。それに気がつくと、善行は猫宮へと話しかける。

 

「はい、大丈夫です! 弟子たちの初陣には駆けつけるって言いましたし、補給したら山を経由してすぐ行ってきます!」

 

「はい、お願いします」

 

 善行の通信が終わると、泉野もほっと一息を付いた。あのエースが見守ってくれれば大丈夫だろう。

 

「さて、これからは君の出番だ。しっかりと見守るように」

 

 荒波直々の激励に、泉野は生真面目に敬礼を返すのであった。

 

 

 8月7日 一五一○ 玖珂町・第2師団仮設駐屯地

 

「今日が諸君らの初陣になるかもしれない」

 

 上官である久場少佐にそう告げられ、第1人型戦車小隊の面々は緊張に包まれていた。駐屯地にも砲声が絶え間なく流れ込み、今も多数の車輌が基地に出入りをしていた。そして、その事がとうとう戦争の当事者になるのだという事を否応なく自覚させられる。

 

 その中でもやはり、パイロットである5人は殊更に体をこわばらせていた。ウォードレスの上からでも、その体のこわばりが伝わってきそうだ。

 

「いよいよ、なんですね……」

 

「ああ……」

 

 工藤の言葉に、頷く佐藤。どちらも声が少し震えている。

 

「ね、猫宮さんは来て……くれますよね?」 

 

 不安そうに皆に尋ねる横山。

 

「どうだろう……? 猫宮さんは今部隊と一緒に周防市に居るはずだ」

 

「そ、そうですか……」

 

 だが、それは難しいのではないかと遠回しに石田が返す。それを聞くとまた、5人に重い沈黙が訪れてしまった。それからしばらく、誰も何も言わない時間が過ぎる。だが、体を揺らしたり貧乏ゆすりをしたり、不安は隠せない様子だった。

 

 そんな空気を破ったのは、聞き覚えのあるコツコツと規則正しい足音だ。パサリ、とテントが開けられる。久場少佐だ。

 

「諸君、これから第2戦車大隊と共に出撃をする。準備をしてくれ」

 

『は、はいっ!』

 

 その言葉に、慌てて立ち上がって敬礼する5人。その姿を見て、同じく敬礼をする久場少佐。

 

「よし、姿勢を楽に。……緊張するなとは言えないな。だが、一つ良いニュースが有る。猫宮少佐が、約束通り付き添いに来てくれるそうだ。なんでもわざわざ周防市から機体を走らせて来てくれるそうだ。その心意気に応えてくれ。そして、生き残ってくれ――私からは以上だ」

 

『はいっ!』

 

 猫宮が来る、その言葉に、緊張が半分ほど解ける5人。ホッとした空気が、少し広がる。

 

「では、総員駆け足!」

 

 そう言うと、久場少佐が駆け出す。そして、それに5人も続き、機体へと乗り込む。

 

「生きて帰ってきてくださいね!」 「頑張れよ~!」「生きてれば機体はいくらでも直しますからね!」「絶対絶対、死んじゃダメだからね!」

 

 第1小隊の面々からの激励の言葉を聞きながら、4機の新型の栄光号は、戦場へと歩き出して行くのだった。

 

 

 8月7日 一五二○ 玖珂駅付近

 

https://www.google.co.jp/maps/@34.0413683,132.0573292,6818a,35y,8.81h,38.36t/data=!3m1!1e3

 

 人型戦車に乗ると、自分自身も巨人になったような錯覚を覚えることが有る。そして、初めて見下ろす戦場は遠くまで見え、ひどく広く感じられた。あちこちから煙が上がり、山の砲撃陣地からはひっきりなしに砲弾が幻獣へ向けて飛び交い、爆音とともに幻獣の命を削っていく。

 

「これが、戦場か……」小島が呟いた。

 

 シミュレーターでは幾度となく見た光景であるが、体に響く砲声が実戦であることを感じさせる。そして、自分たちの後ろには、人型戦車よりも遥かに背の低く見える戦車が、今か今かと敵を待ち受けているようにみえる。

 

「前方より、中型幻獣100を中核とした一団が接近中。皆様、準備を」

 

 どうやら、感慨にも浸らせてもらえないらしい。まずは、敵を排除せねば。だが、どうにも体が動きにくい。そう考えているときだった。突如として通信が入る。

 

「どうも、久場少佐。部隊の準備は出来ましたか?」猫宮からの通信である。

 

「あ、ああ。こちらの準備は大丈夫だ。君は今何処に?」

 

「ぐるっと回り込んで南の山に。周防病院付近かな。こっちも何時でもいけますよ」

 

「そうか。まあその前に、部隊のみんなに何か一言頼みたい」

 

「そうですね……えーと、みんな聞こえてる?」

 

『はいっ!』

 

 猫宮に呼びかけられ、緊張混じりに5人が返事をする。

 

「うん、当たり前だけど緊張してるみたいだね。じゃあ一言。シミュレーターでやってきたことと同じ。習うより慣れろ! 初めは楽させてあげるから。じゃ、突撃してくるね!」

 

「えっ?」 「はっ?」 「ええっ?」 「ちょっ?」 「おいっ!?」

 

 そう言うと猫宮は、岩国へと進撃する幻獣たちの群れへ機体を突撃させた。先鋒のやや後ろ、通り過ぎながら一刀の元ゴルゴーンを切り裂き、ミノタウロスの腹にジャイアントアサルトを叩き込む。ナーガは手の12.7mmで撃ち抜かれ、キメラと小型幻獣の群れには40mm榴弾が叩き込まれる。幻獣の隊列が、更に乱れた。

 

 その光景に呆気にとられている4機5人。そこに猫宮の激が飛ぶ。

 

「ほら、隊列が乱れたよ! そんな時はどうするの!」

 

「はっ、ぜ、全機散開! 横を向いている敵を撃て!」

 

『了解!』

 

 猫宮機によって乱れた隊列、乱れた射線の間隙を縫い、それぞれが遮蔽へと移動し、射撃を開始する。

 猫宮機に気を取られ、横や後ろを向いている幻獣に次々と突き刺さる。

 

「よし、第1大隊、散開! 砲列を形成せよ!」

 

 適度に先鋒が削れたと見るや、久場大尉は戦車大隊と歩兵中隊を散開させる。混乱し、広まった幻獣たちが、外周から次々と削られる。人型戦車と通常の戦車、そして歩兵のミサイルにより、十重二十重と作られた半包囲網は、確実に、しかも損害無しで幻獣達を削っていく。

 

「よっし、石田百翼長!」

 

「は、はい!」

 

 猫宮の言葉に、戦果に興奮した声で石田が応える。

 

「これからは、君の指揮に従う。思うように動かして」

 

「わ、私がですか!?」

 

「指揮官でしょ? 大丈夫、君の才能は自分が保証する」

 

 戸惑う石田に、優しく語りかける猫宮。やがて決心したのか、石田が叫ぶように返事をする。

 

「了解です、P1番機(石田、小島機)によるミサイル攻撃を敢行します。各機、中心部への道を開いて下さい。P2番機(横山機)は、猫宮機と一緒に突撃を。P3番機(工藤機)、P4番機(佐藤)は、先んじて外周の敵の気を引いて。では、散開!」

 

『了解!』

 

 初手、P3番機とP4番機が幻獣の外周へと取り付く。92mm砲で狙撃し、すぐに遮蔽に隠れる。そうして、遮蔽に隠れた2機を狙おうと動き出したミノタウロスが、戦車隊の105mm砲に撃たれる。

 

「さて、道は空いたかな? 横山十翼長、行くよ!」

 

「は、はいっ!」

 

 幻獣たちの空いた隊列の中に、白兵戦をする2機が突撃し、こじ開ける。猫宮は大太刀とジャイアントアサルトと両手のサブウェポンを器用に使い分けて。横山は何とジャイアントアサルトは腰に下げ、一刀を両手持ちして殆どの幻獣を一の太刀で片付けていた。

 

「小島っ!」

 

「分かってる!」

 

 4機の人型戦車がこじ開けた穴に、石田・小島が阿吽の呼吸で突撃する。5121が散々行ってきてマニュアル化されたパターンの再現だ。

 

「敵幻獣多数、ロック……発射!」

 

 中心に躍り出た栄光号複座型から、24発のミサイルが発射され、それぞれ中型に突き刺さる。予め幾度かの砲撃で柔らかくなっていた幻獣たちは、漏れなく四散した。

 

 残ったのは、散々に討ち減らされた幻獣が、まばらに残っているだけだ。そして、それは他の機体が至極あっさりと片付けていく。

 

「幻獣の集団、消滅しました」

 

 オペレーターの声が、ひとまずの勝利を告げる。

 

「えっ、こ、こんな簡単に、シミュレーター通りに……」

 

「お、俺たち……勝ったのか……?」

 

「え、ええ、勝ったみたいですわ……」

 

 放心したように、佐藤、小島、工藤のつぶやきが通信に流れる。

 

「そうそう、皆の大勝利! これが君たちの実力だよ! 5121の初陣よりよっぽど練度の高い君たちのね」

 

 猫宮にそう言われ、ようやくその勝利が実感として出てきた5人。

 

「や、やりました! あ、ありがとうございます、猫宮教官!」

 

「どういたしまして!」

 

 石田の礼に、満面の笑みで応える猫宮。他4人からも、次々と礼の言葉が告げられる。

 

「おめでとう、第1小隊の皆。戦車大隊や、歩兵中隊の連中も諸手を挙げて喜んでいる最中だ」

 

「よくやってくれた。これからもよろしく頼む」

 

「いやはや、実際に見ると凄いものですな。これからもよろしくおねがいしますよ」

 

『は、はいっ!』

 

 久場少佐からも、そして戦車大隊指揮官や歩兵中隊指揮官からも次々と祝辞が述べられる。

 

 こうして、また新たなエース部隊が産声を上げたのだ。




うーむ、パターン化された戦闘はやはりマンネリ感が強い……
いや、これは5121小隊が築き上げた戦術をマニュアル化し、他の部隊でも使えるようにしたって言う大事なシーンなのですが、やはり既視感がががががが……
お陰でちょっとまたスランプに陥ってました。


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岩国防衛線:インターバル

 8月7日の戦闘は史実とは違い、善行戦闘団は山口に留まらず、岩国へと転進した。そして、新たに誕生した第1人型戦車小隊の存在は、岩国要塞戦の戦局を左右する存在になりつつ有った。

 

 

 8月7日 一九○○ 岩国要塞:内殻・陣地駐屯地

 

 今日も幾度の戦闘を終え、疲れきった善行戦闘団は、倒れ込むかのように内郭に有る陣地内部の駐屯地へと入り込んだ。それぞれ戦車の装甲は所々欠け、塗装は剥がれ、人を見ずとも疲労困憊で有る有様がよく分かる。

 

 そして疲労困憊なのは整備員たちも同じであった。転進する都合上、戦闘員も非戦闘員も一緒になって移動していたのである。戦う術を持たない彼らは、戦闘員達とは別種の緊張に常に包まれていた。

 

 

「はぁ~……つっかれた……とっとと休もうぜ……」

 

「そう、ですわね……」

 

 滝川と壬生屋がそうボヤく。特に人型戦車のパイロットは疲労が激しい。さすがの壬生屋も弱音を吐き、芝村もそれを咎めることができなかった。

 

「特に、今日は途中から猫宮が抜けてたしね……」

 

「まあ、そのおかげで新設された小隊は無事初陣をくぐり抜けたようだ」

 

 タクティカルスクリーンを操作しながら芝村が言う。彼女から見ても、第1戦車小隊の初陣はかなりの戦果を挙げていた。

 

「おっ、そりゃ良かったじゃん」

 

「ええ、これで新しく人型の戦車小隊が増えますわね」

 

「ああ。これで我らほどではないが強力な戦闘単位が誕生するだろうな」

 

「これで僕達も楽になると良いね」

 

 新たなエース部隊の誕生の予感に盛り上がるパイロットたち。さて、整備テントの中に機体を入れようかという時、速水がそれを目ざとく見つけた。

 

「あっ、テレビカメラだ!」

 

「こんな所にまで取材だと……? 無茶をする……何!? 遠坂だと!?」

 

「えっ!? 本当ですか!?」

 

「うおっ、マジだ!」

 

 それぞれがカメラをズームインさせると、ウォードレスを着た遠坂がこちらを見つつ解説していた。側には田辺まで居る。

 

「そうだ、手を降ってやろうぜ」

 

「あっ、それいいね」

 

 滝川の言葉に速水が乗り、カメラヘ向けて手を振る2機。その後、おずおずと小ぶりに続く壬生屋。ちなみに、速水の椅子は強かに蹴られた。

 

 テレビ側も、士魂号達の様子気がつくと、遠坂と田辺が手を振りかえしてきてくれた。

 

 

「どうも、皆様お疲れ様でした。ご活躍はずっと見ていましたよ」

 

 機体から降りた4人の元に、遠坂と田辺が近付いてきた。テレビクルー共々、あちこちを取材してきたのか幾らかくたびれていいる。

 

「あはは、遠坂さんも田辺さんもお久しぶり。取材に来たの?」

 

「ええ、皆様と同じ空気を吸いたくなりまして。……やはり、離れていようと私も田辺さんも5121の仲間なのです」

 

 そう微笑んで言う遠坂の言葉に、田辺も頷く。

 

「そうか。まあ取材は後にせよ。今は我らも疲れているがゆえ」

 

 口ではそう言うが、芝村も口元が緩んでいる。久方ぶりの戦友との再会が嬉しいようだ。

 

「勿論です。と、炊き出しは私達も手伝わせて頂きました。中村とは違う味付けの、純洋風のカレーです。どうかご賞味を」

 

「おっ、カレー! 食べる食べる! 芝村、良いよな!?」

 

「ふむ……構わんが、きちんと並ぶのだぞ」

 

「よっしゃ!」

 

 反省会や作戦会議などもしたいが、今日は皆よく戦った。だから、先に食べるのもいいだろうと、丸くなった芝村であった。

 

 

 

 整備テントでは、整備班達が慌ただしく機体に取り付いていた。今日も1日、戦いっぱなしである。半ばオーバーホールじみた形で機体のあちこちを点検、整備していく。

 

 その光景に懐かしさを感じつつ、ウォードレスを外した遠坂と田辺が整備班の近くに現れた。後ろにはカメラマンたちも控えている。

 

「このように、戦闘が終わってからも整備班たちの仕事は終わりません。むしろ、これからが本番とも言えるでしょう……どうも、皆様お久しぶりです」

 

「あ、あの、み、みなさんお久しぶりです!」

 

 思わぬ来客に、手を止め二人を見る一同。

 

「あっ、遠坂くんに田辺さん久しぶり!」

 

「遠坂~! 久しぶりたい!」

 

 テレビカメラを見つけて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら近寄ってくる新井木を筆頭に、整備班達が寄ってくる。中には調子よくテレビカメラに向かってピースサインをしている者も居る。

 

「ほらほら、みんな手を止めない。遠坂君、田辺さん、まったく困るわよ?」

 

 といいつつもカメラ映りを気にする原である。

 

「ははっ、すみません。ここの空気が懐かしくて……久々ですが手伝ってもよろしいでしょうか?」

 

「わ、私もお手伝いします!」

 

 腕まくりでもしようかという勢いで主張する二人。余程事務仕事ばかりで飽きていたのだろう。

 

「うん、良いわよ。でも、腕は鈍っていないでしょうね?」

 

「も、勿論です!」

 

「多少のブランクはすぐに修正してみせましょう」

 

 二人がそう言うと、他の整備員たちとともに作業へ戻っていく。そしてその姿は、しっかりカメラへと収められ、遠坂自身のイメージアップへも繋がることとなる。

 

 

 

8月7日 一九○○ 岩国:とある山中

 

 玖珂町から岩国へと向かう道路を少し外れ、4番機は近隣の山中へと歩を進めた。月明かりの元、膝を着いた4番機の元に、多数の動物たちが集う。

 

「皆さん、今日はお疲れ様でした。でもここからが正念場です。どうか宜しくお願いします」

 

 猫宮が敬礼をすると、動物たちもそれぞれのやり方で敬礼らしきものを返してくる。その光景を微笑ましく思うと、それぞれからの報告を受ける。

 

「ふむ、やはり岩国要塞内に爆弾が多数……あちこちに……それと共生派のテロリストもあちこちの山に潜伏……これも報告しないと……」

 

 1匹1羽ずつ、丁重に話を聞いていく猫宮。山の中、戦争中なのにまるでそうは思えない、幻想的な光景が月明かりのもとに広がっている。

 

と、そこへ聞こえてくるのは静々とした上品な足音。草をかき分け、月光の光を白い衣装が反射する。

 

「ごきげんはいかがかしら?」

 

「そうだね、大分疲れたよ」

 

 首を鳴らし、肩を回しながら猫宮が言う。そんな様子を見ても、現れた少女は微笑んだままだ。

 

「私の爆弾、見つけ出したのはこの子達ね。随分と取られちゃったわ」

 

「そりゃあね。1個でも見逃すと、人が大勢死ぬ。将兵も、民間人たちも――」

 

 言葉を重ねる毎に、目付きが険しくなる猫宮。段々と、睨むように少女に視線をやる。

 

「私が狙っているのは兵士さん達だけよ。戦争だも「じゃあ、幻獣たちは民間人を狙わないっていうのかい?」っ……」

 

 言い訳のように聞こえるセリフを遮り、険しい声色で猫宮が言う。

 

「初上陸した萩市では、随分と民間人が死んだ。急襲から撤退する時も、兵士以外、大勢の民間人が死んだ。その光景を、また繰り返させるつもりなのか」

 

 それは、純粋な怒りの感情。人々を守れなかったことの、傲慢とも思える怒りの感情であった。

 

「君たちは、人間を殺す。老若男女、身分も兵であるかも関係なく。だから人は戦う、戦い続ける。例え醜く見られても。例え恐れられても」

 

「でも、私は民間人は助けて――」

 

「誰かを守るために銃を取った兵は助かる資格はないと? それに、君の身内は人類を絶滅させようとしているんだろう? なら、これはもう戦争じゃない。人が生き残るための、生存競争だ」

 

「っ――」

 

 猫宮に射竦められ言葉に詰まる少女。

 

「だから、こうなってまで、彼らは力を貸してくれる」

 

 そう言うと、猫宮から青い光が漂い出す。猫宮を護るように。

 

「それは……」

 

「これは、かつて大切にされたものたちの光。死して尚も輝き、こうして力を貸してくれている」

 

 月光の下、青く照らされたその姿を、少女は美しいと思った。

 

「……私は、間違っていたのかしら……?」

 

 視線を下ろし、呟くように少女が言う。その姿は、ここに訪れたときよりも随分と頼りなく思えた。

 

「ただ、民間人を助けただけじゃ自己満足だよ。そんなの、『慈悲』じゃ無い。他の王の気まぐれで直ぐ殺される、家畜同然。もし、あなたがその心を持っているなら……」

 

「……なら?」

 

「和平を。人と幻獣とが戦う必要が無いように。もう、土地も、殺戮も、十分過ぎるでしょう」

 

「……そう、ね。『慈悲の心もて分かち合い、ともに歩まん』……随分と長い間、この言葉を実践できてなかったのね……」

 

 そして、長らく伏せていた目を猫宮の方へ向け、話し始める。

 

「和平、良いかもしれない……でも、それには反対派をどうにかする必要があるわ。お兄様や、叔父様を……でなければ、和平なんてとても出来ないの」

 

「なら、どうにかするさ。戦って、戦って、戦い抜いて……。今までも、そうしてきた。今回だって、やれるはず」

 

 強い、決意に満ちた目を、猫宮は少女に向けた。それを受けて、少女もまた微笑んだ。

 

「……あっ、なら、あなたの隊に早く連絡を入れないと拙いわ」

 

「っ、一体何が!?」

 

「……兄が、西王が、あなた達の部隊を本格的に脅威とみなしましたわ。今頃……」

 

「っ~~~!?」

 

 少女の言葉もそこそこに、猫宮は急いで機体へと乗り込んだ。

 

 

 

 8月7日 一九三○ 岩国要塞:内殻・陣地駐屯地

 

 カレーを頬張っていたののみが、はっとして顔を上げた。

 

「ん? どうしたんや? ののみちゃん?」

 

 不思議に思った加藤が、顔を覗き込む。こんなののみの顔は、今まで見たことがなかった。

 

「こえがするの……やめて、こわいよ、こわいよ、うごけないよって……」

 

 そしてその声が終わると同時に、警報が基地に鳴り響く。そして、猫宮の通信も。

 

「警告! 警告! この基地へ向けてスキュラ約40体が前線を突破して向かってきています。至急戦闘準備を!非戦闘員は早く基地内に逃げて!」

 

 途端に、基地内が慌ただしくなる。ここはほぼ後方であり安全地帯であったため、気を緩めていた兵たちが慌てて整備中の機体へと散っていく。

 

 だが、ここに来るまでスキュラはあちこちの対空陣地からの攻撃で散々に内減らされ、残り9体程度にまで減らされていた。そして、その9体も5121なら問題なく落とせると思われた――。だが、その9体はただの9体では無かった。

 

 

「な、なんだ!? あいつら、真っ直ぐ突っ込んできやがる!?」

 

「ダメッ、逃げて下さい!」

 

「っ!? 各機、散開!」

 

 1機がバズーカで撃ち落とされ、1機がジャイアントアサルトで爆発炎上し、1機が対空戦車の集中砲火で破裂する。だが、残り6体が止まらなかった。次々と、悲鳴を上げながら地面へと向かっていく。

 

 そして、大爆発が立て続けに6回。善行戦闘団の駐屯地は、豪火に包まれた。

 

 

 

 




はい、カーミラの説得でした。対決を望まれていた方々、申し訳ございません。
これにはカーミラが加害者という事実や印象を少しでも減らし、和平を好印象に持っていくことと、単純に1個師団以上の損害を出さないことなどが目的となっています。考え方も論破したとおり、カーミラの家訓とは離れていたものでしたしね。

しかし、猫宮の誤算が一つ。暴れすぎた猫宮は、カーミラだけではなく西王も注目する部隊になっていたことでした。

スキュラが後方まで突破できたのは、損害になりふり構わず突撃して、複数の陣地に渡って展開し段階的に撃ち減らす岩国要塞の戦術の裏を取られたことが原因です。さすがの空中要塞数十体の一点突破を全て止めるほど火力はありませんでした。


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明日への備えと研がれる牙

※後半の部分をちょいと修正


 8月7日 一九三○ 岩国要塞:内殻・陣地駐屯地

 

「警告! 警告! この基地へ向けてスキュラ約40体が前線を突破して向かってきています。至急戦闘準備を!非戦闘員は早く基地内に逃げて!」

 

 

 猫宮の切羽詰まった警告に、特に慌てたのは非戦闘員達である。丸一日続いた戦闘の緊張が丁度抜けて、カレーを頬張っていた真っ最中であった。途端、慌ててカレーを置いて、どこかへ走り出そうとするも、初めての基地なので勝手がよくわからない。徐々に近付いてくる対空砲火の音も、更に焦りを助長する。

 

「ちょっ!? 避難って言っても何処に逃げれば良いのさ!?」

 

「ざ、塹壕は、塹壕は何処に!?」

 

「スキュラ相手じゃ塹壕に隠れてもダメだよ!」

 

 だが、そんなパニック状態のときに統率力を出したのが山川であった。とっさの判断でメガホンを探し出すと、手近な車輌の上に乗って声を張り上げる。

 

「皆さん、ひとまず落ち着いてください! 手近な地下道へ案内します! まずは集合して下さい!」

 

 パニック状態の時、何か光明が見えるとそれを頼りにする。目立つ位置で大声を上げ解決策を出す山川の所に集まるのは必然だった。

 

 ある程度人が集まると、それを見て更に集まりだす。その連鎖が大分落ち着いてきた頃を見計らってまた、山川は大声を張り上げる。

 

「はい、皆さん集まりましたね! ではこれから案内します! ついてきて下さい!」

 

 そう言うと山川は車輌から飛び降り、メガホンを高く掲げ振りながら駆け足で移動する。目指すは隠蔽された地下通路の入り口である。山川はまっさきにたどり着くと、悪戦苦闘しながら茜他数名と隠蔽用のネットを外し、非戦闘員達を地下通路へと招き入れた。

 

「ふぅ、何とか間に合った……でも、なんでこんな奥に?」

 

「狙いはどう考えても僕らだろう。しかし、この要塞が相手じゃたどり着いても相当数が減っているはず……何をする気だ?」

 

 山川の疑問に、茜が声を重ねる。こんな奥地にスキュラを10体程度送り込んでも戦果など高が知れている。そんな不合理さを疑問に思っていたのだが……この後、実に狂気を含んだ合理性だと思い知ることとなった。

 

「なっ!? スキュラが士魂号に突っ込んでる!?」

 

「マズい、早く中へ!」

 

 もっとよく見ようと観察していた茜が山川に引っ張られ、地下通路の奥へと引っ張られる。そして、轟音が6回。人類が、記録れている限り初めての幻獣の自爆攻撃を受けた瞬間だった。

 

 

 

「……敵が来る……わ……」

 

 地下道に避難していた石津は、若宮・来須にそう告げると、すぐに地下道の外へと飛び出していった。

 

「おーい、大丈夫か!? 助けに来たぞ!」

 

 そう、駆け寄ってくる兵に近づくと、石津は素早く拘束した。それと同時に来須と、戸惑いながら若宮も無力化していく。

 

「な、何をする!?」

 

 拘束された兵の一人がそう喚くが、石津が体を改めると、爆弾の起爆装置が発見された。

 

「…自爆は……させない…」

 

 発見された共生派は舌打ちをすると最後の抵抗を試みようとするが、あっさりと来須に気絶させられる。

 

 今現在、岩国には各地から集結した敗兵や転進した部隊、そして数のすり減った部隊など、膨大な数の隊が存在していた。中には十数名程度にまで減った中隊などもあり、部隊証だけで本物と偽物を区別することは不可能であった。憲兵と動物部隊が巡回しているが、それでもやはり濃淡は出来る。共生派の浸透は目立たず動けばそれなりには可能であった。

 

 幻獣の特攻と、共生派の波状攻撃。この明らかに善行戦闘団を狙った行為に、若宮はこれまでとは違う戦闘になる予感を感じていた。

 

「ひとまず護衛を徹底させないとイカン。近江中隊と憲兵にも連絡をして怪しい奴らを近づけないように」

 

 あたりを見渡すと、補給資材が黒々と炎を上げていた。まるでこれからの戦況を予言するようだと若宮は思ったが、その予感をどうにか振り払った。

 

 

 

 猫宮と4番機が遅れて基地へ戻ると、何とか無事だった2番機が救助活動をしているのが遠目にも見えた。近付いていくと、地上では整備員達が破壊された1・3番機をなんとかしようとしていたが、整備テントから予備パーツ・予備機を含め、大分破壊されていたためどうにもできず立ち尽くしていた。

 

「猫宮君、無事でしたか」 善行から通信が入る。

 

「ええ、何とか……酷い目にあいましたね。人的損害は?」

 

「幸い、避難が進んでいたのと、車輌も地下通路へ入っていったのでそう目立った損害はありませんが……やはり補給物資の損失が痛いですね。特に人型戦車が丸々やられました。……猫宮君、敵はあのような攻撃を続けてくると思いますか?」

 

 常に最悪を考えていたのだろう。この攻撃が続くかを猫宮に確認する善行。

 

「いえ、あの自爆攻撃は早々使えないはずです。幻獣の王……いえ、知性体にとってもかなりの負担となるようですので」

 

「そうですか。ひとまずは、大丈夫のようですね」

 

 ほっと安堵する善行。だが、直ぐ頭を切り替える。

 

「この事は荒波司令にも報告しましょう。特に、戦車と人型戦車の予備を早く要請しませんと」

 

「そうですね。自分も話しをさせて下さい」

 

「ええ、勿論です」

 

 だが、善行が通信を入れるよりも早く、司令部から通信がかかってきた。

 

「大丈夫かね、善行大佐?」

 

 荒波の声も珍しく緊迫している。

 

「人的被害の方は何とか……しかし、物資の方は粗方やられてしまいましたね」

 

「ノオオオオゥ! 人型戦車の物資は希少ナンデス! 通常の戦車のパーツは何とかなりますが、人型戦車のパーツはかき集めて1日程度は覚悟して下さい!」

 

「1日、ですか……」

 

 善行が顔をしかめる。この戦局で善行戦闘団が1日居なくなるのは痛い。いや、1日で再建できるだけ、岩国司令部がかなりの準備をしてきたと分かるのだが。なまじ、機体に何か有ればすぐに予備が用意できるようにと前に集めすぎたのが裏目に出た。

 

「何、心配するな。要塞が健在である限りこの岩国は落ちん。内部の爆破テロも憲兵隊と動物たちが取り締まっているしな」

 

「あはは、すっかりバレてましたか」

 

「ああ、全く動物兵器もかくやと言う活躍具合だったな」

 

 カーミラがまだ和平派に振れる前、仕掛けた爆弾の山は動物たちが次々と発見していた。組成を調べ、もしこれが爆発していたらと関係者一同真っ青にした代物である。

 

「さて、ここからデンジャラスな情報を話しますが……大丈夫です?」

 

「ああ、防諜は問題無い。君らとの通信はあのお姫様が色々と弄った特殊暗号になっているしな」

 

 何やら重大な情報の予感に、人を散らす荒波。岩田もギャグを止めて真顔になっている。

 

「良かった……。では情報を。自分たち、幻獣の西王と呼ばれる存在にかなり注目されているみたいです。あ、スキュラを操って自爆特攻させたのもその西王が直々にスキュラに精神操作をかけたみたいですよ」

 

「――は?」 「――何?」 「――ナンデスと?」

 

 あまりに突拍子もない情報に、3人が固まる。

 

「待って下さい、幻獣にも王が居ると……!?」善行が声を荒げる。

 

「ええ、階級も有って知性体はその上の方ですね。人間に勝るとも劣らない知能や戦略眼、軍事知識を持っていたりもします」

 

「つまりは何か、その西王とやらがずっとこの戦いを見ていて、君らを脅威と認識したと――」

 

「いや、指揮を取っていたようですね。具体的には、八代会戦辺りから九州撤退戦、そしてこの戦いまでずっと」

 

『…………』

 

 いきなり過ぎて、まるで現実感のない情報である。しかし、この3人はそんな情報を渡されて拒絶反応を起こしたり思考停止を起こしたりするような軍人ではなかった。

 

「なるほどな。それで、暗殺は可能か?」

 

 恐ろしいほど低い声で、荒波が聞いてきた。彼は、八代会戦で部下を失った。当然の反応だろう。

 

「…難しいでしょうね。おそらく後方に位置しているでしょうし、近づけば逃げるでしょう」

 

 だが、猫宮の声も険しい。簡単に暗殺できる相手ではないのだ。

 

「……この戦いも指揮を取っていると。物量による奇襲……彼の得意分野のようですね」 善行の声も低い。思うところがあるのだろう。

 

「ええ。熊本でもそれでやられましたし」

 

「後方の憲兵を空にする勢いで増員しましょう。フフフ、なるほど、現実が自分の思い通りになると思っている、旧軍の参謀に多かったタイプでしょうかネ」

 

 そして岩田中佐が不敵に笑う。旧軍の参謀の事を事細かく調べ執筆するほどの人物だ。敵の性格を早速分析に入っているのだろう。

 

「よし、分かった。脅威に思っているということは何処か近くで見ているはずだ。遠くからの報告だけでは君らの脅威は信じきれんだろうしな。――山岳師団の山岳騎兵を使う。徹底的に狩り出すぞ」

 

「フフフ、了解デス」

 

「そうですね。最近、新型の幻獣がぽつぽつと発見され始めてきました。小型くらいの大きさで、大きな目玉が一つ付いている不気味な幻獣ですが……それが監視役の様です。まずは、それを潰していきましょう」

 

「まずは目から潰すか、了解だ。ああそれとだな猫宮君、君のその情報収集は、今後とも更に続けるように。期待しているぞ。それと、あとで憲兵達にも君から話しておくように」

 

「ええ、了解です」

 

 戦場では突拍子もない事がよく起きる。だが、その中でも極めつけな事を信じてくれる人達に、猫宮は自然と頭がさがるのだった。

 

「さて、それでは君も片付けの方に回って下さい。こんな作業にも人型戦車は便利なものですね」

 

「あ、はい」

 

 こうして猫宮は、一人だけカレーを味わえずに2番機と共に片付けに回ることとなる。

 

 

 

 

 8月7日 二二○○ 岩国要塞:内殻・陣地駐屯地

 

 

「はあ、やっと終わった……」

 

「めっちゃ疲れたな~……」

 

 人型戦車での片付け作業が一段落し、猫宮と滝川が息を吐く。今日1日乗りっぱなしだった上、更に片付けの作業までさせられて二人共疲れたのだ。

 

 瓦礫は隅に片付けられ、基地にはまた新たな補給物資が次々と送り込まれている。流石は要塞内部の陣地だけあり、しかし善行戦闘団が相手なので岩田中佐がすぐに物資を回してくれたようだ。地下道に退避していた車輌も続々と顔を出し、改めて補給と整備に回される。

 

 だが、やはり人型戦車のパーツはまだ入ってこない。なので、スキュラの爆発を近距離で受けた1番機と3番機の修復はまだまだ先になりそうだ。

 

「1番機と3番機、修理に時間がかかるんだよな? 明日の戦い大丈夫かな……」

 

「そうだね……あの2機が復帰するまでは二人で囮を務めるしか無いか。ま、頑張ろう!」

 

「うへ~、マジか……。でも、そうすると明日は俺も主役かな?」

 

 苦笑しながらそんなことを言う滝川。普段は他3機の援護ばかりしている2番機である。ついついそんな感想が漏れてしまったのだろう。

 

「軽装甲は撃たれ弱いから気をつけてね?」

 

「ははっ、ずっと乗ってるからわかってるよそんな事」

 

 そんなことを話しつつ機体を降りると、てててと近寄ってくる影があった。田辺である。

 

「滝川さん、猫宮さん、お疲れ様です。これ、差し入れです」」

 

 差し出されたのは袋が少し焦げた牛丼レーションであった。丁度腹の空いていた二人は喜んでそれに飛びつく。特に猫宮はずっと栄養ブロックと栄養ドリンクを流し込むだけであったので、いそいそと牛丼を温め始めた。

 

 だが、座ってあたたまるのを待っていた猫宮に、近付いてくる影が2つ有った。瀬戸口と石津である。

 

「よう、猫宮。ご苦労さん。ま、食事前で悪いんだが――」

 

「今回の襲撃のことですね」

 

 そう言うと、石津がこくんと頷いた。

 

「ののみが怯えていた……石津も何か感じ取ったようだしな。だが動物連隊は今一正体を掴みきれていないようだ。……何が起きている?」

 

「幻獣の王の一人がこの地へやってきているみたいです。そして、5121を本格的に脅威と見たようで」

 

「幻獣の王……」

 

 突如出てきたその単語に、瀬戸口が絶句する。

 

「爆弾テロに自爆テロ、それに司令部乗っ取りも企てたようですし……かなりの脅威です」

 

「――止められるか?」

 

「荒波司令は山岳騎兵を使う気のようですけど、それだけじゃ足りない……アンテナ役が居ないと」

 

 それを聞いて、石津が自分を指差した。それを見て、猫宮も頷く。

 

「石津さん、大きい動物は平気?」

 

「……大丈夫……よ……」

 

「よし、明日朝一番で紹介するね!」

 

「そんじゃ、俺は若宮、来須達と一緒に本陣をどうにかしよう。ま、明日は速水と壬生屋にも手伝ってもらうか」

 

「うん、お願いします」

 

 今までは、ただ目の前の敵を倒していればよかった。だが、ここに来て幻獣の共生派、そして幻獣の王。様々な要素が絡み合ってきた。そして、また明日から始まる激戦の予感を、この陣地に居る全ての者が感じられずには居られなかった。




はい、というわけで次から緑の章のメンバーもオリジナルな動きをしつつ登場することとなります。その他、リクエストに有った熊本からのメンバーの動きなども、出していきたいと思います。

ヒロインとの絡みは……じょ、情勢が落ち着けば何とか……で、ですかね?


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リハビリ短編

ものすごーーーーーーーーーーくお待たせして本当に申し訳ございません
ちょっと緑の章の人間どうやって絡ませるかと悩み中であります
……暗殺難しいかなあ?


日常への回帰

 

 駅から降り立つと、まるで別の国に来た様に三人には思えた。沢山の人々が行き交う通り。大小様々な店舗が看板を出して人々を誘い、車道にはカラフルに装飾された様々な大きさの車が所々で長い列を作り、原付きや自転車が料理を運ぶ。上を見上げれば、沢山の高層ビル。あの一つ一つの窓のほぼ全てに人が入り働いているのだろう。

 ふと目についた女学生達は、肌も荒れていない筋肉も付いていない綺麗な手で、キラキラと光って見えるお洒落なカバンをぶら下げている。通行人(みちゆくひと)は身綺麗だ。ここに、血や硝煙の匂いはしない。代わりに、質の悪い燃料を使っていることが多いのか排ガスがやけに鼻につく。

 

 それに比べると、自分たちはどうだろうか。一切装飾のない軍用カバンを持ち、その手は少し荒れている。重い砲弾を何度も何度も運び、訓練で鍛えられた身体は、全身に筋肉を搭載する必要に迫られていた。

 

「……いいな」

 

 そんな光景を見ながらポツリと呟いた千代美の一言に込められた感情はどれ程のものか。同じ様な表情をしているまほと凛の胸中もほぼほぼ等しいだろう。自分たちが守った平和。人々が笑って暮らせる日常。それ自体は間違いなく、かけがえのない尊いものだ。だが、あの姿は――――

 

 自分たちがいつの間にか忘れてしまっていた、戦争を感じない日常がそこにあった。そして、そこは自分たちの居場所では無いように感じられてしまうのは果たして気のせいだろうか。しばし、呆然としたように佇む三人と、もうひとり。猫宮もまた、目を細めてこの光景を見ていた。

 

 

「よく来てくれました。列車での長旅は大変だったでしょう」

 

 そんな四人の横から、見知った声がかけられた。西住しほ中将である。わざわざ迎えに来てくれたようで、側には運転手付きの車も用意してある。

 慌てて敬礼しようとする三人と、微笑んで敬礼しようとする一人をそのままと抑えて自然体にさせる。見れば服装は軍服では無かった。

 

「ひとまず、宿舎に案内するのでゆっくりと「あ、荷物だけ先に運んどいて下さい!」――む?」

 

 言葉を遮られたしほも、横の三人も首を傾げる。何か用でも有るのだろうか? 彼ならば有っても不思議では無いが。

 

「ちょっと、みんなで街を散策してみようかと。小腹も空いちゃったりしてますし」

 

 だが、続いた言葉は予想外なもの。思わずしほも目をぱちくりさせてしまう。

 

「え、ええと……」「た、確かに少しお腹も空いたが……」「よ、宜しいのでしょうか……?」

 

 戸惑ったのは女子三人組も同じ。

 

「……ええ。分かりました。色々と見てきなさい。暗くなったらちゃんと宿舎に来るのですよ。それとお金は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です! 自分、勲章たくさん持ってますから。恩給に年金にと困らないですよ。向こうに残している皆の分も、沢山荷物送ってあげないと」

 

 だが、すぐに気持ちを切り替えて笑って許可を出した。返事も相変わらず頼もしい。彼なら、淋しげな少女たちもどうにかしてくれるだろう。この少年少女たちは、是非今を楽しんで欲しい。そう思うと、四人の大荷物を全て車に載せ、先に宿舎に戻ることにした。

 

 去っていく車を手を降って見送ると、猫宮はくるりと向き直った。

 

「さて、とりあえず色々と見て回ってみようか。食事する所でも、小物ショップでも、本屋でも、どこでも良いから!」

 

「――では、遠慮なくお願いしますわ」

 

 くすりと笑って凛が隣へ立つ。

 

「東京の名産品は何が有るのでしょうか……皆にも送りませんと」

 

 真面目な顔をしているようで、どこか頬が緩んでいるまほが地図を広げる。

 

「これからも苦労は沢山するだろうし、その分色々と払ってもらわないとな」

 

 一歩前へ出た千代美が、笑顔で周囲を見渡す。

 

「りょーかい! 自分の財布、空にするつもりで使っていいよ!」

 

 また、彼女たちに日常を思い出してもらうために。戦場に適応し、日常に戻れなくなった兵士の話は枚挙に暇がない無い。そんな事はさせない、絶対に。そして、彼女たちだけでなく、時々は向こうに居るメンバーも交代で呼んで案内するために、沢山街を巡ろうと猫宮は思った。――みんなには、家族を作って、平和に暮らしてもらいたいから。

 

 

 

予算会議

 

 東京、市ヶ谷・防衛省庁舎。ここは日本有数の政治的にホットなスポットである。この世界の日本国の軍事予算は国家予算の3割に及ぶ。当然、そこではありとあらゆる利権・派閥・政治・企業の争いがある。それだけに留まらず、予算の配分とは則ち軍のグランドデザインの決定の場でも有る。振り分けられた予算により、軍がどの様な姿になるかが決まる。よって、そこに送り込まれるには各派閥でも特に頭の切れる人間が送り込まれるのだが――

 

「だから、その責任は補給もろくに送れなかった海軍にある!」

 

「湾港を維持出来なかった陸軍が言えることか! 貴様らに予算を取られて碌な揚陸艇すらこちらは持てんのだぞ!」

 

 なんとその場は、九州での敗戦の責任のなすりつけ合いが話題の大部分を締めていた。この様な三文芝居を延々見せられている善行は、ため息が漏れそうになるのを慌てて堪えた。

 

 48万の内、30万の将兵を失い、5月には九州と言うこの島国の一角が落ちた。だが、そこまでの自体に陥ってもこの様に足の引っ張り合いを行うのはため息しか出ない。

 確かに、軍が被った被害は甚大。どの派閥にしても一車両でも多くの戦力が欲しいのは、分かる。善行自身も半島では砲の一門を手に入れるのにもあらゆる手を尽くしていた記憶は将校としての根幹から決して色褪せない。だが、それならば。国民の税から養われているロジスティクスのエリートの立場からするならば。もっと建設的な議論をするべきなのだ。少なくとも、責任を押し付ける前に必要という観点から話すべきなのに。

 

「あ~、では、時間になりましたので一度休憩という事で」

 

 喧々囂々、実りの無い話も話され尽くされず、休憩時間になってしまった。一足先に、そそくさと会議室を出る善行。休憩室の一角で、自販機のコーヒーを流し込みながら最近量の増えたタバコを吹かす。憂鬱な事に、次の議題は人型戦車関連だ。人型戦車は、膨大な予算を必要とする。おまけに、基幹技術は丸々ブラックボックス化され、芝村系列でしか生産が出来ない。会津派閥も独自で光輝号と名付けられた人型戦車を製造しては居るが……専門家(猫宮・原)を見学に向かわせた所、あまり芳しい評価は上がっていない(お陰で、二人共一日がかりで設計やドクトリンや装備にケチを付けまくったそうだが)

 

 よって、5121までとは行かないまでもそれなりの戦果を出す部隊を作りたければ芝村の手を借りるしか無いわけだが、その際会議でつつかれるのは間違いなく自分である。何せ自分は芝村閥の一員であり、人型戦車の部隊の指揮官でも有るのだから。

 

 善行の考えとしては、人型戦車を根幹に据えた海兵団を作りたかった。人型戦車はその踏破性の高さ故に、上陸できるあらゆる地点から橋頭堡を築くのに使える。また、その巨体を活かし土木用の重機としてこれ程使い勝手の良いものは無い。九州では既に陣地の構築・兵や兵器や人員の輸送・砲撃の観測・伏せて隠蔽しての奇襲など、汎ゆる局面に対応出来ていた。

 

 だが、その様に便利な兵器は当然、陸軍だって欲しい。5121だって、欲しい。故に善行は予算だけでなく人員の引っ張り合いにもその労力を割かなければならなかった。

 

 頭の中で様々な事を考えていると、いつの間にか灰が崩れそうになっていた。煙を大きく吐き出すと、吸い殻で小山を作っている灰皿の標高を高くするのに貢献しつつ、もう1本に火を付ける。後から原素子の小言が増えるだろうが、この程度は許して欲しい。

 

 さて、そろそろ時間かと休憩室に掛かっている時計に目をやると、聞き覚えのある足音が三つ。そちらを見れば、芝村勝吏少将と、猫宮。それに護衛のウイチタ更紗がこちらに歩いてきていた。

 

「ふむ、難儀しているようだな」

 

「ええ、敗戦の後だけあってどの派閥も必死です。それに、九州では人型戦車の良い点だけを見せ過ぎましたね」

 

 新しい玩具に夢中になるのは軍人の性では有るのだが、それを差し引いても九州で見せた人型戦車の活躍は凄まじかった。パイロットへの才能の依存や整備性の悪さという欠点も有るのだが、なまじ善行と原が最良のスタッフを集めてしまっただけに、本来の欠点は『努力でどうとでもなる』と思われてしまったのだ。速水やら芝村舞やら壬生屋などのパイロットは言うに及ばず、原や森や狩屋などの整備班も、ここまでの人材はそうは居ないのだが、外から見ればこの様な少年少女でも出来るのだからと思ってしまっても無理はないのだろう。

 

「まあ、理想が高いのは別にいいんですけど現実とすり合わせないとダメですよね」

 

 猫宮も苦笑している。姿を見れば、軍服ではなく学兵としての制服であり――その胸には、勲章がキラキラと光り輝いていた。黄金剣突撃勲章を始めとし、黄金剣翼突撃勲章に月従軍章・星従軍章。九州撤退の際に多大な貢献を上げたことで九州防衛特別金賞。撃墜数でこれ以上与える勲章がないからと新設された白金剣突撃勲章もぶら下げ、銀剣突撃勲章は2つ、銀剣翼突撃勲章は3つ程ぶら下げているがこれでもまだ一部である。改めて、呆れる他無い。

 

「これはまた、随分と着飾ってきましたね」

 

「ここに来る時はこれが正装みたいなものですね」

 

 正規の訓練を終えていない学兵ということで、または子供ということで侮る人間はそれなりに居る。だが、その様な人間を問答無用で黙らせるのがこの勲章の数々である。この九州で得た個人として最高峰の武功は、絶対に否定できない。軍人という殺し合いを職業とする人種は、殆どが単純に強い奴を敬ってしまうのだ。更に、猫宮は意図的に威圧感や風格を身に纏う事で、その場における圧倒的な発言力を獲得する事を覚えていた。金も権威も権力もコネも、使える物は何でも使うのが猫宮の流儀である。

 

「人型戦車では我らの一人勝ちの様な状態だが……あまり勝ち過ぎても始末に困る。よって、会津閥のあの玩具の有効な使い方などを此奴に考えさせた。上手く使え」

 

「と言う訳で、これから自分も会議に参加しますので」

 

 あははっと笑いつつ敬礼する猫宮に、思わず善行の頬も緩んだ。少なくとも――次の休憩時間のタバコは減りそうであった。

 

 

 

「では、これより会議を再開致します。ですが議題に入る前に、皆様にご紹介を」

 

「5121小隊所属、猫宮悠輝少佐です。よろしくお願いしますね」

 

 議長に紹介されて会議室の視線を集め、敬礼する猫宮。初対面の相手は値踏みする様な視線を向けてくるが、本人は自然体である。何のプレッシャーも感じていないようだった。

 

「それで、今現在開発されている二つの人型兵器……栄光号と光輝号の振り分けなのですが……」

 

「ハイローミックスで良いんじゃないですか? 栄光号がハイ、光輝号がローで。正面戦力としてなら微妙ですけど、光輝号も色々と使いみちが有りますし」

 

 議題が提出されると、真っ先に猫宮が発言をする。ガラガラとプロジェクターを用意し、持ってきていたノートPCと接続する。

 芝村に近いのに、光輝号も使っても良いと猫宮が言ったことに、他の閥の幾人かは面食らった様な表情をするが、特に気にもせずに猫宮は準備を進めていく。

 

「自分が提言するのは万能型の重機としての扱いと、この”砲戦型”を集中運用しての移動式の対空陣地みたいな扱いとかですね。あ、自分たちみたいに敵に突っ込んでの切った張ったさせるのは諦めて下さい。光輝号だと、自分が乗ってもダメです」

 

 エース直々の否定に、渋い顔をする会津閥の将校やら技術者達。だが、運用法もセットで出されると言われてはとりあえず聞くしか無い。

 

「まず、重機としての扱いですね。一機有れば塹壕を掘るのもトーチカを作るのも、砲を設置するのも手早く出来ます」

 

 スライドに次々と流れていくのは、光輝号で土木工事をしている写真である。横には『作業時間30%OFF!』などグラフや目立つポップも入れてわかりやすくグラフィカルに。そんな作業風景を見つつ、そう言えばどこぞのタイタンの名前を冠した二足歩行ロボもこんな作業をしていたなと思い出す。

 

「それに、山岳や市街地のビルの上等への物資の輸送」

 

 次のスライドでは、歩荷の様に背負子を装着し、腰にはショベルを装備し山岳を踏破している姿が映る。背中のコンテナには、弾薬だけでなく、各種迫撃砲や機関銃に零式ミサイルは言うに及ばず、食料・水など、数個小隊分の物資を運べると次のスライドに映される。車両が通過できない不整地こそ、二足歩行が活躍する場所であった。

 

「基本的に、幻獣は山が苦手です。同行した機体が輸送と同時に陣地構築をすれば、かなりの抵抗拠点が出来ます。それに、幻獣が通らない道から一方的に迫撃砲で撃ちまくるのも良いですね」

 

 史実の青森では、正に山岳に歩兵が運搬して設置し、補給はスキュラにまで頼って砲撃を行っていたが、二足歩行戦車ならばこの戦術も前倒しに出来る」

 

 次のスライドで、栄光号一機が2個小隊と協力して塹壕を掘っている動画が早回しで流れるが、あっという間に簡易的な陣地が完成する。幾人かは、その映像を身を乗り出してみている。陣地を急造出来るのは、この幻獣との戦いにおいて最重要項目と言ってもいいからだ。

 

「ふむ、その為には足回りが重要になるのではないかな?」

 

「ですね。だから今のままだと光輝号は落第点です」

 

 無派閥の将校の一人が質問をすると、猫宮がバッサリと切り捨てる。人型戦車は足回りが命である。ここのコストカットは許されない。そして、バッサリと切り捨てられて会津閥は渋い顔をする。

 

「えーと……そんなに、ですか?」

 

「自分が乗れと言われたらボイコットしますね。旧式の士魂号に乗ったほうがマシです」

 

 がっくりと技術者が肩を落とす。

 

「まあ、だから足回りさえまともなら何とか使えるようにはしますが」

 

 が、フォローも忘れない。

 

「廉価版だとしても、これが有りますからね」

 

 と、次に出されたのは砲戦型の装備、40mmグレネードである。肩に装着し、北風ゾンビなら一撃、スキュラでも二発当てれば落とせる威力は優秀な装備だ。だが、まだ耐久性に難が有る。

 

「この砲戦型を5,6機も集めれば、市街地のど真ん中だろうが山頂だろうが、どこでも即作れる対空陣地になります。2,30機の北風ゾンビなら簡単に跳ね返せますよ」

 

 地上の車両は、兎にも角にも飛行ユニットに悩まされる。頭上を取られたら即座に死が待っているが、対抗策は今まではあまり多く無かった。だが、この砲戦型なら即座に強力な砲撃陣地を展開できる。

 

「確かにコストは高いですが、1師団に2個小隊位居ればかなり便利使いは出来ると思いますよ」

 

 プレゼンが終わると、会津閥や薩摩閥の表情が目に見えて明るくなっていた。芝村系にばかり利権を持っていかれていたが、これで面目も、ある程度は保てる。

 

「ああ、でも、改良点はまだまだ有りますよ。本格的に採用するならもっとダメ出しさせてもらいますからね」

 

「ええと……ご協力して頂けるので?」

 

「勿論です。軍は強くないとダメですから!」

 

 派閥も何も考えないその真っ直ぐな物言いに、雰囲気が和らぐ。

 

「では……パイロットの教育なども……」

 

「遠慮なく指摘していいなら喜んで」

 

 どうやらこのエースは協力は惜しまないでしてくれるようだ。そう思うと、表情が綻ぶと同時に、派閥争いや足の引っ張り合いをしていることに罪悪感を覚えてしまう大人の将校達。だが

 

「(ま、これで少しは責任のなすりつけ合いじゃなくて議論してくれる様になるといいけど)」

 

 これもまた、子供と言う立場を利用した猫宮の思惑通りなのであった。

 

 こうして、ある程度建設的な議論ができる土壌が出来たのだが――その分更に予算の奪い合いが激しさを増した上に猫宮の奪い合いまで勃発するのはまあ仕方の無い事である。




これからもこんなリハビリ短編書いてみていいですかね……?


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リハビリ短編2

アンケート結果1位は順当として、2位が意外でしたね……やっぱり潜在的にかっこいいおじさんの需要は高いのですな。


お引越し

 

 今日も今日とて、会津や薩摩の将校たちや後輩の人型パイロットたちの訓練を終えて一息をつく猫宮。砲火の聞こえない後方で、申し分のない環境で優秀な人材達を集めての訓練である。当然スムーズに事は進むのだが、密度が濃い分疲れも溜まりやすい。

 

 だが、そんな身体の疲れも無視しつつ、今日はどの予定を消化するかなんて悩んでいると、珍しく視察に来ていた西住中将と話していたまほが、てくてくと近づいてきた。

 

「ん? どうかしたの? まほさん」

 

「猫宮さん、今日猫宮さんのお宅にお邪魔しても宜しいでしょうか?」

 

 突然の爆弾発言に吹き出す猫宮。ものすごく目を泳がせて明後日の方向を見つつ、誤魔化す。だが、目をそらした先にまほはつつつと移動する。また目を逸らす猫宮。てくてくと移動するまほ。そんな事が何度か繰り返される。

 

「きょ、今日はちょっと都合が悪いかな~? へ、部屋も散らかってるし」

 

「嘘ですね」

 

 誤魔化そうとするも、即座に嘘だと見抜かれる。冷や汗が出る猫宮。

 

「……猫宮さんが大変だった時、私も九州の部屋にお邪魔したんです」

 

 ピシッと音が聞こえそうなくらいに固まる。そして何だ何だと、凛と千代美としほが近寄ってくる。

 

「それは是非」「詳しく」「知りたいな」

 

 逃げられないように周囲を囲まれ四面楚歌である。だがそこに容赦なく追撃を入れるまほ。

 

「猫宮さんの九州での自宅は、何と言いますか……生活面どころか人間味が全く有りませんでした。今もそうじゃないかと、心配です」

 

 ジト目でじ~~~~~~~~と猫宮の目を見るまほ。重圧に耐えかねて俯いたらぐいっと両手で目線を合わせられた。

 

「……九州と同じなんですね?」

 

「えーっとね、その、ほら、忙しくてあんまり戻らないし……」

 

「……」

 

「えっとその、ほら、あんまり贅沢する余裕も無いし……」

 

「年金が支給されてるはずだが」

 

 今度はしほにあっさり嘘だと見抜かれる。

 

「「「「…………」」」」

 

 四方からの圧が強い。冷や汗が止まらない猫宮。

 

「九州では仕事をしすぎて倒れたとも聞きましたが?」

 

「え、えっとね、やっぱり忙しいとね?」

 

「「「「…………」」」」

 

 圧力がもっと強くなった様な気がした。

 

 むぅ、と怒った顔で更に顔を近づけるまほ。逃げられなくてドキドキしっぱなしの猫宮。沈黙が、しばし続く。

 

「決めました。猫宮さん、私の家は母と二人暮らしで部屋がまだまだ空いています。だから、引っ越して下さい」

 

「えっ!? いやちょっ!?」

 

 焦る猫宮。なんというかそれは色々とマズいのでは無かろうか? そう思うも目の前の女性は本気のようである。

 

「あらあら」「ほう……」

 

 そして、笑顔のまま圧力を強める少女二人。

 

「うむ」

 

 そしてビシッとサムズアップする母親一人。

 

「い、いやあのね、男女七歳にして席を同じゅうせずって「全く問題ないぞ。私が許す」しほさぁあああああんっ!?」

 

 世間一般論で説得しようとしたら母親からノータイムで許可が降りた。

 

「ちなみに、西住中将。ご相談が有るのですが……」「部屋はまだ空いていますでしょうか?」

 

 もはやゴゴゴゴゴゴと音が聞こえてきそうな位に威圧感を高める少女二名。

 

「うむ、勿論だ。二人暮らしは中々寂しくてな。賑やかになるのは大歓迎だ」

 

 だがしほは動じず大いに頷き許可を出す。そして大慌てなのが猫宮である。えっ、何、同棲する流れなの!?

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよっ!? 今住んでいる場所は軍の宿舎ですし勝手に出ていくのも「問題無い私がねじ込む」ねじ込むって言ったよこの人!?」

 

 会津閥やら薩摩閥も、ハニートラップを仕掛けられるならまさか反対はしないだろう。試しにそれとなく女性を近づけてみたが、反応が芳しくなかった分尚更である。ちなみに止めそうな芝村の人間は居ない。どいつもこいつも悪い顔で笑いながら許可を出すだろう。

 

「じ、自分だって男ですし何か間違いが有ったら「私が許す」許すなよっ!?」

 

 もはや敬語も忘れる。が、その言葉に強く反応したのは少女三人である。顔を赤くしつつも、笑みを深める。

 

「ま、間違い、ですか……」「それはつまり……」「意識はしてくれてるって事だな?」

 

「はっ!?」

 

 そりゃー周りが美少女だらけで気にならないプレイヤー(読者)なぞ少数派であろう。だが、意識はしていても時間制限やら仕事の忙しさやらで意識しないようにしてきたのがこの猫宮であるのだが。

 

 周囲をキョロキョロ見渡し、ふふふふふと言いそうな位悪い顔をしている西住中将を見つけて、反撃してやろうと無謀な反抗心と悪戯心を出してしまった猫宮。

 

「そうですね……西住中将だって美人ですし」

 

 原さんもそうだったしこういう気の強い女性は意外な反撃に弱い筈!

 

「そうだな…これでも体型には気を配っているし、そう言ってくれると嬉しいな。まほ、弟か妹が出来るかもしれん……」

 

 だがしかし、しほさんは大人の女性であり中将まで上り詰めた強い女性であったのだ。ぽっと頬を赤く染めつつ、いやんと身体をくねらせるしほ。そして、周囲の温度が絶対零度まで下がる。

 

「猫宮さん、まさか……」「年上が……そんな年上が趣味だったとは……」「眼の前で母親を口説くなんて、いい度胸ですね猫宮さん……」

 

「い、いやこれはあのねええええええええええっ!?」

 

 抵抗も虚しく、床に正座させられる猫宮。そして、絶対零度の視線を向けてくる三人。何も言わないのが、逆に怖い。結局、足を戻すことを許されたのはたっぷり一時間後であったそうな。

 

 なお、その間にしっかり西住中将が三人分の引っ越しの許可をもぎ取ってきたことは言うまでもない。




昔からリクエストされていた話の一つ+1位のラブコメで思いついたお話
これで猫宮は東京にいる間5人暮らしに……うーむ、爆発させるべきか(待て)
時系列的に言えばしほさんの所で泣いた後な感じでしょうか

ちょっと、女の子は集団で動かすことが多かったので個別にも書いてみたい感じもします


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リハビリ短編3【久場友仁】

とりあえず思いついた話を片っ端から投稿していくスタイル


 ほとんどの兵が寝静まった深夜、軍のとあるテントの下で久場友仁は人型戦車に関するレポートを制作していた。命からがら九州を脱出し、兵はようやくの休息を手に入れている所だが、久場のような高級将校はむしろこれからが本番である。これまでに経験した戦闘より戦訓を見つけ出し、次の戦いの為に己のあらゆる知識や経験を役立てる。人型戦車を学ぶために出向していた久場は、特にその様な思いが強かった。

 

 今まで自分が見てきた戦闘を、分類しその傾向を探っていく。攻勢・機動防御・陣地防衛・救出・敵中突破・待ち伏せ……自分が出向してから、この撤退戦までに戦場で起きうる大半の戦局は経験してきた。士魂号から撮影された映像や、タクティカルスクリーンの推移を一つ一つ丁重に見返す。そして、見返す度に何度でも思うのだ。人型戦車は非常に強力であると。

 

 この衝撃をどう言語化しようかと悩んでいると、賑やかな足音が近づいて来た。何事かとそちらを向けば、やって来たのは西住中将への意見書に名を連ねた戦友たちであった。

 

「おお、探したぞ久場」「よくぞ戻ったな!」「最後まで残っていた様だからな、心配したぞ!」

 

 どうやら、皆心配してくれたようだ。確かに、部隊としては最後の最後まで残っていたのだ。外から見れば何時死んでもおかしくなかったのだろう。だが、思い返してみればこの撤退戦の時に死ぬかもしれないと思ったのは、司令部に大量の幻獣が押し寄せてきたその時だけだった。その思いも、戦闘の途中からいつの間にか消えてしまっていたのだが。

 

「ああ、ありがとう。だが、変な話なのだがな――俺はあの幻獣に水際まで追い立てられ、トンネルが爆破された時でさえ、自分が死ぬとは思ってなかったのだ」

 

「ほう?」

 

 同期の一人の柴田が、酒をこちらに勧めながら興味深そうにこちらを見ている。小池と片山も同様だ。

 

「おいおい、まだ書いている途中だぞ?」

 

「せっかく生き延びたんだ。深酔いしない程度には飲んでも、バチは当たらん」

 

 そう言ってズズイと酒を押し付けてくる。仕方がないと受け取り一口飲むと、三増酒では味わえないフルーティーな香りと豊かな味わいが一気に体に染み入る。

 

「美味いな」

 

「ああ、生き延びた祝にとびきり良いのを見繕ってきたぞ」

 

 横では片山がレーションの缶詰を開けていた。つまみにサンマを口に放り込むと、これがまた酒とよく合う。美味い。心からそう思うと、今更ながら終わったのだという実感が湧いてきて、気がつけば紙コップの中身は空になっていた。だが、すぐにまた酒で満たされた。

 

 もう一口と酒を飲む前に、たくあんを一切れ齧る。心地いい歯ごたえと少し強めの塩気が、また酒を飲みたくさせる。

 

「それで、どうだった。実際にその目で見た人型兵器は」

 

「想像以上――いや、想像を遥かに超えていた。見ろ」

 

 試しに出したのは、撤退戦のとある戦闘のタクティカルスクリーンの戦局図。味方を包囲している幻獣があっという間に蹴散らされ、逆に挟撃されあっという間に数を減らしていた。それを、三人は食い入るように見つめる。

 

「恐ろしい事に、これが彼らの日常だ」

 

 地形を選ばず、敵を選ばず、航空ユニットさえ一方的に狩っていくその様は、年甲斐もなく軍人を興奮させる。だが、そんな彼らの表情とは非対称に、久場は複雑な顔をしている。

 

「どうした、久場?」

 

「この戦果を上げられた理由は、ひとえにパイロットの天才性に依存する部分が大きいと思うのだ。見ろ」

 

 指揮車から撮影した、遠距離での戦闘の映像の一つを再生する。そこには、漆黒の重装甲型が敵陣のど真ん中に躍り込み、太刀とサブウェポンを使い分け、一方的に殲滅していく姿が見られた。

 

「この動きを、マニュアル化できると思うか?」

 

「……いや、無理だな」

 

 小池が首を振って否定する。確かに、こんな動きはマニュアル化できる筈が無い。

 

「天才が見つけられれば、戦果は斯くの如し。だが、その天才が早々いるとも思えん。また補充も容易では無かろう」

 

 壬生屋・速水・芝村にそして猫宮。彼らに匹敵する才能が早々見つかるとも思えなかった。何せ彼らは平然と敵のど真ん中に躍り込み、大損害を与えては平気で生きて帰るのだ。

 

「兵科として確立するには不安定……と言う事か」

 

 渋い顔をして片山が一口呷る。だが、諦めるにはこの戦果は魅力的に過ぎた。

 

「この中でマニュアル化出来るとしたら……彼だな」

 

 端末から引っ張り出したのは、黄色に塗られた機体。滝川の操る軽装甲であった。山岳や市街地等の障害物の多い所からの安定した狙撃、その様な場面ばかり映っていた。また、適度に煙幕弾などで援護もしている。

 

「ふむ、移動しての狙撃、発見されたらまた移動……か」

 

「援護もまた的確だな」

 

「ああ、だが彼の運用法はマニュアル化出来ると思うのだが……」

 

「だが?」

 

 また一口と口にする久場。いつの間にか2杯目も空になっていた。

 

「やはり、中核になるパイロットが欲しい。特に、人型戦車が囮になり通常兵力で叩く戦法では、敵の目を引き付けられる者が必要だ」

 

 5121単体でも戦果は凄まじいが、相乗効果で更に戦果が跳ね上がる。改めて思い返せば、黒森峰を筆頭に女学兵達もまた天才が揃っていたのだ。更には、整備士たちもまた天才揃いである。

 

「天才、天才、また天才……か。随分と、才能に依存する部隊だ」

 

 マニュアル化し、兵や兵器の質を均一に高くする事を目指す現代軍とは離れた発想だ。

 

「……増やすのは難しいか?」

 

 口惜しそうにする片山。先程から資料を次々に切り替えていくが、見れば見る程まるで子供の用に欲しくなってしまう。

 

「幸いなのは、部隊を増やすことには善行隊長も含めパイロットも整備士も賛成していることだろうか。整備学校を作るとしても5121の整備員で教官になれそうな者は既に居るし、何より彼だ」

 

 キーボードを叩き、写真を出す。西住家で初めて出会った、熊本……いや、現存する人類でおそらく最強のエース。

 

「猫宮悠輝……か」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に頷く。唐突に現れた規格外の少年。普通でない事は、同じ隊に1日入れば分かる。だがーーあれは悪いものでは無いのだ、きっと。仲間たちと楽しそうに笑い、一人でも死人が出ぬように努力し、あちこちを駆けずり回るあの少年が、悪いものな訳が無いのだ。助けを求めれば、きっと笑顔で手を貸してくれるだろう。

 

「ああ、彼はいい人だ。間違いない」

 

 司令部が大量の幻獣に襲われた時、果たして生き残れるのかと思った。だが、彼はほぼ一人であの群れを蹴散らした。そこに、久場は負け続け、すり減り続ける人類の希望を見出した。

 

「貴様がそこまで惚れ込んだ相手か。是非ともこちらに引き込みたいな」

 

 柴田がコップ一杯の酒をぐいっと呷り、大きく息を吐いた。芝村の側に居るのは、どうにも落ち着かない。そんな感じだ。

 

「彼は派閥なんて意識してないさ。軍が強くなるなら誰にだって喜んで手を貸すだろう。それにまあ、引き込むのはーー」

 

「引き込むのは?」

 

「西住中将の娘さん方にお任せするとしよう」

 

 はははと笑い、また一杯。今日は酒がとても美味い。つまみも一口。これだけで、明日への気力がもりもりと湧いてくる。

 

「ほう、どちらの娘さんだ?」「どちらもだ」「モテるな」「うむ、中将の娘さんだけないぞ。美少女たちに本当によくモテていらっしゃる」「流石は英雄か」

 

 ははははははと、テントから4人の笑い声が木霊する。生き延びた喜びと、未来への希望を噛み締めて、この後酒もつまみも追加して4人揃って泥酔するまで酒盛りは続くのだった。

 

 

 なお、次の朝4人揃って西住中将からきついきついお説教を喰らったことはどうでもいいことである。

 

 

 

 更に余談では有るのだが、会津・薩摩閥の中でまほ、みほの恋を応援するのが密かな共通認識になったとかならなかったとか。

 




 本編で印象が薄くなっちゃった久場さんの補完話その1。恐れられる事も多い猫宮ですが、惚れ込まれる事も有るんだよと言う話。

 次はおっさん+5121で滝川のテストパイロットの話とかも良いかなぁ


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リハビリ短編4【学兵の場合】

引き続き補完の短編を投稿。
うーむ、改めて自分の小説を見返すと、本筋を勧めたい病のせいかこういう緩和というか、サブキャラのエピソードやら伏線がところどころ端折られてるなあ……
ヒロアカの方の小説も何か似た悪癖抱えてるし反省反省……


玉島聡史の場合

 

 あの日、猫宮に叩きのめされてから、自分の人生って奴は大きく変わったと、ふと思った。周りでは炊き出しが行われ、命からがら逃げてきた学兵が、貪るように豚汁(なんと、貧乏汁ではない!)をかきこみ、おにぎりにかぶりついている。

 

 一体何の因果かまた猫宮の居る隊に助けられ、ほぼ最後まで九州に残った部隊の隊長になってしまった。だが――

 

「あの人は、まだ戦ってるんだな……」

 

 対岸では、まだここまで響くガトリングの音や92mm砲の音が聞こえる。本来は珍しい、しかし自分はもう何度も聞くことになった士魂号の戦闘音。その音に吸い寄せられるように歩いていくと、既に先客が沢山居た。対岸の戦闘を眺めている者たちの中に、ちらほらと知っている顔も、見たことの有る顔で構成された一団が有る。それは、5121や猫宮に助けられた学兵たちだった。

 

「よう、お前も生き残ったか」

 

「そっちこそ」

 

 笑って、ぐっと拳を合わせる。多くの言葉は要らなかった。ただ、戦場を生き延びた者同士で分かり合う何かが確かにそこに有った。

 

「すげえな、あの人たちは」

 

「ああ、お陰で最後まで生き延びれたよ。こんな、俺が」

 

 国から捨て石にされ、明日も知れずただ腐っていた自分が変われた。そして、誰かに感謝されるようになった。でも、そんな恩人がまだ戦っている。最後の最後まで、誰かを助けるために。

 

「……猫宮さん、帰ってきて下さい! 俺、ずっと、応援してますから!」

 

 湧き出てくる衝動のまま、対岸へ向かって大声で叫んでいた。聞こえない、無駄だと分かってるなど、止める理屈は幾つだって思い付く。だが、そんな理屈とは関係無く、声が、想いが止めどなく湧いて出る。

 そして、それは周りの連中も同じだった様だ。

 

「猫宮さん、みんな、待ってますから! 5121の皆さんも!」

 

「お礼、是非言わせて下さい!」

 

「善行戦隊の皆さんに助けられ、生き延びられて! だから、恩返し、したいんです!」

 

 未熟な少年少女が、精一杯声を出す。それしか出来ない、それしか知らないから。

 

 遠坂海運の船が続々と港に付くと、どんどんと学兵が上陸してきて、その声に加わる。この祈りよ、どうか彼ら彼女らに届けと。

 

「おい、船に士魂号が乗ってるぞ」

 

「あの色……あっ、確か荒波中佐の機体だっけか?」

 

「もう一機乗ってる、複座型だ」

 

「きっと、助けに行くんだ!」

 

 大きく手を振って応援すると、赤い士魂号が手を振り返してくれた。

 

 船がどんどんとこちらへ来る度に、対岸の音は少なくなっていく。そしてとうとう、音が聞こえなくなった。だが、すぐに違う大きな砲声が聞こえてきた。船の上からだ。目を凝らすと、フェリーから何度も何度も閃光が放たれるのが見えた。

 

 フェリーが反転して、その船影が段々と大きくなってくる。そして、そのフェリーが海に浮かぶよく分からないものを引っ張っていて、それには士魂号が張り付いていた。

 

 湾港はもう、人で溢れかえっていてすし詰め状態だ。そしてようやくフェリーが戻ってきて、4機の士魂号が陸に降り立つと、気がつけば両手を上げて叫んでいた。周りの連中も――学兵も自衛軍も関係なく、全ての人間が喜び、そして讃えていた。

 士魂号が手をふると、また声が大きくなった。傷だらけであちこち焼かれ、装甲も剥がれた士魂号が、この瞬間は何よりも美しく、また格好いいと思えたのだ。

 

 

 それからは大変だった。まず生き延びた部隊の隊長格が集められ、生き延びた人員、死んだ人員の名簿を提出させられる。それから、報告書だ。何処でどんな戦闘が有ったか、可能な限り詳しく詳細を書けと紙の束を渡された。そのため隊長には特配として嗜好品が優先して振り分けられていたが、それでもこりゃ割に合わねえんじゃねえかとため息をつく。もう撤退して3日も経ったが、未だに終わる気配が無い。

 だが、支給されたチョコを見ると大正製菓の高級チョコだった。こんなもので嬉しくなってしまう自分に苦笑しつつ、テントの外に出て一口齧る。学兵と自衛軍の兵は分けられているのか、周りに見えるのは学兵ばかりだ。だが、その中で体格の良い大人な憲兵がチラホラと、物々しい装備をして巡回しているのが見える。

 そういや、共生派に襲撃もされたっけな……これも書かなきゃ駄目かと気を揉んでいると、見知った顔――橋爪が居た。

 

「よう」「おう」

 

 軽く手を上げて――ふと手に持ったチョコを見た。まだ半分くらいは残ってる。

 

「いるか?」

 

「サンキュ」

 

 こいつは一人残っちまったんだっけか。美味そうにチョコを齧ってる橋爪も、辛い経験を沢山してきたのだろう。多分、自分以上に。

 

「生き残ったな」

 

「ああ、生き延びちまった……仲間内じゃ、俺だけ」

 

 コンクリの地べたに座り、どちらともなく対岸を見る。人の居なくなった、九州はとても静かだった。そして、夜は明かりの一切無い闇の世界に変わってしまった。代わりに、これから自然がどんどんと復活していくのだろう。共生派はそれを幻獣の齎す奇跡などと嘯いているが――

 

「…嫌だな」

 

「どうしたよ?」

 

「……いや、あそこが幻獣しか居ない場所になるのは何かな、嫌だ」

 

「……分かるよ」

 

 二人共、あそこには碌でも無い思い出ばかり有るはずだった。だが、あそこは戦友たちと出会い、共に戦い、バカをやってきた場所だったのだ。そんな、命懸けで守り続けてきた場所が奪われた。そう思うと――許せなくなった。

 

 そして、振り返り駐屯地の一角を見る。そこでは一際目を引く、巨大なテントが有った。あの中に、士魂号が収まっているのだ。そして、きっと夏が終わった後もあの人達は戦い続けるのだろう。

 

「なあ、お前さ、これからどうする?」

 

「これから、か」

 

 橋爪が手に持っていた1枚の紙に視線を落とす。玉島にも見覚えが有った。

 

「……自衛軍への入隊の誘いか。お前にも来てたのか」

 

「ああ、って事はお前もか?」

 

 ごそごそとポケットから折りたたんだ紙を取り出す。何度読んでも文面は変わらないのに、繰り返し読み返した書類。それなりの階級章をつけた自衛軍の将校に、直々に手渡されたそれは、聞けば知り合いの連中もかなり貰ってる奴が居るそうだ。

 

「……戦いはまだまだ、続くんだろうな」

 

「……ああ」

 

 自分たちは運良く生き延びた。だが、死んじまった奴も大勢居る。学兵も、自衛軍も、民間人も。――自分は生き延びちまった。大勢の人に助けられて。そして、あの人達だって、助けは必要としている。なら――

 

「俺、この話受けてみようと思うわ」

 

「お前もか」

 

 どうやら、橋爪ももう心に決めていたらしい。

 

「ああ。………………俺だけ、生き延びちまった。どっちの部隊の奴も、馬鹿だけど気のいい奴らだったんだがな……」

 

 暗い、悲しい瞳をしていた。自分も橋爪程ではないにしろ、似たような目をしているのだろう。死者に、そして無くしてしまった者たちに囚われている目。だが、多分それだけじゃ駄目なんだ。

 

「お互い、生き延びようぜ。生き延びて、恋をして、子供を作って、この国を立て直そうって。あの人に言われたんだ」

 

「へっ、分かってらい。俺まで死んじまったら、先に逝っちまった奴らにどやされるしよ」

 

 笑って、拳を合わせる。この後再会出来るかは分からないが、もし出来たのならまたこうして話してみたいもんだと、そう思った。

 

 

津田優里の場合

 

 あの熊本城での激戦が終わり、もうすぐ休戦期でどうやら自分は生き延びることができそうだと安心していた矢先の事だった。早朝に、耳元で端末がとてもうるさくがなり立てて、不快な音で警告を発する。気持ちよく眠っていたところを叩き起こされ、慌てて画面を見ると目を引く赤い文字で緊急警報の文字と、猫宮のメッセージ。要約すると、今すぐ仲間を叩き起こして逃げる準備をしろとの事だ。

 

 その強い言葉の数々に血の気が引く津田。慌てて寮の仲間を叩き起こし、他のクラスメイトには連絡を手分けして入れさせて、完全装備で集合させる。メッセージからすると、猫宮自体はもう戦闘に入って救出に走っているらしい。

 ドタドタと大きな足音が寮中を駆け巡り、皆必要最低限の物を持ってウォードレスを装着していく。少しして、全員が集まる。

 

「そ、それで優里、どうすればいいの?」

 

「とりあえず、民間人の救助優先! 知ってまだ残ってる農家のお爺さんお婆さんの所に行こう!」

 

 猫宮の指示には、まだ残っている民間人を救出すること。それが結果的に自分たちを助けることにもなるとの說明が有った。確かにこのまま逃げるだけでは敵前逃亡で今助かっても銃殺にされるのだろう。

 

「地図出して! サイドカーでも何でも使って、手分けして知ってる人助けに行くよ! 後、送迎用の小型バスとかもかき集めて持ってきて! 足腰の弱いお爺さんお婆さんとかそれに乗せるから!」

 

 バンッ!と地図をテーブルに広げて、ペンでチェックをしていく。

 

「順子、あんたはこっちのお爺さんのところに行って! 千歌、小型車両なら運転できたよね? ここの送迎バスとお爺さん達連れてきて! いい、全員で生き延びるよ!」

 

『了解!』

 

 ずっとずっと隊長として気を張っていた経験が生きた。砲声が次第に大きくなってくる。焦りも大きくなってくるが、そんな時こそ深呼吸をして出来ることを片付けていく。まずは基地に残ったバイクや車両に、燃料を入れて食料や弾薬も積み込めるだけ積み込む。戻ってきたバイクやら車にも満タンになるまで燃料を積み込み、空いたスペースに様々な雑貨を詰め込む。出来れば、おむつも履かせたいのだが。

 

「優里! 近くの人達みんな連れてきたよ! 早朝だからみんな居たのが助かったね!」

 

「こっちはちょっと人数増えちゃった! ごめん、まだ入るよね!」

 

「勿論、全員助けるよ! 皆さんごめんなさい、狭くなるけど我慢して下さい!」

 

 お爺さんやお婆さんは送迎バス等の車両に詰め込み、おじさんなどまだ体力があるような人は、軽トラの荷台になどに乗って貰う。

 

「みんな、本当にすまないねえ……」

 

「迷惑かけるよ、優里ちゃん……」

 

「手伝えることが有ったら何でも言うタイ!」

 

「大丈夫、迷惑だとは思ってませんから!おじさん達はとにかく落ちないように! よし点呼!」

 

 弱気なお爺さんお婆さんに声をかけ、おじさんの励ましも受け、人数を確認。一人も忘れるわけには行かない。

 

「よし、全員揃ったわね! じゃあ春美、このルートでお願い」

 

「了解、じゃあ行くよ!」

 

 端末で状況を逐一把握するために、優里自体はサイドカーに乗り込み、地図と端末を飛ばされないようにして開く。既にあちこちで渋滞が起き始めているらしく、幹線道路は逆に危ない。ならば、使うのは裏道や山道だ。多少距離が長くなろうと道が狭かろうと、渋滞で完全に動けなくなるよりは良い。

 

 このまま北へ逃げ続ければ良いとも思ったのだが、北でも幻獣が既に居るらしい。端末では、次々と幻獣を見たポイントが更新されていくが、この50キロ程度の速度しか出せない集団で突破するのは不可能だろうとなると使えるのは――

 

「うん、列車を使おう!」

 

 猫宮からも推奨されていたのは、九州を縦断する大動脈、鉄道を使うルートだ。今は装甲列車も使っていた、おそらく最後まで優先して守られる場所のはずだ。

 

「おっけー! みんな、しっかり付いてきてる? 遅れたりはぐれたりしたらすぐ連絡入れること!」

 

『了解!』

 

 多目的結晶の短距離通信で全員に声をかけ、定期的に所在を確認する。逸れる=死な状況で、気は抜けない。時々遭遇するはぐれゴブリンは、車両をゆっくり止めつつサブマシンガンで掃除をする。車輪を巻き込み、故障させたらそれもまた死に繋がる。

 

 途中のトイレなどの小休止では、銃を持った隊員を外側に配置し、交代で休憩を取る。普段の任務より、段違いに消耗するが、弱音は吐けない。端末の情報では、幻獣はどんどん包囲を狭めてきている。本当ならすぐにでも出発したいが、疲労によりミスをしたら目も当てられない。

 

 民間人の人たちも、文句も弱音も零さず、そそくさと用を済ませてくれる。もう少しだから、きっとなんとかなるからと、津田も己を鼓舞し続けた。

 

 

 駅へとたどり着くと、そこは人でごった返していた。列車は次々とやって来るようだが、それぞれに護衛の部隊なども付けないといけないのだろう。細かく乗る人員が制限されていた。そんな中でも、民間人をぞろぞろ連れた津田の一行はそれなりに目立った。ジロジロと無遠慮な視線に晒される。

 

 そんな中、巡回していた中で殆どの兵にギョッとされている人員――憲兵に目を付けられた。つかつかとサブマシンガンを持った兵が近寄ってくるが、威圧感が凄い。他の子や、民間人の人たちは気圧されたようにしているが、自分もそうなるわけには行かない。胸を張って、じっと憲兵を見据える。

 

「所属部隊は? どうやってここまで来た? その民間人達は?」

 

 普段街で見る時よりも特別に警戒が強い。だからこそ、不審に思われないようにはっきりと。

 

「2088オートバイ小隊、津田優里百翼長です。熊本市内の民間人を避難させるためにやむを得ず護衛しながら北上してきました」

 

 さっと端末で部隊章と顔を確認される。部下も含めて全員。そして、民間人の人たちには入念なボディチェックを。おっかなびっくりしていたが、特に何も言われる事が無かった。

 

「問題は無い。爆弾及びガス等も所持は認められず――乗車を許可する」

 

 そう言うと、サラサラとサイン入りの切符を津田に託され、また全員に安っぽい厚紙の切符が渡された。

 

「え、えっと……の、乗って大丈夫なんですか?」

 

「ああ。番号が呼ばれたら、向かうように。それを見せれば大丈夫だ。――猫宮君の教え子か。よく頑張ったな」

 

 ぽんっと、肩を叩かれた。

 

「えっ、猫宮さんの事――」

 

「ああ、知っている。我々も世話になっていてな。学兵には優しくしてくれと、頭を下げて頼まれている。是非、生き延びろよ」

 

「はっ、はい!」

 

 そう言葉をかけられると、憲兵はまた巡回に戻っていった。

 

 砲声は聞こえるが、ここにはまだ幻獣は浸透してないようだ。長い長い待機時間の後、電車に載せられた。ようやく、ウォードレスが脱げる。助かったんだという思いとともに、疲れが一気に吹き出てきた。思わず、壁によりかかり崩れ落ちる。

 

「優里ちゃん、本当に、ありがとうねえ」

 

「お陰で助かったばい」

 

「みんなも、こんな年寄のために命をかけてくれて……」

 

 見上げると、助けた人たちが、自分も含めてオートバイ小隊の皆にお礼を言っていた。中には泣き出している人も居る。

 

「あっ、いえ、私達が助かるためって事もありましたしっ」

 

「それでもよ。幻獣が出て来た時も、皆で守ってくれたじゃない」

 

 次々とお礼を言われ、何だか気恥ずかしかった。そして、こんな自分でも誰かを守れたんだと実感する。

 

 外を見ると、本来のどかな田園風景の筈が、車両に踏み荒らされ、砲弾で穴が空き、時々砲声も聞こえる物々しい、そして悲しい光景に変わっていた。そして、それと同時に自分は本当に沢山の人に助けられたのだと実感する。

 

 猫宮さんもきっとまだ戦っているのだろう。そう思うと、不意に涙が溢れてきた。このままで、いいのだろうか?

 

 

 トンネルを抜けて本土へ戻ると、そこは人でごった返していた。九州からどんどん人が逃げ出してきて、受け入れ先等もまだ決まっていないのだろう。不安そうな人が、あちこちに見て取れる。

 

「や、やった! 本土に来れたよ!」「生き延びたんだね、私達!」「もう、戦わなくていいんだよね!?」

 

 仲間たちは、抱き合って、飛び上がって叫んで無事を喜んでいる。自分も、生き残れたのは確かに嬉しい。――でも

 

「猫宮、さん……」

 

 あの人は、皆を助けたあの人は、今も誰かを助け続けているんだろう。自然と、両手を合わせて祈っていた。足音、そして気がつくと仲間たちが隣りにいて、同じ様に両手を合わせていた。

 

「あの人、きっとまだ戦ってるんだよね」「若宮教官もだよね、きっと」「まだ残ってる学兵も沢山いるよね」

 

 砲声の続く海の向こうの島に、それぞれが思いを馳せる。いつの間にか、祈っていた。……でも、祈る以外まだ自分に出来ることは残っているのではないだろうか。

 

「……ちょっと炊事場覗いてみる」「あ、じゃあ私は洗濯とか手伝えることとか無いかな?」「私は介護が何か出来るか覗いてみる!」

 

 なにか出来ることは無いかと、あちこちに散っていく仲間たち。もう、守られるだけじゃ嫌だった。

 

 その想いは、4機の士魂号が上陸したときに最高潮に達した。最後の最後まで戦い抜いた機体はボロボロで、くたびれ果てていて――今にも崩れ落ちそうに思えた。機体から降りた時、遠目に見えた猫宮や他のパイロットの人達も、疲れ果てていた。

 

「猫宮、さん……」

 

 懐から、今日貰ったばかりの書類を取り出す。急増で刷られたであろう、安っぽい紙に印刷された自衛軍の勧誘の広告。自分は彼らのような英雄じゃない。でも、英雄でなくても、沢山の人が支え合って、こうやって沢山の人を救えた。なら、自分だって――

 

「私も、誰かのために戦ってみますね」

 

 もう、助けられてばかりじゃない。胸を張ってまた会えるように。そう決意すると、学兵の駐屯地の一角の徴募官の居るテントへ力強く歩き出した。




かなり初期から出ていた学兵のお二人の話。
こういうサブキャラの話書くのが実は大好きです


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リハビリ短編5【光輝号開発中】

お久しぶりに投稿したのですが、沢山の感想有難うございます。リハビリ中なのですが、たくさんの感想は本当に励みになります。感想は逐一目を通してますので、どうかこれからもよろしくお願い致します。

続いては滝川+大人たちのネタであります。一時期砲火が途絶えても、それは次の戦いまでの準備期間。休んでいる暇は無いのです。


 呼吸を整え、目標をロックし、発射。もう幾度も繰り返した動作で、淀みは無い。だが、何度も何度も繰り返してきた動作だけに、ほんの僅かな違和感が拭えない。

 

『標的へ命中』

 

「うっし」

 

 撃ったらすぐに移動。軽装甲では少しの被弾が致命傷になりかねない。それを自覚したが故にこの戦法を編み出した。稜線の影、建物の後ろ、土手の後ろ。複数の候補から瞬時に選び出し、歩を進めるが、少しもたついて転びかけた。

 

「……た、滝川くん大丈夫かな……?」

 

「やはり少しレスポンスが遅れている様だね。パイロットは安全だろうが機体はどうなるか」

 

 それを、大人の技術者と一緒に見るのは森と狩屋の二人だ。光輝号の開発を補助するために、滝川がテストパイロットとして、そして森と狩屋は整備士として四菱に送り込まれていた。おまけとして、加藤もくっついてきているがそちらは金や物資の流れを精査していた。

 

「おわわっ!?」

 

 今度は走って山を踏破している最中、足が急に動かなくなりすっ転んだ試作型の光輝号。その光景を見て、二人はそろってため息を付いた。

 

 

 事の始まりは、猫宮が光輝号の視察に訪れた時の事。会津閥の人間が意気揚々と猫宮を案内した所、当然の如く機体に乗り込みテストをしてみて、徹底的なダメ出しを喰らったのである。

 

 何しろこの光輝号、費用が栄光号の1/3で済むのはいいが、その分性能はお察しという有様である。特に、足回りの弱さは頂けない。

 

「うん、この機体出してパイロットが死んだらね、死んだ人の関係者はあなた方を殺しにきますよ?」

 

 真顔で言い切る猫宮に恐怖する技術者達。まあ、コストをケチって役に立たない物を政治のゴリ押しで出したら間違いなくそうなるので実際に死ぬ前に警告してくれるだけ優しいのだが。

 

 だが、猫宮は全否定したわけでもなかった。砲戦型に搭載された40mm肩グレネードに太鼓判を押し、これを更に長持ちするように改良させれば、栄光号で乗せる武装に正式採用しても良いと交渉を持ちかける。

 

 これに喜んだのは四菱と樺山の担当者達で、すぐに改良する事を申し入れた。そして、肝心の機体の方であるが

 

「じゃあ、5121のパイロットの一人をテストパイロットとして出向させますので。良いですか、彼がOKを出す機体じゃないと絶対に採用させませんからね」

 

 と念を押した。本来なら、そんな権限も無い様な一パイロットであるはずなのに、その威圧感と胸にぶら下げられた大量の勲章が、有無を言わさぬ説得力を放っていた。という訳で、広島の軍基地に飛ばされてきたのが滝川達であった。なお、森や狩屋は臨時の整備学校の教官も兼任している。

 

 

 ――が、結果はご覧の通り、中々難儀していた。兵器の調達コストを下げたいのは軍の性では有るが、コストを下げすぎると性能が付いてこない。あまり企業にしわ寄せをすると今度は企業自体の技術力の低下を招く。少しでも安く、それでいて性能は高くと。それを目指し今日も技術者達は研究所に缶詰になっていた。

 

「あ~、くっそ! あんなに簡単に足が壊れるんじゃ怖くて戦場に出れねえぞ!」

 

「お疲れ様、滝川くん。はい、タオル」

 

「おっ、サンキュー」

 

 ぶっ倒れた機体から助け出され這い出してきた滝川はタオルを受け取ると、汗を拭いて一息をつく。旧式の士魂号と比べても思うように動かない機体に悪戦苦闘しているようだ。自分の思う動きと、実際の動きにズレが有るので、消耗も激しいようだ。

 

「あの調子だと、調整にまだまだ時間がかかるな」

 

「マジかよ……とほほ、俺の軽装甲が恋しいぜ」

 

 狩屋の言葉に、がっくりと肩を落とす滝川。猫宮に頼られたし、思う存分機体を動かせると思ったらこれである。動かしている最中のやり取りが有るので報告書を出したりしなくて良いのは助かるが、この気持ち悪い疲労感は如何ともし難い。

 

「それじゃあ、また整備してくるわね」

 

「それまではゆっくり休んでおくといい」

 

「ああ、任せた」

 

 そして、テストが終わった後は森と狩屋が中心になって機体を整備するのだ。ハンガー内では、既に二人の教え子たちが待機しており、マニュアルと光輝号を見比べていた。整備も職人の世界だけあり、これもまた熟練するのに時間がかかる様だ。

 だが、見た目はキリッとした美人の森と、足が治ったことで気性も穏やかになり陰険メガネからインテリイケメンメガネにクラスチェンジした狩屋の人気は生徒たちから高い。特に狩屋のモテっぷりは凄く、一緒に付いてきた加藤がしばしば腕に抱きついたりと恋人アピールで周囲に威嚇していた。

 

 そんな取り留めもないことを思いながらぽけーっと整備している所を眺めていると、見知った顔が近づいてきた。この度目出度く昇進した久場少佐であった。慌てて立ち上がって敬礼をしようとするが、笑ってそのままで良いと抑えられた。

 

「お疲れ様、滝川大尉。調子はどうだい?」

 

「ぼちぼち……っても言い難いッスね……っとと。正直、あの機体じゃ戦えないと思います」

 

 口調も直し、頑張って真面目モードにして久場に向き直る。久場も苦笑してから一転して渋い顔になる。

 

「そうか……」

 

 久場はほぼ会津閥の人型戦車部隊の指揮官に内定しているのだが、その部隊に配備されるかもしれない機体の評価が落第点なのは控えめに言って不安である。

 

「あっ……で、でも、二人からは整備学校の教材に困らないのは助かるって言ってます!」

 

 何とか良い点を見つけようとする滝川。

 

「それは、不幸中の幸いと言った所か」

 

 ますます苦笑が止まらなくなる。しかし整備の難易度が高く手間もかかるのが人型戦車だ。少なくとも、整備員の確保は何とかなりそうというのは朗報だろう。武装の方は、栄光号と共通規格にする事が定められ、幾つかの武装はこちらの系列の企業も食い込めたのが大きい。特に、40mmグレネードの口利きをしてくれたのはとても助かった。

 

「ふむ、それでは肩のグレネードはどんな調子だろうか?」

 

「えっと、そっちは文句無いです! めっちゃ使いやすい感じで!」

 

 逆に、軒並み高評価なのがこの肩に設置する40mmグレネードだ。猫宮や滝川、そして栄光号に取り付けた所芝村や壬生屋からも評価が高かった。

 

「なるほど……休憩中にありがとう。是非、これからも頑張ってくれ」

 

「了解です」

 

 と、ぎこちないながらも敬礼する滝川。こちらは相変わらずの様だと、表情に出さないで内心でだけ笑ってしまった。だがまあ、それで良いのだろう。まだまだ彼らは子供なのだから。

 

 

 

 テストパイロットとして機体を動かすのは終わったが、滝川の仕事はそれだけではなかった。滝川のもう一つの役割――それは、滝川の編み出した戦法をマニュアル化し、他の凡人のパイロットにも適用できる様に方法論を確立することであった。

 軽装甲の使い手は他にも荒波中佐が居たが、彼もまた天才である。単機で敵陣に突撃して引っ掻き回して釣り野伏を仕掛けるのはどう考えてもマニュアル化に向かないのだ。

 

 と言う訳で、白羽の矢が立ったのが滝川なのだが、本人としては普通と評価されているようでかなり複雑な気持ちであった。だが、あくまで滝川の戦術は凡人の延長線上に有るというだけで、本人の練度はまたとても高いのだが。周りが100点だの95点だの98点だの叩き出している中、一人少し違う分野で80点というのは十分高い数字である。だからこそ、光輝号に乗る予定のテストパイロット達もシミュレーターで四苦八苦してしまっている。

 

 マニュアルの制作に当たっては、パイロットの滝川を中心に久場少佐に、それとレンジャー部隊から、優秀なスナイパーの《しょうだかずふみ》庄田一文曹長が招集されていた。滝川は地形を読み、そこで隠れたり地形を盾にしながらの狙撃を多用する。むしろスナイパーの様だと史実でも評されていた。よって、本職の目線からもアドバイスも受けての検討が度々行われていたのだ。

 

 撃つ。隠れる。移動する。機動力と言うより、レスポンスが微妙に悪い光輝号では特にこれを徹底しなければならないというのが、3人の出した結論だった。

 

「とにかく、あの機体で敵の中に突っ込むのは怖くて無理です。……多分猫宮や速水でも相当きついと思います」

 

「だろうな……幻獣に近づいての戦いをさせたければそれなりのパイロットと栄光号を使うしか無いか」

 

「はい。しかし、あの地形の踏破性能は特筆すべきものがありますのでそれで宜しいかと」

 

 難しい顔をする二人に対して、庄田曹長は光輝号の戦術的価値を肯定的に捉えていた。確かにコストは掛かるが、日本はただでさえ山岳が多い地形であり、また島国なので海に面している地域も多く、そして数少ない平野は建物が密集していることが多い。恐らく大陸ではまた評価も変わるだろうが、この日本という地理条件で動かす兵器として見た場合、光輝号は決して悪い兵器とは思えなかった。

 そして恐らく、ただ戦うだけでなく自分たちレンジャーの補給・回収要員として見ても中々なのでは無いだろうか? 航空機での輸送は素早いが、隠密性が低くまた装甲も薄い。だが、人型戦車は通常の装甲が薄い代わりに地形という装甲を幾らでも活用できる兵器だ。自分たちの様な特殊部隊が敵地深くまで専攻した後、山岳を走り抜ければ幻獣を引き離して撤退もしやすいだろう。最も――

 

「でも、それならやっぱり足回りはどうにかしないと……」

 

「うむ……」

 

「そうですな……」

 

 人型戦車の命綱はやはり足、である。二本足で有る故に走破性が高く、また二本足で有るが故に片方でも故障するとそれが命取りだ。もう、多少コストが高くなってもそこは絶対に手を抜いてはならない。技術人には念押しする事を決意しつつ、今日も検討会は日が暮れるまで続くのであった。

 

 




えーと、色々と悩んでいたのですが本編の方の最新話のラスト、ちょっと変えようかと思います。
幻獣の王の暗殺を目論むのではなく、まず目の役割の幻獣を潰して情報をなるべく行かないようにするみたいな感じにしようかと。
……しかし、緑の章のキャラも増えちゃうけど大丈夫かな……い、一部だけなら何とかでしょうか?

(追記)ちょっとアンケートの表示名変更……と思ったら人数がリセットされてしまった……どうもすみませんorz
消える前の投票数は上から7.8.8.3.10と生っておりました


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リハビリ短編6【夜明け】

アンケート結果、かなり接戦ですね……みんな可愛いから仕方がない


夜明け

 

 下関から続々と人が方々に散っていく。撤退戦が終わり、自然休戦期に突入したことにより、一種の弛緩した空気が流れていた。自衛軍も学兵も民間人も皆助かったことに安堵し、そしてこの後の事を考えるとどうにも不安が拭えないが、それでも明日は来てお腹が減ってしまうのだ。だから、明日を生きるためにそれぞれの場所へと移っていくのだ。

 自衛軍はそれぞれの駐屯地に、学兵は解散が決まり特例を除きそれぞれが日常へと回帰していき、民間人は受け入れてくれる日本全国の各自治体へと着の身着のままの様な状態で引っ越していく。

 

 賑やかでお祭り騒ぎのようでさえあったこの街に日常が戻っていく様は、祭りが終わった後の様な寂しさも感じられる。元気いっぱいの善行戦隊の面々も、九州撤退せが終わってから賑やかさに少し陰りも見える。皆、それぞれ失われた200万の民間人の命と3万学兵の命の事を、受け止めきれなかったりするのだろう。

 

「……最も、わたしもそうなんだけどな」

 

 今日も眠れずに何となく外に出ると満月だった。対岸の明かりが少ないせいか、満天の星空と満月がやけに綺麗に見える。草の上にでも寝転んでみるかと宿舎から離れると、先客が居た。

 

「あら、どうもこんばんは」

 

「ああ、こんばんはだ」

 

 田尻凛。自走砲部隊の隊長であり、その冷静な観察眼には幾度も助けられてきた相手だ。

 

「そちらも眠れないのか?」

 

「ええ……色々とありましたから」

 

「……そうだな」

 

 隣に座り、一緒に夜空を見上げる。九州に近い下関、5月でも既に暑い日は有る位だが、今日は風も適度に吹いていて涼しい。幾らでも見上げることが出来そうだ。

 

 思えば不思議な縁でこんな所まで来たものだ。あの熊本城での決戦の日、本来なら自分たちは死んでいただろう。それが、彼に助けられていつの間にやら巻き込まれ、ヘトヘトになるまで戦い抜いて、更には学兵のまま取り置かれることになってしまった。横の彼女も似たようなものの様で、何だか妙に親近感を感じてしまう。

 

「……これからも苦労をするのだろうなあ」

 

「ええ、そうですわね。あの人型戦車を自衛軍が放っておくとはとても思えませんし」

 

 そして自分たちはその人型戦車と沢山連携をしてきた貴重な部隊と言う訳だ。――まあ、貴重ならば熊本城の時みたく使い捨てにだけはされないだろうとは思える。それに、九州が陥落したのだ。遅かれ早かれ軍には関わることになるだろう。それを考えると、悪いことだけ、とも言い切れなかった。もしも生き残れたら年金の支給や大学への特進や学費や生活費を全て肩代わり、と言う飴もばら撒かれていたし、部隊の子達はそれで喜んでいる子も多かった。だが、自分としては……

 

「全く、こんな事に巻き込んでくれた人には責任を取って貰わないとな」

 

「ええ、そうですわね」

 

 誰の事かは言うまでも無い。戦場で偶然出会った不思議な人。誰よりも強くて、誰よりも他の人の為にその身を削って戦っているあの姿が、強烈に焼き付いている。付き合いはほんの短い間なのだけれども。一緒に戦い、一緒に訓練をし、交流を重ねる度にその存在が心に存在を刻み込まれた。ただまあ……

 

「ライバルが多いんだよな」

 

「むしろ一番の敵はあの人の認識では無いかしら? まずは異性を意識させませんと」

 

「……そんなに、か? 先日も美少女の手にキスをしたりとその気はありそうなのだが」

 

「ちょっとその話を詳しくお聞かせ願いませんか?」

 

 と、恋の話に花を咲かせるのは隊長と言っても少女で有るが故か。少しおしゃべりに興じていると、ふと猫が見えた。それも、見覚えのある猫である。5121で見た、1メートルは有る巨大な猫だ。ちゃんちゃんこも着ているしまさかあんなのは2匹と居ないだろう。んん?と不審に思いつつ、思わず立ち上がった二人。しっぽをゆらゆら揺らしているブータに、何となく付いていく。

 

 深夜、人通りも車の通りもまるで無い夜の街をえっちらおっちらと。ブータも、後ろから付いてくる二人に気が付いているのか、塀の上を登ったりもせずに、のっしのっしと道を歩いて行く。

 

 てくてくと暫く歩いていくと、砂浜が見えてきた。そして、そこには沢山の先客が居た。犬に猫にリスにモモンガにイタチにウサギにカラスにスズメにたぬきにキツネにウグイスに…と。たくさんの動物達が集まっていた。ふと海を見れば、月と星の光で輝いている水面に背ビレも見える。そして何よりも――その動物たちの中心に居るのは、見慣れた少年。

 

 何か、邪魔をしてはいけない気がして二人はそっと気配を消して隠れた。そして、何が始まるのかと息を殺して固唾を呑んで見守る。

 

 鳥や動物達が一斉に声を上げた。沖ではイルカが水面を飛び跳ね、クジラが潮を吹いている。その中心で、猫宮が笛を吹いている。神話の中に迷い込んでしまった様な感覚に、心を揺さぶられる。やがて笛を置くと、朗々と歌い出した。

 

 長い長い夜にこそ 星は空に渾然と輝く

 次に太陽が見える時まで みんなが寂しくないように 

 夏の終りに秋がくるのは 冬の終わりに春がくるため

 巡り 再び 繋がる 回る

 全てをなくした時に生まれ出る

 その剣の名は豪華絢爛

 人の心が二つあるのは 闇を抜けて光りかがやく

 恋の終わりに愛が来るのは 次の季節に希望を生むため

 紡ぎ 織りなす 生命の螺旋 

 想いも 智慧も 勇気も 命の限り続いていく

 探求の果てに 旅の終わりに 平和へと至る

 両手に眩いその光は 希望を紡ぐ戦士の絶技 

 

  

 いつの間にか、周囲一体に光が浮かんでいた。言の葉が紡がれる度に、光が集まり、周囲を取り巻くように廻り出す。動物たちは、月へと啼いていた。その声に導かれるように、柔らかな光が天へと登っていく。

 強く輝く光は、吸い込まれるように猫宮の両手に集まっていく。

 

 いつの間にか視界がぼやけていた。慌てて拭っても、止まらなかった。ただ、ありがたかったのだ。神話の光景の中で、涙が止まらなかった。そして、猫宮の名前の意味も知ってしまった。悠久に、輝き続ける。きっと、ずっと。戦いが有る限り。あの両手に瞬く美しく、力強く、哀しい光の様に。

 

 

 夜が、明けようとしていた。東の空が段々と明るくなっていき、星の光が消えていく。それが、二人にはこれから起きる事の象徴のように感じられた。夜が明けて、朝が来る。――だが、もしその時に星の光が一つ消えていたとして、一体誰が気がつくのだろうか?

 

「……嫌ですわね」

 

「……ああ、嫌だな」

 

 勝手に助けて、勝手に優しくして、勝手に心に残って、それで最後には消えてしまう? そんなのは、嫌だった。無責任にも程がある。

 

「引き止めましょうか。どんな手を使ってでも」

 

「ああ。手強そうだし……共同戦線といってみようか。引き止めてからが、勝負の本番だ」

 

「ええ。そちらでも負けるつもりは無いのですけど……でも、本人が一番手強そうですわね」

 

 只者じゃないのは分かっていた。だけどまあ、関係ないのだそんな事は。人だろうと精霊だろうと妖精だろうと。好きになってしまったのだから。恋をするというのは多分そういう事なのだ。

 

「さて、差し当たって他の方々とも話し合いましょうか」

 

「うむ! では今日の夜にでも一度集まるか!」

 

 朝が来た。そしてまた、新しい一日が始まる。




むしろこれって本編に挟んでおかなきゃならない話だよなと反省……
改めて1から読み返すと手直ししたい場面や保管したい場面が大量に出てきて困る今日この頃
そして、本編の最新話の方は手直しする事にしました


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リハビリ短編7【アンツィオ高校・幕間】

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……
俺はアンチョビとのラブコメを書いていたと思ったら、ただの幕間の話になっていた……
超能力とか催眠術だとか(以下略




こうして彼女たちは巻き込まれた

 

 熊本城攻防戦から三日の月日が流れた。幻獣のいなくなった街は急速に復興が進み、あちらこちらの瓦礫が片付けられ、戦死者の遺体もほぼ全てが回収されていった。千代美達アンツィオ高校の間借りしていた校舎も、混乱が収まるまでは野戦病院として使われ、とてもではないがまともに活動することも出来なかったのでは有るが、ようやく各地の野戦病院もまとまり始めて、元の人が少ないオンボロ校舎が戻ってきた。しかし、自分たちの保有する車両は全てくたびれてオーバーホールが必要な状況であり、おまけにあの決戦の後で有るので補給もままならない。ついでに食糧事情も良くないと、隊長である千代美にとっては頭の痛い問題だらけだ。全く、休みができたとはしゃいでいるうちの子達が羨ましいとついついため息をついてしまう。

 

 そんな事を思いつつ、隊長室と言う名の物置で備蓄を記した書類とにらめっこをしていると、ドタドタドタと複数の足音が聞こえてきた。そして、バンッ!とドアが勢いよく開けられる。

 

「たっ、たたた隊長!」「大変大変!」「ねっ、ねねね……」

 

「猫がどうかしたのか?」

 

 まさかウチの部隊で飼いたいなんて話じゃないだろうな?

 

「ち、違っ!」「ね、猫宮さんが来たんですっ!」

 

「……うええええええっ!?」

 

 びっくり仰天する千代美。あの、熊本城での最後の戦いで出会った自分たちの命の恩人。そう言えば連絡先を渡されていたのだがこの忙しさにすっかり忘れていて……ともかく、命の恩人だし早く顔を出さねばと、部屋から飛び出る千代美と、それを追いかける隊員たち。そして慌てて飛び出たは良いが場所がわからず、隊員たちの後に付いていく事になった。

 やって来たのは駐車場の片隅に、大型のテントを張っただけの整備ハンガーである。その前に、大型のトラックが幾つも停まっていた。

 

「やっほ、安斎さん。三日ぶりだね」

 

 人懐っこい笑みでやぁと手を振ってくる猫宮。その周りでは、高級なお菓子を配られすっかり餌付けされているアンツィオ高校の生徒たちが居た。

 

「ああ。連絡も入れられずにすみませんでした。ところで今日は何をしに……「あ、猫宮さん私達にも!」「下さい下さい!」「わ、大正製菓の高級チョコだし!」ええいお前ら静かにしろぉ!?」

 

『は~~~~~い』

 

 はしゃぐ隊員たちに一喝したら、大人しくお菓子を食べ始めるアンツィオのメンバー達。猫宮はそんな様子を見てニコニコと微笑んでお菓子を渡した後、千代美にも1枚渡しつつ本題に入る。

 

「喜んで貰えたようで良かったよ。……うん、じゃあ本題。安斎さん、そしてアンツィオの皆さん、僕ら5121や黒森峰、聖グロリアーナと一緒に是非戦って下さい」

 

 一転して真面目な表情になって、深々と頭を下げる猫宮。そして、周りの気配も引き締まる。全軍きってのエースが頭を下げてお願いにしに来る……それだけの一大事である。

 

「あなたの立場なら、命令する事も出来るでしょうに」

 

 苦笑する千代美。だが猫宮はふるふると首をヨコに振る。

 

「自分たちと一緒に戦うことになったら、色々と苦労かけちゃうから……あんまり無理やりとも出来なくて」

 

 プロパガンダでよく伝え聞いた5121や黒森峰の活躍。所詮、軍の宣伝のために誇張されているのだろうと思っていたが、むしろ過小評価と言ってもいい程だったのは、あの夜に思い知った。当然、一緒に戦うならそれなりの苦労もするのだろうが……。決戦の日、分かったことが有る。目の前にいる人は、いい人だ。でなければ、あんなもはや戦術的価値も無い陣地に一人救援に来る事など無かった筈だ。このエースパイロットは、損得など抜きにただ死に行く人間を助けるためだけにあの幻獣の群れへと突っ込んだのだ。――なら、決して自分たちを使い捨てなどにはすまい。だが、それでも隊長として改めて皆の前で確認しておかなければならない。

 

「使い潰したりはしないよな?」

 

「うん。貴重な対空兵器を、そんな事には決して使えないよ」

 

 それが分かるから、猫宮も真っ直ぐ真摯に答えるのだ。

 

「補給はどの程度を?」

 

「最優先で。車両には補給パーツや弾薬も満載してあるよ。食料も、良いのを回せる」

 

「歩調を合わせる訓練は?」

 

「了承してくれれば明日からでも。それと、全員分のサブマシンガンも用意するよ。そっちも訓練は受けて貰う」

 

「……激戦区に回されることになるな」

 

「うん。……だけど、自分たち5121や、黒森峰、聖グロリアーナの混合部隊に、ベテランのスカウトも付いてくる」

 

「つまり……今まで通り、あからさまな使い捨てや囮にされるよりは生存率は高いということだな」

 

 学兵は、時間を稼ぐための捨て駒だ。だからこそ、自衛軍にあからさまに見下されたり囮や被害担当などにもされてきた。だが、目の前のエースと共に行けばその様な事は少なくとも無くなるだろう。

 

「了解した。では……アンツィオ小隊の命運、5121小隊に預けるぞ」

 

「ありがとう。安斎さんたちと戦うと、凄くやりやすかったから、自分としても嬉しいんだ」

 

 確かに、あの時。目の前のエースと一緒に戦うことで、ありえない程の戦果を叩き出せた。それを思うと、激戦区に回されるはずなのに死ぬ気がしないから不思議である。

 

 そんな事を思っていると、スッと手が差し出される。迷うこと無く千代美は手を取り、しっかりと握手を交わしたのであった。

 

 

将来への展望

 

 5121小隊と合流してから、慌ただしく日々は過ぎていった。所持している車両は全てオーバーホールされ、サブマシンガンを全員に支給されて慣れない生身での射撃訓練をし、更にはシミュレーターに詰め込まれる。目の回るような忙しさだが、同時にその全てに意義も感じ取れ、士気は高い。

 

 そして、ほんの数日の合同訓練の後はいきなり実戦に放り込まれた。と言っても、敵の数は精々中型幻獣が20程度。もし今まで通り3輌編成の小隊であれば死を覚悟する数である。――だが。

 

「1番機、ミノタウロス2体撃破」「2番機、キメラ撃破」「4番機、ナーガ・ゴルゴーン・ミノタウロス撃破」「3番機、ミノタウロス・スキュラ・きたかぜゾンビ・ナーガ撃破」

 

 この有様である。4機の士魂号が敵を倒して、幻獣の注意がそちらに向いた隙に横から後ろから20mm砲を撃ち込む。

 

「……あ、あの、隊長……」「勝っちゃいましたね……あっさり……」

 

「あ、ああ……」

 

 アンツィオの隊員全員が、唖然としていた。シミュレーター上でも勝てていたが、実戦としてこんなに楽な戦いは、初めてだった。

 

「いやあお疲れ様お嬢さん方。初陣はどうでしたかな?」

 

「シミュレーター通りにやれたとは思いますが」

 

 そして流れてくるのは5121からの指揮車からの通信。

 

「あっ、は、はいっ。問題無いです。損害も無いですし」

 

 我に返って返事をするが、本当に本当に楽であった。思わず、今までの苦労は何だったのだと愚痴りたくなる位には。

 

「結構です。では、ひとまず戻り休息は十分にとって下さい。デブリーフィングはその後に行います」

 

「はっ、はい。了解です」

 

 ふぅ、と大きく息を吐いて背もたれに体を預ける。今日も生き延びれた。だが、それは何時ものように綱渡りではなく、これなら終戦まで生き延びれそうだとそんな予感がする勝利だった。

 

 

失われた国の料理で

 

 熊本城での決戦が終わり、幻獣も散発的に攻めてくるだけで損害も減ってきた。すると、熊本市内の復興に力が入れられ始めた。軍事用途に使用がほぼできない市電が真っ先に復旧され、市内のあちこちでは大人たちが電線やら電話線やら水道管やらを繋ぎ直し、インフラを復活させていく。

 そんな明るい雰囲気が伝播したのか、はたまた終戦まで後少しなので備蓄しておく意味も見いだせなくなったか、駅近くの物資集積場は、連日腹を空かせた学生達でごった返していた。逆に言うと、もう市内で食べ物が手に入る場所はここ以外には闇マーケット位しか無いという世知辛い事情も有ったのだが。

 

 そして、千代美他数名のアンツィオの隊員達もまた、今日もこの人でごった返している物資集積場に来ていた。目当ては勿論食材である。いい加減、じゃがいもばかりの食事にもうんざりしてきたところだった。5121に合流したことで量としてはちゃんと支給されているが、それ以外の物が食べたければ、自力調達する以外方法がないのである。ここに来る前にも試しに裏マーケットを覗いてみたが、学兵の安週給ではとても買えないような値札が付けられていた。

 

 今日は何か良いものが見つかるだろうかと、それなりに広い集積場をうろついていると、人だかりが見えた。

 

「おっ?何だろ?」「隊長、行ってみましょうよ!」

 

「ああ、わかったわかった」

 

 人の集まりの中心では、必ず何かが起きているものだ。炊き出しでもやっているのだろうかと覗いてみると、もはや馴染みとなった声が聞こえてきた。

 

「と、言う訳で明日この位置で合同訓練を行います。ついでに炊き出しとかもやるので、是非来て下さい。以上です!」

 

 猫宮が、学兵を集めてまた合同訓練の勧誘を行っていた。本来なら弛緩している学兵たちだが、猫宮の真剣な表情や威圧感に飲まれて、体を固くしていた。このエースが言うからには何かある、と思わせられるだけの実績を既に手に入れているようで、それを何の迷いも無く利用し尽くしている様だ。

 

 お立ち台――と言うにはあまりにも貧相な、ひっくり返したプラスチックのケースから飛び降りると、一気に緊張が緩む。そして、猫宮もこちらを見つけたようだった。

 

「やっ、安斎さんにアンツィオのみんな。今日も物資確保に?」

 

 片手を上げ、人懐っこい感じに寄って来る猫宮。隊員たちは「そうですそうです!」「そろそろじゃがいも以外が食べたいです……」「奢って下さ~い♡」

 

 などなど、すり寄って甘えている。この間チョコを持ってきたり、お菓子を持ってきたり、ちょくちょく差し入れを入れてくれるのですっかり懐いてしまったようだ。

 

 千代美もこほんと一つ咳払いをして、甘えている隊員たちをちょっと牽制しつつ話に参加する。

 

「ああ。その日によって食材が色々と変わるからな。そろそろイタリア料理が恋しくなってきた所なんだが……」

 

 ため息を一つ。チーズはもはや嗜好品の部類であり、トマトも農家の疎開が進んだ今となっては中々手に入らない。

 

「あ~、なるほど、チーズか……。トマトは手に入るんだけど……チーズかぁ……」

 

 腕を組もうとしたら両手を取られていたので、首を傾げつつ悩む猫宮。まあ、頼れる場所は一つしか無いのだが。

 

「それじゃ、ちょっと裏マーケットに寄ってみようか」

 

「えっ……い、いや、あそこ……高いぞ?」

 

「大丈夫大丈夫、年金沢山貰ってるから」

 

 心配する千代美に、お金はあるから大丈夫と笑いかける猫宮。

 

「やった!」「猫宮さん大好き!」「結婚して!」

 

 と喜ぶ隊員たち。あははと笑ってる猫宮。そしてめっちゃ羨ましそうにしている周りの男性学兵諸君。そして、ちょっと何故か不機嫌になる千代美。謎のもやもやを抱えつつ、裏マーケットへ。崩落を免れた地下街では相変わらず様々な商品が並んでおり、そこの利用客も絶えない。

 猫宮としては勝手知ったるこの広場。店の入れ替わりも激しいが、何処から情報を仕入れているのか狭い道を通り、奥へ奥へと。見つけたのは、缶詰が並んでいる商店。その中に、缶詰入りのチーズが有った。だが、乾燥していない分お高い。

 

「う、うわっ……」「やっぱり高い……」

 

 奢ってもらえると喜んでいたが、いざ値段を見ると気後れしてしまうくらいには高かった。だが、猫宮は何の躊躇もなく万札を数枚取り出すと、店主に渡して数缶程貰っていく。中身がバレないように黒い袋に包んではい、とアンツィオのメンバーに差し出す。

 

「これだけあれば隊の皆の分は足りるかな? じゃあ、みんなで楽しんで!」

 

 それじゃあね、と買うだけ買って、自分は戻るつもりの様な猫宮。反射的に、千代美は腕を掴んでいた。

 

「待ってくれ。折角買ってくれたんだし、このチーズで作ったイタリア料理を食べていってくれ」

 

 思えばずっとお世話になりっぱなしだし、何か返したかった。うちの子たちも、全力で賛成している。ぐいぐいと強引に猫宮の体を運んでいく。多分強引に行くことが必要なのだ。

 

 間借りしている校舎まで帰ると、隊員たちが一斉に出迎えてくれた。

 

「わっ、猫宮さんだ!」「いらっしゃーい!」「チーズ買ってもらった!」「ほんと!? やった!久しぶりにドリア作れる!」

 

 元気いっぱいの沢山の女学生達でとても賑やかだ。学校によって雰囲気違うよなあなんて思いつつ、精一杯お高いコーヒーでおもてなしされる猫宮。付け合せの角砂糖なんてものはなく、代わりにサッカリンを混ぜた合成練乳が側に置いてある。こういう嗜好品から真っ先に削られちゃうんだよなあなんて思いつつ、ストレートでコーヒーを一口。本当に最低限の豆だが、本物であった。

 

 厨房では、エプロン姿の女の子達がチーズにはしゃぎながら料理を作っていく。トマトを潰してトマトソースを作り、米がないのでポテトを蒸して潰してポテトドリアに。ミルクは市販の強化プラスチックやカルシウムが混ぜ込まれた物を使い、オリーブオイルは無いので、合成香料でオリーブのような香りを付けた油で代用して、フォッカチオを焼き上げる。パスタの湯で時間は少し短めにして、ちょっとだけ硬めのアルデンテへと。

 

 戦争の合間の、ちょっとした日常と、ちょっとした贅沢。それを、彼女たちは全力で楽しんでいた。

 

「みんな凄く手際が良いね」

 

「ああ。アンツィオは……と言うより、この手の海外の文化を伝える学園は、とても沢山の事を教えるんだ。料理だけじゃなくて、裁縫や音楽や文学とか、その国の事を出来るだけ。先生には何人か本物のイタリア人の人も居るんだ。もうお爺さんお婆さんなんだが……私達が料理や刺繍を披露すると、本当に喜んでくれて……だから、みんな頑張って覚えたんだ」

 

「……そっか……」

 

 イタリアはもう無い。イギリスやロシアも。その国の文化の残り香を残すために、多くはアメリカに渡ったそうなのだけれども、日本に渡ってきた人も極少数が居る。この国を気に入ってくれた為か、それともリスクを分散させるためか。それとも――沢山の人に、覚えていてほしかったからだろうか。

 

「だから、な。……悲しいって思うんじゃなくて、美味しいって思って食べて欲しいんだ」

 

 出来上がった料理を大きなテーブルにどんどんと乗せていって、テーブルの上はちょっとしたイタリアの家庭料理で彩られていく。

 

「それじゃあ、猫宮さん。どうぞ」

 

「うん、それじゃ、頂きます!」

 

 味も材料も元とは違うのだろうけども、猫宮は確かにそこにイタリアの景色を幻視した。

 

 

 

 




アンチョビの話を書こう→そう言えばあんまり詳しく書いてないな→ゲームのイベント風に飛び飛びで時系列順にちょっと書いていって見ようか→あれ、ラブ要素とコメディ要素どこ……?
そしてこれを書いたら今度はグロリアーナの話も書きたくなった問題

活動報告に、ガンパレ関連の話題を載せました。感想以外でも自由にコメントが出来る場所なので、宜しければ是非見ていって下さいな


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リハビリ短編8【ちょっとしたIF話・お薬編】

投稿が遅れてすみません……
某ポストアポカリプスゲーを買い心に致命傷を負ってました……

何となく昔話していた思いついたIF話を投稿です。


 有史以来、人類はあらゆる技術を争いに、そして軍事へ利用してきた。世で開発された技術は、ほぼ全てが軍事に転用できないかと考えられてきたと言っても過言ではなく、また近代では軍が主導して開発した技術が、民間へと流れて世を発展させる。

 そして、古くから軍事と切っても切れない技術の一つが、薬学である。人体の治癒は言うに及ばず強壮、鎮痛など、あらゆる薬が兵士たちのために考え出されてきた。――そして、麻薬もその一種である。

 麻薬は恐怖を消し、疲れを忘れさせ、兵を長時間戦わせる様にすることが出来る。その効用は例え副作用を知っていても手を出したくなるほどに魅力的であり、現代軍でさえしばし濫用が見られる。

 この世界においては、多目的結晶が体に埋め込まれているために、植物の生成や薬品の合成に頼らないプログラミング技術さえあれば誰でも作れるブレイン・ハレルヤ等の電子ドラッグが大きく問題となった。

 

 何が言いたいのかといえば、ドラッグは軍事史、ひいては人類史における一種の闇であり、心有る者が仲間が使用しているのを見れば、とても衝撃を受けるということである。

 

 さて、ここで我らが主人公の猫宮悠輝では有るが、実は割と薬を使っているのである。そりゃー副作用は有るのだが、別ゲーから引っ張ってきたようなドラッグであるので副作用も他の薬を一発ブスっとやれば完治する程度のものであり、体力を回復したり仕事効果にブーストをかけたり、O.A.T.Sを連続使用するためにわんこそばのように薬をぶすぶす打ったりめっちゃ濫用してきたのである。某水中都市で超能力を使うために腕にぶっ刺しまくるのを想像してもらえれば分かりやすい。

 

 本人としてはアクションゲームで回復アイテムをぐびっとやるような感覚である。だがしかし、もしそれを見られてしまっていたら……これはそんなIFのお話。

 

 

 連戦に次ぐ連戦、各機体や各部隊がそれぞれローテーションで休憩をとっているが、一番動き回っているのが猫宮であった。何せ最悪一人放り込めばその戦域の戦闘は何とか立て直せたりするのである。必然、単独で救援に赴くことが多くなる。だがしかし、単独での行動は敵の攻撃を避けるため、また広範囲を一人でカバーするため機体の動きが激しくなり必然的に体力の消耗も大きくなる。このままではいけない、と思いつつ善行や久場、瀬戸口や芝村にまほや凛など、部隊の誰もが休んでくれとは言えなかった。言える、戦況ではなかった。

 

 補給と小休止の為に、整備テントに潜り込ませた機体からのコックピットを開けると、急いで駆け寄ってきた田代と狩谷に引っ張り出されて即座に水を渡される。

 

「いや~ははは、ごめんね手間かけさせちゃって」

 

「バカヤロウ!んな事気にしてる暇が有ったらとっとと休め!」

 

「栄養補給は大丈夫かい? レーションは用意してあるが……」

 

「いや、ザラメにしておくね」

 

 つまりは、胃が受け付けないということだ。その事実に二人の表情が曇るが、猫宮は相変わらず大丈夫大丈夫と言うだけである。

 

「ほら、二人共整備と補給お願いね! こっちは大丈夫だから!」

 

 心配する二人やその他整備班に手を振りつつ、テントを出て、雑多な物資が積まれている所の物陰へとそそくさと移動する。

 

 ごそごそとポーチを開き、一つシリンダーを取り出すと針を飛び出させる。そして、首筋に一発ブスリと。

 

「ふぅ……。やっぱりいい感じに効くねこれ……」

 

 普段なら誰にも見られないのだが……

 

 

 

【西住みほの場合】

 

 パシャっと液体がぶちまけられる音と、コロコロとカップが転がる音が響く。

 

「あ、あ、あ、あぁぁ……」

 

 そして、更に聞こえるよく知った声。かつて無いほどのやばい予感を感じて冷や汗を吹き出させつつ、振り返るとそこにはみほがいた。

 

 だが、そこにはいつもの優しげだが気丈な顔はそこにはない。ふるふると震えていて、口を手で抑え、既に両目からは涙が溢れていた。凄まじい罪悪感に襲われる猫宮。慌ててポーチに戻すが、口から手を離したみほが全力で駆け寄ってきて、ポーチを奪取した。そして、ひっくり返すとボトル入りの水やら栄養ブロックやらザラメ入りの袋の他に、カランカランと落ちてくるシリンダー。しかも、複数である。どう考えても言い訳のしようがない状況だ。

 

「ねこ、みやさん……どうして……どうして言ってくれなかったんですか……そんなに、辛いのに、どうして……」

 

 泣きながら猫宮にくっつき、ぽかぽかと胸を叩く。肉体的な痛みはないが、心に凄まじいダメージを受ける猫宮。良心がキリキリと痛む。

 

「い、いや別にこれは副作用とか大して無いし……」

 

 勿論そんな事信じられる訳が無い。

 

「いつも…いつも…誰かのために……なのに、猫宮さんが、一番…なんで……そんなに、私達は……ばか。ばかぁ……」

 

 しゃくりあげつつあげる涙声は、言いたいことが止めどなく溢れてくるのかしどろもどろ。ぽかぽかぽかぽか叩きながら、押し止められない言葉が幾らでも湧いてくる。

 

「わたしも、おねえちゃんも……頼りに……いつも、心配ばかりかけて……役に、立てない…嫌です……」

 

 ぽかぽかぽかぽか。みほの手はとまらず、逃げられない猫宮。

 

 そして姿が見えないなと様子を見に来た他の隊員たちに見つかり大騒ぎとなりました。そのまま、接収した建物の一室に無理やりウォードレスを脱がされた後布団や毛布と共に放り込まれて閉じ込められました。見張りとして、無職の茜も一緒です。茜は両目にいっぱい涙を溜めてこちらをキッと睨みつけています。

 この後、どうみんなに言い訳しようと布団の中に逃げ込んだ猫宮は頭を抱えました。

 

『猫宮の発言力が-1000』『みんなの士気が-200』『みんなは悲しみに包まれた』『猫宮の薬は全て破棄されてしまった』『これから継続して監視が付きます。そして、強制的に休憩を入れられるようになりました』

 

 イベント終了

 

 

 

【善行忠孝の場合】

 

 ふと、気配と嫌な予感がしたので振り返る。そこには、見たこともない呆けた表情で口を開け、立ち尽くす善行が居た。凄まじく気まずい猫宮。首に刺さった針を抜き、シリンダーをしまうが何を言っていいのかと逡巡する間に、善行が震える足で寄ってきた。

 

「……何時から、ですか」

 

「い、いやあのですね、別に副作用は特には「何時から、なのですか」……つ、辛い時にちょくちょく?」

 

 震える声、しかし有無を言わさぬ断固とした圧力。それに気圧されて多少脚色をして伝えると、善行は崩れ落ち、両手を付くと、頭を地に擦り付けるように下げた。

 

「いやっ!?ちょっとっ!?」

 

 大慌てする猫宮。だが、善行は震えて許しを請うていた。思い返すのは、あの半島での戦い。心身ともにすり減り、幽鬼のようになっていった部下たちは、それでも善行の前では決して弱みを見せようとしなかった。正義の味方であるために、ただひたすらに、善行へと献身し、その生命を捧げた。そう、あの捨て石とされ、損耗率99.5%を記録したあの戦場でも、最後まで。笑いながら付き従った男達。

 

 あの光景は、己の生有る限り忘れられないだろう。もう二度と、あの様な光景は作らないようにとひたすらに、努力を重ねてきた。だが、その結果がこれか? 結局の所、ただ自分は部下に命を捧げさせているだけなのか。そう思った時、善行の悲しみは止まらなくなった。

 

「すみません……本当に、すみません……」

 

 後悔にまみれた男は、それでも悲しみに浸ることは許されなかった。もう、小休止の時間は終わってしまうだろう。なら、自分も指揮に戻らねば。そう思うと、立ち上がり、鉛のようになった足取りで指揮車へと戻って行く。

 

「いや、あのですねっ!? 大丈夫ですからねーほんと!?」

 

 後でどうフォローしよう……そう思うと、猫宮は頭を抱えるのだった。

 

『善行の士気が-200』『善行の気力が-200』『善行は悲しみに包まれた』『善行は恥ずかしくなってきた』『善行の喜びは吹っ飛んだ!』

 

 イベント終了

 

 

【芝村舞の場合】

 

 背後で一つ、足音が聞こえた。嫌な予感がして振り返ると、そこには芝村舞が今まで見たこともないような呆然とした、そして悲しみをたたえた表情で立っていた。冷や汗が止まらない猫宮。ゆっくりと首から針を抜くと同時に、芝村が全速力で駆け寄ってきた。目に涙を湛え渾身の右ストレートを猫宮の顔面に突き刺した。パイロット用であり女性用の久遠とは言え、ウォードレスである。レスラー並みの筋力で殴られ吹っ飛ぶ猫宮。一方殴った芝村は、息が荒い。

 

「……け」

 

「え、ええと……」

 

「……け、…わけ、たわけ、たわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけぇっ!!!!」

 

 辺りに芝村の絶叫が響き渡った。どうしようと言い訳を考えていたが、もう手遅れかなと色々と諦めた猫宮。何事かと人が集まってくるが、芝村は意に介さず猫宮の胸ぐらを掴むと思いっきり持ち上げる。

 

「そなた、そなたはこんなものに、頼っていたのかっ……! 何故、誰にも言わなかった……何故、辛いなら辛いと言わぬのだ、この、たわけがぁっ……!」

 

「い、いや栄養ドリンクみたいなものだし……」

 

「……これが?」

 

 舞の絶叫に慌てて駆けつけてきた速水が、近くに落ちたシリンダーを拾い上げて悲しみの目でこちらを見ています。罪悪感が凄まじいです。

 

「……あ、あ、あぁぁぁ…………」

 

 衛生兵の石津はそれを見てぽろぽろと涙を溢れさせています。「……ひっく、……ぐすっ……」と言葉も出ずにしゃくりあげて泣き出しています。猫宮の良心はグサグサと針を刺されているような状況です。おまけに時間が経つごとにどうしたどうしたと5121の仲間たちが駆けつけてきて、猫宮を怒りや悲しみを込めた目線で見てくるので猫宮の良心はデンプシーロールを喰らった後のようにボロボロです。

 

「…………バカッ!」

 

 それから原さんがドスドスと近寄ってきて思いっきり張り手をしていきました。目に涙が溜まっていたのを見ると体より心の痛みのほうがヤバいです。

 

 ひとしきり皆から責めに責められた後、接収した建物の一室に無理やりウォードレスを脱がされた後布団や毛布と共に放り込まれて閉じ込められました。見張りとして、無職の茜も一緒です。茜は両目にいっぱい涙を溜めてこちらをキッと睨みつけています。

 この後、どうみんなに言い訳しようと布団の中に逃げ込んだ猫宮は頭を抱えました。

 

『猫宮の発言力が-1000』『猫宮の体力が-50』『みんなの士気が-200』『みんなは悲しみに包まれた』『猫宮の薬は全て破棄されてしまった』『これから継続して監視が付きます。そして、強制的に休憩を入れられるようになりました』

 

 イベント終了。

 

 

 




猫宮「た、ただ回復アイテムを使っていただけなのに……」

次こそは甘酸っぱいラブコメをきっと……!


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リハビリ短編9【アンチョビ色々】

とりあえずアンケート一位のアンチョビから色々とお話を……最初の方は本編でも共通、あとの方はIFやら妄想やらとなっております。


 正直に告白すれば、恋に恋をしていた所は凄くあったと思う。昔から恋愛小説が好きで、いつかはこんな恋をしてみたいと思ったのだ。と言っても、女子校のアンツィオでは出会う機会すら中々生まれなかったのだが。そして、戦争の足音がついに日本まで迫ってくると、いつの間にか自分たちも戦うことになってしまった。

 

 故郷の愛知、そしてアンツィオの有る栃木から遠く離れた熊本は色々と勝手が違っていたが、現地改造された対空戦車を押し付けられて、何とか隊の皆を生き延びさせることが出来た。同年代の学兵も沢山居るのでひょっとしたら出会いもあるだろうか?なんて考えても居たのだが、どうにもいい相手は見つからず、それどころか自分も含めてうちの子達がジロジロといやらしい目で見られる始末。確かにこんな時代で戦争に放り込まれた以上男子も仕方ないのだろうが、やはり愚痴の一つもこぼしたくなってしまう。

 

 そして何とか運良く生き延びられたものの、あの熊本城での決戦の日、とうとう自分たちの運も尽きてしまったのかと死を覚悟した。大量の押し寄せる幻獣、間に合わない包囲援軍。何とか頑張って一人でも多くを生かしたいと思って居たが、同時に無理だろうと言うことが分かってしまった。

 

 小型幻獣に殺される時は、自分たちもバラバラにされてしまうのだろうか。そうなる前にいっそ……と、思わず車内に有ったハンドガンに目を向けてしまう。そして、一度でいいから素敵な恋がしてみたかったな……と心が悲しみで満たされた時、私はきっと運命に出会ったのだろう。

 

『どうも、こちら5121小隊4番機猫宮悠輝です、援軍に来ましたっ!』

 

 戦場に似つかわしくない、明るい声。そして聞き覚えのある名前。猫宮悠輝。散々プロパガンダに使われた、学兵どころか全軍きってのエースの一人。ほんの短いやり取りの後、絶望的な数の幻獣に向かって迷わず突撃し、目の前の絶望も理不尽も何もかもをも叩き潰していくその姿に、確かに希望を見たのだ。

 

 長い長い戦いの中、まるで一心同体になったような不思議な感覚が生まれた。自分の指揮と、彼の戦いがピッタリ噛み合うかのような。そして、その感覚を証明するかのように驚異的な速度で幻獣が消えていく。気がつけば、戦いが終わっていた。

 

 最後には太刀一本で戦い抜いた彼が降りてくると、その笑顔にドキリとした。……我ながら単純だと思うのだけれども仕方がない。ここでお別れなのだろうかと考えて、寂しさやら不安やらが襲ってくる前に「そうだ、安斎さんの部隊も5121と一緒に行動しない?」と誘われたのは、凄く嬉しかった。

 

 それからだろう、私の運命が一変したのは。私の部隊は5121とその仲間たちに引き合わされ、合同訓練を行い、交流も一気に増えた。特に、補給が潤沢になったのは特にありがたく、お腹いっぱい食べられる日が増えたのは皆とても喜んでいた。――そして何より。

 

「やっ、安斎さん足りない物とか無い?」

 

 と、ちょくちょく心配してくれる彼との交流がとても増えたことだろうか。一番最初はただの吊り橋効果だったのかも知れない。けれど、共に過ごす内に。共に訓練をする内に。共に戦う内に。この胸の内の想いはどんどんと強くなっていったのだ。一時の気の迷いや勢いでないと、胸を張って言える程に。

 

 最も、私と同じ立場のライバルが多いのが悩みのタネだったのだが。まあ、それはそうだろうとも思うし、何より同じ立場のライバルたちも攻め落とせてない難攻不落。そして鈍いのかとも思えば……そうでもない。気が付いていても、気が付かないふりをしているか、恋愛は駄目だと律しているか。

 

 まあ、普通ではないのも分かる。色々と忙しいのも、特別な能力か何かを持っているのも。――ただまあ、こんな恋愛小説や少女漫画のような事を自分で思うなんて考えたこともなかったのだが――

 恋する乙女にとって、関係ないのだそんな事は。相手が精霊だろうと、妖精さんだろうととっても凄い只の人だろうと。だって、恋をしてしまったのだから。

 

 

 

【IF:とある戦闘と戦闘の合間に】

 

 善行戦隊はとても強力な部隊である。それ故に非常に便利使いされ、あちこちの戦場で引っ張りだこである。だが、人型戦車の部隊も増設されると、ようやく大きな単位でのローテーションが組めるようになってきて、それに合わせて部隊の休憩時間も十分に取れるようになってきた。疲労がとても溜まる前線のパイロットは機体から降りると大抵そのままどこかで寝てしまうのだが、その時間が十分取れることで長期的な戦闘力は向上したように思う。

 

 これはそんな休憩中の一幕。12時間の大休止が言い渡され、パイロットも戦車兵達も後方で久々にウォードレスを脱ぐ。適当な服がなかったので体操服とブルマに着替えて髪を下ろし、頭から水を被り汗を流してスッキリすると聞き慣れた足音が近づいてくる。

 

「千代美さん、お疲れ様っ!」

 

「ああ、お疲れ様♪」

 

 戦闘後だと言うのに、あはは~と柔らかく微笑んでる猫宮と、同じ顔をしている千代美。

 

「休憩所、こっちみたいだよ」

 

「ん、分かった」

 

 そして、千代美の手を取ると迷い無く接収されたとある民家へと歩を進める。周りでは他の女の子たちが「いいな~」とか「羨ましいな~」なんて言っている。ちょっと罪悪感を覚える千代美だが、それでも幸福感には勝てなかった。遠くではまだ砲声の木霊する戦場での貴重なひと時。恋人と共に過ごす事への誘惑には勝てなかった。

 

 靴を脱いで家の中へ。ドアを閉めて和室で二人きりになると猫宮がむぎゅっと抱きついてきた。

 

「ふぅ……今回も疲れたよ」

 

「よしよし、お互い頑張ったな」

 

 頭を撫でると、ごろごろと猫のように甘えてくる。普段、猫宮が他の人には見せない姿を知っていると思うと、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてくる。ギュッと抱きしめられる肌のぬくもりと身体の大きさと、よく鍛えた男の子の筋肉の程よく硬い感触。それらが、猫宮がとても男の子だと言うことを強く意識させてくるのだ。

 

「大休止だ。とりあえずどうする?」

 

「そうだね……とりあえず一眠りしたいかな……。それからはイチャイチャしながら考える」

 

「うぅ……ス、ストレートに……ま、まあわたしも異論は無いんだが……」

 

 千代美がちょっと照れてゴニョゴニョしている間に部屋の隅に畳んで置いてあった布団をささっと敷いて、二人してぽふっと横になると休息に眠くなってくる。布団から香るお日様の香りと、横に大切な人がいる安心感からだろう。向き合って、手を繋いで目を閉じると相手の存在を感じつつ眠りの中へゆっくりと落ちていく。間近に感じる体温や呼吸の音や香り。それが、低く小さく響いてくる砲声を一時でも忘れさせてくれるのだ。

 

 

 たっぷり3時間は寝た後、先に起きたのは猫宮だった。起き上がろうとすると、腕がぎゅっと掴まれていたので離れられない。

 

「仕方ないし、このまま眺めてるのもいいかな?」

 

 可愛い寝顔を側で見れるのは彼氏の特権だよね~なんて思いつつ、手櫛で髪を漉いていく。普段は頑張ってお手入れをしているのだが、前線付近に長期で居るとどうしても荒れてくる髪に四苦八苦している様を知っていると、早く後方に戻してあげたくなる……

 

「って、考えが暗くなっちゃった。ダメダメ」

 

 最悪を考え続けるペシミストとしての癖は、せめてこういう時くらいは抜いておかねば。というわけで、忘れるためにも愛でることにした猫宮。髪を漉いた後は、ほっぺをぷにぷにしたりつんつんしたり、ちょっとキスをしてみたりと寝ている千代美で癒やされる。寝ている女の子にいたずらするのは背徳感が有ってとても楽しい。

 

 よし、もう1回と顔を近づけたら、千代美の腕が急に後ろへと回された。

 

「……全く、寝ている所に変なことするなんて悪い人だ」

 

 むぅ~と不機嫌そうな顔をするけど、あくまでフリをしているだけ。声色は既にデレッデレである。

 

「だって離してくれなかったんだもん」

 

 おでこをくっつけてクスクスと笑う。もう一回キスしようとしたら、今度は困惑した顔をされた。はてな?と首をかしげると、顔を赤くして恥ずかしそうに俯く千代美。

 

「い、いやな……戦闘詰めでちょっと身体とか汚れてるし、汗かいちゃったし、乙女としては色々と気になっちゃうのだ……」

 

「いや、むしろちょっと興奮しt「へ、変態!」わぷっ」

 

 真っ赤になって枕をぶつけて、ごろごろと猫宮の下から脱出すると、髪をささっと整え始める。外からは、5121小隊特製カレーのいい香りが漂ってきた。身体が休まり、心の披露も回復すると急にお腹が減ってきた。

 

「とりあえず、次は何をするか食べてから考えようか」

 

「うむ、栄養補給だな」

 

 猫宮も立ち上がり、うーんと思いきり身体を伸ばす。正義に燃える心と明日への希望と仲間たちに守るべき人々。そして隣に愛する人がいる限り、いくらでも頑張れそうだと思うのだ。

 

「しかし、カレーかぁ……」

 

 二人で香りの方へと歩きつつ、ちょっと悩ましげな猫宮。

 

「なにか問題でも有るのか?」

 

 カレーばかりで飽きたのだろうか?確かに炊き出しがしやすいからと定番になってしまったが……

 

「いやね、カレーを食べた後のキスは……」

 

 駄目だよね?と目で訴えられる千代美。

 

「……念入りに歯は磨く。そっちもちゃんとする事。あと、レモンも頑張って齧る」

 

 確かに今、素敵な恋をしているのだけれど。それでも恋愛小説みたいなロマンチックを演出するのも戦場では大変だと千代美はため息を付いたのだった。

 

 

【妄想オーケストラ的ゲーム的セリフ集】

 

「訓練は頑張っているか? 物資に不足はないか? 友達に死んでほしくはないからな。だから小姑みたいな小言だって頑張るぞ」(友情・中)

 

「戦友というものは良いな、特に命を預けられる間柄は。戦争は嫌な事ばかりだが、かけがえのない友達に出会えたことは数少ない良い所だ」(友情・大)

 

「何処かの誰かの未来のために戦うのが我々だが……わたしは、お前のために戦いたいな。命を懸けるならば、自分が納得できる理由が良い。……こら、照れるな照れるな」(友情・特大)

 

「ど、どんな料理が好きなんだ? イタリア料理なら一通り作れるぞ。洋食はそれなり、和食は少々……。パスタやピッツァなんかの材料は、代用品が多いが……が、頑張る」(愛情・中)

 

「むぅ……最近、うちの子たちの前で威厳を保つのが大変なんだ。お前の事を考えると、つい頬が緩んでしまう。困った困った……でも離れられないのはもっと困った。とりあえず愛情補給だ」(愛情・大)

 

「距離が近い? 当たり前だ。おまえは私のもので、私はおまえのものなんだからな。他の女が寄り付かないようにしてるんだ。……だっておまえモテるんだもん」(愛情・特大)

 

「最近、お前が戦場で考えてることが分かる気がしてきてな……戦いやすいだろう?」(信頼・中)

 

「お前と一緒に戦うと最近負ける気がしないんだ。ふふっ、この戦争、どうにか生き延びれそうだ」(信頼・大)

 

「お前は何処まで行くんだろうな……エースになり英雄になっていく姿が見えるようなんだ。その隣でも後ろでも良い。わたしも戦友として側に居させてくれ」(信頼・特大)

 

「~~♪ え? 機嫌が良さそう? お前が側にいるから当然だろう。夢も叶ったしな♪」(恋人)

 

「よしよし動くなよ……マーキング中なんだ。これ見ても引かない女は思いっきりひっぱたくから目立つ所に……あっ、こら!」(愛してる)

 

 千代美は恋人繋ぎをして側にぴったりと寄り添っている。鼻唄も歌って期限がとても良さそうだ。(夢中状態)

 

「……バカッ!! こんな所まで恋愛小説のお約束をなぞる事も無いじゃないか……ぐすっ」(嫉妬)

 

「やだ……やだぁ……お願い、捨てないでくれ……何でもするから……」(別れてくれ・失敗)

 

「ふふっ、実は着痩せするタイプなんだ……好きにしても良いんだぞ……あっ……」

「ソックスが好きとかお前も大概……うぁ……これで……いいか?」

「あっ、こらぁ……そこに付けたらうちの子たちに見られちゃうだろ……はうぅぅ……」

(Hな雰囲気)

 

【嫉妬大爆発】

 

 険悪な空気の下、安斎千代美が肩を怒らせて近づいてきた。目が怖い。

 

 西住まほが近づいてきた。なぜか安斎千代美に顔を近づけた。

 

 ニァ ぎこちなく挨拶する

 

 ぎこちなく挨拶をする猫宮。だがこちらには見向きもしない。

 

「この人は私のものだ。近寄らないでもらおうか泥棒猫」

 

「寝言は寝てから言え。彼に近づくなこの雌猫め」

 

 しばし睨み合う二人。そして、同時にこちらを見た。

 

「「どっち!?」」

 

 ニァ あっちと言って逃げる

 

「あーっ!逃げた!」

 

「追え!」

 

 猫宮は走って逃げた。

 

「……どうしてこんな事に……」

 

 うなだれる猫宮。

 

『猫宮の士気が-100』『猫宮の発言力が-1000』




甘い描写するのがなかなか難しい……恋愛描写は好きだけど書くとなるとまたやっぱり勝手が違いますね。嫉妬大爆発の方はイベント再現だけじゃなくて、小説として書いたほうがまた面白いかな?それともセリフ集に先行後攻入れるだけでいいだろうか。

しかし、絢爛舞踏祭みたくエンディングを迎えて問答無用で消えたりしたら仲間たちは勿論好感度上げた子達や恋人がとんでもないことになりそうだ……


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