江戸川コナンと友達になりたい男 (平良一君)
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第一話 「他にもっと適任はいなかったんですかね」
地方の三流大学を一浪一留しながらなんとか出て、どうにか零細企業に滑り込んで日々を暮らしていたら、健康診断の結果から医者に呼び出され、精密検査の結果、余命半年の末期がんを宣告された。
その事態にどう反応して良いか解らず、その後も一ヶ月間ただ呆然と会社勤めを続けていたが、凄まじい腹の痛みに襲われて救急車を呼ぶ羽目になり、会社の同僚や友人たち全てに俺の病状がばれた。
当然、黙っていたことを烈火のごとく親しい友人たちに怒られることになった。
そこから一ヶ月間で、会社では業務の引き継ぎをして退職。
家族や友人たちとは最後の思い出作りに考え得る限り楽しい時間を過ごした。
未練が無いと言えば嘘になるが、それでも今際の際にこれだけ泣いてくれる人たちに看取られて逝けるのは幸せなことなんだろうな、とまずまずの満足感とともに息を引き取った。
――はずだったのだが
「ほら、早く起きないと学校に遅刻するわよ」
「う、くぁ……ふぁぁ~い」
あくび混じりで、見慣れぬ『母』に起こされる『俺』が今ここにいた。
俺が『俺』としての自我を確立したのはだいたい半年前になる。
病院のベッドの上で息を引き取ったと思ったら、全く見覚えの無い顔をした中学生として部屋のベッドで目を覚ました。
しばし混乱した後、起こしに来た『母』に記憶喪失だと告げたあとは大騒ぎになった。
実際、俺にこの体の記憶は無かったし、脳はこの体なんだから何か思い出せないかとも思ったが全くちっとも欠片ほども思い出せるものはなかった。
失った記憶の代わりに持っている、三十手前で死んだ男の記憶。
正直、『俺』が本当に記憶喪失になって全然別人である俺の記憶を植え付けられているだけなのかとも思ったが、ある事実のおかげでバランスは保てていた。
病院に向かう道すがら、出ている看板を見るに『俺』が今住んでいる町は米花町というらしい。
そう、俺も『前世』で読んでいた推理漫画『名探偵コナン』の舞台となる、ベイカー街をモデルにした架空の町だ。
これによってようやく俺は自分が俗に言う『転生』を成したんだろうと理解した。
……何でだよ!
そりゃ早死にしたけど友達もたくさん居た、それなりに満足する最期だったんだぞ!
転生するならもっとこう、不慮の事故死で突然死した奴や友達が全然いないぼっちとか、死に方や人生に不満がある奴を使えよ!
誰が仕組んだか解らないが、できることなら主犯格を一発ぶん殴ってやりたい。
大体何でよりにもよって転生先が『名探偵コナン』なんだよ。
下手したら事件に巻き込まれてジ・エンドじゃねーか!
こちとら末期がんでめちゃくちゃ苦しみながら死んだんだぞ!
今更死ぬのが嫌とは言わないけど、おかしな殺され方だったらまた死ぬ苦しみを味わうじゃねぇか!
そもそもコナンはさほど真面目に読んでなかったから、メインストーリーはともかく一個一個の事件なんて覚えてないぞ!
ていうか俺の記憶が正しければ俺が死ぬまでの間に原作終了してなかったんだけど!?
精神病院の廊下で待ち時間中、椅子に座りながら内心不満たらたらでいた俺はそんなことを考えながらある一つの方策を決めた。
江戸川コナンと友達になる。これだ。
かつて『少年マガジン』で連載していた『金田一少年の事件簿』と違って、『名探偵コナン』は準レギュ以上は基本死なない。
ついでに言うと未成年が殺されることもまず無い。
つまり、コナンと直接の友人関係になれれば俺はもちろん、『俺』の家族が事件に遭遇しても探偵側の関係者か、もしくは探偵に疑いを解いて貰う『容疑者その1』程度で済む訳だ。
まずは自分の立ち位置を知らなければ何ともいえないが、とにかく情報収集から始めていこう。
「本当に記憶喪失なんて……」と悲しそうな顔をする『母』に少し申し訳なく思いながら帰宅した俺は、家の中と家族のことに関する必要最低限の知識を頭の中にたたき込みつつ、慌ただしい一日を終えた。
翌日、『母』に声をかけられてすぐに目を覚ますと『まるで別人みたいね』とまた悲しそうな顔をされた。
なんでもこの体の本来の持ち主である飛鳥(アスカ)君は起こしてもなかなか起きず、二度寝が当たり前だったらしい。
「それじゃあ、今後はそうしようかな」
とわざと冗談めかして言ってみれば「起きられるのならちゃんと起きなさい!」と叱責が帰ってきた。うん、悲しい表情されるよりかはこっちの方がいいだろう。
学校に行く準備を始めたが、殆ど教科書が見当たらない。おおかた飛鳥君は学校に教科書を置いているタイプなのだろう。まぁ、これは俺もそうだったからあれこれ言えないけど。
記憶喪失という『俺』の『病状』を伝えるために母と一緒に学校に向かい、その『帝丹中学』という学校名を見てすこし顔を引きつらせた。
『たんてい』のアナグラムになっている校名……ここって確か主人公であるコナン……というか工藤新一の出身校だったよな。
どうも近からずとも遠からずな縁があるようだが、これは非常にまずい。
中途半端な近さは事件関係のモブ扱いされやすい立ち位置でしか無い。何とか信頼の置ける友人の立場を確立しなければならないだろう。
担任であるという男性教師の話を半分上の空で聞いたあと、俺はクラスのホームルームに出るため先生と一緒に見慣れぬ校舎の中を歩いた。
「どうだ、何か思い出せそうか?」
「いえ……さっぱり」
「そうか、まぁ気にするな。今日初めて転校してきた、ぐらいの気持ちで居れば良いさ」
わざと気楽に振る舞ってくれているのはわかったが、そもそも思い出すものなんて何も無いんだから、無駄に気を遣わせてしまってこっちの方が居心地が悪かった。
まぁ、良い先生なんだろう。
「……というわけで、残念ながら鈴村の記憶から俺たちのことは失われてしまった訳だ。この薄情者が二度と忘れないように、頭の中が楽しい記憶でいっぱいになるように、みんなも改めて鈴村と関係を築いていってほしい」
うん、クラスに入っての挨拶で洒落のめしてわざと明るく振る舞うのはやっぱり良い先生である証だろう。
……それはいい。
「ひでぇなぁ、俺のことも忘れちまったのか?」
「鈴村君、私のことも、忘れちゃったの……?」
休憩時間、冗談っぽく責めてくる奴や結構本気で傷ついている女の子が居るのも、この体の持ち主である鈴村飛鳥くんが好かれていた証だろうから別にいい。
「実はさ、俺おまえに千円貸してたんだよな」
「いや、それは嘘だろう」
この機に乗じて金をたかる奴も、顔を見れば冗談と解るからかまわない。
「そうだぜ、大体鈴村がおまえに金を貸せるほど持ってるもんかよ。いつだって財布の中は三桁以下だからな」
俺は何でも知っているんだぜ、という顔でたかってきた奴を牽制するイケメン中学生が一人。
……何でおまえがここに居るんだ工藤新一ぃぃぃ!
主人公はフツーに漫画を読む程度であんまりオタク知識はありません。
赤井と安室の名前の由来がガンダムと声優からだというのは知識で知っていますが、ガンダムそのものは子供の頃見た平成ガンダムGWXぐらいしか知りません。それもうろ覚えです。
なので自分の名前にもピンときていません。
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第二話 「いやほら、中身は三十前のおっさんだから」
俺はてっきり『名探偵コナン』の世界に来たと思っていたが、それは正確じゃあなかったらしい。
中学生の工藤新一が、毛利蘭が、鈴木園子が……鈴木の字はこれで合ってたっけ。
まぁいい、ともかく俺が居るのはこの主人公やその幼なじみたちが中学3年生の時。つまり……えーっと本編から2年? 前だ。
いや、あんまり覚えてないからさ。工藤新一が本当は17歳だっていうのは覚えてるんだけど。誕生日迎えてこの年齢なのかがいまいちはっきり覚えてないんだよね。
まぁ、将来鈴木の彼氏になるくっそつよい京極真が一つ年上だけど高校生だった、ってのは覚えてるからたぶん本編が高2であってるはず。高1なら15か16だもんね。
しかしまぁこれはチャンスだ。
最初こそ驚いてしまったが、ここで親しくなっていれば殺人事件で殺される確率は格段に少なくなるだろう。
「俺は工藤新一。サッカー部に入ってる」
昼休み。記憶を失った俺のために、とクラスのみんなで一通り自己紹介をしてくれた。
五十音の出席番号順で、比較的早くに工藤が挨拶をしていった。
よかった、ここで「探偵さ」なんて言われた日にはどうリアクションして良いか解らないからな。
うろ覚えだけど確か工藤が本格的に探偵の活動を始めたのが高校に入ってからだから、正に「高校生探偵」ではあっても「中学生探偵」では無かったか、まだ名前が売れてないんだろうな。
そのまま番号順に自己紹介が進んでいく。
お嬢様なのに全くお嬢様らしくない、と鈴木がいじられたりしながら毛利の番だ。
「私は、毛利蘭よ」
毛利の隣に立つ鈴木が蘭の肩に手を乗せながら、誇らしげに語った。
「んで、さっきの工藤新一が旦那様なのよん?」
「ちょ、ちょっと園子やめてよね!」
顔を赤く染めながら必死に否定する毛利。
工藤もそっぽを向きながら、「バーロー、んなんじゃねー」と口にした。
「照れるな照れるな」
「学校公認の夫婦が何言ってるのよ~」
それでもかまわずはやし立てる周囲。
まぁ俺は言われなくても二人の仲の良さは知ってるけど……なんか、見てらんないなぁ。
「おいおい、止めてやれよ。本人たち困ってるだろ」
ぶっちゃけ、俺以外止める奴も居なかった。
「大体さ、まだ中学生なんだろ? 人生まだまだこれからなんだ。周りがそうやって暗示かけるみたいなのはよくないぜ」
これは二人の関係に関わらず俺の生きる上での指針みたいなモンだ。
「人間、生きていく上で選択肢なんていくらでもある。周りがそれを期待してるから、とかいう理由で選択肢を狭めちゃ可哀想だろうが」
俺の考えを押しつけるのはどうかと思うが、少なくとも二人に関係性を無責任に期待するのはもっとよくない。
だから、軽くヒートアップしていた空気を冷まさせるだけでよかったんだが。
「……鈴村、お前どうした?」
男子の一人が、目を見開きながらそう問いかけてきた。
「へ?」
「お前、本当に記憶喪失か? 記憶失う前でもそんなこと言う奴じゃなかっただろ」
こっちは露骨に気味の悪そうな目を向けてくる。
というか、どんな奴だったんだこの鈴村君は。
「い、いや。今は俺のことはどうでも良いだろう! それよりも、みんなが二人のことを応援してるのは解るけど、あんまり露骨にはやし立てるのはよくないってことさ!」
「だって、鈴村君、前は率先して二人をからかってたじゃない」
「…………」
どーも鈴村君は悪い奴じゃ無かったようだが、悪のりはする奴だったらしい。
「まぁ、あれだよ。記憶を失って、より客観的に物事を見られるようになった、って言うか? ともかくさ、工藤と毛利のことはちょっと遠くから眺めるぐらいで良いんじゃ無いかな」
二人への囃し立ては収まったが、なんだか俺への不信感が増してしまった気がする。
それから一週間、みんなからは戸惑いの目を向けられながらもようやく鈴村飛鳥の日常にも慣れてきて、さてこれからどうやって工藤と仲良くなろうかと考えながらの帰り道。
「よぉ」
当の工藤が下校途中の道で待ち構えるようにリフティングをしていた。
「工藤、部活はどうしたんだ?」
「試験一週間前だから休みだよ」
「あ、そっか」
もうじき中3一学期の中間試験だ。
三流大学出とはいえ、曲がりなりにも大学を出ている俺にとってはさすがにそう難しい試験範囲でも無い。すっかり使わなくなって久しい英語を除いて、だが。
「けどそれこそ毛利とでも帰ればよかったのに、何やってんだ?」
「一応礼を言っときたくてさ。よっと」
頭の上でバランスをとっていたサッカーボールを、一度胸で受けてから地面に落とし右足で押さえる。
「お前がああ言ってくれてから、からかいが減ったよ」
「そっか、そりゃよかった」
思ったよりも親しくなる状況はそろっているようだ。これは親しくなるのも簡単かも知れない。
「なぁ鈴村」
「ん?」
「お前……誰なんだ」
そう思ってた時期が俺にもありました。
うわー、めっちゃ不審の目を向けてるよ。きっと犯人見る目だよこれは。
「……誰って、鈴村飛鳥さ」
とはいえ一週間前までアラサーだった俺が、工藤新一とはいえ年の差ダブルスコアのガキにそうそう気圧されはしない。
平然と名前を返して
「見た目はな。中身は別モンだ」
うん、気圧されはしてないけど確実に追い詰められてるね。
「この一週間、お前大体の授業で当てられても平気で答えてるだろう? 鈴村の奴はそんなに成績はよくなかったんだよ。記憶喪失になっても常識を忘れないのはあるもんさ。けど、記憶喪失の前に知らなかったことを、知ることはありえない」
「俺が鈴村飛鳥じゃないとして、どうやってそれを証明するんだ? 遺伝子検査でもして、俺の両親と比べてみるか?」
「そう、そういう言い方だよ」
にやりと口元に笑みを浮かべ、鋭い眼光で俺を見る工藤。おっかねぇ。
「俺の知ってる鈴村は、「遺伝子検査」なんて言葉の意味を知ってても、口からは出てこない奴なんだ。ましてや『どうやって証明するんだ』なんて持って回った言い方は絶対にしない」
ぽん、と器用に右足だけで蹴り上げてボールをキャッチし、それでも視線は外さない。
「記憶喪失を装って、別人が鈴村に化けてるって方が遙かに納得がいくってもんだ。お前はいったい、誰なんだ?」
「……そんなのは、俺の方が知りたいよ」
俺は観念してそうつぶやきながら、工藤の横を通り過ぎようとした。
「お、おい!」
「なぁ工藤、いつでも良いから俺に教えてくれないか。俺がいったい誰なのかって。本当に記憶喪失になってるだけの鈴村飛鳥なのか、記憶喪失の鈴村飛鳥と思い込まされている別の誰かなのかって」
案外、この名探偵ならば解けるかもしれない。
こんな、まるでカミサマのような超常的な事を引き起こせる奴の存在を。
「……ああ、良いぜ。この俺に解けない謎は無いんだからな」
ボールを脇に抱えながら、不適な笑みを浮かべる工藤の姿を振り返った肩越しに見て、俺は改めて帰路についた。
俺個人は新志派なんですが、この話を新志に持って行くかどうかはちょっと悩んでます。
いやまぁ、そもそも原作が終了していないコナンの二次創作できちんとオチをつけられるかどうかと言うのが一番の疑問なんですが。
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第三話 「あれ? こいつひょっとして寂しい奴?」
「おっはよー」
「おう、おはよう、鈴村」
あの日以来、俺は工藤とよくしゃべるようになった。
というか向こうから積極的に話しかけてくる。話す内容が今朝のニュースになってた殺人事件の推理だとか、特に俺にとって興味も無いシャーロック・ホームズの話ばっかだというのは困りものだが……
ふっふっふ、計画通りだ。
ああいう言い方をすれば、謎を謎のままに出来ない工藤の性格から、少しでも情報を得ようとこうなるのは想像が出来ていたからな。
工藤に追い詰められてからのとっさの思いつきだったが、無意味にあんなおセンチな問答をしていたわけじゃ無いぜ!
別に俺としては、なんでこの体にいるのか、とかは実は割とどーでもいいからな。せいぜいもう苦しい死に方はしたくないってだけで。
まぁ、俺がしょっちゅう話すようになってから相対的に工藤と話す時間が減った毛利と、あとそれに同調する鈴木の視線がちょいと痛いが……自分の恋路ぐらい自分で何とかしろ! こっちも生き残るのに精一杯だっつーの!
俺自身が平気でも、『俺の両親』が殺されたりしたらたまらんからな。主に経済的な面で。
ともかく、この調子で高校2年の春までいけば、たとえその時点で別のクラスだろうと工藤新一の友人として事件からは守られる!
……と、そこまで考えて気づいたのだが。考えてみれば原作の方で工藤の友人が本編に出てきたことが殆ど無いなぁ。本当に俺大丈夫かなぁ。
毛利と鈴木と……あと、よく覚えてないがサッカー仲間で怪我して入院していた奴くらいじゃないか? 名前忘れたけど。
……あれ? そういや俺さっきこう思ったよな。話しかけてくる内容が困りものだって。
……んん? もしかして工藤、実は周りから倦厭されてる?
いやいやいや。曲がりなりにも少年誌の主人公だよ? コナンになってからもモテモテだった奴だよ?
女の子に限らず、元太や光彦みたいに男子からも信頼を受けてたよ?
……仮に元太や光彦ぐらいに親しい男子が居るんなら、もう少し工藤のこと心配して工藤邸に顔を出して本編にも露出してるよなぁ……。あいつら結構コナンのことちゃんと心配するし。
……ま、まぁひとまずそこはおいておこう。
名前が出てないだけで、工藤にも友達もたくさん居ただろう。学園祭での復活時にもあんなに歓迎されてたんだ。モブの友達はたくさん居たさ!
……俺はモブにならないよう気をつけよう。
試験開けの学校、昼休み。
だらけた空気の中、工藤は部活の仲間を含めた連中と校庭でサッカーをしていた。
俺は誘いをパスして、教室の窓から校庭を眺めてぼーっとしている。
どうも鈴村君は結構活発な少年だったらしく、こうした運動系の誘いを断ると意外な顔をされるが、勘弁してほしい。中身は三十手前なのだ。
体力よりも先に気力の方が十代の少年たちについていけない。
ついでにもう一つ断る理由があった。
工藤新一=ぼっち説を考え始めてから改めて観察していると、まともに誰かと会話しているところを見たことが無い。
誰かの話に相づちを打つか、工藤の方が一方的に喋ってるだけ。
それも、話しかける相手は俺か毛利か鈴木ぐらいなのだ。
原作中でコナンが灰原哀にしていたようなウィットに富んだ会話が殆ど聞こえてこない。
ここで俺がまず危惧したのは俺の立ち位置だ。
せっかく謎めいた記憶喪失の同級生、という立場を手に入れたのに、下手にサッカー仲間としてくくられてしまったら埋没しかねない。
最初こそ工藤と仲良くなるために、と無理をしてでも校庭に出ていたが、最近はモブ化を防ぐためにそちらの関係は完全に打ち切っている。
反対に力を入れようとしているのが、法律関係の知識を得ることだ。
工藤とまともに喋る人間が居ないのなら、俺自身がまともに喋る人間になることでモブ化は確実に避けることが出来る。
原作でも服部平次や灰原哀とはまともに喋っていると言うことは、頭の良い奴とはちゃんと会話できると言うことだ。
頭の回転を速めることは難しいが、知識を得ること自体は比較的容易な筈。
工藤の興味の対象、刑事事件に関わる最も基礎的な知識の法律を知るのは、親しくなる近道である。
……まぁ比較的、というだけで現実にはこうして法律の参考書を広げながらぼーっと校庭を見ることになってるのだが。
うーん、一応大学では法律専攻してたんだけど、やっぱ長年使ってなかった分野だからすっかり知識がさび付いてるなぁ。
読んでも少しずつしか頭に入ってこない。
「ねぇ、鈴村君」
「んー?」
呼ばれたのに反応して、首を回すと鈴木が居た。
「何読んでるの……って、法律書?」
「ん、ああ。ちょっと興味あってね」
主に工藤と仲良くなるために。
「ほんっとに記憶失ってからは別人ね……それよりさ、ちょっと話をしたいんだけど良いかな」
「話?」
鈴木が俺に?
イケメン好きのこいつが愛の告白という訳でもあるまい。
この鈴村君は、まぁまぁ目鼻立ちは整っているし目の色もアルビノの赤で目立っているが、残念ながらイケメンという分類では無い。俺自身が普通にしてるつもりでも結構目つき悪いし。
だがまぁ話を断る理由も無い。
「別に良いけど」
本を閉じて鈴木に着いていくと、空き教室に誘われた。
何の話をするつもりだ? ホントに心当たりが無いんだが。
「最近さ、あんたよく新一君と話してるわよね」
「ああ、そうだな」
何しろモブ化しないように必死だからな。まぁ先に述べてるように一方的に俺かアイツが話しているだけだが。
「その、こういうこと聞くのはひょっとしたら失礼に当たるかも知れないから、聞きづらいんだけど」
と、なぜか目を合わせないようにしながら鈴木。
恥ずかしがっているようだが、やっぱり恋愛事のような甘さは感じない。
「……なに聞きたいのか知らないけど、すぱっと聞こうぜ。でなきゃずーっと心に引っかかったままになっちまう」
移動にも時間はかかる。あんまりのんびりしていると昼休みが終わってしまう。
「……わかった、すぱっと聞くわ」
言い切って、すぅーっはー、と深呼吸する。
「鈴村君てさ、新一君のこと好きなの?」
「…………」
なるほど、これは聞きづらいだろう。
この場合の好き、はlikeではなくloveな話な訳で、だからこそ鈴木も聞きづらかった訳で。
日本において同性愛者は肩身が狭いものだ。
うん、それはわかる。でもな。
「んなわけあるかぁぁぁあああ!」
絶叫とともに距離を詰める。
「ひゃあ!?」
「俺は普通に女の子好きだ! 経験だってあるんだぞ!」
この体になる前の話で、素人童貞ではあったけれど。
……おいそこ、可哀想な目を向けてくるな。
「ご、ごめんごめん! 蘭があんまりにも気にするからさ!」
「毛利がぁ?」
ったく、あいつは……
「んなに気にするならとっとと告白でも何でもしろってのに……」
「あ、あはは、いやー、その、ね。記憶喪失になったばっかりのとき蘭と新一君をからかわないように言ったのも、新一君を想っての牽制なのかなーとか私も考えちゃって」
「んなわけねーだろうが……大方お前が自発的に俺に聞きに来たんだろうけどな、あんまり甘やかすなよ? 毛利のためになんねぇぞ」
最期だけ少し顔を引き締めて釘を刺す。
「……うん、そうかも」
神妙な顔つきで俺の言葉を受け止める鈴木。
「でも蘭って新一君のことになるとホントに過敏になっちゃってさ。周りのみんなが認めてるのに及び腰になっちゃうのよね」
「だからって甘やかして良い訳ないだろうが。今回はまぁ俺にかけられた誤解を解く意味でも早めに来てくれて助かったけど、本当に恋敵が出てきたとき真っ先に動かなきゃいけないのは毛利自身だぜ。鈴木がして良いのは、そのための環境を整える事ぐらいだ」
「うぅ……はい。ていうか鈴村君ホントに別人ね。なんかずっと年上の人に説教されてるみたい」
「…………」
悪かったな、こちとらもう中身はおっさんだよ。
中学生相手にしてるとどうも説教くさくなっていかんな。これじゃあ俺まで爪弾きにされちまうぜ。
工藤があれでまだうまく学校生活を送れてるのは、サッカー部のエースっていう立場があってこそだからなぁ。俺が村八分されたらアイツみたいな仮面ぼっちじゃなく完全ぼっちだわ。
「あ、ごめんごめん、頼れるって意味よ? 老けてるんじゃ無くて」
「フォローが余計痛いっつーの」
悪気が無いのは解るが……。
「そ・れ・よ・り・もぉ~、鈴村君、経験あったのね! ね、ね、誰と、誰と!? マリア? ホシミ? それともセツコ?」
目の色を変えて迫ってくる鈴木。
しまった、いらんことを口走った。
まさか『前世の経験』をそのまま口にするわけにもいかない。
デリヘル呼んだらお姉さんが優しい人で最後までしてくれました、とか中学生が言っていい台詞じゃ無い。
「……ノーコメント」
両掌をかざしてそっぽを向く。
「えー? 別に中身まで聞こうって訳じゃないわよぅ?」
「当たり前だっ!」
こちとら中身はおっさんなんだよ! 中学生女子に初体験を話して聞かせるとかどんな周知……もとい羞恥プレイだ!
「いっとくが、うちの生徒じゃないし、そもそも今現在つきあってる訳でもないからな」
ばれない嘘をつくコツは、話の中に真実を混ぜることにある。この場合、真実100%だ。『前世の記憶』であることを言ってないだけで。
……あれ? この場合、俺ってまだ童貞なんだろうか。
主人公の「後悔しない」行動の根幹は、(自分の)危険を避けること。積極的に事件には関わりません。何もしなくても新一が事件は解決していきますしね。
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第四話 「鈴木に下手に手出しすると、どっかの勇者王にライバル視されかねないし」
俺がこの体に入ってから1年半が経過した。
結構記憶があやふやだが、おおよそ原作通りだと思う。
工藤と毛利がアメリカに行って、行きの飛行機で事件に遭遇したり、旅行の裏側で例のベルモットと毛利のファーストコンタクトもあったっぽいし。
そして予定通り工藤は『平成のホームズ』『高校生探偵』の二つ名をゲットしたわけで。
俺? 俺は平穏無事に暮らしてましたよ?
幸いあれから工藤が俺と話をするのも徐々に落ち着いて、一番言葉を交わすのが毛利に戻ったから、おかしな噂も立たなかったし。
……うん、結局工藤と対等に話せるだけの知識量は無理だったよ。
あ、いや、一つだけでかい問題があったな。
一番が毛利に戻っただけで、それからも俺と工藤が仲が良いのは変わらなかった。それ自体は予定通りだったから別に良いんだけど、そうなると必然毛利と過ごす時間も増えてくる。
そうすると毛利の親友である鈴木とも一緒に居る時間が増えてくる訳で。
あろうことか俺と鈴木との間で、「スズスズカップル」と称されて出来てるんじゃ無いかという噂が立ったのだ。
顔を赤くして必死に否定する鈴木。いや、それ逆効果だから。
仕方ないから俺の方が、目一杯申し訳ない顔をしながら
「いや……鈴木は友達としては一緒に居て楽しいけど、正直女としては……」
といったところ、言葉は信じてもらえたのだが女子生徒たちからデリカシーの無い女の敵扱いされた。
正直そっからが大変だった。
「どうせ私は女としての魅力が無いわよぅ!」
「鈴村くんんん~?」
鈴木は泣き崩れるし、毛利は闘気を纏わせて俺の前に立つし。ホントに死ぬかと思った。
「高2の夏にきっと良い出会いがあるから! ホント! それまで待ったらすっごいいい男と会えるから!」
「なんでそんなことが解るのよ! 気休めは止めてよね!」
原作知識を披露するという反則技まで駆使して、それが外れるようなら今度こそ命が無いという崖っぷちまで追い込まれてなんとかその場は取りなした。
……大丈夫だよな。俺一人が存在するために京極真が存在しなくなってるとかいう変なバタフライ効果生んでないよな。
そんな不安を抱えながら帰宅した俺は、一晩中スマフォにかじりついて米花高校の一学年上に京極真という空手家がいることを確認して胸をなで下ろすことになった。
そうそう、この騒ぎの間工藤の奴はずっと面白そうに俺を眺めていた。
うん、例のトロピカルランド行き妨害しようか原作のままにしようか迷ってたけど、放置してやる。
ジンとウォッカの後をつけてAPTX4869の試作品飲まされやがれ。
こ、これはコナンになってからいろいろ助かる人が多かったり、工藤が人として成長するから選んだルートなんだからね! 別に今回の復讐のためじゃないんだから!
そうそう、人として成長する、といえば最近の工藤はモノの見事に天狗になっている。
テレビに映る自分や、女の子達に騒がれている自分、というのを認識して高笑いする工藤。
原作最序盤の工藤新一がそこにいた。
流石に公共の場でそんな顔をするのは極希だ。頭の良いこいつなら衆目の前でそんな態度を晒せばどうなるか判るだろうから当然か。
ただそんな頭が良くて演技力も高く、気障な台詞も吐ける工藤にしては、何というかツメが甘い。学校内でもたまに他の生徒が居る場面でアレをやるのだ。
最初の頃は学校内にヒーローが居る、と賞賛してたクラスメイト達もだんだんと苛立って来ているのを俺も感じていた。
決定的に嫌われはしないのが少し不思議だったが、少し観察すればすぐに理由は判明する。
そうやって調子に乗った工藤はすぐに毛利によって制止されているのだ。
脅しか、あるいは実力行使も伴って。
そうされることで周りも溜飲を下ろしながら調子に乗っていたクラスメイトをまた輪の中に迎え入れる訳だ。
しかしそれがわかると、別な疑問も湧いてきた。
今朝も今朝とて、登校早々に回し蹴りの寸止めで脅されている工藤を視界へ入れつつ教室に入ってきて、斜め後ろの席に座る鈴木に声をかける。
「おはよ。工藤の奴、何で毛利が居るときだけああなんだろうな」
「ああ、おはよう。あれは新一くんが蘭に甘えてるのよ。蘭なら自分を止めてくれる、ってね」
俺と同じ事に気づいていたらしい鈴木からは、多くを語らずともそんな答えが返ってきた。けど、それって……
「それってなんかおかしくねぇか? あのええかっこしいの工藤が、好きな子に止めてもらうために周りの目も気にせずに無様を晒すって」
「バカねぇ。好きな蘭にかまって貰うには、そっちのほうが都合が良いのよ。『このままじゃあ愛する新一がみんなから嫌われちゃう!』って蘭に思わせて、注意を引く。新一くんならそこまで計算済みよ」
「んー……」
鈴木の語る工藤が、殆ど小学生男子な扱いなのはこの際置いておく。
『原作』を知る俺にしてみれば、小学生と言うよりもむしろ今のあいつは好きな子に告白できないで居る中学生なのだが、それを鈴木に言うわけにもいかない。
そう。『原作』を知る俺にしてみれば、だ。
毛利の奴にも工藤のに奴も、双方そんな意図が無いのははっきりしている。
特に毛利に関しては、工藤が有名になったあおりを受けて父親が荒れているという実害付きだ。本気で天狗になっている工藤が気にくわない、という風にすら見えた。
「……あ」
もしも、そんな毛利の父親がらみなマイナスの感情を工藤が察しているとしたらどうだろう。
うろ覚えだが父親が工藤のせいで荒れている、という話を毛利が工藤にはしていた、よーな気もする。
そんな毛利のストレス発散の対象となるためにわざと自分から工藤が憎まれ役を買っているのだとしたら……。
「……全ては毛利のため、か」
一応説明はつく。
「そうよん。判ったかしら、飛鳥くん」
鈴木の勘違いは放置しておく。やはりこれも『原作』知識有りでの考察だ。毛利家内部の問題を部外者の鈴木に勝手に話すわけにもいかない。
多少の引っかかりを覚えないでもないが、ひとまずこの問題は放置しておく。
そんなことよりも差し迫った「江戸川コナン」誕生の日の方が俺にとっては遙かに問題だ。
原作序盤の新一と学園祭の時の周りの歓迎ムードがどーもイメージとして合致しないので、そこら辺の考察の話です。
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第五話 「こうするのが工藤のためだから(キリッ)」
いろいろ考えたのですが主人公の名前が他の登場人物達と中途半端にダブってややこしかったので、変更しました。過去話もまとめて変えてあります。「安室徹(降谷零)」のことを考えたらこっちのほうが的確だったなぁ、と思う次第。
前回、新一と対等な話し相手にはなれなかったとぼやいている主人公ですが、少なくともクラスメイトの中では一番まともな話し相手になっては居ます。
おなじ凡庸でも高校生と社会人では経験値の面でやはり結構な差がありますので。
コナンが高木刑事と年齢を超えた友情を持ってるのと一緒。
以前、工藤が人としての成長がどうこうという事を言ったが、真面目な話、あんまり原作と乖離するとただでさえあやふやな原作知識がさらにアテにならなくなるので、俺の方にトロピカルランド行きを止めさせるという選択の余地は無かったんだな、と今更ながら気づいた。
工藤と毛利のデートに関しては、鈴木が我が事のようにうれしそうに話すから、大体は把握できている。いやコイツ、実際自分の恋愛が上手くいかない鬱憤を毛利で晴らしてるんじゃないよな……?
ともあれ、高2になってからそういくらもしないうちにその日はやってきた。
さて、江戸川コナンと関わるに当たって、俺には二通りの付き合い方がある。
一つは鈴木のように、クラスメイトである毛利の家に居候している生意気な男の子としてのみ付き合う方法。
もう一つは服部平次のように、工藤新一が変じた姿と判っている上で、周りにそれを隠しながら付き合う方法だ。
危険を出来るだけ回避する、という点では鈴木の立場一択のように思える。
『原作』でたびたび危機に晒されている鈴木だが、別に黒の組織と関わって、という訳では無い。劇場版でジンに狙撃されたことがあったが、あれは勝手に宮野志保似の髪型に変えて自ら虎口に飛び込んでいっただけだ。余計なことさえしなければ組織に狙われることはあるまい。
ただ、こちらを選ぶには俺の方に問題があった。
俺は『原作』知識を有していて、本来ならば知り得ないことを知ってしまっている。それこそ未来予知のレベルで。
果たしてそれを隠し続けておけるのか、というのが大きな問題だ。
極端な例で言えば江戸川コナンに会う度に「工藤」と呼んでしまう服部平次が的確だろう。
毎度毎度苦しい言い訳で逃れているが、アレは相手が毛利や彼の幼なじみの遠山和葉だったから見逃して貰えてるだけだろう。
工藤新一=江戸川コナンを薄々察して黙っていた毛利や、工藤と江戸川少年の類似性をそこまで知らない遠山だったからこそ深く突っ込まなかった、という事だ。
同様のミスを工藤の前でやらかした場合、ほんの些細なことでも「何でお前が知っている?」という疑問を持たれるには十分だろう。
真実を話しても信じて貰えるとは限らないし、下手すりゃ黄色い救急車で運ばれるオチが待っている。
そして一番まずいパターンは俺自身が黒の組織と繋がりのある人間だと見なされて、敵対されてしまうことだ。
危機に陥った俺を、工藤なら敵と疑っていても見過ごすことは出来ないだろう。が、後々現れる灰原嬢辺りは疑わしい俺の反応を見るために俺がピンチに陥った場合、工藤への情報伝達を意図的にサボタージュする、ぐらいはやりかねない。
というわけで、俺としては「江戸川コナンの正体に気づいている友人」の立場を得なければならないわけだ。
APTX4869の秘密を知る=黒の組織に近づくことで余計な危険を背負い込むことになるんじゃないか、という懸念があることにはあるが、原作の工藤を考えるに極めて希薄だろう。
自分の危機にはかなり無頓着なくせに、他者が危険に近づこうとすることは防ごうとする性質だ。こっちが変につっこんで行かない限り、黒の組織がらみの事件にかり出される事はあるまい。
何しろもろに関係者である灰原哀=宮野志保嬢の介入にすらいい顔をしなかったのだから。
『生前』の俺の友人がどこぞのアニメからパクって来た台詞によると「大切にすることと、大切に想うことは似ているようで違う。こと、女性に関しては」とのことだが工藤とは縁遠そうな言葉だなぁ。
仕込みは済ませてある。
工藤と毛利がトロピカルランドに行く二日ほど前、
「気分転換に読書したいんだがおすすめの本とかあるか」
と工藤から推理小説を三冊ほど借りていた。
そしてその借りていた本の内容について話そうと電話をかけたが、工藤が出ない。というのがカバーストーリーだ。
ちょっとコンビニに行ってくる、とだけ母親には告げて夜に家を出て、何度か訪れたことのある工藤邸へと足を向ける。
別に嘘は言ってない。
帰りにコンビニに寄れば良いだけだ。
夜道をのんびりめに足を進めていると、同じく工藤邸の方に向かっている女性らしい人影が前方に見えた。
幾度か街灯に晒されるその髪の長い後ろ姿を見るに毛利に間違いなさそうだ。
さーて、工藤に恩を売るためにわざと少し遅れていくとしますかね。
毛利が工藤邸に入っていくのを確認して五分後、俺も玄関に立ち呼び鈴を鳴らす。
「おーい工藤、いるかぁ? こないだ借りた小説で聞きたいところがあるんだけどー」
戸を開けながら間延びした声で呼びかける。
我ながら白々しいとは思うが、こうしなければここに来るのが怪しすぎる。最低限毛利の意識から怪しまれない程度にしないと工藤に恩が売れない。
「あ、鈴村君」
邸内からタタッと毛利が現れた。
「おう毛利、こんばんわ。工藤は?」
「それが、新一留守みたいで」
「留守? 今日デートじゃなかったのかよ?」
「で、デートっていうか、一緒に遊びに行っただけって言うか……」
少し照れくさそうに言い訳する毛利。うん、それはデートだな。
「別々に帰ってきたのか?」
「うん、だけどあいつまだ帰ってないみたいで……」
「おう、飛鳥君か、こんばんは」
奥の方から阿笠博士氏が現れた。工藤と一緒に行動するようになってから、顔見知り程度には面識を持てている。うーん、相変わらず実年齢より老けたおっさんだ。
「あ、ども、阿笠博士。工藤の奴いないんですか?」
「う、うむ、全くどこをほっつき歩いておるのかのぉ」
髭をいじりながら露骨に目線をそらす。初期設定では黒幕だったんじゃ無いか、って噂のある旦那だけど、この様子じゃ少なくともこの世界でそれはなさそうだな。
「そっすか……ん?」
その阿笠博士のうしろ、隣の部屋から覗いている子供の頭が見えてすぐに引っ込んだ。
「誰です? その子」
博士の後ろを伺うジェスチャーをしながら尋ねかける。
「あ、ああ……えー、コナン君、こっちに来なさい」
「は、は~い」
震える声でおそるおそる出てくる眼鏡の少年。うん、この邸内が薄暗くて解りづらいけど明らかに眼鏡のレンズが無いね。気付けよ毛利。
「わしの遠い親戚の子でな。江戸川コナンくんじゃ」
まぁいいや。俺がモブから準レギュラーに昇格する最期のダメ押し。せいぜい踊ってくれよ? 工藤。
「コナン……? ああ! もしかして、以前工藤が言ってたコナン君かい?」
工藤、もとい江戸川コナンがぎょっとした顔になり、阿笠博士も目を白黒させている。
「鈴村君、知ってるの?」
不思議そうに毛利が尋ねてくる。
「ああ、工藤の奴が妙に楽しそうにしてたときがあって、なんかあったのかって聞いたら、面白い子と会ったんだって教えてくれてな。コナン・ドイルから名前を貰った男の子が居て、それが自分みたいに頭の切れる子なんだってすっげぇ嬉しそうに話しててなぁ」
しゃがみ込んで江戸川少年の頭をなでる。
「ほら、俺たちって結局工藤の話の聞き役には成れてても、きちんと会話は出来てなかっただろ? きっと君は、ホントにアイツ並みに頭が良いんだろうなぁ。正直、ずっと申し訳ない気分になってたからさ、これからもあいつの友達でいてくれよ」
「う、うん! ぼく、新一兄ちゃんだぁ~いすき!」
大分引きつっている笑みを浮かべて、江戸川がうなずいた。
その後、予定通りに江戸川は毛利に連れられていき、それを手を振って見送った俺は、二人の姿が見えなくなったところで同じく手を振っていた阿笠博士に声をかけた。
「これでよかったんですよね、阿笠博士」
「う、うむ。しかし冷や冷やしたぞい」
げっそりとした顔で自分の家に帰る博士について行く。
「新一め、飛鳥君に協力を頼んであるならそうと言えばいいものを……」
台所に直行して手製の浄水器で水をくみ、口へと運ぶ阿笠博士。
「頼まれてませんよ」
飲んでいた水をぶぅ、と噴き出した。いやぁ、後ろに立っててよかった。
「ななな、なんじゃとぉ!?」
「今の博士の言葉でようやく確証が持てたんですけど、やっぱあの男の子が工藤ですか。おかしな事件に巻き込まれて子供にされた……でいいんですよね」
「むぐっ……」
振り返った博士が口元を拭いながら呻く。
「ら、蘭君に黙ってくれたのは感謝するが、なんで気がついたんじゃ!?」
「んー、まぁ状況証拠の多さ、ですかねぇ」
もちろん、俺は最初から知っていたわけだが、実際、あの場に立ち会ってみて、なんで毛利が気づかなかったのかが解らない。
「まずはもちろんコナン君という工藤の子供の頃の写真にそっくりな少年自身。それにレンズの入ってなかった眼鏡。あんなものをわざわざつけている必要があるってのは、顔を隠したいからでしょう? あとで度の入ってない眼鏡を持って行ってやらないと、明るいところで見たら一発アウトですよ」
ちょんちょんと俺自身の顔を叩いてみせると、うむ、と唸る阿笠博士。
「それにあの服、ちょっとにおいを嗅げば、防虫剤のにおいがするのは丸わかりですからね。おおかた、急いで工藤の子供の頃の服を引っ張り出してきたんでしょう」
「鋭いのぉ」
「んで、最期にかまかけです。工藤から聞いたことも無い俺の作り話。本当なら江戸川少年は『工藤? 誰それ』って反応をするんですよ。けど、今の江戸川少年にはリアリティが足りない。毛利に疑われないためには、俺の作った嘘の話に乗るしか無かった」
そこでふぅ、と一つため息をつく。
「あいつのええかっこしぃにも困ったモンですねぇ。幼なじみに虚勢張りたいからって、最大の協力者になり得る毛利に真実を話さないとは」
「い、いやいや。新一は蘭君を巻き込まないためにじゃな……」
「だったら、毛利のところの厄介になんて死んでもなりませんよ。巻き込む確率100%じゃないですか」
この辺に関しては、こちら側に転生してからずぅっと俺が疑問に思っていたことだ。
作品としての都合、なんてメタな話もあるが、こちら側に人間として実在する以上、理由は別個に存在する。
物語の中盤以降、黒の組織が本当に危険と解ってもう話すに話せない状況になっているのならともかく、この序盤で正体を隠す理由なんてそうはない。
「……まぁ前から判ってはいたことですけど、工藤は毛利のヒーローになっちまってるんですよねぇ」
鈴木と、工藤本人と、二人から聞いた工藤と毛利が初めて会った幼稚園の頃の話。俺が死ぬ前には知ることが無かった話だ。
「毛利が工藤にヒーロー像を無意識に求めて、工藤は無意識にそれに応えている。あんまり健全とはいえない関係ですよ」
それをぶちこわすのがあの二人の関係のためには良いのかも知れない、とも思うが……原作から離れるのもなぁ。せめて俺の知識が及ぶ範囲では変わらないようにした方が良さそうだ。
「そ、そうか言われてみれば……飛鳥君は案外細かいところに気がつくのう」
「いやー、あんまり勘が良いと嫌われる元ですからね。特に対人関係は。ほどほどに無能のふりをしてないと」
まぁ今回はそこら辺のポリシーを無視して、前世の知識まで動員しあいつの味方をしたわけで。
これで準レギュ以上は確定。前線には立てなくても、アリバイ作りなどのサポートとして協力出来る立場は確立出来た。
というか下手に前線に立つような協力者になったら、黒の組織との戦闘で死なないまでも銃で撃たれる程度のことはあり得るかも知れない。そんなのはゴメンだ。
「ま、なんで子供のふりをしてなきゃいけないのか、とかその辺は今度本人に聞きますよ。アイツも今頃何で俺が協力したのか、とか混乱してるでしょうし」
博士に確認してみると、工藤のケータイはジン達に破壊されてしまったらしい。
原作とは違って、使い捨てカメラなんか殆ど流通しなくなってる世の中だからなぁ。そっちで写真撮影してたせいでケータイごと破壊されたんだろうけど。
阿笠博士に江戸川コナンと会う日時を設定して貰う約束を交わして、俺は家路についた。
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