転生少年ジーノ君の冒険譚 (ぷにMAX)
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01

 

 

 

 

「はぁ……、冒険者になりたい?」

 

 さびれた店の一角で、そのような声がした。

 困惑の色を含んだものだ。

 小さな漁村であるアランヤ村にひっそりと存在する、店。

 『バー・ゲラルド』と名付けられたその店には、今日も数えるほどの客しか入っていなかった。 

 バーのマスターであるゲラルドは、今日も変わらず、使うあてのないグラスを磨いている。

 

「声が大きいよ……、ジーノ君」

 

 酒場には似合わない、幼い声音の主が二人、店に備えられたテーブルで向かい合っている。

 どちらもまだ若い。

 成人にも満たない男女が、丸椅子に腰かけて雑談を興じていた。

 

「いや、だってお前な――――」

「ジーノ君だって、冒険者になりたいんでしょ?」

 

 近年、アーランドを中心とした共和国化によって、周囲の小さな村々もその豊かな自然の恵みを得ることができるようになった。

 反面、モンスターたちの活動が活発化する中、民間から優れた能力の持つ人材を雇って、開拓の手伝いや、悪い影響を及ぼすモンスターの討伐などを依頼することが、制度化されるようになった。

 彼らは冒険者と呼ばれ、アーランド王国で発行される免許を携帯することで、様々な恩恵を受け取ることができる。

 冒険者しか入ることが許可されていない、危険な場所だってあるのだ。

 ジーノの眼前の彼女、トトリの母も、冒険者の一人であった。

 アランヤ村はアーランド共和国のはずれにある、小さな村であるが、トトリの母親はそこそこアーランドでも名の知れた冒険者だったのだ。

 しかし、数年前から行方知れずになっており、音信不通の状態が続いている。

 トトリは母を探すために、冒険者になりたいのである。

 

「それで、俺にどうしろって?」

「ジーノ君も一緒にアーランドに行こうよ」

 

 冒険者として認められるには、アーランドの王宮にて、冒険者免許証を発行してもらう必要がある。

 それをもらって、初めて冒険者として認められるのだ。

 

「俺はいいけど……、お前の家族はどうなんだよ?」

「――――」

「どうせ冒険者になるだ、ならないだで喧嘩したんだろ?それで気まずくなって、家を飛び出してきたんだ」

「お、お姉ちゃんが悪いんだもん!私だって、本気で冒険者になりたいのに……」

「あー、はいはい。わかったわかった」

 

 今にも涙目になりそうなトトリをなだめながら、ジーノは人差し指と中指の二本の指を立てた。

 

「アーランドまで行くには、二つ方法がある。一つは、ペーターの兄ちゃんの馬車に乗っけてもらう」

「……もう一つは?」

「アーランドまで歩いていく」

「えー!?で、でも、冒険者以外、進入禁止の場所があるはずじゃ……」

「ばれなきゃいいんだよ」

「だ、駄目だよ。ペーターさんに乗せてもらおう?」

「俺はどっちでもいいぜ。ただ、馬車のほうがつまんなそうだしなぁ」

「馬車、馬車にしよ!馬車の旅なんて初めて。いやぁ、楽しみだなぁ」

 

 話が一通り終わったところで、トトリたちが占拠していたテーブルに、ジョッキが二つ置かれた。

 グラスの中には、なみなみと注がれた牛乳が入っていた。

 

「悪だくみか、坊主ども?」

 

 バーのマスターであるゲラルドが、不敵な笑みを浮かべながら立っている。

 

「ゴチになります」

「バカを言え。きちんと支払ってもらうぞ」

「ひでえ、悪徳商売人だ」

「ほう、ジーノには、赤を追加しておくとしようか」

「あー、嘘です、嘘。ゲラルドさん、今日もかっこいいすねー」

「まったく。――――それで、お前たち、何の話をしていたんだ?」

「あの、えっと……」

「冒険者免許を取りに行きたいんで、どうやってアーランドまで行くか話し合ってました」

 

 ジーノ君、と非難がましい視線をトトリは送った。

 彼女の家族からは反対されているため、できるだけ秘密にしておきたかったのである。

 ゲラルドは顎を撫でながら、

 

「ふむ、お前たち冒険者になりたいのか」

「ああ」

「トトリもか?」

「は、はい」

「冒険者の仕事は、過酷なものだぞ。それでもいいのか?」

「ああ」「はい」

「危険なことも少なくはない、それでもやるのか?」

「くどいぜ、おっさん」

 

 ぐいっと、ジーノがジョッキをあおる。

 豪快に音を立てながら、みるみるうちにジョッキの中身がなくなっていく。

 そして、大きな音を響かせてからのジョッキをテーブルに置いた。

 

「止めたって無駄さ」

 

 ふむ、と再び顎を撫でる。

 ジーノもトトリにも、決意の炎が瞳の中で燃え盛っている。

 彼らは一歩も引く気はないのだろう。

 彼らの家族とも付き合いは長い。

 どうして冒険者になりたいかの理由も、ゲラルドはある程度理解している。

 

 ――――本気のようだな。

 

 ゲラルドはカウンターに戻ると、何か書かれている紙を、何枚か持ってきた。

 

「これは?」

「今のお前たちに頼めそうな『依頼』だ。旅立つには、小遣いが必要だろう?」

「……ゲラルドさん、反対しないんですか?」

「そりゃあ、できればやめてほしいよ。お前たちが大切だからな。でも、止めても無駄なんだろ?なら、せめて何か手伝ってやりたいと思ってな」

 

 ゲラルドの視線が宙に向かう。

 在りし日の何かを、思い出しているようであった。

 

「ギゼラのやつも、こうやって無茶してたよ。トトリ、母親に似たな」

「……お母さんも、ですか?」

「ああ、言っても聞かないやつだったよ。……だからせめて、お前たちに渡す依頼は吟味させてもらう。少しでも、危険が少ないようにな」

「ゲラルドさん……、ありがとうございます」

「達成した依頼があったら、ここに持ってきてくれ。内容に応じた金額を手渡すとしよう。……応援してるぞ、私は」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「さて、今からどうするよ?」

「うーん、とりあえずゲラルドさんからもらった依頼を消化していくべきなんじゃないかな?」

「ちげーよ。トトリは家族と喧嘩したまんまなんだろ?そのままでアーランドに行くわけにはいかないだろ」

「う、うう……でも、お姉ちゃん、すごい怒ってたし……」

「まぁ、今は様子見かな。お前の姉ちゃんも、夜になったら機嫌が直っているさ」

「……そうだといいけど」

「じゃあ、簡単な依頼からいくか……」

 

 ジーノがゲラルドからもらった、紙束をめくっていく。

 何枚かめくった後で、手の動きが止まった。

 

「これにするか」

 

『ニューズ2個の納品』

 

 最初の依頼が決定した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アランヤ村から少し歩いたところに、『ニューズの林』と呼ばれる採取地があった。

 ここでは、トトリたちが受けた依頼の一つである、『ニューズ』を採取することができる。

 年がら年中、木々からぼとぼととニューズが落ちてくるので、ニューズの林と呼ばれるようになったという。

 ニューズとは、とある木になる実の名である。

 殻の外側には小さな棘がついており、爆弾の材料にもなったりする。

 しかし、この棘は意外と柔らかく、成長すると棘の部分は根っこの役割を果たし、またニューズの実を実らせるのである。

 この林には、ニューズの木がたくさん生えていて、そこら中からニューズの実を拾うことができる。

 

「さっさとやっちまうか」

「そうだね」

 

 トトリたちも手分けして、辺りの散策に向かう。

 木から落ちたものでも、当たり所が悪いものだと品質が悪くなり、売り物や商品にならなくなる。

 素材を見分ける力、これはトトリの得意分野である。

 彼女の師から学んだ、錬金術には、素材の品質も重要な要素となるからだ。

 そのため、品質を見分けるルーペを、師匠から譲り受けていた。

 ジーノが実を拾ってきて、トトリが鑑定する、そのような分業が行われていた。

 すると、そこに、

 

「――――あだっ」

 

 ゴツン、ととてもいい音がなった。

 遠方から飛んできた樽が、ジーノの頭に当たった音であった。

 

「大丈夫、ジーノ君?」

「いてぇ、……おいでなすったか」

 

 たるが飛んできた方向を見ると、そこには明るい茶色の毛皮の、丸い動物がいた。

 垂れた長い耳を持っており、小さな手で、体と同じほど大きな樽をもって、こちらを睨んでいる。

 『たるリス』と呼ばれるモンスターだ。

 人を見かけると、どこからか持ってきたるを投げつけてくる。

 かわいらしい外見をしているのだが、モンスターである以上、人に害を与えてしまう。

 ジーノが、腰にかけていた剣を抜く。

 まだ小柄な体に似合う、細剣であった。

 鈍く銀に光る刀身で、顔と相手の体とを結ぶ。

 

「ジ、ジーノ君、モンスターだよ」

「わかってる」

 

 トトリには、まだ怯えが見えた。

 彼女の腕には、師匠から授けられた愛杖が握られている。

 腰を落として、構える。

 たまらない緊張感が、一同の間に流れていた。

 じりじりと、日差しが肌を焼く。

 先に動いたのは――――ジーノだった。

 たるリスに向けて、一直線に走った。

 それに応えてか、たるリスがジーノにめがけて、たるを投げつける。

 ジーノはそのたるを、あろうことか()()()()()

 

「おらぁ!」

 

 これには虚をつかれたたるリスに、たるがヒットする。

 情けない鳴き声を上げて、たるリスの体制が崩れた。

 それを逃さず、ジーノの切っ先がたるリスの体を薙いだ。

 絶命、血を払って鞘に納める。

 一瞬の出来事だった。

 少なくとも、今のトトリにはそう見えた。

 

「……ジーノ君?」

「いたた……、こぶになっているかも」

 

 顔をしかめながら、先ほどたるが当たった箇所を撫でている。

 

「ジーノ君、大丈夫なの?」

「おう、それよりも、――――来たぜ」

 

 ガサガサと、草むらをかき分けて、たるリスが姿を現した。

 その数、10匹。

 

「う、うわぁ」

「さすがに多いかなぁ」

「に、逃げようよ?」

「いやいや、冒険者になるためには、これくらいは簡単に片づけられないと」

「そんなこと言っても……」

「見てろ……」

 

 ジーノが再び、鞘から剣を抜き、中段に構える。

 片方の手で、トトリを下がらせる。

 たるリスたちは、ご自慢のたるを片手で持ち、発射する体制に入っていた。

 

「行くぞぉ!」

 

 気合を入れて駆け出したジーノに向けて、たるは放たれる。

 10個も投げられたたるは、もはや面であり、それがジーノに迫ってくるのだ。

 

「わああ、危ない!」

 

 物陰に隠れていたトトリには、避けきれず、ジーノに当たってしまうと思った。

 しかし、

 

「――――え?」

 

 トトリの疑問は、たるリスたちも同じように感じていた。

 たるにぶち当たったジーノの姿が、霞のように消えてしまったのである。

 いや、たるも当たった音は聞こえなかった。

 そこに在ると思っていたジーノの姿が、消えてしまったのだ。

 一体どこに?そう疑問を浮かべたたるリスたちの、真横から答えが飛んできた。

 切っ先はすでに体にめり込んでいた。

 ザシュ、と肉を割く音とともに、鮮血がほとばしる。

 視線をそちらに向けたときには、二の太刀が、たるリスの胴体を切り裂いていた。

 新たなたるを用意する間もなく、あっという間にたるリスの群れを殲滅してしまった。

 

「……ジーノ君、すごーい」

「鍛えてますから」

 

 剣を鞘に納め、左手に力こぶを作って見せる。

 

「さあ、アランヤ村へ戻ろうぜ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「驚いたな。もう持ってきたのか」

 

 夕暮れ時、辺りが暗くなってくるころ、トトリたちがゲラルドのバーへ入っていった。

 この時間帯になると、店の中にはちらほらと客の姿が見えだしてくる。

 テーブルを囲んでいる者、カウンターに腰かける者、様々だ。

 人々の間を抜けて、トトリたちはゲラルドに依頼の報告をしに行った。

 ニューズの納品を終え、報酬とおまけの物品をもらう。

 『マジックグラス』は、ジーノには使い道がない代物なので、トトリがもらうことに。

 

「品質にも問題はない。なかなかいい仕事をしてくれたな」

「ジーノ君のおかげです。こう、ばったばったと敵を薙ぎ払ってくれてですね――――」

「トトリ、言うなよ。恥ずかしいだろ」

 

 興奮して饒舌になっているトトリとは対照的に、ジーノは羞恥を感じているようだった。

 

「ほう、あの悪ガキがねえ」

「やめてくれよ、おっさん。明日も早いんで、今日はもう帰るよ」

「じゃあ、私も帰るね」

「じゃあな、トトリ、おっさん」

「ばいばい、ジーノ君。ゲラルドさんも、さようなら」

「おう、気をつけて帰れよ」

 

 ゲラルドが笑顔で見送った後、カウンターに視線を送る。

 

「どうだい、お前の娘の様子は?」

「ツェツィの方も落ち着いていたよ。今日は飯抜きにならなそうで、よかったよかった」

 

 グイード・ヘルモルト。トトリの父親である。

 トトリが来る前から、カウンターに腰かけていたのだが、持ち前の影の薄さで、娘から気づかれることはなかったらしい。

 ゲラルドからは、付き合いの長さから、トトリよりは認識されるようになっている。

 

「冒険者になりたいだなんて、誰に似たんだか……」

「どっちの娘も母親似だよ。頑固で、意見を曲げない」

「お前はいいのか?トトリが冒険者になることについては」

「そりゃあ、できるならやめてほしいけれど、あの子は僕の言葉では止まらない」

「親の心、子知らずってやつだな」

「人は一人で大人になっていくものさ。親はいつまでも子の面倒を見ていられるわけじゃない」

「それならせめて、娘の門出を見送るってか?」

「そうだね」

「ツェツィもトトリも、お前に似なくて良かったよ」

 

 大人二人の会話は、酒場の空気の中に溶けていく。

 動き出した歯車は、もう二人に止めることはできない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 枕元に、剣を立てかける。

 この世界に来て、もう十何年にもなる。

 前の世界に居たころのことは、もうろ覚えになりつつある。

 どうやら、転生と呼ばれる現象を体験したらしかった。

 新しい器に入り込む際、前世の記憶も一緒に持ってきてしまったらしい。

 前世での名前は、■■■。

 今世での名前は、ジーノ・クナープ。

 鉄と機械であふれるコンクリートジャングルではなく、緑とモンスターであふれる異世界での俺の物語を始めよう。

 ああ、今俺は生きている。

 

 

 

 

 



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02

 

 

 

 

「ジーノ君、いくよー」

「おっしゃ、バッチコイ!」

「それっ」

 

 トトリがジーノに向けて、黄色の物体を放り投げる。

 ジーノはそれを、鞘付きの剣を使って、打ち出す。

 眼前にいた、青くてぷにぷにと弾力を持った生き物、『青ぷに』に向けて、剛速球で打ち出された『クラフト』が、青ぷにの体に吸い込まれていった。

 勢いよく打ち出された弾丸によって、青ぷにの体はめり込み、そのままの勢いで後方に飛んでいく。

 ミー、と鳴き声を上げて飛ぶ青ぷにの体が、次の瞬間はじけ飛んだ。

 比較的小さな破裂音とともに、周囲に体の残滓をまき散らす。

 

「ストラーイク!」

「バッターアウト!」

 

 そう言って、ハイタッチで手を合わす二人。

 その様子を物陰から眺めている人影が一つ。

 

「……なにあれ」

 

 頼れる姉貴分のメルヴィアは、久しぶりに見た妹分たちの奇行ともいえる行動に、冷や汗を垂らしてしまった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ジーノ君、絶対冒険者になろうね!!」

「……お、おう。いつになくやる気だな」

 

 たるリスの討伐が終わってから数日後、再び酒場の前に集まったトトリたちであったが、なにやらトトリの様子がおかしかった。

 錬金術の師匠からもらったらしい杖を振り回して、やる気のあることをアピール。

 自分は絶対に冒険者になるのだと、言い聞かせている。

 これで3度目だ。

 ジーノに言っているだけでなく、自分にも言い聞かせているようだった。

 ある程度付き合いの長いジーノからすれば、また家族と喧嘩したのか、という具合である。

 トトリと、姉のツェツィは、普段は仲良しな姉妹なのだが、ふと意見が対立すると、すぐに喧嘩になってしまう。

 お互いに頑固なため、自分の意見を譲らないところがあるのだ。

 特に、トトリが冒険者になることに関しては、ツェツィの方もダメの一点張りで、トトリの意見を取り合おうともしないのである。

 今回も、そのことで喧嘩をして、家を飛び出してきたトトリが、一人でも冒険者になるのだと張り切っているところなのであった。

 このやる気が、空回りするだけでなければいいのだが……。

 

「それで、今日はどうしよっか?」

「今日は西の方へ行ってみようかと思ってる」

「この前と同じ場所じゃないの?」

「また、たるリスの野郎にたんこぶ作られたくないからな」

 

 先日たるがぶち当たった箇所には、小さなこぶができていた。

 そのことを恨んでいるのである。

 おのれ、糞リスどもめ。

 

「それに、ぷにの方がなんか弱そうじゃないか?」

「そうかなぁ」

「今回は、トトリにも活躍してもらうからな」

「えっ、自信ないなぁ」

「ぷには練習相手も兼ねてるからな。――――ほら、行くぞ」

「あ、待ってよジーノ君っ」

 

 二人は駆け出す。

 目指すは、西の平原。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アランヤ村から西へ少し行くと、緑の平原が広がっている。

 モンスターも比較的安全な個体がここでは生息しているため、ともすれば、人がモススターを追い払って、ここでピクニックをしたりなんかもするかもしれない。

 とにかく、ここは冒険者でなくても入ることができる場所なのだ。

 ここでは傷薬である『ヒーリングサルブ』の原料である、『マジックグラス』を採取することができる。

 先ほどから、トトリが草むらをごそごそとあさっては、腰のポーチの中にしまいこんでいる。

 錬金術士ではないジーノからしたら、ただの雑草に見えるが、トトリからすれば貴重な薬草の一種に見えるのだろう。

 まばらにたなびく雲を見ながら、ジーノは大きく伸びをした。

 心地よい風が吹いている。

 

「平和だねぇ」

 

 のどかな光景が広がっている。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

「――――ジ、ジーノくーん!」

 

 トトリの声に視線を戻すと、草むらから青い色をしたぷにが飛び出してきていた。

 いきなり出てきて驚いたからか、トトリは尻餅をついていた。

 あっちにいけーと、その体制のまま杖を振り回している。

 ぷにの方も、余りにも必死に杖を振り回しているトトリの元に近づくことができず、足を踏んでいる。

 

「何をやっているんだか……」

 

 走り寄って行くと、ジーノに気づいたぷにが、標的を変えた。

 ともすれば愛らしくも見えそうな顔をジーノの方に向けると、体を回転させる。

 縦回転、時間とともに回転速度は速くなり、十分なスピードがついたところで、はじかれたように突進を開始した。

 回転することによって蓄えられた運動エネルギーを伴って、ジーノに体当たりしようとする。

 

「おらっ」

 

 しかし、悪手であった。

 砲弾のようなスピードで近づいてきたぷにを、ボールのように蹴り返す。

 ぽーんとぷにが遠くへと飛んでいき、近くの木にぶつかると、体が飛び散った。

 

「大丈夫かよ?」

「うう、ありがとう、ジーノ君」

 

 差し出された手を取って、立ち上がるトトリ。

 ひらひらとした服についた草やら土を払って立ち上がる。

 

「お前さ、冒険者になりたいってたのに、ぷにごときでビビってたらダメだろ……」

「さ、さっきのは、急に飛び出してきたから、びっくりしちゃって……。こ、今度は大丈夫だから!」

「本当かよ」

「ホント、ホント!」

 

 言い合いをしていると、近くの草むらから音が鳴った。

 二人とも黙り、音のなった方へ視線を送る。

 草をかき分けて出てきたのは、さっきと同じ青ぷにであった。

 今回は二匹である。

 

「う、うわぁ。今度は二匹もいる……」

「ちょうどいいじゃねえか。俺右のやつな」

「え、ええ!?いきなり言われても……」

「それいくぞ!」

 

 ジーノは高く跳躍すると、二匹のぷにの間に降り立った。

 そのまま左右へぷにを蹴りだし、分断する。

 

「左だぞ、トトリ!」

「う、うん!」

 

 そう言づけると、右方に蹴りだしたぷにめがけて突貫する。

 居合の要領で、斬撃を一閃。

 二つに分かれた青ぷには、動かなくなった。

 危なげなく青ぷにを倒したジーノは、もう一方に視線を向ける。

 そこには――――、

 

「えい、えい!――――えーん、倒れてよー!」

 

 そこには、杖で滅多打ちにされているぷにの姿があった。

 見ていると、トトリが先ほどからポコポコと殴っているのだが、青ぷにの弾力感のある体に、打撃が押し返されているようである。

 確かに、ぷにぷにはしているが、それでも、そこまで手こずらないとは思うが……。

 どうやら、トトリの腕力は、想像以上に非力であったらしい。

 

「―――うわっ」

 

 鳴き声とともに、ぷにがトトリに体当たりを食らわせる。

 勢いよくぶち当たったぷにの体に押され、トトリは尻餅をついてしまった。

 そこに追撃をかけるように、ぷにが覆いかぶさってくる。

 

「ひやあああ、助けて、ジーノ君!」

 

 押しつぶされないように杖で押し返そうとするが、いかんせんトトリの腕力は非力であった。

 どんどんぷにの体に押されていく。

 

「おらっ、そこまでだ」

 

 見るに見かねたジーノが、青ぷにの体を切り裂く。

 今度は二つに分かれても、少しの間動いていた。

 もう一撃食らわせ、四分割にするとおとなしくなった。

 

「大丈夫か?」

「うー、ジーノくーん」

 

 涙目で泣きついてくるトトリに、ジーノは頭をかいた。

 少し、トトリはジーノに頼りすぎている。

 冒険者になるにしても、ならないにしても、一人で行動しなければならないときは必ず訪れる。

 今のままでは、決していい方へは行かないだろう。

 泣きべそをかいているトトリを落ち着かせ、手を肩に置いたまま話しかける。

 

「トトリ、今のままじゃ、ダメだ」

「……」

「今のままじゃ、冒険者になっても、弱いままだ。それどころか、冒険者にもなれないかもしれない」

「――」

「それじゃあ、嫌だろ?」

 

 グスグスと鼻を鳴らしながら、首を縦に振った。

 よし、とジーノはトトリを立ち上がらせる。

 

「……どうするの?」

 

 不安そうなトトリの言葉に、

 

「――――やることは変わんねえよ。特訓だ!!」

 

 ジーノはそう答えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 青ぷにの討伐依頼と、マジックグラスの納品依頼を報告し、そのまま酒場の空いている席に腰かける二人。

 ジーノがテーブルの上に、ゲラルドに言って持ってきてもらった紙とペンを置く。

 

「さて、作戦を考えるか」

「でもジーノ君、作戦なんてあるの?」

 

 首をかしげるトトリに、ジーノが人差し指を立て、ちっちっちと指を振る。

 それから、紙にジーノとトトリ、それぞれの名前を書く。

 

「まず、俺とお前でチームを組んだ時に役割を考える」

「役割?」

「おう」

 

 ジーノが言うには、トトリ個人としての戦力というのは、非常に心もとないものである。

 まず、腕力がない。

 武器としての杖も、殴打するにしても、腕力が物をいうのである。

 青ぷにの弾力に押し返されている今の状態では、戦力に数えることはできない。

 じゃあ、どうするか。

 まず第一に、基礎的な力を上げる。

 具体的に提示したのは、一日素振り1000回。

 トトリは悲鳴を上げていたが、スイングの速度や、杖の重さになれることに加え、腕力をつけるということで、この案を採用した。

 しかし、やはり一朝一夕では、腕力は身につくものではない。

 素振りとは並行して、何か代替え案を考えなければならない。

 

「……そういえば、お前って錬金術で何かできないのか?」

「え、うーん……、そういえば、簡単にできる爆弾のレシピがあったような」

「お、じゃあそれ採用」

 

 ということで、錬金術で作った道具での攻撃や、サポートといった戦い方を進めた。

 ジーノが知っている中では、ヒーリングサルブと呼ばれる傷薬と、錬金術の基本の中和剤ぐらいしか知らなかった。

 幸い、先日手に入れたニューズで、クラフトと呼ばれる爆弾を作れるそうなので、それを使って中距離から攻撃してもらうことにする。

 ジーノが接近戦での切り合いに加え、トトリが爆弾で援護をする。

 そのようなコンビネーションを目標とすることとなった。

 

 翌朝、早速作ってきたクラフトを使うため、西方の平原へ。

 昨日と同じように、青ぷにが草むらから飛び出してくる。

 

「よーし、トトリ、あいつに向かって投げてみろ!」

「う、うん」

 

 トトリは左手で杖を握りしめ、右手に小さな黄色をしたクラフトを持つと、腕を振りかぶり勢いよく投げつけた。

 ()()()に向かって。

 

「―――っ、おおおおおおい!?」

 

 慌てて鞘ではじき返す。

 鞘で跳ね返されたクラフトが、誰もいない地面に着弾すると、爆発。

 側面に配置されていた、ニューズの小さな棘が辺りにまき散らされた。

 これには青ぷにも苦笑い。

 

「……トトリ?」

「ご、ごめん、ごめんね。もう一回――――」

 

 再び振りかぶり、青ぷにめがけて投げる。

 手からすっぽ抜けたクラフトは、なぜかジーノめがけて飛んでいく。

 

「またかよ!?」

 

 今度も剣の鞘ではじき返す。

 近くの木に着弾し、爆発。

 小さな衝撃によって、木の葉が何枚か、地面に落ちていった。

 ジーノは気づいた。

 トトリはノーコンなのである。

 そういえばと、ジーノは幼い日のことを思い出した。

 アーランドでは『うに』と呼ばれる、イガイガの棘をつけた実が存在する。

 子どもたちの間では、うにを人にぶつける遊びが流行っていた時があったのだ。

 ジーノもトトリも、アランヤ村の子供たちと一緒になってうにを投げ合った時があった。

 その時も、やたらとトトリからうにを投げられたような……。

 まさか、とジーノは思った。

 トトリが投げると、自分に向かって飛んでいく、そのような魔法のようなことがあるのだろうか。

 

「も、もう一発、えーい!」

 

 ポーチから取り出した新しいクラフトも、トトリが投げるとあら不思議、ジーノに向かってとんでいく。

 先ほど立てた仮説が実証されそうだと、半場やけになって、ジーノは鞘で打った。

 カンッと鋭い音を立て、はじかれた爆弾は、勢いよく青ぷにの体内に吸い込まれていった。

 鳴き声を上げて吹っ飛ぶぷに。

 それに追い打ちをかけるように、クラフトがぷにの体に激突したことにより着火、爆発。

 体にめり込んだ状態での爆発によって、哀れぷには爆発四散。

 『ぷにぷに玉』を辺りにまき散らしながら、散っていった。

 

「おー」

「すごーい」

 

 その光景に、呆然としている二人。

 その後も、ガサガサと音を立てて、青ぷにが飛び出してきた。

 トトリがクラフトを投げると、ジーノが鞘で打ち、打球はぷにの体へ。

 何度も続けているうちに、トトリもジーノも楽しくなってきてしまい、作ったクラフトがなくなるまで、ノックの鬼と化していた。

 

「いくよー、ジーノ君!」

「おし、こい」

 

 放たれた黄色の爆弾を、ジーノがミートすることによって、速度を増し、打球はぷにの体へ。

 当たった打球はその衝撃で爆発し、ぷにもろとも吹き飛ばす。

 

「ストライク!」

「すとらいくってどういう意味?」

「当たりってことだよ。敵を倒したときは、アウトって言うんだ」

「ふーん」

「そら、もう一匹行くぞ!」

「う、うん。いくよー」

 

 カンッと打ち、ドカンと爆発する。

 ピギィ、との断末魔を上げて四散するぷに。

 果たして、どちらがモンスターなのだろうか。

 

「おらぁ、千本ノックじゃあ!!」

「ジーノ君、1000個もないよ」

「いいんだよ、さあ、さっさと投げてこんかい!!」

 

 この後めちゃくちゃノックした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ゲラルドのバーがある広場から坂を上がっていったところに、トトリの家が存在する。

 錬金術をするうえで、少し頑丈に補修を行った以外は、普通の一軒家である。

 日も落ちて、闇で辺りが見えにくくなった時間、トトリの家でも、部屋には明かりが満たされていた。

 リビングには、トトリの姉であるツェツィともう一人、褐色の女の子がいた。

 普段食卓に使っているテーブルに向かい合わせになりながら、二人が会話をしている。

 

「もう、こんな時間になっても帰ってこないなんて……。トトリちゃんが不良になっちゃった」

「だから、そのうち帰ってくるって。私がここに来るとき見かけたけど、遊び疲れたら帰ってくるって」

「でも、でも、途中でモンスターに襲われたらどうしよう」

「それも心配ないよ。この付近に生息しているモンスターは、弱っちいし、優秀な護衛もいるみたいだしさ」

「もう、メルヴィアはどっちの味方なのよ!トトリちゃんのこと、心配じゃないの?」

「そりゃあ心配だけどさ。いつまでもあんたもそばにいられるわけでもないし、ここは信じて待っていたらどう?」

「ああ、もう!見に行くべきかしら……。でも、入れ替わりになるとダメだし、ここは信じて待つしか……。ああ、もう!メルヴィアも見かけたなら、声をかけてよ!!」

「いやぁ、あれはちょっと、声をかけられる雰囲気じゃなくて――――」

 

 口元を引きつらせて頬をかいている女性は、メルヴィア・ジーベル。

 トトリの姉であるツェツィとは同い年で、大親友。

 冒険者になった彼女は、遠くまで依頼をこなしにいっていたので、アランヤ村を留守にしていた。

 豪快な性格の彼女は、今日、打ち取ったモンスターの亡骸をもって、この村に帰ってきたのだった。

 最初、ツェツィはモンスターの亡骸を見て、悲鳴を上げてしまった。

 今も、家の外にはモンスターの巨躯が、鎮座している。

 

 ――――と、誰かがドアをノックした。

 

 テーブルに伏せていたツェツィが、勢いよく起き上がると、扉の所までダッシュする。

 

「おかえり、トトリちゃ――――」

「ども」

 

 トトリはそこにいたのだが、ジーノの背に背負われて、眠っていた。

 先ほど扉を叩いたのは、ジーノであったらしい。

 

「疲れて途中で寝ちゃったんで、連れてきました」

「――――そう、ありがとう」

 

 そういうと、眠ったままのトトリを抱きかかえる。

 そのまま寝室まで運んでいく。

 姉は強いのだ。

 妹を抱えたまま、二階まで行くのは、なんでもないことである。

 

「ジーノ」

 

 家の中に消えていったツェツィの代わりに、メルヴィアが外に出てきた。

 ジーノが外に鎮座しているモンスターに視線を送る。

 

「あれ、メル姉が倒したモンスター?」

「そうよ」

「ふーん」

 

 メルヴィアはむっとした。

 

「何よ、久しぶりのお姉さまに、もうちょっとなんか言うことないわけ?」

「はぁ、おかえり」

「おかえりなさいませ、メルヴィアお姉さま、でしょ?」

「いや、ないわ」

 

 ないないと、手を左右に振る。

 その態度にいらっとしたが、メルヴィアは息を吐くと、

 

「あんた、冒険者になりたいんだ」

「おう。今金をためてるとこ。もう少し貯まったら、アーランドに行こうと思う」

「あたしが言うのもなんだけど、冒険者ってのは、ロクな職業じゃないよ。危険だし、時には何年も帰ってこれないときもある」

「承知の上さ」

「そうなんだ」

「メル姉は、俺とトトリを止めるかい?」

 

 その言葉に、メルヴィアは首を左右に振った。

 

「あたしは、止めないよ。トトリも、あんたも自分で決めたことだ」

「そうか……」

「あんたの家族はどうなんだい?」

「話し合ったよ。怒られもしたけど、許してもらえた」

「そっか。……ツェツィの方は、大変そうだけどね」

「今すぐ出発するわけでもないし、ゆっくりと話し合ったらいい。――――多分、今回は姉の方が折れる」

「……へぇ、その根拠は?」

「トトリが本気だからだよ」

 

 ジーノが、まっすぐとメルヴィアを見つめる。

 

「あいつの母さんに似て、あいつが本気になったら、相手が折れるしかない。トトリの姉ちゃんには、気の毒だけどな」

「――――確かに、そうかもね」

 

 なんとなく、少し大人になったかなと、メルヴィアは思った。

 冒険者の仕事で、少し村にいなかっただけなのに、自分の知っているジーノとは、違っているように見えた。

 

「じゃあ、俺行くよ」

 

 背を向けて歩き出す。

 

 ジーノが見えなくなった辺りで、ツェツィがトトリの部屋から降りてきた。

 

「ご苦労様」

「あの子、帰っちゃったの?」

「うん、ついさっきね」

 

 そう、と言って出口を見つめるツェツィ。

 目つきは、鋭かった。

 そこにいた誰かを、睨んでいるようだった。

 

「……確かにあいつは悪ガキだけどさ、そんなに目の敵にしなくても」

「……それだけじゃないの」

 

 ツェツィは苦手だった。

 彼が、時折見せる大人っぽさが。

 トトリを巡って、幾度となく衝突をすることがあった。

 そのとき、決まってジーノの方から頭を下げるのである。

 どんなにツェツィがひどいことを言っても、無言で頭を下げ続けた。

 ひどいことを言っているのは、わかっていた。

 嫌いになってくれれば、そのほうがよかったのだ。

 でも、あの子の態度は変わらなかった。

 ツェツィは、ジーノが時折見せる大人な態度が苦手だった。

 年齢はツェツィの方が年上なのに、お姉ちゃんなのに、ジーノと喧嘩になるたびに、自分がなんて子どもなんだろうと思い知らされる。

 ツェツィは、ジーノの得体のしれないところが、恐ろしかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌朝、トトリ一行は、広場で待っていたメルヴィアを交えて、村から東へ向かっていた。

 メルヴィアは、トトリが冒険者になろうとしていることを止めなかった。

 代わりに、一冒険者の先輩として、危険なことがないように、一緒についていくと提案した。

 それに、トトリは快諾し、パーティにメルヴィアが加わることとなった。

 自らの身長ほどもありそうなバトルアックスを軽々と肩に乗せ、飄々と歩いていくところから、彼女の怪力の片鱗がうかがえる。

 

「よかった、メルお姉ちゃんが一緒に来てくれるなんて」

「あたしができるのは、一緒に戦ってやることぐらいさ。ツェツィの説得は、トトリ、自分でやるんだよ」

「う、うん。頑張る」

 

 それと、とメルヴィアがとなりを歩いていたジーノの方に目をやる。

 腰にひっかけている剣と、今日は背に籠をしょっていた。

 中には、鉄串が数本入っている。

 

「あんた、それ何よ?」

「いやー、メル姉が来てくれるって言うんで、かねてから試したかったことができるなって思って」

「だからそれ、何に使うのか聞いてるんだけど?」

「それは後のお楽しみってことで」

 

 いつもより陽気なジーノに、トトリもメルヴィアもいぶかしげな表情である。

 付き合いの長いトトリからすれば、またろくでもない考えをしているようで……。

 

「――――来たね」

 

 奇声を発しながら、宙から飛び出してきたのは、アーランド全域に生息する鳥型モンスター『アードラ』。

 鋭いくちばしと、青い羽毛が特徴で、アーランドのほぼ全域で見かけるメジャーなモンスターである。

 青い羽毛は、抜け落ちると赤く変色し、丈夫な布の材料に使われることもある。

 上空を旋回していた二匹が、急降下でこちらに迫ってきている。

 メルヴィアは、トトリの盾になるとともに、かついでいたバトルアックスを構える。

 

「らああああああああああああ!!!!」

 

 勢いよく振り下ろされた一撃が空を切る。

 アードラの体を切断するはずだった一撃が地に刺さり、土を飛ばした。

 しかし、その衝撃で、アードラの方もメルヴィアに近づくことができなかったようである。

 空中で体制を立て直すと、再び攻撃のチャンスを狙って旋回しだす。

 ちっ、と舌打ちするとともに、すぐさま戦況の把握に務める。

 もう一匹いたはずだが、そう思い視線を別方向にもやる。

 

「―――っ、やばっ」

 

 もう一匹のアードラは、すぐ近くにいた。

 接近せず、様子をうかがっていたようであった。

 アードラが、勢いよく翼でうつ。

 巻き起こされた風は砂利を伴って、トトリたちを襲う。

 

「きゃあ」

「くぅ」

 

 ガードすることはできたものの、体に張り付いてくる砂がうっとうしい。

 

「大丈夫かい、トトリ、ジーノ?」

「う、うん。私は大丈夫だよ、メルお姉ちゃん」

「ジーノは――――」

 

 その時、メルヴィアの視界に新たに飛び込んできた影があった。

 風を巻き起こしたアードラのさらに上空から、ジーノが降りてきたのである。

 

「いただきい!!」

 

 ジーノの手から放たれた切っ先が、アードラの首を切断した。

 断末魔の悲鳴を上げ、二つの影が重力によって、落ちていく。

 ジーノはアードラによって風を巻き起こされるその前に、宙へと逃げていたのである。

 それも、アードラの上空へと。

 アードラ自身が巻き起こした風によって、視界が悪くなることを見越して、上空から奇襲する。

 それがみごとはまって、アードラを倒したであった。

 相変わらず、素早いやつ。

 そうメルヴィアは思った。

 もう一体のアードラも、仲間が倒された怒りからか、咆哮を上げて突進してきた。

 

「トトリ!!」

「うん、当たって!」

 

 トトリがポーチからクラフトを取り出し、それを投げた。

 アードラめがけて投げられたそれは、なぜかジーノの方へ向かう。

 それを、ジーノは剣の腹で打ち返す。

 アードラめがけてミートされたクラフトを、見事アードラは宙を舞うことで回避することができた。

 しかし、

 

「いらっしゃい」

 

 回避した先に、メルヴィアの大きな斧が待ち受けていた。

 振り下ろされた剛斧を今度は回避することができず、アードラは絶命することとなった。

 

「やりぃ」

「やったぁ」

 

 手を取り合って喜んでいる二人。

 こう見れば、仲の良い兄弟にも見えなくはない。

 ジーノだけでなく、トトリも成長しているようだった。

 

「あんたたち、喜び合うのはいいけど、次、来たよ」

 

 先ほどの叫びを聞きつけ、アードラが集まってきた。

 山へと続く道には、ところどころにアードラの巣があり、人々を苦しめている。

 『アードラの巣に注意』という立て札も立てられているほどだ。

 

「奴さんは待ってくれないよ!準備はいいね?」

「上等!!」

「うん!」

 

 かん高い叫びとともに、アードラとの戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

  

 冒険者は、時には何日も街や村に帰ることのできないときがある。

 そのため、野宿や、野でトイレをすますことは、必須項目であるといえる。

 そして、生命活動に必要な、水や栄養素を確保することも、冒険者活動をしていくうえでは、重要なことである。

 ということで、ジーノたちはいま、アードラの肉を食べようとしていた。

 羽毛を捥いで、肉と皮とになったアードラの体に、鉄串を通し、火であぶっていく。

 味付けは、近くでとれた『岩塩』をすりおろして、あっさり塩味に。

 籠に入っていた鉄串は、このためにゲラルドから借りてきたのだという。

 モンスターを食べるという発想に、二人は呆れるばかりであった。

 メルヴィアの方は、冒険者としてやっていくうえで、野草を口にしたり、トカゲを食べたりしていたため、それほど忌避感はなかったが、トトリは違った。

 最初、食べることを拒否して、口につけようともしなかったが、肉が焼ける匂いと、ジーノたちが食べ進めていくうちに、一口かぶりつき、そのまま一羽分ぺろりと食べてしまった。

 やはり足の筋肉を使うからか、肉分は足が多かった。

 翼には、それほど身の部分は多くはなかったが、骨と肉との間の部分が、隠れた旨みであった。

 ここらへんに現れるモンスターでは、一つ頭が抜き出たアードラを相手にし、皆、腹が減っていたのである。

 腹が膨れたところで、トトリが疲れから眠くなり、メルヴィアの方へと倒れていった。

 炎を囲んで、三人が座っている。

 うち一人は、すでに意識は夢の中だが。

 

「あんたさ、なんで冒険者になりたいの?」

 

 メルヴィアがジーノに問うた。

 

「なんだよ、急に?」

「トトリが冒険者になりたい理由は知ってる。いなくなったお母さんを探すために冒険者になるんだって、何度も話してくれたからね。――――でも、あんたの理由は知らない」

「理由なんてねえよ」

「本当に?」

 

 まっすぐと、メルヴィアは見つめている。

 

「メル姉はどうなんだよ」

「あたしは、村で一番力も強かったし、ギゼラさんの勧めもあって、冒険者になることにした。実際、普段の生活では、怪力を持て余してた時もあったしね」

「バカ力も大変ですな」

「はったおすよ?――――でも、あんたには私みたいな怪力もない。もっと違う道もあるんだよ。でも、冒険者がいいんだろ?」

「ああ」

「例え、帰ってこれなくても?」

「――――」

 

 メルヴィアのトトリを撫でる手が優しくなった。

 

「あんたも知ってるだろ?ギゼラ―――トトリのお母さんがいなくなった時の、この子の落ち込みようを。……私は、見てられなかったよ。もしもあんたがいなくなったとしたら、あんたの家族はどう思うと思う?」

「――――」

「誤解してほしくないのは、別にあんたが冒険者になることを止めろってわけじゃない。ただ、先輩の冒険者としてのちょっとしたアドバイスみたいなものね。私だって、危なかった時がいくつもあった。あんたが思っているよりも、冒険者は危険なんだよ?」 

「…………」

「だから、私はあんたの決意が知りたい。どうして、冒険者になりたいと思ったのか――――」

 

 パチパチと、火がはぜる。

 辺りが薄暗くなっていく。

 二人の顔をオレンジ色の火が照らす。

 

「――――メル姉はさ、この海の向こうがどうなってるか、知ってる?」

 

 ぽつり、ぽつりとジーノが話始める。

 

「……いや、考えたこともなかったね」

「もしずっと海を越えて、島があったら島を越えて、ずっとずっとまっすぐに進んでいくと、何があると思う?」

「――――」

「書物でしか見たこともない場所に言って、見たこともないやつと会って、聞いたこともないような怪物を退治してさ、それって、――――かっこよくないか?」

「――――はぁ?」

「バカにしたっていいぜ。なんせ、俺はバカだからな」

 

 そう言うと、トトリに配慮して静かに立ち上がる。

 

「素振りしてくる」

 

 そう言って、走っていった。

 残されたメルヴィアは、トトリの頬を撫でると、

 

「男って、本当にバカね」

 

 そう言ってクスりと笑った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 結局、ツェツィの方が折れた。

 グイードは止めず、むしろ娘を送り出した。

 アーランド王国までは、ペーターの馬車を使って移動する。

 トトリとジーノが荷台に乗り込むと、馬車が発進する。

 徐々に小さくなっていく、ツェツィやメルヴィアの姿。

 トトリは手を振りながら、家族と別れた。

 行先は、アーランド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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03

 

 

 

 アランヤ村からアーランドまで、馬車で旅して14日目。

 さすがに、ジーノにも、トトリにも飽きが来ていた。

 

「ペーターの兄ちゃんよ、まだ着かねえのかい?」

 

 馬車の後ろのかごの中で、ジーノが寝っ転がりながら訪ねる。

 

「あと一日ってとこだ。もう少し、我慢しろ」

「聞いたか、トトリ。あと一日我慢すれば、このつまらん馬車の旅からもおさらばできるんだ」

「うう、やっとアーランドに着くんだ」

 

 アーランドまでの道は、きちんと舗装されているわけでもなく、悪路のため、荷台の中ではひどい揺れが起こっていた。

 ジーノは出発して、割と最初期になれたのだが、トトリは一週間経っても揺れになれることができず、馬車酔いに悩まされていた。

 念願の冒険者になることができると、アランヤ村から出発してすぐの時は、二人とも浮かれていたのだが、時間がたつにつれて、その元気もなくなってくる。

 しかし、あと一日我慢すれば、アーランドにたどり着くことができる。

 王宮で冒険者登録すれば、悲願だった冒険者となることができるのだ。

 その時、トトリの眼前で、ジーノの顔つきが変わった。

 かごに囲まれていて、ここからは外の様子を見ることはできない。

 しかし、ジーノは見えないながらも、外の様子を察知しているようであった。

 

「どうしたの、ジーノく―――――」

「うわああああああ」

 

 トトリの声を遮って、馬を動かしていたペーターが、大声をあげながらかごの中に入ってきた。

 

「ど、どうしたんですか、ペーターさん?」

「お、お前ら、早く逃げろ!も、モンスターが――――」

 

 ペーターが言い終わらぬうちに、かごに衝撃がはしった。

 何度も、ゴツン、ゴツンと、何かを打ち付けるような音が聞こえる。

 

「も、モンスター!?」

「ああ、でかいやつだった。逃げるぞ。ここからならアーランドまでそう遠くはない」

「で、でも……」

「おせえよ。走って逃げ切れるわけがない」

 

 そう言うと、鞘に入った愛剣を腰に差し、外に出ようとする。

 

「ジ、ジーノ君、どうする気?」

「戦う」

 

 なんとも軽く答えたジーノの答えに、パニックになっている二人が驚愕する。

 

「む、無茶だよ」

「そうだ。早いとこ、逃げちまった方がいい」

 

 引き留める言葉にかまうことなく、かごの外に躍り出た。

 思わず、感嘆の声が、ジーノの口から漏れ出た。

 かごの上に乗って、こちらをにらみつけているモンスター。

 猛禽類特有の、鋭いくちばしと、獰猛な目。

 肉食獣のしなやかで、獲物を狙うのに適した肉体。

 何より、一対の翼を大きく広げることで、相手を威嚇する。

 かん高く、鋭い声が、辺りに轟いた。

 

「……やる気じゃん、こいつ」

 

 思わず、口角が上がる。

 アランヤ村周辺、それも立ち入りが許可されている場所には、今のジーノを満足させるようなモンスターは、いなくなっていた。

 そして明日、ようやく冒険者免許をもらうことで、その道が開けるのである。

 普通なら、ここは逃げるべきなのだろう。

 もうすぐ、アーランドなのだ。

 怪我をするようなことは、避けた方がいいに、決まっている。

 しかし、

 

「……逃げるかよ」

 

 相手の目が、勝負しろと語りかけてくる。

 生きるか死ぬかの世界。

 獣が、自分のすべてをかけて、ぶつかり合い、勝者だけが、その肉を食らうことができる野生の世界。

 ぞくぞくしてくる。

 軽く、手に鳥肌がたっているのがわかる。

 すらりと、鞘から剣を抜いた。

 鈍い銀の色で輝く、ジーノの武器である。 

 相手の、太く、鋭いかぎ爪からすれば、なんと頼りない武器か。

 しかし、それを別の要素で補う。

 パワー?スピード?

 どちらも、負けている。

 ふふん。

 生物としての性能では、相手の方が上だろう。

 しかし、勝負は、それだけでは決まらない。

 相手も、こちらの敵意を見抜いている。

 こちらをにらんでいる視線が薄く、鋭くなっていく。

 

「ケェェェェッ!!」

 

 モンスターが、かごを蹴った。

 その衝撃で、かごが揺れた。

 中のトトリたちの悲鳴が聞こえる。

 ジーノは、右に跳んで、モンスターの攻撃を避けた。

 すぐに起き上がり、追撃に備える。

 ゆったりと、しかし油断なく、モンスターが体制を整える。

 もう、視線はジーノにしかない。

 認めている。

 自分の敵となる人物を、認めているのである。

 隠しきれぬ笑みを浮かべながら、ジーノは構えた。

 いつもと同じ、正眼の構えだ。

 モンスターが、ゆっくりと、ジーノの周りを回り始める。

 ジーノも、視界から外さないよう、ゆっくりと体制を変える。

 たまらない、緊張感が、ここにはあった。

 空気の糸が、ピンと、張っているようである。

 その糸が切れた時こそ、勝負の時だ。

 じりじりと、両者見合ったままの時であった。

 

「じ、ジーノ君!?」

 

 さっきモンスターが蹴った衝撃で倒れたかご。

 そこからようやく這い出してきたトトリの言葉が、引き金となった。

 

「グルォッ!!!!」

 

 モンスターが、瞬時に体を落とし、そのしなやかな筋肉で、こちらに跳躍してきたのである。

 モンスターの巨体が、数瞬のうちにジーノに迫ってくる。

 驚異的なダッシュ力であった。

 

「なろッ!!」

 

 ジーノもその動きに反応している。

 モンスターの着地地点から遠のき、次の瞬間に斬撃を入れようというのである。

 モンスターの攻撃が、空振りする。

 しかし、着地と同時に体をひねり、目標を再度定める。

 まだ、その両の目は、ジーノに固定されたままだ。

 補足されているのにかまわず、ジーノが突貫する。

 わずかに崩れている体制を整えている間が勝負だ。

 狙うは、まず足。

 機動力をそぐのである。

 まずは、相手の右――――、

 

「らああああああああ!!!!」

 

 左腰に構えられた剣に、青い光がまとわりつく。

 張り上げる声に呼応するように、その光も強くなっていく。

 左薙ぎの斬撃だ。

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

 モンスターの右前脚から、赤黒い血が噴き出た。

 ガクリと、モンスターの体が()()()

 ――――もらった!!

 そのまま、腰を入れ、右切り上げの二の太刀。

 青い色から黄色へ、ついには赤色化した刀身。

 それでもって、モンスターの命を刈ろうとする。

 しかし、

 

 ――――キン

 

「――――あれ?」

 

 いつも感じているような、重さがどこかに行ってしまった。

 代わりに、眼前のモンスターの足元に、なにやら鈍い色で輝く物体が。

 視線を剣に向ける。

 ――――なかった。

 刀身が、そこにはなかったのである。

 

「……やば」

 

 モンスターの体が、起き上がる。

 恐る恐る視線を戻すと、そこには復讐に燃える獣の眼が。

 足の痛みは、怒りがかき消しているようであった。

 先ほど傷つけた右足が持ち上がり、こちらに振り下ろされる。

 後ろに跳び、回避する。

 風圧が、顔を打った。

 モンスターが咆哮する。

 どうやら、何がなんでも、こちらのことを許さないつもりらしい。

 一対の翼をはためかせ、宙に浮きあがる。

 ジーノが見ている前で、モンスターは高く、高く舞い上がっていく。

 

「おいおい、まさか……」

 

 上空の太陽を隠すかのように飛び上がったモンスターが、宙で動きを変え、こちらに飛び込んできた。

 慌てて、ジーノが横に跳ぶ。

 爆音が轟き、先ほどまでジーノがいた場所に、小さく土が掘られた跡が残った。

 直撃はさけたものの、衝撃によって飛び散った土砂が、ジーノに降り注いだ。

 さて、どうしたものか……。

 怒りを宿し、こちらをにらみつけてくる相手の方を見ながら、ジーノは思った。

 武器がないことには、こちらも手がない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ちらりと、トトリたちの方に目をやる。

 何か、こちらに向かって言っているようであるが、頭に入ってこない。

 それよりも、目の前の相手をどうにかする方が先である。

 ……ここで()()わけにはいかない。

 しかし、素手で倒すのも、非力そうなガキにしては、変な話だ。

 メルヴィアは別だ。

 あれはいろいろな場所に肉が詰まっている。

 それはいい。

 自分なら、ジーノなら、この局面をどう切り抜けるか。

 モンスターの突進をかいくぐりながら、ジーノは思案した。

 ……思い浮かばん!!

 持ち前のすばしっこさで、モンスターの攻撃を避けまくっていた時であった。

 

「一閃!!」

 

 ジーノの後ろから飛び出してきた影が、モンスターを一刀のもと、切り裂いてしまった。

 上段からの、唐竹割。

 加えて、剣からほとばしっている電撃によって、モンスターは断末魔の悲鳴を上げて息を引き取った。

 

「大丈夫か?」

 

 黒の装束をまとった、騎士風の男だ。

 先ほどのモンスターにも負けない、鋭い眼光だ。

 何もしていないのに、こちらのことをにらみつけているようにも感じる。

 

「すまない、助けが遅れてしまった」

「とんでもないです。間に合ってよかったなぁ」

 

 危険が去ったからか、先ほどまで傍観していたペーターが、笑顔で出てきた。

 

「こんなところまで、モンスターが出てくるとはな……。すまない、私たちが、見識を怠ったばかりに」

「い、いいですって。終わったことですから、なぁ」

 

 ペーターが、こちらに肯定を求めてくる。

 ジーノも同意の返事を送ると、黒い騎士が息を吐いた。

 どうやら、危険は去ったようである。

 

「アーランドまで行くのか?」

「はい。こっちの二人が、冒険者になるために、王宮に登録しにいくんですよ」

 

 なるほどと、騎士の視線がトトリとジーノに注がれる。

 トトリがジーノの元に走り寄ってくる。

 

「ジーノ君、あの怖い騎士さんに睨まれてるけど、何かあったの?」

「知らねえよ、あんなおっさん」

 

 小声で話しているつもりが、どうやら聞こえていたようである。

 二人が話した言葉に、若干のショックを受けながらも、

 

「……まあ、いい。じきにアーランドに着く。それまで、私が護衛しよう」

「本当ですか!?いやぁ、よかったよかった。騎士様がいてくれるなら、安全な旅間違いなしですね」

「そうなるよう、私も気を配るつもりだ」

 

 だから、危険をあおるような行動は、以後慎むようにと、最後に付け加えた。

 視線は、ジーノに向けられていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ガタガタと揺れる馬車の中で、ジーノとトトリが座っている。

 ジーノの横には、折れた細剣が入っている。

 柄はそのままだが、刀身が真っ二つに折れてしまっており、使い物にならない。

 

「ジーノ君、その剣、どうするの?」

 

 トトリが訪ねた。

 

「どうもしねえよ」

「でも、子供の時から使ってたものだったのに……」

「……今回は、俺のミスだ。切り方が悪かった」

「――――」

「……なんでお前が落ち込んでいるんだよ?」

「だって……」

「古くなってたのは確かだし、いつかは買い換えようと思ってたんだ。それが、今日になっただけさ」

 

 そう言うと。ジーノは馬車の窓から外を見た。

 そこからでも、人の気配がわかる風景に変わっている。

 あれから一日かけて、一行はアーランドに着いたのである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アーランドの街並みは、アランヤ村とは全然違っていた。

 石で舗装された道路。

 レンガが積み立てられ、2階も3階立てもありそうな、大きな家。

 何より、立派な城がある。

 田舎からはじめて都会にやってきた二人は、その光景に目を輝かせた。

 本来ならば、いろいろ見て回りたいところなのだが、明日の夕方に、馬車が発射してしまう。

 あまり、時間は残されていないのだ。

 街中を探検したい気持ちを抑え、二人は王宮の方へと向かっていった。

 

 王宮の中の、元受付に、冒険者ギルドの受付があった。

 

「しつっこい!やんないったらやんないっつってんでしょ!」

「理由を言いなさい!なぜこの私が、冒険者の資格を得ることができないのか!」

 

 受付付近には、なにやら人だかりができており、その中心から、大きな声が聞こえてくる。

 なにやら、言い合いをしているようであった。

 トトリとジーノが近づいていくと、言い合いをしている人の様子も見えてきた。

 金髪で、髪を後ろで束ねた、小さな女の子と、黒い髪を右で束ねた女の子である。

 二人とも、高貴そうな雰囲気を身にまとう、お嬢様のようだった。

 しかし、今は大声で言い合いをしているので、その威厳も半分になってしまっている。

 

「あんたみたいな礼儀知らずの娘にやる冒険者の資格なんて、ここにはないのよ」

「礼儀知らずなのはあなたでしょ!?シュヴァルツラング家の当主である私に対して、なんて口の利き方――――」

「あーら、シュヴァルツラング家の方でしたの。私、フォイエルバッハ家の令嬢でございますの。同じ貴族仲間でしてよ」

「貴族の家名を金で買った、成金と一緒にしないで」

「あっそ、つまり、貴族かどうかなんて、金で買える程度のものじゃない。くだらない」

「なんですって!?言わせておけば……」

 

 両者の言い合いはエスカレートしていく。

 形勢としては、金髪の方が上である。

 舌戦で言い負けている黒髪の方が、いつ武力行使に出るのか、周りもはらはらして見守っている。

 両者の間の空気が、ピリピリと固まっていく。

 

「ジーノ君、あんまり近づくと、危ないよ」

「いや、あれ、いつまで続くのかなって思って」

 

 子どもの喧嘩だ。

 そのうち収まるだろうと思ってはいるが、いかんせん今は少し機嫌が悪い。

 2週間も馬車に揺られ、せっかく出会った獲物を、他人にとられる。

 さらには、長年使ってきた愛刀が、真っ二つに折れてしまうという、このところよくない事が続いていたのである。

 そこまでアーランドに長居はできない身としては、こちらでやっておきたいことは、ここにいる間にやっておきたい。

 ぶっちゃけ、早くしてほしいのだ。

 

「ちょっと行ってくる」

「え、じ、ジーノ君、どこに行く―――――」

 

 ヒョイっと、ジーノがずれた。

 ジーノの服を掴むつもりだったトトリのバランスが崩れ、たたらふみ、そのまま足を滑らして、転んでしまった。

 起き上がったトトリの眼前には、青と黒の瞳が一対ずつ、こちらを見ていた。

 

「悪い」

 

 そうジーノが漏らした言葉を、トトリは聞いていなかった。

 

「何よあんた」

「私の邪魔をする気?それなら、容赦はしないわよ」

 

 二人とも勝気な瞳で、こちらの様子をうかがっている。

 

「あわわ、ち、違うんです!こ、これは、その、転んだんです、転んだだけなんです!」

 

 巻き込まれた!と、トトリは理解した。

 騒動の火種となったジーノの方をちらりと見ると、来客用のいすに座って、こちらの様子を見ている。

 あくびをしている姿が、憎らしい。

 

「わ、私、冒険者の資格をもらいにきて……」

「……あのね、今の状況を見て、言うべきかを考えて――――」

 

 金髪の少女の視線が、トトリの杖に注がれている。

 

「それって、ロロナの杖じゃ?」

「え、あ、はい。これはロロナ先生からもらった杖で――――」

「もしかして、あんたがロロナの言ってた一番弟子?」

 

 トトリが首肯すると、それまでのきつい目つきはどこかにいってしまい、一転して優し気な顔で、

 

「それを先に言いなさいよ!!冒険者の資格なんて、いくらでもあげるから」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんな田舎臭い子にはあげられて、どうして私には、上げられないわけ!?」

 

 それに待ったをかけたのは、先ほどの黒髪であった。

 金髪の受付嬢らしき人物は、どこかあきれたような表情で、

 

「なんだ、まだいたの」

「あたりまえよ!」

 

 また口論が発生するかとも思われたが、トトリがこの国で著名な錬金術士『ロロライナ・フリクセル』の直弟子であり、貴重な錬金術士の一人であることを聞いて、黒髪のお嬢さんは、トトリの名前を聞いて、去っていった。

 トトリには、まだ困惑が残っているのだが、一応、場は収まったのである。

 

「終わったかー」

 

 ジーノがのそのそと歩いてくる。

 トトリは頬を膨らまし、

 

「ジーノ君、ひどい!!」

「悪かったよ。なんというか、めんどくさくてな」

「ほら、何してんのよ。こっちに来て」

 

 金髪の受付嬢、『クーデリア・フォン・フォイエルバッハ』が、受付カウンターの向こうから呼んでいる。

 その声に慌てて二人は向かう。

 クーデリアは、冒険者ギルドの受付嬢として働いており、ここでの業務のほぼすべてを取り仕切っているのだという。

 トトリのことを知っていたのは、彼女の友達が、トトリの師匠であるという関係からだそうだ。

 親友の彼女の口から、よく弟子のことを聞かされていたらしい。

 クーデリアの手から、二人分の冒険者免許が手渡される。

 

「はい、冒険者免許二人分ね。これであんたたちも、晴れて冒険者の仲間入りよ」

 

 ついに、ここまで来たのである。

 割とあっさりもらえたことに、トトリは困惑していたが、ジーノにはどうでもよかった。

 待ってろ、まだ見ぬ世界。

 見つけるぞ、美人のねーちゃん。

 割と俗っぽいことを考えているジーノの隣で、トトリとクーデリアの話は続いていく。

 

「冒険者になるのは、簡単だけど、一流の冒険者になる道は、険しいから」

 

 冒険者免許はポイント制であり、様々なところに冒険したり、モンスターを討伐したり、依頼を達成したりすることで、ポイントがたまっていく。

 ある一定のポイントが貯まると、冒険者免許のランクを上げることができる。

 ランクが上がると、行ける場所が増えたり、使用できる特典が多くなったりする。

 そして、

 

「今渡した免許だけど、有効期限は3年間だから、それだけは絶対に忘れないで」

「有効期限なんてあるのか?」

「それを越えたらどうなるんですか?」

「ランクが上がって、あんたたちがちゃんと冒険者として認められたら、期限を延長してあげる。逆に、ランクが低かったら、免許取り消しだから」

「はぁ!?どういうことだよ?」

「真面目に冒険者として活動してれば、達成できるノルマよ。そこまで厳しいわけじゃないわ」

 

 とることは容易な冒険者免許を量産するだけで、ぼんくら冒険者が増えても困ると、クーデリアがこぼす。

 具体的には、冒険者ランクDIAMONDらしい。

 今は、GLASS。

 ランクの更新には、クーデリアのところに報告に行かなければならない。

 三年で、6つのランクを更新できるポイントを集めなければならないのだ。

 

「うう、私にできるかな?」

「ある程度こまめに私のところに来てくれたら、今どんな状況か教えることができるわ。さっきも言ったけど、真面目に冒険者活動してたら、それほど難しいわけじゃないから、きっとできるわよ」

 

 それから、クーデリアはトトリに、ロロナのアトリエの鍵を渡した。 

 今は、どこかをほっつきあるいている師匠を探すために、どこかをほっつき歩いているため、アトリエは空なのである。

 トトリたちが今日、一泊する宿を持たないので、そこで一夜あかせと助言してくれたのだ。

 

「あたしも時間があったら、明日見送りに行くから」

 

 そういうと、二人は、クーデリアと別れたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「俺、鍛冶屋によってるから、先に行っててくれ」

「ええ!?ジーノ君、どこにあるのかわかるの?」

「そこに看板が立てかけてあるだろ」

「ああ、本当だ。『漢の武器屋』?」

「アトリエも、ここの道をまっすぐ行ったところっぽいし、とりあえず、剣がどうなるかだけ聞いてくるわ」

「わかった。じゃあ、先にアトリエに行っているね」

 

 トトリと別れると、ジーノは鍛冶屋の中へ入っていった。

 炉から漏れ出る熱気で、部屋の中が暑かった。

 

「いらっしゃい」

 

 のしのしと、出てきたのは筋骨隆々の大男。

 頭が光っているのはご愛嬌というところだろう。

 彼は、ハゲル・ボーネスト。

 この王国で唯一の武器屋で、鍛冶職人である。

 

「こんちは、ちょっと見てほしいもんがあるんだけど」

「おう、何だい?」

 

 ジーノが鞘から剣を取り出すと、ハゲルの眼が細まった。

 折れた刀身と、柄とを接着させながら、

 

「こりゃあ、ただの経年劣化ってわけじゃなさそうだな……」

 

 お前、何をやったと、目で語りかけてくる。

 ジーノは気まずそうに、

 

「ちょっと力を入れすぎて――――」

「それだけじゃねえだろ?」

 

 そう言うと店の奥に消えていき、しばらくして戻ってくる。

 手には、一振りの長剣が。

 

()()()()()

 

 先ほど持ってきた剣を、投げてよこす。

 鋭いな、とジーノは思った。

 さすがは、長年武器を作り上げてきただけのことはある。

 ジーノは隠さなかった。

 両の手で持ち、正眼に構える。

 そして、力をこめた。

 青色の光が、刀身にまとわりつき、しばらくすると、黄色から白に光、最後には、鈍い赤色となった。

 そして、ある時、ふっと光が消えると、黒く焦げた剣から、さらさらと灰が落ちていった。

 

「……なるほどな」

 

 腕を組みながら、一部始終を見ていたハゲルが、腰を上げる。

 

()()が何なのかは知らねえが、要は、兄ちゃんの全力に、剣の方が耐えられないってわけだ」

「ああ」

「すると、今まで、どうやって来たんだ?」

「力をコントロールする訓練は、長年やってきたよ。ただ、今回は、気持ちが高ぶって、うまくコントロールができなかったんだ」

「なるほど、それでこのざまか」

 

 折れた細剣に目をやる。

 すると、頭を撫でながら、

 

「武器屋としては、剣は大事に扱っては欲しいが、兄ちゃんが全力を出せないのも、それは剣としての用途をなさないからな」

「いや、今はこの剣の代わりになるものがあればいいんだけど」

「それだと、武器屋としての俺の名が泣くってもんよ。……しかし、今は材料がない。兄ちゃんの全力を出せるような金属が、ここにはないからな」

 

 うーむと考えるハゲル。

 彼の職人意識に火が付いたようだった。

 

「……兄ちゃんの方は、どっかで丈夫な金属を手に入れるあてはあるかい?」

「うーん、金属はないなー。……あ、そうだ。俺の幼馴染が錬金術士なんだけどさ」

「錬金術士か!それなら、どうにかなるかもしれん」

 

 ハゲルが言うには、この国で活躍していたロロナにも、金属をもってきてもらい、それを加工することで、すごい武器をいくつも作ることができたのだという。

 錬金術でそれぞれの金属のインゴットを作って、それをもってきてくれれば、剣を打つ。

 今は、店にあった鉄製の剣を、今持っていた細剣の代わりと、渡してくれた。

 金は出世払い。

 なんとも、太っ腹な店主である。

 

「いや、俺の方も、新しい武器のインスピレーションがわきそうで、楽しいんだ」

 

 そう言って、なんともいい顔で笑った。

 鍛冶屋の親父だけあって、なんとも熱い男であった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 辺りもすっかり薄暗くなってしまった頃。

 漢の武器屋から出て、アトリエに向かう。

 トトリの師匠である、ロロライナ・フリクセルのアトリエは、鍛冶屋のすぐ近くにあった。

 扉を開けると、トトリのアトリエとは違い、汚かった。

 ゴロゴロと地面になにかが転がっており、何枚もの紙が落ちている。

 部屋の中にベッドはなく、ソファが一つあるのみだった。

 そこでトトリが眠っており、ジーノが入れる隙間もない。

 仕方なく、地面で眠るかと、ちらかったものを隅にどけて、横になる。

 新たに貰った、長剣は腰に掛けるには少々長すぎる。

 小柄なジーノには、背から引き抜くしかなさそうだった。

 戦い方を変えるべきか。

 そう考えているうちに、疲れが来たのだろう。

 そのまま、夢の中へと旅立っていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日の夕方、馬車が出発する時刻。 

 クーデリアは、約束通り、見送りに来てくれた。

 トトリとジーノは、なれない床とソファで寝たからか、体の節々が痛いと文句を言っている。

 トトリがアトリエの鍵をクーデリアに返す。

 

「今度会うときは、免許の更新の時かしらね」

「はい、いろいろありがとうございます」

「またなー、ちっちゃい姉ちゃん」

 

 その言葉をすべて言い終えぬうちに、クーデリアの袖から銃が飛び出してきた。

 一瞬のうちに、ジーノの頭に銀色の塊が添えられる。

 

「もう一度」

 

 クーデリアは笑顔のままだったが、何か底冷えするような圧力が、彼女から漏れ出ていた。

 

「……すいません、調子に乗りました。ありがとうございます、クーデリア姉さま」

「よろしい」

 

 銀の塊が、袖の中に戻っていく。

 冷や汗をぬぐうと、トトリとジーノは、馬車の中に入っていった。

 

「じゃあね。ロロナが来たら、アトリエにいるように言っておくから」

「は、はい。クーデリアさんも、お元気で」

 

 ペーターの馬車が発進する。

 やがて小さくなるアーランドを後ろに、トトリがジーノに話しかけた。

 

「ジーノ君……」

「わかってるよ。俺がわるかった……」

 

 世の中には、触ってはいけないことがある。

 一つ賢くなった、トトリたちであった。

 

 

 

 

 

 



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04

 

 冒険者になって、アランヤ村に戻った日の朝。

 ジーノは親に言伝して、家を出た。

 行き先は、いつもの通りゲラルドのバーであった。

 

「うーっす。ゲラルドさん、牛乳ください」

「おう」

 

 いつもの通り、注文してから空いているテーブルに着く。

 いつもよりは長く眠っていたようである。

 相変わらず、人のいない酒場であった。

 まあ、朝から酒を飲んでいるような不摂生な人物は、この村にはいないが。

 しばらくすると、テーブルに白い液体の入ったジョッキが置かれる。

 

「おまちどうさま」

 

 いつもの低い、男の声とは違っていた。

 思わず、顔を上げる。

 

「……トトリの姉ちゃん?」

「おはよう」

 

 牛乳を持ってきてくれたのは、ツェツィだった。

 見事な営業スマイルだった。

 どういうことかと、ゲラルドの方に視線を送ると、その視線を受けたゲラルドが、笑いをこぼしながら、説明してくれた。

 トトリが冒険者になったことで、日中の時間が余ってしまった。

 そこで、従業員として、バーで働くことにしたのだという。

 納得したところで、バーの扉が開いて、メルヴィアとトトリが入ってきた。

 

「二人とも、おめでとう」

 

 二人が、ジーノと同じテーブルに座る。

 ジーノとトトリが、新しく発行してもらった冒険者免許を見せると、メルヴィアは二人を祝福してくれた。

 普段のメルヴィアから決して言われないことであったので、なんだかジーノにとっては照れ臭かった。

 まあ、トトリが喜んでいるから、別にいいかと一人思っている。

 

 さて、トトリたちと話し合ったところ、何日かの間は、アランヤ村近辺で活動を行うことになった。

 アーランドから帰ってきて、ペーターの馬車には、修理が必要になっていることがわかった。

 何年も使い続けていたこともあって、近々部品を買い換える予定だったそうなのだが、その前にモンスターに襲われたことで、あちこちの部品が歪んでしまったようである。

 オーバーホールが必要となったのである。

 今、ペーターの元には馬車はない。

 そのため、アーランドには時間がかかるが、歩いていくしかない。

 馬車が修理されるのが、いつになるのかわからないため、アーランドまでは、歩いていくことが予想される。

 そのため、しっかりとした準備や、アランヤ村周辺での問題の解決が、まず第一に必要なのである。

 特に、移動時間や、モンスターと戦う労力を考えると、先にアランヤ村周辺での冒険者活動を行っていた方が、都合がいいのだ。

 ゆっくり、余裕をもって活動していくべきだとの意見もあったが、三年というリミットの中で、どれだけの活動ができるのか、初心者の二人には、見当がつかなかったのである。

 それに、アーランド周辺のモンスターの方が、アランヤ村周辺で、出てくるモンスターよりも、手ごわいと聞き、まずはアランヤ村周辺で、徐々にアーランドに向けて、活動範囲を広げていこうということになった。

 それと、依頼に関してであるが、アーランドも共和国化したはいいが、アーランドの本拠地にある冒険者ギルドが、全ての依頼を扱うことができるわけではない。

 そのため、地方の酒場など、ギルドから地方への依頼の受付や、完遂したときの報告などを任されているところもある。

 ゲラルドのところは、その任を受け持っている酒場の一つで、アランヤ村周辺での冒険者活動は、彼のところに報告したことで、活動を行っているという証となるのである。

 なので、依頼を受けたかったら、これまで通り酒場に来たらいいのであった。

 

「さて、どこに行くか……」

「あんたたちはまだ冒険者ランクが低いから、入れるところが限られてるしね」

「ええ、そんなのあったんだ……」

「何?説明されなかったの?」

「うう、されてたような、されなかったような」

「聞いてなかった」

「あんたたち……」

 

 メルヴィアがアランヤ村周辺の地図を広げて、今の冒険者ランクで、移動できる範囲を書き記していく。

 大体は、モンスターの強さで、範囲が決められているようである。

 まあ、駆け出しにドラゴンを倒せと言っても、消し炭にされるのがオチだからだ。

 ドラゴンなど、名の通った魔獣に挑むためには、強さを証明しなければならない。

 また、過酷な環境の中へ入っていくためにも、その証明が必要である。

 一種の目安として、冒険者免許の存在があるのだ。

 どれだけ冒険したかということは、どれだけ強くなったかということにもなる。

 強くなるためには、冒険するのだというのが、冒険者の口癖らしい。

 過酷な自然や、モンスターたちを淘汰して、生き残るのが、一流冒険者なのだ。

 今に思うと、トトリの母親も、確かに化け物であった。

 やはり一流冒険者というのは、一味も二味も、どこかおかしい。

 

「じゃあ、とりあえず、北西の『狩人の森』に行こう」

「異議なし」

「賛成」

 

 一行は、森を目指すことにした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ニューズの林を抜けた先に、木々の生い茂った森がある。

 『狩人の森』と名付けられたその森には、豊富な植物資源を求めて、獰猛な動物がやってきたりもする。

 トトリたちがその森にたどり着いたときは、静かなものだった。

 

「それにしても、ジーノ。あんた、得物変えたの?」

 

 メルヴィアがジーノに尋ねる。

 アーランドに向かう前、彼が持っていたのは、彼の腰に挿せるほどの細剣であった。

 まだ成長途中で、小柄な彼の体では、あまり大きな剣は扱いきれないと考えたのだろう。

 彼の親が、武器を買い与える際に、選んだのが、あの細剣だった。

 しかし、免許をもらって帰ってきた彼の肩には、新たな相棒が乗せられていた。

 ジーノの身長よりもはるかに大きな長剣である。

 どちらかというと、彼女のような、パワーファイター向きの武器だと思う。

 一撃で相手を沈めるようなパワーと、多少の衝撃にはびくともしない頑丈さが、必要だ。

 少なくとも、メルヴィアは、そのようなスタイルなのである。

 細剣を使っていた時のジーノは、スピードを重視した戦い方をしていた。

 豊富な手数で、相手を削りきる。

 もっとも、アランヤ村周辺の敵では、彼が()()相手など、もう存在しないが……。

 剣が折れたいきさつは、聞いている。

 ジーノ自身の話では、アーランドで代わりの得物を手に入れたということだが。

 さすがに、変わりすぎだろう。

 どういう心づもりなのか。

 疑惑をはらんだ問いかけに、ジーノが答える。

 

「かっこいいだろう?」

 

 ジーノが2、3度振り回す。

 大きな鋼が、風を切る。

 太刀風が、メルヴィアたちの所まで飛んでくるようであった。

 

「……やっぱ、あんたには似合わないよ」

「まぁ、メル姉も見てなって」

 

 肩に担ぐ。

 やはり、ジーノの小柄な体には、大きすぎる長剣だ。 

 振り回すだけで、一苦労なのではないか。

 ふと、草むらをかき分けて、モンスターが飛び出してきた。

 たるリスに加え、緑色のぷにである、『緑ぷに』だ。

 豊富な植物資源を食べ続けると、青から緑に変わるとか。

 少しだけ、硬く、弾力感が増している。

 トトリたちが構えるのを、ジーノが手で制する。

 そして、いつもの通り、正眼で構えた。

 巨大な銀の塊を、両の手で持っている。

 たるリスが、自慢のたるを取り出した。

 右手に持って、ジーノに投げつける。

 ジーノはそれを、剣の腹の部分で、打った。

 たるははじかれ、あらぬ方向へ。

 緑ぷにが、突進してくる。

 ジーノは、構えなおすことなく、打った勢いのまま、回った。

 一回転し、勢いを殺さず、そのまま剣を放り投げた。

 風を切って、得物が飛ぶ。

 回転しながら、大きな鉄の塊が、緑ぷにを押しつぶした。

 ぐちゃりと、いやな音がした。

 ぷには、ぷにぷに玉をまき散らしながら、その命をなくしてしまった。

 ぷにを押しつぶした長剣は、勢いのまま地面に突き刺さる。

 盛大に音を立てて、土がとぶ。

 その光景を見たたるリスは、恐怖感でも感じたのだろうか、後ろを向いて、逃げていこうとする。

 しかし、逃げられなかった。

 突き刺さった剣を抜くと、左足で踏み込み、大きく薙ぎ払った。

 音を切った剣が、そのままたるリスを切った。

 一振りで血をきり、肩で担ぐ。

 

「どう?」

 

 二人とも、苦い顔をしていた。

 

「……いやぁ、悪くはないけどねえ」

「……めちゃくちゃだよ、ジーノ君」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 狩人の森で、『鹿の角』や、『鎖グモの巣』、上質な『ハチの巣』などを採取し終えると、一行は、今度は南に向かった。

 昔海だった場所が、干上がって、湖のようになっている。

 地底からは、海水が沸き上がってきており、小さな海のような場所だった。

 

「わあ、ジーノ君。あれって、ペンギンさんだよね?」

「ペンギンだな」

 

 砂浜には、本で見たことがある、ペンギンらしき生き物がいた。

 頭部は黒い毛におおわれていて、腹部は白い。

 立派な赤い眉毛と、鋭い眼光が特徴的だった。

 トトリは、人懐こい、本に出てくるようなペンギンを想像したのだろう。

 目を輝かせて、ペンギンに走り寄って行く。

 

「あ、ちょっと――――」

 

 メルヴィアが引き留めようとするが、トトリは聞いている様子がない。

 トトリに気づいたペンギンが、よちよちと歩いて寄って行く。

 そのまま、黄色のくちばしで、トトリをつついた。

 

「いたーい!?」

 

 つつかれたトトリはたまらず、逃げだすが、ペンギンはそれを追う。

 よちよち歩きながら、意外と素早いペンギンに追いかけられ、涙目になっている。

 

「このっ!!」

 

 メルヴィアが、振りかぶって、斧を投げた。

 巨大な鉄の塊が、ペンギンをさらっていった。

 当たり所がよかったのか、ペンギンはまだ生きていた。

 しかし、斧と地面に挟まって、身動きが取れなくなっている。

 そこにメルヴィアが、指を鳴らしながら近づいていき、とどめとばかりに頭をぶん殴った。

 トトリは、その光景を見なくてよかっただろう。

 帰ってきたメルヴィアの頬に、なにやら赤い液体が。

 いや、よそう。

 斧が地面に突き刺さった音か、それともトトリの悲鳴か。

 とにかく、目立ったことは、確かである。

 浜辺にいた、ペンギンたちが、鋭い目つきでこちらのことをにらんでいる。

 すると、一斉に、こちらに向かって走ってきた。

 

「どうする、メル姉?」

「うーん、戦ってもいいけど……、トトリはどう?」

 

 返事はなかった。

 顔を落とし、震えているようである。

 泣いているのか、そう思った。

 しかし、

 

「――――ばかー!!!!」

 

 突然顔を上げ、空に叫ぶと、カバンからありったけのクラフトを取り出し、投げ始めた。

 

「げ」

「やばっ」

 

 メルヴィアは、直観に任せて、ジーノから離れた。

 ジーノは自分に吸い寄せられるように来るクラフトを、まとめて()()()

 大部分は、関係のない場所に飛んで行ったが、一部のいい場所に当たったものは、勢いよくペンギンの元に飛んでいく。

 そして運の悪いものには、黄色い弾丸となったクラフトの餌食となり、爆発に巻き込まれた。

 ひどいものには、口の中に入って、爆発したやつもいた。

 そんな光景を見たペンギンたちは、震えあがって、小さな海の中に逃げ込んでいった。

 誰もいなくなった浜辺に、トトリの荒い息遣いが聞こえる。

 メルヴィアがトトリに近づき、ポンと優しく手を置いた。

 

「元気出しなって」

「うう、ペンギンさん……」

 

 余談だが、アーランド近海に棲むペンギンは、目つきが鋭く凶暴で、本来のペンギンが持つようなかわいさは、全くない。

 別の大陸のペンギンファンたちからは、こいつをペンギンと呼ぶなと言われているらしい。

 彼らも、人間に害を与える、モンスター。

 この日、トトリは少し夢を失って、少し大人になった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「わぁ」

「すごいな」

 

 海岸からそのまま南下したところに、鉱山があった。

 アランヤ村からも近く、多種多様な鉱石が取れるので、採掘した跡が残されている。

 ここには、モンスターの脅威が見当たらなかった。

 おそらく、採掘の際邪魔になるので、冒険者が追い払ったのだろう。

 たぶん、トトリのお母さんである、ギゼラが。

 鉱石資源は、錬金術で重宝するということで、トトリは目を輝かして、採取に励んでいる。

 目立った危険もなさそうだし、足元だけ気をつけなよ、とメルヴィア。

 ジーノも、そこらの石を拾い上げる。

 彼には、今持っている石が、貴重な鉱石なのか、ただの石なのかわからなかった。

 ただ、アーランドの武器職人であるハゲルから、言われた言葉を思い出していた。

 ――――俺の全力に対応できる、金属が必要だ。

 試しに、石に力を込めてみた。

 青白く、石が光る。

 ジーノが顔をしかめる。

 そのまま力を入れ続けると、赤色化し、最後には炭となった。

 駄目だな、と結論づける。

 ちょっと力を込めただけで、炭になってしまう。

 おまけに、不純物が混ざっているからか、力がうまく流れていかない。

 彼の力には、まだ彼自身もよくわかっていないことが多い。

 ただ、単純な握力などの力ではなく、こう、血流のように、光が流れていくのである。

 剣に流すと、まるで剣が体と一体化したかのように扱うことができる。

 切れ味も上がり、強度も並みのものではなくなる。

 ただ、流しすぎると、今度は流す対象から、光があふれだすのである。

 そうなると、赤色化し、灰になる。

 灰は熱を持っているため、この光が余剰エネルギーとして、熱エネルギーを発していることはわかっているのだが……。

 とにかく、彼の目的の一つに、金属を探すことが追加された。

 ドラゴン、ベヒモスなど、噂になる凶悪なモンスターを相手にする際には、必要になるだろう。

 後で、トトリに教えてもらおう、そう思って、採取に混ざっていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 アランヤ村で依頼をこなすこと数週間が経った。

 トトリが錬金術で、アトリエにこもっているときには、メルヴィアと二人で組み手をしたり、依頼をこなしたりしていた。

 やはり、素手での戦いでは、メルヴィアの方に軍配が上がる。

 というか、素の腕力が違いすぎた。

 しかし、メルヴィアからすれば、ジーノは戦いにくい相手であった。

 小柄な体格を活かして、素早くヒット&アウェイを繰り返す。

 何より、彼の拳は()()()のである。

 撃ち込まれることは、多々ある。

 腕力差を、手数で補うのが、ジーノのスタイルだからだ。

 だから、メルヴィアは、ガードを下げない。

 急所は守って、隙を狙う。

 何度も同じ場所に打撃を受けてくると、そこにダメージが蓄積してくる。

 ふと、腕が下がるときがあった。

 その時、メルヴィアに拳が撃ち込まれた。

 顎だ。

 虚を突かれ、踏ん張っていなかった顎を撃ち抜かれ、メルヴィアはダウンした。

 手痛い、一敗だった。

 当初、ジーノのパンチや蹴りくらい、筋肉ではねえせると思っていた。

 しかし、実際に受けてみると、肉の上からでも()()()のである。

 2撃、3撃と同じ場所に突き刺されると、その場所がしびれて、動かなくなってしまう。

 だから、メルヴィアは打点をずらさなければならなかった。

 ジーノの連撃をしのいで、体の一部をつかみ、地面に叩きつける。

 豪快だが、メルヴィアらしいやり方だ。

 悔しいが、ジーノには、技では勝てない。

 一体、どこでこのような多彩な手を覚えたのだろうか。

 手癖の悪さも、昔よりも上がっている。

 負けてられないと、ひそかに、対抗心を燃やしていた。

 めんどくさがりやなメルヴィアだったが、子どもに負けるのは悔しいのだろう。

 トトリについては、アトリエでの錬金術の他に、ジーノに言われた通り、素振りを行っている。

 最初は、やり終えたころには、腕が上がらないと嘆いていたが、最近では少し慣れてきたのか、素振りを終えた後でも錬金釜をかき混ぜたりもしている。

 そして、新たに追加された修業が、手袋を投げるというものだった。

 グイードが持っていた、作業用の手袋を丸めることで、ボールの代わりとする。

 これなら、たとえ当たったとしても、それほど痛くはない。

 これを、相手と投げ合うのである。

 早い話が、キャッチボールだ。

 彼女がノーコンなのは、投げるときに目をつぶるからだと、結論づけた。

 投げるときに相手の方を見て、ゆっくりと投げる。

 これだけでも、全然違ってくるはずである。

 夕飯の前など、ツェツィと投げ合っている光景が、近ごろ見かけられるらしい。

 姉の方も、妹と交流できてうれしいようだ。

 なぜかジーノの方にいってしまうことについては、よくわからなかった。

 ただ、トトリの深層心理に、何かジーノに対する恨みでも残っているのだろう。

 本人も、ジーノにも、身に覚えがなかった。

 とにかく、ジーノ以外に向けて、まっすぐと投げられるようになることが、トトリについては、早急な課題と言えるだろう。

 この先、爆弾が強化されていくにつれて、相手の場所に投げられなければ、死活問題にもかかわってくる。

 逆に言えば、狙った場所に投げられるコントロールを持てば、彼女にとって大きな武器となる。

 今はまだ、彼女の投手人生は、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ある日、ジーノがいつものように、酒場に行くと、見慣れぬ顔が一つあった。

 テーブルには、トトリとメルヴィア、それともう一つ、黒髪の女の子の姿が。

 

「ジーノ」

 

 メルヴィアが手招きして呼ぶ。

 ジーノはゲラルドから、ジョッキの牛乳をもらうと、テーブルに置く。

 

「どちらさま?」

「……名を名乗らすなら、まずは自分からではなくて?」

 

 勝気な視線が、ジーノに注がれている。

 どこかの金持ちの令嬢っぽい、どこか高貴さを漂わせた風格があった。

 彼女の座っている椅子のそばには、彼女の身長よりも長い長槍がかけられていた。

 ジーノが長剣を壁に立てかける。

 そのまま席につくと、そのまま牛乳をあおった。

 

「――――って、名乗りなさいよ!!」

「み、ミミちゃん。落ち着いて――――」

「だからミミちゃんはやめなさい!」

 

 トトリがなだめにかかる。

 メルヴィアは、にやにやと腕を組んで座っている。

 傍観する姿勢だ。

 ジーノは改めて、黒髪の女の子の方を見た。

 

「ジーノ・クナープだ」

「―――っ、ミミ・ウリエ・フォン・シュバルツラングよ。言っとくけど、私は――――」

「よろしくな、ミミちゃん」

「ミミちゃん言うな!!」

 

 新たに投下された火種で、ミミの怒りのボルテージが高まっていく。

 トトリは、どうにかしてなだめようと、右往左往している。

 メルヴィアが傍観している今、自分の力だけで、この場面をどうにかしなければならない。

 グルルと、怒りの唸り声をあげるミミの横目で、ジーノがメルヴィアに目配せする。

 意図を悟ったのか、手を叩いて、

 

「はいはいはい。みんなそろったことだし、本題に入ろうか」

 

 その言葉で、ミミも怒りを抑えて席をつく。

 ほっと、トトリが一息ついた。

 

「で、どんな話?」

「簡単に言うと、パーティが四人以上の時は、どうするかってこと」

「――――?、四人以上だとダメなんですか?」

「基本的に、四人以上のパーティは奨励されてないの」

「なんで?」

「んー、まあ、いろいろ説はあるんだけど、四人以上で必要な依頼は、基本的に王宮直属の依頼とかが多いからかな。あとは、昔、冒険者のひな型となったアーランドの人たちが、組んでいたのがもっぱら3人組だったからとか……」

「ふーん。変な説が多いもんだな」

「だから、今日はトトリが誰と組んで探索に行くのか決めようと思って」

 

 ジーノはトトリと顔を見合わせた。

 というか、そんな決まりあったっけと思うところもあるが、仕様だからしょうがないのだ。

 今までは、トトリ・ジーノ・メルヴィアでパーティを組んでいたが、冒険者免許を習得したミミが来たことで、パーティメンバーの変更を行えるようになった。

 まぁ、悪い言い方だと、一人あぶれる。

 

「――――てなわけで、私、抜けるわ」

 

 メルヴィアが手を上げる。

 

「ど、どうして?」

「ほら、あんたたちと違って、私は元々一人でやってきたしさ」

「で、でも、メルお姉ちゃん――――」

「あんたたち、全員免許取り立てのルーキーなんだから、パーティ組んどきなって。あたしはしばらくゆっくりするよ。……まぁ、どうしても私の力が必要な時は、呼んでくれたらすぐに行くからさ」

 

 あとは若人でごゆっくりと手を振ると、ツェツィがいるカウンターの方へ歩いて行った。

 沈黙が、この場を支配していた。

 

「……まあ、こうなったらこの三人で行くか」

「え、でもいいの?」

「しょうがねえだろ。まあ、頼んだら手伝ってくれるみたいだし、また組んでくれるさ」

「ジーノ君……」

「――――ちょっとあなた」

 

 先ほどまで沈黙を保っていたミミが、口を開いた。

 

「私は、あなたが一緒のパーティに入っていることを許可していないのだけれど」

「ん?」

「み、ミミちゃんっ」

「どうして私が、あなたみたいな山猿と組まなければならないの?」

 

 傲慢な言い草だった。

 それに、ジーノは、

 

「はは、何言ってるかわかんね」

 

 一笑し、席を立った。

 

「――――っ、このっ!この私を愚弄したわね!!」

「ゲラルドさん、牛乳追加で」

「無視するな!!」

「ミミちゃん、静かにしないと」

「だって、こいつが――――」

「お、来た来た」

 

 ツェツィが、牛乳の入ったグラスを運んできた。

 

「お客様、店でのもめごとは、ご遠慮願います」

「あ、はい。すいません」

 

 威圧感をまとった笑顔で一礼すると、カウンターに下がっていく。

 ミミは腰を落ち着けると、小声で、

 

「あなたのせいで、私が怒られてしまったじゃない!!」

「まあまあ、牛乳でも飲めよ。俺のおごりだからさ」

「いらないわよ!!ああ、もう!どうして私がこんなやつと――――」

「牛乳を飲めば、成長するぞ。――――いろんな場所が」

 

 その言葉に、ミミの顔が急激に赤く染まっていった。

 ジーノの視線も、しっかりと物語っていたのである。

 それまで口をはさめずにいたトトリも、杖を握りしめて、震える手を抑えている。

 ミミは、槍を掴むと、

 

「決闘よ!!」

 

 高らかに宣言した。

 

「ああ、いいぜ」

 

 ジーノは、それを笑って受けた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ちょっとメルヴィ、止めなくても平気なの?」

「大丈夫でしょ。ただの喧嘩みたいだし」

 

 三人が立ち去った後の酒場で、ツェツィとメルヴィアが二人で話している。

 三人の話し声は、ほとんど人のいない酒場にはよくとおるのであった。

 大体の事情は、察している。

 

「もう、ゲラルドさんも、何か言ってくださいよ!!」

「んー、ああ。あいつら、ルール決めていかなかったな」

「そんなことじゃありません」

「ツェツィも慌てすぎだ。あれも、仲間との絆を深める機会なんだぞ」

 

 落ち着いた様子で、ゲラルドはグラスを磨いている。

 

「ぶつかることで、分かり合えることもある」

 

 それに、

 

「意外と相性がいいかもしれんぞ、あいつら」

「あたしもそう思う」

 

 ツェツィだけが心配している中、大人たちの饗宴は続く。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アランヤ村から西に行ったところにある平原。

 そこで、二人が対峙している。

 ジーノは、体よりも大きな長剣を肩で背負って、不敵に相手を見つめている。

 ミミは、長槍を片手で構えて、優雅に立っている。

 

「ルールは?」

「負けを認めるまでよ」

「上等」

 

 トトリが少し遠くから、ハラハラしながら様子を眺めている。

 ここに来るまでに、何度も二人に説得したのだが、取り合ってもらえなかった。

 それどころか、二人ともが、むきになっているのである。

 前哨戦とも言える、舌戦によって、引き起こされたものである。

 もはや、トトリには止めるすべはない。

 こうなったらと、カバンの中を見やる。 

 昨日作った、とっておきの爆弾だ。

 村の雑貨屋である、パメラさんのところで買った、『フロジストン』を使った新爆弾である。

 危なくなったら、これで二人の間に投げ入れて、中断させよう。

 そんな危ない考えを、持っていた。

 ジーノが、いつも通り、正眼で構える。

 ミミが、穂先を相手の方にむけ、両の手で持ち、腕を引く。

 ごくりと、のどが鳴った。

 遠くから見ているトトリのものであった。

 先に動いたのは、ミミだった。

 一歩踏み込むとともに、突いた。

 ジーノが、剣の側面にあてて、軌道をずらす。

 ずらしたほうと逆方向にステップを踏んだ。

 トトリには、一連の動きが、見えなかった。

 ジーノの口元には、笑みが浮かんでいる。

 ミミの口元には、笑みが浮かんでいる。

 

「速いな」

「そっちこそ、よくかわしたじゃない」

 

 再び、ミミが腕を引いた。

 今度は、ジーノが踏み込んだ。

 正眼の構えのまま、槍の間合いのさらに奥に突き進む。

 ミミが、再び突きを放った。

 長剣の、側面で弾く。

 はじかれた勢いを利用して、ミミが廻った。

 そのまま、薙ぎ払う。

 ジーノが受けた。

 カネの鳴る音がした。

 少し元の位置から飛ばされもしたが、立ち直り、剣をふるった。

 縦の振り下ろしを、ミミが右にステップを入れることで避ける。

 突き、払い、突き、突き、払い、払い――――。

 やはり、手数では、槍の方が上であった。

 ジーノは、わきを固め、槍をはじくことに専念する。

 それにしても、速い。

 剣戟が、先ほどから止まらないのである。

 ジーノは、今まで戦った誰よりも素早い打ち込みに、舌を巻いた。

 ミミは、先ほど感じた、振り下ろしによる風圧に、肝が冷えていた。

 戦況は、ジーノが防戦一方のように見える。

 しかし、ミミも攻め切ることができない。

 亀のように堅い、堅実な受けである。

 このままいけば、自分のほうが、スタミナで参ってしまう。

 その前に、何としても、攻め切らなくては。

 まともには、あの剛刀を受け止めることはできない。

 まったく、なんという得物を使っているのか。

 はじめ、見たときは、格好つけるだけの見せかけかと思っていた。

 そんな巨大な得物を扱えるものかと。

 しかし、実際に、自らが撃ち込んでいる連撃を、さばいているではないか。

 並みの筋力ではない。

 それに、なんだか、

 

「――――速くなってる」

 

 踏み込みの速度も、剣の振りも、何もかもが速くなっているのである。

 ミミは、荒い息を吐いた。

 無呼吸での連撃は、さすがに堪えた。

 最後の突きを、剣の振りで合わされる。

 腕がしびれ、弾かれた槍がとんでいく。

 ハァハァと、荒い息を吐いている。

 ジーノも、長剣を地面に突き刺して、同じように荒い息を吐いている。

 

「――――私の負けね」

 

 そう言って、大の字に寝転がった。

 ミミの胸の内は、どうしてか、晴れ晴れとしていた。

 負けたのに、どうしてだろう。

 荒い呼吸のまま、思案する。

 汗で髪がひっついてきて、うっとうしい。

 空は、青かった。

 視界の中に、ジーノが入ってくる。

 こちらに、手を差し出してきた。

 黙って、その腕をとった。

 寝転がったときに、服が汚れてしまったが、今はどうでもよかった。

 どちらともが無言のまま、こちらに慌てて駆け寄ってくるトトリを見て、笑った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 トトリが怒っている。

 いつものように、頬を膨らますようなかわいいものではない。

 ガチ説教であった。

 目に涙を浮かべながらも、力強い言葉を投げかける。

 それを、ジーノとミミが、無言で聞いている。

 目を伏せがちなのは、負い目があることをわかっているからだろう。

 

「わかった、二人とも!?」

「「ごめんなさい」」

 

 それを、遠くから大人たちが見ている。

 

「もう、二人とも、無茶をして……」

 

 ツェツィは、空になったヒーリングサルブの容器を片づけている。

 

「いやあ」

「なんて言うか」

 

 喧嘩するほど、仲がいい。

 そう、大人たちは結論付けた。

 

 

 

 

 

 



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05

 

 

 

 

 

 木製のコップをあおる。

 のどが鳴り、中の液体が胃の中に流れ落ちていく。

 口からコップを離す。

 

「美味い!もう一杯!!」

「朝からうるさいわね!!」

 

 朝日が顔を出し、辺りが明るくなってくる頃。

 黄金に輝く、小麦が一面に実った『黄金平原』に、トトリたち一行はやってきていた。

 少し肌寒さが残ってはいるが、直に温まってくることだろう。

 今の冒険者ランクで、アランヤ村周辺の回ることのできる場所は全て回った。

 後は、アーランド周辺を回ることで、冒険者ランクを上げることができる。

 そのため、トトリたちはアーランドに行かなければならなかった。

 ペーターの馬車が修理中なため、歩いて移動しなければならない。

 メルヴィアたちと別れ、村から北にある分かれ道を東へ。

 馬車では、2週間。

 徒歩ではそれ以上にかかる道のりを、一行は進んでいかなければならない。

 そして、現在いるのが、黄金平原と名付けられた、小麦畑である。

 豊富な自然と肥沃な土地によって、農作物が多く実っている。

 中でもその名の通り、金色のカーペットが敷かれているようであった。 

 運よく、農場では作物を分けてもらうことができ、小屋で休むこともできた。

 道中では苦戦するような敵は現れなかったものの、初めての長い道のりであったので、三人の顔にはそれぞれ疲労が見て取れた。

 冒険者になって日が浅いため、野宿などの技術はまだ未熟であった。

 十分な休息をとったことで、それぞれに元気がもどっている。

 特にジーノは、農場のヤギからミルクを分けてもらえて、喜びをあらわにしている。

 日の出とともに外に出、腰に手をあて、ぐいっと一飲み。

 搾りたてのミルクは、美味かった。 

 『シャリオミルク』は、ミルクそれ自体の他にも、チーズやほかの乳製品にも使われる優れものである。

 アランヤ村にも、ここでとれたミルクが出荷されているのだという。

 つまりは、普段ジーノが口にしているものは、ここから輸送されて、バーで出されているということだ。

 

「ミミちゃんも飲めよ」

「ミミちゃん言うな!!――――飲まないわ。私、ミルクって嫌いだし」

「へえ、甘い方が好き?」

「そりゃあ――――って、別にあんたには関係ないでしょ!」

 

 ジーノは、ミルク嫌いのミミのために、一計を案じることにした。

 搾りたてのミルクは、確かに癖があって飲みづらいと感じるのかもしれない。

 そこで、加熱したホットミルクに、果物のジャムを投入する。

 黄金平原、それにここに来るまでの道に生えていた、『青い実』や『紫ぶどう』などの果物である。

 青い実は、水洗いして皮をむく。

 中の実まで青いのが、この名の由来らしい。

 見た目に反して、甘みのある果肉で、黄金平原に来るまでにいくつかかじったりしていた。

 紫ぶどうは、さっと水洗いを済ませるだけでよい。

 先端の尖った、変わった形をしているこのブドウは、身の部分が少ないのだが、実は皮の方が甘くておいしい。

 普通は皮ごと食べる。

 シャリオミルクを少量加え、ゴリゴリとすりつぶす。

 ミルクの色が青色に変わってきたら、それを残りのミルクと混ぜ合わせる。

 

「ほら」

 

 青と白の混ざった液体を、ミミに渡す。

 ところどころに果肉や皮が浮いているのを見て、ミミは顔をしかめる。

 

「飲んでみ」

 

 渋々と、コップに口をつけた。

 

「――――意外といけるわね」

 

 果実の甘さがホットミルクと絡まって、思っていたよりも飲みやすかった。

 ただ、商品化するには味を整える必要があるだろうが。

 搾りたてのミルクは、ミミには癖が強く感じられたが、これなら飲めそうだ。

 湯気がコップから立ち昇っている。

 数回息を吹きかけて、ちびちびと口にする。

 眼前の男は、また何か考え付いたようである。

 ()()顔で、何かをすりつぶしていた。

 

「何やってんの?」

「いたずら」

 

 しばらくすると、小屋の中からトトリが出てきた。

 おぼつかない足取りで、こちらに向かってくる。

 まだ眠そうな顔で、目をこすっている。

 

「じーのくん、みみちゃん、おはよー」

「おはよう、トトリ」

「眠そうだな、トトリ。これ飲んで元気出せ!」

 

 ジーノはコップを手渡した。

 半場意識がないトトリが、それを無意識に受け取る。

 一口口づけ、

 

「――――すっぱーい!?」

 

 ジーノは笑っている。

 何をやっているのだか。

 黄金平原では、青い実の他に『赤い実』も取ることができる。

 真っ赤なほど熟しているのではなく、若い実であるそれをすりつぶしてミルクと混ぜ合わせたものを、先ほどトトリは飲んだのだ。

 特に若いものは酸味が強く、果実の甘さが少ない。

 いくらかミルクと混ぜ合わせたことで軽減されているものの、やはりすっぱかった。

 

「もう、ジーノ君のバカ!!」

「悪かったって。でもほら、トトリが寝坊助なのがいけないんじゃん」

「そ、それは……」

「馬鹿なことばっかり言ってないで、出発するわよ」

 

 会話を断ったのは、ミミだった。

 愛用の槍を手に、立ち上がる。

 

「ほら、トトリもシャキッとする!」

「み、ミミちゃん、私まだ飲んでないんだけど」

「早く飲みなさい。アーランドまでまだ距離があるんだから、すぐに出発するわよ!」

「ふえーん、待ってよぉ」

「ミミちゃんは今日も元気だなぁ」

「だからミミちゃんって言うなっつってんでしょ!?切り刻むわよ!?」

「お、いいぜ。もう一回やるか?」

「ふん、一度勝ったからって、調子に乗るんじゃないわよ」

「上等だ。ルールは前と同じでいいな?」

「ええ、かまわなくってよ」

 

 二人が互いの得物を構える。

 

「――――二人とも」

 

 声がした。

 底冷えするような、声色だった。

 悪寒が、背中にはしっている。

 どこか寒いのは、早朝のせいだけではない。

 二人がゆっくりと、顔を向けた。

 トトリは笑顔だった。

 手には、赤い爆弾が握られていた。

 

「「ごめんなさい」」

 

 慌てて、二人が頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 トトリたちがまっすぐ道なりに進んでいくと、大きな黒い物体を見つけた。

 

「ねえ、これって――――」

「間違いないわね」

「これは、初めて見るな」

 

 前時代の遺物、機械であった。

 どこの誰かは知らないが、確かに、その文明が存在していた。

 今よりも技術が進歩していた時代、その遺物が、アーランド付近の遺跡から発見された。

 アーランドの人々は、初めはそれが何なのか、何のために使うのか、何もわからなかた。

 そこで、たまたまアーランドに訪れていた錬金術士が、機械の使い方を教えたことが、アーランドが発展した理由である。

 その時、時代の国王が錬金術士に与えたのが、今のロロナのアトリエであった。

 彼女たちの活躍はまたの機会に置いておいて、アーランドでは古代の遺物がたびたび見つかるのである。

 これもその一つだ。

 話ではよく出てくるものの、実物を見たのは三人ともこれが初めてであった。

 地面から顔を出しているのは、上半身だけだ。

 ジーノにとって、それは前世で見た船のように見えた。

 しかし、劣化が激しいうえに、半分が土の中に埋もれているため、よくわからない。 

 部品も、ところどころ分解して、別々の場所に落ちている。

 表面に触れてみると、赤黒いさびがついた。

 

「おや?」

 

 声がした。

 一同が振り向くと、猫背で黒いリュックを背負ったお兄さんが。

 

「珍しいね、こんなところにこんな若い子たちが」

 

 男がこっちに歩いてくる。

 眼鏡をかけ、白衣を着ていた。

 

「おっさん、誰?」

「僕はおっさんという歳ではないよ。……それにしても、こんなところに来るなんて、君たちも遺跡の探索に来たのかな?」

「違います。ここには、たまたま通りかかったもので……」

「にしてもおっさん、なんか科学者みたいだな」

「ほう、わかるのかい?」

「普段から白衣着てる奴は、医者か科学者くらいのもんだからな」

 

 ジーノと男が話合っているとき、トトリの袖を引くものがあった。

 

「ちょっと、なんで返事なんかしたの?」

「え、だ、だって、ジーノ君も返事してたし……」

「見るからに怪しい奴じゃないの!絡まれて厄介ごとになったら面倒でしょ。さっさと立ち去るわよ」

「う、うん」

 

 二人が男に聞こえないように、小声で会話している間にも、男たちの話は続いている。

 断片的に聞こえてくる言葉の中には、なにやら横文字の強そうなものもあったが、トトリにはその言葉の意味がさっぱりわからなかった。

 

「それにして、おっさんはなんでここにいたんだよ?」

「僕はおっさんではないよ。……うむ、どう説明したものか」

 

 男がうまく言葉がまとめられずに、頭をかいたところだった。

 ゆらりと、男の後ろに現れる影があった。

 死角に入っているため、男には見えなかった。

 三人は顔色を変え、一斉に指を指した。

 

「モンスターだ」

「ん?おいおい、いくら僕の顔が悪いといっても、それはひどいんじゃないのかい?」

「ち、違います!後ろにっ!!」

「後ろ?」

 

 ゆっくりと、後ろを振り向いた。

 振り向いた先、顔の前に、顔があった。

 モンスターの。

 頭に角を生やした悪魔が、こちらをにらんでいる。

 数は、多かった。

 視線をまっすぐに戻すと、思い出したように手をうった。

 

「そうだ、君たち、こういう場面を切り抜ける良い方法があるんだけど、知っているかな?」

 

 三人は首を横に振った。

 それはね、と男は腰を折り、地面に両手をついた。

 三人には、次の行動がなんとなく理解できていた。

 まさかと、思わず言葉が口からこぼれる。

 

「逃げることだよ!」

「「「やっぱり!!」」」

 

 男が三人を抜き去っていく。

 慌てて体を反転させ、男の後を追う。

 後ろで、モンスターたちの咆哮が聞こえた。

 

「ああ、もう!やっぱりろくな事なかったじゃない!?」

「そ、そんなこと言われても――――」

「いいから走れ!さすがにあの数を相手にすんのは、厳しいぞ」

「うう……、あ、あの人、もうあんなところに」

「こら、待ちなさい!!あんたが連れてきたモンスターでしょ!?」

「もうあんなとこにいやがる……。やるな、あのおっさん」

「うう、どうしてこんなことにー!?」

 

 結局、三人がモンスターたちを撒くことができた時には、黄金平原のすぐそばまで戻ってきていた。

 機械の近くにいたあの男は、一体何者なのだろうか。

 そんなことよりも、トトリたちは今はただ、休みたかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 あの後、もう一度遺跡の近くを通ったが、モンスターはもうそこにはいなかった。

 代わりに、機械を住処の代わりに使用していた『ウォルフ』たちがトトリを襲ってきた。

 三人は、貯まった鬱憤を晴らすかのように暴れ、ウォルフたちの群れを追い払った。

 トトリが投げまくった爆弾によって、また少し機械が新たな顔を見せたことをここに記しておく。

 そのまま北へ進んでいくと、やがて石できれいに舗装された道に出た。

 もうすぐアーランドである。

 日が暮れそうになっていたので、疲れていたが、急いでアーランドに向かった。

 夜、民家から明かりが漏れ出るころ。

 三人は、アーランドにたどり着いた。

 ヘロヘロな体に鞭を打って、元王宮の冒険者ギルドにまでたどり着く。

 

「うわっ、どうしたの、あんたたち?」

 

 近々休もうと思っていたクーデリアは、代わりの受付嬢からの知らせを受け取って、受付に行ってみると、へろへろになった三人を見つけた。

 

「……クーデリアさーん」

「な、なによ」

 

 震える手で差し出されたのは、冒険者免許だった。

 確認すると、確かに活動した実績が残されている。

 しかし、

 

「――――惜しいわね。あとちょっとで、ランクアップだったのに」

「そ、そんなぁ――――」

 

 その言葉を最後に、トトリは夢の世界に旅立っていった。

 やれやれと横で見ていた受付嬢に声をかける。

 

「この子を客室に連れてってあげて。それと、あんたたちも。どうせ寝るとこないんでしょ?」

 

 ジーノもミミも、疲労困憊だったため、何も言わずにただ、クーデリアの後についていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日は、お昼を越えても三人は眠っていた。

 よほど疲労がたまっていたらしい。

 夕方になって、ようやく起きだした。

 関節の節々から音が鳴る。

 城に備えてある風呂で汗を流し、クーデリアの所まで歩いていく。

 

「なぁ、クーデリアのねえちゃんよ。なんとかなんねえのか?」

「何んとかって、何がよ?」

「ランクアップだよ。あと何すりゃいいんだ?」

 

 アランヤ村周辺で、現ランクで行けるところは全て回った。 

 アーランドまでの道のりも順当に制覇していった。

 ここに来るまでに、主要な場所には行ったはずだ。

 では、何が足りなかったのか。

 そっと、クーデリアが何かを差し出した。

 依頼が書かれた紙だった。

 

「トトリ、あんた冒険ばっかしてて、錬金術の方をおろそかにしてたでしょ?」

「―――え、あ、は、はい。ちょっと忙しくて……」

「足りないのは、そこね。あんたの冒険者免許は、一応特別仕様だから。ちゃんと錬金術の分をポイントに入れないと、ランクアップできないようにできているの。そこにいる二人は、もうランクアップできるのよ」

「どうして、わたしだけ……」

「決まってるでしょ。あんたが、ロロライナ・フリクセルの弟子だからよ」

 

 だから、そこに書いてある依頼を頑張りなさいと、アトリエの鍵とともに手渡す。

 それから、ジーノたちの方を向き直ると、

 

「あんたたちも、トトリが依頼を終えるまで、更新しないから」

「ど、どうしてよ!?」

「友達なんでしょ?なら待ってあげなさいよ」

 

 その言葉に、ミミは口を詰まらせると、それ以上口答えしなかった。

 あんたもわかったと、視線をジーノに送る。

 ジーノは黙ってうなづいた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 というわけで、しばらくの間、彼は暇であった。

 ミミはトトリに着いてやると言って、一緒にアトリエに向かった。 

 手持ちぶさたとなったジーノは、仕方なくアーランドを回ることにした。

 思えば、最初に来たときは、あわただしくてゆっくりと街を見て回ることができなかった。

 いい機会だと思って、いろいろ見て回ることにしよう。

 その前に、ジーノの腹が、行動を主張した。

 気づけば、ふらふらと足が動いていっている。

 どこからか、食欲をそそるいい匂いがするのだ。

 匂いにつられて、扉を開ける。

 扉を押すと、上部につけられた鈴の音がした。

 

「いらっしゃい!!」

 

 テーブルに料理を運んでいた、白いエプロンを付けた男が威勢よく声を上げる。

 カウンターに腰かけると、水の入ったコップを男がジーノの席に置いた。

 

「注文は?」

 

 前世のくせで、メニューを探したが、そんなものは置いてなかった。

 きょろきょろと不自然な挙動に、男が顔をしかめると、

 

「お前、初めてか?」

「はい」

「そりゃあ、悪かったな。俺はここのコックをやってる、『イクセル・ヤーン』ってんだ」

 

 男はイクセルと名乗った。

 俺はと、彼自身が名乗る前に、腹が主張した。

 イクセルは声を上げて笑うと、厨房に入っていく。

 しばらくして、厨房から出てきた彼の腕には、大きな皿が乗せられていた。

 

「食え!」

 

 言われなくてもと言わんばかりに、手と口を動かす。

 トトリたちの別れた後、夜も朝も抜いていたため、ジーノは限りなく飢えていた。

 その飢えを満たすために、出てきた料理を片っ端から腹の中に詰め込んでいる。

 

「良い食いっぷりだな」

 

 その光景が、料理人の彼にとってはうれしいようで、ニコニコしながら追加の料理を持ってくるのである。

 ジーノが腹いっぱいを主張するまで、二人のやり取りは続いた。

 

「お前、冒険者か?」

 

 落ち着いたところで、イクセルが質問した。

 壁に立てかけてある長剣を見て、そう判断したのだろう。 

 

「そうだぜ」

「……懐かしいな。俺も、お前くらいのガキの頃に、仲間と一緒に冒険者みたいなことしてたんだぜ」

「へぇ」

「そいつと一緒に、未知の食材を探しに行ったりな。本当に懐かしいな」

 

 在りし日の情景を思い浮かべながら、イクセルが呟いた。

 

「お前も、一緒に冒険に出かける仲間がいるのか?」

「いるよ」

「そうか。そいつのことは、大事にしろよ」

 

 ジーノがお代を出そうとしたところを、イクセルが止めた。

 あまりにもいい食いっぷりだったから、初回はサービスと言って、タダにしてくれた。

 その代り、今度仲間を連れてこいと言い残して。

 

「サンライズ食堂をよろしく!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「来たぜ、ハゲルのおっさん!」

「ん、……おう、何だ兄ちゃんじゃねえか。久しぶりだな!!」

 

 初めてアーランドに来てから、この武器屋には実に二度目の訪問である。

 この店の主、ハゲルは相変わらず熱い炉の前で、鋼を打ちつけていた。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

「おっさんが見繕ってくれた武器が、刃こぼれしちまってよ」

 

 肩でかついでいた長剣を手渡す。

 鈍い銀の光沢の中で、鋼にへこみや傷が見え隠れしている。

 

「――――兄ちゃん、こりゃあ手入れしてねえな」

 

 じとっとした視点が、ハゲルからもたらされた。

 ジーノは顔を背けた。

 武器は己の一部であると考える。

 そうすれば、力の通りがよくなる。

 すると、剣の切れ味が格段によくなり、動きも別物に変わる。

 反面、その力にかまけているせいで、武器本体の性能を十分に発揮できないでいる。

 今回、アーランドに再び来るまでに、ジーノは一度も研ぐことはなかった。

 長剣は前に扱っていた細剣よりも、力を多く入れることができるため、多少切れ味に違和感を感じたとしても、ごり押しできたのだ。

 さらに、元々の重さに加え、大きさがモンスターにとって脅威であるため、普通に振り回しているだけでも、アランヤ村周辺部や、アーランドに来るまでには問題はなかったのである。 

 言い換えると、ぬるい。

 あの、最初にアーランドに行くまでの馬車の旅で出会った、猛獣のような、そんな相手が欲しかった。

 弱いものねだりなのはわかってはいる。

 しかし、あの時あの獣と、確かに本気で激突していたのだ。

 邪魔は入ったものの、ジーノの突き立てた牙の片方は、確かに相手に届いていた。 

 培った技術や力というものを、試したくてしょうがない。

 男というのは、やっかいなものである。

 

「この剣は、後で研いでおくとしてだ」

 

 ハゲルが、ジーノの全力に耐えられそうな鉱石は見つかったかと尋ねた。

 ジーノは首を横に振った。

 ジーノは鉱山で拾った鉱石で試したことを伝えた。

 ハゲルがそれを腕を組みながら聞いている。

 

「つまり、純粋なインゴットの方が、力がより伝わるってことだな?」

「ああ、鉱石に入っている不純物のせいで、力の流れが乱れるみたいなんだ。おっさんの作った剣が、力の流れがいいのはそのせいだと思う」

「つまりは、純度の高いインゴット。それも、希少価値の高い鉱物を使ったものが望ましい、か」

「理想はそうだな」

「弱ったな、そうなると、嬢ちゃんに頼まなくちゃならねえかもな……」

「ん、誰だ?」

「兄ちゃんの言っていた、錬金術士の嬢ちゃんの師匠の嬢ちゃんだよ」

「ああ、ロロライナ・フリクセルだっけ」

「そうだ。あの嬢ちゃんなら、希少な金属のインゴットを作成することができるからな。俺も昔世話になったもんだよ」

「うーん、でも今はいないんだろ?ロロナさん」

「そういえば、最近見かけねえな」

 

 とりあえず、インゴットについてはロロナが帰ってくるまで保留することになった。

 

「それにしても、兄ちゃんは最終的に扱う武器ってのは決まってるのかい?」

「え?」

 

 ハゲルが切り出した言葉に、疑問の声が上がった。

 

「インゴットが用意できたとして、だ。俺にはまだ、兄ちゃんが扱う得物の造形のイメージができてないんだ。使う本人としては、何か要望はあるかい?」

 

 使う得物。

 思えば、これも考えたことがなかったことかもしれない。

 これまで、細剣は親が買い与えてくれたから使っていた。

 長剣は、ハゲルがよこしてくれたのと、でかい武器はかっこいいから選んでいたのである。

 

「……悪い、考えたこともなかったよ」

 

 ジーノの言葉に、ハゲルがやっぱりかと言葉をこぼす。

 

「……長剣を俺が選んで持ってきたときに、うすうすそう思っていたよ。兄ちゃんは、まだ自分のスタイルが出来上がってねえな」

 

 ミミは槍。

 トトリは杖と錬金術。

 メルヴィアなら斧、もしくは素手。

 クーデリアなら銃というように、誰もが自分の得意な得物を使った戦闘スタイルを確立させていく。

 それは自分の長所から。

 自分の経験から。

 自分の直感から、戦闘に必要な要素を組み立てていくのにも必要なものだ。

 ハゲルも長い間、武器屋を営んでいるため、目利きには自信があるのである。

 彼から見れば、ジーノには固定された型というものが、存在していなかった。

 だから、戦闘スタイルの違う細剣と長剣を、交互に扱うことができたのである。

 もちろん、これは絶対ではない。

 戦いで必要なことは、相手に勝つことである。

 勝てるのなら、別にスタイルなんてどうでもいい。

 むしろ、我流とでも名を付ければいい。

 しかし、ジーノのものは、我流でもなかった。

 そこまで習熟しているわけでもない彼の戦闘技術は、もっぱら彼の力のコントロールにあてられている。

 武器が許容できる範囲で、全力を出す。

 おそらく、小さいころからそうやって、無意識の手加減を覚えてきたのだろう。

 だから、とっさに全力を出そうとして、コントロールを誤る。

 

「兄ちゃんよ」

 

 ハゲルがジーノの肩に、手を置く。

 

「若いんだからよ、あんま悩まなくてもいいぜ」

「でもよ、おっさん――――」

「逆に考えるんだよ。いいか、お前さんはまだ小さい。体も、心もだ。まだ成長途中。そうだろ?だから、これからでっかくなってく間に、いろんなことを経験して、いろんなことを考えて、いろんなことをやってみればいい。考えるのは、それからでも悪くねえぜ」

「――――」

「まあ、俺からのアドバイスは、これだけだ。兄ちゃんの扱う力ってのを、とことん考えてみたらいい。案外、兄ちゃんの長所とか短所とか、そういったもんが理解できるかもしれないぜ」

「……そうか、そうかもな」

 

 ジーノの表情が変わっていた。

 どこか晴れやかで、すがすがしさを感じさせるものだ。

 

「ありがとよ、おっさん!」

「おうよ!それで、こいつはどうする?別のに変えるか?」

 

 台の上に乗せてある長剣を一瞥する。

 ジーノは、首を横に振った。

 

「いや、まだ使うよ。短い付き合いだけれど、愛着がわいてるんだ」

「そうか。それならいいんだ」

「そうと決まれば、おっさん!剣の手入れとか、研ぎ方とか教えてくれよ」

「おう、いいぜ!兄ちゃんが覚えてくれれば、こっちが仕事にしなくていいから、大助かりだな」

「おいおい、それじゃ、おっさんが路頭に迷っちまうぜ」

 

 野太い声とまだ高さを持つ声、二つが織り交ざった笑い声が、漢の鍛冶屋に響き渡った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「―――――ん、確認したわ。依頼、お疲れさま」

 

 クーデリアがトトリに課した依頼が正式に授与され、晴れてトトリたちは冒険者ランクを上げることができた。

 GLASSがIRONになり、いくつかの場所への冒険が解禁された。

 

「そういえば、あんたたち、当分こっちにいるのよね?」

「はい。アーランドの周りでも行かなければならないところがいっぱいありますから」

 

 この場合、むしろアーランド周辺の方が、冒険者の仕事が多いのである。

 いちいちアランヤ村に戻っているのでは、時間がかかりすぎるため、当分は拠点をロロナのアトリエにすることに決めた。

 クーデリアからアトリエの鍵を受け取ったトトリ。

 ロロナのアトリエには、なぜかトトリのアトリエのコンテナと中身がつながっており、はっきり言って業務に支障は全くなかった。

 依頼に関しても、もともとアーランドからアランヤ村周辺の冒険者に対して、ゲラルドの酒場を仲介して行われていたため、問題はない。

 一応、ツェツィやメルヴィアに手紙を出しておくことにはした。

 

「ほら、出てきなさい!!ちゃんと自己紹介する!!」

「うう、なんで私が……」

 

 クーデリアの横の机から、なにやらおどおどとした女性が出てきた。

 今まで気づかなかったが、どうやら隠れていたらしい。

 彼女は、フィリー・エアハルト。

 依頼についての受付は、彼女を通して行ってくれと、クーデリアから説明があった。

 拳で顎を隠すような、そんなスタイルの彼女だが、トトリやミミといった女の子には少しまともに話すことができるらしい。

 ジーノについては、……彼の名誉のために、黙っておこう。

 ただ、彼は何もやっていないことは、確かである。

 

「ランクも上がったことだし、あんたら、これに挑戦してみる?」

 

 クーデリアが不敵な笑みを浮かべ、三人の前に一枚の紙を置いた。

 そこには、猛禽類特有の鋭い眼。

 鳥類の尖ったくちばし。

 大きな一対の翼。

 獣のしなやかな肉体。

 それらが織り交ざった姿をしていた。

 このモンスターの名は、『グリフォン』という。

 

「一流の冒険者になるためには、避けては通れない壁よ」

 

 見事突破してみなさい!!と彼女は言った。

 

 

 

 

 

 

 



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