天使ちゃんな使い魔 (七色ガラス)
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第1話 卒業したら召喚された

はじめまして。あらすじにあるとおり、本作はゼロ魔とAB!のクロスものです。
この組み合わせにした理由ですが、ゼロ魔のクロスものが多数あるなか、たぶん誰もやらなさそうなのにしようと思った結果、こういう組み合わせになりました。
自分でもかなり異色だと思いますが、楽しんでもらえたら光栄だと思います。


 死後の世界の学園というものがある。

 未練を残して死んだ青少年達の魂がいき着く場所であり、そこに来た者は心残りを晴らすことで来世へと生まれ変わることができる。

 そして今、一人の少女が旅立った。

 名前は立華(たちばな)かなで。

 彼女は生前、ある者のおかげで、短くも満足な人生をおくることができた。そんな彼女の心残りは、自分に人生をくれた者へ「ありがとう」の言葉を伝えられなかったことであった。

 長く死後の世界に留まっていたある日、恩人たる男がこの地へとたどり着いた。

 紆余曲折の末にかなではその男に感謝を伝えることができた。想いを遂げ、彼女の魂はようやくこの世界から解放され、昇天していった。

 そして輪廻の輪に乗る………という直前で、その魂は突如現れた銀色に光り輝く鏡の中へと吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな春風そよぐ緑豊かな草原。抜けるような青空の下、いくつかの石造りの塔がそびえ立つ城のような建物の中庭にて、一人の少女が真剣な面持(おもも)ちで立ちつくしていた。

 年齢は16歳ほど。背は小柄で、肌は透き通るように白く、桃色がかかったブロンドのウェーブヘアーは腰に届くほどに長い。鳶色(とびいろ)の瞳はくりくりとかわいらしく、顔立ちも整った美少女である。

 服装は黒いマントの下に、白いブラウス、グレーのプリーツスカートを着ている。

 彼女は手に持つタクトのような小さな杖を掲げると、呪文らしき言葉を唱えてそれを振り下ろした。

 次の瞬間、爆発が起きた。衝撃で土煙が舞い上がる。

「また爆発だよ」

「だから無理だって言ったんだよ。ルイズに召喚できるわけないって」

 ルイズと言われた少女から少し離れた所で、彼女と同様に黒マントを着た少年少女達がうんざりしたように愚痴をこぼす。それを聞いたルイズはうつむいた。

 ここはトリステイン王国トリステイン魔法学院。貴族の子息子女がかよう魔法学院であり、ルイズ達はその生徒である。

 この世界ハルケギニアでは魔法が使える者はほぼ貴族であり、その証としてマントを羽織っているのだ。

 そんな彼らは現在、進級に伴い、使い魔召喚の儀式をおこなっている。

 生徒達は皆、召喚を終えて鳥だの猫だの巨大ヘビだの、はてはドラゴンだのと、各々の使い魔を呼び出した。

 そんな中、ルイズだけが未だに使い魔を召喚できていなかった。

 名門貴族の出の彼女だが、生まれてこのかた魔法が成功した試しがないのだ。

 魔法を使うと爆発が起こり、そのたびにルイズは周りから嘲笑(あざわら)われたり(さげす)まれたりされ、何度も悔しい思いをしてきたのだ。

「ミス・ヴァリエール」

 呼ばれて顔を上げると、メガネをかけたハゲ頭の中年男性の姿が目に映った。真っ黒なローブに身を包み、手には大きな木の杖を握っている。

 こたびの儀式の監督教師、ジャン・コルベールだ。

「もうだいぶ時間が押している。今日はここまでにした方が……」

「も、もう一回! もう一回だけお願いします!」

 ルイズは必死に頼みこむ。コルベールはまた後日と言うが、今成功できなければこの先もずっとダメなままのような気がした。

「では、あと一度だけですよ」

「はい!」

 許しを得ると、ルイズは深呼吸し、心の中で祈った。

(お願い……!)

 これが最後のチャンス。ルイズは自分の想いを強く叫んだ。

「宇宙の果てのどこかにいるわたしの(しもべ)よ! 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! わたしは心より求め訴えるわ! 我が導きに応えなさい! 」

 杖を振り上げ、ありったけの集中力もって、

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、使い魔を召喚せよ!!」

 力いっぱい杖を振り下ろした。

 そして結果は………爆発だった。

 ルイズは舞い上がる砂煙を呆然と見つめ、地面に両手両膝を着いた。

 彼女の心に絶望が広がり始めた。

 その時だ。

「おい! 何かいるぞ!?」

 誰かの叫び声に、ハッと顔を上げた。目を凝らしてよく見ると、確かに砂煙の中に何かがいるのが見えた。

(やった! 成功したんだわ!!)

 胸に希望が湧き上がるのと同時にルイズは立ち上がった。未だ影しか見えない使い魔を、期待に輝く瞳で見つめ、砂煙が晴れるのをまだかまだかと()がれる。

 そこに一陣の風が吹いて、砂煙を吹き飛ばした。

 そしてルイズは使い魔の姿を捉え、

「……え?」

 我が目を疑った。

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 背丈はルイズと同じくらい。歳も同じだろうか。腰まで届くサラサラの銀髪を、頭の後ろでその一部をバレッタで(まと)めている。肌はルイズほどではないが白い。綺麗な金色の瞳。服装は薄い黄色のブレザーに、こげ茶色のプリーツスカートを着ている。

 一見して少女の服装はどこかの制服にも見える。この世界で学校に通えるのは貴族くらいである。

 しかし少女はマントを羽織っていなかった。つまり、

「あの格好、平民よね?」

「ああ、平民だね、間違いなく」

「平民の女の子ね……」

 誰もが、ルイズが平民の少女を召喚したと認識し始めた。

「でもあの娘、かわいいよなぁ」

「確かに、マリコルヌの言うとおりだな……」

 金髪のポッチャリ系の男子生徒が何気無く呟くと、伝染したかのように男子達が同意した。

 ルイズも改めて少女を見る。

 確かにかわいい。美少女と言っても過言ではない。先ほど自分が口にした、”美しい”の部分は叶えているかもしれない。

 だが平民だ。なんの取り柄もない、平民だ。

 その現実を受け入れることができず、ルイズは思わず尋ねた。

「あんた、誰?」

 目の前の少女は首を傾げて、答えた。

「あたし? かなで。立華かなで」

 立華かなで。

 そう、彼女は死後の世界から旅立ったはずの少女だった。

 かなでは辺りを見渡し、困惑した。

(どういうことかしら? あたしは確かに消えたはずなのに……)

 そこに女性の声がした。

「ルイズ、サモン・サーヴァントで平民を呼び出してどうするの?」

 声の主は、赤い髪を持つ、褐色肌の女子生徒だった。腹を抱えて忍び笑いをしている。

 途端ルイズは真っ赤になって怒鳴った。

「黙りなさいキュルケ! ちょっと間違えただけよ!」

 すると今度は、先程のマリコルヌという生徒が反論した。

「さすがゼロのルイズ! 期待を裏切らない結果だな!」

 どっと生徒達が爆笑し、ルイズの顔は怒りで更に赤くなった。彼女はコルベールに迫った。

「ミスタ・コルベール!」

「なんだね?」

「あの、もう一度召喚させてください!」

 必死に訴えるが、コルベールは首を横に振った。

「それはできない」

「なぜですか!?」

「この使い魔召喚の儀式は神聖なもの。やりなおすなど儀式そのものに対する冒涜だ。君が好むと好まざるとにかかわらず、彼女は君の使い魔と決まったのです」

「そんな……」

「それに君はあと一回と言っただろ。さぁ、コントラクト・サーヴァントを」

 コルベールに(さと)され、ルイズはしぶしぶといった感じでかなでを見た。当の彼女はキョロキョロと周囲を不思議そうに見渡している。それがすごく能天気そうに見えた。

(人の気も知らないで!)

 ルイズはかなでの前まで歩いてくると、苛立ちを隠さずに叫んだ。

「ちょっと!」

「?」

 かなではルイズの方を向いた。

「いい、平民が貴族にこんなことされるなんて滅多にないんだからね!」

 そう言ってルイズは目をつむり、手に持った杖をかなでの目前(もくぜん)で振った。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と()せ」

 呪文を唱え、すっと杖をかなでの額に置いた。そしてゆっくりと己の唇を彼女の唇に近づけ、重ねた。

「!?」

 いきなりキスをされ、かなでは驚いて目を見開いた。突如として見知らぬ場所にいたうえ、突然のキス。彼女はさらに混乱した。

 少ししてルイズは唇を離した。

「終わりました」

 コルベールに報告するルイズの顔は真っ赤になっていた。ファーストキスだったのだ。

 かなでは無表情ながら呆然としている。

「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」

 コルベールが嬉しそうに言う。爆発が起こらなかったので成功と判定したのだ。

「相手が平民の女の子だったから契約できたんだよ」

「そうねー」

 何人かの生徒が笑いながら言うと、ルイズはそちらを睨みつけた。

「バカにしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」

 その様子をかなでは黙って眺めていたが、突如として体が熱くなるのを感じた。場所は胸だ。両手で胸を抑え、うつむく。

「………熱いわ」

「我慢なさい。使い魔のルーンを刻んでるだけだから。というかあなた、”熱い”って言ってるわりにはそんな表情してないんだけど………」

 ルイズの言葉通り、かなではあまり顔色を変えていなかった。

(この()、表情変化が(とぼ)しいんじゃないの?)

 そんなことを考えていると、熱さが引いたのか、かなでが顔を上げた。

「今のは何?」

「言ったでしょ、使い魔のルーンを刻んだのよ。胸を抑えてたからそこに刻まれているわ」

 ルイズに言われてかなでは自分の胸元を見た。

「なにもないわ」

「素肌に刻んだんだから、服の上からじゃ分かるわけないでしょ」

 そこでルイズははたと気づいた。確かにこれではルーンを確認できない。

 もしや刻まれていないのではと一気に不安になり、その心情が顔に出た。

 そんな彼女の様子を察してか、コルベールが安心させるように話しかけた。

「ミス・ヴァリエール、わたしの見立てでは契約は成功している。後で自室で確認するといいだろう。心配ならルーンを書き写して明日にでも渡してくれたまえ。わたしの方で調べてみよう」

「分かりました」

 ルイズが了承すると、コルベールは(きびす)を返して生徒達に向き直った。

「それでは儀式は終了だ。各自寮に戻るように。解散」

 次の瞬間、コルベールは宙に浮いた。

 かなではその光景に驚いて、目をわずかに見開いた。

 他の生徒達もコルベールに続くように、彼と同様に宙に浮いた。

 ルイズ一人を除いて。

「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」

「その使い魔、あなたにお似合いよ!」

 浮かんだ彼らは、そう言ってルイズを笑いながら塔の方へと飛んでいった。

 残ったのはルイズとかなでのみ。

 かなでは生徒達が飛んでいった方をずっと見ていた。

 人が飛ぶなんて普通ならありえない。そんな超常現象が起こるのは、自分が知る限り死後の世界ぐらいである。

(……何がどうなっているのかしら?)

 疑問が頭の中で渦巻く。

 その横でルイズがため息をついた。それからかなでに向かって大声で怒鳴った。

「あんた、なんなのよ!」

 現実に引き戻されたかなで。なんなのかと聞かれても、答えられるのは一つしか思いつかなかった。

「立華かなで」

「名前聞いてるんじゃないわよ!!」

 場の空気を読まないズレた発言に、ルイズはおもわず全力でツッコんだ。

 かなではそんなことは気にせず、生徒達の方に視線を戻した。

「あの人達、空を飛んでるわ」

「何言ってるのよ。メイジが飛べるのは当たり前でしょ」

 呆れるルイズ。そこへかなでが彼女の神経を逆なでする言葉をかけた。

「あなたは飛ばないの?」

「うっさいわね! ほら、行くわよ!」

 コンプレックスを刺激されたルイズは生徒達が飛んでいった塔へとずかずか歩き出した。

 一刻も早くルーンを確かめたい。魔法が成功したかどうかはルイズにとってこの上なく重要なことである。

 早歩きで歩いていく。

 しかし、かなでがついてくる気配がしない。

 ふと後ろを振り返ると、使い魔の少女は召喚された場所から一歩も動いておらず、あさっての方の空を見上げていた。

「ちょっと!」

 ルイズは駆け戻った。

「ちゃんとついてきなさいよ!」

「? どうして」

「あんたがわたしの使い魔だからよ!」

「あたしは使い魔なんかじゃないわ」

「いいから来る!」

 ルイズはかなでの手を取ると再び歩き出した。

 




そういうわけで今回はここまでです。次回は数日後に投稿する予定です。


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第2話 異世界での夜

お待たせしました。ではどうぞ。


 かなでは今の現状に困惑していた。

 自分は死後の世界から卒業して消えたはず。だというのに、気がついたら見知らぬ土地でルイズという少女に使い魔扱いされている。

 何が何やら訳が分からないまま手を引かれ、石造りの塔へと入り、吹き抜け式の螺旋(らせん)階段を上がっていく。

 登り終えた後は、通路の左右にいくつもの扉がある廊下を歩いていく。ルイズはそのうちの一つを開けて中に入った。

 中は12畳ほどの広さの部屋だった。左側の奥には天蓋(てんがい)つきの大きなベッドが置かれ、正面奥に窓があり、右側には化粧机とクローゼットがある。部屋の中央にはランプが置いてある丸テーブルと、それを挟んで椅子が左右対になる形で配置してある。どの調度品も上品な代物に見えた。

 ルイズはテーブル近くまで歩いてくるとかなでの手を離し、それから部屋の入口まで戻ってドアを閉めた。

 その間かなでは部屋の中を見渡した。

(この人の部屋かしら?)

 そんなふうに思っていると、ルイズの声が聞こえた。

「脱ぎなさい」

 顔を向けると、ルイズが(けわ)しい表情でこっちを見ていた。睨んでいるといっても過言ではない。

 かなでは無表情で、『どうして?』というように首を傾けた。その仕草にルイズはイラっとした。

「なにグズグズしてるの? さっさと服を脱ぎなさい」

「どうして?」

 疑問を口に出すと、ルイズはキレて叫んだ。

「使い魔のルーンが刻まれてるか確認するためでしょうが! さっき広場で、後で確認するって話だったじゃない。なに聞いてたのよ!!」

 ルイズの苛立ちはピークを通り越していた。一刻も早くルーンが刻まれているか確認したくて落ち着かないのだ。

(そういえばそんなこと言ってたわね。キスされて胸が熱くなった後、あたしにルーンを刻んだって言ってたけど………本当なのかしら)

 考えたところで答えは出ない。ルイズを見ると、早くしろと言わんばかりに鋭い目をしていた。

 かなでは確かめる意味も含めて、服を脱ぐことにした。

「分かったわ」

 始めに制服のボタンを上から順に外してブレザーを脱ぎ、近くの椅子の背もたれに折り畳んでかける。その調子で襟のリボン、ブラウスと脱いで、先と同様に椅子にかける。

 上半身、純白のブラジャーのみとなったかなでは自分の胸元を見下ろした。

そこには蛇がのたくっているような文字が横一列に刻まれているのが見えた。ただし見えたのは文字列の中心あたりまでで、両端はブラジャーに隠れて見えなかった。

(これが使い魔のルーン?)

 ルイズの方も真剣な面持(おもも)ちでかなでの胸元を覗き込んだ。そこにあるコントラクト・サーヴァント成功の証を認め、安堵(あんど)の息をついた。

「よかった。ちゃんと契約できてる………」

 不安で張り詰めていた心がようやく軽くなった。

 この後ルーンをスケッチしなければならない。

 ルイズは机に向かうと、引き出しから羽ペンとインク壺と羊皮紙を一枚取り出した。机上に置いた壺の(ふた)を開け、右手に持った羽ペンの先にインクをつける。左手に羊皮紙を持つと、かなでの前に戻ってきた。

 いざスケッチしようとしたが、ブラジャーで隠れた部分が見えない。

「端の方が見えないわね………。ちょっとあんた、その下着も脱ぎなさい」

 かなではうなづくと、両手を胸の中心に持ってきた。

(フロントロック式だから、広げるだけでいいかしら?)

 ブラジャーのホックを外して、両のカップを左右へと開く。ほぼ上半身裸の状態たが、女性どうしのためか、特に恥ずかしがることなくルイズに胸元を見せる。

「これでいい?」

「そうね。それじゃスケッチするから、じっとしていなさい」

 ルイズはスケッチを開始した。自然とその視線はかなでの胸に(そそ)がれることになる。

(スケッチは……これでよし。それにしても……)

 ふとルイズの関心がブラジャーへと向かった。

(この娘、変わった下着を着けてるわね。平民の下着ってこんなんなのかしら?)

 自分が身につけているキャミソールとはだいぶ違う。

 続いて胸自体に注目が移った。女性としての性徴は低く、手で包み込めば完全に隠せる程度の大きさだ。

(小さい、というよりほとんどないじゃない。わたしとおんなじ――――)

 思考がそこまで至った時点で、ルイズは頭を激しく振った。ルイズ自身も胸は小さい。というか下手(へた)したらない。確かにかなでと同ではある。が、平民の少女と同類と認めるのは自身の高いプライドがなんか許さなかった。

「もういい?」

 ブンブン頭を振っているルイズは、かなでの言葉で我に返った。

「そ、そうね。もういいわ」

 慌てるルイズをかなでは怪訝(けげん)に思ったが、用件が終わり解放されたので服を着始めた。

 その間、ルイズはスケッチしたルーンを見つめた。

(これがわたしの使い魔のルーン………わたしの成功の証………)

 期待していた使い魔ではなかったが、自分の魔法が始めてうまくいったのだ。その証を眺めていたらなんだか嬉しさが湧いてきた。

 そこへ、着替え終わったかなでが横からスケッチを覗き込んだ。

「それがあたしの胸に刻まれているもの?」

「そうよ。"わたしの使い魔です"っていう印のようなものよ」

 そこでかなではルイズの顔を見た。

「なによ?」

 怪訝な表情をするルイズに、かなでは尋ねた。

「ここはまだ”死後の世界”なの?」

「はぁ?」

 ()頓狂(とんきょう)な声をあげるルイズ。いきなり死後の世界とは何を言っているのだろうか? というか”まだ”とはどういう意味だ。頭がおかしいのだろうか?

 ルイズは引いた。

 かなではその反応を見て、ここが死後の世界なのか、質問による判断はできなさそうだと思った。そもそも死後の世界の住民には死んでいる自覚がないので、このような問いかけでは判断できない。

 そのことを思い出し、彼女は他のことについて聞くことにした。

「ここはどこ?」

「どこって、ここはかの高名なトリステイン魔法学院よ」

「知らないわ」

「知らないって、そんなわけないじゃない」

「本当になにも知らないわ」

「………嘘でしょ? どこの田舎者よ」

 ルイズは信じられないといった様子でかなでを見た。

「だから全部説明して。ここはどこで、あなた達は何者なの? どうしてあたしはここにいるの?」

「本当に何も分からないっていうの?」

 かなでは頷いて肯定した。

「はぁ、仕方ないわね………いいわ、教えてあげる。感謝することね」

 ルイズはない胸を張って偉そうに言うと、テーブルセットの椅子に座り、かなでを反対の席に座らせた。

「いい、使い魔っていうのわね……」

 そこからルイズによる説明がなされた。

 この世界の名がハルケギニアという、魔法が存在する世界であること。

 魔法を扱う者はメイジと呼ばれ、彼らによる王侯貴族制度が存在すること。

 ルイズはトリステイン王国の貴族であり、ここトリステイン魔法学院の生徒であること。

 2年生への進級には使い魔召喚が必須科目であり、それによりルイズはかなでを召喚した。

 それらの説明が終わる頃には日が落ち、夜になっていた。テーブルの上にあるランプが室内を淡い光でぼんやり照らしている。

「というわけで、あんたはわたしの使い魔となったのよ。分かった?」

 得意げに説明を終え、確認を促すルイズがテーブルの上のバスケットからパンを手に取る。

 太陽が沈んだ頃に、しまってあったのを取り出し、かなでと夜食をとりながら話していたのだ。 

「どうしてあたしを呼んだの?」

 かなでは質問した。

「別に好きで呼んだわけじゃないわよ。メイジは召喚する使い魔を指定できないの。召喚主に相応しい生き物の前にゲートが開いて、相手がそれをくぐることで召喚されるわ。ポピュラーなのは猫とか鳥とかなんだけど、中にはドラゴンやグリフォンなんかが呼ばれるわ。……わたしはホントはそんなのがよかったのに」

「人間は呼ばれないの?」

「当たり前でしょ。人間が召喚されたなんて話、聞いたことないわ」

「あたしが使い魔なのが嫌なら、送り返せばよかったんじゃない?」

「召喚した使い魔を返す方法なんてないわよ」

「だったらもう一度召喚すれば……」

「無理よ。もう使い魔として契約しちゃったんだから。再召喚するには今いる使い魔が死なないといけないの。あんた、死んでみる?」

 死ぬ。

 そう言われてかなでは自分の胸に手を置いた。心臓がトクン、トクンと脈動(みゃくどう)しているのを感じる。

「あたしは今、生きているのよね?」

「は? なに当たり前のこと言ってるのよ」

「生きているならあたしは命を捨てられないわ」

 ルイズはかなでの言っている意味が分からなかったが、とりあえず死ぬつもりはないということだろう。

「ともかく、あんたはわたしの使い魔になった。嫌でもこれは変えられない。諦めなさい。わたしも諦めるから」

「分かったわ」

 思うところがないわけではないが、現状ではどうすることもできないだろう。かなではとりあえずルイズの使い魔をやることにした。

「ところで、使い魔って何をすればいいのかしら?」

「使い魔としての自覚ができたようね。いい? 使い魔の役割は三つあるわ。ひとつは感覚の共有。これは使い魔が見聞きしたものを主人が見ることができる。でもダメね。何も見えないもん」

「残念ね」

 なんてことないように言うかなで。他人事のように聞こえたが、ルイズは気にせず続ける。

「次に、主人の望むものを見つけてくる。たとえば、特定の魔法を使う際の触媒(しょくばい)にする秘薬とかね」

「秘薬がなんなのかも、ある場所も知らないわ」

「でしょうね……」

 ルイズは肩を落として言った。

「そして、これが一番なんだけど……、使い魔は主人を守る存在であるのよ」 

 魔法を発動させるには詠唱(えいしょう)が必要であり、詠唱中のメイジは無防備だ。それを(おぎな)うのが使い魔という存在だ。

 とはいえ、

(………全然期待できないわね)

 かなでを見てため息を吐いた。華奢(きゃしゃ)な少女の姿は、むしろこっちが守らなくてはならないように見える。

 ルイズは試しに聞いてみた。

「ねぇ、あんたって強いの?」

 その問いに、かなではしばし考えを巡らせた。

「……たぶん、強くないと思うわ」

「たぶんって何曖昧(あいまい)な表現してるのよ………」

 微妙な物言いに、ルイズはやはり期待できないと判断した。

「つまりあんたは使い魔としての役割は無理そうだから、できそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」

「身の回りの世話ってことね?」

「そうよ。それじゃちゃんとやりなさいよ」

 それで話は終わりとばかりにルイズは立ち上がると、ブラウスのボタンに手をかけ、一個ずつ外していき、服を脱ぎ始めた。脱いだ制服を椅子の背もたれにかける。キャミソールやパンツといった下着類はカゴに投げ入れた。

「じゃあ、これ明日になったら洗濯しといて。それと朝はわたしをちゃんと起こしなさい。いいわね」

 かなではコクっと首を縦に振る。

 ルイズは大きなネグリジェを頭からかぶると、ベッドに向かった。

 そこでかなでは尋ねた。

「あたしはどこで寝ればいいのかしら?」

「あんたはそこの隅の……」

 そう言って部屋の一点を指さしたルイズは途中で言い(よど)む。

 かなではそちらを見た。

 そこには藁束(わらたば)があった。ルイズが事前に使い魔のために用意しておいたものだ。

 ルイズはかなでを見る。使い魔ではあるが、それでも女の子だ。しかも可愛らしい美少女。

(平民で使い魔とはいえ、こんなかわいい()をそんな所で寝かせていいのかしら? でも平民だし、使い魔だし……)

 ルイズの心は、人としての良心と、貴族のプライドとの間で揺れ動いた。目を閉じ腕を組んで、うんうん唸った。

 そしてほんの数秒の葛藤(かっとう)の末に、ルイズは口を開いた。

「仕方ないからベッド使っていいわ。感謝しなさいよ………て、あれ?」

 ルイズがかなでの方を向くと、彼女はいなかった。どこにいったのか探すと、かなでは藁束の上で、ちょうど横になったところだった。

「おやすみなさい」

 それだけ言ってかなでは目を閉じた。

「ちょっと!」

 自分の葛藤はなんだったんだという風に叫んだが、相手が眠ってしまったため、感情の行き場をなくしていた。

(まぁ、従順なのはいいことよね……)

 ルイズはため息をつくと、自分のベッドに横になる。それから、はたと思い立つ。毛布を一枚手に持って藁束の上で横になっているかなでの下に行き、彼女の体に毛布をかけた。春とはいえ、さすがに夜は肌寒いだろうと思っての行動だ。

 ルイズはベッドに戻ると、指をパチンッ! と鳴らして魔法のランプの灯りを消す。自分の毛布を被って目を閉じると、すぐさま夢の世界へと旅だった。

 夜の闇の中、かなでは目を開けた。寝付こうと目を閉じていたが、いまいちうまくいかなかったのだ。

 彼女は起き上がると、ルイズを起こさないように静かに窓辺まで歩いていく。

 そして窓ガラス越しに夜空を見上げる。日が落ちた頃、ルイズがパンを用意している際に、不意に窓の外へ視線を向けた時から気になっていた。

 そこには赤と青の二つの月が浮かんでいた。

「やっぱり地球じゃないのね」

 ルイズの話を聞いた時点でそうだろうとは思っていたが。

 かなでは胸に手をやる。脈打(みゃくう)鼓動(こどう)を感じる。

(新しい命、新しい人生……)

 これが生まれ変わった結果なのだろうか。

 とはいえ自分が現世にいるとはいまいち信じられずにいる。

 かなでは視線をルイズへと移す。あどけない顔で寝息をたてている。

(あたしはこの娘を守るのが役目みたいだけど……)

 死後の世界でかなでは『ガードスキル』という特殊能力を持っていった。自衛用に作ったそれは、自らの身体能力を強化したり、手に剣を生成したり、銃弾の嵐を弾いたりといったものであり、それこそまるで魔法のような力であった。

 しかし、あれは自分を含めた死後の世界の物質(マテリアル)干渉(かんしょう)することで発現できる能力のはずである。とても現実の世界で使えるとは思えなかった。

 ここが現世なら、自分は果たして彼女を守れるのだろうか?

 当のルイズはそんなこと微塵(みじん)も期待してはいないが……。

「……寝ましょ」

 考えても答えは出ない。今は寝て、明日から新しい人生を頑張っていこう。

 決意を新たに、かなでは藁束に戻って横になる。

 目を閉じると今度はすぐに寝付くことができた。

 




話の都合上、かなでにはフロントロックブラをしてもらいました。実際はどんな下着なのか知りませんが……。


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第3話 不可思議な夢

お待たせしました。今回は今までより、ちょっと短い感じです。

※2016/2/14、以下を修正。
・ルイズの夢での距離単位を数百メイルに修正。
・末尾にて、ルイズがタクト類をしまう描写を追加。

※2016/7/23、誤字を修正。


 月明かり降り注ぐ夜。

 ルイズはいつの間にか見知らぬ場所に立っていた。

(あれ? ここはどこ? わたし、なんでこんな所にいるのよ?)

 無意識に周囲を見回す。

 自分の他には誰もいない。

 辺りは草の生えていない平坦な地面が広がり、後ろ側には視界を覆い尽くす広大な森林郡。そして正面の十何メイル先、段々とした丘の上には四角い建造物がいくつもあった。遠目から見てもその大きさは巨大であるのがうかがえた。

「お城かしら? それにしては見たことない様式だけど……」

 ふと月明かりが陰った。おそらく雲が被ったのだろう。

 ルイズが上を見上げると、思ったとおり月が雲に隠れていた。

 しかし彼女はその星空に、どこか違和感を感じた。

 具体的にどこがと聞かれたらうまく答えられず困るが、あえて言うなら、星の位置がなんだか見慣れたものと違うような気がした。あくまで"気がする"程度のレベルだが。

 そうして眉をひそめて夜空を眺めていると、雲が流れて月が顔を出した。

「え!?」

 ルイズは驚愕し、我が目を疑った。

 自分がよく知る夜空には赤と青の二つの月が浮かんでいる。

 しかし今見ている空には、白く輝く月が一つあるだけであった。

「な、なんで月がひとつしかないのよ!?」

 ルイズは激しく困惑した。心に言いようのない不安が押し寄せてくる。訳の分からぬ場所でたった一人。孤独からくる恐怖で思わず両手で体を抱きしめる。

(ど、どうしたらいいの!?)

 周りは森という中で、あの変わった建物がひときわ目立っていた。

(あそこに行けばなにか分かるかもしれないわ!)

 確信なんてないが、わずかな望みをかけて、ルイズは建物を目指して駆け出した。 

 走ること約数分、建物がある丘の近辺まで来た。

 そこでルイズは一つの人影を見つけた。

(人だわ!)

 自分以外の人間を見つけたことに喜び、進路をそっちへと変える。

 そして姿形を判別できるほど近くまで来たところで、その人物が見覚えのある顔をしているのに気づいた。

 それは使い魔として召喚した少女だった。名前は確か、タチバナカナデといったか。

 ルイズはかなでの下まで走り寄った。

「ちょっとあんた!」

 ルイズは安堵しながら話しかけた。

 しかしかなではまったくの無反応だった。

「なによその態度! ご主人様が話しかけてるのに無視ってどいういうつもりよ!」

 腹を立てたルイズは怒鳴るが、相手ははまるで意に返さない。ルイズが本気でキレそうになったところで、

「あの!」

 と声がした。

 かなでがそちらを向き、ルイズもつられて同じ方を見る。

 建物のある方から、1人の男が歩いてきた。

 背はルイズ達よりも頭1つくらい高い。年は17、8歳くらいか。髪はオレンジ色で、服装は上も下も黒一色という身なりである。

「あんた誰よ?」

 ルイズは男に問いかけた。しかし男はルイズを無視した。というより気づいていないようだった。

 男はかなでの近くまで来ると、親指で後ろの、建物の方を指さした。

「えーと、あんた銃で狙われてたぞ。あんたが天使だー、とかなんとか言って」

 男の言葉にかなでは首を傾げた。

「あたしは天使なんかじゃないわ」

「だよなー……じゃあ……」

 二人はルイズのことなど存在しないかのように会話し始めた。

「………なんなのよ、これ」

 ルイズは疲れたように呟いた。正直訳が分からない。

 そんな彼女をよそに話は進む。

「……くそ! 自分が誰かも分からないし……はぁ、病院にでも行くよ」

 男が頭を抱え、(きびす)を返して歩き出す。

 それをかなでの言葉が止めた。

「病院なんてないわよ」

「え?」

 男は立ち止まって振り返った。

「どうして?」

「誰も病まないから」

「病まないって?」

「みんな死んでるもの」

 その言葉に、男は言葉を失い、ルイズは怪訝(けげん)そうにかなでを見た。

(………みんな死んでるって……なに言ってんのよ?)

 ルイズが困惑していると、男が怒鳴り散らした。

「……ああ、分かった。お前もグルなんだな! 俺を(だま)そうとしてるんだろ。この記憶喪失もお前らの仕業か!」

「記憶喪失はよくあることよ。事故死とかだったら頭もやられるから」

「じゃあ証明してくれよ! 俺は死んでるから、もう死なないって!」

 男が声を荒らげてそう言い放つと、かなでが一歩前に出た。男は一瞬気後れする。

 続いてかなでの口が小さく動いた。

「ハンドソニック」

 次の瞬間、かなでの右手の袖口から、手の甲を覆うように、光とともに両刃の剣が出現した。

「「え?」」

 突然のことに、ルイズと男は虚を突かれたような声を出した。

 状況が理解できずに呆然と立ち尽くしている男に向かって、かなでは一気に間合いを詰め、手から伸びる刃で相手の胸を(つらぬ)いた。

「あ……」

 ルイズの口から乾いた声が漏れた。

 体を一突きにされた男は一瞬で絶命したのか、悲鳴も反応もなにもない。顔は呆けた表情のまま硬直していた。

 かなでが剣を引き抜くと、男はその場に崩れ落ちた。

 ルイズはただ呆然とその光景を見ているしかできなかった。突然の惨劇に頭が追いつかない。

 男の体から血液が大量に流れ出し、血だまりを作っていく。それが自分の足元を濡らしたので、ルイズは反射的に後ろに下がる。

 その時、偶然にも倒れている男と目が合った。

 光が消えた死人の目。

 この男は死んだ。いとも容易(たやす)く、無慈悲に殺されたのだ。

 脳がそれを理解した瞬間、ルイズの口から悲鳴が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああああああああああああああああああ!!!!???」

 絶叫(ぜっきょう)をあげ、ルイズはベッドから壮大(そうだい)に飛び起きた。

 呼吸が激しい。

 心臓がドクドクと鳴ってうるさい。

 ルイズは荒い息のまま辺りを見渡した。

 そこは自分の部屋だった。

「………夢?」

 ルイズは大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。

「なんて夢よ……」

 憂鬱(ゆううつ)な気分でルイズはベッドから降りた。そして着替えを出そうと歩き出した際に、何かにつまづいた。

「きゃあ!」

 悲鳴とともに床に転倒し、顔面を激しく強打した。

「いった~~」

 体を起こしてアヒル座りの状態になり、涙目で鼻を押さえる。

「なんなのよ~、もー?」

 そのままルイズは首を回して、転んだ原因を見た。

 ベッド付近の藁束の上でかなでが寝ていた。

 彼女の姿を見たとたん、先ほどの夢の内容がフラッシュバックした。

 月が一つだけの不気味な夜空。男を刺し殺すかなで。

 広がる血だまりと虚ろな男の目。

「ひぃ!?」

 ルイズは飛び上がって後ずさりした。

(ななななぁ、なんでこいつがいるのよ!?)

 夢の内容と現実が混濁(こんだく)し、錯乱する。

 だが数秒後、すぐに頭が正常な判断をくだした。

(そ、そうだわ……昨日召喚したんだった………)

 ルイズは深呼吸して心を落ち着かせた。それからかなでを見下ろした後、ゆっくりと彼女に近づいた。

 しゃがんでその顔を覗き込む。

 あどけない寝顔だ。とても人を殺すような娘には見えない。

 ふと夢の中でかなでが剣を出していたのが気になった。光と共に現れたが、アレは腕に仕込んでいたのではないだろうか?

 ルイズはかなでの片腕を取って、袖を()くる。

 何もなかった。

 もう片方も同じようにしてみたが、やはり何もなかった。

(………そうよね。あんなの、ただの夢よ……自分の使い魔を怖がるなんて、なにやってんのよ、わたし……)

 自分の不甲斐(ふがい)なさに呆れてため息が出た。

 そこで昨夜かなでに下した命令を思い出す。彼女には朝自分を起こすように言ったはずだ。

(ご主人様を放っておいて、いつまで寝てんのよこの娘!)

 ルイズは目尻を釣り上げると、かなでの上半身を起こし、両肩を掴んでガクガクと激しく前後に揺さぶった。

「ちょっと! 起きなさいよ!!」

「………ん?」

 かなではだるそうに(まぶた)をこすると、ゆっくりと目を開けた。

「………あなたは誰?」

「ルイズよ! あんたのご主人様! 朝起こしなさいって言ったでしょ、なにぐっすり寝てんのよ!!」

 ルイズが大声で怒鳴ると、かなでは眠気眼(ねむけまなこ)で辺りを見渡した。そうすることで、ようやく現状を理解したのか、目がはっきりとしてきた。

「寝坊しちゃったのね。ごめんなさい」

「まったくよ!」

 ルイズはかなでを叱ると、立ち上がってベッドの近くに戻った。

(初日から失態だなんて使い魔としての自覚が足りてないんじゃないの! これは厳しく(しつ)ける必要があるわね……)

 ルイズはネグリジェを脱ぎながらどうするか考える。しかし今は着替えだ。

「服、それと下着」

 素っ裸になったルイズの言葉に、かなでは分からないというように首を傾げた。その様にルイズは、昨日のかなでの要領の悪さを思い出す。一から十まで言わなければならないのかと思うとため息が出た。

「着替えるから服を持ってきなさい」

「使い魔の仕事?」

「そうよ、早くしなさい」

 かなでは頷くと、椅子にかかった制服を手に取り、ルイズの下に持ってきた。

「そこに置いておきなさい」

 ベッドの上、ルイズの隣を指定され、言われたとおりそこに制服を置いた。

「下着。クローゼットの一番下の引き出しに入ってる」

 次の命令を聞いたかなではクローゼットの前に来ると、ルイズに言われた引き出しを開けた。いろいろあったが、とりあえず近くにあったの白のパンツを取り出し、ルイズの所に戻って手渡す。

 ルイズは下着を身につけると、威厳を込めて次の命令を口にする。

「服、着せて」

「自分で着替えられないの?」

「そうじゃなくて、貴族は従者がいる時は自分で服なんて着ないのよ」

「そう」

 かなではブラウスを手に取ると、慣れないながらもルイズに着せていった。

 その調子で、プリーツスカート、紺色のニーソックス等を身につけさせていき、最後にマントをはおらせる。身支度が整うと、ルイズは化粧机の上にある愛用のタクト型の杖と、ルーンのスケッチを手に取る。

「それじゃ朝食をとりにいくわ。ついてきなさい」

「分かったわ」

 ルイズはかなでを連れて部屋から出た。



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第4話 二つ名のゆらい

※2016/2/21、以下を修正。
・かなでがサラマンダーを見下ろす際に、しゃがむ描写をカット。


 ルイズ達が部屋から出ると、廊下の向かいのドアがほぼ同時に開いた。中から赤髪の女子生徒が出てくる。

 かなではその顔に見覚えがあった。昨日広場で見かけたキュルケという女性だ。

 彼女はルイズを見ると、ニヤっと笑って挨拶(あいさつ)した。

「おはよう。ルイズ」

「おはよう。キュルケ」

 対するルイズは顔をしかめて、嫌そうに返した。

 次にキュルケはルイズの斜め後ろにいるかなでを見た。

「使い魔ちゃんもおはよう」

「おはよう」

 挨拶をかわすと、かなでは改めてキュルケの容姿を見つめた。

 ルイズとは正反対の体型である。燃えるような赤い長髪に、褐色の肌。突き出た豊満な胸。ブラウスのボタン上二つを外してはだけさせた胸元からは、立派な谷間が覗いている。まさにナイスバディであった。

 キュルケもまた、かなでを値踏みするように上から下へと視線を動かしていた。

「ふ~~ん」

 一通り見終えると、キュルケは合点がいったというような表情を浮かべた。

 ルイズは含みのありそうなそれに機嫌が悪くなった。

「なによ」

「使い魔はそのメイジにふさわしいものが呼び出されるっていうけど、なるほど」

「だからなにがよ?」

 ルイズが怪訝(けげん)な顔をしていると、キュルケはからかうように笑った。

「あら分からないの? よかったわねルイズ。同じ幼児体系の娘が使い魔になって」

「な!!」

 ルイズは昨晩(さくばん)認めようとしなかった自分とかなでの共通点を指摘されて、頭に血が一気に上って真っ赤になった。

「こういうのなんて言うんだっけ? 類は友を呼ぶだったかしら?」

「うるさいわね!」

 そんなルイズの反応を楽しんだのか、キュルケは上機嫌だ。

「ま、類は友を呼ぶとはわたしも同じだけどねぇ~。フレイムー」

 キュルケが勝ち誇った声で使い魔を呼ぶ。すると部屋の中から、トラ並みの大きさの、四足歩行のオレンジ色トカゲがのっそり出てきた。しかもただのトカゲではない。なんと尻尾の先端で炎が燃え盛っているのだ。

「使い魔にするならやっぱこういうのよね~~♪」

「ぐぬぬぬ~~~!!」

 ルイズは出てきた火トカゲの姿を見て悔しがる。

 その横でかなでは火トカゲを見下ろした。

「それってもしかして、サラマンダーかしら?」

 かなでは生前、ネット等で見たファンタジーものの知識を掘り返す。マンガ、アニメ、ゲーム。いろんな作品に登場してた気がする。

「あら、よく知ってるわね。どう、この鮮やかで大きい炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? すごいでしょ。メイジの実力を測るには使い魔を見ろってよく言うけど、属性も相まって、まさにわたしにぴったりの使い魔だわ♪」

 自慢話を聞かされたルイズは、半眼でキュルケを睨んだ。

「あんた、火属性だものね、”お熱のキュルケ”」

「わたしの二つ名は”お熱”じゃなくて”微熱”よ。お分かり? ”ゼロのルイズ”は記憶力もゼロなのかしら?」

 そう言うと、キュルケはルイズの胸をつついた。

「ゼロなのは胸と魔法だけにしときなさい」

 その言葉に、怒りでルイズの頭にさらに血が上った。しかしこれ以上キュルケに無様な顔を見せるのが(しゃく)なので、どうにか冷静な態度を取ろうとがんばった。

「じじじょ女性の価値を胸の大きさだけで、きっ……決めるなんて、すごく頭の悪い考えだわ。 むむむ、胸に栄養取られて、頭がカカカ、カラッポなのね!」

 冷静を装って反論するが、声が震えており、怒りを抑えられていないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

「声震えてるわよ~」

 ルイズのありさまに呆れると、キュルケは両腕で豊満な胸を抱え上げ、その魅力を存分に強調する。そしてかなでに問いかけた。

「ねぇ使い魔ちゃん。あなたはどうかしら? こんなに胸の大きなわたしをバカだと思う?」

「あなたがバカかは分からないけど……」

 かなでの視線がキュルケの胸に行く。次に自分の胸を見下ろす。それから再びキュルケの豊満な胸を見た。

「……(うら)やましいわ」

「なに素直に(うら)やましがってるのよ! もっと悔しがりなさいよ!」

 ルイズは、羨望(せんぼう)に満ちた瞳のかなでを(とが)めようとつっかかった。

「? どうして?」

「あんた胸小さいじゃない! この女の巨乳に嫉妬(しっと)とかあるでしょ!」

 貧相な体のかなでなら当然自分と同様の気持ちなのだろう。巨乳を見せつけるこの女に対して、もっと色々文句を言いたいはずだ。そうルイズは思った。

「確かに、自分のがもう少しあったらとは思うわ」

 かなでの言葉にルイズは勢い付いた。

「そうでしょ! そうよね! だったら!」

「でも別に嫉妬なんてしてないわ」

 途端ルイズは言葉に詰まった。

「な、なんでよ?」

 同類のはずのかなでの気持ちが理解できず、狼狽(ろうばい)するルイズ。

 その姿を見てキュルケは愉快そうに笑った。

「アハハハ! 聞いたルイズ。主人と違って使い魔ちゃんは大人ね~! あんたも見習って、そんな子供ぽくてみっともない嫉妬なんてやめたら?」

「こ、子供? みみみ、みっともないですって!?」

 ルイズは愕然とした。

 キュルケはその反応に満足すると、かなでを見た。

「あなた気に入ったわ。名前は?」

「かなで、立華かなで」

「変わった名前ね。じゃあお先に失礼♪」

 そう言ってキュルケは颯爽(さっそう)と上機嫌で去っていった。サラマンダーがその後を追う。

 彼女の姿が見えなくなったあたりでルイズは復活。拳を握り締め、地団駄を踏んだ。

「あの女ぁ! 自分がちょっと胸大きいからって! むむむ、胸大きからって!!」

 そんなルイズを、かなでは無表情で見つめた。

「悔しいの?」

「当たり前でしょ! あんな自慢されて! ああもう!」

「そう。大変ね」

「なに他人事みたいに言ってんのよ!」

 怒り心頭のルイズ。そこでかなでは気になったことを質問した。

「さっき言ってた二つ名って何?」

「メイジの属性に対してつく名前よ。キュルケは火属性が得意だから“微熱”なの」

 なるほど、とかなでは納得した。だが気にあることはもう一つある。

「キュルケがルイズのこと、"魔法がゼロ"って言ってたけど、どういう意味なの?」

「……知らなくてもいいことよ」

 打って変わって静かに、不機嫌そうに返す。

 そしてルイズは早歩きで歩き出した。

 かなでは慌ててその後を追った。

 階段を降り、一階の出入り口から外に出る。

 そこへ、ルイズを呼び止める者の声が聞こえた。

「ミス! ミス・ヴァリエール!」

「ミスタ・コルベール!?」

 見ると、昨日の使い魔召喚の担当をしていた教師コルベールが手を振りながらルイズ達のもとへと走ってきた。

「おはようミス・ヴァリエール。さっそくで申し訳ないが、昨日言っていた……」

「使い魔のルーンの件ですね。きちんとこの娘の胸に刻まれていました。これがスケッチです」

 ルイズはコルベールにスケッチを手渡した。

「そうか、やはり成功だったか。ん、これは……」

 コルベールはそこに書かれているルーンを興味深げに見た。

「どうかされたんですか? もしかして、なにか問題が……」

「ああ、いや失礼。珍しいルーンだったもので。大丈夫ですよ、なんの問題もないよ」

 不安げに訪ねてくるルイズを安心させるように答えたコルベールは、またスケッチのルーンに目を落とす。そして再びルイズを見た。

「ミス・ヴァリエール、これをしばらく預けてくれないだろうか? 少し調べてみたいのでね」

「分かりました」

「解読できたらすぐに報告する。楽しみにしていてくれたまえ」

「ありがとうございます」

 とはいえ、正直いって楽しみにできない。なにせ平民の少女に刻まれたルーンだ。たいした解読結果は出ないだろう。

 去っていくコルベールを見送るルイズは、その後ため息を吐いた。 

 そこへかなでが話しかける。

「ルイズ、朝食はいいのかしら?」

「ああ! 急がないと!!」

 我に返ったルイズは食堂へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズ達は学園の敷地内の中心にある一番背の高い本塔に来た。

 内部に入る際、ルイズはかなでを一旦外で待たせ、厨房へ足を運んだ。そこで給仕の一人へかなでの食事について指示を出す。

 戻ってくると、かなでを引き連れてアルヴィーズの食堂へと歩いて行った。

 中には百人は優に座れるだろう長テーブルが3つあり、食堂正面に向かって、右から一年、二年、三年の席となる。教師達の席は奥のロフトである。

 二年生のルイズは当然真ん中のテーブルへ向かう。

 それぞれの席には、朝から食べるには贅沢すぎる料理が並んでおり、美味しそうな匂いを漂わせていた。

「椅子を引きなさい」

 命令され、かなでに黙って椅子を引き、そこにルイズが座った。

「あたしはどうすればいいの?」

 かなでの問に対し、ルイズは下を指さした。

「足元を見なさい」

 そう言われて視線を下げて床を見ると、一枚の皿があった。中身は小さな肉の欠片の入ったスープと、端には硬そうなパンが二つあった。

「これは?」

「あんたのご飯よ」

 これが先程、ルイズが給仕に指示して用意させたものだった。

 かなではしばしそれを見つめると、無表情でルイズの方を向いた。

「あんまりね」

 対するルイズは毅然(きぜん)とした態度で答えた。

「ここは本当は貴族しか入れないけど、そこを特別な計らいで入れてあげたの。平民で使い魔なあんたがここに入れて、床で食事ができるだけでも感謝されるべきことなのよ。それにね……」

 ルイズは一旦言葉を止め、咎めるような視線をかなでに向けた。 

「初日から朝寝坊するような使い魔には当然のお仕置きよ」

 これが今朝のことに対してルイズが考えついた(しつけ)だった。

「そう。そういうことなら仕方ないわね」

 お仕置きを言い渡されたかなでは大人しく床に座った。

 ルイズは姿勢を正して目をつむった。

 他の貴族らと共に、始祖ブリミルなるものと女王陛下に対して祈りの声を唱和する。それを終えると、ルイズは美味しそうに豪華な料理を口にほおばり始めた。

 かなでは黙って貧相な食事を口にし始めた。硬いパンをかじる。

 見かけから想像していたが、やはり硬い。

(罰なら仕方ないと思ったけど……)

 どうにか噛みちぎり、何度も咀嚼(そしゃく)する。

(………麻婆豆腐が恋しくなってきたわ)

 かなでは美味しくない食事の最中(さなか)、そう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食が終わると、ルイズはかなでを連れて教室に向かった。

 教室に入った瞬間、二人は生徒達から好奇の目を向けられた。それらを全て無視してルイズは自分の席に向う。その後ろを歩くかなでは石造りの教室を見渡した。

(教室は高校とかのじゃないのね。階段式に席が設置されてるから、大学の講義室に近いかしら)

 そんなことを考えていたら、ルイズが自分の席に着いた。かなでは生徒ではないので、ルイズの横の階段に座らされた。

 かなでは他の生徒が連れている使い魔達を眺めた。フクロウ、猫などの他、宙を浮く目玉の生物、六本足のトカゲなどがいる。キュルケの足元にはサラマンダーのフレイムがいた。

(不思議な生き物がいっぱいいるわね……)

 しばらくすると、紫のローブとツバの広いトンガリ帽子を被ったふくよかな中年女性教師が入ってきた。

「こんにちは、今日から一年、『土』の系統の授業を受け持つシュヴルーズと申します。二つ名は赤土。"赤土のシュヴルーズ"です。皆さんよろしくお願いしますね」

 女性教師は教壇に着いて挨拶を済ませると、生徒達を見渡した。

「このシュヴルーズ、毎年皆さんが召喚した使い魔を見るのが楽しみなのですが……おやおやミス・ヴァリエール。変わった使い魔を召喚したようですね」

 すると教室がルイズへの嘲笑に包まれた。

「おいルイズ! 召喚できなかったからって、平民の娘連れてくるなよな!」

「違うわよ”風邪っぴきのマリコルヌ”、ちゃんと召喚したんだから!!」

「風邪っぴきだって! 僕の二つ名は”風上”だ! 間違えるな"ゼロのルイズ"」

 マリコルヌとルイズが立ち上がって口論を始める。そこでシュヴルーズが杖を振るうと、二人はストンと着席した。

「二人とも、みっともない口論はおやめなさい」

 それで口喧嘩は終わり、授業が始まった。

 シュヴルーズの授業はまず魔法の基礎知識のおさらいから始まった。

 かなではその話を真剣に聞き入った。

 魔法には地水火風の四系統と、『虚無』という失なわれた系統があるらしい。そしてメイジは四系統の内いずれか一つ得意な系統を持つとのことだ。その中でシュヴルーズは自分の土の系統が、農業や建築に活躍していることを誇らしげに語った。

(系統……あの人は"赤土"だから『土』、キュルケは”微熱”だから『火』、さっきのマリコルヌという人は……たぶん『風』? ……じゃあルイズの"ゼロ"はなんの系統かしら?)

 かなでが魔法について考えていると、授業は座学から実技に移った。

 シュヴルーズは教壇の上に石ころを数個置き、その内の一つに向け、ルーンを唱えて杖を振り下ろす。

 次の瞬間、ただの石ころが光り輝く金色の物質に変化した。

 これにはかなでだけでなく生徒一同が驚き、教室中がざわめいた。

「ゴ、ゴールドですか!?」

 キュルケが身を乗り出して質問する。

「いいえ、ただの真鋳(しんちゅう)です。ゴールドを錬金できるのはスクウェアです。トライアングルのわたしにはまだ無理ですね」

(スクウェア? トライアングル?)

 新たな単語に首を傾げるかなで。ルイズに聞こうかと思ったが、今は授業中なので後にすることにした。

「さて、それでは誰かに実践してもらいましょうか」

 シュヴルーズは辺りを見渡した後、

「ではミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょう」

 ルイズを指名した。

 その途端、生徒達が緊張に包まれた。

 キュルケがおずおずと手を上げる。

「あの、ミセス・シュヴルーズ。ルイズはやめておいたほうが……」

「なぜです? 確かに彼女が実技が苦手だと言うのは聞いていますが、同時に、努力家であり座学は優秀だという話も聞いています。さあミス・ヴァリエール、失敗を恐れることはありませんよ」

 しかしルイズは困ったようにもじもじするだけ。視線をあっちこっちに移す。

 ふとかなでの姿が視界に入った。

(……そうよ、わたしは使い魔を召喚できたのよ。もうゼロなんかじゃないんだから!)

 意を決したように立ち上がる。

「分かりました。やります」

 ルイズは階段を下って教壇の前に立つ。生徒達はこの世の終わりであるかのような顔をすると、一斉に机や椅子の下に潜り込んだ。

 その様子をかなでは不思議に思う。石の材質を変えるだけなのに、どうしたというのだろうか?

 その理由を彼女はまだ知らない。

「ちょっと、カナデ! あなたもこっちに来なさい」

「?」

 机の下のキュルケに呼ばれたかなでは、疑問を感じながらも彼女の隣へと向かい、一緒に隠れる。

「どうして隠れるの?」

「今に分かるわ」

 そう言って、キュルケは顔を少しだけ出してルイズを確認する。かなでも同様に様子を見る。

「そろそろね……」

 ルイズが読み上げるルーンを聞きながら身構えていたキュルケは、自分とかなでの顔を引っ込めた。

 そしてルイズが魔法を使った。

 次の瞬間、爆発が起きた。衝撃と煙が派手に押し寄せる。

 かなでは爆音と衝撃に驚く。そして煙が晴れるのを見計らって顔を出してみると、ボロボロの教室と壊滅している教壇付近。そして気絶して床に転がっているボロボロのシュヴルーズと、同じくボロボロのルイズの姿が見えた。

 ルイズは取り出したハンカチで上品に顔を拭くと、一言。

「ちょっと失敗したわね」

 それに対して生徒達からは、

「どこが”ちょっと”だ!!!」

「いい加減にしてよね、ゼロのルイズ!!」

「才能ゼロ! 魔法成功率ゼロのルイズ!!」

 次々と反撃の罵声が飛び交った。

 そしてかなではルイズの"ゼロ"の意味を理解した。




文字数が多いわりに、あまりストーリー進んでない感じですかね……?


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第5話 二股は良くないわ

今回もっといいタイトル他になかったのかと自分でも思います……。
そういうわけで今回はタイトルから予測できると思いますが、ゼロ魔で人気(のはず)の彼が登場します。

あと第3話と第4話の一部描写について、個人的に気になった所を修正しました。話の内容自体は変わってないです。詳しくは各話のまえがきを参照願います。

※2016/3/17、かなでが怪我の様子を確認するシーンにて誤字を指摘されたので修正。


 本塔の最上階、学院長室。現在ルイズとかなではそこで学院長と対面していた。

 あの後、騒ぎを聞きつけた教師がやってきた。授業は中止となりシュヴルーズは保健室に運ばれ、教室を破壊してしまったルイズは学院長室行きを命じられた。

 学院長を務めるオスマンは、白く長い口髭(くちひげ)(かみ)を揺らし、重厚な造りのセコイア製テーブルに両肘を立てて寄りかかっている。

 部屋の隅に置かれた机にはミス・ロングビルがいる。さらりとした緑髪を結い上げ、フレームメガネをかけた理知的な美人秘書である。彼女は事のあらましを報告しているルイズ、その(かたわ)らで突っ立っているかなでをじっと見つめていた。

「なるほどのぉ、経緯は大体分かった」

 オスマンはルイズからの聴取(ちょうしゅ)を終えると、一呼吸置いた。

「教室を破壊してしまった以上、責任は取らねばなるまい」

「あの、それでは……」

「ふむ。ミス・ヴァリエール、君には罰として教室の片付けを命じる。魔法は使用禁止じゃ」

 もっともルイズは魔法が使えないので意味はないが。

「しかし生徒達が止めたのにも関わらず魔法を使わせたミセス・シュヴルーズにも責任はある。それに………」

 一度言葉を区切り、オスマンはルイズとかなでを見据えた。

「お主らのような、か弱い娘二人だけでは力仕事は辛かろう。割れたガラスの回収や無事な机等の掃除。それが終わったらミス・ロングビルに報告すればよい」

「はい……分かりました」

 ルイズは(うやうや)しく頭を下げる。しかし態度とは逆にその顔は暗く染まっていた。

「そういうわけじゃ、ミス・ロングビル。すまないが……」

「分かりました」

 ミス・ロングビルは席を立つと、ルイズらを引き連れて学院長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に戻ったルイズとかなでは命じられた仕事を始める。ミス・ロングビルは外で待機している。

 ルイズは雑巾(ぞうきん)で無事な机の(すす)汚れを()く。その背後でかなでは床に散らばったガラス片を拾い、手に持ったゴミ箱に入れていく。

 二人は黙々と淡々と手を動かしていたが、ルイズは突如その手を止めた。

「……ねぇ、何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「なにを?」

 質問の意図が分からなずにそう返すと、かなでは変わらずにガラス片を拾う。

 ルイズも拭き掃除を再開する。

 だがほどなくして再び口を開いた。

「……なんで私が”ゼロのルイズ”って呼ばれてるか分かったでしょ」

 (うつむ)いたルイズが独り言のように話し始めた。

「生まれて今の今まで一度も魔法が成功したことがない。貴族なのに魔法が使えない……。それがわたしなのよ」

 淡々(たんたん)と語るうちに、彼女の瞳には涙がたっぷりと浮んできた。

「失敗するたびに叱られたり蔑まれたりした。でもただ言われるままだったわけじゃない。魔法が使えるように、必死に勉強した。何度もルーンを唱える練習もした……」

 段々と顔に悔しさが表われてくる。

「でも、起こるのは失敗の爆発だけ。どんなに努力しても、まるで報われないのよ!」

 ついには雑巾を床に叩きつけ、感情的に叫んだ。

「なんでよ……なんでうまくいかないのよ……」

 溜まっていたものを吐き出したためか、あとは絞り出すような声が出るだけだった。目尻から涙が流れ落ちる。

 かなでは手を止めると立ち上がり、ルイズをじっと見つめる。

 どうしようもない現実に本気で苦しんでいるように見えた。

 ふと脳裏に、死後の世界の『死んだ世界戦線』のメンバーの姿がよぎった。

 彼らは理不尽だった自分の人生を悲観し、それゆえ来世を生きる事に(あらが)っていた。かなではそんな人々に、人生は理不尽だけじゃないこと、生きることの素晴らしさを伝えようとしてきた。

 ルイズの今の姿が、苦しんでいた彼らと、どことなく被って見えた。

「諦めちゃダメ」

 気づくと自然に自身の口が動いていた。

「え?」

 ルイズが顔を上げて振り返ると、こちらをまっすぐ見つめるかなでと目があった。

「今はダメでも、これからの人生で解決策が見つかるかもしれない。あたしも協力するわ。だから、諦らめちゃダメよ」

 ルイズはかなでの言葉に呆然とした。

 今まで自分を慰めてくれる人は尊敬する姉だけだった。

 しかしそれは実家での話。学院ではそのような人はおらず、ルイズは孤独感を感じていた。

 だからなのか。心に暖かい何かが満ちてきた。

「ふ、ふん! あんたに言われるまでもないわ。わたしは必ず一人前のメイジになるんだから。そ、それにあんたはわたしの使い魔なのよ。協力するのは当たり前じゃない」

 そっぽを向くルイズ。その顔はわずかに赤くなっていた。

「……ありがとう」

 ルイズの口から出たそれは、他人には聞き取れないような小さな声だった。

「? 何か言った?」

「なにも。さぁ、ボサっとしてないで」

 ルイズは雑巾を拾って机を拭き始めた。

 かなでもガラス片を拾う。

 その時、誤って指を切ってしまった。

「あ」

「どうしたの?」

「指を切ったわ」

「って、なに何事もないように言ってんのよ! 見せなさい!」

 ルイズはかなでに近づいてその手を取る。人差し指の切り傷から流れた血が床に落ちた。大したことはないが、傷口は少々大きい。

「すぐ保健室に行くわよ。魔法で治してもらうの」

 ルイズはかなでを連れて歩き出そうとした。

「待って」

「なによ?」

「魔法を使うとどうなるの?」

「こんな傷跡形もなく消えるから安心なさい」

 そこでかなでは何かを考えた。

「治療は待って」

「どうしてよ?」

「確かめたいことがあるの。だから少し待って」

「は? あんた何言って……」

 困惑するルイズをよそに、かなではポケットからハンカチを取り出し、手に巻いて止血した。

「それじゃ続けましょ」

 かなでは片付けに戻った。ルイズはわけが分からなかったが、確かに大した怪我(ケガ)ではないので、自身も掃除を再開した。

 その後は他の汚れてる所を拭いたり、床を(ホウキ)で掃いたりした。片付けが終わった頃には昼時になっていた。

「やっと終わったわね」

 一息つくルイズ。隣を見ると、かなでが手に巻いたハンカチを解いて怪我の様子を確かめていた。ルイズも状態を確認する。血が固まって傷口を塞いでいた。

「血は止まったみたいだけど、跡が残ってるじゃない。やっぱり保健室に行ったほうが良かったんじゃないの?」

「そうね。もう確認できたし」

 ルイズには彼女の言っていることが分からなかった。

 だがかなでにとってこれは現状を確かめるためには大事なことだった。

(傷の治りが遅いわ。やっぱり、ここは死後の世界じゃないのね)

 死後の世界ならこんな傷はとっくに跡形もなく治っている。

 ちなみに死後の世界における傷の再生スピードがどれくらいかというとだ。例をあげると、かつてある男がハルバートで百回ズタズタに裂かれ、血まみれとなり死んだ。だが数十分後には全身の切り傷が完治した状態で復活している。

 あとはかなで自身、銃で足を撃たれた際、すぐさま肉体から弾丸が体外に排出され、銃創(じゅうそう)もすぐに塞がった。

(そうじゃないということは、やっぱりここは現世、あたしは新しい命を得たということね。そうだろうとは思っていたけど、これで確信が持てたわ)

「どうしたのよ」

「用が済んだから保健室に行きましょう」

「? 変なの」

 その後ルイズはミス・ロングビルに報告を行ない、かなでを保健室に連れていった。水のメイジの教師により、かなでの怪我は、本当に跡形もなく治った。

 それからは昼食を取るために食堂に向かった。朝のようにテーブルにつくルイズの横で、かなでは床を見渡した。

「あたしのご飯がないわ」

「ああ。あんたは厨房(ちゅうぼう)に行ってもらってきなさい」

「いいの?」

「わたしがいいって言ってるんだからいいのよ。好きなだけ食べてきなさい」

 これには今現在、朝食が貧相なものだったことへの若干の後ろめたさと、先程(はげ)まされたことへの感謝からである。

 かなでは(うなず)くと厨房へ向かった。

 そして貴族のテーブルから少し離れた所まで歩いてきて、はたと気づいた。

(厨房はどこかしら?)

 そう、目的地の場所が分からないのだ。向かう前にルイズに聞いておけばよかった。

 困ってしまうかなで。

 すると、一人のメイドの姿が目に止まった。ショートヘアの黒髪に黒目の少女であった。歳は17程であろうか。料理を運び終えたのか、メイドは空のワゴンを押していた。

(あの人に聞けば分かるかも知れないわ)

 かなではメイドに背後から近づいた。

「厨房へはどう行けばいいの?」

「え?」

 突然話しかけられたメイドは驚いて足を止め、振り返った。

「あの、あなたは?」

「かなで。立華かなで」

「タチバナ、カナデさん?」

 メイドは首を傾げた。

(こんな娘、学園にいなかったはずだけど………)

 少し記憶を巡らせ、最新の人の出入りについて考え込む。そして思いたる(ふし)が一つあったのに気づいた。

「あ! もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう女の子ですか?」

「知ってるの?」

「ええ、学院中の噂ですから。ミス・ヴァリエールが可愛い平民の女の子を召喚したって」

「そう」

 ふとかなでは一つ気になったので尋ねた。

「あなたも魔法使いなの?」 

「いえ、私は違います。あなたと同じ平民で、名前はシエスタといいます」

(魔法が使えないのが平民……。たしかに昨夜ルイズがメイジはほぼ全員貴族みたいなこと言っていたけど、そういうことなのね)

 一人納得するかなでに対して シエスタはにっこりと笑った。

「同じ平民同士、よろしくお願いしますね、カナデさん」

「こちらこそよろしくお願いするわ」

「それで、厨房へはどんなご用なんですか?」

「ルイズからそこで昼ご飯をもらうように言われてきたわ」

「そうなんですか。分かりました、こちらにいらしてください」

 シエスタはかなでを連れて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厨房は食堂の裏にあった。コックやメイドが忙しく料理を作っている。

 かなでは厨房の片隅に置かれたテーブルに案内された。少し待つとシエスタが温かいシチューを持ってきた。

「どうぞ。めしあがってください」

「ありがとう、いただくわ」

 かなではスプーンを握ると、シチューをすくって口の中へと運んだ。

美味(うま)いわ」

「本当ですか? お口に合ってなによりです」

 シエスタは嬉しそうに笑った。

 かなでは夢中でシチューを食べ終わるとお代わりを頼んだ。

(よくよく考えたら、昨夜はパンだけ、今朝もあんなんだったし、そうとうお腹が空いてたわ……)

 何度もお代わりを食しながら、かなではそんなことをぼんやり考えた。

「ごちそうさま」

 かなでは空になった皿をシエスタに返した。

 ふと近くに置いてあるワゴンが目に入った。中にはケーキが入っている。

「あれは?」

「食後のデザートです。これから貴族の方々にお出しするんです」

「手伝うわ」

「いいんですよ。それが仕事ですし」

「それでも手伝うわ」

「そうですか? じゃあお願いしますね」

 食後、かなではシエスタと二人並んでケーキを配っていた。

 その近くで、ウェーブのかかった金髪の男子が、取り巻きの生徒達から誰とつきあってるのか問いただされていた。

 会話から、彼はギーシュというらしく、薔薇(バラ)の造花付きの杖をキザったらしく振りまわして「そんな女性はいないよ」と気取っていた。

 すると彼のポケットから紫の液体が入った小ぶりなガラス瓶が落ちた。

 それはかなでの足元まで転がってきたので、彼女は拾ってギーシュに差し出した。

「落としたわ」

 だがそれを見た瞬間ギーシュはぎょっ! とし、自分の物ではないと否定した。

 すると取り巻きの一人が小瓶の正体に気づいた。

「おい、それモンモランシーが自分の為に調合してる香水じゃないか?」

「じゃあお前モンモランシーとつきあってるのか!?」

 取り巻きの声が食堂に響きわたった。

 すると一年のテーブルから栗色の長い髪の美少女が歩いてきた。ギーシュの顔色が変わった。

「ケ、ケティ……」

「ギーシュ様、やはりミス・モンモランシーと……」

「ご、誤解なんだ。僕の心にいるのは君だけ……」

「その小瓶が何よりの証拠ですわ!!」

 パチーーーーン!!

「さようなら!!」

 ケティは泣きながらギーシュの頬をひっぱたくと、踵を返して去って行った。すると今度は二年生のテーブルから、金色の見事な巻き毛とそばかすが特徴の女子生徒が立ち上がった。彼女こそ、噂のモンモランシーである。

「ギーシュ、やっぱりあの一年に手を出していたのね……」

「違うんだ! 彼女とはただ遠出しただけで……」

「嘘つき!」

 バシィーーーーーーン!!!

 モンモランシーは先ほどとは逆の頬をひっぱたいて去って行った。

 ギーシュは両頬を抑えてその場にうずくまった。

 一連の流れを見ていたかなでは、去っていく女性陣の後ろ姿を眺めながら思った。

(これは……二股というやつかしら?)

 (もてあそ)ばれた少女達が気になったが、目の前のギーシュも気になった。

 かなではしゃがみこんで相手と目線を合わせようとした。

「大丈夫?」

 するとギーシュは立ちあがり、かなでを見下ろしながら当たり散らした。

「メイド君! なんて事をしてくれたんだ!」

 対するかなでも立ち上がった。

「あたしはメイドじゃないわ」

 否定の言葉に、ギーシュは目の前の少女の正体に気づく。

「き、君はゼロのルイズが呼び出した……い、いやそうじゃない! 僕はあの時知らないフリをしただろ! 会話を合わせる機転が利いてもいいだろう! おかげで二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね!?」

 かなでは怒鳴るギーシュをじっと見つめる。

「………な、なんだね?」

「二股は良くないわ」

 ギーシュの友人達がどっと笑いだした。

「そうだギーシュ! お前が悪い!!」

「二股なんて最低だぞ!」

 周りに騒ぎ立てられてギーシュは顔が紅潮した。

 シエスタが恐縮しながらかなでを揺すった。

「カ、カナデさん、今すぐに謝ってください!」

「でも……」

「いいから!」 

 急かすシエスタ。

「そのメイドの言うとおりだな。僕は紳士だからね。今この場で謝罪すれば許さなくもない。さぁ!」

 ギーシュはキザなポーズで迫る。すぐにルイズの使い魔は頭を下げて謝ると思った。

 だが、

「あの二人に謝ったほうがいいわ」

 かなでの思わぬ言葉に、ギーシュは一瞬呆気(あっけ)にとられた。だがすぐにモンモランシーとケティのことだと分かった。

「いや、僕が言っているのは……」

「謝らないの?」

「だから……」

「二人とも遊びだったの?」

「なっ!」

 かなでのわりとズレた発言に、ギーシュは絶句した。別にそんなつもりはない。本心を言うなら本命はモンモランシーだ。だがケティの事も別に遊びのつもりはなかった。彼女と話してて魅力を感じ、その時は本当に好きになってしまっただけだ。

 世間ではそれを遊びというのだが、ギーシュにはそれが分からなかった。

「どうやら君は貴族に対する礼儀というものを知らないようだな」

 頭に血が(のぼ)ったギーシュは、冷たい声色で言うと、かなでに杖の先を向けた。

 シエスタは顔を青くしたが、かなではキョトンと無表情のままである。

「よかろう。君に貴族の礼儀を教えてやろう」

 ギーシュはくるりと体を翻した。

「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終えたら来たまえ」

 そう言い残しギーシュは去っていく。彼の友人達も、一人を残し、他はわくわくした様子でついていく。

 かなではそれを黙って眺めていた。

「……れちゃう」

「?」

 隣から聞こえてきた声にそちらを向くと、シエスタが青い顔でぶるぶる震えている。

 彼女には理解できた。あの貴族は広場にてかなでを魔法で痛めつけるつもりなのだと。

「あなた殺されちゃうーーーー!!!」

 シエスタは絶叫を上げて逃げ出してしまった。

 かなでは遠ざかる彼女の背中を見ながら、どうしたんだろう? と小首を傾げた。

 実のところ、かなでは現状を理解してなかった。ギーシュからは「礼儀を教える」とは言われたが、それが暴力的な行為をされるという発想には至らなかった。

 シエスタのことは気になったが、人を待たせているのでそちらを優先することにした。

 そして数歩歩き出したところで、

「おい、どこに行くんだ」

 見張りのために残っていた男子に呼び止められた。

「ヴェストリの広場よ」

「だったらこっちだ」

 男子はついて来いというふうに(あご)をしゃくり、歩き出した。かなでが向かおうとしたのとは逆方向だった。

 かなでは黙って彼についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズは食堂のテーブルで食後の紅茶を飲んでいた。

「カナデったら遅いわね……」

 まだ食べているのだろうか? まぁ確かに朝のはあってなかったようなものだし。

 そう考えていると、キュルケがやってきた。その隣にはルイズよりも小柄な少女がいる。青みがかったショートヘアで、赤いフレームメガネをかけている。右手には大きな杖を握っており、反対の手には本を抱えてる。

 彼女の名はタバサ。キュルケの親友である。

「はーい♪ ルイズ。片付けご苦労様」

「キュルケ……なんか用?」

「別に~。ところでカナデは?」

「人の使い魔を軽々しく呼ばないで。あの娘なら厨房で賄いをもらってるわ」

「へ~」

 キュルケがなにやら含みのある笑みを浮かべた。

「なによ?」

「いいえ。ただ朝はあんなのだったのに、急に待遇がよくなったなー、と。どういう心境の変化かしら?」

「別に」

「あ、もしかして……」

 キュルケはちょっとカマをかけてみた。

「なんか優しいこと言われて励まされたとか?」

「あんたには関係ないでしょ」

 ルイズは赤くなって、ぷいっとそっぽを向いた。その反応からキュルケは、本当にそうだったのかと確信し、ちょっと驚いた。

(マジ? 優しくされてコロっと陥落(かんらく)しちゃった? 少しちょろくない?)

 するとそこへシエスタが大変慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ミ、ミス・ヴァリエール!」

「なによメイド。そんなに慌てて、どうかしたの?」

「そ、そうなんです! カナデさんが大変な事に!」

「え?」

 訳が分からないルイズはシエスタから説明を受けた。途端に椅子から飛び上がった。

「なんでそんなことになってるのよ!!?」

「わ、分かりません!!」

 凄い顔で迫るルイズに、シエスタはもう涙目である。

「それでカナデはヴェストリの広場に連れていかれたの!?」

「お、おそらく……」

「まったくもう!」

 ルイズは食堂を飛び出し、シエスタも後に続いた。キュルケは黙って二人を見送っていたが……。

(ギーシュとカナデがねぇ……。ギーシュのことだから力尽くで女を叩きのめすなんてことにはならないと思うけど……)

 キュルケは隣のタバサを見下ろす。今は杖を腕に抱え、両手で本を広げている。

「タバサ、あたし達も行くわよ」

「いい、興味ない」

 タバサは本に視線を向けたままそっけなく返した。

「そんなのいつだって読めるじゃない。たまにはこういうことに付き合ってくれてもいいんじゃないの?」

 そう言われて、タバサは小さく溜息をついて本を閉じた。彼女にとってキュルケは大事な親友。無下にはしたくなかった。

「そうこなくっちゃ♪」

 こうして二人はルイズ達の後を追った。




キュルケの「ちょろくない?」発言は、ここまで書いてきて個人的に思ったことです。
なんだかルイズのかなでに対する感情の浮き沈みが忙しないというか、情緒不安定な感じで……。原作だともっと芯がブレないキャラだと思うんですけどね……。

さて次回、いよいよ決闘です。今まで読んでてお分かりだと思いますが、かなではガンダールヴではありません。それで決闘にどう落とし前をつけるのか?
人によっては予測できるかもしれませんが、同時に、もしかしたら何か文句言われるんじゃないかと、ちょっと恐怖してます。


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第6話 決闘

 ミス・ロングビルとルイズ達が退出した後、学院長室には入れ替わる形でコルベールが飛び込んできた。

 彼は椅子に座るオスマンの前で、かなでのルーンのスケッチと、一冊の古びた本を開き、事情を説明していた。

「つまり(くだん)の少女のルーンが気になって調べたところ、始祖ブリミルの使い魔にいきついた、というわけじゃな」

「はい。ミス・ヴァリエールが呼び出した少女に刻まれたルーンは、この『始祖ブリミルの使い魔たち』に書いてあるものと同じでした」

 オスマンの見据える前で、コルベールは深く(うなず)くと、テーブルの上にあるスケッチのルーンと、広げた本に記されているルーンを順に指さした。

「なるほどの……。してお主から見たその少女の印象は?」

「は? はい、見かけは小柄でとても(はかな)げな娘でした」

「うむ、わしも見た感じ同じじゃったよ」

「と言いますと、彼女をご存知なのですか?」

「うむ、ほんの少し前までミス・ヴァリエールとここにおったんじゃがの」

 そう言ってオスマンは改めて本に記されたルーンに目を落とした。

 この世界には六千年前、魔法を伝えたとされるメイジの始祖ブリミルの伝説がある。この本にはかの者の使い魔の存在が書かれており、それがかなでに刻まれたルーンの正体だった。

 使い魔は他にもガンダールヴなるものの存在が記してある。それはあらゆる武器を使いこなし千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持っていたらしい。

 だがかなでのルーンには能力はおろか、その名前すら載っていなかった。

 オスマンはため息をついた。

「記す事もはばかれる使い魔か。しかしルーンが本物だとすると、これはつまり伝説の再来を意味している事になる」

「どうしましょう」

「しかしこれだけでは決めつけるのは早計かもしれん。果たしてどうしたものか……」

 そう思案していると、部屋のドアがノックされた。 

「誰じゃ?」

「わたしです、オールド・オスマン」

「おお、ミス・ロングビルか。教室の片付けは完了したのかの?」

「はい。ですがそれとは別件です。ヴェストリの広場で決闘をしようとしている生徒がいます。止めに入った教師がいましたが、興奮している生徒達に邪魔されて止められないようです」

「やれやれまったく……して決闘騒ぎを起こしてるのは誰じゃ?」

「一人はギーシュ・ド・グラモンです」

「グラモンとこのバカ息子か……。おおかた女の取り合いじゃろ。して相手は誰じゃ?」

「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」

 オスマンとコルベールは顔を見合わせた。

「教師達は『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが?」

「ふむ……」

 オスマンは(ひげ)をなでながら考えた。

「子供のケンカに大切な秘宝を使う必要もなかろう……と言いたいところじゃが、相手が非力な少女ではな。一応用意だけはしておき、危険になったら即使うよう教師に伝えておくのじゃ」

「分かりました」

 扉の向こうでロングビルの足音が去って行くのが聞こえた。

 コルベールはオスマンに問いかけた。

「オールド・オスマン、危険になったらとのことですが、なぜ今すぐ止めないのですか?」

「うむ。その少女が本当にブリミルの使い魔の再来なら、それを確認できるよい機会と思うての。なにせどんな能力なのかさっぱり見当もつかん」

「し、しかし相手は小柄な少女ですぞ! 万が一違ってたら……」

「そのための秘宝じゃって。少しは落ち着くのじゃコルベール君。あんまり心配性が過ぎるとハゲるぞ。おっと、すでにハゲとるか」

「オールド・オスマン!」

 怒るコルベールを無視して、オスマンは杖を振った。壁にかけられた大きな鏡にヴェストリの広場が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェストリの広場は噂を聞きつけた生徒達で(あふ)れていた。

 その中で、半径十メートル程の円に開けた所があり、その中心あたりにはギーシュとかなでがいた。

「諸君! 決闘だ!」

 ギーシュが杖を掲げて叫ぶと周りから歓声があがった。

 かなでは困惑していた。

(どうしてこうなったのかしら……?)

 礼儀を教えるからというので来てみれば、なぜか自分とギーシュが決闘することになっていた。もっともその事に気づいていなかったのはかなでだけだったが。

 ギーシュは歓声に応えた後、優雅に杖の先を、三メートルほど離れた所にいるかなでに向けた。

「とりあえず逃げずに来たことは()めてやろう!」

(逃げるもなにも、決闘するだなんて思ってなかったのだけれど……)

 かなでは自信満々な顔で叫ぶギーシュを見ながら思った。

「さて、僕はメイジだ。ゆえに魔法を使わせてもらう」

 ギーシュが杖を振ると、杖についた薔薇(バラ)造花の花びらが一枚、ふわりと宙に舞った。そして驚く事に次の瞬間、花びらが等身大の金属製人形となった。姿形は甲冑(かっちゅう)を着た女戦士をしている。

 かなでは顔には出さなかったが、内心かなり驚いた。

「今のも魔法?」

「そうさ! 言い忘れたが僕の二つ名は”青銅のギーシュ”だ。従って青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう」

 ギーシュは不敵に笑う。

 彼の脳裏にはかなでがワルキューレを見て恐怖におののく姿が浮かんだ。ワルキューレの力を存分に見せつけ、この大衆の中で頭を下げさせる。そうしてギーシュ自身の面子(めんつ)を保とういうのが彼の考えだ。紳士な自分は、いくら相手が平民とはいえ、儚げでか弱い美少女相手に手荒なマネはしたくなかった。

 もっとも、二股かけておいて自分より力のない者に決闘をふっかける時点で紳士とは言えないのだが。

「さあ行け!」

 ギーシュの命令で、ワルキューレがいっきに近づいて殴りかかる。そこそこ速かったが、かなでは横に跳んで回避、地面を転がる。

「ふむ。よくかわしたな」

 もっともギリギリで避けられそうな範囲で繰り出したのだが。

「さて、これで僕の力はおおよそ理解できたはずだ。今なら「ごめんなさい」と一言謝れば、紳士の僕は寛大な心で許してあげるよ」

 今ので脅しは十分。あとは相手が降参すればいいだけ。

 だが、そう思い通りに事は運ばなかった。かなでが立ち上がってこっちをまっすぐ見つめている。

「謝れば、あなたは二股かけた二人に謝るの?」

 思わぬかなでの切り返しにうろたえる。

「ぐっ!? い、今はその事は関係ない! それよりも降参するのか? どうなんだ!」

 だがかなでは無表情でギーシュを見つめるだけ。降参する兆しは見られない。

「………そうかい。もう少し怖い目を見た方がいいみたいだね」

 こうなったら多少の怪我は仕方がないと、ギーシュは戦闘を再開した。

 相手に当てないように気を配りながら体力切れに持ち込む事にした。

 ワルキューレの攻撃が次々に繰り出される。かなでがサイドステップやバックステップで横や後ろに逃げる。

(なんとかしないと……)

 決闘なんてする気はないが、二股八つ当たり男相手に大人しく降参する気にはなれなかった。

(でも現実世界でガードスキルが使えるわけない……)

 そんな状態でまともにワルキューレと戦っても勝てそうにない。

(いっそ術者を狙ってみたら……)

 かなではギーシュへと一気に駆け出す。

 しかしワルキューレがすぐさま回り込み、パンチを放つ。急停止してとっさに腕を交差して防御するが、わりと威力があり、吹っ飛ばされて地面に倒れる。腕と背中がけっこう痛んだ。

 仰向(あおむ)けで倒れるかなでにワルキューレが接近。腕を振り上げる。それを見たかなでがとっさに横へと転がると、ちょうど今いた所に拳が振り下ろされた。

 すぐに立ち上がって体勢を立て直し、距離をとる。ワルキューレが追撃してくる。

(どうしようもないわ……)

 打開策が見つからず、苦悩するかなでにできるのはひたすら逃げるだけだった。

 何度目かの攻撃をバックステップで避け、観衆らの壁の近くに追い詰められた。

 そこへ人込みをかき分けて、ルイズ達が観衆の輪から出てきた。

 ルイズの目に、数メートル先にいるかなでの横顔と、彼女に向かって拳を振り上げて迫るワルキューレの姿が映った。

「カナデ!」

 ルイズは思わず飛び出し、かなでの前で両手を広げ、彼女を守ろうと立ちはだかった。

 突然飛び出したルイズに、ギーシュやキュルケは驚いた。シエスタは恐怖のあまり顔を手で覆った。

 かなでは焦った。このままではワルキューレのパンチがルイズに当たってしまう。

(助けなきゃ!)

 無意識に、そう強く思った。

 その瞬間、かなでの胸のルーンが光りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青銅の拳が迫る。ルイズはその光景に恐怖する。

 その時だ。

 ルイズの右横から、かなでが素早く(おど)り出た。彼女は右腕の手甲剣で、ワルキューレをすれ違いざまに切り裂く。

 腕を斜め後ろに振り抜いた姿勢で静止するかなでの背後で、細い胴体を切断されたワルキューレがごとりと地面に崩れ落ちた。

「え?」

 突然の事に、ルイズは何が起こったのかすぐに理解できなかった。

 ギーシュは自身のワルキューレが粘土のよう切り裂かれて動揺した。

(あんなか細い腕で青銅を切った!? いやそもそも剣なんて持ってなかったはず?)

 静止したままのかなでを目を見開いて見つめる。その顔は(うつむ)いていて、表情がうかがえない。

 それが静かに声を発した。

「二股したうえに(みにく)い八つ当たり? なら、お仕置きね」

 かなでは立ち上がり姿勢を正すと、顔を上げてギーシュを見つめた。

 その視線にギーシュは(ひる)んだ。今までの無表情と違い、その瞳には明らかな敵意が宿っており、顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 かなでが剣を構えた。

 そこへ、ルイズの横から、()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

 ルイズをはじめ、この場にいる全員が我が目を疑った。ワルキューレの残骸の数メイル先にかなでがいる。そしてルイズのすぐ近くにもかなでがいる。

 そう。なんとかなでが、二人いるのだ。

「カ、カナデ!?」

 ルイズがうわずった声を上げる。二人のかなでが同時に振り返りる。

 そしてルイズは、自身に向けられる眼差しから両者の違いに気づいた。

(目が、赤い?)

 ルイズの近くにいるかなではいつもどおりの金色の瞳をしている。だが、ワルキューレを倒した方は瞳が赤い色をしていた。

 赤目のかなでが何か言おうと口を開いた。

 だがその瞬間、赤目の体が消えた。それは無数の細かな0と1の赤い光となり、金色の瞳のかなでの体へと吸い込まれていった。

 その光景に決闘の場は静まりかえった。

「……今の、何?」

 それしか口にできないルイズ。その呟きはこの場にいる全員の気持ちを代表していた。

 だが誰よりも驚いていたのはかなで自身だった。

(………ハーモニクス?)

 さっきのは間違いなく、かつて自分が死後の世界で使用していた分身を生み出すガードスキルだった。

 ルイズを助けなくてはと強く思った際に、それが無意識で発動したのだ。消滅したのは制限時間の十秒をきったため、時間切れでかなでの中へと戻ったのだ。

(今確かにハーモニクスが発動してたわ。でも一体どうして?)

 使えないと思っていたガードスキルの発動に困惑するかなで。

 思わぬ光景の中、最初に我にかえったのはキュルケだった。

「ねぇタバサ、今のなんだと思う?」

 隣にいる親友に尋ねるが、彼女は首を横に振った。

「分からない。でも分身を作り出す魔法はある。偏在(へんざい)。風のスクウェアスペル」

 タバサの言葉に、周りが驚愕しはじめる。

「じゃ、じゃああの娘、スクウェアクラスのメイジだっていうのか!?」

「でも杖を持ってないぞ!?」

「ま、まさか先住魔法!?」

 ざわめく観衆の中からその言葉があがった瞬間、ギーシュの顔に恐怖が浮かび、彼は反射的に新たなワルキューレを作り出して突撃させた。

 それを見てルイズは叫んだ。

「カナデ!」

 その反応にかなではルイズの視線の先を見る。ワルキューレが自分を殴り飛ばそうとすぐそこまで迫っていた。パンチが顔面に向かって繰り出される。

 しかしそれはかなでの可愛らしい顔に届くことはなかった。青銅の拳は彼女の右の手のひらに難なく受け止められたからだ。

 かなではそのまま相手の拳を握りしめると、その状態から右腕を振りかぶる。青銅製の体が容易(たやす)く宙に浮いた。それから彼女はワルキューレを向こうの空へと投げ飛ばした。ワルキューレはギーシュや野次馬の頭上をすごい勢いで飛び越え、向かう先にあった本塔の壁に激突、バラバラに砕け散って地面に落下した。

 広場の全員がポカンと口を開けた。

 一方かなでは自分の右手を見つめた。

(オーバードライブは発動してるのね……)

 自身の身体能力を押し上げる常時発動(パッシブ)型のガードスキル、それがオーバードライブである。

(でもいつから発動してたのかしら?)

 考えるが、それを知る術は今のところない。もしかしたら最初から発動してたのかもしれない。

(今はっきりしてるのは、ガードスキルが使えてるということ。どうしてかは知らないけど……。でもそうなら他のも?)

 右腕を胸の前で水平に持ってくる。そして自分の最も得意とするガードスキル名を口にした。

「ガードスキル・ハンドソニック」

 すると右のブレザーの袖口から無数の0と1の光りが現れ、それが瞬時に手甲剣状の鋭利な刃を形成した。

 かなでの声に、呆然としていたギーシュはとっさに振り返る。かなでが新たな剣を取り出したのが見えた。相手が戦闘態勢を整えたと感じたギーシュは、慌てて杖を振った。

「わ、ワルキューレ!」

 薔薇の花びらが舞い、新たなワルキューレが五体出現する。しかもそれぞれが手に槍を(たずさ)えている。

 もはやギーシュの目にはかなでは非力な少女に映らなかった。得体のしれない相手を排除するために必死だった。

「いけぇ!!!」

 ワルキューレ達がかなでに向かって一斉に襲いかかった。

 対するかなでも迫りくる脅威に対し、迎撃のため前へと駆け出す。

 ワルキューレの一体が片手に持つ槍で鋭い突きを繰り出す。同時にかなでは相手の(ふところ)に一気に潜り込み、右手のハンドソニックを振り上げ、槍を持つ腕を切り飛ばす。そして剣を振るった勢いを利用し、体を一回転させてワルキューレの胴体を切断した。

 しかし残りの四体がかなでを取り囲み、一気に襲いかかる。回避は不可能と思われた。

 だが彼女は眉一つ動かさなかった。

「ガードスキル・ディレイ」

 次の瞬間、かなでの体が光ったと思ったら、彼女は残像を残すほどの超高速移動で迫る攻撃をかわし、瞬きする間に一体のワルキューレの背後へと回り込んでいた。その光景にまたも周囲が驚愕する。(はた)から見ていた者にとってそれはほぼ瞬間移動だった。

 ワルキューレが振り向こうとした瞬間、相手をハンドソニックで切り捨てる。

 残った三体が(おど)りかかる。だがその攻撃はディレイによる超高速移動で次々と避けられ、攻撃後の隙を突かれ、全てハンドソニックであっという間にバラバラに切り裂かれた。

「そ、そんな……僕のワルキューレが………」

 愕然(がくぜん)とするギーシュ。そんな彼に向かってかなでは歩き出した。その手にハンドソニックはない。

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

 武器がないとはいえ、青銅のワルキューレを簡単に全滅させた少女に、ギーシュは恐怖のあまり腰を抜かした。

 かなでがギーシュの目の前に辿りつく。ギーシュはもう涙目だ。

「ひっ! ぼ、僕の負けだ! だ、だから命だけは!!」

 彼は杖を放り投げ降参した。

 かなでは手を伸ばす。反射的にぎゅっと目をつぶる。

「大丈夫?」

「………へ?」

 間抜けな声を出して顔を上げると、かなでが手を差し出していた。

「立てる?」

「え? あ、ああ……」

 ギーシュは彼女の手を借りて立ち上がった。

「誰かを愛する事は素晴らしいと思うわ」

「あ、ああ、そうだね……」

「でも、それが(ウソ)だったというのは、とても悲しいと思うわ」

 それだけ言い残して、かなでは(きびす)を返して歩いて行った。

 ギーシュはその背をただ見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院長室にて『遠見の鏡』で決闘を眺めていたオスマンとコルベールは呆然(ぼうぜん)としていた。

「オ、オールド・オスマン。あの平民の少女、勝ってしまいましたが……」

「う~む」

「ギーシュは一番レベルの低い『ドット』ですが、ただの平民に遅れをとるとは思えません……」

「そうじゃのぉ……しかし、彼女が使った力は一体何だったのじゃ?」

「あれが使い魔の能力なのでは?」

「分身や高速移動はそうかもしれんが、ゴーレムを投げ飛ばした怪力はどうなのかの……?」

 オスマンは先程の光景を思い返す。かなでが投げたワルキューレの激突した箇所だが、実はオスマンが遠見の鏡を展開していた場所だった。そこめがけて飛んできた際はちょっとビビった二人である。

(というか、あの娘あんな力持ちだったのなら教室の片付け全部できたんじゃないかの?)

 そんな事を考えてたら、コルベールが興奮した様子で話しかけてきた。

「オールド・オスマン。この事を早く王宮に報告した方が……」

「ならん」

 オスマンは重々しく頷いた。

「なぜですか? これは世紀の大発見かもしれないのですよ!」

「まだ”かもしれない”じゃぞ、ミスタ・コルベール。断定はできておらん。それにじゃ。王宮のボンクラどもに未知の力を持つ少女とその主人を渡したらどうなる? (ひま)を持て余している(いくさ)好きの連中はこぞって戦争を始めるぞ」

「そ、そうですね……。学院長の深謀(しんぼう)には恐れ入ります」

「とはいえ、あの少女には急ぎ話を聞かねばならんな……」

 ちょうどそこへ、ノックの音が聞こえた。オスマンが何者か問うと、ミス・ロングビルだった。

「オールド・オスマン。眠りの鐘の件ですが、許可を出した途端に決闘が終わってしまいましたので、許可の取り下げを願いたいのですが」

「相分かったミス・ロングビル。それと御足労じゃが、今すぐミス・ヴァリエールとその使い魔の少女をここに呼んできてはくれんかの。大至急じゃ」

「かしこまりました」

 扉の向こうで、再びミス・ロングビルの足音が遠ざかる音がした。




今回でようやくこの小説の概要がどんなものか表明できました。
ようするにこの作品はかなでがガードスキルを使って活躍する話です。(この展開を予測できた人はいたでしょうか?)

でも中には「ガードスキル使えないみたいな事言ってたのに、結局使える展開じゃないかー」とか「胸のルーンのやつってアニメ版で虚無の力を増幅させてたやつだろ? なんでガードスキル使う時に光ってんだよー」とか、文句言いたい人いるんじゃないかなー、とちょっと恐怖してます。(前回のあとがきで書いてたやつがこれですね)

まぁ正直なところ、本作オリジナル効果のリーヴスラシルってところです。そもそもリーヴスラシルは名前等が判明するまで時間がかかりましたかね。そのせいか他のゼロ魔二次創作でもオリジナル的なのがけっこうありますから、今作でもそんな感じです。

そしてこの話を投稿した翌日(2016/2/25)はゼロ魔最新刊の発売日。原作小説でもリーヴスラシルの正体が判明するかもしれませんね。アニメとは違う能力なのだろうか?


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第7話 かなでの素性

今回は決闘後の後日談的な内容です。

それにして………どういうことだおい。
後日談なんだから前回から間を置かずに投稿するはずだったのに……気づけば2週間近く経過してた。まさかこんなにかかるなんて思ってなかった(汗)

そいうわけで、読者の皆様、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした(謝)


※2016/3/17、ディテクト・マジック使用に対してのルイズの返答を「かしこまりました」から「分かりました」に変更。

※2016/7/20、ルイズらを呼び出したさいのオスマンのセリフを若干変更。


 決闘を終えたかなでは、呆然と突っ立っているルイズのもとへと歩いてきた。決闘の時、彼女は自分を庇って飛び出した。無傷のはずだが、一応安否を確認する。

「怪我はない?」

 するとルイズは我に返り、すごい形相で迫ってきた。

「あんた! あれはどういうことよ!?」

 かなでは言われてる意味が分からず、小首を傾げる。

「あれ?」

「とぼけるんじゃないわよ! さっきギーシュとの決闘で使ってた魔法みたいなものよ! まさかとは思うけど"先住魔法"じゃないわよね……」

「そんなこと言ってた人もいたわね。先住魔法って何?」

「エルフ達が使う魔法よ。わたし達メイジは杖がなきゃ魔法を使えないけど、先住魔法はそんなことないし、ずっと強力なの。じゃなくて!!」

「ガードスキルのこと?」

「ガードスキル? それがさっきの魔法の名前? とにかくそれよ! あんなことができるなんて聞いてないわよ! というかなんでできるのよ!」

 大声で問いただすルイズ。かなでが使った力は今朝夢で見たものと同じだった。彼女はそのことが気になってしかたなかった。

 対するかなでの返答は、

「私もさっき知ったわ」

「はぁ?」

 なんともこちらの予測の斜め上をいくものだった。もっと『隠してた』とか『理由があって言えなかった』とか予想していたのに。

 そこへルイズを呼ぶ者が現れた。

「ミス・ヴァリエール!」

「ミス・ロングビル?」

 名を呼ばれてそちらを向くと、ミス・ロングビルが小走りで彼女らのもとへと近づいてきた。他にも教師が何人か来ており、その者達は決闘を見ていた生徒に解散するよう命じていた。

「オールド・オスマンがお呼びです。至急学院長室へ来るようにと。そちらの使い魔の(むすめ)も一緒にとのことです」

「学院長が?」

 一体なんの用だろうか? もしかして今回の決闘騒ぎについてのお叱りでは? でもそうだとすると、ギーシュも当事者のため一緒に呼ばれると思うのだが………。

 そのことを尋ねると、用があるのは自分達だけらしい。

「……分かりました、すぐに参ります」

 こうしてルイズはかなでを連れて、本日二回目の学院長室行きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院長室には机に座るオスマン、その後ろにコルベールがいた。ミス・ロングビルはルイズらを連れてきた後、退出させられた。

「何度も足を運ばせてすまんのぉ、ミス・ヴァリエール」

「いいえ、構いませんオールド・オスマン。それで用というのは?」

「それはじゃの、お主の使い魔についてじゃ。さて、そちらのお嬢さんは名をなんというのかの?」

「彼女の名前はカナデといいます」

 ルイズが答えると、オスマンはかなでを見据えた。

「うむ、ではカナデ君。すまないが『ディテクト・マジック』をかけさせてもらうぞい。良いかな二人とも?」

 かなでは小首を傾げると、ルイズが小声で説明した。

「ディテクト・マジックっていうのは魔力を探知するのに使う魔法よ。あと学院長と話すことになったら、ちゃんと敬語使いなさいよ」

 言葉遣いについてあらかじめ注意する。余談だが、ルイズが自分に対するかなでの言葉遣いを今まで(とが)めなかったのは、ただ見かけが可愛いから無意識のうちに許容(きょよう)してしまっていたからである。

 ルイズはオスマンに魔法の使用について「分かりました」と返答し、かなでもルイズの説明に納得して、首を縦に振った。

 二人の了承を得たオスマンは、自身の背丈(せたけ)と同じくらいはある大きな杖を軽く振り、同時に短くルーンを呟いた。杖の先端から光の粉が飛び出し、かなでにまとわりついた。

「……ふむ」

 ディテクト・マジックの後、オスマンはかなでをじっと見つめた。

 彼はミス・ロングビルが二人を連れてくる間、コルベールにかなでが召喚された際にディテクト・マジックを使ったか(たず)ねた。その際、コルベールは魔法を使用し、その結果かなでがただの平民であると確認したとのことだった。

(わしも今調べてみたが、たしかに平民の娘じゃのぉ……。やはり直接問いただすしかなさそうじゃな)

 オスマンは鋭い視線をかなでに向けた。

「カナデ君といったか……。君は何者じゃ?」

 かなでは困ったように小首を傾げた。

(何者と聞かれてもなんて答えればいいのかしら? 名前?)

 だが前に、使い魔にされた祭にルイズに二度目の自己紹介をして怒鳴られたことを思い出す。どうすればいいのかと思案していたところで、ルイズが助け舟を出した。

「オールド・オスマン、なぜそのようなことを?」

「ん? ふむ、実は先程の決闘を見ておっての。あぁ、それについては咎めはせんよ。ただのぉ……カナデ君のあの力がどうしても気になってしまっての。ディテクト・マジックを使ってみても魔力の存在は感知できん。しかしただの平民にあのようなことができるとも思えん。じゃからこうして尋ねることにしたのじゃ」

 ルイズは納得した。自分もかなでの力の正体は気になる。

 かなでとしては、どうしたものかと考えていた。ガードスキルについて説明するには、色々と話さなければならない。別にそれでも構わないのだが。

「改めて聞こう、カナデ君。君は……君の力は一体何なのじゃ?」

 オスマンが真剣な顔と声で、再び尋ねた。

 言っていいのか数秒考える。そして、相手がまじめな様子なので、正直に話すことにした。

「あれはガードスキルというものです」

「ふむ。して君はなぜそれを使えるのかね?」

「あたしが前にいた所で能力(スキル)を作ったからです」

「作った? しかしそんなことができる場所とはいったい?」

「死後の世界です」

「………なんじゃと?」

 全員が、かなでが何を言いだしたのか理解できなかった。

「それはどういう意味かの?」

「そのままの意味です。あたしは地球の、死後の世界から来ました」

「………詳しく話してくれんかの? まずチキュウというのは……」

 それからオスマンとかなでの問答が始まった。

 かなでは、地球がハルケギニアとは別の世界であること。

 自分がそこで生まれ、若くして死んだこと。

 未練を残した若者達の(たましい)が流れ着く死後の世界の学園にいたこと。

 そこで見つけたエンジェルプレイヤーというものを使ってガードスキルを開発したこと。

 会話や説明があまり得意ではないかなでだったが、なんとか頑張(がんば)ってそれらのことを話した。

「……そして死後の世界では、心残りが晴れれば来世へと旅立てる。あたしもそうだったけど、気がついたらルイズに召喚されてました」

 かなでが説明を終えると、オスマンとコルベールは彼女に対して、なんともいえない目を向けていた。

「……なるほどのぉ、君の言い分は分かった」

 オスマンは長い(ひげ)をさすりながら呟いた。

「しかし死後の世界から来たと言われて、それを素直に信じるかというと、のぉ……」

「別にあたしの話を信じなくてもいいです」

「……お主、そんなのでよいのか?」

 どこか投げやり的に聞こえる発言に、オスマンらは若干呆れる。

「自分でも荒唐無稽(こうとうむけい)な話だと思うし、人に理解されないのはよくあることですから」

「ふむ、たしかに荒唐無稽ではあるの。とはいえ、お主の話の真偽(しんぎ)を確かめる(すべ)はない。なら気にしてもしょうがないしの。大事なのかこれからのことじゃな」

 オスマンは目を細めた。

「さてカナデ君。もしこの先、君の出自を聞かれた際は死後の世界から来たというのは言わんほうがよかろう。そうじゃの……。東方の、ロバ・アル・カイリエから来たということにしとこう。その方が妙な事にならんしの」

「分かりました」

 彼の提案にかなでは納得して、首を縦に振った。

「うむ、用件は以上じゃ。二人共、時間をとらせてすまんかったの」

「いえ、では失礼いたします」

 ルイズは一礼し、かなでもそれにならう。そしてルイズはかなでを連れて退出した。

 扉が閉められ、二人の足音が遠ざかっていく。完全にそれが聞こえなくなったところで、コルベールが口を開いた。

「オールド・オスマン、彼女の話、どう思いますか?」

「お主はどうなのじゃ? 本当だと思うかの?」

「……正直、信じきることができません。もし本当だというなら……」

 コルベールは言葉に詰まった。その先を口にするのをためらっているようだった。

「君の気持ちは分からんでもないよ。あの少女が本当に死後の世界から来たというなら、ミス・ヴァリエールは……」

「はい、彼女は幽霊……いえ、死者を蘇らせて召喚したことになります」

「いや、カナデ君の話からして、むしろ"生まれ変わらせた"というのが正しいかのぉ」

 そんな常軌を(いっ)したことが、はたしてメイジに可能なのだろうか?

「考えても分からんか……。その答えを知るのは、おそらく始祖ブリミルだけじゃろう」

 オスマンは椅子から立ち上がると、窓際に向かった。遠い空を眺め、遥か歴史の彼方へと想いを馳せる。

「記すこともはばかれる使い魔か……。始祖ブリミルの使い魔も、彼女と同じような存在であったのだろかのぉ……」

「その答えもまた、考えても出ないものですね……」

 そう呟くコルベールもまた、始祖のいた時代に想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院長室を後にしたルイズらは自分達の部屋に戻っていた。

 ベッドに腰を下ろしたルイズは先程のかなでの話を思い返す。

 死後の世界から来たなどと到底信じられなかった。

 だがそれを作り話だと一蹴(いっしゅう)できない要因があった。

 今朝の夢である。夢の中で、かなでは自分が死んでいるような発言をしていたし、ガードスキルとやらも使っていた。

 かなでの話は全部本当のことなのだろうか?

「ルイズ」

 ふと話しかけられたので、意識を現実に戻す。

「なによカナデ?」

「この後の予定は?」

「予定?」

 そう聞かれて本日の授業日程を思い返す。

「………特にないわ。今日、二年生は午後の授業はお休み。召喚した使い魔とコミュニーケーションをとるのよ」

 自分もそのはずだったが、かなでの素性(すじょう)を今さっき聞いたばかり。ほとんど済ませてしまったようなものである。

「そう、だったら―――」

 かなでが何か言おうとしたところで、ノックの音が聞こえた。

「誰かしら?」

 ルイズは立ち上がると入口まで歩いていき、ドアを開けた。

 そこにいたのは、なにやら落ち着かない様子のギーシュだった。

「どうしたのよギーシュ」

「ああ、君の使い魔に言わねばならないことがあってね。入って構わないか?」

「別にいいわよ」

 入室を許されたギーシュは部屋に入る。そしてかなでの前まで歩いていき、彼女に向き合う。

 そして勢いよく頭を下げた。

「すまなかった」

 突然の謝罪にルイズとかなでは困惑した。

「君の言うとおり、僕が浅はかだった。二人のレディの心を傷つけ、あまつさえ君にもひどい迷惑をかけた。本当にすまなかった」

 ルイズは驚いた。まさかあのギーシュが頭を下げるにくるとは……。

 かなでは謝罪に対し首を横に振った。

「気にしていないわ。それよりも」

「ああ。モンモランシーとケティにもきちんと謝るさ」

 頭を上げてそう言うと、ギーシュは部屋を出ていこうとする。だが扉の前に来たところで、彼はルイズの方を向いた。

「それにしてもルイズ。君の使い魔は何者なんだい?」

「………カナデは東方から来た特別な力の持ち主らしいわ」

 さっそくオスマンが提示した設定を口にする。死後の世界から来たなどとは、やはり言うわけにはいかなかった。

「そうか、東方か。確かに向こう側なら僕らの知らない力が存在しててもおかしくないな……。それにしてもルイズ、彼女は君があの時望んだとおりの使い魔だね」

 ギーシュの言葉にルイズは小首を傾げた。

「どう言う意味よ?」

「君は使い魔召喚の時に言ったじゃないか。”神聖で、美しく、強力な使い魔”と。ミス・カナデはまさに美しさと力強さを持つ使い魔じゃないか」

 笑いながらそう言って、ギーシュは部屋を出ていった。

 彼が去った後、ルイズはかなでを見つめた。

 可愛らしい容姿、そしてドットとはいえメイジを圧倒した力。たしかにギーシュの言うとおりだと思った。………神聖であるかは、まぁ物静かな姿はそんな感じもするかもしれないが、実際のところ少々微妙ではあると思う。

 ルイズの視線に気付いたのか、かなでも相手を見つめ返す。

「ルイズ、洗濯に行ってくるわ」

「は?」

 唐突(とうとつ)な言葉に、怪訝な顔をする。

 しかしよく見ると、いつの()にか、かなでは昨日ルイズが脱いだ下着が入ってるカゴを持っていた。

 もしかしてさっき言いかけたのはこれだったのだろうか?

「いいわ、行ってきなさい」

 かなでは頷くとカゴを持って部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を降り、塔の外へと出たかなで。

 そこで彼女は、自分が再びミスを犯したことに気づく。

(洗濯する場所を聞くの忘れた………)

 ほんの少し前、昼食時にも同じ失敗をしたというのに。

 自分の間抜けさにちょっと落ち込む。

 ルイズに聞きに戻ろうとしたところで、視界の隅にシエスタの姿が目に入った。

(また彼女に聞こうかしら?)

 かなでは駆け出してシエスタのもとまで来た。

「シエスタ」

「あ、カナデ様……」

 呼び止められたシエスタが振り返る。しかし様子がおかしかった。なんだかよそよそしい。かなでは小首を傾げた。

 するとシエスタは深々と頭を下げた。

「先程は失礼しました」

「なんのこと?」

「なにって……カナデ様がメイジ様だったなんて知らず……わたしったら馴れ馴れしい態度をとってしまい……」

「あたしがメイジ?」

 ()に落ちないかなで。シエスタが姿勢を正して話し始めた。

「わたし、決闘見てたんです。カナデ様が魔法でミスタ・グラモンのゴーレムを倒すのを……」

 それで納得した。シエスタの言う魔法とはガードスキルのことだろう。だからそれを使える自分がメイジだと思っているのだ。

(そういえばたしかルイズも最初、ガードスキルを魔法と呼んでいたわね)

 やはり(はた)から見て、あれはそういうふうに見えるものなのだろう。

 かなでは誤解を解こうと、首を横に振った。

「あたしはメイジじゃないわ」

「え? で、でも、分身を出したり、一瞬で別のところに移動したり……」

「あれは魔法じゃないわ。ガードスキルよ」

「ガードスキル?」

 シエスタは首を傾げる。いまいち納得していないようだった。

「あれはあたしが前にいた所で自衛のために作った能力よ。でも魔法じゃないし、あたしはメイジでも貴族でもないの。だから今までどおりでいいわ」

 そう言われたシエスタは、しばし難しい顔をして考え込んでいたが、その後は笑顔を浮かべた。

「分かりました。カナデさんがそう言うならそうします」

「そうしてもらえると嬉しいわ」

「はい、それで何か御用でしたか?」

「洗濯したいから、どこですればいいのか教えてほしいの」

 かなでは下着の入ったカゴを見せつけた。

「カナデさんがやるんですか?」

 シエスタは意外そうな顔をする。本来それは自分達使用人の仕事のはずである。

「それがあたしの役割だから」

「そうですか。分かりました、洗い場はこっちです」

 シエスタが先導して歩き出したので、かなでは後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内されたのは学院を囲む城壁の一角だった。ライオンのような獣の顔を模した彫像が壁に埋め込まれており、その口からは絶えず水が流れ、その下の、城壁に沿って造られた半円状の溜まり場へと落ちていた。

 それを見てかなではなんとなく、地球の公園とかにある噴水を思い出した。

「洗濯はこの水汲み場でするんですよ。ちょっと待っててくださいね」

 そう言ってシエスタは、近くに建つ二階建ての小屋の中へ、小走りで入っていった。しばらくして洗剤と木製の洗濯板を入れたタライを持って戻ってきた。

 それからは洗濯板の使い方を教えてもらい、下着を洗い始めた。とはいえ現代文明の中で育ったかなで。初めての手洗いがうまくいくはずもない。

 そこでシエスタが代わりにやって、お手本を見せながら指導してもらった。

 かなでは彼女の(そば)にしゃがみ、真剣に洗い方を覚える。

 洗濯を終えたシエスタは、洗った下着の入ったタライを手に持って立ち上がった。かなでも同じく立ち上がる。

「シルクは陰干しにしてくださいね」

 そう言ってシエスタはタライをかなでに手渡した。 

「助かったわ」

「どういたしまして。それにしてもカナデさん、洗濯とかしたことなかったんですか?」

「手で洗濯なんて、前までいた所ではやらなかったから」 

「そういえば、カナデさんて、どちらの出身なんですか?」

 その質問に、かなではオスマンに言われたとおりに答える。

「………東方の方よ」

「まぁ! ではロバ・アル・カリイエから来たんですか!?」

「そうね」

「随分と遠いところから召喚されたんですね……」

 シエスタがある方角の空の彼方を見上げる。おそらくそちらが東方なのだろう。

 それから彼女は視線を戻し、何気なく聞いてきた。

「そこではどんなことをしてたんですか? さっき、自衛って言ってましたが、何かと戦ってたりしてたんですか?」

「武器で人に危害を加えようとする人達に対抗してたわ。だけど、この力が原因でかえって敵視されることもあったわね。いきなり銃で撃たれたこともあったし」

「………えっ!? 銃って、あの鉛の玉を撃ちだす武器ですよね? 大丈夫だったんですか?」

「ガードスキルで大抵は平気だったわ。ああ、でも、足とかお腹とか撃たれて血が出たことが……」

「今サラッと、とんでもないこと言いましたよね!? お腹とか死んじゃうじゃないですか!」

「結果として死ななかったわ」

 理由は死後の世界だったからであるが、それは言わない約束なので口にしなかったし、詳しい説明もしなかった。

 当然、死後の世界のことなんて知らないシエスタとは認識のズレが生じることになるのだが。

「………その、大変だったんですね、カナデさん……。でも味方の人とかはいたんですよね。さすがに一人ってことは……」

「いないわ」

「え?」

「味方なんていなかったわ。あの人達の相手はあたし一人でしてた。それにガードスキルを使えるのはあたしだけだったし」

 その言葉にシエスタは愕然とし、かなでが今までどんな人生を送ってきたのか、その鱗片(りんぺん)垣間見(かいまみ)た気がした。

 たった一人で武装した者達と戦ってきた。しかも死ぬような怪我を負ってまで……。

 どれほど辛かっただろう……。どれほど心細かっただろう……。

 おのずとシエスタの目に涙が浮かんだ。

「すみません、カナデさん」

 涙を拭ったシエスタが悲壮感漂う顔で頭を下げた。

 突然の謝罪にかなでは困惑した。

「どうしたの?」

「食堂で逃げ出してしまったことです。あの時はただ怖くて、カナデさんを見捨てて逃げて……」

「別にそれは悪いことじゃないと思うわ」

「いいえ! そんなことありません!」

 シエスタはバッと頭を上げた。

「わたし、カナデさんが、貴族にも負けない不思議な力があるから強いと思ってました。でもそれは間違ってました。本当に強いのはカナデさんの心です!」

 シエスタの目がなにやらキラキラと輝いている。彼女は胸の前で手を組むと、ぐいっとかなでに迫った。

「困ったことがあったらなんでも言ってくださいね。わたしはカナデさんの味方ですから!」

 今の彼女には、これまで一人ぼっちで辛い人生を送ってきたかなでを守っていこうという、ある種の使命感に燃えていた。

 実のところ、あの世界の生活での最後の方では、自分を愛してくれた男をはじめ、色々と親しい人達ができたのだが。

「改めてよろしくお願いしますね、カナデさん!」

「………よろしくお願いするわ」

 この意気込みがなんなのか、かなでには分からなかったが、まぁ悪いことではないだろうと納得する。

 こうして二人は、それぞれの認識のズレを生じながらも、良好な関係へと発展していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、就寝時間。

 ルイズは自室にて、衣類を脱いでネグリジェに着替え、ベッドに横になった。

 かなでは昨晩同様に藁束で寝ようとした。そこをルイズに止められた。

「いいわよ。ベッドで寝なさい」

 ルイズがベッドの奥の方へ移動し、人一人分が入れるスペースを作る。

「でも」

「わたしがいいって言ってるんだから遠慮しないの」

「ならお言葉に甘えて」

 かなでがベッドに潜り込もうとする。

「それとあんた、服は脱いだほうがいいんじゃない? 寝にくいだろうし、シワにもなるわ」

「それもそうね」

 かなではルイズの意見を素直に聞き入れると、制服を脱いで、空いている椅子にかけた。

 上下白の下着姿となったかなでがベッドに潜り込む。

 二人並んで横になると、ルイズは指を鳴らして部屋の灯りを消した。

「ルイズ」

 暗がりの中、かなでが呟いた。

「何?」

「昼間は守ってくれようとしてくれて、ありがとう」

 おそらく決闘のときのことを言っているのだろう。突然の話題にルイズは目を丸くした。

「どうしたのよ突然?」

「なんとなく……。まだお礼を言ってなかったと思って」

「別に礼なんていらないわ」

 その言葉に、かなでは顔を横に向ける。同じようしてこちらを見ているルイズと目が合った。

「守るのは当然よ。使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃないもの」

「そう」

「そういえばあんた、決闘の時、なんで最初からガードスキル使わなかったのよ?」

「現実の世界で使えるなんて思わなかったから。ハーモニクスが発動して、初めて使えることに気づいたわ」

「なにそれ? もっと早くに、使えるかどうか試しておけばよかったのに」

「………………その手があったわね」

 数秒の沈黙の後に呟かれた答えに、ルイズは呆れた。

「あんた、間抜けでしょ………」

「知ってる」

「自覚はあるのね……」

 ルイズは呆れを通り越して苦笑するしかなかった。

 それっきり、二人は首を元に戻した。

「おやすみなさい、ルイズ」

「おやすみ」

 寝る前の挨拶をかわし、両者は目を閉じ、眠りについた。

 そして、ルイズは再び、あの不可思議な夢を見ることになる。




今回で物語は一区切り的な感じです。第一部終了みたいな。

ここでご報告があります。今回投稿に時間がかかりましたが、これからの投稿はもっと間を置くことになります。
理由としてはリアルでの時間ですね。仕事関係やその他いろいろのせいで、時間がとれなくなってきました。(おかげでゼロの使い魔最新刊だってほんの少ししか読めてないし……)
作品の終わりまでの内容はほぼできているので、あとは少しずつ書いていこうと思います。
では皆様、もしよければ、これからもよろしくお願いします。





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第8話 立華かなでの一日

どうもみなさん。お久しぶりです。
前の投稿から二ヶ月以上経過………。けっこう間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。

前回あとがきにて、前話で一区切りみたいなことを書きましたが、冒頭だけ普通に続きみたいになっちゃいました。個人的にちょっと構成ミスったかなと思ってます。

今回はけっこう長いです。『一日』をテーマにいろいろネタを突っ込んだら短編集みたいになり、文字数1万近いという過去最大数になっちゃいました。

ではどうぞ。


 気づくとルイズは見知らぬ場所に立っていた。

「ここは………」

 辺りを見渡す。周囲は暗く、どうやら夜のようだ。

 今いるのはどこかの橋の上で、遠くには前に夢で見た建物があった。

 もしかしてと思い、空を見上げると白く輝く月が一つ浮かんでいた。

「これって、あの時と同じように、夢の中?」

 なんでまたこんな夢を……、と思っていると、ふと右側から気配を感じてそちらに視線を移す。

 橋の片側からかなでが歩いてくるのが見えた。

 近くまで来たところで、なにげなく話しかけようとした。

 その時、

 

 バン!

 

 何かが弾けるような音がし、かなではよろけて足を止めた。彼女は右手で腹部を撫でまわすと、じわりと血が(にじ)んで制服を赤く染めた。

「か、カナデ!?」

 慌てたルイズは咄嗟(とっさ)怪我(ケガ)を確かめようと手を伸ばす。しかしその手はかなでの体をすり抜けた。

「ウソ……、通り抜けた!?」

 どうなっているんだと混乱しながらかなでの様子をうかがうと、彼女はなんでもないように平然としていた。

「だ、大丈夫なの……?」

 心配そうに尋ねるが、聞こえていないかのように反応がない。

 かなでは正面を向き、一点を見つめている。

 気になったルイズはそちらを振り返り、そして驚愕(きょうがく)した。

「あ、あんたは!?」

 そこにいたのは、以前かなでに殺されたオレンジ髪の男だった。

 彼は銃をこちらに向けて構えている。状況からして、男がかなでを銃で撃ったのだろう。

 かなでは男を見据える。

「ガードスキル・ハンドソニック」

 かなでの右手から光とともに手甲剣が現れる。彼女は再び歩き出した。

 男は顔を恐怖に歪めると、振り返って走り出した。重傷を負っているにもかかわらず刃物をひっさげて無表情で歩いてくるかなでの姿が不気味だったのかもしれない。

 男は途中で振り向き発砲。

 かなでは腕を振り払い、迫る銃弾をハンドソニックの刃でいともたやすく弾き飛ばした。

 そんなあまりにも非常識な光景に、男は今度こそ全力で逃亡した。

 かなでもあとを追うかのように歩いていく。

 ルイズは一連の出来事に呆然としていたが、ふと我に返って二人を追いかけた。

 走っている途中で階段があり、それを駆け上がると、歩くかなでの後ろ姿が見えた。

 その先には明かりが灯った巨大な建物があり、中から聞いたことのない音楽と、それに熱狂するような歓声が響いていた。

 建物の前には17、8歳くらいと思われる少年達が銃を構えていた。

 かなでは立ち止り、口を動かした。

「ガードスキル・ディストーション」

 同時に少年らの銃が一斉に火を吹いた。

 銃弾の雨がかなでに迫る。

 しかしそれらは彼女に当たることなく、あさっての方向へと飛んでいった。

 後ろにいるルイズには何が起こっているのかまるで分からない。確かめるため、かなでと距離をとりながら横側へと回り込んだ。

 そこから見て、ようやく理解した。かなでの体の周囲に歪みのようなものが生じており、それによって銃弾が全て弾かれているのだ。

 それでも銃撃は止むことなく続き、かなでは棒立ちの状態で足止めされた。

 ルイズはこの光景に驚愕した。正確には少年らが使っている銃にである。

 彼女の知っている銃は単発式のマスケット銃である。

 これは銃口から火薬と鉛の弾丸を細い棒でつついて装填し、撃ったあとは先ほどの工程で再び弾を込めるという、手間のかかるものである。しかも命中率が悪く、遠くの的を狙っても当たりはしない。

 つまるところルイズにとって銃とは、鉛玉をあさっての方向に一回飛ばすだけの粗悪品であった。

 だがあの銃は信じられないことに連射している。途中弾切れなのか銃撃が止むことがあるが、なにやら素早く部品を交換してすぐさま撃てるようになる。しかも撃った弾は全て対象に向かうというとんでもない命中率だ。

 既存の性能を大きく上回る銃に、ルイズは自分の常識が崩れるのを感じた。

 そうして目を奪われていると、かなでの横から黒い髪の女が彼女めがけて小刀を投げつけた。かなではハンドソニックで弾き飛ばす。

 そこへ、武装集団の一人である大柄な男が肩に筒のようなものを担ぎ、その先端から何かを撃ちだした。それはかなでのすぐ(そば)の地面に当たると爆発した。

 爆風にあおられて体勢を崩すかなでに、銃弾の嵐が再び迫る。しかしすんでのところでディストーションを発動して防ぐ。

 そんな攻防を繰り広げていると、空からたくさんの白い紙切れが雪のように降ってきた。銃を撃っていた連中は攻撃を止め、それらを適当に掴んで建物の中へと駆け込んでいった。

 ルイズはもうなにがなんやら、(わけ)が分からなかった。

 ふと目の前に落ちてきた紙切れを掴む。

「なにこれ?」

 紙切れには何か書かれてあるが、ルイズにはそれの意味など分かるはずもなかった。

 ちなみにそれにはこう書かれていた。

 

 ――――肉うどん、と。

 

 

 

 

 

 

 

 朝、ベッドに横たわるかなではカーテンの隙間から差し込んでくる陽光で目覚めた。

 むくりと上半身を起こすと、口元を手で覆ってあくびをする。

 手で寝ぼけまなこをこすり、ふと隣を見下ろす。主人である少女があどけない顔で寝息を立てていた。

「ルイズ、朝よ、起きて」

「はえ? ああ、そう……」

 寝ぼけた声で返事をしながらルイズは起き上がると、ぐーっと伸びをした。

 それからかなでの顔をじっと見つめた。

「? どうかしたの?」

「………なんでもないわ」

 ルイズは首を横に振った。実のところ原因は先ほどの夢なのだが、今は気にしないことにした。

 二人はベッドから出る。

 下着姿のかなでは椅子にかけてある制服を着ると、タンスからルイズのための下着を取り出す。

 ルイズはそれを身につけると、続いてかなでに制服を着させてもらう。

 それからルイズはかなでに、近くの水汲み場までバケツに水を汲んでくるよう命じた。場所は塔を出てすぐ目に入るらしい。

 かなではバケツを持って塔の外へと走り出た。

 たしかに近くに水汲み場が見えた。そこで水を汲み、急ぎ部屋へと戻った。

 それからルイズはバケツの水で顔を洗い、歯を磨いた。

 ちなみに、ルイズは自分で洗ったりはせず、かなでに洗わせた。それが貴族というものらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の身支度を終えると、朝食をとるためルイズはアルヴィーズの食堂へ、かなでは厨房へと向かった。

 またシエスタに頼んで用意してもらおうと思いながらかなでは厨房に入った。

 途端、中にいたコックやメイド達に畏怖(いふ)眼差(まなざ)しを向けられた。中には冷たい視線を向ける者もいる。

 どうしたのかと思ったが、特に気にすることなく尋ねた。

「朝食をもらいたいのだけれど」

 するとそこへ、他のコックより身なりの良い、年齢40過ぎくらいのまるまる太った親父が現れた。

「メイジ様はこんなところじゃなく、食堂で食べたらどうなんですかい?」

 かなでは小首を(かし)げた。

「メイジ?」

「お前さん、昨日の決闘で魔法を使ったそうだな」

 かなでは、またかと思った。

「あれは魔法じゃないわ」

「魔法じゃなければなんだっていうんだ。とぼけても無駄だ。食堂の方に用意させるから、メイジのあんたはそっちで食べるんだな」

 彼は腕を組み、口をへの字にして見下ろす。なぜか彼はかなでのことが心底気に入らないらしい。

 しかたないと、かなでは(きびす)を返して出ていこうとした。

 と、そこへ、

「何してるんですかマルトーさん!!」

 厨房入口からシエスタが怒りながらずかずかと歩いてきた。

「し、シエスタ? どうしたんだ?」

 マルトーと呼ばれた親父はうろたえた。

「どうしたもこうしたも、なにカナデさんを追い出すようなマネしてるんですか!」

「い、いやこの娘に、メイジなら他の貴族と同じように食堂で食べるべきだって言ったんだが?」

「たしかにカナデさんは不思議な力がありますけど、だからってあんな言い草ないじゃないですか! それにカナデさんは貴族じゃありません!」

 シエスタの迫力にマルトーはたじたじになる。

「ほ、本当にどうしたんだシエスタ? やけにその娘の肩を持って」

「当然です! わたしはカナデさんを助けるって決めたんですから!」

 それからシエスタはかなでの今までの辛い境遇(と彼女が思い込んでいる)を熱弁(ねつべん)した。

 するとマルトーは目にじんわりと涙を浮かべた。

「そ、そうだったのか。こんな若いのにそんな苦労が……。それなのに、俺は勝手な思い込みで……」

 マルトー親父はガバっとかなでに頭を下げた。

「すまなかった!」

 彼に続いて他の使用人達も頭を下げた。皆一様に後悔に顔を歪めている。

 マルトーは先程の態度について話し始めた。

「俺はてっきり、あんたも他の貴族みたいに威張り散らすやつだとばっかり………」

 貴族と魔法を毛嫌いしているマルトーらしい言い分だったが、なんとも一方的な偏見であるとシエスタは思った。まぁ自分も彼らと同じようにかなでのことを怖がっていたので、人のことは言えないのだが。

 かなでは手をひらひら振った。

「気にしてないわ。だから頭を上げて」

「そ、そうか! 許してくれるのか! お前はいいやつだな! 待ってな、今朝食用意してやるからな!」

 マルトーは一転、好意的にかなでをもてなしてくれるようになった。

 かなでがシエスタに手を引かれて席に着くと、メイド達が暖かいシチューの入った皿とふかふかの白パンを持ってきてくれた。

「ありがとう」

 かなでは礼を告げると、シチューを一口ほおばった。

美味(うま)いわ」

 無表情で淡白(たんぱく)に感想を述べる。しかしその目はあきらかに感激で輝いていた。美味(おい)しさにシチューを運ぶ手がはかどる。

 その様子にマルトーはうんうんと頷いた。

「そりゃそうだ。それは貴族の連中に出してるのと同じもんさ」

 かなでは手を止めてシチューをじっと見つめる。

「ルイズはいつもこんな美味いもの食べてるのね」

「このコック長マルトーにかかれば、どんな料理だって絶妙な味に仕上げてみせるさ。これだって魔法みたいなもんだ。っと、魔法の使えるお前さんには大したもんじゃないだろうが……」

 マルトーは気まずそうに頬をかいた。

 かなでは再びシチューを口に入れると、よく味わってから飲み込んだ。

「………そんなことないわ。こんな美味いシチューを作れるなんて、すごく素敵だと思う」

 その言葉にマルトーは思わず感動極まった。魔法が使えるからといって威張りちらす貴族どもと違って自分の力を誇らない奥ゆかしさと、率直に自分の料理を褒めたたえる心に感銘(かんめい)したのだ。

「ああ! いいやつだカナデ。お前はまったくいいやつだ、気に入ったぜ! 接吻(せっぷん)したくなったぞ!」

「ちょ! マルトーさんそれはダメです! 犯罪です!」

「ハハハ! 冗談だシエスタ! まぁそれくらい気に入ったってことだ!」

 慌てて止めようとするシエスタ相手に、マルトーは豪快に笑った。シエスタは疲れたようにため息をついた。

 かなではそれらを横目で見ながら、気にせず食事を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食後、かなではルイズの部屋を掃除する。箒で床を掃き、机や窓を濡れ雑巾で磨いていく。

 それが終わると次は洗濯だ。ルイズの洗濯物が入ったカゴを持って、最初に洗濯をしたあの水汲み場へと向い、洗濯板や桶を借りて洗い始める。

 春先とはいえ水は冷たく、指が切れそうに痛い。

(我慢できない程ではないけど、冷たいわ……。冷たさに対応できるガードスキルが作れればいいんだけど……)

 しかしそれは不可能だ。スキル制作に必須のエンジェルプレイヤーがないのだから。

 だがそこで、昨晩のルイズとの会話が脳裏をよぎった。できないと思う前に試してみてはどうか?

(……とりあえず思いつくかぎりでやってみようかしら)

 かなでは両手を見つめた。

(手を守るのだがら………、表面を覆うような感じのものがいいわね。あと名前も決めて……)

 頭に創造するスキルを強く思い浮かべる。

 そしていつものノリでスキルを発動させる。

「ガードスキル・アンチコールドコーティング」

 ………なんだか厨二病臭(ちゅうにびょうしゅう)がしなくもないネーミングである。

 かなでは桶に溜まった水に手を突っ込んだ。

 結果は………冷たかった。

「………さすがにそんなご都合展開にはならなかったわね」

 諦めて冷水に耐えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食、掃除、洗濯の後はルイズの授業のお供を務める。

 初日同様に床に座ろうとしたが、ルイズの気遣いで隣の空いている椅子に座わるよう(すす)められた。かなでは遠慮したが、(なか)ば強制に座らせられた。

 今回の授業はミス・シュヴルーズによる魔法の組み合わせについての話だった。

「魔法は系統を足すことで更に強力になります。そしてわたし達メイジはいくつ足せるかでランクが決まりますが、そのランクは?」

「はい先生」

「どうぞ」

 手を挙げたモンモランシーは促されて立ち上がり、片側の髪を優雅にかきあげると自信満々で答えた。

「一つでドット。二つ組み合わせができたらライン。三つでトライアングル。四つでスクウェアと呼ばれますわ」

「よろしい」

 正解を言い渡され、モンモランシーは満足げに微笑んで着席した。

 ここにきてかなでは、初日に疑問だったトライアングルやスクウェアといった単語の意味を知った。

「みなさんはまだ一系統しか使えない方が多いと思いますが―――」

「お言葉ですがミス・シュヴルーズ、まだ一系統も使えない魔法成功率ゼロの生徒もおりますので」

 誰かのその言葉に、教室中の視線がルイズに集中した。

 彼女は反論せず、膝の上で拳を握り締めた。かなではその様子を静かに見つめている。 

「お、おほん。とにかく、より高いランクを目指すように。いいですね」

 ミス・シュヴルーズが話題を軌道修正し、そのまま授業は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わると次は昼食である。

 ルイズはかなでを連れて本塔の入口まで来た。

「それじゃ行ってくるわ。昼休みの後も授業があるから、ここで待ち合わせること。休み時間が終わるまでは自由にしていいわ」

 かなでがコクっと頷くと、両者は朝と同じように別れた。

 昼食を食べ終えたかなでは場所を移って食堂の方を覗く。ルイズは優雅に食後のデザートを楽しんでいた。昼休みはそれでつぶすつもりなのだろう。

(あたしはどうしようかしら?)

 せっかくの自由時間だし、少し辺りを散歩してみることにした。

 本塔を出て、壁に沿って歩いていく。

 すると塔の裏側にてシエスタを見つけた。

 彼女は切り株のような台座の上に、縦長の丸太を立てる。

 そして両手で斧を持つと振りかぶり、丸太めがけ振り下ろした。斧は丸太に食い込み、その状態から台座に何度も打ちつけて割った。

 見ていてなんとも骨の折れる作業だ。 

「シエスタ」

 彼女の元へ歩いていき声をかける。 

「あ、カナデさん」

 シエスタはにっこりと微笑(ほほえ)むと、斧を置いて左腕で額の汗を(ぬぐ)った。やはり重労働のようだ。

「どうしたんですか、こんなところで?」

「自由時間だから散歩を。あなたは薪割り?」

「はい。在庫が減ってたので補充しないといけないんです」

「大変?」

「大変といえば大変ですが、大丈夫ですよ、いつもやってることですから」

 シエスタはたいしたことないというように笑ってみせる。

 かなでは少し考えてから、口を開いた。

「よければ手伝ってもいいかしら?」

「え? でも」

「ダメ、かしら?」

 じっと見つめてくるかなでに、シエスタは苦笑した。

「ダメというか、けっこう力がいりますから」

「大丈夫よ」

 やけに自信がありそうだった。

 そういえば昨日の決闘で青銅を切ったり投げ飛ばしたりしていた。おそらく華奢(きゃしゃ)な見かけによらず力があるんだろう。

 それにかなでがやりたいと言うのだ。ならその想いを尊重させてあげたいと思った。

「ではお願いしましょうか」

 シエスタは微笑みながら説明を始めた。

「あそこに積んである丸太を割って、あっちに保管するんです」

 シエスタが指差す先には、見上げるほど積み重ねられた丸太の山と、同じように薪が積まれた山があった。もっともこちらは山というより丘と表現するほどに低かった。たしかに品薄状態だ。

 彼女は次に、先ほど二つに割った丸太を指さした。

「たいていは一本を四等分するんですが、これは大きいので八等分にはできますね」

 シエスタは丸太の片割れを台座に立てると、かなでに斧を渡そうとする。

 それを彼女は右の(てのひら)を突き出して(さえぎ)った。

「必要ないわ」

「え? でも」

「下がってて」

 言われてシエスタは疑問を感じながらも下がった。

 かなでは割れた丸太を両手でそれぞれ掴むと軽々と持ち上げ、頭上に放り投げた。

「ガードスキル・ハンドソニック」

 右手から光とともに手甲剣を出現させると、投げた二つが眼前まで落ちてきた。

 かなでは目にも止まらない速さで剣を何度も振るった。

 丸太が地面に落ちる頃には、それは八等分された薪へと早変わりしていた。

「ええええええぇぇぇぇ!?」

 シエスタは仰天した。

「これでいい?」

「す、すごいですカナデさん! これならあっという間にすごい量ができますよ!」

 シエスタはキラキラと目を輝かせて、かなでの力量に感激した。

 そのあとはそれぞれのペースで丸太を割っていき、新しい薪が大量に積み上がった。

「わぁー、いっぱい切りましたね]

 先ほどと違い、見上げるほどに多く積まれた薪の山を見つめ、シエスタは感嘆の言葉を発した。

「お疲れさまですカナデさん。そういえば、そろそろお昼休みが終わりますね。後片付けはやっておきますので、カナデさんは急いで戻ってください」

「もうそんな時間なのね。じゃあ行くわ。教えてくれてありがとう」

「いえいえ」

 かなでが走り去ると、シエスタは笑って手を振りながら見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勉強しましょ」

「は?」

 午後の授業が終わり、放課後は自由になることをルイズが告げると、かなでが突然提案してきた。

「いきなりなによ?」

「あなたの魔法が成功するよう、勉強が必要だと思うの」

 ルイズは、かなでが前に魔法が使えるよう手伝うと言ったのを思い出した。気持ちは嬉しいが、彼女は困った顔をした。

「無駄よ。やるべきことは全てやったけど、その結果があれなのよ」

「ならやらなかった勉強をすればいいんじゃないかしら?」

「それってどんなことよ?」

 聞かれてかなでは思案する。

 しばし沈黙が続いた。

 ルイズはじと~っと見つめた。

「………思いつかないわけね」

 言われて頷くかなでに、ルイズはため息をついた。

「………まぁいいわ。図書室に行って、なんか目新しいものが見つけられればいいんだけど」

 そうしてルイズはかなでを連れて本塔内にある図書室へと向かった。

 図書室に入ったかなではそこの壮大さに驚いた。本棚はおおよそ三十メートル程の高さで、それが壁際にずらぁーと並んでいる光景は壮観だった。

 ちなみに図書室は食堂同様に平民立ち入り禁止であるが、かなでは使い魔なので、ルイズ同伴で入室できた。現にここにいるメイジの中には使い魔を連れている者もいる。

 二人は系統魔法に関する本棚の前に来た。

「それじゃこの中から役立ちそうなのを探すわよ」

 ルイズは納められた本の背表紙を眺めていく。

 かなでも同じようにするが、すぐさま一冊の本を手に取って中身を開いた。

 見たこともない文字が並んでいる。理解不能だった。

「どうしたのよ?」

 動かないかなでを不審に思ったルイズが近づく。

「読めないわ」

「読めないって……それじゃ調べものできないじゃない」

「そうね。困ったわ」

 かなでは淡々としている。

「全然困ってるように見えないんだけど?」

「そんなことないわ。でもそうね……。まずは字を覚えなきゃダメね」

 本を戻したかなでは本棚を上から下へと眺める。

「日本語の辞書はないのかしら?」

「ニホンってあんたの世界の? そんなのあるわけないじゃない」

 呆れるルイズであったが、少し考えると本棚から一冊の本を取り出した。

「しょうがないから、わたしが教えてあげるわ」

「でもそれじゃルイズの勉強が……」

「いいから、ほら!」

 ルイズはかなでの手を取って空いてるテーブルに向かった。

 正直勉強よりも、こういった普段と違うことをする方が有意義だと感じた。

 こうしてかなでの勉強が始まった。

 ルイズはまず文字を一つずつ教えていき、その後は単語の意味を教えていった。

 そうしていると、驚くことにかなではたちまち文章を読めるようになっていった。

 だが不思議なことに、単語や文章そのものを正確に読むのではなく意訳して読んでいるのだ。

「文章を意訳して話すなんて……いったいどうなってるのよ?」

「分らないけど、読めるようになったからいいんじゃないかしら」

「あんたけっこう大雑把よね……」

 そんな感じで勉強を続けてると、誰かがやってきた。二人は顔を上げる。

 相手は一人の女子生徒だった。低い身長に身の丈を超える杖。青いショートヘアにメガネ。

 ルイズはその姿に見覚えがあった。

「あんたは、たしかキュルケとよく一緒にいる……」

「タバサ」

「わたしになにか用?」

「あなたじゃなく、彼女に」

 タバサの目がかなでへと向かう。

「あたしに?」

「聞きたいことがある」

「なにかしら?」

「あなたが決闘で使った力……。あれは系統魔法でも先住魔法でもない。あれは何?」

 彼女の質問内容はオスマンのものと同じだった。当然返答も同様のものとなる。

「あれはガードスキルよ」

「どうしてあなたはその力を使える?」

「自分で作ったからよ」

 そこでタバサは黙り、じっとかなでを見つめる。その顔からはいかなる感情も読み取れず、一体何を考えているのか察することができない。

 かなでとタバサ。無言の二人の視線が交差したまま数秒が経過する。

 先に沈黙を破ったのはタバサだった。

「どうすれば作れる?」

「もう作れないわ」

「なぜ?」

「エンジェルプレイヤーがないもの」

 聞きなれない単語にタバサは内心首を傾げた。

「それはなに?」

「あたしがガードスキルを開発するのに使った道具よ」

「それはどこにあるの?」

「………もう存在しないわ」

 エンジェルプレイヤーはかなでが死後の世界で見つけたソフトである。死後の世界について語るわけにはいかないので、そう答えるしかなかった。

 タバサはしばらく思案するかのように黙っていたが、

「そう……」

 とだけ言い残して去っていった。

 かなではその背をじっと見つめる。

「彼女、なんだったのかしら?」

「さぁ?」

 二人には疑問のみが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜。

 夕食を終えると、貴族達は本塔地下にある大浴場へと向かう。当然ルイズも風呂はそこを使う。しかしかなでは図書室の時のように入ることはできなかった。やはり貴族ではないのと、大浴場にまで使い魔を連れてくる者がいなかったというのもある。

 そんなわけでかなでは学院で働く平民用の共同風呂を使うことになった。

 ちょうどシエスタが入るところだったので、ご一緒させてもらうことになった。

 それで現在、

「一日の労働を終えた後のお風呂は気持ちいいですねー♪ 気分はどうですか、カナデさん」

「………蒸すわ」

「蒸し風呂なんですから当たり前じゃないですか」

 上機嫌なシエスタがツッコミを入れる。

 平民用の風呂は掘っ立て小屋の中にあるサウナ風呂であった。

 熱した石が詰めてある暖炉の横で、裸体にバスタオルを巻いた姿のシエスタが腰掛けている。すぐ横には長い銀髪を上げ、頭と体にバスタオルを巻いているかなでが隣り合って座っている。

 シエスタは満足しているようだが、かなでは不満だった。現代日本の文明に慣れた彼女にとって、風呂は浴槽にたっぷり張った湯につかるものである。サウナも悪くはないのだが、やはり物足りなかった。

「浴場みたいなのはないの?」

「わたし達平民はそんな豪勢なのは使えませんよ」

 そういうわけで、かなではしかたなく我慢することにした。

 ふと隣りのシエスタの肢体(したい)を眺めた。全体的にわりとグラマラスな体型をしており、衣服の上からでは分からなかったが意外と豊満な胸の持ち主である。脱いだらすごいんですというやつだ。

 ふと『実はわたし、着痩せするタイプなんです』というセリフが脳裏をよぎった。それを言ったのは誰だったろうか?

 それはさておき、かなでは自分の体を見下ろした。起伏の乏しい平面が目に映った。

「………」

 なにげなく両手を自分の胸に持ってくる。そして再びシエスタの魅力的な胸を見つめる。

 …………純粋な羨望(せんぼう)が湧き上がり、同時になんともいえない悲しさが到来した。

 それからしばらくして、体が十分に温まったので外に出て水を浴びて汗を流した。

 濡れた体を拭き、脱衣所にてシエスタは白のドロワーズと、膝上まで丈のあるキャミソールを身につける。ちなみにドロワーズとは、膨らんだスパッツのような形状の下履(したば)きである。

 その横で裸のかなでが日中ずっとつけてた下着を着ようとしていた。

「カナデさんって他に服ないんですか?」

「着の身着のまま召喚されたから持ってないわ」

「でもそれだと不便じゃないですか」

 年頃の娘にとって衣服、とくに下着の替えがないというのはあんまりだ。

 シエスタは少し考えたあと、自信満々で胸を叩いた。

「分かりました。そういうことなら任せてください」

 彼女は急ぎメイド服に着替えた。

「ちょっと待っててください。すぐ戻りますから」

 シエスタは小走りで出ていき、かなではきょとんとその背を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、そんな格好をしてるわけね」

 ベッドに腰掛けるネグリジェ姿のルイズの言葉に、かなではコクっと首を縦に振った。

 あの後シエスタは自室に戻り、自分の衣類を一通り持ってきて、ほぼ押しつける感じで貸してくれたのだ。

 現在かなでは下着を白のキャミソールとドロワーズを身につけ、オレンジ色のワンピースタイプの寝巻きを着ている。

 かなでは自分の体を見渡した。

 シエスタ用のサイズなのでかなりブカブカだ。特に胸のあたりとか……。

 袖は長すぎてほぼ手の全体を隠してしまっている。

「我ながら、だらしない格好ね」

 かなでは袖余りを見つめて嘆いた。

「そうね。でも、どうしてかしら? なんだか可愛(かわい)く見えるわ」

「可愛い?」

 かなではルイズの言っていることがよく分からなかった。もっとも当のルイズも理解していないが……。

 しかしそれはとある世界ではこう呼ばれるものだった。

 萌え袖、と。

 それはさておき、ルイズはかなでの姿をジッと見据えていたが、

「そうね……。分かったわ」

 突如、一人で納得するように頷いた。

「あんたに服を買ってあげる」

 かなではちょっと目を見張った。

「いいの?」

「当然よ。必要なものはきちんと買うわよ」

 ルイズは得意げに告げた。

「ありがとう」

「そういうわけだから、次の虚無の曜日に街に連れてってあげる」

 どうやらこの世界でも曜日によって休みがあるらしい。

 約束を取りつけ、二人はベッドに横になった。

 かなでは一日のことを振り返った。

(今日もいろいろあったわね………)

 そうしていると、眠気が襲ってきて、彼女の意識は沈んでいった。 




今回の話の一部には、ソーシャルゲーム「Angel Beats! Operation Wars」のネタを使わせていただきました。もし気づいた人がいたらなんだか嬉しいです。


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第9話 トリステインの城下町・前編

またも一ヶ月ぶりの投稿になってしまいました……。
本当は一つの話は一括で投稿するつもりでしたが、自分の執筆スピードや文字数とかを考えて、分割で投稿することにしました。
たぶんこれからも分割で投稿していくと思います。そのほうが定期的に投稿できそうですし、文字数少ないほうが見直しがしやすいので。

今回はけっこうオリジナル入ってます。楽しんでいただけると嬉しいです。

※2016/6/28、レビテーションを念力に変更。理由はあとがき参照。


 かなでがルイズの使い魔としての生活を始めて数日経った、ある夜。

「明日は虚無の曜日だから、街に出かけるわよ」

 自室にてルイズはかなでに言った。すると彼女は小首を傾げた。

「街に何しに行くの?」

 ルイズはガクッとずっこけた。そして目尻を釣り上げてかなでを睨みつけ、怒鳴った。

「なにすっとぼけたこと言ってんのよ!? あんたの服を買いに行くのよ! このあいだそういう話したじゃないの!」

 かなではしばし記憶をたどると、

「ああ、そういえばそうだったわね」

 と、納得して頷いた。

 現在彼女はシエスタから下着や服を借りていた。今着ているメイド服だってそうだ。だがいつまでも借りっぱなしというわけにはいかない。

 そこへ、ルイズとかなでの他に、この場にいる人間が手をあげた。

「あの~~質問よろしいでしょうか、ミス・ヴァリエール」

「なにかしらシエスタ?」

 ルイズは第三者の名を呼ぶ。初めはメイドとしか呼んでなかったが、かなでを通して接することが多いので、いつのまにか名前で呼ぶようになった。

「はい。カナデさんの服を買いに行くのに、どうしてわたしがいるんでしょうか?」

「いい質問ね。それはね、あなたの意見が欲しいからよ。さすがにカナデに貴族としての格好をさせるわけにはいかないわ。だから平民としての観点から服選びを手伝ってほしいのよ」

「そうだったんですか。分かりました! ドンと任せてください」

 シエスタは張りきるように胸を叩いた。

 そして翌日、三人は街へと向かった。

 目指すはトリステインの王都、トリスタニア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都のとある武器屋。

 薄暗い店内の壁や棚には武具が乱雑(らんざつ)に置かれ、(たる)の中には槍や剣が適当に突っ込んであった。

 その中に一本の剣があった。錆びたボロボロの剣であるが、実はこの剣には他にはない秘密があった。なんと意思を宿しているのだ。

(俺はこんなところで何をしてんだろーなぁ……)

 自分が使われなくなって随分と経つが、はたして最後に使われたのはいつだったろうか?

 記憶をたどるが、どうにも思い出せない。あまりにも長い年月が経ったせいで忘れてしまった。

 かつては良き使い手に恵まれていた………ような気がする。

 このままずっと樽の中に放置されたままなのだろうか?

 ごくまれに、自分の記憶を呼び起こすきっかけなんかを探しに行きたいとも思うのだが、悲しきかなそこは剣。持ち運んでくれる人間がいないと話にもならない。

(はぁ………やっぱずっとこのままなのかねぇ……)

 心の中で諦めにも似たため息をつく。

 するとカウンターにいる店主が偶然にもため息をついた。

「客が来ねえなぁ……」

 店主は50歳くらいの親父で、パイプをくわえ、(ひま)そうに頬杖をついていた。

 退屈していた剣はなんとなく返答した。

「こりゃ潰れるのも時間の問題だな」

 すると店主は剣を睨みつけた。

「誰のせいだと思ってんだデル公!」

「どう考えてもてめえのせいだろ?」

「うっせ、いつもいつも商売の邪魔しやがって! おかげで商売あがったりだぁ!」

「よく言うぜ。てめえの売り方にはいつも反吐(へど)が出んだよ」

 剣は店主のことが心底気に入らなかった。この店主、仕事は一応ちゃんとこなすが、客が金持ちの素人(しろうと)とかだった場合、ボッタクリをしようとする悪い癖があるのだ。

「この野郎、剣のくせに生意気な! 貴族に頼んで溶かしてやろうかぁ!!」

「おう上等だ、やってみろ! どうせこの世にゃ飽き飽きしてたところさ!」

 二人の会話はヒートアップしていく。互いに頭に血が上っているようだ。剣には頭も血もないが。

 と、そこで店の扉が開き、二人の口喧嘩がピタっと止んだ。

 入ってきたのは金髪を短く切った一人の女剣士だった。ところどころ板金で保護された鎖かたびらに身を包み、腰に細く長い剣を下げている。

 そして彼女は店主に馴染みのある顔だった。

「アニエスじゃねえか。今日はどうした?」

「ああ、ちょっと新しい装備が欲しくてな」

 アニエスと呼ばれた女剣士が店内を見渡す。

 剣も彼女については知っていた。女でありながらなかなかの実力の持ち主のようだ。使い手としては十分である。

 だからつい、自分を買ってくれないかと、期待を抱いてしまう。

「親父、銃はあるか?」

 残念、剣はお呼びではなかった。

 意思持つ剣は心の中でがっくりとうなだれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬を駆ること3時間。ルイズ達は王都に到着した。

 乗ってきた馬を街の門の側にある駅に預け、一行は城下町を歩いていく。

 ちなみに今日のかなでの服装はインナー含め自前の制服姿。ルイズとシエスタはいつもの格好である。

「カナデ、ここが王都トリスタニアよ」

 先頭を行くルイズが自慢するように嬉々として紹介する。

 だが、

「腰が痛いわ」

「街の案内に対してそれか!」

 ルイズが思わずツッコミを入れる。

 かなでは初めて乗った馬のせいで腰が痛かった。今はわりとマシになってきたが、時々腰をさすっている。

 そうして歩いてる道中、かなでは物珍しそうに白い石造りの街並みを見渡した。石畳で整備された道の幅は5メートル程で、道端にはいろいろな種類の露店が溢れ、商人達が客寄せの声を張り上げている。その道を老若男女(ろうにゃくなんにょ)様々な人達が行ったり来たりしていた。

「人が多いのね」

「当然よ。このブルドンネ街は一番の大通りなのよ」

 ルイズは胸を張る。すると気づいたようにかなでの方を振り返る。

「そうだカナデ。上着の財布(さいふ)は大丈夫よね? スリが多いんだから気をつけなさい」

 普通のスリもそうだが、さらに警戒するのはメイジのスリだ。

 メイジの全てが貴族ではない。訳あって勘当(かんどう)されたり家を捨てたりした貴族なんかがうらぶれて犯罪に走ることもあるのだ。

「ちゃんと持ってるわ」

 かなでは懐にしまってある巾着袋(きんちゃくぶくろ)を取り出した。品のあるデザインで、(はた)から見て一目で中身がぎっしりと詰まっているのが分かる。

「って、なに出してんのよ!? すぐにしまいなさい!」

「そうですよカナデさん! 狙ってくれっていってるようなものじゃないですか!」

 ルイズとシエスタの言葉にかなでは、

(たしかにそうね)

 と納得して懐にしまおうとする。

 その時、財布がフッと消えた。

「?」

 かなでは空いた手のひらを見つめる。ルイズらは一瞬時が止まったように硬直した。が、ルイズはすぐに事態を悟った。スリだ。

「言ったそばからぁー!!」

 ルイズの凄まじい絶叫が響いた。

 通行人達が何事かとルイズへ目を向ける。とうの彼女はすぐに犯人を探そうとあたりを見渡していた。

 すると、周りがルイズ達に注目する中、一人裏路地へと逃げるように入っていく人影を偶然にもとらえた。

「あれだわ!」

 直感で犯人だと思ったルイズは弾かれたように駆け出し、裏路地へと入っていった。かなでもすぐさま続く。

 一人取り残されたシエスタはポカンとしていたが、ふと我に返ると、衛士(えじ)の詰め所に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い裏路地には他に人はおらず、前方にはローブを纏った怪しげな人物だけが歩いていた。

「待ちなさい!」

 ルイズが怒気を滲ませて叫ぶと、相手はビクッと跳ねてこちらを振り返った。30歳くらいの痩せこけた男で、手にはルイズの財布を握っていた。間違いなく犯人だ。

 スリはこちらを見たとたん、一目散に逃げ出した。

 二人も慌ててあとを追った。

 ルイズは己の運動能力に自信があった。魔法が使えないので歩くことが多かったし、乗馬でも鍛えているからだ。かなでもガードスキルの恩恵で高い能力を持つ。だから十分に追いつけるはずだった。

 問題はこの裏路地だ。幅が人二人分程度しかない(せま)い道のうえ、障害物となるゴミや木箱が道端にいくつもあり、走りづらくて仕方なかった。正直、スリを見失わないようにするので精一杯だ。

 だが相手は障害だらけの悪路をなんなくスムーズに駆け抜ける。しかも何度も角を曲がってこちらをまこうとするのだ。

「ああ、もう! いっそ空でも飛べれば楽なのに!」

 ルイズは悔しそうに叫ぶ。

 するとそれを聞いたかなでは、足に力を入れると大きくジャンプし、すぐ近くの民家の屋根に飛び乗った。オーバードライブで強化された身体能力があればこそだ。

(空は飛べないけど、これでもいくぶんかはマシね)

 スリが向かったと思われる方へ駆け出し、屋根から屋根へと飛び移りながら探していく。

 ちなみにルイズは追跡に夢中で、かなでがいなくなったことに気づかず走り続けていた。

 スリが何度目かの角を曲がった。ルイズも同じ角を曲がる。

 だがその先にスリの姿はなかった。

「い、いないィ!?」

 すぐに近くの曲がり角をいくつか覗くが、どこにも見当たらない。完全に見失ってしまった。

「なんでよ!? なんでいなくなってんのよ!」

 ルイズは頭を抱え地団駄(じだんだ)を踏んだ。

「それもこれも、カナデが不用意に財布を出すから!」

 振り返り、失態を犯した使い魔を怒鳴りつけた。

 しかしそこにかなでの姿はなかった。

「………あれ?」

 ルイズはかなでがいなくなったことに、やっと気づいた。

「ど、どこにいったのよぉーーーーー!!!」

 ルイズの叫びは虚しくこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土がむき出しの舗装されてない道を歩きながら、スリの男は後ろを振り返る。あの貴族の小娘達が追ってくる様子はない。やはり自分と違ってこんな小汚い裏路地の土地勘などないようだ。

「ハァ、ハァ……よし、まいてやったぞ……ざまぁ見ろ」

 全力疾走してきたスリは右腕で汗を拭うと、左手に持つ財布を開いて中身を確認する。金貨がぎっしりだ。

「おお! 小娘のわりには案外持ってるな! ヒヒヒっ……むこうは今頃、さぞ悔しがってるだろうなぁ!」

 こんなことができるのも自分がメイジだからだ。コモン・マジックの"念力"を使えばこんな重い財布なんて、なんなく盗み取れる。

 スリは上機嫌で歩いていった。

 そんな彼の前に、空から銀髪の少女がズドンッと降り立った。

「は?」

 突然のことに硬直した。

 背を向けている少女が振り返ると、相手は先ほど財布をすった小娘だった。

「なっ!? お、お前どうやって僕を見つけた!? いやそれよりどこからやってきた!?」

 取り乱すスリに、少女……立華かなでは最寄りの家の上あたりを指さし、

「屋根の上を走りながらあなたを見つけたのよ」

 続いて手を差し出した。

「盗んだ財布を返して」

「か、返すわけないだろ!」

 するとかなではスリに向かって歩き出す。

「ち、近づくな!」

 スリは大きくバックステップして距離を取ると、杖を取り出して構えた。かなでは足を止める。

「そうだ! そ、そのままじっとしてろよ」

 右手の杖を向けたまま後ずさりする。

「ガードスキル・ハンドソニック」

 かなでは右手に光とともに手甲剣を出現させた。

 スリはギョっとする。

「な、なんだお前、剣を隠してたのか!」

 実際は違うのだが、そんなことには気づかない。怒鳴り散らすスリをよそに、かなでは再び歩き出した。

「や、やるつもりか!? 僕はトライアングルのメイジなんだぞ!」

 とは言うものの、この男先ほどからビビリすぎである。メイジとしての能力は高くても、人間としては小心者らしい。さっきからずっと後ずさってばっかだ。

 だがそうしながらも、スリは詠唱を完成させていた。

土弾(ブレット)!」

 スリの足元の地面から土礫(どれき)が浮かび上がる。拳大の大きさのそれは砲弾へと硬化し、かなで目がけ撃ち出された。

 迫るそれをかなでは剣で力任せに叩き落とした。

「………へ?」

 スリは呆然としたが、すぐにハッとなり、次々と土弾を発射した。

 しかし結果は全て先ほどと同じだった。

「な、ななな、なんなんだよお前!?」

 スリは錯乱していた。平民の、しかもひ弱な小娘が、土弾を叩き落すなどありえないことだった。

 かなでは相手を取り押さえようと、踏み込むようにジャンプし、一気に距離を詰めた。

「く、くそ!」

 スリは咄嗟にフライの魔法を唱え、ギリギリのところで遥か上空へと逃れた。

 かなではハンドソニックを消すと、大ジャンプし、両手で掴みかかろうとする。しかしスリはフライをたくみに使って避ける。かなでは目標を失った空を突きぬけた。

(バカめ! ただのジャンプと自由に動けるフライならこっちのほうが有利だ!)

 自分の少し上の方にいる、宙で身動きできない少女にほくそ笑みながら、スリは空を飛んでいった。このままどこかの路地に逃げ込んで身を隠す魂胆(こんたん)だ。

 対してかなでは、こちらを見ながら飛行するスリを、狙いを定めるようにじっと見つめた。

 そして、

「ガードスキル・ハーモニクス」

 かなでの体が一瞬光ると、彼女の分身がスリめがけミサイルのごとく撃ちだされた。

 正面から見ていたスリは驚いて目を見開く。そしてかなでが何をしたのか理解する間もなく、クロスチョップの構えで突っ込んできた分身の体当たりを腹にもろにくらった。

「ぐふっあ!?」

 その状態でスリは十数メートル吹っ飛び、一軒の家屋(かおく)の屋根に派手に激突した。




今回はここまでです。できれば一週間ごとに投稿できたらなと思ってます。

今回メイジのスリを出しましたけど、これは原作読んだとき「魔法でスリやるならどんな感じだろう?」と気になったのがきっかけですね。(原作でも特に明記されてなかったはずですし)
いろいろ考えてみた結果、レビテーションとかの浮遊魔法がそうじゃないかな、という考えに至りました。

※追記
感想にて、風系統魔法のレビテーションより、コモン・マジックの念力の方が向いてるという意見がきました。
たしかにそのとおりだと思い、使用魔法を差し替えました。


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第10話 トリステインの城下町・中編

前回のあとがきで、「できれば一週間ごとに投稿できたらな」と書いたけど、できませんでした。がっくし………。

それはさておき、前回の続きです。楽しんでいただけたら嬉しいです。

あと前話にて一部修正しました。。詳しくは前話のまえがき参照。


 武器屋で買いものを終えたアニエスは、カウンターにて店主から拳銃を収めたホルスターを受け取ると、その場で腰周りに装着した。

 そして店を出ようと、店主に背を向けて歩き出した、その時だ。

 目の前で天井が派手な音とともに崩れ落ちた。

「なっ!?」

 驚くアニエスと店主は、崩落(ほうらく)の衝撃により瞬く間にブワッと舞い上がった粉塵(ふんじん)を受けてしまい、激しく咳きこんで顔を背けた。

 天井に空いた穴から太陽光がさしこむ。どうやら屋根から室内にかけて貫通しているようだ。その真下、家屋(かおく)残骸(ざんがい)の中心には二人の人間がいた。

 一人はローブを纏った痩せぎみの男で、もう一人は長い銀髪と赤い瞳が特徴の小柄な美少女。

 言うまでもないが、男はメイジのスリで、銀髪の少女は立華かなでがハーモニクスで生み出した分身である。

 戦いの末、分身は男を武器屋の屋根に叩きつけたが、衝撃が強すぎたため屋根をぶち破って室内へと落ちてきたのだ。

 スリは受けたダメージが大きかったのか、仰向けの状態で気を失っている。

 分身は男が握っている財布を奪い返すと、バッと大ジャンプして天井の穴から出ていった。

 それから数秒して粉塵は治まった。

「ゴホッゴホッ……なんなんだ、いったい?」

 口を押さえながら、もう片方の手をヒラヒラと動かして粉塵をはらうアニエスは、状況を確認しようとする。店の中心には瓦礫が積み重なり、その上に男が倒れているのが見えた。

(あの男がこれの原因か?)

 なんにせよ介抱が必要だ。アニエスは足下に気をつけながら男に近づき、しゃがむと相手の頬をぺちぺちと叩きだした。店主も気になったのか男に近寄り、覗き込む。

「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」

「うぅ…………」

 男がうっすらとだが目を開けはじめた。まどろむ意識の中、彼の目に飛び込んできたのは自分を囲む親父と女。そして女の格好には見覚えがあった。鎖かたびらの上に纏う鎧は、たしか衛士の装備のものだったはず。

 それを理解した途端、男の意識は一気に覚醒した。

「うわぁあああああああああああ!!!???」

 突然叫びだした男に、店主とアニエスはびっくりして身を引いた。

 男は勢いよく起き上がると、ひ弱そうな店主に飛びかかった。左腕で首を拘束し、右手の杖を店主に突きつけた。

「う、動くなぁ~! 動くとこいつの命はないぞ!!」

 突然の男の奇行にアニエスは呆気にとられた。

「な、なにをする!? わたしはただ………」

「黙れ黙れ黙れェ!! お、お前衛士だな!? 僕を捕まえる気なんだろ!」

 男は一人勝手に(わめ)く。アニエスはその言動から、相手が何かやましいことをしていると察した。

「ひ、ヒィィィ!? た、助けて……命だけは助けてくれぇぇ!!」

 店主は情けない悲鳴をあげて必死に命乞いした。杖を所持しているということはメイジだ。平民では絶対に(あらが)うことができない存在に絶望と恐怖で顔を歪ませた。

「貴様! 人質を離せ!」

 男を睨みつけ、アニエスは拳銃に手を伸ばそうとした。

「う、動くなって言ってるだろぉ~!」

 半狂乱状態の男は店主の頬にぐぃっと杖の先端を押しつけた。恐怖で店主が涙や鼻水を垂れ流す。身動きできないアニエスは悔しそうに歯噛みした。

「そ、そうだ、そのままじっとしてろよ!」

 男はアニエスをじっと睨みつけたまま、店の出口まで後ずさっていく。

「おい、僕は手が塞がってるんだ。ドアを開けろ!」

 怯える店主は、窮屈な姿勢のまま、どうにか後ろ手でドアノブを捻り、扉を開けた。

「女! お前は僕の姿が見えなくなってもじっとしてろよ。僕の前に現れたらこいつを殺すぞ!」

 念を押すように警告すると、後ろ向きで外に出ようと歩き出した。

 その時だ。

 店先にいた人物に男はいきなり後頭部を殴り飛ばされた。強烈だったのか、一撃のもと気絶し、前のめりに倒れた。

 店主も一緒に倒れたが、拘束がゆるむやいやな、すぐさま這い出るように逃げ出した。

 アニエスは突然のことに呆けたが、すぐさま我に返ると男を取り押さえ、杖を奪い取った。

「おい親父、縄持ってこい!」

 返事はない。見ると店主は床にへたりこんで放心したようにこちらを見ていた。

「なにしている! 早くしろ!」

「へ、へい!」

 店主はアニエスの一喝(いっかつ)で飛び上がると、奥の倉庫へと駆け込み、荷造りなんかに使う丈夫そうな縄を持ってきた。

 それを受け取るとアニエスは男の上半身を起こして縛り上げた。

 アニエスはほっと一息ついた。そこでふと、男を気絶させた者の正体が気になり、そちらを見上げた。

 店先にたたずんでいたのは、長い銀髪に金色の瞳の少女――――立華かなでの本体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はほんの少しさかのぼる。

 空中にてハーモニクスを発動したあと、かなでは近くの屋根へと降りたった。

 そこから分身がスリの男と数件先の家の屋根を突き破るのが見えた。

 分身はすぐさま中から出てきた。そして屋根を飛び渡ってかなでの元に戻ってくると、取り戻した財布を渡した。

「ありがとう」

 受け取った財布を(ふところ)にしまうと、分身は無数の0と1の赤い光となって、かなでの体へと(かえ)っていった。

 あとはルイズと合流するだけなのだが、かなでは先ほどの家が気になった。屋根にポッカリと穴が開いている。

(………あれ、あたしのせいよね)

 人が中にいたのなら大丈夫だろうか。スリはどうなったのだろうか。いろいろ気になった彼女は、分身が通ってきた道を逆にたどっていった。

 目的の家は衝突のせいで通行人達の注目の的だった。

 そこにかなでが空から家の前へと降りたつ。

(入るなら当然玄関からよね)

 中に入ろうと扉の前に立った、その時だ。

 目の前で扉が開き、あのスリが背を向けた状態で出てきた。しかも中年男性を拘束しながら「こいつを殺すぞ!」などと叫んでいる。

(………なんだか物騒(ぶっそう)なことになってるけど、これって、あたしのせいかしら?)

 たとえそうでなくても、目の前の状況を放っておくのはよくない。

 かなでは拳を振りあげ、スリの男をぶん殴った。

 以上が現在に(いた)る彼女の一連の行動である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かなでは武器屋に入る。入口のすぐ近くで鎧を纏った短い金髪の女性が気絶したスリを縄で縛っているのが目に入った。

(捕まったみたい。一件落着かしら)

 それからなにげなく店内を見渡す。

(あっちこっちに武器がいっぱいあるわ。武器屋かしら?)

 そんなふうに首を動かしていると、

「あぁ! カナデ!!」

 外から聞き覚えのある大声がした。

 振り返ると、そこには汗を流し、呼吸の荒いルイズがいた。

「ルイズ、どうしてここに?」

「それはこっちのセリフよ!」

 ルイズが怖い顔で叫びながら店内に入ってきた。あのあと彼女は必死に走り回っていたのだが、途中近くで大きな音がしたので気になり、来てみたところでかなでを見つけたのだ。

「あんた今までどこに行ってたのよ! こっちはずっと盗人(ぬすっと)探し回ってたっていうのに!」

「財布なら取り返したわ」

「え?」

 憤慨(ふんがい)するルイズが気の抜けた声を出す。かなでは財布を差し出した。

 すると彼女は我に返り、財布を受け取ってすぐさま中身を確認した。減っている様子はない。

 ようやく安心したルイズは、乱れた呼吸を整えようと何度も深呼吸した。

 少しして落ち着いたところで、かなでが頭を下げた。

「ごめんなさい。あたしの不注意で盗まれてしまって」

「………まぁ、無事に戻ってきたんだし、許してあげるわ」

 ルイズがしょうがないなぁというふうに腕を組んだ。

「そういえば、あの盗人はどうしたの?」

 ふと気づいて尋ねると、かなでが縛られてるスリの男を指さした。

「あぁ! こいつ! こんなところに!」

 男を見た途端、再び怒りがこみ上げてきたルイズはずかずかと歩いていく。

 その前にアニエスが立ちはだかった。

「なによ、あんた?」

「失礼。わたしは衛士のアニエスという者です」

 不機嫌そうなルイズを横目に、アニエスはかなでに視線を移した。

「まずは悪漢(あっかん)捕縛(ほばく)、感謝する。なにぶん人質を取られていて、手をこまねいていたのでな」

「悪漢? 人質?」

 なんのことだとルイズは怪訝(けげん)な表情で首を(かし)げた。

 そこに店主が愛想笑いで手揉みしながら近づいてきた。 

「そうなんですよ! いやぁお嬢さんのおかげで命拾いしやしたわ。まさかメイジに襲われるたぁ思ってもみなかったですわぁ~」

 礼の述べる店主。するとそこへ低い男の声がした。

「きっとおめぇの日頃の行いが悪いからだろうな」

「んだとデル公!」

 店主が笑顔転じて怒り顔になり、声のした方を睨む。 

 かなでとルイズも同じ方を向いた。

 しかしそこには人影はない。(たる)の中に乱雑にいくつもの剣が入れてあるだけである。

 かなでは小首を傾げた。

「気のせい?」

「違うわ。わたしも確かに聞こえたもの」

「おう、そのとおりだぜ、貴族の娘っ子」

 また同じ方から声がした。

「隠れてるのかしら?」

 かなでは声のした方へと近づいた。

「………誰もいないわ」

「嬢ちゃんの目はふしあなか?」

 かなでは声の正体に気づき、無表情ながら驚いた。声を発していたのは一本の()びたボロい長剣だった。

「この剣、喋ったわ」

 かなでがそう言うと、ルイズが当惑した声をあげた。

「それって、インテリジェンスソード?」

「なにそれ?」

「意思を持つ魔剣のことよ。わたしも初めて見たけど」

 ルイズの説明を聞いたかなでは、剣の柄を握り引き抜くと、物珍しそうにそれを見つめた。

「さすがファンタジーの世界。すごいのね」

「へっ、当然さ! 俺はなんたって伝説の………って、ん? んんん??」

 剣は何かを思案するかのように唸り声をあげた。

 どうしたのだろうとかなでが怪訝に思っていると、

「あっーーーーーーーー!!! お、おめぇは~~~~~!!!!」

 突然剣が耳を塞ぎたくなるような大きな叫びをあげた。

 ルイズ達はうるさそうに顔を歪め、店主が怒鳴った。

「うっせーぞデル公! 静かにしやがれ!」

「やかましい黙ってろ! それよりおめぇだ、おめぇ!!」

「あたしがどうかしたの?」

 かなでは小首を傾げる。

「ど、どうかしたって!? そりゃアレだ、アレ!! たしかえーとだな、なんていうか……そのぉ……」

 なんとも要領(ようりょう)を得ない言葉が返ってくる。

「なんだかなぁ……この感じ、前にどっかで……あーくそ! 思い出せそうで、出てこねぇ!!」

 剣は必死になにかを思い出そうとしていた。

「なぁおめぇ、昔どっかで俺と会ったことないか!?」

「ないわ」

「即答かよ! だが俺はおめぇを知っている………ようか気がする。たぶん。つーことで、おめぇ俺を買え! この伝説の魔剣をよ!」

「いらないわ」

 かなではそっと剣を戻した。

「そうか買うか! これからよろしくな………って、あんれぇぇぇぇ!?」

 買ってもらえると思っていたのか、動揺が激しかった。

「なんでぇ!? ここは買う流れだろぉがよ!」

「いやどう考えても違うでしょ」

 ルイズがまっとうなつっこみを入れる。

「娘っ子には聞いてねぇよ! 嬢ちゃん、なんで買わねぇんだ!?」

「あたしはお金をもってないわ」

 そのとおりだ。資産を握っているのは主人であるルイズであり、かなでには自由にできるお金はない。

「文無しかよ、なんてこった!? だったらタダだ! それならいいだろ!」

「ぅおいデル公! なに勝手なこと言ってんだ!」

「うっせー! てめぇさっきこの嬢ちゃんに命救われただろ! ならお礼を差し上げるのがスジっつーもんだろぉが!」

 剣のそれっぽい言葉に、店主は「うっ」と唸って黙りこんだ。

「そんな訳で俺をもらってくれ」

 かなではじっと剣を見つめた。

 そして、

「ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げた。

「タダなのになんでだぁー!?」

「だって必要ないし。それにちゃんと使ってあげられないと思うから」

 使い慣れたハンドソニックがある以上、この剣を使う機会はおそらくないだろう。

「だったら包丁でも(なた)代わりでもいい!」 

「鉈はともかく包丁は無理があるだろ」

 今度はアニエスがつっこんだ。

「どれもハンドソニックで間に合ってるわ」

 首を横に振るかなで。

 たしかに、とルイズは思った。

(カナデってたまにハンドソニックで薪割(まきわ)りしてるし………ちょっと待った。今"どれも"って言った? つまりハンドソニックを包丁代わりにするってこと?)

 そこまで考えて、ルイズはいやいやいやと首を振った。いくらなんでもそれはないだろう。

 そんな心境をよそに、かなでと剣のやりとりは続いていた。

「とにかくお願いだから! なんでもするからさぁ、頼むよぉぉ!!!」

 この剣マジで必死だ。ルイズと店主は露骨(ろこつ)に気持ち悪がる。アニエスもちょっと引いた。

 そして、かなでの気持ちが変わることはなかった。

「本当に、ごめんなさい」

 頭を下げると、彼女は剣に背を向けて歩き出した。

「ま、待ってくれ! 俺、実は記憶喪失なんだ!」

 それを聞いたかなでは足を止めると、振り返った。

「記憶喪失?」

「そ、そうだ!」

「剣が記憶喪失になるの?」

 かなでの言葉はごもっともだ。ルイズもうさんくさそうに剣を見つめる。

「ほ、本当だってば! 俺は作られて………たぶん六千年か? それくらい生きてるからな。昔の記憶がねぇんだ」

「それってただの物忘れじゃない」

「細けーことはいいんだよ娘っ子! でだ、俺は嬢ちゃんに対して猛烈な既視感を感じたんだ。おめぇと一緒にいりゃ自分のことを思い出せるかもしれないんだ! それに自分で手がかりを探そうにも俺は剣だ。自由に動けないから自分じゃどうしようもない。だから頼む!」

 剣の必死の主張。

 これを聞いたかなではどうするか悩んだ。小首か可愛らしく左右にかたむく。

「これだけ言ってもダメなのか! 薄情なやつだな! 自分の前に記憶喪失で困ってるやつがいたら知らんぷりすんのか、おめぇはよ!」

 その言葉に、かなでの脳裏に一人の男が浮かんだ。

 音無弦結(おとなしゆづる)。死後の世界で巡りあった、自分の恩人たる男だ。出会った当初、彼も記憶喪失に悩んでいた。今思えば、自分は彼の記憶を取り戻す手伝いをもっと積極的にするべきだったのかもしれない。

「分かったわ」

「ほ、本当か? おおー! 感謝するぜ嬢ちゃん!」

 剣は心から嬉しそうな声を上げた。

 するとルイズが不満そうに聞いてきた。

「ちょっとカナデ、 本気なの?」

「人助けはいいことよ」

「人じゃなくて剣でしょ………」

 ルイズは疲れたように溜め息をつき、店主に尋ねた。

「ちなみに、おいくら? 正直なところ、あれにお金出したくないんだけど?」

「あれなら百………と言いたいところですが、あいつの言うとおりタダで結構でさ」

「いいの?」

「デル公のあの調子じゃ、持ってってもらわんと、あとがうるさそうですからな。それにここいらで厄介払いしといたほうがよさそうでさ」

 うんざりしたように言う店主。彼も疲れたようだ。

「俺のことはデルフリンガーと呼んでくれ」

「あたしは立華かなで。よろしくお願いするわ」

 こうしてかなでは喋る剣ことデルフリンガーを手に入れた。店主から(さや)も貰い、それに入れて背中に背負う。かなでが小柄なため少々不格好になってしまうがしょうがない。

「すんだようだな」

 そう言うとアニエスはスリの男を肩に苦なく担ぎ上げた。男が痩せぎみで軽いのか、アニエスが意外と力持ちなのか、あるいは両方なのか………。

 アニエスはルイズとかなでに向き合った。

「今回のことで話が聞きたいので、詰め所にご同行を願いたいのですが」

 たしかに自分達は事件の当事者だ。相手が平民の衛士とはいえ、拒否するわけにもいかなかった。

「しょうがないわね」

 ルイズはやれやれというように呟く。二人はアニエスに同行することになった。




とうわけでデルフリンガー入手。デルフの扱いがなんかアレな感じでごめんなさい。

ちなみに、本作思いついたときはデルフを手に入れる予定はありませんでした。だって使わないし………。
だけど作品の全体像が固まってくるにつれ、出番ができたので入手することになりました。彼の活躍はけっこう後の方に用意してあります。

それにしても、いくら武器買う理由がないからって、あんな盗人キャラ使って武器屋ぶっ壊す流れにしてまで邂逅させるなんて、普通しないよね?



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第11話 トリステインの城下町・後編

こんにちは、お久しぶりです。
前回の投稿からまたしても2ヶ月以上経ってしまいました。正直読者の方々に見限られたり忘れられたりしてるんじゃないかとオドオドしてます……。
この2ヶ月はなんだか体がだるかったりして横になってたり、ガチで風邪ひいて寝込んだりしてて、筆が進みませんでした。
読者の皆様、遅くなってすみませんでした。

今回でやっと王都の話は一区切りです。
あと先に言っておくと、今回は4コマのネタとか出てきます。
それではどうぞ。

※2016/9/24、誤字を修正。


​ 武器屋での一悶着(ひともんちゃく)のすえ、喋る剣(デルフリンガー)を手にいれたかなでとルイズは、気絶しているスリの男を担いで前を歩くアニエスに連れられ、衛士(えじ)の詰め所にやってきた。そこは木造の二階建てで、このあたりの家屋(かおく)と比べてふたまわりも大きい建物だった。

 中に入るとそこは広間であり、正面奥には用件を伝えるための窓口が三つあり、その左右には奥へと続く通路があった。

 窓口では受付の人達が訪れる人々の相手をしており、広間では待機中の衛士が何人かいた。その中には若い女性の姿もいくつかあり、彼女らは全員アニエスと同じような鎧姿で、腰には剣と銃を下げている。ルイズはそのことが少し気になった。

 アニエスは担いでいる男を木目の床にゴトっと下ろした。すると近場にいた、アニエスと同年齢と思われる青いショートヘアの女衛士が近づいてきた。

「おかえりなさいませ隊長。これは?」

「ああ、町で捕まえた悪漢(あっかん)だ。地下牢に入れておいてくれ、ミシェル」

「了解です」

 ミシェルと呼ばれた女衛士は他の衛士の力を借りて男を左側の通路へと運んでいった。

 それを見送ると、アニエスはルイズ達に少々待ってもらい、事情聴取(じじょうちょうしゅ)のための部屋が空いているか確認をとるため、窓口の一つに向かった。

 対応したのは十代後半と思われる女衛士だった。彼女はアニエスの話しを聞くと、ふとルイズとかなでに視線を向けた。すると女衛士はハッとした表情となり、アニエスになにやら伝えた。

 それを聞き終えたあと、アニエスが二人のもとに戻ってきた。

「ヴァリエール殿、つかぬことをお(たず)ねしますが、連れに黒髪のメイドはおりますか?」

 質問の内容にルイズは少し驚いた。

「いるけど、どうしてそんなこと聞くのよ?」

「実は少し前に、主人が財布(さいふ)をすられたというメイドが駆けこんできたらしいのです」

 それはつまりシエスタがここに来たということだろうか?

 そういえば、あのあと彼女がどうしたかなんて、スリを追いかけることに夢中になりすぎて考えもしなかった。

「それで、そのメイドはどうしたの」

「はい、メイドは事のなりゆきを話したあと、主人達を探しにいこうとしたらしいのですが、見当もつかず途方にくれていたらしいのです。そこで受付の衛士は、当人達が同じようにここに来る可能性を考慮して、メイドを客間に待たせたとのことです。今もそこにいると」

「ならそこへ案内してちょうだい」

「かしこまりました」

 アニエスはルイズ達を連れて受付右側の通路へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 角を曲がって階段を登り、扉がいくつか並んでいる廊下を歩いていく。

 アニエスはそのうちの一つで止まると、扉を開けて先に室内へと入った。

「どうぞ。こちらです」

 アニエスに招かれ、二人は中に足を踏み入れた。

 部屋は四畳ほどと(せま)く、中央には低い木製の長机と、それをはさむかたちでソファが左側に数人用の長いのが、右側に一人用のがそれぞれ置いてある。部屋の右奥の隅には小さな引出しがある。

 そして目当ての人物は長いソファの中央に座っていた。ショートの黒髪のメイド。紛れもなくシエスタだった。彼女はルイズ達に気づくと、飛び跳ねるように腰を浮かせた。

「ミス・ヴァリエール! カナデさん!」

 名を呼びながら小走りでルイズらの前へとやってくる。

「大丈夫でしたか? お財布は? お怪我(ケガ)とかされていませんか? カナデさんはその剣どうしたんですか?」

「大丈夫よ。少し落ちつきなさいよ」

 あれこれ聞いてくるのでルイズは少し呆れた。

「身内で間違いないようですな」

「ええ」

 ルイズがアニエスに向かって(うなず)き、シエスタがつられるように視線をそちらに移した。

「あれ?」

「ん?」

 シエスタとアニエスが互いに相手の顔をじっと見つめ合い、怪訝な表情になる。

 どうしたのかとルイズとかなでが思っていると、

「ああっ! あなたは!?」

「ああ、君はたしかあの時の……」

 当人達は突然驚きの声をあげた。

「なによ、あんた達知り合いなの?」

 ルイズが不思議そうに尋ねると、シエスタがこちらを見た。

「知り合いというか、以前助けていただいたことがあるんです。あれは」

「待て。それは今するべき話しではないだろう」

 アニエスの言うとおりである。しかしルイズは気になってしまった。

「かまわないわ。話題をふったのはわたしだし、今話してちょうだい」

「ヴァリエール殿がそう申すなら。ではせめて席に着いてからのほうがよろしいでしょう」

「そうね」

 アニエスにすすめられ、左側のソファの真ん中にルイズ、その左右にかなで、シエスタが座った。かなではその際、デルフリンガーが邪魔になるので足元に横たえた。

 アニエスがテーブル向かいの席に着いたところで、シエスタのちょいとした昔語りが始まった。

 それは彼女が学院に務める少し前、まだ故郷のタルブ村に住んでいた頃の、ある日のことだった。

 ここ王都にはシエスタの親戚が営む店があるらしく、そこを手伝うため、タルブ村での特産品を仕入れにきた従姉妹(いとこ)とともに彼女は王都に向かう荷馬車へと乗車した。

 道中はおだやかで、何事もなく着くと思われたが、突如として盗賊団の襲撃にあってしまった。(さいわ)いというべきか、その中にメイジはいなかったのだが、武器を持つ屈強そうな男達相手に、シエスタを含めほとんどの乗客達は恐怖におののいた。

 だがその窮地(きゅうち)を救ったのが、当時放浪の旅を続けていたアニエスだった。たまたま同じ馬車に乗っていた彼女は盗賊団と戦い、見事これを撃退した。

 その後、戦いの際に馬車が壊れてしまったため御者(ぎょしゃ)が馬を駆って近くの街へと助けを求めた。そして兵隊がやってきて事件は解決し、アニエスはその腕を買われて衛士にスカウトされたのだ。

「すごかったんですよ。盗賊達を剣でバッサバッサと次々にやっつけていって」

 興奮気味のシエスタの話を聞き、アニエスも当時の出来事に思いをはせた。

「だが頭目(とうもく)の大男との戦いは苦戦したな」

「アニエスさんが剣を弾かれたときはダメかと思ってすごく怖かったです。でもアニエスさん、すぐに銃を取り出して相手のすぐ近くで撃ったんです。あんな強そうな人が一発でやられちゃって、びっくりしました。世の中あんなすごい武器があるんだなって」

 話を聞き終えたルイズは二人の間柄について納得した。

 ふとアニエスの腰にある拳銃に目がいき、広間でのことを思い出した。

「話を聞くとあんたはともかく、他にも銃を装備した衛士がいたわね。しかも全員女性だなんて」

「それは近々、平民の女性のみで構成された部隊が新設されるからです。銃を備えていることから名を銃士隊といいます」

「平民のみ? どうしてそんなの作るのよ?」

 トリステイン軍には魔法衛士隊があるのになぜ?

此度(こたび)の件については、さる高貴(こうき)(かた)の意向ですが、何を思っての新部隊かは分かりかねます」

 さる高貴な方、というくらいには貴族だろうか? しかも新しい部隊を作れるということはそれなりの地位だと思われるが……。しかし今ここで考えても仕方がないことだ。

「そうなの………ねぇ、ちょっと銃の使い方を教えてくれない?」

 アニエスは少し驚いたような顔をした。

「意外ですな。貴族達は銃など取るに足らない品だと嘲笑(あざわら)うというのに」

「まぁ、そうよね……」

 自分でもらしくないとは思っている。

(わたしも少し前まではそう思ってたけど……)

 原因はかなでと武装した少年達とが戦うあの夢だ。あの威力を目にしたからこそ、本能的に銃について知っておきたいという思考が働いたのかもしれない。

 アニエスは、まぁいいかと思いながら、銃を抜いて説明を始めた。

 彼女の拳銃はフロントロック式といって、撃つ前に撃鉄(げきてつ)をおこし、引き金を引いて撃鉄のハンマーを火打石に叩きつけ、起きた火花で火薬を爆発させて丸い弾を撃ちだす。撃つときは銃身の前後にある照準で狙いを定めるのだ。

 一通り説明を聞いたルイズだったが、性能は自分が知る既存のものだった。

 だから一番気になることを尋ねた。

「その銃って、連射できたり素早く弾を装填したりできるの?」

「まさか。そのような銃は存在しません」

 アニエスが可笑しそうに苦笑した。冗談だと思われたのだろう。

(たしかに、あの夢に出てくるような銃がそうそうあるわけないわよね。あっても困るけど……)

「そう、ありがとう。もういいわ」

 ルイズが礼を述べるとアニエスは銃をしまった。

「さて、ではそろそろ事情聴衆といきましょうか」

「そうね。それが本題だし。始めてちょうだい」

 それからアニエスは立ち上がると引出しへ向かい、羊皮紙(ようひし)とペンを用意し、再び向かいの席に着いた。

「ではこれから始めるわけですが、実はわたしはずっと気になっていることがあるのです」

「なによ?」

「その前に確認しますが、はじめにあなた方はあの男に財布を奪われ、お二人はそれを追跡した」

 アニエスはルイズとカナデを見つめる。

「しかしヴァリエール殿は途中ではぐれた。これは武器屋でのヴァリエール殿の発言からの推察になります」

「そうね。合ってるわ」

 自分はたしかに武器屋でスリを探していたことを口にしている。

「カナデ殿は一人スリに追いつき、おそらくは戦闘となった。そして財布を取り戻した」

 かなでは頷いて肯定する。財布については武器屋でルイズに渡すところをアニエスは見ている。

「さて、わたしはここで疑問を抱きました」

「疑問?」

「カナデ殿は見たところ平民のようですが、あの男はメイジでした。それを相手に平民の少女が財布を取り返せるでしょうか? それも無傷で」

 アニエスは目を鋭く細める。たしかにかなでには争ったような傷や汚れはない。不審に思うのも当然かもしれない。

 これはガードスキルについても話す必要がありそうだ。

「カナデは東方の出身で、特殊な力の持ち主なのよ」

 ルイズはガードスキルついても織り交ぜ、事件について話しだした。

 かなでが財布を取り戻したくだりについてはルイズは知らないので、途中でかなでにかわってもらった。そうしてアニエスは一連のいきさつについて理解することとなった。

「なるほど………事情は分かりました。ですが……」

 アニエスはかなでをじっと見据えた。

「話に出てきた君のガードスキルという能力。君はメイジでもなく亜人でもないが……本当に魔法のような………分身を生み出すような力があるのか?」

 そう尋ねる彼女の目には疑いの色が浮かんでいた。ルイズはまぁ無理もないと思った。

「証拠を見れば納得するかしら。カナデ、実際にやってみせなさい」

 ルイズに言われてかなでは頷いた。

「ガードスキル・ハーモニクス」

 彼女の体が一瞬光った。

 さて、突然だが少しばかり閑話(かんわ)をはさまさせてもらう。

 ハーモニクスとは本来、分身が上方向に出現する仕様(しよう)となっている。一応スリとの交戦時のように指向性をもたせることも可能だが、何も考えず発動すると基本上に向かってとびだす。今がそうだ。

 そしてここは天井があまり高くない室内である。

 さて、そんな場所でとびはねる感じで出現すると、どうなるかというと……。

 

 ドゴォンッ!

 

 分身はおもいっきり天井に頭をぶつけた。そしてドサッとソファの裏側へと落ちた。

「「「……………」」」

 なんともいえない沈黙が一瞬室内を満たす。だがそれも本当に一瞬のこと。かなで、ルイズ、シエスタは座った状態から後ろを向いて、ソファの裏側を覗きこんだ。

 そこには両手で頭をおさえてうずくまり、ぷるぷると痛みに(もだ)える分身がいた。そうとう痛かったらしい。

「大丈夫?」

 かなでがそっと尋ねる。

 すると分身はガバッと立ちあがると、キッと涙目でかなでを睨みつけ、彼女の頭をパコンっとはたいた。かなでは叩かれたところを右手でおさえた。

「痛いわ」

「それはこっちのセリフだわ! こんな狭い部屋で呼び出すなんてどういうつもり!? ちょっと考えれば分かるじゃない! だいいちあなたがボケっとしてたせいで()られた財布を取り戻したのは誰だと思ってるの? あたしでしょ! それなのにこの仕打(しう)ちはいったいなんなのかしら!? そもそもッ」

 分身は早口でまくしたてて、かなでを責めた。

 ルイズとシエスタは唖然(あぜん)とした様子で、怒り狂う分身を眺めている。分身の性格が本物のかなでとあまりにもかけはなれていたからだ。

 そして十秒が経ち、分身は怒鳴りちらしている最中で消え、無数の0と1の赤い光となってかなでの中に戻っていった。

 彼女は頭にやっていた手を下ろしてアニエスに向きなおる。

「今のがハーモニクスよ」

「………なるほど、たしかにメイジとは違うが、魔法のようなことができるのだな」

 アニエスは直前の騒動に呆けながらも納得する。それからなにかを思案するように腕を組んだ。

「ねぇカナデ、あの分身、あんたとずいぶん性格が違わない?」

 姿勢を戻したルイズが気になって聞いてきた。

「ハーモニクスはちょっと問題のあるスキルだから」

「問題って、たとえばどんな?」

「今までにあったことをあげると、戦闘中無意識で発動したせいか勝手に動きまわったり、敵対したり、対抗できないようにあたしを地下に閉じこめたり。あとは元に戻したら戻したで、あたしの身体を乗っ取ろうとしたり」

「ちょっとどころの問題じゃないじゃない!?」

 聞けば聞くほどなんておっかないスキルだ。かなで以外は愕然(がくぜん)とした。

「ま、まぁそのことについては置いといて、話を戻しましょう」

 アニエスが軌道修正する。

「今回の事件のなりゆきについてですが、お二人は盗人に追いつき交戦。空を飛んで逃げようとした男をヴァリエール殿の魔法で撃墜。その際に男は財布を落とし、男自身は武器屋に墜落した、ということで話を合わせていただきたいのです」

 ルイズは眉をひそめた。なぜそんなことをしなければならないのか?

「どういうこと? わたし達から聞いた内容をそのまま報告すればいいじゃない」

「それができれば苦はないのですが、正直ガードスキルについてそのまま報告しても上の貴族方が信じるかどうか……。最悪、まともな報告書一つ提出できないのかと(とが)められる可能性もあるのです」

「………たしかに」

 もしルイズが彼女の上司で、ハルケギニアの一般的な感性でそんな報告書を受け取っても、ふざけているのかと思うだろう。それを回避するには先ほどのようにガードスキル発動の瞬間を直接見せることになるのだが、わざわざそいつの元に出向くなんて面倒な話だ。

「それに我が銃士隊は所詮平民の隊。これからという時期にそんなことになれば他の魔法衛士から嘲弄(ちょうろう)を受けるでしょう。そうなれば隊の設立の後援者である、さる高貴方に面目がありません。どうかこのとおりです」

 アニエスは誠心誠意頭を下げた。どうやら彼女の願いを無下にすることは、その高貴な方の顔に泥を塗ることにもなるようだ。

「………まぁそれで事が簡単に済むんだったら、それでいいんじゃないかしら」

「感謝します。ヴァリエール殿」

 頭を上げたアニエスが心からの礼を口にする。こうして調書は事実から少しの改変を受けてまとめられた。

「さて、スリを捕まえたあなた方には報奨金(ほうしょうきん)が出ます。たいした額ではありませんがお受け取りください。準備いたしますのでしばしお待ちを」

「待って」

 アニエスが席を立とうとするのをかなでが(さえぎ)った。

 周りがどうしたのだろうと思っていると、かなではルイズの方を向いた。

「ルイズは報奨金欲しい?」

「別にいらないわよ。あんたに全部あげるけど?」

「そうじゃないわ」

 首を横に振ったかなでは、今度はアニエスを見据える。

「あたしも報奨金はいらいないわ」

 アニエスは意外そうな表情をした。

「なぜだ?」

「あたしのせいで武器屋が壊れてしまったわ。だから報奨金は武器屋の修理代の足しにしてほしいの。デルフリンガーだってタダでもらってしまったし」

 それを聞いてアニエスは殊勝(しゅしょう)なことだと思い、ほほえんだ。

「そういうことなら心配しなくていい。このような場合は国から保証金が出してもらえる」

「でも………」

「それに受け取ってもらわないと、こちらとしても面倒な報告書が増える。素直に受け取ってもらえると話が簡単で助かるのだが」

「………これ以上迷惑がかかるなら、もらうしかないわね」

「助かる」

 アニエスは笑いながら頷いた。

 こうしてかなでは少しばかりのおこづかいを得ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 詰め所を出たところでルイズはため息をついた。

「はぁ、余計な時間くっちゃったわね」

「それじゃ当初の目的を果たしにいきましょう」

 シエスタが気をとりなおすように言うと、かなでがキョトンと小首を(かし)げた。

「目的って、なんだったかしら?」

 ルイズとシエスタがずっこけそうになった。

「あんたの服でしょ!」

「ああ、そうだったわね」

「まったくもう……それじゃシエスタ、頼んだわよ」

「はい!」

 一行は服を求めて歩き出した。途中、買ったものを入れる(かばん)が必要なので、露店(ろてん)肩紐(かたひも)のついた薄茶色の大きめの鞄を購入した。

 その際、かなでは受け取った報奨金があるので自分で支払いをしようとしたが、

「使い魔に必要なものを整えるのは主の役目よ。だからわたしが払うわ」

 と言って代金はルイズが払った。

 かなではデルフリンガーを背負た状態で、鞄を右肩から袈裟懸(けさが)けにする。ちょっと大変そうに見えたシエスタが「どちらか持ちましょうか?」と提案したが、平気だったので断った。

 その後シエスタに連れられて一行はとある仕立屋に来た。なんでも彼女の親戚がひいきにしている店らしい。

 中に入ると、店内は所狭しと大量の衣類が置いてあり、客の姿もちらほら見えた。

「それではまず下着から見ていきましょう」

 シエスタに先導されて下着のあるエリアにやってくる。下着のためか、あるのはほとんどが白地のものだった。

 そこで替えのキャミソールを三着選ぶ。

 次は下のほうだが、周りにあるのはドロワーズがほとんどだった。かなでとしては今履いているのと同じようなのが欲しいので、困ってしまった。

 とそこへ、

「カナデさん、カナデさん。欲しいのってこういうのじゃないですか?」

 シエスタが別の下着を持ってきて両手で広げた。

 それは自分が探し求めていたもの。見慣れた三角型のパンツだった。

「どうしたの、それ?」

「これはこの店だけで扱っている品なんです。わたしの従姉妹や彼女の仕事仲間もこういう小さい下着を着けてるんです」

 なるほど、彼女がかなでをこの店に連れてきたわけが分かった。おかげで欲しかったものが見つかった。これで下着の問題は解決である。キャミソール同様にパンツも三着手にする。

「ありがとう。すごく嬉しいわ」

「喜んでもらえて良かったです」

 無表情ながらも嬉しそうなかなでにシエスタはほほえんだ。

 続いて彼女らが向かったのはさまざまな服がかけてあるエリアだ。

 そこでまずは寝巻きを探した。

 かなでは以前、死後の世界で着ていたような上下の別れたパジャマがないか眺めていたが、見つからなかった。

 代わりに、丸襟(まるえり)で、丈が手首や足首を(おおう)うほどである、ゆったりしたワンピースタイプの白い寝巻きで自分のサイズに合うものを選んだ。

 その次は普段着だ。シエスタが似合いそうなのを見繕(みつくろ)っていく。

「これなんてどうでしょう」

 彼女が見せたのは、丈の長さがかなでの膝と同じくらいある、ノースリーブの白いワンピースだ。かなでは一目で気に入った。

「いいわね」

「たしかに清楚(せいそ)っぽいのはカナデに似合いそうね」

 ルイズも納得して同意する。

「それとこの上着を組み合わせたらどうです? 絶対似合いますよ!」

 シエスタが提示したのは、丈がウェストラインくらいの、袖の短い前開きの空色のシャツだった。地球でいうジャケットに近い。

「ならそれもいただくわ」

「他に気に入ったのはある?」

 ルイズに言われ、かなでは他のエリアも歩きながら商品を吟味(ぎんみ)していく。

 するとあるものを手にした。

 それは古いセーラー服であった。

「カナデさん、それは水兵服です。男物ですよ」

 シエスタか指摘すると、かなでは首を横に振った。

「あたしの故郷では女子生徒の制服だったわ」

「制服? つまりそれ着て学校に通ってるってこと?」

 そこまで言ったところで、ルイズの脳裏にあの夢での光景がよぎった。

(そういえばそんな格好をした女がいたわね。兵士だと思ってたけど、本当は学生だったのかしら?)

 ふとかなでを見ると、彼女はジーっとセーラー服を見つめている。もしかしてああいう格好をしたいのだろうか?

 そう思ったルイズはそれを勧めることにした。

「欲しいんだったら買ってもいいわよ」

 かなでが驚いたようにこちらを向いた。

「いいの?」

「かまわないわよ。けど、スカートはどう合わせるのよ」

「自前のがあるわ」

「使い回す気? そんなことするくらいなら新しいの買ったほうがマシよ」

 呆れるルイズだが、シエスタは商品を見渡して困ったように眉をひそめた。

「でもお二人が履いているようなスカートはなさそうですよ」

 たしかに、置いてあるのはロングスカートばかりだ。

 ルイズはため息をつき、妥協(だきょう)することにした。

「しかたないわね。我がヴァリエール家愛顧(あいこ)の店があるから、そこで調達しましょ」

 シエスタが目を丸くした。

「なによその顔」

「い、いえ……ただカナデさんに貴族の格好はされられないのではなかったのですか?」

 そういえば昨夜そんなことを言った。だからシエスタを連れてきたのだ。

「たかがスカート一着くらい別にいいわよ。それに同じのをすでに履いてるから今更よ」

 ルイズはかなでのブレザーとプリーツスカートの制服姿を眺めながら呟いた。

 ちなみになぜ水兵服があったのか店主の中年女性に聞いたところ、昔の戦争での捕虜のぶんどり品が流されたものらしいとのことだった。よく今まで残っていたものだ。

 その後会計を済ませた一行は、ルイズの案内でボルバドゥールという仕立て屋に連れてこられたが、ここでの買い物はミニスカート一着なので時間はかからなかった。

「ようやく終わりましたね」

「ただ服を買いに来ただけなのに、なんだかすごく時間がかかった気がするわ……」

 店から出て、ひと仕事終えたかのような雰囲気のシエスタとルイズ。そんな二人にかなでは頭を下げた。

「ありがとう。あたしのために」

「気にしなくていいわ。使い魔が必要なものを揃えただけだから」

「そうですよ、わたしもカナデさんの服選びができた楽しかったですから」

 二人は笑いながらそう返した。

「ところでシエスタ。わたし達はこのまま帰るけど、あんたはどうするの? せっかくの王都だし、どこか寄りたい所があるならそっちに行っていいわよ」

「よろしいんですか?」

 シエスタは少し悩むそぶりをした。

「………でしたら、わたし親戚のお店に顔を出しに行ってもよろしいでしょうか?」

「王都にあるっていう例の店ね。いいわよ。それじゃここでお別れね」

「はい。それでは失礼します」

 シエスタはルイズに一礼すると、かなでに笑いかけた。

「それではカナデさん。また学院で会いましょうね」

「またね」

 こうしてシエスタと別れ、ルイズとかなでは魔法学院への帰路についた。




ようやく王都での話が一段落しました。前・中・後編となりましたが、まさかここまで長くなるとは思いませんでした。
それにほとんどオリジナル話になり、とっても苦労しました。すごく難しかったです。自分では納得のいくものを書いたつもりですが、たぶんツッコミ所とかあるんだろうなぁ~と思ってます。

シエスタとアニエスの過去話のくだりは本当はなかったのですが、以前感想にて「シエスタがなぜ銃について知っているのか」という質問を受けて、それが元で組みこんでみました。
あと今回の分身の性格は4コマ漫画版を元にしています。4コマではアニメで消えたキャラが残ってたりして、分身も消えずに残りました。かなでと違って感情豊かなキャラになってました。

次の話はまだ書いてる途中で、いつになるか未定です。できるだけ早く出したいと思ってます。


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第12話 シエスタからの贈り物

お久しぶりです。ながらく放置してて申し訳ありませんでした。
前回から約5ヶ月。うまく書けずに難航してたらこんなに時間がかかってしまいました。
正直皆様からは見限られてるんじゃないかと恐怖してます………ホントにごめんなさい……。
あと今回から行間の書き方を変えました。余裕があったら今までのも修正して統一しようと思ってます。
それと大したことではないですが、タグに4コマネタ関係を追加しました。
それではどうぞ。


 ある昼下がり。魔法学院の学院長室。

 オスマンは机越しに客人と向かい合っていた。相手はジュール・ド・モット辺境伯爵。ちょっと小太りで、カールした口髭(くちひげ)が特徴の中年貴族だ。

 彼はオスマンのサインした書類を懐にしまうと、部屋を後にした。

 外では秘書のミス・ロングビルが頭を下げて見送りの姿勢をとっている。

「今度食事でもどうですかな?」

 ナチュラルに口説くモット伯。

 ロングビルは 返答しようと頭を上げた際、相手が自分の豊かな胸を無遠慮に見つめているのに気づいた。

 サッと両手で胸元を隠し愛想笑いを浮かべる。

「それは光栄ですわモット伯」

「うむ。楽しみにしているよ」

 彼は上機嫌で去っていく。

 その背中をロングビルは嫌悪感に満ちた目で見送った。

(まったく、最近ろくな男に会っていない……)

 普段からオスマンに尻を撫でられたり使い魔のネズミにスカートの中を覗かれたりとセクハラを受けている彼女。今もモット伯からいやらしい視線を浴びせられて不愉快きわまりない。日頃のストレスに上乗せされる気分だ。

 内心それを隠し、学院長室の自分の席へと戻る。

 ふとオスマンを一瞥すると、届けられた書簡を眺めていた。

「王宮は今度はどんな無茶難題を?」

「なぁに、泥棒に気をつけるようにと勧告に来ただけじゃ。近頃、例の賊が世間を騒がせとるらしいでな」

「土くれのフーケですか?」

 フーケ。メイジの盗賊であり、強固な壁を土くれに変えたり巨大なゴーレムで破壊して侵入するなど、もっぱらの噂だ。

「うむ。我が学院にも『破壊の杖』という秘宝が納められておるからの」

 それを聞いたロングビルの目が鋭くなった。

「破壊の杖……どんな品なのですか?」

「その名のとおりの品じゃよ。じゃが学院の宝物庫はスクウェアクラスのメイジが固定化の魔法を幾重(いくえ)にもかけた特製品。しかもここには腕利きのメイジも多数おる。盗みに入られる心配は無用。学院は平和そのものじゃ」

 上機嫌で髭を撫でるオスマン。ロングビルは今の情報を心に留め、事務仕事に取り掛かった。

 余談だが、この後オスマンに例のごとくセクハラを受けて彼女のストレスが加速することとなった。胃に穴が空く日も近いかもしれない。

 

 ○

 

 夜。かなでは夕食後、広場でベンチに座り、人を待っていた。

 ふと空の彼方から、こちらに飛んでくるなにかが、月明かりに照らされて見えた。

 近づいてくるにつれ正体がだんだんとハッキリしてくる。どうやらドラゴンのようだ。

 それは広場の、かなでから少し距離のある位置に降りた。気になり、足を運んでみる。

 いたのはやはりドラゴンだった。体長は六メートル程。全身を(おお)うウロコは綺麗な青色で、同色のつぶらな瞳が愛らしい。

 その背から一人の少女が降りてくる。青いショートヘアに赤い(ふち)のメガネ、小柄な体型に、自分の背丈よりも大きな杖。

 彼女には見覚えがあった。たしかタバサという娘だ。

 向こうも気づいたのか、こちらへ歩み寄ってきた。

「こんばんは」

 挨拶するとタバサがコクリと(うなず)いた。

「どこかに行ってたの?」

野暮用(やぼよう)

 返答はそれだけである。

 そういえばこの数日タバサの姿がなかったのを思い出した。後で聞いたが、彼女は授業を休んでどこかに出かけることが時々あるらしい。

 タバサは変わらずじっと見つめてくる。視線を受けて、小首を(かし)げる。

 そして相手が何か言おうと口を開いた。

 ちょうどその時、

「カナデさーーん」

 呼ばれてそちらを向く。

 シエスタが両手にそれぞれ包みとトランクケースを持って、小走りでやってきた。

 彼女は二人の所までくるとタバサの存在に気づき、頭を下げた。

「こんばんは、ミス・タバサ」

 またまた無言で頷くタバサ。

 頭を上げたシエスタはトランクケースを地面に置き、包みを両手に持ち直し、かなでに差し出した。

「はい、カナデさん。頼まれていたもの、できましたよ」

 かなでは包みを見つめて、数秒後に「ああ、あれね」と呟いてそれを受け取った。

「ありがとう」

「いいんですよ、これくらい」

 シエスタは微笑みながら両手を振った。

「それはそうと、カナデさんにちょっと相談があるんです」

 彼女はしゃがんでトランクケースを開けると中身をかなでに見せた。

 屈んで覗きこむと、中には砂状のものが入った小さい(びん)がいくつかあった。

「このあいだの買い物の後、親戚のお店に顔を出した時に変わった香辛料(こうしんりょう)をいくつかもらったんです。ロバ・アル・カリイエから運ばれた品とか。でも良い使い道が思いつかなくて。それでカナデさんに聞いてみようかと……。同じ東方出身ですし」

 実際は違うのだが一応そういうことになっている。

「どんなのがあるの?」

「そうですね……」

 かなでに聞かれ、シエスタは中身が赤い瓶を手にした。

「これはとても辛い胡椒(こしょう)で、名前は『トウガラシ』っていうんです」

 それを聞いたかなでは衝撃を受けた。

「なめさせて」

「いいですけど、でも本当に辛いから気をつけてくださいね」

「大丈夫よ」

 かなでは右の手のひらを出した。

「わたしももらう」

「え? ミス・タバサもですか」

「興味深い」

 タバサも同様に手を出す。

 シエスタは「分かりました」と言って、彼女達の手の上で瓶を軽く振った。

 二人は手に乗った少量のトウガラシを口に運ぶ。

 瞬間、ピリッとした辛みが味覚を襲った。

「どうでしょうか?」

 シエスタは配そうにうかがう。

「………たしかに刺激的な味」

 タバサが簡潔に感想を述べた。

「たしかにトウガラシね。間違いないわ」

「あ、やっぱりカナデさんは知ってたんですね」

「ええ」

 かなではトランク内の残りの瓶を見下ろす。

「他のも味見していいかしら?」

「どうぞ。そのつもりでしたから」

 かなで、そしてタバサは次々と味見していく。

 ひととおり終わったところで、シエスタが不安げに尋ねた。

「どうでした? なにか使い道ありますか?」

 かなではしばし考え込むように黙った後、ポツリと呟いた。

「………この材料なら麻婆豆腐が作れるわね」

 "マーボードウフ"

 タバサは初めて聞く名前に首を傾げる。

 一方かなでは、発言してすぐ、あることに気がついた。

(ああ、でもそうね。忘れてたわ。ここには豆腐がないわ)

 密かに落胆する。

 と、そこへ、

「マーボードウフ? トウフ料理ですか?」

 シエスタから以外な言葉が出た。かなでは内心驚きながら、いつもの無表情を向けた。

「豆腐を知ってるの?」

「はい。わたしのひいおじいちゃんが言っていたんですけど、なんでも自分は昔トウフ職人だったと」

「トウフとはなに?」

「はいミス・タバサ。トウフとは大豆のしぼり汁を固めた食べ物ですね。白くて柔らかくて、冷たいまま食べてもいいし、鍋の具材にしてもおいしいんですよ。王都で親戚が営んでるお店でも出してるんです」

「ならマーボードウフも知ってる?」

「いいえ、わたしも初めて聞きました。カナデさん、それってどんな料理なんですか?」

 シエスタとタバサがかなでを見つめると、彼女は天を仰いだ。その表情はいつもと変わらないが、目には恍惚(こうこつ)の色が浮んで光り輝いている。

「至高の一品よ。死ぬまでには一度は食べておくべきね。あの味を知らないなんて人生を損しているわ。それと、そうね。麻婆豆腐をたたえる祝日があってもいいわね」

 その言葉に二人は若干引いた。

 だが同時に彼女がここまで言うマーボードウフとはいかなるものなのか、興味が沸いてきた。

「ではわたしがトウフをお作りします。王都から材料を届けてもらうので、できたら教えますね」

 かなでは我に返ってシエスタに尋ねる。

「いいの?」

「お安いごようです」

「ありがとう」

「それじゃ」

 シエスタは笑いながら一礼して去っていった。

 その背を見送るかなで。ふとタバサを見ると、彼女をこちらをじっと見つめていた。

 しばし互いに視線を交わす。

 風が穏やかに吹く。

 続く無言の対峙。

 ドラゴンが沈黙に耐えきれず、居心地悪そうに、小さく「きゅ、きゅい〜……」と鳴いた。

「当日は呼んでほしい」

 先に口を開いたのはタバサだった。

 なんのことか分からず、小首を傾げる。

「マーボードウフを食べさせてほしい」

「食べたいの?」

 コクンと頷く。

「そう、歓迎するわ」

 来る者拒まず。麻婆豆腐の素晴らしさを伝えられる機会ゆえ、断る理由などなかった。

 

 ○

 

 使用人用宿舎の自室へと戻ったシエスタは、さっそく王都宛の手紙を書きはじめた。

(カナデさんには美味しいトウフをご馳走しないと!)

 ウキウキとはりきっていると、ノックの音が聞こえた。

「誰かしら?」

 ペンを置いて立ち上がり、ドアを開いた。

 そこにはメイド長が立っていた。

 この後、シエスタは思いもしなかったことを伝えられることになる。

 

 ○

 

 翌朝。教室には生徒が集まりつつあった。すでにいる者達は教師が来るまでの時間を雑談などでつぶしている。

 教室前側のドアが開き、ルイズがかなでを連れて入ってきた。

 その途端、教室中の関心が二人に……というよりかなでに集まった。

 白地の長袖の先は黒い折り返し。スカーフと(えり)は濃い紺色で、襟には白い三本線が走る。

 彼女が着ているのは王都で買ったあの水兵服だった。

 あれからの数日、かなではシエスタにいろいろ指示して仕立て直してもらっていた。

 それが完成したのが昨夜。つまりあの包みの中身がこれというわけだ。

 そういうわけで完成したばかりの改造水兵服ことセーラー服をさっそく着てみたのだ。ちなみにスカートは服の色に合わせて、学院の生徒が履いてるやつの紺色版である。

 その新しい衣装を纏ったかなでは注目の的となった。

 水兵服は無骨な軍人の服装だというのに、それを小柄な美少女が着ている。この二つの組み合わせは、ハルケギニアの常識において衝撃的だった。特に男子が。

 彼らの目には、ただでさえ清楚(せいそ)なイメージのかなでが、通常の何倍も可憐(かれん)に映った。

 しかもこのセーラー服、かなでは記憶にある死んだ世界戦線のリーダーの少女が纏っていたものを基準にしたのだが、そのせいか丈がわりと短い。スカートの上ギリギリくらいだ。

 それに気づいた一番下の席の男子達は机に突っ伏して目をこらす。隙間の肌が見えそうで見えない。なんというもどかしさか。

 女子達はそんな男どもの反応に対して、原因であるかなでを嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)を込めて睨みつけた。

 二人が教壇近くまで来たところ、ギーシュとマリコルヌを始めとした教室中の男子達がフラフラとした足取りで近づいてきた。

「なによあんた達?」

 怪訝な顔をするルイズをよそに、ギーシュはおほんともったいぶって咳をし、セーラー服を指差した。

「あー、その装いはなんだね? たしか水兵が着ている服じゃないのか?」

「そうよ。それがなに?」

「そう、女の子が水兵服を着ている。ただそれだけだ。だというのに……どうしてそんな魅力を放つんだ!」

 両手を握りしめた彼の魂の叫びに、男子どもがうんうんと頷いた。

 ルイズは引いた。こいつら何? 頭でも沸いたの?

 かなでも彼らの様子がおかしいことに気づき、小首をコトンと傾げた。

 何気ない仕草であるが、今の彼女はこんなことすら凄まじく愛らしく、男どもは衝撃を受けたようにふらついた。

 突如マリコルヌが一歩前に出た。

「時と場所を選ばないでいきなりごめんなさい! 一目見た時から可愛いと思ってました! 僕の専属メイドになってください!」

 マジでいきなり何言ってんだこいつ。

 そういえばかなでが召喚された時、マリコルヌは可愛いと呟いていたような……。

 対してかなでの返答は、

「なら時と場所を選んでちょうだい」

 まったくもって冷淡なものだった。

 しかし彼はなおも食い下がる。

「なら時と場所を選べば!」

「いいわけないでしょ! そもそもわたしの使い魔よ!」

「ごめんなさい」

 ルイズに加え、かなでにも再度拒否された。

 マリコルヌはがっくしと床に膝と手をついた。

「な、なら、せめて一つお願いを聞いてくれ」

「お願い?」

 かなでは問い返す。

「ああ。回ってみてくれ、こう、クルッと、強めに」

 ノロノロと立ち上がったマリコルヌが、お手本として回ってみせた。その拍子にマントがひるがえる。

「それくらいなら」

 かなでは言われた通りに、クルッと回った。

 セーラー服やスカートが遠心力でフワッと舞い上がり、(すそ)がめくれて柔肌があらわになった。

「へそ! 見えた!」

 叫ぶマリコルヌ。狙いはこれだった。

 ブレザーという鉄壁ガードではまずおがめない立華かなでの希少なへそチラ!

 男子達が「よくやった!」と彼をほめたたえた。

「なにやらせてんのよっ! あんたっ!」

 ルイズは激怒してマリコルヌを()りとばした。さらには倒れた彼の背中を容赦なくげしげしと踏んづける。

「おへそといえど、乙女の柔肌を暴くなんて! バカ! スケベ! 変態!!」

 罵声を浴びせるたびに力が増していった。

 対してマリコルヌは痛がる素振りを見せず、むしろ恍惚の笑みを浮かべて「ああ、もっと、もっとぉ……」と呟いている。

 女子達はそんな彼に冷たい侮蔑の目を向けた。

「いったいなんの騒ぎよ」

 入口の方から声がしたのでそちらを向くと、キュルケとタバサが入ってくるのが見えた。

「ああ、カナデが可憐な服を着ているものでね、僕らは夢中になってしまったのさ」

 ギーシュが代表して答える。男子達はいまだかなでをご観賞中だ。

 そこで、マリコルヌを痛めつけてある程度溜飲の下がったルイズは、何を思いついたのかキュルケの前で誇らしげに胸を張った。

「そうなのよ。カナデったら教室中の男子をその魅力で釘付けにしたのよ。さすがわたしの使い魔ね!」

 普段ならそれはキュルケの専売特許である。それを意図せずかなでが奪ったことで、ルイズは優越感を持った。

「なんであんたが得意げなのよ」

「当然でしょ。使い魔の魅力は主人の魅力よ」

 そんなわけない。なんとも暴論である。

 キュルケが若干面白なさげに「ふーん」ともらす。ルイズはさらに優越感に浸った。

 するとキュルケは、教壇の上に腰掛け、男子達を見下ろす。そして片膝を立てた。スカートがずれて太股(ふともも)が露出する。男子達の興味がそちらに移り始めた。

「なんだか今日は暑いわね~。脱いでしまいたいわ」

 膝を戻すと同時に足を扇情的(せんじょうてき)に組み直すと、今度は熱っぽい流し目を周りに送りながら、シャツのボタンを、ゆっくりと一つずつ外していき、豊満な胸の谷間をあらわにする。さらに両腕を優雅に組んで胸を下から押し上げ、若干前かがみになって胸元を強調する。

 男どもの目が完全に釘付けとなった。

 キュルケは満足げに笑うとルイズに視線を移した。先程と打って変わって彼女はポカンと呆けていた。

「ところで、教室中の男子が誰の魅力に釘付けって言ったかしら?」

 挑発的な笑みに、ルイズは心底腹ただしそうに歯ぎしりした。

 男どもを激しく睨みつける。

 あんだけ清楚だの可憐だの言ってたくせに! 胸か? 結局は胸なのかぁ!!

 

 ○

 

 昼食時。かなではシチューを食べながら、ふと今日はずっとシエスタを見ていないのが気になった。

 疑問に思って正面に立つマルトーに尋ねる。

「シエスタはどうしてるの?」

 すると彼は気まずそうな顔をした。

「あいつはな、ここを辞めたんだ」

 かなでは驚いた。そんな様子は微塵もなかったはず。

 なんでもシエスタは急遽、モット伯という貴族に仕えることになり、今朝早く迎えの馬車で学院を後にしたらしい。

「けっきょく、平民は貴族の言いなりになるしかないのさ………」

 マルトーはため息混じりに呟いた。

 

 ○

 

 夕方。ルイズは自室のベッドの上に横たわってくつろいでいた。

 かなでは雑巾で窓拭きをしていたが、手を止めるとルイズに視線を向ける。

「ルイズ、モット伯ってどんな人?」

「モット伯爵? 彼は王宮の勅使でときどき学院に来るわよ。いつも偉ぶっててわたしは好きじゃないけど……」

 語るその顔にはわずかな嫌悪感が滲んでいた。

「でもどうしてそんなこと聞くのよ」

「シエスタがその人のところに働きにいったって」

「なんですって?」

 身を起こしたルイズが険しい顔をかなでに向けた。

 壁に立てかけてあるデルフリンガーが、(さや)からわずかなに出てる(つば)の部分をカチャカチャ鳴らした。

「これはアレだね、アレ」

「アレって、なに?」

「分からねぇのかい嬢ちゃん。貴族が若い娘を名指しでって場合は普通、自分の妾になれってわけだ」

 かなでは小首を傾げた。

「メカケってなに?」

「ああ? 妾ってのは愛人になれってことだよ」

 それでも分からず、首を逆方向に(かたむ)ける。

「おいおい、本気で分かんねぇのか? 女房以外で子作りする相手の事だよ」

 そこまで言われてかなでは理解した。

「シエスタは望んでそうしたの?」

「ちげぇな。おそらくメイドの意思は無視だろーな。本人だって行きたくはなかっただろうが、貴族相手じゃあ、嫌だなんて言えないだろーしな」

「なら助けなきゃ」

「何言ってんのよカナデ! 相手は王宮のお偉いさんよ。ギーシュなんかとは比べものにならないのよ」

 慌ててルイズはかなでを制するが、彼女は無表情で見据えてくる。

「シエスタが可哀想だわ」

 その言葉に、ルイズは押し黙ってうつむいた。

「………そりゃ不憫だとは思うけど、でも仕方ないじゃないのよ」

 それきり部屋を沈黙が支配した。

 ルイズはかなでを一瞥する。彼女は窓の外へ視線を向け、遠くを見つめていた。シエスタのことを考えているのだろうか?

「………手、止まってるわよ」

 言われて窓拭きを再開した。

 掃除を終えるとかなではバケツに掃除用具を詰め込む。

「それ返したらそのまま夕食に行っていいわよ」

 ルイズの言葉に頷いて返答し、彼女は部屋を後にした。

 閉まったドアを見つめたあと、ルイズはベッドに座り直して天を仰いだ。

 彼女とてシエスタは知らぬ仲ではなかった。かつては一介の使用人でしかなかったが、かなでを甲斐甲斐(かいがい)しく助けてくれるゆえ彼女のことは気に入っていた。

(………わたしだって、できることなら助けてやりたいわよ)

 しかし相手が相手だ。自分ではどうすることもできない。だけど………。

 頭の中で問答がぐるぐると渦巻いていった。

 

 ○

 

「素敵! ミスリル銀のブローチね!」

 ロビーの噴水の前に腰かけているモンモランシーが満面の笑みを浮かべる。

 隣に座るギーシュはきざったらしくバラ造花の杖を振り回した。

「君に似合いそうだろ、モンモランシー」

「……これで浮気の件を帳消しにしようってこと?」

 ジト目で睨まれ、ギーシュはたじろいだ。

「ま、まさか! これは永遠の奉仕者である君への心からの贈り物さ!」

 笑いながらそんなことをのたまう彼に、モンモランシーは不信感満載の視線を向ける。

「ふーん。その割には昼間はあの使い魔の娘に釘付けで、さらにはキュルケの色仕掛けには鼻の下を伸ばしてたじゃない。永遠が聞いて呆れるわ」

 最後に「ふん!」と不機嫌にそっぽを向く。

 ギーシュは傷ついたようにうなだれたが、すぐさま笑顔でとりつくろいはじめた。

「それは仕方のないことかもしれない………なにせ、ほら。僕は綺麗なものが大好きだからね。つい惹かれて見てしまうんだ。でも考えを改めるよ。もう君以外に目移りなどしない! 大好きだよ! モンモランシー!」

 モンモランシーをぎゅっと抱きしめ、愛してるを連呼する。何度も言われて彼女は徐々にうっとりとしてきた。

 二人がいい雰囲気になりかけた、ところへ、

「ちょっといい?」

 空気読めない感じでかなでが話しかけてきた。

 ギーシュはバッと立ち上がるとキザったらしく微笑みかけた。

「やあミス・カナデ! まだその水兵服を着ているとは。しかし何度見ても可憐だな!」

 まるで反省してないギーシュの態度に、モンモランシーの心や目線が再び冷え始めた。しかしギーシュはまるで気づいてない。

「聞きたいことがあるのだけれど」

「いいさ! レディの質問とあらばなんでも答えてあげよう!」

 

 ○

 

 ルイズは本塔の廊下を気難しい顔をしながら歩いていた。結局答えは出ず、頭の中はモヤモヤしたままだ。

「おや、ルイズじゃないか? そんな怖い顔をしてどうしたんだい?」

 声をかけられた方を向くと、ギーシュが、不機嫌そうなモンモランシーと隣り合って歩いてきた。

「ほっといってよ」

 正直誰かの相手をしてられるような気分ではなかった。ぶっきらぼうに返すが、ギーシュは特に気にした様子はない。

「ふむ。まぁいいが。それはそうと、先ほどカナデに会ったよ。モット伯のいる所を教えて欲しい、ってね」

「………なんですって?」

 なぜ彼女がそんなことを?

 だが同時に、ルイズはある考えが浮かんだ。

「それでまさか、モット伯の屋敷の場所を教えたんじゃ」

「教えたけど、それがどうかしたのかい?」

「どうかしたのかじゃないわよ!」

 ルイズは駆け出した。

 ギーシュは訳が分からずポカンとしていた。

 

 ○

 

 魔法学院から徒歩で一時間はかかるモット伯の屋敷。

 そこを目指してかなでは夜の森の中を駆け抜けていった。オーバードライブのおかげでそのスピードは常人を超えており、特に息切れする様子もない。

 シエスタが今どうなっているかは分からない。一刻も早く目的地に着くため、彼女はさらに加速した。




そういうわけでモット伯編です。本当はアニメとそんな大差ない内容だったんですが、前回で水兵服だしたらネタ回収のためにこんな感じになっちゃいました。
ちなみにマリコルヌの告白シーンは昔もらった感想からのアイデアを使わせていただきました。今回の内容が皆様のお気に召したかは分かりませんが、楽しんでいただければ幸いだと思います。
次の投稿は、だいたい10日後くらいを目安に頑張りたいと思ってます。


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第13話 波濤のモット伯

またしても予定より少し遅れてしまいました……ごめんなさい。
あと前回行間についての感想をもらい、今回は少し広くしてみました。
それではどうぞ。


 モット伯の屋敷へとたどり着いたかなで。真正面から敷居(しきい)をまたごうとしたが、当然のように番兵二人に阻まれた。

「止まれ! 何者だ!」

「モット伯って人に会いたいの」

 簡潔に用件を口にすると、門番達はこの来訪者について顔を見合わせた。水兵の服を着ていることから軍人絡みかとも思うが、そうは見えないし、そもそも女性の水兵など聞いたこともない。正直目の前の少女の正体を測りかねていた。ちなみにちょっと見とれたりもした。

 どうすればいいのか悩んだ末、とりあえず一人が伯爵に報せにいった。

 しばらくして番兵が戻ってくると、どうやら面会の許可がおりたらしく、かなでは彼に連れられて敷地内へと足を踏み入れた。

 貴族の屋敷ともあって、敷地の中は上品に手入れされていた。​

 門から屋敷までの一本道の途中には噴水があり、そこを中心に庭園が整えられてある。

 つい目をやってしまう立派なものだったが、今のかなでの目には入ってこなかった。

 

 

 ○

 

 

「……何かと思えば下らぬ事を。帰れ。わざわざ平民なんかと面会に応じてやっただけでもありがたいと思え」

 椅子に座るモット伯はつまらなそうに冷笑(れいしょう)した。

 面会早々、かなではすぐさまシエスタの返還を求めたが、まるで相手にされなかった。

 モット伯は立ち上がり、背を向けて歩き出した。

「シエスタを学院に戻してください。そのためならなんでもします。お願いします」

 深々と頭を下げ、再度頼のみこむ

 するとモット伯は振り返った。

「お前はシエスタとどのような関係なのだ?」

「……一緒に働いてる、友達です」

「ふんっ、学院の使用人か」

 頭を上げたかなでの返答を鼻で笑う。

「しかし異な事を言う。名も無き平民がわたしのような高級貴族に奉仕するのだ。それはこの上ない名誉である。それを放り出して学院に戻るなどありえん。シエスタもここに残る事を望むだろう」

 尊大な態度のモット伯をじっと見つめる。

「………本当に?」

「当たり前だ。さぁ、さっさと帰れ。用件は済んだはずだ」

 かなではしばし彼を直視していたが、背を向けて出口へと歩き出した。

 モット伯は満足げに笑う。

 だが彼女は出口の前で立ち止まると振り返った。

「………シエスタと話をさせてください」

「話だと? ふむ………まぁそれくらいはいいだろう。あれなら奥の部屋にいる」

 モット伯は部屋の横側、出口とは別のドアをステッキタイプの杖で示した。

 かなでは一礼するとそちらへと向かう。ドアを引いて開けると、そこにはシエスタが立ちつくしていた。学院のとは違う、赤と白を基調とした胸元が露出しているメイド服を着ており、うろたえるような表情をしている。

 彼女を目にしたモット伯が威圧的に問うた。

「ほぉ、盗み聞きか、シエスタ?」

「も、申し訳ありません!」

「まぁよい。おおかたその娘が気になったのだろう」

 慌てて頭を下げた彼女に モット伯はなんでもないように尊大に笑った。

「聞いていたのなら分かっているだろう。友人がお前と話したいそうだ。奥で存分に語るといい」

「はい……」

 シエスタが顔を上げると、二人は部屋の中へと消えた。

 兵士の一人がモット伯に近づく。

「よろしいのですか、あの娘をシエスタと合わせて? もし逃亡でも図られたら」

 問に対して彼はせせら笑うように言った。

「小娘一人に何ができる。それにあの部屋の出入り口は一つだけで、他には窓しかない。しかもここは4階だ。飛び降りることもできまい」

 閉じたドアを見ながらほくそ笑む。せいぜい愚かな平民が足掻くのを見物してやろう。

(それにしてもあの娘、妙ななりをしていた。それでいて心惹かれる。………屋敷のメイド服を総替えしてみるのも一興か)

 

 

 ○

 

 

 部屋の中心あたりでシエスタはかなでと向き合っていた。

 とはいえ何を話せばいいか分からない。

 笑みを浮かべて、とりあえず思ったことを口にする。

「あ、あの、その服、着てくれたんですね。とっても似合ってますよ」

「こちらこそ礼を言うわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「…………」

「…………」

 会話が途切れてしまった。

 気まずい空気が流れ、慌てて次の話題を考えた。

「その、カナデさん。トウフの約束、守れなくてごめんなさい。でも、親戚のお店に行けば手に入ると思います。魅惑(みわく)妖精亭(ようせいてい)といって、わたしの名前を出せばたぶん大丈夫ですから」

「あなたが学院で作ってくれればいいじゃない」

 シエスタの表情が曇った。

「……それは、もうできないんです。ここで働かないと」

「ここで働きたいの?」

「それは………」

「嫌なの?」

 即答できず、言葉につまって顔を伏せる。

 シエスタの脳裏にほんの少し前の出来事が蘇る。

 モット伯に呼び出され、彼に自分が一介の使用人としてだけ雇われたわけではないことを、肩を抱かれながら遠まわしに告げられた。

 おそらく今夜あたりにも自分は汚されるだろう。そんなのは嫌だ。しかし――――――

「………仕方ないんです。なんの力もない平民は貴族に逆らえないから」

 顔を上げたシエスタは、相手を安心させるかのように、ほほ笑みを浮かべていた。

 精一杯の作り笑いだった。

「でもカナデさんは違います。カナデさんは自分の思ったとおりに生きてください。きっとそれができるでしょうから……」

 メイジにも負けない不思議な力を持つ彼女なら大抵の困難は退けられるだろう。

 それにルイズの使い魔という庇護(ひご)もある。彼女はかなでのことをとても気に入っているようだし、これからも大事にしてくれるだろう。

「わたしは大丈夫ですからカナデさんはこのまま学院に戻ってください。今まで………一緒に過ごせて良かったです」

 そう語る彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「………分かった」

 かなでは一言呟いた。

 シエスタは安心して一息つき、見送ろうとした。

 しかしかなでは出入り口には向かわず、かわりに横側へ歩き出した。その先には両開きの大窓があり、そこからは中庭や正門などが一望できる。彼女は大窓を両手で開くと、身を乗り出して周囲を見渡した。

 その行動が理解できないシエスタは首を傾げる。

 かなでは戻ってくると、そんな彼女の横へと回り込む。

「あの、カナデさん? さっきから何をして………きゃっ?」

 シエスタは突然かなでに抱き抱えられた。俗に言うお姫様だっこだ。

「い、いったい何を?」

「あなたを連れていくわ」

「ちょ、ちょっと待ってください! カナデさん一人で学院に戻るんじゃないんですか? さっき分かったって言ったじゃないですか」

 困惑するシエスタをかなではまっすぐ見つめた。

「あたしの思ったとおりしてほしいって言った。だからあたしのしたいように、シエスタを連れて行くわ」

「え? ええぇ!? い、いえ、あれはそういう意味じゃ―――――って」

 言葉が止まる。かなでが外めがけ駆け出し、窓枠を軽々と飛び越えた。

 ちなみにモット伯も言っていたが、ここは4階である。

「きゃあああああああああああああああああ!!?」

 シエスタは落下の恐怖で目を見開いて絶叫。

 二人の服や髪が風圧でひるがえる。

 しかしそれもほんの一瞬の出来事。

 かなでは大きな音と、砂埃を巻き上げて、無事に地面へと着地した。

「大丈夫?」

 淡々と尋ねるがシエスタは、

「あああ、あの、あの………!」

 と、言葉がうまく出ず、しきりに首を回して辺りを見渡している。

 ふと上の方から叫び声が聞こえた。

 顔を上げると、先ほどの窓からモット伯や兵士達がこちらを見下ろして何やら怒鳴り声をあげていた。おそらくシエスタの悲鳴を聞いて部屋に飛び込んできたのだろう。

 かなでは気にせず、シエスタを抱えたまま走り出した。

 同時に狼藉(ろうぜき)を知らせる声や警鐘(けいしょう)を打ち鳴らす音が屋敷中に響いた。

「お、おろしてください! 貴族に逆らうなんてそんな! わたしを置いて逃げてください、今ならまだ間に合います!」

 正気に戻ったシエスタが青ざめながら必死に説得を試みる。現在彼女はモット伯の所有物である。それを連れ出すということは貴族から盗みをはたらくのと同義である。

 だがかなでは聞く耳を持たず、正門めざして中庭をつっきる。

 しかしそれは急遽(きゅうきょ)、阻まれた。

 噴水の横を抜けたところで、突如噴水の影から複数のなにか飛び出してきた。

 危険を察知して後ろへと大きく飛び退き、立ち止まって襲撃者を見据える。

 鋭い牙を見せつけ、威嚇するように唸り声を上げるそれは、コウモリのような翼を生やした番犬だった。だが生身の動物ではなく、石像のようにどこか作り物めいている。

「石の犬?」

「屋敷を守るガーゴイルだと思います。ここに来た時にいろいろと説明されましたから、たぶんそうだと………」

 シエスタは恐怖で震えながらも、知りうる知識で説明する。

 ガーゴイル達は大口を開けて勢いよく飛びつてきた。

 迫り来る凶悪な牙を、だがかなではバックステップやサイドステップで軽々回避。隙を見つけては渾身の蹴りを次々を食らわる。オーバードライブにより強化された脚力により、ガーゴイルは一撃のもと、全て砕け散っていった。

(………つい壊してしまったわ。弁償しないといけないかしら)

 残骸を見つめながらそんなことを考えていると、今度は槍や戦斧(ハルバート)を構えた兵士達が立ちふさがった。しかも見ると、いつの間にか周囲を数十人に囲まれていた。

 シエスタはこれ以上はいけないと感じた。

「無理ですカナデさん! お願いです! わたしのことなんか放っておいてください!」

 必死に懇願(こんがん)するが、彼女の意思は変わらず。

 かなではシエスタを噴水の影に下ろすと、害が及ばないように彼女から離れる。それに合わせて兵士達も身構えたまま移動する。

 かなではぐるっと兵士達を見渡す。

(大勢と戦うのは死んだ世界戦線以来ね………)

 かつての激闘を思い起こしながら、彼女は小さく口を動かした。 

「ガードスキル――――」

 それを聞いたシエスタは焦った。

「だ、ダメです! 剣なんて出したら、それこそ取り返しがつかなくなります!」

 かなではシエスタを一目する。

(………なら剣じゃなければいいのね)

 そうじゃない。貴族に歯向かうことが問題なのだ。しかしかなではそのことに気づかない。

 彼女は両手をかかげ、出すものを少しばかり別のものへと変更した。

「ハンドソニック、バージョン22」

 両腕に光が集まり、その手に、モフモフと可愛らしい白いネコの手が装着された。

 シエスタと兵士達は、目を丸くした。

「…………カナデさん、なんですか、それ?」

「ハンドソニックをネコの手型にしてみたのだけれど、はたしてこれは可愛いかしら? 毛並みはもちろん、肉球の質感もバッチリな代物なのだけれども?」

「たしかになんだか気持ちよさそうですし、すごく可愛い………って、そんなこと言ってる場合じゃないです!」

 シエスタの叫びと共に、兵士達が襲いかかった。実のところ彼らは皆一瞬見惚れたのだが、職務をまっとうすべく、すぐさま雑念を振り払った。

 左右から兵士がかなでを拘束しようと槍を振り下ろす。

 しかし彼女は迫る槍を両手でそれぞれ掴むと、兵士ごとたやすく持ち上げる。

 かなではそのままぐるぐると回転しながら移動して、驚愕する兵士で周りの敵を数人なぎ払う。

 最後には遠心力を利用し、槍ごと兵士を別の奴へと投げつけた。

「ぐはぁ!」

「なんだこいつ!?

「とんでもない馬鹿力だぞ!!」

 兵士達は戦慄し、拘束ではなく仕留める気で一斉にかかった。

 かなでは攻撃をときには回避、ときにはネコ手袋で弾き、相手の懐に飛び込んでは腹や顔面へ強化された体による凄まじいパンチを叩き込み、一撃のもとに沈めていった。

 乱戦ゆえ正面ではなく、突如として背後から襲撃をくらった。

 振り下ろされる戦斧

 だがあっさりかわすと同時に振り返って腹に強烈パンチ。たやすく迎撃した。

 兵士は次々に倒れていく。

 あらかた片付けた、その時、

「ええい! 小娘一人になにをてこずっておるのだ!」

 屋敷の方からモット伯が兵士達に怒鳴り散らしながら現れた。彼はかなでを直視する。

(あの高さから飛び降りたのか? それにあの身体能力………こやつ、もしや亜人のたぐいか?)

 だとしても兵士がたった一人にここまでやられるとは思えない。モット伯は己の私兵に落胆していた。

「こうなればこのわたし自ら相手をしてやろう」

 噴水前で両者が対峙する。

「わたしの二つ名は波濤(はとう)のモット。トライアングルのメイジだ」

 モット伯がスタッフを掲げる。次の瞬間、数本の氷のナイフが周りに形成され、相手にめがけて撃ちだされた。

 かなではそれら両手で次々に弾き飛ばす。

 だが最後のナイフが顔面に迫る。

 しかし寸でのところで難なく掴むと、握り潰して砕いた。

「やるではないか! ではこれはどうかな」

 続いてモット伯は噴水の水を大量に浮かびあがらせた。ぐねぐねと空中で形を変えていく。

 変化したそれはまさに、巨大な水の大蛇(だいじゃ)だった。

 膨大な質量を持つ水がまさに(へび)のごとくうねって襲いかかる。

 大きさの割には素早い。

 かなでは腕を交差して防御。

 大蛇が激突する。

 数秒は耐えられた。だが向こうの質量が大きいため弾き飛ばされてしまった。

「カナデさん!」

 シエスタが悲鳴をあげ、モット伯はほくそ笑む。

 しかしかなでは空中でくるりと回転して態勢を正し、無事地面に着地。同時に敵めがけて駆け出した。

 モット伯は顔を歪めると再び水の大蛇を襲わせた。

 叩き潰そうと頭上から目標へと急接近。相手は回避できそうもない。

 彼は勝ちを確信した。

 だが――――

「ガードスキル・ディレイ」

 大量の水が地面へと衝突。しかしそこにかなではいなかった。

 寸でのところで超高速移動でかわし、同時にモット伯との間合いを一気に詰めた。

「なっ!?」

 何が起こったか理解できないモット伯。

 懐に入ったかなでは相手の(あご)めがけ、アッパーを繰り出す。

「ちょっと待ったぁーーーー!!」

 突然の静止がかかった。

 聞き覚えのある声に、かなでは寸でのところで手を止めた。モット伯が冷や汗を流す。

 一頭の馬が戦いの場へと乱入した。

 乗っているのはルイズだった。

 

 

 ○

 

 

「まったく! 最近の学院はどうなっているのだ!」

 モット伯は客間で椅子に座って怒鳴った。側でシエスタがビクっと震える。

 向かいにはルイズとかなで。

 あの後、ルイズは話し合いを望み、モット伯もまた乱入者が貴族ということもあり、客間に通した。

 ルイズから事の成り行きを聞いたモット伯は激怒した。そこには先程かなでに遅れをとった八つ当たりも含まれていた。

「家元にも被害がおよぶ事を覚悟されよ!」

「………このたびはわたくしめの不届き。いかなる罰もお受けいたします」

 ルイズは毅然(きぜん)とした態度で膝まづき(こうべ)をたれた。

 そこへかなでが前に出る。

「ルイズは悪くないわ。シエスタを連れ出したのはあたしよ。なら罰はあたしだけが受けるべきだわ」

「お待ちください!」

 すると今度はシエスタが割って入った。

「モット伯爵、この方達をどうかお許しください。罰はわたくしがお受けいたします。だからどうか、ご慈悲(じひ)を!」

 そこでルイズが立ち上がった。

「下がりなさいシエスタ。これはわたしが受けるべき罰だわ」

「違うわ。悪いのはあたしよ」

「いいえ! 罰はわたくしが! ですから伯爵様、どうかお二人をお見逃しください!」

 三人がそれぞれお互いを庇いあい、自分に罰を与えるよう言い合いとなった。

「いい加減にしろぉ!」

 モット伯は眉間に青筋を立てて再び叫んだ。

 場がしんと静まりかえる。

 彼は「うぉほん!」と一咳すると席を立った。

「カナデとやら。貴様先ほどシエスタを返すならなんでもすると言ったな」

 ”シエスタを学院に戻してください。そのためならなんでもします”

 最初の面会と時のことだ。

 確かに言ったので、かなでは頷いた。

「わたしの出す条件を果たせば返してやってもよい」

 これには三人は驚いた。

 ルイズは疑うような視線を向ける。

「その言葉に嘘偽りはありませんか」

「無論だともミス・ヴァリエール。我が家名に誓って」

「分かりました。お受けいたします」

 ルイズとてシエスタをどうにか助けたいと思っていたところだ。受ける以外の選択肢などなかった。

「それで、その条件とは?」

「いやなに。とある本を取ってきてほしいのだ。『召喚されし本』といってな。ゲルマニアのとある貴族が所持しているそうなのだが、その娘が現在、学院に在籍しておるのだ」

 そこまで聞いてルイズは顔を歪めた。該当するのが一人しかいない。

「名をツェルプストーという」

 モット伯は心底意地の悪い笑みを向けながら言った。

 

 

 ◯

 

 

「よりにもよってキュルケだなんて!」

 夜の森を馬で駆け抜けながら、ルイズは腹立たしそうに叫んだ。

「キュルケが持ってるなら助かったわ」

 背後に跨がるかなでが言った。途端ルイズはキッと目尻を釣り上げて振り向いた。

「なに言ってんの! あの女が素直に譲ってくれるわけないじゃない!」

「どうして?」

 小首を傾げる。たしかに二人の仲が良くないのは知っているが………。

 それを伝えると、ルイズはヴァリエール家とツェルプストー家の因縁を憎々しげに語った。なんでも両家は国境を挟んでの隣同士で、何代にも渡って戦争をしてきたのだ。しかもヴァリエール家は恋人や婚約者を何度も取られてきたらしい。

「そんなツェルプストーに物を譲ってもらうなんて……」

 ルイズは歯ぎしりした。

「でも仕方ないわ。そういう約束だもの」

「あんたのせいでもあるでしょ! だいいち、なんで貴族の館に乗り込むなんて無謀なことしたのよ!?」

「ルイズがシエスタのことを『仕方がない』って言ったから」

「ぐっ………! そ、そもそも、シエスタを連れてどうしようとしたのよ?」

「逃げようとしたわ」

「そんなことは分かってるわよ! 逃げて、それからどうしようとしたのよ? まさか延々と逃げ続けるわけにはいかないじゃない」 

「………………考えてなかったわ」

「おい!!」

 ルイズは心底呆れた。

 そうこうしているうちに森を抜け、学院が見えてきた。




戦闘シーンはもっとあっさりの予定だったのに、書いてたらどんどん増えていっちゃいました………。

ちなみにハンドソニック・バージョン22は4コマに出てきたネタです。音無の計らいでかなでがSSSの制服とメガネで変装し、戦線の人間と仲良くなろうと潜入したさい、正体がバレないように使ったのがバージョン22です。

次回の投稿は、たぶん2、3週間は先かもしれません………


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第14話 召喚されし本

どうも皆さん、こんにちは。
文章の書き方について調べていたら、漢字が多いと読みにくというのがあったので、今回はひらがな書きを多くしてみました。
それではどうぞ。

※2017/3/20 誤字を修正。



 かなでとルイズは学院に着くとすぐさまキュルケの部屋へと直行した。

 ドアの前に立つルイズだが、なかなか開ける気配がない。キュルケが相手なのでためらっているようだ。さっきから手を伸ばしたりひっこめたりを繰り返している。

 だからかなでが代わりにノックした。

「ちょっ……!」

 心の準備ができていなかったのか、焦ったルイズは叱ろうする。

 だがその前にドアが開いた。

「カナデにルイズじゃない。どうしたのよ?」

 珍しい訪問者に驚くキュルケ。これから就寝のためか、紫のベビードールに紐パンという、なんとも(なま)めかしい姿だった。

「頼みがあるの」

「頼み? ……まぁここじゃなんだし、とりあえず入りなさいよ」

 キュルケは2人を招き入れた。

 それからかなでは事情を説明した。その隣ではルイズが固い表情でむすっとしている。

「ふーん、なるほどね。話はわかったわ」

 天蓋つきベッドに腰掛けて話を聞いていたキュルケは納得したようにうなずくと、枕元に置いてある杖を手に取って一振りした。

 部屋の隅に置かれた箱が開き、中のものが宙をふわりと飛んで、彼女の手元へと収まった。それは本のような形状の箱で、鍵がついている。

「これがその召喚されし書物よ。嫁入り道具として持たされたんだけどねー」

「シエスタを助けるために必要なの」

 かなでが淡々と言った。

「でもねー」

 キュルケはルイズに視線を向けた。

「………なによ?」

 ルイズは不機嫌な感じで尋ねる。

「本を持ってくるよう言われたのはカナデなんでしょ? なんであんたがモット伯と約束なんてするのよ」

「どうだっていいでしょ。カナデだけだと口約束ってことで反故(ほご)にされるかもしれないと思ったからよ」

「貴族同士ならそうはならない、と。まぁトリステインの貴族って無駄にプライド高いからね。あんたも例にもれず」

「うるさいわね。いいからその本さっさと渡しなさいよ」

「それが人に物を譲ってもらう態度かしら?」

 ルイズはむっとする。そのとおりであるが、この女に言われるとなんかムカついてくる。

「欲しかったら頭を下げてお願いしたらどう?」

 キュルケは挑発的な態度でからかうように笑った。

 それを受けて、ルイズは怒りを抑えながら冷静さを保つようにして返した。

「ふざけないで」

「ふざけてなんかないわ。あたりまえのことを言ってるだけよ」

 ルイズは拳を握りしめて睨みつけた。やはりこの女が簡単に渡してくれるわけなかった。

 彼女の全身がプルプルと震えた。

 すると、かなでがキュルケの前で床に両膝をついた。さらに両手も床につけ、額を地につけるように上体を伏せた。

 その見慣れない動作にキュルケとルイズは困惑した。

「なにそれ?」

 不思議そうにキュルケが尋ねると、かなではひれ伏したまま答えた。

土下座(どげざ)。心から謝ったり誠意を示すときにするわ」

 それはつまり、彼女の精一杯の頼みということか。

 メイドのためにどうしても本が欲しいのだろう。

「ふーん、なるほどね。カナデの心意気、見せてもらったわ」

 ほほ笑みながら出た言葉に、かなでは身を起こした。

 これで本を譲ってもらえるだろうか?

「でもダメよ」

 キュルケは厳しい目をルイズに向けた。

「使い魔がここまでしてるのに、ご主人様は高みの見物? それとも昼間みたいに、使い魔の誠意は主人の誠意、とでも言うのかしら」

 ルイズは目を吊り上げた。

「なによその顔。あんたも誠意を見せるのが筋ってもんじゃない?」

「くっ………」

 言い返すこともせず、言葉に詰まったルイズはうつむいた。

 その姿に、キュルケは肩をすくめると同時に目を伏せた。

 正直なところ、本を渡しても構わないのだ。家宝といっても自分には興味のないものだし。

 いつものように少しばかりルイズをからかってやりたかっただけなのだ。

(ルイズがあたしに頭を下げるなんてありえないしねー)

 さて、そろそろ、カナデに免じてという名目で譲ってやろうか。

 キュルケはそう思いながら(まぶた)を開け、そして予想外の光景を目にした。

 ルイズは直立のまま顔を伏せ、斜め80度の状態で上半身を倒そうとしている。しかしそれ以上先には進まず、プルプルと全身が震えている。

「お、おお、お願、ねねね…………」

 どうやらお願いしますと言おうとしているらしい。

 そう、あのルイズが、なんと頭を下げようとしてるのだ。

 キュルケにとって、これはまさに衝撃的だった。不倶戴天(ふぐたいてん)である自分に対してもそうだが、一介のメイドのためにそこまでしようとは――――

「ちょ、ちょっと!」

 びっくりして思わず止めようと腰を浮かせる。

 と、そこへ、突如ドアが開いた。

 キュルケとかなでがそちらを向き、集中しているルイズは気づいていない。

 そこにいたのはタバサだった。キュルケと違って制服を纏っている。

「タバサ?」

 キュルケは親友の登場に小首をかしげた。

 タバサは入ると、彼女の来室に気づかないルイズの肩を杖でトントンと叩いた。

「なによ……ってタバサ?」

 いつの間にという顔をするルイズ。続いてキュルケがタバサに尋ねる。

「どうしたのよタバサ?」

「偶然見かけたから」

 かなでとルイズを見渡しながら答えると、タバサはキュルケに向き直った。

「話は聞いた」

「まさか、ずっと盗み聞きしてたの?」

「ごめん」

 キュルケに一言謝る。

 それからタバサは彼女に向かっておじぎした。

「本を譲ってあげてほしい。わたしからもお願い」

 これには全員驚いた。

「ちょっと待ちなさいよ、なんであんたが?」

 ルイズの疑問はもっともだ。

 タバサは体を戻すと、

「あのメイドには用がある」

 と簡潔に答え、再び上体を前へと折り曲げた。

「ちょっ、ちょっと! タバサまでどうしたのよ」

 混乱するキュルケ。

 そこでさらにかなでが再び土下座した。

「お願い」

「…………はぁ、わかったわよ。渡すから、2人とも頭を上げなさいよ」

 キュルケが疲れたように肩をすくめると、かなでとタバサは体を起こした。

「まったくもう……。ほら」

 ため息まじりにキュルケはルイズに本を手渡した。

 受け取った本人は信じられないように、手元をじっと見つめた。

「どうしたのよ?」

 キュルケの言葉にハッと我にかえる。

 ルイズはお礼を言うべきかと思い、もごもごと口を動かす。

「ああ、お礼とかいらないから。言うなら2人にしなさいな」

 先手をうたれた。

 ルイズは気に入らないような、一安心したような、いろいろと複雑な表情をしたあと、かなでとタバサに「ありがとう」と口にした。

 それからルイズはキュルケに向き直った。

「一応中身を確認させてもらうわよ」

「別にかまわないわ」

 ルイズは手頃な机に箱を置き、鍵を開ける。そして中から、ちょっとした辞書並の厚さがある一冊の白い本を取りだすと、適当にページを開いた。

 屋敷を出る前。つまりルイズ達がモット伯から条件を出されたあと、彼は持ってくる本の特徴を語っていた。

『噂ではその本は異国の文字で書きつづられ、紙の質感は羊皮紙とは違うものであるらしい』、と。

 なるほど、たしかにそのとおりだった。

 見たことのない字がびっしりと記さており、めくるページの紙は羊皮紙よりも薄い。

「たしかに珍しい品かもね。…………なにが書いてあるかは全然わかんないけど」

 ルイズにとって本は読めて意味がある。

 そこへキュルケとタバサも気になったのか、周りから首をのばすようにして覗いてきた。

「へぇー、興味なかったから今まで開いたことなかったけど、こうなってたんだ………。タバサ、あなたこれ読める?」

 キュルケに問われ、彼女は首を横に振って否定した。

 かなでも横から覗き込み、そして無表情のまま、内心驚いた。

「貸して」

「あ、ちょっとカナデ……」

 割り込んできたかなでにルイズは非難の目を向けるが、彼女は気づかず、ページを次々とめくっては流れるように目をとおしていく。

(…………まちがいないわ)

 かなでにはそこに書いてあるものが読めた。いや、”すでに読んだことがある”というのが正しかった。

 彼女は本を閉じ、表紙のタイトルを確認した。

 

 ”Angelplayer”

 

 そこに書かれてある文字を見つめ、やっぱりと思った。

 そこへルイズが何気なく話しかける。

「なんて書いてあるかさっぱりだったでしょ」

「読めたわ」

「そう読めたの………って、えぇ!?」

 以外な言葉にルイズらはかなでに視線を集中した。

 彼女は表紙の文字を指さした。

「エンジェルプレイヤー。そう書かれてあるわ」

 それを聞いたルイズは、どこかで耳にしたことがあるような気がして首をかしげた。

 タバサがかなでにつめよった。

「それは、あなたがガードスキルを作るのに使った道具?」

「ああ!」

 ルイズは合点がいった。以前図書室でかなでに文字を教えてたとき、タバサとの会話に出てきたものだった。彼女は少し興奮気味に尋ねる。

「じゃあ、その本を使えば新しいガードスキルが作れたりするのね!」

「違うわ」

「え?」

 ルイズの考えを、かなではあっさりと否定した。

 そこへタバサが問いかける。

「この本はエンジェルプレイヤーではないの?」

「違うわ。これはただのマニュアルよ」

「マニュアル? 説明書ってこと?」

 今まで話についてこれず、ぽかんとしていたキュルケが口をはさんだ。

 かなではうなずくと、本が入ってた箱を調べる。

 すると中に、本より少し小さめで、白くて厚みのある紙製の四角いものがあったので、それを取りだした。

「なにそれ」

 ルイズが尋ねると、キュルケが答えた。

「ああ、それ。なんでも本にはさんであったらしいわ。たぶん変わった(しおり)かなにかだろうって」

 どうやら無価値なものという認識らしい。

 かなでは厚紙をよく見てみると、端のほうに点線のようなものが一直線に走っていた。

 それがなにを意味するか、彼女にはひと目でわかった。

 厚紙を左手に持ちかえる。

「ハンドソニック」

 かなでの右手に光とともに刃が出現した。

 突然のことに他の三人が驚くが、かなでは気にすることなく点線を切り裂いた。

 厚紙が封筒のように口を開けた。

 ハンドソニックを消し、開いた厚紙から中身を取りだす。

 それは手のひらより少し小さい、とても薄い円盤だった。中心に穴が空いており、かなではそこに人さし指を入れ、円盤の端を親指とではさむようにして持っている。表は白一色であるが、ひっくり返した裏面は銀色をしており、角度によっては室内を照らすロウソクの淡い光を受けて、虹色に反射している。

「なにそれ? 鏡?」

「綺麗だけど、映りがよくないわね」

 ルイズとキュルケが感想を述べる。

「これがエンジェルプレイヤーよ」

「これが?」

 ルイズ達は興味深く円盤を覗きこんだ。

「それじゃこれを使えばガードスキルを作れるのね」

「ダメよ」

「ってダメなの!? それがエンジェルプレイヤーじゃないの!?」

 ルイズはうんざりしたように叫んだ。先程から口にすること否定しかされていない。

「これだけじゃダメね。これを起動させるにはパソコンが必要なの」

 またまた知らない単語が出てきた。

「それがあればいいんじゃないの?」

 ルイズが尋ねるとかなでは首を横に振った。

「これはソフトだもの。パソコンに入れて使うのが当たり前なのよ」

「じゃあそのパソコンってのはどこにあるのよ」

 ルイズはキュルケに聞いた。

「さぁ? パソコンってのがどんなものかは知らないけど、召喚されたのは本だけだもの」

「そう」

 かなではエンジェルプレイヤーのディスクを元の状態に戻し、それをマニュアル本と一緒に、箱の中に戻そうとした。

 それをタバサが彼女の腕を掴んで止めた。

「円盤もモット伯に渡すつもり?」

「そうよ」

「もったいない」

 それを聞いた瞬間、ルイズはタバサにつっかかった。

「ちょっとタバサ、どういうつもりよ?」

「あの力を作れる道具を手放すのは惜しい」

 タバサの言いたいことはわかる。かなでも同じ気持ちだ。

 しかしだ。

「シエスタのためよ。それにディスクだけあっても使い道がないわ」

「それでも持ってて損はない」

「あんたまさか、ここにきてモット伯に本を渡すなとでも言うの!?」

「違う」

 ルイズの指摘にタバサは首を横に振ると、キュルケに視線を移した。

「この円盤については誰も知らない?」

「そうね。本のほうが珍しかったし、そもそも中身があるなんて思いもしなかったでしょうね」

「なら………」

 タバサは自分の考えをみんなに話した。

 

 

 ○

 

 

 月明かりの下、タバサの使い魔、風竜シルフィードが翼をはためかせて夜空を飛ぶ。

 その背にはタバサ、キュルケ、ルイズにかなで。そしてシエスタがいた。今の彼女はモット家のメイド服ではなく、私服の草色のシャツにブラウンのスカートを身に纏っていた。

 ちなみに寝巻き姿だったキュルケは当然制服に着替えている。

 召喚されし本を手に入れたルイズ達は、タバサのすすめもあってシルフィードでモット伯の館に急行した。

 約束通り本を持ってきたルイズ達に、モット伯は驚愕した。

 トリステインの貴族でヴァリエールとツェルプストーの因縁を知らぬ者はいない。モット伯もその例に漏れず、彼はルイズが本を入手することは不可能だと考えていた。かなでにしても平民に本を譲るような貴族はいないだろうと思っていたし、だからあのような条件を出したのだった。

 ルイズがシエスタの返還を求めるとモット伯は苦い顔をしたのだが、約束を果たした以上、しかたなく応じた。

 もっとも本を見たとたん、彼はその珍しさに驚愕し感嘆したのだが………。

 なにはともあれ、シエスタは何事もなく、無事に助けられたのだ。

「あの、ミス・ツェルプストー、本当にありがとうございました」

 シエスタがお辞儀すると、キュルケはひらひらと手を振った。

「気にしなくていいわよ。それに礼を言うならカナデとタバサ、なによりルイズね。3人とも、あなたを助けるためにあたしに頭を下げたんだから」

「ちょっ!? なに言ってんのよ!」

 ルイズが突っかかった。たしかに自分は頭を下げようとしたが、実際には下げてはいない。

 事実を捻じ曲げられて彼女は怒った。

 いっぽうシエスタはキュルケの言葉を聞いて目を見開いていた。

「そんな……ミス・ヴァリエールがそこまでしてくれたなんて……。ありがとうございます、ミス・ヴァリエール、カナデさん、ミス・タバサ」

 シエスタの感謝の言葉を受けて、ルイズは一転してうろたえた。

「べ、別にいいわよ。あんたにはカナデが世話になってるし……」

 そっぽを向くルイズ。その顔は少し赤くなっていた。

「でも、本当にあの本、渡しちゃってよかったのかしら」

「問題ない」

 キュルケの呟きに答えたタバサは、視線をかなでに向けた。

「ちゃんと持ってる?」

「ええ」

 かなでは懐から、ディスクが入ってるあの四角い紙ケースを取り出した。

 ディスクの存在が知れ渡っていないのであれば渡す必要なし、というのがタバサの考えだった。事実モット伯は本だけで満足した。

 キュルケは説明書がなくても大丈夫なのか聞いてきたが、かなでが中身を全部覚えているから問題ないというので、タバサの提案はなんなく受けいれられた。

「それにしてもなんでタバサが手助けしてくれたのよ? シエスタに用があったみたいだけど」

 ルイズが聞くと、タバサはシエスタの方に顔を向けた。

「マーボードウフを食べるため」

 知らない言葉にルイズとキュルケが首をかしげた。

 そこでシエスタが前の夜にしたかなでとの会話について話し、その際にでた料理の名前であることを説明した。

「まさかその料理が食べたいがために協力したっていうの?」

 タバサはコクンとうなずいた。

「現状、彼女以外の材料の入手経路を知らない」

 その言葉にルイズとキュルケは呆れた。

「麻婆豆腐はうまいわ」

 かなでがさらっと発言した。

 シエスタの話では、彼女は「至高の一品」だの「死ぬまでには食べておくべき」だの口にしていたらしいが……。

「ふーん、ならあたしもご馳走してもらおうかしらね」

 ここにきてキュルケも興味が沸いてきたらしい。

 そこへルイズも続くように言った。

「ちょっとキュルケ、なに抜けがけしてんのよ。わたしもマーボードウフとやらを食べるわ。いいわねカナデ」

「歓迎するわ」

 それを受けて、シエスタは満面の笑みを浮かべながら言った。

「それではここにいる全員分のトウフを作りますね。腕によりをかけますから、楽しみにしていてください」

 こうして一行はマーボードウフに期待しながら学院へと帰っていった。




そういうわけでアニメ版とは違う本が召喚されました。
本当はもう少し先までを予定してたのですが、まだ書けていないのと、区切りがよかったため、今回はここまでとなりました。
そういうわけで次回は後日談的な内容で、アレが登場します。


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第15話 麻婆豆腐はうまいわ

どうも皆さん、こんにちは。
本当は前回から間を置かずにもう少し早く投稿したかったのですが、うまくいきませんでした。ごめんなさい。
今回は予告したとおり、アレが登場します。あと後日談的な感じなので、いつもより短いです。
うまく書けたかは分かりませんが、楽しんでいただけたら光栄です。
それではどうぞ。


 シエスタを助け、しばらく経ったある日の虚無の曜日。

 間食にするのにちょうどいい時間、魔法学院の厨房にルイズ、キュルケ、タバサが集まっていた。

 今日はシエスタから豆腐ができあがったとの知らせがあり、ここに集まったのだ。

 ちなみにコック長のマルトーは最初、貴族の彼女らが厨房(ここ)に入るのに難色をしめしたが、シエスタから自分を助けるためにルイズ達がいろいろしてくれた話を聞くと、うってかわって喜々として賛成してくれた。

 彼女達は厨房わきにあるテーブルに、右からルイズ、キュルケ、タバサの順で並んで座っている。目の前には、前菜というわけではないが一切れの豆腐が出されていた。赤黒いタレがかかっており、シエスタによるとショウユというものらしい。

 一同はスプーンで豆腐をすくって口に入れた。

 くずれるような柔らかい歯ごたえ。ショウユのほどよいしょっぱさ。どれも初めてだった。

「おいしいわね」

「へぇー、なかなかいけるじゃない」

 ルイズとキュルケが頬をゆるませ、タバサも無言でうなずく。

「これを使ったマーボードウフはどんなものなのかしら?」

 ルイズは調理場へと目を向けた。そちらではかなでが他のコックの邪魔にならないところの調理場に立っていた。当然これから麻婆豆腐を作るためである。そばにはシエスタもおり、かなでにかまどの使い方を教えていた。

「やりかたはわかったわ」

 ひととおり説明を受けたかなでは、いよいよ調理に取りかかる。

 まな板の上に豆腐を置く。

 そして、

「ガードスキル・ハンドソニッ――――」

「ってカナデさん! なんでハンドソニックだそうとしてるんですか!?」

「豆腐を切ろうと思って…………」

「包丁があるじゃないですか!」

「…………そう、たしかにそうね」

 かなではシエスタの静止に納得すると、近くに置いてあった包丁を手にした。

 それを聞いていたルイズは、デルフリンガーを買ったときの事を思い出した。

(そういえばデルフを買うときに、ハンドソニックを包丁代わりにしてるって言ってたけど、あれってホントだったのね…………)

 さすがにないだろうと思っていたことが事実だったのを知り、ルイズは微妙な顔をした。

 そんなことはつゆ知らず。かなでは豆腐をさいの目状に切り、鍋を火にかけ、中にトウガラシや他の調味料ともども入れていく。

 オタマでかき混ぜ、ときどき味見しては調味料をたしたりしていく。

 ほどなくして麻婆豆腐が完成した。

「できたわ」

 全員分のお皿に盛りつける。

 かなでとシエスタはテーブルへ全て運び、水の入ったコップも全員分用意する。

 かなではルイズ達とは向かい側の真ん中の席に座り、シエスタはその隣、ルイズと対面する席についた。

「これがマーボードウフ? すごく赤々しいわね」

 キュルケはとろみのある、まっ赤なスープの中に、角切りにした豆腐が大量に入っている皿を興味深そうに見下ろしている。

「とてもいい匂いね……」

 ルイズが嬉しそうに呟く。美味しそうな匂いが鼻腔(びこう)をくすぐり、食欲がそそられる。

 タバサも同じなのか、すでにスプーンを手にしている。

 いっぽうシエスタはわずかに気難しそうな表情をしていた。

 トウガラシの辛さを知っている彼女。

 調理にも立ち合い、どれだけの量のトウガラシが投入されたかも見ている。

 だから目の前にある料理がどんなものなのか、なんとなく予想ができた。

(これはもしかして、かなり覚悟がいるんじゃ……)

 わずかに固唾(かたず)を飲む。

 かなでがスプーンを手にした。

「それじゃあみんな、ご賞味あれ」

「ではお言葉にあまえて」

 キュルケを皮切りに、全員が麻婆豆腐をスプーンですくい、未知の料理に期待を膨らませながら口に運ぶ。

 シエスタだけはぎゅっと目をつぶって、一気に口に含んだ。

 

 

 

 もぐもぐもぐ。

 

 

 …………ッ!? 

 

 

 

「「「かッ、からあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁいっ!!????」」」

 

 

 ルイズとシエスタとキュルケが一斉に叫んだ。

「かッ! からっ! からぁあ!?」

 ルイズはあまりの辛さに身悶え、拳で机をバンバンッとがむしゃらに叩いている。

「み、水ッ、みずぅ!!」

 キュルケは辛味を和らげようと、とっさにコップの水を一気に飲み干す。

「ひゃっ、ひゃっぱりぃ!!」

 シエスタは舌がうまく回らない調子で叫び、キュルケと同様にいそぎ水を口内に流し込む。

 ルイズもそれを目にし、彼女らに続いくように慌てて水を一気飲みした。

 そうすることでようやく一息ついた。

「な、なんなのよこれ!?」

 ルイズは大声で怒鳴る。食べた瞬間、顔中から汗が一気に噴きでてきた。

「辛い………辛すぎるわ………」

 キュルケはヒーヒー言いながら両手をあおいで顔に風を送る。口から火が出そうだ。いくら自分が”微熱”だからといって、それは御免被(ごめんこうむ)りたい。

 シエスタは口を抑えて涙目状態。すごく辛そうだとは予想したが、想像以上だった。

 3人ともあまりの激辛に圧倒されてしまった。

(なにが至高の味よ!)

 ルイズはキッとこれを作ったかなでを睨みつけ、キュルケとシエスタもつられるようにそちらを向く。

 そして彼女らは目を見開いて唖然とした。

 かなでが汗一つかかず、涼しい顔で激辛麻婆豆腐を食べ続けていたからだ。

 正直いってありえなかった。

 そこでルイズの脳裏に一つの可能性がよぎった。

 こんなのものを口にして平気でいられるはずがない。つまり、

「カナデ! あんた自分だけ辛くないのにするなんてどういうつもりよ!」

 常軌をいっする辛さなのになんともないなんて、それしか考えられない。

 鬼の形相で怒るルイズを見て、かなではスプーンを口にくわえたまま不思議そうに首をかしげた。

「とぼけてんじゃないわよ!」

 ルイズは身を乗りだし、テーブル向かいにあるかなでの麻婆豆腐にスプーンをつっこむと、奪い取るかのように自分の口に入れた。

 途端、

「カッハァーーー!!?」

 先程と同じ激辛におそわれ、大きく身体をそらして天をあおいだ。

(な、なによこれ!? まったく同じじゃない!?)

 つまりかなではこのとんでもなく辛い料理を食べて平然としているのだ。

 ルイズは涙目で口元をおさえて、信じられないようなものを見るかのような目をかなでに向けた。

 いったいどんな味覚をしているのだ。

 こんなものを食べられるのはおそらく彼女一人しかいない……

「ちょっとタバサ、あなた大丈夫なの!?」

 キュルケの大声を聞いて、ルイズとシエスタがタバサの方を見る。

(そういえばタバサも反応がなかったような……)

 彼女も平然としているのかと思ったが、そんなことはなかった。タバサも自分達と同じように顔中から汗が吹きでている。

 だが驚くことに彼女は麻婆豆腐を食べ続けていた。

 もっともかなでと違って、袖で汗をぬぐったり、水を飲んだりしているが。

「タバサ、あんた平気なの?」

 ルイズが驚きながら尋ねる。

 タバサは思った。

 たしかに辛い。こんな激辛は生まれて初めてだ。

 だがだからといってまずいわけではない。

 辛さのあとからくるこの絶妙な味わい深い風味。これは案外……

「当たりメニューかもしれない」

 そう感想を述べて食べ続けるタバサ。そんな彼女に、ルイズ達は非常に驚いて感心するしかなかった。

 かなではタバサに話しかけた。

「気に入ったら今夜もいかが?」

「それは遠慮しておく」

 バッサリ断る。正直これはたまに食べるのがちょうどいいくらいだ。

 続いてかなではルイズ達へ視線を移した。最初の一口から手が止まっている。

「食べないの?」

 不思議そうに尋ねると、

「無茶言わないでよ!」

「悪いけど、無理ね……」

「ごめんなさい、カナデさん……」

 ルイズ、キュルケ、シエスタから拒否されてしまった。

 そういうわけで、彼女らの麻婆豆腐を引き取ることになった。

 かなでは無表情で残った麻婆豆腐を見つめ、内心落ち込んだ。

(みんなと一緒に楽しく食べたかったのだけど…………気に入ってもらえなくて残念だわ)

 このまま残り全部食べてしまおうか。

 それはそれでいいのだが、どうも物寂しい気がする。どうしたものか?

 と、そこで、

(…………あ、そうだ)

 かなではあることを思いついた。彼女(・・)にも食べてもらおう。

「ガードスキル・ハーモニクス」

 かなでの体が一瞬光り、隣の空いてるイスに赤目の分身が現れた。

 突然のことに他の面々はぎょっとする。

 分身はけわしい顔で麻婆豆腐を見下ろし、スプーンを手にとった。

(まさか分身に食べさせる気?)

 ルイズ達は怪訝な顔になりながら、眉のつり上がったキツめの表情をしている分身を見つめる。

 かなでと違って感情的な分身だが、やはり本体と同じようになんでもないように食べるのだろうか? あのけわしい顔のまま…………

 分身は麻婆豆腐を一口食べた。

 次の瞬間、彼女の表情が一変。眉尻が下がってハの字眉となり、この上ない至福に包まれた満面の笑顔となった。

 ルイズ達は我が目を疑った。

 たとえば自分やクラスの女子、同僚の女性とかが極上のスィーツを食したらあんな顔をするだろう。あまりのおいしさに『ほっぺた落ちそう!』みたいな感じで(ほほ)に手をそえるだろう…………今の分身がやってるみたいに。

 だがそれは甘味の場合であって、間違ってもこんな激辛でするような表情ではない。

 そんなルイズらの想いもよそに、分身は笑顔のままパクパクと麻婆豆腐を口に運んでいく。

 食べ終えると、分身は満足そうにお腹をなでる。

 すると無数の0と1の細かな数字の光となって、かなでの中へとかえっていった。

 あとには空の器が2皿(・・)、残っされていた。

(…………ちょっと待って。ハーモニクスの制限時間は10秒のはずよね。ということは、時間内にアレを2皿も平らげたっていうの!?)

 驚愕しながらルイズはかなでに目を向けると、彼女のほうも2皿目に手をつけていた。

「ごちそうさま」

 ほどなくしてなんなく完食。スプーンを置くかなで。その顔にはやはりと言うべきか、汗ひとつかいていなかった。

(だからなんで平然としてられるのよ………)

 なんども驚くはめになったルイズ達は、驚きすぎて疲れてしまった。

 今回彼女達の心に、ある言葉が刻まれた。

 恐るべし、マーボードウフ。




分身の麻婆豆腐を食べた際の反応は4コマ版が元ネタです。
思っていた以上に時間がかかってしまいましたが、ようやくモット伯編が終わりました。正直内容はどうだったでしょうか?
次回の投稿にはまた時間がかかってしまいますが、どうにか頑張ろうと思います。


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第16話 品評会

みなさん、お久しぶりです。前回の更新から気づけば一年近く経っていました。こんなにも間が空いて申し訳ありませんでした。
久々の投稿のため文章の書き方が違ってたりするかもしれませんが、どうかご了承ください。
それではどうぞ。


「ああ〜どうしょう……」

 とある昼下がり。

 ルイズは自室のベッドに腰掛けて頭を抱えていた。

 その正面では、自前のブレザー服姿のかなでが首を傾げている。

「どうしたの?」

「明日は品評会なのよ。なんの準備もしてないわ……」

「品評会?」

「そういう毎年恒例のもよおしがあるのよ。二年生は全員参加で、生徒たちが召喚した使い魔を学院中にお披露目(ひろめ)するの。いろいろあってすっかり忘れてた」

 たとえば使い魔がモット伯の屋敷に乗り込んだりとか、激辛マーボードウフとか……。

 とくにモット伯の件はなにかお叱りがあると思っていたのに実際はなんの知らせもなかったため、かなり気になってしまった。

「それに、今年は姫様が観覧しにいらっしゃるのよ」

「お姫様?」

「アンリエッタ姫殿下。彼女は陛下が亡くなって以来、国民の象徴的な存在で、とても人気があるの。生徒たちはみんな、いいところを見せようと必死になってるわ」

 王女来訪の知らせは今朝がたオスマンより学院全体にもたらされた。

 品評会のために普段から練習してきた生徒たちはさらにやる気をたぎらせていた。

 ……ルイズを除いて。

「とにかく、恥をかくのだけは避けたいわ……」

 ルイズは顔を上げてかなでをじっと見つめる。

「あんた、ハンドソニックで剣技を披露(ひろう)できない?」

「できないわ」

 ふるふると首を横に振る。ただ力任せに叩き切っているだけなので、そんな芸当は不可能である。

「そう……」

 落胆したルイズはなにかないかと、今日まで共に過ごした日々を振りかえる。

 さらにはかなでの過去と思われる夢についても思い返す。彼女を召喚した日から見るようになった夢は時々だが今でも見続けている。

 ふとある光景が脳裏をよぎった。

 夢の中で、かなでがオトナシ・ユヅルとかいう男と牢屋に閉じこめられた時のことだ。

 そこは堅牢な鉄の扉で塞がれており、かなでがハンドソニックで切りつけてもびくともしなかった。

 だがオトナシの機転により、扉の隙間にハンドソニックを突き刺し、そのまま複数の形態に変化させることで無理やりこじ開けて脱出したのだ。

「ねぇ、ハンドソニックっていくつか種類があるの?」

 たずねるとかなではコクっと頷いた。

「ちょっと見せてみなさい」

 もしかしたらなにかいいアイデアが思いつくかもしれない。

 かなでは胸の前に右手を持ってくると「ガードスキル・ハンドソニック、バージョン2」と呟いた。

 右手が光って、いつものハンドソニックよりも刃の薄い長剣が出現した。

「続けて」

 ルイズに促され、彼女は次々と剣の形状を変えていった。

 刀身がトライデント状のバージョン3

 (ハス)の花のような形の、鈍器といってもいい形状のバージョン4

 ここまでは夢で見たことのあるものだったが、

「ハンドソニック、バージョン5」

 次に出されたのは、紫の手甲に二本の鉤爪という、まだ知らない形態だった。

「なんか今までと違って、あからさまに禍々しいわね」

「そういうふうに作ったから」

 なぜ作ったのかほんの少し気になったが、どうでもいい話題なので今はおいておく。

「バージョン22」

 武器の形状から一転、可愛らしいネコの手袋が現れた。これは以前モット伯爵の館に乗りこんだ際に兵士たちとの戦いで使用したものだ。

 一応ルイズも目にしているはずなのだが、あの時はかなでとモット伯の戦いを止めるのに必死で目に入らなかったため、実質これが初見となる。

「これて全部よ」

 かなではネコの手袋の裏表を見せつけるように手首をクルクルと回した。

「ちょっと待って。なんでいきなり22に飛んでんのよ。6から21は?」

「ないわ」

「は? ないって?」

「22は番外みたいな気分で作ったから」

「だったらなんで22なんて番号つけたのよ?」

「"22"と"にゃんにゃん"で語呂合わせてみたの。ネコの日みたいに」

「なによネコの日って?」

 いぶかしげに眉を寄せるルイズだったが、これについても詳しく追求しているひまはない。

「とりあえず今あるハンドソニックはわかったわ。けど……」

 結局なにも良い案は浮かばなかった。

「本当にどうしようかしら……」

 重々しくため息をつくルイズ。

 するとそこへ、ベッド脇の壁に立てかけてあるデルフリンガーが話に入ってきた。

「なあ嬢ちゃん。そのネコの手は左右両方とも出せるのか?」

「できるわ。バージョン22」

 左手が光って手袋が現れると、かなでは両の手のひらを剣に向けた。

「ならこんなのはどうだ」

 デルフリンガーは面白いことを思いついたとでもいうように(さや)からわずかにのぞく(つば)をカタカタと鳴らした。

「まずは胸に巻くバンドと、パンツ、カチューシャ、あとは白い毛皮を用意する。切った毛皮をネコの耳のかたちに整えてカチューシャにくっつける。同じようにバンドとパンツにも毛皮を貼りつける。それと尻尾(しっぽ)もつくらないとな。あとは全裸に今言ったものだけを身につける。ついでに足首にも靴下みたいに毛皮を巻きつける。ハンドソニックも合わせりゃ、これで立派な白ネコの完成だ。ああ、使い魔(かいネコ)だから鈴つきの首輪も必要だな。そんでもってそのきわどい格好で、ステージの上で媚びるようにネコのポーズや声マネをするってぇーのはどうだ。面白いアイデアだろ! これなら学院中の注目をそうどりに」

「死ねぇエロ剣ッ!」

 ルイズは勢いよく立ちあがると剣の柄をつかんで床に全力で叩きつけた。

「いってぇ!? なにすんだ娘っ子!!」

「うるさい! そんなハレンチなマネが許されるわけないじゃない! なに考えてんのよバカ! アホ!」

 倒れた剣をげしげしと踏みつける。

 聞いてる最中で、かなでが身体の要所を毛皮で隠しただけのネコ姿で、さまざまなセクシーポーズをとりながら淡々と「にゃーん……」と言っているのを想像してしまった。そんないやらしい姿を学院中に見せられるわけがない。

 ふいに横ろから服をクイクイっと引っ張られた。

 顔を向けると、ハンドソニックを解除したかなでが袖をつまんでいた。

「なによ?」

「デルフの言ってた材料はどこで手に入るのかしら?」

「まさかやるつもり!?」

「その必要性があるのなら」

「ないわよ! これっぽっちも!!」

 腹から大声を出して全力否定した。

 その後、気がすむまでデルフリンガーを足蹴にして怒りを発散したルイズは一度深呼吸して心を落ち着かせると、改めて困った目をかなでに向けた。

「ねえ、あんた、本当になにかないの? できればハデなやつ」

「ないわ」

「だったらこの際、特技でもいいから」

 そう言われて、かなではしばし考えた。

「……歌はどうかしら?」

「歌? あんた歌えるの?」

 コクっと頷くかなで。

 もし本当ならいけるかもしれない。

「ちょっと歌ってみなさい」

 ルイズが少しばかり期待して命じると、かなではコホンと小さく咳ばらいして歌いだした。

「お空の死んだ世界から♪ お送りしますお気楽ナンバー♪ 死ぬまでにーくーっとけー♪ 麻婆豆腐♪ ああ麻婆豆腐♪ まーぼー♪」

「…………待ちなさい」

 無表情でわりとノリノリで天使の歌声を披露していたところ、呆け顔のルイズからストップがかかった。

「……なんなの、今の?」

「あたしの作った麻婆豆腐をたたえる歌。渾身の力作」

 ルイズは目元を鋭くした。確かに歌声は悪くなかったと思う。だが曲に問題があった。こんなわけのわからない歌で挑んだ日にはいい笑いものである。

「却下」

「がーん」

 容赦ない宣告に、かなでがそう言った。表情が変わらないので本当にショックを受けているかは疑問だが。

「…………他は?」

 片手でこめかみを抑えながら重々しく呟かれたルイズの言葉に、かなでは天を仰いで再び考え込んだ。

 数秒してから、

「ピアノが弾けるのは?」

 という、またまた以外な返答がでてきた。

 しかし先ほどの妙な歌のせいでルイズは疑うような眼ざしを向ける。

「……それちゃんと弾けるんでしょうね」

「試してみる?」

「………まぁ……それが一番ね」

 どのみち他に妙案もなかった。

 そうしてやってきたのはアルヴィーズ食堂の上の階にあるホール。そこに設置してあるピアノの前。

「ほら、弾いてみなさい」

 ルイズに促されてかなではイスに座る。得意な曲を弾こうと、鍵盤(けんばん)に両手を伸ばすと、なめらかに指を動かした。

 次の瞬間、ホールに聴くものを魅力する素晴らしい旋律が流れた。

 その腕前にルイズは目を見開いた。思わず聞き惚れてしまう。

 演奏が終わると彼女は感激した。

「思ったよりやるじゃないの! これならなんとかなるわね。あとは当日ステージにピアノを運んで……あ」

「どうしたの」

「ダメだわ……魔法が使えないから運べない……」

 発表で使う道具などは生徒が自分で持ち込む。普通はレビテーションなどで軽く持ち運べるが、ルイズには無理な話である。教師に運んでもらうよう相談するべきだろうか?

 そうして悩んでいると、

「大丈夫よ」

「え?」

 疑問符を浮かべるルイズをよそに、かなでは鍵盤の裏に両手を入れると、つかんだピアノを軽々とゆっくり持ち上げた。

「オーバードライブがかかってるから」

「……あんたって本当に馬鹿力よね」

 呆れ顔のルイズだったが、とりあえず解決策が見つかったので一安心した。

 

 

 ◯

 

 

 ルイズのうれいが晴れたあと、かなではシエスタと並んで廊下を歩いていた。

「へぇ〜。カナデさんはピアノが弾けるんですか。わたしも聴いてみたかったです」

「当日になれば聴けるわ。でもルイズはハデな出し物がいいらしいの。ピアノの演奏だけじゃ地味かしら」

「そんなことないですよ。わたし明日は楽しみにしてますから!」

 シエスタはニコニコと笑った。

 二人が渡り廊下に出たところで、ふと中庭で練習にはげんでいる生徒たちの様子が目に飛びこんだ。

 つい見入ったかなでが立ちどまり、シエスタもつられて足を止める。

 中庭にはギーシュやキュルケといった見知った顔がいた。それぞれ試行錯誤しているようだが、そのなかでキュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムが炎の息で曲芸を披露していた。

 他の生徒たちが思わずそちらに気をとられてしまう。

「……演出がハデだわ」

 かなでが気後れするようにポツリと呟く。

「まだ気にしてるんですか? きっと大丈夫ですよ」

 シエスタは元気づけようとするが、かなでは練習の風景から目を離さなかった。

 困ったシエスタは他になにかいい言葉はないかと悩んだが、ふと面白いことを思いついたというように両手を叩いた。

「あ! こういうのはどうでしょう。控え小屋の裏からピアノを持ち上げたまま大ジャンプしてハデにステージに降り立つとか! きっと誰も考えつかないでしょうし! ………なんて、冗談ですよ。冗談」

 シエスタとしてはかなでの気を紛らわせようとこんなバカげた事を口にしたつもりだった。実際にそんなことをやってもインパクトはあっても引かれる可能性のほうが高い。

「それじゃわたしは仕事があるので。品評会、がんばってくださいね!」

 笑いながらその場を去っていくシエスタ。

 その背中を、いつのまにかかなでがじっと見つめていた。 

 

 

 ◯

 

 

 次の日。

 周りを護衛の馬たちに囲まれ、四頭のユニコーンに引かれる白と薄紫で(いろど)られた気品溢れる馬車が魔法学院へ向けて進んでいた。

 馬車にはユニコーンと水晶の杖が組み合わされたレリーフがかたどられており、それが王女の馬車であることを示していた。

「トリステイン王女、アンリエッタ様のおなーーーりーーーッ!」

 正門を王女御一行がくぐると、本塔へとまっすぐ続く道の両脇にずらりと整列した生徒たちが一斉に杖を掲げて出迎えた。

 本塔の前ではオスマンを中心に教師たちが並んでいた。

 王女の一行が彼らの前で停車すると、召使いの女性が王女の馬車へ駆けよって扉を開ける。

 中から年老いた年配の侍女に手を引かれて、年頃の娘が降りてきた。紫色の髪に白いロングドレスを纏った彼女こそがトリステインの王女、アンリエッタ・ド・トリステインである。

 その姿を目にして生徒たちはみな浮き足立った。

 ただしキュルケとタバサは例外だったが……。

 そのなかで一人、かなではアンリエッタを見て、

(ゆりみたいな髪の色をしてるわね)

 と、死んだ世界戦線のリーダーである少女を思い出していた。

 それからなんとなく馬車の一団を先から後ろまで眺めていく。

 王女の馬車のすぐ近くには、上品なマントを羽織り、グリフォンと思わしき幻獣に跨がった一団が控えていた。

 さらに最後列には平民らしき鎧姿の部隊が続いていたが、ふとかなではその中に見覚えのある顔を見つけた。以前に王都の武器屋で出会ったアニエスだ。

(彼女もお姫様の護衛なのかしら)

 そんなことを考えてる間に、教師たちによる王女の出迎えが終わり、そうそうに全員が品評会の会場へと移動した。

 

 

 ○

 

 

 会場には木製のステージがあり、その横には出番待ちの生徒が控える小屋がある。

 ステージ正面には数メートル間をとって、観客席である長イスが並んでおり、前側が生徒用で、その後ろが使用人用に分けられている。その左側には上品な屋根つきの貴賓席(きひんせき)が設置され、オスマン学院長や王女が座っていた。

「ただいまより、本年度の使い魔お披露目をとりおこないます」

 ステージ脇に立つ司会進行役であるコルベールが宣言し、品評会の幕が上がった。

 生徒たちは次々と使い魔に芸を繰り広げさせていった。

 キュルケの情熱的なダンスと呼吸を合わせるようにフレイムが空へと放つ二重螺旋の炎の舞いで魅せる。

 モンモランシーの奏でるバイオリンに合わせて使い魔のカエルがぴょんぴょんと楽しげに踊る。

 ギーシュが大量のバラを錬金の魔法であたり一面に散らばせ、自身と巨大モグラを飾っていく。

 タバサの風竜が彼女を背に乗せて、主人が魔法で作りだした無数の氷の結晶を纏いながら見事な空中飛行をやってのける。

 一つの発表が終わるたびに会場は賑わい、拍手喝采(はくしゅかっさい)があがった。

 どの生徒もとても見事なできであった。

 その様子を、ルイズは控え小屋の出入り口から見つめていた。

 あまりのすごさについ気後れしてしまう。

「続きまして、ミス・ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」

 とうとう出番がやってきて、ルイズはステージへと上がった。だがその顔はどこか浮かないものをしている。

 今朝のことだ。

 かなでがこんなことを言ってきた。

”ハデなパフォーマンスを思いついたの。だから全部任せてほしいわ”

 突然の申し出にルイズは困惑した。だが時間が迫っていたし、なにより演奏だけでは物足りないと感じていたのも事実で、つい許可してしまったのだ。

 だが今になって本当に任せてよかったのか心配になってきた。

 かなでには”呼ばれたら登場するから合図してほしい”とだけ言われてるため、ステージにはルイズ一人である。

(本当に大丈夫なんでしょうね、カナデ…………)

 不安がっていると、観客席から「がんばれーゼロのルイズー!」と、ヤジが飛び、周りからドッと笑いがあがった。

 キッと観客を睨みつけたが、すぐに意を決したように深呼吸して気持ちを落ち着けた。こうなったらもう己の使い魔を信じるしかない。

「わたしの使い魔は東方から呼び出した少女、タチバナ・カナデです。特技であるピアノを弾かせます」

 ルイズは控え小屋の方を向いた。観客たちもつられてそちらに注目する。

「さぁカナデ! 出てきなさい!」

 腹の底からおもいっきり叫んだ。

 合図により、小屋の裏からかなでが大ジャンプで天高く飛びだしてきた。

 会場の視線が驚きとともに上空の彼女へと集中する。

 すると同時に妙なことに気づいた。

 かなでが巨大ななにかを手にしている。

 それがなにかと考えるひまもなく、彼女は空中で回転などのパフォーマンスを繰り出し、太陽光を背にして落ちてくる。

 

 ズドォーンッ!!

 

 大きな音と砂ぼこりをあげて、かなではステージ前に着地した。

 砂ぼこりがおさまると、ルイズと観客らは、彼女が頭上に掲げているものを見て、全員が口をあんぐりと開けた。

 それはピアノだった。右手でピアノの足をつかみ、左手にはイスを持っている。

 この状況に対して、ルイズたちはなにが起こったのかすぐには理解できなかった。

 まさかピアノを持ってジャンプしてくるという非常識を誰が予想できようか?

 呆然(ぼうぜん)とするルイズと観客をよそに、かなではなんでもないようにそのままステージに上がり、そっとピアノとイスを設置した。

 かなでは観客席すべてを見渡す。生徒や使用人らはもちろん、王女までもが放心したような顔をしている。

 その様子に満足したように頷くと、次はルイズのほうを向き、『どう? うまくいったでしょ』とでも言いたげに、無表情で親指をぐっと立てた。

(…………アホかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?)

 再起動したルイズは内心叫んだ。

(ピアノ持ってジャンプしてくるとかなに考えてんのよ、壊しでもしたらどうすんの! しかも片手持ちとか危ないじゃない! 両手使いなさいよ両手ぇ!!)

 本当は大声で怒鳴り散らしたかったが、王女の手前、必死の思いでどうにか飲み込んだ。

 しかし表情はうまく隠せず、平静を保とうとするものの眉がピクピクと震えていた。

 いっぽう観客席にいるシエスタは顔を青くして全身から冷や汗をダラダラと流していた。

 今しがたかなでがやったことは昨日自分が冗談で口にしたことそのものだった。まさかあれをうのみにして実行するなんて夢にも思わなかった。

(…………わ、わたし、とんでもないこと言っちゃったのかも……)

 おかげで生徒はおろか王女に対してかなでが醜態(しゅうたい)をさらす手伝いをしてしまったと、己の発言を後悔していた。

 会場が静まりかえる事態とはなったが、ルイズはそれでも、どうにか使い魔の紹介を続ける。

「みみ、見てのとおり、彼女は小柄な少女ですが、見かけと違って、ふふふ、普通の人間をはるかに超える力を持っております。そそそそ、それでは、今より、えええ、演奏します」

 いびつな笑顔を浮かべ震える声でなんとかやりきった。

 かなでは観客に向かって一礼し、イスへと座る。

 そして鍵盤に手を添えると、昨日ルイズが感激した曲を弾き始めた。

 曲名は『My Soul,Your Beats!』

 メタな話をしてしまうと、『エンジェルビーツ!』のオープニング曲である。

 それはさておき。

 演奏が始まった瞬間、会場の空気が一変した。

 誰もが素晴らしいピアノの音色に聞き惚れて耳を傾けていた。

 曲を弾き終えて席を立ったかなでが一礼すると、アンリエッタを始め、会場全体から拍手が巻き起こった。

 それを見て、我を忘れそうになっていたルイズや、生きた心地がしていなかったシエスタはホっと息をついた。

(どうなることかと思ったけど、とりあえずなんとかなったわね。それにこの反応……もしかして優勝とか狙えるかも!)

 ルイズは期待に胸をおどらせた。

 そして全ての発表が終わり、審査が開始された。

 結果は、

「それでは発表いたします。本年度の優勝者は、雪風のタバサです!」

 タバサの優勝だった。

 歓声があがるなかをタバサがステージへと登っていく。

「ああ! 僕のヴェルダンデが選ばれないなんて……」

 観客席でショックを受けたギーシュが頭を抱えこんだ。

「やっぱタバサのシルフィードかぁ~。まぁ妥当な線よね」

 キュルケがしょうがないとでも言うように呟いた。

 その隣でルイズは呆然と、ステージの上で、膝まづくタバサの頭にアンリエッタが小さな優勝冠を被せている光景を見つめていた。

「な、なんで? カナデの演奏だっていい感じだったはずなのに……」

 その疑問にキュルケが答えた。

「いくら素敵な演奏でも、人間と竜じゃ、竜のほうがポイント高いじゃない。パフォーマンスも優雅(ゆうが)できれいだったし」

 そう言われてしまえば、そのとおりではある。

「まあ、恥かかなかっただけでもよしとしなさいな」

 たしかにそうだ。最初に望んでたとおりの結果だ。それで十分のはずだった。

 しかしキュルケにさとされるなど屈辱。ルイズは不愉快(ふゆかい)な気分で歯ぎしりした。

 

 

 ◯

 

 

 その夜。

 ルイズは自室の机の前でため息をついた。

「優勝、残念だったわね」

「もういいわよ……」

 背後から聞こえてきたかなでの声にぼんやりと返事した。とりあえずウケは悪くなかったはずだ。

 そんなふうに考えていると、ドアをノックする音がした。

 かなでは誰だろうと思いながらドアを開けた。

「久しいな」

 そこにいたのは兵士の格好をした若い女性だった。そして二人には見覚えのある人物だった。

「あんた……アニエスじゃない!?」

 ルイズが驚いたように声をあげた。

 以前王都で彼女がスリにあった際に武器屋で出会い、事件の事情聴衆や銃の説明をしてもらった女兵士だった。

 急な訪問に驚いた二人だったが、ルイズはとりあえずアニエスを自室に招き入れた。

「なんであんたがこんなところにいるのよ」

「それはだな、いろいろあって今回アンリエッタ姫殿下の周辺警護につくことになった。女手があったほうが都合がいいこともあるだろうということでな」

「平民の兵士が王女の警護だなんて、滅多(めった)にない名誉じゃないの。でも、いったいなんの用でここにきたのよ?」

 そこでアニエスはひとつの書簡を取り出して渡した。

 ルイズは封を開け、中の紙に目を通して驚いた。

「姫様からの手紙!?」

「そうだ。殿下から貴殿にたっての頼みがあるらしく、それを渡して欲しいと頼まれた」

「頼みって、いったいなにを? どうしてわたしに?」

「申し訳ないがそこまでは聞かされていない。だが殿下はそなたとは親しい間柄だとおっしゃっていた。本当は直接おもむくつもりだったらしいが、忙しいようでな」

 ルイズはあらためて手紙を読みはじめた。

 アンリエッタからの依頼とは、しばらく町で暮らして、貴族らの動向を探ってほしいというものだった。

 どうやら先のかなでがモット伯爵に楯突いた件で宮廷内で少し騒ぎがあったらしい。だがアンリエッタによってルイズたちへのお咎めはなしとなった。

 同時に近頃一部の貴族による平民への横暴な行いについての噂を耳にしていた彼女は、モット伯爵のことも含めて周囲の者にたずねたのだが、『貴族は平民の規範であり、そのようなことあるはずがない』と、聞く耳持たない状況らしい。

(お叱りがこなかったのは、姫様のおかげだったのね……)

 手紙を読み終えたルイズは、胸の前でぐっと手を握った。姫様が助けてくれたなら、今度は自分が彼女を助けなくては。

「アニエス、姫様にこの任務、謹んで拝命しますと伝えてちょうだい」

「それでは、引き受けていただけるのだな」

「ええ、この任務、一命に変えても果たしてみせるわ!」

 ルイズは胸をドンと叩いて自信満々に笑った。




内容がツッコミのありそうな強引な展開でごめんなさい。
そしてフーケの出番を期待した人、もしくはアルビオン編を期待した人、重ねてごめんなさい。順序でたらめで次はアルバイト編です。その次がフーケで、そのあとにアルビオンに行く予定ですので、しばしお待ちを。



ここからは読まなくてもいい苦労話です。
今回は話の流れをまとめるのがすごく難しかったです。
ピアノ担いでジャンプという内容は決まってても、どこからどういうふうにジャンプしてくるか等で、細かい違いも含めて大体4パターンぐらい書きました。
でもなかなか話の流れをスムーズにできず、いっそジャンプのくだりはカットしようかとも思いましたが、それで書いてみてもなんかインパクトがなかったりと、いろいろ悩んで何度も書き直しました。

あとハンドソニック・バージョン22の由来について考えるのも大変でした。元ネタの4コマではなぜ22なのか出ておらず、自分で長いこと考えても答えが思いつきませんでした。
ある日ネットを見てたら、ひょんなことからネコの日というのを知って、おそらく語呂合わせだろうという考えに至りました。

他にはハーモニクスの出番も考えたけれでも、うまく話のテンポに組み込めなかったので却下したりとか。

そんなこんなんで、書いてもまとまらず、うまく書けずに放置したりと、それらを繰り返していたらいつの間にか一年……。いろいろと力不足を実感しました。

次回の内容は今回ほど苦労はしないと思うので、可能な限り早く投稿したいと思います。


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第17話 ルイズ、破産する

お久しぶりです。いつの間にか前回から5ヶ月近く経ってしまいました。
また長い期間待たせるわけにはいかないと思い、とりあえず書き終わってるところでキリのいい部分までを投稿することにしました。
今回は話の都合上、ちょっとオリジナル用語が冒頭で出てきます。まぁ、大した内容ではないですが。
それではどうぞ。


「そういうわけだから、しばらく街で暮らすことになるわ。秘密の任務だから誰にも言うんじゃないわよ」

 アニエスが退室したあと、ルイズはかなでにアンリエッタからの依頼内容を説明した。

 身分を隠して王都トリスタニアで生活しながら、平民に横暴をはたらく貴族についてのあらゆる情報を集める。また手紙には任務に必要な活動経費を払い戻すための手形と、王室の許可証も同封されていた。

 任務については理解したが、かなではふとある疑問を抱いた。

「街にいるあいだ、授業はどうするの?」

「その点は姫様も配慮なさってくれたわ。明日から虚無の週に入るの」

「虚無の週?」

「虚無の週っていうのはね、一週間近くある少し長めの休みのことよ。大抵の使用人や生徒は帰郷したり、どこかへ小旅行したりするわね」

(地球でいうところのゴールデンウィークみたいなものかしら……)

 それなら授業についての心配はしなくていいだろう。

「わかったなら、ほら。さっさと荷物をまとめなさい」

 ルイズの指示のもと、かなでは仕度にとりかかった。

 前に王都で買った肩紐つきの大きな(かばん)を用意し、クローゼットから取り出した下着や替えの服をそれにしまっていく。同時に自分の服装をどうするかも考えていた。

(秘密の任務なら、目立たない格好のほうがいいかしら? ブレザーは前にみんなから変わった服って言われた。セーラー服は……前に着たときに、なんだか男子からすごい注目されてたからやめておいたほうがよさそうね。ならあと残ってるのは……)

 彼女はクローゼットの端にかけてある、白いワンピースに目を向けた。

 

 

 ○

 

 

 虚無の週初日。

 朝食を済ませ、自室にて二人は身支度を整えていた。

 ルイズはいつもの制服姿でイスに座り、かなでに髪をブラッシングさせている。

 そのかなでだが、王都で購入したノースリーブの白いワンピースに、その上から、丈がウエストラインほどである半袖の空色ジャケットを羽織っていた。彼女なりに目立たないようにと考えての格好である。

 仕度が終わると、ルイズは鞄をかなでに持たせた。

「それじゃいくわよ」

 かなでが頷いて鞄を肩にかけると、彼女達は部屋を出ようとした。

 と、そこへ、

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 背後から焦ったような男の声がした。

 二人そろって振り返ると、ベッド脇の壁に立てかけてあるデルフリンガーが(つば)をカタカタカタッ! と激しく鳴らして騒いでいた。

「なんで俺が留守番なんだよ!」

「あんたみたいな大きな剣、持ってたら邪魔じゃない」

 ルイズが無慈悲に切り捨てる。実際デルフリンガーはかなりの長剣だ。以前かなでが背負ったときは少しばかり不格好だった。

「そりゃないぜ娘っ子よぉ!?」

「うるさいわね。戦いに行くわけでもないんだから持っていく必要ないじゃない」

「俺だってたまには外にでてぇんだよ! なぁおい嬢ちゃん! 嬢ちゃんは娘っ子みてぇに冷たいこと言わねぇよな!!」

 今度はかなでに向かって懇願(こんがん)するが、彼女は首を横に振った。

「ごめんなさい。たぶん人目を引くと思うから連れていけないわ」

「そんなぁ!?」

「帰ったらおいしい麻婆豆腐をごちそうするから許して」

「いらねぇよ!? てか剣だから食えねぇよ!!」

 その後も食い下がるデルフリンガーだったが、キリがないのでルイズは無視し、かなでの手を引っ張って部屋を後にした。

 生徒や教師といった主な学院関係者に見られたくないので、ほとんどの生徒達が出立したあとに学院を出ることにしていた。

 身分を隠すために、貴族が乗るような馬車は使えない。馬はあるが学院のものなのでこちらも使えない。

 そういうわけで、使用人達が王都への買い出しに利用する馬車を使うことにした。当然、馬車の御者や買い出しの使用人に怪訝に思われたが、他言無用を命じた。

 

 

 ○

 

 

 王都についた二人はまず、資金を得るために財務庁を(おとず)れ、手形を換金した。

「新金貨で六百枚……四百エキューね……」

 ルイズは手持ちの活動費を確認すると、金貨の入った袋を自分の腰鞄(ポーチ)にしまった。かなでに持たせることも考えたが、以前あっさりとスリに盗られた前科があるのでやめた。

「次はどうするの?」

「服を買うわ」

「服?」

「平民に化けるんだから、服を買い換える必要があるのよ。前にあんたの服を買った店に行くわよ」 

 マントと五芒星をつけていては貴族だとふれてまわっているようなものである。

 二人は以前シエスタに紹介してもらった仕立て屋へと入った。

 かなでは数ある品物を眺めながらどれがいいか悩んだ。そのすえに選んだのは、胸元の開いた黒のノースリーブワンピースとベレー帽だった。

 それを見たルイズは、

「…………地味ね」

 と心底不満そうな顔をした。

「だけど、平民に化けるから服を買い換えなきゃって言ったのはルイズよ」

「でも、もう少しマシな服でもいいと思わない?」

「目立たないようにするならこれが一番だわ。あたし達の任務には地味なのがいいと思うけど」

 そうまで言われて、ルイズは仕方ないというように、嫌々その服へと着替えた。

 仕立て屋を出たルイズは次の目的地を目指す。

「次は馬ね」

「馬? どうして?」

 後ろをついていくかなでは首を傾げた。

「馬がなくちゃ満足なご奉公はできないわ」

「平民って普通は馬を持ってるものなの?」

「そんなわけないじゃない。持ってるのは大抵が貴族よ」

「……身分を隠して平民のフリをするんだから買う必要ないと思うわ」

「そんなの関係ないわ。ご奉公には馬が必要なのよ」

 そう言ってルイズは馬を買いに行った。

 しかし無駄足に終わった。

「四百エキューもするなんてッ!」

 馬の価格は活動費とほぼ同等であることを知って顔をしかめた。

「一頭買っただけで、いただいたお金がおしまいじゃない!」

「安い馬でいいじゃない?」

「そんな馬じゃ、いざってときに役に立たないじゃないの!」

「なら諦めましょ」

「ぐぐぐ……せっかく乗馬用の(むち)も持ってきたのに……」

 自分が荷造りしているときはそんなものなかったはず……。いつのまに忍び込ませたんだろう?

 疑問に思うかなでだったが、たいした問題ではないので思考を切り替える。

「それより、泊まるところを探すほうが大事なんじゃない?」

「わかってるわよ!」

 怒鳴り声をあげるルイズは腹立たしげに宿屋へと向かった。

 だが――――

「二百エキューですって!?」

 彼女が選んだのは見るからに高級そうな宿だった。そこは貴族も宿泊する最高級店であり、高すぎてとても長く泊まれるようなところではなかった。

 外に出たルイズは気落ちしながら通りを歩いていた。

「はぁ……お金が全然足らないわ」

「もっと安い宿を探せばいいじゃない」

「ダメよ! 安物の部屋じゃ眠れないじゃない!」

(……平民に混ざっての活動だから服を換えるとかもっともなこと言ってたのに……どうして馬が欲しいとか高い宿じゃなきゃダメとか言うのかしら?)

 かなでには彼女の考えていることがまったく理解できなかった。

 おそらくルイズ自身、平民の暮らしというものをよくわかっていないのだ。生まれもってのお嬢さまであるがゆえに貴族としての一般常識による生活しか考えられないため、あのような発言が飛び出してくるのだろう。

 それからもお昼を(はさ)んで良質な宿を探し回ったが、どこも結果は同じだった。

「もう諦めましょう」

「嫌よ!」

 かなでの言葉を聞き入れようとしないルイズは歩きながら腕を組んだ。

(そもそもお金が少ないのがいけないのよ……なんとか増やす方法はないものかしら)

 そのようなことを考えていると、ふと道端に置いてある看板が目に()まり、彼女は立ち止まった。

 そこは居酒屋(いざかや)を経営しており、どうやらカジノもあるようだ。

 ルイズの目がきらりと光った。

「これだわ」

 そう呟いて、彼女は店の扉を開いた。

 

 

 ○

 

 

 テーブルの上でくるくる回る円盤がある。円盤の端には均等に区切られた三十七個のポケットがあり、赤と黒で色分けされたポケットには数字が割り振られてある。

 ディーラーが小さな鉄球を投げ入れると、円盤を囲んでいる客達が回る球の行く末を真剣な眼ざしで見つめる。

 球がポケットに入ると、ある者はとても喜び、ある者は悲しみのため息をつく。そうして各々の手持ちのチップが増えたり減ったりしていく。

 ルーレットである。

 いかがわしい格好の女や酔っぱらい男などの客達に混じって、ルイズはテーブルの一席に座っていた。

 ギャンブルで活動資金を増やす。これが彼女の思いついた妙案だった。

(これで馬や宿の問題が全部解決するわ!)

 脳裏に満足な生活をしているイメージが浮かび上がり、思わず顔がニヤける。

 だがそこに、後ろに立つかなでが待ったをかけた。

「ルイズ、ギャンブルはよくないわ」

 途端、ルイズの顔は不機嫌になり、後ろを向いてかなでを睨みつける。

「うっさいわね。あんたは黙ってなさい」

「お金がなくなっちゃうわ」

「そんなことないわ。表の看板にも『必ず増える』って書いてあったもの。絶対大丈夫よ」

 はて、カジノとはそういうものだっただろうか?

 かなでは首を傾げる。

 もちろんそんなわけはなく、負ける可能性があるのだが、それをうまく指摘し説得できるほど、彼女は器用な性格ではなかった。

「いいから任せておきなさい」

 ルイズはテーブルへ向き直ると、自信満々に黒のポケットへ、いきなり三十エキュー賭けた。持ち金の十分の一近くである。

(これで勝って、二倍で一気に六十エキューよ!)

 ルイズは目を輝かせて、ディーラーが投げ入れた球の動向に注目する。

 円盤の回転が徐々に緩やかになってゆく。

 そして球は、赤のポケットへと入った。

「…………は?」

 外すことを想定していなかったのか、まぬけな声が彼女の口から()れた。

 チップがバンカーの手でごっそりと持っていかれた。活動資金の十分の一が一瞬で消え去ってしまった。

 いきなりの負けに目を点にするルイズ。

「ルイズ、やっぱりやめましょ」

 かなでの呼びかけに再起動する。

「う、うっさいわね。最初だったからうまくいかなかっただけよ。み、見てなさい!」

 制止の言葉を振り切ったルイズは、今度は赤に、先ほどと同様に三十エキュー賭けた。賭けてしまった。

 それから三十分後……。

 ルイズはがっくりと肩を落としてうなだれていた。

 結局、あれから一度も勝つことがなかった。

 一気に賭けて一気に外す。すでに経費のほとんどをすっており、残りのチップはたったの四十エキューほど。

 恨めしげに盤面を見つめていたルイズだったが、突如としてガバッと頭を上げた。

 そして残り全てのチップを盤面の一点に置こうとした。

 そんな彼女の腕をかなでが横からつかんだ。

「ルイズ」

「あによ」

 ルイズは邪魔なものでも見るかのような目を向けて、おもいっきり不機嫌な声を出した。

「ここでやめるべきだわ」

 かなではきっぱりと言った。

 途端、ルイズは彼女の手を払い除け、勢いよく立ち上がって睨みつけた。

「次は勝つわ! 絶対勝つ!」

「何回も聞いたわ。でも一度も勝ってない。これで負けたら、本当にお金がなくなっちゃうわ」

 そう指摘するが、ルイズは不敵な笑みを浮かべる。その目は血走っており、あきらかに尋常ではない。

「大丈夫よ。次はわたしが編み出した必勝法が炸裂するわ」

「必勝法?」

「今までは赤か黒のどちらかだったでしょ」

 かなでは頷く。確率二分の一なのに、それを今まで全部外すとはなかなかのものである。もちろん悪い意味で。

「でも今度は数字に賭ける。赤か黒で勝っても二倍だけど、数字なら三十五倍よ。今までの負けを取り返してお釣りがくるわ!」

 ルイズは目をギラギラさせながら力説した。

 かなではルーレットの回転盤に目を向ける。

 三十七個のポケットにはそれぞれ0から36の数字が振られており、当然同じ数はない。そしてルイズの言う必勝法は数字の一点賭け。つまり――――

(当たる確率は…………三十七分の一)

 先ほどの赤か黒かよりも分の悪すぎる賭けである。そんなことをさせるわけにはいかない。

 単純計算を終えたかなでは無理矢理にでもルイズを連れ出すことを決意した。

 だが、時すでに遅し……。

 確率について彼女が計算している間に、ルイズは全チップを盤面の数字に全て置いていた。

 かなでが「あっ」と声を出すのと同時に、回転盤が回って球が投げ込まれた。

 最後の大勝負に出たルイズは鬼気迫る表情で円盤の上を転がる球を睨みつける。

 回転が弱まる。

 球がポケットに向かっていく。

 そこはルイズが賭けた数字の近く。

 彼女の顔が希望に光り輝く。

 そして、一瞬にして絶望へと変わった。

 球は、ルイズが賭けた隣のポケットへと入った。

 目の前のチップが回収される。

 ルイズは全てを失った。

「……もういきましょ」

 かなでは完全敗北で放心しているルイズの腕をつかんで立たせると、カジノの出口へと向かった。

「あと少しだった……ほんのちょっとズレただけだった……次があれば絶対に勝てる……」

 手を引かれながらぶつぶつと呟くルイズを無視して、外への扉を開けた。

 外に出ると、太陽がかたむきはじめていた。まだ明るいが、じきに夕暮れへと変わるだろう。

(お金がなくなってしまったわ……。あたしがきちんとルイズを止められていれば……)

 己を責めるかなで。だがいつまでも後悔しているわけにもいかない。

(どうにかしてお金を稼ぐ方法を見つけなきゃ。それにアルバイトするなら履歴書を書かないと。あ、でも履歴書買うお金がないわ……どうしよう…………)

 そもそもハルケギニアには履歴書は売られてないのだが、そのあたりは天然のためか気づいていない。

 今後についていろいろ考えていると、顔を伏せていたルイズが搾り出すような声でたずねてきた。

「カナデ、あんた、前にスリを捕まえた報酬があったわよね」

 一瞬、なんのことかわからなかった。

 だがスリについて考えを巡らすと、初めてトリスタニアに来たとき、人の多い大通りにて財布を出したせいで、スリにあっさりと盗られたときの事を思い出した。

 そして財布を取り戻す過程でアニエスと出会い、その後彼女から報酬として少しばかりのお金をもらったのだ。今の今まですっかり忘れていた。

「………そういえばあったわね」

「それ今持ってる?」

 はて、どうだったか? 

 かなでは再び記憶を探ってみる。

(そういえば……鞄を買ったときに、そこに入れたほうが楽だと思って、中にしまって、それからはずっと入れっぱなしだったはず……)

 鞄を開いて中を探してみると、もらったときそのままの状態の袋が見えた。

「鞄の中にあったわ」

「ちょっとそれ出しなさい」

 かなでは言われるがまま、彼女個人の全財産が入った袋を取り出した。

 その瞬間、ルイズは電光石火の早業で袋をぶんどり、すぐさま(きびす)を返して疾風のごとき素早さでカジノへと戻っていった。

 突然のことに、ぼけっと立ち尽くすかなで。

 しばらくして……。

 かなでのわずかばかりのお金で大逆転を狙おうとし、しかしながらやはりボロ負けしたルイズが、死んだ魚の目をしながらゾンビのような足取りで出てきた。




解説:虚無の週
まぁ、フーケもアルビオンもやってないのに、原作にある二ヶ月近くある夏期休暇に入るのもどうかと思って考えついた設定ですね。

ちなみに今回のかなでの服装はアニメエピローグに出てきた彼女の私服が元になっています。

本当はカジノについてはアニメ寄りにしてカットするつもりでしたが、話の内容を纏めているうちに一つの話として執筆することになりました。おかげでまた中身をまとめるために苦労するはめになりましたが……。
次の話はまだ下書き段階ですが、できるだけ早く投稿できるように頑張ります。


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第18話 ようこそ、魅惑の妖精亭へ!

今回の話は簡単に書けるはずでしたが、思いのほか、えらく苦労しました。主に資料集め&描写関係で……。
それでは最新話をどうぞ。


 夕方六時を知らせる鐘の音が”ごぉん、ごぉん”と響く。

 街の中央広場の片隅で、かなでは噴水周りにある石のベンチにぼんやりと腰かけていた。

 その横ではルイズが同じように座りこんで膝を抱えていた。

(ど、どうしよう……、お金、全部すっちゃった……)

 今になってようやく自分がやらかしたことの重大さに気づくが、後の祭りだ。

(姫様に頼んでもう一度お金をもらう? ううん、ダメよ! この任務は姫様が私的に命じられたことなのよ。お金の工面には苦労されたはずだわ)

 だというのに、それを自分はたったの三十分で溶かしてしまったのだ。

 さらには使い魔のお金まで奪いとった。今思い返すと貴族どころか人としてあるまじき行為。

 ふと隣に目を向ける。

 己の使い魔は無表情で空を見上げていた。

 先ほどからずっとこの調子だ。一言も喋らず、自分になにかを訴えるそぶりすらない。

 正直、この沈黙が居心地悪かった。

「……なんでなにも言わないのよ」

 耐えられなくなったルイズが口を開いた。

「なにが?」

 こちらを向いたかなでがキョトンとした表情で小首を傾げる。

「あんたのお金を奪って使っちゃったことよ」

「ああ、そのことね」

「そのことねって……」

 なんでもないような物言いにルイズは困惑するが、向こうはかまわず続ける。

「あのお金は持ってたこと自体忘れてたし、とくに気にしてないわ」

「そ、そう……」

 ルイズは責められなかったことになんともいえない気持ちになるが、当人がそう言うならそれでいいのかもしれない……。

 しかし、

「でも他人のお金を奪うのは人としてよくないわ」

 すかさず正論を言われた。

「うっ……わ、悪かったわ」

 ルイズはバツが悪そうに顔を伏せた。

 同時に思う。天然であるかなでに常識を指摘された、と。

「それより、これからどうするの?」 

「今、考えるわ」

 かなでの問いにそう返す。

 だが、いい考えなど思いつかなかった。

 顔を上げて、なんとなく噴水なんかを眺めてみる。

 ふと、道行く人々が自分達を盗み見ているのに気づいた。

 いったいなぜ……?

 ルイズは自覚していないが、彼女の可憐さと高貴さはいやでも人目をひく。そしてかなでの容姿もまたルイズ同様に(うるわ)しい少女に分類される。庶民ではそうそうない美少女二人が村娘みたいな格好で途方に暮れている。人々は、彼女らにどんな事情があるのかと、好奇心から目を向けていた。 

「わたし達、なんだか、ずいぶんと注目されてるわね」

「そう?」

「……この状況をなんとか利用できないかしら」

「たとえば?」

 意見を求められて考える。

 しかしさきほど同様なにも思いつかない。

「というかご主人様だけに頭使わせてないで、あんたもなんか考えなさいよ」

 ぴしっと言われて、かなでは空を仰いでしばし考え込む。すると、

「ストリートライブなんてどうかしら?」

「なによそれ?」

「道端で歌ったり、楽器を弾いたりしてお金を稼ぐの」

 つまり吟遊詩人(ぎんゆうしじん)のようなことをするのか。

 ルイズは光明を得た気がした。通行人が注目しているので、もしかするといけるかもしれない。楽器はないが歌なら可能だ。

「それで、どんな歌を歌うのよ」

「麻婆豆腐の歌」

 瞬間、ルイズは固まった。品評会の出し物をどうするかで悩んでた際に披露されたあの奇妙な歌が脳裏に再生される。

 かなでが急に立ち上がった。コホンっと小さく咳払いしたあと、すぅー、と息を吸った。

 なにをするか悟ったルイズは慌てて彼女の腕をつかんで座らせた。かなでが不思議そうな顔をする。

「どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ! あんなわけわかんない歌なんかダメに決まってるじゃない!」

 周りからおかしなものでも見るような目を向けられるのがオチだ。

「じゃあ他にどうするの?」

「わかんないわよ……」

 再び途方に暮れる二人。

 くぅ~……と、どちらともなくお腹が小さく鳴った。

「おなかすいた……」

「そうね……」

 ルイズの力ない呟きに、かなでが遠くの空を見つめながら返す。

 完全に困り果てた……。

 そのときだ。

「トレビア~ン! なんて綺麗な顔立ちなのかしら!」

 突然、妙な女言葉の男の声がかけられた。

 そちらを向くと、奇妙な格好の筋肉質な中年男がいた。

 黒髪をオイルで前から後ろへと撫でつけてピカピカに輝かせ、鼻下と(あご)に小粋な(ひげ)を生やしている。服装は、胸元が広く開いた光沢のある紫のぴっちりノースリーブシャツと紺色のショートパンツ。腕や脚には濃いスネ毛が目立ち、開いた胸元からもモジャモジャとした胸毛が覗いている。男は香りの強い香水の匂いを漂わせ、くねくねと身体をよじらせていた。

 その様子に、ルイズは露骨に嫌な顔をして引いた。対してかなでのほうは表情一つ変えていない。

「見たところ、なにかお困りの様子だけど?」

 二人の反応を気にすることなく男はたずねた。

「お金がなくて行くところも食べるものもないの」

 かなでが簡潔に答えた。

 男はかなでとルイズの顔を興味深そうに見つめる。

「なら、うちにいらっしゃい。わたくしの名前はスカロン。この先で宿を営んでいるの。お部屋を提供するわ」

 にこっとほほ笑んで、男が言った。

「本当?」

 男の提案にかなでは問い返した。

「ただし、条件が一つだけ」

「条件?」

「そう。一階でお店も経営してるんだけど、あなた達二人がそこを手伝う。これが条件。よろしくて」

「いいわ」

「カナデ!」

 勝手に返答したことにルイズが突っかかる。親切な人物のようだが、ルイズとしてはこんな気味の悪い格好と口調の相手と関わりたくなかった。

「他に行くアテがないわ。お金はないし」

 かなでからお金の話が出てきてルイズは「うっ」と黙りこむ。それから数秒間悩んだすえ、渋々ながら頷いた。

「トレビアン。じゃ決まり。ついてらっしゃい」

 にんまりと笑ったスカロンはリズムを取るように、くいっくいっと腰を動かしながら歩き出した。

「あんなのについていかなきゃなんないなんて……」

 ルイズはすごく嫌な顔をした。

「そんなに嫌なの?」

「当たり前でしょ。男なのにあんな女性みたいな喋り方なんて、どう考えても普通じゃないわ。あんたはおかしいと思わないの?」

「ただのおネエ系の人じゃない」

「は? おネエ系?」

 ルイズは聞きなれない言葉にわけがわからないといった顔になる。

 そして平然としているかなでの様子に、彼女は一瞬、自分の感性のほうがおかしいのかと思った。だがすぐさま頭を左右に振って、その考えを振り払った。

(おかしいのはわたしじゃないわ。カナデは天然だからあの男がおかしいと気づいていないだけよ!)

 自分はいたって正常だと必死に言い聞かせる。

「どうしたの~? ついて来ないと置いてくわよ~」

 スカロンがくねくね腰を振りながらこちらに手招きしている。

 かなではいまだに気乗りしなさそうなルイズの手を握って、男のあとを追った。

「それにしても一文無しなんて大変だったわね」

 道すがら、スカロンがなにげなく言った。

「ルイズが宿代が足りないからって増やそうとしたら、カジノで全部すっちゃったから」

「余計なこと言うんじゃない!」

 正直に答えたかなでをルイズが叱咤(しった)した。

「あら〜、この街に来てそうそうにやっちゃったのね。宿に泊まるつもりだったのなら旅人かしら。いったいどこから来たの?」

「え? え、えぇと……」

 ルイズは言葉に詰まった。自分の素性を言うわけにもいかない。どうにかごまかせねばと思ったが、いい答えが浮かばなかった。

「仕事を探しに来たの」

 かなでが淡々と言った。正確には違うが間違っているわけでもない。この返答にルイズは反射的に乗っかった。

「そ、そうなの! 家がすごい借金してて、二人で出稼ぎに来たの!」

 とっさに嘘をでっちあげた。かなでがなにか言いたげにこちらを見たが、ルイズは小声で「黙ってなさい」と注意した。

「なるほどね。でも仕事が見つからず、お金を増やそうとしてギャンブルに走っちゃったのね」

「そ、そうね……」

 スカロンの言葉にルイズは気まずそうに目をそらした。仕事なんて探してすらいない。

 そうこう話しているうちに、周りの家並みと同じ白い石造りで、二階建ての大きな建物にたどりついた。

「ここがわたくしのお店よ」

 スカロンが二人のほうを振り返り、

「ようこそ、魅惑(みわく)妖精亭(ようせいてい)へ!」

 ほほ笑みながら両手を大きく広げて店名を名乗り上げた。

 そのとき、かなでは、あれ? と首を傾げた。

(お店の名前……どこかで聞いたことがある気がする。どこだったかしら?)

 首を左右に傾けながら、うーん、と小さく唸るが、どうにも思い出せない。

 仕方ないから諦めて、スカロンの後ろについて店内へと足を踏み入れた。

(あ、そういえば履歴書はいらないのかしら?)

 ……この天然はまだ言ってた。

 のちに履歴書についたスカロンに聞いたところ、「そういった経歴書は雇う側で用意するから必要ないわ」と、おかしそうに笑われた。

 

 

 ○

 

 

 表の外見どおり店の中はそうとう広く、木製フローリグの店内には丸テーブルとイスのセットが十席近くもある。入口から見て左側が厨房となっておりカウンターで仕切られてある。その隣りには、奥の壁にそう形で上り階段があった。

「いいこと、妖精さんたち!」

「はい! スカロン店長!」

 カウンターの前に立つスカロンの正面で、魅力的できわどい格好をした女の子達が一斉に唱和した。

「違うでしょおおおおお!」

 スカロンは腰を左右に激しく振って否定した。

「店内では“ミ・マドモワゼル”とお呼びなさいと、いつも言ってあるでしょお!」

「はい! ミ・マドモワゼル!」

「トレビア~ン!」

 改めて呼ばれると、スカロンは嬉しそうに身を震わせて、ほほ笑んだ。

「さて、妖精さんたちに嬉しいお知らせ。今日はなんと新しいお仲間ができます」

 それからスカロンは左を向き、二階へ続く階段に向かって叫んだ。

「ルイズちゃ~ん、カナデちゃ~ん! いらっしゃ~い!」

 名を呼ばれて、かなでが階段から下りてきた。

 彼女は銀髪を頭の右側でサイドテールにして、他の女の子達と同様の衣類に身を包んでいた。頭部のカチューシャはもちろん、全体的にフリルをあしらった、ビスチェとプリーツミニスカートを組み合わせた服であり、色は落ち着いたバイオレットカラーである。

 スカート丈がきわどいうえ、はいてるソックスもいつもより短いため、太ももから足首まで素足が大きく露出しており、左太ももにはフリルつきのガーターリングが巻かれている。

 上着は体と密着しているためボディラインがくっきりと浮かび上がり、背中が大胆にもざっくりと開いている。両腕は中指にひっかけるタイプのイブニング・グローブをしているため肘上まで隠れているが、普段は下に垂らしている長髪が全て右側頭部の高い位置で一つにまとめてあるため、胸元や肩から背中にかけて、シミ一つない美しい柔肌があらわとなっている。

 全体的に肌をさらす魅力的なその姿は、店の名前に恥じない可憐な妖精であった。

 そんな格好であっても、彼女はいつもどおりの無表情のままであるが。

 かなでが一階に下りてきたところで、スカロンは首を傾げた。

「あら~、カナデちゃん一人? おかしいわね……。ルイズちゃ~ん! どうしたの~?」

 もう一度呼ぶが、返事はなかった。

 かなでが今さっき下りてきた階段を小走りで戻っていく。

 階段を上がった先の廊下。

 そこには、かなでと同じ格好――ホワイトのきわどいビスチェドレスを着せられ、羞恥心と怒りで顔を真っ赤にさせているルイズがいた。

「どうしたの? 店長が呼んでるわ」

 かなでがたずねると、ルイズは険しい目で睨んできた。

「貴族のわたしに、こんな格好で人前に出ろってのッ!?」

 激しく怒っているため、全身がわなわなと震えていた。こんなはしたない姿を人前にさらすなのど屈辱でしかない。

「そういう仕事なんだからしょうがないわ」

「なんであんたは平然としてるのよ。なんとも思わないわけ? 自分の格好をよく見てみなさいよ!」

 ルイズは廊下の隅に置かれた大型の鏡を指さす。

 言われたとおりにかなでは鏡に全身を映してみる。

 普段の自分の服装とはあまりにもかけはなれた姿だ。体をひねるなどして姿勢を変えて全身をいろんな角度から見てみる。太ももや胸元はもとより、背中なんて丸見えだ。

「……不埒(ふらち)ね」

「でしょ! そう思うでしょ!」

「でも嫌ではないわね。こんな大胆な服なんて着ることなかったから、すごく新鮮だわ」

 かなでは表情一つ変えずに言った。実際、嫌な顔をするわけでも照れて恥ずかしがる様子もない。

 無表情で淡々と述べる目の前の少女に、ルイズは一瞬勢いが削がれる。

「それにここで仕事しないと、お姫様の任務をこなせないわ」

 任務について言及され、ルイズは「うっ」となにも言えなくなった。

 仕方なく、これは任務と自分に言い聞かせ、“我慢する”という苦渋の選択をした。

 怒りを抑えたルイズをともなってかなでは一階へと戻ると、スカロンの隣りへと歩いていき、女の子達の前に二人そろって並び立った。

「ルイズちゃんとカナデちゃんはね、お父さんの博打の借金のために街に出稼ぎに来た、とっても苦労してる姉妹なのよ」

 スカロンが涙混じりに紹介すると、女の子達から同情のため息が漏れた。ちなみに姉妹というのは、店までの道中であれよこれよと話をしてた際に、いつのまにかできてた設定である。

「じゃ二人とも、お仲間になる妖精さんたちにご挨拶(あいさつ)して」

「かなでです。よろしくお願いします」

 簡潔に自己紹介してぺこりと丁寧(ていねい)におじぎした。

 だがルイズのほうは再び怒りで体が震えだしていた。こんな格好をさせられたうえに平民に頭を下げろなど、貴族としての高いプライドが許さなかった。

 だが今さっき任務のために我慢すると決めたばかり。ルイズは引きつった笑みを浮かべて一礼した。

「ルルル、ルイズなのです! よよよ、よろしくお願いなのです!」

「はい拍手!」

 スカロンに促されて、女の子達が一斉に拍手した。いくつものパチパチという大きな音が響く。

「仕事のやり方についてはジェシカに任せるわ。ジェシカ~、お願いね~!」

「はーい!」

 厨房から、胸元の開いた緑のワンピースに白いバンダナと腰エプロンをした、太い眉と長いストレートの黒髪が特徴の可愛らしい娘があらわれた。その胸元からは豊満な胸と立派な谷間が覗いている。

「あたしジェシカ。よろしくね二人とも。店でわかんないことがあったら、なんでも聞いて」

 ジェシカは親しみやすい雰囲気でほほ笑んだ。

 ルイズは馴れ馴れしい態度にムッと顔をわずかにしかめるが、かなでのほうは普段通りに接する。

「かなでです。よろしくお願いします」

「あはは、そんなかたくるしくなくていいわよ。もっと気さくな感じでいいからさ」

「そう? じゃあ、よろしくお願いするわ、ジェシカ」

 こうしてルイズとかなでは彼女から仕事についての研修を受けた。

 それが終わったのをみはからってか、階段の前でスカロンがパンパンと手を叩いてみなの注目を集めた。その後ろにはカーテンで遮られた一角がある。

「さぁみんな! 新人ちゃんの紹介も済んだところで、今週はお待ちかね、チップレースの始まりよ!」

 女の子達が待ってましたと言わんばかりに黄色い歓声を上げた。

「チップレース?」

 ルイズとかなでは首を傾げる。

「レースでもっともチップを稼いだ妖精さんには特別ボーナスの他に……、じゃーん!」

 スカロンが天井から吊り下げられたロープを引いて、カーテンを開けた。

「我が店の名前のもとになった代々伝わる家宝、この“魅惑のビスチェ”を一日着用する権利が与えられまーす!」

 そこには丈の短い、黒く染められた色っぽいビスチェ型のドレスが飾られていた。デザインから見て、魅惑の妖精亭の服はこれが元になっているのだろう。

「う~ん、トレビア~ン。このビスチェは人を虜にする魅了の魔法がかけられてあるの!」

「素敵ね! ミ・マドモワゼル!」

「想像するだけでドキドキね! なにせこれを着た日には稼ぎ放題! いくらでもチップをもらえちゃうわ。去年優勝した娘なんか、あんまりにも稼ぎすぎて田舎に帰っちゃったくらいなんだから!」

 それを聞いたルイズはビスチェの効力に戦慄した。

「みんな、このビスチェに身を包むことを目指してがんばるのよ!」

「はーい!」

「新人ちゃん達もね!」

「え、は、はい!」

 とっさにルイズは返事をし、かなではこくりと頷いた。

 あと少しで店は開店。女の子達はせっせと準備を終えていく。

 その中で、ルイズは魅惑のビスチェを穴が空くほど見つめていた。

(……これはチャンスだわ!)

 チップレースについて詳しく聞くと、開催期間は虚無の週の約半分。優勝してあの魅惑のビスチェの力で稼ぎまくれば、こんなところやめて優雅な生活ができる!

 ルイズは野心を燃やした。

 そしていよいよ開店時間。

 羽扉がばたんっ! と開いて、店内に客達がなだれのように入ってきた。




本編中のちょっとした小ネタ。

・ストリートライブ。
 前回もらった感想からアイデアを採用させていただきました。もともとなかった内容ですが、原作の才人が芸で稼ごうとするシーンに差し替える形で組み込みました。

・履歴書
 前回に続き、かなでの天然キャラという個性を出すために書いたネタ。正直いらなかったと思うけど前回やってしまった時点で後の祭り。 

・かなでの魅惑の妖精亭の服の色。
 バイオレット……すみれ色です。理由は前日譚マンガでかなでが所持していたビキニパレオがこんな色だったから。ちなみに実際に着用したのは仲村ゆり&ひさ子。
 とあるキャラいわく「ああいうの着るんだなぁ、生徒会長」
 あと髪型をサイドテールにしたのは、公式で体育座りでメガネをかけたイラストがあったので、そこから採用しました。(でもあのイラストよく見ると髪の一部だけを結んでるから本当はサイドアップなんだよね……)



以下、なんというか苦労話。
 今回書いてて思ったこと。あの魅惑の妖精亭の服を文章だけで表現するのはめちゃくちゃキツかったです。
 原作だとルイズが着てるあの服ってキャミソールって書いてあるけど、キャミソールって肩紐がついてるんだよね。でも挿絵とかアニメとか見るかぎりそんなのないし。
 検索して探したらビスチェドレスというのが該当するみたいなんで、本文でそう書きました。
 正直あの服についてはホント難題でした。手袋とか太ももにつけるアレの名称とかまったくわからなかったので。
 いろいろと検索かけてるうちに、ガーターリングだとかイブニング・グローブだとかの名前や知識をいろいろと知ることになりました。たとえばイブニング・グローブってオペラ・グローブの別称であるとか。正直どっちの名前を使うか悩みました。

 今回はかなでの妖精姿を魅力的に書こうとがんばってみましたが、どうでしたかね……。
 次回は今回ほど苦労しなくて書けたらいいなと思います。


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第19話 初めてのアルバイト

みなさん、お久しぶりです。
気づけば前回の投稿から5ヶ月。いつぞやのように長らく間を開けてしまい、申し訳ありませんでした。
今回は文字数1万越え。そのせいでまとめやチェックに時間がかかってしまいました。
そんなことはさておき、最新話をどうぞ。



 魅惑の妖精亭はかわいい女の子がきわどい格好で飲み物を運んでくれるのが特徴の店である。やってくる客層もそれが目当ての男が大半であり、女の子たちは男どもの気を引いてチップを獲得していくのだ。

 仕事はかなでが皿洗い、ルイズは給士(きゅうじ)を命じられた。

 チップレース優勝を目指していたルイズはちょうどいいと意気込んだ。

 だが現実とはそううまくいかないもの。

 現在ルイズは……

「ここここ、この下郎ッ!!」

 酔っぱらい男の顔面にグラスのワインをぶっかけ、テーブルに片足乗せて激しい怒りをたずさえた目で見下ろしていた。

 

 どうしてこうなったかというとだ。

 

 平民に(しゃく)をせがまれたルイズは屈辱を感じながらも我慢してワインを()いだが、怒りによる震えから手元が狂ってこぼしてしまった。男は腹を立てたが、ルイズの美貌(びぼう)を気に入り、口移しでワインを飲ませたら許してやると言った。

 とうぜんルイズはキレた。

 結果、さきほどの状況へといたる。

「あああ、あんた、わたしを誰だと思ってんの? おおお、おそれおおくも、こここ……こうしゃ……」

 我を忘れて、あろうことか己が貴族だと明かそうとする。

 そこへスカロンが現れた。新人に問題が起きた際にすぐさまフォローに回れるように影から見守っていたのだ。

 男の隣にどかっと腰かけ、しなだれるように男の首に両腕をまわした。

「ごめんなさ〜い、この()、まだ新人で」

 突然の介入に驚くルイズと酔っぱらい。

「な、なにすんだオカマ!? てめぇに用はねえ!」

 もがく男だが、スカロンはそのたくましい腕で絡みついて離なさない。

「ルイズちゃ〜ん! 新しいワインをお持ちして」

「は、はい!」

 ルイズは反射的に返事をしてその場を離れていく。

 その背後で、店長の熱いサービスを受ける男の絶叫があがった。

 

 

 ○

 

 

 かなでは店のエプロンをつけて台所で食器を洗っていた。

(お皿を洗うのは初めてじゃないけど……)

 死後の世界では家庭科の授業や炊き出しなどのイベントで食器を洗う機会があったため、たいして難しくないと思っていた。

 だが実際はかなりきびしいものだった。

 お店が繁盛していくにつれ、どんどん(から)となった食器が運ばれてくる。

 洗っても洗っても減らないどころか逆にたまっていき、あっというまに山のように積み上がってしまった。

 どんなにがんばっても処理がまるで追いつかない。オーバードライブによる身体能力向上で体力的にはいまだ疲れ知らずだが、これではキリがない。

「ちょっと! お皿がないじゃないのよ!」

 悪戦苦闘(あくせんくとう)していると、いつのまにか隣にジェシカがいた。腰に手をやって眉をつり上げている。

「ごめんなさい、今洗うわ」

 必死に手を動かす。だがジェシカからしたらその動きはけしてよいものではない。

「かしてごらん」

 見かねてかなでから皿洗い用の布を取り上げると、慣れた手つきで汚れた食器をどんどんかたづけていった。

 その無駄のない動きにかなでは感心するしかなく、呆然とジェシカの手元を見つめていた。

「すごいわ……」

「片面ずつ(みが)いてたら時間かかるでしょ。こうやって布で両面をはさむようにして、ぐいぐい磨くのよ」

 ほほえむジェシカに「わかったわ」と答えて、かなでは彼女に習って皿を磨いてみる。

 コツを教えてもらったおかげで作業スピードが上がった。並んで食器を洗っていく。

 その最中、時折(ときおり)ジェシカは店の方へと目を向けることがあった。

 

 しばらくして――

 

 ルイズが厨房(ちゅうぼう)にすっとんできた。

「カナデ、交代よ」

 呼ばれて彼女はなぜというように小首を(かし)げた。

「店長の命令よ。今度はあんたが給仕をやるの」

 わけを話したルイズはかなでが持っている布と食器を奪い取った。

 そういうことなら従うほかない。納得したかなではエプロンを外した。バイオレットカラーのビスチェドレス姿があらわになる。

 横でジェシカがやれやれというように肩をすくめた。

「あたりまえよね。あんなにお客さん怒らせてたら」

 ルイズが不愉快そうにキッと睨みつける。

 たがジェシカは気にすることなく続けた。

「見てたわよ。あんた、さっきお客さんにワインこぼしたばかりか、顔面めがけてぶっかけてたじゃない。他にもお客さんをビンタしたりとかね」

「そんなことしたの?」

 かなでにも問われ、ルイズは気まずそうに目をそらした。

 ジェシカの言うとおり、あれからもルイズは客に対して何度も店員とは思えない態度と仕打ちをくらわせていた。

 もちろんそんなことでは商売にならないので、かなでとのチェンジが入ったのだ。

 ルイズは腹立たしそうに皿を拭きながら横目でジェシカをじろりと睨んだ。

「こっちが仕事してるってのに、他人の観察してたわけ? ずいぶんとヒマなのね。そっちこそちゃんと自分の仕事しなさいよ。店長に怒られるわよ」

「いいのよあたしは」

「なんでよ?」

「あたし、スカロンの娘だもん」

「はぁ!?」

 驚いて反射的にジェシカのほうへ振り向く。その際、皿が手からこぼれ落ち、ガシャーン! と高い音を立てて割れた。

「あー! なに割ってるのよ!」

 ジェシカが注意するが、ルイズはわなわなと震え、ありえないものを見るような目で彼女を指さした。

「あああ、あんたが? あのオカマ店長の娘!?」

「ひどいわね。あれで優しいパパなのよ。昔お母さんが死んじゃって泣いてたとき、“じゃあパパがママの代わりもつとめてあげる“って言い出してね。結果、化粧とかしてトレビアンになったわけ」

 それを聞いてかなでが感動したように胸の前で両手を組んだ。

「いい話ね」

 彼女の呟きにルイズは勢いよくつっこんだ。

「反応するところそこ!? ほかにもっと気にするところあるじゃない!」

「どこ?」

 かなでは不思議そうに小首をかたむける。

「店長とジェシカが親子ってところよ! おかしいでしょ!? 全然似てないじゃない!!」

 ルイズはあらためてジェシカを見た。あんな変な男からこんな……こう思うのも腹立たしいが、美人な娘が生まれるなんて……。

 動揺する彼女をよそに、かなではなんてことのないように言った。

「そう? 二人ともそっくりな黒髪だけど」

「髪だけじゃないの!」

 腹の底から全力で叫んだ。

「ま、そういうこと。店の現場管理はあたしなんだから。それじゃカナデはいってらっしゃい。ルイズみたいにお客さん叩いちゃダメだからね」

 かなではコクりと(うなず)くとフロアへと歩いていった。

 ジェシカはホウキとチリトリを取ってくると、ささっと手早く割れた皿をかたづけた。

 それから未だに現実を受け入れられずにいるルイズに声をかける。

「ほら! 突っ立ってないで手を動かす! これからもっと忙しくなるんだからね!」

 

 

 ○

 

 

 注文をとったり料理を運んだりとフロアを行き来するかなで。歩くたびにサラサラできれいな銀髪のサイドテールがゆれる。そのかわいらしい外見と、ハルケギニアにはない珍しい顔立ちもあってか、通りがかりに男性客らの目を()く。

 カウンターで料理と酒瓶(さかびん)などを乗せたトレイを新たに受けとり、客席へと向かう。

 ふと食器の中身を見て、わずかに驚いた。

(これって、豆腐(とうふ)?)

 湯気を上げるそれは、まごうことなく湯豆腐だった。

 この世界では一般的ではないはずの豆腐をこの店が取り扱っていることを不思議に思ったが、お客を待たせているのでその疑問は頭の片隅に追いやった。

「ご注文の品をお持ちしました」

 愛想のまったく感じられない無表情のまま、料理やワインの瓶とグラスをテーブルに置く。

「ごゆっくりどうぞ」

 次の注文を取りにいこうとしたところで、テーブルの男が声をあげた。

「おい待てよ。ねえちゃん、酌してくれよ」

 すでに酒が入ってるのか、男は顔を赤く染め、かなでに対してニヤニヤと下卑(げび)た笑みを浮かべている。

「わかりました」

 相手のありさまに気づくことなく、彼女は瓶を両手で持つと、相手が差し出すグラスにワインを淡々と注いだ。

 男はかなでの無感情かつ事務的なありように不満気に眉を寄せた。

「なんだお前、美人だが、愛想ねぇな。しかも胸もねぇ。おい、なんか面白いこと言ってみろよ」

「……そう言われましても、なにを言っていいのかわかりません」

「なんだ、本当につまんねぇやつ……。もういい、いったいった」

 男は興ざめだというふうに、しっしっ、と手を振った。

 かなでは追い払われるようにテーブルを離れた。

 それからも注文を取りにいっては機械的に接客する。

 そんな彼女に対する反応はやはり、興ざめや面白味のない女というものだった。

 何度目かの給士のあと、かなでは店の隅で待機していた。

 ふと、近くに置いてある大きな鏡に気づき、その前に立ってみた。

 表情のない自分の顔が映る。

 たしかに客たちが言うように、このうえなく無愛想なそれは接客する者の顔ではない。

「愛想、ね……」

 左右の人さし指をそれぞれ唇の端に持っていき、ななめ上にひっぱって、笑った形にしてみる。

 手を離すと口は元に戻った。

(……笑顔を作るって難しいわ)

 そんなことをしていると注文を呼ぶ声が聞こえたので、すぐさまテーブルへと向かった。

 

 

 スカロンはルイズのときと同様に、かなでの仕事ぶりを見守っていた。

 ルイズの件があったため不安があったが、かなでは特に問題を起こさなかったため、杞憂(きゆう)に終わった。

 もっとも彼女は愛想一つ言うことができないので、ルイズとは別の意味でチップはもらえていなかったが……。

 そのかなでは今、端っこの席で酌をしている。

「いや~、君、かわいいねぇ~」

 ぶくぶくと肥えたスキンヘッドの男が興奮気味に言う。どうやら特殊な趣味の持ち主らしく、かなでの小柄な体を上から下へとなめるように眺めていく。

 かなではそんな視線を気にすることなくワインを注いでいく。

 正しくは気にしていないのではなく、気づいていないというのが正解だが……。

 どれほどいやらしい目て見つめてもおとなしいかなでに、男は完全に調子に乗っていた。

「ボクって、君みたいな娘がタイプなんだ~。特にその小さなお尻や太ももとか~」

 男はかなでの腰に手を伸ばし、あろうことかその小さなお尻を()で回した。

 感情のないかなでの顔に、わずかな赤みが宿った。天然といわれる彼女も、さすがにこれには嫌悪感(けんおかん)を抱いた。反射的に突き飛ばそうとしたが、ジェシカの言葉が頭をよぎった。

 ルイズのようにお客さまに暴行を働いてはいけない。理性で体を抑える。

「やめてくださいお客様」

 こらえて抗議するが、男はまるで聞き入れない。

「いいじゃないか少しくらいさ~。ほら、これあげるから~」

 男はチップを強引にかなでに握らせ、なおも触っていく。

 すりすりすり――――。

 男の手は緩むことなく、エスカレートしていく。お尻から登って、あらわとなっている背中や肩の柔肌をベタベタとふれていく。

 かなでの中に不快感が積もっていく。さすがにこれ以上は目をつぶることができない。かなでは平手を繰り出そうと手を大きく振りかぶった。

 そこへスカロンの声が響いた。

「カナデちゃ〜ん! すぐに次の料理を持っていって〜!」

 思いがけないチャンスだった。かなでは男を振り払って、逃げるようにテーブルをあとにした。

「ああ、まってよ~、せめてもう少し――」

 男が未練がましく手を伸ばすと、それをスカロンが取った。

「ごめんなさいね。あの娘も仕事があるから。代わりにわたくしが相手してさしあげる!」

「ヒィィィ!」

 スカロンに絡まれて、男は青ざめて悲鳴をあげた。

 かなではカウンターへ来たが、運ぶはずの料理がどこにもなかった。

「カナデちゃん、大丈夫?」

 キョロキョロしていると、背後からスカロンが焦ったように話しかけてきた。

「なにがですか?」

「あんなにお尻を触られたことよ。チップをもらうためにサービスは必要だけど、安易(あんい)に許しちゃダメ。ちゃんとあしらわなきゃ」

 スカロンが困ったように言った。別にチップがほしかったわけではないのだが……。

「やり方がよくわかりません」

「他の娘がどうやってるのかよく見て学ぶのよ。それまでは触られそうになったら逃げちゃっていいから」

「はい」

「ごめんなさいね。こういう仕事だから、ああいうお客が多いけど、めげずにがんばってちょうだい」

 そのはげましにかなではコクりと頷いた。

 

 

 夜型の店である魅惑の妖精亭は早朝に閉店となった。はじめての深夜を通しての仕事に、ルイズとかなではクタクタだった。

 その日は給金日のため、スカロンは店の女の子やコックたちに給金を配ったが、ルイズには請求書が渡された。彼女が割った皿や客を怒らせたせいで出た損害である。

 スカロンは「初めは誰でも失敗するわ。これから一生懸命働いて返してね!」と元気づけてくれたが、ルイズはため息をつくしかなかった。

 

 

 ○

 

 

 仕事を終えたかなでとルイズは更衣室で寝巻きに着替えると、荷物を持ってあてがわれた部屋に向かった。

 のだが――――

「なによここ!」

 ルイズがありえないというように叫んだ。

「あたしたちが寝泊まりする部屋でしょ」

「この物置小屋みたいな屋根裏部屋が!?」

 ルイズの言うとおり、二階の廊下からハシゴで上がったそこは屋根裏部屋であった。

 部屋は薄暗くて(ほこり)っぽく、酒瓶の入った木箱や、タル、古い家具などが積み上げてある。隅には粗末なベッドが一台、置いてあった。

「貴族のわたしをこんなところで寝かせる気!?」

「空いてる部屋がここしかないのだから仕方がないじゃない」

「だからってこんなところで寝れるわけないじゃない!」

 一人騒ぐルイズをよそに、かなではベッドの上にある毛布を手に取る。埃を払うと、それをかぶってベッドに横になった。

「それじゃ寝ましょ」

「なに平気な顔して寝ようとしてんのよ!」

「他にすることがある? それに昼からは仕込みや掃除があるのよ。ちゃんと寝ておかなきゃ」

「なんであんたは順応してんのよ!」

「食べるものと住むところを確保できたし、お金だってもらえる。それにお店には貴族のお客さんもけっこう来るみたいだから任務のための情報も集められる。多少の不便を我慢すれば、いい物件だと思うわ」

「だとしても、あんな格好で平民に()びを売るなんて冗談じゃないわ! さっきも聞いたけど、あんな格好させられて、あんたは本当になんとも思わないわけ!?」

 怒鳴るルイズに、かなではむくりと上体を起こす。

 なにも感じないわけではない。さっきはセクハラにあって嫌な思いをした。だが……。

「たしかに仕事は大変で、嫌なこともあったけど、それでもあたしは楽しいわ。アルバイトって初めてのことで、おもしろいもの」

 前向きなその発言に、ルイズはわけがわからなくなって言葉が出なくなった。

 かなでは話は終わりとでもいうように再び横になると「おやすみなさい」とだけ言い残して目を閉じた。疲れていたのか、すぐさま小さな寝息を立てはじめた。

 文句をはきだす先がなくなったルイズは「う~~」だの「む~~」だのうなりながら、恨めしそうにその寝顔を睨みつけていたが、そのうちあきらめた。それから不満げに天井を見上げた。

 と、そのとき、暗闇の中になにかいるのに気がついた。

 それは数匹のコウモリだった。

 天井の(はり)にぶら下がっていたコウモリたちはルイズと目があった瞬間、羽を広げてキィキィ鳴きながら飛び回った。

「きゃあっ!?」

 ルイズは短い悲鳴をあげると、怖くなって逃げるようにかなでの隣へともぐりこんで、頭から毛布をひっかぶった。

 恐る恐る顔を出してみると、コウモリは再び天井に停まっていた。

 ルイズはため息をついた。

 仕事は最低。宿も最悪。でも任務のためには我慢しなくてはならない。仕方がないといえばそれまでだが、すでに心はへこたれはじめていた。

 これからの不安を抱きながら、彼女は眠りについた。

 

 

 ○

 

 

 夜になって開店早々、ルイズは再び給仕に入った。相手はぶくぶくと肥えたスキンヘッドの男……昨日かなでのお尻を撫で回していた客であった。

「いや~、昨日の銀髪の娘もよかったけど、君もすごい好みだよ~」

「そ、それは、ううう、嬉しいですわぁ~!」

 ルイズは好意を示す男に、うわずった声をあげながら精一杯の愛想笑いをする。が……

「君みたいな娘が本当にタイプなんだぁ~。特にその小さな胸がぁ~」

 男は手をわきわきと動かしながらルイズの胸へと迫る。昨日みたいに触るつもりである。

 だが彼女はかなでではない。

 一瞬にして怒りで顔を真っ赤に染めあげたルイズは渾身の全力ビンタを男の顔に叩き込んだ。男は涙を流して床に転げ落ちた。ルイズは意図せずかなでの仇討ちを果たした。もちろんチップはもらえなかった。

 

 

 次の日、ルイズとかなでが並んで皿洗いをしていると、ジェシカが様子を見にきた。

「どう? ちゃんとやってる?」

「うっさいわね」

 邪険にするルイズに、ジェシカは洗った皿を一枚手に取ると、眉を寄せた。

「ダメじゃない。ここ、汚れがまだ残ってるわよ」

 洗い残しを指差すと、ルイズは苦虫を潰したような表情になり、無言で皿をひったくって洗いだす。

「人が教えてあげてるのに礼の一つも言えないの? これだから貴族のお嬢様は……」

 呆れたように呟くジェシカに、ルイズの動きがぴたっと止まった。

 普段なら生意気な口をきかれたことに腹を立てるところだが、今は冷や汗をかいていた。

 なぜバレた? 自分もかなでも正体は隠していたはず……。

 ギギギと首を動かして顔をそむける。

 かなでもジェシカの発言が気になり、手を止めて体ごとジェシカの方へ向けている。

「な、なに言ってんのよ。わたしが、き、貴族なわけないじゃない……」

 とぼけようとするルイズだが、あきらかに動揺や焦りが声にあらわれている。そのありさまに、ジェシカは小さく声を出して笑った。

「見てりゃわかるもの。あんた、最初お皿の運び方も知らなかったじゃない。妙にプライドが高いし、それにあの物腰。貴族に間違いないじゃない」

「ぐっ」

 ルイズは黙りこくった。まさかこんなにも簡単にバレるなんて。

「なんで貴族のお嬢様が働く必要があるのかわかんないけど、まぁ事情があるんでしょ。黙っててあげる。でも仕事する以上はまじめにやってよね」

「ちゃんとやってるじゃない」

「どこがよ。ワインはぶっかけるし、ケンカするし、常連さんは怒らせるし」

 反論できず、ルイズは唇を尖らせるしかできない。

「正直あんたみたいな娘、迷惑なの。これ以上やらかしたらクビだからね? おとなしく魔法学院に戻るのね」

「な、なんで学院から来たって!?」

 仕草で貴族だとばれたのは納得できたが、なぜ学院のことまで?

「ああ、やっぱり学院関係なんだ」

「あ、あんた! ひっかけたわね!」

 かまをかけられてまんまとはまってしまったことに、ルイズは恥と怒りで真っ赤になる。

「でも、どうして学院から来たと思ったの?」

 かなでがストレートに理由を(たず)ねる。

「ああ、それはね……」

 ジェシカは笑みを浮かべてかなでを見据(みす)えた。

「あんた、“カナデさん”でしょ、シエスタの手紙にあった」

 ルイズとかなでは驚いた。なぜ彼女の口からシエスタの名前が出てくるのか?

 かなではすぐさま聞き返した。

「シエスタを知ってるの?」

「知ってるもなにも、シエスタは従姉妹(いとこ)だもの」

「なんですって!?」

 ルイズがすっとんきょうな声をあげた。

 かなでも内心驚いてジェシカを見つめ、そして気づいた。

「そういえば……シエスタもジェシカも同じ黒髪ね」

「そういうこと」

「あたしのことが手紙に書いてあったって、どういうこと?」

「ウチのことシエスタからなんにも聞いてない? 前にシエスタに珍しい香辛料を渡したんだけど、その使い方について手紙が来たのよ。カナデっていう友達ができたことと、その娘がトウガラシを使った料理を知ってるらしいから、トウフと一緒に送ってほしいって。カナデの名前を聞いたとき、まさかとは思ったけど、ルイズが貴族なら、もしかして同一人物かもって思ったわけ」

 ジェシカの話を聞いて、ルイズは納得した。同時にある疑問が浮かんだ。

「ということは店長もカナデのことを知ってるの?」

「そりゃ、あの手紙はパパも読んだし」

「じゃあ、わたしたちを雇ったのはカナデだったから?」

「パパが誘ってきたとき、あんたたち、名乗ったりした?」

「いいえ、ここで働くのが決まってからよ」

「じゃあ違うんじゃない? ただ(たん)に、あんたたちを確保しておきたかったからだと思う。よそにとられたりしないうちにね。でもカナデのことは気づいてると思うわ」

 ジェシカは確信をもってそうな顔で断言した。

 ふとルイズはあることが気になった。

「シエスタはカナデのこと、どう書いてたの?」

「どうって、ただ友達ができたとしか書いてなかったわよ」

「それだけ? カナデの素性とかは? どこから来たとか」

「なんにも書いてなかったけど」

「そう」

 どうやらシエスタはカナデのガードスキルについては記さなかったようだ。香辛料とやらの件とは無関係だったからだろうか? 別に隠すつもりはないが、今はああいった特殊能力は知られていないほうがいいかもしれない。

 いっぽう、かなではかなでで別のことが気になっていた。

 手紙、トウガラシ、豆腐。

 これらのことから、脳裏にある記憶がよぎった。

”親戚のお店に行けば手に入ると思います。魅惑の妖精亭といって――”

(……そういうことだったのね)

 ここの店名をどこで聞いたような気がしていたが、以前、モット伯の屋敷でシエスタが話していた名だ。彼女を取り戻した後日、麻婆豆腐を作ったが、あの材料はここから送られてきたのだ。どうりで店のメニューに豆腐料理があるはずだ。

「ここがシエスタが言ってた親戚のお店だったのね」

「そういうこと」

 ジェシカがかなでの言葉に頷いてみせる。

「シエスタは麻婆豆腐についてなにか言ってた?」

 もともと麻婆豆腐を作ったのはこの店の新作メニューのためだったが……。

「ああ、あれね。なんかすっごく辛くてお店に出せそうにないって手紙に書いてあったわ」

「そう、残念ね……」

 かなでは無表情でうなだれた。

「あんなもの、あんた以外で食べられるわけないじゃない」

 ルイズが呆れたようにつっこんだ。

「そんなに辛いんだ。ねぇ、今度作ってみてよ」

「はぁ!?」

 笑いながら放たれたジェシカの言葉に、ルイズは目を見開いた。

「あんたなに言ってんのよ! この世のものとは思えない辛さなのよ!」

「そんなに言われると逆に食べてみたくなるわね」

 ルイズは引いた。この女、好奇心の(かたまり)だわ……。

 そんなふうに話していると、ジェシカとルイズに交代が入った。

「さて、おしゃべりはここまで。仕事に戻らなきゃ」

 ジェシカが、パンッ! と両手を叩いた。かなではハッとなって皿洗いを再開する。

「ええ、そうね。優勝するために、とっとチップをもらいにいかないと」

 ルイズがそう言ってフロアに行こうとする。

「優勝、ねぇ。できるといいわね」

「どういう意味よ……」

 ジェシカの含みのある言い方にルイズがジロリと睨みつける。

「別に。ただあんたみたいなガキに酒場の妖精はつとまらないから優勝なんて無理だろうなって思っただけよ」

 挑発的な笑みを浮かべるジェシカ。

 途端、ルイズが怒鳴った。

「ガキじゃないわ! 十六歳だもん!」

「え、わたしと同い年だったの?」

 心底驚いたという表情になったジェシカは、ルイズと自分の体を見比べた。

 それから口元を手でおおい、「プッ」と吹き出した。

 その仕草にルイズはキレた。

「なによ! ちょっと胸がないくらいで人をガキだのミジンコだの!」

「いやそこまで言ってないし」

 被害妄想にわずかに呆れるジェシカ。

「そもそもわたしがガキだっていうならカナデはどうなのよ!」

 ルイズはかなでを指差す。巻き込まれた当人は皿を磨きながらキョトンと首を傾げた。

「体型が同じでもカナデはちゃんとしてるからいいのよ。仕事だって安心してまかせられるし。引き換えあんたは体どころか中身まで、だからねぇ」

 やれやれというふうに肩をすくめるジェシカに、ルイズの怒りがさらに刺激された。

「そんなに言うんだったら、チップぐらい城が建つほど集めてやるわよ! わたしが本気出せば、すごいんだら! 見てなさい、あんたなんかに絶対負けないんだから!」

 ルイズは余裕の笑みを浮かべるジェシカを睨みつけながら高々に宣言した。

 

 

 ○

 

 

 数日が経った。

 現在ルイズは一人で(さび)しく皿を洗っていた。

 結局のところ、彼女は客を怒らせるばかりでチップは手に入らなかった。失敗しては対策を(ほどこ)してを繰り返したが、すべてダメだった。あげく謹慎(きんしん)として今日一日ずっと皿洗いを言い渡されてしまった。

 ルイズはフロアを行き来するかなでをチラッと盗み見た。

 成果ゼロの自分に対して、かなでのほうは以外にもごくわずかながらチップをもらっていた。なんでも、あの無感情がクールでミステリアスな感じで、他の女の子にはない新鮮さだと、ごく一部の客に気に入られてきてるらしい。

(カナデですらチップを稼いでるのに……)

 ルイズはもう消えてしまいたい気分だった。

 落ち込んでいると、そこへジェシカがやってきた。店の制服に身を包んだ彼女はたわわな胸の谷間にチップをはさんでいた。

「見てたわよー、チップ、全然もらえてないじゃない」

 呆れながらため息をつく。

「わかってるわよ」

 ふてくされた顔でぼそりと言った。以前の勢いがまるでなくなってしまったルイズの姿に、ジェシカは再びため息をついた。

「まったく……そんな顔してるから一枚ももらえないのよ。しっかりしてよね、お嬢様」

 ジェシカはぽんっと彼女の肩を叩いて去っていった。ルイズはしょんぼりとうなだれた。

 

 

 ○

 

 

 仕事が終わったあと、ルイズはベッドの上に座り込んで、自分の両手を見つめていた。水仕事のせいで指先がヒリヒリと赤くなっていた。

(任務は情報収集だったはずなのに……どうしてわたしがこんな目にあわなきゃいけないのよ……)

 皿洗い、平民に酌、おまけに酒場の娘に生意気な口をきかれる……。

 こんなの自分の仕事じゃない。ルイズは悲しくなって泣きそうになった。

 床の板が開いて、かなでが頭を覗かせた。慌てて目元をぬぐう。

「ルイズ、ご飯よ」

 かなでがシチューの入った皿を乗せたトレイを運んできた。おいしそうな匂いが(ただよ)ってくる。

「いらない」

 そっぽを向く。はっきり言ってそんな気分じゃなかった。

 だというのに、お腹がぐぅー……と鳴った。

 恥ずかしくて頬が赤くなる。

「食べないと体壊すわ」

「手が痛いの。スプーン持てない」

 駄々をこねるルイズ。かなでは隣に腰を下ろすと、スプーンでシチューをすくって、ルイズの前に持ってくる。

「はい、あーん」

「……なんのつもりよ」

「手が使えないなら食べさせてあげようと思って」

 ルイズは憮然(ぶぜん)としたが、少ししてから口を開けた。シチューを一口すする。

 それから突然、ポロポロと泣き出した。

「もうやだ……学院に帰る」

「任務はどうするの?」

「知らない。こんなの、わたしの仕事じゃないもん」

 すねるように呟く。

 かなではスプーンを皿に戻して、ルイズを見つめた。

「やめちゃうの?」

「そうよ」

「お姫様に任されて、はりきってたのに?」

「仕方ないじゃない」

「まだ情報もたいして集まってないわ」

「うるさいわね! やだったらやだ! もう無理なのよ!!」

 ルイズは大声で怒鳴ると、あとはうつむいてすすり泣くだけだった。

 かなではしばらくのあいだ無言でいたが……、

「そう。なら、そうすればいいわ。あたしは残って引き続き情報収集するから、ルイズは学院で待ってて」

 その言葉にルイズは驚いて顔を上げた。

「あんた、なに言って――」

「本当に無理なら仕方ないわ。でも成果なしじゃお姫様に申し訳ないから、あたしは残って最後まで情報を集めてみるわ」

 ルイズは理解できないものを見るような目を向ける。

「なんでそんなにがんばれるのよ」

 その問いに、かなではしばし考えるように黙った。

「……楽しいからかしら?」

「あんな皿洗いや給仕のどこがよ?」

「どこがというか、働くことそのものね。アルバイトってやってみたかったの。学校じゃ禁止されてなかったけど、できなかったから」

「学校って、あんたがいたっていう死後の世界の?」

 死んでも仕事しなきゃいけないのかと、ルイズは肩を落としたようにげんなりと呟く。

 だがそれをかなでは首を横に振って否定した。

「あたしが生前に通ってた学校。病気だったから学校に行くのが限界で、アルバイトする余裕なかったわ」

 その言葉にルイズはぴくっと反応した。

 そういえば自分は夢でかなでが死後の世界ですごしていた過去を垣間見ることはあったが、生きていた頃のことはなにも知らないし、話をすることもなかった。

「あんた、病弱だったの?」

 こくりと頷くかなで。

 ルイズは病弱な彼女の姿を想像できなかった。死後の世界で戦いによる負傷を見たことはあるが、すぐに治癒(ちゆ)するし、すさまじい戦闘力をもって敵と戦っている姿からはそんな気配は微塵(みじん)も感じられなかった。

「……どんなふうだったの」

「たいてい家の中……ベッドでの生活だったわね。窓から外を眺めて、自由に出歩いたり走り回ってる人たちを見て、うらやましいなって思ってた」

「……あんたの未練って、外に行けなかったこと?」

 かなではまたも首を横に振った。

「あるとき、ほんの少しだけ症状を改善することができたの。おかげであたしは学校に通えるようになったわ」

 そっと自分の胸に手を当てる。

「あたしの心残りは、あたしに命をくれた恩人に『ありがとう』を伝えられなかったこと。でも、それも叶ったわ」

 ルイズは思い出す。かなでは未練が晴れて、生まれ変わる直前に召喚された。前にオスマン学院長に身の上を話す際に聞いたやつだ。

「彼からは大切なことを教わったわ。生きることは素晴らしいんだって。仕事は大変だし、辛いことも、恥ずかしいこともある。でもそう思えるのは、生きてるから。あたしは今、健康に動ける身体を持ってる。自由に働けるのが素晴らしくって、今がとても楽しい。あの頃に比べて、あたしはすごい恵まれてると思うの」

 ルイズは顔を伏せた。

 今の話を聞いて彼女には思うところがあった。

 それは病弱な姉の存在である。

 姉は魔法もできるし美人であるが、病のために思うように外に出られずにいる。だから、生前のかなでの生活がどういったものかはだいだい想像できた。

 自分は彼女らと違って生まれつき健康な体だ。それなのに、仕事に対して嫌気がさすのは、贅沢(ぜいたく)な悩みだろうか?

 ルイズが考えにふけってしまい、しばし沈黙が部屋を支配した。

 突然かなでは思い出したようにポケットから小さな陶器(とうき)のケースを取り出した。

「手を出して」

「なによそれ?」

「水荒れに効くクリームですって。ジェシカがくれたの。さ、手を出して」

 ルイズがおとなしく手を差し出すと、かなではその手にクリームを塗っていく。

「やめるんだったら店長に言わないとね」

「……やめないわ」

 かなではキョトンと小首を傾げた。

「でもさっき学院に帰るって」

「やめないって言ったらやめないの!」

 ルイズはシチューを奪いとると、勢いよくがっつきだした。

 目を丸くするかなでに、空になった皿を押しつけるように返すと、毛布をひっかぶって横になった。

 ころころと意見が変わるルイズに困惑するが、寝られてしまってはどうしようもないのでそのままにする。

 皿をトレイに乗せ、かなでは部屋を出ていった。




かなでの生前については心臓病だったこと以外、情報というか資料がなかったので、「たぶんこんな感じだったんじゃないかな」くらいなイメージで捏造しました。

アルバイト編は次回で終わりです。


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第20話 チップレースの優勝者

みなさん、お久しぶりです。大変待たせてしまい申し訳ありませんでした。
今回でアルバイト編は終わりですが、正直執筆にこれほど時間がかかるとは当初は思ってもいませんでした……。
それはさておき、最新話をどうぞ。


 翌日、チップレース最終日。ルイズの態度が一変した。

 にこっと自然な笑みを浮かべて、恥ずかしそうにもじもじとしながら「お客様、とっても素敵です……」と、相手をほめる。

 だがそんなもの客のほうも慣れっこだ。

 そこでルイズは制服の(すそ)をつまみ、優雅に一礼した。公爵家の令嬢として仕込まれたその動作は本物。そこいらの街娘にはとうてい真似できないものである。

 効果は抜群だった。

 上品な振る舞いに客は彼女の素性が気になり問いただすが、ルイズは黙ってにっこりと優雅にお辞儀するだけ。

 すると客は、ルイズが没落した上流階級の生まれだとか、どこかのお屋敷で礼儀作法……さらには人に言えないようなあれやこれまで仕込まれそうになって逃げ出してきたとか、いろいろ妄想しだした。

 それでもルイズはなにも語らず微笑んだり、物憂げな表情をするだけ。

 結果、己の勝手な妄想が一人歩きした客は同情心などから財布のひもを緩めて、彼女に金貨や銀貨を渡すのだ。

 もらった瞬間にルイズはすぐさま厨房へと駆け込み、しゃがみこんだ。

「ぷはぁ!!」

 堪えていたものを吐きだすかのように荒く息をつく。チップをもらえたのは嬉しいが、正直あんな自分はどうあっても受け入れられない。なにかを殴って発散させたいところだが、残念ながらそんな都合のいいものはない。

(でもがんばるのよ、わたし……重要なのはこれからなんだから!)

 気合いを入れ直してからまたテーブルへと急ぐ。本来の仕事である情報収集だ。

 酔っぱらった客のとなりに腰掛け、酌をしながら(たず)ねる。

「最近、貴族が平民によからぬことをしてるって噂ですけど、本当なんでしょうかね」

「さぁどうかなぁ。だが恨まれてる貴族は結構いるらしいな。土くれのフーケに襲われた貴族に対して、影でざまみろって言ってるのを聞くしなぁ」

「土くれのフーケ?」

「ああ、なんでもメイジの盗賊で、貴族のお宝を盗みまくってるって噂さ。狙われた貴族を恨んでた連中は胸がスカッとする想いだったらしい」

「そうですか……」

 こうしてルイズは少しずつ話を聞いていった。それだけでなく、料理を運びながらも周りの噂話に耳を傾ける。

 一番多く流れていたのは土くれのフーケに関する噂だった。

 貴族専用の盗賊であり、宝が守られてる強固な部屋の壁を土くれに変えて侵入したり、巨大なゴーレムで屋敷を強襲したりと、あらゆる手段で宝物を盗んでいく、正体不明の土系統メイジの大怪盗。最近ではあのモット伯爵も盗みに入られたらしい。

 他にはアルビオンの内戦の話。ハルケギニア統一を(うた)う反乱軍が優勢であり、これに対抗するためトリステインとゲルマニアが同盟を結ぶなど。中にはトリステインに反乱軍のスパイが紛れてるなどという物騒な話まであった。

 そんなふうにチップと情報を集めているところに、店の扉が開いて新たな客が現れた。

 先頭をゆくのは、マントを身につけた貴族とおもわしき中年の男性。でっぷりと太った腹に、額には薄くなった髪がのっぺりと乗っている。お供に下級の貴族らをつれており、彼らは軍人なのか腰にレイピアのような杖を下げていた。

 その一群が入ってきた途端、賑やかだった店内が急に静まり返った。

 スカロンが揉み手をしながら貴族の客に駆けよった。

「これはこれはチェレンヌ様。ようこそおいでくださいました」

「おっほん! 店はだいぶ繁盛しているようだな、店長」

 チェレンヌと呼ばれた肥満男が後ろにのけぞりながら尊大な態度で言った。

「いえいえ、今日はたまたまでして。日頃はそれはもう閑古鳥(かんこどり)が鳴くような……」

「言い訳はいい。今日は客として参ったんだ」

「お言葉ですが、あいにく今は満席となっておりまして……」

 スカロンが困りぎみの愛想笑いで言った。

「わたしにはそうは見えないが?」

 チェレンヌが指を鳴らすと、手下の貴族たちが杖を引き抜いた。

 それを見た客は全員が焦るように立ち上がり、我先にと店を出ていく。店内は一瞬にしてがらんどうとなった。

「閑古鳥とはほんとのようだな。ふぉふぉふぉ」

 だらしない腹をゆらしてチェレンヌは店の真ん中の席にドカッと腰を下ろした。

「さて、ますはワインでももらおうか!」

 階段近くにいたルイズは、新たな客が来たことで向かうとする。だが仕事に集中するあまり、店の空気が変わったことに気づいていない。

 ワインを取りにいこうとしたところ、いきなりジェシカに肩を掴まれて壁際に押し込まれた。

「ちょっとなにすん―――」

「静かにして」

 文句を言おうとしたらいきなり口を押さえられた。

「あんた、少しは空気読みなさいよ」

 小声で言われて、ジェシカの肩越しに店内を見渡す。そこでようやく様子がおかしいことに気づいた。

 ルイズが状況を理解しはじめたのを悟って、ジェシカは彼女の口を離した。

「あんた、まさかとは思うけど、あいつが誰か知ってていくつもりだったの?」

「知らないわよ。これどういうこと?」

 ジェシカ同様に小声で答えると、彼女はため息をついた。

「あいつはこの辺の徴税官(ちょうぜいかん)を務めてるチェレンヌ。ああやって管轄区(かんかつく)のお店にやってきてはたかるの。あいつの機嫌を損ねたら重い税をかけられてお店がつぶれちゃうから、商売やってる人はみんな逆らえないのよ。それをいいことにやりたい放題。店の娘を触るだけ触って、チップ一枚払いやしない」

 なんてこと。ルイズは歯ぎしりした。そんなやつに酌をしにいこうとしていたとは……。

 だがこれは思わぬ収穫でもあった。アンリエッタが探していた横暴な貴族とはまさにああいう輩のことだ。

(あいつのことはきっちり姫様に報告しないと)

 フロアでは、誰も酌をしにこないことにイラついてきたのか、チェレンヌが駄々をこねるようにテーブルを叩き出した。

「さっさと酒をもってこい! 女王陛下の徴税官に酌をする者はおらんのか!」

 わめきちらすが、女の子らは遠巻きにチェレンヌの様子をうかがうだけだった。ルイズとジェシカも並んで盗み見るように目を向ける。

「それにしてもあんたを捕まえられたのは運がよかったわ」

 ジェシカがぽつりと呟いた。

「どういう意味よ?」

「空気読めないあんたがあいつに酌をしにいったら面倒なことになりそうだって意味よ」

「なんですって……」

 ルイズはジェシカを睨みつけるが、当人は無視した。

 だが彼女らは失念していた。

 

 この店には今、もうひとり空気の読めない娘がいることを。

 

「ねぇ、誰か向かってない?」

「え?」

 ルイズに言われてジェシカは目を凝らす。

 バイオレットカラーの制服に身を包み、銀色のサイドテールをゆらしながら、ワインを乗せたトレイを持って近づいていく小さな影。

 その正体は、立華かなでである。

 いつもの無表情であるが、おそらく店の雰囲気が今どういうものなのか、まったく気づいていないだろう。

 ルイズは呆れて呟いた。

「あ、あのバカ……空気読みなさいよ」

「あんたが言うな」

 頭を抱えたジェシカが小さく言った。

 はたして大丈夫だろうかと、二人は心配そうに見つめる。

 そんなことなど知るよしもなく、かなでは普段通りに接客する。

「お客様、ご注文の品です」

 ワインを注ぐかなでに、チェレンヌは一瞬好色そうな笑みを浮かべたが、彼女の胸に視線を移すとうさんくさげに顔をゆがめた。

「なんだ? この店は子供を使っているのか?」

 次に全身を上から下へとじっくり眺める。

「いや、よく見たらただの胸の小さい娘か。あまりにひらべったいから男かと思った。ははははは!!」

 心の底から馬鹿にするように大声で笑う。かなではあまり気にしていないのか、微動だにせず立ち尽くしている。

「どーれ、どのくらいの大きさか、このわたしが確かめてやろうじゃないか」

 チェレンヌがかなでの薄い胸にわきわきといやらしく手を伸ばす。

 かなでは以前店長に言われたことを思い出す。こういうときは逃げればいいのだ。

 一歩下がってかわす。

 チェレンヌの不満を買う行為に、従業員らに緊張が走った。

 案の定、チェレンヌは不満げに鼻を鳴らした。

「なんだそれは? せっかくわたしが直々に確認してやろうというのだぞ」

「申し訳ありません」

「……ふん、まぁよい」

 かなでの容姿が好みでなかったこともあってか、チェレンヌは手を引っ込めた。同時に店中が密かに胸をなでおろす。

「ときに店主よ、この店のメニューも変わりばえなくて少々飽きた。なにか新しいものはないのか?」

「急にそのようなことを申されましても……」

 愛想笑いのまま困るスカロン。

 そこへかなでが口をはさんだ。

「お店にないメニューでしたら、まかないのものがちょうどあります」

 その言葉にスカロンは内心首をひねった。そんなものあっただろうか?

「そうか。ならそれを持ってこい」

 命令するチェレンヌに、かなではどうするか、スカロンを見上げて請う。

 スカロンは仕方ないと判断し、「カナデちゃん、それ持ってきて」と言った。

 かなでが厨房の中に消え、少ししてから、まかないが盛られた皿をトレイに乗せて出てきた。

 ルイズやジェシカらはその様子を見つめている。

「なんだろう? なにか持っていってるけど」

 ジェシカは眉を寄せる。ここからだと中身がわからない。

 それはルイズも同じだったが、

(なにかしら……すごく嫌な予感が……)

「お待たせしました」

 かなでがテーブルに皿を置いた。中にはとろみのある真っ赤なスープに、小さく角切りにされた大量の豆腐が入っている。

 まかないの正体。

 それはかなで特製、激辛麻婆豆腐である。前にジェシカが食べてみたいと言っていたため、作っておいたのだ。

「ほう、確かにこれは見たことのないものだな」

 珍しそうに麻婆豆腐を眺めるチェレンヌに、かなでは無表情で薄い胸を張った。

「心を込めて作った自信作です」

「ほぉ、それは楽しみだ」

 チェレンヌはにんまり笑い、スプーンですくって口に運んだ。

 

 瞬間、

 

「ぶぅふはぁーーーッ!!」

 あまりの辛さに拒絶反応を起こして吹き出した。

「な、なんだこれは!? 毒か!? こんなもの食えるかッ!!」

 激辛により唇を真っ赤に腫らしたチェレンヌは、怒りで唇だけでなく顔面すべて赤く染めあげるとテーブルを勢いよくひっくり返した。

 麻婆豆腐の皿が床に落下し、中身がぶちまけられる。

「あ……」

 無残な姿となった麻婆豆腐にかなではショックを受けた。

 がくりと膝をつき、まるで幽霊であるかのように力なく麻婆豆腐へと手を伸ばす。

 その目の前で……

 ぐちゃり!

 チェレンヌが麻婆豆腐を思いっきり踏み潰した。

「この無礼者!! 女王陛下の徴税官たるわたしにこんなものを食べさせるとは! なんたる不届きかッ!」

 屈辱を晴らすかのようになんども踏みつけ、ぐりぐりとすり潰す。

 粗末にされる自信作の麻婆豆腐に、かなでの心は深い悲しみに染まった。

 だが同時に、無意識下において激しい怒りが瞬時に湧きあがり、それがトリガーとなった。

 

 ハーモニクス、自動(オート)発動。

 

 かなでの体が一瞬光り、

「ぅあああああああああ!!!!」

 凄まじい叫び声をあげながら赤い瞳の分身が彼女の体から飛び出し、目にも止まらぬ早さでチェレンヌの顔面に強力な拳を叩き込んだ。

 チェレンヌは悲鳴を上げるまもなく勢いよく吹っ飛び、後ろにいた手下数人を巻き込み後方の壁に激突。気絶した。

 一瞬の出来事だった。

 無事だった残りの貴族たちは慌てて主のもとへと向かう。

 騒然となる店内。

 チェレンヌ一行は気づくことはなかったが、店の従業員全員がかなでのハーモニクス発動をバッチリ目撃した。

「なにしてんのよあんた!!」

 分身へと駆けつけたルイズが怒鳴ると、向こうは涙目ながらすごい剣幕で言い返してきた。

「うるさい! 麻婆豆腐を粗末にするやつは絶対に許さない!」

「だからってね! なに面倒なことしてくれてんのよ、この赤目(あかめ)!」

「赤目ってなによ!」

「カナデと違って目が赤くなるから赤目よ!」

「そのまますぎてカッコ悪い! 呼ぶなら”赤眼(せきがん)の天使“がいい!」

「訳わかんないこと言ってんじゃない!」

 互いに頭に血がのぼり、論点がずれた口喧嘩をくりひろげるルイズとハーモニクス分身改め赤目。

 だが十秒経ったため、赤目は赤い無数の0と1の光となって本体の中へと戻っていく。

「あ、こら!」

 捕まえようととっさに手を伸ばしたが、虚しく宙をきるだけだった。

 光を追ってかなで本人に目を向けると、彼女は両手両膝を床について麻婆豆腐の残骸を光の消えた目で見下ろしながら「麻婆豆腐が麻婆豆腐が麻婆豆腐が……」と呪詛のように呟いていた。

(カナデのこんな姿を見るのは初めてね……)

 なんてことを思っていると、

「貴様! 平民の分際で貴族の顔を殴り飛ばすとは!」

 目覚めたチェレンヌが杖を抜いた手下ともどもドシドシと歩いてきた。激昂するその顔は鼻血がたれ、前歯も欠けたりと、ひどいありさまだった。

 面倒なことになった。ルイズはかなでの両肩を掴んで上体を起こす。

「ちょっと! 赤目(あんた)のせいでこうなったのに逃げてんじゃないわよ!」

 力一杯前後に揺さぶると、かなでは我に返ったのか、キョトンと見つめてきた。

「どうしたの?」

「どうしたの? じゃないわよ!」

 わめくルイズだが、そこへチェレンヌが命じた。

「じゃまだ娘! そこをどけ!」

「今取り込み中よ! 少し待ってなさい!」

 ルイズの命令口調に、チェレンヌは顔をさらに赤くする。

「なんだその生意気な口は! 貴様も同罪だ! 二人そろって縛り首にしてやる!!」

 取り巻きの貴族が一斉に杖を振りかぶった。

「全員、この洗濯板娘どもを捕えよ!!」

 チェレンヌが叫んだ次の瞬間、

「誰が、洗濯板だぁッ!!」

 ルイズの叫びがとどろき、彼らの目の前がいきなり閃光とともに爆発した。

 突然のことに腰を抜かす。すると、

「……どいつもこいつも」

 地の底から這い出るようなドス黒い声が聞こえた。

 見ると、いつのまにテーブルの上に登ったのか、ルイズが仁王立ちして憤怒の表情でチェレンヌを見下ろしていた。その手には杖が握られている。もしものときのために太もものバンドにくくりつけておいたのだ。

「人を洗濯板だの絶壁だの平原だの地平線だの好き勝手言って……なんでそこまで言われなきゃいけないわけ?」

 誰もそこまで言ってない。否、それはルイズが今まで客から言われてきたこと全てだった。

 それはさておき。チェレンヌたちは意外なものを見るような目をルイズに向ける。

「お、お前、貴族か?」

「あんたみたいな木っ端役人に名乗る名なんてないわ」

「ふ、ふん! 身をやつした没落貴族か? このわたしを誰だと思っている!!」

 チェレンヌは攻勢な態度を崩さず杖を向けて叫ぶが、ルイズがポケットからアンリエッタの許可証を取り出して突きつけると、打って変わって青ざめた。

「お、王室の許可証ォ!?」

「誰が没落貴族ですって?」

「ししし、失礼しましたぁ!」

 チェレンヌ一同はすぐさまその場に平伏した。

「ど、どうかこれで目をおつむりくださいませ! お願いでございます!」

 慌てて財布をほうってよこすとチェレンヌは部下にも同じように財布を差し出させた。

 だがルイズはそんなものには目もくれない。

「いいこと? ここで見たこと聞いたことは全て忘れなさい」

「は、はいぃ! 陛下と始祖の御前におきまして、一切口外致しません!」

 チェレンヌらは泣き叫ぶように店から全速力で逃げ出し、一瞬にして夜の街へと消えていった。

 途端にあふれんばかりの拍手がルイズを襲った。

「すごいわルイズちゃん!」

「胸がすっとしたわ!」

「あのチェレンヌを追い返すなんて最高!」

 スカロンやジェシカ、女の子たちが次々に賞賛(しょうさん)を浴びせた。

 ルイズはハッとなる。とっさに魔法を使ってしまった。そこへかなでもやってくる。

「ルイズ、魔法使っちゃたらだめなんじゃない?」

「あんたこそハーモニクス使ってんじゃないの!」

「? いつ?」

 かなではなんのことかわからないというように首を傾げた。本当に自覚がなかったのかと、ルイズは呆れた。

 いろいろと露見してしまったが、そこへスカロンが二人の肩をポンっと叩いた。

「いいのよ、ルイズちゃんが貴族だなんて、みんな前からわかってたから」

「ええ!?」

 ルイズは呆然とした。いったいなぜ? まさかジェシカが口を滑らせたのか?

「ど、どうして?」

「だって、ねぇ……」

 スカロンの言葉を、女の子らが引き継ぐ。

「態度や仕草を見ればバレバレじゃない!」

「うぅ……」

 ジェシカにしかバレていないと思っていたのに……。

「こちとら何年酒場やってると思ってるの? 人を見る目だけは一流よ。でも安心して、二人とも。この店は従業員の事情なんて一切関知しないわ。だからなんにも見ていないし、聞いていない。ね、みんな!」

「はーい! もちろんでーす!」

 女の子たちが口をそろえて元気よく返事した。

 ぼけーとするルイズだったが、安心したように息をもらした。

 スカロンが楽しそうにぱちんと両手を叩いた。

「さて、お客さんも全員帰っちゃったので、チップレースの結果を発表しまーす!」

 女の子たちの歓声が沸く。

「ま、数えるまでもないわよね!」

 スカロンが床に落ちてる財布を指差した。どれもこれも金貨がぎっしりとつまっている。

「あんたが一位ね」

 ジェシカが笑いながらルイズに言った。

「え? でもそれはあいつらが勝手に置いていったもので……」

「勝手に置いていったんだから、チップでしょ。ね、パパ」

「そのとおり!」

 ウィンクするスカロン。だがルイズは困ったように首を横に振った。

「でも受け取れないわ」

「あらどうして?」

「だって……賄賂(ワイロ)を受け取ったらあいつらのこと報告できなくなっちゃう……」

 スカロンが優しく彼女の肩に手を置いた。

「ルイズちゃん。賄賂じゃないわ。お店に置いていったお金は全部チップよ」

「え、で、でも……」

「賄賂なんてなかった。ルイズちゃんはそんなもの受け取ってないし、触ってもいない。ただチップが落ちていった。そうよね、妖精さんたち!」

「そうでーす! お店に入ったお金はみーんなチップでーす!」

 女の子たちが声高らかに同意する。

 それでも素朴な疑問が浮かぶルイズ。

「あ、あれ? チップだとしても、あのお金受け取ってないなら、わたしのものになってないんじゃ……」

「さて、いつまでもそれを床に置いておくと邪魔になるわね。ジェシカ、片付けておいて」

「はいはーい」

 スカロンの指示でせっせと財布を運んでいくジェシカ。

 店側の雰囲気に押し切られ、有無を言わさず事が進んでいく。ルイズは置いてけぼりで、かなでにいたっては状況をよくわかっていないので蚊帳(かや)の外。

 そんな二人を気にせず、スカロンはルイズの手を取って掲げた。

「そういうわけで、優勝はルイズちゃんでーす!」

 店内に凄まじい拍手が鳴り響いた。

 その後、ルイズは優勝は受け入れたものの、チェレンヌたちの金はやはり気持ち的に受け取れないので店側に扱いを任せ、スカロンはそれらをルイズが今まで店にもたらした損害賠償(そんがいばいしょう)などにあて、残りは営業資金とした。

 

 

 

 

 

 

 次の日、優勝扱いとなったルイズは魅惑のビスチェを(まと)って給仕に入った。

 その効果は絶大だった。

 ルイズは今までどおり微笑みと気品あふれる仕草を披露したが、客はこれまで以上にチップをよこし、彼女の獲得チップはあっという間にとんでもない額となった。

(すごいわ、いままでのちっぽけな稼ぎがウソみたい!)

 ルイズは歓喜した。誰もかれもがこぞって彼女にメロメロとなる。

 ビスチェの効果はすさまじく、さらには上品で優雅な振る舞いの相乗効果もあって、その魅了の力は抜群だった。……抜群すぎた。

「君ぃ、小さくてかわいいネェ~」

 いきなり客の一人がルイズのお尻を撫でた。

「きゃああッ!? な、なにすんのよ!」

 ルイズは怒鳴るが、客は気にするそぶりすらない。

「ちょっとくらい、いいじゃないか~」

「たくさんチップあげるからさぁ~」

「どんなパンツをはいているのかな~?」

 ルイズに夢中になりすぎた客たちは、まるで甘いお菓子に集まるアリみたいにどんどん群がってきた。よってたかってチップを渡しては体にさわってきて、ルイズは顔を真っ赤にする。

(こんな屈辱、耐えられないッ! で、でも我慢しなきゃ……)

 そう自分にいいきかせ、されるがままのルイズ。

 だがあまりにもエスカレートしていく客のありさまに、その決意はゆらいでいく。

(……我慢? どうしてわたしが? こんなやつらに? こんな、発情したような犬相手に――)

「こんな我慢しなきゃならないのよぉーーッ!」

 とうとう耐えられなくなったルイズが店中にとどろく大声で()えた。客たちが一様にひるむ。

「ちょっとルイズ、大丈夫!?」

 先程から「これやばいんじゃない?」と感じはじめていたジェシカやスカロンが、わなわなと震えるルイズに近づく。

 ルイズはガバっと立ち上がると二階への階段を一気にかけ上がる。

 すぐさま戻ってきた彼女の手にはムチが握られていた。学院を出立する際に荷物に紛れさせたやつである。

 ビシィッ! とムチを男どもに突きつけて鋭く睨みつける。

「ゲスな犬どもめッ! 尻尾を振ってひざまずきなさいッ!!」

 ルイズが高圧的貴族オーラを放つ。そこにビスチェの魔力がプラスされる。男どもは紅潮(こうちょう)して身をゾクゾクとよじらせた。

「犬のくせにデレデレエロエロしてんじゃないわよ!」

 バチンッ!

「わぉん」」

「バカ犬にはおしおきよ!」

「うわぁん❤」

「一列に並んでわんと鳴け!」

「ワンッ!」

「声が小さいィ!!」

 なんどもムチを振るって打ちつける。

 普通なら暴力沙汰の大問題である。

 しかし魅惑の魔法にかかった客たちにとって、ルイズの暴力はご褒美(ほうび)となっていた。打たれるたびに恍惚(こうこつ)の笑みを浮かべて身もだえる。

 この光景にジェシカは困ったように呟いた。

「あ~あ……魅惑の妖精亭がいかがわしいお店に……」

「トレビアーン」

「……あの人たちは乱暴されてるのに、どうして嬉しそうにしているのかしら?」

 この手の知識が皆無のかなではただただ不思議そうに首を傾げるばかり。

 なにはともあれ、その日はルイズの独占場となり、そうとうな金額を稼ぐこととなった。

 ルイズはその後、前にカジノでかなでから奪ってしまった分を彼女に返した。当のかなでは別にかまわなかったのだが、ルイズとしてはけじめとしてきっちりと返済しておきたかった。

 そして当初の予定では新たに得た資金をもってよその宿にいくはずだったが、今更出て行く気にもなれず、最後まで魅惑の妖精亭で任務に(いそ)しむことにし、報告書も無事に提出することとなった。

 

 余談だが、ビスチェの使用期限が過ぎたあと、学院で暇を持て余していたキュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシーがやってきて、秘密のアルバイトがバレたために口止め料としておごることになった。

 そのとき店にやってきた貴族たちがキュルケにちょっかいを出してタバサが追い返したり、キュルケとタバサが親友になった経緯をみんなで聞いたり、その後で眠くなったキュルケとタバサをかなでが客室に案内して離席した直後、先ほどの貴族が仲間を引き連れお礼参りに来てルイズ、ギーシユ、モンモランシーがとばっちりをくらったりと、いろいろあった。

 

 

 

 キュルケにアルバイトがバレたことが、近々新たな騒動のちょっとしたきっかけとなるのだが、それはまた別の話。




最後あたりは駆け足気味&説明文的な感じでごめんなさい。

ハーモニクス分身は今回から赤目と改名になります。ずっと「分身」という呼び方のままじゃなんだか不憫ですし、それにもうすぐ他に分身を使う人が出てくるので。

チェレンヌの賄賂について書きましたが、原作小説と違い、アニメだと悪徳貴族の調査という名目なので、あれをそのまま受け取ったら任務の妨げになるんじゃないかと思って、ルイズが悩む様をちょっと書いてみました。

ルイズが最後にセクハラされて客にムチ打ちするオチはマンガ版の番外編を元にしました。今作ではビスチェで魅了したい男がいませんしね。

今回ルイズはフーケの情報を得たこともあり、次回からようやくフーケ編です。おそらくかなり変化球な内容になると思います。


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第21話 土くれのフーケ・前編

 みなさま、大変お待たせしてしまい申しわけありませんでした。やっと更新できました。
 いよいよ新しい話ですが、あまりにも間が空いてしまったので、軽く今までの話をおさらい。覚えてる人は読み飛ばしていいです。

・品評会後にアニエス経由でアンリエッタから街で悪徳貴族の情報を集めてほしいと依頼される。
・所持金全てをカジノですって、魅惑の妖精亭で働くことに。
・チェレンヌがやってきてかなでが接客するも、一悶着あってハーモニクス分身こと赤目がチェレンヌをぶっとばす。
・ルイズも加わって爆発魔法&王室許可証でチェレンヌを撃退。
・魅惑の妖精のビスチェを着込んだルイズがチップを稼ぎまくるが、暴走した男客集にブチキレて鞭振り回してSMプレイ。
・余談でキュルケたちがやってきたことをさらっと語る。

 だいたいこんなところですね。
 今回からいよいよフーケ編。
 前の話のあとがきで、かなり変わった内容になると書きましたが、そんなものでも楽しんでいただけたら幸いです。


 虚無の週も終わり、学院を離れていた人々が戻ってきて、少し経ったある日の夜。

 消灯ギリギリのなか、ロビーの一角にてギーシュやマリコルヌをはじめとした男子たちが集まって談笑していた。

 ふと誰かがポツリと呟いた。

「そういえば明日はフリッグの舞踏会(ぶとうかい)だな」

「うむ。そのために使用人たちがせっせと用意を進めているね。ところで、みんなは誰を誘うんだい?」

 ギーシュが周りを見渡しながら聞いた。

「そうだよな」

「あの舞踏会で一緒に踊ったカップルは結ばれるって言われてるからな」

「やっぱり目当ての娘と踊りたいな」

 意中の相手にあーだこーだと盛り上がる。

 と、ここでマリコルヌが思い出したかのようにポツリと言った。

「そういえば、カナデは出るのかな?」

「ルイズの使い魔のか? いくら彼女でも、不思議な力があるからって平民じゃ無理だろ?」

 仲間内の言葉にマリコルヌは腕を組んだ。

「う~ん、やっぱりだめかなぁ~。でも彼女、すごく可愛(かわい)いから、着飾ったらきっと絵になるだろうな。きっと……」

 これに男子たちは「そうかもな~」「いやそんなわけないだろ」とか、様々な反応を見せた。

 ざわめくなか、ギーシュが仰々(ぎょうぎょう)しく杖を掲げた。

「諸君、“きっと”ではなく間違いなくカナデは美しいだろうさ」

 ぴたっと争論は止み、マリコルヌが尋ねた。

「なんだよギーシュ、えらく断言するな?」

「まあね」

 キザったらしくバラの杖を口元に添えてキメる。

 彼の脳裏には、虚無の週に王都へ出かけたときのことが思い返されていた。

 その日ギーシュは、モンモランシーと仲を深めようと、彼女のポーション作りを手伝っていた。

 だがそこへ、一週間程度の短い休みで国境を越えて里帰りしてもたいして休めないと残っていたキュルケとタバサがひょんなことから合流。四人で気晴らしに街に出かけ、ギーシュが噂で気になっているお店があるというのでそこへ向かった。

 ギーシュが聞いていたのは『可愛い女の子がきわどい衣装で接客してくれる店』というものだったが、実際に訪れてみると、なるほど確かに。肩と胸元や太ももなどが大いに露出した服を着たナイスバディな美少女たちがたくさんいて、ギーシュはすぐに夢中になった。

 だがそこにはどういうわけかアルバイトにいそしむルイズとかなでの姿があった。

(まさかあの二人があんなきわどい格好をするなんてな。とくにカナデは大人しい性格なうえ普段は上から下まで肌を出さない服装をしているから、あれほど大胆なのを目にすると、なんかこう……グッとくるものがあったんだよな……)

 体格的に魅力的な女の子たちが多いなか、魅惑(みわく)妖精亭(ようせいてい)の制服姿のかなでにギーシュは自分でもわけがわからずに大興奮だった。

 ちなみ、言うまでもなく彼は機嫌を損ねたモンモランシーにすぐさま耳を引っ張られて痛い目を見ることとなった。

「ともあれ、カナデは元が綺麗だからね。ドレスはもちろん、メイド服を来てパーティー会場で甲斐甲斐(かいがい)しく料理なんかを運んでくれるだけでも絵になると思うよ」

「メイド服か……。そういえばマリコルヌ、前に彼女に専属メイドになってほしいって告白して、玉砕(ぎょくさい)してたよな」

 忘れもしない、かなでがミニスカセーラー服という衝撃的な格好をハルケギニアに降臨させたあの出来事だ。

 笑いながら言う男子に、マリコルヌはしょぼくれる。

「蒸し返すなよ。あれでもけっこう勇気出したんだ。まあ、その後、いいもの見れたけどさ」

「へそか」

「うん」

「そうだな」

「うむ、あれはまことによいものだった」

 全員、うんうんと感慨深(かんがいぶか)く頷く。偶然近くを通りかかった女子が「なんなのこの人たち」的に引いていた。

「というかギーシュ、お前やけにカナデを()してるが、お前もしかして……」

 全員のまっすぐな視線がギーシュに集中した。

 それを彼はフッと笑って流した。

「なにを言っているんだい君たちは。確かに彼女は魅力的だし、仲良くなれたらそれに越したことはない。だが僕にはきちんとした本命がいるのさ。モンモランシーという愛しの花がね!」

 バッと両手を天に大きく広げて叫んだ。

 そこへ。

「……ずいぶんとまぁ、そんな大口を叩けるものね」

 すぐ後ろから聞きなれた声がした。冷ややかな声色に、思わず振り返るギーシュ。そこにいた人物を目にして声を上げる。

「モンモランシー!」

 意中のガールフレンドが、腰に片手を添えながら、冷めたジト目でこちらを見つめていた。

「この間、他の女の子やルイズの使い魔にあれだけはしゃいでおきながらよくもいけしゃあしゃあと……」

 彼女が魅惑の妖精亭での出来事を思い返しながら言うと、ギーシュは慌てて弁明する。

「そ、それは誤解だよ! 君の言うとおり他の娘に目移りすることはある。僕は美しいものが好きだからね。でもどんなことがあっても僕が本当に好きなのは君だけなんだ!」

「どうだか」

 モンモランシーは「ふん!」と顔を背けるとスタスタと歩き去っていった。

「ま、待ってくれ! 本当なんだ、信じてくれ!」

 慌てて追いかけるギーシュの後ろ姿を、友人たちはやれやれと見送った。

 

 

 ○

 

 

 さて、男子たちの話題ともなっていた当の立華かなでだが、少し前までシエスタとおしゃべりをしており、今はルイズの部屋へと戻っている途中である。

 そして部屋のドアを開けた。その先で、

「決闘よ!」

「望むところだわ」

 ルイズとキュルケが杖を向け合いながら険悪そうに睨み合っている場面に出くわした。

 思わず目をぱちくりとまばたく。

 わけがわからない。いったいどうしてこんなことになっている?

 

 ――時は少しさかのぼる

 

 ルイズはすこぶる機嫌が悪かった。

 アンリエッタの依頼は無事こなしたが、魅惑の妖精亭ではさんざんな目にあう始末。

 学院に戻ってからは、かなでとともに自分の魔法が成功するよう図書室で調べてみるが進展はまるでゼロ。

 実技の授業ではあいかわらずの失敗魔法で爆発ざんまい。

 とにかくイライラしているところに、あろうことか(ひま)を持て余したキュルケがタバサを(ともな)ってルイズの部屋に遊びにきた。

 他愛のない話から始まり話題は魅惑の妖精亭でのルイズについての思い出話へと発展する。

 アルバイトがバレたことを発端に料理はおごらされるわ騎士の一団にボロボロにされるわで、キュルケ絡みでひどい目にあったことが思い出されたルイズは喧嘩腰でキュルケにくってかかり、そこからは売り言葉に買い言葉。あっというまに先程の決闘宣言へと至ったわけである。

「わたしね、あんたのことだいっきらいなのよ」

「気が合うわね。わたしもよ」

 そんな二人の間にかなでが割って入る。

「喧嘩はよくないわ」

「引っ込んでなさいカナデ」

 ルイズが一蹴にする。ルイズもキュルケもやる気満々だ。

 だが向かい合っていた二本の杖が、いきなり舞い上がったつむじ風に弾き飛ばされた。タバサが魔法で取り上げたのだ。

「なにするのよ」

 ルイズの矛先がタバサに向く。

 タバサが仲裁に入ってくれたことにかなではひと安心する。だが、

「室内。やるなら外」

 彼女の気持ちとは裏腹に事を進めるタバサ。味方がいないことにかなでは密かに落ち込んだ。

 そういうわけで一行は外に出た。

 

 

 ○

 

 

 二つの月が浮かぶ夜空の下。

 学院の本塔の近くをうろうろする人影があった。

 黒いローブで頭から体全体をすっぽり隠したその人物は何かを探るかのように本塔の壁をあっちこっち手で触れたりしていた。

 一通りグルッと回り終えると、黒ローブの人物こと、ミス・ロングビルは本塔の壁を忌々しく見上げた。

「まったく……どうにかなんないのかねえ」

 彼女は今、どうやって本塔にある宝物庫を突破しようか悩んでいた。

 学院の秘書がなぜそんな事を考えているかというとだ。

 実は彼女、なにを隠そう、いま世間を騒がしている大盗賊、土くれのフーケその人なのだ。

 学院のお宝を狙ってオスマンに取り入って見事秘書の役職に就き、ずっと地道に調査していた。

 だが宝物庫の難関さは思っていた以上のものであった。

 錠前(じょうまえ)には『アン・ロック』の魔法での開錠は効かず。

 分厚い鉄扉や壁には強力な固定化の魔法がかけられており、『錬金』の魔法で壁を土くれに変えて進入路を作るのも不可能である。

 本来ならば目当てのブツを()ったらすぐさま去るはずが、けっきょくはこうして長く留まることになってしまった。

(おかげでその分、あのスケベじじいのセクハラに悩まされるはめにっ……!)

 思わず思い返してウンザリする。

 品評会の前日、ひょんなことから教師のコルベールから物理攻撃が弱点という情報を得た。

 王女の来訪によってそちらに衛兵の配備が優先され、本塔側の警備が手薄どころかザルになるのでそこが勝負どころと睨み、夜中にこっそりと本塔の壁の厚さを測ったのだが、さすがは魔法学院本塔の壁。自慢のゴーレムでもちょっとやそっとの攻撃でどうにかなるようなものではなかった。

 オスマンのセクハラにうんざりしていたこともあって一か八かの勝負に出ようかヤキを起こしかけたが、品評会には噂に名高い魔法衛士隊であるグリフォン隊が王女の護衛についていたのですぐさま強攻策は取りやめた。さすがにあの『閃光のワルド』の近くで事を起こすのはためらわれた。

 それからはずっと静観の日々。

 せっかくの虚無の週という、学院から人がほとんどいなくなるというチャンスが訪れたのに歯噛みするしかなかった。

 他の手段も考えたがよいものは浮かばず。

 しかもオスマンは学院に人が少ないのをいいことにハメを外したかのようにセクハラがエスカレートした。

(あの一週間はほんっとに最悪だったわ! 正直本気で辞めようかとも思ったけど……秘書の仕事は収入が悪くないし、少しでも仕送りは欲しかったからね……)

 せめてもの腹いせにとモット伯のところへ夜中にゴーレムで強盗に押し入った。ストレス発散と同時に、あの好色オヤジが以前自分の胸をイヤらしく凝視(ぎょうし)してきたのが気色悪(きしょくわる)かったのでその怒りも上乗せして屋敷をぶっ壊してやった。

(それもあれも……オスマンのエロジジイがいけないんだっ! 何度も何度もやめるように言っても聞く耳持たず! 尻を触りまくるわ、使い魔(ネズミ)にスカートの中を覗かせるわ、ついには胸にまで手を伸ばしかけて! 好き放題やって何様のつもりだぁ!!)

 今までのことを思い出すと怒りが湧くが、それと同時に悲しみも湧いてきた。女の体をなんだと思っているんだ。グスン……。

 と、そんな感じで目尻に溜まった涙を腕で(ぬぐ)うと、なにやら人がやってくる気配がした。

(マズイッ!)

 こんな怪しげな格好を見られるわけにはいかない。

 ささっと物陰に隠れると、息を潜めて様子をうかがった。

 

 

 ○

 

 

「……なぁ、ホントにやんのかよ」

 デルフリンガーが(つば)を力なさげにカタカタと鳴らしてわめいた。

 彼は(つか)のあたりにロープを巻かれ、剣先を地面に向けた状態で本塔の上から吊されいた。

 その横にはシルフィードの背中に乗るタバサとかなでがいた。

 タバサが提案した勝負の方法は、順番に魔法を放ち、ロープを先に切ってデルフリンガーを落とした方が勝ちというものであった。

「大丈夫、デルフ?」

 心配したかなで無表情で尋ねる。

「まぁ俺っちは魔法くらっても問題ないけどな」

「そうなの?」

「おうよ。……あれ? どうして魔法が平気だって思ったんだ?」

 一人呟く剣だが、その疑問には誰にも答えられず。

 試しにタバサが風を吹かしてデルフリンガーを揺らそうとしたが、なんと魔法が剣自体に吸い込まれて微動だにしなかった。

 驚くタバサだったが、すぐさま手で柄を掴んで振り子のように揺らし、シルフィードをその場から離れさせた。

 準備は整った。

 地上にて先行のルイズがロープに狙いをつけて杖を構え、ファイアボールのルーンを詠唱(えいしょう)した。

 だが杖の先からは火の玉は出ず、代わりにデルフリンガーのすぐそばの本塔の壁が爆発。衝撃で壁にヒビが入った。

「さすがゼロのルイズ! 壁を爆発させてどうするの?」

 キュルケがおかしそうに大笑いし、ルイズは悔しそうに顔を歪める。

 続いてキュルケが杖を構え、ルイズと同じファイアボールを唱えた。向けられた杖から火の玉が飛んでいき、本塔から垂れるロープを見事焼き切った。

 デルフリンガーはまっすぐ地面へと落下し、ズブリと地面に深々と突き刺さった。

「あたしの勝ちね!」

 キュルケが地に膝を着いているルイズの横で勝ち誇って高笑いをあげた。

 シルフィードが彼女らのもとへと降り、その背中から飛び降りたかなではデルフリンガーを引き抜いた。

 一連の流れを隠れて覗いていたフーケは驚いていた。

(あの爆発はいったいなんなんだ!? わたしのゴーレムでびくともしないだろう壁にヒビを入れるなんて……)

 あんな魔法見たことがない。

 だが、今ならあの頑丈な壁を突破できる! 

 ニヤリと笑うと意を決して杖を振るった。朝になれば誰かしらが修繕してしまうだろう。チャンスは今しかない!

 長い詠唱の後、足元の地面が盛り上がり、あっという間に三十メイルはある巨大ゴーレムが完成。その肩に乗るとフーケはその足をまっすぐに本塔に向かわせた。

 同時に眼下のルイズたちに注意を向ける。

 彼女らがどういう行動に出るか懸念事項(けねんじこう)だったが、突然のことに慌てふためいて一目散に逃げていった。

 ゴーレムは本塔のヒビめがけ殴りかかる。

 激突の瞬間、フーケはゴーレムの拳を鉄に変え、攻撃力を上げる。

 壁はいとも簡単に粉砕された。

 フーケはゴーレムの腕をつたって本塔に空いた穴へと素早く駆けていく。そう時間がかからないうちに、『破壊の杖』と書かれたチェストを見つけた。

 すぐさま抱えてゴーレムの肩へと戻る。その際に、ご丁寧に『破壊の杖、確かに領収(りょうしゅう)いたしました。土くれのフーケ』のメッセージを魔法で壁に刻むのを忘れない。

 ゴーレムは学院の城壁を難なく跨いで逃走。しばらく地響きを立てて歩いていたが、適当な草原の真ん中でゴーレムの魔法を解く。

 ぐしゃっと崩れ落ちた土くれのそばに降り立ったフーケは闇夜に紛れて姿を消した。

 

 

 ○

 

 

 まんまと破壊の杖を盗み出したフーケは、学院からそう遠くない森の中にある廃屋(はいおく)にいた。

「それにしても、なんとも奇妙な形だね……」

 破壊の杖を手に取り観察してみる。

 深い緑色をしたそれは見たこともない金属でできている。

 長さ一メイルほどで、杖と呼ぶにはいささか太くて片手で握りしめることができず、両手でないと持てないほどだった。

 珍しい品であるのは間違いなかった。

 ところが調べているうちに、とある問題がでてきた。

「どうやって使うんだい、これ……」

 眉をひそめる。

 そう、使い方などがまったくわからなかった。

「とりあえず外に出ていろいろ試してみようか」

 夜の原っぱにて破壊の杖を振ってみる。

 なにも起こらなかった。

 もう少し気合を入れてみる。

「えい! せい! そりゃ!」

 だがなにも起こらない。

 次に思いつくかぎりのルーンを唱えてみる。

 それでもなにも起こらない。なんだか腹が立ってきた。

「もしかして対象物がないとダメとか?」

 そう思い、少し離れた所に魔法で等身大の土人形を作る。そして、

「破壊の杖よ! 我が眼前の敵を討ち滅ぼせ!!」

 渾身の想いで力いっぱい叫びながら破壊の杖を土人形めがけて振った。

 

 ――やっぱりなにも起こらなかった。

 

 ヒュー……と風が吹いてローブを虚しくゆらした。

 なんだかすごく恥ずかしいことをした気がして顔が赤くなった。

「……魔法なんて出やしないじゃないか! これ本当に魔法の杖なんだろうね!?」

 忌々しく睨みながら叫ぶ。静かな森に怒声が響いて虚しく消えていった。

 せっかく苦労して手に入れたのに、これでは高く売ることができない。どうしたものか?

 しばらく悩んで解決策を考える。

 ふと、妙案(みょうあん)が浮かんだ。

「そうだ。学院のやつら……教師連中なら誰か使い方を知ってるかもしれない」

 ここが隠れ家だと伝え、うまいこと捜索隊を結成させ、ここに連れてくる。あとはゴーレムをけしかけ、破壊の杖を使わせればいい。

 そうと決まれば即行動。

 フーケは破壊の杖をチェストに戻して廃屋の隅に置くと急いでその場を後にした。

 

 

 ○

 

 

 学院に戻ると、まっすぐに宝物庫へと向かう。

 扉は閉まっており、近づいて耳を当てて中の様子をうかがう。

 教室たちが大声で怒鳴りあっているのが聞こえた。どうやら昨夜の襲撃の責任を押しつけ合っているようだ。

(ほんと、どこまでも愚かな連中だこと……)

 事件に対してどのように対応しようとしているのか議論でもしているのかと思えば実際にはこのありさま。なにが貴族だ。心底呆れる。

 しばらくしてオスマン学院長が場を治めた。

「これこれやめないか。責任があるとすれば我々全員じゃ。まさかメイジのいる学院を賊が襲うわけがないというわしら全員の慢心(まんしん)が招いたことじゃ。ところで、ミス・ロングビルはどうしたのかの? 今朝から姿が見えんが」

 自分の名が出たところで、待ってましたと言わんばかりにフーケはタイミングよく扉を開け、落ち着き払った態度で宝物庫へ入室した。

「申し訳ありません。遅くなりました」

 中へ入ると、オスマン学院長やミスタ・コルベールをはじめ、シュヴルーズといった主な教師たちが勢ぞろいしていた。

 そこまでは予想どおりだったが昨夜の目撃者であるルイズたち生徒と、彼女の使い魔である少女がいたことは以外だった。もっとも、おそらく参考人として呼ばれたのだろうとすぐさまあたりはついたが。

 ちなみにデルフリンガーはいない。なにせ喋れるといっても所詮は剣だし。

 宝物庫に入ってきたフーケに一斉に注目が集まると、一人の教師がつっかかってきた。

「ミス・ロングビル! 学院に賊が侵入したというこの非常事態に、いったいどこへいっていたのですか!」

 非難の目を向ける教師に、フーケは内心で『さっきまで責任逃れしようとしていたくせに、いっぱしの口をきくんじゃないよ!』と叫んでやりたい気持ちだったが、その感情をいっさい出すことなく、申し訳なさそうな演技をする。

「申し訳ありません。早朝からフーケの行方を追っていました」

「ほう、それはご苦労であった」

「ありがとうございますオールド・オスマン。その甲斐あって、フーケの居所を突き止めました」

「なんと!?」

 宝物庫が騒然となる。そしてフーケは「近在の農民が黒ずくめのローブの男が近くの森の廃屋に入っていたのを目撃した」という調査結果をでっちあげた。

「そこは近いのかね?」

「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところです」

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵を差し向けてもらわなくては!」

 コルベールが叫ぶと、オスマンが髭をなでながら首を横に振った。

「そんなことをしていてはフーケに気取られて逃げられてしまう。それにこれは魔法学院の問題じゃ。我らの手で盗まれた破壊の杖を奪還し、学院の名誉を取り戻さなければならない」

 そしてオスマンは捜索隊を募った。

 だが志願する者はいなかった。

「どうした? 我と思うものは杖を掲げよ! フーケを捕まえて名をあげようする貴族はおらんのか!?」

 だが誰もが困ったように顔を見合わすだけで杖を掲げない。

 このありさまにフーケは呆れを通り越して情けなさを感じていた。しかし、これでは計画がうまくいかない。どうにかしなければ……。

 と、ひとりわずかな焦りを感じていたところで、杖を掲げた者がいた。

 ルイズである。

 ミセス・シュヴルーズが驚いて声をあげた。

「ミス・ヴァリエール、あなたは生徒ではありませんか!」

「誰も掲げないじゃないですか!」

 きっと唇を強く結んで反論するルイズ。

 するとキュルケも杖を掲げた。

「ヴァリエールには負けられませんわ」

 続いてタバザも掲げた。

「タバサ、あんたはいいのよ」

 キュルケがそう言うと、タバサは短く答える。

「二人が心配」

 それを聞いてキュルケは感動したようにタバサを見つめ、ルイズも小さく嬉しそうにしながら「ありがとう」とお礼を言った。

「そうか。では頼むとしよう」

 オスマンが許可すると教師からの反発が起きたが、「ならお主が行くか?」とオスマンに問われると途端に黙り込んだ。

 そんな教師らを説き伏せるようにオスマンは、タバサは若くしてシュバリエの称号を持つ実力の確かな騎士でもあることや、キュルケが優秀な軍人の家系で彼女自身もすぐれた炎の魔法の使い手であることを語った。

 ルイズは自分は番だと平坦な胸を張ったが、オスマンは――

「それで、その……、ミス・ヴァリエールは優秀なメイジを輩出したヴァリエールの息女で、その、将来有望な……」

 誉めるところがないので困ってしまい、なんともはっきりとしない物言いとなってしまった。

 げんなりするルイズから、こほんと咳をして目を逸らすオスマン。

 だがその目の先……ルイズの後ろに控えているかなでに目を留めると、『これだ!』と言わんばかりに手を叩いた。

「そう、その使い魔は、あのグラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンを魔法のような不可思議な力で圧倒した実力者と聞いておるし、その一片は先の品評会で諸君らも見ておろう。さて、この者たちに勝てるという者はおるかのお?」

 問いに答える教師たちはおらず、みなすっかり黙ってしまった。

 こうして破壊の杖奪還のためのチームが結成された。

「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 ルイズとキュルケとタバサは直立して「杖にかけて!」と同時に唱和すると、スカートの(すそ)をつまみ、(うやうや)しく礼をした。

 それを見ていたかなでも彼女らの動作を真似て、全く同じように礼をした。

 フーケはルイズらを見つめる。

(捜索隊が教師どもじゃないのは想定外ね。でもまぁ、シュヴァリエに位の高い貴族の子女二人。案外教師よりも当たりかもしれないね)

 密かに期待していると、オスマンから声がかかった。

「ミス・ロングビル!」

「はい、オールド・オスマン」

「馬車を用意しよう。それでフーケが潜伏しているという森まで彼女たちを案内してやってくれ」

「もとよりそのつもりです」

 仮面の微笑みを貼りつけながら、フーケは頭を下げた。

 

 

 ○

 

 

 屋根なしの荷車のような馬車に乗り込んだ捜索隊。

 フーケことミス・ロングビルが御者(ぎょしゃ)をつとめ、一行は例の廃屋がある森へと進んでいた。

「ふぁ~~……」

 キュルケが眠たそうにあくびをする。それに正面に座るルイズが目くじらを立てた。

「たるんでるわよキュルケ。もっとシャンとしなさいよ」

「うるさいわね。昨夜はあんなことがあったうえ、朝早く呼び出されて寝不足なのよ。少しくらいいいじゃない」

 不満を口にするキュルケ。

 その気持ちはわからなくもなかった。ルイズもまたフーケ強襲の件が気になって、昨晩はなかなか寝付けなかった。

 となりに座るかなでにチラッと横目を向ける。彼女は自分と違い、気持ちよさそうにぐっすりと熟睡していた。

「目的地まで、まだある。寝てていい。着いたら起こす」

 キュルケのとなりでタバサが淡々と言った。

「ありがとうタバサ。それじゃよろしくね」

 笑顔でお礼を言うとキュルケは荷台の(さく)に寄りかかって、すぐさま寝息をたてはじめた。

 ルイズはその緊張感の欠ける姿勢に腹を立てた。自分だって眠いのに。

 そう思って睨んでいたら、不意にあくびが出た。慌てて両手で口を塞ぐ。

 かなでがこちらを向いた。

「ルイズも眠いの?」

「そ、そんなわけないじゃない!」

 図星を突かれて焦るルイズ。

「眠いなら寝てたほうがいいわ」

「だから違――」

「ちゃんと起こすから」

「うぅ……」

 じっと見つめながらグイグイ迫ってくるかなでにたじろぐ。否定したいが、正直のことろ眠いのは事実。

 押し負けたルイズはため息をついた。

「……ちゃんと起こしなさいよ」

 かなではコクりと頷く。

 それを見てルイズは目を閉じた。やはり寝不足だったのか、すぐに強力な睡魔がやってきて、一瞬のうちに彼女の意識は夢の世界へと旅立っていった。




 物語開始早々にフーケの正体を暴露。正直たくさんあるゼロ魔クロスオーバー作品のおかげでこのあたりはもはや周知の事実じゃないですかね。
 フーケ編というかフーケがほぼ主人公状態。このへんは原作等とは違った視点があったほうが面白味があるかと思って本作のような感じになりました。
 次の話はほぼできており、あとは細かい修正などを残すのみなので、次の投稿は来月を目処にがんばりたいと思います。

 あと遅ればせながら、『Angel Beats!』十周年おめでとうございます。


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第22話 土くれのフーケ・後編

みなさん、こんにちは。どうにか今月中に投稿できました。

いよいよフーケのゴーレムと正面切って戦います。

ちなみに今回のかなでの服装ですが言うまでもなく自前のブレザー制服です。今後も服については本文で一応書いていきますが、とくに記載がない場合はブレザーだと思ってください。

それではどうぞ。


「ここは……」

 気づくとルイズはどこか大きな建物の裏にいた。自分はさっきまで馬車に乗っていたはずだ。

 一瞬疑問に思うが、今までの経験からすぐに答えを出した。

 これは夢の中だ。これまで何度か見てきた、かなでの過去の記憶の世界だ。

「とすると、近くにカナデがいるはず……」

 どこにいるのだろうと辺りを探そうとしたところで、後ろから声がした。

「悪いな、かなで。手伝ってもらって」

「いいわ。あたしもあなたに相談したいことがあったから」

 振り向くと、かなでとオレンジ髪の男――音無(オトナシ)結弦(ユヅル)が並んで歩いていた。

 すぐさま近くへと駆け寄る。

 見ると、二人は台車に大きな箱を乗せてなにかを運んでいた。気になって中身を覗いてみると、そこには音無らが使う武器が大量に入っていた。何度も夢でかなでと戦線を名乗る者たちとの戦いを見続けてきたルイズにとって、もはや見慣れたものばかりであった。

 弾丸のすばやい装填や連射が可能な銃。

 肩に担ぎ、爆発する弾を撃ちだす大筒(おおづつ)

 なんの意味があるのか、使うときにピンを抜いてから投げる、パイナップルを手のひらサイズに小さくしたような形の爆弾、などなど。

 細かい違いは種類によってあれど、おおまかにはそのように分類されるものが箱いっぱいに詰めこまれていた。

「ゆりから、他のメンバー連れてなんかの作戦やるからって、いきなり武器の搬入(はんにゅう)を命じられたときはまいったよな……。かなでがいいところに来てくれて助かったよ」

 音無がぼやくように呟くと、苦笑しながら続けた。

「まあ、他のやつらにかなでとこうしているところを見られる心配がないのはいいけどな」

「そうね。あたしは今、ハーモニクスに負けて、あなたたちと再び対立しているって設定だから」

 それを聞いてルイズは、以前何回かに分けて見た夢を思い出した。

 ずっと争い続けてきたかなでと戦線だったが、あるとき、ふとしたことから和解。魚釣りや炊き出しなどして楽しくやっていたが、その矢先、かつてかなでから聞いたハーモニクスの暴走がおきた。

 かなでは襲いかかってきた分身こと赤目と相討ちとなった。

 それからの経緯は不明だが、一瞬にして場面が切り替わり、洞窟のような場所でかなでは囚われていた。

 音無が助けに現れ、なんらかの策で赤目たちを消そうとしたが、逆に赤目たちはかなで本体を乗っ取ろうとした。一時は危うい状態のようだったが、どうにか何事もなくすんだ。

 その後は、医務室なのか清潔そうな部屋のベッドの上で身を起こしているかなでが、その横で椅子に座る音無と話していた。

 彼は失っていた過去の記憶が戻ったこと。自分が本当は満足した人生を送っていたこと。仲間たちにも自分のように報われた気持ちになってほしいことを語った。

 同じ目的を持った二人はみんなの心残りを解消するため情報を集めようと考え、そのあいだに戦線の目を引き付ける役目として、音無はかなでに(おとり)を頼んだ。

 そこまでが最後に夢で見た内容だった。

「それで、かなでの相談したいことってなんだ?」

 台車を押しながら音無が尋ねる。

「戦線の目を引きつけるため、あたしが冷酷な天使を演じることになったけど、具体的にどうすればいいのかわからなくて……」

「ずっとあいつらと戦ってきたように、無表情で淡々としてりゃいいんじゃないか? 心がないっていうか、無感情みたいな」

「あたしって無感情だったの?」

「いや、今さらそこを聞かれても……」

「そう? そうね、変な話だったわ」

 ルイズは「まったくもってそうよ」と一人同意した。まさかかなで自身今まで自分のことを感情が表にでるタイプだとでも思っていたのだろうか?

「でもそうだな。目に見えて悪い天使だってわかりやすいのがいいかもな……」

 音無は考え込むようにしばし黙った。

「そうだ! 新しいデザインのハンドソニックを作るのはどうだ?」

「例えば?」

「冷酷な天使なんだから、禍々しいのがいいな。色も黒とか紫とか毒々しくて、カギヅメとかそんな感じにしてさ」

 ナイスアイデアとでもいうように嬉々として語る内容に、ルイズの頭に思い当たるものが浮かんだ。

 ハンドソニック・バージョン5。

「あれ考えたのはあんたか!!」

 ルイズは思わずツッコミを入れた。

 だが相手は記憶の中の幻。音無とかなではルイズをスルーして去っていった。

 

 

「……イズ、…ルイズ、ルイズ」

「……ほえ?」

 自分を呼ぶ声と体をゆすられる感覚に、ルイズの意識はゆるやかに目覚めた。

「ルイズ、目的地に着いたわ」

「……え? そう」

 かなでに言われて周りを見渡すと、フーケが潜んでいるという森が見えてきた。

「ようやくお目覚め? しっかりしなさいルイズ」

 正面を向くとキュルケが呆れたように笑っていた。かあっと体が熱くなる。

「な、なによキュルケ! あんただって寝てたじゃない!」

「わたしはけっこう前から起きていたわ。何度起こしてもなかなか起きなかった誰かさんと違ってね」

「それってわたしのこと!?」

「あら、自覚があるようでなによりだわ」

 (あざけ)るように笑うキュルケにルイズはつかみかかりそうになるが、かなでに止められた。

「もうすぐ敵地よ。気を引き締めて」

「ぐぬぬぅ……」

「キュルケもルイズを怒らせないで」

「はいはい」

 ルイズは不満げに歯をくいしばり、キュルケは肩をすくめた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 鬱蒼(うっそう)とした深い森の中を馬車が進んでいく。木々に囲まれているせいで太陽の光が(さえぎ)られ、薄暗さが恐怖をあおる。

 キュルケは陰湿な気分を変えようと、フーケこと正体を隠しているロングビルに話しかけた。

「ミス・ロングビル。御者(ぎょしゃ)なんて従者に任せればいいのに」

「よいのです。わたくしは貴族の名をなくした者ですから」

 その経緯を思い出すと今でも怒りが湧き出してくるが、顔に出すことは絶対にしない。

「あら、どんな経緯があるのか興味ありますわ」

 キュルケが(ひま)つぶしに尋ねてくる。

 言いたくないというように、にっこりと無言の笑顔で返すが、内心では『黙ってろ』と言ってやりたい気持ちだった。

 しかしキュルケはそんなもので引き下がらない。

「いいじゃない。お聞かせ願いたいわ」

「やめないよツェルプストー。失礼よ」

 ルイズが眉を吊り上げて注意する。

 キュルケは不満気に口を尖らせる。

「なによ、ヒマだからちょっとお喋りしようと思っただけじゃない」

「聞かれたくないことを無理やり聞き出そうとするなって言ってるの。本当にゲルマニアの人間は礼儀ってものを知らないんだから」

「言ってくれるじゃない?」

「なによ」

 顔をつきあわせて口喧嘩を始める二人。

 そこへかなでが割って入り両者を力ずくで引き離す。

「喧嘩はやめて。どこに敵が潜んでいるのかわからないんだから静かにしたほうがいいわ」

 かなでの指摘に二人は不満ながら口論をやめた。

「ところでルイズ。ちゃんと任務は理解してるわよね」

 キュルケは出発時のことを思い出す。馬車に乗り込む前、オスマンは彼女らが生徒ということもあって、身の安全を優先すること。フーケは必ずしも捕まえる必要はなく、破壊の杖を奪還するだけでよいことを告げた。

「もちろんよ。フーケを捕まえて、破壊の杖を取り戻すんでしょ」

 胸を張って答えたルイズだったが、キュルケは軽く呆れ混じりに返した。

「学院長の言葉を聞いてなかったの? 杖の奪還が優先よ。そもそも捕まえるって、あなたどうするつもりよ。相手はスクエアクラスなのよ?」

「そんなのわたしの魔法でなんとかしてみせるわ」

「魔法? 誰が? 笑わせないで。ゼロのあなたができるわけないでしょ」

「なんですって!」

 声を荒げて再び喧嘩を始めようとする両者。

 だが突然、それぞれの鼻先に剣の切っ先が向けられた。いきなりのことで二人とも「ヒッ!」と小さな悲鳴をあげてのけぞった。

「……いい加減にして。敵地だってこと、さっきも言ったじゃない」

 かなでが両腕を交差させてハンドソニックをルイズとキュルケに突きつけて黙らせた。顔はいつもの無表情で声も淡々としていたが、おそらくは怒っているだろう。かなでだって三度目ともなれば腹を立てる。

「な、なにすんのよカナデッ!?」

 おっかなびっくりなルイズ。

「ちょっとタバサ、助けてよ〜」

 キュルケは親友に助けを求めるが、

「彼女が、正しい」

 とバッサリ拒否。

 ルイズとキュルケはしぶしぶといった具合に黙りこんだ。

 ロングビルはそれを横目で眺めながら、自分もオスマンのセクハラにはあれくらいすればよかったかと思った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 途中、小道を進むため一行は馬車から降りた。

 ロングビルの先導でしばらく歩いていくと、突如開けた場所に出た。森の中の空き地といった具合で、広さはざっと魔法学院の中庭程度。

「わたくしが聞いた情報だと、あの中に入っていったとのことです」

 ロングビルは広場の真ん中にポツリと建てられた小屋を指差す。五人は近くの茂みに身を隠しながらその小屋を見つめていた。 

「それで、どうするの?」

 キュルケが神妙な顔で言うと、タバサが正座して地面に図を書きながら作戦を説明しだした。他の者たちも(かが)んでそれを見つめる。

「まずは偵察兼囮が中の様子を確認。もしフーケがいれば挑発し外におびきだす。そこを魔法で一気に攻撃。いなかった場合はすみやかに破壊の杖を捜索。見つけしだいすぐさま帰還する」

 いい作戦だ。全員が同意し、さらに詳細を決めていく。

「それで、偵察兼囮って、誰がやるの?」

 ルイズが尋ねる。

「すばしっこいの」

 タバサは短く答えた。

「じゃあ行ってくるわ」

 誰の回答を待つでもなく、かなではすっと立ち上がると、すばやく小屋へと駆けていった。

「わたくしは周囲の見回りに行ってきます」

 という名目のもとロングビルは森の中へと消えていくと、ルイズらに気づかれないように小屋や彼女らを観察できる位置まで忍んでいった。

(さて、うまくやってもらおうか)

 茂みの影から彼女は広場を覗きこんだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 小屋にさっと近づいたかなでは窓から内部を覗き見た。

(誰も……いない?)

 人影はなく、気配も感じられなかった。中は一部屋のみで、隠れられそうな所は見当たらなかった。

 かなではルイズたちに向かって、頭の上で腕を交差させて誰もいないとのサインを送った。

 隠れていた三人が恐る恐る小屋に近づく。

 合流したところで、タバサが杖を振ってワナがないことを確認してドアを開けた。

 キュルケとかなでが続き、ルイズは外の見張りに立った。

 小屋の中は(ほこり)っぽく、人が生活している雰囲気はなかった。

 破壊の杖を探そうとしたところ、タバサが部屋の隅に置かれたチェストに気づいた。

「破壊の杖、あった」

 タバサがチェストを抱える。

「あっけないわね!」

 キュルケが叫ぶ。

「目的は果たしたんだから、早く帰りましょ」

 かなでが言った、そのときだ。

 

「きゃあああッ!!」

 

 外からルイズの悲鳴が聞こえた。

 同時に小屋の屋根が轟音と共に吹き飛んだ。

 フーケの巨大ゴーレムがそこにいた。

「ご、ゴーレム!?」

 突然の襲撃にキュルケが驚くなか、タバサがすぐさま魔法で巨大な竜巻を放つ。

 だがゴーレムはビクともしない。

 キュルケも胸の谷間にさした杖を引き抜いて炎の魔法をぶつけるが、まるで効果がなかった。

「無理よ、こんなの!」

「撤退」

 タバサが呟くと全員小屋を飛び出した。

 ある程度離れたところでタバサが指笛を吹くと、空から彼女の使い魔である風竜シルフィードが降りてきた。

 タバサとキュルケがその背に乗るなか、はたとかなでは気づいた。

 ルイズがいない?

 彼女の姿を探していると、背後で爆発音が響いた。

 振り返ると、なんとルイズがゴーレムに向かって杖を構えていた。ルーンを呟いて杖を振るうとゴーレムの胸が小さく爆発した。

「ルイズ!」

 かなでは大声で叫んだ。

「ルイズ、逃げて!」

「いやよ!」

「破壊の杖は取り戻したわ! それで十分のはずよ!」

 必死なかなでの言葉に、しかしルイズは聞く耳を持たない。

「あいつを倒して、フーケを捕まえれば、誰もわたしをゼロと呼ばないわ!」

「危ないわ!」

「わたしは貴族よ! 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない、敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!」

 ルイズは魔法を唱える。だが一部が爆発するだけでゴーレムにはまるで効いていない。ゴーレムはルイズを踏み潰そうと巨大な足を持ち上げた。

 かなでは駆け出した。

 ゴーレムの片足がルイズの眼前に迫った。思わず目をつむる。

 だがルイズ は無事だった。

 不思議に思って恐る恐る目を開けると、目の前の光景に驚く。間一髪ルイズの前に走りこんだかなでが両手を突きだしてゴーレムの足を受け止めていた。

「ぐっ……」

 こちらを踏み潰そうとする巨大な足に、オーバードライブで強化された腕力で抵抗する。

 両者の力は拮抗(きっこう)していたが、かなでは身を屈めると全身のバネを利用して一気に押し返した。

 バランスを崩したゴーレムが、ずしーんと大きな音を立てて仰向(あおむ)けに倒れた。

 立ち尽くすルイズだが、すぐさまかなでをキッと睨みつけた。

「邪魔しないで!」

 

 ぱぁーん――

 

 瞬間、こちらを振り返ったかなでに(ほほ)をひっぱたかれた。

 呆気に取られてかなでを見つめると、彼女は眉を吊り上げていた。

「死んじゃうところだったわ。命を粗末にしないで」

 かなでが静かに、だが強い怒気が宿る声で言った。

 ルイズはポロポロ泣きだした。

「だって、逃げたらまたバカにされるじゃない」

 普段からゼロと言われて悔しい思いをしてきた。ここでどうしても周りを見返してやりたかったのだ。

 急に泣き出したルイズに、かなでは困って思わず天をあおぐ。その空の向こうに、こちらに向かって飛んでくるシルフィードが見えた。

 ふと周りに影がさした。

 ハッと後ろを見る。

 起き上がったゴーレムが巨大な手を拡げて迫っていた。

 かなではとっさにルイズの両脇を掴んで持ち上げた。

「え?」

 わけがわからないルイズを無視し、その場で素早く一回転して勢いをつけてルイズをシルフィードめがけて思いっきりぶん投げた。

「えええええええっ!?」

 絶叫するルイズ。

 あわや衝突というところで、タバサがレビテーションでルイズを受け止めてシルフィードに乗せた。

「ちょっとルイズ、大丈夫!?」

 キュルケは、いきなりのことで心臓がバクバク鳴るルイズに話しかける。

「ななな、なにすんのよあいつぅ!?」

 かなでの方を見たルイズはその途端、一気に青ざめた。かなでがゴーレムに握りしめられ持ち上げられていた。ルイズを放り投げた直後に捕まったのだ。

「く……」

 強い締めつけにさすがに苦しげな声をもらすかなで。

 さいわい掴まれたのは胴体なので両腕は自由に動く。握りこぶしでゴーレムの手をドン、ドンと叩く。

 しかし表面が崩れるだけでダメージはない。だったら、

「ガードスキル・ハンドソニック、バージョン2」

 右手が光って薄刃の長剣が出現する。ゴーレムの腕を切断しようと斬りつけるが、おしくもリーチが足らない。しかも切った部分がすぐに再生してしまった。

 ゴーレムがかなでを握しめる手に力を入れた。

「ぅあ……!」

 強まった握力に意識を失いかけ、力なく両腕がだらりと垂れる。

 苦しくて抵抗する気力が削がれていく。いったいどうすれば――。

(ハンドソニックが効かないし、身動はとれないなんて、まるで直井(なおい)くんに牢獄に閉じ込められたときみたい……)

 遠退く意識のなか、まるで走馬灯でも見るかのようにぼんやり回想する。

 あのときはどうしたっけ? 確か、結弦(ゆづる)が妙案を思いついて、それで脱出できて……。

(そうだわ……)

 痛みに耐えて、かなでは気力を振り絞る。いったんバージョン2を解除すると、今度は両手にハンドソニック・バージョン1を出現させる。

 両腕を振りかぶり、ハンドソニックをゴーレムの手首に根元まで深く突き刺した。

「ハンドソニック・バージョン2、バージョン3……」

 ハンドソニックの形状を、薄刃の長剣、トライデントと変えていく。展開するスペースのないゴーレムの手首内にて、変化しようとする力とゴーレムを形成する力がぶつかり合い、刺した隙間から光があふれる。

「……バージョン、4!」

 今までの形状とは大きく異なる、(ハス)の花を模した大型鈍器。これまでで一番大きな形状変化に、ゴーレムが耐えきれなくなってあちこちがひび割れて光がもれる。数秒ののち、ついに耐えきれなくなったゴーレムの手首が内側から弾けとんだ。

 自身を拘束していた手が消えたかなでは地面へと落ちていく。着地と同時にすぐさまゴーレムから離れた。

 そのまま逃げればいい。

 だがしかし、彼女の脳裏にルイズの涙が浮かんだ。

(……あたしがゴーレムをなんとかしたら、ルイズの評価も上がるかしら)

 かなではゴーレムに向かって走りだした。

 両手の鈍器で殴りつけ相手の体を砕いていく。

 だがゴーレムはすぐに元に戻ってしまう。

(ならさっきみたいに内部から)

 再びハンドソニックをバージョン1に戻すと、すばやくゴーレムの(ふところ)に潜り込み、巨大な胴体に飛びかかって貫く。

「バージョン――ッ!?」

 形状変化させようとしたところで、ゴーレムが虫でも払い除けるように手を伸ばしてきたのに気づいた。すぐさまハンドソニックを消して真下に落下。わずかな差でゴーレムの腕から逃れた。

 戦術変更。今度は素早さを優先してバージョン2を展開。ゴーレムの体や足などを斬りつけていくが、やはり即再生してしまう。

(これじゃラチがあかないわ……) 

 

 

 

 

 

 

 

「カナデ!」

 シルフィードの上でルイズは悲痛な声をあげた。

 どうにかしてかなでを助けなくては。

 ふとルイズの目に破壊の杖が入ってる箱が映った。

「貸して!」

 ルイズは箱を取って抱えるとシルフィードから飛び降りた。

 驚くキュルケ。

 とっさにタバサがレビテーションを唱え、ルイズをゆっくり地面に降ろす。

 ルイズは箱を開けて中身を取り出すが、それを見て驚いた。

「え? これって!?」

 それは何度も夢の中で見たもの。

 死後の世界で戦線のやつらが使っていた大筒と同じものであった。

「これを使えば」

 ルイズは夢の内容を思い出す。

「ええっと、たしか肩に担いで……どっちが前だっけ……あ、こっち穴が空いてるから銃口かしら。それと確か、夢だと手前でスイッチみたいなのを押してたから……あった!」

 ルイズは破壊の杖を担ぐとゴーレムの巨体へと向け、スイッチに力を込めた。

 だがなにも起こらない。というよりスイッチが押せなかった。

「え? あれ?」

 不思議がるルイズの眼前で、かなでがゴーレムに蹴り飛ばされて宙を舞った。

「か、カナデ!!」

 叫ぶルイズだったが、かなでは何事もなく地面に着地。蹴られる直前で両腕を交差してガードしたのでたいしたダメージはなく無事だった。

 ほっと胸を撫で下ろすと、ルイズは破壊の杖を睨み付けた。

「ちょっと、なんでなにも起こらないのよ!」

 破壊の杖をおろしてあっちこっち見てみる。なにか不手際があったのだろうか?

「まだなにかやることがあるっての!?」

 正直どうしていいかわからない。それでもなにかヒントがないか記憶を探る。

 そのとき、以前アニエスから銃のレクチャーを受けたときの記憶が脳裏をよぎった。

「そういえば、アニエスが銃を撃つときは撃鉄(げきてつ)を上げる必要があるとか言ってた……これも同じようなものなの?」

 それが破壊の杖にも当てはまるかは不明だが、とにかく調べてみる。

 スイッチに触れないようにいろいろ試してみると、片方の端にピンがあるのに気づいた。

「これって、爆弾を投げる前にいつも引き抜いていた……これを抜けばいいの?」

 ピンを引き抜くと、破壊の杖の先端のカバーが外れた。さらに調べてみるとそこが引き出せることに気づいた。

「こ、これを引っ張ればいいのかしら?」

 可能な限り引き出すと、銃口と思われる箇所に四角いスコープのようなものが立った。

「これは、銃の先端にある狙いを定めるやつかしら?」

 他にいじれそうなところはない。

 今度こそという想いでゴーレムの方を向くと、あまりの光景に目を見開いた。

 ルイズがあたふたしている間に、仰向けに倒れたかなでがゴーレムに踏み潰されかけていた。先程と違い、横たわった状態で押さえ込まれてしまってはどうにもならない。押し潰されまいと、ぐぐぐと両手に力を込め必死に耐えている。

 空ではシルフィードが助けに入ろうとするが、ゴーレムがやたら拳を振り回すので近づけないでいた。

 もう後がない。

 ルイズは汗ばんだ手で破壊の杖を構えると、前にアニエスから教えられたことを参考にスコープを覗いてゴーレムの体の中心に狙いを定める。

「お願い……今度こそ!」

 祈りを込めてスイッチを押した。

 筒からぱすっと音が出たと思ったら、先端からすごい勢いでなにかが飛び出た。

 それは白煙を引きながら進んでいく。だがはじめて使う道具なためか狙いがわずかにずれてしまっていた。

 しかしハズレというわけでもなかった。

 それはゴーレムの肩に命中し爆発。粉々に吹き飛ばし、体との繋がりを失った腕が地面に崩れ落ちた。

「や、やったわ!」

 狙い通りではなかったが、今のでそれなりに扱いがわかった。

「次こそは身体を吹っ飛ばしてやるわ!」

 半壊のゴーレムに再度狙いをすまし、スイッチを押した。

 だが、カチっと虚しく音が鳴るだけで、なにも飛び出さなかった。

「え? 今度はなによ!」

 何度も押すが、なにも起こらない。

 またなにか手順が必要なのか?

 こういう時、夢ではどうなっていたか?

 瞬時に記憶を探る。

 たしか……一回使うごとに……放り捨てていたような……? ハッ!?

「も、もしかして、これって単発式なの!?」

 そういうことなら再び弾を込めるなりしないといけないのか?

 だがそんなもの箱には入っていなかった。

「ど、どうしよう!?」

 このままだとゴーレムが再生して襲ってくる。

 だが予想と違い、片腕をなくしたゴーレムはしばらくして、全身が滝のように崩れ落ちた。それは下にいたかなでの体へと降り注ぎ、彼女は大量の土に埋もれた。

 ルイズは思わぬ事態に呆然となったが、すぐさまハッとなる。

「カナデ!」

 破壊の杖を抱えたまま、下敷きとなったかなでを助けようと駆け出した。

 土の小山の前にたどり着くとすぐさま堀だそうとした。

 そのときだった。

 土の一部がボコりと盛り上がり、

「ぷはっ!」

 かなでが顔を出した。自力で土の(かたまり)をかき分けて脱出してきたのだ。そのまま土山から抜け出す。

 全身が土で汚れてしまい、地面へと降り立ったかなでは両手で髪と顔、ブレザーやスカートなどについた土を払った。

「カナデ、大丈夫!?」

 ルイズが心配そうに尋ねる。

「土まみれ……お風呂に入りたいわ」

 まるでなんともない感想に、ルイズは安堵の息をついた。

「すごい爆発が聞こえてゴーレムが崩れたみたいだけど、ルイズ の魔法?」

 かなでが尋ねると、ルイズ は首を横に振った。

「魔法じゃなくてこれを使ったの」

 ルイズが胸の前で破壊の杖を掲げた。

「それって確か……ロケットランチャーね。ハルケギニアの重火器って原始的なものだと思ってたけど、同じようなのもあったのね」

 意外そうに言うかなで。

「あんたそれわざと言ってる?」

 ルイズが呆れたとでもいうようにジト目を向けると、かなでは不思議そうに小首を傾げた。この天然は本気で言ってるのだろうか。

「あんたねぇ、これどう考えてもあんたや召喚されし本と同じじゃない」

「そうなの?」

「そう考えるのが普通でしょ!」

 そこでかなではふと疑問に思った。

「……それなら、ルイズはどうしてロケットランチャーの使い方を知ってたの?」

「それは」

 ルイズは言葉に詰まったが、すぐにためらいがちに口を開いた。

「……夢で見たのよ」

 そんなやりとりをしているところにシルフィードが着陸してきて、その背からキュルケとタバサが降りてきた。

「すごいじゃないルイズ。あのゴーレムをやっつけるなんて!」

 キュルケが感心したように言った。

「あんたに褒められるとなんか変な気分ね」

「あら失礼ね。でもよく破壊の杖の使い方を知ってたわね」

「ああ、まぁね」

 ルイズは複雑そうな、困った顔で破壊の杖を見る。

 タバサが土の小山を見ながら呟く。

「フーケはどこ?」

 全員がハッとなって辺りを見渡す。

 そこへロングビルがやってきた。

「みなさん、ご無事でなによりです」

「ミス・ロングビル! あなたもご無事で」

 キュルケが嬉しそうに叫ぶ。

「はい。それはそうと見事破壊の杖を取り戻したのですね。さあこちらへ。お預かりします」

 おだやかな笑顔で手を差し出しながら、内心ほくそ笑んでいた。

 破壊の杖の使い方はバッチリ見ていた。

 最後ミス・ヴァリエールがなにやら慌てていたようだが、気にすることはない。

 破壊の杖を手にしたら、彼女らには悪いがここで死んでもらい、あとはトンズラしよう。

 だかルイズは困ったように破壊の杖を見下ろしていた。

「どうしよう。これ使っちゃった。オスマン学院長になんて言おう……」

 その言葉に全員が首を傾げる。どういう意味だ?

 そのなかでかなでが言った。

「ロケットランチャーって、確か一回使ったらそれで終わりのはずだわ」

 その言葉にロングビルは動揺した。

「お、終わりとはどういうことですか? そのマジックアイテムは使い切りだとでも言うのですか?」

 かなでは首を横にフルフルと振った。

「それは魔法の杖なんかじゃないわ。なんて説明すればいいかしら……。簡潔に言うと、それは銃なの。爆弾を発射する」

「え、銃? 平民が作ったあの鉛玉を撃ち出す?」

 キュルケが意外そうに言った。

 かなではこくんと頷く。

 ロングビルの顔が一気に青ざめた。

「で、では、銃ということは、新たに弾を込めれば使えるのですか?」

「たぶん無理だと思うわ。同じのを見たことあるけど、使い捨ててたみたいだし」

「それに箱には弾らしきものはなかったわ」

 ルイズが呟く。

「じゃあそれ、今はただの筒じゃない」

 キュルケが言った。

 ロングビルはショックを受けた。

 彼女の脳裏に秘書になってからの苦労が蘇る。

 連日続くオスマンのセクハラ。

 毎日のように尻を触られ、使い魔のネズミを通じてはスカートの中を覗かれ、注意すれば婚期を逃すなどの失礼な発言、などなど。

 今まで耐えてきたのは、すべては学院のお宝を手に入れて高値で売り、大金を手に入れるため。

 それがすべて水の泡に消えた。

 彼女は、大金を得るというゴールのために積み上げてきた苦労という名の階段が、ガラガラガラァ! と崩れていく音を聞いた気がした。

 その後タバサらがフーケを探そうとしたが、ロングビルが「フーケは破壊の杖に恐れをなしたのか、いずこかへと逃げていきました」と嘘の報告をした。

 深い森の中を追跡するのは困難であるため、一行はそのまま学院に帰還することにした。

 帰りの馬車、ロングビルはいきなり胃がキリキリと痛むのを感じた。

「痛っ……」

「どうしたんですかミス・ロングビル?」

 キュルケが少し驚いたように聞いてくる。

「い、いえ! ちょっと胃がキリキリと……」

「大丈夫ですか? もしかして学院長への報告のことで悩みが?」

 責任を感じてルイズが尋ねる。

「大丈夫ですので、お気になさらず……」

 ぜんぜん大丈夫じゃない。

 これからもお金のためにオスマンのセクハラに耐えねばならないのだ。

 正直辞めたいのだが、秘書の給料はいい。当初の予定が頓挫(とんざ)した今、故郷への仕送りのためにも辞めるわけにはいかなかった。

 道中、脳裏をある(ひらめ)きがよぎった。

(そうだ……破壊の杖が武器だっていうんなら、戻ってあいつに見せれば万事解決だったんだ……ちくしょうッ!!)

 ロングビルは心の中で泣き叫んだ。




ルイズがロケットランチャーぶっぱなす無茶ぶりなんてここくらいだよね……。
ご都合主義かもしれませんが、一応死後の世界の夢やアニエスの件で伏線ははってたつもりです。ガンダールヴ不在でゴーレムをどうにかするにはこの展開しか思いつきませんでした。

フーケはルイズらに正体がバレず捕まりもしませんでしたが、彼女には後ほどある役目があり、そのため今回のような流れになりました。それがよかったのかどうかはわかりませんが……。

次回もできるだけ時間をかけずに投稿できるようがんばりたいと思います。


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第23話 舞踏会の蒼鈺(そうぎょく)

みなさまお久しぶりです。毎回毎回更新遅くて申し訳ないです。
今回は半分くらいオリジナル展開になりました。正直自信はないですけどね……。
それではどうぞ。 


 破壊の杖を取り戻した一行は学院に戻るとそのまま学院長室へと出向いた。

 オスマンと彼の側に立つコルベールは、テーブルの前に立つ五人から報告を受けていた。

「ふむ、フーケには逃げられてしまったか……。しかしみな無事でなにより。よくぞ破壊の杖を取り戻してくれた」

 オスマンは満足げに微笑み、ロングビル、タバサ、キュルケ、ルイズ、そしてかなでを労った。

 全員たいしたケガもなく、森の中を歩いたりゴーレムと戦ったさいに少しばかり衣類が汚れたくらいだ。

 だがかなでだけは別だ。崩れ落ちた土ゴーレムの残骸に全身を飲み込まれたので、頭から足先まで土まみれと目に見えてひどい姿である。

「もしフーケを捕縛(ほばく)できていれば王宮からシュバリエの称号も授与されたかもしれんが、まぁ言ってもしかたあるまい」

 オスマンは長い髭をなでる。

「せめて今夜の『フリッグの舞踏会』は楽しんでくれたまえ。今日の主役は君たちじゃ。壮大に盛り上げるとしよう」

「そうでしたわ! すっかり忘れていましたわ」

 キュルケがぱぁと顔を(かがや)かせながら声をあげた。

 ロングビルも表面上では嬉しそうに微笑んだが、実のところ胃が痛くてたまらなかった。

(前からストレスが溜まっているとは感じてたけど、まさかここまでくるなんて……)

 舞踏会なんて出る気にもなれず、とにかくこの後は胃薬を飲んで寝ることにした。

 それからロングビル、キュルケ、タバサの三人が礼をしてドアに向かっていく。

 そんな中、ルイズだけはその場から動かず、オスマンに向き合っていた。

(ルイズ?)

 気になったかなでは、ルイズと一緒に残った。

 オスマンはじっとルイズを見つめる。

「なにか、わしに聞きたいことがおありのようじゃな」

「……はい」

 ためらいがちにルイズは答えた。

「言ってごらんなさい。褒美をやれなかったかわりというわけではないが、答えられるものであるなら答えよう」

 それを聞いて、ルイズは意を決して口を開いた。

「ありがとうごさいます。お聞きしたいのはあの破壊の杖についてです。あれをどこで……どうやって手に入れたのですか? あれは、カナデの世界の武器なんです」

 コルベールが「ええ!?」と驚く。

 オスマンも目の光りが鋭さを帯びた。

「カナデくんの世界というと、例の死後の世界かの?」

 オスマンが視線をかなでに移すと、彼女は首を横に振った。

「確かに死後の世界にはロケットランチャー……破壊の杖と同じものがあります。だけどそれは、あの世界に来た人たちが、生前の記憶を元に死後の世界の特性を使って作りあげたものです」

「つまりカナデくんが生きていた世界にも破壊の杖があると?」

 かなではこくりと頷いた。

「なるほどのぉ」

 オスマンはそう呟くと、しばし考えるように黙り込んだ。

「カナデくん、死後の世界に来るのは、確か君やミス・ヴァリエールほどの若者じゃったかの?」

「はい」

「大人がその世界に来たことは?」

「ないと思います」

「そうか。ならあの破壊の杖は、おそらく君の生前の世界から持ち込まれたものじゃ。あれを持っていたのは大人の男だったからの」

 オスマンは昔を懐かしむように語りだした。

 今から三十年ほど昔。

 ある日森を散策していたオスマンは突如ワイバーンに襲われた。

 まさに絶対絶命のピンチ。

 そこに現れたのが破壊の杖の持ち主だった。

 見たことのない奇妙な格好のその男は破壊の杖でワイバーンを吹き飛ばすとその場に崩れ落ちた。

 男は重傷を負っており、オスマンは学院に運び込んで手厚く看護したが、その甲斐(かい)なく死んでしまった。

 男は破壊の杖を二本所持しており、オスマンは自身を救った一本を男の墓に埋め、残りを破壊の杖と名づけて宝物庫にしまいこんだのだった。

 話を終えるとオスマンは深く息を吐いた。

 コルベールは思いもしなかった破壊の杖の出自に汗を流した。

「まさか、破壊の杖にそのような経緯があったとは……」 

 ルイズとかなでも口にはしないが、内心驚いていた。

「でも、その人はどうやってハルケギニアに来たんですか?」

 ルイズの疑問は当然であり、かなでとコルベールも気になった。だがオスマンは首を横に振った。

「分からん。彼がどうやってこっちの世界に来たのか、最後まで分からなかった」

 オスマンは遠い目になりながら続けた。

「彼はベッドの上でうわ言のように繰り返しておった。「元の世界に帰りたい」とな。彼が何者なのか、どこから来たのか、当時はなにも分からなかった。じゃが」

 オスマンはかなでに微笑みを向けた。

「きっとカナデ君が生きていた世界とやらから来たんじゃろうな。今回の件で、わずかとはいえ彼のことをようやく知ることができた。君らのおかけじゃ。ありがとう」

 頭を下げたオスマンに、ルイズは慌てた。

「そ、そんな! 恐れ多いです学院長!」

「ホッホッホ。よいのじゃミス・ヴァリエール。さて、ずいぶんと話し込んでしまったのぉ。お主たちもパーティーの用意に取りかからなくてはな」

「はい。お話いただき、ありがとうございました。それであの、実は、他にもお願いしたいことがあるんです。ですが……」

 言いよどむルイズ。これ以上は厚かましくないだろうか?

 そんな彼女の迷いを見透かしたかのようにオスマンは優しく笑った。

「よいよい。破壊の杖を取り戻してくれただけでなく、恩人についても知ることができた。そのお礼となるならできる範囲であれば叶えよう」

 そう言われて、ルイズは頭を下げた。

「ありがとうございます学院長。願いは二つ。一つはわたしから。もう一つはカナデからです」

 かなでは不思議に思ってルイズを見る。自分は特に望みなどないのだが……?

「まずはカナデの希望から。彼女はお風呂に入りたいそうです。カナデに大浴場の使用許可を与えてください」

 かなでは内心驚きながらルイズを見た。確かにゴーレムの残骸から這い出でた直後に『お風呂に入りたい』と呟きはした。自分が学院で使えるのは蒸し風呂だけなので、その願いが叶うことになるとは想像すらしてなかった。

 オスマンは全身が土で汚れているかなでを見ると、暖かく笑った。

「なるほどの。確かにこのままでは不憫(ふびん)じゃ。よかろう」

 笑顔になるルイズ。オスマンは話の続きを促す。

「してミス・ヴァリエール、お主の望みとは?」

「はい。実は――」

 それを聞いたオスマンはこころよく承諾した。 

 ルイズは感謝し一礼をすると、かなでもそれにならい、二人は学院長室をあとにした。

 

 

 ○

 

 

 トリステイン魔法学院の風呂場は本塔の地下にあり、全てが白い大理石で造られている。

 浴槽は横二十五メイル、縦十五メイルはある大浴場であり、使用時間帯には常にお湯が張られており、新鮮なお湯が垂れ流しとなっている。

 そこに、(はだか)で体の前をタオルのみで隠すルイズとかなでがいた。

 二人ともシミひとつない白い肌は共通していたが、かなでの方は胸にルーンが刻まれていたり、顔や髪などに土汚れが目立つ。

 本来なら他の女子たちの姿がありそうなものだが、すでに入浴を終えていたので、現状二人の貸切り状態である。

「さあ、ささっと済ませるわよ」

 ルイズはかなでの手を引いて小さな椅子がいくつも並ぶ洗い場にやってくると、その内の一つに彼女をストンと座らせた。それからタオルをわきに置いて手桶に持ち替える。 

「先に頭を洗うわ。じっとしてなさい」

 背後から聞こえてきたルイズの言葉に、かなでは首だけ振り向く。

「自分でできるわ」

「いいから黙ってなさい」

 かなでの断りをはねのけて顔を押さえて正面に戻す。

「お湯かけるわよ」

 バシャァ――

 ルイズは手桶ですくったお湯を彼女の頭に二度三度とかけた。よく濡れた髪の毛先から雫が流れ落ちる。

 続いて石鹸(せっけん)を手に取るとぶくぶくと泡立て、かなでの頭を洗い始める。

 手を動かすにつれ泡が流れ落ちてきて、かなでは目に入らないように(まぶた)をギュッと閉じる。

 ルイズはガシガシと力強く頭皮を洗っていく。

「頭が押さえつけられて痛いわ」

「このわたしが洗ってあげてるのよ、文句言うんじゃない」

 ぴしゃりと切り捨て不器用に洗っていくルイズ。正直、他人の頭なんて洗ったことないので、つい力が入りすぎていたようだ。

 とはいえ要望は聞き入れてくれたのか、かなでは頭にかかる力が少しゆるんだのを感じた。

(あ、ちょうどいいわ)

 それから長く繊細な銀髪も石鹸を馴染ませるように洗っていく。こちらは自分の髪の手入れで慣れているのでスムーズにこなしていく。

 頭が終わったので次は体だ。

 ルイズは手に持った小さな布切れにたくさんの泡を作ると、かなでの背中をゴシゴシこする。

「んっ……」

 こそばゆくて思わず体をよじる。

「くすぐったいわ」

「我慢しなさい」

 またもぴしゃりと言われた。

 それから肩や首と、体の後ろ全体へと布を滑らせていく。

「後ろはほとんど終わったわね」

 一息つくルイズ。

「ならあとは自分でできるわ」

「何言ってんの。このまま前も洗うわよ」

(え?)

 かなでは一瞬固まった。

 そんなことお構いなしに、ルイズはかなでの背後から抱き抱えるかのような形で手を伸ばし、かなでの体の前側を撫でるように洗い出した。

「ンッ……!」

 くすぐったさや恥ずかしさで思わず声が漏れてしまう。

「ルイズ……恥ずかしいわ」

「黙ってなさい」

 か細い声で訴えてもまさに聞く耳持たず。ルイズはかなでの気持ちなどまるで察しない。

 逃げようとするかなでを片手て押さえ、顔、喉元、脇腹、胸、お腹と、他にも強引にあっちこっちまんべんなく洗っていく。

「ゃ……ッァ……ン……!」

 ルイズ が妙なところに触れるたびに、(なまめ)かしい声が出てしまう。されるがままとなったかなでは必死に我慢した。

 体どころか手足の先までも全身くまなく洗い終え、ルイズは手桶でかなでの体中の泡を頭から流した。

「綺麗になったわね。どう? さっぱりした気分でしょ」

 やりきったというようにルイズは清々しい笑顔である。

(むしろへとへと……)

 脱力したようにうなだれて座るかなでは、そう思いながらもなにも言わなかった。

「それじゃ、わたしは自分の体洗うから、あんた先にお湯に入ってなさい」

 となりの椅子に腰掛けるルイズにかなでは頭を上げる。 

「なら今度はあたしがルイズの背中を流すわ」

「必要ないわ」

「でも」

「いいから」

 そこまで言われて、かなでは立ち上がり、少し離れた浴槽へと向かった。

 

 

 ○

 

 

 かなでは目の前に広がる光景に感心していた。

(改めて見ると、すごいわ)

 彼女の前には、床をくり抜いたように造られた、大きくて上品な浴槽が広がっていた。あまりにも広くて、風呂というよりはもはや巨大なプールである。

 張られた湯には香水が混じっており、湯気と共に良い香りがもうもうと立ち登っている。

 タオルを浴槽の縁に置き、かなではお湯に足を入れる。少し熱いが、我慢してそのまま全身を湯船に沈めた。

 肩まで湯に浸かり、浴槽の壁に背をあずけると目を閉じ、両手両足をだらんと伸ばしてくつろぐ。

(気持ちいい……)

 お湯が体の芯まで温め、血行が良くなって全身の疲れがほぐれていくのが分かる。

 この感じ……。これぞまさしくお風呂! サウナでは得がたい至高の幸福。まさに極楽である。

(久しぶりのお風呂だわ……。まさかまたこんなふうに入れるなんて……)

 感動とあまりの心地よさに、かなではとろけるような表情で「ふぁ〜……」と深々に息をはいた。

「あんたもそんな表情(かお)するのね」

 となりで声がして目を開けると、いつのまにかルイズが入浴していた。こちらもかなで同様にタオルはしておらず、細い手足を無造作に投げ出しながら壁に背中をくっつけて楽な姿勢をしている。

「どう? 喜んでもらえたかしら」

「ええ。サウナだとどうしても物足りなかったから」

 ルイズの問いに答えるかなでの顔はいつもの無表情に戻っていたが、(ほほ)が上気してわずかに赤くなっているのが見てとれた。

「平民用の蒸し風呂よね。死後の世界や生前の世界だと、どんなお風呂を使っていたの?」

「一人か二人が入れるくらいのお風呂だったわ。ここと同じようにお湯を張って、一家に一つはあるのが普通だったわね。学校だと、ここみたいに豪華な造りじゃないけど、大勢が入れる大浴場があったわ」

 手のひらですくったお湯を見つめながら、かなでは懐かしそうに語った。

 それから少しのあいだ、お互いに会話もなく湯に浸っていたが、おもむろにルイズが口を開いた。

「ねぇカナデ。不思議に思わないの?」

 かなではなんのことだろうと小首を傾げた。

 ためらいがちにルイズが続けた。

「わたしが破壊の杖があんたの世界の武器だって知ってたことよ」

「そういえば、どうしてロケットランチャーのことを知ってたの?」

 ルイズはしばし黙った。が、すぐに口を開いた。

「夢で見たって言ったのは覚えてるかしら」

 かなでは頷く。フーケのゴーレムを倒した直後の会話だ。

「あんたを召喚した日の夜にね。不思議な夢を見たの」

 それからルイズは語りだした。

 月が一つしかない世界と見たことのない建物。

 記憶喪失だという男をハンドソニックで刺し殺すかなで。

「その日はそこで目が覚めた。でもそれから時々、同じような夢を見るようになったわ」

 ヤキュウという球技をしているところ。

 机が縦横に規則正しく並べられた部屋で授業やテストを受けているところ。

 大勢で川釣りをしているところ。

 夜に襲ってきた赤目と対峙しているところ。

「どの夢にもあんたが中心となっていた。そのなかでも一番多かったのは、戦線を名乗る連中がたくさんの銃をもって、あんたと戦っている夢。最初は荒事でびっくりしたけど、でも何度も見ている内に慣れてきて、じっくりと観察してたらだいたいの使い方を憶えちゃった。だからあのとき、いろいろ手こずったけど、どうにか破壊の杖を使うことができたの」

 そこまで言い終えたところで一息つく。

「ねぇ、今話したことって全部あんたが死後の世界で体験してきた過去……記憶ってことなのかしら?」

 ルイズは真剣な表情で確認を取る。

「そうね。どれも身に覚えがあるものばかりだもの」

 かなでの肯定に、やはりそうだったのかと、ルイズは心の内で呟いた。

「でも、どうしてあたしの昔の夢を見たりしたのかしら?」

 かなでの疑問に、ルイズはしばし考え込んだ。

「……たぶんだけど、使い魔との感覚の共有だと思う。前にも言ったけど、主人は使い魔が見聞きしたものを自分も感じ取れる。わたしたちの場合、あんたの記憶とつながって、それが夢として表れたんじゃないかしら?」

「そうなの?」

「たぶんって言ったでしょ。わたしだって確信があるわけじゃないんだから」

「そう」

 それから今度はかなでがなにか考えるように宙を見た。

「これからも同じような夢を見るの?」

「かもしれないわね」

 そう言って、ルイズはバツが悪そうに顔を伏せた。

「……悪かったわ」

「? どうして謝るの?」

「だって、あんたの記憶を勝手に覗き見ちゃったわけだし」

「それはルイズが望んでしたことなの?」

「そんなわけないじゃない! 自分で見たい夢なんて選べるものじゃないでしょ」

 覗き趣味があるのかとでも言われたようで、流石に心外だとルイズはムッとなり声を上げた。

「そう。ならいいわ」

 淡々と言ったかなでに、ルイズは拍子抜けしたようにポカンとなった。

「いいわって……嫌じゃないの?」

「ぜんぜん嫌というわけじゃないけど、それほど見られて困ることなんてないから」

「そう……」

 ルイズは使い魔の能天気さに呆れたが、同時に安心したように笑った。正直、ずっと盗み見しているようで良い気持ちではなかったのだ。

「あー、話したらなんかスッキリした」

 両手を組んで頭の上へとうーんと伸びをする。

「さて、上がったら舞踏会の準備をしないとね」

 ルイズは明るく笑いながら呟くと、かなでが尋ねてきた。

「この後の舞踏会ってどういうものなの?」

「フリッグの舞踏会は毎年この時期に開かれるの。教師や生徒の枠をこえて親睦を深めるのが目的ね」

「舞踏会ならダンスもあるの」

「あたりまえでしょ」

「ルイズも踊るの?」

 ルイズは首を横に振った。

「そんな相手、この学院にはいないわよ」

「どうして?」

「言い忘れたけど、この舞踏会で一緒に踊ったカップルは将来結ばれるって言い伝えがあるの。だから男子はお目当ての娘にダンスを申し込むし、女子は意中の男子から誘われるのを待ってるわ。だから踊るのは恋仲やそういった関係になりたい人になるの。なかには軽い気持ちの(やから)もいるけど……。わたしは学院で付き合いたいとかそんな人はいないから、ダンスには参加しないの。だからパーティは料理やワインを楽しむつもりよ」

「そうなんだ」

 かなでは納得した。

「でも、将来結ばれるなんて素敵ね。……結弦(ゆづる)と踊ってみたかったわ」

 かなでが呟いた名前にルイズが反応した。

「ユヅルって、あんたが死後の世界でよく一緒にいた男よね。なに? あんたあいつのことが好きだったの?」

「うん、愛してる」

 自然と告げたれた言葉に、ルイズは一瞬息をつまらせた。短い付き合いではあるが、かなでの口から「愛してる」なんてセリフがこんなにもすんなり出てくるなんて、想像すらしたことがなかった。

 かなでの顔をまじまじと見る。見慣れた無表情だが、こころなしかその両頬がさっきよりも赤くなっているのに気づいた。

 それが今の発言のせいか、それともお風呂での長湯によるものなのかは、分からなかった。

「学院にいないなら、外にはルイズの好きな人はいるの?」

 唐突な質問に、不意をつかれたルイズは己の体温が急上昇するのを感じた。

「そそそ、そんなのあんたには関係ないでしょ! ほら、そろそろ出るわよ」

 ザバァ! と派手な音を立ててルイズは立ち上がった。

「もう上がるの?」

 かなでは不満そうに言う。正直もうちょっと気持ちいいお風呂を味わっていたい。

「なに言ってんの、これ以上のんびりしてたら舞踏会に間に合わないの! シエスタに用意させてあるから急ぐわよ!」

 まるでなにかを誤魔化すように()かすルイズ。

 そう言われてしまえば仕方ないので、かなでは名残惜しそうに湯船から出た。

 

 

 ○

 

 

 夜、本塔にある大きなホールにて舞踏会は行われていた。(はな)やかな会場にて、着飾った教師や生徒たちが歓談して賑わっている。

 綺麗で扇情的(せんじょうてき)なドレスに身を包んだキュルケがたくさんの男に囲まれて笑っている。

 黒いバーディドレスを着たタバサがもくもくとテーブルの上の料理を口に運んでいる。

 そんななか、ホールの壮麗(そうれい)な扉が開いた。

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」

 控えていた衛士の呼び出しのもと、ルイズが姿を現すと、男たちは息を飲んだ。

 ルイズは長い髪をバレッタでまとめ、白の胸元の開いたパーティドレスと肘まである白い長手袋に身を包み、その高貴さをいやになるくらい演出していた。

 そして後に続くもう一人。

「おい、あれって」

「マジかよ……」

「前から可愛いって言ってた奴がいたが、これは……」

「可憐だ……」

 ルイズの後ろを歩く少女に、続けざまに男たちの視線が止まる。

 小柄な身体に胸元や肩の開いた青いドレスを纏い、左腰に同色の大きなリボンが飾りつけてある。肘下から指先までを包む白い長手袋。頭の左側には青バラのコサージュ。神秘的な銀の艶やかな髪。ルイズとシエスタによってドレスアップさせられた立華かなでである。その姿はルイズにも負けず劣らずの清楚で綺麗な美少女であった。

 なぜ平民扱いの彼女がドレスに身を包んでいるのか?

 これがルイズがオスマンにした『お願い』である。彼女はかなでも一緒にこの舞踏会に正式に参加できる許可を求め、オスマンもこれを快諾(かいだく)した。

 主役が全てそろい、楽士たちが流れるように音楽を奏で始めた。

 綺麗に着飾り、普段と比べても高貴さを(かも)し出しているルイズとかなでに男子たちが群がって、さかんにダンスを申し込んできた。

 だが彼女らは誰の誘いにも乗らず、ルイズはかなでの手を引いて逃れるように料理の並ぶテーブルへとやってきた。

「たくさん誘われたけど、無視してよかったの?」

「今回の功績のことでお近づきになりたいとかいう浅ましい連中でしょ。相手にする気になれないわ」

 かなでの問いにルイズがくだらなげに返した。

「それより他のことで楽しみましょ。ほら、ここにある料理なんてあんたは滅多に食べられないかもしれないのよ」

 テーブルには見るからに豪華な肉料理やサラダ、パイにワインなど、ところせましに並べられていた。

 ルイズはそれらを皿にとってかなでに押し付ける。

 すすめられた皿を受け取ると、かなではフォークを料理に刺して口に運んだ。

 おいしい。確かにいつも厨房で食べているものよりいいものだ。

「美味いわ」

「舞踏会だもの。料理人たちも腕を(ふる)うわ」

 ルイズは笑いながら言うと、自分も料理に手をつけた。

 そうして彼女たちなりにパーティを満喫していると、正装のギーシュとマリコルヌ、その男友達らがやってきた。

「やあ、楽しんでるかい、二人とも」

「まあね」

 ギーシュに対してルイズがそっけなく答える。

「うむ、それはなにより。それにしてもルイズが見違えたのもすごいが、カナデも素敵じゃないか」

「当然でしょ。わたしが見繕ったんだから」

 不適な笑みを浮かべながらルイズは平坦な胸を張った。自分が所持するドレスの中で一番かなでに相応しいのを選んで仕上げた自信作だ。

 かなでは己の姿について彼らに意見を求める。

「このドレスは似合っているかしら?」

「もちろんさ。どこかの令嬢だと言われれば誰も疑いもしないだろう。今の君はまさにサファイアのごとく青く輝かしい宝石。さしずめ『蒼鈺(そうぎょく)の乙女』ってところかな!」

 ギーシュがバラの杖でキザったらしくほめちぎった。

「そう、自分ではよく分からないから不思議な気分ね。ただ、そう言われるのは嬉しいわ」

 無表情でそう述べるかなでに、ルイズは軽いため息をついた。

「だったらもっと嬉しそうに笑うとかしなさいよ」

 その指摘にかなでは小首を傾げた。

「あたしだって笑うことはあるわ」

「あんたの笑顔なんて見たことないじゃない」

 そんなふうに話していると、マリコルヌがビシッと背筋を伸ばしてかなでの前に一歩でた。

 かなではその様子になんだろうと不思議そうに見つめる。

 するとマリコルヌは突然方膝を着いて手を差し出してきた。

「今度は時と場所を選びました! 一目見てすっごい可愛いと思いました! ミス・カナデ、僕と踊ってください!」

 ダンスの誘いにかなでは目をぱちくりとする。ルイズは『どこかで聞いたような台詞回しね』と思ったが、すぐにいつぞやの水兵服姿のかなでに専属メイドになってほしいと頼んだときのことを思い出した。あれのリベンジのつもりだろうか。

 だがそこへある懸念からルイズが口をはさんだ。

「待ちなさい。この舞踏会には一緒に踊ったカップルは将来結ばれるっていう言い伝えがあるのは知ってるわよね? あんた、カナデのこと狙ってんの?」

 ルイズは鋭い眼光を向ける。別にかなでの恋愛事情に口を出す気はないが、だからといって軽々しい気持ちで手を出されたくない。これでも己の使い魔には自分でも思ってもいないほどの情があったのだ。

 ルイズに睨まれてマリコルヌはうろたえて(ひる)んだ。

「い、いや、別にそういうわけじゃないよ。ただ、こんな可愛い()がいるんだから、ちょっと浮わついたっていいじゃないか」

「あんたねぇ……わたしの使い魔はそんな軽いものじゃないのよ」

 ルイズは呆れたように言った。

「ハッハッハ! 別にそう固いこと言わなくてもいいじゃないかルイズ。せっかくの舞踏会なんだ。そんなこと気にせず楽しんだもの勝ちさ。気軽にいこうじゃないか!」

 フォローのつもりなのか、愉快そうに笑うギーシュ。

 だがしかし。

「……あんたはいくらなんでも軽すぎるんじゃない?」

「え?」

 背後から聞こえてきた、よく知る声に固まるギーシュ。なんかちょっと前にも同じことがあった気が……。

 ギギギと錆びた歯車のような動きで、恐る恐る振り返る。

 そこにはレモンカラーのドレスで着飾ったモンモランシーが腕組みしながら仁王立ちし、恐ろしい形相を向けていた。

「も、モンモランシー? き、君の美しい顔にそんな表情は似合わないよ。さ、さあ、いつものような可憐な笑顔をーー」

「誰のせいでこうなっているか、じっくりと教えてあげるわ」

 自分にはなんのアプローチもせずかなでのもとに向かったギーシュに腹を立てたモンモランシーは彼の耳を強く掴むと、そのままズカズカと引っ張っていった。

「い、いたたたた! モンモランシー! お願いだから、もっと優しくぅ!?」

「本当に好きなのはわたしだけと言っておきながらいい度胸ね!」

 哀れ、連行されるギーシュ。自業自得であるが。

 唖然(あぜん)となる一同だったが、気を取り直したマリコルヌが再びアタックをかける。

「そ、それでレティ! 僕と一曲どうですか?」

 対するかなでの返答は、

「ごめんなさい。あなたとは踊れないわ」

「ぐはぁ!?」

 セーラー服のとき同様、拒否されたマリコルヌは、またもがっくしと床に両手両膝を着いた。

「まぁ、マリコルヌ相手じゃ嫌なのは当然だけど」

 ルイズがなにげにひどいことを口にして追い討ちをかける。だがかなでは首を横に振った。

「別に彼が嫌いなわけじゃないわ」

「じゃ、じゃあどうしてなんだい?」

 ふらふらと立ち上がったマリコルヌがしょんぼり顔で尋ねる。

 だが、ふと思う。舞踏会の言い伝えからして、断ったということは想い人がいるというのだろうか? いやいや、そんな噂は聞いたことないし、まさかそんな――

 男子たちはみなそんなことを考える。

 だがそれはすぐに(くつがえ)される。

「だって、好きな人がいるもの」

 かなでがぽつりと言った。

 これを聞いた男性陣は凍った。誰も動こうとしない。

 一拍置き、そして、

「ええええええ!?」

 一斉に叫んで目を見開き、かなでを見つめる。爆弾発言をした当人はいつもの無表情だが。

 マリコルヌは震える声で尋ねる。

「そ、それは誰だい? 学院にいるやつなのか!?」

「ここにはいないわ」

「じゃ、じゃあさ、そいつがここにいて、一緒に踊れるとしたらどう思う?」

 かなでは考えるように黙ると、

「……とても素敵ね」

 両頬を赤く染めながら言った。ここでルイズは風呂場でのことは長湯のせいではなかったのを理解した。

 そして男たちはかなでの様子に衝撃を受けた。いつも無感情な女の子が恥じらうというのは貴重な光景だった。

(なんだこれ……超可愛い!!)

 彼らは一様に同じ感想を抱いた。

 そしてとてつもなく気になった。このどこか人間離れしている神秘的な美少女が恋慕(れんぼ)する相手とは、いったいどこの誰なのか? 

 そんな中、マリコルヌが一人フラフラとテーブルへと歩いていった。

 どうしたんだと周りが不思議に思っていると、彼は目の前の料理に片っ端から食らいつきだした。

「ちくしょう! あの()にあんな表情(かお)させるなんて、どこのどいつだぁーー!!」

「お、おい落ち着けってマリコルヌ!?」

 号泣しながら品性の欠片もなくヤケ食いする彼を、男たちは必死に落ち着かせようとする。

「……あたしのせい?」

 かなでが疑問に思いながらも止めようと一歩踏み出すが、 

「やめておきなさいカナデ。相手にしてたら時間がもったいないわ。あんなの放っておいてパーティを楽しむわよ」

 ルイズはその手を掴んでその場をあとにした。

 けっきょくマリコルヌは駆けつけた教師によって叱られるまで止まらなかった。




蒼=あおい
鈺=珍しい宝

とまぁタイトルの意味について一応解説したわけですが、それは置いといて。
『蒼鈺の乙女』については元ネタは昔あったソーシャルゲーム『Angel Beats! Operation Wars』のカードイラストで、ドレスに関するかなでのセリフも元となっています。検索すれば画像が出てくると思います。舞踏会ということで絶対着させようと思ってました。
ちなみに「そうぎょく」で検索したら『蒼玉』と出て、サファイアのことらしいです。つまり舞踏会のかなではギーシュが言ったようにサファイアの乙女。

今回投稿までに時間がかかってしまいましたが、正直オチが思いつかなかったっていうのがありますね。
話の大体の構図はできてて、舞踏会でかなでがドレスを着るのは最初から決まってたんですが、それだけだと内容的に物足りなくて、それで他になにかないかとずっと考えてたら本編であるようなマリコルヌのオチが最近唐突に浮かびました。こんな扱いでごめんねマリコルヌ。

今回でフーケ編は終了となりますが、投稿までの間隔が何ヶ月も空いたりと、連載ものとしてはいい感じではありませんでした。ですので次のアルビオン編については全てを書き終えてから、小分けにして投稿しようと思います。

また時間が大きく空いてしまうでしょうが、どうにか早く投稿できるよう頑張ろうと思います。


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