絶対に大きくなってやるんだからっ! (相馬 刀)
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絶対に大きくなってやるんだからっ!
発端は夏休みが始まる前の終業式。
これは、凰華女学院分校で起きた悲劇の――否、一人を例外とした喜劇の物語。
遙かに仰ぎ、麗しの SS
『絶対に大きくなってやるんだからっ!』
「あ~、諸君」
凰華女学院分校、講堂の壇上にてノリノリで演説するみやび。
と言ってもその内容は以前のダラダラとした無駄に長いものとは違い、僕、滝沢司が用意した所要時間一分程度のものだ。
その所要時間一分の演説が終盤に差し掛かったときの事。
「明日から夏期休校になるが、くれぐれも水場などでは気をつけ……わわっ!」
呻き声と共に、壇上にいたはずのみやびの姿が消えた。正確には、壇上に置かれている机の向こう側で、『沈んで』消えた。
一体、何が起こったのだろうか。
不安になった僕とリーダさんは顔を見合わせ、壇上の階段がある舞台脇へと急ぎ――
「お嬢様、大丈……」
そこで待っていたものは、踏み台として使っていたと思われるミカン箱の底が抜けて、ずっぽりとはまっているみやびの姿だった。
「あー」
さすがの僕でも、なんて声を掛けて良いのか判断できない。下手に声を掛ければ、みやびの機嫌を損ねるのが目に見えている。リーダさんですら今回ばかりはフォローしようがないみたいだ。
むしろ、ちょっとだけ口元が震えている。意図しない不意打ちに、笑いを堪えるのに精一杯のようだ。
「こ、こらー! あたしは呼んでないぞ! 二人とも見るんじゃないっ!」
激昂しキレるみやび。
悲しきかな、見るんじゃない――なんて喚き散らしていれば、気になるのが人情というもので。
「風祭さん、どうなされましたの?」
心配そうな振りをして、不敵な笑みを浮かべて壇上の脇にやってくる三嶋。何が起こったのか、明確には把握してはいないのだろうが、『面白い事が起きている』という予想が付いている顔だった。
誰もが気になっているのだから、一人が動けば当然のごとく、後に続く学生達。
「あ、あ、ああああっ! お前らも見るんじゃないっ! あたしのことを見るなー!」
時、既に遅し――その場に居る誰もがみやびの姿を見てしまい……静寂の後、講堂を埋め尽くす笑いの嵐。
「ぷっ、みやみやってばかわぁいー!」
凰華ジャーナルの一人として、カメラは手放せないのだろう。
どこからともなくカメラを取り出した相沢は、みやびの姿を激写する。
「と、撮るなー! その行為、風祭への敵対行為とみなすぞぉ!」
「みやび、普通の踏み台を使っていればそんな事態にならなかったんじゃないかな」
続いて言葉を告げる殿子の忠告はもっともだ。
「それぐらい分かってるっ! 段ボールは保温性抜群なんだっ! ええーい、笑うんじゃないっ!」
慌てふためいている為か、言い訳が理由になっていない。まあ、特に深い意味はなく、『何となく気に入っている』ぐらいが理由じゃないだろうか。そうでなければ段ボールではなく、普通に踏み台を使っているだろうし。
「ああっ、どうすれば……」
自分の事じゃないのに、殿子の後ろでオロオロする八乙女。彼女は混乱していた。
「りじちょー、間抜けだぁー!」
「ちとせ、その言葉、挑戦と受け取ったぁぁぁ!」
結城の追撃に、さらに暴走するみやび。
このままだと、いつまで経っても終業式が終わらない気がする。
「リーダさん、そろそろ助けましょうか」
「はい、そうしましょう」
段ボールに埋まっているみやびを助ける為に、僕とリーダさんは二人でみやびに近づいていく。
「くそぉ、くそー! これで、終業式は閉会とするっ!」
みやびの絶叫が講堂にこだまする。
結局、ぐだぐだな形で終業式はお開きになった。
夏休み初日。仕事でみやびの屋敷にたどり着いた僕は、リーダさんお手製の朝食を食べながら、みやびの決意を聞く事になる。ただし――
「司、あたしは絶対に大きくなってやるっ! 絶対にだっ!」
不可能っぽい決意だった。
「あー、大きくなりたいと思ったところで、どうにかなるものではないかと」
「なるっ! 風祭に不可能はないっ!」
きっぱりと言い切るみやび。
うーん、天下の風祭であろうと、こればかりは無理な気がする。
仮説として、風祭の技術で自由自在に大きくなれるとしたら、プライドの高いみやびの事だ。お子様体型に甘んじたりなどせず、スタイル抜群のぐらまーなみやびに成っている事だろう。
「司だってあたしが大きくなれると思うよな? と言うか、思え! 思うのだっ!」
今日もみやびは理不尽きわまりない。
身長は自分の意志で伸びたり縮んだりするもんじゃないからなぁ――素直な自分が恨めしい。みやびから視線を外すとリーダさんと目が合った。リーダさんは『困りましたね、司様』と目で訴えながら苦笑いを浮かべている。僕も目で返す。『今日のみやびは手強い』……なかなかに難しそうなアイコンタクトではあったがリーダさんには伝わったのか、目で返事を返してくる。『大変かもしれませんが、お嬢様の相手、お願いします』。むぅ、リーダさんに頼まれたのでは仕方ない。
「あー、大きくなれますよ。はい、風祭ならフカノウハナイヨー」
自分で口にしておいてなんだが、片言になって、語尾が変だったような気がする。
みやびにもばれていた。
「なんだその、心のこもっていない上辺だけの言葉はっ! しかも、その目も気に入らんっ! その目は憐れな負け犬を見るような目だ。くぅぅぅぅぅ、絶対に見返してやるから、覚悟しろぉっ!」
小さな頃ならまだしも、みやびぐらいの年齢になってくると身長はほとんど伸びないのが普通なんだけどな。まあ、いまだに『小さな頃』という条件はみやびは当てはまりそうだけど。
「きぃぃぃぃぃぃl! 司、今、失礼なことを思っただろっ!」
「いいえ、思ってませんよ。みやびが小さいなんてこれっぽっちも」
「くそぉ、くそぉー! 遠回しどころか、直球の嫌みでくるか、普通っ!」
「ああ、すみません。つい、ぽろりと本音が」
「司、まずは最初に、お前を見返してやるからなっ! ぐらまーなみやびちゃんの姿、見せつけてやるっ!」
「ぐらまーな姿が、想像の範囲外なので想像できません」
「くおらー! 想像すら出来ないとは……ええーい、何もかもこんちくしょー!」
悔しそうに地団駄するみやび。その子供らしい反応は、妙に似合っていた。
リーダさんもみやびの背後で、微笑を浮かべている。
「ところで、大きくなる為に何かするつもりなんですか?」
簡単に大きくなれたら、日本代表のバレー選手達はみんな二メートル超えていることだろう。
「ふっ、そんなのは決まっている」
さも当然とばかりに、言い切るみやび。
「カルシウムだ。あたしの身体にはカルシウムが足りないのだ。リーダ、牛乳を持ってこいっ!」
「かしこまりました」
そそくさと退室して、コップと牛乳を持ってくるリーダさん。
「お嬢様、どうぞ」
「うむ」
リーダさんがコップに牛乳を注ぐ。みやび、一気飲み。
一杯ではカルシウムが足りないと言わんばかりに、おかわりを要求するみやび。再びリーダさんがコップに牛乳を注ぐ。みやび、一気……はさすがに無理だったけど、二回で飲みきる。さらにおかわりを要求するみやび。
あ~、成る程。
つまりは牛乳をたくさん飲んでカルシウムを大量に得て、身長を伸ばそうという地道な作戦に出たわけだ。風祭の技術、まるで関係ないですよね……なんて野暮な突っ込みをするとみやびが怒るので止めておくとしよう。
「一度にたくさん飲みすぎては、お腹を壊してしまいますよ」
「ええーい、あたしはすぐにでも大きくならねばならんのだ。リーダ、おかわり!」
本人は短期間で大きくなるつもりのようではあったが。
「司様」
私ではお嬢様の説得は無理です――瞳で訴え掛けてくるリーダさん。
いくら牛乳が身体に良いものでも、度が過ぎれば害になる。ここまで極端だと身体に悪いだろう。
まずは……
「冷たいままではお腹が冷えてしまうから、せめてホットミルクにして飲んだ方が良いんじゃないか?」
「ふむ、それは一理あるな。リーダ、温めてきてくれ」
「はい」
で。その後も上手い具合にみやびを暴走を止めようと誘導を試みたのだが、今回のみやびは頑固だった。講堂での一件が後を引いているのだろう。あれやこれやと言う僕とリーダさんの忠告をはね除けて、ホットミルクを飲みまくるみやび。
一日目、二日目は良かった。
一週間経ったある日、それは起きた。夏休みと言っても、理事長であるみやびは仕事があるわけで。僕は朝からみやびの仕事を手伝っていたのだが。
「むっ、つか……さ。済まないが、少し席を外させてもらうぞ」
顔色を変えて、部屋を出て行くみやび。
時計の秒針が一周、二周……なかなか戻ってこない。みやびが戻ってこない事に無性に気になった僕は、もしかしたらどこかで倒れているかもしれないと不安になり、みやびの姿を探そうと部屋を出た矢先。
「くぅぅぅぅ、こんな事では、大きくなることなど出来ないではないかっ!」
ドアの向こう、トイレの中から聞こえてきたのはみやびの絶叫だった。
本人に聞かなくても分かる。牛乳を飲みまくった一週間。トイレで苦しむみやび。どう考えてもお腹を壊したわけである。リーダさんの予想が当たったわけだ。
みやびが満足するまで続けさせてやりたかったが、身体を壊しては本末転倒だ。心を鬼にしてでも、みやびの無謀な挑戦を止めさせるしかない。
先に部屋に戻った僕は、それから五分後に戻ってきたみやびに声を掛けた。
「一つだけ言わせてもらって良いですか?」
「構わないが、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだが体調が悪いんだ。手短に話してくれると助かる」
「分かりました」
僕が視線を向けた瞬間はお腹をさすっていたみやびだが、忠告を無視して牛乳を飲み続け、お腹を壊したのがばれたら体裁が悪いのだろう。額に多少の汗を掻きながらも、平然と振る舞っている。無理をしているのは明らかだった。
「はっきり言って、牛乳を飲んだからって大きくなれないと思いますよ」
「むっ、どうしてだ?」
飲みまくっている時も忠告したのだが、あの時のみやびは暴走していて話を聞いてもらえなかった。
「だって、洋食の時は毎朝飲んでたじゃないですか、牛乳を。牛乳を飲んで大きくなれるんだったら、みやびはとっくに大きくなってるのではないかと」
「くっ! そう言えば……」
お腹を壊して痛い目に遭ったので、牛乳作戦が失敗に終わったことがみやびにも分かったに違いない。
「なぁ、司。あたしはどうして大きくなれないんだ?」
「きっと、体質だと思います。何を食べても大きくなれる人も居れば、何をやっても小さい人だって居るじゃないですか」
「そうか。そういうものかもしれんな」
哀愁が漂ってくる。僕の手はみやびの頭に伸びていた。
「みやび」
そっと頭を撫でてやる。最初は嬉しそうにしたみやびだったが、我に返ると僕の手を払いのけた。
「つ、つかさっ! 子供扱いは止めてくれっ!」
「良いじゃないですか。今は子供でも。実際に子供なんですから」
「あたしは笑われたくないんだ」
人には人なりに悩みがある。
僕には僕なりの。みやびにはみやびなりに。悩みの中でも、色々とあるだろう。僕にとって身長は平均だから気にするような事じゃないけれど……みやびにとって切実な問題なのだ。
「大きくなって、何かしたいことでもあるんですか?」
「大きければ、無様に台を使う必要もない。欲しいものに手が届く」
「大きすぎる人間も、不便だと思いますけどね」
「平均的な身長である司には分からないんだ」
「漫画に出てくる登場人物に、身長が高い人が居たりするんですよ。天井に頭をぶつけたりして不便だと思うけどなぁ」
「誰もそこまで望んでいない。踏み台がなくても、机に隠れないぐらいの身長が欲しいだけなんだ」
「それでも、背伸びする必要はないんですよ」
無理をする必要はない。時がくれば、成長してしまえば嫌でも大人として扱われる日がやって来る。子供は大人になることは出来ても、大人は子供になることなんて出来ない。
今を大切にして欲しい――子供は子供なのだから、子供らしくしていられるのが一番じゃないか。
「背伸びする必要はない……あたしに頑張るなと言うのか。あたしは大きくなっては駄目なのか?」
「そうは言ってません。ただ、別の方法もあったんじゃないかって思いません?」
「むぅ……」
しばし考え込むみやび。
「ふむ、そうだな。確かにミカン箱を設置するという方法は間違いであったな」
「ええ、それは間違いではないかと」
「となると……ふっふ~、やっぱりあたしは天才だ」
どんなアイディアが思いついたのか分からないが、嫌な予感はした。嫌な予感はしたんだが、『聞きたいだろう? 司』と、さも言いたげに話を振られては、切り返さない訳にもいかず。
「どんな案なんです?」
「最初からこうすれば良かったのだ」
自信満々な顔で、みやびは『迷案』を僕に聞かせ始めるのだった。
凰華女学院分校にある講堂――夏休みの間にある登校日。
講堂に集まっている生徒を見下ろし、終業式の時のように演説するみやび。
『ミカン箱』を使っていないのに、みやびの姿は机に隠れていない。
「あ~」
その事を見せつけるために、生徒達は舞台脇でみやびの演説を聴いている。
不思議がっている生徒達。その謎に答えるべく、みやびは高らかに勝利宣言する。
「最後に、あたしは成長したっ! ミカン箱の時代は終わりを告げたのだー! 」
夏休みが始まって十日、八月の頭にある登校日。
そんな短期間にミカン箱の高さほど身長が伸びる訳はなく――種明かしすれば簡単なこと。机が小さくなっているのである。微妙に。
「おっかしいなぁ~。何か変な気がするんだけど」
「だよね、だよね」
「私は気づいていない。そう言うことにしておくかな」
「風祭さんったら、面白い手に出てきますわね」
一部の生徒は気づいていたようだが、何とか一日を乗り越えたみやび。
「ふふんっ♪ どうだ、司よ。これぞ風祭の力だ」
「確かに、机代は風祭の力なんでしょうけれども」
根本的な問題は何一つ解決していないんじゃないだろうか。
それでも、気分良くしているみやびは調子に乗って――
八月の終わりにある登校日、さらには休み明けの始業式でも生徒達は講堂に集められ、その度に下から見たときに見えるみやびの身体のスペースが増えていく。
一回だけでは満足せず、演説する度に机を小さくしているのだ。
理事長室に戻ってきたみやびは、ふふんと鼻を鳴らして満足に言い切った。
「遠近感を利用して、さりげなく、あたしが成長しているように思いこませるという手段。みやびちゃんのないすばでぃー説が広まるのも、そう遠くない事だろうな」
「ええ、全くその通りデー」
かくして、相沢が凰華ジャーナルで『怪奇、小さくなる講堂の机』という情報を公開するまで、みやびの無駄な努力は続くのである。
「机が小さくなどなってない。あたしが成長したんだ。誤魔化してなどおらんっ! 風祭をなめるなっ! くそぉー、者ども、みやびちゃんないすばでぃーと言えーー!」
「司様、どうぞ」
「ありがとう、リーダさん」
今日もみやびの孤独な戦いは終わらない――僕はリーダさんの入れてくれた麦茶を飲みながら、本人が納得する日まで、みやびの一人相撲を眺めるのだった。
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