そこのたなのリンゴとってリンゴ (κえびせん)
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邂逅編
カブト は ようじょ を ひろった


処女作です。
※この物語には、NARUTOのネタバレ、原作キャラの若干のキャラ崩壊、原作で死亡するキャラの生存、オリジナルキャラの若干のチート、そしてオリジナル展開及び自己解釈による世界観を含みます。上記の要素を許せない方はブラウザバックをお願いします。

また、保護者丸と愉快な仲間たちがイケメンロリババアとそれなりに愉快な生活を送る話をメインに据え置きたいと思っています。たまにですが、原作や青春フルパワーへ関わります。
楽しんでいただけたら幸いです。


鬱蒼と茂る樹林の中、カブトはその場に立ちすくんでいた。

息をするのも忘れた彼は、眼鏡の奥の瞳を限界まで見開いたまま微動だにしない。できないのだ。

金縛りにでもあったような彼の目線の先、彼から数メートル離れた先に落ちていたのは……

 

少女……否、幼女と表した方が妥当といえる程の女児だった。

一瞬、死体かと思えたその身体は規則正しいリズムで上下しており、ただただ眠っているだけなのだとわかった。しかし

しかし、だ。

(なぜこんな樹林で寝ているんだ……)

友だちと遊んでいてうっかりすやぁ……なんて話なのだろうか。

それとも木の葉側から送られてきた偵察……いやいやそれはない。

(無防備にアジトの近くで寝る奴がいるか)

ここから少し歩けば大蛇丸様のアジトなのだから、わざわざこんなところで眠るなど自殺しにきましたと大声で言っているようなものだ。

そもそもこの女の子は木の葉の忍者装束ですらないし武器も見当たらない。

 

「さしずめ迷子ってところか……」

 

初めの驚きにより動かなかった石のような身体から力を抜くと、はあ、と肺に溜まっていた空気が吐き出されていった。

さて、どうしようか

実験体の補完のためにも持って帰ろうか

アジトが近いのに放置というのはあまり賢明な選択ではないと思うというのもある。

ザワザワと風に揺れる樹木の音を聴きながら、その幼女の傍らにしゃがみ込む。

品定めをするように改めて幼女を見つめる。

年齢は9歳程だろうか

一見すれば白い塊である。

真っ白な髪は綿菓子のようにふわふわとしており、丸くなって眠っている本人を隠してしまうのではないかという程に量もあった。

折れそうな細身に身につけているのは独特なデザインの装束。これもまた白が基調とされているため、全身が真っ白と言えるような見てくれだった。

しかしそれ以前に、カブトの中に一つの違和感が湧き起こる

 

「人間……?」

 

何とも不思議なことに、この子からは人間特有の「雰囲気」のようなものが感じられないのだ。

着ている服装や全体的な白さも相まって

"人間離れ"

したような違和感があるのだ。

自分が今目の前にしている白い塊を人間と思えなかった。

しかし、見たところ外見は人間のそれと何ら変わりはない

そうカブトが思った時、ざあっと風が吹いた

強く吹いた風は、木々を揺らすとともに木の葉を巻き上げ、カブトの目の前の白い幼女の髪の毛を綿雲のようにふわりと揺れ上げる。

その時、再びカブトは身体を硬直させることになった。

何だこれは、と口から思わず零れた言葉は風にかき消される。

凝視した先。

風が遊んで行ったその跡。

目の前の幼女の頭にあったのは

 

「角……」

 

木の肌のような色合いをしたその棒状のものは、幼女の耳裏あたりから、龍の角のように、はたまた木の枝のようにまっすぐと伸びて……

 

「!」

 

ハッと意識がカブトに取り戻された。

目を見開いたまま、微かに震えだした右手を伸ばして"角のようなもの"に触れる。

ざらりとした感触とともに感じるのは龍の角のように現実離れしたものではなく

 

「これは……木の枝」

 

そう、手に伝わる感触は触り慣れた木肌そのものだった。

髪飾りですらないのは、今カブトが触っている時点で取れるどころか微動だにしないことから明らかだろう。

では、何だこれは

何なんだ

出会ったこともない代物を前に、頭の中でそう反芻することしかできなかった。

 



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何だこの幼女は

探究心と知識欲は保護者丸様の看板でもあるのではと思ってます
後書きの部分に一応幼女の立ち絵と表情3種、置いてみました。もしよければご覧になってください


開口一番

 

「どうしたのよそれ」

 

ですよね、と苦笑いを浮かべる自分をこの隠れ家の主である大蛇丸様が訝しげに見つめてくる。髪に隠れていない左目から送られる視線は懐疑のそれで。

 

「拾ったんですよ」

「どこで」

 

すぐそこの林で、と笑いとともに返せば「それ迷子じゃないの」と手元の薬品を揺らしながらため息をつかれた。

あまり興味を示していない様子。

このままでは、担がれながらも目を覚まさないこの子はただの被検体という体で終わることだろう。

しかしそれは、今自分が肩に抱えている子が"普通"であったのなら、という話で。

 

「とりあえず、そこの台お借りしてもいいですか」

「……いいわよ」

 

大蛇丸様なら僕が意味もなく"普通"の人間を持ち帰るなどとは思ってないだろうし事実、本人は薬品を弄っていた手を止めて、こちらの様子をじっと見守っている様子である。

乱雑かつ整然とされたこの部屋。

薬品だの何かの一部(だったもの)だの、これまでの研究資料や成果をまとめたものが仄暗い明かりの中で混沌としている。

その中央には一つの実験台が鎮座しており、まるで芝居の舞台のように、上から一際明るい光が実験台の赤黒い染みを冷たく照らしていた。

もう慣れたものだが、この"研究室"に充満する薬品独特の臭いは外とはまるで違う。

鼻の奥を刺し、脳髄を揺らすような、そんな臭い。異界にでもいるような、そんな感覚。

常人なら気付けどころか不快さに吐き気すら催すかもしれない。

なのに

 

僕の肩ですやすやと眠り続けるこの白い"何か"は一向に目を覚ます気配が無い。

そもそも担がれた時点で何かしらの反応があるのではと思いはしたが、その考えは見事に外れたのだった。

何もかもに疑問はつきないわけだがとりあえず、この子を担いできた理由なるものを大蛇丸様に見せるべく、見かけ相応に軽いそれを台に横たえる。

ふわりと広がった白髪が実験台に広がれば、それに隠れていた幼い寝顔と共に"例のもの"が自分たちの前に姿を見せる。

 

その時、なるほどね、と微かな愉悦と狂気を含んだ笑い声が小さく耳に入り、自分の口の端も思わず上がっていくのを感じた。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

それは言うなれば「驚き」であり「興奮」であり、さらに言うなれば「探究心」だった。

 

「人間?」

「さあ」

 

僕には何とも、というカブトの表情は"期待"の二文字が浮かんでいる。

それもそのはず、実験のために煌々と照らしている光で、更に白さを際立たせる目の前の少女の髪の毛の間から本来人間であれば生えるはずもないようなものが当たり前のように、いや、当たり前に突出していた。

髪飾りなどには到底見えない。

見たところ木の枝に近い。そのものと言っても過言ではないくらいに。

 

「本物ですよ 木の枝です」

「……いつの間に読心術を会得したのかしら」

「大蛇丸様の表情から見て取れただけですよ」

「それならカブトも口角下げないとワクワクしてるのがひと目でわかるわよ」

 

つまりはそれ程自分たちはこの状況に感化されていたということだろう。愉快そうに笑いを浮かべるカブトを一瞥しつつ、そう思った。

嘆くことではない。むしろ今目の前にあるものが何と喜ばしいことか。

来るは高揚。

自分の中の探究心が目の前の"何か"に手を伸ばしたいと叫んでいる。

知りたい。試したい。そして己に完全な知識を。完全なる自分を。

 

その茶色に指を滑らせると、木肌独特のざらつきと滑らかさが皮膚を介して神経を伝う。

落ち葉の中に埋もれる折れ枝のような冷たさなどはなく、真っ直ぐと伸びゆく若木に触れた時のような、生きている、という温かさ。

人間の体温のような生々しい温かさではない、仄かな"生"の温度。

なんと謎の多いことか。

これからの研究に繋がるのであれば大きな利益となろう。もし研究するにも値しないものであったとしても、ただの被検体として薬品たちに溺れるだけの個体となるだけなのだから損は無い。

 

さて、まずはとカブトに顔を向けると、カブトもこちらに向き直る。様々なシュミレーションをしているのか、先程とは一変、真面目な表情が目に映った。

 

「どうしようかしらね」

「そうですね、手始めはどうしましょうか」

「おお、どうするんじゃ」

「まずはこの枝を少し削って成分でも研究してみたいわね」

「これはただの枝だけどの」

「そうなんですか、じゃあどうやってそれが生えているのか解ぼ…………え?」

「え?」

「おっ?」

「……え?」

 

うわ、という二文字のあとにそのまま続く音がカブトの口から叫び出て部屋と鼓膜を揺らした。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「じろじろ見るでない……儂は見世物ではないぞ」

 

ふんす、と鼻を鳴らす目の前の少女。

いつの間に目を醒ましていたのかは分からないが、大蛇丸様と自分との会話にナチュラルに入ってきた時には素で驚いてしまった。普段の自分らしからぬ失態である。

 

「カブトが取り乱すなんて珍しいわね」

 

逆に何故そんなに落ち着いてるんですか大蛇丸様

はあ、と呼吸が整うのを確かめてから驚きの根源に視線を戻す。

よっこいせ、と手も使わずに上体を起こした少女は、実験台の上からこちらをじっと見つめてくる。

大蛇丸様はその様子を観察するように見つめ続けるのみで、何か動くことは無いらしい。

 

訝しげに細められている少女の瞳は鮮やかな深緑で、光の角度によっては若草色にも映った。

まるでその色は成長した若々しい木に生い茂る葉の色のようで。

 

「それで何じゃいお主ら、こんな所に連れてきおって……」

「……君が何者か知りたくてね。君がこの施設の近くに眠っていたのを見つけて、興味が湧いたんだ」

 

今明らかに面倒そうな表情をされた。

幼い容姿に加え、先程からの年寄り口調、更にはこの状況に恐怖心も感じさせないどころか眉間に皺まで寄らせている。

まるで悪徳業者に訪問されたときの主婦の表情だ。

何だこの幼女

そんな外見年齢不相応の対応に大蛇丸様がクツクツと笑いを洩らす。

 

「さっき、あなたは"ただの枝"って言っていたけれど、あなたは人間なのかしら?」

「では逆に問うが、当たり前のように頭に枝が生える奴が人間かの?」

 

つまりそれが答……「というかお主も完全な人間ではなかろ」え?

 

目の前の少女は軽く身を乗り出し、大蛇丸様をじっと見つめながらそう口にした。

そして今度はこちらにふいっと向けば「お主はまだ普通か」と道端に転がっている小石を見るような目で一瞥したあと、また大蛇丸様に視線を戻す。

 

「まあそれも含めての、お主ら一体誰じゃ?」

 

探るような目つき。

こんな幼子なのに、彼女の背後から滲み出る不穏な空気は見た目に釣り合わない。

まるで数百年…いやもっと長く長く生きてきた仙人のような雰囲気。

有無を言わさない空気がそこにあった。

 

「私はね、大蛇丸。そしてこっちがカブト。薬師カブトよ。」

 

大蛇丸様は軽く少女の問いに答えたあと、こう言葉を続ける。

 

「なぜ、あなたは私が"完全な人間ではない"って思ったのかしら……?そしてあなたも何者か教えてくれる?」

 

正に蛇が獲物を前にした時のような目つき。

この目の前に人間でもいたのなら、あまりの恐怖に身体が竦んでいることだろう。

だがやはり、この少女はそんな威圧感に臆するどころか不意にニッと笑みを浮かべるのだ。

その表情はまるで、悪戯が成功したときの幼子のような表情そのもの。

 

「知りたいか?のうのう、知りたいのか?大蛇丸とやらにカブトやら」

 

面白くなってきた、彼女の表情を言い表すのならその一言に尽きる。

なんだ、外見年齢相応の反応もするのかと頭の端で若干の安心すら覚えた。

当の本人は、実験台の上に伸ばした足をぱたぱたと揺らしながら、ずいっと自分たちに顔を近づけて一層笑みを深くする。

長すぎる袖丈で隠れた手で実験台の縁を掴みつつ、これから友人でも驚かすのかというほどにワクワクとしたその表情を浮かべ、言うぞ?言ってしまうぞ?と謎の煽りを投げかけてきている。

まあ、どちらにせよ僕達がこの子の正体を知りたいのは事実であるからにして

 

「知りたいから、教えてくれるかい?」

 

そう声をかけてこちらも苦笑すれば、目の前の少女は得意げな表情を浮かべて

 

「しょうがないのう若人たちよ……まずは儂のことから明かそうか」

 

しょうがないと言いつつも、至極嬉しそうに見えるのは気の所為だろうか。

それに、聞いて驚くな!とテンション高めな前置きと共に立ち上がり、実験台の上で謎のポーズを決めると、彼女は声高らかに告げた。

 

「儂はの!"樹"なのじゃ!」

 




一応立ち絵及び表情3種
立ち絵
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表情
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この木何の木幼女の木

これで二人との出会い編は終わりです。
彼女についての詳細な正体は後々明かしていくことになります。


沈黙が部屋を満たす。

一言だけ言うならば

 

「何言ってるんだこの幼女」

 

しかしそれは言葉にならない。

その前に理解が追いつかない。

大蛇丸様でさえ口に手をあてて考え込んでいるのだから相当だ。

え、樹?樹って樹木の樹?

 

「"樹"って、あの緑の?植物に分類されるあれ?」

 

実験台で謎の決めポーズを取ることに飽きたのか、実験台の上でくるくると回り出した自由奔放な幼女に対して大蛇丸様がそう問いかける。

回る動きにふわふわと追随する白髪をぼんやりと眺めながら答えを待っていると、突然回るのをやめた彼女が再びニッと笑顔を浮かべて「そのとおりじゃ」と肯定を突きつける。

じゃがの、と腕を組みながら付け加えた言葉に、僕はこの謎の糸口が見えた気がした。

 

「そこらの植物とは違うぞ?もう数千は齢を超しておる」

 

カカ、とやはり見た目に似合わない古めかしさを感じさせる笑い声とともに、胸を張る彼女はなかなか得意げで。

嘘か真か、彼女から告げられた数千という単位の概念は、脳内に蓄積した知識のどこかに引っかかってくる。

つまりは、つまりはどういうことだ。

海の水のように膨大な知識を汲み上げていけば、一つの仮説が成り立ってくる。

しかし、今までにそんな実例は見たことも聞いたこともない。

つまりその仮説は「都市伝説」のようなもの。

現実的に見てそれはどうなのか。

しかし、答えを導くには問いをぶつけるしか道はない。仮説は答えに結びつかない。

だから口を開く。

 

「付喪神……かい」

 

その三文字にぱちぱちと瞬きを繰り返した彼女は、ククッと至極楽しげに喉奥で笑った後

 

「さあの」

 

と彼女もまた三文字で返してきた。

「結局詳細まで教えるつもりは無いのね」と横で大蛇丸様が少し残念そうに呟いたその瞬間、彼の口元がニヤリと歪む。

 

「じゃあ、"直接"調べさせてもらおうかしら……」

 

地の底から響くような声と共に真っ赤な舌で唇を濡らす仕草は、さしずめ獲物を目の前にした肉食動物のそれで。

目にも止まらぬ速さで突き出された左腕は獲物を狩るために。

手元に置かれていたメスは右の手の内に。

どうやら大蛇丸様は早々に答えを知りたいらしい。

実験台の上の獲物をこれから料理してやらんとするようなその勢いに、げ、と苦い顔を浮かべる彼女。

風を切る音が彼女に迫り、大蛇丸様の左手が彼女の腕を掴もうとしたその時

彼女の足が実験台を蹴った。

浮いた身体は迫る手を流すように傾き、そのまま後ろへ。

すっと音もなく床に着地した彼女の表情は「意味がわからない」と面食らったようなもので、こちらに非難の声をかけてくる。

 

「ま、まてまてまて大蛇丸とやら!儂の答えの何が不服じゃ!?"樹"であると答えたであろうに!!」

「まだ知り足りないのよ……何もかもね!!」

 

ええ…と若干引いたような目を向ける彼女には恐怖心というものが全く無い。

いきなりの奇襲への驚きと、大蛇丸様の探究への執着に引いている。その二分しかない。

先程からチラチラとこちらの方に視線を向けて「ちょっとこいつどうにかならんのか」と目で訴えて来るが、生憎僕は大蛇丸様側なわけで。

 

「カブト、行くわよ」

「はい、大蛇丸様」

「なっ……二対一とは卑怯者どもめ!!」

「何とでも言って頂戴……私はね、"知る"ためなら何だってするわ」

「大蛇丸様、室内なので一応はお手柔らかにしてくださいね。片付けが面倒ですよ」

 

わかってるわ、と空返事する彼は絶対にわかっていないという確信しかできないので、自分が被害を減らす努力をしないとならないようだ。

とりあえず、彼女の動きを封じられれば万々歳。

先程の大蛇丸様の腕を躱した時点でそれなりに実力があるということなのだから、慎重に動かなければ自分たちの背後にある扉から逃げられてしまうだろう。

しかし幸いなことに、この背後の扉以外には出口は存在しない。

大蛇丸様とともに挟み撃ちにしてしまえばあっさり捕獲できるはずだ。

そう思考を完結させると、大蛇丸様に視線で合図を送る。小さく頷いたのを確認しながら僕は腰を落として構えをとった。

そして手の内にチャクラ解剖刀を作り出せば一気に彼女へと距離を詰める。

しかし、こちらの動きを見切っているのか「お主もか」というぼやきが聞こえたと同時に、彼女がこちらに呆れの表情を向けてきた。

 

「恨むなよ」

 

その言葉とともに

姿が消えた。

 

「しまっ……「み゛っ」!?」

 

ゴッ、という鈍い音と謎の呻き声が同時に聞こえたその後、僕の背後でドサリと何かが落ちた音がした。

しまった、そう思った筈だったが、今は呆気に取られることしかできない。

 

「なっ、なんじゃこの部屋!天井低すぎない

!?」

 

あっ、跳んだ時に天井に額をぶつけたのか

跳んで僕の背後に回り込もうとしたようだが、天井の低さに気付かず、そのまま突っ込んだらしい。

 

「はい潜影蛇手」

「ふぎゃああああ!?」

 

自分の額を押さえながら悶えている彼女を呆気なく蛇たちが捕らえた。

術の主である大蛇丸様も、蛇で彼女を拘束しつつも肩透かしを食らったような表情である。

まさかここまであっさり捕まえられるとは思っていなかったのだろう。

その前に天井に頭をぶつける失態を犯したということに驚きだ。

 

「う゛ぅ……儂に術の類はやめておけ…」

 

腕や足をぐるぐるに縛られながらそう洩らす彼女は恨めしそうに大蛇丸様を睨む。

 

「残念だったわね……大人しく解剖されて頂戴」

 

ね?と微笑みながら彼女に近づくその表情は、光の角度も相まってなかなかに狂気を感じた。

自分も警戒しつつ回収のためにと歩を進めていく。

音もなく近づいていく大蛇丸様と僕を半ば諦めたような表情で見つめる彼女は目を瞑り、はあ、とため息をついたあとぽつりと何かを呟いた

 

刹那、蛇たちが消えた

 

霧のように霧散していくような消え方ではない

「最初からそこに無かったのではないか」とすら思えてしまうくらいにそれは唐突に起こった。

音もなく、気配もない

潜影蛇手を発動させていた大蛇丸様の腕も普段通りに戻っており、さすがの本人も立ち止まって自分の腕を見つめるしかないらしい。

 

「私の口寄せが、解除された……?」

「えっ、解除?忍術ではなく……?」

 

そんな僕達の疑問に、床に転がったままで呆れた表情を向ける彼女は「ちょっと吸い取っただけじゃろうて」と呟く。

その言葉にはっとした大蛇丸様が彼女を見つめる。

 

「吸い取るって、まさかチャクラを」

「そうじゃ、その蛇は口寄せの類じゃろ。つまり時空間忍術。そこの繋がりを介するチャクラを維持出来ない程度に少しばかり吸っただけじゃて。」

 

だから言ったじゃろ、と

 

「儂は"樹"じゃ。」

 

そう言って自身の左側頭部から伸びる枝を指さして笑った。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「まあとりあえず落ち着かんか」

「お主らのしたいことはよおーーっくわかった」

「痛いほどわかった というか額が痛い」

 

もうそこの扉閉めてくれ、と強打した額を押さえつつ心底面倒そうに言われてしまえば、この相手方にはもう戦う気も逃げる気も無いんだろうと思い、開けっ放しだった扉を苦笑しながら閉めておく。

大蛇丸様も大蛇丸様で、彼女の大失態にもはや失笑するしかなく、彼女の赤く腫れた額に濡れたタオルをあてがいつつ、彼女の観察をしているようだった。

扉を閉めた自分に「ありがとう」と言ってくるあたり律儀な性格なんだろうかと苦笑し、いいんだよと首を振る。

 

「大蛇丸も、すまんの」

「別に観察ついでよ」

 

気にしないで頂戴と微かに笑う大蛇丸様に、そうか、と頷く彼女。

すっかりこの空間から戦意が消えていた。

先程起きた「エナジードレイン」ならぬ「チャクラドレイン現象」は非常に興味深いが冥遁の一種なのだろうか、と思案を巡らせる。

 

「そうじゃ、大蛇丸、お主やっぱり蛇の生成りか。しかも何回か"脱皮"しておるようじゃな」

 

何となくその理由は先程のひと悶着で察したらしい。

知識欲って怖いのう、と他人事のように呟く彼女に、大蛇丸様は心外だという表情を浮かべて

 

「私はこの世の全てを知りたいのよ」

 

だから解剖させてと綺麗な笑顔を浮かべるこの人の執念は流石である。

また彼女が「どうにかしてくれ」とこちらに視線を送ってくるが「諦めてくれ」と首を振っておいた。

大きくため息。

そして彼女は大蛇丸様を見上げ、真っ直ぐに見つめる。

 

「ではそんなお主らに儂は交渉を持ちかけたい」

 

ほう、と大蛇丸様が目を細めた。

僕もじっと耳を傾ける。

 

「儂の行動目的に力を貸して欲しい」

「その代わりに、それが達成された暁には、この身体は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わん」

 

「その行動目的は?」

 

「とある者を探し出し―――消す」

 

こちらから見えた横顔に過ぎる一瞬の「憎しみ」の感情にはっとした。

しかしそれはすぐに元の表情に戻り、大蛇丸様の返事じっと待つものになる。

その一瞬に大蛇丸様も思うことがあったのだろうか、一拍の間を置いて

 

「……つまりは暗殺ってことかしら」

「いや、情報を貰えればそれで十分じゃ……ここで更に主らへの利益について言うならば、この過程だけでお主らはこの世界の、忍の世界の真の始まりについて知ることができるじゃろうて」

 

どういうこと、という大蛇丸様の言葉に薄く笑んだ彼女は「それを知るのがお主にとっては楽しみなのではないか?」と返し、どうじゃ、と交渉の答えを求める。

世界の始まり、忍の始まり。そしてそれらの真実……?

 

「カブト、どう思う」

 

顔を上げてこちらを見つめる彼の表情に思うことは「それ明らか楽しんでるだろ」

まあそれも差し引いて、要は乗るに値するか、ということか。

 

「情報を集めるくらいなら、潜入のついでのようなものでしょうし」

 

そもそも僕はあなたに付いていきますから、と告げれば大蛇丸様はフフッと笑い、じゃあ決まりねと視線を彼女に戻す。

 

「ここまで謎の多いあなたを野放しにしたくないしね。いいわ、乗ってあげる」

 

その答えに、ほっとした安堵と嬉しさを滲ませた表情を浮かべた彼女は、自分の額にタオルをあてる大蛇丸様の手をぶかぶかの袖に覆われた自分の手で軽く握り、立ち上がると大蛇丸様の手を引いたまま僕にてくてくと近づいてくる。

大蛇丸様の手をとった手とは反対の手が僕の手を握り、僕は目を瞬かせた。大蛇丸様も滅多にされたことのないことをされたからか、ただただ見守るのみといった様子だ。

そんな僕達を交互に見遣ると彼女は満足げに頷き

 

「交渉成立じゃな、有難う。大蛇丸、薬師カブトよ。」

 

そう、にっこりと外見相応の笑顔を僕達に向けたのだった。

孤児院にいた頃の兄弟たちが浮かべていたような、そんな心からの笑顔だった。

 

 

 

 

(そういえばなぜ私が蛇だってわかったのか聞いてなかったんだけど)

(あ、あれか あれは単純にお主の体内チャクラに色々混じってるのを感じただけじゃ 特に蛇のな)

(そもそもチャクラに種類があるのかい?)

(本質的には一緒だけどの 感じとるものがそれぞれにあるんじゃよふふん)



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中忍試験前編
恨み恨まれ恨むとき


この物語の大蛇丸様の対応が結構優しくなってる気がしますがどうなんでしょう。
使えるものや弟子に対しては誠意と優しさを向ける人だと勝手に解釈しています。

今回は中忍試験から数週間前くらいの時間軸で「シンキングタイム」を主体に。


 

「枝付き、そこの試験管とってくれるかしら」

「おうおう、これかの」

 

あれから数日の時が経った。

私たちと交渉してきた謎の少女は今、自分の探りたい情報のために、私たちと共に行動している。

名前を聞いていなかったため、これから呼ぶには不便だろうとあの日に名前を尋ねてはみたものの、本人は少し首を捻った後

『お主らのような"自身"を表すような呼び名は本来持っておらぬな』

と少し困った表情を浮かべていた。

それはもともと彼女自身が"樹"という概念だからだろうか。詳しいことは未だに分からないが、名前が無いのはこれから不便なので当人に何と呼べばいいのかを聞いてみたところ、数秒首を傾げたのちに自分の枝を柔く撫でて『"枝付き"で良いぞ』と満足げに頷いた。

 

その日から、彼女を呼ぶ時は「枝付き」と呼んでいる。

 

そして枝付きは、こうやってよく助手のようなことをしながら私たちの実験に目を輝かせるのが日課となった。

数千年も生きていると自称しているが、全てのことを知っている訳では無いらしい。

しかしごくたまに、私が太古の忍術や技術を参考にした術の研究書を覗いては『惜しいのう』だの『今もこの術は健在なんじゃの』と呟いているあたり、本当に大昔のことについては知識があるようだった。

その度に『どこが惜しいの』と聞いてみると、無言で箇所を教えはするものの具体的な部分は話さない。本人曰く『言ってしまったら、大蛇丸の持ち前の探究心を貶すような気分になるからの』と頬づえをつきながら首を振っていた。

本心ではどう思ってそう言っているのかはわからない。

 

『そもそも儂の方など元は"そっち"にあまり知識が無い』

 

そっち、とは本人曰く忍術や幻術、仙術のことらしい。

全て受け売りじゃ、と話す彼女はいくら数千の時を生きようと知ることに興味が湧かなかったそうで、私にはそれが理解し難かった。

 

「ねえ枝付き」

 

私の混ぜる薬品の中身を熱心に見つめる白い頭に向かって声をかけてみる。

んー?と話半分といった反応が返ってくるがそのまま問いを投げかける。

 

「今まで数千年も生きてきたのに、何故全てを知ろうとしなかったの」

 

ふい、と徐にこちらを見上げる顔は眉根を寄せたもので、いつかのあの"一瞬の表情"と同じそれだった。

あの時は私の目から視線を離さなかったが、今回は何故かすっと視線を外して私の手元の試験管に戻す。

少しの沈黙の中、透明だった試験管の中身が黒く濁り始める。

 

「儂が実質この姿で動くことができたのは、かれこれ十数年程前のことじゃ……まあ数千年もこの地上を動き回れたのなら、大蛇丸の言う通り"何でも"知ることも、色々なことを改めることもできたであろうにな」

 

枝付きはそう呟くように答えると、試験管の中で揺れる黒い濁りを見つめながらククッと自虐的な笑みを浮かべる。

つまりはその数十年、彼女はほぼ動くことを許されないままでいたというわけか。

言い換えれば、枝付きに数千年の思い出などという明るさの蓄積などはなく、数千年もの間彼女が積み重ねてきたものは、内に秘めた歯痒い恨みとブランクだけだったということだろう。

まるでこの試験管の底に沈んでいく黒い濁りのように。

 

「"恨み"というものは恐ろしい そして同時に驚くべきものでもある―――丁度儂のようにの」

 

そしてまた自分の枝へと手を伸ばして、何かを堪えるように口を引き結ぶ。

 

「……お主にも心当たりは無いかの?"恨み"で自分というものが変わっていったような、そんな出来事が」

 

その言葉に、かつての自分を思い出せは「無い」とは言えなかった。しかし「有る」という言葉も口から出ることは無かった。

両親の死、三代目火影の顔、波風ミナトの顔……そしてこの先起こすつもりである「木ノ葉崩し」のこと……それらが次々に頭を過ぎっていく。

無言で手を止めた私に対して枝付きはぽつり「すまんな」と私に声をかけて目を伏せた。

 

「いいのよ、恨みで人が変わるのは世の常」

 

フッと薄く笑みを浮かべながら再び試験管を揺らせば、沈殿した黒いものが再び浮き上がる。

そして試験管の中身が黒く染まった。

枝付きはそれをじっと見つめるだけだった。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

 

この数日間でわかった「枝付き」という少女について少しまとめてみようと思う。

まず齢は数十年を超えているが外見は10歳児程でしかないこと。

明確な「名前」を持っていなかったこと。(本人曰く"概念を表す名前"であればあるらしいが教える素振りもない)

そして自身は人間ではなく"樹"であること。(付喪神という可能性?)

どうやら不老不死であること。

傷はどんなものでもその日のうちに修復すること。(人間では致命傷のものだとしても回復する)

食事や水分の補給は無くても生きられるということ。(食べることは可能)

日光に当たるのが好きであること。(自称"樹"ゆえかもしれないが、食事や水分同様、必須ということではないらしい)

"世界の真の始まり"というものを知っていること。

チャクラを練ることはできないが、その代わりに相手のチャクラや術が発動するためのチャクラなどを「吸収」することができるということ。(冥遁に近いのかもしれないが、チャクラを使えないということから別の性質のものではないだろうか)

素手を頑なに出そうとしないこと。

相手のチャクラの性質を感じ取ることができるということ。

とある人物を心底恨んでいること。

そして、僕達に協力を乞いてきた情報が、その人物についてだということ。

そしてその人物というのが

 

「大筒木カグヤ」という人物であること

 

何となく彼女の正体が見えてきた気がする。

しかし、その仮説だと矛盾が色々と生まれてくるため、一概に正解とは言えない。

今は木ノ葉崩しのために準備をしている中ではあるが、その間にこうして枝付きについて整理しているのは、推理ゲームのようで面白いからというのもある。

 

かつて大蛇丸様が忍術の研究のためと、太古の昔のチャクラや忍術、その起源などを調べた文書を見せてもらったことがある。

一説によれば、ある所に「神樹」というものがあり、その樹に実を結ぶ「チャクラの実」というものを巡って人々が争い続けた。

しかしその人々の中で、ある1人がそのチャクラの実を食べることでチャクラを操り、強大な力を得て、人々を治めたらしい。

 

そしてそのチャクラの実を食べた1人が「大筒木カグヤ」であるということも知った。

そしてそのカグヤが産み落とした二人の子供、名をハゴロモとハムラと言ったか、特にハゴロモの方は忍の祖と言われた「六道仙人」であるということも書かれていた。

そしてチャクラの実を奪ってしまったカグヤを恨んだ神樹が化けて十尾となったが、息子のハゴロモとハムラが封印をして大団円だという話だった。

しかし、本当に千年は昔の話……もはや神話に近いものであるのに、なぜ今更になってこの「大筒木カグヤ」を枝付きは探しているのか。

この話を聞かせて、もうこの世界にはいないのかもしれないよと言ってみたが、彼女はその物語を聞いた時点で『何じゃその話、ふざけすぎであろうが』とかなり立腹していた。

彼女曰く『嘘っぱちな上に神樹が全て悪いみたいではないか』と。

 

『悪いのは全てあの一族のうちのカグヤじゃ……おのれカグヤ』

 

許すまじ、と恨めしそうに顔を歪めてそう吐き捨てた彼女の殺気は、その場の空気すら押しつぶすようなくらいに重く禍々しいものだった。

こちらの魂すら潰せるのではと錯覚してしまうほどに。

しかしその言葉には彼女が何であるかを推測させるに十分ではあった。しかし推測に過ぎない。矛盾も有り余っている。

しかし、その『嘘っぱち』という言葉が矛盾の鍵なのかもしれない。

 

 

……そんなことを思い出し考えながら木ノ葉の里の中を調査していれば、いつの間にか日も暮れてきていた。

 

あと2週間もたてば、中忍試験が始まる。

つまりは「木ノ葉崩し」の前段階が始まるのだ。

その間は自分も中忍試験に混ざって動くため、しばらくは情報収集に当たれないだろう。

枝付きには我慢してもらうしかないだろうが、それよりもその間、彼女をどこに置いておくべきだろうか。

……まあいいや、帰ったら大蛇丸様と話し合おう

 

そうぼんやりと疲れた頭で考えつつ、僕は印を結んで姿を消したのだった。



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チャクラの実(ただしリンゴ)

信じきれないから、教えられない
そういうことです


 

「……どうしたのそれ」

 

朝一番、大蛇丸様のその言葉で今日は始まった。

珍しく驚いた表情をしている大蛇丸様が指さす先、そこには寝起きたばかりで眠そうに目を瞬かせている枝付きがいて。

 

髪色白、目の色緑、背丈はそのまま、枝も生えている。実もなっている。

なんだいつも通りじゃないか……

 

「っていつも通りじゃないよどうしたんだいその実」

「実?」

「その枝になってるやつだよ……リンゴ?」

 

くぁ、と欠伸を零しながら彼女が触っている自身の枝の先、そこには昨日まではなかったものが一つくっついていた。

形容するならリンゴ。

というかリンゴそのものだ。

しかしサイズが明らかに小さすぎる。

さくらんぼの果実ほどしか大きさがないのだ。

一瞬作り物かと思ったが、あまりにも自然に枝についていて違和感を感じることができない。

大蛇丸様と同じようにただ驚くことしかできないまま、枝付きの袖先が件の果実に行き着いたのを見ると「それだよ」としか言えない。

これで「これ、お洒落じゃよ」などと言われたら色々な意味で悩む。止めさせるべきか悩む。

 

「ああ、これか」

 

眠気でぼんやりとした表情のままうんうんと頷く枝付き

掴んでいる手の内で枝から実が取れていないあたり、本当に実がなっているらしい。

やっぱり樹だから実もなるのかなどと思っていた時、ブチリ、と何かが千切れる音がした。

 

「大蛇丸、かえす」

 

てくてくと大蛇丸様に歩いていく枝付きの枝には、もう果実が無くなっていた。

どうやら自分で引き千切ったらしい。

その一部始終を見ていた大蛇丸様の前に立つと、そのリンゴのような極小の果実を彼の手に置いて「すまんの」と付け加え、そのままUターンして部屋を出ていこうとする。

 

「えっ、いやちょっと待ちなさい枝付き」

「えっ」

 

どことなくやりきったという感じに達成感のある表情をした枝付きを大蛇丸様が止める。

振り返った彼女は頭に「?」を大量に生産しながら「どうしたんじゃ」と問いを返した。

いやいや、さも日常的に当たり前のことをしたような、人から借りたものを返した後のような雰囲気を出さないで欲しい。

そんな枝付きに大蛇丸様が渡された実を翳しながら首を傾げる。

 

「これ、何の実なの」

「え、お主のチャクラ」

 

「えっ?」

 

思わず僕が聞き返した。

 

「だから大蛇丸のチャクラ」

 

 

この間吸ってしもうたやつな、と少し申し訳なさそうにしているのはいいが、こちら二人がそっちの道についていけていないのをまずは理解して欲しい。

とりあえずどういうことだよ。

 

そういうわけで、朝から三人でテーブルを囲み事情聴取を開いている。

 

「数日前、大蛇丸が儂を口寄せの蛇で縛った時があったじゃろ」

「いきなり口寄せが解除されたあれね」

 

うむ、と一つ頷いて、手元の湯呑のお茶をズズっと啜る枝付きから感じる老齢さにも慣れてきた、気がする。

ふう、と湯呑を置いてまた話を再開する枝付きによれば

 

「あの時、口寄せ解除のために大蛇丸のチャクラを吸ってしもうたからの」

「ここに集めて実にして返した」

 

ここ、と自分の枝を指し示して言葉を並べる。

ちなみに賞味期限は1ヶ月だから気をつけての、だそうだ。

最後に彼女は大蛇丸様と僕に向かって、ニコッといい笑顔とともに親指を立てる。

 

「あれじゃ、『きゃっちあんどりりーす』ってやつじゃな!」

「そんな釣った魚を海に返すような言い方はやめなさい」

 

呆れ気味にそう言ってはみたものの、この議論の本来の目的が全然果たされていない。

 

「そもそもなんでチャクラを返したの?吸収したらそのまま自分に使えばいい気がするけど」

 

指先で「チャクラの実(?)」を転がしながら問いかける大蛇丸様は「これ食べられるのかしら」と最後にぼそっと呟いていた。僕も興味はあるが流石に食べるのは気が進まない。

実で遊ぶ大蛇丸様を見ながら頬づえをつく枝付きはそうじゃなあ、と一言置いて

 

「お主ら人類に広まっているチャクラと儂のチャクラは正反対だからの、水と油のようなものじゃ」

「使おうにも使えぬし、第一儂自身がチャクラを練ることが不可能なんじゃ」

 

どういうわけかは知らんがの、と肩を竦めてみせる。

 

「本来なら普通に大蛇丸にチャクラを返すことも可能であったが……これで儂が樹だという裏付けが強くなるかもしれんと思うてな」

 

そしてそのまま背筋を伸ばすようにうーんと伸びをすると、ニヤリとした笑顔を浮かべて

ま、ちょっとしたドッキリじゃよ、と最後に付け足した。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「神樹、ねえ」

「今はその可能性が一番高いと思いますよ」

 

日光にあたりに行ってくると枝付きが席を外したあと、私はカブトの見解を黙って聞いていた。

確かに、あの伝説の"神樹"であれば、あの子が「大筒木カグヤ」を恨む理由も、あの頭の枝もわかる気がする。

でも

 

「神樹なんて封印されたはずじゃなかった?」

「そこなんですよ問題は」

 

術の研究にと色々と調べた際に「チャクラの実」の伝説を目にすることがあった。

しかしカブトも言うように、神樹は六道仙人こと大筒木ハゴロモとその弟ハムラに封印されたはずだ。

なぜ今更になって復活をしたのか、どうやって復活したのか、辻褄と理由が見つからない。

 

「その伝説について枝付きに話した時、彼女はそのことを"嘘っぱち"と言っていました。そのことを考えるとつまり」

「……その起源の伝説が偽りで、あの子が必死に探している『大筒木カグヤ』がその原因かもしれない、そういうことね」

 

はい、と頷くカブトはテーブルの中央に転がる「チャクラの実」を見つめている。

リンゴのなりそこないのような小ささであるそれをもう一度手に取って眺めてみる。

「禁断の実」

その言葉が頭を過ぎる

 

「……私のことを"知識欲の強い人間"だと理解しているのに、自分のことを"樹"だと信じて欲しいからってこうも目の前で『チャクラの実』なんて作る?」

「一度チャクラの実を取られているのに、もしそれで恨んでいるのだとしたら、人間の私たちにこの実を見せるのはハイリスクだわ」

 

だって、そのチャクラの実欲しさに争いが起こって、最後には自分はチャクラの実を盗られているというのに。

 

「そんなものを見せて、私たちがチャクラの実を奪い取るかもしれないという発想を神樹がしないなんて思えない」

 

チャクラの大元なのだから、馬鹿ではないはずだ。樹だから一概に言うことはできないであろうが。

 

「それに、先程までのやり取り……」

 

ふと、カブトが顔を上げる。

眼鏡の奥の瞳は蝋燭の光で見えはしないが、唸るようにそう言ったカブトの頭の中はきっと今さまざまな情報が飛び交っているのだろう。

 

「何か引っかかるんですよ」

「そうね、例えば」

「『人類に広まっているチャクラと自分のチャクラは正反対』」

 

相容れないと、彼女はそう言った。

この言葉も何を意味するのかはまだわからない。

謎は深まるばかりだ。

しかし同時に面白いとも思う。

目的が果たされたのなら特殊な献体も手に入るのだから、情報収集と推理くらい早く済ませてしまおう。だが、

 

「……まあ、その前にこの話は『木ノ葉崩し』が終わってからまた詳しく話しましょう」

「そうですね、まずは中忍試験ですし」

 

そう、もうすぐ中忍試験が始まる。

そのためにも準備を進めていかなければならない。

そして"うちはのひよっこ"の体も手に入れなければならない案件である。

それもこれも自分の忍術のため。

しくじったりなどしない。

……三代目よ、その老いぼれた身体でせいぜい苦しむがいいわ

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

朝焼け。

目を焼くような光を若草色の瞳に映し、"枝付き"はいた。

その顔は何かを思い詰めたような、何かを心に決めたような、そんな表情で

小さく彼女の唇が開く。

 

「まってて、十尾」

 

ごめんね、と

誰かに言い聞かせるようなその言葉は、朝霧と共に消えていった。

 



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もしかして毒リンゴ

君麻呂君の狂信者ぶりをもっと書きたいというのもこの物語の目的でもあったりなかったり


ざわり、と風に揺れるその音は声。

決して届かない声。

 

やめて、やめて

それを奪わないで

それは人が手にしてはならないもの

それは、だいじな―――

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「君はしばらく休んでいた方がいい」

「ですが」

「そんな身体では無理だ。今のままでは大蛇丸様の足でまといにしかならないよ」

 

君麻呂君、とベッドに横たわる彼の名前を呼べば、明らかに血の気の失せた青白い顔が歪み、小さく「わかりました」と返事が返ってくる。

長くはないな、最近彼を見るたびにそう思うようになってきた。

不治の病を患う彼は、数日前からとうとう血を吐くようになった。僕が調合した薬で進行自体は遅らせているものの、息を引き取る日はそう遠くはないだろう。

いざ何かがあった時に使えなければ意味がないと、今は体力を温存させてはいるが、彼の体力は穴の空いた風船のように、どんなに休ませても綻びから抜けていってしまう。

そんな状況だった。

あと数日で中忍試験が始まる。

僕自身が彼の容態を診られない日々が数日間は続くということだ。

困った。大いに困った。

大蛇丸様が"うちはの彼"を求めたあたり、もう君麻呂君の体に興味は無いようだが、僕も医療忍者の端くれ。必要最低限のことはしていきたい。

薬のストックはある。問題は食事や生活のことだ。

音の五人衆に頼んでも、あまり関係性が良好ではない彼らとこの病人のことを考えると「無理じゃないか」と思えてくる。

音忍も今回の中忍試験に連れていくわけだし、割ける人員が殆どいない。

残りの人員をあてたとしても、君麻呂君が大蛇丸様を求めて脱出を図ろうとしたときに足止めにすらならないであろう、そんな奴ばかりだった。

 

どうしたものか

 

「カブトーーどこじゃー」

 

部屋の外から聞こえてきた声にはっと意識を戻される。

どうやら枝付きが僕のことを呼んでいるようだった。

 

「あの声は……?」

「ああ、君麻呂君はまだ会っていなかったね」

 

未だ謎だらけの彼女を病人に会わせるべきではないと思っていたから、まだ彼のことは隠していた。

なぜなら彼はあの「かぐや一族」

大筒木カグヤに関係があるのではないかと勘ぐっていたため、カグヤをこれでもかと怨嗟している彼女を迂闊に近づけて彼に何かがあったら一大事というわけだ。

彼の世話係には一番不適切だと言っていいだろう。

 

君はまだ会わない方がいいよ、と彼に苦笑を浮かべ「今行くから待ってて」と廊下にいるであろう枝付きに呼びかけておく。

もう一度君麻呂君に向き直り、側の台に丸薬を置いておく。

 

「じゃあ、安静にしているんだよ「カブトここか」って枝付き!?」

 

 

くいっと僕の袖が引っ張られると共に聞こえた声に振り向くと、僕の驚きようにきょとんとしている枝付きがいた。

気配すら感じなかった。

そもそも感じ取れるチャクラがこの子にない。

当初から思っていたことだが感知できるチャクラが存在していない。彼女の言うところの「相容れないチャクラ」同士だからだろうか。わからない。

 

「カブト、カブト、頼まれてた薬草全部すり潰し終わったぞ」

「あっ、ああ、ありがとう枝付き、よし早く行かないとね」

 

とりあえずこの部屋から枝付きを出さなければ。幸い僕の身体で彼のことは見えなかったようだったことだし。

そう思った僕の手は枝付きの肩を掴んでUターンさせようとして空ぶった。

 

「お主、」

 

いつの間にそこに行った

しまった、と思った時にはもう遅い。

音もなく気配もなくベッドの横に立っている枝付きの背中がそこにあった。

表情はこちらから見えない。

 

「カグヤのような気配があるからここらを彷徨ってはいたが……」

「……誰だ」

 

枝付きの姿を瞳に映した君麻呂君が身構える。

初めて見る顔、そして先程の一瞬の動きにただならぬ雰囲気を感じたのか、屍骨脈を使おうとしているため慌てて枝付きの肩を後ろに引っ張って距離を置かせた。

 

「待て待て二人とも、君麻呂君は病人なんだからやり合うのはやめてくれ」

 

その言葉をかけて初めて枝付きがこちらを見上げる。その表情はいつも通りのもので、何か事を起こすような雰囲気は感じられなかった。

 

「……?何もやり合うつもりはないぞ?此奴はカグヤではないであろう」

 

カグヤのチャクラをかなり濃く感じ取れるし見かけもなかなかに似ておるがの、と肩を竦めると君麻呂君に顔を向けて

 

「さしずめカグヤの子孫か 初めましてかの」

「……だから誰なんだ」

 

警戒感たっぷりといった様子で威嚇する君麻呂君は例えるなら野良猫だ。

そんな野良猫に遠慮なく近づく枝付きはさしずめ近所の子供といったところか。

あ、これ戦闘とか起きないな

どうやら自分が思い描いていた惨状は杞憂に終わるらしい。

 

「儂はの……"樹"なのじゃ!」

 

初めて僕らとあった時と同じ、弾んだ声でそう言えば、君麻呂君の顔が疑問を浮かべた表情に変わる。は、という疑問形の言葉と一緒に。

 

「しかし今は"枝付き"と呼んでもらっておるからの、宜しくな君麻呂とやら」

 

構えられている君麻呂君の手をガシッと掴むと握手のつもりなのかブンブンと上下に振り始める。

対する君麻呂君はぽかんと呆気にとられた様子だった。

僕も呆気にとられていた。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

突然目の前に現れた少女はこう言った。

自分は"樹"だと。

増血剤を飲んだことでやっと回り始めた頭を使って考える。

 

「カグヤ……」

 

今は亡き自分の一族。いや、その意味合いで彼女……枝付きは言ったわけではないだろう。

カグヤの子孫かと、そう言っていた。

あの一族での殆どを牢で過ごした僕には自分の一族がどのような系譜なのか、どんな一族なのかあまりよく知らない。

ただ、大蛇丸様が欲しがるような血統であるということ。それだけはわかる。

そう、それだけでいい。

大蛇丸様の力となれるならそれで……

 

「ゲホッ、っぐ…ッ」

 

こみ上げるような息苦しさとともに吐き出した咳に息が詰まる。

痙攣するように震える脇腹が悲鳴を上げ、泥でも詰められているのかというほどに機能をしない肺が重い。

長くはない。そう思う。

この病が無ければ、大蛇丸様は僕を"器"としてくださったことだろう。

たとえ"器"となれずとも、大蛇丸様の盾にも武器にもなれたことだろう。

この身体に生まれたことを喜ぶ反面、心の底から恨めしくもある。

 

口元を押さえる掌と喉奥にぬるりとした鉄の味を感じながら、僕はため息をついた。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「かぐや一族、のう」

 

カブトの肩を叩きながら納得したような表情で頷く枝付き。

どうやら君麻呂と顔を合わせてしまったらしいが、カブトの話に拠れば何事も無かったようだった。

今は彼の来歴について簡単に説明し終わったところだ。

 

「ところでなんでカブトの肩叩きしてるの」

「え、大蛇丸も凝ってるのか?蛇って肩凝らなそうじゃけど……」

「論点が見事にズレてるわ」

 

え?と首を傾げる枝付きがトントンと肩を叩いているカブトは「あーそこ、やっぱり結構凝ってるな僕」なんて気持ちよさそうに目を細めている。

歳と外見とを差し引いて、その様子はさしずめ「孫に肩叩きをしてもらっている祖父」のような構図だった。

 

「枝付き、すっかりカブトに懐いてるわね」

「いや、カブトの肩が日頃の研究やら何やらでなかなかに凝り固まってるっぽくての、チャクラの流れが悪くなったら中忍試験とやらで攣ったりするかもしれんと思うて」

 

ま、カブトほどの実力なら攣っても問題なさそうじゃけどの、医療忍者だし

と話す彼女にカブトが苦笑する。

 

「大蛇丸もカブトもその他数名もいなくなるから儂は大人しくしておるよ」

「その間脱走でもされたら困るわね」

 

困るというより消さなければならなくなる。

私のため息に「あー無理無理」という言葉が首を横に振るモーションと共に返ってくる。

 

「大蛇丸たちの調べた文書やら文献やら、調べ終わってないものが山ほどあるんじゃ」

 

カブトの肩から手を離した枝付きがストンと椅子に腰を下ろす。

難しい表情を浮かべながら考えを巡らせている彼女にカブトが、あ、そうだと思い出したように顔を向ける。

 

「君麻呂君のことなんだけど」

「んん?」

 

視線だけをカブトに向けてテーブルに頬づえをつく枝付き。

そんな枝付きを一瞥した見据えるカブトは咳払いを一つして

 

「大蛇丸様、僕達が不在の間、枝付きに君麻呂君を看てもらっていてはどうでしょう」

「なるほどね、枝付きも気になってるんでしょう?君麻呂のこと」

 

先程から悩むような表情をしていた原因は君麻呂のことについてであろうと思っていた。

そして案の定、枝付きはうむ、と頷きを返してくる。

そして頬づえを解くと、こちらに顔を向けて私の名前を呼んだ。

 

「しかし君麻呂とやら、長いこと無いのであろう」

「そうよ、だから彼の代わりを今回のついでに手に入れてくるの」

 

不屍転生か、と頷いた枝付きの表情は何かを考え込んでいる様子で、それがどうしたのと問いかければ、ううむと小さい唸りが返ってくる。

少しの沈黙。

 

「……ならもう君麻呂は要らぬのか」

「……もしかして酷い扱いだとか非難するのかしら」

 

枝付きも善に酔うような人格だったのかと軽く失望したと同時に驚いた矢先、いや、という遮りが来る。

 

「……君麻呂のことを儂に譲ってはくれんか」

 

私とカブトは息を飲んだ。

 

「もしかして、あのかぐや一族だから?」

「まあ、の。なに、殺しはせん」

「いや、まあ看病してほしいとは言ったけれど……一体何するつもりなんだい」

 

カブトのその問いにうん、と頷いた彼女は私から視線を離し壁の蝋燭を見つめながらこう返した。

 

「試したいことが出来た」

 

真っ直ぐに見つめるその瞳はしかし蝋燭ではないどこかを、何かを映している。

それはあの"一瞬"の色ではない何か。

それが何なのかは読むことが出来なかった。



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そうだ、鬼ごっこしよう

ヨロイさんとミスミさんは乗せられそうな2人組だと思ってたらこんなことに


「ミーースミーーー」

「何だよチビ」

「……ヨーローーイーー!!」

「落ち着けチビ」

 

「うなあああああ!!!少しは儂に対する対応を改められんのか小童どもがあああ!!」

 

キーッ!と今にもヒスり出しそうな勢いで地団駄を踏んでいる枝付きは今日も元気そうである。

もうすぐ始まる中忍試験に潜入するカブトと共に、標的を探ってくる役目を大蛇丸から賜った剣ミスミと赤胴ヨロイ。

 

「もしそうだとしてもチビなのに変わりはないだろ」

「年食ってるのなんて口調だけだし」

 

こうやって枝付きが話しかけるたびにチビだチビだと言ってきては枝付きがそれに憤慨するのが彼らのコミュニケーションと化していた。

 

「お主らなんてカブトより実力無いじゃろこのへっぽこ先輩!!」

「何だとこのガキ!!」

「あいつは特別大蛇丸様に気に入られてるだけで俺のほうが上だ!!!」

 

今にも取っ組み合いでも始まりそうな雰囲気だ。

ミスミはもう苦無まで取り出している始末で、構えをとるヨロイとミスミを歯軋りしながらジトっと睨みつける枝付きの足は、ダンダンダンダンと地面を勢いよく打ち鳴らしている。

 

「というかお前も新入りでガキのくせにナチュラルに溶け込みやがって!!!」

「……それは、儂のこみゅにけーしょん能力だかの高さを評価してることになるのう?」

 

地団駄から一変、カカ、と腕を組んで笑う枝付きを見た二人のこめかみに青筋が浮かぶ。

言葉にするなら「こいつ絶対締める」だろう。

そこに追い討ちをかけるが如く、ふんすと鼻を鳴らすと清々しいくらいのゲス顔を二人に向けて言葉を放つ。

 

「しかもこんなガキに一々反応してしまうお主らもお主らじゃの」

「「この……っ!!」」

 

外見9歳の子どもにあるまじきゲス顔は他人の神経を逆なでするには十分だったようで。

ブチリ、と二人の脳内で何かが切れた音がした。

般若の如く歪められた二人の表情に「きゃー」とわざとらしく悲鳴……もはや歓声のような叫びを上げた枝付きは、ぶんぶんと楽しそうに袖を振って「じゃあの、じゃあの」と言葉を投げかける。

 

「鬼ごっこしよう鬼ごっこ!」

「儂がこれから一時間お主らに捕まらなかったら儂の勝ち!捕まったらお主らの好きにしていいぞ!」

 

煮るなり焼くなりの、と外見に見合わないニヤリとした笑いを浮かべた枝付きに二人は一瞬ぽかんとしたものの顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべる。彼女の遊びに付き合わされていることにも気付かずに。

 

「……上等じゃねえかチビ」

「後で泣いてちびっても知らねえぞ」

 

その言葉にぱあっと表情を輝かせた枝付きといえば、まるで日曜日に親とキャッチボールでもする約束をしてもらった子どものような輝きぶりで。

コホンと咳払いを一つ

 

「ではでは、今から一時間……」

 

せーの、と一息

 

「始め!!」

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

赤胴ヨロイは合図と共に少女の姿を見失った。

それを脳が疑問に思う前に、頭に軽く来た重み。上から自分を地面に押し込んでくるような重み。

 

「おっそいのう全く」

 

そして頭上から笑い声。

それと共に頭の重みがふっと消えた。

 

「んなっ……!いつの間に!」

 

ヨロイは自分が振り向いた先に、こちらを見据えてプークスクスと笑っている枝付きに刮目する。

ミスミに至っては、先程枝付きが立っていた先とヨロイを交互に見つめて唖然としていた。

そしてヨロイは、たった今自分の頭を枝付きに跳び箱のようにされたことを今しがた理解したのだった。

 

どういうことだ。大蛇丸様によれば、こいつはチャクラを練ることが出来ないというのに、瞬身の術のように目の前から消えて、見事な身のこなしで俺たちを越えていった。

確かにチャクラを感じることは無かった……しかし、常人の動きでは不可能な速度だろうアレ

 

混乱する頭を叩き起こしたのは、枝付きの「あと59分じゃよー」という声で。

 

「ほらほら、早くせんと儂の勝ちじゃぞ?」

「ああクソっ!!待てコラアア!!!」

 

横でハッと我に返ったミスミも怒声を上げて枝付きに飛びかかって行こうとする。

ミスミの軟の改造であれば、いくら先にいようと届くはずだ。

その間少しでも油断を見せたら、俺があいつのチャクラを根こそぎ……

 

「って速っ!?」

 

どこかの看板よろしく両手を万歳させたまま突っ走っていく小さな影は、瞬きをした一瞬でいつの間にか更に小さくなっていた。

飛びかかって行ったミスミの攻撃すら届かず、ミスミがどうすんだよこれ!!と叫んでいる。

しかしこちらには決定的なハンデがある。

 

「地の利はこっちにあるんだ!!どこかに追い詰めてしまえばこっちのもんだろ!!」

「そうか、あいつはこのアジトの全貌を知らないだろうしな!!」

「先輩の怖さってやつを身に染みさせないとなァ!?」

 

 

30分後。

 

 

「くそっ……行き止まりか……っ!」

「とうとう追い詰めたぜ……残念だったなあ?」

「大人しく痛い目に逢って貰うから覚悟しろよガキ」

 

じりじりと近づく俺たちから逃れるように、後ろへと追い詰められる枝付きの姿。

先ほどまでの余裕は何処へやら、その表情はすっかり怯えきっていて、見ていて加虐心が湧いてくる。

さしずめ蛇に睨まれた蛙ってところか。

後ろの壁と背中を合わせた枝付きはビクリと肩を揺らして俺たちを見上げた。

手を伸ばせばもう首に手が届く距離まで近づいた。

 

さあそのまま一飲みに……と手を伸ばしたその時

 

「人間は優位に立ったとき、一番の油断をする」

 

目の前の少女の口元がニイッと弧を描く。

と同時にまた姿が消えた。

 

「また後ろか!!!」

 

これ以上逃がしてたまるか、そう焦りを感じて身体を旋回した先。

 

「「いな……い゛っ!?」」

 

膝から身体が崩れる。

というよりも膝がガクリと力を失った。

何が起こったのかわからないまま体勢を立て直そうとするが、一度力の抜けた膝から崩れ落ちた身体に思考が混乱する。

 

「お主ら……こうもうまく膝カックンを入れさせてくれるとは……」

 

消えたと思っていた本人の声が何故か後頭部から耳に入ってくる。

ギギギ、と軋むように首を回すと、枝付きが

呆れ半分、愉快さ半分といった様子で「壁に背をつけたまま」立っていた。

お前今、移動した筈じゃ……

 

「下にしゃがんで視界から消えたのをお主らが勘違いしたんじゃぞ?そこにガラ空きの膝裏があってのう、つい?」

 

しゃがんだだけ?

俺たちはそれだけのことに易々と引っかかったのか?

えっ?

てへへと照れくさそうに「つい」と口にしている目の前の外見9歳児に自分が情けなくなってきた。

 

 

「というわけで、あと20分、まだまだいくぞー!」

 

俺たちが呆然としている目の前で、そんな楽しそうな声が聞こえた後、声の主の姿がまた消えた。

音もなく気配もなく消えた。

まるでそこに存在していなかったかのように。

 

もう、やだあの子

打ちひしがれそうになりながら、俺たちは無言で立ち上がって走り出したのだった。

 

 

20分後。

 

 

「はい終了ー」

「あああくっそおおおおお!!」

「ちくしょおおおおお!!!」

 

俺たちはものの見事に枝付きの尻に敷かれていた。物理的に。

この感覚はゲームでラスボスの体力をあと1くらいまで削ったのにラスボスがスキルで全回復した後にコテンパンにやられた時と似ている。あの失望感と同じだ。

 

「お主らまだまだじゃのう」

 

俺の背中の上でプークスクスと口元に手を当てる枝付きは、息切れ一つ、汗一つかかず、ただ楽しそうに笑みを浮かべている。

俺がこんなガキ如きに逃げられるとは。

しかも忍術すら禄に出せないままで逃走劇を終わらせることになるとは。

横で転がっているミスミも呪詛のように「畜生畜生畜生畜生畜生」と呟きながら枝付きの下敷きになっている。かけていたメガネはあの20分間のうちに枝付きに盗られていた。

 

あー悔しい。

 

忍術を禄に使っていないのに、酷く疲れた。

たかだか一時間なのに体力よりも精神力がごっそり削られた気がする。

そもそもこの一時間だけでアジトの中を20は周回した筈だ。一体何キロ走ったことやら。

ため息をついていると、ミスミのメガネで遊んでいた枝付きが俺たちの上からすっと退いた。やっと気が済んだらしい。

そのまま、ミスミの前にしゃがんでミスミの顔にメガネをかけると「メガネないとしっくりこないのう」と呟いてへへへと笑う。

 

「今日は楽しかった」

「ありがとな二人とも、遊んでくれて」

 

そう言葉を口にすると、ぐったりしたままでいる俺たちの頭をわさわさと撫でていく。

なんだこれ。ガキのくせに。

 

「あーもうやめろよガキじゃあるまいし!!」

「儂からすればガキじゃ」

「そのガキと鬼ごっこし始めたお前もガキだわ畜生!!」

 

俺の言葉に一瞬目を丸くした枝付きは、それもそうかもな、と珍しく否定しに来ず、その返答に対して、ミスミが「否定しないのかよ」と突っ込んでいた。

 

とりあえず、と枝付きが俺たちを交互に見やって一声。

 

「また鬼ごっこしてくれんか?」

 

その言葉で今日一日のうちのたった一時間が再生される。

ほぼ手も足も出なかったのが現実だった。

忍なのにこれはマズイだろ、そうとも思った。

……まあ、鍛錬ついでに付き合ってやらんこともないだろう。それに

 

「勝ち越されても癪だから付き合ってやらんこともない」

「俺も鍛錬の暇つぶしにぐらいなら子守りしてやる」

「ミスミお前ー!ヨロイはまだしもメガネまで儂に盗られておいて子守りとはなんじゃ子守りとは!!!」

 

フンと顔を背けたミスミに枝付きが床を叩く。

 

「ま、中忍試験終わってからな」

「中忍試験でコテンパンにやられて帰ってきたら笑っていいか?」

「またこいつは……!!」

 

ミスミがギリィ……と恨めしげに枝付きを睨むと枝付きはそれに臆すことなくヘラリと力の抜けた笑顔を見せる。

 

「ま、二人とも気をつけるんじゃぞ?」

 

また遊べるのを待っておるからの、と笑いながら言い残せばゆっくりと立ち上がり、スキップしながら上機嫌で実験室に戻っていった。

残された俺たちは何かを言うまでもなくそのまま、疲労した身体を床に横たえることにした。

 

「……上等じゃねえのあのチビ」

 

いつかこの借りは必ず返してやる

 

 

 

 

 

 

(カブトー、ヨロイとミスミと鬼ごっこしてきた)

(えっ?)

 




現在の本人から見た状況
枝付き→大蛇丸:家主、探究心の塊、蛇、おっ?
カブト:頭良い、保護者、肩凝ってる、おっ?
君麻呂:実験体、カグヤじゃなかった、マロ眉
ヨロイ:自分より吸引力の低いチャクラ吸引機
ミスミ:よく伸びる、メガネ

ヨロイとミスミのことは一方的に遊び相手と思っている節あり。


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お留守番サービス

今回は新たに二人、オリジナルで音忍が増えます。
中忍試験の一次と二次の間は留守番組ということで。


「気をつけるんじゃぞ……それと、カブトはそれなりに頑張ってきての。ミスミとヨロイに宜しく」

「ああ。君麻呂君のことは教えたことだけそのとおりにね」

「うむ。大蛇丸からもらった料理の本もあるからきっと大丈夫じゃ」

 

任せろ!と胸を張る枝付きが掲げる「料理ぱっど」とお洒落なデザインで書かれた料理本は、この前木ノ葉の視察の帰りに大蛇丸様が気まぐれで買ってきたものだ。

テーブルの上に置いていたのを枝付きが試し読みしたらしいが、驚いたことに甚くその本を気に入ってしまったらしく、今までにないほどワクワクした表情でその本を読み耽っている枝付きを見た大蛇丸様が「そんなに気に入ったならあげるわ」と苦笑を浮かべていたのは記憶に新しい。

 

鼻歌交じりの彼女曰く「大蛇丸が研究に力を注ぎたい気持ちがわかった気がする」とのこと。

彼女自身は別に食べ物を摂取せずとも生きていけるらしいが、何かを作るということに興味が湧いたようだった。

 

「大蛇丸、本当に譲ってもらっていいんじゃな?」

「ええ、もう彼には器としての価値がないから」

「呪印は引っぺがしていいのか?」

「そっちの実験に支障が出るならね」

 

ん、ありがと、と感謝を告げていつも通り、にっと笑顔を浮かべる。

 

「帰ってきたら実験結果を見せてちょうだい」

「うまくいけばの」

「あと他のは触ったらダメよ 文献とかはいいけれど……あと外にも出ないこと」

 

大丈夫じゃ、と頷く枝付きと、念を押す大蛇丸様は見る側からすれば保護者と子どもだ。

年齢は全く逆であるというのだから面白い。

 

「大蛇丸様、そろそろお時間です」

「あら、じゃあ行ってくるわね」

 

部下の音忍に声をかけられ、顔を上げた大蛇丸様に枝付きが行ってらっしゃいと手を振る。

彼女の監視役としてつけている音忍にも見送られながら僕たちはアジトを後にした。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「というわけでじゃ、おはよう君麻呂」

「…………」

 

確かに、昨日カブト先生から「少しの間大蛇丸様も僕もここを空けるから、代わりに『枝付き』って子が見てくれるからね」という前置きはいただいていたが、流石にいきなり入り口に立たれていると対応に困る。

 

この前、突然やってきた"樹"が来た。

ぽかんと入り口に立つ少女の自信満々といった表情を見ていると、後ろからバタバタと足音が続いてくる。

 

「おいこら猿みたいにちょこまかと……!」

「ったくなんで俺らが子守しないとならないんだ!!」

 

程なくして少女の横に辿り着いたらしい、音忍たち二人が本人を目の前にしてそんな愚痴を暴露している。

 

「お主ら二人揃って儂より年下じゃろうが!しかも儂は猿じゃなくて登られる側じゃ!!」

 

自分の身長の倍近くありそうな男二人に憤慨している様子で地団駄を踏んでいる自称:樹。

樹の癖にやけに表情豊からしいそいつは、監視役であろう二人のうちの片割れに頭をグリグリとされていた。

何を騒いでいるんだと呆れてきたころ

 

「あたたた……それでじゃよ、君麻呂とやら、このまま死ぬのは嫌か?」

 

彼らからの叱咤に頭を抱えながらいつの間にかベッドの横に立っていた"樹"は唐突に僕の目の前に顔を出すと話を振ってきた。どこから湧いたんだ、などという言葉を発する前に、僕は耳を疑う。

 

思わず見下ろした自分の身体。

病魔に蝕まれる身体はあともって二ヶ月もないかもしれない。

大蛇丸様に見放された身体。

 

沈黙が空気を満たす。

 

もう僕という器に大蛇丸様は興味をお持ちになっていない。

しかし、生きることが出来るならば、大蛇丸様の牙にも、盾にもなることならできる。

かぐや一族の最後の生き残りとしてなら、大蛇丸様の腕となれるかもしれない。

 

「……このままこの寝台の上で命を燃え滓にはしたくない」

「ならお主を「でも」」

 

でも、

 

「カブト先生にすら治せなかった病が治ることなんて……」

「お主のそれは世間一般で言う『不治の病』であるからのう……しかもこれからしようとしている"治療"も、まだ臨床実験すらしておらぬ上、かなり無茶苦茶でお主にかなりの負担をかけるかもしれん……そして何より」

 

最悪死に至るかもしれん。

その言葉に心に影が落とされる。

しかし、成功する可能性もある。

成功すれば自分の存在意義を、大蛇丸様を守ることが出来る……

大蛇丸様に拾っていただいた時のことと、来たる先の自分の死が、頭の中で吐き気を催しそうなほどぐるぐると回って絡み付いてくる。

あの日頬に触れた手の温度。

普通の人間には冷たいその温度が僕にとって初めての人の体温で。それが全てで。

 

「……どうせ、実験が失敗したとしても死期が少し早まるだけか」

 

点滴の管の刺さった手首を見つめ、拳を握り締める。

握り締めようと微塵も色づくことがない拳は今の状況をよく体現している。そう思う。

やはりこのまま死を迎えるなどということにはしたくない。

 

「……良いだろう、僕の身体は任せた。しかし、大蛇丸様にもカブト先生にも許可はいただいているのか」

「案ずるでない。二人が少しの間不在であるからな、お主のことを全面的に任せられた。許可もとってある」

 

そう"樹"が胸を張る。

外見はかなり幼いはずなのに妙に自身に満ち溢れた笑顔をぼーっと見つめていれば、手元に手が差し出された。

手と言っても、肝心の手の部分は袖ですっぽりと覆われてしまっていて手指は見えなかったが。

しかしまるであの時のように。

大蛇丸様が僕に差し出してくださった手よりも、今差し出されている手は細く、小さいのが袖で見えずともわかる。

しかし幼さを感じないその手。酷く安心感を覚えるその手。

僕は握り締めていた拳を開いて、真っ直ぐと伸ばされた手を袖越しに握った。

 

「改めてよろしくな、君麻呂。儂のことは"枝付き"とでも呼んでくれ」

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「なんで俺らが料理の手伝いせにゃならんのだ……」

「口より手を動かしたらどうだハマチ」

「そうじゃそうじゃ、しばらく儂らはここで仲良く自炊生活なんじゃし」

 

ハマチと呼ばれた男……もとい俺は、水道でじゃがいもを洗いながらがっくりと項垂れる。

 

元々自分たち二人は、音隠れがない頃から田の国にいたのだが、そこの大名が半ば乗っ取られる形で音隠れの里ができた。数年ほど前のことである。

ヨコテと幼馴染だった俺には両親がいなかったが、ヨコテにもまた両親がいなかった。まあいわゆる戦死というやつだった。

まあそれはとりあえず置いておこう。せっかくできた就職口なのだから、自分たちも忍者目指そうぜということでヨコテを連れて毎日忍者になる勉強をした。忍術も独学だった。

才能がそれなりにあったらしく、基本的な忍法帖の内容は一通り網羅できた。

体術においては、田の国の大名が軍事拡張を前々から豪語していたため、小さな頃から叩き込まれてきた。

ついでに言うと、俺の方がチャクラのコントロールなどに向いており、忍術などが得意なようで、逆にヨコテは体術のほうにセンスがあるらしい。

音隠れに就職したいと言いに行ったとき、カブトさんがそう仰っていた。

ちなみに里長である大蛇丸様には「器にはできないけど大した実力ね、採用」というお言葉をいただいたので結構誇りだ。

器ってなんだろなと思ったが、後に教えてもらったことによると、どうやら大蛇丸様が長生きするために乗り換える身体のことらしい。最近の忍者は身体の乗り換えもできるんだなと驚かされた。

 

まあそれは今より一年ほど前のことだった。

無事音隠れに就職できたと思ったら、今度は謎の実験に連れ込まれ、その後はしばらく覚えていない。目が覚めた時に隣にヨコテがいて、目の前でカブトさんが「二人とも成功だね」と不穏な笑みを浮かべていらっしゃったのは覚えている。

どうやら、この左肩にある刺青みたいなものがドーピングみたいな作用をするらしい。

たまに痛むから少し困る。

最近の忍者ってドーピングもするのかと感慨深く感じたのだった。

 

そうして現在。

なぜか留守を任された俺たちは、ついこの間カブトさんに拾われてきた自称:樹と名乗った「枝付き」という謎の少女の子守をしている。

外見10歳児のくせにどうも話し方と雰囲気が老人くさく、枝付きという名前の通り頭から枝が生えているから本当に謎だ。

今は俺が洗った芋を見事な包丁捌きで皮を剥いている。10秒足らずで芋一個が丸裸だ。忍術なのか。

ヨコテはその隣で鍋に火をかけており、その蒸気で眼鏡を曇らせて「見えない……幻術か」と真顔で言って鍋に向かって構えている。奴は見かけがインテリエリートに見えるが、見えるだけだ。眼鏡外せ。

 

先程枝付きが何やら話していたのは君麻呂さんといったか。あまり会う機会は無いが、かなり強いらしい。しかし不治の病を患っているとのことでカブトさんが色々頑張っていらっしゃるそうな。

 

まあとりあえず色々とわからないことだらけだが、ヨコテとともに新入社員よろしく、下っ端の俺たちは今こうして留守番を頑張っている。

子守りも頑張っている。

「料理ぱっど」を目の前に開いて野菜洗うのも頑張っている。

天国の両親も微笑ましく見ていてくれることだろう。

給料上がらないかな

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

暗闇の中のなか、誰かが語る

その声は子どものようで、大人のようで、また老人のようで、赤子のようで、そして男のようで、女のようで、それはまた、木々のざわめきのようで

 

 

世界にはチャクラがあった。

チャクラは二種類……正確に言うならば三種類あった。

大きく二つに分けるならば、「そのもの自身に宿るチャクラ」と「自然から取り入れるチャクラ」の二種類と分けることが出来た。

「そのもの自身に宿るチャクラ」は、量に差はあれど誰しもが持っていた。そしてそれはまた二つに分けることが出来た。

「身体エネルギー」そして「精神エネルギー」

前者は自身の細胞に、後者は自身の経験や修行によって生まれる"内在するもの"であり"人間がもともと持ち合わせることとなったもの"であった。

この二つにより忍術は生まれた。

この二つを練り合わせ、印を結ぶことで人々は忍術を使えるようになった。

 

では仙術は?

 

この"持ち合わせた"エネルギーに加え、更に"外に存在するもの"を組み込んだものが仙術となった。

"外に存在する"エネルギーつまり"自然エネルギー"を指す。

なぜ自然界にしか存在していないのか。自然に生きる筈の人間になぜ元々存在していないのか。

そしてなぜ数少ない人間……しかも秘境に住まう動物たちから術やエネルギーを授かることが必要となるのか。

まるで全ての人間が使えないようにしているように見える。

選ばれた者たちにしか使えないような。

 

そう、例えばかの六道仙人は忍術や仙術を駆使し、弟と共に「十尾」を封印したそうな。

 

しかし、その「十尾」自身が元々はチャクラの実を奪われた神樹だとするならば、チャクラの大本である神樹が仙術に対抗できないということは果たして有り得たのか?

もし、仙術を扱う上で必要な"自然エネルギー"自体を封印された「十尾」が元々持ち合わせていなかったとしたら。

"内在するもの"を抑えるのが"外に存在するもの"であったとしたら。

 

ある疑問と矛盾が生まれる。

 

"自然エネルギー"はどこから来たのか?どこから生まれたのか?

 

しかしその問いの前にもう一つ問いを増やそう。

なに、これは答えのための問いかけでもあり、答えでもある。

 

もう分かってしまった人もいるかもしれないな。

さあ問おう。

 

「本当に神樹は一本だけだったのか?」

 




新たに増えた二人について

ハマチ(刃区)
22歳。
チャラい人かと思いきやツッコミ担当。テンション高めの音忍。
枝付きの監視役。枝付きとヨコテのストッパー。順応性が高い。
田の国出身。ヨコテとは幼馴染。
別に音忍だからって音の忍術使える訳では無い。見た目チャラいくせにチャクラコントロールが上手かったり頭もそれなりに回る。
髪色が銀髪で、黄色のメッシュを入れているため、枝付きに「まさに魬」と言われたのが最近のハイライト。
呪印は左肩につけられている。


ヨコテ(横手)
22歳。
常識人かと思いきや135度くらい常識からズレている眼鏡。ハマチとともに枝付きの監視役である音忍。しかし枝付きのアクセル。
田の国出身でハマチとは幼馴染。
眼鏡をかけているため、インテリ系で目が悪いのかと思いきや、遠視で運動神経抜群のパワータイプだった。大体の武器は扱えるし体術もそれなり。眼鏡がないと手元が見えない。
初対面の枝付きから「カブトとキャラ被りそう」と言われ、日々それに戦きながら被らないように頑張っている。しかし頑張らずともパワー系クレイジー枠に収まった。
外での作戦は大体ハマチに任せっきりで自分は動くのみ。
そしてやっぱり音の忍術は使えない。
髪色は深い緑で癖毛。
呪印は右肩にある。


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匠の技

ここら辺から原作展開より大きく迂回して行きます
死ぬ人が死なないような、そんな展開に


「と、いうわけでじゃ」

 

ぱんっ、と手を打った枝付きに、僕はスプーンを置いて視線を向ける。

朝食は彼女と監視役の二人が作ったポトフというらしい料理だった。

枝付きは食事を必要としないらしいため、監視役の二人と僕が食べているのを満面の笑みで見学していたようだ。

ちなみにポトフは煮込まれた野菜もとろとろかつ素材の味を個々が生かしていて、煮崩れていないじゃがいもがスープのコクと共に口の中でほろっと解けるのがまた格別だった。

要するに美味しかった。

何か話し始めようとする枝付きの唇が動く前に、あの、と声をかけておく

 

「お?君麻呂どうした」

 

きょとんとこちらを見つめる顔に「これ、美味しかった」とスプーンと皿を軽く持ち上げてそう伝えれば、わあ、という言葉が返ってくると同時に、枝付きの表情が見かけ相応と言えるくらいの笑顔になる。

 

「やったな二人とも!君麻呂が美味しいって言ってくれたぞ!」

「まあ、大蛇丸様からいただいた"料理ぱっど"見たしな」

「確かに美味くできた」

 

隣で食べ終わった皿を持っていってくれる二人が微かな笑顔を浮かべながら部屋を後にしていく。

 

「ふふん、作ったものが喜ばれるって嬉しいのう」

「また、食べてみたい」

「おお、何回でも作るから楽しみにしておくんじゃぞ!」

 

嬉しさのあまりか、その場でくるくると回り始めた枝付きは、皿を置きに帰ってきた二人に頭を掴まれ強制停止を食らっていた。

なんとなく、こちらまで口元が緩むのを感じてしまう。

 

 

「お主らは儂への扱いが雑すぎるぞ……まあさておき、君麻呂が喜んでくれたようで何よりじゃ。それでの、今日から君麻呂を実験的に治療していくわけじゃがの」

 

近くの椅子にぴょんと立ち上がった枝付きは演説でもするように、大仰に手を広げて「題して」と前置きする。

 

「"大改造!劇的前後"じゃ!!」

「まて、それ読み方明らかに逃げ道にしただろ滅茶苦茶ダサくなってるじゃねえか」

「何ということでしょう」

「ヨコテお前は乗らんでいい」

 

よくわからない会話が飛び交い始めるが、彼らなりのコミュニケーションなのだろうとそっとしておく。触らぬ神になんとやらだ。

ひとしきり会話が続いたあと、枝付きの「はいこの話終わり!本題戻るから終わり!」という声で唐突に終わった。

 

「本題に入るとな、今日から君麻呂のチャクラを儂のものに総入れ替えしようと思う」

「そんなこと、できるのか?できたとして病が治るという話は……」

 

そう言いかけた僕に向かって「できる」と言った枝付きの顔は真剣そのもので、まるで自分に言い聞かせるように、やってやる、と唇が動く。

僕を見据える二つの若草色の中で、静かに燃えている炎のような闘志がいかに彼女が本気であるかを語っていた。

確かに、失敗しても元来尽きそうだった命がもう少し早まるだけだと僕自身で決めた昨日と言う日がある。

 

「わかった。では、もし成功したら僕自身に何か変化は起こるのか……?」

 

そうじゃな、という言葉を呟き、腕を組んで僕の横の椅子に腰を下ろす

 

「まずの、お主が従来の術を使えなくなる可能性が高い。儂のチャクラは人間に広まっておるものと違うての、お主らが一般に呼ぶ『身体エネルギー』と『精神エネルギー』とは違う『自然エネルギー』なんじゃよ」

「は?『自然エネルギー』って仙術使える奴が必死に集めたら仙術に使えるアレだろ?」

 

じっと話に耳を傾けていた二人組のうちの一人が、心底驚いたとともに信じられないといった表情を浮かべて首を傾げる。

なぜ枝付きのチャクラは自然エネルギーであるのか。

 

「そもそもお前のチャクラ、殆ど感知できないけど……量すら足りないんじゃ」

 

確かに目の前に座る彼女の身体からチャクラの反応を殆ど感じない。

入れ替えたとして、彼女がチャクラ不足で死ぬんじゃなかろうかと思えてくる。

しかし枝付きはいや、と首を振ってもう一度僕を見据え

 

「誰がやったかは知らぬがの、どうやら儂の中のチャクラが封印されておるようじゃ」

「しかし、儂のチャクラ量では抑えきれなかったようで、こうやって微量ながら外に漏れ出しておるわけじゃ」

 

まあチャクラを使って攻撃などは無理じゃけどな、とぶらぶら足を揺らしながら薄く苦笑する。

 

「とりあえず、それを毎日お主の中のチャクラと少しずつ取り替える。儂のチャクラは他のチャクラに形質転換出来るからの、『自然エネルギー』だとしてもそれなりに術は使えると思う。きっと修練が必要になってくるがの……まあそこら辺もこちらに策はあるから心配するでない」

「あとはの、病が治るメカニズムみたいなものを軽く話しておく。お主を蝕む病は細胞及び精神に張り付いておるわけじゃ。つまるところ『身体エネルギー』と『精神エネルギー』が冒されているわけじゃ」

 

あとは解るかの?と問いかけてきた枝付きの話になるほど、と自分の中で納得が生まれる。

 

「つまり、その病に冒されている部分を『自然エネルギー』で補うわけか」

「御名答。まあ人間の技術で言えば、『人工透析』といったところかの。そこでじゃ、仙術を使う際、『自然エネルギー』を集めた際に気をつけないとならないことは?」

 

枝付きが「じゃあハマチ」と袖の先で監視役のうちの一人を指名する。

 

「……確か、自分の練るチャクラに対して『自然エネルギー』が少なすぎると仙術は発動しないし、もし多すぎると石化するんだっけか」

「そう、つまりはそこが危険なわけじゃ。無理に『自然エネルギー』を取り入れて忍術を扱うと最悪死に至る。」

 

ハマチと呼ばれた男の答えにその通りだと肯定を返し、だからの、と続けるのは僕に向かっての言葉

 

「君麻呂、お主は治療期間……というか儂のチャクラが馴染むまで絶対に術を使うでないよ。練らなければ混ざり合うことは無いのだから」

 

何よりも真っ直ぐなその瞳に見つめられた上に、その言葉の重さの緊張感との相乗が来て、僕はただ頷きを一つ返すことしかできなかった。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「眠ったみたいだぞ枝付き」

「じゃあ始めるとするかの」

 

睡眠薬を飲んでもらって寝台に横たえた君麻呂さんの身体は、暗闇の中で蝋燭の光によって白く際立っている。

上半身だけはだけられたその鎖骨の間には、ヨコテの右肩にある刺青と同じものがあった。

 

「これって」

「大蛇丸の呪印じゃ。まあ色々混ざっておるが、ちょうど大蛇丸の仙術チャクラが流し込んであるらしくての、自然エネルギーと君麻呂のチャクラの媒介にできる筈じゃ」

「……ということは俺たちにもできる?」

 

一瞬呆れた表情をされた。

枝付きは君麻呂さんの呪印が目の前に来る位置で椅子に座り、お主らにはやりとうないと告げられる。酷くないかと思ったと同時に、そもそもな、と枝付きが座ったまま言葉を続ける。

 

「儂は人間のために動くような奴ではないぞ。自分のために動く奴じゃ。」

「この世界のため。人間だけのためではない……」

 

こちらからでは背中しか見ることができない枝付きの姿はいつもよりも酷く小さく見えた。その声の小ささからか、はたまたその重苦しい部屋の雰囲気からかはわからない。

その言葉はまるで自分に言い聞かせているようで、何もかける言葉が浮かばなかった。

一瞬の沈黙のあと、ばっと枝付きがこちらを振り返る。先程までの空気が無かったかのように「早く始めないとな」と笑ったため、俺もあの枝付きの"一瞬"を掘り返すことはやめた。

 

「それでの、これからお主らにとって、ちとばかしびっくりショーみたいなことになるやもしれんが、まああまり取り乱さないようにの」

 

どういうこと、と言う前に、枝付きの左袖が捲し上げられる。

何があろうとも面前に出すことはなく、ジャガイモの皮を向く時ですら捲らずに謎の野菜捌きをしていた手が、

 

「……木だ」

 

俺の隣に立っていたヨコテが、思わずといった様子でそう呟く。

 

(儂はの……"樹"なのじゃ!)

 

そして頭の中にフラッシュバックする枝付きの言葉。

その言葉の通り彼女の左手、袖先から現れたその腕は、確かに人間の腕の形を……手指の形をとっていたが、蝋燭で淡く照らされたその肌には、木材のような滑らかさと、板目と柾目ととれる模様が浮き出ていた。

傀儡とは明らかに違った。なぜなら関節が存在しない。しかしそれは軋むことなく曲がり、伸ばされ、その手のひらが呪印を隠すように君麻呂さんの上に添えられる。

 

驚く俺たちを他所に、枝付きは淡々と作業を始める。

瞬間、君麻呂さんの身体が淡い光に包まれる。チャクラの光だろうか。それが枝付きを伝っていくのが見える。

そして枝付きからも光の粒子が君麻呂さんに流れ込んでいくのがわかった。

恐ろしく高度な技術だ。

普通ならチャクラを相手から貰い受けるか、相手に渡すかのどちらかしかない。

しかし、今枝付きはそれを同時にやっているどころか、その分量を限りなく正確に同量としている。

相当神経をすり減らすことだろうと、忍となって間もない俺にすら思えてしまう。

 

「……何日続くんだ?」

「……まあ、ざっと感じた限り、一週間ってとこかの」

 

ヨコテの質問に振り向いて、首を傾ける枝付きのコントロールは微塵も乱れていない。

これを一週間も続けるということに、思わず眩暈がした。やっているのは俺ですらないのに。

 

「そもそも忍術……ではないよな」

「じゃから忍術は使えぬよ今は……これはただ単にチャクラの交換をしているだけなのじゃ」

 

少し得意気にしている枝付きの表情は「褒めろ」と言っているようだったため、俺は青白いその髪をわっさわっさと無言で撫でておいた。珍しくぽかんとしていた枝付きの表情はなかなかレアだなと笑いつつ、ヨコテに声をかけて俺たちは朝食の時の皿洗いをするため部屋を後にした。

去り際に「皿洗い終わったら交代で見に来るから心配すんな」と残して。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「……そうじゃよ、儂はただ彼奴を赦しておらぬだけ。そして未だに残る彼奴の動きを、目的を果たさせぬため」

 

それだけじゃ、と呟いた言葉は今は誰にも聞かれていない。

自分だけが聞くように、自分だけに言い聞かせるように。

まるで自己暗示にでもかけるように。

 

「人間なんてろくなものではないではないか」

 

ぽつりとそう漏らしながらも目の前のチャクラの交換量は針の先ほども乱れることはなく。

ただ淡々と、何かを思考したくないといった風にその作業は続く。

何かに専念することで他のことを忘れたいと言うように。

 

 

彼女は何もわからない。そもそも彼女は彼女をわからないし理解出来ていない。

世界のことは知っている。しかしその今を知らない。だからこうして今知らなければならない。

孤独と絶望なら知っている。愛は知らない。

人間の愚かさは知っている。そしてあの日降りてきた人間ではないものたちの愚かさも十二分に。

ただ、その愚かしさに行き場のない憤りがある。だから彼女は動いた。

あの時切り倒して貰ったのに、恨みは彼女に手足をもたらした。

だから立った。

そして歩いた。

自分の力が封印されたのにも暫く気づけないまま、あの空間から暫く出られないまま、ただひたすらに目指した。

封印されてもなお暗躍し続ける、大筒木カグヤという存在を。

そしてあの日、もういない友に誓った。

「彼奴は消す」と。

 



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紙切れの思考

長らく期間をあけてしまい申し訳ありませんでした
諸事情が終わりましたので更新再開したいと思います。
次回あたりに大蛇丸様御一行がお帰りかなと思われます。
今回は画面外で死ぬようなモブって何を思うのかなという感じで。


睡眠薬が切れて目を覚ました時に感じたのは違和感だった。

身体の一部がまるで自分のものではないような、そんな違和感が身体のどこかにあった。

しかし、何よりも驚いたのが身体の軽さ。

今まで泥が溜まっているのかと錯覚するほどに酸素を取り入れられなかった肺が、すっと呼吸して部屋の空気を一杯に迎え入れた。

感じたことの無い感覚に思わず噎せ返ってしまったが、口元を押さえた掌に赤い錆色の鉄臭さは無く、代わりに「えっ」と驚きの言葉が口をついて出てきた。

 

「気分はどうじゃ、君麻呂」

 

その横から耳へと入ってきた声に柄にもなくうわ、と声が出た。

声の方を見遣れば、椅子に腰掛けて紙と小筆を手にしている枝付きの瞳と視線が交差する。

 

「痛みとかは無いかの」

 

蝋燭の光で仄かに照らされたその顔は眉を寄せたもので、どうやら僕は心配されているらしい。

先程噎せった時に、いつも感じていたはずの肺を針で刺されるような痛みが随分と和らいでいることも、いつものような息苦しさが随分とマシになっていることも気の所為ではなく、枝付きのその言葉に「今までよりも楽になった」と告げれば、突然枝付きが椅子の背もたれからずるずると身体を滑らせて息を吐いた。

 

「……あー……よかったあああ……」

 

筆と紙をそっちのけにして溶けていくように肩の力を抜いた枝付きは、もう一度ため息とともにそう呟く。

 

「儂が直々にやるなんて今の今までやったことがなくてのう……どうなることかと思ったが何とかなったようで良かった……」

「……直々?」

 

僕の問いに、ああ、と思い出したように枝付きが首肯すると、よっこいせ、と何とも年寄りくさい掛け声を上げながら椅子に座り直し、持っていた紙と筆を持ち直す。

紙に書き込むことを再開するとゆっくりと話し出す枝付き。

 

「……ううむ、何から話すべきかの……とりあえず、エネルギーには三種類あるとこの前説明したじゃろ?」

 

この前説明された時かと首肯する。

 

「お主らは"身体エネルギー"と"精神エネルギー"を持っておる。そして儂らの世界には自然があって、そこには"自然エネルギー"がある。まあ、仮にこの三つを"一"、"二"、"三"と置こうかの」

「この三つはよく別物と思われるが、実際は"三"が自然から人間の体内に取り入れられた際、人間に適合するように変換されたものが"一"となる。この時数字が減るじゃろ?この変換の際にエネルギーが無駄になるってことなんじゃ。」

 

「つまり、"自然エネルギー"はそのまま取り入れられることは普通出来ない上に、取り入れたとしても"身体エネルギー"になる時にロスが生じると……」

 

そうじゃ、と頷く枝付きは筆を動かしながら話を続ける。

 

「本来、人間であれば食事などから取り入れるものではあるが……今回はお主のチャクラを吸収させてもらった代わりに直接儂の"自然エネルギー"を入れた。じゃからの、そのうちそのエネルギーがお主の身体に馴染んでくれば、お主の元々のチャクラと同じような効果を持つのではないかと思っておる」

 

まあ、精神エネルギーの方はお主自身によるものであるがの、と続けた言葉になるほど、と首肯する。

枝付きが手元の紙に筆を滑らせる音がふと止み、作業が終わったのかと視線を枝付きに移せば、思い詰めた表情でじっと自分の手元を見つめる枝付きが目に入った。

少ない日数でしか関わっていない中で作り上げられていた"僕の中での"彼女の性格には見合わないその表情のまま、唇が開かれる。

 

「儂は今までこんなことを直接的にしたことがなくての、どうなるか本当に見当がつかぬのじゃ……無責任になってしまって申し訳ないところではあるが、あと六日、この作業が終わるまで待ってほしい」

 

その言葉と共に顔が上げられ、真っ直ぐとこちらを見据える瞳からは、昨日よりも強い意思が感じられた。

何となくではあるが、こんな考えが過ぎった。

彼女に任せれば大丈夫だろう。と

何故かはわからない。根拠もない自信ではあるが、理由を問われても首を傾げてしまうだろうが、確信に近い何かが僕の心に孵化しているのを感じた。

だからこちらも一つ、頷きを返して伝える。

 

「わかった。この際黙って死んでいくよりはずっとマシだろうしな」

 

だから

この先も頼んだ、と自然と差し出した手のひら。

昔、大蛇丸様に繋いでいただいた手を思い出せば、あの時の大蛇丸様の笑みを脳裏に映写すれば、自分も「やってやろう」という気力が湧き水のように滾々と湧いてきた。

僕の手のひらに目を瞬かせた枝付きだったが、すぐにその表情は照れくさそうな笑みに変わり、紙と筆を置いた小さな手が布越しに僕の手を握り返す。

小さく、布越しではあれど、頼りなさなど感じさせないような、安心をもたらすような、そんな温かな手のひらだった。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

「これでもない……」

 

蝋燭の灯が揺らめく一室、ため息と共に部屋の中に落ちた言葉は落胆を表している。

手元にある巻物は黒い文字でびっしりと埋め尽くされており、今しがた読み終えたそれに自分の求めていた情報は無かったのか、ため息の主はそっと巻物を巻き直すと元の場所へと戻した。

 

全てが寝静まったこの刻、睡眠を必要としない彼女はもう一度ため息をつく。

ここは大蛇丸が研究してきた術を書き記したものが所狭しと置かれている、言うなれば書庫のような部屋。

その中心に座り込むその小さな背中は小さく丸まって、肩は鉛でものしかかっているのかというほどに大きく落とされている。

蝋燭の灯りに揺れる青白い髪の毛が幼い顔に陰影を作るが、そこに疲労の色は見えない。

何かを考え込むように細められた深緑に迷いはなくとも不安の色が混じっていた。

しかしそれもただ一瞬のこと。ぎゅっと瞑られた瞼がもう一度見開かれた時にはまたいつも通りに鮮やかな緑が蝋燭の灯を煌々と反射していた。

よし、とため息ではない二文字が小さな唇から息が吐き出されれば、ばっと姿勢が正される。

ぱすん、と袖の上から叩いた己の頬の音に覇気は無くとも、不安を振り払うように頭をブンブンと振るその表情には固い決意が見て取れた。

 

ふわりと振られた動きで舞った髪の内側。

いつもなら羽織っている上着のようなものはなく、小さな細い背中が露わになる。

が、そこに滑らかな白磁器のような肌はなく、項から背中一面を彩るように、真っ黒な幾何学模様や奇怪な文字列が所狭しと描かれていた。

背中を侵食するように描かれたそれはまるで"呪い"のように禍々しい様相、そして並々ならぬ誰かの"恨み"のような雰囲気を醸し出している。

しかし、それを隠すように、ふわりと落ちてくる髪の束がその"闇"を灯から遮り、外界とその姿とを隔てんとするように背中を覆い隠していき。

 

白色が全てを隠す頃には、ぱさりと次の巻物を開く乾いた音が室内に響くだけだった。

 

 

■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

 

 

あの日から時も過ぎ、とうとう七日目を迎えた。

もう数日すれば大蛇丸様御一行もお帰りになることだろう。

目の前の寝台に眠る君麻呂さんの顔色は、枝付きという少女の処置が功を成したことを良く物語っている。初日ではお世辞にも良いと言えなかった血色は常人のそれに等しくなり、喀血どころか胸を押さえて咳き込む様子も全くと言っていいほど見られなくなったのだった。

もう今日の分の処置は終わり、あとは君麻呂さんが目覚めるのを待つのみとなったこの部屋は、枝付きが君麻呂さんの呪印から手を離した後からずっと沈黙に包まれている。

珍しく横のハマチも腕を組んだままじっと君麻呂さんと枝付きの背中をじっと見つめていた。

しかし、張り詰めたような沈黙はなく、ぬるま湯に浸かっている時のような、そんなぼんやりとした温さの沈黙が部屋を満たしている。

平和だな、なんて思考すらぬるま湯になってしまいそうになっている自分に特段悪い気分は起きない。

ただ、きっとこれから木の葉崩しでぬるま湯は血溜まりと変わるのに。そして自分自身もその血溜まりになるかもしれないのに。

しかしそのことにすら特に思うこともないのが自分だった。

 

まあ死ぬ時は死ぬだろう。

戦いに駆り出されて数週間、髪の毛一本すら帰ってこなかった代わりに渡された父母の通達。震える指先で辿った"殉死"の文字を目にした瞬間、そんな漠然とした考えが大きな喪失感と共に自分の中へと落ちてきた。

こうやってただ誰かを見守るような時間の裏側にはすぐに地獄がある。

自分を優しく見守っていたあの父母の笑顔が一瞬にして散ったように、いつしか自分も散って行くのだろうか。

不安はない。後悔もない。恐怖というものもない。ただ、そんな生き方ばかりの今の自分たちに酷く引っかかりを覚えるだけだった。

 

「ハマチ」

「んだよ」

 

横で腕を組んでいた幼馴染が横目でこちらを一瞥してまた彼らに視線を戻していく。

同じ境遇、同じ道を歩んできた親友もある日突然死ぬんだろうか。紙切れになるだけなのだろうか。

嫌だと思わない自分は薄情なんだろうか。

わからない。

ただ嫌だとは思わないがそれを是ともしたくはない。

どっち付かずの感覚は釣り合った天秤のようでそうではなく、しかし彼に向ける言葉をそこから探す。

泥沼の中を掻き分けて探しているような気分だ。

泥の中は温くない。酷く息が詰まる。

頭の中の自分の経験と知識とが酷く絡み合って抜け出せない。あまり使わなくなったからだろうか。腐って泥に化してしまったのだろうか。

考えて生きてきた横の幼馴染と違って、あまり考えずに生きてきたからかもしれない。どんなに考えようとしても自分と対極な彼にかける言葉があるはずなのに、言葉にならないのがヨコテという男だったらしい。

 

考えあぐねていれば、もう一度ふい、とハマチの瞳がこちらを見据えて、今度はそのままこちらの名前が呼ばれる。

何、と顔を向けるとハマチの視線は元に戻っていく。

 

「こんな風によ、料理作ってチビの子守して、看病の手伝いして、こんなふうにボーッとしてるのはもうすぐ終わるんだろうな」

それに

「きっと木の葉は、そう簡単に崩されることもねえよ。……勿論あっちの肩を持つわけないけど、ただの平社員みたいな俺らが、もしあっちの上忍なんかに囲まれたら一溜りもねえよな」

 

ハッと自嘲するようにハマチの口角が上がる。

しかしその目はじっと、どこか遠くを見つめている。枝付きたちを通したどこか遠く。

望遠鏡みたいだな、なんて思いつつも自分はじっと、聞きなれた声に耳を傾けるだけ。

 

「俺らなんて弱っちい雑魚かもしれないけどよ、まあ死ぬなとは言わねえさ。あっちに一矢報いろうとも思ってねえ……ただ、頑張ろうぜ。生きて、頑張ろう」

 

すとん、と言葉が胸に収まった気がした。

自分が泥沼で探していたものが突然空から降ってきたような気分だった。

それっきりで閉口してしまったハマチに、ああ、やっぱりこいつの方が考えているんだ、と納得する。

ハマチの方がずっと、ずっと、自分の考えを持っていた。僕が求める答えも持っていたしそれを僕に示してくれた。

やっぱり敵わないと思いつつ、凄いと思える。

言いたかったことはまさしくそれだった。

頑張ろう、その一言。

言い返そうかな、なんて思いはすれどそう口を開くよりも、ありがとう、とだけ。

それ以外自分は何も言わない。それで十分だと思った。

ハマチも何も言わずに首肯して、また枝付きたちを見据える。錯覚かもしれないが、その表情は満足げにも見えた。

 

枝付きにこの会話は聞こえているだろうが、何も言わずにいてくれたのがどうにも有難かったと思う。彼女は僕たちの会話に何を思っただろうか。表情は見えずとも、じっと耳を傾けている気配はあった。"樹"だと言い張る彼女は、紙切れになっていくような忍をどう思っているんだろうか。

もしかすると、忍ではない彼女は何とも思っていないのかもしれないな、なんて。

でも、あんなに君麻呂さんの治療に丁寧な

彼女だから、同情や哀れみなんてものを抱いているのかもしれないな、なんて。

まあわかりなどする筈もないが。

 

それからはまたぬるま湯のような感覚に飲み込まれて、部屋はその沈黙に浸かる。

それから君麻呂さんが目覚めるまで、僕たちはぼうっと彼を見守る枝付きを眺めていたのだった。

 

そんな七日間。



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