ギャンブル少女ばくち☆マギカ《完結》 (ラゼ)
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救済の物語

知識はアニメと映画なのでポータブルや外伝で出た設定などは加味していないことがあります。

設定も完全に準拠しているわけではありませんのでお気をつけ下さい。あとファッションTSではなくちゃんと意味はありますので。


「そろそろ吐いたらどうなんだ? こちらも穏便に済ますのは限度がある。法治国家だのスパイが横行しているだの言われている我が国だがね、当然暗い部分が無いなんてことはありえない」

 

厳重に―――ともすれば日本で一番堅固なのではないかと思えるほどセキュリティの整った部屋で、既に三十六時間を越える尋問が続いていた。

 

食事も睡眠も許されず、出来ることといえばトイレと水分補給のみ。それすら厳重な監視と付き添いの上で、自殺や逃走を防ぐために拘束されたままだ。自由という言葉とはおよそ真逆なその状況に男の精神は疲弊しきっていた。

 

彼は単なる一般人。薄暗い個室で洗脳のように繰り返される尋問などに耐えられる精神は一切持ち合わせていない。ならば何故ここまで執拗に問い詰められているのか。

 

―――それは彼が真実を語っているからに他ならない。

 

彼にとっての真実、それは尋問している者達に取っては荒唐無稽な与太話。彼等が求めている答えは男の入国経路、異常なほどに精巧過ぎる偽造の身分証明の作成方法、そして所属する国の名前だ。決してありもしない住所や存在しない人間の個人情報は求めていないのだ。

 

「気付けば見も知らぬ場所に居たなどと…信じると思っているのか? 既にこの国では許されない類の取り調べをしていることで己の立場を認識できないかね?」

 

最初の発端は一つの交番から入った奇妙な報告だ。照会出来ないにも係わらず、間違いなく本物の身分証明を持った男が迷子になっているという奇妙な報告。

そんな意味不明の状況に担当の者も首を捻るばかりであったが、ひとまずは偽造の可能性のある身分証明を持っているということで公安へと案件は移された。

 

「…ふん、だんまりか。ならば、只今を以てこの施設での尋問は終了とする」

 

そして更に詳細な検査のもと、男の所持品なども改められ情報も丸裸にされた。それまでは男からの交番への出頭や、従順な姿勢から穏やかな調査になっていた。

 

だが。

 

間違いようもなく本物の身分証明書であるとされ、にもかかわらず国民のデータバンクには存在しない。

そして何よりも、何故か未来の日付の偽造紙幣―――偽造とは思えないほど精巧な紙幣だが、それを持っていたことが男の運命を決定付けた。

 

「これより011PLCへと移送する。…素直に自白しておけばよかったと後悔するんだな」

 

存在こそ奇妙であり、支離滅裂な狂言は精神の異常が疑われるものではあったが、所持品は恐ろしいほどに偽造品だらけ。某国のスパイと判断されるのは当然の成り行きであったのだろう。

 

もちろん辻褄の合わないことも多分にあるものの、少なくとも男が未来からやって来たなどと考えるよりは諜報員が精神に異常をきたしたと推測するほうが現実的だ。

 

そもそも男が主張する年月日から来たのだとしても彼の存在がありえないことの説明にはなっていないのだ。

 

「一応、飯と睡眠は到着後取れる手筈だ。そして明日以降は…」

 

薬物の投与などによって自白を強要され、憲法における生存権や人権といったものは考慮されなくなる。そう淡々と伝える尋問官。

 

とはいえそういったものは日本国民に適用されるものであるのだから、現状日本人として認められていない男にはそもそも存在しないものではあるのだ。

 

「…」

 

息も絶え絶えに虚ろにそれを耳にする男。薄暗い個室で延々と同じことの繰り返しを続けられる、それは詐欺紛いの新興宗教などでも洗脳の手段として用いられることもあるものだ。

 

宗教の場合は疲弊しきったこのタイミングで救いの手を差しのべ、こちらに傾倒するように謀るものだが生憎とこれは尋問である。

取り調べ程度ならば警官が絆すように優しく声をかけて同じような効果を上げることもあるが、今の場合は期待できる筈もない。

 

「立て」

「…」

 

この男の一番不運な点はスマートフォンを偶々携帯していなかったことだろう。それさえあれば過去ではありえない情報や、日々進歩する電子機器において数世代先取りした物証を提示することも出来たかもしれない。

 

「立て!」

 

斯くして彼は本格的な尋問―――拷問と言い換えてもいいかもしれない、それを行う場所へと移送さるることとなる。

安息はきっとこの日の晩のみで、それ以降は故なき咎に苛まれるだろう。冤とは覆すものであり、漱ぐものでは無いのだから。

 

 

―――それは、この星の孵卵器が居なければの話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自白剤とは。

 

物語によくある隠し事をベラベラと話し始めたり、なんでも素直に言うことを聞くようになる便利なものではない。適正な量を正確に投与し、心理学や過去のデータに基づいて認識力や判断力を喪失させ必要な情報を引き出すという繊細な作業を伴うものだ。

 

つまり、どう贔屓目に見ても人体に有害であることは疑いようもない。麻薬に近いような危険性を孕んでいるものだってある。もちろん専門に知識を持つ者が極力体に負担が出ないやり方を選んではいるものの、正常さを損なわさせる薬を使う以上はなにがしかの異常は出て然るべきである。

 

となれば、本日の投薬による尋問が終了した男が精神的に非常に不安定なまま過ごすのもまた必然である。舌を噛まぬよう猿轡をされ、自殺を計れない程度に拘束をされるのは睡眠という体を休ませる行為に於いては実に有害だろう。

 

何故ここにいるのか、何故こんなことになっているのか、思考力が定まらず考えが纏まらない男には支離滅裂な言葉の断片だけが浮かんでは消えていく。

 

―――そして、そんな彼に無機質な声が掛けられる。

 

「やあ。意識はどうだい?」

 

真っ白い猫のような見た目の小動物。耳が長く、くるんとした尻尾は女性ならば可愛いという感情を禁じ得ないだろう。

 

「ああ、喋ることが出来ないのは解ってるんだ。思っていることを伝えようとしてくれればいいよ」

 

それは、悪魔の契約を持ち掛ける地球外生命体。人類の有史以来何度となく文明に干渉し、良くも悪くもその発展の手助けをしてきた存在だ。

 

「やはり…凄い量の因果だ。観測史上稀に見るほどの因果、君はいったい何者なんだい?」

 

男は悟る。ついに脳までイカれてしまったのだと。麻薬の症状として皮膚の下に虫が這いずったり、突き破って出てくるような幻視がある。おそらくその類いの幻覚だと呆けた頭で推測をたてた。

 

「やれやれ、人間というのは自身が見たものまで否定するんだね。訳がわからないよ。とはいえこれほどのエネルギーを見逃す訳にはいかないんだ。何か願いはあるかい? おそらくどんな願いでも叶う程の因果が君にはある」

 

この地球外生命体、通称「キュゥべえ」と呼ばれる疑似生命端末の目的。それは宇宙全体のエネルギー減衰を防ぐため、そのエネルギーの源になりうる地球人の「感情」を搾取することだ。

 

もちろん簡単に感情を資源にすることなど出来ず、手間のかかるプロセスを踏んで最大効率を考えてエネルギーを取り出しているのだ。

 

その効率の名は絶望。特に幸福の頂から絶望の底へ転落した時、効率よくエネルギーを取り出すことが出来る。彼等はそのため感情の波が激しい、多感な第二次成長期の少女達をその毒牙にかけていた。

 

「……」

「うん、そうだ。願うだけでいい。心の底から、魂をかけて願うんだ。それだけで奇跡は起こる」

 

しかし別に少女だけが狙われる訳では無いのだ。感情を理解できない彼等は、人類との接触の初期は実験の意味でも老若男女問わずエネルギーにしていた。

そのうちに少女をターゲットにすることが一番効率のいいやり方だと認識したに過ぎない。つまりそれを覆すほどの効率を見つけたのならば、例外は有り得るのだ。

 

「…っ」

「さあ受けとるといい。それが君の運命だ」

 

意味不明の状況で素性不明の動物が詳細不明の契約を持ち掛ける。

 

しかし澱んだ頭が聞き取れたのは、願ったのは『奇跡』の三文字のみ。それでも願いは正しく受理されて、膨大な因果は彼を魂の牢獄へと誘った。

 

奇跡は正しく発揮され、その体は自身の最高のポテンシャルを発揮する状態へと変化し、拘束は全て弾けとんだ。

 

「…あれ?」

 

その姿は清楚で可憐な金髪少女。儚げな佇まいはまさに佳人薄命。男の理想を詰め込んだような女性がそこにいた。

 

「おかしいな? こんなことになるなんて有り得ないんだけど…」

 

久方ぶりに正常な思考を許された彼―――もとい、彼女。はっきりした頭でも尚消えない幻覚に困惑気味である。

 

「幻覚じゃない…というか、あれ、え?」

 

目線は低く、声は高く、極めつけには慎ましやかな双丘だ。混乱するのも無理はない。

 

「頭はしっかりしてる…うん」

 

自己の認識はきっちりで、霞がかっていた頭はかっちりだ。すっきり目覚めたにもかかわらず小動物も自身の体の変質も現実離れしている。

 

「質問…してもよろしいですか?」

「うん。僕でよかったらなんでも答えるよ」

 

目だけが不気味なまま、ニコリと笑顔を作るキュゥべえ。問われるままに答えを返していく。

 

曰く、契約により魔法少女となった君は魔女と戦わねばならない。

 

曰く、魔女とは絶望を振り撒くものであり魔法少女はそれの対極である。

 

曰く、魔女が落とすグリーフシードこそが魔法少女が魔法を使うにあたって必要なものである。

 

 

他にも多岐に渡る質問を繰り返し、そんな説明を受けた彼女は―――もちろん何も納得していない。

 

全てが曖昧模糊で抽象的、論点をずらして詳細を避けるような説明は詐欺師の常套句を思わせる。

魔法少女なんて響きに夢見る少女ならいざ知らず、三十路手前のいい大人が「契約」などと大仰な文句まで持ち出されては疑念は必至だ。

 

「言いたい事は多々あるんですが…何故女性になってるんでしょうか?」

「それに関しては僕にもわからないよ。君の願いは解釈のしようであらゆる可能性が有り得るんだ」

 

奇跡が欲しい、そんな願いが何を引き起こすかなど誰にも解らない。ましてや訳も解らず混濁しきった頭で願った以上、本人にすら解らない。

 

「う…ん……。少女のみと契約するようになってから数百年と言いましたよね?」

「そうだね。最後に女性以外と契約したのはそれくらいさ」

 

実際にはその最後の一人すら前回の男の契約者からは数百年後のコトだ。言わば千年に一人の稀人と言えるのかも知れない。

 

「そのせいで、少女以外との契約によりバグか何か発生した可能性は?」

「絶対に無いとは言い切れないけど、微々たる確率だろうね」

「そう、ですか…」

 

少し考え込む少女。しかし状況は予断を許さない。拘束されているとはいえ数時間に一度の監視が行われているこの部屋はそろそろ次のチェックに引っ掛かる。そんなことは知る由も無い彼女ではあるが、このままではまずいことは充分に承知している。

 

「逃げる方法はありますか? キュゥべえさん」

「魔法少女ならどうとでもなるさ。ましてや君は歴代でも類を見ないほどの力を持っているんだ。力付くでも、固有の能力を使ってもいい」

 

魔法少女には願った内容に則した固有の能力が付加されることもある。自他問わず怪我や病気の回復を願えば治癒の能力が発現し、その逆を願えば破壊や人を傷付ける能力が発現しやすくなるのだ。

 

「そう言われても……いえ、成る程」

 

固有の魔法や、そうでない魔力の運用でもベテランと新米では運用の差が歴然となる。

しかし、それでも使用するだけならば最初から感覚的に理解出来るのが魔法少女というものだ。彼女が直感的に使用できると確信した魔法―――それは正しく奇跡的であった。

 

 

 

 

 

 

 

その日、日本のとある施設が地盤の歪みにより局地的な地震の被害に見舞われ、半壊した。

 

奇跡的に怪我人も死人も出なかったものの、行方不明者が一人だけ。忽然と神隠しにあったような消えかたと、その痕跡の一切が消滅していたことからその事実は闇に葬られることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界に入る全てが奇妙に歪んだ世界で、おぞましい化物としか形容出来ない何かが少女を襲っている。

 

「う、うわ…くっ!」

 

それが普通の少女ならば何度絶命したかも知れぬ猛襲に、しかし魔法少女である彼女は耐えきった。

 

「…っと!」

 

反撃に移る彼女は、魔力を少し込めただけの拳を武器に立ち向かう。並の魔法少女ならば無謀としか言えない暴挙であるが、彼女にとってそれは蛮勇でもなんでもない。

 

華麗な回避でもなく、堅固な防御すら張らず、奇跡のように、まるで当たることは有り得ないとばかりに魔女の攻撃は外れ少女はその懐に辿り着く。

 

「とりゃっ!」

 

取るに足らないような攻撃はどれほど当たり所が良かったのか、ただの一撃で魔女を滅ぼした。

 

カツン、と音がして黒い球体に針が付いたような物体が後に残され地面に落ちる。

 

「ふぅ…」

 

「お見事。そんなに少ない魔力で魔女を倒すのは君ぐらいのものだ」

 

「そりゃ死にたくなければそうするでしょうに…」

 

これで二度目の魔女との戦闘を終えた彼女に心にも無い称賛を贈るキュゥべえ。

 

「でもそうなるとエネルギーが取れないし、僕としては歓迎しかねるかな」

 

「えぇ…」

 

暗に死ねと言われた事実に呆れともつかぬ声が上がる。彼女は施設から脱走した後は、一先ず落ち着ける場所に移動してキュゥべえに質問を繰り返した。

 

曖昧な言い逃れは許さず、キュゥべえの明言を避ける物言いに鋭い指摘を突き付けて魔女と魔法少女の関係やそれ以外のおおよその事情を把握したのだ。

 

 

要約するとこうだ。

 

願いを代価に魂を変質させられ、魔法少女となる。

負の感情を持った時や魔力を使った時に、変質させられた魂―――ソウルジェムに穢れが溜まり、限度を超えれば魔女となる。

なりたくなければ魔女を倒して、穢れを吸いとるグリーフシードを手に入れなければならない。

 

幻想的な単語に彩られた現実的な残酷さ。そしてそれは宇宙の寿命を延ばすための必要な犠牲というわけだ。

 

問答が終わった後はなんともファンタジックでサイエンスフィクションだと少女は呆れるばかりであった。

 

そしてそんな少女を見て、やはりと残念そうな雰囲気を滲ませてキュゥべえは語り出す。

 

「君くらいの歳の男性は本当に面倒だ。なにしろ穢れが溜まりきる確率が非常に低い。事実を認識しても嫌に現実的だ」

 

最後には化物になると知っても、自分が既に人間とは違うものになったと知っても、多感な少女の絶望とは雲泥の差としか言いようがないほどに感情の乱れが少ない。それが男性の成人以降で契約した者の特徴だ。

 

もちろん個人差はあるし真実を知って絶望するものも居る。しかし統計をとれば極端に少ないのもまた事実。

 

社会の構造を理解して、身の丈を思い知る年齢が三十前後と言うのもあるだろう。長くもなく短くもない人生経験で判断するならば、何でも願いが叶う代価が謂わば寿命の短縮であるなど安いとさえ感じるものもいるかもしれない。

そしてそんなキュゥべえのセリフを思い出しつつ、先程の言に反撃する少女。

 

 

「そう言われても死にたくないのは人間の本能だと思います。…でも別に化物になるくらいなら穢れが溜まる前に死んでやる…なんてことも思いませんから、安心してください」

「それは助かるね」

 

化物になるのは御免こうむる。長く生きやすい男性の契約者にしても、そんな結末を避けたいものが多数を占めるのは当たり前だ。しかし彼女は違う。

 

化物が出現するのは魂が変質した結果であり、自分という人間はその時点で死を迎えていると聞いて魔女になる事に躊躇いはなくなった。

 

「ところで次に君のような存在が現れた時のためにも聞いておきたいんだけど、何故そういう考えに至ったんだい? 殆どの人間は魔女になることに否定的なんだ。どれだけ合理的かと説明してもこちらをなじる。正直、訳がわからないよ」

 

彼等は感情を解さない。だからこそ、それを求めて人を陥れる。たかだか宇宙の一種族が犠牲になるだけで、数えきれない生命がより長く存続出来る。そう説明をして受け入れない人類こそが異端だと主張するのだ。

 

「それが解れば、全てが解決すると思います」

「どういう意味だい?」

「そういう意味です」

 

答えになっていない答えに問い掛けるキュゥべえだが、少女は笑いながら茶化す。

 

「やっぱり訳がわからないよ」

「キュゥべえさん、それは口癖なんですね」

「そうかい?」

「ええ、そうです」

 

効率を追求するのに無駄話には付き合うのだな、と笑いながら次の獲物が近付いてきたことを感じて戦いの準備を始める。

グリーフシードを持つ魔女が連続するのも、そもそも魔女と立て続けに遭遇するのも、そして此処を縄張りにする魔法少女が居ないのも、「奇跡的」な低確率だ。

 

「命の元なんだし、百個くらいはストックしたいですねぇ…」

「それは非常にナンセンスだよ」

 

既に手慣れたとばかりに単純作業を繰り返す。彼女に勝利する魔女が出る可能性は、ゼロだ。

 

「流石にもう出ませんか…。場所、変えますね」

 

身寄りも戸籍も金銭も、服も寝床も食物も、彼女は全てを喪った。あるのは魔法と希望と絶望だ。与る辺無き身空で歩き出す。

 

「キュゥべえさん。何処か身を寄せられそうな場所は知りませんか?」

「魔法でどうにでもなるんじゃないかい?」

「魔力の無駄遣いは避けたいですし、何よりこの見た目で悪事を除いて金を稼ぐのは難しいと思います」

 

中学生程度の少女がお金を稼ぐ。何かにつけて保護者や身分証明が必要なこの社会でそれを成すには真っ当な手段は限られる。

 

「何をもって悪事とするんだい?」

「法を犯さない。人を傷付けない。それを破れば悪事と呼びます」

 

存在事態が既に法を犯している彼女はそう断じた。

 

「…本当に、訳がわからないよ」

「法を犯せば負い目が出来ます。人を害せば引け目が出来ます。堂々とお天道様に顔向けて、誰にも恥じぬ道を行く。それが私の生き方です」

「君が魔女になれば人を害する。それは矛盾してると思うんだ」

「私が魔女になれば畢を延ずる。それは矛盾していませんよ」

 

これまでに体験したことがないようなやり取りに、なんとも不明な何かを抱きながらキュゥべえはその頼み通り近場で条件に合致する場所を探す。

 

「出来れば…弱い魔法少女、かつ裕福で暮らしに余裕があって人を囲ってもバレにくい方をお願い出来ますか?」

「あると思うかい?」

「ないと困ります」

 

魔女を代わりに倒し、グリーフシードをある程度供給する。そんな条件ならば共存も出来ると踏んだ少女。キュゥべえが他の端末と情報を共有している間、空を見上げる。

 

「暗いなぁ…」



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邂逅の物語

キリが良かったので短め


「見滝原…ですか」

「うん。君の希望通りとはいかないけど、魔女の数に対して魔法少女の数は少ない。それなりに裕福で、敵対的な行動を取りにくい子が居る筈だ」

 

ただし強さは並の魔法少女を遥かに凌ぐけどね、と続けるキュゥべえ。

 

「ありがとうございます。お手数をお掛けしてすみません」

「新人の魔法少女のサポートも僕らの役目だからね。もっとも君にそれが必要なのか疑問ではあるけど」

 

大いに必要です、と返しながら電車の切符を買う少女。取り戻した財布の中の硬貨は幸いにも古い年度のものが多かったために問題なく使用出来る。

 

「地方の名前などには詳しいつもりでしたが、見滝原とは寡聞にして聞きませんね」

「そうなのかい? 計画都市であり、この国に於いても技術力の高い都市らしいけど」

 

考え込む少女。やはり違う世界なのだな、と言葉には出さず納得して座席に座る。そして少し気になっていたことを問い掛けた。

 

「キュゥべえさんは個体も全体も変わらないと仰っていましたが、私と話しているあなたはリアルタイムで全体と意識と記憶を共有しているのですか?」

 

そう、彼等は世界を跨ぎ無数に存在している。そしてどの個体が死んでも代わりはすぐに現れるというのだ。

 

「その見解は間違ってはいないけど…厳密には違うかな。君と話した体験を持つのは僕だけで、だけどその記憶は全体が知識として持っている」

 

結局は同じ事でしか無いけどね、と締めるキュゥべえに少しだけ笑いながら少女は否定する。同じ様で違います、と。

 

「昔にはそんなことを言っている人間も居たみたいだね。僕らには理解できない考え方だけど」

「今は居ないのですか?」

「今は僕達が複数居ること自体知らない魔法少女が多いからね」

 

勿論問われれば答えるけど、とペテン師のような言である。政治家とキュゥべえが討論をすればいい勝負になりそうだ。

 

「あ、着いたみたいですね。近場で良かった」

「そう望んだのは君じゃないか」

「おっとそうでした」

 

今のは感情じゃないですか? と悪戯っぽく笑う少女に首を捻りながらキュゥべえは足元に並んで着いていく。

てくてくと日が沈みかけている街中を歩き、先導するキュゥべえを追い掛ける少女。

街並みを見渡し、なんだか近未来都市に来たような感じだなと一人ごちる。

 

「ここだよ」

「っと、すみません」

 

余所見をしながら歩いていたために、目的地に到着し足を止めたキュゥべえを踏み潰しそうになる。そんな少女の様子は気に掛けず入口をすり抜けるのはやはり感情など微塵も感じさせない。

 

「いきなり訪問するのも憚られるので、少し説明をしてきてもらっても?」

「うん。少し待っていてくれるかな」

 

そう言ってオートロックもすり抜けて魔法少女の部屋に向かうキュゥべえ。改めて、真っ当な生物とは言い難いのだなと少女は再認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあマミ。調子はどうだい?」

「あらキュゥべえ。調子も何もさっきグリーフシードを渡したばかりじゃないの」

 

穢れを吸い切れなくなったグリーフシードはキュゥべえが回収する。それが魔法少女のルールであり常識だ。そこに言及する者が極端に少ないのはやはり世間を知らない未熟な少女が多いからこそである。

 

「そうだったね。それよりマミ、少しお願いがあるんだ」

「へえ…。キュゥべえからのお願いだなんて明日は槍でも降るのかしら」

 

くすくすと口元に手を当て上品に笑う少女。彼女の名は巴マミ。この見滝原のベテラン魔法少女であり現役トップクラスの経験値を持っている。

 

サイドロールに揃えた金髪はその優雅さをいっそう引き立て、趣味の紅茶とスイーツはその見た目に違わぬお嬢様然とした雰囲気を醸し出す。

 

「私に出来ることならなんでも言って? だってこんなに珍しいことはないんだもの」

 

彼女が魔法少女になった切っ掛けは、交通事故により死にかけていた事が発端だ。車が原型を留めていないほどの衝撃に、訳の解らない痛みと熱。朦朧とした意識の中で願った奇跡は、望み通り彼女の命を繋ぎ止めた。

 

「ありがとうマミ。それでお願いなんだけど―――」

 

魔法少女になった彼女は考える。どうして願いを望んだ時に両親を含めなかったのか。

幼い少女がそんな状態で深く考えられる筈もないという、そんな免罪符は彼女の悔恨を癒さない。

 

そして過去に苛まれる彼女が選んだ道は、魔女を退け正義を為すことだった。世のため人のため、人を襲う魔女達を日夜精力的に狩り続ける。それが彼女の贖罪の形だった。

 

「―――そう、事情は解ったわ。下で待っているのね?」

 

魔女は人を自分の領域に誘い込み、襲う。そしてその領域には使い魔と呼ばれる無数の小型の化物が伴われる。それは成長すると大元の魔女へと成長し人を襲うようになるのだ。そして魔女の領域から離れた使い魔が人を襲うこともある。

 

しかし、だ。魔法少女の全てがそれを助けるかと問われれば、それは否だ。使い魔はグリーフシードを落とさない、けれど倒すためには魔力を消費する。故に使い魔を倒すことを優先する魔法少女はけして多いとは言えないのだ。勿論それが苦渋の選択であり本心では助けたいと思う者が大半であるのもまた事実である。

 

「うん。着いてきてくれるかい?」

 

だが巴マミは違う。それが私の罰であるとでも言うように区別なく敵を殲滅するのだ。それでいて破綻をきたすことがないのは彼女の実力、見滝原の魔女の多さ、そして彼女の願いも関係している。命を繋ぐという願いだったからこそ、彼女は短命になりがちな魔法少女をベテランと呼ばれる長期にわたり生き抜いてきたのだ。

 

「…うん」

 

そんな彼女は、実に寂しがり屋である。

 

友達よりも魔女。お洒落よりも使い魔。空いた時間はささやかな趣味を除けば殆どが魔法少女としての時間だ。もちろん経験豊富なだけに度が過ぎれば逆に危険だということは身に染みているため、適度に抑えてはいる。しかし見滝原には魔女が多い。

 

そして魔法少女同士というものは基本的に相容れない。グリーフシードは魔法少女の生命線であり、無くなれば魔力を使用できなくなるとなれば、信頼関係が無いと奪い合いは必然だ。

 

人知れず街を護っている自分を誰も気付かない、事情など話せる筈もない。唯一理解しあえる魔法少女は敵対する者が多い。孤独が彼女を包むのは必然なのだろう。

 

「ふふっ」

 

しかし自分を救ったキュゥべえが、自分を支えるキュゥべえが、わざわざ紹介するならばそれはきっと素敵な出会いになるかもしれない。

そんな期待を胸に、いそいそと彼女は靴を履いてドアを開ける。その表情は自分でも気付かないほど、久し振りの満面の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下まで目当ての人物を迎えに行き、とにかく部屋で話しましょうと招き入れるマミ。

 

「お邪魔致します」

「遠慮しないでね? これから一緒に住むんだもの」

「え…? お願いするつもりではありましたが、まだ事情も何も…」

「身寄りも何も無いんでしょう? それにキュゥべえからちゃんと聞いてるもの。すっごく強いのも、困っても悪いことに魔法を使わないことだって」

 

にこにこと両手を握って、辛かったわねと慰め始めるマミ。この好感度はキュゥべえへの信頼の裏返しであり、孤独の反動なのだろう。しかしそんな事情を知らない元三十手前の男にしてみれば、無警戒が過ぎると心配になるほどだ。

 

「…キュゥべえさん、信頼されてるんですね」

 

三角机に乗って傍観しているキュゥべえを見て呟く少女。そういえば基本は魔法少女に気に入られるような仕草や話し方だと言っていたことを思いだす。

 

「そう感じてもらえるなら僕も嬉しいよ」

 

感情が無いのにですか? と内心で突っ込みながらマミの手を握り返す。この子も裏事情は知らないのだろうなと推測しつつ、嘘をつかないことを信条としている彼女は折を見て話すべきかそうでないかを見定めることにした。

絶望で魔女になるというならばこれは繊細な問題だ。時には優しい嘘だって必要なことも彼女は知っている。

 

無知は罪だと言うが、知恵を手にした人間はそれも罪だと宣告されたのだから。

 

「私は巴マミ。あなたの名前、教えてくれるかしら?」

「私は―――」

 

言葉に詰まる。この姿で男の名前は無いだろう。しかし適当な名前も出てこない。そうこうしている内に悲しい顔で焦り出すマミ。

 

「そ、その…ごめんなさい。私、何か変なこと…」

「いえ、違いますよ。変どころかとても好ましいと思います。名前が言えないのは事情がありまして…先にそちらを説明させてください。それを聞いてこちらに住むことを拒否されてもそれは当然のことですし、けっして貴女を非情などと思うことはありません」

 

表情から陰は消えたものの、いったいどんな事情が出てくるのだろうと身構えるマミ。そんな彼女に信じられなくても当然ですが、と前置きしてここ数日の出来事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と、いう訳です。なにぶん私自身も解らない事だらけですし、色々と迷惑を掛ける可能性は大いにあります。最悪身元不明の少女として保護を受けることも出来ますから、本当に無理は…」

「無理じゃない」

 

途中で言葉を遮るマミ。真剣な表情で話に聞き入り、事情を把握した彼女が第一に思ったのは、思わされたのは「驚愕」の一言だ。

元が男だったから、ではない。日本にもそんな恐ろしい事があることに、でもない。

 

「私は貴方をとても誠実で優しい方だと思います」

 

こんな目に遭ってもまるで斜に構える様子のない目の前の少女に対して驚いているのだ。

自分が存在しない世界に飛ばされて酷い目に合わされて、挙げ句の果てに性別まで変われば普通どんな狂態を晒すか解ったものではない。

なのに彼女は出来ることをしっかり考えて、足元を固めて、悪事に走ろうともしない。それが驚きと尊敬の理由だ。

 

そしてマミはこんな荒唐無稽な与太話であるのにもかかわらず全てを真実として受け入れていた。それは真摯な眼を見て嘘とは思えないと判断したことが一つ。そしてキュゥべえが連れてきた人物だからというのがもう一つだ。

 

「あ…すみません歳上の方に偉そうにしちゃって。その、男の人だっていうのには驚きましたけど。えっと、私が学校に行っている間だって魔女は人を襲っているかも知れないし…それに、それに…」

 

しどろもどろになりながら居候してもいい理由を懸命に探すマミ。魔女は基本的に夕方や夜の方が出現しやすく、大した理由にもなっていない。

 

彼女にも何故こんなに必死になるのかは解らない。しかしここで引き留めなければいけない、と自分の心が言っているのだ。その気持ちに従って言葉を尽くして引き留める。

 

「えっと、その、だから…」

「ありがとうございます」

「え?」

 

そんな微笑ましい慌てぶりを見て嬉しくない男は居ないだろう。先程とは逆に自分の方から手を出して握手をする。

 

「これから宜しくお願いします」

「あ…はい…!! こちらこそよろしくお願いします」

 

花が周りに散っているような華やかな笑顔。なんとも奇妙な関係だが、新しい同居人が増えたことには喜びを隠せないマミ。にこにこと差し出された手を握りっぱなしだ。

 

「それといきなりで申し訳ないのですが、お願いがあります」

 

何でも言ってくださいな、と嬉しそうに言葉を待つマミ。彼女の最大の才能は魔法少女でもなければアイドルでもない、ヒモを育てる能力だ―――なんてことも冗談にはならなさそうなのが恐ろしいところである。

 

「名前をいただけませんか」

 

「え? …名前、ですか?」

 

あまりにも予想外のお願いに眼が点になっている。

 

「この世界に流されたのだから、この世界の方に名付けてほしい。名は捨てませんが暫くお別れです。この世界に生きる者として、受け入れられる一つの契機がほしい」

 

名は体を表す。誰しもそれが無ければ始まらない。とても大切な事だからこそ、彼女はマミに名付けてほしかった。信頼の証としても、一人の人間としても。

 

「……はい」

 

そんな責任重大なことは、と慌てて拒否しようとしたマミであったがその真剣な表情に言葉を飲み込む。彼女に取っても自分に取ってもこれは大事で、そして必要な儀式だと判断した。

 

「……」

 

沈黙が支配する中で長い時間を掛けて悩み続け、遂に両手を叩いて笑顔になり、一転して厳かな表情でその名を告げる。

 

「あなたの名前は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもと同じ病院で、いつもと同じベッドで、いつもと同じ時間に彼女は目を覚ます。

 

「…っ」

 

いつもと同じやるせない表情で、いつもと同じく魔法を使う。弱った心臓を強化して低い視力を底上げする。

 

「今度こそ…!」

 

今度こそはと己を奮起させ、スケジュールを組みたてる。いつもと同じ手続きをして、いつもと同じ誓いを胸に抱いて突き進む。

 

いつもと違う結果にしなければと。今度こそは終わりにしてみせると。

 

 

彼女はいつもと同じように誓ってしまった。




え? マミさんがちょろすぎるって? 彼女はどの世界線でもちょろかったと私は確信しています。


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追憶の物語

魔法少女、暁美ほむらは時間遡行者である。

特定の期間を何度も繰り返し、目的を果たすために邁進していた。

 

既に数えきれないほどの時間を遡行し、同じだけ失敗を繰り返している。彼女が何故こんなことをしているか。彼女が何故そんな能力を持っているのか。

 

―――それは偏に友のため。

 

彼女が時間を繰り返す前、まだ魔法も魔女も知らない最初の時間軸。心臓の持病により体が弱く、入退院を頻繁にしていたために学力も着いていけず彼女は一人ぼっちだった。

 

いじめを受けているわけではない、ただ馴染めないだけだ。周りが友人同士で談笑するなか一人で寂しく時間を過ごす。

授業が終わればとぼとぼと一人で歩き夕焼け空を見詰めながら帰路につく。明日が来るのを憂鬱に感じながら、口から出るのは溜め息ばかり。

 

そんな時だ。初めての魔女に出会ったのは、そして初めての大切な友人が出来たのも。

 

ほむらの陰鬱な気配を感じた魔女は彼女を自分の結界に誘い込み、世界を塗り替える。突如変わった世界にも、気味の悪い景色にもどうすればいいのかと立ち竦む彼女に魔の手は迫る。

 

そんな危機一髪の状況に救いの手が差しのべられた。

 

可愛いフリルの衣装に古風な弓で魔女と使い魔を駆逐していく少女。よくよくその顔を見れば、転校したての自分にも優しく声を掛けてくれていたクラスメイトだ。

 

恐ろしい化物に襲われたところを、きらびやかな魔法で華麗に救ってくれた彼女はほむらに取ってはまさに正義の味方。

自分の辿々しい感謝に対して笑いながら、クラスのみんなには内緒だとウィンクする彼女にほむらは憧れた。

 

その日から彼女の世界は一変する。端から見ればきっと何も変わっていないのだろうが、それは確かなことだった。

学校に行って友人と会うのが毎日の楽しみになり、口下手な自分にもあっけらかんと接してくれる度に憧れは強くなる。

 

自分も彼女のようになりたいと思うことは多々あれど、自分なんかじゃ足手まといにしかならないと煩悶する日々。悲しいことはあるけれど、楽しいことは沢山増えた。

 

そして転校初日とは比べ物にならないほど笑う回数が増えたところで―――悲劇は起きた。

 

『ワルプルギスの夜』

 

史上最大の魔女にして、史上最強の魔女。結界を創ることすら必要とせず、赴くままに破壊を繰り返す最悪の災厄。

そんな自然災害とも言うべき魔女が見滝原に出現し、そして当然の如く大切な友人は立ち向かう。

 

引き留める制止の声も振り切って人知を越えた力に対抗しようと必死に力を振り絞る友人の背を、泣きながら見送ることしか出来なかった自分。

魔女が消え、街の残骸しか残らない見滝原。解りきった結果であるが、大切な友人は嵐に立ち向かう枯れ葉のように儚く散った。

 

全てが終わってしまった後、後悔と嘆きに暮れるほむらは瓦礫の街の中心で奇跡を願った。

 

友人との出会いをやり直したい。友人を守れる存在になりたいと。

 

その願いの結果が時間遡行である。未来を知る彼女は、懸命に立ち回り最良の未来を目指す。ワルプルギスの夜を越え、また笑いあえる日々が続くことを願って。

 

しかし現実は非情であり、あまりにも強すぎる魔女へ何度も敗北を喫した。繰り返す内に魔法少女の真実を知り、友人を魔法少女にしないことが優先になった。

 

こちらが親愛の情を感じていても、相手からすれば初対面。未来を告げても信じられない、真実を告げても受け入れられない。

それでもたった一つの過去の灯火を胸に、彼女は突き進む。止まってしまえばそこで折れてしまうのが解っていたから。

 

もう何度目になるのかも解らないほどに繰り返し、今も彼女は戦っている。

 

自分の心の絶望と、そして目の前の魔女と。

 

「…ふん」

 

何度倒したかも解らない魔女を滅ぼし、グリーフシードを回収する。繰り返しの中で既に攻撃パターンなどは記憶しているのだ。淡々と作業をするように危なげなく勝利する。

 

「妙ね…。今までこんなところにこいつが出たことなんて無いのに…」

 

何度も体験する中で、統計を弾き出せばおおよその出現時間と出現場所は割り出せる。効率を求めて行動する彼女にとって魔女の行動が変わるのはあまり歓迎するべきことではないのだ。

 

「何か、イレギュラーかしら…」

 

しかしほむらが同じ行動を取ったとしても全てが同じようにいくわけではない。稀に起こるイレギュラーや、最悪な事例としては新しい魔法少女による友人の殺害などというものまであった。そんな最悪の事態こそたった一回のものであるが、警戒は怠るわけにはいかないと考えるほむら。

 

「…嘘でしょう?」

 

どうしたものかと少しだけ佇んでいた後、新たな魔女の出現を感知して驚きの声を上げる。基本的には連続して魔女が出現することは殆どない。ましてや今までの統計を考えると現在出現する確率は零に等しい。

 

「…」

 

武装を確認し、彼女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君のソウルジェムは本当に濁りにくいね、葵」

「そうなんですか?」

 

今日も今日とて魔女を狩ってグリーフシードを溜め込む少女。マミが付けた名前は九曜葵というものだった。巴紋の中で一番好きだから、と恥ずかしそうにはにかむマミに礼を言い夕食を共にした葵。

 

一夜明けて学校に行くマミを見送り、人目を気にしつつ自らも街に繰り出したのだ。

 

「うん。そもそも魔女を倒したらすぐに穢れを取るのが普通だしね。もっともベテランの魔法少女なんかが効率よく倒した時はその限りじゃないけど」

「それはなんとも有り難いことです。奇跡さまさまと言えばいいのでしょうか」

「僕に聞かれても返答のしようがないよ」

 

さもありなんと頷きながら次の標的が感知出来るまで待つ葵。しかしビルの上で風に髪を靡かせながら佇ずむ彼女の前に、まるで瞬間移動でもしてきたかのように黒髪の魔法少女が現れる。

 

「っ…?」

 

驚愕の声を抑えつつ、取り敢えずこちらを見定めるような視線を飛ばしてくる少女に挨拶をする葵。

 

「初めまして。先日からこちらの地域に越してきた九曜葵と申します」

 

見滝原にはマミ以外の魔法少女は居ないと聞いていたため、新しく来たのか遠征してきたかのどちらかかなと当たりをつける。敵対しなければ有り難いなと、にこやかに接した。

 

「…暁美ほむらよ」

「珍しいですが、いいお名前ですね」

 

それとなくソウルジェムの位置を確認する少女に少しだけ警戒心が沸き上がる。自己紹介を終えた後、沈黙が降りてお互いに気まずい雰囲気が漂い始めた。

 

「私はこの街の魔法少女の方に先日から居候させていただいてます。暁美さんは最近こちらに?」

「ええ、もうすぐ見滝原中学に転校予定よ」

 

友達ならば友達の、同僚ならば同僚の、取引先相手ならばそれなりに定型文句があるものだが、初対面の魔法少女とはどう接するものかと葵は悩む。

 

「この街には魔女が多い。グリーフシードの取り合いにはならないでしょうし、出来れば良好な関係を築きたいものです」

「…」

 

探るような目付きは暫く続き、ぽつりと言葉が漏れる。

 

「居候先は巴マミの家かしら」

「ご存じでしたか。とても優しい方で良くしてもらっています。よろしければ一度三人でお会いしませんか? 共闘するかどうかは別にして顔合わせくらいはしておいた方が何かといいでしょうし」

「そう…ね」

 

迷う素振りを見せた後、頷きを返すほむら。随分と含むところがありそうだな、と推測しつつも葵は手を差し出す。

 

「…?」

「これから宜しくお願いします」

「……ええ」

 

体温の高い葵と体温の低いほむら。ほんの短い間だけ触れあった掌は、互いの温もりと冷たさの余韻が残りあっていた。

 

そしてその様子を傍観するキュゥべえは、およそ感情といったものを感じさせない無機質な瞳で静かにほむらを見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

 

テレパシーの範囲を越えていたため、キュゥべえを介して新しい魔法少女を連れて帰ってもいいかとマミに尋ねた葵。予想通り快諾されたことによりほむらを連れて家に入る。

 

「おぉ…」

「えぇ…」

 

そこで目にしたのは、豪勢な食事とささやかながらも飾り付けられたリビングだった。

 

「うふふ、昨日は有り合わせだったから今日は張りきっちゃいました。貴女が暁美さんね? 私は巴マミ。これから三人で力を合わせて頑張りましょう!」

 

今日は二人の歓迎会よと嬉しそうにはしゃぐマミ。知らない魔法少女への警戒心は何処へいったのだろうか。

 

「わざわざ有難うございます」

「あ、ありがとう…ございます」

 

嬉しそうに礼を言う葵。複雑そうに礼を言うほむら。対称的な二人だが、どちらもマミの勢いに押されて席についた。アルコールの入っていないシャンパンをグラスに注ぎ乾杯する三人。

女三人寄れば姦しいというが、テンションがマックスのマミは一人でも姦しい。むしろ九割は彼女が喋っていたりする。

 

「へえ…じゃあ暁美さんはもうすぐ後輩になるのね」

「はい」

 

魔法少女は大別しておよそ三種類。

 

魔法少女として世の中を護りたいと願って契約した者。

化物と戦うことを知りながらもそれ以上に大切な願いを望んだ者。

そして選択肢がそれしか無かった者だ。

 

魔法少女歴が長いマミにはなんとなくその違いが解る。後者二つの少女にはなんとなく陰が差したような雰囲気が滲み出るのだ。

その観察眼で判断するならば、暁美ほむらは圧倒的に後者である。

 

見ただけで人となりが解るなどと自惚れるつもりはマミにもない。しかし何故か動揺しているほむらの感情は面白いように見てとれる。

 

驚き、悲しみ、期待。そして罪悪感とほんの少しだけの親しみ。初対面にもかかわらずこれだけの感情がない交ぜになっている理由はマミにも解らない。しかし少しだけでも親愛を感じるならば、きっと上手くいくと考えた。

 

「私達…どこかで会ったことあるかしら?」

「…っ!」

 

マミの方に覚えはないが、これだけ挙動不審になれば当然の質問だろう。問いただしている訳ではないが、話の種としての発言である。しかしマミからしてみれば何でもないような質問に、ほむらは驚く程動揺が深まった。

 

「…いえ」

「そ、そう?」

 

拒絶するような返答に悪いことを聞いたのかとマミは焦り始める。肝心なところで踏み込むことが出来ないのは彼女もまた心に傷を抱えている故だ。

拒絶されるのが怖くて、当たり障りのない言葉で場を濁すのがこういった時の悪い癖ともいえるかもしれない。

 

「…そういえば暁美さんはマミさんの事を知っていましたね。詮索するつもりはありませんが、秘密と言うのは溜め込めば澱み、嘘をつけば自分に返ります。初対面同士で信頼も何もありはしませんから、言えない事は「言えない」で。言いたくないなら「言いたくない」でいいと私は思います」

 

月並みな美辞麗句ですが、と葵は言う。

 

「……」

「嘘をつけば自分に返ると言いましたが、私はそれが善人であればある程にそうだと思います。…酷い顔ですよ?」

 

世界を何度も繰り返してきた。それは何年、何十年、何百年生きた事と同義なのか否か。いや、きっと違うのだろう。

 

自分の行動が変われば相手の行動も変わる。だが短い期間では変わらない物事の方が多い。

それが本意ではなくとも、人との関係や自分の行動がパターン化してきている以上得られるものは少ない。

人は失敗を経験して成長すると言うが、あてどなく続いている蹉跌の道を歩き続けることは、けして成長しているとは言い難い。

 

「…っ」

 

だからだろう。会ったこともない魔法少女で精神的に間違いなく自分の方が上である筈なのに、歳上の忠言のようにほむらが感じてしまったのは。

 

だからだろう。何度も会った魔法少女で精神的に脆く自分の邪魔でしかない筈なのに、嚆矢の信頼と親愛をほむらが思い出してしまったのは。

 

「ごめんなさい…」

「いいの。言いたくないことなんか誰にだってあるもの。私こそごめんなさいね」

 

雰囲気を変えようとデザートと紅茶を振る舞うマミ。感謝の視線を葵に送り話題を変えようと三人が共通して話題に出来る、魔法に関して喋り出す。

 

「そうだ、暁美さんの魔法はどんなものかしら。私はリボンを変形させたりして戦って……あ」

「…」

「…」

 

魔法少女の能力など信頼関係がなければ基本的にペラペラ喋るものではない。葵さえ知っている暗黙の了解をうっかり犯す。それが仲間が出来て嬉しいマミの、ハイテンションマジカルガールなおっちょこちょいだ。

 

「ごめんなさい…」

 

しょぼんと萎れたように俯くマミを見て、ほむらは思う。

 

大切な友人と同じ、優しくしてくれた魔法少女の先輩。最初の頃は甘く厳しく指導をしてくれて、途中からは友人を魔法少女に導く障害となった。

 

今では見栄っ張りで虚勢をはり、寂しさから他人を魔法少女の道へ引きずり込むだけの存在に成り果てていた。

 

しかしほむらは悟ってしまった。成り果てていたのは、そう思う自分の心なんだと。きっとこの先輩は何も変わっていない。自分を導いてくれた時の自信家で、見栄っ張りで、寂しがりで。だけど優しくて、格好よくて、情けないところもある先輩と。

 

「おや、泣いたカラスがもう笑いましたね。重畳です」

「泣いてなんかないわ」

「そうですか?」

「そうよ」

 

涙とはどこからを指すのか。瞳から液体が溢れなけば涙ではないと言うのならほむらは確かに泣いていない。

 

つんとした態度でそっぽを向きながら、それでも心の内でほむらは思う。眼鏡を外したあの日から、髪をほどいたあの日から、もう弱い自分ではいられなくなったあの日から。瞳が湿度を持ったのも、口元が角度を上げたのも初めてだと。

 

「…これからよろしくお願いします」

 

それは目の前の仲間達への言葉でもあり、もしこの世界が失敗してもこの心の暖かさだけは忘れないための自分への戒めでもあった。

 

そして急に変わったほむらを目にした二人は顔を見合わせた後、重ねるようにこう言った。

 

「こちらこそ」

 

穏やかな談笑は続き、日を跨いだおかげで泊まっていけと何度も勧めるマミに辟易しながらもどこか嬉しそうにするほむら。

 

それでもまだまだ絶望は彼女を蝕んでいる。

 

その病を癒すのは希望か奇跡か信頼か。それは神のみぞ知る結末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。とても綺麗な少女が、とても恐ろしい怪物に立ち向かう夢を。

 

夢を見た。とても綺麗な少女が、必死に自分を止める夢を。

 

夢を見た。とても綺麗な少女が、泣いている夢を。

 

「まどかー? 珍しいねぇ、あんたが起こされる方なんて」

「まろかー!」

「ふぎゃっ! もう、たっくんてば。お姉ちゃんはもう起きてますー!」

 

鹿目まどかの朝は少しだけ早い。主夫である父が朝早くから朝食とお弁当の用意を作ってくれるため、せめて働く母を起こす役目だけは自分がするからだ。

 

「…泣いてんのかい?」

「へ? あれ、ほんとだ…」

 

今日の目覚めが遅いのは、連日見ている夢が原因なのだろう。何故か心が締め付けられる。何故か心が悲しく痛む。

 

「あの子、誰なんだろう…」

 

見たこともないのに姿がはっきり思い出せる。聞いたこともないのに声がしっかり思い出せる。

 

会ったこともないのに―――仲良くなりたい。

 

「名前、なんて言うのかな…」

 

 

 

邂逅の時は近い。






地の文を多めにしてほむらの心情の変化に出来るだけ違和感が無いようにはしてますが、あったらすいません。


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賭事の物語

ごめん、シリアス持たなかったよ…


「…キュゥべえさん。女性が入った後のトイレの前で待ち構えるのはどうかと思います」

「君は男じゃないか」

「今の体は女です」

「僕は気にしないよ?」

「私は気にします」

 

コントのようなやり取りだが両者ともにいたって真剣だ。次から気を付けるよ、とキュゥべえが形だけの謝罪をして葵は溜め息をつく。

 

「それで、暁美さんの事でしょうか」

「その通りだ。離れて観察していたんだけど、彼女の存在が不可思議なんだ」

「…? 契約したのならそれなりに事情はご存じでは?」

「いや、僕達に彼女と契約した覚えはない。だから不思議に思っているんだけどね」

 

葵が推測するにキュゥべえ達はそれなりに契約対象のことを調べた上でタイミングを推し量って接触している筈だ。自分の時もこれ以上ないほどに絶妙だった。

 

「ふむ…キュゥべえさんも推測はしているんでしょう? 私に考えつく程度のことは既に検証していると…いや」

 

ほむらと接触した時点からキュゥべえは姿を見せずテレパシーのみの会話だったことで何かしらあるのだとは思っていたが、契約した心当たりが無いというのならばもう相当絞り込んでいるかと葵は考える。

 

「なるほど…まぁおおよその見当はつきます。嫌われてるんですね」 

「心外だなぁ。確かに出会った瞬間から謂われもなく僕達が襲われているけど、心当たりは全くないさ」

 

どこまで本当なのやら、と葵は首をベランダの方へ動かしてキュゥべえとそちらに向かう。

 

「キュゥべえさんが契約していない魔法少女。そしてあなたを襲撃する理由がある。ならば可能性は殆ど絞り込めているんじゃないですか?」

「君はそう思うのかい? 生憎と僕達には感情というものを本質的に理解出来ないからね。私怨というものが絡むと中々推測も難しい。特にいくら僕達を襲っても意味がないと解っているのにそれを繰り返すような非効率な感情は」

 

なるほど、と葵は納得する。効率的に動いているように見えて、随所で非効率が目立つのはやはり感情が理解出来ないからかと。数日前に聞いた情報ではあるが、実際に見ると納得するものだ。

 

「…先程の食事の時は外していたんですよね?」

「うん。暁美ほむらが目を光らせていたしね。全く訳が解らないよ」

 

葵は考える。

キュゥべえと契約していない少女。

にもかかわらず魔法少女。

そして美少女。

 

最後は関係無いが、先程のほむらとマミのやり取りを考えると答えは自明の理だ。

 

「私には何となく解りましたが、秘密です」

「何故だい?」

「解りませんか?」

「見当もつかないよ」

「だから秘密なんです」

 

お決まりのように茶化す葵。お決まりのように口癖をこぼすキュゥべえ。最後に気が変わったら話しておくれという言葉を残して去っていく。その後ろ姿を見送り、星空が綺麗だなと葵は空を見上げる。

 

「ふぅ…」

「…」

「…っ!?」

 

気付けばすぐ傍にほむらの姿があった。

 

「―――っくりさせないで下さい。心臓が止まるかと思いましたよ」

「魔法少女なら止まっても大丈夫よ」

 

笑いながら冗談のように返すほむら。しかしその眼は全くと言っていいほどに笑っていない。

 

「…盗み聞きは感心しません」

「たまたまよ」

 

実際にトイレに起きてきたのはたまたまだが、その後に魔法まで使ってそれを言い張るのは豪胆というほかないだろう。

 

「暁美さん」

「…ごめんなさい」

 

嘘は好きじゃないと先程の楽しい食事の際に葵が言っていたことを思い出して謝罪するほむら。許しましょう、とからかうように胸を張る葵を見て剣呑な雰囲気もいくらか和らいだ。

そしてほんの少しだけ視線が交錯し、ほむらは躊躇いがちにきりだした。

 

「貴女はキュゥべえがどういうものか知っているの?」

 

その問い掛けはごく短いものだ。しかし言葉の裏に秘められた底すら知れぬ深い憎しみは量ることが出来ない程である。それでも聞かれたからには返答する葵。

 

「宇宙の延命のために少女を破滅に導く孵卵器…といったところでしょうか」

 

憎悪する理由、キュゥべえを襲う理由、そして今の問い掛けをする理由を考えればほむらがそれを知っているのは明白だ。その事実を知っていてまだ魔法少女を続けられているのだから、ここで葵が肯定しない理由はない。

 

「なら何故あんな風に接していられるの? あいつらは…」

「命の恩人だからです。私の価値観では、恩人が悪に走るのならば全力で止めます。けれどキュゥべえさん達は彼等の正義に従って行動しています」

 

彼等からすれば正義なんてものは存在しないと言われるでしょうが、と葵は返す。

 

「あのやり方が正義と言い――」

「ませんよ。少なくとも私達に取っては悪です。でも私や、それにマミさんも…っと。マミさんの契約した理由はご存じですか?」

「ええ」

 

ほむらの返事にこくりと頷き、葵は一拍おいて話を続ける。

 

「そう、マミさんも私もキュゥべえさんが居なければ死んでいた可能性が高いです。暁美さんの気持ちは暁美さんにしか解りませんから、理解出来るなんて軽々しく言うつもりはありません」

 

だからこそ、と長いセリフに唇を舌で湿らせてほむらを見詰める。

 

「私の気持ちも私にしか解りません。少なくとも今ここで新しい友人とお喋り出来るのは、彼等のおかげですから」

「…っ」

 

ほむらは唇を固く結び、否定の言葉が出るのを抑える。葵の言葉は正論で、自分の憎しみも正当だと言ってくれている。それでも歩んできた道程を思えば真っ向から反論したくなるのは、ほむらからすれば当然だった。

 

「…理解出来るのは自分だけと言いましたが、それでも限りなく近付くことは自分以外にも出来ると思います」

 

言葉というのはそのためにあるのだからと言い、温かい掌で冷たい両手を包んでくる葵にほむらは黙りこむ。真っ直ぐに見詰めてくる両目は初めての友人を思い出させる。

 

魔法少女になって誇れる役割が出来たからこそ自信に満ち溢れ、こんな自分にも優しくしてくれた友人。

 

魔法少女にならなければ健気で押しが弱く優しいだけの友人。

 

それでもその根底にはあまりにも強い、頑固とまで言える程の一本木な芯が通っていた。

そんな友人の、優しい眼によく似ている。それだけでほむらの心が揺り動かされるには充分だ。

 

「……」

 

それでも彼女は黙りこむ。無限にも思える繰り返しの中で痛感したからだ。

真実を話して拒絶されることを。真実を話して絶望されることを。そして何よりも、真実を話して疑われることを。

 

こちらが親愛を寄せている仲間達から詭謀や術数を疑われることこそが、彼女の魂をじくじくと蝕み穢れを溜め込む要因となる。

 

暁美ほむらは世界でも類を見ない程の強い精神を持っている。

初めての友達と約束したから。初めての友達の願いだから。そんな理由があったところで、普通の魔法少女ならば百回魔女になってもおかしくない道程を歩めてこれた理由にはならない。

 

目指すものがあれば人は立ち上がることが出来るという言葉があるが、それを彼女ほどに体現している者は居ないだろう。

 

だからこそ話せない、話したくないのだ。自分が折れれば友達は死ぬと解っているから。

 

「暁美さん」

「…っ」

 

それでも自分のことを話せるとすれば、それは真実を話しても笑って濁してしまう友ではなく、真実を話したら信用出来ないと拒絶する仲間でもなく、真実を話せば絶望して暴走する先輩でもない。

 

ほむらの主観では信じられないほどに久しぶりの「初めて」出会う人。きっと奇跡のような確率でしか出会えない得難い稀人。

自分の歩みを知ってどう反応するか判らない「希望」が残っている目の前の少女ならば、たとえ拒絶されても完全には折れないかもしれない。「またか」と思うだけかもしれない。

 

「わ、私、は…」

 

天秤が揺らぐ。傾けばそのまま心も一緒に傾きそうな予感にほむらは恐怖する。それはキュゥべえが望む、希望から絶望への転落そのものなのだから。

 

「…暁美さん」

「ぅ…」

「一つ、賭けをしませんか?」

「…え?」

 

話したいのに話せない。踏ん切りがつかない。そんなほむらの様子を見て葵は提案する。

 

「ここにサイコロが四つあります」

「どこから出したのよ」

「あるんです」

「わ、解ったわ」

 

もしや自分のように便利な収納空間でもあるのかと推測しつつ、何を言い出すのかと続きを待つほむら。

 

「この四つを全て転がして、全て一の目になるかどうかを賭けましょう」

 

それを聞いて目が点になり、耳を疑うほむら。そんな数千分の一の確率での賭けなんて成立する筈がないだろうと。

 

「どちらに賭けますか?」

「…もしかして馬鹿にされてるのかしら」

「まさか。至って真剣です」

 

当然揃わない方に賭けるほむら。そして条件は何なのかと問い掛ける。

 

「暁美さんが勝てば何でも一つ言うことをききます。ただし他者を害すること以外になりますが」

「…何でも?」

「何でもです」

 

今なんでもするって言ったわよね、とずずいと迫って念押しするほむら。葵はソウルジェムに誓ってと葵色の魂を差し出しほむらに握らせる。

 

「貴女が勝てば私の事を話せばいいのかしら」

「いえ、そういう無理強いは好きじゃありません」

 

はてな顔で首を傾げるほむら。ならば一体何を望むのだろうかと視線で問うた。

 

「実を言いますと私、現状ここ以外の身寄りも、戸籍も血縁すらありません。マミさんに全て頼りっぱなしの穀潰しです」

 

その言葉に少し驚くほむら。とはいえ魔法少女な時点で普通ではない人生を歩むことになるのだ。

根無し草でその日暮らしな魔法少女も一人知っている。同情してほしい訳ではないというのは雰囲気が語っているため、話の続きを促す。

 

「いくら暮らしに余裕があるとはいえ、人が一人増えれば負担は結構かかるものです。マミさんも名目上の保護者である親戚の方には気を使っているみたいですし、あまり御迷惑は掛けたくありません」

 

ですから、と葵は続ける。

 

「私が勝てば暁美さんの家にも何日かごとに居候させて下さい。勿論その間グリーフシード集めやその他のことも手伝わせていただきます」

 

これでマミの負担が減り、ほむらと一緒に暮らすことでその窮愁を話してくれるのを待つことが出来、ついでに新しい居場所もゲット出来る一石三鳥の作戦だ。

年齢が年齢だけに、何かあった時の保険は作っておく辺りが意外と強かなリアリストっぷりを感じさせる葵であった。

 

もちろんほむらの事を思ってこその提案ではあるが。

 

「い、意外と抜け目ないわね」

「理想を語ってもお腹は膨れません。…受けますか?」

 

ほむらは考える。勝敗など決まりきった勝負であるが故に、その本質は何でも言うことを一つきくというところにあるのだろうと。

 

確かに魔法少女が一人、何でも言うことをきいてくれるなら自分の目的にとってはこの上なく有り難い。協力してもらうのだからある程度は目的について話さなければいけないため、結局は自分のこともそれなりに触れるだろう。

 

つまり目の前の彼女は、こんなに短い付き合いにもかかわらず真剣に自分のことを想ってくれている。

 

そこまで思い至ったところで、またもや目頭に熱を感じるほむら。とっくの昔に枯れ果てたと思っていた涙は、今日だけで二回もその存在を主張してきた。

元々が長い付き合いではない友達のために苦難の道を歩き続けてきたことを思えば、意外と自分は単純な好意に弱いのかなと自問自答する。

そして震える声を聞かれたくなくて、こくりと頷きだけを返した。

 

「了解です…では」

 

サイコロを構える葵を見詰めてほむらは決心する。今度こそ、今度こそは終わらせてみせると。

それはループの始まりである病室での惰性のような決意ではなく、熱いパトスが迸る不死鳥のような決意だ。そしてサイコロの目が出たらすぐに礼を言おうとも考える。意地っ張りな自分ではそこを逃せばきっと言えなくなる、それが解っているから。

 

コロ、コロ、コロと乾いた音が響き、そしてピタリと止まる。結果など見ずとも解ると、逸る気持ちをそのままにほむらは感謝の言葉を紡ぎだした。

 

「―――あ、ありが」

「お、全部一です。私の勝ちですね」

「とう―――ぅらあぁ!!」

「ぐふぅっ!!」

 

私の気持ちを返せとドロップキックをかまして、そのまま馬乗りでガクガクと襟を掴んで葵を揺さぶるほむら。

過激な照れ隠しをその身に受けつつ、割と元気になったほむらを見て喜ぶ葵であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか随分と仲良しさんね…?」

 

翌朝、居候の務めとして朝食を作っている葵。その傍で不器用ながらも手伝っているほむらを見てマミは意外そうに呟く。眠る前にも仲が悪かった訳ではないが、今見ている二人はなんだか気の置けない仲というのが相応しいような雰囲気を漂わせている。

 

「夜トイレに起きた時間が丁度だったので、そのまま少し話し込んだんですよ。ほむら、そこの卵割ってもらえますか?」

「ええ」

 

そのやり取りを見てマミはガガンと衝撃を受ける。自分ですらさん付けでしか呼ばれていないにもかかわらず、既に呼び捨てで呼びあっている二人にだ。

 

「…流石に握り潰す人は初めて見ました」

「ちょっと間違えただけよ」

 

ファサッと髪を手で鋤いて、すましたように誤魔化すほむら。しかし手は卵でベタベタであるため、髪がどうなるかは言わずもがなだ。そしてそれを見た絶賛動揺中のマミは吃りながら変態的な発言をする。

 

「あ、暁美さん! 頭洗わなきゃ! そうだお風呂、お風呂に入りましょう!」

 

ぐいぐいとほむらの腕を引っ張るマミ。誤解なきように言うと、ただ仲良くなりたいだけである。

 

「ひゃぁ! あ、あの巴先輩、ちょ、あ」

 

あまりの変貌ぶりに、眼鏡でおさげな弱気少女だった名残が顔を出す。

 

「あ、あ、葵さんも一緒に…! 入りましょう!?」

「あの、私が男ってこと覚えてます?」

「あっ」

 

素で忘れていたマミは、ほむらを片腕に抱えたままバスルームへ逃げるように走っていった。

 

「…んん。「やれやれ」とか「とほほ」とか言うべきでしょうか」

 

そんなセリフを放つキャラは今どきアニメでも見ない。そしてそう一人ごちる葵の傍らにキュゥべえが姿を現す。

 

「…やれやれ、やっと離れてくれたか。…ん? どうしたんだい葵」

 

訂正。居たようだ。

 

取り敢えず朝食を作りきろうと、葵はキュゥべえをからかいながら腕を振るうのであった。




申し訳程度のギャンブル要素。


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藹々の物語

多人数での会話って難しいと初めて知った物語


「…なるほど。ならば今回は今までにない可能性を孕んでいるのですね」

 

転校予定日は明日ということで、マミを見送った後にほむらの家へやってきた二人。

二、三日おきにマミとほむらの家に居候させてもらうと提案した葵であったが、さっそくこちらの家に行くと言った時のマミの顔は中々くるものがあったようだ。

 

「そう、ね。……信じてくれるの?」

 

「何を今さら。そんな顔で語った事が嘘なら私はこれ以降誰も信じられませんよ」

 

嘘か真実かを判ずる以前に、事実として話を進めていく葵に拳を少しだけ握りながら震わせるほむら。こんなに素直に他人から受け入れられたのも、こんなに素直に他人を受け入れたのも初めての事なのだ。

 

「…ありがとう」

「どう致しまして」

 

だから感謝の言葉がするりと出てしまったのも仕方ないことだろう。同情でもなく憐れみでもなく、ただ先を見て何とかしなければと悩む葵は希望そのものになってしまったのだから。

 

ほむらが欲しかったのは毒にも薬にもならない憐憫の情ではなく、頑張ってきたことに対する誉でもない。共に前を向いて歩く戦友なのだから。

 

「…で、貴女の事情は聞かせてくれるのかしら。巴先輩に言っていた、貴女が男っていうのはどういうこと?」

「そういえば言っていませんでしたか。少し長い話に……はならないですね」

 

葵はマミに語った通りの話をほむらにも説明した。もちろん男という事が気になるならば居候の件は取り消しにしても構わないということもだ。

 

「あまり驚かないんですね」

「そっちだって全然驚かなかったじゃない。お相子よ」

 

キュゥべえとの話でおおよそを推測していた葵。マミに言っていた言葉からいくつかのパターンを類推していたほむら。案外似た者同士である。

もっともほむらの場合はちょっとした意地も含んでいたりするのだが。

 

「まぁそこは置いておいて、先のことについてです。ほむらの目標は、一番が鹿目まどかさんの無事。二番がその他の人、三番が見滝原の壊滅を防ぐ。間違いないですか?」

「…そう、ね。いえ…やっぱり何でもないわ。間違ってはいないけど結局全部同じことよ。一番を優先にするなら二番と三番は必須だもの」

 

まどかはそういう子だわ、とほむらは溜め息をつく。葵はそれを聞いて優しい子なんですねと笑った。

 

「笑い事じゃないわ。つまりあの子は友人や家族が苦境に陥ればすぐに契約してしまう…たとえ魔法少女の運命を知っていたとしても」

「ふむ…」

 

なるほどなるほどと、どうしたものか考えながら葵は相槌を打ってほむらの話を聞いていく。

 

キュゥべえに対する認識の齟齬がないよう話を擦り合わせ、今までの過去にあった物事を出来る限り詳細に話してもらいながらピースを埋めていった。

 

「聞く限りでは、ワルプルギスの夜以外は何とかなりそうな気がするんですが…やはり実行するとなると不測の事態が多いのでしょうか? いえ、キュゥべえが不測の事態を起こすと言ったほうが正しいのか」

「ええ。感情が理解出来ないと言いながら人間関係を崩壊させるのが上手いのよ、あいつらは」

 

四六時中全てを見張っていない以上は誰かしらがキュゥべえの諫言と甘言により被害を受ける。一つの不幸を消してしまえば二つの不幸で帳消しにされる。

いついかなる時でも現れることができるキュゥべえの人海戦術へ対応するには、圧倒的にこちらの手が足りていないのだ。

 

「そこは紀元前から人間と接してきた積み重ね、ということでしょうね。感情が理解出来ずとも、Aという状態ならばBという行動をすることでCという結果が得られる。人の感情が画一的とは言いませんが、やはり一定の状況ならば似たような行動をとってしまうものです」

「それは骨身に沁みてるわ」

「ごもっとも」

 

提案し、吟味して、取捨選択をする。白い空間の中で策を練り上げていく二人。そして長い長い話し合いの果てに取るべき行動は決まった。キュゥべえの行動により変更を余儀なくされるのは想像に難くないないため、ある程度のゆとりは持たせている。

 

しかし一ヶ月という期間は長いようで短いのだ。二人は話し合いが終わるや否や即座に行動を開始した。まずは、そろそろ学校が終わるマミを迎えに行くことだ。

 

「…大丈夫ですよ。先の言葉通り、状況で人は変わります」

「…ええ。頭では、解ってる」

 

二人が出した答えは―――というより葵が提案したことは、マミに真実を話すという選択だった。

当然その選択肢は端から除外していたほむらは難色を示した。基本的にマミはそれを信じない、信じる時は魔法少女が魔女に変わる瞬間に立ち会ってしまい暴走する時なのだ。

 

悲観にくれて一気に魔女になるか、最悪の場合は仲間に手をかけることもある。実体験として嫌になるほどその悲劇を目にしてきたほむらが、それを拒否するのは仕方ない事である。

 

だが葵はそれでもそうすべきだと決断したのだ。理由は幾つかあるが、その最たるものはマミの暴走する状況である。

どの過去においても絶望しやすいタイミングでの暴走であり、更に真実を話しても信じてもらえなかったのは出会ってすぐの信頼関係も何も無い時だ。

 

先述した通り、人は状況で変わる。人の考え方の変化は葵のように薬で理性を狂わせられるような外的要因もあれば、体調不順で機嫌が悪くなっているような些細な要因もある。

 

葵は思う。人の本質はそんな所で測るものではないと。

 

「普段が善人で優しい人が居たとします。その人が命の危機に陥った時、他人を見捨てて自分を優先したとしたらほむらはどう思いますか?」

「…仕方ない、とは思うわ。でも人によっては偽善だったのかと憤るでしょうね」

「ええ、その通りでしょう。でもそんな極限の状況下での判断でその人を測るなんて事は愚かだと私は思います。その時に自分を優先したからといって今まで他人に優しくしてきた事実が無くなる訳でもなし」

 

未だに躊躇しているほむらを励ますように葵は話を続ける。

 

「苦境の時こそ人の本質が現れる…なんて馬鹿らしい格言でしょうか。ならばマミさんの本質は理由があれば仲間を殺す人非人ですか? 私はマミさんとは本当に少しの付き合いでしかありません。けれど、それでも彼女の優しさと寂しさは理解出来ました」

 

だからこそ真実を話すのだ。

 

無論、理想を語り現実を見ていない訳ではない。先程聞いたほむらの話を鑑みれば、過去と違って今のマミは仲間が出来て寂しさは緩和されている筈だ。

そしてキュゥべえへの信頼により真実を否定する気持ちは、キュゥべえから紹介された葵が言うことでそのまま肯定される。

 

―――とはいかないだろうが、出会ったばかりのほむらがそれを告げて一顧だにされなかったような事態にはならないだろう。少なくとも一考の余地は充分にあるはずだ。

 

「でも、どちらにしても出会ったばかりの三人よ? 信じてくれたところで、ついこの前まで赤の他人だった私達が励ましたり慰めたりしても絶望しないとは言えないもの」

 

「そこは話術で何とか致しましょう。その、ほむらはですね…」

「?」

「人と接するの、苦手でしょう? その…聞いた感じですと、コミュニケーションをもっと取ればもう少し何とかなったような」

「うっ…」

 

コミュ障ここに極まれり。ほむらの過去を聞いた葵の感想はまさにこれである。繰り返しの最初はおどおどと、途中からは一気に刺々しく。中間の無かった彼女の態度ではまさに本質は測れていないだろうと判断した葵。

 

「それに、私には実績があるじゃないですか」

「…何の実績かしら?」

 

くすりと笑って、ほむらの手を引いて家を出る葵。物問いたげな顔をしている美少女にきっちり自分の成果を突き付ける。

 

「出会ってから今で丁度二十四時間くらいでしょうか。さて、ほむらはこんな短い付き合いの私をどう思っているんでしょう?」

「…っ」

 

言葉に窮するとはこの事だろう。もちろん悪い意味ではないのは表情で丸解りである。したり顔で先を進む葵を見て怒ったように追いかけるほむらの後ろ姿からは、先程までの憂いがすっかり消えてなくなっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原中学校校門前。授業が終わり、帰宅部に所属する生徒達が活動に勤しんでいる。少しまばらになってきてはいるものの友達とお喋りしながら、はたまた片手に本を持ちながらと様々な少年少女が通り過ぎていく。

 

「懐かしいですねぇ…」

「私は逆に嫌になるわ…」

 

十年以上昔の思い出を振り返り、在りし日の青春を懐かしむ葵。どことなくおっさん臭さが漂っている。

 

「巴先輩はまだかしら」

「掃除当番らしいですから。もう少しで来るでしょう」

 

マミを迎えに、ついでに地理を把握するために中学までやってきた葵達。私服の同年代らしき美少女二人に生徒達の視線がちらちらと突き刺さる。

 

「目立ちますね…あ、先生らしき方が」

 

眼鏡をかけた妙齢の女性が校門前の立ち番をするためにやってくる。当然ほむら達に気が付かない訳もなく、授業が終わったばかりだというのに私服で佇む二人に声を掛けた。

 

「貴女達どうしたの? ここの生徒かしら」

「いえ、私は違います。この子が転校予定ですので付き添いです」

「どうも」

 

もう少し愛想よくしなさいとほむらを嗜める葵。いいのよ、とすました顔で受け流す様を見て呆れるばかりである。

 

「あら、じゃあ貴女が暁美ほむらさん? 私は早乙女和子。暁美さんが入るクラスの担任よ」

「よろしくお願いします」

 

形式ばった定型句を返すほむら。無愛想とまではいかないが、可愛げがないとは言えるだろう。

 

「下見なんてえらいわ暁美さん。やっぱり女性はそうでなきゃ! それに比べてあの男ときたら女教師は堅苦しいだの真面目すぎるだの…!」

「は、はあ…」

 

ぶつぶつ愚痴を漏らす女性教師に気圧される葵。対してほむらはいつも通りと何処吹く風だ。

 

「あれ、せんせ何してるんですかー?」

 

そんな微妙な空気の中に能天気な声が掛けられる。青髪の活発そうな少女に桃色の髪をしたおとなしそうな少女だ。

 

「…!」

 

ほむらの顔に動揺が走る。彼女達との顔合わせは決まって転校日初日なのだ。いつもと違う出会いかたに緊張してしまうのは、未だに他人とのコミュニケーションに慣れていない故だろう。

 

彼女達がそうですか? とほむらの様子を見て小声で問い掛ける葵。こくりと頷いたのを見て予定変更ですね、と二人に近寄り声を掛けた、

 

「こんにちは。美樹さやかさん、鹿目まどかさん。私は九曜葵と申します」

「へ? あ、こんにちは……って誰?」

「え、えと、こんにちは」

 

戸惑う二人。見知らぬ少女に名前を呼ばれては無理もないだろう。何してるのよ! と視線で怒りを向けるほむら。しかし葵は同じく視線で宥める。ここは任せろと。

 

「こちらは明日転校予定の暁美ほむら。私は付き添いです」

「それはどうも…じゃなくて! なんで私達のこと知ってるのさ」

 

ノリ突っ込みに定評のある美樹さやか。情報通りだなとうんうん頷きながら葵は返答する。

 

「それは…」

「それは…?」

「秘密です」

 

たっぷりと溜めて発した言葉は身も蓋も無かった。ズッコけるさやかに葵は内心でアニメかと突っ込みをいれた。

 

「まぁとにかく宜しくお願いします。実は折り入ってお願いしたいことがありまして」

「とにかくしちゃった!? いや…え? 私がおかしいの?」

「さやかちゃん…」

 

元気はつらつテンションMAX、ノリの軽さは日本一。それが美樹さやかの座右の銘だ。本当に気にせずにお願いを聞いてみようとする姿勢は流石である。

 

「実はこの子、人と話すのが苦手でして…本当はとてもいい子なんですよ。これを機に仲良くしてあげてもらえませんか?」

「ちょっ、あお…」

 

赤面して止めるほむらだが葵は止まらない。まるで友達の出来ない子供を心配するおばちゃんのようだ。

そう、大人と子供には埋められない溝がある。かつて通ってきた道だというのに何故か解りあえない部分があるのだ。

 

つまり有り体にいって、ほむらはいたたまれなかった。授業参観で母親に叱られるところを同級生に見られたような、はたまた先生のことをお母さんと呼んでしまった時のような、なんとも言えない悶えるような恥ずかしさだ。

 

「やめてよぅ…」

「と、こんな風に恥ずかしがり屋さんなので誤解されやすいんです。ぜひぜひお友だちに…」

「いや、あんたのせいでしょ」

「あ、あの…大丈夫…?」

 

もはや晒し者である。しかし効果は抜群だ。真っ赤になって俯くほむらは男女問わず心を惑わす魔性を持っている。

 

「くぅーっ! 恥ずかしがり屋の美少女転校生に謎のミステリアス美少女! もしかしてさやかちゃんの人生にも漫画のようなことが起こるのかー!?」

「うわっ…」

「え、ちょ、何で引くのさ。さっきのあんたの方がよっぽど恥ずかしいノリじゃ無かった…?」

 

まどかがほむらを慰めている間に親交を深めるさやかと葵。さばさばとした性格のさやかと簡潔な物言いを好む葵は意外と馬が合うようだ。

 

「おっと、待ち人が来たようです。名残惜しいですがこの辺でおいとまさせて頂きます」

「はいはい。ま、あの子の事はこのさやかちゃんにどーんとまかせなさい!」

 

中学生にしては中々のボリュームの胸をドンと張って、どや顔で任されたと笑うさやか。ほむらがイラッときたのは言うまでもない。

 

「またね、ほむらちゃん」

「うん……じゃない。ええ、楽しみにしているわ。まどか」

 

やっと落ち着いたほむらはいつもの癖である髪を鋤く仕草でクールビューティーを装う。しかし先程の醜態を考えればそれは精一杯の強がりにしか見えないだろう。

 

「もう取り繕っても遅いぞー転校生。私もほむらって呼んでいい?」

「人の名前を気安く呼ばないでくれるかしら」

「えぇー…」

「照れ隠しです照れ隠し。ほむらがきつい事を言うときは大体反対だと思って下さい」

 

短時間でそれなりに仲良くなった四人。中間管理職で上司と部下の折衝役をこなしていた葵の面目躍如だろう。そしてやっとマミが校門前にやってきた。ちなみに和子はずっと一人で愚痴を漏らしている。

 

「待たせちゃってごめんなさい…あら、その子達は?」

「いえ、いきなり来たのは私達の方ですから。この子達はほむらのクラスメイト兼親友の予定です」

「何故歳上目線なのか」

「秘密です」

「またかよ!」

 

からかい甲斐のある子だなと思いつつさらっと紹介した後、別れを告げる葵。

 

「むぅ…なんだこの体よくあしらわれた感」

「気のせいですよ」

「ちぇー。……で、何で私達の事知ってたの?」

「秘密です」

「何でクラスメイトって解ったの?」

「秘密です」

「ミステリアスゥーー!!」

「発音が歪です」

 

辛辣だーと泣き真似をしながら撤退するさやか。手を振りながら離れていく彼女達に葵も笑いながら振りかえす。

 

「いい子達ですね」

「……」

「まぁそう怒らずに。予定は変わりましたが成果は上々でしょう?」

「予定?」

 

何の話だろうとマミが疑問の声を上げる。

 

「ええ、詳しくは帰ってから話します」

 

少しばかり真剣な雰囲気を漂わせる葵に首を捻りながらも、久し振りにボッチ帰宅から脱却したことに嬉しさを感じるマミ。

 

「さあ! 行きましょうか」

 

新しい仲間達と帰路につき、共に戦う。こんなに嬉しいことはないと死亡フラグを立てながらマミは心の中でスキップして、魔女狩りへと向かうのであった。

 

そして取り残された熟女が一人。人が居なくなったことにも気付かず熱弁をふるっていた。

 

「……ということなんです! ですから貴女達も…あら? 何処に行ったのかしら」

 

気付けば校門前には自分一人。まるで婚期を逃した自分を象徴するようで項垂れる和子。

 

「はぁ…あの子達くらいの時は行き遅れるなんて思ってもみなかったなぁ…。やっぱり男は年増より若い子なのかしら」

 

染々と溜め息をつく独身女性教師の背中からは哀愁が漂っていた。そしてそんな彼女にいつも通りの答えを返す男子生徒が一人。

 

「僕はどっちでもいいんじゃないかと」

「中沢君…」

 

親子ほども年の離れた彼等の行く末は―――どうでもいい話である。




メガほむとほむほむとリボほむと悪魔ほむ。全部可愛い。


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再誕の物語

あんこがキャラ崩壊してるので注意。


「こんなにグリーフシードが集まるなんて…!」

 

陽も落ちて魔女の反応も無くなったため、帰路につく三人。ほむらが今日もマミの家に泊まりに行きたいと言ったことでうきうき気分になり、更にはグリーフシードもたっぷり収穫できたとなれば喜びもひとしおである。

 

「…元の魔女が増えるわけでなし、犠牲者が増えたわけでもなし。いったいどういう理屈でこういう結果に繋がるのかしら? 元から確率が0ならどう操作しても関係ないと思うのだけど」

 

「便宜上、確率を操作すると言いましたが正しくはありません。けれど定義してしまうとそこが限界になるような曖昧さがありますから、深くは考えてはいけませんよ」

「納得いかないわ…!」

 

魔法少女なんてファンタジーな存在が何を言うんですかと、憮然としているほむらを宥める葵。確かに未来を知るものからすれば納得し難いものがあるのだろう。観測するものがいないからこそ魔女が現れたという事実だけが残るものの、統計をとって出現を予測しているほむらからすると魔女が増えたようにしか見えないのだ。

 

「まぁいいじゃない。さ、今日は何が食べたい?」

「何でもいいですよ」

「右に同じです」

「一番困る回答だわ…」

 

作るものからすればなんとも作りがいのない答えである。これで何でもいいと言ったにもかかわらず、出されたものに文句をつけようものなら恋人関係に皹が入るような事だってあるのだ。

 

「マミさんが作ってくれるなら何でもいいですよ」

「み、右に同じ、です」

 

ほむらをからかっているのかマミをからかっているのか難しいところだ。少なくともどちらの顔がより紅いかは夜闇のせいで全く解らない。

 

「もう、二人してからかって…! それより早く帰りましょう?」

 

魔女の反応を追う内に見滝原の端まで来てしまった三人。隣町である風見野の境ほどまで来たことを考えれば、魔法少女の健脚恐るべしと言えるだろう。

 

「ええ。しかしビルとビルの間を跳ねながら移動するのは気持ちいいですねぇ。電車よりも速いですし経済的です」

「世知辛いわね…」

 

電車賃の代わりに僅かとはいえ魂を消費するのは経済的と言えるのだろうか。

とはいえ誰が見ているのかも知れない以上、暗くなってから限定のお楽しみでもある。

 

「競争でもしましょうか? べべは罰ゲームでも……おや?」

 

ビルの上から景色を見渡していた葵だが、ある光景がふと目に入り動き出そうとした体を止める。ちなみに他二人は固有魔法を使うかどうか非常に迷っていた。

時を止める魔法を使うほむらに、リボンを使って高速移動出来るマミ。普通にジャンプするしかない葵には勝ち目が無かったりするのだ。

罰ゲーム回避のために僅かとはいえ魂を消費するのは理性的とはとても言えないが。

 

「ほむら、あの子が?」

「ん……ええ、そうよ」

 

葵が見ている方向に向かって視力を強化するほむらとマミ。そこには先程までの三人と同じように高い建物を跳ねながら移動する魔法少女の姿があった。気付くことが出来たのは同じ移動手段ということと、葵の高い視力故だろう。

 

「ふむ…」

「…」

「あ…」

 

葵は考える。風見野を縄張りにしている魔法少女、佐倉杏子。彼女は戦力的にも精神的にも、人を信用しなかったほむらがある程度頼りにしていたほどの魔法少女だ。

 

自分の願いのせいで家族を一家心中に追い込んでしまった過去を持ち、それ故に他者のためには魔法を使わない利己的な生き方をしている。生きるために魔法を使って窃盗などを繰り返し、グリーフシードを確保するために使い魔が人を襲っていても放置するような面もあるらしい。

 

ほむらも詳しくは知らないらしいが、マミとも過去に因縁があるかもしれないとのことだ。

そしてそれは、今のマミを見て確信出来た。杏子を目で追っている今のマミの表情は、後悔と少しの執着が入り雑じった複雑な表情だ。つまり憎しみあうような関係ではないのだろう。

 

予定ではもう少し後に話し合いの場を設けるつもりではあったが、これからマミに真実を話すことを考えれば憂いは取り除いておくべきかもしれない。むしろ関係を修繕出来て仲間が増えれば彼女に希望が増える。

 

何より後になればなるほどにキュゥべえが変な話を吹き込む可能性が高まるのだ。総合的に考えればここで見逃す方がデメリットは大きいと葵は判断した。

 

色々と考えて決断を下したと自分でも思っている葵だが、結局のところ一番の理由は酷い顔をしているマミの表情を見たからなのかもしれない。

 

「少し挨拶してきます」

「ちょっ、待ちなさ―――」

「あっ…」

 

脚力を強化しながら杏子が次に跳び移るであろう建物に向かって大きく跳ねる葵。ほむらは急な予定の変更に、マミはかつての後輩とのひとかたならぬ思いに躊躇してその場に留まってしまう。

 

「佐倉、さん…」

 

俯いてそう呟くマミのソウルジェムは、少しだけ濁りが溜まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストンとビルの上に降り立つ葵。跳んできた距離を考えればあまりにも軽い衝撃だが、まさに魔法の偉大さが解るというものだ。

 

「こんばんは、佐倉杏子さん」

「…なにもんだ?」

 

暗いビルの上で自分を待ち構えていた見知らぬ魔法少女。杏子でなくとも警戒するのは当たり前だろう。

 

「新しく見滝原で魔法少女をさせていただいている九曜葵と申します。偶々佐倉さんが目に入ったので挨拶を。…どうぞ」

 

自己紹介しつつ、こんな時のために常に懐に忍ばせていたチョコ菓子「rocky」を差し出す。食いしん坊で常に何かを食べていると聞いていたので割と効果的だろうと考えてのことだ。

 

「へえ、いい心掛けじゃんか。てことはマミのやつはとうとう死んじまったのかい?」

「まさか。家族も戸籍も何もかも失った私を快く居候させてくれている大恩人ですよ。彼女には足を向けて眠れません」

 

菓子で釣り、似たような境遇ということで親近感を抱いてもらう。前情報があればこそのやり方で少々卑怯ではあるが、後で謝罪しますと心の中で謝りながら話を続ける葵。

 

「はん…相変わらず偽善者というかなんというか。あんたも正義の魔法少女だのなんだの言うクチかい?」

 

「さて、正義なんてものはどこから見るかで変わるものですから。でもマミさんのやり方は偽善だろうがなんだろうが尊いものだと思いますよ」

 

否定でも肯定ともつかぬ当たり障りのない答えを返しながら、感触は悪くなさそうだと踏んだ葵。結局のところ人の評価なんてものは自分の主観で決めることだ。

人伝に聞いたものを参考にすることはあっても、それで人物像を固めるなんて愚の骨頂だと葵は思う。ましてやほむらの知る杏子は過去の杏子であり、今対面している彼女とは別人とするべきだ。

 

「…で? 用が無いんならアタシはもう帰る」

「いえ、滅茶苦茶あります。むしろありすぎて困ってます」

「はあ?」

 

興味を引きつつフレンドリーに、出来れば仲間に入ってもらい犯罪は止めてほしい。無理難題である。しかしそれをしなければほむらが望む未来も、見滝原の未来も無いのだから仕方ない。

 

「何から話すべきか…ふむ…。いや、うーん…」

「まどろっこしいなー、ちゃっちゃと言えよ。こっちはメリットがありゃ受けるしなけりゃ断るまでさ」

「うーん、五つほどお願いがあるんですが全部断られそうなんですよね。何か良い方法は無いものかと」

「なんだそりゃ…」

 

呆れ返る杏子。話にならないなと、悩む葵をおいて帰ろうかと思案していたが、しかし何かを閃いたといった表情の葵を見て言葉を待った。

 

「賭けをしませんか? 五つのお願い事ですから、五回の勝負で。私が負ければその回数分なんでも言うことを聞きます。賭けの内容はそちらで決めて結構ですよ。どれだけこちらに不利な内容でも構いません」

「は…正気かい?」

「いたって正気です」

 

葵の様子に、最初からこう持っていくつもりだったなと推測した杏子。教養は無いが頭は良いのだ。

つまりどんな賭け事でも勝つ自信があるのだろうと考え、それは恐らく固有の魔法なのだろうということまで看破した。

 

そうでもなければこんな不利な条件をつける筈もないと。今は諸事情あって封印している自身の魔法が賭け事のイカサマには打ってつけの能力だということも気付いた理由の一つである。

 

「ま、いろいろ目論見はあったんだろうけど残念だねぇ」

「おや、受けて頂けませんか」

「いや、受けてやるよ……アタシと闘いな。五回ともアンタが負ける方に賭ける」

 

にやりと笑いながらしてやったりと条件を突き付ける杏子。これでどんな魔法だろうが純粋な実力勝負にしかならない。相手の言を信じるならば最近魔法少女になったばかりの新米だ。ベテランといえる魔法少女の中でも抜きん出た実力を持つと自負している杏子からすれば結果は判りきったものである。

 

「ええ、結構ですよ。大丈夫、怪我はさせませんから」

「…っ」

 

苦しげに歪む顔を想像していた杏子にとってはあり得ない返答だ。恐らく魔法少女になったことで手にした力に酔っているのだろうと考える。

ろくに闘いの経験も無いだろうから手加減してやろうと言う気持ちは消え失せた。

 

「はん、取り敢えず命令の一つは決まったね。現実の厳しさを教えてやるよ、超スパルタ教育でな」

「…あの、もしかしてそれはツンデレと言うやつでしょうか」

 

わざわざ一つ分を使って鍛えてくれるとはなんと優しい少女だろうかとにっこり笑う葵。やはり根は良い子なんでしょうと思い直した。

 

「まずはその減らず口を直さないとね。知っときな、同じ魔法少女でも雑魚がいればアタシみたいな強者もいるって…ん?」

 

対峙する二人が居るビルの上に、更に二人の魔法少女が現れる。

 

「勝手に進めないでくれるかしら、葵」

「…」

 

当然、マミとほむらである。時間は掛かったが愚図るマミを説得して連れてくることに成功したほむら。コミュニケーション能力が少し上がっているのは葵の言葉が効いている証拠かもしれない。

 

「はっ…! なんだい、アンタの他にも新しいのが居たとはね。おいマミ、寂しいからって他人を自分の思想に巻き込むんじゃねーよ。いくら見滝原がいい狩場だからって三人も居てグリーフシードが足りる訳ねえだろ?」

 

「なっ…!? そんなのじゃ無いわ! 葵さんも暁美さんも―――」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。お願いの中にはマミさんとの仲直りも含まれてますから」

「はあ?」

「え?」

 

杏子は予想外のお願いに、マミはそもそもどういう状況かも解らないために揃って疑問の声が上がる。

 

「もちろん無理強いはしません。けれど話し合いと相互理解に努めることはしていただきます。…みんな仲良くが一番ですよ」

「さっきからムカつくなぁ…! もういい、アタシが勝てば二度とマミに会うな。そっちの奴もだ。アタシのグリーフシードだけを集める家来になりな」

 

そこで奴隷とか言わない辺りがやっぱり優しいんだなと考える、二人との温度差が酷い葵であった。

 

「駄目よ! そんなの絶対―――」

「ソイツが言い出した事だ。五回勝負で勝った方が負けた方の言うことを聞くってさ。結局この世界は強い奴が正義なんだから解りやすいじゃん?」

 

だから口出しするんじゃねーよ、と牽制する杏子。泣きそうになりながら葵を見るマミだが、大丈夫ですと頷く彼女はまだ新米魔法少女なのだ。魔女を倒す手際は見事であったが、杏子は間違いなく魔法少女の中でも上から数えた方が早いようなベテランだ。勝ち目などある筈がない。

 

ましてや一回毎に一つの命令権ならば、一度負ければ先程の条件を突き付けられるのだ。マミからすれば、やっと埋められた孤独がまたしても襲ってくる可能性に頷くことなど出来よう筈もない。

 

「マミさん、無理だと思いますか?」

「無理に決まってます。だから…」

 

すがるように止めてくれとお願いするマミ。しかし葵はそんな彼女の両手を握りながら両目を真っ直ぐに見て優しく言葉を紡ぐ。

 

「ならマミさん、約束してほしいことがあります」

「約束…?」

 

空気を読んで待っている杏子。そう、魔法少女には犯してはならない隙がある。

 

変身中に攻撃してはならない、作戦を話している最中に攻撃してはならない、お涙頂戴シーンでは攻撃してはならない。

 

三大お約束なのである。

 

「後で話があるって言っていましたよね? …それはマミさんにとって受け入れがたい話になると思います。だから…この闘いに私が勝つことがマミさんからすれば奇跡のようなものであるのなら」

 

ほむらも空気を読んで待っている。やっぱり私は空気を読めるじゃないかと内心でどやっているのは秘密だ。

 

「そんな奇跡を私が起こしたのなら、マミさんもそれを受け入れて私やほむら…それに出来れば佐倉さんとも共に戦ってほしいんです。私はどんな事があってもマミさんが望む限りは一緒にいます。だから…だから、もし絶望して何もかもが嫌になるような事があっても諦めないでほしい」

 

キュゥべえが空気を読まずにこっそり近付いてきたが、ほむらが時を止めて駆逐した。流石はキュゥべえハンターほむらである。

 

「私に当たり散らしても構いません、ほむらに当たり散らしても構いません。だから…私達と共に歩んでほしい」

 

キュゥべえを倒してスッキリした表情で戻ってきたほむら。自分に当たり散らしてもいいと聞いて、えっとした表情になったが誰も気付いた様子は無かったようだ。

 

「…本当に…勝てるの…?」

「絶対に勝ちます」

 

断言する葵の力強い表情にマミは一旦目を瞑り、再度開いたその瞳からは悲しみの色は抜け落ちていた。

 

「…約束、します」

「ありがとう」

 

笑い合いながら離れる二人にようやく終わったかと、先程受け取ったrockyを食べきって腰を上げる杏子。

 

「さて、と。奇跡はそうそう起こらないから奇跡っていうのさ。さっきの馬鹿馬鹿しいやり取りでこっちが手加減するとでも思ってないよね?」

「まさか。でもこちらは手加減しますから安心してください」

 

またもや生意気な口を聞く葵に苛立つ杏子。それはかつて慕ったマミと仲良くしている葵の姿が気に障ったことも無関係ではない。

 

「じゃあ…いっぺん死んどきな!」

 

その言葉と共に凄まじい速度で突撃する杏子。並の魔法少女では反応することすら出来ない飛燕の一撃が突き出される。

 

「オラッ……ぶぁっ!? な、なんでこんなところにバナナの皮が……ハッ!?」

 

しかし偶々葵の傍にあったバナナの皮を奇跡的に踏んづけてしまい、地べたに転がる。そして葵がそんな隙を逃す筈もなく、慌てて立ち上がる杏子に技を掛ける。

 

「がああああっ! ギブギブギブッ!」

 

孤独でグルメなサラリーマンの八割が修めている独身貴族の伝家の宝刀、アームロックである。どんな悪漢にもこれ一つで立ち向かえる、たった一つの冴えた絶技だ。

 

「ぐっ…! い、今のは運が良かっただけだ! 今度はそうはいかねえからな!」

 

もはや敗けの因果しか見えない杏子のセリフである。人はこれをフラグと言う。

 

二回戦:決まり手 V1アームロック

 

「がああああ! あだだだだっ!」

 

 

三回戦:決まり手 ツイストアームロック

 

「がああああ! ざけんなちくしょう!」

 

 

四回戦:決まり手 Vクロスアームロック

 

「がああああ! いったいなんなんだ!?」

 

 

五回戦:決まり手 オーバーフックアームロック

 

「がああああ! もう解ってたぁぁぁ!!」

「私の勝ちですね」

「ドちくしょおぉぉぉーーー!!」

 

悲痛な叫びが風見野の空に消えていった、そんな夜の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘いが終わり―――闘いと言っていいのか解らないが、とにかく闘いが終わり、マミの家に集まった四人。ぶすっと不貞腐れる杏子を宥めすかし、葵と同じくお菓子を献上して機嫌をとるほむらはコミュニケーション能力がさらにアップしているようだ。

 

「納得いきませんか?」

「…別に」

 

悪ぶっているが、自分が決めたことには筋を通す杏子。例え色んな不運が重なって実力を発揮出来ずに負けたとしても、約束を破ったりはしないのだ。しかし理不尽そのものの負けかたをすんなり受け入れられないのは若さ故か。

 

「すみません。純粋な実力勝負となると勝ちの目は無いのでああいうやり方になってしまって…」

 

実際に技術やセンスなどは及ぶべくもないのだ。葵が今まで倒した魔女は全て真っ直ぐ行って右ストレート、それだけである。

 

「…全部込みでアンタの実力だろ。別に文句はねーよ」

「そう言っていただけると有り難いです」

 

やけ食いの如く菓子を胃に収める杏子。その様子に苦笑いをしつつ、葵は本題を切り出した。

 

「ではお願いを言いますね…約束通り全部で五つ。一つ、罪を犯さない。二つ、これから起こる大規模な戦闘に参加する。三つ、マミさんとしっかり話し合いをする。四つ、使い魔もきちんと狩る。五つ―――」

「おい、それは死ねって言ってんのか? そこまでアタシのやり方知ってんだったらどういう生活してるかも解ってんだろうが」

 

杏子は生活の基盤を魔法に頼っている。故に普通の魔法少女よりもグリーフシードを多く必要とするのだ。使い魔を狩ることで魔力の消費が増え、グリーフシードの実入りは少なくなると生活が立ち行かない。

 

そもそも犯罪が出来ないとなるとのたれ死ぬだけだと杏子は思っている。そんな彼女にとって今までの葵の提案は死の宣告に等しい。

誇りを取って死ぬか、それとも残った最後の矜持すら捨てて無様を晒してでも生きるか。二つに一つの様なものだ。しかしそんな問いは無視して、葵は話を続ける。

 

「五つ、私と友達になる……これで終わりです。ちなみに私は友人の為ならばどんな苦労も厭いません。―――どうしますか?」

 

そう言い終わった葵の言葉の意味を理解した瞬間、杏子から殺気が膨れ上がった。

 

「アタシを飼い慣らそうってんなら―――」

 

殺す。

 

杏子はそう言い切った。

 

葵のお願いは、いうなれば面倒を見てやるから手駒になれと、そういうことだと認識したのだ。友達などと聞こえのいい言葉を選んでいるのは、杏子のある種の潔癖さから見ればむしろ最悪の印象である。しかしそんな殺気も受け流し葵は答える。

 

「何か誤解があるようですが、ずっと私は言っていますよ? お願いだと。嫌なら断ればいいんです。強制はしません」

「…はあ? じゃあ何のために闘ったのさ。メリットなんもないじゃんか」

 

殺気は霧散したものの、訝しげに問いを投げ掛ける杏子。確かに命令だのなんだのという言葉は自分しか使っていなかったことを思いだし、いったい何が目的だったのかと首を捻る。

 

「大規模な戦闘とは命を掛けるレベルです。グリーフシードの枯渇はそれもまた同じ。罪を犯さず生きることは難しく、友達とは決めてなるようなものではありません。こんな内容で強制なんて出来ませんよ」

 

そもそもお願いの内容も知らせずに持ち掛け、詐欺のような勝ちかたをしたのだ。葵の生きざまとは真っ向から反するこのやり方で言うことを聞かせるなどということはあり得ない。

 

「意味があるとすれば、それは佐倉さんがどういう方か知ることが出来たということです。人伝に聞いたものが……いえ、まずはその謝罪ですね」

 

葵は頭を下げて杏子へ謝罪する。今日会ったこと自体は偶然だが、会った時の流れやその他諸々は元から考えていた通りであること。そして何よりも―――

 

「佐倉さんの過去も知っています。無論知っているだけで理解出来るなどとは露ほども思ってはいませんが…なんにしても貴女の過去と性格を承知でこういった出会い方を計画しました。無礼で不躾で非常識な行いだとは自覚しているのですが、何分時間も手段もないない尽くしでして。本当に申し訳ありません」

「…それもマミからか」

「いえ、マミさんからは佐倉さんのさの字も聞いたことは無いですよ。色々知っている理由は複雑怪奇な上に、協力してくれる方以外に話すつもりはありません」

 

勝手な話ですみませんと尚も頭を下げる葵。その姿に杏子はなんとも居心地が悪くなる。そもそも他人から真摯に頭を下げられること自体、子供にはあまり縁がない事だろう。精々がどこかしらの店員の形式ばった謝罪程度だろうか。

 

何事も過ぎれば毒となり、この場合は謝罪は脅迫となりかねない。そんな杏子の気まずそうな雰囲気を察して慌てて頭を上げる葵。大人と子供の認識の違いというのはやはり中々埋めがたいと思いながら、これ以降は謝罪は控えめにしたほうが良さそうだと考えた。

 

「すみません、謝罪で気分を悪くさせては本末転倒で、あ…また言ってしまった…すみません。………あ」

 

謝罪をしないと決めてからの二連発。げに悲しきは謝罪癖のついた中間管理職であるおっさんの職業病か。

 

客に不手際を謝り、上司にミスを謝り、部下に残業を謝る。行き着いた先は魔法少女に謝罪を謝ると、もはや謝りのゲシュタルト崩壊である。

 

「ええと! とにかく人伝に聞いたところで、百聞は一見に如かずなんです! 会って、話して、触れあって、闘って、私自身が貴女と接した結果友達になって協力しあいたいと思ったと! それだけです!」

 

先程の謝罪の謝罪でマミとほむらの腹筋を震わせてしまった葵。理路整然として話を進める予定が粉々になった瞬間である。

 

考えてもみてほしい、三十手前の男性が女子中学生に笑われる状況を。おわかり頂けるだろうか? 恐らく男にとって一番被害妄想が捗ってしまう状況だ。動揺するのも仕方ない。

 

「ななななんだよ急に! べ、別に断るなんてまだ言ってねーし!」

 

割と直球に弱い杏子であった。そんな慌てる彼女の様子を見て葵は逆に落ち着いた。人は自分以外が慌てていると冷静になるものなのだ。

 

「んん、失礼。少し取り乱しました。まぁ後で説明しますがグリーフシードについては私の魔法があれば大丈夫です。生活の方はどうにかします……ほむらが」

 

笑いを堪えていたほむらだったが、えっとした表情で二人を見た。もちろん誰も気付いていない。

 

「本当にどうにもならなければ、気は進みませんが宝くじにでも頼ります。身寄りも戸籍も無かった時はこの年で大きな金額を当てても交換出来ませんでしたが、今は替わりに買ってくれる身元のしっかりした友人がいますから大丈夫です」

「ああ、やっぱアンタの魔法ってそういう系統か…」

 

予測はしていたものの、やっぱり魔法は便利だなと杏子は思う。家族を不幸にして、自分を一人ぼっちにして、それでも頼らざるを得ない魔法。

 

所詮この世は弱肉強食で、人を食い物にする魔女を更に食い物にする自分は全てを奪って生活することが当たり前だと思っていた。否、そう言い聞かせていた。

 

本心ではそんな自分を嫌悪して、それでもそれが世の理なんだと達観するクレバーな自分も確かにいて、絶妙な均衡で保たれていた心の平穏。

 

変わりたいと思う気持ちと、変われないと諦める気持ち。変わりたくないと拒否する気持ちに、変わるべきではないと、魔法少女は孤独で独善的であるべきだと思う気持ち。

 

こんな自分にも正面切って友達になりたいと言いきる馬鹿に、先程からずっとちらちら見てくる正義馬鹿。

 

生活は楽ではないが、苦難の道でも共に歩もうとこっ恥ずかしい言葉を臆面もなく述べられ、グリーフシードの心配はしなくても大丈夫だと言う。

 

犯罪をしなくて済むなら、グリーフシードの心配をしなくて済むなら、最初に目指していた正義の魔法少女とやらにもなれるかもしれない。

 

過去の罪は帳消しには出来なくとも精算は出来るかもしれない。

 

似非でも真でもやっていることが正義ならいつか本物になれるかもしれない。

 

杏子は思う。神様とやらが本当に居るなら、ここが最後にくれたチャンスなんだろうと。

食卓に豪勢な食事を並べられてさあ食べろと言わんばかりのこの状況は、いつもの自分ならきっと不愉快に思い反発するだろう。

 

しかし今目にした、動揺しながらも友達になりたいと言う本心からの瞳と表情に心が揺れたのは事実だ。

 

「あ、あの…佐倉さん。私も協力するから、ね? 美味しいご飯も作るしお菓子も…」

 

「………しゃあねえな。ま、正義の魔法少女ってのも案外悪くないかもね」

 

だから、別に食べ物に釣られて願いを聞き入れるわけではないのだ。杏子は心の内でそう断言した。

 

「ありがとうございます。佐倉さん、これから宜しくお願いしますね」

「杏子でいいよ。アタシも葵って呼ぶからな」

「ええ。では宜しくお願いしますね、杏子」

 

紆余曲折あったものの、一山越えた事に安堵する葵とほむら。後はマミに話をするだけだ。

きっと今の彼女なら大丈夫だと思い二人でちらりとマミに視線を移せば、なんとショックを受けて落ち込んでいる姿がそこにあった。

 

「あ、あのマミさん? どうかされましたか?」

 

その言葉に更に落ち込むマミ。フローリングに手をつき、よよよと泣き崩れるポーズは金髪ロールとあいまって昭和臭が漂っている。

 

ほむらを見る葵。首を横に振るほむら。

 

杏子を見る葵。首を横に振る杏子。

 

二人は頼りにならないと判断した葵はマミの悲しみの琴線に触れたものがなんなのか必死に考える。杏子が仲間に入った瞬間は飛び上がらんばかりの喜びようだった筈だ。となるとその間の短い出来事。

 

「…………晩御飯作りましょうか、マミ」

「…! はい!」

 

本当にこの人年上なんだろうかと、杏子とほむらの思考が一致した瞬間であった。




展開速すぎるかな…? ご意見感想お待ちしてます。


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切言の物語

「行きましたね」

「ええ、今のうちだわ」

 

見滝原総合病院。深夜の病院という、少女には少々恐怖を感じるそんな場所で二人の魔法少女がこそこそと不法侵入していた。

九曜葵、巴マミの二人だ。彼女達が何をしようとしているかというと、病院という場に相応しい治療行為のための侵入である。

 

それはほむらの度重なる繰り返しの中で断トツに多い失敗要因、美樹さやかの魔女化に伴う様々な悪影響を取り除くための行動の一環だ。

 

そもそもさやかが魔法少女になる原因は上条恭介という幼馴染みの怪我を治すためであり、それがなければ積極的になろうとはしないのだ。

魔女になる原因も恋愛関係がこじれた果ての絶望と、魔法少女の真実を知った絶望のダブルパンチをくらった結果なので精神的に軟弱というわけでもない。

 

しかし必ず魔女になる女としてほむらは彼女を魚雷ガールと呼んでいる。人魚の魔女になる地雷少女。略して魚雷ガールだ。

けっして繰り返しの中でよく喧嘩を売られたからとか、そんな理由ではない。

 

何にしても、キーは美樹さやかへの苦言や鹿目まどかへの懇願ではなく上条恭介へ恩を売ることでしょうと提案した葵。

ほむらは恋愛に疎くどうしていいかも解らなかったのでその辺りに手を出した過去は一度もなかったのだ。

 

それを聞いたマミと杏子からマジかよ…な視線で見られたほむらは時を止めながら二人の首にチョップしまくった。

 

引きずり込む率七割の黄色と心中する率四割の赤色が言うなと。もちろん心の中で思うだけに留めていたが。

 

そんな訳で彼女達二人は上条恭介を治療すべくここまでやってきたのだ。ちなみにほむらはまどか周りのキュゥべえ排除、杏子はさやか周りのキュゥべえ排除役をしている。

いつまでも彼女達に話をしない訳にはいかないが、今はまだその時ではないのである。

 

「ここですね…個室とはブルジョワな。保険適用外でお金がかかるというのに…これだから貧富の差というやつは」

 

珍しく愚痴を漏らす葵。困窮するとよく実感出来る貧富の差につい口にしてしまったのだろう。

 

「ふふ、葵さ…葵にもそんな一面があったのね」

「聖人君子というわけじゃないんですからこのくらいは許されるでしょう。政治家は批判されるのも仕事の内ですよ」

 

貧富の差まで政治家のせいにされては彼等もたまったものではないだろう。まぁ絶対に違うとは言い切れないのが最近の世の悲しいところであるが。

 

そんな益体もない話をしながらそっと部屋の中に侵入する二人。病室と考えれば随分広々としている部屋に、柔らかそうな掛け布団が見えるベッドが一つ。その上には上品そうな寝息をたてるイケメン中学生が夢の中に沈んでいる。

 

「では失礼して…」

 

布団ごと抱き抱えて窓から身を乗り出して屋上に跳ぶ葵。物理法則は何処へ行ったのだろうか。

 

「へ? う、うわぁぁぁぁ!?」

 

力加減を間違えて屋上より更に数十メートル上空に跳んでしまった葵、そんな衝撃に起きない筈もなく寒空の下で月を近くに感じながら浮遊感を味わうという恐ろしい体験を強制的に味合わされる恭介であった。

 

「こんばんは。魔法少女です」

「意味不明だよっ!」

 

これで意味が解れば彼も立派な魔法使いだ。もしくは超能力者か。

 

「疑問だらけなのを承知で聞きます。その怪我の程度は把握出来ていますか?」

「っ…!」

 

訳の解らない状況ではあるが、それでもその話題は彼の逆鱗だ。中学二年生という若さでありながら、将来を嘱望されている天才バイオリニスト上条恭介。その道では有名な少年であるが、現在は事故に遭い手足を怪我しているために活動を休止している。

 

そう、現在はといったが実際を言ってしまえばそれは未来に於いてもだ。先日医者に告げられた腕の状態は、日常生活に戻れるどころか音楽を弾くような繊細な動きは二度と出来ないかもしれないという絶望の宣告だった。

 

なんとか手術を出来る医者を探してみると励まされたものの、医者の表情を見れば結果は推して知るべしというものだろう。

それでも必死にリハビリを耐えて、懸命に奇跡にすがり続けていたのだ。

 

そしてそんな状況で、触れられたくない部分を易々と侵す見知らぬ少女。

 

幼馴染みで大事な人間ならばまだ無遠慮に踏み込まれても我慢していた、出来ていた。知らぬ事とはいえ、腕の復活が絶望的だというのに安易に頑張れと励ます幼馴染みに怒りを感じた事は一度や二度ではない。

それでも笑顔で接するのは本当に心配してくれているのが解るからだ。だがしかし、見知らぬ他人にずけずけと踏みいられて平静でいられるほど彼は温厚でも大人でもない。

 

「…君に言う必要があるのかい?」

 

それでも怒鳴ったりわめき散らしたりしない辺りが彼の非凡さを窺わせる。天才というのは得てして極端に早熟か未熟な場合が多いのだ。例え音楽という領域における天才だとしても。

 

「把握しているようで助かります。不躾で悪いのですが、取引をしませんか? 内容は『これから話す事を全て信じ、この街を救うお手伝いをすること』です。対価は怪我の治療を約束致します」

「何を―――」

「とはいえ実際に体験しなければ解りませんよね。マミさん、お願い出来ますか?」

「えぇ…」

「あ、マ、マミ。お願いできますか?」

「ええ!」

 

ちょっとめんどくさい。そう思った葵であった。

そんな微妙な表情の葵には気付かずに、やる気をみなぎらせて治療に臨むマミ。

 

回復は専門ではないが、マミの魔法は『繋ぐ』ことに強い効果を発揮する。魔法少女になった時の願いが『命を繋ぎとめる』というものであるが故だ。それは固有魔法であるリボンにも象徴されている。

 

つまるところ上条恭介の断裂してしまった腕の神経は現代医療では繋ぎ治すことは出来ないしマミの拙い回復魔法でも治療は難しい。が、神経を繋ぎ合わせるという一点においてマミの魔法はこれ以上なく有効な手立てとなるのだ。

とはいえ確証はないためにマミの横で葵も奇跡を願ってはいるのだが。

 

「うん…これで大丈夫! 足の方は完全とはいかないけど、自然に回復を待つよりはマシな筈よ」

「魔力の消費は無し…マミだけで大丈夫だったみたいですね」

「は…はは…。夢…? そうだよな、いくら何でも非現実すぎるし」

 

グッパグッパと動くようになった掌を開け閉めしながら呆けたように呟く恭介。

まぁそう思いますよねとその様子を見ながら共感を覚える葵。人はあまりにも非常識な事態に直面すると何故か現実より自分を疑ってしまうこともあるのだ。まさにキュゥべえとの邂逅時の自分を見ているような気分になるのも仕方ないだろう。

 

しかしあまり時間を掛けて病院側に異変を察知されても困るため、男を手っ取り早く正気に引き戻す一番の手段を葵は選択した。

 

「ていっ」

「おごぉっ!! …か、かふぅっ…!」

 

男の誇りを叩く葵。元男としては取りたくない手段だが元男だからこそ、その痛みは何よりも現実的だと知っている。

 

「夢だと思いますか?」

「ノゥ…」

 

流石はグローバルなバイオリニスト。英語もばっちりだ。そんな風に思った葵を横目に見ながらドン引きしているマミであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか?」

「う、うん」

 

少しやり過ぎたなと腰の辺りをトントンと叩いてあげている葵。深夜の病院の屋上でファンタジーな格好をした少女が少年の腰を叩いている様はなんともシュールである。

 

「事後承諾のような形にはなりましたが、私の話は聞いていただけますか?」

「うん。腕が治るならなんだって犠牲にしてもいいとさえ思っていたんだ。僕に出来ることならなんでもするよ」

 

自分の腕に頬擦りしながら歓喜している恭介はどうみても変態ではあるが、恩を感じてくれているのならそれに越したことはないなと葵はスルーした。

 

「ではまず私達の素性についてですが、先程も申し上げた通り魔法少女です。とは言ってもお伽噺に出るようなファンタジーなものではなく世の理に組み込まれたシステムのような現実的なものではありますが」

 

そう話を始めて葵は魔法少女の歴史や悲劇、年頃の少女にとってのキュゥべえの危険性、それを余すことなく伝えた。

 

「そう、なんだ…。でも何故それを僕に? 治してもらっておいて言うことじゃないかもしれないけど、あまり僕に出来ることがあるようには思えないんだけど…」

「当然の疑問ですね。そこについては色んな繊細な事情が絡む上に信じがたいことだらけなので、だからこそ先に貴方を治療したのです。信じていただけますか…と問いたいところですが、信じていただかねば困るので信じてください」

「う、うん…?」

 

無茶苦茶な要求だが、ここについては恭介次第でしかないので葵もほむらも賭けることにしたのだ。どのみち全てにおいて安牌など存在しえない。いかなければならないところは突っ切るのみだ。

 

「貴方の幼馴染み、美樹さやかさんは貴方の事を好いています」

「う、うん…はい!? いきなり、というか話が繋がってな―――」

 

さやかはやんちゃで男勝りな家族のような存在だ。それが自分を好きだなどと恭介は考えたこともない。

 

「そして貴方のクラスメイト、志筑仁美さんも貴方を愛しています」

「ちょっ、まっ…えぇー!?」

 

志筑仁美とはまどかやさやかの友人であり、仲良し三人組でもある。美人で大金持ちのお嬢様でもあり男にとっては高嶺の華としか言いようがない存在だ。それが自分を好きだなどと恭介は考えたことも、いや妄想したことくらいしかない。

 

「そして私も貴方を…」

「え……!?」

 

目の前の美少女は腕を治してくれたとはいえ出会ったばかりの赤の他人だ。

それが自分を好きだなどと恭介は考えたことも、いや考える間もなかったが、こういう状況を考えるともしかして自分が好きだからこんなことになっているのかしらと自惚れるしかない。

 

「とても羨んでいます」

「えぇー…」

 

まぁ葵からすれば、というか男から見れば羨ましすぎる状況だろう。嫉妬も羨望も仕方ない。

 

「他人の恋愛事情に首を突っ込み、あまつさえその心情を勝手に暴露するなんて馬に蹴られるどころの話ではないと解ってはいるんです。ただ放置すれば命にかかわるのでこういう手段になってしまいました。申し訳ありません」

「…」

 

上条恭介は天才である。それはバイオリンに限ったことではあるが、その頭脳も中学生の範疇では高いものがある。そしてその頭脳が導きだした。葵が来た理由も、先程の話をした訳も。

 

「…大体理解出来たよ」

「えっ」

 

さぁ本題だ、とほむらの話をしようとしたところでこの恭介の返答だ。葵が驚くのも無理はないだろう。

 

「さやかと志筑さんが僕を取り合って喧嘩したんだろ? それで僕のバイオリンで二人の気を鎮めてほしいと」

「全然違います」

 

お前は青き衣を纏った少女かと突っ込みを入れる葵。そうなると王蟲はさやかと仁美になるので葵も大概に酷い。

 

「全然違います」

「なにも二回言わなくても…」

「全然違います」

「三回目!?」

 

早く話を進めましょうと、おずおずと横から口を出すマミ。脱線しすぎましたねと、葵は真剣な顔つきで話を続ける。

 

話すのは先程の恋愛事情を知る理由、つまりほむらの繰り返してきた世界そのものだ。さやかが魔法少女になる理由、魔女になる理由、そして見滝原の危機。全てを簡潔に解りやすく伝えた葵は、ふぅと息をついでマミが差し出してきた紅茶を有り難く受け取った。

 

よく考えればこれはつまりマミの魂の味なのだろうかとどうでもいいことを思考しているあたり、疲れは無さそうだ。

 

「…その、なんて言っていいか解らないけど…本当のことなのかい?」

「誓って真実です。もちろん主観が入り乱れてますので間違いがないとは言い切れませんが」

「…」

 

いきなりこんなことを言われて真実だと信じる方がおかしいだろう。しかし怪我が治ったのも、いや治してくれたのは間違いなく真実だ。

 

「信用出来ない、と言えばやっぱり腕は元に戻されるのかな…?」

「いいえ。さやかさんが魔法少女になる理由が無くなっただけでも充分ですから。それにもう治ったものをどうこうは出来ないですよ。新しく怪我をさせるならともかく、そんな事は頼まれてもしませんけどね」

「…そっ……か」

 

俯き、悩む恭介。とてもではないが信じられない、突拍子もない話。だがそれを言うのは人生を変えてくれたほどの大恩人。長い時間悩み続け、そして何度かの逡巡の後恭介ははっきりと答えを示した。

 

「……うん、信じるよ。僕にも協力させてくれ。どこまで出来るかは解らないけど」

「―――っ。ありがとうございます…本当に」

「それは僕のセリフじゃないかな?」

 

にこりと爽やかな笑みで葵の感謝に切り返す恭介。これは確かにモテても仕方ないかとため息をつく葵であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原中学に通う女子中学生、美樹さやかは完全無欠に一般人である。授業中はつまらない授業を受けながら教科書に落書きをし、昼休みになれば友人と和気藹々と弁当を食べる。

 

午後はまたぞろつまらぬ授業を受けながら午睡の誘惑に耐え、放課後は親友達とお喋りしながら帰路につく。小遣いに余裕があれば寄り道をして買い食いをすることだってある、ごくごく普通の少女である。

 

普通ではないところをあえて挙げるならば、それは幼馴染みでもあり想い人でもある上条恭介の存在だろう。将来を有望視されているバイオリニスト上条恭介。現在は事故に遭い手足を怪我しているが、復帰すればまた素晴らしい音色を響かせてくれるだろうとさやかは確信している。

 

そんな少年への想いを募らせ日々悶々としているのも中学生らしいといえばそうなのかもしれない。そんな彼女は今、悩んでいることがあった。

 

「はい、ほむらちゃん。もう熱くないよ」

「あ、ありがとう、まどか。でもそんなに気を使ってくれなくても…」

「駄目だよ! 先生にもほむらちゃんのこと頼まれたんだから、これも保健係の仕事だよ?」

 

目の前でまどかに甲斐甲斐しくお世話されている、先日の言葉通り転校してきたほむら。葵との約束でしっかり面倒を見てやろうと張り切っていたさやかであったが、結論から言えばそんな必要は全くもってなかったのだ。

 

授業で当てられると全問正解、体育で走れば全中記録、称賛する周りのクラスメイトには当たり障りなくふるまう。容姿といえばこれまた端麗。

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花といった言葉を見事に体現しているような存在だ。

ちなみに本性は「立てば爆薬座ればボカン歩く姿は爆弾魔」なハッピートリガーといったところだろうか。もちろんさやかは知りもしないが。

 

とにかくまさに完全無欠といったその様子にたじたじなさやか。まどかなど気後れしてしまうほどだ。しかし昼休みに何とか仲良くなろうとして、冗談でお弁当のおかずを「あーん」とほむらに迫ったまどか。

 

その瞬間胸をおさえて倒れたほむらに大慌てで保健室に連れていくことになったのだ。先生に聞くところによると心臓の病気で入院をしていたらしく、恐らく仲良くなろうと無理をしたために倒れたのではないかと言うことだった。

 

それを聞いたまどかは午後の授業もそっちのけでほむらに付き、首を変な角度にしながら「家族…友人…大事…ら」と寝言をいう彼女を看病したのだ。

 

放課後にはすっかり良くなって帰ってきたほむらとまどかだが、その力関係は既にまどか>ほむらとなっていた。

自分の役割はこれだ! とでもいうように気弱だった性格を置き去りにしたようなまどかの様子に今度はほむらの方がたじたじになっていた。

 

そして四人で放課後に喫茶店に入り、珈琲を頼んだほむらがカッコよくカップを開けようとして失敗し、火傷をしかけて悲鳴を上げたことでもはやそれは覆せないものとなったようだ。

 

「きましたわー!」

「仁美ぃ…」

 

まどかがほむらの手に氷を当てている様子を見て喜色をあげる、大事な親友の残念な部分を発見したさやかは残念な声を上げた。しかしこれがさやかの悩みであるかと言われればそうでもない。彼女が悩んでいるのは―――

 

「ねえねえ、ほむらー。今度の休みまどかと買い物予定なんだけど一緒に行かない?」

「っ…。そうね。行かせてもらおうかしら」

 

そう、ほむらの態度についてだ。他の人には普通に接しているし、まどかには随分親しげな雰囲気なのに自分と対する時だけは歯に何か挟まったような返しかたなのだ。

 

嫌悪や怒りなどといった感じではなく、とはいえ喜びや嬉しさでもない。そのぎこちない笑顔にはなんともいえない複雑な感情が見え隠れしているのだ。周りからも単純馬鹿と思われているさやかだが、人のそういった部分には人一倍敏感なところもあったりする。

 

「うーん…なんかしちゃったのかなぁ」

「あらどうかしましたか? さやかさん」

「ううん。何でもない」

 

デリカシーの無さは自覚しているさやか。気付かない内に触れられたくない部分にでも踏みいってしまったのかと気を揉む。

 

「ま、その内なんとかしますかっと! それより仁美、時間大丈夫?」

「あらもうこんな時間ですの! 皆さん、私先に失礼致します」

 

お稽古ごとに習い事。お嬢様の仁美には自由な時間が少ないのだ。まどかもさやかもそれが解っているため無理に引き留めたりはしない。

 

挨拶を終えて足早に帰った仁美を見送り、CDショップに行こうと提案するさやか。恭介へのお見舞いになけなしのお小遣いをはたいて古い円盤を買おうとしているのをまどかに見破られ挙動不審になるものの、否定はしないようだ。結局仲良く三人で向かうことに相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー、いいのが見つかってよかったよかった。恭介もこれで少しは元気出ればいいんだけど」

「きっと喜んでくれるよ!」

「そうね…」

 

買い物を終えて病院までやってきた三人。面会出来る時間までギリギリとあって少々急ぎ足だ。受付へ面会を希望して手続きを済ませる。

 

「なんか看護婦さん変な顔だったね…?」

「うん…なにかあったのかな?」

「…」

 

上条恭介への面会希望と言ったさやかに微妙な表情で手続きを始めた看護婦。いったいなんだったのだろうと会話しつつ、皆でトイレに寄った後エレベーターを乗り継ぎ目的の部屋へ到着した一行。ノックをして病室に入ったさやか達の目にまず入ったものは頭を抱えながら悶える、眼鏡をかけた壮年の医者だ。そしてその横に医者を必死で宥める看護婦の姿もあった。

 

「ガッーデム! ありえん! 私は認めんぞぉー!!」

「いや、現に治ってますし…先生、気をしっかり」

「私はしっかりしているとも……そうか! 私がおかしいのではなく世界がおかしいんだ!」

「先生!?」

 

ベッドの上に座りつつドン引きしている恭介。しかし要リハビリ患者が一晩で完治していれば医者の反応も仕方ないだろう。しかしそれにつけても随分ファンキーなお医者様に恭介とその横にいる葵とマミも冷や汗をしきりにかいている。

 

「あの先生、精密検査も終わりましたしもう退院準備も終わったので…」

「ノン! これは是非とも解明しなければならない怪奇現象なのです! 奇跡などという訳のわからぬものをそのままにしておく事などできる筈も―――」

「患者のプライバシーに関しては守秘義務がありますよね? 体に異常が見られないのなら後は恭介の問題です。退院を止める権利は病院にありませんし、学会等への発表も患者の許可無しには出来ません。あしからず」

「ぐ、ぐぬぅ」

 

テンションMAXな医者に冷や水を浴びせるように言葉で攻める葵。恭介もこんなことで有名にはなりたくないので傍観するのみだ。

 

「恭介の親御さんももうすぐ来ますし、そろそろ諦めてください。世の中には解明できない奇跡なんてありふれてますよ。医者ならまず患者の完治を喜びましょう?」

「し、しかしこの現象をもし解析出来たのならば他の怪我に苦しむ人々も助けられるかもしれんのだ。後生だ! せめて後一日!」

「う…。そう言われるとあれですが、申し訳ありません。無理です」

 

にべもなく断る葵に、遂に諦めてがっくりと項垂れる医者。彼は彼で情熱を持って医者をやっているのだ。人類の新たな可能性を感じるこの一件に執着するのは当然とも言える。しかし葵の言う通り全ては患者の許可ありきだ。拒否されている以上、論理的にも倫理的にも法律的にも彼に止める権利はなかった。

 

「わかった…だが気が変わったらすぐに連絡してくれ。些少だが謝礼も出るだろう」

「ええ。すいません」

 

そういって医者を見送る葵。そして当然ながらドアの真ん前でやり取りを見ていたさやか達にも気付く。というよりは病院につく前からほむらのテレパシーで知っていたのだ。

 

医者と看護婦がちらりとさやかを意味ありげに見た後退室するのを確認し、葵は声を掛けた。

 

「お待たせしました。いらっしゃい」

「あ、どうもどうも……じゃないよっ! 何で葵がいるのさ!? というか後ろの巨乳美女は!? 何で恭介治ってんの!?」

「私がいるのはやんごとなき事情からです。後ろの巨乳美女は巴マミ、貴女の先輩でもあります。恭介が治っているのは私達のおかげです、存分に感謝してください」

「訳わからんっ!」

「さやかちゃん…」

 

ハイテンションな医者の後はハイテンションなさやかの相手とは疲れるなと内心やれやれとため息をつく葵。

 

「今めんどくさいとか思ったでしょ! そういうの解るんだから」

「めんどくさいな…」

「だからって声に出すな―!」

(めんどくさいな…)

「!?」

 

なに今の!? と脳内に響いた声に驚くさやか。何気にキュゥべえを活用しまくりの葵である。

 

「話たいことは色々あると思うのですが、そろそろ恭介の両親が来ると思いますので…。今日の深夜に迎えに行きますのであけておいてくれませんか?」

「え…うん。いやいや、そんな時間に外に出たら怒られるから」

「そこはなんとかします」

 

では、と恭介とマミを連れ立って病室を出ていく葵。その際に意味ありげに目配せをし、ほむらはそれに頷く。恭介がさやかに後でね、と耳打ちして意味ありげに見た後通り過ぎた。耳に想い人の息がかかり真っ赤になるさやか。

 

「うう…もう訳わかんないよぉ…」

 

恭介と親しげな葵も、謎の金髪巨乳美女も、突然の退院も何一つ解らないさやか。そんな彼女にほむらが優しく声を掛ける。

 

「さやか」

「え…どしたのほむら」

 

いつになく優しげな表情をしたほむらに更に混乱するさやか。もしかしなくとも今までで一番の笑顔かもしれない。

 

「スカート」

「へ?」

「スカートが下着に挟まってるわ」

「え…? ぎゃぁーーーー!? い、いつから!?」

 

恐らく先程のトイレだろうと冷静に指摘するほむら。医者と看護婦、それに恭介の意味ありげな視線はこれだったのかと気がついたさやか。先程までの疑問は全て吹き飛び、ベッドにダイブインして悶えている。

 

「さやかちゃん…丸見えだよ…」

「青色ね…」

 

頭隠して尻隠さずの格言通り、掛け布団に頭を突っ込むさやかのスカートは捲れあがり丸見えだった。しかし本人は想い人の残り香に興奮していたので気付かなかった。自業自得である。

 

そして一人残るさやかを置いて仲良く出ていったほむらとまどか。部屋の清掃にきた人に声を掛けられるまでその状態だったさやかは、もちろん丸出しのパンツを見られて悲鳴を上げるのであった。




マミと杏子の説得はどうしたって? もはや予定調和が目に見えてるのでカット。濃い描写が欲しい人は脳内で補完してくだされ。
本編でも軽く触れる程度にしますので。


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心願の物語

お待たせしてすいません。次の話は明後日までには投稿できると思います。


「遅くにすいません。迎えに上がりました」

「ほんとにきた…ていうかどうやってきた…」

 

病院で別れ際に窓は開けておいてくださいと言われたさやかは律儀にもその通りにして日を跨ぐその時までベッドの上で待っていた。時刻は二十四時ピタリ。時計の全ての針が真上を指し示した時、音もなく葵は二階のさやかの部屋へと侵入した。

 

「ジャンプしました」

「できてたまるか!」

「本当ですよ?」

「えぇ…」

 

冗談を一切感じさせない表情で葵は答えを返す。その雰囲気に気圧され、そして服装も随分ファンタジーな葵にさやかは答えに詰まる。

 

「私は嘘が好きではありません。まあとにかくほむらの家に行きましょう。話はそれからです」

「う、うん」

「姫抱きとおんぶどちらがよろしいですか?」

「はい?」

 

補導されても困るので跳んでいきますと説明する葵に今度こそ意味が解らず、もう好きにしてくれとベッドにぽふんと身を投げ出したさやか。では失礼して、とそのままさやかを抱き上げて葵は立ち上がる。

 

「うわっ!?」

 

少女ではあり得ないように軽々と自分を持ち上げる葵にさやかは驚きの声を上げるが、次の瞬間それは悲鳴へと変わっていた。しかしそれも当然だろう、葵はさやかを抱いたまま窓から飛び降りたのだから。その際に器用にも足で窓を閉めるという曲芸染みた事までやってのけたのだが、目を瞑ってちぢこまっているさやかには気付く余地などある筈もない。結局二階から飛び降りたとは思えないほどの軽い衝撃だったために着地してからさやかが目を開けるまで数秒の時を要した。

 

「うぅ…あれ?」

「そんなに抱きしめられると照れます」

「いやいや……いやいやいや」

「嫌でしたか?」

「嫌じゃないけど、じゃなくていやいやいや」

「そうですか…すみません」

「遊ぶなっ!」

 

本当に楽しい子だなと笑いつつ、そのまま足に力を込めて数百メートル先の建物の上に狙いを定めて跳ぶ葵。

 

「ちょっ…!」

 

待って、と言いかけるさやかの言葉も半ばに満月に近付いていく二人。さやかの色々が当たっている葵が多少の嬉しさと疚しさを感じてしまうのは男ならば仕方ないだろう。ピョンピョンと建物と建物を跳ねる葵はまるで兎のようだ。

 

「さやか、絶対に離しませんから目を開けませんか? 景色が凄く綺麗です」

 

このご時世、街の全てが寝静まるということはまずない。ちらほらと灯りが燈る景観は非現実的な状況と相まって非常に幻想的ではある。春とはいえ深夜のこの時間はまだ肌寒いため、上空というのもあって少し冷える。体温の高い葵に密着して、ついでに慎ましい胸の感触を確かめていたさやかはその言葉におそるおそる目を開き自分の住む見滝原を一望した。

 

「わぁ…すごい…!」

「でしょう?」

 

魔法少女になって良かったと思える理由トップ3に入る空を跳ぶ気持ちよさ。友人にも共感してもらえて葵もご満悦だ。きゃあきゃあとはしゃぐさやかに胸をもまれているのも特に意識はしていないようだ。もっとも揉むほどあるかというと疑問ではあるが。

 

「Aね…」

「? 急に関西弁になってどうしたんですか」

「う、ううん。ええねぇ…」

「?」

 

元男故にセクハラには気付きにくい葵であった。まあ男が胸を触られてもセクハラとはまず考えないだろう。そうこうしている内にほむらの家の前に到着した二人。葵はテレパシーでほむらに確認をとりそのまま中へと入る。

 

「なんじゃこりゃあ!」

 

連れられて中に入ったさやかの第一声がこれである。だがそれも仕方のないことだろう。外観からは想像もつかない謎の白い空間と、気味の悪いホログラムのような何かが浮かんでいる部屋など想像の埒外だ。

 

「まさに…匠の業…」

「んなわけあるかー!」

 

するどい突っ込みを入れるさやか。どんなビフォーでもこんなアフターにはならないだろうと。

 

「冗談です」

「わかってるよ!」

「実は魔法です」

「だからからかうなっつーに!」

「本当ですよ?」

 

家に来た時のように真面目な雰囲気で返す葵に、またもやさやかはぐっと答えに窮する。短い付き合いだが、葵が嘘ではないという時は本当に真実らしいとわかってきたのだ。しかし魔法なんてものは御伽話の中にしか存在しないというのは語るまでもない常識だろう。サンタクロースがいると信じるような歳ではないのだ。しかしここまでの移動方法が現実とは思えない、まさに魔法のようだっただけにさやかからしても信憑性は充分にあると言わざるを得ない。

 

「その服も…?」

「魔法です」

「跳べるのも…?」

「魔法です」

「寂しい胸も?」

「もちろん魔法です」

 

嘘つけっ! と叫ぶさやかだが、真実なのだから仕方ない。まあ元男などという事実を知らなければ当然だ。

 

「いらっしゃい」

「ただいまです」

「あ、ほむらお邪魔ー」

「邪魔するなら帰ってちょうだい」

「あんたそんなキャラだっけ!?」

 

既にまどかを迎えに行ってほむらの機嫌は最高潮だ。理由は言わずとも解るだろう。葵は勝手知ったる仮宿のダイニングでコーヒーを入れ、さやかにはカフェオレを用意する。ほむらから聞いた個人情報を無駄に活用するあたりが大人の気遣いというものである。

 

「あ、さやかちゃん」

「さやか…寝間着のままって…」

「あははは、本当に来るのか解んなかったからさー」

 

先に到着していた恭介とまどかに挨拶をしてさりげなく恭介の隣にポジショニングするさやか。想い人にパジャマ姿を見られても全く気にしないあたりが女子力の低さを窺わせるが、幼馴染ならば今更気にしても仕方ないというのもあるかもしれない。

 

とにかく態勢が整い、三人と向かい合う形でソファに腰を下ろすほむらと葵。いよいよ話す時が来たものではあるが、いざこうなると切り出し方というのは中々難しい。若干の沈黙の後、まずは葵が説明を始める。

 

「さて、ではここに集まって頂いた訳ですが…簡単に言うと見滝原が近いうちに壊滅しかねないので、それを救うお手伝いをして頂きたいのです」

 

そんなあまりにも、脈絡も突拍子もない話にまどかとさやかは当然のように懐疑的な目―――というよりは変人を見るような目で葵を見つめる。しかし構わずに葵は話を続けていく。どこから話そうが基本的には信じがたいことだらけなのだ。まずは耳障りのいい言葉から説明したほうがここは吉であると葵は判断した。

 

「私達は―――ほむらやマミさんのことですが、魔法少女です。人間の負のエネルギーを目的に人を襲う魔女たちを狩るべく日夜戦うもの…その総称といってもいいかもしれませんね。先ほど目にされた信じられないほどの身体能力などもその目的のために最低限必要のものなんです」

 

どうにも信じがたい話、信じがたくはあるが…先ほど体験した空の旅は紛れもなく真実だ。まどかとさやかは判断に迷う。しかしそこで合いの手と言わんばかりにタイミング良く恭介のフォローが入る。

 

そう、人の判断基準というのは他人がいてこそだ。幼いころからよく知る彼が、ましてやさやかからすれば家族と同じくらい大事な幼馴染から肯定の意思を聞けばそれは受け入れられやすい土壌が形成されるのと同義だろう。そしてまどかはさやかが受け入れるのならばきっと同じように受け入れる。少なくともほむらにはその確信があった。そのために態々恭介の手を治し、信用を得るために真実を話したのだ。

 

「さやかには言ってなかったけど僕の手、もう治らないって…バイオリンを弾くことは二度と出来ないって医者に言われてたんだ」

 

治った今だからこそ言える真実。さやかのことを思ってというのも確かではあるが、口にできなかった本当の理由は認めたくなかったからだ。言葉にしてしまえば本当に決まってしまうような気がして。だがもうそんなことは気にする必要もない。恩人のためならば今更そんな過去の葛藤などどうでもいいと、恭介は考える。

 

「だけど彼女達が、葵と巴先輩が僕を治療してくれたんだ…魔法を使って。正直自殺も考えてた…さやかのお見舞いも本当は辛かったんだ。もう弾けない音色を、もう動かない腕を、その現実を叩きつけられてるような気がして」

 

そしてさやかに懺悔する。ただただ自分を思ってお見舞いに来てくれていた幼馴染に逆恨みのような内心を抱えていたことを。話さないのは自分のエゴでしかないのに批難するような醜い感情を持っていたことを。

 

「本当にごめん、さやか。結局これも治ったから言えることでしかないのかもしれない。あのままだったらきっと近いうちに酷い言葉で罵倒してた。…こんな僕が言っても信じられないかもしれないけど、彼女達が言ってることは…」

「もういい」

 

恭介の言葉を遮ってぴしゃりと言い放つさやか。その冷たい声色に恭介は当然かと自嘲する。こんな酷い男は見限られても当然かと。だが続けられた言葉は予想外の温かい感情が含まれていた。

 

「まだ全然理解できてないけど、だけど」

 

それどころか目の前の幼馴染は笑いながら、泣いている。気付いてあげられなくてごめんねと。踏みとどまってくれてありがとうと。そして治ったことに、おめでとうと。

 

「だけど、良かったよぉ…恭介」

 

ぼろぼろと涙を溢すさやかを見て、恭介はやっと本心から葵の言葉を信じる事ができた。さやかが自分のことを好きなんて何かの間違いだと思っていたが、目の前で泣きはらしている彼女を見て信じられないほど自分も鈍くはない。

 

「ごめん…ありがとう、さやか」

 

謝罪の言葉もお礼の言葉も言い尽くせないほどに沢山あるが、万感を込めた思いはただ一言に込めて送った。それが少しでも彼女の慰めになればいいと。ちらりと横を見ると幼馴染の親友も泣いている。彼女とはあまり親交はないが、性格を考えると共感して泣いてくれているのだろうと推測できる。目の前を見るとこの家の主が号泣していた。ものすごくイメージとかけ離れていたので意外だった。

葵を見れば鼻をかみながら、歳をとると涙腺が緩むなあとぼそりと溢していた。台無しだ。なんにしても自分はきっと幸せ者なんだろうなと恭介は心の中で独りごちながら、葵に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃説明してるとこかねえ…」

「信じてくれるといいんだけど…」

 

ほむらの家の上で足をぷらぷらとさせながら杏子が呟き、心配そうにマミが答える。まどか達と面識がない彼女たちはほむらの家の外でキュゥべえが邪魔をしにこないか見張っているのだ。すでにまどかの異常ともいえる素質には気付いている筈だが、ほむらに聞いていたほどアクションが多くはないことに一抹の不安が過る。

 

「ま、信じなくてもいいじゃん? ワルプルギスの夜が来たら猿轡でもかましてふんじばって避難所においとけば…ふぎゃっ!」

「佐倉さん?」

「じょ、冗談だって」

 

物騒なことを言い始める杏子にマミの拳骨がとんだ。居候な上に胃袋まで掴まれては中々反撃が難しいようだ。そうでなくとも正義の魔法少女などという気恥ずかしいものを目指すと決めたのだから、危険な考え方をする癖をあらためねばと杏子は頭をさする。

 

「私達で…倒せるかしら」

「へっ! 弱気じゃねーかマミ。心配しなくてもこの面子で倒せねー魔女なんかいねーよ」

 

数回ほど一緒に魔女を狩りにいっている四人。そこで確認できたそれぞれの実力は杏子を持ってしても舌を巻くほどの戦力だった。大火力を持ち、それでいてバランスの取れている魔法少女屈指の実力を持つマミ。魔力こそ少なく、攻撃は重火器に頼っているものの時間停止という反則染みた鬼札を持ち、触れてさえいれば仲間にすらその力が及ぶ援護に最適な能力を持つほむら。莫大な魔力を持ち、その能力すら底が見えない葵。そして慢心している訳ではないが、能力がまた使えるようになった自分も魔法少女最強の一角であるという自負がある。これだけの魔法少女が揃って負けるのならばそれはもうどうしようもないだろうと杏子は結論付ける。

 

「聞いた限りじゃワルプルギスって物理攻撃が効きにくいんだろ。ほむらが何度やっても勝てないのもしかたないんじゃねーの? 相性最悪じゃん」

「そうねぇ…」

 

ちょっとドン引くほどにえげつない火力を持って挑んだこともあるほむら。巨大な工場地帯が吹っ飛ぶほどの爆発でもさしたるダメージにはならなかったらしいが、そもそも魔女には魔力のこもっていない攻撃は効きにくい。ミサイルや爆弾を使う際には魔力を込めているため普通の魔女程度ならば苦も無く倒せるほむらではあるが、ワルプルギスの夜ほどの魔女ともなればその耐久も桁違い。ほむらの貧弱な魔力では貫通できないのだ。

 

「グリーフシードも順調に溜まってるし…マミのあれを何発もぶちこみゃ倒せるさ」

「ティロ・フィナーレ」

「そう、ティ、ティロ…ぶふっ」

「ティロ・フィナーレ!」

「うおお!? 待った待った!」

 

マミは必殺技に名前を付けてしまう病気を患っている。歳を考えれば仕方ないのかもしれないがほむらや杏子、葵からすると毎度毎度腹筋を強制的に鍛えられるのでやめてほしいものなのだ。しかも彼女は人の技にまで名前を付ける。

 

「佐倉さんも力が戻ったんだし、うん! 怖いものなんか無いわよね。あのロッソ・ファンタズ―――」

「やめてくれぇ!」

 

杏子の幻影による分身が「ロッソ・ファンタズマ」と名付けられた時、他の二人は心底安堵した。ほむらはそもそも技の発動が他人には解らない、葵はまず必殺技と呼べるようなものがない。きっちり安全圏である。

 

「かっこいいのにな…」

 

誰にも理解されない…孤高の戦士なのねと自分に酔うマミ。きっと十数年後には黒い歴史に苛まれることになるだろう。独り身で契約社員の女子力皆無なアラサーが目に浮かぶようだ。

 

「マジ勘弁…」

 

うへぇと舌を出しながら下に降りて周囲を見まわす杏子。相変わらずキュゥべえの姿はない。いったい何を企んでいるのか見当もつかないが、どうせろくなことではないだろう。杏子はキュゥべえに騙されたとは思っていないが、筋が通っていないとは思っている。家族がキュゥべえのせいで死んだ訳ではないが一つの要因ではあったのだ。そこに思うところがないというのは嘘になる。なによりマミがいまだにキュゥべえの扱いに踏ん切りがついていない事を考えると会わせたくはないのである。

 

杏子がそれについて悩んでいる時、葵は言った。踏ん切りがつかないのもまた答えだと。そのままでいいこともあるんじゃないかと。そんなどこか達観したような答えに杏子は納得していない。大人と子供の考え方の差と言ってしまえばそれまでだが、そんな曖昧な答えに恭順できるほど杏子は大人ではなく、そして納得できないことを放置するような子供でもない。

 

どこか上から目線で喋っているような葵が脳裏に過る。それは見下しや蔑みといった負の感情ではなく、どちらかというと慈しむようにというのが正しいだろうか。子供扱いされることに怒るとそれが子供の証ですと軽くあしらわれた。一人で背負いこもうとしてないかと問い詰めると、そんな気は毛頭ありませんと対等な目線で戦闘のいろはを請うてきたこともあった。

 

「そろそろ終わるかな…」

 

杏子は思う。自分もマミも家族がいなくなってしまい、ほむらは主観ならば相当の年数親に会っていない。だからこそ葵に多かれ少なかれ親愛の情を感じやすくなっているのかもしれないと。何せ事情を話して頼れる大人などいないのだ。見た目は同じ少女だが、中身が大人であるのは日常の端々の気遣いで否応なしに感じさせられる。あるいはそんなところに絆されているのかもしれない。

 

そんな益体もないことを考えながらドアに身を傾けて遠くに視線を彷徨わせる杏子。少し口が寂しいが、我慢する。心の寂しさを埋めるようにお菓子を詰め込んでいた時と違い、今は別のもので満たされているのだから。幸せとは何かなんて哲学的な事はどうでもいいが、皆でワルプルギスの夜を超えたいと、あてどなくふらふらさせていた掌を―――十本の指をかみ合わせて願う杏子は、シスターとして家族と一緒に祈りを捧げていた頃のようであった。






次回からは日常を少し挟んでいきます。


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後楯の物語

まどかとさやかの説得に成功したほむら達は、およそ二週間半後に迫ったワルプルギスの夜を前にして―――意外とやることがなかった。

 

実のところ杏子やマミの説得はもう少し後の予定であったのだが、偶然の邂逅などが重なった結果随分と早まった。そのおかげでまどか達への説明もスムーズに行えたのは望外の幸運というべきものだろう。好都合が重なるのも葵の魔法のおかげかとほむらは推測したが、尋ねてみたところそういうわけでもないらしい。

 

貴女が頑張った結果ですよと笑いながら褒めてくる葵に非常に面映ゆいものを感じるほむらだが、素直に頷くことができたのは彼女が変われている証左だろう。もちろん良い方向へと。

 

そんなこんなで空いた時間は自衛隊への武器拝借が捗るなと喜んだほむらであったが、その突っ込みどころだらけの笑顔に葵が拳骨で答えたのは言うまでもない。そもそもほむらは武器がないからどうするか、となったときに爆弾を自作するような割とぶっ飛んだ少女である。

過去のさやかに爆弾じゃ連携も取れないし危ないんだけど、と言われたときはヤの付く自由業の方から銃を奪う壊れっぷりだ。誰も突っ込まなかった故に、最終的には自衛隊まで被害にあうのはもはや暴走自動車の如くだろう。

 

そんなほむらに葵は待ったをかける。常識を考えてくれと。確かに形振り構っていられないのは解るが、それでも限度はあるだろうと。

 

百歩譲ってそれで街が守れる確率が大幅に上がるのならば葵も譲歩したかもしれない。しかしワルプルギスの夜にはほとんど効果が無かったと言っているのに、更に大艦巨砲主義へと傾倒するのは完全に方向性がおかしいと言わざるを得ない。単純に重火器をぶっ放すのが好きなだけだろうとほむらに突っ込みをいれた葵はきっと間違っていないだろう。

 

葵は切に語った。ろくに効果を発揮しない兵器のために何人の生活が崩壊してしまうのかを。

厳重に管理されているとはいえ、それを行っているのは人間なのだ。当然、忽然と消えた兵器への追及は責任者へと及ぶ。大量の兵器など一個人でどうにかなるものではないのだから、相当数の人間が兵器の横流しに関わったとして処分をうけるだろう。

この場合の処分とは民間の会社のような懲戒などという生易しいものではなく、国家の防衛を脅かしたとして国家反逆罪に問われてもおかしくはないほどの処分だ。最悪死刑もありうるだろう。

 

その突っ込みにほむらは罰の悪そうな顔をして俯く。当然犯罪だとは理解しているし、誰かしらが迷惑を被るのも解ってはいたがそれは仕方のないことだと割り切っていたのだ。兵器は国民を守るためにあるのだから、目的通りに使われれば本望だろうと自分に言い聞かせていた。

 

しかし葵に言われて自覚してしまった。今回は確かに兵器の必要性は薄い、にも関わらず犯罪を敢行しようとしていたのは感覚が麻痺していたのだろうと。繰り返すうちにおかしくなっていったのは何も心だけではなく、常識や考え方さえも常人とはかけ離れてしまっているのかとほむらは落ち込んだ。

 

そんな彼女に葵は優しく声をかける。少しずつ直していけばいいのですよと。肩を抱きながら励ましてくれる葵に、ほむらは心のひび割れが修復されるような感覚を覚えた。優しくされた程度でほだされるような自分ではないが、これまでの葵の行動は全てが自分のためであり、事あるごとに希望をみせてくれる彼女に優しくされれば嬉しくないわけもない。

 

そして優しく慰めてくれる葵に、割とささっと立ち直ったほむらは内心で思った。まどかと葵が私を奪い合う展開もありね、と。どこまでも友達を救いたい少女は、どこまでも友達から見て救い難い少女であった。ナチュラルに同性だというのは頭の隅に追いやっているようだ。そんな、知れば噴飯物の内心でいることなど露程も知らない葵はぽんぽんと暢気にほむらの背中をたたき続けているのであった。

 

そしてやることがないならばないなりに、気になることがある。それは女子中学生としての正しい感情―――すなわち他人の恋愛模様の行方だ。出歯亀ともいう。恭介とさやかの関係はどうなるのか、前者は後者からの好意は知っている筈だがなんのアクションも起こしていない。後者はそれが知られていることすら気付いていない。本人たちからすれば迷惑でしかないだろうが、こんな状況にドキドキしないのは年頃の少女として間違っているとほむらは断じた。

 

となればやはりこちらから何か刺激を加えてみるべきではないかと考えるのも当然の成り行きだったのだろう。葵には趣味が悪いからやめなさいと言われたが、ほむらとしては少しだけ不安があったための行動でもあるのだ。

 

さやかが恭介を想うあまり、キュゥべえに唆されて願い事をしてしまわないだろうかと。正直なところ、ほむらはさやかの恋が成就する可能性は低いと思っている。それはこれだけの繰り返しの中で二人が恋人同士になったことが一度たりともなかったという事実があるからだ。

お互いを大事に思っているのは事実だがさやかから恭介へのそれとは違い、恭介からさやかへ想いは男女の想念が含まれてはいないのだろう。振られてやけになったさやかが恭介の感情を自分に向かうように願うのも絶対に無いとは、ほむらにはどうしても思えなかったのだ。

 

衝動的にそんなことをしてしまえば、さやかの性格からして確実に後悔するだろう。そしてそのまま自己嫌悪で魔女まっしぐら、それを救わんとまどかが契約してしまう、そんな未来がほむらには可能性として充分に存在するように見えるのだ。

 

穿ちすぎかもしれないが、ほむらはもう失敗するわけにはいかない。この繰り返しで何としても終わらしたい、というよりかはおそらくこの世界で失敗してしまえば自分も絶望して魔女になると薄々感じている。

 

そういった不安要素を排除したいがために計画したのは、見滝原の神乃国神社で行われる例大祭でのデート。規模はそう大きなものではないが、周辺の住民が夜店目当てに集まってくる程度には知られているこのお祭りにさやかと恭介を誘うつもりである。そして人気のないところに二人を上手く誘導してさやかに告白させようという作戦だ。

 

恋が報われるならよし、失敗したのならまどかと葵に慰めてもらう、ついでに自分もお祭りデートを楽しめると一石三鳥だ。

 

そんなべとべとにベタベタな、恋愛経験0の処女で元ぼっちなコミュ障が考えた作戦がうまくいけば誰も恋愛などに苦労はしないというものだろう。しかし得てしてこういうことは本人は完璧だと思っていることがほとんどであり、御多分に漏れずほむらも素晴らしい作戦だと自分を褒め称えているのであった。

 

そして当日、当然だがほむらの作戦は既に瓦解していた。葵には所用があると断られ、恭介にはバイオリンの練習があるからと断られ、まどかには両親が出かけるため弟の面倒を見なければならないと断られた。ちなみに仁美のことを完全に忘れていたほむらだが、どちらにしても習い事で断られる運命であった。

 

基本的に主要な人物のスケジュールをほむらは把握しているが、この休日はいつも自衛隊の基地に武器を見繕いに行っていたために各人の予定を知らなかったのである。

 

故にほむらは考える。どうしてこうなってしまったのかと。

 

「あ、ほむらー。金魚すくいあるよ。やろやろ!」

 

失敗の要因を挙げるならば、一番最初にさやかを誘ってしまったのが問題なのだろう。快諾したさやかに続いて誘ったメンバーから軒並み断られるとは思ってもみなかったほむら。結局人が集まらなかったと言って断りを入れようとする前に、さやかが残念そうにしながらも二人で楽しむかーと言ったせいで断るに断れなかった自分の性格も一因だ。

 

「たこ焼きうまーい! ほむらも一個いる?」

 

はふはふとたこ焼きを頬張るさやかを見てほむらはため息をつく。本当なら今頃は恭介とさやかを境内の裏にでも追いやって、自分は両手に花状態の筈だったのにと。ちなみに言うと境内の裏は立ち入り禁止であるし、二人を引き離す理由の説明もほむらは一切考えていない。どちらにせよ失敗必至である。

 

「ほむら!」

「ひゃいっ!?」

 

そんなことを考えながらぼーっとしているほむら。屋台が並んでいるということは当然人が絶え間なく行きかっているということであり、目の前に注意を払っていないほむらが人にぶつかりかけるというのもまた然り。お祭りに似つかわしくないホストのような二人が避けようともせずに、気をつけやがれと捨て台詞を残して去っていく。結果として無理に避けようとしてほむらはふらつきながら屋台に突っ込みそうになる。

 

「わ、わ、わ…!」

 

しかし先ほど注意を促していたさやかが先に回り込み、しっかりと抱きとめる。

 

「大丈夫?」

「え、ええ」

 

頬に触れる、年に似合わないさやかの膨らみを感じたほむらは彼我の戦力差に戦慄した。同じ年齢だというのにこの差はいったいなんだというのだと。それは一瞬の忘我であったが、しっかりと胸の感触を確かめる動きは変態のそれである。

 

「ちょ、ほ、ほむら?」

「…?」

「いやいやいや! 何よって感じの顔してるけど人の胸を揉みしだくほむらがおかしいからね!?」

「気のせいよ」

「んなわけあるかー!」

 

つんとすました表情に戻ったほむらはさやかの抗議にどこ吹く風だ。しかしさやかもただやり込められるだけではない。先ほどのほむらの醜態はしっかり目に焼き付けているのだ。

 

「ひゃいっ! だってー。ぷぷ、ほむらも可愛いところあるんだ」

「くっ…!」

 

最近、無理やり封じ込めていた元の性格―――眼鏡でおさげな気弱少女な、そんな頃の自分がふとした拍子に出てしまうほむら。葵はいい兆候ではないですかと安心していたが、ほむらにとって眼鏡とおさげは変わりたい自分の象徴だ。捨て去った筈の弱い気持ちが戻っていると言われると微妙な気持ちになる上に、こうしてさやかに弄られる要因となっていることを考えるとマイナスにしか思えない。

 

「…ところでさやか。貴女もしかして、浴衣の下は何も着けていないのかしら」

「え? そりゃそうでしょ。浴衣ってそういうもんじゃん」

 

話題を逸らすために先ほど気付いた胸の感触、その違和感を問いかけてみたほむらだが返ってきた答えは予想外すぎるものであった。今時、というよりかは今昔に拘わらず女子でそんな勘違いをするものがいるとはどんな育ち方をすればそうなるのとほむらはあきれ果てた。

 

「ブラとパンティは線が出るから着けないだけで、和装下着や肌襦袢は普通着るものよ。今の貴女はコートの下がすっぽんぽんな変態おやじと同じね」

「またまたぁ……え、マジ? ほんとに?」

 

冗談ではなさそうなほむらの言に、挙動不審になり慌てるさやか。当然のことと思っていたからこそ羞恥心を感じなかったのだ。下着を見られると過剰反応する女性でも水着を見られて極度に緊張することはないだろう。言わば今のさやかはビーチで泳いでいる時に、水着も下着の一種ですよと自覚させられたような形だ。

 

「うぅ…どうしよ。ほむら、悪いけど私もう帰……」

「あそこに射的があるわさやか。行きましょう?」

 

堪忍してと叫ぶさやかを引きずりながら、悪魔の笑みを浮かべて射的の店へとほむらは向かう。その眼は爛々と輝き、心なしかソウルジェムも輝いているような気がするほどだ。

 

「私病弱だったから…こんなの初めてで、すごく楽しみ」

「棒読みじゃん! 後生だからせめてコンビニに行かせてぇ…」

 

そんなさやかの懇願にほむらは耳元で囁いた。射的で私に勝てば時間を止めて買ってきてあげると。

こんなことに限りがある魔法を使っていいのかと思うものだが、ほむらはこの世界ではほとんど砂時計の砂を―――時間停止の源を消費していない。魔女は複数で狩っているために魔力を節約できており、何気に一番時間を消費する自衛隊での窃盗の計画は無くなった。これだけ砂が残っているのならばワルプルギスの夜との対決には充分だ。時間停止は砂時計の砂と魔力の両方を消費するのだから、どれだけ長かろうとも一戦ではグリーフシードの備蓄より先に砂が尽きることはないのだ。

 

「くうぅ……さやかちゃんをなめるなよー!」

 

三〇〇円で二発という微妙に高い値段設定だが、品ぞろえは悪くない。偽ブランド臭がぷんぷんしている小物の財布に狙いを定めてコルク銃を構えるさやか。おそらく世界で一番銃器を使用しているほむらから見れば粗だらけだ。まず銃を撃つときは片目を瞑らない方が精度があがるのは常識で、限界まで片手を伸ばして身を乗り出し財布に銃口を近づけている点もバッドこの上ない。まあ女子中学生の常識にそんなものはないが。

 

「さやか」

「今しゅうちゅうちゅうー」

「胸元が覗いてるわ」

「うきゃっ!?」

 

パン、と乾いた音が空しく響く。コルクの銃弾は見事に明後日の方向へ跳んでいき、当然の如く財布にはかすりもしない。別にほむらは邪魔をしようとしたわけではないのだが、射的屋の親父の視線がさやかの胸元にいっていたので指摘したのだ。

 

「この卑怯ものー!」

「私が悪いの…?」

 

タイミングが悪かっただけだが、さやかからすれば完全に邪魔しにいったと思っても仕方ないだろう。現に失敗してしまったのだから。

 

「うぅ…あと一発かぁ」

「…仕方ないわね」

 

そういってほむらはさやかの無茶苦茶な姿勢を正そうと背後から腕をとり指導する。

 

「もっと顎を引いて…そう、片目は距離感が狂うからちゃんと両目で」

「う、うん」

 

先ほどまでは下着をはいていない事に何とも思っていなかったさやかだが、ほむらに息がかかる距離まで密着されていると否応なしに意識してしまう。ほむらの艶やかな黒髪からはシャンプーのいい香りがふわっと漂い、背中に感じる体温は普通よりも少し低いことが解る。なんだかドキドキしながらもさやかの姿勢はしっかりとしたものとなり、ほむらも首を頷かせてゴーサインをだす。

 

「よくってよ、さやか」

「誰だお前は」

 

リラックスさせてあげようというほむらの冗談はしっかり効果を発揮したようだ。さやか持ち前の運動神経も加わってきっちりと財布の中央にコルクが当たる。しかしこういったものは中央に当てるよりは上段部分に当てて重心をぶれさせることが重要なのだ。結果として財布は少しふらついた程度で、倒れることはなかった。

 

「惜しかったわね」

「ぐぐぐ…」

 

悔しそうに歯ぎしりをしているさやかを尻目にほむらも代金を払って銃を構える。先ほどさやかに指導したような事は全く考慮せず片腕、半身、そして腕を伸ばしたセオリー無視のやりかただ。しかしその狙いは寸分違わず対象にヒットし、目玉商品のPS3と3DSを見事に倒れさせた。

 

「嘘ぉっ!?」

 

射的屋のおやじとさやかの声が同時に響く。あんな重いものがコルク銃程度で倒れるわけもなく、言ってみれば子供だましの客寄せでしかない。狙う者も本気で倒れるとは思っていない、お祭りだからこそ許される詐欺まがいの商法だろう。

 

そんな高額商品が二つとも奪われたことはおっさんにすれば涙目だ。少なくとも今日一日の売り上げは吹っ飛ぶレベルなのだから。イカサマを疑おうにも目の前でコルクを込めて、持っている銃は間違いなく自分が用意したもの。地面に落ちた弾も何も問題ないとくれば今のは無しなどとはとても言えないだろう。

 

「お、おめ、おめめでとう嬢ちゃん…」

 

ちょっと震えながら商品を手渡してくるおやじに少し可哀想なことをしたかなとほむらは思ったが、勝負は非情なのだ。本気で取られたくないのならば接着剤でくっ付けておくべきだったわね、と紫色の魔力に包まれた銃を置いて商品を受け取った。

 

「ほ、ほむらぁ…」

「さ、次はどこにしましょう?」

 

羞恥で顔を真っ赤にしているさやかを見ているとなんだか倒錯的な気分になってきたなと、ほむらは次の店へと彼女の手を握って引きずっていく。その様はどこぞのエロ漫画で使い古された、ソフトな調教もののワンシーンのようであった。

 

「うー、じゃあなんか食べようよ。あんまり動きたくない」

「さっきまでと変わらないんだから気にしなければいいのに」

「そういう問題じゃないんだよう…」

 

そんなやり取りをしつつも焼きそばの屋台に向かう二人。屋台の定番中の定番といえばこれだろう。香ばしいソースの香りが漂い、食欲を刺激している。

 

「あんまり食べると晩御飯食べられなくなっちゃうし、二人で分ける?」

「ええ、それでいいわ」

「すいませーん一つ下さいな……って葵ぃ!?」

「いらっしゃいませー」

 

店主に焼きそばを頼むさやかだが、その作り手はまさかの葵であった。彼女はほむらの誘いを野暮用ですと断っていたのだが、実はこの小遣い稼ぎのためだったのだ。

 

たまたま神社の関係者が魔女に襲われているところを救い―――被害者の男性は衝動的な自殺を止めてくれた恩人と認識している―――何故こんなことをしてしまったんだろうと落ち込む被害者に葵は人生相談のようなものを受けた。ほどなくして元気を取り戻した彼は話の中で葵がお金に困っていることを知ったため、この屋台の仕事を紹介してくれたのだ。

 

とはいえ不法就労となってはいけないので、あくまで店のお手伝いをしてくれた知り合いの子供にお小遣いをあげるといったていである。グレーではあるが、誰にも迷惑をかけないのだから葵としてもそのご厚意に与らせてもらったというわけだ。

 

「おや…へぇ…ほほぅ」

 

葵の興味深げな声があがるが、それとは関係なく予想外の展開に慌てるさやか。簡単に下着未着用という事実がばれるわけもないが、知り合いを前にして羞恥心が沸き上がるのは仕方のないことだろう。だが慌てるさやかが咄嗟にとってしまった行動は、知らぬ人間にとっては危ない方向に勘違いさせるものだった。

 

「随分仲良くなったんですね…吹っ切れたようでなにより」

 

顔を真っ赤にしてほむらの腕にしがみつきながら半身を隠すさやか。それはどうみても百合の花が咲き乱れる、危ない関係を想起させるものであった。ほむらがさやかの恋にちょっかいを出そうとしているのは聞いていたが、まさか同性による略奪愛とは思いもよらなかったと生温かい目で葵は二人を見つめた。恭介に振られたさやかを慰めたのか、告白する前に自分に振り向かせたのかは解らないが双方納得してのことなら何も問題はないなとうんうんと葵は頷く。

 

「ちょちょ、何か勘違いしてない?」

「いえ、私は同性愛について否定はしませんよ。大事なのは体ではなく心ですから」

「だからそれが勘違いだってば!」

「そうなんですか? ほむら」

「どうかしら」

「否定しろー!」

 

葵が言うと含蓄のある言葉だが、この場に限ってはからかいの言葉にしかなっていない。ほむらもちょくちょく弄られている仕返しに冗談半分でそれにのっているが、もう半分が何なのかは秘密である。

 

「では何故ほむらに引っ付いているのですか? 二人がくっついているのは、まあ絵にはなりますが」

「たはは…な、なんでもないよ、うん。友達のスキンシップってやつ?」

「スキンシップにしては過剰のような気が」

「なんでもいいから焼きそば一つー!」

「気にしてほしくないなら追及はしませんが…。どうぞ、五千円頂戴致します」

「桁おかしいよ!?」

「失礼、五万円です」

「逆ぅーー!」

 

じゃれあう二人を気にせずほむらが五〇〇円を支払い、店を後にする。金髪美少女が焼きそばを焼いているだけあって屋台は盛況なのだ。あまり邪魔をしては悪いだろうという気遣いであるが、内心で気遣いの出来る私かっこいいと思っているあたり中二病を卒業したほむらの次のステージ―――高二病特有の考え方を思わせる。

 

「あーびっくりした。こんなとこで会うとはねぇ」

「普段の行いのせいかしらね」

「む、それどういう意味さ?」

「ノート」

「うぐっ」

「宿題」

「ううっ」

「消防車」

「うーうーうー…ってなんでやねんっ」

 

ズビシッとさやかが突っ込みをいれる。随分と仲良くなった二人だが、修学旅行や遠足を機に一気に仲良くなるのと似たような現象だろう。お祭りという非日常を二人きりで楽しんでいるのだから親密さが上がるのは当然のことであり、なによりほむらからすればさやかとの付き合いは下手な夫婦よりも長いのだから。まあ夫婦仲で考えてしまうと冷え切って離婚寸前、セックスレスな軋轢夫婦に間違いないが。

 

「でもほむらは宿題も授業も何度も経験してるんだからいいなー。私もあてられたらスラっと答えたい―――」

「…っ」

「あ、あ…ごめんほむら! 違っ、そういう意味じゃなくて、その…」

「…大丈夫よ。貴女が考えなしに発言して後悔する魚頭だってことは知ってるから……胸に栄養が行き過ぎてるんじゃないかしら」

「く…私が悪いだけに何も言えん…!」

 

実体験が伴わなければ他人の苦難の道程など理解は出来ない。ほむらの過去は知ったものの、さやかは本当の意味では理解出来てはいない。

だがそれは葵やマミ、まどかとて同じことだ。何を思って、何に苦しんで、何を乗り越えてきたのかは自分自身しか知りようがない故に。どんな人間にもそれぞれの苦難があり、裕福に生まれようが極貧に喘ごうが感じる幸福と不幸に違いはないのだ。

 

違いがあるとすれば、誰彼構わず如何に自分が苦労してきたかを語る者と、黙って突き進む者がいるということだけだろう。

 

前者は自身に共感を欲し、後者は自身の上端を目指す。それすらも人間の生きざまとして優劣などないのだ。何をもって金科玉条とするか、そんなことは自分自身が決めることでありほむらにとってそれはまどかとの約束で、さやかにとってそれは何気ない日常というだけだ。

二人の意識の違いが生み出す齟齬は先ほどのように失言となって関係性に罅をいれる可能性もある。さやかは罪悪感を感じ、ほむらは無意識の慮外に苛立ちを感じるかもしれない。

 

それでもほむらは今、幸せだ。何も終わっていないし、何も始まってすらいない。夜明けを三十繰り返し、魔女の夜宴が明けた時こそ自分の始まりだというのに辿り着くことが叶わない。けれど、いまだその渦中に身を置いているというのに凪のような心の平穏を感じている。

 

それは間違いなく葵のおかげだ。ここ数日何度も何度も、幾重も幾度も決心しているがそれでも尚思う。今度こそは絶対に終わらせると。

 

「ほむらー……ねえ。ごめんってば。無視しないでください」

「ちょっと考え事をしていただけよ」

「…怒ってない?」

「ええ」

 

さやかとこれほど仲良くなったことはほむらの記憶にもない。いつもいつも邪魔ばかり、悲恋に絶望して泡と消える人魚姫。彼女に笑いかけてもらったのも、気を使われたのもいつぶりだろうか。

 

「……やっぱり少し怒ってるわ」

「うえっ!?」

「お詫びに今日は家に泊まりなさい」

「ええええっ!? ほむらがデレたー!」

 

やっぱり恋が成就するとは思えないけれど、少しでも応援してやろうと決めたほむら。取り敢えずは魔法少女とその周辺の関係者の性格趣味嗜好、行動範囲と予測の統計、その他諸々を書いたマル秘手帳、通称「ホムノート」の上条恭介の項目を公開してあげようと考えた。

 

「さやか」

「ん?」

「…頑張りなさい」

「へ?」

 

晴れやかな笑顔でそう言ったほむらだが、ホムノートを見せてマジ引きされるまであと数時間である。




縁日…さやか…マジチャレ…うっ頭が


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お菓子な物語

福沢諭吉は言った。天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと。それに続く言葉はあまり知られず、額面通りに受け止められよく誤解されがちな言葉の意味ではあるが、それでもお前が言うなと葵は思う。何故ならば―――

 

「少なくとも日本円で貴方より上に立つ者は居ない。ああ…普段何気なく使っていた貴方がこれほど貴重なものだったとは、今まで気付かずにいてすいませんでした」

 

少なくとも日本銀行券で、という括りだが。十万円金貨だのなんだのはそうお目にかかれる筈もないのだから、これがお金の最大といってしまってもいいだろう。神社の優しいおじさんに屋台を手伝ったお小遣いとして一万円を頂いた葵はお金の有難味を再確認していた。きょうび、下手をすれば高校生のお小遣い程度の額かもしれないがやはり諭吉は偉大なのだ。

 

「というわけでマミ、少ないですが受け取ってください」

「いいって言ってるのに…」

「最低限の礼儀ですよ。居候が言っても説得力はありませんが、養われるだけでは友人関係も徐々にずれてしまうものですから」

 

渋るマミに無理やりお金を押し付けながら葵は思う。大事だからこそこういったことはなあなあにしてはいけないと。そしてしっかり受け取ってもらったことを確認し床に広がる食材を見渡した。

 

お金の他に神社へ奉納されたお米なども譲ってあげようと提案してくれたおじさんに、食欲旺盛な同居人が増えたことも考えて有り難く頂戴した葵。総重量一〇〇kgを超えたそれらを軽々と持ち上げて帰る姿に通行人は度肝を抜かれたことを追記しておく。一番驚いていたのは車を用意してくれていたおじさんだが。

 

「これ、消費するのに何ヶ月かかるのかしら…?」

「まあそうそう腐るようなものでもありませんし、有り難いことです。今日はオムライスにでもしましょうか」

 

美少女の役得を最大限に体感しながら今夜のメニューを提案する。独身だっただけに料理は意外と得意なのだ。マミが頷き、仲良くキッチンに入ったところで杏子がベランダから帰還した。

 

「ただいまー。お、今日のご飯なに?」

「おかえりなさい、今日はオムライスですよ。あとベランダから帰ってくるのはやめましょう、頻繁にしていると目撃されかねません。先に手洗いうがいお願いしますね」

「主婦かお前は」

「むむ……なら杏子は手のかかる娘でしょうか」

 

先風呂入るわー、とバスルームに行く杏子はどちらかといえば亭主のようだ。寂しがりなマミのほうが子供役にははまっているだろうか。

 

「ん…マミ、ケチャップってまだありますか?」

「冷蔵庫にあるので全部だけど…足りなさそうね」

「おや、ではひとっ走り買ってくるとしましょうか。杏子が愚図ってしまうので早くしなければ。これは仕方のないことです、ええ」

 

そういって変身しベランダから跳び立つ葵。杏子になんのかんのと言いながら自分もこれが大好きなのはご愛敬だろう。呆れながらも笑って見送るマミの声が一瞬にして遠くなる。スーパーの近くまでくると人気のないところを探して変身を解除し、そのまま軽快な音楽のかかっている店内へ入った。

 

「ケチャップケチャップ…っと失礼」

 

調味料のコーナーの上の方にズラリと並ぶやたらと種類の多いケチャップ群。カゴメ一つで充分じゃないかしらんとどうでもいいことを考えながら手を伸ばし、同じ商品を取ろうとしていた少女と手が触れる。

 

「ご、ごめんなさい…あ、九曜さん?」

「おや、鹿目さん…と弟さんですか?」

 

たまたま同じスーパーに来ていたまどか。今日は両親の帰りが遅いので拙いながらも料理を作っていたのだが、たまたま葵と同じようにケチャップを切らしてしまったので買いに来たのだ。幼い弟を残してはいけないので姉弟同伴である。

 

「はい、どうぞ。おつかいですか? えらいですねぇ」

「ありがとう…ってそんなので褒められるような年じゃないよ!?」

「おっとすいません。鹿目さんを見ていると何かこう…なんとなく」

「えぇー…」

 

長女で年の離れた弟がいる割にそれを感じさせないまどか。どちらかというと庇護欲を掻き立てられる妹タイプだろう。

 

「お名前はなんて言うんですか?」

「たつやー!」

「お、えらいですねーよく言えました」

 

よしよしと頭を撫でくりまわす葵。この年代の子供は男女問わず可愛らしいものだ。無邪気にほほ笑むまどかの弟をみてつられて笑ってしまう。

 

「こっち、まろかー」

「おお、お姉ちゃんも紹介してくれるなんて偉いですね。まろか」

「まどかだよっ!」

 

知ってます、とからかう葵。天然そうな割に突っ込みもいけるのだなと非常にどうでもいいことを考えているようだ。どちらもケチャップを買いに来ただけなので同じ商品を手に取ってレジへ向かう。

 

「ほむらは学校でどうですか? ちゃんとやれていたらいいのですが」

「うーん、最近はさやかちゃんとも普通に喋ってるし…今日も二人でお祭り行くって言ってたから、大丈夫だと思う……行きたかったなぁ」

 

せっかくほむらちゃんが誘ってくれたのに、と残念そうにため息をつくまどか。とはいえ弟をほっぽって行くわけにはいかないのだから仕方ない。ほむらに言えば喜んで一緒に来てくれと言っていたことは間違いないのだが。

 

「ほむらも残念がっていましたよ…少しお祭りの屋台を手伝っていたのですが、偶然二人に会いましてね。腕を組んで仲良く歩いていました」

「ええっ!? そんなに仲良くなってるんだ…うー」

「おや、親友を取られて嫉妬してるのか新しい友達を取られて嫉妬しているのか…」

「そ、そんなんじゃないよ!」

「おっと、それは失礼。ですがため息をつくと幸せが逃げますよ。姉君が憂鬱そうな顔をしていると弟も心配するものですから」

 

ふらふらとお菓子のコーナーに行こうとするたつやを捕まえ、抱っこをして連れ戻す葵。別の世界で自分を心配してそうな姉を考えると少し心が苦しくなるが、連絡を取り合うことも殆どないし会うのも年に一、二回なのでそもそもまだ自分が居なくなったことさえ知らないかもしれないなと苦笑する。

 

好きで勤めていたとはいえどちらかというとブラックよりな会社なので人が無断で辞めることもある、両親に連絡がいくかは不明だ。最悪の場合だと家賃が滞って保証人である父親に連絡がいくまで二か月といったところだろうか。そもそも時間が繋がっているのかも不明ではあるが、なんにしても今更は戻れないかなとため息をつく。

 

これだけ無断欠勤をしていたら首には違いないし、そもそも少女の姿で戻ってどうするのかという話だろう。それに元の世界に魔女が居るのかが解らない。キュゥべえ曰く人類の歴史に深く関わりを持つ自分達が居なければ人類は文明の体裁を保てているもかも怪しいとのことなので、意外と知らぬところで魔法少女が活躍しているのかなとも思える。

 

とはいえそんなあやふやな可能性に命を懸けるのも怖い。行き来できるのならば考えてもいいが、そんな都合のいいことが起こるわけもない。心の内で家族に謝罪しながらレジ打ちにお金を払う葵であった。

 

「幸せ、逃げちゃうよ?」

「ん…今ため息ついてました?」

「うん」

「これは失礼。人の事は言えませんね」

 

失敬失敬といつもの軽い笑顔に無理やり戻す。そんな気分でなくとも笑顔にしていれば自然と気持ちも上向いてくるのだ。最初はただの処世術でしかなかったが今は自分が気に入ってやっている癖のようなものである。実際TPOを弁えていれば笑顔のほうが何かといいことが多いのだから。

 

「九曜さんもお姉ちゃんがいたの?」

「え? ええ。何故ですか?」

「九曜さんを見てると何かこう…なんとなく。ふふっ」

「むむ、一本取られましたね」

「えへへ」

 

特徴的な笑い方ではにかむまどか。先ほどから随分とやり込められていたお返しが出来て気分も上々である。先ほど出会った時は、今まで二人きりで喋る機会がなかったために葵へどう接しようか少し悩んでいたのだが自然と笑いあえるような関係になれた事に嬉しさを感じている。引っ込み思案な自分でも楽しく会話できるのはきっと目の前の彼女の優しい雰囲気があるからだろうと。

 

「あ、あの…葵ちゃんて呼んでもいい…かな」

「ちゃ、ちゃん付けですか」

 

男としてちゃん付けは割とお断りしたいところだ。しかしちょっと勇気を出して提案しました、といったまどかの様子から断るのも憚られる。取り敢えず妥協案として呼び捨てを提案してみる葵。

 

「葵じゃダメですか? 私もまどかと呼びますので」

「うーん…葵…………ちゃん」

「…それでいいです」

 

嘆息して了承する葵。また幸せが逃げたよと指摘するまどかに、誰のせいですかとわき腹をつつく。うひゃぁと言いながら逃げる彼女をたつやと一緒に追いかけまわし、少しの間おふざけに興じた後別れを告げる。

 

「おっと、そろそろ帰らないと心配させてしまうので失礼します。では」

「うん。またね、葵ちゃん」

 

手を振って離れていく姉弟を視界から消えるまで見守り、満月に照らされる白い影を確認した後に葵も帰路についた。夜闇の中を跳ねる彼女はワルプルギスの夜まで半月程かと様々な思いを巡らしながら、これで最後にしようと決めた後―――ため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティ、ティロフィナーレ…」

 

見滝原総合病院にてお菓子の魔女を屠る魔法少女の四人。マミによって名付けられたピュエラ・マギ・ホーリー・カルテットの名のもとに彼女達は優雅に決め技を披露していた。

 

「上出来だわ! でもティロとフィナーレの間は一拍おいて、最後はもっと力強く言ったほうが断然いいと思うの」

「勘弁してください」

 

先日から葵に必殺技がないことを懸念していたマミが彼女の代名詞ともいえる技「ティロ・フィナーレ」を伝授し、この魔女戦にて試し打ちをしていたのだが技名は絶対に叫ばなければならないという拘りを見せ葵を羞恥の極みに追い込んでいた。

 

「つーかそれって固有魔法じゃなかったのな。器用だよなーマミは…あと葵も…ぷふっ」

「私は器用さには自信がありますから。魔力があれば誰にでも打てますし貴女も試してみませんか? ロッソ・ファンタズマさん」

「はあ? それは勝手にマミが言ってるだけだし。けど葵はマミの「ティロ・フィナーレ」を使ったじゃねーか…くく…っ」

「くっ…何故こんな辱めを受けなければ…あ」

 

自分の必殺技がなじられていることにぷるぷると体を震わせるマミ。彼女は心底この技に信頼を置いているからこそ葵に教えたというのに、その言い方はあんまりだと俯く。

 

「いえその、やっぱりマミが使うからこそのティロ・フィナーレなんです。なんというか、そのですね、マミがこの技を使っている時、輝いてますよ。私には過ぎた技というか」

「…」

「ティロ・フィナ~レ~」

「杏子! 怒りますよ…?」

「げ…冗談だって冗談」

 

傷口に塩を塗り込むような会話にマミはさらに落ち込む。ほむらが慰めているが効果は薄いようだ。拳骨をくらった杏子とあまりの落ち込みように慌てる葵も加わり励ましトライアングルとなったことでようやく元気を取り戻した。

 

「けどアレが嫌ならどうすんのさ。ワルプルギスの夜にまで素手でやるのはきついっしょ?」

「そうね…そもそもあれに近付くこと自体容易ではないわ。使えるものはなんでも使わないと…『ティロ・フィナーレ』でもなんでふもっ!」

「笑うなら言うなよほむら…。あーもーまたマミが落ち込んだ。ほら、よしよし」

 

下唇を噛み締めて笑いを我慢するほむらだったが、その頑張りも虚しく最後の最後で吹いてしまった。自分が悪いのではない、ティロがフィナってくるのが悪いのだ。そんな訳の解らないことを考えながらほむらはマミに謝罪した。

 

「というか私にもちゃんと武器はありますから。心配しなくても大丈夫ですよ」

 

その言葉に全員が首を傾げる。葵の魔法は云わば簡易的に願い事を叶えるようなものであるし、今まで武器を使っていたところも見たことがないのだから。そんな三人に見せつけるように葵は掌を光らせて自らの固有魔法の象徴を具現させた。

 

「そもそも奇跡を起こせるのは願い事が現在進行形で叶っているからだと思います…魔力を消費するのはどうかと思いますが。いえ、魔力を消費するから現在進行形で使えるのでしょうか。とにかく私の固有魔法はこれですよ」

「サイコロ…?」

「つーか武器じゃないことに突っ込めばいいのか?」

 

掌に現れたのは小さなサイコロが四つ。人差し指と中指でそれらを挟み、顔の前に持ってきて恰好をつける葵はまったくもってマミの事を笑えない。ちなみにマミはワクワクしながら説明を待っている。自分か他人かにかかわらず固有魔法や固有アイテムだのには惹かれずにはいられないのだ。

 

「幸運のサイコロです。これで出た目によって色々引き起こせるんですよ。この目だけは私が祈ろうが無理やりイカサマをしようがどうにもできません。悪い目が出た時は不利になるのでおいそれとは使いませんけど」

 

基本的には数字が小さければ良い効果が、大きければ悪い効果が起きる。ただし数字が連番やゾロ目の場合は最高クラスの効果となり、最も小さい数でゾロ目が揃えば凄まじい事象を引き起こすことも可能となるのだ。

このアイテムで出した結果は普通に奇跡を願うよりも明確な結果が齎される。先ほどのティロ・フィナーレを例にすると、打つ前にサイコロを転がし、良い数字が出たならば魔力の消費軽減や威力の増大が見込める。

 

「へぇー…ふーん…うーん……決まったわ!」

「…予測は付きますが、何がですかマミ」

「そのアイテムの名前は『ラプラスの賽子』よ! 技の名前は『ダーディ・ランチャーレ』にしましょう?」

「後生です、勘弁してください」

「ティロ・フィナーレと組み合わせることで最高の…いえ、それならいっそボンバルダメントも教えて…」

「あああああどうするんですかほむら、どうすればいいんですかほむら、どうなってるんですかほむら」

「貴女でも取り乱すのね」

 

まさか武器の説明をしただけでこうなるとは思っていなかった葵。もう覆せそうにない決定に、自分の能力がおぞましい何かに貶められたことを涙ながらに受け入れた。ちなみに杏子は爆笑中である。

 

「ところでそのサイコロ見覚えがあるのだけど…」

「ん? ええ、あの時ベランダで使ったサイコロですよ」

 

キュゥべえとの話の後に賭けををした、あの時のサイコロだ。自分の心境が劇的に変わった、変えられた場面だっただけにほむらはよく覚えている。

 

「あなたの能力であの目を出したと思っていたのだけど、もしかして本当に…?」

「言いましたよ、私はイカサマが嫌いだと。運の良さは生来のものです。生まれてこのかた賭けに負けたことはありません」

「…じゃんけんも?」

「三分の一って外す方が難しくないですか?」

「さいころも?」

「六分の一って外れますか?」

「くじも?」

「外れたことがないので引かないようにしてます。人間万事につけ塞翁が馬、ですよ。もしそうではないならそうするように努力すべきです…とても贅沢な物言いとは自覚していますが。進んで苦難を受け入れるほど悟りをひらいているわけではありませんが、なるべくそういったことは避けるようにしています」

 

およそ賭けと名の付くものには負けたことがない葵、そしてだからこそ別世界に飛ばされたことを不運とは思っていないのだ。偶然の不幸がこの身に降りかかるなんて可能性よりは、この状況こそが必然なのだと確信しているから。

 

とはいえ今までの幸運の反動なのかと疑いはあったため、ほむらとの賭けは確かめるのにちょうどよかった。もちろんほとんどは善意からの提案ではあったが。

 

「あなたの…なんていうか、達観したような性格ってそのせいかしら。…貴女の能力がおかしいのか、それとも貴女の運命がおかしいのかそれが問題ね」

「おや、洒落た物言いを。では私もそれにならって―――シェイクスピア曰く『この世は舞台なり、誰もがそこでは一役、演じなくてはならぬ』だそうですから。案外ほむらのために私という存在がこの世界に役者としてよばれたのかもしれませんね」

 

そんな会話をして―――二人は赤面した。何を恥ずかしいことを宣っているんだ私は、と。二人してそっぽを向いて視線を逸らすと、そこには目をキラキラさせたマミと四つん這いになって伏している杏子の姿があった。

 

「私達が出会ったのも運命なのね! 暁美さん、ピュエラ・マギ・ホーリー・カルテットは集うべくして集った運命の戦士なのよ!」

「やめて、やめて…うう」

「心が痛い…ほむら、ソウルジェムは大丈夫ですか…?」

「―――ぶはっ! げほっ、―――ごふっごほっ! もう無理ひゃっ」

 

杏子が呼吸困難で死にかけているのには誰も気付いていない。ぴくぴくと体を震わせる彼女はもう限界である。

 

「とにかく、そろそろ引き上げましょうか。今日はほむらもマミの家へ来るんでしょう? さやかとの一夜の話も気になりますしさっさと帰りましょう」

「…っ。言っておくけど何もなかったわよ」

「いや、何かあったとも思っていなかったんですが今の反応って」

「何もなかった」

「…了解です」

 

ほむらと葵が先行し、マミがチアノーゼ状態の杏子をぶら下げて続く。あとでグリーフシードに酸素水でもかければ大丈夫よね、と考えているあたりもはや完全に吹っ切れているようだ。

 

「…ねえ葵。あの時のサイコロは、どんな効果だったの?」

「…秘密です」

 

転がしたからには、何らかの効果は出たのは間違いない。

 

「そう…。ねえ葵」

「何ですか?」

「ありがとう、ね」

「どう致しまして」

 

少しだけ素直になってほしい。少しでもその濁った眼の奥底、心が癒えてほしい。無理やり心を操ることなど出来ないが、優しく誘導することは出来た。本当に彼女のせいでこの世界に堕ちたのだとしても、今のほむらの表情を見れば首を突っ込んだ甲斐はある。

 

 

 

シェイクスピア曰く―――『自ら飛び込む方が良い、手をこまねき待つよりも…』

 

 

 

今日は何だか詩的な気分だな、と葵はまたも顔を少し染めつつ月明りの下をぴょんぴょんと跳ねていくのであった。




ほむらが少しちょろいのは魔法のおかげだったり。



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幕間の物語

ワルプルギスの戦力に関しては議論してもしょうがないのでこの設定でお願いします。ポータブルほど弱いのもちょっとあれですし。


「なあ葵」

「何ですか?」

 

マミとほむらが学校に行っている間、精力的に魔女狩りをしている杏子と葵。グリーフシードも順調に溜め込めており、危なげなく勝利し続けている。

 

「あのサイコロってさ、あたしも使えるのか?」

「ええ、問題はありませんが…ファンブルしても知りませんよ?」

 

ちょっと貸してくれよとねだる杏子に掌からサイコロを出して渡す葵。まあ最悪の目が出ても死ぬような目にはならないし、何かあってもフォローすればいいかと考えてのことだ。何より玩具を欲しがる子供のような目でお願いされては断る選択肢などないようなものである。

 

「へへ…とりゃっ」

「おお」

 

出目は『1243』とかなり良い数字となった。よっしゃよっしゃと喜びながらコンビニに入ってお菓子を買う杏子。袋にはアイスとチョコ菓子が入っている。

 

「どれどれ…おおっ!」

「杏子あなた…」

 

もう一本もらえる当たり棒と、金の天使がきっちり顔を出す。サイコロはしっかり役目を果たしたようだ。だがあまりにもくだらない使用方法に葵から思わず呆れたような声が漏れる。

 

「別にいいじゃん、これくらい。記念に取っとこっと」

「いや、何というか…あはは」

 

可愛すぎてぐっときましたと言う葵に、馬鹿言ってんじゃねーよと流す杏子の様子は先ほどお菓子の当たりが出て喜んでいたとは思えないほど大人の対応である。

 

リアリストだけれどロマンチスト、杏子を言い表すならそんな言葉が適当だろうか。人生経験とは長く生きれば積もるものだが、人によってはギュッと凝縮されて幼くも濃密に生きてきた者だっている。魔法少女ならば多かれ少なかれ他人とは違う生きざまになり、杏子はというとその中でも際立って特殊な部類だろう。その事実が幼さの残る行動と大人びた反応を同居させているのかもしれないと、葵は美味しそうに菓子を頬張る杏子を見て思った。

 

「しっかしやることねーなー。さっさとワルプルギスの夜もきちゃえばいいのに」

「確かに準備は終わってますからねぇ…魔女ももう出そうにありませんし」

 

公園のベンチに座りながら二人で駄弁る。幼い子供達が母親に見守られて遊んでいるのを遠目に見ながら春先の心地いい風を浴びる彼女達。紅と金の髪が靡いている様子はとても綺麗で―――そして怪しい。

大人達からの非行少女を見るような視線が地味に突き刺さっているのだ。平日のこんな時間に中学生くらいの少女達が私服で公園にいればそれも仕方ないだろう。葵は聴力を強化しながら通報されるような素振りがあればすぐに退散しようと注意しつつ、杏子が躊躇いがちに質問をしようとしているのを察知して耳を傾ける。

 

「…葵はさー、この先どうすんのさ。ずっとマミやほむらの世話になるって訳にもいかないっしょ?」

「取り敢えずは戸籍ですかね。記憶喪失でも装って保護してもらって、孤児院コースでしょうか。本当のことを話すわけにもいきませんし。長期間自由のきかない生活が続くでしょうから、グリーフシードの貯蓄を増やすためにマミの厄介になっていたんです。四年も待てばなんとか自活できるでしょう」

「…考えてんのな」

「杏子はどう考えてるんですか? というか今はどういう状態なんでしょうか。事件の際に行方不明として処理されているのか、それとも一回施設にいれられたりしたのか」

 

杏子の触れられたくない部分だろうが、未来の事を思うなら避けては通れない質問だ。嫌われるかもしれないがいつまでも踏み込まないような、そんな程度の関係では終わらせたくないと他ならぬ葵自身がそう思っているからこその言葉である。

 

「―――お前、そういうとこは躊躇しないよな」

「必要なことですから。私は同情されるのが嫌いです、だから同情することもしません。同情してしまう優しいマミのような人は好きですけどね。杏子は同情も共感も望んでいないでしょう? ほむらも杏子も、とても強いと思いますよ」

 

このくらいの年の少女は何よりも自分を理解してほしいと望むものだ。承認欲求とでもいうのだろうか、それとも自己顕示欲とでもいうべきか。

だからこそ魔法少女として狙われるのだろうが、杏子やほむらからはそんなあって当然の感情が少ないように葵は感じる。それが強すぎる人間は苦手だが、無さすぎるのも問題だ。とはいえ穢れを溜め込みにくい要因は間違いなくそれだろうし、そこに自分が口出しすることでもないと考える葵。

 

そもそも彼女達が歩んできた人生は自分が耐えられるかと聞かれると簡単に肯定は出来ない。年は自分の方が多く重ねているが、考え方や精神性は劣っているかもしれないとさえ感じているのだから。それに彼女達の気高いとも言えるその部分には憧れすら抱いている。

 

「ま、そうだけどさ。事件は普通に処理されてる、孤児院に入れられる前にとんずらこいたのさ。グリーフシードも持ってなかったから、今考えりゃ魔女になりかけてたし…」

「そうですか。そうなるとどういう扱いになっているんでしょう、捜索願いはまた違いますし…自分から姿を消した人間は警察もろくに探そうとしないといいますが…。ふむ、未成年な上に警察側の不手際な案件ですから軽い捜索で終えるとは思えないですけど」

「まあね、新聞にも載ったしちょくちょく教会にも捜しにきてるよ。無駄な労力だけどねぇ」

 

あいつらも暇だねと皮肉混じりに笑う杏子。心中事件の際、傷心で呆ける自分に無遠慮に根掘り葉掘り訪ねてくる警察官が嫌いになった経緯があるのだ。未成年の傷ついた少女となればまず心療内科やその方面に回され、慎重に面会をされるのが普通である。しかしどこにでも杜撰な管理体制というのはあるし、人間的に尊敬出来ない人間は警察官だろうがなんだろうが存在するのだ。

 

それが重なったのは彼女にとって不幸以外のなにものでもないだろう。あるいはそれがなければ魔女になってしまっていた可能性もあるので、結果的には幸運と言い換えてもいいのかもしれないが。

 

「ふむ、では保護してもらえば割と話は早そうですが…たぶんかなり窮屈な生活になるでしょうね。なにせ一回逃走してるわけですから、一ヶ月程度は多少の監視…いえ、管理されるようなかんじですかね」

「うーん…だよなあ、それはちっと勘弁。なんかいい案ない?」

「そうですねえ…四年待ってもらえれば杏子を養うくらいは稼ぎますけど。それまで待っててもらえますか?」

 

前の世界とは違って、多少自分の運の良さには頼るつもりだ。でなければ魔女との戦いと仕事の両立など出来るわけもない。運が絡む職業といえばデイトレーダー、投資家、山師辺りだろうか。もしくはギャンブラーなど、なんにしても少々気が滅入る仕事だ。

 

職業に貴賤などないと思ってはいる葵だが、やはり自分がするとなれば卑怯だとも思ってしまう。所詮は自分が努力した結果ではなく、生来の運の良さが齎す棚ボタのようなものだ。もちろん人は生まれながらにして平等ではないし、美醜や運動神経、天性のセンスなどそれらも棚ボタではないのかというと難しいところだろう。

 

故にこれは単なる矜持の問題だと葵は考える。中学生になる前にはもう自分の天運には極力頼らないと決めたのだ。姉が腐った自分をしかりつけてくれたあの時に。高校も、大学も、会社だって身の丈に合ったものを選んだ。

 

そこにどれだけ自分の運といえるものが絡んだのかは解らないが、とにかく人に恥じないよう、天に恥じないようやってきた。その苦難も喜びも胸を張って誇れるものだ。

 

けれど友達のため、そして自分が生き残るためならばそんな安い矜持は捨ててしまえと葵は思う。死して屍拾うものなし、魔法少女はまさにそれだろう。魔女との戦いに敗れ去れば死体も残らないのだから。

そんな過酷な状況でも尚大切なものがあるとすれば、何よりも大切にすべきものがあるとすれば、それは間違いなく轡を並べ共に喜びを分かち合う友なのだから。

 

「…おまっ…ちょ…っ」

 

流石の杏子もこの発言には赤面ものだ。見方を変えればプロポーズにも聞こえる今のセリフは多感な年頃の少女には中々の刺激だろう。

 

「…? ああ、いや別に変な意味では。そう照れられるとこっちも照れますよ、はは」

「…っふん、別に照れてねーし。女に惚れる趣味なんてあるわけないじゃん?」

 

ツンとそっぽを向いて口を尖らせる杏子。しかしその発言は葵にかなり効く。

 

「そうですよね、一生このままなんでしょうか…辛いなあ…」

「え、いや別にそういう…っつーか魔法でなんとかなんないの? 本体がソウルジェムならなんとかなりそうなもんだけど」

「うーん細部を弄ったりは出来るんですけどね、元の姿には戻れませんでした。イメージが重要というなら三十年近く慣れ親しんだ体ですから戻れない筈はないんですがねえ」

「細部って…」

 

ちらりと葵の胸に目をやる杏子。無かった胸が更に減っているような気がしていたのだが、もしや魔法なのだろうかと思い当たる。そしてその予想は正に的を射ていた。魔法少女はソウルジェムが本体、つまり魔力で作られていると言える以上ある程度体を変えることが出来るのは必然だ。あまりに逸脱したものだとイメージ出来ないため難しいが、まあ胸の増減程度は造作もない。

 

「これも杏子のおかげです、ええ」

「はあ?」

 

詳細に話すとセクハラ以外の何ものでもないので説明を省く葵。実は体を弄るというのはほむらの持つ『ホムノート』の内容、それの杏子の章を見て思いついたのだ。とてもくだらないことから重要なもの、プライベートの侵害以外の何ものでもないがこれもほむらのためと各人に謝りながらノートに目を通した葵。

 

そこには女性の身体的特徴―――ぶっちゃけていうと胸のサイズすら何故か詳細に書かれていた。これは必要なのだろうかと疑問に思いながら記憶にとどめないようにパラパラとページを飛ばそうとしたのだが、杏子の項目だけ胸のサイズが膨大な数書かれていたのが目についた。

 

ほむらにそれを尋ねてみたところ、杏子だけがループごとに胸のサイズが違っているというのだ。そんなアホなと思いつつも真剣なほむらの表情は嘘だとは思えない。ともすればループの事を語った時より真剣である。

 

おそらく自分でも試したが、思った以上に魔力の消費が激しいので諦めたのだろうと葵はやたら具体的に予想した。正解である。

 

「いえ、なんでも。まあ先の事はワルプルギスの夜を倒したらでいいでしょう? ヒモが嫌なら家事をお願いしますよ」

「おい、結局一緒に暮らすことになってんぞ」

「嫌なら私と一緒に孤児院ですね」

「一緒じゃねえか!」

 

からからと笑う葵を追いかけまわし、杏子の紅い尻尾が揺れる。怒ったような素振りで追いかけまわし、二人が並び―――そして次の瞬間葵が杏子の手を握り締めて全力疾走が始まる。二人の愛の逃避行…などでは勿論なく、公園の入り口にポリスメンが姿を現したからである。会話にかまけて警戒を怠った結果なのだからこれも仕方ない。結局逃げ切ったと確信するまでその逃走劇は続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、キュゥべえ」

「葵…君は僕の事をテレビか何かと勘違いしていないかい?」

「そんなことはありませんよ。どちらかといえば映写機でしょうか」

「変わらない気がするんだけど」

 

まあまあ、とどこか憮然としたようなキュゥべえにお願いしながら今日も今日とて葵は人類の歴史を垣間見ていく。

 

「なんと…まさか信長が魔法少女で女の子だったとは」

「不思議がることかい? この国では過去の歴史の偉人は全部女性と考える者が少なくないみたいだけど」

「それは触れてはいけません」

 

葵が何をしているかというと、実も蓋もなく言ってしまうならば歴史番組の鑑賞だろうか。キュゥべえにはテレパシーを利用したプロジェクション能力のようなものがある。その力を利用して人類が歩んできた歴史を限りなく正確に知ることが出来るのだ。教科書にない史実を実際に知ることが出来るというのはこの上もない娯楽である。

 

「ふぅ……あ、ほむらの前には姿を現していませんね? 気を付けてください」

「僕が殺されようが殺されまいが何も変わらないのに葵は本当に不思議なことを言うね。たしかに君と契約したのは僕だけど、記憶を全員が共有しているのは知っている筈なのに」

「私にとっては唯一無二ですよ。デメリットがないならあなたは私の専属でいてください。どのみち私との約束を考えれば近くにいてもらわなければ困るのですから」

「まあね」

 

ほむらや杏子、それにマミは当然のことではあるがキュゥべえにあまり良い感情を抱いていない。今の関係は使い終わったグリーフシードを廃棄するための付き合いでしかないのだ。特にほむらはキュゥべえハントをストレス解消にしているようなところがあるので少し危ない。

 

「ところで睡眠を取らなくても大丈夫なのかい?」

「最近実験してて気付いたんですが、ソウルジェムを栄養ドリンクに浸けておくと眠くならないんですよ」

「いやいやいやいやいや」

「貴方やっぱり感情ありますよね」

「ないさ」

 

そんな訳で偶にキュゥべえに頼んでシネマQBを開いてもらっている葵であった。なんとジャンヌ・ダルクや巴御前、果てはアーサー王まで魔法少女だったのだから驚きである。

 

「今夜はこのくらいにしておきますか…そういえば少し疑問なんですが、ワルプルギスの夜もやはり元は魔法少女なのですよね?」

「魔女は例外なく大元は魔法少女さ。使い魔が成長したかオリジナルかの違いはあるけどね」

「大元の魔法少女の強さは、どの程度だったんですか?」

「君よりは弱かったんじゃないかな? 個々の強さは数値じゃ表せないけど、魔力の強大さという意味なら君には及ぶべくもないだろう」

 

そうですかと頷き、もう一つだけ問いを投げかける葵。むしろそれこそが一番聞きたいことだ。

 

「…私達の戦力で勝てるでしょうか」

「僕には何ともいえないね。でも鹿目まどかが契約すればワルプルギスの夜すら一撃の元に葬るほどの強さを手に入れるのは確かだ」

「…」

 

はぐらかすような答えだが、否定しないのは充分勝機がある証明だ。ならば掴みとってみせると葵は決意を新たに奮起する。だがそんな葵に冷水を浴びせるように忠告をするキュゥべえ。

 

「……ワルプルギスの夜は逆位置から正位置へと戻る時、その力の全てを発揮する。そうなれば見滝原どころか世界が壊滅しかねない。気を付けることだ」

「―――っまた最後に爆弾発言を。何故そんなことを?」

 

まさか感情でも手に入れたのだろうかと期待する葵。しかし続く言葉はどこまでも現実的な一言だ。

 

「ワルプルギスの夜は逆位置の状態なら舞台としての役割を果たそうとしかしない。君抜きでは敗北の可能性が高いし、鹿目まどかが契約すればさっき言った通り一撃だろう。だけど君のせいであまりに善戦するようなら逆鱗に触れかねないからね。君が魔女化せずに死に、鹿目まどかが契約する暇もなく命を落とせばその損失は計り知れない」

「はあ……私を慮ってくれたのかと思いきやそれですか」

「どういう意味だい?」

「なんでもないですよ、まったく」

 

訳が解らないよとお決まりのセリフを口にするキュゥべえは不思議そうに首を傾げている。この映写機めと頭をぐりぐりと乱暴に撫でつける葵。きっと私が死ぬ時も表情一つ変わらないのだろうなと考えつつ、暗い空を仰ぎ見る。

 

「煙草、吸いたいな…」

 

呟きは宵闇に吸い込まれていった。

 




さやかの日を忘れていた…


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幕間 因果

叩かれるのは覚悟の上さ。

あと幕間なので短いですが、必須の話です。


 地球外生命体であり、少女を破滅の運命へと導くことを命題とする孵卵器、通称「キュゥべえ」

 

 彼らはその優れた技術と文明により太古から宇宙の存続の危うさを知り、延命のためにエネルギーの変換効率を高めることを至上としていた。それは自らがこの宇宙の一員であり、生命体として当然の義務と考えてのことだ。全ての生命体がそうあるべきだと思っていることも、彼らにとっては疑いようのない真理である。

 

 生命体というものを定義する時に何を基準とするかはそれぞれだろうが、概ねそれは自分達を基本として設定するのが当たり前だろう。彼らもそれは同様で、感情というものをほとんど持ち合わせていないことこそが生命体としての基準であり、そもそもその稀に起こる効率を否定した訳の解らない精神状態に陥ることは一種の病気としか捉えてはいなかった。

 

 しかしひょんなことからその「感情」というものが効率のいいエネルギーに、それどころかエネルギーの定理を覆す可能性を秘めていることに気が付いたのだ。

 研究は進み、それでも感情を手に入れるというプロセスは終ぞ発見することは出来なかった。ならばどうするか。それは当然の如く自分達以外からエネルギーを生産しなければならないという義務感に繋がった。

 

 こういった考えは感情の発露ではないかと推測できそうなものだが、彼らの計測の観点上「感情」とは大きな爆発のようなエネルギーであり、生命体としての本能に直結するようなその思いは感情とは認められていない。全ては「義務」で、当たり前の「犠牲」で必要な「燃料」なのだ。それはまず自分達が燃料になり得ないか試していたことからも疑いようのない事実だ。

 

 故に彼らからすれば想像の埒外だったのだろう。広い宇宙でもほんの一握りしか居ない、感情を持つことが基本の生物達がエネルギーとなることを拒んだのは。彼らは問うた、何故それを拒むのかと。いまだ言語すらおぼつかず、比べるのも馬鹿らしい文明の差があるにもかかわらず現地の生物達への態度は紳士的、もしくは真摯なものであったろうか。しかしその問いに対する答えは言葉ではなく、彼らにとって必要な筈の莫大な負の感情だった。

 

 別段争いなど望んでいない彼らは拒絶の感情を見せる現地生物からいったん離れ、観察を行った。自分達からでる稀な被験体だけでは感情の理解など出来ず、故に彼らは緻密で入念な「観察」を行った。

 

 果たしてその年単位での観察結果は、彼らにとっては一切理解出来ないものであった。余裕があるにもかかわらず尚求め、必要以上の何かを望む。非効率を優先させた結果が滅びの道へ繋がることもあった。

 

 訳が解らない行動理由に行動理念。感情とはかくも難解にして非効率でありにけると、それでも侮蔑や嘲笑の概念を持たない彼らはひたすらに、つぶさに観察を続けた。そして通信手段を持たない生物達は地域によって文明にかなり差があることに気づき更なる観察を続けた。

 

 文化的な集落を築いている者達のほうがより大きな感情エネルギーを燃やしていたことを発見した。

 

 性別というものがある生物達は女性体の方がより多くの感情エネルギーを燃やしていることを発見した。

 

 短い寿命の中でも特に生物的に若い個体のほうが感情エネルギーを燃やしていることを発見した。

 

 どんな状況で、どんな瞬間に、どんな形で感情は動くのか。彼らは観察し続けた。それは自分達が感情を得ることが出来るかもしれない可能性も視野にいれた観察と研究であったが、結局は無駄に終わってしまった。

 

 永い時が経ち、彼らは行動に出る。いまだ感情の揺らぎは解明できないが、それでも効率よく取り出す手段は確立出来た。協力が得られないのならば無理やりにでも。文明にこれだけ差があれば気付かれることもない。そんな考えのもと彼らは動き出す。時にはその不可解すぎる感情に手酷い失敗もしながら、それでも手段は洗練されていく。

 文明が増すごとに感情もより複雑になると気付いた彼らは生物達の文明開化を手伝うこともあった。感情の多寡ではなく、そのものがもつ運命、因果ともいえるものがエネルギーに直結することも認識した。

 

 曖昧なエネルギーを、曖昧な理解で、曖昧に運用する。その危険性に気が付かないのは彼らにとってエントロピーの逆転がそれほどに魅力的だったことの証左であろう。それはさながら進歩した生物達がエネルギーのため原子爆発の危険性を知りながらもエネルギーとして運用しているかの如しだろうか。いや、むしろそれより酷い。彼らは知っている筈なのだ。エントロピーは絶対な筈で、エネルギーは消費した分以上に戻ることは絶対に無いことを。覆されているように見えるとすれば、それは全く未知の部分に反動が溜まっている筈なのに、彼らは気付かない。

 

 それは彼らが無意識に持ってしまった感情「慢心」か、もしくは「驕り」か。神の存在を認めていない、もしくは超自然的なものの一つとしか位置付けていない彼らにとって何たる皮肉であろうか。

 

 崩壊は近く、新たな誕生もまた近い。

 

 世界の再編とはその規模の縮小と同義であり、溜まる因果は限界を速める。世界の改変は確実に寿命を縮め、神の生誕はその主観をもって認識から零れた生物達を無に帰す。

 

 彼らが溜めた因果の特異は二人の少女をその収束地点として、宇宙の寿命を縮める結果となってしまう――――筈だった。

 

 世界は、宇宙は、それも一つの生命で。滅びを拒むもまた必定。待てばそのまま滅すなら、奇跡を引くもまた必定。世界がどうにもならぬなら、違う世界に助けを求め、一つの可能性を迎え入れる。

 

 姓は九曜、名は葵。彼女の来訪は―――必然であった。




話の進行上短くなるのは仕方ないけど、もう少し日常書いてもいいですか?

だれるかもしれないけど。


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日常

「みんなでおっかいもの~」

「マミ、貴女どんどん幼児退行していってませんか?」

「なあ、タイ焼き食べない? お腹減った」

「貴女もですか……いえ、貴女は元からですね」

「どういう意味さ」

「今食べたら夕飯入らなくなるわよ? ちょ、巴先輩も甘やかさない方が……」

 

 女三人寄れば姦しい、ならば四人寄ればどうなるかというと見ての通りだろう。商店街を歩く彼女達は活気のある喧噪にも負けずお喋りしながら買い出しを楽しんでいた。杏子がタイ焼きの匂いに惹かれてふらふらと寄っていくとマミが財布の口を開かせる。ほむらが注意しようとした瞬間には人数分以上に購入されたタイ焼きが白い袋につめられ、購入されていた。

 

 葵がまあまあと宥めつつ店主にお礼を言い、美少女四人に気風のいいところを見せるべく店主は更に人数分のタイ焼きをおまけした。計十個のタイ焼きのうち半分以上が杏子の腹に収まり、ほむらは呆れるばかりであった。

 

「杏子……いえ、あんこ。それで夕飯は入るんですか? 今日はお鍋ですよ」

「誰があんこだ。夕飯は別腹、これはあくまでもおやつじゃん」

「うっぷ……見てるだけで胸やけしてくるわ……」

「ほむらは小食すぎます。もっと食べないと大きくなれませんよ」

 

 葵の発言に他意はない。だがしかし、自分の体の一部にコンプレックスを持っているものからすればこれは心無い一言なのだろう。それに当てはまるほむらは仕返しに葵の体をまさぐってソウルジェムを奪った。

 

 葵が色々と実験している内にソウルジェムの秘密もそこそこ解明し始めており、例えばソウルジェムにカイロを張るとまだ肌寒い夜でもほかほかに温まることが出来たり、冷蔵庫にいれておけばひんやり快適に過ごせたりと、中々に実も蓋もない運用方法が確立されている。

 それでいいのかお前ら、とこっそり見ていたキュゥべえが突っ込みたい衝動にかられたのはもしや感情ではなかろうか。というよりソウルジェムにそんな秘密があったのかと彼らも驚くばかりである。

 その情報がキュゥべえ全体に行き渡った時、アメリカ在住キュゥべえはファックファックと連呼し、ドイツ在住のキュゥべえはシャイセシャイセと空を仰いだ。彼らに感情があるかどうかは永遠の謎である。

 

 そんなあほらしい使い方はさておいて、ほむらが葵の魂を奪った理由はソウルジェムを魔力である程度弄れることが判明したからだ。仮想の痛みを感じさせたり、脳内麻薬ドバドバな多幸感も思いのままである。所詮は単なる幻覚のようなものではあるが、意外と有効利用することもできる。例えば今まさにほむらがやっているように。

 

「ほむっ、ほむ……ちょ、止めてくださ…! な、何故に…!」

「乙女心を弄ぶのは感心しないわ、葵」

 

 葵は今、全身をくすぐられているような心持であった。ほむらの魔力がソウルジェムを通して自分を包むような感触で、舐るように体中を蹂躙する。商店街のど真ん中という状況もあって葵は羞恥と我慢の限界を突破しようとしていた。そしてそんな葵の表情にほむらはほっこりしながら魔力の操作を止めた。

 

「なんてことを……するんですか……ふぅ。私、何か変なこと言いましたか?」

「ええ、とても酷いことを。訴訟も辞さないわ」

「えぇ……」

 

 自分が言ったことを反芻し、どこがほむらの怒りの琴線に触れたのか考えを巡らす葵。鈍感でもなければ朴念仁でもない葵は割とすぐに思い当たったが、何を言うにもセクハラにしかならなさそうだと判断して押し黙った。賢明な判断である。

 

「まったく……そろそろ食材も買い終えましたし、帰りましょうか。締めはうどんとおじやどっちがいいですか? あんこ」

「両方! あとそろそろ怒るぞ葵」

「もしかしてあんこは魔法で胃腸を強化してるのかしら」

「おい」

「二人とも、あまり小倉さんをいじめちゃだめよ」

「……全員一発ずつ殴る」

 

 そこに直れとタイ焼き屋のそばに設置されたベンチを差して怒りを露わにする杏子。無論本気で怒っている訳ではないが、ここらで一発絞めておかないと後々まで響きそうだと察してのことだ。少々からかいが過ぎたと反省して素直にベンチに座る葵、拳骨を恐れて頭を押さえながらぷるぷるしているほむら、本気で怒らせてしまったのかとあわあわしているマミ。三者三様ではあるが杏子は平等に拳を振り下ろしていった。

 

「ったく……さっさと帰ろーよ。お腹減ってきたし」

「いやいや」

 

 これで遺恨なし、とさばさばした性格の杏子はそれ以上引きずることもなく買い物袋を持って歩き出す。そんな杏子の言に本気で胃の拡張でもしているのかと疑いながら後を追いかける三人であった。

 もう少しすれば生死をわける戦いに身を投じなければならない彼女たちの、平和な日常の一コマである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし弱すぎないか……?」

「面目ない」

 

 日も暮れそうな時間帯。黄金色に染め上げられた河原で二人の少女が、少年漫画よろしく格闘戦を繰り広げていた。とはいってもそれは随分一方的なものであった。金髪の少女が繰り出す攻撃は軽やかに躱され、赤髪の少女が偶に反撃をすると吸い込まれるように拳が当たっている。

 

 二人の少女の名は葵と杏子。彼女達はマミとほむらが学校に行っている間は魔女狩りをしているのだが、それが終わっても時間が余る時はこうやって戦闘の練習をしているのだ。きたるワルプルギス戦において自己を高めるのは重要なことではあるのでこの行動は間違ってはいないだろう。しかし今彼女達が行っているのはただの余興に近いものではある。それは巨大な要塞のような魔女に対して徒手格闘の修練をする意味があるのか、という点においてだ。

 

 ほむらの情報では人型の使い魔も大概強敵ではあるそうだが、ワルプルギス戦においての役割分担は葵とマミの大火力が主軸であり、精度と威力を高めるためにそちらを優先する方がよほど有意義だろう。

 しかし、それだけでは息が詰まってしまうし、何より魔女の結界内ならばともかく街中でそんなことをすれば警察沙汰だ。結局息抜きも兼ねて昭和のヤンキー臭漂う攻防を繰り広げているというわけだ。

 

 だがお決まりの「へっ、中々やるじゃねえか……」や「……お前もな」などという展開は全く見られず、葵がひたすらにボコられているのが悲しい現実であった。魔法少女としてならともかく、今は変身もしていない私服の状態。戦闘経験とセンスが物をいうこの戦いで杏子が葵を圧倒し、歯牙にもかけないほどの実力差があるのは自明の理である。杏子も手加減はしているのだが、傍から見ればいじめ以外の何ものでもない。

 

 ―――故に、遠目からその暴力の行使を発見してしまった正義感の強い少女が割って入ったのもまた必然だったのだろう。

 

「おやめなさい!」

「あん? なにさあんた」

「暴力で人を従わせるなど無為なことだとお気づきなさい! どうしてもというなら私がお相手致します」

「いや……はい?」

「おや……貴女はもしかして」

 

 主人公のようにババンと姿を現したのは勘違いに定評のある夢見がちな少女、志筑仁美その人であった。いったん暴走すると空回りを続ける彼女の性格はこのようなところでも遺憾なく発揮されるようだ。葵が特に悲壮な雰囲気を漂わせているわけでもなく、杏子が剣呑な雰囲気を纏っていることもないのだが彼女は気付かない。ズビシッと杏子を指差して自分が相手をしようと宣言した。

 

「いや、なんか勘違いしてるみたいだけどさ」

「問答無用! わたくしが勝てば素直に従ってもらいます!」

「言ってることがブーメランになってん……ってうわっ!?」

 

 お嬢様然とした見た目と雰囲気、しかしその優し気な気性からは考えられないほどの素早さで仁美は杏子の手首をとって捻りあげる。文武両道、眉目秀麗なお嬢様は佳人薄命とは程遠いようだ。勘違いされている動揺もあってか杏子はあっさり無力化された。じたばたと暴れる杏子を的確に押さえつけて動けないようにする仁美。それに焦ったのは葵だ。どうも変な勘違いをされているようだと仁美の背後から肩を掴もうとして―――見事なボディブロウをかまされた。

 

「げふぅっ……何故に……」

「きゃっ、申し訳ありません! 背後に気配を感じて咄嗟に手が……」

「いったいなんなんだよお前……」

 

護ろうとした当人にまで手をあげてしまい慌てて謝罪する仁美。その隙に拘束を逃れた杏子は蹲る葵を心配して寄り添う。

 

 

「おい大丈夫か?」

「な、なんとか」

「あ、あら?」

 

 腹を擦りながら立ち上がる葵。なんだかここ数日は微妙な役回りじゃないかと瞑目して、再び目を開き焦ったような顔の仁美を視界にいれた。流石に自分の勘違いだということを理解したのだと推測し、状況的には勘違いしても仕方ないとはいえもう少し考えてほしかったと謝罪を受け入れる用意をする。

 

「ごめんなさい……いじめではなく喧嘩でしたのね! 河原の決闘から生まれる熱い友情、そしてその先には……きゃっ、いけませんわ。でもでも……きましたわー!」

「マジで一体なんなんだ!?」

「聞きしに勝る天然ぶりですね……」

 

 仁美の正体に察しがついている葵はその暴走ぶりに驚き、杏子はというと仁美の狂態ならぬ嬌態は同じ生物とは思えないほどにドン引きで少し後ずさりしていた。魔法少女をも唸らせる彼女の妄想癖はとどまることを知らないようである。

 

「はっ、いけない。お稽古事の時間が過ぎてますわ。わたくしこれで失礼致します、どうぞお二人は存分に愛を育んでくださいまし」

「えぇー……」

「ちょ、ま……ほんとに行ってしまいました、猪突猛進ってレベルじゃないでしょう。嵐か何かですか」

 

 嵐のごとく現れて、嵐のごとく去っていく。もしや彼女がワルプルギスの夜だったのかとあほらしい想像をしながら、葵は自分の腰と腕に手を回したままの杏子を見つめる。支えてくれているのは嬉しいが、流石に少し気恥ずかしい。男勝りな杏子ではあるがその端正な顔つきと体の柔らかさは確かに女性のそれなのだから。

 

「あの、杏子。そろそろ」

「え? ああ悪り……あたしにそんな趣味はないからな」

「わざわざ言わなくとも、というか私自身は男のつもりです。その反応は誠に遺憾ですとも、ええ」

「はいはい。んじゃ、そろそろ帰ろっか。腹減ったわ」

「杏子はいつもそれですね……」

 

 まだ遠目に見える爆走中の仁美を見ながら並んで帰る二人。いつのまにか日は落ちて暗闇が辺りを包んでいる。今日のご飯はなにかなーと呟く杏子も、そして男に戻れたら杏子はどんな反応をするんだろうと思考する葵も、その心の内で強く思っていることは同じであった。

 

すなわち、お嬢様とは変人を差す言葉なのだろうか、と。

 





仁美の腹パンを書かずしてまどマギは語れぬ


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齟齬の物語

逆裁が最近陽の目を浴びてて嬉しい


 三叉路の分岐点にある古風なアパート、その一室が暁美ほむらの仮の住居である。仕事の都合で海外に行ってしまった両親が、病弱な体では一緒に海外暮らしも辛かろうと一人暮らしに出来るだけ不自由しないようここを選んだのだ。一人で住むには広すぎるこの家で、静けさが耳に響くのを我慢しながらほむらは食事をとり、体を休ませていた。

 

――ついこの前までは。

 

 この時間軸のほむらホームは何日かおき程度に賑やかだ。理由は考えるまでもなく、ほむら以外の三人の魔法少女によるものである。葵が提案した数日ごとに居候させてもらうという条件はどこへやら、彼女達はマミの家に居る時もほむらの家に居る時も大体四人で寝食を共にしていた。食事は一緒に作る方が手間いらずというのもあるし、マミが寂しがるというのもある。だが結局のところ、彼女達は孤独を埋めたいという思いが根底にあるのかもしれない。

 

 主観では相当年数の間親に会っていないほむら。文字通り天涯孤独となった葵に、親を失ったマミと杏子。総じて彼女達は大人びていて、それでも中学生の少女だ――一名を除いて。

 

 人間というものは不幸を我慢出来る生物である。人それぞれ程度に差はあれど、人生の一切を苦労せずに生きる者はまずいないだろう。しかし幸福を我慢できる者は非常に少ない。正しく言うならば幸福を手放すことを我慢出来る人間は少ない、と言うべきだろうか。

 

 幸福を知らずして不幸を知ることは出来ず、その逆もまた然り。孤独という不幸を耐えてきた彼女達は、絆という幸福を手放すことを恐れている。それを弱くなったと取るか強くなったと取るかは当人次第だろう。葵は強弱ではなく喜ばしいことだと考えているし、ほむらは弱くなったと思いつつもその弱さこそが愛おしいと考える。

 

 一つ言うならば、キュゥべえからすればそれは非常に有り難いことでもあるということだ。その感情が高まれば高まるほど絶望した時の反動は凄まじいと彼らは知っているのだから。

 

 と、長々と説明すればこのような形になるが結局のところ彼女達は単純に皆でわいわいするのが楽しいから集まっているだけだ。マミが天然ボケを披露すれば杏子が突っ込み、ほむらがリアルボケをかませば杏子が突っ込み、葵が普通にボケれば杏子が突っ込む。突っ込みの杏子とあだ名がつきそうなこのボケボケっぷりは、何も彼女達が悪い訳ではない。ほむらは入退院を繰り返していた元病弱っ子であり、実のところ割と常識に疎い。葵はそもそも性別が逆だったのだから、女の子の常識的にそれはダメだろう、というところを踏み越えてしまったりするのだ。マミは元からである。

 

 そんなわけで、今日も今日とて彼女達は強く楽しく姦しく日常を過ごしている。マミと葵がキッチンを借りて食事を作り、皆で食卓を囲む。食事が終わればカードゲームやコンシューマー、もしくは雑談に耽ることが多いのだが本日は後者のようだ。

 

「ところでほむら、前々から気になっていたんですがこの家の内装は趣味なんですか? 正直ここまで改造する必要性をあまり感じないのですが」

「確かになー。つーかいまだに落ち着かないんだけど。なんでこんなに真っ白くしたのさ」

 

 白い空間に統一感のない家具。あいた空間にはホログラムのように魔女の情報や未来の予測が並べられている。常識的に考えてここで生活するのは少々気が引けるレベルだ。アパートにしては非常に広いこともあって、寝室こそ普通であるが食事は居間で取らざるを得ない。うら若い婦女子からすれば食欲も落ち込むというものであろう。もちろん杏子だけはどこであっても健啖家であるが。

 

「え……まあ、そうね。そんな感じかしら」

「もう、二人ともそんなの決まってるじゃない。かっこいいからよ」

「ち、ちがっ……!」

「ああ、なるほどほむらも昔は“そう“だったんですね」

「ち、ちががっ……!」

「へー……ほほー。ぷっ」

「ううう……」

 

  マミと同様の病を持っていると誹りを受けたほむらであるが、実際問題間違ってはいないのだ。魔法少女になってからもしばらくの間は彼女も割と“そう“だったのだから。既に卒業はしているが、いまだちょっとしたところにその名残が見え隠れするのはご愛敬である。

 

 なにより最初の師匠とも言うべき人物がマミであったのだからそれもむべなるかなといったところだろうか。今回こそまだ被害にあってはいないものの、過去において何回かはほむらも固有魔法に名前を付けられる悲劇があったのだ。その時の技名は『セニャーレ・ディ・ストップ』などというそのまんまの名詞であったが、最初期は恥ずかしげもなく叫んでいたのだからほむらの黒い歴史も相当なものである。

 

「はは、まあ日本で普通に育てば六割くらいの人はなにがしかの恥ずかしい思い出くらいありますよ。そう気にする必要も無いんじゃないですか?」

「あたしはそんな覚えないけどなあ」

「ふむ、まあ私も似たようなものですが」

 

 マミは現在進行形なので除外し、残る杏子と葵はそれを否定した。慰められるほむらの心境はチクチク攻められているような針のむしろチックである。しかし、ほむらは聞き逃さなかった。葵のほんの少しだけ引き攣ったような口の端と、曖昧な言を好んで使わないにもかかわらずぼかしたようなセリフを。

 

「“待った!“」

「!?」

「葵、貴女の証言は矛盾していないかしら?」

「な、何を藪から棒に」

 

 なんだか青いオーラを纏ったようなほむらが葵に真実の刃を突きつける。自分だけが恥ずかしい思いをしてなるものかと。葵のはぐらかしを認めてなるものかと。

 

「貴女は巴先輩の痛々しい言動や行動を目にした時、私と同じように胸を掻き毟られるような、過去を蒸し返されるような表情と言動をしているわ」

「そ、それがどうしましたか? そんなことだけで私が“そう“だったとは断定出来るはずもありません」

 

 ちっ、ちっ、ちっ、とほむらは人差し指を左右に振り、肩を竦める。少し冷め気味のコーヒーをゴクリと嚥下し、鋭い眼光で葵を射抜く。その行動自体がまだ病が治っていない証拠ではなかろうかというのは触れてはいけない部分である。マミは自分が貶められているのにも構わず動向をワクワクと見守り、杏子は何が始まっているのかと目を白黒とさせている。

 

「ふう……やれやれだわ。貴女ともあろうものがそんな見苦しい様を見せるなんてね。解っているんでしょう? 自分でも」

「ぐ……!」

「そう、杏子のような残りの四割は巴先輩の“あれ“に対して忌避したり否定したりすることはある! けれど私達のように取り乱したり、苦悩したりはしない!」

「ぐうぅっ!」

 

 冷や汗をだらだらと流して目の前で差されている指を見つめる葵。それはさながら絞首刑を待つ罪人のような雰囲気を漂わせている。視線は左右を彷徨い、両手はせわしなくパタパタと動いておりまさに挙動不審という言葉が相応しい。

 

「……その反応こそがまさしく証拠。そろそろ観念なさい、葵」

「い、“異議あり!“ 人の反応など千差万別です! こんな少ないモデルケースだけで判断するのは……」

「私は『観念なさい』と言ったわ。それほどまでに往生際の悪さを見せるというなら……仕方ないわね」

「な、なにを――」

 

 薄い胸を張り、ぴしりと腕を伸ばし、不敵に笑ってほむらは振りかざす。真実の正義を、残酷な現実を。言葉の応酬は佳境に入り彼女は自分にしか見えない向日葵と天秤を心に、葵を追い詰める。蜘蛛のように獲物をじわじわと嬲り、最後の一刺しを華麗に決めた。

 

「“貴女はかつて思春期において自己愛に満ちた空想、それに準ずる壮大すぎる設定や仰々しすぎる世界観を持った脳内創作物を想像、および創造していた!“ イエスかノーで答えなさい! ……嘘が嫌いな、葵さん?」

「――――――っ! ぐ、もっ、黙秘します!」

「それこそが……答えだわ」

 

 吹いてもいない暴風を感じながらほむらの宣言に耐えていた葵だが、ほむらの最後のセリフによって絶叫を上げながら崩れおちた。そこに佇むは己の勝利に酔うほむらと、哀れな敗北者のみ。ちなみに青いオーラや吹き荒れる暴風、葵の絶叫は全てマミの脳内イメージの産物である。

 

「貴女でも見栄を張ることがあるのね、葵。だけど一人だけ逃げられると思うなんて甘いわ。天網恢恢疎にして漏らさずとはよく言ったものね」

「ぐうの根もでませんとも、ええ。確かに私もそういった事に覚えがありますとも、ええ」

「貴女がやさぐれてるのも初めて見るわ」

 

 くすくすと口に手を当てながら笑うほむら。そこからは勝者の余裕といったものが感じ取れる。くだらないやり取りに呆れる杏子と、凛々しいほむらの姿に早速自分を当てはめて『法曹界の敏腕弁護士、巴マミ』を妄想しているマミ。やさぐれる葵は床に寝そべりながら力無く垂れている。

 

「はあ……なんて茶番ですか。不毛ですし、そろそろ寝ませんか? マミもほむらも明日は学校で……おや、キュゥべえさん。どうしました?」

 

 グリーフシードの回収など、必要最低限な部分以外にはあまり接触しないようキュゥべえに言い含めていた葵であったが、ほむらの家の壁をすり抜けて通ってきた姿に何かあったのかと訝しがる。とはいってもキュゥべえと葵は多少の条件の元でいくつか約束をしており、それを鑑みればおそらくまどかとさやか辺りに何かあったのだろうと葵は推測した。

 

「美樹さやかと志筑仁美が魔女の補足圏内に入っている。少し危険な状態みたいだから、急いだ方がいいんじゃないかな?」

「てめえ、どの面さげて言いにきたんだ! どうせ詐欺師みたいなやりかたで唆して――」

「杏子、行きますよ。キュゥべえ、あなたはこの事態に何か関与している。イエスかノーで答えてください」

「ノー、だ。僕は彼女達に姿を見せたことすらないさ」

「と、いうことです。みんな行きましょう、キュゥべえさん案内お願いします」

 

 キュゥべえへ猜疑の目を向ける一同に、葵は実に解りやすくフォローする。キュゥべえは勘違いを助長させる物言いを弄するが嘘を付くことは無いと皆が知っているゆえに、この問いかけかたは間違えようのない事実であると認識させた。

 

「キュゥべえさん、間に合いますか?」

「それが彼女達の命に対する問いかけなら、間に合うよ。ただ――」

「ただ……?」

 

 キュゥべえが言葉を濁すことはあまりない。だからこそ煮え切らない言い方をするその姿に葵は違和感を覚える。いったい彼女達に何が起こっているのか。無事を願いつつ、四人の魔法少女達は暗闇の中を全速力で疾駆するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 志筑仁美は恋する乙女だ。生粋のお嬢様であり、それでいて誰にでも分け隔てなく接することが出来る美少女。文武両道、才色兼備、清廉潔白。彼女に似合う言葉は総じて良く捉えられる熟語ばかりであり、それは実際にその通りであった。なんでもそつなくこなし、習い事が多く自由が少ない自分の境遇にも不満を漏らさず日々邁進している彼女はまさに完璧の二文字で表すべきだろう。

 

 とはいえ彼女もまだ中学二年生。そのすべてが品行方正というわけでもない。クラスメイトのバイオリニストに恋をしたり、乙女同士の禁断の恋に興奮する残念なところも持ち合わせている。そしてそんな自分に少し罪悪感が芽生えているのも、彼女が生真面目だからこそなのだろう。百合好きに関しては微塵も後悔していない、誰に憚ることもない性癖だと考えているが、問題は恋の方。彼女が好きになってしまったのは、不運にも親友が恋慕している少年だったのだ。それも小さな頃から想い続けている筋金入りの初恋だ。

 

 自分の気持ちに嘘はつけないし、つきたくもない。不運だとは思っていてもそれを後悔してはいない。少年を好きになった気持ちは紛れもなく本物なのだから。

 

 けれど。親友が悲しむ姿など見たくもない。もう一人の親友がどうしようと嘆く姿も見たくない。そう思うのは、思ってしまうのは思春期の少女だとかそういった事は関係なく人間として当然の苦悩だろう。何度も自問自答し、答えの出ないまま時は過ぎていく。怪我を治して帰ってきた少年を見て思いを募らせ、その少年を慈母のような笑みで見守る親友に複雑な思いを巡らす。私は貴女の思いをこんなにも理解しているのに、貴女は何故気付いてくれないのと逆恨みのような感情を抱いたことも数知れない。

 

 志筑仁美は恋する乙女で、そして非常に理性的な少女だ。だからこそ自分の限界が近いことを理解していた。これ以上我慢していては感情が爆発して親友に謂れのない非難を被せてしまうかもしれないと彼女は危惧していたのだ。正々堂々とフェアに勝負する、もうそれしかないだろうと覚悟を決めた。

 

 自分も親友の想い人に惹かれていることを告白し、そして先に勝負に出てもらう。それが恋はいつでも誰でも平等だと考える彼女の精一杯の譲歩だ。親友が想ってきた年月を考えれば出し抜くなどという選択肢は絶対にあり得ない。親友が成功したならば心の底から祝福して、夜にベッドで泣きはらそうと彼女は思い、想う。

 

 だがしかし運命はどう螺旋くれたのか、彼女達はいま陽の暮れた河原で相対していた。仁美の理想としては夕焼け空の中が良かったのだが、生憎彼女の家は門限が厳しい。夜に家を抜け出すほうが時間をたっぷり使えると、そのお転婆っぷりを如何なく発揮していた。

 

「本気……なの? 仁美。私……」

「みなまで言わないで下さい。恥知らずは承知の上ですわ。それでもこれ以上は我慢できないと考えた次第ですの……軽蔑して下さって結構」

「……」

 

 暗い夜闇が二人の表情を侵食している。その暗さは彼女達の心境を覆い隠していたが、さやかは仁美の声色の真剣さからその本気を感じて覚悟する。放課後に渡された手紙。家に帰ってから読んでくださいましと真っすぐな瞳で見つめられて言葉に詰まり、おそるおそる開封すればそこには予想外どころではない内容が書き綴られていた。いや、本当のところは少しだけ感付いていたのかもしれない。

 

 日常の端々で少しだけ顔を見せていたその恋の感情に、気付かない振りをしていただけなのかもしれない。結局それが志筑仁美という親友を苦悩の日々に陥れてしまったのだと、さやかは後悔していた。これだけ真っすぐにぶつかられて、その思いから逃げるほどさやかは人情の薄い女ではないのだ。

 

「軽蔑なんかするもんか……ごめん仁美、ほんとは少しだけ気付いてたかもしれない。それが怖くて見て見ぬ振りをしてたのかもしれない。ほんとに軽蔑されるべきは私なんだ」

「さやか……さん」

 

 意外そうにさやかを見つめる仁美だが、そういえばなんだかんだで人に感情の機微には敏い子だったな、と納得する。申し訳なさそうに俯くさやかを見て、やっぱり私は良い親友を持ったものだと温かい気持ちが胸を満たす。

 

「いいんです。それでもわたくしが野暮なことに変わりはありませんから……さやかさん、一つだけお願いがあります」

「実は私も一つだけあるんだ」

「ふふ、では一緒に言いましょう? ……せーの」

 

 二人の口から出た言葉は一言一句違わず同様で“どんな結果になっても仲の良いままでいたい“というものであった。

 

「……仁美が友達で良かった」

「あら、わたくしは親友だと思っていましたのに」

 

 ニカリと笑いあい、そして決闘の準備をする二人。正々堂々、バーリトゥード。この提案が杏子と葵の誤解だらけの決闘を見て思いついたことは仁美だけの秘密である。女の子としては激しく間違っているこの決闘の火蓋が切って落とされるまで後数秒――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仁美からさやかへの果たし状

 

 

 

 

 

 

美樹さやか様へ

 

 

 

 風に舞う花吹雪が目に眩しい今日この頃、さやかさんはどうお過ごしでしょうか? とは言っても毎日会っていますからお互いに解りきっていますよね。さて、この度筆を取らせて戴きましたのには並々ならぬ訳がございます。

 

 それは私の恥知らずな恋の感情のせいにございます。不躾ながら貴女の感情も理解しておりますれば、それでもこの感情の渦に捕らわれて、日々煩悶と過ごすことに耐えられずこういった形でお伝えするに至った次第でございます。

 

 貴女が恋慕していた時間はとても永いのでしょう。それはとてもとても尊く、そして大切な事だとも理解しております。けれど、短い付き合いの中でも囂々と燃え上がる感情があることもどうか認めてはくださいませんか? 貴女は何よりも大切な親友で、それでも自分の気持ちを裏切れない苦悩の狭間で考え抜きました。

 

 今日の午後九時、倉庫街近くの河原で愛をかけた決闘をしたいと存じます。どうか受けて頂きたいと切にお願いいたします。願わくばどのような結果になろうとも禍根無く終えたいと望んでおります。

 

 この身の不義理、どうかお許し下さい。

 

 

                                                                          志筑仁美

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人に何かを伝える時、それは主語や名詞を明確にすることが肝要である。しかし、優秀な模範生である仁美も今は恋する乙女脳。この文面を見たさやかはこう考えた。自分が恭介に恋してることを知ってなお、性別を越えた愛を告白せずにいられなかったのだと。これは普段百合の花を咲き散らしている仁美も悪いだろう。結末は如何に――――




すぐに文に反映してしまうあたりミーハーと言わざるを得ない


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拳闘の物語 前編

お待たせしましたー。更新速度戻しますので、また見てやってくだされ。

あと、仁美がほんとにキャラ崩壊してるので、そういったことが苦手な方はお気を付けください。


「さやかさん……もう降参しては如何ですか? これ以上は腕が折れますわよ」

「うぐぐぐ……なんでお嬢様の仁美がこんな強いのさ」

 

 月夜が照らす薄暗い河原で、うら若い乙女達がくんずほぐれつ攻守を入れ替えて恋を争っている。物理的に争ってはいるものの、一応恋争いなのは間違いない――筈だ。攻守を入れ替えて、とは言いつつも青髪の少女さやかが攻撃に移ったのはたった一回。運動神経はかなりのものと自負しているさやかは、か弱いお嬢様である筈の仁美を出来るだけ優しく行動不能にしようと体を密着させて押し倒そうとした。 

 

 しかし、だ。さやかの指が触れるか触れないかのところで仁美は華麗にステップを踏んで軽やかに躱し、そのまま腕をからませてアームロックを決めたのだ。背の高さこそ少し劣っているさやかであるが体格自体は上、悲しいことに体重は更に差をつけているために自分が圧し負けることは想定していなかった。その結果が、まさかまさかの技巧派格闘乙女志筑仁美の魔の手に落ちることとなったのだ。

 

「…私が降参したら、仁美はどうするの?」

「溜まりに溜まった愛を全部、ぜんぶ、ぶつけます。ここまできたら遠慮は致しませんわ、申し訳ありませんさやかさん」

「あわ、あちょ、顔近いよ仁美。ううう……そりゃ拒絶したりとか気持ち悪いなんて言わないけどさ、そこまで臆面もなく言い切られると……」

 

 恥ずかしい。まさに本人の目の前で盛大に告白している――さやかはそう勘違いしているのだから、赤面を通り越して顔が燃えているように感じるのも無理はないだろう。密着しているせいで互いの体温を感じていることもそれを助長し、暗く人の気配がないことがなんとなくさやかを変な気分にさせていた。

 

「愛です! 青春の時間は短くて、わたくしの自由な時間はもっと短いんです! わたくし、目覚めましたの!」

「できれば生産性の無い愛には目覚めてほしくなかったよ……」

「まあ、愛があれば子供なんていくらでも産めますわ!」

「ええ!? どどど、どっちが!?」

「もちろんわたくしに決まっているでしょう?」

「わ、私が攻めなんだ……」

 

 絶望的に噛み合っていない彼女達の会話は、体だけは絡み合いつつ終わりに近づいていく。

 

「埒があきませんわね……さやかさん。まさか本当に折るわけもいきませんし、ここは白黒はっきりつけるためにもルールを設けましょう」

「先に言うべきだよねそれ。そうだよね?」

 

 さやかから鋭い突っ込みが入るが、仁美は気にせずにアームロックを解いて離れる。仕切り直しを許すのも彼女の自信故だろう。たとえ今の決定的な体勢を崩そうとも、ルールが変わろうとも自分は負けないと信じ切っているのだ。

 

「先程のような覆しようのない状態に三回なれば、その時点で負けということに致しましょう。どうですかさやかさん」

「や、やっぱやめようかな……ハハ、ハ」

「貴女ならそう言って下さると信じていました。さあ、勝負開始です!」

「聞いてた!?」

 

 既に仁美の耳は都合良く聞こえる変換率100%である。聞く耳もたぬとはこういうものではないが、結果は同じようだ。

 

「いきますっ!」

「こないでっ!」

「さやかさん、どこへ行くんですか! ……いえ、直接対決とは一言も言っていない。ふふ、なるほど……屋内でのゲリラ戦をお選びになりましたのね。受けてたちましょう!」

「私の知ってる仁美はどこに逝ったんだーーー!」

 

 足の速さには定評があるさやか。雑草生い茂る河原の坂を駆けあがり、そのまま寂れた市街地に踏み込んでいく。ここは整備されゆく見滝原においていかれた、取り残されたとも言える潰れた工場等が立ち並んでいる場所だ。夜だからという理由以上に人が少ない理由でもある。

 

 そんな絶望と悲哀が籠ったこの場所は魔女の住処にうってつけなのである。そしてまさに今宵この晩この場所で、魔女に魅入られた人々がその命を散らそうとしていた。魔女は人を操り自殺に追いやることもあれば直接的に命を奪うこともあり、今夜は前者を好む魔女が死の鎌を振り下ろそうとしていた。自我を奪われた人々は混ぜてはいけない酸性とアルカリ性の洗剤を使い、集団自殺を試みようとしているのだ。

 

「ううう……俺たちはもう死ぬしかないんだぁ……」

「会社が負債しか生まないのなら、死ぬしかないじゃない……」

「振られた……死のう」

 

 悲壮感を漂わせながら呻き声をあげて死への道を歩き出す人々だが、そんな彼等の元へ騒がしい闖入者が颯爽と現れる。

 

「どいてどいてー!」

「よおし、死ぬぞ、死ぬぞぉ……ぐわっ!?」

「うわっ、ごめんなさーい!」

 

 暗がりで能面のような顔をした集団が寄り集まっている、そんな異常事態にも気付かずさやかは走り抜ける。しかも彼らが持っていた洗剤をぶちまけるおまけつきだ。もちろんその行動は彼らの怒りを買うことになっているのだが、魔女に操られ緩慢な動きしか出来ない者達がさやかの走りに追いつけるわけもない。結果として、地面に零れた二つの洗剤の水溜まりを虚しく見つめる変な人々という構図が出来上がった。

 

「見失いましたわ……あら?」

 

 そしてそこに遅れてやってきた仁美。さやかとはおつむの出来が違う彼女は、一種異様な光景とも言えるこの状況において正しく事様を理解した。果たし状を渡してからの時間、詳細は書いていなかった内容、そしてさやかがこちらへ向かった理由。全てを鑑みて、頭脳明晰な彼女が出した答えは――――

 

「なるほど、確かに助っ人を呼んではいけないという決まりはありませんでしたわね。流石です、さやかさん」

 

 とんでもない誤解であった。もう一度言うと、彼女は今かつてないほどにノリノリなのだ。灰色の脳細胞ならぬピンク色の脳細胞に侵されていると言ってもいい。とはいえ彼女が勘違いしたのにも訳がある。さやかという報復対象が消えたために振り上げることすら出来なかった拳が、新しい生贄が来たことでそちらに向かったのだ。殺気だった集団がさやかへの行く手を阻んでいるとなればこの勘違いも仕方のないことなのかもしれない――――わけはないが、とにかく今彼女は勘違いガールなのである。

 

「はあっ!」

 

 腹パン、腹パン、更に腹パン。寝ても腹パン覚めても腹パン、とどめに腹パン。趣味に拳闘を嗜んでおりますの、なんて言われても信じられそうなほどに見事なパンチを繰り出す仁美。彼女もまた腹パンに魅了された、腹パニストの一人なのだ。

 

「他愛ないですわね……」

 

 死屍累々、そう形容すべきものが仁美の足元の惨状だ。しかしあくまでも彼らは魔女に操られただけのたんなる人間。真打とも言える化物、魔女とその使い魔は人間如きに抗えない。故に仁美は今、正しく死地に居ると言ってもいいのだ。

 

「……? っなん、ですの……」

 

 魔女に魅入られた人間は、自我を奪われた傀儡と化して木偶となる。その証は体のどこかに現れる『魔女の口付け』と呼ばれる痣が目印となり、心の弱い人間はそれの発現に抗うことなどできはしない。魔法少女としての才能など欠片も持ち合わせていない仁美は、訳も解らずに意識を奪われかけていた。右手の甲側にうっすらと黒い文様が浮かびかけており、魔女の人形と成り果てるのもそう遠くないだろう。

 

「痣……? いやですわ、もう。こんな時のために持ってて良かった、メンソレータム」

 

 魔女の口付けはメンソレータムで消える、新事実の発覚であった。念のために言っておくとメンタームではない、メンソレータムだ。きっと150円前後の品質の差が如実に表れたのだろう。ソウルジェムを冷やせば涼しいのだから、グリーフシードの元である魔女の口付けがメンソレータムで消えても、まあ不思議とは言えないだろう。

 

「さあ、さやかさん! 決着をつける時がきましたのよ!」

 

 倒れ伏す人々をほっぽって、さやかに対して上げた気炎と拳で後ろから忍び寄ってきた使い魔を偶然しばき倒し、仁美は走り出す。そう、ここには心の弱い人間など居なかった。そういうことだ。

 

――――さやかにとってどちらが災難だったかは、不明である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュゥべえさん、現状はどんな感じでしょうか。命の危険はまだ無いんですよね?」

「うん。さっきも言った通り充分に間に合うだろうね」

 

 現場へと急行している四人。魔法少女としての健脚を如何なく発揮して、人間を超えた移動速度で目的地へと向かう葵はキュゥべえに現状の様子を問いかけた。そもそも何故こんな時間に二人してそんな場所に居るのかという疑問は当然だろう。

 

「何故彼女達はそんな状況に陥っているのですか?」

「僕達に感情の機微は解らないから断言はしかねるけど、様子を見た限りでは志筑仁美が美樹さやかに求愛行動を取っていたようだね。美樹さやかの方も条件をつけてそれを受け入れたようだ」

「……すいません、ちょっと耳垢が詰まっているようです。もう一度よろしいでしょうか」

「僕達に感情の機微は解らないから断言はしかねるけど、様子を見た限りでは志筑仁美が美樹さやかに求愛行動を取っていたようだね。美樹さやかの方も条件をつけてそれを受け入れたようだ」

「……」

 

 まさしく意味不明だ。葵とほむらにしてみれば青天の霹靂もいいところだろう。マミと杏子からすると大して面識も無い彼女達の恋愛模様など、まあそういうこともあるかという認識だが、関係を把握している葵達には考えもしなかった未来なのだ。

 

「ほむら、その……そういうことも、あるんでしょうか」

「ありえない。けど、そういえば……」

「そういえば?」

「志筑仁美はそういう関係性に憧れていた節があったわ。本人がどんな性癖だったかは不明だけど」

「ううん……そういう関係になりうる可能性はなくもなかったと。しかし、まさかですね……」

「あ、葵はどう思うのかしら? 貴女は今、その……女の子な訳だけど」

「はい? いやいや、まさか男性を好きになる訳はないでしょう。至ってノーマル、女の子が好きですよ。客観的に見てノーマルかどうかは考慮しませんが」

「そう、そうよね」

「はあ」

 

 ほむらにそっちの気があるのは感付いていた葵だが、もしや自分も対象に入っているのだろうかと推測してうーむと唸り声を上げた。自意識過剰で自信過剰な思い上がりか、はたまた穿ちが過ぎるのか。惚れた腫れたは思春期少女の特権だが、今の分類でいうと自分も含まれるのか。なんにしても今考えることではないかと、なんとも言えない思考を振り払って近づいてきた工場地帯に目を向けた。

 

「結界です。ほむら、魔女の情報は?」

「ハコの魔女、かしらね。最近は時間も場所も当てにならないけど、ここでその魔女以外を見たことはないわ……ああ、魔女の紋様がそれだわ。うん、ハコの魔女よ」

「どんなやつなんだ?」

「見た目は……古いパソコンよ。精神をグチグチ削ってくるような嫌な魔女。メンタルが弱い魔法少女は強制的に魔女にさせられるかもしれないけど、そもそも本体が弱い。考える前に倒せば済むし、複数で当たれば精神攻撃の対象もなにもないわ」

 

 メンタルが弱い、のくだりでほむらがちらりとマミを見た。ついでに葵もマミを見た。流されて杏子もマミを見た。

 

「ど、どうしたのみんな?」

「いえ……そういえば二人は結界に取り込まれていないようですし、一応保護する役が必要ですね。マミ、ジャンケンホイ」

「へ? あ、えい……負けちゃった」

「では、お願いします」

「なんだか体良くあしらわれた気がする……」

「気のせいですとも。どちらにしても志筑さんに対応して不自然じゃないのは先輩のマミか友達のほむらでしょう? 実際にその魔女と相対したことがあるほむらは外せないですし、お願いできませんか?」

「むぅ」

 

 渋々と一人離れていくマミ。なんだか納得いかないわと愚痴を溢しながら変身を解いてさやかと仁美を探しに行くのだった。そして残された三人は見つめあい、頷きあって結界に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原色の絵の具をぶちまけて、それのみで構成されたような不快な空間。魔女の結界を言い表すならばそんなところだろうか。魔女によって様々な異様を見せる結界だが、共通するのはただただ不安にさせられるような場所であるということだ。魔女が絶望そのものだというのなら、確かに納得するものがあるだろう。

 

「いつもながら気持ちのいい空間ではありませんね」

「つーかふわふわして落ちつかないんだけど」

 

 地に足がつかない。まさに彼女達の現状はその文字通りであり、抵抗力のない水中にいるような感覚を進まされていた。この結界の主『H.N.Elly(Kirsten)』 通称ハコの魔女。性質は憧憬、筋金入りのひきこもり魔女であり、人のトラウマを空間に映し出して心を抉る魔法少女の天敵のような存在である。反面、その精神攻撃以外は新米の魔法少女ですら一撃で倒せるような脆弱さも持ち合わせており、まさに相性が問われる戦闘となることが多い。ほむらが指摘した通り、複数の魔法少女で挑めば負ける要素が見つからないと言ってもいいだろう。

 

「トラウマ、か。いったいどんなものを見せられるのやら」

「映し出される前に倒せばいいのよ。タイミングが悪ければ一人だけ暴かれるかもしれないけど」

「ふぅん……趣味の悪いこったね。ま、あたしの過去を映し出すってんならそれ相応の覚悟でもしてもらわないとねえ」

 

 杏子は獰猛な笑みで殺気を滲ませる。彼女のトラウマは確かに心に傷を与えるかもしれないが、それ以上に怒りの琴線に触れることは間違いないだろう。彼女に攻撃を仕掛けた時点で魔女の運命は決まるようなものだ。

 

「私は、まあ大体予想はつくわ」

「ふむ……トラウマ、トラウマ……姉にチャンネル争いの末に腕に爪痕を付けられたことでしょうか……?」

「どんだけだよ」

「いや、四本の爪痕に血が滲んでいたんですよ? 子供心にはとてもショックでした。リモコン争いなんてそんなの現実にあるのかと言われるかもしれませんが、ほんとにあるんです」

「幸せな人生ねぇ」

「ちょ、そんな恨みがましい目で見ないでください。ほむらも杏子もこれから幸せになりますとも、ええ」

 

 普通に生きていれば、一般人は大したトラウマなど持ち合わせない。葵は異常な運の良さという常人とはまた違った人生を歩んできたものの、普遍的な日本人を逸脱するほど波乱万丈な生きざまだったというわけでもない。普通の大人として生きた葵、異常な子供として生きるほむらと杏子、そしてマミ。きっとそこで釣り合いがとれているのだろう。大人でも耐えられないような経験をした分だけ、彼女達は歪な大人で、歪な少女だ。

 

「そろそろね……居たわ。速攻で片づけて……え?」

 

 結界の最奥で待つ魔女は、無礼な侵入者である三人の前に姿を現す。そしてその本体以外の無数の画面には、既にトラウマが映し出されていた。

 

――――魔法少女、九曜葵のトラウマが。

 

「ちょ、おまっ、み、みみ見ないでくだっ、いや、見るなぁ!」

「あ、あれ……もしかして、く、くふっ、あ、葵か? ぶふっ」

「だ、だいひょうぶ、見てないわふっ」

「うわぁぁぁ!!」

 

 誰しも若気の至りはあるものだ。それは小学生のうちに済ませてしまった人もいれば、大人になった今でも自覚しない人間だっている。しかし、ふと気が付くのだ。もしくはふと、思い出すのだ。それがどれだけ恥ずかしかったのだろうかと。それがどれだけ痛々しかったのかを。思い出せば、思い返せば、あの時の自分は頭がおかしかったのではないだろうかと後悔せずにはいられないのだ。

 

 葵の場合は中学生前後のこと。順風満帆に行き過ぎる人生に擦れて、ひねくれて、そして姉に矯正させられた。ごく短い期間ではあったが、それはそれはグレていたのである。葵は何事も形から入るタイプであり、例えグレようともそんなところは変わらない。背の小さい見るからに少年な葵が取った行動は、髪型をオールバックにしてサングラスをかけ、自転車を見事にデコレーションすることだった。いわゆるデコチャリというやつである。

 

 デコレーションしたせいで妙に重い自転車をえっちたおっちらと漕いで遠出して、どこぞの壁に『チャリで来た』と壁にスプレーし、誰にも彼にもメンチを切るような、そんな恥ずかしい過去が葵にはあるのだ。ちなみに姉が葵の行動を全力で止めたのは、単に身内の恥が恥ずかしかっただけである。

 

「ここっこっ、この腐れ魔女……っ! ダーディ・ランチャーレ! からの――ティロ・フィナーレ!!」

 

 もはやいつもの冷静な葵は見る影もなく、動揺しすぎたせいで技名まで叫んでしまう始末だ。無意識にそれが出てしまったということは、やはり深層心理ではマミの名付けた技をかっこいいと思っていたことの証明だろう。出目は見事に『1111』とクリティカル。最大限にまで威力を高められたティロ・フィナーレはもはや射撃というより巨大な光の柱である。魔女の結界ごと全てを破壊しつくし、欠片も残さず魔女を消滅させた。

 

「は――――っ、はぁ、はぁ……。二人とも、今のは、今のは――違うんです。あれは、違うんです。ええ」

 

 浮気した女性の最初の言葉であり、最後の言葉でもある『違うの』というセリフ。もはや葵は心まで女性になってしまったのだろうか。ちなみに浮気した男は『仕方ないだろ』である。バレバレでもけっして認めない見苦しさと、それがどうしたと言わんばかりの開き直りはどちらがより情けないだろうか。甲乙付け難い。

 

 それはともかくしてちゃうねん、ちゃうねん、あれはちゃうねんと汗をだらだら流しながら否定する葵。まあ姿形性別まで違うのだから確かにちゃうかもしれない。

 

「葵……」

 

 ぽつりと呟き、悲しそうな瞳で葵の肩を抱くほむら。ちなみに杏子は苦し気に腹を抑え、地に臥している。そしてほむらは愛おしそうに葵の髪を梳きながら、慈愛の笑みで問いかける。

 

「明日、自転車屋さんに行きましょうか?」

 

 葵の返答は、ほむらの叫びが一〇〇メートル先まで届くほどの痛いアームロックだったそうな。

 





このSSはメンソレータムをステルスマーケティングするSSではありません。


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拳闘の物語 後編

更新速度速めると言ったな……あれは嘘だ。すいません。

まだ待ってる人がいるか解らないけど、投稿します。


「うー……どうしてこんなことになったんだよう」

 

 薄暗い路地で息を落ち着かせるさやか。ここ最近のファンタジックな体験に始まり、なんだかいきなり異常事態が頻発していないかと愚痴を溢す。全てはほむらが転校してきたあたりから始まったなーと夜空を仰ぎ、そして近付いてきた足音に反応して身を竦ませた。

 

「美樹さーん? 居たら返事してちょうだーい」

「……?」

 

 見覚えのある胸の大きい女性が自分の名前を呼びながら辺りをうろついていることに首を傾げるさやか。いつか紹介された魔法少女の一人だったなと思いだし、それ故に自分を探していることに余計疑問が募る。なんにしても聞けば解るかと仁美が近くに居ないことを確認してマミの前に姿を現した。

 

「あの……巴先輩、ですよね?」

「ああ良かった。無事だったのね」

「無事? って、あ。もしかして魔女が…?」

「ええ、察しがいいわね。この近くに魔女の結界があるの。幸い貴女達が魅入られる前に来ることができたけど、あんまり危ないことしちゃダメよ? 魔女がどうとかじゃなくて、こんな時間に女の子が出歩いてたら不審者の恰好の的なんだから」

「たはは、すいません。色々のっぴきならない事情がありまして」

「解ってくれたらいいの。魔女は他の皆がそろそろ倒してる頃だとは思うけど、一応志筑仁美さんも迎えに行きましょう?」

「え。うう……そういえば、あの、何で事情を知ってる風なんですか?」

「秘密です♪」

「……」

 

 さやかは察した。この人、葵の真似がしたいだけだと。微妙な顔をしているさやかに気付かず、満足そうにほほ笑むマミは自分の心の中ではミステリアスな美女なのだろう。まあミステリアスさはともかくファンタジックではあるので体裁はなんとか保てているだろうか。体面は保てていないが。

 そして横並びに歩き始める彼女達だが、マミの方がさやかの恋愛事情に興味深々で話しかける。当然ながら思春期の少女としては気にならないわけがないだろう。

 

「ねえ美樹さん? あの……その、ね? 女の子同士って……どうなのかしら。志筑さんと付き合うんでしょ?」

「ぎゃー! どこまで知ってるんですか! というか私にそんなつもりはありません! 波風立てずに断ろうとした結果なぜかこんなことになってますけど!」

「あらそうなの?」

「そうですとも!」

「でも女の子好きなんでしょう? 暁美さんにもモーションをかけてたって……」

「どこでねじれた!?」

 

 世間話程度に聞いているさやかについての情報から、ここに至っての顛末までを加味して推測するとまず間違いなく両刀だろうとマミは判断していた。必死に否定するさやかを見てマイノリティは辛いな、と励ましの言葉を贈る。

 

「世間一般的にはちゃんと認められてはいないと思うけど、気にすることないんじゃないかしら? 自分の思うがままに進めばいいと思うわ。それが例え好きな男の子に振られたからって、逃避だからって、自分が決断したことに変わりはないもの。後悔するかもしれなくても、取り返しのつかないことなんてそうそうないわ。頑張って!」

「ぶん殴ってもいいですか?」

「!?」

 

 マミからすれば恭介に振られた傷心のさやかが、その心の隙間に入ってきた仁美を受け入れるかどうか迷っているように見えたのだろう。さやかからすれば無礼千万で迷惑極まりない言葉である。憤慨するのも当然だろう。

 

「わ・た・し・はノーマルです! なんでそんな勘違いしてるんですか!」

「え……だって、お祭りで暁美さんにずっとしがみついてたとか、志筑さんを条件次第で受け入れるとか。あとよく友達の胸を揉んだりしようとしてるって暁美さんが言ってたから」

「え、いや……その、それは間違ってないですけどでも」

「ほらやっぱり。美樹さん、自分の心には正直に生きた方がいいわ。我慢している部分が無意識に行動に出ちゃってるのよ」

「ええ……」

 

 いったいどう言えば解ってくれるのかと眉間を揉んで顔を顰めるさやかだが、自分の行動も確かに傍からみれば誤解を招きかねないだけに反論しづらいなと本日数回目のため息をついた。しかし同時に何故ここまで頑なに女同士の愛を推すのか、疑問が浮かび上がる。おおまかな関係性――自分が恭介に惚れていることくらいは目の前の彼女も知っている筈なのに、いったい何故、と。

 

「巴先輩は好きな人っているんですか?」

「えっ? ええと……どうかしら。魔法少女の活動が忙しくてあんまり意識したことがないのよね」

「その割には助言が具体的ですよねー」

「そ、そう? うーん……恋、かぁ。健全な女子中学生としては確かに必要よねぇ」

「クラスメイトの男子とかどうなんですか? 巴先輩ってモテそうですし」

「ううん、その、実はあんまりクラスで馴染めてなくて。放課後にお喋りとか買い物とかってできないから……ね?」

「え、あ……すいません!」

「ふふ。後輩に言うことじゃないわよね、ごめんなさい。ただそういう生活になっちゃうから、魔法少女にはなっちゃダメよ? それに今はとっても充実してるもの」

 

 慌てて謝罪するさやかに微笑みながら気にしないでと首を振るマミ。今までの自分なら見栄を張って、クラスで馴染めないことなど絶対に口にはしなかっただろうと内心で思考し、そして変われた自分に、気負うこともなくそれを口にできる自分に嬉しさを感じる。

 

「うおぉ…」

「ど、どうしたの?」

「いや、すっごい良い笑顔だったんで……えへへ、ちょっと見惚れちゃいました」

「え!? や、やっぱりそっちも――」

「いやだから違いますって」

「それにさっきから胸に視線を感じるのも……」

「いやー、そりゃあそんな立派なモノが目の前にあれば視線がいくというかなんと言いますか、ははは」

「ダ、ダメよ。貴女には志筑さんという人がいるでしょう?」

「だから……はぁー。もういいです。それでいいですよまったくもう! 仁美ー! ほんとは恭介を取られるのが嫌なんじゃなくて、恭介に取られるのが嫌なのー! ってか。まったく」

 

 自棄になって心にもないことを叫ぶさやか。傍から見れば変人そのものであるが、そう思う大人達だって中学生の頃を思い返してみれば訳のわからない衝動に駆られて奇声を上げたことも一度くらいあるだろう。大人になってもする人はするかもしれない。いわゆるキチメーターが振り切ったというやつである。

 これもまた良い思い出、もしくは恥ずかしい思い出の一つになるものだ。年をとればあの時は若かったなどと笑い話にもなるだろう――――こんなタイミングでなければ、だが。

 

「さ、さ、さ、さやかさん……!」

「ぶっ! 仁美!? ちょちょ、っちがっ! 今のは、その」

「まさか、そんな……わたくしはいったいどうすれば!? ああ! これが青春の葛藤というやつですの!?」

「いやいやいやちょっと待って」

「ごめんなさいさやかさん、今は気持ちに整理をつけたいんです。上条さんの事はとりあえず置かせてください。と、とにかく今日はこれで失礼致します!」

「いや、だから――」

「でも……不思議と悪くない気持ちですわぁーー!」

「待って! お願いだから待ってぇーーーー!」

 

 どう考えても人間が出せそうにない速度で、エコーを響かせながら走り去る仁美。追いつくどころか棒立ちで見送ることしかできなかったさやかは、数秒後に崩れ落ちた。どうしてこうなった、と。

 

「あ、あの、美樹さん? もう危険はなさそうだし、私そろそろお暇しようかしら」

「……」

「また明日学校でね……ひっ」

「ふぅん……先輩で正義の魔法少女なマミさんがいたいけな少女を放置して帰るんだぁ…」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……あ、あの、今マミさんって」

「ダメなんですか?」

「ダ、ダメじゃないけど、その」

「私もさやかでいいですよ。ねえマミお姉サマ? 私は女好きで、おっぱい好きで、変態なんですよね?」

「そ、そこまで言ってないわ!」

「そこまでってことは少しは認めるんだぁ……じゃあ責任とって……揉ませろぉーー!」

「イヤァーー!?」

 

 明日からどんな顔して登校すればいいんじゃーとぷんすか怒りながらマミに迫るさやか。本気で恐怖されていることに微妙にへこんでいるが、怯えるマミの姿を見て少し溜飲が下がり、揉みしだく寸前でストップする。これに懲りたら変な勘違いは続けないでください、と言おうとしたところで魔女を討伐した葵達が非常にいいタイミングで姿を現した。

 

「これに懲りたら変な勘違いは――」

 

 カツン、と硬質な何かが落ちる音がする。さやかがそれに振り返って見てみれば、そこには固まった表情でさやかを見つめる三人の姿があった。さやかの『揉ませろ』という声と、マミの悲鳴を聞いて固まる三人が。

 

「え、えーと、何かの勘違いですよね……わぷっ!」

「葵さん! うぅ、怖かったぁ……!」

「マ、マミ? さん付けに戻ってますよ……というか、ちょ、もう……ほら、よしよし」

「さやか。貴女、本当に……?」

 

 葵に泣きながら抱き着くマミ。本当に貞操の危機だったことを感じさせるその涙は、ほむらからのさやかに対する不審を煽った。しかし――

 

「泣きたいのはこっちだってー……もう嫌だぁ」

「ちょっと、さやか? ……いったい何があったのかしら」

 

 勘違いの連鎖に次ぐ連鎖。もはやさやかの我慢のキャパシティを超え、怒りではなく『ああ無常』と言わんばかりのはらはらと零れる涙となって眦から滴り落ちた。いったい何が何だか解らないと混乱するほむらだが、それでもさやかの背中をぽんぽんと叩いて慰める。

 

「うぅ、ほむらー……」

「はいはい……ほんと変な時間軸だわ」

「私が好きなのは恭介なんだよね……?」

「私に聞くの!?」

「もうなんか解んなくなってきた…」

「えぇ…」

 

 周りから可愛いだのかっこいいだのと持て囃されれば勘違いしてしまうように、お前は女好きなんだと何度も言われればもしかしてそうなのか、と自信がぶれるのも仕方のないことだろう。元の行動が行動だけに深層心理では、と言われてしまえば返す言葉もない。

 

「私から言えることなんてあまりないけど……さやか」

「うん」

「今現在、私の胸に顔を擦り付けているのを見れば女好きと言われても仕方ないんじゃないかしら」

「うん……? あ、これ胸か。あはは、薄すぎて解らなかった」

「殺すわ」

「うぎゃぁ!?」

 

 ウソ泣きではないが、さりとて本気で泣いているわけでもないのはすぐに理解したほむら。からかいを含んださやかのセリフを聞いた瞬間こめかみに青筋を立て、盾から銃を取り出し、さやかの眉間に突きつける。

 

「魔法少女が拳銃っておかしくない!?」

「きょうびの魔法少女はそんなものよ」

「いや、お前だけだろほむら…」

「口を挟まないで杏子。持てる者には何も解らないわ」

「えぇ…」

 

 キッと杏子を睨むほむらの瞳にはありありと持たざる者の妬みと嫉みが宿っており、さしもの杏子もその迫力には何も言えず黙り込んでしまった。さやかの縋るような顔を見て少し罪悪感が過るが、わざわざ火中の栗を拾う行為は避けるべきだと顔を逸らす。正義は無力だ、と涙を呑んでギュッと拳を握りしめる杏子だが、この場合どちらが正義なのかは不明である。

 

「ほむら、あまり脅かしてはいけませんよ。感覚が麻痺してるのかもしれませんが、拳銃の引き金を引くだけで人は死ぬんですから。友達とはいえ冗談で済むことと済まないことがあります」

「いま私の胸が冗談みたいと言ったかしら」

「……すいませんさやか。微力は尽くしました、また来世で巡り合いましょう」

「諦めんなよ! 全力を尽くしてよ!」

 

 ほむらが怖い、と葵は宥めることを諦めた。泣き真似をしながらハンカチを振っている様子はどこか昭和臭がしており、微妙に口元が笑っているのが揶揄いを確信させる。彼女もなんだかんだで随分と気安くなったもので、特にさやかとの付き合い自体は大した期間でもないのだが一段と壁がない。これはどちらかというとさやかの生来の気質も関係しているのだろう。

 

「さようならさやか。ああ、私にもっと力があれば……」

「自転車の力とかか? ぶふっ」

「ほむら、拳銃貸してください」

「嘘嘘嘘、冗談だって! 今ほむらに説教したばかりじゃんか!?」

「冗談ではなく本気だからいいんです」

「余計ダメだって……うあっ!?」

 

 火中の栗を拾うどころか虎の子も居ないのに虎穴に突進する杏子。まこと愚かの極み、とどこかから聞こえてくるようなお馬鹿な行為である。瞳から光が消え失せているほむらと葵は魔法少女というよりまさに魔女。触れてはいけない絶望そのものに手を出してしまったさやかと杏子の命は風前の灯火である。

 

「…とまあ冗談はさておいて、そろそろ帰りましょうか」

「本気で殺されるかと思った…」

「同じく…」

 

 喜劇のようなやりとりは終わり、帰還しましょうと提案する葵。誰も否定することもなく帰路につく。とはいってもさやか以外は同じところに帰るのだから当然のことであり、まずは先にさやかを家まで送ろうというという話になった。固辞するさやかではあったが、この時間での少女の一人歩きは危険だと諭されて無理やりに送られることと相成ったのだ。

 

「親御さんは大丈夫なんですか? さやか」

「うん、早めに寝る振りしてこっそり出てきたんだ」

「非行少女ですねぇ……」

「飛行少女はそっちだよ?」

「また古臭いネタを……貴女歳いくつですか」

「ぴちぴちの中学二年ですー」

「確かに尾ひれはピチピチだったわね」

「へ?」

「ほむら……まだ怒ってるんですか」

「冗談よ」

「ねえねえちょっと、どういう意味なのさ」

「別に。貴女の下半身がピチピチだって話よ」

「むむ! どこがだよー、ちょうどいいボリュームじゃんか」

「知らぬは己ばかりなり……とは良く言ったものだわ」

「え? じょ、冗談だよね? そうだよね?」

「さあ? うふふ」

 

 嘘だよね? 嘘だよね? とほむら以外にも声を掛けるさやか。葵は沈黙を貫き、マミは顔を背け、杏子は憐憫の目をさやかに向けた。ここ最近のチームワーク強化の練習は、悪ノリする時でも非常に役立っているようだ。そうとは知らないさやかは家に帰ったら真っ先に体重計に向かおうと決意した。

 

「そろそろですね……おや?」

「どしたの? みん……ちょっ!?」

 

 ソウルジェムを掲げ、一瞬裸体を晒したような変身シーンを経て、その場からニンジャのように掻き消えた魔法少女達。合図が無かったにもかかわらず完全に呼吸が合わさったその逃走は見事と言う他ないだろう。さやかからすれば何が起こったのかさえ把握できないほどだ。いったいなんなんだと首を捻りながら自分の家の方へともう一度顔を向け――疑問は氷解した。そこに居たのは、まごうことなき般若であったのだ。

 

「おかえりなさい。さやか」

「は、はは……ただいまー」

 

 くい、と首だけを家に向けて指し、その後玄関に向かう母の後ろ姿を見てさやかはがっくりと項垂れた。仁美の家の厳しさを考えると本当のことなど話せず、しかし嘘をつき通すのも母親相手には中々難しい。せめて先ほどの面子が口裏を合わせて擁護してくれれば多少はマシになるだろうに、と恨めしそうに彼女達が消えていった暗い夜空を見上げる。七つの星の横にもう一つ綺麗な星が見えるなーと現実逃避気味に思考しながら、絞首刑を待つ罪人のような心持で玄関をくぐるさやかであった。





完結まであと4話。最後まで書いてるので一日づつ投稿しますねー


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告白の物語

 草木も眠る丑三つ時。皆が寝静まった頃、葵はのそのそと起きだしてトイレに向かう。いまだ慣れない女性の用足しに顔を顰めつつ、昨日はとんでもない一日だったなとため息をついた。まさかあんな恥ずかしい過去の歴史を知られるとは夢にも思っていなかったのだから、その胸中のモヤモヤ具合は推して知るべしである。トイレを出た後は手を洗い、布団に戻ろうとしたところで暗いリビングのソファーに人影を見つけて驚きの表情を浮かべる。

 

「何してるんですか杏子……あ、もしかして起こしちゃいましたか? すみません」

「いや、私もトイレに起きただけだ」

「そうですか……その割には怖い顔してますよ。夢見でも悪かったんですか?」

「少しね。それよりちょっと外で話そうよ。色々聞きたいこともあるし、さ」

「…ええ」

 

 トイレに起きたと言いつつも向かう素振りは見せない杏子。それどころか外に葵を誘うあたり、適当な返しだったのだろう。少しばかり剣呑な雰囲気を纏わせて、マミとほむらを起こさないように外へ出る。葵もそれに続き、近くの広場――噴水とベンチがある、洒落た場所へと足を運んだ。

 

「――で? 聞きたいことは解ってるよな」

「ふむ、そうですね……やはりキュゥべえさんのことでしょうか」

「ああ、お前が個人的に親しいのは解ってるさ。そこにあたしがとやかく言うのは筋違いだし、思うことがないとは言えないけど理解はできる」

「でも納得はいかない、ですか?」

「そうだけど、今はそこじゃないっしょ?」

 

 じっと葵を見つめる杏子。虚偽は許さないといった眼光の鋭さではあるが、そもそも葵が嘘をつくような人間ではないと知っているため半分以上はポーズだろう。つまり『私怒ってます』というやつだ。

 

「何故キュゥべえさんがさやかの危機を知らせにきたか、ですよね。彼等があんな魔法少女勧誘のチャンスをふいにする訳ありませんから」

「…別に葵が何か企んでるなんて思っちゃいない。秘密にしてるんなら相応の理由もあるんだろうさ。けど、前に言ったよな? あたしの事は対等に扱ってくれるって。対等に思ってるって。だから葵があたし達を気遣って……それでキュゥべえと接触させないためにその辺のことを話さないってんなら、怒るぞ」

「あはは、かっこよすぎです杏子。私が女なら惚れてますよ?」

「いや、お前女だろ……っつか茶化すな」

 

 まだ少し肌寒い春の深夜、ベンチに座る彼女達の距離は少しだけ離れている。少しだけ沈黙が過ぎた後、葵はぽつりぽつりと話し始める。それは魔法少女になった時の契約の話でもあり、自分達の今後のことでもあり、そしてキュゥべえ達の目的の話でもある。

 

「杏子はキュゥべえさん達の目的を知っていますか?」

「そりゃ知ってるさ。あたし達みたいな魔法少女を魔女にして、宇宙のエネルギーにしようってんでしょ?」

「ええ。彼等はそこに罪の意識など感じていませんし、そもそもそういった概念がありません。宇宙に住む生物が宇宙の延命のために犠牲になるのは当然であり、そこに悪意といったものは存在しません」

「悪意がなかろうがやってることは悪魔そのものだろ」

「否定はしません、私達人間からすればまさに敵ですから。私も私を救ってくれたキュゥべえさん以外は別にどうでもいいと思っていますし」

 

 少し強い風が吹き、杏子が身を震わせる。それは少しだけ冷たい雰囲気で喋る葵を――笑っていない葵を初めて見たせいもあるのだろうか。二人の間にある隙間がなんだか大きいものに感じられて、杏子はほんの少しだけ寂しさを感じる。

 

 しかし次の瞬間には葵が羽織っていた上着を肩から被せられ、そのまま少しだけ空いていた二人の距離が近くなった。カーディガンには人よりおしるし程度に高い葵の体温が残っており、杏子はその温もりに緩く息を吐く。

 

「彼等には感情ある生物が存在する惑星一つ一つにノルマが定められていて、それを達成したならばそれ以上は干渉しないそうなんです」

「へえ……あいつらの言い方から考えると、エネルギーを覆す存在は貴重なんだろ? なら限界まで……限界があるのかは知んないけどさ、普通は搾り取ろうとするんじゃないの?」

「リスクマネジメント、というやつですね。彼らは私達人類より遥かに高い技術を持っていますが、感情のエネルギーについてはまだ解らないことの方が多いそうですから。無限にエネルギーが取り出せる、と楽観して痛いしっぺ返しを食らうのを警戒しているんでしょう。それでも私からすれば無警戒に過ぎるとは思いますが」

 

 光の全反射を利用して忙しなく色が変わる噴水を眺めながら、葵はキュゥべえ達も結局は人間と大差ない生物だと溢す。どこまで知ればそれを使っていいかなど、結局のところ考える意味のないことだ。

 

 例えば人間が使用している電気だって、人類が知らないだけでなにかしらの悪影響が存在しているのかもしれない。それでも、今が便利であるから使うのだ。役に立つから使うのだ。それは決して無駄なことではないし、結果として悪影響が存在したとしても今まで生活が豊かになっていた事実は変わらない。

 

 しかし、だ。キュゥべえ達のやっていることは『未来に必要かもしれない』から、今を使い潰すという行為だ。結果としてそれが無駄だった時、もしくは悪影響でしかなかった時、死んでいった存在に一切の価値はなくなる。もちろんそれは葵個人の考え方であり、エントロピーを覆す可能性があったのだから無駄ではないという言い方だってできなくはない。『意味が無かった』ことが判明したというのも進歩には違いないだろう。

 

 つまり大前提の考え方の問題だ。葵は、九曜葵は、永遠は絶対に存在しないと考える。そうなると、魔法少女という永久的とも言えるシステムは絶対にどこか問題があるのは間違いない、と考えるのもまた必然なのだ。

 

「永遠なんて、存在しません。彼等がそう考えないならきっと無理をさせていた何かから反動がきます。無限なんて、あり得ません。彼等がそう考えないなら、きっと無理をさせていた何者かに叛逆を受けます」

「……」

「ノルマを回収し終えて次がなくなったら、結局はまた一から同じことを繰り返すでしょう。もしくは今繰り返している最中なのかもしれない」

「……」

「無限に見えるエネルギーの、どこにその反動が溜まるかなんて私には想像もできません……通常なら」

「……? どういうことだ?」

「エネルギーは因果の量で決められるもので、それが魔法少女としての才能に直結しているそうです。曖昧なものなのでよく解りませんが、私を例にしてみれば異常な運の良さは因果の量に由来しているのかもしれません。もしくは異常に運が良いからこそ因果の量が多いのか。少なくとも私が魔女化すれば地球のノルマは達成できるほどらしいですし、下手をしなくとも世界を滅ぼすような魔女になるでしょう」

 

 キュゥべえとの最初の約束で、魔女化してエネルギーになることを約束した葵。その時はそんな事態になるとは想像もしていなかったが、ほむらの過去でまどかが世界を滅亡させる魔女となったと聞いて葵は戦慄を覚えた。再度キュゥべえに話を聞いた折には、お決まりの『聞かれなかったからね』という返事が返ってきたことに珍しく怒りを露わにしたのだ。

 

 とはいえ約束は約束、そして彼等はそういう生物なんだと思い出しながら気を落ち着かせ、条件付きでの新しい約束を取り付けた。すなわち『魔女化する際には誰にも迷惑の掛からない宇宙の果てまで飛ばしてほしい』というものだ。技術的にそれが可能かを問い、問題が無いことを確認した後に一切の曲解が無いように葵は契約を交わした。ソウルジェムにそういった機能を取り付けることは難しいため、最初に出会ったキュゥべえを専属として近くに居てもらい、限界を迎える直前にそうするといったものではあるが。

 

「まあそこは問題ではありません。人はいつか死にますし、死ぬ時に迷惑が掛からないのであれば死に方なんて私は気にしません……話が逸れましたね。先程の件の本題ですが、もしどこかに今までの――つまりこの星の有史以来、もしくはこの宇宙の開闢以降で犠牲になった感情ある者達のエネルギー、その反動が一つ処に纏まっているとしたら、それは何処にあると思いますか? 全てのエネルギー……つまり因果がです」

「……何が言いたいんだ?」

「全てに齎されたものが、全てに返ってくるのは必然です。宇宙の延命に費やされたのだから、宇宙全体に反動がくるかもしれないというのもまた必然です。私は魔法少女になる際、覚えてはいませんがキュゥべえさんをして『君ならどんな願いだって叶う』とまで言う程の因果の量だったそうです。まあ多少の誇張ありきだとは思いますが。キュゥべえさんて嘘はつきませんが意外と大げさですから」

 

 本題と言いつつも中々結論に至らない葵に、杏子は少しの苛立ちと疑問を覚える。説明にしても、簡潔な物言いを好む葵がこれほど迂遠に――説明したくないかのように饒舌になるのは、いったいどのような理由なのだろうかと。

 

「結論から言ってくれ」

「…ええ。『鹿目まどかは、そんな私ですら及びもつかない程の因果の量を抱えている』ということです。彼女なら神様にだってなれるだろう、キュゥべえさんはそう言っていました」

「…ふむ」

「彼女こそが因果の収束地点、反動そのもの。そして彼女をそうしてしまった直接の原因が暁美ほむらという少女。彼女達を取り巻く状況そのものが、今までのエントロピー逆転の反動で因果の叛逆なのではないでしょうか」

 

 あまりにも突拍子のない推測に杏子は絶句する。思わず否定の言葉を漏らそうとはするものの、明確な根拠もなく、そして葵の推測が整合性のとれたものだけに何も言えなくなってしまった。

 

「時間の繰り返しが因果を積み重ねる……キュゥべえさんはそう言いました。でも普通に考えて人間一人の因果がどれほど溜まっても神様になれるなんて……宇宙全てに影響を及ぼすことが出来るなんて、おかしいと思うんです」

「……っ。まあ、葵の言い分は解った。そんなもん鹿目が望まない限り起こり得ないってのも、今は置いとこう。で、だ。その推論にキュゥべえ達が納得してるってわけじゃないんだろ? ……でも無視もしてない」

「ええ。流石、驚きを飲み込むのも、理解するのもとても速い」

 

 葵の推測が受け入れられるなら、キュゥべえ達がやることは鹿目まどかをどうにかする、もしくは魔法少女の契約自体を打ち切るなどのアクションが入るだろう。逆に全くの荒唐無稽と捉えられたなら、昨日の出来事は――キュゥべえが葵に協力している節を見せたのはおかしい。それらを持ち前の勘の良さで看破した杏子は、驚愕や動揺の一切合切を飲み込んでなおも葵に話を続けるよう促す。

 

「彼等が私の――圧倒的に劣った文明しか持たない人間の言葉に耳を貸すのは、偏に感情を持っているからでしょう。感情を持つ者にしか解らないことがあるのは、彼等も認めています」

「ああ……ていうかさ、結局のところどういう事態になってんの? とりあえずなんかやばい可能性があるってのはあいつらも認識してるんだろ? なら今の現状はって話だ」

「そうですね……キュゥべえさんにも同じようなことを聞かれました。つまり因果が馬鹿みたいに溜まってるからってそれの何が問題なのか、ということですね」

「ああそれだわ。結局のとこさ、魔法少女のシステムに則ってるのには違いない訳だ。願いの叶う範囲が大きくて、魔法少女になれば敵無しで、最後にゃ世界を滅ぼす魔女になる、と」

「そこまでいけば解りそうなものですが。つまりですね、まどかが宇宙の滅亡を望めば滅ぶでしょうし、宇宙の再編を望めば創世される。これはキュゥべえさんの言からも確定です。そして魔女になれば……結局宇宙は滅びませんか? ほむらの過去においてまどかが魔女になった際、地球は半月も経たずに滅びるだろうとキュゥべえさんが言っていたそうです。そして彼女の情報から推測するに……時を繰り返す度まどかの因果は加速度的に増えているように思えます。ならば今の彼女が魔法少女になり、魔女になれば――」

「…なるほど」

 

 推測に推論を重ねて、推量を上塗って、当てずっぽうに推定す。まさに与太話もいいところの話ではあるが、それでもあり得ないとは言い切れない重みがそこにある。杏子は話を聞きつつも疑問に思った部分を問うていく。葵の話は推測部分を真実と考えたとしても、最悪の事態を想定しすぎではないだろうかと。

 

「でもさ、鹿目が願えばって話じゃん。そもそもなんでも願いが叶うとして宇宙の滅亡ってあり得ないだろ? 一人の人間がこの世の全てを握ってるってのは異常な事態ではあるけどさ」

「うーん……人間というのは不確かですから。過去のマミ然り、さやか然り。人間性というのは極限の状況では測れない、というのが私の持論です。ありえないとは言いますが、例えば薬物を投与されて訳の解らない精神状況に陥った時『全部消え去れー』とか願うのはあり得ないですか? もしくは想像したくもありませんが、誘拐されて凌辱されて、何もかも嫌になるなんてことが本当にあり得ませんか?」

「む…」

「まどかは少し話しただけでも解るほど好ましい少女でした。けれど、感情とはどんな器具でも測れない不確かなものです。それに……」

「……?」

 

 言いよどむ葵に杏子は訝しがる。これまでの話は、確かにほむらには喋りたくないような内容だった。それでも、ここまで話してもなお口にしたくないものがあるのだろうか、と。

 しかしどう言おうかと考えている葵を急かすようなことはせず、肩と肩が触れ合っている程度の距離をほんのちょっぴり、毛の先と比べてもどちらが、というくらいだけ詰める杏子。

 人の体温は安心感を与えてくれる。先ほど感じた温もりを与えかえすのが筋じゃないかと、内心で誰に言い訳をしているのかも解らずに杏子は少しだけ体を寄せた。

 

「…ありがとうございます。それで、そうですね何と言えばいいのか……考えたくもありませんが、繰り返しによって因果が溜まるならこの状況も結局は単なる過程に過ぎないのではないかと。もしくは刹那以下の……それこそ六徳や空虚の可能性を目指す世界の内の一つにしか過ぎない、とういうものです」

「うん、解らん」

「えーとですね……つまり世界にとってはほむらの繰り返しも予定調和で、極々低確立でしか起こらない最悪の可能性――つまりさっき言ったようなことですが、無限に繰り返しを続けるならばそれもいずれは起こりうるものとして見ているのでは、ということです」

 

 ほむらが望まない結果になると……つまりまどかが死ぬような世界になれば結局巻き戻る。例え魔法少女になり、魔女になっても巻き戻る。しかし繰り返しの果てでまどかが魔法少女になり、かつほむらが諦めるないし死ぬような事になればそこが終焉である。

 

 その時こそ正しく世界は今までの反動を解放する。世界はそこに至るまでを単なる過程とし、零ではない確率をただただ待ち続けているのではないか、ということだ。今葵がいる世界が過程なのか終焉なのかは不明だが、その考え方に意味はなく、過程にもなりうるし終焉にもなりうる――つまりどうしようもなく詰んでいるのではないかと、葵は危惧しているのだろう。

 

「…うーん。ふむ……葵の考え方ってのはつまり、世界はもうエントロピーの逆転に耐えられないから鹿目とほむらを利用して今までのつけを清算しようとしてるってことか? で、世界の崩壊だの再編だのっていう中々起こり得ないことが起きるまでほむらに繰り返させてるって言いたいと」

「あけすけに言うとそんな感じです」

「…突拍子もない、ってのはさっきも思ったけどさ。どっちかと言うと葵の考え方が――思考が飛びすぎてるってあたしは思うんだよ。なんでそんな考え方に至ったんだ? 正直そっちの違和感の方が強い」

「……? 変、ですか?」

「ああ。自分で気付かない?」

 

 葵が言っていることは、暁美ほむらという少女は真実世界の傀儡で、絶対に先へと進むことが許されない楔を打ち込まれているということである。唯一迎えられるものがあるとすれば、それは世界の終焉と同義でしかない。時の歯車を操作する彼女が、時の鎖で雁字搦めに捕えられ、ただただ誤作動が起こるのを待ち焦がれられているだけの部品でしかないと。

 杏子はそんな救いが無さすぎる推測は認めないと憤懣を露わにする前に、葵の思考プロセスに違和感を感じたのだ。突拍子が無いというよりは、誰かに誘導でもされているかのような思考のぶっ飛びぶりだ。その説を唱えられると理解出来ないこともないが、その説に至るまでの過程は一切理解出来ないと言う風に。

 

 方程式の数式部分が一切なく、いきなりⅩはあれが答えだとだと言われたようなものだろうか。とにかく杏子はそこにとても強く違和感を感じたのだ。

 

「特にさ、世界が思考してるみたいな考え方とか。あと世界が限界だってことを知ってるようなのも。まるで……そう、まるで葵の方が――」

「――っ。 ……そう、ですか。いえ、とにかく全てが推測だと言うのに間違いはありません。今はおいておきましょう。それで話を最初に戻しますが、キュゥべえさんが私に協力しているのはとりあえず現状維持に努めているからです。今彼らは私の推測を元にしてこれから先起こりうる事態をシミュレートしてくれているんです。彼らのそれは下手な未来予知よりも正確なようですから」

 

 ただし予想外の事が起きるとすれば、それは感情絡みの事である。彼等からすれば、この宇宙に生ける生物がわざわざ何の利益もなく滅びを願うなど想像の埒外なのだ。確かに人類の中には理不尽で脈絡もない行動を起こす個体は存在するが、鹿目まどかの行動を予測すればそれはありえないと彼等は考えていた。

 けれど葵が――感情を持ち普通の人間より合理的な考えをする人間が――言うところによると、その可能性は充分にあるというのだ。

 

 キュゥべえはとても合理的な生物だ。自分達が感情について理解不足なことは承知しているし、それに付随して起きる予想し得ない結果が存在することも認識している。そして彼等は地球人を陥れたいというわけではなく、宇宙の延命を願っているだけなのだ。つまりエントロピーの逆転による弊害が予想以上の可能性があるとすれば、検証しない筈もない。結果として葵とは取り敢えずの協力関係にあり、まどかの扱いは保留。そしてある程度のお願い――つまりさやかやまどかの危険察知程度のお願いは聞き入れているというわけだ。

 

「ふう、少し疲れました。戻りましょう? 杏子」

「ああ……最後に一つだけいいか?」

「ええ、どうぞ」

「もし今の話が全部その通りだった場合、解決策はあるのか?」

「…そう、ですね。無くはないですが、それはほむらへの裏切りになるかもしれませんし……何よりこれはどこまでいっても推測でしかありえない結論なので、そんなことでまどかに願いを叶えてほしくない。それに――」

「それに?」

「それに、状況そのものはとても簡単なんだろうと思います。運命は、因果は抗えぬ大きな波などではないんですきっと。精緻な機械のように、幾億に連なる歯車のように、少し手を加えれば何もかもが一変してしまう。全ての鍵を握るのはまどかで間違いないでしょうが、それを導く手段は無数にある。私はそんな……――っ!!」

 

 何かに気付いてしまったような表情の葵。それはどちらかといえば正の感情を含んだように見え、少し考え込んだ後に呆れ顔に変わった。まるで答えなど最初から解っていたはずなのに、といった具合に。

 

「ど、どうした?」

「――いえ、そういえば何よりも重要なファクターを忘れていました。灯台下暗しとはよく言ったものです、ほんとに」

「……?」

「あはは、何でもないです。きっと上手くやれると確信できました……今『在る』もの全ての救済は叶わずとも」

「ふうん? ま、ならいいさ……優先順位さえ間違えなきゃね。葵にとって大切なものなんてのは、見りゃ解るし」

「おや? そんなに解りやすいでしょうか」

「ま、ね。ほむらに話さなかったのも解りやすいっちゃ解りやすいしー?」

「うぐ…」

 

 けらけらと笑って葵をからかう杏子。一転二転とくるくる廻り、あれもこれもと理由付け、結局最後に残った話さぬ理由は友を離さぬためのもの、と。

 葵がうじうじと……そう、らしくもなく悩んでいたのは、つまるところほむらの素性をキュゥべえに話してしまった罪悪感と、それで嫌われたくないとほむらに話しあぐねただけのこと。

 

「全部終わったら土下座ですかね…」

「くくっ、全裸で土下座しときゃなんとかなるんじゃない?」

「それは貞操がなんとかなりそうです」

「へえ? もしかして童て」

「違いますし、セクハラですよ」

「へいへい」

「返事は一回。女の子なんですからもう少しお淑やかに」

「はーい」

 

 二人で家に向かいながら笑いあう。そして最近少しばかり憂いを帯びていた葵の顔は、とても晴れやかな笑顔になっていた。

 

 





説明詰め込み過ぎかな……

私の頭ではこの程度の考察しかできないので、突っ込みやめてちょんまげ。あと葵の推測ですので、間違っているところもいっぱいあります。


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恋物語

 見滝原中学校校門前。ワルプルギスの夜との戦いまで後少しと迫ってはいるのだが、当然そんなことは露ほども知らない大勢の生徒は、今日も今日とて勉学から解放された喜びに身を躍らせて帰路についていく。そんな人の波に流されず、悠然と校門の前に佇む葵の姿は数週間前を彷彿とさせる。むしろ人目を惹く容姿なだけに、前にも見た子だと気付く者はちらほらといるようだ。

 

 そんな彼女が何をしているかというと、所謂出待ちである。ただしほむらでもなくマミでもなく、そしてさやかでもない。ピンク色の女神様を待っているのだ。もう少しいいタイミングがあるだろうとも思えるが、葵に連絡手段というものは何気に少ない。勿論ほむらやマミに言伝を頼むというのが一番簡単なのだろうが、根掘り葉掘り尋ねられるのも少々困るためこういった手段に出たのだ。

 

 しかしそんな葵もこの状況は予想外だったと苦笑いをしつつ、目の前で機関銃のごとく喋り続ける女性教師、その凄まじい勢いの愚痴に付き合う。正直目玉焼きの好みなど葵は人それぞれだとは思っているのだが、勢いに圧されて意見を述べさせられたのだ。

 

「目玉焼きの卵が半熟かどうか、それは意外と重要なことだと思いますよ? なにせ世界を見渡せば目玉焼きの焼き方一つで様々な派閥が国境を越えて、喧々囂々と議論を交わしているのですから。それを『その程度のこと』としてしか見れないならば、どのみち貴女には縁の無い男性だったんでしょう。別に貴女が悪いと言っている訳ではありませんよ? その男性と貴女における見解の相違というやつです。ただ人生の伴侶とは自分の半身を預け合うほどに信頼が重要だと思いませんか? 多少の違いを許し合えるのは当然のことですが、そもそも大した仲に発展していないのならば先に解って良かったというものです。世間はバツイチに意外と厳しいですから」

 

「なるほど…」

 

「私から見ても早乙女先生はとても魅力的な女性に見えますよ。いわゆる女性同士のお世辞などではなく、本心からです。平均寿命は女性の方が高いんですから姐さん女房でもいいじゃありませんか。その中沢君とやらのアプローチも卒業してまだ続くようなら真摯なものでしょうし、そこまでいけば先生と生徒の関係もなくなりますよ」

 

「でも親子でもおかしくない年齢差だし……それにそこまで待てばもう崖っぷちどころか転がり落ちちゃう年齢だし…」

 

「自分への言い訳は好機を潰しますよ。ようは貴女がどうしたいかです。後悔しない生き方なら、例え独身だろうが歳の差婚だろうが、どっちでもいいんじゃないかと」

 

「……ええ! ありがとう。まだ答えは出ないけど、後悔はしないようにやってみるわ」

 

「その意気です」

 

 

 外で話すには少々はしたない内容を長々と話し込む女性教師、早乙女和子。生徒への挨拶もそっちのけで恋愛相談、それも一回り離れた子供へと話しているあたり和子の悩みもかなり深刻なものだろう。葵もその必死な様子につい持論を披露してしまったというわけだ。そしてそんなやりとりをしている彼女達に心底呆れかえった様子で声が掛けられる。

 

「なにしてるんだか…」

「おや、お疲れさまですほむら。あと他の皆さんも。しっかり勉強しましたか? さやか」

「何で私限定なのさ」

「失礼、言い間違えました。さやかはしっかり勉強していましたか?」

「NO、よ」

「ほんとに失礼だなお前ら!?」

 

 テンポよく会話が弾む三人、そしてそれを少し離れて見ているまどか。ニコニコと笑って見ているあたりが彼女らしいとも言えるだろう。暫し他愛もないやりとりを繰り返した後、ほむらからふと疑問の声が上がる。

 

「今日はどうしたの? 迎えにくるなんて聞いていなかったけれど」

「ええ、すいませんが今日はまどかに用がありまして。まどか、この後時間ありますか?」

「へ? 私? う、うん大丈夫だけど……どうしたの?」

「ええ、ちょっと二人きりで話したい事があるんです。今後の事も含めて、とても大切な話です」

 

 予想もし得なかった衝撃発言にほむらは耳を疑った。その次に頭を疑い、最後に現実を疑って、結局聞き間違いではなかったようなのでおそらく夢なのだろうと判断したようである。

 

「…うん、解った。長くなるかな?」

「そうですね。短くはないと思います」

 

 まどかは自分を優柔不断で決断力のない人間だと卑下しているが、しかしこと他人のためとあらば信じられないほどの行動を取る時がある。今回においては葵の真剣な表情と雰囲気からとても大事な話だと感じ取り、迷う素振りもなく即決したのだ。ちなみにほむらは今夢から覚めようとさやかの頬を抓っている真っ最中である。

 

「そっか。んーと……じゃあね、葵ちゃん。よかったら家に泊まりにこない? パパもママもこの前のこと話したら遊びに連れておいでって言ってたの。たっくんも葵ちゃんとまた遊びたいって」

「え……それは助かりますが、ご迷惑では? 親御さんにも都合というものがあるでしょうし」

「たぶん大丈夫だよ!」

「うーん…」

 

 子供の突拍子の無い思い付きは往々にして親の負担になるものだ。普通に考えていきなり友達を泊めることになれば良い顔はしないだろう。少なくとも葵はそう思うし、そういう風に育ってきた。とはいえ、まどかが親に迷惑を掛けるようなタイプには見えないこともあり、結局押しにも負けて葵はまどかの家に泊まることと相成った。

 

 だが問題はそこではなく、今一番憂慮すべき事態はまどかよりも少し横にある。つまりプルプルと震えて俯いているほむらへの対処だ。さやかから頬を抓り返されて、ようやく今が現実だと認識したほむらの暴走を抑えることこそが最優先事項であると言えよう。

 

「い、い、いつの間にそんな……? 二人で遊んでたなんて聞いてない……え? 嘘よね? こんなのありえない。こんなの、こんなのって…」

「あの、ほむら?」

「ほむらちゃん?」

「…私の戦場は此処じゃない」

「ちょ、ほむら! そっちは行っちゃ駄目なやつです!」

 

 澱んだ瞳で時間を戻ろうとするほむら。が、そもそも時間遡行できるのは極々限定された時間の中だけなので、ただ変なポーズをとっているだけにとどまっているのだが。

 

「心配しなくとも大丈夫ですよ、けしてほむらを蔑ろにしたいわけではないんです。ただ確認しておかなければならないことがあるだけですから」

「じゃ、じゃあ私も一緒に」

「それはお勧めしません」

「お勧めしない……? 来るなとは言わないのね」

「ええ。言えなくはない事柄ですが……でも言いたくはないです。正直それが貴女のためなのか自分のためなのかも解らない。貴女の為を思ってと言いつつ単なる言い訳でしかないのかもしれません。ほむら……私は、その、貴女に」

 

 どこかお道化た様な雰囲気は既に霧散し、ほむらも真剣に葵の言葉に思案する。本当に珍しく歯切れが悪い葵が、さらに躊躇うように何かを告白しようとしているのを見てほむらは言葉を被せるようにしてそれを遮った。

 

「…愛の告白は結構よ。貴女がそう言うのならそうしましょう。悪いようにはならないでしょうし、しないでしょう?」

「はい、すみません」

「そこはありがとうでいいんじゃないかしら」

 

 くすくすと笑いながら口元に手を当てるほむら。先ほどの痴態はどこへやら、優雅と言ってもいいほどに冷静さを取り戻しているのは、葵とまどかに変な雰囲気が一切なかったせいでもあるだろう。問題なく収まりかけたその状況に、しかし頬の痛みから回復したさやかが場の空気を一切読まずに間の抜けた言葉を発した。

 

「まどかの家に泊まりにいくんだー? 私も久しぶりにいこっかな」

「空気読んでくれませんかさやか」

「仕方ないわ。魚に空気は要らないもの」

「さやかちゃん…」

「そこまで言うほどのこと!? あとほむらはその魚ネタやめてくんない? このさやかちゃんのどこに魚要素があるってのさ……あ、もしかして白魚のように美しい手をしてるとかそういう――」

「……」

「うう、謝るからその心底うざいって感じの顔はやめてくださいお願いします」

「心底うざいわ…」

「わざわざ言わないでよっ!?」

 

 くだらない話をしながら分かれ道までの帰路を楽しく過ごす四人。ちなみに仁美は習い事のため先に帰っており、もし居れば葵とまどかの関係に色めき立ち、さらに話がややこしくなったであろうことは想像に難くない。

 

 そして暫し歩いた後、葵はほむらにマミ達への言伝を頼み別れの挨拶をする。少し寂しそうに手を振って離れていくほむらを見送り、まどかもまたほんの少しだけ寂しげに呟いた。

 

「葵ちゃん、ほむらちゃんに凄く信頼されてるんだね……少しだけ羨ましいなぁ…」

「はは、まあ付き合い自体は私の方がちょっとだけ長いですし。勿論今までの世界を含めればまどかの方が余程長いでしょうが、それを付き合いというのかは疑問ですしね」

「? でもそれは葵ちゃんも一緒なんじゃないの?」

「いえ、私は彼女が繰り返した時間の中に一切登場していない。まさしく奇跡のような遭逢なのでしょう。だからこそ私は今この世界をほむらにとっての最後にしたい、彼女を開放してあげたい。そのための出会いで、またそうであってほしいとも思います。ほむらの苦難には必ず意味があったのだと示したいのです」

「…そっか。ほんとに羨ましいなぁ……私、やっぱりなんにも出来ないままだ。ほむらちゃんと友達になって少しは変われたと思ったんだけど、でもほむらちゃんは凄い人で、クラスのみんなも凄い凄いって言ってて、私なんかが…」

「ほらほら、そういうのはやめましょう。その理論で行くと総理大臣の友人は各国首相しか勤められなくなっちゃいますよ。友人であることに条件なんかいりませんとも」

「例えがおかしいよ、葵ちゃん」

「そうですか?」

「そうですとも……えへへ」

 

 にぱーと笑顔になりながら独特の笑声で元気を取り戻すまどか。彼女が何に関して才能を発揮するかなど葵は知りもしないが、それでもこの可愛さと純真さは一種の才能と言っていいんじゃないかと内心で癒されていた。少なくともこの笑顔だけで一〇〇万ドルぐらいの価値はあるでしょうと内心で独り言ち、その比喩表現の古臭さがまたなんとも絶妙である。

 

 そうこうしているうちに二人は家に辿り着き、葵は遠慮がちに玄関へと上がる。まどかに招き入れられながらリビングへと進み、家庭菜園を世話しているまどかの父、そしてその横で遊んでいるたつやへと挨拶をした。

 

「ただいまー」

「おかえりまどか。おや、まどかの友達かな? いらっしゃい」

「お邪魔します。わぁ、見事な家庭菜園ですね……たっくんも元気でしたか?」

 

 あーいと元気よく返事をしながら葵の傍に近付いてくるたつや。葵は基本的に柔和な雰囲気を佇ませているため子供に好かれやすく、外見が女性になったことでさらに懐かれ度合が増しているのかもしれない。

 

 そして一方、たつやと仲が良いんだねとニコニコ笑っているまどかの父は、まさにこの子にしてこの親ありと言うレベルでまどかとの血の繋がりを確信させる。

 そんな優し気なまどかの父親と暫し雑談をした後、宿泊の旨をまどかが伝え、快く了承されたことで葵も少し安心してまどかの部屋へ向かった。

 

「いやー……まどかのお父さんですねぇ」

「えぇー、なにそれ? パパはパパだよ?」

「いえ、まどかと同じくらい優しそうですね、と。まあ娘は父親に、息子は母親に似ると言いますし、見事に体現しているということなんでしょう。とするとお母さんはちょっとお転婆な感じですか」

「わ、正解! お母さんの方がバリバリいくタイプなんだ。たっくんもそうなっちゃうのかな?」

「あはは、甘いマスクにグイグイいくタイプとくればモテそうですね。どうします? 弟に先を越されちゃったら」

「さ、流石にそれはやだな…」

 

 ベッドに腰かけるまどかと座布団に正座する葵。小さな机越しにお喋りは続き、どこか暢気な空間が形成されている。どちらも温厚な性質だけに、ホンワカした雰囲気が続くのも苦ではないのだろう。これがさやかなど居れば要所要所で必ず切れのいい突っ込みが入る筈である。

 

「それでね、その時のさやかちゃんがほんとに可笑しくて…」

「ほう、それは耳寄りな話ですね。まどかがそう言っていたと伝えなければ」

「だ、ダメだよ!?」

「某ピンクちゃんがそう言っていたとぼかしておきますから大丈夫ですよ」

「ぼかせてないし大丈夫でもないよ! それにピンクちゃんって……葵ちゃん、時々おじさんみたいだね」

「お、おじさんは言い過ぎです」

 

 

 例え実年齢だってまだおじさんではない。などと自分に言い訳をしているが、二十代も半ばを過ぎれば立派なおじさんであるというのは世間一般の共通認識だろう。むしろ若い世代にはおじさん扱いされ、おっさん世代には若造扱いされる中々に難しい世代であるとも言えるだろうか。

 

「あー……というか、そういえば話してませんでしたね。マミ達との生活で麻痺してましたが、よく考えればこの状況はいかにも拙い。でも不用意に吹聴するのもどうかと思いますし……うーん」

「えっと、なんの話?」

「どうすべきか……ううん。まどか、実はですね」

「う、うん」

「実は私…………ええと、やっぱやめときます。すいません」

「ええっ! そこまで焦らして!?」

「や、まあ詮無いことです。気になるならほむらにでも聞いておいてくださいな」

「えぇー…?」

 

 御大層な秘密とまでは思っていないが、さりとて軽々に暴露するような内容でもなく、葵は直前で言葉にするのをやめた。一緒に暮らすわけでもないのに一々それを明かすというのも変な話だろう。また何かしら不都合があればその時でいいだろうと葵はお口にチャックをしたのであった。その後、多少の時間が過ぎた頃、まどかの母が仕事を終えて帰ってきた。

 

「入るよー? お、あんたが葵ちゃんかい? 狭い家だけどゆっくりしてってよ……それにしてもさやかちゃん以外が来るのも珍しいねぇ。クラスの子?」

「あ、ママおかえり」

「お邪魔してます、それとお仕事お疲れさまです。一応校外の友人ということになりますね。まどかにはお世話になって……はいませんが、親しくさせてもらってます」

「おや、随分大人っぽい子だねぇ。アハハ、子供っぽいまどかにゃ丁度いいのかもね。もうご飯できるから降りておいでよ」

「はーい」

「はい、ありがとうございます」

 

 廊下に出ればそれだけで良い匂いが漂っている。間違いなく美味しさを予感させる――確信させる香りだ。葵はとても嬉しそうな表情でリビングへと突入するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「味はどうかな? 葵ちゃん。さっきとれた野菜を使ったんだけど」

「ええ、とても美味しいです。私も料理はしますがここまで上手くは……」

「んふふ、羨ましいだろぉー? 私が惚れるのも無理ないってもんさ。葵ちゃんも良い男がいればぐずぐずしてないでアタックかけちゃいな。まどかはそのへん全然なんだよねー、絶対隠れファンぐらい居る筈なんだけどねぇ」

「もう! ママ!」

「あはは、確かにまどかは可愛いですからね。高校にもなればきっと手紙の嵐ですよ」

「ダメダメ! 手紙なんぞで告白するような軟弱者はダメさ。男は包容力があって、でもいざとなれば頼りになるかっこいいのじゃないとね……うちの旦那みたく」

「ママ、恥ずかしいからそのへんでやめてよう…」

「ふふ、夫婦仲が良いのはとても素晴らしいことです」

 

 いい歳こいて熱々に惚気る母親を見て赤面するまどか。とはいえ夫婦どちらも二十代で通用するほど若々しく見えるため、見苦しいということはけしてない。それでも身内としては恥ずかしさに苛まれるのも仕方のないことではあるだろうが。

 

「葵ちゃんは将来有望そうだねぇ……どうだい? たっくんはきっと良い男になるよ~?」

「ええ、先程もまどかとそんな話をしてたんですけどね。まあでも、それはそれとして私は男に興味がないので謹んで辞退させていただきましょう」

「おや、まだまだ思春期だねぇ。そんなこと言ってると婚期を逃しちゃうってもんだ。中学生で早すぎるってこたないんだから」

「あはは、肝に命じる……と言いたいとこですけどね」

 

 言葉を濁して苦笑する葵。本当のことなど荒唐無稽すぎて言えやしないが、しかし適当に嘘をつくのはポリシーに反する。頬を掻いて視線を適当な方向に向け、誤魔化すように彷徨わせる。

 しかし実年齢でも葵の上をいき、濃い人生経験も送ってきた詢子には葵が照れや恥ずかしさから男性を否定しているのではなく、本心から興味がないことを嗅ぎ取った。

 

「ふぅん……ならまどかなんてどうだい? 親の欲目にしても優良物件には違いないからねぇ」

「そうですね……って親としてそれはどうなんですか。ただでさえまどかは最近少しそっちの気が出てそうなのに」

「きゃあ! ふ、二人とも何言って……! 別にほむらちゃんとはそういう――」

「へー…」

「ほー……割と冗談でしたが、これはほむらにもチャンスはあるんでしょうか。ま、私は後悔しなければ問題ないとは思いますのでお気になさらず。いつの世もマイノリティは辛いですが、頑張ってください」

「だ、だから違っ…!」

「へえ、ほむらちゃんねえ……どんな子なんだい? 聞かせておくれよ」

「とても良い子ですよ、本当に……この世界で一番尊敬しているかもしれません。あれほど人のために頑張れる人間を私は知らない。少しずれているところもありますが、そこも愛嬌でしょう」

 

 べた褒めである。これは本当に本心からの言葉で、普段はそこまで態度には出さずとも葵が常々思っていることでもある。むしろそう思っているからこそこれだけ葵は協力をしているのだ。

 

 尊敬と羨望。自分には到底できないであろうことを成し遂げてきた――否、成し遂げ続けている彼女だからこそ誰よりも救われてほしい。その感情にどれだけ恋愛的な感情が含まれているかは不明でも、例えどのような関係であっても仲良く居続けたいと葵は思っているし、誰とどういった関係になっても祝福できる確信があった。まあ見るからにちゃらんぽらんな男と恋仲になれば全力で邪魔するのは間違いないだろうが。

 

「…あんまり修羅場にならないようにね。私も放任主義だけどさぁ、痴情の縺れで刃傷沙汰だけは勘弁してよ?」

「む、あり得ませんよ。あと私がそういう趣味である前提で語るのはやめてください」

「おや、そういう趣味ってどんな趣味だい?」

「はて、どんな趣味でしょうか……まあでも、しいていうならば詢子さんが中学生の頃の早乙女先生との関係に似て――」

「ストーーップ! ……葵ちゃん? 後で少しお話ししようか」

 

 校門前での葵と和子の会話、それは昔の恋愛事情から始まった。和子は明確に口に出していたわけではないが、まどかの母詢子と同級生であったこと、詢子がレディースの総長として同性から慕われていたこと、そしてそんな彼女のせいで男性へ興味が沸くのに時間がかかったのだと愚痴っていたことから想像した関係であるが、ばっちり当たっていたようだ。

 

「お話しですか? 構いませんよ。ちなみに私は般若湯的なものがあれば口が緩むタイプです」

「りょーかい。良い性格してるね、葵ちゃん」

「ふふ、すいませんね。詢子さんとは非常に気が合いそうな予感がするもので。それに元から話したいこともありましたし、丁度良かったです」

 

 般若湯――つまりはお酒である。まあ仏教徒もこれはお酒ではなく般若湯だから戒律には触れないと言い張る代物であるからして、未成年が呑んでも問題はないのだろう。きっと。

 

「ねえ、ママも葵ちゃんもさっきから何の話してるの? それに葵ちゃん、私とのお話しは…」

「すいませんまどか。先に少しママさんとお話しさせてくださいね。とっても気になることがあるようですから落ち着かないでしょうし」

「くうぅー! 可愛いくらいに生意気! 気に入った!」

「まだ素面でしょうに……大丈夫ですか」

 

 女が三人。とても姦しいこの状況で、男に口出す余地もなし。しっしっと追い払われた父親は息子と共に私室へ向かった。すごすごと廊下を行く様は先ほどの熱々具合が嘘のようである。まあ夫婦の仲など鉄のようなもの、熱しやすくて冷めやすく、年経れば錆びやすく、されど手入れをきちんとすれば鈍くも輝くものである。そんなこんなでまどかは先にお風呂に入り、その間に軽く酒の席が設けられる運びとなった。

 

「さてと! 割となんでもあるけど、何がいい? ナポレオンなんかいっちゃうかい? ジョニ黒もあるよ」

「どこのおっさんですか……生憎と嗜むのは安酒ばかりでして。まあジョニ黒が安酒かどうかは年代別で一家言飛びかいそうですが」

「酒なんて楽しく吞めりゃそれでいいのさ。誰だって最初は雰囲気こみで美味しいっていってるだけさね」

「あはは、そうですね。ではそこのそれを」

「あいよ。私は~……久々にこれでも呑もうかな。葵ちゃんは水割りでいいのかい?」

「ええ、お願いします」 

 

 マスカルポーネにブルーベリージャムを添えて、他にはクラッカーやチョコレートなどで彩を加える。ウィスキーには甘いものがよく合う。世間的にも個人的にもそこに全く異論の余地はなく、更には嗜好が甘味好きに変わりつつあることも加わって葵は大層ご満悦である。居候先は子供ばかりで自由になる金銭もない。アルコールを摂取する環境にはなりようもないために、この偶然が設けてくれた酒の席には感謝してもし切れない、そんな様子がよく解る葵の表情だ。

 

「…で、さっきの話。どこ情報だい? お姉さん『少ーしだけ』気になるんだけど」

「こほん、しかし沈黙は金という言葉もありますから。みだりに他人が言っていたことを吹聴するのは、はしたないことです」

「ままま、ほら呑みねえ呑みねえ」

「おっととと。って日本酒じゃあるまいしやめてください。というかぶっちゃけ解ってるでしょう?」

 

 ある程度は秘密の関係、漏れるとすれば自分か相手か。己が白痴でないと言うならば、おおよその推測はつくものだ。そもそもそこらにばら撒かれるならともかくして、思い出したくもない過去という訳ではなく若い時分の火遊びであると詢子は認識している。相手も分別のある教師なのだから話す相手は弁えているだろうし、実際に目の前の少女はそのへんの大人よりもよほど自己を律しているように見えると詢子は考えていた。故にこの席は詰問の場ではなく談笑の場でしかあり得ないというわけだ。

 

「まね。単に少し話してみたかったってだけだからねぇ。最近あの子も少し変わったみたいだし、葵ちゃんのおかげかい?」

「まさか。あの子が変化しているなら、きっとほむらの影響でしょう。良くも悪くも人は人によってしか変わりませんから……心配せずとも良い変化ですよ。誰にも騙されてないし、唆されてもいません。そうなりかけたら必死で止めてくれる良い友人も居るでしょう」

 

 まどかが騙されかけたらほむらが黙ってはいないだろう。矢が効かなければ鉄砲を、鉄砲が効かなければミサイルを。それでも駄目なら空母すら持ってくるのが暁美ほむらという少女なのだ。心無いキャッチセールスなどがこようものならほむらに心臓をキャッチされること請け合いである。

 

「葵ちゃんは大人っぽいってより子供らしくないねぇ。ま、そのへんについては私の子供なんだから心配してないよ。あと気になることっていったら……さっきの話くらいかな。実際のとこどうなんだい? 私だって娘が選んだ道なら口出しする気はないけど、一時の気の迷いってのは厄介だからねぇ…」

 

 遠い日を想う詢子の横顔は、実体験を伴ったリアルさがありありと浮かんでいた。後悔はしていなくとも何かしら思うところはあって当然だろう。今でもちょくちょくと会う関係なのだから記憶の角に寄せることも出来やしないし、詢子はしたいとも思っていない。

 

「それも含めて成長というものです。それを言ったら恋愛なんて麻疹のようなものじゃないですか。あの時はどうかしていたなんて言っても、その時はそれが、そんな精神状態の自分が自身なのですから。それらを飲み込んで人格を形成していって、最後に笑い話になるのなら失敗もまた成功なり、です」

 

「ふふ、言うねえ。それでも親は子が痛い目を見るのは嫌なもんなんだよ。頭ではそれが必要なことだと解っていてもね。ま、どうにもならなくなったらどうにかしてあげるのが親の役目ってやつさ。そこまでは口出ししないのが我が家のルール! もちろん助言はするけどね」

 

 ご立派ですと深く頷く葵にヘッドロックをかます詢子。言っていることは割と良いことなのだが、如何せん見た目が少女なので小生意気にしか映らないのがその理由である。そんな微笑ましいやりとりではあるが、絵的には美女と美少女がガパガパと胃にアルコールを運び込みんでいるというなんとも言い難い光景だ。

 

 その後も会話は弾む。それは雑談としてはよくある話、日常についての事柄に及ぶのもまた自然な流れなのだろう。しかしそこに突っ込まれても話せないのが葵としても困ったところで、当たり障りなく答えようとしても、そもそも友人関係以外は障りしかない日常なのだから。

 どこの学校に通っているかを聞かれて答えに窮するのも予想していたことではある。が、結局話せることがあまりない以上返事は曖昧なものにしかなりようがないのだ。

 

「あー……なんというか。学校には事情があって通っていませんので」

「ありゃ、そうなんだ。なんか悪いこと聞いちゃったかい?」

「いえ、お気になさらず。それに今のところはどうにもならない事情ですが、先の事はちゃんと考えていますよ。学力も大卒程度はあるので問題ありません」

「おお、そっか……色々複雑みたいだけどさ、何か困ったら相談しにきなよ? なんでもできるってわけじゃないけど、こうやって付き合うくらいならしてあげるからさ」

「ほんとですか!」

「おおっと、そこに食いつくのかい。アハハ、まあ未成年が呑めるとこは限られてるか。私の若い頃は小学生から呑んでるやつも居たもんだけどねえ」

「世知辛い世の中です……まあ子供にアルコールはあまりよくないとは思いますけどね」

 

 酒は百薬の長とは言うが、何事も過ぎれば毒となる。いわんや未成熟な体に依存性のある液体は進んで摂取させるものではないだろう。それでも葵としては偶に呑むくらいの娯楽はあってしかるべきだと思うのだ。特に未来が定まっていないこの瞬間であるが故に、強く思う。

 

「そういや話したいことってなんだったんだい? まどかのこと?」

「ああ、そうでした……けどもう大丈夫です。詢子さんの人となりもよく解りましたし、とても魅力的な女性だということも理解しました。あとはまどかの判断しだいです」

「おお? 悪いけどあたしゃもう旦那のもんなんでね。火遊びは卒業したのさ」

「それは残念」

 

 酒で滑らかになった口調は程々に危険な冗談を滑らせつつ、円滑に話を終わらせる。そろそろまどかが出てくる頃だからお風呂に入っておいでと言う詢子に、葵は頭を下げつつ風呂場へ向かった。パタパタとスリッパの音を廊下に響かせながら、酔いで火照った頭と体を嬉しく感じている葵。数日に一度は楽しんでいた趣味がかなりの期間我慢を強いられていたのだから、その喜びもひとしおなのだろう。

 

 その後は丁度風呂から上がったまどかと入れ替わりになり、濡れた髪を下ろして頬を上気させるパジャマ姿のまどかに少しドキドキしたりと少しの役得があったようだ。そして葵も風呂を終え――女性にあるまじき短時間である――まどかの部屋へと戻った。ちなみに着替えは魔法である。この青いパジャマも魔法少女のコスチュームには違いないのだから、魔法というのも便利なものだ。

 

「さて、と。ではまどか、少々お付き合い願います」

「う、うん。お願いします」

 

 夕方話があると言ってからの約七時間。微妙に焦らされていたまどかは風呂上り後にいれたアイスティーをゴクリと嚥下し、その内容に身を構える。いったいどんなセリフが出てくるのだろうかと薄い胸に手を当てた。

 

「まどか、あなたの全てが欲しいんです」

 

 そして葵の一言を理解した瞬間、再度口に含んでいた紅茶を全て吹き出したのであった。葵が風呂に入りなおしたのは言うまでもない。

 



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運命の物語

「――以上が僕達の導き出した結論だ。何か質問はあるかい?」

「いえ、上々です。杞憂だったことも想定外だったこともありますが、概ね問題は無さそうですね」

「僕達にとっては大問題さ」

「おや、それは意外です。軌道修正案は出ていないのですか? 貴方達のことですからまたぞろ恐ろしい企てを試みようとしているのでは…」

「葵は僕達の事を悪魔か何かと勘違いしていないかい? 別段必要じゃない犠牲を出す意義はこれっぽっちも感じてはいないさ。必要ならそうするし、不必要ならどうもしない、生物として当たり前のことじゃないか」

「あはは、知ってます。冗談ですよ」

 

 明日でほむらがこの世界に戻っておよそ一月。それは同時にどんな結末になろうとも避け得ない一つの終焉を意味し、違いといえばその幕引きが歓喜となるか絶望となるかである。各々、様々な思いはあれど目指すところは同じであり、故にその心は本当の意味で結束していた。

 

 自らを、そして戦友を鼓舞して明日の戦いのために意気を高め合い、少しだけ特別な晩餐を取った後は皆眠りについた。そして夜半過ぎ、のそのそと起きだした葵はキュゥべえに呼ばれるまま近くの公園のベンチに座り話を聞いていた。

 

 それは彼等がシミュレートした未来予測、そしてどう行動すべきかの指針。結局のところ葵が予想していたほど悪い事態ではなかったのが救いではあるものの、しかしキュゥべえ側からすればあまり歓迎すべき状況でもなかった。まどかの因果量は確かにどんな願いも叶うものではあるし、魔女になれば少なくとも数個の銀河は滅ぶことに疑いはない。けれどまどかが魔女になったことで宇宙が滅ぶなどと彼等は考えていないし、自分達の技術力がたった一つの存在に滅ぼされることなどありえない――可能性としてはなくもないが、数学的な観点で考えるならば0と変わりない程度のものだ。

 

 しかしまどかが魔女になった時に滅ぼされるものの規模を想定した時、それは彼等が何百年とかけて増やしてきたエネルギーが無に帰す事と同然であった。その事実は葵が唱える『エントロピーの逆転現象は存在しない』という説を裏付ける何よりの証明であるし、それを偶然と片付けるほど彼等は愚昧ではなかった。

 

 しかして彼等が今すべきことはエントロピーの逆転限界による反動を最低限に抑える行動でしかないというわけだ。けれど彼等は神ではない。一朝一夕に全てが片付く妙案など出る筈もなく、そもそも彼等は観測して予測し効率的に動くことこそ得意ではあるが、突発的に何かを閃くということはあまりない。

 

 そして仮に宇宙の運命に、因果の収束に分岐点があるならば、分水嶺というものが存在するならば、確かに『ここ』だ。時も、因果も、人も、全てが集い、そして運命と呼ばれるものがあるならば確かにこの状況は『極まって』いる。

 

 選択の時は近く、そして短い。判断を委ねる何かもなく、依るものもない。キュゥべえ達に短絡的な思考が許されるならば、まどかを殺害ないし拘束すべきだと判断するだろう。もしくはほむらをどうにかするべきか。しかし彼等は聡明であるが故にそうできない。

 

 どちらもその行為がどのような結果を齎すかは不明であり、そもそもまどかがどうにかなればほむらは時間を繰り返す。次の世界――ほむらにとって主観だが――の『自分達』はどう行動するのか、できるのか。葵の話が無ければ想像は容易なだけに安易な選択は難しい。

 

――しかし。

 

「どうして笑っているんだい? 葵」

「いえね、結局あの話が正しかったのかと思うと少し嬉しいような悲しいようなと」

「あの話?」

「誰しも役割を振られた舞台役者である、と。世界が私を必要としているなんて考え方は、少し驕りが過ぎるでしょうか?」

「…訳が解らないよ。世界に意思があるとは思えないし、観測はできない。葵が言っているのが『神』というもののことなら、それは概念的なものであり、結果として意思に見えるような選択はあるかもしれないけどね」

「それならそれでいいんですよ。でも私の持つ力は貴方に与えられたものですから、結局キュゥべえさん達のやっていることは無駄じゃなかった――ん? いや、結果として意味はないのか。まあどちらにせよ生物の営みの一つでしかなかったんでしょう、うん。無駄こそが生物の営みで、知的生物は定めに抗うことを常とする、と」

「どういう意味だい?」

「そういう意味です」

 

 疑問符が頭から出ているようなキュゥべえを見て微笑む葵。そしてつんつんと頭をつつきながら、最後の質問を問いかけた。その問いの可否によって、全てが決まる。

 

 しかし葵は、なんの躊躇いもなく言い切った。

 

「キュゥべえさん」

「なんだい?」

「貴方達は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパーセル。

 

 異常ともいえる速度で天候が荒れ始め、天災を予感させるほどの予兆を人々はそう評した。しかしその実はただ一体の魔女の出現、それが現実に悪影響を及ぼしているにすぎない。魔女は基本的に結界を作り、その中に引きこもり獲物を待つ。それは其々がもつ性質によって例外などはあるものの、基本的には全て同様だ。それはある種の生存本能でもあり、ほむらが使うように重火器をもってすれば普通の人間にも対抗できる魔女が多いからこそである。

 

 もちろん強力な魔女には魔力がなければ効き辛いものもいるだろうし一概に言い切れるものではないが、それでも極端に言ってしまえば弾道ミサイルや核爆発を耐えきれる魔女は存在しない。

 

 そう、ただ一体の魔女を除いては。

 

『ワルプルギスの夜』

 

 この史上最強とも伝えられる魔女だけは、魔力の籠っていない人間の武器などものともせず、故に結界に籠る必然性もまた一切ない。一部の人間以外には災害としか捉えられないが、例え世界中が全て敵にまわってもこの魔女は意に介さないだろう。

 

 彼女はただ愚者として回り続け、世界を戯曲にせんと彷徨うのみ。魔法少女すら敵としては見做さず、もし認識してしまえばそれは文明の崩壊を意味する。その性質は『無力』 けれどそれは己が性質を象徴しながらも、己以外を無力とも断じている。

 

 故に伝説。故に最悪。魔法少女に語り継がれる無明長夜。

 

 しかしこの街には悪夢に抗う希望が四つ、強大な絶望を跳ねのけんと暴風の中で佇んでいる。濡れ羽のように艶やかな黒、煌めくルビーのような紅、そして輝く黄金が二つ。

 それぞれが風にたなびき、薄暗い悪天候の中それでも存在を主張している。魔女に対するは魔法少女。その存在は似ているようで全く違い、けれど末路を同じくする人外達。

 

 魔女の夜会は観客を置き去りに開演を待ち、役者はそれを護る者と襲う者。この世全てが戯曲に変わるのか、それとも悪夢が泡沫の夢と成り果てるか。

 

 観客は知る由もない。

 

――ただ一人を除いては。 

 

「来るわ」

 

 この魔女と相対したものは全て死んでいる。しかしほむらはこの魔女と幾度も戦っている。そんな矛盾を抱える少女の声に三人の少女は頷く。上空を見上げれば冥い炎としか形容できない澱んだ火が現れ、地上を劇団が跋扈する。華々しくも悍ましい、彩られた象や鳥が広がっていく。そこには劇の全てがあるようで、けれどただ一つが存在しない。

 

 『ピエロ』がいない。愚者のように振る舞い、馬鹿をして観客を楽しませる『ピエロ』がいない。道化が存在しないサーカスなど看板倒れもいいところであるが、しかしこの場においては魔女こそが愚者で道化なのだ。もしくは、相対するものこそが愚者で道化なのかもしれない。

 

 その答えは、戦いの先にあるのだろう。今遂に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原の各地にある避難所の一つ。そこでまどかは空を見上げていた。ガラス越しに見える魔女は離れていても尚巨大で、人の身で立ち向かえるとはとても思えないほどだ。それでも彼女は動かない。葵との約束と、ほむらの想い故に。

 

「やあ、鹿目まどか」

「っ!? ……もしかして、貴方がキュゥべえ…?」

「うんそうだよ。こうして話すのは初めてだね」

「……」

 

 ほむらに聞いた悪魔の所業と、葵に聞いた救世を目指す生物の話。どちらも真だからこそまどかは複雑な瞳で白い体躯を見下ろした。友達を茨の道に陥れ、友達を謂れなき咎から救い上げた。どう接すればいいのかと判断に迷いながら、今ここに現れた真意を量りつつ自分の決意を露わにした。

 

「私、魔法少女にはならないよ」

「ああ、知っているさ。僕達も君が魔法少女になると困るからね」

「じゃ、じゃあなんでここに?」

「ここは安全だし、それに君への興味もあったからね。少し話してみたいと思っただけさ」

「……?」

 

 機械のような、悪魔のような生物だと。感情の無い効率的な生物だとまどかは聞いていた。けれどその様子は猫のような好奇心を想起させ、先に思いを馳せる姿は感傷に浸っているかのようだ。

 

「皆、勝てるよね…?」

「さあ、僕にはなんとも言えないね。でもすぐに倒れるほど彼女達は弱くないし、すぐに倒されるほど魔女は弱くない。それに窮地に陥る前には葵がなんとかするだろう」

「……! うん、そうだよね」

 

 驚いた、というのがまどかの正直な心持だ。優しさも怒りも、悲しみも何もない無機質な生物なのに、それは葵を信頼しているかのようだ。確率的に、ということなのかもしれないがそれでもまどかにはキュゥべえが無感情な機械とはとても思えなかった。

 

 そして次の瞬間、暗い夜空に幾条もの閃光が迸る。分厚く澱んだ雲を切り裂いて、少しだけ陽の光が街を照らした。まどかはきっと大丈夫だと両手を握り締め、祈り続けるのであった。

 

 そしてその後ろ――まどかを探しに来た詢子は、一人でぶつぶつ言っているように見える我が娘を見て、きっと大丈夫だよね、思春期だからしょうがないよねと汗をだらだら流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「硬いですね」

「ええほんとにっ…!」

 

 マミと葵がバンバンと砲撃を撃ち、群がる使い魔はほむらと杏子が相手取る。単純な戦法だが、これ以上のものはないだろう。現にワルプルギスの夜はその体のあちこちが罅割れ、討伐もそう遠いものではないことを予感させる。彼女達の攻撃は決定的な一打にこそなっていないものの、ほむら一人での攻撃とは雲泥の差であることは間違いない。火力そのものでいえば現代兵器が上回るのだが、そこはやはり魔力の多寡に影響されるということなのだろう。

 

「残りの体力でも見えればありがたいんですがね……このままじゃ少しまずいか」

「キュゥべえが言っていた『正位置への逆転』ね。確かにさっきの攻撃でもあの程度だと、そうなった時倒しきれないかも…」

 

 既に自身の最大攻撃を打ち出して魔女へ直撃させた二人だが、少なくとも致命的な一撃とまではいかなかった。効いているのは事実だが、あと何発打ち込めばいいのかは彼女達にも解らない。魔女の真の実力とは『強くなる』というよりかは暴走に近い。暴風の速度で移動を始め、その後には何も残らない――しかしその程度なのだから、強い魔法少女ならば生存確率は低くない。

 

 ならば何が問題なのかといえば、当然のことだが護るべきものの消失こそが大問題なのだ。全てが無に帰した街でたった四人が生き残ったところでなんの意味があろうか。彼女達はそんな未来を望まない。だからこそ状況を打破できる何かを必死で探っているのだ。

 

「あまり時間はかけられません。ほむらの時間停止の期限も近い……ワルプルギスの夜が予想以上にタフだったのが効きましたね」

「このままじゃジリ貧ね……どうしましょうか」

「ではプラン2でいきましょう。攻守交替です」

「フォーメーション、ロッソ・アズーロね!」

「プラン2です」

 

 ぶれないマミに動じない葵。もはや慣れたものとばかりにスルーして杏子とほむらにテレパシーを飛ばす。プラン2とはぶっちゃけるとマミと杏子の位置を入れ替えるだけのものだ。どの位置でもなんなくこなすマミの器用さがあってこその作戦であり、ワルプルギスの夜に魔力の砲撃が効かないのならば杏子の物理的な攻撃を試してみるというものである。当然ながら魔女との距離が近くなるために危険度が増すのは必然であり、彼女達も進んで選びたくはない選択肢だ。

 

「マミ、交代だ」

「ええ! 使い魔は通さないから安心してね」

 

 するりと華麗に位置をスイッチし、位置関係自体は変わらないままワルプルギスの夜へ近づいていく。別段それで攻撃が激しくなるわけではないことが、魔女から見た彼女達の認識を現していると言えるだろう。すなわち、ただの遊び相手のようなものだと。

 

「葵、サイコロ貸しな」

「今ですか? しかし…」

「予定より時間掛け過ぎだ。ここは張りどころだろ? 葵はギャンブル強いけど、ぜってー弱い」

「なんですかその禅問答チックなのは……確かに戦略も勝負度胸も判断力もあるとは言い難いですけどね…」

「だろ。今は勝負時。ここ一番で張るような奴は負けるんだ。なんでも一手速くが勝利の秘訣さ」

 

 ここは外せない。そんな心持で挑めば上手くいくのは漫画の世界だけ。上手くいくのを願うのではなく、上手くいくように仕向けるには力点をずらし、一歩速く先をゆけばいい。それが真理だと杏子はサイコロを振った。

 

「な?」

「貴方も大概ですね……大一番にそれを持ってきますか」

 

 出た目は全て1。決まっていたかのように現れた数字は、杏子の最大の一撃――槍を巨大化させる魔法を更に高め、ビルよりも高くマミの二の腕よりも太くなり魔女へと直撃した。

 

「やったか?」

「ちょっ」

 

 使い古されたどころかボロボロに擦り切れるまで酷使された伝統の言葉。『それは言っちゃいけない』というところまでが既にお約束と化しているその言葉を聞いて、葵は魔女の存命を確信してしまった。そしてその確信に応えるように魔女は再び宙へと浮き上がる。

 

 けれどその姿はまさに満身創痍。足の先にある歯車が欠け、趣味の悪いドレスはボロボロ。不気味な笑い声はところどころが壊れたラジオのようだ。

 

「畳みかけましょう! マミ、ほむら!」

「ええ!」

 

 葵の声に応えるようにマミは細いリボンを出して四人を繋げる。そしてそれを確認し、ほむらは時を止めた。

 

 全てが灰色になった無機質な世界。色づきがあるのは四人の魔法少女だけで、その他は微動だにしていない。まさに鬼札ともいえる時間停止の真骨頂。これだけでも最強と言って差し支えないほどの能力だろう。反則染みたその状態で彼女達は魔女のすぐ傍まで近寄り、攻撃を繰り返す。

 

 とは言っても時間停止中は攻撃が通らないので、遠距離攻撃を持つほむら、マミ、葵が魔女の傍に攻撃を置いていくといったものだ。攻撃された側からすれば一瞬で自分の周りに不可避の弾幕が現れる反則技だが、攻撃する側からすれば緊迫する戦いの筈なのに黙々と作業をしているような微妙な気分になる攻撃である。

 

 悪のカリスマ吸血鬼が時間停止中にわざわざ敵を担いで階段の下に戻すように、瀟洒なメイドが時間停止中にせっせとナイフを空間に並べるように、彼女達は『攻撃を置いて』いく。美しい白鳥も湖面の下では必死に足をバタつかせているものなのだ。

 

「まだー? あたしは何もできないんだから速くしてよね」

「ちょっと待って……葵、そこの隙間にもいけない?」

「どんだけ詰めるんですか。いや、気持ちは解りますけど」

「うん……よし、って巴先輩! 配置にカッコよさはいらないでしょう!?」

「で、でも…」

「デモもストもありません! 埋める! ほら速く!」

「はい…」

 

 もはや弾幕ではなくただの壁である。隙間なく置かれた攻撃の数々は例え並みの魔女が千体いても吹き飛ぶのではないかという有様だ。まあこれで最後にしたいというのだから、間違ってはいないのだろうが。

 そして念のためかなりの距離を取ってほむらは時間停止を解く――その瞬間に耳を劈くような音が響き渡り、四人が四人共鼓膜にダメージを負った。

 

「っ痛ぅ~。流石にやったか?」

「これで終わりね……ふふ、帰ったら美味しい紅茶とケーキにしましょう」

「永かった……やっと、やっと…!」

「ちょっ」

 

 もうやめて! ワルプルギスのライフは絶対残ってるわ! とでも叫びたくなるほどにフラグを積んでいく彼女達。葵はがっくりと項垂れながら轟々と立ち上る煙を見つめ続ける。

 

 そして現れたのは――――

 

「――っ! ……ほむら。やはり難しいようです」

「……そんな」

 

 そう、満身創痍な魔女の姿。爆撃を受ける前も満身創痍だった魔女の姿。もうひと押しで倒れそうなのに倒れない、ワルプルギスの夜がそこに居た。そして何よりも問題なのは、少し傾き始めていることだろう。それは世界終了のカウントダウンを始めているかのように緩やかに、けれど確実にその身を逆転させようと動き始めていた。

 

「悔しいですが、届かなかった。これ以上は…」

「……」

「ほむら、大丈夫ですよ。まどかは魔法少女になりませんし、街だって壊させません……既に結構壊れてますけど。でもそれには貴女の決断が必要です」

「でも、葵は――」

「そこは楽観的にいきませんか? 意外と世界は優しいものかもしれません。貴女にとっての喜びだってまだまだ隠しているのかもしれませんよ? それに自分を犠牲にして誰かを救うなんて、私には似合いませんから。大丈夫です」

「……うん」

 

 この戦いに勝てば、逡巡はいらない。だから考えないようにしていたその決断を、先延ばしにしていたその決断をほむらは下した。

 

 残る時間は数分もない。それはワルプルギスの夜が正位置に戻る時までということでもあり、時間停止を利用できる限界までという意味でもある。おそらくこれが最後になるであろうことを予感しながら、ほむらは盾のギミックを発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まどか……あんた誰かに騙されたりしてないかい? 唆されたりしてない? そりゃ宗教ってやつを全否定する気はないけどね、あんまりいかがわしいのは…」

「だから違うってばママ! さ、さっきのは……うぅ」

 

 既に一面のガラスの外には暴風で荒れている光景が広がっている。いくら強化ガラスとはいえこれが避難所でいいのだろうかという疑問は、その近くに誰も居ないことがその答えになっているだろう。耐久性に不安はないと言われても普通はどう考えても怖い。設計者の頭の中を覗いてみたいものである。

 ちなみに見滝原中学の設計者も同じ人物であることを考えれば、その男のガラスへの執念が解ろうと言うものだ。もしかすると下から何かを覗き込みたかったのかもしれない。

 

「女の子だからね。空想の動物なんかとお話しするのは誰でもやるもんさ。けどまどか……あんたもう中学生だよ?」

「う、うぐ」

 

 キュゥべえと話していたところを詢子にバッチリ見られていたまどか。当然素質のある者にしか見えないようにしているキュゥべえが詢子の目に見える筈もない。勘違いされるのも仕方ないことではあるが、まどかの対応もまずかった。適当にはぐらかせばいいものを、慌てた彼女はキュゥべえの存在を暴露し、ここには見えないけど猫のような生物がいるのだと、電波ちゃんまっしぐらな回答をしてしまったのだ。

 

 詢子の目が悲しいものを見るような目になったことを察したまどかは、このままでは自分の評価が『電波ちゃん』か『不思議ちゃん』か『アレな人』のどれかになってしまうと大慌てである。それをなんとかしようとキュゥべえへ詢子にも姿を見えるようにしてくれとお願いするが、対する回答はというと――

 

「それは君の魂を掛けるに足るものかい?」

「うん。私、魔法少女に――――ってそんな訳ないでしょっ!?」

「ま、まほ……? まどか、あんた」

「あ、ちがっ、ママ違うの。これは――」

 

 結果的により酷いことになってしまったことが、キュゥべえの陰謀であるかは不明だ。魔法少女になる対価がキュゥべえの顕現とは悔やんでも悔やみきれないどころか、血の涙すら出るレベルだろう。まだ満漢全席のほうがマシである。

 

「魔法少女、か……そういや今は『こすぷれ』とかが流行ってるんだっけ。まどか……気付いてやれなくて悪かったね。そういうイベントはお金もかかるだろうし、お小遣い増やそうか?」

「だから違うんだってばぁ…」

 

 棚ボタでお小遣いが増えそうなことを嬉しがるよりも、自分に変な趣味が追加される悲しみのほうが勝ったらしい。さっさと姿を現せやとキュゥべえを踏みつけながら、優し気になった母親の瞳にいたたまれなくなるまどか。ぎゅっぷいぎゅっぷいと苦し気な呻き声をあげるキュゥべえだったが、姿を現そうとはしない。この状況を面白がっているのかは、これも不明である。

 

 そしてそんな彼女達の前に、魔法少女達が姿を現す。

 

「まどか。本当に申し訳ありませんが、貴女の力が必要です」

「まどか…」

「鹿目さん、ごめんなさい。私達の力が足りないばっかりに…」

「悪いけど、後はたのむ。ありゃちっと無理だわ」

 

 タイミングというのは、本当の意味で言うならば神のみぞ知るものである。そこに何かが関与できるならば、それは人知を超えたものなのだろう。一般的には『普段の行いが良ければ』などと嘯かれることもあるが、それならば今のまどかはこんな状況にはなっていないだろう。

 

 こんな、悲しいことには。

 

「……」

「マ、ママ?」

 

 まさに魔法少女といった風体の四人。しかしその服装はコスプレなどというにはあまりにも精緻で、微細で、本格的だ。いったいどれだけのお金をかけているのかと詢子が思ってしまうのも無理はなく、そして愛娘に最近色々変化があった理由をようやく察した。

 

 つまり魔法少女好きの仲間ができたことを喜び、しかし金銭的に付き合うのが辛くそこに関して悩んでいたのだと。甚だしい勘違いである。

 

「よ、葵ちゃん」

「…詢子さん。事情は察しておられないとは思いますが、今は――」

「いや、大体解ってる。悪いけど、この子のこと頼むよ。親の私がなんにも知らなかったってのも恥ずかしいけどさ」

「そう、ですか……まどか、話したんですね」

「え、いや」

「ふふん、私が察しただけさ。そこの娘達も、これからもまどかをよろしくたのむよ。まどか、また今度みんな連れておいで」

 

 そう言って去っていく詢子。理解ある親で理想の女性を体現したような姿であるが、実際は何も理解できていない。無常な渡世を体現しているようである。

 

「良いお母さんですね、まどか」

「…………何て説明すればいいんだろう」

「説明はいりませんよ、語らずとも解ることがあります。血の繋がりとは何よりも濃いのでしょう……今のやりとりだけでまどかが羨ましく感じるくらいです」

「ほんとに? ねえ葵ちゃん、ほんとに?」

 

 色々台無しである。恋人だって夫婦だって言葉にしなければ通じ合えないことの方が多いのだ。

 

「やあ葵。その様子だと駄目だったみたぎゅっぷい!?」

「あ、ごめんキュゥべえ。姿見えなくしてたんだったね。私にも見えなかったよー」

「ま、まどか、なんだか怖いですよ?」

「ううん、気にしないで。それより葵ちゃん…」

「いや、気にしないでって……まぁいいか。申し訳ありませんが、御察しの通りです。ワルプルギスの夜を倒せれば充分な研究も猶予もできたんですけどね……現実は厳しいです」

「ううん、いいの。それに私より葵ちゃんの方が心配だよ」

 

 ワルプルギスに夜を倒すことができれば、とりあえずの心配はなくなる。まどかの因果がなくなるわけではないが、少なくとも増えることはないだろう。その間にキュゥべえ達が更なる観測と研究を続ければ、今のような憶測と推測に頼った、予測が完全にはつかない不安定な作戦は取らずにすむ。

 

「葵…」

「心配しないでください、ほむら。どのみち失敗の場合はみんな死ぬので寂しくありませんよ」

「…うん」

「いや、うんじゃねえから! 葵も不吉なこと言ってんじゃねえよ!」

「ですが一人ぼっちで死ぬのは寂しいです」

「いや、解るけどさ!」

 

 傾くワルプルギスの夜。猛る嵐、渦巻く雲に、時折雷光が輝き轟く。海は荒れ、さながらノアの大洪水のように全てを飲み込まんと沖の方で天を目指す。

 

「この一ヶ月、すごく楽しかった。私、私…」

「あの、不吉な言動はやめてくれませんかマミ。本当に失敗しそうです」

「マミだもの……仕方ないわ。っと、あ」

「暁美さん! 今私のことマミって…」

「い、いえ、今のは」

「~~暁美さんっ!」

「むぎゅっ!?」

 

 傾くワルプルギスの夜。夜明けなど有り得ぬと狂ったように高笑いを繰り返す。戯曲は娯楽。それが終わったのならば、魔女は人を害する化物に相違ない。

 

「ふふ、まあこのくらい気楽なのが丁度いいですよ。明日も明後日も、その次だって変わりなく進めばそれでいいんです。これは大層な出来事なんかじゃなくて、よくある日常ぐらいに考えるのがいいのでしょう」

「これから毎日家が吹き飛ぶのか?」

「…すいません。言葉の綾です」

 

 傾くワルプルギスの夜。観劇の終わりは何よりも重要だ。幕引きを誤ればすべてが凡作に堕とされる。けれど彼女にそれは無関係。最後に観客は消えるのだから。

 

「さて、そろそろ時間がありません。正直博打のような感じは否めませんが、始めましょうか……いえ、終わりにしましょう」

「…うん! 葵ちゃん!」

 

 彼女がこの力を得た意味。彼女がここへ来た意味。彼女がほむらと出会った意味。

 

「キュゥべえさん、お願いしますね」

「うん。もう君の思考とはリンクしてるから、後は演算が間に合えば問題はないさ」

 

 彼女の奇跡が叶い続けている意味。彼女が選ばれた意味。彼女が『彼女』である意味。

 

「願ってくださいまどか。心の底から、祈りををこめて。それだけで奇跡は起こります」

「――うん」

 

 『鹿目まどか』は『九曜葵』に願った。

 

『今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいてほしい。私には願うことしかできないけど、それでも――』

 

 願う先は孵卵器ではなく、たった一人の魔法少女。奇跡を起こす、願いを叶える魔法少女。声を涸らせんばかりにまどかは叫ぶ。

 

『魔法少女に優しい世界になってほしい!』

『――ええ。きっとそれが世界の運命だ』

 

 まどかの膨大な因果が、願いを通して葵に流れ込む。彼女が望んだ通りに世界は一時消滅し、再編され――そして縮小される。それは覆しがたいエネルギーの法則。エントロピーを覆してきた反動は放出され、いくつかの銀河と種族は滅びを決定付けられる。それは当然の事であり、『願い』という漠然としたものが細かなことに気を使える筈もない。

 

 …それが普通の少女の願いならば。

 

「…万能感が凄いです」

「それはそうだろうね。今の君は創世の女神のようなものだから」

 

 正しく言うならば『願い』は少女。叶えるのは『魔法少女』そして世界の行く末を決めるのは、インキュベーター。

 

 彼等は今、ただしく孵卵器としての役割を果たそうとしていた。すなわち宇宙に在る種族、惑星、全てを把握している彼等によって取捨選択が行われようとしているのだ。生物が存在する部分など宇宙全体からすれば極僅かで、そして存在しなくともいい場所などそれこそいくらでもある。

 

 それを網羅し選択することなど葵の脳の処理速度では、仮に彼女が六十億人居たところで出来はしない。けれどそれを可能にするのがキュゥべえであり、彼等の技術力である。テレパシーの要領で葵と精神をリンクさせ、消滅を避け得ない部分を選択していかせるのだ。膨張を続けている宇宙はこの再編によって縮むだろうが、しかし生物全体の総数は変わらない。

 

 インキュベーターは無慈悲に命の足し算引き算をする存在だ。地球人の犠牲でその何千何万何億倍の命が助かるのならば、それは必要な犠牲だと当たり前のように考える。けれどどの種族も犠牲にならないとすれば、その選択を選ぶことに一切の躊躇もないだろう。

 

 全ては推測だった。

 

 彼等には選択肢があったのだ。推測を是として葵に委ねるか。推測を否として変化を厭うか。推測を是としながらも自分達でどうにかするか。推測を否としつつも安全策として手を引くか、もしくは強硬策に出るか。

 最終的に彼等が下した判断は、今の状況が答えである。そこにどのようなプロセスがあったか、どのような考えがあったかは彼等にしか解らない。

 

 一匹の精神疾患にかかった個体の影響があったのかも、定かではない。

 

「…よし」

「そろそろ終わりそうかな?」

「ええ。最後は貴方達と、私の周囲だけです」

「何故わざわざそこだけ残したんだい? 魔法少女システムの改変は終わってるし、過去の改変をするという訳じゃないだろう?」

「何かあったら嫌なので慎重を期したかったんですよ。そのくらいは許されるでしょう?」

「まあ文字通り君の自由だからね。僕にとってはどうでもいいことではあるよ」

「む、そんなこと言っちゃうと種族ごと魔法少女のマスコットにしちゃいますよ。どんなのがいいですか? キュベッピ? キュベルン? それともキュベチュウとかがいいでしょうか」

「………………僕にとってはどうでもいいことではあるね」

「冗談ですよ」

 

 再編されつつある真っ白な空間で葵は目を閉じた。思えば永いようで短い一ヶ月、これほど波乱万丈な体験をした人間はちょっといないだろう。運の良いだけだった自分が新世界の神になるなど誰が予想できようか。まあ神とは言ってもこのほんの少しの間だけで、しかも借り物の力だ。誇るようなものでもなければ嬉しがるようなものでもない。

 

「しかし何故裸なのか…」

 

 様式美である。

 

「さ、もうじき終わります。次の瞬間には見滝原に戻りますよ」

「うん……葵」

「なんですか?」

「……やっぱりなんでもないよ」

「お、おお? へー……キュゥべえさん。ふふ、そうですかそうですか」

「なんだい?」

「なんでもないですよっと」

「その割には随分嬉しそうだね」

 

 初めての出会いから『変化』があるというのは当たり前のことだが、キュゥべえという種族に限ってはそれはまずないことだと言っていい。それは感情ありきのことなのだから。そして葵とこのキュゥべえの関係に変化があったかどうかは、彼女の表情を見れば一目瞭然なのだろう。

 

――そして彼女が笑顔である理由がもう一つ。

 

「そうですね……『初めて』のギャンブル、勝ちましたから」

 

 その言葉を最後に白い空間が終わりを告げる。

 

 始まりは奇跡。孤独な少女が彼女を創り、孤立の少女が戯曲へ誘う。孤高の少女が彼女と出会い、夢見る少女が彼女に捧ぐ。

 

 幕引きは華麗に。喜劇も悲劇も幕を閉じ、これより始まるは――

 




本編はこれで終わりです。次はエピローグです。


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エピローグ

今までお付き合いありがとうございました。最後です。


※ 一気に二話更新してるので、最終話を読んでからお読みください。これはエピローグです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は、は、は、と短く息を継ぎながら少女が走る。それはランニングのような気楽なものではなく、命が掛かった必死の逃走である。暗い夜道、人気のないそんな場所は少女にとても不釣り合いで、不審者の少ない見滝原とは言えども不用心が過ぎるといえるだろう。

 

「誰か…!」

 

 とはいえこの文明社会。どれだけ人気が無かろうと、十分も走り続ければ人と出くわさない訳もない。少なくとも彼女が逃走を始めてから五分近くは経っているし、このまま捕まることなく走り続けることができれば彼女は助かることだろう。

 

――あくまでも、できればの話であるが。

 

「きゃっ! あ……ああ…」

 

 彼女の不幸の始まりは親との些細な喧嘩。ごく普通の家庭で、ごく普通の両親。姉が一人に猫が一匹いるところもよくある家族構成だろう。彼女に不満があるとすれば、それは門限に厳しいところであり、そしてそれこそが彼女が今ここに居る理由でもある。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

 はらはらと涙を溢して眼前の化物へ命を乞う。その謝罪は罵倒した両親へのものか、嫉妬した姉へのものか。いつの世にもある上の姉妹に対する末っ子の羨望、それが爆発してしまったことは思春期故であり、これとてどこの家庭にもよくあることと言えるだろう。隣の芝が青く見えるように、なんてことのない差でも姉贔屓に思えてしまうことも世の摂理である。

 

 だから彼女は運が悪かっただけなのだ。彼女が幼稚園児の頃に世界は少し変わったと、世間では囁かれている。しかし周りを見渡しても彼女にとっての日常は変わりなく、精々がニュースの内容に少しファンタジーが加わった程度のことだった。それとて彼女からすれば日本における凶悪犯罪程度に縁がなく、彼女の周りにもそんな非現実を鼻で笑う者が多かった。

 

 けれど今彼女はそれを実感している。そして数瞬の後には実感することさえできなくなるのだと予感している。それでも彼女は眼前の骸骨お化け、おぞましい髑髏から少しでも離れようと砕けた腰を必死に叱咤する。

 彼女は足に自信があり、帰宅部とはいえ学年でもトップクラスに速い自分の足を密かに自慢としていた。けれどそんなものは化物の前には無意味だと絶望し――しかしその健脚があったからこそ彼女は命を繋いだ。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 暗闇を切り裂く閃光と共に自信に溢れた声が響きわたる。そしてその後には異常な程に存在感を主張していた非現実が嘘のように掻き消える。腰の抜けている少女はいったい何が起きたのかと周囲を見渡し、数瞬の後に『噴水』の上に立つ一人の少女を見つけた。

 

「正義の魔法少女! 鞆莢 マイ見参!」

「ま、まほ……? あ、あの」

 

 意味もなくクルクルと回って少女の近くに降り立つ魔法少女。ビクリと震える少女へ手を差し出してニコリと笑う。

 

「大丈夫?」

「は、はい……あの、魔法少女って、ほんと、なんですか……?」

「イエス! 見たのは初めて? ニュースで映ることくらいあるでしょ?」

「あ、はい。でもあんなのただのトリックだって言う人もいるし…」

「むむ、ちゃんとした団体だし国にも世界にも認められているのにな。MGA《魔法少女同盟》も世界的に認知された組織なのに」

「その、すいません」

 

 いいのいいのと言って首を振るマイ。まだまだ世間には浸透していないなと独り言ちながら、少女に送る旨を伝えて先導を頼む。せっかく助けたのだからもう一度襲われては困るのだ。

 

「あ、ありがとうございました」

「どういたしまして~。これにこりたらあんまり危ないことしないようにね? 貴女みたいな子が夜に一人で出歩くなんて妖怪も不審者も据え膳ってものよ」

「は、はい!」

 

 少女が家の中に入ったことを見届けてマイは一息ついた。深々とため息をつくその姿は、先ほどまでの自信満々で余裕のある様子とは一変していた。

 

「今のは『ガシャドクロ』かな~……怖かったぁ…」

 

 それもその筈。彼女は魔法少女としてはペーペーの新米で、この見滝原へもまだ越してきたばかりの不案内な状況だ。それでも上手くやれているのは彼女の魔法少女としての才能と、危なくなれば助けてくれる存在が近くに居るからに他ならない。

 

「お疲れ、マイ。妖怪への対処、被害者への対応も問題なく終わったわね」

「きゃっ! もう、いきなり現れないでくださいよー」

「私は気にしないわ」

「私が気にするんです!」

「そう、今度から気を付けるわ」

「棒読みが酷すぎる…」

 

 瞬間移動でもしてきたかのように、マイの傍にもう一人少女が現れる。彼女こそがマイの後詰めの魔法少女であり、現役最強と名高いベテランでもある。

 

「にしても~、やっぱ怖くて慣れないです。なんで私なんかが魔法少女に選ばれたんですかね?」

「さあ。選ぶのは先任の魔法少女とそのソウルジェムだもの。私の知ったことではないわ」

「うう、素っ気ない…」

「嫌なら断ればよかったじゃない、強制でもないのだから。それにそのソウルジェムは歴代でもトップクラスの魔法少女のものなんだから、不甲斐ないこと言ってると他の魔法少女に殴られるわよ」

「うえぇ…」

 

 げんなりした様子でマイは自らのソウルジェムを見つめる。彼女がそうなっているのは化物との戦いのせいでもあるが、彼女に継承されたソウルジェムが原因でもあるのだ。世界に魔法少女は数多く、一つの都市に十人を超える場合もある。その理由は『MGA』という団体が魔法少女の管理ではなく、支援を目的としているからに他ならない。

 

 数年前にぽつぽつと現れ始めた『妖怪』もしくは『悪魔』『化物』『幽霊』 それらは長らくただの迷信や勘違い、あるいは創作物の中の存在でしかないとほとんどの人間が思っていただろう。しかしそのおぞましい存在は確かな現実となって人々に牙を剥き、脅威を撒き散らしはじめたのだ。

 

 そして同時期に確認されるようになったそれらを屠る存在『魔法少女』

 

 人によっては妖怪よりも信憑性のない与太話だが、しかし彼女達は化物が台頭してくる以前から人知れず世界を護っていたのだと、そう主張する極少数の人間もいた。そして世界の常識に『化物』の存在が追加される前にあれよあれよと枠組みだけが創設されていったのは、数人の魔法少女といくつかの世界的大企業の奮闘と、そしてなによりも国の支援があったからこそだろう。

 

「マミさんもなんで私か聞いても笑うだけだったし…」

「名前が似てたからじゃない?」

「それは逆に嫌すぎます!」

「冗談よ」

 

 魔法少女の力の源『ソウルジェム』 どんな宝石よりも眩しい輝きを放つそれは代々受け継がれていくものであり、先代とソウルジェムに認められた者が力を継承し新たな魔法少女となっていくのだ。魔法少女と言うからにはやはりそれは少女限定で、長くとも精々が高校卒業くらいまでだろう。それまでに後継者が見つからなければソウルジェムは封印状態で保存され続け、新たな使用者が現れれば輝きを取り戻すのである。

 

「焔ちゃん先輩はいつから魔法少女やってたんですか?」

「私だって最近よ。ここ最近で一気に世代交代が始まっているし、色々と大変な時期なのよ。いくら国に認められていたって、一般的にはまだまだ周知しきれていないのもそう」

「そうですよねー。私も『貴方には魔法少女の素質があるわ!』とかいきなり言われて意味不明でしたし」

「マミさん…」

 

 独善的な魔法少女も、排他的な魔法少女も、優しい魔法少女も、正義の魔法少女も様々だ。それでも彼女達は数年前の世界再編を正しく認識し、自分達が『どう』なったかを把握していた。それは国境を越え人種を超え、何もかもを飛び越えて魔法少女達を結束させた。当然そんなことに興味のない少女もいれば馴れ合いを好まない少女もいたが、それでも彼女達は自分達という存在がこれからどう世界に影響していくかを不安に思い、しかしグリーフシードの確保に頭を悩ませる必要がなくなった事を喜んだ。

 

「今日は魔力殆ど無くなっちゃったんで終わりでいいですよね?」

「ええ。というより練習で必要以上に魔力を無駄遣いするのはやめなさい。もしもの時どうするのよ」

「あははー……かっこいい登場シーンとかエフェクトとかに凝ってたらいつのまにかですね」

「…あなたが選ばれた理由がよく解ったわ」

「へ?」

 

 魔法少女の支援体制、各地の状況の理解や人数の把握は膨大な時間が掛かるかと思われたが、そこは魔法少女のお供と言えるある種族の協力もあって非常にスムーズに進んだ。かくして旧世代、もしくは第一世代などと呼ばれる最初の魔法少女達は世界の混沌と安寧を生き抜きほとんど全てが命を落とすことなく成長していったのだ。

 

「そいや、鏡花っちと藍先輩は終わったんですか?」

「ええ。今こっちに向かってるわ」

「よっし! 今日は食べるぞー!」

「行儀よくしなさいよ。それに葵さん達が集まるついでだってことを忘れないように」

「はーい!」

 

 そんなまだまだやることが目白押しの魔法少女界隈、そこで奮闘する一線を退いた魔法少女達の食事に見滝原の新世代魔法少女もご相伴にあずかる約束をしているのだ。それは確かに焔が言うように四人の元魔法少女の女子会がメインではあるのだが、遂に彼女達の後継者が全員見つかったお祝いでもある。

 

「あ、きたきた。おーい鏡花っちー」

「お、待たせてもた? めんごめんご。ちょっとめんどくさいやつやってなぁ」

「ふふーん、私なんか一撃よ一撃! ティロ・フィナーレの強力さと言ったらもう…!」

「うわ、ホンマ痛いなー自分。友達やめてええか?」

「ちょ、転校生にそゆこと言う? 孤立したら灰色の中学生活になっちゃうよ!」

「ええやん。魔法少女マイぼっち。アニメにでもなりそうや」

「やーめーてー」

「ふふ、仲の良いことで。そろそろ始まる時間ですから行きましょう。二人とも優秀で助かりますよ」

「あら藍。マイが優秀だなんて言った覚えはないわよ」

「顔を見ればわかりますとも」

 

 宵華焔、蒼梅鏡花、八王子藍、そして新人の鞆莢マイ。彼女達こそ見滝原の平和を守る魔法少女であり『暁の魔法少女』と謳われる四人の魔法少女のソウルジェムを受け継ぐ新世代だ。

 

「風見野の方も今日が指導日最後ですし、滞りなくいきそうですね」

「ええ……渚さんもゆまさんも長い間のお勤めだったものね。あの人達はMGAの職員志望らしいけど、藍は進路決めてるの?」

「うーん……ちょっと迷ってます。焔は?」

「ほむらさんに誘われてはいるんだけど……私も考え中よ」

「私は何も考えてないです!」

「アホ丸出しやな」

「鏡花っちは?」

「うちは教会継ぐから考えんでええねん」

「へー……いいなぁ」

 

 現行の制度が整っていないとはいえ、魔法少女になれば日常的な面で優遇されることが多い。それは進路についてもそうであるし、報奨金も僅かながら存在する。しかしそれを目当てに魔法少女になる者が居ないのが『ソウルジェムが人を選ぶ』と言われる所以である。

 

「…ん。ソウルジェムが反応してるわ」

「ええ!? お食事が! なくなります! 全速で行きましょう!」

「あ、ちょ、あほ。先走ったあか……あー、行ってもうた。どないします? 先輩方」

「マイの魔力ほとんど残ってないわよ」

「二人とも、追いかけますよ。焔は一応盾の準備だけはしておいてくださいね」

「了解」

「了解です」

 

 夜の見滝原に新世代の花が咲く。受け継がれていく力は正しく正義で、そうあれかしと望んだ誰かの希望が如実に反映されている。連綿と紡がれる絆は最初の世代が願い、やまなかった『仲間』の輪を広げていく。

 

 ―—そして彼女達もまた、運命と出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの変な人魂! この正義の魔法少女が相手よ! ティロ・フィナーレ! ……出ない。あれ?」

 

 人魂。西洋ではウィルオーウィスプなどとも呼ばれるそれはどうみても雑魚的Aちっくな雰囲気を漂わせていた。少し数がいるものの、問題なく対処できるレベルだろう。そして調子にのったマイは先ほどのように一撃で決めてやると鼻息を荒くして魔力の砲撃を繰り出そうとし――魔力切れにようやく気付いた。ついでとばかりに変身までとけたのはお約束である。

 

「う、運が良かったわね。今日は見逃してあげる。ほら、ああああっち行って! 聞き分けが悪いわよ! 見逃してあげるってうきゃああああ」

 

 当然恰好の獲物が現れた人魂はマイに襲い掛かる。弱いのは確かだが、魔力の切れた魔法少女など一般人と何も変わりがないのだから。蒼白になりながら逃げ惑うマイは、本人的には真剣なのだろうがもはやアホの子が体を張ってギャグをかましているようにしか見えない。

 

 とはいえ早々に他の三人が駆けつけることを考えれば大事には至らないのは間違いない。しかしそんな彼女の前に、それより速く救いの手が差し伸べられた。

 

「え、えいっ!」

「う、うわわ、ちょっ、どこ見て射ってるのよ!? どこの魔法少女か知んないけど、助けるならもっとスマートに――ってあれ?」

 

 現れたのは桃色の魔法少女。どこかおどおどしているが、少し威風がただよう弓と矢で人魂を攻撃し始める。マイは光の矢の雨が自分を目掛けて飛んできたことに叫び声をあげつつ悪態をついたが、その一瞬後には驚愕の声を上げることとなった。

 適当にばら撒かれたように見えた矢は、その実一切を外すことなく人魂に命中し、全てを一撃で倒していたのだから。

 

「す、すごー……あ、こんばんは」

「えっ!? あ、はい。こんばんは」

 

 まさか助けた人間からの第一声が夜の挨拶だとは彼女も思わなかったのだろう。今度は彼女のほうが驚きの声をあげて目を白黒させていた。

 

「あ、私も魔法少女なの。今はちょっと魔力切れちゃって…」

「そ、そうなんだ。あの、私昨日引っ越してきたばっかりで…」

「わ、そしたらお仲間だね! 私も最近越してきたんだ。名前は鞆莢マイ! よろしく!」

「うん! よろしくねマイちゃん。私は鹿骨燕っていうの」

「ツバメっちね! これでこの街に5人かー……楽できるかな」

「え?」

「や、こっちの話――むべっ!」

「何先走っとんねんオタンコナス! 死んだら終いやねんで? アホ、アホ、もひとつついでにアホ」

 

 そしてようやく追いついた三人の魔法少女。鏡花からマイへ拳骨が飛ぶが、愛の鞭なので仕方ない。

 

「あら、魔法少女? ……っ!」

「どうしました焔? 別に居ても不思議では……――!」

「どないしはりました?」

「いたた……私が心配だからって今のはやりすぎうべっ」

「黙っとれ」

「あ、あの……私鹿骨燕って言います。昨日越してきたばかりで、その」

「え、ええ。あ、ごめんなさいね。私は宵華焔」

「失礼しました。私は八王子藍と申します」

「うちは蒼梅鏡花や。よろしゅうな」

 

 それぞれ自己紹介を終え、和やかな雰囲気が流れる。かつてのように魔法少女は敵対する理由も必要もなく、これは単に共に戦う仲間が増えたということなのだから、喜ばしいことでしかないわけだ。

 そしてマイを助けたことに三人が感謝し、これからはチームを組んで戦いましょうと約束したところで燕から期待の眼差しで一つの問いかけが入る。

 

「あの、宵華さん達のソウルジェムって、もしかして……暁のソウルジェムですか? その色って、そうですよね!」

 

 最後は少し興奮したように問いかける燕。しかしそれも仕方ないだろう。黄色、葵色、赤色、紫とくれば魔法少女なら真っ先にそれを想像するのだから。魔法少女の法則すら変えた奇跡の魔法少女達。史上最強と謳われる伝説の魔女を倒した最高の魔法少女達。

 

 まことしやかに囁かれるその偉業は魔法少女で知らぬ者もまず居ないだろう。そんな伝説のソウルジェムを受け継いだ魔法少女が揃っていれば興奮するのも仕方ないことなのだ。

 

「そうよ! この黄金に輝くソウルジェムが目に入らぬか……あばばば痛いっ! 鏡花っち、ほんとに目に入れないで!?」

「ソウルジェムが凄くても使い手がアホなんは見てられへんわ」

「たしかにそうですけど、別に他のソウルジェムに比べて凄いってことはないですよ。凄いのはこれの元の持ち主です」

「そうね。それに色々尾ひれがついてるけど、間違ってるのも多いわよ? 『魔女』っていうのを倒したのだって、結局は敵わなかったらしいし」

「でもすごいです! ふえー……」

 

 感心しきりの燕に苦笑しながら焔達は時計の針を確かめる。約束の時間には間に合わないことは間違いないが、それで怒るような人達でもないことは彼女達も知っている。なにより魔法少女としての仕事をこなしていて遅れたのだから、むしろ御飯が豪華になるというものだ。

 

「さて、燕ちゃん時間はありますか? よければその伝説の魔法少女に紹介致しますが」

「え、ええ!? その、時間はありますけど、私なんかが…」

「美味しい御飯もでるわよ? ……あ、それで釣られるのは鏡花っちぐらいか……ぶっ!」

「もしかして殴られる趣味でもあるんか? そやったら存分に楽しませたるけど」

「時間があるなら来なさい、燕。貴女は会った方がいいわ」

「へ? あ、はい」

「うーん初めて会った人にも変わらないこの不遜っぷり。流石焔ちゃん先輩です!」

「鏡花。任せるわ」

「はいな。ってこら、何避けとんねん」

「ささ、速くいきましょうよ。御飯が待ってますよ!」

 

 コントのようなやり取りを繰り返し、彼女達は駅へ向かう。変身を解きそれぞれのソウルジェムの色をした指輪を輝かせ。赤色、葵色、黄色、紫色。

 

――そして、桃色。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ええ、今焔から電話がありました。今向かってるそうですよ。私と同じくらいに着くんじゃないでしょうか。

 

 

――すいませんってば。この埋め合わせは必ず……え? や、まあ貴女がそれでいいんならそれでいいですけど。

 

 

――それで、そうそう、見滝原に新しい魔法少女がきたそうです。聞いて驚き、なんと『桃色』の魔法少女だそうですよ。

 

――はい。いっしょに連れてきてるそうです。楽しみですね。

 

 

――あの時のソウルジェム……いえ、あれはソウルジェムとは言い難いか。私に願った結果できたものですから。マミならなんて名付けますかね。

 

 

――ゴッデスオーブ? ふふ、ほむらもまだまだ治ってないんじゃないですか?

 

 

――冗談ですよ。ではまた後で。

 

 

 

 

 暗い夜道を歩きながら、旧友の声を惜しみつつ電話を切る。少女の時分、一瞬だけ手元にあったピンク色の宝石。きっと相応しい少女が現れたらその子の元へいくのだろうと何も心配はしなかった。

 受け継がれていく自分達の魂だったもの。かつての昏い事情を知る新世代は少ないけれど、それでいいのだろうと彼女は想う。

 今はとても充実している。居場所ができて、友が増え、親友達はずっと一緒だ。たまに親友を超えてきそうになるけれど、そこも日常のアクセント。

 とても優しい世界で、とても楽しい世界で、とても嬉しい世界だ。

 

「何かいいことでもあったのかい?」

「ええ、とっても。今日は飲み明かさないといけませんね」

「えぇ……二日酔いの君を介抱する身にもなってほしいんだけど。それにもう魔法少女じゃないんだから、程々にしないと肝臓に悪いんじゃないかな」

「おや、心配してくれるんですか」

「してほしくないのかい?」

「ふふ、冗談です。いっぱい心配してください」

「訳が解らないよ」

 

 本当は解ってるくせに、と彼女は呟く。

 

――さあ、今日は素晴らしい日になりそうだ。明日はもっといい日になりそうで。その先は誰にも解らないけれど、解ってしまえば詰まらない。先の人生なんて、博打のようなものだから。それでも精一杯今日を生き抜けば、明日は笑って過ごせるでしょう。それを毎日続ければ、優しい世界は続いていくさ。

 

 今までも、そしてこれからも。因果は絡まり運命は回り続ける。そして魔法少女達が笑って過ごせる世界が続いてく――





気になる部分は想像で補完してね!

次はしゃるてぃあを書きつつもう一作書いてく予定です。四方山は気が向いたら更新です、はい。

たぶん今はやりのコナンオリ主あたりを…


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