東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ (キメラテックパチスロ屋)
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キャラ紹介
キャラ紹介INプロローグ



注意事項

このキャラ紹介には普段無いメタ発言、茶番などが含まれます。また、プロローグを全て読んでいない方はまずそちらを読み終えた後でこのキャラ紹介を読んでください。このキャラ紹介にはプロローグを読み終えていない方にはネタばらしになります。以上の事をご理解出来た方は


キュルっと見て行ってね


 

「作者と」

 

「楼夢と」

 

「狂夢の」

 

「「「キャラ紹介INプロローグ」」」

 

作「いやーとうとう......」

 

楼 狂「「森羅万象斬」」

 

作「ほぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ピチューん

 

 

しばらくお待ちください......。

 

 

作「いきなり何してんの!?」

 

狂「作者。俺等が今不機嫌な理由解るか?」

 

作「さあ?」

 

狂「休養日に読んでんじゃねぇよ!!こちとら色々予定あったんだぞ!!」

 

作「すっすいません!ちなみに予定とは?」

 

楼「俺は三日間温泉旅行に行こうかと」

 

作「何処にそんな金あるんだよ!うちの給料じゃ旅行になんて行けねぇぞ!(自分も行けない)」

 

楼「へそくり」

 

作「ていうか楼夢さんが温泉に行ったらロクな事が無い気が......」

 

楼「あぁぁん?」

 

作「ヒイッ!......じゃあ次狂夢さんは?(流石にこの人はまともだろ)」

 

狂「三日間家の中でド●クエ83DS版で遊ぶ」

 

作「(良かったこの人はまともだった)ああ家の中で二時間程遊ぶと......」

 

狂「いや、72時間遊ぶつもり」

 

作「は!?」

 

狂「だから72時間遊ぶつもり......」

 

作「いやいやおかしいだろ!!三日間不眠不休でゲームやるの?馬鹿じゃない!!(宣言撤回、この人も駄目だった)」

 

狂「うっしてめぇ後で殺す」

 

作「さーキャラ紹介行ってみよー!」

 

楼「ちゃっかり流しやがった。こいつ......」

 

作「最初のキャラはやっぱり主人公の楼夢さんでーす☆」

 

名前: 白咲楼夢(しらさきろうむ)

 

種族:蛇狐

 

能力:形を操る程度の能力

 

二つ名:桃色の蛇狐、桃色姉御

 

目:瑠璃色

 

髪:桃色

 

体重:55kg(人間状態時)

 

身長:170cm

 

特徴:

 

ある日突然過去の世界に転生した元人間。幼き頃から剣術を習っており、妖怪になってからはその剣のスピードで彼の右に出る者はいないと言われる程に強くなった。愛刀の名は黒月夜(クロズクヨミ)。ある友人を救えなかった事を激しく悔いており目の前に困っている人が居たら人妖問わずに助ける心優しい少年。性格はちょいちょい変わる。その為たまに敬語を使う事もある。外見は瑠璃色の目に瑠璃色の瞳、桃色の髪、そして何より顔は永琳と同じかそれ以上の美形である。好きな物は主に温泉。嫌いな物は軍や政府。またこの外見でメチャ強いので妖怪達から桃色姉御と言うあだ名がついた。本人曰く「もうダメだ......おしまいだ...」だそうです。また彼は四つの姿を持っていてそれぞれ『人間状態』、『妖狐状態』、『蛇狐状態』、『妖獣状態』と言う名がある。そして永琳の薬によって【見えない物が見える様になる程度の能力】を持つ緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を持つ。

 

姿:

 

目は瑠璃色で髪は桃色。そして服は脇が無い黒で統一された巫女服を着ている。そこらの男なら見とれる程美形である。ちなみに人間の時からこういう顔らしい。

 

 

状態:

 

人間状態

 

スピードが全ての姿の中で最も速くなるバランス型。この状態ではないと九十番代の狂華閃は使えない。姿は普通の人間と大した違いは無い。

 

 

妖狐状態

 

主に妖術等を得意とする状態。代わりに身体能力は全ての中では最も低い。外見は人間状態に金色の狐耳と九尾の尻尾をつけた様な姿。

 

 

蛇狐状態

 

主に体術等を得意とする状態。身体能力や力は最も強いが妖術等は苦手。姿は人間状態に金色の狐耳、そして二メートルを超える巨大な大蛇を後ろにつけた様な姿。

 

 

妖獣状態

 

全部の姿の中で最も嗅覚等が高い状態。しかしこの状態では主に攻撃等が出来なくなる為本人は寝る時以外はこの状態にならないで。外見は狐である。毛の色は美しい金色で大きさは通常の狐より少し大きい。また尻尾は狐のと蛇のがある。本来の姿は蛇の尻尾を持ったこの妖獣状態らしい。

 

 

 

技一覧

 

鬼道:

 

某死神漫画でも使われている術である。これは妖力ではなく霊力を必要とした式を使っている。その為霊力が無いと扱えない。

 

狂華閃(きょうかせん)

 

楼夢が扱う剣術の名である。主にスピード型の急所を突いて戦う剣術である。楼夢のは本来の物に舞いの様な動作を加える事で流れる様な動きで剣術を繰り出す事が出来る、言わば彼特有の剣術である。その他にも狂華閃には一から百までの技がある。

 

 

狂華閃十九奏『スライム斬り』

 

丸い物をほぼ全て一刀両断する剣術。ただしその刀の耐久力が無いと逆に折れてしまう。本人曰く野菜等を斬るにはちょうどいい技らしい。

 

 

狂華閃二十二奏『バーベキュー斬り』

 

炎を纏った刀で相手を焼き切る。その名の通りバーベキュー等に使われる事からこの名がついた。

 

 

狂華閃三十ニ奏『烈空閃(れっくうせん)

 

刀に風を纏い横に斬り真空波を起こす。

 

 

狂華閃四十奏『雷光一閃(らいこういっせん)

 

雷を纏い光の様な速さで相手を斬る。主に居合切りに使われる。

 

 

狂華閃六十奏『風乱(かざみだれ)

 

風を纏い乱れ斬りを放つ。その斬撃を鎌鼬の様に飛ばす事も出来る。

 

 

狂華閃六十四奏『墜天(ついてん)

 

刀を縦に振りおろし、攻撃する。その一撃に当たれば鋼をも砕ける。

 

 

狂華閃七十二奏『雷炎刃(らいえんじん)

 

炎と雷を纏い斬った者を爆発させる七十番代の中では一番威力が高い技。その他にも斬撃を森羅万象斬の様に飛ばす事が出来る。

 

 

狂華閃七十五奏『氷結乱舞(ひょうけつらんぶ)

 

氷を纏った七連撃を放つ。その内の六連撃は四肢等の急所を狙い、最後に強烈な一撃を放つ。

 

 

狂華閃九十六『桃姫(ももひめ)桜吹雪(さくらふぶき)

 

狂華閃の中でも九十番代に置かれている最強クラスの技。数百を超える桜の色をした斬撃を桜吹雪の様に飛ばして攻撃する。その様は月光を浴びた桜の様に輝く事からこの名がついた。

 

 

 

歯車の魔法(ギア・マジック)

 

某死神漫画の破面(アランカル)達が使う技の事を指す。式は鬼道とは違い妖力を消費している。ギア・マジックとは唯単に技名だけで呼びたくなかっただけである。

 

 

鬼術:

 

本編では名前は登場しなかったが楼夢が使う妖術の事である。

 

火球『狐火小花(きつねびこばな)

 

八つの狐火を相手に飛ばして攻撃する。

 

 

大火球『大狐火(おおきつねび)

 

大きな火球を相手に飛ばす、メラ●ーマの様な物である。

 

 

雷龍『ドラゴニックサンダー』

 

八つの雷で出来た龍がジグザグに相手に飛んで行き攻撃する。

 

花炎『狐火開花(きつねびかいか)

 

空に狐火で巨大な花を描きそれが散り地上に降り注ぐ。

 

 

火炎『竜の吐息』

 

口から超圧縮した炎を吐き出す。

 

 

鏡符『羽衣水鏡(はごろもすいきょう)

 

自身の周りに球状の水と霊力を混ぜた結界を貼る。この結界は弾幕等の遠距離攻撃を全て防ぐ代わり、物理攻撃には弱い。

 

 

創造(クリエイト)

 

楼夢の能力の基礎。あらゆる物質の形を変える事が出来る。

 

 

その他:

 

霊刃『森羅万象斬(しんらばんしょうざん)

 

霊力を刀に込めて巨大な斬撃として飛ばして攻撃する。いわゆる蒼い月牙天衝の様な物。

 

 

魔槍『ゲイボルグ』

 

自身の刀を妖力で黒い槍に変え、攻撃する。この技にはまだ明されていない能力があるがネタバレになる為ここでは紹介しない。

 

時空『時狭間の雷(ライトニング・デス)

 

天から全てを貫く黒い無数の稲妻を落とす。その威力は村一つを消し飛ばす程だ。

 

時空『亜空切断(あくうせつだん)

 

亜空間を切り裂き、放出されたエネルギーで巨大な爆発を起こす。

 

 

 

 

 

緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)

 

楼夢の左目が黒く瞳が血の様に朱くなった状態の事を指す。この状態の間は動体視力等が格段に上がりスナイパーライフルの弾も見切れる様になる。さらにこの状態では【見えない物が見える程度の能力】を使う事が出来る。ただしこの目は妖力消費が激しいうえに時間を過ぎるとショック死する程の激痛が頭の中を襲う。

 

 

 

 

作「楼夢さんのプロフィールはこんな感じです」

 

楼「おい作者少し聞きたい。何故俺の体重を知っている?」

 

作「ギク!!」

 

楼「少し悪死悪鬼(おしおき)が必要みたいだな」

 

作「三分間待ってやる!」

 

楼「待つか!!ていうかなんで命令系なんだよ!!」

 

狂「しかもちゃっかり何処かの大佐の名言言ってるし」

 

楼「時空『時狭間の雷(ライトニング・デス)』」

 

作「許してヒヤシンスーーーー!!」

 

ピチューん☆

 

狂「......」

 

楼「作者(ヒト)がまるでゴミのようだ!」

 

狂「酷ぇ......」

 

 

しばらくお待ちください......。

 

 

作「作タンinしたお♪」

 

狂「うんキモイっすわ♪」

 

作「ああんまりだぁぁ!!」

 

楼「という事で次は......鬼城剛のプロフィールだ」

 

 

 

 

 

名前:鬼城剛(きじょうごう)

 

種族:鬼

 

能力:物質を纏う程度の能力

 

二つ名:鬼母子神

 

特徴:

 

人妖大戦で楼夢が戦った最強の鬼。その力は大妖怪の中でも最強クラスに近いと言われている。性格は基本的に戦闘狂で強そうな敵を見るとすぐに戦いたくなる。好きな物は酒、嫌いな物は嘘らしい。

 

 

姿:

 

瞳と髪は燃える様な紅色。服は和風で手首には百キロの重りを着けている。

 

 

技一覧:

 

鬼神奥義『空拳(くうけん)

 

拳に超圧縮した風や妖力を纏い正拳突きを繰り出すと同時に一気に放ち、吹き飛ばす。

 

 

鬼神究極奥義『雷神拳(らいしんけん)

 

拳に風で作った大量のプラズマを纏い相手に叩き込みながら爆発させる鬼神の究極奥義。また空拳の様に相手にプラズマを飛ばして攻撃する事が出来る。

 

 

 

 

楼「以上が剛のプロフィールでした」

 

作「ちょっと何勝手に進めてんの!」

 

楼「黙れ小僧!!!」

 

作「What!!」

 

狂「ああもう次は俺のプロフィールなんだから静かにしろよ!」

 

作「全くそのとおりだ」

 

狂「てめぇは二度と喋れない様にアゴの骨を後で砕いておこう」

 

作「ちょっと!なんで皆私と敵対しているの!?」

 

狂「キモいから?」

 

楼「てめぇ等うるせえよ!

 

創造(クリエイト)釘バット」

 

作「ちょ......それで何をするつもり!?」

 

楼「作者を殴る」

 

作「は?......

 

イタイイタイ!!ちょっやめてマジでこのままだと!!!」

 

ピチューん♪

 

狂「はい次は俺様のプロフィールだぜな☆」

 

 

 

 

 

 

 

名前:白咲狂夢(しらさききょうむ)

 

種族:???

 

二つ名:白き花、桃姫の影

 

能力:森羅万象を司る程度の能力

 

体重:55kg

 

身長:170Cm

 

特徴:

 

永琳の薬によって生まれた楼夢の闇。または緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)の本体。圧倒的な力を持ち、その戦闘力は楼夢以上。だが以外に甘党で普段は楼夢の精神世界の中に建てた家の中で引きこもってゲームをしている。好きな物はお菓子とコンピューターゲーム全般。これを見るだけで狂夢がどれほどのゲームオタクなのか解る。嫌いな物は野菜と冬。

 

 

姿:

 

全体的に腰まである白い髪に白い肌、そして脇が無い白で統一された巫女服を着ており色以外は楼夢とそっくりである。

 

 

技一覧:

 

狂夢は基本的に楼夢の能力以外の全ての術を使う事が出来る。よって此処で紹介するのは狂夢独自の技だけである。

 

 

Project

 

狂夢の能力【森羅万象を司る程度の能力】を使って起こす自然現象には全てこの名が付く。

 

Project『氷結(freeze)

 

あたり一面を対象物ごと凍らせる。

 

Project『発火(ignite)

 

指定した場所から巨大な火柱が立つ。

 

Project『突風(storm)

 

指定した場所に大きな嵐を発生させる。

 

Project『暴風雨(tempest)

 

辺りに雨や雪が混ざった大嵐を巻き起こす。これに触れた者は嵐に切り刻まれるか雨や雪に凍らされる。

 

 

二十二枚のタロットスペル

 

狂夢が所有するタロットカード。このカード一枚一枚に能力がありこれで占う事でその結界のカードの能力を使う事が出来る。

 

 

Spell『(タワー)

 

所有する能力は【無数の稲妻を降らせる程度の能力】。

 

 

Spell『戦車(チャリオット)

 

所有する能力は【四人に増える程度の能力】。

 

 

 

Spell『魔術師(マジシャン)

 

所有する能力は【妖力が減らなくなる程度の能力】。

 

 

Spell『(ストレングス)

 

所有する能力は【身体能力を数十倍に上げる程度の能力】。

 

 

妖刃『夢空万象刃(むくうばんしょうじん)

 

刀に妖力を込めて桃色の斬撃として飛ばす。その威力は森羅万象斬の倍。

 

 

 

 

 

狂「っとこんなもんかな?」

 

楼「やっと終わったか」

 

作「ちょっ私何回ピチュってんの今回で?」

 

楼「三回位じゃない?」

 

作「おかしいよ!明らかにピチュる回数多いだろ!!って狂夢さん何やってんの!?」

 

狂「何って......ゼリーを食っているだけだが?」

 

作「なんでゼリーなの!?ていうか楼夢さんもプリン食うの止めろ!!」

 

楼「だが...モグ断...モグモグ」

 

作「食えよ!!!ていうかプリンとゼリーを食うのマジで止めろ!!......ったく菓子ごときになんでそこまで集中出来るんだか」

 

楼 狂「「あぁぁん??」」

 

作「ヒィ!!」

 

狂「てめぇ菓子舐めんなよ!」

 

楼「そうだぞ。菓子のお陰で飢えを凌いでる奴だって居るんだぞ!」

 

作「居ねぇよそんな奴!!ていうかあんたら中良すぎるだろ!!」

 

楼 狂「覚悟はいいか?」

 

作「ご慈悲を......」

 

楼 狂「だが断る♪」

 

楼「超次元『亜空切断』」

狂「妖刃『夢空万象刃』」

 

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ピチューん♪♪♪

 

テレッテテレテン♪

 

ゲームオーバー♪

 

お終いチャンチャン♪♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作「終わるとでも思っていたか?」

 

作「いやールーミアのオリ技書くの忘れていました(*ゝω・)てへぺろ☆」

 

作「という事で此処で書かせて貰います。......へっ楼夢達は?ああそれなら二人共もう帰られましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

名前:ルーミア

 

種族:常闇の妖怪

 

能力:闇を操る程度の能力

 

二つ名:変態痴女(楼夢が付けた)、人喰い妖怪

 

体重:50kg

 

身長165Cm

 

特徴:

 

暗闇に迷い込んだ人間を食べる危険な妖怪。その実力は百にも届かない歳で数億年生きた楼夢と勝負が出来る程。ただ唯一の欠点は痴女であるという事。皆さんも遭遇したら犯される前に逃げましょう。

 

 

技一覧:

 

此処で書く技はオリジナルだけで、原作にある技は基本的に書きません。

 

 

バニシング・シャドウ

 

闇がある場所へ瞬間移動する。

 

 

悪魔殺し(デビルブレイカー)『ダーウィンスレイヴ』

 

刀身が血の様に朱い十字の妖力で出来た黒い大剣を作る。

 

 

フルムーンナイトエッジ

 

ダーウィンスレイヴに妖力を込め、月光の様に輝く巨大な斬撃を放つ。

 

 

 

 

 

 

作「以上です。次回からとうとう蛇狐録がスタートします。そして蛇狐録は『青年期前半』と『青年期後半』に分かれる予定です。そして多分『青年期前半』の途中経過の様な物を書くと思います。何故そんな物を書くかだって?ほら蛇狐録って技多いじゃん。そしてこれからどしどし増えて行くんですよ。そんで『青年期前半』が終わった時のまとめ書く時にわざわざ登場した技を一から見たくないんですよ。まあ要するに面倒くさいから登場した技はすぐに書ける様にしたいって意味です。こんな私の小説を読んでくれてありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。

 



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キャラ紹介IN前期

◤◢◤◢WARNING!◤◢◤◢◤◢

※注意です。今回東方蛇狐録前期の途中経過を書いた物です。もし、前期の最新話まで読んでいないのでしたらそちらからお読みください。でないと、ネタバレにもなります。

以上の事がOKな方は


キュルっと見て行ってね


「作者と」

 

「楼夢と」

 

「火神の」

 

 

「「「途中経過IN前期!!!」」」

 

「さて皆さん、こんにちは。今日は楼夢さんとゲストとして火神さんをお呼びしております」

 

「よっす皆、三度の飯より肉が大好き、火神だ」

 

「それ結局食ってるだけじゃん!楼夢だ」

 

「さーて今回は前期の途中経過を話すんだけど、その前にこの章の説明です。

 

この章は基本的に新しく出て来るオリキャラや、楼夢さん達の技が増えた時に書き足します」

 

 

 

 

「さて最初に俺達が決めなければいけない物がある」

 

「何ですか、楼夢さん?」

 

「BGMだ!!!」

 

「成程、では何にしましょうか?東方vocalアレンジでもいいですしね」

 

「おい作者、歌うのなら俺に任せておけ!」

 

「ああ、BGM流していると歌いたくなりますよね。はい、火神さん、マイクです」

 

「作者やめろ!俺の本能が危ないと伝えている」

 

「大丈夫だ血髪、俺の歌はジャイアンレベルと言われた事がある」

 

「ストップだ火神、止めろォ!!!」

 

 

「■■■■■■■■■♪☆!!!」

 

 

「「耳がぁぁ!!耳がぁぁぁ!!!」」

 

 

ピチューん

 

 

 

 

 

しばらくお待ちください......。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~BGM SOUNDH●LIC『非統一魔法世界論』~

 

 

 

「ひ、酷い目にあった......」

 

「それには同感だ、作者......危うく頭のネジが取れると思ったよ」

 

「はいはい、何故かグロッキーな二人は置いといて、まずは血髪の紹介だ」

 

「ちなみに楼夢さんと狂夢さんは統合させているのでご了承ください」

 

 

 

 

 

名前:白咲楼夢/狂夢

 

能力:形を操る程度の能力、森羅万象を操る程度の能力、時空と時狭間を操る程度の能力

 

種族:蛇狐

 

性別:男

 

二つ名:破壊神、縁結びの神、産霊桃神美、八崎大蛇、血髪、妻なし子持ち、最強の妖怪、最強の神、ウロボロス

 

戦闘能力総合数値:

 

楼夢:

 

通常状態:9万

舞姫解放状態:18万

天鈿女神解放状態:80万

 

狂夢:

 

通常状態(魔力以外封印):20万

全力解放状態:100万

 

性格:

 

ほぼ全ての物事を楽しむ蛇狐。性格は明るいが、妖怪なのでたまに通りすがりの旅人を捕食していて、意外と人を虐めるのが好き。趣味は温泉、占い、テーブルゲームなど。

鬼城剛との戦いの後、脳に後遺症を残し力を失う。

その後に開発したヘッドホン型思考演算装置で最低限の力を取り戻すが、制限時間が10分という致命的な欠点がある。

裏の人格で、狂夢と呼ばれる存在がいる。性格は邪魔するものは全て排除する主義で、基本的に自由。

時空と時狭間の神『ウロボロス』とも呼ばれている。この世界最強の存在。

 

妖魔刀:

 

基本的に魂が入った刀の事を指す。その多くが悪しき魂が刀に入っている。

『神解』と呼ばれる第二形態があり、これを使うと妖力が数倍が上がる。

 

 

舞姫:

 

楼夢の妖魔刀の名前。能力は【舞いを具現化させる程度の能力】で、名前を呼ぶと封印が開放され刀か二つで一つの扇のどちらかの形状になる。刀の時の形状は、桃色の長い刀身を持っておりその峰には幾つかの穴が空いており魔除けの鈴が付けられている。柄には紙垂と呼ばれるお払い棒の紙が付いている。扇の形状の時はそれで相手を斬る事も出来る短刀にもなる。

 

舞姫式ノ奏(まいひめしきのかなで)

 

刀の形状と、扇の形状の二つの舞姫での二刀流

 

 

天鈿女神(アメノウズメ)

 

舞姫の神解。白い太陽の刀と、黒い月の刀の二刀流に変わる。

軽く振るだけで、数百メートル先の大地に炎、または氷の柱が立つ。

また、この状態だとつむじの部分と肩から下の髪の毛が藍色に、右目が桃色、左目が瑠璃色のオッドアイに、服は黒がベースの白と紅の装飾が施された巫女服に変わる。

また、髪は二本のかんざしと、紐で結ばれている。

 

 

八百万大蛇(ヤオヨロズ):

 

狂夢が作った妖魔刀を超える武器。全長4メートル以上で、刃は八百万の刃を溶接して繋げている。その一つ一つに伸縮変形自在の術式がかけられており、一度ロックオンされたら誰でも逃げられない。

 

 

狂華閃:

 

狂華閃七十一『細波(さざなみ)

 

刀に高圧水流を纏い、十五の斬撃として飛ばす。

 

 

狂華閃八十九『水雲(もずく)

 

刀に超圧縮された高圧水流を纏い敵を圧殺する。

 

 

狂華閃九十七『次元斬(じげんざん)

 

空間をねじ曲げる程の居合切りを放ち、その刃の先にある物を全て一刀両断する。

 

 

狂華閃一『(せん)

 

刀に妖力を込め、赤い斬撃を繰り出す。

 

 

百花繚乱(ひゃっかりょうらん)

 

音を超える百の桃色の斬撃が、敵を切り刻む。

処遇、スターバーストストリーム。

 

 

陽神剣ソル

 

真紅の炎を纏い西洋風の剣に変わる。

 

 

月神剣ルナ

 

蒼い氷を纏い西洋風の剣に変わる。

 

 

千花繚乱(せんかりょうらん)

 

百花繚乱の強化版。光を超えた千の斬撃が、敵を切り刻む。

 

 

 

 

神星術:

 

神力と霊力で作り出した式。主に星に関する技が多い。

 

 

星十字 『スターライトクロス』

 

神力と霊力で作り出した二つの光の剣を飛ばし、相手を拘束する。殺傷能力は低いが、剣には拘束の式が何重に掛けられている為、壊れ難い。

 

 

星弾 『サテライトマシンガン』

 

神力と霊力で作られた光の閃光を雨のように空から降らす。

 

 

星炎 『スターライトフレア』

 

ルビーのような色をした聖なる炎を刀に宿し、五芒星を描きながら斬撃を放つ。

 

 

流星 『ギャラクシーストリーム』

 

銀河を摸した神力と霊力の弾幕の大河を作り出し相手を呑み込む。かなりの広範囲&高火力だが、消費霊力と神力が激しいのが欠点。

 

 

乱弾 『マルチプルランチャー』

 

緑色の弾幕をマシンガンのように放つ技。弾幕の大きさは小、中、大と様々で、複雑に放つのが特徴。

 

 

舞姫神楽:

 

舞姫で放つ事が出来る技。ただし放つにはその技の舞いを踊らなければいけない。

 

 

朱雀(スザク)の羽乱れ』

 

朱雀の羽を表すかのような大量の炎の羽の形をした弾幕を放つ。

 

 

白虎(ビャッコ)の牙』

 

相手に鋭く尖った巨大な氷柱を空と地面から放つ。

 

 

『姫風』

 

自分を中心とした周りに物をも切り裂く強風を起こす。

 

 

桃色旋風(ももいろせんぷう)

 

相手に桃色をした巨大な竜巻を放つ。

 

 

紫電雷閃(しでんらいせん)

 

舞姫に紫色の雷を宿させ相手に無数の斬撃を放つ。

 

 

その他:

 

魔槍『ゲイボルグ』

 

自身の刀を黒い槍へと変える。この槍には二つの封印が掛けてあって、その内の一つ『悪魔(デビル)』は投げると三十の鏃となり、敵を貫く。『死神(モート)』は形状が死神の鎌のようになり、【ありとあらゆる物を飲み込む程度の能力】を使えるようになる。

 

 

天災 『天の光(ユニバースレイ)

 

天と地を貫くオーロラのような色をした究極の雷を天から放つ。超広範囲&超高火力の究極技だが霊力、妖力、神力の三割を使う。技のイメージはドラ●エのミナデイン。

 

 

災来ノ幻月(ジェノサイドムーン)

 

妖力で作り出した月を模した弾幕を放つ。

 

 

神花 『桜花八重結界(おうかやえけっかい)

 

八枚の花弁を持った桜のような結界を真正面に発動させる。これに当たった攻撃は亜空間に吸い込まれるが、竜巻のような広範囲の物は完全には吸収出来ない。最高クラスの強度を誇る。

 

 

影狂 『後ろの正面誰だ?』

 

混沌の世界から白咲狂夢を呼び出す。だが三分間経つと自動的に混沌の世界に戻る。

 

 

花封 『桜ノ蕾(サクラノツボミ)

 

相手を花の蕾のような結界の中に閉じ込め封印する。

 

 

魔水晶(ディアモ)

 

狂夢に作らせた水晶。普段はピアスとして楼夢が身に付けているが、使用すると掌サイズの水晶になる。効力は式を使用する技の威力の増加と巨大な式を作る時にも必要となる。

 

 

鉄散針(てっさじん)

 

退魔の針に霊力を込めて投げると数十本に分裂し、相手を貫く。

 

 

 

帯電状態(スパーキング)

 

体から発生させた電気を体中に纏う。主に使うのは白咲狂夢であり、楼夢が使うと体にかなりの負荷がかかる。

ちなみに使い終わった後は、髪が逆立ち、トゲトゲになる。

 

 

『注連縄結界』

 

注連縄が付いた結界で任意の距離を覆う。その中は生物は出入りを禁じられる。

 

 

狐火『火電狐(かてんこ)

 

狐火にプラズマを纏わせて放つ。

 

 

『テンション』

 

体に妖力を流し身体能力を倍にする。使用中は皮膚が薄い桃色に光る。

 

 

『ハイテンション』

 

テンションの上位互換。身体能力が五倍になる。皮膚の桃色の光も濃くなる。

 

 

スーパーハイテンション

 

ハイテンションの強化版。身体能力が十倍になる。

 

 

妖無双刃『夢空連衝刃』

 

夢空万象刃を同時に十発放つ。

 

 

『魔神の爪』

 

妖力で指から巨大な爪を作り出す。

 

 

スタンガン

 

指に電気を発生させ、気絶させる。

 

 

誓いの五封剣

 

五本の炎の剣で、敵を貫き縛る。

 

 

魔導撃

 

魔力を集中させた、紫のレーザーを放つ。

 

 

桜花万象斬(おうかばんしょうざん)

 

桜の弾幕を刀にまとわせて斬撃を放つ。

 

 

バヒャムチョス

 

氷最上位の魔法マヒャデドスと風最上位魔法のバギムーチョの融合魔法。

 

 

反転結界

 

三次元に似た、別次元の世界を創り出す。【形を操る程度の能力】の力が術式のベースになっている。

 

 

狐象転化(こしょうてんか)

 

巨大な狐火で作られた狐になる。

 

 

狐火金火

 

金色の狐火の一撃。あらゆるものを燃やし尽くす。

 

 

狐火銀火

 

銀色の氷の一撃。狐火とつくが、属性は氷。

 

 

つらぬくもの(アーティクル・ペルセール)

 

あらゆるものを貫通する金色の矢を放つ。

 

 

閉ざしの三縛槍

 

三本の氷の槍で敵を束縛する。

 

 

夜間飛行

 

夜の空間を創り、それの全てを操る。【形を操る程度の能力】の真の力。

 

 

魔力全方位一斉射撃(マナバレット・フルバースト)

 

星の数ほどの魔力弾幕の雨が敵に降り注ぐ。

 

 

騒音妨害(レディオノイズ)

 

あたりに飛び回る電波をぐちゃぐちゃに歪める。ウイルスを投入することも可能。

 

 

マヒャドブレイク

 

マヒャドをまとわせた刀で斬撃を放つ。

 

 

星降りの夜

 

空から流星群を落とす。これ一つで都市が一つ潰れる。

 

 

ヘブンズタイム

 

とある超次元サッカーゲームのドリブル技を模して作られた技。時を止め、相手の背後を取り、解除すると同時に竜巻が相手を切り刻む。

 

 

ハルマゲドン

 

白咲狂夢の本気の一撃。天を覆い尽くす漆黒の闇にかかと落としを落とし、地上に叩きつける。

星一つを破壊するほどの威力がある。

 

 

八崎大蛇状態:

 

蛇狐状態が進化した状態。この状態になると、尻尾の数が八本に増え、妖力が通常の数十倍になる。

 

 

 

 

 

 

名前:火神矢(ひがみや) (よう)

 

能力:灼熱を産み出す程度の能力

 

種族:フェンリル

 

性別:男

 

二つ名:炎の悪魔、西洋最強の賞金稼ぎ、火神

 

戦闘能力総合数値:

 

通常状態:10万

憎蛭解放状態:20万

???:不明

 

性格:

 

突如日本に現れた西洋最強の賞金稼ぎ。西洋では炎の悪魔と呼ばれ、彼が通った後には灰しか残らないと呼ばれている。性格は強い者なら誰とでも仲良くなれる。姿はかなりの美男子で燃え尽きたような白髪と炎のように燃える赤い瞳を持つ。服装はフード付きの黒いジャケットを着ている。

楼夢との再戦時は、髪はドラ●エ5のレックスのようなトゲトゲヘアーになっている。

余談だが、さらに細かく言うとドラ●エ9の公式ガイドブックに描かれているモザイオの髪型である。だがおそらく画像で調べても出てこないので、ほぼ全ての人が知らないと思う。

となりの大国、現在でいう中国で『気』の力を身に付け、楼夢に戦いを挑む。

 

 

憎蛭(ニヒル)

 

火神の妖魔刀。中身の魂はルーミアが素材になっている。

黒いバール-形状をしており、先端が血で染まったかのように赤い。

打撃に特化しており、地面に振り下ろせばプレートをも砕く。

 

技一覧:

 

火神矢奥義『火炎大蛇(かえんおろち)

 

口から竜を摸した炎を吐く。

 

 

我流拳奥義『火炎拳(かえんけん)

 

巨大な炎の拳で相手を殴る。

 

 

炎舞剣『紅蓮華(ぐれんか)

 

鉄をも溶かす灼熱の炎で相手を叩き切る。

 

 

炎舞剣『紅蓮一文字(ぐれんいちもんじ)

 

灼熱の炎で一文字を描き斬撃を飛ばす。

 

 

重刃『紅蓮十文字(ぐれんじゅうもんじ)

 

紅蓮一文字を二回十字を描きながら飛ばす。

 

 

極炎『焔ノ業火(ほむらのごうか)

 

地底から数十個の巨大な火柱を吹き出させ、相手を攻撃する。

 

 

極大五芒星魔法『黒墜天炎魔壊衝波(こくついてんえんまかいしょうは)

 

空に1キロを超える巨大な魔法陣を描き集めた炎で直径数キロメートルにある物全てを消し飛ばす。

 

 

炎鳥牢『火鳥籠(ヒトリカゴ)

 

炎に包まれた結界を貼る。

 

極大五芒星魔法

 

ソーモノミコンと呼ばれる禁断の魔道書に書かれた禁断の魔法。この魔法には大陸一つを消し飛ばす程の魔法など、非常に危険な魔法が書かれている為、封印された。

火神矢はこの本が封じられている土地に忍び込み、無理矢理封印をこじ開けた事によって手に入れた。

 

 

極大五芒星魔法『アトミックニュークリアインパクト』

 

大地を一撃で炎の海に変えるほどの獄炎を放つ。

 

 

スピキュールインパクト

 

赤い流れ星のように炎を纏い加速した拳で、相手を打ち砕く。

 

 

シャイニングフェザースコール

 

翼の金色の炎の羽をマシンガンのようにして放つ。

 

ブレイクスルー

 

加速と遠心力を利用しように放つ。

 

 

火炎竜

 

召喚した複数の炎の竜が敵を飲み込む。

 

 

影籠(かげろう)

 

伸びた影から闇の刃を放ち、串刺しにする。

 

 

火災旋風

 

数キロメートルを超える炎の竜巻を召喚する。

 

 

 

 

 

 

 

名前:須佐之男命(スサノオノミコト)

 

能力:一刀両断する程度の能力

 

種族:武神

 

性別:男

 

二つ名:蛇殺の英雄、大和の刀、太陽神の弟

 

戦闘能力総合数値:

 

通常状態:4万

叢雲草薙解放状態:6万

羅閃叢雲草薙解放状態:8万

 

性格:

 

日本神話に出て来る『大蛇退治』で有名な神。しかし実際は八崎大蛇である楼夢に破れている。その後諏訪大戦で再会し剣を交えた。

性格は明るく酒が大好物。だが意外な事にシスコンである。腰に付けた天叢雲は神力などを込めると炎が溢れる。制作者は白咲狂夢。

 

 

叢雲草薙(ムラクモクサナギ)

 

形状は天叢雲に似ているが、刀身が赤い光を放っている妖魔刀。

 

 

羅閃叢雲草薙(ラセンムラクモクサナギ)

 

叢雲草薙の神解。巨大な和風の大剣の形状になっている。

 

 

技名:

 

 

天叢斬(あまのざん)

 

天叢雲から溢れた炎と共に相手を斬る。

 

 

(つるぎ)の雨』

 

地面に刀を突き刺し空から無数の刃の雨を降らす。

 

 

『天地逆転』

 

刀を地面に突き刺し、相手の真下の地面を爆発させる。

 

 

一空牙(いっくうが)

 

風を纏った居合切り。

 

 

神剣 『草薙(クサナギ)

 

膨大な神力を刀に込め、緑色の巨大な斬撃を放つ。

 

 

破剣『薙散(ナギサ)

 

力を溜めて神力の刃を放つ。

 

 

壊剣『砕牙(サイガ)

 

十字に刻んだものを爆破させる。

 

 

轟神剣『羅砕極牙(ラサイキョクガ)

 

大剣での神力を込めた渾身の一撃。

 

 

 

 

 

 

 

名前:天照大御神

 

能力:太陽の光を操る程度の能力

 

種族:太陽神

 

性別:女

 

二つ名:大和の太陽、姉さん

 

戦闘能力総合数値:8万

 

性格:

 

日本神話に出て来る有名な神。須佐之男の姉であり弟を傷付ける者は許さない。基本的に明るいが実は意外と泣き虫なのが玉に傷。また、仕事中は威厳を装っているが、楼夢が来てから頻繁にカリスマブレイクするようになった。容姿は金色の髪と白い着物を着ている。

 

 

技名:

 

 

太陽剣(タイヨウノカケラ)

 

右手に炎で作った刀を生み出し、相手を斬る。作った状態でさらに炎を込めるとその分リーチが伸びる。

 

 

火昇天閃(ヒノボリノセンコウ)

 

巨大な炎の閃光を放つ。

 

 

眩光 『 日出太陽(ヒイズルタイヨウ)

 

溜めた太陽の光を一気に放ち、相手の視覚を奪う。

 

 

無音光(オトナシノヒカリ)

 

巨大な炎の閃光を、音をも超えた速度で放つ。熱量も凄まじく常人では何時の間にか物が灰になっていたとしか認識出来ない。

 

 

破滅ノ太陽(サンシャインブレイク)

 

天をも焼き尽くすような太陽にも似た超巨大な炎の弾幕を空中から落とす。

 

 

 

 

名前:東風谷 早奈(さな)

 

能力:呪いを操る程度の能力

 

種族:人間

 

性別:女

 

二つ名:呪われし巫女、守矢の風祝

 

戦闘能力総合数値:

 

通常状態:3千

呪い状態:17万

 

性格:

 

守矢神社の巫女。諏訪国編で楼夢に恋をし、告白しようとするが種族の関係で楼夢自身に止められてしまった。性格は活発で誰にでも敬語で話す。後Sと言う噂も........。

容姿は原作の早苗に似ている。

 

技名:

 

 

『金縛り』

 

相手の真下の地面から黒い鎖が飛び出し、対象者に巻き付き拘束する。

 

 

千年風呪(せんねんふうじゅ)

 

黒い竜巻を放つ。この竜巻には絶対即死の呪いが掛けられているので触れるとその部分が消滅する。

 

 

名前;天魔

 

能力:暴風を操る程度の能力

 

種族:天狗

 

性別:女

 

二つ名:妖怪の山の長

 

戦闘能力総合数値:2万

 

性格:

 

妖怪の山にある天狗組織の長。天狗の長だけあって実力は折り込み済みだが、楼夢に敗れる。

好きな事は酒と勝負事。

 

技名:

 

『暴風撃』

 

激しい暴風を生み出し相手を吹き飛ばす。

 

 

 

名前:白咲美夜

 

種族:蛇狐

 

能力:天候を操る程度の能力

 

性別:女

 

二つ名:白咲三姉妹長女、雷の狐、クールビューティー、テンペストマスター

 

戦闘能力総合数値:1万5千

 

性格:

 

白咲楼夢の娘の一人。姉妹の中では長女であり、面倒見が良い。

狐の姿は、黒いモフモフした毛に鬼灯色の瞳を持つ。頭に咲いている花の種類は桃。

得意属性は雷で、術式と剣術ともに万能で、戦闘スタイルは楼夢に似ている。

 

 

サンダーフォース

 

雷をその身に纏う。

 

 

雷光一閃五月雨斬り

 

雷光一閃を連続で繰り出す。

 

 

名前:白咲清音

 

種族:蛇狐

 

能力:空気を操る程度の能力

 

性格:女

 

二つ名:白咲三姉妹次女、炎の狐、白咲三姉妹一の胸

 

戦闘能力総合数値:1万3千

 

性格:

 

白咲楼夢の娘の一人。姉妹の中では次女であり、基本的に明るく活発的。頭に咲く花は百合。

毛の色は金色で、姉妹揃った鬼灯色の瞳を持つ。

得意な属性は炎で、派手な術が好み。

 

 

ファイアフォース

 

炎をその身に纏う。

 

 

炎剣舞踊(えんけんぶよう)

 

炎の斬撃の舞を繰り出す。

 

 

蛇炎飛刃(じゃえんひじん)

 

刃から炎の大蛇を放つ。

 

 

名前:白咲舞花

 

種族:蛇狐

 

能力:気温を操る程度の能力

 

性別:女

 

二つ名:白咲三姉妹三女、酒禁止の狐、氷の狐、白咲三姉妹一のつるペッタン

 

戦闘能力総合数値:1万

 

性格:

 

白咲楼夢の娘の一人。姉妹の中では三女であり、基本的に人見知り。頭に咲く花は紫陽花。

銀の毛に鬼灯色の瞳を持つ。

基本静かで大人しいが、酒に弱く、飲むと豪快な性格になる。

得意属性は氷で、剣術はあまり得意ではない。

 

 

氷結界

 

氷の結界を張る。

 

 

アイスフォース

 

氷をその身に纏う。

 

 

コールディングインパクト

 

巨大な氷の槍で、敵を貫く。

 

氷結大地(グランドアイス)

 

指定した範囲で凍らせた地面から、巨大な氷柱を発生させる。

 

 

名前:東風谷凛

 

能力:はね返す程度の能力

 

種族:人間

 

性別:女

 

二つ名:正義のヒーローっぽい巫女、超ハイテンションな巫女

 

戦闘能力総合数値:5千

 

性格:

 

守矢神社の巫女。東風谷早奈の妹の血を引いており、高い霊力を持つ。

正義感がとても強く、妖怪は悪と決めつけ見つけしだい退治している。だが能力は結界にぶつかったものを全て逆方向に反射するという、どこぞの悪役代表のロリコンの能力に似ている。

 

 

ルーミア

 

戦闘能力総合数値:5万

 

性格:

 

闇の人喰い妖怪。最近、火神矢陽と契約し、妖魔刀デビューを果たした。

 

 

エンドレスブレードワルツ

 

伸びた影から無数の闇の刃が飛び出す。

 

 

 

鬼城剛

 

能力:圧力を操る程度の能力、纏う程度の能力

 

戦闘能力総合数値:

 

通常状態:50万

本気モード:75万

 

性格:

 

伝説の大妖怪の一柱。最強の名を保持しており、戦闘能力がバカ高い。

六億年後に再戦した時に、白咲楼夢にうち負ける。

 

 

空拳・昇竜破

 

空拳のアッパーバージョン。

 

 

閃光爆裂拳

 

赤い閃光の拳で殴り、そして爆発させる。

 

 

合掌破

 

手のひらを合わせ、衝撃波をあたりにまき散らす。

 

 

 

雷鬼神究極奥義 『星砕き』

 

雷神拳を目にも止まらぬ速度で連続で繰り出す。

 

 

流星砕き

 

星砕きの強化版。

 

 

 

名前:博麗楼夢

 

種族:人間

 

戦闘能力総合数値:2万5千

 

性格:

 

博麗双子の巫女の長女。剣の道を極めるため、神社から家出した。

現在は白咲神社の巫女をしている。

白咲楼夢の祖先。

 

 

神霊斬『夢想斬舞』

 

七色に光る刀で七連撃を放つ。

 

 

 

名前:月夜見尊

 

種族:神

 

能力:月の魔力を吸収する程度の能力

 

戦闘能力総合数値:

 

通常状態:5万

魔力吸収状態:7万

極限魔力吸収状態:10万

 

性格:

 

月の最高神。自分の顔のためにはどんなこともやる。

狂夢に敗北し、その後降格された。

 

 

月盾

 

光の盾を出現させる。

 

 

聖星滅撃(セイント・サクリファイス)

 

巨大な光の球体を相手に放つ。

 

 

 

「とまあこんな感じだな」

 

「はいはいよっと、んじゃそろそろ締めるか」

 

「その前に俺の歌を聞きたい人は?」

 

「「結構です」」

 



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キャラ紹介IN後期(withステータス表)

 

 

 ランクはG、F、E、D、C、B、A、S、EXの九段階。

  G〜Dは下級妖怪、C〜Bは中級妖怪、A〜Sは大妖怪、EXは伝説の大妖怪クラス。

  EXにだけ後ろに数字がついてる場合があるが、それは他の妖怪のEXとの順位を表す。ちなみに戦闘技術にだけはEXの順位はつかない。

 なお、神秘力とは妖力、霊力、魔力、神力、気力の総合のことを指す。

 

 

  ♦︎白咲楼夢

 

  この物語の主人公。

  伝説の大妖怪、産霊桃神美がこの世に復活する際、力が足りず幼児退行してしまった姿。

  戦闘能力は大幅に落ちてしまっており、中級妖怪上位程度の力しか持たない。能力も【形を歪める程度の能力】とグレートダウンしている。しかし剣術の腕は昔以上で、相性が良ければ大妖怪とも渡り合うことができる。

  基本的に性格は明るく、幻想郷の様々な有力者たちとも接点がある。

  春雪異変時に封印が解け、全盛期以上の力を現在は取り戻している。

 

(幼児退行時)

 

  総合戦闘能力:1万

  攻撃力:A

  技術:EX

  筋力:G

  耐久:G

  敏捷:EX2(マッハ3)

  神秘力:D

  術式:EX1

  対神秘力:D

  幸運:D

  カリスマ:D

 

(天鈿女神解放状態)

 

  総合戦闘能力:180万

  攻撃力:EX4

  戦闘技術:EX

  筋力:E

  耐久:E

  敏捷:EX1(マッハ88万)

  神秘力:EX1

  術式:EX1

  対神秘力:D

  幸運:B

  カリスマ:B

 

 

  ♦︎火神矢陽

 

  伝説の大妖怪の一人。かつて炎の悪魔と呼ばれられ、西洋で恐れられていた。今は現代の外の世界と幻想郷を行き来し、娯楽を探し求めている。

  幻想郷に来たばかりのころには『名を売る』という目的でハロウィンラッシュ異変を起こして霊夢たちに退治された。以降は白咲山に家を建て、ルーミアと二人で暮らしている。

 

  総合戦闘能力:170万

  攻撃力:EX3

  技術:EX

  筋力:EX3

  耐久:A

  敏捷:A

  神秘力:EX2

  術式:EX2

  対神秘力:B(一部無敵)

  幸運:S

  カリスマ:F

 

 

  ♦︎ルーミア

 

  原作キャラの一人。この小説内では設定がものすごく歪められている。

  火神の妖魔刀。しかし彼を何よりも愛しており、彼女としてそばにいる。だがたまに暴走してしまい、その度に火神に暴力を振るわれている。それが原因でMに目覚めてしまったのは別の話。

  単体の妖怪としても強大な力を持っており、大妖怪最上位の中では最も強いことを自負している。

 

  総合戦闘能力:20万

  攻撃力:S

  技術:S

  筋力:A

  耐久:A

  敏捷:A

  神秘力:S

  術式:S

  対神秘力:A

  幸運:C

  カリスマ:D

 

  ♦︎八雲紫

 

  原作キャラの一人。白咲楼夢に恋心を抱いている。

  言わずとも知れた妖怪の賢者。幻想郷の管理人を名乗っているが、だいたいの仕事は式神である藍に丸投げしている。

  普段はゴロゴロするか霊夢や楼夢の様子を見に博麗神社に行くかぐらいしかしていない。しかし仕事はきっちりやるタイプ。

  楼夢からもらった刀を傘に改造しており、本気を出すときはそれを抜いて戦う。

 

  総合戦闘能力:15万

  攻撃力:A

  戦闘技術:S

  筋力:F

  耐久:F

  敏捷:C

  神秘力:S

  術式:EX3

  対神秘力:B

  幸運:A

  カリスマ:S

 

 

  ♦︎白咲美夜

 

  白咲三姉妹の長女。巫女服は卒業しており、今は黒の着物に身を包んでいる。

  真面目なのは相変わらずで、広い白咲邸のほぼ全ての家事を一人で担っている。庭のデザインは彼女がした。

  術式は苦手だが、唯一得意な身体能力強化の術式と組み合わされた剣術は大妖怪最上位の名を冠すのにふさわしいものとなっている。

 

  技名:

 

『燕返し』

 

  上から下へ刀を振り下ろし、素早く下から上へ切り上げる。

 

蜻蛉(とんぼ)返り』

 

  燕返しの反対版。下から上へ切り上げると、素早く刃を翻して上から下に振り下ろす。

 

  総合戦闘能力:10万

  攻撃力:S

  戦闘技術:S

  筋力:B

  耐久:C

  敏捷:S

  神秘力:S

  術式:E

  対神秘力:E

  幸運:E

  カリスマ:A

 

  ♦︎白咲清音

 

  白咲三姉妹の次女。姉とは正反対の大雑把な生活をしており、一日中ぐーたらしていることが多い。すっかり現代に染まったネットの住人。

  得意なのは術式。双刀である『金沙羅木(きさらぎ)』を杖のように使い、父にも似た様々な属性の魔法を扱うことができる。

 

  技名:

 

『烈風地獄車』

 

  灼熱の炎をその身に纏い、突撃する。

 

  総合戦闘能力:10万

  攻撃力:A

  戦闘技術:A

  筋力:E

  耐久:F

  敏捷:C

  神秘力:S

  術式:S

  対神秘力:B

  幸運:B

  カリスマ:E

 

 

 

  ♦︎白咲舞花

 

  白咲三姉妹の三女。物静かな性格をしており、口数は少ない。

  清音と同様に現代に染まっている。しかし彼女は普段はネットサーフィン以外にも物作りなどをしている。

  形を自由に変えることができる『銀鐘(ぎんしょう)』を現代兵器に変えて狙撃するという、二人の姉とは打って変わった戦闘スタイルを得意とする。

 

  技名

 

『メタルブリザード』

 

  銀色のかなりの質量がある吹雪を相手に叩きつける。

 

『ニブルヘイム』

 

  広範囲を氷の世界で埋め尽くす巨大術式。威力が高すぎるせいで、相手が近くにいると自分も巻き込んでダメージを負ってしまう。

 

  総合戦闘能力:10万

  攻撃力:B

  戦闘技術:B

  筋力:D

  耐久:E

  敏捷:C

  神秘力:S

  術式:A

  対神秘力:B

  幸運:A

  カリスマ:F

 

 

  ♦︎(あやかし)早奈

 

  西行妖に取り憑き、春雪異変を起こした張本人。その正体はとある守谷神社の風祝が暴走し、亡霊となったもの。

  楼夢に激しい恋をしており、彼を手にするためならば手段は選ばない。昔楼夢を殺害した際に楼夢の妖力を吸収しており、春雪異変時には伝説の大妖怪として復活した。

  【呪いを操る程度の能力】を持つ。現在は楼夢の妖魔刀『妖桜(あやかしざくら)』として彼に付き従っている。

 

  総合戦闘能力:150万

  攻撃力:EX5

  戦闘技術:EX

  筋力:A

  耐久:S

  敏捷:S

  神秘力:EX3

  術式:EX4

  対神秘力:A

  幸運:C

  カリスマ:C

 

 

【ここから先の今後の主要人物たちは原作の設定とほぼ変わらないため、総合戦闘能力だけしか書きません】

 

 

  ♦︎博麗霊夢:総合戦闘能力15万

 

  ♦︎霧雨魔理沙:総合戦闘能力2万

 

  ♦︎十六夜咲夜:総合戦闘能力5万

 

  ♦︎レミリア・スカーレット:総合戦闘能力10万

 

  ♦︎フランドール・スカーレット:総合戦闘能力10万

 

  ♦︎魂魄妖夢:総合戦闘能力5万

 

  ♦︎西行寺幽々子:総合戦闘能力10万

 

  ♦︎八雲藍:総合戦闘能力8万



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プロローグ:超古代都市と蛇狐編
蛇狐の目覚め


終わるという事は始まるという事


 

 

「……知らない天井だ。いや天井なんてないか」

 

とある森の中、彼はそう言い立ち上がる。

通常人はベットの中で寝る。だから一般人が聞いたら「こいつはホームレスなのか?」と思ってしまうだろう。

だが彼にはちゃんとした家がある。じゃあなんでそんなとこに居るのか?

「知らんな」とまあ巫山戯るのもやめよう。

 

現在、彼は森の中に居る。

しかし妙だ。

彼の記憶の中では、彼の家の近くにも森があるが此処は見たこともない場所だ。

それに生えている木も彼にとって見たことないものだった。

では一体此処は何処なのだろう?

 

取り敢えず情報整理だ、彼は頭の中で結論づける。

 

「話をしよう。あれは今から……何年前だっけ?まあいい取り敢えずあれは昨日のことだった」

 

まず彼の名は白咲楼夢(しらさきろうむ)、大学生だ。

でなんで彼はこんな所に居るのか?

楼夢は思い出す。記憶が確かなら、自分は拳銃で撃たれて死んだそうだ。

じゃあなぜ自分は生きているんだ?

その答えは後回しに、今の話を聞いて人は「はっ?その年で厨二病は無いだろ」と思うかもしれない。

しかし残念ながらこれは過去の事実なのだ。

できることなら今現実逃避したい。

 

「そして現在に至るわけだ。うん訳わかんない。笑っちゃうね、あははははっ」

 

現状の意味不明さに思わず乾いた笑みを浮かべる。

取り敢えず身体の確認でもしよう。

楼夢の身長は170cm位だ。これは死ぬ前と変わってない。

そして次は服だ。

何故か黒で統一された巫女服を着ていた。

しかも何故か脇の部分が無い。

これ冬どうしろってんだよ。しかもこんな格好で外歩けるか! と、心の中で叫び声に似たクレームをつけるが、返事を返してくれる者はいない。その事実がさらに楼夢のSAN値をガリガリ削る。

ちなみに袖の部分は紐で縛られていた。無駄に準備がいい。そしてなんかもう泣きたい。

 

他には、と辺りのものをガサガサと漁る。すると彼の手に何か触れたような感触があった。

 

「……なんでこんな物が?」

 

そこには長い日本刀が有った。外見は刀身、鍔、柄全てが黒く染まっている。

そしてそれを楼夢は既に前世の知識で知っていた。

 

「……って、これ黒月夜(クロズクヨミ)じゃねーか!?」

 

黒月夜とは楼夢がその師父から譲り受けた彼の家の家宝だ。ちなみに切れ味はそこらの刀とじゃ比べ物にならないほど鋭い。

それは実際それを扱っていた楼夢が一番よく知っていた。

そんな刀を持っている楼夢はよく危険人物として注意されていた。

楼夢自身も不本意で使ってしまって注意されているのだが、ここでは何が起きるかわからないため腰につけておく。

 

しばらくして楼夢は次のおかしい点に気づいた。

それに気づいたのは彼がちょうど喉を渇かせたころだ。

意識をすると、水の音がはっきりと耳に入ってくるのだ。しかし辺りを見渡しても川などどこにもない。

 

おかしい、楼夢は瞬時に判断する。人間の耳は普通目に見えないほど遠くにある川の音を聞くことはできない。

なのに遠くの水の音が聞こえる…だと…?

 

「これは罠だ!!」

 

そんな訳もなく、楼夢は気になった方向へ移動する。

 

 

 

少年移動中…...。

 

 

 

 

 

水が見える所まで来た。

取り敢えず水飲むついでに顔を覗く。そこには

 

 

「嘘だ!!」

 

水面に何かが写った。そこにはーーーー

 

 

 

 

 

 

ーーーー桃色の髪をした美少女と、さらには金色の狐耳が有った。




初投稿です。今後もゆっくり投稿していこうと思います。


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桃色の蛇狐の身体調査

出会いは偶然別れは運命


by白咲楼夢


 

 

「はぁっ……」

 

楼夢は現在現実逃避したい気分であった。

それも仕方のないことである。

水面に映る美女の正体が自分自身だった気分など、男であった彼にとっては簡単に受け入れられないものであった。

 

「神様……。俺なんか悪いことしたっけ?……いや、よく考えれば悪いことめっちゃしてないか、俺?」

 

考えれば日常生活で銃弾を撃たれて死んだような人間である。そんな彼が犯した行為など、いくらでもある。

まあいいと、取り敢えず新たな人生を得た事に今は感謝した。

 

「取り敢えず現状整理っと」

 

今の楼夢の姿は腰まである桃色の髪と瑠璃色の瞳、さらに顔は美形である。

ちなみに気づいてはいないが楼夢は元々美形だ。そう歩くたびにナンパされる程に。

なので現代では「命懸けてぇぇぇ!」髪を短髪にしていた。最も彼の水準でいえば、であったが。

そして現在の彼の姿は

 

髪長い+桃色の髪+狐耳+瑠璃色の瞳+美形+何故か脇が無い巫女服=

 

「女じゃねーか!おのれ謀ったな公明ぇぇぇ!!」

 

八つ当たりで近くの木を蹴る。すると、木が根本から見事にへし折れた。

 

「へっ?……ナァニコレ?」

 

あらやだ俺はいつから筋肉がこんなに多くなったのだろうと思い、腕を凝視する。

するとそこには転生前よりも細くなった美しい腕があった。

ちなみに何度もいうが楼夢は男だ。そこについてはちゃんと確認してある。

本日何回目になるか分からないため息を吐く。

 

「取り敢えず座ろう」

 

そう言えば気になった事がある。

楼夢には狐耳がある。

だったら尻尾もあるのではないか?だとしたら嬉しい。なぜなら楼夢は狐が大好きだからである。

だから期待して後ろを振り向く。すると

 

「シャアアーッ!!」

 

「ギャァァァァッ!?マジふざけんな!」

 

そこには蛇のような尻尾があった。なるほど。この世界では全てが俺の都合が悪い様に出来ているみたいだ。畜生め。

 

「ハァァ……」

 

楼夢はまた落ち込む。

狐の尻尾なら分かるけどなんで蛇の尻尾なんだ?

あれか?うちの家で祭っている神様が蛇だからか?

だとしたらとんだ迷惑だ。軽く傷つくよ。

 

 

...取り敢えず走ろう。

何故か最終的に、その結論に至った。

そう言えばなんか体が軽いような気がする。もしかしてと思い、楼夢は地を蹴り走り出した。

 

次の瞬間。楼夢は人間では出せないような速度で走っている事に気がつく。

 

「うわ、速い」

 

そう思いながら楼夢は走る。フフフ、なんだか楽しくなってきた。

 

「全☆速☆前☆進だ!!!」

 

そう叫びながら楼夢は何処かに走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の名は八意(やごころ)永琳(えいりん)。都市の頭脳と呼ばれている。

現在私は此処に生えている薬草を取るため森に来ている。

 

「はぁ……。たまには面白い事が無いかしら」

 

そう言いながら私は奥に進む。

まあ私に暇なんて無い。

ただでさえ人妖で争っているのに私に暇が出来たらそれは奇跡だ。

 

「まあ私に暇なんて要らないかな」

 

そう言いながら私は歌を歌いだす。

 

ある~ひ、森の中~、くまさんに~

 

「出会った」

 

しまった。

何私は自分でフラグ建てて自分で回収しているのだろう。

そう思いながら私は弓を取り出す。しかしここで新たな問題が発生した。

 

「…...矢が…...無い」

 

そう呟いた瞬間。私は熊の様な妖怪の爪で足を切られた。

 

「キャアアア!!」

 

一撃は足だけですんだお陰で私は辛うじて生きている。しかし二撃目が来る。

 

「(....体が....動かない)」

 

私は一撃目を足に受けたせいで立てないでいた。

 

「.......もう.......駄目」

 

私は目を閉じた。

熊の無慈悲な一撃が私の体に突き刺さろうとした瞬間。

 

ザシュ

 

私は目を開きそこで見た光景に驚いた。そこには

 

「アンタ、大丈夫か?」

 

桃色の髪をした妖怪が私を守っている光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2話目更新!!!
では皆さん次回も見てね。


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熊と蛇狐と初戦闘

獣に対して説得は無謀だ
なぜなら 獣から逃れる術は
その戦闘本能を打ち殺すより他はないからだ


by白咲楼夢


 

 

オッスみんなオラ楼夢。

現在熊に襲われていた女性を助ける為に戦闘中だ。ちなみに性的な意味はではない。

どうしてこうなったのかは十分前に遡る......

 

 

 

 

 

しばらく前、走り疲れた楼夢は気分を紛らわすため歌を歌いながら森の出口を探していた。

 

「ていうか此処本当に広いな」

 

そう呟きながら楼夢は歩く。

 

ある~ひ、森の中~、熊さんに~

 

「出会った」

 

何やってんだろう俺。

自分でフラグ建ててちゃっかり回収しちゃっているし。馬鹿だろ。

そう思いながら辺りを見回す。すると…...

 

「ん、あれは......女性!?」

 

そう、そこには女性が居た。

足には熊に切り裂かれたであろう傷跡がある。

そしてその傷のせいで立てないでいた。

あのままでは殺されてしまうだろう。

 

「マズイ!」

 

俺は黒月夜を抜き熊の背中を切り裂いた......

 

 

 

 

 

 

......で今に至る。取り敢えず楼夢は女性に話しかけた。

 

「アンタ、大丈夫か?」

「え、ええ」

 

彼女は驚いた様な顔で言った。まあ当然だろう。彼の様な人外が目の前に居たら。

とりあえずこれには慣れるしかないな。

そして今の彼女の状態は「大丈夫じゃない。問題だ」という所だろう。傷口を見ればとても歩けるような状態ではない。

 

刀を構え熊を見る。

巨体は三メートル程で何よりも気になるのは鋭い爪と殺す気マンマンな目だ。

おかしい。楼夢は師父と一緒に数多くの熊を狩っていたが、ここまで巨大で狂気染みた目をしているのは初めてだ。

 

「最初は様子見でもしようかな?」

「グルルルル」

 

熊は低く唸る。そして......

 

「ガアア!」

 

その鋭い爪を振りかざした。

それを楼夢はジャストで避けて熊に接近する。だがそれを見越していたかのように、楼夢は熊に蹴られ吹き飛ばされた。

 

木の幹にぶつかり、崩れ落ちる。

幸い、骨折はして無いようだ。

この時だけ楼夢は丈夫な体に感謝した。それより

 

「熊が足使うなんて見た事も聞いたこともないんだが?」

 

楼夢は奴の認識を間違えていた様だ。

奴は熊なんかじゃない。本当の化物(モンスター)だ。

それに気づき覚悟を決める。

 

熊は次に右腕を振り下ろしてきた。

 

それを紙一重で躱し、後ろに後退する。

熊は自分の鋭い爪が地面に突き刺さり動けないようだ。

 

「馬鹿だろアイツ。まあいい、テメエの弱点は理解した」

 

見せてやる。俺の剣術......

 

 

 

 

狂華閃(きょうかせん)を......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今私は目の前の珍しい光景に驚いている。

それもその筈、人間を命懸けで助けようとしている妖怪など今まで見た事もないからだ。

私が驚いていると

 

「アンタ、大丈夫か?」

 

と聞かれた。私はその妖怪の顔を見る。

髪は桃色で長さは腰まである。

そして金色の獣耳に蛇の尻尾を持っている。

瞳の色は瑠璃色で脇の部分が無い巫女服?を着ている。

体は全体的に細身で顔は驚く程整っている。

だが胸は物凄く小さいようだ。可哀想に。たまに美女なのに胸に恵まれていない子って居るわよね。

おっと、どうやら話が少し脱線していた。

取り敢えず今は彼女に任せよう。

私は現在戦闘不能だし彼女の実力を知りたい。

彼女は刀を構え直した。

 

「ガアア!!」

 

熊はその凶器にも似た爪を振りかざす。

彼女はそれを避けて熊に急接近する。

どうやら彼女は力より速さ重視の戦闘スタイルのようだ。だが......

 

ドゴッ

 

「グアッ!!」

 

彼女は熊に蹴られ吹き飛ばされた。

人間だったら骨折するほどの威力だが彼女は大丈夫そうだ。そして......

 

ゴオッ

 

熊は止めと言わんばかりに右腕を振り下ろす。

彼女は間一髪で躱した。

一方熊の方は振り下ろした爪が地面に突き刺さり動けないようだ。

どうやら知能は低いようだ。

 

私は彼女を見る。

瞬間、彼女は私の目先から消えた。

否、正確には彼女は既に熊の懐に潜り込んでいた。

だが熊はその左腕を振り下ろしていた。そして爪が彼女を突き刺す瞬間...

 

ザシュッ

 

彼女は振り下ろされた左腕を綺麗に切り落としていた。

一見簡単そうに見えるが迫り来る攻撃を見切り正確に四肢を切り落とす。

これには膨大な量の集中力とスピードを必要とされる。それは彼女が只者ではない証拠だ。

 

「グガアアア!!」

 

熊は腕の痛みで叫び声を上げ、残る右腕を振り下ろした。

 

この瞬間私は熊の妖怪の弱点に気が付く。

 

熊の妖怪は基本的にその鋭い爪をフルスウィングで振り下ろす。

確かに当たれば致命傷になるだろう。

だが全ての攻撃がフルスウィングという事は攻撃の後には無防備になるということ。

そして彼女はスピード型だ。

熊の大振りな一撃を避けるなど容易い。

 

ズシャッ ザシュ

 

彼女は熊の右腕ごと切り落とした。

その速さは神速というより他無いだろう。

 

「ギャアアア!!」

 

熊は叫び声にもならない声を上げて動きが鈍くなる。

もちろん彼女はこの瞬間を見逃さない。

 

ドシャッ ザシュ ズシャ

 

彼女は熊の腹に回転切りを三回繰り出した。その様はまるで戦いの中で踊っているようだ。

 

「ガアアア!!」

 

熊は悲鳴を上げ後ろに後退する。しかし......

 

ドシュッ

 

熊の心臓を黒い何かが貫いた。

それは彼女が持つ黒い刀だった。

熊の妖怪はそのまま力無く倒れる。

 

ふと私は彼女を見る。

彼女の顔は大量の返り血で紅く染まっていた。

 

 

 

 

 




三話投稿。
いやー今回長かった。
というわけで次回もお楽しみに。


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桃色の蛇狐と都市の頭脳

人は限りある寿命の中で醜く生きる
だからこそ美しい

by白咲楼夢


 

 

現在楼夢は顔についた血を拭いている最中だった。

彼の家に伝わる剣術《狂華閃》。名前がちょっと中二病ぽいのが玉に傷だ。

彼の師父は気に入っているが

 

速さ重視の剣術で主に相手の急所を狙い切るなかなかエグイ剣術だ。

そして楼夢の場合は主に独自で身につけた回転切りなどを多用する。

何故かって?真正面に踏み止まって攻撃するより流れに身を任せ攻撃した方がより速く切る事が出来る様になると楼夢は思っているからだ。

ちなみに裏で酔わないように努力して来た事は秘密だ。

 

この剣術は主に洞察力とスピードが必要不可欠になって来る。

楼夢が使える様になったのは剣術を初めて五年後だ。師父と戦ってボコボコにされた記憶が懐かしい。

話が見事に脱線したが、とりあえず女性に声をかける。

 

「無事か?」

 

女性の容姿は銀髪の三つ編みの髪。

左右で赤と青に分かれている服とロングスカートを着ている。そして何より

 

「(綺麗な人だな)」

 

そう現代では滅多に見れない程美形なのだ。

正直言ってそこらの男が見とれてしまう程である。……道行く時々にナンパされる楼夢が言えたことではないが。

この人もある意味苦労してそうだな、と気持ちが分かる楼夢は少し同情する。

 

「ええ大丈夫よ」

 

女性は立ち上がろうと足に力を込める。だが

 

「ッ!?...... 痛ッ」

 

見たところどうやら右足が骨折しているようだ。取り敢えず血を止めるのが最優先だ。辺りに何か使えそうなものを探す。だが当然楼夢はここに来たばかりであるし、女性も何か持っているようには思えない。

ふと楼夢は自分の巫女服を見つめる。

ただでさえ脇が無くて寒いのにこれ以上破ると風邪を引いてしまいそうだ。

だがそれ以外ないので、楼夢は右腕の巫女服の袖の様な物を縛っている紐を解く。

そして袖の布で彼女の怪我の応急処置をする。

 

「少し聞きたいわ。何故私を助けるの?」

 

「いや死にかけている人が居るのに見て見ぬ振りが出来る?」

 

「そうじゃなくて何故妖怪が人間を助けているの?」

 

その質問に対して楼夢は......

 

「妖怪?何それ美味しいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖怪?何それ美味しいの?」

 

私はこの応えに対して驚いた。

 

「貴女......巫山戯てるのかしら?」

 

「いや結構真面目に。妖怪って何なの?」

 

驚いた。妖怪を知らないとなると生まれたてか?だが彼女はやけに戦闘慣れしている。

 

「貴女何者?」

 

「いや死んだと思ったら人外として生まれ変わって森の中に居た者だよ」

 

私は更に驚く。何故なら本来妖怪は人の恐怖によって産まれる。なのに彼女は元人間しかも前世の記憶を引き継いでいるからだ。

 

「まあいいわ。取り敢えず助けてくれてありがとう。えーと貴女名前は?」

 

「おっと申し遅れたな。俺の名前は白咲楼夢。ただのしがない妖怪?になるな。あと俺男なんだが」

 

「今なんて?」

 

「いやだから俺は男だって」

 

「......ええ!!」

 

「え、ちょっと酷くね。軽く傷つくんだが」

 

「いやその顔と服で男って多分誰も信じないわよ」

 

ピチューン

 

あ、気絶した。取り敢えず起きるまで待とうかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ。って天井なんてないってのに」

 

楼夢は起きて立とうとする。すると

 

「あら起きたかしら」

 

近くの岩に永琳が微笑みながら座っていた。

 

「えーと俺は何で気絶していたんだっけ?」

 

「私が貴方が男という事に驚いていたら勝手に気絶したわ」

 

と答えられた。取り敢えず謝っとこう。

 

「何か悪かったな」

 

「いやいいわよ。それより貴方行くあてあるの?」

 

行くあてか。当然ながら楼夢にはそんなもの無い。だったら永琳に付いていった方が良さそうだ。

それだったら森から出れそうだし。

 

「永琳に付いて行こうと思っている」

 

「だっ、駄目よ。都市の連中は穢れを嫌っているわ」

 

「穢れって何?」

 

「穢れというのは生物が殺し合った時に生まれる物よ。それのせいで最近人間にも寿命が出来たわ」

 

「いや生物には寿命が有るのが普通だろ。それに穢れを無くす方法なんて世界中の生物を消し去る以外ないと思うぞ。

そして生物は生き残る為に殺し合うんだ。それは変わることのない自然のルールだ。人が獣を食すのと同じで妖怪が人を食すのは生き残る為だ。まあわざわざ死んでやる義理もないけどな」

 

「生き残る為、ね」

 

永琳は何処か納得いかない表情だった。

まあ今日出会った妖怪にいきなりそんなこと言われたら誰だって納得いかないだろう。

 

「取り敢えずまずは貴方の耳と尻尾をどうにかしなくちゃね。

そのままでは都市に入る事すら出来ないからね」

 

「それはそれでどうやって?」

 

「そこは頑張って。私変化の術なんて使った事もないから」

 

無茶言うなと、内心苦情を漏らす。そんなことがポンポン出来たらだれも苦労しない。

そういやこの姿で耳と尻尾を取ったらどうなるんだろう。

そんな疑問を元に、今の姿の耳と尻尾が取れた姿を想像する。すると......

 

バフン

 

楼夢の姿は煙に包まれた。そして次に姿を現した時には

 

「に、人間になってる」

 

人間の姿をした楼夢がそこに居た。

 




投稿終了。
今回は永琳と楼夢さんのこの世界についての話でした。
そして私の投稿時間が親が寝ているしかないというのが非常に辛い。毎回あくびをかきながら書いています(笑)
ではでは次回もお楽しみに。


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蛇狐と超古代都市

都会は嫌いだ。


by白咲楼夢


 

 

「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ。

俺は人間の姿になろうと頑張っていた。

そしたら煙が出てきて気がついたら人間の姿になっていた。な…何を言っているのか分からねーと思うが俺も何をしたのか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった…。催眠術だとか超スピードだとかチャチなもんじゃ断じてねえ。…もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ…」

 

「何現実逃避をしているのよ」

 

「しゃーないだろ。俺だって何故出来たのか分からないんだもん」

 

…と若干拍子抜けと楼夢は永琳に言う。

実際楼夢はただ自分の人間の姿をイメージしただけなのだ。これだけでできるのならば誰だってできる。永琳ならわかるかな?

 

「分かるわけ無いじゃない。私は人間だから変化の術どころか妖術すら使えないわよ」

 

ちっ、使えなゴホンゴホン仕方無いな。

とりあえず先程から睨みつけている永琳に、楼夢は心の中で恐怖を感じていた。

 

「あら、貴方今使えないって思ったわよね」

 

何故分かるんだよ何この人。

焦っている自分の心を落ち着かせながら、楼夢は誤魔化す。

 

「い、いやそんなこと思って無いよ」

 

「顔でバレバレよ。それより私の何処が怖いのかしら?」

 

「え、ちょっと待って話をしましょうよ」

 

「死になさい」

 

「嫌だぁぁぁ!!あとセリフ怖えぇぇぇ!!」

 

ピチューン

 

その叫びと同時に、風を切る音が一つ。

永琳の渾身の右ストレートが、アゴを見事に捉え、楼夢は意識を手放した……。

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ。……って何回目だよ。」

 

気がつくと楼夢はまた地面に寝ていた。

そろそろこのセリフ言うの飽きたな、と呟きつつ、再び立ち上がる。

 

「やっと起きたわね」

 

目の前には楼夢を物凄い力で殴った永琳が、悪魔の様な微笑みを彼に向けていた。

 

「取り敢えず変化の術が切れる前に都市に行きましょう」

 

それについては同意見、と目で楼夢は答える。

そして、楼夢は先を歩く永琳の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお!八意様よくぞご無事で……そこの女性は?」

 

「森で過ごしていた人間よ。私が保護してきたわ」

 

「俺の名は白咲楼夢。ただのしがない人間だ。あと俺は男だ」

 

「ええっ!?」

 

永琳同様門番は楼夢のその答えに驚いていた。殴りたい、その顔。

そんな邪気を心の中で抑えつつ、楼夢は門を通り抜け都市の中へ入った。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい俺はいつの間に未来都市に来ているんだよ」

 

それが、この都市に入っての楼夢の第一声だった。

そう、その先には空飛ぶ車に高層ビルが何個も建っていた。

しかも聞けばこれ全て永琳が科学技術を進化させていったお陰であるという。

もしかして自分はとんでもない人を助けてしまったのかもしれない、と若干後悔に満ちながら、その先を歩く。

 

「凄いでしょ。ちなみにあっちの一番大きな建物には月夜見様がいるわ」

 

「月夜見様?」

 

「そう。この都市をまとめている神様よ」

 

「え、神まで居るの?」

 

「ええ、どうやら貴方の世界にはいないようね」

 

当たり前だ、と楼夢は内心答える。

 

楼夢の居た世界には妖怪や神のような非科学的な物は存在しない。

前世の職務は神社関係であった楼夢でさえ、神様など見たことないのだ。ちなみにそれ以外のものなら見たことがあるのは、余談だ。

 

そして先を進もうとして、永琳の言葉が頭によぎる。

 

(待てよ、今月夜見って言わなかったっけ?)

 

楼夢の記憶によれば月夜見は日本の昔の有名な神の一人だった。

そこで一つの結論に至る。もしかしてここは過去の世界ではないのだろうか?だがそうすると一つ疑問が残る。

なぜこの都市は歴史から消えているのだろうか?

だが、それはいずれ分かることだ、と思考を切り替える。

 

取り敢えず楼夢は永琳と一緒に都市の中を歩く。

最初は見たこともない奴が居るから多少は警戒されていると楼夢は思った。だが

 

(八意様今日も可愛ええ)

(美女二人ktkr)

(桃髪の少女クンカクンカ)

(うおおお八意様の隣に居る少女犯したい)

 

野次馬共が楼夢たちを見て興奮していた。

というか最後の人物に関しては絶対危険人物だろ、と永琳に告げるとすぐに通報された。

楼夢は狐、つまり犬科の妖怪なので彼等が何を言っているのか聞き取れるのだ。

 

楼夢は永琳を見る。彼女はどうやらあまり気にしてないようだ。

 

「さあ着いたわよ」

 

「えーと此処は?」

 

「私の家よ。ちょっと広すぎるけど」

 

楼夢は永琳の家、もとい屋敷を見上げる。

それはとても家で収まるようなレベルじゃない物件であったが、永琳は都市の中でも権力者なんだからこれくらいの家を持っていても不思議ではない、と楼夢は結露づけた。

 

「だがどうして永琳の家に?」

 

「どうせ貴方行くあてなんか無いでしょう?」

 

「当たり前だ」

 

「だから貴方は此処に泊まって行きなさい」

 

「……へっ、今なんて?」

 

何かおかしな答えが聞こえた気がする、と思考停止させる。

流石にいくらなんでも異性どうしが同じ家で暮らすなど、楼夢には耐えきれなかった。

 

「Da☆Ka☆Ra貴方は此処に泊まって行きなさいと言っているの」

 

「……ハアッ!?」

 

「ああ大丈夫よ。道場とかなら貸してあげるから」

 

「ちょっと待っていくらなんでも女性の人と……ああっ、ちょっと待って!」

 

楼夢は強制的に永琳に引っ張られ家の中に入る。

そして楼夢は永琳の助手として此処で暮らして行く事になる……。

 

 

 




いや~疲れた。ちなみに作者は投稿日にやっとルピの書き方を覚える事が出来ました。
ではでは次回も見てください。


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蛇狐の能力と開花

能力とは所有者の本能を映す鏡だ。


by白咲楼夢


 

 

永琳の助手として此処で暮らしてから軽く2ヶ月の時が流れた。

 

まず、楼夢はこの都市で暮らして分かった事があった。

それはこの世界にはまだ狐が存在しない事だ。

永琳に自分の種族を告げたところ「狐って何かしら?」と言われた。

つまり楼夢は世界最古の狐という事になる。

まあ狐の先祖が蛇の様な尻尾を持っている時点でいろいろ問題があるだろうが。

 

まあそんなこんなで現在永琳のに居る。

 

「永琳、オレンジジュース取って」

 

「はい、どうぞ」

 

楼夢は永琳に渡して貰ったオレンジジュースをコップに注ぐ。

だがこうもこの都市の科学技術が進み過ぎているとわざわざコップを手に持って飲むのは面倒だと思ってしまう。

楼夢は思わずBL●ACHの銀城が手も使わずにオレンジジュースを飲んだ時を思い浮かべた。

自分も完現術(フルブリング)が使えたらなと思っていると、永琳が目を丸くしながら訪ねた。

 

「貴方……今どうやってオレンジジュースを飲んだの?」

 

「へっ?」

 

そこでことの異常性を理解する。楼夢の口に、突如オレンジジュースが突っ込んできたのだ。それを楼夢は無意識に飲み干していたのだ。

意味不明だと思うが、実際のところ楼夢もよくわかっていない。

オレンジジュースは物であって生物ではないのだ。

ではどういう原理で動いたのか。

 

「いやオレンジジュースが勝手に口の中に入って来る所を想像しただけだが」

 

「......」

 

とりあえず現状を永琳に伝える。すると彼女はは楼夢の言った事に対して真剣に考え始めた。そして

 

「多分、それは【能力】ね」

 

「能力?」

 

楼夢はこの世界に来て初めて聞く単語に首を傾げる。

 

「そう。本来は妖怪が持っている物だけどたまに人間が持っているわ。

特徴としては一人一人別々の能力を持っている事ね。ちなみに私の能力は【ありとあらゆる薬を造る程度の能力】ね。まあ私の場合は材料と知識が必要なんだけどね」

 

「わーお、めっちゃ物騒な能力だな」

 

それを聞いて永琳のアイアンクローが顔にめり込む。

しばらくして開放され、楼夢は永琳の説明を聞いて疑問に思った事を聞いてみた。

 

「なんで【程度の能力】なんだ」

 

「さあ?気がついたら誰かがそう呼んでいたわ。ちなみに貴方にもそういう物があるって事」

 

「どうやったら分かるんだ?」

 

「目を瞑って心を無にしなさい。それくらい出来る......わよね?」

 

「おいおい俺を誰だと思っている。一応剣術を扱ってんだぞ。精神統一くらい五時間以上出来るわ」

 

そう言い楼夢は精神を統一する。

そういえば楼夢が蛇狐の姿から人間の姿になる時もその姿を想像したら出来たはずだ。

……おっ、出て来た。なんて書いてあるんだろう。

 

「えーとなになに、【形を操る程度の能力】?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「【形を操る程度の能力】?イマイチピンと来ないな」

 

そう首を傾げながら楼夢は永琳を見る。だが永琳は

 

「……チートね」

 

どうやらどういう能力か分かる様だ。

 

「まず形を操るという事は全ての物を操る事が出来るという事。例えば此処にある木材等は勿論、火や水や風などという物まで操れるわ」

 

「何そのチート能力。呆れる程凄いじゃん」

 

実際そうだ。全ての物には形と言う物がある。

それを操るという事はほぼ全ての物を操るという事に等しい。

 

「まあ物は試しよ。今から道場にでも行って試してみましょう」

 

楼夢は永琳と一緒に道場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、まずはこの鉄の形を操ってみて。」

 

楼夢は言われるがままに鉄の塊に触れて形を操ろうとする。

こういう物は剣にした方がやりやすそうだ。

楼夢は剣の形を想像する。

 

バシュッ

 

「出来たわね」

 

あらまぁー何と言う事でしょう、とどこかの料理番組のように内心思う。

洋風の剣をイメージしたらロ●の剣が出来てしまった。

ところでロ●の剣をご存知だろうか?ド●クエの伝説の勇者ロ●が持っていた剣で別名王者の剣と言われる程切れ味が鋭い。

その秘密は刀身が伝説の金属オリハルコンで出来ているのが理由である。

そこまで思考して、話を止める。どうやら話が脱線し過ぎた様だ。

間違えてド●クエの歴史について熱く語ってしまう所だったと、深く反省する。

取り敢えず楼夢の目の前にはそのロ●の剣が出来ていたのだ。

 

「中々良いデザインね。」

 

パクリ何だけどね永琳。

だが楼夢は日本刀しか扱った事が無いのでロ●の剣の出番はおそらくもうないだろう。

というかこの能力あれば鍛冶師はもういらないじゃん。哀れ、この世の鍛冶市。

 

「そう言えば貴方ちょっと疲れた様な気がしない?」

 

「そう言えばちょっと疲れた気がする。でもなんでだ?」

 

「それは貴方にある妖力が使われたからよ」

 

「妖力?何それ?」

 

「妖怪が持っている力の事よ。基本的にこれを使って戦うみたいよ。ちなみに人間が持つ力が霊力。神が持つ力は神力と言うのよ。だけど貴方には霊力もあるのが不思議ね」

 

「それは俺が元人間だったからじゃないか?」

 

そう言い楼夢は修行を開始する。




ふー何時も1500文字以上書くの疲れる。
そして今回は楼夢さんの能力についてでしたね。
ちなみに作者はド●クエオタクです
ロ●の剣は何時か出ると思います。
それでは次回もゆっくり待って下さい


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形を司る蛇狐と二度目の戦闘


臭いものには蓋を

キモイものには消毒を


by白咲楼夢


 

 

楼夢が能力について学んでから軽く一年が過ぎた。

 

最近展開が早過ぎる気がするがとりあえず気にしない。

 

その間楼夢は修行したり銭湯に行ったりしてた。

楼夢は三ヶ月に一回は行くほど銭湯が大好きなのだ。

......実際この姿でなければもっとゆっくり出来るのに、と愚痴を漏らす。楼夢を見た男達が鼻血出しているのを見た時は全員皆殺しにしようかとも思った事がある。

 

そして楼夢の永琳の助手としての仕事は主に二つある。一つ目は

 

「あら楼夢ちょうどいい時に。今薬の試作品が出来た所よ」

 

そう薬の実験台になる事だ。

実際のところ、永琳は楼夢を実験台にするためだけに彼を助手にしていると言っても過言ではない。

 

「はい、じゃあ頑張ってね」

 

永琳に渡された薬を見る。

色は血の様な朱色で泡が物凄くブクブクしている。

アカン永琳これ駄目な奴だ。

楼夢の本能がそう告げていた。

 

「ちなみに拒否権は?」

 

「勿論ある訳無いじゃない」

 

「デスヨネー」

 

ヤケになりながら、薬を飲んだ。

ええい、ままよ!

 

「グッ......グガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 

突如、俺の頭に人間だったらショック死してしまう程の激痛が走る。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 

「ちょっと、楼夢大丈夫!?」

 

永琳は驚いた様な声で聞く。

どうやらこのことは彼女にとっても予想外だった様だ。

 

「......ハアッ、ハアッ」

 

楼夢は激痛に打ち勝ち地面に倒れていた。

取り敢えず楼夢は自分がどうなったか鏡を覗き込む。

すると楼夢の左目の白目の部分が黒で染まっていた。ちなみに黒目の部分も真紅に変わっていた。

 

「と、取り敢えず水飲む?......キャアッ!?」

 

永琳は急いだため、床に躓いて転んだ。

 

水入りのコップが楼夢に飛んで来る。

だが楼夢には何故かコップがスローモーションに飛んで来ている様に見えた。

楼夢はコップを右に避ける。

 

「あ、危なかったわ」

 

「それよりコップがスローモーションに見えたんだが。永琳何故か分かる?」

 

「スローモーションに?」

 

永琳はしばらく何か考えたと思うと、BB弾が入ったスナイパーライフルを構える。え、ちょっと待て。

 

パアン

 

永琳はBB弾を発射した。しかし何故かそれは目で追える速度に見える。俺は黒月夜を引き抜き弾を斬る。

 

「やっぱりね」

 

「いやなに人で納得してんだよ。謝罪の言葉は?」

 

「取り敢えず貴方の左目が黒い時は洞察力が上がっている様ね。だけど使っている間は妖力をかなり消費する。そうでしょ」

 

「無視すか」

 

「はい、じゃあ次の仕事」

 

「今日は薬は勘弁してくれ」

 

楼夢は左目を元に戻し、そう言った。だが仕事は別件だった。

 

「いや今度は妖怪退治をお願いしようかと」

 

「またかよ」

 

そう、二つ目の仕事は軍が退治出来なかった妖怪を退治することだ。

 

「グダグダ言ってないでこれ持って行きなさい」

 

楼夢は永琳から目的地の場所が書いてある紙を貰い目的地を目指す。

 

 

 

 

少年?移動中......。

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処か」

 

楼夢は湖のそばで目標を探していた。確か情報では巨大な大蛇だとか。

 

「キシャーー!!」

 

「来たか」

 

楼夢大蛇を見る。大きさは二m程だ。そして何より

 

「ウヒョーー!美女ktkr」

 

うん確かに危険だな。消しておこう。

そう判断すると、楼夢は狐の尻尾と耳を出す。

どうやら楼夢は全部で三つの姿に変わる事が出来る様だ。

その一つの狐の姿、もとい『妖狐状態』は妖術などの遠距離攻撃を得意とする様だ。

 

「ケモ耳美女可愛え~~~!」

 

「......殺す」

 

静かに燃えたぎる殺気をまき散らしながら、距離を取り妖術を使う。

 

「火球『狐火小花(きつねびこばな)』」

 

楼夢は手の平サイズの狐火を八つ作り奴に飛ばす。だが

 

「効くかァ、こんな物!」

 

八つの狐火は大蛇の巨大な尻尾によって消されてしまう。

 

「ハアハア。戦っている姿可愛いよ」

 

「ちい、汚物は消去だ!」

 

俺は狐の姿から狐耳に蛇の様な尻尾の姿もとい『蛇狐状態』になる。

 

「とりあえず三十五回ぐらい死ね!」

 

蛇狐状態になるとどうやら身体能力などが上がるらしい。

それを生かして楼夢はどこからかオラオラオラオラ、と聞こえそうなほど大蛇をぶん殴る。

 

「へっ、ちょっと待っヘブシ!?。ちょちょ止めて!」

 

「君が...死ぬまで...殴るのを止めないッ!」

 

「何この人ッ!?ヘボラ、ゴホッ、グハッ......ちい喰らえ!!」

 

大蛇は楼夢に向けて尻尾を振り下ろす。

だが楼夢は最後の姿……もとい『人間状態』になり攻撃を避ける。

この姿のメリットはスピードが全ての姿の中でも最も速い事だ。

これは普段剣術を扱う楼夢にとって最も使う事となる姿だろう。

 

ちなみに全ての姿にメリットとデメリットはある。妖狐状態は遠距離攻撃の威力が上がる代わりスピードは全ての姿の中で最も低く、腕力は蛇狐状態の次にになる。

まあ常人から見たら滅茶苦茶速い事に代わりは無いが。

 

次に蛇狐状態だ。

これは腕力などの基礎身体能力が全ての姿の中で最も高い代わり、剣術のスピードは人間状態の次に、そして遠距離攻撃が全ての中で最も低いのが問題だ。

 

最後に人間状態。

これは先程も言った通りスピードが全ての中で最も速い代わり、遠距離攻撃は妖狐状態の次に、腕力は全ての中で最も低いのが問題だ。要するに全ての姿を使い分けないと行けない訳だ。

 

「悪いね。お終いだよーーーー

 

 

ーーーー霊刃『森羅万象斬(しんらばんしょうざん)』」

 

ドゴーン

 

刀に青白い霊力を込める。そしてそれを巨大な斬撃にして解き放った。

イメージでは蒼い月牙天衝の様な物だ。

 

「ガハッ!ゲホゲホ……」

 

「ちっまだ生きているのかよ」

 

「まだだ……まだ終わらんよ」

 

「あっそう。燃え尽きろーーーー

ーーーー大火球『大狐火(おおきつねび)』」

 

手の平の上に巨大な球状の炎を形成する。そしてそれを大蛇の上に落とした。

 

「グガァァァァァァッ!!!」

 

大蛇は大狐火によって燃え尽きた。

 

「あ、やべぇ。マジで殺っちまった」

 

そう、今の光景はド●クエ5のボロボロになったパパスをゲマがメ●ゾーマで惨殺したシーンにうり二つなのである。

そうこれは楼夢が能力操作をミスったせいなのだ。

 

「俺の【形を操る程度の能力】もまだまだだな」

 

楼夢はそう呟き都市に帰った。

いやー最初の犠牲者がああいう奴で良かった。

実に清々しい気分である。

 




いや~今回2300文字突破してしまいました。
流石に疲れた。ちなみに犠牲者は作者が美味しく頂きました。さて次回東方キャラが出て来るかも?お楽しみに。


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桃色蛇狐と蓬莱山の姫

人生に保険はかけておくべきだ


by白咲楼夢


 

 

永琳の部屋、その中でなにか駒を打つ音が聞こえる。

現在、白咲楼夢は凄く落ち込んでいた。

え、何故かって?目の前を見れば分かる。

 

「はい、またチェックメイト。これで十回目ね」

 

目の前の天才にチェスでボコボコにされているからだ。

嘘だろと、呟く。現代では無敗だったのに。

ちなみに楼夢はチェス等のテーブルゲームが物凄く大好きだ。

将来の夢はカジノで働く事だった。

楼夢は田舎育ちだったので、そう言う物には憧れた。

 

「畜生、やっぱり都市の頭脳に頭脳で勝負して勝てる訳無かったか……」

 

「いやー、私と遊んでくれる人なんて今までいなかったから楽しかったわよ」

 

「……それっていわゆるボッチじゃ……」

 

そこまで言うと、楼夢の顔にいつかのように右ストレートが飛んできた。

しばらく悶えていると、すぐに立ち上がる。

 

「......そろそろ修行の時間だな」

 

先ほどの発言を誤魔化し、家を出ようとする。

 

修行のお陰で楼夢は火や水などの決まった形が無いものを0から創れる様になった。

更に妖力や霊力で造った武器を大量に飛ばす事等も出来る様になった。

 

「ちょっと待って。今日は貴方に紹介したい人がいるのよ」

 

「紹介したい人?誰だ?」

 

「ふふん。なんと蓬莱山家の姫様よ。私はそこで家庭教師として働いているのよ」

 

「別に良いがなんで俺に紹介したいんだ?」

 

楼夢の情報では、確か蓬莱山家とは有名な貴族だった様な気がする。

なんだか嫌な予感がする……。

 

「貴方は仮にも私の助手なのよ。一度会っていた方が良いかと思って」

 

「成程ね。んで、何時行くんだ?」

 

「今でしょ!」

 

そう永琳は言い楼夢と家を出る。

ネタが古いと、内心思う。

うーん、それにしても貴族の姫様か。イマイチピンと来ないな。

楼夢はそう思い永琳の後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

永琳side

 

楼夢と暮らしてから軽く一年が経とうとしている。

最初は本当に男と知った時は本当に驚いたわ。え、どうやって調べたのかって?

そんな物決まっているじゃない。真夜中に楼夢の下の物をこっそり見たからよ。

そうそう楼夢の物は随分と大きかったわね。

おっと話が少し脱線したわね。

最近では楼夢は狐?と言う動物の姿になって寝る事が多い。

そしてそれをこっそり抱きしめて寝るのが私の日課だ。

あの毛並みを見せ付けられて抱きたくならない人なんて居ないわ。

抱き枕よりモフモフで温かいし。

まあ本人より朝早く起きるし楼夢は気付いて無いみたいだから問題無いけどね。

 

今日私が楼夢を彼女の元に連れていくのは唯単に私の助手だからではない。

最近彼女は暇ばかりしゲームばっかりしている日々だ。

楼夢にはそんな彼女の遊び相手になって貰おう。

まああの顔に殺られなければ良いのだけど。

 

私は心の中でそう思い彼女の屋敷へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処か」

 

楼夢と永琳は現在大きな屋敷の門の前に居た。

永琳は門番に一言挨拶し門を通る。だが楼夢は「何者だ!」などと言われ門番5、6人に絡まれている最中である。

 

「その人は私の助手よ」

 

永琳がそう言った瞬間門番達は下がる。

楼夢は自分が警戒されているのを悟ると、まあ仕方が無いと切り捨てる。

 

(おいおい八意様に助手なんて居たのか?)

(と言うより八意様より綺麗なんじゃないか?)

(いや俺は八意様派だな)

(じゃあ俺は助手派で)

(ウヒョーー美女ktkr)

(ハアハア後で盗撮しに行こう)

 

宣言撤回。警戒心なんて無かった。後でこいつらボコボコにして帰ろうか。

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました八意様。えーとそちらの方は?」

 

「私の助手よ」

 

「そうでしたか。姫様は自室に居ると思うので。では失礼しました」

 

そう言い使用人らしき人はその場から去る。

楼夢はいよいよ姫様との対面に少し緊張していた。

 

「輝夜来たわよ」

 

そう言い永琳は部屋のドアをノックする。名前は輝夜と言うらしい。

 

「入っていいわよ」

 

そう言われ楼夢と永琳は部屋の中へ入る。

 

「よく来たわね永琳。っとそいつは誰かしら?」

 

彼女は楼夢に指を指す。背は低く明らかに高い着物を着ている。そして何より

 

(おいおい、これは人形ですかっての。顔が整いすぎんだろ)

 

そう、彼女の顔は今まで出会った少女では比べ物にならないほど美形なのである。

だが幸いにも楼夢はそっち方面の話には全く興味が無かった。

 

「私の助手ですよ。輝夜」

 

「へー永琳に助手なんか居たんだ。えーと、貴女の名前は?」

 

「俺の名前は白咲楼夢。永琳の助手をしている。後俺は男だ」

 

「寝言は寝てる時に言いなさい」

 

「寝言でもなんでもねえよ。ていうか酷いな」

 

「......マジかよ!!」

 

そう言い彼女は俺の顔をジロジロと見る。

 

「まあいいわ。私の名前は蓬莱山(ほうらいさん)輝夜(かぐや)。楼夢と言ったかしら。少し聞きたい事があるのだけど?」

 

「良いけど、どうした?」

 

「いえ貴方は男なのに私の顔を見ても平気で居られる。何故かしら。」

 

「いや知らんわ。分かるわけねえだろ。ただ俺の美感の問題じゃね?」

 

「ッ!?……仮にも姫である私にその対応……。ふふふ、貴方の事気に入ったわ。そうね......これを貴方にあげるわ。」

 

そう言い彼女は何故か光り輝く金色のブレスレットを楼夢に渡す。

中心には百合の花の様な紋章が刻まれている。

見るからにお高そうな物であった。

 

「ていうかこれ何で出来ているんだ?物凄く光っているけど?」

 

「確か緋緋色金(ヒヒイロカネ)とか言う金属で出来ているわ」

 

「バカ野郎!?伝説の金属無駄使いすんじゃねえ!」

 

「我が蓬莱山の技術は世界一ィィィィ!!」

 

説明しよう。緋緋色金とは日本の伝説の金属である。

ちなみに伝説の金属と言えばオリハルコンだが緋緋色金はそれの別の名という説もある。

 

「取り敢えずそれをあげる代わりにたまに此処に遊びに来なさい」

 

「楼夢これは姫様の命令よ。最低1日に一回は来ること」

 

「それって毎日じゃねーか!......まあ一週間に一回は行くよ」

 

「決まりね」

 

こうして楼夢は一週間に一回此処に来るハメになった。

やったね。面倒事がまた増えるよ。




と言う訳で蓬莱ニートの登場です(笑)
楼夢さんも可哀想ですね。
ちなみに気が付いたら登録者数十人突破してました。皆さんありがとうございます。
さて次回は時間がかなり進みます。
ではバイちゃ。


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形創る蛇狐と月移住計画

形と言う物は創るよりも壊す方が容易い物


by白咲楼夢



 

 

輝夜と知り合ってから軽く数十年の時が流れた。

 

また展開が早く進みすぎている気もするが、そこは置いておこう。

それよりも時の流れとともに楼夢の体にいくつかの変化が訪れた。

 

一つは妖狐状態の時の尻尾が2本になった。

どうやら蛇狐状態の尻尾と妖狐状態の尻尾は別々なようだ。その証拠に蛇の尻尾は一メートル程に大きくなったが尻尾の数は増えなかった。

ちなみに尻尾が成長したお陰で楼夢の妖力の容量が多くなった。

そして尻尾が増えた事を永琳に見せたら、めちゃくちゃモフモフされた。

永琳そんなに俺の尻尾をモフりたかったのかな?

 

二つ目は前に永琳の薬のせいで黒くなった左目の能力と名前が決まった。

あの後気付いたのだが楼夢の左目が黒くなっている時は視点をズーム出来たり普通では見れない様な物が見える様になった。

例を出せば幽霊等である。

更に人や妖怪から出る霊力や妖力等まで見える様になった。

つまりこれを使えば相手の力量等が瞬時に分かるのである。

能力で言えば【ありとあらゆる物を見る程度の能力】という所だ。

名前は血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)と決めた。

厨二病っぽいのは御愛嬌である。

 

そして今都市では一つの話題で盛り上がっていた。

 

「月移住計画?とうとう永琳も可笑しくなったか」

 

「可笑しくなってないわよ。最近穢れが多くなって私達の寿命が短くなったのよ。だから1ヶ月後に行くらしいわよ」

 

「いつの間に造ったんだよ!?」

 

そう、この都市の人間に寿命はない。よって永琳は何時までも若いままなのだ。ちなみに実年齢はこの都市の神である月夜見と同じくらいだそうだ。

そんなことを考えていたらまた殴られた。楼夢の顔面は決してサンドバッグなどではない。

 

閑話休題。話を戻そう。

先ほど言った通りこの都市の人間には寿命がないが、生物が殺し合って生まれる物質『穢れ』が都市に入ると人間には寿命が出来てしまう。

つまり都市の連中は穢れが都市に入る前に穢れが無いという月に行くつもりなのだ。

 

「それで貴方はどうするつもり?」

 

「どうするつもりって?」

 

「だから地上に残るか残らないかよ」

 

そう言えばその事について考えて無かった。

どうしよう、と悩む。楼夢はどちらかと言うと地上が好きだ。だが同時に永琳と輝夜を悲しませるのが怖い。

自分はやっぱり臆病者だなと、内心乾いた笑い声を出す。

 

「......取り敢えず考えさせてくれ」

 

「...分かったわ」

 

そう言い楼夢は科学についての本手に取り、読み始める。

楼夢は永琳の助手をしていたお陰で科学、医学、DNA等についてはかなり詳しくなった。

 

「あ、そう言えば今日は輝夜と会う約束があるんだった」

 

楼夢は本を閉じ、輝夜の屋敷に行く準備をした。

 

 

 

 

 

蛇狐移動中...。

 

 

 

 

 

「フハハハハ!!死ねい!!」

 

「ちょっとアンタ手加減しなさいよ!」

 

「我が辞書に手加減と言う文字は無い!」

 

「畜生め!!!」

 

現在楼夢はス●ブラで輝夜と遊んでいる。

何故この時代にス●ブラがあるのかは知らないが楽しいから良しとしよう。

 

「やっぱス●ブラはカ●ビィだな」

 

「何言ってんのよ。ス●ブラって言ったらリ●クでしょ」

 

そう言い楼夢と輝夜は喧嘩し始める。

 

 

「あっもうこんな時間か。もう帰らなきゃな」

 

「え、もう帰るの?まだ良いじゃない」

 

「すまないな。今日ちょっと用事があるんでな」

 

「そう......分かったわ。また来なさいよ」

 

「ああ」

 

そう言い楼夢は部屋を出る。こんな日々が何時までも続けば良いな......

 

 

 

 

 

 

 

その夜......

 

「よお姉御。調子はどうだ?」

 

「まずはその姉御って言うの止めてくれないか」

 

楼夢は今都市の外れにある森に居た。

何故此処に居るのかと言うと、数年前に此処の妖怪達と知り合い、時々こうして話をしに来ているのだ。

 

「で何の様だ?お前が俺を呼び出すなんて珍しいな?」

 

「......1ヶ月後に都市に付近の妖怪達が一斉攻撃をする様だ」

 

「....でどうした?」

 

「いや姉御はどうするのかって?」

 

「妖怪達が一斉攻撃して来るならそれを止める、ただそれだけだ。でお前達はどうするんだ?」

 

「俺等も都市を攻めろと上から言われているんでな。........すまない」

 

「....いや良い。だが戦場では恨みっ子なしな」

 

「ああ」

 

「じゃあな」

 

楼夢はそう言い森を出る。さて1ヶ月後は大変な事になりそうだ。




今回は短めにしました。
次回人妖大戦編突入。お楽しみに。


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人妖大戦と蛇狐の悩み

人と妖は存在するからこそ互いを恨み
存在するからこそ互いで争う

by白咲楼夢


 

 

月移住計画の続行まであと明日を切った。明日になれば楼夢は永琳達と別れてしまう。

 

「明日の事については決まったかしら?」

 

「ああ」

 

楼夢は永琳にそう告げる。

永琳は何処かホッとした表情だった。

多分彼女は楼夢が自分と一緒に行くと思っているらしい。

だが楼夢はその事を永琳に伝えてはいなかった。

理由は永琳に引き止められるのが嫌だったからだ。

フフフ....俺はやっぱり自分の事しか考えて無いんだな。

楼夢は己の非力さを悔いていた。......今までこれ程自分の無力を呪った事はあっただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は変わり今は深夜二時。楼夢は明日の事を考えると眠れないでいた。

ベッドから抜け出し、屋根の上で輝く星々を眺める。

思えば今の楼夢の人生は前世では有り得ない事が多すぎる。誰が一体ただ鍛えてるだけの大学生が妖怪になるなど誰が考えられるのだろうか?

楼夢はそう星々に問う。返事は勿論帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在此処はロケットの前である。とうとうこの日が来てしまったのだ。

永琳はロケットの最終調整をしている。

よって永琳の乗るロケットは一番最後になりそうだ。

人類が星空に登る.......と同時に妖怪の軍勢が都市を攻めに来て、間違いなく人妖大戦と言う形で歴史に刻まれる時だ.......

 

ビービー

 

『大量の穢れ接近中。大量の穢れ接近中。

軍の方はただちに武器を取り、戦闘準備をし、船員はただちにロケットへ乗って下さい。繰り返します。....』

 

楼夢は慌てながら戦闘準備にかかる軍人達を見ていた。どうやら軍の人達が妖怪達を止めるつもりのようだ。

だが瞬時にそれは無謀な行為になると悟った。

 

軍の数は約3千、対してこの付近の妖怪達は都市があるせいか約10万にも達している。

元々人と妖怪は一人一人で戦えば妖怪の方が強い。人間はそれを数の差で補っているに過ぎない。....まあたまに例外は居るが。

とにかく素では人間は妖怪よりも弱いのにそのハンデまで失ってしまえば?答えは軍人達は妖怪に食われ、都市諸共焼き尽くされてしまうだろう。....

 

元々楼夢は軍がどうなろうが知ったこっちゃいない。

だが永琳達を守る為にそろそろ行かなくては行けない樣だ。

 

『穢れ接近中。穢れ接近中。

総員はただちにロケットを発射させて下さい。』

 

ドゴーン

 

爆音と共にロケットが次々と空へ上がる。

だが妖怪がもうすぐそこまで接近していて永琳達が乗る最終ロケットは間に合わなそうだ。....そう()()が時間を稼がなければ。

 

楼夢はそろそろ永琳に別れを告げなければいけない、そう悟る。

 

「最終ロケットの発射準備が整ったらしいわ。さあ行きましょう.......楼夢?」

 

「永琳.......どうやら俺はお前に別れを告げなければならないそうだ」

 

「何を.......言っているの?」

 

「俺はこの地上に残る。これは俺が再び地上に生を受けた俺の生きる道だ。.......すまないな、こんな我儘な俺を許してくれ」

 

「だっ、駄目よ。貴方は『この数十年間は楽しかったよ。ありがとう。こんな俺と仲良くしてくれて。そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

ーーーー元気でな』」

 

 

永琳の腹に強烈な衝撃が奔る。

見れば楼夢が拳で突きを放っていた。

永琳を気絶させ、ロケットの中へ入れる。そして

 

「全員乗ったぞー!発射しろ!」

 

そうロケットへ向けてそう叫んだ。そして建物の外へ出て、群がる妖怪達を見ていた。

 

「(おいおい、此処だけで軽く1万も居るぞ。さて問題は俺一人でロケットの発射時間まで時間を稼げるかだな)」

 

俺は軽く血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)を使い相手の数を把握する。

 

「ハハハ!殺せ殺せ!」

「食い尽くせ!」

「人間は皆殺しだ!!」

「ああん。なんだテメエは?」

 

「白咲楼夢。一応この先には大量の人間が居てね。時間を稼がせて貰うよ」

 

「生意気なクソ女だな。おいテメエ等ぶっ殺せ!!」

 

そう叫ぶと同時に楼夢の周りは妖怪達で囲まれる。現在の楼夢は人間状態だ。理由はこの姿の方が妖力消費が少ないのだ。

 

「キシャアアアア!!」

 

大量の妖怪が楼夢に攻撃して来る。それを一人一人剣術で倒す。

 

ズシャッ ザシュッ ズガッ ガツッ ドシュッ

 

「ちぃ!数が多すぎる!ならば......

 

雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

そう叫ぶと同時に八つの龍の形をした稲妻を奴等に向けて飛ばした。

龍をもした稲妻が全てジグザグに違う動きをしながら妖怪たちに命中する。

 

「ギャアアアア!!!」

 

妖怪達は叫び声にもならない声を上げ、倒れる。だが次の妖怪がまた湧き出て来る。

 

歯車の呪文(ギア・マジック)(ファースト)虚閃(セロ)

 

楼夢は次にそう呟き剣先に妖力と霊力を込め、放つ。

そうこれはBL●ACHのメ●ス等が使う定番技虚閃(セロ)である。

歯車の呪文(ギア・マジック)と付くのは唯単に技名だけで言いたく無かったからである。

ちなみに歯車の呪文(ギア・マジック)は全部でI、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳまである。

 

桃色の光線が目の前に居る者全てを消し去る。

 

また新しい妖怪達が現れた瞬間、

 

「お主、中々やるのう」

 

突然女性が現れ、目の前に居る妖怪を全て一瞬で消し去った。

 

「儂の名は鬼城(きじょう)(ごう)。よろしくな小娘」




とうとうオリキャラ出現。う~ん超古代都市編ももうすぐ終わりが近いな。
では次回、鬼城剛戦、お楽しみに。
後高評価と登録宜しくお願いします。


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旅する蛇狐編
鬼母子神と蛇狐の挑戦


戦いこそ、我が道楽

by鬼城剛


 

 

「儂の名は鬼城剛。よろしくな小娘」

 

楼夢は戦場に突如現れた女性を見る。髪は紅いロングヘアーで服装は和風だ。そして一番気になるのが彼女の頭から突き出た二つの角だ。

 

「アンタ......何者だ?」

 

「う~んこの辺りでは鬼子母神と呼ばれている。それより、お主の方も名乗ったらどうだ?」

 

鬼子母神......何と言うビッグネームが出て来たのだろう。......まさかこの時代から居たなんて。

 

「俺の名は白咲楼夢。只のしがない蛇狐だ。後俺は男だ」

 

楼夢は自己紹介すると同時に血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)で剛を見る。

......そして相手の力量を理解した時にはもう口が動いていた。

 

「嘘...だろ」

 

剛の妖力......それは今の楼夢の妖力の数十倍程だった。......当たり前だ。楼夢は産まれてまだ百年も経っていない中級妖怪。

それに比べて剛は千年以上生きた大妖怪なのだ。

 

楼夢は持ち前の妖力と霊力を能力でコントロールする事で少ない妖力で戦う術を手に入れた。...だがいくら頑張ろうとも大妖怪の妖力に中級妖怪の中でも下に入る程の妖力しか持たない楼夢が彼女を倒す事は間違いなく不可能だろう。

 

「(だからと言って俺が逃げたら妖怪達がロケットの中へ入ってしまう。...それだけは防がないといけない)」

 

楼夢はそう自分にそう言い聞かせる。

 

「(そうだ……今は時間さえ稼げれば良いんだ。そうロケットが発射出来る程の時間さえ稼げれば……ッ)」

 

俺は蛇狐状態になる、と同時に

 

「大火球『大狐火』」

 

巨大な狐火を相手に飛ばす。だが

 

ドガーン

 

彼女は正拳突きでそれを壊す。そして

 

「今度はこっちからいくぞ」

 

そう言い終わると同時に彼女は俺の視界から消える。いや俺の懐に潜り込んでいたと言ったと方が正しい。

 

ゴオッ

 

楼夢は反射で後ろに飛び、攻撃を躱す。

 

「ほう……今のを躱すとは中々やるのう。」

 

「(マジかよ!?全然見えて無かった。不味い......このままじゃ殺られる!)」

 

そう悟り俺は彼女と距離を取る。そして

 

G(ギア・マジック)(ファースト)虚弾(バラ)』」

 

拳に妖力を溜め、相手に向けて放つ。

 

「威力は虚閃(セロ)より劣るがスピードはその二十倍だ!」

 

俺はそう叫ぶと虚弾(バラ)を連射する。

 

「ちぃ!中々厄介な技を持っとるの。...だが...

 

鬼神奥義『空拳(くうけん)』」

 

瞬間楼夢と楼夢のの放った虚弾(バラ)は空気の拳によって弾き飛ばされた。

そして楼夢の目の前には彼女が俺に向けて拳を振り落とす様が見えた。

 

G(ギア・マジック)(ファースト)虚閃(セロ)

 

楼夢は尻尾の方の口を開け、そこから虚閃(セロ)を放つ。

流石にこれには対応出来なかった様で直撃する...が重傷にはなっていない様だ。

 

「(遠距離戦は駄目か。...だったら)」

 

俺は再び血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)を使う。そして接近戦に持ち込む。

 

「判断を誤ったな。接近戦は儂の土俵だ!」

 

そう叫ぶと同時に彼女は俺に拳で攻撃する。...だが

 

「何故だ......何故当たらない!?」

 

彼女は驚いている。それもそうだ。自分の土俵での攻撃が只の中級妖怪に当たらないのだから。

これも全て血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)のお陰だ。

だがこの左目にも欠点がある。

 

一つはこれは使う時間が長ければ長くなる程妖力の消費が激しくなるという事。

今の楼夢ではもって十分だろう。

 

二つは使い終わった後に人常じゃない程の痛みが頭に走る事だ。ただ目は30秒以内に閉じれば問題は無い。

 

しかし今は戦闘中、しかも相手は一瞬でも気を逸らせば殺られてしまう程の格上だ。

そしてこれも使う時間が長ければ長い程後で来る痛みは増していく。便利に見えてかなりの欠陥能力なのだ。

 

「(残り時間は約八分。それまでに決めないと)」

 

楼夢は彼女の全ての攻撃を裁きプレッシャーを与える。

 

「クソが。...この...当たれ!」

 

彼女は俺に強烈な一撃を放つ。だが

 

「狂華閃三十ニ奏『烈空閃(れっくうせん)』」

 

楼夢は彼女の腹に風を纏った居合切りを放つ。

 

ザシュ

 

「!?グウ!」

 

剛の動きが一瞬止まる。その一瞬は楼夢が次の攻撃を放つには充分過ぎる時間だった。

 

「狂華閃七十五奏『氷結乱舞(ひょうけつらんぶ)』」

 

流れる様な七つの斬撃。その後には凍りついた剛が居た。

 




今回は戦闘回でしたね。相変わらず戦闘描写は苦手です
ではでは次回も宜しくお願いします。


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人妖大戦と不屈の蛇狐

戦闘と喧嘩は似ているが違う
戦闘は相手が生きている限り続き
喧嘩は一度殺りあえば終わるという事だ

by白咲楼夢




 

 

狂華閃七十五奏『氷結乱舞』

 

氷を纏った剣で流れる様に斬撃を七回繰り出す、楼夢の剣術『狂華閃』の中でも強力な七十番台にある技だ。傍から見れば只の氷を纏った七連激にしか見えないが最初の六連激は全て体の急所のみを狙い動きを止め、最後の一撃を叩き込む、これを超高速でするのが『氷結乱舞』の内容だ。

 

ドゴーン

 

楼夢の後ろの建物から爆発音がしたと同時にロケットが現れ、空に上っていく。どうやら無事に発射出来た様だ。

 

「終わった『バキバキ』...な!?」

 

楼夢は驚いた。何故ならそこには先程凍り付いた筈の剛が居たからだ。

 

「今のは危なかったぞ。そう言えば儂の能力を言って無かったの。儂の能力は【物質を纏う程度の能力】じゃ。今のは風を纏い攻撃を半減しただけじゃ。さてと、次は儂の番じゃのう」

 

彼女は楼夢に急接近し接近戦を行う。今度は先程とは違い、小さく細く早く拳を繰り出してくる。しかもその一撃が楼夢にとっては致命傷になる。そして楼夢は血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)を使っているとはいえ身体能力が上がった訳ではない。さらに血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)の時間切れ迄後3分だ。つまり後3分経てば楼夢は副作用によって戦闘続行不可能になる。だが後3分で剛を倒すのは不可能だ。これで楼夢は完全に詰んだと言えよう。

 

剛の攻撃を出来る限り裁く。そう出来る限りと言う事は少なからず攻撃を受けているという事だ。

 

「どうした!もう終わりか?小僧!」

 

「ハアハア……グァッ!!」

 

剛の拳が楼夢の体に突き刺さる。この時点で楼夢の体のアバラ骨が数本へし折れ、楼夢の足は完全に止められた。よって楼夢は動く事もままならない状態になった。

だが彼女の攻撃はまだ続く。

ある一撃が楼夢の顔面を捕らえ後ろに吹き飛ばされる。

 

「これで止めじゃ。四天王奥義『三歩必殺』」

 

彼女はそう告げると同時に地面を一歩蹴る。その衝撃で辺りの地面が揺れる。

二歩目さらに地面を蹴る。その拳に風が集まると同時に地面にクレーターが出来る。

三歩目、剛は楼夢に接近すると同時に妖力や風が集まった拳を楼夢に目掛けて繰り出す。

……だが今の状態の楼夢にこの技を使うべきでは無かった。

 

「霊刃『森羅万象斬ッ』!!」

 

三歩必殺。その技の威力は確かに凄まじい。今の楼夢が食らったら五体満足でいられるかの問題だろう。だがそれはあくまでも食らったらの問題だ。三歩必殺は繰り出す前に三歩踏み込める分の距離と時間を必要とする。さらに溜め込んだ力を一気に開放するのだからその一撃は自然と大振りになる。それを血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)を使っている楼夢が見逃す訳無い。楼夢は三歩必殺が自分に当たる瞬間に渾身の森羅万象斬をカウンターとして放ち剛を攻撃した。

 

「ハアッハアッ...殺ったか『ドシュッ』……えっ?」

 

楼夢の体に何かが貫く。それは倒した筈の剛の拳だった。

 

(そんな……馬鹿な!?俺は自分の渾身の一撃をカウンターで放ったんだぞ。あれで生きているなんて……化け物かよ!?)

 

楼夢はそんな事を考えた。だが今目の前に居るのは千年以上生きた化け物なのだ。むしろ良くやったと褒めて良い程だ。

 

「……今のは儂でも痛かったぞ。……確か……白咲楼夢じゃったか。……この儂に此処まで食らいついた事に対し敬意を持って、儂の最終奥義を見せてやろう」

 

彼女がそう言うと拳に風が再び集まり始める。そしてそれはバチッと言う音と共にプラズマに変わり始めた。

 

「鬼神最終奥義『雷神拳』」

 

彼女がそう言うと同時に拳を繰り出す。

 

瞬間、辺りが爆風で包まれ、残ったのは彼女と......血だらけでボロボロになって立っている楼夢だけだった。

 

「...ほう。儂の最終奥義を受けても立っているとはの」

 

「...意外と...私は...負けず嫌い......なんでね」

 

「お主なんか急に口調変わったの」

 

「元々...私は......こんな喋り方...ですよ」

 

楼夢がそう言い力尽きようとしたその時

 

ヒュー

 

何処からともなく何かが落ちてくる音が聞こえ、瞬時に上を見る。そして落ちてきた物に対し驚愕した。

 

「あれは......原子爆弾!?」

 

そう、原子爆弾が落ちてきたのだ。誰が落としたなんて決まっている。月へ向かった人間達だ。

おそらくは後世に自分たちの技術を残さないためであろう。

取り敢えず今はこの最悪な状況をどうにかしなければ。

 

「おい剛頼む!俺に力を貸せ!」

 

「...なんじゃと?」

 

「早く俺に妖力を分けてくれ!……死にたいのか!?」

 

「……ッ!?」

 

剛は楼夢の言葉に察してか、近づき妖力を分ける。そして楼夢は自分に残った妖力や霊力を全て使い高等結界『鏡門』を貼る。そして剛から貰った妖力で『鏡門』を強化する。だがそれでも原子爆弾に耐えられるか分からない。だが無いよりましだ。その瞬間、辺りが光に包まれ、楼夢たちを襲う。

 

「グゥゥゥゥゥゥウッ!!!」

 

「耐えろ……耐えるんじゃ楼夢!」

 

少しでも気を抜けば自分の体が爆発してしまいそうだ。だが此処で死ぬ訳には行かない。

 

そして光が徐々に弱まって行く。そして光が完全に消えた後、楼夢の結界は音も無く崩れ去った。と同時に楼夢の血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)が消える。そして地獄の様な痛みが楼夢を襲った。

 

「■■■■■■!!!」

 

声にならない叫び声を上げた後、楼夢は意識を手放した......

 

 

 

 




後々考えたら血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)って凄く厨二病っぽいジャナイデスカ。という事で何時か物語中で変えさせてもらいます。そして一番重要なのがすいません!楼夢さんの年を間違えて高3と書いてしまいました。
楼夢さんの実は高校生ではなく大学生でした。これは物語で今の予定ではかなり重要なので変えさせていただきます。本当に申し訳ございません。
そして来週からは毎週2、3回投稿を目指します。
あとは...バレンタインどうでしたか?作者は今年も貰えませんでした。リア充爆発しろ!畜生め...


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桃色蛇狐とあれから数億年

時過ぎ去りし中、変わらない物があるとしたら
それはきっと私の心の弱さなのだろう

by白咲楼夢


ーーあのー、すいません。

ーーこんな所に人が来るなんて珍しいですね。どうしましたか?

ーーいや、素振りの邪魔をしてしまったと思って。私の名前は■■■■■■・■■■。■■■と呼んでください。で隣に居るのが...

ーー■■■■■■よ。え~と、貴女の名前は?

ーーおっと申し遅れましたね。私の名前は白咲楼夢。只の剣のみが生き甲斐の者です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……懐かしい夢を見た。楼夢はそう思い立ち上がる。

 

現代で俺がまだ他人に興味が無かった時。思えばあの二人が居なかったら今の俺はどうなっていたんだろう。もしかしたら今日も虚しく一人で素振りをし続けていたかもしれない。そう思うと俺はあの二人に感謝の言葉が尽きない。

 

現在、楼夢は山の中を適当に歩いていた。目的は勿論、今日の夕飯を狩るためだ。

 

...あれから数億年の時が流れた。前までは全滅していた人も妖怪も今では無かった様に地上に溢れている。

 

楼夢は自慢の()()()()()を揺らしながら山の奥深くへと潜って行く。

 

あれから楼夢も人妖大戦時とでは比べ物にならない程に成長した。まず、妖狐状態の時の尻尾の本数はさっきも聞いたとおり九本になった。これで彼も晴れて大妖怪の仲間入りである。というか先程も話したとおり、人と妖怪は一度地球上全滅しているので楼夢より歳上の妖怪なんて彼が知っている限りでは一人しか居ない。

鬼城剛。彼女は仮にも鬼子母神なので、今でも生きてはいるだろう。

ていうかその時代を生き延びた俺ってもしかしなくても凄い妖怪なのかな。

 

話が脱線したが、蛇狐状態の時の尻尾の大きさは全長約二メートル程、長さ全長約八メートル程である。ちなみに約八メートルと言っても尻尾の長さと大きさは調整出来るので戦闘時でなければ普通の蛇と同じ大きさにしている。妖力と霊力は昔の数百倍程にもなり、俺は新しい術を開発した。

 

「ふんふーん♪山の散歩は楽しいなっと」

 

現在進行形で鼻歌を歌いながら歩いている楼夢。こう見えて以外に明るい性格だったりする。

 

そんな上機嫌な楼夢の前に、いかにも臭そうな男性の妖怪たちが立ちはだかる。

オゲッ、あれ何日風呂に入ってないんだろ。

 

「おいテメェ!此処は俺達の縄張りだぞ!と降りたきゃぁ通行料払って貰わないとな」

 

そう言いながらよだれを垂らして近付いて来る妖怪数十人。

ちっ、人の気分が良い時に限ってどうしてこういう変態共が寄って来るんだろう?

まあ丁度いい、俺の術の実験体になって貰おうか。いわゆる死刑確定な。

 

「破道の四『白雷』」

 

短い詠唱の後、楼夢は人差し指から小さい雷を発射し、一人の妖怪の心臓を貫く。

 

「てっ、テメェ。おい行くぞ殺せ!!」

 

一人の妖怪が指示した後、他の妖怪が一気に襲って来た。

 

「破道の三十三『蒼火墜』」

 

今度は青い蒼火を一人の妖怪に向けて飛ばす。しばらくの絶叫の後、妖怪は蒼火に燃え尽くされた。

 

「喰らえ!」

 

後ろからもう一人の妖怪が攻撃して来る。だが楼夢は蛇狐状態になり二メートルを超える大蛇で妖怪の足から上を喰いちぎった。そして

 

G(ギア・マジック)(ファースト)虚閃(セロ)』」

 

その竜の様な口から桃色の巨閃を放った。

 

あれよく見たら相手もう残り二人しかいねぇーや。殺っちまったぜ☆(てへペロ)

 

「ちっ畜生」

 

妖怪はやけになって突っ込んで来る。

 

「おいおい君今のちゃんと見てなかったの?突っ込んで来るだけじゃ意味無いよ?雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

ピチューん

 

「はーい三分間クッキング完了ー。皆さん、熱い内に召し上がれっと」

 

ちなみに楼夢の新しい術とは某死神漫画で有名な鬼道である。

破道と縛道の式を創るのは流石に骨が折れた。創っては失敗し創っては失敗し、それを繰り返してたら何時の間にか千年以上経っていた。

大半の妖怪の生涯を術を創るために尽くしたなんてマジで洒落にならない、楼夢はそう苦笑する。

 

妖怪は千年以上生きれば大妖怪とされるが、別に妖怪の寿命が千年以下ということではない。

弱肉強食の世界で千年以上生き残る個体が少ないだけだ。

そんな世界で生きのびた楼夢はどうやら不老に近い様だ。そして彼はもうは前世での記憶はほぼ薄れている。

勿論例外はある。それは楼夢の師父の事とあの二人の少女の事だ。忘れられる訳無い。あとは......BL●ACHやド●クエ等の物だ。周りよりもゲームの事を覚えているとは……自分のコミュ障をどうにかしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在楼夢は人間状態で近くの村に居る。ちなみに楼夢の今後の目的は色んな所を見て回る事だ。つまり楼夢は旅人と言う所だ。

 

「おっちゃん団子二つ」

 

「あいよっ姉ちゃん」

 

「俺男なんだが?」

 

「ええっ!?」

 

もうこれ何回目だよ。もう泣きたくなって来たよ、パトラッシュ。

そんなどうでもいい事を考えていると、

 

ガヤガヤ

 

人々が広場に集まっているのが分かる。楼夢は団子屋のおっちゃんに聞いてみた。

 

「なあおっちゃん。あっちでは何を話しているんだ?」

 

「ああ最近此処の森近辺に出て来る人喰い妖怪の事だろう。今迄何人も退治しに向かったが一人として帰って来ない。姉ちゃんも気を付けな」

 

「だから男だって」

 

楼夢はそう呟きながら団子屋を離れる。人喰い妖怪ねぇ。面白い事になりそうだ。

 

 

 




今回から新章突入です。人妖大戦から時間が一気に飛びましたね。
こう見えて楼夢さんの性格は明るい事にしておきます。じゃないとネタなどがやりにくいので。
後最初の楼夢さんの夢に出て来たのは誰だって?それは物凄く先の事になります。まあ二人組という点で分かる人には予想が付くだろうけど。
では皆さん次回も宜しくお願いします。ではでは


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THE MONNLIGHT AND PINK BLOSSOMS《月光と桃色の花》

青白く光る月光が闇夜の私を照らし出す
恐ろしいのだ、 恐ろしいのだ
暗闇に隠れる私を、月光が全て凍てつかせる


 

 

オッス皆、蛇と狐はどっちが好みと質問されると狐と答える俺こと白咲楼夢だ。

そんな挨拶をしながら、楼夢は歩く。

 

現在の時刻は真夜中、楼夢は村の近くにある森を目指していた。理由は簡単、最近この森で出る人喰い妖怪を見つける為だ。

ちなみにこれは村の人々の為......ではなく楼夢がただ単に人喰い妖怪とやらを見たいだけである。

 

現在楼夢は目的地の森の入口の前に居る。

何故そんな所に居るのかというと、対人喰い妖怪用に作戦を練っているのである。

そんな事はさて置き楼夢は新たな姿......もとい『妖獣状態』になる。

 

この姿のメリットは嗅覚や視覚、そして聴覚等が格段に上がる。しかしこの姿は楼夢の戦闘手段のほぼ全てを無くすのでデメリットだらけである。この姿の外見は色々な場面で変える事が出来る。まず、本来の姿は狐の体に蛇が後ろに付いている。そしてこの姿は蛇を狐の尻尾に戻す事が出来る。......まあ戻した所で自分が九尾の狐に見えるだけであるが。ちなみに狐の尻尾を一本にする事も出来る。これはほぼ相手に自分が妖怪という所を隠す時しか使えないと思う。ちなみに言い忘れたがこの狐の体に蛇が付いている『妖獣状態』こそが俺の元の姿である様だ。どうやら最初に俺がこの世界に来た時に無意識に能力を使い、人型になっていたそうだ。

......ちょっと待てよ、もし俺が能力を使って無かったら永琳死んでたじゃん。俺ってもしかしなくてもついているのかもしれない。

 

さて楼夢がこの姿になったのは、人喰い妖怪をおびき寄せる為である。楼夢は狐の尻尾を一本だけ出し只の狐を演じる。こうする事で肉食系の人喰い妖怪をおびき寄せる事が出来るのだ。

 

ある~ひ 森の中~くまさんに~......

 

もはや定番となった歌を歌い切る前に、辺りがスポットライトをいきなり消されたように真っ暗闇に包まれた。

ついに来たか。そう思うと楼夢は『人間状態』になり血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)を使う。

いやこの場合は目だから開いたと言うのだっけ?まあいい取り敢えず開いた。

 

そして、暗闇に紛れていた少女に回し蹴りをお見舞いした。だが少女はいち早く楼夢の攻撃に気づき、躱した。

 

「あらあら、久しぶりに狐が食べられると思ったら妖怪だったなんて。まあいいわ、取り敢えず貴女は何者?」

 

「まず相手の素性が知りたいなら自分から名乗るのが常識じゃねぇのか?後俺は男だ」

 

「あらそれはすまなかったわね。取り敢えず私の名はルーミア。闇の妖怪よ」

 

彼女はそう自己紹介する。背は160cm程で外見は金髪のロングヘアー、そして白黒の洋服。何故この時代に?楼夢がそう思うのも無理はない。さらに黒いロングスカートを着ている。

 

「俺の名は楼夢。桃色の蛇狐、白咲楼夢だ」

 

俺はそう名乗った。桃色の蛇狐とは俺が考えておいた二つ名だ。一応妖怪はそれぞれ自分が嘗められないように二つ名を付けるらしい。なので楼夢もそれに習ってつけてみたのだ。

 

「蛇狐......聞いた事も無い種族ね……」

 

「いわゆる一人一種族と言う奴なのかな?まあ簡単に言うと狐の先祖だ」

 

「狐の先祖......なかなか美味しそうね」

 

「おい何食べる事前提にしているんだ?」

 

何この人。いや人じゃねえや。初対面の奴を見て美味しそうとか言う奴なんて初めて見たぞ。馬鹿なの?死ぬの?

 

「馬鹿でもないし死にもしないから」

 

「おい何どさくさに紛れて人の心勝手に読んどんじゃゴラァ!」

 

「貴方の心の闇を聞かせて貰ったわ。私の能力は【闇を操る程度の能力】よ。こんぐらいチョロイわ」

 

「成程......ね」

 

【闇を操る程度の能力】か。少々厄介だな。

 

「それより貴方に頼みたい事があるわ」

 

「何だ?」

 

「楼夢、貴方私と死悪意(しあい)をしなさい。もちろん商品はあなたの体ってことで」

 

「何だよそのヤンキーみたいな漢字!?というか人の体見てよだれ垂らすな気持ち悪ぃ」

 

「私と一緒に殺ラナイカ?」

 

「……性的な意味で?」

 

「勝ったら好きにしてもいいわよ」

 

ルーミアェ......ちょっと今自分が言った意味を理解しているのだろうか?だとしたらこの妖怪かなりの痴女である。まあ俺にはそういう事に興味は無いがな。

 

楼夢は毎度お馴染み血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)を使いルーミアの妖力を測る。

 

「へー、まさか大妖怪の中でも上級クラスと戦う事になろうとはね」

 

「私まだ生まれて百年も経っていないんだけど。それより貴方の目……綺麗ね。例えるなら暗闇の中で滴る血みたいね」

 

ルーミアの力量を測った結果大妖怪の中でも上級クラスだという事が分かった。しかもこの妖力でまだ百歳にもなってないのだからもし彼女が千歳を越したら間違いなく最強の妖怪になるだろう。

ちなみに楼夢は大妖怪の中でも上級より少し上だと思っている。後当然だが人妖大戦で戦った剛は大妖怪の中でも一位二位を争う程の実力者だ。

俺よくアイツと殺し会って生き残れたな。

最近話が脱線する事が多くなって来た気がするが、取り敢えず

 

「俺の目についてのお褒めの言葉は有り難く受け取っておくよ」

 

楼夢は拳を構え戦闘体制に入った

 

ルーミアは楼夢に向けて弾幕を放ってくる。

 

勿論楼夢はそれを避ける。

 

次に彼女は周りにある闇で黒い十字の大剣を創り、楼夢向けて振りかぶった。

 

楼夢は黒月夜を抜き十字の大剣を止める。

 

ガキン

 

黒と黒がぶつかり合う。しかしこの時点で楼夢は自分がまともにぶつかり合ったら不利だと言う事に気付いた。

ルーミアはその体からは想像もつかない様な怪力で大剣を振るう。そして楼夢はスピードで対抗しようにも一発一発が重過ぎるのだ。よって剣術では悔しいが不利になるだろう。

楼夢は『妖狐状態』になる。そして......

 

「花炎『狐火開花(きつねびかいか)』」

 

空に狐火で花を描く。そしてその花が散ると同時に、無数の狐火がルーミアに降り注いだ。

狐火はルーミアが放った弾幕を容易く破りルーミアに近付いて行く。

 

「『ダークサイドローブ』」

 

ルーミアは自身を闇の羽衣で包む。そしてその黒い羽衣に当たった狐火は全て消滅した。

 

「おいおい、厄介なの持ってんじゃねぇか」

 

「こんなものまだ序の口よ。付いて来れるかしら?」

 

「当たり前だ。そっちこそ先にヘバるなよ!」

 

草木も眠る丑三つ時。今漆黒の闇と桃色の桜が互いにぶつかり合った。

 




やっと投稿出来た......
ついにEXルーミアの登場です。そして今回初登場の『妖獣状態』です。楼夢さんはいつも夜寝る時はこの姿で寝ます。後薄々気付いていたんですけど楼夢さんって一種のキメラみたいですね。では次回、ルーミアVS楼夢 お楽しみに~


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THE DARKNESS AND MONNLIGHT《闇夜と月光》

私は闇
全てを覆い尽す大いなる者

byルーミア


 

 

現在森の中では二人の妖怪が激しい戦闘を繰り広げていた。

一人は勿論桃色の美しい髪を持つ妖怪白咲楼夢。もう一人は村付近に出現する人喰い妖怪ルーミアだ。

 

「......なかなかやるじゃない」

 

「そっち......こそ」

 

楼夢はそう言いと同時に

 

「縛道の六十二『百歩欄干』」

 

無数の霊力で出来た棒をルーミアに向けて繰り出す。

 

ルーミアはそれを手に持つ大剣で全てなぎ払った。そしてそのまま楼夢に急接近しその漆黒の刃を放つ。

 

楼夢はそれを紙一重で避け、そしておまけに弾幕を数十個放つ。だがそれも全てルーミアの弾幕にかき消されてしまった。

 

「もうおしまいかしら?」

 

「んな訳ねェだろ!」

 

「だけどどうやら貴方は接近戦が苦手みたいね」

 

「……ッ!」

 

確かにそうだ。『妖狐状態』は術等の威力が上がる代わり、剣術はあまり得意ではない。故に俺は刀を抜かずに戦っている。

 

(だがもう見破られるとはね......どうやら相手は中々戦闘経験が多い様だ)

 

「ならばこれならどうだ?」

 

楼夢は懐から鉄の球体を取り出す。普段楼夢は超圧縮された鉄の球体を懐に幾つか仕込んでいる。何故そんな物を持っているかだって?それは今分かる事だ。

 

創造(クリエイト)(ランス)』」

 

楼夢は能力を使い球体を鉄の槍に変えた。

 

G(ギア・マジック)(セカンド)翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)』」

 

楼夢は鉄の槍を妖力で強化しルーミアに向けて投げる。ちなみにただで投げた訳ではない。彼は投げる前に槍に風を纏わせ回転させながら投擲したのだ。槍は超高速回転しながら一直線に風の矢となりルーミアへ向かう。

 

「甘いわ!」

 

ルーミアはそれを大剣で弾こうとした。だが超高速回転し風を纏った槍の貫通力は弾丸を超えていた。ルーミアの大剣は受け止めると同時にメキメキと鈍い音を立てながら壊れ、ルーミア諸共吹き飛ばした。

 

「さてと、終わったか……」

 

「『バニシング・シャドウ』」

 

そう言い終わる前に、ルーミアの声が聞こえた。その瞬間......

 

ズシャ

 

楼夢の背中を何かが貫いた。後ろを見ると、そこには楼夢の血に濡れた大量の黒い武器とそれを見て悪魔の様に笑うルーミアの姿が有った。

 

「どうかしら?大量の槍で背を貫かれた気分は」

 

「……ッ!?ちぃっ」

 

楼夢は黒い槍を全て叩き壊し後ろに飛ぶ。そしてルーミアを見る。その腹は朱く染まっていた。どうやらさっきの翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)が効いたみたいだ。だが一番理解できないのはルーミアが一瞬で楼夢の後ろに回り込んだ事だ。速度が速くなった訳ではない。何故ならもしルーミアが速くなったとしても足音等が無くなる訳ではない。ましてやそれ程の速度を出したら音を消す暇など無いだろう。としたら彼女は何らかの方法で瞬間移動しているのだと分かる。

 

楼夢は『人間状態』になりルーミアの動きの全てを警戒する。

 

瞬間、ルーミアが楼夢の視界から消える。

 

すぐに後ろから嫌な気配を察し、振り向くと同時に無数の槍が俺の後ろに飛んできた。

 

「......へ~今のを躱すなんてね。どうやったのかしら?」

 

「いいぜ特別に教えてやる。今のは『瞬歩』と言う俺の高速歩法だ。原理は......そうだな空間の形を操り俺と繋げただけだ。長距離は出来ないが戦闘に使う分には申し分無い」

 

「空間の形を操る?」

 

「そう言えば俺の能力を言って無かったな。俺の能力は【形を操る程度の能力】だ。決まった形が無い物なら創り出す事が出来るし物を別の形に作り変える事も出来る結構便利な能力だ」

 

「形を操る......ね。成程さっきの技は球体を鉄の槍に作り変え風の形を操り槍と一緒に飛ばしたという事か。かなり強力な能力ね」

 

「ああ。で俺の能力の種明かしは終わったし次はお前の瞬間移動の原理を説明して欲しいのだが」

 

「いいわ。さっきのは『バニシング・シャドウ』と言って闇がある所に瞬間移動する技よ。まあ私の【闇を操る程度の能力】のお陰だけどね」

 

「成程闇がある所へね......ちょっと待て!?という事はお前はここら一帯の何処でも瞬間移動出来るという事か!?」

 

「あら気付いたかしら。ええそうよ私は闇の中では無敵なの。さあかかって来なさい。私の闇で全てを塗り潰してあげるわ」

 

「あいにくと俺は暗いジメジメしたところより明るいところの方が好みでな。お断りするぜ!」

 

黒き閃光と桃色の閃光が夜空の中で舞う。現在の時刻は丑三つ時。夜空の星々が闇夜を照らす。

 




いやー、ルーミアの瞬間移動の原理と名前を考えるのにマジで苦労しました。最近お気に入り登録者が増えて来ました。皆さん出来れば高評価とお気に入り登録宜しくお願いします。

では次回白熱するルーミアVS楼夢戦
次回もゆっくり見に来てね。


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THE PERFECT NIGHT AND STARS《夜空と星々》

少年はそう暗き少女に問う
彼女の名は『光』と言った

by白咲楼夢


 

 

現在、とある森では小規模な天変地異が起きていた。草木は枯れ果て、大地は激しく揺れ、鳥獣は逃げ惑っていた。主な原因は二人の妖怪の戦いである。それは徐々に激しさを増してゆくのだった。

 

 

 

 

 

「『ダークマター』」

G(ギア・マジック)(ファースト)虚閃(セロ)』」

 

 

ドゴーン

 

 

ルーミアが放った黒い閃光と桃色の閃光が突撃する。

ルーミアとの死悪意は徐々に激しさを増していた。

 

(やべえな、このままじゃこの森吹き飛ぶぞ。まあその前に俺が生き残れるかどうかの問題だが、なッ!)

 

現状は弾幕勝負から超高速戦闘になっていた。

 

楼夢は『人間状態』になり瞬歩を応用した超高速の剣術で彼女を攻撃する。

 

対して彼女は闇がある所に瞬間移動したり弾幕を射って来たりその怪力で攻撃して来たりしている。

 

「『ナイトバード』」

 

彼女がそう叫ぶと、二種類の鳥の翼に似た弾幕の壁が俺に向かって来る。

 

ああこれ回避不可能なやつジャナイデスカーヤダー。

 

「狂華閃六十奏『風乱れ(かざみだれ)』」

 

楼夢は風を纏ったさみだれ切りを放ちルーミアの弾幕をかき消す。だが彼の攻撃はまだ終わりではない。

 

「狂華閃七十五奏『氷結乱舞』」

 

ルーミアに急接近し氷を纏った七連激を彼女に繰り出す。

 

「『ダークサイドローブ』」

 

だが彼女はそれを全て闇のローブで防いだ。しかし此処までは俺の計算通りだ。

 

「縛道の六十一『六杖光牢』」

 

ルーミアに霊力で出来た六個の光の棒が彼女に突き刺さり、拘束する。

 

「な......にこれ......光!?」

 

「お前に光の檻は有効だと思ってな

 

霊刃『森羅万象斬』」

 

彼女に青白く光る斬撃が命中する。だが彼女はまだ死んではいないだろう。

 

「あらあら、痛いじゃない」

 

「ちぃっまだか」

 

「食らいなさい『ミッドナイトバード』」

 

彼女はそう言うと同時に彼女は巨大な鳥の様な物を作る。そしてそれは楼夢目掛けて一直線に飛んで来た。

 

「ああもう。雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

雷で出来た龍とルーミアの鳥は衝突し、相殺する。だが鳥の後ろに彼女の姿は無かった。

 

「『ムーンライトレイ』」

 

突如夜空で声がした。楼夢は頭上に顔を向ける。刹那楼夢の元に十を超える月光の様なレーザーが近付いていた。

駄目だ、避けきれねぇ。

 

G(ギア・マジック)(セカンド)重奏虚閃(セロ・ドーブル)』」

 

俺はルーミアのレーザーを吸収しそれに虚閃(セロ)を上乗せして放つ。

 

ドゴーン

 

巨大な光線がルーミアに直撃する。だが彼女はまだ死んではいないだろう。

 

「......今のは中々効いたわよ」

 

「ああそうかいそりゃ良かった」

 

「クスッ、まあいいわ貴方は本気で殺らないといけなさそうね。見せてあげる私の最強の技

 

悪魔殺し(デビルブレイカー)『ダーインスレイヴ』」

 

彼女の右手に黒く禍々しい闇が集まりだす。楼夢ははその異様な光景を、黙って見ていた。

 

「どうかしら、中々美しいでしょ?」

 

彼女の右手には禍々しい剣が握られていた。それも最初のとは違う。刀身はまるで血の様に朱く染まっていた。その剣に込められた妖力は禍々しいんと言わざるをえなかった。

 

楼夢は『蛇狐状態』になり黒月夜に大量の妖力を詰め込んだ。

 

「さーて最終決戦よ。行くわよ楼夢!!」

 

「ああ来い。ルーミア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい

 

何なんだろうこの感情は?今迄こんな気持ちになったのは初めてだ。

 

楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい

 

ルーミアはもはや楼夢との戦いを楽しむ以外何も考えていなかった。

ルーミアは幼き頃からあるその膨大な量の妖力のせいで今迄同格の存在など居なかったのである。

 

「ヒャハッ!!」

 

「オラよォ!!」

 

ルーミアは手に持つ自身の最強の剣『ダーインスレイヴ』で楼夢を切り裂こうとする。だが楼夢はそれを紙一重で受け流し、反撃する。そんな状態が続いていた。

 

「アハハハッ!楽しい。楽しいわ楼夢!!」

 

「それはこっちのセリフだクソヤロォッ!!」

 

二人は既に狂ったかの様に笑いながら、切り合っていた。

 

「食らいなさい『フルムーンナイトエッジ』!!」

 

ルーミアはありったけの妖力を『ダーインスレイヴ』に込め巨大な青白い斬撃を繰り出す。

 

「霊刃『森羅......万象斬』!!」

 

対して楼夢は『森羅万象斬』を黒月夜に纏い斬撃を放つ。

 

月光の様に輝く冷たい光の斬撃と蒼火の様に青く燃える斬撃がぶつかり合う。

 

バキン

 

突如鉄の様な何かが折れる音が響く。それは......

 

 

 

 

楼夢の黒月夜の刀身だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキン

 

 

「……えっ?」

 

(何が起こったんだ?バキンって音がして折れたのは......黒月夜?......嘘だろ……)

 

楼夢の思考は今何が起こったのか理解するためにしか考えていなかった。だが今はそんな事を考えている暇は無かった。

 

ズシャッ ドゴーン

 

ルーミアの『フルムーンナイトエッジ』が楼夢に直撃した。その衝撃で地面には巨大なクレーターが出来る程だった。

 

「......あらまだ生きているのね」

 

「......」

 

「可哀想にもう喋る気力も無いのね」

 

巻き上がった煙の中から楼夢は出て来た。だがその体はボロボロだった。服は半分が消し飛び、体中血だらけ、そして楼夢の左腕は切り落とされていた。

 

「まああれを食らって生きているなんて思って無かったからね。じゃあさようなら楼夢。貴方との殺し合い、凄く楽しかったわ」

 

彼女はそう言い『ダーインスレイヴ』を楼夢に振り下ろす。その時

 

ーー何やってんだよ。さっさと避けろ。じゃねぇと......

 

 

 

 

ーー死ぬぜェ。

 

 

楼夢はその一言で意識を取り戻し、ルーミアの一撃を避ける。

 

「あらしぶとい。流石ね」

 

(今の声は何だったんだ?まあいい、今はこっちに集中しろ!)

 

「残念だけど俺は......まだ死ぬ訳にはいかないからね」

 

「あっそう。でその状態でどうする気?」

 

俺は黒月夜を鞘にしまう。

 

創造(クリエイト)『ロ●の剣』」

 

俺は輝夜に貰ったブレスレットでロ●の剣を作る。前に言ったがこのブレスレットは緋緋色金......つまりオリハルコンで出来ている。故にただの鉄を武器に変えるよりもこっちの方が良いのだ。

 

「へーまだやるつもりなのね。いいわ。叩き潰してあげる」

 

幸いルーミアは楼夢を舐めきっていた。

戦況はまた剣術対決になった。この剣は折れる事は無いだろう。だが楼夢の体はもう限界に近付いて来ている。

 

「狂華閃四十奏『雷光一閃』」

 

俺はロ●の剣に雷を纏いルーミアに斬りかかる。

 

「グゥッ!?」

 

ルーミアの動きが一瞬止まる。

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

霊力で出来た巨大な鎖が蛇の様にルーミアに巻き付く。

 

「血肉の仮面・万象・羽ばたきヒトの名を冠す者よ・蒼火の壁に双蓮を刻む・大火の淵を遠天にて待つ」

 

「な...にを......するつもり......かしら?」

 

「破道の七十三『双蓮蒼火墜』」

 

瞬間、辺りを青い巨大な蒼火が全てを燃やし尽くした。

 




ふ~今回は長く書きました。ルーミアのオリ技考えるのに前も言ったとおり、マジで苦労しました。あと謎の声の正体は後々分かります。
では次回ルーミアVS楼夢戦終了。次回は少し巫山戯て書く......かも?お楽しみに


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激戦の後始末

ヒトにはそれぞれ好きな事と嫌いな事がある

by白咲楼夢


 

 

楼夢は近くにあった岩を椅子の代わりにして座る。

 

現在、楼夢はルーミアとの死悪意を終え、疲労していたので休んでいた。

 

いやちょっとマジで俺の体がヤバイ事になっている。詳しく言うと、まず体中を槍や剣で貫かれたせいで出血量がハンパない。そうトマトジュースが作れる程である。

次に俺の左腕がバッサリと切り落とされている件について。これは先程の件よりもヤバイ。今迄腕を切り落とされた事なんて無かったからメチャメチャ痛い。

 

そんなことを考えると、楼夢はまず戦いで破れた服を、最後に残った妖力で直した。

 

そして、楼夢は妖力不足となり力尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ、って天井なんて無いと言ってるだろ。何回このネタ使えばいいの俺?」

 

目が覚めた時には視界には綺麗な青空が広がっていた......とは行かなくて代わりに綺麗な夜空が広がっていた。

それにしてもルーミアはどうしたんだろうか?流石に起きているとは思うが一応探しておくか。

 

 

 

 

「はい結論、まだまだグッスリ眠って居ました。まあ俺のほぼ全ての妖力と霊力を込めた一撃を受けて死ななかっただけで結構凄いんだけどね」

 

そんな事を考えていると、ルーミアがどうやら起きたみたいだ。

 

「おーい大丈夫か?死んでねえか?」

 

「死んでたまるか!!」

 

中々キレのあるツッコミである、と楼夢は思う。取り敢えずは『大丈夫だ、問題無い』と言う所みたいだ。

 

「どういう意味よそれ?......まあいいわ私は負けたのよね?」

 

「まあそう言う事になるな」

 

「まあいいわ。......さあ私を殺すなり、犯すなり好きにしなさい」

 

「What?」

 

「だから私を殺すなり、犯すなり好きにしなさいと言っているのよ」

 

「いやいや殺すのはとにかく犯すって何?」

 

「えっ、犯すってあんな事やこんな事をに決まってるじゃない」

 

ルーミアぇ......そんなキッパリ言われても困るよ。......ていうかルーミアってヤッパリ痴女じゃん。

 

「俺にそんな趣味は無いのでな。お断りするよ」

 

「最近性欲が溜まっててね。残念ながら貴方に拒否権は無いわよ」

 

「へっ、それはどういう意味だ?」

 

「ちょうどいいわ。貴方が本当に男か確かめる事が出来る」

 

「質問に答えて!いやマジで!」

 

何かいやな予感がする。取り敢えず

 

「逃いぃぃげるんだよぉぉ!!!」

 

「逃がすとでも?」

 

ヤバイヤバイルーミアメッチャ速ええ。このままじゃ追い付かれる。

 

「全☆速☆前☆進☆だ!!!」

 

俺はまるで風の様に速くなる。どうや、ワイの全速力は!

 

「『バニシング・シャドウ』」

 

「しまった!?」

 

俺はルーミアに捕まり仰向けにされる。しまったルーミアにはそれがあった。

 

「ふう。やっと捕まえたわ」

 

「ちょ待てルーミア触るな!それに俺は体中血だらけだぞ!」

 

「クスッ、血だらけの体も中々良いわね」

 

「おいちょルーミア何人の服を勝手に破いているんだ!?」

 

「人じゃないわ。妖怪よ」

 

「もうヒトでいいよ!」

 

ルーミアは直したばかりの俺の巫女服をビリビリと破る。......ああこれ終わったかも。

 

「ハアッハアッ......もう...待てないわ」

 

「お願いルーミア止めて!」

 

「じゃあいただきまーす」

 

「キ●グ・クリムゾン!!!」

 

ピチューん

 

俺はルーミアに乱暴されながら、再び意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッハアッ......ふう...中々良かったわよ」

 

「......」

 

気が付いたら裸のルーミア、そして何故か裸の俺が居た。ああ師父......こんな物に負けてしまった情けない弟子をお許し下さい。

 

「何よ黙っちゃって。気持ち良かったでしょ?」

 

「何が『気持ち良かったでしょ?』だ。無理矢理やってるだけじゃねーか!ていうかお前こんな事毎回してるの?」

 

「まあ人を食べる前にしているわ」

 

おいコイツ今迄何人やっているんだろう?取り敢えず後で犠牲者達に墓でも建てておこう。そう誓った楼夢であった。

 

「なあルーミア」

 

「何かしら?またしたいの?」

 

「ちゃうわ!......最近何か面白い情報が手に入らなかったか?」

 

「残念ながら私は森の中でずっと暮らして来たからそう言う物は持ってないわ」

 

「森っていうかさ。一つ言っていい?」

 

「何かしら?」

 

「此処もう森っていうより更地じゃないか?」

 

「......」

 

「おーい大丈夫かー?」

 

「ヤっちまったぜ☆」

 

あっそれで済ませるんだ。まあ此処にまた住み着く事はもう無いだろう。

 

「取り敢えず新しい狩場を探さなくちゃね。まあ貴方とは此処でお別れね」

 

「やっとか。......まあそうだな」

 

「じゃあさようなら楼夢」

 

「ああまたなルーミア。See you again」

 

「どういう意味よそれ?」

 

「『また会う日まで』って意味だ」

 

「ふーん」

 

彼女はそう言いながら夜道を歩き出す。

さてそろそろ旅の続きでもしようか。

 




ルーミア戦これにて終了。今回はちょっと巫山戯て書きました。驚愕の事実。ルーミアは痴女だった。

さて次回、そんな事もありながらも旅を続ける楼夢さん。お楽しみに。ていうか次回の内容をもうちょっと考えなくては。


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蛇狐のぶらり旅


誇りを捨てれば獣になったも同然

by白咲楼夢


 

 

楼夢side

 

あの日、ルーミアに調教?されてから数ヶ月の時が流れた。どーも皆さん『いつもニコニコ貴方の隣に這いよる混沌、白咲楼夢でーす』...................

滑ったな、今の。いやマジで。という事で今の事は忘れて下さい。ていうかメッチャ恥ずかしい。今度からはこういうのやらないようにしよう。

 

 

取り敢えず現在俺は森の中に居る。......へ?最近森の中によく行くねだって?しゃーねーだろ今の時代では自然の開拓なんてされてないんだからあちこち山や森だらけですよ。そんな事より疲れた。旅先では空を飛ぶのは極力控えている。何故かって?それは自然の景色を見て楽しむ為である。あと空を飛んで行ったら旅をしている気分になれない。雰囲気というのは大事なんだよワトソン君。......やべぇ、今のも滑った。どうやってこの空気を誤魔化すか。

 

 

 

 

ーー野生のスライム?と狼っぽい妖怪が現れた

 

「お、ちょうどいい所に」

 

何故かド●クエっぽくなっちゃってるが気にしない、気にしない。

 

ーースライム?の攻撃......ミス!スライム?は木にぶつかり目を回している。

 

「何やりてぇんだ?お前?」

 

ーー楼夢の攻撃「まあいい、喰らえ 狂華閃十九奏『スライム斬り』」

 

スパッ!

 

スライム?に999のダメージ。スライム?は綺麗に二つに分かれて死に絶えた。......ちょっと表現怖いな。狂華閃十九奏『スライム斬り』は丸い物ならなんでもスパッと斬る事が出来る。名前に関しては何も言わないで下さい。

 

ーー狼っぽい妖怪の攻撃......楼夢はひらりと躱した。

 

「んなもん当たるかよ!」

 

ーー楼夢の攻撃「はい、さよなら 狂華閃二十二奏『バーベキュー斬り』」

 

ーー会心の一撃。狼っぽい妖怪は文字通りこんがり焼かれて死んだ。後で食えるかな?これ。

狂華閃二十二奏『バーベキュー斬り』は刀に炎を纏い、美味しく焼き切る技だ。この技の長所はなんと肉を焼いたりする事も出来るのだ。故に『バーベキュー斬り』と言う名なのだ。俺は軽く朝食を食べた後、旅を再開する。何を食べたかって?皆様のご想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩くと森を抜ける。そして俺は辺りを見回す。......ふむ、どうやら近くに村があるようだ。だが何か村が騒がしいような......あっ村が妖怪達に襲われているジャマイカ。俺は『人間状態』になり村へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「破道の三十二『黄火閃』」

 

俺は黄色の炎の光線で村の入口に居た妖怪達を吹き飛ばす。案外モロいな。

 

「ああん。何だテメェ!」

 

一人の妖怪が俺に向かって叫ぶ。五月蝿いな。だからこういう雑魚(ゴミ)共の相手は嫌なんだよ。

 

「テメェみたいな下級戦士に名乗る必要あるか?」

 

「何だと......殺す!」

 

俺はド●ゴンボールのベ●ータみたいな言い方で奴等を挑発する。案の定上手くかかってくれた様だ。

 

「花炎『狐火開花』」

 

空に描かれた花が散り、その一つ一つが雨の様に降り注ぐ。妖怪達(下級戦士達)は五月蝿い程に断末魔を上げ、倒れていく。

 

「......所詮雑魚は雑魚か......」

 

俺は村が無事かどうか確認しに行く。すると

 

「おお、救世主様、有難うございます」

 

「What???」

 

何故か村人達はDO☆GE☆ZA☆しながら俺にお礼を言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......成程ね。大体理解した」

 

俺は現状を理解しようと村人達に質問した。そして大体の事情を理解する事が出来た。

 

まずこの村は最近妖怪達の攻撃を受けていて壊滅寸前、そんな時に俺が『ショータイムだ』と言いながら妖怪達を瞬殺したのを見た村人達は俺を英雄扱い、というわけだ。成へそ、通りで村人達は俺を救世主呼ばわりしているわけだ。だがちょっと救世主様と呼ぶのはやめて欲しい。

 

「どうでもいいんだけどさ。その救世主様って言うのやめて欲しいんだが。......ああ申し遅れた。俺の名は白咲楼夢、只のしがない旅人だ」

 

「楼夢様ですか......分かりました後で儂の家に来て下され。話したい事があります」

 

この村の村長さんっぽい人がそう言う。まあ取り敢えずやる事ないし村長さん家に行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず話と言うのは、先程も話した通り、妖怪達の事についてです」

 

現在俺は村長さん家で話をしている。成程、やはりそっちの話か。

 

「このままでは我が村はいずれ滅びてしまいます。そこで楼夢様にお願いしたい事があります。どうか村の近くにある山へ行き、そこに居る妖怪達の親玉を倒してくれませんか?」

 

は~あ、一言言うとメンドクセェ。だけどこれをほっとく程俺は冷たくない。というわけで

 

「ああ、いいよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「まあ、うん」

 

「有難うございます、楼夢様」

 

俺は依頼を軽く引き入れ、村長さん家を出る。

 

「さてと、頼まれたからにはちゃんとやらないとね」

 

俺はそう呟き、村を歩く。......そういや、俺は何処に泊まればいいんだ?

 

 

 

 

 





いや~前回に続き、今回もネタを多めに書きました。特に『スライム斬り』と『バーベキュー斬り』は多分出番が結構多いと思います
さて次回、楼夢さんは村の為に山を登る。そこで待っているものとは?お楽しみに。


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蛇狐の誇り



人には他者を守る為の力など無い

あるのは醜き程の生存本能と他者を陥れる邪心だ


 

 

楼夢side

 

現在俺は村人達を妖怪達から守る為にその拠点と言われる山に来ていた。『人間状態』のまま俺は山を登っていく。途中で出て来る妖怪は腰に刺した刀で斬っている。そう言えばこの刀の紹介が遅れたな。こいつの名は天叢雲(アマノムラクモ)

薄れた記憶を辿るとこの刀の名前はどっかの神様の持つ刀の名らしい。まあ、これは俺が妖力を込めながら作り、それに適当に名前を付けただけである。つまるところこれはレプリカ(偽物)という事だ。そんな事は置いといて妙だな。妖怪達の拠点の割には妖怪が少なすぎる。俺はそんな不安を抱えながら山を登り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来たな。貴様だな、俺様の部下共を皆殺しにしやがった野郎は?」

 

俺は今山の頂上付近に居る。そこで偶然にも妖怪達が集まっている所を見つけたので乗り込んだ訳だ。いや参ったな。完全に包囲されてるわこれ。

 

「質問に答えろ。じゃなければ殺すぞ」

 

「クスッ答えても殺すつもりの癖に」

 

「ほう、よく見抜いたな。貴様が例の輩と見て良いのだな」

 

「ご想像にお任せするよ」

 

俺はそう言うと同時に『妖狐状態』になる。

 

「やはり妖怪であったか。皆者コイツを殺せ!」

 

俺に軽く数十匹は居るであろう妖怪達が一気に襲いかかる。

 

「雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

俺は妖怪達を雷で焼き払いながら奴を探す。

 

「(ちぃ!あの野郎何処に行きやがった!)」

 

俺がそう思考した瞬間、俺は何かが後ろから飛んで来るのを感じた。俺は横に飛び移ると、大きな音と共に俺が居た場所には巨大なクレーターができていた。

 

「隠れながら攻撃だなんて親玉のする事じゃないね」

 

「ふん、これは殺し合いだ。勝てば何だっていいんだよ小娘。」

 

「成程ね。花炎『狐火開花』」

 

俺は狐火の雨を降らせ、辺り一面に全体攻撃をする。

 

「ゴフッ、痛ぇじゃねーか」

 

「そりゃどうも。大火球『大狐火』」

 

「舐めるな!」

 

俺が放った火球を奴は妖力で体を強化し、弾き返す。どうやら半端な攻撃では傷を付ける事は出来ない様だ。

 

「終わりだ。死ね!」

 

奴は俺の後ろから妖術で攻撃して来る。

 

「全く。隙だらけだ、全て。

 

縛道の四『這縄』」

 

俺は瞬歩で奴の背後に移動し、霊力で作った縄で奴を縛る。

 

「くぅ。何だこれは!?」

 

「縛道の三十『嘴突三閃』」

 

続いて俺は霊力で作った巨大なくちばしの様な形をした物を三つ奴に飛ばす。奴は俺が放ったそれらに両腕と胴体を挟まれながら近くにあった大木に固定される。

 

「みっ身動きが......取れねェ!?」

 

「さっき俺に終わりだと言ったな。教えてやろう、本当の終わりと言うのはこういう物だ

 

破道の六十三『雷坑砲』」

 

俺は巨大な雷撃を奴に放つ。奴は雷撃に呑まれながら消えた。

 

「......まだ息があるんだね」

 

「クッククク。ハッハハハハハ!!」

 

奴は突然狂った様に笑いだす。

 

「何が可笑しい?」

 

「気付かなかったか?俺は此処の妖怪達の親玉ではない」

 

「!?」

 

「訳が解らないと言う顔をしているな。いいだろう、教えてやる。我々は貴様が我々の部下共を皆殺しにした時から対策を練っていたのだ。貴様は人間共に頼まれて此処に来たのだな」

 

「......ああ、そうだ」

 

「我々は村の門の前で貴様に見張りを付けていたのだ。そして貴様が山に入ると同時に、近くの山で待機していた大量の妖怪達と共に村を襲撃しに行ったのだ」

 

「...何......だと...?」

 

「今貴様がこの山に入ってから一時間が経過した。小さな村一つを落とすには充分すぎる時間だろう。ハッハハ『五月蝿い!』グアァ!」

 

楼夢は妖怪の顔を消し飛ばすと同時に村へと全速力で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楼夢がたどり着いた時には遅かった。そこにあったのは壊滅した村の跡地と百を超える妖怪達が死んだ人間達を食らっていた。

 

「あ......あああ」

 

突如楼夢の頭に村人達との思い出が蘇る。少ない時間だったが彼等は楼夢の事を尊敬していた。楼夢が今回の依頼を引き受けたのは自分が彼等に尊敬されている事を知っていたからである。

 

「ああああああああ!!!」

 

楼夢は自分の無力を心の底から呪った。と同時に正気を無くした。

 

「よぉテメェが俺の部下共を殺ったやつか?」

 

発狂している楼夢に妖怪達の親玉の様な者が話しかける。だが当然返事は返って来なかった。

 

「親方。そいつぁもう駄目みたいですね」

 

一匹の妖怪が親玉にそう言う。

 

「そうだな。殺しておけ」

 

彼がそう言った瞬間

 

「テメェ等だけは......テメェ等だけは殺す!!!」

 

突如楼夢はそう叫び、妖力を全開放する。その巨大な怒りのせいか楼夢の尻尾は十一本になっていた。

 

「時空『時狭間の雷』!」

 

楼夢がそう叫んだ瞬間、天から黒い雷が全てを貫いた。辺りに居た妖怪達は全滅し、村の跡地全てを消し飛ばした。

 

「■■......■■■■■■!!!」

 

楼夢の体に突如異変が起きる。楼夢は生物ではとても発する事が出来ない声を上げ、その場に倒れ込む。その時、楼夢の体は変形し始める。

 

「■■■■■■■!!!」

 

やがて楼夢は漆黒の鱗に覆われた巨大な大蛇の怪物へと変わっていた。その姿は、頭と尾がそれぞれ八つあり、その妖力は全開放した楼夢の数十倍になっていた。その禍々しい程の妖力と姿はまさに邪神と呼ぶべき物と言える。

 

「■■■■■■■!!!」

 

大蛇はまるでオーロラの様に光り輝く美しい吐息を吐く。瞬間

 

 

 

 

 

 

光り輝く美しい炎がいくつもの山や地を呑み込んだ。その炎が通った跡は天地が狂い、生ある者はその業火に焼かれ、死に絶えた。

 

「■■■■■■■!!!」

 

大蛇はその禍々しい妖力を出しながらその場を後にした。

 






ヒャッハーーーーー!!!
お気に入り登録者数が30を超えたZEー!
皆様本当に有難うございます。そしてこれからもお気に入り登録と高評価宜しくお願いします。

さて次回、化物となった楼夢さん。八つの頭と尾を持つ生物なんて神話上ではあいつしかいない。そしてこれから彼はどうなるか。次回もゆっくり身に来てね。


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THE WHITE BLOSSOM《白き花》

錆びゆく刃に願いを込める

どうかこの手が血の海に沈まぬ様にと

by白咲楼夢


楼夢side

 

「......知らない天井だ......てこのネタ言う時って何時も外に居るよな」

 

俺は何をしていたのだろう。どーも皆さん、知らない土地で何故か気絶していた白咲楼夢です。俺は何故気絶しているんだっけ。......たしか......村で妖怪退治を頼まれて......妖怪を倒したら実はそれは囮で......村が......うう、嫌な事を思い出したな。

 

「つーか此処本当に何処ー!?」

 

現在俺は見知らぬ土地に居る。それはさっきも言ったがその景色が現実ではありえない物なのだ。

 

まず、俺の目に映ったのは今の俺の気持ちも晴らす程に綺麗な晴天。そしてかつては天をも貫く摩天楼の群れだったと思われる建物の残骸が上下左右バラバラにふわふわと空に浮いていた。。......うん今の時点でツッコミを入れたいのは解る。何故この時代にこんな高層ビルの群れだった物があるの?何故そんな物が重力無視して浮いてるの?まあいい、ちなみに俺は現在摩天楼の群れだった物の内の一つの上に立っている。元々ひとつひとつが馬鹿でかい為、こうして建物の残骸に立つスペースが山程あるのだ。俺はしばらく建物の上を歩き空の下を確認しようとする。だが地上は見えなかった。否地上などもとより無いのだろう。

 

「おいおいこの高さで落下したらどうなんだろう」

 

「死ぬね。間違いなく」

 

俺の独り言に誰かが答える。俺はびっくりして後ろを振り向く。そこには

 

「......何なんだよお前!?」

 

「何だとは失礼じゃねーか。楼夢」

 

そうそこには脇が無い白染めの巫女服を着た白髪の青年が居た。傍から見たらとても男とは思えない程整った顔。そして腰まである長髪。そう彼はある人物にとても似ていた。そのある人物とは

 

 

 

 

楼夢自身において他なら無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えずお前に質問したい事がいくつかある。良いな」

 

「ああいいぜ」

 

「まずお前は何者だ?」

 

「俺か......俺はお前でありお前ではない者......つまりお前の裏とでも言っておく」

 

やっぱりそんなもんか。それにしても俺の裏か。.........俺にもそんな物があったんだな。

 

「そうか。じゃあ次、お前のその両目......それは血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)か?」

 

そうあいつの両目に俺は見覚えがあった。あれは確かに血塗られた万華鏡(ブラッディ・カレイドスコープ)そのものだ。

 

「正解......とでも言っておこう。だがひとつ言いたい。この目の本名は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)だ。断じてそんな中二病っぽい名じゃねぇ」

 

「テメェだって充分中二病じゃねぇか!人の事言えねぇぞ!」

 

「ああん!んなもんどうでもいい。次だ次」

 

流すのかよ。流石俺の裏なだけある。

 

「はいはい。んじゃ何故その目の名を知っている。お前が俺なら知らない筈だ」

 

そうそこが少し気になった。まあほんの少しだが。

 

「流石頭が切れる様で。んじゃ答えてやるか。この目は俺の本体だ」

 

「どういう意味だ?」

 

あまり俺はその意味を理解出来なかった。当たり前だ。俺の裏と言った男の本体がその両目だったなんて言われて理解出来る訳無い。

 

「お前は何故緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)の目が黒く、その瞳が血の様な真紅の色をしているか知ってるか?」

 

「いや、知らないが」

 

「だろうな。じゃあ八意永琳が作った薬の元となる材料が何なのかも知らねぇな」

 

「知る訳ねぇだろ。永琳は毎回怪しい薬を飲ませて来るからいちいち材料なんて覚えられるかよ」

 

あの頃は毎回の実験が地獄だった。前に変な薬を飲んで身体が液体化した事もあったからな。

 

「そうか......なら教えてやる。あの薬の主な材料は数百の妖怪の血とその魂だ」

 

「What?」

 

意味解らん。数百の妖怪の血とその魂?駄目だコイツ早く何とかしないと。

 

「意味が理解出来ない......そういう顔をしているな」

 

「あたりめェだ。血の方は解ったが魂の方は良く解らん。形無き物をどうやって薬の材料に使うんだ?」

 

「形無き物......ねぇ。いいか良く聞け楼夢。万物には全て形がある。それは魂も例外じゃねぇ。現に現実世界には亡霊なんかがそこら辺にうろちょろしているじゃねぇか」

 

「ふーん。良い勉強になったよ。だが俺みたいな能力が無いと出来ないよな」

 

「月の科学を使えば容易い」

 

わーお科学の力って凄いね。何時か地上でも出来る様になるのかな。

 

「話を続けるぞ。そしてその薬は数百の妖怪の血と魂を融合して作られた。まあ主な材料がそれと言うだけで他にも色々必要だがな」

 

「そこまでは解った。だが何にそれが繋がるのかが解らない」

 

「まあ聞け。お前が薬を飲み干した後、融合された魂はお前の中にあった闇に溶け込み、そして俺という存在が生まれた」

 

「成程。つまりお前は永琳の薬のせいで生まれたという事か」

 

「んまそういう所だな」

 

永琳ェ......なんて物を俺に飲ませてんだよ。

 

「次の質問だ......え~と緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)と呼べば良いか?まあいい、此処は何処だ?」

 

「おいおいそれは俺の本体と言うだけで俺自身に名は無ぇぞ。さて質問の方だな。此処はお前の精神世界というものだ」

 

「成程もう驚かないぞ。それより名前無いと呼びにくいから......そうだな......狂夢(きょうむ)と言うのはどうだ?」

 

「OKそれでいい。じゃあ最後の質問は?」

 

「お見通しかよ。まあいいじゃあ何故俺は此処に居るんだ?」

 

そう俺にとってはこれが一番重要だ。発狂して気が付いたら此処なんて説明がつかないじゃねぇか。

 

「ああそれか。それはお前とちょっと終破無死(おはなし)したかったから呼んだだけ」

 

「(漢字からして嫌な予感がする。今の内に刀を抜いとこう)」

 

俺は腰に刺してある刀を抜こうとする。だが

 

「(刀が......無い!?)」

 

俺の腰に刀の姿は無かった。ちぃ此処では使えないのかよ!

 

「それで......俺に話とは何だ?」

 

「なにちょっとお前がヘマして滅んだ村の事に関してだよ。全く情けねェな」

 

「......」

 

「今迄お前が護れた物なんてあったか?師父を無くし、使命も果たせず、お前自身の誇りであった刀を壊し、

 

世界で一番大切だった友人も護れねェ癖によォ!」

 

「......五月蝿い」

 

「情けねェよな!お前の世界を、人生を変えてくれた大切な恩人を護る力があっても護れなかったなんてよ!」

 

 

ーーハハハ、私もう終わりみたいね。やだな、死ぬのは。

ーー待ってくれメリー。お願いだ、逝かないでくれ!お前が消えたら......俺は......俺は!

ーーありがとう楼夢君。貴方に会えて良かったわ。

 

 

 

 

 

ーーもう失う物は何も無い。何も無いんだ。だったらもう派手に殺ろうぜ。

 

 

 

 

 

「まあお前の友人に力が無かったせいかもな。力無き者が生きていたって意味なんて無いからな」

 

「うるせえよ!黙れ!!!

 

破道の三十一『赤火砲』」

 

楼夢は激しく怒声を上げながら火の玉を飛ばし、狂夢に攻撃する。

 

「破道の三十三『蒼火墜』」

 

だが楼夢の怒りにも似た炎は狂夢が放った蒼火によって消えてしまう。

 

「蓮子を......メリーを侮辱するなァ!!!」

 

狂夢は楼夢があきらかに怒っているのを見てクスリと笑う。

 

「中々良い顔になって来たじゃねェか。そうだよ、その顔が見たかった」

 

狂夢はそう楼夢に言うと、足で地面を叩く。すると空から黒い刀が落ち、楼夢の目の前の地面に突き刺さる。それはルーミアに折られた筈の黒月夜だった。楼夢はそれを抜き、狂夢へとその刃を向ける。対して狂夢は何も無い所から白い黒月夜を出し、その刃先をペロリと舐める。

 

「さあ、美しく残酷な殺し合い(デスゲーム)を始めようじゃねェか!」

 

狂夢がそう叫んだ瞬間、白と黒の斬撃が晴天の空の下で互いに交差した。

 

 




3000文字突破。いや~今回はオリキャラ狂夢さんの登場と楼夢さんの友人が明らかになりました。
作者はシリアスな展開を書くのが苦手です。
そう言えば楼夢さんが怒った事って今回が最初になるのかな。それにしても狂夢さん前半と後半でキャラ変わり過ぎる!

さて次回、始まる殺し合い(デスゲーム)。はたして楼夢さんはこの甘い誘いに打ち勝つ事ができるのか!?次回もぶらりと見に来てね。


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THE DEATH GAMES 『BLACK PEACH AND WHITE CHERRY』《黒き桃と白き桜》


この血塗られた灰色の世界に正も悪も無い

...罪......存在そのものが罪なのだ......

by白咲狂夢


 

 

楼夢side

 

ガキン キィーーン

 

現在楼夢の精神世界では二人の剣術の達人が激しくも見る者全てを魅了する程に美しい戦いが繰り広げられていた。

 

「(......アイツ、俺の狂華閃を全てコピーしていやがる。流石俺の裏という所か)」

 

「狂華閃四十奏『雷光一閃』」

「狂華閃二十二奏『バーベキュー斬り』」

 

俺は自身の黒月夜に雷を、狂夢は炎を纏い刀で強力な一閃を放った。雷と炎が交わり巨大な爆発を起こす。

 

「へ~流石本体なだけある。結構やるじゃねェか」

 

「褒めてるのか?それとも馬鹿にしてるのか?まあいい、俺は俺自身のプライドにかけてテメェを倒す」

 

「......言うじゃねェえーか。だったら鬼道はどうだ!」

 

「破道『金剛爆』」

 

狂夢の黒月夜の矛先に巨大な火球が出来る。そしてそれを俺目掛けて放つ。

 

「大火球『大狐火』」

 

俺は狂夢の火球に自身の火球を当て、爆発させる。

 

「縛道の六十二『百歩欄干』」

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

俺は狂夢に無数の棒状の霊力を放つ。一方狂夢は霊力で作った太い鎖をムチの様に使い、全ての百歩欄干を砕く。

 

「破道『牙気烈光』」

「火球『狐火小花』」

 

続いて俺は剣先からいくつもの緑色の閃光を放つ。狂夢はそれを八つの狐火でかき消す。

 

「破道『氷牙征嵐』」

 

狂夢がお返しと言わんばかりに冷気の渦を発生される。

 

「ちぃ!面倒くさい技が来たね!」

 

この技は今迄の鬼道とは違い、攻撃範囲が広いので俺の鬼道の中では中々厄介な技だ。

 

「狂華閃六十奏風乱(かざみだれ)』」

 

俺はいくつもの風の刃で水などを全て切り裂く。

 

「「霊刃『森羅万象斬』」」

 

俺と狂夢は蒼い斬撃を同時に飛ばす。二つはぶつかると互いに相殺しあった。

 

「......決着が着かないな」

 

「......ああ。もう昼寝したい自分が居る」

 

確かに良く考えれば解る事だ。俺と狂夢は同じ存在......つまり同じ力を持つ者同士という事になる。だから二人が殺し合っても決着が着かないのだ。まあ解っててもやらなきゃいけないんだがな。俺も木の下で昼寝したい気分だ。

 

「安心しろ。寝たいのはお前だけじゃない」

 

「何故安心していいか解らないが。まあいい、お前が思った事は正論だ」

 

「やっぱり」

 

「だが一つ勘違いしている」

 

「......何をだ?」

 

「......一つ聞く。姿も能力もそして力も!全く同じ存在があったとして!その違いは何だ!?と聞いてんだ!!」

 

「......?」

 

「答えは一つ......

 

 

 

本能だ!!!」

 

「同じ力を持つ者がより大きな力を発する為に必要な物、強くなる為に必要な物は!!」

 

「ただひたすらに戦いを求め、力を求め、敵を容赦無く叩き潰し、引き千切り、切り刻む戦いに対する絶対的な渇望だ!!」

 

「俺達の皮を剥ぎ、肉を抉り、骨を砕いた神経のその奥!!」

 

「原初の階層に刻まれた研ぎ澄まされた殺戮反応だ!!!」

 

「そしててめえは甘い!!愚かな程に!!」

 

「てめえはその甘い考えで妖怪も自分とは相反する人間も中途半端に助けようとする!その結果多くの人々を不幸に追いやっている!!」

 

「そんな事は......

「そんな事は?現実を見ろ!!結局てめえは今も昔も何も変わっちゃい無えェ!!てめえはその甘い考えで全ての人間を助けようとする!!そんな考えでこの残酷な三千世界の血の海の中で通じる訳無えェだろ!!てめえがそんなに弱かったから村も......メリーも蓮子も救えなかったんだろうが!!!」

 

「だからてめえは弱えェんだよ!!楼夢!!!」

 

狂夢がそう叫んだ瞬間、彼は自分の黒月夜を楼夢へと投げた。楼夢は狂夢が吐き出したその残酷な現実に気を取られ、楼夢の体に白い黒月夜が突き刺さり、貫通した。

 

「俺は御免だぜ、楼夢」

 

「てめえがどう考えてるか知らねえが俺はそんな叶う事の無えェ幻想を抱いてる弱えェ奴に体を預けて斬られるの耐えられねえ」

 

「てめえが弱いのなら俺はてめえを潰して......

 

 

 

 

 

俺が白咲楼夢になる」

 

狂夢は楼夢の体に突き刺さった黒月夜を引き抜く。そして

 

G(ギア・マジック)(サード)黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

巨大な黒い光線が楼夢を呑み込んだ。





ふー戦闘シーンを書くのは苦手だな。
後狂華閃六十奏の風乱れを風乱に変更しました。以後宜しくお願いします。そして作者は学校を転校しました。うんどうでもいいね。

さて次回、まだまだ続く殺し合い(デスゲーム)。楼夢さんは無事勝てるのか。お楽しみに。
後狂夢戦は長くなると思います。


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THE SECOND GAMES 『ALL SING IN THE UNIVERSE』《森羅万象》

私達は戦う、何かを守るために

俺達は戦う、その血肉を喰らう為に

私達は戦う、この冷徹な世界で生き残る為に

俺達は戦う、この飢えを満たす為に

戦いとは罪そのもの


by白咲楼夢&白咲狂夢


 

楼夢side

 

暗い

 

此処は何処だ?

 

まあいい、体も動かなくなって来たから少し眠るとしよう。

 

ーー............て、............君!

 

ーー起......て、楼......君!

 

ーー起きて、楼夢君!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......しぶてェな。まあ流石と言っておこう」

 

現在楼夢の精神世界に一つの黒い閃光が走った。その正体は狂夢が放った黒虚閃(セロ・オスキュラス)だった。この技はギア・マジックの中でも高ランクのⅢの文字を与えられている。故にそこらの中級妖怪なら一撃で消す事が出来る。だが

 

「その技は何だ?見た事ねェぞ」

 

そう楼夢はその攻撃を直接受けたにも関わらず、生きていた。楼夢の身体の周りにはまるで水の様な透明な色の球状の結界が貼ってある。

 

「こいつの名は『羽衣水鏡(はごろもすいきょう)』。霊力と水を融合した結界を纏う技だ。この俺の周りにある結界は弾幕等の遠距離攻撃を全て防ぐ」

 

「......中々厄介な技を覚えたじゃねェか」

 

この技は強力だが弱点が二つある。一つは物理攻撃に対しては全くと言っていい程耐性が無い。つまり、人間の小学生の拳でも容易く壊せる程に脆いのだ。二つ目はこの技を長時間使う事が出来ないという事だ。多分もって一分が俺の結界を維持出来る時間だろう。これは通常の霊力の結界ではなく、水を俺の能力で融合させているので結界を維持するのが難しいのだ。

 

「それも能力のお陰か......」

 

「そうだ。てめえにも出来るだろ」

 

「いや、残念ながら出来ないね」

 

「?......何故だ」

 

「自分の手の内明かす訳ねェだろ。馬鹿かお前?」

 

「それもそうだ......な!」

 

楼夢は喋り終わると同時に狂夢に突っ込む。

 

「狂華閃七十五『氷結乱舞』」

 

楼夢は狂夢に高速の七連激を繰り出す。

 

「ちょ......あっぶねえな!!」

 

狂夢はこの斬撃を五発持っていた刀で受け流した。だが残りの二発を直撃(モロ)に受けた事で動きが数秒間止まる。

 

「狂華閃九十六奏『桃姫の桜吹雪』」

 

楼夢はこの隙を見逃さなかった。狂華閃の中でも九十六という最強クラスの技を狂夢に叩き込む。楼夢は舞いながら百を超える神速の斬撃を繰り出す。その刀身はまるで月の月光を浴びた桜の様に輝いていた。故に『桃姫の桜吹雪』。この技は『舞いながら斬る』を主体とした楼夢の剣術の極地である。前にも言ったが楼夢が使う狂華閃は本来の物ではない。狂華閃とは主に一撃よりも速さを重視とした剣術である。楼夢はこれに自分が回転斬り等の舞いの様な行動を入れる事で自分自身が流れる様な速さで動く事が出来る様になった。つまり楼夢の狂華閃は楼夢独自の物で他の者には真似する事すら出来ないのだ。

 

「......おいおい痛ェじゃねェか」

 

斬撃の吹雪の中狂夢は出て来た。だがその顔には先程迄の余裕は無く代わりに怒りの様な感情で溢れていた。

 

「さっき俺はてめえの技を使う事が出来ないと言ったな。何故だと思う?」

 

「......」

 

「それは俺にてめえの能力が無えからだ」

 

「!?......成程つまりお前には俺の【形を操る程度の能力】が無いから羽衣水鏡を使う事が出来ないという事か。......じゃあもうてめえに勝ったも同然じゃねェか」

 

楼夢はこの時完全に油断していた。狂夢はあくまで()()の能力を持ってないと言った。そうあくまで()()のは

 

「......そうか。その考えに至った瞬間がてめえの終わりだ。

 

Project『氷結(Freeze)』」

 

狂夢がそう呟いた瞬間

 

「!?氷!!」

 

突如楼夢の周りが凍り始めた。その現象はまるで科学を無視して無理矢理起きた様な物だった。

 

「ちィ、狐火!」

 

楼夢は狐火を造り氷を溶かす。そしてクスクスと笑う狂夢の方へ目を向けた。

 

「『どうなっている』。そう言いたそうな顔をしているな。答えてやるよ。これが俺の能力【森羅万象を司る程度の能力】

だ」

 

狂夢のその言葉に楼夢は動けないでいた。

 

 

"森羅万象“

 

それはこの世に起こるあらゆる現象の事を指す。狂夢はそれを自由に起こす事が出来る。つまりその気になれば天変地異(アルマゲドン)の様な物を起こす事が出来のだ。これを聞けば狂夢の能力がどれほど強力で危険な物か解る。

 

「信じられねェと思ってるか。じゃあ実際やってやろうか」

 

「......!?」

 

楼夢はふと意識を戻す。そして刀を楼夢に構えた。

 

「Project『発火(Ignition)』」

 

次の瞬間、楼夢の足元に大きい火柱が立った。楼夢は横へ間一髪避ける。だが狂夢の攻撃は終わらない。

 

「Project『暴風(Storm)』」

 

狂夢がそう言うと辺りに嵐が起きる。勿論狂夢はその射程外に居るが楼夢はその中に居た。凄まじい風が楼夢を襲う。

 

「ちィ、邪魔だ!

 

裏破道三の道『鉄風殺』」

 

楼夢の後ろに巨大な顔の様な物が浮かぶ。そしてその口から全てを吹き飛ばす突風が吹き荒れる。狂夢の嵐は楼夢の鬼道によって吹き飛ばされた。

 

「ハッハハハハ!!!やるじゃねェか!面白い。殺し合い(デスゲーム)第二幕の開催だ!!」

 

狂夢は悪魔の様に笑い、次の攻撃の為距離を取る。

 

 

本当の殺し合い(デスゲーム)はまだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




疲れた......
今回は狂夢さんの能力が判明しました。あれってやっぱりチートなのかな。ちなみに狂夢さんの能力を何にしようと一週間程前から悩んでたのは内緒。
後は......毎回最初に書いてある詩にの様な物に楼夢さんと狂夢さんを出しました。あれ考えるのに十分以上掛かるから結構大変なんだよね。

さて次回、殺し合い(デスゲーム)も次のステージに。ぶつかり合う形と万象。さあどうなる。
次回もキュルっと見て行ってね。


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THE THIRD GAMES『DREAM AND HOROSCOPE』《夢と占い》

夢と幻 泡と影

全てまとめて消え去りな

by白咲狂夢


楼夢side

 

とある世界

 

 

 

此処はかつては摩天楼の群れだったとされる立派な建物の残骸が無数にある世界。その一箇所では建物達は激しく崩壊していった。

 

「「G(ギア・マジック)(ファースト)虚閃(セロ)』」」

 

この世界に二つの閃光が走る。一つは鮮やかな桃色、そしてもう一つはこの世に物とは思えない様程綺麗な瑠璃色だ。二つは触れ合うと互いに相殺しあった。

 

「オラよ!」

 

俺は虚閃(セロ)に隠れて狂夢に接近していた。そしてそのまま居合切りを放つ。狂夢はそれを流れる様な動作で受け流した。

 

「おっと......あっぶねえな!」

 

戦況は一気に接近戦になった。俺はこの戦いでは常に『人間状態』でいる。理由は狂夢が単純に超高速型だからだ。この超高速戦闘に対応するには俺は同じ型の『人間状態』でいるしかないのだ。

 

「戦闘中に考え事か?隙だらけだ!

 

Project『暴風雨(Tempest)』」

 

狂夢がそう叫ぶと暴風雨が吹き荒れる。

 

「雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

俺はは八つの雷の龍を飛ばし狂夢を攻撃する。

 

「さらに......

 

火炎『竜の吐息』」

 

俺は口から広範囲に及ぶ炎を吐き出す。ちなみにどうやって炎を吐いているんだって。能力で圧縮した炎を口の中に生み出し、それを吐いただけだ。

 

「んなもん効くかよ!」

 

俺の攻撃は全て狂夢が呼び寄せた暴風雨によってかき消される。だが一瞬だけ俺の攻撃で暴風雨が止まる。

 

「魔槍『ゲイボルグ』」

 

俺は黒月夜に妖力を込めて黒く光る稲妻の様な槍へと変える。そしてそれを狂夢へと投げつける。

 

「縛道の八十一『断空』」

 

狂夢は自身の目の前に結界を貼る。だがゲイボルグとぶつかるとミシミシと音を立てながら崩れ去った。

 

「ちィ、ならば

 

狂華閃六十四奏『墜天(ついてん)』」

 

狂夢は刀に妖力を込めて、縦に振りかざす。そしてなんとかゲイボルグを弾く。楼夢はその間に狂夢に接近していた。

 

「血迷ったか!馬鹿め!」

 

狂夢がそう叫ぶ。狂夢が言った事は正しい。楼夢は『人間状態』では素手での攻撃技を持ってないのだ。故に狂夢には楼夢の行動は愚かにも見えた。だが狂夢の計算の中には楼夢の()()は入っていなかった。

 

「霊刃『新羅......

 

狂夢は刀に霊力を込めた。狂夢の計算では楼夢はこの後突っ込んで来る。それは当たった。楼夢は狂夢のすぐそこにまで接近していた。

 

「終わりだ!」

 

狂夢はそう叫ぶ。だが

 

「鬼神奥義『空拳』」

 

楼夢は右の拳に妖力を込めて強化した。更に拳は超圧縮された風を纏い始めた。そして楼夢は正拳突きを繰り出すと同時に一気に解放する。そうこれは忘れもしない人妖大戦で出会った剛の『空拳』だ。勿論楼夢は剛にこの技を習ってはいない。これは見様見真似で使った技だった。だがそれでも威力は申し分無い。

 

「グ......ハア!!」

 

狂夢は巨大な風の拳に直撃し、いくつものビルを突き破りながら吹き飛ぶ。

 

「......まだか」

 

黒月夜を拾いながら俺はそう呟く。するとビルが爆発し中からボロボロの狂夢が出て来た。

 

「ハアッ、ハアッ。......どうやらてめえは俺の切り札で叩き潰すしかねェようだな」

 

そう言いながら狂夢は巫女服の袖の中からタロットカードを取り出す。便利そうだな。今度から俺も荷物は袖の中に入れよう。

 

「光栄に思え。この俺の最強の技が見れるのだから」

 

狂夢は笑いながらそう言う。同時に宣言した。

 

「占え!『二十二枚のタロットスペル』」

 

狂夢がそう叫ぶと全てのカードが浮き、狂夢の周りを飛び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今あいつを見ている。

 

「(宙に浮くカードも気になるが今は奴に集中しろ!)」

 

俺は自分にそう言い聞かせる。すると宙に浮いていたカードが集まり狂夢はその中の一枚を取る。どうやら狂夢はあのタロットカードで占っているようだ。俺も占えるが狂夢は全ての作業を一瞬で終わらせていた。まあ占っている途中で攻撃されたら終わりだからな。狂夢は空を飛び、俺を見下す様に見る。そして一枚のカードを取り出し宣言する。

 

「Spell 『(タワー)』」

 

狂夢がそう言った瞬間、空から無数の蒼い稲妻が俺目掛けて落ちて来た。

 

「ガアアアアア!!」

 

文字通り光の速さで落ちて来た稲妻に俺は為すすべもなく数十個の直撃を受け、落下した。俺が立っていたビルは無数の稲妻に飲み込まれるかのように消え去った。

 

「おいおい寝るのはまだ早いぜ」

 

「グアッ!」

 

俺は先に下に回り込んでいた狂夢に回し蹴りを食らわされ上に吹き飛び、ビルに直撃した。ラッキーだ。ビルにぶつかったお陰で足場が出来た。今の俺の身体はそれほど迄にボロボロだった。

 

「俺のタロットカードの種明かしをしてあげようか」

 

狂夢がまるで地を這うありを見るような目で俺を見下す。

 

「さっきのはこの『(タワー)』の能力(スペル)【無数の稲妻を落とす程度の能力】だ。俺のタロットカードには一つ一つに能力があるんだよ」

 

狂夢は子供の様な無邪気な顔で微笑む。楼夢はその言葉を聞いて絶望した。タロットカードは全部で二十二枚。つまり、事実上狂夢は自身の能力を合わせ二十三個の能力を持っている事になる。だがどんなに強くても弱点は必ずある。

 

「こいつの欠点はまず使えるカードは全て占いで決まるという事だな。もう一つは占いはカードを使用してから一分以上経っていないと使えないという所だ。そしてカードの能力は使用してから一分以上経つと効果が切れる」

 

この時楼夢の目に光が戻る。同時にある疑問が浮かぶ。何故自分に弱点を教えるという所だ。だが楼夢はその考えを頭の端へと追いやった。楼夢はフラフラと立ち上がる。

 

「んじゃ次行くぜ

 

Spell『戦車(チャリオット)』」

 

狂夢はカードを頭上に掲げる。すると狂夢が突如四人に増えた。

 

「これが『戦車(チャリオット)』の能力(スペル)【四人に増える程度の能力】だ」

 

狂夢がそう言った瞬間、一人が俺に斬りかかる。俺はそれを刀で受け止める。だが二人目が

 

「縛道の四『這縄』」

 

縄で俺を縛る。そして三人目と四人目は詠唱を唱えている。

 

「狂華閃七十二奏『爆雷刃』」

 

一人目が炎と雷を纏った刀で横に斬る。刃が俺に当たった瞬間、爆発が起き俺は吹き飛ばされる。

 

「グウ......ウ」

 

「まだだ

 

縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

俺に太い鎖が蛇の様に俺に巻き付く。

 

「「これで......終わりだ!」」

 

詠唱を唱えていた二人がそう叫ぶ。やばいマジで死ぬかも。

 

「「破道の七十三『双蓮蒼火墜』」」

 

「グ......ガアアアア!!!」

 

楼夢は巨大な蒼い蒼火に飲み込まれる。

 

「終わったか」

 

一人がそう呟いたその時

 

G(ギア・マジック)(フォース)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』」

 

四人は青白く輝く光に包まれた。

 




なんか最近宿題が多い。面倒くさい。マジで。
さて今回のメインはやはり『二十二枚のタロットスペル』ですね。本当にタロットカード一枚一枚の能力を考えるのに疲れた。後皆さんにお知らせ。前に『時狭間の雷』と言う技がありましたよね。これの技名を変更します。名前は『ライトニング・デス』になります。ちなみに書き方は『時狭間の雷(ライトニング・デス)』になります。さて次回狂夢戦ラストスパートの予定です。あくまでも予定です。それじゃあ次回もキュルっと見て行ってね。


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Last games『The world with me』世界と私

回る 回る

俺等の世界

そして私達は運命に流される哀れな砂粒

昇る 昇る

地から天へ

誇り高く天を舞い 見つめる貴女が灰になるまで

by白咲楼夢


楼夢side

 

「ゲホ、ゲホ......殺ったか......ガハッ!」

 

楼夢はそう呟くと朱く染まった血を吐き出す。身体は血まみれで所々に刀傷や何かに焼かれた跡がいくつもありボロボロだった。この状況で骨折をしていないのは不幸中の幸いと言える。そう言うしかない程に楼夢はボロボロだった。

 

「終わる......訳ねェだろうが!」

 

一方狂夢も怒りをぶちまける様な声で煙の中から姿を現す。身体の傷は楼夢よりは浅いとはいえ決して軽傷と言えるレベルの傷では無い。そして狂夢が戦車(チャリオット)を使用してから既に一分が経っている。よって狂夢はタロットカードをシャッフルし直す。

 

「......やっぱりね。一発じゃ終わらねェか」

 

楼夢は苦笑いしてからゆっくりと構える。だがその目に光は無かった。

 

緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)!!」

 

楼夢はそう叫ぶと目を黒に染める。その朱い瞳には狂夢しか映っていない。

 

「やっと出したか。待ちくたびれたぜ」

 

「当たり前だ。自分と同じ力を持つ者に最初(ハナ)から突っ込む馬鹿はいない。力を温存しておくのは戦闘では常識だ」

 

楼夢はいざという時に備え妖力消費の激しい『緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)』を温存していたのだ。そしてそれを出したという事は戦いの終わりが近づいて来たという事だろう。

 

「そうかよ。じゃあ四枚目

 

 

Spell『魔術師(マジシャン)』」

 

そう言うと狂夢は自分の妖力を全て一つに集める。

 

「(何をしているんだ?あんな物放てば妖力を全て使い切っちまうぞ)」

 

G(ギア・マジック)(フォース)無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』」

 

狂夢は数にして1000発以上の瑠璃色の『虚閃(セロ)』の嵐を放つ。全ての妖力を込めている為一発一発が物凄い密度をしている。その為、今の楼夢の身体では一発当たればすぐに致命傷となるだろう。楼夢は瞬歩を使いながら躱していく。だが1000発以上の『虚閃(セロ)』の嵐を避け切る事など不可能に近い。数十発が楼夢を捕らえる。

 

「鏡符『羽衣水鏡』」

 

楼夢は結界を貼り、なんとか防ぐ......と同時に嵐が止む。だが楼夢はそこである事に気付く。

 

「妖力が......減ってない!?」

 

そう狂夢は確かに全妖力を使って攻撃をした。仮に全妖力を使い切って無かったにしても1000発の「虚閃(セロ)」など放てば妖力は減る物だ。だが狂夢の妖力はまるで時が遡ったかの様に攻撃をする前と何も変わっていなかった。

 

「説明するぞ。俺の『魔術師(マジシャン)』の能力(スペル)は【妖力が減らなくなる程度の能力】だ。これのお陰で俺は一分間妖力消費を気にしなくていい訳だ。ほらよ

 

 

G(ギア・マジック)(フォース)無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』」

 

「!!『羽衣水鏡』」

 

狂夢は突然攻撃して来た。勿論カードの能力を効かされて驚いていた楼夢に避けれる筈なく先程の様に結界で防ぐ......が1000発も防げる訳無い。それでも楼夢は結界を霊力で強化する。そのお陰か吹き飛ばされた時にダメージの7割が減っていた。そしてまた一分が経ちカードの能力が切れる。もう自分の身体の限界が近くなっているのを楼夢は誰よりも理解していた。

 

「さ~てと、俺もカード使うのは疲れるから次で最後にしようぜ」

 

「ああ」

 

狂夢は占いを始める。そして狂った様に笑いながら叫ぶ。

 

「さあ、フィナーレだ!!!

 

 

Spell『(ストレングス)』」

 

狂夢はそう叫ぶと身体から嫌な予感がすると楼夢の本能が告げた。だがそれは楼夢の頭には入っていない。。

 

「こいつの能力(スペル)は【身体能力を数十倍にする程度の能力】だ。準備は出来たか?」

 

狂夢がそう聞くと楼夢はクスリと笑い狂夢の方に振り向く。その瞳には既に希望の様な暖かい光は消え、代わりに全ての者の上に立つ氷の様な美しくも冷たい瑠璃色の光を放っていた。楼夢は残った妖力を全て身体に纏い身体能力を数倍にする。全ての妖力を纏えば一分程で消えるがこの戦いは残り一分しかない。だからこの判断はおそらく正解だろう。

 

 

 

「さあ、審判(ジャッジ)の時間だ」

 

その楼夢の声が聞こえた瞬間、二人は空へ消える。その後には刀と刀が激しくぶつかり合う音が聞こえた。どんなに斬られても、どんなに血を流しても、二人は狂った様に笑っていた。その姿はまさに悪魔と呼ぶに相応しい。

 

G(ギア・マジック)(サード)雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)』」

「破道の八十八『飛竜撃賊震天雷砲』」

 

狂夢は稲妻の様な槍を、楼夢は特大の雷撃を放つ。二つはぶつかり合うと同時に爆発する。その衝撃波に周りの建物は全壊した。

 

G(ギア・マジック)(サード)黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

G(ギア・マジック)(フォース)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』」

 

続いて狂夢は黒い閃光を、楼夢は青白く光る閃光を放つ。技の威力はⅢよりⅣの方が強い為楼夢の『虚閃(セロ)』が狂夢のを打ち消しながら直撃する。楼夢はこれをチャンスと見て刀に霊力を込める。

 

「霊刃『森羅万象斬』」

 

楼夢は自身の十八番の『森羅万象斬』を放つ。だが

 

「甘ェよ!」

 

狂夢は霊力ではなく妖力を刀に込める。その妖力で刀は桃色に輝いていた。

 

「妖刃『夢空万象刃(むくうばんしょうじん)』」

 

狂夢は『森羅万象斬』に似た桃色の斬撃を飛ばす。その斬撃は楼夢ごと天を貫いた。楼夢は力無く空から落ちていく。狂夢は完全に油断し止めを刺そうと近づく。そう油断していたから狂夢は気付かなかった。楼夢の刀に今迄とは段違いの黒い色をした力が集まっている事を。狂夢がその事に気付いた時には遅かった。

 

 

「超次元『亜空切断』」

 

 

一瞬世界が黒に染まった

 

 

 

 

みんなは亜空間についてどう思っているだろうか?亜空間とはこの世界には無い別の空間の事だ。それを能力などで無理矢理開くと亜空間は再び閉じようと膨大な量のエネルギーを放出する。今回楼夢が集めていたのはそのエネルギーだ。楼夢は能力で亜空間の形を操り膨大な量のエネルギーを無理矢理放出させたのだ。そしてそのエネルギーで大きさ20メートル程の巨大な亜空間を敵ごと切り裂く。そしてそれで放出された桁違いな量のエネルギーはその大きさに耐えられなくなり、周りにある物全てを呑み込む程の大爆発を起こす。

 

一瞬、世界が黒に染まった。

 

楼夢はビルの残骸に倒れていた人物に近づき話し掛ける。

 

「これで......終わりだ」

 

「ふふふ......ゲームセット勝者は......てめぇだ楼夢」

 

その時、世界が突然崩れ始める。

 

「何だこれは?」

 

「......時間だな。別れの」

 

「そうか」

 

「ふっまさか本当に俺を倒すなんてな。取り敢えず褒めておくよ。だが一つ言わせろ。もうちょっと自分らしさを見つけな」

 

「......そうだな。サンキューな」

 

「勘違いすんじゃねーぞ。俺はてめぇの敵でも味方でも無ェ。......後俺を一応倒した褒美に良い物をくれてやる。もしも苦戦するようだったらそれを持って呼びな」

 

 

 

 

ーーと

 

 

 

 

その瞬間、世界は完全に闇に包まれ俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと此処まで来た......。
次回から東方蛇狐録始まります。......え、どういう意味だって?皆さん気付かなかったんですか。今迄の話は全てプロローグの様な物で決して本編では無かったんです。まあプロローグで伝えたかった事は楼夢さんの性格や能力そしてその過去です。ちなみに過去の話はまだまだ先なので宜しくお願いします。......あっ次回は本編ではなくオリキャラなどをゲスト入りで紹介していくと思うのでお楽しみに。
あと最近作者は東方vocalアレンジなどを聞いているのですけどオススメがあったら教えてください。宜しくお願いします。
では次回までキュルっと見て行ってね。


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東方蛇狐録《前期》 蛇?狐?いいえ、蛇狐様だ!編
八岐大蛇と神


俺達は頭 愚かさの結晶

俺達は首 八つの力

俺達は蛇 恐怖の象徴

俺達は駆ける 天の果て迄


by白咲楼夢


 

楼夢side

 

此処は楼夢が居た土地から東にある所。そしてこの頃、西から東へとある怪物が向かっていた。

 

 

 

 

 

 

「ヒィィィィィ!!お願いだ!助け......」

 

グチャ

 

「■■■■■■■■!!!」

 

西から東に移動している怪物の名は八岐大蛇。名前の由来は首と尾をそれぞれ八つ持った巨大な大蛇の姿をしている所から。この怪物は移動中数十を超える村、町、国を滅ぼして行った。そして数十人の神の討伐部隊が戦ってもことごとく皆殺しにされ、喰われて行った。

 

大蛇は身の毛も凍る様な雄叫びを上げ、多くの人間を喰らう為、更に東へと進む。その先には巨大な山があった。大蛇は山の頂上まで登ると数日間そこで夜を過ごした。

 

夕日が沈み始めた頃、一人の青年が大蛇を見上げ、語り掛ける様に喋った。

 

「貴様が八岐大蛇だな?」

 

「グルルルル」

 

大蛇はそう低く唸る。その声はまるで新しい食材が来たと言っているようだった。

 

「言葉は通じないか。......ならば!」

 

そう言い青年は腰に刺した刀を抜く。そして気合いの入った声で喋り出した。

 

「我が名は須佐之男命(スサノオノミコト)!今迄喰らった人間達の仇......今取らせて貰うぞ!!」

 

「グル......ガアアアアア!!」

 

須佐之男がそう叫ぶと、大蛇は生意気なと言わんばかりに一つの口から炎のブレスを吐き出す。だが須佐之男はそれを一刀両断し避ける。これは彼の能力【あらゆる物を一刀両断する程度の能力】のお陰である。

 

「ハアァ!!」

 

気合いの入った声と共に須佐之男は大蛇を斬る。だが一撃で終わるほど大蛇は甘くない。須佐之男は大蛇の身体が大きすぎるせいで一刀両断しきれずにいた。だが少なからずダメージを与えた。須佐之男はそう思うと一気に懐へと飛び込んだ。

 

「■■■!!」

 

だが須佐之男よりも大蛇の方が速かった。大蛇は地響きで地震を起こし須佐之男の動きを封じる。そしてその首を伸ばし須佐之男に噛み付こうとする。須佐之男は苦し紛れに刀を振るい大蛇を攻撃する。......がその斬撃はガキンと言う音と共に弾かれる。須佐之男は自分の能力が効かなくなったのに驚き、大蛇の攻撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。なんとか意識を繋ぎ止めた須佐之男はさっきの事を思い出していた。

 

「(まるで鉄を斬った様な感触だ......)」

 

須佐之男はそう思う。実際、その考えは合っている。大蛇の八つの首にはそれぞれ木、火、土、金、水、風、光、闇を司っている。さっきの攻撃は鉄の竜の身体に須佐之男の刀が当たった瞬間、あまりの硬さに弾かれたのだ。そう須佐之男の能力でも斬れない程に鉄竜の身体は硬かった。もし先程の攻撃を直撃(モロ)に受けたら今頃須佐之男はあの鋼鉄の牙に噛み砕かれていただろう。その姿を想像した須佐之男は一瞬身震いをした。だがそれでも刀に力を込め、大蛇へと斬りかかる。この力は霊力とも妖力とも違う神力と呼ばれる力だった。

 

大蛇は次に風竜と水竜が同時に息を吸い込む。そして触れる物全てを凍てつかせる猛吹雪を吐き出した。この様に大蛇は八つの力を融合させ、使う事も出来た。今回の場合は嵐と雪を融合させ吹雪にしたのだ。その凄まじい吐息は辺りを一瞬で銀世界に変えた。だが今の須佐之男にこの景色を楽しむ余裕は無い。須佐之男は神力で弾幕やレーザーを作り相殺して行く。すると大蛇が自身の八つの尾で須佐之男を攻撃して来たのだ。八つの尾はまるで槍の様に須佐之男を貫かんとしている。だがこれは須佐之男にとってチャンスだった。須佐之男はその攻撃を避け、お返しと言わんばかりに尾を切り裂く。流石に尾までは鋼鉄では無いのでいとも簡単に一刀両断される。瞬間、

 

「■■■■■■■■!!!」

 

大蛇が凄まじい雄叫びを上げる。その様は正にハウリングと言った方が良いだろう。須佐之男は悟る。此処からが本当の戦いだと。二人は互いに睨み合った後、戦いを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

八岐大蛇と須佐之男の戦いは三日三晩続いた。そして最後に勝ったのは......

 

 

 

 

 

......八岐大蛇だった。

 

 

 

 

 

二人は互いに全力でぶつかり合っていた。そのお陰で天地は荒れ果て、山の地形をも変えていた。二人の中では若干須佐之男が有利だった。八岐大蛇はそのあまりの大きさのせいで速度は遅い。そこを須佐之男に突かれたのだ。須佐之男はスピードで大蛇を攪乱し、その斬撃で攻撃して行った。では須佐之男の方が八岐大蛇より強いのか?それは違う。あくまで須佐之男はスピードで八岐大蛇に勝っているだけで、もし八岐大蛇が楼夢の姿だったら、そのスピードについて行けずに圧倒されていただろう。それほどまで、須佐之男の神力と八岐大蛇の妖力には差があった。大蛇はあの時村を滅ぼしたオーロラの様に輝く炎を吐く。須佐之男は疲労のせいでそれをまともに受ける。その瞬間、オーロラの様に輝く火柱が天をも貫き、夜空を染めた。その風景は幻想的でありながら地上は地獄と化していた。それは山をも消し飛ばし、辺りを美しくも残酷な風景を見せる蒼く輝く灼熱地獄となっていた。須佐之男はその攻撃を本能で避け威力を半減した。だがその半分の威力で日本の最高神が倒れる程の威力。もし直撃したらどうなるかは一目瞭然である。須佐之男は恨めしそうに大蛇を見つめ、そして最後の力を使って叫ぶ。

 

「さあ!!ゲフッ!......殺すなら殺せ!!」

 

須佐之男は大蛇を睨む。だがそこで大蛇の様子がおかしい事に気付く。だが須佐之男にはもう身体を動かす事も出来ない為、特に意味は無い。そして大蛇が落ち着きを取り戻して行く。須佐之男は自分の最後を悟った。だが次の瞬間聞こえてきた音に須佐之男は耳を疑った。

 

 

「お前............

 

 

 

 

大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




東方蛇狐録遂に始まりました。二十話越えのプロローグがある小説なんて今迄聞いた事も無いぞ。そして作者はとうとうやってしまった。......えっ何を?

決まってんだろ!ドラクエジョーカー3をamazonで注文したのさ!いやーamazonは引きこもりの味方ですわ(笑)。自分はモンスターズシリーズはジョーカーから全て持ってますのでとても楽しみです(((o(*゚▽゚*)o)))。後は......ついでに買い物かごの中に東方の永夜鈔と風神録を買いました。お陰で財布の中身がすっからかんです。
そしてオリキャラ須佐之男さんです。ちなみにこの人の出番は多分物凄く短いです。可哀想に(お前が言うな!)

では時間東方蛇狐録、やっと目覚めた楼夢さん。そして狂夢との戦いのお陰で自分がパワーアップしている事に気付く。

次回、『おnewな時』次回からのnew楼夢さんを宜しく。では次回もまたキュルっと見て行ってね。


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おnewな時

過去から未来へ 未来から過去へ

by白咲楼夢


 

楼夢side

 

ちゃーすみんな。皆の希望の星、白咲楼夢だ!

………やべぇ、また滑った。だが後悔はしていない(キリッ。

まあそんな事は放っておいて、目が覚めたらなんでそこら中が焼け焦げているの?……ていうか何故こんな所に人間が居るの?死ぬよ、マジで。……まあ怪我をしているようだし助けますか。

 

「おいあんた大丈夫か?」

 

「……な!?……」

 

男に話し掛けてみたが、何故かあちらが驚いただけで終わった。……そーいや人間ってこんなに小さかったっけ?明らかに俺の十分の一も無ぇぞ。まあ取り敢えずそこの男に事情を聞こう。

 

「おーい聞こえてますかー?」

 

「……しゃ……」

 

「しゃ?」

 

男は何かをつぶやく様にそう言う。だが次の言葉はちゃんと聞こえた。

 

「しゃぁべったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ああん舐めてんのかクソ餓鬼ゴラァァ!!」

 

俺はこいつの言動にブチ切れる。当たり前だ。俺は怪物扱いされるのが大嫌いなんだよ!

 

「きっ貴様本当に……八岐大蛇か?」

 

「八岐大蛇?なんだよその名?俺には楼夢って言う親から付けてもらった名があるんだが?」

 

まあ実際俺は親の顔を見た事は無い。父は事故で死に、母は元々身体が弱かったらしく俺を産んだ時に死んだそうだ。まあ特に気になったり寂しいとも思わない。そんな事より八岐大蛇だっけ?俺の何処の事を指しているんだか。(全部です)。……ちょっと待てよ。その名何処かで聞いた事あるぞ。

 

「いや俺は貴様が喋れる事に驚いているんだが」

 

「そうそれだ。おい男。名はなんだ?」

 

「俺の名は須佐之男命と言う。」

 

「そうか……俺の名は白咲楼夢。よろしくな」

 

そう言い、俺は須佐之男へ手を差し出す。……須佐之男命。この名も何処かで聞いた事がある。……ちぃ!数億年前の事なんて憶えてられっか!!

 

「あっああ」

 

須佐之男は戸惑いながら言葉を返す。取り敢えずこいつから情報を引き出そう。

 

「おい須佐之男。一つ聞きてぇ事がある。俺は今迄何をしていたんだ?」

 

「……やはり憶えてないか。……痛ッ!」

 

「あっおい大丈夫か?」

 

俺は須佐之男の身体を見る。まず全体的に火傷が酷い。この怪我のしかた。……恐らくは尋常じゃない火力に焼かれたのだろう。生きているのが奇跡と呼べる程の怪我だ。

 

「おい……治してやろっか?」

 

「!?……ああ頼む」

 

俺はいつもの様に【妖狐状態】になる。……あれ何故か姿が変わってる?

まず頭の左斜め上には手の平より大きな桜の髪飾りが付けてあった。一応取ろうとしたがどうやら付けているのではなく頭から咲いているみたいだ。......うん、なんで生物の頭から花が咲いているんだよ!俺の頭はお花畑とでも言いてぇのか!巫山戯るな!

 

「(それは溢れかえった妖力が行き場を無くして頭に咲いただけだ。まあ、取り敢えず妖力の貯金箱の様な物だ。だからあまり気にするな)」

 

狂夢の声が突然俺の頭の中に響く。良かった。取り敢えず悪影響は無さそうだ。

 

次に俺の巫女服だ。今迄は黒く塗り潰されていたのに袖の裾に赤いラインが描かれていた。更に黒いロングスカートの下に着ていたロングスカートが白くなっていた。お陰で黒いロングスカートから白いロングスカートがちょうどいい具合にはみ出ていた。うん、俺の巫女服のレベルアップなんて嬉しくないよパトラッシュ。

 

「楼夢……お主……女だったのか」

 

「女じゃねぇ、男だ!!」

 

「だがその姿は女ーー」

 

「それ以上言うとお前の口を縫い合わすぞ」

 

「だがーー」

 

「縫い合わすぞ」

 

「……はい、すいませんでした」

 

俺は【回道】と呼ばれる霊術を使う。ただ俺は基本的に普通の怪我位しか治せない。よって須佐之男の怪我は全て治らなかった。そう霊力とあと何かが足りないのでまだこの術は未完成だ。

 

「ほいよっと。すまねぇな。俺の実力じゃこれが限界みたいだ」

 

「いやさっきよりはだいぶマシになった……だがお主は何故こんな事をする?」

 

「少なくとも目の前で人が死にかけてるのを無視する程俺は冷たく無いんでね」

 

「……そうか。……あと俺は人間じゃない。神だ」

 

「んっ紙?」

 

「神だ神!お主今巫山戯て言っただろ!」

 

「気にするな!」

 

「気になるわ!」

 

「取り敢えず俺はさっきの質問に答えて欲しいんだが?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 

 

 

紙説明中……。(紙じゃない、神だ!)

 

 

 

 

「成程、理解した」

 

取り敢えず話をまとめると

 

俺発狂→八岐大蛇に変化→二、三年間国という国を荒らしまくる→須佐之男登場、あっさり撃沈→現在

 

という所だな。俺って物凄い事してんな~。

 

「やけに冷静だな」

 

冷静ではない。俺だって驚いている。だが不思議と自分を責める気にはならなかった。

 

「過去の事をイチイチ気にしてたらキリが無い。これは歳上からの言葉だ」

 

「俺はもう五千歳超えているのだが?」

 

「残念俺数億歳だから」

 

「ええっ!!」

 

驚くのも無理ない。多分俺より歳上の生物なんてもう地球には存在しないだろう。……ていうか何俺等自分の歳で威張ってんだろう。子供かよ。

 

「そういや神を見るのは初めてだったな……神って色々出来るのか?」

 

「ああ、まあ俺は戦神だから戦う事しか出来ないけどな(ドヤァ」

 

「それで俺に負けたのかよ」

 

「そのような事があろう筈が御座いません。てか楼夢も神になってるぞ」

 

「Repeat please」

 

「えっ」

 

「もう一回言え」

 

「お主も神になってるぞ」

 

「マジかよ」

 

「マジです」

 

おいおいそんなの聞いてねえぞ。てか妖怪って神になれるの?そもそもなんで神になったの?

 

「お主は人間達を恐怖の底に突き落としたりしていたから邪神として妖怪達から信仰されているらしい。ちなみに種族は破壊神になっているぞ」

 

こりゃあ面倒な事になったな。これから苦労しそうだ。

 

「ありがとな。こいつは礼だ」

 

そう言い俺は天叢雲を須佐之男に投げる。

 

「おい良いのか。こいつはかなりの上物だぞ」

 

「良いよ。俺には()()()がある。あと、八岐大蛇はお前が退治した事にしてくれ。それは証拠品の様な物だ」

 

そう言い切ると、俺は須佐之男に背を向け新たな()()に手を当てる。

 

「おーい楼夢ー。またなー!」

 

俺は須佐之男に微笑む。さあ、新大陸だ。何処に行こうか......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~今日の狂夢~~

 

「ウオォォォォォォ!!!」

 

現在狂夢は自分の家(精神世界)でド●クエ8をしていた。どうやら現在ラスボスのラ●ソーンと戦闘中らしい。

 

「潰れろ。デブソーン!スーパーハイテンションのヤ●ガスからのーー

 

 

ーー蒼天魔斬!!」

 

デブソーンに3013のダメージ。

 

デブ「まだだ…まだ終わらんよ」

 

狂「なんで画面の中で喋れるんだよ!」

 

デブ「黙れ小僧!!!デブにだって色々事情があるんだよ!喰らえーー

 

 

ーーマダンテ」

 

「キュルァァァァァ!!」

 

その後、何故か精神世界に亜空切断を超える爆発が起きたとさ。でめたし、でめたし

 

 

 

 




すいませんでしたぁぁぁぁ!
今回は皆さんに大変お詫び申します。
なんとこの小説の一話と二話が逆になっていました。よって「はぁ、意味不明だわ」とか思った人がいたかもしれません。すいませんでした。

次はヒャホォォォォォォ!!!
春休みだぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!
という訳で投稿ペースを上げたいと思います。

「のっけからハイテンションだな」

あ、貴方は......狂夢さん!何故此処に!?ていうか大丈夫ですか!?

狂「ああ、マダンテで一回ピチュったがなんとかな。後で決着を付ける。そうそう作者、俺の次の出番は何時だ?」

多分五十話程後じゃないですか?

狂「嘘だぁぁぁぁぁ!......もう駄目だ......おしまいだぁ......」

何処かの惑星の王子様になってますよ。

狂「畜生、たまに此処に来て出番増やしてやるー!覚えてろー!......あ、今日冷蔵庫にプッチンゼリーブドウ味を入れてたっけ。ちょうどいいや。食おう」

......なんだか面倒臭くなりそう。皆さん高評価&お気に入り登録の他に感想などもバンバン書いて下さい。皆さんの感想をお待ちしております。

さて次回、新大陸に到着した楼夢。そこで待ち受ける物とは......

次回もキュルっと見て行ってね


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悪魔と蛇狐


誇りを失った俺は人になり

誇りを失った俺は獣になり

誇りを失った俺は虫になる


誇り無き俺は刃となり

誇り高いお前は人になる

誇りを取り戻した俺は人になり

誇りを失ったお前は刃となる


......ああ、誇り高きお前が妬ましい

by白咲狂夢


 

此処は和の国、いわゆる昔の日本だ。

現代の人間は一度はこう思った事があると思う。

 

『昔の世界に行ってみたい』

 

これは平和に生き続けた人間共の欲望の一つだ。

だが、彼等は知らない。太古の世界には地上を支配する存在が人間共ではない事を。囚われ続けたーー

 

 

ーー屈辱を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ハアッ!ハアッ!」

 

此処はとある廃墟へと続く道。そこである男がそこへ走っていた。その顔面は蒼白になり、明らかに何かに怯えているのが解る。

 

やがて、男は廃墟へとたどり着く。此処は国や村からかなり遠くに位置する為、助けを呼ぶ事は出来ないのだ。男はふうっとため息を吐き、そこらにあった岩に腰掛ける。どうやら逃げ切ったと思ったようだ。

 

「ふうっ。なんとか逃げ切れたーー」

 

「ーーと思っていたか?」

 

男はあまりの驚きに地面に倒れる。そしてその後ろには男の様に低過ぎず、女の様に高過ぎない、中性の声を放つ美しい妖怪が居た。その髪は日の光に当たり、桃色に輝いていた。

 

「......ったくチョロチョロ逃げ惑いやがって。......まあいい。一応、俺も此処を目指していたからな」

 

妖怪はハアッとため息を吐くと、男に近づいて行った。一方の男は既に立ち上がっており後ろにズルズルと後ずさりをしている。

 

「なっ何が目的だ!何故私を狙う!」

 

「目的は解りきっているでしょ。お前を狙う理由は......強いて言うならたまたま見つけたから」

 

妖怪は優しく微笑みながら男へと一歩、一歩と近づく。

 

「此処の近くは森も無いし狩りが出来ないんだよ。だから俺昨日メシ食ってなくて」

 

妖怪はバツが悪そうに苦笑いする。だが男にはその無邪気な動作の一つ一つがとても恐ろしく思えた。

 

「おっお願いだ!少し待ってくれ!」

 

「ダーメン。待たない、お終い、ちゃんちゃん♪」

 

「いっ嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁ!!」

 

グチョ

 

まるで何かを潰した様な音がした後、男の首から上が消えており、そこから血が噴水の様に吹き出している。妖怪は身体に少し力を入れる。すると、人をそのまま丸呑み出来そうな大きさの大蛇が八匹、妖怪の後ろから出て来る。どうやらこの蛇達は彼の尻尾のようだ。八匹の大蛇はグチャグチャと音を立てながら男の死骸を喰らう。その光景は常人が見たら発狂しかねない程酷かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楼夢side

 

あざっす!皆さん。八岐大蛇ことやまちゃんと何時か呼ばれたい楼夢さんです。............冗談です。

 

さて現在俺はとある廃墟の近くに居る。......えっ何?人間は基本的に喰わない主義じゃなかったのかだって?前は前、今は今、腹がすいたから喰う、『合理的です』byどっかの理事長

とまあ冗談で、本当は食料が無かったからだ。

それより、須佐之男と出会ってから、一ヶ月の時が過ぎた。取り敢えず八岐大蛇になった影響がどこまであるか把握しよう。

 

まず、全ての状態が何かしら強化されていた。例を上げると、【蛇狐状態】の時の俺の尻尾は一本から八本へと変わった。大きさも、最大十メートル以上になっていた。分かりやすく言うと八岐大蛇の首と同じ位の大きさだ。......まあ、普段は変化の術を使って小さくしているから問題は無い。......ただ、尻尾を八本にすると妖力が物凄い事になるので普段は一本で戦っている。尻尾が八本の状態はさしずめ【八岐大蛇状態】とでも名付けておこう。

 

次に【妖狐状態】の変化についてだ。この状態は尻尾が九本から十一本へと変わった。どうしてこうなった?......まあ、この状態では普段尻尾は十一本出している。何故かって?出しておいた方がらくだからだ。ちなみに【人間状態】には外見的に何も変わって無かった為、紹介しない。

 

そして一番凄い事になっているのは妖力だ。現在の俺の妖力は須佐之男と戦った時と同等なのである。分かりやすく言うなら、ルーミア戦時の俺の約数十倍だ。......うんおかしい。今の俺はまさしく化け物なのだ。自分で言うのも難だが。

 

それより、さっき取った人肉で何か作ろう。

 

「狂華閃二十二奏【バーベキュー斬り】」

 

「まあ、燃やしておけば大丈夫だな」

 

そしてその後、能力でフライパンなどを作り、最終的に......

 

「じゃーん!人肉のサイコロステーキ♪」

 

どうしてこうなった?

 

「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛!!」

 

「そうだろ、そうだろ。うん美味しい♪......そして誰だお前!!」

 

「私だ!!」

 

俺は何時の間にかサイコロステーキを食って、ドヤ顔していた妖怪に話し掛ける。外見は白い髪に赤い瞳。そして何故かフード付きの黒いジャケットを着ている。何処にあるんだよ、それは?

 

「質問に答えろ。......てめぇ」

 

楼夢は怒りを含む殺気を放つ。よっぽど自分の近くに居た事が気に食わないのだろう。

 

「よくも俺のサイコロステーキを食ったな!!」

 

違ったようだ。

 

「良いじゃん別に」

 

「良くねぇ!てめぇ、名乗れゴラァ!!」

 

「は~めんどくせぇな~」

 

「喋るのが面倒臭いのなら死んじまえ!」

 

「はいはいっと。俺の名は火神矢陽(ひがみやよう)。西洋最強の賞金稼ぎだ。早速だがてめぇに死悪意(しあい)を申し込むぜ」

 

「その呼び方流行(ハヤ)ってんの!?」

 

「なんだよ常識を知らねぇ奴だな。んでさっきの答えは?」

 

「非常識なてめぇに言われたかねぇ!今回ばかりはイラついたから答えはOuiだ!」

 

「OK。行くぜ、楽しい殺し合いだ!!」

 

此処はとある廃墟。今、二頭の獣が放られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~今日の狂夢~~

 

此処は楼夢の精神世界。そこでとある少年が数十個の板チョコを食べながらゲームをしていた。

 

狂「死ねぇぇぇぇ!!ジゴスパーク!」

 

ピチューん

 

狂「よっしゃぁぁ!!勝ったーー」

 

デブ「ーーと思っていたか?」

 

狂「Pourqoui(何故)!」

 

デブ「あくまでもHPが0になっただけだから死にはしねぇよ。残念だったな(笑)」

 

ブチィ

 

狂「ああ、そうかよ。だったらーー

 

 

ーー殺す!」

 

デブ「ハハハハ、どうや『メラゾーマ』ホギャァァ!?」

 

狂「『魔人斬り』」

 

デブ「ごっふぁぁぁぁ!!ていうかなんでこういう時だけ当たるんだよ!」

 

狂「ゲームの中に居るのなら、同じゲームに居る主人公達で攻撃すればいい話だ」

 

デブ「もうやめて、我のライフはもう0よ!」

 

狂「くたばれ、『ドラゴンソウル』」

 

デブ「ヒャッハァァァァ!!」

 

ピチューん

 

狂「よっしゃぁぁぁぁぁ!」

 

この後、精神世界ではとある少年が泣きながらエンディングを見ていたとさ。

 





はい皆さんこんにちは。作者です。
今回はオリキャラ火神矢陽さんの登場です。
最近オリキャラ多いと思った人。すいません。火神矢さんは後後重要なキャラになる予定なのでここだけは外せなかったのです。ちなみに、どれほど重要かと言いますと楼夢さんの次くらいに重要です。大丈夫です。火神矢さんの次はちゃんと東方キャラ出すので。

では次回、謎の賞金稼ぎ火神矢陽。その通り名はダテじゃなかった。

次回もキュルっと見て行ってね。


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La flamme de diable《悪魔の炎》


俺達は獣

血肉を喰らい

吠え続ける哀れな狼


俺達は炎

罪人を焼く地獄の業火

そしてその血で俺達は朱く染まる


俺達は星

堕ちゆく太陽

それを嘲笑う月の光


ああ、俺達こそ自由の証だ

by火神矢陽


 

 

 

 

楼夢side

 

「さーて、準備は出来たか?」

 

燃え尽きた様な白い短髪の髪を持つ少年......火神矢陽は準備運動をしながら楼夢に問う。

 

「ああ、OKだ......その前に一つ気になった事がある。お前は西洋出身の妖怪なんだろ」

 

「?......ああ」

 

火神矢は楼夢の言葉に疑問を抱きながら答える。

 

「......じゃあなんで武器が日本刀なんだ!?それに名前も漢字じゃねぇか!!」

 

楼夢は相変わらずキレがあるツッコミをしながら火神矢に問う。そしてその答えはどうでもいいものだった。

 

「Parce que j’aime la culture deJapon《何故なら私は日本の文化がだーいすきだから》」

 

「いや日本語で話せよ!なにちゃっかりフランス語で喋ってんだよ!!一応意味は解るがややこしいから早よ戻せ!!」

 

「La technique du Japon et meilleur du monde《日本の技術は世界一ィィィィィ》!!」

 

「日本人でもないのに言うな!ああ、なんで普段ボケキャラで通してる俺がツッコミをしなくちゃならねぇんだ!」

 

「神は言っている。君はボケ役になる定めではないと......」

 

「なんでそのネタ知ってんだよ!......ていうか俺のサイコロステーキ食うなぁ!!」

 

「モグモグ......さて、二つ目の質問の答えは唯単に俺に名前が無かっただけだ」

 

「よくそれで仕事入るな」

 

「まあ、皆からは『炎の悪魔』と呼ばれている」

 

ーー炎の悪魔

 

楼夢はこの時火神矢の能力を火に関する能力だと予想した。

 

楼夢は腰に刺した新たな刀を引き抜く。刀の特徴的な所はまず青紫色の柄。そしてその下には紙垂と呼ばれる御払い棒に付いている紙が付いていた。

次に鍔は桜の様な形をしておりその五つの花弁にはそれぞれ魔除けの鈴がシャラシャラと言う音を立てながら付けてある。その音は聞いているだけで安らぎを与えてくれるかの様に心地よかった。

そして刀身は桃色に染まっていた。それは太陽の光に照らされ美しい光を放つ。その光景は誰でも思わず見とれてしまう程幻想的な色をしていた。

 

「随分珍しい刀を持ってるな」

 

「ふふふ、実際俺もまだこいつを手に入れてから日が浅くてね。お手柔らかに頼むよ」

 

「だが断る♪」

 

火神矢はそう言うと俺に向けて突っ込んで来る。俺は火神矢の斬撃を刀で受け流す。

 

「......やるじゃん」

 

「ありがと......よ!

 

G(ギア・マジック)(ファースト)虚閃(セロ)

 

俺は余った左手から桃色の閃光を放つ。火神矢は俺に接近していた為、よけられずに直撃する。俺は【妖狐状態】になりさらに攻撃する。

 

「花炎『狐火開花』」

 

俺は火神矢が居る所に狐火の雨を降らせる。ドドドドッと言う音が辺りに響き、砂煙などが昇る。これはいわゆる全方位攻撃なのでもし狙った場所に居なくても数発は当たる。その光景はある種の虐めの様にも見える。

 

「どうだ、少しは......ん?」

 

楼夢はある一箇所に妖力が集まっているのを確認する。次の瞬間ーー

 

「火神矢奥義『火炎大蛇(かえんおろち)』」

 

一瞬で砂煙が消え、そこから炎で形作られた竜が俺に向かって飛んで来る。

 

「!?ちぃ!

 

雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

俺は八つの竜で攻撃を相殺する。そしてすぐさま火神矢の方に向く。

 

「そう言えば俺の能力を教えてなかったな。俺の能力は【灼熱を生み出す程度の能力】だ」

 

俺はその能力に絶句する。その能力は炎を操るよりも強力で危険な物だ。灼熱と言うことは彼に燃やせない物はほぼ無いと断言してもいい。それ程までに強力なのだ。

 

「んでお前の能力も教えて欲しいんだが」

 

「......」

 

楼夢はしばらく沈黙したあとゆっくりと答える。

 

「俺の能力は【形を操る程度の能力】だ。......本当は手の内を明かしたくないんだがな」

 

「形を操る......へ~それは厄介だね」

 

そう言い火神矢は刀を鞘に収める。それを見て俺は次に火神矢が何をするのか悟った。

 

「(多分......超接近戦だな)」

 

俺はそう悟ると火神矢と同じように刀を鞘に収める。その鞘には四季の花が描かれていた。

 

俺は【蛇狐状態】になると身体に妖力を纏い身体能力を強化する。そして火神矢もまた妖力で身体を強化する。

 

「さてと......殴り合いの準備は良いか?」

 

「いつでも」

 

その返事を期に二人は同時に地を蹴る。そしてそのまま互いに衝突する。

 

「うりゃぁぁぁぁぁ!!」

「オラァァァァ!!」

 

二人は同時に拳を突き出し殴り合いを始める。その拳が一発当たるごとに地が揺れ、今にも地震が起こりそうだ。

今炎の悪魔と桃色の蛇狐が戦い始める。この勝負の決着は......神にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 





どーもどーも、作者です。
ちなみに火神矢さんはフランス出身です。フランス語で喋っていたのはその為です。ちなみに作者は現在仏検二級へ向けて勉強中です。あ〜だるい。マジでだるい。
そして作者が中二病過ぎると言われましたが許してヒヤシンス。作者は実はエリート中二病だったのです。タグにそう書きましたので悪口などは書かないで下さい。

さて次回、二人の戦いは超接近戦へ。さあ、どうなる!?

次回もキュルっと見て行ってね。


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THE FIGHT《戦い》

人を一人殺める

その時私は温もりを忘れる

人を二人殺める

その度私は感情を削られる

人を更に殺める

それから私は罪と言う十字架を背負い続ける

by白咲楼夢


 

楼夢side

 

「おりぁぁぁぁぁぁ!!」

「オラァァァァ!!」

 

二人は激しく殴り合う。その衝撃に耐えられず衝突する度に地面にクレーターが出来ていた。

 

まず楼夢は右拳を突き出す。火神矢はそれを左腕で軽く払い、楼夢の懐に潜り込み右ボディーブローを入れる。

楼夢はガードが間に合わないと判断し腹に力を込めて威力を軽減する。そしてカウンターぎみのアッパーカットを火神矢に繰り出す。

火神矢はボディーブローを打つ為に楼夢の懐へ急接近していた為、避けられず顎を捕らえた。

だが、火神矢は攻撃を喰らった瞬間に身体も一緒に吹き飛ぶ事で威力を吸収し軽減する。

 

「おいおい、やるじゃねえか」

 

「ち、体術の方も完璧かよ」

 

「それじゃぁ......行くぜ!」

 

そう言うと二人はまた殴り合いを始める。

だが忘れていないだろうか?楼夢はスピード型の剣術を扱っていて決して殴り合いを得意とするパワー型ではないのだ。

おまけに今迄の戦いから楼夢の弱点はその耐久力の脆さだ。

決してスタミナが無いと言っていない。そう楼夢は一撃に弱かった。

剛の時も、ルーミアの時も、狂夢の時だって楼夢は一撃受けただけで致命傷となっていた。

 

「グ......ガァァ!!」

 

火神矢は炎の拳で楼夢の顔面に一撃を入れる。

楼夢はなんとか踏みとどまったが火神矢はその手を休ませない。

楼夢に向けて炎の拳を連打する。

 

「ハアッ、ハアッ、......ちぃ!ーーーー

 

ーーーー縛道の八『斥』!!」

 

楼夢は手の甲に斥力のような物を発生させ、火神矢の拳を弾く。

突然拳が逆方向へ弾かれた事によって火神矢は少しバランスを崩した。

その隙に楼夢は右拳に妖力と風を超圧縮して纏う。それを目撃した火神矢は拳に纏う炎を更に巨大化させる。

 

「鬼神奥義『空拳』/我流拳奥義『火炎拳(かえんけん)』」

 

二人が同時に言うと、互いに拳を放った。

その衝撃で天地は一際大きく揺れる。

楼夢は超圧縮された風、火神矢は妖力で作り出した炎、こういえば今物量で勝っている楼夢が有利に見えるだろう。

だが楼夢の風は次第に弱くなっていく。何故ならーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー火神矢の炎が楼夢の拳に集まっている風の酸素を燃焼し、集まっている風を真空状態にしたからだ。

普通、空気を燃焼しても二酸化炭素が残る。だが、火神矢の炎はそれさえ打ち消した。

 

次第に楼夢の風は消え去り、楼夢は火神矢の渾身の一撃を喰らう。

 

 

 

ドゴォォォォォォン

 

 

 

楼夢が吹き飛ばされた所には巨大な火柱が立つ。火神矢はそれを見て、勝利を確信し警戒を解いた。

 

そうそれがいけなかった。次の瞬間、

 

ヒュン

 

火神矢の耳には何かが風を切る音が聞こえた。火神矢は急いで刀を構え直す......が時すでに遅し、

 

「縛道の七十九『九曜縛り(くようしばり)』」

 

火神矢は周りにある八個の黒い玉が浮かんだ後、胸に一つの黒い玉が付き縛られる。

その拘束力は凄まじくいくら火神矢でも抜け出せなかった。

 

楼夢は刀を抜き、刃を火神矢に向ける。そして......

 

「狂華閃七十一奏『細波(さざなみ)』」

 

無数の水の刃が火神矢を襲う。

 

 

 

 

 

ーー狂華閃七十一奏『細波』

 

この技が上位の七十番代にある理由は、その攻撃範囲の広さと威力だ。

この技は刀から刃の形をした、高圧水流を相手に飛ばし、切り裂くと言う技だ。

これだけ聞くと、大した事ないと思うだろう。実際、高圧水流の一つぐらい並の力を持つ者でも躱す事は出来る。

だが、もし高圧水流が一つだけではなかったら?

そう、この技は一撃ではなく『氷結乱舞』のような複数回攻撃を放つ技なのだ。

その数はーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー全てで十五発。

 

十五個の高圧水流が楼夢の剣術の速度と同じ速さで放たれる。

楼夢の剣術の型は速度重視。更に精神が高まっていれば一撃を一秒未満で出す事など容易い。

此処まで聞けば、この技がどれほど恐ろしい物か理解出来るだろう。

 

毎回一秒未満に放たれる高速の十五の高圧水流。

さらに水と言う概念もあってかその攻撃範囲はかなり広い。

それを、鬼道で拘束されている火神矢が避ける事は不可能だろう。よってーーーー

 

 

 

ーーーーズパパパーン

 

 

そんな音が聞こえた後、俺は火神矢が居た場所を見つめる。そして、刀を構え直す。

 

火神矢が居た場所には死骸が無かった。よって、拘束から逃れたと推測できる。

だが、外れた訳ではない。攻撃を放った場所には血が飛び散っていた為、少なからずダメージを与えた事は確実だ。

 

「......そろそろ出て来たらどうだ?」

 

「......ち、やっぱりな」

 

楼夢が後ろを振り向くとそこから火神矢が出て来る。その左腕からは高圧水流で切られたような跡があり、そこから血が流れている。

 

「以外だね。どうやってあれを避けたんだ?」

 

「......忘れたかよ。俺の能力ならてめえの水を蒸発させてダメージを削る事も出来るんだぜ!」

 

火神矢はそう言うと、妖力を高めていく。

突如、辺りの空気が変わる。そしてーーーー

 

「!?」

 

火神矢は楼夢の前に一瞬で近づき、刀で叩き切る。

楼夢はあまりにも突然だった為受け流す事は出来ず、刀で受ける。

......だが、楼夢は火神矢の山をもなぎ払うようななぎ払いの威力に、為すすべもなく吹き飛ばされる。

 

楼夢はすぐさま受け身を取る。

だが......

 

「遅い!!」

 

突然後ろから声が聞こえる。そしてーーーー

 

炎舞剣(えんぶけん)紅蓮華(ぐれんか)』」

 

楼夢は灼熱の炎を纏った刀で叩き切られる。

 

「あ“......あ“あ“あ“あ”あ”あ”あ”!!!」

 

楼夢はドロドロに溶けた鉄が身体に塗られているような感覚を味わい、そのあまりの熱に叫ぶ。

実際、灼熱とはそれ程かそれ以上の熱量なのだ。

だが火神矢はすぐさま楼夢に回し蹴りを放つ。当然、楼夢は避ける事は出来ず、そのまま吹き飛ぶ。

 

「じゃあな、楼夢。中々楽しかったぜ☆

 

 

 

 

 

ーーーー炎波「フレイムウェーブ」

 

火神矢はそう言うと、地面に手を当て、力を込める。

すると......

 

 

 

 

ーーーー大量のマグマが波のように地面から吹き出て、楼夢を飲み込む。

 

その光景は、天変地異の一種と言っても過言ではない。その時ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーマグマの波の中から、二十メートルを超える八匹の大蛇が飛び出て来る。

 




いやー投稿遅れてすいません。
リアルで色々忙しかったり、途中まで書いていた小説が消えたりと色々ハプニングが起きまして。

では次回、マグマの中から出て来た八匹の大蛇。そして楼夢さんがとうとう妖力を解放する。

次回もキュルっと見て行ってね


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Crochet de serpent《蛇の毒牙》


全ての生物には共通点がある

それは、無意識に本能に従って生きている所だ


......本能......ただそれだけでいい

by火神矢陽


 

 

楼夢side

 

「......おいおい、なんだあの化物.....!?」

 

火神矢は突然マグマの海の中から這い出た巨大な大蛇達を見て、驚いていた。

これも楼夢の仕業だという事に気付いてはいるが火神矢はまず最初の問題をどうしようかと考える。突如ーーーー

 

 

ーーーードガガガァァァァン

 

 

激しい爆発がマグマの海を消し飛ばし、そこから楼夢が無傷で出て来る。

そして、火神矢は大蛇達の正体を知る。

 

「......ハァ!?」

 

火神矢は一瞬間抜けな声を上げる。

そう大蛇達の正体はーーーー

 

「......まさか()()全てお前の尻尾かよ、楼夢!!」

 

「大せいか~い☆まあ、理解した所で意味なんてないけどね」

 

ーーーー大蛇達の正体。それは、俺の尻尾の事だ。

これが、俺の新たな姿【八岐大蛇状態】だ。

 

この状態になるとまず、妖力が【蛇狐状態】の約数十倍になる。

そして、尻尾の蛇が八匹に増える。

さらに、この蛇達は長さを、最大二十メートルにまで調整出来て、伸縮自在になっている。

これは、【蛇狐状態】でも出来るが長さは人一人丸呑み出来る程にしかならない。

 

 

俺は全ての蛇の長さを人一人丸呑み出来る程にまで縮める。

あまり大き過ぎても逆に動きにくい為だ。

 

「ちぃ、大きさにビビっちゃ話んなんねえ!行くぞ!」

 

火神矢は気合いを入れ直し俺に近づこうとする。だが......

 

「はいざんね~んーーーー

 

 

 

 

ーーーーG(ギア・マジック)(フォース)無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』」

 

八匹の大蛇達の口に膨大な量の妖力が集まる。

次の瞬間ーーーー

 

 

ーーーードドドドドド

 

 

八匹の口から無数の桃色の閃光が放たれる。

それを一言で表すなら、まさに機関銃のようだった。

 

「!?......くっ!」

 

火神矢は1000を超える虚閃(セロ)をなんとか避けるが時間の問題だろう。

さらにーーーー

 

「俺を忘れるなっての!!」

 

 

 

 

 

ーー破道『牙鬼烈光(がきれっこう)

 

 

 

 

 

俺は刀の刃先から複数の緑色の光閃を放つ。

俺は先程まで動かずに尻尾だけで攻撃していたのだ。

つまり、俺()()はなにもしていなかったのである。

そして、動かずに遠距離攻撃だけに専念すれば火神矢に十分な負担を与える事が出来る。

 

火神矢は新たに放たれた閃光を避け切る事が出来ず、いくつかが直撃する。

そして、それに気を取られ動きを一瞬止めてしまう。

直後、無数の弾幕が嵐のように火神矢に襲いかかった。

 

「炎舞剣『紅蓮一文字』!!」

 

火神矢は苦し紛れに刀に膨大な量の炎と妖力を込める、それを一文字に切り裂き、斬撃を飛ばす。

だが、個々の威力ならともかく、無数の弾幕の嵐の前には、もはや壁にしかならなかった。

そしてーーーー

 

 

 

 

ーーーードドドドーン

 

 

 

 

 

火神矢の身体はすぐに桃色の閃光の嵐に呑まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......あれでまだくたばらないのかよ」

 

俺は先程閃光を放った所を凝視する。そこには砂煙が上がっていてうっすらと人影が浮かぶ。

 

「当たり前だ!此処まで来て止める訳ねえだろ!!」

 

火神矢は不気味にも笑いながら叫ぶ。

......なんかあいつ見てると本当に狂夢の野郎の顔が浮かぶな。

 

「ハハハハハ!!久し振りだぜ!!こんなにも追い詰められたのはよ!!なら俺もーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー全力で行こうか!!!

 

 

 

 

火神矢がそう叫ぶと、辺りに火柱がいくつも吹き出る。

その光景を人が見たら、こう呼ぶだろう。

 

 

 

 

ーー灼熱地獄と

 

 

 

 

やがて、火神矢の居た場所が爆発し、火柱はその爆風によって消える。

そして中からーーーー

 

 

 

 

ーーーー先程の数十倍の妖力を持った火神矢が出て来る。

 

その妖力は楼夢の【八岐大蛇状態】とほぼ同じ程であった。

 

「......な!?」

 

「(なんだよありゃ!?冗談じゃねえぞ!!

......ち、愚痴言ったってなにも変わらない。だったら!!)」

 

俺は刀の柄に付いている紙垂を掴むと、刀を真横にヒュンヒュンと言う風切り音を出しながら、回転させる。そしてーーーー

 

 

「魔槍『ゲイボルグ』」

 

刀は黒い妖力を纏い始める。そして、漆黒の槍を作り出す。

 

「へー、色々な事が出来るな。羨ましいぜ」

 

「元々器用だったし、能力も名前を言い換えれば【万物を操る程度の能力】と呼べるしな」

 

「さーて、お互い妖力は解放したし、いっちょ殺るか」

 

俺はゲイボルグを構え、妖力で尻尾と身体を強化する。

 

 

 

 

 

 

 

ーーさあ、裁きの時間だ

 

 

 

 

最初に動いたのは俺。火神矢に突きを繰り出す。

火神矢はそれを刀で受け流し、攻撃を回避する。

次に火神矢は灼熱の炎を纏いながら一文字を描く。

おそらく、先程の紅蓮一文字と言う技だろう。だったら......

 

「狂華閃八十九奏『水雲(もずく)』」

 

俺は刀に密度の高い水を超圧縮し纏う。これは『細波』とは違い、斬撃を繰り出した瞬間に大量の水が放出され、敵を圧殺する技だ。おそらく攻撃範囲は狂華閃の中でも一番だろう。

 

「「オラァァァァ!!/ハアァァァ!!」」

 

炎と水がぶつかる。

普通なら、火は水に弱いというのが常識だろう。

だが、目の前に居るのは妖怪としての常識を超え、最高神をも打ち倒す程の強者。

その彼もまた常識外れだった。

 

火神矢の能力【灼熱を生み出す程度の能力】はその気になれば、この場に小さな太陽を創り出す事も、地底のマグマを噴火させる事も出来る、一言で言えば、熱に関する物を操り、創り出す事が出来る。

 

今回は炎の熱を操りマグマよりも熱い炎を生み出した。

その温度は水を一瞬で蒸発させてしまう程だ。

つまり......

 

 

 

ボシュッ

 

 

楼夢の放った水は全てその灼熱の炎に飲み込まれる。そしてーーーー

 

「紅蓮の炎に刻まれて消えろ」

 

一文字に燃える炎に飲み込まれる瞬間

 

 

 

 

ーー霊刃『森羅万象斬』

 

蒼き斬撃が辺りに迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





疲れた~~~~~!!!
最近、家にメッチャ友達が来ます。今週でもう四回目だぞ。もうちょっとお兄さんを休ませて(笑)

さて次回、互いに全解放で戦う火神矢と楼夢。しかし二人の戦いの均衡が崩れ始める。

次回もキュルっと見て行ってね


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FANG OF THE BEAST《獣の牙》


俺らが獣のように人を喰らうのはその者がただ本能に従っているからだ

俺らが獣のように戦いを欲するのはそれ以外に力を得る方法がないからだ

俺らが獣のように冷酷なのはそうでなくては生きていけぬからだ

俺らは罪人、全てを喰らう者

今日も死へのレクイエムが聞こえる

by火神矢陽


 

 

楼夢side

 

「グガァァ!!......痛っ!!......無理をした」

 

楼夢は斬撃の当たる瞬間に森羅万象斬を放ち威力を減少させた。

 

言っていなかったが森羅万象斬は狂華閃ではない為、主に刃が付いた武器さえあれば撃てるのだ。

......まあ最終的に手刀でも一応威力は下がるが使えるみたいだ。......何でもありだな。

 

「ったく、西洋最強の賞金稼ぎじゃなくて西洋最強の妖怪なんじゃないか?」

 

「まあ一応そうとも言う」

 

「......認めてんのかよ」

 

楼夢は火神矢と喋っている間に立ち上がり服に付いた汚れを払う。

 

「まあ、その刀......いや今は槍か......も普通ではないんだな。あの一撃を食らっても粉々になっていないって事は中々凄いぞ」

 

「ふん、妖魔刀(ようまとう)がそう簡単に壊れてたまるかよ」

 

説明しよう。妖魔刀とは狂夢の野郎から貰った刀だ。

まあ分かっているのはこの刀は普通のとは次元が違う何かを持っているという事だ。

何故こんなに情報がないかと言うと情報源があの狂夢(バカ)だからだ。

 

 

「楼夢よ 、一つ聞いておきたい。お前にとって自分とはなんだ?」

 

「どういう意味だ?」

 

「なーに唯単にお前にとって自分と言う存在はどういう物かと聞いてるだけだ」

 

「......俺は俺だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

火神矢がその答えを聞くと少し残念そうな表情になるがすぐさま狂気的な笑みを浮かべ、楼夢にその能力で燃える刃を向ける。

 

「そうかよ。じゃあーーーー

 

 

 

 

ーーーーさっさと殺ろうぜ」

 

火神矢は次の瞬間左手から数十本の炎の矢を作り出し楼夢へと飛ばす。

 

楼夢は全ての矢をゲイボルグで弾き、左手に霊力を込める。

 

「破道の六十三『雷吼砲(らいこうほう)』」

 

楼夢の手の平から巨大な雷撃が放たれ、火神矢へと向かう。

 

 

「咆哮『インフェルノ・レイ』」

 

 

火神矢はギャ●ック砲の構えを取ると両手から巨大な炎を放つ。

 

二つは大きな爆発を起こし相殺する。

 

 

続いて楼夢は火神矢に接近しその手にある巨大な黒い槍『ゲイボルグ』で火神矢をなぎ払う。

 

火神矢はそれを刀で受け流そうとするが衝撃が予想を超えていた為そのまま吹き飛ばされる。

 

「主よ。かつて地を支配した旧支配者よ。我の言の葉によりて汝の封印を解き放たん。その力で血肉を喰らい、その血で乾きをうるおせ。そして我の前に立ちふさがる敵に天空の裁きを!!

 

目覚めよ!!ゲイボルグ弐ノ式『悪魔(デビル)』汝の封印を解禁する!!」

 

 

楼夢は何かの詠唱を唱える。その瞬間、ゲイボルグを赤い霧のような物が包み、やがてそれが晴れると中から赤黒く染まったゲイボルグが出て来る。

 

 

楼夢はそれをなぎ払いで吹き飛んだ火神矢へと投擲する。

そして楼夢が投げたゲイボルグは三十の鏃へと姿を変え、火神矢を追うように飛んでいく。

 

 

 

 

 

ーーゲイボルグの伝説

 

伝説上でゲイボルグには本来二つの能力がある。

一つが投擲すると三十の鏃へと姿を変える『悪魔(デビル)』。

そもそも何故封印をしているのかと言うと楼夢自身完全に操れない為、下手に衝撃を与えると暴走してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

火神矢は地底からマグマを噴火させ全ての鏃を飲み込む。

だがこの鏃はゲイボルグの一部なため、そんな攻撃では止まらない。

数本の鏃が火神矢を貫く。

 

「グゴハッ、ゲホッ、ゲホッ......クソ、こんな物!!」

 

火神矢は怒りを解き放つように叫び、乱暴に腹に突き刺さっている鏃を引き抜き、叩き壊す。

粉々になったゲイボルグは光となり、楼夢の右手に集まりだし、最終的に新たなゲイボルグを生み出す。

 

「ハアッ、ハアッ、......クソテメエ!」

 

火神矢は腹の傷を抑えながら楼夢を睨み殺気を放つ。

その目は気の弱い者なら心臓麻痺に出来る程の圧力があるがそれで恐れる楼夢ではない。

 

「極炎『焔ノ業火(ほむらのごうか)』!!」

 

火神矢はそう叫ぶと刀を地面に突き刺す。

すると......

 

 

ドゴオオーーン ドゴオオーーン

 

 

地面からいくつもの火柱が吹き出る。

その大きさは約数十メートル程だった。

 

楼夢は瞬歩で火柱を軽々と避ける。

正直言って火柱を避けるだけの作業なら今までの中で最も簡単だった。

 

だからこそ、楼夢は()()()()()()()

 

 

楼夢はふとある違和感を覚え、空を見上げる。

そこにはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー今まで吹き出した全ての火柱の炎が天へと上り、巨大な五芒星の魔法陣を描いていた。

 

 

 

 

火神矢は魔法の聖地ーー西洋出身である。

さらに、火神矢は攻撃魔法だけなら天才を超えていた。

 

 

天に描かれし巨大な魔法陣。

その大きさは直径一キロメートル程で、天をも焦がす程の膨大な炎が溜められていた。

 

火神矢の狙いはこれだった。

 

まず当たれば強力な技を使い楼夢にこれが本命だと認識させる。

次に楼夢が避けている隙に空に魔法の極地ーー極大五芒星の魔法陣を描き、地から吹き出た炎を集め出す。

足りない量は火神矢が作り出し、後はひたすら溜め続ける。

 

 

さて、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

楼夢は現在一キロメートル以内ーーつまり魔法の射程圏内に居る。

楼夢は此処までの事を瞬時に悟ると思わず呟く。

 

ーーしまったと

 

「極大五芒星魔法『黒墜天炎魔壊衝波(こくついてんえんまかいしょうは)』」

 

 

瞬間、大量の光が解き放たれーーーー

 

 

 

 

ーーーー世界は紅に染まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ、ハアッ、......ちっ極大五芒星魔法まで使うとは思わなかった。お陰でもう魔力がからからだ」

 

火神矢は直径一キロメートル程の巨大なクレーターを見下ろし、辺りの岩に腰を下ろす。

 

「ふー、今日は俺の数億年の人生の中で最も疲れた日だな......いや、核爆弾といい勝負と言う所か......ん?」

 

火神矢はクレーターの中心に何かが生きている事に気付き目を細める。そして、見た光景に目を疑う。

 

 

クレーターの中心、そこにはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーボロボロになりながらもクレーターの中心で立っていた楼夢の姿があった。

 

 

楼夢は炎が当たる直前に完全な八岐大蛇になり、ダメージを減少させたのだ。

 

完全な八岐大蛇状態は火や水などの全ての属性魔法を軽減する。

 

だがそれでもだ。

 

極大五芒星魔法はその八岐大蛇状態の耐久を遥かに超えた一撃を放つ。

 

そして攻撃が当たった瞬間、そのダメージは十分の一程しか減少されてなかった。

 

楼夢は極大五芒星魔法をまともに受けた為、【八岐大蛇状態】が消え普通の【蛇狐状態】に戻る。

その尻尾は人一人飲み込めるサイズからニシキ蛇程まで縮んでいた。

 

 

「思い......出したんだ......」

 

「......何をだ?」

 

楼夢は語り出す。

 

「自分と言う存在がどうであったか」

 

「俺の力は他人を傷付ける為でも金の為でもない、好きな事をやり続け自分が正しいと思った事を貫き通す。

 

それが白咲楼夢と言うーーーー

 

 

 

 

ーーーー俺いや私自身だ!!!」

 

 

楼夢はそう叫ぶと刀の峰に手を当て目を閉じる。

そしてーーーー

 

 

 

 

「響け、『舞姫(まいひめ)』!!」

 

楼夢がそう言うと何処からともなく桜吹雪が現れ楼夢を包む。

そして現れた時にはーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー刀身に七つの鈴を付けた桃色の刀を持つ楼夢の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~

狂「ドラクエジョーカー3発売記念、三年E組ーーーー」

生徒達???「「「狂八先生!!」」」


「さーてやってきました特別企画、主役は俺、だけど最近本編で出番が無い、狂夢様だ!」

「何時も元気な作者です」

「んでこのコーナーは何をするんだ?」

「このコーナーではこの小説の分かりにくそうな所をメタ発言含んで説明するコーナーです」

「OK最初は......楼夢の巫女服?」

「はい楼夢さんは超絶美人なんですけど服装の説明が分かりにくそうだから詳しく説明しようかと」

「ふーん、取り敢えず楼夢の服装は大体博麗霊夢の巫女服の色違いバージョンのような物だ。......これでいいか?」

「もっと詳しくお願いします」

「ちっ服の色は博麗霊夢の赤い部分は黒、少し白いラインなどは赤になってるぜ。
ちなみに袖の色も微妙に違い、白の部分が多く赤のラインが少しあるような感じだろ。その白い部分が黒くなってるぜ。
最後は......ロングスカートの紹介か。
これも博麗霊夢のは赤が多く白いラインが少しあるような感じだろ。それの赤い部分を黒、白いラインは赤にしたような感じだ。そして楼夢はこの黒いロングスカートの下に黒よりも長い白いロングスカートを着ている。その為、ロングスカートの一番下の部分は白になってるぞ。
......疲れた!!」

「お疲れ様でした。まあ言っちゃえば霊夢は紅白、楼夢さんは紅黒の巫女と言う訳ですね」

「作者の霊夢好きがよーく分かるぜチョットヒクワー」

「う、黙れ小僧!!!」

「ちなみにドラクエ発売記念とか言ってるけど作者は買ったにも関わらず諸事情で春休みの終わりまでプレイ出来ません」

ピチューん

「......返事が無い、ただの屍のようだ」

「と言う訳で次回予告、

大ピンチに陥った楼夢(バカ)。だがその時俺がくれてやった切り札が大活躍する。

次回もキュルっと見て来いよ。

アア、ツカレタナナーサッサトゼリークッテカエロウ



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Danseur dans une flamme《炎の踊り子》


出会って、別れて、また出会う

それが私の三千世界

by白咲楼夢


 

 

楼夢は、手に持った自身の妖魔刀『舞姫』をしばらく見つめ、その切っ先を火神矢へと向ける。

その刀身の峰には七つの小さな穴が空いていて、そこから金色に光る魔除けの鈴が七つ付いていた。

さらに刀身は桃色の何処か神々しい光を放ちながら輝いていた。

そして柄に付いている紙垂の長さが若干長くなっており、数も一つから五つにまで増えていて、全体的に刀がお払い棒のようにも見えた。

 

 

「......何でもありかよ」

 

 

火神矢はその光景を見て苦笑いする。

それもその筈、楼夢の刀の形が変わり、さらに【八岐大蛇状態】にまでは及ばないが楼夢の妖力は刀の形が変化した事によって、確実に増えていた。

 

 

「形まで変わるのか 、お前の刀は?」

 

「まあ......な。こいつは私と似たようなもんだ。こいつは力を使う場所を見失っていた。同じく私も今までなんの為に力を使っているのか知らなかった。

だけど、今分かった気がする。私は私がしたい事をし続ける。だからーーーー

 

 

 

 

ーーーー私が今踊るべき舞台は此処だ!!もう、絶対に見失わない!!」

 

「そうかよ、じゃあ来いよ!俺も負ければ誇りを踏みにじる事になるんでね!

 

魂を吸う者(ソウル・イーター)『ストームブリンガー』!!」

 

 

火神矢がそう言うと同時に刀が緑色の光に包まれる。

 

 

「魂ってのはな、主に人妖問わずに全て霊力で出来ていて、生物が死ぬと魂は一瞬元となった霊力の約数万倍の霊力を放出するんだ。

そしてこの、ストームブリンガーは殺した相手の霊力を吸い取る事が出来るんだ」

 

火神矢はキヒヒと不気味な笑い声を上げる。

 

楼夢の左目は自然と緋色の宝石のような色に変わる。緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を発動させたのだろう。そして、刀身の峰に手を当てる。次の瞬間、舞姫が真紅の炎と共に燃え、楼夢は炎の刀と共に舞い始める。

 

火神矢は何時攻撃が来てもいいように構える。

 

楼夢は炎と共に舞っている。その光景は楼夢が火の鳥となって、踊っているように火神矢は思えた。次の瞬間、

 

 

舞姫神楽(まいひめかぐら)朱雀(すざく)の羽乱れ』」

 

 

楼夢は突如そう呟く。

すると火神矢の全方位から炎の羽が大量に放たれた。

 

 

「ハアッ!?」

 

 

いきなりの出来事に若干驚くも火神矢はそれを刀で一つ一つ叩き落としていく。

よくよく考えれば灼熱を生み出す火神矢にとって炎とは恐るに足らない物なのだ。あくまで()()()の話しだが。

 

 

「Project『氷結(Freeze)』実行」

 

 

楼夢は地面に舞姫を突き刺すとそう呟く。そして......

 

 

パキパキパキッ

 

 

「......なっ!?」

 

 

突如火神矢の周りが氷結し始める。

火神矢は数秒間氷のせいで動けずにいたがこれも彼の能力によって破壊される。

だが、数秒間は次の攻撃を仕掛けるには十分な時間だ。

 

 

「やれやれ、こんな物......へ!?」

 

 

火神矢は余裕そうな顔から間抜けな声を出す。

そしてどんどん顔の色が蒼白になっていく。

 

火神矢が見つめた先、そこにはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「破道の八十八『飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)』」

 

 

ーーーー楼夢が放った青白く光る閃光があった。

 

膨大な量の霊力で放つ極大な雷撃。

その霊力は普段使う量の三倍の霊力が込められていてさらに八十八番と言う鬼道の中でも最高位の数字を付けられている鬼道。その威力は山を数個消し飛ばす程あった。

 

 

ドゴオオオオン

 

 

だが、それでもだ。

 

 

「グガアアア、......中々味な真似しやがって!

 

重刃『紅蓮十文字(ぐれんじゅうもんじ)』!!」

 

 

火神矢は砂煙の中から現れ、紅蓮一文字を十字に二回放つ。

 

 

「殺れるもんなら殺ってみろ!!

 

超次元『亜空切断』」

 

 

楼夢は楼夢で、狂夢を倒した斬撃を放つ。

 

黒と赤の斬撃は互いにぶつかると、恐らく今までで一番大きな衝撃波を辺りに放ち、相殺しあう。

 

だが......

 

 

「オラァァァァ!!」

 

単純な威力だけなら、火神矢が勝っていた。

それもその筈、そもそも楼夢はスピード型なのでこう言った純粋な力比べには弱いのだ。

 

火神矢の炎は十字を描きながら、楼夢の月牙を突き破り、轟音が辺りに響く。

 

 

 

 

 

 

 

「......とうとう終わったか」

 

 

火神矢は辺りを警戒したあと、刀を収める。

先程までとは違い、楼夢の妖力は感じられなかった。

火神矢はこれほどの戦いの中でも何故か安全なサイコロステーキに近寄り、ナイフとフォークを取り出そうとする。するとーーーー

 

 

グミョーン

 

 

そんな音と共に火神矢の真横に空間の隙間のような物が開く。そして中から......

 

 

「何勝手に人の昼飯食おうとしとんじゃコラー!

 

舞姫神楽『白虎の牙』!!」

 

 

楼夢が隙間の中から、素晴らしいツッコミを入れながら叫んでいた。

 

突如、火神矢を狙うように、焔ノ業火のような氷柱が地面からいくつも突き出す。

 

そして、上からは巨大なつららが雨のように降り注いでいた。

 

上と下からの氷柱攻撃。その様子は白虎が牙を剥く様に似ていた。『白虎の牙』など大した名前である。

 

 

「グ......アァァァァ!!」

 

 

火神矢はこの事を予想していなかった為、一瞬で氷付けになる。

 

楼夢は亜空切断で亜空間へ続く隙間を開き、その中でやり過ごしたのだ。

あの時、火神矢が楼夢の妖力を探しても見つからなかった理由も、亜空間へと逃げ込んでいたお陰で感知出来なかったのだ。

そして楼夢はタイミングを見計らって、隙間をもう一度開き、攻撃したという事だ。

 

そして火神矢を氷付けにしていた氷がバキバキと音を立てて崩れさり、火神矢が出て来る。

 

 

「グ......うう、どうやら俺は限界が近いようだ」

 

「同じく俺も空間を開くのに妖力をほぼ使っちまった」

 

「成程、じゃあ次が最後って訳か」

 

「......そう言う事になる」

 

 

それを聞くと、二人は一旦距離を取り、それぞれの一撃に集中する。

 

 

「最後に聞いとくぜ。その刀の能力はなんだ?」

 

「......【舞いを具現化させる程度の能力】それが、舞姫の能力だ」

 

二人は残った妖力を全て刀に込める。楼夢は刀を鞘に収め居合切りの構えを取る。

 

辺りを沈黙が包む。そしてそれを破るように風がヒュルっと通る。そしてーーーー

 

 

「死炎『不知火懺悔(しらぬいざんげ)』」

「狂華閃九十七『次元斬(じげんざん)』」

 

 

ーーーー桃色の閃光と真紅の斬撃が混ざり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......クソ、俺の負けだ」

 

「......いや、それは違う。相打ちだ」

 

「そう......かよ、中々楽しかったぜ、『火神(ひがみ)』」

 

「おう...よ」

 

 

そう言うと、二人は鮮血を出しながら倒れる。

 

 

辺りは、その返り血で真紅に染まる......

 





やっと火神矢VS楼夢さん戦終わった\(^ω^)/
まあ、次回はほのぼの回になりますね。
そして火神矢さん強し(笑)
だってこの人の実力明らかにスサノオ超えてますよ。
後後今の状態の何倍も強くなるなんて言えない。

では、次回もキュルっと見て行ってね


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失われた感情の一かけら


親しみ、裏切り、地を流す

それが俺の三千世界

by火神矢陽


 

 

ーー少年は全てを信じなかった。

 

 

否、少年は全てを信じなくなった。

 

その理由はこの世界に知っている者はもう存在しない。

 

これは、西洋最強の妖怪の遠き過去のお話

 

 

 

 

 

『よーす、火神。元気にしてたかー?』

 

 

ーーそんな仲間の声が聞こえる。

 

彼の名は火神(ひがみ)

【熱を吸収する程度の能力】を持つ妖怪だ。

少年の種族はフェンリルだが、犬のような尻尾も耳も無かった事から、仲間に見捨てられた。

 

そして、今現在はとある都市近くの森に住む妖怪の一人として、暮らしていた。

 

 

『腹減ったな......おい火神なんか取って来い!』

 

 

ーー少年は今の生活に喜んでいた。

 

 

ーー彼は孤独だった。だが今は仲間が居る。

 

 

元々少年は純粋だった。いや、純粋すぎた。

 

その為彼は仲間だと思っていた森の妖怪達が自分を騙しているなんて思いもしなかった。

 

少年は言われた事をしっかりこなす純粋な子だった為妖怪達が利用しない訳無かった。

 

 

妖怪達は少年に一日に一回無理事ををやらせた。

 

時には森の妖怪達の為に全員分の食べ物を要求したりもした。

 

だが少年は一切文句を言わずに一日をその無理事の為に費やした。

 

 

ーー妖怪達にとって火神は奴隷そのものだった。

 

 

命令すればなんでもこなす。

そんな日々が毎日続いた。

 

 

ーーある日少年の元に一つの噂が流れた。

 

それはとある遠い遠い都市が穢れから逃れる為に月に移住したと言う話だった。

 

噂はすぐに各地に広まった。

 

その話を聞いた都市はロケットで月へと脱出しようとし、それを妖怪達が食い止めようとする。

 

ある都市は月へと無事乗り切り、またある都市は妖怪達の手によって滅ぼされた。

 

そんな戦いがずっと続く。

人々はこの戦いをこう呼んだ。

 

 

ーー人妖大戦と。

 

 

そしてそれは火神達も例外では無かった。

 

都市の周辺の妖怪達は互いに手を組み人間達を食い殺す為収集された。

 

今の時刻は丑三つ時。

火神の妖怪としての実力は中の下程だった。

 

それを分かって尚、火神は目覚ましの為に夜の森を散歩していた。

すると、人目がつかない場所で妖怪達の話し声が聞こえた。

 

 

『人妖大戦、そろそろっすね』

 

『ああ、そうだな』

 

『それにしてもどうするんすかこれ。一番危険な場所に妖怪を一人行かせろと上から言われてんすよね』

 

『安心しろ。あそこには火神を行かせる』

 

 

妖怪がそう言った時、火神の背筋が凍り始める。

 

 

『おお、あいつをっすか?さすが兄貴!』

 

『あいつは俺らの奴隷のようなもんだからな。死んでも構わねぇし誰も文句を言わない。生贄にはぴったりよ』

 

『その通りっすね、ハハハ』

 

 

火神はその話しを聞いて、怒りに満ちていた。

 

ーー自分はあれ程信じていたのに、どうして?

 

 

少年は気が付けば森を抜け出し、逃げ出していた。

 

少年は明日人妖大戦の中で復讐する為に寝床を探した。

 

 

ーーもうその目には光は映っておらず、代わりに闇のような黒い憎悪で燃えていた。

 

 

 

 

 

いよいよ人妖大戦が始まった。

 

火神は辺りを見回し、森の妖怪達を探す。すると、遠くに見覚えのある妖怪を見つけた。

 

 

ーー今の火神の表情は獲物を見つけた獣のようだった。

 

 

火神は大乱闘を繰り広げる妖怪達に近づく。すると一人が気付いたようだ。

 

 

『火神!!てめえ何処ほっつき歩いてやがった !!さあ行け、兄貴がお待ーーーー』

 

 

妖怪がそう言い切る前に火神は彼の頭を消し飛ばす。

火神は森の中ではあまり強くはないが今は違った。

 

 

ーー妖怪は感情によって強さが変わる。

 

 

今の火神は二度裏切られた事で復讐の炎がさらに燃え上がっていた。

 

 

ーー今の火神は誰にも止められない。

 

 

そして一人が殺された事で周りの妖怪達が気付く。

 

 

『てめえ何しやがる!!』

 

『俺らに喧嘩を売ってんのか?火神ぃ!!』

 

 

火神はその中で兄貴と呼ばれる妖怪を見つけると喋り出す。

 

 

『この俺様を裏切ったんだ。覚悟は出来ているよな?』

 

 

その声を聞いた時、妖怪達は一斉に襲いかかる。だが全て復讐の炎によって燃やされる。

 

 

『......案外呆気ない物だな』

 

『ひ、ひぃ!!お願いだ、助けてくれ!!』

 

 

その声を聞いた瞬間、火神の怒りが増幅する。

 

 

『そんなもんで許してもらえるなら俺は今ここには来ねぇよ!!!』

 

 

グチョ グチャ

 

 

火神は妖怪が死んでも尚、殺し続ける。するとヒューと言う音と共に核爆弾が落ちてくる。

 

 

『......何だありゃ?』

 

 

火神は科学など分からないので今落てきている物体がなんだか分からなかった。

 

 

ーー瞬間、辺りが光に包まれる。

 

 

『グオオオオオ!?』

 

 

火神には何が起こったか分からなかった。だが今はそんな事を考える時間は無い。火神は能力を発動すると熱を吸収し始める。だが......

 

 

『ぐ......ううう!』

 

 

核爆弾の熱を全て吸収するなんて出来るわけなかった。火神は一瞬で吸収限界になる......がそれでも火神は吸収し続けた。

 

 

ーーやめれば死ぬ。

 

 

そんな恐怖に晒されながらも火神は必死に吸収し続ける。

 

 

『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!』

 

 

やがて、光が収まり、火神の前には全て消え去った跡があった。

だが、火神はそんな事には目もくれず、自分の身体から溢れる力に注目していた。

 

 

ーー核爆弾の熱を吸収した事で得た能力【灼熱を生み出す程度の能力】

 

 

ーー火神はこれにより、力と引き換えに感情の一つ『信頼』を失った......

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~


「第二回、三年E組、教えてーーーー」

「「「狂八先生!!!」」」

「という事で今回は妖魔刀を紹介してくぜ、どーも皆さんみんなの希望の星狂夢だ!!」

「何時も変わらない作者です」

「というかなんでこのコーナー復活したんだ?」

「それは此処だとメタ話出来るので色々便利なんですよ」

「ああ、そうか。んじゃ妖魔刀の紹介行くぜ」

「妖魔刀とは、妖刀に魂が入った刀の事を指すんだな」

「ちなみに妖魔刀と妖刀の違いは?」

「妖刀には妖力が込められていて、妖魔刀には魂が込められていているんだぜ」

「んで、妖魔刀には一つ一つに名前があってそれを呼ぶ事で封印を解く事が出来るんだ。まあ、要するに斬魂刀のような物だ」

「質問、なんで楼夢さんの舞姫の能力は【舞いを具現化させる程度の能力】なのに狂夢さんの技が使えるんですか?」

「言い忘れたが舞姫はもう一人の俺のような物だから多少は俺の能力を使う事が出来るんだ。
そして舞姫の能力の説明はテーマを決めて踊りそれを具現化させる事で攻撃するんだぜ。
例を上げるとテーマを桜にして踊ると無数の桜の形をした斬撃が相手を切り裂くような感じだ」

「ちなみに妖魔刀の設定は結構重要なので覚えておいて下さい。
後、よく狂夢さんそんな長い事覚えていられましたね」

「あ〜いやいや、覚えてないけど前に書いた『安心安全妖魔刀取扱説明書初級編』をさっき久しぶりに読んで思い出しただけだ」

「初級ってまだ説明してない事があるんですか?」

「あるっちゃあるけどめんどくさいから言わない。じゃあ次回予告行くぜ」

「火神と引き分けた無様な楼夢君は火神と一緒に一夜を過ごす。

次回もキュルっと見て行ってね」


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埋められた感情のピース

喜びを表す天使のラッパ

怒りを表す復讐の刃

哀しみを表す天の雫

楽しみを表す月光の神楽


喜怒哀楽の感情

もしこの内のピースを無くせば人は人間から何か別の物に生まれ変わるのだろうか......

by白咲楼夢




 

楼夢side

 

 

「ぐ......ううぅ......」

 

 

俺は土の上で目を覚ます。どうやらあの後気絶していたようだ。

 

 

「目覚めたか......ならさっさと立て」

 

 

そう誰かが喋る。

俺はその声が聞こえた方へ振り向く。そこには......

 

 

「......火神?」

 

「ちょっと待てなんで『火神』なんだ?」

 

「だって火神矢だと長いし、陽だとなんか色々いけないからだ」

 

 

何故いけないかと言うと、どっかの下手くそ小説を書いてる野郎の本名に似ているからだ。

 

 

ピチューん

 

 

......今の音は無視しておこう。

 

 

「なんだよ俺のネーミングセンスにケチ付けるのか?情けないぞ火神」

 

「まだ俺文句言ってねえよ!!後結局そう呼んでるじゃん!!」

 

「ちっちゃい事は気にするな、それ」

 

「ワカチコワカチコって何言わせとんじゃ!!」

 

 

おお、ツッコミに回る火神は珍しい。やっとこっちのペースになって来た。

......後なんでそのネタ知ってんだよ。

 

「それだったらお前は『血髪(ちがみ)』になるぞ」

 

「なんで血髪なんだよ。俺の髪は桃色だ」

 

 

そう言い俺は袖から手鏡を取り出し覗く。そこには見事に血で染まった俺の髪があった。

 

 

「どうだった、血髪?」

 

「......チーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくお待ちください......。

 

 

 

 

 

 

「そんな事より飯だ!飯が食いてえ!血髪!なんか作ってくれ!」

 

 

おい食いたいなら自分で作れよ。

俺は内心呆れながらも立ち上がろうとする。だが何故か身体に力が入らなかった。

 

「親方ぁ、何故か身体に力が!」

 

「なんで親方なんだよ。まあ力が入らない理由は多分ストームブリンガーで斬られたからだ。戦闘中でも喋った通り俺のストームブリンガーは魂を吸う魔剣だ。まあ、そのうち治るから安心しろ」

 

「いやいやこれじゃあしばらくの間立てねえよ!」

 

「......ち、じっとしてろよ」

 

 

火神は刀を引き抜くとストームブリンガーを使う。......え、なんで俺の方に構えてんの?

 

 

「歯ぁ食いしばれよ」

 

 

ズシャ

 

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

 

俺の身体を何かが切り裂く。何故か傷は出来なかったが超痛え。

 

 

「何すんじゃコノヤロー!!」

 

「まあまあ、ちっちゃい事は気にするなそれ」

 

「ワカチコワカチコってもうそれはいいんだよ!!!......まあ、立てたから一応礼は言っておく」

 

「要らねえよ。お前の礼なんて金の足しにもならねえ」

 

「ああん?」

 

「な、なんでもない」

 

「そうか」

 

 

俺はそう呟くと袖の中から鉄球を取り出しそれでフライパンなどを作る。さあ、調理(せんとう)開始だ。

 

 

 

 

 

......数十分後......。

 

 

 

 

「......出来たぁ!!」

 

 

俺は能力で作った木のテーブルに今日作った料理を並べる。

 

 

「何という事でしょう。ただの人肉が匠の魔法とも言える料理で五つ星レストラン並のハンバーグに早変わり。この料理は匠の類ない料理センスの結晶です」

 

「そんな解説要らんからさっさと食おうぜ」

 

 

俺と火神は椅子に座り、料理を食べようとする。その瞬間......

 

 

 

ドッポーーーン

 

 

 

俺達の隣で水柱が立つ。どうやら先程の戦闘の衝撃で温泉が湧き出たようだ。そして......

 

 

バシャン

 

 

俺と火神は温泉の湯に呑まれずぶ濡れになる。だがそんな事より......

 

 

「......チーン」

 

「...」

 

 

俺達のハンバーグは温泉の湯のせいで原型もとどめていない哀れな姿へ変わる。

 

 

「「や、野郎ぶっ殺しゃらぁぁぁぁぁぁあ!!!」」

 

 

そしてその後辺りに謎の爆発が起きたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「く~いい湯だぜぇ」

 

「ひゃぁ~疲れが取れる~」

 

「お前の場合疲れと一緒に理性も飛んで逝きそうだな」

 

 

俺は現在火神と一緒に温泉に浸かっている。地形の方は俺の能力で整えておいた。やっぱりこの能力万能だな。

 

 

「いや~温泉に浸かるのなんて何年ぶりだろう?」

 

「何年だ?」

 

「さあ、最後に浸かったのは......駄目だ、数億年前の事なんて覚えてる訳ねえ」

 

「数億年?て事はもしかして人間達が月に行く前から存在していたのか?」

 

「そうだが。......どうやらお前も同じみたいだな。嬉しいぜ、同世代の奴が生き延びていたなんてよ」

 

「いや、あと一人生き残ってそうな奴が居る」

 

「......意外と生き延びていたりするんだな」

 

「......そうだな」

 

 

俺はあの日の出来事を思い返す。思えばあの頃中級妖怪だった俺が今じゃ妖怪達から破壊神と崇められる程の妖怪か。信じられないな。

 

鬼城剛、この地を旅すればいつか必ず戦う事になる強敵。......負けねえぞ、俺は。......ん、やばい気持ちよすぎて......堕ちる!

 

 

「......キュル~~」

 

「ぷ、ははは!!なんだよその鳴き声は!?」

 

「......く~~」

 

「へ、おいおい起きろよ」

 

「......は、私は一体何を......?」

 

「思いっきり寝そうになってたぞ」

 

 

危なかった。取り敢えずもう寝ないようにしないと......ん。

 

 

「なんだその酒は?」

 

「ああ、こいつは『火昇り』と言って鬼みたいに酒に強くなければ一瞬で酔いが回っちまう俺特製の酒だ」

 

「ちょっと貰ってもいいか?」

 

「いいがお前酒に強いのか?」

 

「いや、そもそも飲んだ事がない」

 

「マジかよ、あまりおすすめはしないが......ほらよ」

 

「サンキューグビッ」

 

「......どうだ?」

 

「結構美味いな......もう一杯!」

 

「そう来なくっちゃ。おらよ」

 

 

酒も結構美味い物だな。今日はとことん飲むか。

 

 

後日温泉には酔い潰れている二人の妖怪と百を超える酒のビンがあったとさ。

 

 

 

 




~~今日の狂夢『様』~~

「どーも皆さん、最近ゲームで遊べていない作者と」

「ぬ~すんだバ~イクで走り出す~~♪

一日中ゲームしている狂夢だぜ♪」

「ていうかなんでカラオケしてたんですか?」

「知らんな」

「そっすか、さて火神さんはこれでしばらくお休みです......どうしたんですか?」

「......作者、俺は決めた、『火昇り』を超える酒を絶対作ってやる!」

「な、なんだってーーーー!!!」

「ここで負けたらあとがきの支配者としての名が腐る。というわけでしばらく俺はあとがきには出ない。じゃあな!!」

「......あの人は何を目指しているんだろう?

では次回予告、なんと新章突入!楼夢さんはとある国を目指す。そこで巻き起こる数々の事件とは!?

次回もキュルっと見て行ってね」


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突撃!諏訪大戦編
桃色蛇狐と弥生時代



世界は進む

どんなに時の流れが残酷でも

人は進む

たとえ他の者を滅ぼしても

世界は滅び行き、人は進む

その先に待つのは混沌か新たな天地開闢か

by白咲楼夢


 

 

 

ーー妖魔刀

 

それは主に妖刀に魂が入った刀の事を指す。

 

この刀の特徴はそれぞれに自我と名前がありその名を呼ぶ事で封印を解放する事が出来る。

そしてその力は刀に入る魂と依り代となる刀の素質によって決まる。

また、極希に刀ではない物に魂が入る事もある。

 

妖魔刀に入る魂は何故か欲が深い者の魂である事が多い。そしてその持ち主によっては力に耐えきれず、刀に力を吸われてしまう者もいる。

そして持ち主が死ねば妖魔刀も灰となって消え去る。

 

 

 

 

 

ーーヒトと共に生き、ヒトと共に消え去る。

 

 

ーーそれが『妖魔刀』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楼夢side

 

 

どーも皆さん、現在俺が妖魔刀の事について知っている事を整理している楼夢です。......え、よくあれだけの情報を集めたって?説明しようあれは数百年......いや、一ヶ月前の事だった。

 

 

 

 

 

 

俺はあの時、火神と別れ、一人で温泉に一週間程浸かっていた時の事だった。

 

 

俺は明日此処を離れる為、温泉に漬かりながら尻尾だけで出発の準備をしていた。

すると、空から一冊の本が落ちて来たのだ。

 

あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。俺は温泉に浸かっていたら空から本が落ちて来た。な、何を言ってるのか分からねえと思うが俺も分からなかった。おまけに頭上に落ちて来たせいで頭がどうにかなりそうだった。催眠術だとか超スピードだとかじゃ断じてねえ。......最も恐ろしい恐怖の片鱗を味わった気分だぜ。

 

とまあ巫山戯るのもやめて、取り敢えず頭に落ちて来た本を調べよう。

 

まず、本の名前は『安心安全妖魔刀取扱説明書初級編』。......なんだよこの巫山戯た名前は!これはゲームの取説じゃねえんだぞ!

 

次に何故か出版社の名前が書いてあった。この本の製作者は現代人か!?

 

名前は......『NEETプロジェクト』......ああ、この本の製作者誰だか分かったわ。随分分かり易い名前だなおい!......ていうか会社あるんだったらNEETでもねえだろ!......ああ、そうか会社員一人もいないから結局NEETである事に変わりは無いんだ。すまない、気付いてやれなくて。

 

 

 

 

 

 

「ーーーーという事があって妖魔刀の情報を手に入れたって訳だ。......え、なんで温泉に一週間も入っていたかって?多分しばらく入れないからだ(キリッ」

 

 

とまあ独り言はやめて、現在俺は諏訪国と言う国を目指している。

現在の時系列は弥生時代。日本の神達がわんさか増える時代だ。なんだよ八百万の神って!?神様多過ぎるだろJK。

 

まあ、その途中で道が分からなくて森の中で迷子になっています。マーマミーヤ。

......まあそう深く考えるな。一旦ここらで休憩と行こうじゃないか。

 

 

「んー、いい景色だねえ。

 

緑で染まる草木、水晶のように透き通った水」

 

「キャアアアアアア!!!」

 

「そして聞こえる謎の絶叫......へ!?」

 

「いやああああああ!!!」

 

「やっべ!のんびりしてる場合かよ!ああもう!!」

 

 

俺は急いで声がした方向に走る。俺は普段旅している時は【妖狐状態】なのであまり速くは無いが、人間の三倍は出てるはずだ。

 

 

「此処か!?」

 

 

俺は声がした方に辿り着くとそこには緑髪の大体高校生ぐらいの少女が妖怪に襲われていた。......ああ、言い忘れていたけど尻尾が十一本になった時に身長が少し縮みました。大体五センチ程。うん、どうでもいい。まあ要するに彼女の事を少女と言ってるが俺も身体は少女だったという訳だ......いや、少女じゃなくて少年だな。なんでこういう時に限ってどうでもいい事を考えるんだろう、俺?

 

俺はすぐさま妖怪の前に立ち塞がる。相手は三メートル程の土蜘蛛。まあ、中級妖怪だが俺にとってはゴミでしかなかった。

 

 

「さっさと退場願おうか!『ボールを相手のゴールに......シュート!!』」

 

 

俺はそう言うと、そこらの木で木製のサッカーボールを作り、土蜘蛛の顔面目掛けてボールを思いっきり蹴る。あと長いけどこれも立派な技の名前だ。

 

木製のボールは土蜘蛛の首から上を吹き飛ばしその場に倒れる。

 

 

「超、エキサイティング!!!」

 

 

俺がそう叫んでいると少女が話し掛けて来る。

 

 

「あ、あの、ありがとうございます」

 

「ん、ああいいよ、気にしないで」

 

俺は笑顔で少女に微笑む。

 

 

「それにしても一応俺も妖怪だが怖くはないのか?」

 

「あ、その、別に悪い妖怪じゃないみたいですし。それに私を助けてくれましたし」

 

「そうか、俺の名は白咲楼夢。お前の名前は?」

 

東風谷早奈(こちやさな)です。宜しくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どーも皆さん、狂夢さんがまだ帰って来てなくて一人であとがきをしなくちゃならなくなった作者です。ったく、何なんすかねNEETプロジェクトって。あの人の事だから絶対ロクな事が起きないですね。

さてまたまたオリキャラ登場。東風谷と言ったら?次回は分かりますよね?

さて次回、東風谷早奈に導かれてなんとか諏訪国に着いた楼夢さん。そこで待ち受ける数々の戦いとは!?

次回もキュルっと見て行ってね


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蛇狐と土着神


物から生まれし八百万の神々

そして人から生まれし破壊神


彼らと俺、違うのは何だ?

by白咲楼夢


 

 

楼夢side

 

 

「着きましたよ、此処です」

 

 

俺は現在森で知り合った東風谷早奈こと早奈に諏訪国の道案内をお願いしていた。幸運な事になんと早奈はこの国の神社の巫女だったのだ。それにしても巫女か......俺は人だった頃神社で産まれてそこの神主だったのだ。......ああ、勿論装束はこんな脇がない巫女服ではない。そこんところ理解してもらおう。

 

 

「それにしても良いのか?俺をこの国に入れて?」

 

「ええ、いいんですよ。恩人にはお礼をするのが常識です」

 

 

彼女はそう微笑むと門を抜ける。勿論俺は門番達に囲まれたが早奈がなんとかしてくれた。いやー永琳とは違って危ない所がないからいいなぁ。

 

そんなこんなで門を抜ける。するとそこには町があった。まあ、現代とは色々違うが。

そしてやっぱり何処に行っても変わらない物もある。それは

 

 

(ひゃーー早奈さん今日も可愛ええ!!)

(そしてさらに隣に美女発見!!もうダメだ......おしまいだ......)

(うっひょーーー桃髪少女ktkr!!)

 

 

これである。野次馬共め......。

そして早奈には聞こえてないようだ。早奈よ、もうちょっと疑心暗鬼になりなさい。普通目線でわかるでしょ。

 

 

「ちなみに楼夢さんは何処に行くつもりですか?」

 

 

彼女は俺にそう聞く。さて......うーん取り敢えず神社に参拝しに行こうか。

 

 

「取り敢えず神社に参拝しに行きたいんだけど」

 

「神社ですか?分かりました!」

 

 

彼女は胸を張りながらそう答える。あ、意外と大きいんだな。

俺と早奈は神社へと続く階段を登り始める。

 

 

 

 

 

少年少女移動中......。

 

 

 

 

 

 

「......やっと着いた」

 

俺はやっと神社へと辿り着く。一応妖怪である為疲れはしないが精神的に疲れた。ていうか早奈はよく此処と村を行き来出来るな。ある意味尊敬するよ。

 

 

「えーと参拝が目的でしたよね?」

 

「ああ、そうだ、えーと......お、合った」

 

 

俺は神社の敷地内を見渡す。そして素敵なお賽銭箱を見つける。

 

俺は賽銭箱に賽銭を入れ上に合った鈴を鳴らそうとする。だが俺は物凄い速さで飛んで来る何かを察知し後ろにバックステップする事で避ける。

 

俺は舞姫を抜き何時来てもいいように構える。そして早奈の無事を確認する。彼女は突然攻撃された事により驚いていた。

 

 

「誰だ!さっさと出て来い!」

 

 

俺は攻撃が来た方に向けてそう言う。

 

 

「ったく、神社にまで来るなんて命知らずな妖怪だね。おまけに早奈に何かしたな?」

 

 

俺の目に写ったのは金髪のショートボブの髪を持つ少女だった。身長は160センチメートル程で青と白の壺装束を着ている。そして何より目立つのが二つの蛙の目玉のような物が付いた奇妙な帽子だ。......うわ、今あれ動いたぞ。

 

 

「参拝客に攻撃するなんて礼儀がなってないな。名乗りな、何者だ」

 

「ふん、良いだろう。私の名は洩矢諏訪子(もりやすわこ)、この国を治める土着神だ!私の国の民と早奈に近付いた罪、死して償え!!」

 

「す、諏訪子様!あの」

 

「行くぞ、ミシャグジ様!!」

 

 

諏訪子はそう言うと地面から白い大蛇が数匹出て来る。ハア~やっぱりこうなるか。早奈の説得も今回は役に立たなそうだし。

 

諏訪子が合図を送ると白い大蛇達が一斉に俺に襲いかかる。だが忘れてないだろうか?俺は仮にも八岐大蛇と呼ばれた伝説の妖怪で蛇の妖怪の一面を持つ。そんな全ての蛇の上に立つ俺に同じ蛇が勝てるとも?

 

俺は【蛇狐状態】になりミシャグジと呼ばれた蛇を睨む。それだけでミシャグジの身体は凍り付いたように動かなくなる。無理もない。平社員が社長に楯突いてクビにされると思うとゾッとするだろう。あれと同じだ。まあ、要は存在として上の相手に睨まれて恐怖で動けなくなっているのだ。哀れ。

 

 

「ミシャグジ様!?どうしたの!?」

 

「クスクス、蛇の王に楯突くなんて本当に『命知らず』だねえ」

 

 

俺は怪しい笑みを浮かべながら話す。その様子にカチンと来たのか諏訪子の周りに霊力とも妖力とも違う力が集まる。神力と言うやつだろう。

 

 

「ミシャグジ様が駄目なら......私が殺ってやる!」

 

 

彼女は次に拳を握り潰す。すると俺の真下の地面が膨れ上がり俺へと襲いかかる......が俺は先にそれを全て見越して巫山戯ながらムーンウォークで避ける。うんやっぱり今日の運勢は最高だった。こんな時に言うのも難だが俺は主に占いが得意だ。特に占星術やタロットカードなどはプロを超えている。とまあそろそろ戦いに集中しよう。

 

 

「くっそおおおおお!!!」

 

 

彼女は岩で巨大な拳を作り、俺を殴ろうとする。

 

 

「ふぁ~あ、

 

G(ギア・マジック)(セカンド)融合虚閃(セロ・シンクレティコ)』」

 

 

俺は蛇の口と左手からそれぞれ二つの虚閃(セロ)を作り、それを融合させて放つ。

 

桃色と瑠璃色が混ざった閃光が岩の拳を跡形もなく消滅させる。次の瞬間......

 

 

「これで止めだ!妖怪!!」

 

 

諏訪子は何処からともなく鉄の輪を取り出し俺へと投擲する。思い出した、あれってチャクラムって名前の武器だっけ?確かに強力だがーーーー

 

 

 

 

「ーーーーまあ俺には通用しないけどね☆」

 

 

 

 

ーー霊刃『森羅万象斬(しんらばんしょうざん)

 

 

蒼き刃が鉄の輪を砕く。

 

 

「う、嘘......」

 

「悪いね。ちょっと眠って

 

 

ーーーー破道の三十三『黄火閃(おうかせん)』」

 

 

俺は黄色の霊力の閃光を放つ。諏訪子はあまりのショックで反応出来ずそのまま閃光に呑み込まれる。

 

 

 

ーー諏訪子対俺の勝負は俺の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~


「皆さんこんにちは、作者です」

「そしてお~鍋の中から~シュワッと~イ~ンチキ狂夢様、登場♪」

「うわっ!!今どうやって鍋の中から出て来たんですか!?」

「企業秘密」

「そっすか、で酒は完成したんですか?」

Bien sur(勿論)これが火昇りを超える究極の酒ーーーー




ーーーー『奈落落とし』だ!」

「アカン!!!それ駄目な物だ!!」

「大丈夫だ、問題ない。これは作者が飲むから」

「What!?私まだ未成年ですが!?」

「縛道の六十三『鎖条鎖縛(さじょうさばく)

「うっそーーーん!!!待って!!心の準備が......ああああああああ!!!」


ゴクン


「さあ、どうなる!」




ドッゴーーーーーン!!!




「......俺は何も見なかった。いいね。

という訳でお求めの方は 2110(ニート) 3150(最高)までお掛けください。


では次回、ケロちゃんに勝った大人気ない楼夢。そしてこれからどうなるのか!?

次回もキュルっと見に来いよ」





ちなみに、奈落落としは後に『飲む爆弾』と言う名で大ヒットする......らしい。


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居候?神様の神社に俺住んでいいの?


私が彼女に仕えるのは神だからではない

時には怒り、時には泣くその笑顔が愛しいからだ

by東風谷早奈


 

 

楼夢side

 

 

「いやー疲れた疲れた」

 

 

俺はそう言うと諏訪子が気絶しているのを確認する。と同時に

 

 

「す、諏訪子様!!」

 

 

早奈が物凄い速さで諏訪子の元に駆け寄る。どうやら相当心配していたみたいで彼女の大量の汗が見えた。

 

 

「大丈夫、大丈夫。ただ気絶させただけだから」

 

「そ、そうなんですか?ありがとうございます」

 

「まあ、そう気にすることじゃないさ」

 

 

そう元はといえば俺が悪いのだ。誰でも妖怪が自分の家に居たら驚くだろう。

 

「いえいえ、そして申し訳ございません!諏訪子様がなんていう勘違いを......」

 

「だから気にすることじゃないさ。それに自分の国に妖怪が入って来たら誰だって慌てるさ」

 

「......そうですね。ふふふ、なんだかおかしいですね」

 

「何が?」

 

「いえいえ、なんでもありません。さあ、諏訪子様を運ばなきゃ」

 

「それなら俺も手伝うぜ」

 

 

そう言うと俺は【妖狐状態】になりその十一本の尻尾を巧みに使い諏訪子を持ち上げ、神社の中へと運ぶ。それを見て早奈はいいなぁと言う表情を浮かべていた。

 

永琳と言いどうして皆は俺の尻尾を触りたがるのだろう?俺は諏訪子を寝室へと寝かせると自身の尻尾を確認する。

 

尻尾の毛は綺麗な金色で一本一本が二メートル程で身長より大きく、モフモフしていた。まあ、確かに触りたくなる気持ちは分かる気がする。

 

 

俺は自慢の尻尾を仕舞おうとする。だがここでハプニングが起きた。

 

 

「むぎゅ......あーうー」

 

 

諏訪子はそう言うと俺の尻尾を抱いてくる。しかも一本ではなく一気に六本に抱きつかれた。俺の尻尾は抱き枕かよ......。

 

そして今度は早奈が衝動を抑えきれなくなって、残りの五本の尻尾へ突撃する。何このカオス。

 

 

「ちょちょ、早奈どうしたの!?」

 

「くう~やっぱ抑えきれません。今からモフらせて貰います」

 

「ふぁ、ちょちょちょっと待って!お願いだか......らああああああああ!!!」

 

 

モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 

 

ピチューん

 

 

 

 

しばらくお待ちください......。

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目にあった......」

 

「まあまあ何事も人生そんなモンですよ」

 

 

ああ、一瞬でも早奈がまともだと思った俺が馬鹿だった。此処の住人がまともじゃないなんて当たり前の事じゃないか。

 

 

「う......うぅ?」

 

 

そんなことを考えていると諏訪子が起きたようだ。そして早奈が諏訪子に再び駆け寄る。

 

 

「諏訪子様!大丈夫ですか?」

 

「う、うん......大丈夫」

 

「さっすが神様!正直もし起きなかったらと思ったらヒヤヒヤしたぜ」

 

「お前は......さっきの!?」

 

 

そう言った瞬間諏訪子は布団から出て俺に土下座する。一体何事と俺が思っていると......

 

 

「お願いだ!!この国だけは!!この国だけは滅ぼさないで!!」

 

 

......ああ、成程、納得した。要するに諏訪子は俺が国を滅ぼしに来たと思っているようだ。......ああ、とうとう泣き出しちゃったよ。此処だけ見ると俺って最低だな。

 

 

「いやあの、俺は此処に参拝しに来ただけであって、別にこの国を滅ぼしに来た訳じゃないぞ」

 

「ほ、本当!!」

 

「ホントホント。だからほら泣かないで......ああ、尻尾モフモフしていいからさ」

 

 

俺はそう言って尻尾を差し出す。まあ気休めにはなるだろう。

 

 

「......あーうー」

 

 

諏訪子は俺の尻尾でじゃれあっていると、いつの間にか寝てしまった。どうやら満足していただけたようだ。

 

 

「この度は本当に申し訳ございません」

 

 

そう言って早奈が頭を下げる。永琳みたいにSじゃないからいいんだけど少々気弱な部分があるなぁ。

 

 

「だからその事は本当にいいんだって。ほら可愛い顔が台無しだぜ」

 

 

俺がそう言うと、早奈は急に顔を赤くする。はて俺なんかしたっけ?

 

 

「そ、そんな事より行くあてあるんですか?」

 

「行くあて?んなモンある訳ないジャマイカ」

 

「もし宜しければ此処に泊まって行きませんか?」

 

「え、いいの?......あれでもまだ諏訪子が......」

 

「大丈夫です。後で諏訪子様と話し合い(暴力)ますから☆」

 

 

気のせいだろうか。今一瞬早奈の後ろに黒い物が写ったのは?うんそうだね、そう信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーこうして、俺の洩矢神社での生活が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 






~~今日の狂夢~~

「祝お気に入り登録者数75突破記念、三年E組」

「「「狂八先生!!!」」」


「という訳でお気に入り登録者数75突破したぜ。そしてこれからも高評価&お気に入り登録願いします。また、感想もどしどし送ってくれよな。分からない事があったらこのコーナーで説明するかもよ。と狂夢だ」

「あとがきよ、私は帰って来たああああああ!!!作者です」

「生きてたのかよ、作者!!てっきり死んだと思って墓まで立てたのに」

「死ぬかよ!!ていうかなんだよあの酒は!?思いっきり爆発したぞ!!」

「ああ、あの酒に耐えられなかった者は身体の中に熱狂が溜まって爆発する仕組みなんだ」

「いちいち爆発させる理由無くない!!ていうかなんだよNEETプロジェクトって!?」

「五月蝿い、今作ってる物の実験台にしようか?」

「あ......結構です」

「では次回、神社に居座り始めた流浪人こと楼夢。そして奴は次に何をするのか!?

次回もキュルっと見に来いよ」



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ほんわり洩矢神社の日常


人は強き者を訪ね、頼る

その者は更に強き者を求め、崇める

そして全ての神は生まれる

by洩矢諏訪子




 

 

楼夢side

 

 

 

 

 

 

 

 

「......『スライム切り』!!」

 

 

俺は包丁を手に野菜を一刀両断する。『スライム切り』の能力は丸い形の物を一刀両断出来るのである。つまり野菜を切るには最適なのだ。

 

今の季節は冬。雪は降ってないがかなり気温が低い。......よし、今日の夕飯は鍋、君に決めた!

 

さてさて何故俺が夕飯を作っているのかと言うと数時間前に遡る......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......キュックション!!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ん、ああ」

 

「......そうですか......ふふ」

 

「なんだよ」

 

「いや、面白いくしゃみをするなあと思って」

 

「し、仕方無いだろ!俺は元々妖獣だし!」

 

 

現在俺は洩矢神社の縁側で早奈とお茶を飲んでいる。あれからどうなったかと言うと諏訪子が起きた後早奈が諏訪子を説得する為に別室で話し合ったそうだ。......まあ、あの別室で諏訪子の叫び声が聞こえたのは幻だろう。そう信じたい。

 

 

「そう言えばさっき諏訪子が死んだ様な目をしてたけど大丈夫か?」

 

「諏訪子様?......ええ、大丈夫ですよ」

 

 

早奈は平然と答える。以外と早奈ってヤバイんじゃ......

 

 

「それで楼夢さん、料理って出来ますか?」

 

「料理?一応出来るが......?」

 

「なら作ってください!」

 

「ええ、やだよ」

 

「......そうですか、なら代わりの物を食べさせて貰います」

 

 

そう言って彼女は俺の顔を覗く。言い忘れたが早奈の容姿は青い瞳に緑色の髪を持ち、更に俺と同じような脇のない青と白の巫女服を着ている。何が言いたいかって?要するに彼女は人間の中では美人なのだ。そしてその顔が俺へと近く。......ふぁ、ちょっと待て......食べ物ってまさか......。

 

 

「それじゃあ、頂きまーす」

 

 

彼女は更に俺の顔と距離を詰める。そしてそのまま俺と彼女の唇が合わさった。

 

「ん!......んーん」

 

 

俺の顔は真っ赤に染まる。当たり前だ、一応俺は接吻なんて初めてなんだから。......いや、ルーミアの件で初めてじゃないか......まあ、こういう事にはあまり慣れてないのだ。よって凄い恥ずかしい。

 

 

「あらあら、顔が真っ赤ですねぇ。大丈夫ですよ、料理さえ作ってくれれば最後までは食べません」

 

 

人を食べ物扱いするな。ていうかこの人本当に人間か?実は人喰い妖怪(意味深)じゃないのか?取り敢えず今やるべき事は一つ。

 

 

「逃ィィィィげるんだよォォォォォォスモーキー!!!」

 

 

そう、逃げなければ。そして料理を作らねば。じゃないと、俺の精神がいろんな意味で崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、現在料理してるって事だ」

 

 

男は美人と接吻をすると凄く喜ぶと蓮子が言ってたが俺にはさっぱり分からない。友達が蓮子とメリーしかいなかったせいでそういう系の知識がほとんどないのだ。唯一分かるのは中二病発言ぐらいだし......そういえば俺の男の友達って人間時代も合わせると......火神しかいないじゃん。今度会ったらそういう系の知識を教えて貰おう。

 

 

「さーてさて、いい匂いになってきたぞ。そろそろだな」

 

 

早く食卓へ持ってかなければ。でないと俺が食われてしまう。諏訪子が何故あんな顔をしていたのがわかった気がする。

 

 

 

 

 

俺は鍋を素手で持っていく。俺は妖怪だから素手でもちっとも熱くない。火神の炎とは天と地程の差だ。

 

 

「あーもう遅いよー楼夢」

 

「文句を言ってはいけませんよ諏訪子様」

 

 

俺が鍋を持ってきた時には既に諏訪子と早奈が座っていた。諏訪子に関してはもう最初の神様の威厳という物が全くない。

 

 

「でもなんで楼夢が料理を作ったんだろう?」

 

「......さあ?」

 

「何故って、早奈におど「ああ、今食後のデザートが見つかりました。早く食べたいです」......いや、なんでもない」

 

 

 

......あん野郎。早奈の後ろから俺に向けて黒いオーラが出て来る。あの顔だとどうやら黙ってろと言ってるようだ。

 

 

「はいはい、すいませんでしたね」

 

 

俺はそう言い席に座る。ああ、鍋が美味い。

 

 

「うーん美味しい!早奈の料理とは大違いだね」

 

「そんなに酷いのか?俺は今日此処に来たばっかで知らないのだが」

 

「ちょちょ、諏訪子様!」

 

「いや酷いのなんの。この前は釜戸を爆発させたりもしたからね」

 

「ぷ......クスクス、何それあはははは!!」

 

 

俺と諏訪子は盛大に笑う。だがその後ろでは早奈がどす黒いオーラで溢れていた。この感じ......明らかに怒っている。

 

 

それを見た瞬間諏訪子が急に動かなくなりその顔は蒼白になっていた。まるで嫌なトラウマを思い出したように。

 

 

「さーて、準備はいいですか?諏訪子様、楼夢さん」

 

 

早奈がどす黒い笑みを浮かべながら俺達に近づく。こういう時はえーと......そうだ!

 

 

「「許してヒヤシンス」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、洩矢神社から獣の様な叫び声が聞こえたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷く疲れた」

 

「もうお嫁にいけない」

 

 

深夜、俺達は早奈から解放された。だが食われた物が全部精神的に辛い物だった。

 

 

「ったく、早奈っていう存在のイメージが出来ない......はー、諏訪子も大変だね」

 

「まあね......でも許しくれてやって。今日は新しい家族が増えて興奮していただけだし」

 

 

そう諏訪子は答える。俺達は神社の屋根の上に座り星空を見る。

 

 

「うっわー、綺麗だね」

 

「......なあ諏訪子。早奈の後ろから出て来たあの黒い物はなんだ?」

 

 

俺は早奈の事で一番気になってる事を諏訪子に聞く。すると、今までの子供っぽい雰囲気が一気に消え、代わりに何か独特の雰囲気を纏う。その表情はあまり喋りたくないと言ってるようだった。

 

 

「ふう......いいよ、教えてあげる。彼女は実はね、私の子孫なのさ。そのせいで能力も少し変わっていてね」

 

「その能力とは?」

 

「【呪いを操る程度の能力】。それが、彼女の能力さ」

 

 

【呪いを操る程度の能力】。俺はその能力の内密な効果を推測する。多分彼女は呪いに関する物を全て操れるのではないだろうか。そしてそれは当たっていた。

 

 

「楼夢が推測したとおり彼女は呪いに関する物を全て操る事が出来る。そして呪いだけだったら、彼女は私を超えているだろう」

 

「待て、お前の神の種族はなんだ?」

 

「私は土着神でもあり、祟り神でもある。人や地を呪いその恐怖で信仰を得る者。だけど私はこの力を民に使わないと決めている」

 

「おいお前は確か土着神の頂点にいるんだっけな。それを超えるという事は......」

 

「わかったでしょ。彼女の力の強大さを。そして彼女はそのとてつもなく大きな力を制御出来ていない」

 

当たり前だ。土着神の頂点を安安と超える力を人間がそう簡単に制御出来るわけない。そして呪いとは神力で出来ている物と妖力で出来ている物がある。つまり、早奈は妖力も使えるのだ。

 

 

「だからこそ、普通に接してやってほしい。これは私のお願いだよ」

 

「......相手が誰だろうと俺はいつもどおり接するだけだ......」

 

「......ありがとう」

 

 

その時空からほうき星が流れる。それは、彼の今までの事を思い出させているようにも見えた。

 

 

 

 

 

罪で染まった巫女は諏訪の国で過ごし始める。そこに訪れるは希望かそれともーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー破滅なのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






~~今日の狂夢~~

「皆さん投稿するのが遅くなってしまい、申し訳ございません。もうすぐで春休みが終わるのでこれからは三日に一回の投稿ペースに切り替えます。作者です」

「ヒャホオオオオオオオ!!!!!ついにドラクエジョーカー3で遊べるぜ!!狂夢だ」


「そういえば作者はモンスターズシリーズはジョーカー時代から全て持ってるんだよな」

「ええ、そうですけど、最近一つ前のイルルカでWi-Fiバトルで全然勝てないんですよ」

「そんな君に俺の戦術を教えてやろう。これが決まれば全体に999のダメージを与える事が出来る。


必要なのは素早さが高い者と攻撃力が高い者だ。

まず、素早さが高いモンスターにスキル【ため息】を覚えさせておき相手を猛毒やマヒ状態にする。次に攻撃力が高いモンスターはタナトスハントやヒュプノスハントを使う。これだけでかなりのダメージを与えれる筈だ。

ちなみに俺はフェアリードラゴンにAI2~3回行動を付け、状態異常攻撃を使わせ、攻撃力1400のけもののきしを攻撃役にしてるぜ」

「以上、解説ありがとうございました。

では次回もキュルっと見ていってね」



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洩矢の騒動

星々は流れる。この世界の時を数えながら。

星々は輝く。私達を照らしながら。


この世界で変わらない物があるのなら、それは天を昇る星々なのだろう。

by白咲楼夢


 

 

 

楼夢side

 

あの日から既に一ヶ月の時が流れた。最近は人々とも仲良くなり洩矢神社に平穏な日々が続いた。ちなみに料理は毎日俺が作る事になっている。せめて当番制にしてくれコンチクショウ。

 

 

さておきこの国で過ごしているお陰であの神様の威厳0の諏訪子がどうやって国を治めているのかがわかった。

 

諏訪子はまず祟り神なのに民を呪わないのでどうやら民衆には好評らしい。次に政治の時は普段見れない神様の威厳を身体に纏っており、その姿は普段の諏訪子を知っている俺にとっては少し奇妙な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は村で買い物を終え洩矢神社へと続く階段を登っている。やっぱりこの階段は長い、長過ぎる!

俺の神社よりは短いが人が登るにしては長い。何時も鍛えてた俺は良いとして一般人だったら到着した時にはフラフラだろう。メリー達も最初に神社に来た時は死にかけ状態だったからな。

 

 

そんなどうでもいい事を考えていると

 

 

「楼夢さーん!!」

 

 

誰かが俺の名を呼び、階段を駆け上がる。

彼女は東風谷早奈。洩矢神社の巫女である。

早奈は近くにいるだけで元気を分けてもらえるような明るい子だ。誰にでもニコニコしながら話しかけるのも彼女の特徴だ。

そんな彼女が俺と一緒に階段を登り始める。村で買い物でもしていたのかな?

 

 

「早奈、買い物でもしてたのか?」

 

「あ、はい見てくださいこの髪飾り、かわいいですよね~」

 

 

早奈はカエルと蛇の髪飾りを取り出す。正直言って良く分からないが彼女が良いと言っているのだから良いのだろう。それか唯単に彼女のセンスがないのか。

 

 

「うむ、中々似合っているぞ」

 

「えへへー、ありがとうございます。それよりも楼夢さんもお洒落したらどうです?せっかくの美女が台無しですよ」

 

「俺は女じゃねえって何回言ったら分かるんだよ!」

 

「でも結局はブレスレットと頭には大きな桜の花の髪飾りを付けているし、その顔と服じゃ誰も信じませんよ」

 

「ま、まあ俺は気にしてないから大丈夫だ」

 

「とか言って気にしているの知ってますよ。この前も髪を短くしようと頑張って切っているのを見ましたからね。まあ結局生えてきた?というより再生してましたけどね」

 

「......チーン」

 

「さあ、正直に言ってください」

 

 

俺はダイナミック土下座を早奈にし、叫んだ。

 

 

「強がってましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「だって小さい頃から師父にも巫女扱いされてるじゃん!そして生まれつきこういう顔じゃん!さらに俺だってお年頃じゃん!最初にあった人に女だって、女だって、女だって......嬉しくねぇよ!!......うわーーん!畜生め!」

 

「......うむ、よろしい」

 

 

俺と早奈がそんなやり取りをしていると

 

 

ガサガサ

 

 

すぐ近くの茂みから何かが動いたような物音が聞こえた。そして俺と早奈は瞬時にそれがなんなのか理解する。

 

 

「この気配......まさか妖怪!?なんでこんな所に?」

 

「分からねえ......だけど神社に近づくたあ中々度胸がある野郎だぜ!」

 

 

俺がそう言い終えると茂みから妖怪が飛び出してきた。外見は蜘蛛のような身体を持ち顔が猿のようで身体は二メートル程の妖怪だった。

 

 

キシャアアアア

 

 

妖怪は飛び出すと同時に早奈に飛びかかった。恐らく本能で俺より早奈の方が弱いと感じたのだろう。

 

 

「ちぃ!このクズめが!!

 

星十字『スターライトクロス』」

 

 

俺は神力で作った2本の剣を飛ばし攻撃する。剣は蜘蛛に十字に突き刺さり、蜘蛛を縛った。

これが、神力を使った俺の術”神星術(しんせいじゅつ)”だ。

俺は神力を扱えなかったが此処に来て諏訪子に教えてもらったのだ。それで完成したのがこの術ってわけだ。

 

 

「星々の光に貫かれろ!!

 

星弾『サテライトマシンガン』!!」

 

 

俺は再び神星術を使う。今度の術は空から閃光が現れ、縛られて動けない蜘蛛を光の雨が貫いた。

 

 

蜘蛛は断末魔を上げるとすぐに絶命した。緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)で確認すると、こいつはどうやら中級妖怪より少し下の妖力を持っていた事がわかった。

 

さて問題はこれじゃない。今回の問題は()()()()()この国に入ったかだ。

 

 

「......ふう、殺ったか」

 

「つ......強い」

 

「ねえ早奈。......なんでこの妖怪は国に入れたのかな?一応諏訪子の結界があったでしょ?」

 

「うむむ......多分これは最近森で出て来る妖怪ですね。隠れるのが上手くて諏訪子様でも妖力探知する事が出来ないんですよ。それに群れで動いてるらしいですし」

 

「ハアー、取り敢えず此処で考えても仕方が無い。さっさと行くぞ」

 

「は、はい!」

 

 

俺と早奈は急ぎ足で洩矢神社に向かう。あの妖怪が群れで来ても俺は大丈夫だが早奈は違う。彼女は能力があるとは言えまだまだ未熟だ。そんな彼女が中級妖怪と戦っても、せいぜい一匹と互角に戦う事しか出来ない。

......ちぃ、巣がわかれば一気に殲滅出来るのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

姉御&変態移動中......。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて皆様、俺らが戦っている時に諏訪子は何をしていたのでしょう。

食事?修行?仕事?どれも違う。正解は

 

 

「うー、グースピースヤア」

 

 

縁側で寝てました。(^ω^#)

 

 

「こ、これは......豪快に寝てますね」

 

「......どうやらO☆SHI☆O☆KI☆が必要みたいだな」

 

 

「派手なのはやめてくださいよ」

 

「大丈夫、大丈夫

 

さて......そんな君にpresentだYO☆!!

 

必殺『アイスバケツチャレンジ』」

 

 

俺は諏訪子の頭上に氷水がたっぷり入ったバケツを創造する。

さて、皆はアイスバケツチャレンジと言う物を知ってるか?知らないならググれ。

 

 

俺は空中で浮いているバケツをひっくり返す。バケツは氷水と一緒に重力に従い、落ちていく。そして

 

 

バシャン

 

 

「ッ 、ヒャアアアアアア!!!冷たいィィィィィ!!!」

 

 

諏訪子はあまりの冷たさに叫びながら飛び起きる。しかしその先には空になったバケツが......

 

 

ガッシャン☆

 

 

「いったぁぁぁぁぁぁい!!!もうやだな゛に゛こ゛れ゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」

 

 

落ちてきました。バケツは諏訪子の頭にすっぽりと収まっています。どうやら取れないようです。

 

 

「まあそう泣くな。いいもんくれてやっから」

 

 

そう言って楼夢は懐から黒い瓶を取り出す。どうやら中には酒が入っているようだ。ラベルには『奈落落とし』と書いてある。

 

 

「あーうー、ありがとう」

 

 

ゴックン

 

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォン!!!

 

 

 

 

その後、夕食抜きにされました。作ってるのは俺なのに。畜生め......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~~今日の狂夢『様』~~


「三度の飯よりおふとゅんに入りたい、狂夢だ」

「最近絵を書く練習をしてますが髪が書けない!作者です」


「さて今回は前から気になってましたが聞いてもいいですか?」

「ふぁい(ボリバキ)ふぉおけいざ(バキ)」

※略:ああ、OKだ

「板チョコ食いながら言うのやめてくれません。地味に腹立つ。......まあいいでしょう。ズバリ、何故楼夢さんと戦ったのか?」

「はあ?んなもんどうでもよくね」

「私、気になります!!」

「あー、はいはい。作者、楼夢が死ぬと俺はどうなると思う?」

「狂夢さんも一緒に死ぬと思います」

「はい、正解。だけど楼夢が精神崩壊するともっと酷い事になる。それはなんだ?」

「な、なんなんですか、それは?」

「ズバリ、家の電化製品の電気が全て消える」

「......ふぁ!?」

「家の電化製品の電気が全て消える」


ヒュルルルヒューー


「......一つ言ってもいいですか」

「ああ、いいぞ」

「......くっっっっっだらねえええええ!!!!」

「くだらなくねえよ!奴のせいで俺のセーブデータが、セーブデータが......」

「逆に言えばアンタはゲームの復讐の為に殺し合っていた訳 ?これほどくだらない復讐初めて見るよ!!」

「あ“あ“ん?丁度いい、俺の新しい技で消し飛ばしてやる」

「それは本編でやってください!!」

「じゃあ聞くぞ、作者よ。俺の本編登場は何時だ?」

「......あ」

「さあ、何時なんだよ。教えてくれよ~~」

「お、お助けください」

「だが断る☆

乱弾『マルチプルランチャー』」



「ホッギャアアアアアア!!!」



「こうして作者は星になったのだ」





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呪われし巫女の涙

星、それは希望の光

月、それは裁きの閃光

夜、それは絶望を与える漆黒の闇

by白咲楼夢


 

楼夢side

 

 

夜ーー皆はこの言葉について何を思い浮かべるだろうか?

 

ある者はロマンチックだとか星々がよく見えると言う。だが夜はそれとは別に人の心に恐怖を与える物もある。

 

具体的な例が闇だ。皆も幼き頃は夜出歩くのが怖かった事があるだろう。それは人が闇の中に何か得体の知れない物があると信じているからだ。

 

だがこの時代では夜出歩く事はほぼ自殺行為と言ってもいい。当たり前だ。この時代の人々は妖怪の存在を信じ、恐怖している。つまりは妖怪はまだ存在しているのだ。そして妖怪は人に恐怖を与える夜と言う物が大好きだ。ここまで聞けば夜出歩く事がどれだけ危険というのがわかっただろう。別に俺は他人が死んでも特に問題はない。それで悲しむのはその身内だけでいい。

 

 

だが今回は違った。なんせ外に出歩いた者が()()だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜唐突に俺は目覚めた。現在の時刻は草木も眠る丑三つ時。この時間に外に出る者は当然ながらいない。だがこの洩矢神社から()()()匂いが薄れているのを俺は見逃さなかった。

 

匂いが薄れていると言う事は今この場にいないと言う事だ。だが微かに残った匂いは外へと続いている。そしてそれは諏訪子のではない。

では誰のか?答えは簡単。早奈のだ。

 

 

俺は布団から急いで出て、匂いの元へ向かう。真面目な彼女の事だ。恐らくは昼神社に出た蜘蛛を退治しようとしているのだろう。

 

あの蜘蛛の名前は猿蜘蛛。どうやら隠密性が高くて諏訪子もまだ退治出来ていないようだ。そして二番目の特徴は主に群れで一箇所の巣で暮らしているらしい。早奈はその巣へと向かっているのだろう。

だとしたら相当不味い。猿蜘蛛はああ見えて中級妖怪だ。中級から上の妖怪は基本的に群れを作らない。主な理由は一匹一匹が人を殺すには充分すぎる力を持っているのだから。

 

そんな中級妖怪の群れに早奈が勝てる訳もない。昨日も言ったが早奈はまだ未熟だ。退治出来たとしても中級妖怪を一匹が良い所だろう。

 

 

だからこそ、俺は早奈の匂いを辿りながら全力で走った。まだ若い彼女を此処で死なせる訳にはいかない。だから、まだ生きててくれよ......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は早奈の匂いを辿っていると諏訪国外れの森に辿り着いた。

 

確かに此処なら隠れるには丁度いいだろう。

少し森を進むと俺は少し開けた場所に出た。そこにあるのはーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー血まみれになりながらも、肩で息をしている早奈の姿があった。

 

 

「霊刃“森羅万象斬“!!」

 

 

俺は早奈の前に立っていた猿蜘蛛数匹を切り裂く。数にして......およそ五十。よく此処まで耐えしのいだと言った所だろう。

 

 

「ろう......む...さん?」

 

「喋るな。息を整えて守りに徹しろ。全く......なんでこんな無茶をしたんだよ」

 

 

俺が呆れていると猿蜘蛛が三匹俺に襲い掛かる。だが、まだ甘い。

 

 

「破道“牙鬼烈光“」

 

 

俺は複数の緑色の閃光を放ち蜘蛛を貫く。だがまた新しい蜘蛛が出て来る。

 

 

「ああもう!何匹出てくんだよ!“鉄散針“」

 

 

俺は袖から一本の針を取り出し、投げつける。すると、針は数十本に分裂して蜘蛛達を貫いた。

 

 

「まだまだぁ!星炎“スターライトフレア“!」

 

 

更に俺は刀を抜き五芒星を描きながらルビーのように燃える炎の斬撃を飛ばす。

辺りは炎の海となったが猿蜘蛛はまだまだ出て来る。もうヤダ、お家帰りたい......

 

 

「響け!!“舞姫“

 

舞姫神楽“姫風(ひめかぜ)“」

 

 

俺は舞姫を解放し、舞う。すると何処からともなく突風が吹き、辺りの蜘蛛を切り刻む。

 

 

「おまけだ!覇刃“ギガブレイク“!」

 

 

俺は紫電を纏った刀で蜘蛛達を切り裂く。これは皆ご存知ギガブレイクである。暇潰しに作ってみたが中々高火力なので採用しただけだ。

だがそれでも蜘蛛達は湧き続ける。ウザイ。ゲロ以下の匂いがプンプンする。

 

更に俺は先程のようにホイホイ技を使えなくなった。何故なら、俺の技のほとんどが地形を破壊してしまうのだ。これ以上殺ると俺が諏訪子に怒られる。

 

俺は舞姫で俺や早奈に近づいてくる妖怪を一人一人切り裂いていく。猿蜘蛛の攻撃方法はその長い足での攻撃と口から緑色の液体ーー恐らく毒を吐き出す攻撃の二つだ。故に読み易いが流石に疲れた。燃費が悪いがあれを使うか......

 

 

「オラオラァ!!こっちだこっち!」

 

 

俺は挑発して蜘蛛をおびき寄せる。そして全員が射程距離に入った時。

 

 

「流星“ギャラクシーストリーム“!!」

 

 

俺は神力を使って美しい銀河のような巨大な閃光を放つ。猿蜘蛛達はその流れに呑まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく......どうして何も言わないで出たんだ!あのままじゃ死んでたんだぞ!」

 

 

俺は早奈に怒鳴る。

 

 

「だ、だって......私はこれ以上人が悲しむのは見たくないんです!!だから、諏訪子様に黙って......」

 

「なんで黙ってたんだ?」

 

「そ、それは......その...」

 

「なんでもいい。つまらない理由でもいいから言ってくれ」

 

 

楼夢は優しく早奈に問いかける。すると、早奈はそのかすれた声を振り絞って話だした。

 

 

「私は...楼夢さんに自分の能力を知られたくなかったんです!もし、楼夢さんが私の能力を知ってしまったら......きっと皆のように私を避けると思ったから!」

 

「【呪いを操る程度の能力】。それか......」

 

「な、なんでそれを!?」

 

「諏訪子から聞いた。お前の能力の事をな......」

 

「......ハ、ハハハ、やっぱりそうですよね。楼夢さんも同じように...やっぱり私なんて......」

 

 

早奈がそう言い終える前に楼夢は彼女を抱きしめる。早奈は突然の事で顔が真っ赤に染まっていた。

 

 

「......辛い事があるんだったら話せよ。無理をするな。お前がいなくなれば俺や諏訪子が悲しむ」

 

「楼夢...さん......ウワァァァァァァン!!!」

 

 

その夜、少女の泣き声が森に響いた。

 

 

 





~~今日の狂夢『様』~~

「投稿遅れてすみません。作者です」

「またか......遅れた理由は?狂夢だ」

「この前実は......モンハンクロスと妖々夢を買ってしまったんですよ」

「お前この前ドラクエ買っただろ。なんて奴だ」

「それでモンハンが面白くてついつい投稿が遅れてしまいました。ちなみにプレイヤーネームは『産霊千神美』です。Wi-Fiで見かけたらよろしく」

「お前それ小説のネタじゃねぇか!!何まだ使ってないのに紹介してんだよ!!」

「ちなみに読み方はこの章のメインが終わったらわかると思います。

それでは、次回予告、次はとうとうこの章のメインに近づいて行きます。では次回も、キュルっと見ていってね」


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うむ、団子美味し


争いは人世の為に そう信じたい

by洩矢諏訪子


 

 

楼夢side

 

 

猿蜘蛛達を退治してから軽く数年の時が流れた。

あの件もあってか、諏訪の国の中に妖怪が入る事が少なくなった。まあ、中級妖怪の群れを瞬殺したらそうなるわな。

 

ちなみに俺の妖怪としての格は既に大妖怪をも超え最強クラスに入っている。言うならば“伝説の大妖怪“と言った所だろう。まあ、俺と同等な奴なんて火神ぐらいだろう。

 

 

さてそんな伝説の大妖怪の俺は現在自分の部屋で村で買った団子を食べている最中だ。......うむ、美味しい。

 

俺が二十個目の団子を食べ、お茶を飲もうとする。その時

 

 

「巫っ山戯んじゃないわよ!!!」

 

 

突如居間から諏訪子の珍しい怒鳴り声が聞こえた。だが問題はそこじゃない。

俺はその怒鳴り声に驚き、お茶を掴む手を離してしまったのだ。お茶の器は綺麗にくるくると回りながら重力に従い、床に落ちる。それだけならよかった。

 

器に入っていたお茶は見事に後で食べる用の団子十個にバシャンとかかる。

団子は見るも無惨な姿へと変わる。そして甘党の楼夢にお茶でふやけた団子を食べる事など出来なかった。

 

 

「........(グスン」

 

 

楼夢は若干涙目になりながらも片付けを始める。

その暗い背中からは楼夢の悲しみが感じ取れるようだった。

 

 

 

 

 

 

桃巫女インするまで........。

 

 

 

 

 

 

「す、諏訪子!どうしたんだ!?」

 

「ああ、楼夢、いいところに!これを読んでみて」

 

 

俺は諏訪子の元に来ると、彼女から一枚の手紙を渡される。え~と、なになに........

 

 

 

 

穢れし諏訪の神へ

 

 

単刀直入に言う。穢れし神が住む諏訪の国を我々へ明け渡せ。さもなくば我々は武力を持ってこの国を攻め落とす。

 

 

大和の神より

 

 

P.S

 

まあ穢し諏訪の神に抗う術など無いのだがなwww

 

 

 

 

 

 

 

「........(イラッ☆」

 

 

俺はすぐさま蒼い狐火を手の平に出現させ、手紙を燃やす。俺の長い人生の中でもこれほどイラッと来る手紙は見たことが無い。諏訪子が怒鳴る理由も分かったような気がする。

 

 

「........んでどうするんだ?」

 

「決まってるよ!私は絶対降伏なんてしない!勝って私の民を守るんだ!」

 

 

諏訪子は大声で答える。正直言って諏訪国を守る方法ならある。それは()()一人で大和の国を滅ぼす事だ。

俺の神としての種族は破壊神。その力を使えば国の一つ滅ぼす事は簡単だろう。だが、今回はこの方法は使えない。

 

正確に言うと俺単体に破壊神としての力は無い。

今の言葉でよくわからないと言うだろう。詳しく言うと、妖怪としての“白咲楼夢“には破壊神としての力は無いと言っている。では、この力は誰のだ?

それは俺であって俺ではない存在ーー狂夢だ。

 

俺達の種族は蛇狐だが、俺には狐、奴には蛇で蛇狐と言う種族が成り立っている。

 

このように、俺には無い部分は狂夢が、狂夢には無い部分は俺が持っているのだ。

 

さて今回狂夢の力を使えない理由は俺には分かる。単純に奴が面白くないからだ。

考えて欲しい。みんなは必ず勝つゲームをやって楽しいか?

要するに今回の戦争は狂夢にとってゲームに過ぎない。そして必ず勝つ方法を無くす為に力を貸さないのだ。まあ、今まで一人で戦って来たし特に問題は無い。

 

 

「それで、今から修行でもするのか?」

 

「うん。でもその前に........大和の連中に返事しないと........悪いけど楼夢行ける?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 

と言う訳で俺は大和の国に行く事になりました。正直言って大和の国の菓子が買えれば問題ない。

 

 

俺はすぐに大和へ行く準備をすると社を出ようとする。すると、鳥居の前で早奈が待っていたかのように立っていた。

 

 

「よっす。俺今から大和の国に行くんだ」

 

「知っています。必ず戻ってくださいよ」

 

 

早奈は俺に微笑む。俺はそれを見て少しヤル気が出てきた。やっぱ見送り無しとありとじゃ違うね。

 

 

「........ああ、行ってくる」

 

 

俺は早奈に手を振ると、社を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は現在森の中にいる。一応ここから変化の術を少し強化しバレにくいようにする。

 

 

俺は森を抜ける。すると少し遠くに何かあるように見えた。

 

俺は“緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)“を使う。色はいつの間にか宝石のような緋色に変わっていた。あまり使わないが実はこの目にはズーム機能があったりする。現在はその力で遠くを見ているのだ。

 

遠くに見えた物。それは大和の国だった。

俺は急いでそこへと向かった。

 

 

 

 

 

少年移動中........。

 

 

 

 

 

とうとう大和の国に着いた。最初は門番達に絡まれたが諏訪子から貰った紙を渡したら通してくれた。あれなかったら入れないじゃん。

村などは賑やかで栄えているのがわかる。

俺はすぐさま団子屋に行く。

 

 

「おい、団子一つくれ」

 

「あいよっと!」

 

 

店主は俺に団子を渡す。俺はすぐさまそれにかぶりつく。こちらも諏訪国とは違った味で美味い。うむ、気に入った。

 

 

「おっちゃん、団子三十個追加で」

 

「さ、三十!?ね、姉ちゃんどうやって持つんだい?」

 

「一応術とか使えるしなんとかなる」

 

「は、はぁ」

 

 

やっぱり美味い。諏訪子には内緒で少し観光させて貰おう。

 

 

 

 

 

 





~~今日の狂夢『様』~~


ジャーパネット、ジャーパネット~~♪、夢のジャーパネットNEET~~♪


「はいという訳で狂夢だ。今回は新商品の紹介だぜ」

「絶対ロクな事が起こらないと思う、作者です」

「今回の商品はこちら“プロア●ティブ“だ」

「プロア●ティブ?お肌に塗るあれですか?」

「そうそう、人間時代では俺達も使ってたんだぜ」

「........使ってたのかよ」

「まあ、使ってみやがれ!ほら」

「は、はいはい(まあプロア●ティブならいいか)」

「ほらよ」

「ありがとうございます。では」


ヌリヌリヌリヌリ


「どうだ、作者?」

「........」

「作者?」

「........目がぁ!!目がぁ!!」


ピチューん


「........あ、作者が塗ったのって........」



名前:テロアクティブ

効力:肌に塗ると強力な毒が襲いかかります。特に目が一番痛いので取扱説明書をご覧下さい。
尚、この商品を使用して事故が起きた場合、我が社は一切責任を取りません。


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殴り込み!大和の神々


先手必勝 それがゲームのコツ

by白咲狂夢


 

楼夢side

 

 

「さーて、行きますか」

 

 

俺は現在大和の神社の階段前にいる。両腕には大量の菓子が入れられた袋がぶら下がっていた。いやね、中々気に入っちゃったから買っただけさ。決して諏訪国の団子屋より大和の団子屋の方が美味いなんて思っていないからね。

 

 

「........なんか飛んだ方が早い気が........」

 

 

それでも飛ばない理由は一つ、もし俺が飛んでいたら大和の者達に見つかる可能性が高くなるのだ。争い事は基本的に避けるのが常識ってもんだぜ。

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

一体何時間登っただろうか?俺は昼に階段を登ったのだが現在の時刻は夕方。カラスが鳴いたら帰る時間だ。

これだけ一生懸命登っているのだが流石に疲れた。........いっその事“亜空切断“で亜空間と空間を切り裂いてテレポートしようかと考えたが、あれは燃費が悪いのでやめた。

 

 

 

 

三十分後、長い眠いダルイお家カエリタイ。

 

「だーもう、長過ぎる!何時になったら辿り着くんだ........よォ!!!」

 

 

俺はとうとう暇つぶしに辺りに弾幕やレーザーなどをぶち込む。音に気付いた連中はこっちに来る前に狂夢が作ったスナイパーライフルで射撃する。

神様達が空から地へと墜落する様は中々壮快であった。『超☆エクサイティング!!!』と叫びたい。

 

 

そうこうしてる間にどうやら神社に近づいてるみたいだ。その証拠に神社の方から神力が感じられるからだ。

 

 

「あ、瞬歩があるじゃん。なんで今まで気が付かなかったんだろう?」

 

 

俺は早速瞬歩を使い、神社へと向かう。

 

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

「....着いたか........」

 

 

俺はやっと大和の神社に辿り着く。神社は洩矢神社とは比べ物にならない程大きく、豪華な装飾が施されている。正直言ってこんなのに金を使うなら階段をもちっと短くして欲しいよ。

........まあ、気合い入れて行きますかね。

 

 

「誰だ貴様!?」

 

「私だ!!」

 

「そうかそうか貴様か........って待てぇい!!」

 

「ん、なんスカ?」

 

「何ではない、貴様、何者だ!」

 

「あー、バレちった」(テヘペロ

 

 

あー惜しかった。もう少しで門番を騙せる所だったのに。最終手段として色じかけもあるがこれは絶対使いたくない。しゃーない、予定変更プランBを決行する。

 

 

「俺は諏訪の使者の者だ。諏訪の神に代わってあいさつに来た」

 

 

俺は諏訪子から貰った紙を門番に渡す。すると彼はすんなり通してくれた。パスポートのようなもんなのかねぇ?

 

 

俺は門を抜ける。するとそこにはまるで待っていたかのように女性が立っていた。

 

 

「こんにちは、本日はどう言ったご要件で?」

 

「諏訪の使者だ。お前らの大将と話しがしたい」

 

「........成程、ご要件は分かりました」

 

「ほう、なら通「ズバリ、降伏しに来たんですね!」あぁん?」

 

「正しき判断です。貴方達ごときが偉大なる大和に歯向かうなど見苦しい。さ、中へ入ってください」

 

「........」

 

 

今俺が思った事を言おう。この女超うぜぇ。ゲロ以下の匂いがプンプンするぜぇ!!

既に俺は我慢の限界に達している。このまま馬鹿にされると、怒りで大和を滅ぼしそうだ。

まあ今は我慢だ。

 

 

 

 

俺はこのクズ女に案内されて、この国の大将の所に向かっている。いよいよか........いつでも戦闘出来る用にしよう。

 

俺は扉から数歩間を空ける。そして一気に助走をして........

 

 

「おっ邪魔するぜなぁぁぁ!!」

 

 

そのままライダーキックで扉をぶち破り、入室する。扉をぶち破るのって最高ー 。

中には沢山の神様達がいた。みんな俺を睨んでる。俺は悪くねえ、悪いのは蹴破って欲しいと言った扉だ。

 

 

「無礼者!出直せ!」

 

「だが断る☆」

 

「なんだと........」

 

 

めんどい、本当に。入った直後から戦闘開始かよ。

 

 

「いい加減にしろ!!!」

 

 

俺と神が戦う前に一人の女性が止める。

 

女性の容姿は紫がかかった青髪を持ち、赤で統一された上着を着ている。そして背中には注蓮縄と呼ばれる物を輪にした物と御柱だっけ?まあいい御柱を背負っている。一言言うと変わった服装だねえ。永琳よりは服のセンスはあるが背中の物重くないのか?

 

 

「部下が迷惑を掛けた。私の名は八坂神奈子(やさかかなこ)、軍神だ」

 

「おっとこちらも熱くなって悪かった。白咲楼夢、一応諏訪の使者だ」

 

「ほう、でその両腕にぶら下げてある物はなんだ?」

 

「団子です」

 

「........すまんもう一度言ってくれ」

 

「団子です」

 

「なんでそんな物此処に持ってきているんだ!!一応此処敵地だぞ!!」

 

「気にするな!」

 

「はあ、で要件はなんだ?」

 

「諏訪の国はあんたらの要求は飲めないだとさ」

 

「よろしい。ならば戦争だ」

 

「いいんじゃないかな」

 

「気に入った。あんたとはいい酒が飲めそうだ。後時間は一ヶ月後こちらが指定した場所で」

 

「分かったぜな。じゃあねー」

 

 

俺はそう言いこの部屋から出ようとする。すると大きな炎の玉が俺に襲いかかった。

 

 

「“羽衣水鏡“」

 

 

俺は結界を発動させ炎をかき消す。そして炎を放った神を睨む。その神は金髪でとても美しく俺を見るとまるでけなすように笑った。

 

 

「おいおいいきなり攻撃とか礼儀ってもんを知らねえのか?」

 

「「「「(扉蹴破って壊したお前が言うな!!!)」」」」」

 

「いえいえ、ただ()()がいたので掃除しとこうかと」

 

「!........へ~見破ってたか。やるね~。でも妖怪でもいい奴と言うのはいるもんだよ」

 

「貴方がどういう者かではありません。貴方がいる事に問題があるのです」

 

「........どういう意味だ?」

 

「穢れ風情が此処にいるだけで我々の神聖な空気を汚してしまうでしょ」

 

 

その時、()()の中の何か大事な物が弾けとんだ。

 

 

「「いいじゃねぇか。殺ってやる。名乗りな、ハゲ神」」

 

 

楼夢の声と何か別の声が混じって彼女に話す。

 

 

「........いいでしょう。私の名前は天照大御神(アマテラスオオミカミ) 。太陽を制する最高神です」

 

「「一ヶ月後まで覚えといてやるよ。そして戦場に白く塗られた狂気の宴を。ヒャッハハハハ!!!」」

 

 

こうして、大和の国での仕事は終わる。そして新たな戦いが巻き起こされる。

 

 





~~今日の狂夢『様』~~

「やっと本編に出れたァァァァァァァ!!!!!」

「少し投稿が遅くなってすみません。作者です」

「ウェエエエエエエイ!!!!!狂夢だ」

「さて今回は予定変更して狂夢さんを出しました。ちなみに何故あの時ブチギレたんですか?」

「作者よ、穢れとは何だ?」

「妖怪ですかね?」

「妖怪を言い換えると?」

「魔物........ですかね?」

「魔物と言えば?」

「........あっ」(察し)

「そう奴は全ドラ●エファンを馬鹿にしやっがたんだ!ふっざけんじゃねえぞ!!」

「やっぱりか ........」

「打倒!!ハゲ照らす大微髪!!!殺ってやるぜゴラァァァ!!」

「誰だよハゲ照らす大微髪って!?」


そんなこんなで今日も精神世界は平和である。


「何処が平和なんだよ!?ナレーターさん助けて!!」


だが断る。



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狂夢『様』の死行メニュー

人も神も天を舞う星々も 俺の手の平の上も同然

等しく平等

by白咲狂夢


 

 

 

楼夢side

 

 

「........というわけで戦争になりました」

 

「やっぱりか........そう簡単に交渉にのってくれるわけないよね」

 

 

諏訪子はかすれた声で小さく呟く。恐らく俺がいない間に戦争をした時の事を考えていたのだろう。

 

 

「どうしよう........私じゃあ大和には勝てない。それだったら、大人しく国を明け渡した方が........」

 

「諏訪子........」

 

「諏訪子様........」

 

 

諏訪子は誰に語り掛ける事もなく一人でブツブツと呟く。その表情は不気味にも笑っていた。

 

ーー狂気

 

そう呼ぶに今の諏訪子はふさわしい。

 

 

「ハッ........ハハハハハ、当たり前だよね。強い者が出て来たら弱い者が負けるのは........だったら国を明け渡して私なんか消えた方が........」

 

「諏訪子!!!」

 

 

俺はそのあまりにも情けない諏訪子の姿に俺は怒鳴る。

 

 

「なっ何さ!?」

 

「諏訪子........一応言っておく........お前が国を明け渡すのは自由だ」

 

「だったらーーーー」

 

 

俺に喋る前に諏訪子の言葉は遮られる。そして、俺は続ける。

 

 

「もし、お前が国を明け渡したら........早奈はどうなる?」

 

「!?」

 

「もし、お前が国を明け渡したら........慕っていた民達はどうなる?」

 

「........っ!」

 

「別に諦めるなとは言ってない。戦いでは時には退く事も大事だ。。だが、もしお前が国を明け渡せば全てが終わる。頭を冷やせ、そして周りを見ろ。今のお前は........一人じゃねえだろ?」

 

「!!」

 

 

諏訪子は思い出したかのように首を上げ、早苗の前に立つ。そしてその一言に己の気持ちを込めて、謝る。

 

 

「早奈........弱気になって、ごめんなさい」

 

「いえ、いいですよ........信じてますから」

 

「うん」

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

 

 

「さてと、修行の準備はできたか?」

 

「出来たよー。神奈子でもなんでもかかってこい!」

 

『おい、楼夢この餓鬼大丈夫か?』

 

「(現時点じゃ神奈子には勝てない。その為の修行だろ?)」

 

『ふーん。まあ修行メニューは作っておいたから感謝しろ』

 

「(はいはい、サンキュー)」

 

 

今回諏訪子はデタラメに修行したって勝てない。その為に大和に行った時に神奈子を観察してたのだ。俺はあの時巫山戯たが、全て神奈子に悟られない為の布石に過ぎない。

おまけに俺の相手はあの天照と()()()だ。

 

俺はあの大和の神社で神奈子や天照の他に一つ巨大な神力を感じた。しかもその神力の持ち主を俺は知っている。

 

つまり、俺は事実上の二対一になるのだ。対策の一つか二つ練らないと面倒な事になる。

 

 

『んじゃ餓鬼始めんぞー、って聞こえないの忘れてた』

 

「諏訪子ー始めるぞ」

 

「うん!」

 

 

 

ーー狂夢『様』の修行メニューその①

 

 

ーー階段ダッシュ

 

 

 

「ダラァァァァァァァ!!!」

 

「ヒィィィィィ!!!流石にこれは予測してないよォォォォォォ!!!」

 

 

俺と諏訪子は洩矢神社の長いことで有名な階段で階段ダッシュをしている。え、諏訪子が絶叫しているのは?それは階段ダッシュを全速力で五百往復走らねばならないのだ。

 

 

『ガンバー、あと残り四百往復だぜ☆』

 

「諏訪子ー大丈夫か?あと四百往復らしい」

 

「四百ゥゥゥゥ!!!やめて、もうケロちゃんのライフはもう0よ!!!」

 

 

そんなこんなで死行(しゅぎょう)は続く。

 

 

 

ーー狂夢『様』の死行メニューその②

 

 

ーー筋トレ

 

 

 

「よーし早速........おい諏訪子」

 

「ああ、お花畑が見えるよ」

 

『駄目だコイツ早くなんとかしないと』

 

「はぁ、しゃーない」

 

 

俺は能力で水を作り出しそれを氷結させる。すると手の平サイズの氷が出来上がる。俺はそれを諏訪子の服の中に入れる。

 

 

「ヒャウッ!!」

 

「おーし、じゃあやるぞ」

 

「ちょちょっと待って!筋力を上げる理由は?私は基本的に弾幕を使うから必要ないと思うけど?」

 

「ああ、確かに今までのお前には必要ない。だが俺が見た限り神奈子の筋肉の質はお前より圧倒的に高い。ただでさえ神力で負けてるお前が更に不利になる。その為の筋肉の修行だ」

 

「ぐぐっ」

 

「理解出来たならさっさとやるぞ」

 

 

今回鍛える筋肉は腹筋と腕の筋肉だ。神奈子の筋肉の質から、彼女は中間距離で戦う。そして諏訪子も中間距離で戦うタイプのようだ。俺に出来る事は神奈子と諏訪子の身体能力の差を無くす事。

俺にはそれしか出来ない。

 

 

 

ーー狂夢『様』の死行メニューその③

 

 

ーースパーリング(練習試合)

 

 

 

「今日最後のトレーニングだ。全力で来い」

 

「勿論、手加減はしないよ!」

 

『さーて始まりました練習試合。実況は白咲狂夢がお送り致します』

 

「お前は黙ってろ!!」

 

『もっと........アツくなれよォ!!!』(修造)

 

「なにごちゃごちゃ言ってん........の!」

 

 

諏訪子は俺に向けて弾幕を放つ。そして時には能力を使い岩などで攻撃して来る。

 

俺は桜の花弁のような形をした弾幕を放つ。それは小さいが楼夢はそれを一瞬で一万個創り出し飛ばす。

 

 

『おーと楼夢ここで弾幕を出した!桃色の波のような全包囲攻撃に餓鬼はどうする!?』

 

「ちょお........それはないで........しょ!!」

 

 

諏訪子は能力で土の壁を作り弾幕を防ごうとする。だが一万の弾幕の前では数秒しか持たない。だがその数秒は脱出には充分過ぎる。

 

 

「お返しだ!」

 

 

諏訪子は愛用の鉄のチャクラムを全て取り出し楼夢に投げる。その数約二十個。

 

 

『チャクラムの雨が楼夢に降り注ぐ!これで........』

 

「これで........止めだぁ!!」

 

「........それでやられる程俺は甘くないぜ」

 

 

瞬間、舞姫がきらりと青白く光る。青白い剣先から放たれるのは三日月を描く斬撃。

 

 

「霊刃“森羅万象斬“」

 

「ふぁっ!?」

 

 

諏訪子のチャクラムは全て青の斬撃に呑み込まれる。そして

 

 

ドゴオオオオン

 

 

ピチューん

 

 

『「あ........」』

 

 

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

 

此処は精神世界。この世界には天をも貫く無数の摩天楼の群れがある。そしてその中の一つにこの世界の主神ーー白咲狂夢は住んでいた。その住処に辿りつける可能性は約数十億分の一。つまり、彼の住処に辿り着く事はほぼ不可能なのである。そう、ただ一人を覗いて........

 

 

 

 

 

 

「はぁー、疲れたな」

 

「ったく、てめえはなんでまた関係ない事に首を突っ込んでんだか。お陰で俺はてめえらの死行メニューを考えなきゃいけねえハメになったんだぞ」

 

「そういうわりには作ってくれたじゃん。」

 

「今回だけは負ける訳にはいかないだけだ」

 

 

そう言い狂夢の瞳は緋色に光る。今まで俺は気付かなかったがどうやら八岐大蛇になった影響で俺の緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)の色が名前通り緋色の一色に染まったみたいだ。

 

狂夢は俺に5枚のトランプを配る。

現在俺達は狂夢が住んでいるビルの一室でポーカーをしている。このビルは半壊しているので、入口はない。だから窓から入る事になる。そしてビルの中に入ると自動的に狂夢の家にワープするようだ。

 

この家にはいろいろな部屋がある。狂夢が今まで作った発明品がある部屋、そしてその研究室、他にも普通の家庭なら必ずあるキッチンなどがあった。どうやらこの家は狂夢が空間を弄っているみたいだ。中でも一際大きい部屋は“時狭間の部屋“と呼ばれる部屋だった。

 

この部屋には地球が誕生してから起こった大きな出来事を記した本が大量にある。よって部屋の天井は見る事が出来ず棚も大量にあった。狂夢に聞いた所どうやら本の数は億を超えているようだ。ちなみに作者は全て狂夢である。どうやら彼の【森羅万象を司る程度の能力】で過去に起こった出来事を見る事が出来るらしい。

 

........とまあそんな事より今はポーカーだ。俺はカードを2枚チェンジし宣言する。

 

 

「勝った!九のフォー・オブ・ア・カインド」

 

「残念。ロイヤルストレートフラッシュ。俺の勝ちだな」

 

 

そう言い狂夢はニヤニヤする。コイツがやったことは分かっている。イカサマだ。狂夢は普段引きこもってゲームをしていて、ゲーム関連の物で狂夢に勝てる物はいない。特にポーカーのようなイカサマし放題のこのゲームではコイツは無敵だ。まあ気付けなかった俺が悪いんだが。

殴りたい、その笑顔。

 

 

「そう言えば頼んでいた物が出来たぜ」

 

 

狂夢は巫女服の袖から片方しかないピアスを取り出す。ピアスの先には瑠璃色の光を放つ水晶が埋め込まれていた。

 

 

「いい出来........だがなんでピアスなんだ?」

 

「お前に似合いそうだったから。良かったね☆」

 

「良くねえよ!後お前も俺と同じ顔だろうが!」

 

「まあまあ。そんなことより作戦の方は出来たのか?」

 

「まあ........な」

 

「肝に銘じておけ。俺達“白塗(しらぬり)の巫女“にーーーー」

 

「ーーーー敗北は許されない........か。分かってるぜ、そんなこと」

 

「ならいい」

 

 

狂夢はトランプをシャッフルし始める。どうやらまだまだ二人のゲーマーの戦いは続くようだ........

 

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

 

「........姉さん。お呼びですか?」

 

 

此処は大和の神社。その一室では二人の男と女の最高神が話し合っていた。

 

男の神の名は須佐之男命。かつて伝説の大妖怪“八岐大蛇“と戦った神である。彼は今自分の姉に呼ばれこの部屋に来た。

 

 

「ええ、須佐之男。実は聞きたい事があるんです」

 

 

姉と呼ばれた彼女は天照大御神。先日楼夢に喧嘩を売った太陽の最高神だ。

 

 

「........なんですか?」

 

 

須佐之男は天照の聞きたい事に疑問を持つ。なぜなら彼女は須佐之男よりも頭の回転が早く彼女が須佐之男に何か聞いても答えられない事が多いのだ。

 

 

「私は........ハゲてるように見えますか?」

 

「いやいや姉さんのどこを見たらハゲてるんですか!どうしたんですか一体!?」

 

「実は........この前諏訪子の使者として来た妖怪にハゲ神って言われたんです........グスン」

 

「ああ、姉さん泣かないで!こんなところで泣いたら........」

 

「ウ“ワ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ン!!!私はハゲてないもん!!ううぅ........」

 

 

天照はあまりのショックに泣き出す。カリスマブレイクと言う奴である。

 

 

「(ああ、姉さんが今まで作り上げてきた威厳が崩れてゆく........)」

 

 

天照は意外に精神攻撃に弱かった。

 

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

「ちなみに狂夢」

 

「なんだ?」

 

「リビングにサンドバッグがあったんだがそれは?」

 

「良いだろ別に」

 

「それにサンドバッグに張り付けてある写真の人って天照じゃあ........」

 

「........」

 

「あ、逃げんなゴラァ!!」

 

 

 

 




~~今日の狂夢~~

「三年E組ーーーー」

「「「「「教えて、狂八先生!!」」」」」


緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)の色が今話で変更しました。理由はやっぱり分かりにくいと思ったから。狂夢だ」

「諸事情によりこれから三日間の間投稿出来ません。そして今話4000文字突破しました。作者です」

「さーて今回は何について説明するんだ?」

「今回はこの小説での霊力・妖力・神力について説明したいと思います」

「はいはい、まず霊力・神力・妖力はそれぞれの種族が使える事は知ってるな。そしてこの三つの力にはそれぞれ得意な事や性質が違う。例えば妖力は妖怪が持っていて主に攻撃や身体能力強化に使われる。そしてこの力は傷を治すのに向いていない。例えば右腕が消し飛ばされたとする。そして妖力でそれを無理矢理治そうとすると、グチュグチュと言う音を立てながら新しい右腕が生えてくる。この時再生能力を上げて無理矢理治したので腕が生えてくる時は発狂するほど痛い。つまり妖力は攻撃や身体能力強化にしか使えないと言う事だ。

次に霊力は主に人間が持っていて攻撃の他に結界術や回復にも使える便利な力だ。これの弱点は霊力は身体能力強化にはあまり向いていないと言う事だ。そして傷を治す時はその傷の深さによって膨大な量の霊力を必要とする。つまり傷は治せるが大きな傷を治すと大量の霊力を消費するという事だ。

霊力と妖力は互いに混ぜ合わない性質を持っている。つまり、霊力と妖力を合わせた術は作る事が出来ないと言う事だ。例外に、楼夢は能力で二つの形を無理矢理結びつける事も出来る。

最後に神力は主にバランス型だ。得意な事も無ければ弱点も無い。唯一のデメリットは誰かに信仰されてなければ力は使えないと言う事だ。

神力は霊力・妖力との相性が良くこの力を使えば霊力や妖力を混ぜた術を作る事が出来る。

これでいいな?」

「はい、いつも通り長い説明ありがとうございます」

「あぁん?」

「いやなんでもないっす。それにしても今話で色々な謎が出て来ましたね。狂夢さんが渡した不思議なピアス、そして“白塗の巫女“。他にも楼夢さんは何故死んだのか、など?」

「楼夢の過去編はいつやるんだ?

「多分前編が終わった後ですね。つまりまだまだ先と言う事です」

「成程ね。じゃあ俺はサンドバッグ叩きに行くからチャオチャオ」


ドゴオオオオン


「(一体誰を殺す気なんだろう?)」


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突撃!諏訪大戦

人は黒く

血は朱く

そして世界は灰色


嗚呼、もし私が白ならば全てを染め上げられるのに


by白咲楼夢


朝ーーそれは全ての始まりでもあり、終わりでもある。そして今日はそれぞれの始まりを示していた。

 

 

 

 

 

「そろそろ出発のお時間です。須佐之男様」

 

「ああ、神奈子。........行きましょう姉さん」

 

「........ええ、全てはーーーー」

 

 

 

 

ーーーー大和の平和の為に

 

 

 

 

 

ーーある者は己の国の平和の為

 

 

 

 

 

「さあ、気合い入れて行きましょう!」

 

「うん!この一ヶ月の地獄の死行の成果を見せてやる!!」

 

「おいおいそれじゃあまるで俺が鬼のようだと言っているようじゃないか。まったく........まあさっきの団子が最後の晩餐にならない事を祈ってるぜ」

 

「「あかん、それフラグや!!」」

 

 

 

 

 

ーーある者は守るべき愛人達の為

 

 

 

 

ーーそしてある者は........

 

 

 

 

ドッゴォォォォォン

 

 

 

「オッシャァァァ!覚悟しろよハゲ照らす大微髪!!このサンドバッグのようにグチャグチャにしてくれるわ!」

 

 

 

 

 

ーーある者は自らの誇りの為に戦う。

 

 

 

 

ーーそして運命の戦争が今始まる。

 

 

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

 

 

「........着いたか」

 

 

現在俺達は指定された平原にいる。向こうに見えるのは大和の軍だろう。流石に多い。取り敢えず此処ならいくら地形破壊しても文句は言われないので嬉しい。

 

俺は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を開き大和の軍に向けて視界をズームする。大和の軍の中心にいるのは........ハゲ照らすと須佐之男と神奈子か。まあ最初はこの軍を全滅させなきゃね。

 

 

『楼夢!速攻でハゲ照らすを倒すぞ!』

 

「(戦わない癖に何威張ってんだよ。まずは軍からだ)」

 

『何言ってやがる!俺はセコンドとして戦うんだよ!』

 

「(寝言は寝てる時に言いやがれ!!)」

 

 

さてこいつの事よりまずは軍の方からだな。諏訪子が持っている兵はミシャグジと呼ばれる白い蛇と早奈だけだ。対してあちらは数えて約一万の神兵を持っている。まあ、一万なんて今の俺には余裕だけどな。

 

 

「楼夢、そろそろ始まるよ」

 

「はいはい、まあ二人共死ぬなよ」

 

「お役に立てるかどうかわかりませんが私、頑張ります!」

 

「私は死んでも信仰がある限り生き返るから大丈夫」

 

「........死亡フラグ乙」

 

 

俺らがそう話し合っていると大和の軍勢が唸り声を上げて突撃して来た。どうやら始まったようだ。

 

 

「........始まったね。総員散開!大和の神兵を蹴散らせ!!」

 

「んじゃ俺は大和の軍勢を皆殺しにして来るぜ」

 

 

そう言うと俺は大和の部隊の内の一つに突っ込む。いけない、どうやら狂夢がいるせいで言葉が少し乱暴になってるようだ。

 

 

大和の軍には全部で八個の部隊がある。そしてそれら全てで敵を包囲して倒す。まあ俺には都合が良い。

 

 

俺は瞬歩で神兵の目の前に移動しその首を綺麗に狩る。首があった場所からは噴水のように血が溢れ出ていた。

 

神というのは信仰があれば何度でも蘇る。つまり今回はわざわざ手加減して戦う必要はないのだ。

 

 

「き、貴様ァ!!よくもーーーー」

 

「五月蝿い、“竜の息吹“」

 

 

俺は【八岐大蛇状態】になり尻尾の口から灼熱の炎を吐き出す。神兵達は炎に巻き込まれ数十名が息絶える。

 

 

「「アハハハハ!!さあ、もっと私達を楽しませろよ!!!」」

 

 

桃色の蛇狐は高らかに笑い狂う。その左目は血のようにも見える緋色に染まり、右目は瑠璃色の凍てつく光を放っていた。

 

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

 

 

此処は大和の部隊の中で最も強力な神々が集まっている一番隊。その中では一人の神兵が己の軍の大将に報告しに来ていた。

 

 

「神奈子様!八部隊の内六番隊が........全滅しました!!」

 

 

その事を聞いた時大和の神々はざわざわと話始める。ある者は全く信じず、ある者は不安で押し潰されそうになる。天照は皆に指示を出し落ち着かせる。だが彼女も内心は驚いていた。当たり前だろう。各部隊には千を超える神兵が陣を組んでいる。その内の一部隊が約十分で全滅したのだ。驚くなと言う方が無理だろう。そして天照に新たな凶報がやって来た。

 

 

「神奈子様!!三番隊に巨大な流星群が降り注いで、間もなく壊滅寸前です!!」

 

「神奈子様!!御報告です........七番隊........が急に氷付けにされ........私以外が........全滅しました」

 

 

その報告で神奈子達の背筋が凍る。だがこの中で須佐之男だけが冷静だった。

 

 

「七番隊を全滅させたのは誰だ!?答えろ!!」

 

 

須佐之男はそう生き残った神兵に問う。

 

 

「桃色の........髪を持つ........妖怪」

 

 

そう呟くと神兵は力尽きる。そしてその事を聞いた須佐之男から大量の冷や汗が溢れ出ていた。

 

 

「(桃色の妖怪!?........そんな........まさか!?)」

 

 

須佐之男の脳裏に一人の妖怪の顔が浮かぶ。そして最悪の事を考えた須佐之男は全兵に命令する。

 

 

「各隊に伝えろ!各部隊は互いに協同しその妖怪を倒す事だけを考えろ!!」

 

「しかし、それでは諏訪の兵達が........」

 

「諏訪の兵と祟り神は俺と姉さんがなんとかする!急げ!奴が此処に来たら不味い!」

 

「ハッ!」

 

 

周りの神達が動き出す。須佐之男は各部隊と言った。つまり、此処一番隊も動かなければならないのだ。そして大将を守る者が一人もいなくなるこの馬鹿げた策に天照は疑問を立てる。

 

 

「何故一番隊まで行かせたのです?お陰で我々の周りの兵は0です」

 

「奴が本当に此処にいるなら大和の全部隊でも全滅する可能性がある。つまり奴が戦っている間に諏訪の神を倒せばいいんですよ」

 

「........成程、貴方にしては考えましたね。そしてもう一つ、貴方はあの妖怪について何か知っているようですが........」

 

「........ええ、知ってます。あいつはーーーー」

 

 

 

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

 

 

 

「オラオラァ!!死ねぇ!!」

 

「吹っ飛べゴミクズ共!!」

 

「「「ウワァァァァァ!!」」」

 

「破道の九十“黒棺(くろひつぎ)

 

「「「ひっ........ギャアァァァァァァ!!!」」」

 

 

俺は霊力で造られた黒い長方形で神兵達を囲い中で圧殺する。どうやら俺も狂夢もすっかりヒートアップしているようだ。

 

現在俺は七千を超える大和の軍勢と戦っている。それぞれの三つの部隊をどうやって全滅させたかと言うと、俺の【八岐大蛇状態】の時のみ使える木、火、土、金、水、風、光、闇の力を持つ蛇達の内、火、土、水の力を使って敵を倒した。ただそれだけである。でも流石に空から巨大な岩を流星群みたいに落としたのはやり過ぎた。

さてそんな事よりどうやら各部隊が俺に集中して集まっているようだ。まあ、楽しいからいいとしよう。

 

 

「「死に晒せ!!“二十二枚のタロットスペル“『(タワー)』」」

 

 

無数の稲妻が神兵達を串刺しにする。今のは俺ではなく、狂夢が勝手に攻撃したのだ。俺も興奮しているせいで狂夢を上手く制御出来ていないようだ。

 

 

「「邪魔だァ!!破道の八十八“飛竜撃賊震天雷砲“!!」

 

 

俺らは周りの神兵に青白い巨大な閃光を放ち消し飛ばす。だが後残り六千人程いる。........一気に決めるか。

 

俺は左耳に付けてあるピアスの水晶を触る。すると水晶はピアスから外れて占いで使われる程の水晶玉と同じくらいの大きさになる。

 

この水晶玉の名は“魔水晶(ディアモ)“。この水晶玉にはあらゆる術式を使う時に必要になる。他には霊力を妖力に変えたりする等の事が出来る。つまるところ、これは大きな術式を創り出す時や、使う時に大きな助けになってくれるのだ。

 

 

「軍相八寸退くに能わず」

 

 

俺は魔水晶(ディアモ)を左手に持ち術の詠唱を始める。

 

 

「青き閂 白き閂 黒き閂 赤き閂

 

相贖いて大海に沈む

 

“竜尾の城門“ “虎咬の城門“

 

“亀鎧の城門“ “鳳翼の城門“」

 

 

俺は大和の軍勢を囲むようにそれぞれ竜、虎、亀、鳳凰の門を出現させる。

 

 

「“四獣塞門(しじゅうさいもん)“」

 

 

俺は大和の軍勢を超巨大な結界に閉じ込める。魔水晶(ディアモ)のお陰で通常の百倍以上の大きさの結界を貼る事が出来るようになった。

だがこの結界はただ閉じ込める為の物ではない。

 

俺は指をパチンと鳴らす。すると、虎咬の城門が少しだけ開く。

俺は右手に膨大な量の霊力、妖力、神力を込める。通常、霊力と妖力は相性が悪いが魔水晶(ディアモ)の能力で上手く調和させている。

 

 

楼夢の右の手の平の上に七色の光が集まり始める。その光はオーロラのようにも見え、とても幻想的な色であった。やがてその光はバチバチと音を立てながら眩しい程に輝き出す。

 

 

「天災“天の光(ユニバースレイ)

 

 

楼夢は右手に集まった光を虎咬の城門に向けて放つ。そして........

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーオーロラの光が地から天にある物全てを貫いた。

 

 

 




ども、皆さん作者です。現在精神世界で狂夢さんの家の中にいます。というか閉じ込められました。どうやら防犯対策の為に私を閉じ込めたようです。

........ていうかこんな世界に来客なんて来るかよ!


「宅配便でーす!」


........(゜Д゜)


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戦いの歌


剣無き兵士は戦場では必要ない

覚悟無き兵士も戦場では必要ない


by須佐之男命


諏訪子side

 

 

現在私は大和の軍の大将ーー八坂神奈子と戦う為大和の陣営に向かっている。

私は戦争だというのにまだ道中一人も敵と遭遇していない。どうやら楼夢が全ての兵を相手にしてくれているお陰のようだ。一万を超える神兵を相手にするのは無茶過ぎるが仕方が無い。そんなことよりまずは神奈子を倒す事が優先だ。

 

私がそう考えているとズゴオオオオンっと言う大きな音が後ろの地から鳴り響く。私はすぐに後ろを向いた。その先には薄い緑を被ったとんでもない大きさの光の柱が地から天を貫いていた。しかも柱が出現した場所を私は知っている。そこは楼夢が神兵達と戦っていた場所であった。

 

 

「楼夢!!」

 

 

私は大きな声を出すと急いで楼夢の所に戻ろうとする。その時、光の柱が物凄い力と共に爆発する。私は遠くにいた為直撃はしてないが衝撃波で吹き飛ばされる。

 

そしてまるで狙っていたかのようなタイミングで大きな炎の玉が着地地点に飛んでくる。

 

 

「ぐ........ハアァ!!」

 

 

私は土で自分を囲い炎を防ぐ。そして炎が飛ばしてきた金髪の女性を睨み付ける。

 

 

「いきなり攻撃なんて卑怯じゃないか。........まあ兵士が一人もいないようだし丁度いい。一対一なら........勝てる!」

 

「........何やら勘違いしていません?一対ではありません、一ーーーー」

 

 

 

 

ーーーー三対一ですよ!

 

 

彼女がそう言うと後ろから御柱が幾つか飛んで来る。私は上に飛ぶ事で攻撃を避けるが男の神が空に待ち構えていた。男はその刀で私を斬りつける。私はその攻撃を避けきれず受ける。

 

 

「........ガハ!」

 

 

私は上手く受け身を取れずそのまま地面に落ちる。

 

 

「改めて自己紹介をします。私の名は天照大御神。太陽の最高神です。そして隣にいるのが私の大和の軍神“八坂神奈子“です」

 

「おいおい姉さん俺は紹介しないのかよ」

 

「おっと、申し訳ございません。そして私の弟“須佐之男命“です」

 

 

彼女達はそれぞれ自己紹介をしてくる。その反面私は心の中では不安でいっぱいだった。

 

 

「三対一なんて........卑怯だね」

 

「........お喋りは此処までです。貴方には灰となって消えてもらいます」

 

 

天照が私に攻撃をしようとする。その瞬間

 

 

「必殺“アイスバケツチャレンジ“」

 

 

誰かの声が私の耳に聞こえた。女とも男とも取れぬその聞き心地よい声の持ち主を私は知っている。

 

 

「何者........ガア!!」

 

 

突如天照と須佐之男の頭に大量の氷水が入ったバケツが落ちる。二人はそれに気付く事無くびしょ濡れになった。

 

 

「つ、冷たァァァァ!!」

 

「ったく、弱い者虐めは関心しねえな。........助けに来たぜ、諏訪子」

 

「........遅いよ、楼夢」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「さて、なんとか間に合ったか」

 

 

俺はびしょ濡れになっている須佐之男と頭からバケツを被っている天照を見つめる。大和の兵は全滅させといたから問題無い。

 

 

“ユニバースレイ“は地上から天をも貫くオーロラのような光の柱が立った後、それを爆散させ全ての敵を消滅させる俺の術の中では最も威力が高い術だ。これの欠点は妖力、霊力、神力の消費が物凄く多い事だ。本当はまだ天照戦や須佐之男戦を控えてる時に使いたくはなかったが今日はついている。

 

俺は懐から一枚のタロットカードを取り出す。そのカードには『魔術師(マジシャン)』と書かれていた。このカードの能力は妖力等の力を数分間消費しないと言うかなりのチート能力だ。俺はこれを使う事で力の消費を抑えたのだ。

 

 

「楼夢、てめぇ!服がずぶ濡れじゃねえか!!」

 

「ヒイィィィィン須佐之男ォォォォ!!!暗いよ、怖いよォォォォォ!!!」

 

「天照様、落ち着いてください!」

 

 

案の定三人共カオスになっている。おまけに須佐之男とハゲ照らすには地味な精神ダメージを与えた。まさにこれぞ一石二鳥。

 

 

「ウワァァァァァァァァン!!!!!」

 

「ね、姉さん落ち着いてほら........どうどう」

 

 

須佐之男がパニックになった天照をなだめる。俺はその間に神奈子に話しかける。

 

 

「神奈子、お前には今から諏訪子と戦ってもらう。そしてその勝者で戦争の結界が変わる。つまり諏訪子が勝てば大和は諏訪子に。逆に神奈子が勝てば諏訪は大和に従う。これでどうだ」

 

「........此方に利益が無いな」

 

「利益ならあるさ」

 

 

そう言い俺は妖力を全開にし神奈子を睨む。

 

 

「「俺が須佐之男と天照を倒した後あんたは俺と戦わない。それが利益だ」」

 

「........っ。分かったよ」

 

「お前もそれでいいな?須佐之男」

 

「ああ、いいぜ。丁度この前の借りを返す時が来たようだ!」

 

 

そう言い須佐之男は俺が授けた妖刀“天叢雲“を行きよい良く引き抜く。

 

 

「という訳で諏訪子、頑張れよ」

 

「うん、必ず勝つからそっちを負けるんじゃないよ!」

 

「ハッ、誰に言ってやがる」

 

 

俺はそう軽口を叩くと“舞姫“を引き抜き封印を解除する。

 

 

「行くぞ、須佐之男!」

 

「さあ来い、楼夢!」

 

 

二人がそう叫ぶと二つの剣が交わる。二人はその後軽くバックステップをする。そして須佐之男は教科書通りに刀を垂直に構えるオーソドックススタイルを取る。一方楼夢は刀を持った右手をだらんと下に垂らして構えている。

 

須佐之男はまず様子見に素早く刀を振るう。楼夢はそれを刀で上に弾くと須佐之男に急接近する。そしてそのまま踊るように回転しながら斬りかかる。

 

須佐之男は懐に潜り込んだ楼夢に刀を振り下ろすが楼夢はそれに合わせて垂直に刀を振り上げた。須佐之男はそれを勘で紙一重に避ける。そしてそのまま後ろに大きくバックステップをした。

 

 

「........どうやら剣術の腕は超一流を通り越してるってとこか」

 

「まあね、少なくとも剣術ならお前には負けないよ」

 

 

須佐之男はそれを聞いたと同時に楼夢を真横に薙ぎ払う。だが楼夢は上半身を限界まで反らして攻撃を避ける。そしてそのまま有り得ない角度から斬撃を放つ。

 

 

ザシュッ

 

 

「グフッ!!........どんな身体をしてんだよ全く」

 

 

楼夢は須佐之男の死角から斬りつけた。

 

 

楼夢の下半身(主に足腰)の筋肉はとても多い。それ故に楼夢は常人では有り得ない360度全ての角度から刀を振るう事が出来る。そしてそれは科学的要素を得た教科書通りの剣術を根本からひっくり返す楼夢の剣術には無くてはならない物であった。

 

 

ーー誰にも習得する事も真似する事も出来ない。それが楼夢が導き出した楼夢の剣術だ。

 

 

「狂華閃一“(せん)“」

 

 

楼夢は須佐之男を真横に思いっきり振り切る。その斬撃は赤い光を纏った孤を描きながら須佐之男の上半身に襲いかかっていた。だがそこは流石須佐之男と言うべきだろう。須佐之男はぎりぎりの所で刀で刃を受け止め防いでいた。

 

 

「隙あり!“天叢斬(あまのざん)“!」

 

 

須佐之男の天叢雲から炎が吹き出し、そのまま楼夢に斬りかかる。余談ではあるが天叢雲は何かしらの力を込めれば炎が吹き出ると言う白咲印の刀である。そしてそれを造った本人がその事を忘れている筈がない。

 

楼夢は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)でその攻撃を見切ると舞姫に霊力を込める。

 

 

「霊刃“森羅万象斬“」

 

 

 

 

 

ーー青白い斬撃は須佐之男の攻撃を本人ごと吹き飛ばした。





どーも皆さん、来週から修学旅行に行ってしまうので五日間は投稿出来ないと思う作者です。ちなみに作者の本音は修学旅行に行くより家でゴロゴロしていたいです。

さて、そんな私は今狂夢さんの研究室にいます。いやー色々な物がありますね。ゴキブリ用掃除機や作者用ボクシンググローブ、他にはホモ用の幻覚を見せる薬やストーカー用超小型監視カメラ等がありました。

........ん、これは頭を良くする薬!?これさえあれば期末テストが........早速飲もう。


ツルン


あっ


パリーン


........私は知らない、何も見ていない。


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守るべき物

人は守るべき物があるほど強くなれる。

人や物、または己の誇りの為に

人はいつでも守り続ける


by須佐之男命


楼夢side

 

 

「........ハア、そのままお陀仏してくれりゃいいのに」

 

「痛つつ、流石に強えな。だが俺もヤラレっぱなしは性に合わないんでね、今度はこっちからだ!」

 

 

須佐之男はそう言うとまた刀を前に向けて構える。そしてそのまま天叢雲から炎を飛ばした。

 

 

「........時間稼ぎにもならねえよ、こんなもの」

 

 

ーーギア・マジックⅠ“虚閃(セロ)

 

 

楼夢は刀を握っていない左手から桃色の閃光を放つ。閃光は須佐之男の炎を貫通し、そのまま須佐之男へ向かった。

 

須佐之男は自身の【一刀両断する程度の能力】を使い閃光を縦に一刀両断する。そして地面に刀を突き刺した。

 

 

「“天地逆転(てんちぎゃくてん)“」

 

 

須佐之男がそう呟くと、楼夢の真下の地面がせり上がり、爆発した。

 

楼夢は突然の事で反応出来ず、爆発に巻き込まれる。

 

 

「ガハッ!........あんの野郎!」

 

 

楼夢は爆発に巻き込まれそのまま空に放り出される。楼夢はなんとか受け身を取ろうとするがそれを見逃す程須佐之男は甘くない。

 

 

「“(つるぎ)の雨“!」

 

 

須佐之男は地面に突き刺した刀を更に強く握るとそう叫んだ。

すると百を超える刃が空から楼夢に降り注ぐ。

 

楼夢は刀で刃を弾くが空中にいるため上手くバランスを取れず二、三個の刃が楼夢の身体を貫く。

 

 

「鬱陶しいんだよ!

 

ギア・マジックⅣ“無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)!!」

 

 

数には数と楼夢は千を超える虚閃(セロ)を放ち、全ての刃を撃ち落とした。そしてそのまま地面に着地し須佐之男に接近する。

 

 

「凍りつけ!狂華閃七十五“氷結乱舞“!!」

 

 

楼夢は須佐之男に氷を纏った七連撃を繰り出す。須佐之男は刀で防御しようとするが楼夢のスピードについていけずいくつかを貰う。

 

 

「く........この!」

 

 

須佐之男もそれに負けじと斬撃を繰り出し、戦況は激しい接近戦になった。

 

楼夢と須佐之男の刃がぶつかる度に楼夢は衝撃で後ろに下がらされていた。何故なら体格や筋力では女よりの楼夢より須佐之男の方が大きく、そして攻撃を避けるスペースの無い接近戦では元の筋力で勝る須佐之男には有利だったからだ。

 

 

「狂華閃四十“雷光一閃“」

 

「“一空牙(いっくうが)“」

 

 

楼夢は雷を纏った斬撃を、須佐之男は真空の刃を繰り出した。

 

二つの斬撃は互いに相殺しあうが須佐之男は強引に楼夢を薙ぎ払う。そしてそのまま吹き飛ばされた楼夢に向かって炎を放った。

 

 

「ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“!!」

 

 

楼夢の身体は赤く燃えながら地面に転る。須佐之男はそれと同時に地面に再び刀を突き刺し、そのまま握る手に力を込めた。

 

 

「吹き飛べェ!!“天地逆転“!」

 

 

楼夢が倒れている地面が急にせり上がりそしてーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー先程より一回り大きい爆発が楼夢を襲った。

 

 

 

「やった........のか?」

 

「「殺られてる訳無えだろ、ゴミクズ共がァ!!」」

 

 

楼夢はそう叫んだ後、須佐之男を鬼をも凍り付くような形相で睨む。今の楼夢は明らかに怒っている事は誰の目から見ても明白だった。

 

 

「「ったく、少し黙ってりゃ調子に乗りやがって。うざい野郎だ。そんな奴には裁きが必要だな」」

 

 

楼夢達がそう話し終えると、楼夢は須佐之男に一直線に突っ込む。

 

 

「(最初のように変則しながらの接近戦か........いいぜ、来いよ!)」

 

 

楼夢はそのまま須佐之男へ突進しーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー中間距離(ミドルレンジ)でその足を止めた。

 

 

「(腕を畳んで戦うなんて性じゃないだろ?)」

 

 

 

ーー俺もお前も!!

 

 

「(刀を思いっきり振れる距離で勝負かよ......!?)」

 

 

須佐之男はその楼夢の行動に驚きを隠せないでいた。何故なら刀を振り切れる距離という事は筋力で劣る楼夢には無謀な策だからだ。

 

 

楼夢は狂気的な笑みを浮かべながら不敵に笑う。須佐之男はその行為で己の迷いを断ち切った。

 

 

「それならお望み通りに振り抜いてやるよ!!」

 

「地獄に堕ちやがれェ!!」

 

 

須佐之男は渾身の一撃を楼夢に繰り出す。対して楼夢はそれに己の刃でカウンターを狙う。

 

ズギャン!!、という音がし、鮮血が辺りに飛び散る。それでも二人は腕を休めない。第二第三と次々に攻撃を繰り出す。須佐之男の斬撃が先に楼夢に当たり、刃が身体にめり込む瞬間に楼夢はカウンターで須佐之男の身体を叩き切った。

そんな事が延々と続く。だが二人の身体にも限界という物がある。そして本来なら耐久力が少ない楼夢はこの戦況は不利『だった』はずだ。

 

 

「(何故だ!?俺の斬撃が先に当たっている!!傷もかなり深い筈だ!!なのに........)」

 

 

ーー何故笑っていられるんだ!?

 

 

「「何故笑ってるかって?楽しいからに決まってんだろォ!!アハハハ!!もっとだ!!」」

 

 

ーーまだ壊れるんじゃねえぞ!!

 

 

「ち、チクショォォォォ!!!」

 

 

須佐之男は先程の楼夢の言葉を聞きこの男の本性を思い出す。この男は妖怪よりも強く、残酷な化物であると。

 

 

須佐之男の頭の中が恐怖で埋まる。それと同時に須佐之男は中間距離(ミドルレンジ)から飛び付くように近距離(クロスレンジ)に持ち替えた。

 

 

「うわァァァァァ!!!」

 

 

須佐之男は自身の恐怖が写った刃を楼夢に振り回す。だがそんな物が当たる筈も無く、楼夢はカウンターで須佐之男の腹を貫くように殴った。

 

 

「ガ........ハア!」

 

 

須佐之男の身体が痺れたかのように痙攣する。

今楼夢が放ったのは“ソーラー・プレキサス・ブロー“。通称“みぞおち打ち“だ。

 

 

人間は横隔膜の上下動により呼吸する。それは楼夢のような人型の妖怪や神とて例外ではない。

 

肝臓、脾臓、胃、横隔膜を取り巻く内蔵にダメージを与えることでジワジワとその動きを奪い呼吸困難に陥れる。

ボディブローの効果とはこれだ。ただ欠点は遅効性であること、つまり長丁場でないとその効果は表れない。

 

だが横隔膜を直接叩けたら即座に呼吸困難は訪れる。つまり即効性のボディブローが成立する。

 

横隔膜の位置とはみぞおちのことだ。

楼夢はボディブローをみぞおち(ソーラー・プレキサス)に打ち込むことで須佐之男の動きを止めたのだ。

 

 

「鬼神奥義“空拳“!」

 

 

楼夢は棒立ちになった須佐之男の顎に天空をも貫くようなアッパーを喰らわした。鮮血が辺りに飛び散り、須佐之男はなんとか踏み止まるが、その意識は途絶えていた。

 

 

「霊刃“森羅万象斬“!!」

 

 

ーー糸が切れた人形のように動かない須佐之男の身体に冷徹な光を帯びた刃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーねえ、須佐之男。ちょっとこっちに来てよ。

 

ーー何ですか、姉さん?

 

ーーこっちこっち。此処なら大和の国を良く見れるわ。

 

 

 

 

ーー........綺麗ね、大和は。

 

ーー........そうですね。

 

ーーねえ、須佐之男。私はこの国をもっと豊かにしたいわ。そしてどんな時でもこの国を守れるようにしたいの。

 

ーー勿論俺も手伝いますよ。

 

ーー........ええ、二人で大和を守って行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー二人でね........

 

 

 

 

「お........あァァァァァァァ!!!!!」

 

 

突如、須佐之男が意識を取り戻した。そして刀を握る手に力を込める。

 

 

「俺は........俺は........負けられねえんだァァァァ!!!」

 

 

須佐之男がそう叫ぶと天叢雲に緑色の光が集まり、大きな緑色の光の剣を創り出す。

 

 

「あ........あァァァァァ!!!」

 

 

ーー神剣“草薙(クサナギ)“!!

 

 

緑と青の刃がぶつかる。そして緑の光が蒼き刃を押し返し始めた。

 

 

「これで........最後だァァ!!」

 

『........そいつはどうかな?』

 

 

ーー妖刃“夢空万象刃“

 

 

楼夢の青白い刃が、桃色に変わる。と同時に桃の刃が更に巨大になる。

 

 

「「悪いな........私達にも負けられない理由があるんだよ........」」

 

「ぐ........クソォォォォ!!!」

 

 

花弁の如く緑色の光が散りーーーー

 

 

 

ーーーー辺りが桃色で包まれた........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーすまねえ、姉さん。

 

 

 

 

 

 

 

 



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太陽神の力

嗚呼、私は今家族の為に剣を取る

嗚呼、私は今誇りの為に剣を取る

........思い無き剣は獣に過ぎない


楼夢side

 

 

「ふー疲れた。次はお前だ天照♪」

 

「........」

 

 

天照は無言のままぐったりと地面に倒れている須佐之男の元へと近づき、そっと手を頬に当てる。そしてキッと楼夢を睨む。

 

 

「何が『疲れた』ですか........まだ本当の実力なんて出してない癖に........!」

 

「........あ〜あ、バレてたかー。まあしゃーないな。........あんたこそ須佐之男と比べ物にならない程強い癖によ」

 

「........不思議ですね。神力は完璧に隠しているのに........」

 

「俺の左目はお前の霊力などの力、筋力の質、それらからの相手の実力を見通すことが出来る。まあ、俺は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)と呼んでいる」

 

「........中々厄介な能力ですね」

 

 

俺と天照は話し合いながら構える。俺は舞姫を鞘に納めた後、【妖狐状態】になりいつでも術を唱えられる準備をした。

 

 

「では、改めて名乗らせて貰います。大国大和の主神ーー天照大御神です」

 

「「白咲楼夢。白咲流剣術“狂華閃“最高階級“白塗“の巫女こと桃色の蛇狐だ!」」

 

 

二人が自己紹介を終えた時、辺りに砂煙が舞い上がる。楼夢はお得意の桜の花弁のような弾幕を数千個、天照は周りに炎の玉を大量に生成し楼夢へと放った。

 

 

桜の花弁が天照の弾幕を包む度に、炎が爆散し辺りを吹き飛ばす。そんな状況が延々と続く中、その均衡を破ったのは天照だった。

 

天照は右手に意識を集中させると、これまでの三倍程の大きさの炎の球を楼夢へ放つ。楼夢は桜の弾幕を上手く操り一方向に集めて防御しようとするが炎はそれごと燃やし尽くし、楼夢へと迫る。

 

 

「はっ“羽衣水鏡“っ!!」

 

 

楼夢は薄い水で覆われた霊力の結界を発動させ火球を防ぐ........が、その反動で後ろに吹き飛ばされる。

 

天照はまた自身の右手に炎を集め始める。だが、俺にはこの結界がある。

“羽衣水鏡“は弾幕などの遠距離攻撃を無効化することが出来る。つまり俺に炎は無意味だ。

 

 

楼夢はそう確信し結界に更に霊力を注ぐ。だが、次の瞬間ーーーー

 

 

 

 

バシュッ

 

 

そんな音と共に血しぶきが舞い、楼夢の結界は壊される。いや、正確には断ち切られた。

 

 

「“太陽剣(タイヨウノカケラ)“」

 

俺は胴の傷を手で塞ぎながら光となって消えて行く結界と天照を見つめる。天照の右手には炎で出来た燃え盛る一刀の刀が握られていた。

そして俺は理解する。何故結界が壊されたのかを。

 

 

“羽衣水鏡“は弾幕の他に炎や水、雷などの属性攻撃を無効化することが出来る。だが、その欠点は直接物理攻撃にはとても脆いと言う事だ。

天照は一回目で俺の結界の能力を確認し、二回目は炎の刀で俺を結界ごと切り裂いたのだ。

 

 

「アハハ、これは本気で殺んないとな!」

 

「........させません」

 

 

俺が自分の刀の柄に手を当てた瞬間に、天照は抜かせまいと炎のマシンガンのような弾幕を放つ。

 

 

「縛道の八十一“断空“」

 

 

俺は目の前に透き通った透明な結界を貼り弾幕を防ぐ。

そして、小さな声で囁いた。

 

 

「踊れ........“舞姫“っ........!!」

 

 

 

刹那、刀が桃色に光り瑠璃色の桜吹雪が楼夢を覆い尽す。

 

やがて、桜吹雪が止み始める。その先にはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー瑠璃色に輝く二枚の扇を両手に持った楼夢がいた........

 

 

「成程........その刀は扇にも変わるのね?」

 

「まあ、刀か扇にしか変形しないんだけどな。まあ、見くびってると痛い目見るぜ!」

 

 

楼夢の扇には瑠璃色で描かれた桜の絵と、風景に桃色が少し混じったようなデザインだった。

 

楼夢が喋り終えると、天照は再びその刀を振りかざす。

楼夢は、攻撃を避けた後二枚の扇を広げたまま風を巻き込んで踊るように回転する。

すると、巻き込んだ風が桃色に光り巨大な竜巻を創り出した。

 

 

「舞姫神楽“桃色旋風(ももいろせんぷう)“」

 

 

楼夢は静かにそう唱える。天照は必死に桃色の竜巻を消そうといくつもの巨大な炎を当てるが竜巻は時間が経つ事に更に大きくなり、天照は竜巻に飲み込まれた。

 

竜巻は天照をその風で切り刻んだ後集まっている風を拡散させて天照を吹き飛ばした。

 

天照の身体は地上に落ちた後、

一、二回転してその場で倒れる。

天照はなんとか立つと炎を創造しながら楼夢へと話し掛ける。

 

 

「........単刀直入に言います。貴方のその扇の能力は何ですか?」

 

「変わらねえよ。俺の舞姫の能力は【舞いを具現化する程度の能力】だ。........まあ、形状が扇になったお陰で踊りやすくなり、バリエーションも増えるんだがな。まあ、遠距離用舞姫と思ってくれたらいいぜ」

 

「ほう。つまり近接距離で戦えばいいわけですね」

 

「へー筋力が全く無く近接距離が苦手なクセにか?」

 

「........くっ........!!」

 

「お喋りはお終いだ!」

 

 

楼夢が辺りを回転するように踊ると、楼夢が踊った場所から瑠璃色の弾幕が吹き出した。

天照は炎で相殺するが、その時には楼夢は次の式を描いていた。

 

 

「縛道の六十三“鎖条鎖縛“!!」

 

 

楼夢の霊力で創り出された鎖は巻き付くように天照を拘束する。

 

楼夢はまるで稲妻の激しさを表すかのように激しく踊る。すると、舞姫が瑠璃色の雷を纏う。

楼夢は風を切り裂くように、舞姫を振り、いくつもの瑠璃色の雷の刃を創り出した。

 

 

「舞姫神楽“紫電雷閃(しでんらいせん)“」

 

 

天照は拘束されて動けずこの攻撃を直接喰らう。

 

 

「ぐ........あ“あ“あ“!!」

 

 

だが天照はこの攻撃で鎖条鎖縛を壊し、拘束を逃れる。

 

天照は地面に手を置くと、楼夢を囲うようにマグマが地底から吹き出た。

天照はそれで楼夢の視界から姿を消すと、気付かれぬように右手に超圧縮した炎を集め始めた。

 

一方楼夢は何度もマグマの壁を吹き飛ばそうと攻撃をぶつけているが、マグマはすぐに吹き出て再生してしまう。

突然、楼夢の身体に悪寒が走る。

 

 

火昇天閃(ヒノボリノセンコウ)

 

 

そんな声が聞きえた後、楼夢は後ろを振り返る。その先には身体一つを飲み込むほどの炎の閃光がマグマの壁を貫き現れた。

 

 

「破道の八十八“飛竜激賊震天雷砲“っ........!!」

 

 

楼夢も舞姫から青白い閃光を放つが威力が足りずかき消され、楼夢は吹き飛ばされた。

 

 

「ご........ガハッ........!!........ふふふ、ようやく楽しくなってきたぜ!!」

 

「........さっさと灰となって消えてください!」

 

 

楼夢、天照は次の攻撃の為少し距離を置く。

 

 

ーーまだまだ戦争は終わらない........。

 

 

 

 

 

 

 

 








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月夜に太陽


花は春に咲き、冬に散り、また春に咲き誇る

人は生まれ、死に、また生まれ変わる

人と花は似て非なる物

そして人が最も花に近づく時は、その魂が花弁のように散る時だろう........


by白咲楼夢


楼夢side

 

 

「破道の三十二“黄火閃(おうかせん)“」

 

 

俺は左手で握っている舞姫から黄色の炎を一直線に天照へ放つ。だが彼女は余裕の表情をしながら自身の弾幕で相殺させた。

 

俺は攻撃を仕掛けても天照を深追い出来ずにいた。何故なら俺はまだ彼女の()()を知らないからだ。

彼女の弾幕は全て炎属性の物だが、火神のように熱などに関する能力なのか........?それが分からない限り俺は天照に決定打を与える事が出来ない。

まあ、悩んでもしょうがないんだけどねっ........!!

 

 

「舞姫神楽“白虎の牙“っ........!!」

 

 

俺は天照の頭上と真下にそれぞれ巨大な氷柱を創造し、まるで白虎が敵を噛み砕くかのように上と下から氷柱を飛ばす。

 

 

「炎の前に........氷は無駄!」

 

 

天照はそう高らかに言うと、やはり氷の牙は天照の周りに現れた炎でかき消される。そして今度は彼女の番だ。

 

 

「........燃え尽きなさい!」

 

 

天照は小弾、中弾、大弾の三種類の弾幕を上手く使い分けながら俺を遠距離で攻撃してくる。俺の予想通り、彼女の撃ってくる弾幕は全て炎属性であった。よって彼女の能力は熱や炎などの力と関連していると思う。

 

天照は炎の弾幕で俺を囲う。恐らく、俺の回避距離を潰す為の物だろう。

 

 

「“太陽剣(タイヨウノカケラ)ァ“!!」

 

 

天照は先程のように右手に炎の刀を創りだす。そして炎でそれを覆う事でそのリーチを長くし、俺に切りつけてくる。そして後ろには弾幕の檻。正直言ってこういう事を四面楚歌と言うのだろうか?

 

 

ガッキィィィィン!!

 

 

俺は炎の刀を一枚の舞姫で受ける。何度も言う通りこの扇は舞姫の形がただ変わっただけで創られている素材は同じなのだ。つまり、この舞姫は物を切ることも出来る二個の短剣の役割も果たす事が出来るのだ。

 

俺は刀を舞姫で受けたまま術を唱える。

 

 

「破道の十一“綴雷電(つずりらいでん)“」

 

 

バチィィン、という音と共に舞姫から電流が流れ、流された電流は刀の刃の上を走り、天照へと伝わった。

 

 

「....ぐ.......この........っ!!」

 

 

天照の身体に電流が走った事で彼女は感電し、一瞬集中を解いてしまう。その瞬間、俺の周りにあった弾幕の檻が砕け散った。

........今がチャンスだ........。

 

 

俺は舞姫に霊力を込めた後、感電して怯んでいる天照に接近し、自らの十八番を放ったーーーー

 

 

「霊刃“森羅万しょ........」

 

 

 

 

 

「ーーーー甘い........」

 

 

ーーーー否、正確には放とうとした。

 

 

突如、天照の身体が見えなくなる程眩しい光が集まり出す。そして、それが限界にまで溜まると天照は囁くように声を発した。

 

 

「眩光“日出太陽(ヒイズルタイヨウ)“」

 

 

刹那、天照の身体からまるで太陽が近くにあると錯覚させる程の光が放たれ、辺りを包んだ。

楼夢は攻撃のモーションに入っていた為避ける事は出来ず、焼き付くような痛みが両目を襲った。

 

 

「ぐ........がァ“ァ“ァ“!!........クソがァ!!」

 

『目がァ!!目がァァ!!!』

 

「いちいち茶々を入れるな!!」

 

 

 

ドッッゴオオオン!!!

 

 

 

突如、俺の背中に弾幕が当たった。畜生!目が全く見えねェ!

俺の服がパチパチと燃える。とにかくこの状態はかなり不味い。そして回復まで五分程掛かりそうだ。

 

突然、俺の後ろから声が聞こえた。女性の声だ。

 

 

「どうですか?光が差さない暗黒の世界は?今の貴方は攻撃することもましてや触ることすら出来ない。そしてそのまま........死になさい!!」

 

 

天照は懐から“八咫鏡(ヤタノカガミ)と呼ばれる一つの鏡を取り出し太陽の光を集める。恐らくは楼夢を一撃で消し去る為であろう。

 

 

「最後に私の能力を言っておきます。私の能力は【太陽の光を操る程度の能力】です」

 

 

天照は最後にそう言うと目を閉じて意識を集中させ神力を高める。そして、八咫鏡を楼夢の前に突き出し集まった光を一気に放出した。

 

 

「...天罰ーーーー」

 

 

 

 

ーー無音光(オトナシノヒカリ)

 

 

巨大な光の閃光が音をも超えて放たれる。勿論その速度に視界を奪われた楼夢が反応出来るわけもなく........

 

 

 

「う........がァ“ァ“ァ“ァ“!!!」

 

 

 

ドゴオオオオン!!!

 

 

楼夢はその光に飲み込まれる。だが、その手には一つの術式が組み立てられていた。

 

 

「........✕✕✕ねえよ........」

 

「........何か言いましたか?」

 

「...終わらねえって言ってんだよ!!」

 

 

楼夢がそう叫んだ瞬間、彼は目を強引に見開き、身体から霊力と妖力、神力が溢れ出させる。そして楼夢はそれを繋げて術を発動させる。

 

 

「ここで俺が終わったら........後に何が残るんだよ!!」

 

 

 

ーー神花“桜花八重結界(おうかやえけっかい)

 

 

楼夢は自分の前に八重の花弁を持った桜の結界を貼り光の閃光を吸い込む。

 

この結界には相手の攻撃を亜空間に吸い込む能力が備わっており、現在の俺の結界術の中では最も強力な物だ。まあ、これを使うと腹が少し減るからあまり使いたくないんだけどね。

 

 

攻撃を防いだが、先程まで閃光に直撃していた為俺は結界を貼った後後ろに吹き飛び、地面にぶつかる。そしてその衝撃で懐に入れてあった大量の“奈落落とし“が天照の近くの地面に飛び出し、バリン、バリンと次々と割れていく。ああ、勿体無い。

 

 

「戦場に酒を持って来るとはどんな神経をしているんですか?」

 

「まあまあ、服には掛からなかったからいいじゃん」

 

「........そうですね。では止めと行きましょうか」

 

 

天照は右手に炎をまた集め始める。

 

 

 

ーーーーそして地面にばら蒔かれた“奈落落としが引火し、大爆発を起こした。

 

 

「....な........!?」

 

「駄目じゃないか。アルコールが通常の酒の数百倍入っている“奈落落とし“の近くで炎なんか使ったらーーーー」

 

 

ーー家一つを軽々吹き飛ばす程の大爆発が起きるぜ。

 

 

一応これも作戦の内の一つだ。あの時俺が天照の近くに“奈落落とし“をばら蒔いたのも全て故意だ。

俺が持っていた酒の数は全部で約二十。しかも一つ一つが家を吹き飛ばす程の威力を持っている。これだけの大爆発を至近距離から受けたら最高神だろうがただじゃすまない。

 

 

「........く....うゥ........」

 

 

天照は必死にその場から逃れようとする。だが、遅い。

 

 

 

ドドドドゴッォォオオオオン!!!

 

 

地面にクレーターが出来、辺りに砂煙が巻き上がる。そしてその中から天照が姿を現した。彼女の着ている着物が所々で破れていて目のやり所に少し困る。

 

 

「....ぐ....はあっ........はあっ....。まさかこんな物を仕込んでいるなんて........思い付きませんでしたよ」

 

「........打たれ弱い癖に頑張るね........多分もう立ってるのすら辛いだろ?」

 

「........私にも通さなきゃいけない意地って物がありますからね........

 

太陽(タイヨウノカケ)ーーーー」

 

「時空“時狭間の雷(ライトニング・デス)

 

 

天照が“太陽剣(タイヨウノカケラ)を創り出す前に俺はいくつもの黒い雷を空から彼女に放った。

彼女は雷に当たり地面に吹き飛ばされ、地に倒れ伏すが、再び立ち上がった。

 

 

「ハ....ハハ、参りましたね。身体に力が入りませんよ。なので次の一撃で最後にさせて貰います」

 

 

彼女はそう言うと空を飛び上へと行く。俺も付いて行くように空を飛ぶ。

 

 

天照は両腕を天へと突き出し光を集め始める。俺もそれを見た後妖力と神力を融合させながら力を右手に込める。天照が溜めた光と俺の妖力と神力は球体となりどんどん大きくなって行く。そして、俺の術式が完成している頃には天照の光も既に充分集まっていた。

 

天照の両腕の上には灼熱の炎と光を放つ小さな太陽が出来ていた。その熱気は凄まじく、辺りにある物を燃やし始めた。

 

 

「大きいな。まだそんな力が残っていたとは........」

 

「あら、大きさだったら貴方も中々じゃないですか」

 

 

対する俺の右手には青白い光を放つ小さな月が出来ていた。

 

 

ーー太陽と月

 

この戦いを締めるにはピッタリな技だ。

 

 

「........行くぜ........」

 

「........はい........」

 

 

二人は最後の力を振り絞り同時に術を放つ。

 

 

「“災来ノ幻月(ディザスタームーン)“!!」

 

「“破滅ノ太陽(サンシャインブレイク)“!!」

 

 

太陽と月が同時にぶつかり合う。そして、カッと二つが光った後、辺りは凄まじい光と衝撃波で満ちる。

 

 

ガゴオオォォォォォン!!!

 

 

光が止んだ後、空から二人の人影が落ちた。桃髪の妖怪はその腕に一人の神を抱えて、優しく地面に着地する。

その後、地面に女性の神を降ろした後、彼は仰向けに倒れ空を見上げる。

 

「「....俺の........勝ちだ....な........」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~


「ゴミクズ共ォ!!俺様のパーフェクト説明教室始まるぜェ!!俺様みてェな天災目指して、死ぬ気で詰め込みやがれェ!!」

「怖いよ!!ていうか狂夢さん楼夢さんの所に行かなくてもいいの!?」

「良いんじゃね、別に?」

「というわけで“教えて、狂八先生“のコーナーがパワーアップしました!」

「まあやる事は変わらないけどな。んじゃ今回はネタバレ要素をちょっと含むぜ」

「さて、今回は........“白塗の巫女“についてですね」

「OK。まず、白咲家は由緒正しき神社の家系なんだが、この家の神主、巫女は全員“狂華閃“を扱えて、その強さごとにそれぞれ階級があるんだ」

「階級は全部で五つあって下から言うと、“一閃(いっせん)虹花(にじばな)音裂(おとさき)桜花(おうか)白塗(しらぬり)ってわけだ」

「ちなみに楼夢さん以外に白塗になった人は何人いるんですか」

「いや、楼夢以外に白塗に辿りつけた者は一人もいないぞ。まあ、楼夢の肩書きは“十五代目兼初代白塗の巫女“ってことだな」

「うん、長い」

「じゃあ今日はここまで。じゃあな」

「次回もーーーー」

「「キュルっと見て行ってね!!」」


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白塗の台本

カゴメカゴメ

籠の中の鬼は何時何時目覚める?

貴女は私、私は貴女

じゃあ本物の私はだぁれ?


by東風谷早奈


???side

 

 

私は現在大きな爆発音がする所に急いで飛んで向かっている。あそこには諏訪子様や楼夢さんが戦っている筈........

 

私は遠目で二つの人影を見つけると、それに向かって急降下して地面に降りて走った。

 

やがて二つの人影がはっきりと見えるようになる。そこで私が見た物とはーーーー

 

 

ーーーー身体中傷だらけで地に膝を着いて肩で息をしている諏訪子様と、同じく肩で息をしていて、でもその表情は勝ちを確信している敵の神だった。

 

 

敵の女性の神は地に膝を着いて動かない諏訪子様に徐々に近づいて行く。やめて!このままじゃ諏訪子様が........

 

 

早奈は自分でも気づかぬ内に足をガタガタと震えさせていた。息は荒く、その表情を見れば彼女が焦っている事は明白だった。

 

 

ーーどうして私は何も出来ないんだろう........

 

ーーどうして私はこんなに弱いのだろう........

 

 

そんな考えばかりが彼女の頭に映る。すると........

 

 

 

ーーチカラガ、ホシイカ?

 

 

誰だ。........けど、そんなことはどうでもいい。力が、力が........

 

 

 

ーーワタシノヨウケンヲノメバ、チカラヲアゲル。タダシ、ソノダイショウトシテオマエハーーーー

 

 

早奈の心臓の鼓動が徐々に早くなっていく。その声を聞く度にドクンッと早くなるが、それは急に収まった。

 

 

「代償?関係無いですよ!力さえ得られればーーーー」

 

 

 

 

 

ーー私はどうなったって構わない!!

 

 

 

 

 

ーーそして、緑髪の少女の瞳は黒く染まった........

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

楼夢side

 

 

「おーい、天照。歩けるか?」

 

「あ、はい、大丈夫ですよ。神は人間より再生能力が高いですからね」

 

「........なんで姉さんを心配して俺には何もないんだ?」

 

「「須佐之男だから」」

 

「わーお、息ピッタリ」

 

 

そんなこんなで俺達は諏訪子達と合流する。どうやら勝ったのは神奈子のようだ。

 

 

「素晴らしい戦いだったぞ、洩矢諏訪子」

 

「こちらこそだよ、八坂神奈子」

 

 

二人は近づき握手をしようとする。だが、その時何か黒い物体が神奈子に放たれた。

 

 

「神奈子、退いてろ!」

 

「........え、!?」

 

「“羽衣水鏡“!!」

 

 

俺は神奈子の前に立ち羽衣水鏡を貼る。だがそれは凄まじい威力で結界に次々とひびを入れて行く。

 

 

ガッシャァァァァン

 

 

「ちぃ!........歯ぁ食いしばれよ神奈子!」

 

 

俺は神奈子にタックルし、吹き飛ばす事で、俺達は射程圏内から外れる。そして黒い物体が飛ばされた方に向くと、そこには有り得ない人物がいた。

 

 

「そ、そんな........早奈........だよね........?」

 

「........」

 

「答えてよ!」

 

 

諏訪子の問いにいつもなら答える筈だったが、早奈は終始無言だった。

 

俺は【人間状態】になった後、緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を使い早奈を見る。すると、いつもの早奈の身体に黒い物体のような物が入っている事が分かった。そして早奈が扱う謎の黒い物体........あれは強力な呪いの塊である事も判明した。

 

 

「成程........能力の暴走か........」

 

 

俺は舞姫を抜こうと柄に手を掛ける。すると

 

 

「そこまでだっ!!」

 

 

何時の間にか約十人程の神が早奈を囲んでいた。どうやら軍の生き残りらしい。

 

 

「天照様!此処は我々にお任せをっ!行くぞ、お前ら!!」

 

「「「おぉ!!」」」

 

「ま、待ちなさい!」

 

 

天照の静止も効かず、神達は同時に早奈に突っ込む。突如、早奈の身体から諏訪子並の神力が溢れ出るが、神達は無視し、そのまま突っ込んだ。

 

 

「........無意味........」

 

 

早奈の身体から紫の光を帯びた黒い光が溢れ、次々と神の元へ放たれた。

 

 

「グ........ぎゃあああああっ!!」

 

 

その光に触れた神は、形も残らずに消えていった。殺されたのではない。これはーーーー

 

 

「ヒィッ!!い、命だけは........あァァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

ーーーー()()だ........

 

 

 

 

 

「「ざ、“絶対即死呪文(ザラキーマ)ァ“!?」」

 

 

気付けば俺と狂夢は同じ事を無意識に喋っていた。

 

早奈は次に俺の方に向きその黒い光を放つ。俺はそれをジャンプしたりする事で回避する。

 

 

「星十字“スターライトクロス“!!」

 

 

俺は神力で作った二本の剣で早奈を縛ろうとするが、早奈はルーミアの闇のように呪いで身体を覆う事によって俺の術は消滅する。

 

 

「一体何が起こっているんだ、楼夢!?」

 

「いいかお前ら、よく聞け。どうやら早奈の能力が突然暴走しているらしい。というわけで協力を頼む」

 

「ああ、勿論だ........戦わなくてもあれが充分危険って事に変わりはないからな」

 

「彼女が放つ黒い呪いには触れては行けませんよ........。あれに触れれば楼夢は当然、我々のような神でも存在が消滅し、生き返る事は不可能になります」

 

「じゃあ、全員散開!」

 

 

俺がそう言うと全員がそれぞれで早奈に攻撃する。須佐之男は天叢雲から炎を放ち、神奈子はオンバシラで叩き付け、諏訪子は鉄の輪で切り裂き、天照は太陽の光を雨のように乱射するが早奈の呪いの壁には傷一つ付かない。

そして俺達は先程まで戦争をしていたのだ。霊力や神力が残り少なく、戦いで出来た傷が身体を蝕む。

特にやばいのは天照だ。彼女はまだまだ余裕そうな表情をしているが立っているのがやっとだろう。

 

 

「はあっ........はあっ........くっ........」

 

 

天照はとうとう神力が枯渇し地面に膝を着く。勿論それを早奈が見逃す筈がない。

 

 

「........“金縛り“」

 

 

突如、天照が膝を着いている地面から黒い鎖がいくつも現れ、天照の動きを封じた。

 

 

「“千年風呪(せんねんふうじゅ)“」

 

 

次に、彼女がそう呟くと呪力が風と共に一箇所に集まり巨大な黒い旋風を生み出す。そしてそれは天照を飲み込むように放たれた。

 

 

「クソッ!!“桜花八重結界“!!」

 

 

俺は瞬歩で天照の前に移動し、八重の花弁の形の結界を貼る。旋風はその結界にぶつかると次々と亜空間に吸い込まれるが質量が大き過ぎる為全体の二割程が結界を飛び越えて俺の左腕に当たった。

 

 

「ぐぁ........くっ........!」

 

「楼夢!大丈夫ですか!?」

 

「まあ、なん........とか........な........」

 

 

全ての旋風を亜空間へ送り終えると、俺は天照を抱え、また瞬歩でその場から離れる。

 

 

「姉さん!大丈夫ですか?」

 

「ええ、なんとか........。それより楼夢の腕を........」

 

 

天照が言う通り、俺の左腕は悲惨な事になっていた。あの呪いが含まれた旋風に少しでも当たったせいなのか、俺の左腕は黒く染まっており、腕として機能しない。おまけに体力と共に妖力、霊力は残り僅か。これはかなり積んでいる。

 

 

『馬鹿野郎!!元々アイツは敵なんだぞ!放ってきゃぁ無駄な傷を負わずにすんだのによ!』

 

「生憎だが俺は目の前で死にかけている奴を見捨てる程非情になれないんでね。........まるで俺に生きて欲しいと言うような口ぶりだな」

 

『てめえが死んだら俺も死ぬんだ。まだやりたい事がいっぱいあるのに死んでられっかよ!』

 

「そうか........なら一つ頼みがある........」

 

「皆もだ........俺の話を聞いてくれ........」

 

 

ここにいる全員が今の言葉で俺の方に向く。さて、作戦を教えようか........

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「作戦は分かったか?」

 

「ああ、いつでもいいぞ」

 

「これが成功すれば早奈は助かるんだよね?」

 

「ああ、勿論」

 

「私も消滅する訳にはいけないんでな。頼んだぞ、楼夢」

 

「はいはい。天照には俺の神力を貸す。だからそれで思いっきり攻撃しろ」

 

「はい。成功を祈りますわ........」

 

「誰にだよ........」

 

「「「「........」」」」

 

「よ、よーし........行くぞ!」

 

 

俺の掛け声で、まず俺と神奈子は前線に立ち、それぞれで遠距離攻撃を行う。

 

 

「覚悟しろ!!」

 

「俺達が相手だ!!」

 

 

神奈子はオンバシラからレーザーを放ち、上手い事に早奈をこちらに寄せ付けないでいる。

 

 

「オラァァァァァァ!!乱弾“マルチプルランチャー“!」

 

 

俺は神力で作った大きな玉を後ろに七つ浮かばせる。そしてそこから大量の緑色のレーザーが早奈に向かって放たれた。

 

早奈は呪いで身体を覆い、防ぐと同時にその注意を俺達に向ける。........それでいい........。

 

 

「呪いは早奈だけの物じゃないよ!“金縛り“」

 

 

早奈の注意が俺達に向いた隙に、諏訪子が現れ、早奈に地面から鎖で拘束の呪いを掛ける。

 

 

「行くぞ、姉さん!」

 

「ええ、須佐之男!」

 

「神剣“草薙(クサナギ)ィィ“!!」

 

「“太陽剣(タイヨウノカケラ)ァァ“!!」

 

 

諏訪子が後ろに下がった直後、天照と須佐之男が緑と赤の剣で早奈を覆っている呪いを切り付けた。

 

 

「最後は俺だァ!!」

 

 

呪いの壁を失った早奈に向かって俺は走る。だが、それを見越していたかのように早奈が強引に立ち上がり俺に向けて呪いを放つ。

 

 

「........よ、避けて、楼夢!!」

 

 

諏訪子の叫びも虚しく楼夢と呪いの距離は五メートルを切った。楼夢は全速力で走っていた為急に止まる事は出来ず、黒い光に飲み込まれるーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー瞬間、全員の耳に一つの音が聞こえた。

 

 

 

 

「影狂“後ろの正面ーーーー」

 

 

『ーーーー誰だ?“』

 

 

その音が響くと、早奈の後ろの空間が突如、ひび割れ、そこから一つの白い影が出て来る。白の脇がない巫女服を着た影の持ち主ーー狂夢は早奈の二メートル程後ろを取り、身体を沈め、右拳を溜める。

 

早奈は逸早くそれに気付き、楼夢に放った呪いを中断して、狂夢の方向に黒い壁を作る........が

 

 

「俺の道を邪魔する奴はーーーー

 

 

 

 

 

ーーーーミンチ決定で死に晒せェ!!」

 

 

バッリィィィィィン!!!

 

 

ボガァァァァン!!!

 

 

 

狂夢は腰を落とし、スリー・クウォーターからアッパーとフックの中間ブロー“スマッシュ“を右斜め下から左斜め上に叩き上げるかのように放った。

 

早奈の呪いの壁は、急いで作っていた為普通より薄くなってしまった。狂夢はそこを突き、壁を貫いて早奈に攻撃したのだ。

勿論闇雲に当てた訳ではない。狂夢がスマッシュを当てた場所。そこは顔ではなくーーーー

 

 

 

 

ーーーー心臓だった。

 

 

 

ドクンッ!!

 

 

 

そんな音と共に早奈の動きはまるで時間が止まったかのように動かなくなった。

 

そして同時に、楼夢が早奈の目の前に接近する。

 

 

「これで........最後だァ!!」

 

 

 

 

ーー神様。もしこれがアンタの書いたシナリオだとしたらーーーー

 

 

 

 

ーーーーまずはその巫山戯た運命を白く塗り替える!!

 

 

 

「花封“桜ノ蕾(サクラノツボミ)!!」

 

 

楼夢は右手で早奈の額に触れる。すると、下から薄い透明な桃色の霊力で出来た花弁が五つ浮き出て早奈ごと蕾に戻るかのように包み込む。そして、蕾が再び開花しーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー早奈の神力は封じられた。

 

 

 

「封印........完了........と........」

 

 

俺はふらふらと地面に倒れ込む。諏訪子達が何か言っているが........もういいや........

 

 

ーーもう........寝ちゃおう........

 

 

こうして、俺達の諏訪大戦は幕を閉じた........

 

 

 

 





~~今日の狂夢『様』~~


「後書きよ、私は帰って来たァァァァァァ!!」

「はしゃぎ過ぎ!!でも本心はパートナーが帰って来て嬉しい。作者です」

「戦場から無事帰還した後書きの支配者こと狂夢だ」

「というわけで今章のメイン“諏訪大戦“が終わりました。どうでしたか狂夢さん?」

「まあ、今回俺の出番も合ったし決めゼリフも決まったから結構よかったと思うぜ」

「決めゼリフって決めましたっけ?」

「んじゃ、言ってやろう」


「ミンチ決定で死に晒せェ!!」


ズッドォォォォ

メキッ


「........チーン」

「あ、骨折れた........テヘペロ」


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戦後の桃色蛇狐


白塗の台本は再び黒で描かれる


by白咲狂夢


 

 

楼夢side

 

 

「────んで、気絶して此処に来た、と?」

 

「いやー、まさか戦後すぐに精神世界に来るとはな」

 

「一応この世界の名は“混沌の世界“なんだけどな」

 

「混沌の世界?どうしてまた中二病丸出しの名前なんだ?」

 

「うっさい。元々この世界は他の様々な世界の狭間にあるんだ。んで、俺がその世界とお前をリンクさせたんだ。お陰でお前の精神世界の面積は通常の一千倍になったわけだ。まあ、要するに俺の暇潰しの為に繋げたに過ぎねェ。まあ、希にそのせいでこの世界に迷い込む奴がいるけどな」

 

「何気に凄い事してんな........まあ、お邪魔するぜ」

 

「一々面倒臭ェヤローだ........まあ、座れ。紅茶ぐらいは入れてやる」

 

 

現在俺は狂夢の家ーー混沌の世界にいる。まあ、無意識に来れた理由は戦闘後に気絶したからだろう。........あ、紅茶美味ェ........

 

 

「んで、俺になんの用だ?言っとくが俺に関係ないことには手を貸さないぜ」

 

「いや、今日はお前に礼を言いに来ただけだ」

 

「........勘違いすんじゃねェぞ。俺は俺の為に動いただけだ」

 

 

そう言うと狂夢はズズッと紅茶を飲む。そして再び話を戻した。

 

 

「それにしてもやるねェ。まさか彼女の呪いをーーーー」

 

 

 

 

ーーーー自分の身体に封印するなんてな

 

 

 

「........」

 

 

俺はしばらく無言だったが、観念して椅子に更に腰を掛ける。

 

 

「あれ程の呪いを封印したとしても、もって二年が限界だ。あれを半永久的に封印するには俺の身体に封印した方が効率が良い」

 

「........成程、ねェ........」

 

 

狂夢はしばらく考えるような素振りを見せる。そして、再び口を開いた。

 

 

「なあ、楼夢。ヒトの為に尽くすお前と己の為に尽くす俺の違いってなんだと思う」

 

「........さあな。俺にはそんな偉そうな事は分からねえ。でも俺は手を伸ばせば届く距離にいるヒトを救いてえ。これだけの力があるのにビビってポケットに手を突っ込んでたら........格好悪ィだろ?」

 

 

俺がそう言い切ると身体が桃色に発光しだす。........そろそろお暇させてもらおう。

 

 

「そうか........だが忘れるな。俺達の旅の目的はーーーー」

 

 

 

 

 

ーーーー鬼城剛を倒すことだ。

 

 

 

「........分かってるよ。このまま食い下がってたら“白塗“の恥さらしだからな」

 

 

楼夢が言い切ると同時に楼夢の身体は完璧に消える。そして狂夢は再び余った紅茶を一気に飲み干した。

 

 

「はぁ........多分アイツは覚えてねえだろうな。俺達の関係を。自分の本当の名も。()()()()のことも。全く、手間の掛かる弟だぜ。なあーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー神楽(カグラ)よ........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「───んで、どうしてこうなった?」

 

 

おっす。現在俺は混沌の世界から帰ってきたところだ。どうやら洩矢神社に寝かされたようだ。

最後に狂夢がなんか言ってた気がするが問題はそこじゃない。問題は───

 

 

「へへへ、楼夢さ~ん」

 

 

早奈が俺の身体に抱き着いて寝てるということだ。しかも寝言でも俺の名読んでるし........一体なんの夢を見てるんだ!?

 

と、取り敢えず起こそう。俺は早奈の頭をポンポンと叩き、優しく起こす。

 

 

「ふぁ~あ........あれ、どうして楼夢さんが?もしかして真夜中こっそり襲おうとしたんですね?」

 

「いい加減目ェ覚ませやゴラァ。此処は俺の部屋だ」

 

「........へっ!?」

 

 

早奈はすぐさま周りを見る。そして、気付いた時にはその顔は真っ赤に染まっていた。

 

 

「も、申し訳ございませんでしたァァァァ!!」

 

「いや、大丈夫だって」

 

「だってだって........私のせいで楼夢さんが傷ついたと知って........せめて看病だけはしようと........でもまさか寝てしまうなんて........!?」

 

「だから問題ないって」

 

 

「ヒック、グスン........ふえーーーん!!」

 

「いやだから泣くなって........ああもう!」

 

 

俺は泣き始めた早奈の頭を撫でる。すると、早奈がだんだん泣き止み始めた。

 

 

「あのー、楼夢さん」

 

「ん、なんだ?」

 

「そのー宜しければそのまま撫で続けてください。........出来れば抱き締めてくれると嬉しいです~」

 

「........はぁ........しょうがねえな」

 

 

俺は要望通り早奈の身体を包むように抱き締める。すると、早奈の顔が先程よりも赤く染まった。

 

 

「なっ!?」

 

「なんだ?やっぱり放した方が良いか?」

 

「いや、そ........そのままで!」

 

「分かった」

 

 

俺は再び早奈の頭を撫で始める。早奈の髪はさらさらしててシャンプーのようないい匂いがする。恐らくこれは天然なのだろう。この時代にシャンプーなんてある筈ないしな。

 

 

「(楼夢さんの髪........桜の花みたいな匂いがする........。なんか、身体が熱くなって来た........)」

 

 

早奈自身は気付いてないが、彼女の顔は先程よりもだらけて、口はまるで犬のように舌を垂らしてハッ、ハッと言っている。処遇、アヘ顔と言うやつだ。勿論楼夢はこの事には気付いているが、何故そうなっているのかを理解していない。

........っと、そこへーーーー

 

 

 

「楼夢、目を覚ま........したの?........」

 

「どうした、諏訪........子........」

 

 

バッドタイミングでの諏訪子と神奈子の登場である。二人はしばらく動けないでいた。なぜなら、そこには今迄見たこともないようなだらしないアヘ顔で発情している巫女と、それを抱き締めて撫で続ける友人がいたからだ。此処までくれば常人から見て二人が何をしたと思うか想像がつくだろう。

 

 

「「この、変態がァァ!!!」」

 

 

二人は同時にありったけの神力で造った弾幕を楼夢に放つ。勿論楼夢は早奈を撫でるのに集中していた為避けることは出来ず........

 

 

「どうしてこうなったァァァァァ!!!」

 

 

 

ピチューん

 

 

今日も洩矢神社は平和である。

 






~~今日の狂夢『様』~~


「皆さん、こんにちワン。中間テストまで残り三日なのにまだ勉強すらしていない作者です」

「勉強しやがれゴミクズ。どーも、諏訪大戦についての本を今日完成させた狂夢だ」


「そう言えば、楼夢さんと狂夢さんの違いって何ですか?」

「俺と楼夢の?うむー、楼夢はスピード、テクニック、戦略に優れていて、俺は主に力、知能、発想力に優れている感じだな。他は性格が悪いか良いかだな」

「意外にアンタ楼夢さんより頭が良いんだ。そして全て正反対ですね」

「俺が頭良くなければ今迄の発明品は作れねえよ。まあ、正反対なのはそういう設定だからな」

「メタイわ!!まあ、今日はここまで、次回もーーーー」


「「キュルっと身に来てね(来いよ)」」


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桃姫の宴会


堕ちるは赤目の地獄門

進むは混沌の瑠璃色世界

前にも後ろにも進めない

そんな私が大好きだ


by白咲楼夢


楼夢side

 

 

「──────はぁ、宴会?」

 

「そう、宴会。戦争が終わった後だし交流するいい機会だからね」

 

 

そう諏訪子は俺に説明する。ちなみに、俺は戦争から三日も眠っていたようだ。まあ、全身ボロボロ、左腕があの後、使い物にならなくなって黒く腐敗していた為、先程わざと切り捨てておいた。一応俺は妖怪なので回復術さえ掛けておけば数日後には治るだろう。

 

だけどね、いくら俺だからといって、怪我人に殺傷力大の弾幕を放つなんて可笑しい。吹き飛ばされた後、俺がどれだけ頑張って洩矢神社に戻って来たか分かるか?

挙句には変な誤解まで招いているし。未だに俺は早奈との誤解を弁解し切れていない。

 

───っと、話が色々と変わったが今回の説明をしよう。

 

 

今回の件とは勿論大和との宴会である。場所は大和の神社でやるらしい。まあ、あそこは結構広いからな。

 

 

「ふー、やっと帰れるわ。戦争が終わったと思ったら信仰してもらえなかったりで一度も家に帰ってなかったから」

 

 

いい忘れたが、神奈子が此処にいる理由は、あの後諏訪国の村の人々に神奈子を信仰するようにと宣伝したらしいが、村人達はもし神を入れ替えると諏訪子の祟りが来ると恐れているらしく、神奈子を信仰する者は誰もいなかった。

そんで、現在は表向きには神奈子を、しかし。実際は諏訪子がその実務を行うことで、なんとか解決したらしい。

この神社の名前も“洩矢神社“から“守矢神社“に改名したみたいだ。

 

 

「別に俺はいいけど」

 

「それじゃあ決まったね。今日の夜は宴会だ!」

 

「宴会って今日なの!?」

 

「人の話はちゃんと聞くべきだよ」

 

「お前は神だろ!」

 

 

俺は諏訪子に相変わらずキレのある鋭いツッコミを入れる。そして神奈子がやけに上機嫌なのは宴会があるからだろう。

 

 

「まあ、宴会までに時間があるから休んでいいよ。........言っとくけど私は早奈のことは認めてないからね」

 

「認めるも何も勘違いだって言ってんだろ!」

 

 

取り敢えず傷が疼くからお言葉に甘えて部屋で横になろう。

 

俺は部屋に着いた後、布団に倒れ込むように仰向きになり、意識を落とした........

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「それでは、本日は大和と諏訪の交友を深める為に........乾杯!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 

現在此処は大和の神社である。今日此処では宴会が行われていた。

 

 

「あ、神奈子それ私の酒だよ!」

 

「私が最初に取ったからこれは私の物だ!」

 

「返せ!」

 

「だが断る!」

 

 

「姉さん、これどうぞ」

 

「あら、ありがとうございます」

 

「須佐之男、相変わらずのシスコンだな」

 

「シスコンの意味は分からないが、言いたいことはだいたい分かった........」

 

「ふふふ、楼夢さ~ん」

 

「キュルあっ!?早奈、何時俺の後ろに回り込んだ!?」

 

「『キュルあっ!?』なんて可愛いですね~。そう言えば酔った楼夢さんはどうなるんでしょう?」

 

「こ、こういう時は........!?狂夢、あれ寄越せ!」

 

『ほらよっと』

 

「さ~捕まえましたよ~、ろ☆う☆む☆さん」

 

「さ、早奈、これを飲め!」

 

「あら、やっと乗り気になったんですね。........それにしても珍しいお酒ですね~」

 

 

ゴクッ

 

 

ドゴオオオオオン

 

 

「け、計画通り........かな?」

 

「酷ェ........」

 

 

そんなこんなで宴会場はカオスになっていた。

先程俺が早奈に飲ませたのは“奈落落とし“を改良した物だ。

 

普通は飲むと体内で爆発するが、改良版は脳内にしかダメージを与えない為、相手を気絶させるにはピッタリだ。まあ、相手が飲んでくれれば........だが。

後、狂夢の趣味で爆発の効果音が何故か聞こえる設定になっている。まあ、無事気絶ゲフンゲフン、眠らせることが出来たから良しとしよう。

 

 

「それにしても、お前も結構飲むんだな」

 

「仮にも俺は八崎大蛇と呼ばれた大妖怪だぞ。神酒の二十や三十で醉うかよ」

 

 

俺の周りには神酒が入っていた瓶が三十個程転がっていた。だが俺はまだ全然酔ってない。

しかし、これ以上飲むと全ての酒が消えるので持って来ておいた奈落落としでも飲んでおこう。

 

 

「フハハハハ、誰か面白いことをしろー!」

 

 

酔っ払った一人の神がそんなことを叫ぶ。それに賛成した神々が集まって誰がするかを決めていた。

 

俺は巻き込まれない為に少し離れておこう。

 

 

「あら、楼夢はやらないのですか?」

 

「やるって何をだよ?言っとくが俺には持ち芸も何もないぞ」

 

「皆さーん、楼夢が今から面白いことをしてくれるみたいですよー」

 

「話を聞け!」

 

 

天照の声に此処にいる全ての神々は俺に注目する。取り敢えず天照を睨み付けた後、俺は必死に脳内を作動させる。

 

不味い、何度も言うが、俺は持ちネタなどという物は持ち合わせてない。それなのに周りの期待は大きくなるばかりだ。........頭が痛くなってきた........。

 

 

「大丈夫ですよ、楼夢さん!」

 

「な、まだ気絶して一時間も経ってないのに........どうやって起きやがった!?」

 

「気持ちの問題です」

 

「気持ちでどうにか出来る物なのか........?」

 

 

早奈は早奈で、普通奈落落としの効果で気絶したら妖怪でも、最低三時間程はかかる。だが、目の前の少女はそれで気絶して、僅か二十分で復活したのだ。

流石、常識に捕らわれてはいけないということを、教えてくれる。

 

 

「それよりも何が『大丈夫』なんだ?どう見てもオワタ状態なんだが........」

 

「ふふふ、楼夢さんって踊れましたよね?」

 

「ま、まあある程度は........」

 

「それなら私が笛を吹くので楼夢さんは踊ってください」

 

「........マジかよ!ってまさかぶっつけ本番か?いくらなんでもそれは無い........よな........?」

 

「さあ、ちゃちゃっと終わらせましょう!」

 

「........ええい、ままよ!」

 

 

早奈は俺の服の袖をグイグイ引っ張って無理矢理宴会場の外へ連れてかれる。そしてそれに釣られて、全ての神々が外に出て囲うように円になって注目した。

ていうか、踊りならもうちょっと考えてからやってくれ........。

そんな俺の心の声が虚しく辺りに響く。

 

 

「題名は『月』です。皆さん、ご注目ください」

 

 

その声を合図に、早奈が笛を吹き始めた。

........成程、かなり上手い。これは俺も負けられないな。

 

 

「踊れ“舞姫“」

 

 

俺は腰の刀を二つの扇に変えると、音楽に合わせてゆっくり、ゆっくりと舞う。

 

 

青白い月の光を浴びながら、楼夢は舞う。

月光が扇に当たって光が反射される度に、辺りは一瞬照らされ、また暗闇に戻る。

月の光は、スポットライトのように楼夢だけを照らし、それ以外の場所へは光は届かなかった。

 

だが、そんなことを気に留める者は誰一人もいなかった。

 

月光の光を浴びながら、時には冷たく、時には優しい月を身体で表現する今の楼夢の姿に、全員魅了され、息一つ出来ないのだ。

 

 

ーー今の楼夢の姿を表すと『神々しい』以外の言葉が見付からなかった。

 

 

 

 

 

ーー“白塗の巫女“は舞う。これまでのことを、全て白く染め上げて........

 

 

ーー“白塗の巫女“は舞う。染め上げた台本に、新たな歴史を描いて........

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふぅ、........終わったか」

 

 

俺は舞姫を元に戻すと、鞘に収めた。何故俺が踊れるかというと、実は白塗の巫女だからなのか、師父の趣味なのか、小さい頃に習わされたのだ。

思ったんだが、本当は俺は“白塗の神主“の筈なのに今思えば巫女をやってたのも全部師父に無理矢理

 

「流石に疲れましたね。それにしても、皆さんお揃いで固まってどうしたんです?」

 

 

早奈の一言で、硬直状態の神々は一斉に我に返る。そして、大音量の拍手の雨が俺達に降り注いだ。

 

 

「楼夢様ァァ!!最高でしたァァァァ!!」

 

「楼夢姉様ァァ!!結婚してくださいィィ!!」

 

「楼夢姉様ァァ!!これから桃姫と呼ばせてくださいィィ!!」

 

「俺も桃姫と呼ばせてくれェェェ!!」

 

 

「「「「「桃姫!!桃姫!!桃姫!!」」」」」

 

「俺は男だ!!」

 

「やばい、桃姫が怒ったぞ!」

 

「怒った桃姫、通称“鬼姫“でどうだ?」

 

「あ、なんかしっくり来るな」

 

「NA☆NI☆GA☆DA☆?」

 

「「「「「い、いえ、なんにも!」」」」」

 

「そうかそうか........聞こえてたぞ」

 

「「「「「お許しください!!」」」」」

 

「許すわけねェだろ!!」

 

 

ピチューん

 

 

「 モウヤメルンダア」

 

「HA☆NA☆SE☆」

 

「死にたくなァい!」

 

「もうダメだ........おしまいだァ........」

 

「逃げるんだァ........」

 

「失せろ、ゴミクズ共ォ!!!」

 

 

 

 

ーー当日、真夜中の大和の神社で、断末魔が聞こえたという........

 






~~今日の狂夢『様』~~


「更新遅れてすいません!中間テストとかで色々忙しかったんです!作者です」

「ちなみに結果は?狂夢だぜ」

「国語はクラス内で下から三番目になりました」

「駄目じゃん!流石ゴミクズ」

「人生オワタ\(^ω^)/」

「反省しなさい」

「そんなことより、地味に“奈落落とし“って色んな使い道がありますよね」

「話しを変えやがった。まあ、アレは戦闘でも日常でも使えるからな」

「楼夢さんが使った応用の他にどんな使い道があるんですか?」

「直接投げて使うとかだな。アレは結構な衝撃を与えても爆発するから」

「まあ、取り敢えず使い道を間違えるとただの凶器になることは分かった」

「そんなの当たり前だろ」

「どうしてこういう物ばっか作るのかねェ........」

「分からん!」


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神名


名は人を作らない

人の歩いた足跡に刻まれるだけである


by白咲楼夢


楼夢side

 

 

「........平和だねえ、どうも」

 

 

あの宴会から軽く数ヶ月の時が流れた。現在の季節は春である。

あの後、俺は女扱いしてくる神共を吹き飛ばした。余談だが、俺が踊れる理由は元々巫女(男)だった為神事などは得意なのだ。

 

 

俺はそこら中に咲いた桜の花を縁側でごろんと寝転びながら眺めている。

手には勿論“奈落落とし“と団子がそれぞれ握られていた。

 

あれから、特に珍しい事は起きていない。小さい事件なら多々あるもの、珍しいと呼べる物はなかった。

 

 

「楼夢さーん、お客さんですよー!」

 

 

早奈が呼んでいるので、俺は立ち上がり、酒などを片付け始める。

そして片付け終えると同時に居間へと向かった。

 

 

「早奈ー、来てやった........ぞ........?」

 

「あらあら、お久しぶりですね、楼夢」

 

「よっす楼夢。来てやったぞ」

 

 

居間にはなんと大和の主神の天照と須佐之男が座っていた。

おいコラてめえら大和の国はどうした?

 

 

「国なら部下に任せています」

 

「........いいのかそれで」

 

「まあ、暇潰しに来ただけだ。そう警戒するな。それより神力前より増えてねえか?」

 

「してねえよ。........はぁ....めんどい客が来たもんだぜ。後神力が増えたのはお前らを倒したせいで妖怪達の信者が増えたからだと思う」

 

 

これは俺の推測だがな、と俺は付け足しておく。すると天照が何か思い付いたような表情で俺を見つめた。

 

 

「そういえば楼夢は神名とかないんですか?」

 

「神名?んなもん必要あるのか?」

 

「格好だけでも付けておいた方がいいかと」

 

「かと言ってすぐ思い付くかよ」

 

「んじゃ今から考えようぜ」

 

「「「それ賛成!!」」」

 

 

突然扉が開き中から丁度いいタイミングで神奈子、諏訪子、早奈が飛び出して来る。というか盗み聞きしてんじゃねえよ。

 

 

「というわけで良い名前があったらすぐに言ってください」

 

 

天照が微笑みながら言う。だが、その目からは彼女が遊び半分である事が分かった。いや、恐らく天照だけではなく俺以外の全員が遊び半分なのだろう。........一言言わせてくれ........

 

 

 

ーーどうしてこうなった?

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「うーん、イマイチしっくり来ないですね」

 

「こんなのどう?『女垂らしクソ野郎』」

 

「却下に決まってんだろうが!!ていうかてめえらはなんでそういう系の名前ばっかしか考えられねえんだよゴミクズ共ォ!!」

 

 

そう、今まで出てきたのは全部『桃髪男の娘』とか『女落とし』などの巫山戯た名前しかない。若干俺の心が傷ついているが、あいつらはお構いなしに傷跡を抉ってくる。

 

 

「え、楼夢は気付いてないのか?今のお前は縁結びの神として人間達に信仰されているんだぞ」

 

「は!?何だよそれ!誰の仕業だ!!」

 

「あの宴会の後楼夢は色々な神々に何十回以上も求婚されたでしょ?それを聞いた一部の人間達が楼夢のことを縁結びの神様と勘違いしたらしいよ。その噂が広まって、現在ってわけ」

 

「通りで最近神力がやけに増えるわけだ。ていうか俺を信仰して何の利益があるんだよ........」

 

 

俺はハァっとため息をついた。取り敢えず諏訪子とかは期待してはいけない為、俺が考える事になった。が、俺に良いアイディアなど無く、しばらくの間静寂が部屋を支配した。その時

 

 

「閃いた!!」

 

 

早奈が大きな声を出して叫んだのだ。そういえば早奈はまだ一回も案を出していない。俺は早奈に微かな期待を抱いた。

 

 

「『産霊桃神美(ムスヒノトガミ)』と言うのはどうでしょうか?」

 

「名前の意味は何だ?」

 

「楼夢さんは縁結びの神様なので結びと掛けて産霊(ムスヒ)にしました。意味は万物を生み出す神と言う意味です。つまり、これは楼夢さんの能力を指しています。

そして桃神美は楼夢さんの外見の事ですね。つまり桃色の髪を持った美しい神と言う意味です」

 

「いいね、流石私の子だ。それで楼夢はどうなの?」

 

 

諏訪子が早奈を撫でながら俺に問う。私的には今までの中で最もまともだったので良しとしよう。

 

 

「異議なし。まあ、今日から神としてはこの名を名乗ろう」

 

「ふむ、なんとか終わったわね」

 

 

神奈子はそう言うと欠伸をした。流石に疲れたのだろう。

 

 

「ああ、そういえば一つ言ってなかったな。俺はもうそろそろ旅に出る」

 

 

この言葉に俺以外の全員が目を見開いた。まあ、突然言えばこうなるか。

 

 

「........納得行かないって顔だな」

 

「当たり前だよ。急にどうしたの?もしかして此処での生活が嫌になったの?」

 

「嫌になったわけじゃない。ただ、俺は神であると同時に妖怪でもある。それがバレたらお前らの立場が危ないだろ?それにそろそろ旅を再開したいと思っていたからな」

 

 

「........分かった。そこまで言うなら引き止めはしないよ」

 

 

多くの者が諏訪子の意見に賛成のようだ。だが、その中で一人だけ反対する者がいた。

 

 

「私は........反対です!」

 

 

それは早奈だった。彼女は息を荒げて叫んだ。

 

 

「私は楼夢さんと一緒にいたいです!楼夢さんがいなければ前回の戦争で私は助かりませんでした!楼夢さんがいなければ........うぅ、うわぁぁぁぁん!!」

 

「ちょっ泣くな早奈!?一応俺はあと一年ぐらいは此処にいるつもりだ!!」

 

 

俺がそのことを伝えると早奈はすぐに泣き止んだ。ただその顔はトマトのように真っ赤に染まっていた。

隣を見れば諏訪子達がニヤニヤしながら俺と早奈を見ていた。

 

 

「良かったね~早奈。愛しの王子様が出て行かなくて」

 

 

その言葉を聞くと、早奈は遂に耐えきれなくなり勢いよく居間から走り去った。

 

 

「もう諏訪子様なんて知りません!!」

 

「あちゃ~どうやら怒らせちゃったみたいだね」

 

「だけど楼夢。もし早奈があんたに告白した時あんたはどうするんだい?」

 

 

神奈子の問いに俺はしばらく考え込む。そして再び口を開いた。

 

 

「いくら情があれど俺は妖怪。そして早奈は人間だ。超えてはいけない一線を踏み越せば彼女に害が及ぶ」

 

「........分かってるならそれで良い」

 

 

その後、俺達はしばらく話し合った所で解散となった。

 

俺は先程神奈子に言われた事を思い出した。

 

 

「人間と........妖怪の差か........」

 

 

俺は神社の屋根まで飛んだ後、そのまま仰向けになって星空を見上げた。

 

 

俺は夜の星空が好きだ。闇の中でも無数に輝く星は、まるで人間達のそれぞれの思いを描いているようで綺麗だからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「フフーン、気持ちいい~」

 

 

現在俺は風呂に入っている。守矢神社の風呂は普通より大きいので此処は俺の好きな場所の一つとなっていた。

 

俺は肩まで湯に浸かる。すると溶け込むかのように身体から力が抜けていった。

 

その時、風呂場の扉が勢いよく開かれた。そしてそこからーーーー

 

 

「お背中お流しします!!」

 

 

ーーーー早奈がタオルを胸の高さまで巻いて飛び出して来た。........マジかよ........。

 

 

「えーと、早奈。状況が理解出来てないんだけど」

 

「だからお背中流しに来ました」

 

「いやいや何故そうなった?」

 

「お昼の仕返しです。大人しくしてください」

 

「何故昼の仕返しが背中を流すことなんだ?」

 

「はい、流しますよー」

 

「聞けやゴラ」

 

 

俺の話を無視して早奈は俺の背中を流す。彼女の顔をこっそり覗いてみると、その顔は少し真っ赤に染まっていた。恐らくは恥ずかしいのだろう。

 

無理もない。早奈は元々胸が大きいのに、そこへタオル一枚となるとそういう物に興味がない俺でも自然と目が行ってしまう。これが俺じゃなくて普通の男だったら問答無用で襲っていただろう。

 

 

「あれ、楼夢さんの右腕に描かれた紋章みたいな物は何ですか?」

 

 

そう言って早奈は俺の右腕を凝視する。何時もは袖で隠されて見えないが、俺の右腕には入れ墨で描かれた紋章が刻まれている。形は花にも、見方を変えれば太陽のようにも見える形をしている。

 

 

「俺の家系は全員この紋章を刻まれるんだよ。まあ、その者によって変わるけどな」

 

 

もうこの際説明してしまおう。俺の右腕の紋章。これは“白塗の紋章“だ。

俺の家系では“一閃“になった時に初めて紋章を刻まれる。だが、その時の紋章は未完成だ。

その後は、階級が上がる事に少しずつ付け足されて行くのだ。

 

俺は白塗なのでこの紋章は既に完成されている。まあ、紋章の話はここまでにしよう。

 

 

「へえー、楼夢さんにも家族っていたんですね」

 

「........今はもういないけどな」

 

「........なんだか嫌な事を思い出させちゃったみたいですね」

 

「いや、大丈夫だ。そんなことよりさっさと背中流してくれ」

 

 

早奈はすぐに俺の背中を流す。うむ、意外と気持ちいい。

 

 

「楼夢さんの髪って長いから背中流す時に邪魔ですね」

 

「切ろうと思っても切れないのは知ってんだろ。........聞いてんのか?」

 

 

俺は早奈の方に振り返ると俺の髪を犬のように嗅いでる早奈の姿があった。

その顔は先程よりも赤くなっており息も荒い。

 

 

「ちょ、おま、何やってんだよ!?」

 

「だって~、楼夢さんの髪を嗅ぐと身体が熱くなるんだもん~」

 

「俺の髪は媚薬か何かか!?」

 

 

早奈は立ち上がり一気に俺との距離を詰める。そしてあろうことか自分に巻いてあるタオルを脱ぎ始めたのだ。

 

 

「ほらぁ~楼夢さんのせいで下の方もグチョグチョですよ。責任取ってくれますよね?」

 

「え、ちょ、何するつもり!?」

 

「それは始まってからのお☆た☆の☆死☆み☆ですよ」

 

「や、やめてェェェェェェェェェ!!!」

 

 

 

 

ーーこの後、殺る気満々の早奈を諏訪子と神奈子がなんとか止めたそうな........

 

 

 

 

 

 



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別れのメロディ



ーー別れが来る

ーー降り注ぐ雪と共に

ーー掌に落ちた雪は溶けて消え去る

ーーそれは私の未来を表すのか

ーーどっちでもいい、ただ前を向こう

ーーいずれ別れたとしても

ーー時には後ろを振り返ることもあるだろう

ーーそれでいい

ーーただ、信じたい


ーーまた会える日を........


by白咲楼夢




 

 

楼夢side

 

 

時間が過ぎるのは早いものである。

守矢神社の境内では、既に雪が一面に積もっていて美しい銀世界を生み出している。

 

 

ーーそう、来てしまったのだ

 

 

「........寂しくなるね」

 

「また何時か来るが良い。客人としてもてなすぞ」

 

 

ーー約束の一年後。旅立ちの日が

 

 

「永遠の別れじゃないからまた何時か会えると思うぞ」

 

 

ーー来てしまったのだ........

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「それにしてもなんで寒い冬に旅立とうと思ったの?」

 

「いや、別れのムードって奴が出ると思って」

 

 

そう言いながら俺はけらけらと笑う。

諏訪子はそれに呆れていた。

 

 

「ほら、早奈ももう泣き止みな」

 

「うぅ、グスン」

 

「はぁ~、しょうがねえな」

 

 

俺は早奈の頭を撫でる。すると早奈は徐々に落ち着きを取り戻して来たようだ。

 

 

「ああ、そうだ。早奈にあげる物があったな」

 

 

俺はそのことを思い出し、服の袖から“舞姫“と同じくらいの長さの長刀を取り出した。

 

 

「前々から思ったんだがその服の袖はどうなってるんだ?」

 

 

神奈子が不思議そうな目で服の袖を見る。

 

 

「ふふん、実はこの袖は四次元ポケットになってるのだ!」

 

「よじげんぽけっととやらのことは分からないがそれが別空間から物を取り出すことが出来るのは分かった。ではお前の腕はどこから出ているんだ?」

 

「ああ、これか?まあ説明してやる」

 

 

この服の袖は四次元ポケットになっている。それは事実だ。実際は混沌の世界に繋がっているがそこは気にしない。

 

では俺の腕は異空間から出てるのか?否、それは違う。

ご親切にこの四次元ポケットは外側から内側へ入った時しか機能しないのだ。

分かりやすく説明すると、服の中を内側、外を外側とする。

袖に腕を通す時は必ず服の内側から外側へ通すことになる。この時腕は内側から外側を通ったので四次元ポケットは機能しない。

だが、先程のように袖の外側から内側を通った場合四次元ポケットが機能するのだ。

 

蛇足だがこの巫女服を作ったのは狂夢だ。まあこれのおかげで色々と助かっているのは事実だが。

 

 

「取り敢えず色々凄いことが分かった」

 

「分かってねえだろ絶対。ほらよっと」

 

 

俺は早奈に取り出した長刀を渡す。

早奈はそれを受け取るとゆっくりと刀身を鞘から抜いた。

 

 

「........綺麗........」

 

「実は旅に出ると決めた時に秘密で創ったんだ。まあ、気に入ってもらえて何よりだ」

 

 

俺はそう言うと早奈に微笑んだ。

 

今回俺が渡した刀は今までにないくらいの自信作だ。

刀身は透き通ったような色をしており、不思議な光で包まれていた。

取り敢えずこれさえあれば中級の妖怪くらいどうにかなる。まあ、護身用のような物だ。

 

 

「酷いねえ、私達にも何か無いのかい?」

 

「お前らとはまた会えるだろ。早奈にはもう会えないかもしれないからな」

 

「........ッ!」

 

 

俺が寂しげな顔をしていると、その言葉に反応したのか早奈の顔付きが変わった。

その顔は今にも泣き出しそうな悲しい表情だった。

 

 

「........じゃあそろそろ「待ってください!!」

 

 

俺が立ち去ろうとすると、早奈が大きな声で俺を引き止めた。その顔は何か覚悟を決めた表情だった。

 

 

「楼夢さん。私は........私は........貴方のことが好ーーーー」

 

 

早奈がそれをいい終えるより先に、楼夢は早奈に抱き着いてその言葉を遮った。

 

 

「その言葉だけは言っちゃ駄目だ........」

 

「........えっ?」

 

「いくら仲が良かろうが所詮俺は妖怪お前は人間。それ以上のことを言ってしまえばお前はもう戻れなくなる」

 

「そん、な........」

 

「........ごめんな」

 

 

俺は早奈の頭を撫でながらそう謝罪する。だが、仕方が無いのだ........

 

 

「........じゃあ、そろそろ行くぜ」

 

「早奈のことは任せな。こう見えて彼女は私の子だからね」

 

「こちらこそすまんない........元気でな」

 

「........ああ」

 

 

俺はその言葉を最後に神社の階段を下り始める。

 

 

ーーこれで良かったのだ

 

 

超えてはいけない一線を超えればそれは害となって彼女を襲う。それだけは許されない。

 

 

ーー........ただ、........

 

 

なんだろうこの気持ちは?まるで今の自分が化け物に見える。

 

俺は自分の右腕を見る。

今の自分は妖怪だ。

それはつまり人間と接しすぎてはいけない証拠。もしメリー達が生きていても自分はもう接することは出来ないのだ。

 

 

 

 

ーー嗚呼、もし人と妖が共存出来たら........

 

 

ふと、そんな考えが頭に過ぎった。

 

 

 

 

ーーだからこそ聞こえなかった。少女の最後の言葉を

 

 

 

 

 

「........諦めませんよ........」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

狂夢side

 

 

「ふい~、終わった」

 

 

とある世界にいる少年がそんなことを呟いた。

 

 

ーー此処は混沌の世界。楼夢の精神世界に当たる所であり狂夢の根城でもある。

 

 

「これで諏訪大戦の歴史は終わりだ」

 

 

俺はそう呟くと自分の目の前にある棚に先程書き終えた諏訪大戦についての本をしまう。

 

 

ーー此処は時狭間の部屋。様々な本が保管されている場所である。

 

 

「ったく、楼夢の野郎も戦い終わったら今度は刀を創れって........たまには休ませろってんだよ」

 

 

そう愚痴を吐きながら少年はとある棚の前に来ると、探している本を探し始める。

 

 

「お、あったこれだ。たまにはチェックしないとな」

 

 

狂夢が取った本は、他のとは違い大妖怪でも最高神でも解くことが出来ない程強力な結界が貼られてあった。

 

狂夢はその本を持ったまま、時狭間の部屋から出て、その扉を閉めた。

 

本のタイトル。そこにはーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー『白咲楼夢』と刻まれていた。

 

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~


「期末テスト残り一週間とちょっと!しかも今週に仏検と言う邪魔者が!テスト勉強出来ないよパトラッシュ。どーも、作者です」

「てめぇはテスト勉強してやがれゴミクズが!!狂夢だ」

「とは言っても最近小説投稿ペースが落ちる一方なんですよ。一話だけでも投稿しとかないと」

「じゃあなんで俺ん家でゆっくりしてんだよ!!作者だからって週一のペースで人の家に来てんじゃねえ!!」

「はいはい、帰ればいいんでしょ」

「ああ、さっさと失せろ」

「酷い!もういいお家帰る!!」

「という訳で次回もキュルッと見に来いよ!後、コメント&お気に入り登録よろしくな!コラボなども募集中だぜ」


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道中、山あり谷あり編
MOUNTAIN OF MONSTER《妖怪の山》



俺の道は針山地獄

障害物を焼き尽くし 辺りに広がる焼け野原


俺の道は一方通行

邪魔をするならぶっ壊せ 道を遮りゃぶっ潰せ


そうして道は開かれる


by白咲狂夢


楼夢side

 

 

どーも皆さん、白咲楼夢だ。え、現在何処にいるのかって?それは後でということであの後諏訪国を離れてから軽く数十年の時が流れた。

 

一応都に行ったが、どうやら聖徳太子が死んだ時期と俺が旅立った時期が同じだったみたいだ都に来た時にはその顔を見ることが出来なかった。

おまけに聖徳太子が死んだせいで辺りが静まり返っておりとてもつまらなかったので現在は日本各地を旅している。

 

 

話は変わるが皆は『ほのおのブーメラン』を知っているか?ドラクエでもかなりメジャーな武器で、投げるとブーメランが炎を纏い、相手を攻撃することが出来る優れものだ。

 

さて、何故俺がこんなどうでもいいことを話しているかというとーーーー

 

 

「ほーらほら、さっさと走んないと追い付かれるぜ♪」

 

「逃げろォォォォォッ!!」

 

「うわァァァァッ!!」

 

 

ーーーー現在『ほのおのブーメラン』で犬ころを無双しているからだ。

 

 

元々あっちから吹っ掛けてきた勝負だ。ったく、妖怪の山だか知らねーが、山の中を通ろうとしただけなのに迷惑なもんだ。

........あいつらは自分達のことを白狼天狗とか言ってたがどう見てもありゃただの犬ころだ。そうにしか見えん。

 

 

「見つけたぞッ!!」

 

「今だ、捕えろ!!」

 

「そこ、五月蝿い」

 

 

俺はほのおのブーメランを投擲する。すると、次々とブーメランは犬ころに当たり道を作り出す。

 

 

「........犬ころの増援か」

 

「死ぬな、家康ゥゥゥゥ!!」

 

「諭吉、目を覚ましてくれェェェ!!」

 

「俺の夢や誇り、全てお前に託した........(ガクッ」

 

「ご、ごん座衛門ォォォォン!!」

 

「天国で安心して見ててくれ........。お前らの意思はこの野口が受け継いだッ!!(キリッ」

 

 

........ナニコレ?まずごん座衛門以外名前が歴史上のこれから出て来る有名人と同じじゃねえか。アウトだよその名前!?

最後に手を抜いといたからごん座衛門は生きてるぞ。

 

 

「ごん座衛門の仇!!」

 

「ああもう、少しは大人しくお座りでもしてやがれ!!」

 

 

........取り敢えずこのゴミを一掃しよう。

よくよく見ると犬ころの他に鴉のような翼が生えた奴等もうじゃうじゃいる。

大体犬ころ五十匹に鴉二十羽か........楽勝だな。

 

俺は『妖狐状態』になると服の袖から金で装飾された美しい弓を取り出し、左手に神力を込めて引き絞った。

 

 

「神弓“ラルコンシエル“」

 

 

楼夢の弓から、金色の光が放たれた瞬間、天狗達の前方には百を超える神力の矢が放たれていた。

 

多くの者は突然のことで反応出来ず、矢を喰らうが中には耐え切った者もいた。彼等は楼夢を探すが時すでに遅し。

 

 

「はいはーい、こっちだよー」

 

 

天狗達が空から声が聞こえたかと思うと

 

 

ーー雷降“プルイ・ドュ・エクレール“

 

 

天狗達の頭上に、無数の雷の矢の雨が降り注いだ。

 

 

「「「ギャァァァァァッ!!」」」

 

 

天狗達は次々と断末魔を上げると、地面に倒れ気絶する。

 

 

「安心しな。手加減しといたから死にはしなーーーー」

 

 

楼夢が言い終えるより先に、一人の少女が持っている刀で楼夢を切り付けた。楼夢はそれを軽くバックステップして躱すと、少女を見て関心した。

 

 

「へ~、あれを避けるなんて嬢ちゃんやるね」

 

「........此処は我々天狗の領地である妖怪の山よ。それを知ってでの行いかしら?」

 

 

少女は紅葉の葉のような形をした扇を左手に、刀を右手に持って俺に問う。

外見は白い半袖の服を着ていて山伏のような赤い帽子を被った黒い髪と赤い瞳を持っている。

 

 

俺は神力で創り出した弓ーーラルコンシエルを少女に向けて話す。

 

 

「取り敢えず俺の名は白咲楼夢。この山を通る理由は此処を通った方が目的地まで最短距離を歩けるからだ」

 

「私の名は射命丸文(しゃめいまるあや)。天狗部隊隊長よ。そしてこの山からお引き取り願うわ!」

 

「それは手厳しい」

 

 

俺はラルコンシエルから無数の神力の矢を文に放つ。

 

この弓は一発放てば無数の矢となる『連射型』と無数の矢の力を一発に込めて射つ『集中型』の二つに切り替えることが出来るのだ。

 

他には天候に関する力を纏う能力がある。

例を上げれば“プルイ・ドュ・エクレール“は雷の力を纏った矢を連射するように他にも雨等の力を纏う事が出来る。

 

 

だがその無数の矢を文は素晴らしい旋回能力で避け、俺を切り裂こうと急降下して突撃する。

 

 

「縛道の八“斥“」

 

 

だが俺は左手の甲に斥力を持った小さな結界を作り、裏拳を文の刀に繰り出し弾く。

 

 

「くうゥゥ........ッ、この........ッ!!」

 

 

文は我武者羅に刀を振るが、達人を超えた剣術を扱う俺にとってはスローにも等しく刀を振り下ろした瞬間を狙って『連射型』の全ての矢を超圧縮した一本の矢で文にカウンターを放つ。

 

文はそれを瞬時に察知し避ける。だが矢は後ろの障害物を貫通し、周りの木々を薙ぎ倒す。

 

 

「な........ッ!?」

 

 

文が驚くと同時に一滴の赤い雫が頬を垂れる。見れば文の頬には先程避けた矢が掠っていた。

文はその矢の威力を充分理解し、すぐさま離れて空から弾幕で攻撃してくる。

 

俺は迫り来る弾幕を無数の矢で撃ち落としながら文を攻撃する。

 

文はそれを自慢のスピードでくぐり抜け、扇で竜巻を作り俺を攻撃してくる。

 

 

「一々鬱陶しい!!」

 

 

俺は『ほのおのブーメラン』を思いっきり竜巻の中にぶん投げ相殺させる。『ほのおのブーメラン』は役目を果たすと粉々に砕け散った。

 

 

「あ〜あ、壊れたか........。まあ鉄さえあれば幾らでも作れるから良いか」

 

 

そこで俺はあることに気付く。それは竜巻の後ろに隠れていた文がいないのだ。

あいつは爆発に巻き込まれた位で死ぬほど弱くない。

となれば考えられるのはーーーー

 

 

ーー直後、俺の後ろに風が吹く。それは明らかに自然の物ではない。人為的に起こされた物だった。そして、気付いた時には文が俺の背後から物凄い速度で突っ込んで来た。

 

 

「言い忘れてたけど私の能力は『風を操る程度の能力』よ。付いた肩書きは『鴉天狗最速』。私を捕らえられる者はいない!!」

 

 

文は高らかに勝利を確信すると、楼夢に斬撃を放つ。

しかも先程のような普通の斬撃ではない。文の刀は見れば超圧縮した風から発生したプラズマを纏っていた。

 

 

文はまず目くらましの為に竜巻を放ち、能力で風を纏ってスピードを上げたのだ。

 

元々文を含む鴉天狗は飛行能力が極めて高い種族だ。そんな鴉天狗に風の力が加われば誰も止める事が出来なくなる。

 

後は、そのスピードを活かして楼夢の後ろに回り込んで攻撃をすればいい。

 

一方の楼夢はさほど身体能力が高くない『妖狐状態』でいる為文のスピードに身体が反応出来なかった。

 

 

ーー相手の後ろを突いて戦う。殺し合いに於ける常識であり至極単純な事。

 

 

ーーーー故に読み易い........

 

 

 

メギャァ........ッ!!

 

 

「がっ........!?」

 

 

文は突如鈍器のような物で殴られた感触を感じた後、周りの木の幹に吹き飛ばされる。

 

 

「な........んで........ッ!?」

 

 

文は木の幹にぶつかった衝撃で体内の酸素を一気に吐き出した。

 

酸素が頭に回らない彼女の思考はぐちゃぐちゃになった。

 

 

(どうして........ッ!?アイツはさっきまで反応出来ずに私に無防備な状態で背中を見せてたじゃない!?なのに何故........ッ!?)

 

「『理解出来ない』と言いたそうだな」

 

 

文はその言葉を聞くと俺を睨み付ける。

だがその目には光がなかった。どうやら前を見るのすら困難らしい。

 

 

「まず俺がしたことは至極単純な事だ。お前が物凄い速度で突っ込んで来たのをカウンターでこいつで殴っただけだ」

 

 

俺はそう言うと自身の十一本の尻尾を指差す。

 

尻尾一本一本の長さは約二メートルで、言ったら悲しくなるが実際は俺よりもデカい。

 

........えっ?自分より大きい尻尾を十一本も持ってるのになんでそんなに動けるかって?それは俺が妖怪だからだ。

まあ私的には尻尾なくてもあっても重いと感じた事はない。

 

さてそんな二メートルもの尻尾を振り回すとどうなるか?ちなみに俺の尻尾は何時もモフモフしているが妖力で固める事で太い棍棒と化す。

 

まあ、取り敢えず尻尾を武器として使えば木々などを普通に薙ぎ倒す程強いし、何より『妖狐状態』の弱点である接近戦をなくす事が出来る。

 

 

「でも........どうして貴方は私が後ろに回り込む事が分かったのよ!?」

 

「何故って........そりゃ『読み易い』からだ」

 

「........ッ!?」

 

 

文は暫く悔しそうな表情を浮かべた後、俺に最後の質問をする。

 

 

「貴方は........()()()()のかしら?」

 

「........勿論ーーーー」

 

 

 

ーーーー()()()()()

 

 

「........ッ!?」

 

「悪いが意味もない殺しは俺の趣味じゃねェからな。生きてェなら這いつくばってでも生きてろ。死にてェならそこで野垂れ死ね。てめぇの好きにしろ」

 

 

俺はそう言うと再び山を進もうとする。がーーーー

 

 

「お前が侵入者か?」

 

 

そこには鴉天狗の羽よりも一回り大きい羽を持った女が空から降りて来た。

 

 

 





~~今日の狂夢『様』~~

「ゴミクズ共ォ!!俺様のパーフェクト説明教室始まるぜ!!俺様みてェな天災目指して、死ぬ気で詰め込みやがれェ!!」


「という事でお久しぶりです。期末が終わった。でも点数は気にしない!作者です」

「これから普通の投稿ペースに戻るんでよろしく!狂夢だ」


「さて今日は新武器“ラルコンシエル“の名前の由来を説明だぜ。では作者!」

「はい。まずラルコンシエルを元に戻すと『L'arc en ciel』となります。意味はフランス語で『虹』になります。まあ、この単語を知らないで読むと『空の弓』って意味になるからこの武器が作られました」

「成程。だから能力が天候に関しているのか」


「では今回はここまでです。次回もーーーー」


「「キュルッと見に来いよ/来てね!!」」


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天魔VS楼夢!!桃色の神風



空を飛んで雲を裂き、辿り着くは風の山

黒い翼を幅かせて、森を超えゆく

天まで届け、我等が翼


by天魔


 

 

楼夢side

 

 

「........まためんどいの来たもんだ」

 

「この山に侵入して来たのはお前だろ」

 

 

そう言うとその女性は俺を睨み付ける。

鴉天狗に似ているが雰囲気からして彼女はこの山の頭領に当たるのだろう。

容姿は黒くて長い髪と豪華な着物が特徴的な女性だ。

右手には文の扇と似ているがそれより一回り大きい扇を持っている。

 

 

「天魔........様........ッ」

 

「ふむ........文も随分やられたな。........のうお主、ここまでしといてーーーー」

 

 

 

ーーーー無料(ただ)で帰れると思うなよ!!

 

 

天魔と呼ばれた女性はそう言うと殺気を剥き出しにして扇に妖力を込めて襲いかかる。

 

天魔は妖力を込めた扇を俺に振り下ろす。

俺は急いで『人間状態』になると、刀を抜刀しそれを防ぐ。

 

 

「まずは自己紹介からじゃねえか?なあ天狗!?」

 

「良かろう。私の名は天魔。この『妖怪の山』を管理している天狗の長だ」

 

「白咲楼夢。桃色の蛇狐だッ!」

 

 

俺は一旦バックステップをして下がると刀を構える。

 

 

「響け、『舞姫』!!」

 

 

俺は舞姫を解放すると同時に桜の花弁の形をした小弾を大量に放つ。

 

天魔は扇で風を起こしてかき消すが量が多い為全て消せずにいた。

 

 

「邪魔だッ!『暴風撃(ぼうふうげき)』!!」

 

「ほう、これまた強烈な........ッ!?」

 

 

天魔が叫ぶと、辺りに暴風が発生し弾幕を俺ごと吹き飛ばした。

 

 

「うわっ、ととッ!?」

 

「隙あり!!」

 

 

今度は天魔が空中に放り出された俺に向かって風の弾幕を繰り出した。

 

俺は舞姫で迫り来る全ての弾幕を切り裂き、反撃をする。

 

 

「“大狐火“!!」

 

 

俺は巨大な狐火を作り出した後、それを天魔に向けて放つ。

 

天魔はそれを扇で切り裂く事で真空の斬撃を飛ばし、それを防ぐ。

 

 

次に俺と天魔は空中を高速で移動し、自分の武器と相手の武器をぶつけ合う。

 

 

「く、チィッ!?」

 

 

だが相手は天狗のトップである天魔。対する俺は最強クラスといい元々は妖狐の身。空中戦でのスピードは相手の方が一枚上手だ。

 

さらに楼夢は地面に足を付けていない為腰の入った斬撃を繰り出す事が出来ないのだ。

 

 

「(ちィッ!足場さえあれば........。待てよ、足場…だと…?)」

 

 

楼夢は暫く空中で立ち止まり、思考を働かせる。

だがその間に天魔が恐ろしい速度で扇を構えていた。

 

 

「遂に諦めたかッ!?」

 

「そう見えるんだったらテメエの目は節穴だ」

 

 

楼夢がそう言った直後、天魔の脇腹が切り裂かれ、赤い血が吹き出る。

 

 

「ガ....ハァ........ッ!?」

 

 

天魔は目にも止まらない速度で楼夢から離れるがそれを超える速度で楼夢は天魔を追い、神速の剣術を繰り出す。

 

 

「何故じゃッ!?どうしてお主は私を超える速度で飛ぶ事が出来る!?」

 

「確かに俺の空を飛ぶ速度はテメエより遅い。だが俺の能力【形を操る程度の能力】で空気の形を固めて足場を作れば、話は別だ!結論から言おう!俺は空を飛ぶより走った方が速いッ!!」

 

 

楼夢が叫んだ後、舞姫が青白い光を纏い始めた。

 

 

「喰らえッ!霊刃“森羅万象刃ッ!!“」

 

「ウォォッ!!」

 

 

天魔は間一髪でそれを避けるがその先に2本の光り輝く剣が精製されていた。

 

 

「星十字“スターライトクロス“」

 

 

2本の剣は天魔の翼に突き刺さり天魔を拘束する。

 

 

「もう一発!“亜空切断ッ!!“」

 

「ク、クソォォォォッ!!」

 

 

 

 

ーー楼夢の斬撃は空間を切り裂き、凄まじい大爆発と衝撃波が天魔を呑み込んだ。

 

 

「........殺り過ぎたな。取り敢えず逃げようそうしよう」

 

 

俺は舞姫を鞘に収め速やかに此処を離脱する。

 

 

「とその前に........よいしょっとッ!」

 

 

俺は先程の衝撃波で気絶している文と天魔を背中に担ぎ、走り出す。目指すは天魔の家!レッツゴー!!

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ーーーーという事で現在天魔の家で天魔達を寝かせてます。チェケラ♪」

 

 

ちなみにどうやって家もとい屋敷に入ったかというと、正面からは犬ころがわんさかいるので三階の窓から侵入(入り)ました。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ♪

 

 

「う、うーん........」

 

「やっと起きたか」

 

「貴様は........ッ!?」

 

「落ち着けって。傷口に響くぞ」

 

「........此処は............?」

 

「寝惚けたか?お前ん家だよ」

 

 

そう言い俺は能力で精製した水を差し出す。彼女は自分が何故此処にいるのか分からないようだった。

 

 

「一つ聞く。お主は何故止めを刺さずあまつさえ私を助けた?何が目的だ?」

 

「目的ねェ....。強いて言うならこの山を通る事かな」

 

「本当にそれだけか?」

 

「うん、それだけ」

 

「........ククク、アッハハハハッ!!」

 

 

天魔は俺の返事を聞くと突然大声で笑い出した。暫くすると笑い止んだ天魔が答えた。

 

 

「この山をそんな理由で入って来たのはお主が初めてじゃよ」

 

「ったく、そんな理由で笑うんだったら看病してやんねえぞ」

 

「要らぬ心配じゃよ。それより私と少し呑んでかないか?」

 

「おっとそれじゃあ遠慮なく」

 

 

そう言い注がれた酒を一口呑む。かなり美味いがやはり“奈落落とし“の方が美味いな。

 

暫く天魔と呑んでいると、文が目を覚ました。どうやら目の前の出来事を理解出来ていないようだった。

 

 

「........天魔様。そいつが誰かご存知で?」

 

「ああ、今回の件の侵入者じゃろ?」

 

「じゃあなんでその侵入者と楽しく飲んでいるんですか!?おかしいでしょ普通!?」

 

「まあまあ、楼夢も悪気がある訳ではないのだし........」

 

「はぁ........。もういいですよ」

 

「という訳で文もどうじゃ?ちなみに拒否権は無いからな」

 

 

 

ーーという訳で俺は二人が飲み過ぎてぶっ倒れるまで飲み明かしたとさ。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んで、調子はどうだ?」

 

「あんたの薬のお陰でだいぶ楽になったけどやっぱり気持ち悪いわ」

 

 

早朝、俺と文は妖怪の山を下っていた。

 

結局あの後俺は天魔ん家に泊まり一夜を過ごした。本人に許可は取ってなかったが怒ってなかったので良しとしよう。

 

それで出て行く時に道が分からないから文に道案内を頼んだ訳だ。

 

ちなみに文が言っている薬とは二人が二日酔いで苦しんでいた時に俺が渡した物だ。勿論これも制作者は狂夢の野郎だ。

あれがもう一人の俺だと今だ信じられないのが本音だ。

 

 

「いや、なんか昨日は悪かったな色々」

 

「別に仕事をサボれたから気にしてないわ。その事は感謝しておく」

 

 

俺らが談笑しながら暫く飛んでいると、ようやく山の一番下に着いたようだ。

 

 

「じゃあな、文。天魔にも宜しくな」

 

「いつでも来なさい。天魔様も喜ぶだろうし」

 

 

俺は妖怪の山に背を向け歩き出す。さて、次は何処へ行こうか........

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

???side

 

 

「中々面白い妖怪を見つけたわね」

 

 

楼夢が妖怪の山を抜ける一部始終を覗いてる者がいた。

 

 

「白咲楼夢........彼なら私の役に立ってくれる筈............」

 

 

少女はそう呟くと空間を歪ませ隙間のような物を作り出す。その奥には大量の赤い瞳が輝いていた........

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~

「本当は七夕に投稿したかった!作者です」

「願い事は........やべぇ思い付かない。狂夢だ」


「作者は七夕になんて書いたんだ?」

「色々ですよ色々」

「英検合格出来ますようにか?」

「いや、それよりも重要な事です。狂夢さんは?」

「今書いた所だぜ。早速飾ろう」

「という訳で今回はさよならです。次回もキュルッと見に来てね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


七夕に書かれた願い:


ーー荒宮紅夢:今年こそ童貞卒業出来ますように。


ーー白咲狂夢:この小説の主人公になれますように。あと出来れば楼夢ばかりではなく俺にも女をください。


........性欲丸出しの二人であった。


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夢の理想郷作りとスキマ妖怪


夢は叶わず、現実は冷たい

けれども叶えたい夢もある


by白咲楼夢



楼夢side

 

 

オッス皆、オラ楼夢。現在日本各地を旅してる流浪人だ。だけど最近家が欲しいと頻繁に思う。だってこのままじゃ絶対ホームレスとか言われそうじゃん。それだけは絶対に避けたい。

 

 

と言ってるが現在進行形でそこらの森で野宿しているという現実が虚しい。

今度サンタさんに「家をください」ってお願いしようかな。........うん、プラモの家を買って来るサンタさんの姿が想像出来た。何という想像力。

 

と、そんなどうでもいい事を考えながら食料のカロリーメ●トを食べる。ちなみにこれも狂夢が作った物だ。ほんとに何でも出来るな、アイツ。

 

そんなことより、俺は自分の真横の誰もいない空間を見つめる。そして、カロリーメ●トを食べながらその空間に語りかけた。

 

 

「うん、美味いねェカロリーメ●トは。........あんたもそう思うだろ?」

 

 

 

「あら、私はそれを食した事がないので分かりませんわ」

 

 

突如、空間が割れその中から女性が出て来る。だが楼夢はその女性よりも空間の割れ目の方を見つめていた。

 

 

「(あの空間の割れ目........何処かで見たような............痛ッ!?)」

 

 

突如、楼夢の頭に激痛が走る。

それと同時に楼夢の脳裏に一つの映像が映った。

 

 

「(あれは........蓮子とメリー!?何故だ!?こんな記憶俺には............)」

 

 

その映像には蓮子とメリーが先程見た空間の割れ目の前で立っている光景が映っていた。そして楼夢の頭にいくつもの疑問が浮かんだ。

 

 

「(何故メリー達があの割れ目の前にいる!?一体あれは何なんだ!?そしてーーーー)」

 

 

 

 

ーーーー誰だこいつはッ!?

 

 

楼夢はメリー達の横で楽しそうに笑う人の姿があった。腰まで長い美しい黒髪を持っているが、その顔は黒く塗り潰されたようになっていて良く見えなかった。

 

 

「(落ち着いて情報を整理すると、まずこんな記憶を俺は知らない。つまり俺は此処にいなかった可能性が高い。取り敢えずメリー達と親しい人間を、昔と共に振り返っ........て................ッ!?)」

 

 

その時楼夢は気付いてしまった。自分の記憶を掘り返すとメリー達の笑顔が浮かんで来る。だが同時にーーーー

 

 

 

 

ーーーー生前の自分の顔を一切思い出せない事に。

 

 

「(どういう事だ!?こんなの普通じゃない!?まるで記憶が切り取られたようなーーーー)」

 

 

そこで映像は途切れた。楼夢は気付かれないように冷静になり、女性を再び見つめる。

 

 

女性の身長は俺より低く、金髪の長い髪と、紫に輝く特徴的な瞳を持っていた。さらに頭にはリボンの付いたナイトキャップを被っていて紫色の中華服に似た服を着ている。

如何にも紫だなァ、と思ってしまう少女だった。

 

だが問題はそこじゃない。問題はこの少女があまりにもメリーに似ていた事だ。

特にナイトキャップを被っている所と金髪な所が同じだ。ひょっとすると彼女は昔の俺と何か関係性があるのかもしれない。

 

 

「私の名は八雲紫(やくもゆかり)、スキマ妖怪よ。今日は貴方に用があって来たわ」

 

「ふーん。俺の名は白咲楼夢。でそれは何?」

 

 

楼夢は軽く自己紹介すると先程から気になっていた空間の割れ目のような物について問い質す。

 

 

「これは私の【境界を操る程度の能力】で空間の境界に裂け目を作ったスキマと呼んでいる物ですわ。まあ、一種の亜空間と思ってください」

 

 

紫は胡散臭い笑みを浮かべながら答える。

それにしても亜空間ねェ........。だが流石に混沌の世界程ではないだろう。あっちは移動とかも出来るみたいだが、その分混沌の世界は一つの世界として認識される程広いのだ。あそこを管理している狂夢君に拍手。

 

 

「さて、用件をどうぞ。ちょうど食い終わったし」

 

 

俺がそう言うと紫の周りの空気が緊張感に包まれる。やがて、紫はその口を静かに開いた。

 

 

「貴方、ーーーー」

 

 

 

 

 

ーーーー私の式にならない?

 

 

 

「勿論却下です♪」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

紫side

 

 

白咲楼夢。私が彼を見つけたのは彼が妖怪の山に入った時だ。

 

天狗の頭領である天魔を超える力を持ち、侵入者である筈なのにあのお硬い天狗と酒を飲む。

確かな力を持ちながら性格は友好的。まさに私の夢を叶える為に必要な人材だ。

 

だから彼を私の式にしようとした。だが返答はーーーー

 

 

「勿論却下です♪」

 

 

即答で返された。正直言ってこんなに早く返されたら流石の私だって傷付く。

 

 

「即答ね」

 

「当たり前だ。俺は自由が好きなんだ。俺より上の存在はいない。逆に下の存在もいない........とは限らない」

 

「まるで自分より強い者はいないと言ってるような口ぶりね」

 

「強けりゃ良いって訳じゃないんだよ、ワトソン君。血を見て喜ぶ奴らは火神(バカ)狂夢(アホ)だけで充分だ」

 

「そう、なら自分より上の存在がいるという事を教えてあげるわッ!!」

 

 

私は彼に大量の弾幕を放つ。我ながら美しい弾幕である。だが彼はそれをひょい、と避ける。

 

 

「うーむ、食後であまり動きたくないけど........しゃあないか」

 

 

彼の後ろから計十一本の金色の尻尾が出て来る。式にしたらあれを枕代わりにしよう。

 

 

彼は桜の花弁のような弾幕を何千と撃ってくる。

一個の大きさが小さくとも量が量なので厄介だ。

 

避け切れない弾幕を私はスキマで防ぐ。そして彼の近くにスキマを開いて弾幕を放った。

 

 

「喰らいなさいッ!!“弾幕結界“!!」

 

 

私は大量の弾幕で彼を檻のように囲み、一斉にそれらを放つ。

この弾幕の檻には鼠が通る穴すらない。つまり脱出は不可能である。

私は勝利を確信する。だが次の瞬間ーーーー

 

 

 

「“無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)“」

 

 

彼が放った無数の閃光が、私の檻を消し飛ばした。

 

 

「なっ!?」

 

「別に驚く事じゃねえだろ。........そう言えば俺の能力を言ってなかったっけ?俺の能力は【形を操る程度の能力】だ。例を上げればこんな事が出来たりする」

 

 

そう言い彼は足元の地面を足で叩く。

すると、私の真下の地面が尖り私を貫こうと突き出て来る。

 

咄嗟の事で反応が遅れたが私は空を飛んで避ける。だが突き出た大地は私をさらに追うように伸びて来る。

鬱陶しいので、スキマの中に入って一旦退避する。

 

此処には誰もいない。私一人だ。そう確信すると気を緩める。

 

 

「ちょっと予想以上に強いけど問題ない。あれぐらいなら私一人でーーーー」

 

「戦闘中に気を緩めて独り言か?」

 

 

紫はその声を聞いた瞬間、背中に悪寒が走る。

 

 

「踊れ、“舞姫“。“亜空切断“!!」

 

 

彼がそう叫ぶと、突如スキマの世界に激しい光が差し込み、二つの扇を持った彼の姿が現れた。

 

 

「なっ、何で........ッ!?」

 

「お前はどうやらそのスキマとやらの中が安全だと思っているらしいが、空間を切り裂かれる事は計算に入っていないようだったな。まあ、亜空間に逃げ込んだくらいで気を緩めた時から俺の勝ちは決まってたんだよッ!!」

 

 

私は一刻も早くスキマの中から脱出しようとする。が、それを許す程相手は甘くない。

 

 

「脱出してえなら手伝ってやるよ!!“亜空切断“ッ!!」

 

 

彼は一瞬で膨大な妖力を持っていた扇に込める。そしてそこから紫色の斬撃がスキマの中を切り裂きながら放たれた。

 

 

「“四重結界“ッ!!」

 

 

私は四重の結界を目の前に作るが、それも割られて私に直撃する。

 

 

「くっ、ア“ァ“ァ“ァ“ッ!!」

 

 

空間を切り裂く程の斬撃を受けた衝撃で、紫は楼夢の“亜空切断“が切り裂いたスキマの世界の裂け目の外に吹き飛ばされ、外の世界の地面に叩き付けられる。。

脱出には成功したもの、紫は重症を負っていた。

 

 

「カハッ、ゲホッ!!........取り敢えず逃げなきゃッ!」

 

「逃がすとでも?“スターライトクロス“」

 

 

楼夢は紫に向けて2本の光の剣を放つ。紫は重症で動けなかった為、避け切れず光の剣が突き刺さる。

 

 

「安心しな。ソイツは拘束用の術だ。まあ、次は加減はしないんだけどな」

 

 

彼はそう言うと、今度は膨大な霊力を扇に込めていた。

 

嗚呼、このまま死ぬのか。やけに呆気ない最後だった。でも、最後に........私の『理想郷』を作りたかったな。

 

 

「霊刃“森羅万象斬“」

 

 

紫はこの時自分の最後を確信し、静かに目を閉じた。

彼女に青白い斬撃が迫りーーーー

 

 

 

 

ーーーー直撃し、爆発した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

楼夢side

 

 

ふい~、食後の運動は疲れるな。

 

俺はさっき森で捕ってきた猪を綺麗に切り分け、妖術で起こした火で炙る。

 

紫と名乗った少女は、あの後気絶してまだ起きない。最後の森羅万象斬は手加減しておいて良かった。もしあれを本気でぶち込んでたら今頃彼女は生きていないだろう。

 

まあ、あの戦闘から一時間は経っている訳だからもうそろそろ起きると思うが........。

 

 

「う、うーん」

 

「よお、身体の調子はどうだ?」

 

「私は........生きてるの?」

 

「生きてる決まってるだろ。ほらっ、食え」

 

 

そう言い俺は紫に先程焼けた猪の肉を差し出す。

紫は暫く警戒していたが、やがて腹が空いたのか肉を食べ始めた。

 

 

「........美味しい」

 

「そうか?そこらで捕った物なんだけどな」

 

「今まで........他人から食べ物を貰った事がなくて」

 

「ふーん。ちなみに何で俺を式にしようとしたんだ?」

 

 

紫は暫く口を閉ざすが、やがて彼女はゆっくりと語り出した。

 

 

「実は........私の夢を叶えるのを手伝って欲しかったのよ」

 

「その夢ってのは?」

 

「『人間と妖怪が共存して暮らす世界』........そんな理想郷を作りたいのよ」

 

「人間と妖怪?流石に不可能に近いんじゃないか?」

 

「ええ、分かってるわ。でも捨てきれない夢なのよ........。今まで各地で協力者を探してたけど誰も協力してくれなくて........。........ありがとう、こんな私のつまらない夢を聞いてくれて」

 

「........ふふふッ」

 

「........何が可笑しいのかしら?」

 

「いや、結構面白そうな事をしようとしてるなと思って。不可能を可能にしようとする。実に面白い。........まあ、式としては無理だが友人としてならいつでも頼りな。力を貸すぜ」

 

「........えっ、それってつまり........?」

 

「お前の理想郷作りを手伝ってやると言ってんだ。これから宜しくな、紫」

 

「........ありがとう、楼夢」

 

 

 

ーーそして俺は紫の理想郷作りを手伝う事になった。

 

 

 

 





~~今日の狂夢『様』~~


「いやー、物語も進んで来たね~。作者です」

「前編は結構重要な設定が出て来るからな。狂夢だ」


「それにしても紫戦はあっさり終わったな」

「楼夢さんは最強クラスですから、いくら大妖怪でも勝つ事は難しいんですよ」

「まあ実際は俺の方が強いんだけどな」

「まあ、狂夢さんはこの小説では最強ですからね」

「実際何回か楼夢とあの後殺ってるしな。ちなみに戦績は十戦中九勝一敗で俺の方が圧倒的に強い」

「楼夢さんも大変なんだろうな........」

「という事で今回はここまで。高評価、お気に入り登録、感想、コラボなどどんどん募集中だぜ。次回もキュルッと見に来いよ」


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一応言っとくが、俺はホモではない


木に負けず 生を貫き 今をゆく

地に負けず 黄泉を遠ざけ 今至る

我が身屈さず 我が道通れと 我願う


by白咲楼夢


 

楼夢side

 

 

オッス皆、オラ楼夢。現在やることも出来たので改めてそこらを旅している。

 

当然やることと言えば紫の理想郷作りを手伝う事だ。あの時話された内容が、確か............

 

 

 

 

 

『っで、結局俺は何をすればいいんだ?』

 

『貴方には私の夢を理解して協力してくれる人達を探してもらうわ。私だと『何故か』失敗してしまうから』

 

『いや絶対お前のその胡散臭い表情のせいだよな』

 

『たっ、戦いでは相手に表情を悟らせないのが基本よッ!』

 

『だったら尚更日常生活で必要ねえじゃねえか........』

 

『だっ、だって........相手の顔を見ると無性にからかいたくなる衝動に駆られちゃうんだもんッ!』

 

『なんだよそれ........今まで友達いないのも頷けるわ。........まあ、計画はこんな感じで良いか?』

 

『ええ、それで宜しくね』

 

 

 

 

 

............だったような気がする。それで日本各地を旅するに至るわけだ。

 

 

という事で現在俺はとある山の中にあった洞窟の中にいる。........一人()()()もいるが............。

 

 

「誰がおまけだボケ」

 

「うっさい。引っ込んでろ火神」

 

 

そう言い俺は服の袖から久しぶりの掌サイズの鉄球を取り出し、火神に投げ付ける。

ちなみに鉄球は勿論超圧縮されており通常の何倍も密度が高い。

 

火神はそれを腰に付けた刀で一文字に切り裂く。

鉄球は真っ二つになった鉄球を、俺は能力で直して袖の中にしまう。

 

 

今更かもしれないが何故火神がいるのかと言うと、旅の途中で偶然出会い二人で野宿しようとした結果、現在に至るのだ。

男が二人いるが俺は決してホモではない。そこら辺の事理解してもらおう。

 

 

「んで、なんでお前は急に洞窟の警備を強化したりしてるんだ?どうせ一泊だし第一俺らにそんなの要らねえだろ」

 

「誰が一泊と言った?それにこれにも訳がある」

 

 

俺は洞窟内に大量の式を書きながら答える。

 

 

「へぇ、どんな?」

 

「............実は俺ーーーー」

 

 

 

 

 

 

ーーーー子供作ろうと思うんだ。

 

 

 

 

「............はっ?」

 

「いや俺子供作ろうとーーーー」

 

「そっ、それはいいッ!?第一なんでそんな考えに至ったッ!?というか誰と作るんだッ!?言っとくが俺にそんな趣味ねえからなッ!!」

 

「誰がテメエと作るかッ!!誰とも作らねえに決まってんだろッ!!魔法とか式とかで魂を作るんだよッ!!」

 

「魂を........作る....?」

 

 

大声を出していた火神は急に黙り、俺に突然答える。

 

 

「生憎と俺の魔導書『ソーモノミコン』は攻撃魔法専門だ。他の呪文も使えるが、魂を作り出す魔法はねえ。いや、そもそも魂を作り出す事すら禁術だ。多分この地球上にそれを使える奴はいねえだろう」

 

「それの対策も練ってある」

 

 

俺は突然“スカーレット・テレスコープ“を発動させると、心の中で念じ始める。

 

 

(それで急に呼び出して何の用だ?つまらねえ事だったらお前をぶっ殺す)

 

(ああ、狂夢。実は魂を作り出す魔法かなんかを探してるんだけど、時狭間の部屋にそういう魔導書はあるか?)

 

 

俺は脳内に響いてくる狂夢の声と心の声で会話する。ちなみにスカーレット・テレスコープを発動させた理由は、これを使ってる間は狂夢と意思疎通が出来るからだ。

 

 

(魂を作り出す魔法?古代に封印された禁書の中にそんなのもあったが誰が使うんだ?ちなみに俺は最近魔法の修行をしてるから一応使えるが............)

 

(何時魔法使えるようになったんだよ!?........それよりも協力してくれないか?)

 

(逆に聞こう。何故子供が欲しいんだ?)

 

(やっぱり一人旅が寂しくてね........。話し相手とかが欲しいんだ)

 

(ちなみに今話してる奴は話し相手に含まれてないのか?)

 

(馬鹿としてなら含まれてるが........)

 

(酷ェ........。まあ、丁度暇だし最低限付き合ってやるよ。ただし少しは魔法が使えるようになってやがれ)

 

(OK。取り敢えず今は早く魂を作り出す魔法を覚えなくては........)

 

 

俺はそう言い終えるとスカーレット・テレスコープを閉じた。

 

 

「どうやらその類の魔導書があるみたいだ」

 

「はぁ?ちなみに何処にそんなのがあるんだ?」

 

「俺の服の袖の中に」

 

「てめえの服はどうなってやがるんだ........。ま、暇潰しにはなりそうだし手伝ってやるよ」

 

「サンキュー。そう言えば魂ってどうやって作られてるんだ?」

 

「結構前に言ったと思うが魂は種族問わず主に霊力で作られてるんだ。まあ、込められる霊力は種族やソイツの力量によって違うけどな。大体俺ら位で地球を軽くぶっ壊せる程の霊力が込められている。とか言っても自分の魂を霊力に変換するなんて事は出来ないけどな。才能があるという事は通常より込められてる霊力が高いと言う事だ」

 

「ふーむ、霊力が主に........か。だったら身体はどうやって作られるんだ?」

 

「身体の方は魂が作られると同時に自然に作られると思う」

 

「成程ねぇ、んじゃ早速お勉強会といきましょうか」

 

 

 

 

 

ーーこうして俺の子供作りの計画が始まった。

 

 

俺が使う魔法は普通とは違い禁忌とされる物だ。恐らくは上級の魔法使いでも使う事すらままならないだろう。そんな術にチャレンジしてる俺は火神曰く才能の塊らしい。

 

 

ーーそうして数十年、遂に............

 

 

 

 

「火神、準備は良いか?」

 

「もう俺がやることなんて残ってないけどな。OKだ」

 

(お前も準備は良いか、狂夢?)

 

(人の事より自分の心配をしやがれ、馬鹿が)

 

(はいはいよっと)

 

 

俺は腕に刻まれた“白塗の紋章“を巨大な魔法陣として地面に描く。そして自分の右腕を引きちぎると、その中に血まみれの右腕を放り込み、詠唱を始める。

 

 

「木に宿るは生の力、水に宿るは源の力、肉に宿るは地の力、そしてーーーー」

 

 

楼夢がそこまで詠唱を唱えると、魔法陣が光だし中の腕が光に包まれる。

 

 

「ーーーー我が身に宿るは血の力ッ!!生と死の狭間から、宿りし魂を解き放てッ!!!」

 

 

楼夢がそう叫ぶと、魔法陣が激しい光を放つと共に空からいくつもの稲妻が降り注ぎ、楼夢や火神を洞窟ごと吹き飛ばす。

 

辺りの木や動物は魔法陣から溢れた光に当たると、一瞬で命を吸い取られ、灰と化し、死に至る。

 

 

「ウッ、ガア“ア“ア“ア“ア“ア“ッ!!!」

 

「耐えやがれ楼夢ッ!!今ここでテメエが死ねば使用者がいなくなって魔法が暴走するッ!!」

 

「ア“ア“ア“ア“ッ!!........ウゥ............」

 

 

楼夢は慣れない魔法 、しかも禁術を使っているため、あまりの苦しさに声を上げる。脳内には頭蓋骨に穴を空けられたような痛みが続いた。

 

やがて魔法陣から溢れた光は徐々に弱くなり、消え去った。

 

 

「ハァッ、ハァッ............終わった........のか?」

 

 

俺は先程の魔法のせいで、生物が消え去った山を登り、魔法陣が描かれた洞窟の跡地に辿り着く。

そこには............

 

 

「クゥゥ、キュル~」

 

 

三匹の子狐が魔法陣の中心で立っていた。

 

 

「ハ、ハハ........成功....だな............っ」

 

 

楼夢は先程の魔法で全ての体力を使い果たし、そのまま地面に倒れる。

 

産まれたての子狐達は本能で楼夢が親だと分かったのか、ふらふらしながらも楼夢の所まで辿り着き、その頬を舐める。

 

子狐達は全員毛の色も違うので非常に分かり易い。さらに頭には俺のような花が、種類は別々だが咲いていた。

 

俺はその内の一匹を抱き上げ、その頭を撫でた。

この子狐の毛の色は黒で、鬼灯のような赤い瞳と頭に咲いた桃の花が特徴的だった。

 

 

「黒狐、か........。頭に咲いている花は桃だし........。花言葉は確か天下無敵だったっけ?........よしっ、お前の名前は夜のような強さと美しさを持った狐だから、『美夜(みや)』だ」

 

「キュルッ?」

 

 

次に俺は自分と同じ金色の毛を持った狐を抱き上げる。

この狐は先程言った通り金色の毛並みを持ち、頭に咲いた百合の花が特徴的だった。

ちなみに目の色は確認した所三姉妹揃って鬼灯色だった。どうやらそこだけは繋がっているらしい。

 

 

「お前はそうだな........百合の花言葉が純潔だから........清いと言う意味を込めて『清音(しおん)』だ」

 

「キュルーッ!」

 

 

最後に俺は銀色の毛を持った狐を抱き上げる。

この狐は頭に咲いた紫陽花が特徴的だった。

 

 

「今度は........紫陽花の花か........。花言葉には移り気ってのもあったっけ?........そうだっ、舞うようにころころと感情が移ると言う意味を込めて『舞花(まいか)』にしよう」

 

「キュルル~」

 

 

改めて美夜、清音、舞花の三匹は俺の服などに抱き着くと、スヤスヤと静かに眠り始めた。

 

 

「よぉ、調子はどうだ?」

 

「火神か........悪ぃちょっと寝るわ........」

 

 

俺はその言葉と共に意識を手放した........。

 

 

 

 

 





~~今日の狂夢『様』~~

「今回で新キャラ登場!そして今回?で次の章に移ります!作者です」

「子狐達は全員毛並みがふさふさしてめっちゃ気持ち良かった!狂夢だ」


「さて今回は楼夢さんが自分の娘達を作るのに使った魔法について説明します」

「OK。まずあの魔法は本編でも言った通り禁忌とされ、封印された古代の禁術だ。本編では詳しく説明されてないけど、人間百人分の魂の力が術の発動に必要不可欠だ。まあ、楼夢は自分の右腕を依り代として使ったがな。ああ見えて楼夢の程の大妖怪の右腕と血は、それだけで膨大なエネルギーを作り出す。おかげで山から全ての生物が消え去っただけで被害が済んだ。ちなみに動物などを生贄にする手もあるが、人間の魂の方が生み出すエネルギー量が圧倒的に多いので、千匹は必要になると思い」

「結婚危ない魔法使ってたんですね。ちなみに狂夢さんは魔法をどの位使えるようになりましたか?」

「軽くメラゾーマを撃てるようになったぜ」

「充分化物じゃねえか........。という事で今回は終了です。次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよ!!」」



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楼夢と火神の不思議な平安京!編
幕開ける奇妙な共同生活!?



歩けば見える 赤き花

旅せば覗く 夏の星

走れば吹ける 枯れ木の音

止まれば終わる 四季の末


伸びては咲きて 枯れては朽ちる。

そんな日々を 繰り返して........


by八雲紫



 

楼夢side

 

 

「おい火神、目的地まではまだか?」

 

「多分そろそろ見えて来る筈だ 。........おっ、あったあった」

 

「........あそこか」

 

 

俺は現在新しく増えた家族と共にある場所に向かっていた。ちなみに火神がまだいるのは、どうやらそこなら賞金稼ぎとしての仕事が出来るらしい。

まあ、確かにあそこなら人が結構いる筈だし仕事も出来そうだな。

 

 

「クルゥ、キューッ!」

 

「どうしたんだ清音?........ああ、そう言えばお前達はまだ小さくて見れないのか」

 

「「「キューッ!!」」」

 

 

なんだか子供達に『チビじゃねえッ!!』と言われたような気がするが気の所為だろう。

ちなみに言い忘れていたが、俺の子供達は全員女だった。

最初の頃は『妖獣状態』になって世話をしていたものだ。

年齢は全員同じだが、俺の見る限り美夜が長女、清音が次女、そして舞花が三女となっているようだ。

 

話が少し脱線したが、俺は娘達を胸の高さまで抱き上げた。

 

 

「キューッ、キュルーッ!!」

 

「どうやら見えたようだな。........さて、そろそろ到着か............」

 

 

俺は目的地に向けて歩くペースを速める。

 

 

目指すは未来では消え去りし幻の都ーーーー

 

 

 

 

 

ーー『平安京』へ............。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「へぇ、思ってた以上に賑やかじゃん。それでこそ仕事が多くなるってもんさ」

 

「あんまり目立つなよ。いくら俺の妖術が完璧と言っても万が一の事があるからな」

 

 

現在、俺は火神と平安京の中を探索していた。

都の中は思った以上に賑やかで、商人などが物を売ったり、人々が買ったりしていた。

 

 

「さて、まずは住居を確保しに行くぞ」

 

「えー、そこら辺で野宿すりゃいいじゃん。金が勿体無いぜ」

 

「もしそれで娘達が風邪でも引いたらどうすんだ。第一テメェの金がどうなろうが知った事かよ」

 

「酷ェ........。まっ、俺様も流石にずっと野宿は嫌だからな。金が天に召されるのは嫌だがしょうがねえ」

 

「分かったらさっさと行くぞ」

 

 

俺達はまず辺りの人々から家を売ってる店を知ってるか尋ねた。

 

言われたままの道を通ると、ちょっと寂れた店があった。

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

俺はそう言いながらガラガラ、と言う音と共に戸を開いた。

 

 

「いらっしゃいませ........。ご要件は何ですか?」

 

「ここで家を売ってると聞いてな。良いのを一軒紹介して欲しいんだが」

 

「申し訳ございません。最近は家を買うより建てた方が良いと言われて客が全く来ないんですよ。そのせいで家を生きるための金に変えてしまって........。おすすめ出来ない余り物ならありますが............」

 

「それでもいい。兎に角どんなのがあるか見せてくれ」

 

「........暫くお待ちください............」

 

 

俺がそう言うと店の人はその家がどのような家なのか書かれた紙を取り出す。

 

 

「予想はしてたけどこれは酷いな」

 

 

確かに、この店が持っていた家のほとんどが治安の悪い所に建てられていた。

だが俺はこの中で気になる家を発見した。

 

 

「へぇ、広さも充分だし値段も安い。おい店主、この家を貰うぞ」

 

「なっ、ここは私が持ってる中で一番酷い所ですよ!?中はボロボロだし何よりこの家が建てられている場所は都の外ですし........。悪い事は言いません。止めておいた方が良いですよ」

 

「いや、俺はこれが良い」

 

「........分かりました」

 

 

こうして俺と店主の取り引きが終わった。俺が買った所は都の外れにあるらしい。

だがその方が俺らにとって都合が良い。

俺らは妖怪なのだ。都に住めば陰陽師に気付かれるかもしれないし、何より娘達が外で充分に遊べないからだ。

 

 

「それじゃ、さっさと家を見に行こうか」

 

 

俺はそう言うと店を出て、都の外れを目指した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「........ここか」

 

「うわぁ、これはどうも........」

 

「........ボロっボロだな」

 

 

俺と火神は先程買った家ーーもとい屋敷を眺めて呟いた。

屋敷は山の中に建っていた。だがそれはどうでもいい。問題は予想以上にオンボロだったという事だ。

自分で買っておきながら難だが、正直言うと野宿の方がマシなんじゃないか?っと思う程の物件だった。

 

 

「正直言うとここに住みたくないんだが」

 

「安心しろ火神。これからこのクッソオンボロ屋敷を改造するから」

 

「改造ゥ?お前建築なんてした事あるのか?」

 

「ないけど、俺の能力を忘れてないか?」

 

「能力?........ああ、成程............」

 

「んじゃ、いくぞ」

 

 

俺はまず屋敷の辺りに生えていた邪魔な木々に触れる。

そして力を入れると、なんと木々がシュンッ、と言う音と共に綺麗な木材に一瞬で変わったのだ。

 

説明するまでもないと思うが、これも俺の能力【形を操る程度の能力】のおかげだ。

これのおかげで屋敷の周りの木々は消え去り、広い庭が出来た。

 

次に俺は、新しく出来た庭の地面を足でドンッ、と叩く。

すると屋敷の庭に生えた雑草が全て地面から飛び出し、引き抜かれた。

俺はそれを炎で焼くと、屋敷の方へ振り返る。

 

 

「さて最後は先程出来た木材を使っての改築だな」

 

「何時も思うがお前の能力って便利だな」

 

「褒めても何も出ないぜ」

 

 

俺は服の袖から鉄球を取り出し、能力で巨大なハンマーにした後、一旦建てられていたクッソオンボロ屋敷をぶち壊した。

同時に最近のストレスもぶっ飛んだ気がするが、気分が良いのは確かだ。

 

 

 

ーーその後、作った木材で家を建て始めて三時間後........

 

 

 

 

「出来たァッ!!」

 

「ふぅ、流石に疲れたぜ」

 

 

 

ーー念願のマイハウスが誕生した。

 

 

作りは勿論頑丈で、俺の強化魔法も掛けてあるおかげでハンマーの一つや二つではびくともしない。

 

 

俺は中に入ると、居間へと向かった。

 

 

「さて、取り敢えず今日は疲れたから各自で自由行動だ。俺は勿論寝るから、娘達を頼んだぜ」

 

「おいおい、寝るってまだ夕方だぞ。第一お前の娘達は絶対お前と寝るだろ」

 

「まあ一応ってことだ。じゃあ、お休みー」

 

 

そう言い俺は自分の寝室へ向かう。

この家は二階建てになっていて、一階が居間、厨房やトイレなどがあって、二階は各自の寝室となっている。

ちなみに娘達は俺の寝室で寝ることになっている。決してロリコンだからと言う理由ではない。そこん所間違えないでもらおう。

 

 

 

ーー俺は寝室に辿り着くと、布団の中で眠りについた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んじゃ、俺は都の方に仕事に行ってくるぜ」

 

「はいはい、頼んだぞ」

 

 

朝、火神は都に自分を売り込みに行くため、早朝に出かけていった。

一方俺は、することがないので娘達と遊んでいた。........後俺は決してニートではない............多分。

 

 

「しかし、俺も何か商売を考えねえとな。流石に自宅警備員(ニート)のままは嫌だしな」

 

 

俺は一人そう呟くと、商売について考え始める。

まず神として信仰を集める........は駄目か。

理由は、信仰を集めるなら神社を建てなければいけないし、そもそも俺の信仰は妖怪だけで充分なのだ。これ以上増えて暴走しても困る。

 

俺は暫く悩んだ末、ある楽な商売方を見つける。

 

 

「そうだ!鉄や木、土などを使って刀や芸術品を作って売り捌けば良いんだ!」

 

 

これは正直言って良い案だと思う。俺の能力を使えば芸術品の一個や二個一分で作れる。

 

 

「良し、それじゃあ明日の為に作っておきますか」

 

 

俺はまず材料を集めに、家を出た。勿論娘達が心配なので同行させている。

 

 

 

ーーその夜........

 

 

 

「ただいまぁ。........楼夢、お前何してんだ?」

 

「明日都で売り出す商品を纏めている。お前はどうだった?」

 

「取り敢えず他の国と同じで、腕が立つ奴らをぶっ倒して実力を証明して来たぜ。まっ、強者を求める人間共の習性を利用した合理的な方法だな」

 

「そうか、じゃあさっさと飯作って寝ようぜ。流石にだりぃし」

 

「同感だな。俺も早く寝てェと思っていた所だ」

 

 

こうして俺達の共同生活が始まった。

 

 

 

ーー平安京の物語はまだまだ続く........

 

 

 

 

Next phantasm........。





~~今日の狂夢『様』~~


「平安京編突入!!そしてやっと夏休みだッ!!作者です」

「まだ夏休みに入ってなかったのかよ........。狂夢だ」


「いやー、とうとう平安京まで来てしまいましたか」

「これなら今年中に原作に入れるんじゃないか?後俺視点で書かれた事一度もないからやってみたいんだけど?」

「まあ、今年中に原作に入る事を目標にします。それと狂夢さん視点での物語ですか........。まあ、何時も楼夢さん視点なので、考えてみます」

「よっしゃッ!!........それじゃあ今回はここまで。次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよッ!!」」



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世にも美しい竹の姫



猿猴捉月

俺達は守りたかった........

小さな夢に見えるだろうが、俺達には果てしなく大きな夢に見えていた

だが........守れなかった............


by白咲狂夢


 

 

楼夢side

 

 

「ふーん、『なよ竹のかぐや姫』ねぇ.......」

 

「そうなんだよ。ソイツのせいでお父様が最近構ってくれなくなっちゃって........。それで暇だからここに来たってわけ」

 

「成程ねぇ........。妹紅も大変なんだな。それでその他にはなんかあったのか?」

 

俺はそう店の前に立って話している少女に問う。

この子の名は藤原妹紅(ふじわらのもこう)。あの有名な貴族、藤原不比等の隠し子だ。

 

彼女は着物に掛かった黒い髪をなびかせながら答える。

 

「あっ、後最近お父様が白髪の若い陰陽師に色々依頼したりしてるみたいなんだよ」

 

「白髪の........ああ、火神の野郎か........。道理で最近やけに稼ぎまくってるわけだぜ」

 

「知り合い?」

 

「知り合いというか同居人だ」

 

「なんだ、楼夢はそんな趣味をしていたのか」

 

「断じて違うからな!」

 

俺はそう彼女にツッコミを入れる。

 

彼女と俺が知り合ったのは、妹紅が城下町に行った時、俺が売ってた芸術品などに興味を持った事が始まりだ。

彼女はその日から頻繁に俺の店に来るようになった。

 

ちなみに俺が商売をしている間は、娘達は店の奥で遊ばせている。

表で遊んでて陰陽師に見つかったら色々とマズイからだ。

 

「ちなみに最近の売れ行きはどう?」

 

「中々だな。特に妖怪が最近活発になって来たおかげで、刀などの武器が飛ぶように売れてるな」

 

俺が作る武器は他の物より頑丈で切れ味が良いことで評判だ。最近は鎧などの防具も作ったりしている。

 

「それじゃあ、私はそろそろ帰るね。お父様が心配してるだろうし」

 

「ああ、また来いよ」

 

俺は彼女に手を振りながら商品を片付ける。今の時刻は夕方だ。俺は赤く染まった空を見上げながら思考に移る。

 

それにしても『なよ竹のかぐや姫』か........。

知り合いに同じ名前の奴がいるけど、流石にそれは出来過ぎだろう。

だけど少し興味がある。今夜にちょっとお話しようか。

 

 

ーー俺は口元をにやけさせながら家に戻った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「『なよ竹のかぐや姫』?なんでそんなもん俺に聞くんだ?」

 

「いや、お前なら知ってるかなと」

 

「仕事の関係で知ってるが、知ってどうするんだ?」

 

「ちょっと拝見させてもらおうかと」

 

俺の言葉を聞くと、火神は呆れた声で返事をする。

 

「はぁ........。お前も男だからな。そういうのに興味を持っても仕方ないか」

 

「一応言っとくがお前の想像してる事とは違うぞ。ただ、古い知り合いに同じ名前を持った奴がいてな。ちょっと気になっただけだ」

 

「知り合いねぇ。まっ、俺にはどうでもいいけどな。取り敢えず情報を教えてやる」

 

「おっ、サンクス」

 

俺は火神に礼を言った後、その情報に耳を傾ける。

 

火神の話の内容で、かぐや姫の屋敷の場所、そしてそのかぐや姫に大勢の貴族達が求婚をしているという事が分かった。

 

と同時に『なよ竹のかぐや姫』という名で一つの事が分かった。

そう、かぐや姫あの有名な『竹取物語』のかぐや姫なのだ。

これはもう確定と言っていい。だが俺が気になるのはその後だ。

 

つまり、『なよ竹のかぐや姫』は俺の友人の蓬莱山輝夜と同一人物なのか、という事だ。

 

一応あいつも古代都市一の美女だったはずだし、その可能性はありえる。

だがそうなると、何故彼女が地上にいるのだろう。

俺は脳味噌をフル回転させるが、狂夢より出来の悪い俺の頭は答えを出してくれなかった。

 

結局、今の俺に出来る事は、かぐや姫の正体を暴く事だけだった。

 

俺は娘達を連れると、出発の準備に取り掛かった。

 

「んじゃ、行ってくる」

 

「ああ、飯は勝手に食っておくからな」

 

俺は家を出て、かぐや姫の屋敷へ向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

夜、俺は屋敷の方を観察していた。

当然だが屋敷の門の前には門番が何人もいて、正面からは入れそうにない。

 

というわけで今に至る、と。

兎に角、屋敷の中に入る方法を探さなければならない。

 

一応強行突破する手もあるが、それだと俺の信頼はガタ落ちになる。

 

俺は、『妖獣状態』になると娘達を口でくわえ、屋敷の塀をジャンプして超える。

 

「ぷはぁー、と........。流石に三匹纏めて口で運ぼうとしたのが間違いだった........」

 

俺は一人でそう呟くと、娘達の先頭に立ち、進み始める。

 

ちなみに俺が『妖獣状態』になったのは理由がある。それは、もし屋敷の使用人に見つかっても狐の姿なら本来の姿より警戒されにくいのだ。

 

「それにしても広いな............、あいつは........?」

 

「............。」

 

俺は縁側で、庭の池を眺めていた少女を見つける。

 

黒色のサラッとした髪、百人中百人の男が振り返る程の美貌。........そう、あれはまさしく、俺の知ってるーーーー

 

 

「........暇だァァァァァァァァァッ!!!」

 

........うん、俺の知ってる何時もの蓬莱山輝夜こと輝夜だ。

 

見事にシリアスな雰囲気ぶち壊してくれましたよ、こんちくしょう。

ていうかなんで感動の再会の一声が『暇だァァァァァッ!!!』なんだよ!?

どうしてくれるんだこの空気!?

 

俺は心の中で輝夜にツッコミを入れつつ、彼女に近づいていった。

 

「ああもう!!せっかく地上に来たってのに、毎日毎日ジジイばっかで、つまんないわ!!嗚呼、暇だ!!暇過ぎて永琳の雷が落ちて来る程暇だ!!」

 

「いや、永琳の雷ってなんだよ。てか本当に落ちて来そうだから怖いわ」

 

「それほど暇って意味よ。ああ、どっかで天変地異でも起きないかしら」

 

「起きたら起きたで問題なんだが........」

 

「うっさいわね!!アンタに私の気持ちが............、へっ?今、私誰と........」

 

「やっと気づいたか」

 

俺はやっと気づいた輝夜に、招き猫のように手を振る。すると、輝夜は驚きながら、俺と距離を取る。

 

「なっ........妖怪!?何時からここにいたの!?」

 

「つい先程ここに入りました」

 

「........まあ、良いわ。雑魚妖怪が一匹迷い込んだだけの話よ!」

 

「........へぇ、俺相手に雑魚とは、言うようになったじゃないか、輝夜」

 

「........ッ!?どうして私の名を........ッ!?」

 

「酷いねぇ、知り合いの事を覚えてないなんて」

 

「生憎と、私には妖怪の知り合いなんてものはいないわよ」

 

「ふーん、じゃあ特別に分かり易い姿になろっか」

 

俺はそう言うと『妖獣状態』から『妖狐状態』になる。

 

「あっ、貴方は........ッ!?」

 

「久しぶりだね、輝夜♪」

 

俺はそう軽く彼女に挨拶する。

 

「ろっ、楼夢........なのかしら............?」

 

彼女はそう言うと、ゆっくり俺に近づきーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー俺の顔面に強力な右ストレートを叩き込んだ。

 

「ハガッ!?」

 

俺は女が撃ったとは思えない程強力な一撃で、屋敷の塀に叩き付けられた。

 

「なっ、何を........!?」

 

「あの時私達を騙して地上に残った時、私や永琳がどれほど心配したか分かってんのかしら?」

 

「あの時は本当に悪かったって!この通り反省してる!」

 

「なら、私とO☆HA☆NA☆SH☆I☆しようかしら?」

 

「やめて!俺のライフはもうゼロよッ!!」

 

「問答無用!!」

 

「嫌だァァァァァァッ!!」

 

 

 

 

 

ーーTHE☆お話死タイム中........。

 

 

 

 

「ーーーーわかったかしら!」

 

「はい........すいませんでした............」

 

俺は輝夜の説教が終わると、地面に仰向けになって倒れる。

 

すると、娘達が心配そうな顔で俺の元に寄ってきた。

 

「はぁ~、娘達よ。俺の心の傷を癒してくれるのはお前達だけだよ」

 

その言葉を聞いた輝夜が食いついて来た。

 

「えっ、今娘達って言ったわよね........?」

 

「そうだが」

 

「........ええっ!貴方結婚してたの!?」

 

「いや、結婚はしてない。この子達は俺の血とか肉とかをベースにして作っただけだ」

 

俺は未だに驚いている輝夜に説明する。

 

輝夜は、長女である黒い子狐ーー美夜を抱き上げ、撫でる。

美夜は嬉しそうに尻尾を降る。

だが輝夜は疑問があったのか俺に質問する。

 

「一つ思ったんだけど、この子達って貴方みたいに人型にならないのかしら?」

 

「いや、生まれて十年もしてないから今はただの狐と一緒だよ。まあ、百年ぐらいしたら変化の術を覚えると思う」

 

「ふーん、そう言えば貴方、私があげたあれを持ってるかしら」

 

「ああ、持ってるぞ」

 

俺は右腕に付けたブレスレットを外し、輝夜に渡す。

 

「返すぜ、これ」

 

「えっ............?」

 

「正確には再会の品ってことでのプレゼントだがな」

 

「........ふふっ、取り敢えず屋敷の中に行きましょ。積もる話はその後よ」

 

 

この後、俺は輝夜と今までの事を話し合った。

輝夜も、俺の話に満足してくれたのか、とても楽しそうにしていた。

 

 

...........その代わり三日に一度、この屋敷に来るようになりました。

まんまとハメられましたよ............ちくしょうめ................。

 

 

 

 

Next phantasm............。





~~今日の狂夢『様』~~

「どーもどーも、毎度お馴染み、狂夢だ」

「夏休みは何時もグータラ、作者です」


「いやー、やっと輝夜さんと再会しましたね」

「まっ、最終回までは最低一年以上掛かりそうだな」

「まあ、なんとか最終回に行けるように頑張ります」

「ところで作者は夏休みに何してんだ?」

「そうですねー。基本的に漫画見たり、ド●クエジョーカー3したり、東方妖々夢をプレイしたり、ですかね」

「お前まだ妖々夢やってんのか」

「いやー、表はノーマルで全クリしたんですけど、やっぱりEXTRAステージがクリア出来なくて........」

「流石、センスの無さが、今日も眩しいぜ!!」

「そこ、厨二病っぽく言わなくて良いから!!」


「取り敢えず、今回はここまでだ。次回もーーーー」


「「キュルッと見に来いよ/来てねッ!!」」



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ゴミの素晴らしい利用法



ゴミならゴミらしく、派手に散れ!


by火神矢陽


楼夢side

 

「.....よし、後はこれで...........」

 

「........何してんだ、楼夢?」

 

家の中、火神は俺に質問して来た。

 

「いや、戦闘で魔法での攻撃を増やそうかと」

 

俺は火神にそう答える。

俺が使える魔法は、生命や物質をなどを強化する強化魔法と、火や氷などの属性魔法、月や星の魔力を使う月魔法だけだ。

 

ちなみに美夜達を生みだした時の魔法は、生物が入る身体を作るための強化魔法の禁術と、生物を生み出す星の力を持った神星術と月魔法だ。

星が生物を生み出すなど理解出来ないと思うが、発想を変えれば納得する。例を上げると、この地球だ。

俺達がいるこの地球も、言い方を変えれば星の一つだ。そしてそこから魚や植物などの生物が生まれていったのだ。

 

つまり星の力を操るという事は魂を作り出せるという事だ。

しかも、どうやら神星術と月魔法は相性が良いらしく、最近はそれらを混ぜた術を実験中だ。

 

「お前がこれ以上攻撃パターンを増やしたらどう対処すれば良いのか分からねえよ」

 

そんなにないと思う。

俺が使うのは刀での剣術、桜の花弁の形をした弾幕で攻撃や、青白い弾幕で攻撃、分裂する針を投げて攻撃する、地面を能力で操って攻撃とか........やべぇ、色々あり過ぎて全部を説明出来ねぇ。

 

「嘘付け。以前なんかより比べ物にならない程強くなってる癖によ」

 

俺は憎々しげに火神に言う。

実際隣にいれば嫌でも分かる。コイツはどうやったかは知らないが以前より格段にパワーアップしている。

余程の修行をしたのかと思ったがコイツの性格上それはないと判断した。

 

「........ああ、あの後世界中で色んな神々をぶっ殺して来てたらいつの間にか強くなってた。いやー、良いよな神って。死んでも信仰さえあれば復活すんだから。まっ、殺され続けて信仰が足りなくなって消滅した神はまあまあいたけどよ」

 

「........結構スゲエ事してんだなお前」

 

俺は苦笑しながら術を作るのに集中する。

こういう時に俺のディアモは便利だと思う。これは術式を組み立てその威力を上げる事が出来る。つまり、新しい術を作るのに凄く便利という事だ。

 

俺がしばらく集中していると、何者かがこの屋敷に近づいて来るのが分かった。しかも殺意を纏っている。どうやら敵襲のようだ。

 

「........おいおい、なんで人間共がここに近づいて来てるんだ?」

 

「........ああ、あれは陰陽師共だな」

 

「っで、なんで陰陽師がここに来てるんだ?まさか俺らの正体がバレたってのか?」

 

「いや、あれは俺に仕事を取られた奴らだな。元々貴族に雇われてたが仕事が最近来なくなって俺を始末しようと思ってるらしい」

 

「ふーん、気配から察するに7人か........」

 

「まっ、最初は二十人以上いたんだが全員始末しちまってよ。あいつらはそれの残りの残党だ」

 

「........まあいい、あいつらは可哀想だが俺の実験体(モルモット)にさせてもらうぜ。異論はねえな」

 

「はいはい、分かりましたよ。後の死体処分は任せておけ」

 

火神はそう言うと、胸を張る。

俺はディアモをピアスに戻すと、屋敷を出て陰陽師達の元に向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「........さてと、陰陽師の皆さん。出来ればここから先に行かないで欲しいんだが」

 

「........何者だ、貴様」

 

「ふむ、あまりお前らには名乗りたくないがあえて言うなら『産霊桃神美(ムスヒノトガミ)』かな」

 

俺は軽く挑発しながら神名を名乗る。

俺が名乗りたくない理由は、もし万が一都の人間たちに俺が陰陽師共を殺したなんて知られたらめんどくさい事が増えてしまう。というか都に入れなくなる。

 

「お前が何者なのかどうでも良い。それよりも我々を邪魔した報いを受けろ!!」

 

一人の陰陽師がそう叫ぶと炎を纏った札を投げ付けてくる。

相手は俺を人間と思っているみたいだしこれなら人間にもダメージを与えられる。だが、力量の差までは理解出来なかったようだ。

 

俺は向かって来る複数のお札を左手でゴミを潰すような感覚で潰した。

そして陰陽師共の方を向くと、狂気的な笑みを浮かべる。

 

「さあ、楽しい祭りの始まりだぜッ!!」

 

「きっ、貴様!!調子に乗るなよ!!」

 

俺は『妖狐状態』になると、詠唱を行い始める。

 

陰陽師達は先程よりも多くのお札を俺に投げ付けた。

 

「ふふ、まずは小手調べだね。“ヒャダイン“!!」

 

俺は魔法を使い、人と同じくらいの氷柱を大量に作り出しそれを陰陽師達に乱射する。

 

「ぐっ、ガァァッ!!!」

 

一人の陰陽師が運悪く身体中を氷柱に貫かれ絶命する。うん、やっぱり脆い。

 

「うっ、うわァァァァッ!!!にっ、逃げるぞ!!」

 

「“注連縄結界(しめなわけっかい)“」

 

俺がそう唱えると、巨大な注連縄が俺の屋敷がある森ごと包み、青白い結界を作り出した。

 

「この結界は全ての生物の出入りを禁じる事が出来る。俺は今この結界で森全体を覆った。つまりお前らはこの森から脱出不可能という事だ」

 

その言葉を聞いた陰陽師達の反応は人それぞれだった。それを聞いて絶望する者もいれば全く信じていない者もいる。まあ、殺した後はこいつらは干し肉にでもしておくか。

 

「さあ、どうしたんだ!?まさかあれだけの大口叩いといてそれが限界か!?」

 

「おのれ、喰らえェッ!!」

 

陰陽師の内のリーダーだと思う人物が俺に先程のヒャダインの氷柱と同じくらいの炎の玉を放った。

他の陰陽師もこれを見て勝ったと確信しているらしい。どうやら陰陽師共にとっては大技のようだ。だが一つ言わせて欲しい。これだったら早奈の方が圧倒的に強い、と。

 

「狐火“火電狐(かてんこ)“」

 

俺は左手に風を圧縮させたプラズマを作り、右手に高火力の狐火を作り出す。そしてそれを融合させ陰陽師に放った。

 

俺が放った狐火は青紫に輝きながら炎の玉ごと陰陽師を塵に還した。

 

当然だがこの術はかなり威力が高い。通常でも強力な俺の狐火にプラズマを融合させたのだ。

普通の炎では多分こうはならないと思うが、そこら辺は俺の狐火が以上なのだろう。

 

「ひっ、ひィィィィィッ!!!」

 

「さてと、残りはあと何匹だ?」

 

陰陽師共は先程と違って辺りに逃げ始める。一応追いかけるのも面倒なので貼ってある結界をかなり狭くし、目で全員を確認出来る程にした。

 

「さてと........焼き加減は何がいい?レア?ミディアム?........それとも............ウェルダン?」

 

楼夢がそう不気味に微笑むと、自慢の十一本の尻尾が瑠璃色の炎を出し始めた。

 

 

 

ーーこの時、陰陽師達は初めて自分の行いの愚行さを理解した。

 

だが時すでに遅し。十一本の尻尾は瑠璃色の恐ろしく、そして美しい色の炎を出しながら十一本の大剣へと変わっていた。

 

「勿論ウェルダンだよなァッ!!」

 

楼夢の絶叫すると同時に、複数の大剣がその炎と共に陰陽師達の首を狩りに向かって来る。

彼らは首を狩り落とされる前に楼夢の姿を見てこう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー『死神』、と............

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「........どうやら終わったみたいだな、楼夢」

 

「いやー、良い運動になったぜ。まあ雑魚にもそれなりの使い道があったという事だな」

 

俺はそう言うと、近くに転がっていた首なし死体に虚閃(セロ)を放ち灰にする。

 

「取り敢えず、この死体を処分しようぜ」

 

「そうだな。んじゃ俺は飛び散った血を能力で片付けるからお前は死体でも燃やしといてくれ」

 

「いや、何個か保存しておこうぜ。食料が不足した時に役に立つかもしれねえ」

 

「分かった。じゃあ始めるぞ」

 

俺は服の袖から一本の瓶を取り出すと、その中に地面などに付着している血を能力で操って入れる。そしてそれを服の袖の中に入れて、混沌の世界にある倉庫に送る。

何故俺が血を瓶の中に保存したかと言うと、血は魔力、霊力、神力、妖力を通しやすいので、術の実験などに役立つからだ。

 

「楼夢ー、こっちも血抜き終わったぞ。後は凍らせて保存するだけだ」

 

「はいはい。“ヒャダイン“」

 

俺は血を抜き終わって切り刻まれた肉片を魔法で凍らせる。

そしてそれを家まで運んだ。

 

 

 

 

........ちなみに、食材を買うのを忘れたので、今日の夕飯は人肉のバーベキューだった。

俺は人肉を口で食いたくないので、『蛇狐状態』の尻尾で食べた。正直言おう。食いにくい、と........。






~~今日の狂夢『様』~~


「どーも皆さん、明日から三日間旅行に行くので投稿出来ないと思います。作者です」

「何時もアニメなどを見るのに忙しい。究極の自宅警備員、狂夢だ」


「いやー、それにしても楼夢さんの技って多いですよね」

「実は読者様も全部覚えてないんじゃないか?」

「大丈夫です。私も覚えてないですから」

「ノリで全部解決してんじゃねえよ、ゴミ屑」

「酷い!もういい失踪するもん!!」

「読者の皆様安心しろ。三日後引きずり出してでも小説書かせるからな」

「嗚呼、オワタ........」


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五つの難題+α

思いと共に砕け散る 仏の御石の鉢

光と罪と欲だらけ 蓬莱の玉の枝

炎の恋は燃え尽きる 火鼠の皮衣

雷鳴逆巻き、天誅下る 龍の頸の珠

空掴み、天崩れる 燕の子安貝


さあ貴方の回答を聞かせて頂戴?


by蓬莱山輝夜


 

楼夢side

 

 

「ふぅ、今日はもう帰るか」

 

俺はそう呟くと売ってる品物を片付ける。外はまだ店を閉めていない店もあったが、多くの店は俺と同じよういを始めていた。

 

 

陰陽師達が攻めてきてから三日の時が流れた。

今の時刻は現代で言う七時くらいだ。夜は妖怪が活発化するから商人達も早く帰りたいのだろう。

 

俺は店を閉めると都の外へと向かった。行き先は勿論愛しのマイハウスだ。人間にとってはかなりの距離があるが、妖怪の俺なら都を出て走ればすぐだし、他の妖怪に襲われる心配がない。

まさにひっそりと暮らすには打って付けの場所だ。

 

俺は家に戻ると、売り物を倉庫に置き娘達を連れてまた家を出る。

何故って?それは勿論輝夜の屋敷へ遊びに行く日だからだ。

 

輝夜の屋敷に遊びに行くのは良いが、問題は俺の家から結構な距離があるからだ。

今度ルーラの呪文でも研究しようかな。行ったことがある場所へほぼ一瞬で飛んでいける呪文とか便利じゃん。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

現在いる場所は輝夜の屋敷。........の庭の塀の外である。

 

俺は娘達を抱き上げるとジャンプして塀を超え、輝夜の屋敷に入った。

 

「おっす輝夜。遊びに来たぜ」

 

「よく来たわ楼夢。後いい加減門から入ったらどうかしら?」

 

「いやいや、お前自分の屋敷の門の前がどうなってんのか知ってんのか?外ではジジイ共が気色悪りぃ笑みを浮かべて待ち構えてんだぜ」

 

そう、俺が庭の塀を飛び越えて入ったのは理由がある。それは先程言った通り輝夜に求婚してくるジジイ共が門の前にいるからだ。

故に堂々と門から入れば後々面倒くさくなる。

という訳で庭の塀を飛び越えて入ったのだ。

 

「はぁ........。まだあのジジイ達いたのね。ほんと困ったもんだわ。前なんか屋敷の塀をよじ登って入ろうとしたんだもの。まっ、こっそり弾幕で撃ち落としたけどね」

 

........マジかよ。俺が簡単に飛び越えたように言ったから分からないと思うが、この屋敷の塀はかなり高い。ただの貴族がよじ登るには無理がある。

それを登ってきたってどんだけしつこいんだよ........あれ?ちょっと待てよ........。

 

「........お前って弾幕撃てたっけ?」

 

「あら、言ってなかったかしら?こう見えても能力も持ってるしそこらの陰陽師よりは強いわよ」

 

おいおい、それは初耳だぞ。しかも緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)で調べてみたら中級妖怪なんて敵じゃない程強いジャナイデスカ。

何がそこらの陰陽師よりは強いだよ!?都のトップが戦っても勝てるか分からねえぞ!?

えっ、なんなの?俺はこの護衛なんて付けるだけ無駄と言える程強い姫様と一緒にいて気付いてなかったの?鈍感過ぎんだろ、俺!?

........いや、ただ単純にこいつが霊力隠すのが上手かっただけなのだろう。そう信じたい。

 

「........今貴方失礼な事考えたわよね?」

 

「いえいえ、滅相もない」

 

だからなんで永琳しかり人の思考が読めるんだよ!?このエスパー共めッ!!

 

「あらあら随分言ってくれるじゃない。そんな貴方にはお仕置きが必要なようね」

 

 

 

ーー『蓬莱山 輝夜 が 現れた』

 

 

ーー『楼夢 は どうする?』

 

 

ーー『戦う』 『特技』

 

 

ーー『道具』 『逃げる』←

 

 

ーー『楼夢 は 逃げ出した』

 

 

「にっ、逃げるんだァ........。勝てる訳がないよォ........」

 

俺は何処ぞの星の王子様のセリフを言いながら屋敷から脱出しようとする。

だが気付いた時には輝夜に首根っこを掴まれていた。

 

 

ーー『しかし 回り込まれてしまった』

 

 

「あらあら、どこに行くつもりかしら?」

 

「ちょっ、ちょっとコンビニ行ってくる!!」

 

「見苦しいわね。じゃあお仕置きを始めるわよ☆」

 

 

ーー『輝夜 の 攻撃』

 

 

「いくわよ。........かー、めー、はー、めー........」

 

「我が生涯に一片の悔いなしッ!!」

 

「.......波ァッ!!!」

 

 

ーー『輝夜 は かめはめ波 を 放った』

 

 

ーー『楼夢 に 9999 の ダメージ』

 

 

ーー『楼夢 は 力尽きた........』

 

 

俺の頭にそんな声が流れる。そして凄まじい轟音と共に俺は意識を手放した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

ペチャッ クチャッ........

 

 

そんな音が俺の耳に流れる。どうやら俺は何かに舐められているようだ。

 

しばらく俺は舐められ続けていた。

そう言えばどうして俺は気絶してるんだっけ?確か........そうだ、輝夜にかめはめ波撃たれて気絶したんだ。

 

あれ?という事は今俺を舐めているのは........?

 

 

俺がそこまで考えると、世界が眩しい光に包まれた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「やっぱりお前達か。俺を舐めていたのは」

 

「キュー」

 

予想通り、俺を舐めていたのは娘達だった。どうやら気絶した俺を心配していたようだ。

その代わり顔がよだれだらけだが、気にしないでおこう。........気にしないでくれ。

 

どうやら俺は気絶した後輝夜の部屋で横になっていたようだ。あの後輝夜が運んでくれたのだろう。

 

「........やっと起きたのね」

 

「何が『やっと起きたのね』だ。その俺を気絶させた奴は誰だって話だ」

 

「生憎と私は過去は振り返らないのよ」

 

「お前後で覚えておけよ........」

 

俺らがそう話していると、何者かが玄関から入ってきたようだ。輝夜は気付いてないようだが、妖獣の聴覚を嘗めてもらっては困る。

音の様子から数は五人。なんか悪い予感がしてきた。

 

そしてまた何者かの足音がこの部屋に近付いて来た。どうやら今度は輝夜にも聞こえたようだ。

 

「あら、お爺様が来たようだわ。悪いけどそこらの物陰に隠れてくれないかしら」

 

俺は言われたとおり娘達と一緒に物陰に隠れ、輝夜達の話を聞いた。

 

「輝夜、大変じゃ!!どうやら先程の轟音を聞いた貴族様方が『輝夜の無事を確認出来るまで帰らない』と仰るのじゃ」

 

「なんですって!?........くっ、仕方ないわ。ここに招いて頂戴。そこで追い返すわ」

 

輝夜はそうじいさんに言い、俺が隠れている物陰に近寄る。

 

「........不味いわね。このままじゃあのジジイ達がこの部屋にやって来るわ。それまでに対策を考えないと........」

 

「対策、ねぇ........あるっちゃあるが........」

 

「言いなさい!今すぐ!ねえ!?」

 

「その前に一つ俺に言うことがあるんじゃないか?」

 

「........?」

 

「先程のかめはめ波についての謝罪は?」

 

「あっ........」

 

「ったく、一応俺は聖者みてえに何でも許せるわけじゃねえんだぞ」

 

「そっ、その........さっきは悪かったわね」

 

「分かればいい。さて、対策を教えるぞ」

 

俺は悪魔のような笑みを浮かべながら輝夜に対策を教えた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「おおっ!!貴方がなよ竹のかぐや姫ですな!?」

 

「なっ、なんと美しい........」

 

ジジイ共はそれぞれ世辞の言葉を輝夜に言い、求婚を求めた。

ったく、あんなにペチャクチャ言われたら輝夜だっていい迷惑だろうに。ほらっ、今青筋が立ったぞ。どうやら相当イラ付いているようだ。

 

さて、ここで問題です。俺は今どこにいるでしょう?答えはーーーー

 

 

 

 

 

「ところでかぐや姫。貴方の膝に座っている獣は?」

 

「ああ、彼は私の友人ですわ」

 

ーーーー『妖狐状態』になって輝夜の膝の上に座っていました。俺がこんなところで娘達をなだめているのは理由がある。

どうやら不安だから出来るだけ近くにいてほしいらしい。ちなみに俺は望んで輝夜の膝の上にいるわけではない。彼女が無理矢理乗せたのだ。ご丁寧に俺が娘達をなだめられるように。

 

俺は先程からジジイ共が来たせいで今にも泣き出しそうな舞花を舐めてなだめる。この状態では手がないため娘達をなだめるとなると、舌で舐めるしか方法がなくなるのだ。

 

舞花は尻尾を振りながら落ち着きを取り戻した。

舞花は姉妹の中で最も怖がりなので、まだ俺や他の娘達が面倒を見てやらないといけない。

 

清音は基本的に明るく活発的なので、動き回れないこの状況に少し不満を持っているようだ。

 

美夜はそんな二人を一生懸命なだめているようだ。流石長女なのか、面倒見は姉妹の中で一番良い。

 

........おっと。つい話が脱線したな。見たところ輝夜は俺が話した事を実行するようだ。

 

「皆様のお気持ち、よく分かりました。ですが私は勇気と知恵ある者としか結婚しません。という事で貴方達にはそれぞれ一つの難題を出させてもらいます。もし私の求める品を持ってくることが出来ましたら、その者を勇気と知恵ある者と認め、ご結婚致しましょう」

 

そう、これが俺が出した案『五つの難題』だ。これなら『竹取物語』の物語通り輝夜は結婚することはないだろう。実に良い案を出した物だ。

 

「石作皇子。貴方には『仏の御石の鉢』を持ってきてもらいます。車持皇子には『蓬莱の玉の枝』を。右大臣阿倍御主人には『火鼠の皮衣』を。大納言大伴御行には『龍の頸の珠』を。中納言石上麻呂には『燕の子安貝』を。それぞれとても珍しい品ですが頑張ってください」

 

ジジイ共はそれを聞くとそれぞれの品を探すために帰っていった。出来れば二度と戻ってこないで欲しいものだ。

 

「さーて、輝夜。お疲れさん。じゃあ俺は帰るぜ」

 

「ああ、そうそう。貴方には『太陽のように輝く花の種』を持ってきてもらうわ。一応言っとくけどこれは強制よ。じゃなきゃ面白くないものね」

 

 

 

ーー........流石輝夜。どうやらただで帰してくれないようだ........。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「あーあ、また厄介な事になりそうだぜ」

 

俺は輝夜の屋敷を出た後、ぶつぶつと文句を言っていた。無理もない。危機を救ってやった恩人に難題をしかも強制で出されたんだ。

 

その時、俺は輝夜の屋敷を覗いている者がいるのに気付いた。サラッとした黒い髪。あれはまさか........。

 

「やっぱりお前か、妹紅」

 

「うわっ!!........っと、なんだ楼夢か。脅かすなよ」

 

「悪い。こんなところにお前がいたから、つい話しかけちまった。ところでなんでこんな所に?」

 

「........あの輝夜って奴とお父様の様子を見に来たんだ。楼夢は?」

 

「ああ、俺はちょっと用事があってな........。後店の方もしばらく開けれなくなった」

 

「まさか、楼夢も輝夜に求婚に!?」

 

「落ち着けって。俺も難題は出されたが求婚する気なんて欠片もねえぞ。つーか俺は強制的に出されただけだ」

 

「そうか........良かった。んじゃ店が開いたらまた来るね。無事に帰って来いよ!」

 

「ああ!じゃあまた今度な!」

 

俺はそう言うと、自分の家へ向かった。明日からは『太陽の花の種』を探す旅に出発だ。

 

 

 

 

Next phantasm........




~~今日の狂夢『様』~~

「旅行からやっと帰って来ました!作者です」

「旅行中コーラを飲みまくる情けない作者を観察していた狂夢だ」


「やっと今回五つの難題出ましたね」

「正確には六つの難題だけどな。まあ次の話はみんな大好き戦闘回だ」

「まあ誰と戦うかは皆さん予想が付いてると思いますけど」

「という事で今回は終了だ。コメント、お気に入り登録などもよろしく!コラボなども大歓迎だ!まあこの馬鹿主が書くと低クオリティになると思うが」

「それじゃあ皆さん、次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよ!!」」


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太陽の花の種を求めて


妖桜、かの地に立つ

女王、その鞭を振るう

さて、生き残るのは誰なんやら


by白咲狂夢


楼夢side

 

 

「ーーーーてことで『太陽のように輝く花の種』って物を知らねえか、火神?」

 

「知るかボケ。ていうかなんでお前は事あるごとに俺に相談してんだよ。ここはお悩み解決センターじゃねえんだぞ」

 

難題を出された次の日、俺はまず朝ぐーたらしていた火神に昨日起きた出来事と探している物を知ってるか問いかけた。だがどうやら知らないようだ。うーむ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「........ん、ちょっと待て太陽のような花だと........?どっかで見たような気が........」

 

「なんだ?やっぱり知ってるのか?」

 

「ちょっと待ってくれ。今思い出す」

 

火神はそう言うとぶつぶつと呟き始めた。おそらく太陽のような花について思い出そうとしているのだろう。

 

しばらく黙っていると、火神が何か思い出したような顔をした。

 

「……Enfin,j'ai trouvé………《やっと見つけた》」

 

「おっ、何か分かったか?」

 

「ああ。お前が言っている花は多分俺の国で言う『tournesol』の事だと思う。確か他の国では『sunflower』と呼ばれていたはずだ。だけどこの国ではまだ一回も見てねえし、そもそもこの国にはまだないのかもしれない」

 

『tournesol』の意味は分からないが『sunflower』ならどんなものか分かった。

 

火神の言う通りまだこの国にはおそらく存在していないのだろう。俺が探している花は現在で言う向日葵の事なのだから。全く、俺に外国まで行けとあのわがまま姫は言ってるのだろうか。

 

だが取り敢えず花の正体は分かった。後はそれが咲いている場所を探せばいいだけだ。

 

「じゃあな、火神。俺は今から旅立つぜ」

 

「待て待て。お前咲いている場所なんて知ってるのか?宛先の分からない旅は無謀だぜ」

 

「知らねえよ。だから今から占うんだろ」

 

「はっ?占う?」

 

火神はそう首を傾げながら聞いた。どうやら占いをあんまり信用していないようだ。

 

俺は耳に付けてある魔水晶(ディアモ)を元の大きさに戻した。そしてそれに霊力を込め始める。

 

「えーと、何をするんだ?」

 

「水晶玉でやることなんて言ったら水晶占いだろうが」

 

「やべぇ、なんか成功する気がしねぇ……」

 

「安心しろ。術式はちゃんとした物だから」

 

俺はそう言うと詠唱を唱えながら軽くディアモをさすり始める。するとディアモが俺の霊力に反応して青白い光を放ち始めた。

 

「散開する精霊の瞳、回り巡る歯車の空。天の下に広がる世界で道を示す。輝きある魂よ!今こそ汝の元へ我を導け!!」

 

俺がそう声を発すると、ディアモが放つ光が更に強くなり、辺りを青白い光が包む。しばらくすると光は収まり、消え去った。

 

「やっと終わったか。っで、場所は分かったのか?」

 

「ああ。どうやら占いによるとここから東の土地に咲いているようだ」

 

これが俺の水晶占いだ。これは普通とは違って未来を映すのではなく、探している物の場所を映すのだ。

これは探している物なら人でも探せるし、名前しか知らない土地へも辿り着く事ができる。まあ、要するに迷子などになってもこれさえあれば迷わないと言う事だ。

 

「んじゃ、俺は行ってくるぜ。多分一週間は帰って来れないから娘達をよろしくな」

 

「はいはい、今度借り返せよ」

 

「OK。じゃあな」

 

俺はそう言うと家を飛び出し、目的地へと向かった。だけどなんでだろう。普通に花の種を取るだけでは済まないような気がする。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……ここが目的地か………」

 

俺はそう呟く。

旅を初めて三日目。俺はとうとう向日葵が咲いている場所を見つけた。

 

そこは向日葵が大量に咲いている花畑で、上から見れば花畑全体が金色に光っているように見えた。

 

俺は花畑の中に入り向日葵をじっと見る。ここに咲いている花は一つ一つが通常より大きく、そしてその分綺麗で、俺はしばらく見とれていた。

 

「……綺麗だな」

 

「ええ、そうでしょう」

 

だが後ろで感じた巨大な殺気で我に返り、後ろを振り向いた。

 

「あら、驚いちゃったかしら」

 

そこには日傘を差した一人の女性がたたずんでいた。

 

特徴的な緑色の髪と真紅の瞳。

そして服装は白のカッターシャツを着ていてその上に赤のチェック柄のベストを着ている。

下は同じく赤のチェック柄のスカートを着用していた。

 

まさに花のように美しい女性だが、その内には凶悪な殺気が宿っていた。『綺麗なバラには刺がある』。この女性を表すのにこれほど適切な言葉はないだろう。

 

「いや、気にするな。それよりも自己紹介をしておこう。俺の名は白咲楼夢。ここに来たのはこの花畑にある『sunflower』の花の種を取りに来たからだ」

 

「いい名前ね。私の名は風見幽香(かざみゆうか)。この『太陽の畑』で花達を育てているしがない花妖怪よ。それより貴方はこの子の種が欲しいんだっけ?」

 

「ああ、そうだ」

 

「あげてもいいわよ「なら……」ただしーーーー」

 

 

突如、幽香は俺に向けて拳を放つ。俺はバックステップをして避けるが、その代わり元いた地面が抉れていた。

 

「私に殺し合いで勝ったらねッ!!」

 

幽香はそう言うと彼女の身体から膨大な妖力が溢れ出る。そして風を裂きながら俺に襲いかかって来た。

幽香は妖力を纏いながら速く、そして重い拳を俺に何発も打ち込む。

 

俺は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を開き全ての攻撃を受け流しそのままカウンターを入れる。

 

幽香は軽く吹き飛ぶが大したダメージにはなっていないようだ。

 

「こんなのダメージの内に入らないわ!!」

 

「落ち着け。このまま俺とお前が本気で殺り合ったらこの花畑が吹き飛ぶぞ」

 

「だから止めろと?」

 

「そうじゃねえよ。殺るなら場所を変えようと言ってるんだ。『バシルーラ』!!」

 

俺は最近出来た魔法を唱える。すると幽香と俺が立っていた地面にそれぞれ青い渦のような物が浮かび、俺と幽香を吸い込み始めた。

 

「決着は花が邪魔にならねえ所でやろうぜ」

 

「ふん、せいぜい後悔しないことね」

 

やがて、青い渦は完全に二人を吸い込み、消滅した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

現在、俺らは木々などが生い茂っているどこかの森の中にいた。ちなみにここにはもちろんだが木はあるが花はどこにも咲いていない。幽香が本気を出すには打って付けの場所だ。

 

ちなみにバシルーラはどこかの場所にランダムで飛ばされる呪文だ。本来は飛ばされただけで終わるのだが俺のは改良してもう一度唱えれば元の場所へ帰れるようになっている。

 

「……ここはどこかしら?」

 

「さあね。どっかの外国の森じゃないかな。如何せんこの魔法は対象者をランダムで飛ばすのでね」

 

「まあ良いわ。取り敢えずここなら本気で貴方と殺し合える!!」

 

「さぁて来な。花の大妖怪!!」

 

俺は『人間状態』で舞姫の封印を解くと、幽香に向けて突っ込んだ。

 

 

 

 

 

Next phantasm…………





~~今日の狂夢『様』~~

「今回は戦闘回だと言ったな。あれは嘘だ。作者です」

「謝罪しやがれこのゴミ屑!狂夢だ」


「今回はなんと、ゆうかりんの登場です!」ドンドンパフパフ

「ちなみに作者が好きな東方キャラは?」

「やっぱり一番はゆかりんですね!ゆかりんは俺の嫁だぁ!!」

「全国のゆかりんファンに謝れ屑が!!と言うことで今回はこれまでだ。次回こそ本当の戦闘回なのでよろしくな。では次回もーーーー」


「「キュルッと見て来てね/来いよ!!」」





「やっぱりゆかりんにはラブレターでも送ろうかな?」

「お前まだ考えていたのかよ!!」





一方その頃現実世界では………


「なっ、なんか寒気が……」


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U S C降臨

私は花を愛すけれど人は愛せない

私が人を愛す時はその者が散る時だと思う


by風見幽香


楼夢side

 

「うらァァァァァァッ!!!」

 

「ふんッ!!!」

 

俺の刀と幽香の日傘が交じり合う。そしてそのまま鍔迫り合いになるが俺には大した腕力もないため、すぐに後ろに吹き飛ばされた。

 

「ちぃっ!!」

 

俺は空中で体制を立て直し地面に着地する。そして間髪入れずに幽香に突っ込む。

 

 

幽香は近づいてきた俺に、まるで邪魔な虫を払うような感覚で日傘を振り払った。

だが俺は刀でそれを受け流すと、カウンターで斬撃を繰り出した。

 

幽香は回避を試みるが楼夢の斬撃があまりにも速過ぎたため完全に避ける事が出来ず幽香の顔に軽く掠った。

 

幽香はこの時悟った。この妖怪は今まで戦ってきた者達とは比べ物にならない程強いと。だがそれよりも新たな強者を見つけたことでの興奮が収まらなかった。

 

「ふふっ、いいわ貴方。ここからは全力で殺してあげる」

 

幽香は今度は全力で日傘を振るう。先程とは比べ物にならない威力の一撃が俺を襲った。

 

「『雷光一閃』ッ!!」

 

俺は一旦刀を鞘に収め、そのまま雷を纏い居合切りを放つ。

 

 

ズガァァァァァァァンッ!!!!!

 

 

二つの凄まじい一撃は激しい轟音と共に相殺された。だがそれは衝撃波となって辺りの地面を抉り、木々を吹き飛ばす。

 

二人の刀と日傘は交じり合った後そのまま静止していた。そしてそのまま鍔迫り合いになる。

幽香は今の一撃が相殺されたことに不満を抱くが、楼夢は()()()()という表情を浮かべていた。

 

「何かしらその表情。まるでこの一撃が相殺されると分かっていたみたいじゃない」

 

「ああ、分かっていたさ」

 

「……そう。随分無謀なことをするのね」

 

幽香はそう楼夢を嘲笑う。だが彼女は楼夢の戦略に気付いていなかった。

 

 

そう、楼夢の中で『雷光一閃』が相殺で終わる事は予想されていた。無論楼夢は手加減して放った訳ではない。むしろ一撃必殺と言っても等しい程の威力を込めたつもりだった。

 

だが結果は相殺。しかも相手はただ日傘を振っただけ。それだけの事で楼夢の全力の一撃は防がれたのだ。それは何故か?答えは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

これは理由があった。楼夢は誰よりも速い。刀を振れば音にも等しい程の閃光が奔り、見る者全てを魅了する。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これは常識のことだ。ボクシングにはジャブとストレートと言う二つのパンチがある。

ジャブを撃てば一発の威力は下がるものの、それを連射できるようになる。

逆にストレートを撃てば一発に一撃必殺の威力が加わるがそれを連射しようとすると一発を全力で撃とうとするので一発一発の間にそれを撃つための力を溜めなければならない。

 

これは前者は楼夢に当てはまり後者は幽香に当てはまる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だがこれにもちゃんとした理由があった。

 

「おい、幽香。俺が何故あんな無謀なことをしたのか教えてやろうか。ヒントは()()()()()()()()だ」

 

「鍔迫り合いの距離?……っ、まさかっ!?」

 

そこで幽香は思い出す。鍔迫り合いの時の相手との距離を。

 

鍔迫り合いとは刀の鍔と鍔が追り合う事を指す。逆に言えば自分の刀の鍔が相手の刀の鍔とぶつかる程相手と接近していると言うことだ。

 

つまり今幽香と楼夢は互いに武器を振れば届く距離にいるのだ。そこまで理解すると、幽香は後ろに飛ぶようにバックステップをした。だがーー。

 

「逃がすかよ!!」

 

俺は幽香以上のスピードで一気に間合いを詰める。そして懐に潜り込むと、左拳で渾身のボディーブローを放った。

 

「……ぐぅ!!」

 

俺の一撃は見事に幽香の腹に突き刺さる。幽香は突如のことでうめき声を上げ、足を止めた。

 

その隙を俺は見逃さない。俺は神速の斬撃を繰り出し強制的に接近戦に持ち込んだ。

 

「行くぜ、幽香!!」

 

楼夢は回転切りを中心に多種多様な斬撃を繰り出す。

ある場合は右左と交互に身体を半回転させながら斬撃を繰り出し、ある場合は二、三回転しながら巻き込むように斬撃を繰り出し、またある場合は切り上げる勢いを利用して刀を軽く手放し、重力に従って落ちてきた時に再びキャッチしながら刀を振り下ろす。

 

剣術の技の種類には限りがある。だが楼夢の剣術は無限。

それ故に読めない、いや読みようがない。

天衣無縫であり、それでいて完全無欠。

それが楼夢の狂華閃を元に編み出した剣術ーーーー。

 

 

 

 

 

 

ーーーー『桜花閃(おうかせん)』だ。

 

 

「あまり調子に……乗るなァァッ!!!」

 

幽香はそう叫び、零秒で巨大なレーザーを放った。が、楼夢はそれを難なく避け、その死角から攻撃した。

 

「桜花閃『風乱』!!」

 

楼夢は刀に風を纏わせ、五、六秒間の間に真空の刃を無数に繰り出す。

 

幽香は日傘を盾にするが、見えない斬撃に徐々に押されていた。その内いくつかが幽香に直撃するが、彼女が頑丈だったこともあり大したダメージにはならなかった。

 

だが楼夢は秒間で五、六回の斬撃を放つ。しかもそれを風を纏わせ強化し五秒間程連続で放ったのだ。

つまり幽香はこの五秒間の間に最低二十五もの斬撃を受けたのだ。それで軽傷という事は彼女が予想以上に頑丈という事なのだろう。

 

だが幽香は傷を負った事で動きを数秒間止める。その時間は楼夢が次の大技に移るには十分過ぎる時間だった。

 

「桜花閃『氷結乱舞』!!」

 

楼夢は刀に氷を纏わせ、幽香を仕留めにかかった。

 

 

一撃目。幽香の日傘に防がれる。二撃目。角度をつけるがこれも防がれる。三撃目。またもや防がれるが、日傘は幽香の腕ごと凍り付く。四撃目。幽香の身体を斜め上に切り上げる。五撃目。切り上げた刀をそのまま下に振り下ろす。六撃目。幽香の身体を一文字に切り裂く。

 

「これで……凍り付けェェェェッ!!!」

 

そして七撃目。今までの倍の密度の氷の斬撃をそのまま飛ばし、幽香を凍り付けにさせた。だがーー。

 

 

「こんなもので……私を倒せると思うなァァァァァァッ!!!」

 

幽香は半分怒り狂いながら叫ぶ。そして幽香を凍り付けにさせた氷は瞬く間に壊され始めた。

 

「ああ、俺も思っていないさ」

 

楼夢は先程の幽香の叫び声に答えた。そして刀を収め再び居合切りの構えを取る。楼夢の刀には炎と雷の力が集まり始める。

 

その密度は凄まじく、刀を鞘に収めた状態でも外気が震える程だった。

 

 

幽香が完全に氷を壊した瞬間、楼夢は小さく囁いた。

 

 

 

 

 

「桜花閃『雷炎刃』」

 

 

 

ーー瞬間、辺りは爆炎に包まれた……。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……終わった…か………」

 

俺はそう言うと刀を鞘に収める。そして幽香の元に近づこうとした。だがーー。

 

「……なっ!?」

 

俺の両足にいつの間にか植物の蔦が絡まっており、足を動かすことが出来なかった。

俺は最悪の状況を考え、先程の爆炎の元に視線を向ける。そこにはーー。

 

「……今のは痛かったわよ」

 

先程倒した筈の敵、風見幽香が立っていた。

幽香は悪魔のように微笑みながら俺に話しかける。

 

「あらあら、どうやら貴方の足に蔦が絡まっているようね。仕方ないから助けてあげるわ」

 

幽香はそう言うと日傘を思いっきり振り切る日傘は俺の腹に直撃し、蔦ごと俺を吹き飛ばした。

 

「ガハッ……ゲホッ……っ」

 

「ごめんなさいね。どうやら力加減を間違えちゃったみたい」

 

俺は気力を振り絞って立ち上がり、身体の異常を確認する。

 

どうやらあばら骨がいくつか折れたようだ。だがそんなこと今の俺に関係ない。

 

「『テンション』」

 

俺は自分に強化魔法をかける。するとバチンッという音と共に身体の色が薄く桃色に変わった。

 

強化魔法『テンション』は身体の全ての細胞に自分の妖力とそれを調和させる神力ーー『妖神力』を流し込むことで身体能力を上げる魔法だ。

これを使うと身体の色が変わる理由は、細胞に妖神力を流し込むことによって細胞が妖神力で染まってしまい、細胞の色が薄い桃色になってしまうのだ。それによって肌の色も薄い桃色になるという事だ。

 

最初は妖力だけを身体に流し込んだが、細胞が濃く妖力の色に染まってしまい、細胞そのものが壊れ始めるのだ。よって神力を入れた結果、上手く調和されて今に至るという訳だ。

 

これで身体能力は倍になるが、それでも幽香の一撃を受けるだけで戦闘不能になるのは変わらないだろう。

俺は刀を引き抜き幽香に斬りかかる。幽香は再度日傘で防ぎ、含みのある表情で俺に囁いた。

 

「私ばっかり見てるだけじゃ駄目よ」

 

「どういう意味……だっ!?」

 

俺は本能に従って後ろに飛び退く。すると先程俺がいた場所に数十個のレーザーが放たれていた。

俺はレーザーが放った物を見る。それは一輪の花だった。周りをよく見れば同じような物が数十個咲いていた。

 

「(ちっ、完全に包囲されている。このままじゃーー)」

 

「あまり花ばかり見ていたら駄目よ」

 

「しまっーー」

 

突如目の前に幽香が現れ俺にその日傘を振るう。俺は刀で防御するが、そのあまりの威力に吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされた場所を中心に数十個のレーザーが放たれた。

 

「ガアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

いくつものレーザーが俺を貫く。腹を抉られ、身体を焦がされ、四肢を貫かれた。

 

そんな言いようのない痛みと共に、俺は崩れ落ちる。その様子を幽香は傍観していた。

 

「……もうお終いかしら。残念ね。結局貴方はそこまでの存在だったのよ。さようなら、()()()()

 

 

()()()()』。幽香に言われたその言葉が、楼夢の頭の中に駆け巡る。

 

 

俺が雑魚だと?巫山戯るな。俺は雑魚じゃねえ。何だこの醜態は?誰だ、誰のせいなんだ?……コイツか……コイツのせいなのか。ーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー()()()()()

 

 

 

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル。

 

 

「『ハイテンション』ッ!!!」

 

楼夢は突如立ち上がりさらなる強化魔法をかける。それによって肌の色も濃くなった。

 

「……殺シテヤルッ!!!」

 

「……さっきとは桁違いの殺気ね。良いわ、これで最後にしてあげる!!」

 

「死にやがれェェェェェェッ!!!」

 

幽香は日傘の先にありったけの魔力を込める。それと同時に楼夢は刀に全ての霊力を込めた。そしてそれらは同時に放たれた。

 

「『マスタースパーク』ッ!!!」

 

「『森羅万象斬』ッ!!!」

 

幽香の日傘から極太のレーザーが、楼夢の刀から超密度の斬撃が放たれた。

 

二つの攻撃は互いに均衡する。だがそれは突然破られた。

 

 

 

青白き刃は七色の光を切り裂きーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー風見幽香は青白い光に飲み込まれた

 

 

 

 

 

Next phantasm………。




~今日の狂夢『様』~~

「ゴミクズ共ォ!!俺様の説明教室始めるぞォ!!俺様みたいな天災目指して、死ぬ気で詰め込みやがれェ!!!」

「という事で今回は説明回。そして狂華閃を桜花閃に変更しました。作者です」

「タイトルのASCはアルティメットサディスティッククリーチャーの略だぜ狂夢だ」


「今回はテンションの説明ですね」

「ああ。知ってる人も多いと思うがテンションとはドラ●エの8や9で出て来た技だ。本来ならテンション5、テンション25、テンション50、テンション100と言うんだがこの小説ではめんどくさいのでテンション、ハイテンション、そして●●●に別れているぞ。ちなみにこの小説では普通のテンションが本作でいうテンション5、ハイテンションがテンション50、●●●がテンション100だ」

「●●●はまだ出てきていないので伏せております。まあ分かる人には分かりますが」

「ドラ●エを知らない人はドラ●ンボールでいう界王拳みたいなもんだと思ってくれ。では今回はここまで。次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよ!!」」







~~今回の没ネタ~~


楼夢が狂った時:

「……さっきとは桁違いの殺気ね。さっきに殺気をかけて。……なんちゃって」テヘペロ


理由:

あの場面であってなかったから。というか幽香さんのキャラが崩壊するので。


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合格


生きてれば 避けては通れぬ敵がいる

生きてれば 避けては通れぬ出会いがある


by白咲楼夢




 

 

楼夢side

 

 

どーも、皆さんこんにちわ。何時も素敵な蛇狐こと白咲楼夢です。

 

現在はバシルーラで飛んだどっかの森で休憩しています。えっ、ゆうかりん?……世の中には知っていいことと知らなくていいことがあるのだよ、ワトソン君。

 

というのは冗談で、幽香は現在気絶して倒れています。というか森羅万象斬の衝撃で倒れた木々の下敷きになっています。助けないのかだって?もしあれが死んだふりとかだったら嫌じゃん。でも5分経っても何も反応がないということは本当に気絶しているのだろう。

 

いやまあね。流石に俺もやり過ぎたと思うよ。

だけどね。こっちだって死にかけてたんだしお互い様だと思うよ。つーかあの時ほぼ狂気に犯されてたから自制が効かないのは当たり前だ。

 

俺が死にかけた時使ったのは『ハイテンション』という『テンション』の強化版の魔法だ。

 

こいつは『テンション』が身体能力2倍なのに対して『ハイテンション』は身体能力が5倍に跳ね上がる。これだけで先程の森羅万象斬は通常の5倍の威力だったのだが、あの時俺は幽香を完全に消し去るために霊力を通常の10倍程込めたのだ。

これによって森羅万象斬の威力は通常の50倍になる。これをまともに喰らって五体満足だった幽香には今でも背筋が凍る。これからはコイツのことをU(アルティメット)(サディスティック)(クリーチャー)とでも呼ぼう。

 

「しょうがねえな。ほらよっと」

 

俺は幽香の上に倒れた木々を次々とどかし下敷きになった幽香を救出する。うーむ、これで幽香の目がぐるぐるになっていたら面白いのに。

 

「さてと。太陽の畑に戻りますか」

 

俺は幽香をお姫様だっこをして持ち上げる。そしてそのまま魔法を唱えた。

 

「あっ、意外と軽いんだな。っとそんなどうでもいいことより……『バシルーラ』!!」

 

 

次の瞬間、俺と幽香は再び青い渦に吸い込まれた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

幽香side

 

 

……ここはどこなのだろう。気が付けば私は白い空間にいた。

 

謎の浮遊感を感じる。まるでふわふわと空を飛んでいるようだ。

 

まず、何故私はこんな所にいるのだろう。私は思考を働かせる。

 

……思い出した。私はーー。

 

 

 

ーーそこまで考えると、白い空間は急に眩しい光に包まれた……。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 

目を覚ますと私はベッドの上にいた。周りを見ればそこは先程の白い空間ではなく私の部屋だった。

 

 

ーー思い出した。私は太陽の畑に来た桃髪の妖怪と戦い、敗北したのだ。

 

 

私の頭の中で屈辱感が走る中、ソイツは私に話しかけた。

 

「……起きたか。ひとまず無事で良かったぜ」

 

「……それは私に対しての侮辱と受け取っていいかしら?」

 

「いやいや、何故そうなる」

 

本当にムカつく男だ。今すぐにでもぶち殺してやりたい。だが私の意識がそうでも身体は逆に休養を求めていたので今は大人しくしておこう。

 

「……」

 

「……ん、なんだ?」

 

「……どうして私は私の家にいるのかしら?」

 

「どうしてって、あの後お前が気絶したから俺がお前ん家まで運んだだけだ」

 

「……何を企んでいるのかしら?」

 

「どういう意味だ?」

 

「私を生かしておいても貴方になにもメリットはない。それなのに私を生かしたという事は何か企んでいるに違いないわ」

 

「メリットならあるぞ。お前から花の種を貰える」

 

「それなら私を殺した後にいくらでも盗めるじゃない」

 

「……ったく。てめえが死んだら誰がこの花畑を管理すんだよ。少しは考えやがれ。花達だっててめえが死ぬのを望んじゃいないはずだ」

 

「……分かりきったように言ってんじゃないわよッ!」

 

私は今できる限りの殺気をコイツにぶつける。しかしコイツはビビるどころか冷めたような目で私を見つめた。

 

「……そんなに負けたことが悔しいか?」

 

「っ!!」

 

「正直お前の気持ちが全て分かるわけじゃねえ。だけど戦いで負けた奴は大抵そんな顔をしてんのさ」

 

「巫山戯るなッ!!私が他の者と一緒だとッ!?」

 

 

「だったら強くなればいい。強くなって、もう一度俺と戦え。生き延びた事を恥んじゃねえ。死んで初めて負けを認めろ。生き延びたってことはソイツが殺しそこねただけだ。生きろ。ーー。」

 

 

 

 

 

 

ーー生きて俺をもう一度殺しに来い!

 

 

あいつはそう言うと私の部屋から立ち去ろうとする。あの言い分……恐らくあいつも敗北を経験しているのだろう。

 

「待ちなさい」

 

「……なんだ?」

 

「白咲楼夢……だっけ?さっきの貴方の言葉、ありがたく受け取らせてもらうわ。その代わり後悔するんじゃないわよ」

 

「ああ、いくらでも受けて立ってやるぜ」

 

 

 

 

 

ーーこの日、私に初めての宿敵(友人)ができた。それが決して良いことなのかは私にも分からない……。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

楼夢side

 

 

あの日、幽香と戦ってから三日の時が流れた。ちなみにちゃんと『太陽のように輝く花の種』こと向日葵の種をゲットしてきたぜ。いやー、太陽の畑を出て行く時に幽香が引き止めていなかったらどうなってたんだろ。そういう意味では彼女に感謝しなくてはならない。

 

それにしても旅を始めて六日か。今回は幽香と戦ったせいでかなり疲れた。さっさと帰って娘達を眺めて癒されなければ。嗚呼、何時か娘達が大人になった時に『お父さんキモーい』なんて言われるのだけは回避したい。いや、しなければならない。

 

ちなみに幽香との戦闘でできた傷はほぼ完治している。今はまだ傷跡が残っているが、後一週間もすればそれも消えるだろう。

後、戦いでボロボロになった服は狂夢が新しく作り直したので新しくなっている。ちなみに何故かあれだけの戦いをしても四次元ポケットこと服の袖は少し焼けた後が付いただけで済んだらしい。なんで袖だけ丈夫なんだよ。できれば服を丈夫にして欲しい。

というか俺の服の袖の名前を新しくしようかな。四次元ポケットだとちょっと不味いし服の袖だとなんかダサい気がする。

 

『ふーん、じゃあ『巫女袖』ってのはどうだ?ちなみにそれの製作者は俺だから拒否権はねえぞ』

 

……という訳で早速服の袖の名前が決まった。別に今回のはまともだったので断る理由もないしな。

 

 

話が逸れたが、現在俺は輝夜の屋敷へ向かっている。そんなことよりさっさと用事を済ませて家に帰りたい。

 

「止まれ!!貴様、何者だ!!」

 

「俺は輝夜に頼まれた物を届けに来た者だ」

 

「……ここで暫し待たれよ。今姫様に連絡を取ってくる」

 

そう言い門番は屋敷の中に駆け込む。そして十分後慌ただしい様子で門番は戻ってきた。

 

「先程は失礼した。姫様は御自分のお部屋でお主を待っている。くれぐれも失礼のないようにな」

 

俺は門番の忠告を軽く聞き流しながら門を通り、屋敷に入る。思えば輝夜の屋敷の門を通って入ったのは今日が始めてだな。だからといって何か特別なことが起こるわけではないが。

 

そんなことを考えながら俺は輝夜の部屋に辿り着く。入ると輝夜だけでなく輝夜の爺さんも一緒にいた。

 

「初めましてですの。儂は輝夜の爺を努めておる者じゃ。……おおっ、貴方が持っているそれは!?」

 

「こちらこそ初めまして。俺の名は白咲楼夢だ。今日ここに来たのは輝夜のお目当ての花の種を取ってきたからだ」

 

「お疲れ様ね、楼夢。早速だけどその種を渡してくれるかしら?」

 

「ほらよ。世界一純粋な心を持った楼夢さんが持って来てやったぜ」

 

「成程ねー(棒)。世界一腹黒い楼夢さんが持って来た異物なら安心出来るわー(棒)ww」

 

「おっし輝夜表出ろや」

 

「はいはい。これが本物か調べるために庭に行くわよ」

 

「ちぃ、しゃあねえな」

 

俺達は庭に本物かどうか調べるために出る。庭には日の光が丁度いい感じに差していた。

 

「そう言えばどうやって調べるんだ?」

 

「ふふふ、こうするのよ」

 

輝夜は庭の土に向日葵の種を植える。そして指を鳴らすと、種がみるみる成長していき綺麗な花を咲かせた。

 

「成程……時間操作系の能力か」

 

「正確。しかも花も見事に咲いたので貴方は『合格』よ」

 

「よっしゃぁ!!」

 

輝夜からの合格の言葉を聞いて俺は歓喜の声を上げる。やったね。これで今日からゴロゴロ出来るよ。

 

だが輝夜の合格の言葉に輝夜の爺さんは食いついた。

 

「かっ、輝夜!合格という事は……」

 

「という事は?」

 

 

 

 

 

 

ーーこの御方と結婚するのじゃな!?

 

 

 

「「……へっ!?」」

 

爺さんの突然の言葉に俺と輝夜は言葉をハモらせる。そして訳の分からないまま状況は進行して行った。

 

「こうしてはおれぬ!婆さん、布団の準備を!!」

 

「「まっ、待てェェェェェェッ!!!」」

 

 

 

 

 

ーーこの後、爺さんを説得するのに丸一日かかりましたとな。ちくせう………





~~今日の狂夢『様』~~


「今回も無事投稿出来ました!作者です」

「楼夢がいない六日間娘達を愛でていた狂夢だ」


「今回は楼夢さんが扱う狂華閃ーー桜花閃の説明です」

「桜花閃という名前が生まれた理由は前の狂華閃があまりにも厨二病過ぎたからだ。だが桜花閃は楼夢だけしか扱えぬ狂華閃という事で狂華閃自体が消えた訳じゃないぜ」

「という訳で今回はここまで。次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよ!!」」


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五つの難題+α 答え合わせ



笑う門には福来たり

愚行あるところに愚者あり

愚者あるところに笑いあり


by白咲楼夢


 

楼夢side

 

 

どーも皆さん。白咲楼夢です。

そして現在私は輝夜の屋敷におります。ちなみに座っている場所は輝夜の膝の上です。『妖狐状態』だから重くはないと思うけど少し不安だ。勿論の事この体制から娘達に触れられるようにしてある。

えっ?なんでだって?見てりゃわかるよ。

 

そして今ここで始まるのはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました皆様。さあ、私がお出しした難題の答えを見せてください」

 

 

 

ーーーー『五つの難題+α』の答え合わせだァァァァァ!!!ドンドンパフパフ

 

 

『本日の実況はこの私、白咲楼夢がお届け致します。そして今回のゲストはこの方!!』

 

『よう、テメェら元気にしてたか?』

 

『『白に染まりし厨二病』の異名を持つ白咲狂夢だァァァァァァァッ!!!!!』

 

『なんだよその二つ名!?全然嬉しくねえよ!!ってか今日のお前無駄にテンション高ぇな!!』

 

『実況者がテンション高くなくてどうすんだ!!それより今回の選手を紹介します』

 

 

『エントリーNo.1番!!石作皇子ィィィィィッ!!!』

 

『石作皇子が出された難題は『仏の御石の鉢』を取ってくる事だったよな』

 

『ええそうです。もしあれが本物なら鉢の中に光がある筈です。……おォォォォッと輝夜が鉢を手に取ったァァァ!!!そしてーーーー」

 

 

 

 

 

「もしこの鉢が本物ならばこの中に光がある筈です。しかしこの中には蛍の光のような小さな光さえない。一体貴方は旅で何を拾ってきたのですか?」

 

 

 

『ーーーーそのまま返したァァァァッ!!!』

 

『これにより石作皇子が膝から崩れ落ちたな。だがどうやらまだのようだぜ』

 

『おォォォォッと、石作皇子何故か持って来た鉢を庭に捨てました。一体何を考えているのでしょう?』

 

『さあ、これが奴の最終攻撃だ!奴は一体は何をするのか!?』

 

『なんと!?輝夜の元にさらに近寄った。……うわっ、来るな気持ち悪りぃ!!おかげで舞花が泣いちまったじゃねえか!!そしてそのままーーーー』

 

 

 

 

「どうやら太陽のように輝く貴方にあったので光が失われてしまったようです。ですがこうして鉢を捨て、恥を捨てつつ貴方の御心にすがりたい」

 

 

『アッハハハハハ!!!なんでここで告白なんだよ!?馬鹿だろこいつ!!アハハハハハ!!!』

 

『ププッ、鉢と恥を上手く言ったつもりなのか!?そうだとしたらとんだアホだな!!』

 

『こうして爆笑してる間にも彼は輝夜に接近中!ですがここでタイムアァァァァップ!!!』

 

 

パカッ

 

 

「……ゑ?」

 

『『ボッシュートになりまーす!!』』

 

「うっ、うわァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

『…これで悪は滅びた ……』

 

『言い忘れたけど脱落者はその場でボッシュートさせてもらいます。ちなみに門の前に落とされるのでご安心してください』

 

『それ分かってても安心出来ねえと思うぜ』

 

『大丈夫だ、問題ない。もし不幸な事故が起こっても死ぬのはあいつらだ。なんの問題もない』

 

『まっ、それもそうだな。じゃあ二回戦さっさと行こうじゃねえか!!』

 

『カモン!!エントリーNo.2!!右大臣阿部御主人だァァァァァァァッ!!!』

 

 

「「「右大臣!!右大臣!!右大臣!!」」」

 

 

『お聞きください!!右大臣を応援しに沢山のサポーター達が地鳴りのような声援を送っています!!』

 

『うるせェェェェェェッ!!!まずどっから来やがったこいつら!!』

 

『と言うのは勿論嘘で、実際は混沌の世界でラジカセを流しています』

 

『止めやがれ糞がァァァァッ!!!つーか気づかねえ俺も俺だな!!』

 

『さて、そんなことより右大臣阿部御主人に出された難題は火鼠の皮衣を持ってくる事です。果たして彼はこれを達成出来たのか!?』

 

『ちなみに火鼠の皮衣ってのは焼いても燃えない布だ。もしそんなのが現実であるんだったら素晴らしい巫女服が作れるんだろうな』

 

『さあ右大臣が取り出したのは……美しい装飾が施されている光り輝く布だァァァァァッ!!!これはまさかのクリアなるか!?』

 

『そしてそれを輝夜に渡したな。これで燃えなければクリアだぜ』

 

『……なっ!?』

 

『?どうしたんだ楼夢?』

 

『……狂夢、お前には見えねえのか?』

 

『……何がだ?』

 

『…燃えている……右大臣が燃えている!まるで身体から炎が溢れているようだ……!!凄まじい闘気だ!!今の俺には奴が炎を纏った不死鳥のように見えるぞ……!!!』

 

『ただ鼻息荒いだけじゃねえか!!!テメェの目ん玉はどうなってんだよ!!?』

 

『いける!!奴なら……必ずこの試練を乗り越えてくれる!!』

 

『まっ、まあ布も綺麗だったからそんな簡単に燃える筈は……』

 

 

 

ジョワッ!!

 

 

 

『……』

 

『……』

 

『…燃えた……』

 

『 …おい狂夢……』

 

『…分かってる……』

 

 

『『ボッシュートになりまーす』』

 

 

「嫌だァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー楼夢達がやる気を取り戻すまでお待ちください………

 

 

 

 

 

 

『さー次行ってみましょう。つーかもうどうでもいいや。アハハハハ……』(棒)

 

『楼夢!!目を覚ませェェェェッ!!!お前があれにショックを受けたのは知ってるから!!』

 

『大丈夫大丈夫。エントリーNo.3は車持皇子だァァァァ』(棒)

 

『もういいや…。車持皇子の本名は確か藤原不比等だったよな』

 

『そうそう。妹紅の親だったな。てかさっさと終われやコラ』

 

『ふーん。それよりもアイツが持って来た蓬莱の玉の枝が凄ェリアルなんだが』

 

『そんなの緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)で見抜けばいいじゃねえか。ほら、さっさとやれ』

 

『はいはい。……まあ、予想通り百倍ズームした結果、僅かにだが色々細工した跡があったぜ。まっ、あの単細胞お姫様じゃ分からないだろうけど』

 

『本当だな。案の定細工した跡が見つからなくて困っているみたいだぜ。まあ、俺は口出しはしねえけどな』

 

『ん、誰か来たな。俺はさっさとこいつをボッシュートしてえんだが』

 

『…ん、いや待てよ……狂夢、どうやら出番が来るぜ』

 

 

「申し上げます!かぐや姫はここにいらっしゃいますか!?」

 

「……誰ですか、貴方達は?」

 

「我々は不比等様の命により金の玉をお作りした者達です。ですがまだ褒美をもらっておりません。ですので不比等様の妻になられたかぐや姫様に褒美をもらいに来たのです」

 

「……とのことですが、一体どういう事なのでしょうかね?」

 

『…うわぁ、非常に苛立つ笑顔だな』

 

『…その通りだな。そんなことより、ジジイが何か弁解しようとしてるがやるぞ』

 

 

『『ボッシュートになりまーす!』』

 

「ぐわァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

 

ーー勝者『蓬莱山輝夜』

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「…月が綺麗だな」

 

「…そうじゃのう……」

 

現在、俺は輝夜の爺さんと月を眺めていた。俺は中に桜が描かれた黒い杯に『奈落落とし』を注ぐ。そしてそれをゆっくり口に入れて飲んだ。

 

「そんなに輝夜が結婚出来なかったのが心配か?」

 

「……本来女とは男に継ぐ者。じゃが輝夜はそれを受け入れぬ。儂ももう七十を超えた身。今日ある命が明日あるとも限らぬ。……儂らが死んだ時輝夜がどうなるのかが儂の心残りじゃ」

 

「放っておけばいいんじゃねえの」

 

「……どういう意味かの?」

 

「放っておけって言ったんだよ。放っておいて、放っておいて……何時か見つければいいんだよ」

 

「じゃが儂らにはもう時間が「関係ねえよ。輝夜のことだ。輝夜なりに何かがあるんだろうよ。しかもそれはあんたらにも明かされていない。だから待つ。待って待って待って……ようやく見つけた物を取るしかねえんだ。人生ってのはそういうもんだ。今すぐ決めなくていい。迷って迷って…ギリギリまで迷ってから決めればいい。その後で後悔しないように……。それが『生きる』ってことさ」

 

俺はそう爺さんに微笑む。そして杯に残った酒を飲み干した。

 

「少なくともそれが親だと、俺は思っている」

 

「……礼を言わせてもらおう。お主のおかげで胸の中が晴れたようじゃ。流石長生きをしてらっしゃる者で」

 

「……俺が妖怪だってのはバレてたのか」

 

「ほっほっほっ。お主程ではないが無駄に長生きはしとらんよ」

 

「違いない。じゃあ俺は帰るぜ」

 

「また何時でも来るのじゃ」

 

 

俺はそう言うと、門から屋敷を出た……。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……偉そうに言ってんな、俺」

 

俺は一人そう呟く。普段は家に帰る時は飛んで行くが、今回は気分転換に歩いて俺は家に向かっていた。すると美夜が不思議そうに俺の顔を眺めていた。

 

「どうしたんだ美夜?なんか腹減ったのか?」

 

「いや…ただお疲れ様って言おうと思って……」

 

「それは嬉しいな………ゑ?」

 

「どうしたのそんな固まって?」

 

嘘だろ……!?俺は両目をゴシゴシと拭いて再度確認をする。そこには何時も通りの黒い狐の美夜がいた。だがその顔は俺の方に向いている。

 

「えーと、まさか驚いてる?」

 

「みっ、みっ、美夜が喋ったァァァァァッ!!!」

 

「そんなに驚く事かな?」

 

「そりゃ驚くよ!!というか何時喋れるようになった!?」

 

「うーん、今日気がついたら…。でもお父さん忙しそうだったから言う暇がなかったの」

 

「成程な……。まあそんなことよりーーーー」

 

 

 

 

 

ーーーーこれからよろしくな、美夜!!

 

「うん!これからもよろしくね、お父さん!!」

 

 

 

 

ーー今宵、俺に最高のプレゼントが届いた。

 

 

 

 

 

Next phantasm……。

 

 






~~今日の狂夢『様』~~


「投稿遅れてすいません。作者です」

「美夜がとうとう喋れるようになった!!現在ハイテンションな狂夢だ」


「今回は美夜が喋れるようになりました」

「ナイスだ作者見直したぜ!」

「でもまだ妖術などは使えないので人型になることもできません」

「それでも今の俺は満たされてるぜ!!」

「……このままじゃ面倒くさくなるのでそろそろ締めます。お気に入り登録、感想、高評価共によろしくお願いします。では次回もキュルッと見に来てね」


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賞金稼ぎと悪魔の笑い

悪魔の囁きが今日も木霊する

金よ…金よと……

本当はそれに意味などないのに……


by火神矢陽


楼夢side

 

 

「お父さーん!起きてもう朝だよ!」

 

「…ふぁぁあ、何言ってやがる美夜。今はまだ十時だ。昼にもなってないのに起きる意味なんてあるのか?」

 

「なっ、なんか言い返せない……。確かに今日は暇だし…ね。私も二度寝しちゃおう」

 

美夜はそう言うと他の娘達と共に俺の布団に潜り込んだ。美夜も言葉が喋れるようになったが人型にはまだなれないので今も狐の姿のまま布団に潜り込んでいる。おかげで中が凄いモフモフしてるので、またすぐ眠れそうだ。

俺はまたすぐに意識を手放そうとする。だがーー。

 

「楼夢―!いい仕事が入ったぜ!」

 

暴風のように現れた少年ーー火神矢陽の声によって、俺の眠気は吹っ飛んだ。

 

「五月蝿いわボケェェェッ!!!今寝てんだよ!!」

 

「そんなことより依頼が来た」

 

「依頼?お前にとっちゃ何時ものことなんじゃねえか?」

 

「違ぇよ。()()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ?」

 

火神の発言に、俺は意味が分からないといった表情をする。俺に依頼?誰だこんなしがない商人に依頼を出す奴は?

 

俺にそんな考えが頭をよぎる。だが火神の発した一言で俺は全てを納得した。

 

「ちなみに依頼主は?」

 

「依頼主の名は竹取翁(たけとりのおきな)と書かれている。確かかぐや姫の爺さんだったっけ」

 

「…俺が呼ばれた理由が分かった気がする」

 

…畜生。輝夜の爺さんってことは輝夜からの依頼かよ。嫌な予感がプンプンするんだが……。

 

「おら、荷物纏めてさっさと行くぞ。金が逃げちまうかもしれねえしな」

 

「嗚呼、現実は非常なり……」

 

「ちなみに私は行かないから。頑張ってね、お父さん」

 

俺は急に重くなった身体を引きずりながら輝夜の屋敷に向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ーーーー今日はよく来てくださいました。本日はどうかこの爺の願いをお聞きください」

 

「火神ならともかく、何故ただの商人である俺に依頼なんざするんだ?」

 

「どうでもいいそんなことは。俺は依頼がどうあれ大金が貰えりゃいいんだよ」

 

「良くねーよ。こっちは本当は今日一日中寝る予定だったんだぞ。もしこれでつまんない依頼だったら骨折り損だぜ」

 

「はいはい。そんなことよりジジイ!さっさと依頼の内容を言いやがれ!」

 

火神はさっきからだんまりしている爺さんに、殺気を込めた瞳で睨む。その殺気には尋常じゃない程の狂気も含まれており、ただの人間には睨まれただけでも毒だろう。そんな凄まじい重圧に爺さんは襲われていた。身体中から吹き出すように汗を流しているのを見れば、爺さんが立つのもやっとなのは明白だった。

 

「おい 、火神さっさとその気持ち悪い殺気を抑えやがれ」

 

「まるで俺が気色悪りぃと言ってるみてえだな」

 

「そう言ったつもりなんだが」

 

ブチンッ「…てめぇ後で覚えてやがれ……!!」

 

火神はそう言いながら爺さんへの殺気を抑える。だが代わりに俺に殺気が向いてるのは勘違いなのだろう。

 

「さてと。依頼の内容を教えてもらおうか」

 

「は…はい!く…詳しい内容は姫様にお聞きくだされ……!」

 

そう言い爺さんはスタコラサッサと逃げ出す。どうやら相当火神に参っているようだ。それもその筈先程まで危うく重圧で窒息死になりそうだったのだ。

生憎と自分を殺しかけた奴と一緒にいられる程爺さんは強くない。

よって今の爺さんの行いは正当防衛になるのだろう。

 

とまあそんなどうでもいいことを考えている内に目的地に着いたようだ。

現在俺は輝夜の部屋に普通に入るかドアごとぶっ壊して入るか迷っている。

 

「よし、ぶっ壊して入るーーーー」

 

 

 

ドッゴォオオオオオオン!!!

 

 

 

 

「ふっ、これで邪魔な障害物は消え去った」

 

「「いやお前が消え去れや!!」」

 

「なんなの!?せっかく俺がドアをぶち抜いてやろうと思ったのに……畜生!!」

 

「いやいやなんで私の部屋のドアがぶち壊れること前提なの!?どう考えてもおかしいでしょッ!!」

 

「「それが運命だからだ!!」」

 

「どんな運命よ!!」

 

とまあ部屋の中から飛び出てきた輝夜がキレっキレのツッコミを入れてきた。

ちなみにドアは火神の素晴らしいライダーキックによって跡形もなく消し飛んでいる。哀れ、ドアよ。

 

「無視してないであのドアをなんとかしなさいよ!!」

 

「とは言っても欠片があれば一瞬なんだが火神のせいで見事に塵と化してるもんな」

 

「それだったら適当にそこらの木を切って新しいのを作っちまえば?」

 

「うーん。そこらへんの木と言ってもそこらにあるのは竹だけだぞ……。まあ俺の能力なら大差ないか」

 

俺はそう言いながら『巫女袖』から綺麗な竹をいくつか取り出す。そしてそれを能力でドアの形に仕立てた。

 

「相変わらず便利だなその袖」

 

「なんで袖から竹が出て来るのよ!!説明しなさい!!」

 

「そんなことより、俺達をここに呼んだ理由を聞かせろ。もしこれでつまんねえことだったらはっ倒すぞ」

 

俺が輝夜にそう問うと、輝夜は急に真剣な顔になる。その雰囲気からして面倒くさいことに変わりはないのだろう。

 

「…いいわ。全て話してあげる。私は『蓬莱の薬』ーー永琳が作った不老不死の薬を飲んだ月の都の大罪人なの。今地上にいるのはその時月の都から追放されたからよ」

 

「不老不死かよ。本当に永琳はなんでも作れんな。ちなみになんで不老不死になっちゃ駄目なんだ?」

 

「蓬莱の薬を飲んだ者は身体に穢れが生まれるからよ。それを嫌った月の都の人間が私を追放して今に至るわ」

 

「成程…ね」

 

「でも次の十五夜の満月に月の迎えが来るわ。それを聞いたお爺様が貴方達を呼んだわけ。これで分かった?」

 

輝夜の話を聞き、俺は依頼の内容を理解する。つまり爺さんの依頼は俺達に輝夜の護衛をしろという事だ。だがその前に俺は輝夜に一つ聞いておかなければならない。

 

「輝夜。お前はこの地上に残りたいか?」

 

「残りたいに決まってるわよ!どうせ月に帰っても実験のモルモットにされるだけよ!それならこの綺麗な地上に残りたい!!」

 

俺はそこまで聞いて満足する。そして輝夜に返答を返した。

 

「お前の気持ちは分かった。だから今回は手伝ってやる」

 

「あ…ありがとう、楼夢!!」

 

輝夜は瞳を輝かせながら嬉しそうに礼を言う。

だがその雰囲気をぶち壊しながら火神は話しかけた。

 

「おい。何時まで俺を除け物にしてんだ?」

 

火神は少し苛立ちながら輝夜に問う。

 

「…言っとくけど地上の陰陽師なんて役に立たないわ。大人しく帰ることをおすすめするわ」

 

「……あぁん?」

 

輝夜の言葉に火神はさらにヒートアップする。俺はすぐに注連縄結界を輝夜の部屋に貼る。次の瞬間火神からは膨大な量の妖力が溢れ出た。幸いにも注連縄結界のおかげで妖力は外へ漏れなかったが、輝夜はその出鱈目な妖力の重圧で滝のように汗を流す。

 

「この俺を急に呼び出しておいてその態度はなんだ?そしてあまつさえそのまま帰れと?巫山戯んのも大概にしろよ?」

 

「…ぐっ……ッ!?」

 

輝夜が苦しんでいるのを見ると火神は悪魔のような笑みを浮かべる。そして狂った瞳を輝夜に向け話す。

 

「本音を言うとな。俺はてめぇが月のモルモットにされようがどうでもいいんだよ。だがお前らは俺に依頼を出した。だから来てやったんだよ。だが現状はどうだ?金を貰うどころか戦力外扱い。ここまで俺をコケにしといてただで済むとは思うなよ」

 

火神はそう言うと掌にメラミ程の中くらいの炎の玉を作り出す。俺は能力の関係で火神の掌の火球の正体を理解する。

あれは超圧縮された炎だ。大きさはメラミと同じだがその威力はこの屋敷を竹林ごと焼き尽くす程凄まじい。

 

「さて…この屋敷を消されたくなければ俺に依頼を出しな。ちなみに報酬金額はこっちが決めさせてもらうぜ」

 

「なっ、そんなのただのボッタクリじゃない!!」

 

「嫌ならいいんだぜ。その代わり屋敷は消えるけどな」

 

「……っ」

 

輝夜はしばらく歯軋りをした後、俺に助けを乞う目線を向ける。しかしそれを見透かした火神が追加で話をする。

 

「ちなみに楼夢に助けを求めたらお前は月に帰ることが確定するぞ」

 

「…どういう意味よ?」

 

「俺と楼夢が殺し合った場合、勝敗はどうあれコイツは次の十五夜までには完治しない程の重傷を負うだろうからな」

 

輝夜は信じられないといった表情で楼夢を見つめる。だが彼の表情はその通りだと言ってるようだった。

 

馬鹿な。楼夢は仮にも昔の月の都を救ったことがある。しかもあれから八億の時が経っているのだ。恐らく以前の数十倍強くなっている筈だ。その楼夢と互角に戦える火神と言う男。彼は一体何者なのだろう。

 

輝夜の頭にそんな考えが浮かぶが、すぐさま彼女はそれを脳の片隅に追いやった。そして納得出来ないと言った表情で火神に話す。

 

「…分かったわ。報酬金額は貴方が決めなさい。それでいいでしょ」

 

「理解が早くて助かる。それじゃーー」

 

そして火神は求める報酬金を輝夜に告げる。

それは陰陽師の仕事にしては破格の金額だった。恐らく大妖怪を退治してもその金額には届かないだろう。

幸いなのは輝夜が大金持ちだったと言うことだろう。だがその大金持ちにとってもそれは痛い出費だった。

 

「…なっ、なんて金額よ……」

 

「嫌だったらいいんだぜ。元はと言えばお前が吹っ掛けて来た喧嘩なんだ。敗者は黙って勝者の言う事を聞きやがれ」

 

「……仕方…無いわね……」

 

輝夜が手を叩くと、使用人が現れる。そそして前払いの料金を火神に渡す。すると火神はその三日月のような口で大笑いをした。

 

「アッハハハハハ!!!サンキュー、かぐや姫。そしてーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

ーーまたのご利用をお待ちしてるぜ

 

 

 

辺りは悪魔の笑い声に包まれた……

 

 

 

 

 

 

Next phantasm……

 

 

 




~~今日の狂夢『様』~~


「投稿遅れてすみません!!!夏休みの宿題が多すぎて小説を書く余裕が無かったんです!!よってこれからの更新ペースを週一に戻させてもらいます!作者です」

「夏休みもいよいよ終わりが近い!!狂夢だ」


「そう言えば作者は自由研究で何をやったんだ?」

「私は自由研究で夏に見れる星座をまとめました」

「へぇー、よく都会で見れたな」

「都会で見れるわけないじゃないですか」

「…なんか…すまん……」

「いいですよ…気にしないでください……」


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再会と狂いし白巫女



沸き上がる焦熱の炎

開きし裏の世界

天より参る罪人よ

今こそ汝の罪を裁こう


by白咲狂夢


楼夢side

 

輝夜からの依頼を受注してから一週間の時が流れた。

 

今宵は十五夜。空に浮かぶ月がまるで俺を見下しているようにも見える。

 

現在、俺は輝夜の屋敷にいた。周りには帝が送った約千人の兵がいるが大した戦力にはならないだろう。俺は心の中で兵達に戦力外通知をした後、隣で欠伸をする火神を見た。

 

「ふぁぁあ、眠ィ……。まだ月の犬共は来ねえのかよ」

 

「残念ながらまだだな。しかし、それより皮肉だな……。何時もは好きな月が今夜だけは不気味に見える」

 

「けっ、月の小物のオーラにビビってんじゃねえよ。それでもてめぇは伝説の大妖怪か」

 

「生憎とビビってるわけじゃないんでね。いくらありが集まろうとも全員踏みつぶせばいいだけの話だ」

 

「その通りだな。それにしてもあの姫様も随分と同族に対して鬼畜だね。俺らに殺人の許可をしてくれてんだから」

 

そう、輝夜があの時出してくれたのは『月の兵の殺人を許可する』というものだった。

これは正直言うと殺人鬼に殺人許可証を与えたようなものだ。特に火神なんかは月の兵が全滅するまで刃を収めないであろう。かと言って俺も月の兵を殺さないわけではない。

 

こう見えて俺は部外者や敵の命が何億消えたところで関係ないと思っている。故に敵を殺してもさほど罪悪感を感じないのだ。流石に火神みたいに殺し過ぎる事はないが。

 

『おい楼夢、ちょっといいか?』

 

『…なんだ狂夢か。それでなんのようだ?』

 

『これは頼みなんだが……月人との戦闘の時俺に身体を渡してくれないか?最近ストレス発散が出来てなくて頭がモヤモヤするんだ』

 

『それはいいがお前が他の奴等に見られないか心配だな。どうせお前のことだし月人を虐殺したりするから、俺のイメージダウンにならねえか心配だぜ』

 

『よく分かってんじゃねえか。雑魚を殺してもさほど楽しくねえが『地面に顔を擦り付けながら土下座したら許してやる』って言って泣き叫びながら土下座してる奴を殺すのはまあまあ楽しいからな』

 

『ふっ、相変わらずいい趣味してるな』

 

『そいつは褒め言葉として貰っておくぜ。じゃあ時間になったら俺と交代しろよ』

 

そう言って狂夢は俺との会話を切る。これは取り敢えず月人達にドンマイとしか言いようがない。姫様を連れて帰るという猿でも出来る簡単なお仕事の最中に化け物が混じるなんて誰が考えられる。

 

「楼夢、そろそろ来るわよ……」

 

「分かってるって……来たな…」

 

 

 

 

ーー突如、俺の言葉と共に満月から光り輝く()()が向かって来た。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「来たぞォォォォ!!!撃てェェェェェェェェッ!!!!!」

 

兵達の指揮官と思える男が凄まじい雄叫びを上げた後、兵達は一斉に空に浮かぶ()()に矢を放った。

 

だがそれは全て何もなかったかのように弾かれた。そして謎の物体は徐々に屋敷に近付いてくる。

 

俺は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を使い、視界をズームさせる。

見えたのは鉄で作られた丸い円盤。そう、あれはまさにーー。

 

『「ゆっ、UFOッ!!?」』

 

俺と狂夢は驚きのあまり声をハモらせた。だが驚いていた瞬間、UFOはハエのように群がる兵士達に太いレーザーを放ち、薙ぎ払った。

 

「「「うわァァァァァァッ!!!」」」

 

兵士達はその一撃で四分の一が吹き飛んだ。これ絶対に殺る方は楽しいだろ。

 

やがてそのUFOの中から百を超える兵士が光に包まれながら降りてきた。全員ご丁寧に戦闘服とヘルメットを着用しており、いかにも軍という雰囲気をかもし出していた。

 

「そこまでだ、貴様らッ!!」

 

帝の兵達が月の都の兵達を取り囲む。取り敢えず俺は帝の兵達に心の中で手を合わせた。

 

月の兵達はその手に持った銃ーーレーザーガンを帝の兵達に向けた。

 

「はっ、何だその刃のない槍は?そんなもの私の槍で……」

 

 

パシュンッ

 

 

そんな気の抜けた音が辺りに響く。っと同時に先程喋っていた男の声が消えた。否、命と共に途絶えた。

 

撃たれた帝の兵はパタンッと前のめりに崩れ落ちる。その体は腹に大きな風穴が空いており、中から赤い血がドクドクと流れ出る。その音と共に他の兵達は今起きた事を理解した。

 

「全兵に直ちに告ぐ。我々の視界にいる穢し者達を浄化せよ」

 

「「「はっ!!」」」

 

月の兵の司令官とその部下の声が冷たく辺りに木霊する。次の瞬間、帝の兵達は声を揃えて叫ぶ。

 

「「「うっ……うわァァァァァァァッ!!!!!」」」

 

 

「逃げろォォォォォッ!!!」

 

「嫌だァァァァッ!!!」

 

月の兵達は一斉に帝の兵達にレーザーを放つ。その威力は絶大で次々と帝の兵は血しぶきを上げながら死んでいった。

 

「だっ、誰か助け……ッ!!!」

 

 

グチャッ

 

 

ーーその光景はまさに地獄絵図と呼ぶに相応しかった。

 

数十分も経てば辺りを埋め尽くした断末魔は消え去り、冷たい風と月の兵だけが残った。

 

月の兵達はこの屋敷に侵入し、俺や輝夜のいる庭の中で輝夜の前で止まった。

 

俺は油断した月の兵を殺すため、透明化の妖術を使って姿を消す。そして空に浮かぶUFOを見た。

 

そして空から更に一人の女性が降りてくる。赤と青の特徴的な服を着た銀髪の美しい女性。そう、彼女こそが俺の友人でもあり、月の頭脳と呼ばれる月人ーー八意永琳だった。

 

 

永琳はどうやら俺の姿を見えておらず、そのまま目の前の輝夜に話しかけた。

 

「……お久しぶりです、姫様」

 

「……久しぶりね、永琳」

 

二人の間に静かな沈黙が訪れる。そして再び永琳は口を開いた。

 

「さあ、月の都に帰りましょう。じゃないと貴方が穢れてしまうわ」

 

「嫌よ。私はこの地上に残るわ。なぜなら私はこの地上が好きだもの」

 

「姫様…そうですか……」

 

永琳は残念そうな顔をすると、手に持っていた弓を輝夜に向けて引き絞る。そしてーーーー

 

 

 

 

 

ーーーー放たれた矢は、月の兵の指揮官の首を貫いた。

 

 

「が…は……ッ!!」

 

「八意様、何故ですか!?」

 

「何故って?それは私が輝夜の従者だからよ」

 

そう言って永琳は次々と兵を殺していく。だがUFOにいる分も考えると月の兵達は二百はいるだろう。そしてそれら全てを倒すことはいくら永琳でも無理があった。

 

「!?……くぅっ」

 

突如永琳の足にレーザーが直撃する。永琳はその足を無理やり引きずって敵を倒すが、やがてその足にも限界が訪れた。

 

「…ハアッ…ハアッ……」

 

「どうやらこれ以上はもう動けないようですね。大人しくお縄についてください」

 

「…断るわ」

 

「…そうですか、残念です」

 

兵士はそう呟くと手に持つレーザーガンの引き金を引く。永琳はこの後の自分の運命を悟り、目を閉じた。

 

「(思えば、こうやって自分の最後を感じるのは二度目ね)」

 

永琳はふとそんなことを考える。初めて自分の終わりを感じたのは約八億年前、そこのとある森の中のこと。

 

今でも鮮明に思い出せる。あの青年の顔は。

桃色の髪を持ち、当時都市一の美女と呼ばれていた私よりも美しく、それでいて身内には優しかった妖怪。

私は彼に様々な借りがある。だが今も私は彼に一つも返せていない。

 

万を超える妖怪が都市を襲った時も、彼は同族を殺してでも最前線に立ち、私と輝夜を月に逃がした。

 

だが私はその後核爆弾が落とされる事を知っていながらそれを止める事が出来なかった。

結果、都市があった場所は塵一つ残らない場所に変わり、彼は死んだ。

 

その後もそうだ。都市の連中は妖怪が都市を救ったなど信じなかった。そしてそれをなかった事にした。いや、それだけではない。彼を万の妖怪を呼び寄せた元凶と決めつけ、月の都の大罪人に仕立てたのだ。それも悪い意味で教科書に載るほど。

 

その時も私は都の上の者達を止める事が出来なかった。

結果、命懸けで戦った心優しき妖怪は、都市を襲った大罪人に堕とされた。

 

本当に私は何をしているのだろうか。普段は天才と煽てられている癖に、借りの一つさえ返せない。

 

何が天才だ。何が都市一の美女だ。肝心な事が出来なければただの愚者ではないか。

 

 

永琳はそう心の中で呟く。そして迫り来る閃光を、その瞳を閉じたまま待ち構えた。

 

「(ありがとう輝夜。貴方との思い出は楽しかったわ。そしてーーーー)」

 

 

 

 

ーーーーさようなら、楼夢……

 

 

 

そして、そのまま無慈悲な閃光が永琳を貫ぬーー。

 

 

 

 

 

ーーかなかった。永琳は何時まで経っても来ない衝撃を不思議に思い目を開ける。そこにはーー。

 

 

 

 

 

 

「呼んだか?永琳」

 

 

桃色の髪をした青年が永琳を呼んでいた。

 

 

「ぐがァァァァァァァッ!!!」

 

永琳を呼ぶ声が響いたその後、後ろから先程永琳を殺そうとした兵士が断末魔を上げていた。見ればその兵士は両腕を綺麗に切り落とされており、最早戦う事は出来そうにない。

 

「なっ、何者だ貴様!?」

 

「『何者だ』だと……いいぜ、答えてやるよ」

 

 

 

ーー俺は『白咲楼夢』だ。

 

 

楼夢はそう言うと妖力を全力で開放する。刹那、楼夢の妖力が暴風破となり、辺りを砕き、雲を吹き飛ばし、山々を揺らした。

 

「輝夜、永琳を連れてさっさと俺の視界から消えるまで行け。この竹林にいる内は……巻き込んで殺さねえ自信は無えぞ!!!」

 

「楼夢、お願い待って!!」

 

「行くわよ永琳!!」

 

輝夜は永琳を引っ張りながらこの場を離れる。その二人を兵士達は追おうとするが、俺は一つ術を唱える。

 

「『注連縄結界』」

 

楼夢はそう呟くと永琳達を覆わないようにしながら竹林全体を結界で覆う。そしてさらにーー。

 

「仕上げだ火神!!」

 

「OK、任せろ!!

 

 

炎鳥牢『火鳥籠(ひとりかご)』!!」

 

 

楼夢の結界を火神の炎が包む。これで外からは中の様子を出来なくなった。

そして炎を放った事で結界の中の竹が引火し、辺りは灼熱地獄と化す。

 

「きっ、貴様!!何をし……ッ!?」

 

「……ったく落ち着けよ。らしくねえぜェ」

 

兵士達はすぐさま楼夢に視線を向けるが、そこに楼夢はいなかった。否、そこには白い巫女服に白い髪を持った、楼夢と酷似している妖怪がいた。妖怪はその赤いルビーのような瞳を光らせ、狂ったかのように叫んだ。

 

「アヒャハハハハハハッ!!!!!最高だぜ、この灼熱地獄(ステージ)はよォォォッ!!!アハハハハハッ!!!火神ィィ!!!演出ご苦労ォ!!!」

 

「ふっ、巫山戯るな貴様!!撃てェェェッ!!!」

 

兵士達はその声と共に一斉にレーザーを放つ。それは狂夢に向かい直撃する。が、狂夢の身体には傷どころか巫女服すらこわれなかった。

 

「おいおい、何だ何だよ何ですかァァァァッ!!??この温い攻撃はよォォォォォッ!!!」

 

狂夢はそう叫ぶと近くにいた兵の一人の頭を掴み、ヘルメットを壊した後その頭を360°回転させ、玩具のように首から上を引きちぎった。

 

「けっ、脆いねェ…まあ、その方がいたぶり甲斐があるってもんだッ!!!」

 

狂夢はそう言うと引きちぎった頭を掌で握り潰し、それをわざと他の兵士達に見せた。その光景を見た者は瞬時に身体が凍り付いたかのように動けなくなる。

 

 

「さあ、始めようぜ。生と死が入り混じる狂気の宴をッ!!!」

 

 

 

人は血塗られし白い巫女をこう呼ぶ。『破壊神』と……

 

 

 

Next phantasm……。






~~今日の狂夢『様』~~


「どーも。次回は多分俺視点で始まるぜ。遂に来た俺の時代!狂夢だ」

「二日後に全校生徒の前で作文を発表するのにまだ何も暗記していない。作者です」


「今回は楼夢さんと狂夢さんが共闘したらどうなるか、の話です」

「OK。まず諏訪大戦の時に俺と楼夢が共闘したように書かれていたが実際はちょっと違うんだよな」

「では諏訪大戦の時狂夢さんは何をしていたんですか?」

「まず俺と楼夢が同じなのは周知の事だよな。だけど霊力や妖力などは量も質も楼夢とまったく同じという事じゃないんだ。全体的なスキルポイントを例にすると楼夢の全ての力を10と例える。そして俺は12と例える。俺は楼夢より数値が多いので楼夢の全ての技を使えるが、楼夢は俺より数値が低いため俺の技を全て使えるわけじゃない。だがそこで俺が諏訪大戦の時のように楼夢に協力すると、俺が協力してる間だけだが俺の技が一時的に使えるようになるんだ。ちなみに良く勘違いされると思うけど、いくら技が使えるようになったと言っても霊力や妖力などは上昇しないから強力な技を何時もより二倍多く放てるって事じゃねえぞ。そういう意味ではこれが楼夢の本当の実力かもしれないが」

「ちなみに霊力や妖力が上昇しない理由は?」

「俺が霊力などを楼夢に渡してないからだ。俺達が共闘するという事は俺達が融合するという意味でもある。つまり俺は楼夢と共闘し事はなかったと言うことだな」

「ちなみに融合した場合はどうなるんだ?」

「間違いなくこの小説最強のキャラになる。まっ、今のところは楼夢と融合しようとしても出来ないし、何より出来たとしても絶対に使いたくない」


「という事で今回はここまで。ちなみにもう一つ質問ですが技名を出すとき『森羅万象斬』と書くか“森羅万象斬“と書く方のどっちが好みですか?返事は感想で書いてください。よろしくお願いします。では次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよ!!」」


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ずっと俺のターン!!ドローッ!!!



雑魚ならせめて、砕けて死ね


by白咲狂夢


 

ーー涙も届かぬ炎の中、戦いは混沌と化していた。

 

逃げ惑う者達や、泣き叫ぶ者達。だがそんな彼等の声も彼には届いていなかった。

 

ーー『時空と混沌の神』白咲狂夢には……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「…ハァッ、ハァッ……取り敢えずここまで来れば一安心ね」

 

輝夜はそう言うと、楼夢達が貼った結界を見つめる。

 

あの結界を輝夜は中への出入りを禁じる物の類だと推測し、後ろにいる自分の従者に目を向ける。

 

「輝夜!!彼を…楼夢を助けに行かなきゃ「落ち着きなさい、永琳。それでも貴方は月の頭脳なの?楼夢は必ず帰ってくるわ。私達はそれを信じましょう」

 

「でも、相手は約二百の月の兵達よ!いくら楼夢でもさらに進化した月の武器には勝てないわ!」

 

永琳は先程から楼夢への不安を拭い切れないでいた。だがそれを見透かしたように輝夜は言い放つ。

 

「よく考えなさい。あれから八億年も経っているのよ。それだけの時間を過ごしておいて楼夢が弱いとでも?」

 

「輝夜さんの言う通りだね」

 

輝夜は突如割り込んで来た声の持ち主に視線を移す。そこには黒い子狐が妹達を引き連れて話しかけていた。

 

「貴方は…楼夢の娘の美夜…だったわね?もしかして喋れたのかしら?」

 

「喋れるようになったのは五つの難題が終わった時だけどね。今まで喋らなかったのは空気を読んでの行動…とでも言っておくね」

 

「成程ね。で、何が『私の言う通り』なのかしら?」

 

「さっき結界内部を見て来たけど要らぬ心配だったようだよ。お父さんは攻撃が当たってもかすり傷すら付かないし」

 

「そう……情報をありがとう。後は祈るのみね」

 

輝夜はそう言うと、瞳を閉じ、結界内部へと祈りを捧げた……。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

狂夢side

 

 

どーも、皆さん。本編初俺視点で浮かれている狂夢だ。っとこんなメタい話は止めておこうか。

 

 

現在俺は月の兵達を虐殺している。それも綺麗な笑顔のままで。まあ、まだ戦闘が始まってから少ししか経ってないからまだうじゃうじゃいるけどな。

 

月の兵達は俺が兵の首から上を引きちぎったりしたせいで完全に恐怖に支配されているようだ。指揮官も永琳に殺されていたので統率が取れず、各自バラバラになって脱出しようとしているようだ。

 

だがそれが無駄である事もいずれ分かるだろう。“注連縄結界“は覆った場所の出入りを禁じる、防御能力の高い結界だ。それに火神の炎を纏わせたら、いくら月の民と言えど結界を突破する事など不可能だろう。しかも見た限りここに集められたのは実戦経験の少ない者、つまり『三下』の集まりなのだ。そんな前菜にもならない雑魚に俺が負けるはずがない。否、負ける要素がない。

 

「く、くそッ!!なんでここから出れないんだ!?」

 

「さぁね。取り敢えずテメェらの実力が足りなかったんじゃねェか?」

 

俺は結界を壊そうと頑張っている部隊の近くに移動し、近くにいた一人の腹に手を当ててそのまま炎を放つ。防具にはどうや耐火性能もあったみたいだが俺の炎には関係ねェ。兵はそのまま防具ごと消し炭に変わった。

 

「なんだァ?灰すら残ってねェのかよ。ゲームで言うなら、これがお前ら月人が頑張ってレベル上げして進化した姿かよ?明らかに弱体化してんだろ」

 

「ひ、怯むな!!撃てェェェェッ!!!」

 

青白い色をしたレーザーが俺に何発も向かってくる。一応まともに受けても大した怪我にはなんねェが、俺の巫女服がボロボロになるのは勘弁して欲しい。

という訳で俺は新開発した魔法を唱えた。

 

瞬間、俺の体から青白い電気が溢れた。

月人のレーザーが青白い電気に当たるが、レーザーが押し負け消滅する。

 

 

この魔法は“帯電状態(スパーキング)“。俺の体の内部から電気を発生させそれを纏う技だ。

これのメリットはまず体全体から電気が溢れているので拳や蹴りなどの攻撃を喰らっても相手を即座に麻痺させることだ。

 

その他にも体に電流が流れることで身体能力を上げることが出来る。…まあ楼夢の“テンション“のパクリに見えるが、性能は身体能力が少し増えるだけだ。まあ俺も一応テンションは使えるから問題無い。

 

さて、ここまで言えば便利な技と思うがこれは俺以外には使えない。それにも理由がある。

 

魂にはそれぞれ魔法に適した属性と言う物がある。例を言えば楼夢は火や水と相性が良い。俺は風や電気などに相性が良いため、この技を使えるのだ。

 

良く考えれば体の内部から電気など発生させれば、電気適性が無い限り体の臓器が麻痺して死ぬだろう。だからこそこの技は強力なのだ。

 

 

さて、さっきはこの技を防御に使用したが、攻撃に使用したらどうなるのだろうか?まあ、実験対象(モルモット)も沢山いるし試してみますか。

 

俺はさっきからレーザーぶっ放している部隊の真ん中に突っ込み、兵士の一人の懐に腹パンを喰らわせる。『グチャッ』という音が聞こえたが、どうやら臓器が潰れてしまったようだ。

 

小さなハンマーのような俺の拳から電流が流れ、兵士の体へと流れる。するとコイ●ングのように『ビクンッ、ビクンッ』と跳ね上がり、そのまま動かなくなる。白目を剥いてるしどうやら死んだようだ。だがこの時俺の正義の心が覚醒し、死体を丁寧に葬った。

 

「オラよッ!!」

 

俺は死体を空中にぶん投げ、そこにいくつかの光る玉を発生させた。そしてーー。

 

「砕け散れェェェェッ!!!“イオナズン“!!」

 

全ての光る玉が大爆発を起こし、死体を炭へと変えた。くくく、何が正義の心だ。元よりんなもん無ェんだよ。馬鹿が。

 

「けっ、汚ェ花火だ」

 

俺はお決まりの台詞は言った後、月の兵士達に微笑む。その顔が悪魔のようだったのは言うまでもないない。

 

「さぁて、華々しく散らせてやっから、感謝しろよォ!!!」

 

 

ーー“イオグランデ“

 

俺はそう静かに唱えると、その場を離れた。そして激しい轟音と共に、広い竹林の三分の一が消滅した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

『こちらA部隊。現在謎の結界を突破するために奮闘中だ』

 

『こちらB部隊。同じく結界を突破するために努力している。C部隊はどうだ?』

 

『ハーイ、こちらC部隊のゴミ掃除してるお兄さんでーす。元気にしてた?』

 

『何者だッ!!C部隊に何をした!?』

 

『これだから頭の悪りぃ奴は……言っただろ。現在ゴミ掃除をしてるって。あっ、言い忘れてたけどお兄さんはゴミ掃除に慣れてないからうっかり君のお友達でも捨てちゃうかもね』

 

『きっ、貴様ァァァッ!!!』

 

 

 

「P.S 今、貴方の後ろにいるの♪」

 

 

そんな声と共に血しぶきが舞う。見れば指揮官の代わりを務めていた者の首から上が音も無く綺麗に消えていた。

数秒経つと月の兵士の足元の地面に何かが落ちてきた。それは無くなっていた首から上の部分だった。

 

「さてと、次はお前らか……さっきは魔法で一瞬で片付けちまったし、今回は物理戦と行こうじゃねェか!!」

 

俺は両手に魔力と妖力を集中させる。すると両手の指から魔力で生成された黒い巨大な爪が紫の雷を纏いながら出現した。

 

「“魔神の爪“…とでも名付けようか。こっちも実戦は初めてだが試させてもらうぜ!!」

 

俺は楼夢までとはいかないが、常人なら目で追えない程の速度で兵士達の間をすり抜ける。そして数秒後すり抜ける際に近くにいた二人の兵士の体がスライスされたレモンが崩れ落ちるように、バラバラになった。

 

「オラオラ!!次行くぜ!!」

 

そう叫ぶと俺は月の兵士を一人ずつ虐殺していく。今の月の兵士達にはもはや絶望の表情しか見れず、生きた表情をしていなかった。

 

「…ん、いいことを思い付いた。ちょっと試してみるか」

 

俺はチョコンと軽くバックステップをして、両方の爪に妖力を込める。そしてその後それを解き放った。

 

「妖無双刃“夢空連衝刃(むくうれんしょうじん)“」

 

俺の爪から計十個もの夢空万象刃の刃が月の兵士達に向けて放たれる。刃は周りの障害物を切り裂きながら月の兵士達まで迫り、切り裂いた後爆発する。あの威力では多分全滅だろう。ちょうど飽きてきたからよかったかもしれない。

 

俺がそんな感傷に浸っていると、奥の方から約百の兵士達が向かってくるのが感じ取れた。あれは恐らくA部隊とかいうのであろう。A部隊は他の隊よりも人数が多いが、俺の前には大した意味はない。今度は存在ごと綺麗に消してやるよ。

 

「全員、止まれェェ!!相手を囲んだ後そのまま一斉射撃しろォォォッ!!!」

 

「悪いけど飽きたからすぐに終わらせてもらう。“ゲイボルグ“第一封印『悪魔(デビル)』開放。そしてーーーー」

 

俺はゲイボルグを召喚すると第一の封印を解く。

ゲイボルグはそれにより赤黒く染まり、不気味さを増す。

 

「今だ、撃てェェェェェッ!!!」

 

百を超える兵士達が一斉にレーザーを放つ。レーザーの光のせいで辺りは眩しさに包まれ、全員が目を閉じた。

 

指揮官は相手を仕留めたのだと安心する。だがそれは指揮官の頭の中での、儚い幻想でしかなかった。

 

 

 

 

 

「ゲイボルグ第二封印開放。全てを喰らい、呑み込め!!『死神(モート)』!!!」

 

 

瞬間、光に包まれていた世界は闇に飲み込まれ、それが明らかになる。

 

狂夢が持っていたのは槍…ではなく禍々しい雰囲気を纏った『死神の鎌』と思わせてしまう程の鎌だった。

持ち手などの部分は全て黒で、唯一別の色を持つ刃も、月光に照らされて銀色に光っていた。

 

「ゲイボルグの能力は神話上では二つある。一つは投げれば三十の鏃と化して相手を襲う。二つ目は突き刺せば中で三十の槍へと分裂し、相手を串刺しにする。だけどこいつにはもう一つ能力があるんだ。【ありとあらゆる物を飲み込む程度の能力】とでも言っておこうか。まっ、直接体に刻めば分かるかもな」

 

俺はそう言うとゲイボルグをかざす。するとゲイボルグが木々や大地、そして人間の残骸などの周りのエネルギーを吸い込み始めた。しばらくすると吸い込みが収まり、ゲイボルグの刃先に黒い膨大な妖力が溜まる。そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

ーーーー狂夢の斬撃が、結界内部を黒へと塗り潰した。

 

 

 

 

 

Next phantasm……






どーも、作者です。えっ、狂夢さんは?あの人なら疲れて帰りましたよ。

とまあ今回はちょっと雑になりましたが無事投稿できました。これも最近の日頃の行いが良いからかな?


さて次回『狂夢死す』お楽しみに!!次回もキュルッとしていってね。






狂「一応言っとくけど俺死なねえからな!?バリバリ元気にしてるからな!!」


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竹取物語 『完』 そして童話の裏話 上



『じゃあな』とは言うが

『さようなら』とは言わない


by白咲楼夢


 

 

「……なぁにこれ?」

 

楼夢は目覚めた後、そこらをキョロキョロしながらそう呟く。

その言葉にこの状況を良くする効果はないが、そう呟かずにはいられなかった。

 

辺りの地面に散らばっているのは戦闘で破壊された木々や恐らく月の兵のだと思われる腕や足、そして頭部や腹部だった。

そして目を凝らせばまだ燃え尽きていない竹が他の竹や木々に引火し、竹林の破壊活動を行う。

あ、これ竹林全焼ルート確定だな。

 

楼夢はそんなことを思うと“注連縄結界“を解除する。その後何者かが楼夢の元へ近付いた。

 

「もう終わったのかよ。結局血髪一人だけで十分じゃねえか」

 

「報酬貰えんだからいいだろ。というかなんで今更『血髪』なんだ?」

 

「……まずは自分の面確認しやがれ。そうすりゃ分かる」

 

言われたとおりに楼夢は自分の体を確認する。

まず怪我のほうから。と言っても無傷だったので必要なかった。

 

だが問題は格好だった。楼夢お気に入りの巫女服は赤黒い血で染まっており、いかにも『私は殺人をしました』と言う雰囲気を醸し出している。

 

巫女服だけではない。手や足なども血がベッチョリと付いておりどうして今まで気付かなかったのか不思議な程だった。

一言言うと、アイツどんだけ殺してんだよ。後片付けくらい自分でしやがれ。

 

最後に、楼夢は巫女袖から手鏡を取り出し、それを覗く。

 

そこには顔面血だらけで髪の色が変わる程の血を浴びた自分の姿があった。

さらに髪の毛をよく見ると一本一本が『バチンッ』という音を立てながら針のようにトゲトゲに逆立っていた。

 

 

「うっ、嘘だろォォォォォォッ!?」

 

「やっと理解したか?理解したならさっさと身なりを整えやがれ」

 

楼夢は言われるまでもなくドライヤーとタオルを巫女袖から引っ張り出しており自分の髪型を整えている。

狂夢、お前は後でぶち殺す。楼夢はそう誓いを立てた。

 

『はいはーい。呼ばれて出てきてジャンジャカジャン!!何かお困りのようだね』(キリッ)

 

「呼んでねーし、出て欲しくもないわ!?」

 

『まあまあそう言うなって。そんなことより自分の髪がどうなってるのか知りたいだろ?』

 

「そう、それだ!どうなってやがる!?俺の自慢のサラサラ髪がどうしたらこんなトゲトゲに逆立つんだよ!?」

 

『…恐らく“帯電状態(スパーキング)“のせいだろうな。俺も戦闘中気付かなかったけどよく考えたら体全体に電気を発生させて髪の毛が逆立たない訳が無い。まあ静電気で髪の毛が逆立ったとでも覚えときゃいい』

 

「チクショォォォォォォォッ!!!」

 

楼夢は髪を元に戻そうと努力するが結局整ったのは髪の質と体の清潔だった。

だが髪だけには血が既に付着しており、この後風呂に入らなければ落ちそうにない。

だが風呂に入ってしまうと輝夜や永琳を待たせてしまう。

結局楼夢は髪を洗う事を諦め、輝夜たちのいる方向へ歩いて行った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

しばらく歩くと、輝夜たちがいる場所に辿り着く。近くに美夜たちもいることから、彼女たちを守ってくれてたのだろう。

楼夢は美夜たちに心の中で感謝しながら輝夜たちに声をかけた。

 

「おーい、輝夜。無事だったか?」

 

「貴方たちのお陰でなんとかね。それよりも貴方…自分の姿を確認したら?」

 

「残念ながらこいつは風呂に入らないと落とせないようなのでね。こっちを優先したってわけだ」

 

輝夜が若干引いてるが気にしない。

楼夢はヘラヘラ笑うと後ろに顔を向けた。

 

「…楼夢」

 

そこにはいつも綺麗な月の頭脳こと永琳がいた。

彼女の声はしおれており楼夢を心配していたのが伺える。

そんな永琳を楼夢は謝罪しながら見つめる。

 

「私があの日からどれだけ心配したか分かってるのかしら?」

 

「はいはい。山より高く海より深く理解しています」

 

「…ならいいわ」

 

永琳が呟いた後、しばらくの沈黙が訪れる。そしてその沈黙を永琳が突如破った。

 

「…楼夢!!」

 

永琳はそう叫ぶと楼夢の元へ駆け寄る。楼夢は次に起こることを予想し永琳を受け止める体制を取る。そしてそのまま永琳は楼夢の胸に飛びーー。

 

 

 

「喰らいなさいッ!!」

 

「ほぐふぁッ!?」

 

ーーつかずに楼夢の顔面に綺麗な右ストレートを叩き込んだ。

『ゴキンッ』という鈍い音と共に楼夢は木原君に殴られた一方通行並に一回転をしながら吹き飛ばされる。

 

「何すんだこの野郎!?」

 

「これで少しは反省しなさい」

 

「ぷぷぷっ、血髪ダッセぇ」

 

「楼夢かっこ悪ーい」

 

「うっせェッ!!誰が感動の再開シーンで右ストレートぶち込んでくると予測できんだよ!?てめえら師弟揃っていつからそんなバイオレンスになったんだ!?(あっ、永琳は元からか…)」

 

火神と輝夜からの酷い罵声を受けながら楼夢はそう反論する。だが二人は勿論と言うように無視をした。

この反応を見た楼夢は諦め、地面から立ち上がる。

 

「そう言えば姫サンよ。まだ報酬を貰ってないんだが?」

 

「それを言うと思ったわよ。安心しなさい。すぐに渡すわ」

 

火神は輝夜から後払いの報酬を貰う。あれさえあればしばらく贅沢ができるな。

楼夢はそう思考すると報酬の半分を貰うことを心に決めた。

そして永琳が突如話しかけてきた。

 

「大丈夫かしら楼夢?月の兵との戦いで受けた傷を見てあげるわ」

 

「それだったら俺の右頬の怪我を見て欲しいよ」

 

「それ以上余計なことを言うと口を縫い合わすわよ」

 

「はいはい。すいませんでしたっと」

 

二人はそんな冗談を交わす。美夜たちは既に寝ており、心地よい寝息が聞こえる。

 

「そう言えばお前らはこの後どうするんだ?」

 

「そうね…都を離れてどこか安心して暮らせる居場所を探すわ。つまり、貴方とはこれでお別れね」

 

「まっ、永遠の別れってわけじゃないし、その内また会えるさ」

 

「ふふっ、そうね」

 

二人は同時に微笑み、今だ話している輝夜と火神を呼ぶ。

火神は金が手に入ったせいなのかいつもより気が緩んでいた。

だがたまにはそんな日もいいだろう。

 

楼夢はそう思うと“妖狐状態“になり十一本の尻尾で自分の娘たちを優しく持ち上げた。

 

「じゃあ、そろそろ行くわね」

 

「安心して暮らせる居場所が見つかったら必ず来なさいよ。その時は最大限のおもてなしをしてあげる」

 

「ああ、サンキューな」

 

永琳と輝夜は各自の別れの言葉を楼夢に伝えた後、楼夢たちとは反対方向に背を向け歩き出す。

それを見た楼夢も輝夜たちとは反対方向に歩く。

 

 

ーーこうして、楼夢たちの奇想天外な『竹取物語』は幕を閉じた。

 

 

いつまた会えるか分からない。それは何十年、何百年、何千年経とうが変わらない。だがそれはいつかまた必ず会えると言うこと。

 

だから今は前を向いて歩く。それが一番良いと知っているから。

 

 

 

ーー今の時刻は丑三つ時。今日も白い巫女は歩く…

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んで、なんで俺まで後始末しなきゃなんねェんだ?」

 

「つべこべ言ってないで手伝え。元はと言えばてめぇの炎のせいで竹林だけでなく近くの森まで火事になってんだぞ」

 

輝夜たちが旅立った後、二人は月の兵たちとの戦いで火事になった竹林の後始末をしていた。

炎は竹林から広がり近くの森まで燃え移っていく。

このままでは大騒ぎになること間違いないだろう。

それを防ぐ為楼夢たちは活動していた。

 

「喰らえ!!“水風船型手榴弾(みずふうせんがたしゅりゅうだん)“!!」

 

楼夢はそう言うと巫女袖から大量の水風船を取り出しそれを引火した木々に投げつける。

 

木々にぶつかった風船は割れ、中から普通よりも高密度の水が溢れる。その威力は分かりやすく例えるとバケツ一杯の中に入った水を辺りにぶつけるのと同じくらいだ。

 

当然一個では消火できないがそれが何十と降り注ぐことによって炎は次々と消火される。

 

「さーて、これで最後だな。さあ帰って寝るぞ。俺は明日からこの金の使い道を考えることに忙しいんだ」

 

「そうだな…ん?なんだあの光は?どこかで火事でも起きてんのか?」

 

楼夢は緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)を使い、視界をズームさせる。どうやら楼夢の予想通り誰かの屋敷で火事が起こってるようだった。

 

「俺の予想通りだ。行くぞ」

 

「はぁ~しょうがねーな」

 

二人はそう言うと空を飛び屋敷へと向かった。

風がいつもより荒々しいのを楼夢は感じ取る。

 

 

 

ーーこれは、『竹取物語』では語られなかった一人の少女の復讐の物語である。

 

 

 

 

Next phantasm……。






~~今日の狂夢『様』~~


「どーも、皆さん。これから中間テストの勉強期間なのでしばらく小説を投稿できません。作者です」

「作者の学校の英語の宿題で好きな人物の紹介とその人の絵を書く時、作者が書いた木原君が超下手で吹き出した。狂夢だ」


「もうテストやだァァァァァァッ!!!」

「うるせえな。順位低くても別にいいだろうが」

「きょっ、狂夢さん……」

「まっ、俺はノー勉で中高全ての定期テストの順位は全部一位だったがな」(笑)

「……殺す」

「ほう…やってみな」

「お助けください(byパラガス)」

「だが断る。“イレイザーキャノン“!!」


デデーン♪


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竹取物語 『完 』 そして童話の裏話 下


心に刻めよ

業火の罪状


by藤原妹紅


 

満月の光が降り注ぐ中、楼夢と火神は同時に『藤原邸』と堂々と書かれた屋敷の門の前へと到着する。門の奥からは激しい炎が次々と木製の建物に燃えており、まるで炎が一匹のデカイ炎の怪物のようにも見えた。

 

 

「うわぁ…これは酷い」

 

 

火神は門を通った後の景色を見てそう呟く。そこには今だ逃げ遅れた人々が炎に巻き込まれ、燃え尽きる光景があった。

 

ただ気になるのは炎で燃え尽きた死体に混じって血などが体から溢れている死体があったことだ。

つまり何者かがこの騒ぎに混じってこの者たちを殺したか、あるいはその犯人自身が屋敷に炎を放ったのかもしれない。

 

だが正直言うとこの死体たちを哀れむ気持ちが二人には沸かなかった。ただ火事の中で他の人に殺された人間がいて少し気になっただけ。ただそれだけだ。

 

 

「気をつけろ火神。この火事は何者かが意図的に仕組んだ可能性が高い」

 

「はいはい、分かってるよ。だけど楼夢よォ。別に俺らにゃ関係ねぇだろ?この騒ぎを収めたら賞金がもらえるってわけでもねぇしさ」

 

 

火神はそう燃えゆく屋敷を眺め、笑う。だが突如その屋敷の奥から爆発が起こり、周りの物を吹き飛ばす。

 

 

「さぁて、ようやく黒幕さんのご登場ですかァ」

 

「はぁ~もしここで何もなかったら帰ろうと思っていたのに。マジ空気読め」

 

 

そんなゆるい会話をしてると二人の前に一人の少女が姿を現す。

 

 

その少女は髪がまるで火神のように燃え尽きたような白髪をしていた。服はどこかの貴族が着てそうな着物を着ており、何よりも特徴的なのはその顔の奥に光る真紅の瞳だった。その目からは理性が感じられず、ただただ狂っているようだった。

 

だが楼夢はどこかでこの少女を見たような気がした。それが気の所為かは分からないが、彼女の雰囲気は楼夢が一度感じたことがあるものだった。

 

 

「おいそこの白髪チビ。随分と面白そうなことしてんじゃん。…俺も混ぜろよォ」

 

 

火神がナンパに近い言葉を言うが、白髪の少女はまるで聞こえていないかのようにそのまま二人にへと構える。それを見た火神の目の奥がギラリと光った。

 

 

「…どうやら聞こえてないみたいだ火神。まあ言っちゃえばこいつは今意識がない状態のようだ」

 

「ちっ、なんだよ、それじゃつまんねぇじゃねーか。…もういいお前にこいつを譲ってやるよ」

 

「全然嬉しくねーが、ここは素直に受け取っておこう」

 

 

楼夢は鞘から舞姫を抜き出すと、だらりとした体制で構える。直後、少女の体から炎が溢れ、まるで不死鳥のような翼を作り出す。

 

これを見た楼夢は若干驚きつつも、少女を警戒する。分析した結果、彼女から出ている炎はどうやら妖力を含んでおり、それは彼女が人間ではないことを指していた。

 

 

少女は素早く踏み込むとあっという間に楼夢の懐に辿り着く。そしてその炎に包まれた拳を振るうが、その時楼夢が霧のように消える。

 

 

「おらよっ!こっちだ!」

 

 

楼夢は少女の後ろに現れると、いつの間にか持っていた刀を鞘に収め、空いた拳に力を込める。

 

 

「喰らえ!『空拳』!」

 

 

楼夢は圧縮された風を拳に纏い、それを少女に叩きつける。瞬間、爆風と共に少女が吹き飛ばされる。

 

少女はそのまま近くの木に叩きつけられるが、まるで痛みを感じていないかのようにすぐに立ち上がる。

 

 

「成程な。今のお前は意識がないから痛みを感じない。つまりゾンビに近い状態だってわけだ。まあそんな体でよく動けるなと言っておいてやる」

 

 

それが少女に伝える最後の言葉とばかりに、楼夢は地面を蹴る。するとそこに小さな爆発が起こり、それを利用して一瞬で距離を詰める。

 

少女はとっさに楼夢に拳を放つが、それも弾かれ、逆にカウンターで楼夢の拳が彼女の腹に突き刺さる。

 

 

「これで……止めだっ!」

 

 

楼夢はそう言うと体を横に一回転させ、そのまま回し蹴りを少女の顔に放つ。

ゴキンッという鈍い音を出しながら少女は地面に叩きつけられ、動かなくなる。

 

 

「…あれじゃ多分首の骨が折れたな。いくら意識がなくても生きてはいないだろ」

 

 

楼夢はそう言うとこの場から立ち去ろうとする。だが次の瞬間楼夢の後ろから巨大な殺気が向けられた。

 

 

「なっ!?」

 

 

楼夢は驚き、急いで対処しようと思うが遅かった。楼夢の後ろから先程死んだはずの少女が現れ、抱きつくように楼夢の両手を拘束する。

 

 

「くそっ!はなしやがれ!」

 

 

楼夢は必死に抵抗するが、彼女の拘束を振り解く事ができない。

元々楼夢は純粋な腕力が低いため、腕などを拘束されると抜け出す事ができないのだ。

 

 

そんな中楼夢の頭の中に一つのデジャブ感が走る。敵を倒して油断した青年が、今度は逆にその敵に拘束されているこの姿。

 

 

(どっからどう見てもヤ●チャじゃねぇか!?)

 

 

楼夢がそんなことを考えると、少女から光が溢れる。楼夢は必死に脱出しようとするが、それも意味をなさない。

 

少女は眩しい光を体から放った後、爆発する。少女はガッチリと楼夢を掴んでいたので、楼夢も当然ダメージを受ける。

 

 

「ガ…ハァ……ッ」

 

 

楼夢は爆発でかなりのダメージを受ける。だがそれを成した少女は楼夢に抱き着いたまま息絶えており、通常なら楼夢の勝利になる。そう通常なら……。

 

 

楼夢は今だ抱き着いている少女の遺体を見てギョッとする。なぜなら先程確認したときには消えていた少女の瞳の光が、赤く光っていたからだ。

 

楼夢はそれを見て最悪の状況を想像する。だがそれは虚しくも少女の体から溢れる光と共に現実へと変わる。

 

直後、再び少女は爆発する。楼夢は爆発の中で少女が何者かを理解する。

 

 

(こいつ……輝夜たちと同じ『不老不死』かっ!?)

 

 

楼夢は相手のカラクリを理解するが、今それが分かってもなんの足しにもならない。

 

少女は爆発が収まると二度、三度と何度も爆発する。その度に楼夢の体は爆発に巻き込まれ、ボロボロになる。

 

 

「舐めてんじゃねえぞ、三下ァァァァァアアアッ!!!」

 

 

凄まじい叫び声と共に、膨大な妖力の衝撃波が辺りを襲う。少女はしがみついていて離れないが、楼夢は既に魔法の詠唱を唱えていた。

 

 

「『マホカンタ』!『イオナズン』!」

 

 

そんな声が響いた後、少女と楼夢の間にいくつもの光る球体が現れる。それと同時に楼夢は光の結界に覆われる。そして光る球体一つ一つが爆発し、大爆発を起こす。

 

少女と楼夢はその爆風で反対方向へと吹き飛ばされる。さらに楼夢はマホカンタで覆われていたため、楼夢に来る分の爆発は全て少女の方向に向けられており、お陰でこの爆発では楼夢は無傷だった。

 

だが先程までの爆発が効いており楼夢はしばらく少し苦しそうな表情になる。だがすぐに治療術を掛け、爆発でできた煙の中を見つめる。

 

そこには爆発で右腕などが吹き飛んだ少女がいた。だがその怪我もすぐに治る。楼夢はそんな彼女に話しかける。

 

 

「アハハハッ!さっきはよくもやりやがったな!お陰でほら!やべぇよ!最高にトンじまったよ、畜生がァァァァァアアッ!!!」

 

 

楼夢はそんな獣のような声を上げる。だが少女は一切怯まずに楼夢に突っ込んだ。

 

 

「甘ぇよ!縛道の六十三『鎖条鎖縛』!」

 

 

だが楼夢は霊力で作られた鎖で少女を縛り上げ、動きを封じる。

動きを封じられた彼女はそのまま地面に倒れる。そしてそこに楼夢が近づいてくる。

 

 

「さっきのやつでテメェが不老不死ってことが分かった。つまり殺しても全回復される。だけどな、俺としてもお前をぶち殺したい。という訳で、死ぬギリギリの攻撃をお前に与えてやる」

 

 

楼夢はそう言うと少女の首に手を当てる。そしてそのまま呟く。

 

 

「雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

 

瞬間、いくつもの光が彼女を貫いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

現在、楼夢は火神と先程襲ってきた少女を連れて家に戻っていた。少女は楼夢の攻撃で気絶しており、今は楼夢のベッドに寝かされている。

 

楼夢と火神は居間に行くとそのままくつろぎだした。

 

 

「それにしても結構苦戦したな楼夢」

 

「しゃーねぇだろ。誰が事前に相手が自爆技を連発出来るって分かるんだよ。いくら俺でも不老不死は初めてなんだぞ」

 

「だが最初っから術を使ってたらもうちょっと楽に勝てたんじゃねぇか?」

 

「俺だってたまには拳で勝ちたいんだよ」

 

 

そんな会話をしていると、突然居間の扉が開く。見れば寝ていたはずの少女が扉を開いていた。

 

 

「……えっと…あの……」

 

「なんだ、幼女?」

 

「よっ、幼女!?」

 

 

少女は楼夢にそう言われると顔を赤くする。どうやら若干すねているようだ。

 

 

「?俺なんか悪いこと言ったか?」

 

「はぁ、てめぇは分かってねぇな……」

 

 

火神はそうため息混じりに呟く。だが楼夢には彼女が何故すねているのか分からなかった。

 

 

「まあいい。それよりもお前、名はなんだ?」

 

 

楼夢は話を逸らすため少女に名を聞く。だがその答えは予想を斜め上を行くものだった。

 

 

「……藤原妹紅」

 

「…ゑ!?」

 

「藤原妹紅。それが私の名前だよ、楼夢」

 

「……えっ、えぇぇぇぇええええ!?」

 

 

藤原妹紅。その名を聞いた途端楼夢は大きな声を出して驚く。

 

 

「もっ、妹紅って……俺が知ってる妹紅の髪は黒だぞ!?」

 

「本当だって!信じてよ!」

 

「…んじゃ、俺がお前に付けたあだ名は?」

 

「もっ、もこたんって、何言わせてるんだよ!?」

 

「おおっ!そのノリツッコミはもこたんだ!」

 

「もこたん言うな!」

 

 

楼夢はとりあえずこの少女が妹紅だと言うことに確信を抱いた。よく見れば髪型も顔も似ており、何よりも彼女の雰囲気が妹紅そのものだったのだ。

 

 

「でもなんでそんな髪になったんだ?こいつみたいに燃え尽きたってわけでもねぇだろ?」

 

「…俺はお前にこの髪が白髪な理由をまだ言ってないんだが?」

 

 

火神から静かなツッコミが入る。だが楼夢はそんなことは気にしないという雰囲気を出していた。

そんな中妹紅が口を開く。

 

 

「……分かった。話すよ、私の髪がこんなのになっちゃった理由」

 

 

しばらくして妹紅は語り出す。その真実は楼夢が想像していたものよりも残酷だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

楼夢が月の兵を全滅させた頃、彼女ーー藤原妹紅は竹林へと走っていた。

 

理由は単純。彼女の父が輝夜を守るために大量の兵士と共に輝夜の屋敷に向かったていったからだ。

 

彼女は自分の屋敷内で突如竹林の方に現れた巨大な火柱を見て、無性に自分の父が心配になったのだ。

 

 

彼女は竹林の中に入るーーっと同時に血なまぐさい嫌な臭いが辺りにただよう。妹紅はそれに寒気を覚えながらも必死に竹林の中を走る。

 

夢中になって走っていたため、彼女は足元の何かにつまずき地面に転ぶ。そして自分がつまずいた何かを目撃する。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

それは人間の腕だった。周りを見渡せば同じように腕、足、体、頭部……等々、様々な体の部位が大量の血に包まれながら辺りに落ちていた。

 

妹紅は顔を青ざめながら歩く。だが先程の光景を忘れられずその足取りはおぼつかない。

 

 

しばらく歩くと、少し開けた場所に出る。そこに広がるのはーー

 

 

 

 

 

ーー数え切れない程の死体が辺りを埋め尽くした光景だった。

 

 

「うっ、おえェェエッ!?」

 

 

妹紅はその光景にたまらず吐き出す。死体には所々に何かに撃ち抜かれたような風穴が空いていた。

腹部の中心に穴が空いた者、上半身と下半身が分かれている者、そして顔が消し飛んでいる者等……十代前半の妹紅には耐えれそうもない光景だった。

 

 

「はぁ、はぁ……そうだ、お父様は?」

 

 

妹紅がその考えに至った時、自然と考えるよりも先に体が動いていた。

 

妹紅の心の中に不安が渦巻く。もし自分の父が死んでいたら?そんな考えが浮かぶたびにそれを拒絶し、体を動かす。

 

死体が多くある方向へ進んで行くと、やがて大きな屋敷が妹紅の前に現れる。真夜中なので薄暗く、分かりにくいがそこは輝夜の屋敷だった。

 

妹紅は恐る恐る屋敷内に入り、その中を探索する。

 

 

「だっ、誰かいませんかー?」

 

 

そう屋敷内で問いながら、妹紅は暗い廊下を歩き、そこにある扉を一つ一つ開ける。どうやら屋敷の中には誰もいないようだ。

 

妹紅は最後に一番大きな扉を開ける。中には豪華な着物や置き物が飾られていた。どうやらここが輝夜の部屋のようだ。

 

輝夜の部屋を探索している内に、妹紅に黒い感情が出る。

 

 

(…そうだ。そもそも全部あいつが悪いんだ。あいつさえいなければお父様は……)

 

 

そこまで考えると、妹紅の思考は輝夜に復讐したいという思いで埋め尽くされた。

妹紅は乱雑に輝夜の部屋を漁る。すると部屋の床が少しズレているのに気がついた。

 

妹紅は部屋の床を思いっきり外す。するとその下から隠されていたかのように壺が現れる。妹紅はそれを手に取ると中身を確かめた。

どうやら中には液体のようなものが入っていた。

 

 

「…ん、壺に何か書かれているな……『不老不死の薬』!?これだ、これさえあれば……!ふふふ、覚悟しろよ、輝夜!」

 

 

妹紅の中には既に黒い感情しかなかった。妹紅は自分が不老不死になることでいつか輝夜に復讐しようと考えていたのだ。だがその甘い感情のせいで彼女は地獄を見ることになる。

 

 

「ぐ、がァァァァァァアアアアッ!!!」

 

 

不老不死の薬ーー蓬莱の薬を飲み干した後、妹紅に異変が生じる。妹紅にまるで体が燃えているかのような痛みが体中に奔る。

一言言うなら、それは伝えようのない程の生き地獄だった。

 

竹林にとある少女の叫び声が響く。何時間いや、何年経ったのだろうか。少なくとも妹紅にはまるで永遠のような時間に感じられた。

叫び過ぎて声が出なくなった頃、突然妹紅に奔っていた痛みが消え去る。

 

 

「あ…ぁぁ……」

 

 

妹紅はそのまま地面に倒れ込み、気絶する。

だがその前に彼女の視界には白くなった自分の髪が映っていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「成程な……」

 

「その後屋敷に帰ったんだけど皆に追い出されてね……そっからさきはあまり覚えてない」

 

 

楼夢の中で全ての辻褄が合う。何故彼女の髪が変わっていたのかも、何故妹紅の屋敷が燃えていたのかも。

楼夢は苦笑いを浮かべている妹紅を見ると、目をしばらく瞑る。

 

 

「っで、お前はこれからどうするんだ?」

 

「……あまり考えていない」

 

「…しゃぁない。おい妹紅。もしこれからの宛がねえなら火神の弟子になったらどうだ?こいつだったらお前の暴走も止められるし、それを操ることもできるようになるかもしれない」

 

「なっ!?おい楼夢!俺はまだ許可してねぇぞ!」

 

「いいじゃねえか。見たところ妹紅にはかなりの才がある。成長すればきっと強くなるぜ?」

 

「…ちっ、面倒くせぇ」

 

「…あの、いいのか?私はもう人間じゃないし、化物なんだよ?」

 

 

妹紅は楼夢と火神にそう問う。すると楼夢が呆れたような顔をする。

 

 

「あのな。一応言っとくが俺も火神も妖怪だぞ?」

 

「えっ?」

 

「第一こいつの頭だって白髪じゃねぇか。今さら一人や二人増えたところで大差ねえよ」

 

「……ふふふ」

 

「ん、なんだ?」

 

「いや、なんでもないよ。それよりもこれからよろしくね、楼夢。そして師匠!」

 

 

こうして、火神に弟子ができたと同時に、童話も終わりを迎えた。

 

 

 

 

「という事で、明日から旅に出るぞ!」

 

「「えっ!?」」

 

 

 

 

Next phantasm……。

 





~~今日の狂夢『様』~~


「お久しぶりです、皆さん。中間テストで数学なんと91点!?過去最大記録を更新した作者です」

「だが他の教科は平均60点で残念な作者の飼い主。狂夢だ」


「とうとう平安京編終わりましたね」

「ああ。俺のキャラが一方通行になってたりしてるのも気になるが、最近やっぱり一方通行ネタ多くないか?」

「それはやっぱり私が一方通行大好きだからですよ」

「俺は木原君が好きだったな。やっぱりあの木原神拳はかっこいいと思う」

「あっ、それは同感ですね」

「まあ、そんなわけで次回から新章突入!?次回もキュルッと見に来いよ!」


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因果の鎖編
娘とヒーローと宴会と




一直線にしか進めない

路地裏通りを

俺は通る


by白咲楼夢


 

 

風がヒュルヒュルと吹き、太陽が辺りを照らす中、都から離れた道に四つの人影が浮かんでいた。

人影は道をなぞるように歩き、やがてある場所で一旦止まる。

 

「お父さんお父さん!お腹減ったよ」

 

「地図ではもうすぐ着くはずだから、我慢して、清音」

 

「そう言えばお父さん。私たちは一体どこに向かっているのでしょうか?」

 

「うーん、着いてからのお楽しみという事で」

 

「…仕方無いですね。まあ、そろそろ到着ですから嫌でも分かるので問題ないです」

 

四つの人影はそんなよくある会話をしながら、再び道を歩き始める。

 

その人影の内の一人の瞳には、歩く度に徐々に近づいてくる村が見えていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

ある一国の村の中に先程の四つの人影があった。人影は賑わう村を観光していた。そしてその中の一人が道を歩きながら口を開いた。

 

「ふぅ、やっと帰ってこれたな」

 

「お父さん、ここどこなの?」

 

そう連れていた人影の一人の腰まで伸ばした金色の髪を持った少女ーー清音は尋ねる。その鬼灯の瞳には今だ見たことのない物に興味津々で、放っておくとどこかへ行ってしまいそうな程興奮しているのが目に見えた。

 

「ここは諏訪国っていう俺の友人が住んでいる場所だ」

 

最初に口を開いた身長170cm程の大きさの青年ーー楼夢は答える。いや、青年と答えるべきなのか迷ってしまう。それもその筈、楼夢は化粧を施した踊り子などよりも美しい顔と、腰まで伸びた桃色の髪を持っていたからだ。

さらに着ている服は脇の部分がない黒い巫女服だったため、道行く人々はそれを見ると口々にどこかのお偉い巫女様だ、などと言いながら見惚れる。

だが少なくともそれは本人にとっては嬉しいことではなく、逆に不満が積もっていた。だがそれもいつものことだと割り切り、楼夢は再び周りに目を向ける。

 

「ちなみにここには何しに来たの?わざわざ火神さんと妹紅との旅まで断って」

 

次に黒い髪を持った少女ーー美夜が問う。その髪はポニーテールになっており、どことなく気品さを感じさせていた。瞳の色は姉妹同じの鬼灯である。

美夜は楼夢が友人との旅を断ってまでここに来た理由が分からなかった。

 

「ああ、それはちょっと仕事絡みでね、俺の友人は同業者だから一緒にいた方がいいんだ」

 

「あれ、お父さんって何かお仕事していました?てっきり無職だと思っていたのですが……」

 

「…中々心にくる言葉だな、舞花」

 

最後に銀の髪を持った少女ーー舞花はそのことに疑問を感じ、地味に楼夢の心を傷つけながら問う。髪は二つのリボンで結ばれており、瞳の色はやはり姉妹揃って鬼灯色だった。

 

楼夢は舞花の問いに落ち込むが、すぐに元通りになり、話す。

 

「酷ぇな…こう見えて俺も一応職業くらいはあるんだぞ?」

 

「「「うん、無職という職業がね!」」」

 

娘たち全員にツッコまれた楼夢は、目に涙を浮かべる。がそれを堪えて深くため息を吐く。

 

「ちくしょう!こうなったら俺が一応無職ではないという事を証明してやる!」

 

そう楼夢はやけくそになると、村の奥にある山の階段に向かって走っていった。

そしてそれを取り残された三人は追っていった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

現在、楼夢たちは守矢神社へ行くための階段を登っていた。ゆっくり、ゆっくりと歩くが、それは娘たちに負荷をかけないという楼夢の気遣いであった。

 

 

一年前、平安京を旅立った時、楼夢は友人である火神と妹紅に一緒に旅をしようと声をかけられた。

だが楼夢はそれを断った。

 

理由の内の一つは、楼夢にはこれから娘たちを一人前の妖怪へと育てなければならなかったからだ。もちろんこれが全てという訳でもなく、用はもう一つある。その用のために訪れたのがここ守矢神社である。

 

「つ 、疲れたぁ……」

 

美夜はそう呟く。それも無理もないことなのかもしれない。元々娘たちはいくら妖怪でもまだ生後約一年なのだ。

 

そんな子どもたちにこんな大の大人でも歩いて数時間かかることで有名な守矢神社の階段を登らせるのはあまり気分に良いものではない。

 

楼夢は『妖狐状態』になるとその尻尾で娘たちを持ち上げ、そのまま階段を全力疾走した。

 

「うわぁ……速い!」

 

その速度に清音は思わずそう呟く。そしてそのまま速度はさらに上がっていく。

 

元々『妖狐状態』での速度はあまり速くないが、楼夢は余った尻尾の先を後ろに向けて、ロケットエンジンのように妖力を放つことで、直線的だが凄まじい速度で移動しているのだ。

これはあまり効率はよくないが、別にこの後何か戦いでも控えてるわけでもないので、気にしない。

 

「ほら、もうすぐで到着だ」

 

「ひ、ひぃぃぃ!?降ろしてくださーい!!」

 

「ほら、泣かないの舞花。というか最初っからこうしておけばよかったんじゃ……」

 

「美夜よ、人には触れてはいけない事があるのだ」

 

そうしていると、楼夢の視線の先に守矢と刻まれた鳥居が見えてくる。

 

 

このまま突っ切ろうとしたが、突如楼夢に複数の青白い弾幕が襲ってきた。

 

襲ってかかってくる弾幕を、右手を振るうことでかき消し、そのまま視線を攻撃してきた本人に向ける。

 

「…誰だ、テメェ……?」

 

思わず楼夢はそう問いかける。

 

「ふふふ、天が呼び地が呼び風が呼ぶ。守矢の巫女でありながら悪は絶対に許さない!正義の味方!東風谷凛(こちやりん)参上!」

 

攻撃してきた犯人である少女はそう自慢気に言いながら、戦隊ヒーローっぽいポーズを取る。どこぞのグレートサ●ヤマンかよお前は。

 

とりあえず少女は守矢の巫女服を着ていることから、守矢の巫女であることは確かだろう。特徴的な緑の髪も、どことなく早奈に似ている。

 

とりあえずわかったことは、非常に面倒くさい人間のようだ。だが流石に彼女を無視するほど楼夢は鬼畜ではない。

 

「おいそこの巫女。なぜ俺らを攻撃した?俺らは諏訪子たちと少し関わりがあるんだが?」

 

「嘘が下手ですね~。妖怪は悪!そんな悪と諏訪子様たちが仲良くするなど、断じてありません!悪はこの私が成敗して差し上げます!」

 

少女はそう高らかに言うと、大量の守矢印の御札を放つ。

 

「…ったく、あ~あ面倒くさぇ……。俺にこんなことさせてんじゃねぇ…よッ!!」

 

そんな怠けた声と共に、楼夢の周りに万を超える桜の花弁のような弾幕が現れる。そしてそれを、全方位に向けて放った。

 

桜の弾幕はまるで波のように御札を呑み込み、凛を襲う。が彼女はこれでも守矢の巫女なので、このままでは終わらない。

 

「発動しなさい、私の力!」

 

彼女がそう言うと彼女を覆うように青白い結界が貼られる。そしてそれに桜の波が当たると、呆気なく桜の波が弾き返された。

 

「うわぁ…めんどくさ……」

 

「どうですか!これが私の能力【跳ね返す程度の能力】です!これがある限り私は無敵!つまり貴方に勝ち目はもう万に一つもありません!」

 

彼女はそう高らかに宣言する。だが楼夢にはそれが滑稽に見えて仕方がなかった。

 

「…はぁ、哀れだな。マジ哀れ。確かにテメェの能力は中々だが別に知恵絞ればこういうやり方もあるんだぜ!」

 

楼夢はそう言うと桜の弾幕を一箇所に収束させ、それを一気に放つ。

 

放たれた桜の閃光を凛は先程と同じように結界を貼る。だが閃光にぶつかった時、なぜか閃光は跳ね返されず、そのまま凛を結界ごと押し出した。

 

いや、跳ね返されずと言うのは間違いだ。確かに彼女には今だに攻撃を跳ね返している感触があるのだが、閃光は変わらずさらに威力を上げているようにも見える。

 

 

そこで、凛は閃光を見つめる内にあることに気づき、驚愕する。

 

(これは…跳ね返されてもそれよりも速く復活している……!?)

 

「どうやら気づいたようだな。ま、要するに数の暴力さえあればこんなもんなんとでもできる。…さぁて、一つ賢くなったところで、フィナーレといこうか」

 

その言葉を合図に、閃光はさらに結界を押し始める。そしてその勢いに耐えきれず凛は波子流されるように、吹き飛ばされた。

 

それと同時に、結界が解除される。そして楼夢はそれを見つめると、拳に妖力を込めた。

 

「安全しな。死にゃしねぇ…。ま、その代わりかなり痛ぇけどな!『虚弾(バラ)』!」

 

込められた妖力が固められ、拳から発射される。それは虚閃(セロ)の二十倍の速度で凛に迫り、ドゴォォォオンという音と共に爆発した。

 

「汚ねぇ花火だ。……そんなことより、隠れてないで出てきたらどうだ?諏訪子、そして神奈子」

 

楼夢がそう一人で呟くと、近くの木々から二人の女性が現れた。

 

「相変わらずあんたは変わらないねぇ。そこがちょっと羨ましいよ」

 

「お前の隣に約一名数十年経っても何も変わってない奴がいるんだが?」

 

「わ、私だってあれからちょっとは背が高くなったんだよ!?……たぶん」

 

「そんなことより上がっていきな。用件は大体予想がつくよ」

 

「じゃあ遠慮なくお邪魔するぜ。それよりも巫女の方はいいのか?」

 

「うちの客に勝手に攻撃した罰だよ。しばらくは放っておくよ」

 

そう雑談しながら、楼夢は娘たちを連れて神社へと入っていった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「さぁて、久しぶりだな、二人とも」

 

「それはさっきのでいいだろ?それよりも楼夢。その子たちは何?」

 

現在、楼夢たちは守矢神社の居間にいた。

金髪で小さい少女ーー諏訪子はそれぞれにお茶を注ぐ。

そして楼夢の前に座る人物ーー神奈子はニヤニヤしながらそう聞いてきた。

 

「ああ。こいつらは俺の娘たちだ」

 

キッパリと諏訪子と神奈子に向けて楼夢は断言する。

 

すると彼女たちはその返答に驚いて、ポカンとした表情になる。

 

何がそんな珍しいのだろう。現に諏訪子だって娘とか孫とかいるじゃないか。

 

「お、おう。そんなはっきり言うとは思わなかった……」

 

「別に隠しても意味ねえだろ?」

 

「相手は!?相手は誰なの!?」

 

 

諏訪子は顔を真っ赤に染めながら聞いてくる。

 

なんでそこで諏訪子の顔が赤くなるのだろう?

楼夢にとってはそれが最も疑問で仕方がなかった。

 

「別に誰でもねえよ。それよりもなんでそこでお前の顔が赤くなるんだ?」

 

「あら、もしかして諏訪子、楼夢が女とあんなことやこんなことをしているのを想像しちゃった?やっぱりまだまだ若いねえ…」

 

「うるさい!普通あんな女なんて興味すらないくせに女を無意識に口説く女たらし野郎が子どもなんて持ってたら想像するだろ!?」

 

「おいおい、結構酷い言いようだな……。まあいい。おい、この二人に自己紹介しろ」

 

「初めまして、私は白咲美夜よ。以後宜しく」

 

「私の名は白咲清音。宜しくね!」

 

「し、白咲舞花です…。宜しくお願いします」

 

娘たちは一通り自己紹介をした後、再び楼夢の後ろに戻って楼夢の尻尾で遊びだす。

 

「さて、今回ここに来たのは今月が神無月だからだ」

 

「成程ね。今だ一回も出雲大社での宴会に参加していないから今年こそはと。丁度いい、私たちも今日の夜行く予定だったのさ。よかったら一緒に行くかい?」

 

「ああ。迷惑じゃないなら」

 

「それじゃあ決まりだね!早速出発する準備に取り掛かるよ、神奈子!」

 

「はいはい、だからそう急かすなって……。ま、今年の宴会も楽しめそうだね」

 

神奈子はそう口を三日月のように歪めると、クスリと笑う。そして今日の宴会行くための準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

Next phantasm……。






~~今日の狂夢『様』~~


「今回から新章!そして学校でも学発の練習で忙しい!作者です」

「ロリっ娘って素晴らしい!今回で改めてそう感じた!狂夢だ」


「作者って学発何すんの?」

「劇部と音楽部に分かれてますが、私は音楽部ですね」

「へぇ、なんの楽器を使うんだ?」

「マラカスですよ」

「……」クスッ

「ちょっ今あんた何笑ってんだよ!?」

「さ、作者に似合いすぎだろ!?だってマラ『カス』なんだぜ!?アハハハハ!!」

「お前…後で覚えておけ……」

「という事で今回はここまで!次回もキュルッと見に来いよ!!」


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面倒くさそうな大宴会


歩くのに椅子はいらない

同じく、旅をするのに家はいらない


by白咲楼夢


 

「おのれっ、妖怪めェェェッ!!」

 

真夜中、そんな近所迷惑な声と共に御払いが桃色の髪の青年ーー白咲楼夢に振り落とされる。

 

だが彼はそんなことも気にもしないで団子が刺さっている串を持ち、団子を食う。そして食べ終えるとその串で御払い棒を受け止める。

 

「……やっと起きたのか、戦隊野郎。一応かなり加減はしたはずなんだが……」

 

「そんなことを言ってられるのも今の内です!今度こそ私に秘められた真なる力をお見せしましょう!」

 

「ふーん、あっそう」

 

そんな軽いセリフを吐きながら楼夢は空き缶をゴミ箱に捨てるかの如く団子の串を巫女服を着た少女ーー東風谷凛に投げつける。

だがそれは凛に当たる寸前で反射され、凛は自慢気に語る。

 

「無駄です!私の能力の前ではあらゆるものの攻撃など無意味!つまり私こそが正義なのです!」

 

「……それで昼に普通に負けてるんだが?そこんところどうなってるんだ中二巫女?」

 

「あっ、あれはマグレです!それに一度見せたものがもう一度通用すると思わないでください」

 

そう言いながらちゃっかり不意打ちを仕掛けてくるヒーロー。おいおい、こんなもんガキに見せたら泣いちまうぞ。

 

「……つーか俺まだ茶飲み終わってねぇんだが、マジでムカつくなやっぱり……。というわけで寝てろやこのクソガキィッ!!」

 

折角のお菓子タイムを邪魔されたからなのか、楼夢は口調を荒くしながら凛に接近しその拳で右ストレートを繰り出す。

彼女は余裕という表情で待ち構える。そして彼女を覆う結界に拳が当たり反射され……

 

「ふぉがッ!?」

 

 

反射され、なかった。拳は綺麗に凛の顔面に吸い込まれ、情けない声と共に地面に転がる。

 

追加という形で楼夢はさらに地面に転がる彼女に足の裏で踏みつけようとする。が、そこは一応守矢の巫女という事なのか、そのまま転がる事でその一撃を回避する。

 

だがその表情は自分の反射が発動しなかった事か、驚きと疑問の入り混じった表情をしていた。

 

「自分の反射が発動しなかった事に疑問を抱いているな?…さぁて、なんででしょうねぇ……?」

 

そんな巫山戯た答えを放つ楼夢の顔に、凛は自分の右拳を放つ。その拳には反射の結界が覆われており、殴りつけた相手をその方向に反射させ、吹き飛ばすという効果が備わっていた。だが……

 

「はい 、残念」

 

その拳に合わせるかのように楼夢はクロスカウンターを決め、逆に凛を殴りつける。

だがやはり反射は発動せず再度同じように吹き飛ばされる。

 

「…ったく、テメェの反射は完璧じゃねえだろうが」

 

そう吐き捨てると楼夢はまだ飲み終えていないお茶を飲み干す。そして再度語り出した。

 

「俺がやったことは至極単純だ。振り下ろした拳がお前に当たる一瞬で拳を引き戻す。分かりやすく言えば寸止めのようなもんだ。後は簡単、引き戻された俺の拳に結界が反応して勝手に逆方向に()()()()()()()()。分かってくれたかな、マゾヒスト君?」

 

その言葉を聞くと凛は驚愕のあまり呆然とする。だがその隙に楼夢は彼女の後ろに回り込むと、その首筋に手を当てる。

 

「と言うことで、そろそろ時間だ。じゃあな、『スタンガン』」

 

そう呟くと、指から微量の電気が作られると、それを凛の首に押し付けるように当てる。

バチンッという音と共に、次の瞬間彼女は地面に倒れ伏す。

どうやら上手く気絶してくれたようだ。

 

「さて、と……そろそろ出発かな?」

 

気絶した凛を抱き上げると、楼夢はそう呟く。そしてそのまま守矢神社へとその後ろ姿は消えていった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「皆、ちゃんと準備はできたね!?じゃあ行こうか!」

 

「おいおい、行く前からそんなテンションだとこの先もたないぞ、諏訪子?」

 

「神奈子の言う通りだな。…そう言えばこっからどうやって出雲大社に向かうんだ?まさか歩きとか言うんじゃねえよな?」

 

そんな疑問を持ちながら、楼夢は娘たちの方へ目をやる。

そして娘たちは酒を飲めるのかと一瞬疑問に思ったが、一応八岐大蛇と呼ばれる自分の娘だから多分大丈夫と結論付け、不安を振り払う。

 

 

そう、今は神無月。現代風に言うと十月だ。

この月になると八百万の神々はそれぞれ自分の神社を離れ、出雲大社に集まり、宴会を開くのだ。

 

そして今回楼夢が守矢神社を訪れた理由としては、この宴会に参加することだったりする。

 

決して遊びに来たのではない。

一応この宴会の参加は義務ではないのだが、流石に一度は顔を見せた方が後々変に絡まれたりしなくなるのだ。

特に最近生まれた神々は傲慢で偉そうな奴が多いらしい。そういう意味でこれからの旅を考えると尚更参加した方が良さそうだ。

 

楼夢はそう思うと、視線を諏訪子たちの方に向け、口を開く。

 

「そう言えば神社の方はあの中二巫女に任せるのか?」

 

「まあそうなるね。性格はああだけど実力は中々だからね」

 

「いや、諏訪子。凛はまだまだだ。なんせ今日一日だけであの防御を破る方法が二つも出てきたのだ。……もっともその一つは真似できそうにないが。そう考えるとこれは凛にとって良い出来事かもしれない」

 

「俺としては出会う度に挑まれるからいい迷惑だ。そんなことよりどうやって出雲大社に行くんだ?まさか歩きとか言うんじゃねえだろうな?」

 

「時間が経てばそのうち来るよ。あっ、ほら」

 

そう諏訪子はある方向を指差す。そこには守矢神社に置いてあるお賽銭箱がなぜか眩しい光を放っていた。

諏訪子はそのお賽銭箱に近づくと

 

「あれに触れれば出雲大社まで一瞬で移動出来るんだ。もっとも、楼夢みたいに神社がない場合は自力で行くしかないけどね」

 

そう自慢気に説明する。

楼夢と神奈子は諏訪子と同じく、お賽銭箱に近づく。

すると諏訪子が気合いの入った声でさらに楼夢に説明する。

 

「さあて、さっきも言った通り、これで出雲大社に一気にに行くつもりだけど、準備はできた?」

 

「元々俺は荷物を全部巫女袖の中に収納しているから特に準備は必要ねえけどな」

 

「分かった。じゃあ行くよ!」

 

そんな掛け声と共に、諏訪子はお賽銭箱に触れた。

次の瞬間、楼夢たちはお賽銭箱から溢れる光に包まれた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……ここが出雲大社か」

 

目の前にある豪華な大社の前で、楼夢はそう呟く。

見れば数十人もの神が楼夢たちと同じように大社の前にいた。おそらくは偶然同じタイミングでワープしてきた者たちなのだろう。

 

「ひゃぁ……おっきいなぁ」

 

「それに凄いキラキラしてる!」

 

「ふむ…庭も大きいな。おまけに池も大きいし鯉以外の魚も沢山いるね」

 

上から舞花、清音、美夜はそれぞれ瞳を輝かせながら大社を観察する。そしてしばらく経つと全員が楼夢を見つめてきた。

 

『……』

 

「なんだ、お前ら。そんなに俺を見つめて。もしかしたら顔にゴミでもついているのか?」

 

楼夢は娘たちになぜ見つめられているのか気づかず、自分の顔からゴミを払うような動作をする。

実際は百人中百人が言ってもゴミではなく花がついていると言い張るのだが、そんなことは楼夢の知るよしもなかった。

 

「…お父さん、お願いがあるんだけど……」

 

「ん、どうした?」

 

『神社を建ててください!』

 

「断る!」

 

冗談じゃない、と楼夢は思う。

ただでさえ現在は旅の途中だってのに掃除しなければ汚くなる神社なんて今はいらない。それ以前にお金がない。

 

「えー、いいじゃん」

 

「せめて旅が終わってから建てろ。とりあえず今は無理だ」

 

どうしても諦めない清音に、楼夢はそう説得する。

 

「あはは、楼夢の子どもは皆元気がいいね」

 

「元気過ぎても困るんだがな。それに元気と言ったら当代の巫女も同じじゃねえか」

 

「それを言われちゃ反論できないね」

 

そう軽く話すと、楼夢と諏訪子は同時に笑う。

そしてそのまま出雲大社へと入っていった。

 

「うわぁ…中もすげえ広いな。流石八百万の神々が集まる場所と言ったところか」

 

勿論実際は八百万ぴったりというわけではなく、あくまでそれくらいいるという例えなのだが、少なくともこの出雲大社には数百万はいるということが分かった。

 

「じゃあ私たちは先に飲みに行くね。行くよ神奈子」

 

「ああ、ではまた会おう」

 

そう言い残すと、二人の姿はあっという間に見えなくなる。

 

速いな、と楼夢は心の中で呟くと、自分に向けてある視線に気づき振り返る。

 

そこにはかつて諏訪大戦で戦った太陽の最高神、天照大御神が酒の盃を持ちながら近づいて来ていた。

 

「あら、お久しぶりですね楼夢」

 

「……なんだ天照か」

 

「こんなところにいるなんて意外です。あなたはこれよりも旅を優先すると思っていたけど……」

 

「数十年に一回は顔を見せておかないと旅でも後々めんどくさくなると思うからな」

 

「成程…まあいいわ」

 

金色の髪を揺らしながら、天照は盃に入った酒を飲み干す。

しばらくすると、美夜や清俺、そして舞花が楼夢へと駆け寄った。

 

「お父さんお父さん!私たちもお酒飲みたい!」

 

「こっ、この子たちは……?」

 

「俺の娘だ 。ほらお前ら。こっちは俺の友人の天照だ」

 

「うん、よろしくね!」

 

天照は呆然とした表情で娘たちを見つめる。そして徐々に体を震わせながら楼夢に問いた。

 

「楼夢…あなたの子どもにちょっと触れてもいですか?」

 

「ああいいぜ。その代わりこいつらを弱い酒がある場所に連れて行って欲しい」

 

「ほんと!?それじゃあ早速行くわよ!」

 

天照たちは娘たちを撫でながら諏訪子たちと同じように移動する。

 

それを確認すると楼夢もアルコールが高い酒を探そうと歩きだそうとする。

だがそれは後ろにいた数人の男たちが楼夢の肩を掴んだ事によって引き止められる。

 

「……なんだ?」

 

「ねえねえそこの姉ちゃん。俺らと一緒に楽しい事しようぜ」

 

どうやら男たちが寄ってきた理由は単純に楼夢をナンパするためだった。

それに気づいた楼夢は呆れ、掴まれた手を払い除けた。

 

「悪いが俺は羽虫と仲良く喋る趣味はねえ。というわけで邪魔だ、ゴミクズ共」

 

その言葉を聞いたチンピラ共の雰囲気が変わる。それは明らかに怒っているのを表してるようだ。

 

「おう、お前だれに口聞いてんだこら。今から謝ったら許してやるぜ」

 

それを聞いた楼夢はため息を一つ吐く。そして口元を三日月のように歪めてチンピラ共を睨んだ。

 

「ふふ、いいだろう。テメェらが誰に口聞いてるか分からせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next phantasm……。





~~今日の狂夢『様』~~


「どーも、訳ありで月曜日に学校が休みになりました。作者です」

「テメェの頭はいつも休みだろ。狂夢だ」


「そう言えば今回の章ってどんな感じなんだ?」

「うーん、少しネタバレになりますけど一言で言うならボスラッシュになると思います」

「成程。今回のチンピラもそれの一つってわけか」

「まあ結果は一目同然なんですけどね」


「というわけで今回はここまでだ。次回もキュルッと見に来いよ」


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宴会での喧嘩


今回はちょっと時間が少なくて短めです。ご了承下さい。


 

 

出雲大社の庭、今そこは大変賑わっていた。

理由は一人の美少女に見える青年と軽く二十はいる男の神たちにあった。

 

「へへ、よくも生意気な口聞いてくれたな。ここでたっぷりお仕置きしてやるぜ」

 

「ゴキ●リ如きにできるのならね」

 

そんな言葉が青年ーー楼夢から出ると、辺りから複数の笑い声が聞こえた。

そしてそれに顔を真っ赤にする男の神。

 

「きっ、貴様!もう許さんぞ!」

 

そう怒鳴ると仲間の神と同時にそれぞれの武器を構える。どうやら全員武神のようだ。

 

周りの男たちを見回して、楼夢は思う。

 

なんか人数メッチャ増えてねえか!?

しかも全員ジジイだし!?何がうれしくてこんなむさ苦しい男たちと戦わなきゃいけないの!?

というか娘たちがちゃっかり見てるんだけど!?あっ、そこ!天照の野郎何微笑んでやがんだ!?とりあえず後で覚えておけ!

 

そんな!?ばっかりのセリフを浮かべると、巫女袖から背丈ほどある巨大なスパナーーボルトなどを回す道具ーーを取り出すとそのまま構える。

 

これは狂夢がよく何か巨大構造物を創る時に使うやつだ。なぜこんなものを使うかと言うと、その方が相手を長くいたぶれるからだ。

 

それぞれが武器を構えると、周りに数百の野次馬が集まる。どうやらこの喧嘩を酒の肴にしたいようだ。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

そうこうしてる内にゴキブリ軍団の中の一人が手にした槍でなぎ払う。

 

だがそれをスパナで受け止めると、スパナを上から下に振り下ろす。

 

メギャッ!!という鈍い音と共に、男の頭は血を噴き出しながら楼夢の足元に倒れる。

明らかにもう動けない男に対し、楼夢はその頭をグリグリと足の裏で踏みにじる。そしてしばらくすると道端に落ちている小石のように頭を蹴りとばす。

 

「じゃあな、『虚閃(セロ)』」

 

さらに蹴りとばした頭に体ごと虚閃を放つ。そして次には男がいた場所には黒いシミしか残っていなかった。

 

ちなみに楼夢は勿論神は信仰があれば復活するということを知っている。故に殺したのだ。

 

「きっ、貴様ぁぁぁぁぁッ!?」

 

その声と共に二十近い男たちが一斉にかかってくる。

だが楼夢は余った左手に魔力を込める。そしてそれを魔法にして解き放った。

 

「『イオナズン』」

 

そんな一言で、男たちの間に光の球体が複数現れる。と次の瞬間にそれは大爆発を起こした。

 

その余波は周りの野次馬の一部を吹き飛ばし、クレーターを作り出す。

 

爆発が収まると、楼夢は見定めるかのように辺りを見つめる。どうやら今ので完璧に灰になったようだ。

 

「さあて、と!酒でも飲んで気持ち入れ替えるか!」

 

楼夢はそう言うと、元気に天照の元によっていった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「あらあら、相変わらずの化け物っぷりですね」

 

戦闘が終わった後、天照はそう楼夢に微笑む。

だが楼夢は天照が先程の戦闘を肴に酒を飲んでいたことを知っている。故に心の中ではその態度に少しイラッときていた。

 

「何人が面倒くさがるのを楽しみにしてやがんだゴラ」

 

「私は純粋にあなたを褒めていただけですよ。全くつれないですね」

 

「うっさいこの泣き虫猫かぶり野郎」

 

その言葉に彼女は少し反応する。どうやら相変わらず『泣き虫』という言葉にコンプレックスを抱いているようだ。

 

「いっ、今では精神修行を終えたので大丈夫です!というかなんなんですかその目は!?私はこう見えて……」

 

「あーはいはい分かりました凄いですね。それよりも美夜たちもちゃんと酒受け取ったか?」

 

そう、それが今回心配することの一つだ。理由はやはり生後まだ十年も経っていない子どもに酒が飲めるかだ。

 

「うん、天照さんが持ってきてくれたんだ」

 

美夜はそう言うと、清音は頷く。

天照はその言葉を聞くと心底嬉しそうな顔をした。

 

だが楼夢には一つの違和感が残っていた。

 

「あれ、そう言えば舞花はどこだ?確かお前らと一緒にいたよな?」

 

その言葉に美夜と清音は一瞬返答にためらうが、すぐに話し出す。

 

「舞花は…その……」

 

「あっはははは!お酒は最高!です」

 

すぐ後ろで知った声が聞いたこともないセリフを喋る。

よく見るとそこには顔を真っ赤にさせて酔っ払った舞花がそこらの酔っ払いのように笑って酒を飲んでいた。

 

「……おい美夜、清音、天照。何だあれは?もう一度聞く。何だあれは?」

 

「その…どうやら舞花は酒に強くないようでして……」

 

「一口飲んだだけであんな感じになっちゃったんだよねー」

 

「そしてどうやらその後酒をガブガブ飲んでるみたいですね」

 

各々の言葉に楼夢はため息をつく。まさかこの姉妹の中で一番清楚なイメージを持つ舞花が酒に弱いとは思ってもいなかった。

 

「流石にこれはやばいかもしれない……とりあえず舞花を寝かせておいてくれ」

 

その指示を聞くと、二人の娘たちは急いで舞花を運ぶ。

それを見届けると、楼夢は大社内に一旦戻る。

ちなみに天照はこの宴会中は俺についていくようだ。

 

「さてと、俺も楽しませてもらいましょうか」

 

そう呟くと先程諏訪子たちが消えていった方向に進む。

しばらく歩くと、そこには匂うだけでアルコールが高いことがわかる酒が注がれていた。

 

そこには勿論諏訪子と神奈子もいた。俺は近づくと同時に二人に話しかける。

 

「おい諏訪子!その酒中々美味そうじゃねえか。一本くれ」

 

「一杯じゃなくて一本まるごとなの!?」

 

諏訪子はまずそこから突っ込む。そして同時に思う。めんどくさい奴が来た、と。

 

「姉さん、大丈夫ですか?危ないことはされていませんね」

 

突如何処からともなく天照の弟ーー須佐之男命が現れる。そして須佐之男は天照を心配するが、天照は平然とした顔で、

 

「心配し過ぎですよ、須佐之男。大丈夫です」

 

そう自分の弟に言い聞かせる。

 

「お、楼夢も来てんのか。そりゃ今日の飯が上手くなるのも当然か」

 

そう言い楼夢の盃に酒を注ぐ。そして楼夢はそれに口を付け、飲み干す。

 

「久しぶりなんだ。色々語り合おうぜ」

 

「ああ」

 

 

こうして、俺はその後宴会の全ての時間を須佐之男たちとの雑談に費やした。

 

 

 

 

Next phantasm……。



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二度目の挑戦



死しても戦え

それが覚悟だ


by須佐之男命


 

 

「おい楼夢。一回俺と勝負してくれ」

 

それは宴会が終わりかけた頃だった。いや、正確には宴会はこの一ヶ月間毎日行われるので、その内の一日が終わったと言った方が正しい。

 

そんなちょうど程よく酒が回ってきた頃、須佐之男はそう俺に頼み込む。

 

俺はすぐさま考え、結論を出す。

 

状況把握してみたところ、俺はどうやら予想以上に酔っているようだ。まあ酒を三十本も飲んだ後、追加で『奈落落とし』まで飲めばそうなるだろう。

 

そんな俺に対し、須佐之男もかなりの量を飲んだが、実際は俺の半分程だ。いつもなら俺の三分の二は飲むはずだが、どうやら今日は抑えていたらしい。

 

それほどまでに俺と戦いたいようだ。

 

「だけど今は宴会だぜ。俺も結構酒が回っているがいいのか?」

 

だが実際これでは俺の全力は出せない。以前の須佐之男ならこれでも十分だが、少なくともあれから数百年は経っているのだ。このままの筈がない。

 

もしこれも須佐之男の計算内だったら、成長したものだ。

自分より強い相手を弱らせて倒すのは戦闘の定石(セオリー)だ。

もしこれが天照などだったら、全力を出せないままあっさりやられてしまうだろう。

どうやら須佐之男は俺が予想したよりも成長しているようだ。

 

 

「あっ、やべ。そういや今は宴会だったな。お前と再戦することを考えていたらすっかり忘れちまった」

 

 

宣言撤回。やっぱり須佐之男(バカ)須佐之男(バカ)だった。

 

とりあえず戦えないほどでもないので、酔い覚ましのついでにやるか。

 

「まあいい。とりあえず受けてたとう。勿論以前よりは成長してるんだろうな?」

 

「勿論だ。進化した俺の相棒『叢雲草薙(ムラクモクサナギ)』と俺の力見せてやる!」

 

そう言い、彼は腰に付けてある刀を自慢気に引き抜く。

 

その刀は一言で言うと、圧倒的な威圧感があった。

刀身の長さなどは俺が作った『天叢雲』と同じだが、その刀は薄い赤い光を帯びており、オリジナルとは別物のようだった。

 

イメージで言うなれば群がる雲を吹き飛ばす風のような、平原の草を焼き尽くす炎のような、そんな全てをなぎ払うような力をあの刀は所持していた。

 

そしてその独特な力に楼夢はその刀の正体に気づく。

その正体とはすなわち楼夢の『舞姫』と同じ妖魔刀であった。

 

その証拠にその刀には魂が宿っていた。これは同じ妖魔刀を持つ者の感覚であり、どうやら一般人では分からないようだった。

 

「……成程、どうやら以前とは違うようだ」

 

そう言い残し、俺と須佐之男は被害が出ない裏庭へと向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

裏庭と言っても、ここは神々が集う出雲大社だ。裏庭は見た限り二里、約八キロメートル以上は軽くある。

 

そんなだだっ広い裏庭の中、二人の男が刀を引き抜いて構えていた。

 

 

一人は勿論白咲楼夢。その右手には桃色の光を宿した妖魔刀『舞姫』がシャンシャンという美しい鈴の音を奏でながら握られていた。

 

もう一人は須佐之男命。こちらも赤い光を纏った独特の雰囲気をかもし出す刀『叢雲草薙』をその手に握っていた。

 

 

楼夢は舞姫の刃についてある鈴を鳴らしながらだらりと、それでいて自然な構えをとる。

 

対する須佐之男は刀を楼夢に真っ直ぐ向けており、楼夢の頭の中には武士という単語が浮かんだ。

それほどまでに型はしっかりしており、その力強さが握る刀から伝わった。

 

 

対極的な構えを取りながら、二人は互いを見つめる。

そしてゆっくりと須佐之男が口を開いた。

 

「準備はできたか?なら…いくぞ!」

 

そんな大地を震わせるような声と共に、須佐之男は楼夢に向けて走り出す。

そして力強く刀を右から左に振るう。

 

だがそれは楼夢の長刀によって防がれる。

 

だがそれでも終わらない。マシンガンのように、次々と刃を撃ち込んだ。

 

辺りにギャリィィン!!という音が響く。それと同時にシャリン、という心地よい音が鳴る。

 

 

二人の戦いはある意味幻想的であった。

 

須佐之男が矢のように鋭い攻撃を放つと、楼夢はまるで風のようにその軌道を逸らし、受け流す。

 

一撃必殺の異名をも取れる須佐之男の一撃一撃を、楼夢はその千本桜のような無数の斬撃を放つことで対抗する。

 

質と量。この戦いを一言で表すならこれ以上ふさわしいものはないだろう。

 

 

だがそれでは決着がつかないという事を、両者は理解する。

 

そして、最初に動き出したのはーー楼夢だった。

 

「霊刃『森羅万象斬』!」

 

楼夢の舞姫から青白い巨大な刃が放たれる。

だが須佐之男は己の愛刀『叢雲草薙』に神力を込め始める。

 

「破剣『薙散(ナギサ)』!」

 

その言葉と共に神力が放たれ、右から左を緑の烈風が薙ぎ払う。そしてそれは楼夢の森羅万象斬を徐々に押し返していった。だがーー。

 

「『テンション』」

 

それでもただでやられる楼夢ではない。テンションにより二倍の威力となった森羅万象斬はすぐにその烈風を再び押し返す。

そしてそのまま爆発し、二人の攻撃は相殺される。

 

だが須佐之男は上手く爆風を避けることができずに、そのまま吹き飛ばされる。

 

すぐさま受け身を取り立ち上がるが、楼夢の追撃が遅いかかる。

 

幸い刃が通る距離ではなかったため、楼夢の追撃は瑠璃色の弾幕のみだった。

 

次々と切り裂き防ぐが、その間に楼夢は須佐之男との距離を詰めようとする。

 

「『天地逆転』!」

 

須佐之男が刀を地面に突きつけると、楼夢の真下の地面が膨らむ。

そしてその後爆発を起こした。

 

だが今の楼夢にとっては驚異にはならなかった。すぐに上にジャンプすることで爆発を避け、そのまま空中で吹き飛ばされた地面を須佐之男へ蹴りとばす。

 

その瞬間蹴り飛ばされた地面は数十の土の槍へと変形し、須佐之男を襲う。

 

それを全て叩き折り、空中から地面に着地した楼夢に目掛けてすぐさま刀を振るう。

 

その斬撃はその威力に鎌鼬となって楼夢を襲った。

 

だが、そんな見え見えの攻撃に当たるような楼夢ではない。

 

「『ヒャダイン』」

 

そう呟くと、楼夢から氷の刃が放たれ、鎌鼬を打ち消す。

そしてそのまま次の魔法を唱えた。

 

「『メラゾーマ』」

 

そう唱えると、左手の平に巨大な火球ができあがる。そしてそれは地面を削りながら、一気に須佐之男へと向かった。

 

「壞剣『砕牙(サイガ)』!」

 

須佐之男は刀で火球を十字を刻む。

すると火球はその後内側から破裂し、崩壊した。

 

あっさりとメラゾーマが防がれて少し動揺する楼夢。

その間に須佐之男は体を休ませていた。

 

今の戦況は正直言うと楼夢の圧倒である。

両者はまだ怪我という怪我をしていないが、手数が多い分須佐之男は多く攻撃を防がなければならない。

その分須佐之男は不利になるのだ。

 

 

だからこそ、須佐之男は楼夢を真っ直ぐ見つめ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハァッ、ハァッ……やっぱり強ェな。まるで全く歯がたたない」

 

「まあ今の俺は以前とは比べ物にならないくらいまた強くなったからな。簡単に倒せると思うなよ」

 

「…だからこそ、お前には俺の最終奥義を見せることにした。…感謝しろ……これを見せるのは……お前が初めてだッ!!」

 

その叫び声と共に、須佐之男の体から溢れんばかりの神力が出てくる。そしてそれを全て刀に詰め込むと、須佐之男は再び叫んだ。

 

 

「神……解ッ!!『羅閃叢雲草薙(ラセンムラクモクサナギ)』!!」

 

 

その言葉と共に、辺りは緑色の光に包まれた。

 

 

 

 

 

Next phantasm……。






~~今日の狂夢『様』~~

「どーも皆さん、学園祭が近くてため息がでる。作者です」

「そういえば楼夢は楼夢は人間だったころそういう行事は全部不参加だったな。ていうかよくあれで高校卒業できたもんだ。狂夢だ」


「さーて今話は突然思いつきで書いた楼夢さんVS須佐之男戦です」

「そういえば戦闘の時は三人称、それ以外は一人称にしたんだな」

「ええ、どっちがいいか迷った結果そうなりました違和感があったら御報告ください」

「という事で今回はここまで、次回もキュルッと見に来いよ」


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思いはいずれか災害にへと ~sadness letter~



知らぬが仏

後悔先に立たず

知ろうが知まいが関係ない

いずれ知ってしまうのだから


by白咲楼夢


 

 

「『神解』…だと…?」

 

俺は急激に神力が増幅した須佐之男に問う。

 

奴の妖魔刀『叢雲草薙(ムラクモクサナギ)』は身の丈をも超える巨大な和風の大剣ーー『羅閃叢雲草薙(ラセンムラクモクサナギ)』に姿を変えていた。

 

戸惑はないはずはない。こう見えて俺は妖魔刀のことは結構熟知していると思っている。

狂夢からもらった『安全安全妖魔刀取り扱い説明書』も既に中級編まで読み終えた。

 

なのに須佐之男は神解という聞いたこともない技で妖魔刀の形状を変化させ、あまつさえ先程の比ではない程の神力をその身に宿しているのだ。これで戸惑はなかったらそれはそれでおかしいだろう。

 

 

…待てよ。俺は狂夢の取説は中級編までしか読んでいない。

だがもしあの『神解』というものが上級編に書かれているものだとしたら…?

 

 

その考えに思考が至った時、俺の額から冷や汗がにじみ出る。

 

『取り扱い説明書』なんて可愛い言葉だが、あれは違う。あれには妖魔刀の長所、難点、特徴、歴史、攻略法などのあらゆる知識が詰まっているのだ。

 

それ故にもし上級編に書かれているようなものだとしたらそれだけであの技がどれほど強力かを表している。

中級編でさえ俺の『舞姫』が扇になるなどの稀にある妖魔刀の二段変化と、全ての妖魔刀に共通している特徴のまとめ編だったのだ。

 

これだけで強力なのに、さらにその上があるとか考えたくない。ていうかなんでそんな知識を狂夢が知ってるんだよ。明らかにあいつは頭のネジが二、三本外れている。

こういうのに限ってなんであんなに頭がいいんだろ?羨ましすぎる。

 

 

と現実逃避をするのをやめて、須佐之男を見る。するとまるでかかって来いと言うように視線をやる。

 

面白い。その喧嘩、まとめ買いだ。

 

「ナメやがってェッ、すぐに潰した空き缶にしてやるから大人しく待ってやがれッ!!」

 

それを合図とばかりに、俺は飛びかかる。

もちろん無策というわけではない。ちゃんと大剣を要注意しながら、突っ込む。

 

須佐之男は大剣を担ぐと

 

「おらァァァァァッ!!」

 

一閃。ただそれだけで空気が真っ二つに切り裂かれ、それが衝撃波となる。

 

それの先にあるのは一つの人影。楼夢は須佐之男の大剣の威力に気を取られ、それは既に回避不能の攻撃と化す。

 

刀を引き抜き、それを真正面に構える。

 

「ぐがァァァァ!!」

 

直後、爆発。あまりの威力に俺は目立った外傷はないもの、吹き飛ばされる。

 

「…ちぃ。ゴルフボールじゃねェんだからよ、んなポンポン人飛ばしてんじゃねえぞ!!」

 

俺は能力で空気を固め、それを足場として須佐之男の方に空中で方向転換する。その左手にはおびただしい程の霊力が集められていた。

 

「千手の涯・届かざる闇の御手・映らざる天の射手・光を落とす道・火種を煽る風・集いて惑うな我が指先を見よ」

 

そこまで言うと、楼夢の周りに無数の光の矢のような弾幕が浮かび上がる。

 

「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔・弓引く彼方皎皎として消ゆ」

 

「なんだか知らねえが、先に潰させてもらう…」

 

 

「遅ぇ

 

 

ーー破道の九十一『千手皎天汰砲(せんじゅこうてんたいほう)』」

 

ズドドドドッ!! と無数の光矢がスパークした。

一直線に飛び出した光矢はスコールと化し、辺り一面の地面に須佐之男ごと穴を空けた。

 

そのあまりの威力に、光矢は一斉に爆発する。

轟音と共に、地面に巨大なクレーターを作り出した。

 

それを喰らえば、いくら神だろうと関係ない。

手応えはあった。クレーターができた辺りからは黙々と黒い煙が昇る。だが

 

「…轟神剣『羅砕極牙(ラサイキョクガ)』!!」

 

楼夢の顔が凍りつく。

黒い煙は声と共に吹き溢れた風にかき消され、残ったのは自分とーーいつの間にか目の前にいた須佐之男であった。

 

「うおォォォォォォッ!!」

 

雄叫びと共に、楼夢の体が大剣に叩きつけられた。

刃は右肩から腹辺りまで抉り、華麗な血しぶきが舞う。

 

「がァァァァァァァッ!!」

 

だがまだ終わらない。そのままの勢いでハンマーを振り回すように乱暴に大剣を何度も叩きつけた。

遠心力を利用したその攻撃に、何度も吹き飛ばされそうになるが、それを須佐之男は許さない。

打ち付けるように振るわれたその大剣は骨を砕く。

 

「止めだァァァァッ!!」

 

最後の突きが、楼夢の腹を貫く。

ブシャァァッ!! と辺りに鮮血が舞う。

 

 

自分はいよいよこの男に……

 

須佐之男は己の勝利を確信する。大剣で体中を打ち付け腹を貫いたのだ。これで戦える方がおかしいだろう。だからこそ

 

 

 

パキンッ!!という音が鳴り響く。見れば空中には鉄の欠片のような物が舞っていた。

 

「……なっ!?」

 

だからこそ、須佐之男は気づかなかった。目の前にいる男が既におかしいということに。

 

 

空中に散らばる鉄の欠片。それは須佐之男の『羅閃叢雲草薙』の欠片だった。

 

見れば大剣は何かに壊されかけており、ヒビが入っていた。

 

「『ハイテンション』……覚悟はできたか?」

 

その声と共にバギンッ!! と大剣がへし折られる。

 

大剣を折った物の正体ーーそれは楼夢の手だった。

彼はハイテンションで身体能力を五倍まで高め、羅閃叢雲草薙を掴み、へし折ったのだ。その証拠にその右手には大量の血が流れていた。

 

もちろんハイテンションだけでは『神解』の羅閃叢雲草薙はへし折れない。

楼夢はハイテンションの上にさらに妖力、霊力、神力をありったけ込めて身体能力強化を行ったのだ。

 

だが様々な力で別々の強化を行ったせいで体が耐えきれずあちこちに悲鳴を上げる。

だが結果的に楼夢の身体能力は通常の約八倍にまで跳ね上がった。

 

 

「お返しだ……『誓いの五封剣』!!」

 

俺は腹に刺さった大剣を砕いた後、舞姫を俺と同じように須佐之男の腹に突き刺す。

すると、周りから炎で作られた剣が五本表れ、須佐之男を中心にして突き刺さり、動きを封じる。

 

「が…あァ……ッ!!」

 

燃え上がる炎に体を貫かれながら、須佐之男は苦しげに唸り折れた大剣を構えようとする。

 

だが、その時彼が見たのは、自分の目の前で右拳に魔力を込める楼夢の姿だった。

 

 

「『魔導撃(まどうげき)』…ッ!!」

 

 

直後、拳から紫の魔力の光が溢れる。

 

そこから放たれたのは、巨大な紫の閃光。

それが奔るだけで地が崩れ、空間が歪んだ。

そしてその一撃は

 

 

「ぐがァァァァァァァァッ!!!」

 

 

殴りつけると同時に須佐之男を呑み込み、その先の物全てを貫いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んじゃ、世話になったな」

 

「また来いよ。次の次こそは勝ってやるからよ」

 

「やれる物なら…な」

 

ハハハハ、と須佐之男と俺は笑う。須佐之男は体中に包帯を巻き付けており、しばらくはまともに動けそうにない。

それでも別れの挨拶を言いに来るのは彼の律儀差が伺える。

 

 

決闘に関しては俺の勝ちだった。だが『神解』という知らない技が出てきたため、かなりの収穫になった。

そこら辺は素直に感謝しよう。

 

 

夜の神社の外、俺は須佐之男に背を向けると、視界には諏訪子と神奈子と天照が話し合っているところが映った。

 

「話は済んだか?」

 

「ええ、大丈夫です。弟が失礼しました。何故こうも私の兄妹はみんなこう……個性的なのでしょう」

 

「ん、須佐之男の他にお前に兄妹なんかいたっけ?」

 

「一応いるんですけど、『月夜見尊(ツクヨミノミコト)』という名で、やっぱり変わり者で『地上は穢れる』とかいうふざけた理由で月で暮らしています。今回の宴会も参加しなかったのは彼がただ地上に降りたくなかったというだけですし」

 

あっ、そう言えば月夜見は天照の弟だっけ。須佐之男しかいなかったから完全に忘れていたな。

というか

 

「やっぱり月の民がおかしいなら、月の神様をおかしいってことか。悲しいことに。

 

「その口ぶり……月の都を知っているようですね。まあ深くは詮索しませんが……とりあえずまた来てくださいね。我々はいつでも歓迎していますので」

 

「OKだ。じゃあな」

 

そう告げると、俺の体は光に包まれ、消え去った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……帰ってきたか」

 

「うーん、疲れたぁ…」

 

「いやー飲んだ飲んだ。久しぶりに結構飲んだな」

 

守矢神社に帰ってきた後、俺らは各々でそれぞれの感想を述べる。そして神社の中に入った。

 

神社の居間に着くと、そこには守矢の巫女ーー東風谷凛が堂々と寝ていた。

どうやら俺らが帰ってくるまで待ってるつもりのようだったらしく、布団などは一切敷かれていなかった。

 

「あーあ、凛もこんなところで寝てちゃ風邪引くよ」

 

「…むにゃむにゃ、諏訪子様……神奈子様……」

 

諏訪子は慣れた手付きで、寝ている凛を持ち上げて部屋へと運ぶ。

少女が自分より大きい女性を運ぶという中々シュールな光景に出会えたが、なんで素でそんな力強いんだろう。

 

そんなことを考えていると、帰ってきた諏訪子が無言のまま睨みつけてきた。

俺はとりあえず話題を逸らそうとする。

 

 

「ちなみにさ、早奈は結局誰と結婚したんだ?そこんところ気になるんだが」

 

 

俺は軽くそう言う。だがその瞬間辺りの空気が変わるのを俺は感じた。

 

見れば二人は無言のまま俺を見つめる。そしてしばらく経つと神奈子が口を開いた。

 

「……はぁ、いいよ教えてあげる。お前が去ったあの日から何が起きたかを」

 

「ちょちょっと神奈子!?これは話さない方が……」

 

「楼夢自身が気になっているんだ。教えてあげた方が吉だと私は思う」

 

「……分かったよ」

 

「どういう意味だ?早奈に何かあったのか?」

 

俺は真剣な顔で神奈子に尋ねる。

だが真実は俺が思っていた以上に重かった。

 

 

 

「早奈は、結婚なんてしていないんだよ」

 

「……は?」

 

神奈子が言ったその言葉を俺は理解することができなかった。

何故だ?一体彼女に何が……

 

「楼夢が去った後もね。早奈はお前のことを忘れることができなかったみたいなんだ。その後何回も旅に出ようとした。その時はまだ私たちが止めたんだけどね。一ヶ月後とうとう私たちの目を盗んで抜け出したんだ」

 

神奈子の話はこうだ。武力では諏訪子と神奈子に勝てるはずない早奈は二人の食事に睡眠薬を混ぜて、眠った隙に旅立ったそうだ。

 

その話を聞いた時、俺は無意味に唇を噛み締めていのに気がついた。

唇から赤い血を流しながらも、俺はさらに強く歯に力を入れる。

何故なんだ早奈。お前にとって諏訪子と神奈子は家族なんだろ。なのにそれを裏切って、なんで俺を追いかけたんだ……っ!?。

 

 

「よっぽど好きだったんだろうね。楼夢のことが」

 

俺の表情の奥を読んでか、神奈子はそう語る。

瞬間、俺の思考が一瞬フリーズする。

 

「少なくとも、楼夢と一緒にいた時の早奈の顔は私たちにも見せていない程明るかったよ。なんというかね、こう満たされていたんだと思うよ」

 

何が満たされていたんだ!?俺は結局数百年間も彼女の思いにすら気づかず、のうのうと暮らしていたクソ野郎じゃねえか!?そんな奴を好いて、朽ち果てた早奈の気持ちすら今の俺には分からないじゃねえか!?

 

 

「そんな顔しないで。少なくとも私たちも、早奈も、楼夢を恨んでなんかいないと思うよ。なんてたってあれでも私の子供だもん」

 

今まで黙っていた諏訪子はそう告げる。

彼女の顔は嘘偽りもなく、果てしない程に純粋だった。

 

「だからさ……そんな顔しないでよっ。これじゃあ……彼女も……早奈も報われないよ……っ」

 

泣き出しそうな声で、諏訪子はさらに語る。声はかすれており、目には今にも溢れだしそうな涙が溜まっていた。

 

 

結局、何がやりたいんだろうか、俺は……

 

「……すまねえ。少し出かけてくる……」

 

そう告げ、俺は障子を開き外へ出る。

 

ピシャンッ と、戸が閉まる音だけが、神社に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生ォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

闇夜に紛れながら、雄叫びだけが辺りを木霊する。

 

 

今宵は神無月。神すら消えた地に、冷たい光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふ、待っていますよ、楼夢さん♪』

 

 

 

 

Next phantasm……。






~今日の狂夢『様』~

「期末が近づいてきた!もうダメだおしまいだぁ……作者です」

「最近ニキビができはじめた作者を眺める狂夢だ」


「さて、今回は本編で書き忘れた須佐之男の『叢雲草薙』とその神解『羅閃叢雲草薙』の能力紹介です」

「叢雲草薙の能力は【単語を刃に付与する程度の能力】だ。どういうのか説明すると、破剣『薙散』は薙の文字を付与することで、相手を薙ぎ払う烈風を巻き起こすことができるぜ。

羅閃叢雲草薙は【言葉を刃に付与する程度の能力】で、上記の上位互換だ。これは例えば『砕けろ』という言葉を付与するとそれに見合う分の威力が大剣に付与されるぜ。一応『スパイラルブレード』などの英語も適応される。まあ、要するに技を作り出す能力だと思えばいいぜ。
注意点としては、『ファイナルカオスストロングフレアヘルブリザード』みたいに、意味が分からない言葉は付与できないということだな」

「長い説明ありがとうございます。次回もキュルッと見に来てね」


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再来の悪魔~Dáinsleif and Stormbringer~

明かりを消すなよ

消せば自ずと奈落の底へ


by火神矢陽


ここは守矢神社の裏にある湖『諏訪湖』。そこには一人の妖怪がそれを眺めていた。

 

「……なんのようだ神奈子?」

 

「ありゃりゃ、こっそり覗こうかと思っていたけどやっぱりバレちゃうか」

 

「狐の五感なめんなよ」

 

そう言うと妖怪ーー白咲楼夢は視線を神奈子から再び湖へと変える。

 

「なにをしてるんだい?」

 

「見りゃ分かるだろ。釣りだ」

 

「いやそんな大きい釣竿見たことないよ」

 

驚きながら、珍しい物を見るような目で神奈子は楼夢の釣竿を覗く。

神奈子が見たこともないのも無理もない。大きさは二メートル程あり、完璧に楼夢の身長を超えている。

釣竿は鉄や強化プラスチックなどで作られており、魚にはとても壊せそうにない。

さらに竿の部分からは強化された糸がいくつも吊り下げられており、その先には釣り針がギラりと光っていた。

 

これは現代でサメなどの大物を釣るように作られた物だ。

どうやら最近では喉に引っかかった釣り針に電流を流し込み、体内を直接麻痺させる物も作られたようだ。

 

流石は現代。楼夢のいた時代では物理学は既に終焉を迎えようとしていた。

それは学者たちが物理学の謎を全て解き明かしてしまったからだ。

 

楼夢の友人、蓮子はそんな時代のエリート大学で天才と呼ばれていた。もし時代が少し前だったら歴史にその名を刻んでいたかもしれない。

 

だが本人の性格もあってか、褒められるとすぐに調子にのりどうでもいいうんちく話を語り始める。

そのことでよくメリーに『うんちく蓮子』とか呼ばれていたな……

 

 

おっと話が脱線したな。つまり一行で言うとこの釣竿はすごいのだ。以上。

 

 

楼夢は数人で持つのが普通の約八十キロの釣竿を片手で持ち上げ、湖の中にポチャンと糸を垂らす。

 

魚がかかったら釣り上げる。そんな短調なことをしていると、神奈子が突然

 

「私にも釣竿を貸してくれないか?」

 

と訪ねてきた。楼夢の思考回路が少し止まるが、すぐに結果を導き出す。

 

「ほらよ」

 

そんな軽い言葉と共に、約五十キロの釣竿がポイッ と可愛い効果音を出しながら放り投げられる。

 

普通なら投げられた五十キロの釣竿など受け止めようとしたら、一瞬で潰れ最悪死に至る。

 

だがそこは神様なのかそれを楽々とキャッチすると、楼夢と同じように釣り糸を垂らす。

 

 

そんなこんなで、軽く一時間の時が流れる。結果として楼夢は二十三匹。神奈子は十八匹釣った。

 

悔しそうにしている神奈子の顔に、楼夢は今まで浮かんでいた疑問の言葉を口にした。

 

「お前……俺を恨んでんじゃなかったのか?」

 

それは早奈の事に対しての言葉だった。だが神奈子はそんなことどうでもいいと言うような顔をし、楼夢にその視線を向ける。

 

「いいや、ちっとも恨んでなんかないさ」

 

まるで、その言葉に嘘偽りはないと言うように、神奈子はニカッと微笑む。

 

その清々しい程に純粋な表情に楼夢は少し驚く。

だが、すぐに平静を装うと、分からないという表情で神奈子を見つめた。

 

「……理解できねえな」

 

「できなくていいさ。早奈も一人の人間だ。鳥の雛が成長し巣から飛び立つように、いずれは親離れするもんさ。幸い、早苗には妹がいたから今もこうして東風谷一族の血は途絶えてないしね」

 

「だが…俺は……」

 

「はい、ドーン♪」

 

楼夢の言葉を遮り、そんな気の抜けた声が聞こえた。と思った次の瞬間、楼夢は急に謎の浮遊感に襲われる。

 

眼下に広がっているのは湖の水面。上を見上げれば神奈子がサッカーボールを蹴り飛ばした後のようなモーションをしながらニヤニヤと微笑む。

 

これだけで楼夢は自分の身に何が起きているのかを察する。そして、一言

 

「おっ、覚えてやがれこのクソ野郎ォオオオオッ!!」

 

そんな言葉を最後に、最古の妖狐ーー白咲楼夢は湖の中に頭からダイブした。

 

ドッポォォオオオン!! という派手な音と共に水柱が一つ上がる。そしてしばらくすると水面からブクブクと何かが水しぶきを上げて這い上がった。

 

「なにしやがんだテメェッ!!」

 

そこから現れたのは自慢の髪と服を水浸しにされた楼夢だった。

その顔はもちろん怒りの形相である。

だがそんなもん知らんと言った風に神奈子は楼夢を嘲笑しながら見つめる。そして

 

「どうだ。少しは気が楽になったか?」

 

気づかうように、神奈子は尋ねる。その一言で楼夢の頭は水をかけられたように冷える。

そして疑問を浮かべながら神奈子を見つめた。

 

「人生なんてそんなもんさ。何があるのかは誰にも分からない。だけどもし自分が人の生を背負ったのなら、その分生きなきゃいけないんじゃない?少なくとも私はそう思う」

 

そう言葉で楼夢はようやく気づく。自分が本当に成すべきことを。

 

もしこのまま暗い表情を浮かべていたなら、早奈は決して浮かばれないだろう。なら早奈の分まで残りの人生を楽しみ、精一杯生きるべきだ。

 

それを理解した時、楼夢は口元を緩める。そして神奈子に謝罪した。

 

「…色々迷惑をかけたみたいだな」

 

「なに、気にするな」

 

そして辺りの雰囲気が明るくなる。こうしてこの件に関しての話は平和に終わ……

 

 

「そうか。ならさっきの礼にテメェの頭を湖にしずめてやろう」

 

 

……らなかった。

 

「なっ、ちょっと待って!?そこは平穏に終わるのが普通だろ!」

 

「大丈夫だ。湖に落とした後頭から凍らせて愉快なオブジェに変えてやるから」

 

ポキポキと、楼夢は指を鳴らす。その表情は天使のように優しい笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。

 

(まっ、まずい!?このままじゃ本当に愉快で素敵なオブジェに変えられてしまう。…いや、諦めたらそこで試合終了だ私。……そうだ、楼夢が一瞬隙を作るような言葉か何かを……)

 

そこまで思考して神奈子は気づく。もう既に手遅れだということを。

 

(あっ、終わったなこれ)

 

思考放棄し、それでも最後の抵抗と一言

 

 

「親方、空から女の子がァアアアアアア!?」

 

その日、諏訪湖の中心に大きな氷の氷像ができあがったという。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

諏訪国から離れた地、そこでは五人の妖怪が夜の道を歩いていた。

 

その内四人は言わずもがな、白咲楼夢とその娘の美夜、清音、舞花である。

 

もう一人の方は金色の美しい髪に紫の中華風ドレスを来ており、その胸元は隠しきれないとばかりに膨らんでいた。おかげで辺りに妖艶な雰囲気を匂わせていた。

 

「……そろそろ近くの村に着くな。……んで、大丈夫か紫?」

 

「ハァ…ハァ…ええ、大丈夫よ……やっぱりスキマなしの長時間歩行は疲れるわ…」

 

「少しは動けよ。ていうかまだ二時間ぐらいしか歩いてないぞ」

 

少女ーー八雲紫は疲れた声でそれを聞き入れる。

彼女がなぜここにいるかと言うと、時を少しさかのぼる。

 

 

諏訪国から出た後、楼夢は再び旅に出ていた。

目的はかつて自分を破った強敵ーー鬼城剛との再戦である。と同時に紫の理想郷作りを手伝うためでもあった。

 

楼夢は裏で今まで関わった知り合いに協力を頼み込んでいた。しかしやはり積極的に協力する者は今だいない。

一番良い前列は輝夜である。彼女もこの話にはかなり興味があったようだし、何かあったら力を貸してくれるとも言っていた。

 

とまあそんな感じで旅をしていると、ある日突然目の前の空間が歪んだのだ。

 

もちろん出てきたのは紫本人である。彼女の話によると、一応は理想郷を作る土地を手に入れたようである。さらにそこにはもう人間と妖怪が共に住む村があるそうだ。正直言って楼夢より進展し過ぎである。

 

その報告のため、彼女はここに訪れたようだ。後しばらくはゆっくりできるそうなので、楼夢の旅に同行を願い、今に至る。

 

彼女に最初娘たちを紹介した時は顔を真っ赤にして必死に誰と●●●したのか聞いてきたな。

そんな美少女の可愛いシーンを見れたので、楼夢は少し嬉しかったりする。

 

とそんな無駄なことを考えていると、いつの間にか村が見えてきた。

緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)』で視力を望遠鏡並にして見たところ、村の入口には門番が立っていた。どうやらまだ村の門はしまっていないらしい。

 

楼夢はチャンスとばかりに早歩きで門へと向かう────

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

白咲楼夢は現在、とある村で宿を取り食堂で夜食を食べていた。

 

村と言ってもここは小規模な所じゃない。普通より少し大きいくらいの武器屋はあったし、このように宿もある。

どうやらここは村というよりも町と言った方が正しいかもしれない。

見れば自分らと同じような旅人が何人も食堂に集い酒や飯で賑わっていた。

 

基本的に旅人とは大柄な奴が多く実力もまあまあはある。といっても楼夢と比べれば0,1%にも満たないが。

 

とりあえずこの御時世で旅人が多少戦えるのは常識である。ラノベだったら冒険者が平民より弱い筈がないという程度の常識である。

 

そんな彼らは楽しそうに雑談する。ほとんどが正直言ってどうでもええことだったが、一つ気になる話があった。

 

楼夢はすぐ近くで食べ物と格闘中の娘たちと上品に食べる紫を尻目に、聴覚を集中させる。

 

話の内容は以下の通りだった。

 

 

「ふははは、見たかお前ら!!俺がいれば妖狼の群れなど無意味だ!!」

 

「流石ッス兄貴!!兄貴さえいれば無敵ッスね」

 

「ふん、もっと骨がある奴はいないのか!?」

 

「そう言えばこの近くの巨大な橋で聞けば最近恐ろしく強い賊が出るみたいですよ。実際ここの食堂にもその被害者がいるようですし」

 

「ほほう、いい情報だ!早速後で行くか」

 

「気をつけてくださいね。どうやらソイツは倒した相手の武器を奪うみたいですから」

 

「ふふふ、この名刀『村正』があれば平気だ!すぐに終わらせてやるぜ」

 

 

とこんな感じでだった。ちなみに彼の無駄に装飾が施されている名刀『村正』を調べたところ、ただの鉄刀であることが分かった。

ただの刀も立派な名前を付ければ見栄えが良くなるものである。哀れ、本物の名刀『村正』。

 

 

そんなこんなで娘たちと紫を連れて食堂を抜け、噂の橋へと行く準備をする。

 

目標はもちろん近くの橋に居座る刀狩りの賊である。

本当にどこぞの弁慶だよそりゃ。

 

と内心楼夢は話題の人物につっこむ。

今回の目的は村の人々のためなどという涙を流しそうな綺麗な理由などではない。

むしろ本当に俺と同じ赤の他人でそんなことする奴を見れば今頃無謀と腹を抱えて笑っていただろう。

 

目的はその弁慶もどきが集めた武器である。どうやら被害は三ヶ月前に百件を超えたみたいだ。

つまりその弁慶もどきは珍しい武器を持っている可能性が高いのである。

 

なぜ武器を集めるのかというと、それは娘たちの武器を探すためだ。

現在、娘たちは武器を何一つ装備していない。自分で作ってやるのも手だがどうせなら品質が高いのをプレゼントしたいのだ。

そのためには俺が加工する本体(ベース)となる品質の高い武器が必要なのだ。

 

 

とそんな娘に誕生日プレゼントをあげる時の父親のような感じで楼夢は思考する。

とりあえず今の目的は弁慶もどきを三秒で倒して武器を略奪することだ。

 

……あれ、これじゃあどっちが弁慶か分かんねえぞ。

 

そんな疑問が楼夢の頭をよぎった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

真夜中の月。その光に照らされて、ある場所の橋は輝いていた。

 

浮かぶ影は六つ。白咲楼夢とその娘たちと八雲紫。後は、橋の手すりの部分に腰かけて水面の月を眺める謎の男だった。

 

服装はフード付きの黒いジャケット、だが首から上は影がかかっていて見えなかった。

男は腰かけてある手すりから立ち上がる。その足音だけが橋に響く。

 

橋は木製であった。だが小さいというわけでも脆いというわけでもない。

むしろ少し大きく、頑丈で何よりも月明かりに照らされて美しかった。

 

男はしばらく楼夢を見て、一言

 

「おおっ、楼夢じゃねえか!?こんなところで会うたあ奇遇だな」

 

「……..はっ?ってお前──火神か?」

 

男の言葉に楼夢は動揺する。同時に男の顔が月影に照らされた。

 

灰のように燃え尽きた色をした白髪。それは以前よりもボサボサになっていた。さしずめドラ●エ5のレックスヘアーである。しかし以前と異なり髪には二つの黒いラインのような髪が白色の頭に線を引いていた。

 

真紅に燃える瞳は彼の気質を表しており一度燃えれば尽きることはない。そう言っているようだった。

 

男──火神矢陽は驚き半分、興味半分といった様子で楼夢に話しかける。

近くを見渡しても彼の旅に同行していった少女──藤原妹紅はいない。

 

そのことに疑問を持ちながら楼夢はすぐさま問う。

 

「見たところ妹紅はいないようだがどうしたんだ?」

 

「ああ、アイツだったら修行を終えて独り立ちさせたぞ。今頃気ままに一人旅でもしてんじゃねえのか?」

 

そんな適当な返答に楼夢は頷く。確か妹紅は炎の妖術が得意だったはずだ。

もし今ここにいる炎のスペシャリストに免許皆伝がもらえたのならば、今頃彼女は大妖怪と同等の力を持っているのだろう。

 

妹紅への不安が取り除かれたところで、楼夢は本来の目的を思い出す。

 

「一応聞くが、お前が最近の武器狩りの犯人か?」

 

「聞くまでもねえだろ。ったく、少しでも強え奴と戦えると思ったら、とんだ拍子抜けだぜ」

 

「ちなみにあそこに転がっている素敵なオブジェも?」

 

そう言うと、楼夢は橋の端っこに転がっている男達の死体を指さす。どうやら血が乾いていないのを見るとついさっき殺られたようだ。

 

「ああ、このパンの切れ端みてえになっちまったやつか?ムカついたから綺麗にスライスしてやったぜ。収穫は名刀『村正』とかいう手入れが全くされてねえ外見だけのオンボロ刀ぐらいだがな」

 

思い出した。こいつらよく見たら村の食堂で食ってた野郎じゃねえか。この様子だと試合開始三秒で死んだようだ。哀れ、名刀『村正』(偽物)とその持ち主。

 

「それにしてもスライスというよりこれはミンチされてんな。どうやったら刀でミンチにできんだ?」

 

「そうだな、こんな感じ…かねッ!!」

 

適当な雑談をしていると、火神は答えに合わせて上に跳躍し、そのまま突っ込んできた。

ズダンッ!!という音と共に、見れば火神は両手に2本の刀を所有していた。

 

魂を吸う者(ソウルイーター)『ストームブリンガー』、悪魔殺し(デーモンスレイヤー)『ダーウィンスレイブ』発動」

 

闇夜にそんな声が混じる。見れば空中で火神の右刀からは緑、ではなく炎のように赤い光が溢れ出ていた。

 

そして左刀からは黒々しい闇が刀を包む。それは氷のように冷たく、見る者全てを凍てつかせる。

 

そしてその二つの技はどれも楼夢が知っているものだった。

 

楼夢は刀を引き抜き、火神の二刀流の連撃を受け流す。

 

右、左、右、左、そんな二刀流の連撃が、不規則なリズムで繰り出される。

 

速く、重い斬撃。だがそれも楼夢の前では無意味。

 

刀と刀のインパクトの瞬間、楼夢は手首を軽く捻ることで全ての攻撃が受け流す。

 

ゴンッ、キィンッ!! と。そんな音が何十回も響く。

 

火神はこのままでは埒が明かないとばかりに二つの刀に妖力をさらに込め、同時に上から下へ振り下ろす。

 

地面が衝撃波だけで切り裂かれた。だがその一撃を待っていたかのように刀に霊力を込める。

そしてそのまま青白い刃で振り下ろされた一撃を武器ごと弾き返した。

 

パリィィンッ!! という音と共に赤と黒の刃はダイヤモンドダストのように破壊され、キラキラと宙を舞う。

 

武器を破壊され、火神は一瞬完全に無防備になる。だがその一瞬でさえも楼夢にとっては長く感じられた。

 

楼夢は刀の柄をギュッと握る。すると刀に纏っていた霊力が炎が燃え上がるかのように巨大化した。そしてそれは一つの刃を作り出す。

そしてその勢いのまま刀を縦に振りおろした。

 

「霊刃『森羅万象斬』」

 

雷光一戦。その言葉を表すかのように放たれた青白い刃は火神を、橋を、水面の月ごと。真っ二つに切り裂いた。

 

 

ズガァアアンッ!! 切り裂かれた橋は刃が通り過ぎた数秒のタイムラグの後、空間がズレたかのように綺麗に分かれ、直後衝撃波が辺りを襲った。

 

そんな中でも、楼夢はかろうじて残った橋の残骸の上で刃が通った中心点を見つめていた。

 

 

「……『ダークサイドローブ』」

 

瞬間、凄まじい風と共に黒い羽衣を纏った火神が橋の中心に現れる。

その体には傷一つ負っていなかった。その衝撃の事実に橋を離れていた紫は驚愕する。

 

だがそれを理解していたのか、楼夢は冷静に状況を判断し火神に話しかける。()()()()()()()()()()()()()

 

「……ダーウィンスレイブにダークサイドローブまで来たか。こりゃ本物だな」

 

「……なんのことだ?」

 

「とぼけなくてもいいぜ。久しぶりだな、()()()()!」

 

 

「あら、覚えていてくれたのかしら?」

 

夜の空にそんな声が混じる。同時に火神を覆っている闇が集まりだし一つの人の形を作り出した。

 

白い服の上に黒のドレス。髪は金色でそれをロングにして後ろに流している。

瞳の色は真紅。だが覗けば深淵と呼ぶにふさわしい闇が広がっていた。

 

彼女の名はルーミア。人を喰らうただの怪物(バケモノ)だ。

 

「……やっぱりか。めんどくさいやつらが来たもんだぜ」

 

そう言い楼夢は刀を構える。その切っ先はルーミアの心臓に向けられていた。

 

「……だけどどんな野郎が来ても関係ねえ。全力でぶっ潰すのみだ」

 

 

 

 

 

Next phantasm……。



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行き過ぎる小手調べ~The start dash~


堕ちるぞ堕ちるぞ

獣が堕ちる

たぎるぞたぎるぞ

血がたぎる


by火神矢陽


 

「それにしてもそこの変態痴女と火神が一緒だとはな。どういう風の吹き回しだ?」

 

そう、一番疑問に思った点を問う。

この二人の共通点は楼夢が知る限り楼夢自身に敗北したことがあることぐらいしか知らない。

 

だが現に二人は今一緒にいる。

多分何かしらの理由があるのだろう、と楼夢は推測する。

 

「ああ、そのことか。別に大したことじゃねえぞ。ただドンパチ殺って和解しただけだ」

 

「あらあら、適当にはぐらかすなんて。流石私の()()()()ね」

「何勝手に口走ってんだよこら」

 

「火神……お前、ロリコンだったのか」

 

「テメェも何変な解釈してんだよッ!ぶっ殺すぞテメェら!」

 

何か言っているが無視しよう。

 

今日の格言は「昨日の敵は今日のロリコン」に決定だな。

 

「なんだよそのふざけた言葉!?第一俺はロリコンじゃねぇッ!!」

 

「安心しろ火神。お前のその気持ちは俺がよく知ってるから」

 

ぶっちゃけ言うと楼夢もロリコンの類だ。

さらに詳しく言うと楼夢の半身である狂夢が、だ。

断じて楼夢自体はロリコンではない。

 

……いや、フリじゃねぇからな?

 

「……テメェら、ぶっ殺す」

 

その言葉を合図に、火神から膨大な殺気が溢れ出る。

やれやれと、どうやら弄りすぎたようだ。

 

後ろを振り返り、紫を娘たちと一緒に避難させる。

そしてその後刀の刀身の腹を撫でるように触れながら、囁く。

 

「響け『舞姫』」

 

それだけで刀は刀身の腹に七つの鈴を付けた姿へと変わる。

シャリン、シャリン。 そんな心地よい音を鳴らしながら、自然体のまま意識だけ構えた。

 

その刀を見た火神は口元を三日月のように歪め、目を紅く光らせる。

 

「ッハハハハ!!いきなり来たか!!サービス精神旺盛で助かるぜ楼夢ゥ!!」

 

ただそれだけ狂い笑うと、徐々に隣のルーミアの姿がぼやけ、闇に変わり始める。

そしてそれは濃さを増すと共に火神の右手に集まり始めた。

 

感じれるのは殺気と狂気。そんな重い重圧の中、火神は唱える。

 

「喰らい付け……『憎蛭(ニヒル)』」

 

その言葉と共に世界の色が一瞬闇に染まる。

それと同時に脳内に様々な恨みや呪いの言葉が次々と聞こえる。

まるで復讐の相手が見つかり、はしゃいでいるように。

 

火神の右手。そこに握られているのは一つのバールだった。

それは90°でL字形に曲がっており、全てが黒く染められていた。

唯一曲がり目である尖った所を除いて。そこも血が付着したような色をしていた。

 

「……おいおい、ずいぶんと物騒な武器だな」

 

「これが俺の妖魔刀だ。まっ、刀って言っていいのか分かんねぇけどな」

 

そう言うと、火神は自身の妖魔刀『憎蛭』を肩に担ぐ。

だが、楼夢は己の背中に冷や汗が流れるのを感じていた。

 

相手は事実上西洋最強の妖怪 、火神矢陽。

さらにその手にあるものは百歳未満でかつての楼夢を瀕死に陥れた大妖怪、ルーミアの魂で作られた妖魔刀。

 

正直言おう。これなんて鬼畜ゲーだ?

こんなもんほぼ確実に死にかけるじゃねぇか!?

マジふざけんな!!

 

と、心の中で野次を飛ばしてもなにも変わらないと悟り、諦めたような表情で刀を左手に構える。

 

ーーそこからの合図は一瞬だった。

 

睨み合っていた両者が突如その場から消え、数秒遅れて中央で鍔迫り合う。

 

ドゴォン!! と、それだけで大気が唸りを上げ、地面が歪む。

 

一瞬の硬直。だがそれを破ったのは火神だった。

 

硬直された武器を強引に楼夢ごと火神は壊れた橋の真下にたたき落とす。

その衝撃でできた巨大なクレーターの中に火神は降り、戦闘を再開した。

 

まず、楼夢は自分の周りに億を超える小さな桜の花弁のような弾幕を展開する。

 

一方火神も自分の後ろにパッと見て百個程の魔法陣を同時に展開する。

 

二人はその後、接近し互いに武器を振るう。

 

様子見と言わんばかりに楼夢は舞姫を上から下、右から左に十字に切り裂く。

 

だが縦の斬撃を火神は憎蛭を横にすることで防ぎ、横の斬撃を文字通り上に跳ね上げた。

 

その際に楼夢の体制が一瞬崩れる。

その隙を火神は見逃さない。

 

すぐさま崩れた体に憎蛭を横になぎ払う。

 

だが楼夢もその隙の対処法を考えていないわけではなかった。

 

舞姫を縦に立てることでなぎ払いを防ごうとする。

だがそれだけではもちろん楼夢のひ弱な腕力では防ぐことができない。

 

なので衝撃を受けた瞬間に体を横に回転させることで威力を受け流し、それを利用してカウンターの回転斬りを繰り出す。

 

音速にも等しい速度の斬撃を、火神は体を反らすことで回避する。

 

だが速度特化の楼夢にそれは悪い選択だった。

すぐに追い討ちをかけるように詰め寄り、不安定な体制の火神に足払いをかけ、地面に転ばせる。

 

それを勝機と見て、楼夢は瞬時に後ろの弾幕に指示を出した。

 

億の弾幕の内の数千個が火神を球状に覆い、その後同時に襲いかかった。

 

これだけの弾幕を全方位に放てば、少しはダメージになるだろうと、楼夢は計算する。

 

(よし、まずは初撃を……)

 

だが、やはり現実はそこまで優しくなかった。

 

そこまでで、楼夢の思考は途切れる。

なぜなら

 

「ハァアッ!!」

 

弾幕が、次々と火神の体に当たる度に消滅したからだ。

 

ものの数秒で、弾幕の炸裂音が止み鳴る。

 

楼夢は自分の計算に弾幕の威力を入れるのを忘れていた。

楼夢が扱う桜型の弾幕は数が多く威力も凄まじいのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

実際は一発分の威力は通常の小型弾幕の半分ほどしかないのだ。

 

つまり、この弾幕は相手の防御力が高ければ意味がないのだ。

 

もっとも、その事実に気がついたのは放った弾幕が完全に消滅してからだった。

なぜなら、いくら威力が低いといえども弾幕は弾幕。

防御力に特化した上級妖怪程の装甲を持っていないと、火神のように防ぐことなどできないのだ。

 

ではなぜ火神に当たった弾幕は防御力だけで消滅したのか。

だが楼夢がその答えに行き着くことはなかった。

 

「オラァアッ!!」

 

体制を立て直した火神は再び憎蛭を風ごと楼夢に叩きつける。

その度に楼夢は複数の斬撃を一度の攻撃に対して放つが、それだけでは終わらなかった。

 

火神の打撃を相殺した後、楼夢は距離を取るために後ろに飛び下がろうとする。

その直後、前から引っ張られるように腕を引き寄せられ、大きく体制を崩す。

 

見れば楼夢の舞姫の刃先は憎蛭のバール本来の役割としての釘を抜くためにある金属の隙間に挟まっていた。

 

火神は憎蛭を手放し、バランスを崩した楼夢に向かって語りかけるように言う。

 

「初撃だ。死ぬなよ」

 

その一言と共に火神は右拳を楼夢の腹部に、釘を打ち付けるように放った。

 

「が……あァ……ッ!!」

 

直後、楼夢の体は橋の下に流れていた川の水の流れを突き切りながら、数十メートル先まで吹っ飛び、川にあった巨大な岩に背中からクレーターを作ることでようやく止まる。

 

ゴギンッ、と言う音が楼夢の体から鳴る。

どうやら先程の一撃で肋骨を数本、内蔵をいくつか潰されたようだ。

自分の相変わらずの紙装甲に呆れながら回復術をかける。

一瞬では回復しないがないよりはマシだ。

 

そして吹っ飛んだ際に火神の憎蛭から抜けた舞姫を杖代わりにして立ち上がると、自身に強化魔法『ハイテンション』をかける。

 

そしてその後、弾丸のように火神のいる場所に突っ込んだ。

 

火神は楼夢が先程よりも速くなっていることに気づくと、憎蛭を自分の前で回転させるように振り回す。

 

直後、数十という一瞬では数え切れない程の斬撃が憎蛭に刺さった。

 

危なかった。

これが火神の内心の言葉だった。

正直言うと火神は楼夢の斬撃を捉え切れていない。

強化魔法で強化される前の楼夢の斬撃ならハッキリとは見えないがなんとか全ての斬撃を目で感じることができた。

 

だが今は違う。

秒速で五、六発の斬撃に対して、火神が目で感じることができるのは二発か三発までだった。

 

それでも楼夢の攻撃に反応できたのは本能というより他ないだろう。

 

内心愚痴を漏らし、火神は刀が憎蛭に当たった瞬間に斬撃を弾く。

だがそれも既に対処済みだった。

 

刀を持っていた楼夢の左手は後ろに弾かれる。

だが、それを囮にして火神の懐に潜り込む。

そして余った右拳に力を込める。

 

「お返しだ!『空拳』!!」

 

超圧縮された風の拳を先程の火神のように腹部に放つ。

だが火神の体が一瞬震えるが、逆に言えばそれだけだった。

 

火神の体は先程弾幕を放った時のように急に防御力が増す。

その結果楼夢の拳は火神に人間で言うとプラスチックのバットで腹を叩かれた程度の傷しか残さなかった。

そのこともあり火神は口をニヤリとさせるが、その表情はすぐに焦りに変わる。

 

楼夢の攻撃はこれで終わりではなかった。

拳を放った後、その手を開き、再び火神の腹に押し付ける。

そしてその手の平の中には青白い光が集まっていた。

そのまま楼夢は小さく囁く。

 

「『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』」

 

瞬間、火神の体を青白い巨大な閃光が包んだ。

その閃光は地面から煙を巻き上げ、そのまままっすぐ上斜めに進み、いくつもの夜の雲を消し去りながら貫いた。

 

だがもちろんこれで終わるなど、楼夢は微塵を考えていない。

すぐに後ろに距離を取り、辺りを警戒する。

すると、

 

「ケホッ……油断したな。おかげでこんなに貰っちまったよ」

 

煙が晴れて、まだまだ戦える様子の火神が現れる。

だが流石に無傷といかず、その体からはプスプスとところどころ焼けていた。

 

「ちっ、腹に直接当てても駄目なのかよ」

 

「せっかくだからネタバレしてやんよ。俺の防御力が瞬間的に増幅するのを」

 

「それはお前が攻撃を受ける時に纏うオーラのようなものと関係が?」

 

そう、楼夢は先程拳を放った時に火神が黄色いオーラのようなものを体に纏っているのを確認していた。

恐らくは『ハイテンション』のように身体能力を増幅させる技なのだろう。

 

「ちっ、もうバレたか。流石だな。俺が纏っているのは『気』っていう力だ。こいつは霊力みてェに全ての生物にあるんだが、それを体内で練り合わせて体に纏わせることで身体能力を強化できるんだ。こんな風にな」

 

そう火神が喋った直後、黄色いオーラーー『気』ーーは一瞬彼の体を包む。

そしてその後楼夢に向かいその手の中の憎蛭で殴りつけた。

 

(……速いッ)

 

思わず楼夢はそう心の中で呟く。

そして火神の攻撃を紙一重で避けると、カウンターの斬撃を放つ。

 

だがその一撃は火神にカッターナイフで切られた程度の傷しか負わせていなかった。

 

「無駄だ!気のことがバレないように戦っていたさっきと違って、今の俺は常時気を全開に纏わせている。一撃の威力が低いお前じゃ、小さい傷しかつけられねェ!!」

 

叫びながら、憎蛭を真上から楼夢に叩きつける。

楼夢はすぐさま横っ跳びをして回避するが、叩きつけられた地面から地割れが奔っていた。

 

その威力に身震いしながら、どう対処するのか考える。

一応切り札の一つを使えば解決するのだが、今それを切らせていいのか一、二秒程迷う。

 

だが次々と来る猛攻に徐々に追い詰められ、楼夢は決心する。

 

「オラァ!!」

 

「ちぃ……『スーパーハイテンション』!!」

 

火神のバールの一撃が楼夢の脳天に迫る。

その瞬間、楼夢の体は眩しい桃色の光に包まれ、それが消え去る頃にはバールは空を切っていた。

 

火神はすぐさま視野を広げ、警戒する。

そして右から迫る刃を、咄嗟に防いだ。

 

「縛道の四『這縄』」

 

だが今度は左から光でできた縄が火神の腕に絡まる。

そして思いっきり縄をしたに引っ張られ、火神の腕はマリオネットのように強制的に下に下がる。

 

そこで見えたのは刃。

だが一つとは言っていない。

数十の刃が、鞭のように乱れて火神の体を次々と切り裂いた。

 

「がァ……ッ」

 

赤い血が辺りに飛び散る。

そのことを気にしないで、火神は後ろに飛び退き、叫ぶ。

 

「はっ!やっと対等になったな!それじゃあこっから先は容赦しねェ!!全力でぶっ潰してやる」

 

その言葉が切れると同時に、後ろで展開されていた魔法陣が稼働し始めた。

 

「全力ねえ……望むところだ。思えば俺の体こんなバッキバキにした時から、テメェはぶった斬りコース決定なんだよ!!」

 

その言葉を原動力に、楼夢は膨大な霊力を放つ。

すると億の桜型弾幕がそれぞれ集まりだし、刀、槍、短剣等々……古今東西全ての武器を作り始めた。

 

「ちょうどいい。俺の憎蛭の能力はルーミアの『闇を操る程度の能力』だ。そしてそれに俺の技術を合わせると……こんなこともできる」

 

火神は憎蛭を杖のように地面に叩きつける。

すると数百の魔法陣から黒いワイヤーが飛び出した。

 

「こっから先は力と術、そして知恵の勝負だ。追いつけねェなら立ち去りな!!」

 

その言葉を合図に、数百のワイヤーの雨が、楼夢に降り注いだ。

 

 

 

 

Next phantasm……。





~~今日の狂夢『様』~~

「期末テスト終わりました!皆さん大変お待たせして申し訳ございません。作者です」

「最近やっぱり出番がない狂夢だ」


「思ったんだけど期末テスト終わってから一週間も投稿遅れたのはなんでだ?」

「そっ、それは……あれですよホラ最近一話一話の文字数が平均で三千から五千になってるじゃないですか。それで時間を使ってしまって……」

「はいダウト!お前期末テスト終わってからずっとベッドで寝ころんでたじゃねえか!?どこの口が時間ねえと言いやがる!!」

「うっ、それは…その……」

「なんだ?」

「ゲームと他のサイトの小説にハマっていました☆許してヒヤシンス☆」

「そのネタもう二度目だよ!!死ねこのクソ野郎!!」

「HA☆NA☆SE☆……ァァァァアアッ!!!」


ピチューん


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決着~Last battlefield~

死の鐘がなるまで、このワルツは終わらない


by白咲楼夢


 

私は今、スキマで楼夢と突如現れた火神という妖怪の戦いを見ていた。いや、戦いという名の災害を。

 

戦闘の状況ははっきり言ってよく分からない。

理由は、火神はともかく楼夢が速すぎて目に見えないからだ。

 

そんな楼夢と武器を交差して、しばらくすると火神の拳が楼夢を捉えた。

 

凄まじい威力、そう表現することしか私にはできなかった。

楼夢は、橋の下に流れていたそこそこ大きい川を真っ二つに分けながら吹き飛ばされ、五メートルはある巨大な岩にぶつかることで停止した。

 

その後再び火神と接近戦をし、その腹に見たところ風を圧縮した拳を放った。

だがなぜか火神にはあまり効かなかった。

 

だがそこで終わりではない。放った手を開いて押し込み、青白い巨大な閃光を放った。

 

大気が振動しているのを私は感じていた。

閃光は火神を包みながら一直線に飛んでいった。

だが全てではない。火神に触れた後、閃光の二割が村の方向に飛んでいき、その三分の一を軽く消し飛ばした。

 

目を凝らせば村では泣き叫ぶ者、さっさと避難する者、様子見に行く者などで溢れていた。

だが近い内にこの村は滅びるだろう。

なぜなら戦闘の余波だけで村が半壊しているのだ。戦闘が続けばたちまち地形が変わり、村を滅ぼすだろう。

 

だが止めるつもりはない。私もまだ死にたくないのだ。

今は大人しくこの災害が去るのを見守ろう。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

百を超える黒いワイヤーが、次々と楼夢に降り注ぐ。

 

同時に楼夢は自分の後ろに並ぶ無数の武器を全て放った。

 

無数の武器と黒いワイヤーが空中で互いに衝突する。

そして一瞬均衡すると、すぐに後ろに弾かれその後再び放った。

 

まず楼夢はワイヤーの雨を次々と掠らない範囲で最小限の動きで避けていた。

なぜ掠ってはいけないのかというと、それもきちんと理由がある。

 

そして避けたワイヤーや、避けきれないものに、楼夢は後ろの武器型弾幕を放つ。

 

「邪魔だ!!」

 

元々弾というより刃といった方が正しい性質の弾幕を圧縮して武器型にした弾幕は次々と紙をハサミで切るように断ち切る。

だが断ち切った瞬間弾幕は黒く変色して朽ち果てた。

 

「やっぱりこうなるか……」

 

それが火神の放つあのワイヤーの恐ろしい能力だ。

あれはルーミアの闇で出来ており、触れると侵食されてしまうのだ。

 

一度ルーミアと戦ったことのある楼夢はそのことにいち早く気がついた。

 

とは言ってもすぐに対策できるものではない。

この文面だけ見れば相手は百の巨大ワイヤー、対してこちらはパッと見て無数の数を誇る武器型弾幕だ。

触れれば朽ち果てると言っても一応断ち切れるのでそれだけであればこちらが圧倒的に優位だろう。

 

だがワイヤーの能力はそれだけではない。

次々と断ち切ってもその断面から闇が再生するかのようにまた生えてくるのだ。

素材が闇なだけあってルーミアの能力さえあれば簡単に修復できる。

 

つまり実質こちらは無限に再生する相手と戦っているようなものだ。

魔力切れを狙うという手もあるがそれは悪手だ。

なぜならその時は自分の魔力も底を尽きているからだ。

 

楼夢が火神と速度以外の身体能力の圧倒的なアドバンテージを持っていても、対等に並んでいられる理由は、何と言っても剣術と妖術だ。

 

剣を振るえばこの世で最強クラスの妖怪でさえも見きれない。

そして術の精度は完全無欠。様々な知識から一瞬で構成される複雑な術式は少なくとも今の世で自分を超える者はいないと思っている。

 

だがもし魔力や妖力が切れれば妖術はもちろん、身体強化も出来なくなる。

 

そして相手は気という謎の力を持っている。

魔力が切れた瞬間に追いつけなくなってなぶり殺しにされる未来しか楼夢は想像できない。

 

だがいつまでもこうしているつもりはない。

楼夢は刀に青白い霊力を込める。そしてさらに数千の桜型弾幕をその刀身に纏わせた。

 

「喰らいやがれ!!『桜花万象斬(おうかばんしょうざん)』!!」

 

瞬間、森羅万象斬よりも一回り大きい桃色の刃が、なぎ払うように火神を魔法陣ごと呑み込む。

そしてその隙に武器型弾幕で他の残った全ての魔法陣を破壊した。

直後、

 

「ウラァアッ!!」

 

桜花万象斬が吹き出た炎に焼き尽くされ、中から火神が飛び出る。

その体には炎を纏っていた。その温度は体感でいうとマグマ並に熱かった。

 

そんな火神は次に得意の炎属性の魔法を放った。

 

上からは太陽が小さくなったような弾幕が、地上ではほぼ全方位に等しい炎の風が放たれる。

 

楼夢はすぐさま炎の風に残った全ての武器型弾幕を放った。

 

武器型弾幕は炎の風と相殺され、爆発を起こす。そしてその余波で地面を薄く溶かす。

 

だが残ったミニ太陽が次々と上から降り注ぐ。

そこで楼夢は『妖狐状態』になり、その十一本の尻尾の先に妖力を集中させた。

 

「『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』」

 

その言葉が引き金となり、千を超える虚閃(セロ)がミニ太陽を次々と撃ち抜き、撃墜する。

 

そこで一旦火神の攻撃が止んだことで、楼夢は少しホッとする。

 

「あ~あ、一応あれでも結構な威力あった筈なんだけどな。ただデカくするだけじゃ意味ねェか。んまァ、でもーーーー」

 

火神は言葉を一旦途切れさせ、地を後ろ足で蹴る。

直後、小規模な爆発が起こりその爆風に乗って火神は一気に加速する。

 

「ーーーーこうして接近しちまえば、意味もねェけどな!『紅蓮一文字』!!」

 

加速しながら、火神はバールを楼夢に向けて一直線に振るう。すると、そこから炎の刃が、一文字を描きながら一直線に突き進んだ。

 

「ッ!?『羽衣水鏡』!!」

 

だがそこは流石楼夢。火神が急に加速したのに驚きこそすれ、一瞬で結界を張り斬撃を防ぐ。

 

その間に火神はさらに楼夢に接近しながら、次の魔法に移る。

 

「『ナイトバード』」

 

そう火神が唱えると、二種類のが鳥の翼を模しながら向かってくる。もちろん名前から察するに属性は闇。つまりルーミアの技である。

 

そこまで分かっていれば対処もさほど難しくない。楼夢は高速で術式を頭の中で展開し、発動する。

 

「『狐火開花』」

 

瞬間、夜空に花が描かれる。だがそれはすぐに散り、無数の狐火の雨と化した。

 

狐火の雨は火神の弾幕をかき消し、全方位に着弾する。見る方は楽しいが受ける方には地獄にも等しいだろう。……例外もいるよう、だが。

 

(ちぃ!やっぱり効いてねえのかよ!?)

 

全方位の狐火はもちろん火神にも降り注いでいた。だが彼は狐火を受けても風が吹いた程度のような様子をしていた。

だがよく考えれば分かる話だ。

 

火神の能力は【灼熱を操る程度の能力】。あらゆる温度の炎を扱い、相手を燃やし尽くす、言わば炎のスペシャリストであった。

そんな彼に狐火が効くかと聞けば、当然答えはノーだ。第一鉄が融解するほどの炎をその拳に纏わせたり、口から炎を吐き出すような奴に炎が効くと思った奴が馬鹿だ。

もし効くのなら今頃火神は自分の出した炎の熱にやられて自爆しているだろう。

 

だがこれで狐火が一切効かないことが分かった。これは楼夢にとってはかなりの痛手だ。

 

楼夢は実際様々な属性を操れるが、基本的に妖狐が最も得意な妖術は幻覚と狐火だ。

 

だがこの二つは今の状況で使えそうにない。

幻覚はそもそもかかるかどうか分からないし、かかったとしても我に返るのに持って2秒程だろう。それではほとんど意味がない。

狐火も炎なので無効化される。

つまりは妖狐として最も得意な技を、楼夢は二つ失っているのだ。

 

だがそれで詰むようでは最強クラスなんかやっていない。

すぐさま尻尾十一本と両手で妖術を発動させる。

 

「右手に『バギムーチョ』、左手に『マヒャデドス』ーーーー」

 

楼夢は最高位の属性魔法を二つ同時に発動させる。

直後、辺りが地面から伸びてきた巨大な氷柱に飲み込まれ、その氷を砕くように災害級の竜巻が襲いかかる。

 

「ーーーー二つ合わせて『バヒャムチョス』」

 

竜巻は砕いた氷を纏いながら、地形を滅ぼすように周りの物を吸い込み、砕く。

吸い込まれた橋や川の水、木々……そして村などは中でシェイクされながら巨大な氷の欠片などとぶつかり、潰されていった。

 

その様子を、楼夢は自身の周りに結界を張りながら見つめていた。

だがそれでもまだ終わる気がしない。

楼夢はどんどん消えて氷で埋め尽くされていく大地を眺める。直後、

 

 

「ーーーー極大五芒星魔法『アトミックニュークリアインパクト』!!」

 

 

悪魔の囁きが凍りついた大地に一瞬響く。

そして

 

「ッ!?『亜空切断』!!」

 

 

 

ーー炎の海が、地を埋め尽くした。

 

氷柱だらけであった大地は見る影もなく、炎に蹂躙されていく。

 

辺りを見渡せば山も空も大地も赤、赤、赤。

完全な灼熱地獄が降臨していた。

 

その様子を楼夢は『亜空切断』で切り裂いた空間内で観察していた。

 

正直言うと、これは酷い。

山数十個と中規模な村数個が丸々炎の海の犠牲になっていた。

 

だがそんな理不尽を可能にする封印されし魔法、それが『極大五芒星魔法』なのだ。

 

だが以前の戦いの時も凄かったが、今では比べられない程に威力が上がっていた。

おそらく火神がまた数段と強くなったせいだろう。

 

そう思考しながら、楼夢は注意深く火神を観察する。すると、一瞬だが火神と目が合った。

 

「あっ……」

 

火神はそんな楼夢の間抜けな声が聞こえたのか満足すると、狂気的に口を歪めながら楼夢の視線を感じられた空中に向かって軽く跳躍する。

そして空中で背中から炎で形作られた巨大な鳥の翼を生やした。

 

翼の炎は羽一枚一枚が金にも赤にも見えるような美しい色をしており、それはまるで日本の四神の人柱、朱雀を表しているかのようだった。

 

その翼で空中を一気に飛び、そしてーー()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……、がァ…ッ!?」

 

「悪ィが、楽しいパーティーには強制参加だ!!ちゃっちゃと衣装着て着飾って、無様に転がりながら踊ってやがれェエェェッ!!!」

 

火神は楼夢と同じ空間軸に来ると、目の前に現れすぐさま無防備な楼夢にその拳を放った。

 

「『スピキュール……インパクトォッ』!!」

 

その拳を一言で例えるなら、赤い隕石だった。

火神の拳はまるでジェットのように勢いよく炎を噴射し、赤い流れ星と化しながら加速する。

 

火神の腕と同じサイズの、鋭く激しいその隕石はーーーー楼夢の顔面に着弾し、その頭蓋骨を砕いた。

 

「ぐがァァァアァァアァァァッ!!!」

 

だが楼夢はまだ死んでいなかった。

火神の一撃が当たる直前に楼夢は力を振り絞って幻術を発動し火神の楼夢の位置の認識を僅かにだがずらした。

 

結果、火神の一撃は楼夢の頭蓋骨ではなく、横に飛んで避けようとした左足に当たった。

 

瞬間、左足が爆発して大量の赤い液体と共に飛び散り、肉を抉る言葉にもできない凄まじい痛みが楼夢に走った。

 

「ァァアァァァァアアァァァァァァッ!!!」

 

火神が放った赤い流れ星は、楼夢の左足を貫いた後、『亜空切断』で切り裂いた空間を破壊する。

 

その衝撃で空間は消滅し、楼夢は抵抗することもできず数百メートル程の高さから地面に落ちた。

 

高所から地面に叩きつけられたことによりまた楼夢の体の骨と内蔵が数個潰れるが、そんな痛みは楼夢の頭の中に入って来なかった。

 

半狂乱になりながらもありったけの霊力、妖力、神力、魔力を治療術式に込め、発動させる。

 

すると左足があった箇所から溢れ出ていた血はすぐに止まる。だが逆にいうとそれだけだ。

左足が生えてきたわけでもなく、傷が塞がり痛みが消えたわけでもない。

 

それでも、楼夢は刀を杖にして立ち上がる。

もう『人間状態』にも『蛇狐状態』にもなる力は残っていない。

十一本の、美しい金色の尻尾を揺らしながらも震えながら体を支えた。

 

だが、そんな惨めな状態でも……ッ。

 

(勝ちたいッ。負けたくないッ!!)

 

彼の心の奥底に潜む本能に刻まれた唯一の誇りは、諦めていなかった。

 

「うおォォオォォォォオォォッ!!!」

 

叫びながらそのひ弱な体を打ち震わせて、楼夢は自身の背中に妖力を集める。

 

すると、二つの黒い球体が楼夢の背中に浮かび、そこからまるで影のように黒い悪魔のような翼が伸びるように生えてきた。

 

楼夢は空中に視線をずらす。

そこには楼夢の悪魔のような漆黒の翼とは違う、炎の鳥朱雀を模した金と赤の翼を生やした火神が、たたずむように空で待ち構えていた。

 

「火ィイィ神ィィッ!!!」

 

「ハハッ、とうとう狂っちまったか!?だがそれだ、それでいい。もっと俺を楽しませろォォッ!!!」

 

二匹の獣は雄叫びをあげた後、空中で激突する。

直後、空に黒と赤のラインが引かれた。

 

「ラァァァァアァァァッ!!!」

 

楼夢は、普段とは違う、叩きつけるように乱暴に刀を振り下ろす。

だが火神はそれをバールの釘を抜く部分で挟みながら受け止めた。

 

すぐさま刀を引っこ抜こうとする楼夢だが、火神は既に攻撃に入っていた。

 

「『シャイニングフェザースコール』」

 

火神の背中の黄金の炎の翼から、数百の羽がまるでマシンガンのように放たれた。

それらは全て至近距離にいた楼夢に命中し、その体を貫く。だが……

 

「ェハハハァッ!!!」

 

「なんだとッ!?……ッぐがァッ!!」

 

狂気に堕ちた楼夢はそこでは止まらない。

撃ち抜かれた体の傷を無視しながら、楼夢は刀を手放し、がら空きの火神の顔に拳を打ち込む。

 

「……『スパーキング』」

 

拳が火神の顔を捉える寸前に、楼夢はそう呟く。

 

すると楼夢の拳が雷電に包まれ、スパークした。

 

「『雷神拳』!!」

 

電家の宝刀と化した拳は、気で強化された火神の顔に大きなダメージを与える。

と同時に、本来使えないスパーキングを使った楼夢の体にも激痛が走るが、そんなのは気にしない。

 

吹き飛ぶ火神に追いつき、その背中にある黄金の翼を強引に引きちぎり、バランスを崩した時に地面にたたき落とした。

 

幸い翼は妖力でできていたため、火神はダメージを受けなかったが、地面に勢いよく叩きつけられ、楼夢と同じように内蔵がいくつか潰れる。

 

立ち上がった火神は、空から降りてきた楼夢をじっと見つめ、そしてその手の中にある相棒、『憎蛭』を握り締める。

 

楼夢は、左足がないため翼でバランスを取り、何もない両手に妖力を込めた。

すると両手が桃色の光に包まれ、刀と扇の二つの異なる形状の『舞姫』が出現した。

 

「……鳴り響け、『舞姫式ノ奏(まいひめしきのかなで)』」

 

楼夢は右手に刀の舞姫を、左手に扇の舞姫を握る。

そしてーー

 

「オアァァァアァァアアァッ!!!」

 

「ウオォォオォォォオォォッ!!!」

 

二人は同時に駆け出した。

 

楼夢の斬撃が火神の肩から胸を斜めに切り裂く。

 

「響かねェぞ楼夢ゥゥッ!!!」

 

赤い鮮血をまき散らしながら、火神の拳が楼夢の顔を捉え、地面まで吹き飛ばす。

 

それを見た火神は深く腰を落とした。

次の瞬間、全体重をかけて地面を踏みしめた。

 

一歩目、全体重をかけた地面を後ろに蹴飛ばし、一直線に走り出す。

 

二歩目、加速しながら右足を軸にしながら、反時計回りに回転する。

 

三歩目、地面を再び蹴飛ばし、回転しながら前進し、一瞬で楼夢の前にたどり着いた。

 

「『ブレイクスルー』!!!」

 

最後、全体重をかけながら遠心力を利用し、黒に光る憎蛭を振り抜いた。

 

 

ーーそして、周りの景色も、音も、全てが消し飛んだ。

 

 

だが、火神の手には楼夢を叩き潰した感触が何もなかった。

 

(まさか……ッ!?)

 

火神はすぐに上を見上げる。そこには、空中で桃色に光り輝く刀と扇を同時に振り下ろす楼夢の姿があった。

 

「『百花繚乱(ひゃっかりょうらん)』!!!」

 

振り下ろした二つの斬撃は同時に火神を切り裂き、手に持つ憎蛭を弾き飛ばしたところから、斬撃の花吹雪が始まった。

 

一瞬の硬直の後、楼夢は火神の体を真っ直ぐに捉え、秒単位に数え切れない程の斬撃を放った。

 

その一つ一つが森羅万象斬並の威力の斬撃が、嵐のように、火神に襲いかかる。

 

その斬撃の速度は正しく神速。そう呼ぶに相応しかった。

 

(55、56、57……もっと速く)

 

楼夢は火神の体を真っ直ぐ捉える型から、徐々に全体重をかけながら右から左、左から右と時計回りと反時計回りを繰り返しながら切りつけ始める。

 

(88、89、90……まだ、もっと……ッ)

 

そう思考すると、楼夢の剣速は光に匹敵するほど加速した。その速度を利用しながら、ただひたすら火神の体を切り刻む。

 

(97、98、99……これでーーーー)

 

「がアァァァアァァァァアアアァァッ!!!」

 

だが火神もただでは終わらない。全体重をかけて飛び込んだ楼夢に、通常の数倍の威力のカウンターが炸裂した。

 

(これで……なっ!?)

 

だが楼夢はその拳を額で受けて根性で跳ね返した。

楼夢の頭蓋骨にひびが入るがそんなことなどどうでもいい。

 

「これで……止めだァァアァァアッ!!!」

 

がら空きになった火神の体を、二つの舞姫の斬撃が貫く。

 

火神は舞姫を体に刺したまま、後ろに吹き飛び、動かなくなった。

 

「終わった…か……ゲホッ、ガハッ!!」

 

そう呟くと同時に楼夢は大量の血を口から吐き出し、冷たい地面に横たわる。

 

(……ん、あれは……雪?)

 

倒れた後、楼夢は空から何か白い物体が降ってきているのに気がついた。

 

(最後の最後で雪……か。悪くは……ねえ)

 

最後にそんなことを考えると、楼夢の意識は闇に落ちる。

 

 

ーー辺りに、まるで二人を労うかのように、雪が降り注いでいた。

 

 

 

 

Next phantasm……。

 

 



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戦後の茶番と娘の戦い~Secret Energy~

たけきものもついには敗れる
ただ春の夜の風の如し

それが分かっていながら、私は歩みを止めない


by白咲楼夢


 

私は楼夢の娘である美夜、清音、舞花と共に、スキマを使って楼夢と火神が倒れている場所に一瞬で移動した。

 

「父さん!!」

 

到着すると、すぐに楼夢の娘たちは血の海の中で倒れている楼夢の元に駆け寄る。

 

二人の状態は、正直言って酷かった。

 

まず火神の方は何回切られたのか分からない程の切り傷が体中に刻まれていた。数にしておよそ数十、いや数百単位だろう。

 

さらに腹には一つの長刀と扇が貫くように突き刺さっていた。

 

私はそれを引き抜き、すぐさま治療術を発動させる。だが、体から溢れ出る血の量が減っただけで傷が治った訳ではなかった。

 

決して私の治療術が劣っている訳ではない。むしろ楼夢のよりは性能は落ちるけど、それでも普通のよりは数倍効力があると自負している。

 

だがそんな私の術でも、傷は治らなかった。

それ程までに、火神の傷は深かった。

恐ろしいのは切り裂かれた傷は全て浅くないということだった。

 

通常、これだけ多くの斬撃を放てば体力と共に血や油が刀に付着し、切れ味が落ちるものだ。

だが火神の切り傷は全て深かった。

むしろ最後に放った『百花繚乱』と言う技でできた傷は、最後になればなるほど傷跡が深く、刻まれていた。

 

だがそんな状態でも生きているこの火神と言う妖怪の方も凄い。

よく見れば体中から何か黄色いオーラのような力が溢れ、傷を再生しているようだった。

 

これで火神の方は一安心だろう。だが問題は楼夢だ。

 

彼の傷は正直言って火神よりも酷い。

まず楼夢の体に触れてどこまで傷があるのか見る。途中で楼夢の体が良すぎて鼻血が垂れてしまったことは秘密にしておこう。

 

すると、内蔵と骨が数十個潰れているのが分かった。そこに心臓が含まれていないのは不幸中の幸いだろう。

 

すぐさま治療術をかけるが、気休め程度にしか意味をなさない。

 

次に四肢を確認する。右腕は特に異常はないが、左腕が曲がっているのに気がつく。

右足は地面に叩きつけられた衝撃で、おそらくは骨にひびが数個入っているだろう。

 

そして、一番酷いのはやはり左足だった。

左足はまるで内部から爆発したかのようだった。

実際、左足は付け根からごっそりと粉砕されていた。左足とつながっていた傷口は抉られたかのようになっていて、骨なども見えていた。

 

幸いなのは楼夢の術で血が止まっていることだった。私の治療術では気休めにもならないだろう。

 

最後に、私は楼夢の頭から血が吹き出しているところを確認した。

観察したところ、頭蓋骨にひびが入っており、とても危険な状態だった。

しかも傷の深さから見ると脳に達していることも十分ありえる。

 

「……楼夢」

 

思わず私はそう呟いてしまった。

私は今まで楼夢は無敵だと心のどこかで勘違いしていた。

 

だから火神が現れた時もなんとかなると思い、全てを楼夢に押し付けた。

 

楼夢にそれを言えば必ず首を横に振るだろう。そしてそれは私のせいではなく、好んで戦った自分の責任だと言うだろう。

 

だが戦いが激しくなり、楼夢が死にかけた時に止められずに安全地帯でぬくぬくと傍観していた私の責任でもあるのだ。

 

「……紫さん……お父さんは必ず治るよね?」

 

ふと清音がそんなことを聞いてくる。

彼らの怪我は酷く重症だが、血がこれ以上減らないようにしたためいつか治るだろう。

 

「……ええ、大丈夫よ。楼夢達は必ず治るわ」

 

そう言い、清音たちに微笑む。

 

だがしばらく楼夢たちを見つめていると、突然私が色々なところを監視させていた使い魔のカラスの一匹から連絡が入った。

 

「……面倒くさいことになったわね」

 

すぐさま私は楼夢たちの方に振り向き、スキマで私と共にどこかの森の中に移動させる。

 

そして楼夢たちを覆うように、かなり強力な結界を張った。

次に結界に私の能力【境界を操る程度の能力】を使って結界を弄り他の者には認識できぬようにする。

これで楼夢たちが寝ている間も大丈夫なはずだ。

 

私は美夜たちにそう結界のことを説明すると、すぐにスキマの中に移動した。

 

(はぁ……やっぱりあまり上手くいかないようね)

 

使い魔からの知らせの内容はこうだった。

 

 

 

『妖怪の山に、鬼が出現』……と。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

眩しい日差しが降り注ぐ中、楼夢は知らない森の中で目を覚ました。

 

たぶん紫のやつが運んでくれたのだろう、と楼夢は推測する。

案の定娘たちに問い合わせれば、紫は別件でどこかに行ったらしい。

 

「……んぐ……ん」

 

近くでそんな声が聞こえたかと思うと、そこには楼夢と戦っていた火神が寝ていた。どうやら今同じように目が覚めたようだ。

 

「ふぁ~ぁ、寝ィ……つーかどこだここ?」

「それは俺が聞きてえっつうの」

 

思わずそう突っ込みを入れる。色々調べたところ、ここはどうやらどこかの小さな森のようだ。ただ楼夢も見たことがないので新天地ということになる。

 

とりあえず森の外にも出たいので、すぐに立ち上がろうとする。が、何故か上手く立ち上がれないで転んでしまった。そしてなぜだか楼夢は一瞬で理解した。

 

「ーーーーあっ、俺今左足がないんだった」

 

道理で立ち上がれないはずである。すぐに巫女袖に手を突っ込んで、なんか知らないが狂夢が暇つぶしに生み出した黒い金属(ダークマター)と、お祓い棒に付いている紙垂と金色の鈴を取り出す。

 

そして能力を使い、旅の僧が持っていそうな先端に鈴が付いた黒い杖が出来上がった。

それを使って、楼夢はゆっくりと立ち上がる。

 

「やっぱり左足がねえと不便だな。でもこの怪我じゃあ長くて二ヶ月はかかりそうだ。っと、そんなことよりこれからどうする?」

「どうするもこうも、とりあえずここを出るしかねェだろ。その後いったん平安京に戻って、なんか面白ェ情報を探そうぜ」

 

 

結局、火神は美夜、清音、舞花共に旅に出ることにした。

理由としては色々あるが、一番有力なのは、やはり楼夢についていけば面白いことが起きそうだからだ。

後、まだ火神が昨日の今日のことで万全な状態ではないということもある。それでも上級妖怪まではなんとかなるが、大妖怪が現れたらかなり危険だ。やはりどこでも人数が多い方が安全なのである。

 

「うしっ、五人揃ったし行くか」

「目指すは、平安京。そしてどうか面白いことが起きますように」

 

二人は歩き出した。まるで未来に向かうかのように。

だがしかし、彼らは忘れていた。五人ではなく、()()()()()()()()()

 

 

「ーーーーてっ、ちょっと待ちなさい。何か重要なことを忘れてないかしら?」

「重要なこと?そんなもの……あ”……!」

 

ふと、二人の背筋に汗が流れた。

恐る恐る彼らは後ろを振り返る。そこには

 

 

「あら、思い出してくれたようで嬉しいわ」

 

後ろから般若の顔を、何処ぞの雷なイレブンの化身のように出しているルーミアの姿があった。

 

「「ル、ルーミア……さん?」」

「何かしら?二人してそんな恐ろしいものを見たような顔をしちゃって」

 

今の会話から、和解は不可能であると、瞬時に二人は悟った。

ならば取る方法は一つ。

 

「「逃げるんだよォォォォ!!スモーキー!!」」

「逃がすか!『バニシングシャドウ』」

 

風の如く地を蹴り走る二人。だがその瞬間、森の木の影からルーミアが飛び出し二人を黒いワイヤーで拘束した。

 

「はっ、HA☆NA☆SE!!」

「嫌だぁ、死にたくなぁい!!」

「……覚悟は出来ているでしょうね?」

「何このデジャブ感!?」

 

最初のセリフが楼夢ので、二番目は火神のだ。

ルーミアに捕まった恐怖により、二人はそれぞれ叫び声を上げる。

だがルーミアはそれを黒い笑顔のまま一蹴し、二人に死刑宣告を告げた。

 

「それじゃあ、ごゆっくり……逝きなさい」

 

 

「「嫌だぁぁぁあああ!!!」」

 

 

数十分後、とある森の中で二人の妖怪が、体をボコボコされた後、裸になって倒れていたという。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「『雷光一閃』!」

 

ここはとある森の中。そこには一人の黒髪の少女が、目の前にいる二足歩行の牛の妖怪に刀を振りおろしていた。

 

「ブモォォォォッ!!!」

 

二足歩行の牛の姿をした妖怪、『牛猿(うしざる)』は腹を切り裂かれ断末魔をあげると、地面に倒れふした。

だがすぐに新たな牛猿が三匹森の中から飛び出し、少女を囲った。

 

「美夜姉さん、危ない!『大狐火』」

 

牛猿たちが一斉に少女に飛びかかる。だがそれは後ろにいた金髪の少女が放った巨大な狐火によって迎撃された。

 

「ありがとう、清音」

「えへへ」

 

美夜と呼ばれた少女は自分の妹である清音の頭を優しく撫でる。それによって、清音は気持ちよさそうな返事を返した。

 

だがその瞬間、森の木々の隙間から一メートルはある巨大なバトルアックスが美夜たちに向かって投擲された。

そのことに美夜は気づくが、間に合わない。

 

「しまっ……ッ!?」

 

彼女は目を瞑り襲いかかるであろう痛みをこらえようとするが、その瞬間は訪れなかった。

 

「『氷結界(ひょうけっかい)』」

 

カキィィィィン!! そんな音が聞こえた後、投げられたバトルアックスはその軌道をずらし、横にあった木を真っ二つに切り裂いた。

 

「お姉さんたち、油断大敵ですよ」

 

声がする方を振り向くと、今度は銀髪の少女が手に大幣と呼ばれるお祓い棒を持ちながら、彼女たちの前に氷の結界を張っていた。

結界はバトルアックスを防ぐと、すぐにバラバラになり崩れ落ちる。それを眺めていた少女は、美夜たちに

 

「さあて、いよいよ大物の登場ですよ」

 

そう告げる。

それを聞いた美夜は長刀を、清音は小刀を、それぞれ構える。

 

それからすぐに、そいつはやってきた。

木々をなぎ倒しながら、三メートル程の牛猿が大きな足音を立てながら現れた。牛猿は先程投げたバトルアックスを回収すると、それを肩に担ぐ。

 

「『牛猿王(うしざるおう)』ですね。牛猿自体は中級妖怪なんですが、群れをなしその中で稀に上級に届く個体が現れるそうです。十分に気をつけましょう」

「解説ありがとう舞花。私と清音が前衛に行くから、舞花は後ろでサポートよろしく」

 

そう告げると、彼女の体が武器ごと突然電気を纏い始める。それを見た清音は、炎を、舞花は氷をその身に纏わせた。

 

「『サンダーフォース』」

「『ファイアフォース』」

「『アイスフォース』」

 

先手は美夜だった。

体に電気を纏わせたことで強化された体を使い、一気に足の太ももを切りつける。

だが、牛猿王は何もないとばかりに、強引に手にしたバトルアックスを振りおろした。

 

慌てて後ろにバックステップすることで、その攻撃を避ける。

牛猿王のバトルアックスは地面の一部を、まるでまき割りのように割られていた。その威力を確認した美夜の背筋が凍る。

だがすぐに次の攻撃に移った。

 

「雷龍『ドラゴニックサンダー』」

 

いくつもの雷の竜が、ジグザグしながら牛猿王に襲いかかる。もちろんこれで倒せるとは美夜自身思っていなかった。なので他の二人にハンドサインで指示を送る。

 

「くらえ!」

 

美夜の指示で、今度は清音が美夜と一緒に先頭に躍り出た。

彼女はその見事な太刀さばきで牛猿王の体を次々と焼き切る。だがそれだけでは牛猿王の防御力が高くてあまり致命傷を与えられないので、その分を美夜がカバーする。

 

さらに遠距離からは舞花が氷の魔法で狙撃し、様々な場面でフォローする。

 

「グモアァァァァアアァァァッ!!!」

 

そしてついに、牛猿王にも危険が訪れた。

このままではいけないと野生の本能で瞬時に理解し、かけに出た。

 

牛猿王は美夜の鋭い攻撃により足元を崩した。

 

「チャンス!」

 

それを好機にと、清音はすぐに牛猿王の足元に飛び出た。それは、一種の油断だった。

 

不用意に飛び出した清音を見て、わざと足元を崩しあらかじめ待ち伏せしていた牛猿王はすぐに左拳をカウンターに放った。

 

だが拳が清音を捉えることはなかった。清音の手前に先ほどのように舞花が氷の結界を張って、防いでいたからだ。

 

怒った牛猿王は、残りのバトルアックスを先ほどの美夜の時のように、清音に振りおろす。

 

「清音、タイミングを合わせて!」

「うん、分かった!」

 

「「『森羅万象斬』!」」

 

牛猿王の攻撃に対して、美夜は清音と連携をとり同時に楼夢が得意とする斬撃『森羅万象斬』を放った。

 

美夜の黄色と、清音の赤の斬撃が、バトルアックスに触れると爆発を起こし、それを弾き飛ばす。

 

「全員、一斉攻撃!」

 

美夜はそれを勝機と見て重心を後ろに崩した牛猿王に、総攻撃をしかける。

 

「『雷光一閃五月雨斬り(らいこういっせんさみだれぎり)』」

「『炎剣舞踊(えんけんぶよう)』」

「『コールディングインパクト』!」

 

美夜の雷の嵐が、清音の炎の演舞が、舞花の氷槍の一撃が、同時に牛猿王に炸裂した。

 

牛猿王は四肢を切り落とされた後、胴体を切り刻まれ、腹の中心を貫かれて、そこで息絶えた。

 

 

こうして、美夜たちの初の上級妖怪との戦いは、幕を閉じた。

 

 

 

 

Next phantasm……。





~~今日の狂夢『様』~~

「初美夜たちの戦闘描写!あらためて連携って大事だなって思ったボッチの極みこと作者です!」

「流石俺の娘たち!早くモフって抱きしめたりしてぇ……。どうも、皆の紳士こと狂夢だ」


「突然ですが火神さんって地味にめっちゃ登場しますよね?」

「ああ、そうだな。ちゃっかり言葉を伸ばす時に「~~ぇ」から「~~ェ」に変わっちゃってるし」

「情けない話なんですがなぜこんなに出るんでしょうかね?」

「さあ?ただちょこちょこ出しても問題ないってだけだろ」

「あっ、納得」


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Mountain Faith の誘い~Prelude of Gods~

草むらのトカゲの尻尾を掴む

そこで私は立ち止まる

否、身動きが取れなかったというべきか

なぜなら、それはトカゲの尻尾だという証拠がなかったからだ


by白咲楼夢


 

ここはとある森の中。辺りに眩しい差すような日差しが降り注ぐ中、楼夢は自分の娘たちの戦いを火神と共に観戦していた。

 

心地よい日差しを浴びて眠そうになりながら、自分の左足を見つめる。

既に火神との殺し合いに等しい戦いから数ヶ月の時が経ったが、未だに楼夢の左足は治らなかった。

否、まだ完治していないといった方が正しいか。付け根から損失していた部分は、今は太ももあたりまでは生えてきている。

 

今の楼夢は歩く時は数ヶ月前に自ら作った杖を支えにし、走ったり戦闘時は火神との戦いで無意識に生やした宙に浮かぶ黒い球体から生えた漆黒の翼を使用していた。

 

翼が生えている黒い球体は、楼夢の背中と連接していないように見えるが、実際は楼夢が意識しても見えない程に微量の妖力が、電波のように球体と繋がっており、楼夢が意識することで、それを通して翼を動かすことができる。

楼夢はそれを目で見ることはできないが、妖力の主であるため、確かにそれを感じていた。

 

まあぶっちゃけると、彼が翼を使う理由はただ単純に手を動かす感覚で翼を操作できるので、楽だからだ。

 

そんな思考をしながら、楼夢は辺りの様子を見る。

森の中は美夜たちの戦闘音を除くと静まり返っており、辺りに動物も見当たらなかった。

それも当たり前か、と楼夢は心の中で悟った。

 

現在この森には先ほど美夜たちが倒した中級妖怪『牛猿』や上級下位妖怪『牛猿王』のような、牛系が混ざる妖怪が多くいた。

なので人々からは『牛鳴(うしなり)の森』と呼ばれ、一般人にとっては禁止区域とされている。

 

そんな森の中に楼夢たちがいる理由は、火神が現在の都ーー平安京で受けた賞金稼ぎとしての依頼のせいだった。

 

内容はただ単純に下級と中級の妖怪の駆除だったはずだ。

楼夢はそんな、うろ覚えな記憶を探りながら、考える。

 

そして、再び視線を美夜たちに戻す。どうやら無事、ことが済んだようだ。

 

「お父さーん!終わったよー!」

 

と、清音が満面の明るい笑みをしながら近づいてくる。楼夢は彼女たちの頭を撫でると、帰るかと告げる。

 

すると

 

「いやぁぁぁぁあああああ!!!」

 

甲高い女性の叫び声が、森の奥から響いた。

 

すぐに楼夢は注意を向ける。どうやら先ほどの悲鳴の主が妖怪と遭遇したようだ。

 

マズイな、と内心楼夢は思う。同時に助けに行く必要あるか、と思ってしまう。

 

今の楼夢という男は友人の頼みなどではない限り私情よりもメリットを中心にして動く。そして今回の叫び声が間違いなく赤の他人だ。つまり助けに行く必要はない。そう冷たく切り捨てようとすると、ふと美夜たちと目線が合う。

 

「お父さん、助けに行かないの?」

「清音……いやでも、人間助けたところで俺たちにメリットは……」

「いや、メリットならある」

 

ドンッ、と自信満々に火神はそう答える。

正直言うと楼夢は火神の今の言葉に驚いていた。火神という妖怪は我が強く、自分のメリットがない限り例え誰であろうと助けはしない。

逆にデメリットになる場合は一瞬のためらいもなく邪魔者を、害虫を駆除する感覚で排除する。

 

そんな火神が助けるといったのだ。驚かないはずない。

 

「……ちなみにそのメリットってやつは?」

「金の匂いがするからだ!」

「……相変わらずの執着心ね」

 

その胡散臭い答えに、楼夢とルーミアは呆れるが、とりあえず助けに行くことに決めた。

現在の楼夢たちの資金は、連なる旅で雀の涙ほどしか残っていなかった。なので少なくとも報酬だけは、と楼夢は決心する。

 

ちなみに火神の方は現在の手持ちが雀の涙ほどしかないだけで、彼の今まで稼いだ国丸々一つに等しい大金は、日本のどこかに保管されているらしい。

どうやら隠し場所は火神以外の正攻法で行くと、数千以上の非常に質の悪いトラップが仕掛けられているそうだ。実際にこの数百年で数十人は隠し場所にたどり着いたが、そこにあるトラップに引っかかて全員十番目のトラップに至らずに力尽きたという。

 

(ったく、そんだけの金があるならちったぁ貸してくれりゃいいのに)

 

そんな金欠不足を一瞬で解決する方法を考えながら、楼夢は十一本の尻尾を揺らして、奥に歩き始めた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「だっ、誰か、助けて!」

 

案の定、というべきか、そこには十歳ほどの少女が鋭い二本の角を生やして二足歩行する汚ェ牛約二十頭の群れに襲われていた。

 

汚ェ牛は大きな口元からだらだらと臭い吐き気がするよだれを垂らす。うん、アイツらの名前は今日から汚ェ牛だ。

そう結論づけると、舞花が顔を青くしながら汚ェ牛を見つめていた。

 

「嘘……上級下位妖怪『牛鬼(うしおに)』の群れ……ッ!?しかもあの一際大きい個体、まさか『牛鬼帝(うしおにみかど)』ッ!単純な戦闘力だけなら上級中位を上回るあの……」

 

おっ、おう……なんか解説のときだけキャラ変わってない?

と楼夢は心の中にある唯一の疑問を浮かべる。

どうやらあの汚ェ牛は牛鬼と言うらしい。

というか牛鬼帝って無駄に名前かっけぇな!?

 

そんなことはさておき火神の予感は当たっていた。

少女は貴族が着るような豪華な着物を身にまとっていた。つまり彼女の家はかなりの金持ちなのだろう。

 

なぜ少女が一人こんな森の中にいるのかは気になったが、今は救助を優先すべきだ。

その考えに至ると、楼夢は能力で持っている杖の先を槍のように鋭くする。

 

今回美夜たちはお休みだ。彼女たちの尻尾の数はまだ五本で中級妖怪程の妖力しかない。まだ格上を倒すには早すぎるのだ。

 

「さぁてと、せいぜい暇つぶし程度にはなって欲しいものね。『ダーウィンスレイブ』」

「いざお金を救うために!『憎蛭』」

 

それぞれが武器を構えたところで戦闘は始まった。

 

先手は楼夢である。彼は杖を槍を投擲する感覚で少女に一番近かった牛鬼の脳天に投げつける。

杖は牛鬼の脳みそをたやすく貫き、その後自動で楼夢の手の中に戻っていった。

 

『何者ダァァ、貴様ハァ!?』

 

牛鬼たちは突如の襲撃に声をあげながら警戒する。ちなみに普通中級妖怪ぐらいになれば妖怪でも知能を持ち始める。だがどうやら牛系統の妖怪は知能が低く、本能で動くそうだ。

道理で牛猿たちは喋れないわけである。一応牛鬼は話せるみたいだが、基本的に本能に従って行動しているようだ。

なぜならその会話が

 

『幼女、犯ス、産マセル』

『ブハァァァ!久シブリノ女ダァ!』

『イイ匂イ!美味ソウダァ!』

 

知能を感じさせないほど本能に従っていたからだ。

よし、汚物は消毒だ。

 

どうやらその考えに至ったのは楼夢だけではないらしい。他の二人も楼夢と同じような顔をしていた。

 

「消えろ変態。『メラ』、『ヒャド』、『バギ』、『イオ』、『ギラ』、『ドルマ』、『デイン』、『ジバリア』」

 

そう冷たく呟くと別属性の魔法を同時に発動させる。

炎が、氷が、風が、爆発が、闇が、雷が、土が、牛鬼たちを襲う。

それだけで前衛の五、六頭の牛鬼たちは物言わぬ肉片へとなり果てた。

 

「失せなさい。『エンドレスブレードワルツ』」

 

ルーミアの言葉と共に牛鬼たちの地面が闇に包まれ、そこから無数の漆黒の刃が飛び出した。

それらは牛鬼たちを切り裂き、切り裂き、切り裂き続ける。

漆黒の刃たちが消えたときには、既に数センチの肉すら残らず、ただそこに不気味な赤い液体だけが残っていた。

 

「便利だなァ、二人とも。俺が使える広範囲攻撃は極大五芒星魔法しかねェからな。『火炎大蛇』」

 

そう呟くと火神は炎の大蛇を口から吐き出す。

大蛇が通った後には、舞い散った灰と黒いシミ以外、何も残らなかった。

 

圧倒的な蹂躙劇。そう表す他なかった。

 

二十以上いた牛鬼たちはリーダーである牛鬼帝を含めてわずか五頭の群れに成り下がっていた。

 

その事実に襲われていた少女は驚愕し、牛鬼たちの表情は恐怖を浮かべる。

 

「はぁ……。やっぱ強すぎんのも問題だな。やっぱ常時はもうちょっと力抜いておくか。最近さらに強化されてるしよ」

 

その言動を嘗められたと感じたのか、牛鬼帝以外の牛鬼たちはそれぞれその手にバトルアックスを握り締め、突撃する。

 

「……一応嘗めてるわけじゃないんだが。『ベギラゴン』」

 

魔法の術式を脳内で高速建築すると、左手を掲げる。

するとそこに、灼熱を表すかのような、竜を模した炎が現れた。

それをためらいなく牛鬼たちへと放つ。

 

瞬間、辺りが炎の海に包まれた。

そこに先ほどまで存在していた牛鬼たちの姿はない。

ただ、一瞬だけ辺りに醜い断末魔が満ちた。

 

「さてと、フィナーレにしようか」

『フッ、フザケルナァァァァアアアアッ!!!』

 

牛鬼帝は自分の同胞を殺しても余裕な表情をする楼夢に激怒する。

 

牛鬼帝の大きさは約五メートル。その太い両手には、他の牛鬼のとは明らかに格が違うバトルアックスをそれぞれ二本、装備していた。

 

その二本のバトルアックスにありったけの妖力を込める。

いくら牛系統の妖怪でも、上級妖怪は上級妖怪。

先ほどの交戦でまともに戦えば勝ち目がないことを牛鬼帝は本能で察する。

 

奴を殺すには不意を突いて最高の一撃を当てるしかない。

そう考えてこそ牛鬼帝は両方のバトルアックスを同時に振りおろし、二個の赤い巨大な斬撃を放った。

 

赤の斬撃は地面をえぐりながら縦に楼夢に向かう。

だがそこで楼夢の杖が青白い霊力に包まれた。

 

「『森羅万象斬』」

 

楼夢は杖を横に払い、青白い斬撃を放つ。

その威力は凄まじく、一瞬の接触で赤の斬撃を文字通り吹き飛ばし、消滅させた。

 

『ナッ、馬鹿……ナッ!?』

「おそらく今のが全力だったみたいだけど残念だったな。まっ、最後は華々しく散らせてやっから感謝しなぁ」

 

絶望に染まった牛鬼帝の顔をおかずに、また脳内で術式を構築する。

すると今度は楼夢の杖の先で、メラゾーマとマヒャドが融合し始めた。

 

出来上がるのは太陽のような、月のような神々しい巨大な球体の光。

その杖の先を牛鬼帝に向けると、最後に一言。

 

 

「絶えやがれ。

究極消滅魔法『メドローア』」

 

その最後のセリフと共に光が放たれ、巨大な人影はそのまま消滅した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「この度は本当にありがとうございました」

 

少女は楼夢たちに感謝の言葉を告げると、頭を下げる。

 

現在、楼夢たちはある屋敷内にいた。

 

予想通り、今回の件で襲われていた少女ーー稗田阿礼(ひえだのあれ)は貴族だった。しかもかなり高位の。

 

それに稗田阿礼と言えば古事記作成に関わったことで日本ではとても有名だ。

流石に本人は何代目かの稗田阿礼であって、先ほど話した人物本人ではない。

だがそれでもかなりのお偉いさんを助けてしまったことに変わりはなかった。

 

「いや、別に報酬かなんかがもらえりャそれでいい」

 

中々がめついことを、当たり前といった表情で火神は話す。

阿礼も、そのことを予測していたのか、全く動じていなかった。

 

「とりあえず俺らが求めるのは金だ。それ以外はいらねェ」

「分かりました。後で働いた分に見合う報酬を出させましょう」

「ケチるなよ。多少は多く含めておけ。じゃねェとわりに合わん」

「ええ。ご了承しました」

 

話が終わると、阿礼はすぐに屋敷の使用人を呼び出し報酬の準備をさせる。

そのため部屋には使用人もいないので、しばらく沈黙が訪れる。

 

「そういえば、阿礼……だっけ?は、なんであんな禁止区域にいたのよ。しかも護衛も引き連れずに」

「はい。それもお話したいと思います。ですがその前に……そこの桃色の髪の御方。貴方様はもしかしてかの有名な産霊桃神美(ムスヒノトガミ)様で御座いますか?」

 

楼夢はその質問に驚いた。

なぜなら楼夢の神名をフルネームで、しかも本人かと尋ねられたからだ。

顔には出さないで、冷静に答える。

 

「……一応、そうだ。俺の名は白咲楼夢。神名は先ほどお前が言った通り産霊桃神美だ。それにしてもよく分かったな」

「ああ、やっぱりなのですね!私が分かったも何も、神関係の話ではかなり有名ですよ。

曰く、桃のような髪を持つ。曰く、そのお顔は月のように美しく。曰く、縁結びの神である。曰く、十一本の金色(こんじき)の尻尾を持つ最古の狐である。曰く、その力は高天原の全戦力に匹敵する。などなど。その伝説はかなり有名ですよ」

 

突然の阿礼からの宣言。そして自分がどのように言い伝えられているのかを知ると、楼夢は

 

「……マジかよ」

 

そんな世界が終わったような顔でそう呟くのであった。

 

「実際に貴族の中にも、産霊桃神美様を祀る方は多いですよ。まあ、それらのほとんどが色恋沙汰関連ですがね」

 

一応、楼夢を信仰すると男女の仲がよくなるというのは本当だ。

楼夢はこう見えてれっきとした縁結びの神なので、信仰したときに受けられる恩恵は主に男女の仲を結ぶなどであった。

 

どうりで最近力が増すわけだ、と楼夢は納得する。

 

その後、阿礼が何か言いかけていたが、このままだと泥沼になるのでルーミアが止めにかかる。

 

「はいはいそこまで。それで、お嬢ちゃん。さっきの続きだけどなぜあなたは牛鳴の森なんかにいたの?」

 

面倒くさいので、あえてストレートにルーミアは問う。その答えを返すのに阿礼は言いたくないという表情をした。

 

「その……実はーー」

 

阿礼が言うには以下の通りだった。

 

阿礼はどうやら古今東西様々な妖怪のことを研究し、それを書物として記しているらしい。

その一貫で牛鳴の森に、牛系統の妖怪の整体調査をしていたようだ。

そこで運悪くその森の中最強の存在、牛鬼に出くわし、護衛を全員やられたらしい。

後は楼夢の知る通りだ。

 

「なるほどね。理解できたわ。それにしてもなんも力ないのに森に行くなんて、度胸だけは一人前ね」

「はは……。褒めていただき誠にありがとうございます。そして皆さんに一つお願いがあります。

私に是非、皆さんという妖怪について、ご教授ください!」

「いいけど……俺たち三人の情報はバカ高ェぜ?報酬を倍にするってなら……」

「すぐに手配させます!」

 

急いで使いを呼び出し、報酬の倍化を手配する。

その表情は喜々としており、はしゃぐ子供のようだった。

 

「あっ、妖怪のことに詳しいンなら、できれば追加で最近の面白い情報をくれ」

「それならつい最近手に入ったお得な情報がありますよ!」

「……へェ」

 

火神の、あからさまに次に面倒なことが起きそうな質に、阿礼は最新の情報を提供した。

 

それを興味なさげに見ていた楼夢だが、次の阿礼の一言で、表情を変える。

 

 

「なんと、現在『妖怪の山』に鬼が出現したそうですよ!」

 

その一言で、楼夢の瞳が、ギランと輝いた。



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妖怪の山への潜入~Assassin Attack~


ジングルベール~、ジングルベール~♪

爆音が鳴る~♪

今日は~♪地獄の~♪苦死味マス~♪

by作者(砕月 鉛玉)


 

 

鬼子母神。

その名前は俺にとってあまり思い出したくないものであり、ひどく懐かしくもある思い出だ。

 

 

これは、俺と()()()の、誰にも知られない記憶である。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「なにも……ないな」

「なんも……ないのう」

 

ため息をつくと、脱力しながら俺と隣の最古の鬼であって鬼子母神でもある妖怪ーー鬼城剛は地面に倒れ込む。

 

俺たちの視線の先。そこには見るも無惨に、灰と化した大地が広がっていた。

 

原因はもちろん、都市の民が置いてったあまりにも大きい原子爆弾(置き土産)だ。

明らかに現代の日本で使われたのよりも圧倒的に爆発の威力が高かった。

 

数百キロの距離の地面を丸ごと消滅させるとか、流石都市の民たちだ、と俺は内心皮肉ったらしく褒めちぎる。

 

「これから……どうすっかなぁ……」

 

本当にどうしよう。

数百キロの大地に残るもの全てが消滅したってことは、数百キロ先に行かないと食料もないということだ。

 

そこまでたどり着く頃に、果たして俺は生きているだろうか。

不意に、自分の最後を思い浮かべる。そしてそこまで考えると、俺の背中に大量の冷や汗が流れた。

 

「んなもん決まっとるじゃろ。食い物がある場所に移動する他ない」

「お前が行けても俺が行けないっつの」

「ならば儂と一緒に来るか?」

「へっ?……いいのか?」

「儂の力であれば三日足らずでここを脱出できるじゃろう。それに一度知り合った者を見捨てるほど儂の器は小さくない」

「そうか……。なら、頼む、俺を連れて行ってくれ」

「分かった。これで貸し一つじゃ」

 

この時の俺は、とにかく次生きることしか考えていなかった。

 

実際剛がいなければ生き残ることもできなかっただろう。だからこの選択は間違っていなかったはずだ。

 

だが、少なくともこの後俺は後悔する。この選択がバッドエンドにも似た地獄の始まりだということに。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ぐはッ!」

 

腹を殴られ、息を吐き出しながら吹き飛ばされる。

 

俺の朝は剛のストレス発散(イジメ)から始まる。

内容は戦闘訓練だが、実際はただの圧倒的な蹂躙だ。

 

都市の防衛戦の時の数倍の速度と力量の拳が、嵐のように俺に襲いかかる。

 

そして、何度も何度も何度も吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。

 

おまけに俺がヤラレっぱなしは嫌いという点も悪い。

つい反撃してしまって、その度に地面にハエたたきのように叩きつけられる。

 

まさに今の俺はサンドバッグ。

剛は立ち上がった俺に接近すると、腰を深く落とす。

そして、伸び上がる力を利用して、上の方向に鴨川会長もびっくりのフックを放った。

知識では確か、ガゼルパンチとかいうらしい。

 

それは見事に俺の顎にクリーンヒットし、お空で見事な三回転をしたあと、頭から地面に落ちる。

 

そこで、俺の意識はブラックアウトした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

昼、俺はとある山の中で食材を探していた。ちなみに剛はいない。俺はいわゆるパシリだった。

 

俺の今までの人生でこれほど屈辱的だったものはない。こうみえて前世では自分の誇りを大事にしていた。

それが今ではこのざまだ。ちくしょうめ。

 

しかもこの屈辱的な時間だけが、俺の唯一のフリータイムだったりする。

夜にまたボコられるので、剛がいないこの空間がとても安全に思えるのだ。

 

「おっ、猪だ。……くらえ」

 

地面に手を付き能力を発動させる。

地面の土は猪を囲う牢獄になった後、槍と化して急所である頭部を貫いた。

 

絶命した猪を持ち上げ、俺はあの魔王の居場所に帰るのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

夜、普通は誰もが安心して休むことができる時間だが、俺はそうではない。

 

先ほどもイジメからやっと開放されたので、急いで自分の寝床に戻ってきた。

 

寝床に寝転がる。それだけでボロボロでクタクタな体は悲鳴をあげながら、俺に休養を求めた。

 

できるならこのまま永遠に寝ていたい。だがしかしそんな儚い願いも、魔王の登場と共に泡と帰した。

 

「ふぃぃ……。そろそろ寝るかのー」

 

ゴロン、と。そんな効果音と共に、剛は俺の隣に寝転がる。そして

 

「捕まえた!」

「キュルァァァアアアッ!?」

 

乱暴に、俺の尻尾に抱きついてきた。

ちなみにこの時の俺の尻尾の数は五である。

その五本の中に埋もれるように、抱き枕替わりに俺の尻尾を抱く。

 

尻尾というのは妖狐にとっての性感帯の一つだ。

しかもそんなに強く抱きしめられては俺がもたない。

 

「あっ、あァ……。や……めて……くれェ……。このままだと……腰がァ……」

 

隣を見れば既に熟睡している剛がいた。

結局、俺は腰を抜かして、一日中動けませんでした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

嫌な思い出を思い出した。

楼夢はそう思う。

 

結局あれは思い出すだけで恐ろしい。そしてその扱いを十年ほど続けてた楼夢を誰か褒めてくれ。

 

そんなこんなで、今のが楼夢が鬼城剛を恨む理由だ。

実際はあれ以外にも色々あるが、とにかく楼夢は自分をあのような扱いをした彼女が許せないのだ。できればその綺麗な顔に右ストレートを打ち込みたい。

 

阿礼から得た情報を元に、楼夢は妖怪の山を目指していた。

ちなみに左足はもう完治されている。

根元からしっかり生えており、動くのに問題ない。

 

準備は万全だ。後は乗り込んで殴るだけでいい。

 

 

しばらくすると、妖怪の山が見えてくる。ふもとまで行くと、白い犬耳と尻尾をはやした妖怪が巡回していた。

 

「舞花、説明頼む」

「分かりました、お父さん。あの妖怪は白狼天狗と言って、いわゆる烏天狗の下っ端ですね。地位もそれほど高くもなく、山の警備を担当するようです」

 

相変わらず素晴らしい解説だ。舞花はどうやら読書が好きらしく、時狭間の世界にあった妖怪大百科的な本をプレゼントしたら、どハマリしたらしい。

おかげで彼女の妖怪の知識を豊富だ。知らない妖怪がいたら舞花に解説してもらえばいいので、楼夢は結構重宝していたりする。

 

「んで、どうするんだ?こいつでもぶっぱなすか?」

 

そう言って火神は懐から俺がプレゼントしたロケットランチャーを取り出す

頼むからその物騒な品物をしまってくれ。

 

「いや、ここは正面から堂々と突撃する。話が通じない場合は強硬手段だ。それじゃあ作戦開始!」

 

そう合図すると、白狼天狗の方へ堂々と歩いていく。

それに気づいた彼らは刀を構え、楼夢に声をかけた。

 

「おい貴様、ここで何をしている!ここは我らが天狗の領地『妖怪の山』だぞ!大人しく立ち去れい!」

「その妖怪の山の中に用事があって来た。通してもらおうか」

 

楼夢の説得の言葉は、白狼天狗たちが攻撃とばかりに刀を振ることで断ち切られる。

 

「ふざけるな!ここは貴様のような下衆が来て良い場所でない!」

「……んだぁ?随分好き勝手言ってくれんじゃねえか。雑魚の分際で」

「死ねェェ!!」

 

叫んで、大声と共に突っかかってきた白狼天狗の一人は切りかかる。

それを杖で払いのけ、カウンターとばかりに白狼天狗の頭に杖を振りおろした。

 

後ろに一回転しながら白狼天狗は転がる。そしてそれを合図に戦闘は始まった。

 

近くにいた白狼天狗は六。その内一人が今倒れた。

残りは五。その内の二人が連携を取りながら楼夢を攻撃した。

 

だが当たらない。軽くバックステップすることで避け、無防備なところに尻尾を槍のように固めて攻撃する。

 

これで残りは三人。もう面倒くさくなったので、適当な大きさの魔法を発動させ、残りを始末した。

 

「うーしっ、ゴミ掃除完りょ……おっ?」

 

そこまで言い切ると、楼夢は辺りを見渡し、軽く舌打ちする。

 

奥の方から五十程の気配が、こちらに向かってきていた。

恐らくは全て白狼天狗だろう。

 

面倒くさいことになった、と内心愚痴をこぼす。

 

「おーい火神。向かってくる敵全部燃やしてくんない?」

「仕方ねェ。燃え尽きな『火炎竜』」

 

短い詠唱の後、火神は右手を掲げる。そこに炎が集まり、圧縮されていく。

 

それを前方に向かって放った。直後、着弾した所から広がるように数匹の巨大な火炎竜が現れ、森ごと全て焼き尽くした。

一応手加減はしてあるので、死んではいないはずである。

 

ただ問題は火炎竜の攻撃の余波が山の頂上の屋敷にも当たってしまったことである。

それにより烏天狗がうじゃうじゃ、まるで黒光りするGのように湧いて出てきた。

 

「……面倒くせえ、マジで。デカイの一発ぶちかまして黙らせようかな」

「ちょっ、ちょっ、待ちなさいよ!」

 

静かに術を構築する楼夢に、焦った声をかける烏天狗が一人。

 

彼女の名は射命丸文。烏天狗一の飛行速度を自称する、エリート中のエリート妖怪である。

大体実力は、上級上位の妖怪以上、大妖怪以下だ。

 

「……文か。ちょうどいい、鬼ってどこにいるんだ?」

「質問が唐突すぎるでしょ!?もうちょっと順序ってものがあるんじゃないの!」

「できれば豆を取ってきてほしいんだが。鬼に豆は有効かどうか試してみたいしな」

「話が全然通じてない!?ああもう、とりあえず天魔様の屋敷に連れてくから大人しくしていなさい!」

 

最後には涙目になりながらも、文は楼夢を天魔の屋敷までエスコートする。

 

途中で他の烏天狗に文句を言われたが、完璧に無視して突き進む。

 

こうして、楼夢たちは天魔の屋敷にたどり着いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

天魔の屋敷は、どこまでも和という文字が出そうなほどの木造である。

 

そんな屋敷の主の私室の中に、楼夢たちはいた。

向かい合っているのは、ご存知射命丸文と天魔だ。

 

「で、今回はどのような件でここにきたのだ?」

「ちょっと鬼の大将とドンパチやりに来た」

「……唐突じゃな」

「そんなのはいい。鬼はどこにいるんだ?この山の主であるのなら知ってるだろ?」

 

楼夢がそう尋ねると、何故か天魔は気まずい顔をした。

 

「違う。『元』この山の主だ」

「へぇ……。何が起きたんだ?」

「実はのう。鬼たちと戦争をして負けたのじゃ。流石に山全てを奪われなかったが、今では山の裏は鬼たちの陣地になっておる」

「山の裏だな。んじゃさっさと行ってくる」

「待つのじゃ。……鬼の大将……鬼城剛は強い。十分に気をつけろ」

「分かってる。俺もそこまで無謀じゃない。後俺の娘たちを預かってくれ。流石に連れていけない」

 

そう言い残し、楼夢たちは天魔の部屋を退出した。

 

とそこで、火神が楼夢に話しかける。

 

「おい楼夢。鬼の大将とやらは譲ってやるから、その他大勢はもらっていいよな」

「好きにしやがれ。雑魚に興味はない」

「OK。ルーミア、武器を研いでおけ」

 

 

こうして、たった三人の戦争という名の喧嘩が始まった。

 

 

 

Next phantasm……





『クリスマス特別編』

~~今日の狂夢『様』~~

注意!!今回の話はかなりハチャメチャです。それでも良い方はゆっくり見ていってね。




「「「「「「メリークリスマス!!!」」」」」」


狂「どーも皆さん!今日はクリスマス特別編!存分に楽しめよ!!皆のアイドル、狂夢だ!」

作「ウェーい!!クリスマス最高!リア充爆発!!年齢=彼女いない歴の作者です!!」

楼「夜中に娘たちにプレゼントを配る赤き閃光!!この小説の一応主人公の楼夢だ!!」

火「最近レギュラー入りを果たした紅き閃光!火神だ!!」

狂・作「「称号が同じじゃねえか!!」」

狂「というわけで主にこの四人で進行させてもらうぜ。他は……」

紫「皆ご存知永遠の十七歳!皆のアイドルこと八雲紫よ!」

狂「うっせぇBBA!!アイドルはこの俺様だボケぇ!!」

紫「なっ、BBA……。そっちこそ私より数億歳年上じゃない!!この白あんこ楼夢もどき!!」

狂「男は何歳でもモテるんだよ!お前は主に賞味期限が切れてんだこの紫キノコ!!」

紫「賞味期限切れ……。紫キノコ……。うわぁぁぁぁん楼夢ぅぅぅぅぅ!!!」

火「おいおい、紫の野郎完璧に泣いちまってンぞ」

作「ハァハァ、そんな姿でも興奮す……」

楼「黙れこの変態!そして唸れ俺の正義の拳!」

作「ヘブラァッ!?……おっと紹介が遅れました。最後の一人は……」

ル「最近妖魔刀デビューを始めたルーミアよ。というか突然だけど私ってこの小説では有名なあのセリフ『そ〜なのかー』を言ってないわよね?」

作「じゃあ一回言ってみます?」

ル「……『そ〜なのかー』」

作「……」(鼻血ダラダラ)

狂「……」カシャッ☆

ル「死ねェェェェッ!!!」

作「嘘だドンドコドーン!!」ピチューん

狂「作者ァァァァァァッ!!!」

ル「もう表を歩けないわ……」

火「じゃあ俺と一緒なんてどうだ?」

ル「火神……」

狂「リア充死ねェェェッ!!『唸れ俺の正義の拳』!!」

火「どこが『正義の拳』だクソヤロォォォォ、ブルバッ!?」ピチューん

ル「火神ィィィィィッ!!」

狂「お前も同罪だ!!」

ル「めちゃくちゃじゃないィィィィッ!!!」ピチューん

紫「うわぁぁぁぁん楼夢ぅぅぅぅ!!」

楼「見事にめちゃくちゃだなおい……。はいはい、そしてまずは落ち着け紫」なでなで

紫「……えへへ」

狂「俺のリア充センサーが反応したぞ!?……お前ら、まさかグルだったのか!?」

楼「なんの話だよ!?」

狂「おのれ貴様ぁぁぁぁッ!!鼻からワサビでも飲んで爆発しやがれ!!」

楼「お前もなァァァァッ!!」


狂・楼「「ワサビ辛ェェェェェェェッ!!!」」ピチューん


美「ええと、こんばんは皆さん。美夜です。今回はこんなハチャメチャな回を見てくれてありがとうございます」

清「清音だよ~!皆見てくれてありがとね!」

舞「舞花です。それでは皆さん、いっせいの~せっ!!」


「「「メリークリスマス!!!」」」


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赤き神と桃色の神~Challenge To Heaven~

君が告げた最後の言葉が

『また会えたらいいな』など、私は認めない


by白咲楼夢


 

妖怪の山の裏。そこには烏天狗も、巡回の役の白狼天狗も、はたまた他の妖怪の姿もなかった。……とある一種族を除いて。

 

鬼、それは妖怪の力の象徴やであると共に酷く自由な妖怪だ。

気に入らないことがあればすぐに拳で解決し、主に強者と酒を好む。

 

そんな鬼たちは、現在妖怪の山の裏に拠点を置いていた。以前ここに移住する際に起きた天狗たちとの戦争の戦利品である。

 

そんな鬼たちの陣地で、突如爆発音が響いた。寝ていたり、酒を飲んでいた鬼たちはすぐに起き上がり、その元凶の元へと向かう。

 

 

全ては、己の体にうずめく好奇心を満たすため。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「オラァァァッ!」

「死ねこのクソアマァァァァァッ!」

 

現在、楼夢たちは鬼たちの拠点でそこらをブラブラしていた鬼二人と戦っていた。

ちなみに補足だがこの場合、クソアマは楼夢のことになる。

 

「俺は男だこのクソガキ!」

「雑魚がいきがってんじゃねェよ!」

 

迫り来る拳に、楼夢は拳で、火神は足でカウンターを放つ。

楼夢の拳は一人の鬼の顔面に、火神の蹴りはもう一人の鬼の肺に吸い込まれるように突き刺さった。

 

それを受けて、鬼たちは地面に転がり、動かなくなった。おそらくは気絶しているのだろう。

そう結論づけると、前に進もうとして、ふと足を止める。

 

すると、拠点の方からかなりの数の鬼たちが獲物を見るような目でやってきた。

 

「おっ、ラッキー。ついてるぜ。こんなところに暇つぶし道具があるなんてよ。おいてめえら、いくぞ!」

 

「「「「おおっ!!!」」」」

 

そう答えると次々と鬼たちは楼夢たちの前に立ちふさがる。

見れば鬼たちの顔は全員勝利を確信して、相手を道具にしか見ていないような表情をしていた。

それが、楼夢を実に腹立たせた。

 

「暇つぶしの道具……だと……?雑魚の分際で言うじゃねえか!はっ、それならまずはテメェらの顔を全て恐怖で染めてやらァ!」

 

口元を三日月に歪ませると、一直線に加速し正面にいた鬼をぶん殴る。

腕力は低くても速度があったせいで、鬼は一撃で倒れふした。

 

その光景に鬼たちは一瞬驚愕する。その間に楼夢は巫女袖から狂夢作の妖力を弾にするアサルトライフルを取り出し、連射した。

 

楼夢の妖力保有量は約八雲紫の十倍以上だ。その妖力で放たれたことにより、弾丸の一つ一つが大きな釘と化す。

 

「がァァァァァッ!?痛ぇ、何だこれ!!」

「ぐはっ!畜生、威力と速度が高すぎて避けれない!」

「なんだよこれ!?聞いてねえよこんなもん!」

 

次々と断末魔をあげながら、鬼たちは倒れていく。死んだかどうかは知らないが、鬼は他の種族と比べてかなり頑丈なので大丈夫だろう。

 

「おいおい、しまいか?もうちょっと楽しませてくれよう!」

 

巫女袖から手榴弾を数個取り出し、叫びながら安全ピンを引き抜き、空き缶を捨てる感覚で楼夢はそれを投げつける。

 

手榴弾はコロンっ、と残りの鬼たちの足元に転がった後、爆発を起こした。

 

「ハッハハハハッ!!いい気味だ!ざまぁみやがれ!」

「お、おう……なんかお前いつもとキャラ違くねェか?」

 

森の中にそんな笑い声が響きわたる。今の楼夢の表情は戦闘時の狂夢とうり二つであり、それほど狂っていた。

 

そんないつもと違う雰囲気の楼夢に、火神は少し戸惑う。だがすぐに意識を別の方に集中させた。

 

野生の直感というべきか、火神は少し離れた場所から三十、四十ほどの敵がこちらに向かっているのに気がついた。おそらく先程楼夢が投げた手榴弾の爆発で気がついたのだろう。

すぐに楼夢に目線を送るが、そちらも既に気づいたようだ。

だがそれでも口元を歪ませるのをやめない。どうやら本気で正面衝突しようとしてるらしい。

 

「へっ、たまにはいい判断すんじゃねェか!見直したぜェ!」

「さぁて、シューティングゲームの始まりだぜ!」

 

そこからは圧倒的な蹂躙が始まった。

相手がこちらに気づくと同時に、楼夢は機関銃と化したアサルトライフルを、一度も休まずに連射する。

 

弾丸が鬼たちを貫こうが、楼夢のトリガーを引く指は止まらない。無駄撃ちも気にせず、狂い笑いながら撃ち続ける。その姿はさながら、視界に入るもの全てを破壊する悪魔のようであった。

 

対する火神は、ちょうど二十ほどの鬼たちに囲まれていた。

その中でも余裕の表情を崩さず、平然とたたずむ。

そしてニヤリと笑うと、地面を足裏でありを踏みつぶすように叩いた。

すると、火神の足元から伸びていた黒い影が突然巨大化し、鬼たちの下の地面を覆うように広がる。

 

「哀れな愚者に地獄の針を

ーー『影龍(かげろう)』」

 

次の瞬間、漆黒の巨大な刃がそれぞれに影から飛び出した。

それに反応できず、鬼たちは悲鳴をあげながら、次々と体を貫かれた。

 

音が聞こえなくなるころには、火神は近くにあった切り株に腰をかけていた。

ふと顔をあげ、楼夢の方の戦闘が終わったのを確認する。

 

そして、突如殴りかかってきた鬼の拳を、片手で受け止めた。

 

鬼は女性で、金髪であった。服は体操着にも似たものを着ており、スカートも少し透けている。

そして何より最も目立つのが、女性の胸であった。

紫や神奈子と同等、またはそれ以上の大きさであり、角がひたいから一本だけだが生えていることから、まさに乳牛と火神が頭に浮かべるほどの存在感であった。

 

見れば楼夢の方にも小さい二本角の鬼がいつの間にか戦っていた。

 

「へえ……アタシの拳を受け止めるなんて、中々やるじゃないか」

「おいおい、酷ェなァ……。休憩中の相手に殴りかかるなんて、マナーがなってねェんじゃねェか」

 

鬼は拳を引き戻し、すぐさま構える。

その顔には絶対の自信があり、火神ほどの強者と戦えるのを喜んでいるようだった。

 

「ちなみに……あっちでやってるのもテメェのお仲間か?」

「萃香のことかい?自分のことより仲間を心配するなんて、随分と優しいんだね」

 

小馬鹿にするように鬼が言うと、火神はまるで分かっていないと嘲笑した。

 

「ダメだなァそういうの。喧嘩を売るんだったら、相手の力量ぐらい把握しとかないと……」

「……なっ!?」

 

鬼の驚いた表情が見える。

同時に近くで爆発が起こった。そしてそれに吹き飛ばされるように、何かが木々を薙ぎ倒して飛んでくる。

 

 

「ーー痛い目見るぜェ」

「……うぐっ、くそぉ……」

 

すぐさま地面に転がる何かを確認する。それは先程楼夢と戦っていた小鬼だった。

鬼の頑丈さのおかげで大したことにはなっていないが、体に付けられた傷が数個しかなかったことから、わずか数撃でやられたのであろう。

 

証拠に小鬼の顔が悔しさで歪んでいた。

そしてゆっくりと近づいてくる桃色の悪魔。

それが小鬼を、じっくりと、それでいて見下ろしていた。

 

「これで全部か?それだったらさっさとアイツのところへ案内してもらいたいんだが」

「くっ……」

 

忌々しげに、楼夢を睨みつける。

その様子を内心ありえないと否定しながら眺めていた鬼は、こちらに近づいてくる何かに気がついた。

 

「……この気配は……、まさかっ!?」

 

 

「その必要はないぞ」

 

声と共に、空から女性が落ちてきた。

その衝撃で砂煙が巻き上がり、クレーターを作る。

 

もはやそれだけでそれが何者なのか分かった。

 

砂煙が消え去ると同時に、それは姿を現す。

燃えるような赤く長い髪。和風の着物。そして頭に生える二本の角。

 

それは間違いなくーー

 

 

「久しぶりじゃの、小娘」

「会いたかったぜぇ!!ゴミクソ野郎ォ!!」

 

 

ーー鬼城剛。楼夢が探していた人物だった。

 

「それにしても……酷い光景じゃのう」

 

 

そう言い、彼女は辺りを見渡し、その惨状にため息をつく。

別にそこで倒れふしている奴らに同情するつもりはない。相手との力量差を理解出来ずにやられたそいつが悪い。

彼女の目が、そう口の代わりに語っていた。

 

「して、なんのようじゃ、小娘」

「『一億年後に再び出直して来るのじゃな』。テメェが最後に俺の前で言った言葉だ。六倍の時がかかっちまったが、約束を果たしに来たぜ」

 

楼夢が剛に飛びかかった。

拳に風を纏わせ、それをハンマーのようにぶつける。

 

それを腕をクロスさせて防ぐ。

途端にその風圧で剛の後ろの木々が次々となぎ倒された。

 

「鬼神奥義『空拳』……か。見よう見まねで取得したのは褒めるが、いかんせんまだ甘い」

 

余裕の表情で、返しの拳を振るう。

だがそこには既に楼夢の姿はなかった。

そして後ろの殺気に気づくが、もう遅い。

 

「『スターライトフレア』」

 

超高速で後ろに回り込み、一回転しながら抜刀し剛を炎の刀で五芒星に切り裂いた。

 

「……ぐっ」

 

驚きながら急いで離れる。

あえてそれを、楼夢は追わなかった。

おそらく、自分が上と彼女に見せつけるためであろう。

 

付けられた狐の爪痕に、そっと手を当てる。焼き切られたおかげで血は飛び散っておらず、傷口は焼き塞がれていた。

だがそんな些細な事などどうでもいい。

問題は六億年という永遠に等しい年を生き抜いたこの男が自分に傷を負わせた、という事だ。

それがただ、ただ、嬉しい。

自分は長い時を生きすぎた。迫り来る全ての攻撃は、まるでキャッチボールのスピードぐらいにしか感じられず、威力は輪ゴムが放たれた程度のものしかない。

だが、今再び昔と同じ気持ちが蘇る。

あの、どちらが強くてどちらが弱いのかという、生死をかけた殺し合いの気持ちが。

 

「良いぞ良いぞ。その気迫。その目。そしてその力。久しぶりに忘れられない夜になりそうじゃ」

「永遠に明けない夜を、恐怖の夜を刻んでやらぁ!!」

 

「「「「「待て待て待てーい!!!」」」」」

 

殺し合いが始まる……前に二人を止める声が聞こえる。

鬱陶しくもそちらに視線を移すと、先程まで寝ていた鬼たちや、どこからか湧いてきたのか山の天狗たちが、二人を必死に静止していた。

 

そんな人波の中から、先程戦った小鬼と乳牛(剛の方が大きい)と屋敷で待機していたはずの文と天魔が飛び出してきた。

 

「なんなんだこのギャラリーは。見せ物じゃねえんだぞ」

「ストーップ!頼むからこの山で暴れないでくれ!」

「アンタの一撃でどれだけ被害が出たと思ってるの!」

「母様もストップ!このままじゃ鬼の領地ごと潰れちゃうよ!」

「アタシからも頼む、別のところでしてくれ!」

 

文からの説明によると、楼夢の全力の空拳が山を安々と貫通してしまったらしい。

それでこのままでは妖怪の山が滅ぶと、彼女たちは必死になっていたのだ。

 

「わっ、わかったのじゃ……。でもそれだとどこでやれば……」

「ちっ、やっぱりこうなるか。安心しろ、手は打ってある。『反転結界』」

 

そう楼夢が唱えると、二人は青白い光に包まれ、姿を消した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……ここは……」

「中々いいステージだろ?」

 

次に剛が目を覚めた時、彼女は見知らぬ場所にいた。

妖怪の山の中に似ているが、空からは雪が降り注いでおり、地面や木々にどっさりと積もっていた。

それ以外は全て妖怪の山に見えるのだが、あることからここは妖怪の山ではないと、剛は判断する。

 

それは、この山にはあれだけいた妖怪が一人もいないことだ。そして、それはこの山全体も例外ではなく、楼夢以外の妖怪の気配を剛は見つけることができなかった。

 

「なるほどのう………。これなら手加減しなくても良さそうじゃ」

 

この期に及んでまだ手加減という言葉が出たことに、楼夢は顔をしかめる。

だがすぐに元に戻すと、目の前の彼女のその不敵な瞳を見据えた。

 

「……懐かしい、その目だ。今でも忘れない。俺を都市に入るまでの障害物としか見ていない。

折れた骨がまた折られるその感覚。そして崩れ落ちる俺を見下すお前の顔。

その屈辱を、返しに来たぞォッ!!!」

 

いい終えると同時に、妖力を込め刃物と化した己の爪を振り下ろす。

 

それを腕で受け止める剛だが、殴られるのではなく切られ、その腕に傷跡を残す。

顔をしかめながら爪を受けとめた剛は、楼夢の手に妖力とは違う何かが込められているのに気づく。

魔力という力を知らない剛は反応が遅れ、すぐに止めようとするが遅かった。

 

「くらえ……これがこの世界最強の魔法……。

 

ーー『メドローア』!!」

 

 

その言葉と共に、辺りが閃光で満ちた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んで、アンタはどうすんだい?」

 

一方こちら妖怪の山。辺りは楼夢と剛を止めようとしていた妖怪たちでいっぱいだった。

そこで休憩していた火神に、乳牛な鬼は問いかける。

一瞬なんのことだ、という顔に、彼女は呆れた。

 

「だから喧嘩の続きはするのか、って話だよ」

「喧嘩かァ……。別にいいが、人数増やせよ」

「分かってる。アタシと萃香でどうだい?」

 

準備満々な二人に、火神は呆れた。

それに今度は鬼の方が理解できない、と言ったようだった。

仕方が無い、という風に火神は彼女たちだけでなく、ここにいる全ての妖怪に聞こえるようにわざと大きな声を出して答えた。

 

「二人?はッ足りねェな。十人?まだまだ足りねェ。人数問わず、この山にいる俺を気に食わねェ全ての妖怪でかかってきな!!」

 

その声は大きく、そこにいる全ての妖怪に聞こえた。

 

こうして、二つの戦いが同時に起こった。

 

 

 

 

Next phantasm……。





~~今日の狂夢『様』~~

「え~、皆さん、こんにちは。本日をもって、今年が終わり新たな年を迎えようとしています。もう少しでこの小説も一周年を迎えますが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。作者です」

「いいとこすまんが、投稿時間から考えてもう年越したぞ?狂夢だ」


「あーもう!なんでそれを言っちゃうんですか狂夢さんは!せっかく誤魔化せたと思っていたのに」

「まだ俺ら年越しそばも食ってないし、紅白もガキ使も見てないよな?そして何より、家に身内以外だれもいなくないか?」

「言うな!どうせ私は今年も彼女できませんでしたよ!というかそれは貴方も同じことでしょうが!」

「すまん、今から俺合コンなんだ」

「テェェメェェッ!!!なぜ私を誘わなかった!?」

「え、だってブス連れてったら女の子に引かれるじゃん?」

「それを言うなァァァァッ!!」



どーも、この小説のナレーター担当です。
本日は作者共に代わって、ご挨拶と報告に参りました。

まず皆様、あけましておめでとうございます。今年も『東方蛇狐録』をよろしくお願いします。

報告というのは、しばらく小説投稿を中止にするかもしれないことです。
これは、作者が正月を楽しみたい、という願望も混じっています。
最大で一ヶ月休むので、ご了承下さい。

では、皆様良いお年を。


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ラストチャンス~The Final Time~

届かぬ思いがあるのなら

我が身を焦がそう 思いが天に昇るまで

叶わぬ願いがあるのなら

この身を殺そう 願いが叶うその日まで


by白咲楼夢


「ッ、ハハ!そうだよなあ!こんな一撃だけじゃつまらねえよな!」

 

高らかに笑い狂う楼夢。その目線の先にあったのは、半径三十メートルほどの大穴であった。

 

ーー極大消滅魔法『メドローア』

炎系統魔法の上位に位置する『メラゾーマ』と、同じく上位の氷系統魔法『マヒャド』を融合させ、相反する二つの力が合わさった時に発生する力で敵を消滅させる、威力だけなら最強の魔法であった。

 

そんな魔法を受けた大地は、大穴からモクモクと煙を上らせる。

 

それを打ち消して、彼女ーー鬼城剛は大穴の底から大地まで飛び上がり、着地する。その半身は黒く焼け焦げていた。

 

「初っ端からあの威力か……。なるほど厄介な力を身につけよって」

「厄介なのはこっからだ!来やがれ『ゲイボルグ』!」

 

その手に黒い槍を呼び寄せる。それをグルグルと頭上で回した後、真正面に構えた。

 

「さあて、レッツショータイム」

 

演舞のように槍を回しながら、楼夢は攻撃をしかけた。

基本的に右手で槍を持ち、変速的な動きでなぎ払いや突きを繰り返す。

 

それをいなし、反撃をたまに入れる剛。思わず止まってしまうほどに、槍は変速的で、まるで彼女のことをずっと追い回しているようだった。

だが、それでもいつか一瞬の隙が必ず訪れる。そしてそれは彼女の本能に危機感を持たせた。

 

「響け『舞姫』!」

 

刀を解放すると同時に切り上げる。右手に槍を持っているせいであまり力を入れなかったが、それでも剛の肩には赤い線が走っていた。

 

それを好機に、喉元に向けて、ゲイボルグを投擲した。その一撃を表すなら、黒い流れ星だった。

 

そんなゲイボルグの先端を、右手で握り受け止めた。そして槍をそのままボキリと握り潰した。

 

「そう言えば儂の新たな能力を言ってなかったのう。【圧力を操る程度の能力】、それが力の正体じゃ」

 

【圧力を操る程度の能力】、これは元々チートな彼女が数億年の時を生きた結果、生まれた能力だ。

この能力は気圧、風圧、水圧などの全ての圧力を操作できる、正にチート級の能力であった。

 

「ほれ、おまけじゃ」

 

パチンッ、と剛は指を鳴らす。すると楼夢頭上の気圧が変化し、潰しにかかる。

間一髪で範囲から脱出し、視界を奪うために弾幕の壁を張る。

 

だがそれらは、剛にたどり着く前に気圧によって押し潰された。

 

「なるほどな。遠距離も近距離も危ないと。なら、今度は狐らしく化けてみるかね。『狐象転化(こしょうてんか)』」

 

楼夢の体は突如体内から溢れた金色の狐火によって見えなくなる。

 

そしてそれが消えた時には、高さ二十メートルほどの妖狐が、剛を見下ろしていた。

尻尾の本数は十一本と、まるで楼夢の力をそのまま具象化したような姿だった。

 

「なっ……これは……」

 

妖狐の体は金色の狐火でできてるようで、その色は正に楼夢の尻尾のような輝きを放っていた。

 

『さーて、怪獣大決戦といこうじゃないか!』

 

頭に響くような大きい声で、妖狐は喋る。そしてその右前足で剛を潰しにかかった。

 

「鬼神奥義『空拳(くうけん)昇竜波(しょうりゅうは)

 

だがわざわざ潰される剛ではない。空拳をアッパーのように繰り出し、前足を吹き飛ばした。

 

だが、吹き飛んだ前足が狐火に変わると、妖狐の体の中に吸収される。そして無くなった前足が再び生えてきたのだ。

 

この作業が終わるのに約数秒。どうやら妖狐の体は狐火でできているので、いくらでも元通りにできるようだった。

 

妖狐が十一本の尻尾を振るう。そしてそこから数百、数千という狐火が空を埋め尽くすように放たれた。

 

篠突く雨とはこのことというように、大地に狐火が降り注ぐ。

それを気圧を変化させて潰していく。だがそれでも数の暴力には勝てず、ジリジリと追い込まれる。

 

「ぐっ……『空拳』、『空拳』、『空拳』!!」

 

空気砲のような一撃を連続で放つが、所詮は一方向にしか届かない攻撃なので、広範囲には届かない。

そう、剛には広範囲に届く攻撃がなかった。

 

鬼は種族で言えば一、二を争うほど力が強い。だがそのためあまり頭を使わず、力だけで生きているので術式を描くのは苦手であった。

それは彼女とて例外ではない。

 

徐々に押し潰すように迫る狐火の雨。それの対処で動けなくなっている剛へ、さらなる攻撃が追加される。

 

金色の太陽。そう評せるほどの大きさの金色の狐火が、空に浮いていた。

この状態で最も高威力の狐火を、楼夢は放つ。

 

「『狐火金花(きつねびきんか)』」

 

花が咲いたかのように、地面は金色の炎で埋め尽くされる。

その所業、正に灼熱地獄。

美しい炎が、辺り一帯を焼き尽くした。

 

大地には枯れ葉一つ残っていなかった。勝利を確信し雄叫びをあげる。

 

 

その時、一つの赤い閃光が煙から飛び出した。

それは狐火でできた高温の妖狐の体を、豆腐に針を刺すかのようにたやすく貫いた。

 

そのあまりの一撃に、楼夢は一瞬動きを止めてしまう。そこで見えたのは赤い閃光がくるりと方向転換してこちらに向かってくるところだった。

 

再度、体に風穴を空けられる。そこから先は一方的だった。

 

まるで蜂のように高スピードで飛び回り、息つく暇もなく体に風穴を空けてくる。

いくら再生できるといっても、数秒の時間が必要だ。そしてその数秒で赤い閃光は何回も攻撃してくる。

 

まさにジリ貧。

 

『グゴォォォォオッ!!!』

 

巨大な炎の爪を、方向転換してきた閃光にぶつける。

激しい衝撃と共に、一瞬閃光の動きが止まった。

だが楼夢は追撃できずにいた。

 

『……グゥ……ッ』

 

 

なぜなら、炎の爪は、赤い光をまとった剛の拳によって、グチャグチャに潰されていたからだ。

 

怯んだ隙に前足に手を伸ばし、それを掴む。そして次の瞬間、楼夢の前足は跡形もなく引きちぎられ、その衝撃で消滅した。

 

「……仕置きじゃ。心して受けい。『閃光爆裂拳(せんこうばくれつけん)』」

 

妖狐の顔を、赤い閃光の一撃が貫く。

そしてその後、大爆発を起こした。

 

ドッゴォォォォオンッ!!!そんな火山の噴火のような爆発の後、剛はスタッと地面に着地する。

 

「……まだピンピンしておるか」

「ったりめーだ!こんなんで死ぬわけねえだろ!」

 

煙の中から、無傷の楼夢が出てくる。

金色の巨大妖狐が貫かれてすぐに、楼夢は自ら狐火を爆発させ、その爆風で発動者である自身を、剛の拳から守ったのだ。

 

(とはいえ、これでもしかしたら効くかもしれないネタは全部使い切った。こっからは切り札を一枚一枚使うしかねえか)

 

「『スーパーハイテンション』」

 

楼夢は以前の火神戦での切り札の一つを切り、身体能力を底上げする。

 

(だがまだ足りねえ……。スピードでは俺が確実に勝っているが、それ以外は全てアイツより下だ。……あの赤い光……多分【物質を纏う程度の能力】で妖力を体に流さずに直接纏っていやがる。いつまでも光を放っているのがその証拠だ。それで体に負担をかけずに強化しているのか)

 

妖力の身体能力強化は、普通体に妖力を水のように血液などに流し込んで使用する。楼夢のテンションは、それをさらに細かくし、細胞一つ一つに妖力を流し込んで、体を強化している。

 

だがもちろんいくらでも強化できるという訳ではない。自分の体の限界以上に妖力を流し込むと、たちまち体全体を壊してしまう。

 

それに比べて、剛の身体能力強化は実に効率的であった。

能力【物質を纏う程度の能力】はあらゆる物質をその身に纏う。故に妖力を流し込むのではなく、直接纏うことで体の負担をゼロにしたのだ。

おまけに通常どおりに妖力を体に流し込むことで、二種類の身体能力強化を同時に行うことで爆発的に体を強化していた。

唯一心配なのは、大妖怪でも十分を持つかどうかという量の妖力消費だが、その点は剛には心配ない。

彼女は六億年の年を生きた、伝説の大妖怪なのだ。たった千年生きた妖怪の持つ妖力とは、桁が違う。

 

言うなら、これが究極の身体能力強化であった。

 

「うらァァッ!!」

「ハアァァァッ!!」

 

楼夢の斬撃と剛の拳が衝突し、互いに静止する。だが均衡したのは一瞬で、すぐに後ろに弾かれるように吹き飛ばされた。

 

だがこれでいい。楼夢は空いている左手を前に突き出し、能力を発動する。

 

すると 、楼夢の周りにあった空気が螺旋状に回転しながらドリルのように剛を襲った。

 

「空気を操るのはテメェの専売特許じゃねえんだよ!」

 

渦のように回転しながら、突風は剛を吹き飛ばそうとする。だがさきほどのように能力を発動させ、気圧が突風を押し潰そうと均衡する。

 

その間に、楼夢は巫女袖から、以前火神から勝ち取った約千個の武器を、全て空に浮かべた。

しかも、それだけではない。千個の武器は一つ一つが火、水、風……などのように様々な属性を纏っていたのだ。

これはひとえに、楼夢の術式操作の技術の高さを表している。風の動きを計算して突風を起こし、さらにそれに並立して千個の武器を属性付与しながら自在に操っているのだ。

大きく分けて三つ、細かく言えば数千個の術式を同時に操るその所業は、正に神を超えていた。

 

「命懸けで奪った武器の数々だ。受け取りやがれ!」

 

色とりどりな武器達が、その合図と共にシャワーのように降り注ぐ。

安全のため、楼夢は空を飛び空中でその光景を眺める。だがいつまで経っても剛はまだ無傷のままだった。

 

原因は予想以上に剛の能力が強力だったことだ。鬼は術式の展開は苦手だが、術を使えないという訳ではない。

彼女の場合、能力を操るための脳内で構築した術式一つに、無理矢理妖力を込めることで、能力の範囲と威力を強化しているらしい。

 

正直言うと、これは完全な力技である。もし楼夢がこの作業を行うとしたら、能力の範囲、威力、能力を操るための術式の三つに分けて、これらを同時に発動させるだろう。

実際にこれだけで妖力消費量は、剛の術式の三分の一にも満たない。

だが妖力の消費を気にしなくていい彼女にはあまり関係のない話なのだろう、と内心楼夢は舌打ちをする。

 

「……面倒じゃの。『合掌破(がっしょうは)』」

 

だんだん面倒になってきた剛はパンッ、と手のひらを合わせる。そしてそれを中心に、衝撃波が波のように広がった。

 

これにより、次々と武器が破壊されていく。

それを、もったいないと思ういながら『舞姫』の刀身に手を撫でるように置く。

 

「鳴り響け、『舞姫式ノ奏』」

 

シャランという鈴の音色と共に、楼夢の手に刀と扇が握られる。

そしてちょうど剛が全ての武器を破壊し終えると同時に一直線に超速で切りかかった。

 

刀の一撃を、剛は両腕をクロスさせて防ぐ。

普通は腕に切り傷が刻まれるのだが、剛にはそれがなく、むしろ何かに弾かれたような感触を感じた。

 

だがおそらくは刀と比べると小さくて気づかなかったのであろう。一撃を防がれた楼夢は、すぐに左手の扇で再度剛を切りつける。

 

「『森羅万象斬』!!」

 

霊力の刃を、放つのではなく叩きつけた。

直後、青白い光が剛を後ろに吹き飛ばした。

 

だが楼夢は剛にダメージがさほどないということを感じていた。

 

剛の両腕。そこには目に見えないが、【圧力を操る程度の能力】で圧縮され、【物質を纏う程度の能力】で纏われた風の鎧が、両腕を守っていた。

 

一撃目の斬撃が何も傷を与えなかったのは、そういう理由があった。ならいくら森羅万象斬といえど、ダメージを与えるには不十分だろう。

 

だが、それでいい。

楼夢は武器を消し去り、巫女袖から豪華な装飾が施された弓を取り出す。

 

(『森羅万象斬』ではあの風の鎧を突破できない。だが風を弱めることぐらいはできる。そこに貫通力が高い攻撃をぶち込めば……)

 

それが、楼夢の策であった。

彼が取り出した弓の名は、虹弓『ラルコンシエル』。『ゲイボルグ』と並ぶ、楼夢が創り出した神器だ。

そんな最強クラスの弓を引き絞り、一気に解き放つようにその手を放した。

 

「『つらぬくもの(アーティクル・ペルセール)』!!」

 

虹の弓から放たれたのは、一筋の金色の光。

剣よりも小さく、月よりも儚げなその一撃は。

 

 

ーー風を、空を、世界を貫いた……。

 

「グッ……ゲホッ……!?」

 

突如胸を貫通された剛は、それに気づくと同時にダメージを自覚し吐血する。

 

その隙を、楼夢は見逃さない。

武器を『舞姫式ノ奏』に持ち替え、一気に接近する。

そこから奏でられるのは、炎の悪魔をも打ち消す演奏。

 

「『百花繚乱』!!!」

 

光の速度の斬撃が、二つの刃から幾度となく繰り出される。

 

(策はもうない。こっから先は……単純な力技だ!)

 

そう内心で叫び、刃を振るう。そして振る度に速度が増していった。

 

 

だが、その斬撃の嵐の中、何かの音が、楼夢には聞こえていた。

 

「雷鬼神究極奥義『星砕(ほしくだき)』」

 

その声はまるで、地獄の底から響いたかのように、恐ろしく感じられた。

 

と同時に、前方から妖力で作られた巨大な拳が、楼夢に迫っていた。

 

「……ッ!?」

 

すぐに斬撃を数発放ち、なんとか相殺する。だがその先に待っていたのは……巨大な拳が機関銃のように連続して放たれた光景だった。

 

斬撃の嵐と拳の嵐が互いにぶつかる。だが徐々に押されているのを、楼夢は感じていた。

 

(畜生が!やっとここまで来たんだ!ここでくたばってたまるか!!)

 

「ウガァァァァァァア!!!」

 

楼夢の体には、相殺し切れずに攻撃を受けた後が、所々に見れた。

体中打撲で肌が青くなっていても、それでもさらに速度を上げる。

 

だが、届かない。

巨大な拳一つ一つは剛の放つ『空拳』の威力を超えていた。

対して楼夢の『百花繚乱』はいくら威力が上がってもスピード型。火神よりも遥かに攻撃力が高い剛の拳を受け止めるには不十分であった。

 

「チックショウがァァァァ!!!」

 

最後の一撃。楼夢は二つの刃で同時に今日最高の威力の斬撃を放った。

 

桃色の閃光。そう表した方が正しい。そんな一撃を、剛の拳は無慈悲に打ち砕いた。

 

楼夢の刃が、天高く空を舞う。見れば剛が今しがた放った拳を、引き戻しているのが見られた。

 

その動作が、楼夢には何故かスローモーションに見えた。

 

(ここで……くたばって……)

 

最後に楼夢が見た景色には、巨大な拳が自分に迫ってくるシーンがあった。そして

 

 

ーー剛の拳が、楼夢の顔を、全てを打ち砕いた。

 

そのあまりの威力に、数十本の木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされる。そして崖の壁に背中からめり込み、その勢いを止めた。

 

距離にして約一キロ。それが楼夢の吹き飛んだ距離であった。

 

壁をめり込ませた後、ゆっくりと頭から地面に崩れ落ちる。

その瞳はまだ闘志に燃えていた。

 

(畜生!もう時間がねえんだ!これがラストチャンスなんだよ!!)

 

楼夢の目的、それは最強の妖怪になることだった。

 

かつての人妖大戦で楼夢は多くのものを失った。

その時にこう思った。もっと自分に力があればと。

 

そう思ったとたん、楼夢は武者修行の旅に出た。最初は剛に勝って見返してやるのが主な目的だったが、旅をする途中でたくさんの大切なものを知った。

 

どんな敵だろうが、自分の大切なものを守る。それが楼夢の決意だった。

 

だが戦いを続ける中、自分の体はあまり頑丈でないことを知った。今のまま戦いを続ければ、全盛期が終えるのは数百年後だろう。

 

故に、ラストチャンス。次はない。楼夢はその意味をよく理解した上で、剛と戦った。

 

(……止まれよ血ィ。動けよ体ァ。俺は……俺の誇りにかけて……負けるわけには、いかないんだよッ!!)

 

そう言い残し、楼夢の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

Next phantasm……。



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もう一つの戦い~Other War~

空を見る。雲を描く

星を見る。夢を浮かべる

風が吹く。雲が消え去る

星が消える。都会の闇に

夢は散る。泡沫のように


その時の幻想世界。俺は一生忘れない


by白咲狂夢


 

目が覚める。意識が覚醒した。

楼夢は辺りを見渡す。

 

周りには、壊れた高層ビルの欠片が上下左右斜めでバラバラに浮いていた。どうやら楼夢もその欠片の一つの上にいるらしい。

正にカオスな光景。

 

そして楼夢は気づく。

そう、ここは『混沌の世界』。楼夢の精神世界であった。

 

「……俺は……負けたのか」

「いや、正確には負ける寸前ってとこだ」

 

後ろで、そんな声が聞こえた。

振り向けば、全身白い巫女服姿の青年がいた。

 

「どういう意味だ狂夢?」

「言葉通りの意味だ。現在テメェは気絶中。床でおねんねってわけだ。幸い剛の野郎は歩いて来ているから、まあ後数分は大丈夫だろう」

 

やれやれと、首を横に振りながら笑う。その笑顔が自然と不気味に感じてしまう。

 

「で、何が言いたい」

「おいおい、自分から呼んどいてそれはねぇんじゃねぇか?」

 

楼夢には、その問いかけの意味が自然と理解できた。つまり、そういうことなのだろう。

 

狂夢の瞳を見る。相変わらず濁ったような瞳には、燃えるような紅が潜んでいた。

だが、今は恐怖を覚えない。むしろ何が言いたいのか理解できてしまった。

 

「さぁて、答え合せだ。テメェの思い(正確)を伝えろ」

 

不思議と心が落ち着く。砕かれた闘志が再び燃え上がる。

迷いはない。楼夢は自分の答えを、狂夢に伝えた。

 

「俺は……最強の妖怪になりたい。この身が朽ち果てる前に、老いぼれが戦えなくなる前に……最後の願いを叶えたいんだ!!」

「それでテメェの全盛期が終わったとしても?」

「それでもいい!どうせ残り数百年の力だ!この戦いで頂点(エクスタシー)にたどり着けるなら、俺は後悔しない!!」

 

楼夢の瞳から、燃えるような闘志が溢れ出る。

おそらくこの戦いが生涯最後の全力の戦いになるだろう。

だがそれでも楼夢は夢を追いかけ続けた。その先で燃えつきようが、灰になろうが、その思いは揺るがない。

 

「……合格だ。テメェの魂、しかと見届けたぜ。受け取れ、これが『舞姫』の神解だ」

 

楼夢の目の前に、二つの剣の形をした光が現れた。

片方は白く、暖かく。もう片方は黒く、冷たかった。

 

「さあ呼べ。これがテメェの神解。その名はーー」

 

 

 

 

「ーー『天鈿女神(アメノウズメ)』!!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

ここは妖怪の山。そのとある場所で、俺にとっては非常に愉快な、相手にとっては地獄絵図が浮かんでいた。

 

「ハァァァァア!!」

「我らが天狗の誇りを嘗めるなァァッ!!」

 

後ろから烏がまた二羽、飛んできた。

それにしてもうるさい。まだにわとりの方がマシだ。

 

相手の刀を片手で受け止め、へし折る。

そのことに間抜け面を晒している内に、回し蹴りを放ち二羽の骨を砕く。

 

「あ、ありえない……」

 

確か射命丸文だったか?が、そんな言葉を漏らす。

まあそりゃ信じたくないだろうよ。なんせ目の前には白狼天狗、烏天狗、そして鬼を数えた数千のオブジェが転がっているのだから。

 

辺りを見渡し、生き残りを確認する。

 

えーと、後残ってんのは……チビ鬼と乳牛と大天狗と最速(笑)か。それ以外にも何人かいたが、戦力外なので数に数えていない。

 

尚、生き残りと言っているが、この戦いでは死者は出ていない。大怪我はするが、戦闘不能で済む。

 

わお、俺って優しい~。

 

「んで、三人ならぬ四人寄れば文殊の知恵というし、少しはァ足しに何だろォな?」

 

その言葉に、生き残りは集まり始めた。どうやら作戦会議をしているらしい。

俺の聴覚で盗み聞きしたいが、そこは天狗の長。風を操って俺のところに音がいかないようにしやがった。

 

まあ余興にはなるだろう。

しばらくすると、それぞれバラけ始まる。どうやら終わったようだ。

 

「とりあえず、この作戦で行くぞい」

「ああ、アタシは異論はない」

「私もだね」

「上司の策なので」

「作戦会議は終わったか?ならさっさとしな。暇過ぎて仕方がねェ」

「後悔するなよ!」

 

天狗の長の合図と共に、鬼二人が飛び出す。俺の注意を引くためと思うのが妥当か。

 

「オラァッ!!」

「くらえッ!!」

 

風を切り裂く音が聞こえた。それほどまでに凄まじい拳。だが当たらなければ意味がない。

 

真っ直ぐ伸ばされた腕に裏拳をぶつけ、軌道をずらす。そしてすぐにカウンターで乳牛を殴りつけ、チビ鬼を蹴りあげる。

 

それぞれが野球ボールのように吹っ飛ぶ。さらに追い討ちをかけるべく、俺は左手で魔法陣を描いた。

 

だがその瞬間に、俺は後ろに二つの気配を感じた。

 

「させるか!」

「今じゃッ!」

 

二人は協力して風を圧縮させ、それを俺に砲撃のように放った。プラズマを纏っていることからかなりの威力があると予測する。

 

だが甘い。俺の魔法陣も既に完成していた。

 

「吹っ飛べ!『火災旋風(かさいせんぷう)』」

 

魔法陣から巨大な炎の竜巻が現れる。それは砲撃を打ち消し、奥にいる天狗たちを飲み込んだ。

 

とりあえず一息つく。地面には天狗二人が転がっていた。

 

「電池が切れりゃァ、ただのガラクタってか。......んっ?」

 

だが次の瞬間、二人の体が突如破裂した。

この時俺は、何が起きたのかを瞬時に悟った。

 

「しまった、偽者か!」

「ご名答。そして遅い!」

 

強力な風が無防備な俺を拘束する。

数十秒もあればなんとかなるが、戦闘中にそんな暇はない。

 

さらに俺の体を射命丸文が羽交い締めすることで、抜け出すのがさらに困難になる。

 

ふと、顔を上げる。そこには先ほどの二人の鬼が、指をポキポキと鳴らしていた。

 

「「『三歩必殺』!!」」

 

二人は一歩、二歩、三歩と力強く踏み込み、拳で俺を殴りつけようとする。

 

「鬼を馬鹿にした罪は重いよ!」

「クッ、クソがァァァァァァッ!!!」

 

鬼のトップ二人の、全力の一撃。

それは風を裂き、ゴォォォォッ!! という音を出しながら俺の顔に叩き込まれた。

 

 

「ーーーーなーんちゃって」

 

だが、俺は攻撃が当たる前に能力を使い、術を発動する。

 

「『バニシング・シャドウ』」

 

そして、俺は自分の影の中に潜り込み、そこらの木の影から出て緊急脱出する。

 

驚く四人。だが一度放った攻撃は止められない。

鬼の全力の一撃は、突如俺が消えたことで呆然としていた文に放たれ、ボールのように吹っ飛んだ。

 

「文ァァァァア!!」

「同士討ちかァ......無様なもんだ」

 

一人戦力が減ったことで動揺する三人。その隙を俺は見逃さない。

地面に伸びる影を虫を踏みつぶすように踏む。

 

「『影龍』」

 

すると、三人の影から複数の刃が飛び出し、串刺しにする。

文を直接殴った鬼二人はこれに反応できず、腹を貫かれ倒れた。

 

「勇義!萃香!クソっ」

「さァて、残りはテメェ一人だ。せいぜい足掻きな」

 

天狗の長は上空に飛ぶことで攻撃を回避する。

しかし面倒だ。上空に影は伸びないので、影から攻撃ができない。

 

『それなら直接ぶつければいいでしょ』

「まあ、一分か二分かの話だ。楽に終わればァ、それでいい」

 

地面を靴底で叩き、爆発を起こす。そして爆風にのりながら、俺は空に舞い上がった。

天狗の長が風の刃を複数飛ばして来たが、関係ない。それら全てを手で握り潰す。

 

上を見上げれば、天狗の長が風を集中させているようだった。しばらくするとプラズマが発生し、輝き始める。

 

単純に威力を予測すると街一つを一撃で吹き飛ばすほどの威力。どうやら全ての妖力を詰め込んだようだ。

 

「これが儂の全力じゃぁぁぁぁ!!!」

 

青い閃光が、叫びと共に放たれた。

音速の三倍以上の速度のそれは、数えるまもなく俺の元に届く。

 

(届いた!儂の勝ちじゃ)

 

俺が避ける動作も見せなかったことで、どうやら彼女は勝ちを確信したようだ。

その証拠に口元が歪んでいた。だがそれはすぐに恐怖に変わる。

 

「はァ......だりィ。『ダークサイドローブ』」

 

闇のローブが閃光を飲み込んだ。

ジュワッ、という消火されたような音と共に、閃光は消え去った。

 

自分の全力があっさりと止められたという現実。それが、天魔の胸に突き刺さった。

 

そんな心理状態の彼女に、容赦ない俺の追い討ちが迫る。

 

「うっ、嘘じゃ......こんなもの!大妖怪最上位の儂の......全力の一撃を......一瞬で止めるなど!」

「たかが大妖怪がこの世に三人しか存在しねェ『伝説の大妖怪』に勝てると思ってんのか?第一俺はテメェの数千、下手すりゃ数万倍生きている。お前が百人いたところで全員を軽くひねるぐらいはァ、できんだぜェ」

 

圧倒的実力差。

それを見せつけられた天魔の顔は、もはや泣きわめく小娘にしか見えなかった。

 

「理解できたかァ?できたなら、大人しく床ァ這いつくばって、間抜け面晒しながら寝込んでやがれェッ!!!」

 

グギャリッ、という音と共に悪魔の一撃が天魔の顔に突き刺さる。

俺の拳によって、天魔は鈍い音を立てながら、数十メートル先にある大木の幹に背を打ち付け、そのままゆっくりと重力に従い崩れ落ちた。

 

「う......ぐぅ......」

「でもまァ、遊んでいたとはいえ俺相手に五分以上持ったことは素直に褒めといてやるよ。後は......」

 

地獄のような光景の大地に降り立ち、ゆっくりと歩く。

そして魔法を発動。楼夢のいる『反転結界』の中に入れないか、試してみた。

 

だがしばらくすると、魔法が何かに弾かれ、消滅した。

 

「......ちっ、アイツどんだけ高度な術使ったんだ。ただの空間魔法だけじゃなく、東方の術式を完全に複合させた上に、もう一つ変な術式が絡まってやがる」

 

俺が分かったのは、楼夢の空間には侵入できないということと、今のアイツの状態だ。どうやらさっき空間魔法で繋げようとしたことで、俺しか感知できないほどの妖力が大気に混じって流れ込んできていた。

 

「......いきなり瀕死かよ、おい」

 

感じ取れた楼夢の妖力の弱々しさに呆れたような表情をした。だが内心では驚きを隠せないでいた。

 

あの楼夢がこれほど簡単に......。これが最強の妖怪なのか?

 

だが、次に感じ取れた妖力を見ると、俺の不安は自然と消え去った。

 

「『最強の妖怪』か。強くなりすぎた俺には目的はねェが、それでも夢はいいもんだ」

 

かつて、俺も楼夢のように最強を目指していた時期を思い出し、自然と笑みがこぼれた。

 

「負けんじゃねェぞ、楼夢」

 

俺は、一人静かに友の勝利を願った。

 

 

 

Next phantasm......。




どーも皆さん、作者です。
えっ?狂夢さんは?彼は急な出番に疲れて、現在お休み中です。

というわけで、皆さん読んでいただきありがとうございます。
最近、なろうの方の小説ばっかり読んでいて、あんまりこっちを書けてないんですよ。
今度自分もオリジナル書いてみようかな。まあ、もし書くとしてもこの『東方蛇狐録』が終わってからだと思いますし、最低でも一年以上はかかりそうですけどね。(笑)

と言うことで、次回もよろしくお願いします。
お気に入り登録、高評価などもバシバシお待ちしております。


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頂点の景色~Endless Blade Waltz~

手を伸ばしても届かない
背伸びしても見えてこない
そんなときこそ前を向く

あの頂きの景色を見るために


by白咲楼夢


鬼城剛は、とある崖の下にたどり着いた。

崖の壁にはつい先程できたであろうクレーターがあり、何かがそこにぶつかったようだった。

そして、そのクレーターの真下の地面には、何かが雪の下に埋まっていた。

 

「......終わったか。久しぶりじゃったわ。儂の体に風穴を空ける者は」

 

そう言い残し、残念な表情で踵を返し、それに背を向ける。

 

だが、突如積もっていた雪の下から、一筋の光が漏れ出した。

それは徐々に溢れ出て、やがて熱量で爆発を起こす。

 

辺りの雪が熱で溶け、吹き飛ぶ。そしてそこから、伝説の大妖怪ーー白咲楼夢が姿を表した。

 

楼夢の両手にはそれぞれ光り輝く長刀が握られていた。

 

右手の刀を一言で表すなら、まさに太陽のようであった。

純白の刀に明るい紅が混ざり、まるで炎のような美しさを表していた。

 

対するもう一方は、先ほどの刀とは正反対であった。

闇を表すかのような黒に、月の光のような冷たい藍色が混ざっていた。

 

太陽と月。

そんな色をした刀を持つ楼夢は、自分の姿を確認する。

 

まずは髪。

つむじの部分と肩からしたの部分の色が桃色ではなく藍色に変色していた。

腰からの部分は、二本のかんざしと紐で結ばれており、頭をふるごとに髪が一つのまとまりのように揺れていた。

 

次に服。

つい先ほど破れたるしたところが完全に塞がっていた。色は黒が基本的にベースだが、ところどころに白と紅が混ざっていた。

 

最後に瞳。右目は桃色、左目は瑠璃色のオッドアイに変わっていた。

 

ここまで変わるとなんか怖いな。

というかなにさりげなく服を新調してんだアイツ!?

 

『我慢しろ。というか服は俺が作ったが、それ以外は俺とお前が混ざりあった証拠だ。決して全てが俺のせいではねぇ』

『いたのかよ。まあいい、今はそれよりも......』

 

楼夢は前を向き、その視線の先に立っていた剛を睨む。

そして、それに本能的に危機を覚えた剛は、上に跳躍する。

その判断は正しかった。

 

両手の刀を、同時に振り下ろす。

すると、視界が真っ白に包まれた。

 

刀から生み出された炎と氷は、楼夢の視界の半分を火の海に、もう半分を巨大な氷柱が突き出ている大地へと変えた。

 

「......はっ?」

 

そのあまりの威力に、楼夢は目を白黒させる。

 

『おう......こりゃスゲエ威力だな。多分これだけで世界滅ぼせるぞ』

「いやマジでシャレになんねえよ!......だがまあ今は思いっきり使わせてもらうぜ!!」

『......一応お前の怪我を止めるのも合わせて十分が限界だ。わかりやすいようにタイマーを付けておいた。それを過ぎたら自動的に解ける。......健闘を祈るぜ』

 

思えば、初めて戦った時も制限時間は十分だった。

ならば今それを乗り越える。

地面を叩き、数百メートル先まで跳躍する。そしてそこで待ち構えていた剛に左の刃を繰り出す。

 

「グゥッ!?......だがまだっ!!」

 

ガードした左腕が氷で覆われる。そしてその余波で後ろの山の木々が凍りついた。

だが凍った腕でそのまま殴り返される。

 

「ゴハァッ!!」

 

顔を殴られ、吹き飛ぶがすぐに体制を整える。

心なしか一撃の威力がさらに上がっている気がした。

おそらくそれは間違いじゃないだろう。その証拠にこちらも余波だけで大地の一部を抉っていた。

 

明らかに威力が違う一撃。そして楼夢は、ようやく彼女が本気になったことに気づいた。

 

「今ので終わればいいと思ったんだが、流石にそうはいかねえか」

「いい威力じゃ。おそらく儂の経験の中では一番威力が高いじゃろう。じゃが、最後に勝つのはこの儂じゃ!」

「さぁ、始めようぜ。最終決戦を!」

 

その叫びと共に、右の刀が振るわれた。

灼熱の業火が、剛を焼き付くさんとする。

 

それを拳一つで払いのけ、もう一つの拳に力を込めた。

 

「『空拳』!」

 

大砲の砲弾のようなその一撃を、刀をクロスさせて防ぐ。

衝撃で吹き飛びそうになるがこらえ、そのまま拳をはね上げる。

 

そして無防備になった瞬間に、斬撃を数十回放つ。

 

その全てに風の鎧を切り裂かれ、剛の体に炎と氷の刃が刻まれた。

 

鮮血が宙を舞う。

だがそれを関係なしに、体に埋まった刀身を手で掴んだ。

 

(まずいッ!)

 

距離を取ろうとした楼夢だが、刀身を掴まれたことで身動きできずバランスを崩す。

それを狙って、今度は剛の一撃が、楼夢を捉えた。

 

「『雷神拳』」

「ゴッ!?......ガハッ、ゲホッ......!」

 

雷の拳が、体を抉った。

流された電流で、一瞬心臓が止まる。

そしてすぐに呼吸困難におちいった。

腹に手を当て、うずくまる。

そこに、二撃目の拳が、死神の鎌のように振り下ろされた。

 

「ちっ、くそがァァァァッ!!」

 

ハンマーで打ち付けられるよりも酷い衝撃が、再度楼夢の頭部を襲った。

だがただでは終わらない。玉砕覚悟で飛び出し、森羅万象斬を相打ちに放った。

 

剛の肩から下の肉が、切り裂かれる。

痛みをこらえ、今度は頭突きを繰り出す。

 

骨が砕ける音がした。そしてまた強烈な痛みが、楼夢を蝕む。

そしてそれに負けじと、攻撃を繰りかえす。

 

骨が砕け、肉が裂け、骨が砕ける。

もはや互いの攻撃を避けることすらできない。

それほどまでに激しく殴り、切り、血が飛び交う。

 

楼夢は右の刀でなぎ払う。だがそれを剛は後ろに軽くバックステップして避け、空振りに終わった。

だがそれで終わらない。巫女袖を剛の方向に向ける。その中には光り輝く弓矢が弦を引き絞っていた。

 

「『アーティクル・ペルセー......」

「『閃光爆裂拳』!!」

 

だが、それは不発に終わる。閃光の矢が放たれる前に、赤の拳が巫女袖に直撃した。

直後、爆発。凄まじい音と共に右腕の巫女袖が消滅し、楼夢の白い肌が露になった。だがそれも血しぶきで紅に染まる。

 

苦い顔をしながら、後ろに下がる。

 

「このっ...... 『狐火金火』!!」

 

先ほどの数倍の威力の黄金の狐火を刀に纏い、大技の後で動きが鈍った剛に叩きつける。

それを腕を十字にクロスさせて防ぐ。だがその火力は凄まじく、完全に防御したにも関わらず数歩後ずさってしまう。

 

そこに、返す刀で体を半回転させる楼夢の姿があった。

 

「 『狐火ぃぃぃ......銀火ぁぁぁ』!!!」

 

銀色の光を、月の刀が纏う。そのまま目の前の敵目掛けて突きを繰り出した。

 

「ガァ......ッ!!」

 

銀の光が剛を腹から貫いた。そしてそこを中心に次々と氷が剛を覆う。

 

残り制限時間は後五分。

これを勝機と見た楼夢は、一気に畳み掛ける。

 

「 『誓いの五封剣』」

 

まず空中に出現した炎の剣で、剛の四肢と体を貫き、固定させる。

本来なら炎剣の熱で氷が溶けるのだが、それは形を維持したまま剛を縛る。

 

「 『閉ざしの三縛槍』」

 

今度は三つの氷の槍が現れ、剛に突き刺さりあちこちを氷付けにした。

 

完全に動きを封じると、今度は空に魔法陣を描く。

そしてそれに魔力を通すと、空が突如闇に覆われ、夜に変わった。

星々も出てきており、どこからどう見ても本物の夜にしか見えなかった。

 

「 『夜間飛行』 それが俺の【形を操る程度の能力】の本当の力だ。これは俺が指定した範囲の空間を作り出し......完全操作できる!」

 

その言葉と同時に、星々が赤、青、黄、緑......と様々な色に輝いた。

あれは星なんかではない。その一つ一つが魔法の塊なのだ。

 

「 『魔力全方位一斉射撃(マナバレット・フルバースト)』」

 

その合図と共に、星々はまるで万有引力を表すかのように、一斉に剛を襲い、空間ごと消し飛ばした。

 

ドッガァァァァァァアアン!!! 世界が、反転結界が揺れる。そしてその衝撃に耐えきれず、空間がひび割れ始めた。

 

(残り時間はあと60秒。こいつを倒せば全てが終わる。俺の全盛期はもう過ぎる。だったら......今はコイツを倒すことだけ、考えろ!)

 

「陽神剣 『ソル』」

 

純白の刀が、真紅の炎に包まれ、西洋剣のような形状に変わる。

 

ふと視界に重力に従って落ちている剛を見つける。それを目で追いながら体の体制を空中で整ええ、左手に力を込めた。

 

「月神剣 『ルナ』」

 

今度は漆黒の刀が蒼い氷に包まれ、黒を覆い尽くす。そしてこちらも西洋風の剣の形に変わった。

 

傍から見ればそれはかろうじて剣の形状が見えるほどの光量を放っていた。柄から刃まで、全てが紅、または蒼に光り輝く。

 

そして地面に着地した剛目掛けて、最後の突撃を行った。

 

そして同じように剛も自分の全ての妖力を二つの拳に詰め込み、迎え撃った。

 

「『千花繚乱(せんかりょうらん)』!!!」

「『流星砕き』!!!」

 

斬撃と打撃が何度も、何度もぶつかる。

その衝撃で世界がどんどん崩れていった。

 

だが関係ない。今の楼夢は音を、光を、全てを超えていた。

景色すら目に入らない。音すら聞こえない。光すら届かない。

誰もたどり着けなかった頂点(エクスタシー)に今彼はいた。

 

(認めねぇ!!認めねぇ!!強いのは俺だ!テメェなんかに......負けてたまるかよぉ!!!)

 

一振りするだけで空が凍り、大地が溶ける。

赤の隕石が何度も衝突する。

 

永遠の舞踏会(エンドレスブレードワルツ)

一度入れば永遠に踊り続けなければならない。

だがそれでも終わるときは一瞬だ。

 

 

ーーザシュッ そんな音が響く。

 

当たったのはーー楼夢の斬撃だった。赤の隕石はそれで力を失ったかのように消え去った。

 

「ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ァ“ッ!!!」

 

炎と氷の嵐が、巻き起こる。

一つの斬撃が当たるたびに体は凍りつき、そして溶かされる。

凍る、溶ける、凍る、溶ける、凍る、溶ける。

 

何秒、または何分、あるいは何時間経ったのだろうか。

ただ一心不乱に剣を振り続ける。

そのたびに血しぶきを浴びる。まるで血の海に頭から埋まっているようだった。

 

(トド......メだァッ!!)

 

重い体を動かし、半回転させながら二つの剣を右から左に振りぬこうとする。

 

 

ーーその時、一瞬剛の瞳が目に入った。

その瞳は赤い光を宿らせていた。

 

「らい......神拳ッ!!!」

 

雷撃と炎氷の斬撃がぶつかった。

そして割れたような音と共に、何かが宙を舞う。

 

ーーそして、楼夢の脳天に拳が突き刺さった。

 

薄れゆく意識の中、空を舞う何かを確認する。それは二つの刃の欠片だった。

 

(......ち、タイム......アップかよ......畜生が)

 

「チックショウがァァァァアッ!!!」

 

バキィッ そんな音が響く。

何をしたのかは覚えていない。

ただそこには鈍い音と何かを叩いた衝撃と......倒れふした剛の姿があった。

 

「ま......さか負けるとはのう。これだから......長生きはいいのじゃ」

 

空を見上げながら、ポツポツと剛は語る。

その顔は心なしか微笑んでいた。

 

「あっぱれじゃ楼夢。お主が......『最強』じゃ」

 

それを言うと、剛は何も反応しなくなった。

そして、楼夢の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

Next phantasm......。




※『天破りの夜間飛行』→『夜間飛行』に変更しました。


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バトンタッチ~Second Runner~

消えるのは怖くない

ただ何も残せずに消えるのは怖い


by白咲楼夢


 

チュンチュン、という小鳥の鳴き声が聞こえる。

そして、暖かい日差しと共に俺は目覚めた。

あたりを見渡す。どうやらどこかの屋敷内にいるようだ。

現在俺は病院の患者が着るような白い服を着ていた。髪の毛の色は元に戻っており、頭には包帯が巻かれている。まさにTHE怪我人といったところだ。

 

「......とりあえず起きるか」

 

しばらく思考したあと、ベッドから出ようとする。

だが、なぜか体に力が入らず、床に崩れ落ちてしまった。

い、痛い。どれくらいかというと、道端で石につまずいて顔から転ぶくらい痛い。

 

「いっててて......あれ 、立ち上がれない?」

 

すぐに起き上がろうと再度体に力を入れる。だがやはり力が足りず起き上がれない。

あれ、もしかしてこれ詰んだ?

 

「ちょ、俺頑張れよ諦めんなよどうしてそこで諦めるんだやればできる絶対できる......」

 

......やばい、なんか暑苦しいテニス選手が降臨したんだが。帰れよお前!

とまあ、そんな風に近くにあった物を掴み、なんとかよじ登る。

足がプルプルと震えている。まるで産まれたての子鹿のようだ。

 

「......やべぇ、今俺めっちゃ惨めなんだがおい」

 

とりあえず視線を窓の外に向ける。そこには一本の大きな木が生えていた。

今はなぜ体に力が入らないのかを調べるよりも、歩行をどうにかしなければ。

 

という事で能力発動。ズキリという痛みが一瞬頭にはしった。だがあまり痛くないので気にしないでおこう。

 

今回はフロストランド杖という、歩行をサポートする補助具を木で作った。

ほら、よく病院とかで足を骨折したときに、グリップから上に棒と輪っかみたいのがあって、肘を固定する杖があるだろ?それの木製版ということだ。

 

本来なら二つだが、それを一つ作り左手でグリップを握った。

そして、杖を使いながら重心をかけ、歩行を成功させることができた。

歩けることの素晴らしさを改めて知った気がする。

 

「それにしても、なんで歩けなかったんだろ?」

 

そう、疑問に思った点はそれだ。

最初は長期間の休眠で筋力が減ったと考えていたが、俺の腕の太さは寝込む前と変わっていない。元から細かったのは黙っておいてくれ。

 

となると、単純に筋力の問題ではないのかもしれない。もしかしてこれが全盛期の力を失った代償ってやつか?だとしたら先にデメリットを説明しておけよ!何省略してんだよあの白髪野郎!

 

「......虚しい」

 

言うな俺。自分でも何心の中で勝手に突っ込んでんだ? とは思っていたから。

 

「とりあえず出よう。まずはそれからだ」

 

杖を使いながら歩き、ドアに手をかける。そしてそれを思いっきり開いた。

 

 

そして、俺の顔に何か二つの柔らかい物体が押し付けられた。

気になり、手で触ってそれを調べた。

 

「......何だこれ?」

「キャッ、キャアアアアアアア!?」

 

突如響きわたる悲鳴。

自然と顔が上にいく。そこには顔を真っ赤に染めた紫の姿があった。

同時に、俺は何に触れてしまったのか気づく。

 

「ゆ、紫違う!これはわざとじゃ......」

「うるさあああああい!!!」

 

数秒後、俺は次に起こる自分の未来を悟った。

そして、自然に目をつむる。

じゃあなみんな、来世でまた会おう。

 

 

パチンッ! という音が響く。そして、俺は地面に頭をぶつけ、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「し、死にかけた......」

「自業自得よ!」

 

現在、俺と紫は屋敷の中を歩いていた。

俺はどうやら一週間寝続けていたらしい。

 

それにしてもさっきはマジでやばかった。地面に倒れた衝撃で杖を遠くに手放してしまい、芋虫のように地面を這いながらなんとか立ち上がった。

 

そこでなぜか置いてあったバナナの皮に足を滑らせ、再び転倒してしまったのだ。

おまけに足を捻ってしまい、後はご想像にお任せする。

というかバナナの皮ってマ●オカートかよ!危うく無限ループが始まるとこだったぞ!

 

「とりあえず犯人を後でぶっ飛ばすか」

「屋敷が消し飛ぶからやめなさい」

 

今だ見えぬ犯人の顔をぶっ飛ばすシーンを想像しながら、廊下を歩く。

紫も俺のペースに合わせて歩いてくれる。ぶっちゃけ結構嬉しい。

 

「というか紫はなんでここにいたんだ?」

「私の夢関係の話よ。前に天狗と和解して妖怪の山と手を組むことに成功したんだけど、そこに鬼が来ちゃったのよね。現在の山の所有権も奪われたようだし、もう一度話しにきたってことよ」

 

そりゃまあ頑張ってることで。どうやらもう妖怪と人間が住む里が出来上がっていて、そこから徐々に土地を広げていくらしい。

あれ?俺の助けって、もしかしていらなくね?

 

「だけど私じゃ絶対取れそうもないから、お願いできるかしら?」

 

よし、一応俺にも需要あったようだ。

 

「オーケー。任せておけ」

 

基本的に、鬼は強者を好む。最強の鬼である剛を倒した俺の頼みなら聞いてくれるだろう。

少なくとも剛はそういう奴だ。

 

「そう言えばあいつらは?」

「貴方が目覚めたのをスキマ経由で教えたら、急いで宴会の準備をしているみたいよ」

「そりゃいいね。久しぶりに一杯飲みてえな」

 

宴会という言葉に楽しみを感じながら、俺は歩を進め、屋敷の外へ向かった。

 

 

 

 

 

「お、楼夢か。ようやく起きたか

「うっす火神。それで娘たちはどこだ?」

「それならあっちにいるぞ。ほら、今こっちに向かってきてるぜ」

 

ピシッ と東の方角を指さす。

見ればそこには美夜たちが、果物が入ったかごを腕にぶら下げたまま、こっちに向かってきた。

 

「お父さん!怪我治ったの?」

「よ、美夜。俺がいなくても大丈夫だったようだな。ああ、怪我は歩くのに少し問題がある程度だ」

 

そう言うと、空いている右腕をグルグル回して、大丈夫なのを証明する。

 

「おとーさん、はいコレ!」

 

今度は清音が俺にかごを渡してきた。中にはりんご、いちご、そしてどこから手に入れたのかバナナがそれぞれ数本入っていた。

......ん、バナナ?それってもしかして......。

 

「な、なあ。お前ら俺の部屋でバナナ食べたりしなかったよな?」

「バナナなら、火神さんが食べていましたよ。もっとも、鬼子母神様とそれで何かしていたらしいのですが」

 

舞花の衝撃の発言に、俺は思わず火神を見る。

火神はなんのことか知らないと、口笛を吹いていた。だが顔から冷や汗がダラダラ流れているのを見て、俺は確信する。

 

「テメェが犯人か!」

「ち、違う俺だけじゃねェ!剛の奴も一緒だった」

「何をそんなに盛り上がっておるのじゃ?」

 

トコトコと、剛がこちらに歩いてくる。

おお、グッドタイミング。

俺は巫女袖からアサルトライフルを取り出し、照準を二人に向ける。

 

「よし、お前らとりあえず死刑な」

「な、なんじゃ!なぜそうなる!?」

「逃げろ剛!イタズラがバレた!」

「逃がすか!死ねぇぇぇぇぇ!!!」

 

ものすごい速度で逃げる二人に、リロード不要、射程は通常の五倍にまで改造されたライフルをぶっぱなす。

 

悲鳴をあげながら空中を飛び逃げる二人。その隙にロケットランチャーをぶち込んだ。

 

「「ほがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

空で大爆発がおこる。ありふれたセリフだが言わせてもらう。

 

けっ、汚ねェ花火だ、と。

 

 

 

 

 

イタズラの主犯を捕まえた後、俺は宴会場に向かっていた。

剛いわく、このあとどんちゃん騒ぎするのですぐに来るように、だそうだ。

俺との戦闘後なのに、相変わらずピンピンしていた。俺は杖がないと歩けないのに対し、あっちは逃走中元気よく木々の間を飛び回っていた。頑丈な鬼の体が羨ましい。

 

「着いたぜ。ここがその宴会場だ」

 

思わず上を見上げてしまう。

宴会場は和風の旅館のような構造になっていた。ただその広さは千人以上入っても問題ないくらい広い。それが三階建てになっているから驚きである。

 

ガラガラと、戸を開けて入る。

 

途端に聞こえてくる大音量の騒ぎ声。もう既に大半は入っているらしく、中には鬼はもちろん烏天狗や、その部下で妖怪の山の巡回役でもある白狼天狗の姿もあった。

おいお前ら仕事はどうした。

 

「おーい楼夢、こっちじゃ」

 

声の方向に首を向けると、天狗の長である天魔が酒入りの瓢箪片手にブンブンと手を振っていた。となりには天狗でいえばお馴染みの射命丸の姿もある。

 

「おお、やっと来たか。待ちくたびれたぞい」

「というかさ。白狼天狗まで混じってるけど仕事はどうしたんだよお前ら」

「安心せい。最低限は残してある。それに今侵入したら伝説の大妖怪が三人と、宴会を邪魔されたという理由でこの場にいる大量の鬼が侵入者を潰してくれるじゃろうし」

 

意外に考えられていることに少し驚く。まあそれくらいできないと天狗の長など務まらないのであろう。

というよりも、俺としては最低限の守りとして貧乏くじを引かされた白狼天狗たちに同情する。考えてみて欲しい。数千の妖怪が飲んで騒いでしてる間、自分だけ黙々と暇な仕事をこなすのだ。俺だったら発狂レベルである。

 

俺がそう仕事中の白狼天狗のことを思っていると、宴会料理が運ばれた。VIPが集っている席だけあって、他のところよりも豪華で量も多い。

 

「おお、美味そうじゃん!いただくぜ!」

 

次々と魚やら米やら酒やらを飲み込んでいく火神。その光景に少し恐怖を覚えた。

横を振り向けば我が娘たちが火神並のペースで料理を食べあさっていた。お前ら......一体いつからそんなに食うようになったんだよ......。

 

「何よ、食べないの?」

「いや食うよ。ただ娘たちの成長をこんなところで見れたとは......」

「ふーん」

 

射命丸は特に興味がなさそうだった。なら話ふるなよ全く。

 

ようやく宴会料理に手を付ける。......美味い。さすがVIPである。

 

「いやーお主には感謝しとるわ」

「……何にだ?」

 

ふと唐突に天魔からそんな話をふられる。俺がこの山でやったことって壊して壊して壊したくらいしかないと思うんだが。

 

「実はのう。鬼がきて以来こう言った交流のようなものは全くなくてな。そのキッカケを与えてくれたお主には感謝する」

 

天魔は宴会場を見渡す。

そこには烏天狗や白狼天狗が鬼に絡まれている光景があった。だが不思議とその表情は笑顔で埋め尽くされていた。

 

「となり、いいかい?」

「ん?ああいいが」

「じゃあ遠慮なく。おーい萃香ー!席取れたぞー!」

 

俺のとなりに火神と戦った金髪乳牛鬼が座る。そして俺と戦った小鬼を手を振りながら呼んだ。

 

金髪乳牛鬼は盃に酒を入れると、俺に差し出す。

 

「ほらよ、飲みな」

「ああ、サンキュー。ええっと……」

「そう言えば名乗ってなかったね。アタシの名前は星熊(ほしぐま)勇義(ゆうぎ)。んでこっちのちっちゃいのが伊吹(いぶき)萃香(すいか)だ」

「ちっちゃいって言うなー!」

 

小鬼ーー萃香が自分の身長について必死に抗議した。だがそれを勇義はぬらりくらりと流す。

 

「いやーでも最初は信じられなかったよ。母様が負けたなんてね」

「母様?」

「ああ、私たちの大半は母様から溢れ出た妖力から生まれてね。だから母様さ」

 

えっへんと、胸を張る。そして揺れる乳に一瞬目を奪われてしまったことを責める奴はいないだろう。それくらいでっかいのだ。

 

しばらくすると、二人は射命丸を連れて別の場所に飲みに行った。というかアイツ引きずられてなかったか?

 

「楼夢ー!宴会は楽しんでおるかー!?」

 

最後に剛がこっちに向かってきた。

ほんのり赤に染まった肌と、勇義以上の胸が正直エロい。普段巫女服着て性欲が全くない俺でも発情してしまいそうだ。

 

「まあ、楽しんでるぞ」

「おお、それはよかった。本来ならあの戦いの後すぐに宴会を開くはずじゃったのに、お主のために一週間待った儂に感謝するのじゃな」

 

グイッと、元気良く酒を樽ごと飲み干す。実はあれ水なんじゃないかと思う。

 

「どうじゃ。夜のために今酔っとくのも悪くない」

「いや夜ってどういうことだよ?」

「もちろん後で行うベッドの上での行為のことじゃ」

「いやしねえよ!?そもそもなんで俺とお前がヤルことになってんだ!?」

 

おかしい、どうしてこうなった!?

よくよく見れば彼女の頬はかなり赤く、息も荒い。それこそまるで発情しているようだ。……ん、発情?

 

「……実はあの戦いのあとお主に発情してしまっての……っ。疼きが止まらんのじゃ……っ!ああもう我慢できん!」

 

そう言うと、俺の体に剛は飛びついてきた。勢い余って、地面に押し倒される。胸が体に押し付けられて、正直理性が飛びそうになった。

マズイマズイ!というか紫さんなんでそんな殺しそうな目で俺を見てるんですか!?

 

「……はぁっ、はぁっ……いい匂いじゃ……っ!」

「だ、誰か!?助けてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

結局、剛は後で宴会場の皆様の手によって無事押さえつけられました。

 

宴会は夜遅くまで続いた。

こうして、俺の楽しい祝勝会は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

「ゴッ、ガハッ……!!」

 

深夜、俺は一人森の中にいた。

そして、大量の血が、口から吐き出された。

 

ビシャッと、それらは近くにあった草木を真っ赤に染める。

小さい水たまりができるほどの、血の量だった。

 

「グッ……うぅ……」

 

(痛い痛い痛い!!頭が割れそうだ!!)

 

あまりの痛みに、思わず手で頭を押さえる。だが痛みは徐々に増していき、再び口から血が吐き出される。

 

ふと、自分の腕を見る。腕はビクンビクンッとまるで電流を流されたかのように震えていた。

 

(体が……痺れる……っ!クソ、朝はこんなじゃなかったのに……っ!?)

 

なぜこうなっているのか、俺自身にも分からなかった。

否、仮説だが原因は分かる。

 

(パンチ……ドランカー症状……か……っ!!)

 

パンチドランカー。もしくはそれに近い類だろう。

 

剛との戦闘で、俺は主に頭部に当たったら消し飛ぶほどの一撃を大量に受けていた。いや、おそらくその前の火神戦の時からガタが来ていたのだろう。

今の説が事実なら、確実なのは俺は脳に相当ひどいダメージを負ったということだ。

なるほど、これなら体が思うように動かないのも納得行く。おそらく脳からの信号が体に正確に届いていないのだろう。むしろ俺が今こうして思考できるのは俺が妖怪であるということが大きい。人間か、並の妖怪だったら即廃人ルート確定だろう。

 

「ろ、楼夢……?」

「はぁ、はぁ……紫か……どうしてこんなとこに?」

「そんなことはいいから!早く治療を……」

「いや、必要ない」

 

紫が治療術を発動するのを、俺は静止した。

体の負傷ならまだいい。腕が飛ぼうがいずれ生える。だが脳は違う。いくら治療術をかけても、脳は治らないし、生えても来ない。それは紫ほどの腕でも同じことだ。いや、もし俺が治療できる術を生み出したとしても、脳に異常が起きている以上、俺は術式を発動できない。

 

つまり、俺の脳は二度と元には戻らないということだ。

 

紫が諦めずに何度も高度な術式を発動させる。だが何も起こらない。

それが続くこと数十分、紫はとうとう妖力枯渇を起こし、地面に手をつく。

 

「もういい紫。分かっただろ?」

「いいわけないでしょ!?あなたはこれでいいの!?」

 

紫は泣きそうな顔で必死に叫ぶ。

 

俺は目を瞑りながら星空を見上げた。

 

「……いいのかもしれない。俺は長く生きた。今さら戦えなくなるより、昔からの夢を叶えられたほうが嬉しい」

「……夢?」

「……ああ、『最強の妖怪になる』っていう、妖怪なら誰もが一度は思う夢だ。だがそれを成し遂げられるのはいつの世も一人だけだ。俺は、その一人になれたことが嬉しい」

 

そこで、目をゆっくりと開き紫を見る。

 

「だから紫。絶対にお前の夢を完成させろ。それが俺の……最後の願いだ」

「楼夢......」

 

そこで、抑えられなくなり紫はとうとう泣き出した。

 

森の中に、少女の泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

だが、それを咎める者はいない。

 

青年は微笑む。その笑顔は星のように力強く、儚かった。

 

二人を、月の光が包む。

 

一体いつからこの世を巡っていたのだろうか。

 

答える者はいない。だがそれでいい。

 

俺はいつしか『最強』と呼ばれていた。




~~今日の狂夢『様』~~


「はいということで今章が終了しました!作者です」
「なんか今回楼夢がめっちゃ得していることに抗議したい!狂夢だ」


「いやー今回で楼夢さんの弱体化が決定しました!」
「ちなみになんで弱体化させたんだ?」
「いやねー、正直言うとここまでの楼夢さんの実力だともう全キャラが相手にならないんですよ。今回で永遠の標的の剛さんが倒されましたし」
「というか脳の障害に、フロストラント杖とかもうどこぞの白髪ロリコンベクトル少年しか思い浮かばないんだが。というかお前一方通行ネタ好きだよなー」
「まあ、作者が見てきたアニメの中で一番好きな男性キャラですからね。ちなみに二番は木原君です」
「黒い翼も生えるし、もう少しで全攻撃反射とかできそうだな」
「というか、思いつくネタが何故か微妙にかぶるんですよ!私は悪くない!」


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地球は青かった編
目的無き旅の先に



チョコチョコ降れ降れチョコよ降れ

槍槍降れ降れ槍よ降れ

同志にチョコを、リア充に槍を

by作者


 

 

「……もう行くのか」

「ああ、悪いな。最後まで自分勝手で」

「よい。それが我ら妖怪というものじゃ。どうせいずれ会えるじゃろう」

「……違いねえな」

 

現在、俺は妖怪の山のふもとにいた。

 

剛との戦いから数ヶ月の時がたった。

ここに来た頃には積もっていた雪も、既に消えておりあたりに力溢れる緑が生い茂っていた。

前を見れば、そこには剛を中心とした俺と仲がよかった連中が集まっていた。

 

 

ーー今日、俺は再び旅に出る。

 

これは前から決めていたことだ。どっちにしろ、今の俺に目的というものはない。何かでかいことをしようにも、その力さえない。

 

「体の調子は大丈夫?無理してない?」

 

心配だ、というような表情で紫が俺の顔を覗き込む。

 

「ああ、大丈夫だ。()()のおかげで調子もいいしな」

 

そっと紫の頭を撫でながら、反対の手で自分の頭に触れた。そこには真っ黒なヘッドホンのようなものがつけられていた。右側から逆側に桃色のラインが描かれており、自然と俺の髪に馴染む。

 

これは、俺の脳の働きをサポートするために作られたものだ。

これには、つけているだけで思考などを補助する機能がある。演算装置、いわゆるもう一つの擬似的な脳なのだ。

もちろん構造は狂夢、術式は俺が作った。とはいえ俺の脳は働いてくれないので、いつもは頭の中でやるような計算をわざわざ紙に書かなければいけなくなったのだが。それにより消費された紙は小さくビッチリ書いても百を余裕に超えていた。

 

そんなこんなで作られたこのヘッドホンだが、実はもう一つ機能があった。

それは、右につけられているボタンを押すと、俺の脳を戦闘可能な状態まで戻すことができるのであった。流石に神解などはできないが、舞姫を開放させるところまではできるようだ。

 

ただし、もちろんそんな素敵な機能にも制限がある。それは、その機能が十分しか発動できない、ということだ。

制限時間が過ぎれば、一時間のクールタイムが必要になる。

そして今の俺は、この機能を使わなければ狐火の一つも出せないのだ。体も、歩くことが限界で走ると転んでしまう。なので今も杖は左手に握ったままだ。

何が言いたいのかというと、俺は戦闘になれば必ずこの機能を使わなくてはならない、ということだ。

なので俺はあまり戦闘に参加することはできない。そこら辺は娘たちに頑張ってもらおう。

 

「またいつでも来るがいい。妖怪の山はお主たちを歓迎するぞ」

「たまには遊びに来なさいよね」

 

天魔と文が天狗を代表してそう言った。

後ろにいた俺と交流があった天狗たちも、それと同時に大歓声をあげた。

 

それに応えながら、ふと横を見ると、娘たちが萃香と勇義に挨拶をしていた。

 

「またいつでも来いよー。戦いだったらいつでも歓迎さー」

「次にお前たちと戦えるのを、アタシは楽しみにしとくぞ」

「ええ、いつかまたお胸を借りさせてもらいますよ」

「……私は許可出してないんですが。まあこれも修行の一貫なんですかね」

「じゃあね萃香!また今度遊ぼうねー!」

 

そう言って元気に手を振る清音。

彼女たちは修行ということで萃香と勇義と戦っており、それで仲良くなったらしい。

ちなみに俺が強すぎて影が薄いが、彼女たちは曲がりなりにも立派な大妖怪である。そんな彼女たちと修行することで、娘たちはより一段と強くなれたようだ。

これで俺の旅の安全は守られたということだ。

 

「さて、これで全員に挨拶したかな?それじゃあ行くぞ!」

 

「「「「「おうっ!!!」」」」」

 

山に背を向け、俺たちは歩き出した。向かう先はランダム。気分で西へ東へ気ままに歩く。

 

ふと振り向けば、そこには天狗や鬼たちが手を振っていた。手を振り返して、俺は歩を進める。

 

「さあ、目指すは安眠出来る場所へ、レッツゴー!」

 

こうして、本当の意味で自由な俺の旅が、始まった……

 

 

「ーーーーって、なんだテメエがいるんだ火神!」

「いや、暇だし特にやることもないからまたお前についていくことにした。というわけで行くぜ!」

 

駆け足で走り去っていく火神と、その後ろを楽しそうに追う娘たち。

 

「ま、待ちやがれこっちは怪我人なんだぞ!」

 

そして、それらを転ばないように必死に追いかける俺の姿があった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そしてあれから数十年、俺たちは様々な大陸を渡り歩き、そして今も旅を続けていた。

 

現在の位置は日本、そのどこかの山の中である。確か京都あたりだったはずだ。

 

「ったく、まさか道に迷うとはなァ。ついてねェぜ、まったく……」

「元々お前が地図なくしたんだろうがこのバカ野郎!」

 

そう、俺たちの現在地がわからないのはこのバカが地図をなくしたからである。前の村を出る時には持っていたのだが、それをなくしたことに気づいたのはそれから一週間後であった。気づくの遅すぎである。

 

「……地図なんてほとんど見ないんだし、大丈夫でしょう。それよりも先にやることがあるようですよ」

 

美夜がそう前を見ながら言い放つと、あたりの木々から蛇の形の妖怪、熊の妖怪、狼の妖怪など、様々な魑魅魍魎が現れた。

美夜、清音、舞花がそれぞれの武器を取り出した。もちろん俺は待機、火神は正座しながら高速でお茶を入れ、それをズズッと飲み干した。ご丁寧に座布団まで敷いてある。どこぞの殺○んせーだよ。

 

「さて、除菌の時間といきましょうか」

「……血が服につくから遠慮します。と言っても聞かないと思いますが」

「久しぶりに暴れるよー!」

 

それぞれの妖力が跳ね上がる。それは大妖怪の持つ妖力量と、ほぼ同じだった。

それをいち早く察知し、妖怪たちは一歩二歩と後ろに下がる。だがそれを見逃す彼女たちではない。

 

「まずは先制攻撃!……と言ってももう終わりですが」

 

初撃は美夜だった。雷のような速度!……とまではいかないが、文に匹敵する速さで敵を一刀両断した。

 

「おーやるね!じゃあこっちもいくよ!」

 

次に清音。両手で刀、というより太刀を天にかかげると、炎の蛇が刃にまとわりついた。

 

「『蛇炎飛刃(じゃえんひじん)』!」

 

声とともに刃を振り下ろすと、そこから炎の大蛇が地面をえぐりながら放たれ、射線の先にあるものを消し炭にした。

 

「グガァァァァッ!!!」

「無駄です。そして大人しく死んでください」

 

逃げきれないと悟ったのか、妖怪たちはヤケになって一斉に舞花に襲いかかる。だがそれを杖でなぎ払うと、それを地面に突き刺した。

 

「『氷結大地(グランドアイス)

 

静かに、冷たい瞳を輝かせながらそう呟く。瞬間

 

「グギャァァァァ!?」

「ゴオォォォォォォ!!!」

「キシャァァァ!?」

 

地面から突き出た巨大な氷柱が、全ての妖怪を貫き、凍らせた。

その範囲はかなり広く、今回の戦闘では一番目立ったものだった。

 

あたりに冷たい冷気が漂う。だが俺は火神の張った結界の中にいるので、わからないのだが。まあ外の二人が体を震わせていることから、相当な寒さなのだろう。

 

「ちょちょ舞花!あんまり周囲の温度下げないでよ……」

「さ、寒い!あーもー我慢できない、狐火っ!」

「……いいじゃないですか。ちょうどいい寒さになりました」

 

寒さに耐え切れず、清音が目の前に狐火を作り出す。それを見て、美夜も狐火を出す。だがそれでも寒いようで、震えながら必死に耐えようとしていた。

もちろん舞花自身には被害はない。むしろこの状況でかき氷を食べれるほど、彼女の氷耐性は高かった。

……彼女と戦う時はメラ系の魔法が必須だな。

 

「終わったか……。んじゃ先行くぞ」

 

俺たちは再び山を登りながら、とうとう山頂にたどり着いた。幸いさっきの戦いで妖怪たちが実力差を理解してくれたので、道中戦闘はなかった。

 

そしてーーーー

 

 

 

「こ、ここは……?」

 

山頂の景色。そこに俺は見覚えがあった。

 

そう、そこはーーーー

 

 

 

かつての俺の前世の家、白咲神社が建っていた場所だった。

 

 

 

 






~~今日の狂夢『様』~~

「よーすお前ら!今日はちょっと遅れたバレンタインスペシャルだ!そして俺にチョコをくれ!狂夢だ」

「とある人が『昔はよかったな……。この日になると、毎年俺の家の前に女の子の行列ができていたよ』というセリフを影で笑った作者です」


「今回はスペシャルだけど、ゲストは誰がいるんだ?」

「俺だ。……と火神だ」

「……なんだ楼夢か。毎回スペシャルに出てきやがって……」

「うっさい。それに火神もちょくちょく出てんだろ」

「いや、本編にもいつも出てくるお前よりは出番少ないぞ」

「ちっ、主人公ってずるいな。んでこんだけか?」

「いえ、後は女子陣だけです」

「女子陣?……なっ!?」



「お、紫に剛じゃん。お前らも呼ばれたのか?」

「その……楼夢……これ、チョコなんだけど……、よければ受け取ってっ!」

「ほれ、儂もじゃ。それぞれ儂たちの手作りだから、大切に食うのじゃぞ」

「おう、サンキュー!後で食べさせてもらうぜ」



「あのヤロー!抜けがけしやがって!潰すぞ火神!……って火神は?」



「んで、ルーミアどうしたんだ?わざわざ作者たちから離れて」

「そ、その……」

「その?」

「こっ、これ……あげる……。た、たまたま作っただけなんだからね!けっして火神のために作ったんじゃないからね!」ダッ

「……行っちまった。……悪いが俺は巫女服ピンク頭のように鈍くはないんでね、めっちゃバレバレだわ。どこぞのツンデレだよ……」



「あんにゃろー殺す!俺たちを裏切った罪、死してあがなえや!!」

「す、ストップ狂夢さん!そのロケラン下ろせ!今攻撃したら確実にこっちが殺される!」

「それでも俺は、同志たちのために、あいつらを討たなくちゃならねぇんだァァァァァ!!」



……今日もバレンタインは平和です。




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家建てました

縁側で一人、夜空を見上げる

……嗚呼、かつては三人で、この夜空を眺めたものだ

今はもう誰もいない。それが私の胸に チクリと刺さる


by白咲楼夢


「こ、ここは……?」

 

戸惑いながら、辺りを見渡す。そこに神社はまだ建っていないものの、そこはやはり楼夢の前世の家、白咲神社と同じ光景だった。

今思えば、石の階段がなかったからわかりにくかったが、登る時の道中もひどく似ていた。

 

地面にしゃがみこみ、生えている草に触れる。そしてまるで確かめるように、地面をトントンと叩き始めた。

 

「ん、なにしてるのーお父さん?」

「いや、ちょっと気になることが、な」

 

確かめた結果、ここの地面はどうやら建物を建てるには最適なようだ。

 

「ちょっと皆、言いたいことがあるんだ」

 

にっこりと微笑みながら、楼夢は口を開いた。

 

 

「ここに神社(いえ)を建ててみない?」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

あの言葉を言ってから、数ヶ月がたった。

結果からいうと、無事『白咲神社』は復活……いや誕生した。デザインはかなりこだわっており、楼夢の記憶通りの造りになった。

そして、現在楼夢は外を眺めながら、横になっていた。頭につけてある演算装置も今は外されている。

 

(いい景色だねぇ。思えばここまでゆっくりするのは久しぶりだな)

 

などと考えながら置いてある団子を一つ、口の中に放り込む。そして完全に食べ終えると、いつもの酒ーー『奈落落とし』が入った盃を飲み干した。

 

「『花より団子』とは言ったものだな。ま、もっとも俺は『団子より酒』なんだが」

 

そう酒の旨みに酔いしれていると、美夜がこちらに向かってきた。彼女は何か言いたげな表情をしているが、それだけでは楼夢に伝わらなかった。

 

「……どうした美夜?なんかあったのか?」

 

 

「……dhusjdfhkvawkodeuidsari」

 

「……はっ?」

 

美夜の言葉をうまく聞き取ることができず、楼夢は混乱する。それに気づいた美夜が、ジェスチャーで楼夢のとなりに置いてある演算装置を指さした。

 

(あ、なるほど)

 

楼夢は急いで演算装置を頭につける。そしてもう一度耳をすました。

 

「もしもし、ちゃんと聞こえてる?どうやら紫さんが来たみたい」

 

そんな声が、頭の中に響く。どうやら今度は聞き取れたようだ。

 

今のように、楼夢の脳は演算装置をつけないと音を聞き取ることすら難しくなる。最初ベッドから起きたときに何も起こらなかったのはどうやら狂夢が何らかの術式を発動させていたおかげのようだ。だがもちろんそんな術をいつまでも持続出来るわけがない。そんなこんなでできたのが、今楼夢がつけているヘッドホン型演算装置だ。

これの動力は基本的に妖力と、少しの電力だ。通常モードだったら妖力だけで十分なのだが、戦闘モードに切り替えると大量の装置内の妖力と電力を使用してしまうのだ。

 

『日常生活するんだったら充電はいらねえ。だが、もし戦闘になったんだったら、それはもって十分だ。一応時間を過ぎた時のためにスペアの妖力があるから動けなくなることはないが、戦闘続行は不可能と思え』

 

かつて言われた、装置の注意事項を楼夢は思い出しながら、返事を返した。

 

「……紫?ああ、そういえば神社が完成してから一度も会ってないな」

 

そして起き上がると、近くに置いてある杖を左手で握る。そして、外へと向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

楼夢が境内にたどり着いた頃には、紫は清音と舞花とガールズトークをしていた。それを邪魔するのに楼夢は心の中で軽く謝罪すると、紫たちに声をかける。

 

「おーい、来たぞ。んで何してるんだ?」

 

改めてそうたずねる。紫は何やら外国語で書かれている本を抱えており、そのページをめくっては舞花たちになにか聞いているようだった。

 

「あ、ちょうどよかったですお父さん。実はこの本の内容を知りたいんですが、読めますか?」

 

そういい例の本を渡される。それのページをめくると、どうやら英語で書かれているようだった。

 

「どうお父さん?なにかわかりましたか?」

「舞花、この本はどこともわからない国の言語で書かれてるのよ。いくら楼夢でも、これを通訳することなんか......」

「いや、一応読めるぞ」

 

その言葉に紫は驚愕の表情を表する。当たり前だが、今のこの時代じゃ英語なんて日本では使われていない。ゆえにこの国には英語を読める人というのは大変貴重なのだった。

そんなことを知らずに、ペラペラとページをめくる。前世での一流大学で英語の評価がカンスト越えをしていた楼夢にとって、このくらいは楽勝であった。

 

「どうやらこれは西洋の大陸の妖怪の情報をまとめたものみたいだ。いわゆる『妖怪大百科』的な感じのものだな」

「へ、へぇ......あなたがなぜ読めたのかは置いといて、例えばなにがいるの?」

 

私、気になりますという感じに楼夢の顔をのぞき込む。楼夢は、本をペラペラとめくった。

 

「うーん、例えば『ゾンビ』。こいつは人間の死者の肉体が妖怪化したものらしい。腐った体は痛みに鈍くなっていて、攻撃してもひるまないようだ。他にも、噛んだ人間を自分と同じゾンビにする、とか色々な能力があるみたいだ」

「......いきなり強力ですね。それってある意味不死身なんじゃないですか?」

 

そんなのがいたら洒落にならないと、舞花はひきつった顔で言う。だがもちろんゾンビには欠点とも言うべき弱点があった。

 

「いや、どうやらこいつは日光に当たると灰になって消えるみたいだ。つまり、活動できるのは夜だけみたいだな」

「な、なんだ......もしこの大陸に攻め込んできたらと考えていたのが無駄だったようね」

「ちなみに、強さも一匹あたり中級下位から中級中位までしかないようだ。だが、とにかく大勢で集まっているらしい」

 

ゾンビは一匹の強さなら先ほど言った通りの力しかないが、高確率で仲間と一緒にいるようだ。街に攻め込んできたときは百、酷ければ千単位のゾンビが集まってくるそうで、あちらの大陸では『一匹見かけたら三十はいると思え』と言われている。というかそれはGの対処法だ。

 

「ふーむ、じゃあこれは何かしら?」

 

そう言い紫は鋭い牙を持った人型の妖怪の絵を指さす。

 

「こいつは......吸血鬼だな。数は他と比べて少ないが、天狗に匹敵するスピードと、鬼に匹敵する力をそなえているらしい。さらには妖力と魔力も高く、弱くて上級中位、過去一番強力な個体は大妖怪最上位になるみたいだ。まあ、西洋では最も大妖怪にたどり着きやすい種族の一つみたいだ」

「......天狗と鬼って......それはちょっと反則じゃないかしら?」

 

紫はその情報を聞くと、かなり真剣な表情でそう呟く。楼夢としては紫も十分反則なのでは、と思っていたのだが、それは心の奥にしまっておこう。

 

「......まあどうせこいつらが攻めてきても最悪この大陸は落ちないだろうが。なんせここには伝説の大妖怪が三人揃っているからな」

 

大妖怪最上位と伝説の大妖怪では実力が天と地程も違う。それこそ大妖怪最上位が百匹いようが、伝説の大妖怪はそれを一人で片付けられる。

いわゆる、チートというやつであった。しかもそれが二人、楼夢を合わせて三人となると、世界中の神々と妖怪が手を組まない限り滅びることはないだろう。

 

「それに、吸血鬼はゾンビ同様日光に弱い。さらに水に触れると力が入らなくなり、銀に触れると肌が火傷のように晴れ上がる。さらに言えば十字架を見るだけで数秒間失明し、にんにくの匂いをかぐと頭に頭痛がはしるようだ。つまり、吸血鬼は強力で、欠点だらけの妖怪とも言える」

 

楼夢はきっぱりと断言した。実際、吸血鬼は弱点が多く、対策さえしっかりしていれば街一つ分の人間たちでもなんとか勝てる相手だ。

その分、この大陸の妖怪は弱者は弱者、強者は強者ときっぱり分かれていて種族的な弱者を持っている種族はあまりいない。

要するに、西洋と東方の妖怪の違いは、強い力を持つものが多いが弱点も多い西洋と、強者になれるのは一部の種族や個体だがその分安定している東方、ということだ。

この二つの大陸がぶつかればどちらが勝つかというと、どちらかと言えば東方に軍配が上がるだろう。

なぜならこちらには【境界を操る程度の能力】を持つ紫がいるのだ。朝と夜の境界を操れば日光が地に満ち、土と金属の境界を操れば地面全てを銀に変えることもできる。つまり、どんな相手でも的確に弱点を突ける、ということだ。

 

まるでドラ●エ9の魔法戦士のようだ、と楼夢は思う。なのであまり西洋の敵を警戒しなくてもいい。だがもし攻めてきた時のために日本語通訳版を作ってあげよう。

楼夢はそんなことを考えると、パタンと本を閉じ紫の方へ向く。

 

「とりあえずこいつは預かっていいか?代わりに読み終わったら通訳版を作ってやるから」

「うんわかった!それじゃあ本楽しみにしてるわよ!」

 

そういい終えると紫はすぐにスキマを開き、行ってしまった。

辺りに俺と舞花だけが取り残される。舞花もこの本の通訳版を読みたいようで、目をキラキラ輝かせていた。

 

「はぁ、これは今日は徹夜になりそうだな」

 

吐き出すため息と共に、楼夢の口からそんな言葉が溢れるのであった。

 

 

 

Next phantasm......。



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幼狐たちの成長


腕試し。力がついたらやりたくなるもの

勝てば大吉、負けても大吉

さあ、いざ尋常に


by白咲清音、白咲舞花、白咲美夜 (上から順)


 

「準備はいい、お父さん?」

「おう、大丈夫だ」

 

ヒュルルッ、とバトル漫画のように風が吹く。

 

現在、楼夢は境内の中で美夜、清音、舞花と対峙していた。

彼女たちはそれぞれ長刀、短刀、お払い棒を構えており、楼夢の動作一つ一つに注目していた。

 

今思えば、随分と大きくなったものだ。

 

それを嬉しく思いながら、内心微笑む。彼女たちの体はすでに一般の女子高校生ほど成長しており、女性特有の色気を漂わせていた。

 

ちなみに胸の大きさは、順番に

 

 

清音>美夜>>>>>>舞花

 

 

というようになっていた。

......舞花から黒いオーラが溢れた気がするが、気のせいだと信じたい。

 

鞘から愛刀『舞姫』をゆっくりと引き抜く。久しぶりに持ったせいなのか、脳から信号がうまく伝わっていない知らないが、刀がやたらと重く感じられた。

おそらくは後者だろう、と推測つける。

 

そしてーー頭のヘッドホンのスイッチをつけた。

 

次の瞬間、装置に描かれた桃色のラインが瑠璃色に変わった。

そして、体の奥底から力が溢れた。否、これは彼の持っていた妖力の()()が体に戻っただけなのだ。

 

思考が一気にクリアになる。

大量の情報が頭に流れ込む。

 

そして、目に映る世界が変わった。

 

(距離約十五メートル以下。三人で一列になっているが、美夜と清音は俺と接近戦するため数センチ前に、舞花は後ろで術を撃つためにこちらも数センチ後ろにいる。つまり最初に突っ込んでくるのはーーーー)

 

その時、美夜が俺の前に飛び出してきた。ワンテンポ遅れて清音はそれに続いた。

 

「やっぱり、先手は美夜か」

 

目に追えない速度の斬撃を、クッションのように柔らかく刀で受ける。そしてゴムのように美夜ごと刀を吹き飛ばした。

 

その後ろから現れたのは清音であった。炎を刀に纏わせ、なぎ払うように振るった。

 

灼熱の炎が楼夢に襲いかかる。だが危なげなくその攻撃は結界によって弾かれてしまった。

 

「喰らえ!」

 

美夜が手の平をこちらに向けた。

突如、楼夢に向かって竜巻が現れ、全てを切り裂かんとばかりに進む。

 

これが、美夜の能力『天候を操る程度の能力』だ。

これは文字通り全ての天候を操ることが出来る能力であった。

名付けるなら......『天候支配神(テンペストマスター)』。まさにチートという物であった。

 

「だけど......甘い」

 

その言葉と共に、竜巻が突如切り裂かれた。

 

「......なっ!?」

「オラァッ!!もういっちょいくぞ!」

 

今までのストレスを発散するかの如く荒々しく、刀を振るう。それを防ぐが、あまりの勢いに後ろに数歩後ずさりした。

だがその隙に、後ろで何かが光った。

 

「破道の三十三『蒼火墜』」

 

舞花が放った青白い炎が、楼夢に飛びかかった。荒々しい動作が無駄になり、刀での防御は間に合わない。

 

「ちぃ、狐火ぃ!!」

 

妖狐なら誰もが使える基礎妖術、狐火。だが楼夢が使えばその威力は通常の数十倍以上に跳ね上がる。

 

凄まじい爆音が、辺りに響きわたる。爆風によって、青白い炎ごと美夜は後ろに吹き飛ばされた。

 

すぐさま受け身を取り、美夜は体制を整えた。見れば清音も一旦下がっていた。

 

「はあ、はあ......ちょっと強すぎない、お父さん」

「けほっ、けほっ......だけど本当に化け物なのは......」

「ええ、妖力を先ほどの狐火以外、いっさい使用していないことです」

 

そう、楼夢はこの戦いで妖力を使っていなかった。

 

現在の彼女たちはそれぞれ体に妖力を流し、身体能力を強化していた。だが楼夢はそれさえもしていない。

元々妖狐族は妖術を得意とした種族で、身体能力は鍛え上げられた人間の兵士を少し上回るほどしかない。なので戦闘時は身体能力強化は必須となる。

 

ではどうやってその圧倒的な身体能力を刀一本で押さえつけたのか。

 

技術である。

楼夢は自分に攻撃が当たるその一瞬で速度、威力、角度を計算し、受け流せる全ての威力を殺していたのだ。

もちろんこんなこと、星と星の距離を一瞬で求められる脳と、数多の敵を倒してきた技術がある楼夢にしかできない。

 

妖力が単に多いから最強と言うのではない。技術、知能、力、全て揃った総合力の化物を人は最強と呼ぶのだ。

 

「離れてばっかじゃ俺には勝てねえぞ。狐火!」

 

再び狐火を放ち美夜たちを射撃する。

だが舞花が二人の前に飛び出し氷の結界ーー『氷結界』を張った。だが氷と炎では分が悪く、ジリジリと結界が溶けだす。

 

「美夜お姉さん!」

「任せて!『雨よ降れ』」

 

その言霊が発せられると同時に美夜の能力でかなり激しい雨が降り始める。だが楼夢が創り出した狐火は大して勢いを消しておらず、そのまま結界をとかし続けた。

 

だが次の瞬間、降り注ぐ雨が突如()()()

 

良く見れば氷の結界も先ほどよりも大きくなっており、楼夢の狐火を打ち消した。

 

普通に考えればありえない状況。だがそれを可能をしたのは、舞花の能力であった。

 

『気温を操る程度の能力』。

自分が定めた面積のフィールドの気温を意のままに操る強力な能力だ。

先ほども舞花と楼夢の周りの気温を低くすることで降り注ぐ雨を凍らせ、結界の補強をしたわけだ。

 

そのことに楼夢が気づいた時には、遅かった。

 

「よそ見していると、痛い目見ますよ!」

 

空から凄まじい速度で氷の針が楼夢に向かって降り注いだ。

 

刀に狐火を纏わせ、超人的な動体視力で降る雨の一つ一つを切り裂く。しまいには、巨大な狐火を空に放つことで雨雲ごと水の粒を消し飛ばした。

 

凄まじい爆発音が鳴り響く。

なるほど、コンビネーションはとてもいいみたいだ。それぞれ得意と苦手を活かして、チームを支えている。チームワークだけなら満点だ。

だがーーーー

 

「まだまだだな。右手に『ヒャダイン』、左手に『メラミ』ーーーー」

 

刀を納め、両腕を広げる。すると右手に氷、左手に炎が集まり出した。

そして胸の前で両手を合わせた。すると両手の中から刺すような光が溢れ出た。

 

「ーーーー二つ合わせて『メヒャド』」

 

両手を突き出し、それを解き放つ。すると光がまるでスパークしたかのように輝き、一直線に駆け抜ける。

 

雷とほぼ同速のそれは目で捉えてからでは遅かった。一番先頭に立っていた美夜に直撃し、炎と氷の融合エネルギーが爆発した。

 

「がはっ!?」

「舞花!私が時間を稼ぐからその間に姉さんを!」

「......分かった」

 

地面に倒れ込む美夜に、舞花は治療術を発動させる。と同時に清音が楼夢に突っ込んできた。

 

炎の刃が放たれ、しかしそれは届かず受け止められる。

 

「どうした?いくらやってもそれじゃあ俺には届かねえぞ」

「確かに。でも()()ならどうかな?」

 

清音は軽くバックステップすると、左手に妖力を集中させる。すると炎が刀の形となり、手の中に現れた。

 

「いくよ!」

 

地面を蹴り加速すると、二本の刀で様々な方向に切りつけた。腕、足、胴体、首、と狙いを定めるが、しかし当たらない。それでも続ける。そして、変化が訪れた。

 

「ハアッ!」

 

何十回目かの斬撃が楼夢を襲う。多少期待はずれと思いながら、刀でそれを受け止めた。

 

ーー直後、爆発が楼夢を襲った。

 

「なっ!?」

 

爆風によって吹き飛ばされ、後ろに数メートル後退する。そこで目にしたのは、清音が妖力の炎で創り出した刀を、槍投げのように構えている姿だった。

 

一直線に、刀が投擲される。それは赤の槍と化し、楼夢を貫かんと迫った。

 

「ちぃ、面倒くさ......ガアッ!!」

 

それを斜めに真っ二つに切り裂く。その時、再び炎の槍が爆発した。

 

先ほど清音が創り出した炎の刀の精度を見抜き、理解していた楼夢は困惑した。

 

(なんだと!?あの密度の炎では切られた瞬間に爆発するなんてありえない!......まさか)

 

「お父さんが想像している通り、私の能力は『空気を操る程度の能力』。今回私はこの辺りの空気に含まれている酸素を増やすことで、炎の威力を強化したの」

 

炎は酸素がなければ燃えない。これは小学生でもわかることだ。

清音は、大気内に含まれる酸素の割合を増やすことで、炎の火力を上げることに成功したのだ。

 

「だけどそれはこっちの狐火も同じ......」

「それより、こっちばっか見てていいの?」

「何......しまった!」

 

気づいた時には遅かった。地面から伸びてきた光の鎖が楼夢を束縛し、その上に六本の光の棒が固定するように突き刺さる。

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』、縛道の六十一『六杖光牢』」

 

清音の後ろを見れば、ふらふらになりながらも美夜が楼夢に向けて鬼道を放っていた。

 

千載一遇のチャンス。その機会を、三人は逃さなかった。

 

「「「『森羅万象斬』!!」」」

 

赤、黄、青の巨大な斬撃が同時に放たれた。その先にあるのは縛られた楼夢の体。

三つの斬撃が、真っ直ぐに標的に向かう。

 

そんな中で、楼夢は特に慌てた様子もなく、ただ見つめていた。そして、一言。

 

「そろそろ本気を出すか」

 

瞬間、全ての斬撃が突如現れた透明な壁に弾かれ、消滅した。

 

「縛道の八十一『断空』。お前たちの攻撃は俺には届かない」

 

次に、縛っていた鎖がガラスのように粉々になり、消滅した。

その圧倒的な力に、三人は驚愕する。そしてすぐに次の運命を悟った。

 

「でもまあ、娘たちの成長が見れたいい試合だった。終わりだ、『夢空万象刃』」

 

最後に見えたのは膨大な妖力で形作られた桃色の刃。それが、彼女たちに振り下ろされる瞬間だった。

 

 

 

 

Next phantasm......。

 



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巫女の襲来


三つ目の鏡に火が灯った

……そんな気がした


by白咲楼夢


 

白咲神社の境内の中。そこには四つの人影があった。その内三つは地面に倒れふしており、もう一つはそれらの容態を観察しながら立っていた。

 

「ふむ。一人一人がやっと大妖怪クラスまで上がったか。三人合わせると大妖怪最上位でも苦労するだろうな。ーーーーんで、そこにいるやつ、いつまでこっちを見てるんだ?」

 

そう問うと楼夢はくるりと後ろを振り返り、近くの木に斬撃を放った。

切られて数秒後に、空間がズレたかのように木が倒れる。そしてそこから、一般的な白と赤の巫女服を着た黒髪の女性が飛び出してきた。

 

「......いきなり切りかかるとは、随分なもてなしだな」

「あいにくと俺はこちらを観察している小動物をもてなすほど、人格が出来てなくてな。ま、潰れたら所詮そこまでの存在ってわけだ」

 

黒髪の女性は楼夢を嘲笑するが、軽く流し『小動物』という言葉を強調しながら煽った。

 

女性はその言葉が頭にきたのか、キッと睨むと腰につけてあった刀を構えた。

 

「調子に乗るなよ妖怪。神聖な神社を汚した罪、貴様の死を持って償ってもらおう。私の名は博麗(はくれい)楼夢(ろうむ)!博麗双子の巫女の長女だ!」

「おー奇遇だね。俺も楼夢って言うんだ。白咲楼夢、世間じゃ『産霊桃神美(ムスヒノトガミ)』とか言われてる縁結びの神様だ」

 

『楼夢』という同じ名前に少し驚いて、楼夢は自己紹介する。

どうやら彼女は、楼夢たちをこの神社を荒らしていた妖怪として勘違いしているようだった。なので楼夢は自分の正体を明かしたのだが

 

「はっ、貴様が神だと?笑わせる。貴様ごとき、この私が退治してくれる!」

 

刀を引き抜き、戦闘体制に構える博麗ちゃん(同じ名前なので名字)。だが彼女は先ほどの戦いを見ているので、一応楼夢が自分より上ということはわかっているらしい。だが相手の力量を理解した上で、彼女の目は何か自信に満ちていた。

 

だがそれでも、彼女は勘違いしている。楼夢はただの神ではなく、八百万の神最強、妖怪最強の名を持つ男なのだ。

 

「ハァッ!!」

 

博麗は刀を楼夢に向けて振り下ろす。常人では捉えられない速度の斬撃。だが楼夢にとってはちょっと野球が上手い子供がストレートを投げたくらいにしか感じなかった。

 

「よっと」

 

楼夢は親指と人差し指で刃をつまみ、博麗の攻撃を止めた。すぐに引き抜こうにも、楼夢がきっちり掴んでいてガチャガチャと音を立てるだけだった。

 

楼夢は博麗と目を合わせると、ニヒルに口元を三日月に歪めた。

 

ーーさあ、蹂躙を始めよう......。

 

「ぐぼがァッ!!」

 

まず邪魔だったので右足のつま先で博麗の腹を蹴り上げた。それはクリーンヒットし、博麗の一瞬意識を落としながら空中で一回転させた。

 

博麗はすぐに意識を取り戻すと、受け身を取って地面に着地する。と、同時に数枚の霊力の込もった御札を投げつけた。

 

だがそれは楼夢が常時放っている濃い妖力によって近づくだけで灰になった。

 

博麗の驚愕した顔が手に取るようにわかる。ここで彼女は気づいただろう。確かに博麗楼夢は大妖怪と互角に戦えるほど強い。だが目の前にいるのはその最も強い大妖怪ーー『大妖怪最上位』が百人束になっても勝てない、数十億いる妖怪の頂点ーー『伝説の大妖怪』だということに。

 

「だ、だったらこれなら!」

 

体に霊力を流して強化し、そのまま楼夢に突っ込む。

強大な力を持つ者こそ、最も溺れ、技術を磨かないでいやすい。その言葉を信じて、博麗は純粋な刀術勝負に持ち込もうとした。そしてそれは、楼夢との戦いの中で最もしてはいけないことだった。

 

何度も、何度も、何度も、別々の速度で別々の角度で別々の攻撃をしかける。

 

だが、通用しない。

 

全ての斬撃が、まるで刀に磁石が仕込まれているかのように楼夢の刀に吸い込まれ、防御される。

 

「神霊『夢想封印』!!」

 

刀術の距離で自分の博麗の秘術ーー『夢想封印』を放つ。七つのカラフルな巨大な霊力の玉が楼夢を襲った。

 

だが、通用しない。

 

当たる寸前で、それらは全て綺麗に二つに分かれ、光となって消え去った。

 

「く、くそぉ........っ!!」

「破道の四『白雷』」

 

博麗の肩近くに、指を押し付ける。

 

そしてそこからレーザー状の雷撃が放たれ、博麗の体を()()した。

 

「ご、ごほっ........!?」

 

そのあまりの激痛に、その場に崩れ落ちた。

だが、楼夢はその時博麗の瞳にまだまだ光が灯っていることに気づいた。

 

「神霊斬『夢想斬舞』!!」

 

最後の抵抗、とばかりに博麗は虹色に染まった刀身を楼夢に振りかざした。

 

七色の七連撃が凄まじい光と共に放たれた。

 

「楼華閃『氷結乱舞』」

 

だが、そんな美しい斬撃は、冷たい風と共に凍りついた。

一撃目、二撃目、三撃目と、辺りに明るいカラフルな光が放たれる。だがそれは同じタイミングで冷たい光と衝突し、相殺され、ダイヤモンドダストとなって消え去った。

 

「ァァァアアアアアアッ!!!」

 

最後の一撃。それに文字通り全身全霊をかけて、博麗は目の前の悪魔に斬撃を放った。だが一際大きい冷たい光が真上を通り過ぎ........()()()()()()()()()()()()

 

「........ぁ、ぁああぁ........っ!?」

 

小さな口から漏れたのは、絶望の声だった。

カラン、と切られた刃が宙に舞い、地面に落ちた。

それと同時に、博麗は力無く地面に膝から崩れ落ちた。

数多の戦いを共に乗り越えた愛刀の刃が、ダイヤモンドダストになりキラキラと博麗の前を通り過ぎた。

 

そして楼夢はーーーー冷たい瞳で、言い放った。

 

「あばよ、侵入者」

 

その声と共に、冷たい温度の刃が振り下ろされた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

白咲神社内の寝室、そこでは四つの布団がしいてあった。そこに横たわっているのは、美夜、清音、舞花、そしてーーーー博麗楼夢であった。

 

彼女の体は鈍器で殴られたかのように青く腫れており、楼夢がつけたはずの刃の切り傷はどこにもなかった。

 

楼夢は最後の止めの時、あえて刃の腹の部分で博麗を切っていたのだ。言うならみね打ちというやつである。

 

(博麗楼夢........か)

 

楼夢が彼女を生かしたのは別に情が沸いたからという訳ではない。

知ってる通り、白咲楼夢は元人間で当時の白咲神社に仕える巫女であった。いや、そもそも楼夢という名は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『白塗の巫女』。それは白咲神社において最高の階級であると共に、最強の剣士を意味する称号でもあった。そして当時なったものには『楼夢』という名が与えられるのが掟であった。

そう、彼は『白塗の巫女』になった時に『楼夢』という名を与えられたのだ。そして彼は『初代白塗の巫女』と呼ばれたが、実際は記録に載っていないだけで自分は『二代目』ということに気づいていた。

 

そう、歴史の中で、白咲楼夢は()()()()のである。そしてついさっき戦った少女ーー博麗楼夢。ここまで情報があれば、何かピンと来ないはずが無い。

 

「........考え過ぎ........かな」

 

あくまで推測にしか過ぎない。だがありえる話だ。だが今日ここでどうしようが展開は変わらない。なので今日のところは諦め、部屋を出ようとしたその時

 

「ぐっ........うぅんぅ........?」

 

博麗の目が唐突に覚めた。彼女は辺りをキョロキョロ見ると、楼夢を発見し警戒する。

 

「ここは........どこだ?」

「俺の神社の中だよ。ったく、ずいぶんと嫌われちまったようだな」

 

軽く舌打ちすると、博麗の布団の前に座り込みくつろぐ。

 

「........なぜ私を助けた?」

「別に。ただお前に少し興味があっただけだ。それよりも何か俺に言うことがあるんじゃねえか?」

「........助けてくれて、ありがとう」

 

疑問を出した博麗に、疑問で楼夢は返した。その目はいつものような明るい光ではなく、死を連想させる冷たい光を宿していた。

 

だが、お礼を言われた瞬間、楼夢の表情は一変した。

 

「うんうんそれでいい。最低限の礼儀はできてるんじゃん。よしよし照れちゃって」

 

さらさらとした美しい黒髪を、楼夢は明るい表情に変わると同時に撫でだした。

 

突然のことでしばらく博麗は固まってしまった。だが落ち着いて整理すると、目の前の大妖怪兼神様に頭を撫でられているのに気づいた。

すぐに振り払おうとするが、その気持ちはメチャクチャ上手い、気持ちいい撫でられ方をされて消し飛んだ。

 

そうこうすること十分。楼夢はまだ博麗の頭を撫でながら聞いた。

 

「そう言えばお前これからどうすんだ?」

 

その言葉に、博麗は少し答えたくないと言う表情をする。

元々、彼女がここに来た理由は旅で運悪く食料問題を起こしていた時にこの神社を見つけたのが事の始まりだった。何か食べ物をもらおうと境内に入ろうとして、楼夢と美夜たちが戦っているところを見てしまった。この後は存知の通り、神社を荒らしている妖怪を退治して食料をもらおうと戦い、一方的にやられて今に至る。

 

この話を聞いた時、楼夢は非常に微妙な表情になった。話を聞く限り、目的地もなく全国をさまようつもりだったらしい。なんでも最強の剣士になりたいんだとか。

その気持ち、分からなくもないが事前準備はちゃんとしておけと楼夢は心の中で突っ込んだ。

 

その時、楼夢に一つのアイデアが浮かんだ。

 

「なあ、もし行くとこないんだったらここで巫女でもしないか?俺は剣術に関しては世界一と自負しているし、お前の望む力が手に入るかもよ?」

「........なぜ私なんだ?聞けばお前の娘たちもこの神社で巫女のようなことをしているのだろう?」

「美夜たちは巫女であっても妖怪だからね。しかも最近じゃ彼女たちにも信仰が溜まって神格化しつつあるからね。ということで俺は人間の巫女であるお前が欲しい」

「........分かった」

 

楼夢は三日月のように口を歪めながら博麗を勧誘した。しばらく沈黙が訪れたが、彼女はやがてゆっくりと楼夢に頷く。

 

「お前........いや貴方様の剣術の実力は私よりも遥かに高い。ここで修行すればさらに私は強くなりそうだ」

「........ふふ、それでいい人間、いや博麗。下手に信仰するよりも、欲望を追い求めていた方が俺も信じられるんでね。まあこれから気楽に楼夢様と........そういや俺ら同じ名前だったな」

「だったら........『トガミ様』と呼んでいいだろうか?」

 

けらけらと自分と彼女の名が同じということに笑う。そんな彼を見て、博麗は楼夢の神名である『産霊桃神美(ムスヒノトガミ)』から取って『トガミ様』という呼び名を楼夢に提案した。

 

「んじゃそれでいいや。それじゃあ今後もよろしくね、博麗」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

楼夢が手を差し出し、それを博麗は握る。そして握手をした。

 

 

こうして、白咲神社に新たな巫女、博麗楼夢が加わった。





~~今日の狂夢様~~

「投稿送れてすいません!ちょっとリアルが忙しくて更新できませんでした!作者です」

「もう卒業式のシーズン。そんなことよりゲーセン行きたい。ドラゴンクエストモンスターズジョーカー3プロフェッショナル略してDQMJ3Pを愛するこの男!狂夢だ」


「ちなみに何が忙しかったんだ?」

「ほらこのシーズンってDQMJ3Pが発売されたしモンハンXXも出たじゃないですか。それを進めるのが忙しくて........」

「とりあえず死ね」

「ひ、酷い!まあそれもありますが作者ぶっちゃけ後数日で引っ越すんですよ。どことは言いませんが」

「それでまた小説の更新が遅れると?」

正解(エサクタ)!というわけでこの小説を楽しみにしている方にはすいませんが、引越し後は一ヶ月は更新できないと思います」

「まあこのクソ小説を楽しみにしているやつなんざいないだろうが」

「こ、心にくるなぁ........。というわけで、次回もキュルッと見に来てね!!」



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妖怪が初めて月に降り立った日


月をも貫く俺の刃

恐れおののけ 喚き叫べ

あいつを泣かすやつは、絶対に許さねえ


by白咲楼夢


 

博麗が白咲神社の巫女になってから数ヶ月がたった。

楼夢が押し付けた彼女の仕事は主に境内、そして神社内の掃除。その他に買い物や料理などなど、一般的な家事だった。

それが終わった後は、楼夢はご褒美に彼女の剣術の修行に付き合ってあげていた。元々彼女は剣士として一流で、さらに楼夢の指導が加わったおかげでメキメキと実力をつけている。このままだと後五年ほどで楼夢に匹敵しそうなほどのペースだ。

 

神社内、博麗の今日の修行に付き合っていた楼夢は現在自室でくつろいでいた。

 

「さてと、ちょっと運動したら小腹が減ったな。ここいらでおやつにするか」

 

楼夢もそう言うと立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

だがその時、突如ドアが開いた。

出てきたのは博麗であった。何か用事があるのだろうか、部屋に入るなり楼夢を見つめる。

 

「どうした博麗?」

「......境内に烏天狗が一匹隠れていたので、生け捕りにした。何やら必死にトガミ様に用事があるとか言っているが、どうする?」

 

楼夢は察するに、この神社に彼の友人ーー射命丸文が来たようだ。楼夢と親しい烏天狗は他に天魔しかいないので、もし用事があるのなら文をこちらに遣わせるだろう。

 

「分かった、すぐ行く」

 

短い返事をすると、楼夢は部屋を出て廊下を歩き出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「んで、なんのようだ」

 

ちゃぶ台に置いてある団子をつまみながら、楼夢は自分の真正面にいる存在に問う。

 

「......ええ、ちょっと面倒なことが起きたわ」

 

自分と対峙している烏天狗ーー射命丸文はそう答えた。

 

「おいおい、もし妖怪の山の問題なら引き受けないぞ。一々んなもんやってたらキリないしな」

「いいえ、一応あなたにも関係ある話よ」

「へぇ......ーーそれはどんな?」

 

グビリと酒を飲み干すと、表情を真剣なものに変え文を見る。

 

辺りにピリピリとした雰囲気が漂う。以前あらかじめ妖怪の山に関与する気はないと宣言したが、それをしても文を送り込んで来たのだ。十中八九面倒ごとであろう。

 

文はしばらく沈黙すると、やがて口を開いた。

 

 

「......紫さんが......八雲紫が捕まったわ」

 

その予想を斜め上に行く答えに、楼夢の思考がしばらく停止した。だが十秒ほど経つと、その言葉の意味を理解した。

 

馬鹿な。紫はあれでも地球上では圧倒的な強者の大妖怪最上位。さらには『境界を操る程度の能力』というチートな能力を持っている。そんな彼女が捕まるなど、よほどのことが起きたに違いない。

 

そう頭の中で整理すると、怒りの炎を瞳に宿しながら文に問う。

 

「どこぞの誰が紫を捕らえたんだ。俺には到底及ばないにしろ、あいつはかなり強い。それを捕らえられるほどの組織になんざ、心当たりはないんだが」

「ええ、そりゃそうでしょうね。なにせ相手は()にいるんだから」

「......今なんて?」

 

文から出たその言葉。それを楼夢は聞き返してしまう。

辺りの温度が急激に下がったような感覚に、文は襲われた。

 

「言ったとおり。相手は月人、月の人間たちの本拠地ーー『月の都』よ。紫さんはそこに囚われているわ」

 

なぜ紫が月について知っていたのか、なぜそこを攻めたのかなど、聞きたいことは色々あったが、文が簡単にまとめて話してくれた。

 

まず、紫は彼女の『理想郷』の発展のために優れた技術などを欲していた。

 

そこで目をつけたのが月の都であった。

以前昔都で有名だったかぐや姫の屋敷に月から来た人間が来たという話を聞いたことがある。聞けばそこは技術がこの星よりも進んでおり、何千もの兵士を百未満の兵士で圧倒したとか。

 

それほどの技術を取り込めば、理想郷の発展に繋がる、と紫は舞い上がっていた。月人たちを警戒していながらも、どこかで彼らを侮っていた。数で攻めれば勝てると思っていた。

 

それが、紫の失敗につながった。

 

紫は地上で数万もの妖怪を呼びかけ、共に湖に映る偽物の月と本物の月をつなぎ、月の都に攻めいった。

 

だが結果は惨敗。鉄の筒のようなものから放たれた青白い閃光によって、大半の妖怪が吹き飛ばされ体を貫かれ絶命した。

生き残った者たちも、他にも様々な月の兵器によって滅ぼされたらしい。

そして戦いで負けた紫は捕らえられ、今に至るという。

 

この情報はその時監視で混じっていた烏天狗が命からがら入手してきたものである。

 

永琳も輝夜もいないんだし、月の都を滅ぼしてもいいかな。

 

そんな邪悪な考えが頭を支配する。

情報をくれた文に礼を言うと、楼夢は立ち上がり刀を抜いた。

 

「な、何を?」

「決まってんだろ?紫を助けに行くんだよ」

「無茶よ!第一今の貴方は体さえ満足に動かせないじゃない!」

 

文の静止を無視し、庭に出る。そして夜空に浮かぶ満月を見つめた。

 

「......『スカーレット・テレスコープ』」

 

楼夢の左目が真紅に染まる。そして映る月の姿を最大限までズームし、月と現在地の距離を測った。

 

「......当着地点はあそこでいいか。それじゃ行ってくるぜ。あ、あと素敵なお賽銭箱はあっちだからちゃんと祈っとけよ。恋愛運が上がるぜ」

「ちゃっかり信仰得ようとすんじゃないわよ。いいわ、どうせ言っても聞かないだろうし」

「分かってるじゃん。それじゃあな」

 

頭にあるヘッドホンのスイッチを押す。するとそれに描かれた線が瑠璃色に輝き、楼夢に計算能力を取り戻させた。

 

「行くぜ。超次元『亜空切断』!」

 

何もない虚空に向かって、膨大な妖力の刃が切り裂いた。そして、切断された場所が黒くスパークすると同時に、紫のスキマにも似た、黒い空間の切れ目が現れた。

 

「能力も使用しないで空間と空間を切り裂き、繋げる。......本当に化物ね」

 

文の呟きが虚空に消える。確かに文はそのデタラメな技を見てびっくりしたが、本当に驚いたのは僅か数秒で現在地と月の表面の座標を正確に計算した頭脳だ。

もし文が未来の日本の技術を知れば、彼の頭にはスーパーコンピュータが埋め込まれているのでは、と思うだろう。

 

一つ、深呼吸した後、楼夢は漆黒に閉ざされた空間の切れ目の中に飛び込んだ。

 

全ては紫を助けるために。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そこは、銀色の世界だった。

空は夜のように闇に包まれ、星々が輝いていた。

 

生物すらいない銀色の死の世界。そこの土を、楼夢は踏みしめた。

 

すぐに『緋色の望遠鏡(スカーレット・テレスコープ)』を使う。

すると、何十キロも先に透明な結界で包まれた、巨大な空間があることに気づいた。

 

松葉杖を握ると、ある視線に気づく。

どうやら監視カメラか何かで監視されているようだった。

忌々しいと思い、右手の指を軽く鳴らした。

 

「『騒音妨害(レディオノイズ)』」

 

すると、今まで感じていた視線がピタッ、と消えた。

 

先ほど楼夢がやったことは、単純に言うなら電波妨害である。

調べてみたところ、この月には様々な電波が無数に飛び交っているらしい。それを、楼夢は能力を使い全ての電波の形をグチャグチャにしたのだ。

今頃こちらを見ていた者たちの画面にはザアァー、ザアァーと言う音と共に何も映っていないだろう。

おまけに楼夢はウイルスをぶち込んでいた。

この月に飛び交う電波の数は千を超える。その全てにウイルスを仕掛けたので、実に千個以上の機械が攻撃され、爆発しているだろう。

 

そのシーンを考えると、面白過ぎて笑いをこらえきれなかった。

 

演算装置の電源を切ると、杖を使いながら先ほどの結界のところまで歩いていった。

 

 

ーー待ってろよ、紫!

 

 



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最も怒らせてはいけないもの

更新遅れてすみません!!
携帯で何時も投稿してるんですが、最近新しいのを買って、それに慣れるのにかなりの時間を消費してしまいました!
次回からは一週間に一、二回は投稿するのでお許しください!
後、今回から三人称ではなく一人称で書きます。
前書きはここまでにして、では本編へ。


 

  目を覚ます。

  同時に意識が覚醒する。

  そして、目の前の白衣の男どもの顔を見て、ここがどこだか思い出す。

  ここは月の都。その奥の研究所に、私は囚われていた。

 

「よぉ、モルモットちゃん。ようやくお目覚めかい?」

「話しかけないでくれる?くさくて仕方ないんだけど」

 

  その言葉に気を悪くしたのか、男は私に向けて蹴りを放った。

  私は檻の中に入れられていたので直撃はしなかったが、衝撃で檻がガタガタ揺れる。

  男は鉄格子を掴むと、中で座り込んでいる私の目線までしゃがんだ。

 

「あんまり調子のんじゃねえぞ雌犬。テメエが以前なんて言われてたか知らねえが、ここに来れば等しく家畜だ。いいか、今からテメエの体に大量の薬品を投入する。中には一滴入れただけでぶっ壊れるもんもあるんだとか。まあ安心しろ、もしテメエが壊れても体の穴だけは使ってやんよ」

 

  キヒヒ、と下品に笑う(おとこ)

  その気色悪さに吐き気を覚えるが、豚が言っていることは事実だった。

  現に私はこうして妖力無効化の手錠を付けられ、ごみくずに等しい目の前の豚に見下されている。

  悔しい。

  自殺することもできない。

  ただただこいつらの玩具となって朽ちていくのが死ぬほど悔しい。

  いやだ、死にたくない。

  まだ夢も叶えていない。

  こんなところで終わりたくない。

 

  そんな私の心の中の抵抗も虚しく、豚は手に注射器を取り出し、それを私に向けて突き出した。

  だが、それが私の体に刺さることはなかった。

 

  突如、研究室の扉の前で大きな爆発が起こり、吹き飛ばされる。

  突然の出来事に私も研究者どもも静止した。

  その中で、一人の青年が歩いてきた。

 

「アハハハハハ!!ヘロー、ゴミ屑どもォ!そして死ね!」

 

  青年が持っていたロケットランチャーが発射され、室内で全員を巻き込んだ大爆発が起きた。

  しかし、私の目の前には透明な結界が張られていて、爆風を防いでいた。

 

「ひ、ヒィッ!?た、助け……」

「あ?なんでまだ豚が残ってんだ?まあいいとりあえず死ね」

 

  グチャッ、と命乞いをした先ほどの男が見えない何かに潰された。

  床にトマトケチャップをぶっかけたようなシミが残った。

  顔を上げる。

  そこには私が会いたかった人の顔。

  ずるい。

  こんなタイミングで登場するなんてずるい。

 

「よぉ紫。助けに来たぜ」

 

  最強の妖怪、白咲楼夢はそう私に微笑みかけた。

 

 

 ♦︎

 

 

  月の都。

  それは死が存在しないある者には楽園でもあり、またある者には地獄でもある。

  そんな都を囲っている巨大な結界。その前に俺はいた。

  この結界どうやら永林作らしく、超超高度な技術を束のように重ねて作られている。

  中でも驚いた機能は、月から発生する魔力をそのまま結界の原力に変える、というものだった。

  今の説明で分かった通り、月は魔力を発生させている。それもかなりの密度のを。

  この結界はそれを丸ごと吸い込んで、力に変えているのだ。

  うん、正直言って天才すぎるだろ。

  だが総合力では劣るが、術式の技術は俺が一枚上手だったようだ。

  月の魔力をエネルギーに変える機能。これを今回は利用させてもらおう。

 

  結界に触れる。

  そしてその中の魔力をストローで吸うように吸収し出した。

  吸い出した魔力は頭上で圧縮させ、近くに置いておく。

  そう、これが今回の作戦。名づけてストローチュウチュウ作戦だ!

  ……ヤベェ、死ぬほどダサイ。

  それは置いといてこれは作戦は結界内の魔力を全部吸い出して空っぽにしてしまおうという作戦だった。

  ガソリン無しで車は動かない。

  同じく魔力無しで魔法は発動しない。

  その原理を乗っ取って、魔力を失った結界は当然のごとく消え去る。

  そしてその吸い取った魔力で都市を攻撃する。

  いやー実にエコだ。

  偉いぞ、俺。

 

 そうこうしてる内に結界が消え去った。

  今がチャンスだ。

 

「さて、まずは初撃だ。簡単に滅んでくれるなよ?」

 

  圧縮してある巨大魔力玉を空に発射する。

  すると、天空から無数の流星群が月の都に降り注いだ。

 

「『星降りの夜』テメエらが笑っていられる、最後の夜だ」

 

  次々と、弾丸のように隕石が大地に打ち込まれてゆく。

 

「俺の逆鱗に触れた罪、死して贖いな」

 

  次の瞬間、月の都が地獄と化した。

  次々と降り注ぐ神からの贈り物。

  それによって吹き飛ぶ町々。

  大地はえぐれ、巨大なクレーターが数百個できた。

  もちろんその中にいた人々が無事なわけない。

  隕石に直接消し炭にされた者もいれば、吹き飛んだ建物の残骸によって潰された者もいる。

  そして流星群が止み終える頃には、犠牲者は三千万、月の都の総合の三割が消え去った。

  建物を合わせれば、もはや月の都は崩れかけの城にしか見えなかった。

 

  だがまだ終わらない。まだ終わらせない。

  紫を取り戻し、俺の気が晴れるまでこの悲劇は続くのだから。

 

「さあ、蹂躙を始めよう……」

 

  闇に覆われた月の空の下、俺はそう宣言した。

 

 

 ♦︎

 

 

  殺す殺す。

  目に映る全てを殺す。

  泣き叫んでも許さない。

  等しく殺し尽くす。

  やがて俺は研究所らしき所に到着する。

 

「南の心臓、北の瞳、西の指先、東の踵、風持ちて集い、雨払いて散れ

 ーー縛道の五十八『掴趾追雀(かくしついじゃく)』」

 

  地面に陣を描き、そこで鬼道を発動させる。

  さて、俺の予測じゃここにいるはずなんだが……。

  すると、地下から紫の妖力を感じられた。

 

「ビンゴ」

 

  研究所の門に向けて、巨大な火球を放った。

  次の瞬間、頑丈なはずの門がスーパーボールのように空にぶっ飛んだ。

  そして煙が消えるとともに道が現れる。

  同時に中からガ○ダムで出てくるようなガードロボが溢れ出るが、知ったこっちゃない。

  先ほど放った火球。あれを百個ほど同時に射出し、地下の入り口までの障害物を丸ごと吹っ飛ばす。

  空でバイバイキーンと言っているのは気のせいだろうか。

 

  地下のシェルターの入り口は、蓋のようになっていた。

  もちろんこの蓋も鉄なんかより遥かに硬い金属でできているようだが、いまさらそんなの関係ない。

  ありったけの妖力を腕に込める。そして車のドアをリュックサック感覚で投げとばすどこぞのベクトル少年も真っ青になるほど、豪快に蓋をこじ開け、投げとばした。

  気分はもちろん、あァ、楽しい!

  そんなこんなで地下への階段を、音もなく下る。

  地下は防音性に作られていたので、おそらくまだ俺が侵入したことすらきずいていないだろう。

  ならばここはばれずに忍び足で行くのが常識だろう。

  そんなことを言っていると、さっそく第一警備員(むらびと)発見!

  すぐさま後ろから這い寄って首を刈る。ちなみに死体は死んだと同時に時狭間の世界に送っておいたので、地面には血一つない。

  そこらへんはマナーを守っている。

  まあ不法侵入してる時点でマナーなんてないんだが。

 

  そうして進んでいると、いかにも重要なものがありますという雰囲気を出している扉を発見する。

  いや、他の扉はセキュリティが二個ぐらいに対してなんでここだけセキュリティが二十個以上あんだよ。こんなもん誰でも怪しがるわ。

  鍵穴からスカーレット•テレスコープを発動。中を覗き見る。

  すると紫が両手に手錠をかけられて檻に入れられていた。

  彼女は何やら目の前の研究者っぽい男と話していた。

  まあ狐の聴覚のおかげで丸聞こえなのだが。

  あ、アイツ紫を蹴りやがった。

  OK、豚野郎。テメエだけは絶対殺す。

  手のひらを扉に押しかけ妖術を発動。先ほど門をぶっ飛ばした火球ーー『大狐火』をゼロ距離で放った。

  ドゴォォォオォン!! という爆音が聞こえたかと思えば、扉がジェットエンジンを搭載したかのように研究者たちに突っ込んでいった。

  ざまあ。

  どうよ、敵ではなくドアに潰される気分は!?おそらく人生最大の屈辱だろうね。

 

「アハハハ!!ヘロー、ゴミ屑どもォ!そして死ね!」

 

  巫女袖から使い捨ての改造ロケットランチャーを取り出し、それを室内にぶち込んだ。

  紫に結界を張るのも忘れない。

  狂夢によって改造されたこの兵器は火薬だけでなく魔力や妖力などなど、様々な力で発動する爆発の術式が刻まれていた。

  そんな凶器を室内で使用するなど、正気の沙汰ではないのだが、まあどうせ無傷なのでいいだろう。

 

  ワンテンポ遅れて、弾が爆発した。

  辺りを覆い尽くす、血生臭い匂い。

  そんな中、先ほど紫を蹴った研究者が命乞いをした。

 

「ひ、ヒィッ⁉︎た、助け……」

「あ?なんでまだ豚が残ってんだ?まあいいとりあえず死ね」

 

  だがそんなものを受け入れるほど俺は優しくない。

  能力を発動し、圧縮した空気の塊で豚をぐちゃりと潰した。

  第一テメエは紫を傷つけただろうが。そんなやつが俺の前で生きて帰れると思うなよ。

 

「よぉ紫、助けに来たぜ」

 

  そう紫に微笑みかける。

  よかった。まだ実験はされていないようだ。

 

「楼夢、どうしてここに……」

「その話は後だ。今は脱出を最優先しろ」

 

  紫の疑問を遮り、天井を妖力のレーザーでぶち抜く。

  手錠などの拘束具を能力でバラバラにし、身動きを取れるようにする。

  だが紫は足をくじいていたのか、うまく立ち上がれないようだった。

 

「はあ、しょうがねえな。……おいしょっと」

「へ……、きゃあ!?」

 

  お姫様抱っこの要領で、紫を持ち上げる。

  すると彼女は小動物のような可愛い悲鳴を上げた。

  というより、案外軽いな。

  体も柔らかくモチモチしていて、抱き寄せた時の胸の感触なんかも……

 

「それ以上考えるとスキマから落とすわよっ!」

 

  おっと、案の定紫に怒られてしまった。

  普段女に性欲を感じない俺でも興奮してしまうとは、恐るべし紫の胸。

 

  茶番はそこまでにして、俺は紫を抱いたまま空を飛び天井から脱出した。

  そして黒い翼を生やすと、全速力で地球に帰れるポイントまで向かった。

  途中で紫が月の都の美しい(笑) 惨状にドン引きしていたが、気にしないったら気にしない。

 

  そこまでは順調だった。

  結界があった場所を抜けたところで、突如複数のレーザービームが俺たちを襲った。

  それら全てを翼で防ぎ、おなじみ大狐火百連発を反撃に放った。

  だがそれら全ては軍服のヘルメットを着た男たちに当たる前に突如消え去った。

  振り返り、状況を確認する。

  そこには、長刀(ものほしざお)を持った少女が、水のバリアを張っていた。

  あのバリア、まさか神力でできている!?

  だがそれを張っている少女自身は人間のようだし、わけ分からん。

  無視して突破しようとすると、進路を塞ぐようにレーザーが発射された。

  面倒くさいが地面に降りて、紫をそっと置く。

 

「やっと戦う気になったか、妖怪」

「正直邪魔なんだがね、人間以上神未満の中途半端君?」

「へえ、神力が分かるなんて、あなたただものじゃあないわね?」

「あーもう、そういうのどうでもいいから早く済ませてくんない?」

 

  俺の全く相手にしていない雰囲気に気を悪くしたのか、刀の刃を俺に構えた。

 

「……私も舐められたものね。私の名は綿月依姫(わたつきよりひめ)!この部隊の隊長だ!いざ尋常に……勝負!」

 

  青白く刃が光ったかと思うと、依姫はいきなり切りかかってきた。

  いや尋常にじゃねえよ!?こっちまだ刀すら抜いてないんだが!

  だがまあ音速の抜刀速度のおかげでなんなく初撃を受け止めた。

 

「私の初撃を受け止めるなんてね。それに免じて、本気を出してあげる」

 

  依姫はそう言うと、バックステップしたかと思うと地面にその刀を突き刺した。

  すると、俺の体を地面から突如突き出た複数の刃が拘束した。

 

「女神を閉じ込める、祇園様の力。少々呆気なかったわね」

 

  なるほど、この刃どうやら祇園の神本人の神力でできているらしい。

  そりゃあ自信があるわけだ。おそらくはほぼ全ての敵をこれだけで封じ込めれるだろう。

  だが相手が悪かった。

 

「ふんりゃ!」

 

 気の抜けた掛け声とともに拳を振るう。

 バリイィィィンという音とともに案外呆気なく刃は砕け散った。どうやら本人の神力と言っても術式は依姫がやっていることから、本物よりは精度が落ちるのだろう。

 

「なっ!?」

「女神は閉じ込めても、縁結びの神は閉じ込められなかったようだな」

 

  正確には俺は縁結びではなく時狭間の神なのだが、そこは気にしない。

  とりあえず、依姫の能力が分かった。

  彼女はおそらく例外を除いて八百万全ての神の力をその身に宿せるのだろう。

  これだけ聞くと強力そうだが、伝説の大妖怪クラスの敵にはゴミ能力でしかない。

  なぜなら、いくら様々な技が出せても所詮人間が操っているので、威力はたかが知れている。

  まあ逆に言えばそれ以外の敵なら最強クラスの能力なのだが。

  おそらく紫はこいつに負けたのであろう。彼女の忌々しいものを見るような目から、予想できた。

 

「くっ、愛宕様!我が身に宿り、邪悪なるものを浄化せよ!」

 

  今度は愛宕の神か。確か防火の神だったっけ?

  彼女の長い刀が神の炎を纏う。

  ならこっちも。

 

「『マヒャドブレイク』」

 

  愛刀に氷を纏わせ、同時に刃を振り下ろした。

  炎と氷が衝突する。

  だが急激な温度の変化に耐え切れず、刃が吹き飛んだ……依姫の刃が。

 

「愛宕様の、地上で最も熱い炎が……っ!?」

「一番じゃねえよ。二番目に熱い炎だ」

 

  温度の問題なら、愛宕なんかよりも火神の炎の方が上だ。

  あいつはその気になれば太陽を超える温度の炎を作れるからな。ていうかそれ食らって生きてた俺って一体……。

  とりあえず、依姫の無力化に成功したようだ。

 

「安心しろ。テメエは殺しはしない。そもそも八百万の神を降ろす力は珍しいからな」

 

  その言葉を最後に、俺は音速の速度で依姫に近づき、胴体に切りかかった。

 

  その時、ピーッ、という慣れない音が辺りに響いた。

  そして俺は突如体のバランスが保てなくなり、地面に転がった。

  腕に、体に力が入らない……!?

  そこで俺は気付いた。

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(時間……切れかよ……っ!?)

 

  かろうじて顔を上げる。

  そこには、落ち着きを取り戻した依姫が、俺を見下していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





〜〜『今日の狂夢様』〜〜

「どーも皆さん!お久しぶりです!引っ越したばかりで小説が投稿できなかった作者です!」

「ソロモンよ、私は帰ってきたァァァァア!!!空前絶後のォォォオ!!戻ってきたそう、この俺はァッ!!サンシャイィィィン!!きょ う むゥゥゥゥ!!!」


「長えよセリフが!?てかさらっと流行に乗るな!」

「チ、チ、チ。作者、こんな言葉を聞いたことがあるかい?『河童の川流れ』と」

「意味違えよ!?辞書引きなおしてこい!……っで、今回はなんですか?」

「いや、なんでこんな投稿期間空けたんだよ!?ただでさえ数少ないこのクソ小説の読者様が減っちまうだろうが!」

「いや、私は引っ越しが忙しくて……」

「ラノベ、先週と今週合わせて何冊買った?」

「……8冊です」

「暇人じゃねえか!第一引っ越しで見れなかったからって幼○戦記とか見てんじゃねえよ!モンハンもいつの間にかランク解放されてるし、普通に遊んでるだけじゃねえか!」

「……いや、まじホントすんません。とりあえずこれからも頑張って投稿していきたいと思いますので、皆さんも影ながら見守りください。それでは次回もーーーー」


「「キュルッと見に来てね/来いよ!!」」


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神様曰く萌えよロリコン


白の蹂躙撃の、始まりだァ


by白咲狂夢


  立ち上がろうとした俺の背中に、依姫の刃が食い込んだ。

 

「ぐがぁぁ!!」

 

  背中から噴水のように血があふれ出た。

  まずい。俺はゲームでいう攻撃力と素早さにステータスを極振りしたような存在だ。

  いくら素早くても、防御力はかなり低いのである。

  そんな俺が何十回も攻撃を受けていたら、間違いなくやばい。

  頭の中で魔法を唱えようとすると、金槌で脳みそを殴られたかのような痛みが襲った。

 

「……っ!?くっ……」

「今です!総員、撃ちなさい!」

 

  うつむけの状態の俺に、無数のレーザーが降り注いだ。

  回避できるはずもなく、ほぼ全ての攻撃が体を貫通した。

 

「が、がァァァァァァア!!」

 

  追い打ちにと、長刀の刃が振り下ろされ、血が吹き出る。

  ぼんやりと血だらけの視界の中、紫が悲痛な顔をしているのが分かった。

  ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

  だんだん痛覚を感じなくなってきた。

  力がだんだん抜けていき、眠気が俺を襲った。

  考えろ考えろ。

  このままじゃ死ぬ。それも間違いなく。

  まだだ、まだ何か手が残されて……ッ!

 

  俺が見えた光景。そこには動けない紫を兵どもが乱暴に捉えているシーンだった。

  なに勝手に触ってんだ?そいつはテメエらが触れていいものじゃねえ!

  放せ!今すぐ放しやがれェ!!

 

「なぜ動けなくなったか、などは聞きません。だけど、結局あなたはその()()だったということです」

 

  俺が……その程度?

  神をも超えたこの俺を、その程度だとォォ!?

  フザケンナ!人間如キが俺ヲ見下スんじゃねえェ!

  殺ス。

  殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!!!

 

「では来世で。最も、私が死ぬとは思えませんが」

 

  絶対、殺ス!!!

 

 

 

 ♦︎

 

 

「……終わりましたか」

 

  長刀を鞘に収め、そう小さく呟く。

  その近くでは、八雲紫が泣き出しそうな顔で叫んでいた。

 

「楼夢!!お願い、死なないで楼夢!!返事をして!!」

 

  必死に声をかけるが、目覚めることはないだろう。

  なんせ首を切り落としたのだから。

  銀色の土の上、妖怪の胴体と首はそこで風に吹かれていた。

 

「終わったようね。あ〜あ、最近はこんな物騒な仕事が多いわね〜」

 

  いつの間にか来ていた自分の姉、綿月豊姫(わたつきとよひめ)がそんな愚痴を私に言う。

 

「そうですね。後勝手に自分の仕事から抜け出されては困ります。……まあ今はそれよりも……早く罪人を拘束しなさい!!」

 

  私は部下の兵たちに指示を出し、一息付いた。

  これで一件落着。……になるはずだった。

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ヘっ?」

 

  続けざまに、巨大な閃光が私たちに向かって放たれた。

 

「依姫!」

 

  姉上が私の手を握り、自身の能力『山と海を繋ぐ程度の能力』で範囲外ヘワープした。

  そのおかげでなんとか当たらずに済むことができた。だが他の隊員たちは違う。

  百人以上いた私の部隊が、一撃で3分の2までその数を減らしていた。

  恐る恐る、後ろを振り返る。そこにはーーーー

 

「アッハハハハハハハハァ!!!いよぉう、ゴミ屑どもォ!俺の名は白咲狂夢!神名は時空と時狭間の神(ウロボロス)だ!……よろしくなァ?」

 

 天使のような()()()を生やした、化物がそこにいた。

 

 

 ♦︎

 

 

「ったくよー。随分と汚してくれちゃって。一応これオレの手作りなんだぞ?『ベホマ』」

 

  そう唱えると、あれだけあった傷が全て消え去った。

  それに驚き、兵たちは一瞬動きを止めた。

 

「ヒャハハハハァ!!!さあァて、楽しィ楽しィ人形劇の始まりだァ!!」

 

  無数とも呼べる魔法陣がオレの後ろで展開された。

  そこから出てきたのはゲロが出るほど大量の触手だった。

  その視界に収まり切らないほどの全てが、生意気な餓鬼に一直線に伸びた。

 

  だがとなりにいた金髪(パッキン)の女の能力のせいで、すぐに逃げられた。

  あの女の能力……分析した結果どうやら好きな空間にほぼ一瞬で移動できる能力らしい。

  しかも八雲紫のように空間に穴を空けてそこを通るのではなく、空間の点と点を繋げて移動するようだ。

  わかりやすく言うなら今いる場所と行きたい場所をタイムラグをほぼなしで入れ替える能力だ。

  これは一々スキマを空けなくてはいけない紫とは違って、頭で計算した座標にほぼ一瞬で移動できるので、こと空間移動系の能力に関しては『境界を操る程度の能力』よりは上だろう。

  ……最も、オレの能力よりは下なのだが。

 

「……なっ!?」

「鬼ごっこはもうお終いかァ?だったら大人しく寝てろやオラァァ!!」

 

  豊姫が空間移動した時には、オレは彼女の眼前に迫っていた。

  一秒以下の一瞬の移動に追いついたオレを見て、豊姫は酷く動揺した。

  楼夢に初めて負けて、オレが手に入れた能力は『時空と時狭間を操る程度の能力』だった。

  この能力は色々と応用があるため説明しにくいが、一言で言うなら時と空間とその狭間を全て操れるのである。

  この能力で空間移動を行うと、まず世界の時を止めた後に移動するので、彼女の能力よりも速く目的地につけるのだ。

 

  動きが止まった一瞬をオレは見逃さない。

  文字通り神速に蹴りを放ち、豊姫を地面に叩き落とした。

  なんかその蹴りの威力のせいで風が凄いことになってるが気にしない。

  ていうか生きてるのかアイツ?こんど人体実験で使いたいから死なないでくれよ。

  まあともかく、これで依姫ちゃんは逃げる方法をなくしたわけだ。

  後はもう要らない兵を消滅させて終わりである。

 

「……あちゃー、見事にこりゃぐちゃぐちゃだなぁ。生きてるのが奇跡みたいだぜ」

「き、貴様ぁァァァァァァァ!!よくも、よくも姉上をっ!!」

「あれ、もしかして怒っちゃってる?ねえねえ怒っちゃってる?そりゃよかった。いい月のゴミ屑どものデータが取れそうだぜェェ!!」

 

  依姫は怒りに身を任せ、長刀を前に向けた。

  すると、長刀の刃が激しく輝き始めた。

 

「降臨せよ、天照大御神!汝の光で、全ての邪悪を消滅せよ!」

 

  そう叫ぶと同時に、刀を思いっきり振り下ろした。

  そしてそこから、極大の光のビームが発射された。

 

「はっ、レプリカごときで、このオレを止められるわけねえだろうがァ!」

 

  迫り来る光の閃光を、虫を払うかのように腕で薙ぎはらった。

  一直線にしか行かないはずの光は機動を変えてオレの左に進むと、地面で爆発を起こした。

  だが依姫は諦めずその長刀を握る。

  そこで、他の兵たちも正気を取り戻した。

 

「依姫様!我々が先陣を切ります!依姫様はその隙を突いてください!」

「なっ、あなた達!?……ぐっ、死ぬんじゃないわよ!」

「「「はっ!!!」」」

「感動的な人間ドラマ見せてんじゃねェぞ!ムカつくんだよォ!」

 

  兵達は駈け出す。一直線に、オレの元へ。

  もちろん百人ぐらいの兵が一斉に来ると気持ち悪いのでところどころでデスビームっぽい何かを放っているのだが、その内数十人がオレの元にたどり着いた。

 

「月の民の誇りを、思い知れェェェェエ!!!」

 

  雄叫びをあげながら、兵達ははそれぞれの近接武器を持ってオレに飛びかかった。

 

  だが、この後彼らはその選択を後悔することになる。

 

「時よ止まれ」

 

  その言葉だけで、世界が灰色になり、全てが止まった。

  兵達のやりたいことはわかっている。彼らは時間を稼ぎたいのだ。

  後ろで依姫ちゃんがなんか準備してる間の時間を稼ぎ、その依姫ちゃんの一撃でとどめを刺す。

  OK。実に基本でシンプルな作戦だ。

  だがオレ相手に時間稼ぎなど、意味はない。

  灰色の世界の中、最初に来た五人の兵たちの間を歩いて通り抜け、時間停止を解除する。

  すると、彼らは突如地面から舞い上がった竜巻に呑まれ、切り刻まれて絶命した。

 

  時間差で、ボトボトと、兵の残骸が落ちてきた。

 

「今更だがこれチートだな。アフロディさんはこんな能力をサッカーで使ってたのか。まあ、名付けて『ヘブンズタイム』だろうな」

 

  言ってる内に、同じように時を止めて、竜巻で兵達を惨殺した。

  というかこれだけでゴール取れるだろ、と持ち主に突っ込んどいた。

  いつか改とか真とかに進化しそうだ。

 

  そんなことを繰り返していると、いつの間にか敵兵が全滅してました。

  月の兵弱ァッ!?何が月の民の誇りを思い知れ、だよ!一分で殺られるようならんな言葉吐くな!

  まあ目的の時間稼ぎには成功したみたいで、依姫ちゃんの頭上には巨大な火球ができていた。

 

「これが神の一撃ッ!滅びよ、『破滅ノ太陽(サンシャインブレイク)』!!」

 

  これが依姫ちゃんの切り札、かつて太陽神が楼夢との戦いのフィナーレで放った大技『破滅ノ太陽(サンシャインブレイク)』。

  まさか、これほどとは……。

 

  ()()()()()()()()()()()

 

「だァかァらァ!効かねえっつってんだろォ!『自壊しやがれ』!!」

 

  能力、『森羅万象を操る程度の能力』を発動。

  言霊一つで、火球がぶれたかと思うと、次には凄まじい轟音とともに自壊した。

  その事実に、呆然と依姫は立ち尽くした。

  そして、絞り出すように声を荒げた。

 

「そっ……そんな馬鹿なっ!私のほぼ全ての霊力を詰め込んだ一撃だぞっ!ありえないありえないありえないッ!!!」

「ありえないって言われてもな……。逆に聞こう。なぜ勝てると思ったんだ?」

「……えっ?」

 

  今まで自分の敵はいないと思っていた依姫に、その言葉が突き刺さった。

  そんなことも気にせず、オレは続けた。

 

「綿月依姫。正直言おう。お前は雑魚だ。決して強者なんかじゃねえ。狭い閉じこもった世界で最強を気取っている、ただのピエロだ」

「あっ、ああ……」

「井の中の蛙が調子こいてんじゃねェぞ。テメエらは警戒心なさすぎなんだよ。オレ最初に自己紹介したよな?『時空と時狭間の神(ウロボロス)』って。なのにお前らの目には「いつも通りきっと勝てる」「オレたちに負けはない」と映っている。

 ……舐めんのも大概にしろよ?」

 

  威圧を込めて、オレは依姫を睨みつけた。

  正直言うと、オレは今猛烈にムカついている。

  オレは神だ。それなりに誇りを持っている。

  そして強者にはそれなりの敬意を払う。

  だがあれはなんだ?

  ひ弱な武器を自慢気に抱え、強者を倒す策もなくただ突っ込むのみ。

  そんな奴らの目には、オレは勝てる相手としか映っていなかった。

  ふざけるなよ?

  貧弱なくせにオレたちを格下呼ばわり。

  許せない。絶対に許せない。

  ゆえに殺す。

  奴らにどちらかが上か教育してやる。

  感謝しろよォ?

  なんせ、世界最強の神様に調教してもらえんだから。

 

「さて、お前ら愚民に教えてやるよ。この世には、逆らっちゃいけないものがあるってことをよッ!!」

「あっ、……あああアアアアアアああッ!!!」

 

  オレの恐怖に耐えきれなくなったのか、凄まじい形相で依姫はオレに斬りかかろうとする。

  だが、遅い。

  時を止めて一瞬で彼女の前に移動し、みぞおちに拳を放った。

  オレを切ろうとして前に前進していたこともあり、カウンター効果でボギボギと彼女の骨がクッキーのように折れる音が聞こえた。

 

「っごぐゥ……ガハッ」

 

  ヤベエ、殺りすぎたかも。人間って意外に手加減難しいんだよな。

  前に崩れ落ちる依姫ちゃん。

  だがその頭をわし掴み、強引に立たせた。

  彼女の髪から女性特有のいい匂いがオレの鼻をくすぐった。

  確かに、これはいい。サラサラの髪と、腕がボロボロになった服が露出させている大きな谷間に触れていて、超気持ちいい。

  確かにこれはいい。できればまだこの感触に浸っていたい。

  だが残念だったな。

 

「オレの一番の好みはァッ!金髪ロリお兄ちゃん呼び属性を持ったァッ!幼女なんだよォッ!」

 

  地面を強く踏む。

  するとそこから、どっかの巨人たちから身を守るための壁と同じ高さの分厚い壁が、オレの目の前に現れた。

  そしてその壁にめり込むように依姫の頭を打ち付けた。

 

「なあ、依姫ちゃん。この壁が何メートルあるか知ってる?」

「……っ」

「この壁、約五十メートルあるんだってさ。でね、依姫ちゃん。

 

 ーーエレベーターって好きかい?」

「……あっ」

 

  そこで依姫はオレが何をしたいか理解したようだ。だが、もう遅い。

  オレは背中の翼を広げ、壁と平行になるように物凄いスピードで空を飛んだのだ。……依姫を壁にめり込ませたまま。

  オレが空を飛ぶと同時に、依姫はオレに連れられて頭を壁に打ち付けたまま、削り取られるように上へ上がっていくのだ。

  グチュグチャとへんな音が聞こえるが気にしない。

  というか一番上に来た時に骨だけになってないか心配だ。

 

  四十を切ったところで、オレは依姫を思いっきり放り投げた。

  依姫は地面にヘッドスライディングをしているかのようにグングン壁を昇り、後ちょっとのところで停止した。

  四十五メートルぐらいの高さで壁にめり込んでいる少女って、なんかシュールだな……。

 

「おいおい、まだおねんねの時間には早いぜオラァッ!」

 

  だが一切容赦はしない。

  めり込んでいた依姫の体に例の神速キックを繰り出す。

  その威力は依姫の体を通して壁を貫通させ、崩壊させるほどだった。

  飛び散る壁の一部とともに、依姫は空へ投げ出された。

  そして、吹っ飛んだ先では、狂気に顔を歪ませたオレの姿があった。

 

「がっ……ふぅ……っ!!」

 

  依姫の体に、本日何度目かの蹴りが突き刺さる。

  そして吹っ飛んだ先で、待ち構えていたオレによって再び蹴られ、吹き飛ぶ。

  まるで空中でリフティングをしているかのようだった。

  蹴られ、吹き飛び、血反吐すら吐き出し、もはや生気すらも宿していない依姫の瞳がそこにはあった。

 

「これでェ!止めだァ!」

 

  最後はオーバーヘッドキックで依姫を地面に叩きつけ、そこにダメ押しのように黒い閃光を放った。

  閃光が、倒れ伏した依姫の体に迫り、大爆発を起こした。

  だが依姫はまだ死んでいなかった。

  なぜなら、寸前のところで彼女の目の前に結界が張られていたからだ。

 

「……ほう」

「随分と私の土地を荒らしてくれたな。汚れし邪神め……。ただで帰れると思うなよ」

「アハッ!汚れてるなんて当たり前じゃないか!お前は神父服に身を包んだいかにも聖者なオーラを放つ邪神を見たことあるのかよ!?」

 

  依姫の前に立っている男ーー『月夜見尊(ツクヨミノミコト)』の金色の髪が風で揺れた。

 

「生きて帰れると思うなよ……この下郎が」

「上ォォ等じゃねェか!!簡単に死ぬんじゃねえぞこのゴミ屑野郎!!」

 

 

 

 




〜〜『今日の狂夢様』〜〜

「よっすみんなァ!久しぶりの本編登場だよぉぉぉぉお!!最近ストレス溜まってたからちょうど良かったぜ!!狂夢だ」

「誰かこの変態を捕まえてええええ!!書いてる途中正直無双しすぎじゃね? と思った作者です」


「いや〜今回は良かったよ。依姫ちゃんはいいサンドバッグになった」

「お前美少女たちに何てことを……っ。ちなみに誤解ですが作者は依姫ちゃんを嫌っておりません。むしろ大好きな方です。うっかり依姫ちゃんの同人誌をグーグル先生で覗いてしまう程度に大好きです。どうか勘違いしないように!」

「でもあれ結構本気でやったけど生きてんのかね?豊姫を一撃でぶっ壊した神速キックをリフティングみたいに食らわすって……生きてても想像したくないんだが」

「一応ネタバレになりますけどこの小説は基本的に原作キャラは死にません。というか女の子は全員生存します」

「あれ、でもこーりんっていう奴いたよな?東方初の男キャラの。あいつはどうなんだ?」

「……いい奴だったよ(キリッ)」

こーりん「解せぬ」




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月は時空の僕也


怠惰の神が座る、月の世界

よこせよ、よこせよ

あいつが愛した月の世界を、俺によこせよ


by白咲狂夢


 

「んでェ。ヒーローの登場には遅すぎたんじゃないかねェ?月の神」

「ふっ、後で治療すればいい話だ。月の都の技術に不可能はないのだからな」

 

  明らかにこちらを見下している月の神ことツクヨミ。

  確か神無月の宴会にも参加しない変わった神様で有名になっている奴の一人だ。

  ちなみにオレもまたその宴会に行っていない。一応ウロボロスという存在として認知されているが、そもそもオレは日本産の神ではないので行く必要がないのだ。

  だがこいつが宴会に行かない理由は酷い。生ゴミよりも酷い。

  曰く、地上で開かれているから、だとか。

  こいつは自分が与えられた月の大地を勝手に『この世で最も美しい聖地』と言っているため人望が驚くほどない。

  それこそ、姉や弟のアマテラスやスサノオに嫌われるぐらい、人望がない。

  まあそれでも一応日本の最高神の一人らしく、立場が下の神たちはあまり強く言えないようだ。オレには関係ないが。

 

「というかよ、引きこもりのもやし何だったら黙って家に帰ってろ。そして寂しくボッチらしくアニメでも見てやがれ」

「ほう、流石穢れし者。その汚物のような口からは嘔吐物しか出てこないのだな」

「……ヘェ。そういう言葉は、強者になってから言えや!」

 

  時を止め、凄まじい速度で蹴りを放つ。

  それは見事に直撃し、重症……にはなっていなかった。

  ヤツの体に金色の光が集まったかと思うと、ヤツが受けた傷が一瞬で消えてしまったのだ。

 

「ああん?」

 

  それを不思議に思い、今度は顔面を殴る。

  血が飛び散り、盛大に吹っ飛んだ……かと思うと、やっぱりヤツは何事もなかったかのように立ち上がってきたのだ。

 

「……ふふふ、ずいぶんと痛いじゃないか」

 

  気色悪く笑うと、ヤツは左手から複数のレーザーを放ってきた。

  オレはそれを軽いステップで避ける。

  すると、着弾した地面が大爆発を起こした。

  それに気を取られていると、ヤツは両手でマシンガンのようにレーザーを放った。

 

「っ!チィッ!」

 

  だんだんと数が多くなり、術を使って撃ち墜とさなくてはならなくなってきた。

  おかしい。

  ただの何気ない弾幕一つで地面が大爆発を起こすなど、いくら神といえどできないだろう。

  オレは、ヤツの神力を姉のアマテラスと同等ぐらいだと認識していた。

  だが実際ヤツの神力はアマテラスの倍ぐらいはあった。

  今でも地面が爆発するレーザーをあれほど連射しても衰えないのがその証拠である。

  だが情報だとツクヨミはアマテラスより弱いはずだ。ではこの異常な力は何だ?

 

「ああもう!しゃらくせえ!『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』っ!」

 

  手のひらから黒い巨大な閃光を一直線に放った。

  それは進路上にあった光を全て吸い込み、ツクヨミへと迫る。

 

「っ!『月盾』っ!」

 

  その直前で光の盾が現れたが、関係ない。

  黒虚閃はそれすら容易く破壊し、ツクヨミを呑み込んだ。

  オレが放った一撃だ。最高神ごときでは止められない。

  だが……。

 

「くっ……ふふふふ。ハッッハハハハハハ!!」

「……気持ち悪い」

 

  体中が焼け焦げていても、ツクヨミはかろうじて生きていた。

  そしてそこから例の金色の光が集まり、傷跡が綺麗に消えた。

  だが、これでヤツの能力が分かった。

 

「ハハハハハッ!無駄だ!いかなる攻撃も私の前では無力だ」

「ったく、面倒くせェ能力だな。んで、自分のじゃない魔力を吸い込んで満足か?」

「私は月の神。つまり、この月は私の所有物だ。そこからいくら魔力を吸い上げようが、問題はない!」

 

  ----いや問題ありすぎるだろ。

  今の会話で分かったとおり、ツクヨミの能力は『月の魔力を吸収する程度の能力』だ。

  この能力は名のとおりに自分が月にいるとき限定で月の魔力を発動者に吸収させることができる。

 

  月からは膨大な魔力が溢れている。地球で生物が成長するのも、月から流れた魔力が空気に紛れて生物が吸い込むからだ。

  だが、ツクヨミの能力はその膨大な魔力を自分に集中させるという、強力かつ下手したら自然破壊につながる能力だ。

  そして現在はその自然破壊が起こる一歩手前のところである。

  ヤツは、自分の瀕死の怪我を治すのに三回、大量の魔力圧縮ビームを数百回は使ってしまった。

  というより、完全に傷跡を治す術など禁術に等しい。

  オレの『ベホマ』は時間回帰なので正確には治療術ではないのだが、ツクヨミが使ったのは天才と呼ばれるレベルの魔法使いの魔力全てと引き換えに他人の怪我を治す禁術なのだ。

  その魔力を月から引っ張って、怪我を治したようだが、どのみちこのままでは地球の自然が破壊されてしまうだろう。

 

「おい、クソ神。テメエ、月の魔力を使い潰すつもりか!」

「地上がどうなろうが関係ない!この月にとってはどうでもいいことなのだからな!」

「……ちィ、このクズ野郎が!『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』!」

 

  もはやこいつを生かしとく意味はない。

  地球の自然破壊を止めるには、こいつを殺すしかなさそうだ。

  死んだら神社で復活するだろうが、力が格段に落ちるのでその後は八百万の神に任せよう。

  数百という魔方陣を展開させ、そこから無数の閃光をツクヨミに叩き込んだ。

  相手が再生するのなら、回復する間もなく消してしまえば問題ない。だが事はそう簡単にはいかなかった。

  数百個の閃光の内、一つでも着弾すると同時に金色の光が現れる。

  マジかよ……アイツっ……!

 

「一撃喰らうごとに回復してやがる!」

 

  しまった。計算に入れていなかった。

  普通月の魔力を使いすぎないように、数発に一回のペースで回復するのかと思っていた。

  甘かった。ヤツは本当に月の魔力を吸い尽くすつもりなのだ。

  とにかくこれ以上魔力を使われるのはまずい。

  オレは展開してあった魔方陣を消し、攻撃を中断させた。

 

「もう終わりか!だったら次はこっちの番だ!」

 

  ツクヨミは空に浮き、両腕を天に掲げると、元気玉のポーズをとった。

  そしてそこに集まる、ここら一帯全ての魔力。

  馬鹿すぎる。こんなに魔力を消費したら、月の都もどうなるかわかったもんじゃない。

  だがヤツにとってはそんなことよりプライドを潰されるのが嫌なのだろう。

  宝くじに全財産をつぎ込むように、ありったけの魔力を集中させた。

 

「喰らえ!『聖星滅撃(セイント・サクリファイス)!」

 

  オレに向かって放たれる、月の魔力の塊。

  ……仕方ない。

 

 ()()()()()()()()

 

「妖力解放」

 

  そう呟くと、オレの体から膨大な妖力が溢れた。

  そのまま次々と言葉を紡ぐ。

 

「霊力解放。気力解放。神力解放」

「!……なんだと!?」

 

  一言言うたびに力が倍になる。そして、オレは全ての力を解放した。

  ツクヨミは気づかなかったようだが、オレはさっきから()()しか使っていない。神であるにもかかわらずだ。

  そして今オレはこの世に存在する五つ全ての力を解放した。単純計算でオレの戦闘能力はさっきの五倍だ。

  そのデタラメな力を身に纏いながら、抜刀の構えを取る。

 

  刹那、偽物の月が二つに分かれた。

 

  制御を失った魔力の塊は行き場を失い、暴発した。

  ビリビリと衝撃を感じたツクヨミの最初の思考は、ありえない、だった。

 

「馬鹿なァ!?太陽の最高神天照大御神(アマテラスオオミカミ)を超えた私の、全力の一撃だぞ!?それが一撃……!」

 

  ツクヨミは何かを言いかけたが、すぐにその言葉を引っ込めた。

  なぜなら。

  晴れた煙の中に、その()()()がたたずんでいたからだ。

 

「よォ、どうだ、自慢の一撃が叩き潰された気分は?」

 

  宙に浮くオレは、一振りの巨大な刀のような物を担いでいた。

  長さは刀身だけで三メートル以上あり、柄も合わせると全長四メートルはあった。

  だが奇妙なところはそこではない。

  その刀身は、刀の刃を一つ一つ大量に貼り付けたような姿をしていたのだ。

 

  この大刀は『八百万大蛇(ヤオヨロズ)』。オレが世界中の希少な金属を集めて作った妖魔刀を超えた刀だ。

  こいつには名前のとおり、八百万個の短刀を全て溶接させて作られている。

 しかもその短刀の素材はオリハルコン、ミスリル、アダマンタイトなどなど……全て伝説級の鉱石を使っている。

  そんな刃を繋げて作ったので、刀身は三メートル以上、横幅は人間より大きいという、デタラメなサイズに出来上がった。

  何よりも目立つのがその刀身だ。八百万個の刃を溶接させてあるため、刃の刀身も腹も全ての場所がギザギザしている。つまり、これに触れるだけで指が切れるということだ。

  簡単に想像するなら、八百万個の刃を繋げた刀、っと思ってくれていい。

  蛇足だが、この刀は重さは五トン以上あるので持てるのは扱えるとしたらオレの他に鬼子母神ぐらいしかいないだろう。つまり、他者から見れば全く役に立たないロマン武器になる。

 

  そんな大刀を軽く振りながら、ニヤリと笑う。

  一振りで空気が数百回切断された。その音がツクヨミに恐怖を植え付ける。

 

「う……ウワァァァァァァァア!!!」

 

  発狂したかのように、ツクヨミは逃亡を始めた。

  だが。

 

「伸びろ、八百万大蛇」

 

  急に伸びた八百万の刃によって体を貫かれ、あっさり拘束された。

 

「いや〜ごめんな。この刀、刃一つ一つに伸縮変形自在の術式刻んでんだよ。つまり逃走は不可能ってことだ」

 

  雑に刀を振るうと、刺さっていた箇所がすっぽ抜け、ツクヨミは宙に放り投げられる。

  それに、ビリヤードのように刀を構え----

 

「ってことでェ、さよなら」

 

 ----突きを放った。

  すると、八百万の刃が枝分かれし、喰らうように、ツクヨミを一斉に貫いた。

  なす術なく、ツクヨミは大蛇の海に飲まれ、死体ごと消滅した。

 

 

 ♦︎

 

 

「……ちっ、もう復活したか。予想より早いな。なんか復活を早める機械でも使ってんのか?」

 

  月の都の中心の宮殿を探知した結果に、オレはため息をついた。

  神は信仰さえあれば蘇る。それは純日本産の神々の特徴だ。オレや楼夢のような妖怪から成り上がった神や、外国の神にはない能力だ。

  だが一度killしたので、神力もだいぶ落ちているはずだ。

  そこまで考えて、その希望的観測を打ち消した。

  ヤツの能力は月の魔力を吸い込むことができる。月の負担を考えなければ、元の力に戻すことも可能だろう。

 

  ふと、オレの探知に高密度の魔力反応があった。

  空間を操り、紫のスキマのように穴を空け、宮殿の中を覗き見た。

 

「つ、ツクヨミ様!月の魔力が急速に失われております!このまま続けたら……」

「うるさい!私がこの世界の王なのだ!この世のことは私が全て決める!許さん、許さんぞ汚物めが!今度こそ滅ぼしてやる!」

 

  おーお、その話本人に丸聞こえだぜ。悪口は本人に気づかれないようにな。

  復活して早々、ツクヨミは顔を真っ赤にして吠えていた。負け犬の遠吠えというやつである。

  その体にはさっきのいかにも高級オーラ溢れる貴族服ではなく、こちらも金ピカに光る黄金の鎧を着ていた。見事に顔まで兜で隠して完全装備である。いや、ビビりすぎだろ。

  腰には純日本感溢れる日本刀をつけていて、手には西洋の三又のトライデントを握っていた。その背中には大砲やら機関銃やら、科学味溢れた装備をしていた。

  いや、ツッコミどころありすぎて困るんだが。

  まず一つ、なんでお前はそんな金ピカが好きなんだ。そんなに好きなら、金閣寺でも立てとけ。

  その二、統一感出せや。何和風と西洋風と科学の夢のコラボレーションしてんだよ。んなゲテモノ装備、誰がつけるか。

  その三、明らかに重量オーバーだよ。いや馬鹿だろ。どこに大砲に銃火器に刀に槍を持って戦場を駆ける将軍がいるんだよ。普通に馬から落ちるわ。

  ふー、ふー、ふー!

  ヤバい、笑い死にそう。

  あの装備は神力を宿していたので、神器なのだろうが、そんなことよりもヒョロもやしが超重量のガチガチ鎧を着ると、あんなにクソダサいんだ!

  ここから射撃して一網打尽にできるが、あんなに着飾ってるやつを殺すほどオレは鬼畜じゃない。というか今ここで殺したらホンキで泣きそうだから怖い。

  まあここは心の広いオレに免じて、たどり着くまで待ってやろう。

 

  あのお笑い装備を見てから十分後、とうとうツクヨミが部下を引き連れてオレのところにたどり着いた。

  待ってストップ、ストップ!

  お前ほんとにその装備でやるつもりか?というか自慢げに誇らないでくれ!そのドヤ顔とその装備は、反則だッ!……プフッ!

 

「さあ、本番を始めようじゃないか、邪神」

「いや今一度装備確認してこい!そんな格好で『大丈夫だ、問題ない』って言われても問題ありすぎるわ!」

「貴様!確かにツクヨミ様はセンスの欠片もないが、そのゴミのような感性で必死に考えたんだぞ!」

 

  オレが突っ込むと、ここぞとばかりに後ろにいた男がツクヨミをディスった。おそらく相当溜まってたんだろうな……。

  あ、男がツクヨミに殺された。

  おいおい、仲良く喧嘩してんじゃないよ。それ待つオレの身になりやがれ。

 

「ゴホンッ!……なんだその目は?」

「いや、お前が人望絶望的にないって情報本当だったんだな〜、て、思って。噂じゃ実の姉弟にも嫌われるほどとか」

「私の考えを理解できないクズどもが悪いのだ!断じて私の責任ではない!」

 

  ツクヨミは手に持ったトライデントを向けると、そこに神力を込めて突撃した。

  向かい打とうと、地面ごと斜めに八百万大蛇で切り上げた。

 

  互いの武器が衝突する。

  だがぶつかった瞬間、トライデントはバラバラに砕け散ってツクヨミごと吹き飛ばした。

  当たり前だ。五トンの武器と正面衝突すれば、神器だろうと無事なわけない。

  追い打ちをかけるため、上空に飛んだツクヨミを追いかける。

  だが、やつは近づいてきたオレに逆に接近してきたのだ。

  なるほど、知恵は回るらしい。これほど密着されれば四メートルの大刀は振り廻せない。

  ツクヨミは密着したまま、腰にぶら下げた刀で抜刀切りをしかけてきた。

  だが、その斬撃は蛇のようにしなる無数の刃によって防がれた。

 

「食い散らせ、八百万大蛇!」

 

  八百万大蛇の刃は枝分かれし、鞭のようにそれぞれツクヨミを襲った。

  その圧倒的な数量と質量に、刀はツクヨミごと切り刻まれ、使い物にならなくなった。

  かろうじて生き残ったツクヨミは地面に墜落し、ピクリとも動かなくなった。

  降参したか? と思ったが、超圧縮されていく月の魔力を感じ、そこに目を向けた。

 

「ハハハハハッ!!私はァッ!無敵、だァァァ!」

「……そうかよ。どうやってもやめる気はないんだな」

 

  ツクヨミの大砲に、無数の魔力が集まっていく。

  おそらくは、この一撃で月ごとオレを滅ぼす気だろう。

  ……はぁ、こうなっては仕方ない。久しぶりに全力でぶちかます。

 

  八百万大蛇を時狭間の空間にしまい、遥か上空に飛翔する。

  そして、足元から紫電を放つ黒い球体を出現させた。

 

「だったらここで死んでろ」

 

  黒い球体は、急速に巨大化していった。

  まるで空間を喰らい、黒く塗りつぶしているかのようだった。

  球体は巨大化していく。そこにあった景色を飲み込み、代わりに埋め尽くすように。

  やがて、月の空全体を、黒の球体が覆った。

 

 

「空が……黒い?」

 

  月の都内の誰かがつぶやいた。それはそこにいた全員の気持ちを代弁していた。

  上を見上げても、そこにあるはずの星の輝きはない。人工的に作り出した明かりだけが、彼らの頼りだった。

 

  空を、天を覆い尽くした暗黒の球体(ダークマター)の上に、オレは浮いていた。否、乗っていた。

  下の視界全てを埋め尽くす、漆黒の闇。

  そこには、見つめたら吸い込まれるような美しさがあった。

 

「見せしめだ。後は自分でなんとかすんだな」

 

  魔力で作り出した漆黒の天使の翼で、空をふわりと飛んだ。

  そして一回転しながら、かかと落としを暗黒物資(ダークマター)に落とした。

 

「『ハルマゲドン』」

 

  絶望を具現化したような闇が、地上に落とされた。

  それはあらゆる障害を飲み込み、食い尽くし、そしてーーーー

 

 ーーーー月の3分の2を消滅させた。

 





〜〜今日の狂夢『様』〜〜

「とうとう新学期!とはいえ外に出ないオレには一切関係ない!正統派ヒキニートこと狂夢だ」

「とうとう新学期!転校したところで初日誰とも友達になれなかった!やっぱり私にはボッチが相応しい!作者です」


「それにしても今回の終わり方は色々謎が多いな。多分読者の方も気になることが結構あると思うぞ」

「そんなこともあろうかと!今回は読者が多分疑問に思ったことをQ&A形式で説明したいと思います」


Q 月の都はどうなりました?
A 狂夢さんが親切に外してくれたので、月の都自体には直撃していません。なので無事です。

Q 月の3分の2が消滅したようですが、物語では月はそのままなのですか?
A 月の都の方々がその後月の科学(魔法の言葉)でなんとかしたようです。

Q その後それぞれのキャラはどうなりました?
A
紫ーーハルマゲドンされる前に亜空間に回収。

綿月姉妹--狂夢さんが戦っている間に救助隊に回収。無事生還。

ツクヨミ--もちろん死亡。その後ショックで表に出れなくなったという。やったね、引きこもりが増えたよ。


「こんなところだな」

「いや最後のおかしいだろうが!おい、ナレーター真面目にやれ!」

「ナレちゃんはもう帰ったよ」

「あのやろォォォォォ!!!」




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第一次月面戦争 終了


失った力の大きさに気づく

でも、戻らない

なら次は失わないようにと

そう、心に決めた


by白咲楼夢


 

  深夜、深い闇が覆う森の中の空間に、ヒビが入った。

  それは音を立てながら大きくなり、二メートルぐらいになったところで、空間が割れた。

 

「いや〜、今回は疲れた疲れた。さっさと帰ってラーメンでも食おっかね」

 

  ニョキッ、と。そこから白い巫女服を着た妖怪が出てきた。その腕には紫色の中華風のドレスを着た女性が抱えられていた。

  狂夢はスキマのようなものから出てくると、紫をポイっと放り投げた。

 

「キャアッ!」

 

  小さな悲鳴が聞こえたが、気にしない。彼の好みの美少女が今のリアクションをしたら狂夢も対応を変えていたが、少なくとも紫は高校生ぐらいの大きさなので彼は放っておいた。

 

「ちょ、ちょっと!もうちょっと優しく扱ってよ!第一貴方は何者なの?」

 

  恐怖を帯びた瞳で、狂夢を見つめる。

  彼女は見ていたのだ。目の前の悪魔が自分が敗北した少女や、月の最高神を赤子のようにいたぶっていたのを。

  ふと、空を見上げた。最初月に侵入したときは満月だったが、1日も経っていないのに今空に浮いているのは三日月だ。

  最後の光景。天を覆う闇が空から落ちてきたところで、彼女はいつの魔にか亜空間に回収されていた。

  だが空に映る三日月が、その後月がどうなったかを物語っていた。

 

「答えなさい。貴方は誰?楼夢と一体どういう関係なの?」

「うーむ、オレかぁ……。一言でまとめるには、ちと難しいな。まあ、オレは楼夢の裏、本能に位置する存在だ。神名は『ウロボロス』、時空と時狭間の神をやっている。業務は主に時狭間の世界の管理。趣味は人間観察、プライバシーの侵害を犯すことだ。もちろんお前のこともよく知っているぜ、八雲紫」

 

  あっけからんと、狂夢は答えた。

  そもそも知られても問題はないため、変に隠しておく必要がないのだ。万に一の場合は武力で全て解決できる。

 

「ほれ答えたぞ。これで満足か?」

「……ええ」

「そうかい。そりゃよかった」

 

  近くにあった木に背を預ける。

  そして、目を閉じた。

 

「すまんがオレはもう戻るわ。楼夢の野郎を運んどいてくれ」

「分かったわ。それと、助けてくれたことについては感謝するわ」

「礼ならどこぞのピンク頭に言え。オレはもう帰る」

 

  最後にさりげなく楼夢をディスると、髪の毛が白から美しい桃に変わり、動かなくなった。

  よく聞けば、小さな寝息が聞こえた。どうやら熟睡しているらしい。

 

「貴方もありがとね、楼夢」

 

  感謝の言葉を楼夢に告げると、紫はスキマで楼夢ごと移動した。

 

  あたりに、淡い月の光だけが残った。

 

 

 ♦︎

 

 

「……んぐぅ?」

 

  早朝、楼夢は布団の上で目を覚ました。

  上を見れば、よく知っている天井がそこにあった。

  ここは白咲神社。その中の彼の寝室であった。

 

「……怪我が消えている」

 

  体を確認すると、痛々しい傷跡は微塵も残っていなかった。

  ーー狂夢の仕業か……。

  最後の記憶。そこで楼夢は依姫に首を切られるより早く体を狂夢に明け渡した。ここでこうして寝ているということは、全てが無事に終わったということだろう。だがそのことを直接感じたい自分がいた。

 

  時計の針が11を指す頃には、楼夢は着替えを終えていた。

  ぐぎゅるゥ、と腹が鳴る。そういえば昨日から団子しか食っていなかったので、腹が空いたようだ。

  立つために杖を取ると、枕の横に置いてあったヘッドホン型思考演算装置を見つめた。

  ーー結局、何もできなかった。

  その思いだけが楼夢の心に満ちていく。今回紫を救ったのは自分ではなく、狂夢だ。自分はあろうことか格下との戦闘で倒れ、一方的にやられてしまった。

  ーー情けない。悔しい。

  確かにハンデはあった。だがそれは言い訳に過ぎず、最後まで戦えなかった自分が情けなかった。

  何が最強だ。10分もまともに戦えない自分に、果たしてこの称号は合っているのだろうか。

 

「いや、よそう。変な考えは持つな」

 

  そうだ。

  この称号は命懸けで戦い、勝ち取ったものだ。たとえ不相応だとしても、この名を偽ることは彼女への侮辱にあたる。

  だったらまだ最強を名乗ろう。

  たとえそれが今の俺にふさわしくないとしても。名乗ろう。

  それが自分にできる、仲間を守れる最後の仕事なのだから。

 

 

 ♦︎

 

 

  「ろ、楼夢!?もう大丈夫なの?」

 

  楼夢が廊下を歩いていると、それを見つけた紫がそんな声を上げた。

  怪我は全て狂夢の時空回帰(ベホマ)で健康な状態に戻されているので、体の心配はない。

 

「ああ、紫か。お前の方こそ怪我はないのか?」

「わ、私は大丈夫!その……白い貴方が……全部片付けたから」

「そうか、よかった」

 

  紫が怪我をしていないことに安堵した。狂夢さん、今回はグッジョブだ。

  気を緩めながら、思わず紫の頭を撫でてしまった。

  紫はそれを嬉しそうに受け入れていた。

  お、体も同時に揺れて胸が!ふむ、いい光景だ。

  朝からそんなことに考えていると、ふと頭に何かが繋がった音が聞こえた。

 

『ちぃ、テメエ、巨乳派か!?』

『朝っぱらからどうした狂夢。ていうかいきなり何聞いてんだよ』

『うっせェ!今までオレはお前が性欲なんてないと思っていたが、それは間違いだったようだ!』

『待て!この体だぞ!こんな体で性欲湧くか!』

『それは今までテメエが幼女にしか会ってなかっただけだろうが!言え、今までテメエは何人の巨乳と出会った!?』

 

  え、えーと。永林に……神奈子に……紫に……勇儀に剛だな。あとルーミア完全体も意外にデカかった気がする。ってなんで覚えてんだよ!?

  どうやら脳が無意識に記憶していたようだ。これよく考えるとすごい変態だな自分。

 

『分かったか!テメエが圧倒的にロリ率が高いということに!うらやまけしからん!』

『おい待てそれは誤解……』

『もう知らん!お前は今日から貧乳派の敵だ!というわけで死んでろこの屑が!』

 

  プツンという音と共に、そこで念話は途絶えた。

  なんか変態認定された気がするが、どうか感違いであることを祈る。

 

「どうしたの?急に立ち止まって」

「いや、なんでもない。それよりも娘たちはいるのか?」

「ええ、今頃多分昼食を取っていると思うわ」

「そうか。じゃあ俺も食いに行こうかな」

 

  正直言うともう空腹で腹がペコペコであった。なので娘たちが昼食を食べているのはグッドタイミングであった。

 

 杖をついてるが、できるだけ急いで、楼夢は部屋に向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

「お父さん!?もう平気なの?」

「あ、お父さんだ〜おはよー」

「お父さん、月が3分の2かけてるんだけど何故だか知らない?」

「おはよう、トガミ様。今昼食の準備をしてくるので、少し待っててくれ」

 

  部屋についた楼夢を待っていたのは、娘たちや博麗からの労いの言葉だった。……約1名違ったが。

  舞花よ、世の中には知らなくていいこともあるのだよ。というかムカついて月をぶっ壊したなんて言ったらどんな目で見られるか分かったもんじゃない。幸い紫は黙秘しているので黙っておこう。

 

  テーブルに、味噌汁と白米と焼き魚が置かれた。

  一口食べる。

  上手い。ようやく我が家に帰ってきた実感が湧いた。

  ちなみに紫はここにはもういない。楼夢を部屋に送り届けた後、今回の件の後始末をしに行ったようだ。まだまだ若いのに頑張っている。

  いや、この場合は楼夢が年をとりすぎているのだった。正式な年齢は自分にも分かっていない。おそらく火神も剛も自分の年齢なぞ忘れているだろう。唯一狂夢なら知ってそうだが、一応約六億歳というのは分かっているので必要ない。

 

  後始末といえば、月の最高神であるツクヨミが月の魔力を使いすぎたせいで、結局月の魔力は枯渇したらしい。

  狂夢の記憶の情報では、その足りない魔力は狂夢が補っているようだ。

  楼夢自身、よく彼が魔力を提供したなと思ったが、本人曰く、地球の生態系が崩れると後々かなり面倒くさくなるから、らしい。

  彼らしい理由だ。ようはこのまま時代が変わってしまったら、アニメも漫画もゲームもできなくなるので、手伝ったという意味だろう。

 

  そんなことを考えている間に、昼食を食べ終えていた。

  食器を片付け、楼夢は自室へと向かい、休眠をとった。

 

 

 ♦︎

 

 

  夜、楼夢は神社の屋根の上で、月見をしていた。

  ちなみに今日は8月十五夜、月見をするには絶好の季節である。と同時に、月の使者が輝夜を連れ戻しにきた日でもあった。

 

  グビリと、杯の中の酒を一口。

  直後、焼けるような熱が喉から体中に伝わる。

  それがまた心地よく、もう一口、飲み干した。

 

  そしてちょろちょろと杯に酒を注ぐと、ふと月が杯の中に浮かんでいるのが見えた。

 

  だが、その月は三日月であった。

  本来、8月の十五夜は満月の日である。だが今日の月はブーメランのように、欠けていた。

  原因はハルマゲドン、狂夢の繰り出した全力の一撃であった。

 

「スカーレット・テレスコープ」

 

  緋色の目を見開き、月の表面を凝視する。

  すると視界が徐々にズームされ、月の兎たちの姿がはっきりと映った。

 

  「ちょっとあなたたち!真面目にやりなさい!」

 

  長刀(ものほしざお)を持った美少女の口の動きから、そう月兎たちに怒鳴っているのが分かった。

  その隣では金髪の帽子をかぶった美少女が、テーブルの上で美味しそうに桃を頬張っていた。

 

「ちょ、ちょっと姉上!?あなたも仕事してくださいよ!」

「|ひひほの、ひょりひへ。ふぁってふぁたひひふたいひょうどうでひなひふぁら《いいのよ、依姫。だって私肉体労働できないから》」

「食うか喋るかどっちかにしろ!そして今すぐ鍛え直せ!」

 

  のんきに返事を返す豊姫と、それにキレのあるツッコミを入れる依姫。

  依姫ちゃん、アンタ苦労キャラだったんだね……。

  全く仕事をしない姉に怒鳴り散らしている依姫に、楼夢はお疲れ様です、と内心呟いた。

 

  そうこうしている間に、月兎たちが何かの機械を月の地面に設置していた。

  あれがなんなのか楼夢には分からなかったが、おそらくは月を直す機械なのだろう、と楼夢は推測する。

 

  とりあえず、月の問題は終わった。今回月の魔力を枯渇させたツクヨミは降格とともに、神力の半分近くも失ったらしい。

  おまけに最近では外に出ないで、パソコンっぽいものをカタカタ弄っている。ああ、新たなニートを誕生させてしまった……。

 

  狂夢からもらったその時の写真を見ながら、楼夢はその情報を振り返っていた。

 

  最後に杯の酒を飲み干し、もう一度空を見上げた。

  天には相変わらずの三日月が、浮かんでいた。

 

  今回の事件で思い知ったことがある。

  それは、自分は最強であっても、無敵ではないということだ。

  今回は、慢心が引き金となり敗北してしまった。

  そのせいで、紫を危険な目に合わせてしまった。

 

  --次はもうない。今度こそ俺が守りきる。

 

  三日月の月の下、楼夢はそう胸に誓った。

 

 

 --そして、俺たちの第一次月面戦争は幕を閉じた。

 

 

 

 

 





〜〜今日の狂夢『様』〜〜

「どーも、皆さん!というわけで今章が終わりました。多分次が前編の最終章になりそうです。作者です」

「心はいつもロリと共に!ゴスロリ幼女を眺めるのが最近の日課の狂夢だ!」


「いや〜やっとここまでたどり着いた……。というか前編長すぎましたね」

「いやまだ前編敗北終わってないだろ。というか後編は絶対前編より短くなるよな」

「まあ、そうなるでしょうね。というかキャラたちの力順ってどんな感じになってるのかわかりにくい気がします」

「ふ、ふ、ふ!こんなこともあろうかと、最近出てるキャラの総合戦闘能力を数値に表してみたぜ!カモン、ナレちゃん!さあ持ってくるんだ!」


白咲狂夢:

通常状態(魔力以外封印):20万
全力解放状態:100万


白咲楼夢:

通常状態:9万
舞姫解放状態:18万
天鈿女神解放状態:80万


鬼城剛:

通常状態:50万
本気モード:75万


火神矢陽:

通常状態:10万
憎蛭解放状態:20万
???:不明


八雲紫:2万

ルーミア:5万

綿月依姫:2万5千

綿月豊姫:2万

月夜見命(ツクヨミノミコト)

通常状態:5万
魔力吸収状態:7万
極限魔力吸収状態:10万


白咲美夜:1万5千

白咲清音:1万3千

白咲舞花:1万

博麗楼夢:2万5千



「----と、数値で表すとこうなる。ていうか伝説の三大妖怪の中で火神って弱くないか?」

「ああ、それは火神さんが神解を使ってないからですよ。一応使えるようになっているみたいですが、この小説ではまだ出てないので数値は不明になってます」

「というか伝説の大妖怪以外との差が激しすぎるな。というか地味に紫より博麗が強かった件www」

「まあ、そこは諦めるしかないでしょう。伝説の大妖怪は、そんな規格外の集まりなんですよ」

「あと、ツクヨミが頑張ったら通常の楼夢を超えるんだな。まあ妖魔刀解放で一気に差がつくがな」

「というかあなたが一番規格外ですよ。なんですか?三大妖怪最強の楼夢さんより20万多いって」

「まあオレにはまだ『八百万大蛇(ヤオヨロズ)』とかそういう反則級の武器もあるからな。伊達にこの小説最強のキャラをやってねえよ」

「まあ、パワーバランスがどうなっているか大体わかりましたね。
それでは皆さん、途中経過に今章の記録を追加したら、新章がスタートです。あと、ここにのってないキャラにも力の数値を書いとくので、ぜひ見てください!次の章が投稿されていたら、完成していると思うのでよろしくお願いします」







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死と禁忌と悲しみの妖桜《あやかしざくら》編
禁忌を犯しても



たとえ間違いを犯そうが

どんなに堕ちようが

届かせたい願いがある

前を行く先人は、そう語った


by博麗楼夢


 

「ハアッ!」

「そりゃッ!」

 

  暗い闇夜の中、ギャリンッ! と刃と刃がぶつかり火花が散る。

  楼夢はそれを振り払うと、後ろにステップした。

 

「逃がさない!」

 

  それをチャンスと見て、黒い巫女服の少女ーー博麗楼夢は前へ駆けた。

  数秒に複数の斬撃が楼夢に襲いかかる。だがそれら全てをわかってたのかのように、いなし、受け止め、流した。

  だがこの程度では止まらない。博麗の刃はさらに加速する。

  同時に、楼夢も要所要所でカウンターを放った。

  その内の一つが、博麗の頬にかすり、僅かに血が流れた。

 

 やがて、楼夢のカウンターが当たるようになってきた。

  対して博麗の斬撃は未だに楼夢の体を捉えていなかった。

 

(何回もやってるが、攻撃が全然当たらないっ。……仕方ない。奥の手を使うか)

 

  決断するがいなや、力を込めて楼夢の体を後ろに弾くと、博麗は大きく息を吸う。そして、楼夢もよく見る構えをとった。

 

(あの構えは……『夢想斬舞』でもやるつもりか。残念だがそれは悪手だな)

 

  そう思考する内に、博麗の刀に霊力が集中してきた。

  楼夢は脳内に今までの『夢想斬舞』の威力、速度を計算すると、受け流した後でカウンターを放つために霊力を込めた。

 

  一瞬の静寂。

  そしてーーーー

 

「ウオォォォォォッ!」

 

  雄叫びと共に、博麗が突っ込んできた。

  彼女は楼夢の懐に飛び込むがいなや、光り輝く刃を斜め上に切り上げる。

  だが、それは楼夢の計算通りだった。

 楼夢は同質の霊力の刃をぶつけ、光り輝く刃を消滅させようとした。

 

  だが、次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

「『森羅ァ……万象斬ッ』!」

 

  青白く輝くそれは、楼夢が多様する技『森羅万象斬』だった。

  計算した威力を超えた一撃で、楼夢の態勢は崩れる。

  だが、奥の手はまだ終わらない。

 

「ハアァァァァァァァアッ!!」

 

  ギョッと目を見開く。

  そこには、大技を放ったばかりの博麗が、再度青白い刃を振り下ろす光景が目に映った。

 

「くそッ! ……痛ッ!」

 

  避けきれず、血しぶきが宙に舞う。

  返す刀で、博麗はそのまま楼夢に連続で森羅万象斬を放った。

 

「ぐぅッ! ごッ! ガァッ! ぐあァァァッ!」

 

  その全てが、楼夢の体を捉えた。

  特に最後の一撃はクリーンヒットしたようで、派手に楼夢の血が舞った。

 

「『天剣乱舞(てんけんらんぶ)』!」

 

  止めにと、博麗は一瞬静止した楼夢の体に鋭い突きを放った。

  青白い美しい刃が、楼夢の体を貫く----ことはなかった。

 

「楼華閃九十六『桃姫の桜吹雪』」

 

  突如、そんな声があたりに響いた。

  青白い刃の刃先に、楼夢の姿はない。横を見れば、髪を風にたなびかせた楼夢が、刀をゆっくり納刀した。

 

  直後、無数の桜色の斬撃が、博麗を包んだ。

 

「!? ぐぅ……がァァァァァッ!!」

 

  博麗を中心に血が地面に飛び散った。

  そのまま、気を失い博麗はゆっくり地面に崩れた。

 

「……あ、やべぇ。手加減忘れてた」

 

 

 

 ♦︎

 

 

  現在、楼夢は博麗の部屋で彼女の看病をしていた。

  模擬戦で受けた傷は両者共直しており、後は彼女が起き上がるのを待つばかりであった。

 

  ふと、窓の外を覗く。

  今の時刻は11時、季節は真冬の2月であった。

  ポロポロと、雪が舞う。

  今回の模擬戦は限りなく実戦に近かった。おかげで、博麗は血を流して気絶中である。

  だが彼が驚いたのは、博麗が自分に傷を負わせたことであった。

  もちろん制限はあった。今回の模擬戦で楼夢は体術と妖術などに術式を禁じていたが、それでも真正面から楼夢が切られたのは久しぶりであった。

  流石、初代白塗の巫女と称賛する。

  実際、楼夢が彼女に剣術を教えてから、彼女は凄まじい速度で腕を上げている。それこそ剣術を限りなく極めた楼夢と競えるほどだ。

  だが同時に惜しくも感じられる。それは彼女が人間だからだ。

  彼女はここに来てから毎日死に物狂いで修行している。おそらく彼女も分かっているのだろう。剣術を極めるには()()()()()()()ということを。

  六億年生きた楼夢と違って、博麗は僅か二十年ほどでここまで強くなった。だが、ここから先に行くには時間が圧倒的に足りない。

  六億年磨かれた剣術を、十年単位で極めるには無理があるのだ。せめて、後百単位。それでも足りないかもしれないが、彼女が剣を極めるには十分な時間だ。

 

「……ん、ぐぅっ!」

 

  布団から苦しそうな声が聞こえた。どうやら九十台の楼華閃を受けて貧血気味のようだ。

 

  そんな様子の博麗を見て、楼夢は懐からあるものを取り出した。

  それは、楼夢の血液が入った瓶だった。

  実は模擬戦の後、掃除のついでに回収していたのだ。

 

  悪魔の考えが、楼夢の頭をよぎった。

  だが、それは、確かに寿命を長くする唯一の方法だ。たとえ人間にとってそれが()()であったとしても。

 

  「……っ」

 

  楼夢は悔しそうに眠る博麗を見た後、瓶を懐にしまった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  暗闇に沈んだ意識が引き戻される。

  眩しい光の中で、目を開けると、博麗の視界に木製の天井が映った。

  しばらくぼうっとして、状況を把握する。

  ーーーー確か自分はトガミ様と模擬戦をしていたはずだ。

  その後はどうなったか覚えている。奥の手を突きつける寸前で躱され、無数の刃に切り刻まれたはずだ。

  体中に巻かれた包帯を見れば、どれほどの傷だったかすぐにわかった。

 

  最近、博麗は思っていた。このままでは剣を極めることはできないと。

  楼夢の教え方が悪いわけではない。むしろ師としてはこれほど素晴らしい存在はいないだろう。

  ではなぜ剣の極地にたどり着けないのか?

  時間だ。

  博麗は圧倒的に時間が足りなかった。

  博麗は二十代の若々しい女性だ。だが当然老いは来る。

  おそらく全盛期でいられるのはあと二十年ほどだろう。だが、たかが数十年で楼夢を超えられるだろうか?

  否、断じて否だ。

  楼夢は六億の長い時をかけてあの極地にたどり着いた。

  博麗がいくら天才であろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……く、ぅう」

 

  立とうとするとめまいがした。おそらく貧血にでもなったのだろう。

  いつもの巫女服に着替え、布団を片付けようとすると、その上に手紙が置いてあることに気づいた。

 

「……『俺の部屋に来い』か……。なにかあったのだろうか?」

 

  手紙には短く、そう書かれていた。

  字を見れば書いたのは楼夢本人なのはわかるのだが、いかんせん楼夢が書いた手紙にしては不自然だ。

  いつもの楼夢なら、お気楽に冗談をニ、三個混ぜているだろう。だが疑うばかりでは失礼だ。

  とりあえず、刀を腰に差すと、博麗は楼夢の自室に向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

  「……よう、来たか。待っていたぞ」

「……よかった。どうやらあの手紙は本物だったようだ」

「ん、本物って?」

「いや、いつもと比べてやけに短い文だな、と思ったからな」

「……これからする話は真剣だ。よく聞いておけ」

 

  少し薄暗い部屋の中、楼夢はテーブルの前で椅子に腰掛けていた。

  博麗に同席するようにうながすと、テーブルにグラスを一つ置いた。

 

「さて、正直に言おう。今のお前じゃ剣の極地にたどり着けない」

「……っ!」

 

  楼夢の口から語られた事実。それは博麗が考えていたことと同じであった。

 

「今のお前には時間が足りない。剣術を極めるための時間が、な」

「……分かっている。だがどうしてもたどり着きたいんだ!」

 

  熱のように熱い気持ちを、博麗は吐き出した。

  彼女は元々博麗神社という神社の巫女だ。だが剣術を極めるため、妹も、全てを捨てて旅に出たのだ。

  そこまでしてきて、諦めきれるわけがない。

  博麗の瞳が、その熱い心を物語っていた。

 

「時間だ。私には時間が欲しい! このまま諦めてたまるかッ!!」

「……寿命を延ばす方法は、ある」

 

  その一言で、博麗の思考が停止した。

  だが楼夢の真剣な顔から、それが事実であることがわかった。

 

「ど、どうすればいいんだ! どうすれば寿命を延ばせる!?」

「それは……こいつだ」

 

  楼夢は懐から、真紅の液体が入った瓶を取り出した。

 

「簡単だ。()()()()()()()()()()()

「……えっ?」

 

  楼夢は液体をグラスの中に注ぐ。

  グラスの中が、真紅に染まっていく。

  不思議とその光景から、博麗は目を背けることができず、ただじっと見つめていた。

 

「この液体は模擬戦で流れた俺の血だ。今回傷をつけた褒美として、この血液をやる。そうすればお前の寿命は延ばせるだろう。だが代わりに()()()()()()()()()()()()()()。二度と元には戻れない」

「人間を辞めるって、つまり」

「半人半妖になるってことだ。この量の俺の血液だったら、あと千年は生きていけるだろう」

「……」

 

  博麗は迷っていた。

  確かに楼夢の言っていることは正しい。彼ほど高位の妖怪の血を飲めば、寿命も現在とは比較にならないほど伸びるだろう。

  だが同時に、彼女の脳裏に置いてきた唯一の妹の顔が浮かんだ。

  彼女の妹は、博麗が旅に出ると言った時に特に反論しなかった。

  彼女曰く、博麗ならば多くの悪を正しく導ける。ここにいては宝の持ち腐れだ、と。

  そんな自分を信じた妹を裏切って、禁忌の道に進んで、果たして自分はいいのだろうか?

  正義と悪。人間と妖怪。人間を選べば、夢は消え、妖怪を選べば、妹を裏切ってしまう。ならば自分はどうすればいいのだろうか?

 

『姉さんは自分の信じた道を突き進んでください』

 

  旅立ちの時に、妹にかけられた言葉が、頭の中を反響する。

  そうだ。何を恐れているんだ。

  これは自分の道。自分で決めるもの。正しさなどない。

 ーーーーならば、ならば私は……

 

「……決めました、トガミ様」

「そうか」

 

  博麗は、グラスの持ち手を握ると、密かに狂気が込もった瞳で楼夢を見つめた。

 

「私は……妖怪に、なります」

 

  博麗は血液を勢いよく口に流し込んだ。

  直後、体の奥底から、喉を焼くような熱が湧いた。

 

「あ、アァァァァァァアアァァアッ!!!」

 

  熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

  体が、喉が、頭が焼かれていく。

  これが人間を辞めると言った罰なのだろうか? 罪人を焼く業火の炎の如く、博麗の体を熱がかける。

 

  どのくらい経ったのだろうか。気づいた時には、熱はもう消え去っていた。

  グッショリ、という汗の感覚を感じつつ、博麗はおぼつかない足取りで立ち上がる。

  そして、目の前に落ちていた鏡を覗いて絶句した。

 

「……ぁぁ」

 

  先ほど叫びすぎて声が出てこなかったが、それでも確かに彼女は驚いた。

  鏡に映った自分の顔に、変わったことはなかった。ーー一点を除いて。

  博麗の瞳ーー夜のように黒かった瞳は、赤い先ほどの血のような真紅に染まっていた。

  よく見れば彼女の歯には鋭い犬歯も生えており、それがギラリと光っていた。

 

「ようこそ、妖怪(俺ら)の世界へ」

 

  後ろで、見ていた楼夢が、そう告げた。

 

 

 

 

 

 





「はーい、今回から新章へ突入! 最近やけにやる気が出てきた作者です」

「やる気が出るのはいいことだ。いつもより早めの更新に驚いている狂夢だ」


「突然ですが、ホラーゲームって狂夢さんはしますか?」

「ホラーゲーム? まあ一応やるっちゃやるな。ちなみに作者は?」

「できるわけないでしょう」

「デスヨネー」

「ただ、プレイは無理ですが実況を見るのは好きですね」

「そういえばお前日本の2Dのホラゲーが好きなんだっけ?」

「ええ。たけしのいる青●はもちろん、魔●の家とかかなりのもの見てますね。ちなみに最近はバイオ7ですね。あれ見た後ほかのバイオシリーズ見たら、全然怖くなくなりました」

「まあ、バイオ7はFPS視点だからな。チェーンソーで腕を間近で切られるシーン見たら、そりゃ耐性つくわ」

「ちなみに今ちょうど深夜の12時ぐらいですね」

「マジかよ。ちなみに午前2時にホラゲー見る作者が異常なのであって、耐性がない方は真夜中のホラゲーを見るのはやめといた方がいいぜ。絶対眠れなくなるので」

「異常って、おい」

「というよりリアルでお前五年前に初めて青●見て3ヶ月近く眠れなくなっただろ?今じゃすっかり耐性ついたが」

「でもなんで自分じゃプレイできないのかな……?」

「いくら耐性がついても、チキンはチキンのままってことだよ」


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門前での決戦

#前回書き忘れ#

総合戦闘能力値

博麗楼夢(妖怪vr):5万


 

  季節は冬、2月のことだ。

  博麗が妖怪になってから数日、彼女はさらなる成長を遂げていた。

  まず、妖怪になったことで大幅に強化された身体能力を、わずか半日で把握した。その次の日には、新しく手に入れた妖力をもう扱えるようになった。

  その光景を見て妖力を扱えるようになるのに1ヶ月近くかかった楼夢は軽くショックを受けた。

  これがリアルチートか、と内心つぶやく。

  とりあえず、彼女は前のように体に無理して剣術の練習をすることはなくなった。おそらく十分な時間を得たため、心が軽くなったからだろう。

 

「いやぁ、一面銀世界だなぁ。でも死ぬ前に雪月花を見てみたいなぁ」

「年寄りみたいなこと言わないの」

「いや、俺十分お年寄りなんだが……」

 

  俺の呟きに、紫がそう呆れたように答えた。どうやら彼女は楼夢の実年齢を忘れているらしい。

 

「はぁ〜あ」

 

  年寄りなのに年寄りじゃないと言われ、軽くため息をついた。

  吐き出した空気が白い息に変わって虚空に消える。

  それを眺めると、グピリと酒を一杯飲む。

 

「それで、幻想郷とやらの調子はどうなんだ?」

「順調よ。あまりにうるさい奴らは片っ端から楼夢が片付けてくれたしね」

「ったく、最近の若い奴はもうちょっと老体をいたわれや」

「見た目私より肌すべすべで綺麗なんだから、我慢しなさい」

「……不幸だ」

 

  幻想郷というのは、紫が作っている理想郷の名前だ。今じゃそれもかなりの規模を誇っていて、国一つと大差ない。

  さらに、妖怪の山を中心とした勢力が揃っているため、反対派の争いが起きても、すぐに封殺できる。

  要するに、幻想郷の防御は鉄壁となりつつあった。そんなわけで楼夢の出番も減ってきたが、まだ大妖怪クラスは楼夢が相手している。その方が被害を抑えられるというわけで、なんともまあ合理的である。

  実に素晴らしい。……楼夢の負担が増えることを除けば。

 

「それでね、楼夢。最近ちょっと暇できたから私の友達を紹介しようと思うんだけど?」

「ブフォッ!?」

 

  紫の突然の爆弾発言に思わず楼夢は酒を吹いてしまった。

 

「きゃぁっ! ちょっと! 汚いじゃない!」

「紫に友達だと……? 馬鹿な、そんなはずがない! 俺が知っている紫はコミュ障で友人なんて俺以外いなかったはずだ! ……まさか、幻覚……か?」

「はったおすわよ!」

 

  楼夢が驚くのも無理はない。なぜなら先ほど楼夢が言ったことは全て事実だったからだ。そんなやつに急に「友達できました」と言われても、信じられるわけがない。

 

  数十分後、紫が幻術か何かにかかってないのを確認すると、信じられないと言った表情で彼女を見つめた。

 

「いや、しかしまさかお前に友人ができるなんてな。おじさん感激だぜ」

「その顔でおじさんって言われても、違和感しかないんだけど」

 

  女性としてはそこそこ高い背に、すらっと伸びる雪のような色の美脚。顔は絶世の美女と呼ばれた輝夜と同格で、明るい桃色の髪を長く伸ばしている。そんな美女が『おじさん』なんていうと、違和感だらけで仕方なかった。

 

「とりあえず! 今からその友達の家に行くんだけど、よかったら楼夢もどう?」

「そうだな。俺はお前の保護者にようなものだし、一回会っとくか」

「保護者ってなによ!? 私もう4桁普通にこえてるわよ!」

「やっぱりガキじゃねえか。9桁こえてから言え」

「無茶苦茶だぁ!」

 

  涙目になりながらスキマを開く紫。ご丁寧に二つ開けてくれたようで、楼夢は近くに開いたスキマに飛び込んだ。

  だが、その瞬間、紫が楼夢を見て笑っているのに気がついた。

 

「私をおちょくった罰よ。着いた先で反省しなさい」

「おい、紫! お前、これどこにつなげやがったぁ!」

 

  必死の叫びも虚しく、その問いが音に出たのは楼夢がスキマに飛び込んでからだった。

  そして、楼夢は、暗闇の中を垂直で落ちているような感覚に襲われた。

 

 

 ♦︎

 

 

  数分逆さに落ちたところで、楼夢は石畳に勢いよく体をぶつけた。だが衝撃の瞬間に受け身をとり、なんとか怪我を未然に防いだ。

 

「紫のやろう……っ。落ちてる最中に演算装置の電源入れてなきゃ、今頃『足首をクジキマシター!』になってたぞ。見つけたら絶対とっちめてやる」

 

  ブツブツ文句を言いながら、杖を使いゆっくり歩いていく。幸い石畳が続いてる方向に向かえば目的地にたどり着けるようだ。

  だがここで問題が起きた。それは歩いて10分ほどだったことだ。

 

「な、なんじゃこりゃ……っ?こんなん登れるわけないだろ紫の馬鹿ぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

  あまりの理不尽に、楼夢は思わず叫んでしまった。

  だが目の前に映る光景を見ればそれも仕方がなかった。

  楼夢の眼前。そこには、天まで伸びる石作りの長い階段があった。

  見上げてもどこまで続いてるのかわからず、それは六億歳のご老体の楼夢にとって悪夢のようなものだった。

 

「ああもう!いいぜ、受けて立ってやる!後悔すんじゃねえぞ紫ィィィィィィイッ!!」

 

  雄叫びを上げながら己を打ち震わせ、楼夢は全速力で階段を駆け上がった。

  目指すは階段の頂上。首を洗って待ってろ紫!

 

  そんな格好いいことを口にして30分。

 

「し、死ぬ……っ。心なしか腰が痛くなってきたっ」

 

  楼夢は完全に疲れ果てていた。今だに階段の頂上は見えない。

  それもそのはず、楼夢は今演算装置の電源を切っていた。装置の機能なしじゃ杖がないと歩けない楼夢が、そもそも階段ダッシュすること自体間違っているのだ。

  ちなみに紫はこのことをすっかり失念してしまっている。なので救助の可能性は限りなく低かった。

 

「はっ、ははははっ。ここまでコケにされたのは久しぶりだぜぇ。もういい、今度こそ本気でやってやらぁッ!」

 

  電源のスイッチオン。

  すると、体から大量の妖力が溢れ出てきた。

  地面を踏みしめる。そして、思いっきりそれを蹴飛ばした。

  瞬間、凄まじい風圧を体に受けたかと思うと、楼夢が先ほど歩いた距離の2倍の長さを、一気に飛んでいた。

  果たして今までの頑張りはなんだったのだろうか?

  そんな疑問が頭によぎったが、今はどうでもいい。

 

「ヒャッハーーーッ!! 俺は自由だ!」

 

  まるで鳥になったような気分だ。先ほどの疲労も同時に飛んで行ってしまっている。

  音速を超えた速度で、楼夢は階段の上を飛んでいった。

  気がつけばもう頂上は目と鼻の先だ。ラストスパートに大きく飛び上がり、華麗にスライディングしながら石畳の上に着地した。

  石畳は衝撃で吹っ飛び、小さなクレーターができたが気にしない。全ては紫が悪いのだ。

 

「さてさて、これは、なかなかいい景色だねぇ」

 

  頂上の景色。そこには大量の桜の木が、均一に、石畳の道の隣に植えてあった。

  今は冬で花はないが、春になったら一体どれだけの桜が咲き誇るのだろうか?

  その光景を想像して見てみたい、と思ってしまった。

 

  石畳の道を進むこと数分。とうとう目的地らしきところにたどり着いた。

  そこは大きな屋敷だった。敷地内を塀で囲まれており、中心には大きな門が閉じている。

  そしてそこに、一人の人物が立っていることに気づいた。

  門前の人物は老人だった。銀髪で、白い和服の上に緑色のベストを着ていて、腰と背中に長刀と短刀の二本の刀を差している。一言で言えばダンディなおじ様だった。

  そのあまりのしぶさに、思わず目を見開いて見とれてしまった。

 

「か、かっけェ……」

 

  思わずそう呟いてしまう。

  あれだ。楼夢が目指す活かしたおじさん像は。ああいう格好よさが、自分にも欲しいのだ。

  そんなことを考えていると、楼夢に気が付いたのかおじ様が歩いてこちらに来た。

  ま、待ってくれ! まだ心構えがっ!

 

「これ、そこの者。ここから先は立ち入り禁止じゃ。大人しく立ち去るがよい」

「ど、どーも。いやそれがそういうわけにもいかないんですよ。ここにおそらく友人がいるはずなので」

「友人……? 失礼だがその者の名は?」

「八雲紫なんだけど、心当たりある?」

「……そうか、貴殿が紫殿の……」

 

  目の前でおじ様が楼夢の顔を覗くと、何やら小さな声で独り言をこぼす。何を言ったのか問いただそうとしたその瞬間ーーーー

 

「『現世斬』」

「っ!? あっぶねぇ!」

 

  おじ様が突如襲いかかってきた。抜刀してからの突進で距離を詰め、長刀でダッシュ切りを放った。

  だがそれを寸前で愛刀『舞姫』で受け止める。だが相手は突進しながら切りかかったため、勢いで後ろに弾かれた。

 

「おいおい何すんだよ! いくら格好いいおじ様だからって、やっていいことと悪いことがあるぞ!」

「いきなり切りかかったのは詫びよう。だがもしこの門を通るなら儂を倒してからにするのじゃな」

「腕試しってやつかよ……。まあいい、縁結びの神の白咲楼夢だ」

「幽々子様の剣術指南役兼この屋敷の庭師、魂魄妖忌(こんぱくようき)! いざ参る!」

 

  互いに自己紹介をすると、二人の姿は既にそこから消えていた。

  刀と刀がぶつかり、火花が散る。しばらくつばぜり合いで睨み続けた後、両者は同時に距離をとった。

 

「無駄がない動き……相当な手練れじゃな」

「こっちこそ驚いたよ。まさか現段階で弟子より強い剣使いがいるとはな」

 

  互いに賞賛し合うと、再び構えた。

  直後、激しい斬り合いが始まった。

  妖忌が長刀を振るったかと思うと、いつの間にか楼夢が防いでいて、さらにカウンターを放つ。それをさらに予測して、妖忌が受け止め、反撃する。

  両者一歩も退かずに、その光景をビデオ再生したかのように繰り返す。だがそのここでその均衡が崩れ始めた。

 

「っ、ぬぅッ!」

 

  妖忌の体を、すれすれに刃が通り過ぎた。妖忌が苦しそうに声を出す。

  妖忌にとって厄介なのは、時たま楼夢が混ぜてくる変則攻撃だった。

  低く潜り込んだかと思ったら、その場で3回転し回転切りを放ったり、剣術かと思いきや体術を混ぜた攻撃が来るなどなど……。

  とにかく、妖忌は楼夢の動きを今だ読みきれていなかった。これが変則の回転切りだけだったらよかったが、専門外の体術を混ぜられてはお手上げだ。読みようがない。

 

「『冥想斬』ッ!」

「『神羅万象斬』」

 

  密着しているのを利用し、妖忌は長刀ーー楼観剣に妖力を込める。すると、刀身が伸びて緑色の光の刃が出てきた。

  それを、妖忌は振り下ろす。この距離では避けれる距離ではない。

  だが、楼夢も刀に霊力を込めると、青白い斬撃を放ち吹き飛ばしてしまった。

 

  一瞬の硬直。それが、楼夢のオープニングヒットにつながった。

  空いた左手で、妖忌のがら空きの妖忌の胸に掌底を叩き込んだ。

 

「ぐ、ぐはっ!」

 

  腹の中の空気を吐き出しながら妖忌が地面に吹き飛んだ。だがそれだけでは致命傷にならないようで、すぐに立ち上がってみせた。

  すると、妖忌の雰囲気が急に変わった。腰に差してあった短刀を引き抜いたことからやっと全力を出すようだ。

 

「中々やりますな。だがここで退いたら剣士の名折れ。次の一手で全てをかけましょう」

 

  そう言うと、二つの刀に妖力を込めながら鞘に収め、抜刀の構えをとった。

 

「雨を切るには三十年、空気を切るには五十年。では、時を切るには何年かかるかご存知かな?」

 

  妖忌が意識を集中させる。その凄まじさに収めた鞘から妖力が溢れ出てしまっている。

 

「答えは……()()()

 

  瞬間、楼夢の視界に咲いてるはずがない桜の花びらが映った。

  妖忌が刀を抜刀してーーーー、

 

「剣技『桜花閃々』」

 

  凄まじい速度の斬撃の嵐とともに、突進してきた。

  構えは『現世斬』に似ているが、それは一振りするだけで桜の花びらが舞っているかのように錯覚するほど、速く、そして美しく斬撃の舞だった。

  だが、それで驚愕したのは妖忌であった。

 

「なっ!?」

 

  桜吹雪が舞う。だがそれは楼夢に傷をつけられずにいた。

  何か特別なことをしたわけじゃない。

  楼夢は妖忌の『桜花閃々』の突進速度に合わせながら同時に退がり、剣の速度に合わせて全ての斬撃を受け流したのだ。

 やがて、全ての斬撃が終わり、妖忌の動きが一瞬止まる。

 

「雨を切るには三十年、空気を切るには五十年、時を切るには二百年かかると言ったな。では、現世(うつしよ)()()()()()()()()()()()()()()

 

  今度は楼夢が抜刀の構えをとる。その鞘からは禍々しい黒の妖力が集中し、溢れ出ていた。

  もちろん妖忌も黙っていない。技後の硬直が切れ、次の奥義の型をとった。

 

「答えは、()()()()。俺の勝ちだ、妖忌」

「うおぉぉぉぉおッ!!『未来永劫……」

「遅い」

 

  妖忌の技よりも一瞬速く、楼夢が抜刀した。瞬間、辺りが黒に染まった。

 

「楼華閃九十七『次元斬』」

 

  いつ切られたのかはわからない。気付いたら、妖忌の体には周囲の景色を巻き込んで一筋の黒い線が描かれていた。

  直後、線の周囲の景色がガラスが割れたかのように崩れ落ち、妖忌は血を吹き出しながら気を失った。

 

  ゆっくりと、舞姫を鞘に収めた。パチンという音だけが、あたりに静かに響き渡った。







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悪夢の囁き

#前回の書き忘れ#

総合戦闘能力値:

魂魄妖忌:7万



「……遅いわね」

 

  楼夢が階段ダッシュをしてる頃、ふと紫がつぶやく。

  彼女は今友人の屋敷、白玉楼の縁側でお茶を飲んでいた。

 

「本当に紫はその人が大好きなのね」

「別に……そう言うわけじゃないけど」

「でもすごく心配そうな顔をしてるわよ?」

 

  隣に座っている友人、西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)がそんなことを言ってくる。

  血が通ってないような白い肌に、折れてしまいそうな細い腕。顔立ちはかなり整っているが、栄養不足のようにやせ細っている。そして特徴的なピンクの髪の上に、帽子をかぶっていた。

 

「大丈夫よ。確かに階段の一番下に置いていったのは自分でも酷いと思うけど、楼夢は理不尽なくらい強いわ。ちゃんと辿り着けるはずよ」

「でも門の前には妖忌がいるわよ?その人はそんなに強いのかしら?」

「まあ、全力を出せば負けないでしょうね……。彼の本気は私でも見たことないから」

 

  妖怪の山の時には、楼夢は彼自身が作り出した別世界で戦っていたため、紫が見たのはその戦闘後の光景だけだった。とはいえ、それだけで木々が燃えたり凍ったり色々カオスになっていたため、本当に別世界で戦ってくれてよかったと、紫は密かに思う。

  ちなみに、紫はこの時楼夢の演算装置に制限があることを失念している。そのため、後で楼夢にきついお仕置きをくらうはめになるのだが、この話は後ほどにしよう。

 

「でも本当に大丈夫かしら?()()()()()()()()()()?」

「……大丈夫よ。彼はなんとかしてくれるわ」

 

  不安げに語る幽々子を、紫はそう言いなだめるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「いやぁ、やっぱ刀は長刀ですなぁ」

「全くですな。流石楼夢殿はわかっていらっしゃるのう」

「いやいや、妖忌殿も素晴らしいですぞ」

 

  一方その頃、楼夢は門前の階段の下で妖忌と雑談をしていた。

  なぜこうなったのかを説明すると、数分前にさかのぼる。

 

  その頃、楼夢は腹から血を出している妖忌を治療していた。別に殺す気は無かったので無駄に死なせるのも悪いからだ。

  あとはもし殺したら、この後に起こるいざこざで絶対ややこしくなるからだ。流石に紫の友人の屋敷の門番を切り殺すほど、楼夢は狂気染みていない。

 

  そんなことを思っていると、どうやら妖忌が起きたようだ。

  あたりをキョロキョロと見渡し、楼夢に問いかける。

 

「……どうして儂を治したのじゃ?」

「別に、紫の友人の門番を殺すほど、余裕がないわけじゃなかったからな。第一お前が消えたら後で絶対めんどくなるだろ?」

「……ふっ。かないませんなぁ」

 

  そう自嘲気味に笑うと、妖忌がゆっくりと立ち上がる。まだ傷癒えてないのに、すごい根性だ。

 

「儂もまだまだ精進せねばならぬようだ。今回の戦でそれがはっきりわかった。感謝するぞい、()()殿()

 

  おおっ!?

  妖忌が楼夢の名前を『殿』をつけて呼んでくれたことに、楼夢は感激する。

  楼夢殿と呼んでくれるあたり、一応楼夢のことを信用してくれたのだろう。ならばこちらもと、

 

「いや、礼はいらんぞ、()()殿()

 

  『殿』をつけて、妖忌にそう告げる。

  なんか侍っぽい感じがして一気に年寄り感が増したかも。目指せ、ダンディおじ様!

  楼夢がそう新たな目標を掲げると、妖忌が話を変えてきた。

 

「それはそうと、楼夢殿は素晴らしい剣の使い手ですな。一体どれほどの年月を修行に費やしたのですか?」

「軽く六億年だ。本当の話」

「……えっ?」

 

  本当のことである。楼夢の年齢は()()()()なだけあって、六億歳ジャストというわけではない。ちなみに最近知ったが楼夢の実年齢は6億8397万1013歳だ。

  そのことを妖忌に伝えると、「なるほど……それなら納得ですな」と一人つぶやいていた。どうやら楼夢が本気で戦っていないのを見抜いていたようである。

  とはいえそれ以上は何も言われなかった。相手に手加減するなど侮辱も同然だが、実際妖忌が死んだら楼夢にも迷惑がかかるということを理解したのであろう。いずれにせよ、妖忌は結局「弱い自分が悪い」とは結論づけたようだ。

  というか戦闘中にわかったけど妖忌さん普通に紫なんかよりずっと強いよな。それで弱いとは言い切れるなんて、男を見たぜ……

 

  その後は、様々な雑談をした。妖忌が半人半霊という種族だったりだとか、実際にその半霊を見せてもらったりだとか。それで今に至る。楼夢と妖忌は歳は違えど精神は老人なので意外と話や趣味が合うようだ。それで仲良くなれたのである。

 

「さて、ではそろそろ屋敷へと案内しましょう。あんまり待たせるのも悪いですからのう」

「そうですな。では参りましょう」

 

  妖忌はそう言うと門を開ける。

  そこを覗き込むと、白い世界が楼夢の視界に映った。

 

「ようこそですな。白玉楼に」

 

  あたりを見渡す。庭は土の代わりに全部白い砂で埋め尽くされており、そこに植えてある木が美しく見えた。

  妖忌は戦闘前に庭師と言っていたが、この庭は全部彼が整えるのかな?

  そんなことを思い、妖忌に聞いてみると、やはりそうだったようだ。

  流石妖忌と、内心褒める。いつか白咲神社も、こんな風にしてみたい。

 

「楼夢!」

 

  門を抜けてしばらく経つと、紫が楼夢の元に飛び込んできた。

 

「ずいぶん遅かったじゃない。心配した……」

「さっきはよくもやってくれたなぁ? 楽に逝けると思うなよぉ?」

「な、なによ!? 楼夢だったらあれくらいすぐ……」

「スタミナ持たんわ! 誰が嬉しくて身体能力強化なしで階段ダッシュせなあかんのや!」

「……あっ」

 

  失念していた、という風に紫が声を漏らす。だが許しはしない。これも老人に階段ダッシュさせた紫が悪いのだ。

 

「そ、それは……大変だったわね……」

「なぁに目ぇ逸らしてんですかぁ? ちゃんとこっちを見てくださいよぉ?」

「そ、その……許してヒヤシンスッ!」

「許すかボケェェェェッ!!」

 

  片手を突き出すと術式発動。真空魔法のバギマを紫に直接放ち、空の旅行へと誘った。

  上から断末魔が聞こえたが無視しよう。

 

「イィィィヤァァァァァア!!」

「おうおう……凄え声だなこりゃ」

「楼夢殿……さすがにこれは……」

 

  そうこうしてるうちに、魔法の継続時間が切れて紫が空から落ちてきた。下が砂なので大した怪我にはならないだろうから、しばらく放っておこう。

 

「ちなみに妖忌殿、ここの家主はどこなんだ?」

「あら、ここにいるわよぉ〜」

 

  くるりと横を振り返る。そこには、栄養失調でやせ細ったような少女がいた。

  いつの間に楼夢の横に移動したのだろうか? まるで幽霊のような少女である。

 

「おっと、お初目にかかる。紫の保護者の白咲楼夢だ。よろしくな」

「西行寺幽々子よ。よろしくね」

「ちょっと! 誰が保護者よ!」

「いつもこの子がお世話になっております〜」

「やめて! ああ、私の誇り高いプライドが削られていくぅ……」

「あ、プライドあったんだ?」

「ぶち殺すわよ!」

「……ふふふ」

 

  復活した紫が早々楼夢に抗議する。だが保護者なのは事実なので、うまく楼夢にあしらわれてしまった。

  そんな二人のやりとりがおかしかったのか、幽々子が笑いを吹き出す。

  するとそれが珍しかったのか、紫が目を丸くした。

 

「幽々子、あなた今……」

「さあそろそろ行きましょうか?ここでずっと立っているのもあれだし」

 

  そう言うと幽々子は屋敷内にさっさと入ってしまう。

  その後、妖忌の案内によって、楼夢は屋敷内の居間にたどり着いた。

 

「へぇ、中々広いな。うちの神社よりは狭いが、それでも十分広い」

 

  屋敷を歩き回って気づいたが、ここの屋敷はこれだけ広いのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  これは正直言うとおかしい。二人だけで住むにはあまりにもここは広すぎる。

  おそらく、元々ここには人がいたのだが、何らかの理由で使用人が全員辞めてしまったのだろう。その理由は詮索しないが。

  とはいえ、ここまで怪しさ満点だと、自然にあたりを警戒してしまう。

  まあ、確定として幽々子はともかく、妖忌が襲ってくることはないだろう。彼は騙し討ちなどといった嵌めるような行為がかなり苦手なようで、誤魔化す時さえバレバレなのだ。武士道に反する行為はおそらくプライドが許さないのであろう。立派な心がけである。

 

「そういえば、色々お菓子持ってきたんだが、食うか?」

「ごめんなさい。私、あまり食欲なくて……でも一個か二個なら」

「わかった。じゃあ、紫と妖忌殿の分まで出そうか」

 

  巫女袖を通して、楼夢専用食料庫から饅頭を十個ほど、皿に乗せて取り出す。

「相変わらず便利ねそれ……」と紫がつぶやいていたが、彼女もやろうと思えば同じことができるので多分これがあっても意味はないと思う。

 

  そうして取り出した饅頭を、4人で分けて食べる。幽々子は本当に一個だけしか食べなくて、雑談だけすると寝室に行ってしまった。

  妖忌は主人の前で食べるのを遠慮していたが、幽々子がいなくなったのでようやく食べ始める。

 

「ちなみに紫」

「ん、なによ、楼夢?」

「俺をここに呼んだ意味はなんだ?」

「っ!?……気づいてたのね」

 

  饅頭を頬張る紫にそう問いかける。紫はその問いに一瞬体を硬直させると、真剣な表情で楼夢を見つめた。

  だが、その頬にあんこがついているせいで、シリアスな雰囲気は一気に崩れ落ちてしまう。マジメな顔で笑いを誘わないでください、紫。

 

「当たり前だ。老体の俺をわざわざここに引っ張り出すってことは、それなりのことが起きてるんだろ?」

「……ええ、その通りよ。ただ、なにが起きてるのかはあえて言わないでおくわ。どうせそのうちわかるだろうし」

「そうですな。とりあえず楼夢殿は今日ここに泊まってみてはどうだろうか? そうすればここでなにが起きているのかおそらくわかるじゃろうて」

 

  確かに、妖忌の言っていることは一理ある。ここは素直に泊まっていこうか。

  だが、そのためには娘たちにも連絡を入れなくては。そのことを紫に伝えると、彼女がなんとかしてくれるそうだ。

 

  空を見上げる。もう天は紅に染まっていて、もう少しで暗くなるだろう。

  泊まると決まれば、まずは部屋の整理をしなければ。夕食は紫と同じでなにもできないので、とりあえず楼夢愛用布団を取り出さなくては、と楼夢は今後の計画を立てた。

 

 

 ♦︎

 

 

  そしてその深夜。夕食を食べ終わり、全員が深い眠りにつくころ。

  楼夢は突然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!?」

 

  そのあまりに濃く、それでいて自然に溶け込んでいる死の空気に、慌てて布団から飛び起きる。そして、素早く巫女服に着替えると、演算装置の電源をオンにし、愛刀を持って、部屋を飛び出した。

 

  縁側から外に出てみるが、誰かが起きている雰囲気はなかった。それほどまでに自然に、気づかれないように溶け込んでいる。楼夢でさえ、己の狐としての五感がなければわからなかっただろう。

  そのことに気を引き締めていると、あるものを発見した。

 

「……なんだあれ?」

 

  それは、妖しく光り輝く、蝶のような光体だった。空をふわふわと飛び、美しくも妖しい紫の光を放っている。

  それがなんなのか確かめるため、近づこうとするが、先に蝶の方が楼夢の存在に気づいてしまい、一直線に突っ込んできた。

 

「『羽衣水鏡』」

 

  だがその進路に水の結界を張ることで防ぐ。蝶は水に触れると蒸発するように消滅した。

  スカーレット・テレスコープであらかじめ蝶に質量がないことはわかっていたので、弾幕などの霊的な力を防ぐ『羽衣水鏡』を今回はチョイスした。そしてそれはどうやら正しかったようだ。

  だが油断はしない。さっきの蝶を調べた結果、あれは触れただけで対象の魂を文字通り()()()()()()()()効果があるとわかった。

  つまり、ワンタッチ=即死である。一応楼夢の周りを球状の『羽衣水鏡』で覆っておいたので、蝶だけならこれから大丈夫だろう。

 

  そして死の気配をたどること数分、それはそこにあった。

 

「……なんだ、これは……?」

 

  圧し潰すような圧倒的な死の香り。それをまとった、巨大な桜の大樹が、そこにあった。

  その大樹の枝には、先ほどの蝶が何百と止まっていた。季節のせいなのか、花は咲いてなかったが、この木を咲かせてはならないと、楼夢は本能的に理解してしまった。

 

(……この感じ、どっかで……?)

 

  だが不思議なことに、楼夢はどこかでこの雰囲気に似たものを知っている気がする。

  だが思い出せない。確かなことは、その記憶は最近のものではなく、数百年以上前のであることだ。

  通常の数十、数百倍大きな大樹を見つめる。だがやはりわかったのは、どこかでこの空気を感じたことがあるという記憶だけだった。

  これ以上ここにいても仕方がないと判断し、楼夢が踵を返そうとしたその時ーーーー。

 

『……うむ、さん……ろ……む、さ……楼、夢……さ……ん』

「……ッ!?」

 

  突如、頭の中で、誰かの声が響いた気がした。それも、確実に、どこかで聞いたことのある声だ。

  だが、その声は、自分が最後にどこかで聞いた声とは印象が全く違った。記憶の中では、この声はもっとさわやかで、美しかったはず。だが今聞いたのは、音こそ同じだが、酷く粘着性のある、狂気を感じさせる声だった。

 

(今のは……いったい?)

「おや、楼夢殿。どうやら見てしまったようじゃな」

 

  先ほどの声に気を取られ、背後から寄ってきた気配に気づかなかった。

  今の声の持ち主は妖忌。彼もどうやら、この光景を知っているようだった。

 

「ああ、妖忌殿か。ちょうどいい、これはいったい……?」

「そうですな。これについては、明日お話しすると誓おう」

「……そうか。じゃあ最後に一つ。つい先ほど女性の声を、聞かなかったか?」

「……女性の声、ですか?そのようなものは一度も……」

「……そうか」

 

  最後にもう一度振り返り、桜の大樹を見上げる。妖忌もつられて、木を見上げた。

 

「『願わくは、花の下にて、春死なん

 その如月(きさらぎ)望月(もちづき)のころ』か……」

「おや、その歌を知っていらっしゃったか。その歌は幽々子様のお父様が詠んだ歌なのです」

「なるほど……だから『西行寺』なのか……」

 

  今の歌は現代日本でも有名な西行法師が詠った歌である。だがなぜそんな有名人物の屋敷が、今じゃ使用人すらいない状態になっているのだろうか。謎は深まるばかりだ。

 

  その後、楼夢は妖忌とともに一旦屋敷に帰り、再び布団の中に入る。

  結局あの声の持ち主については今も思い出せない。だがいずれわかるだろうと、楼夢は割り切り、深い眠りについた。

 

 

『やっと来てくれましたか……楼夢さん。……ふふふ、アハハハハハ!!!』




「もうそろそろゴールデンウィーク!作者は今永夜抄を頑張ってます!魔理沙のマスパの画面ズレ激しいのどうにかならないかな?作者です!」

「ゴールデンウィークは特に予定なし!ドラクエ11早く発売されないかなぁ。狂夢だ」


「なあ作者。お前今話の前書き見たか?」

「えーと、妖忌さんの戦闘能力値についてですよね?7万って、博麗さんより強いんですね」

「そのことで思ったことがある。原作キャラの戦闘能力値弱くないか?」

「……あっ!」

「紫なんて今2万だろ?普通に妖忌より圧倒的に弱いじゃねェか」

「え、えーとですね。現在の前編はあくまで原作前のストーリーであって、若干原作の時より弱くしているんですよ。まあ、紅魔郷くらいには紫さんは7万ぐらいになってると思うので、そこは上手く調整したいと思います」

「なるほど……。今考えたにしちゃまともだな」

「ギクッ!な、なんのことでしょうか?」

「まあいい。ちゃんと後編で調整しとけよ?」

「イエッサー!頑張ってます!」


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悪寒の正体


眠らせてくれと叫ぶ声が

鎖のように、彼女を呪いに縫い付ける


by白咲楼夢


「んで、昨日のあれはなんなんだ?」

 

  次の日の朝、楼夢は例の桜の大樹の下で妖忌に問い詰めていた。

  どうやら朝は大樹の方も何も起きないようで、現在ここは人に聞かれたくない話をするなら絶好の場所になっている。昨日のことについて話すならうってつけの場所だ。

  妖忌は、重々しく頭を上げると、ゆっくりと、静かに答えた。

 

「……まず、この桜の木の名は『西行妖(さいぎょうあやかし)』と言います」

「西行妖……か」

 

  楼夢は無意識にその名をつぶやく。

  妖忌が続けた。

 

「幽々子様のお父様は、かつて偉大な歌人でした。知っての通り、『西行法師』として名が広まり、慕う者も次々と現れました」

 

  それは現代でも同じだ。だが歴史上では西行法師に娘がいたなどという話は聞いたことがない。そして、西行妖などという桜についても、何も書かれていなかった。

 

「だが、そんな方でも寿命には勝てぬ。だんだんと年をとってゆき、ついには死ぬ一歩間際までいってしまった。そんなときじゃった。あの方がこんなことを言ったのは」

 

『桜の木の下で、死にたい』

 

  彼は、最後にそう言い残し、この世を去った。そして使用人や、彼を慕う者たちは、西行法師の遺体を、屋敷の近くの一番大きな桜の大樹ーー『西行妖』の下に埋めたそうだ。

  それからというもの、彼を慕う者は自分の最後を悟ると、彼と同じように西行妖の下で自ら自害し、眠っていったようだ。

  だが、そこで悲劇が起こった。

 

「ある日、数十、数百という魂を吸収してしまった『西行妖』が突如妖怪化したのです。そして手当たり次第に近くの魂を狙い、食い漁り、力を増しながら凶暴化していきました。そして、今では誰も制御できなくなったのです」

 

  ありえる話だ。桜は地面に埋めてある死体の血を吸い、花に色をつけると言われている。おそらく、大量の死体の血を吸っている最中に、魂も一緒に流れ込んでしまったのだろう。

  意思のないものが妖怪化するには、それが妖力をまとっていることと、その妖力にあった器があることが条件である。あれほど巨大な大樹だ。器としては最高レベルだったのだろう。吸収した血と魂は膨大な妖力に変換され、結果、妖怪『西行妖』が生まれたというわけだ。

 

  そしてそんな妖怪が暴れ回り、無差別に人間を食い散らかしたのだ。おそらくその時は地獄絵図が映っていたことだろう。

  こうして使用人は妖忌を覗いて全員食われ、進化したこの木だけが残った、ということだ。

 

「だが悲劇はまだ続いた。周りに食べる魂がなくなった西行妖は、『死霊を操る程度の能力』を持つ幽々子様に目をつけたのじゃ」

 

  それは、幽々子が屋敷の周りを散歩していたときだった。彼女が歩いていると、どこからともなく黒く光る禍々しい光球が現れたそうだ。

  当時、妖忌はすぐにその光体が危険なものだと気づいたが、時すでに遅し。

  幽々子は、突撃してきた光球に触れると、全身を黒い光に覆われ、気を失ってしまったらしい。

  それからだった。幽々子の能力が『死に誘う程度の能力』に変化してしまったのは。

  突如進化した凶悪な能力を、ただの少女が制御できるわけもなく、能力は次々と人を西行妖の元に誘った。そしてさらなる犠牲者を呼び、西行妖が満足する頃には、千人以上の人間が犠牲になったそうだ。

  それから、西行妖は毎年の春に開花すると、人間の魂を吸収し、再び眠りにつくようになる。

  今は二月。あと二ヶ月もすれば、再び西行妖が開花する季節だ。

 

「そして幽々子様の体ももう限界に近い。毎年暴走する能力を無理やり使用させられればさせられるほど、代償は幽々子様の身に降りかかり、体を蝕んでいく。……おそらくタイムリミットは……次の春じゃろう」

「なるほど……。だから紫は俺を呼んだのか。……だけど、黒い光……か。それについての情報はないのか?」

「わかっていることは……紫の蝶は触れた生物を直接死に誘うということと、黒い光は触れたもの全てを()()させるということだけじゃ」

「……そうかわかった。まだ時間はあるんだ。俺の方でも情報を探そう」

「うむ、かたじけない」

「これも老人の仕事だ。未来ある者が老体より先に死ぬことは許さねえ」

 

  そうと決まれば早速情報収集だ。まず黒といえば、思い当たるのは……アイツだろう。

 

  楼夢は、紫に白咲神社に一旦送ってもらうと、目的の人物を探すため、空を飛んだ。

 

 

 ♦︎

 

 

「……てことで、ここに来ました」

「……あんたねぇ、意外に暇なの? てかいきなり言われても分からないわよ。説明をサボるな」

「ま、楼夢も今じゃ年中暇人だからな。あとかくかくしかじかで話通じると思うなよ? 地味に古いなお前」

 

  出会って早々、楼夢をディスる二人。片方は燃え尽きたような白髪が特徴の男、火神矢陽。もう片方は今回話を聞きに来た目的のルーミアだ。

 

  ここは平安京。そこの中にある、とある団子屋の外席に、楼夢たちは座っている。もちろん片手には全員団子を、火神に至っては酒をもう片方の手に握っていた。

 

「まあまあ、そう言うなよ。ていうかお前ら探すのに地味に二週間かかったんだが? どうでもいい時はいるくせに、肝心な時に消えるんじゃねえよ。使えねー奴らだ」

「うっせ、暇人。俺はここで金を集めるのに忙しいんだ。勝手に信者が集まって勝手に金を置いていくお前の神社とは違うんだよ」

「おまけにお前らの食費は高そうだからな」

「う、うっさいわねっ! 人喰い妖怪はただでさえ食べる量が多いんだから仕方ないでしょ!? 」

「いや、俺は火神がどうせ高級酒を買いまくってるから食費が高いのかと思ったんだが……んん?」

 

  ニヤニヤしながら、意地悪に楼夢はルーミアに問いかける。「あっ!?」とルーミアが失言をしたのに気づいて弁解しようとするが、それよりも早く火神が口を開いた。

 

「ほんとどうにかしてくれよこいつ……一食食うごとに一円を軽く超えるんだぞ? いくら稼ぎがいいからって、ここまで使われると泣けてくるぜ」

「〜〜ッ!」

 

  きっぱりとそう火神に言われてしまい、ルーミアは顔を真っ赤にして抗議しようとするが、返すところもなく悔しそうに口を閉じて黙ってしまった。

  そして少し揉めること数分、楼夢は脱線しかけた話を再び戻し、事情を説明する。そして闇の専門家であるルーミアに、今回の黒い光体について聞いた。

 

「……うーん、長いこと闇の妖怪として生きてるけど、触れた敵を一瞬で消滅させる闇なんて私を除いて見たことも聞いたこともないわね。触れても気絶しただけって人間もいたことから……それは多分『呪い』ね」

「……呪い?」

「そう、呪い。正しくは呪力っていう力を使って発動させる術式のことよ。用途は主に人の体調を悪くしたり、幻覚を見せたり、人を不幸にさせたり……まあ条件さえ揃えばいくらでもあるわね」

「つまり、そこに敵を消滅させる呪いもあると?」

「あるって言えばあるわね。最も、そんな呪いを発動させるには大きな代償が必要だわ。ただの呪術師が使えば体が吹き飛ぶぐらいのね」

 

  だが、それは逆に言えばそれほど効果のある術ということだ。そして『普通の呪術師』とルーミアは言っていた。つまり、普通じゃなければ使えるということだ。

 

「ま、そうなるわね。何らかの能力によって、無条件で呪いが使えたり、生まれつきそういった呪いへの耐性が高かったり……。いずれにせよ、そのレベルの呪いを無条件で使える人間なんて、この大陸に一人いるかどうかの確率よ? そんなのがいるなら、今頃一躍有名人でしょうね」

 

  ルーミアの言う通りだ。そんな人間がいたら、有名になってないわけがない。だがそんな情報は聞いたことがない。つまり、この広い平安京の中でもそんな人間は存在しない、ということだ。

  だがおかげで有意義に情報を得られた。

  呪い、か……。そこが何か引っかかる。だが結局何もわからず、楼夢はその思考を打ち切った。

 

「ありがとな、ルーミア。とりあえず俺はこれから妖怪の山でも行って、情報を集めてくるよ」

「別にいらないわ。そんなことより、火神。お客さんよ」

 

  と、そこへ、こちらに近づいてくる人影があった。

 

「おお、火神矢殿! こんなところで会うとは奇遇ですな」

「清明か。仕事でもないのにお前に会うなんて、今日は槍でも降るのかねぇ」

「はは、火神矢殿はご冗談が上手い」

 

  男はこちらに近づいてくると、火神と話し始めた。

  会話の内容は少なかったが、火神の同業者ということと、清明という名で、楼夢はこの男がかの有名な安倍晴明であると推測する。果たしてその推測は合っていたようだ。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。またどこかで会おうぜ」

「あばよ、ちょうどこっちもいい仕事ができた。行くぞルーミア」

「ちょっと、まだ私団子食べてるんだけど!」

 

  ルーミアの抵抗も虚しく、清明とともに火神は人混みの中に消えていった。

  それを確認すると、楼夢は次の目的地へ向かった。

 

「ま、あそこで頼りになりそうなのは文か天魔か……剛くらいかね?アイツ無駄に俺より長生きだし、なんか知ってるだろ」

 

  微塵も期待の込もっていない声でそう呟く。

  そして平安京を出ると、楼夢は空を飛び、妖怪の山へ向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

「知らん」

「知らないわ」

 

  結論から言おう。ダメでした。

  妖怪の山に来て早々、天魔の屋敷へと向かった楼夢は、天魔と文にそう言われてしまう。

 

「ちょ、おいお前ら! 会って聞いて最初の言葉がそれって短すぎるだろ!」

「じゃあどう言えばいいのよ? 知らないものをいくら言おうが結果は変わらないでしょうが」

「冷たすぎるだろお前ら! 俺になんか恨みでもあるのかよ!?」

「仕事中にいきなり押しかけてきた」

「屋敷の扉を思いっきり吹き飛ばされた。というか後で弁償してくれよ。地味にあれ結構高いんじゃからな」

「マジすんませんでした」

 

  それぞれが楼夢に冷たく当たる理由を述べる。それに対して楼夢はすぐに謝ったが、おそらく扉は直すことは永遠にないだろう。

  立派な扉は蹴破って壊す。それが諏訪大戦の時、出雲神社で決めた楼夢のルールの一つであった。(突撃! 諏訪大戦編を参照)

 

「ふーむ、やっぱり知らないか……。あまり気乗りしないが最後に剛の所に行くか」

「そうそう、とっとと帰りなさい。こっちは幻想郷のことで忙しいのよ」

「……ありがとな、紫の夢に付き合ってくれて」

 

  楼夢はそう言い文と天魔に感謝を述べる。彼女の夢は、遠く遠くどこまでも果てしないものだ。だがそれに付き合ってくれて、理解してくれる人たちがいることに、楼夢は本心で感謝していた。

  と、そこへ、頭を下げた楼夢に天魔が言う。

 

「礼はいらん。確かに人間と共存することを反対する者も少なくはないが、人間は文明の成長速度が異常なほど早い。未来のことを考えると、こうしておくのが一番良さそうじゃからな」

「そうか、じゃあまた今度。次に会ったらお土産でも持ってくるぜ」

「楽しみにしているぞ?」

 

  期待しておけ、と最後に言い、楼夢は屋敷を出て行った。

 

  ……屋敷の窓を破壊しながら。

 

「「ちゃんと扉から出て行けぇぇぇぇッ!!」」

「ハッハハハハッ! 今の俺は誰にも止められん! さらばだ!」

 

  高笑いしながら、外へ飛び出し全力疾走を開始する。

  後ろから二人が追ってきたが気にしない。そしてある程度距離を離すと、悔しそうに引き返していった彼女たちの顔をスカーレット・テレスコープでしっかり覗いた後、しばらくして鬼の領地内に入っていった。

 

 

 

 



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妖怪の山の剛の変


白い羽の生えた俺が問いかけてくる

『やっぱ貧乳だろ、貧乳』

黒い羽の生えた俺も言葉を発した

『そうだな、やっぱ貧乳だろ普通』

二人の悪魔が、俺に囁いてきた


by白咲楼夢


 

  鬼の領地内にたどり着いた楼夢は、さっそく剛のいる屋敷を目指し、歩いていく。ここを離れて数十年が経っているので、見ない顔の鬼もいるが、あまり用事はないので無視をする。

 

「おいそこの狐ェ! ここがどこだかわかってんのかァ!?」

「鬼の領地内だろ? だったら俺が入ろうが問題無いはずだ」

「ああん?なに意味わかんねえこと言ってやがる。下等な狐は大人しくお家に帰ってろ!」

 

  歩いていると、さっそく先ほど無視した鬼の一人が絡んできた。見たところ対して強くなさそうなので、適当にあしらう。

  すると、鬼はその楼夢の態度にイラついたのか、大きく拳を振りかぶると、大ぶりに拳を落としてきた。

 

「ったく、だから若い奴は……」

 

  だがそんなもの、最大で光の速度、つまりマッハ88万の世界に生きる楼夢にとって、退屈で仕方がないものでしかない。

  振り抜いた腕を掴むと、それを引っ張って拳を地面に衝突させる。そして急に重心が前に傾いたことにより、バランスを崩した鬼の頭に、デコピンを食らわせた。

 

「ぐゥおぉぉぉぉオッ!!」

 

  ただのデコピンではない。指の表面に妖力を超圧縮させて、それを頭にぶつけることで、衝撃波を発生させたのだ。

  楼夢は相変わらず非力だ。だが妖力というものをうまく使えば、このように格下ぐらいなら吹っ飛ばすことができるのだ。

  地面に頭から飛び込み、明らかにヤバイ音が鳴った鬼に、楼夢は問いかける。

 

「どうだ? もっと遊んで欲しいか?」

「ぐぐぐぅぅ、貴様ァ! お前ら、やれ!」

 

  だが鬼というのは頑丈で、首の骨が折れたぐらいでは降参しないようだ。鬼はすぐに近くに潜んでいた仲間に指示を出し、楼夢を取り囲む。

  それにしても、鬼のくせに仲間を呼ぶとは意外だ……。楼夢が妖怪の山にいたころは、全員が一人で突っ込んでくる奴ばかりだったので、少し驚いてしまった。

  これが最近の鬼なのかねぇ……?もうちょっと剛たちを見習ってほしいものだ。

  カチリと演算装置をオンにすると、両方の手のひらに妖力を超圧縮させ合掌すると、先ほどのように、楼夢を中心に衝撃波を放った。

 

  轟音が鳴り響く。

  楼夢がいた場所はクレーターのようになっており、その周りは跡形もなく吹き飛ばされていた。チンピラ鬼どもも、そこに転がっている。

 

「暇な戦いだったなぁ。いや、そもそも戦いにもなってないか」

 

  演算装置の電源をオフにしながら、わざと鬼たちに聞こえるようにそう呟く。

 

  すると、遠くの方から複数の別の気配が近づいてくるのがわかった。

  多分この気配は勇儀たちのだろう。ちょうどいい、このチンピラたちの処分をお願いしよう。

 

  そう考えていると、勇儀は姿を現した。学校の体育着のような服にちょっと透けて見える透明なスカート、そして体育着の上からくっきりと形作る巨乳がエロい。それはもうエロい。

  多分楼夢とかではなかったら鼻にティッシュは必要不可欠だろう。

  そんな勇儀は、楼夢に気づくと、一言

 

「おおっ! どこの誰かと思ったら楼夢じゃん! 久しぶりだねぇ」

 

  と、相変わらず豪快な声で挨拶をしてきた。

 

「久しぶりだな、勇儀。萃香は今日はいないのか? よく二人で一緒にいるが」

「萃香は今寝てるよ。昼から飲み過ぎちまってな。アンタが来るとわかっていたら起きてただろうに。まっ、どうせそのうち起きるだろう」

 

  常にキャラがぶれないな勇儀と萃香は……。

  よく見れば勇儀と後ろの鬼たちの顔も、ほんのりと赤い。どうやら楼夢が来る前に一杯やっていたようだ。

 

  その後、後ろにいた古い鬼たちと言葉を交わしたりして楽しんでいると、先ほど転がっていたチンピラが勇儀に声をかけた。

 

「ゆ、勇儀の姐さん! そ、そいつ、侵入者ですぜ! 早くやっちまいましょう」

 

  そう訴えると、チンピラは勝ち誇った笑みを浮かべていたが、その言葉を勇儀が両断する。

 

「黙りな。こいつは母様の将来の結婚相手だ。こいつを侮辱することは、アタシたちが黙っちゃいないよ?」

「おい、なんだその結婚相手ってやつは?」

 

  思わずツッコミを入れてしまう。

  確かに剛は強い者好きだが、こんな99%が女の自分と結婚したがるはずないだろう。

  そんな楼夢のツッコミを無視して、勇儀はチンピラを睨みつける。すると、チンピラは「なっ!?」と、驚きの声をあげて、必死の抗議をした。

 

「勇儀の姐さん、さすがに言葉が過ぎるぜ! そんなナヨナヨしたやつが、頭領の婿だなんてッ!」

「なんなら力で示すかい? ここでは力が全て、それが鬼のルールだろ?」

 

  「くそっ」と悪態をつきながら、チンピラどもが退場する。さすが勇儀、その姿はまさに番長の如し、だな。今度から心の中で姐さんと呼ぼう。

 

 そしてチンピラが退場すると、そういえば、という風に勇儀は楼夢に問いかけた。

 

「そういえば、今日はここになんの用事で来たんだい? 母様に会うためと言ってくれたら、アタシたちも嬉しいんだけど」

「まあ、当たってるっちゃ当たってるな。今日は剛にちょっとあることを聞きに来たんだ」

「なるほど、それならさっそく母様の屋敷に向かおうか。……おい、誰か母様に楼夢が来たと伝えろ!」

 

  勇儀のその声で、数人の鬼が我先と走っていく。

  ヤベェ、マジで勇儀の姐さんが輝いてるように見えるんだが。こういうところを、紫と剛も見習ってほしい。

  彼女たちも表では一応カリスマがあるらしいのだが、いざ私生活になると二人とも料理はできない、部屋は散らかっている。おまけに威厳というものが本当にあるのかどうか疑わしいカリスマブレイクを二人ともかましてくるのだ。

  ちなみに紫はストレスが溜まると精神が退化し、剛の場合は飲みすぎると日照った扇情的な肌を露出させながら抱きついてくる。

 

  こうしてみると、改めて、日常でもかっこいい勇儀は凄いと感じる楼夢であった。

 

 

 ♦︎

 

 

「久しぶりじゃな、楼夢! 儂はお主に会えなくて寂しかったぞ!」

「六億生きてるお前が今さらなに言ってんだよ。というかいきなり抱きつくのやめろ」

「こんなのスキンシップの一つじゃ。のちに慣れる」

「慣れちゃいけないだろそれ!?」

 

  屋敷に入ると早々、剛が楼夢の体に抱きついてくる。

  あの大宴会から数ヶ月はこの妖怪の山で暮らしていたが、剛のスキンシップが日に日に激しくなっているような気がする。

  今だってそうだ。最初の一日は互いに酒を呑んで語り合うだけだったが、今では楼夢に出会うたびに抱きついてくるようになっている。

  その光景を見た妖怪の山のメンツは、この症状を『桜ドラッグ』と呼び、恐れるようになった。

  どうやら楼夢の頭に咲いている巨大な桜を、剛がよく気持ち良さそうに嗅いでいることから、「楼夢の桜には麻薬のような効果がある」と勘違いされているみたいだ。いや、実際ここから桃みたいに甘い匂いがするのは事実みたいで、本当にそんな効果があるのかもしれないが。

 

  桜なのにも桃の匂いとはこれいかに。

  そんなことを考えていると、さっそく剛が楼夢の桜に顔を近づけ、スンスンと嗅ぎ始めた。

 

「おい、ちょっと剛。まだこれに麻薬効果があるのかわからないから迂闊に嗅ぐなと言っただろ?」

「いい匂いがするのに止められるわけなかろう。それに、もし、それが本当でお主のことしか考えられなくなり、依存してしまっても、それはそれで……」

「さらっと恐ろしいこと言うんじゃねえよ! 本当になったら怖いわ!」

「まあ、毎回嗅いでるから、それに麻薬効果がないことはなんとなくわかるんじゃが……」

「じゃあそれ正気でやってたのか!? ああもう、鬼の頭領がこれでいいのかよ!」

 

  体を楼夢に預けながらヒートアップしていく剛。それを、どうしてこうなったと嘆く楼夢。

  そんな二人に、勇儀からある声がかかった。

 

「いい加減中入ろうぜ」

「「……あっ」」

 

  すっとん狂な声をあげる二人。

  見れば他の独身の鬼たちも、玄関前からイチャイチャされて拳をプルプル震わせていた。

  そう、この時全ての後ろの鬼たちは思った。

 

(玄関前でイチャイチャすんじゃねえよ!!)

 

  その後、頭領モードになった剛が命令を出し、酒やら食料やらを大量に持ってこさせた。

  これでやることと言ったら宴会以外ないだろう。

 

  今夜は長い夜になりそうだ、と楼夢は思った。

 

 

 ♦︎

 

 

  ガヤガヤ、ガヤガヤ。

 

  騒がしい音が聞こえる。だがそれは不思議と不快感が湧かなく、逆にこちらも乗り気にさせるような騒がしさだ。

  そして、月が出る夜の中、楼夢は鬼たちと宴会に参加していた。

 

  あっちこっちで飲めやー、騒げやー、踊れやー、殴れやーと声が聞こえる。宴会を開いた時に必ず聞こえるかけ声だ。

  ……いや、最後のは鬼の宴会特有のものなのかもしれない。なんせ普通の宴会では酒を仲良く呑みながら、仲良く殴り合うなんてことは起きないのだから。

 

「にゃはははっ! いやー、今日はいつにも増して騒がしいねぇー」

「はははっ! 全くだな。やっぱ客人も混ぜた宴会で呑む酒は格段に美味い!」

 

  目の前では乳牛こと勇儀と、ロリータつるぺったん鬼の萃香が、仲良く酒を浴びるように呑んでいる。おいおい、これであいつら樽5個目だぞ。どんだけ呑むんだよ。

 

  そんなこんなで、今日も平和である。たまに鬼がこちらに吹っ飛んでくること以外は。

  ちなみに剛はというと、

 

「さあさあ楼夢! 今宵はたっぷり呑むのじゃ!」

 

  楼夢の真横で体を密着させて、杯に酒を注いでいた。

  結局、彼女は楼夢の求めていたら情報は知らなかった。だがそのままはい、さよならというのもまずいので、今回の宴会に参加している。

  そういえば、剛の酒を呑むのはこれが初めてだ。いつもは、持参している『奈落堕とし』を呑まないと酔えないほど、楼夢の酒への耐性は高いので、同じ酒を飲んでいるのだ。その分、剛という鬼の頂点でも酔うという酒は、純粋に興味がある。

  注がれた酒を、グビリっと、飲み干す。

  すると、酒は一瞬で楼夢の喉を通り、舌にその味を刻んだ。

 

「……う、美味い」

「そうじゃろうそうじゃろう。どれ、お主の酒も一杯」

 

  そういうと、楼夢の瓢箪を奪って、ごくごくと飲み干していく。おい、それ間接キスになってんじゃねえか。なに当たり前のようにディープに口づけてんだよ。

 

「おお、これも中々……」

「そうだろ? ちなみにこの酒はなんて名なんだ?」

「名か……確か、『神便鬼毒』じゃったかな?」

「ん? それって鬼にとっては毒なんじゃ……」

「安心せい。ちゃんと呑めるように改造してある。ほれ、どうじゃ、もう一杯?」

「じゃあ、ありがたくいただこう」

「任せるのじゃ」

 

  そう張り切って剛が告げると、いきなり神便鬼毒を口の中に含んだ。

  なんだ、注いでくれるんじゃなかったのか?

  だが、その思考は、次の瞬間に吹き飛んだ。

 

「……んっ、んぅ……」

「〜〜っ!? んっ、んん〜っ!!」

 

  なんと、剛はいきなり楼夢の唇と自分の唇を、深く合わせたのだ。

  一瞬の出来事で、驚き動きが止まってしまう。

  その内に、剛は自分の舌と楼夢の舌をクチャクチャとかき混ぜると、酒をゆっくりと中に流したのだ。

 

  その甘い快楽に、一瞬だが溺れそうになる。

  だがその前に、理性のスイッチが作動し、楼夢はようやく、剛のその誘惑から脱出した。

 

「ハァッハァッ……いきなりなにしやがる」

「こうすれば酒ももっと美味くなると思うて」

「……もうどこから突っ込めばいいかわからねえよ」

「その割には、お主の方こそ積極的に絡めてきたのう。危うく儂の方が落ちそうになったわい」

「うっ、うるさいっ」

 

  剛の言ったことは事実だったので、楼夢は誤魔化すために神便鬼毒を口に流し込んだ。

 

「ふむ……やはり同じ酒でも愛する者の唾液が混じると美味く感じるのう」

「感じねえよ普通!? ……ったく、そんなに美味い酒が呑みてぇなら作ってやるよ」

「……なぬ? それは本当か!?」

 

  かなり真剣な表情で、剛は体を乗り出しながら楼夢に問う。

  やはり、鬼にとって酒は死活問題らしい。だが、神便鬼毒や奈落堕としを呑める妖怪は、今のところ、伝説の三大妖怪以外いないので、鬼たちの最終目標は、剛の酒を一杯飲み干す、ということらしい。

  まあ、楼夢の奈落堕としも、他の妖怪が呑むと、爆発するので、彼らが目標にするのも頷ける。

 

「ああ、多分できる。この『奈落堕とし』は人工の酒だ。そしてお前の『神便鬼毒』は神が作り出した加工ゼロの酒だ。この二つを研究すれば、いつかきっと世界一美味い酒が作れるはずだ」

「なるほど、ならば儂の中身を一升くれてやる」

「ありがとう。それなら足りそうだ」

 

  一升とは約1,8リットルのことだ。

  ちなみに、正確に言えば楼夢は手伝うが作るのは楼夢自身ではない。

  では誰が作るのかと言えば、答えは狂夢だ。楼夢はあくまでスーパーコンピュータの計算を代わりに頭でやるだけだ。彼の計算速度は機械を軽く超えるので、手伝えばかなり効率よく酒を作れるだろう。

 

「じゃが約束してくれ。その酒を呑むのは、儂が最初ということを」

「ああ、分かった。できた物は誰よりも早くお前に届けるぜ」

「ふふ、ありがとうなのじゃ」

 

  楼夢と剛は違いの小指を絡ませると、そう誓いを立てた。

 

  なんだか体がポカポカするな、と剛は思う。その約束が、楽しみで仕方ない、と彼女は一人月に笑うのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  深夜、宴会が終わったころ。

  楼夢は剛の屋敷に案内されていた。

  別段深い理由はない。ただ夜遅くになったので、今日は妖怪の山で一夜を過ごそうと思った矢先、剛にここに連れてこられただけだ。

 

「ここが儂の部屋じゃ」

「へぇ、結構広いな。で、どこで俺は寝ればいいんだ?」

「なにを言っとる? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はっ、ハァッ!? なに言ってやがる! じゃあお前はどこで寝るんだよ?」

「お主と同じ、ここに決まっておろう」

 

  さも当たり前のように、剛は口にしながら部屋に敷かれた大きな布団を指差す。

 

「他はないのか!?」

「ない。儂は一人暮らしじゃぞ? 二枚も布団なぞ要らぬ」

 

  きっぱりと自慢気に胸を張りながらそう答えられる。

  ちなみに、替えの布団は剛の屋敷でもあるのだが、宴会が始まる前に隠れて処分されているので、見つかることは未来永劫ないだろう。

 

「まあ、我慢するのじゃ。ちなみに、他の鬼のところは全員寝返りが酷いやらいびきがうるさいやら酒臭いやら部屋が汚いなどで、多分ここが一番平和じゃぞ?」

「ああ、なんか普通に想像つくわそれ。ま、それじゃ今日は改めて泊まらせてもらうよ」

「うむ、ゆっくり休むのじゃ」

 

 そして、明かりを消すと、二人は同じ布団に入った。

  だが、しばらくすると剛が楼夢に密着してきて、頭の桜を再び嗅ぎ始めた。

  彼女の息が首元を伝い、正直いうともう少しで理性がぶっ飛びそうになる。だが、寸前のところで平常心を取り戻し、自身を落ち着かせた。

 

「……なあ、剛」

「なんじゃ、楼夢?」

 

  ふと、楼夢は剛を呼ぶ。彼女はくるりと顔をこちらにのぞかせ、キョトンとしている。

 

「なんで、そんなに密着するんだ? 俺は昔お前にコテンパンにされてプライドを傷つけられたことを恨んで、六億年以上、お前を追いかけた。そんなやつになんで、こうも密着できるんだ?」

「……六億年も追いかけてくれたから、じゃよ」

 

  楼夢のその心のどこかで思っていた疑問を、剛はそう答えた。

 

「知っての通り、儂はこの六億年間お主を除いて一度も負けたことがない。それは今でも昔でも変わらん。一度戦って生き延びたやつは、その後諦め、二度と儂に立ち向かわなかった。……お主を除いて」

 

  一拍おくと、剛はまた続ける。

 

「お主だけは別じゃった。最初に会ったころ、儂とお主の妖力量は実に数百倍もの差があった。だが、お主は諦めんかった。肉を、骨を砕かれ、奥義を受けてなお、お主は立ち上がってきた。

  正直、儂は嬉しかった。じゃから儂はあの儂ら以外の全ての生物を滅ぼした爆発の後、お主を助けた。見返りにお主と戦闘をするという対価をもらって」

 

  申し訳ないことをした、と剛はおそらく彼女の生涯初めて、頭を下げた。だが、彼女にとっては仕方なかったのであろう。納得はいかなかったが、楼夢にはそれが理解できていた。

 

「じゃが、そんな日々も長くは続かない。お主は安全な場所につくと、一人旅に出て行ってしまった。そして儂はまた一人ぼっち。鬼が増えてきたころに仲間を集め、それの頭領になったが、儂を満足させるものはいなかった。そして長い時が経ち、儂を満足させるものはもう現れないと思っていた時じゃった。お主が再び現れたのは」

 

  そこまで語ると、今まで暗かった彼女の顔が明るくなった。そしてその当時のことを思い出し、懐かしく、そして愛おしいと、一人笑う。

 

「あの時は純粋にただ嬉しかった。唯一気にかけた相手が生きていたということと、儂のために六億年を費やしていたということじゃ。そして儂らはあのガラスのような世界で戦い、初めて儂は敗北した。……ここまで理由があればお主を好きになるには十分じゃ」

「ああ、お前強者が好きだったからな」

「そういう意味じゃなく、もちと純粋な思いなのじゃが……相変わらず鈍感じゃの」

「ん、なんか言ったか?」

「いや、なんでもない」

 

  剛ははっきりと、自分の思いを告げた。だが、ここまではっきり言って、未だに気づかない楼夢は、彼女の予想よりも鈍感であったのだった。

  剛は小さく文句を呟くと、再び楼夢の匂いを嗅ぎ始める。

 

(……そういえば、こんな風に匂いを嗅いでくるやつがもう一人いたなぁ)

 

  ふと、楼夢はかつて友人だった一人の人間の少女の顔を思い出す。

  懐かしい、彼女はどこで生きていて、どこで死んだのか。それすらもわからないが、できれば幸せに成仏していてほしい、と願う。

 

(結局、西行妖のこともわからなかったな……第一、呪い自体あんま使われないから情報が少ないんだよな……待てよ、()()()()?」

 

  今日得た情報を整理していると、ふと先ほどの考えと、今の考えが混合する。そして、楼夢はそれに何か引っかかりを覚えた。

 

(()()()()()()()()()()()()()……まさかっ!)

 

  関連するワードをつなげると、自然にピースがはまってしまう。そして、その結果、楼夢の頭に恐ろしい考えが浮かんだ。

 

(……本当にならなければ、いいんだけど)

 

  頭を左右に振り、その恐ろしい考えを振り払う。そして、いち早く思考を停止させると、楼夢は深い眠りについた。





「ゴールデンウィークヒャッハー! 今週はカラオケ三回行くぜ! そして今話なんと記念すべきこの小説筆記以来初めての7000文字突破! 出ている宿題はまだ手をつけていない! テンション高めの作者でーす!」

「ゴールデンウィークヒャッハー! 相変わらず俺は引きこもる! 後地味に作者が永夜抄をノーマル6Aと6Bルート両方ノーコンクリアしたことに感動した狂夢だ」


「ふざけるな松田ぁァァァァア!! 誰を撃っている!?」

「いや松田でもないし、撃ってもないよ。ていうかどうした?」

「今回の話はなんだ? 楼夢へのご褒美ルートじゃねえか!? なんなの? 作者はアイツにハーレムでも作らせる気か!?」

「おっしゃる通りでございます」

「やっぱりふざけるな松田ぁァアァァア!! なんでアイツのハーレムルートを作らせる!?」

「ふっ、勝った……計画通り」

「デス●ートネタ多いな今回!? ていうか、なんで楼夢はハーレム、火神にはルーミアがいるのに、俺だけそういうのいないんだ!?」

「ちなみに今回は剛とのイチャイチャ話でしたが、次回は紫でイチャイチャ話です」

「松田ぁァァァァァァァア!!!」

「まあでも、いい気にしていられるのも今のうちですよ。今章のラストは多分狂夢さんは喜ぶと思いますし」

「……その言葉を信じるからな? もし面白くなかったら40秒後に心臓麻痺で死ぬ呪いをかけるからな?」

「だからデス●ートネタやめい!」


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ゆかりんの温泉旅行ツアー


平穏な日々、入る温泉

昔は間違えて彼女たちの風呂に入ったなと

一人寂しく、笑うのであった


by白咲楼夢


 

「ハアッ!」

「オラァッ!」

 

  二つの刃が互いに衝突し、火花を散らす。

  そのままつばぜり合いになったが、すぐに片方の剣士ーー楼夢は後ろに弾かれしまい、ふわりと地に着地する。

 

「いやー、やっぱり力じゃかなわないか」

「刀は叩き切るのではなく切り裂くもの。腕力が上であっても、技術は雲泥の差がありますわい」

「ま、それしか取り柄がないんだけどね。でも、それだけで十分なんだよ」

 

  それだけ言うと、左右にジグザグに移動しながら、もう片方の剣士ーー妖忌に突っ込んだ。

  それを、どっしりとした構えで待ち構える。そして、接近してきたら細かく刀を振るった。だが

 

「ぬぅっ」

 

  楼夢は止まらない。走って距離を詰めながら、カミソリのような斬撃を避け、受け流しながら、前進する。

  そして自分の射程圏内に入ると、腰を落としながら、まっすぐ構える相手の右へ左へと、死角に超高速で移動しながら、斬撃を放った。

 

  もちろん、その振り子運動を読めない妖忌ではない。右から左へ移動する時に、反対方向からカウンターで刃を振るう。

  だが、当たらない。

  こちらがカウンターを打つたびに、それに合わせて受け流され、カウンターに合わせてカウンターを放つカウンター返し(クリス・クロス)を放たれるのだ。

  そしてとうとう斬撃の速度に耐えきれなくなり、妖忌の刀は宙に弾かれてしまった。

 

「……やはりお強いですのう。リズムを読んで放った斬撃を、逆にカウンターで返されるとは……」

「こんなの戦ってるうちに身につけたに過ぎない。慣れればできることだ」

「いや、実際やろうと思って簡単にできることではない。少なくとも儂は断言しますぞ」

 

  妖忌の言う通りだ。カウンターというのは普通、相手の攻撃に合わせて打つものだ。攻撃を放つと同時に相手のカウンターを見切り、それに合わせて打つなど、とても人間技ではない。

  しかも、相手は妖忌なのだ。彼の刀の速度は音速と限りなく近い。いえば、常人どころか、一流の剣士ですらも、視界に収めることすら難しいのだ。それをあっさり見切り、合わせる楼夢の獣の動体視力と神業の技術がなければ、この技は完成しない。

 

  二人が刀を収めると、同時に縁側から声がかかった。

 

「あら〜、すごいわね楼夢。妖忌と渡り合うどころか、勝っちゃうなんて」

「だから言ったでしょ。楼夢の剣術は凄いって」

 

  楼夢を褒める声は二つ。一人はその速さに目を丸くしている少女、幽々子。もう一人はその友人に、なぜか楼夢を自分のことのように誇っている少女、紫だ。

 

「なんでお前が威張るんだよ」

「い、いいじゃない別にっ! そんなことより、この後空いているかしら?」

 

  呆れた顔で紫に楼夢は突っ込んだ。それに恥ずかしさを感じ、顔を赤くする紫。

  もう妖怪の賢者の面影もなにもないな、と密かに思う。

 

(出会った当初の紫はどこに行ったのやら……)

 

「う、うるさいわねっ! あの時のことは忘れてよねっ!」

 

  おっと、どうやら声に出てしまっていたようだ。

  そんな妖怪の賢者(笑)な紫をして見ていると、なんだかいじめたくなる衝動に駆られてしまう。

  そして明らかに様子がおかしい紫に、幽々子は悪い笑みを浮かべながら近づいた。

 

「あら〜、紫と楼夢が初めて出会った時になにがあったのかしら〜。気になるわね〜」

「ああ、当時の紫はーー」

「待って待って! 言わないで!」

「ーー俺に『私の式にならない?』とか言って襲いかかってきたんだぜ」

「へぇ。で、結果は?」

「もちろんボコボコにしたよ。本当にあの時の胡散臭い紫が懐かしいなぁ」

「仕事中と休暇中は人格を切り替えているだけよ! 悪い!?」

「いや、その方が可愛いからいいな、って思った」

「……なっ!?」

 

  その言葉を聞いて、紫の顔はゆでだこのようにプシューと赤くなった。しまいには、「可愛い……可愛いって……今可愛いって」とつぶやき続けている。正直怖い。

 

  その後、妖忌が入れてくれたお茶を飲んでひとまず解散になった。

  ちなみに帰る時も紫の顔は真っ赤であった。

 

「……なにか変なこと言ったかなぁ……?」

 

 そう一人呟く楼夢。その鈍感差だけは、六億年経っても直らない彼の唯一の弱点であった。

 

 

 ♦︎

 

 

  「っで、話ってなんだ?」

 

  白玉楼の紫の部屋の中、楼夢はそう紫に問う。

  縁側にいる時、この後予定がないか聞いてきたあたり、なにか用事があるのかと聞いてみたところ、後で自室に来いと言われたのだ。

 

  そして今に至る。

  紫はまだ少し顔を赤くしながら、おどおどもじもじと、たまに楼夢の顔を見つめるだけで黙ってばかりだ。

  だがその後、ようやく彼女の口が開いた。

 

「そ、その……あなた、温泉好きでしょ?」

「ああ好きだぞ。少なくとも一か月に一回は天然のところに行くな」

 

  なぜその質問を今するのだろうかと、楼夢は疑問に思う。

  だが次の一言で、その考えは吹っ飛んだ。

 

「そ、それで、ついこの前温泉を見つけたのよ」

「へぇ……それがどうしたんだ?」

「だから……私と……私と一緒に……行かないかしらっ?」

 

  最後は小さい声だったが、楼夢の耳にはしっかりと聞こえていた。

  それは今どうでもいい。だが、今聞こえてきたことは無視できなかった。

 

「新しい温泉!? 行く行く、絶対行く!」

「へっ? あ、ああ、うん」

 

  がっしりと紫の両手を掴むと、ブンブンと振りながら答える。その普段あまり見ない楼夢のテンションに若干驚きながらも、紫はこの後の予定を決めていった。

 

「で、いつ行くんだ?」

「今でしょ!」

「……紫、さすがにそれはないぞ」

 

  どっかで聞いたことがあるフレーズに、若干引く楼夢。

  だがなにも聞いていないとばかりに、紫はスキマを二人の足元に開いた。

 

「結局、毎回これで行くのか……」

 

  ため息をつきながら、諦めて落下していく。ちなみにその時紫がしてやったり、という顔をしていたのは忘れない。

  今度西行妖の枝に三時間逆さで吊るしておこう。

 

 

 ♦︎

 

 

  落下した先は、岩肌がむき出しの地面だった。

  遠くの景色を見れば、これまた美しい自然の山々が見えた。そしてどうやら、ここもその山の一つのようだ。

  ちなみに今の時刻は夕方である。そのせいか、空は少し赤がかかっていた。

 

「んで、温泉なんてどこにもないじゃねえか」

「それはそうよ。ここはまだ山の麓よ。温泉は頂上にあるわ」

「じゃあなんで麓で落としたんだよ?」

「わ、悪かったわね。ちょっと散歩を楽しみたかっただけよ」

 

  ふん、とそっぽを向く紫。だが幸いにも、楼夢は彼女の頬が微妙に赤に染まっているの気づいていなかった。

 

「じゃあ行くか」

 

  荒々しい地面に杖を突き刺しながら、楼夢は紫とともに登っていく。

 

  そして数十分後。

  楼夢は紫の最もというべき弱点を思い出すことになる。

 

「ハァッハァッ! し、死んじゃう……ゆかりんこのままじゃ死んじゃうよぉ……っ!」

 

  そう、紫は圧倒的に体力がなかったのだ。それはもう、杖をついて歩いているはずの楼夢にあっさり抜かれるほどに。

  そもそも、なぜ紫は体力が圧倒的にないのかといえば、移動の7割をスキマで補っているからだ。さらに、紫の戦闘スタイルは楼夢や火神のように、接近戦を主としておらず、スキマで距離を稼ぎながら弾幕を放つ、いわば、中、遠距離専門のスタイルなのだ。

  そんな彼女に体力がないのは、当たり前だろう。

 

「大丈夫か、紫? スキマ使った方がいいんじゃねえか?」

「そ、そうね……そうさせてもらうわ……」

 

  空中にスキマを開くと、その(ふち)の部分に腰掛ける。

  そして大きく息を吐くと、残った気力で回復したかのように装った。

 

「もう大丈夫よ。行きましょう」

「もう回復したのか。じゃあ行くか」

 

  こうして二人は再び山を登りだした。

  なお、頂上に登上するころには、もう日がくれて夜になっていたという。

  紫は、今度からは無理をしないようにしよう、と固く誓うのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「いい景色だねぇ」

 

  遠くを眺めながら、ポツリと、呟く。

  その周りには湯気が立ち込めている。

  そう、楼夢は今、温泉に浸かっていた。

  体にはタオルが巻かれていた。もちろん、腰から下まで、である。断じて、胸から下などではない。

 

  酒を口にしながら、上を見上げる。そこには、満天の星空があった。

  闇のように暗い世界を、小さな小さな無数の光が、貫いているかのようだった。

  ここは山の頂上であるため、空の景色がよく見える。そして、彼方の山の下にも、光が集っていた。

  あの方角からして、あそこは都だろうか。

  本当にいい眺めだ。ここに連れてきてくれた紫には感謝しなければ。

 

  そんなことを考えていると、ふと、後ろで誰かが近づいてくる音がした。

  誰なんだろうか、と振り返ると、そこにはーー

 

「……なっ、なによっ、そ、そんな、じ、ジロジロ見て……」

 

  羞恥で顔を真っ赤に染めた、紫がそこにいた。

  真っ白なタオルを胸から下にまで巻いているが、その真っ白い素肌と全然隠れていない巨乳がとても扇情的だ。

  ふと、紫とよく似た少女ーーメリーがタオルを巻いている姿を思い浮かべてしまう。

 

(ブゴフォッ!! 駄目だ、俺には刺激が強すぎる! ……まずい、このままじゃ下が)

 

  そのあまりにも刺激が強すぎる妄想に、思わず鼻血を吹き出しそうになる。

  だがそれをこらえ、楼夢は紫になにをしにきたのか問う。

 

「あ、あのぉ紫さん……いったいここでなにを……」

「お、温泉に入るだけよ」

「それなら向こうにもう一つあるじゃねえか! 」

「う、……駄目、かしら?」

「ぐ、ぬぅ……畜生、好きにしやがれ!」

 

  そんな泣きそうな顔をされたら、いくら楼夢でも断れるわけないじゃないか。

  後々楼夢はこの選択肢を後悔することになる。

 

  許可を得て、嬉ししさ半分恥ずかしさ半分の顔で、温泉に入る。

  --やめてくれぇ、俺を殺す気か……!

  その色っぽさはエロいことエロいこと。少なくとも、楼夢の息子を成長させるには十分だった。

 

「って、なんで腰から下までしかタオル巻いてないのよ」

「俺は男だっつーの!わざと言ってんだろ!」

「いや、だって……女性よりも綺麗な肌をしてるんだもん」

「紫さん、もしかして俺に喧嘩売ってます?」

「それに髪の毛だってそんなにサラサラでいい匂いがするんだもん。なによ、どうしたら一日中そんなほんのり甘い匂いが出るのよ」

「知るかいな! 文句なら俺の切っても伸びる髪と、頭に咲いている桜に言ってくれ!」

 

  紫からの理不尽な愚痴に、次々と素早く突っ込む楼夢。

  だが紫からしたら、その体の素材で男なのが異常なのだ。

  とはいえ、楼夢が本当に女になってしまうのは、それはそれで困るのだが。

  それに、普段は別として、戦っている時の楼夢は刃物のように鋭い目付きをしていてとても格好いい、と紫は思っている。楼夢のことを好いている妖怪の山の鬼子母神も、こういう時の彼に惚れたのだろう。

  だが負けるわけにはいかない。

  別に、妻は一人だけと決まったわけじゃない。だが、正妻の座を渡すわけにはいかないのだ。

  それに楼夢のことだろう。もしかしたら自覚していないだけで、まだまだライバルが増えるかもしれない。

 

「……そうね、私も頑張らなきゃ」

「なにをだ?」

「ふふふ、秘密よ」

「けっ、なんだよそれ」

 

  両拳をギュッと握る。

  ーーこれからも頑張ろう。

  星空の下、紫はそう胸に誓うのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  深夜、草木も眠る丑三つ時のころ。

  白玉楼のとある個室の中、楼夢は布団に横たわっていた。

  もちろん演算装置は邪魔なので外してある。ではなぜまだ寝てないのかというとーー

 

(西行妖を消して幽々子を助けるには……やはり、封印するのが一番だろう)

 

  西行妖や幽々子のことで、楼夢は対策を練っていた。演算装置がなければ思考もまともにできないと思われがちだが、言葉に出さずに脳内にとどめておくだけなら負担はないのである。

  だが、やはりその封印の方法が思い浮かばない。否、正確にはいくつかは思い浮かぶのだが、それらは全て何かの犠牲を出さなければならないものだ。

 

(直接戦闘……てのは無理があるか)

 

  今の楼夢では、正直なところ、西行妖に勝てない。

  神解が使えれば勝てるだろう。それも圧倒的に。数十秒であれを消せる自信が、楼夢にはある。

  だが、今の楼夢は神解どころの話ではない。限界まで出せて、妖魔刀『舞姫』を解放するのに精一杯だ。果たして『八岐大蛇状態』になったところで、あれに勝てるかと言われれば首を横に振りざるをえない。

  ではどうすればいいのか。その答えを探してはいるが、いっこうに見つかりはしなかった。

 

  その思考に沈んで何分経ったのだろうか。

  気づけば、扉が開いていることに気づく。演算装置をつけ、その方向を向くとーー

 

「……紫?」

 

  寝巻き姿の紫が、とびらの前で立っていた。

  腕には自分の枕を抱きかかえている。

  いったいどうしたのか、と楼夢は思い、紫に問いかけた。

 

「どうした紫? ここは俺の部屋だぞ」

「眠れなくて……その……今日は私と寝てくれないかしら?」

「ああいいぞ」

 

  あっさりと許可がもらえたことに目を丸くする紫。

  そもそも、このまま放っておくとずっとここにいそうな気がするので、それはそれで面倒くさそうだ。なにより、楼夢は女の子を立たせる趣味はないので、特別に入れただけである。

  紫は恐る恐る布団の中に入る。

 

「……なんか悩みでもあるのか?」

「……ええ、幽々子のことでね」

 

  紫の様子がおかしかったので聞いてみたら、当たっていたようだ。

  彼女は語りだす。

 

「私、本当は不安で仕方ないのよ。一年前、私は春の西行妖を見たことがあるけど、八分咲きでさえ私じゃとてもかなわなかった。それがもうすぐ、満開になるのかと思うと……っ」

「大丈夫だ」

 

  今にも泣きそうな紫の頭を撫でながら、そう楼夢は言った。

  そして安心させると、今度は楼夢が口を開いた。

 

「安心しろ。西行妖は倒すし、幽々子も必ず救い出す。絶対にだ」

「絶対に……?」

「ああ、だから任せておけ。お前は正直に俺の力を借りてろ」

 

  力強く、楼夢は紫の瞳を見つめながら、そう宣言する。

  紫はその言葉に安心すると、目をつむり眠りだしてしまった。

  よほど疲れていたのだろう。思えば今回の温泉も、俺を気遣ってのことなのかもしれない。

  全く、若いくせにそういうことには優しい。本当なら楼夢をほったらかしにしてもいいのに、出来すぎた子だ。

 

(老いぼれは必要ない、か……。まだ犠牲にしていいものが一つあったな)

 

  演算装置を床に置いて、ふと、そんなことを考えてしまった。

  だが何故だろう。彼女たちを守って死ねるなら、それはそれでいいのかもしれない。

  そんなことを思ってしまう、自分がいた。

 

 

 

 





「体力テストの点がメッチャバラつきがある! ゲームでもリアルでも、全体よりも一つや二つのことしか伸ばさないアンバランスな作者です」

「最近だるい。メッチャだるい。多分俺が学生だったらこの時期絶対サボるか眠っていると思う。狂夢だ」


「作者ァァァァァッ!!! 俺をストレスで殺す気か!?」

「お、抑えて抑えて! だから前回言ったじゃないですか!」

「知っててもイライラするのに違いはないんだよ。ったく、今度インターネットで彼女募集しよ」

「その顔で集まるとはわからないですがね」

「死ね」チュドーン


ピチューん


#この後、作者は星になりました。


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如月の頃、あなたを殺す


落ちていく、彼女の体

最悪な戦闘が、幕を上げた


by白咲楼夢


 

  それは、突然のことだった。

  辺りに禍々しい死の気配を感じ、楼夢は布団から飛び起きた。

  それに紫も気づいたようで、同じように起きると、一瞬で着替えて、急いで外に出た。

 

「紫、これはいったい……!?」

「この雰囲気……間違いない……!」

 

  走っているうちに、西行妖の近くにたどり着く。その下では妖忌が二刀流の構えをとっており、異常事態なのが目にとるようにわかった。

 

「妖忌殿、西行妖の開花は春じゃなかったのかよ!?」

「儂もわからない……だが、まさかここまで力をつけているとは……ッ!」

 

  上を見上げながら、半分取り乱して叫ぶ。

  今は二月の真冬。とても桜が咲ける季節ではない。だがしのごの言っている場合でもなかった。

  現時点の楼夢を超える、妖力量のレーザーが、複数放たれた。

 

「クソがッ!」

 

  それぞれが刀と能力を使い、レーザーを受け流す。だがこのままではジリ貧だ。

  春まで開花しないと予想していたので、もちろん楼夢たちに作戦などありはしない。否、それを作る時間が圧倒的に足りなかったのだ。

  策はない。ではどうすれば……!

  そんな時、妙に冷静な綺麗な声が透き通った。

 

「一つだけ、方法があるわ」

 

  3人とも、西行妖に夢中で幽々子の接近に気づかなかった。

  一つだけ、方法がある。その言葉の意味を聞こうと、紫が問い詰めよる。

 

「一つだけって、なにか方法があるの?」

「ええ、あるわ。とっても簡単よ」

「幽々子、お前まさかーーーー」

 

  楼夢の制止も聞かない。幽々子は突如、西行妖の根元まで走ると、胸元から小さな小刀を取り出す。

  そしてそれを、自分の左胸に向けた。

  その意味がわかった時、3人は駆け出し、彼女を取り押さえようとする。だが、遅かった。

 

「妖忌、あなたには病弱な私の世話ばかりさせて、悪かったわね。この後は、自由に生きてね。紫、あなたは私の初めての友達だったわ。縁側で咳き込む私には手を差し伸べてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。

  そして、楼夢。あなたとは1ヶ月にも満たない間しか出会ってないけど、あなたは本当に面白かったわ。妖忌に打ち勝ち、紫をからかって笑う日々。あなたのおかげで、この少ない時間も笑うことができた」

「幽々子様! それだけはいけませんぞ! 戻ってきてくださいッ!」

「幽々子、ダメェェェェッ!!」

「やめろ、幽々子ォォォォォオ!!!」

 

「さようなら。そしてありがとう。最期に、みんなに会えてよかったわ」

 

  血が、吹き出す。少女の胸から。

  最期に美しく、それでいて儚い笑顔を浮かべたまま、幽々子は地面に倒れ伏す。まるで命という名の糸が、断ち切られたようだった。

  西行妖の根元を、赤く、朱く染めていく。その量は人間が出していい限界を超えていた。

  その時、全員の頭に一つの結論が浮かぶ。

 

  そう、西()()()()()()()()()()()

 

「あぁァァァぁァぁぁァアッ!!!」

 

  西行妖の枝が幽々子の体に巻きつく。

  絶叫を上げながら、紫が幽々子の遺体を救うため、西行妖の根元に飛び込んだ。

 

「妖忌殿は紫を! 俺は幽々子を助ける!」

「承知! 『冥府斬』!」

 

  無防備な紫に、西行妖の鋭い枝が、無数に伸びて、襲ってくる。だが、妖忌は巨大な斬撃を飛ばすことで枝を切り落とし、紫を救った。

 

「楼夢殿、今じゃ!」

「ウオォォォォオ!!『百花繚乱』!」

 

  妖忌の合図とともに楼夢は駆け出し、降り注ぐ無数の枝を片っ端から切り裂いて、幽々子の元にたどり着く。そして絡みついた枝を切り落とし、幽々子を抱えた。

  だが、それを待っていたかのように、先ほどの倍ほどの枝が、楼夢たちに降り注いだ。

 

「ッ、邪魔だァッ!『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』!」

 

  幽々子を抱えているため、思うように刀が振るえない中、槍のように鋭い枝が楼夢たちの視界を埋め尽くす。

  だがその時、楼夢は『八岐大蛇状態』になると、その八つの蛇の口から千単位の閃光を放った。

  それらは埋め尽くされた視界を次々と綺麗にしていき、襲いかかる全ての植物を灰へと還した。

  その一瞬の隙に、楼夢は一気に駆け抜けると、妖忌たちの元へ戻った。

 

「楼夢、幽々子は!?」

「……すまねえが……」

「そ、そんな……どうしてよ、幽々子ォォッ!?」

 

  紫の悲痛な叫びが、辺りに響き渡る。

  抱えた時にわかったが、幽々子はもう死んでいる。救うとか助けるとかの次元ではなく、もうどうしようもなかったのだ。

  そんな幽々子の遺体を持ってきたのには、訳がある。だが、その理由は残酷だ。よって、楼夢は少し話すのに躊躇ったが、時間がないと判断し、覚悟を決めた。

 

「紫、西行妖を封印する方法が一つだけある」

「ッ!? それは、どんな……」

「お前も気づいているだろ? 西行妖を確実に封印する方法。それは……()()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()

「ッ!?」

 

  そう、これが今ある策の中で最も確実に封印する方法だ。

  幽々子は西行妖に呪いをかけられたことによって、能力が進化した。なら、その時に幽々子と西行妖を呪いでつなぐパスのようなものができたはずだ。

  今回はこれを利用する。通常に外から封印をかけようとすると、高密度の呪いのせいで弾かれてしまう。しかし、封印術式を幽々子の体から西行妖に送り込めれば、内部から()()()封じ込めることができるはずだ。

 

「でも、そんな……っ。幽々子を触媒にだなんてっ」

 

  だが、紫はその策に賛成できなかった。

  当たり前だ。彼女は今まで苦しんでいた。そんな幽々子に、死後も西行妖を封じ込めるための()()として働けなど、言えるはずがなかった。

 

「紫、気持ちは分かる。だけど……」

「いやよ! 幽々子は私の親友よっ! 今までたくさん苦しい目にあって、それでも生きてきたのよ! そんな彼女に、死後も苦しめなんて、言えるわけないじゃないっ!」

「紫ッ!!」

 

  バチンッ、と乾いた音が響く。

  ヒリヒリと痛みがする頬を抑える。その突然のことで、彼女の思考は完全にフリーズした。だが、やがて何が起きたのか理解する。

  ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いつまで我儘言ってやがる! 紫、お前は幽々子の想いを無駄にするつもりかっ!?」

「し、知ったようなこと言わないでよっ!」

「ああ知らねえよ! 少なくとも幽々子が自殺したのは頭にきたし、ふざけるなとも思った。だがな、あいつが俺らに何かを託したのは確かなんだよ! 紫、お前は誰だ!? 幻想郷の賢者だったら、今自分が果たすことをしやがれっ!」

 

  初めて、楼夢が怒っているところを見た。

  彼のおかげで冷静になれた。同じ幽々子の死を目撃して、我を失った紫に対し、楼夢はそんな自分を叱ってくれた。

  相変わらず、届かないなぁ、と紫は思う。自分もいつかこういう人になれるのだろうか。たとえ何が起きても、未来に立って、いつも強く引っ張ってくれる、この人のように。

 

(私は八雲紫。妖怪の賢者と言われ、幻想郷を管理する者。……そうね、私はこんなところで死んじゃダメだ。ここで死んだら、今まで積み上げてきたものが全て崩れ落ちてしまう。だから幽々子……ごめんなさい)

「……やるわ。私が、西行妖を封印する!」

「それでこそお前だ。いつか幻想郷ができるまで、死ぬんじゃねえぞ?」

 

  涙はもう流さない。今だけは前を向いて走る続けよう。

  紫は立ち上がると、そう決意を胸に刻んだ。

 

「響け、『舞姫』」

 

  楼夢の刀の形が変わり、舞姫が解放された。だがそれでも西行妖には届かないだろう。だが、先ほどより強くなったのは確かだ。

 

「俺がまず最初にあいつの元に切り込む! その間に紫は一番強い封印の術式を頼む。妖忌殿は、紫の護衛を!……最後に、死ぬんじゃねえぞ!」

「「おうッ!!」」

 

  それぞれがそれぞれの役割を果たすため、バラける。紫は幽々子の遺体の元に駆け寄ると、そこを中心に地面に封印術式を描き始めた。

  だが、術式を描いている間は集中して動けない。そこに鞭のようにしなる枝が、襲いかかる。それらを妖忌は的確に、なるべく体力を使わないように切り落とす。

 

「『帯電状態(スパーキング)』、『テンション』、『ハイテンション』、『スーパーハイテンション』」

 

  楼夢は青白い電気をその身に宿す。これは本来狂夢用の技なので、楼夢の体に負担がかかるが、そう言っていられない。そして桃色のオーラを三度重ねがけで纏った。そのせいで電気の色が青から赤に近い色に変色する。

 

「さらに……鳴り響け、『舞姫式ノ奏』」

 

  舞姫式ノ奏。通常の刀の舞姫と扇の形の舞姫で二刀一対の武器になる、舞姫の最終形態である。先ほどの身体能力強化と合わさって、楼夢の体は何か超越的なオーラを放っていた。

  だが、届かない。

  これでも西行妖を上回ることはできない。だが時間稼ぎには十分だ。

 

「これじゃあ長くは持たないな……まあ、短期決戦と行こうじゃねえか!」

 

  その言葉が、合図だった。

  音速を軽く超える。凄まじい速度で西行妖に突っ込む。それを邪魔するように、槍のように鋭い枝と、鞭のようにしなる枝、そして蝶形の弾幕が、降り注いだ。

  弾幕の種類はそれだけではない。溜めが必要なのか、連続では撃ってこないが、時々極太のレーザーが発射される。

 

「『天剣乱舞』!」

 

  もはや視界すらも埋め尽くす無数の弾幕を、森羅万象斬を7回叩き込むことで振り払う。だがそれでもまた新しい弾幕が、無数に張られる。

  切り払い、埋め尽くし、切り払う。まさにイタチごっこであった。

 

「楼華閃六十『風乱(かざみだれ)』、七十一『細波』、七十五『氷結乱舞』!」

 

  風の斬撃を乱れ打ちしたかと思えば、水の斬撃を放ち、氷の斬撃で凍らせる。だがそれでも、枝は次々と再生してきた。

  やはり本体を狙ってみるのがいいだろう。しかし木の幹にまで行くには、その前に張られた黒い触手の膜が邪魔だ。

  試しに、楼夢は浮かぶ限りの遠距離技を触手の壁に連射した。

 

「『サテライトマシンガン』、『マルチプルランチャー』、『時狭間の雷(ライトニング・デス)』、『魔力全方位一斉射撃(マナバレット・フルバースト)』ォッ!!」

 

  空から、光と闇のレーザーが、地上から、色鮮やかな弾幕が無数に放たれた。そのあまりの質量で、今出現している枝は妖忌の元に行くものも合わせて、全てが焼き千切れた。そしてその数の暴力は一斉に黒い壁にぶち当たり、大爆発を起こす。……だが

 

「……おいおいマジかよ。あれで突破できないって」

 

  触手の黒い壁は、未だに健在していた。否、正確にはその威力に何回も焼け落ちたのだが、その度に端から触手が再生したのだ。そのせいで西行妖の幹には傷一つついていない。対してこちらは『帯電状態(スパーキング)』の反動で長く持たないため、残った力を大盤振る舞いで使っているのだが、それでもダメージを与えられていない。このままでは妖力どころか、あらゆる力が枯渇して動けなくなるだろう。現に今もあれだけの規模の術式を複数同時に使ったため、しばらく動けないでいる。

  そんな楼夢に、触れたら即死する蝶形弾幕が大量に放たれた。明らかに狙ってのものだ。どうやら相手は妖力だけでなく、知能も持ち合わせているようだ。おかげでどんどん追い詰められていく。

 

「なめ、るなァッ!『ドラゴニックサンダー』!」

 

  体は硬直して動かないが、頭は動く。八つのジグザグに進む雷が蝶形弾幕と衝突し、それらを消し飛ばす。その間に、楼夢は硬直した体を動かし、一旦退避した。

 

「……あの様子じゃ、後数分で完成ってとこか……ふふ、十分だ」

 

  ふと、紫の様子を見る。楼夢が消しきれなかった弾幕を、妖忌が担当してくれているおかげで、今も無事に紫は術式を描き続けている。術式の完成時間を計算して、だいたい五分くらいか……。いずれにせよ、残り妖力も少なくので、厳しい五分になりそうだ。

 

「縛道の九十九『禁』!」

 

  地に両手をつけると、鬼道の中でも最高格の九十九番の縛道を放つ。すると、どこからか長く巨大な黒いベルトのようなものが二つ、西行妖のあらゆるところに巻きついて、拘束した。

  それを千切ろうと枝を振り回し、弾幕を放つが、後数十秒は持つはずである。

  そして数十秒とは、次の技を準備するには十分な時間だった。

 

「千手の(はて)……」

 

  右の刀を前に突き出しながら、楼夢は言葉を紡ぐ。

 

「届かざる闇の御手、映らざる天の射手、光を落とす道、火種を煽る風、集いて惑うな我が指先を見よ。光弾・八身・九条・天経・疾宝(しっぽう)・大輪・灰色の砲塔、弓引く彼方、皎皎(こうこう)として消ゆーーーー」

 

  舞姫の剣先に光が集う。

  すると、とうとう、西行妖が黒いベルトを引きちぎり、体の自由を取り戻した。

  だが、その時にはもう、遅かった。

 

「破道の九十一『千手皎天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)』」

 

  次の瞬間、数え切れないほどの光の矢が、西行妖へと突き刺さった。

  それは先ほどの広範囲術式を複数同時に使った時に匹敵するほどの質量だった。だが先ほどと違うところがある。そこは、複数同時使用の時は全方位にばらまいていたのに対し、光の矢は一か所に集中して突き刺さっていることだ。

 

  徐々に、壁がきしむ音が大きくなっていく。そして、とうとう、一つの矢が壁を貫いた。

 

『グボギャガギャァァァァァァァッ!!!』

 

  それを勢いに、数百、数千の矢が西行妖の幹を貫いていく。それに耐えきれなくなったのか、獣のような咆哮を西行妖はあげた。

  頭に直接響くような爆音に、たまらず苦しそうな表情をする。だが、それに耐えると、両方の舞姫に力を込めた。

 

「舞姫神楽『朱雀の羽乱れ』、『白虎の牙』、『青龍の鉤爪(かぎづめ)』、『玄武の金槌』!!!」

 

  その場を中心に、優雅に神楽を舞う。すると、大量の炎の羽が、氷の氷柱が、水の爪が、岩の金槌が、同時に触手の壁をすり抜け、幹に直撃した。

 

「おまけだァッ!『魔導撃』!」

 

  もはや触手の壁は完璧に崩れていた。そこに追い討ちをかけるように、紫の魔力の極大レーザーが、触手を幹ごと丸めて焼き払った。

 

『グギャガラギャッ、ゴガナビャガラガァァアァアァァァアッ!!!』

 

  堪らず絶叫。西行妖はその常識はずれな威力に、一瞬だが動きを止めてしまう。

  その間に楼夢は、次の術式を発動させた。

 

「『誓いの五封剣』、『閉ざしの三縛槍』!!」

 

 五本の炎の剣が、三本の氷の槍が、それぞれ突き刺さる。そして西行妖を怯ませながら、じわじわとダメージを与えていった。

 

「楼夢、術式ができたわ!」

「よし、ぶっ放せ、紫ィィッ!」

「これで終わりよ……西行妖っ!」

 

  そしてついに、後ろで描き続けた紫の封印術式が完成する。合図によってそれが発動し、突如、幽々子の遺体が眩しい光を放ち始めた。

 

  ーーいける。

  誰もがそう思った。……一人を除いて。

  楼夢はこの時、()()()()()()()()()()()()を失念していた。

  西行妖は桜の妖怪。()()()()()()()()()()()()()

 

  幽々子の遺体が一層大きい光を放った。()()()()()()

 

『"千年風呪"』

 

  突如として、そんな女性の声が響いた。それは、楼夢がかつて聞いたことがある声と名だった。

  そして、膨大な呪力で作られた、巨大な黒い旋風が、紫を襲った。

  西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「紫、逃げ……」

『"金縛り"』

 

  楼夢の言葉より早く、また呪いが放たれる。直後、紫の真下の地面から複数の黒い鎖が飛び出し、紫を拘束してしまった。

 

「ぐっ、何これ……動けなっ、いっ!」

「『桜花八重結界』ッ!」

 

  急いで紫の前に立つと、八重の花弁の結界を張る。この結界はぶつかったものを亜空間に受け流す効果を持つ。だが、旋風の範囲が大きすぎて、全体の一部が、楼夢に襲いかかった。

 

「ぐっ、が……ぁ……ッ!」

「楼夢ッ!」

 

  旋風をまともに受けて、楼夢は後ろに吹き飛ばされてしまう。そしてそのまま近くの木の幹にぶつかると、中の空気を吐き出しながら背中から崩れ落ちる。

 

「ゲホッ、ガハッ……!」

「大丈夫!?……うっ、これは……?」

 

  紫は拘束を逃れると、すぐに楼夢のそばに駆け寄る。そしてその左腕の惨状を見て、言葉を失った。

  真っ白いはずのその綺麗な左腕は、何かを染めたかのように黒く、ボロボロに朽ちていた。

  その怪我を見て、当たり前か、と楼夢は思う。

 

(消滅の呪いがかけられた風に触れたんだ。そりゃこうなる。それにしても、俺って意外に学習能力ねえな……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。おかげで、もう左腕が動いてくれねえよ)

 

  残った力を振り絞って、立ち上がる。

  だが、先ほど言ったとおり、残り妖力はわずか。左腕が使えないせいで舞姫式ノ奏も使えない。紫の術式は失敗した。おまけに相手は攻撃パターンを変えてきた。

 

  明らかな詰みだ。

  全員の顔が絶望に染まる。

  その中で、どこからか笑い声が響いた。

 

『く、クフフフフフッ!アッハハハハッ!無様ですねぇ、楼夢さん!』

「この声は……まさか西行妖だというのか!?」

「それよりも……今、楼夢って……?」

 

  突如聞こえたその声にそれぞれが困惑する。妖忌は西行妖が言語を話せるほど進化していたことに、紫はその西行妖から楼夢の名が出てきたことに、驚いた。

 

  だが、その中で、唯一困惑しなかった者もいる。

  楼夢だ。

  今まで見せたこともない形相で、叫んだ。

 

「やっぱり、お前かよ。なぁ、なぜそんなところにいるんだ? 答えろよ、『早奈』ァァァァッ!!!」

 

  『早奈』と、確かに楼夢は言った。

  東風谷早奈。種族人間、職業巫女。守谷神社と名前を変える前の神社、洩矢神社で産まれ、諏訪子の巫女として仕えていた。

  『呪いを操る程度の能力』を持ち、それを知る者からは嫌われていたが、唯一それを嫌わなかった、当時居候として住み込んだ楼夢に恋をする。そして諏訪大戦終了後にその想いを抑え切れなくなり、告白するが、種族の違いで振られてしまう。

  そこから乱心してしまい、守谷神社を去り失踪してしまった。これが楼夢の知っている早奈の全てだ。

 

  ならなぜ自分たちを殺そうとするのか。いや、そもそもなぜまだ生きているのか、楼夢にはわからなかった。

 

『アハッ! 覚えてくてたんですねぇ……嬉しいですよぉ!』

「質問に答えろ。なぜ俺たちを襲う? そしてなぜ、お前はまだ生きているんだ?」

『誤解ですよぉ、私はただ楼夢さんの魂が食べたくて食べたくて仕方がないんですよぉ! ああ、そうすれば私と楼夢さんは永遠に繋がっていられる! アハハッ! 私の楼夢さん……あなたの味はどんなのでしょう? 甘いんですかぁ? ねえ、楼夢さん? 楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さん楼夢さんッ!!!』

 

  狂っている。もはや早奈は楼夢が知っている彼女ではなくなっていた。

 

(いや、これも俺のせいか……あの時俺が突き放していなければ、こうならなかったのかもしれないな。ふふ、面目ねえ、紫、幽々子。俺一人のせいで、お前たちを苦しい目に合わせちまった。この責任は、俺がとる……ッ!)

 

  後悔よりも、彼女たちへの謝罪の念の方が大きかった。

  だが、この責任だけは自分がとる。若い奴を、これ以上死なせてたまるか。

  だから、紫……ッ。

 

「……逃げろ、紫」

「……へっ?」

「早く逃げろって言ってんだ! さっさとしろ!」

「い、嫌よ! このままあいつを放っておけるわけないじゃない!それに、このままじゃ楼夢たちが……」

「……わかった」

 

  ヨロヨロと動きながら、泣きそうな顔をしている紫を抱きしめた。

  顔を真っ赤にしながら、すっとんきょうな声を上げる紫。

  そんな彼女に、一言。

 

「……すまなかった」

「へっ、それってどういうッ……ぐぅ、な……んで……ッ?」

 

  鈍い音が、鳴り響く。

  紫は言いかけた言葉を飲み込み、音の発生源を見た。

  楼夢の拳が、紫の腹部に突き刺さっていたのだ。

  物理耐性があまりない紫は、その痛みに耐えきれず意識を失う。最後に涙が流れたのを、楼夢は見逃さなかった。

 

  空間を切り裂き、スキマのようなものを開く。

  そして紫をその中に放り込むと、空間は自然に閉じてしまった。

 

  ……間に合ったようだ。紫を送った先は白咲神社。あそこなら危険は何もない。これで、紫の安全は保障された。

 

  閉じた空間をしばらく見つめると、ゆっくり西行妖の方に振り返った。

 

「待たせたな。さあ、始めようぜ」

『本当ですよぉ。目の前でイチャイチャしないでください。危うくもう少しであの女を殺しちゃうところだったんですよぉ?』

「ちなみに聞くが、俺を殺した後、どうする気だ?」

『決まってるじゃないですかぁ。あの女を殺すんですよ。楼夢さんの周りに私以外の女は必要ないですし』

「そうか……ならお前を生かしてはおけないな」

「ご一緒いたしますぞ」

 

  ボロボロになった体で、刀を構える。

  すると横から妖忌が楼夢のとなりに並んだ。

  よく見れば、二人とも服も体もボロボロである。刀も欠けてしまっていて、後もう少しで折れてしまいそうだ。

 

「お前はそれでいいのか?」

「ええ、幽々子様亡き今、私も楼夢殿同様ただの老剣士になってしまいました。なら、最後は若い者を守って、いさぎよく死にたいですしな」

「ふふ、いいこと言うじゃねえか。もし次出会えるなら、また酒でも飲みたいなぁ」

「その時はまた、ひと勝負もいいかもしれません」

 

  ハハハ、と二人は笑う。

  両方とも生き残ることは考えていない。ただ目の前の敵を殺すことに集中していた。

 

「……さて、行くか」

「行きましょうかの」

 

  勝ち目はない。

  だが負けてはいけない。

  俺は最強。敗北はない。

 

「最後はお前も道連れだ。赤目の地獄門に招待してやるよ」

 





「今話自己最新記録の8637文字突破! おかげで更新が遅れました! 作者です」

「なんか最近文字数多いよな。永夜抄EXのフジヤマヴォルケイノで絶望する作者を眺める狂夢だ」


「なんか今回技多くないか?」

「よく気がつきましたね。今回はなんとっ! 今までちょっとだけしか出てない技を大盤振る舞いで出させてもらいました」

「『ドラゴニックサンダー』とか初期の技じゃん。よく覚えていたな」

「今回は28個も技でていますもんね。舞姫とかも合わせるとちょうど30個です」

「今回新登場の技はその中で3個だけだろ?」

「そうです。『青龍の鉤爪』と『玄武の金槌』、縛道の九十九『禁』だけですねぇ」

「ちなみになんでこんなに使い古したんだ?」

「そりゃ、ほら。多分次回で前編が終わりますし。それだったら色々ぶっこんでみようかな〜って、思って」

「要は最後に活躍させたかったんだな?」

「はい、そうです」


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望月の頃、あなたを思う


花を、風を奉れ

我が身逝く道に後悔なし

故に、我死し後、汝の涙を奉れ


by白咲楼夢


『立ったところで、その体でどうするつもりなんですかぁ?』

 

  覚悟を決めた楼夢たちに、早奈がそんな声をかける。

  彼女の目には、今の自分たちが愚かに映っているだろう。

  だが、それでいい。

  今はプライドは必要ない。必要なのは……ただの意地だ。

 

「まあ、一応勝機はゼロじゃねえみたいだな」

『……貴方の目は節穴ですか? いったいどこに勝機なんて……』

「じゃあなんでさっさと攻撃してこないんだ? 俺たちはもうとっくに構えているぜ」

『これは余裕というものです。弱者に先手を取らせてあげるのも、強者の仕事なんですよ?』

「ブラフだな。大方さっきのダメージがきついように見える。攻撃してこないのも、無駄に体力を使わないためだろ?」

『……だったら何か? 私の力にかかれば、こんなダメージ、すぐに再生して……』

「できないんだろ? 再生が。最後に保険をかけておいて正解だったぜ」

 

  グチャグチャと、触手が音を立てる。どうやら再生が始まったようだ。

  だが、それが始まって数秒経つと、一気に触手が膨らみ、破裂してしまった。

 

  早奈は原因を急いで特定した。

  剣と槍だ。炎の剣が5本、氷の槍が3本、西行妖の幹に深く突き刺さっていた。

  この二つが、じわじわと早奈にダメージを与えていたのだ。

  どうやら触手は、ダメージを受けている間は再生できないらしい。だが、常時相手にダメージを与えるこの剣であれば、再生を封じることができるというわけだ。

 

  チャンスは今。

  雄叫びを上げながら、楼夢は突撃する。

 

  迫り来る枝を、弾幕を、触手を、レーザーを避けながら幹に近づいていく。

  そしてある程度近づくと、そこから斬撃を飛ばして西行妖を攻撃した。

 

『くっ、このぉ! こざっかしいんですよ!!』

 

  ランダムに、無茶苦茶に極大レーザーを複数振り回す。おかげで白玉楼が半壊してしまった。これどうすんだよ……。

 

  その超ランダムな攻撃を見きれず、楼夢は極大レーザーに当たってしまう。

  幸い呪いはなかったようだが、今ので足を焼かれ、吹き飛ばされてしまった。

 

「ガァッ!? ……ぐっ、痛ぅ……!」

『大変なことになってんじゃねえか楼夢! どけ、こいつは俺が殺す』

「……嫌だね」

『……はっ?』

 

  今この場で最も窮地を脱出させられる方法。それを、楼夢は強い口調で断った。

 

「今回は俺だけで殺る。あいつは、俺の責任だ」

『ふざけんじゃねえぞ! テメエと俺は繋がってるんだ!テメエが死ねば俺も死ぬんだぞ!? わかったらさっさと……』

「あばよ、狂夢。来世で会おうぜ」

 

  プツンと、通信が切れた音が聞こえる。

  これは最後の男としての意地だ。自分の力以外で生き残っても意味がない。

  だが、そんな強がりをいつまで言っていられるのか。

 

  西行妖の妖力がさらに一段階上がる。どうやらこれが本気の姿のようだ。

  西行妖に変わったところはあまりない。

  いや、幹の部分に何か深い穴が空いている。

  そこから何かが出てきた。

 

「はぁ……久しぶりに実体化しましたよ。やっぱ外の空気はいいですねぇ〜」

「お前は……早奈なのか?」

 

  穴から出てきたのは、楼夢が知っている当時の早奈だった。

  だが、楼夢はそれが本当に早奈なのか戸惑ってしまった。

  彼女の容姿に変化はない。いや、着ている服はいつもの守谷の巫女服ではなく、和風の黒い着物のようなものに変わっていた。

  だが、楼夢が驚いたのはそこではない。

  楼夢の目に映っているのは、明るい緑の髪……()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「早奈、その髪はなんだ?」

「ああ、これですか? これは西行妖を吸収する時に、その妖力に染まっちゃって変色しちゃいました! でも、この色でも気に入ってくれるといいなぁ」

 

  西行妖を吸収。その言葉に、さらになぜ自分を狙うのかがわからなくなる。

  振られて恨まれているのなら仕方がない。

  だが、この早奈の様子。明らかに恨まれているとは思えない。むしろ、それよりももっと狂気で満たされているようにも見える。

 

「なあ、早奈、教えてくれ。あの後いったいお前に何が起きたんだ?」

「……いいですよ。話してあげましょう。あの後、私がどうしたのかを」

 

  そうして早奈は語りだす。

  己の狂気の根源を。

  その欲望を。

  そして、彼女のその後の全てを。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

  ……雪が降っている。悲しい雪だ。

  地面に積もったかと思うと、すぐ消えてしまう。まるで今の私のようだ。

 

  結局、楼夢さんは旅立ってしまった。

  私を置いて。

  私を振って。

 

  なぜ振られたのかは理解できない。いや、理解したくない。

 

 

『いくら仲が良かろうが所詮俺は妖怪、お前は人間。それ以上のことを言ってしまえばお前はもう戻れなくなくなる』

 

  それが、彼の最後の言葉だった。

  この時ばかりは、私は自分の運命を呪った。

  ーーなぜ自分は人間なのか。なぜ私は妖怪じゃなかったのか。

 

  わかっている。こんなことを言ったら諏訪子様やご先祖様に失礼だということに。

  でも、この時だけは、恨まずにはいられない。

 

  悔しくて、横に置いてある刀の鞘を握りしめる。

  この刀は楼夢さんが、私のためだけに作ってくれたもの。私の宝物だ。

  これには中級妖怪なら素人でもいい倒せるぐらいの力が込められている。

 

  ……ん? 中級妖怪ぐらいなら。

 

  その時、私の頭にとある案が浮かんだ。

  そう、楼夢さんが旅に出て行ってしまったなら、自分も旅立てばいいのだ。

  さっそく今夜中に準備しよう。

  決行は皆が寝静まったころだ。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「離してください! お願いします、諏訪子様! ……離せェェェェェッ!!」

 

  私の目の間には、自分の神社の巫女である早奈がいた。地面に固定されて。

  これで六度目だ……彼女が夜に旅立とうとしたのは。

  楼夢がいなくなってから数日後、彼女はこうして夜中になる度に出て行こうとする。

  だが、楼夢が通る道が通常の道であるわけない。大妖怪以上の存在と、何度も出会うはずだ。

  楼夢もそれがわかっていたから、早奈を連れて行かなかった。だが、早奈はそこに気づいていない。

  なので、何度もこうやって拘束しながら忠告しているのだが、もはや最近では聞く耳持たなくなってしまった。

 

  最初のころは良かった。見つかって一度忠告するだけで、自分の部屋に戻っていった。

  だが、二回三回と数を重ねていくごとに、だんだんと抵抗が激しくなってくる。五回目を超えたあたりからは、神奈子や私にまで襲いかかってきた。

 

  それに昼、彼女の部屋を覗くと、楼夢の名をずっと口にしている光景が目に映った。

  狂気。それが、早奈を蝕んでいた。

 

「分かってほしい。これはお前のためなんだよ」

「うるさいっ! 邪魔するんだったら……容赦しない!」

 

  彼女を固定していた土が一瞬で消滅した。

  そして、彼女が何をしたのか気づく。

 

「早奈……アンタ、呪いをっ!」

「『千年風呪』!」

 

  どこからか、黒い旋風が私を襲う。

  土で防ごうにも、あれは触れたものを消滅させてしまう。

  つまり、私の能力では、防ぎようがなかった。

 

  痛みを覚悟して、目を瞑る。だが、その時はいつまでたっても来なかった。

  私を救ったのは、突如後ろから現れた竜巻だった。

  それが黒い旋風とぶつかり合い、相殺したのだ。

 

「大丈夫かい、諏訪子? ずいぶんこっぴどくやられたね」

「今回ばかりは助かったよ。ありがとう神奈子」

 

  服についた汚れを落としながら、後ろを振り返る。

  私を助けたのは、神奈子の竜巻だった。

  神奈子の能力は『乾を創造する程度の能力』、つまり天を創造することができる。

  それで巨大な竜巻を起こして、早奈の呪いを吹き飛ばしたのだ。

 

  とはいえ、彼女の姿を見失ってしまった。おそらく呪いを放ってすぐ、逃走を開始したのであろう。

 

「大変だ神奈子! すぐに追わなくちゃ!」

「……いや、追わなくていい。捕まえても、どっちみち彼女はもう巫女ではいられないだろう。だったら、このまま行かせてやったほうがいい」

「でも、それだと早奈がっ!」

「あの子が選んだ道だ。そこに私は責任を持たない」

 

  冷たい声で、私にそう説く神奈子。

  何も、言い返せない。

  彼女の言っていることは合っている。仮に早奈を捕まえたとしても、また逃げ出されるだけだろう。

 

  なら、このまま放っておくべきなのか?

 

「なぁ、楼夢。アンタならこんな時どうするんだろうね」

 

  雪降る闇夜の中、どこかで旅している友人に、そう問う。

  答えはもちろん、返ってこない。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  あれからどれほど歩いただろうか。

  足が痛い。

  体が冷たい。

 

  私が旅に出てから数年。結局、人間の自分では楼夢さんに会うことはできなかった。

  産霊桃神美の名は有名だ。出現情報はかなり多い。

  だが同時に、行ってみてもすでに立ち去っていたというケースも多かった。

 

  当たり前だ。人間の私と、妖怪の楼夢さんでは歩く速度がそもそも違うのだ。

  追いつけるわけなかった。

 

  そして、今まさに私の人生は幕を閉じようとしている。

 

「……冷たい……痛い……悲しい……」

 

  雪が降っている。雪が積もっている。

  私は、その上に倒れていた。

  周りには大量の妖怪の死体。緑を奪われ、枯れ果てた森の木々。そして、そのちょうど真ん中に、私はいる。

 

  鮮血でおぼろげな視界が、さらに見えなくなっていく。

  景色が見えなくなっていく。

  もう、目すら見えなくなってきているようだ。

 

  原因は単純。呪いの使いすぎだ。

  私の能力は確かに強力だが、同時に反動も大きい。人間である私が、そんな力を毎日使ったら、こうなるのも当然である。

  ……ここでも、人間という種族に縛られる。

 

  嗚呼、なんで人間はこんなに弱いのだろうか。

  なんで人間はこんなに愚かなのだろうか。

  なんで、人間は、人間は、人間は……こんなにも苦しまなければいけないのだろうか。

 

  人間という種に憎悪が溢れる。

  私をここまで苦しめたのも人間。あの人に振られたのも人間。

  全部人間のせい。

 

  憎い。

  人間が憎い。

  そして人間である自分も憎い。

  だが、この思いも無駄になるだろう。

  もう前すら見えない。楼夢さんの顔を二度と見ることができない。

  そうやって、悔しさと虚しさに埋もれて、自分は死ぬ。

 

(最後に……楼夢さんに会いたかったなぁ……)

 

  さよなら、楼夢さん。

  私はこのまま消えるでしょう。

  ですがこの想いだけは消えることはありません。

  できれば来世で、また会えたら嬉しいです。

 

  思うだけ思った。もう終わりにしよう。

  かすかに、己の視界に色とりどりの丸い何かが見える。

  おそらく、あれは亡霊だろう。私が今殺した妖怪たちの。

  嗚呼、なんて綺麗なんだろう……。まるで、消えかけの魂のような輝きが、亡霊たちから溢れている……。

 

  ……亡霊?

  その時、私の中にかすかな可能性が見えた。

 

(いける! 術式構築中……。寿命を超えて楼夢さんに会う方法。それは、()()()()()()()()()()()()()!)

 

  呪いは、その気になれば人間を別のものに変えることもできる。

  今回はそれを、私に施す。

  ただ、こんな術式構築は初めてなので、成功する確率は一割。

  そして私は、賭けに勝った。

 

  凄まじい激痛が、私を襲った。

  まるで脳をグチャグチャにかき混ぜられているような。

  そんな薄れゆく意識の中、私は自身の真下にあるものを見た。

 

  体だ。人生を共にした、私の体が、視界には映っていた。

  激痛が収まり始め、だんだん意識がはっきりしてくる。

  ……成功だ。

  私は、とうとう()()()()()()()()

 

  今の私は、他から見るとそこら辺にいる亡霊のような形をしている。いや、しているのではなく、十中八九そうなったのだろう。

  ただ、他と違うのは、普通の亡霊がオレンジやブルーなのに対して、私の色は紫のオーラを纏った黒だった。

 

  視界に、人間、東風谷早奈の体が映る。

  憎い。コイツが、私をここまで苦しめた張本人。

 

『死ね』

 

  能力を発動。

  黒い閃光が放たれたかと思うと、次には私の体は消え失せていた。

  嗚呼、気持ちいい。

  忌々しいものを、浄化したような気分だ。

 

  ふと視界に、百を超える亡霊が辺りをただよっていた。

  これらは、生前私が直接葬り去ったものだ。

  ……そうだ。

  これからは力がいる。目の前に立ちふさがるものを全て消せる、圧倒的な力が。

  彼らにはその生贄になってもらおう。

 

『"アバリスレコード"』

 

  次の瞬間、周りにいた有象無象どもが、私を中心に一気に吸い込まれた。

  いや、私の前に出現した魔法陣に吸い込まれていった。

  直後、力が溢れてくる感覚に襲われる。

  今の私の妖力は、成り立ての大妖怪と同じくらいまでになった。

 

  今やったのは、呪いでの魂の吸収だ。

  この体と能力のおかげで、私はデメリットなく呪いを使えるようになった。

  今回は新しく作った呪いで、周りの亡霊を吸い込んで、妖力に変えたのだ。

 

  だが足りない。

  まだ足りない。

  もっともっと、魂を吸収しなくては。

  そのために、もっともっと殺さなくては。

  全てはあの人を愛すために。

  私があの人を愛すために。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「とまぁ、こんな感じですかねぇ。人間を辞めた経歴なんて。あとは楼夢さんがおそらく想像している通りです。全国各地を回りながら妖怪や人間を殺し回り、その度に力を得た。あっ、神も何回か殺しましたね! 彼等は非常に美味しいので、大好きなんですよぉ。そして数年前に大量の魂を吸って妖怪化したこの桜を吸収して、今に至りますね」

「……俺の、せいか? 俺があの時あんなことを言ったから……」

「楼夢さんのせいではありませんよ? 少なくとも、私は愚かで低脳な人間を辞めれたことに、すっきりしているんですから」

「……そうか」

 

  明るい早奈の声とは対照的に、楼夢の声は低かった。

  薄々気づいていた。早奈があんな風になったのは、だいたいそんな感じの理由であったことに。

  だが、認めたくない自分もいた。気のせいだと思う自分もいた。

  けど現実は非情で、変わりようのない事実を突き付けてくる。

 

「もう話は終わりですかぁ? ならさっさと始めましょう。大丈夫です、私は楼夢さんの全ての魂を受け止めますから」

 

  何もない空間から、一振りの日本刀が飛び出てきた。

  それは、以前楼夢が早奈のために作ったものであった。

  唯一以前と違うところは、透き通った水晶のようだった刃が、紫を帯びた邪悪な闇に染まっていたところだ。あそこには、おそらく何らかの呪いがかけられているのだろう。触れただけで、致命傷になりそうだ。

 

  早奈が刀を振るう。それを、舞姫で受け止める。

  刹那、剣圧で真下の地面がサイコロステーキにように崩れた。

  腕がしびれる。体が硬直してしまう。

  その隙を狙って、早奈の蹴りが、腹に直撃した。

  そこから、妖力が集っているのがわかった。避けようにも、もう遅い。

 

  閃光が、発射された。

  それは体を貫通させると、奥にあるもの全てを貫いた。

  無様に地面に転がり、這いつくばる楼夢。

 

  わかっていたことだ。戦力には差がありすぎることを。

  だからもう、出し惜しみはしない。

  全力を出す。

  これを出すと、自分の死は確定するだろう。だが、その覚悟はできた。

 

「『断罪閃光(ギルティ・レイ)』」

 

  それは、閃光というより、ブレスといった方が正しかった。

  広範囲を覆い尽くす閃光が、楼夢を包み込む。

  だが、それは楼夢に直撃すると同時に弾かれてしまった。

 

「……神解『天鈿女神(アメノウズメ)』!」

 

  拡散するブレスの代わりに、大量の血しぶきが、文字どおり頭から吹き出す。演算装置はその出力に耐えきれず自壊し、楼夢の脳みそは完全に潰れた。

  それと同時に、楼夢の姿も、変化していた。手には純白の刀に炎を宿した陽神剣『ソル』と、漆黒の刃に蒼い氷を纏った月神剣『ルナ』が握られていた。西洋風に刀は変化していて、両方とも美しいオーラが放出されている。

 

  西行妖を圧倒的に超える妖力。それが波となって、周りのものを吹き飛ばす。

  だが、楼夢は中々前に進まない。

  当然だ。脳が破壊されている今の状態で立っていることすら奇跡なのだ。

 

  桃と藍の髪を血に濡らしたその姿を見た早奈は、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「どうやら、その力は完全には制御できないようですね。なら、障害にはなりませ……ッ!?」

 

  歩きながら近づくと、楼夢に左手を向け妖力を集中させた。

  その時だった。

 

  西行妖の一部分が、早奈の左腕と共に消し飛んだ。

  一瞬のことで何が起きたのか理解できない。だが、直後襲ってきた焼けるような痛みが、彼女を現実に引き戻す。

 

「アぁァァァァアアァアァァァアッ!!!」

 

  体中が痛みで焼け死ぬようだ。

  そんな思考の中、憎々しげに楼夢を睨む。

 

  楼夢は、右腕を振り切った状態で静止していた。そこに握られた剣からはバチバチという炎が、雷のような音を立てていた。

  一撃。ただ剣を振っただけで、この威力。

  後ろをよく見れば、西行妖を消しとばした遥か先で、巨大な火柱が立っているのが見える。

 

  恐怖。亡霊として生き続けた早奈が初めて感じる感情。そして生前では抱くことの多かった感情。

  その時は、仲間がいたからくじけなかった。何度でも立ち上がった。

  だが今は独り。完全な孤独だ。支えてくれる者はおろか、声をかけてくれる者すらいない。

 

「あ、あぁぁ……あ」

 

  静止していた楼夢が動き出す。

  両方の剣を構え、爆発的に力を高めていく。

  近づいてくる死の気配。

  最後に絶望を感じたのは、紛れもなく彼女だった。

 

「『千華繚乱』」

 

  それが、最後の攻撃だった。

  光り輝く二つの剣。その光が爆発したかと思うと、光速の蓮撃が始まった。

  斬撃が一撃当たるごとにスパークする。それは早奈の体を西行妖の幹に張り付かせる大きな釘と化した。

  斬る、斬る。舞う、舞う。

  辺りに朱い花を咲かせながら、千の斬撃が早奈を襲った。

  その斬撃をとらえるなら、まさに神速。

  紅と蒼のライトが世界を照らす。その度に破壊の刃が西行妖を穿つ。

  それは楼夢が生み出した、攻防一体の剣術の完成形。

  限界を超えて加速し続ける神経は、もはや音だとかそういったものを全て置き去りにした。

 

「ァアアアアアアア!!!」

「ふ、ざけるなァアアアアア!!!」

 

  最後に、両方の剣で閃光のような突きを放つ。

  だが、早奈は最後のあがきで、悪魔の槍のような突きを繰り出していた。

 

  血しぶきが二つ舞う。

  一つは早奈の胸から。

  もう一つは……楼夢の胸から。

 

  ソルとルナは、早奈を貫いて西行妖に突き刺さっていた。

  だが、同時に漆黒の刃が、楼夢の胸を貫通していた。

 

  握る二つの刃を押し込むと、楼夢は絶叫に似たかけ声を上げた。

 

「い"ま"だ、や"れ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ッ!!!」

 

  ギョロリと、早奈の瞳がある一点を睨む。そこには、妖忌が幽々子の遺体に刻まれた術式に妖力を注ぎ込んでいた。

  ギョッとして、すぐに閃光を放とうとする。

  だが、楼夢が剣で体内を抉り、それを阻止した。

 

  光り輝く幽々子の遺体。そこから発動された封印術式に、早奈は見覚えがあった。

 

「イヤだァァァァァァァア!!!」

 

  封印術式『桜ノ蕾』。早奈を、西行妖を中心に、巨大な桜の花弁が出現した。

  それは西行妖を包み込むと光を放ちーー西行妖は活動を停止させる。

  同時に、早奈の肉体も西行妖の幹に埋もれていった。

 

「……これで終わりと思わないでくださいよ? 私は死なない。最後に吸収した、楼夢さんの妖力がある限り。それまでせいぜい楽しんでおいてください。……まあ、その怪我じゃどっちみち助かりませんけどね」

 

  最後の言葉を言い終えると、早奈の肉体は幹に吸い込まれ、消滅した。

  同時に、突き刺さった紅と蒼の剣が、光を失い、白と黒の刀に戻る。

  楼夢は西行妖の幹に背をかけながら、深いため息をついた。

 

「終わっ……たのか……?」

「ええ、楼夢殿。終わりましたぞ」

 

  誰にでもなく呟いたその言葉に、妖忌が返す。

  血と疲れでぼやけた視界で、妖忌を見つめる。

 ……ボロボロだ。服などはズタボロになってほぼないものに等しい。体中には大量の斬撃と弾幕を受けた跡。自慢の二本の刀にも、ところどころでヒビが入っていた。

 

「無様だなぁ……こんな姿じゃカッコつかないぜ」

「全くですな……幽々子様に合わせる顔もございません」

 

  消えそうな声で、ハハッ、と笑う。

  ……自分はもう死ぬだろう。

  神解の影響で思考することができるが、本来楼夢の脳は潰れているのだ。そこから溢れ出た血液だけでも、十分致死量になりえる。

  それでなくても、左腕は朽ち果てており、左足は焼かれ、あばら骨は数十本折れ、おまけに閃光が腹を貫通した跡が痛々しく残っている。他にもよく見れば3桁に届くかもしれない傷跡が、ところどころに残っていた。

  その中でも致命的なのは、貫かれた心臓だろう。

  早奈の最後の相打ちの一撃が、楼夢の死を確定させていた。

 

  もはやこの状態でなぜ生きているのか分からない。だが神解のおかげだということは確かだった。

  だがそれももうすぐ終わる。神解もいつまでも続けていられるわけではない。

 

  だんだん思考が薄れていく。視界ももう見えなくなっており、妖忌が前にいることぐらいしかわからなくなった。

 

  そんな視界の中に、空から白い光が舞い降りてきた。

  雪だ。

  肌にそれらは触れると、熱が溜まった体を冷やすように、心地よく楼夢を安息に誘う。

 

「……まさか、本当に満月の雪の下で眠ることになるとはな……」

 

  つい最近、西行妖の前で詠んだ歌を思い出す。

 

『願わくは花の下にて 春死なむ

  その如月の 望月のころ』

 

 ーー願うなら、二月の満月の花の下で死にたいものだ。

 

  それが、この歌の意味である。あの時の冗談で詠んだものが、まさか本当になるとは、と楼夢は苦笑する。

 

  そうだ……。歌で終わるなら、残す遺言も歌にしよう。

 

「妖忌……紫にこう伝えてくれ」

 

 

 ーー仏には 桜の花を たてまつれ

 

 ーー我が後の世を 人とぶらはば

 

「頼んだぜ……妖忌……」

 

  虚空をとらえていた瞳が、静かに閉ざされる。

  満月の下、白い光と花びらが、楼夢の体に積もっていく。

 

 ーー悔いはない。悔いはないよ。

 

 ーーあばよ、この世界。

 

  こうして、白咲楼夢の命は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

『仏には 桜の花を たてまつれ《死んだ私に桜の花を供えてください》』

 

『我が後の世を 人とぶらはば《私の後世を誰か弔ってくれるなら》』

 

 

 

 

 

Too be continued……。

 

 






東風谷早奈(西行妖吸収)
総合戦闘能力値:50万


白咲楼夢
総合戦闘能力値

通常状態:9万
舞姫解放時:18万
全強化術式付与時:30万
天鈿女神解放時:80万



次回、東方蛇狐録あとがき編


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前編あとがき『絶対見るべし』

◤◢◤◢WARNING!◤◢◤◢◤◢

今回は前編のあとがきです。最後に後編の重大発表があるので、可能な限りお読みするのをおすすめします。




 

 

 狂「ブヒャヒャヒャヒャッ!!最後の最後にその終わり方はないだろ!? パーフェクトだ作者ァァァァァ!!」

 

 作「感謝の極み。全ては同志のためよ」

 

 楼「お前ら、もうちょっと悲しめよ!? 主人公死んじゃったぞ!!」

 

 狂「いい気味だこの野郎!どーも、前編の終わり方に満足している狂夢だ」

 

 作「作者です。今回は前編のあとがきと後編の内容の一部を報告します」

 

 楼「幸せの後には不幸が訪れるというが、これはあんまりだと思う。楼夢だ」

 

 

 狂「いや〜それにしても本当に女に背中を刺されて終わるとはな」

 

 作「ふふっ、この瞬間のために剛さんと紫さんの話を直前に入れたんですからね」

 

 楼「計ったな、孔明! 返せ!あの剛の胸の感触と紫の胸の感触を返せ!」

 

 狂「やっと本性を現しやがったな! このクズ野郎!」

 

 楼「ああ悪かったな! 俺は巨乳好きだ! あの二人の胸触っといて、耐えられる男がいるわけねぇだろ!?」

 

 狂「……なあ、剛はともかく、いつこのゴミ屑は紫の胸揉んだんだ?」

 

 楼「……あっ」

 

 作「おそらく、同じ布団で寝ている時に、こっそり触っていたのかと……」

 

 狂「お前も最低じゃねェか!」

 

 楼「うるせえロリコン! 幼女の写真見てヨダレ垂らしてるお前よりはマシだわ!」

 

 狂「なんだとこの巨乳好き!? だいたいなんだその頭の上の輪っかは? 光ってるのはテメエのピンクハゲ脳みそ頭だけで十分なんだよ!」

 

 楼「仕方ねえだろ! 一応俺死んでるんですよ!? 死人に天使の輪っかついててもおかしくねえだろ!?」

 

 作「えっ、それ天使の輪っかなんですか? てっきりひと昔前の電球なのかと……」

 

 楼「あぁぁぁぁぁんまりだぁぁぁぁ!!!」

 

 狂「それじゃあ、今章のキャラ紹介ちょっといくぜ」

 

 

 

  白咲楼夢:

 

  いつも自由な最強の妖怪。最近巨乳の素晴らしさに目覚めた。

  紫の依頼で白玉楼に訪れるも、そこで待ち構えていた西行妖の本体『早奈』に追い詰められ、相打ちでその生涯を閉じた。

  後編では劇的な変化を遂げるらしい……?

 

 技名:

 

 舞姫神楽『青龍の鉤爪(かぎづめ)

 

  刃から竜の爪のように鋭い水の刃を放つ。

 

 

 舞姫神楽『玄武の金槌(かなづち)

 

  玄武の甲羅の硬さを思わせる、土のハンマーを、地面から放つ。

 

 

 

 魂魄妖忌:

 

 総合戦闘能力値:7万

 

 性格:

 

  白玉楼の庭師兼西行寺幽々子の劍術指南役。刀術の達人。口調は威厳があり、イカしたおじさま容姿をしているが、敬意を払っている相手には敬語になる。

  楼夢と共闘して西行妖を封印した経歴がある。唯一最後まで残り、生き残った生存者。

 

 

 

 東風谷早奈:

 

 総合戦闘能力値:

 

 通常寺:3千

 西行妖吸収時:30万

 

  元守谷神社の巫女。失踪して以来、楼夢を探し続け、禁術の呪いで亡霊と化した。その後全国各地を回り、人間、妖怪、神々などを殺し尽くし、その魂を吸収して楼夢を追い詰めるほどにまで至った。

  現在、西行寺幽々子の遺体を器に、封印されている。

 

 

 技名:

 

 アバリスレコード:

 

  魂を吸収する呪術の一つ。本来ならこれを使えば肉体と魂が自壊するのだが、早奈は魂を能力で、肉体を亡霊になることでそれぞれ克服した。

 

 断罪閃光(ギルティ・レイ)

 

  消滅の呪いを込めた広範囲の閃光を放つ。

 

 

 

 狂「ところで作者。後編ってどんな感じになるんだ?」

 

 作「よくぞ聞いてくれました。後編は、楼夢さん死後のあれこれなど、そして皆さんお待ちかねの! 幻想郷へ突入します!」

 

 楼「あれっ? 俺の説明で『後編では劇的な変化を遂げるらしい……?』って書いてあるけど、もしかして俺の出番まだある!?」

 

 作「そりゃそうですよ。この小説の主人公はあなたなんですから、死んでもまだ働いてもらいますよ」

 

 狂「安心しろ楼夢。台本読んでみたが、後編のお前は前編の見る影もなくなっているから」

 

 楼「安心できねえよ!? なんだよ見る影もないって!? 怖えよ! 」

 

 作「まあ大丈夫です。しばらくの間は後編が始まってもいつもどおりですから」

 

 楼「安心できねえ……」

 

 

 狂「ちなみに後編は前編と分けて新しく小説を作るのか?」

 

 作「いいえ、このあとがきの次にそのまま書きますよ。読者が減っちゃうのは辛いですし」

 

 狂「というわけで安心してくれ。次更新されていたら、それが後編の始まりになっているはずだ」

 

 作「てことで今回はここまで! 皆さんのおかげで、東方蛇狐録前編を終わらすことができました。正直に言うと、最初投稿した千文字程度の過去と今を比べると、誰だよこれ!? って思うことがたまにあります。皆さんのおかげで、ここまで成長し、三流並みの小説が書けるようになりました。これからも、この小説を楽しみにしてくれると嬉しいです」

 

 狂「ちなみにお気に入り登録はもちろん、高評価やコメントもしてくれると嬉しいぜ」

 

 楼「それでは、読者の方々。この馬鹿な作者の小説をこれからもよろしくお願いします。最後に、次回もーーーー」

 

「「「キュルッと見に来てね!!!」」」



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後編:そのころ、あいつらは……編
どんぶら三途の川渡り


流れゆく川の音が聞こえた

嗚呼、良い人生だったと

飛び交う小鳥にそう告げる


by白咲楼夢


「……んぁ? ……知らない天井だ。ていうかなんで毎回この時だけ天井がないのだろうか」

 

  そうやって、闇のように深かった眠りから目覚める。

  ……痛い。頭がクラクラする。思考が定まらない。

  だがまず、最初に言いたいことは一つ。

 

「 どういうことだ? 俺は確か、心臓貫かれて……」

 

  そこまで言ったところで、ギーコギーコという音が聞こえた。ノコギリの音ではない。何か舟のようなものをこぐような、そんな音だ。

 

  そこで俺は、自分が舟の上に横たわっていることに気づく。

  起き上がって前を見ると、そこには赤髪の女性が俺が乗っている舟をこいでいた。

  肩には刃の部分が妙にひん曲がった鎌を担いでおり、なんか死神の鎌っぽい雰囲気を出している。

 

「やぁ、ようやく目覚めたかい? ここは三途の川。死者が必ず渡る、道のようなところだ。あたいは小野塚小町(おのづかこまち)、ここの船頭をしている死神さ」

 

  宣言撤回。死神っぽいじゃなくて、本当に死神だった。

  小町の方をちょろっと見る。

  ……かなりの美形だ。おまけにスタイルはボンキュッボンな、お姉さんであった。

  ……最後に素晴らしい出会いができたものだ。

  この女性が『命を刈り取る、形をしてるだろ?』なんていう某死神と同類とは、思えない。

 

「ったく、今日はかなり珍しい日だね。肉体を持った亡霊が来るなんて今まで見たこともないよ。()()()()()()()()()

「それってどういう……」

 

  その意味はすぐにわかった。

  俺の斜め後ろ。そこに白い巫女服を着た男が座っていた。

  狂夢だ。

  そういえばコイツ、俺が死ねば狂夢も死ぬ的なこと言ってたな。まさか本当に死んでたとは。

  わっはっは。……笑えねー。

 

「それにしてもあんたら似てるねぇ。もしかして姉妹か何かかい?」

「黙ってろパシリ。ていうかこのオンボロ舟に三人は狭すぎるだろ。ちったぁ新しいの買いやがれこの巨乳」

「パシリじゃないよ。死神業の中でも最もやりがいのある仕事さ!ていうか舟替えてないのは現在地獄が財産難におちいっているせいであって、仕方がないんだよ!」

「……オンボロってことは否定しろよ船頭」

 

  相変わらずの口の悪さである。今日も狂夢マウスは絶好調のようだ。

  ていうか地獄が財産難って……。シビアすぎるだろ色々と。

  とりあえず自分の舟のボロさを否定しない小町に、とりあえず突っ込みを入れておいた。

 

「ちなみにこの舟はどこに向かってるんだ?」

「この地獄の裁判所さ。そこで私の上司が白黒はっきりつけて、地獄行きか天国行きか決めるのさ」

「ヤベェ……俺ら多分地獄行きかも」

 

  よく考えてみろ。今じゃこんなんだが、かつて暴走して妖怪『八岐大蛇』として国や村をいくつも滅ぼした俺と、月の三分の二を消した張本人である狂夢。

  どう考えても罪だらけです。やったねたえちゃん、地獄行きが確定したよ。

 

「んな焦るこたァねェだろ。いざとなったら地獄ごと吹き飛ばせば済むぜ」

「やめい。お前が本気出したら地獄どころか世界が危ないから」

「……なんか物騒な話しちゃってるよぉ」

 

  そんな俺たちの会話に、顔を青ざめる小町。

  安心しろこまっちゃん。そんなことはめったにしないから。

 

  先ほどから気になっていたのだが、三途の川の中の生物が気持ち悪すぎる。

  小町の話によると、水竜はもちろん、巨大ピラニアみたいな化け物がたっぷり生息しているらしい。なので、地獄から支給されるこの舟でないと、三途の川を渡れないとか。

 

  ちなみに、この舟に乗るのもただではない。しっかり船賃を払わないと、乗させてくれないようだ。

  もし払わないで無理やり乗ると、三途の川の底に突き落とすようだ。

  それを聞いた瞬間、思わず金を投げつけてしまった俺は悪くない。

  それにしても……

 

「狭い。やっぱり狭くないか、この舟?」

「なんだとぉ? あんたまであたいの『三途のタイタニック号』がボロいと言うのか!」

「実際ボロいからな……ていうか『タイタニック号』とかこの後沈む予定じゃねえか!? なんでそんな不吉な名前つけてんだよ!」

「そんなボロ舟で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない(キリッ)」

「問題あるわ! 一番いいの選べよバカ!」

 

  さて、天界流ジョークを言ったところで、大きな建物が見えてきた。

  おそらくあそこが裁判所なのだろう。

  地獄行きが確定してるが、ちょうどいい。俺の舞姫の錆にして……って、あれ?

 

「舞姫が……ない」

 

  おかしい。俺は常に舞姫を帯刀していたはずだ。ここに来て相棒ロスとかシビアすぎるぞおい!

 

  その時、前方の水面から10メートル以上はある竜が飛び出してきた。

  その時の衝撃でボロボロタイタニック号がギシギシゴキボキと悲鳴をあげる。

  ちょうどいい。今俺はムシャクシャしてるんだ。目の前に出てきたことを後悔しろ!

 

「じょ、上位水竜……終わったかも……」

「ゴガァァァァァァァァッ!!!」

「黙ってろこの、トカゲやろう!」

 

  膨大な妖力を右手に集め、術式を構築する。

  瞬間、三途の川の水をも蒸発させるような、金の太陽の光が水竜を襲う。

  『狐火金火』、あの剛にダメージを負わせた炎を野球ボールを投げつける感覚で放つ。

  直後、凄まじい光と轟音が辺りを包み込み、水竜を消滅させた。

 

  ビューティフォー。

  ふっ、戦闘能力5か……雑魚め。

  って、あれ? 今普通に妖術使ったけど、頭が痛くなんなかったぞ?

  もしやこれはあれか? 一度死んで魂だけになったせいで、脳に残った後遺症が消えたとか?

  それが本当だったら嬉しい。俺は後遺症が残った時から、舞姫に頼らずに効率よく最速で敵を倒すため、技術の方の修行を延々と続けていた。それが10分という時間制限が外れた今、時間を気にせずに戦えるようになった、ということだ。

 

  これでもしもの時は長時間戦えるようになった。

  これさえあれば地獄行きにならなくて済みそうだ。

  もうなにも怖くない。

 

 

  それから数分ほどで、陸地に着いた。

  ズカズカと舟から降りる俺と狂夢。小町は先ほどの爆発の余波で先端が黒焦げになった『三途のタイタニック号』を悲しい瞳で見つめている。

  すまん小町、今度舟を新調するように言っとくからな。

 

「それで小町。裁判所はこの先でいいのか?」

「ああ、ここをまっすぐ行けば着くよ。まっ、あたいも付いてってやるから安心しな」

 

  わっはっはと、豪快に笑いながら、肩を叩いてくる小町。どうやら先ほどのショックからは立ち直ってくれたようだ。

  もしかしたらこうやってショックを受けることが多々あるのかもしれない。

  そうこうしてると、俺の身長の2倍はあるかもしれない巨大な扉の前にたどり着く。

  ノックをすると、中から声が聞こえた。

 

「被告人、入りなさい」

「はいはい、お邪魔する、ぜぇッ!!」

「オラァッ!!」

 

  俺と狂夢のノック(神速キック)が炸裂した。

  扉はグルングルン回転しながら奥にぶっ飛び、ドガシャァァァァンッ! という凄まじい音を立てる。

  扉は蹴り飛ばせ! これぞ我が生きる道よ! たとえそれが裁判所の扉だろうが、神社の扉だろうが、関係ないわ!

  クワッと目を見開いて、そんな理不尽なセリフを叫んだ。

 

「よっしゃ! 新記録更新だ! ……ん、どうした小町? そんな顔を青くして」

「……まっ、前を……っ!」

「あなたたち、なにしてくれてんですかぁ?」

 

  不意に、そんな声が前から聞こえた。

  だが前方を確認するも、目に見えたのはレッドカーペットが真ん中に敷かれた全面白黒のタイルの裁判部屋だけだった。

  戸惑う俺に、下の方から声がかかった。

 

「……あれ、今どこから……?」

「ここですよ、ここ! ふざけてるのもいい加減にしなさい!」

「……えっ、これが裁判長?」

 

  目の前には、身長140ぐらいの少女がいた。緑髪のショートヘアーの上に、変わった帽子をかぶっている。よく見れば顔の青筋がピクピク動いていた。

  そんな少女が、手に持った平べったい棒のようなもので叩いてきた。ほっぺにクリーンヒットし、ヘボラッ! という情けない声とともに倒れこむ。

 

「失礼ですよ、あなたたち。 私は四季映姫(しきえいき)・ヤマザナドゥ、 この地獄の最高裁判長です」

「へぇ、んじゃ四季ちゃんで」

「勝手に名前を変えるな!」

 

  バゴンッ! という音とともに狂夢の頭に先ほどの棒が振り下ろされる。

  ちなみに小町に聞いたところ、あの棒は悔悟棒(かいごぼう)と言って、罪人の名前を書き込むと、その罪の重さによって重さが変わり、それで罪人を叩くらしい。いわゆる四季ちゃんのお仕置きグッズの一つだ。

  さらに深く聞いたところ、昔は罪人一人につき棒を一つ用意して使い捨てにしていたらしいが、最近はエコのために文字を消して再度使える素材の棒にしたようだ。

  ……話を聞くごとに地獄の財産難問題が出てくる。可哀想に、きっと小さいころからブラック企業してたせいであんなに小さく……

 

「なに考えてるんですか!?」

「ゴバラッ!」

 

  ぐおぉぉ、腹が、腹がぁ……。

  四季ちゃんブローが綺麗に俺の腹に突き刺さった。貧弱な俺の腹筋は見事に貫かれ、危うくゲロるところだった。

 

「もういいです! 被告人、あなたたちの判決を言い渡します!」

 

  映姫はズカズカと奥の大きな椅子に座ると、今までの雰囲気を消し飛ばして、辺りにプレッシャーのようなものを撒き散らかす。

  さすが、閻魔。

  長年閻魔をしていたせいか、その姿は罪人にとって巨大な鬼のように見えるだろう。それほどのプレッシャーを、映姫は放っていた。

 

  とはいえ、それで恐れる俺らではない。

  こちらもどっしりと構えて、それ以上の圧を放つ。

  先ほどのカオスな面影は全く消え去っていた。

 

  こういう話し合いでは、圧によってほぼ全てが決まる。

  だが映姫も流石に慣れているようで、白黒の部屋の中で震えているのは小町だけだった。

  ゆっくりと、映姫は口を開いた。

 

「判決を言い渡します。白咲楼夢、あなたは人妖合わせて数百万以上の命を奪い、陥れました。白咲狂夢に至っては数千万を超えているでしょう。さらに地形破壊による自然破壊はもちろん、生物の源といってもいい月の3分の2を消し飛ばす始末。よって、あなたたちは黒です!……と言いたいことですが」

 

  不機嫌な顔で、映姫は続ける。

 

「私は人妖を裁く権限は持っていても、神を裁く権限は持っていません。よって、今回の件は白にします」

 

  映姫はイライラしながらそう告げた。

  なるほど、確かにそうだ。俺は最強の妖怪であり神でもある。狂夢に至っては同等以上だ。

  そんな二人を、いったい誰が裁けるというのだろうか。

  ゼウス? オーディン? そんな奴ら数分で殺せるほどの力を、俺たちは保持している。

  つまり、地獄の最高裁判長だろうが、その上司に当たる十王だろうが、俺たちを裁くことはできないのだ。

 

  当たり前だ。力で劣っている奴らに、強者を裁ける権限はない。

  そういう意味では、おとなしく俺たちを白にした映姫に感心する。他の地獄の裁判長だと、最悪の場合殴りかかってくるかもしれないのだ。

  そうなった場合、その地獄は壊滅するだろう。隣の理不尽によって。

 

「というわけで、今回のことは不問にします。……ちっ、こんなのが神とか世も末ですね」

「なんかメッチャ文句言われてるんだけど……じゃあ映姫、三つほど質問いいか?」

「構いませんが、なにを聞きたいのですか?」

 

  辺りに再びほんわかな雰囲気が戻ってくる。

  映姫と俺たちが圧を解いたのだ。

  小町は白黒のタイルに崩れるように倒れ込み、ふぅ、とため息をついていた。

 

「一つ目の質問だ。西行寺幽々子、俺が死ぬ前にここに来た少女がいたはずだ。あいつはどうなった?」

「ちょうどいいです。私もそのことについて説明しようと思っていました」

 

  一つ目の質問は西行妖幽々子、俺の力不足で死なせてしまった若い少女のことだ。

  彼女も死んでしまったので、おそらくここにきていただろう。

  上手く成仏できていることを、願うばかりだ。

 

「彼女の件は少々ややこしくなります。まず、あいつは彼女の肉体とともに西行妖を封印しました。ここまではいいですね? 実を言うと、その肉体が封印されているせいで彼女は成仏できなくなってしまったのです」

「なっ!?」

 

  思わず驚いた声を上げてしまった。

  だって当然だろう。彼女の肉体を勝手に使用したのは俺だ。なので、せめて最後は成仏してくれていることを願っていたのだ。

  なのに、こんなの、あんまりだ。

 

  だが、俺がそんな暗い顔になったところで、パンパンと映姫が両手を叩きながら話を戻した。

  そして、俺のその後悔は不要だということを説明した。

 

「話を最後まで聞きなさい。話を戻しますが、彼女は成仏することができません。なので、我々地獄の上層部は彼女の元々の能力に目をつけました」

「元々ってことは……『死霊を操る程度の能力』のことか?」

「そうです。知っての通り、現在我々は財産難に陥っています。なので、我々は西行寺幽々子を亡霊として復活させ、転生を待つ幽霊が集う場所『冥界』の管理人とすることを決定しました。さらに白玉楼ごと冥界に移動させることで、人件費と建築費を抑えるつもりです」

 

  安心した。

  つまり、映姫は幽々子が人間ではなく亡霊として、あっちの世界で復活すると言っているのだ。

  冥界はここ地獄と同じように、現世とはまた遠い場所だ。だが紫の能力ならいつでも冥界に行くことができるだろう。

  それはつまり、俺はまた幽々子に会うことができるかもしれないのだ。

 

「ただ……生前の彼女の記憶は残りません。亡霊は自身が死んだと認識していない幽霊がなるものです。復活させた時に記憶を持っていると、すぐに幽霊に戻ってしまう危険性があるからです」

「……そうか。十分だ。ありがとな、映姫」

「礼はいりません。これも仕事ですから」

 

  ぺこりと頭を下げる映姫。

  十分だ。幽々子の記憶が消えたのなら、また作ればいいだけだ。紫もそのことを理解するだろう。

 

  胸のつかえが取れたようだ。

  これで一番の不安は消えた。そう思うと、なんだか気分が良くなってきた気がする。

  上機嫌なまま、俺は二つ目の質問をした。

 

「最後の質問だ。俺の舞姫はどこいった?」

「舞姫……あなたの妖魔刀のことですか。それならこれをご覧ください」

 

  手鏡のようなものを取り出すと、映姫はそれを俺が見えるように向けた。

 

「これは『浄玻璃(じょうはり)の鏡』と言って、本来は罪人の過去の行いを覗くためのものです。ですが今回は、これをモニター代わりに使います」

 

  ふと、俺の悲しいまでの美女フェイスを映していた鏡の奥が、別の何かを映しだす。

  そして見えた人物に、俺は思わず疑問を浮かべてしまった。

 

  鏡に見えた人物。それは俺の友人の紫だった。

  彼女が立っている場所は、何かの木の幹の前……って、これ西行妖の幹じゃねえか!?

  紫はその前に立ち、顔を真っ赤にしながら必死に何かを引っ張っていた。

  それがなんなのか分からず、俺は映姫に教えてもらって、映っている角度を調整した。

 

  柄だ。

  彼女は西行妖に突き刺さっている、白と黒の二本の刀の内の一つを唸りながら引っ張っていた。

  はい、どう見てもあれ天鈿女神じゃないですかやだー。

  なんなの? お前ご主人様が死んでもそこに突き刺さってたの?

  魂で出来た刀なんだから、戻ってこいよ。

 

  さらにズームさせて、紫を見つめる。

  彼女は顔を赤くしながら頑張って引っ張るのだが、圧倒的筋力不足でウンウン唸るだけだった。

  あっ、汗で手が滑って後ろにこけた。

  涙目になりながら、恥ずかしさのあまりか、そこから逃げるように走り去っていった。

 

「……なにこれ?」

「どうやら彼女、あなたの墓にあれを供えようとしてたみたいですね。引き抜けずに逃げてしまいましたが」

 

  マジかよ。今俺久々に感動したかも。

 

  そうこうしていると、紫が西行妖の幹の前に戻ってきた。美夜、清音、舞花の三人を引き連れて。

  そして4人は一列になると、力いっぱい引っ張り出した。

  あれ、この図形、どっかで見たような……?

 

  うんとこしょ、どっこいしょ。それでも刀は、抜けません。

  たしか一年生の教科書で乗っていたやつだこれ。

  あまりに抜けないため、清音と舞花がそれぞれ攻撃し始めた。

  無抵抗なので、早奈も涙目である。

  結局、二人は美夜と紫によって、止められていた。

 

  まあ、予想はしていたが、やっぱり抜けないか。

  墓まで運んでくれたら、映姫が取り寄せてくれるらしいのだが、これは仕方ない。下手に木を傷つけるとどうなるかわからないからな。

  だが、次に鏡を見たとき、俺の目にはその木を傷つける可能性ナンバーワンの人物がいた。

 

「……なんで剛がここにいんだよ」

 

  そう、紫たちの後ろには妖怪の山にいるはずの剛が立っていた。

  嫌な予感がする。

  そしてそれは、見事に的中した。

 

  片方の柄を握りしめると、剛はあらん限りの力を振り絞って、それを引っ張った。

 

  うんとこメギメギ、どっこいバキゴキ、それでも刀は抜けません。代わりに根っこが抜けそうです。

 

『ひっ、ヒィィィィィィ!! 腹が、私の腹がえぐられるぅ! 助けて、楼夢さァァァァん!!!』

 

  なんか幻聴が聞こえたが無視しよう。

  ていうか封印したやつに助けを求めるなよ。

 

  とりあえず、剛はさっさとその柄を放せ。いまだにメキメキ言ってるぞ、おい。

  その後、周りに四人によって西行妖は救われた。

  剛は最後に殴りたいと言っていたようだが、彼女の力でやると本当に折れるので勘弁してくれ。

 

  まあ、これで舞姫はしばらく使えないということがわかった。

  別にこの次に戦闘があるわけでもないし、まあ大丈夫か。

 

「最後の質問だ。俺たちはこの後どうなるんだ?」

 

  そう、これが一番の疑問だった。

  あらゆる生物は基本的に閻魔によって裁かれる。だが例外的に神は本来死んでも信仰心を元に復活するので、地獄にはいかないのだ。

  だが俺は、元が妖怪というせいか地獄に来てしまった。

  では俺らの扱いは?

 

「もちろん、他の神と同じように復活させます。ですが、あなたは遺体がボロボロの上、妖力などを西行妖に吸収されているので、新しい肉体を作ることになります」

「それってどのくらいかかるの?」

「ざっと数百年はかかります。魂の方も負担がかかっていたため、その間はこの地獄で暮らすことになるでしょう」

「ちなみに俺は例外だ。力を失ったわけじゃないから、いつでも時狭間の世界に帰れるぜ。てなわけで、あばよ!」

 

  そう言うがいなや、狂夢はスキマのようなものを開くと、すぐにその中に入ってしまった。

  この部屋に残されたのは映姫と小町と俺だけだ。

  これ以上はとりあえずなさそうなので、俺も退室させてもらおう。

  そう思って踵を返して部屋を出ようとすると、映姫から声がかけられた。

 

「待ちなさい。今回は不問にしましたが、あなたは間違いなく罪人です。神になる前から……いや、()()()()()()()()()()

「……へぇ、どこまで知ってるんだ?」

 

  自分でも驚くほど冷たい声が出た。

  彼女は今、こう言った。神になる前、妖怪になる前から、俺は罪人だと。

  その言葉が意味するのは、俺が元人間だということを知ってるということだ。

 

「あなたの罪状はほぼ全てです。さっきの鏡であなたの罪を調べた時に知っただけですけどね」

「なるほど。ちなみに口外するなよ。もししたらーーーー」

 

 ーーーー殺すからなぁ?

 

  それだけを言うと、逃げるように室内を出た。

  なぜだか妙に、映姫のセリフが頭から離れなかった。




「とうとう後編に突入です。最近文字数が7千オーバーになってきている作者です」

「今回地獄行きになったが、よく考えたらなんもデメリットがないことに気がついた狂夢だ」


「それにしても、今章はどんな感じになるんだ?」

「今章は楼夢さんが死んだ後の他のキャラたちの物語です。ちなみにしばらく楼夢さんはでてきません」

楼「一応俺主人公だったよな!?」

「なんか聞こえたが無視しよう」

「今話の最後にチラッと過去の話が出たが、過去編とかはやるのか?」

「はい、やります。ちょうど次の章が過去編になる予定です」

「一応テスト期間が近づいてきてるんだから、急げよ」

「まあ、もしかしたらこれがテスト終わるまでの最後の投稿になりそうですがね。その時はテスト期間が始まったと、活動報告で書くのでよろしくです」


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常闇と炎魔と陰陽師の共闘


夜の街と目を閉じよう

狼の鼻に惹かれぬように


by火神矢陽


 

  楼夢が死んだ。

  その情報は都にいた俺の耳に、すぐ伝わってきた。

 

  現在、俺は平安京にいる。産霊桃神美の死亡の情報は、基本的に回ってないので、このことを知るのは妖怪の賢者と鬼の頭領と天狗の長ぐらいだろう。

  ではなぜ俺が知っているのだって? 職業柄こういう情報はけっこう入るんだよ。

  まあ、墓参りには行ってない。

  今ごろおそらく、紫の賢者が情け無い顔で泣いているだろう。ついでに鬼の頭領の方も、意外に涙を流してそうだ。

 

  薄情、と言われるかもしれない。だがよく考えてみろ。

  あいつは一応神だ。それに地獄の上層部を軽く超える力を持っている。

  つまり、ほっといても地獄が復活させるだろうし、そうでなくとも無理やりこっちに戻ってくるのが予想できるのだ。

  そんな奴のために墓参りに行くなんざ、時間の無駄もいいとこだ。

 

「火神〜、なんで宮殿なんかに向かってるのよ?」

「金だよ金。それ以外に俺が天皇ごときのとこに行く理由がどこにあるってんだ?」

 

  俺の腕に抱きついているルーミアが、そんな疑問をかけてきたので、答えておく。

 

  どうでもいいことだが、最近俺とルーミアは正式に付き合いを始めた。

  ことの発展はいつだったか。確か酔い潰れたルーミアが自分と付き合え付き合えうるさく言うから、思わず了承してしまったのだ。

  それ以来、ルーミアは俺とのスキンシップがかなり激しくなった。まあ、不快ではないので放ってはいるが。

 

 そんなルーミアを腕にぶら下げたまま、宮殿の門にたどり着く。

  すぐさま場違いな格好の俺たちを見て、門番が来たのだが、名前とそれを証明するものを出すと、土下座するような勢いで頭を下げて下がっていった。

  この都内では、俺の名前は陰陽道の業界で知らないものはいないほど広まっている。まあ、名前はあだ名の火神にして、本名は名乗ってないのだが。

 

  キラキラ輝く宮殿内を、ドシドシと遠慮なしに入っていく。

  妖しげな美貌を持つルーミアを連れていることもあってか、中の貴族どもの視線は全て怒りか嫉妬か下品に染まっていた。

 

「ふふ、妖しげな美貌だなんて、嬉しいわぁ。たまにはそんなセリフも行って欲しいわね」

「へぇ、じゃあ今度からベッドの上でそんなセリフ囁いてやるよ」

「な、なっ!?」

 

  途端に顔を真っ赤にするルーミア。

  俺は知っている。こいつはこう言った口調で相手をからかって喜ぶが、ストレートな言葉には弱いということを。

  一応、俺はこいつを案外気に入ってる。性格はともかく、八雲紫などと比べられるほどの美貌を持っているのは確かだからだ。

  そんなことを思っていると、大きな扉の前にたどり着く。

  その前にも見張りの兵が複数おり、見るからにここにお偉いさんがいることは確かだった。

 

「陰陽師の火神様が参られました」

「入れ」

「はっ」

 

  短い返事の後、警備の人間が大きな扉を開ける。

  俺はそいつらを無視しながら、ルーミアを引き連れて中に入った。

 

  その先は、広い空間につながっていた。

  装飾がキラキラ光っており、この空間というべき部屋をゴージャスに仕立て上げていた。

  その奥でこちら見下ろしている人物、鳥羽天皇が俺の目に映った。

  そのまま進むと、この平安京最強の陰陽師、安倍晴明が跪いていた。臣下の礼というやつだろう。

  他にも、身分が高そうな貴族が数名、晴明の後ろで跪いていた。

  しばらく進んで、晴明の横にルーミアと立つ。

 

  しばらくの静寂が部屋を支配した。

  すると、見慣れない貴族の一人が、いつまでも頭を下げない俺に対して声をかけてきた。

 

「陰陽師火神殿。さっさと臣下の礼を」

「あ? なんで俺が頭下げねェといけねェんだ?」

「なっ、貴様ッ! 天皇様の前だぞ!」

「うるせェよ新顔。俺に頭ァ下げろたァ、いつからテメエはそんなに偉くなったんだ?」

 

  当然のように、俺はそう返した。

  だが相手はそれがお気に召さなかったらしく、さらにヒートアップする。

 

「ふざけるなよ貴様! それでも貴様はこの国の陰陽師か!?」

「いつから俺はお前らの陰陽師になったんだ? 鼻から俺はァお前らを道具にしか見てねェよ」

 

「そこまでだ」

 

  そんな声が、辺りに響き渡った。

  天皇だ。

  やつは貴族を止めると、俺に頭を下げた。

 

「すまなかった火神殿。なにぶんこやつは貴殿と会うのは初めてで、このような態度を取ってしまった」

 

  そう言って謝罪する天皇。それを見て狼狽える先ほどの貴族。

  当然だ。

  俺は現在ここで陰陽師の真似ごとをして稼いでいるが、そのせいでどうやら俺は宮仕えの陰陽師という認識になっているらしい。

  だが実際は、他の大陸の技術を持ち込んだ賞金稼ぎとして、天皇とコネクションを作っていたのだ。

  やつにとって俺は他の大陸の使者。俺にとってやつは金を吐き出す道具。

  おまけに腕をちょこっと見せておいたので、危険で報酬が高い仕事は優先的に俺に回されるようになっている。おかげで大儲けだ。

 

  だが最近はやつも少しずつ報酬を減らしていっている。そろそろ潮時だろう。

  まあ、今回もその仕事の話で呼ばれて来たのだ。

  本来はこうして出向いていってやらないが、今回は特別だ。

  その理由は、今回の報酬金額があまりに異常だったからである。

  金額からして相当ヤバい仕事だろうが、これほどの金額を出されて下がるわけない。

 

「んでェ、今回の仕事の内容を聞きてェんだが?」

「わかった。今回は高名な陰陽師である安倍晴明と火神殿に、ある仕事を依頼したいのだ」

「その依頼とは?」

 

  自分の名が上がったことで、そう質問をする晴明。

  晴明と俺は、たまにこうやって同じ仕事を受けることがある。

  実際、こいつは八雲紫などの大妖怪最上位には到底及ばないが、その下の上位を倒せるだけの力がある。

  まあそのせいで一回正体がばれて、戦闘になったことはあるが。ちなみに結果は言わずもがな。とりあえず、5秒持っただけで凄いとコメントしておく。

  まあその後なんやかんやで和解して、時たまに共闘するようになった。

 

「うむ。現在、私こと鳥羽天皇は謎の病に侵されている。そして必死の調査の結果、我が妻である玉藻前(たまものまえ)が怪しいということがわかったのだ。そこで、この国最強の陰陽師である二人に、彼女の調査を頼みたいのだ」

「いいぜェ、ちなみにソイツが妖怪だった場合はァどうすんだ?」

「その場合はその時に考えておく。安倍晴明、引き受けてくれるな?」

「もちろんです。この安倍晴明、力の限りを尽くしましょう」

「そうか。では、明日からさっそく取り掛かってくれ」

 

 

 

 ♦︎

 

 

  その後、俺はルーミアと行きつけの団子屋に来ていた。……晴明を連れて。

 

「うーん、この団子甘〜い!」

 

  相変わらずルーミアは団子をばくばくと食っている。その白黒の西洋式の服を着ているのも合わさって、周りの目が集中する。

 

「さてと、晴明。俺がここに呼んだのはなんのためかわかるな?」

「今回の依頼の件だろう?」

「そうだ。もしも調査対象が黒だったら、お前はどんな妖怪が化けているのだと思う? 俺は正直この大陸の妖怪はあまり詳しくねェし、そこらへんを聞きたかった」

「うーむ、可能性として一番高いのは妖狐だ。奴らは化けるのが最も得意で、主に女性に化けるからな」

「妖狐か……」

 

  ふと、俺の脳にピンクのファンキーカラフル狐の顔が映った。

  あんにゃろう。死んだ後でも俺の思考に入ってくるとは。しかもその時の顔が妙にドヤ顔だったのがムカつく。

 

「む、どうかしたか?」

「なんでもねェ。知り合いにちょうどその種族だったやつがいただけだ」

「……もしかしてそれは、産霊桃神美ではないか?」

「……なんで知ってんだよ」

 

  晴明は俺の答えを聞くと、やっぱりか、という顔をする。

  なんで分かんだよ。お前もしかして俺のストーカーか?

 

「やっぱりか。かの有名な火神矢陽の知り合いときて、思い当たるのは産霊桃神美か鬼子母神くらいだよ」

「二人とも一応会っている。ちなみにこの前団子屋に来ていた桃髪の女が産霊桃神美だ」

「本当か!? やった、これで私の恋愛は確定した! 近い将来に結婚できそうだ!」

「……なんでそんな喜んでんだよ。お前一応陰陽師だよな?」

 

  普通妖怪が都に入っているのを危険視するだろうが、とツッコミを入れるが、それは違うと否定された。

 

「産霊桃神美だけは別だ。確かに彼女はいくつもの国を滅ぼしたり、地形を何度も壊したりしているが、その分信仰すると恋愛運が飛躍的に高まることで有名なんだ。事実この都にいる貴族の大半が彼女を信仰しているぞ」

 

  そんな様子で、ピンク頭について熱く語られた。

  なんであの天然女たらしが都じゃ恋愛の神様なんだろ? 縁結びの神だったら、まずは自分の恋愛をどうにかしやがれ。

  冗談で女と言ったが、こいつがあれの性別を知ったらどう思うんだろうか。今でも「思えば、あの時の産霊桃神美様は美しかったなぁ」とか言ってるし。

 

「まあでも、私は常時見やぶりの術式をかけているのに、気付けなかった時点で彼女がどれほど強いのか想像できるよ」

「まあ、そんなことはどうでもいい。今はどうやって調べるかだ」

「妖狐とはいえ、年中人間に化けているわけではない。妖力回復のため、数日に一回は休憩するだろう」

「つまり、一日中張り込みで調査するしかないってことかよ」

 

  なんか今回は面倒になっちまったな。

  よりにもよって、女性を一日中監視するとか変態じゃねえか。

 

「だが問題はその方法だ。一時的に身を隠すなら、私の陰陽術を使えばいい。だが一日中となると、私でも術を維持できないぞ」

「そこらへんは大丈夫だ。ルーミアの能力を使えば一日どころか三日三晩張り込めるぜ」

 

  ルーミアの能力は『闇を操る程度の能力』と言う、厨二くさい名前の能力だ。それを使って調査対象の部屋の物影に潜り込めば、一方的に覗くことができる。

  まあ、女性の部屋を覗くということでコイツが許可出してくれるか、だな。

 

「話は聞いたわ。でも火神、条件があるわ。入浴中は火神は見ちゃダメだからね」

「はいはい、わかったよ。んじゃ晴明、明日昼過ぎくらいに宮殿前で待ち合わせな」

「わかった。火神殿もお気をつけて」

 

 

 

 ♦︎

 

 

  そんなこんなで、アンジュールプリュター。つまり1日後ってことだ。

 

  暇です。

  俺こと火神矢陽は超暇です。

  暇すぎて星を一つ爆破してやろうかと思うぐらい暇です。

  いや、いっそ元凶ごと焼き払ってしまおうかな。

 

「物騒なこと言ってんじゃないわよ。まあ、その案には賛成だけど」

「やめてくれ火神殿! 後で怒られるのは私なんだぞ!?」

「あ、じゃいっか」

「やめてくれぇぇぇぇぇ!!!」

 

  さて、現在俺はルーミアの能力で玉なんとかの部屋の中を覗いています。

  ちなみに影の中は結構快適だった。真っ暗なのかと思いきや、空間の色を好きにいじれるらしく、明るい空色にしてもらっている。

  そこらへんには食料が大量に積んであり、前々からここに保存していたのがわかった。その他にも、ルーミアの闇の中に収納しておいた俺の持ち物が全てこの中にあり、晴明はそれに飛びついていった。

  しばらく飽きることはないだろう。

 

  だがちゃうねん。

  一週間も外に出ないで、飽きないわけないだろアホが!

  ちくしょう! こんなことならなんか遊具でも入れときゃよかった。

  ちなみにその間、雨の時風の時便所の時入浴中の時でも監視を続けているが、いっこうに尻尾を握らせてくれない。

  だが俺の野生の勘は、なんとなくこいつが妖怪だということを理解していた。

  さらに一応根拠もある。奴が、霊力の他に妖力を纏っていることだ。

  その比率は2対8。妖力の方が圧倒的に多い。おそらく霊力は大量の妖力を変換して極小な量のものを作っているのだろう。

  それを普通なら感知できないように、何重もの妖術をかけていたらしいが、相手が悪かった。

  さて、予想的には今日中に妖力が切れるはずだ。奴は霊力を作るのに大量の妖力を消費している。

  だったら今日ぐらいが限界だと思うんだが、後ろの二人は飽きて点で役に立たない。

 

  とその時だった。

  ボフンッ! という音とともに煙が玉藻前から舞い上がった。そして煙が晴れると、そこにはーーーー九本の尻尾を持った人型の妖狐がいた。

  俺はその姿を見た時、前に別大陸で聞いたとある情報を思い出した。

 

  金色の毛並み。それをまといながら輝く九本の尻尾。さらにはあらゆる男を惑わす美貌。

  間違いない。あいつは『白面金毛九尾』だ。

  隣の大陸から追われていたらしいが、まさかこんなところで出会えるとは。

  奴の皮を剥いで隣の大陸に行けば、今回の報酬と合わせてかなりの額が稼げる。その後は故郷に里帰りでもしようか。

 

  そんな考えに至ってると、狐は風呂に入るために部屋を出て行ってしまった。今がチャンスだ。

 

  ルーミアの能力を使用。隠れていた棚の影から、黒いゴッドハンド的な何かが飛び出した。

  それは先ほど白面金毛九尾がいた地面にたどり着くと、金色の毛をひとつまみ取って、戻ってくる。

  俺はガラス瓶を取り出すと、拾った金色の毛をその中に放り込んだ。

  任務完了だ。今回で玉藻前が妖狐であることが分かったし、信じなくても他の陰陽術師にこれを調べさせればすぐに発覚するだろう。

 

  これで今日はぐっすり眠れる。

  寝ている二人を叩き起こして、俺たちは部屋から退却した。

  ハッハッハ! あばよカカロット! これから確定で死刑になりそうだが、頑張って生きてくれたまえ!

 

 





「一難去ってまた一難! 楼夢が死んだら今度はお前かよ、火神!! 最近リア充撲滅してもまた増えてくるという恐怖に陥ってる狂夢だ」

「一難去ってまた一難! そろそろテスト期間なので、二週間ほど投稿をお休みします。後編も始まったばかりなのに、皆様大変申し訳ございません。作者です」


「おい作者。なんでリア充がまた増えてるんだ?」

「知りませんよ。気付いたらくっついていたんですよ。まあ、ルーミアちゃんはそれ以来火神さんにベッタリになっているみたいですね」

「それを受け入れている火神も火神だ……って、違う! なんでまた撲滅後に沸いたんだよ!? もう一回撲滅してやろうか!?」

「無理ですね。楼夢さんの時とは違って、今火神さんをひっぱたくとルーミアさんに殺されます」

「救いはないのかよォォォォォォッ!!!」

「まっ、これでこの小説で唯一の男キャラの内、彼女できていないのは狂夢さんだけになりましたね」

「楼夢もいないだろうが!」

「あれはハーレム作ってるからそれ以上なんですよ」

「ちくしょォォォォォッ!! 誰か俺と付き合ってくれェェェェェェッ!!!」


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白面金毛九尾の奮闘


響き渡る怒号 鳴り響く鐘の音

反逆の笛は鳴らされた

さあ、ハンティングゲームを始めようか


by火神矢陽


 

 

 

 私の名は玉藻前。またの名を白面金毛九尾という。かつて中国、インドで人間と交流しようとしたが、いずれも正体を見破られ、この国に追いやられた。

 

  自分で言うのもアレだが、私はかなりの美形だ。かつての国にいた時も私はこの美貌のおかげで人間のお偉いの夫人として、高い地位を得ることができた。

  今回もそれだ。ウロウロと彷徨い歩いていたところで鳥羽天皇に出会い、その妻として宮殿に迎えられることになった。

 

  そして、私は今その宮殿内の自室にいる。

  最近、鳥羽天皇が原因不明の病に侵されたそうだ。

  だが、私はその原因を知っている。十中八九、私から漏れ出る微量の妖力が原因だろう。

  私は白面金毛九尾などと言われているが、化けたり妖術を扱うのが得意でも、妖力を完全に消し切ることは得意ではない。最大限努力しているのだが、どうしても僅かな量が漏れてしまう。

  おそらく、後数ヶ月で私の正体はバレてしまうだろう。安倍清明、私と同等の力を持つ彼がいる限り、どこかで必ず私の正体は明かされてしまう。

  だが、それは逆に言うと、後数ヶ月は時間があるということだ。

  その間に逃げる準備を整え、いざという時に脱出してやる。

  だが、そうやって余裕があると思っていたせいか。その時の私はもう手遅れだったということに微塵も気づいていなかった。

 

  ドンドン! と扉が叩かれる。

  何か用だろうか? と無警戒にも私は扉を開けてしまった。

  よく考えればわかることだ。仮にも天皇の妻の自室の戸を、こうも乱暴に叩いたのはなぜか?

 

  やがて、大きな扉が開いた。

  そこから現れたのは、大量の武装した兵たちだった。

 

「玉藻前! ……いや、妖怪『白面金毛九尾』! 貴様を天皇様を害した疑いとして、連行する!」

「なっ!?」

 

  先頭の兵から放たれたその言葉に、私は絶句する。

  馬鹿な、早すぎる。私は妖狐の大妖怪だぞ! その私の術式を数日で暴くなど、大妖怪最上位でも不可能だ!

 

  だが現実は非情にも、そんな私の言葉は無意味だった。動かない私を見てか、先頭の兵が手に持った槍を突き出してきたのだ。

 

  とっさに避けるも、かすってしまい、肩から血が流れる。

  ……もはや、和解は不可能のようだ。

  先頭の兵が槍を掲げながら叫ぶ。

 

「なるほど、その行為は我々への敵対とみなす。よって、命令通り、我々は妖怪玉藻前の抹殺を行う!」

 

  その言葉を聞いて、後ろの数十の兵士が雄叫びをあげながら突進してきた。

  だが、その程度で大妖怪上位の私は倒せない。妖狐が最も得意とする妖術『狐火』を広範囲に広がるように放った。

  それは波のようにうねり、兵士たちに襲いかかる。

 

  直後、爆発。大勢の兵士が吹き飛ばされ、動きを止める。

  その間に術式を展開。妖術で姿を消し、部屋に狐火で穴を空けると、その場から脱出した。

 

  後ろから兵士たちの怒号が聞こえる。

  だが止まらない。止められない。

  ひたすら前を突き進む。目的地も、宛もないのに。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  玉藻前の自室内。そこには数十の武装した兵士たちがいた。

  だが、中には倒れ伏している者や、気を失っている者も少数いる。幸い玉藻前の攻撃が一撃しか来なかったのもあって、死者は出ていなかった。

 

  その中心にいる一際目立つ鎧を着ている人物。この部隊の隊長である彼は、先の狐火を弾くために消費した槍を捨てると、懐から西洋のコンパスのような物体を取り出した。

  その物体につけられている針は、とある方角を差していた。

 

「急げ! 早く討伐軍に白面金毛九尾が逃げたことを伝えろ。編成が出来次第、位置は私が伝える!」

 

  コンパスが差す方角は、玉藻前が逃げた方角と同じところを差していた。

  そう、このコンパスは現在進行で玉藻前の位置情報を伝えていた。

  このコンパスは、火神が暇つぶしで作ったマジックアイテムだ。魔力で標的を設定すると、対象の方角を本体が伝えることができる。

  この男は、先ほど槍に魔力のヘドロのようなものを少量塗っていたのだ。それが玉藻前の体に付着し、今も情報を伝えているというわけだ。

 

  ちなみに普段の火神なら、こんな物は貸さない。だが今回はさっさとこの国をおさらばしたいので、特別にと火神がこの男に独断で貸していたのだ。

 

  つまり、玉藻前はもうどこにも隠れることはできないということだ。妖力と魔力は性質などが全然違うので、なぜ位置を特定できるのか彼女にはわからない。

 

  玉藻前の悔しむ姿が目に浮かぶ。

  この後玉藻前は一ヶ月もせずに捕まるだろう。戦死していない場合は、最悪で死刑、良くて上級貴族の恵み者として一生を終えるだろう。

 

  男はこの後自分が昇格する姿を思い浮かべると、ニヤつきながらギラリと歯を輝かせた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  果たして、あれからどれほどの敵を倒したのだろうか。

  正体が明かされてから、私は三日に一回のペースで討伐軍と戦闘を繰り広げていた。

  最初は1500ほどだった軍が、今ではその倍以上の人数になっている。

  どこかに隠れようにも、なぜだか位置を特定され、攻められてしまった。

 

  おかげでもうボロボロだ。妖力は三日で回復するが、精神面での疲労は積もり続ける。おまけに小さな傷もいくつかできてしまっていて、このままではとても生き残れそうじゃない。

 

  そうこうしている内に、現在私が潜んでいる森の外から笛の音が轟いた。

  ついに来たか。そう思い、視力を強化して相手の本陣を覗こうとする。

 

  そこで見た光景に、私は絶句した。

 

  森の外。決して小さくない森の周りを、無数の兵の大群が埋め尽くしていたのだ。

  あとで聞いた話だが、その数は約8万であったという。

 

  そんな大軍を相手にして、私が無事でいられる確率は何パーセントだろうか。おそらく0が複数ついてくるだろう。

 

  かつて妖狐の先祖と呼ばれる産霊桃神美様は、一人一人が都の兵士よりも強力な神兵10万人と数十数百の神々を同時に相手にしたという。

  私にはそんなこと到底出来やしない。

  だが、やらねばやられる。やるやらないかの問題ではなく、やらねば死ぬのだ。

  幸いここは森の中だ。ここで相手の軍を引っ掻き回して、この森から脱出してやる。

 

「先行隊、突撃!」

 

  おそらく将軍であろう豪華な鎧をまとった人物は、馬に乗ったままそう叫ぶ。直後、数百の兵士が、森の中に殺到した。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「ハァァァァッ!」

 

  爆風が起こる。あたりの兵士が飛び散る。

  着弾地を中心に、青い狐火の炎が兵士たちを飲み込んだ。

 

  これで……十回目だ。

 

「十一番隊、突撃!」

 

  ……まだいるのか。

  いくら倒しても倒してもキリがない。アリの大軍のように、巣から這い出てくる。

  奴らは、大軍を4千で一つの部隊に分けていた。それが数十個。

  十回目とは、私がその部隊を全滅させた回数だ。そして、また十一回目の猛攻撃が始まる。

  奴らが軍を部隊に分けた理由は二つ。一つは、この森の大きさでは8万の兵士の力を活かせないからだ。そんな数を入れれば、刀を振るのも困難になるほど、隙間がなくなる。

  私としてはこの方法の方が都合が良かった。身動きが取れない大軍に向けて、広範囲の妖術を放つ。そのシナリオ通りになれば、私の生存率ははるかに高まっていた。

 

  だが、相手の将軍は馬鹿ではなかった。いや、不幸なことに、むしろ優秀だった。

  軍を部隊に分けた二つ目の理由。それは、単に私を消耗させるにはその方が良かっただけだ。

  現に、私の妖力はもう残り1割を切っている。いくら温存しようが、それは変わらない。

  対して相手はまだ半分の兵士が残っている。突撃してくる兵士たちが、まるで何度も何度も蘇ったゾンビのように見えた。

 

  燃える木の幹に身を隠しながら、暗殺者のごとく気配を消し、ただチャンスをじっと待つ。

  森の方も限界だ。7割の木に私の狐火の炎が燃え移っており、このままでは隠れる木すらなくなってしまう。

 

  そうなる前にこの森を脱出しなければならない。

  焦る気持ちを抑え、息をひそめる。

  やがて、そのチャンスが来た。

  部隊の人間たちが、私がいる木に背を向けたのだ。

  不意打ちにはまたとないチャンス。最大威力の狐火を静かに術式を描く。そして1分後、それを部隊の真ん中に落とした。

 

  絶叫をあげながら、全力で極大の炎球を放った。それは部隊の中心で爆発すると、半分の命を蒸発させた。

  残るもう半分も無傷ではない。ほぼ全員がかなりのダメージを受けていた。

 

「やァァァァ!」

 

  木の陰から飛び出すと、鋭い爪で重傷の人間たちにとどめを刺した。それにより兵士たちが刀を向けるが、遅い。

  いきなり現れて動揺している兵士に速度だけを重視して急所を貫いていく。

  目、喉、心臓。貫いては切り裂き貫いては切り裂いていく。

 

  やがて、一人の人間が札をこちらに構えて詠唱を唱えていた。

  陰陽師。人間特有の力、霊力を操り、妖術のような現象を起こす奇術師。

  その陰陽師の持っていた札が、複数の雷となって私を襲った。

  だが、私は加速を止めない。雷の下をギリギリですり抜け、陰陽師の懐に潜った。

  深く腰を落とした状態から、それを右腕とともに引き上げる。

  アッパーカット。もしくはその類の攻撃。陰陽師の顎は、頭ごと鋭い爪で貫かれ、吹き飛んだ。

  相手の最後を確認せずに振り返り、次の標的に移ろうとした。

 

  だが、そのせいで私は気づかなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「死ね」

 

  誰かの低い声が、辺りに響いた。

  直後、陰陽師の体は、私を巻き込んで大爆発を起こした。

 

「ア、ガァァァァァアッ!!!」

 

  突然の陰陽師の自爆によって、私の体は宙に吹き飛ばされた。

  バランスを崩しながらも着地した私が見たのは、自分の体に迫る曲がった刃。

  それはバランスを失った私の腹を斜めに叩き斬り、近くの木の幹まで吹き飛ばした。

 

「ガハッ! うぐっ……痛ッ」

 

  やられた。

  私の体に、深く赤いラインが刻まれていた。

  日本刀本来の力を活かすように()()()()のではなく、西洋の直剣のように体重を乗せて()()()()()()

  日本刀本来の使い方ではないので速度は落ちるが、体重を乗せて力任せに振る分、刃が腹に食い込んで、深い傷を私に負わせたのだ。

 

  憎々しげに、私を切った兵士を睨む。

  ……思い出した。この男、私が自室で戦った部隊の隊長だ。

  そいつはニヤニヤとゲスな笑いを浮かべながら、血が滴る刀を構える。

 

「久しぶりだなぁ、玉藻前。貴様には感謝しているよ。貴様のおかげで私はこの後昇格が決定されたのだから、なァッ!」

 

  左足で地面を蹴り上げると、男は一気に加速して私に急接近してきた。

  その速度を利用して、刀が振るわれる。。それを間一髪で避けると、大きく後ろにバックステップした。

 

  この男……強い。

  霊力で強化された身体能力。それを活かして、先ほどのように大振りに振るのではなく、すぐ次の攻撃に移れるように細かく攻撃してくる。

  そのせいで隙がない。いつもの私なら妖力量の差のゴリ押しでなんとかなるが、今の私は消耗してしまっている。おまけに腹を切られたせいで、動きが鈍い。

 

  刃を避けつつ、爪で応戦する。しかしリーチの差が酷く、接近戦は相手の方が上手だった。

 

  手のひらに狐火を発生させると、それを爪にまとわせて横に薙ぎ払った。

  急に現れた炎に危険を感じ、今度は相手が後ろに大きくバックステップした。だが、そのおかげで私との間に距離ができた。

  その距離約10メートル。遠距離攻撃を放たれるこの距離は……私の距離だ。

 

  『狐狸妖怪レーザー』。赤と青の長いレーザーが兵士の周囲から放たれ、動きを制限する。運悪くレーザーの間にいたものは、その身を焼き尽くされて、息絶えた。

  そして私は大量の弾幕をばらまいた。動きが制限されたその場ではまともに避けることができず、大半が弾幕に吹き飛ばされ、その身をレーザーで焦がされていった。

  だが隊長格の男は、臨機応変に刀から衝撃波を飛ばして対応した。

  だが、そんなのは予想していた。だから、そこにもう一つ追加させてもらう。

 

『仙狐思念』。ばらまかれた大量の鱗型弾幕が、規則的に全て同じ方向に進んでいく。それが間を置いて、何発も放たれた。

  普通なら少し横に動き続けることで避けることができるこの技。だが、『狐狸妖怪レーザー』で動きを制限された状態では、この弾幕は悪夢と化す。

 

  そして、三回目。360度見渡しても1メートルもない空間でそれらを避けようとしたため、ついにその一つが彼の体にクリーンヒットした。

  一つが当たればそれで決まり。間髪入れずに、ばらまかれた大量の弾幕が全て男の体中に被弾し、大きく吹き飛ばされる。

  そこで待っていたのは、赤と青に光るレーザー。吹き飛ばされた先で、両腕を横から串刺しにされ焼き尽くされた。

 

「い、痛"ァァァァァァァァァッ!!!」

 

  そのあまりの激痛に、男はたまらず絶叫をあげた。

  ……終わりだ。

  弾幕とレーザーが消滅する。そして串刺しで宙に固定されていた男が、地面に崩れ落ちた。

  男は地に落ちた魚のように痙攣すると、涙飛ばして鼻水が混じった顔で逃げようとする。だが、させない。

 

「終わりだ。大人しく往ね」

 

  人間一人を即死させるに十分な大きさの狐火を、男の背に放つ。

  男は爆風で消し飛び、跡形もなく消え去った。

 

  ふと、男がいた場所に何か落ちているのが分かった。

  私の狐火にも耐えたのを妙に思い、それを拾う。

  それと似たような形のものを、私は一度見たことがあった。

  確か、これはコンパスだったはずだ。東西南北を示す機械だったはずだ。だが、南北を示すはずの針は、不自然に私を差していた。

  不自然に思い、コンパスの後ろに回りこむ。だがやはり、コンパスの針は私を差していた。

 

  なるほどな。ようやく辻褄があった。

  つまり奴らは、この機械で私の位置を特定していたのだ。

  どうやってこんなものを作ったのかは知らない。だが、これがなければ私の位置を特定できないのは確かなはずだ。

 

  コンパスを投げ捨てると、強化した脚力でそれを踏みつぶした。

  これで、この森から脱出しても追いかけられることはなさそうだ。これが一つだけという保証はないが、こんな見たこともない技術で作られたものがそう何個もあるとは思えない。

 

  後ろを振り返れば、残った兵士が森から脱出しようとしていた。十一部隊が壊滅したのを知られるのも面倒だ。人数分のレーザーを作ると、それを正確に飛ばして、兵士たちを始末した。

 

 

  さて、視力を強化して敵の様子を探ろうか。

  見たところ、相手の数は半分以上にまで減っていた。そのせいで森全体を囲むことができず、幾つか兵士たちの間に穴が空いていた。

  それを確認すると、私はそのポイントまで駆け出した。

 

  やがて、森の出口付近にたどり着く。そこには数十の兵士が、退屈そうな顔で燃え盛る森を眺めていた。

  千載一遇のチャンスだ。

  近くにあった、巨木に高密度の狐火を放ち、全体を真っ赤に染める。それを妖術を駆使して、兵士たちの方に投げ飛ばした。

 

  赤い柱がグルグルと回転しながら落ちていく。

  それは兵士たちを潰して吹き飛ばすと、着弾と同時に爆散して、炎の粉を振りまいた。

 

  兵士たちがいきなりの攻撃に混乱し、散り始めた。

  その間に妖術を発動。姿を消す術を発動して、逃げ惑う兵士たちの間を一気に突破した。

 

  こうして私は、八万の大軍から、森からの脱出を成功させた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  「ふーん、八万も人間がいたのに逃げられたの? 情け無い奴らね。おまけに火神のマジックアイテムも壊されたそうじゃない。……よし殺そう。いや殺す」

「落ち着きやがれルーミア。所詮子供のお小遣いサイズの金から作った玩具(オモチャ)だ。壊されたところで、3分あれば十個はできる。……んで、晴明。俺に伝えてェのはそんだけか?」

「いや、そのことで我々に討伐の依頼が来た。報酬もここに書かれている」

「見せろ。……へェ、なかなかいい小遣いが稼げそうじゃねェか。おい晴明、うどんの準備をしておけ」

 

  火神は、依頼の内容が書かれた紙を地面に叩きつける。

 

「キツネ狩りだ。一度でもいいから、うどんにモノホンの狐肉をぶち込んでみたかったんだよ」

 

  紅く光る瞳をギラつかせ、立ち上がった。

  狐が一時の平和を得られる時間は少ない。

 

 

 

 

 

  余談だが、のちに彼が狐肉をうどんに入れたのが元で、赤いキツネのうどんができたのだが、この時の彼はこのことを知らない。

 




「どーも皆さん久しぶりです。成績が悪かった場合、財布から野口が3人旅立ってしまうことになる作者です」

「普通に3千円って言えよ。二週間ぶりの投稿で読者が離れてないか心配な狂夢だ」


「そういえば作者、明日カラオケに行くんだっけ?」

「この小説を投稿した時間帯を考えると、今日になりますけどね。それがどうしたんですか?」

「……一人か?」

「んなわけあるか!? 誰が寂しく一人で行くんだよ!? 私にも少なくとも友達くらいいるわ!」

「なんだ、俺はてっきり点数が悪かったから寂しく泣きに行くのかと」

「一人カラオケの方が最近じゃ料金高いんですよ!?」

「じゃあ安かったら一人で行くのか?」

「……返答を拒否します」


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新たな旅立ち


カゲロウがゆらゆら揺れた

もう終わりなのかな?

燃え盛る炎の中、消えたカゲロウにそう問うた


by玉藻前


 

  静かだ。

  冷たい風が吹き、草木が揺れる。

  だがその静かさは、青天の霹靂のようなものだ。

  あっという間に平穏は終わりを迎える。

 

  私が現在いる場所は、どこかの平原だ。

  人工物も近くには見えず、丘などもあり真っ平らではないが、奥の景色にまで草木が生えていた。

  そこらへんに丘などで身を隠すには絶好のポイントだ。

 

  だが、この後遅かれ早かれ私は激戦を繰り広げなくてはならない。

  安倍晴明。平安京最強の陰陽師。その実力は肩書き通りだ。森で戦った陰陽師とは比べ物にならない。

  そんな男と、私はいずれ戦わねばならない。

 

  妖力は満タンだ。傷もこの一週間で完治している。

  抜かりはない。いつでも全力で行ける。

  そして、ついにその時が来た。

 

  奥の方から、人影が見えてきた。一人ではない。あれは……3人?

  その内の一人は安倍晴明だ。だが隣にいる二人は、私も見たことがなかった。

 

  妖術で限界まで気配を消し、ギリギリのところで観察する。

 

「……なんもねェな」

「……なんもないわね」

「火神殿、もう少し警戒できないのか? 気が散って仕方がないんだが」

「そんなに嫌ならお前から喰われとけ。俺は狐肉をどう調理するかで迷ってんだ」

 

  頭にきた。

  安倍晴明は相変わらず見事な警戒っぷりで周囲を探知している。だが金髪の少女と、白髪の男は同時にあくびをしながら無警戒に歩いていた。

 

  馬鹿だな、ところで思った。同時に標的はこいつだ、と思った。

  私たち妖狐を侮辱した罪を思い知れ。

  だがそれは、全くの傲慢だったと知ることになる。

 

「ヤァァァァァァッ!!」

 

  姿を表すと同時に、一気に駆け出す。そして男の喉元に爪を突きたてようとしたその瞬間、

 

  突如現れた灼熱の伊吹によって、私は逆方向に吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ、ぅ……あっ、熱い……ッ!」

「キヒャハハハァッ!!!わざわざ罠にかかってくれるとは、ごくろォでしたァ狐ちゃん!」

 

  地面をズザザザザっと引きづりながら、仰向けに吹き飛ばされる。

  だがすぐに立ち上がると、尻尾が九から八に減っていることに気づいた。

 

「お探し物はコレかなァ?」

 

  白い男は、そう言いながらいつの間にか手にしていた私の尻尾を見せつけると、ブウゥンと遠くに投げた。

  そして隣で待機していた金髪の少女に声をかける。

 

「ルーミア、あれ管理しとけ。中国で高く売れるぞ」

「わかったわ」

 

  少女と安倍晴明は、尻尾が投げられた方向に向かっていった。

  だがこの会話の間、私は何もしていなかったわけではない。

  よそ見している間に、最大火力の狐火を出現させていた。

 

「舐めるなよ人間ッ! これでも、喰らえェェッ!!」

 

  私よりも遥かに大きい炎球が、男の方向に凄まじい速度で直進。

  直後、耳を震わせる轟音が辺りに鳴り響いた。

 

  勝った。あれは私の最高の一撃だ。人間がごときが耐えられるわけ……ッ!

 だが、その考えは全く甘いものだったと知らされることとなる。

 

  着弾地点から吹いた煙が、暴風とともにかき消された。中から出てきたのは

 

「オイオイオイ!? その程度なのかよォ? そんなんじゃバーベキューも焼けねェよ!」

「……えっ? な……んで……ッ」

 

  白髪の男が、狂ったように笑いながら出てきた。その容姿のどこにも、焼けた跡はない。服すら燃えていない。

  私の全力は、奴にダメージすら与えていなかった。

 

「な、何者だ、貴様は……?」

「……普段はメンドクセェが、今日は特別にファンサービスしてやろう。火神矢陽、世界三大妖怪の一人って言えばわかるか?」

「なんだ……と? 馬鹿な!? 灼炎王の最後の出現情報は産霊桃神美様との戦い、つまり数百年前だぞ!」

「別に表で本名名乗ってねェからな。この数百年は東大陸を回って賞金稼ぎの旅をしてたし。もちろんテメェのことも知ってるぜ、インド、中国と随分動き回ったそうじゃないか。おかげでテメェには今でも莫大な賞金がかけられてるんだぜ?」

 

  獰猛な肉食獣のような歯が、ギラリと光る。

  最悪だ。世界中で数億いる妖怪の頂点。西洋の炎の支配者。灼炎王の火神矢陽とエンカウントするなんてッ。

  特に奴は、産霊桃神美様との戦いで、一撃で数十の村と山を焼き尽くしたことで有名だ。他に出現した時も、必ず広大な土地が焼き尽くされている。

 

  そんな相手とどう戦う? いや、戦うこと自体が間違っている。

  相手は大妖怪最上位数百を無傷で全滅させられる伝説の大妖怪。対して私は、その数百の一人にも劣る大妖怪上位。

  勝ち目はない。逃げるしかない。そう思い、背を向けようとした瞬間、炎の壁が後ろを包んだ。

 

「おっとォ、どこに行こうってんだァ? 逃げられるわけねェだろうが! この俺様がここにいる時点で、テメェの人生詰んでんだよ!!」

「ふっ、ふざけるなァァァァッ!!!」

 

  なんだそのセリフは。まるで私が死ぬことがが決まっているようじゃないか。

  認めない。何様のつもりなんだ、お前はァァァァッ!?

 

『狐狸妖怪レーザー』、赤と青のレーザーが灼炎王を囲うように展開される。だがそれは一瞬で踏み潰され、光の粒子となって消え去った。

 

  『仙狐思念』、大量の弾幕が、規則正しく灼炎王に飛んでいく。

  それを、腕を払うことで発生した暴風でかき消された。

 

「『飯綱権現降臨(いいづなごんげんこうりん)』ッ!!」

 

  『飯綱権現降臨』、小、中、大の様々な弾幕を、ありったけの妖力を込めて発狂したかのようにばらまいた。

  だが、それも、奴の足元の影から出現した、黒い大波によって飲み込まれてしまった。

 

  三つの技全てが、あっけなく、何事もなかったかのように防がれる。だが、私は何も考えなしに弾幕を張っていたわけではない。

 

  黒い波が消えた、瞬間を狙って、私は妖術でもう一人の幻の私を作り出し、左右両方からその鋭い爪を振り抜いた。

  それに反応できなかったのか、奴は呆然と棒立ちしていた。

  そこに、偽物と本物の二つの爪が、奴の喉を貫きーーーー

 

  ーーーー呆気なく、ボキンッ、という音が鳴り響く。同時に、赤いしぶきが舞う。

  奴の喉からは血は出ていなかった。むしろ、かすり傷すらついていなかった。

 

  クルクルと、鋭い欠けた何かが宙を舞う。

  それは、私の爪の欠片だった。

 

  そう、私の指は、骨からグシャリと折れていた。皮膚からは血が噴き出し、そこから生えている爪は根元からへし折られている。

 

「あ、あぁぁぁ、あああああああああッ!!!」

 

  爪が、指が、手が痛いッ!

  私の爪が突き刺さらなかった理由。それは奴の皮膚を覆っている、薄い黒い瘴気が原因だった。

  あの感じ、あれは中国で使われていた気だ! だが、あれほど濃密で、ドス黒い気は見たこともない。

 

  私が苦しむ様を傍観していた奴が、ニヤリと口を歪める。

 

「ハッ、きかねェなァ! 殴るってェのはなァ、こうやるんだ、よォッ!」

 

  ドス黒い気をまとった拳が、私の顔向けて、振り抜かれた。

  ゴギリッ、と鈍い音が響き渡る。

  それだけで私の体は宙を舞い、仰向けのまま吹き飛ばされた。

 

  直後、私の背中は強烈な衝撃を受け、強引に立たされた。

  見ればいつの間にか後ろに回り込んでいた奴の膝が、私の背中に打ち上げるようにめり込んでいた。

 

「カハッ」

 

  渇いた空気を吐き出す声が、私の口から漏れる。

 

「そして切り裂くってのはなァ、こうやるんだよォッ!」

 

  ーー『タイガークロー』、私の耳には確かにそう聞こえた。

  次の瞬間、私の左から右に凄まじい二つの衝撃と、めり込む鋭い斬撃の痛みが、体を襲った。

  何で切り裂かれたのを、私は目で見て理解した。

  爪だ。指から生えた、黒い漆黒の爪が、私の両腹を貫いていた。

  私の体は左に右に、ピンポン球のように弾かれ、無様に地を這った。

 

  ……もうだめだ。勝てない。だが、せめて一太刀でも……

  最後の妖力を振り絞り、私は己の切り札を召喚した。

 

「出でよっ、『十二神将の宴』!」

 

  次の瞬間、地面に計十二個の術式の陣が描かれ、そこから十二の式神たちが現れた。

  これが、最後の切り札『十二神将』だ。この式神たちは、私が己の力を振り絞って作った最高傑作で、人型の体に鎧をまとっている。まさに、本物の十二神将と見間違えるほどの強さになっていた。

  そんな十二神将たちは、それぞれの武器を構えると、奴に一斉に襲いかかった。だが、

 

「死ねよ、ゴミ」

 

  その言霊だけで神将の一人の体が爆散した。

  背後から、槍を持った神将がその刃を突き立てようとする。だがあろうことか、奴は槍を手づかみで防ぐと、それをグシャリと握りつぶした。

  そして、

 

  ボォオオオオォッ!!! 槍をつかんだ手のひらから超高温の炎が吹き荒れ、近くにいた数人の神将たちは消し炭にされた。

 

「飽きたな。もういいわ、お疲れ様」

 

  風に舞う黒い灰の中で、そんなつぶやき声が聞こえた。

  直後、パチンッと指を鳴らしたかと思うと、思いっきりバックステップを奴はした。

 

  そこで私は、地面がいつの間にか赤い光に満ちているのに気づいた。

 光の発生源は、奇妙な非科学紋様の丸い陣だった。だが、大きさが異常だ。私と残った神将たちを包んでも、まだまだスペースがある。

 

  そこから、赤い光が一層強く輝きだしーーーー

 

 

「『天柱』」

 

  魔法陣いっぱいに、灼熱の炎の柱が、天まで伸びた。

 

  それに神将もろともその身を焼き尽くされ

 

(……終わった、か……)

 

  私の姿は、炎柱の中に消えていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「……つまんねェ雑魚だったな」

 

  一人、燃える草原の中でそう呟く。その後に続いて、ルーミアたちが駆け寄ってきた。

 

「お疲れー火神。どうだった?」

「……弱ェな。あいつの子孫ってことで多少期待はしたんだが、妖魔刀を使っていない状態での二十パーセントの力であれほど一方的になるとは思わなかった」

 

  そう、今回俺は妖魔刀であるルーミアを使ってはいない。というより、その使ってない状態でさらに手加減していた。それであの様だ。今度は多少骨がある奴とやりたいもんだ。……鬼子母神以外で。

 

  ふと、円形に焼き焦がされた草原の中心辺りに狐が着ていた着物が落ちていた。とりあえず討伐証明はこれがあれば十分だろう。切り落とした尻尾は後で中国で高値で売りはらうため、天皇に渡すわけにはいかないので助かった。……拾っている時、ルーミアが汚いものを見るような目で俺を見ていたが気にしない。気にしないったら気にしないっ。

 

  そうこうしていると、晴明が声をかけてきた。そういえばいたなこいつ。

 

「火神殿、白面金毛九尾はこれで……」

「死んでねぇよ。つーか邪魔者が入ったせいで逃げられた」

「なっ!?」

 

  晴明が間抜けな顔で驚く。

  こいつには見えていなかったのだろうが、俺は炎柱が狐を燃やす瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「で、ではっ、白面金毛九尾はまた……」

「それはねェな。回収した奴が奴だから、ロクな目に合わないだろうな。おそらく表舞台に出ることはもうないだろうよ」

「……そうか」

 

  自分よりも遥かに強い彼が言うのだから、そうなのだろう、と晴明は疑問を飲み込んで納得した。

 

  そして、平安京を騒がせた白面金毛九尾の変は、私利私欲しか考えていない賞金稼ぎによって、無事……とは言わないが、解決した。

 

  だが、その次の日、都最強と呼ばれた二人の陰陽師が急に失踪したことで、平安京の地盤は大きく揺らぐことになる。

  痕跡は残されていなかった。ただ、不自然にも、片方の陰陽師の家を買い取った貴族が、次の夜に家ごと焼け落ちて死んだ、という話が一時期広まるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「……んぅ、ん……」

 

  謎の浮遊感に疑問を覚え、私は目を覚ます。

  まだぼんやりとした視界の中、なぜ自分はこんなところにいるのだろうかと思う。すると、先ほどの戦いが、突如フラッシュバックした。

 

  そうだ、私はあの恐ろしい悪魔にその身を焼かれて……死んだはず。

  ならここは死後の世界なのか? だが、私の目に映るのは、ひたすら暗い空間の中に、無数の巨大な瞳がうごめいている様だった。

 

  「……ここは?」

 

「私のスキマの中よ、九尾の狐さん」

 

  帰ってくるはずのない返事を帰ってきたことによって、私はすぐさま後ろを振り向く。

  そこには、紫色の中華風ドレスを着た、美しい女性が立っていた。

  だが、彼女から放たれる雰囲気が、明らかに只者ではないということを認識させている。

 

「……何者だ?」

「そうね、そういえば自己紹介をしてなかったわね。私の名は八雲紫。種族はスキマ妖怪、とでも言っておこうかしら」

 

  思った以上のビッグネームに驚いた。

  八雲紫。噂によれば妖怪の中でもかなりの変人と言われているが、大妖怪最上位の中でも最も強い妖怪の一人である。種族はスキマ妖怪と言ったが、洒落のつもりであって、実際は一人一種族なのだろう。

 

  ちなみにこの時の藍は知らなかったが、本人はいたって真面目で、千年後を目標に、とある美少女っぽい男性と幸せな家庭を築いて一人一種族を脱出しようと夢見てたらしいが、そんなことは気にしない。

 

  そんな彼女は、私の体をしばらくじっと見ると、こう言ってきた。

 

「あなた、私の式にならない?」

 

  これが、のちに私の主人となるお方との出会いだった。

 

 

 ♦︎

 

 

「世話になったな」

「いや、いい。我々の仲だ。このくらいなんともない」

 

  都の巨大な門の前で、火神が礼の言葉を口にする。

  思えば、こいつとの付き合いも中々長かった。出会って間もない頃は妖怪と見抜かれ、よく勝負をしたものだ。結果しばらく都に斬新なオブジェが追加されたが、いい思い出だ。

 

「いや、よくねえよ」

 

  何か聞こえてきたが、無視しよう。

  隣にルーミアの姿はいない。現在俺の足元の影の中でお休み中だ。

  よって、見送りはこいつ一人ということになる。

 

  そう今日、俺はこの都を出る。もはや稼げるだけ稼いだ。未練も心残りもない。あるとすれば目の前にいる一応友人の存在だが、こいつならそれなりに上手くやれるだろう。

 

「これからどこへ向かうのだ?」

「故郷に里帰り……ってことにはならねェが、その大陸に戻ろうと思う。お前はどうするんだ?」

「……今回の件で自分の未熟さを思い知ったよ。こんな小さな力、なんの役に身立たない。だから、本当の力ってやつを探しに行くよ」

「……そうか。なら、ここを目指すといい。少なくとも、テメェより強い奴が四人はいるはずだ」

 

  ポイッと俺は手の平から何かを投げた。

  それを片手で受け取る晴明。そして、その手の中に入っていた物を見ると、驚愕の声を上げる。

 

「これは……白咲神社のお守りじゃないか! こんな貴重な物を良いのか?」

「俺にはもう必要ねえ。そいつの中にコンパス機能をつけておいた。そいつが白咲神社に導いてくれるはずだ」

 

  白咲神社、山奥に囲まれた地にあるという幻の神社。その場所は未だ不明にされており、一部の大妖怪を除いて知っている者はいない。

  そこに行けば、最低四人は晴明より強い奴がいるだろう。それも圧倒的にだ。

 

「じゃあ、これで最後だ。あばよ」

 

  最後に短く別れの言葉を告げると、黒い霧に包まれて俺の姿は消滅した。

 

  次の目的地は西洋。千年以上も行っていない、俺の生まれた大陸だ。

 



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西洋大陸への帰還、そして大炎上

ただいま、と一人呟く

おかえり、という声が聞こえた気がした


by火神矢陽


  ザァァァッ! 波が押し寄せてくる音が聞こえる。

  鳥たちは太陽の下、まるでダンスのように優雅に飛んでいる。

  水は日の光を受けて輝き、それを魚たちは浴びながら、海を跳ねる。

 

  そこを突っ切る、木製の人工物。よく見れば船のようで、そこに二人の人物が乗っていた。

  金髪の少女は床でごろりと寝転がっている。もう一人の白髪のハンサムフェイスな少年は、先頭で仁王立ちをしていた。

 

  そのハンサムフェイスな少年とは、もちろん俺こと火神矢陽。寝転がってスヤスヤと寝息を立てている身長145から150の少女は、俺の武器(相棒)のルーミアだ。

  現在、俺たちは船に乗っている。ちなみに作られた場所は白咲神社である。材料持ってあそこに届けて金を払ったら、三姉妹の一番下の舞花が作ってくれた。本人曰く、暇つぶしにちょうど良かったとのこと。

  あの三姉妹は、それぞれ楼夢の特徴をよく引き継いでいる。長女の美夜は特に剣術に秀でていて、その技量は剣術だけなら俺と中々の勝負ができるほどだ。

  その下の清音は妖術、霊術、魔法など。とにかく術式関連のことならなんでも得意だ。楼夢のようにポンポン新しい技を作り出すのも引き継いでいて、戦闘のバリエーションなら姉妹の中で一番豊富だ。

  そして一番下の舞花。彼女はちょっと特殊だ。彼女は刀はもちろん扱うこともできるが、両手剣、斧、槍など、様々な武器も同じほど上手く使うことができる。術式も似たようなものだ。

  いわゆるバランス型というやつだろう。だが、剣術も術式もどちらかの姉妹よりは弱い。だが、それ以上に、彼女は鍛冶から建築などという、楼夢の明らかに無駄な才能まで引き継いでいたのだ。

 

  その彼女に頼んで作らせたのがこの船。最高速度で俺が無理やり加速させても壊れないように、見たこともないほど頑丈に作られている。

  目的の大陸まであと何日かかるだろうか。嵐が来なければ幸いなんだが……。

 

「そもそも、なんで船なんか作ったのよ? 普通に飛んでいった方が速いと思うのだけれど……」

「それだと釣りができないだろうが! 俺はな、釣りがしたかったんだよ。この海の真ん中で、釣りがしてみたかったんだよ! その気持ちが、お前に分かるか!?」

「いえ、全然」

「酷いな!? ……まあ、金はたっぷりもらえたから良いんだよ。まさか中国の王があれほどサービスしてくれるとはな」

 

  など言いつつ、竿を振るい、餌が取れることを願う。

  今のところ、取れた数はゼロ。このポイントでかれこれ数十分は釣りをしているので、場所が悪いのだろうか。まあ、そろそろ釣れてもいい頃合いだろう。

 

「あ、釣れた」

 

  後ろで数分前に起きたルーミアが、そんなことを口にする。そして後ろで響く、ピチピチ音。

 

「あ、また釣れた。釣りって案外簡単なのね」

 

  ピチピチピチピチピチピチ。

  俺の耳に、うっとうしい雑音が入り込んでくる。ちなみに俺の竿にかかった魚は相変わらずゼロ。

  ……うん、うすうす気づいてた。

 

「チックショォォォッ!!」

「うわ、ちょっ、どうしたのよ?」

 

  輝く海に釣り竿をフルスイングでインさせる。弾けた水しぶきが、俺の涙を表しているかのように感じられた。

  知ってた。知ってたさ。俺が戦闘関連以外のものになると全く役に立たないことは!

  でもさ! やってみたかったんだよ! やってみたかったんだよ釣りを!

 

  だから、だからさルーミアさん。お願いだから俺をそんな需要の無くなった生ゴミを見るような目で見つめないでくれ。

 

「相変わらず火神って戦闘以外だと役に立たないわよね」

「俺だって努力してんだよ! でもイライラするとついぶっ壊したくなっちまうんだよ!」

「……ダメだこりゃ」

 

  ルーミアのダメ押しの言葉が俺の胸に突き刺さる。これも全部釣りがしたいなんて言った過去の俺のせいだ。そしてついでに船に乗ることになった西洋大陸のせいだ。

  こうなったらヤケだ。船の後ろに魔法を発動。どんなノロマな船でもトップアスリートクラスになれるような、爆炎エンジンを搭載した。

  音速をも超えそうな速度で、俺の『炎のタイタニック』(今名付けた)が唸りをあげる。

 

「きっ、キャァァァァッ! 落ちる落ちる死ぬぅ!」

「ハッハァッ! 全速前進だァ!」

 

  その言葉に返事をするように、船が海を割りながら加速した。

  そして船が通ったところが次々と爆発していく。確か水蒸気爆発だったか。

  とにかく、後ろの被害がヤバイことになっているが、確実に西洋の大陸に近づいてきている。これなら今日には着けそうだ。

  流石、俺の『炎のタイタニック』。どこかの地獄の船頭が聞いてたらクレームが来そうな名前だが、無視無視。

 

 

  そんなことがあって数時間、俺の目には巨大な大地が映っている。

 

「ただいま。千年以上も空けて悪かったな。ようやく、帰ってきたぜ」

 

  そして俺たちはついに、西洋の大陸にたどり着いた。

  そして、もう二度と船に乗るもんか、と心の中で誓うのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「へ〜、ここが西洋の大陸の街なんだ。あっちとは随分違うわね」

  「ああ、当たり前だが俺がいた頃よりもはるかに発展してるな」

 

  石造りの大通りの通路を二人並んで歩く。

  今、俺たちは西洋の人間の街の中にいた。長らく東洋の文化を見ていたので、家の一つ一つが珍しく映っている。

  ちなみにここが西洋のどのあたりかと言うと、大雑把だが俺が昔仕事をしていた国らしい。言語が生まれた時に最初に覚えたものと同じなので、おそらくこの国は俺の故郷でもあるのだろう。

 

  ちなみに、今の時代を日本で言うと、戦国時代と言うらしい。全国の大名が大乱闘するという、大変カオスな時代になっているようだ。

  さて、戦国時代と聞いてわかったかも知れないが、俺が晴明と別れてからすでに百年以上も時が過ぎている。なぜこんなに時が経っているのかと言うと、玉藻前の尻尾を売りに中国、そして討伐した証拠品を持ってインドに行ったら、両方の国で英雄扱いされて思ったより長く滞在してしまったのが原因だ。まあ、百年ではちきれるほど金を三ヶ国で稼ぐことができたので、良しとしよう。

 

  俺たちが歩いている横を、馬車が通り過ぎる。

  ここには団子屋なんてものはないので、仕方なく店で買った値段以上にマズイ黒パンを買った。

  ルーミアが苦い顔をしながら、パンをボリボリと嚙み砕く。どうやら庶民は今俺が食べるフリして口の中で燃やしたパンを主食に食べるらしい。おかげで普通のパン屋には、あれ以外のまともなものは置いてさえいなかった。

  今度日本に戻ったらこいつに団子たらふく食べさせてやろうと、隣で同じように魔法で手の平の黒カスを消し飛ばした彼女に誓うのであった。

 

  そうこうして数十分、歩いていると、遠くから赤や金の色で装飾された豪華な馬車が近づいてきた。それと同時に、大通りにいた平民たちが一斉に頭を下げ始める。

  それを不思議に思いながら端っこを歩いていると、馬車が近づき、俺たちの前で止まった。そして、誰かがそこから降りてきた。

 

  出来てきたのは、この大陸にいるオークと呼ばれる妖怪のような、丸い豚のようなデブだった。

  穴を開ければ飛んでいきそうなほど太ったそいつは、臭い息を吐き出すと、俺たちーーーー正確にはルーミアを、汚らわしい視線で眺めてきた。そして

 

「そこの女、中々美しい体をしているなぁ。気に入った。貴様を私の屋敷で飼ってやろう」

「……はっ?」

 

  ええっと……リピートプリーズ?

  なんか豚が意味不明なこと言い出したんだが。

  ヤベェ、非常にヤベェ。主人である俺だから分かったが、ルーミアの妖力が急上昇してやがる。

  豚さん逃げて! 超逃げて!

  だが、俺のそんな心の中の忠告を完全に無視して、豚さんはルーミアに触れようとした。だが、スルリとルーミアがそれを避けると、豚さんは顔を真っ赤に染めた。

 

「貴様、無礼だぞっ! この私の手を避けるなど!」

「誰が生ゴミあさったような臭い手に触れるのかしら? 飼育場にでも行って、豚と一緒に泥水で遊んでなさい」

「なんだと!? 平民の分際で生意気な!」

「豚の分際で生意気よ、あなた。おかげで臭いったらありゃしない」

 

  クスクスと口を手で隠しながら妖しげに笑うルーミア。分かっていたとはいえ、やっぱこいつ性格悪ィッ!

  おそらく口喧嘩だったら負けなしなんじゃないか? そう思わせるほどに、見事に相手を罵倒しながらペースを握っている。

 

「もういい、衛兵よ! こいつを鎖で縛り上げて連れて帰れ!」

「あら、最後は実力行使かしら? それはあまりおすすめしないわよ?」

「うるさい! 帰ったらすぐに壊してやるからな! 覚悟しろ!」

 

  そのあまりにもゲスな発言とともに、ガチガチのピッカピカなフルプレートを着た衛兵が四人ほど、ルーミアに近づいてきた。後ろの方に控えている分も合わせて、数十人はいそうだ。

  まあ、あまり関係ないが。

 

  衛兵がルーミアを拘束しようと、無用心に近づいてくる。女だと思って舐めているのだろう。だが、今回はそれが命取りだ。

 

「……あっそう。それじゃあ私も正当防衛と行こうかしら、ねッ!」

 

  グチャリ、という音がした。

  見れば、ルーミアの細い手が、衛兵の腹を貫通し、背中から腕を生やしていた。

 

「が、あァああぁぁああああ!!!」

「さぁて、心臓はここかしら? それとも……こっちかしら?」

 

  ルーミアは背中から生えた手を腹の中まで戻すと、内臓を手でかき混ぜ始めた。

  グチャ、ゴチャ、というグロテスクな音が鳴り響く。だがルーミアはそれさえも心に安らぎを与える鐘の音と認識して、衛兵の左胸にある内臓器官ーーーー心臓を、素手でえぐり抜いた。

 

「あ、あぁぁぁぁ……ぁ」

「酷い顔ね。来世の幸福を願って……いただきます」

 

  直後、衛兵の足元の影から飛び出した、黒い化け物が、彼を巨大な口で嚙み砕きながら、影の中へと引きずり込んでいった。

 

「ああ、つまんないわね」

 

  グシャリと、右手に持った心臓は捻り潰し、一人そう呟く。

  ……うわぁお……さすがルーミアさん。随分酷い殺し方をする。俺でもあんなことはしねえぞ。

  ちなみに俺の場合、腕で腹を貫いた後、そこから腕ごと燃やすな。俺は炎でダメージを受けることはないし、相手は体内から燃やされるという珍体験ができる。これぞまさに、一石二鳥。

  ……えっ? お前も十分酷いって? やだなー体内をかき混ぜられるよりはよっぽどマシでしょ。

 

  とりあえず、ルーミアのクッキング方法に衛兵、平民たちが顔を青ざめていく。あっ、豚が漏らしてやがる。酷っどい臭いだ。

 

「さて、次のお相手は誰かしら?」

「う、うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

  恐怖をごまかすように雄叫びを上げ、衛兵たちが突っ込んできた。

  だが、一つ速く、ルーミアが能力を発動。どこからともなく現れた黒い霧を纏うと、そこから針状の闇を大量にばらまいた。

  恐怖で冷静な判断ができない衛兵たちは、次々とそれに貫かれてゆく。直後、針から現れた黒い霧が、彼らを侵食し、物言わぬ屍と化していった。

 

  そこでふと、子豚ちゃんが逃げているのに気がついた。追いつくのに十秒もかからないだろうが、面倒くさいので放っておくことにしよう。

  そう思っていたのだが、ルーミアちゃんが何逃げてんだよ、という風に綺麗なモーションで針を投擲した。ソードスキル的に言うと、シングルシュートだろうか。

 

「火神ー、終わったわよー」

「はいはいルーミアちゃん、よくできましたー」

「わーいありがとー……って、頭撫でるな! 後何子供扱いしてんのよ!?」

「……まっ、魔女だっ! 魔女が出たぞぉぉっ!!」

 

「「……あっ?」」

 

  会話中に輝いていた笑顔が一転、お怒りの表情に変わる。

  そんな時、平民の誰かがそんなことを叫んだ。

  それを引き金に、そこに集まっていた全ての人間逃げ惑い、阿鼻叫喚と化した。

  そして、気づいたらここにいるのは、俺とルーミアだけになっていた。

 

「……いなくなっちまったな」

「困ったわね。これじゃあ食料を買えないわよ」

「自炊するしかないな。てことでルーミア、料理は任せたぞ!」

「はっ? ちょっと、私も料理なんかしたことないんだけど!?」

「大丈夫だ、君ならできる。俺を信じろ!」

「一番料理できないやつを信用できるか!?」

 

  俺がグッと親指を立てると、すかさずルーミアが突っ込んだ。

  それにしても、本当にどうしようか。楼夢がいた時は、料理は全部あいつとその娘がやってくれたため、俺たちは何もしていなかったのだ。

  ちくしょう、惜しい人材を亡くした。いっそ今から地獄にでも無理やり乗り込んであいつに料理教わろうかな。

 

  今後の問題を一生懸命考えつつ、俺たちは人が消えた大通りを歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「「「魔女に死を! 悪魔の眷属に死を! 魔女に死を!」」」

 

  そして現在、俺たちの前には大量の人間が集まっています。

  夜の街いっぱいに広がる、人間の群れ。

  主に平民が大多数を占めているが、中には衛兵の姿もある。

  実に八百、九百の街の人間が、俺らの目の前に集合していた。

 

  彼らは鎌や鋤などの農具を武器として抱え上げていて、それを持っていないものは松明などで辺りを照らしている。

  衛兵も百単位でいるらしく、おそらく仲が悪いであろう貴族と平民が、この時ばかりは手を取り合っていた。

 

  さて、こんな場面に遭遇した俺たちのやることは一つ。

 

「逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ええっ!?」

 

  全速前進。魔女狩りの連中に背を向け、脱兎のごとく走り出した。

  ルーミアが驚いた声をあげたが無視する。

  ちらりと後ろを見ると、連中が怨念に取り憑かれたゾンビのごとく、一斉に追いかけてきた。

  怖ェェェェ! 怖すぎんだろこれ!

 

「……ねえ、火神」

「なんだっ、ルーミアっ! 話してる暇があったらさっさと……」

「なんで私たち逃げてるのかしら?」

「……はっ?」

「あなた自分の実力考えてみなさい。どうやったら負けるのよ?」

 

  逃げつつ、ちらりと後ろを見た。

  相手は九百の平民アンド衛兵。こっちは伝説の大妖怪。

  ……あっ、負ける要素ゼロだわこれ。

 

  急ブレーキすると、Uターンして、人間の群れにダッシュ。そのまま突撃した。

  『スピキュールインパクト』、灼熱の炎を体に纏うと、左脚で地面を蹴り上げ飛ぶように加速した。そのまま赤い隕石と化した拳を、人間の壁の真ん中に叩き込んだ。

 

  直後、赤い閃光が、数百の人間の群れを貫いた。街道は一気に建物とともに溶け去り、加速した閃光が、向こうの山を蒸発させた。

  もちろん、赤い閃光に直撃した人間たちの被害はそれ以上に酷い。隕石に直撃した人間はもちろん、それが通った後に発生した灼熱の炎の波が、3分の2の人間を蒸発させた。

 

  そう、小さくないはずのこの都市は、実に一撃で都市としての機能を失ったのだ。

 

「うわお、さすがの一撃ね。なんであれに直撃して楼夢のやつは生きてたのかしら? まっ、火神が()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()

 

  ルーミアは人間たちにとって、実に恐ろしい発言を、軽い言葉のように話していた。

()()()()()()()()()、つまり、この都市破壊をたやすくなした一撃は、あくまで個人に放つための技なのだ。

 

「いやぁ、スカッとするねぇ。最高に気分が高まってきたぜッ!」

 

  崩壊する建物の奥にいる、満身創痍で生き残った人間を見ながら笑う。

  そうだ、いいことを考えた。俺の考えを妖魔刀としてのパスで読み取ったルーミアは、能力を発動させる。今の時刻は夜。大量に溢れた闇を圧縮させて、巨大なロングボウを作り出した。

  それを俺は受け取ると、片方の手に緑色の妖力で作られた剣『ストームブリンガー』を生み出した。そして矢のように弓で引き絞ると、建物の奥の人間たちの上めがけて、思いっきり解き放った。

 

  緑の弧を描いて、剣は飛翔する。そして人間たちの上にたどり着くと、爆散して無数の光の槍となり、地上を穿った。

 

  再び訪れる、地獄の光景。初撃よりも被害は小さかったが、いずれにせよそれが範囲内の人間をほぼ全員死に追いやったのは変わりなかった。

 

  「そろそろ止めにでもしようか。ルーミア、俺の中に戻れ」

 

  その言葉を聞いて、ルーミアが黒い闇の塊と化して、俺の胸の中に吸収された。ルーミアは俺の妖魔刀なので、俺自身の体内に収納することも可能なのだ。ちなみにもう一人の妖魔刀使いの楼夢がそれをしないのは、単に腰に差していた方が格好いいから、という理由らしい。

  正直、あいつの妖魔刀の形状が羨ましい。こっちなんてバールだぞバール! 鞘なんかあるわけねえだろ!

  まっ、その代わりうちの妖魔刀は勝手に歩いてくれるので、便利ではあるが。

 

  ルーミアの収入した後、俺は街の中心の空に飛翔した。

 

  改めて下の光景を見る。夜の街はあちこちに火の手が上がっており、無事な建物は一割もない。まさに街の終わりを体現したかのような状態だった。

  その中で浮かぶ、人間たちの恐怖。 彼らは泣き叫び、この現象を引き起こした魔女を心の中で何十何百回も呪った。

 

  ま、それで死ぬんだったら苦労しないわけで。実際にはその祈りは俺にはなんの障害も与えていない。むしろ力が湧いてくるようだ。

  俺は理性的(?)だが、一応は妖怪だ。人の恐怖などの感情の近くにいた方が、気分は断然良くなる。

 

  ふと、数少ない建物の中で一番大きい、教会が目に映った。そういえば、今回の騒動の原因を、最初逃げてる時に適当な人間から魔法で読み取ったところ、教会が俺たちを魔女認定したのがわかった。

  つまり、彼らは教会のせいで苦しんでいるわけで、その教会をぶっ壊せばみんなも浮かばれるということだ。誰かが聞いたら『絶対違う!』と言ってきそうだが、俺がそう思ったからそうなのだ。そうに違いない。

 

  ということで魔法発動! 手のひらにバスケットボールサイズの赤い球体を作り出します。この球体は超高温の炎で作られていて、着弾と同時に広範囲にはじけとぶ特性をもたせております。

 

  では、シュート! ひゅるるるると炎球が教会に落ちたかと思うと、数秒後、大爆発を起こして建物が建っていた山が吹き飛んだ。

 

  ああ、山ごと消し飛ばしてしまった。やつらは初撃の余波を、大量の結界を張ることで防いだらしいが、余波を防ぐので精一杯なくらいじゃ、俺の魔法は防げない。今ごろ瞬間的に太陽と同じ温度と化した炎によって蒸発してるだろう。南無三。

 

『ねえ、火神。これ思ったんだけど、絶対後で面倒くさくなるわよね?』

「へっ?」

『こんなに街壊しといて、私たちが今後別の街に入れると思ってるのかしら?』

「だ、大丈夫だっ」

 

  ルーミアの正論に、思わずたじろぐ。

  だが、その時俺は天才的な発想に至った。

 

「街ごと俺たちの証拠を消せばいいんだよ!」

『……バカだこいつ』

 

  うるさい! 超規模魔法陣展開。街を包み込むように、赤い魔法陣が、重なって三個、空にいる俺と街の真ん中に描かれた。

 

  そこからさらに能力を使用する。『灼熱を操る程度の能力』。普段は土地破壊が激しくて本来の用途に使わないのだが、今回は楼夢戦以来にフルパワーで発動した。

  それだけではない。俺の頭上に五芒星の魔法陣が展開される。そこを中心に集うように、一匹で街と同じくらいの長さの灼炎で作られた竜が、九匹現れた。

 

  そして数秒後、俺は魔法陣に刻まれた究極の魔法、『極大五芒星魔法』を解き放った。

 

「極大五芒星魔法『ムスペルヘイム』ッ!!」

 

  直後、九つの灼炎竜が一斉に三つの魔法陣を通過しながら融合し、九つの頭を持った文字どおりの街サイズの、二つの翼を持ったドラゴンへ生まれ変わった。

  轟音の雄叫びをあげながら、炎のドラゴンは地上へ飛び込みーーーー

 

 

 

  ーーーー街どころか、近くの山々、果てには隣の町々を、灼炎の波が吞み込み、全てを無に帰した。

 

  そしてそれが、西洋最強最悪の大妖怪、灼炎王の火神矢陽の帰還を知らせる引き金となった。

 

 




「どーも、最近スラもり3のドラクエを買った作者です」

「そしてそれを三日でクリアした馬鹿野郎を見ていた狂夢だ」


「とうとう火神さんが西洋に到達しました」

「そして相変わらずの土地破壊っぷりだな。極大五芒星魔法って強すぎねえか?」

「いや、まあ威力と範囲だけならこの小説の中で最強の魔法ですからね」

「あくまで魔法の部類で最強ってだけで、一撃なら剛の方が上だからな」

「技術とスピードの楼夢さん、超広範囲の破壊、消滅担当の火神さん、そして範囲はないものの、一撃必殺の剛さんがそれぞれの伝説の大妖怪の特徴です」

「楼夢がその中で最強だったのは、作者ですら把握しきれない量の技を使い分けることによって、広範囲も高火力も両方使えてたからだな。その分、打たれ弱さでは普通の大妖怪にも劣るけどな」

「話は脱線しますが、今章は決して火神矢視点オンリーではございません。あと、時間の流れが川の流れのように早くなるので、ご注意ください」

「ちなみに気になったんだが俺の評価はどんな感じなんだ?」

「えーと、単体、多数どちらでも活躍できる超火力、紫さん以上にチートな能力が二つでマジふざけるな、というのが評価です。欠点としてはコミュ力がこの小説最弱、ということですね」

「コミュ力は関係ねえだろ!?」


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称号とは奪いかえすもの

獅子は鼠を狩る時も本気を出すという

だがそれは必死だからではない

それで歪む、相手の表情が美味いから、全力を尽くすのだ


by火神矢陽


  火神矢陽。それは西洋最強の妖怪でもあり、支配者でもある。

  そうあるはずなのだ。

 

「さぁて君に質問、西洋最強の妖怪と言えば誰でしょうか?」

「そ、それは……っ、あ、あなたですっ!」

「じゃあ俺の名は?」

「……っ!」

「……話にならねェ」

「あっが、がぁぁぁぁぁあ!!」

 

  首を絞めていた手が、さらに強くなる。男は断末魔の声を上げると、グシャッ、という音とともに頭部が弾け飛んだ。

 

  頭を失い、倒れた男の体を踏みつけて足場にすると、白髪の少年は男と同族の妖怪『ウルフマン』の群れに睨みを利かせた。

 

「さて、二人目行こうか?」

「ふっ、ふざけるなぁぁぁぁあ!!」

 

  少年が笑顔で問うたところ、次のウルフマンが飛びかかってきた。

  ウルフマンは狼男とも言われる種族。獣の体毛で覆われた人型の体には、鋭い爪が隠されている。

  それを妖力で強化して、大きく振りかぶった。それを少年は避けようとしない。

  もらったっ! ウルフマンは密かにそう思うと、そのまま爪を振り下ろした。

 

  直後、黒い閃光が、ウルフマンの爪を右腕ごと消し飛ばした。

 

「……ぁあ? あっ、あぁぁ、ぁぁぁぁぁああああああッ!!!」

「おっと、すまん。わたあめの集合体みたいなものが飛んできたから、思わず消しちまった」

 

  わたあめ、とは彼らの獣毛のことを表しているのだろう。彼らは湧き上がる衝動を必死に抑え続けた。だが、それももう無意味だった。

 

「どうやらこれ以上はいい結果が出そうにないな。よし、全員死刑ってことで」

「……はっ?」

「スリー……ツー……ワーン」

「まっ、待ってくださいっ! 質問に答えれば助けてくれると……」

「あくまで正解が出たら、って意味なんだがな。そしてゼロ」

「い、嫌だ、嫌だぁぁぁあああああああああ!!!」

 

  それが、彼らの最後の言葉となった。森に巨大な魔法陣が展開される。そしてそこから、爆炎の風が、辺り一帯を焼き払った。

 

 

 ♦︎

 

 

「ちくしょう! なんで俺が歴史の偉人扱いされてんだ!? まだ死んでねェよボケがァ!」

「千年以上も行方不明のやつなんて、誰にでも忘れられるでしょ?」

「だとしても、俺の代わりに西洋の支配者を語っているやつがいるのは許せねェ!」

 

  現在、俺は非常に怒っていた。理由は先ほどの会話からわかる通り、俺の名が圧倒的に廃れていた、ということについてだ。

  そして何より、俺が消えた数十年後に、とある妖怪が俺にすり替わるように西洋の支配者の座についたらしい。

  ファフニール・スカーレット。それが、今回の泥棒猫の名前だ。

  やつは吸血鬼という種族で、ここ数百年でやつが支配者の座についてから栄え始めたらしい。今じゃ種族間では西洋最強と言われている。東洋の大陸でいう、鬼のような存在だ。

 

「ねえ、なんでそんなに西洋最強の座にこだわるの? 別にたかが数百年しか歴史のない種族なんだから、あなたなら相手にならないでしょ?」

「そこらへんはどうでもいい。だが、あのピンクファンキー頭が生き返った時に、一瞬でも『あれ、火神君弱くなっちゃったの〜?www』なんざ思われたら、一生の恥だ。それだけは絶対に俺のプライドが許さねえ!」

「だからってねえ……なんでもう目標の屋敷前にいるのよ!?」

 

  俺たちの目の前には、屋根も壁も全てが真っ赤な屋敷が建っていた。

  その門の前に、俺たちは立っている。

  悪趣味な屋敷だ、と内心思う。ここの主人のセンスのなさが伺えた。

 

「でもどうやって入るの? 私の能力でも使って侵入する?」

「いや、俺たちはいわばここの主人の先輩ということで来るんだ。というわけでもちろんーーーー」

 

  テクテクと門の前に歩いていく。そして手の甲を門に向けると

 

「ーーーーノックして入るに決まってんだろ」

 

  ドゴォォォン! ドゴォォォン! ドゴォォォン! 門が三回、轟音の叫びを上げる。

  だが、中から誰も出てくる気配はない。どうやらここの主人は礼儀知らずでもあるようだ。

 

  その時、俺の後ろから、女性とわかる声がかけられた。

 

「……何者ですか? ここは紅魔館、吸血鬼の王であるファフニール・スカーレット様の屋敷であることを知っての行為ですか?」

「お、やっと起きたか。ずいぶん俺の後輩とやらは雑なんだな。というわけで通らせてもらうぞ?」

 

  俺の目に映ったのは、緑色の中華ドレスを着た、赤い髪の女性だった。どこぞの紫スキマ女と違って、服の作りは動きやすいように作られており、まさにザ・カンフー娘と言ったところだった。

 

  そんな女性は、ここの主人を馬鹿にされたことに対してか、不機嫌な面になると、中国拳法の構えをとった。

 

  「あなたは招かれざる客です。即刻、退場してもらいましょう」

「退場? 誰が? どうやって? もしお前だとしたら、くだらんジョークだ」

「言いましたね。後悔しなさい」

 

  そこから戦闘の合図がなった。

  女が左足で地面を蹴ると、凄まじい速度で俺に接近してきた。そこから挨拶代わりとばかりに右拳を突き出す。

  それを軽く左手の甲で払うと、女の攻撃は激しさを増した。

  コンビネーション技を組み合わせながら、右左の拳を連射する。時々蹴りが下から襲ってくることもあって、この女がいかに拳法に熟練しているのかがわかった。

 

  だが、当たらない。ギリギリのところで、俺は全ての攻撃を受け流していた。

  それよりも気を使える妖怪がいたとは盲点だった。こんな西洋の地でなぜそんな妖怪がいるのか気になるが、まあ、今はどうでもいいだろう。

 

  いい加減、門番も気づいてきたはずだ。俺とこの妖怪では、技術に圧倒的な差があることを。

 

「っ、それなら!」

 

  女性は少し間合いを取ると、腰を落とす。そして拳に、虹色に光る気を集中させた。

 

  ーー『大鵬拳(たいほうけん)

  溜めた右拳を、まっすぐに突き出す。それだけの動作を、気の力が数倍にまで威力を高めた。

 

  だが、突き出した拳の先の俺を見て、女性は目を見開いた。

  視線の先、映る俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()

  その右拳に宿るのは、女性のとは違う、禍々しい黒い瘴気。

 

  虹色と漆黒がぶつかり合う。だが、均衡したのは一瞬で、虹色の光は黒に飲み込まれ、女性の体は強烈な衝撃とともに吹き飛ばされ、門の壁に衝突した。

  壁は崩れ落ち、女性はそのガレキに呑まれていく。動かないところから、どうやら気絶したようだ。

 

「……あっ、壁壊しちまった。……まあ、吹っ飛んで直接壊したのは門番だし、大丈夫か」

 

  一応他人の屋敷ということで、壊れた壁に罪悪感を覚えたが、直接触れていたのは女性の方なので、俺のせいじゃない。そう、言い聞かせた。

 

  門を抜けて、庭を通る。そして、その奥にある屋敷の扉に、手をかけた。

  ふと、ここで死んだじいちゃん……ではなく、ファンキーピンク頭狐のとあるセリフが思い浮かぶ。

  『ドアは手で開けるもんじゃない。全体を使ってぶち破るものなのだ』奴はそう言っていた。

  なるほど、確かに扉をぶち破りたい衝動に駆られてきた。

  というわけで、数歩後ろに下がる。そしてそのまま、勢いをつけてーーーー

 

「おっ邪魔しまーーっす!!」

 

  思いっきり、ライダーキックをかました。

  俺の背丈よりも大きな扉は、凄まじい轟音を上げながら、奥の壁にぶつかり、粉々に砕け散った。

 

  ……ふぅ、スッとしたぜ。

  呆れたルーミアの視線を誤魔化しながら、内装を見渡す。

 

  赤い。それが、はじめに思ったことだ。

  外から見ても赤かったが、中に入った瞬間に一気にきつくなった。

  壁、床、天井……ありとあらゆるところが赤で染まっている。

  正直言うと、空の色が見えた外の方が何倍もマシだった。『紅魔館』とは、よく言ったものである。

 

  おのれ、吸血鬼め……っ! 地味に目が痛くなる精神攻撃を仕掛けてきやがったか……っ!

 

  相当悪い趣味を、相手はお持ちのようだ。

  なんだか急に会いたくなくなってきた。これで服とか顔とか肌とか、全部が真っ赤っかだったら、思わず吐いてしまいそうだ。

 

「どうする、火神? 部屋が多すぎて一々開けるのは面倒くさいわ」

「魔法を使えよ。確か『ライフサーチ』とかいうやつがあっただろ」

「はいはい、『ライフサーチ』」

 

  ルーミアが軽くそう唱えると、足元に丸い魔法陣が展開され、光を発した。

  『ライフサーチ』は、範囲内の生命の場所と人数を特定する魔法だ。

  簡単に見えるが、実際は上級の魔法使いでも覚えるのを困難とする大魔法である。

  そして、場所が特定されると、俺とルーミアはそこに向かった。

 

  そこには、一際大きな扉があった。

  そこだけ普通よりも飾り付けが激しくされており、いかにもここにいますよ、と言っているようなものだった。

  容赦なくそこを蹴り抜く、俺。

  そこには、これまた一段と広い空間に出た。

  天井は空中戦を思いっきりしても問題ないように設計されており、横の空間もかなり広かった。

  おそらく、ここはいわゆる領主の間というやつなのだろう。ここで侵入者を待ち伏せして、思いっきり叩くつもりのようだ。

 

  蹴り抜いた扉から、まっすぐ伸びていたレッドカーペット。その奥に、どこぞの王様が座っていそうな、金と赤で装飾された大きな椅子があった。

  そこに座っている、人型のシルエット。

  それはやがて立ち上がると、ゆっくりこちらに向かってきた。

 

  顔は三十代ちょっとの男性。だが身長は180を超えており、かなりの美形だ。

  金色に光る男にしては長い髪を、紐で結んである。

  いや、長いと言っても、ピンクファンキー頭には到底及ばないが。後ろ髪が尻にまで届いていてよくあそこまで動けたな、あいつ。

 

  金髪の貴族風の男性は、ぺこりと礼をすると、威圧を放って挨拶をした。

 

「ようこそ我が館へ、侵入者。すまないが、名を名乗っていただけるかね?」

「人に名前を聞くときはまず自分から、って親に習わなかったのか?」

「おっと、私としたことが失礼した。私の名はファフニール・スカーレット。この紅魔館に席を置く、夜の支配者だ」

「火神矢陽。この西洋大陸の支配者だ」

 

  互いに支配者という文字を強調させて、自己紹介した。

  一見礼儀正しく見えるが、やつと俺の目から、火花が飛び散っていた。

 

「それにしても、人の屋敷の扉を壊すとは、西洋の支配者殿は扉の開け方を知らないと見受けた」

「そういうこの屋敷は赤、赤、赤ばっかだなぁ。製作者はよほど頭も真っ赤に染まってと思われる。さすが、夜の支配者殿! センスのなさが、光りますなぁ!」

「……宣言を撤回してもらおうか。この屋敷のことを馬鹿にすることだけは許さん」

「嫌だと言ったら?」

「力でねじ伏せるまでッ!」

 

  直後、爆発音がしたかと思うと、ファフニールが凄まじい速度で接近してきた。そして両手の鋭い爪を、高い技術で繰り出す。

 

「おおっ、速い速い!」

 

  だが、それを体術で受け止め、受け流し、反撃の一撃を放った。

  しかし、それもファフニールには避けられてしまう。

 

  勝負は、乱打戦に入っていった。

  両者の拳が、凄まじい速度で飛び交う。迫り来る攻撃を、それぞれの体術でいなして、反撃に乗り移っていた。

  だが、経験値というステータスでは、俺の方が有利だった。

  西洋風の体術から、東洋の体術に、一気に切り替えた。

  直後、攻撃のリズムが急に変わった。

 

  接近中に、渾身の正拳突きを放った。

  ファフニールは両腕を交差させてガードするが、あまりの威力に後ろに飛び退いた。

  そこから、打撃の嵐がファフニールを襲った。拳だけではない。蹴りを含めた変則的な一撃が、ファフニールが一撃振るごとに二発、炸裂する。

 

  このままではジリ貧になると思い、右拳にファフニールは力を溜めた。

  直後、バランスを崩し、俺の動きは一瞬止まった。

  そこをやつは見逃さない。妖力で輝く拳を(テンプル)めがけて振り抜いた。

 

  だが、振り切ったその拳は、俺の姿を捉えていなかった。否、ファフニールの視界から、()()()()()()()

 

(どこだっ!?)

 

  その時、床がこすれる音が聞こえた。

  すぐさまやつは下を直視する。

 

  そこには、腰を限界まで深く落とした、俺の姿があった。

  そのまま足を伸ばして、体ごと回転させ、その勢いを利用して右足のかかとでファフニールの足を払った。

  『水面蹴り』。さすがのファフニールも、これを食らったことはないようで、足のバランスを大きく崩し、体を落とした。

  その一瞬。それだけの時間で、俺は次の攻撃に移っていた。

  深く落とした腰を、バネのように大きく伸びあげ、その反動で左フックを打ち込んだ。

  『ガゼルパンチ』。ボクシングで言うアッパーとフックの中間の軌道を描き、ファフニールの顎が、一回転しながら上へと打ち上げられた。

 

  赤い血しぶきを上げながら、ファフニールは受け身を取ると、後ろに下がった。

 

「……ふふふ、私はこう見えてもかなり体術に磨きをかけてきたんだが、やはり敵わぬか」

「吸血鬼ってのは再生能力が高ェんだな。首を折ったのに、もう治りかけていやがる」

「普通の吸血鬼はこれほどではないのだがね……まあ、吸血鬼の先祖として能力が少し高いだけだ」

 

  ファフニールの首の骨は、後数分もすれば完全に治りそうで、致命傷には至っていなかった。

  だが、一つの傷を治すのに数分かかるということがわかった。ならば、治す暇もなく攻撃し続ければいいだけだ。

 

「さて、そろそろ全力でいかせてもらおうか」

 

  そう言うと、ファフニールの右手に赤い妖力が集まっていくのがわかった。それは剣のような形になり始め、最終的に細剣(レイピア)のように剣幅が細い片手剣が出来上がった。

 

「『龍の閃光(レイ・オブ・ドラゴニック)』。それがこいつの名だ。こいつを私に使わせたことを……あの世で後悔しろ!」

 

  瞬間、赤い閃光が俺の頬を掠めた。

  ツゥー、と血が滴る。

  閃光の正体、それはファフニールの高速の『突き』であった。

 

  慌てて後ろへ飛び退く。

  だが、それを見越していたかのように、ファフニールは深く踏み込み、距離を詰めた。

 

  そこから放たれる、閃光の嵐。

  それらを全て、間一髪のところで避ける。だが、いくつかの突きが俺の薄皮を突き破り、その度に体から少量の血が流れるのであった。

 

  さらに俺は後ろに下がる。

  だが、ファフニールは細剣をまっすぐに構えるだけで、追撃はしてこなかった。

  だが、直後、細剣に大量の光が集まっているのが見えた。

  まずいと思い、魔法を発動しようとする。

  だが、遅かった。

 

  細剣の切っ先から、赤いレーザーが、火花を鳴らした。

  それは俺の腹に当たると、一瞬で貫いて、後ろの壁に穴を空ける。

  だが、ファフニールは舌を小さく鳴らした。

 

「まさか、あれを食らって無傷とは」

「属性の相性が良かっただけだ。俺に熱は通用しねェ。だがまあ、久々にやる気が出てきた。特別に、本気を出してやるよ」

 

  確かに、ファフニールの閃光は俺の腹を貫いていた。だが、()()()()()()()()()()()

  俺の能力は『赤熱を操る程度の能力』。熱操作系の能力の最上位に立つ能力だ。

  赤い閃光の正体、それは超高温の熱光線であった。

  だが、俺は全ての熱を吸収するため、熱光線は通じず、俺を通り抜けてしまったというわけだ。

 

  本気を出す、という言葉にファフニールは眉をひそめた。

 

(本気を出す、だと……? 馬鹿馬鹿しい。所詮ニ、三割力が増すくらいだ。その程度、どうにでもなる)

 

  ファフニールは、俺が手加減をしていることをわかっていたようだ。

  ただ、その割合がどれほどまでかは理解していないようだ。

  ファフニールの予想は七、八割。だが、その予想は裏切られることになる。

 

「……なッ! なんなんだこの力はッ!?」

 

  大地が震える、悲鳴をあげる。

  全力で解放された俺の妖力は、ファフニールを遥かに超えていた。

  だが、本当の悪夢はこれからだった。

 

「ぶっ殺せ、『憎蛭(ニヒル)』」

「りょーかい」

 

  突如、ルーミアが黒い光に変化する。そして俺の右手に集まると、黒光するバールを生み出した。

 

  見れば、ファフニールが汗で顔を歪ませている。

  当然だ。妖魔刀を解放する前でさえすでに妖力量の差が激しかったのだ。妖魔刀を持った俺と比べて、単純な妖力量で数倍ほどの差がついていた。

 

「さて、それじゃァ始めるか」

「ッ! くそッ!」

 

  床を思いっきり踏みしめる。瞬間、俺はやつの眼前に迫っていた。

  勢いを利用して、バールを横に振るった。

  すると、発生舌を黒い衝撃波に呑まれ、ファフニールは体中骨折しながら吹き飛ばされる。

 

  続けて、バールを床に叩きつけた。瞬間、ファフニールの真下の地面が巨大な針へと変化し、やつを串刺しにした。

  『ストーンニードル』。一般的な土魔法も、俺クラスになるとかなりの大きさのものを作れる。

  だが、急いでやつは土の針を破壊した。そのおかげで、なんとか生きながらえたようだ。

 

「貴様だけでもッ! 道連れにィッ!」

 

  瀕死の体に鞭打って、夢中で走り出すと、俺に向かって、刺突の嵐を叩き込んだ。

  とは言っても、当たらないのだが。本気になることで身体能力も向上しており、今では閃光と呼んでいた刺突もスローに近い状態で見切れるようになっていた。

 

「当たれ、当たれぇ! 当たれぇぇぇぇぇッ!!」

「うるせぇ、邪魔だ」

 

  振り切られた細剣の上に、バールを叩き落とした。

  それはレイ・オブ・ドラゴニックを粉々に砕くと、地面に衝突する。

  直後、黒い爆炎が、波のように前方に吹き荒れた。

  真正面からファフニールはそれに呑み込まれ、焼き切られたまま地面に吹き飛ばされた。

 

「ゴッ、ガハッ、ゲホッ!」

「……はぁ、所詮その程度かよ。よくそれで西洋の支配者を名乗れたものだなァ? ああん?」

 

  本当に、呆れたものである。

  正直言って舐められているのかと思った。

  第一、数億生きている俺に、千年ほどしか生きていない吸血鬼が勝てると思うのがおかしいのだ。

  本当に、伝説の大妖怪を舐めている。これはしばらく西洋に残ってこれみたいなやつを再教育する必要があるな。

 

  まあ、こいつはよくやった方だろう。妖魔刀なしの状態の二割とはいえ、俺に傷を与えたのだ。

 

  ーーそれに免じて、全力を出してやろう。

 

 

「神解」

 

  言霊と同時に、黒い爆炎が俺を包み、巨大な柱と化す。

  ふと、手に持っている獲物の形が変形しているのがわかった。

  やがて、変化が終わると、俺は右に握る()()を振るう。

  直後、爆音とともに、柱は黒い光となって散っていった。

 

  ファフニールは俺の圧倒的な妖力量に、動くことすらできなかった。

  俺の右手に握られているもの。それは紫を帯びた黒の片手剣であった。刃の部分は血のような真紅が塗られており、邪悪な雰囲気を放っている。

  こいつが、俺の神解。その名は

 

「侵食しろ、『漆黒の光(ニュイルミエル)』」

 

  無造作に、黒剣を振るう。

  直後、吹き荒れた暗黒の炎が、ファフニールの頭を掠め、後ろにあるものを土地ごと全て消し飛ばした。

 

  俺は、もはや動くこともできなくなったファフニールに、ゆっくり歩み寄った。

 

「さて、終わりだな」

 

  暗黒の炎剣を、やつの頭に落とそうとする。

  だがその時、何者かが扉をこじ開けた。

  それは俺の目の前に駆け寄ると、両手を広げて仁王立ちをした。

 

「やめろ! お父様をいじめるなっ!」

「れ、レミリア! 止めるんだ、逃げろぉ!!」

「……」

 

  俺は剣を振り下ろそうとした状態で止まっている。

  ……おい、なんだこの雰囲気は?

  目の前ではおそらくファフニールの娘と見られる幼女が目に涙をためて立っている。そしてそれを止めようとする父親の図。

  はい、完全にこれ俺が悪者ですね。わかります。

  とはいえ、俺に幼女をいたぶるような趣味はない。ファフニールは殺そうかと思ったが、完全に気が削がれた。

 

「……帰ろ」

「えっ?」

 

  結局、俺は帰るという選択肢を選んだ。

  よく考えてみたら、ここでこいつが死んだら、ほぼ確実にこいつの大量の部下が敵討ちにくる。

  そんくらいなら数分で終わるが、それで妖怪が大量に死ぬと、人妖のパワーバランスが崩れて面倒なことになる。

  ルーミアが文句を言ってくるが、関係ない。

 

  俺はボロボロになった屋敷を歩いて、外に出たのであった。

 

 




「どーも、現在実家で編集中の作者です」

「カラオケ行きたい。ゲーセン行きたい。でも誘う友達がいない。そんな経験、あなたはありませんか? 狂夢だ」


「今回で、今章の火神矢さんパートは終了です」

「ああ、これキャラ別でパート分けていたんだな。ちなみに何パートあるんだ?」

「火神さんを合わせて、七パートの予定です。もちろん狂夢さんのパートもありますよ(めっちゃ少ないですけど)」

「おおっ、そりゃ嬉しいな! ところで話は変わるが、火神の戦闘総合評価はないのか?」

「ありますよ。こちらです」


火神矢陽

総合戦闘能力値

通常状態:12万
憎蛭解放状態:24万
ニュイルミエル解放状態:120万


「あれっ!? これ俺よりも総合戦闘能力高いぞ! どうなってやがんだ!?」

「これは後編の戦闘総合評価表ですからね。当然全キャラがインフレしてます。もちろん、狂夢さんはこれよりもずっと高いので安心してください」

「なるほど、そりゃ安心だな。ところで作者、俺の出番が少ないという話について、どういう意味か聞いてもいいか?」

「聞こえていたのかよ!? というか、それよりも逃げなければ!」

「逃すとでも?」


この後、作者は星となりました。




おまけ


ファフニール・スカーレット

総合戦闘能力値:5万


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陰陽師の旅の記録


ふらふらと、広い世を回る

旅人の、飽きなき心のように


by安倍晴明


 

 

  道無き道を歩く。

  険しい山道であった。

  目的地の手がかりは一つ、手に持つ『白咲』と刻まれたお守りだけ。

  私こと安倍晴明は、幻の社『白咲神社』を目指して、今日も旅を続けていた。

 

 

 ♦︎

 

 

  現在、私の目の前に映っている山。そこを、お守りは差していた。

  ということは、この山のどこかに白咲神社があるということだ。

  思えば、ここまでたどり着くのに二年以上もかかった。

  火神殿なら、ここまで一週間、いや三日ほどで来れるだろうが、私は陰陽師であるだけの人間。身体能力を強化して速く走れても、風のように空を飛ぶ方法など知らない。

  いや、厳密に言えば飛ぶことはできる。だが、飛翔時間は全霊力を注いで一時間というところであり、速度もさほど出ない。しかも飛翔後はしばらくの休憩がいる。

  戦闘でちょこっと使うぐらいしか使い道がなかった。それなら、一日中歩いた方が速い。

 

  そうやって苦労してたどり着いた山を、懸命に登り始める。

  この山に来たのは、私がさらに強くなるためだ。

  私の力では、大妖怪上位の相手までしか倒すことができない。その上の最上位の存在には、どうしても勝てないのだ。

  いや、火神殿は圧勝していたが、私は玉藻前でさえ倒せなかったかもしれない。いや、あそこで私が出ていたら、確実に死んでいた。

  そこまで、玉藻前という存在は大妖怪上位の中では最強格だった。あそこに火神殿がいたのは、幸運としか言いようがない。

 

  別にこの力で世界中の人間を助けるだとかは思っていない。ただ、誰かに守られるのが嫌いなだけだ。

  ならどうすれば守られなくなるのか? それより上の、力を手にすればいいだけだ。

 

 しばらく山道を歩いていると、青い炎で形作られた狐が五匹、現れた。

  これは、誰かの手によって作られた妖怪だ。いわゆる、式のようなものである。

  青い炎ーー狐火から作られているので、これは妖狐の仕業と見て間違いはないだろう。

  狐型の狐火のうちの一人が、私に飛びかかった。

  だが、それよりも速く私は術式を構築していた。

  球状の大きな水の塊が、一匹に向かっていっせいに放たれた。

  水の塊は見事に命中し、狐火は風前の灯火のように弱々しい炎を放ちながら後ろに下がった。

  すると、近くにいたもう一匹の狐火が、自分の炎を分けて、先ほどの狐火を回復させてしまったのだ。

 

「厄介な……っ」

 

  ギリッ、と歯を噛み締める。

  だが、狐火たちは待ってくれない。二匹の狐火が、左右から私に向かって再び飛びかかる。

  左右同時では先ほどの水の術式は間に合わない。ならば、もっと速い術式を使えばいいだけだ。

 

  私が地面を足で叩くと、二つの土の塊が地面から射出された。

  だが、狐火たちは土の塊に当たっても、炎が飛び散るだけで再び再生してしまった。

 

「くそっ!」

 

  左右から迫り来る牙を、後ろに大きく飛び退くことで回避する。

  失念していた。あれは獣の形をしているが、実際は炎の集合体なのだ。よって物理攻撃が全然効かなかった。

  一匹の狐火が口を大きく開ける。そこに青い光が溜まっていくのを、私は感じた。

 

「ガァァァァア!!」

 

  青い炎のブレスが、私に向かって放たれた。

  私は再び土属性の術式を構築。そして地面に手をつけ、霊力を込めた。

  作られたのは土の塊ーーではなく、私の目の前を覆う巨大な壁であった。

  それはブレスを見事に防ぐと、泥のように溶けてしまった。

  だが、それでいい。

  右手をブレスを吐いた狐火に向けてかざす。すると、泥のように溶けた土が、狐火を覆い、まとわりついた。

  やがて、狐火は力なく消え去り、その姿を光の粒子に変えた。

  炎を消すには水。それは常識だが、何もそれだけが火を消す手段ではない。

  今回のもその例外の一つだ。小さな火を消す時、水ではなくてよく砂をかけて消すことがある。私がやったのは、その巨大バージョンだ。

  狐火を密度の大きい土で、球状に覆うことによって、酸素を取り入れなくなるようにする。そのまま球状の土を圧縮することで、炎ごと消すという寸法だ。

 

  もう一匹の狐火が襲いかかってきたが、再び土の壁を作ることによってそれを防いだ。

  そして巨大な水の球を作り出す。そしてその中に狐火を閉じ込めると、狐型の炎は叫び声を上げてあっけなく消え去った。

 

  さて、と視線を残りに戻す。

  残敵は三匹。周囲を警戒した結果、援軍の可能性もゼロだった。

  ここは、一気に片付ける!

 

  大規模な術式を展開する。これは脳内で構築するにはあまりにも大きすぎるので、こうして空中に描く必要があった。

  それに合わせて、詠唱を唱え始める。そしてそれに応じるかのように、術式の陣が青色に輝き始めた。

  狐火たちも、本能的にこれが危険だというのに気づいたのだろう。血相を変えて、いっせいに飛びかかってきた。

  だが、遅い。

 

  術式発動! 直後、私の手前に巨大な広範囲の水の壁が噴き出した。それは一瞬揺れると、大波のように私の前に倒れ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……終わったか」

 

  新たな狐火が現れる気配はなかった。とはいえ、広範囲の術はやはり負担が大きい。

  私は少しここで休むと、その後に山登りを再開しようと思った。

 

 

 ♦︎

 

 

  山の途中から見えてきた長い階段を登っていると、赤く大きな鳥居が視界に映った。視力を強化すると、鳥居には『白咲』と書かれている。

  間違いない。ここは、私が目指していた目的地、白咲神社であった。

  心臓の鼓動が高まるのを感じながら、鳥居を抜ける。すると、ある光景が目に映った。

 

  何者かが、刀で素振りをしていた。

  黒髪の、黒い巫女服を着た女性。

  そんな彼女から繰り出される剣線は、速く、鋭く、そして優雅だった。

  美しい。私は人生で初めて、人のことをそう思った。

  神々しい姿で、舞うかのように空を切っている。だが、そんな彼女は急に刀を収めると、ゆっくり私の方を振り向いた。

  そして、凛とした瞳を向けて、話しかけてきた。

 

「ようこそ来た。ここは白咲神社。縁結びの神である産霊桃神美様を祭る神社だ」

「こ、こちらこそ。私は安倍晴明と申す。今日ここに来たのは、実は頼みがあってですな」

 

  私はなぜ自分がここに来たのかを説明した。

  しばらく大人しく聞いていた彼女であったが、ここで修行をしたいと言うと、目を細め真剣な顔になった。

 

「なるほど。だが、それは私の独断では許可できない」

「そうなのか? では、ここでは修行はできないのか?」

「いえ、とりあえず私と模擬戦をしてみないか? それ相応の資格があると私が思えば、私からあの方たちに頼み込んでみよう」

「……わかった。それでいこう」

 

  私としては、女性と戦うのは苦手だ。だが、あの剣技を思い出し、改めて彼女がこの白咲神社で修行してきた猛者と認識を改めた。

 

  境内で、一定の距離を保って私と彼女は立っていた。

  そういえば彼女の名を知らないなと思っていると、いいタイミングで彼女は自己紹介をしてきた。

 

「そういえば申し遅れたな。私は()()()()。ここ白咲神社で巫女をしている」

 

  そう言うと、彼女は腰につけていた鞘から、刀身が漆黒に染まっている刀を抜いた。

  私の方も、服の裏に大量のお札を貼り付け、戦闘準備を整えた。

 

「いざ、尋常にっ!」

 

  試合開始の合図は、彼女のかけ声だった。

  その時、突如、私の目の前から彼女が凄まじい速度で迫ってきた。

  そして、そのまま高速で刀を振るう。

  それを間一髪で避けると、私はギョッと目を見開いた。

  なんと、先ほど避けたはずの刀が再びこちらに向かってきていたのだ。私は一撃目を回避した状態のままなので、避けることはできない。

  凄まじい刀の返しだ。

  私は避けることはできないと悟り、あらかじめ服に仕込んでいた札の一つを使い、術を一瞬で放った。

  私と彼女の間で、突如炎の壁が現れた。だが、それで彼女が怯んだのは一瞬だけ。すぐに炎を切り裂くと、すぐに次の攻撃に移ろうとしていた。

  だが、その一瞬で私は彼女から距離をとると、時間稼ぎと目くらましのために土の槍を複数放った。

  もちろん、土槍は彼女によって一瞬で切り裂かれた。しかしその時、土槍は自ら自壊して飛び散り、砂けむりを巻き上げた。

  そして時間稼ぎが成功し、術式の構築が完了する。

  砂けむりが現れた彼女が見たものは、自らに向かってくる数十の雷の刃であった。

  いくら彼女が強くても、種族は人間だ。刀一つで、数十の雷を防ぐことはできまい。

  そう思っていた私は、次の瞬間、ありえないものを見た。

 

「『夢想斬舞』」

 

  突如、彼女の刀が虹色に包まれる。そして、私に向かって突撃しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  これを避けられると思っていなかった私は、当然彼女の接近に対応が遅れる。そして、その一瞬が命取りだった。

 

「『氷結乱舞』」

 

  彼女の刀が氷に包まれる。そこから放たれた、七つの斬撃。

  とっさに服の裏の札を大量に使って結界を張ったが、三発目で破壊されてしまった。

  刃が体に食い込むごとに、その箇所が凍らされていく。

  だんだん意識が朦朧としてきた。

  そして、七発目。最後の斬撃を食らって、私の意識は闇に沈んだ。

 

 

 ♦︎

 

 

  ハッと目を開け、布団から飛び起きた。

  そして、周りの物を確認する。

  現在、私がいる部屋には、布団が一枚と、旅の荷物。それ以上には何もない部屋だった。

  一瞬あれは夢での出来事だったのかと思ったが、その次に襲いかかった激痛が、あれは現実での出来事ということを証明してくれた。

 

  ふと、自分の姿を確認する。

  服はいつもの陰陽師用の和服から、白い寝間着に変わっていた。その下にあるのは、四つの大きな刀傷。ただ、包帯がそこに巻かれていたため、直接見ることはできなかった。

 

  体を痛めつけないようにゆっくり立ち上がると、戸の前に行き、開けようとする。

  だがそれと同時に、外から同時に黒髪の女性が戸を開けてきた。

  その女性は、楼夢であった。彼女は一礼すると、部屋の中に入る。

 

「どうやら気がついたようだな。怪我の具合は?」

「ああ。治療してくれたおかげで、大丈夫だ」

「それは良かった。では本題に入ろう」

 

  本題とは、私の願いが叶うかどうかの話だろう。だが、正直言って断られる未来しか見えない。

  自分では善戦した方だと思うが、自分の思いと結果は違う。

  数にして、約五分。それが、試合が始まってから私が見た景色の時間だ。

  こっちは確実に斬撃を当てられ、対してあちらは全くの無傷だ。レベルの違いがありすぎる。

  だが、返ってきた言葉は、私の考えの間逆だった。

 

「結果として、貴方にはここで修行する資格があると私は判断した。そして、頼んでみたところ、ここで貴方が暮らせる許可が下りた。おめでとう、私にできることがあったらなんでも言ってくれ」

「へっ? ご、合格したのか? 貴方には惨敗して何もできなかったのだぞ?」

「少なくとも、あの戦いで貴方は大妖怪上位を倒せるレベルであると感じた。それに、私はここで修行して長いのだ。まだまだ負けて入られない」

 

  とりあえず、私は晴れてここで修行することが決まった。

  とはいえ、さすがに今日は修行をするつもりはない。傷口がふさがって、完治してからだ。

  そのことを伝えると思ったがあっさり了承された。

  だが、それまでの間、何もしないのは暇だ。なので、彼女には私の話し相手になってもらった。

 

 

 それから、傷がふさぐまで彼女と様々なことを話した。おかげで、色々なことを知ることができた。

  例えば、彼女の名字は別のがあって、ここで白咲という名をもらったこと。ここの神である産霊桃神美様がすでに死亡していたことなど。

  他にも、色々な情報が彼女からは聞けた。

 

  そして今日、私の傷は完治していた。

  いつも通りの陰陽師用の和服に着替えると、境内に出る。そして、霊力を操作すると、私は修行を始めるのであった。

 





おまけ

安倍晴明

総合戦闘能力値:1万


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白咲の巫女の里帰り


水も風も空も光も時間でさえ

私の前を通り過ぎて、置いてけぼりにしていった


by博麗楼夢


 

 

  白咲神社の裏で、五人の女性が立っていた。

 

「よし、(りん)。私がいない間もしっかり修行をするのだぞ」

「任せて母様! 母様が帰ってくる頃には、立派な巫女になってやるんだからね!」

 

  そのうちの二人が、そのような会話を交わす。

  落ち着いた声で話しているのは白咲楼夢。またの名を博麗楼夢とする、ここ白咲神社の初代巫女であった。

  そして幼げな口調で明るい笑顔を浮かべた少女は白咲鈴。同じく、白咲神社の巫女である。見習いだが。

 

「では、美夜様、清音様、舞花様。鈴のことをよろしくお願いします」

「気にしないでいいわ。修行の方もみっちりつけてあげるわよ」

「体には気をつけるんだよー」

「……里帰り、楽しんでおいで」

 

  そして、博麗(楼夢)は振り向くと、三人の()()に頭を深く下げた。

  美夜、清音、舞花。この三人は数十年前に()()していた。それで得た力は強力で、今では個人で八雲紫と同等の実力をつけている。

 

  三人からの言葉を聞いた博麗は再び顔を元の場所に戻すと、目の前にある()()に向けて微笑んだ。

 

「……晴明、行ってくるぞ」

 

 

 ♦︎

 

 

  博麗楼夢は、二十年ほど前、都最強の陰陽師と言われた安倍晴明と出会い、結婚を果たした。

  彼が言うには、自分の血筋は他の兄弟が繋げてくれるので、自分一人が勝手に結婚しても問題はないらしい。

 

  そうして時が過ぎて四十代の頃、晴明はこの世を去った。

  この時代の陰陽師としては別に珍しくもない年代だった。後に舞花が言うには、幼い頃から妖怪と戦い続けたことによる体の消耗が原因となったそうだ。

  博麗も晴明と同じ、いやそれ以上に幼い頃から戦い続けていた。それでも死なないのは、この体に流れる妖怪と神の血のせいなのであろう。

 

  そして今は、晴明が死ぬ前に産んだ鈴に、白咲の巫女として自分の技術の全てを叩き込んでいる。十五ほどになれば、正式に彼女を巫女として認め、自分の仕事を譲るつもりだ。

  とはいえ、彼女はまだ六歳。巫女として重要な、神力の視認すらできていない。

  まあ、こればかりは時間の問題だ、と仕方なく思う。地獄で死してなお自分の信者に加護を与えている産霊桃神美様も、仕方ないと言うだろう。

 

  彼女は現在、故郷である博麗神社に行くために旅立っていた。里帰りと言うやつである。

  思えば、自分があそこを飛び出して、早数十年。博麗の血筋は体術もできるが、霊力を用いた術式を扱うことに主点を置いた家である。武器の扱いもそこで一通り覚えるが、当時剣術の美しさに取り憑かれた彼女にはとても物足りなかった。

 

  今でこそ白咲流の楼華閃という剣術を扱っているが、その前に使っていたのは独学で学んだ変則的な剣術だった。楼華閃も変則的といえば変則的だが。

  だが、その独学の剣術のおかげで、型に縛られない楼華閃を短期間で身につけることができた。これもひとえに彼女の努力の結果だろう。

 

  そして当時、独学では限界を感じてきた博麗は何度も家族に出家の話をしたが、受け入れてくれる者は妹以外いなかった。

  だが、その時転機が訪れる。両親が、とうとう病で亡くなったのだ。

  親の死を喜ぶなど、最悪だと今でも思う。だが、喜ばずにはいられなかった。

  彼女は、足早に旅支度を済ませると、剣術の修行の旅に躍り出た。

  ……一人、両親を失って悲しんでいた妹を置いて。

 

  ……今さら会いに行ったところで許してもらえるとは思えない。だが、晴明という家族を亡くした後、どうしても置いていったもう一人の家族のことが気になるのだ。

 

  ーーとりあえず、博麗神社に着いたら、まずは彼女に謝ろう。

  一人決意を決めると、博麗は地を蹴る足を速めるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  博麗家とは、代々妖怪退治を専門とする家系である。

  だが、強力な力をその昔独占していたため、私の住んでいた頃になると、里もない山の頂上付近で孤立していた。

  当然、里もない山の頂上に来る者など誰もおらず、私は賽銭箱に小銭が投げられている瞬間を見たことがない。

  つまり、それほど人がいないのだ。……いないはずなのだが。

 

「……なんだこれは?」

 

  博麗神社のある山の下、正確にはその付近に、多くの人工物が見られた。

  興味が湧いてそこを目指すと、目には大きな木製の門が目に映ってきた。

  そこで私は、ここがなんなのか理解できた。

  里だ。

  人っ子一人いないことで有名な博麗神社の下に、中規模な里ができていたのだ。

 

「……とりあえず入ってみるか」

 

  そう思うと、ゆっくりと門に向けて歩を進めた。

  やがて、見張りの兵たちが私の姿を確認する。そして腰に差してある、黒光りする刀を見ると、武器を構えて警戒の体制に入った。

 

 

「何者だ。ここの里に何しに来た?」

「私は旅の者なのだが、昔この場所に行った時に里など立っていたかったことを思い出してな。興味が湧いたので、食料の補給も含めてここにきた。入ってもいいだろうか?」

「なるほど、旅の者か。この里はここ数十年で作られたものなのだから、知らないのも納得いく。いいだろう、規則を破らなければ歓迎する」

 

  そう言って、道を開ける門番。

  彼らが私をここまで警戒したのは、腰に差した妖刀が原因だろう。

  『黒月夜(クロヅクヨミ)』。柄から刀身まで全てが漆黒に染められた、トガミ様の作り出した刀である。

  切れ味が恐ろしいほど鋭く、刃に退魔の術式が刻まれているので、幽霊などの実体を持たぬ敵も切ることができる。

  そんな刀から放たれたオーラは、彼らを恐縮させてしまったようだ。

  調整してオーラを収めると、門を潜り抜け里に入った。

 

  まず、里に入って一番驚いたことがある。

  目の前から、二人の男女がやってきた。女性の方は普通だが、男性の方からは明らかな妖力を隠さずに放っていた。

 

  そう、この里は人間と妖怪が共存して暮らしていたのだ。

  聞いてみたところ、実際は里の規則を破っていない者だけが人妖問わずここに住んでいるだけで、乱暴な妖怪や、知能の低い妖怪は問答無用で罰を受けているようだ。

 

  しばらく物珍しそうに周りを見て回る。すると、前から、青みがかかった銀髪の女性が声をかけてきた。

 

「珍しいか、ここは?」

「ああ、珍しいと思う。こんな場所は今まで見たことない」

「そうだろそうだろ。ふふふ」

 

  私の回答に、銀髪の女性はまるで自分のことのように上機嫌に笑うと、自己紹介をした。

 

「私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)。種族は半人半妖、ワーハクタクだ」

 

  ハクタクとは、白澤と書いてあらゆる人語を理解し、万物の知識を持っている聖獣だったはずだ。それの半人半妖なので、ワーハクタクなのだろう。

 

  それにしても、安直な名前だなと思った。

  上白沢=うわはくたく、と直せる。それをさらに直すと、うわはくたく=ワーハクタクになるので、名字の由来はここからだろう。

 

「私は白咲楼夢。同じ半人半妖で、妖狐の力を持っている」

 

  相手が自分のことを話したのに、こちらだけ何も喋らないのでは失礼だと思い、私は自分の種族を告げた。とはいえ、私が受け継いだのはただの妖狐ではなく、最古の妖狐の力なのだが。嘘は言っていないので、よしとしよう。

 

「そうか、よろしくな、白咲。私のことは好きに呼んでくれ」

「では慧音と呼ばせてもらおうか。上白沢は少し長い」

「わかった。ちなみにこの後はどこに行くんだ?」

「あの山の上にある博麗神社を目指そうと思う」

「神社か? この時期は止めておいた方がいいぞ」

 

  慧音の言葉に、その理由を聞いてみた。

  曰く、この妖怪と人間が共存する里をよく思わない妖怪がいて、今はちょうど争っている時期だという。

 

「とはいえ、この里を作ったのは、知られてはいないがあの大妖怪の八雲紫だ。その他に博麗の巫女もいるため、よほどのことがない限りは安全だがな」

「だが、博麗神社は今争いの中心にあって、安全ではないと?」

「そういうことだ。たまに爆音が山からここまで聞こえてくるほどだ。よほど激しい戦いなのだろうな」

「わかった。忠告、ありがたく受け取っておく」

 

  とはいえ、その忠告をもらっても、受け入れるかは別だが。

  もちろん私は博麗神社に行くのを止めるつもりはない。だが、それを今ここで言ってしまうと、面倒くさくなりそうなので、忠告を受け入れた風を装った。

 

  それに満足したのか、慧音は二、三個言葉を残すと、自分の仕事に行ってしまった。

 

  結局、また一人になってしまったので、仕方なく偶然見かけた団子屋に入った。そして、串で刺された団子にかぶりつく。

  そういえば、トガミ様は団子が大の好物だったはずだ。今度お墓の前に捧げておこう。

  トガミ様のお墓には不思議な力が働いており、物をそこに置いて一晩経つと、それが消えてしまうのだ。これは何度も検証しているので、間違いないと思う。

  そして考察の結果、トガミ様のお墓に捧げた物は全部地獄に転送されている、という結論に至った。

  地獄がどんなところなのかは知らないが、お墓に捧げられた物を転送するくらいは朝飯前だろう。

 

  団子屋から出て、道を歩く。そして里の外に出ると、博麗神社がある山めがけて駆け出した。

 

 

 ♦︎

 

 

  高速移動中、すれ違い様に障害物となる妖怪を抜刀で切り捨て、再び走る。

  おかしい。これで十六匹目だ。

  ここは曲がり何にも巫女が住む山だ。そんな神聖味溢れるところに

 大量の妖怪が発生するわけない。これは外から連れ出された妖怪たちだろう。現に、数十年前ここらで見たことがある妖怪よりも、この地方に存在しない妖怪の方が多かった。

  やはり、異変が起きているのだろう。ならば、それには私も参加しなければならない。

  私は白咲の巫女、であると同時にこの山で産まれた。故郷を荒らされて黙っていられるほど私は甘くはない。

  この異変を起こした張本人。そいつだけは絶対殺す。

  明確な殺気を静かにまといながら、階段を登る足をさらに早めた。

  そして赤い鳥居が見えてくると、一旦姿を整えて、中にゆっくり入っていった。

 

(久しぶりに見たな……)

 

  境内をゆっくり見回す。見えてきた光景全てに見覚えがあり、当時と何も変わっていない景色が目に映った。変わったところをあえて言うなら、昔より若干社が綺麗になっていた点だ。これも妹が頑張ったのだろう。

 

  真ん中にドンッ! と置かれた賽銭箱を避けて横に回ると、社の戸をノックする。

 

「誰なの〜? こっちは今疲れてるって言ってるで……しょ」

 

  中から乱暴にドシドシ歩いてくる音がした。その人物は戸を開け放つと、怒鳴ろうとする。だが、目の前に立っていた私を見てその人物の顔は硬直する。

 

「ねっ、姉さん!?」

「ひ、久しぶりだな焔花(ほのか)。それよりもお前、なんかだいぶ変わってないか?」

「や、やだなー姉さん。人はそう簡単に変わるものじゃないって」

 

  いや、口調も性格も、全てが変わっている気がする。

  私の記憶の中の焔花はまさに淑女という言葉が似合う、おとしやかな子だったはずだ。出会い頭の挨拶も、『あら、姉さん。おかえりなさいませ』とか言うと思っていた。

 

「それにしても姉さん、なんだか雰囲気が変わったね。なんか良いことあった?」

 

  お前にそれを聞きたいわ!

  どうやら数十年の時を得て、私の妹はだいぶグレてしまったようだ。

  本当に、どうしてこうなったのやら。

 

「雰囲気か? 特に変わったようには思えないが」

「だいぶ明るくなったねってこと。ほら、旅立つ前はいつもピリピリしていて、不機嫌そうだったから」

 

  焔花に指摘されて、改めて自分を見つめ直す。

  それはまあ、旅立ったら自由で、ストレスもあまり感じなくなったし、最近は充実した日々を過ごしている。

  彼女の言う通り、私も多少は明るくなったのだろう。そう思うことにした。

 

「とりあえず、中入る? お茶も出すけど」

「ああ。部屋が散らかってないか見たいしな」

「もう! そんなこと私がするわけないじゃん!」

 

  いや、今のお前なら十分ありえる、と心の中で突っ込む。

  この先もいろいろ変わってることがあるだろうし、警戒しなければ、と体に少し力を入れて、脇を締めた。

 

 

 ♦︎

 

 

「それにしてもお前、その格好はなんだ?」

 

  戸を開け中に入ると、早速私は気になる質問をした。

  博麗の巫女の装束は赤と白の巫女服。だが、彼女のは脇が露出されており、袖の部分とは完全に分離してしまっている。さらには、巫女服なのにフリルがところどころについていたのだ。

 

「ああ、これ? これはね、二十年くらい前にここに来た桃色の髪の綺麗な人が着ていた巫女服を参考に作ったんだ。似合うでしょ?」

 

  桃色の髪の綺麗な人で、誰なのかわかった。脇を露出させている巫女服を着ている人なんて、目の前の妹以外一人しか知らない。

  そういえばここはもう八雲紫の管理下だったはずだ。ならば、彼女の大親友であるあの人が来ていてもおかしくない。

 

  焔花に続いて中を歩くと、居間からスゥー、スゥーと言う音が聞こえてきた。

  覗いてみると、そこには布団の中で寝ている赤ん坊の姿があった。

 

「ああ、この子は私の娘。ふふん、姉さんはどうせまだ彼氏すらいないんでしょ?」

「すまん、二十年ほど前に結婚した。だからこういうのに関しては私の方が先輩だぞ」

「なん……だと? 幼少期の頃刀を頬に寄せてよだれを垂らしながら不気味に笑ってた姉さんが結婚していた、だと……?」

「昔の黒歴史を引っ張り出すな!」

「いや、だってね? あの姉さんだよ? 親が聞いたら酒の飲み過ぎって笑われちゃうよ」

「……まあ、数年前に亡くなったがな」

「……そう。じゃあ同じだね」

 

  同じ、という言葉が胸に突き刺さった。

  まさか、この子も……。

 

「私の夫もね、この子を産む前に亡くなっちゃったんだよ。今でも、もう少しは話したかったなってたまに思っちゃうけど」

「……焔花。改めてすまなかった。お前を置いて旅に出てしまって」

「良いの良いの。私は今でも幸せだよ。……はいっ! この話はおしまい! 次は姉さんが旅で何してたのか聞かせてよ」

 

  その後は、しばらく雑談をしながら現状の報告などをしていた。

  私は白咲神社の巫女になったことなど、旅の全てを話した。……半人半妖となったということを除いて。

 

  そして、空が赤に染まり始めた頃、それはやってきた。

 

「っ!? 数十の妖力がここに集まってきている! 戦力は……」

 

  突如、複数の膨大な妖力が近づいてきているのを、二人は感じ取った。焔花はさらに敵戦力の分析を始めるが、その結果に絶句した。

 

「……八割が、大妖怪クラス……っ!? こんなの、ありえない!」

 

  焔花の悲痛な叫び声が響く。

  私は急いで刀を持つと、叫び声を切り裂いて外に飛び出し、黒刀を前に構えた。

 

「……くそっ、八雲紫め! 見事に謀られたな!」

 

  妖怪がここまで来るのを彼女が教えなかったということは、その暇がない、あるいは連絡が取れないという状況なのだろう。八雲紫の助けは期待できない。

 

  私は、波のように押し寄せてくる妖怪たちに向かって、真正面から突っ込んでいった。

 





どーも、作者です。
突然ですが、期末テストによって夏休みに入るまで小説投稿を停止します。夏休みが始まったら馬車馬の如く働く予定なので、どうかお許しください。

では、バイちゃ。


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それぞれの戦い

それぞれが譲れないものが合って

それが、それぞれを競わせる

それぞれの目的のために敵にも味方にもなり

それぞれのために、醜く争う

だから、人間って面白い


by白咲楼夢


 

 

  ザッ、ザッと地を踏みしめる音が二つ。

  一人は紫の中華ドレスを着ており、日傘をさしながら優雅に歩いている。もう一人はその女性の後ろを、従者のように付き添いながら歩いていた。

 

  先頭を突き進む少女の名は八雲紫。大妖怪最上位の中でも最も強力で、最も有名な妖怪の一人であった。後ろには金髪の髪に、金色の九本の尾を揺らしながら、彼女の式神が歩いている。

  彼女の名は『八雲藍』、かつて玉藻前と呼ばれた、九尾の狐である。着ている服も紫と似ている中華服で、こちらは青と白が目立っていた。

 

  そんな、鬼に金棒と化している二人は、とある山の獣道を歩いていた。

  木々の隙間から、次々と妖怪が飛び出し、襲いかかってくる。

  だが、

 

「藍」

「はい、紫様」

 

  現れた妖怪は、光り輝く弾幕の嵐によって、次々と体を抉られていった。

  もはや、勝負にすらなっていない。というより、彼女たちは現れる妖怪を障害物程度にしか捉えていなかった。

  そんなこんなで、彼女たちは山の奥にあった洞窟に入っていく。中には低量の妖力で明かりを放つ術式が、いたるところに刻まれており、視界の心配は憂鬱に終わった。

 

  そして妖怪をなぎ倒しながら歩くこと十分、とうとう洞窟の最奥にたどり着いた。

  最奥は、まるで山を丸ごとくりぬいたかのような広さがあり、千人ほどいても戦闘に障害がないようにできていた。

  そして紫は、その奥からこちらを見下ろしている巨大な影を睨んだ。

 

「さて、あなたが今回の件の首謀者ってことでいいのよね?」

「ガハハハハッ!! よくぞ来た、八雲紫ィ! この妖怪の裏切り者が!」

 

  ズゥン、ズゥンという大きな足音を立てて、()()は《姿を現した。

  十五メートルは確実にある人型の肉体。その頭から大きな二本角が突き出ており、見る者に凄まじい恐怖を与える。さらに手には巨大なハンマーを持ち、それを肩に担いでいた。

 

「これは……鬼、なのですか……?」

「ガッハッハ! いかにも! 俺は鬼の中の鬼……」

「嘘ね」

 

  『鬼』という言葉に反応して、紫はそれをきっぱりと嘘と断言した。

  一方藍は、相手が恐ろしく巨大という以外鬼に全て酷似していたので、鬼の上位種と認識して冷や汗を流していた。

  だが、紫はその種族を知っていた。

 

「あなたの種族は『ギガンテス』。西洋大陸の妖怪ね?」

 

  『ギガンテス』、それはとある一面を除いて鬼と酷似する種族だ。

  通常、妖怪は妖力が大きければ大きいほど人型に近づいてくる。だが、そうはならない例外ももちろんある。それがギガンテスだ。

  この種族は妖力が大きければ大きいほど体が巨大に変化していく。歴史では、最大で三十メートルを超える者もいたらしい。

  十五メートルというのは、俗に言う大妖怪最上位クラスである。だが、彼女たちにはやはり負ける要因がなかった。

  そのことを藍に告げると、緊張した顔がすぐにいつもの冷静な表情に戻った。

 

「確かに、俺一人じゃテメエらをぶち殺すには足りねえ。でも、これならどうだ?」

 

  ギガンテスは巨大な指をバチんと鳴らす。すると、どこからともなく、大量の妖怪と……人間が現れた。

 

「……人間がなぜお前らと組んでいる?」

「ガッハッハ! 貴様らのことを気に食わない者は俺たち以外にもいるってことだ!」

「勘違いするなよ鬼よ。こいつらの後は貴様だ」

「ふんっ、やれるものならやってみろ」

 

  人間、いや陰陽師たちのトップらしき人物が、ギガンテスと睨み合う。幸い、仲はあまり良くないらしい。

  紫たちはすぐに戦闘体制に入る。

  すると、十人ほどの陰陽師たちが前に出てきたかと思うとーーーーグサッ! と小刀を自らの胸に突き刺した。

 

「なっ!?」

 

  藍がその行為に驚きの声を上げる。だが次の瞬間、巨大な術式の陣が死体を囲うように現れると、刻まれた術式が発動し、半透明な結界が洞窟全体を覆った。

  すぐに紫はこの結界がなんなのか調べようとする。すると、ギガンテスが何か思い出したかのような動作で、口を開いた。

 

「ああ、言い忘れていたな。貴様らが大事にしている神社に大妖怪の群れを襲わさせておいた。その中には大妖怪最上位もいる」

 

  その言葉に紫は思考を一瞬放棄してしまう。だがすぐに冷静になると、スキマを開いて博麗神社に向かおうとした。ところが、スキマはこの結界の中以外には開いてくれなかった。

 

「どうして!?」

「ハハハァ! この結界の能力はただ一つ。中の生物の外への脱出を封じる、だ。たとえそれが貴様の能力でも、この結界から逃れることはできない!」

 

  陰陽師の男が高らかな笑いを上げて答える。

  クソッ、やられた! 今の彼女は出産後で大量の霊力を消費している。大妖怪の群れが相手では、決して生き残れない。

  ふと、前の敵を凝視する。数にすると千以上。一時間もあればなんとかできるが、それまでに彼女が生きているかどうか。

  だが諦めるわけにはいかない。彼と約束したのだ。人間と妖怪が共存する世界を作ってみせると。

 

「……藍、最高速で敵を倒しなさい。結界が解除されたらすぐに撤退よ」

「はっ」

 

  その言葉を合図に、タイムリミットのある戦いが、始まった。

 

 

 ♦︎

 

 

  キラリと黒刀が輝く。そこから、滑るように刃が放たれ、目の前の人型妖怪の体を上下に分けた。

 

  現在、博麗神社は戦場と化していた。

  博麗とその妹は、大妖怪の群れに襲われていた。

  数は三桁をギリギリ超えないほど。それだけの数の大妖怪が攻めてきているということは、それほどあちらも必死なのだろう。

  相変わらず八雲紫からの連絡はない。彼女がやられることは万に一つもないだろうが、いずれにせよ敵の策にはまったのは確かのようだ。

 

「ヤァァッ!!」

 

  続けて前にいた人型の妖怪に、炎と雷を融合させた斬撃を振り下ろす。

  楼華閃七十二『雷炎刃』。妖怪は、二つに分かれた後、爆発し、塵と化した。

  だが、まだ終わっていない。技を出して硬直している間を狙って、獣が人型になったような妖怪が二人、左右から飛びかかってくる。

  彼らの爪がギラリと黒光りする。だが同時に、博麗の耳元から淡い光が溢れた。

 

「『八方鬼縛陣』」

 

  言葉と共に、手の平を地面に当てる。

  すると、そこを中心に巨大な赤い柱が出現し、周りにいた妖怪を消し去った。

  右耳につけられた青い水晶のピアスを揺らしながら、ふんっ、と鼻を鳴らす。

  彼女の水晶の正体。それは生前楼夢がつけていた魔水晶(ディアモ)と呼ばれるものだった。効果は主に持ち主の術の発動の手助けなどである。博麗が一瞬で術を唱えられたのも、これの恩恵があってこそだった。

  彼女はこれを楼夢から託されていた。曰く、誕生日プレゼントだとか。

 

  話が脱線していたが、博麗は周りが見渡す。そこには、大妖怪相手に苦戦している焔花がいた。

  焔花が弾幕の壁を張る。だが相手はそれをお構いなしに、強引に突っ込んで破った。

  慌ててバックステップを踏みながら同じように弾幕を張る。だがやはり妖怪はそれを強引に破った。

  だが、突っ込んでいる最中、一つの弾幕に顔から触れてしまう。直後、彼は首から後ろに吹っ飛んでいった。

  カラクリは単純である。まず弱い弾幕を張って強引に破らせることで、こちらの攻撃は相手には通用しないと思わせる。

  そして次に相手が突っ込んできた時、彼女は他の弾幕に紛れて超高圧縮された同じサイズの弾幕を放っていたのだ。妖怪は圧倒的な霊力が込められた弾幕に自ら突っ込んでいき、自ら跳ね飛ばされた。

 

  とはいえ、それで死ぬほど大妖怪は貧弱ではない。だが、地面から立ち上がる瞬間。一瞬の隙を突いて、博麗の抜刀が煌めいた。

 

「『雷光一閃』」

 

  雷を纏った高速の抜刀切りが、妖怪の首から上を切り飛ばした。

  これで残りはおそらく三分の一ほど。だが、焔花には荷が重かったらしく、大量の汗を吹き出しながら肩で息をしている。

 

「焔花、大丈夫か?」

「……え、ええ……大丈夫よ、姉さん……大丈夫……」

「無理をするな。一旦休ーーーー」

 

  焔花の身を案じて、博麗は一度彼女を座らせようとした。

  その時、凶悪な殺気を感じて、急いで身構える。

  なんと、そこには七匹の大妖怪が、前方から急接近してきたのだ。

 

  博麗は抜刀すると、刀をクルクルと手で回す。すると、徐々に青い氷が、刀身を包み始めた。

  完全に氷が包むと、回転を止め、傾いて前傾姿勢をとる。そしてそのまま、残像が見えるほどの速さで、一気に突っ込んだ。

 

「楼華閃『氷結乱舞』ッ!!」

 

  そして、妖怪たちを一瞬で追い越すと、すれ違いざまに氷の七連撃をそれぞれに叩き込んだ。

  断末魔を上げて、切断部分が砕け散り、ほとんどの妖怪は斜めに分離した。その頃には、声も、吹き出る血も、全てが氷に閉ざされていた。

 

「今がチャンスだ。この機会にお前は休め。回復したら遠距離から援護しろ」

「わ、わかった……ごめんなさい、姉さん」

「よし、じゃあ行け!」

 

  博麗が背中をポンッと押すと、焔花は近くの木まで駆け出し、座り込んだ。

 ーーーーこれで、あいつは大丈夫だ。

  博麗はひとまず安堵する。だが、すぐに気を引き締めた。

  まず、戦況だが、こちらが現在優勢だ。敵の数はすでに二割を切っており、いくら大妖怪であろうと、自分と同等、または近い存在が、八割ものなら惨殺されたなら、恐怖も覚える。士気も下がる。

  対して、こちらはまだ無傷だ。焔花は怪我をしているが、博麗は息切れすらしていない。

  引き続き、博麗は妖怪たちを駆除していく。その時だった。

 

「ッ! ……この妖力の重圧はッ!」

「……ハァッハハハハハ!! 人間には如きと思っていたがやるじゃないか! 面白い、我が直接相手をしてやろう!」

 

  空から現れたのは、一人の大妖怪だった。

  和風の装束に下駄、そして刀と八手の葉の団扇を帯刀している。

  その種族は天狗。本来妖怪の山で、人間と共存計画賛成派に位置する種族だ。

  だが、目の前にいるのはただの天狗ではなかった。

 

「我が名は『翔天(しょうてん)』! 天狗の中の天狗、大天狗を超える存在である!」

 

  その妖力の強さは大妖怪最上位。つまり、現天魔と同等の力を持った存在であった。

 

「さあ、我とひと勝負しようじゃあないか!」

「ッ! クソッ!」

 

  博麗が吐き捨てると、直後、空中で衝撃波が散った。

  ギャリギャリッ! という金属同士がこすれる音が聞こえる。どうやら相手の刀もこちら同様特別製のようだ。

  空中で鍔迫り合ったまま、乱打戦が始まる。

  まず、博麗は刀を払うと、同時に懐に潜り左の拳を突き出す。

  だがそれを、翔天は腕で流すと、左手で団扇を抜いて風に斬撃を複数放った。

 

「『風乱(かざみだれ)』!」

 

  それを、博麗は刀から同様に風の斬撃を放つことで、相殺する。

  だがその隙に翔天は突進し、巻き込むように右の刀を振るった。

  ゴォォォォオッ!! という風を切る音が聞こえる。すぐさま結界を張るが、それを叩き壊し、斬撃は博麗の体をかすめた。

 

「……痛ッ!」

 

  その痛みでバランスを少し崩してしまう。その一瞬を見逃さず、いつの間にか団扇をしまっていた翔天が、左手に風を圧縮させてーーーー

 

  どゴォォォォンッ!! 一気に解き放ちながら、強烈な掌打を叩き込んだ。

  博麗の姿は地上に激突した後、砂煙によって見えなくなっていた。

  だが、あの一撃は人間では耐えられない。そう確信し、翔天をわずかに気を緩めた。

  そこから、一瞬だった。

 

「……『夢想封印・集』!」

 

  突如、地上から、七つの色鮮やかな巨大弾幕が、翔天に集中するように飛んできた。

  だが、それぐらいは翔天も予想していた。すぐに迎撃用の風を集めると、解き放とうとする。

 

「馬鹿め! そのくらい、我の風の前にはーーーー」

「弾けて……煌めけ!」

 

  だが、風を放とうとした瞬間、博麗の言葉をトリガーに、七つの玉全てが弾けとび、太陽のように眩しい光を解き放った。

 

「ぐっ…ガァァァァァッ!?」

 

  その、あまりにも眩しい光を直接その目で浴びてしまった翔天は、あまりの痛みに目を押さえ叫ぶ。

  その瞳は、目の前で青白く輝く刀を持った、博麗の存在を、失念していた。

 

「これで終わりだ! 『天剣乱舞』!!」

 

  動きが止まっている翔天に向けて、七つの青の斬撃が襲いかかる。

  それらは彼の腕、胴、足などを切り刻む。そして止めにと、博麗がひときわ大きな斬撃を放とうとした時、

 

「……押し……潰されろぉ!」

 

  突如、翔天がそう叫ぶ。

  そして次の瞬間、博麗の体は空中から地面に叩き落とされていた。

 

「……カハッ!?」

 

  突然叩きつけられた衝撃によって、苦しそうに肺の空気を吐き出してしまう。

  起き上がろうとするが、体が重い。まるで地面に吸い寄せられているようだった。

 

  そこで、視力が回復した翔天が降りてくる。そして、倒れている博麗を見ると、狂気のこもった声で高笑いした。

 

「ク、ククク、ハハハハハハァッ!! 今のは効いたぞォ! おかげで死にかけてしまった! だが、次はそうはいかん。ここからは、全力で捻り潰してくれるわッ!」

「……先ほどの発言から考えると、お前の能力は重力、または大気に関係する能力だな?」

 

  その発言を聞いて、合っていたのか、再び翔天は笑い出す。

 

「なるほど、そこまで当てるとは! そうだ、私の能力は『重力を操る程度の能力』。その名の通り、私の半径五百メートル以内にあるもの全ての重力を操る力だ!」

 

  その答えとともに、強烈な重力の()が、博麗を襲った。

 






「みんなー、久しぶりー! 寝る子はよく育つと言いますが、夜寝なくても作者は昼寝るので高身長です! 美術センスが全くない、作者です」

「というかお前更新遅すぎだろ? 俺夏休みが始まった次の日にカラオケ行ってきたのを知ってるんだぜ? これについてはどう弁明してくれるのかなぁ? 狂夢だ」


「とうとう夏休みです! 夏休みは一日2千文字ずつ書き上げていく予定ですので、三日に一回は更新すると思います」

「それにしても、お前またカラオケ行ったのかよ。来週も再来週もまた行くんだろ?」

「カラオケとゲームこそ我が喜び」

「ちなみに作者は最近なぜか超次元サッカーゲームのえ⚫︎どう時代の3をやってるみたいだ」

「行くのだ、我がアイシーちゃんよ!」

「ちなみに上記のキャラをゲットするために、作者は昨日わざわざ一つ前の2のBZを買ってきました。てか地味にDS版で全カセット集めるなよ」

「意外と楽しいんですよ、あれ」

「そんなに鍛えて誰とやるんだよ?」

「……」

「……すまん、お前がボッチだったの忘れてた」


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本当の「お帰り」

桜散る

儚く、一瞬で

だが、そのどれもが色を持っている

それぞれの色を持って、桜散る


by博麗楼夢


 

 

  それはまさしく、重力の波だった。

  翔天は、己を中心に、能力を全方位に発動させた。

  すると、ものすごい速度で地面が凹み、木々が沈み、重力で侵食されていった。

 

「……まずい、避けきれ……ないッ」

 

  とっさに避けようと上に飛び退くが、全方位に侵食していくため、空中で再び地面に叩きつけられてしまった。

  同時に、休んでいた焔花も、重力に耐え切れず、地面に倒れ伏してしまう。

  そして、とうとう翔天の半径五百メートルの間に、重力を倍にするフィールドが展開された。

 

  翔天はそれを確認すると、重力に耐えて立っている博麗めがけて飛んでいく。そして、その勢いを利用して、力任せに刀を振るった。

 

  轟音とともに、地がえぐれる。博麗はその一撃を、両手で柄を握って、刀で防いだ。

  だが、妖怪の腕力を人間の腕力で止めようとしたため、腕の骨にヒビが入ってしまったのがわかった。

  顔をしかめ腕を抑える博麗に、翔天の容赦ない蹴りが入った。

  避けようと体を動かしても、重力で思うように動くことができず、ふらついてしまう。結果、凄まじい速度の蹴りは、博麗の腹に突き刺さった。

 

「……グゥ……ッ! ガ……ハッ!」

 

  メギャリ、という鈍い音が響く。そして、肋骨を数本折られた博麗は、地に崩れ落ちた。

  息をしようとしても、苦しくてただ痙攣するだけに終わる。そんな姿の博麗を見て、翔天は止めにと、博麗の周りの重力を五倍に書き換えた。そして、勝負あったか、と呟いた。

 

  翔天は不敵に笑うと、ようやく立ち上がった焔花の元に、歩み寄った。

 

「さて、次は貴様の番だ」

「……ッ! いいわよ、来なさい! あの子だけは絶対守ってみせるッ!」

「……くくく、これは滑稽だ。貴様はまだ自分の子が生きていると思っていたのだ?」

「……どういうことよ?」

 

  突如笑い出した翔天に、焔花は最悪の出来事を想像し、冷や汗を流す。そして、恐る恐る尋ねた。

 

「我の能力は先ほど言った通り『重力を操る程度の能力』だ。だが、その使用方法は半径五百メートル内にあるもの一つ一つを指定するのではなく、その範囲を指定することによって発動する」

 

  つまり、翔天の能力はフィールド内にあるものに干渉するのではなく、その範囲に干渉する能力ということだ。

  例えで言うと、今から一つの石ころの重力を操作しようと思う。

  この時、翔天の能力では、石ころ自体の重さを変えるのではなく、石ころの周りの重力を変えなければならない。

  このように、物質ではなく範囲を指定して発動させる能力を、『範囲干渉系能力』と言う。

 

「我は先ほど、我から半径五百メートル内の空間の重力を倍に書き換えた。それは社の中であっても変わらんということだ」

「……まさかっ」

「その通り。 我の能力は貴様の子にも及んでいるということだ。産まれたての赤ん坊が、倍の重力に耐えられるかなぁ?」

「……嘘、でしょ……?」

 

  突きつけられた現実に、焔花は崩れ落ちる。その目から光が失われていた。

  それを満足げに眺めると、翔天は刀を振り上げた。

 

「さよならだ。せめて、一思いに葬り去ってやろう」

 

  翔天の刀が、禍々しく光る。それが、焔花の首めがけて振り下ろされた。

  焔花は、とっさに目を閉じ、その後の運命に身を任せた。

  ーーーー……ごめんなさい、姉さん、紫……。

 

 

「勝手に人を殺すな」

 

  だが、思い描いた運命は、やってこなかった。

  轟音が響き渡る。突如襲いかかった紫の衝撃波によって、翔天は地面に吹き飛ばされた。

 

「……姉、さん……?」

 

  焔花を助けた人物。それは確かに博麗であった。

  だが、その姿はいつもと違っていた。

  腰まで届く長い髪は、黒ではなく、妖しくも美しい紫に変化していた。瞳も同様。体からも、同じ色の、まばゆい紫の光ーー妖力が、オーラとなって現れていた。

  そして、一番焔花を驚愕させた事実。それは、博麗から生えている、紫毛の九本の尾と、狐耳であった。

 

「姉さん、なに……それ?」

「……すまないが、説明は後だ。まずはこいつを始末する」

「……始末する、だと? 誰を? この……我を……か?」

 

  博麗は静かに開眼する。そこから放たれた、紫の視線が、翔天を射抜いた。

 

「残念だったな。焔花の子のにはあらかじめ強力な結界を張っておいた。干渉系能力は、それ以上の霊力または妖力をぶつければ、簡単に崩壊する」

「……なっ、なめるなァァァァ!! まぐれがそんなに嬉しいか!? それなら今度は、二度と笑えぬよう本気でーーーー」

「うるさい」

 

  翔天の怒り狂った叫びは、冷たい博麗の言葉と、放たれた閃光の衝撃波によってかき消された。

  翔天は再び、体を切り刻まれながら吹き飛ばされる。その威力と速度に、彼は目を見開き、驚愕した。

 

「なっ、なんだその威力は!? たかが半妖では絶対出せない……貴様、何者だッ!?」

「……そういえば、名乗り忘れてたな。白咲楼夢、偉大なる我が神、産霊桃神美様が居られる白咲神社の巫女だ」

「伝説の大妖怪の巫女だと……? 馬鹿な! なぜそんな奴がここにいる!?」

「そんなことはどうでもいい。ただ、私の妹と実家をメチャクチャにしたことは覚悟しろ」

「クソがァァッ!!!」

 

  空中で、二人の刃がぶつかり合う。だが、先ほどのように吹き飛ばされることはなく、涼しい顔で、博麗は刃を受け止めている。

  一方、翔天は全力で力を込めるが、ビクともしない。そして力の込めすぎで、顔を真っ赤に染めていた。

  翔天は、力ずくを諦め、能力発動に切り替えた。

 

「くらえ、十倍の重力を!」

 

  そして、翔天の能力が発動する。だが、博麗の周囲の重力は、変化することはなかった。

  再び、翔天の顔が驚愕で埋め尽くされる。

 

「なぜだ!? なぜ、我の能力が効かないッ!?」

「先ほど言ったはずだ。範囲干渉系能力は、そのフィールドにそれ以上の力がある場合、崩壊すると」

「我は大妖怪最上位だぞっ! その我が作り出したフィールドが、破られるわけーーーー」

「なら、試してみるか?」

 

  パンッと手のひらを鳴らす。すると、大妖怪最上位を超える妖力が、ドーム状に解き放たれ、半径五百メートル内のフィールド全ての翔天の力を打ち消した。

 

「……そんな、馬鹿なぁ……っ」

「これで、わかっただろう?」

 

  そんな翔天に、空いた左の手のひらをそっと向ける。そしてそこに、凄まじい青の霊力が集中した。

 

「破道の八十八『飛竜激賊震天雷砲』」

 

  直後、博麗の手のひらがスパークした。

  言霊とともに放たれた青雷の巨大光線は、翔天を一瞬で飲み込みながら、空高く消え去っていった。

 

「まだだ」

 

  だが、博麗の怒りはこんなものでは収まらない。巨大閃光を超える速さで回りこみ、あっという間に閃光の進路に立った。

 

  そして、博麗の元に、光線とともに翔天が向かってくる。

  刀を構えると、本気の妖力を刀身に注ぎ込んだ。すると、刀身がスパークしながら、紫電の色に姿を変えた。

 

  そして、向かってくる翔天の体に、音速で五芒星を描いた。

  血が、飛び散る。と、同時に、翔天の体を中心に、五芒星の術式陣が完成した。

 

  空中で、必死に逃げ出そうと翔天はもがく。だが、刻まれた陣に縛られ、体中を電撃で麻痺させられた。

 

「や、やめろ……」

 

  怯える翔天が見たもの。それは、激しい地獄の雷を撒き散らし、唸る刀を前に構えた、博麗の姿だった。

 

「やめろ……来るなぁ……あ、あ"あ"あ"……」

「儚く散れーーーー『紫電一文字』」

 

  その言葉の後に、博麗は音速移動しながら突きを放った。

  それは暗黒の閃光と化し、そのままーーーー

 

「あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ァァ!!!」

 

  五芒星の中心を貫き、そこから放たれた地獄の雷によって、翔天は存在ごとこの世から消滅した。

 

 

 ♦︎

 

 

  刀を収め、そのままの姿で博麗神社に戻る。

  本当は、この姿を見せたくなかった。実の妹、しかも巫女に、そんなことを言えば拒絶されると目に見えていたからだ。

  だけど、この九本の尻尾のことも、頭から生えている狐耳のことも、そして自分の体から溢れ出る妖力のことも、全てを話さなければいけない。だから、このままの姿のまま、博麗神社に帰った。

 

  そして、呆然としている焔花と目が合った。

 

「……姉さん」

「……ああ、今からちゃんと説明しようと思う」

 

  博麗は、自分のこれまでに起きたことの全てを、焔花に語った。

  自分が伝説の大妖怪である産霊桃神美の血を飲んだこと。それによって、自分が人間ならざるものーー半人半妖へと変わってしまったことなど。

  焔花は博麗の話の全てを聞き終えると、まっすぐ博麗の瞳を見つめた。

 

「姉さんは、なんで半妖になったの?」

「剣の道を極めるためだ」

「それで後悔したことは?」

「ない……とは言い切れない。だが、それで今に不満をして覚えたことはない」

「……そう……なら、いいわ」

 

  そう言うと、焔花は先ほどまでの緊張感のある表情を解いて、笑顔を見せた。

 

「姉さんが選んだ道だもの。それで後悔してないんなら、それでいいんじゃない?」

「……こんな私を、許してくれるのか?」

「だーかーらー、許すも許さないもないって言ってるでしょ。 ったく、姉さんはそう言うところは昔と変わらないんだから。……ま、まあ要するにっ! 私にとって姉さんは姉さんだし、半妖になろうがそれは変わらないってこと! ……わざわざ言わせないでよ、恥ずかしい」

「……そうか、私はまだ、お前の姉でいていいんだな」

 

  焔花は、博麗の胸元に飛び込む。そして思いっきり、抱きしめた。

 

「これで、本当のお帰り、だね?」

「……ああ、ただいまだ、焔花」

 

  飛び込んできた焔花を、博麗もそっと優しく抱きしめる。その目から涙が流れていることは、本人すら気づいていなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

「いやー、ほんと良い絵になったわぁ。ごちそうさま」

「……」

「……」

 

  大妖怪の群れを退けた後、博麗神社の中に、二人の人物が増えていた。

  一人は紫の中華ドレスにナイトキャップをかぶった少女。もう一人は似た中華服に、金色の狐耳と九本の尾が生えている。

  言わずもがな、紫と藍の主従コンビであった。

 

  彼女たちは無事、あの結界を超え、博麗神社に戻ってきていた。その顔は博麗たちと違って、ほぼ無傷で、肌もツルツルしている。

  紫はニヤニヤと、微笑みながらお茶を飲む。

 

「やっぱ姉妹の感動のハグは最高だわぁ。それが、二人とも美少女ならなおさら」

「紫、殺されたいのかしら……?」

「 落ち着け、焔花、大丈夫だ。今の言葉を録音の術式で録音しておいた。これをトガミ様に送れば、どんなお気持ちを抱くやら」

「ストーップ! お願いそれだけは止めて!」

 

  博麗のその言葉に、高速で土下座の体制になる紫。いつもは無駄に高い彼女のプライドも、彼の、自分への評価には勝てなかったようだ。

  しばらくそのことでじゃれ合うと、すっかり日が沈んでいた。

  博麗は、しばらくこの博麗神社で過ごすことを決めた。とはいえ、一ヶ月ほどで帰るだろうが。

 

  風呂に入ろうとすると、さほど広くもない湯船に、紫が入っていた。

  事前に誰もいないのを確認してから入ったので、おそらく待ち伏せでもしていたのだろう。ご丁寧に、バスタオルを巻いて湯に浸かっていた。混浴する気満々である。

 

「……一応聞いとくが、なぜここにいる?」

「あらあら、お風呂は体を洗う場所よ。そこに誰かがいても、不思議ではないわ」

「未使用と確認しておいたのだが?」

「さあ、知らないわね。それよりもほら、あなたもこっちに来なさい」

 

  紫に手招かれ、ため息まじりに同じ湯船に浸かる。

  しばらくの静寂が訪れる。

  すると、紫が口を開いた。

 

「あなたには、まだ礼を言ってなかったわよね? 改めて、ありがとう。焔花を救ってくれて」

「妹を助けるのは当たり前だ。礼などいらん」

「それでも、この言葉は受け取ってくれない? 私があなたに感謝しているのは事実だから」

「……わかった」

 

  頷くと、紫は満足げな表情に変わる。

  そんな、含みのない純粋な笑顔に、思わず博麗も笑ってしまった。

 

  思えば、あの方と出会ってから、真新しい体験をすることでいっぱいだ。良く言えば、非日常。悪く言えば、巻き込まれる毎日。

  だが、それを退屈に感じたことはなかった。

  楽しかった。こんな非日常の毎日がいつまでも続けば良いと思う。

  だが、それもいつかは終わるだろう。周りの人間には寿命があり、私自身にも寿命がある。

  だが、その燃え尽きる日まで、意味のある日常を過ごしていこう。

 

  ふと、湯けむりが昇る。その天井を眺めながら、一人そう思うのであった。

 






「ドラ⚫︎エ11もうすぐ発売です。PS4が欲しい。あの超グラフィックでプレイしたい。作者です」

「3DSで買うんだからいいだろ。贅沢言うなや。そんなことを言って、自分はPS4を持っている狂夢だ」


「今回で博麗さん視点は終了です。というか、博麗さんはもうこの小説には出てきません」

「マジかよ。あれでもこの小説の主人公の先祖だぞ?」

「設定の都合上、寿命ってやつがあるんですよ。でも、名前だけは今後も出てくるかもしれません。では、恒例のステータスオープン!」


総合戦闘能力値:

博麗楼夢
通常状態:4万
妖狐状態:9万

博麗焔花:1万5千

翔天:5万

八雲紫:8万

八雲藍:3万


「……と、今回は新キャラの他に、インフレ化した人たちの紹介でした」

「地味に紫よりも博麗の方が最終的に強い件について」

「まあでも紫さんは能力が最強クラスですしね。対して博麗さんはこの小説でおそらく最も珍しい無能力キャラです」

「無能力であんだけ強いって、どうなってやがんだ」

「言い忘れていましたが、後編から総合戦闘能力値は妖力量・霊力量などの総合値になりました。前編がどうだったかは忘れましたが、要するに紫さんと博麗さんのどちらかが強いとなれば、ほんのごくわずかな差で紫さんが強いということです」

「なるほどなぁ。ちなみに、次回は誰パートになるんだ?」

「今章でも登場した人です。ネタバレになりますが」

「ま、誰になるかは想像つかんだろ。なんせほぼモブキャラ扱いだった晴明のパートがあるぐらいだからな」

「一応あなたはそのモブキャラの血をわずかでも継いでいるんですよ!? その扱いはひどすぎるだろ」

「……知らんなぁ、そんな事実。他人の空似じゃないか?」

「(こいつ絶対忘れてただろ……)」







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闇妖怪の腹ペコ事情

妖怪は人を喰らい、恐怖をすする

それは意思ではなく、本能だ

ではなぜ、人を食らうのか? それを求めてはいけない

それを求めるということは、自分は誰だと問いかけるようなものだからだ


byルーミア


 

 

  伝説の大妖怪、火神矢陽が西洋に旅立って数日。とある十代後半あたりの容姿の少女が、夜の村の門をぼんやりと眺めていた。

 

  だが、しばらくすると、村に入ろうと歩き出した。当然のように門番が寄ってきて、素性を問う。

 

「すまないが、この村を通るには交通量を払ってもらわなければならなーーーー」

「あっ?」

 

  できるだけ敵意を持たせないように柔和な笑顔で近づいた門番。だが、次の瞬間、彼の腰から上が丸ごと()()()()

 

「き、貴様ァ! 何をしたんだ!?」

「ギャーギャーうっさい。こちとら腹が減ってんのよ!」

 

  当然のように複数の門番が駆け寄ってくるが、彼女には関係ない。

  月の光で少女の金色の髪が照らされた。直後、彼女の正面に立っていた門番たちが、漆黒の闇に飲み込まれ、食われた。

 

「ちっ、腹の足しにもなんないわ。雑魚はもうちょっと数を食べないと」

「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

  一人の門番が叫ぶと、一目散に村に逃げ出す。それを見た他の門番たちは、一斉に村に駆け込んだ。

 

「助けてくれぇ!」、「怪物だぁ!」、「逃げろぉ!」などという、情け無い悲鳴があちこちで響き渡る。それを聞いた少女はーーーー

 

「ふふっ、ものすごく無様。虐めたくなっちゃう」

 

  ーーーー悪魔のような、快楽で埋め尽くされた笑顔を浮かべた。

 

「まずはゆっくりとね。一瞬で終わらせちゃぁつまらないわ」

「き、来たぞ! 全員突撃ィ!!」

 

「「「ウォォォォォォォォッ!!!」」」

 

  村の男たちが、雄叫びをあげて各々の武器を持って突撃する。だが、少女からしたら恐怖を押さえ込んで向かってくる姿が滑稽なだけだった。

 

「ちょうどいい実験体だわ。『底なし怨霊沼』」

 

  彼女はそう口にすると、地面をかかとでトンっ、と叩く。すると、彼女を中心に半径百メートルほどの地面が、黒に染まった。

  そのフィールド内に突撃していく村人たち。だが、黒く侵食された大地は名前の通り、底なし沼に変わっていた。

  次々と足を絡められ、動けなくなっていく。だが、これで終わりではなかった。

 

「ヒィッ!? 何かに足を掴まれた!」

「ぐ、この……放せェ!」

 

  彼らの真下の地面から、()()()現れ、次々と足を掴んでくる。

  それは、無数に伸びてくる黒い手だった。

  それらは一人につき五秒置きほどで増え、ついには胴体や首にまで伸びてきた。

  そして、そのまま手は人間たちを、底なしの闇に引きずり込んだ。

 

  「や、やだ! やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだァァァァア!!!」

「お願いだ! 俺には娘がァァ!!」

「死にたくない! 死にたくないよォォォォォ!!!」

「聞いてるかはともかく、解説すると、この地面は私の闇、つまりは腹につながっていまーす。要するに、私は腹が満たせてハッピー、あなたたちは私に食われてハッピー、さらには引きずり込む速度を落とすことでさらに恐怖が倍増でまたハッピー。ウィンウィンを超えてウィンウィンウィンな関係だね!」

 

  明るい狂気の笑顔で、少女は微笑む。そして、

 

「それでは皆さん、ボンボヤージュ(良い旅を)

 

  パチン、と指を鳴らした。直後、この場の全ての人間が闇に引きずり込まれ、その肉体を少女に食われた。

 

「まずまずね。次は逃げてる奴らでも食おうかしら。まっ、追う必要ないか。()()()()()()()()()()

 

  少女の言っていることは事実だった。

  なぜなら、今現在、村は巨大な闇の壁に囲われて、脱出不可能の監獄へと変わり果てていたからだ。

  そのことを認識した村人たちは、必死に壁を叩く。だが、それに触れたものは、先ほどの『底なし怨霊沼』のように、体を壁に吸い込まれて消えるのであった。

 

「さて、そろそろSAN値が削り切れそうな頃合いね。人間の恐怖は美味しいから、我慢したかいがあったわ。では、いただきます」

 

 

  それから数分、その村の住人は、肉体を闇に食われ、誰一人助からなかった。

 

  腹を空かせていた少女ーーーールーミアは、満足げに笑うと、そこを後にするのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  一方その頃、西洋大陸。そこでは、伝説の大妖怪、火神矢陽が大量の妖怪を惨殺していた。

 

(……ったく、あのバカがいないせいでマズイ料理を押し付けることができなくなっちまった。やっぱアイツを帰したのは失敗だったか)

「何よそ見してんだコラァッ!」

「うるさい。黒光りするGは黙ってろ! 今俺様は今日の夕飯のことで忙しいんだ!」

 

  飛びかかってきた妖怪は、うるさいハエを払うような感覚で振るわれた火神の腕によって両断される。

  次々と襲いかかってくる妖怪。だが、彼にとっては、今日の夕飯をどうやって堪えるかの方がはるかに重要だった。

 

  そんなこんなで十秒後。周りにいた妖怪は全て絶命していた。

  近くの木に座り、火神は必死に思考する。だがやはり、良いアイデアは浮かばなかった。

 

「ちっ、しゃーない。今日も黒パンで我慢すっか」

 

  バリバリの黒パンを噛み砕き、必死に飲み込む。

  ルーミアが西洋から帰った理由。それは圧倒的な飯の不味さであった。

  もちろん、この大陸にも上手い料理はある。だがそれは貴族などの肩書きを持った者にしか売ってくれなく、いくら金を持っていても旅人である彼らは、黒パンを買うことしかできなかった。

 

  そして、その現実に、グルメ好きなルーミアが耐えられるわけなかった。結果、彼女はとうとう置き手紙だけ残して日本に帰ってしまった。

 

  だが、あまり心配はしていない。ルーミアと火神は見えないパスでつながっているので、その気になれば、今何をしているのか、手に取るように知ることもできる。

  万が一、ルーミアがやられるとしたら八雲紫あたりだろう。だが、一人では到底勝てる相手ではないので、百年ほど前に手に入れた式とともに来るだろう。

  ルーミアに勝つには、最低でも大妖怪最上位クラスが二人か三人いないと話にならないだろう。事実、彼女は火神の妖魔刀になることで、大妖怪最上位の力に加え、火神自身の力も得ている。つまり、彼女は火神が知る辺りで最強の大妖怪最上位なのだ。

 

  ルーミアが帰ったら、さっそく島中の里や街を喰らい尽くすだろう。そうなれば、さまざまな国から討伐依頼が出るだろうが、負ける条件はないはずだ。

  だがもし、誰かがルーミアを倒したのなら、面白い罰ゲームを彼女にしてやろう。

 

  楽しいことを考えることで、空腹を忘れながら、火神は元の道に進むのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  ルーミアが帰ってきてから一ヶ月。日本全土は、火神の予想した通り、大混乱が起こっていた。

 

  原因は、さまざまな里や街の住人が全て消える事件。これは無差別に行われていたので、各国は守備をガチッガチに固めて、討伐依頼の紙をばら撒くのであった。

 

 

  ちょうどその頃、ルーミアは数分ほど前に滅ぼした中規模な街の屋根に座っていた。

  月が昇る中、あちこちで煙が舞い上がっている。彼女の主人、火神矢陽の一部の力を暇つぶしに使用したところ、たちまちその箇所は紅蓮地獄と化した。

  相変わらず、化け物のような力だと思う。いくら、広範囲に及ぶ破壊が、伝説の大妖怪一得意だとしても、この威力は反則だ。

  思えば、自分も昔は叩き伏せられたな、と思考しながら、ルーミアは後ろに向けて声をかける。

 

「出て来なさい。そこにいるのは分かっているわ」

「……あらあら、ばれちゃったわね」

 

  グモンッ、と空間が裂ける。そしてそのスキマから、中華ドレス姿の少女が現れた。

 

「ごきげんよう、闇の大妖怪にして灼炎王の犬」

「こんにちわ、合法紫ロリババア」

 

  一瞬、世界が止まったかのような錯覚に、後から現れた従者ーー八雲藍はとらわれた。そして、次の瞬間、

 

「あなたも合法ロリババアじゃない!」

「黙りなさい! アンタとは気品が違うのよ! 気品が!」

 

  ギャーギャーと、二つのうるさい暴言の嵐がぶつかり合う。そこには大妖怪最上位としての態度も、気品もあったものじゃない。こんなのが大妖怪であっていいのだろうか、と密かに藍は思うのであった。

 

「ギャーギャーうるさいわよ、このババア共」

 

  そんな声が響いた直後、二人の尻は一人の女性によって蹴り飛ばされていた。

 

「ひっどい! 何するのよ霊羅(レイラ)!?」

 

  紫は自分たちを蹴飛ばした人物が睨む。

  博麗霊羅。それが彼女の名であった。

  彼女はため息をつくと、ゆっくり口を開く。

 

「あんたはなに敵とじゃれあってるのよ? どうせ二人共ババアなんだから、醜い争いはしないでちょうだい」

「「なんだとゴラァ!?」」

「紫様も霊羅も貴様も落ち着けェ!」

 

 

  ……五分後。

 

 

「さて、ルーミア。単刀直入に言うわ。無差別に人間を襲うのを今すぐ止めなさい。あなたの行為はこちらも迷惑してるのよ」

「断るわ。私は腹が減ってるから食べるだけ。あなたの言うことを聞く義務はないわ」

「……交渉決裂、ね。藍、霊羅」

「分かりました、紫様」

「三対一になるけど悪く思わないでよ。恨むなら、愚かな自分を恨みなさい」

「……ふふっ、別に気にしなくてもいいわ。三対一でも、戦力差は変わることはないのだから」

「減らず口をっ!」

 

  霊羅の怒号と共に、戦闘が始まった。

  霊羅はホーミング性能がある赤の札と、拡散する青の札をルーミアに向けて放った。

  だが、今の時刻は夜だ。闇に満ちた地面から、巨大な針が剣山のように伸び、全ての弾幕を貫いた。

  ふいに、横から炎が飛んできた。藍の、大妖怪クラスの巨大狐火だ。

  それはルーミアに直撃し……無傷のまま終わった。

 

「そんなっ!」

「何も学習してないようね負け犬ちゃん! 灼炎王の愛剣である私に、炎が通じるわけないじゃない。そしてこれは、お返しよ!」

 

  ルーミアが手を藍に向けて振るう。すると、先ほどの狐火より一回り大きな炎が、藍に向かっていった。

 

「……くっ!」

 

  とっさに結界を張り、防ごうとする。だが、それを炎はやすやすと破壊し、藍に襲いかかった。

  ドゴオォォォォン!!! 轟音と共に、徐々に煙が晴れていく。そこにあったものは、四重に張られた強硬な結界と、肩で息をしている紫だった。

 

「へぇ、よく止めたじゃない。パチパチ」

「紫様、申し訳ございません……っ」

「……いいわ、藍。あれを相手に死なないだけでも上出来よ。……でも、ちょっときついかしら」

 

  紫が小さく苦言を漏らす。

  紫が張った四重結界は、その内の三枚が破壊されていた。ただの炎でこの威力では、直撃したら無事ではすまないだろう。

 

「なにゴチャゴチャ話してるのかしら? 話したって無駄よっ!」

「まずはその減らない口を潰してやるわ!」

 

  霊羅とルーミアが空中でぶつかり、乱打戦が始まる。

  高速で繰り出される突きの嵐を、ルーミアは左手だけで受け止め、受け流した。そして一瞬の隙を突いて、霊羅の腹めがけてアッパーを放つ。

  それを、霊羅は宙返りしながら後ろに飛ぶことで、ギリギリ回避する。だが、掠ってチリチリと焼けた髪から、その威力が十分にわかった。

 

  さらにルーミアの追撃は続く。破壊の暴風のような拳を、霊羅は回避に専念することでなんとかしのぐ。だが、このままではジリ貧だ。

 

「ぶっ飛びなさい!」

「……ガッ!? ハァ……ッ!」

 

  とうとうルーミアの拳が、霊羅の体をとらえた。腕をクロスすることで直撃は防ぐが、そのあまりの威力に地面に吹き飛び、小さなクレーターを作ってしまった。

 

  だが、霊羅は諦めない。すぐに立ち上がると、再びルーミアに突撃し、その腕を振るった。

 

「バカの一つ覚えね。 学習能力はないのかしら?」

「まずは周りを見ることをおすすめするわ」

「……? ……ッ!?」

 

  ルーミアはちらりと左右を確認する。そして、とっさに能力を発動しようとした。

  彼女の左右、そこからは霊羅と全く同じタイミングで、紫と藍が接近してきていたのだ。

 

  いつの間に、とルーミアは意識を一瞬目の前の存在から離してしまう。それが、彼女たちのチャンスとなった。

 

  霊羅は、霊力で強化した拳で、藍は、自慢の爪で。そして紫は、いつの間にか持っていた曲刀を振るい、ルーミアに同時に攻撃をしかけた。

 

「悪あがきが!」

 

  ルーミアの能力が発動する。とっさに現れた闇の壁が、藍と霊羅の攻撃を弾いた。

  だが、紫はさらに加速し、壁が出来上がる前に、その刃でルーミアの右腕を切り裂いた。

 

  驚くルーミア。それと同時に壁が崩壊した。

  それを見て、霊羅はニヤリと笑う。

 

「その時を待っていたわ! 『夢想封印』!!」

 

  霊羅の周りに、さまざまな色をした巨大弾幕が、七つ浮かび上がる。

  それはルーミアに向かって飛んでいきーーーー

 

 

  ーーーードゴオォォォォンッ!!! と、大爆発を起こした。

 






「ドラクエ11発売したぞォォォォォ!!! 新作ゲームやりすぎで宿題忘れる部類の人間、狂夢だ」

「ドラクエ11発売したぞォォォォォ!!! ついついやりすぎて朝手に入れた時から次の朝の六時までやり続けてた引きこもり(リアルです)作者です」


「朝六時までやってたって言ってたが、今どれくらい進んだんだ?」

「今はだいたい中盤ですかね。これ以上はネタバレしそうなのでやめときましょう」

「それにしても、今回はルーミアのパートだな」

「はい。ルーミアさんのパートは、終始紫さんとの戦闘で終わる予定です。そして新キャラとして霊羅さんが登場しました。それではステータスオープン」


博麗霊羅:
総合戦闘能力:2万


「そういえば、ルーミアは伝説の大妖怪と俺を抜かすと最強なんだっけな?」

「そうです。つまり紫さんは、彼女にとって珍しい格上との戦いになるんですね」

「ちなみに火神はどうしてんだ?」

「バレないようにワイン片手に観戦しています」

「最低のクズだろアイツ」


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闇妖怪の腹ペコ事情2

自分を信じ、仲間を信じる

当たり前だけど、それ以上大切なことは何もない


by博麗霊羅


 

 

  黙々と、爆発地点から煙が昇る。

  姿を現さないルーミアに、霊羅はポツリと呟いた。

 

「……やったかしら……?」

「いえ、まだよっ!」

 

  紫が叫んだ直後、辺りを包んでいた煙が一瞬で吹き飛ばされ、中からルーミアの姿が現れた。

  彼女の傷は、重傷には至っていなかった。確かに七つの弾幕は全てルーミアに直撃し、彼女の服は所々が焼けていた。だが、肝心の体の方は、防御力が高くてダメージを激減されてしまったのである。

 

「……あんたたちっ……よくもやってくれたわね……っ。おかげで火神からもらった服がボロボロじゃない!」

「そんな……っ、確かに当たったのに」

「……やっぱり攻撃は私がしかけた方が良さそうね。藍、霊羅、あなたたちはバックアップをお願い」

「了解です、紫様」

「……わかったわよ。悔しいけど私の霊力じゃあまともな傷を作るには難しい。だから、今だけは後ろに回ってあげる」

「……ありがとう。それじゃあ行くわよ!」

 

  藍は、大量の狐火をあらかじめ空中に設置することで、いかなる時も弾幕を放てるようにしていた。

  霊羅は袖からお祓い棒を取り出し、それに霊力を込めて強化する。

  そして紫は、先ほど使った刀ーー正確には仕込み刀を、強く握った。

 

(お願い……私に力を貸してっ……!)

 

  この仕込み刀は、紫がいつも使う日傘とつながっている。もちろんこれは楼夢製で、細身なのに強靭な作りになっている。

  紫は本来術式に特化していて接近戦はほとんどしない。そんな彼女に、楼夢は「いつか必要になる」と言ってやや強引に手渡したのだ。

  そんな紫用に作られた刀は、恐ろしく丈夫ということ以外何も能力は付与されていない。だが、代わりに全体の質量が棒切れのように軽くなる術式が刻まれていた。

 

「いい刀ね。楼夢が作った物かしら? 貧弱な貴方でもふりまわせる刀を作れる奴なんて、あいつ以外いないものね」

 

  その刀の作りを見て、ルーミアは純粋に褒めた。しかしルーミアは「だけど……」と付け足した。

 

「この世のどんな金属でも、とある武器には勝てないのよね。貴方も分かるでしょ?」

「……とうとう本気を出すつもりね。全員気をつけなさい!」

 

  ルーミアはニヤリと笑うと、手を開き腕を右にまっすぐに伸ばした。

  そして、次の瞬間。

  黒く禍々しい魔法陣が、ルーミアの手を中心に展開された。

 

「っ!? 危険です! 破壊しますッ!!」

 

  野生の本能が、濃密な死の気配を感じ取った。

  彼女は展開しているありったけの狐火を、魔法陣めがけて集中発火した。

  だが、

 

「邪魔よ、この負け犬っ!」

 

  突如、魔法陣からバチバチという音が鳴る。そして次の瞬間、無数の黒い雷が魔法陣から放たれ、全ての狐火と藍を飲み込んだ。

 

「がぁぁぁぁぁぁァァアッ!?」

「藍っ!」

「くそっ、世話が焼けるわねッ!」

 

  黒い煙を出しながら落ちる藍を、霊羅は空中で受け止める。

  藍は気絶してしまったようだが、救助されて数秒後には意識を取り戻した。

 

「大丈夫かしら?」

「……霊羅か、すまない」

「よそ見してる暇あるのかしら?」

「ッ!? しまったっ!」

 

  藍を助けることに集中するあまり、ルーミアの魔法陣を破壊するのを忘れてしまっていた。

  すぐに止めようと紫は弾幕を放つが、遅かった。

 

「来い。黄昏の魔剣『ダーウィンスレイブ零式』!!」

 

  その言葉と共に、魔法陣が妖しく輝いた。

  そして、魔法陣の中心から、剣の柄が生えてきた。それを掴むと、ルーミアは己の愛剣を、魔法陣の中から引き抜いた。

 

  それは、今までのダーウィンスレイブとは違い、両刃の片手剣の姿をしていた。刀身は紅く、柄などは漆黒の色合いをしている。

  特徴的なのは、鍔の中心にはめ込まれた紅玉で、そこから鍔がVの形で柄の方に伸びているところだ。

  まさに芸術品のような剣を手にしたルーミアは、クスリと笑う。そして、

 

「さて、試し切りといきましょうか」

 

  それを紫たちの方向に、刃を振るった。

  直後、巨大な紅い斬撃が放たれ、紫たちに襲いかかった。

 

「くっ、『二重結界』っ!」

「『四重結界』ッ!!」

 

  霊羅の二重結界と、紫の四重結界が合わさり、『六重結界』が出来上がる。

  彼女たちの、最高の防御結界。それが、斬撃が衝突した瞬間に、半分も砕け散った。だが、それで斬撃は消え去り、結界は役目を終えて消えた。

 

「……硬いわね、あれ。まあでも、壊せないほどじゃないけど」

 

  それよりもと、ルーミアは自分のダーウィンスレイブ零式をうっとりと眺める。

 

  彼女のダーウィンスレイブが、彼女の身長に似合わず巨大な十字大剣の姿だったのには理由があった。

  当初、ルーミアは自分の身長に合う武器を作ろうと考えた。それで、己のありったけの妖力が込められた塊を金属代わりに使っていたのだが、片手剣のサイズでは容量が足りずに何度やっても自壊してしまったのだ。それで、仕方なく体積を大きくした結果が、最初のダーウィンスレイブだったのだ。

  だが、火神と出会うことで、魔法や錬金術などを教わり、火神とルーミアの妖力を合わせてようやく完成したのが、今のダーウィンスレイブ零式だ。

  彼女にとっては恋人と二人で作り出した剣である。気に入らないわけなかった。

 

「さて、じゃあ始めましょう……破滅の序曲を」

「……やるしかないわねっ」

 

  紫はまず遠距離から、得意の弾幕とレーザーをばら撒き、ルーミアの動きを制限しようとする。

 

「闇よ、光を貫け」

 

  だが、ルーミアの能力が発動し、あたりに満ちた暗闇から、無数の槍が放たれ、弾幕を貫いた。さらに、それだけでは足らず、槍は紫の方に向かっていく。

  ここで紫も、能力を発動した。

  ギュモンッ! という音と共に紫の目の前にスキマが展開され、向かってくる槍を全て飲み込んだ。さらに紫はスキマに自ら弾幕を放ち、吸い込ませた。

  紫はパチンッと指を鳴らす。次の瞬間、ルーミアの真横にスキマが展開され、そこから先ほど放った弾幕が、放出されたのだ。

 

「甘いわ」

 

  だがルーミアはそれも読んでいて、剣を真横に思いっきり振るう。

  その一撃は衝撃波と化し、全ての弾幕を消し去ってしまった。

  だが、ルーミアは気づいていなかった。スキマは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「死になさいっ! おらァァァァァァアッ!!」

「なっ!?」

 

  もう片方のスキマから、霊羅が飛び出してきた。

  それに気がついて、ルーミアは意表を突かれる。

  霊羅は、霊力をお祓い棒に込め、渾身の一撃を繰り出した。

  それはルーミアの顔に吸い込まれていきーーーー

 

  ドゴオオオオオオォン!!! 寸前で、黒い壁が出現し、直撃を防いだ。

 

「くっ、痛……ッ!」

 

  しかし、威力を完全に殺すことができず、衝撃は壁を超えてルーミアの顔に直撃した。

  頭が後ろに弾かれ、バランスを少し崩す。そして口元から流れた血を拭うと、二個目のスキマが開いた方向を睨みつけた。

 

  ーーーー瞬間、そこから無数の小型レーザーが、機関銃のように放たれた。

 

「ーーーー幻巣『飛光虫ネスト』……光に飲まれて消えなさい」

「……こんなものっ、私の能力で……ッ!」

 

  ルーミアは能力を発動し、周りの闇を操ろうとする。だが、それは発動することはなかった。

 

  能力が使用できないことに呆けるルーミア。だが、すぐに、自分の周りの闇が、眩しい日の光によって消え去っているのに気がついた。

  そして、全てのトリックを理解した。

 

  紫の能力は『境界を操る程度の能力』。この能力は、わかりやすく言えばなんでもできる能力だ。

  水の境界を操れば冷たい水を温かい水に、空の境界を操れば天気を晴れや雨、雪などにもできる。

  今回紫が操った境界は、昼と夜の境界。これを弄ることで、ルーミアの周りを一時的に昼間にしたのだ。

 

  闇がなかったら、ルーミアは瞬間的に能力を使えなくなる。つまり、このコンマ何秒かの間では、ルーミアの能力は間に合わない、ということだ。

 

「八雲紫ィィィィィィィイ!!!」

 

  ルーミアは叫びながら、紫の方へ手を伸ばす。

  だが、それが伸びきる前に、無数の飛光虫が、彼女の姿を包み、轟音が鳴り響いた。

 

 

「……やっぱり駄目かぁ……」

 

  光が消えた後、紫はポツリと呟いた。

 

  刹那、昼間に変わっていたはずの空間が、さらに濃い黒に侵食された。

 

「……もう許さないわ……っ! ここまで私を怒らせたのは楼夢と火神(馬鹿ども)をあわせて三人目よ。いいわ、光栄に思うなさい。この私の、本気の力が見れるのだからッ!!」

 

  そう叫ぶと、ルーミアは空中に浮かび、溢れんばかりの闇を、体から放出した。

 

「月の閃光よ、温かき光を貫け! 『ムーンライトレイ』ッ!!」

 

  ルーミアの頭上を中心に、死の匂いを纏った青白い極太レーザーが、数十本、無差別に放たれた。

 

「全員、上手く避けなさいッ!」

「わかってるわよ! でも防ぎきれないのよ!」

「まずい、紫様!」

「ああもう! なに、藍!?」

「ルーミアの姿を見失いました! くそっ、奴はどこに……っ」

 

  一撃で致命傷間違いなしにレーザー。それが雨のように放たれ、全員に焦りができた。

  そのせいで、紫たちはレーザーを避けることだけに集中してしまう。そして、肝心の人物が姿を消しているのに気がつかなかった。

 

「『バニシング・シャドウ』」

 

  闇の中から、ルーミアが影を通って霊羅の横に瞬間移動してきた。

  だが、レーザーを避けるのに必死で、霊羅はそれに気がついていない。

  ルーミアは、ダーウィンスレイブ零式を霊羅の頭上に掲げる。そしてそれが今、振り下されーーーー

 

 

「『十二神将の、宴ェッ!!!』」

 

  ーーーー振り下ろされる、ことはなかった。

  ルーミアの姿が見えないことに、いち早く気づいた藍が、式神を霊羅の前に召喚する。

  それらは肉壁となり、斬撃をまともに受け、肉体を散らすも、霊羅だけは守りきることに成功した。

 

「ちぃっ、さっきから邪魔なのよ! 『ダーク……マターッ!!』」

「しまっ……藍、避けなさいッ!」

 

  だが、その行為が癪に障ったのか、ルーミアは、左手に妖力を集中させた。それが声と共に解き放たれると、それは暗黒の槍と化し、藍の体を貫いた。

 

「ガッ、ハァッ……!? ……ぐぅっ、まだだ、これでも……喰らえェッ!!!」

 

  『飯綱権現降臨』。そう最後につぶやくと、藍は気絶し地面に落下していった。

  直後、藍のありったけの妖力を使って、大小様々な形の弾幕が、発狂したかのようにばらまかれた。

 

  さすがに藍クラスの妖力の塊を、デタラメに放たれてはルーミアも退がるしかない。

  だが、それを紫は許さなかった。ルーミアが退がる前に、先読みしてスキマでルーミアの後ろに移動し、鋭い突きを放った。

 

  だが、強烈な殺気を感知したルーミアは、体を強引にひねり、地面に着地することで間一髪直撃を避けることに成功した。

  だが、直撃ではないものの、銅を浅く切り裂かれてしまう。それに顔をしかめ、動きを止めた。そして、空中から降りてきた紫とルーミアが、まっすぐに対峙した。

 

「……思ったよりやるじゃない。少し驚いちゃったわ」

「……そちらこそ。でも、従者の仇は取らせてもらうわよ」

「……紫様、私はまだ、生きてます……」

 

  ぼそりと遠くの地面に倒れている藍が呟く。だが、距離もあって紫には聞こえてはいない。どうやら紫の中では藍はもう亡き者扱いにされているようだ。

 

「……じゃあ、行くわよ」

「ご自由に」

 

  ルーミアが、そう言いながら体をリラックスさせる。それが、戦闘の合図だった。

 

  ガキンッ、と二つの刃がぶつかり合う。そして、そこから両方の刃が高速に動き始めた。

  ガンッ、キィィン、ガッ、という金属同士の音が響く。

  剣術のぶつかり合いでは、ルーミアが優勢だった。

  当たり前だ。ルーミアは昔から剣を扱って戦ってきている。そのおかげで、剣を振るうことには慣れているのだ。

  対する紫は、今回初めて武器を扱っている。一応ある程度修行はしていたが、本当に基本だけでしかなく、ルーミアの実践的な剣術にはとてもかなわなかった。

 

 

  その様子を、霊羅は岩陰に身を潜めながら観察していた。

  紫は、藍が稼いでいた時間で、霊羅にとある指示を出していた。それを実行するためにも、霊羅が今見つかってはならなかった。

 

  霊羅はお祓い棒を天に掲げながら、先ほどからずっととある術式の詠唱を唱えている。これさえ決まれば勝利は確実だが、それには十分以上の時間が必要であった。

 

(耐えなさい、紫……っ。これさえ成功すれば、私たちの勝利よ……っ!)

 

  博麗の巫女はそう、自らの親友に祈り続けるのであった。

 

 

 



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闇妖怪の腹ペコ事情3

所詮私はただの道具

どう使おうが、主人の勝手


byルーミア


 

 

  ドガァァッ!! 紫が吹き飛ばされ、岩に背中から激突する。それを追いかけ、ルーミアが剣を振るった。

  後ろには岩があるせいで、逃げることはできない。ならばと、刀を縦に構え、力を込めた。

 

  ガガァァァァッ!!! ルーミアの見た目に反して凶悪な一撃を、紫は真正面から受け止めた。だが、まるで重たい巨大なハンマーを振り下ろしたかのような一撃は、そのまま紫の体を通して岩にヒビを入れていた。

  当然、その間にいる紫が受ける衝撃は、並のものじゃない。

  不幸中の幸いか、先ほどのように吹き飛ばされることはないが、体が岩にめり込んでしまった。

  その状態のまま、ルーミアはさらに剣を押し付けるように、力を込める。そして、不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうしたのかしら? まだ何も持ってない方が良かったんじゃない。とんだ恥晒しね。楼夢が浮かばれないわぁ」

「ヘぇっ、じゃあ見せてあげようっ、かしら! 私流の剣術ってやつをねッ!」

  「そういうのは、これを受け止めてから言いなさいッ!『フルムーンナイトエッジ』!!」

 

  技名を叫ぶと、ルーミアは光を纏った斬撃を、身動きが取れない紫に向けて振るう。

  それは、吸い込まれるように彼女の刀に当たりーーーー

 

  激突、そして大爆発を起こした。そして、少女は後ろに大きく吹き飛ばされた。

 

「ガハッ!? ……なん、で……っ!?」

 

  ダメージを受けたのは、ルーミアの方であった。後方に吹き飛ばされ、そのまま背中から地面に落ちる。

 

「……ふぅ、なんとか上手くいったようね」

 

  その隙に、紫は岩から脱出し、安堵のため息をつく。そして、地面に倒れているルーミアを見下ろした。

 

「何をしたっ、八雲紫ィ……ッ!」

「さてね。貴方に教える必要はないわ」

「舐めるなッ!!」

 

  凄まじい形相で、ルーミアが飛び上がり、再び紫に向かって刃を振り下ろす。そして紫も、それに合わせて刃を振るった。

  刃と刃が再びぶつかり合う。その時、ルーミアは見た。

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  当然、ルーミアの攻撃は空振りに終わり、大きな隙が生まれる。その瞬間にカウンターで、紫は刀を上に振り上げ、その刃に刻んでいた爆発の術式を解き放った。

 

「ゴッ!? ぐぅっ、なるほどね……っ」

 

  ルーミアは、一連の紫の動きから、紫流の剣術というものを理科した。

  まず、刃と刃が交差する瞬間にスキマを開き、相手の攻撃だけ空振りにさせる。そして、それで生まれた隙を突くように、刃を振るう。この時、刃が相手を切り裂く直前に術式を刃に刻み、発動することで、ゼロ距離から相手に妖術を当てることができるのだ。

 

  ルーミアは、先ほどのように紫に安易に突撃することをやめる。そして、どうすればあれを突破できるか思考を張り巡らせた。

  だが、時は待ってくれない。形成逆転で、今度は紫から彼女に攻めていった。

 

「来ないならこっちから行くわよ!」

「……ったく、落ち着きがないわね……っ」

 

  再び、両者は斬り結び合う。だが、何度目かの斬撃の時、またルーミアの剣がスキマに受け流された。そして、空を切り裂くように、刃が上に迫ってきた。

  だが、来ることはわかっていたので、すぐにスウェーで間一髪避ける。だが、再び刃が輝き出し、爆発に巻き込まれてしまう。

 

「……ぐっ……!」

 

  だがルーミアは、驚くことに、爆発に巻き込まれながらも紫に突っ込んできたのだ。これには彼女も驚きで、動作が遅れるも、一瞬で対応し直す。

 

  もはやルーミアに、余裕というものはなかった。紫を強者と認め、手加減を捨て去っていた。

  ゴォォォォオ!!! という風を切る音とは裏腹に、鋭く速く正確な連続切りが、紫を襲う。

  それを前に、紫は再び防戦一方となってしまった。先ほどのようにフルスウィングで来てくれればカウンターを合わせられるのだが、あれほど手の巻き戻しが速ければ意味もないだろう。

  紫のスキマを使った剣術は完璧ではない。確かに相手の斬撃を受け流せるのは強みだが、自分の視認できる速度を越えれば受け流すことは不可能だ。特に楼夢などの秒速で数回斬撃を放てる人物には、一つ受け流しただけでは意味がない。

 

  ルーミアはこれにいち早く気づき、スピード戦法で倒しに来ている。だが、賢者と呼ばれた彼女が、これに対策していないわけがなかった。

 

  止めとばかりに、全力で秒間に数回の斬撃を放つ。だが、それらは紫が展開した、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  そして、それらが受け流された場所はーールーミアの、真後ろであった。

 

  ザクジャキズパッ!! いくらルーミアでも、自分自身の全力の斬撃で無事なわけがなかった。鮮血が大量に舞い、体が前のめりに崩れ落ちる。

  だが、それをこらえて、ルーミアは叫び、紫に向かって走り出した。

 

「紫ィィィィィィィッ!!!」

 

  耳が痺れるような咆哮が響く。そしてルーミアは渾身の一撃を、体ごと叩きつけるように放った。

  だがそれも、スキマによって受け流されてしまった。ルーミアは全力でバックステップをして逃れようとする。

  だが、

 

「逃がさないわ……っ!」

 

 紫自身が、距離を詰めるようにルーミアに駆け出した。そしてお返しと言わんばかりに、同じように渾身の一撃を、叩きつけた。

  ルーミアは剣を横に構えて防御の体制をとる。だが、今度は紫自身の刃がスキマに吸い込まれーールーミアの後ろに開いた。

  再び、鮮血が飛び散る。紫の一撃は先ほどの傷口を抉るように当たり、ルーミアは悶絶する。そして前を向いて見たものは、光り輝く紫の手であった。

 

「破道の八十八『飛竜撃賊震天雷砲』」

 

  動けないルーミアの腹に手を当てて、紫はそう口にした。

  瞬間、手のひらがスパークし、そこから青い雷の閃光が放たれた。

  それはルーミアの腹を容易く貫通し、そのまま天を貫き地を響かせた。

 

「あッ、ああ……ぁ……っ」

「終わりよ、ルーミア。そこで安らかに眠りなさい」

 

  その言葉を終えた瞬間、ルーミアがとうとう地面に倒れーー動かなくなった。

 

「……とうとう、終わったのね……っ。さすがに疲れたわ……っ」

 

  そう呟くと、背を向けて霊羅の元に歩いていく。

  だが、紫はあまりの疲労で警戒を怠っていた。そしてそれが、後の悪夢に繋がってしまった。

 

  ーーガチッ、と紫は足首を強く掴まれた。

  悪寒がする。恐る恐る振り返ると、そこにはーーーー

 

「つーかーまーえーたー、アハッ!」

 

  狂気の表情で地を這う、ルーミアの姿があった。

  すぐに止めを刺そうと、刀を振り下ろす。だが、彼女の方が圧倒的に速かった。

 

  グチャリ、という音が響く。そして、美しい赤が飛び散った。

  ルーミアが握り潰したもの。それは、()()()()()()()

 

「っ!? ぐっ、あああああああああ!!」

「まだまだこんなもんじゃないわ、よォッ!!」

 

  再び、鮮血が舞う。今度は、いつの間にか立ち上がっていたルーミアの腕が、紫の腹を深く貫いていた。

 

「がっ、ああぁぁ……っ!!」

「とうとう叫ぶことすらできなくなってきたかしら? まっ、私には関係ないけどねェッ!!」

 

  痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

  あまりの激痛に、紫の目から徐々に光が失われていった。

  そんな彼女を放り投げ、ルーミアは能力を発動させる。

 

「切り刻めッ! 『ジャックミスト』!」

 

  辛うじて立ち上がった紫にまとわりつくように、黒い霧が辺りを埋め尽くす。そして、その霧が突如姿を刃に変え、紫の体を切り裂いた。

 

「アハハハハハハハッ!!! 踊りなさい、赤く、美しく!」

 

  霧は次々と姿を変え、紫の体を切り裂いていく。倒れようにも、あまりに高速で切られるせいで、倒れられない。倒れることすら許されない。

 

「くっ、……ぁぁ……っ」

「……そろそろね。止めを刺してあげるわ」

 

  ルーミアのダーウィンスレイヴ零式に、膨大な闇が集中していく。それは徐々に姿を変え、巨大な暗黒の槍の形状に姿を変えた。

 

「魔閃『レイ・オブ・ダークネス』」

 

  ルーミアはそれを、持てる全ての力で投げた。

  凄まじい勢いとともに、地獄の槍が飛んでいく。それは距離を増すごとに巨大化していき、戦いの余波でボロボロになった建物を消し飛ばしながら、紫に迫った。

 

「……」

 

  もはや紫に防ぐすべはない。

  そして、幽鬼のようにたたずむ紫を、巨大な槍が貫いた。

  鮮血が飛び散る。だが、それだけでは終わらない。

  巨大な槍は紫を貫いたまま、建物を破壊していき、壁に突き刺さったところで勢いをなくした。

 

  破壊し尽くされた街を、ルーミアはゆっくりと歩いていく。

  ルーミアの闇妖怪と言う種族のように、自然に関する妖怪の自然回復能力は高い。なぜなら、その種族に関する自然の力を取り込めば、回復が早まるからだ。

  さすがに背中の傷はすぐには治らなかったが、それ以外の傷はほぼ全て癒えていた。

  対する紫に、そんな回復能力はない。全身を切り裂かれ、腹を貫かれれば、もはや致命傷すぎて動くことすらできないだろう。ルーミアがゆっくり歩いているのには、そういった理由もあった。

 

「……酷い有様ね。私がここの住人を殺した後の時は、こんなにズタボロじゃなかったわよ」

 

  周りの建物を見回し、ルーミアは呟く。

  先ほどの渾身の一撃で街の何割かが消し飛んだが、その前を含めると無事な部分は一、二割ほどしか残っていなかった。

 

「墓荒らしならぬ、街荒らしとはこのことを言うのかしらね? もっとも、これは街荒らしの規模じゃ済まないんだけど」

 

  そうこう呟いていると、ようやく壁の前に到着した。とは言っても、壁はルーミアのレイ・オブ・ダークネスや紫たちの高威力の術によって破壊し尽くされ、もはやその役割を果たすことは永劫ないだろう。

  そして、そこにその壁の一部に突き刺さっている、紫の姿があった。

  足は地に届いていない。槍に固定されて、空中でぶらぶらと手足を揺らしていた。

 

「やっぱり、一回飛ばすと回収の手間がかかるのが欠点ね。まあ、改善しようもないからどうしようもないけど」

 

  ルーミアは槍を引き抜くため、紫に近づくと、槍の握り部分を握る。そして、思いっきり引っこ抜こうとした、その時。

 

「……ッ! ハァッ!!」

 

  突如、紫の目が開いたかと思うと、ルーミアの腕を掴んで拘束した。

  だがルーミアは、それを気にもとめず、冷たい眼差しで紫を射抜いていた。

 

「……それで? 死にかけの貴方が私の腕を掴んだところで、どうなるのかしら? 言っとくけど、腕は片方が残っているわよ」

「こうするのよッ!」

 

  紫は最後の妖力を振り絞って、能力を発動した。

  直後、ルーミアと紫の周りの時間が昼間に変わり、暖かい日差しで辺りが包まれた。

 

「今更それで何になるっていうの?」

「貴方ねぇ……いつから相手が私一人だと思っていたのかしら?」

「……ッ!? しまった!」

「今よ、霊羅!!」

 

「あんたがつないだこのチャンス、無駄にはしないわ! 破邪の封印『マジャスティス』!!」

 

  霊羅は、溜めていた全ての霊力を解き放って、今まで詠唱していた術、正確には魔法を発動した。

  直後、ルーミアの体を不思議な光が包み込んだ。そして次の瞬間ーーーー

 

「なっ!? ……体が……重い……ッ!? 力が、吸い取られる……ッ!」

 

  その不思議な光は、ルーミアの妖力と魔力を急速に奪っていったのだ。

  どんどん力が減っていくルーミア。だが、このままでは終わらない。

  元凶を霊羅と考えると、残った魔力で魔法を放った。

 

「『ヘビィフレア』!」

 

  集中している霊羅に、大きな火球が飛んでいく。威力はかなり弱くなっているが、人間一人を吹き飛ばすには十分な威力だった。

 

「……まずっ!? ……キャァアッ!!」

 

  周りが見えていない霊羅は当然、炎に吹き飛ばされてしまう。致命傷にはならなかったが、代わりに詠唱が途切れてしまった。

  ルーミアの周りの光が、少し弱まってしまう。その気を見逃すまいと、彼女は全ての妖力を体に集めた。

 

「……これを破られたら、もう後が……っ!」

「残念だったわね! これで、私の勝利よ!」

 

  紫は祈るように手を握った。霊羅も同じ。すがるような思いで、必死に願った。

  対照的に、ルーミアは勝ち誇った笑みを浮かべた。

  そして、全ての力を解き放とうとしたその時、

 

 

『いいや、テメェの負けだ、ルーミア』

 

  ルーミアと紫たちの耳に、男性の声が聞こえた。

  その声はルーミアにとってとても聞き覚えのある声だった。

 

「ひっ、火神なの!? 私の負けって、どういうこと!?」

『言葉の通りだ。テメェは格下と油断して戦い、封印されかけるにまで至った。その時点で、お前の敗北だ』

「待って! 私はまだやれる!」

『言い訳は聞かない。『ギガジャティス』』

 

  そう火神が唱えると、光は輝きを遥かに増し、一気にルーミアを包み込んだ。

  そして、数秒後。中から出てきたのはーーーー

 

「うぅ、痛たたた。……あれ、私ってこんな声だったっけ?」

 

  出てきたのは、ルーミアを小学生サイズまで戻したかのような姿をした、少女であった。

  ふいに、空中から手鏡が落ちてきた。それを拾って顔を確認すると、少女は叫んだ。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」

 

  光から現れた少女。彼女こそが、先ほどまで紫と戦っていたルーミアであった。変わった点は、体のサイズと、保有妖力が中級妖怪ぐらいまでに減っている点。あとは、頭にいつの間にか赤いリボンがつけられていた点だ。

  不思議に思い、それを触っていると、

 

『ああ、言い忘れたがそれを外すと封印が解けるようになっている。とはいえ、解けるのは俺か楼夢ぐらいだから、素直に諦めとけ。そうだなぁ……楼夢が生き返るまでお前はずっとその姿な』

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

  生涯これほどまで叫んだことがあるだろうか? それほどの音量で、ルーミアは涙混じりに叫んでいた。

  しばらく叫んだ後、彼女はがっくりと地面に崩れた。そして、本当に泣きだしてしまった。

 

『それはそうと、そこの巫女。見事なマジャスティスだったぜ。ルーミアの力を奪えたのは、お前の技術が高かったおかげだろう』

「……聞きたいことが二つあるわ。まず、貴方は何者? そして、なんでマジャスティスについて知ってるの? あれは博麗の巫女に代々伝えられている秘術なんだけど」

『なんだよお前、その術の開発者が誰なのかも分からずに使っていたのか?』

「何代目かの博麗の巫女が作ったんじゃないの?」

 

  霊羅が疑問を向けたのは、火神ではなく、紫だった。

  彼女はしばらく迷う素振りを見せると、観念したかのようにため息をついた。

 

「……仕方ないわね。その術、いや魔法を作ったのは伝説の大妖怪『産霊桃神美』よ。霊羅が使ったのはちょっと特殊で、彼が霊力で発動できるように改造したものだけど」

「つまり、私が使ったのは妖怪の術ってこと? うわぁ、後味わるっ!」

「まあいいじゃない。今回は彼のおかげで生き延びたようなものだし」

「よくないわよ。それに、まだ質問は残っているわ」

 

  今度は貴方よ、と言う風に、何もない空間をビシッと指さす。だが、しばらく無視されてしまい、霊羅の顔は羞恥心で赤くなってしまった。

 

「と、とにかく。私の術がその伝説の大妖怪が作ったものなのはわかったけど、なんで貴方がそれを使えるの? しかも私のよりも強力だったし」

『別に、同じ伝説の大妖怪が奴の魔法を教えられてても不思議ではないだろう?』

「というと?」

『俺の名は火神矢陽。伝説の大妖怪の一人で、灼炎王と呼ばれている。これで満足か?』

「ええ、満足よ。だけど、最後に質問いいかしら?」

『……なんだ?』

 

  霊羅は、今だ泣きじゃくっているルーミアを指差した。

 

「今私たちがこいつを殺すと言ったらどうするのかしら?」

『もちろん、今のルーミアに攻撃しようとした瞬間に殺すつもりだが?』

「へぇ、そんな一瞬で出来るのかしら?」

『簡単だ。ルーミアを回収した後、ここら一帯を蒸発させればいいだけだ。……自惚れてんじゃねェぞ。俺にとっちゃお前らは塵同然だ。いくら増えようが変わらないザコなんだよ』

 

  最後の言葉の部分だけに殺気が込められていた。

  ただの言葉、だがそれだけでこれほど恐ろしいと思ったことはない。急に立った鳥肌が、今の霊羅の感情を物語っていた。

 

『最後に、八雲紫!』

「……何かしら?」

『……テメェは、あいつにそっくりだ。貧弱なくせに、根性だけは人一倍ありやがる』

「……何が言いたいのかしら?」

『……見事だった、とでも言っておこう。おかげで懐かしいものが見れた』

 

  その言葉を最後に、プツンと通信が切れてしまった。

  紫は、改めて周りを見渡す。

  相変わらず酷い様だ。藍はまだ寝ているし、霊羅は霊力切れ、そして自分はダメージが大きすぎて指一本動かせない状況だ。

  敵に至ってもそう。今だに事実を受け入れられないで、泣きじゃくっている。

 

  だけどまあ、いい気分だ。これでルーミアによる破壊は起きることはないだろう。

  とりあえず今は寝たい。その思考を最後に、紫の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 






「ルーミア編終わりました! ですが私の宿題は終わりません! 作者です」

「というか今回紫が主人公に見えたんだが? 狂夢だ」


「ドラクエ11全クリしましたー!!」

「おお、結構早いクリアだな。次は裏ボス頑張れよ」

「いえ、裏ボスもついでに倒しました」

「はっ?」

「裏ボスもついでに倒しました。ちなみに今全員レベル99です」

「早すぎねえか!? まだ発売してから二週間も経ってねえぞ! いくら今作のレベル上げが簡単だからと言っても、お前どのくらいやったんだよ!」

「裏ボス倒した日は確か夜の十時くらいから始めて、真エンディングが終わったのが朝の六時半だったな」

「寝ろ! そして勉強をしろ!」

「待って、まだ最強装備全部集めてないから!」

「……ちなみにそんなに早くクリアしたら長く楽しめなくないか?」

「……しまった……っ!」


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竹林の大騒乱

魂は、煙のようなもの

昇っていき、昇っていき、パッと消え去る

だけど昇らぬ魂もある

それが私たち、蓬莱人


by藤原妹紅


 

「……腹減ったなぁ……」

 

  とある満月が出ている夜の中、少女はそう言いながら両手をぶらぶらと下げて、ゆらゆらと歩いていた。

  白い服に赤いもんぺを着用しており、白髪とするどい紅の瞳はどこかの灼炎王を思い浮かばせるものがあった。

 

  彼女こそ、その灼炎王の一番弟子である藤原妹紅であった。

  彼女は、自分の師匠と別れた後、全国各地で陰陽師として路銀を稼ぎながら旅をしていた。

  なぜ旅をしているのかというと、師匠との別れ際に「面白ェことでも探せばいいんじゃねェの? どうせこの先まだまだなんだし」と言われたからだ。なので、旅をして過ごしながら、あわよくば月にいるはずの輝夜を殺す方法を考えることにした。

 

  だが現在、彼女は道なき大地で食い倒れている。

 

「……こんなことなら、この前の街で酒を飲まなければよかった……」

 

  はぁっ、とげっそりした顔でため息をつく。どうやら無計画なところも、食糧難におちいるところも師匠と似てしまったようだ。

  蓬莱人は死ななくても、腹は減るものなのだ。このままでは餓死、リザレクション、餓死、リザレクションの無限コンボになってしまう。それだけはどうしても防がなければならない。

 

「せめて動物か、最悪それに似た妖怪でも出ればなぁ……んっ?」

 

  ギュルギュルと鳴る腹を押さえて妹紅が見たもの。それは草むらから飛び出た真っ白な尻尾であった。動いていることから、これは新鮮な動物or妖怪だということは間違いないだろう。

  高鳴る心に合わせて、腹が一段と大きくなった。それを聞いて、妹紅は草むらに飛びついた。

 

「久しぶりの肉だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ッ!? ふぇっ!? ……あっぶなァッ!!」

 

  だが、本能で身の危険を察した()()は、いち早くそこから飛び出した。直後、妹紅がそこに飛び込み、草むらが爆発を起こす。

 

「……あっ」

 

  その一連の出来事に口をあんぐりと開ける()()。言葉を話すことから、妖怪であることは確定だが、不幸なことに妹紅の中ではそれも食材に含まれていた。よって、彼女を説得するのは無理ゲーになり上がった。

 

「……とりあえず、逃げろォォォォォ!!!」

「逃がすか肉めぇぇぇぇ!!!」

 

  全速力で逃げる白い何かと、それを追いかける悪魔のような妹紅。

  そこから約三十分、命がけの鬼ごっこが幕をあげるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  ……どれほど走っただろうか?

  気がつけば妹紅は竹林の中に迷い込んでしまった。

  見渡す限り、竹、竹、竹。帰り道すらもわからない。

 

「……くっそぉ……逃したかぁ……」

 

  外見に似合わず、妹紅の身体能力は蓬莱人となった影響と、火神の地獄の修行のおかげでかなり高い。単純な妖力量も、術式の技術も同じ。単体で大妖怪上位と殴り会えるほどの力を手にしていた。

  そんな彼女をまいたということは、先ほどの食料はそうとう逃げるのに慣れている。足だけではなく、逃げるルートなどを正確に、追い詰める方が迷うように走っていた。

  だが、妹紅が見失ってからさほど時間は経っていない。まだ近くにいるはずだ。

 

  そして、しばらく歩いて、彼女の目に、揺れる白い尻尾が見えた。

 

「見つけた! 今度は逃がさないぞ!」

 

  食料はまだ自分に気がついていないようだ。

  いける。

  凄まじい脚力で一気に接近し、揺れ動く影を掴もうと手を伸ばした。

 

  その時、カチッ、という妙な音が妹紅の足元から鳴った。

  そして、隠されていたロープが、彼女の足首に絡みついた。

 

「へっ?」

 

  一瞬、呆けたような表情を浮かべる妹紅。だが、次にはそれは恐怖の表情に変わった。

 

「キャァァァァァァア!?」

 

  ロープがそのまま足を逆さに釣り上げてしまい、妹紅は普段聞けない可愛らしい声で叫んだ。

  いくら男っぽくても中身は女、ということだろう。一瞬で視界が逆さになった恐怖で、彼女はしばらく硬直してしまった。

  そして、陽気で馬鹿にしているような声が、妹紅の耳に届いた。

 

「わーい! 引っかかった引っかかった! 馬鹿な奴、こんなのも避けれないなんて」

 

  声の元は、先ほど妹紅が逃した食料候補であった。竹の陰から飛び出して、妹紅を馬鹿にし始める。

  容姿は幼い女の子であった。特徴的なのは真っ白な長い耳と小さな尻尾。黒髪で、ピンクの涼しげな服を着ている。その全てを総合的に見て、兎の妖怪というところだろう。

  一見可愛らしいのだが、「ニシシ……」と笑っている姿から、いたずらっ子のイメージがよく似合っていた。

 

「おい、そこの兎! さっさとこれを外して私に食われろ!」

「外すわけないじゃーん。それよりもなんか面白いもん持ってないかなぁ……おやっ?」

 

  妖怪兎は、妹紅を馬鹿にしながら彼女の周りをグルグルと回る。どうやら手ぶらな妹紅が、何か持っていないか探しているようだ。

  そして、彼女の目は、妹紅が首からぶら下げていた、青い宝石にとまった。

 

「へぇ〜、なんか綺麗だねー。んじゃこれもらいっとっ!」

「ああ! 返せよ、それは師匠からもらった大切なものだ!」

「返せと言われて返す泥棒はいないよ! 悔しかった追ってみなー!」

「……あいつ、私を本気で怒らせたなぁ」

 

  ゴゴゴ、と燃え上がる妹紅。すでにロープは燃やしており、彼女の拘束は解かれていた。

  妹紅は一気に体に力を込める。すると、不死鳥のように大きく、美しい炎の羽が、妹紅の背中に出来上がる。それを使い、妹紅は兎が逃げた方向に飛翔した。

 

「な、なんだありゃ!? いつから人間は背中に羽が生えるようになったんだよ!?」

 

  余裕をかまして後ろを振り向く。だが、視界に入ってきた現象に、驚きを隠せなかったようだ。

 

「……だけど、この『迷いの竹林』は私の庭。ふふふ、盛大に迷い狂うがいいわ!」

 

  自信満々にそう言うと、先ほどのように、見事な動きでジグザグに竹を避けていく。

  確かに、これが普通の人間なら、到底追いつけないだろう。だが妹紅は竹だらけの普通ではない人間『蓬莱人』であった。

 

「邪魔だ邪魔だ邪魔だァァァァ!! 粉砕玉砕大喝采ッ!!! フハハハハハッ!!!」

 

  妹紅は炎の塊と化し、兎は避けていた複雑な道に突っ込んでいった。全力で飛べば、普通ならここで竹に邪魔されるのだが、炎を纏った妹紅は、あろうことか目の前にあるもの全てを燃やしながら突き進んでいったのだ。

  実は、竹は燃えやすい。そして中の空洞にある空気が熱されると、次々と爆発を起こしていった。

  そんな突破方法をされては、せっかくの障害物も意味がない。そして速度では、走っている兎よりも、飛んでいる妹紅の方が速いのは明白だった。

 

「捕まえた!」

 

  そしてとうとう、妹紅の手が兎型の妖怪の首根っこを掴んだ。

  ジタバタと必死に抵抗するが、凄まじい握力で首を絞められると、たまらず声をあげた。

 

「まっ、待って待って!! お願い私を殺さないで! 人間の餌として生涯を終えるなんて嫌だー!」

「とは言っても私も腹が減ったからな。それにお前には石を取られた恨みもあるし、ここで生かしとく理由はないよ」

「わかった、交渉しよう! 私を生かしてくれれば、宝石も返すし飯もたらふく食える場所を教えるからっ!」

「……本当だな? 逃げないようにお前を縛っておくが、約束を守るなら目的の後に解放してやる」

「交渉成立だね。じゃあまずこれを」

 

  兎は、先ほど盗んだ宝石を、妹紅に手渡した。

  傷が入ってないのに安心すると、妹紅はそれを再び首にかける。

 

  この青い宝石は、師匠からの旅立ち前の餞別としてもらったものだ。

  彼曰く、これには何か不思議な力があるようだが、どうやってもその何かを解き明かすことができず、要らない物扱いになっていたらしい。

  だが、宝石としてはちょうど良かったので、妹紅の旅立ちにプレゼントしたというわけだ。

  彼らしい理由だが、純粋に尊敬している師匠からのプレゼントは、妹紅にとっては嬉しいものだった。なので、これが選ばれた理由に不満を持ったことはない。むしろ、常に持ち歩ける大きさだったことに感謝したくらいだ。

 

「じゃあ次に、その飯がたらふく食えるってところに連れてってくれ」

「あいあいさー。じゃあまずそこをまっすぐに」

 

  兎の指示に従い、妹紅は竹林の中を迷わず進んでいく。もちろん、兎はまだ解放しておらず、縛ったままだ。しかしこのままでは歩くことすらできないので、仕方なく首を掴んで持ち上げて進むことにした。

 

「……そういえば兎。お前、名はあるのか?」

「あのーすいませんー、首話してもらえないでしょうか? もうそろそろ息が続か、ない……っ」

 

  本当に顔を青くしていたので、一旦地面に放り投げて解放してやった。この兎の性格上、何しやがる的な発言を言うかと思ったが、本人はそんなことより空気を吸うことの方が大事みたいだ。

  しばらくして、兎は先ほどの妹紅の質問に答えた。

 

「それで、私の名前だっけ? そういえば名乗ってなかったっけ。私は因幡てゐ。この竹林の、一応管理人的なものをやってるよ」

「そうかい。私は藤原妹紅。単なる暇人な旅人さ」

「いや、狂気の笑みを浮かべながら飛んでくる人を、単なるで済ませようとするな!? こっちは死にかけたんだからね?」

「そりゃ、お互い様ってことで。ちなみに目的地はどんな場所なんだ?」

「結構前にこの竹林に住み込んだ人間の屋敷だよ。私とも面識があるから、ある程度は優遇してくれるはずだよ」

「そうなのかなぁ……?」

 

  妹紅は、自分が一歩進むたび、心臓が震える錯覚におちいっていた。

  おかしい。

  何かが近づいてくる。気配はわからないが、本能がそれを感じていた。

  胸の鼓動が止まらない。恐怖ではない。死んでまた生き返ることで、妹紅にはとっくに死の恐怖とやら消え去ってしまった。だが、それがあったころ以上に、心臓はバクバクと動いていた。

  まるで、その何かを自分が待ち望んでいたような。

  そして、私は出会った。

 

  竹林の陰から見えたのは、美しい着物に長い黒髪。そして忘れもしない、あの時と変わらない顔。

 

  父を奪った人物。宿敵である、輝夜が、そこにいた。

 

「……あっ……」

 

  驚きのあまり、思わず声が出てしまった。それを聞いた彼女は、こちらに視線を向けると、ゆっくり近づいてきた。

 

  一歩、一歩奴が進んでくるごとに殺気が増していく。まだ、彼女が自分の知っている『かぐや姫』という確証はないのに、その憎いほどに美しい顔を見ていると、憎しみで腹がはち切れそうになる。

 

「あ、運が良いね。姫様、こちらはーーーー」

「……一つ聞きたい。あんたの名前はなんだ?」

 

  妹紅が身にまとっている殺気に気づかず、陽気な声で輝夜らしき女性に話しかけようとするてゐ。だがそれを、妹紅の質問が遮った。

 

「……誰だか知らないけど、名を聞くならまずは自分の名を語るのがルールじゃない?」

「……私の名は藤原妹紅。……これでいいか?」

「……まあいいわ。私の名は蓬莱山輝夜ーーーーッ!?」

 

  その名を聞いた瞬間、全てが爆発した。

  気づけば、全力の一撃で、輝夜の頭を壊していた。

  バラバラに砕け散る輝夜の頭。一撃だけで終わらせてしまったことに、妹紅は不完全燃焼で若干の後悔を感じていた。

  だがまあ、終わったことである。となりの兎が何やらうるさいが、無視しようと踵を返した時、

 

  今度は、妹紅の頭が砕け散った。

  あたりはすでに鮮血が飛び散り、地面は赤い池と化している。

  普通ならここで死ぬが、あいにくと妹紅は不死身だ。すぐに頭を再生して、顔をじっくりと見据える。

 

  両者は、心の中で困惑していた。それは、なぜ頭を潰しても生きているのか、という点についてだ。だが、先ほどの再生方法を見ると、両者は簡単にその理由と原理を理解した。

 

「……いきなり殺しに来るなんて酷いじゃない。でも、まさか永林以外の蓬莱人と会うなんてね。……どうやったのかしら?」

「ふんっ、あなたの家に隠してあったのものを飲んだんだよ。おかげで、じっくりお前を殺すことができる……!」

「なぜ私を殺そうと思うのかしら? 私たちは初対面のはずだけど?」

「黙れ! 父を奪ったお前を、私は絶対に許さないッ!!」

 

  いつの間にか、妹紅の体からは炎が溢れていた。そしてそれは怒りの感情が上がっていくにつれて、勢いを増していく。

  対して輝夜は、そんな妹紅を見ると、こちらも力を全開にした。

 

  そしてついに、殺し合いが始まった。

  それは、とても残酷で、醜い争いであった。

 

  妹紅は一撃が当たるたびに、輝夜の体は弾けとび、絶命する。だが、それで戦いが終わることはない。

  逆に、輝夜の一撃が当たるたびに、妹紅の体も死体と化していった。

  不死身と不死身の決戦。どちらかが死ぬことはなく、またどちらもとも勝利することはない。まさに、意味のない戦いであった。

 

  常人では理解できない戦い。だが、それが自分の胸を満たしていくのを、妹紅は感じていた。輝夜もまたしかり。

 

「「アハハハハハハハッ!!!」」

 

  気づけば、両者は夢中になって戦っていた。だからこそ、気がつかなかった。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  だが、もしそれに気づいたとしても、二人は放っておいただろう。そんなものに構っていたら、あっという間に殺されてしまうからだ。

  それほどまでに、二人の実力は近郊していた。……いや、徐々に差が表れ始めた。

 

「ハァッ、ハァッ……アハッ、アハハハハハハハッ!!!」

「……往生際が、悪い、わよ……っ! でも、それでこそ、殺りがいがあるってものよ!」

 

  再び、渾身の一撃同士がぶつかり合う。いつの間にか、黒い影たちも消えていた。

  爆発、そしてまた爆発。だが徐々に、妹紅の方が吹き飛ばされることが多くなっていった。

  同じ蓬莱人でも、輝夜の方が有利な理由。それは、蓬莱人同士の殺し合いの経験の差であった。

  妹紅の本来の戦い方は、炎の弾幕をばらまいて相手の行動を制限し、体術を用いた接近戦で直接叩き潰すという方法だ。だが、今回妹紅は怒りに任せて、全ての攻撃に全力の力を加えている。

  これはいわば、戦闘が始まってからずっと全力で走っているようなものだ。長引けば長引くほど、体力はどんどん消耗していき、最終的には動けなくなる。

  対して輝夜は、暇つぶしという面目で彼女の従者であり、同じ蓬莱人である永林と何度か殺し合ったことがある。その経験が今生きており、妹紅を必然的に体力不足に陥れたのだ。

 

  そして、とうとう妹紅の動きが止まった。だが、動けないわけではない。これを最後にしようと、力を溜めているのだ。

 

「……いいわ。これで最後にするわよ」

 

  妹紅の意図を感じ取った輝夜も、同じように動きを止め、力を溜め始める。

  そして、

 

  ゴガァァァァァァアンッ!!! という轟音とともに、輝夜と妹紅の拳がぶつかり合う。直後、今までの中で一際大きな大爆発が、竹林に起こった。

 

  煙が徐々に晴れ始める。そして、生き残ったのは

 

「……負けちゃった、かぁ……くそぅ……っ」

「私の、勝ち、よ……っ!」

 

  高々と、己の拳を振り上げる。そう、生き残ったのは輝夜だった。

  妹紅は悔しそうに一言呟くと、事切れて瞳を閉じた。ここまで殺ったんだ。おそらく再生には数分ほど必要だろう。それまでに起きることはなさそうだ。

 

「……つ、疲れた……っ。もう駄目、動きたくないぃ〜」

 

  緊張が解けて、輝夜もその場に崩れ落ち、いつもの引きこもりモードに戻る。両者の衣服はただの布切れと化し、もはや使い物にならない。幸いなのが、ここが迷いの竹林だったことだろう。

  新しい衣服が欲しいところだが、この蓬莱人に逃げられては困る。だが、こいつをわざわざ運ぶのも面倒くさい。

  どうしようか迷っていると、数分経ち、ようやく妹紅が目を覚ました。

 

「……っ、ここは……?」

「起きたかしら? ならさっさと立ちなさい」

「輝夜……っ、そうか、私は負けたのか……」

 

  輝夜の顔を見た後、一瞬殺意が湧いたが、何が起きたのか思い出すと、うつむいたまま、ゆっくり立ち上がった。

  そして、感情を押し殺して、小さく喋った。

 

「……いきなり襲って悪かったな。それじゃあ……」

「待ちなさい」

 

  自分が負けたという事実を隠すため、すぐさまここから去ろうとする妹紅。だが、それを輝夜が呼び止めた。

 

「そっちから喧嘩売っておいて、そのまま逃げるってのはないんじゃない?」

「……じゃあどうしろと?」

「……はぁっ、あのねぇ。何を生き急いでいるのかは知らないけど、一度負けたならまたここに来ればいいじゃない? 少なくとも、私はそう思うわ」

「……またここに来い、だと……?」

「そうよ。……そ、それに……貴方との殺し合いは中々楽しかったし、暇さえあれば付き合ってあげても……いいわよ?」

 

  若干顔を赤くしながら、なんとかそう言葉に出す輝夜。妹紅を慰めるため、普段使い慣れない風に喋ったせいだろうが、それを見て妹紅はクスリと笑った。

  そして、理解した。今までこの女を何か化け物のように見ていたけど、実際は同じただの少女なんだと。

 

「……そうだよな。やられっぱなしじゃ悔しいもんな。見てろよ、今度こそは、お前に勝ってみせる」

「ふふ、やれるものならやってみなさい」

 

  二人は互いに挑発し合うと、手を差し出した。

  そして今、この二人に新たな友情がーーーー

 

「ーーーーあああああああああああああああっ!!!」

「ヒャッ!? なっ、何よ、どうしたのよ!?」

「か、輝夜……私の首にあった青い宝石を知らないか?」

「し、知らないわよ! だいたい、あんたが倒れた時にはもうなかったわよ」

「あれは師匠との思い出の品なんだぞ! どうしてくれるんだ!?」

「私に押し付けないでよ! だいたいあんたがドジして落としたのが悪いんでしょ!?」

「ああ、もう頭にきた! やっぱ今すぐテメェをぶっ殺してやる!」

「やれるもんならやってみなさい!」

 

  ーーーー友情が、芽生えた……?気がした。

 

  ちなみにこの後、二人は竹林をメチャクチャにした罪で、永林の研究の実験体をやらされたとか。

  とにかく、真相を知っている者は、本人たちと、白い兎妖怪だけであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  そして、誰もいなくなった竹林の中。

  現代で使うような手帳が、ひっそりと地面に落ちていた。

  特に高くもないものであるため、いずれ風化して消え去るだろう。

  だが、その表紙には、

 

  『マエリベリー・ハーン』そう、書かれていた。



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剣士と偽りの巫女

今日守れなくても

明日守れるものもある

その時のために、ただひたすら己の刃を磨く


by魂魄妖忌


 

 

  自分の力が足りない、と初めて感じた時のことは鮮明に覚えている。

  あの頃は文字通り、桜が散っていた。それも、血まみれで。

  『西行妖』。儂の唯一尊敬する剣士である楼夢殿と、命をかけて守護すると誓った幽々子様を奪った化け物だ。

  あの時、儂は文字通り何もできなかった。全ての危険を楼夢殿に任せて、後ろで援護するのがやっとだった。

  そのせいで、彼も、相打ちという形でその尊い命を落とした。

  否、正確には相打ちではない。西行妖は封印されているだけで、消滅したわけではないのだ。

 

  その悲劇を二度と繰り返さないため、儂は今、世界中を巡り修行の旅へ出た。

  もちろん、あの事件の後、すぐに旅立ったわけではない。先ほど幽々子様は死んだと言ったが、地獄から直々に冥界の管理人として、亡霊になって復活したのだ。

  だが、その代償に彼女は、生前の記憶を失ってしまった。なので儂は、再び彼女を守る任についた。そして、気がつけば産まれていた孫に、剣を教え、正式に儂の職を継がせたところで、儂は修行の旅へ出て行った。

 

  それから、数百年後。世界はまるっきり変わっていた。

  今では、遠くを行く際に、馬ではなく『車』というものに乗って移動することが一般的となっている。

  それがない場合も、少ない金で『バス』や『電車』などというものを使えば、短時間で遠くに移動することができる。

  外食する際も同じだ。パネルという薄い板を触るだけで、ロボットなどというものが、注文の食事を運んでくる。

  聞けば、これらは全て科学という、妖力や霊力とは違った新たな力によって作られたものらしい。

  他にも、戦場では霊術などが消え去り、銃火器という、先端から鉛玉を高速で飛ばす武器が主流になっている。とはいえ、鍛えれば見切れる程度の速度なので、昔の達人たちには通用しないだろうが。まあ、これのおかげで、軍は質ではなく数を揃えることができるようになったので、決して弱体化はしていない。むしろ、軍という集団では強化された方だろう。

 

  だが、科学ばかりに頼っていてはとても強くなれない。なので、儂は普段は世界中の山にこもり、一週間に一度ほど、庭師の仕事をして、なんとか食いつないで生きている。

  この時代、確か西暦20××年になってから、職に困った時、これほどまでに庭師の仕事に感謝したことはなかった。

 

  そんな儂じゃが、現在はとある山の上を目指していた。

  今の季節は秋。山が紅に染まる時期だ。

  この上には、楼夢殿の実家、白咲神社がある……はずだ。

  なぜ疑問形なのかというと、儂が最初で最期にここを訪れたのは、楼夢殿の葬式の時だけだからだ。儂がこの場所を知ることができたのも、インターネットというものを使って次の修行場所を探していた時、偶然見つけたからに過ぎない。

 

  昔は綺麗に整えられていた階段を、一段一段踏みしめるように登っていく。

  この世界には、妖怪はもう存在しなくなっていた。

  そもそも、妖怪というのは人間の恐怖という思いから産まれたものである。だが、科学が発展したせいで、人はそういった怪奇現象を自分たちが知っている理論で解決するようになってしまった。

  鬼火が見えたという人がいれば、大多数は、見間違いだの、精神の異常だの言って、それをなかったことにしてしまっている。現に、今も怪奇現象が世界中で起こっているのに、真実に辿り着けた学者は果たして何人いるだろうか? いたとしても、彼らは世間で変人扱いされて、笑わられてしまうだけだろう。それで、終わりだ。

 

  昔は良かった、などと語るのは趣味ではない。だが、儂には人間たちが、真実に辿り着くための思考を放棄してしまったようにしか見えないのだ。だが、これはおそらく儂のような長生き者だけしかそう思わないのだろう。今を生きる人間たちにとっては、儂の時代の人間がどうやっても作り出せなかった平和が日常にあるのが普通で、刀を振り回したりする方が狂人という認識になっている。

 

  そうやって、行き場を無くした妖怪たちは、とある世界にたどり着く。

  最後の楽園、幻想郷だ。

  紫殿が作り出したこの場所は、なんでも幻想郷全体を『博麗大結界』と言う結界で覆い、外の常識と中の常識を完全に分けているらしい。ついでに、この結界を超えることは通常不可能で、また、物理的に目に見えるというわけではなく、境界にたどり着こうとしても同じ景色が延々と続くだけで、逆に戻ろうとすると一瞬で戻れるという、若干意味不明で理論的な結界になっているらしい。

  とりあえず、これ以上は結界については分からない。儂は結界術に関しては乏しいので、解説するなら作った本人を呼ぶしかないだろう。

  まあ要するに、この結界のおかげで、中は『人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を襲う』と言う昔の人間と妖怪のパワーバランスを維持できているということだ。

 

  そう思考するうちに、赤く、古ぼけた鳥居が見えてきた。

  ……やはり、ここも科学の影響を受けていたか。

  妖怪が否定されているということは、栄華を誇った神々も否定されているということだ。

  本当に、今の人間たちに虫唾がはしる。楼夢殿が西行妖を封印していなければ、今ごろ地上は奴によって支配されていただろう。

  それになのに、これが、命をかけて世界を守った英雄に対する仕打ちか!?

 

「……虚しいものだ」

 

  美しかった鳥居を見上げながら、一人そう呟いた。

  そうやって、世を嘆きながら鳥居をくぐると、そこには儂が驚く容姿をした女性がいた。

 

  身長は170くらいだろうか。黒い巫女服をその身に包んでおり、その姿はとても美しかった。

  だが、儂が驚いたのはその点ではない。()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()

 

「……お、お主は……?」

 

  激しく動揺しながら、彼女を見つめる。だが、よくよく見ると、彼女は楼夢殿とは別人だということがわかった。

  まず、身長が楼夢殿より若干高いと言う点。次に、楼夢殿の髪が尻にまで届く長さに対して、女性の髪は地面すれすれという、異常な長さだった点。最期に、楼夢殿のトレードマークである桃色の髪が、彼女は明るい紫だったと言う点だ。

 

「……こんなところに客とは珍しいですね。ようこそ、白咲神社へ。私の名は白咲楼夢、一応この神社の神主です」

「白咲楼夢、じゃと……?」

 

  だが、名を聞いた時、再び儂の心臓がバクバクと鳴った。

  そのリアクションに気づかれたのか、目の前に女性は冷静に、儂の疑問に答えた。

 

「もしかして、この名についてご存知でしたか?」

「あ、ああ。聞いたことがある名前だと思ってのう……」

「それなら説明します。私の神社では、白咲流剣術を極めた者にこの名が授けられるのです」

「……なるほどのう。ちなみにお主は何代目白咲楼夢なんじゃ?」

「二代目です。一代目は確か、初代の巫女だったと思います」

 

  その言葉を聞いて、儂は別のことに興味が湧いた。

  白咲神社ができたのは、西行妖が封印されるよりも前のことだ。つまり、彼女はその数百年の歴史の中で、一、二位を争う実力の持ち主と言うことだ。

  そんな方と戦えば、儂の修行にもなるはずだ。

 

「……見たところ、あなたも普通ではないようだ。立ち振る舞いからして、凄まじい実力の持ち主ですね」

「申し遅れたな。魂魄妖忌じゃ。こう見えても、人生のほぼ全てを剣に捧げておる。……そこまでわかるのなら、どうじゃ? 儂と一回手合わせしてみんか?」

「ふむ……いいでしょう。ここなら騒ぎにもならないでしょうしね」

 

  儂の頼みを、彼女は軽く承諾する。

 

(さて、その実力、見せてもらおうか)

 

  高鳴る鼓動を押さえつけながら、そう心の中で叫んだ。

  だが、この後。儂は、彼女の認識を数段上に上げることになる。

 

 

 ♦︎

 

 

  使い慣れた長刀と短刀のうち、長刀の方を抜いて、ゆっくりと彼女へ向けて構えた。

  ただ、使い慣れたと言っても、短刀の方は、西行妖と戦った時に持っていた白楼剣ではない。あれは代々魂魄家の者に伝えるものなので、旅立つと同時に白玉楼に置いていったのだ。

  だからと言って、ハンデがあるわけではない。白玉剣は迷いを断ち切る能力があるだけで、それ以外は普通の刀でしかない。人間である彼女と戦う際に、持ってても持っていなくても、あんまり変わらないのだ。

 

「準備はできたぞ。お主はどうじゃ?」

「こちらもいいですよ。いつでもどうぞ」

 

  一方彼女は腰に差してある鞘から、全てが漆黒に染まった長刀を抜き出した。

  瞬間、寒気のようなものが体にはしった。

  ……あの刀、明らかに雰囲気が普通とは異なっている。目を凝らして見ると、その理由がわかった。

 

(……なんじゃ、刃に霊力で何か刻まれているぞ。あれは…… 退魔の術式じゃとお!?)

 

  そう、刃には退魔の術式が込められていたのだ。

  道理で説明がついた。儂の種族は半人半霊、つまり半分は幽霊だということだ。そんな儂があんなので切られたら、最悪成仏してしまう。

  ま、まずい。非常にまずい……。もう半分が人間であるため、戦闘には支障が出ないが、切られた時のダメージが半端ない。しかし、自分から言いだして今更中止を言えるわけ……。

 

「ちなみに、ルールはどうしますか? さすがに境内が散らかるから、殺し合い以外にして欲しいのですが……」

「ルールじゃと……? そうじゃ、それがあったな! では、一撃決着ということでどうじゃ?」

「そうですね。こちらも文句ありません。では、始めましょう」

 

  た、助かった……。いくら儂があの刀に弱くても、一撃だけならなんとか耐えられるだろう。とはいえ、痛いことに変わりはない。なので、こちらも本気でやらせてもらおうか。

 

  彼女が袖からコインを取り出す。そして、それが地面に落ちた時が、始まりの合図だった。

 

「やあああああっ!!」

 

  気合いの雄叫びをあげながら、儂は刀片手に彼女へと突っ込んだ。二本目を抜かないのは、単に彼女の力を測りたいだけ。そして、彼女は予想異常の反応を見せつけた。

 

「はあっ!」

 

  彼女は斬撃を受け流すと、反撃に刀を振るった。だが、その速度は普通ではない。なんと、 それは楼夢殿に匹敵する速度だったのだ。

 

「くっ!」

 

  浅く切られたが、なんとか回避に成功する。しかし、これで退くほど、経験は浅くない。体制を立て直し、正面から斬り合いを挑んだ。

 

  金属同士がぶつかる音が、何回も響き渡る。儂が攻めると、彼女はそれを受け止めるか、いなすしてカウンターをして反撃されてしまう。そして、来ると分かっていても刀を振り切った状態では回避することも難しい。

  よって、未だにクリーンヒットはしていないが、儂の体にはいくつもの浅い切り傷ができていた。

 

「……そろそろ本気を出したらどうですか? このままではすぐに終わってしまいますよ」

 

  つば競り合いの途中、不意に彼女がそんなことを言ってきた。

  直後、彼女は大きなモーションで、切り上げを放ってきた。

  ガードするも、今までとは比べものにならないほどの馬鹿力に、思わず数メートル吹き飛ばされてしまった。

  ……だが、おかげで彼女と距離ができた。これなら二本目を抜くことができる。

 

「正直見くびっていたことに謝罪しよう。そしてここからは全力を出させてもらう」

 

  心のどこかで、自分は強くなったと勘違いしていたのかもしれない。

  確かに、儂は修行を重ね、あの頃よりもさらに強くなった。だが、それで儂より上がいないとは限らないことを、忘れてしまっていた。

  感謝しよう。彼女のおかげで、そのことを思い出すことができた。そして、ここからは誠意を持って、儂の全力を尽くさせてもらう。

 

  短刀を左で抜き、二刀流の構えをとる。それだけで威圧が増すが、彼女は顔色一つ変えず、冷静な瞳でこちらを見定めていた。

  ではその顔に、焦りを浮かべさせるとしますか。

 

  右の長刀を掲げるように、上に上げる。それだけを見て、彼女は顔に疑問を浮かべていた。

  当たり前だ。この距離では刀はとても届かない。だが、次の瞬間。それは驚愕に変わった。

 

「断迷剣『迷津慈航斬(めいしんじこうざん)』」

 

  突如、掲げた刀身が、まばゆい青緑の光に包まれた。そしてそれを振り下ろすと、光の斬撃が放たれ、地面をえぐりながら突き進んでいった。

 

「なっ!?」

 

  そこで初めて彼女はそれを驚愕をあらわにした。

  当たり前だろう。彼女は現代の人間。妖力を使った剣術など、初めて見るものだったはずだ。

  だが、彼女も最高の剣士の一人。とっさに横に飛び退くことで、なんとか攻撃を回避した。

  だが、見たこともない技に驚いたのか、必要以上に大きく飛んでいる。そこが、チャンスとなった。

 

「断霊剣『成仏得脱斬(じょうぶつとくだつざん)』!」

 

  空中にいる彼女の横に回り込んで、二刀の刀を同時に振るった。

  すると、彼女の真下の地面が桜色に光り輝く。そして、そこから無数の剣気が、彼女を呑み込んで上空まで柱のように伸びていった。

 

「これで、終わりだ……何?」

 

  光が消えた後、儂は目を見開いて驚いた。

  そこには、大量の浅傷がありながらも、直撃だけは防いだ彼女の姿があった。

 

「まだ……終わってませんよっ?」

「まさか……あれを全て弾いたというのか!?」

 

  彼女の周りの地面には、バラバラに無数の斬撃の跡が刻まれていた。彼女自身がわざわざ刻んだわけではない。これは、あくまで副産物的なものだ。

  彼女は、無数の斬撃の内、直撃するものだけを限定して、それら全てを刀で弾き返したのだ。

 

  明らかに霊力を操れない人間ができることではない。だが、彼女も無事というわけではなかった。

 

「……はぁっ、はぁっ……くっ」

 

  先ほどまで仮面をかぶっていたかのように無表情だった顔には、汗といくつもの浅い切り傷ができていた。それに、呼吸もかなり荒い。相当無理をして、防いでいたのだろう。

 

「氷結乱舞!!」

 

  神速で放たれる七連の斬撃。速度は楼夢殿と同等。だが、そこには霊力も氷も纏っていないという、最大の違いがあった。

 

「ぬぅぅんっ!!」

 

  迫り来る斬撃を、儂は経験だけでなんとか防いだ。この剣技は、楼夢殿が良く使うので、体が自然と覚えていたのだ。

  とはいえ、楼夢殿のは軌道は分かっても威力が凄まじいので受け止めることなど到底できないだろう。その点、彼女のは霊力がない分、威力が減っており、ギリギリ儂でもさばくことができた。

 

「……ッ!?」

「転生剣『円心流転斬』!」

 

  彼女は自分の剣技が、まるで分かっていたかのように防がれたことに目を見開く。その隙に、儂は弧を描きながら五連続切り上げを繰り出した。

  だが、彼女の適応力も高い。三回目の時にはもう完全に見切られ、防御されてしまった。

  だが、それで儂の攻撃は終わりではない。五連続切り上げが終わった後、儂は剣の軌道を上から横に変え、渾身の突進切りを放った。

  突如のリズムの変化に驚きながらも、冷静にそれは受け止められてしまう。だが、体重の差で、彼女は二歩ほど、後ろに飛ばされた。

 

  そして再び、距離が空く。それは、突進切りには絶好の距離だった。

 

「剣技『桜花閃々』!」

 

  瞬間、閃光が煌めいた。『桜花閃々』突進しながら長刀で連続切りを繰り出すこの技は、速度と威力両方を兼ね備えた、得意技の一つだ。

  桜色の斬撃が、彼女に迫る。だが、それらは彼女に当たることはなかった。

 

  それは、あの門前の決戦で楼夢殿が見せた防御法だった。

  彼女は、儂の速度に合わせて後ろに下がり、剣速に合わせて全ての斬撃を受け流す。

  これをやられると、突進の後に動きが止まるため、大きな隙ができてしまう。案の定、彼女は動きが止まる間を狙って、儂に刃を振り下ろしてきた。

 

  だが、儂が一度やられた方法を放っておくわけがない。しっかり対策も立ててあった。

 

「『現世斬』」

 

 動きが止まった一瞬、儂はさらに地面に深く踏み込み、余った左の短刀で再び突進切りを放った。

  こればかりは、さすがの彼女も完璧に対応できなかった。攻撃のモーションに入っていた刀の軌道を無理やり変えて、受け止めた。が、

 

「くぅっ……!」

 

  攻撃時の体制というのは非常にアンバランスなものだ。全体重を乗せた儂の攻撃に、無理やり防御した彼女の上半身は後ろに大きく仰け反った。

 

  千載一遇、そしておそらく最後の大きな隙。

  儂は短刀を放り捨て、右の長刀を両手で握る。すると、青緑の光にコーティングされ、刀身の長さが何倍にも増した。

 

「『迷津……慈航斬ッ』!!」

 

  天を貫く聖剣が、彼女に向かって振り下ろされた。

  バランスを崩した状態でも、かろうじてガードするが、その質量と威力に彼女の刀は押されていく。

 

  儂は勝利を確信し、さらに力を刀に込めた。

  だが、不思議な現象が起こる。彼女の刃が青白く発光したかと思うと、次には儂の刃が徐々に押し返されてくる。

 

  その光を、儂は見たことがあった。あの光の色、そしてあの構えはーーーー

 

「『森羅ァ……万象斬ッ』!!!」

 

  そして、彼女の刃は青白い光に包まれ、儂のを超えた大きさになった。

  『森羅万象斬』楼夢殿が得意な技であり、その一閃は海を割り、地を砕く。

  その伝承に似合う一撃が、青緑の刃を吹き飛ばし、儂の体を背景ごと切り裂いた。

 

(……負け、か。じゃが、なぜだろうか……とても良い気分だ……)

 

  そして、儂の意識は闇に落ちていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「まさか負けるとは! 見事じゃわい。かっかっか!」

「いや、こちらもギリギリでしたので。まあ、興味深いものを見せてもらいました」

 

  目を覚ました後、儂と彼女は神社の縁側でお茶を飲みながら話をしていた。

 

「それにしてもお主、なぜ霊力が扱えぬのじゃ? 白咲神社の巫女なら、何か霊術の一つでも使えるはずなのじゃが」

「昔の話ですよ。私の祖父の時代にはもう、霊術なんてものは消えていましたよ」

「……そうか。お主ほどの剣士を育てた人じゃ。よほど立派だったのだろう」

「名前でいいですよ。……ありがとうございます」

「むむぅ……楼夢、殿……と呼べばいいだろうか? すまんな、その名前のお方が一人いてのう、何か言いにくいのじゃ」

「そうですか……では、神楽とお呼びください。そちらが元々の名前ですので。その代わり、その同じ名を持つ人物について聞かせてもらえませんか?」

 

  儂は了承すると、尊敬する剣士、楼夢殿について語り始めた。

  最初の出会いから、その後の尊敬できる数々の場面。そして、その最後まで話したところで、日はとっくに過ぎていた。

 

「なるほど……私の剣術を知っているようでしたから、てっきり初代巫女辺りの知り合いかと思いましたが、まさか神様本人が実在していたなんて……」

「なんじゃ、神楽殿は神を信仰していないのか?」

「実を言うと……まあ。それに、この神社はおそらく私の代で最後でしょうから」

「……どういうことじゃ?」

 

  その衝撃的な発言を聞いて、思わず儂は問い返してしまった。

  すると、神楽殿は真剣な顔で、その問いに答えた。

 

「後継の問題です。こんな山奥に住んでいる私とでは、誰も結婚したがらないでしょうから、私には子供なんてとうていできそうもないのです」

「いや、神楽殿の美貌なら、男なんぞすぐに堕ちるのではないか?」

「無理ですよ。なぜなら……私、『男』ですし」

「……はぁっ!?」

 

  目をこすった後、もう一度神楽殿の顔を凝視する。だがやはり、儂の目には彼女は女性にしか見えなかった。

 

「驚きました? 私には兄がいたのですけど、姉や妹が産まれなかったのです。なので、最も女顔だった私が巫女まがいのことをしている、というわけです。……やっぱり変ですよね、男が巫女なんて。だから私にはーーーー」

「くくくっ、はっははははっ!!!」

 

  彼女のその言葉に、儂は思わず笑いだしてしまった。なぜなら、彼女、いや彼の悩みは、楼夢殿がいつも抱えていた悩みと同じだったからだ。

 

「くくくっ、いいことを教えてやろう。この神社の神、楼夢殿はそれはそれは美しい女顔の男でのう。いつもお主と同じように悩んで追ったわい」

「この神社の神が、私と同じ……?」

「そう、同じじゃ。じゃが、お主と違って、あの方の周りには、彼を慕う女性がいた。なぜじゃと思う?」

「なぜ、ですか……?」

「あのお方は、口では自分の容姿を散々罵っていても、本当はあまり嫌ってはいなかったのじゃ。むしろ、これが自分なんじゃと理解して、常に自分らしく生きようとしておった。お主との違いはそこじゃな」

「自分らしく、ですか?」

「あまり難しく考えないでいい。思うままに自分がしたいと思ったことをする。それさえできれば、お主は自分を失わずに生きていけるだろう」

「……ご教授、ありがとうございました。参考にさせてもらいます」

 

  そう言って、彼はその頭を儂に下げる。

  なんだか照れくさいのう。実はこれ、全部楼夢殿の受けおりなんじゃが、そのことは言わないでおこう。

 

「それじゃあ、儂はそろそろ帰るとするかのう。世話になったな」

「縁があれば、また会いましょう。さようなら」

「ああ、また会おう。今度は儂が勝ってみせるからな」

 

  別れの挨拶を交わすと、鳥居をくぐり、階段を降りていった。

  おそらく、戦闘中に彼女は儂が人外だということに気づいていたのじゃろう。この時代の人間なら絶対に受け入れない話を、彼女は特に驚きもせず受け入れてくれた。

  そうやって、別の種族にも「また会おう」と言うところが、楼夢殿に似ていたのだろう。つい、あの方の顔を、神楽殿と重ね合わせてしまった。

 

  今日は面白い人間にであった。そして、昔を良く思い返す日でもあった。

 

「さて、次はどこに行こうかのう?」

 

  そう言って、儂は今日も歩くのであった。

 

 





⚠︎CAUTION⚠︎

今回のは一部ネタバレと設定の説明が入ります。
少量のネタバレも嫌だ、という方は見ないでください。大丈夫な方は、ぜひご覧ください。





「今回文字数結構長かったな。そのせいで投稿遅れたのか? 狂夢だ」

「その通りです。そしてとうとう現代に突入しました。いつもニコニコ、宿題終わりそうにないダメ人、作者です」


「今回は久しぶりの妖忌の登場だな」

「そして、結構前からフラグが立っていた神楽さんの登場です。ちなみに名前も一回だけ出たことがありました。(詳しくは52話を参照)」

「でもまだ楼夢の過去編はやらねえんだろ?」

「そうですね。後一話ほど挟んだら、過去編を書かせてもらいます。ちなみに、現代と言っていますが神楽さんがいる時代は私たちのリアル世界よりも未来の話のです。そこらへんは秘封倶楽部について調べれば分かると思いますが、一部作者の想像上の物が出てくるかもしれません。そこのところを、ご了承ください」

「おおっ、台本通りの注意書きだな。そして、一つ思ったことを聞いていいか?」

「なんですか?」

「神楽って、強すぎねえか? 明らかに初期の楼夢やらを超越しているだろ」

「ああ、そこですか。それはですね、ちょこちょこ書いていたと思いますが、楼夢さんは記憶を一部なくしているんですねぇ。そのほとんどが重要な記憶だったため、肝心なことを思い出せない楼夢さんは弱体化してしまった、ということです」

「なるほど、本来は化け物だった、と?」

「考えてくださいよ。大妖怪最上位クラスの妖忌さんに、いくら剣術の勝負とはいえ神楽さんは霊力なしで勝ったんですよ? ベストの状態なら、日本の自衛隊を全滅させる実力があります」

「それはもう人間じゃねえよ……」


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邪神の追憶

自分のルーツ それがなければ自分じゃない


by白咲狂夢


 

  ミーンミーンとうるさい音が聞こえる。鬱陶しい蝉の声だ。こいつのせいで、気温が5度ほど常勝したかのような錯覚にとらわれてしまう。

  そんな、太陽がギラギラと輝く中、一人の男が熱されたアスファルトを踏みしめて歩いていた。

 

  「……暑い。いくらなんでも暑すぎるだろこれは」

 

  男は、今にも死にそうなかすれた声で、なんとかそう呟いた。

  そんな男は、街行く人の視線を妙に集めていた。それは、十中八九男の姿が、ここでは浮いていることが原因だろう。

 

  男は、黒いシャツの上に、暗い紺色のジャケットを羽織っていた。それだけなら、季節外れで済むだろう。だが、問題は男の髪の色だった。

  日本人なら、髪は黒が普通だ。外国人なら金髪などで、日本でも観光客がよくそれに該当した。

  だが、男の髪は()()()()()()だった。おまけに瞳の色も、血のような真紅で常人なら近づけないようなオーラを放っている。そして、頭に飾りとして斜めに巻いてある大きな鎖が、彼の凶暴さを主張していた。

 

「……たくっ、久しぶりの日本だってのに、これは失敗したかもな。秋に来るべきだったぜ」

 

  その男の名前は白咲狂夢。時狭間の世界という場所の管理人で、至上最凶最悪の邪神。つまり、俺のことだ。

 

  俺は現在、久しぶりに時狭間の世界から外へ外出していた。理由はもちろん、今の時代が20xx年になったからだ。この時代になると、お菓子やらゲームやらアニメやらがわんさか溢れているのが普通になっている。つまり、俺にとってこの時代は楽園のようなものなのだ。

 

「さーて、プラモでも買おっかねぇ。それよりもまずは飲み物飲み物っと」

 

  120円ほど、自動販売機に入れると、ボタンをポチッと押す。それだけで、ペットボトルに詰められた、キンキンに冷えている黒い炭酸水コッカコーラが落ちてきた。

  それを拾い、一口でグビッと流し込む。そして、ぷはァァァァという声が口から飛び出てきた。

 

「うんめぇぇぇぇ!! くぅぅっ、やっぱこの時代は最高だぜ。こんないい物を飲めないとは、どこかのピンクファンキー頭も可哀想なものだ。せめてペットボトルだけでも送っといてあげよう」

 

  コーラの匂いが染み付いたペットボトルを持って、悔しそうに顔を歪める楼夢の姿を見を想像すると、無性に口元が歪んできた。よし、今日中にあいつの墓に届けておこう。

 

  そして、もう一度ペットボトル匂い口をつけようとすると、前を見ずに走っていた子どもが俺にぶつかってきた。

 

「何しやがるこのクソガっ……!?」

「痛てて、テメェ、何しやがる!」

 

  声を上げて怒鳴ろうとしたが、その子どもの容姿に一瞬思考が止まった。

  白い髪に、生意気な口調。そして、赤い瞳。その姿に、俺は見覚えがあった。

 

「何やってんだ白楼(しろう)! 早く謝れ!」

 

  そして、後ろからもう一人見覚えのある容姿の少女が現れた。

  長い紫の髪に、紫の瞳。明らかに将来有望な美少女がそこにいた。

  だが、俺はこの少女が男だということを()()()()()。だしかし、面倒くさいのでそのまま少女と呼ぶことにする。

  その少女は、俺がヤバイ奴だといち早く気づき、慌てていた。

 

「うるせェぞ神楽! こいつが俺にぶつかってきたんだ!」

「馬鹿! どう見ても私やお前が敵う相手ではないだろ! それすらも分からないのか!?」

「売られた喧嘩は買って返す。それが俺のやり方だ。分かったら放せ!」

 

  白い少年の方も、俺の実力に関してはうすうす気づいていたようだ。それでも、俺とやりあうつもりらしい。まったく……ムカつくぜ。

 

「おいガキィ。テメェ、なんでそこまで俺とやりてェんだ?」

「ムカつくからだ。障害物はぶち殺す、それが自然の摂理じゃねェのか?」

「ははっ、気に入った。じゃあ死ね」

「伏せろ馬鹿が!」

 

  俺は、このクソガキに向かって拳を振り下ろした。だが、それよりも速くとなりの少女の蹴りが少年を吹き飛ばし、拳はアスファルトを砕くだけで終わった。

  もちろん、この時代でこんなことをやったら立派な犯罪だ。だが、音を消し、アスファルトも一瞬で治したことで、それに気づくものは誰一人もいなかった。

 

「……気が済んだか? ならさっさと謝って行くぞ」

「……はぁっ、スンマセンデシタ。これでいいだろ?」

「まあ、今回は特別に許してやろう。だが、また俺にぶつかってきたらぶち殺す。分かったな?」

「はい。兄がすいませんでした」

 

  その後、二人は走って俺から離れていった。

  まあ、いつ殺されるか分からない奴の近くにいつまでもいたくはないわな。

  俺は、再びコッカコーラを飲んだ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  二人が俺の後ろにある横断歩道に向かって走っていた時、少年の方が「よし、じゃあプラモ買いに行こうぜ」と口にし、さらに加速した。

  その言葉を聞いて、俺はこの後何が起こるのかを()()()()、気づけば大声を上げていた。

 

「待てクソガキ! そこを渡るな!」

「……えっ?」

 

  だが、遅かった。

 少年が、青信号になったばかりの横断歩道を駆けていたその時、

 

  ーーーーブゥルルルルルルルゥッ!!!

  そんな音とともに、車が赤信号を無視して横断歩道に突っ込んだ。

  当然、少年は避けれるはずもなく、口を大きく開けている。そのまま

 

 

  ーーーーグチャッ、という肉が潰れる音が聞こえた。

 

  吹き飛ぶ人体。飛び散る鮮血。少年の体は地面に叩きつけられ、道路に赤い池を作り出した。

 

「あ、あぁ……しっ、白楼……!」

 

  呆然と先ほどまで一緒にいた兄の名を呼ぶ神楽。だが、返事はない。

  即死だった。

  すでに道路には人が集まり、その肉塊を見て吐き出す者もいる。

 

「しっ、しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

  辺りに、神楽の叫び声が響いた。

  だが、現実は非情だ。どんなに祈っても、人が蘇ることはない。

 

「……ちっ、胸糞悪ィもん見ちまったぜ……」

 

  混沌と化す横断歩道に背を向け、俺は逃げるようにその場から転移して家に帰った。

 

 

 ♦︎

 

 

  あの事故から数週間後、俺は再び地上に来ていた。

  今度こそは楽しい旅行になることだろう。もし邪魔されたらぶち殺すだけだ。

 

  さて、今回俺が行くのは、かつて楼夢が荒らしまくった大和、いや奈良にあるとある神社だ。そこには、アマテラスやらスサノオなどの、諏訪大戦でドンパチやった神々が隠居している神社があるらしい。

  この時代では、人間たちは基本的に神への信仰心は皆無に等しい。だが、伊勢にある天照を祭神とする有名な神社など、一部の有名な神社は観光スポットとして、今でも生き続けている。

  だがそこに、神への信仰はないので、平気でゴミをポイ捨てする客が増えている。人間が来ることで神力は増えるが、自分の家が汚されるのをよしとしない神々は、そういった理由で各地に人間には認識できない結界で覆われた、大きな神社を立て、そこに住むことにした。

  神力は自分の本社から回収すればいいため、神々にとっては何のデメリットもない。強いて言うなら、よく境内で喧嘩が起こるぐらいだ。

 

  なぜ、こんなところを俺が目指しているのかは理由がある。それは、楼夢の娘である美夜、清音、舞花が現在そのアマテラスが管理している神社にいるからだ。

  まあ、当然だろう。白咲神社は現在、順調にボロ屋敷と化していっている。無理にそこにとどまるより、消滅の心配がない場所に逃げるのが普通だ。

 

  そんなこんなで、俺は今その神社に侵入している。魔法などを使えば姿や気配、そして音も消すのは容易い。結果、ここにいる神々の誰も俺の侵入には気付けなかった。

 

  そして、いよいよ娘たちのいる部屋に忍び込んだ。

  中には、静かに瞑想している美夜と、本を読んでいる舞花。そして、一人床でゴロゴロ漫画を読んでいる清音の姿があった。

 

「……よし、瞑想終了っと」

「あっもう終わったんだ」

「……貴方も漫画ばかり読んでないで修行したらどうなの、清音?」

「姉さん〜、確かに瞑想は大事だけど、今やる必要はないでしょ。熱くて服がはだけちゃうよ」

「むっ、確かにこのままでは服から胸が落ちてしまいそうね。早く着替えなきゃ」

「……貴方たち、落ちる胸もない私に喧嘩を売っているの?」

 

  二人がそう言って、互いに胸の苦労話をしていると、舞花が後ろに化身を出しながら微笑んできた。

  さて、ここらで口を挟ませてもらうか。

 

「いいじゃないか、舞花。胸が小さくても、俺は魅力的だと思うぞ」

「私はまだ成長期なの! ……って、今のは誰……ッ!?」

「よっ、三人とも。元気そうだな」

「「「狂夢さん!?」」」

 

  三人は俺を見るなり、大きな声を出して驚いた。

  今のリアクションから分かる通り、俺は娘たちと接点があった。というより、楼夢はよく娘たちを放ったらかしてどっかに行くことが多く、俺はその度に子守りとして三人をして世話してきていた。

  ちなみに、楼夢は俺のことを、自分の二重人格の内の兄の方、と説明したらしい。最初は三人とも首をかしげていたが、要するに俺と楼夢は同一人物だということを説明すると、なんとか理解したようだ。

 

「なっ、なんでここにいるんですか!? もしかして、お父さんももう生き返ってーー」

「いや、楼夢はまだだ。俺はあいつとは分類的に違う神だから、帰ってこれただけだ」

「そう、ですか……。すいません、慌ててしまって」

「気にするな。だが、あいつはあと十年ほどで生き返るはずだ」

「本当ですか!?」

 

  落胆してしまった美夜を、撫でながら楼夢がそろそろ生き返ることを告げると、パァッと顔をして明るくして笑顔になった。

  くぅぅ〜、可愛い! 美夜は普段はしっかりしているが、本当はかなりの甘えっ子なので、こうしてあげるとすぐ嬉しそうな表情になる。

  他の二人も、楼夢が生き返ることにかなり喜んでいるようだ。無口な舞花でさえ、清音と抱き合って喜んでいる。

 

  この後、俺たちは自分たちの現状などを話して、今日を楽しんだ。

  そして、気がつけばもう日が落ちていた。

 

「……もうこんな時間か。そろそろ帰った方がいいか」

「そんな……もう行っちゃうの?」

「すまねえな清音。後数十分後にピザの配達が来るんだ」

「……何気にこの時代に適応しているね」

「それはお前もだろうが」

 

  今清音に言われたことを、ブーメランにして返しておく。

  思えば、楼夢の知り合いは何気に適応力が高い。火神は相変わらず裏社会で生きているが、一番驚いたのは妖忌のじいさんが世界的に有名な庭師として活動していることだった。

  なんでも、『世界のどこかにふらりと現れる謎の凄腕庭師』とネット上で広まっており、各国の政治家や大統領までもが血眼になって雇おうとしているらしい。とはいえ、楼夢の記憶ではその本質は修行オタクなので無駄に終わるだろうが。

 

  さてと、そろそろ本格的に帰らなきゃな。アマテラスやらなんやらに不法侵入したのがバレると、後で色々面倒くさくなっちまう。

 

  能力で時狭間の世界とつながるスキマもどきを開く。

  それを見ると、娘たちも悲しそうな表情を浮かべてしまった。

 

「ああもう! これでもやるからんな顔すんじゃねえよ」

「……これは?」

 

  舞花が、そう言って俺が取り出した物を見つめる。

  俺が時狭間のスキマから取り出した物。それは、彼女たち用に作った武器だった。

 

「美夜にはこの長刀だな。名前は『黒裂(くろさき)』。特殊な能力はないが、その代わり鋭さと強靭さを限界まで引き上げている。俺や楼夢クラスの妖魔刀じゃなければ刃こぼれすらしないと思うぜ」

「私の……新しい刀……」

 

  そう言って、俺はオリハルコンやらの伝説級の金属で作った黒い刀を美夜に渡す。ちなみに、形は白咲家に伝わる黒月夜に似ているが、彼女のにはうっすらと青いオーラが見えていた。

 

「それで、清音にはこの二刀一対の短刀が似合うな。名前は『金沙羅木(きさらぎ)』で、妖術なんかを使う際、これが杖代わりになって発動をサポートする仕様になっている」

「へぇーいい機能だね! ありがとう、狂夢さん!」

 

  彼女の髪と同じの、金色の双刀をあげると清音は、ひまわりのように明るい笑顔で俺にお礼を言ってきた。

  ふっ、鼻血が出そうになっちまったじゃないか……。

 

「最後は舞花だな。お前は色々な武器を使えるから、こんなもんを作ってみた」

「……これは何?」

 

  俺が彼女に渡したのは、銀色に光る腕輪だった。

 

「こいつは『銀鐘(ぎんしょう)』。一見ただのリングだが、これは伝説級の金属数百キロ分を圧縮させて作っている。これをつけて頭の中でイメージすると、お前の好きな形に変えることができる。ちなみに重さは魔法でちょっとしかないはずだから心配すんな」

「ちょっと使ってみてもいい?」

「おう。俺もデータは取りたいからな」

 

  舞花は一呼吸置くと、頭の中にイメージを浮かべて集中する。すると、腕輪が眩い銀の光を放ち、しばらく経つと、舞花の手にはマグロ解体に使うようなでっかい包丁が握られていた。

 

「……凄い……」

「実験成功だな。ちなみに、なんで包丁にしたんだ?」

「武器以外にも変形するか疑問に思って。あとは切れ味だね」

「おっ、おい、何切るつもりなんだ?」

「……大黒柱」

 

  待てっ! と叫んだが時すでに遅し。

  舞花の包丁が、蝿を払うように部屋の大黒柱に向かって繰り出された。

 

  瞬間、放たれた包丁は空を切るだけに終わった……かに思えた。

  ズルズル、という音を立てながら、大黒柱がゆっくりスライドしていき、最後に床に大きな音を立てながら落ちた。

  そう、大黒柱は、見事に切断されていた。

 

「……ふっ」

「『ふっ』じゃないよお馬鹿ッ! 大黒柱なんて切ったら……」

 

  その時、部屋の屋根が突如ギシギシと音を立てながら軋み始めた。

  そして、降ってくる天井。支えるものがなくなった屋根は、そのまま呆気なくーーーー

 

 

  ドッゴォォォォォン!!!

 

  ーーーー崩壊して、物凄い音とともに部屋の中をメチャクチャにした。

 

「なっ、何事なの!? 美夜ちゃん、清音ちゃん、舞花ちゃん、無事ですか?」

「あ、やばい天照さんが来た!」

「あばよ、娘たち! Au revoir(さようなら)!」

「待って狂夢さん! 私たちを見捨てないで!」

「……なんなんですか、これは……?」

 

  俺がスキマで逃げた後、そんなアマテラスの声が聞こえた。

 

「こ、これは違うんです天照さん!」

「そうだよ天照さん! これは舞花が間違えて切っただけなの!」

「しおぉぉぉぉん!!! 何真相言ってんの!?」

「しまった!」

「……おわった……でも、死なば諸共。せめて姉さんたちだけでも道連れに……」

「……」

 

  美夜たちの言い訳を黙って聞くアマテラス。俺には、その頭から激しい炎が吹き荒れているようにも思えた。

  そして、前へ一歩ずつ進みーーーー

 

「……ふえぇぇぇぇぇん!!! 神社の部屋が壊れたぁぁぁ!! ここを作るのにどれだけ費用かかったと思うのよぉぉ!! ……ヒッグ、ヒッグ……助けてス"サ"ノ"オ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"お"!!!」

(……忘れてた。こいつ、メンタルがメチャ弱かったんだ……)

 

  アマテラスの弱点、精神攻撃に弱い。

  こうしてまた一つ、アマテラスの威厳が失われていくのであった……。

 

 

 ♦︎

 

 

  夏のある日。私は兄を亡くした。

  交通事故だった。青信号の横断歩道を走っていた時、ちょうど信号無視をした車にはねられて死んだ。

  賠償金やらをもらったが、そんなの嬉しくもない。おまけに運転手に関しては私たちが悪いとほざくばかりだった。あまりにもムカついたので、思わず裏路地で斬殺して焼却炉に放り込んでしまった。

 

  そして、報いなのだろうか。数週間後、今度は私の元に危機が押し寄せた。

 

「グルルルルゥッ!!」

「嘘だろ……っ。よりによって一人の時に大熊に見つかるなんて……!」

 

  山のさらに奥のところ。そこで食料を探していた私は、運悪く二足歩行する化け物熊に遭遇してしまった。

  すでに籠は捨てており、持っているものは刀のみ。だが、やるしかない。

 

「たぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

  私は刀を振りかぶり、熊に向けて振り下ろした。だが、人間には十分な攻撃も、熊の分厚い毛と肉のせいで僅かに切り裂いただけで終わってしまった。

 

「ガアアアアアアアァッ!!!」

 

  そして、今ので完璧に敵と認識され、大きな爪が私に向けて横薙ぎに払われた。

  しゃがんで避けるが、風切り音だけであれを食らったらひとたまりもないということを認識させる。

  だが、攻撃しなければ終わらない。なので、次の一撃に全てをかけた。

 

「終わりだァァァァアッ!!!」

 

  風のような速度でかけると、刀を前に構えて体ごと飛んだ。そして、私の刃が飛び込んだ先はーー熊の左胸だった。

 

  グサッ

 

  刃は見事に左胸に突き刺さった。そして、私は勝利を確信した。

  だが……熊の瞳はまだ死んでいなかった。

 

  刃は、心臓に届いていなかった。否、心臓から僅か数センチ外れていた。

  雄叫びをあげながら、熊は腕を振りかぶる。とっさに後ろに避けようとしたその時、ハプニングが起きた。

  刃が、左胸に突き刺さったまま抜けなくなっていたのだ。

 

「しまった……っ!」

「グルガァァァァアアアアアアッ!!!」

 

  気づけば、私の目の前には巨大な熊の手が迫っていた。

  響き渡る、鈍い音。そしてグシャグシャに潰れる体の骨。ボロ雑巾のようになった私の体は宙を舞い、木の幹に叩きつけられた。

 

  ズゥン、ズゥンと言う重い足元が響いてくる。目の前には、死の気配が広がっていた。

 

  ……いつだって、そうだ。弱い者はすぐに死んでいく。

  車より弱かったから、白楼は死んだ。そして、私は弱いから、今ここで死にそうになっている。

 

  ……力だ。力が欲しい……。運命を変えられる、大きな力が。

 

「力が、欲しい……ッ!」

 

 

『へえ、いい願いじゃんかよ。気に入ったぜ』

 

  そんな声が聞こえた後、私の意識は闇に沈んでいった……。

 

 

 ♦︎

 

 

  ……ッ! 急激にあいつの霊力が高まっただと……?

  俺は、空中でスカーレット・テレスコープを発動した。瞬間、俺の視界は森の中にいる一人の人間を映すほどズームされた。

  そこに映っていたのは、紫髪の血だらけの少女。だが、その様子は以前見た時と違い、溢れんばかりの霊力をその身に纏っていた。

 

「グル、グルルルルゥ……ッ!」

「……さっきからグルグルうるせェんだよ。威嚇のつもりかァ? 負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ」

「グルルルルゥ、ガァァアッ!!!」

 

  言葉は通じなくても、雰囲気で意味を察した熊は、雄叫びをあげると神楽に飛びかかった。

  だが、右手が彼女に当たる瞬間、大熊の体は吹き飛ばされ、地面には分断された大きな右腕が落ちてきた。

 

「はっ、しょぼいねェ。んなもんで俺を殺せると思うなよ」

「ガアアアアアアアァ……ッ!?」

 

  右腕を切り落とされた熊は、そのあまりの激痛に雄叫びをあげる。だが、神楽にはそれが心地よいシャンソンに聞こえているように見えた。

 

  数歩後ずさる熊とは対照的に、今度は神楽が前に出た。残った左腕の一撃を掻い潜り、そこから剣先がキラリと光る。

 

「オラオラオラァ!!」

 

  そこから放たれたのは、閃光の乱れ突き。分厚い熊の肉を、背中ごと貫通する一撃が、目にも留まらぬスピードで放たれた。

  まるで、マシンガンで延々と撃ち続けられているかのようだった。ただ、その弾は小さな弾丸ではない。鋭い槍が、立て続けに熊の腹を貫き続ける。

 

  そんなものを食らえば、大熊だろうが関係ない。ほぼ全ての臓器を貫かれた大熊は、最後の抵抗とばかりに再び神楽に飛びかかった。

  だが、それに合わせるように神楽のカウンターの刃が炸裂。熊は、残っていた左腕を切り飛ばされたところで、神楽に背を向けたまま息の根を止めた。

  だが、

 

「まだまだ終わんねェぞ! アハハハハッ!!」

 

  追い打ちをかけるように、神楽は屍と化してなお立っている熊の背中を、問答無用で切り裂いた。

  『氷結乱舞』、一撃で体と体を分断するような斬撃が、七連続で放たれた。

 

  一撃目。熊の右肩から下は、体から見事に分断された。

  二撃目。熊の二つの足が、ものの見事に横薙ぎで切り離された。

  三撃目。四撃目。熊の腹に、大きなXが描かれた。それにより、熊の体は胸から下が切り離された。

  五撃目。横に払われた斬撃が、熊の首から上を跳ね飛ばした。

  六撃目。振り下ろされた一撃が、熊の残った体を真っ二つに切り裂いた。

  そして、七撃目。止めに放たれた高速の突きが、落ちてきた熊の頭に突き刺さりーー貫通した。

 

「く、くくく、くはははははははっ!!!」

 

  もう戦闘はとっくに終わっている。だが、神楽はさらにその頭に刃を突き刺し続けた。

  まさに、狂気。未だに飛び散る血を見つめながら、俺はため息を吐いた

 

「……ふっ、元の面影が全くないな。さすが、()ってとこかな」

 

  それだけ言うと、俺はそこから背を向け空中を歩き始める。

  ここに来た理由はただ一つ、自分の誕生のシーンを見たかったからだ。

 

  今日は夏の暑い夜の日。そして、神楽が妖怪化した熊に襲われた日であり、()という存在が生まれた日でもあった。

 




注意事項:
今回は今話の補足回です。若干メタ要素が混じるかもしれないので、ご了承ください。






「やっと今章終わった〜! ちなみに諸事情により、これから一週間ほど活動を停止します。作者です」

「やっと俺の出番か。一話だけなのが残念だが、次章に期待するとしよう。狂夢だ」


「さて、今回のあとがきは今話の補足です」

「わかりにくいと思うやつもいるだろうから、念のためってやつだ」

「まず、今話のテーマは狂夢さんがどうやって生まれたのか、ということです」

「まあ、簡単に俺が生まれた理由を説明すると、神楽が妖怪熊との戦いの時に抱いていた力の渇望から、心に『白楼』の人格が生まれたということだ」

「ざっくり説明しますとそうなりますね。これでも分からないという方は、超次元サッカーゲームの氷のストライカーの人と似たようなものと認識してください」

「ちなみにこんだけ伏線張ったんだ。次章も俺の出番が……」

「いえ、次章は狂夢さんは出ませんよ。妖忌さん戦の時は十分冷静でしたし、この時点ではただ神楽さんに白楼さんの意思が混じった程度の認識でしかありません。あくまで『狂夢』と『楼夢』が分離するのは、初期で永林の薬を飲まされてからです」

「マジかよ……やってらんねェぞ! 俺は帰る!」

「……帰りやがった、あいつ……しばらく出番減らしてやろう」


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今章のキャラ紹介

 

 ♦︎ 白咲楼夢:

 総合戦闘力???

 この小説の主人公。今章では出番は最初の一話だけという、珍しい境遇にあう。

 

 ♦︎小野塚小町(おのづかこまち):

 総合戦闘力1万

 三途の川で船頭をしている死神。赤髪のボンキュッボンなお姉さん。ちなみに船の名前は『地獄のタイタニック』というらしい。

 

 ♦︎白咲狂夢:

 総合戦闘力???

 楼夢のもう一つの人格から生まれた最凶最悪の邪神。弟同様、今章での活躍はほとんどない。楼夢が失くした分の記憶を保持しているらしい……。

 

 ♦︎四季映姫・ヤマザナドゥ:

 総合戦闘力7万

 地獄の最高裁判長。通称四季ちゃん。身長が低いことを気にしており、現代になると靴に細工して身長を高く見せているらしい。

 

 ♦︎火神矢陽:

 総合戦闘力:通常時12万、憎蛭解放時24万、神解時120万

 お馴染みの西洋最強の妖怪。『灼炎王』と呼ばれている。今章でルーミアと正式に付き合い始める。おそらく今章で一番輝いた人物。西洋に帰還した時も、相変わらず土地破壊を行っている。神解の名は『漆黒の光(ニュイルミエル)』。

 

 新技:

『タイガークロー』:妖力をまとった爪で、相手を何回も切り裂く。

 

『天柱』:異常な大きさの魔方陣から、灼熱の炎が柱のように伸び、敵を焼き尽くす。

 

 極大五芒星魔法『ムスペルヘイム』:

 空中に現れた九つの灼炎竜が、展開された三つの魔方陣を通りながら融合し、地面にぶつかることで近くの町々や山々を塵と化す。

 

『ストーンニードル』:地面を針状にして攻撃する魔法。

 

『ギガジャティス』:マジャスティスの強化版。

 

 

 ♦︎ルーミア:

 常闇の妖怪。おそらく伝説の大妖怪を抜くと最強の大妖怪。火神の彼女である。大食いで、火神が稼いだ金の大半は彼女の食事に溶けていく。西洋に行くが、あまりの食事の不味さに逃亡、その後八雲紫らに封印され、少女の姿でこの世を歩いている。武器は大剣だったダーウィンスレイブを片手剣に改造して、ダーウィンスレイブ零式を装備している。

 

 新技:

『ライフサーチ』:範囲内の生命の数と場所を特定する魔法。

『底なし怨霊沼』:呪いがかかった底なし沼を出現させる。

『ジャックミスト』:対象の周りに刃物に変化する黒い霧が出現し、斬り刻む。

 魔閃『レイ・オブ・ダークネス』:ダーウィンスレイブ零式を妖力で包み、地獄の槍へと変化させ、それを全力で放つ。

『ヘヴィフレア』:巨大な、質量のある炎を放つ。

 

 ♦︎安倍晴明:

 総合戦闘力:1万

 平安京最強の陰陽師。修行のためにたどり着いた白咲神社で、初代白咲の巫女と結婚する。ちなみに、妻との力関係は武力も発言力も、全てが死ぬまで劣っていたという。

 

 ♦︎玉藻前(八雲藍):

 総合戦闘力3万

 白面金毛九尾と言われ、中国、インドなどの国を追いかけ回され、日本にたどり着いた。そこで帝の妻として過ごすが、賞金稼ぎの火神たちに呆気なく正体を見破られ、平原にて火神に敗れた。現在は八雲紫の式神として生きている。

 

 ♦︎八雲紫:

 総合戦闘力8万

 幻想郷を作ろうと日夜奮闘している大妖怪。大妖怪最強のルーミアを仲間と倒すなど、今章では色々主人公っぽいことをしている。大好物は白咲楼夢。

 

 ♦︎ファフニール・スカーレット:

 総合戦闘力:5万

 紅魔館の主であり、夜の支配者。大妖怪では最高クラスの戦闘力の持ち主だが、火神に呆気なく倒される。『龍の閃光(レイ・オブ・ドラゴニック)』という、レイピア並に細い妖力でできた片手剣を操る。

 

 ♦︎博麗楼夢(白咲楼夢)

 総合戦闘力:

 通常時4万、妖狐時9万

 初代白咲の巫女。白咲という名は、今章からついた。博麗神社産まれの巫女だったが、剣の修行のために家出をする。その後、色々あって清明と結婚した。鈴という一人娘がいる。

 武器は、『黒月夜(クロヅクヨミ)』というのちに白咲家に代々伝えられる名刀。

 産霊桃神美の血を受け継いでおり、戦闘能力が格段に上がる『妖狐化』を使うことができる。

 

 新技:

『紫電一文字』:対象の体に五芒星を描き、それを貫くことで発生する地獄の雷で、相手を消滅させる。

 

 ♦︎上白沢慧音:

 総合戦闘力:5千

 ワーハクタクの女性。博麗神社がある山の下にある里で暮らしている。

 

 ♦︎博麗焔花(はくれいほのか):

 総合戦闘力:

 博麗神社の巫女。博麗楼夢の実の妹である。昔はおしとやかな性格だったが、何かが原因でグレてしまった。のちに伝統となる脇露出の巫女服は、彼女が作ったものである。

 

 ♦︎翔天:

 総合戦闘力:

 昔は妖怪の山に住んでいたが、悪さを繰り返し追放された大天狗。大天狗と言っても、その力は天狗の長である天魔を超える大妖怪最上位に位置する。『重力を操る程度の能力』を所有しており、範囲内にある重力を文字通り操作することができる。

 

 ♦︎博麗霊羅:

 総合戦闘力:2万

 博麗の巫女。巫女としては珍しく、拳やお祓い棒での接近戦を好む。しかも、霊術の腕も一流で、サポートにおいては右に出る者はいないと言われている。

 

 新技:

『マジャスティス』:みんなお馴染みドラ●エの呪文。対象の魔力を封印する。

 

 ♦︎藤原妹紅

 総合戦闘力:4万

 蓬莱の薬を飲んだことにより、蓬莱人へとなった元人間。火神の弟子で、主に炎の陰陽術を操る。蓬莱山輝夜に復讐を誓っており、迷いの竹林では凄まじい殺し合いをしたものの、その仲は深まってきている。

 

 ♦︎因幡てゐ

 総合戦闘力:千

 迷いの竹林に住む妖怪兎。かの有名な『因幡の白兎』本人らしい。神話時代から生きている高年齢の妖怪だが、妖力は少ない。その分、いたずらに関しては天才と呼ばれている。

 

 ♦︎蓬莱山輝夜

 総合戦闘力:4万

 月から堕ちた罪人の姫。不老不死であり、快楽主義者。最近の暇つぶしは妹紅と殺り合うことらしい。

 

 ♦︎魂魄妖忌

 総合戦闘力:

 かつて白玉楼に勤めていた剣士。さらなる高みを求め、現代の世界を回っている。表の職業は庭師で、その実力は国の大統領が血眼になって探すほど。

 

 ♦︎白咲神楽(白咲楼夢)

 総合戦闘力???

 現代最高最強の剣士。その剣速はまさしく神速で、あらゆるものを切り裂く。僅か19歳で、数百年修行し続けた妖忌を打ち負かすほどの実力があり、彼女(彼?)一人で国の特殊部隊を皆殺しにできるらしい。弟と祖父を亡くしており、その時のショックで感情があまり外に出なくなった。のちに、二人の少女と運命的な出会いをする。

 

 ♦︎白咲白楼

 白咲神楽の兄。幼いころ、事故死で亡くなった。その人格から、とある邪神が生まれたのは別の話。

 

 ♦︎白咲美夜

 総合戦闘力:7万

 白咲楼夢の実の娘の三姉妹の長女。主に剣術に長けており、新たな刀『黒裂』を操る。性格は真面目だが、親と一対一だと甘えっ子と化す。

 

 ♦︎白咲清音

 総合戦闘力:6万5千

 白咲楼夢の実の娘の三姉妹の次女。主に術が得意で、新武器『金沙羅木』に妖術を付与して戦う。性格は姉妹一明るい。そして胸も一番大きい。

 

 ♦︎白咲舞花

 総合戦闘力:6万

 白咲楼夢の実の娘の三姉妹の三女。器用で、ほぼ全てのことができる。新武器『銀鐘』のおかげで、そのレパートリーもさらに広がった。戦闘力は姉妹の中で一番弱く、巨乳に憎しみを抱いている。

 

 



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メモリー・オブ・フラグメンツ編
全ての始まり


人は瞬きのような時間で出会い、語り、そして愛を紡ぐ

なればこそ、その命の散り際は、桜のように美しい

by白咲楼夢(神楽)


 

「メリー早く早く! ハリーアップ!」

「もう……分かってるわよ蓮子。そう急かさないで」

 

  西暦20XX年の秋。肌寒くなり、衣替えをし始めるころ。

  私ことマエリベリー・ハーンは、親友の宇佐見蓮子ととある場所へ向かっていた。

 

「はぁ、この後も活動するんでしょ? なんで一日で二箇所も回らなきゃならないのよ」

「即断即決が私のモットーよ。さあ、第一の神霊スポットへレッツらゴー!」

 

  ……いつものことだが、私の相棒はテンションが高い。『メリー』という呼び方も、蓮子がいつものテンションで言いにくいと言ったのが原因よ。

  そして、唐突だけど私たちは大学生。そのサークル活動で、私たちは日夜いろんな神霊スポットを回りまくっているわ。

 

  『秘封倶楽部』、それが私たちのサークル名よ。意味は、秘密を封じるというそのままのもの。表向きは不良オカルトサークルで知られたところだけど、その本当の目的は、この世に貼り巡られた結界の謎を暴く、というもの。世界の均衡を崩す恐れがあるから、法律では禁止されているのだけれど。

  でも、私の目にはその見えない結界が見えてしまうの。『結界の境界が見える程度の能力』と私たちは読んでいるわ。同じく蓮子も『星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力』という、センスの欠片もない名前の能力の持ち主よ。

  そして、私は何もしなくてもその結界が見えてしまう。見えてしまうから不可抗力なのよね。

 

「それで、今回最初の目的地はどんな場所なの?」

「ふふん、任せないメリー。まず、最初に行く場所はとある廃神社よ。なんでも、その誰もいないはずの神社の境内から、夜な夜な謎の風切り音が聞こえてくるらしいの」

「誰かが棒でも振り回してるんじゃないの?」

「分からないわ。この情報が出たのも昨日今日の話だし、それを流した本人もあまりの気味の悪さに逃げたらしいわ」

 

  そもそも、昨日今日の話なら『夜な夜な』など言わない。だが、そこらへんはお調子者の彼女の演出みたいね。今度注意しようかしら。

 

  そうやって山の階段を歩いていると、色が落ちたボロボロの鳥居が見えてきた。夜の暗さと相まって、余計に恐怖心を煽ってきている。

 

「やっとついたわ。さあ、突撃よ」

 

  だが、その恐怖も、彼女には通用しないみたい。目をキラキラさせて、ズンズン歩いて行ってる。

 

  と、その時、ヒュン、ヒュン……と言う謎の風切り音が聞こえた。

  あまりの突然に、私も蓮子も目を丸くしてしまう。

 

「……へっ?」

「……今の……風切り音よね? まさか、今回は本物っていうの?」

「……くっ、くくくく、とうとう現れたか幽霊め。 今日こそモノホンの写真撮ってやるんだから!」

「れ、蓮子、少しは警戒しましょう……」

 

  幽霊がいると認識すると、蓮子は一気にハイテンションになってしまった。その突然の変化に若干引いてしまった。

  全く、これだから私の相棒は困る。興奮する蓮子の肩を叩き、落ち着かせると、忍び足で鳥居に近づいていった。

  とはいえ、私も胸の高まりを抑えることができなかった。当然でしょう。今まで蓮子と一緒に色々なところを行ったけど、結界はあっても心霊現象に出会うことは一度もなかったのだから。そりゃ、秘封倶楽部の一員として興奮するってものよ。

 

  そのまま、慎重に、ゆっくりと鳥居の影に身を潜める。そして、恐る恐る、境内の中を覗いた瞬間、私たちは言葉を失った。

 

  そこにいたのは、神々しい雰囲気を放つ、美しい女性。神が作り上げたかのような顔立ちに、宝石のような紫眼。そして、流れるように、地面に届きそうなほど伸びた、アメジストの輝きを放つ長髪。それら全てが統合され、黒の巫女服を纏ったその姿は、まさに神秘という言葉しか出なかった。

 

  女性は、これまた神秘的な黒い刀を振るい、舞っていた。

  夜の下の元、月明かりだけが彼女を照らす様は、まるで天然のスポットライトを思い浮かばせた。

  それに歓声を送るように、周りの木々が風で揺れる。そして、何枚もの紅葉が、宙を舞った。その刹那、

 

  キィィィイン、という音が、辺りに響いた。

  そして、次の瞬間、宙を舞う紅葉が全て真っ二つに切り裂かれた。

  その斬撃を、私は視認することができなかった。おそらく蓮子もだろう。彼女の姿が消えたと思えば、次にはこの光景が広がっていたのだ。

 

  そして、アメジストの瞳が、ゆっくりとこちらに向けられた。どうやら気づかれてしまったようだ。

  だが、私の思考はそんな考えを一瞬で消し去った。吸い込まれるように、彼女の瞳に魅了されていく。そうやって、私が言葉を発せないままでいると、突如肩に小さな衝撃がはしった。

 

  そこで、ようやく私は正気に戻った。横を見れば、呆れた顔で蓮子が肩を叩いていた。

  私は、彼女に魅了されていたことを自覚し、顔を赤くしてしまう。だって、仕方ないでしょ。あんなに綺麗な人を見たら、見惚れない方がおかしいに決まってる。

 

  私は、緊張しながらも、なんとか第一声を出した。

 

「あ、あのぉ……すいません」

「こんなところに人が来るなんて珍しいですね。どうしましたか?」

 

  桃色の唇から発せられたのは、心地よい美しい音色のような声だった。また魅了されそうになっちゃったけど、今度は耐えてみせた。

 

「いえ、素振りの邪魔をしてしまったと思って……。私の名前はマエリベリー・ハーン。メリーと呼んでください。で、となりにいるのが……」

「宇佐見蓮子よ。よろしく。えーと、あなたの名前は?」

「おっと、申し遅れましたね。私の名は白咲楼夢、只の剣のみが生きがいの者です」

 

  こんな綺麗な人の前でも平常運転な蓮子はさすがだ。おかげで助かったわ。

  彼女の名前は楼夢さんと言うらしい。綺麗な名前だ。やはり美人がこういう名前だと光るものなのね。

 

  さて、冷静になってきた私の頭の中では、現在一つの疑問が浮かんでいる。そう、彼女はここで何をしていたのか、だ。

  だけど、私にそれを聞き出す勇気はない。こういう時に頼りになるのは蓮子なんだけど……。

 

「そういえばさ、楼夢さん。あなたはここで何をしていたの?」

 

  さすが、私の相棒だ。私にできないことを平然とやってみせる。そこに痺れる、憧れる。と、ボケてる場合じゃなかったわ。

  私は、彼女の答えを聞いた。

 

「何をしていたと言われても、そもそもここは私の家ですよ」

「「……へっ?」」

 

 

 ♦︎

 

 

「どうぞ、お茶です」

「ありがとう、ちょうど喉が渇いていたから助かったわ」

「ありがとうございます。……あっ、美味しい……」

 

 

  神社の縁側で腰掛ける私たちに、楼夢さんが手に持っている木製トレイに乗せたお茶を差し出してきた。意外にも神社の中は綺麗に掃除されており、楼夢さんが住んでいると言ったことに現実味が増してきた。

 

  渡されたお茶を受け取り、ズズッ、と飲む。途端に広がる味に、私は目を見開いた。

 

「お気に召したようでよかったです」

 

  そう言い、僅かながら動いた楼夢さんの表情が笑みに変わる。まじまじと観察していたおかげで分かったのだけれど、どうやら楼夢さんは表情を変えるのが苦手みたい。今も、精一杯努力して笑みを浮かべているが、蓮子がそれに気づくことはなかった。

 

  そんな蓮子が、お茶を飲み干すと、楼夢さんへ問いかけた。

 

「それで? ここがあなたの神社ってどういうこと? ここはとっくに廃神社になってるって噂だけど」

「ここは紛れもなく私の、いえ白咲家の神社ですよ。土地の所有権もありますし」

「ふーん、人が来ないから人々に忘れられたってことかしら? それなら鳥居や神社のボロさにも納得がいくけど」

「ちょっと蓮子、言い過ぎよ!」

「いえ、いいんですよ。どうせこの神社は私の代で潰れるでしょうし」

「……それってどういうこと?」

 

  楼夢さんは何の表情も変えず、ただそれが事実ということを告げた。

  蓮子もこの返しは予想できなかったのか、戸惑いながらそのわけを聞いた。

 

  曰く、楼夢さんには何のメリットもなくこの山で暮らしてくれる結婚相手がいないせいで、次の世代に自分の役職を譲ることができないらしい。

  この時、私が心の中で突っ込んだのが、いやいや、それだけ綺麗なら男の一人や二人見つかりますよ、という言葉だった。

  だが、楼夢さんは意外にも誇りが高く、政略的結婚はしたくないというのだ。

  まあ、それはそうでしょう。恋愛すらしていないどこぞの男に体を譲るなんて、どの女性も嫌なはずよ。

 

「せめて、最後に面白いことが起きればいいんですが……例えば巨大隕石落下とか」

「いやいやシャレになりませんよそれ!? ていうかさりげなくフラグが立ちそうだからやめてください!」

「冗談ですよ。でももし降ってくるなら、うちの神社に被害が及ばず、なおかつ見晴らしのいい場所に落ちてほしいですね」

 

  この人、意外にも天然ボケだったわ……。

  でも、楼夢さんの言うことも分からなくはない。私も何度かそんな風に非日常を願ったことがあるからだ。

  何とかしてこの人を楽しませたい。でも、どうすれば……?

 

  私がそんな風に悩んでいると、同じように蓮子も帽子を深くかぶって思考しているようだ。しかし、それにしては様子がおかしい。

  私は、蓮子の顔を見る。表情は帽子と闇に隠れて分からなかったが、一人ぶつぶつと呟いていた。

 

「ちょっと、蓮子……?」

「……くっふふふふ、ふはははは!!」

 

  突如、私が声をかけると、蓮子は大声で気持ち悪く笑った。そして、帽子をガバッと一気に取ると、人差し指をビシッと楼夢さんに突き刺した。

 

「よかろう! それほど面白いことを望むならば、ついてくるがいい!」

 

 

 ♦︎

 

 

「……ねえ蓮子、やっぱ帰りましょ? 墓地なんて気味悪いじゃない」

「メリー、オカルトサークルが幽霊を怖がってどうする!?」

「私たちはオカルトサークルじゃないわよ。まったく……」

「で、その墓地っていうのが、ここですか」

 

  私、蓮子、楼夢さんの三人は、今夜の目的の一つである蓮台野と呼ばれる墓地に来ていた。

  楼夢さんがここにいるのは、あの蓮子の誘いを二つ返事で受けたからだ。何でも、私たちと一緒にいると退屈しなさそう、と言っていた。

 

「それで、もう一度例の写真見せてくれるかしら?」

「アイアイサー。ほれ」

「私も見てもいいですか?」

 

  蓮子は、持っていたノートから、挟んでいたとある写真を取り出した。

  そこには、見たことない古い寺院が写っていた。蓮子曰く、ここが冥界らしい。彼女は裏ルートで手に入れたとか言ってたけど、どうせ死体相手の念写かなんかでしょうね。

 

「で、こっちの写真。これを見て……」

 

  蓮子はノートからもう一枚の写真を取り出す。そこには、山門が中心に写っていた。しかし、その奥の景色。そこからが明らかにおかしい。

 

「ほら、門のここ。向こう側。明らかに現世でしょ?」

 

  指定された場所には、夜の平野、そして一つの墓石が写っていた。しかし、私には分かる。空気が違うのだ。確かに、そこは私たちの世界の色……。

 

「メリーが言うには、彼岸花が多く咲いている墓が入り口らしいけど。楼夢さんはこの写真を見て何か感じた?」

「……確かにこれはおかしいです。それに、幽霊がこんなに大量にいるなんて……。蓮子の言う通り、ここが冥界である可能性はかなり高いです」

「へっ、幽霊? 私には何も見えないけど」

「私にも、あなた達のような目があるってことですよ。蓮子風に言うなら……『怪奇を視覚する程度の能力』ですね」

 

  まさか、私たち意外に能力者がいたなんて……。

  突然の事実に驚いてしまったけど、すぐに元の表情へ戻す。

 

「そういえば蓮子。なんであなたはこの写真の場所が蓮台野って分かったのよ?」

「簡単よ。ここに月と星が写っているのが見えるじゃない」

「なるほど、それなら信用性があるわ」

「てことで、この蓮台野の中で、彼岸花が多く咲いているところを見つけたら報告。異論はない?」

「ああ、特に問題ない」

「ええ、それじゃあ探しましょうか」

 

  そうやって、墓石の辺りを見回ること十分。私は、彼岸花が多く咲いている墓石を見つけた。

  その墓石は、何やら独特の雰囲気を放っていた。何かがあるということは分かるのだが、それが何なのかは分からない。それは楼夢さんの能力でも同じことのようで、墓石を探るように、まじまじと観察していた。

 

「早く早く! 何が見えた?」

「……ダメね。結界は見えないわ。でも、何かを感じるのよね……」

「ええ、大きな力をここから感じます。何かがトリガーで、発動するみたいですが……」

「まあ、考えても仕方ないか。この際色々試してみようよ」

 

  蓮子のその言葉で、私は思いつく限りの方法で墓石を探った。例えば、墓石を弄ったりとか、卒塔婆を引っこ抜いたりとか……。

  蓮子は空を見ながら「2時27分41秒」と、呟いている。楼夢さんはチョークで和風の魔方陣のようなものを辺りに描いていた。

 

  結局、墓荒らしまがいのことをしているのは私だけか……。

  今度は、墓石自体を回してみることにした。しかし、墓石は重く、非力な私一人の力では到底動かせない。そこに、ちょうど魔方陣もどきを描き終えた楼夢さんが加わり、やっと墓石が回りだした。

  聖職者がこんなことをやっていいのと尋ねてみたが、

 

「まあ、実際私は神に信仰心を持っていないですから、大丈夫です。巫女としては失格ですが」

 

  と、笑って返されてしまった。本当に、この人は楽しみに飢えていたんだな、と今さらながら思う。

 

「2分30分ジャスト!」

 

  蓮子の声とともに、墓石を4分の1回転させたその時。

  秋だというのに、私たちの視界に一面の桜が広がった。

 

「なっ!? ここは……?」

 

  さすがにこれは予想していなかったのか、蓮子が声をあげて驚く。実際、私も驚いていた。唯一冷静だったのは楼夢さんだけだが、その視線は周りを飛ぶ謎の球体を捉えていた。

 

  視界全体を埋め尽くすほどの桜。その周りを、赤、青、緑など、さまざま色をした球体が大量に飛んでいた。

 

「あれが……幽霊なの?」

 

  私が、そう言葉を発したその時。

  周りの幽霊たちが、一斉に私たちの方向へ振り向いた。そして、

 

  ーー大量の幽霊たちが、一斉に私たちへ襲いかかってきた。

 

「へっ? きゃああああああ!!」

 

  幽霊たちが私の視界を埋め尽くしていく。もはや、唯一それ以外で目に入るのは、相棒の右手だけだった。それは蓮子も同じようで、終わりを覚悟して最後に手を繋いだ。

 

  そして、幽霊たちは私たちを呑み込みーーーーされる前に、手前でバチィッという音とともに弾かれた。

 

  ふと、足元を見つめる。そこには、楼夢さんがチョークで描いた魔方陣が、光り輝いて私たちを守っていたのだ。

 

「森羅万象斬ッ!!」

 

  そして、その声の後、どこからか青白い巨大な斬撃が放たれた。それは私たちの周りにいた幽霊を一瞬で消し飛ばし、そのまま奥の幽霊ごと、地面に当たった時の爆発で吹き飛ばした。

 

「ふう、退魔の陣を念のため描いていたのが正解でした。たまには役に立つものなんですね、これも」

「楼夢さん、大丈夫なんですか!?」

「はい、私の方は無事です。それよりもメリーは蓮子とその結界の中にいてください。2分で片付けますので」

 

  喋りながら、黒い長刀が横に払われる。それだけで、数匹の幽霊が四散し、消滅する。

  それに見向きもせず、楼夢さんは舞うように刀を振り続けた。その途中、蓮子が援護射撃のために近くの小石を投擲するが、それらは幽霊の体をすり抜けるだけに終わる。きっと、楼夢さんの刀が特殊なのだろうと、私は考察した。

 

  綺麗だ。

  黒光りする刀が振るわれると、それぞれカラフルな色の球体が、光と化して弾けていくその様は、まるで虹色の光に包まれた舞踏会を見ているようだった。

 

  それからジャスト2分。幽霊たちは、一人の剣士の手によって、全滅を果たした。

 

  と、同時に、目の前が眩しい光に覆われる。あまりの眩しさに目を閉じてしまった。そして、次に目を開けたら、眼前には蓮台野の墓地が広がっていた。

 

「……今のは……現実なの?」

「ええ、現実ですよ」

 

  私の問いに答えたのは、やはり楼夢さんだった。彼は後ろを振り向くと、その視線を私たちが回した墓石に向ける。なぜだか、咲いていたはずの彼岸花はどこにも見えなかった。

 

「おそらく、この墓石の下に眠る人は最近死んだのでしょうね。生への気持ちが強く、その思いが冥界の入り口を開いたのでしょう」

「……そうなんですか。私たちも死ぬとあんな風になるんですかね?」

「……おそらくは。ああやって地獄に行き、審判を受け、その後冥界に昇っていくのでしょう。全ては、次の人生を歩むために……」

 

  楼夢さんはそう言うと、目を閉じ、口を閉ざした。

  次の、人生……。楼夢さんの言うことが本当なら、私たちは何度かあの姿になったことがあることになる。ああやって、死んで、生まれて、死んで生まれて……。そうやって、人類は進化していくのだろう。記憶がなくても、魂は今までのことを忘れない。最後に、楼夢さんはそう呟いた。

 

「ほら、小難しい顔しない。そんなに心配だったら、いっそ祈ってあげたらどうなの?」

「そう、ですね。では、目を閉じて。この方の来世を祈りましょう」

 

  長い、沈黙が訪れた。

  何秒経っただろうか。目を開けると、すでに帰宅の準備を始めている蓮子の姿があった。

 

「ほら、メリー、帰るわよ」

「え、ええ、そうしましょう。さすがに今日は疲れたわ」

「では、ここで私はお別れですね。今日は珍しい体験ができました。ありがとう、メリー、蓮子」

 

  楼夢さんはそう言って、一人で蓮台野の出口へ歩いていく。私は、その遠ざかっていく背中に、

 

「楼夢さん! 今日は、ありがとうございました!」

 

  精一杯声を張り上げて、お礼の言葉を言うのであった。

 

  やがて、楼夢さんの背中が見えなくなったころ。ふと、隣の蓮子が呟いた。

 

「……いい人だったね」

「……ええ。とても綺麗で、かっこよかった……」

「あら、もしかしてメリー惚れちゃった?」

「な、な、違うわよ! ちょっと見とれちゃっただけよ!」

「あはは、冗談冗談! さ、帰りましょ、メリー!」

「全く……分かったわよ、蓮子」

 

  西暦20XX年の秋。私たちは一つ、貴重な体験をした。同時に、素敵な出会いをした。

  それが、のちの私たちの運命を揺るがすことになるとは、この時の私は知らない。

 






「とうとう過去編スタート! なお、相変わらず主人公の出番はないようです。あとがきでいつも出番がもらえる皆のアイドル、狂夢だ」

「投稿遅れてすみません。夏休みが終わったので、これからは通常の投稿ペースに戻ります。財布がいつも金欠な作者です」

「だーれが出番なしだ! 俺はそんなの認めねえぞ! 無理やり登場の楼夢だ」


「げっ、楼夢、なんでここにいんだよ」

「ったく、久々の登場でそのリアクションか。もうちょっと今まで活躍してきた俺を労われや」

「まあまあ二人とも。ここは平和でいきましょうよ」

「ち、まあいい。それよりも作者、過去編は秘封倶楽部のストーリーをどうやって絡めるんだ?」

「基本的には原作の秘封倶楽部の流れでいきますが、ちょくちょくオリジナルストーリーが混ざる予定です」

「てことは、また長くなるのか……?」

「そうなりますね」

「またかよ! しばらく俺の出番はねえのか!?」

「まあでも落ち着いてくださいよ。それが終われば好きなだけ登場できますから」

「……納得いかねえ」

「まあまあ、結局君の知名度はそこまでなのだよ」

「うるせえぞ、この白髪野郎! テメエだって前章で一話しか出てねえじゃねえか!?」

「ああん!? やんのかこのピンクファンキー頭!」

「今すぐその名前を撤回させてやる! 死ねェェェェェエ!!!」

「もうやだこの人たち……」


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秘封への扉

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泣かないで、前を向いて

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by白咲楼夢(神楽)


  とある山奥にポツリとそびえる白咲神社。その境内に、一人の青年が立っていた。

 

  青年の顔立ちは中性的。男にも女にも化けれそうな顔をしている。だが、今は鋭い目付きと、男性用の服を着ているため、どこからどう見ても男にしか見えなかった。

 

  一言で表すと、その男は若かった。おそらく20代になったばかりで、服も黒いシャツに紺色のフード付きパーカーの真ん中を空けて羽織っているという、いかにも若者な雰囲気の物だった。

  髪は、男にしては長く、女にしては少し短い。後ろ髪は肩にかかるほどで、色は日本人によくある黒。だが、生まれつきではなく、後で染めたような色合いだ。

 

  男は、しばらく空を見つめていたが、やがて口を開いた。

 

「……いい天気だな。まさに、この私……いや俺の第二の人生を祝福しているかのようだぜ」

 

  男は、地面に置いてあったバッグを持ち上げると、とある知り合いの言葉を思い出し、ふと呟く。

 

「『あまり難しく考えないでいい。思うがままに自分がしたいと思ったことをする。それさえできれば、お主は自分を失わずに生きていけるだろう』、か……。妖忌さん、あんたのその言葉、信じてみるぜ」

 

  それを言い終えると、男は一気に駆け出し、鳥居をくぐり抜けーー思いっきり、跳躍した。

  直後、男は人間とは思えないほどの身体能力で、空高く舞い上がったのだ。

  限界まで高度が達すると、男の体は斜め下、山のふもと目指して超加速しながら降下していく。それはまるで、スキージャンプの降下中のようだった。

 

「待ってろよメリー、蓮子。俺もこの世界の謎を解き明かさせてもらうぜ」

 

  鳥より速く。獣より獰猛に。

  笑みを浮かべながら、男の体は落下していくのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「……ってことで、レポート提出が間に合いそうにないから、メリーも手伝ってくれない?」

「そもそも、蓮台野に行った後蓮子がレポート作成をサボったのが原因でしょ? あれからそろそろ一ヶ月経つんだから、どう考えても蓮子が悪いわよ」

「でもこのままじゃ、また岡崎の研究手伝わされるよ! メリーはそれでいいの?」

「どうせ手伝うのはあなただけなんだから、問題ないわ」

「そんなぁ〜、助けてよ、メリえも〜ん!」

「……その愉快な頭を叩き潰されたいのかしら?」

 

  あの蓮台野の事件から約一ヶ月。私たちーー主に蓮子は、レポートという名の最大の敵と対峙していた。

  白い服に黒のスカート、そして白いリボン付きの黒い帽子をかぶりながら、目を回して必死にキーボードを叩いている。

 

「毎回ながら思うんだけど、あなたの服の色合いっていつも変わらないわよね?」

「メリー、自分の服を見直してからその発言をしてみよう。むしろ、私からしたら紫色の服の方が珍しいわよ」

 

  そう言われて、私は自分の服装を見つめ直す。紫中心のフリルがついた服に、白のナイトキャップ。私のいた国ではよく見る色合いなのだけど、やっぱり日本人にとっては珍しいものみたいね。とはいえ、今さらこのカラーをやめるつもりはないけど。

 

  そうやって、蓮子がレポートを作成し始めて数時間。結局、私もあの後手伝うようになってしまった。

  とはいえ、仕方ないか。私たちの秘封倶楽部は有名な不良サークルである。レポート提出までサボり続けたら、いつ潰されるか分かったものじゃない。

 

  そんなことを考えながら作業をしていると、ふと、外の廊下から私たちのサークル部屋に向かってくる足音が二つ。一つは、私たちの顧問的立場にある岡崎夢美のだろう。もう一つは……分からない。そもそも、岡崎が誰かを引き連れている事自体珍しいのだ。一番高い可能性としては、彼女の助手に当たる北白河ちゆりだろう。

  だが、私のその予想は見事に外れていた。

 

「やあやあ、蓮子ちゃ〜ん、レポート終わったかなぁ〜?」

「お、岡崎!? 馬鹿な、滅多にそっちから来ないくせに、なんで今日に限って……ッ!」

「まずは蓮子、その岡崎って呼ぶのを止めようか。岡崎教授と呼べ!」

「へいへい、すみませんでしたオカザキ教授」

「レポート二倍にしてもいいんだぞ?」

「マジスンマセンでした岡崎教授!」

 

  目の前で、もはや定番となっている蓮子と岡崎の言い争いが始まる。

  岡崎の容姿は、三つ編みの赤い髪、赤い瞳、赤いブレザー、赤いリボン、赤い靴、赤いケープのマントと赤尽くしになっている。私も蓮子もちょっと互いにその服装はおかしいと言い合うのだが、それ以上に岡崎の服装は変態だ、という話には二人で納得していたりする。

 

  そもそも、彼女はこの大学で、服装の面でも、思考の面でも浮いている。なんでも、『非統一魔法世界論』と言う、統一原理に収まらない魔力というものが存在するということを学会に発表したこともあるとか。

  そんな彼女の目的は、その魔力というものが本当にあるということを証明することである。簡単にいえば、オカルトの一つを証明しようとしているのだ。そんな彼女にとって、結界をあばく秘封倶楽部はとても興味深いものらしい。

  要するに、彼女がうちの顧問をやる理由は、単純に自分の研究を進めさせるためだけだろう。この人がいなければ秘封倶楽部は成立しなかったとはいえ、あまり気分のいいものではない。

 

「……ん?」

 

  よく見れば、扉のとなりに一人の青年が立っているのが分かった。

  青年は、こちらの視線に気づくと、ニヤリと笑みを浮かべる。

  黒いシャツの上に紺色のフード付きパーカーを羽織っており、背中には野球のバッドを入れる用のバッグを背負っている。逆立った髪は男にしてはかなり長く、色は黒。だが、日本人ではありえない紫の瞳を持っているので、どこの国の人種なのかは分からない。

  ……そう言えば、最近あんな瞳を見たような気が……。

  そして、顔立ち。鋭い目付きと組み合わさり、荒々しい雰囲気でかなりのイケメンだ。無造作にギザギザに伸びている黒髪が、不良っぽさを表している。

  いかにも、普通とはかなり異なる青年だった。

 

「あの……岡崎教授。彼は……?」

「ん? ああ、こいつはこの不良オカルトサークルに入りたいって言った変人だ」

「誰が変人だ岡崎。窓から投げ捨てんぞ?」

「その場合は訴えさせてもらうわ」

「安心しろ、証拠は残さねえからな」

「「アッハッハッハッ」」

 

  などと、不穏な会話が流れてくる。

  いや、そんなことより問題なのが……

 

「新しいメンバー? この人が?」

 

  訝しんだ目でそう言ったのは蓮子だ。まあ、やはりこうなるだろう。

  私たちのサークルは意外にも男性の入会希望は多い。だけど、入った後すぐにやめてしまう。

  理由は簡単だ。そもそも、このサークルに入る理由の大半は、私や蓮子を目的にしているからだ。だけど、入って数日後に、全員が私たちのガチな雰囲気についていけず、去っていくのだ。

  この青年も、そんなところだろう。さて、何日持つかしら?

 

「ま、メンバー同士で話し合って交流を深めてみるといいわ。じゃあ、これで私は失礼するわね」

 

  そう言い、扉を閉めて退出していく岡崎。そして、部屋が数秒間静寂に包まれた。

 

「あの……まずは自己紹介でもしませんか?」

「いや、必要ない。それより一つ、俺とゲームをしねえか?」

「ゲーム、ですか?」

 

  私と青年のやり取りに、蓮子が眉を潜める。

 

「簡単なことだ。俺の名を当てるだけでいい」

「そんなのできるわけないじゃない。私たちは初対面なのよ?」

「しょ、初対面……っ。……いや、できるはずだ。ヒントを一つやると、俺とお前たちは互いに自己紹介したことがある」

「ち、ちなみに負けた方には……?」

「んー、特にねえな。ヒントは何度でも与えてやろう。ちなみにこれで答えてくれなきゃ俺が傷つくから頑張ってくれ」

 

  蓮子の『初対面』という言葉にえらく傷ついた様子の青年。

  ……やっぱり、私にはこの人と会った記憶がない。これほどのイケメンなら少しは覚えているはずなのに、何も浮かばないのだ。

  そこで私は、青年に第一のヒントを頼んだ。

 

「あのー、私たちっていつ出会いましたっけ?」

「約一ヶ月前だ。それ以降は会っていない」

 

  約一ヶ月前。そのあたりの時系列だと、蓮台野の件で忙しかったころだ。私と蓮子の両方に会っているということは、サークル活動中に会っている可能性が高い。だけど、蓮台野に行く前も行った後もこの部屋には誰も来ていない。ということは、蓮台野で会った可能性が高い。

 

「もしかして私たち、蓮台野で会いました?」

「いや、初対面は蓮台野じゃないな。だが、その時俺は近くにいたとでも言っておこう」

 

  初対面は蓮台野じゃない……じゃあ、どこ?

  ……分らない。これ以上はお手上げだ。

  ふと蓮子を見ると、こいつ何やってんだ? 的な顔で見られた。

 

「メリー、これ馬鹿正直に解く必要はないと思うよ。始めて会った場所を聞けば、ほぼ確実に思い出せるんじゃないかな?」

「……その手があった」

「やっぱそう来るかー。これ言っちまうと答えがほぼ分かるから言いたくはないんだが」

「でも、やっぱり分からないのでお願いします」

 

  これ以上思考を働かせても時間の無駄なので、青年に答えをお願いする。

  青年はしばらく悩むと、やがて観念したかのようにボソッと呟いた。

 

「……白咲神社の境内。それが、俺たちの初対面になった場だ」

「白咲神社……? てことは、まさか……ッ!?」

 

  初の出会いの場は白咲神社と言われ、私は無意識に目を蓮子と合わせた。

  蓮子の表情にも、驚きが浮かんでいた。どうやら私と同じ結論に至ったようだ。

  境内で出会った人物は一人しかいない。その人物の名はーーーー

 

「もしかして……楼夢さん?」

「正解! 覚えててくれて嬉しいぜ」

 

  その返答を聞いた時、私は目眩がして地面に倒れそうになった。

  美少女が、この国の宝だと言われてもおかしくないほどの美少女が、一ヶ月で消滅するなんて。

  もはや驚きすぎて言葉が出ない私の代わりに、蓮子が口を開いた。

 

「いやいや、ありえないでしょ! あの世界三大美女に加わりそうな人が、一ヶ月でここまで変わるなんて! 第一、どこからどう見ても男じゃない!」

「俺は元々男なんだが……。俺の代では女が産まれなかったから、俺が巫女まがいのことをしていたわけだ。これが、俺が跡継ぎを作れない理由だよ」

 

  あの時私は、楼夢さんは山で暮らしているせいで結婚できないのかと思っていた。だけど、本当は性別が違っていたなんて。

  世の中の神は理不尽だと、つくづく思う。もし彼が女なら、引く手数多の有名人に間違いなくなれただろうに。

 

  あれ、と私は今思い浮かんだ疑問について考える。なぜ、彼はイメチェンしてまで私たちの前に現れたのか?

  それが気になったので、私は直接聞いてみることにした。

 

「あの、楼夢さん、なんで私たちのところに来たんですか?」

「神社は退屈だったからな。それに言っただろ? お前たちといると退屈しなさそうだと」

「それなら、わざわざ髪を切る必要なかったんじゃ……」

「気分の問題だ。どうせ神社を出るんだったら、思い切って男性の服を着てみたかったからな。こう見えてメンズファッション? を理解したり、この口調を覚えるのに苦労したんだからな」

「じゃあ、どうやってこの大学に入ったんですか? ついでに私たちがここにいるってことも、どうやって知ったんですか?」

「……あのなぁ、お前らは自分たちがある意味有名人ってことに理解した方がいいぞ。このあたりの大学生に聞いたら、すぐに分かったわ。それと、ここには普通に入試受けて入った」

「でも、ここって京都じゃ一、二を争う有名大学だよ?」

「記憶力だけは良かったからな。入試に出そうな問題全部暗記してきたぜ」

 

  わーお、驚きすぎて声が出ないわ。

  蓮子なんて「この大学に入るための私の努力が……」と、呟いている。

  私も蓮子も頭はキレるので、ここに入るのには困らなかったけど、ゼロから一ヶ月もない勉強でここに入ることはほぼ不可能だ。

  そんなの、もう記憶力がいいっていう話じゃないよ……。私はもう突っ込むことを放棄した。

 

「はぁ……なんかもう疲れたわ。で、本当にこのサークルに入るのね?」

「ああ、元からそれだけが目的だからな」

「分かったわ。ようこそ、秘封倶楽部へ! 私たちは楼夢さんを歓迎するわ!」

「さん付けはやめてくれ。呼び捨てでいい」

「じゃあ、楼夢君だね。知らない男ならあんま歓迎しないけど、楼夢君なら信用できるし、ちょうどボディガードが欲しかったから助かるわ。ね、メリー?」

「うん! よろしくね、楼夢君!」

 

  蓮子と楼夢さん……じゃなくて君が、歓迎の握手をする。

  こうして、私たち秘封倶楽部に、新たな仲間が加わった。

 

 

 ♦︎

 

 

「————で、なんでいきなり活動なんだよ? レポートはどうした?」

「今日は楼夢君が入ってきた記念だよ。博麗神社探索、このサークル活動初日にはぴったりじゃない?」

「いや、博麗神社って最近治安悪いだろ? いくらボディガードができたからって、入って数十分後に俺を使うなよ」

「そうだよ蓮子、まずはレポートを終わらせなきゃ」

「とは言ってもね……目的地に着いた後に言われても困るんだけど」

 

  そう言って、蓮子が指差す先には『博麗』と書かれたボロボロな鳥居が一つ。その周りは木々で囲まれており、ここがうちのような山奥であることを表している。

  そう、ここが心霊スポットの一つ、『博麗神社』であった。

 

「とはいえ、本当にボロボロだな。年季が近い分、俺の神社の有り様に似ているぜ」

「え、楼夢君どうしてここの年季なんか分かるの?」

 

  そう言って疑問を投げかけてきたのは、金髪で紫の服を着た美少女、メリーだ。

 

「ほれ、この鳥居に使われている木を観察すれば、白咲神社と同じくらいの年齢ってことが分かる」

「いやいや、ここまで加工されたら普通分からないから!」

「イメチェンしても、無茶苦茶なところは変わらないんだね……」

 

  そんな俺の答えに、盛大なツッコミを入れたのは蓮子だ。そんな蓮子の言葉に頷くように、メリーがそう呟く。

  失敬な、人を超人みたいに言って。俺をなんだと思っているんだ。

 

「まあいい。それで、ここには何があるんだ?」

「そりゃ、でっかい境界とかじゃない?」

「おいおい、発案者なんだからちゃんと調べておけよ」

「仕方ないじゃん。岡崎の野郎のせいで調べる時間が足りなかったんだから」

「蓮子、今の言葉決して岡崎に言うんじゃねえぞ。本当に男みたいなストレートが来そうだからな」

「そうなったらその背負っている野球バッドで打ち返してよ」

「おい、こいつの中にはそんな物騒なものは入ってねえぞ。……それで、なんか見えたか、メリー?」

 

  俺たちが雑談して時間を潰している間、メリーはじっと神社のあちこちを見つめていた。しかし、俺の問いに、短く首を横に振る。

 

「……ダメみたい。境界はあるんだけど、それが閉じちゃってるせいでよく見えないの。こんなの白咲神社の時以来だよ」

「ん、白咲神社にも境界ってあったのか?」

「あれ、言ってなかったっけ? 白咲神社も、ここも鳥居の間に大きな境界があるんだけど、何度も言う通り閉じちゃってるのよ。これじゃあ、いくら私の能力でも調査することは不可能ね」

「そうなのか。ちなみに、境界が開いていたら何ができるんだ?」

「その先につながっている光景を見たりできるわ。ちなみに、つながっている場所は大抵異世界であることが多いわ」

「異世界?」

「うん、異世界。この時代ではありえないはずの大自然に、昔の日本の家が建てられていたりするの。あれは異世界と言うしかないわ」

 

  異世界か……。まだまだこの世は広いようだ。そんな世界なら、俺を超える剣術の使い手に会うことができるのだろうか?

  とはいえ、今はこの世界の謎を解き明かすこと。それが済むまでは、先ほどの話もお預けだな。

 

「うーん、今回は成果なしかぁ……。まあ、しょうがない! さあ、帰ろっか」

 

  蓮子のその言葉で、今回の探索は終わりを迎えた。

  成果はゼロだったが、中々面白かったので、良しとしよう。

  俺たちは、博麗神社を出て、山を下っていった。

 

「ふぅ、やっと終わったな。いくら大学もこの神社も俺の神社も全部京都にあるからといって、こんなに歩き回ると疲れが溜まるぞ?」

「まあ、そうかもしれないね。しばらくは活動は情報収集に努めるかなぁ」

「その前に、レポートを終わらせないとね?」

「嫌なことを思い出させないでよ、メリー」

 

  蓮子がそう口にしたその時、

  ガサガサ、と周りの草木が揺れる。その奥から複数の気配を、俺は感じ取った。

 

「メリー、蓮子、気をつけろ。誰かいる」

 

  その言葉に続いて、十人ほどのチンピラたちが、俺たちの周りを囲んで姿を現した。

 

「よぉ〜彼女〜。こんなところに男一人女二人なんて、デートかい?」

「なんなら俺たちも混ぜてくれよ〜。俺たち最近遊んでくれる女がいなくて寂しかったんだよな」

「な、なにこいつら! ちょっと、近寄らないでよ!」

「ろ、楼夢君……っ」

「へぇ、あれがリアルチンピラか……。随分と新鮮なものなんだな」

 

  男たちは、ギヒャヒャヒャと奇妙に笑い、ゆらゆらと近ずいてくる。

  蓮子が、気丈に振る舞い、男たちに抵抗しようとする。メリーは、俺の服を掴んで震えていた。

  そして俺は———余裕にあくびをかまし、珍生物を見るような目で奴らを観察していた。

 

  いつの時代にも、こういったものはあるようだ。ここは監視カメラもないので、襲って連れて行ってもバレないのだろう。

  本当に、運が悪い……彼らが。

 

「なに見てんだぁあん? 見せ物じゃねェんだよ!!」

 

  チンピラの一人が、俺に向かって拳を振るってくる。

  だが、遅いし威力もない。

  俺は、雪のように真っ白な手で拳を掴むと、()()()()()()()()

 

「ぎゃああぁぁぁああああぁぁあああぁああッ!!!」

 

  鈍い音とともに、チンピラその1が絶叫する。そんな彼の横顔に、見事なフックが命中。ボーリングのピンのように、吹き飛んでいった。

 

「さぁて、テメエら全員夢の国に送ってやるぜ」

「テメェ、よくもヤスオを! 行くぞ、ハルオ!」

「死ねェェェ!!」

「ドラ●もんの脇役みてぇな名前してんじゃねえよ! 大人しく野球でもしていやがれ!」

 

  続いて飛び出してきたチンピラ2号と3号の二人に、野球バッグをフルスイングで薙ぎはらう。彼らは同時に腹を強打し、呻きながら木と激突し気絶した。

 

  その間に俺の動きが一瞬止まる。そこを狙い、チンピラ4号と5号、そして6号が三方向から殴りかかってくる。

  だが、上に一気に跳躍し、それら全てを回避する。そして空中で身を翻し、踵落としを頭上に叩き込んでその反動でまた跳躍し、再び踵落としを落としていく。

  それだけで、3人は泡を吹いて気絶した。

 

「さて、残り4人だが、何か辞世の句でも読みたいか?」

「ちっ、チョーシにのんじゃねェぞ!!」

 

  そう言い、彼らが懐から取り出したのは、計2本のポケットナイフに、2本の何か液体が入っている注射器。そのうちの注射器を持っている方は俺へ、ポケットナイフの方は蓮子たちの方へ向かっていった。

 

「さっさと眠っちまえ!」

「お前らがな!」

 

  突き出すように放たれた二つの注射器。だが、そんなものが今さら当たるわけもなく、俺のマーシャルアーツキックが二人に炸裂し、夢の国に旅立っていった。

  だが、まだ終わりではない。残りの二人が、メリーと蓮子に襲いかかろうとしていたのだ。

  とっさに地面に落ちていた注射器を拾い上げ、投擲する。それらは彼らの首元と体にそれぞれ突き刺さり、崩れ落ちた。

 

「……やっぱりあれは睡眠薬かなんかだったのか。調子に乗って受け止めなくてよかった」

「楼夢君、怪我はない?」

「あれ見てどこに怪我したと思わせる要素があったんだ? まあ、心配してくれたのは礼を言っておく」

 

  純粋に心配してくれたメリーに気恥ずかしくなり、頭をかきながら礼を言う。

  その時、地面からガサゴソという物音が聞こえた。

 

「……なんだ、まだやるのかよ?」

「うるっセェッ! こいつがありゃ……お前らなんか……お前らなんかッ!」

 

  なんと、物音の正体は先ほど睡眠薬を刺され眠っていたはずの男であった。どうやら傷が浅かったらしい。だが、それでも薬の影響で足腰を震えさせながら、ポケットナイフを突き出した。

 

  正直言おう、馬鹿じゃねこいつ?

  今の戦いで自分の現状よく分かってないのかよ。まさか本当に奇跡でも信じているのか?

  俺がそう思考していると、大量の汗を浮かばせた男が吠える。

 

「へ、へへへ、刃物にビビってんのかぁ〜? だったら、そのまま死ーーーー」

 

  男がナイフを構えようとしたその時、銀色に光る刃が宙を舞った。

 

「刃物、ねぇ……。いいか、よく覚えておけ。刃物ってのはなぁ……こういうのを言うんだよ」

「ひっ、ヒィィィィッ!!」

 

  男は、俺が手に握る刀に震えていた。

  それを、俺を真横にーーーー

 

「ま、待って! 反省するからァッ!!」

 

  ーーーー薙ぎはらった。

  だが、男の体が真っ二つになることはなかった。

  代わりに、後ろにあった木が、彼の体に落ちてきた。

 

  ぐしゃり、という音とともに下敷きになるチンピラ。

  見渡せば、他にも死んだようにしている奴らがいるが、一応手加減してあるので全員死んではいないだろう。

 

「あ、あの……ここまでやって、後で警察とか来ないのかな?」

「そこは大丈夫よ、メリー。睡眠薬を手際よく用意していたということは、彼らは同じ手段を数多く使っているはずだわ。つまり、彼らは犯罪者ってわけ。この時代の警察のことだから、もう身分はバレバレだと思うよ。そんな彼らが警察に訴えても、逆に捕まるだけってことよ」

 

  名探偵みたいなポーズをとり、自分の推理を語っていく蓮子。

  しかし、今言った内容は全て真実だ。まさか蓮子もそう考えていたとは……。

  秘封倶楽部、俺以外にも常人を超えた奴らがいるじゃねえか。

 

「さてと、メリーの心配も消え去ったことだし、帰るか」

「うん! 帰ったら私の家でパーティーしようよ! 歓迎会だよ!」

「お、メリー太っ腹じゃん。それなら遠慮なく食べさせてもらおっかなぁ」

 

  こうして、俺の秘封倶楽部としての初活動は幕を閉じた。

  ちなみに、メリーの家の大きさに驚いて腰を抜かしたのは、別の話だ。

 




「どーも、もうすぐ体育祭です。皆さんは作者のようにサボらないで頑張ってください」

「正直体育祭必要あるか? と誰もが思うことを先生に言ってみたい。狂夢だ」


「さて、作者は今週体育祭があります」

「へぇ、どんなのがあるんだ?」

「リレーはもちろん、二人三脚なんかもやりますよ」

「そう言えば、お前やけに傷だらけじゃねぇか? まさか転びまくったのか?」

「ええ、作者は運動音痴なので、二人三脚するとよく転びます。パートナーに申し訳ない」

「今見たがリレーの順番も二番目だったしな。なんで先っぽにお前がいるんだよ」

「リーダーの作戦ですよ。名付けて『雑魚を囮に作戦』だそうです」

「……作者、今回ばかりは同情するわ……」

「……ええ、ありがとうございます……」


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夢への誘い

夢か、幻か。

不思議の国の、不思議の空へご招待


byマエリベリー・ハーン


 

 

  夢違え、幻の朝靄の世界の記憶を

  現し世は、崩れ行く砂の上に

  空夢の、古の幽玄の世界の歴史を

  白日は、沈みゆく街に

 

  幻か、砂上の楼閣なのか

  夜明け迄、この夢、胡蝶の夢

 

 

  まどろむ意識の中、私の意識は別の世界を飛んでいく。

 

  そこで見たものは、古めかしい建物に提灯をぶら下げ、賑わう里の人々。

  私は、その人混みの中にいた。

 

  ふと、近くにいた子供たちから声がかかる。どうやら遊んでほしいそうだ。

 

  子供たちはみんな楽しそうだった。みんな笑っていた。

  こんなに笑っている子供を最後に見たのは一体いつだろう。

 

  聞いたこともない唄に、不思議な踊り。それをBGMにして、子供たちは笑顔で追いかけっこをしている。

 

  どうやら今日は祭りらしい。どうりでここまで賑わっているわけだ。

  ……いや、私が知っている祭りはここまで楽しそうじゃないだろう。大人も子供も、本気で祭りを楽しんでいた。

 

  いつか、こんな子供たちの笑顔がある国に住みたい。

  そこまで考えたところで、世界が揺らぐ。景色が歪んでいく。

 

  夜が明ける。幻の朝霧の中で夜が明ける。

 

 

 ♦︎

 

 

「ーーそうそう、それでね。昨日はこんな夢を見たのよ」

「……って、また夢の話なの?」

「だって、今日は夢の話をするために貴方と楼夢君を呼んだんだもの」

 

  そう言って、今回集合をかけたメリーが、マイペースに紅茶を飲む。

  それを見て、メリーの正面に座っていた蓮子が、やれやれというように、同じようにコーヒーを口に含んだ。

 

  俺の名は白咲楼夢。この不良オカルトサークル『秘封倶楽部』のメンバーだ。

 

  俺たちは現在、サークル部屋の中で優雅にくつろいでいた。

 

「ねえ、他人の夢の話ほど、話されて迷惑なものはないわよ? ねえ、楼夢君?」

「まあいいじゃねえか。どうせしばらくは大人しく情報収集するだけなんだし」

「お願い、貴方たちに夢の事を話してカウンセリングしてもらわないと、どれが現の私なのか判らなくなってしまいそうなのよ」

「ふむ、それはある意味重症だな。一応聞くが、何か変な毒キノコを食べたとかじゃないんだよな?」

 

  そんなうちのサークルメンバーには、全員何かしらの不思議な能力があった。今回の話も、十中八九メリーの能力が関わっているのだろう。

 

  彼女は、この世にある結界の境目を見ることができる。このサークルは、そんな境目を探しては飛び込み、別世界の謎を解く、というものだ。

 

  ちなみに蓮子は星と月を見れば時間と位置が分かる能力、俺には見えない怪奇を見破る能力がある。

  まあ、この中で一番地味な能力は、やっぱり俺になるのだが。

 

「そんなもの食べてないよ! 食に困ってるのは蓮子だけで十分よ!」

「ちょっとメリー、私の食生活が偏ってるのはね、仕送りが少ないからなのよ! 決して料理ができないってわけじゃないわ!」

「……蓮子、お前の昼食がいつもカップ麺なのはそういう理由だったのか」

 

  なんか、同情してしまった……。

 

「違うって言ってるでしょ! 第一、そういう楼夢君はどうなのよ? 私たちと違ってあの神社に住んでるんだから、まともな料理が作れるわけ……」

「一応言っとくが、俺の昼食は全て手作りだ」

「へっ? メリーの手作りじゃなかったの? あんなに綺麗なのが?」

「……どうやら一度お前とはOHANASIをしなくちゃならねえみたいだな」

「冗談ですすみませんでした!」

 

  こいつは俺のことを本格的な野生児とでも見ているのだろうか?

  いくら何でも、あの山の食材だけで料理ができるわけないだろうが。

 

「あのー、そろそろ話の続きがしたいんだけど」

「ああ、悪かったな。じゃあ、その夢の続きとやらを話してくれ」

 

  俺がそう言うと、メリーは一昨日見た夢を語りだした。

 

 

 ♦︎

 

 

  私が二度の夢の中で目覚めた場所は、深い緑で溢れる森の中だった。

 

  どこまで行っても、緑、緑、緑。

  まるで、緑の檻に閉じ込められたかのよう。

 

  あまりにも景色が変わらなかったので、がむしゃらに走ることにする。それは正しかったようで、しばらく走ると、奥の方から眩い光が溢れていた。

 

  そこに駆け込み、光へ飛び込む。

  そこで見えたのは、美しい景色だった。

 

  深い緑の向こう側にあった物、それは真っ赤なお屋敷だった。

  お屋敷の周りには、深い緑色と白く輝く湖……なんて素敵な場所なのかしら。

  こんなに赤いのに、なぜか自然に溶け込んでいる。

  この思い切った色彩は、どこか子供っぽい感じがして……私は大好きよ。

 

  ちょっと寄ってみようかしら?

  突然訪れて失礼じゃないかしら?

  それに、目の前のお屋敷は私を受け入れてくれるかしら?

 

  って、何夢の中で怖じ気付いているのよ、私ったら。

 

  結局、私は赤いお屋敷に寄ることにした。

  そこで待ち構えていたのは、大きな門。その真ん中に、目を瞑りながら門番をしている人が……。

  いや、今思いっきりいびきが聞こえた。どうやら居眠りをしているようだ。

 

「あの……すいませーん」

 

  声をかけるも、返事はない。

  美人なんだが、口元によだれを垂らしている。

  しかし、その姿が友人に少し似ていて、私はクスリと笑ってしまった。

 

  しばらく待ってると……あら、お手伝いさんが出てきたわ。

  彼女は、スカートからナイフを数本取り出すと、門番向かって投げつける。

  うわぉ……思いっきり血を流しているわ……でも、お手伝いさんの反応からして、いつものことなのかしら?

 

  あの人に聞いてみようかしら?

  こんな素敵なお屋敷のご主人様に、挨拶がしたいって。

 

 

  ♦︎

 

 

「これが、一昨日の夢の内容よ」

「赤い屋敷、かぁ……一度見てみたいな」

「でもメリー、わざわざ一昨日って言うんだから、まだ話はあるんでしょ?」

「ええ、まだ昨日見た夢の話が残っているわ」

 

  そう言って、メリーはカップを手に取り、口に近づけようとする。しかし、中身の紅茶がないことに気づき、そっと下ろす。

 

「はいよ、メリー」

「ありがとう、楼夢君。楼夢君は紅茶の方も得意なんだね」

 

  俺が入れた紅茶を、メリーはそう絶賛する。

  紅茶ではないが、俺はよく緑茶などを好んで飲む。なので、紅茶の方も少し勉強すればあっという間に上達した。

 

「なんか、楼夢君がメリーの執事に見えてきたよ」

「そ、そんな、楼夢君が私の執事なんて恥ずかしいわよ!」

「おやっ、イケメン執事が自分の従者だと思うと、興奮しちゃった?」

「してないわよこの馬鹿蓮子!」

 

  蓮子の問いに、顔を真っ赤にして否定するメリー。

  おい、せっかく入れた紅茶がこぼれそうになってんぞ。

 

  俺は注意をすると、話を戻すため話題を持ち出した。

 

「それで、昨日の夢はどんなのだったんだ?」

「ああ、すっかり脱線しちゃってたわね。そうね……確か私はあの時竹林に……」

 

 

 ♦︎

 

 

  どこまで行っても、同じ風景だった。

  日が落ちてしまって、足元もよく見えない。

 

  夜の竹林ってこんなに迷うものだったんだ、とのんきに竹一つ一つを観察して歩く。

 

  どうしましょう? 困ったわね。

  このまま竹林で彷徨い続けたら、飢えて死んじゃいそうだわ。それか、妖怪に食べられてしまうか。

  まだやりたいこと色々あったのになぁ……。

 

  まあ、私の夢なので、現実で影響しているわけじゃない。こんなところでそんなことを考えられるのは、そこからくる安心のおかげだろう。

 

  そうやって、私は当てもなく彷徨っていた。

  お腹が空いたら筍でも食べれば良いかなー、なんて軽く思っていたし。

  でも、その時私は気がついたわ。自分が天然の筍を見たことがないのを。

  現代では、合成のものしか知らないし、そもそも味しか知らないので、現物がどんなものかわかるわけもない。

 

  そこからか、私の『安心』は崩れていった。

 

 

  途方に暮れて、空を見上げる。

  満天の星空だった。

  この時、初めて蓮子の眼が羨ましくなったわ。

  貴方だったら、ここがどこだかすぐに分かったのでしょうね。

 

  そう思った直後だった。後ろから不気味な声がしたのは。

 

  私は本気で走ったわ。夢の中なのに。

  なにがなんだか分からなかったけど、あの声は明らかに人間じゃなかった。

  本能が『逃げろ!!』って叫んでいたわ。

 

  でも、竹林は微妙に傾斜がついていて、私の平衡感覚を狂わせてくる。

  まっすぐ走っていたのだけど、本当はどうだったのかも分からない。

 

  結構走ってきたと思うけど、なんだか見たことある景色しか見えてこない。

  この竹林が無限に続いているのか、私がグルグル回っているのか。

  でも、今の状況ではどっちも同じことだった。

 

  後ろから何かが追いかけてくる。

  私はその気配を察するたびに全力で走るが、地面から突き出た何かにつまずき、転んでしまう。

 

  それは、私が欲しかった筍だった。

  ふふ、今一番欲しい物と欲しくない物が同時に来るなんて……。

  私がそう自嘲気味に笑うと、背後から寄ってきた黒い影が、大きな口を開けてーーーーー

 

 

 ♦︎

 

 

「これが、赤いお屋敷で頂いたクッキーと、竹林で見つけた筍よ」

「うん? 夢の話じゃなかったの?」

「夢の話よ。さっきからそう言っているじゃない」

「じゃあなんでその夢の中の物が現実に出てくるの?」

「だから、貴方に相談してるんじゃない」

 

  メリーはそう言って、喋り疲れたのか再び紅茶を口に含んだ。

  一応、俺もメリーが持ってきた物を触らせてもらったが、確かに本物だ。

  ただ、メリーの持ってきた筍は成長してしまったせいでもう筍とは呼べないだろう。そこを伝えるべきかどうか、俺が迷っていると、蓮子が口を開いて筍のことを打ち明けた。

 

「教えてあげるよメリー。それはすでに筍じゃないわ。そこまで成長したら、硬くて食べられやしない」

「えー、そうなの? 残念……」

「本当の筍はね、美味しい時は土の下に隠れて身を守っているのよ」

 

  さすが蓮子、俺が言いづらかったことを簡単に言ってくれた。

  とはいえ、あれは夢の中の物だということには間違いはなさそうだ。

  なぜなら、そもそもここら一帯に筍は生えてないし、そもそもシーズンじゃないからだ。

 

「それにしても、夢の物が現実に、ねぇ……楼夢君は何か分からない?」

「夢ってのは、現実との壁があるようでないような場所なんだよな。俺の推測だと、メリーの能力がそのあいまいな壁を越えさせたってことだと思う」

「能力ねぇ……そうだ、ならいっそ私たちもその夢とやらに行こうよ!」

「行くって、どうやって行くつもりだよ? 俺たちの能力じゃ、到底そんな世界に行けないぞ?」

 

  俺がそんな疑問をぶつけると、蓮子はチッチッチッと、考えが甘いと言うように舌を鳴らした。

 

「そんなの簡単よ。メリーと一緒に寝ればいいのよ」

「……へっ?」

 

「「ええぇぇええええぇぇええええ!!!」」

 

 

 

 ♦︎

 

 

「……ちょっと、本当に私の家に泊まるつもりなの?」

「あったりまえじゃん! 枕も持参してきたよ!」

「俺もだ」

「なんで枕だけ持ってくるのよ!?」

 

「「枕が変わると眠れないから!」」

「子供かっ!」

 

  息を切らしながら、「もういいわ……」と呟くメリー。

  俺は視線を、メリーの後ろにある大きな家に移す。

 

  どう見ても、一人暮らしの大学生が住むサイズではない。

  普通は蓮子のようにオンボロアパートに住むんだが、なぜ彼女はこんな家を持っているのだろう。

 

  メリーに直接聞いてみると、思いがけない答えが返ってきた。

 

「それは私のお父さんが外国の大企業の社長だからよ。ったく、親バカが過ぎて大学の話をした時にこんな家を建てられたわ」

「え、大企業の社長の娘ってことは……薄々気づいていたけど、もしかしてメリーって大金持ちか?」

「そうなるわね。とはいえ、お金は楼夢君にならともかく、蓮子には絶対に貸さないけど」

「なんでよメリー!」

「貴方が私にお金を返すビジョンが見えないからよ」

「ぁあんまりだぁ……」

 

  メリーから金の話が出た時には目を輝かせた蓮子だが、そう言われると涙目になりながらガックリと肩を落とした。

 

  すまん蓮子……俺もお前が金を返しているシーンが思い浮かべられないわ。

 

「それに、いくら大きいって言っても、山ごと神社を所有している楼夢君の家の方が圧倒的に大きいわよ」

「うちは大きさだけだよ。金がないから修理も手作業だし、広すぎて掃除するのも大変だ」

「それ分かる気がするわ。自動掃除機を数台付けてても、手作業でやらなきゃいけない部分はたくさんあるからね」

 

「「ハァー……」」

「くそう! 家が大きい人だけ分かる話しないでよ! どうせ私は貧相なオンボロアパートに住んでる貧乏な女ですよーだ!」

 

  俺たちがそう苦労話しを話していると、一人会話に入れない蓮子が拗ねてしまった。

  それをなだめつつ、俺たちはメリー宅にお邪魔した。

 

  途端に眼前に広がったのは、ピカピカに掃除された広い玄関だった。

  奥にはかなりの人数が入れそうなリビングがちらりと見えており、こちらも玄関同様よく掃除されている。

 

「あ、相変わらず広くて綺麗だな……」

「すごく……大きいです……」

「ちょっと、気持ち悪い表現しないでよ!」

 

  蓮子のいきなりの発言に、メリーが声をあげる。

  しかし蓮子は、ニヤリと笑うと、楽しそうに口を開いた。

 

「おやや〜、私はただ大きくていい家だね、って言おうと思ったんだけどな〜。何を想像したのかなぁ?」

「な、嵌めたわね蓮子!」

「あら、なんのことだかさっぱり。わたくしには分かりませんわーおっほほほ」

「はい、そこまで。蓮子は口にこれでもくわえとけ」

 

  そう言って俺は蓮子の口に、世界的に人気なチュッパチュパッチュスという飴をねじ込む。

 

「ん、ん〜ん!」

「さて、今は夕方だし、今のうちに夕飯でも作るか」

「そうだね。手伝うよ楼夢君」

「ああ、頼む」

「ん〜、んっ!」

 

  俺たちがそう話す中、一人苦しそうに唸る蓮子。

  彼女は飴を吐き出そうとしているのだが、俺が持ち手を力強く押さえているせいで、ビクともしないようだ。

  若干涙目になってきたので、そろそろ許してやろう。

 

「ハァー、ハァーッ……死ぬかと思った」

「どう見てもお前が悪い」

「それについてはごめんって言ってるじゃん。お詫びに私も料理を手伝うよ!」

「えっ、蓮子が……?」

 

  俺とメリーは互いに顔を合わせ、蓮子が料理しているシーンを浮かべる。

  しかし、どうやっても鍋を爆発させて黒焦げになっている未来しか描けなかった。

 

「すまん、蓮子……気持ちだけで十分だ……」

「そ、そうよ、料理なんてできなくても、私たちは蓮子が大好きよ」

「どんなイメージだったの!? 私だって一応料理できるんだからね!?」

「蓮子……無理すんな、素直に認めろ……それがお互いのためだ」

「そうよ、我慢はいけないわ、蓮子……貴方は今でも十分魅力的よ」

「だからできるって言ってるでしょ!?」

 

  それから約10分後、蓮子の誤解が解け、無事に料理を手伝えるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「まさか、本当に蓮子が料理できるなんてな……」

「ええ、この世の裏を見た気分ね……」

「だからなんでそんなに驚いてんの!? 貴方たちの私に抱くイメージはどうなってんの!?」

「ずぼら」

「馬鹿」

「突進娘」

「脳筋」

「「そして遅刻魔」」

「うわーーーーん! 絶対に訴えてやるぅ!」

 

  とうとう泣き出してしまった蓮子。

  とはいえ、俺たちの言っていることは全て合っているので、否定することはできない。

 

  現在、俺たちはリビングで布団などをちょうど三人分、床に敷いていた。

  理由はもちろん、俺たちもメリーの夢の世界に行くためだ。

 

「でもよう蓮子。本当にこんなことで夢の世界に行けるのか?」

「うーん、私も分からないんだよねぇ。より確実性が増す方法ならあるけど」

「なんだ?」

「私たちがメリーに密着しながら寝るのよ」

 

  ……何言ってんだこいつは? そんなのメリーが許すわけ……。

 

「ふぇえっ!? なっ、何言ってるのよ! 蓮子は女だけど、楼夢君は……」

「楼夢君とは、何? もしかして寝れないの?」

「そりゃあそうよ! 楼夢君は立派な男じゃない!」

「メリーよく考えてみよう……あれが立派な男『だった』過去なんてあると思う?」

「おいそりゃどういう……」

「神社で会った時を思い出して。あの時の楼夢さんを思い出していれば、大丈夫よ」

「楼夢君と……楼夢君と……寝る……」

「お、おいメリーさん?」

「しっ、仕方ないわね! ろっ、楼夢君も一緒に寝ましょう!」

 

  おい、どうしてそうなった!?

  メリーは顔を真っ赤にしながら、急いで布団を整え、電気を消す。

  そして、すぐに真ん中の布団に潜り込んだ。

 

  いつの間にか、メリーの横には蓮子が彼女に密着しながら横になっていた。

 

「……さすがメリーと蓮子だな。薄い本が書かれるだけはある」

「薄い本ってどういうこと!? 私蓮子とそんな関係じゃないわ!」

「そ、そんなメリー……私たち将来を誓い合った仲じゃない!」

「誓ったこともないし、変な設定作らないでくれる!? 楼夢君もその無駄に高性能なカメラ向けるのやめて!」

「ちぇっ、せっかくいい写真が売れそうなのに……」

「発生源はあんたか!」

「ちなみに私は全3巻まで持ってるよ?」

「買うなよ! ああもうだめだこのメンバーども!」

 

  そんな一悶着があったが、やがて今の時刻は夜の10時。

  蓮子は変わらず抱きつくように密着しているが、俺はメリーの手を握って横になっていた。

 

「ねえ、楼夢君……」

「……なんだ?」

「あっちの世界に行っても、私たちを守ってくれる?」

「……ああ、もちろん。命に代えてでも守ってやるよ」

「うふふ、ありがとう。……それじゃあ、行きましょうか」

「……ああ」

 

  次の瞬間、俺の意識は肉体と断絶され、空を舞う。

  魂は超加速しながら境界を超え、それはやがて三つの流れ星となり、最後の楽園に落ちていった。



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幻の竹林


星を見つめりゃ、時計に変わり

月を見つめりゃ、磁石に変わる

時計を見つめりゃ、さて、何が映るのかな?


by宇佐見蓮子


 

 

  ……。

  ふと、目を開ける。

  気がつけば俺は、大量の竹に囲まれた深い闇夜の中、一人たたずんでいた。

 

  改めて拳を握ったり開いたりして分かったが、これは夢ではない。もう一つの『現実』だ。

 

  ヒュルル、と冷たい風が俺の頬を撫でる。

  ただ、これが現実、もしくは現実に近い世界だと分かっても、道が分かるわけではない。

 

  つまり、俺は今、迷子ってことだ。

 

  そこで俺は、重大なことに気づく。

  ……蓮子とメリーはどこ行った?

 

  急いで探そうとした矢先、隣の草がかき分けられる音が聞こえる。そして竹の壁から飛び出してきたのは、

 

「きゃっ」

「うわっ」

 

  ちょうど探そうとしていた二人、メリーと蓮子だった。

  そして、蓮子は俺に気づくと、いつも通りの変わらない表情で無事を確認してくる。

 

「おっ、楼夢君はっけーん。無事?」

「ああ、それよりもここが……」

「夢の世界、なんだね……」

 

  俺たちはこの別世界に、何か言いようのしれない感触に包まれていた。

  近くに生えてある竹を調べたところ、やはり本物だ。

  ここは、本当にメリーが行っていた世界なのだ。

 

「さて、これからどうする?」

「うーん、正直周りを歩きたいけど……」

「まっすぐに迷わず行ける可能性は低いね。メリーの話の通りなら、やみくもに歩いても確実に迷う」

 

  サークル部屋で聞いた、メリーの話を思い出す。

  確か、この竹林は微妙に傾斜が付いていて、平衡感覚を狂わせる、だったか……。

 

  ならば、と俺は今思いついた方法を蓮子に話す。

  すると、

 

「なるほど、それはいい案かも。やってみてよ」

「何か打開策でも思いついたの?」

「うん、さあ楼夢君、やっておしまい!」

「アイアイサー……うおらぁぁぁッ!!」

 

  蓮子の合図とともに野球バッグを投げ捨て、中の刀を抜刀する。

  そして、青白い光を刀身に集めると、それを気合の入った叫び声と一緒に思いっきり振り上げる。

 

  瞬間、巨大な霊力の刃が縦に、地面を文字通りえぐりながら、突き進んでいった。

  『森羅万象斬』、俺が今のところ唯一使える高威力の遠距離攻撃。

  その威力は凄まじく、目の前の道にあっという間に深いラインが刻まれた。

 

「これで迷わずにすむな」

「イヤイヤイヤ! おかしいでしょ!? なんでそんな必殺技っぽいものをこんなコンパス代わりに使っちゃってるの!?」

「なんか悪かったか? なあ蓮子」

「そうよ、私たちが困るわけじゃないんだからいいじゃない」

「……まあ、確かにこの方法なら平衡感覚を保てるだろうけど」

 

  そう言い、メリーもしぶしぶ納得する。

 

  調べて分かったけど、ここの地面はどうやら再生力も高いらしい。

  現に先ほど落ちていた棒でラインを描いたのだが、1分後には地面は元どおりになっていた。

 

  だが、俺が刻んだのはそんなチャチなものじゃない。

  文字通り地面を抉り取られた地面は、一日や二日で再生するものではない。さらに、込められた霊力が地面の再生を妨害しているらしい。

 

  つまり、あと数日は道に迷わずにすむ、ということだ。

 

「さあ行こう! 栄光の架け橋へ!」

 

  グガガガガガアアアアアアァ!!!

 

  蓮子が刃の通り道に向かって指差す。

 

  同時に、何か獣のような、不気味な雄叫びが同方向から響いてきた。

 

「……道を間違えちゃったわ。楼夢君、今度はあっちにもう一発お願い」

「貴方はここに何か恨みでもあるの!?」

 

  さすがに今度ばかりはメリーが蓮子を止めた。

  とはいえ、このままじゃ前に進めないのも確かなんだけど。

 

「第一、あんなもの放ったら嫌にでもそこに集まってくるわよ。全く、こういう時にそんなこと言うから脳筋って言われるのよ」

「むぅ……じゃあメリーは何か解決策でも見つけたの?」

「蓮子の能力を使えば、少なくとも道に迷うことはないんじゃない?」

「……あっ、その手があったか」

 

  バカだ……。気づかなかった俺が言うのも難だけど、やっぱりバカだこの人。

  というかメリーも、気づいていたなら言ってくれればいいのに。

 

「だって楼夢君……ものすごくやる気に満ちていたんだもん」

「……否定できないのがつらい」

 

 

  っと、そんなこんなで、俺たちは蓮子の能力を頼りに、前に進むことにした。

 

  無限に続くように思える竹林。蓮子の能力がなかったら、精神的な負担で押しつぶされていただろう。そこらへんは蓮子に感謝だ。

 

「それにしても、同じ景色が続くよね。なんか面白いことないかしら?」

「ちょっと蓮子、それフラグってやつじゃ……」

「ああ、見事にフラグが立ったな。そしてたった今回収されたぞ」

 

  俺はそう言って、前方を指差す。

  そこには、暗闇の中で光る赤眼を持つ、4足歩行の化け物がいた。

  しかも、明らかにこっちに向かってきている。

  ああ、嫌な予感が……。

 

「……メリー、私今度からは自分の発言に注意するよ」

「ええ、よろしく頼むわ。……ってことで……」

 

「「あとはよろしく、楼夢君!」」

「笑顔で逃げるんじゃねえ!」

 

  ウグゴオオオオォォォオオォォン!!!

 

「ッ! 畜生め!」

 

  悪態つくと同時に抜刀し、まっすぐに駆ける。

  対して化け物も、同じようにこちらに突撃してきた。

 

「グガアアッ!!」

「おりやあああっ!」

 

  そして、同じタイミングで、月明かりに照らされた、巨大狼のような妖怪の牙と、俺のダッシュ斬りが衝突した。

 

  くそっ、重い! だけど……

 

「妖忌の爺さんの方が、もっと重かったぜ!」

「ギャヒイィィッ!?」

 

  気合を込めて、妖怪を力で弾き飛ばした。

  妖怪は地面に転がるが、すぐに立ち上がって一定の距離を保つ。

 

  改めて、狼型の妖怪を観察してみる。

  まず、狼型の妖怪は大きさが異常だった。四足歩行の状態で、150cmはありそうだ。二足歩行になったら、俺の身長なんてゆうに超えるだろう。

 

  ただ、それ以外に特筆すべき点はない。強いて言えば、身体中の筋肉が普通の狼とは比べものにならないことぐらいだろうか。

 

  その時、狼は雄叫びをあげると、俺に飛びかかってきた。

  そこに下から上に刃を滑らせ、牙を弾く。そして、すぐに狼の横を取るため駆け出した。

 

  ワンテンポ遅れて追ってくる狼。

  なるほど、速い。普通の人間ならすぐに追いつかれてしまうだろう。

  だけど、俺よりは遅い。

 

  狼の視界から、追っていたはずのターゲットの姿が突如消える。

  そして次には、己の腹に青い光の軌跡が描かれ……肉を切り裂いた。

 

  やったことは簡単だ。

  ただ、走る速度を限界まで高め、戸惑う狼の横をすれ違いざまに切り裂いただけだ。

 

  だが、ただの斬撃で切り裂いたわけではない。

  俺の黒月夜は、青い光を刀身から放ちながら、輝いていた。

  俺は、森羅万象斬を使い続けることで、自分の霊力を刀に纏わせる技術を身につけたのだ。

  おかげで、その切れ味は何倍にも増し、丈夫な妖怪の皮膚を豆腐のように切り裂いたってわけだ。

 

  狼は燃えるような痛みに吠えながら、玉砕覚悟の特攻を仕掛けてきた。

  だがもう、終わりだ。

 

  突進をいなすと、黒の長刀が青に輝く。

  そこから放たれたのは、七つの斬撃。

  『氷結乱舞』と言われる、俺の得意技だ。

 

  足が、体が切り裂かれ、吹き飛んでいく。

  そして、最後の七つ目の斬撃。

 

「これで終わりだ、化け物」

「ガガアアアアァァァアアアアァアァッ!!! ……ガ、アァ……ッ!」

 

  渾身の一撃が、狼に向かって放たれた。

  それは、狼の顔にめり込み、どんどん進みながら体を通過してーーーー文字通り、真っ二つに引きちぎった。

  そして、狼型の妖怪は息の根を止めた。

 

  「……ふぅ」

 

  汗をぬぐいながら、愛刀を納刀する。

  ……正直、疲れた。

  やっぱり、慣れない敵と戦うと消耗が激しくなるな。だけど、まだまだ序の口だ。

  これから先、この世界をさまようのなら、必ず強敵が現れる。それからメリー達を無事に守りきることが、俺の仕事だ。

 

  俺の刀を納める音が聞こえたのか、二人が草をガサガサとかき分けて歩いてきた。

 

「終わった、楼夢君? って、うぉっ! ……死体があるならちゃんと言ってよ」

「すまん、言い忘れてた。メリーも大丈夫か?」

「ええ、ちょっと死体を見ると怖くなるけど、こういうのが続くなら慣れるために引っ込んでられないわ」

 

  メリーはそう虚勢を張るが、顔が少し青ざめている。

  しかし、彼女の言うことは本当だ。これからサークル活動を続けるのなら、無理にでも慣れさせるしかないだろう。

 

  ふと、視線を蓮子に移すと、彼女は慣れたのか、狼の死体をゴソゴソとあさっていた。

 

「おい蓮子、何やってるんだ? いくら金がないからと言って、そんなもん食えば腹壊すぞ」

「誰が食うか! ちょっと妖怪の死体が気になっただけだよ。もっとも、専門が違うから、狼とこれの違いなんてわからないんだけどね」

「なら、放置にしとくか」

 

  俺と蓮子は死体の調査を終了し、メリーの元に近寄る。

  それから、ちょうどいいので今後の方針を決めることにした。

 

「それにしても、これからも戦闘は避けれそうになさそうね」

「そうね……それになんか嫌な予感がするわ。強力な敵と出会うかもしれないし、勝てなかったら逃げることも考えなきゃ」

「戦ってるのは俺だけどな」

「あら、どこぞのポケットなモンスターの主人公だって何もしてないじゃない。それと同じよ」

「同じにするな! 俺は手持ちのモンスターかよ!」

「ちょうどいい、私がトレーナーをやるわ! 行け、楼夢君! 『突撃!』」

「それ命令じゃねえよ! もっと分かりやすい指示出せや!」

「えー、それじゃ……『ガンガンいこうぜ!』」

「結局AIに任せてんじゃねえか!」

 

  ……ハァッ、疲れた……。

  なんか妖怪よりも蓮子に体力使わされた気がする。

 

 

  そんなこんなで探索再開。結局、前回と同じ方角に進んでみることにした。

 

  今のところ、妖怪は襲ってきていないし、何も起きていない。

  いいことのはずなのに、それが俺には嵐の前の静けさってやつにしか思えなかった。

 

  そんな時、ふと、視線を西の方角に向ける。メリーも蓮子も、()()()気づいたようだ。

  竹林の奥、そこから僅かな光が見えたのだ。

 

「見えたか、二人とも」

「……ええ」

「うん、あっちの方に光が見えたよ。もしかして人がいるのかも」

「鬼火って可能性もある。蓮子、ここの座標をマークしておいてくれ」

「ってことは……?」

「どうせお前らは忠告を無視して行くだろ? だったら少しでも帰りが楽になるよう、印をつけておくのは当たり前じゃねえか」

「楼夢君……ありがとう」

「礼はよせメリー。そういうのは帰ってからにしてくれ」

 

  俺たちは体を西に向け、歩き出す。

  正直、鬼火だったら楽勝だ。俺の刀は肉体がないものには抜群の破壊力を誇る。何匹来ようが、以前の幽霊のように消し去るだけだ。

 

  だが、そこにいたのは鬼火ではなく、()()()()()()だった。

 

  そこにたどり着いた時、全ての景色が赤で染まっていた。

  燃えていた。

  竹林が、燃えていた。

 

  そしてその中心では、今でも爆風が吹き荒れている。

  地獄の中にいたのは、二人の少女。

  いや、人間と数えていいのか分からない。

 

  なぜなら、白髪の少女は体に炎を纏っていたから。いや、纏ってるんじゃない。体から、炎を放出しているんだ。

  その炎が少女の背中に収縮していき、二つの不死鳥を思い浮かばせる羽を作り出す。

 

  対してもう一人の黒髪の少女は、その光景を見て裂けそうなほど口を三日月に歪める。そして、おびただしい数の光の弾幕を浮かばせると、白髪の少女に向かってそれらを放った。

 

  爆音。そして、轟音。

 

  光と炎がぶつかり合う。二つの力がぶつかり合い、その流れ矢が竹林を燃やし、破壊していく。

 

  すると、突如白髪の少女は肉弾戦にチェンジし、不意をついて黒髪の少女の頭を殴りつけ、消し飛ばした。

 

「ッ!? ひっ……!」

「……なっ!?」

 

  少女の首なし死体を見てしまったことで、メリーは小さな悲鳴をあげる。

  俺も思わず驚いてしまった。

  しかし、少女の首なし死体ができたことに驚いたのではない。

 

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なに……あれ……?」

 

  その異常な光景に、恐怖の表情を貼り付けた蓮子が呟く。

 

 

  そして今度は白髪の少女の下半身が、スパンと切断され、消滅した。

  だが、少女もただではやられない。

 

  黒髪の少女の足首を掴み、雄叫びをあげる。

  そして、白髪の少女の体に光が集中したかと思うと、突如、そこから放たれた巨大な炎の爆発が、二人を呑み込んで行った。

 

  ドッゴォォォォォン!!!

 

  化け物の命をかけた自爆攻撃。

  その範囲は巨大で、俺たちが隠れていたポイントにも、炎の波が押し寄せてきた。

 

「『森羅万象斬!!!』」

 

  波に向かって、最大の刃を振り下ろす。

  だが、威力はあちらが上で、一時的に押さえつけることしかできなかった。

 

「今だメリー、蓮子……逃げろ!!」

「で、でも……っ!」

「早くしろ! 長くは……持たねえッ!」

「行くよ、メリー!」

 

  状況を冷静に分析し、できることは何もないと理解した蓮子は、メリーの手を掴んで走り去っていく。

  それでいい。さて、もう持たないか……。

  そう悟った時にはもう遅い。

 

  青白い刃が消滅し、俺の体は炎の波に呑まれていった。

 

「ぐぅっ! が……ぁあっ!!」

 

  溶かされた金属を押し付けられたような痛みが、全身を襲う。

  熱いッ、熱いッ!

  体中が燃やされていくのが分かる。腕が、足が、体が、悲鳴をあげて泣き叫ぶ。

  まるで、拷問のような時間だった。

 

  爆風とともに宙に投げ出され、そのまま地面に落ちていく。

  痛みで感覚がマヒしている体に、今度は鈍痛が襲いかかる。

  だが、そんなことを気にしている場合ではない。早くメリー達を追わなければ。

 

  ぷすぷすと全身から黒い煙を出しながら、歯を食いしばってなんとか立ち上がる。

  すると、前からメリー達の姿が見えてきた。

  バカ野郎、まだこっちに来るな!

 

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

「ウオオオオオオォォォォッ!!!」

 

  雄叫びをあげると同時に、全力で刀を持ち上げる。

  そして、雨のように降り注ぐ炎の流れ弾に、必死に立ち向かった。

 

  神速の斬撃が、炎のあられを切り裂いていく。

  その度に刃から青い光がほとばしり、スパークする。

 

  メリーと蓮子は、その姿に見とれていた。

  炎の雨も、打ちあわせるたびに飛び散る火花も、全て彼を魅せつけるための材料にしか見えなかった。

 

「綺麗……っ」

 

  徐々に、炎の雨も、数を減らしていく。

  このままなら、なんとかなるっ!

  しかし、その期待は、火弾に紛れて落ちてくる、巨大な炎大玉によって、儚く崩れ去った。

 

  あれはダメだ!

  メリーは直感的に、俺は収縮された妖力の質でそう悟る。

  だけど、逃げるわけにはいかない。

  後ろには、メリーと蓮子が立っている。ここで受け止めなければ、彼女達を守れない。

 

  メリーが「避けて!」と叫んだ。

  だがまあ、無理な相談だ。

  これが終わったらパフェでも奢らせてやるからな。

  そう終わった後のことを思い浮かべると、俺は刀を両手で握り、正面に構えた。

 

「楼華閃一『赤閃』」

 

  斜め上から降ってくる炎大玉。

  そこへ、横から一閃。

 

  隕石の落下が一瞬止まる。

  そして、赤い線が描かれたかと思えば、次の瞬間ーー大爆発を起こして崩れ散った。

 

「今だ、全員で逃げるぞ!」

「「うん!」」

 

  ジリジリと響く痛みを無視して、メリーと蓮子の後ろを走っていく。

  こうして俺らは、この化け物の戦場から生き延びることに成功した。

 

  それから、何分か経ったその時、何か不思議な光がこちらに近づいてきた。

 

「楼夢君、何あれ?」

「……分からん。ちょっと確かめてーーーー」

 

  不思議な光を調べようと、触れた瞬間、光が突如激しく輝きーーーー俺たちの視界が真っ白になった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「……んあ? ここは……?」

 

  チュンチュンという鳥の鳴き声の下、目を覚ます。

  今の時刻を確認すると、午前7時、と表示されていた。

 

  辺りを見渡す。

  そこには竹林ではなく、高そうな部屋で眠る二人の少女の姿が目に映った。

 

「帰って、来たのか……?」

「そうみたいね」

 

  呟きに返事を返したのは、今だ横になりながらメリーに密着する蓮子だった。

  おい蓮子、メリーが眠ってるからといって、胸は触るんじゃない。そして揉むな。

  その度に蓮子の凶行で目が覚めたのか、メリーが情けない声であくびする。

 

「ふわぁ〜あ……って、蓮子! 私の胸を揉むのやめなさーい!」

「ネボシッ!」

 

  寝起きメリーの拳が、見事に炸裂した。

  蓮子は布団から吹き飛び、床に倒れこむ。

  自業自得だ。と密かに呟く。

 

 

  それから、俺たちは着替えて居間に移動した。

  そして、今回の夢で起きたことを語り合う。

 

  そして、話している最中、俺はメリーが何か宝石のようなものを手に握っているのに気がつく。

 

「メリー、それはなんだ?」

「……昨日の竹林で、あの二人が戦ってるところで拾ったの。あの時はつい拾っちゃったけど、よくよく考えたらこれってどちらかの物なんじゃ……?」

「よし、よくやったメリー。まさか最後に一太刀浴びせてくれるとは思わなかったぜ」

「なんで喜んでるのよ。まあいいけど、これがなんだか分かる?」

 

  そう言いメリーは手元の青い宝石をテーブルに置く。

 

「うーん、こんな宝石は初めて見たね。楼夢君は?」

「……霊力を感じる。だけど、それ以上は分からない」

「楼夢君でも分からないかー。……ハァ、気乗りしないけど岡崎に調べてもらおう」

「それが良いと思うわ」

 

  ということで、青い宝石は岡崎に預けることになった。

 

  それにしても、あの二人はなんだったのだろうか。

  別の世界にはあんなのがウジャウジャいるのか。

 ……鍛え直す必要がありそうだ。

 

  空を見つめ、この世の広さを実感すると、俺はため息混じりに、息を吐いた。

 






「今回、楼華閃一『閃』という技を『赤閃』に変更してさせてもらいました。どーも皆さん、最近リアルが忙しい作者です」

「最近新作アプリの事前登録で忙しい狂夢だ」


「狂夢さん……私もう体育祭出たくありません」

「やっぱりこうなったか……目が死んでやがる」

「もう家でオセ●ニアするしかないじゃない!」

「その前に勉強しなさい」

「違うだろ! このハゲェーーーーーー!!」

「ああ?」

「ヒィッ、いや違いますこれは手違いですお願いしますお願いします殺さないでください」

「安心しろ」

「狂夢さん……」

「流星群を生身で受けるだけで許してやろう(パチンッ)」

「へっ?」

「ほらもう降ってきたぞ? じゃあな、健闘を祈る!」

「……こっ、こっ、このハゲェーーーーーーーーー!!!」


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『ヒロシゲ』53分の旅

Can you feel my heart?

Can you feel my beat?

さあ、聞こえてくるはずよ?


byマエリベリー・ハーン


 

  ヒロシゲは三人を乗せて走る。音もなく、揺れもなく、ただひたすら東に走る。

 

  四人まで座れるボックス型の席には空席も多く見られ、三人で座っていても相席を求められることはなかった。

  朝の反対方向は芋洗いのように通勤の人でごった返すが、東京行きは空いている。三人にとっては好都合だった。

 

  車窓から春の陽気が入ってくる。

  最新型のこの新幹線は全車両、半パノラマビューなのが売りの一つである。

  半パノラマビューとは上下を除いた全てが窓、つまり新幹線の壁のほとんどが窓で、まるで大きな試験管が線路の上を走っているようだ。

 

  進路方向と反対に座っている金髪の少女の左手には、見渡す限りの美しい青の海岸、右手には建物一つない美しい平原と松林が広がっていた。

 

  だが、この卯酉新幹線『ヒロシゲ』から見えている極めて日本的な美しい情景も、金髪の少女、メリーにとっては退屈なものでしかなかった。

 

「ヒロシゲは席は広いし、早く着くし便利なんだけど……カレイドスクリーンの『偽物の』景色しか見れないのは退屈ねぇ……」

「むむむ……っ」

「これでもトンネルに映像が流れるようになって、昔の鉄道よりは明るくなったのよ。まるで地下みたいでしょ?」

 

  そう言い、メリーの呟きに返事を返したのは蓮子だ。その斜めに座っている黒髪紫眼の青年は、何やら札を見つめて唸りをあげている。

 

「地上の富士はここまで綺麗じゃないかも知れないけど、それでも本物の方が見たかったわ。これなら旧東海道新幹線の方が良かったなぁ」

「うーむむむ……っ」

「何を言ってるのよ。旧東海道なんて、もう東北人とインド人とセレブくらいしか利用していないわよ。ま、メリーは東北人にのんびりしているかも知れないけどね」

「セレブですわ」

 

  普段言わないような口調で、そう主張するメリー。

  会話が一旦止まる。

  そこで、メリーは隣で唸っている青年、俺こと楼夢に問いかけてきた。

 

「ねえ、楼夢君。さっきから唸っているようなんだけど、さっきから何をしているの?」

「……んあ? メリーか。ちょうどいい、これを見てくれ」

 

  そう言って、壁に付いてるボタンを押す。すると、シュッと平面的な台が飛び出してきた。

  その上に、数十枚のお手製の札と、大きな鉢を数本並べる。

 

「……これは?」

「こいつは俺の新しい武器だ。前回の戦闘で学んだんだが、俺には近接で敵を倒せても、遠距離の敵を攻撃する手段が全くないということに気がついた」

「それで、このごっつい針ならともかく……なんでお札なの? どう見ても威力は無さそうなんだけど?」

「普通に投げればな。だが俺には霊力操作という戦闘手段がある」

「うーん、物理学以外はよく分からないなぁ。メリーは理解できた?」

「ちょっとだけなら。でも、じゃあなんでさっきから唸ってたの?」

「霊力操作の修行だよ。この札に霊力を込めて、手を使わずに動かすってもんだ。ほらよっ」

 

  そう言って札に触れると、淡い光を纏い、ふわふわと複数の紙切れが宙を舞った。

  その光景に唖然として口を開く二人。

  しかし、いち早く戻った蓮子が次の質問に移った。

 

「でも、いくら飛んでも紙切れは紙切れだよ。大した殺傷能力にはならないんじゃーーーー」

「ああ、言い忘れてたんだけど硬化させることもできるんだ。それを指に挟んで振るとーーーー」

 

  野球バッグから取り出したダンボールを宙に投げ、落ちてきたところに手を振るう。

  すると、ズパンッという気持ちのいい音とともに、ダンボールが二枚に分かれて落ちてきた。

 

「……ぁっ」

 

  その威力に、蓮子は意識を一瞬手放してしまった。

  おーい蓮子、戻ってこーい。

  その思いが通じたのか、何か丸い物が落ちてきた後、蓮子は息を吹き返してくれた。

  よかった。これで死んでたらシャレにならんしな。

 

「でも楼夢君。それって銃刀法違反にならない?」

 

  あ、確かに……。

  で、でも確か法律には……。

 

「で、でも6センチを超えなければ銃刀法にはならなかったはずだよな?」

「はい、物差しだよメリー」

「ありがとう蓮子。……うん、オーバーしてるね♪」

「待ってメリー! お願い、それ徹夜で作ったの!」

 

  その後、泣きついて返してもらいました。

 

 

 ♦︎

 

 

  ーー卯酉新幹線ができたのは、俺たちが生まれる前の話だ。

 

  神亀の遷都が行われてから、大量の人間が東京と京都を行き来する必要が生まれた。

  旧東海道だけではすぐに交通インフラに限界が来て、政府は急ピッチに新しい新幹線の開発に取りかかったのだ。

 

  そして完成したのが、東京と京都の間を53分で繋ぐ卯酉新幹線『ヒロシゲ』である。

  この新幹線は、京都―東京を通勤圏内にし、あっという間に日本の大動脈となった。

 

  驚くべき事に、卯酉新幹線の全てが地下に、そして直線的に作られている。始点から終点まで、空も海も、山も森も、太陽も月も、何も見ることは出来ないのだ。

 

  「あっという間に着くのは良いけど、こんな偽物の景色を見てるだけじゃ二人は退屈じゃないの? 夜は夜で空に浮かぶのは偽物の満月、ってのもなんかねぇ。東海道も昔は53も宿場町があったというのに、今は53分で着いちゃうのよ? 昔よりも道のりも長いのに。こうなっちゃうと、もう旅とは呼べないわよね」

「道中が短くなっただけで、旅行は旅行よ。東京観光巡りは面白いわよ?京都と違って新宿とか渋谷とかには歴史を感じる建物も多いしね。そういう観光の時間が増えたと思えば良いじゃない」

 

  それに……、と蓮子は付け足す。

 

「一人、その偽物の景色に喜んでいる人もいるみたいだし」

「なんだよ、こっちは今まで外出すらロクにしてこなかったんだぞ? 偽物でも、珍しいものは珍しいんだよ」

 

  蓮子がそう言って俺の方を向いた。

  むむ、なんだか田舎者扱いされているようで納得できない……。一応俺は首都である京都出身なんだぞ。むしろ、田舎者はどっちかと言うと、東京育ちの蓮子の方だ。

 

  すぐにそう反論したくなったが、誰も得する話じゃ無いのでやめておいた。

  口を尖らせ、そっぽを向く。

 

「そうそう、こんな話してる? 実は、ヒロシゲは最高速を出せば53分も掛からないらしいんだけど、わざわざ53分になる様に調整したらしいよ?」

「一分一泊ね。その調子なら三週間で老衰だわ。短い旅ねぇ」

「三週間で終わる人生って……虚しすぎるだろ」

 

  メリーのブラックな冗談に、ついついツッコミを入れてしまった。

 

  話は脱線するけど、俺たちが今目指しているのは、蓮子の実家がある東京だ。

  昔は栄えたところでも、今の世では田舎扱い。

  俺たちはそこに、大学の休みを利用して旅行に行くことにしたのだ。

 

  まあ旅行と言っても、蓮子の彼岸参りに便乗するだけだが。ここでもエセオカルトサークルである秘封倶楽部は活動中である。

  まだ東京に行ったことの無い俺とメリーは、今回の東京旅行を非常に楽しみにしていた。

 

「道中の景色も楽しみだったんだけど……卯酉東海道は全線完全地下の新幹線だしな。まあ、偽物でも暇つぶしになるから面白いんだけど」

「それが、卯酉東海道最大の売りと予算を使った装置『カレイドスクリーン』よ」

 

  そう言って、文明の発達を強調する蓮子。

  俺たちが京都を旅立ってから、すでに36分が過ぎていた。

 

 

「あ、今……」

「……大気中の霊力の密度が増えたな」

「どうしたの二人共、そんな怖い顔して……」

 

  雑談していると、急に辺りの空気が重くなったのを俺は感じ取る。メリーも同じようだ。

 

「急に顔が重くなった気がしたの。蓮子は感じない? ここら辺の空間は少し他と感じが違うわよ。それに結界の裂け目も見える……スクリーン制御プログラムのバグかしら」

「ああ、それはきっとここが霊峰の下だからよ」

「霊峰っていうと……富士山か!?」

 

  おいおい、そんなの聞いてねえぞ……。

  それに、なんて恐ろしいことを。八百万の神々が知ったら崩壊じゃすまねえぞ。

 

「まあ、過敏なメリーにはちょっと緊張が走るかもしれないわね」

「いや、それよりも大丈夫か? 富士山は冥界とも繋がってるっていうし、そのうち災害が起きそうなんだが」

「心配性ね。そういう時はお酒でも飲んで考えるのをやめようよ。無駄に緊張しても良いことないよ」

 

  蓮子がこう言っているが、少し心配だ。しかし、それとは別に、もし事故が起きてもさほど酷くはならないという確信が、俺の中にはあった。

 

  とにかく東京と京都を結ぶ事だけを考えて設計した卯酉東海道だったが、正確には富士山の下を通っているのではない。

  政府は霊峰富士の真下に穴を開けるという、恐れ多き事態だけは避けたのだ。

 

  それは正解だったと思う。

  霊峰のような聖域は、人工物の侵食を極端に嫌う。もし真下を掘ろうものなら、死火山とされている富士山はかつての姿を取り戻し、憤怒の業火で全てを焼き尽くしていただろう。

 

「……ったく、欲をかいた人間が今度こそ真下を掘らないことを祈るぜ」

 

  一人そう呟く。

  卯酉東海道は、富士を避け、樹海の地下を走っている。

 

  ただ、樹海には古くから良くない言い伝えが多く、樹海の真下を走るというだけで新幹線の運行や乗客数に影響が出てしまうかも知れない。

 

  そう考え、樹海の真下を走っているという事は一般には明かされていなかった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「ねえ蓮子、トンネルスクリーンに映ってる富士山ってちょっとダイナミック過ぎないかしら?」

「うーん。余りまじまじと実物を見た事がないから何とも言えないけど、こんな感じだと思うわよ? きっと、周りに人工物が殆ど映っていないと、こんな感じに見えるんじゃないかな」

 

  うんちく好きな蓮子にしては珍しく、根拠がしっかりしない説明だ。

  彼女はスクリーンに映る富士山を眺める。

 

「この富士は、広重と言うよりは北斎かなぁ。スケールだって、オートマチックビデオリターゲッティングの処理された様な感じがするよ。リアリティよりインパクトを重視した様な気がする」

 

  さっぱり意味が分からなかったが、ここで俺の頭に一つの疑問が浮かぶ。

 

「なあ蓮子、なんでこの新幹線の名前はヒロシゲなんだ? ホクサイでも変わらないと思うんだが」

「お、良いとこ聞いてくるねー楼夢君。よろしい、この蓮子さんが君に教授してあげよう」

 

  急にうざい態度とうざいドヤ顔で眼鏡をクイッとする仕草を見せる蓮子。

  うげっ、教授という言葉に、間違えて岡崎を連想しちまったじゃないか……。どう責任とってくれるんだ。

 

「なんか酷く失礼なことを言われた気がする……」

「気のせいだ」

 

  蓮子が、若干不満げな表情で、語り出す。

  彼女の説明はこうだ。

 

  まず、富士と言えば北斎の『富嶽三十六景』が有名であるが、北斎は富士を幾ら描こうとも満足することはなかった。

  それは、富嶽三十六景は実際には四十六枚ある事からも判る。

 

  しかし、自分の半分くらいの年齢しか無い、若い広重が『東海道五十三次』を出版し、それが人気を博すと、過去に三十六景を出したというのに、負けじと北斎は『富嶽百景』を出版した。

  その位、彼は富士に魅入られていたのだ。

 

  しかし、広重もまた、富士に魅入られた者の一人だった。

 

「楼夢君、広重も北斎に対抗して、富士の三十六景を描いていたってのは知っている?」

「……いや、知らねえ」

「あら、パクリ? それともインスパイア?」

 

  隣のメリーが、口を挟んできた。

 

「その名も、『富士(不二)三十六景』というの。しかも北斎の没後に出版したのよ」

「あらあら」

「それで、結局なんで広重が選ばれたんだ?」

「日本が北斎の奇才を認めることができなかったからだよ。この国は彼の絵に対する狂気を受け入らなかったのさ」

 

  蓮子はそう言うと、少し悲しげにスクリーンの富士山を見つめた。

 

  いつだって、狂気は理解してもらえない。

  俺たちだって同じだ。

  この世界の謎をあばくため、日夜危険をかえりみず、ひたすら狂気の世界を彷徨っている。

  しかしそれは、法で禁じられていることだ。理由はただ一つ、未知という名の狂気が恐ろしいから。

 

「だけどよ、もし北斎が選ばれていたらどうなってたんだ?」

「きっとカレイドスクリーンに映る、高速の36分の狂気の幻想が楽しめただろうね」

 

  そう言って蓮子はくすくすと笑った。

  それにつられて俺やメリーも、思わず笑ってしまった。

 

  他人が聞けば冗談じゃないと言うようなもしも話。それを笑って受け入れられる俺たちは、やっぱり異常なんだろう。

 

 

 ♦︎

 

 

「もうすぐ東京かしら。やっぱり物足りないわね」

「確かにね。でも着く前に疲れなくて良いじゃない」

 

  富士が小さくなっていく景色を眺めながら、蓮子はそうメリーに返した。

 

「ま、東京見学できる時間が増えたから良いか。今日はどんなところを案内してくれるの?」

「まあそう焦らないの。まずは実家に着いて、荷物を置いてから色々案内してあげる。彼岸参りは明日でいっか」

「田舎は都会と違って妖怪がさらに出やすくなる。そこを気をつけて行けよ?」

「分かってるよ。……って、そのピアスは何?」

 

  蓮子は返事をしながら俺の方に振り返った。

  そして、今俺がつけようとしている青い宝石のピアスを見て、訝しげに覗き込んでくる。

 

「これはうちの神社の初代巫女が使っていたと言われるピアスだ。つけると霊術の操作をスマートにさせる能力がある」

「どうしてそんな便利なもの今まで使わなかったの?」

「……数十年放ったらかしにされてた倉庫を掃除してる時、偶然見つけたんだよ。霊術の方も、そこに置いてあった秘伝書を読んで修業したんだ」

「……楼夢君、巫女さんやめても似合ってるね」

「メリー……俺は元から男なんだが?」

 

  妙に目をキラキラさせたメリーが、若干赤くなった顔で俺を見つめてきた。

  ……なんか、貞操の危機が迫ってきてる気がする……!

 何か、何か彼女の気をそらせる物は……!?

 

  俺が必死になって探していると、窓のカレイドスクリーンの景色に、黒い文字が混ざってきた。

 

「メリー、スタッフロールが流れてきたぞっ」

「あら、本当だわ。こんな風景まで作者の権利を主張するなんてねぇ……」

 

  オッケー! ナイスタイミング、スタッフロールさん!

 

  忌々しげに文字列を睨みつけているメリーとは逆に、俺は密かに感謝の祈りを捧げていた。

 

 

  窓の外の景色に次々と文字が浮かび上がっている。

  53分のカレイドスクリーンの映像が、終わりを迎えようとしていた。

 

  本来、景色には誰の著作物である、という考え方は無い。

  さらに言うと、この映像は広重が見たであろう東海道を基にしているのだ。

 

  それでも、人間は自分の物だと主張する。

  乗客が皆、本物の景色ではないかと思って見ていた立体画に、映像の制作者の名前が浮かんでは消え、消えては浮かんでいる。

 

  風景の真ん中に「Designed by Utagawa Hiroshige」と言う文章が浮かんだのを最後に、

 

 

 世界は闇に閉ざされた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「やっと着いた……」

「いいえ、実家はまだまだよ。ここからはバスも通らないし、歩いていくしかないの」

「頑張って、楼夢君!」

 

  男性が見たらドキッとさせられてしまうほど、眩しい笑顔で俺に声をかける二人。

  普段だったらこれほど嬉しいことはないだろう。けど、今は別だ。

  なぜなら、

 

「なんで、俺がお前らの荷物全てを持つことになってんだーーーーッ!!」

 

「だって重いじゃん」

「この後色々観光するだろうし、できるだけ体力を温存したいかな……なんて?」

「メリーはともかく、蓮子は元気で溢れてるだろうが!」

「あら、何を言ってるのかなー? 私はか弱い乙女ですよ? おほほほほ」

「うちの神社の階段をダッシュで登ってくる奴を『か弱い』だなんて言わねえんだよ!」

 

  全く……なんで毎回毎回俺がこんな目に合うんだ……。

  前回は竹林で森羅万象斬ぶっ放して、最終的に怒られたし。

 

「まあまあ、あそこのコンビニ寄っていくから、そこで休もうよ」

「そうね。バスが長かったから、腰が痛いわ」

「ってことで楼夢君、私コーラね?」

「私はアイスコーヒーかな?」

「やっぱり使いパシリじゃねえか!」

 

 

  そんなこんなでコンビニにイン。

  とはいえ、品揃えは最新の物はないし、雑誌も昔ながらのものばかりだ。エアコンも古っぽく、秋のこの季節では少し肌寒い。

 

  当然といえば当然だが、やっぱりここは田舎ということを認識させてくれる。

 

  アスファルトで固められた地面は、寿命を迎え、道のあちこちにヒビが入っている。

  環状線も一部が草原と化し、葉っぱもなく、茎と赤い花弁だけの奇妙な花が道を覆いつつある。

  人口の減少と共に、自動車という前時代的な乗り物も減っていた。道がどうなろうと不便な事は無かったのだ。

 

  窓を覗けば、メリー達が、派手な格好の若者に絡まれているのが見える。

  町奴や旗本奴、火消しが暴れる町の様に、東京は本来の姿を取り戻しつつあるのだった。

 

「……うん? 若者に絡まれている? ちょっと待てよ……」

 

  一度は外した視線を、再び窓に戻す。

  そこには、明らかに困った顔をしているメリーと、怒鳴り声らしきものをあげている蓮子の姿があった。

 

「だから! 私たちはこれから用事があるの! 分かった!?」

「まあまあ、いいじゃねえかとそんなことより俺たちと遊ぼうぜ〜。見たところ、あんたら京都あたりからの旅行者だろ? 俺たちが案内してやっからよ〜」

「お断りするわ。センスのない男たちは帰ってちょうだい」

 

  俺が駆けつけた頃には、五人の若者と蓮子が対立していた。

  あれが噂の田舎のヤンキーって奴か。威勢だけで、以前出会った奴らのように凶器や麻薬は持っていないようだ。

 

「おいお前ら、俺の連れに何かようか?」

「なんだテメェ? ナヨナヨしたガキは黙ってろ!」

「……はぁ、年上に対する接し方って奴を覚えた方がいいぜ」

「なんだと? ふざけるな!」

 

  俺が挑発した若者に合わせて、後ろの奴らも「ふざけるな」と連呼してくる。

  だがまあ、羽虫程度にしか感じられない。後ろの蓮子たちも迷惑そうなので、黙らせるか。

 

  近くの木が生えてあるところまで歩くと、幹を素手で掴む。

  若者たちはその仕草に、大笑いをする。

  しかし、彼らはその幹が苦しそうな音を立ててるのに気がつかなかった。

 

「おいおい!? なんだそりゃ? 格好つけのつもりか? そんなおままごとはお家でーーーー」

 

 

  メギャッ

 

 

「……へっ?」

「おままごとが、なんだっけ?」

 

  幹が砕け散り、支えを失った木が重力に従って地面に落下した。

  見れば若者たちもメリーたちも、目を見開いて驚いている。

  好都合なので、指を鳴らしながら笑顔で語りかける。

 

「さて、次はお前らの番……と言いたいんだが、誠意ってやつを払うんだったら特別に見逃してやるよ」

「「「「「是非受け取ってください!!」」」」」

「蓮子、私にはどっちが悪党なのかわからないよ……」

「安心してメリー、私もよ」

 

  失礼すぎるだろ!?

  土下座をしながら財布を差し出す若者たちを見て、メリーと蓮子は若干引いていた。

 

  その後、大量の荷物を持ちながら、誤解を解こうと必死になる青年の姿と、それを聞き流す二人の女性の姿があったとか。

  まあ、最終的にはなんとかなったんだが。

 

  ちなみに、財布はこっそり回収しておいた。

  俺だって生活費が苦しいんだよ。許せ、若者たち。





「どーも、最近クラスの女子に自分が異常に嫌われていることを知って落ち込んだ作者です」

「当たり前だろ。容姿は豚似で髪は長い、おまけに授業中に昼寝しまくるブサイクを、誰が好きになるってんだ。狂夢だ」


「さて、今回は卯酉東海道編ですね」

「本来ならメリーと蓮子がヒロシゲを降りた時点で終わるんだが、今回はちょっとオリジナル差が結構増すぜ」

「それにしても、36分の狂気の幻想ですか……ちょっと試してみたいですね」

「なんだ、それなら楼夢に頼めよ」

「え?」

「マッハ88万悪夢の世界一周旅行が楽しめるぜ?」

「全力でお断りいたします」


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巫女再臨! の巻

黒き涙が流れるなら

私が代わりに拭って差し上げよう

憤怒の炎が止まらぬなら

私が雨を降らせよう

花よ一世にひらひらと

願いを叶える、巫女の舞い


by白咲楼夢


 

 

「おやおや、よく来たねぇ。いらっしゃい」

「お婆ちゃん、久しぶり!」

 

  夜になりかけの夕方。

  俺たちは東京の観光を済ませた後、蓮子の実家に来ていた。

 

  ちなみに、ここに来るのは初めてではない。今日で二回目だ。

  なんでも、蓮子の祖父母たちは卯酉東海道の存在を忘れていたらしく、俺たちがここに着いた時には戸締りがしてあったのだ。

 

「それにしても、ちゃんと戸締りしたんだけどねぇ。蓮子ちゃんの置手紙と荷物を見た時には、びっくりしたわ」

 

  では、どうやって家に入って、荷物を置いてきたのか?

  それは、蓮子のポケット内で銀色に輝くピッキングツールが物語っていた。

 

「うん。窓が開いてたからね、そこから入ったんだ。おばあちゃんも歳だから、鍵かけるの忘れちゃってたんだよ」

「あらそうなの? 今度から気をつけないとねぇ」

 

  真っ赤な嘘だ。

  笑顔で流れるように嘘をつく蓮子を見て、俺とメリーは少し恐怖を覚える。

 

(ポーカーフェイスの蓮子って、なんか怖くない?)

(ああ、なまじ何考えてるのかわからねえ奴だからな。いつもは表情である程度読み取れるが、ああも見事だと能力使わない限りわからねえよ)

(きっと普段からああして人を騙してるんだわ)

(ああ、いつも問題起こすくせに、男性の教授相手だとなぜか早く帰ってくるのも、これが理由だな)

 

「ちょっと二人とも、聞こえてるわよ?」

「あらやだ、なんのことでしょう。 ねえメリー?」

「ええ、全くもって身に覚えがありませんわ」

「貴方たちとは一度話し合う必要がありそうね」

 

  お嬢様言葉でとぼける俺たちに、蓮子が笑顔でそう言った。

  しかし、額には複数の青筋が浮かんでいる。

  おばあちゃんの方には見えてないが、俺たちに顔を向けてるせいでバレバレだ。

  はい、すんません調子に乗っていました。だから許してください。

 

「それで、そこの二人が……」

「マエリベリー・ハーンです。よろしくお願いします」

「白咲楼夢だ。これから数日、世話になるぜ」

「楼夢君にマエ……マリベ……メリーちゃんね。覚えたわ」

「いや今絶対覚えてないだろ!? 噛みっ噛みじゃねえか!」

 

  そこを笑顔で誤魔化すなよ! 蓮子の性格は遺伝だったのかよ!

  まさか、読みにくいからといって、あだ名を考えるとは……しかも蓮子がつけた愛称と同じだし。

  見ればメリーも同じことを考えていたようで、呆れたように蓮子を見ていた。

 

(蓮子も、最初会った時あんな感じで誤魔化してきたんだよ? 多分今じゃ本名は覚えてないんじゃないかしら)

(それは重症すぎるだろ。そしてネームセンスが遺伝っていう。まあメリーって名前は可愛いから良いが)

(そんな、楼夢君……可愛いだなんて……)

 

「なんか無言なのにピンク色の空間が出来上がってるんだけど」

「あらあら、仲が良いのねぇ」

「……あのぅ……婆さん、儂もそろそろ喋りたいんだが」

「お黙り」

「……はい」

 

  部屋の隅っこでたった今ばあさんにどやされたのは蓮子の爺さんだ。

  彼がこうして俺らの会話に入る権利を与えられていないのは、とある理由がある。

 

  なんでも、爺さんは卯酉東海道がない時代に京都に行ったことがあるらしく、俺たちが東京に来るのに数時間はかかると思い込んでいたらしい。

  しかし、卯酉東海道は片道53分。一時間もかからない。

  婆さんは爺さんの言うことを信じて家を空けた結果、見事にすれ違いになったというわけだ。

 

  そりゃ、婆さんも怒るってもんだ。

  とはいえ、喋ることすら禁止は流石にひどいと思う。だけど、婆さんから滲み出るオーラが怖くて発言できない。

  すまない、爺さん……無力な俺を許してくれ。

 

「さて、もう夜になるから部屋で荷物でも整理しておいで。蓮子ちゃんのことだから、どうせ最終日にはゴチャゴチャになるんだし」

「ふっふっふ、甘いよお婆ちゃん。私は最近『召喚:執事』を覚えたのだ!」

「俺が整理するだけじゃねえか! テメェなんざ『召喚:粗大ゴミ』で充分だ!」

「そーよ蓮子! 『召喚:執事』は私が使うんだからね!」

「それも違ェよ……」

 

  なんか最近俺が便利な何でも屋扱いされてきたんだが。

  まあ面倒くさいからいいか。俺は二人を引きずって、割り当てられた部屋に向かうのであった。

 

 

  ちなみに、部屋は三人共用でした。

  いくら部屋がなかったからといって、男を混ぜるんじゃねえよ……。

  夜、理性が保つかどうか。

  俺はその時のことについて、必死に頭を悩めるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「お婆ちゃーん! ご飯まだー?」

 

  月が出てきた夕飯の時刻の頃。

  俺たちは整理を終えたので、婆さんを探していた。

  しかしどうやら家にいないようで、どこにも姿が見当たらない。それは爺さんも同じだ。

 

  そこで、外から話し声が聞こえてくる。

  何かの相談をしているような声が複数。その中には、婆さんや爺さんのもあった。

 

  俺たちは玄関の扉を少し開け、聞き耳を立てる。

 

『宇佐見の婆さん、このままじゃ畑が枯れちまうよ』

『全く、参ったもんだねぇ……いくら水を入れても、どんどん干からびちまう。これも例の『鬼』の仕業なのかもねぇ』

『ええ、実際に畑が干からびる前日に大きな影を見たって話は結構ありますからね』

『雨でも降れば、しばらくは大丈夫なんだけど……』

『なら雨乞いをしましょうよ。非科学的ですが、今はそれしか……』

『巫女がいなけりゃ、雨乞いは意味がない。そしてこのあたりには神社がない。お手上げだよ』

『そんな……』

 

  と、そんな会話が聞こえてきた。

  どうやらあちこちの畑が干からびる事件が起きてるようだが、気になるのは鬼って言葉だな。

  確か、日本で上位種に入る妖怪で、頑丈な体に馬鹿力が特徴だったはずだ。中には妖術を使いこなす奴もいて、非常に厄介だとか。

  だが、鬼はもうこの世から姿を消した妖怪の一種だ。なぜ今更こんなところに……?

 

  とりあえず、今はこの畑の問題を解決しよう。

  大丈夫、俺にとってこれほど簡単な仕事はない。

 

「話は聞いたよお婆ちゃん!」

 

  バッと扉を開け、勢いよく登場する蓮子。それに続いて、俺たちも姿を表す。

 

「蓮子ちゃん、話は聞かせてもらったって……?」

「お婆ちゃん、その雨乞い、私たちに任せて。必ず成功させるから」

「でも、雨乞いには巫女が必要なんだよ? いくら蓮子ちゃんたちが可愛いと言っても、本物じゃないと意味がないのよ」

「俺からもお願いする。こちらには策があるんでな。そして爺さん、もし育毛剤があったら、俺に貸してくれないか?」

「ああ、いいだろう……しかし、何に使うんだ?」

「それは秘密だ」

 

  家に入り、爺さんから育毛剤をもらう。

  しかしその直後、爺さんが育毛剤を買ったことが発覚してしまい、婆さんのお仕置きが、爺さんを襲った。

  なんか、すまん……。

  俺は部屋に閉じこもると、持ってきた荷物を広げ、準備を始めた。

 

 

 

  それから数十分後、外がざわざわと騒がしくなっていく。

  どうやら、雨乞いの準備が整ったようだ。

  こちらもちょうど出来上がった。良いタイミングだ。

 

  俺は部屋にセットされた鏡を覗き込む。

  そこには、黒い巫女服を纏った、地にまで届く長い紫髪の女性の姿が映った。

 

「……ハァ」

 

  無意識にため息をつく。

  まさか、再びこの姿になることがあるとは。人生何が起きるかわからないものだ。

 

  先祖の遺伝なのか、俺の髪は常人と比べてありえないほど伸びやすい。

  具体的に言うと、一週間手入れを怠ると地面に髪が届くようになる。

  そんな髪に育毛剤をかければ、この通り。見事に前と同じボリュームになった。

  その時に、なぜか染色も落ちた。

  先祖よ、貴方は一体何をしたらこんな呪いがかけられるのだろうか。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

  気持ちを切り替えて、玄関まで進み、扉を開けて外へ出る。

  そのまま少し歩くと、夜の闇の中で松明の火が見えてくる。

  そこに向かって歩いていくと、結構な数の人だかりとが見えた。

  彼らは円を描くように集まっており、その中心には儀式のステージとなる、ロープで作られた直径3メートルの円と、台の上に塩と酒が供えられていた。

 

「宇佐見の婆さん、本当に大丈夫なのかよ。これで巫女が来なかったら、俺たちはおしまいだ」

「信じるしかないよ。幸い、うちの蓮子ちゃんは嘘をつくように育てた覚えはないしね」

 

  バリッバリ嘘をついていますよ、婆さん。

  だが、今回はその信頼のおかげで助かった。

 

  周りを見渡せば、メリーと蓮子が騒いでいる連中を静まらせている。

  俺も、この期待に見合った働きをしなくちゃな。

 

  ロープで囲った中は、その時点で神域と化し、巫女以外が入ると天罰が下る。

  その神聖なフィールド目掛けて跳躍すると、人垣を超えて、ふわりとその中に降り立った。

 

「あ、あんたは……?」

「ご紹介に与かりました、白咲神楽でございます。本日は雨乞いを成功させるため、よろしくお願いいたします」

「お、驚いたね……凄いべっぴんさんだ。蓮子ちゃんたら、こんな人と繋がりがあったなんて……」

 

  神聖な雰囲気を纏った俺の登場に、文句を言っていた者たちも、それ以外も全てが目を見開いて静かになった。

  その様子に満足すると、俺は曲を奏でる人たちを呼びかけ、儀式を始める準備をさせた。

 

 

  闇に紛れた月下の中、フルートとハープの美しい音色が、優しく、神域を包み込む。

  その中で扇を持ちながら舞う、一人の巫女。

  何も見えない闇の中、彼女だけに集中するように月のスポットライトが当てられ、幻想的な世界を創り出す。

 

  彼女が舞うたびに、風や草木、世界の全てが見惚れるように静かに動きを止める。

  それは彼ら、人間であっても変わらない。

 

  なんども雨乞いは見たことがあるが、彼らはあれほど美しく、光と闇の中で舞う巫女は見たことがなかった。

 

  息すらも許されない静寂の中、彼女だけの神世界が、永遠のように夜に響き渡った。

 

 

 ♦︎

 

 

  その翌日、俺は外から響く無数に地面を殴りつける音で、目を覚ました。

  何事かと思い、窓を開いてその奥を覗く。

 

  そこには、大量の水が、篠突く雨となって地面に降り注いでいた。

  あいぇぇぇぇ!? なんで、いくらなんでもやり過ぎだろうがぁぁ!

  急いで土地が崩れていないか確認したが、明らかに災害一歩手前レベルなのに、何も起きていないことが分かった。

 

「楼夢君……一つ言いたいことがあるんだけど」

「……何かな、メリー。そんな怖い顔しちゃって」

「外で起きてる現象はなんだろうね?」

「さあ? 紫髪の巫女がやらかしたんだろうよ」

「私の目の前には紫髪の巫女服着た女性が見えるんだけど」

 

  しまったぁぁぁ! 髪元に戻すの忘れてた!

  現在の俺の姿は、昨日着た巫女服のままだ。あの後疲れたので、夜中侵入した後すぐ眠ってしまったんだ。

 

「楼夢君……」

「……はい」

 

  覚悟して、自然に地面に正座する。

  それから、蓮子が起きるまでの間、俺はメリーに説教されるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「それにしてもたまげたねぇ! 楼夢君がまさか、女の子だったなんて!」

「あはは……普段は二人を守るために男の格好をしてるんですよ」

「そりゃ立派だね! おかげでしばらく水に困ることもなさそうだし、感謝感激だよ」

 

  そう言って、愉快そうに笑う婆さん。

  俺はつられて苦笑いをすると、ちゃぶ台に出された朝食を食べ始めた。

 

  蓮子が起きた後、結局俺はあの時の巫女の正体は自分だと明かすことに決めた。

  理由は一つ。今の俺が、元の髪型に戻せる道具を所持していないからだ。

  俺の髪は、霊力を纏ったものでしか切れず、染色も慎重にコーティングしないとすぐに落ちてしまう。そして巫女の髪型から普段のに戻すのに、五時間以上は最低かかってしまうのだ。

 

  それに、今は染色液もハサミもない。いずれ巫女がこの家に泊まっているのはばれてしまうってわけだ。

 

  とはいえ、巫女の正体が実は男でしたなんて言えば、婆さんは天罰を恐れてしまう。

  そこで、性別を偽って、俺は女だったと話したのだ。

 

  その結果が、今に至る。

  感謝の気持ちが伝わってはくるのだが、やっぱり女扱いはキツイ。前の俺はよくこれされて平然としていたものだ。

 

 

  朝食を食べ終えると、俺はいつもの黒シャツに真ん中を開けた紺のフード付きパーカーを羽織る。

  なんだかこの髪でこれ着ると、変な気分だ。

 

「なんか楼夢君って……何着ても似合うよね」

「うん……かっこいいよ楼夢君」

「ありがとう蓮子、メリー。この髪で男扱いしてくれるのはお前らだけだよ」

「どういたしまして。じゃあ、秘封倶楽部出動よ!」

 

  今日の俺たちは、秘封倶楽部としてこの東京を動くことになっている。

  まず、昨日の畑が干からびる事件を調べるため、この周辺の人たちへの情報収集。

  幸い、蓮子の実家は街よりも離れた村のようになっていて、ご近所付き合いが良い。身知らずの俺たちの質問も、蓮子がいれば答えてくれるはずだ。

  そして、午前中までには、前々から決めていた彼岸参りをするつもりだ。

  その後は、集まった情報によって方針を決めることにする。

 

  そう話し合いながら、村の道を歩く。

  雨は、俺が外に出ると同時に都合よく消えて、今は雲がかかった太陽が、空を昇っている。しかし、水が地面に染み込んで、ドロドロになって歩きにくい。

 

  しばらく進むと、昨日蓮子の家で婆さんと話していた中年男性を見つける。

  ちょうど良い。第一村人発見ってやつだ。

 

「あのー、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

「ん、君は宇佐見の婆さんの孫か。って……巫女様!? どうしてこんなところに……?」

「少しの間、ここに泊まることになりましたので。それよりも、質問いいですか?」

「はっ、はい、是非!」

「……これ、蓮子より楼夢君の方がいいんじゃないかな? (ボソッ)」

 

  メリーはそう小さく呟いたが、きちんと聞こえているぞコンチクショウ。

  誰が嬉しくて興奮気味な男たちに話しかけたいと思うか。

  しかも、ボロを出さないためにわざわざデスマス口調で喋らなきゃならないし。

 

「そもそも、畑が干からびた原因はなんですか? この季節じゃ、水が枯れるような天気にはならないと思うんですが」

「……分からない。昨日まで水で溢れてたかと思うと、次の日には急に干からびてるんだ。その時によく、大男の人影が目撃されるんだ」

「その大男の正体は?」

「爺さん婆さんの連中は鬼だと言ってるが、詳しくは分からない。俺はそもそも、京都で落ちぶれてここに来たんだ。そういったこの村の古くさい話は、俺よりも老人たちに聞くといい」

「……分かりました。情報提供、ありがとうございます」

「いえいえ、巫女様の役に立てたなら、それでいいです。では、俺はこれで」

 

  そう言い残し、中年男性は去って行った。

  さあこの調子で、次は老人たちを探していこうか。

 

  そして、次に出会ったのは知らない婆さんだった。

  だが、蓮子は彼女を知っていたようで、手を振りながら声をかける。

 

「おーい、お隣のお婆ちゃん!」

「あらやだ、蓮子ちゃんじゃない。巫女様とお散歩なんて羨ましいわねぇ」

「お婆ちゃん、畑が干からびる事件に現れる大男の正体が鬼って話はホント? さっき聞いたら、村の人が言ってたんだけど」

「……ええ、本当よ。この村は昔から鬼が出ることで有名でね。あそこに見える山があるでしょ?」

 

  そう言って、婆さんは俺たちの後ろの景色にある一つの山を指差す。

 

「あそこはね、鬼来山って呼ばれていてね……昔から鬼が出ることからそう名付けられたのよ。その鬼はなんでも炎を操るらしくって、ごく稀にこの村に来ては畑の水を枯らしに来るんだよ」

「ごく稀? 最近じゃ頻繁に起きてるみたいだけど?」

「それが、私たちにも分からないのよ。普通は十、二十年に一度なんだけど、今じゃ一週間に3回も畑が枯らされたのよ。これから先、どうなることやら……」

 

  他の人にも聞き回ったが、似たような話ばかりだった。どうやらこれが限界のようだ。

  俺たちは情報収集をやめ、蓮子の彼岸参りに行く準備を進めた。

 

 

 ♦︎

 

 

「……色々あったわね」

「ああ。びっくりの連続だ」

「……(チーン)」

 

  俺とメリーは、彼岸参りであったことに驚きながら、街へバスで向かっていく。

  だが、普段よりも、俺たちの会話は少なめだ。蓮子に至っては、もう何もしゃべらないで撃沈している。

 

  何が起こった、なんてとても俺の口では説明できない。

  まさか、まさか……

 

「まさか、蓮子の先祖が女装趣味で、ゲイで、三十二股だったなんて……」

「言っちゃってるじゃん! もう言わないでよ、恥ずかしい!」

「大丈夫よ蓮子。昨日女装した人が身内にいるじゃない」

「俺か!? 俺のことを言ってるのか!?」

「楼夢君は似合ってるからいいんだよ!……ああもう、あんなのが戦国時代活躍した武士だなんて、お婆ちゃんはなんの勘違いをしているの!?」

 

  ……とまぁ、以上が、彼岸参りの境界に飛び込んだ先に見えた光景だ。

  それにしても、あれは強烈だった。……うぷっ、また吐き気が……!

 

「思い出さないで!」

「ヘボがァッ!? 腹がぁ……吐き気がぁ……っ!」

 

  顔を真っ赤にした蓮子のボディブローが、見事に炸裂。

 

  その後、昼飯に寄ったハンバーガーショップのトイレにて、俺は胃の中の物を記憶ごと吐き出すのであった。

 






「どーも、登校日にタグにクロスオーバーを追加しました。一時期この小説が読めなくなった時間があったと思いますが、お許しください。作者です」

「十月になって、服の衣替えを始めた狂夢だ」


「今回の話は村でのアレコレでしたね」

「ああ。ちなみに雨乞い中に作者のイメージで流れてた曲は?」

「ドラクエの『おおぞらをとぶ』ですかね。3が初代の曲ですが、有名になったのは8からなんじゃないかと作者は思います」

「なるほど、だからフルートとハープなのか」

「この組み合わせは11のとあるシーンを見てパクりましたからね」

「それで、次回はどんな風になるんだ?」

「次回はこの卯酉東海道のメインになりますかね。それでは皆さん、高評価と登録お願いします。では、ばいちゃ〜」


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先祖が残した大きな爆弾

夢敗れ、恋敗れ、虚しさ残る

色恋悲しき、この世の定め


by作者


 

 

「うぅ……口の中がまだしょっぱい……っ」

「まさか吐いちゃうとはね。とはいえ、そろそろ午後の予定を決めないと」

「うん、そうだね。さてと、まずはいつ鬼来山に潜入するか、だね」

 

  昼飯のハンバーガーセットをつまみながら、俺たちは今後のことについて話し合う。

  うむ、やっぱコッカコーラは美味い! 口の中の不純物が全て洗い流された気分だ。

 

「まず、鬼来山の潜入は夜、婆さんたちが寝静まったころにしたいと思う」

「待って、楼夢君。なんでわざわざ夜に行くの? 明るいうちに行った方がいいんじゃないかしら?」

「俺たちは鬼来山に行くのは初めてだ。加えて、そこには鬼がいることから他にも妖怪がたくさんいると見ていいだろう。そこでいざという時に役立つのが、蓮子だ」

「ふぇっ? 私?」

「お前の能力があれば、たとえ幻術を使われも現在地を特定することができる。だが、明るいうちは星が出ないから能力が使えない。そういう意味で、夜行くのが得策だと思う。だが、問題はもう一つある」

「もう一つの問題?」

 

  メリーが小首を可愛らしく傾けた。

  俺はポテトとハンバーガーを口に含み、飲み込む。

  そして一拍置いて二人を見つめた。

 

「鬼との戦いはおそらく激戦になる。もちろん俺も手加減しないが、あっちは問答無用で山を荒らしまくると思う。その時の騒ぎで村人が起きないか、てことだ」

「それなら、なんとかできるかも」

「うん? どうやってだ?」

「私最近、境界をほんのちょっと弄れるようになったの。それを使えば、その戦いの認識を薄めることができるかも……」

「メリーったら、いつの間にそんなことができるようになったの? なんかパワーインフレに置いてかれたキャラの気分がよくわかったわ」

 

  そんなことないと思うんだが……。

  第一、俺は遠距離攻撃が可能になっただけだし、メリーもちょっと能力に応用性が増しただけだ。

  蓮子の能力だってちゃんと成長して……成長して……すまん、成長してるところが思い浮かばなかったわ。

 

「なんか失礼なこと言われた気が……私だって一応成長してるんだからね」

「へぇ、例えば」

「そ、それは……」

「ええ、確かに成長してるわ。前回博麗神社に行った時は五分遅れだったのに、今回の駅での待ち合わせなんて十五分も遅れたからね」

「それは成長って言わないよメリー!」

 

  その後、俺たちは街で夜の探索に必要な物を買い揃え、村に戻っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

  時間は夕刻。空が赤く染まったころ。

  村のとある箇所で、何やら人だかりがあるのを俺たちは発見した。

  何か起きたのかもしれないし、ちょっと寄ってみるか。

 

  二人とも文句は言わず、人だかりに向かって歩く。

  そして、その騒ぎの中心には、泣きながら村人たちに何かをお願いする、女性の姿があった。

 

「お願いします! 娘が鬼に攫われてしまったんです! どうか皆さんで救助をお願いします!」

 

  そう叫ぶように懇願するが、村人たちは戸惑い、辺りを見渡して視線をそらす者ばかり。

  まあ、そりゃそうなるわ。鬼なんてものと戦える人間が、そもそもここにはいないんだから。

  それにしても、あんな女性は俺が昨日の夜見た限りいなかったはずだ。服装も違うし、おそらくは観光客だろう。

 

「これはなんの騒ぎですか?」

「ああ、これはなーーって、巫女様!?」

「続けてください」

「え、ええ。どうやらあの女性、子供連れで他の地域から観光に来たんですが、どうやら鬼来山の近くを歩いてる途中、子供が大男、つまり鬼に攫われたらしいんですよ。でもうちの村は今が重要な時だし……仕方ありませんよ」

「……そうですか、情報ありがとうございます」

 

  俺がお礼を言うと同じタイミングで、村人たちが散っていった。

  どうやら、彼らはこの女性を見捨てる判断をしたようだ。

  俺も特に助ける理由もないが……後ろから突き刺さる二人の視線に追われ、仕方なく彼女に声をかける。

 

「あの……すいません」

「ああ、もうお終いだわ……っ! ごめんなさい、私がしっかりしていれば……!」

「……諦めるなら勝手に諦めてくれ。まだ決まったわけでもねえのに、結論を急ぐんじゃねえよ」

 

  自棄になっている女性を見て、思わず素の喋り方で喋ってしまった。

  しかし、そのおかげであちらもこっちに気がついたようだ。

 

「あの……あなた方は……?」

「そんなことはどうでもいい。助けて欲しいのか? 違うのか?」

「たっ……助けてください! お願いします!」

「……明日までに結果を出す。その時帰ってこなかったら諦めろ」

 

  そう言い捨て、女性を取り残して足早にその場を離脱した。

  そして家に帰る途中の道で、蓮子が明るい声を出す。

 

「さすが楼夢君! こういうのは無視するタイプだと思ったから、見直したよ」

「俺だってそうしたかったよ……だけどさ、あれが悲しむ顔を見る方がよっぽど辛いわ」

「あれ? って、ああ……なるほど」

 

  俺と蓮子が向けた視線の先。

  そこには、嬉しそうな顔して少し後ろを歩く、メリーの姿があった。

 

「さてと、でもこれですぐに行かなくちゃいけなくなったね。レッツゴー、だよ」

「いや、予定は変えない。夜に行くぞ」

「えっ、なんで? このままじゃ子供が食べられちゃうよ!」

 

  その案を聞いたのか、メリーが後ろから俺に抗議してきた。

  だが俺はメリーの頭を撫でると、理由を説明する。

 

「大丈夫だ。そもそも、鬼は食べるために人間を攫うわけじゃないんだ」

「どういうこと? 鬼が人を食べるって話は有名だよ」

「鬼は基本的に強者を好む。人攫いは、その強者をおびき寄せるためのものだ。だが誰も挑まなくなると、鬼は不必要になった人間を処分するために食べるってわけだ」

「結局食べられちゃうじゃん、それならなおさら早くしないと」

「落ち着きなさいなメリーさん。今日攫われたってことは、強者を待つための時間も存在するはずだよ。つまり、今日や明日じゃ殺される可能性は低いと思うんだ」

「そうだ。相手は未知の強敵だ。しっかり準備してから行くぞ」

 

  そうやって、俺たちは帰路に着き、普段通りに夕飯を食べ、風呂に入り、それぞれの時間を過ごしてその時を待った。

 

 

  そして、夜のとばりが降りてくる……。

 

 

 ♦︎

 

 

  ……前方に気配4。左右合わせて3。合計7。

  思いっきり地を蹴り、縮地して前の妖怪と距離を詰める。

  そして鮮やかな剣技で、目の前の全ての敵を切り裂いた。

 

「楼夢君!」

 

  だが、まだ終わりではない。左右の3匹の獣型の妖怪が、後ろの二人を獲物に飛びかかってきていた。

  だが、妖怪たちに投げつけられた御札が当たると、爆発を起こし、標的を葬り去った。

 

「これで終わりか……」

「楼夢君、それ火薬でも詰まってるの? 明らかにおかしい威力だよ」

「さあな。そんなことより、やっぱり妖怪がうじゃうじゃいるな」

「うん。軽く20匹はもう来たと思うわよ」

「ああ、御札は千枚以上作ってあるから弾切れはないと思うが、さすがの俺でもこの数を一日で相手したのは初めてだ」

 

  刀に付いた血脂を振り払うと、納刀する。

  まだまだ体力は有り余っているが、後3時間ほどでキツくなるだろう。二人の体力のこともあるし、それまでになんとか鬼を倒さないといけない。

 

  俺たちは休憩を終了すると、再び山を登り始めた。

  ここも、前の竹林と同じように方向感覚が分かりにくくなるため、途中途中で蓮子の能力を使って位置を確認しないといけない。

 

  やはり、夜にここに来たのは正解だったようだ。

  コンパスなどを使う手もあるが、蓮子の能力ほど詳しく表示されないし、そもそも壊れたらお終いなので、やはりこういう時に彼女は便利だ。

 

  そして進むこと数十分。

  俺たちの視界に、黒髪の女性が倒れているのが映った。

 

「あの子よ。早く救出しなくちゃーー」

「いや、待て」

 

  飛び出そうとするメリーを手で制し、少女をよく睨む。

  すると、ぼんやりとだが、妖力が感じられた。

 

「それで騙せると思うなよ!」

 

  能力が発動し、俺の紫眼が光り輝き、少女を照らす。

  次の瞬間、彼女の姿は粘土のようにドロドロに溶け、中から鋭い牙を持った狸型の妖怪が姿を現した。

 

  すぐさま霊力のこもった針を投擲し、串刺しにして始末する。

  妖怪は汚い断末魔をあげると、痛みのあまり絶命した。

 

「あ、ありがとう、楼夢君……」

「今目が光ってたけど、もしかして能力?」

「ああ。前は適当に『怪奇を視覚する程度の能力』なんて言ったが、これの本質は非常識を見破ることにある。こういった幻術には相性の良い能力ってことだ」

「むしろそれ以外に相性良いのってあるの?」

「……あるかもしれない」

 

  くそう! どうせ俺の能力はたまにしか役に立たないダメ能力ですよ!

  ああ、日常でポンポン使えるこいつらが羨ましくなってきた。

 

「でも結構登ってきたけど、いったいどこにいるのかしら?」

「ああ、それならもうすぐだ。この先はバカみたいな妖力で溢れているからな」

「情報だと、炎も使うんだよね? 鬼って脳筋なイメージがあったんだけどなぁ……」

「いや、脳筋であってる。妖術を使えるのは一部の連中だけみたいだ」

「その一部の連中の一人に、運悪く巡り合っちゃったってわけか」

 

  確かにその通りだ。だが、妙でもある。

  鬼という種族は、基本的に術式は苦手だ。使える奴もいるが、畑を丸々干からびらせるほど強力なものを打てるとは考えにくい。

  もし、相手がただの鬼ではなかったら……その時は逃げるしかない。

  俺にとっては子供より、こいつらの方が大事なんだ。

 

「……行くぞ」

 

  ザッザッザッという草を踏みしめる音が、重く辺りに響く。

  はっきり言って、俺は緊張していた。

  俺は『ただの』ではないが、人間だ。先祖ならともかく、俺一人だけで鬼に本当に勝てるのか?

  そんな疑問が頭をよぎる。

 

  しかし、その考えは自分以上に不安を感じている二人の顔を見て、一気に吹き飛んだ。

  ーーそうだ。俺がこいつらを守るんだ。俺がやらなきゃ誰がやる。

 

  覚悟を決めて、俺はまっすぐに標的に向かって突き進んでいく。

  そして、

 

 

「……よく来たな。この時代の人間にしては珍しい。だが愚かだったな。人間ごときが俺に勝てるわけないのによ」

 

  俺たちの正面に、それは堂々と佇んでいた。

  二メートル越えの背丈に、まっすぐ伸びる鋭い二つの角。

  一目見ただけで分かる。圧倒的な威圧感。

  かつての世の支配者。『鬼』が、そのにいた。

 

「へぇ、言ってくれんじゃねえか鬼さんよ。決めつけるのは勝手だが、後で負けて難癖つけんじゃねえぞ?」

「その顔……貴様ーーーー」

 

  恐怖で震える二人を離れさせ、鋭い目付きで鬼を睨む。

  だが奴は俺の顔を見るや、抑えていた妖力を全開にして、

 

「ーー白咲楼夢かァァアアァアァァアアアア!!!」

 

  ハンマーのような拳を振り下ろしてきた。

  ……速い! いつの間にか間合いを詰められ、俺の顔は驚愕に染まる。

 

  ドッゴォォォォオオンッ!!!

 

  地が震えるような轟音。

  間一髪脱出した俺が元いた場所に、小隕石でも降ってきたかのようなクレーターが出来上がっていた。

 

「……なんちゅう威力だよ。バトル漫画かっ。いや、俺が言えた義理じゃねえけど」

「白咲楼夢ゥゥ! よく姿を現したな!殺す! 俺が受けた屈辱、今晴らさせてもらうぞ!」

「楼夢君、いったい何したらこんなに憎まれるのよ……」

「いやいや!? 誤解だって! 第一、俺らは初対面だ!」

「そうだろうなァ! 貴様が覚えてるはずもないが、俺は千年前のあの時のことを今でも覚えているぞ!」

 

  馬鹿な、俺らは完全の初対面だ。それに相手も千年前と言ってるし、彼が言ってるのは十中八九過去の『白咲楼夢』なんだと思う。

  しかし、ここまで恨まれる理由が分からない。うちの神社は昔は鬼とも交友を深めてたはずなのに……。

  奴の瞳を見れば、それが本気の怒りであることが分かる。

 

  とりあえず、二人の身を守らねば。

  束になった御札を空へと投げすてる。すると、散ったそれらが光り輝き、鬼を牽制するように空中に止まった。

  これらは鬼が二人に向かうと自動で追撃し、爆発する仕組みになっている。三百枚ほど投げたので、防衛には十分だろう。

 

  ふと、辺りの空が微妙に赤く染まる。

  これはおそらくメリーの境界操作だろう。凄い規模だ。これなら自由に戦っても問題ない。

 

「ねえ。貴方はなんでそんなに貴方が言っている『白咲楼夢』を恨むのかしら?」

 

  木陰に隠れながらのメリーはそう問いかける。

  そして意外にも、鬼はそれに正面から答えてきた。

 

「……俺は昔、惚れた女がいた。そいつは俺ら鬼の頭領で、何億年も生きている伝説と呼ばれた鬼だった。容姿もそれは美しく、当時百年ちょっとしか生きていない俺は一目惚れしたよ」

 

  鬼はその頃の記憶を思い出し、懐かしげにポツポツと続ける。

 

「その時から俺は、千年ほど修行の旅に出た。あの人に認めてもらうことだけを目標に、ただただ必死になって鍛錬に打ち込んだ。だが、帰ってきた時だった。あいつが現れたのはっ!」

 

  そこまで言うと、奴は感情を爆発させ、俺をその名の通り鬼の形相で睨んだ。

 

「俺が帰ってきた時、あの人は既に決闘で負けてしまっていたんだ。女のような顔、髪、をしたあの男に! もちろん認めらず、挑んだが姿すら追えなかった。そんな時、お前はこう言ったんだっ!」

 

 

『あ、終わった? 俺そろそろ剛との酒盛りがあるからもう帰りたいんだが』

 

 

「貴様には分からないだろうな! 惚れた女が他の男と腕を組んで去っていくところを、呆然とただ見つめるだけしかできなかった俺の気持ちなどっ!」

 

  息を切らせながら、鬼はそう今まで溜め込んだ魂の叫びを、思いっきり吐き出した。

  その大音量に、空気が震え、ビリビリと肌を刺激してくる。

 

  千年以上修行して、得たものが虚しさだけか……。女のために強くなったのに、全く役に立たなかった悔しさ。悲しみ。その他の全て。

  だから、俺は正直に言おう。

 

「すまん、分からないわ」

「……はっ?」

 

  俺の答えに、鬼だけでなく、メリーや蓮子も口を開いて戸惑った。

 

「第一、そこで諦めんのが理解できねえよ。忘れられないんだったら、お前も文字通り何億年でもかけて奪ったらいいんじゃねえか。何悲劇の主人公アピールしてんだ、ああ? テメェのその腹いせのせいで子供を奪われ、そのチャンスさえ与えられなかった子の母親の方が、よっぽど悲劇だわっ!」

「きっ、貴様ァ……っ!」

「来いよ鬼、いやクソ野郎! テメェのその甘ったれた根性を今叩き直してやるっ!」

 

  もう恐怖なんざ微塵も湧かない。臆病者なんざ怖かねえよ!

  久しぶりに吹き上がった怒りを手に込め、俺は鬼へと勝負を仕掛けていった。

 

 






「祝SAO三期決定! 最近寒くなってきて早朝腹を壊すのが日常化した作者です」

「祝とある三期決定! バブル時代、子供達はお年玉を一万円の枚数で競ったらしいが、今じゃ千円札の数で競ってる現代を見て涙が出てきた狂夢だ」


「今回の前書きは私が担当させてもらいました」

「ああ。非リアなお前らしい歌だ。気に入ったぜ」

「まあ、作者は告白したこともされたこともないので、この歌が似合ってるとは言いがたいですが」

「ヘタレだな。まだ今回の鬼の方がよっぽどかっこいいぜ」

「狂夢さんはもし私が告白したとして、女性が付き合ってくれると思いますか?」

「いや、それはありえない」

「オブラートに包んでくださいよ……っ。うっ、涙が……っ!」


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臆病者の森

おいであそばせ迷いの森へ

さあ、鬼さんこちら

楽しいショーの始まりです


by白咲楼夢(神楽)


  最初に動いたのは、俺だった。

  鬼を超える速度で鬼を通り越し、すれ違いざまに切りつける。

  だが、傷は予想以上に小さかった。

 

「ハッハハ! こんなものかすり傷にも入らんわ!」

「うおっとっ! ちぃっ、なんて硬さだよ……!」

 

  奴の腹を切った時、まるで鋼を叩いたかのような感触を手のひらに感じた。そしてそれは間違いじゃないだろう。

  伊達に千年以上鍛えておらず、その肉体を形作る筋肉は、金属を超える強度となり、鉄壁の鎧と化していた。

 

  普通に切るだけでは通用しない。

  なら、他の作戦に切り替えるのみだ。

  とは言ったものの、相手は都合よく待ってくれるはずもなく。

  雄叫びをあげながら、鬼のラッシュが行動を阻害してくる。

 

  アッパーをスウェーで、ストレートを首を傾けることで、フックはしゃがむことで、鬼の拳の嵐を避け続ける。

  だが、下にしゃがんだことは失敗だった。

  頭上から悪寒が走る。

  見上げれば、渾身の打ち下ろしが、俺の頭をロックオンしていた。

  ほぼ反射で横にダイブ! と同時に、針を数本投げる。

 

  再び轟音。そして出来上がるクレーター。

  すぐさま立ち上がり、相手を観察する。鬼の体には針が突き刺さっていたが、先ほど同様深くにまでは至らず、あっさり引き抜かれてボキボキに折られ、ポイ捨てされた。

  それは俺に対しての見せつけかな? 結構高かったんだぞそれ用意するの!

 

  さて、針も通用しないということで、また次の作戦。

  刀を鞘に納刀し、じっと力をためる。

  その行為に鬼は若干驚くが、すぐさま切り替えてあざ笑いながら拳を突き出してきた。

 

「クハハハッ! 戦場で敵が待ってくれると思うなよォッ!!」

 

  ああ、言われなくても分かってる。

  そしてお前に一言。

 

「頭上注意、だな」

 

  その言葉とともに、数枚の御札が空から鬼の体へ突き刺さり、大爆発を起こした。

  これらはメリー達への防御にばらまいたやつらだ。誰も全て防衛に回すなんて言ってないぜ?

  予期せぬ攻撃に、鬼の体は少しの間硬直した。

 ーー今がチャンスだ。

 

  鞘の中に霊力を込めると、外がバチリと光り、雷が纏わりつく。

  それを一気に距離を詰めると抜き放ち、光の居合い切りを放った。

 

  ズシャァァアッ! という血が噴き出す音。そして生肉を切り裂く感覚。

  楼華閃『雷光一閃』。

  今度こそは、相手に通用したようだ。

 

「ぐっ、うおぉぉぉお!」

 

  鬼は雄叫びをあげるが、その体は腹に流された電撃によって痙攣し、マヒしている。

  今だ、畳み掛けろ!

 

「ハアアアアアアァァッ!!」

 

  緑色の光と風を纏った刃で、先ほどの反対側を切りつける。

  楼華閃『裂空閃』。

  返す刀で、今度は刀を両手に握りしめ、赤く輝く刀身で切り上げる。

  楼華閃『赤閃』。

  振り切った体制を利用して、上から下に強烈な衝撃と斬撃を叩き落とした。

  楼華閃『墜天』。

 

「ゴ……ガァッ、ハァッ!」

 

  衝撃波が巻き起こり、巨大な体を数メートル吹き飛ばす。

  それを追いかけ、追撃の突き技をーーーー

 

 

  ーーーー放つ前に巨大な火柱が間に発生し、壁となり行く手を塞いだ。

  周りの木々に燃え移り、あっという間にフィールドが炎に包まれる。

  そこに、一本の大木が不自然に宙を浮く。目を凝らしてその下を見ると、そこにはそれを片手で持ち上げる鬼の姿があった。

  炎の激しさが増す大木を、大きく振り被る。

  おいおい、まさか……?

 

  ゴォッ!!

  空気を切り裂く、いや叩き潰すような音をしながら、炎木が投げつけられた。

  すぐさま上にジャンプ! アクション映画顔負けのバク宙を決める。

  だが、少しドヤ顔になった俺に、まだまだ大木の脅威は終わらない。

  横に投げつけられた大木は、俺の周りの木々をなぎ倒していったのだ。

  当然、根元を折られた木々は次々と落下しながら他の木とぶつかり、やがて複雑な軌道をしながら大量のそれらが、俺へと降り注いで行った。

 

「くそっ、本当にここはアクション映画じゃねえんだぞ!?」

 

  こうなったらやるしかない。木々は壁のようにまとまりながら落ちてくるが、一本一本にわずかなタイムラグがある。そこを突けばーーーー。

  まずは上に跳躍、そして木の幹に足をつける。それを蹴り飛ばし、壁キックの要領で次々と木を乗り換えていった。

  だが、まだまだ木は大量に落ちてくる。それらに反応できず、俺は押し潰されーーーー

 

 

 

  ーーーーなんちゃって。

 

「『森羅……万象斬ッ!!!』」

 

  木の壁を粉砕し、青の刃が、翼のように天に昇った。

  青の鳥が作った一瞬の穴。それを俺は見逃さない。

  雄叫びをあげ、俺は必死に木の壁をーー通り抜け、脱出した。

 

  近くの木の頂点に飛び移り、そこから他の木々へと移動しながらここを離脱する。

  直後、ズゥン! という木々が地面に衝突した音が響いた。

  さすがに今回ばかりはまともに戦っていられない。御札を周りに浮かばせ、結界を張って身を隠す。

 

  そういえば、メリー達は無事だろうか?

  気になって元いたあたりの場所を見つめると、必死に地面に伏せて身を守る二人の姿があった。

  ……流石にもうここにはいられないか。ちょうどいい、二人に一仕事してもらおう。

  パーカーのポケットから御札を一枚取り出し、そこに血を垂らして血文字で手紙を書いた。

  内容は攫われた少女の居場所だ。霊力感知によると、ここから少し離れたところで縛られているようだ。彼女たちにはここを離れるついでにこの子供の救出に向かってもらおう。

 

  完成した手紙を硬化させて、メリーたちの近くの木目掛けて投擲する。それは見事に直進し、突き刺さった。

  それをメリーが見つけ、手紙を広げる。そして蓮子に呼びかけると、その場を走って離れていった。

  よし、それでいい。あとは……。

  直後、冷たい殺気が横から突き刺さる。

  喉を鳴らして振り向くと、そこにはーーーー。

 

 

「よう。よそ見とは余裕そうじゃないか」

「……!? しまっ……!」

 

  そこから先は、言葉が続かなかった。

  間髪入れずに放たれた鬼の拳が体を捕らえ、俺は地上に強制的に叩きつけられた。

  腹に受けた衝撃と、地面に叩きつけられた時の衝撃で骨が鈍い音をあげる。

  感覚で分かった……これは折れたな、と。

  だが正直、それだけで済んで良かったと思う。あの時御札の結界を防御に切り替えていなければ、間違いなく即死していた。

 

  吹き飛ばされた先は、まだ火が木々に移っていない、新しいステージ。

  そこにふらつきながら立ち上がる俺と、空から落ちてきた鬼が再び対峙する。

 

「よく生きてたな。てっきり死んだもんかと思ったぜ」

「ったく、すげぇ馬鹿力だ。今でも頭がクラクラしやがる」

「はっ、じゃなきゃ意味がねえ。安心しな、俺が勝ったらお前の女どもをたっぷり遊んだ後で同じ場所に送ってやるよ」

「テメェ……やっぱ最低のクズ野郎だな」

「そうかよ。でもお前は今から、その最低のクズ野郎に殺されるんだ、ぜェッ!」

 

  鬼の両拳が炎に包まれる。それを互いに打ち付けると、歪んだ笑みを浮かべながら俺へと駆け出した。

  再び始まる、拳のラッシュ。だが炎の分リーチが長くなっており、先ほどのように避けれず、刀で受け流しなが後退し続ける。

  ギャリン、ギリッ、ガギンッ!

  このままじゃ防戦一方だ。俺は後ろへ飛び退き、木の裏に背中を合わせる。そこを狙って放たれる、赤い拳。

  だが俺は、拳が木を貫く前にしゃがみ、回転して振り向きながら木の幹を斬りとばす。そして拳を振り切った状態の鬼に、木が倒れてきた。

 

  あまり期待はしてなかったが、それは直撃するも結果的に無傷で終わった。

  だが足止めにはなった。それで十分だ。防御から攻撃に立て直せる時間があるなら十分だ。

 

  『赤閃』を繰り出し、鬼の肉を切り裂く。と同時に、他の木に飛び移り、先ほどの壁キックで周りの木々を縦横無尽に飛び回った。

  今回の戦いでは、連続技はほぼ意味を為さないだろう。例えニ、三回斬撃が当たっても、鬼はタフで動きを止めないからだ。

  なので、今回は単発技がメインになるだろう。そしていずれできる大きな隙の時に、連続技だ。

 

「ちぃっ、ちょこまかとうっとおしい……!」

 

  頭や体、そして何より目を動かして俺の動きを捉えようとしているが、どうやら追いつけないようだ。

  そのまま死角から飛び出してすれ違いざまに切り裂き、また死角へと戻る。

  鬼はとうとう堪えきれなくなったのか、ガムシャラに突っ込んできた。木々をなぎ倒し、メチャクチャに拳を振り回しながら周りを破壊する。

  しかし、その分隙も生まれる。無防備な背中に×字を刻んだ。

  どうやら、修行したと言っても精神修行まではしていたわけではないようだ。繰り出される拳は高確率で急所へのコースを導くが、それが当たらなければ怒り、暴走して暴れまわる。

  相手が同じ鬼だったら通用するだろう。だが、あいにくと俺は速度重視の剣士だ。わざわざ相手の土俵で戦う義理はない。

  そういう意味では、この木々が生い茂る森は俺にとって都合が良かった。この障害物だらけのフィールドで切り刻まれて死ね。

 

「死ねオラァァッ!」

「死ぬのはテメェだゴミ屑野郎!」

 

  激しい罵倒が飛び交う中、鬼の拳が頬をかすめる。そして、まっすぐに伸びた腕に、操作した御札が巻きつき、数秒間拘束した。

  だが、その数秒間は致命的な一撃になり得る。

  ーーこれで終わりだ。

 

「『森羅……万象斬ッ!!』」

 

  ーー止めの一撃。

  今日最高の斬撃が、鬼の背中を抉り、鮮血を撒き散らしながらーー大爆発を起こした。

  青い光が飛び散り、爆発によって煙が巻き上がる。

  しかし、そこに姿を現したのはーーーー

 

「……つか、まえた……っ!」

 

  血だらけになりながら、俺の刀の刃を握りしめる、鬼の姿があった。

  その目は血走っており、大ダメージで消耗しているにも関わらず、その闘志だけは薄れていなかった。

  ニヤリ、と鬼は笑う。そして叫び出す、本能の直感。

  まるで、心臓が凍りついたかのように。体が動かなかった。

  そのままゆっくりと、鬼は指に力を込めーーそれを弾いた。

 

  直後、巻き起こる大爆発。

  俺の体はあっという間に炎に包まれ、体中が熱に叫びながら、涙のような汗を流す。

 

「ギッ、ガアアアアアアァァァァアア!!!」

 

  熱い熱い熱い!

  燃え盛る体を地面にこすりつけ、ガムシャラに熱を冷まそうともがく。

 

「くくく、いい気味だぁ……そうじゃなきゃ意味がねえよなァ!?」

 

  だが、相手がそんなものを待ってくれる道理はない。

  横に倒れている俺の腹目掛けて、奴のつま先がねじり込まれる。そのままサッカーボールのように蹴り飛ばされ、俺は木々をなぎ倒しながら吹き飛んだ。

 

  飛びかけた意識を痛みが繋ぎ止める。

  腹から浮かび上がる、鉄の味をした赤黒い液体。それを大量に吐き出すと、薄れゆく頭で必死に思考を加速させた。

 

  非常にまずい。体はもはや満身創痍、全力で動いて後五分というところだろう。

  それに加えて、俺は奴を短時間、つまり一撃で仕留められる技を持っていない。

  絶体絶命。崖っぷちの今に最もお似合いの言葉だろうな。

  だが、奴が術を使う前に、奇妙な現象が発生したのを俺は確認した。奴が炎を発生させる前に、額の辺りが青の光を放っていたのだ。

  そしてそれは、俺の耳にぶら下がっている魔水晶(ディアモ)が放つ光によく似ていた。つまり、

 

  ーー奴が異常な妖術を使えるのは、何かアイテムのおかげではないだろうか。

  だが、それが分かったところで、どうにかなるものではない。仮に額の何かを破壊したとしても、その次に一撃で仕留められる大技が必要だ。

  今の俺が持っているのは……刀に針、それに御札しか……。

 

  いや待て、御札だと?

  俺はポケットに束にして入れてある御札の数を確認する。一束百枚が六つと、小さな束が一つあったので、約六百枚とちょっとだ。後はメリー達の分を合わせると、合計九百といったところか。

 

「……やれるかもしれねえ。いや、やらなくちゃならねえ」

 

  手元に残った全ての御札を見つめ、俺はそう呟いた。

 

 

 ♦︎

 

 

  俺が鬼の前に姿を現したのは、あれから十分後程のことだった。

  文字通り血まみれでボロボロな体を引きづりながら、ゆっくりと歩いていく。

  進むごとに、力なく握られた刀の刃が地面とこすれ合い、ギギッという音を立てる。だがその無礼方な行為も、今の俺には気にする余裕もなかった。

 

「よう。安心したぜ、もし逃げた時には女どもを食い殺した後、村を灼熱地獄に叩き落とすところだったからな」

「……悪いが、地獄に落ちるのはテメェだ」

「はっ、そうかよ。なら試してみようじゃねえ、かぁッ!」

 

  喋りながら、その拳が俺に振り下ろされる。

  なんでもない、ただの拳の一撃。しかし、今の俺にはそれすらも避けることが難しく、歯を食いしばって刀で受け止めた。

 

「ははっ、大したことねえなぁ! これで、終わりだクソ野郎!」

 

  笑いながら、余った左拳が下から上へと加速していく。

  そのアッパーは、必死に防御していた俺の刀を弾き飛ばした。

 

  勝利を確信する鬼。笑い声をあげながら、奴は俺の顔を覗いた。

  そしてギョッとする。そこにはーー

 

 

  ーー悪魔のような笑みを浮かべて、こちらを睨むヒトの姿があった。

 

  直後、鬼の腹に、強烈な衝撃が走る。

  見ると、拳が、鍛え上げられたはずの腹筋を貫いて、突き刺さっていた。

 

  ただのボディブローと思うことなかれ。俺が狙ったのは肝臓。つまりこれはリバーブローだ。

  おまけに、奴が拳を振り切った状態で、息を大きく吐き出したタイミングを狙ってのカウンター。

  あらゆる好条件が揃ったその拳は、たった一度だけで鬼を酸素欠乏障害、チアノーゼへと陥れた。

 

「グブッ、……ォッ!」

 

  たまらず、鬼の腰が崩れ落ちる。当然、頭の位置も低くなっていた。

  だが、右手はアッパーを防ぐために、左手は未だに突き刺さっている。では、どうやって追撃を決めろというか。

  それは、俺の額に集まる霊力の塊が、全てを物語っていた。

 

「ウオリャァァァァァアアアア!!!」

 

  もはや型などを逸脱した、渾身の頭突きが、鬼の額に直撃し、埋め込まれていた青い宝石がバラバラに砕け散っていった。

 

「アアアァァァアアアア!!! くそっ、くそぉ……!」

 

  頼りのものがなくなった鬼が、額から血を噴きださせて苦しみ始めた。

 おそらくは宝石の破片が額に突き刺さったのだろう。埋め込んでいたんだから、深くまで届いているはずだ。

 

  地面に落ちている刀を拾う。それを構えると、鬼に向けて刃を突き出した。

 

「終わりだ……厄介な炎はもう使えない。大人しく諦めろ」

「はっ、そういうテメェの方こそっ、もう体が動かねえんじゃねえかっ? 終わりなのはお前の方だ!」

「そうかよ……遺言はそれでいいんだな?」

 

  そういうが否や、今まで見たこともない量の霊力が、俺の体から溢れた。

  これらは全て、俺の体に残っていた霊力だ。これを外せば、間違いなく俺は霊力が空になり、敗北に至る。

  だから……これだけは絶対決める!

 

  黒刀が青い炎をジェット噴射するように、大量の霊力を放出する。

 

「学習能力のねえ野郎だな! それ以外に打つ手はねえってか!?」

「……確かに、俺にはこれしかない。だけどよ、いくら同じ技でも、工夫をすればなんだってなるんだぜ?」

「だったら証明してみせろよ! テメェのその貧弱な切り札でな!」

「そうか……俺の先祖が残した技を馬鹿にしたこと、あの世で後悔しろ!」

 

  ありったけの霊力を込めて、もはや青光の大剣と化した己の武器を、天に掲げる。

  その行為に、鬼は一瞬疑問を浮かべるが、やがて空から()()()降り注いでくるのに気がつくと、驚愕で口を呆然と開いた。

 

「な、なんだよ……なんなんだよこれはぁッ!?」

「確かに、俺の森羅万象斬じゃ一撃でお前を仕留められない。だが、もしそれが数百回も重なれば?」

「ま、まさか、あれらの全ては……ッ!」

「俺がばらまいた御札約千枚。それら全てに、森羅万象斬を付与しておいた。さて……逃げれると思うなよ?」

「ふざけんな! 来い、雑魚共! 時間をかせーー」

「させると思うか?」

 

  鬼の一声に、山の妖怪共が集まりだす。

  だがそれらは全て、光刃の流星によって、全て消し飛ばされる。

 

  恐怖がプライドを砕き、鬼は必死の逃亡を始める。だが無駄なことだ。

 

「なんでだよ……なんで全部こっちに向かってきやがる!?」

「忘れたのか? あれらは全て俺の御札だ。制御ぐらい、造作もない」

「ち、ちくしょォォォォォォォォオオオオ!!!」

 

  やがて、御札の一つが鬼の背中を切り裂く。その痛みで動きが止まった瞬間、もはや避けようもない量の青い刃が、辺りを光で染めながら降り注いだ。

 

「さて……汝に耐え切れるか? 我が不滅の刃を!」

 

  芝居かかった口調で叫ぶと同時に光の大剣の柄を両手で強く握りしめる。すると、光剣は、輝きを増すとともにさらに巨大化を果たした。

 

「滅べェェェェェ!!!」

 

  もはや光で何も見えない鬼の体を、青光の大剣が全てを打ち砕いた。

 

  それは、凄まじいと表す以外言いようがなかった。

  無数に降り注ぐ光はやがて、大剣の衝撃で圧縮していきーー一気に解き放たれ、青の柱が夜の空を貫いた。

 

「……うぐっ、もう今日は戦いたく、ねえぞ……!」

 

  体中の霊力が枯渇し、地面に倒れる。

  そしてその言葉を最後に、俺の意識は闇に沈んでいく……。

  そして、俺の人生最大と思われる殺し合いは、幕を閉じた。

 

 

 ♦︎

 

 

「グッ、ゴホッ、ガハッ、ごグッ……! ちくしょう! あの野郎絶対ぶち殺してやる……!」

 

  楼夢が気を失った地点から一キロほど離れた場所。そこでは、全身を血で染め、ふらつきながら歩く鬼の姿があった。

  鬼は、とある一方向目指して、文字通り命を削りながら歩いていく。そこは、攫った少女が拘束されている場所だった。

 

「グッ、ハァハァッ……あいつには女共がいたはずだ……。そいつらを人質にとって、今度こそあいつをーーーー」

 

「その必要はないぞ?」

 

  不意に、闇の奥からそんな声が聞こえた。

  聞き覚えのある口調で、見覚えのない雰囲気を放ちながら、それは姿を表す。

 

  赤い髪に着物。頭には二本の見事な角が生えており、夜の雰囲気に相まって妖艶な姿を月明かりの下に表す。

 

  鬼の頭領、鬼城剛が、そこにいた。

 

「き、鬼城剛……っ!?」

「ほう?」

 

  直後、鬼の体に強烈な衝撃が加わり、地面に叩きつけられる。

  大きな体から、か細い悲鳴があがった。

 

「誰がワシの名をフルネームで呼んでいいと言った?」

「も、申し訳ありません……でしたっ」

 

  腹の痛みをこらえながら、苦しそうに謝罪する。

  それを見て剛は「まあいい」とつぶやき、森の方を見ながら、目も合わせずに鬼に問うた。

 

「さて、ワシがなぜここにいるのか分かるか?」

「あ、あの人間との決闘のことですか!? しかし、あれは神聖な鬼の儀式! たとえ頭領様でも、邪魔はーーーー」

「ほう、お主は手下の妖怪を呼び寄せ、決闘途中で逃げかえり、あまつさえ人質を取ろうとするのが鬼の儀式じゃと?」

 

  瞬間、辺りの気温が急激に下がる。周りの空気が重くなっていく。

  剛は、完全にキレていた。

 

「はっきり言わせてもらうが、ワシが今回来たのは貴様を処分するためじゃ。誇りを失ったお主はもう、鬼でもなんでもない。そしてさらに、お主はワシをイラつかせた。この意味が分かるか?」

「ま、待ってーーーー」

「ーーーー死ね」

 

  その一言の後、放たれた拳が、鬼の体を消し飛ばした後、地面に衝突し、もはや災害と呼ぶ他ないクレーター跡が残った。

 

  ひょうたんに入れていた酒をグビリと飲むと、小さくため息をつく。

 

「ハァ、あいつのせいでワシの休日が台無しじゃわい。八雲紫よ、今回のことは感謝するが、また面倒ごとを引き込まないで欲しいのじゃ」

 

  返事は、ここから聞こえない。

  だが、剛のライバルを見るような目から察するに、あまりいい返事をもらえなかったらしい。

 

  歪んだ空間が目の前に開く。そこに入って、剛は己の()()にある屋敷に帰宅していくのであった。




「十月なのに最近暑い日が続きますね。おかげで自分は体調を崩しました。いつも病弱、元気0倍の作者です」

「お前は寝不足が原因だろうが。学校の集会に行くと、クラス内で必ず誰かしらが寝る。狂夢だ」


「なあ、最近思ったんだが、神楽って楼夢に比べて頑丈すぎじゃねえか?」

「というと?」

「いや、神楽は手の握力だけで木を握り潰したり、鬼の腹筋を貫いたりしてるし、霊力を纏ってないくせにめっちゃ力強くねえか?」

「まあ、よくそこに気がつきましたね。神楽さんは楼夢さんに比べてパワーと頑丈さは人一倍高いです。ただ、楼夢さんの場合、霊力を使えばそれ以上のことができるのであまり問題はないですが……」

「ま、過去に妖怪の山に拳で穴空けたことがあったからな」

「ちょうど剛さんとの戦闘の時でしたね。懐かしい」


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その後の結末


夜が明ける

闇空は消え去り、暁が終わる

そして、日常が戻ってくる


by白咲楼夢(神楽)


 

 

 

 

  落ちていた意識が、浮かび上がってくる。

  そこで俺の意識は覚醒した。

 

  まず、最初に感じたのは、何やら良い匂いと、柔らかい何かを枕代わりにしている感触。

  恐る恐る目を開けると、そこには金髪の美少女の顔が間近で映り込んできた。

 

「……メリー、何やってんだ?」

「ろ、楼夢君起きたの!? 良かった……血まみれで倒れてた時にはどうなることかと……」

「いやメリー、現状の説明を……」

「じゃ、じゃあ私蓮子たちに伝えてくるねっ!」

 

  そういうがいなや、もうダッシュで駆けていく。

  とりあえずメリーのは保留にして、霊力感知を行う。

  そこには、何か巨大な妖力の跡が残っていた。

 

「ようやく起きたの? 楼夢君」

「なあ蓮子。俺が寝た後何が起こった? 明らかに異常な妖力の爪跡があるんだが」

「……私もよくわからないけど、青い流星群が終わってしばらくした後、急にあの辺りが破裂したように大爆発を起こしたんだよ。それなのに、火の手が上がらないのも不思議だし」

 

  青い流星群とは、俺のあの全力の森羅万象斬の雨のことだろう。だが、俺はそれ以外に何も放ってないし、そもそも爆発地と現在地に少なくない距離がある。

  つまり、

 

(俺以外の、あいつを超える妖怪が一瞬であの場に現れ、大爆発を起こして一瞬で消えたってことか……?)

 

  正直、ただの妖怪にそんなことができるとは思えない。だが、それができる存在は日本中にいるはずだ。

  大妖怪。

  強大な力を持った妖怪を指す言葉で、一人で国一個分の戦力を誇る、かつての世の恐怖の支配者たち。

  その数は数多の妖怪の中でも日本では三桁もいないそうだが、逆に言えば百匹以内はいる、ということだ。

  とりあえず、俺のこの考えは胸の中に置いておくとしよう。そして卯酉東海道の中で、その時はゆっくりと二人に聞かせようと思う。

 

「それで蓮子。子供は保護できたのか?」

「うん、今メリーが一緒にこっちに向かってるはずだよ」

「残念、もう来ちゃったわ」

「うわっ! ……もうメリー、後ろから急に声かけないでよ。ていうかそのためだけに境界弄るのもやめなさい」

「えー、嫌よ。だって面白いじゃない?」

 

  体の周りの境界を弄って、気配を薄めたメリーが、少し腹黒い顔をしながら可愛らしく舌を突き出す。

  なんかあれが凄い能力ってのは分かるんだが、あんな使い方をされると全然尊敬できない。

 

  ふと、彼女の後ろから遅れて、緑色の不思議な髪をした少女が出てきた。

 

「メリー、この子が?」

「ええ、ほら、あなたを怖い鬼から守ってくれた人よ? お礼は?」

「そ、その……ありがとうございました!」

「いいえ、これが私の仕事ですので。気にしなくていいですよ」

 

  巫女モードになった俺は営業スマイルを見せ、彼女を落ち着かせる。

  彼女が万が一、俺の性別を語ってしまった時の対策だ。先ほどの蓮子との会話は聞いていなっかたようなので、ちょうどいい。

  そして幸い、服はいつもの黒シャツに紺のパーカー姿だが、髪は長いままだ。うまく行けば、彼女をなんとか誤魔化せるだろう。

 

「……はっ、はいっ! 気にしません!」

 

  彼女は俺の顔を見た後、なぜか数秒間硬直したのだが、その後顔を真っ赤にして慌てながらそう言った。

  はて? 俺は何か彼女を慌てさせるようなことを言ったっけ?

 

「見た蓮子? 凄い天然たらしだよ。幼い女の子まで落とすなんて」

「うん、さすがにあの笑顔は反則だよ。私もキュンって来ちゃったもん」

 

  うんそこの二人、ちょっと待とうか。

  第一、そんな漫画みたいに笑顔一つで人が落ちるわけないだろうが。

  とはいえ、少女が再び固まってることは事実なので、緊張を解くため会話を続ける。

 

「それで、貴方の名前を聞いていいですか?」

「はいっ、東風谷早苗、五歳、彼氏はいませんっ!」

「そ、そうですか……私の名前は神楽です。他にも色々と名前があるのですが、今は神楽と呼んでください」

「はい、神楽様!」

「いや、普通に神楽でいいですよ」

「嫌です! だって神楽様の雰囲気が神奈子様や諏訪子様に似てるんだもん! だから神楽様です!」

「だから……はぁ、もういいや」

 

  その諦めの言葉を聞くと、早苗が太陽のように眩しい笑顔を見せる。

  いやだってよ、あんな泣き出しそうな顔されたら許可するしかないじゃねえか。俺は悪くない!

 

「見た蓮子? 小さい女の子に様付けで自分を呼ばせてるわよ。きっと今のうちから育てて後で食べようって考えてるのよ」

「うん、確かにありえるね。これは犯罪だよ楼夢君」

「お前らいい加減黙ってろよ!」

 

  お前らはクラスによくいる嫌味ったらしい女子かよ。いや俺は学校なんて通ってないからよく知らねえが。

 

「分かったよ。それじゃあ、早速山を降りようか」

「ああ、その件なんですがその、すいません……肩を貸してくれませんか?」

「へっ?」

「霊力の使い過ぎで……立ってるのがやっとなんです……」

 

  ホントに情け無い話だ……まさか女の子に肩を貸してもらう時が来るとは。

  だが、蓮子とメリーは俺のその様子を見て、何かを必死にこらえていてーーーー

 

「「ふふっ、あははは!」」

 

  ーーーー耐え切れず、笑い出した。

 

「ふふっ、やっと私たちを頼ってくれたんだね。いつも一人で戦ってるから、本当は足手まといなんじゃないかな、て思っちゃったよ」

「そんなわけありません。現に今、蓮子たちがいなければ早苗を助けられなかったじゃないですか」

「そう? ありがと。さてメリー、頑張って山を下るよ!」

「うん、任せて!」

 

  こうして俺はメリーたちの肩を借り、山を下っていった。

  道中、登りの時に大量に出てきていた野良妖怪たちは一匹も姿を現さなかった。

  彼らは人間に劣るというだけで、決して頭は悪くない。鬼を倒した俺の実力を感じ、近寄らないようにしているのだろう。

 

  そして数時間後。

  長い、長い夜が明ける。

  俺たちが村に帰ってくるのと同時に、太陽が空を登り始める……。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  あの後、俺たちは村で引き続き捜索願いをしている女性に、早苗を送り届けた。

  その時、彼女が涙を流しながら礼を言う姿に、村人たちは鬼はどうしたと立て続けに質問してきたので、少し弄って真実を伝えてあげた。

 

  実際、俺が鬼を倒したのは事実だ。だが、殺したのは俺ではない。

  伝えた内容は、巫女である神楽が昨日の夜、鬼を退治してきた、ということにしてある。

  最初は半信半疑だった村人も、たった一夜で一部が燃やされ、荒れ果てた鬼来山を見て、全員が感謝の言葉と宴が繰り広げられた。

 

  鬼来山は、元々邪魔な山だったらしく、これから数十年かけて開拓作業を行うらしい。

  なので、俺の戦闘による自然破壊はお咎めなしになった。むしろ、大量の木々をなぎ倒してくれたおかげで、切り倒す手間が省けたと感謝を言われるほどだ。

 

 

  その後の生活は、特に異常もなく平和に終了した。

  そして現在俺たちは京都に帰還し、いつも通り大学のサークル部屋でダラダラと過ごしている。

 

「うおおぉぉぉぉおおぉ!! レポート締切まで後一日! それまでに持ってくれ、私の体ァ!」

 

  ……約一名を除いて。

  彼女がやってるのはお察しの通り、レポートの書き上げ。内容は東京で起きた怪奇現象についてである。ちなみに蓮子の先祖のことは書いてないらしい。

  つい最近の出来事のくせに肝心なところ以外全部ド忘れした蓮子が、いつも通り提出日ギリギリまで粘ってレポートを書いてるにが現状だ。

 

「蓮子も大変ねぇ……」

「自業自得だ。それよりもメリー、紅茶ができたぜ」

「あら、ありがとう。……んっ、美味しい……」

 

  暖かい液体を飲み干したメリーの口から、白い息が出てくる。

  秋場になってからだいぶ経った。そろそろ冬に備える時期になるだろう。

 

「とはいえ、しばらくは休みたいかな。傷もまだ治ってねえし」

「……っ」

 

  不意に袖から見えた包帯を見て、メリーが申し訳なさそうな顔をする。

  当然、あの戦いの後、すぐにいつも通りの日常に戻れるわけじゃない。俺の体には、見るのも絶えないほど酷い火傷と、腹の辺りの骨が折れた跡が、今でも包帯で隠されている。

  通常なら病院に行くのだが、俺はそれはおろか医者にさえこの傷を見せていない。この尋常じゃない怪我を見れば、それについて問い詰められる未来が見えていたからだ。

  まあ幸いなのが、俺の体は人間以上に頑丈で、こんな傷も半月ほどで治るということか。さすがは妖怪と神の血が混じった体だ。

 

「さて、このままじゃ終わりそうにないから、俺も手伝ってやろうかな」

「そのセリフも毎回よね。まあ、ちゃちゃっと終わらせてケーキでも食べましょう」

 

  机の上で煙を出しながらショートしている蓮子を見て、俺とメリーが手伝いを始める。

  こうして、ゆっくりと俺たちはいつもの日常に戻っていくのであった。

 

 



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宝石を追って

その夜は、いつにも増して不気味だった


byマエリベリー・ハーン


「うおらぁぁぁぁっ!!」

「どりゃぁぁぁぁっ!!」

 

  新しい風が入り込む春のころ。

  ドゴンッ、という二つの鈍い音が研究室内に響き渡る。

  めり込んだ拳が両方の顔を吹き飛ばし、周りの物をなぎ倒しながら地面に倒れこむ。

 

「テッメェ……! 数ヶ月も研究して成果も出ず、挙げ句の果てには失くしただとぉ!? ふざけんなこのクソ野郎!」

「うっさいわね! 頼んできたのはそっちでしょ!? 研究素材を失くしたのも、それを解明するためだったのよ!」

 

  赤く腫れた頬を押さえながら、怒鳴り散らすのは秘封倶楽部メンバーの白咲楼夢。

  そして反論してこちらも声を荒げているのは、この大学の教授である岡崎夢美だった。

 

「俺が文字通り命かけて取ってきた宝石を返しやがれ!」

「そんなに返して欲しけりゃ自分で探しに行け!」

「なんだと? もういっぺん殴ってやろうか!」

「望むところよ!」

「お、落ち着くんだぜ二人共!」

「そうよ、まずは落ち着いて!」

 

  必死になって二人を羽交い締めしたのは、同じく秘封倶楽部メンバーのメリーと岡崎の助手である北白河ちゆりであった。

 

  二人が、こうも争っているのは、とある宝石が原因だ。

  その宝石というのは、去年秘封倶楽部がメリーの夢の中で拾ってきた青い宝石のことであった。

  楼夢たちはこれと同じ物を、秋が終わる頃に三つ揃えていた。

  一つ目は先ほど言った通りメリーの夢の中。そして二つ目はなんと、楼夢がいつも身につけているピアスの宝石だった。最後の三つ目も、東京で鬼を倒した時に、超巨大クレーターの中心に埋まっていた物を蓮子が拾ったらしい。

 

  これら全てを岡崎に頼んで調べたところ、三つは全く同じ宝石ということが判明したのだ。

  岡崎はこのデータを見て、もっと研究させて欲しいと願った。楼夢たちも、これには許可を出したのだが……。

 

「あれから五ヶ月も経っているのに成果なしか」

 

  そう、結果は著しくなかった。

  分かったのは、霊力や妖力などの非科学の力に反応するくらい。あとは絶望的だった。

 

「はぁ、もういい。こうなった以上、探しに行くしかねえか」

「待ちなさい」

 

  そう言って岡崎は、楼夢にとある地図と、青い宝石のピアスを投げ渡した。

 

「その地図辺りに、私を襲ってきた奴がいるはずよ。役に立つと思うわ」

「……感謝はしておこう」

 

  ようやく終わった、という顔で冷や汗を拭くメリーを引き連れ、楼夢たちはサークル部屋に戻っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

  「……ってことで、宝石を探すことになった」

「そんなぁ……失くしたのって、私が拾ってきたやつなんだよね? 今度レポート提出の時いびってやる」

「やめとけ。仕返しが怖い」

 

  鼻息を荒くしながら、若干起こっている蓮子を前に、俺は注いであった紅茶を飲む。

  そしてカップから口を離すと、今度はメリーが問いかけてきた。

 

「ねえ、そういえばなんで岡崎教授はそんな大事な物を失くしたの? 持ち物には特別うるさそうな人なのに」

「それが、正確には奪われたらしいぜ」

「えぇ!?」

 

  蓮子が、驚きの声をあげた。

 

「宝石が奪われたってことは、岡崎が負けたってことなの?」

 

  その純粋にあれを化け物と言っているセリフはともかく、俺はさらに詳しく状況を説明した。

 

「いや、助手のちゆりに預けたところを襲われたらしい。そもそも、あんな化け物が負けるかよ」

「楼夢君、ああ見えて岡崎教授は18歳よ。乙女に対して言葉を選んであげて……」

「……それってマジ?」

 

  無言で頷くメリー。これには情報通である蓮子も知らなかったようで、俺と一緒に驚いていた。

  いやいや、鬼の腹筋を貫く俺の拳をほぼ全力でねじ込んで生きてるやつだぞ? あいつが年下なわけねえだろうが。

  そもそも、岡崎があそこまで強いのは、彼女が非科学を追い求める結果となった魔力という霊力や妖力とは違った力のせいだ。

  彼女はそれを研究のおかげである程度操れるようになり、体にそれを流すことで身体能力を強化してる。

  だがまあ流石に、俺の御札のように目に見える不思議はまだ起こせないらしいが。

 

「ともかく、その全ての元凶である岡崎から、その奪われたポイントと犯人? の潜伏予想位置を書いた地図をもらった。その結果、俺たちが向かう場所は……ここだ」

 

  机に地図を広げながら、俺はあるポイントを指差す。

  そしてそれを見ながら蓮子がは口に出して目的地を追う。

 

「えーと、まず奪われた場所が……ここら辺は人気のない森の中のはずだよ。そしてそこから引かれた赤い線を追ってくと、目的地は……あっ!」

「蓮子、ここって……?」

「廃病院だ!」

 

  二人は顔を合わせてアイコンタクトで考えを読み取ると、蓮子がそう口にした。

  廃病院、か……。随分ベタな場所だ。二人はそこを知っているようだが、なぜだろうか?

 

「ああそれはね。前にメリーとここに来たことがあったからだよ」

「ここは京都内で有名な心霊スポットで、肝試しに来たグループが極たまに行方不明になるらしいから期待はしてたんだけど……」

「案の定、何も出なかったってわけか」

「でもだよ、ここに犯人、というより妖怪がいるってことは、この廃病院の謎も解けるかも! 今は心霊現象専門の楼夢君がいるんだし、大丈夫だよ!」

 

  まあ、やっぱり蓮子はそう考えるか。いくら年若いとはいえ、ちゆりも護身術に関してはかなりの腕だ。

  その彼女が反応できないということは、超一流のプロが来たと考えるよりも、妖怪の仕業と考える方が現実的だ。非科学が現実的というのは皮肉だが。

 

「ちなみに、お前らが得た情報源ではどんなことが起こるって書いてあるんだ?」

「ネットではポルターガイストや異界への入り口、つまり神隠しなんかが起きるみたいだね。物が動き回ってるのを見てパニックになって、走り回ると出口が閉まっていつの間にか出られなくなるってのが予想できるオチかな」

「ちなみに、ポルターガイストはともかく、神隠しはこの場合あり得るのかしら?」

「あり得るっちゃあり得るが、俺的には出られなくなるのもポルターガイストの一種だと思う。俺たちが冥界で見た雑魚幽霊なんかは無理だが、それなりの数を殺して力を得た地縛霊なら自分のテリトリー内の扉を封鎖することぐらい簡単だと思う。というか、神隠しはメリーの専門だろうが」

「それはそうなんだけど……ね?」

 

  要するに、間違ってたら不安だ、ということだろう。

  しかし、今の話のおかげで相手の戦力がだいぶ測れてきた。

  まず、正面から戦えば確実に倒せるだろう。しかし、厄介なのは地縛霊のテリトリー内に行かなきゃならないってことだ。

  もちろん地縛霊は、その中にトラップを大量に仕掛けているだろう。その結果によっては即死する危険性もある。

  だがまあ、やるしかないか……。

 

「それじゃ、今日の夜、目的地に行くか」

「また夜なの……? 今からでもいいじゃないかしら?」

「岡崎の話によると、目的地周辺で一日を過ごそうとしたら奪われたらしい。幽霊の専門としても、夜の方が相手が強くなる代わりに視認しやすくなる」

「それでまずくなった場合はどうするの?」

「最大規模の力使って消し飛ばすしかねえだろ。というか中に宝石なかったら、こんな依頼受けた瞬間にぶっ放してるところだ」

「ああ、『秘封流星結界』を使うんだね」

 

  『秘封流星結界』とは、俺と鬼の戦いに終止符を打ったあの青い流星群のことだ。

  あの時咄嗟に考えた新技だったので名前は決めてなかったが、その後蓮子によってそう名付けられた。

 

「いやー、これで楼夢君が『悪よ滅せよ、秘封流星群!!』とか言ってくれたら面白いんだけどなー」

「面白くねえわ。むしろあまりの恥ずかしさに白けるに決まってるだろ」

 

  とはいえ、古来から技名を叫ぶ文化は存在する。実際、俺も森羅万象斬を放つ時は思いっきり叫んでいた。

  その理由は、イメージが持続しやすいからだ。暗殺ならともかく、同タイムで同じ技を出すのなら威力の高い方が必ず良い。それには、強いイメージを保つ必要がある。

  日本のアニメなどで必殺技を叫ぶのは、そういった昔の陰陽師たちの影響が強いのだろう。

  まあ、これを言ったら必ず蓮子は俺にあの恥ずかしいセリフを言わせようとしてくるから、黙ってておくのだが。

 

  そして、今日の夜集合ということで、秘封倶楽部の計画決めは終わった。

 

 

  そして辺りに、夜のとばりが満ち始める……。

 

 

 ♦︎

 

 

  カァー、カァー

 

  黒い翼が羽ばたく音とともに、カラスが鳴きながら夜の空を飛んでいく。その先に進むと、辺りを静寂に包みながら、それはあった。

 

「あれが、廃病院か」

「うん。でもなんか前とは雰囲気が違うような……?」

「ええ、こんな禍々しくなかったわ。むしろ、これがこの病院の本来の姿なのかも」

「どっちにしろ、この廃病院の妖怪が宝石でパワーアップしてるのは確実のようだな。まあ、鬼の時程ではないが」

 

  あの鬼も、額に宝石を埋め込むことで、鬼の弱点である妖術を克服していた。ならば、今回も遠距離からの攻撃が来ると予想するのが妥当だろう。

 

「それで、どこから入るのかしら?」

「そんなもの決まってるじゃん。入り口ってあそこに書いてるなら、入り口から入るのが筋ってものでしょ?」

 

  いやいやこの場合それは正直すぎる。

  というより、入り口の下の地面に何か違和感と微量の妖力が感じられる。

  あれは、まさか……!

  咄嗟に御札を取り出して、声を張り上げた。

 

「蓮子、退け!」

「えっ?」

 

  彼女の反応を問わず、御札を入り口の地面へと放つ。

  そして地面に当たるその瞬間、巨大な口のような物が下から勢いよく飛び出し、御札を飲み込んだ。

 

「消えろ!」

 

  アギャアギャギャアギャギャアアアアアアアッ!!!

 

  すぐさま高速で螺旋回転する退魔針が、大口の妖怪へと殺到する。

  そのまま弾丸のように肉を貫き、穴だらけになったところで、息が途切れ、果てた。

 

「危なかったな。それにしても病院の外にも罠か。くそッ、ただの地縛霊じゃこんなことできねえぞ」

「あ、ありがとう……」

「気にするな。とりあえずお前らも気をつけろ。ここは今までとは違って、俺たちの無意識を狙って襲ってくる」

 

  仮に入り口前だからと言って、自分の領域外を操作できる地縛霊はごく僅かだ。どうやら、今回はただ術が使えるようになるだけではなく、存在の昇華というところにまで至ったようだ。

  はぁ、今回も一筋縄じゃいかなそうだ。

  最近こんな強敵ばっかと戦ってる気がする。その分自分が強くなってるのには感謝するのだが。

  こんなことも、やはりメリーたちがいなかったらありえなかっただろう。なら、俺のすべきことは、彼女たちの望みを最大限叶えてやることだ。

 

「……裏口があるようだが、罠も大量にあるな。一番手薄なのはこの正面入り口だが、十中八九それも誘われてるだろうな。どうする?」

「決まってるでしょ。相手が誘ってるのなら、意表をかいて裏口から行こう」

「ふふっ、逆に私たちでここの妖怪を驚かせてあげましょう?」

 

  俺でも怯えるような黒い笑みを浮かべて、メリーが蓮子の作戦に賛同する。これで、裏口から侵入は決定した。

 

 

  裏に回り込む間も、罠が決してないわけではなかった。むしろ、メッチャひっきりなしに罠が仕掛けてあった。

  先ほどのようにアリジゴクのような罠から、弾幕が飛び出してくる罠、爆発を起こす罠、さらには最下位の幽霊を召喚する罠など、実にてんこ盛りであった。人間を殺すには十分すぎるだろう。

  まあ、相手が俺でなかったら、だが。

 

  能力『怪奇を視覚する程度の能力』。今回のことは全て怪奇現象と表せられるので、俺の瞳が全ての罠が仕掛けられている場所からその内容まで一気に読み込んでくれたのだ。

  おかげで、俺たちは一切罠にかからずに裏口から侵入することに成功する。

 

「罠仕掛けた妖怪から猛抗議を受けそうな能力よね、楼夢君のって」

「本人は普段使う機会がない能力が大活躍して興奮してるみたいだけどね」

 

  失礼な。

  確かに楽しいことは確かだが、そんなに酷い顔はしてないと思う。

  とはいえ、無事に侵入できたから良しとしよう。そしてここからが本番だ。

 

「さて、やっこさんも本気で来たみたいだよ」

 

  裏口から侵入してしばらく後、階段に続く廊下に大量の妖怪が待ち伏せていた。

 




「どーも、最近寒くて体調を良く崩す作者です」

「胃の弱い奴は朝食を取るだけでトイレ直行になるから、みんなも気をつけとけよ。じゃねェと作者みたいになるぜ。狂夢だ」


「いやー最近テスト期間が近づいてきましたねぇ」

「どうせ今回もロクな点数じゃねェんだし、考えるだけ無意味と思うんだが」

「酷くないですかそれ!? まあ、あながち間違ってもないから言い返せないんですが……」

「……みんなも作者みたいにはなるなよ。ロクな人生を送れなくなるぜ?」

「というわけで今回はここまで! お気に入り登録、高評価よろしくお願いしますします!」

「してくれた君には作者の髪の毛で出来たかつらをプレゼントだ」

「何その拷問!? 絶対しねえからな!


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魑魅魍魎の廃病院


レア? ミディアム?

どっちがお好み?


by白咲楼夢(神楽)


 

 

「『森羅万象斬』!!」

 

  怒号とともに、巨大な刃が妖怪たちを巻き込み、爆発を起こした。

  舞い上がった煙が消える前に、次々と御札と退魔針がマシンガンのように繰り出される。

  しばらくすると、ようやく煙が晴れる。そこにあったのは、血肉が撒き散らされた廊下に佇む、もう半数の妖怪たちだった。

 

「ちっ、まだ半分かよ……! この廊下じゃちょっと厄介だぜ!」

 

  集められた妖怪はどれも下位クラスで、目が三つある犬のようなもの、巨大ゼリーのようなものと様々だった。

  普段なら空高く跳躍して、そこから御札などで針地獄に叩き落すのだが、ここは病院の廊下内。跳ぶどころか、十分に左右に動くことすらできない。

 

「なら、これでも喰らえや!」

 

  刀で横の壁を粉砕するとともに、ガレキを奴らに向かって打ち出す。

  そうすることで、横のスペースを広げると共に、妖怪たちを攻撃することに成功した。

 

  とりあえず、刀を自由に振りまわせるスペースを確保出来た。なら、やるべきことは決まっている。

  一段と強く、刀身が青白く輝く。そして得意の森羅万象斬を何連撃も繰り出した。

 

「ちょっとちょっと!? このままじゃ病院が崩れちゃうよ!」

「大丈夫だ! それより階段までのルートが出来たから急いで走れ!」

「もう、なんでいつもいつもこうなるのかしらぁ!?」

 

  俺の無茶苦茶な破壊によって前方の妖怪たちが死肉と化し、塞がれた階段が姿を表す。

  そこにメリー、蓮子、俺の順番で駆け上がると、俺は御札を投擲して天井を崩し、妖怪ごと階段を封鎖した。

 

「楼夢君……これ、下りる時どうするの?」

「他の階段があるだろ? なかったら俺がぶっ壊す」

 

  今ごろ大量にいた妖怪の生き残りはガレキの下で息を引き取っているだろう。階段なら上から一方的に攻撃することも可能だったが、後ろから来ると板挟みでメリーたちを守れないので、今回は守りを優先させてもらった。

 

  ……さて、二階に上がったはいいが、これからどこに行こうか。むやみに動き回ると妖怪たちがやってくるし、最低限の動きでここの地縛霊の元にたどり着きたい。

  ここに来る前にメリーに聞いたが、ここは地下一階と地上三階まであるらしい。だが、地縛霊の力は上から感じられるので、おそらく地下には用はないだろう。

 

「この階には何があるんだ?」

「確か、病人のベッドがたくさんあった気がするわ。でも、幽霊の気配がこの階では多く感じられるわ」

「助からなかった者たちの怨霊か……はぁ、これまた厄介なものを召喚しやがって」

 

  怨霊とは、現世に恨みを残して去った人間の幽霊のことだ。負の力が幽霊に加わるため、基本的に幽霊よりも強く、そして好戦的なのが特徴だ。

  そこんところを二人に説明したのだが、よく分かってないようだ。

  なので、実物を見てもらおうか。

 

「えーと、あの絵の具に黒を混ぜたような色のやつが怨霊?」

「ああ。ほら、今こっちに向かって弾幕を撃ってきた」

「というかのんびり説明しないでどうにかしてよ」

「いや、怨霊と言っても所詮幽霊だから雑魚も同然なんだよ」

 

  怨霊を見ていなくても、御札を当てることはできる。そして幽霊特攻の装備である俺の攻撃を一撃でも喰らえば、相手は即消滅が確定する。

  つまり、適当に札を投げてれば勝てる相手なのだ。そんな奴のどこを警戒しろと? 雑談しながらおやつ感覚でほふれるので楽勝である。

 

「あの〜楼夢君、なんかすっごい集まってる気がするのだけど……?」

「はい、『森羅万象斬』」

 

  な…なんと怨霊たちが……!? とかいう文字が表示された気がするが、気にしない。怨霊たちは次々と重なり合い、どこぞの王冠被ったスライムに変身しそうになるが、その前に森羅万象斬が炸裂。

  相手の変身中は攻撃してはいけないというルールを見事掟破りされて、怨霊たちは弾け飛んで消滅していった。

 

「……それはないよ楼夢君……」

「……合体した姿、見たかったなぁ……」

「えっ? これ俺が悪いのか?」

 

  なんか責めるような視線を感じるのだが、気のせいだろう。

  俺はただ動きが止まって狙いやすくなった相手を倒しただけなのだから。

 

  気を取り直して、再び廊下に進んでいく。

  やはり怨霊が山ほど出てきたが、全て俺の敵ではなかった。軽く大群を全滅させ、階段に向かって突き進む。

  やがて、とある一本通路の先に階段を発見する。しかし、当然ながら一階と同じように門番として妖怪が待ち伏せていた。

  一個の体に、頭が二個ついている、まるで地獄の門番ケロベロスを連想させる姿二メートルほどの犬。それが四匹、佇んでいた。

 

「うわぉ……ケロベロスなんて初めて見たよ」

「馬鹿野郎、本物のケロベロスは異名通りの怪物だ。決してこんなちっぽけな合成生物じゃねえぞ」

「じゃああれはなんて呼べばいいの?」

「そうだな……モブキャラっぽいからモブべロスでもいいんじゃねえか?」

「……ステファニー」

「……はい?」

 

  メリーがポツリとつぶやいた。

 

「あの子の名はステファニーよ。そう決めたわ」

「イヤイヤイヤ!? なんであんな気色悪い妖怪にまともな名前つけてんの!?」

「だって、あの子たちの顔が昔飼ってた犬に似てたんだもん!」

「趣味悪すぎるだろ! というか本物のステファニーがメッチャ可哀想だわ!」

「あの子はステファニーったらステファニーなの!」

「落ち着けメリー! ああもう、ツッコミ役がボケに回るとやりにくすぎるだろ!」

 

  騒ぐメリーを落ち着かせるのに必死で、俺たちは気づくのが遅れた。

  後ろからも、()()()()()が近づいてきていることに。

 

「あの〜楼夢君、蓮子さんの目には黒が混じった光体Xが見えるんだけど……」

「……しまったな、囲まれた」

 

  もう正体も分かってただろうが、光体Xはこの階でさんざん出くわした怨霊たちであった。

  前門の犬、後門の怨霊。

  八方塞がり。四面楚歌。

  今の俺たちの状況を説明するのに、これだけの言葉を並べれば十分だろう。

  俺一人なら問題ないが、そうなるとメリーたちは守りきれないだろう。

  突破するにも、ここは一本道。逃げる場所なんて……いや、一つあったな。

 

「どうしよう楼夢君! このままじゃ確実に誰かが攻撃されるよ!」

「一旦ここを離脱するぞ! あそこの扉の中に飛び込め!」

 

  廊下の横の扉を開け、そこに飛び込むように避難する。そしてすぐさま扉を閉め、近くのタンスで入口を塞ぎ、辺りに御札をばらまいた。

  一息ついて、周りを見渡す。この部屋は学校の教室ほど広く、出入り口も同じように二つあった。

  だが幸い、奴らはそれを理解する知能がないようで、飛び込んだ反対側の扉はそのままにしてある。だが、塞いだ方の扉がギシギシと外からの衝撃によって揺れるので、長くは持たないだろう。

 

「ねえ楼夢君。怨霊って壁とかすり抜けられないの?」

「肉体がないからできるっちゃできるが、この部屋に御札をばらまいておいたから入った瞬間に爆散するぜ」

「……なんか楼夢君って幽霊とかに対して無敵すぎないかしら?」

「巫女ですから」

 

  まあ、確かに俺の装備が幽霊に特効なのは認めるが、今はそこは置いておこう。

  この部屋の二つ目の特徴は、床や天井から置いてある家具まで、全てが木製でできていることだ。大きな窓も付いており、部屋の中心には大きな木が、そこじゃなくても花や小さな木などが飾られていた。

  おそらくは、患者たちを自然の力とやらでカウンセリングするための部屋なのだろう。

  だが、この時俺の頭には黒い考えが浮かんでいた。

 

「なあメリー、お前確かライター持ってきてたはずだよな?」

「う、うん一応あるけど……何に使うの?」

「なーに、愉快な室内花火が上がるだけだ」

 

 

 

 ♦︎

 

 

  ドガッ! という鈍い音とともに、こじ開けられる木製の扉。

  障害物であるタンスを踏み潰して、四体のモブべロス及びステファニーが侵入してきた。

 

「あーした天気になーれ、とッ!」

 

  近くのゴミ箱を蹴り飛ばし、四体のうち一体に命中させる。ダメージは与えられなかったが、散乱したゴミのおかげで、全匹の注意をこちらに向けられた。

 

  作戦通り、反対側の扉からメリーたちが走って出て行った。

  だが、廊下にはまだ怨霊たちが彷徨っている。

  そこで蓮子たちは、俺が渡しておいたとあるものを取り出すと、怨霊たちに向かって投げつけた。

 

 

  そして、外から閃光弾のような激しい光が二つの扉から中に差してきた。

  それが収まった頃には、もう外から邪悪な気配は感じられない。どうやら作戦は成功したようだ。

 

  俺が持たせたのは、十枚一束の御札を一つずつ。だが、通常とは違い、投げて数秒後に浄化効果のある光を撒き散らすように設定しておいた。

  効果は抜群。

  本職が巫女である俺の霊力に耐えらるわけもなく、怨霊たちは言葉一つも残さずに消滅していった。

 

「さて、次はこっちの番だな」

 

  ギャオオォォッ!

 

  言い終わると同時に、地面にステファニーAの牙が突き刺さる。

  それをジャンプで回避して、頭の上に着地と同時に斬りつけようと思ったが、反対の頭が邪魔をしてきたので針を投げるだけにとどまった

 

  今度はステファニーBとCが連続で四個の顔で攻撃してきた。

  だが、✳︎を描くように四回斬撃を繰り出すことで、それら全てを弾き飛ばす。そして追撃を入れようとしたところで、ステファニーDの横槍が入ってきて、転がるように緊急回避する。

 

(俺の目的はこの部屋の脱出。そうすればアレで一網打尽にできるのだが……そのためにはッ)

 

  一度納刀すると、中から黄色の光と電気が漏れてきた。

  そして、一瞬の居合い切り。

『雷光一閃』。閃光のような斬撃によって、正面で立っていたDの足の関節を切り裂くことに成功する。

 

  現在位置は、犬三匹と向かい合うように互いに背を壁に構えている。俺が左に、犬が右に行けば、それぞれ出口がある。だが、ステファニーが近い方は確実に無理だろう。なら、勝機にかけるしかない。

 

  叫びながら、特効していく。

  そして滑り込むようにステファニーAの腹に近づき、ズタズタに切り裂いていく。

  その隙を狙って、後ろからBがタックルしてきた。服が汚れるが脱出に成功。代わりにAが吹き飛んだ。

  仲間を吹き飛ばしたことに一瞬呆然とするBに、硬化された御札が突き刺さる。そのまま体内へと入り込み、しばらくすると中から大爆発を起こした。

  自分以外の全員が倒されたことに、ステファニーCが慌てて後ろに飛び退く。だが、俺の手には青い光を放つ鋭い針が二本握られていた。

 

  キランッ、と部屋が一瞬輝く。

  それと同時に、Cからおぞましい叫び声が放たれた。

  投げた針は、Cの両目を見事に潰していた。やつが雄叫びをあげるのも無理はない。

 

  これで、全員の足を止めることに成功した。

  その隙に、メリーたちが出て行った扉の前に立ち、ステファニーたちの方へ振り向く。

  そして、御札の小束をポケットから掴み取ると、それをライターで燃やす。

  そしてそれを、空中に放り投げた。

 

  直後、爆発するように御札が急速に燃え上がり、青白く、大きな炎の球体と化した。

 

「初めて使うから威力は分からねえが、ガッカリさせんなよ!『大狐火(おおきつねび)』!!」

 

  叫ぶと同時に外へ駆け出し、戸を閉める。

  直後、

 

 

  ボガァァァァアアアアアアアンッ!!!

 

 

  中で炎の大爆発が巻き起こり、病院全体を震わせる。

  よく見れば、犬たちが壊した反対側の扉から中の炎が噴射するように飛び出していた。

  廊下側に窓があれば俺たちもただでは済まなかっただろう。

  炎が静かになってきた頃、そっと中を覗いたが、木製の部屋が灼熱地獄と化していたため、生きてはいないだろう。

 

「……よし、この妖術は封印しよう。というかなんてものを残したんだご先祖様は」

 

  だがよく考えれば、この術がこれほどの威力なのは納得がいくかもしれない。なぜならこの術は、我が神社の主神、産霊桃神美が自ら作り出した()()なのだから。

 

  さて、ここで疑問を覚える人も多いだろう。

  なぜ、俺が妖術を使えるのかと。

  実は、霊力を使って妖力生み出すことができる術式がこの世にはある。

  俺がこの術式を知ったのは、なんでも西洋最強の賞金稼ぎが残した書記を倉庫で拾ったからだ。

  それによれば、白面金毛九尾という妖怪は、玉藻前という人間に化けるため、大量の妖力を消費して少ない霊力を生み出していたそうだ。

  しかも都合がいいことに、その書記には妖力を霊力に変換する術式と、逆に霊力を妖力に変換する術式が書かれていた。

 

  俺が使ったのは後者だ。だが、書かれていたほど、俺は霊力を消費しなかった。

  その理由もすでに予想がついている。

  十中八九、俺の体に流れる妖怪としての血が原因だろう。それのおかげで俺は普通より消費が少ないまま、妖力を生み出すことができた。

  とはいえ、先ほどの一撃で二割以上使ったことから、効率は良くないことは変わりない。

  これからは慎重に使っていこう。

 

 

  そして、数分後。二階の階段から上に上がってくる影があった。

  もちろん、俺たちのことである。

  あの爆風で、幸い二人は怪我などをしなかったようだ。少し埃がついてしまった服を払いながら、蓮子が通快のスキップで俺の後ろを歩く。

 

「……さて、まずは気づいたことを聞いてみようか」

「うーん、なんかよくわからないけど嫌な感じがするね」

「大気中の妖力の濃度が濃くなったわ。確実に、ってキャァッ!?」

 

  突如、無防備のメリーの足元から触手状の針が伸びてきたのだ。

  だが、いち早く危険を察知した蓮子が体当たりで突き飛ばすことで、九死に一生を得る。

 

「ッ、痛たた……どういうこと? 今まで罠は全部見抜けてたのに」

「……簡単な道理だ。おそらく俺が安全と判断して通った道に、一瞬で罠を作り出したんだろ。即設置即起動ってやつだ。そこで俺より一番離れていたメリーが標的に選ばれたってわけだ」

「悪趣味ね……こういうことがこの階では続くのかしらね?」

「そうじゃねえのか。少なくとも、あっちは歓迎してくれてねえみたいだし」

 

  怪しい雰囲気を漂わせる廊下を指差して、俺はそう皮肉染みた笑みを浮かべる。

 

  まだまだ、夜の廃病院探索は続く……。






お知らせです。
とうとうテストの期間がやってきてしまったので、二週間ほど投稿をお休みさせていただきます。
終わり次第、精一杯頑張って投稿しますので、どうかご了承ください。

それでは皆さん、お気に入り登録&高評価してくれたら嬉しいです。今回はありがとうございました。


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怨霊の真実


お待たせいたしました。前回から少し時間が経ってしまったので、あらすじを今回は書かせていただきました。前の展開を覚えてない方は見てください。


《前回のあらすじ》

楼夢(神楽)、メリー、蓮子の三人は岡崎が盗まれた青い宝石を奪い返すため、とある廃病院に潜り込む。
一階、二階と次々と妖怪たちを蹴散らし、とうとう三階までたどり着く三人。だが、三階に張り巡らされた罠は、より複雑な物になっていて……


 

 

「メリー、ここはどういう妖怪が出るの?」

「さあ? あちらにいらしてる方々に聞けば?」

「いやだなーメリー。あんなギョロギョロした三つ目に話しかけられるわけないじゃん」

「そもそも『人』でもなかったわね。ごめんなさい」

 

  そんなくだらない茶番をしているメリーたちの前に見えるのは、三つ目のキメラ。

  頭は犬、翼はコウモリ、足は蜘蛛という奇妙でセンスのない姿をしており、たいへん目の毒になっている。

 

  まあ、そんな生物は2秒後には消滅したのだが。

  針を投げるフォームを取り、次々と四方八方から現れる妖怪たちを虐殺していく。

 

「それにしても、前は囲まれたらその時点でヤバかったのに、今は敵が四方八方から出てきても対処できてるわね。どうしてだろう?」

「おそらく、今出てきている敵が死角から出てこれる代わりに弱いからでしょうね。それに、大軍で押し寄せてこないってこともあるわ」

 

  メリーの言う通りだ。

  今出てきているのは幽霊が主になっていて、死角から不意打ち狙いに現れる。

  だが、相手が悪かった。

  俺の職業は巫女。妖怪が近くにいれば隠れててもすぐ分かるし、目に見えている不意打ちなど不意打ちではない。

  たまに強いキメラ系の妖怪が混じっているが、今の所問題なく倒せている。

 

  そんな俺たちは今現在、廃病院の3階の廊下を進んでいた。

  メリーたちが言うには、この階には院長の自室があるらしい。

  二人が来た時にはもちろん何も出なかったが、俺はここが一番怪しいと感じている。

 

  理由は一つ。ここまで強い地縛霊は長くこの病院に思い出のある者だけしかなれない。他の人間の可能性もあるが、現時点では院長がここの地縛霊である確率が高いだろう。

  そんな元凶の自室だ。何か重要な物が隠されているに違いない。

 

  ということで、俺たちはそこに向かっているのだが、これがとても神経をすり減らすもので、常にトラップと敵に警戒しながら、前を先行しなければいけない。

  おまけに進めば進むほど高度な罠が張り巡らされているので、こちらとしてはたまったもんじゃない。

 

  文句を言いながらも、黙々と進んでいくと、扉が少し豪華な部屋が見えた。

 

「あれが院長室だよ!」

 

  蓮子がそう指を差したその時。

 

  ゾォッ、という冷たい感覚が背中を伝う。

  本能が危険信号を上げ、無意識に後ろを振り返っていた。

 

  その天井にあったのは、大量のギロチン。

  それらは出現すると同時に落ちてきて、俺たちを追うように天井から次々と出現した。

 

「走れ!! 俺が最後尾を務める!」

 

  気がつけば、叫ぶと同時に駆け出していた。

  それはメリーたちも同じようで、声が響くやいなや、脇目も振らずに一心不乱で闇の廊下を駆け抜けた。

 

  ズダンズダンズダン!!! という床を切り裂き砕く音が連続で後ろから聞こえてくる。

  この中で俺の次に足の速い蓮子が扉に到着して、そのドアノブを勢いよく回した。

  だが、

 

「そんな!? なんで開かないの!」

 

  扉が開くことはなかった。

  仕方なく頭を切り替え、扉を無視して前に進もうとすると、前からも謎の粉砕音が聞こえてきた。

 

  そう、前方からも、ギロチンが迫ってきていたのだ。

  やってくれるじゃねえか!

  全て、地縛霊のシナリオ通りの展開になっていた。

  このままでは、俺はともかく、メリーと蓮子は確実に死ぬ。

  畜生、こうなったら……!

 

「畜生がぁぁぁぁぁ!!!」

 

  こうなればヤケだ。

  俺は背中にお札を貼り付けると、自ら爆破させた。

  そしてその爆風を利用して、そのまま壁にーーーー

 

「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

  轟音。そして壁が崩れる音が聞こえた。

  俺は中の物とぶつかり、ようやく勢いが止まった。

  そしてワンテンポ遅れて、メリーたちがこの部屋に飛び込んだのと、ギロチンがメリーたちの場所を粉砕したのはほぼ同時だった。

 

  間一髪、メリーたちはこの部屋に逃れることに成功した。

  ……危なかった。正直地縛霊を嘗めてたかもしれない。

  とりあえず、この部屋にだけはトラップを配置されるのはよくないので、適当にお札をばらまいておいた。

  これで当分は大丈夫だろう。

 

「し、死ぬかと思ったぁ……!」

「とりあえず休憩にするか。結界を張ったから、しばらくは安全だ」

 

  息を荒くしながらその場に崩れ落ちる二人。

  特にメリーはあの全力疾走がかなり疲れたようで、一言も喋らずに寝転んで体力回復を待っている。

  まあ無理もない。運動が得意ではないメリーが俺たちのペースで走ったんだ。今は休ませてあげよう。

 

  さて、そうなるとすることもなくなるので、この室内を調べてみるか。

  まずは室内を見渡す。

  高級そうなディスクが部屋の中央に置いてあり、それ以外はあまり変わったものは少ないようだ。

 

  その一つである本棚には、医療関連の物ばっかがギッシリと詰まっていた。

  だが、よくよく見るとカバーだけで中身はグルメ関係のものも混じっていたりする。

  ここの院長はグルメ家でもあったのかな?

 

  それ以外はめぼしいものは見つからなかったので、ディスクを調べてみることにした。

  机上には筆記用具が散らばっており、下には引き出しが三つある。

  そのうちの一つに、鍵がかかっているようだった。

 

「……ちっ、鍵はねえのかよ」

「私も知る限りはないね。前に来た時に数時間は探したけど、どこにも見つからなかったよ」

「そうか。……じゃあ、壊しても仕方ないか」

「えっ?」

 

  俺の右手が引き出しを掴み、勢いよくそれを引っ張る。

  そのあまりの馬鹿力に、バギッ、という音の後、引き出しがディスクから飛び出し、音を立てながら激しく地面と衝突した。

  ああ、やっべ。他人の部屋の床を傷つけちまったよ。

 

「ま、いっか」

「それだけで済ませられる精神が凄いよ……」

「いーのいーの。蓮子だって、RPGのラスダンの宝箱からレア装備盗んでも罪悪感が湧かねえだろ?」

「でも、最後のダンジョンにしてはしょぼいものしかないね……」

 

  引き出しの中には金銀財宝!

  というわけにはいかず、ただのボロい書物が一冊あるだけだった。

  それしかなかったのって、手にとって読んでみる。

 

 

 

  ●月●日

 

  今日は素晴らしい日だ!

  なんと、長年待ちわびた私の病院が、完成したのである。

  あまりに嬉しかったので、この日を期に、これからたまに日記を書いていこうと思う。

 

 

  ●月●日

 

  日記を書くとは言ったが、果たして何を書けばいいものだか。

  そうだな、今日は私の家庭について記しておこうと思う。

 

  私には妻のキョウコと、娘のヒカリがいる。

  とても明るくて、最近軌道に乗り始めて忙しくなった私を気遣ったり、癒してくれている。

  娘は今年で1歳を迎える。まだ気が早いだろうが、この子には将来自分の跡を継いでもらいたいものだ。

 

 

 

  ここからしばらく、ありふれた日常が続いていた。

  だがしばらくすると、手汗なのか、グッショリと濡れた跡があるページを見つける。

 

 

 

  ●月●日

 

  ……なんてことだ。

  妻が病院に搬送された。

  症状は一切不明。私の病院が彼女を救いたかったが、こんな小さな病院より、もっと大きな病院に行ってもらう方が良くなると判断し、彼女を預けた。

 

  不安が止まらない。

  何か良くないことが起こりそうだ。

  頼むから、何事もなく帰ってきてくれ、キョウコ……。

 

 

 

  ●月●日

 

  ……キョウコが死んだ……。

  これは、搬送先の病院から送られてきた情報だった。

  私は泣いた。ペンを持った今でも泣いている。

  なぜだ……!?なぜなんだ……キョウコ!

 

 

  これから先は、歪な文字が刻まれていて、読めそうにない。

  仕方なく、ギリギリ読めるページまで飛ばすことにした。

 

 

 ●月●日

 

  キョウコが死んで数ヶ月後、後を追うようにヒカリが死んだ。

  原因は、たまたま預けたベビーシッターからの迫害。

  1歳という幼い体で到底耐えられるわけもなく、昨日、その命を落とした。

 

  私から湧き上がったのは『怒り』だった。

  素知らぬふりをして彼女を病院内の緊急治療室に呼び寄せ、そして……

 

  殺した。殺した。殺した。

 

  メスで目玉を抉り、すぐに死なないように、少しずつ、少しずつ全身の皮や爪、耳や鼻などを剥いだ後、何度も何度も彼女を突き刺した。

  その時彼女が浮かべた絶望だけが、今の私の安らぎとなった。

  ああ、なんて気持ちイイ……。

 

 

 

  ●月●日

 

  私は、妻と娘を蘇らせることに決めた。

  キッカケはたまたま知り合った邪教集団。

  どうやら彼らは邪神を召喚し、その力で願いを叶えるのが目的らしい。

 

  私も、そんな彼らの一員になった。

  手段なんてどうでもいい。死者蘇生は金では行えない。

  希望があるのなら、私はなんだってやってみせる……!

 

 

 

  ●月●日

 

  その日から私は、夜中の病院に彼らを呼び寄せ、謎の実験を行わせた。

  彼らの邪神は、混沌と時狭間の神というらしい。

  話によれば、有名な神であるオーディンやゼウスを遥かに上回る力を持つらしい。

  そんな邪神が果たして私たちの願いを聞いてくれるのかは分からないが、試さなくては意味がない。

 

  幸いというべきか、彼らの不思議な力だけはニセモノではなかった。

  彼らは奇妙な術を用いて、動物と動物を融合させ、バケモノを作り出したのだ。

  二又の顔を持った巨大な犬を中心に、現世に存在する脊椎動物や無脊椎動物をベースにしたバケモノから、三つ目のスライムのような空想生物までも生み出してみせた。

 

  これならいける。今度こそお前たちを……!

 

 

 

  ●月●日

 

  クソクソクソクソクソ!!!

 

  なぜだ。どうしてこうなる?

  院長室の外の扉をガリガリと壊そうとする声が聞こえてくる。

 

  ある日のことだった。

  夜の病院で生み出された合成生物が暴走し、団員数名を食い殺すと、病院内にいる人間全てを襲い始めた。

  そして私は今追い詰められ、こうして最後になるであろう日記を書いている。

 

  チクショウ! 後もう少し、もう少しだったのにィ……!

  後は『時狭間の水晶』があれば、彼女たちの肉体を再生し、蘇らせたのに……!

 

  もうダメだ。諦めよう。

  扉が開かれた。巨大な頭が私の目の前に映る。

 

 

  最後に、この世界よ、呪わーーーーー

 

 

 

 

「ーーーー以上が、この日記の全てだ」

 

  ……随分悲惨な話である。

  しかもよりによって関わった邪神が悪かった。最凶最悪とも呼ばれる混沌と時狭間の邪神を呼ぼうなど、正気の沙汰ではない。

 

  ……いや、すでに正気ではなかったのだろう。

  文字は人の心を表すと言うが、妻と娘が死んでから、明らかに字が汚くなっていた。

  最後に至っては、全部書ききれずに『呪わ』の次には長い線が伸びている。

  おそらくはこの時に食われたのであろう。

 

  彼の言っていた『時狭間の水晶』とやらも、俺たちが今奪い返しにきた青い宝石のことなのだろう。

  邪神が関わってるのなら触れないほうがいいのだが、なぜかどうしても持っておかなければいけない気がしたので、捨てれそうにない。

 

「まあ、自業自得だ。気にする必要もない」

「それにしても……あんまりな話だね」

()()の宗教に関わっちまった奴の、よくある最後だ」

 

 そう言い捨てると、これ以上は収穫はなさそうと、地面にしゃがみ込む。

  そしてふと、休んでいたメリーと目が合い、こんな質問が飛んできた。

 

「ねえ……もし、大切な人が死んだとして、生き返らせるチャンスがあったら、楼夢君は生き返らせる?」

「いや、生き返らせない」

 

  いつもとは違う、虚ろな目で、メリーの疲れ切った儚げな笑みが目に映る。

  俺は迷わず、そう言い切った。

  メリーと、それを横聞きした蓮子は少し目を見開くと、俺にその理由を尋ねてきた。

 

「俺は、人間は人間のまま生きていくのが幸せなんだと思う。生まれ変わるならまだしも、一度地面に埋まった人間が起き上がったところで、それは人間じゃないだろ? なら、そのまま殺してあげた方がマシなのさ」

「……それで、割り切れるものなのかしら?」

 

「割り切れないと思う。だから、蘇らせるのではなく、憎むんだ。自動車に殺されたのならその運転手を。病気で死んだのなら救えなかった病院を。自然災害なら、それを対策しなかった政府を。そうやって憎んで……殺していくんだ」

 

  脳裏に、兄をひき殺した自動車の運転手の死に様が浮かび上がる。

  助けてくれ、殺さないでと何度も泣き叫び、その度に切りつけた。

  ……決して許される行為ではない。だが、これで少しでも俺の気がまぎれるのなら、俺は迷わず刀を抜くだろう。

 

  っと、そんなことを考えていたせいで、相当怖い顔をしていたらしい。

  メリーも蓮子も、俺から何か感じ取ったのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「で、メリー、疲れは取れたか?」

「う、うん、少しは……」

「そうか。それならいい。メリーは疲労すると、能力に感情を引っ張られるからな」

 

  いつの間にか、メリーの表情は元に戻っていた。

  実はメリーがこういった風になるのは珍しくはない。

  彼女の能力は強力な分、デメリットに感情が不安定なるリスクがあるようだ。

  今回のように疲れ切ったり、自分の身に死を間近に感じたりすると自動的になるので、これ以上は彼女に負担を強いるわけにはいかないだろう。

 

「さて、じゃあ行くとしますか」

「えっ、どこに?」

「さっき、屋上からひときわ大きな妖力が現れた。ご丁寧に待ってくれているようだし、迎えに行ってやらねえと」

「待って楼夢君」

 

  ここを出ようと立ち上がった俺を、メリーが珍しく引き止める。

  なんだ?

  なんかメリーから一瞬黒いオーラが見えたような……?

 

「今から屋上に行くのよね?」

「え、あ、はい、そうです」

「相手は必ず罠を張っていると思うわ。それに引っかかりっぱなしてのも嫌だから、私たちも対策を考えましょう?」

「えーと、具体的には何を?」

 

  体中から冷たい汗が噴き出してくる。

  蓮子を見れば、彼女は足腰をガタガタと震えさせていた。

 

  「あら、どうしたのかしら?」

 

  笑みを浮かべながら首を傾げるメリー。

  普段なら可愛いと感じてしまうその仕草も、今だけは俺たちの恐怖を倍増させるだけだった。

 

  そう、メリーの笑みは笑みでも、今の彼女の笑みは()()()()()()()()()

 

「とりあえず、持ってる御札を全部貸してくれないかしら?」

「は、はいっ! ……でも、何に使うんだ?」

 

「任せておいて。私に秘策があるわ」

 

  地雷のキーワードをぶっ込んできたメリーを見て、俺たちは一斉に思った。

 

(すいません、怨霊の親玉さん。どうやら私も貴方も、無事では帰れそうにありません)

 

 

 






「どーも、お久しぶりです。五教科の中だと、苦手教科は数学になります。作者です」

「久しぶりの登場だな。ドラ●エライバルズが配信されたりと、色々忙しい狂夢だ」


「いやーテストが終わって気が楽になりました! 私は自由だああああ!!」

「いや数学半分も取れてないくせにどの口が言うんだよ」

「赤点じゃないだけマシでしょう!」

「こいつ将来大丈夫か……?」

「そんなことより、今回は狂夢さんの名が直接ではないですけど登場しましたね」

「まあ、この章での俺の介入はないだろうから、あまり嬉しくはねェがな」

「おまけに子孫にボカスカ悪く言われてますしね」

「うっさい。ったく、この善良な神と評判の俺をあんな風に言うとは目がないぜ」

「貴方は月面戦争で何をしたんですか?」

「月を七割消しただけだが? 全部じゃないだけマシだろ? ほら、俺ってやっぱ優しい」

「……ダメだこりゃ。価値観がぶっ飛んでいて話にならねえ……」


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爆炎の屋上戦


テメェのことなど知ったこっちゃない

必要なのは、覚悟と意志だ


by白咲楼夢(神楽)


 

 

  ドッゴォンッ!!!

 

  という、屋上への扉が吹き飛ぶ音が響いた。

  それは速度を落とさないまま、屋上の中央に立つ()()()()に向かい、一直線に突き進んでいく。

  だがーーーー

 

  鋭い音が扉から発せられたかと思えば、それは()()()()に両断され、地面にコロコロと転がっていく。

 

「残念だな。今ので死んでくれた方がこの先苦しまずに済むのに」

「ふっ、聖職者とは思えないセリフだな。お前のこれまでの戦いは覗かせてもらったぞ」

「えっ、ストーカーなのか、お前? うわっ気持ち悪い、俺にこれ以上近寄るなよ」

「……なんだか酷い誤解をされたようだが、あえて名乗らせてもらおう。私は……ッ!?」

 

  とっさに、怨霊は体を仰け反らせた。

  そこに、霊力を纏った針が、彼の眉間があった場所を通り過ぎていった。

 

  なんだか気難しそうな話が続きそうだったので、なんとなく邪魔したくなった。後悔はしていない。

 

「……君は人の話は最後まで聞けと親に言われなかったのかね?」

「悪いが、死んだ祖父は『あえて名乗らせてもらおう。私はーー』とか言った奴は大抵ロクでもないから切ってよしと言ってたんでな」

「お前の祖父は何者なんだ!?」

 

  声を荒げ、怨霊は息切れをしながらこちらを睨みつけてきた。

  まあまあ、そうカッカと熱くなるなよ。カルシウムが足りないぜ。

 

「さて、と。お遊びはここまでで、そろそろ始めてもいいか? いい加減飽きたんだが」

「……この後に及んで、貴様が言い出したことだろ、とか、そういうのは止めにしよう」

「いや言ってんじゃねえか」

「それにしても、一緒にいた女たちはどこ行ったんだ?」

 

  一瞬、怨霊の瞳がキラリと光った。

  おそらくはああやって、この廃病院内の生者を感じているのだろう。

  だが、あの様子からすると、見つけ出せなかったようだ。

 

「まあ、当然見つけられるわけねえよな? なんせあいつらには既にここから脱出してもらったからな」

「なるほど。一対一というわけか。望むところだ!」

 

  怨霊が月の光に照らされ、姿を現した。

  白衣を纏っており、外見上は人間だ。

  不自然なところもない。

 

  ーーただ一つ、彼が両手に握っている二本のメス以外は。

 

  白衣の怨霊は、まるで暗殺者のように素早く俺に接近すると、そのメスで突き刺してきた。

 

  だが、あいにくとこちらは戦闘のスペシャリスト。

  片方を刀で、もう片方を左手で叩き落とし、空いた顔面にバク宙しながらの蹴りをぶち込んだ。

 

  「ぐぷっ!?」

 

  医者である以上、()()()()()の限界を把握できていたせいで、()()()()()を予測できなかったのだろう。

  俺の足の先が見事に顎を蹴り上げた。

 

  とりあえず、相手が下がったのでチャンスだ。

  思いっきり駆け出しながらの突きが、白衣にめり込む。

  だが、間一髪白衣だけで済ませたようで、本体は無事だったようだ。

  本当にめんどくさい。

 

  だが、追撃に放った針までは避けれなかったようだ。

  ドスドスッ! という音とともに、怨霊の体から血が飛び散る。

 

「……くっ、やはり正面からでは勝てないか……! だが、私にもやるべきことがある! 邪魔は、させないぞ……っ!」

 

  白衣の怨霊が、その懐からキラキラと輝く何かを掲げる。

 

  あれは、俺たちの青い宝石……!

 

「それをどうするつもりだ?」

「見てれば分かる! くらえ!」

 

  怨霊の声に応えるように、青い宝石が空へと上がる。

  そしてひときわ大きく輝くとーー

 

  「……なんだ、これは……?」

 

  辺りを照らしていた星々の光は消え去り、代わりに屋上全てが、黒いドームのようなものに包まれていた。

 

  だが、他に何か変わった様子はない。

  ならこの空間は、なんのための……?

 

  っと、思考していると、前から速い足音が聞こえてきた。

  何考えてやがんだ、あいつ? まあいい、返り討ちにして……!?

 

「……ぐッ!?」

 

  メスの刃が体に突き刺さり、今度は俺が血を撒き散らした。

 

  馬鹿な。

  応戦しようと刀を振るった瞬間、俺は気づいた。

 

「平衡感覚が……効かねえだと!?」

「ほう? 一発でもう見破るとは……だが、なんの役にも立たないがね!」

 

  バランスをとるのに必死で隙だらけな俺の体に、小さな刃が次々と襲いかかってくる。

  針を投げようにも、動くことすら難しい。

 

「【森羅万象斬】!!」

 

  なんとか大振りに振るい、相手を下がらせたが、肝心の青白い刃は奥の闇に消えていった。

  このままじゃ、体力消耗が増えるだけで、なんの解決にもならない。

 

  見たところ、あれは青い宝石ーー【時狭間の水晶】が原動力となっている。

  なら、あれを奪い取ればこのフィールドも無効化できるのだが、用心深いことに宝石は結界の外にあるらしい。

  なら、今度はこのフィールドをぶち壊すということになるが、【森羅万象斬】でもビクともしないということは、中からの攻撃にはめっぽう強いのかもしれない。

 

「……はぁっ」

 

  ……お手上げだ。

  俺の考えでは何もできることはない。

 

  刀を床に突き刺し、構えを解く。

  怨霊はそんな俺を見て、同じように構えを解き、一言。

 

「もう終わりか?」

「……もう、お手上げだ」

「そうか……なら、チェックメイトと行こうか!」

「……ああ、チェックメイトだなーーーーお前と、お前の病院が」

 

  俺がそう言うと、突き刺した刀から電流のような霊力が発生し、床の下ーーすなわち病院内に流れ込んだ。

 

  さて、みんなは小学生や中学生のころに習った豆電球の実験を覚えているだろうか?

  乾電池から電流が流れ、導線を通って豆電球へとたどり着き、光らせる。

  今回俺がやったのは、この実験とほぼ同じだ。

 

  乾電池は刀から流れた霊力、導線は病院内全体、そして肝心の豆電球はーー病院内に張り巡らされた、数百枚の御札に例えることができる。

 

  もっと分かりやすく説明するなら、御札はこの場合ーー爆弾へと、意味を変えることができる。

  その結果、

 

 

  ドッゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォン!!!

 

 

  ーー廃病院で数百の爆弾が作動し、屋上ごと廃病院をバラバラに吹き飛ばした。

 

  俺たちは空中に投げ飛ばされ、怨霊が消し飛んだ病院を見て叫んだ。

 

「なんだ、なんなんだこれはぁぁぁぁぁ!?」

「教えてやろうか? あれは病院全体に貼っておいた御札だよ」

「馬鹿な、この短時間でそんな量を貼れるわけがない! 一体何をした!?」

「別に、俺が貼ったとは言ってないだろ?」

「ッ!? なるほど、あの女どもかぁぁぁぁぁ!」

 

  さて、ネタバラシすると、これがメリーの秘策で、廃病院を丸ごと御札で吹き飛ばすというものだ。

  果たしてそんな物を大量に貼り付けて、バレないのかと言われたら、結論はバレない。

 

  あの怨霊は廃病院内の生者を感じれても、廃病院全体を見渡せるわけではない。

  それは今までのトラップの配置から分かったことだ。

  よって、御札は命を持たないので、簡単に張り巡らせることに成功した。

 

  あとはご想像の通り、霊力で起動させてバンッ!である。

  不満を言うなら、俺がとっさに結界を張っていなかったら、俺も命を落としていたということぐらいか。

 

  さて、外側からの強烈な爆風によって、平衡感覚を奪うフィールドは消滅し、時狭間の水晶が剥き出しになった。

  さて、サーカス団員も真っ青な俺の曲芸、ご覧あれ!

 

  空中に浮かぶガレキを足場に、アクロバティックな動きで上へと跳び、最後にはムーンサルトを決めながら宝石を回収した。

 

  さて、残るはこいつだけだ。

 

「クソクソクソクソ!! あと一歩だったのに、あと一歩だったのにィィ!! ふざけるなぁぁぁぁ!!!」

「いや、知らねえし。だから言っただろ? 『今ので死んでくれたら、この先苦しまずに済むのに』って」

「殺す! 刺し違えても殺してやる!」

 

  血走った目で俺を睨み、ものすごい声量で叫ぶが、奴のメスが俺に刺さることはなかった。

 

  いくら怨霊だとはいえ、所詮は医者だっただけの人間だ。

  不安定なガレキの上を跳び回る技術も、メスを正確に投げる投擲術もない。

 

  さて、じゃあ止めと行こうか。

 

  普段は片手で持つ刀を両手で握り、霊力を流し込んだ。

  すると刀は激しい青白い光に包まれ、身の丈を超える大剣へと姿を変えた。

 

  俺はガレキを利用して怨霊の頭上へと移動し、空中で逆さになるほどの勢いで光の大剣を振り下ろした。

 

「神霊刃ーー【超森羅万象斬ッ】!!」

「クソッ、こんなーーこんなところでぇぇぇぇぁぁぁアアアアア!!!」

 

  その一撃は相手を殺す(正確には生きてないが)にはオーバーキル気味で、周りのガレキを怨霊ごと消し飛ばしながら、地面に大きな爪跡を刻んだ。

 

  体制を立て直し、受け身をとって地面に着地する。

  わかっていたが、廃病院のあった場所には何も建っておらず、ただ大量のガレキで埋もれているだけであった。

 

  その変わり果てた姿を前に、俺はしばしの間、黙とうする。

  そして、それを終えるとすぐに踵を返して廃病院跡地に背を向けた。

 

「一応弔ってやったんだ。せいぜい成仏しろよ」

 

  それ以上は何も言わず、跡地を出て行く。

  その進む先には、メリーと蓮子が手を振る姿が、俺の瞳に映った。

 

 

  ♦︎

 

 

「ふぅ、それにしても今回は疲れたわ」

「全くだよ。今度岡崎から報酬をたんまりともらわなきゃね」

「やめとけ、あの野郎のことだ。これ以上欲張ったら全部持ってかれる可能性がある。10万円と今月のレポート提出を無しにしてくれただけマシだろう」

 

  いつも通りのサークル部屋で、そうグチる蓮子。

  とはいえ、彼女の言い分も正しく、命がけで戦った報酬がこれだけだと文句が出るのも無理はない。

  とはいえ、そんなことを言って殴られでもしたら怖いので、俺にはとてもそう口にする勇気はないのだが。

 

  ちなみに、今日は廃病院に行って次の日だ。

  あの後、無事に【時狭間の水晶】を取り戻して、岡崎に返しておいた。

  だが、岡崎が言うに、あれは解析不能で、アテができるまでは持っておいてくれと、強引に手渡されたのだ。

 

  しかもご丁寧にメリーと蓮子のは穴が空いて、紐で首から下げることができるようになっている。

  それを若干不機嫌な二人に渡すと、すぐに機嫌を直したようだ。

 

「まあ、いっか。それよりも、こんだけあるんだし、いっちょ今日飲みに行く?」

「あら、それは名案ね。私もちょうど飲みたかった気分なのよね」

「俺もだ。早く日本酒でも飲みてぇ」

「決まりだね。じゃあ、行こっか!」

 

  そう言って、勢いよく立ち上がる蓮子。

  だが、一言言わせてくれ。

 

「今から飲みに行くつもりなのかよ」

「あ、そういえば、まだ予定立ててなかったっけ?」

「もう、本当に蓮子はぬけてるんだから……」

 

  その蓮子の間抜け面が面白くて、思わず俺とメリーは笑ってしまった。

 

  こうして、今夜は飲みに行くことになった。

  だが、後で蓮子が待ち合わせに遅刻したり、自分の分を払い忘れたのを、俺は今だに忘れてない。

 

 

 

 

 





※今回はメタい回です。ネタバレはありませんが、とりあえずメタい話しなので、嫌いな方は飛ばしてください。




「どーも、今回で秘封倶楽部のオリジナルストーリーは終了ですね。そろそろ過去編も終わりが近づいてきた気がします。作者です」

「そういえば、これって過去編だったな。もうこの小説の主人公覚えてるやついないんじゃねェの? 狂夢だ」

「失礼すぎるだろそれ!? 名前も一応同じなんだし、みんなも覚えてくれてる……はず。本編永遠の主役、楼夢です」


「そういえばさ作者。これって今メリーたちは大学何年生なんだ?」

「ストーリーの展開上、この作品では廃病院編で2年生になったばかりにしています。前回の東京編が秋の終わり頃だったので、数ヶ月飛ばしてしまいましたね」

「おーい作者。今さらなんだが、今俺の代わりに主人公してる神楽君って万能化しすぎじゃないか? 最初は霊術すらも操れなかったはずだろ?」

「それもストーリーの展開上、仕方ありませんね。考えた当初は霊力による身体能力強化だけでいこうとしたんですが、それだと鬼なんかには絶対勝てないので、強化しました」

「実際、楼夢が全ての力封印して剛に勝つぐらい、難易度高いからな」

「それはさすがに高すぎませんか!? あんなのと刀一本だけなんて、自殺行為に等しいだろ!」

「まあ、盛りすぎたかもしれませんが、大体あってるので良しとします。まあこれが、神楽さん万能化の秘密です。とは言っても、強化しすぎないようにバランスを整えているので大丈夫だと思いますが」

「まあ、納得したわ。みんなも小説を書く時はパワーバランスをしっかり調整しておけよ? じゃないとこの作品みたいにゴチャゴチャになるからな?」


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秘封倶楽部は月の境界をも超える





 

 

『人類の夢の一つ、月面旅行がついに一般人も可能に!』

『来月には日本の旅行会社各社からツアー開始』

 

 

  行き交う人の足取りも重い、地上の私鉄の駅前にそんな号外が飛び交った。

 

  スポーツニュース以外では珍しい明るいニュースに、いつもならすぐゴミ箱行きの号外も、今回ばかりは皆鞄の中に仕舞っている。

  号外の記事の内容に興味があってと言う事もあるが、それ以上に記事の写真が気になる人も少なくないだろう。

 

 

  そんな膨大な宇宙の写真が大きく貼られている新聞を手に持ち、宇佐見蓮子は待ち合わせの大学構内のカフェテラスに、足を進めていた。

 

 

 ♦︎

 

 

「『なお、今回もまた有人火星探査は見送れた』だってさ」

「火星なんてどうでもいいだろ。ちょうど目の前に天然記念生物がいるんだし。そんなことよりも、この記事だ」

 

  俺は、今回蓮子が持ち出した記事の、大きくピックアップされた一面を指差す。

 

  今は7月。

  二人がいつものカラーの夏服版を着ている中、俺は相変わらず黒いシャツに紺色のフード付きパーカーを羽織るという格好だ。

 

 眩しい日差しに、思わず目を閉じたくなるが、それをなんとか我慢しているメリーが答えた。

 

「うん。目の前の天然記念生物さんの目には、月面がどう映るのか知りたいしね」

「待ってメリー。どうして二人はサラッと私をディスるの? 蓮子さん泣いちゃうよ?」

「んなもん、『ここは月面です』って映るんじゃねえのか?」

「お願い、私を無視しないで!」

「とは言っても……今回も蓮子が原因なんだし」

 

  今回の待ち合わせ、蓮子はあろうことか30分遅刻しやがったのだ。

  お前はヨーロッパのラテン系の人間か!? と叫びたくなる。

  もっとも、ここまで遅れてくるのは、ラテン系でも今時は珍しいのだが。

 

「まあいいわ。話は戻るけど、じゃあ時間はどうなるのよ?」

「私の目はJSTしか見られないのよ。UTCは能力外。そもそも、月面でも地球と同じ時間を使うのって変よね」

「なんだ、引き算すらできないのか。お前の能力は」

「案外使えない能力ね」

「だからもう私をいじめるのはやめて! 蓮子さんのライフはもうゼロよ!」

 

  まあ、蓮子をいじるのはここまでにしとこうか。

  俺はメリーとそうアイコンタクトで語った。

  彼女も了承したようで、蓮子を含めて、次の秘封倶楽部の活動の話へと話題を移した。

 

「で、いつ行くの? 月面旅行」

「メリーは気が早いわね。まあきっと混むだろうし、早いうちに予約だけは済ませておきたいわね」

「夏休みとかは滅茶苦茶混みそうだし、暑そうだから少しズラして秋にしない?」

「月や宇宙が暑いって事は無いと思うけど、同感ね。秋の方が良いわ。日本的で。どうせなら今年の中秋の名月に行きましょうよ」

 

  二人はそうやって、夢を膨らませながら次の活動の予定を立てていく。

 

  だが、その夢も泡になって散りそうだ。

 

「お前ら。月面旅行ツアーの料金分かってるのか? 約1億ドル(120億円)だぞ?」

「「……ふぇっ?」」

「そんな間抜けヅラされてもな……ほれ、ここに書いてあるだろ?」

 

  俺は記事の端に書いてあった、利用者の予定金額を指差す。

  ったく、何が一般人でも可能だよ。

  あれなのか? これはノアの方舟のようなもので、貧相で貧乏な一般人は来るなって遠回しに言ってるのか?

 

  駅で大切にしまわれていたこの号外も、今ごろ大半の人間が事実にたどり着き、ゴミ箱へと新聞を投げ入れているだろう。

 

  そんな風に心の中で文句を言い続けていると、メリーたちは気分を変えるため、蓮子お得意の物理学の話をしていた。

  とはいえ、物理は俺の苦手分野なので内容はあまりよく理解できないが。

 

「うん。ここのカフェは構内でもオシャレで美味しいわね。それで、蓮子、なんで物理学は終焉を迎えているの?」

「うん。一言で言うと、観測するコストが大きすぎるからよ」

「俺たちが月面ツアーに行けない理由と一緒だな」

「あら、うまいことを言うわね楼夢君」

 

  皮肉に満ちた俺の言葉に、メリーが賛同する。

  当たり前だが、月面ツアーに行けないのを残念に思っているのは俺だけではないみたいだ。

  いや、その気持ちはむしろ俺以上に大きいだろう。

 

  その後、蓮子が再び物理学の話を語り始めた。

  物理学が終焉を迎えている理由の一つである、コストが高くなった理由を話しているようだ。

 

  なんでも、小さい物体を分離させるのに掛かるエネルギーは、小さければ小さいほど大きくなるらしい。

  分子より原子、原子より核子、核子よりクオークというように。

 

  こうしてどんどんと小さくしていくと、無尽蔵にエネルギーが必要になっていくことになる。

  すると究極まで行き着くと、宇宙最大のエネルギーを使っても分離できない小さい物体に当たってしまう。

  この物体がこの世界の最小構成物質だと言えることになる。

 

  以上の結論から言うと、もう物理学はとっくに最小の世界まで辿り着いて、次を目指している。

  ここから先は観測出来ないから、殆ど哲学の世界になってるらしい。

 

  そんな話をBGMに店のスライドパッドを操作し、緑茶のお代わりを注文しておく。

  メリーも何か注文したようで、スライドパッドを手慣れた手つきで操作していた。

 

 

  やがて、空き缶のような形状のロボットが、緑茶と新作のケーキを持ってきた。

 

「あら、実物よりも美味しそうね。このケーキの最小単位は合成卵と合成イチゴね」

 

  ……うん、その二つの物質については何も突っ込まないぞ。

  というのも、彼女の言ったことは本当のことだからだ。

  実際に合成●●というのは、この時代では珍しくない。

  とはいえ、山奥育ちの俺は、未だ慣れることはないが。

 

  と、そんなことを考えていると、蓮子がまた物理学の話を続けた。

  さすがのメリーも、蓮子ほど詳しくないので、うんざりしてきたようだ。

 

  そうして、蓮子のお喋りな口が止まったのは、30分後のことだった。

 

「もう。蓮子に物理の話なんて振るんじゃなかったわよ。一人で話し続けるんだから」

「全くだ。おまけに俺の苦手分野の一つなんだぞ? 少しは聞いてる身にもなりやがれってんだ」

「ごめんごめん。私の専門だからね。それにしても、このケーキ美味しいね」

「話を誤魔化すなってんだ……ったく」

 

  メリーと同じケーキを頼んだ蓮子は、それにかぶりつき、食レポでもしてるかのように美味しそうな顔をする。

  ……そんなに美味いのか、それ?

  手の中のスライドパッドには【ミックス野菜ケーキマックス】という名前と、ピーマンらしき物体Xやらが大量に投入された、謎の物体が表示されていた。

 

「はあ、宇宙には魅力があるわね……」

 

  ふと、蓮子が呟いた。

 

「どうしたの? ため息なんてついちゃって。まるで地上には魅力がないとでも言うの?」

 

  蓮子はおもむろに顔を上げ、空を見つめた。

  微量の霊力が発生してる辺り、どうやら能力を使っているようだ。

 

「16時30分。宵の明星が見えたわ。地上にはもう不思議がほとんどないからね」

「あくまで表の地上は、だけどな」

「蓮子ぐらいこの世界の仕掛けが全て見えていると、もう心に虚無主義が顔を出し始めてくるのね」

 

  メリーが冗談で可哀想なものを見る目をすると、蓮子がジト目で睨んできた。

  蓮子は続ける。

 

「だからこそ、メリーの目が羨ましいのよ。不思議な世界がいっぱい見えて。ついでに言うと月面の結界の切れ目も見てもらいたかったわ」

「ツアーが安かったら、ね?」

「ああ。ツアーが安かったら、な?」

「……なんかその返事で月に行く気がなくなってきたわよ……」

 

  まあ、そりゃそうなるわ。

  俺たちのやる気のない返事に、メリーはガクッとうなだれると、背もたれにドサっと背をつけた。

  でもと、蓮子はその体勢のまま付け足す。

 

「月にも忘れ去られた世界が隠されているよ。兎が不老不死の薬を搗き、太陽に棲む三本足の鳥を眺めながら、月面ツアーで騒ぐ人間を憂えているのよ。その世界を見られるのはメリー、貴方しか居ないわ」

 

  急に真剣な表情になった蓮子に、俺たちはいっしゅん呆然とする。

  だがすぐに元の表情へと変わったメリーが、微笑んだ。

 

「……そうね。人間が集まって開拓し切るまでには行ってみたいわね」

「そうと決まれば、準備しないとね」

「月の都を見たければ、まず月の都についてもっと勉強すればいいのかなぁ。大昔から忘れ去られている太古の月を。物語の中の煌びやかな月の都を。狂気の象徴である月を。そう、知識が境界の切れ目を明確にするからね」

 

  また怪しげなモードに入ったメリー。

  だが、俺たちにはまずやるべきことがある。

 

「いや、まずはバイトからだろ。ツアーの旅費を稼ぐための」

「……あ」

 

  俺の一言で、見事に二人は静まり返った。

  なんだかお通夜みたいに暗くなったな。

  そんな中、二人は突然叫んだ。

 

「「働きたくないでござるぅ!!」」

 

 

 ♦︎

 

 

  日も暮れて夕食の時間も近いというのに、二人は新作のケーキを平らげた後、ようやくカフェテリアを後にした。

  まったく、甘いものは別腹と言うが、女性の胃袋はどうなってんだか。

  そもそも、あの謎のケーキ? が甘いのかは知らないが。

 

  この大学では、構内の店なら全て学生カードで清算が出来る。毎月纏めて学費として払うのである。

  お金を管理するコストも減り、レジも混雑せず、さらに学生も手軽に買い物が出来て(親が学費を払うから)売り上げも伸びている。

  もちろん、俺の場合は別で、自腹なのだが。

  そして親が金を払うお陰で、この二人のように予想以上に出費が嵩むことも少なくない。

 

  俺たちは大学を出た後、夕方の空の下を、適当にブラブラと歩いていた。

 

「月には不老不死の薬があるらしいよ」

 

  ふと、蓮子が思い出したように言った。

  こいつ、裏の月に詳しすぎだろ……。

  唯一月に行ったことがあるらしい俺の先祖の手記にもそう書かれていたので、事実なのだろう。

  もっとも、その製作者がもう月にはいないらしく、制作不能になってるらしいが。

 

「へえ、不老不死、ねぇ。物理の終焉を迎えて虚無に支配されている蓮子には不要でしょ?」

「誰が虚無主義よ。私は生きる力でいっぱいよ。今も宇宙のことで興奮して、夜もグッスリなんだから」

「いやグッスリなのかよ」

 

  普通は興奮すると眠れないのだが、蓮子レベルにたどり着くと常識が反対になるらしい。

 

「じゃあ不老不死の薬が手に入ったら、二人は使う?」

 

  メリーの唐突なその質問に、蓮子がいち早く答えた。

 

「不老不死の薬? 勿論、使うわよ。物語なんかでは不老不死は辛い物だとされているのは何故だか判る? アレはみんな欲深さへの戒めと権力者への反抗を謳っているだけよ。でもそれが反対に、不老不死の薬の実在性を裏付けの憑拠になっているわ。不老不死は、死が無くなるんじゃなくて、生と死の境界が無くなって生きても死んでも居ない状態になるだけよ。

  まさに【顕界でも冥界でもある世界(ネクロファンタジア)】の実現だわ」

 

  蓮子は相変わらず、不思議を追い求めるつもりのようだ。

  だが俺は、

 

「じゃあ、楼夢君は?」

「いや、使わねえよ」

 

  迷わず、はっきりとそう答えた。

  二人は不思議そうに俺を見ている。どうやら理由を知りたいらしい。

 

「言っただろ。俺は人間をやめてまで、命にはこだわらないと。それに……」

「それに?」

 

  蓮子が俺の顔を覗き込むように見つめる。

  できれば言いたくはないんだが、この雰囲気は許してくれそうにないようだ。

 

「それに……俺だけ長生きしても、お前らが死んだら虚しいだろうが」

 

  頭をかき、顔を背けながら、呟くように、そう小さく答えた。

  すると次に顔を恐る恐る向けた時、二人の顔は赤く染まっていた。

 

「お、思わぬところから不意打ちが来たね……恐るべき、楼夢君の天然」

「……」

「……メリーが恥ずかしさのあまり気を失ってる……」

 

  その後、蓮子の見事な秘技【テレビ叩き直し】によって、メリーは意識を取り戻した。

 

 

 ♦︎

 

 

  結局、さまよう俺たちが行き着いた場所は、大学の設備である噴水がある池の辺りにあるベンチに腰掛けた。

 

  既に月が顔を出しており、湖にはクレーターのない平らな満月が浮かんでいる。

 

  ふと、となりに座っているメリーを見る。

  その瞳には微量の霊力が発生していた。

 

  彼女には、水に映った月の結界の向こう側の姿が見えていた。

  その月を見て、彼女に名案が浮かんだらしい。

 

「ねえ、月面ツアーが高くて行けないのなら、何か別の方法で月に行けないか考えてみない?」

「そうだね。それしかないよ。でも、どうやって?」

「例えば……こんな風に」

 

  メリーは靴を脱ぎ、素足になると、月が映る池へと足を進めーー水の上を歩いた。

  彼女が乗っても水は揺れず、細波の一つも立たない。

 

「メリー……まさか……」

「そう。水に映る月の境界を越えれば、月にたどり着けるはずよ」

 

  彼女はそう言って、俺たちの方へと振り向き、手を差し出した。

  そしてにっこりと笑うと、

 

「さあ、秘封倶楽部、活動開始よ」

 



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八百万の猛攻


戦いで逃げるのは恥ではない

立ち向かいもせずに逃げるのが恥なのだ

by白咲楼夢(神楽)


 

 

 

 

  眩しい光に、思わず目を閉じる。

  そしてそれが収まった後、ゆっくりと目を開けた。

 

  ーーそこには、月の世界があった。

 

「わぁ! ここが裏の月の世界なんだね! 久しぶりにわくわくしてきたわ!」

「ていうか、表とはずいぶんと違うじゃねえか。なんで月に海なんてあるんだよ」

「それに、地面は砂みたいなのでできているわね。単純にここが浜辺だからと考えるべきか、裏の月の世界の地面はみんなこんなのなのか。判断に困るわね」

「まあまあ。『境界を抜けると、そこは月の世界だった』よろしくで無事にたどり着けたんだし、まずはここを探検しようよ!」

「ええ、そうね。まずはあそこの林を調べてみたいわ」

 

  メリーが指さした先には、結構な数の木が生えていた。

  しかも驚くべきことに、それら全てに桃が成っているのだ。

  甘いもの好きな女子二人ははしゃいで木に駆け寄り、桃を手に取ると、すぐさまかぶりついた。

 

「あ、甘い!」

「そして美味しいわ! こんな桃を食べたのは初めて!」

 

  一言そう叫ぶともう止まらない。

  次々と新しい桃を手にとっては食べ続ける二人。

  このままでは俺の分がなくなりそうなので、急いで俺も一つ手に取り、実をかじった。

 

  ……確かに、美味い。

  それにしても、なぜこんなに美味いのかと木の根辺りの砂を探ってみたところ、これら全てに微量の神聖な魔力が宿っているようだった。

  いや、ここの砂だけではない。

  海も砂も、大気でさえも。

  全てに含まれる魔力の量が、地球よりもはるかに多いのだ。

 

  それにしても今さらだが、ここは月なのになぜか呼吸ができる。

  やはり、月人たちにも空気が必要なのだろうか。

 

「さすが、魔力の源の星というだけあるな。だが、大気中の魔力が濃すぎるせいで、逆に動物なんかは生まれないようだが。とりあえず、月の石だけでも拾っとくか」

 

  それからしばらくは採取の時間になった。

  二人は持っていた鞄に入るだけ桃を詰めており、俺はちょうどいいサイズの月の石を拾っておくだけにとどめておいた。

 

  とはいえ、二人はまだ足りないらしく、再び木の元へ駆け寄っていく。

  そして枝にぶら下がった桃を取ろうとしたときーー

 

 

  ーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

「地上の人間が月に来るとは珍しい。せっかく来てくれて悪いけど、不法侵入で拘束させてもらうわ」

 

  その言葉を聞くより早く、体が動いていた。

  野球バッグを投げ捨て、その中の柄を掴んでメリーに当てられた刃に鞘をつけたままの刀をぶつけ、それを逸らした。

 

「メリー、大丈夫!?」

「ええ、平気よ蓮子。それよりも……」

「いきなり首元に刃突き立てるたぁ、野蛮な野郎だ」

「鞘をつけたまま刀を振るうあなたに言われたくはないわね。それに、見て分からない? 私は女よ。野郎ではないわ」

「同じようなもんだ。ムキになってんじゃねぇよクソ女」

 

  俺はメリーに刃を向けた張本人と向かい合うと、本気の殺気を飛ばして牽制した。

  だが、相手は見た目綺麗な美少女であるにも関わらず、逆に殺気を返してきた。

 

  と、そこで、林の中からうさ耳が生えた女の子たちが銃を構え、こちらに向けてきた。

 

「見てメリー、本物のうさ耳なんて初めて見たわ! 月の兎って、想像よりも可愛いわね!」

「あら、本当ね。これを見れただけで月に来た価値があるわね」

「いや、お前らもうちょっと警戒しろよ!? あいつら銃持ってんだぞ!」

「貴方たちも、何敵に褒められて嬉しそうにしてるのよ!? もうちょっとマジメにやりなさい!」

 

  俺と彼女のツッコミが辺りに響く。

  この子、意外と苦労してるのかもしれない……。

 

「……はぁ、もういいです。それよりも、貴方たちにはこれから私の質問に答えてもらうわ」

「……まあ、いいぜ。二人ともそれでいいだろ?」

 

  俺の言葉に、二人はコクコクと頷く。

  メリーに刃を当てられてカッとなったが、今争っても意味はない。

  ならば、無意味に体力を消耗するより、話し合いの方が数倍マシだ。

 

「まず、どうやって貴方たちはここに来たのかしら?」

「……いきなりその質問かよ。まあいい。これは蓮子に任せるわ」

「え、私? ……そうね、こっちのメリーの能力で来たわ」

「なるほど。では次の質問。なぜここに来たのかしら?」

「「「旅行に行きたかったから」」」

「……判決は不法侵入ね。しばらく身柄を拘束させてもらうわ」

「……やっぱこうなるか……よし、逃げるぞ」

「え、うん。じゃあスキマを開くわね?」

 

  グミョンという音とともに、スキマが開いた。

  早速逃げようとするが、彼女の視線は俺たちよりもスキマに集中していた。

  まるで、同じものを見たことがあるような……。

 

「……さっきの宣言を取り消すわ。貴方たちを危険人物と判断して、殺処分させてもらう!」

 

  砂の地面に、彼女の大太刀が突き刺さる。

 

「『祇園(ぎおん)様よ、逃げ出す女神を閉じこめよ!』」

 

  その言霊が発せられた瞬間、俺たちの足元から複数の刃が突き出して、ギリギリ触れない距離で拘束した。

 

「な、何これ!?」

「祇園様だと……? まさか、あいつが……!」

 

  思い出した。

  月の都には、その身を依代にして神々を下す巫女がいると。

  そいつの名は確か……

 

「綿月……依姫……!」

「あら、私の名前を知ってるようね?」

「けっ、最悪だ……なんで月の都最高戦力が端っこの警備なんてしてんだよ……!?」

 

  綿月依姫。能力は【神霊の依り代になる程度の能力】だったはず。

  この能力は八百万の神々全ての力を神降ろしして、その身に宿すことができる能力だ。

 

  なるほど、受けて初めて分かる。

  ()()()()()()()()

 

「メリー、蓮子、間違えてもそこから出るなよ。最悪死ぬぞ」

「ろ、楼夢君は?」

「馬鹿、俺がやることといったら決まってるだろ」

 

  鞘を腰に付け、抜刀すると、長刀を片手で構える。

  そしてニヤッと笑った。

 

「いつも通りに、正面突破だ!」

 

  刃の檻を乗り越えると、地面を踏みしめ、全力で依姫へ駈け出す。

  しかし、外へ一歩踏み出した途端、先ほどとは比べ物にならない量の刃が、地面から出現し、俺を覆い込んだ。

 

「楼夢君っ!」

「まったく、祇園様の怒りにわざわざ触れに行くとは……愚かな」

 

 

「そいつはぁ、どうかな?」

 

  直後、剣山のように生えた無数の刃が真ん中から一刀両断された。

  その中から飛び出して、依姫に向かって刀を振り下ろした。

 

  しかし、相手も歴戦の剣士。

  すぐさま両手で握る大太刀で防ぐと、そこから激しい斬撃の応酬が始まった。

 

  依姫の巨大な刃が一閃。

  それを鋭いバックステップで躱すと、素早い足さばきで二、三回ほど斬撃を繰り出す。

 

  しかし、依姫の大太刀は振るった次の瞬間には元どおりの位置に戻っていて、クリーンヒットを許さない。

  そして俺の斬撃を弾いた後、すぐさま一閃。

  それを避けて、俺も二閃、三閃。

 

  そんな戦いがループで行われていた。

 

「ったくっ! そんな馬鹿でかい太刀でよくもそれだけ早く防御できるもんだな!」

「っ、貴方こそ、長刀を片手でそれだけ素早く振るえるものね。貴方の方がよっぽど馬鹿力じゃないっ」

 

  俺と依姫は同じ刀というジャンルの武器を扱いながら、その戦い方はまったく違う。

 

  俺の場合は速度と連続技。

  とにかく相手よりも素早く動き、その高速の連続技は秒速で三回ほど振るうことができる。

 

  対して依姫は一撃重視。

  取り回しの難しい大太刀で一撃必殺をひたすら狙い続ける。

 

  剣士対剣士の戦いにおいて、相性というのは存在する。

  だが、達人の剣士同士の場合はそれがない。

  俺と依姫の剣術に差が出ないのはそのためだ。

 

  俺は全ての一撃を回避するため、刹那で斬撃を見切る術を死ぬ気手に入れた。

  逆もまたしかり。

  依姫も一撃の後に攻撃をくらわないように、ひたすら防御テクニックを磨き続けたのだ。

 

  とはいえ、それはあくまでも剣術だけの戦いの話。

  これは異能バトルなのだ。それゆえに、

 

「っ!? あっぶねえっ!」

「……外しましたか」

 

  依姫の大太刀が光り、そこから斬撃が飛び出したとしてもなんら不思議ではない。

  体を大きく仰け反らせてそれを避け、前を見る。

  すると彼女は次の斬撃の体制を取っていた。

 

  ならばこちらもと、柄を強く握る。

  すると、刀身に爆炎と雷が発生。

  それを切り上げて、光の斬撃にぶつけた。

 

  楼華閃七十二【雷炎刃】。

  七十番台の強力な一撃は、本来一撃で勝る大太刀の斬撃を軽々と吹き飛ばし、依姫に大きな隙を作らせた。

 

  今度は氷が、俺の刀に纏わりつく。

  楼華閃七十五【氷結乱舞】。

  七つの氷斬全てが、依姫の体を切り刻むーーはずだった。

 

「『愛宕(あたご)様よ、真の炎の輝きを持って、小さき氷を溶かしたまえ』」

 

  しかし、彼女の体から突如噴き出した、神の炎によって、それらは不発に終わった。

 

  そこで、剣技の応酬が一旦終わり、俺たちはにらみ合う。

 

「小さくても愛宕の炎だな……まったく、技のチョイスを間違えたか」

「ええ、これだけの放出量でも、地上ではこれより熱い炎は存在しないでしょうしね。身を守る鎧としては十分だわ」

 

  そこまで話すと彼女は炎を消して、こちらを観察する。

  そして、大太刀を天に掲げた。

 

「おそらく、剣術だけなら私は負けていたでしょうね。だから、本気で行かせてもらうわ」

 

  大太刀に神力が集まっていく。

  まずい。また神降ろしをするつもりか!

  急いで止めようと駆け出したが、一つ遅かった。

 

  辺りに、一瞬の豪雨と雷が降り注ぐ。

 

「『火雷神(ほのいかづちのかみ)よ、七柱の兄弟を従え、この地に来たことを後悔させよ』」

「……マジかよ、スケールデカすぎだろ……」

 

  雨が止んだ後、俺の目に映ったのは、巨大な七匹の炎竜だった。

  それは依姫の命令を受けて、四方八方から一斉に襲いかかってきた。

 

  そして、俺は吹き飛ばされ、大きな火柱に呑み込まれ、その身を焼かれた。

 

「が、ハァッ!!!」

 

  凄まじい熱が、身体中を走り回る。

  衣服は所々黒く焼けており、その下には大量の火傷が隠されていた。

 

  だが、ただではやられない。

  空中に吹き飛ばされた時、反射的に俺の手は退魔の針へと伸びていた。

 

「【鉄散針】!」

 

  投げられた数本の針がいくつにも分列していき、数十の鉄の雨が彼女に降り注いだ。

  しかし、それを見ても彼女は表情を崩さず、ただ刃をそれらに向けるだけだった。

 

金山彦命(かなやまひこのみこと)よ、私の周りを飛ぶうるさいハエを砂に返せ!」

「なっ!?」

 

  彼女が一言そう告げるだけで、俺の針は文字通り砂に変わり、サラサラと辺りを舞うだけに終わった。

  クソ野郎、俺は神話の大妖怪じゃねえんだぞ! ちったぁ手加減しやがれ!

 

「ーーそして、持ち主の元へ返しなさい」

 

  一度は宙に舞った砂たちが、ビデオを逆再生するかのように元どおりになり、今度は俺に向かって無数の針が飛んできた。

  弾こうにも、今の俺は空中で吹き飛ばされている状態。

  とてもではないが、弾くことは不可能に近い。

 

  ならばと、俺は御札の束を辺りにばら撒き、結界を張った。

  しかし、いくつかの針が間に合わず、肉を貫いた感覚が、俺を襲う。

 

  ……どうすればいいっ。

  戦況は圧倒的にこちらが不利。

  俺が貧血になりそうなのに対して、依姫は無傷。

  能力を使い出してからは、一度も攻撃が届かない。

 

  認めよう。俺はこいつにほぼ勝てない。

  だが、奴の勝利条件が俺らを殺すのに対して、俺の勝利条件はメリーたちを逃すことだ。

  そのためには重傷を相手に負わせるか、動きを封じるしかない。

 

  ……やれるか?俺の今使える中で最強の技。

  【秘封流星結界】で。

  相手は月人とはいえ、体は人間と変わらない。

  こいつがまともに命中すれば、ひとたまりもないだろう。

 

  ふと、メリーたちの悲痛な視線と、目が合う。

  二人とも、俺の惨状を見て、涙を流してるようだ。

  ……ったく、何を迷ってるんだか。

  作戦は決まった。後は俺のーー

 

「ーー後は俺の度胸だけだ!」

 

  叫びながら前へ進む。

  俺の、覚悟の戦いが始まった。

 






「最近グッと寒くなりましたねぇ。作者の家はもうこたつを出してくつろいでいます。皆さんも良いコタツムリライフを。作者です」

「こたつで寝て課題を忘れて、そのせいで放課後にやる羽目になってたのはどこのどいつやら。狂夢だ」


「さて、今回は依姫さんが再登場しましたね」

「ああ、俺が散々いじめたやつか。よく生きてたな」

「月の技術力は宇宙一ィィ!! てやつですよ。もっとも、心に深いトラウマを負ったようですが」

「そこは知らん。ちなみに、依姫は神楽と戦って俺らとの共通性を見つけられなかったのか? 言っちゃ悪いが、俺たち全員同じ顔だぞ?」

「外見については、神楽さんはトゲトゲした黒髪で、長さも肩につく程度に短いので別人にしか見えませんからね。剣術の方も、実は楼夢さんはあの時二回しか刀を振るってないので、分からないのもしかないんですよ」

「原作最強キャラが酷い扱いだ……」

「で、でも、今回で改めて依姫さんの強さが分かったでしょう? これで万事解決です!」

「代わりに今章の主人公が瀕死だけどな……毎回死にかける白咲一族の身にもなってやれよ」


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巫女もどきの祈り

祈れ。さすれば救われん

そんなのはまやかしだ

祈ったところで救われない

信じたところで現れない

そんなものでも、祈るのが人間なんだろう


by白咲楼夢(神楽)


「ォォォォオオオオオ!!!」

 

  雄叫びをあげながら、前へひたすら進む。

  ただし、まっすぐではなく、ジグザグにだ。

  そして依姫は予想通りーー

 

「【火雷神(ほのいかづちのかみ)】」

 

  俺に向かって、八つの炎の竜が殺到する。

  だが、その技は一度見た。そして、対処も簡単だ。

 

  俺の刀に、青白い霊力が集中していく。

  【天剣乱舞】。

  【森羅万象斬】を纏った七つの霊刃が、次々と炎竜とぶつかり合い、ねじ伏せていく。

 

  だが、もちろんこちらは無傷とはいかない。

  切られ、行き場を失った炎が爆発するたびに、俺はその余波をまともに受けていた。

  それに、この技は七連続攻撃だ。俺が動きを止めた時にはまだ一つが残っている。

  だが、これでいい。

 

「おらァァァァアア!!!」

 

  俺は飛び上がると、竜の背に足をつけ、なんとそこを登って行ったのだ。

  足が燃えるように痛い。いや、実際燃えているのだろう。

  元々履いていたブーツが、黒焦げになりながら焼き切れ、自然と消滅していく。

  それをこらえて、俺はもう一度踏み込み、足に力を込める。

  そして今度は竜の背から、依姫の頭上に天高く飛び上がった。

 

「【超森羅万象斬】!!」

 

  青白い光が刀に集い、俺の武器を巨大な大剣へと変えていく。

  そして出来上がったそれを、全体重と遠心力を使って、体が逆さになるほどの勢いで振り下ろした。

 

「っ、【須佐之男神(すさのおのかみ)】ッ! 大蛇殺しの一撃を持って、彼の者を滅せよ!」

「【黒月夜】ッ! 偽りの伝承を、塗り返せ!!」

 

  緑の神剣と、青の霊刀が衝突する。

  その衝撃で辺りの地面は吹き飛び、依姫が立っている地面の周りがえぐれていく。

 

  緑と青の光片が舞い散る。

  そしてーー青白い光が、緑を次々と侵食していった。

 

  彼女は一つ、大きなミスを犯した。

  それは、言霊の内容である。

  彼女が降ろした神ーー須佐之男はうちの先祖ーー八岐大蛇こと【産霊桃神美】との戦いで敗北している。つまり、真実は違うのだ。

  そのせいで、依姫は須佐之男の最高の力を引き出せずにいた。

  そしてそれは、俺にとってはまたとないチャンスだ。

 

  とうとう均衡が破れ、俺の大剣が依姫の体に傷を刻んだ。

  とはいえ、押し返すのに精一杯で深い傷は負っていない。

  だが、それでいい。

  俺は接近した状態で彼女の白い腕を掴み、一言、

 

「【秘封流星結界】ッ!!」

 

  滅びの言葉を、呟いた。

  直後、天がキラキラと光る。

  そこから、大量の流星群が、俺と依姫を巻き込んで、月の大地を破壊していった。

 

  地面にいくつものクレーターが出来上がる。

  そのとき発生した衝撃波に耐え切れず、俺は吹き飛び、ピンボールのように空中に吹き飛んだ。

 

  やがて、流星群が収まり、辺りが砂けむりに覆われる。

  そして、そこから姿を現したのはーー

 

 

  ーー不思議な光に覆われて、全く無傷の依姫の姿だった。

 

「ーー大御神はお隠れになった。夜の支配する世界は決して浄土になりえない。【天宇受売命(あめのうずめのみこと)】よ! 我が身に降り立ち、夜の侵食を食い止める舞を見せよ!」

「嘘……だろ……」

 

  地面に倒れていた俺の顔が絶望に染まる。

  霊力は今のでほぼ使い切った。タンクの中は残りカスだけだ。

  もはや、勝機はゼロ。これ以上は無謀だ。

  だけど、このままじゃ終われない。

  震える足腰で無理やり立ち上がり、刀を握る。

  そして、鋭い眼光で依姫を睨みつけた。

 

  彼女は、呆れた、とでも言うようにため息をつくと、冷たい声で言った。

 

「【天宇受売命】は踊りの神。あらゆるものを舞うように避けれるわ。そんな状態の私に、今の疲労した貴方の刃が届くことはない。……悪いことは言わないわ、諦めなさい」

「それでもっ……握らなきゃいけない剣がある……ッ!」

「そう。ーー残念ね」

 

  それが、終わりの言葉となった。

 

  雄叫びをあげ、自らを鼓舞しながら、俺はもがくようにに刀を振るう。

  だが、神の力を借りている依姫には当たらず、それでも、何度でも何度でも攻撃を繰り返す。

 

  やがて、依姫が突如動かした大太刀が、俺の斬撃を弾いた。

  そして、バランスを崩して無防備になった俺の腹へ、刃を一閃。

 

  ーー()()()()()()()()()()()()()()

 

「がっ、あぁ……ッ」

 

  世界が、ゆっくりに見える。

  飛び散る流血も。

  俺を切り裂いた大太刀も。

  倒れる俺の体も。

 

  そして、こちらを見つめている、少女たちの顔も。

 

  俺はせめてもと、落ちる世界の中で、精一杯微笑み、そして、倒れた。

 

(心配すんなよ……こんなの、いつものことだ。それよりも、お前らだけでも……ッ)

 

  閉じかけたまぶたを止め、血で赤く見える視界で必死に二人の姿を追う。

 

  そこには、刃の檻に閉じ込められて身動きが取れない二人へと、大太刀を向ける依姫の姿があった。

 

  (ま、ずい……ッ)

 

  何か、何かないのか?

  依姫を押し返し、二人を救うことのできる方法が。

  辺りを必死に見渡すが、見えるのは砂ばかり。手がかりなど何もない。

 

「ち、くしょう……ッ」

 

(神様だろうがなんだろうがどうでもいい、力を貸してくれ……ッ。お願いだ、二人を……ッ)

 

  そこで、何かが引っかかる。

  神……力を貸す…… 神降ろし……!?

  そういえば、ここは地上とは違って、神聖な力で溢れていたはず。なら、もしかしたら……!

 

  溢れる血を指につけ、うろ覚えの術式を地面に描いていく。

  お願いだ、間に合ってくれ……!

 

 

  そして、依姫が上に掲げた大太刀を振り下ろそうとしたそのとき、

 

 

「【産霊桃神美(ムスヒノトガミ)】よ! 我が身に降り立ち、行く手を遮る闇を斬り裂け!」

 

  突如空から落ちてきた光の柱が、辺りを眩く照らした。

 

 

 ♦︎

 

 

  光が収まると、まず見えたのは黒い巫女服だった。

  間違いなく、俺が前に着ていたものである。

 

  そして視界に、鮮やかにたなびく紫色の髪が映った。

  触れてみて、分かった。

  髪が、体が、前の容姿に戻っているのだ。

  いや、違う。

 

  頭と尻の辺りを撫でてみると、ふさふさと毛持ちのいい感触が伝わってくる。

  おいおい、冗談だろ……?

  恐る恐る、それらの正体を確認する。

  それは、紫の狐耳と、同じく紫の尻尾の感触だった。

 

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  まあ、今日だけはこれでいいや。

  神降ろしが解ければ元に戻るだろう。それまでの間は、このままでいい。

 

  俺を見たメリーも蓮子も、依姫でさえ、唖然と口を開いている。

  いや、そんな反応されても困るんだが……。

  ショックを受けるからちょっとやめてほしい。

 

  まあ、とりあえずは、

 

「その物騒なもんを下げろやクソ野郎!」

 

  今まで出したことのないような速度で依姫に接近すると、真っ白な素足で腹を思い切り蹴飛ばした。

 

  そのあまりの威力に、依姫が10メートルほど吹き飛ぶ。

 

  ……体から力が溢れてくるようだ。

  これが、神降ろし、か。

  失った霊力は回復するどころか、通常の数倍にまで膨れ上がっている。

  いける。これなら、勝てる。

 

「っ、なぜ……? 貴方が神降ろしを……?」

「そういえば、名乗ってなかったな。白咲神社十八代目巫女、白咲楼夢だ」

「巫女、だと……? それよりも、白咲楼夢と言ったか!?」

「そうだ。俺とお前は、浅からず縁があったようだな」

 

  鞘に納められた愛刀【黒月夜】を抜刀し、楽なフォームで構える。

  それに合わせて、依姫も大太刀を上段に構えた。

 

「さあ、第二ラウンドの始まりだ!」

 

  叫んで早々、霊力を刀に込める。そしてそれは、スパークすると、辺りを照らした。

  【雷光一閃】。普段は居合切りでしか使わない技だが、納刀からだと依姫に攻撃が読まれてしまうため、抜いてから発動した。

 

  雷のような速度で、目標の体を切りつける。

  大太刀で防がれてしまったが、直後、刀から今度は激しい風が発生した。

 

 【風乱(かざみだれ)】。

  風を纏った五月雨(さみだれ)切りが、超至近距離で繰り出される。

  先ほどの一撃で少しバランスを崩していた依姫は当然、全ての斬撃を防ぐことはできず、いくつかが彼女を切り刻む。

 

「ぐっ、痛……ッ、【天津甕星(あまつみかほし)】よ、大気に遮られない本来の星の輝きを、この者に見せつけよ!」

 

  苦し紛れに彼女がそう言い放った途端、大太刀の刀身が眩しい光を発し、俺は思わず目を閉じてしまう。

  その一瞬で、どこからか拳が俺の顔を殴りつけた。が、踏ん張り、額に霊力を集中させる。

 

「倒れねえぞオラァア!!」

「ごっ、が……ッ」

 

  鈍い音が、月の大地に響き渡る。

  霊力で固められ、ハンマーと化した俺の額が、依姫の脳天に振り下ろされた。

 

  さすがの依姫も、これには堪らず、頭を抑えて半歩後退する。

  しかし、手を頭を抑えるのに使ったのは失敗だったな。

 

「【森羅万象斬】!」

 

  青白い刃が、見事依姫に直撃し、大爆発を起こして彼女を吹き飛ばした。

  しかし、俺は追い打ちをかけるために空中で依姫の背後に回ると、返す刀で背中を切りつける。

  だが、それを察した依姫は、振り返ると同時に回転を利用して、俺の斬撃を大太刀で弾き飛ばした。

  そのせいで俺の動きは一瞬止まる。

  その間は、依姫が言霊を発するには十分な時間だった。

 

「【天手力男命(あまのたぢからおのみこと)】よ! その金剛力の力を持って、我が敵を押し潰せ!」

 

  依姫の体に不思議な光が纏われる。っと、同時に大太刀が振るわれたので、冷静に刀で防御するが、

 

「っ!? なんだっ、この馬鹿力はっ!」

 

  その一撃は、まるで巨大な岩を受け止めたかのように重かった。

  いくら神を宿した身と言えど、これには耐え切れず、地面に吹き飛ばされる。

 

「カハッ!」

 

  仰向けで落ちたため、背中が衝撃を受けて、肺の中の空気が吐き出される。

  だが、俺の瞳は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  飛び込むように地面を転がり、なんとか緊急脱出。

  一拍置いて、俺が元いた砂の地面に大太刀が突き刺さった。

 

  すぐさま立ち上がると、牽制のため弾幕と化した御札を撃ち込む。が、数回で全て薙ぎ払われたことを見ると、効果は薄そうだ。

 

  だが、その数秒で思考を安定させる。

  相手が今宿しているのは、【天手力男命】。天岩戸を引き開けた、力自慢の神だ。

  依姫の神降ろしの制約について分かったことがある。

  それは、二つ以上の神を同時に降ろすことができない、ということだ。

  つまり、今彼女は近接攻撃しかできないわけでーー。

 

  弾幕の壁を強引にうち破り、依姫の大太刀が迫り来る。

  だが、俺は防ぐどころか、逆に斬撃を繰り出した。

 

  二つの刃が衝突ーーすることはなかった。

 

  俺の斬撃が大太刀の刀身を滑るように、平行に繰り出されたからだ。

  彼女の斬撃は受け流され、俺の斬撃がカウンターで彼女を捉えた。

 

  だが、流石歴戦の剣士。

  直前に被弾覚悟で、俺に蹴りを繰り出していたのだ。

  骨が軋む、鈍い音が、今度は俺から聞こえる。

  それでも、止まることはない。

  細かく鋭い斬撃が二、三回彼女をえぐるたび、体のどこかに拳が打ち込まれ、骨折する。

 

  だが、その均衡はいずれ崩れる。

  そしてそのとき、打ち勝ったのはーー俺だった。

 

「ハァァァァアア!!」

 

  愛刀の刀身が、青ではなく、紫の霊力に包まれる。

  【森羅万象斬】を纏った俺の刺突が、彼女の腹を貫き、吹き飛ばした。

 

  彼女にとってその傷は、致命傷になったはずだ。

  現に、彼女は立ち上がるが、その体は小刻みに揺れている。

  その様子を自分でも理解したのか、周囲に時間稼ぎの結界を張ると、目を閉じ腹に手を当てると、小さく言霊を唱えた。

 

「【木花咲耶姫(このはなさくやひめ)】よ、我が身を焼き、不浄の傷を洗い流せ」

 

  ジジッと、小さく、彼女の体が一瞬燃え上がる。

  彼女は「うっ!」と小さく声を漏らすが、次には傷は焼き塞がれていた。

 

「応急手当、か……それにしてもなんだ、酒くさいな……」

「【木花咲耶姫】は火の神であると同時に酒造の神とも言われているわ。痛みがあまりにも酷いから、体を酔わして誤魔化してるだけよ」

「ふーん、いいのか? そんなこと言って。俺に『私は今弱ってます』って言っているようなもんだぞ?」

「いいわよ。これ以上は本当に負けそうだから、姉さんにしか見せたことのない切り札を使うことにしたことだけよ」

「あ? 切り札だと?」

 

  訝しげな表情で彼女を見つめる。

  だが、ありえなくはない。彼女ほどの強者なら、それぐらいは用意しててもおかしくはない。

  自然と体に力が入り、刀を強く握りしめる。そして、いつ何が起きても、阻止できるように警戒した。

 

「混沌の時が終わる」

 

  依姫が言霊を紡ぎ出す。

 

「させるかよ! ……のわっ!?」

 

  それを中止させるべく、【雷光一閃】で斬りつけようとするが、突如砂の地面が伸びてきて、硬化した柱と化し、俺の腹をぶっ叩いた。

  それに悶絶し、俺は動きを止めてしまう。

 

  そして気づいたときには遅く、もう手遅れだった。

 

「【伊邪那岐(イザナギ)】よ、【伊邪那美(イザナミ)】よ。形無き大地に、今一度天地開闢を巻き起こせ!」

 

  辺りに光が満ちていくと同時に、彼女の周りの砂が液状化していく。

  そして一瞬の嵐が巻き起こり、彼女以外の全てを吹き飛ばした。

 

「二柱を……神降ろし……だと?」

「ええ、ウロボロスに敗れた私が、死ぬ気で身につけた技よ。名付けて……【二重神降ろし(ダブル)】かしら?」

 

  神々しいオーラを纏った依姫が、初めて笑った。

  その笑みは、とても冷たく、人間味を感じさせなかった。

 

「さあ、この戦いの幕を閉じましょ?」

 

 

 




「最近スマホゲームでコラボが多くて手が回らない。そして迫り来る宿題。そして眠い。なんか夜逃げしたくなってきた……作者です」

「というか、もちっと早く寝ろよ。学生で睡眠時間がガチで四時間以内なのはヤバすぎるぞ。狂夢だ」


「とうとう神楽が神降ろししたな。てか、信仰心に欠片もないのに、なんでできるんだ?」

『そりゃ、一応の可愛い子孫のためなら人肌脱ぐのが大人だろ?』

「おわっ!? って、楼夢か……脅かすなよ」

『スマンスマン。それで、神降ろしの原理は巫女が祈って、それを神が了承するだけで成功するんだ。つまり、その気になればどこの誰も知らない奴に力を与えることもできるってわけだ』

「なるほどな……まっ、自分の力を知らない誰かに貸す奴はいないから、信仰心が必要なんだな」

『そういうこった。お前も神なんだから、ちゃんと勉強しろよ』


「……私の説明コーナーが……奪われた……」


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秘封倶楽部の底力


私たちは一人じゃない

みんな揃っての『私たち』なのだ


byマエリベリー・ハーン(メリー)


 

 

「……楼夢君が、押されてる……?」

「うそっ、せっかくここまで押し返したのに……」

 

  地面から生えた、大量の刃の檻の中で、メリーと蓮子が遠くの一点を見つめる。

  そこでは、激戦が続いていた。

 

  依姫が大太刀を振るうたび、地面の砂が天変地異のように吹き飛び、液状化して、固められ、楼夢を襲う。

  それを青白い斬撃を飛ばして、必死に振り払う。

  だが、この月の大地の砂全てを防げるわけもなく、硬化した砂の塊が、いくつも楼夢に直撃していた。

 

  防戦一方というわけではない。現に、隙を見て放った【森羅万象斬】に彼女が呑み込まれ、服を焼き焦がしながら吹き飛んでいる。

  ただし、有利というわけではない。依姫の攻撃が複数当たるのに対して、楼夢のは単発でしか依姫を捉えることができない。

 

  状況は、楼夢が不利だった。

 

「なにか……なにかできないの? 私たちだって秘封倶楽部のメンバーなのに……っ」

 

  こうやって安全地帯で傍観することしかできない自分に、メリーは悔しさのあまり下唇を噛む。

  そんな彼女の手に、蓮子の手が置かれた。

 

「大丈夫よ。私たちだってなにかできるはずだわ……焦らないで、一緒に考えよ? ねっ?」

「……ええ、そうね。少し冷静さを欠いてたわ。私たちは私たちの方法で、楼夢君を援助しましょ?」

 

  それから、メリーと蓮子は次々と思いつく限りの作戦を伝えていく。だが、そのどれもが現実的ではなく、実行はできなかった。

 

「石を投げたり、とかはどうかな?」

「無理でしょうね。私たちの腕力じゃあんな空中にまで届かないだろうし、そもそもここには砂しかないわ」

「うーん、思いつかないな……私たち『だけ』にしかできない方法かぁ……あっ!」

 

  暗く沈みかけたメリーの思考が、そんな蓮子の何か閃いた声で引き上げられた。

 

「あるじゃん! 私たち『だけ』しか持ってない力!」

「……【能力】っ! 確かに、灯台下暗しだったわ」

「そう。私たちの能力でなんとかならないかな?」

 

  彼女たちの能力の中で、一番応用性の高いメリーの能力の分かってることを、全て思い出していく。

  そうした中で、一つの案が蓮子に浮かんだ。

 

「そうだ。スキマを彼女の目の前で開いて、なんとか攻撃を防げないかな?」

「……残念だけど、私のコントロールじゃとてもそんなところには開けないわ」

「大丈夫、私の能力忘れた? 現在地からの座標計算は私が担当するから、メリーは開くことだけに集中して」

「……分かったわ。秘封倶楽部の力、思い知らせてやりましょう?」

 

  悪い笑みが、メリーから漏れる。

  それを見て蓮子は苦笑しつつも、目の前の計算に集中していった。

 

  ーー頼んだわよ、楼夢君……。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

「っガハッ!」

 

  地面から突如伸びてきた、金属のように硬い砂の柱に腹を突かれ、中の空気を吐き出してしまう。

  そして思考を一瞬止めて、上を見上げると、この月の大地から持ち上げられた、膨大な砂が、槍を形作って雨のように降ってきた。

 

「ちっ、やられっぱなしだと思うなよ!」

 

  青白い斬撃が煌めき、砂槍の雨に大きな穴を空ける。

  そこに超高速で飛び込むと、その奥に佇んでいた依姫を、思いっきり切り裂いた。

 

「く、うぅっ!」

 

  抵抗もなく、依姫の体に刃がめり込む。

  なるほど。どうやら二重神降ろし(ダブル)にもデメリットはあるようだ。

  滝のような汗を流している彼女を見れば分かる。体の負荷が大きすぎて、体力消耗が激しいのだ。

  そのせいで、得意の剣術に意識を向けることができていない。現に、先ほどなら弾かれた攻撃も、今では当たるようになっていた。

 

「シッ! ハァッ!」

 

  これはチャンスだ。

  近づいているうちに、ありったけの斬撃を依姫に繰り出す。それらは全て当たり、彼女の体を切り裂いて、鮮血を撒き散らした。

  だが、

 

「【天沼矛(あまのぬぼこ)】!!」

 

  その一言で、地面から数十トンもの砂が吹き上がり、俺を吹き飛ばしていく。

  必死に砂嵐に耐えようとするが、硬化した砂が無数の刃と化し、俺を切り刻んでいった。

 

  【天沼矛】。かつてイザナギとイザナミが混沌と化した大地をかき混ぜる際に用いた神器。

  依姫の大太刀は、それと同じ効果を発揮していた。

 

  たった一言で、一大陸全土の大地を液状化、硬化、などなど……。

  つまり、俺が今いる月の世界は、彼女のテリトリーへと変わっていた。

 

  突如風の向きが地面の方へ向いたことにより、俺は鎌鼬と突風の両方に攻撃を受け、地面へと強制的に叩きつけられた。

  すぐに立ち上がろうとするが、足が動かない。

  よく見ると、足元が沼と化しており、俺の両足を引きずり込んで拘束していたのだ。

 

  そんな俺の頭上で、今までで一番大きな砂の球体が、圧縮されて形成されていた。

  あのサイズだと……軽く数百トンはあるのが分かる。現に、俺たちの周りの地面は大きく抉られていた。

 

  どうする……?

  俺の切り札である【秘封流星結界】や【超森羅万象斬】でも、あれをふせぐことは難しい。それは、神降ろしの状態でも変わらなかった。

 

  なら、一か八かで俺も【二重神降ろし(ダブル)】を使ってみるか?

  だが、一柱でさえ難しいのに、二柱も果たして制御できるのか分からない。

  それ以前に、【産霊桃神美】といっしょに力を貸してくれる神がいるかの問題だ。相性が悪ければ、最悪力が暴走して死ぬ。

 

  ……いや、一柱だけならいたな。

  正直、どんな災害が起こるのか分からない。だが、今を生き残るには、これしかない!

 

「【ウロボロス】よ! 平和の晴天を引き裂き、世に厄災をもたらせ!」

 

  その言葉を叫んだ瞬間、激痛が頭を走った。

  同時に、刀身が俺の意思に反して黒い光に包まれ、巨大化していく。

  膨大な霊力の暴走。それが今まさに起きており、俺の刀を歪にさせていく。

 

「ァ、アアアアアアアッ!!!」

 

  頭を走る激痛に耐え切れなくなり、力任せに刀身の黒い霊力を解き放った。

  瞬間、空が黒く煌めいたかと思うと、砂の球体が真っ二つに切り裂かれ、大爆発とともに消滅していった。

 

  そこで、ウロボロスの神降ろしを解き、地面に膝をついてしまう。

  ……あの野郎、俺を乗っ取ろうとしやがったな……。

  危うく意識が消えるところだった。神降ろしできたのはたった2秒。そしてあと数秒遅れていたら、確実に呑まれていた。

 

  驚愕を露にした依姫が、俺を警戒しながら、飛翔の高度を低くしていく。

  その顔には、滝のような汗。……いや、俺も同じか。

  俺も再び空へと上り、息を整えながら対峙した。

 

「ハァ、ハァッ……まさか、まだ生きてるとは……」

「……ふぅっ、こっちが驚きたいんだがな……」

「……さて、そろそろ終わりにしましょう。貴方が負けて、私が勝つ!」

「勝つのは……俺だァ!!」

 

  二つの刃が激突する。

  そのたびに、砂嵐が吹き荒れ、俺の体を切り裂く。

  だが、接近すれば勝機はある。

  刀身を両手で正面に構え、嵐の中を槍のように突き進んで行った。

 

  そして、嵐を乗り越えると、そこには依姫の姿が。

  両手で柄を握りしめ、あらん限りの声を上げて、刀を前に突き出す。

 

「おァァァアアアアアア!!!」

 

  だが、ここであることに気づいた。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()

  そして、すぐに彼女が圏内の外で、大太刀を構えているのに気がついた。

 

  気がつけば、後ろの嵐も止んでいる。

  やられた!

  彼女がやったのは、至極単純の行為。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  ただ、俺の速度に反応するには、相当集中していなければならない。

  彼女は最後の最後に能力を捨て、自分の剣術を信じたのだ。

 

  進む先にはカウンターの一太刀。

  だが、止まろうにも、加速した突きはもう止められない。

  そうして、俺の突きが届かなかったと思った、そのとき、

 

「今よ、メリー!」

「やああああ!!」

 

  少女たちの声が、戦場で響いた。

  すると、俺と依姫の間に空間の歪みーースキマが、開いた。

  しかし、少女たちの予想したタイミングとは若干ズレがあった。

  それは、依姫がまだカウンターを繰り出していない、ということだった。

 

「しまった! タイミングが早すぎた!」

 

  これではスキマを盾代わりにできない。と少女たちの顔が絶望に染まった。

  だが、俺はこの行為に感謝をしていた。

 

  閉じかけるスキマへ突きの加速を利用して、中へと強引に入り込む。そして、スキマが閉まると同時に、依姫のカウンターを回避することに成功した。

  だが、ひたすら暗いこの世界に、出口はもうない。唯一のスキマが閉じてしまったことで、外界との繋がりが消えたのだ。

 

  ーーそれならば、俺が切り開く。

 

  再び、【二重神降ろし(ダブル)】を発動する。

  激痛が走り、今度は左目の視界までもが黒に染まったが、そんなのは関係ない。

  それと同時に、俺の剣術ーー楼華閃の構えを取る。

  そして、

 

「ヤァッ!!」

 

  一閃。

  楼華閃九十七【次元斬】。

  その一撃は、何もない空間にヒビを入れ、空間を強引に切り裂いた。

  そしてその先には、無防備な依姫の姿。

 

「な、なに!?」

「ァァ……ァアアアアアアア!!!」

 

  不意をついた別世界からの斬撃が、彼女の腹にぶち当たる。

  そのまま雄叫びを上げ、力任せに彼女の体を切り裂いた。

 

「ば、かな……!」

 

  大量の出血で意識が遠退き、依姫が地上へと落ちていく。

  そして、俺の体もまた、力を使い果たし、地面へと落ちていった。

 

(これで……あいつらは助かるはずだ。良かった……っ)

 

  キラキラという光とともに、体を覆っていた神降ろしの力が消えていくのが分かる。

  その光景はさながら星屑が空を舞っているよう。

  最後にそんな綺麗な景色を見ながら、俺は激痛によって意識を失った。

 






「どーもです。今回微妙に投稿が遅れました。理由は、本来一話でまとめるはずの話が、少し長くなったので、二等分にしたからです。早ければ明日か明後日にはもう一話投稿していると思うので、よろしくお願いします。作者です」

「昨日作者が学校で●●●を漏らしたのを見て、大爆笑した狂夢だ」


「ちょっと! ●●●の話は止めてって言ったじゃないですか!」

「原因は朝食のアメリカンドッグとワカメスープって……ププ」

「笑うな! こう見えて私は結構病弱なんだぞ!」

「貧弱の間違いだろ? 7年以上やってたサッカーを止めて数年で気管支の炎症やら、その他色々が発生したもんな?」

「私だってちゃんと運動してるんですよ!」

「へえ、どんな?」

「下校の道を毎回ダッシュで走っています」

「……さすが、作者だな……」


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薄汚れた地上、浄化し尽くされた月

どんなものにも良し悪しがある

地上は汚く、騒がしい

月は綺麗で、何もない

ただ、どんなに汚れていようとも

私たちが愛せれば、それでいいのだ


by宇佐見蓮子


 

 

  目を開く。

  すると、眩しい光が入ってきた。

  それに刺激されて、全身も目覚め始めた。

  さて、とりあえず一言。

 

「……どこだよ、ここ……?」

 

  目に映るのは、見たこともないほど綺麗な家具が置かれた、和風似の部屋。

  その床に布団が敷かれており、現在俺はそこに寝ていた。

 

  そういえば、と確認するように目線を下に向ける。そこには戦闘でボロボロになったフード付きパーカーはなく、代わりに病人が着るような白い浴衣を着ていた。

 

  さて、うすうす俺も気がついてはいた。

  ここは、地上ではない。月の世界だ。

  おそらく、あの後捕まえられて、捕虜としてここにいるのだろう。

  だが、少し不可解なことがある。

  それは、俺の愛刀【黒月夜】が、納められた状態で横に置いてあったことだ。

  普通、捕虜に武器を渡したりしない。よっぽどここの警備に自信があるのか、はたまた別の理由があるのか……。

 

  深い思考にはまりかけていると、奥の一見木製に見える扉がスライドした。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

  そこから入ってきたのは、金髪の上に白い帽子をかぶった女性だ。

  彼女は桃が入った籠を手に抱えており、それを一つ取り出すと、俺に手渡した。

 

「はい。あなたの分よ」

「……ああ、ありがたくもらっておく」

 

  差し出された桃を、確認もせずにかじると、女性は意外そうな顔をした。

  なんだか、見た目より幼い感じがするなぁ……。

 

「……どうした?」

「いえ、ちょっと意外に思っちゃって。敵から受け取った物を食べるなんて」

「想像するに、今の俺は捕虜だ。そもそも殺すんだったら寝てる時に殺れたはずだ。要するに、今俺を毒にかける必要がない」

「あら、中々頭が切れるのねぇ〜。お姉さん、感動しちゃった」

 

  嬉しそうにはしゃぐと、座布団を敷いてそこに座り込み、俺と目線の高さを合わせてきた。

  いや、近いよアンタ……。俺が思春期の男だったら迷わず飛びついてしまいそうだ。

  いや、そもそも俺に思春期が来た思い出すらないんだが。

 

「私の名前は綿月豊姫っていうの。あなたの名前は?」

「白咲楼華だ……って、綿月ってことはまさか……?」

「ご名答〜。依姫ちゃんの姉よ。よろしくね」

 

  顔を寄せてウィンクしながら豊姫は自己紹介をした。

  いや、だから近いって……色々と。

  桃をかじるの集中して、目の前の雑念を追い払う。心頭滅却、心頭滅却。

 

「やっぱり美味しそうねぇ。しばらく桃は我慢してたけど、今日はいいかな」

 

  そう判断するやいなや、豊姫は部屋に設置されたタブレットをポチポチと弄る。

  そして数秒後、床から白い皿と果物ナイフが出現した。

 

  そこに桃を置いて、皮を剥き始める。が、普段は別の人にやらせていたのか、中々手間取っているようだった。

 

「はぁ……ったく、貸せ」

「え? 何を……?」

 

  果物ナイフと桃を受け取る。

  そして桃を空中に放り投げると、目にも止まらぬナイフさばきを繰り出した。

  そして桃が白い皿に着地するころには、皮は剥かれただけではなく、食べやすいようにスライスされていた。

 

「おらよ」

「あ、ありがとう……。それにしても、すごいナイフさばきね。依姫ちゃんが倒されるのも無理ないわ」

「こんなんで倒れるのなら苦労はしねえよ」

 

  桃を一人で剥けなかったことの恥ずかしさを隠すため、豊姫は依姫の話題を出してきた。

  それに適当に答えておくが、一つ重要なことに気がついた。

 

「……そう言えば、メリーと蓮子はどうなった?」

「ああ、あの娘たちね。心配しないで、今映すわ」

 

  再びタブレットを弄ると、今度は上から大きなスクリーンが降りてきた。

  そこに映し出されたのは、同じく和室で某有名カードゲームで遊んでいる二人の姿だった。

 

「そう言えば、あなたたちの立場を教えてなかったわね。あなたたちは私が上にお願いして、月の都の客人にしてもらうことにしたわ」

「……はっ? いやいやおかしいだろ。月の都の最強兵器倒した男を、客人に、て」

「そのことが問題なのよねぇ。できれば上も争いごと避けたいみたいだし、案外あっさりと許可が取れたわ」

「そ、そうか……じゃあここは病室なのか?」

「いえ、私の部屋よ」

「……へっ?」

 

  今なんと……?

  改めて部屋を見渡してみると、確かにプライベートっぽい家具がいくつも置かれている。

  てことは本当に……?

 

「なんでそんなとこに俺が寝てるんだ! 病院連れてけ!」

「病院は遠いし、宮殿に近いから許可が出なかったのよ〜。だから、次に医療器具が揃ってる私の家にしたってわけ」

「依姫はなんも言わなかったのか!?」

「文句を言いそうだったから、腹パンで寝かせといたわ。しばらくは起きないでしょうね〜」

「依姫ェェェェェ!!」

 

  今この時ほど、俺が依姫と会いたかったことはない。

  だが哀れ依姫。彼女はすでにこの現実から離脱したようだ。

 

「まあまあ。せっかく塞いだ傷が開いちゃうわ。はい、あーん」

「おい。なぜ桃を俺に突き出す?」

「桃を切ってくれたお礼よ。それに、二人で食べた方が美味しいしね」

「わかったから俺の上に乗るな! 近い近い!」

 

  中々桃を受け取らない俺を見て、豊姫は口をへの字に曲げた後、意地になって俺の体の上に覆い被さってきた。

  いやだから近いって! この人天然すぎだろ!?

  当の豊姫は何も恥ずかしがらず、ぐいぐいと桃が刺さったフォークを突き出してくる。

  ええい、ままよ!

 

「あ、やっと食べてくれた!」

「ああ。食ったからいい加減ここをどいてくれ……」

「じゃあ、二個目いこっか!」

「話を聞いてねェェェェェ!!」

 

  再び、俺の口に桃がねじ込まれる。

  と、同時に、扉がスライドした。

  中から出てきたのはーー

 

 

「……姉さん? 何をしてるのかしらぁ?」

「楼夢くーん? 私たちが心配してる中、何をやっていたのかしらぁ?」

「め、メリーが修羅と化してる……逃げるんだぁ……!」

 

  ものすごくドス黒いオーラを纏った、メリーと依姫、そして怯えている蓮子だった。

 

「依姫ェ! 早くお前の姉をブゴファァッ!?」

 

  助けを求めた瞬間、メリーの強烈なサッカーボールシュートが腹に炸裂する。

  豊姫は豊姫で、依姫に強引に俺から離れさせられていた。

 

「危険人物相手に何やってるんですか貴方は!?」

「何って……桃を食べさせてあげただけだけど?」

「なぜ姉さんは彼に覆い被さってたのって聞いているのだけれど?」

 

  豊姫はチラリと俺の顔を見ると、すぐに逸らして依姫を真正面に捉えた。

 

「まあまあ。いい男性が目の前にいるのなら、捕まえたいと思うのが女の心情じゃない?」

「ふぁっ!? 何言って……って、腕が、腕が折れるゥゥゥゥ!!」

「いやいや、地上の人間とかありえませんから」

「もう、そんなこと言ってるから婚期を逃しちゃうのよ?」

「それは姉さんもでしょうが!」

 

  依姫が怒鳴る一方、こちらもだいぶカオスになっていた。

  というより、メリーが俺の腕を関節とは逆に折り曲げようとしているのだ。

 

「楼夢君。いったい私たちが目を離した数十分の間に何が起きたのかしら?」

「誤解ですってメリーさん! ほんと死んじゃうから止めて!」

「というわけで楼夢君。これからお姉さんとよろしくね?」

「アンタもややこしい事言うんじゃねェァアアアアアアア!!!」

「あら、フラれちゃった。残念」

 

  ギシギシと俺の体が軋みをあげている。

  おい蓮子! 助けてくれ!

  そう言おうとしたが、蓮子は逃げるように依姫との会話に夢中になっていた。

 

「でも、あなたの事をかっこいいと思ってるのは本当よ?」

「な、楼夢君は外見だけじゃないわよ!」

「あら? 誰が外見だけと言ったのかしら?」

 

  ……なんかヤバい雰囲気だ。

  とりあえず依姫の元に緊急脱出。そして蓮子の話に加わることにした。

 

「そういえば依姫。俺たちは結局帰れるのか?」

「ええ。貴方の傷が癒えたことだし、この後姉さんが帰してくれるはずよ」

「これも月の技術力ってわけか」

「ええ。おかげで貴方に切られた部分も消えたわ」

「いや……なんかすまんな」

「いいえ。剣士の戦いで傷がつくのは当然よ。私を馬鹿にしてるのかしら?」

「いや、そういうのじゃなくてだな。女の肌を傷つけちまったってことに、俺は謝りたかったんだ」

「……ふん。まあ、その言葉だけでも受け取っておくわ」

 

  俺の急な謝罪に、依姫は一瞬固まったがその後そっぽを向いて愛想なくそう言った。

 

「……わーお。天然女タラシってすごい……」

 

  蓮子のそんな言葉が聞こえたが、俺は気にしない。

 

 

  そして、その後、俺たちは豊姫の能力【海と山を繋ぐ程度の能力】によって、地上へと帰された。

 

  結局、豊姫には最後まで月の都に残らないか? と言われたが、今の俺にはこいつらがいるし、地上の方が楽しい。そう言って、なんとか説得した。

  とはいえ、豊姫が今度は「じゃあ、地上に飽きたらいらっしゃい。歓迎するわ」と言っていたので、諦めるつもりはないらしいが。

 

  驚いたのが、なんとあの依姫までもが「き、機会があったら、また来てもいいわ」と言っていたことだった。

 

  まあなんにせよ、こうして俺たちは無事に戻ってこれた。

  そしてーーーーー

 

 

 

 ♦︎

 

 

「ふぅ。今回は特に大変だったね」

「ああ、今回ばかりは死を覚悟したな」

 

  いつも通りに、秘封倶楽部のサークル部屋で俺たちはくつろいでいた。……一名を除いて。

 

「うわーん! レポートを終わらないよぉ〜!」

「……またか」

「ええ、またね」

 

  とはいえ、こんなことはよくあることだ。

  彼女が書いているのは、今月の月の都での出来事の一部だ。

  大学生のレポートとしては大問題だが、あいにくとうちの顧問はオカルトオタクの岡崎だ。彼女としては、実に興味深い資料になるし、大切にしまわれることだろう。

 

「そういえば楼夢君って、今もあの……神降ろしって使えるの?」

「いいや。あれはただ単に月が聖なる力で満ちていたからだ。こんな薄汚れた地上じゃ、神と交信することすらできねえよ」

「月の人たちには、やっぱりここは穢らわしく見えるのかな?」

「そうだろうな。だが、俺はこの汚れた世界が好きだ。それで充分なんよ」

 

  そういえばと、俺は付け足す。

 

「あのとき、助けてくれてありがとな。正直二人が力を貸してくれなかったら確実に負けていた」

「ふふ、当然のことをしたまでよ。なんてったって私たちはーー」

「ーー三人揃っての秘封倶楽部なんだからね!」

 

  いつの間にか会話に加わっていた蓮子を見て、つい笑みが浮かんでしまう。

  やっぱり、ここは楽しい。できればいつまでもここに……。

 

「おい、レポートは終わったのか?」

「ふふん。ついさっき終わったばっかだよ!」

「あら珍しい。じゃあ暇だし、何か三人で買い物でもして行きましょ?」

 

  だが、この日々はいつか終わるのはわかっている。

  そのとき、俺は……どうなるのだろうか。

 

 

  俺たちを背景に、時計の針は今日も動いている。

 

 

 

 






「とうとう大空魔術編終わりました! そしていよいよ今章が終わりに近づいてきました! 最後までお楽しみください! 作者です」

「あれ、秘封倶楽部の話はまだまだあるだろ? なんで書かないんだ? 狂夢だ」



「それで、さっきも言った通り、秘封倶楽部の話の残りを書かないのはなんでだ?」

「ちょうどいい区切りと言いますか……実は、この過去編、おそらく私が今まで書いてきた章で一番長いんですよ」

「ああ、そりゃ問題だな」

「というわけで、残念ながらこれから先の原作のストーリーは書きません。次はオリジナルになります」

「まあ、何度でも言うが、この小説の主人公を覚えているやつがいるのかどうかは疑わしいがな」

「火神さんや紫さんより、最近じゃ本編に出てませんからね。彼の今後の活躍に期待しましょう」


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秘封倶楽部最後の夏


私に幸あれ

彼女に幸あれ

君に幸あれ

そう、打ち上げ花火に願った


by宇佐見蓮子


 

 

  月の都旅行から、1年と数ヶ月。

  俺たち秘封倶楽部は、四年生へとなっていた。

 

  ジリジリと、激しい日差しがサークル部屋に差し込む。今は8月、夏の真っ最中だ。

  手で風を扇いでいると、机に突っ伏している少女が発言した。

 

「そういえばさ、明日夏祭りでしょ? みんな予定ある?」

「俺はねえな。メリーは?」

「私もよ」

 

  俺の問いかけとともに、もう一人の少女が答えた。

  二人の名は発言順に、宇佐見蓮子と、マエリベリー・ハーン。通称メリー。

  不良サークル、秘封倶楽部のメンバーだ。

 

「それじゃ、決まりだね! あー、花火楽しみだなぁ」

 

  蓮子が、待ちきれないという表情で、夏祭りのパンフレットを眺める。

 

  このサークルは、相変わらず何も変化がない。

  新しくサークル入りしてくる人間も皆無だ。世間一般ではうちのサークルはオカルトサークルとして認定されているので、誰も近寄ろうとはしない。

  もっとも、それが心地よいのだが。

 

  「ねえねえメリー! 明日何着てこよっか?」

「え、普段の服装でいいんじゃないの? ねえ、楼夢君?」

「いや、俺も二人の着物姿は見てみたいかな」

「ほらほら。楼夢君もこう言ってるし」

「わ、わかったわよ。幸い、着物なら持ってるし、明日だけなんだからね!」

「そういえば、楼夢君は何着てくるの?」

「俺は普段着だな」

 

  人に言っておいて難だとは思うが、これも仕方ないと思う。

  なぜなら、俺の家には着物なんざ、全て女用のしかないのだ。昔だったら違和感はないんだが、今となっては無理である。

  金欠の問題で、新しいのを買う余裕もないしな……今度剣舞でもやって金稼ぐか。

 

「えー、もったいない! もう女用のでもいいから着ちゃおうよ!」

「俺が周りから白い目で見られるわ! ……なっ、メリー?」

「あら、いいんじゃないかしら? とってもよく似合いそうよ?」

 

  なん……だと……?

  仕返しが成功して、メリーは満足そうだ。隣では蓮子が笑い転げている。

 

「とにかく、俺は絶対に着ないからな!」

「うーん、残念。じゃあメリー。例の()()、明日やっちゃいなよ?」

「え、ええっ! まだ早いわよっ!」

「遅い遅い。そんなんじゃ手遅れになっちゃうよ?」

「ん? なんの話だ?」

「楼夢君はわからなくていいからっ!」

「お、おう……」

 

  ちょっと聞こうとしたら、ものすごい勢いでメリーに却下された。

  俺、怒らせるようなことしたかなぁ……?

  蓮子を見てみるが、彼女は怪しく微笑むだけだ。

 

 

  その後、明日の待ち合わせを決めて、俺たちはそれぞれ帰路を歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

  そして後日、ちょうど日も落ちかけるころ、俺は祭りの近くの駅で待ちわせをしていた。

  周りも、普段より盛り上がっており、あちこちで着物姿の女性や浴衣姿の男性が見られる。

 

「ごめんなさい楼夢君。待たせちゃったかしら?」

 

  ふと、後ろから声をかけられた。

  振り向くと、そこにはメリーが、紫をベースの、赤い花が描かれた美しい着物を着ていた。

 

「……」

「えーと、やっぱり変かな?」

 

  思わず見とれてしまっていると、メリーが不安そうな顔で俺を覗き込んできた。

  いかんいかん。どうやら何も喋らなかったことを、似合ってないと捉えてしまったようだ。ここはちゃんと褒めないと。

 

「その……だな。似合ってるぞ」

「っ! あ、ありがとう……!」

 

  お互い赤くなってしまい、会話が途切れてしまった。

  気まずい……。こういう時に、なんて話せばいいんだろうか。

  とりあえず、頭に思いついたのを適当に言ってみることにした。

 

「そういえば蓮子は相変わらずだな」

「そうね。時間を見れる能力があるのに遅刻するなんて、不思議よねぇ」

「……っと、言ってるそばから、来たようだな」

 

 俺はメリーにもわかるように、人混みの中の一点を指差す。

  すると、今度は黒い着物を着た少女が、急いで駆けつけているのが見えた。

 

「ごめーん遅れた! でも、今日はいつもよりは早かったでしょ?」

「五分遅れの時点で早いとは言わねえよ」

「まあまあ。こう見えて、蓮子さんもかなり気合を入れて来たから、今回は許してよ」

「それで許されるんだったら世の中苦労しないわよ」

 

  俺とメリーの毎回似たようなツッコミが彼女に炸裂する。

  とはいえ、それでへこたれるような蓮子メンタルではない。

  いつも通りに、話題をそらそうとしてきた。

 

「楼夢君、本当に普段着で来たんだね。おまけにそんなバッグまで背負って。ちょっと羽目を外すつもりはないの?」

「刀を持ってた方が安心すんだよ。それに、いざという時に必要になるしな」

  「まあいいじゃない。それよりも、みんな揃ったことだし、そろそろ行きましょ?」

 

  俺たちは駅を出ると、祭りの開かれる公園へと歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「そういえば、祭りに来たのは久しぶりだな」

 

  屋台などで賑わう人混みの中で、ふと呟く。

  あれは、いつだったか。兄である白楼がダダをこね、仕方なく祖父が連れ出してきてくれたのだ。

  思えば、あの時は楽しかった。なので、今日も楽しくあるように、切に願う。

 

「私たちも久しぶりといえば久しぶりかしら? 前に行ったのは、大学最初の夏だし」

「そうそう。メリーがふらふらと迷子になるもんだったから、探すのに疲れたわぁ……」

「ち、違うのよ! あの時はまだ人混みに慣れてなかったというか、なんというか……っ」

 

  いや、その発言はもうボッチだったの確定じゃん。

  だが安心しろ。ボッチ歴だけなら俺も負けないからな!

 

「大丈夫よ。私も大学来るまでボッチだったし」

「ボッチボッチって。ここはボッチの集まりかよ……」

「それは違うよ。だって今はボッチじゃないでしょ?」

「れ、蓮子……」

「なんか、かっこいいお前見たの久しぶりだな」

「私はいつもかっこいいよ!」

 

  へいへい。

  適当に蓮子の自画自賛を流した後、俺たちは談笑しながら屋台を見て回る。

  すると、香ばしいジューシーな香りが俺の鼻をくすぐった。

  横を振り向くと、そこには『焼きそば』と大きく書かれた看板が。

  そしてそれにいち早く食いついた人物が一人。

 

「あ、焼きそばだ! 私一つ買ってくるね!」

「俺の分も頼むぞ。金は後で払うから」

「がってん承知! メリーは?」

「私はいいわ。あまり食べれないし」

「わかったわ。それじゃあ行ってくるから、適当に()()ぶらついといて!」

 

  やけに()()を強調しながら、蓮子は屋台に向けて走り去っていった。

  さて、残された俺たちもどっかに行きましょうか。

 

「あの、楼夢君。金魚すくいでもやらない?」

「ああ。メリーがやりたいのなら、それにしようか」

 

  そして歩き回ること数分で、金魚すくいの屋台を見つけることができた。

  看板には一人一回百円、か。

  俺は店員に二百円を手渡した。するとメリーが、あたふたと慌てる。

 

「ろ、楼夢君、お金ならあるから、私の分まで払う必要は……」

「そんなの関係ねえよ。俺がメリーに満足してもらいたかった。それだけだ」

 

  店員に渡された、二人分の和紙が張られたすくいの一つを彼女に手渡す。

  そして、遠慮するなというように、微笑んだ。

  それで彼女も罪悪感が消えたのか、嬉しそうに返事をすると、水槽に向き合った。

 

  さて、唐突だが、金魚すくいとは戦争である。

  ここの祭りの金魚すくいでは必ずどデカイ金魚が一匹おり、常に残っているのが常識。……だったと記憶している。

  さて、言わなくても、俺が何を狙っているのかわかっただろう。

 

  精神統一。

  狙うは、ギロリと大きな目玉で睨みをきかせる、この祭りのラスボス。

  メリーが隣にいる以上、下手は打てない。

 

「今だっ!」

 

  気合一閃。

  俺の振るったすくいは、常人に見えない速度でボス金魚に接近していきーーその風圧で、和紙がバリバリと破れ落ちた。

 

「……」

「……ぷふっ」

 

  思わず笑いを零した店員を睨むと、横でメリーが、

 

「やったぁ! 見て見て楼夢君! いっぱい取れたよ!」

 

  数十匹の金魚を袋に閉じ込め、ジャンプしている姿が映った。

  しかも、何気に俺が狙ってたボス金魚がもう一つの袋に入れられている。

 

  ……なんかもう、泣きたい。

 

「あれ? 楼夢君は取れなかったの?」

「あ、ああ。俺にはどうやら向いてなかったようだな」

「そっかぁ。じゃあ、次に行きましょ?」

 

  それから先は、上機嫌になったメリーに引き連れられて、色々な屋台を回ることになった。

 

  射的ーー俺は飴玉を二つ、メリーはぬいぐるみがそれぞれ賞品としてもらえた。

  結果は……うん、飴玉の時点で察してくれ。それをごまかすために、メリーに飴玉を渡しておいた。

 

  千本引きーー普通なら絶対に当たらないやつだ。俺もその例に漏れず、紐を引いたが残念賞をもらう結果になった。

  だがメリーは、四等の図書カード何千円分をもらっていた。

 

  その後もいろいろなものに挑戦したが、俺はいい結果が得られず、逆にメリーは大戦果を上げることになった。

 

「ふふっ」

 

  ふと、メリーが俺の顔を見て笑い出した。

  お願い、メリー! 俺の傷を抉らないで!

 

「ん、どうした?」

「ふふっ、ごめんなさい。いつもは完璧に見える楼夢君にも、苦手なものがあると知れて嬉しいの」

「……俺が完璧に見えるって……。俺は逆に欠点だらけだよ」

「それでも、私にとって楼夢君は強いよ。いつも怖がらず、巨大なものに立ち向かって、私たちを……私を、守ってくれてる……」

「……」

 

  それからしばらく、俺たちの間に言葉はなかった。

  やがて、公園の坂を登った先にある、展望台の外れにたどり着く。

  ここは偶然見つけたのだが、周りに人もいないので、この後に打ち上げられる花火を見るには絶好のスポットだろう。

 

「ねえ、楼夢君。大学を卒業した後、貴方はどうするの?」

 

  夜空を見上げていると、ふとメリーにそう尋ねられた。

  卒業後か……そんなの決まってる。

 

「どうもしねえさ。あの神社を今まで通り管理して、滅びを待つ。それが俺の……宿命だ」

 

  メリーはどうなんだ。と、言葉の後に付け足す。

  彼女は少し悩んだ後、

 

「私は……父の後を継ぐのかもね。前にも言ったけど、私は外国の大企業の社長の一人娘なの。まあ、別にそれが嫌ってわけじゃないから、いいんだけどね」

「そうか……蓮子はどうなんだ?」

「彼女は物理学者になりそうね。この世の神秘を追い続けてそうだわ」

「ははっ、それはメリーにも当てはまりそうだな。表面上は仕事してても、裏でこの世を追い求めてる光景が目に見えるぜ」

 

  それに、幻想から逃げることもできないからなーーとは、言わなかった。

  彼女たちの能力上、どうしてもこの世の神秘を見てしまう。その度に、彼女たちはそれを探求するのだろう。

 

「滅び、か……」

「……楼夢君は、寂しくないの?」

「……正直言うと、寂しい。できればこのまま永遠に、なんて何度思ったことか」

「だったら……だったら……っ」

「メリー……?」

 

  突如、彼女の様子がおかしくなった。

  小刻みに震え、顔を下にうつむかせている。

  その状態で何かを口に出そうと、必死になっていた。

 

  花火が、空で煌めいた。

  それに合わせて、彼女はあらん限りの声でーー

 

 

「私と、付き合ってくださいっ!!」

 

  ーー告白の言葉を、叫んだ。

  一瞬、思考が放棄される。呆然としてしまう。

 

「……え?」

「神社の件も私がなんとかするから、私についてきてください!」

 

  彼女の顔を見る。

  泣きそうになりながら、必死に俺へと声を届けている。

 

  ああ、本気なんだなぁ。

  思考が戻ってきたころ、俺はそう悟った。

  ならば俺がすべきことは一つだろう。

 

「あのな、メリー……すまんが、言わせてくれ」

「……っ」

 

「愛してる、メリー」

「……うんっ!」

 

  メリーは俺に体を預け、俺は彼女を包み込む。

  そして、俺たちはしばらくの間、抱き合った。

 

  ああ、暖かい。

  これが、幸せなんだな。

 

 

  っと、そこに声がかけられた。

 

「ヒューヒュー! おめでとう、メリー、楼夢君!」

「……」

「……」

 

  ヒュルルルルー。

  冷たい風が、俺たちの間を通り過ぎた。

  この場の温度も、心なしか下がってきている。

 

  さて、俺たちから言うことは一つ。

 

「「空気読めよこの馬鹿蓮子ぉぉぉぉぉ!!!」」

「ひぃぃぃ! しまった、逃げろぉ!」

 

  この後、しばらくの間、俺たちの鬼ごっこは続いた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  その悪意は、祭りの中に潜んでいた。

  人間たちの、妖怪への恐怖。それが消えた世界で、悪意は復讐を誓っていた。

 

  妖怪を恐れなくなった人間が憎い。

  妖怪を忘れた人間が憎い。

  そして、それを受け入れたこの世界が憎い。

 

  悪意は、眼下の光景に目をやる。

  珍しい光景だ。昔では。

  夜の道に、屋台を大量に出し、明かりを灯して、無防備に歩き回る。

 

  今こそ、真の夜の支配者が誰なのか、教えてやろう。

 

  悪意は、姿を変え、人間たちの中に紛れ込んだ。

  そしてそれが、後に起こる大量殺人の引き金となる。

 

 






あとがきコーナーはしばらく休業します。

理由:下記二人の欠席


白咲狂夢:こたつから出れなくなった。

作者:寝込んでます。


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崩れる思い出


別れは必然、出会いは偶然

なら、いつまでも共にいたいと願うのは罪なのか?

いや、罪であってもいい

貴方と共に、過ごす時間こそが、私の全てなのだから


byマエリベリー・ハーン




 

 

 

 

「さて、馬鹿蓮子も退治したことだし、なんか下で買ってくるか」

「そうね。ちょうどここに親切な馬鹿蓮子さんの財布があることだし、たらふく買いましょう?」

「待って! それ今月の仕送りの分も幾つか入ってるんだけど!?」

 

  俺たちの後ろで蓮子の叫び声が聞こえたが、彼女は動くことはできない。

  なぜなら、俺の針で彼女の服と木を固定しているからだ。

 

「そもそも、着物に穴空けてる方もひどいよ!」

「針が消えると直るようにしてあるから、安心しろ」

「できないよ!? これで私が男にでも襲われたらどうするの!?」

「一応お前を縫ったのも男なんだが……」

 

  相変わらずの女扱いに軽く落ち込む。

  い、いいし! 俺今彼女持ちだし! リア充だし!

 

「さて、一応結界も張っておいたから、人間は来ないと思うぞ。じゃあな」

「お金ありがとね、蓮子。余った分はボランティア団体に寄付するから、喜んでいいわよ」

「血の涙を流して悲しむよ!?」

 

  まあでも、俺たちは蓮子が金欠なのを知っているので、使いすぎるということはないだろう。悪くて焼きそば二人分くらいだ。

 

  俺たちは蓮子に背を向け、階段がある道へと戻ろうとする。

 

 

「ウワァァァァアアア!!!」

 

  ーーその瞬間、誰かの叫び声が、下から響いた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「……ここか!」

 

  展望台から飛び降りて、いち早く声の元にたどり着いた俺は、早速周りを見渡す。

 

  まず、人がドーナッツ状に集まって、何かを見ては吐きそうになっているのが見えた。

  無理やり押し通るわけにもいかないので、屋台の屋根に飛び乗り、上から見下ろす。

 

  ーーそこには、大量の血を流して倒れている、男性の死体があった。

 

「楼夢君、こっちだよ!」

 

  声がした方を見下ろすと、メリーと蓮子が息を切らしながら手を振っていた。

  蓮子の拘束を解いた後、全力で走ったので二人にはきつかったのだろう。

 

「何かあったか?」

「……いいえ。他の人たちの話を盗む聞きして、ここに死体があるってことだけしか。楼夢君は?」

「こっちもだ。死体が目の前で見れないせいで、死因すらわからない」

「死因は、刃物などで切りつけられたことでの、出血死らしいよ」

 

  先ほどから情報収集を行っていた蓮子が、俺たちの会話に入ってきた。

  さすが蓮子、仕事が早い。なら、次は誰がこれをやったって話になるんだが……。

 

「……ん?」

 

  ふと周りを見渡すと、通路を塞ぐように目が虚ろな人間が多数、うろついていた。服装はバラバラで、着物を着た客から屋台の店主など、この祭りを楽しみにきた人間たちだと思われる。

 

  彼らの一人が、野次馬たちの近くに寄っていく。

  そしてそのまま、その中の一人に向かって、手にした包丁をーー

 

 

「……え?」

 

  ーーグサっと、突き刺した。

 

  赤い血を流しながら、刺された女性が倒れる。

  一瞬の沈黙、そして

 

「うわァァァァ!?」

「きゃあああああァァァァ!!」

 

  辺りはたちまち、混乱と恐怖の渦に陥った。

 

「どけよ!どけェェェェェ!!」

「ひ、人殺し……ッ!」

「逃げろォォォ!」

「ば、馬鹿やろう! そっちに行くな!」

 

  混乱の中、必死に声を張り上げたが、逃亡者は止まらない。事件現場を中心に、上と下の通路に分かれて、逃げていく。

  だが、その二つの道を塞ぐものがあった。

  先ほどの、目が虚ろな人間たちだ。手にはそれぞれ、包丁やらナイフやらを手にしている。

 

  ーーそれら全てが、逃げ惑う人々に襲いかかった。

 

「ァァァァアアアアアアア!!??」

 

  いくつもの鮮血が流れ、地面が赤へと染色されていく。

  クソッタレがぁ!

  叫びたくなる気持ちを抑え、能力【怪奇を視覚する程度の能力】を発動。

  結果は……やはりそうか。

 

「メリー、蓮子! こいつら妖術で操られている!」

「そんな……じゃあ、止められないの!?」

「術者を殺せば妖術は止まる! それまで耐えてろ!」

 

  そこまで言ったところで、二人に傀儡と化した人々が近寄ってきた。

  俺は屋根を飛び降りると同時にバッグを投げ捨て、抜刀すると、横に刃を一回転に一閃させた。

  楼華閃五十二【旋空波(せんくうは)】。

  俺を中心に円を描くように、真空波が周りの傀儡を切り飛ばした。

 

  これで、しばらくは大丈夫だろう。

  正直、罪悪感はある。だが、二人を守りつつ、敵を殺さないで倒すのは不可能だ。

  なら、俺は俺の大切なものを守る。その上で、犠牲者が少なく済むようにしなくてはならない。

 

  気配察知を最大限に。

  途端に、怒声や悲鳴が、静寂に変わった。

  ……見つけた。東に約一キロ。

 

「そこかぁ!!」

 

  【森羅万象斬】が東の屋台やらの障害物を吹き飛ばし、目的のいる木を両断した。

  黒い影が、木の倒壊から逃れるため、上にジャンプしたのが見えた。狙いはあそこだ。

 

  身体能力を強化して最大限に。

  地面の足を思いっきり蹴り上げ、加速しながら標的へと向かっていく。

 

  それに気づいた影が、急いで逃げようとするが、速度は俺の方が速かった。

  そのまま、納刀すると、雷が鞘の中で煌めく。

  【雷光一閃】。

  稲妻と化した神速の抜刀切りが、影を追い越して、すれ違い様に深い傷を負わせた。

 

「ご……!? ぐふっ……!」

「動くな。すみやかにこの術式を解除しろ。これは命令だ」

 

  突然の激痛に崩れ落ちた影の頭を掴み、いつでも砕けるように力を込める。

  影の正体。それはやはり、妖怪だった。

  姿は人型だ。ただ完全にはなっておらず、その印象は肉を貼り付けただけのグールのようにも見える。

  妖力は中級程度しか持っておらず、大した相手ではない。

 

「ひ、貴様……何者だ!?」

「うるせえ」

 

  掴んだ頭を、近くの木の幹にぶち当てることで、黙らせる。

  別に、こいつが生きてなくてもいいのだ。ただ、万が一の可能性で、こいつが死んでも解除されない形式の妖術だったら、お手上げになってしまう。そのための保険だ。

  ……それに、解除させても殺すからな。

 

「わ、わかったっ! 解除するから、放してくれ!」

 

  その言葉に、俺は掴んでいた手を離す。

  すると、予想通りに、妖怪は術式を解除せず、再び襲いかかってきた。

 

「……二度目はない。失せろ」

 

  わずかな苛立ちを発散するかのような鋭い突きが、飛びかかってきた妖怪の腹を貫いた。

  もう、こいつには用無しだ。

  腹を貫通している刀身を引き抜くと、妖怪は血を吹き出しながら、地面に倒れ落ちた。

 

「……とんだ雑魚だったな。さて、残りの処理でもすっか」

「……くく、無駄なあがきを。俺が死んだとしても、まだ異変は続く。俺の仲間が、今ごろあそこの人間を操って、死に追いやってるだろうよっ」

 

  ……いい情報を聞いた。

  要はこいつら全てを皆殺しにすれば、妖術は解除されるらしい。これで死後も永続的な術式だったらという心配は杞憂になる。

 

「口を滑らせたな。後悔と仲間への懺悔でもあの世でしてろ」

「……ああ、言い忘れてたが。お前が女二人と歩いているのを……全員が、知ってるぜぇっ?」

「ッ!?」

 

  なんだと……?

  こいつら、まさか……。

 

「けけ、せいぜい……頑張るんだな……グガァッ!!」

 

  気づいた時には、俺の刀は倒れた妖怪の背を貫いていた。

  急げ……っ。急がないと……あいつらがっ!

 

  思考すらも置き去りにして、ひたすら加速して走る。

  木々をすり抜け、再び屋台が並んでいた通路に戻ってきた。

  そこで見えたのはーー

 

 

  ーー互いに包丁を持って対峙する、二人の姿があった。

 

「嫌だ……蓮子……嫌だよぉ……」

「メリー、逃げて! お願いだよぉ……っ!」

 

  二つの、凶器を持った腕がそれぞれ少しずつ動いていく。

  二人は、妖術によって操られていた。

  泣き出しながら必死に抵抗しようとするが、無情にも腕は持ち主の命令を聞こうとしない。

 

  それを見た瞬間、脇目も振らずに必死に駆け出した。

  どんどん近くなっていく二人の体。同時に、さらに早く近づいている二つの凶器。

  叫びながら、がむしゃらに手を伸ばした。

 

「チクショォォォォォッ!!!」

 

 

 

  ーーそして、二つの凶器が、二人の胸に深く、突き刺さった。

 

「……あ、楼、む……君……っ」

 

  ゆっくりと、メリーが、俺を見ながら地面に倒れる。

  蓮子も同じように。

 

  気がつけば、ただただ彼女たちの元で膝をついて、叫んでいた。

 

「おい、メリー! 蓮子! しっかりしろ! 俺が、俺が助けてやるからなっ!」

「……うっ……うう……っ」

 

  俺は両手で霊力を操作して、術式を構築していく。

  だが、そこであることに気がついた。

 

  ーー俺は、治癒の術を使ったことがなかったのだ。

 

「くそ、くそぉっ!! 頼む、頼むから塞がってくれぇっ!」

 

  元々、肉体を癒す術式は高度だ。いくら様々な術式が使える俺でも、初見で使えるものではない。

  だが、それがわかっていても、俺は必死に霊力を注ぎ続けた。

  だが、傷は癒えない。二人の下の地面がどんどん赤く染まっていく。

 

  突然、俺の手を、メリーが掴んだ。

 

「もう……いいんだよ、楼夢君……」

「いい訳ねえだろうが!? 待ってろ、俺がすぐ……」

「でも、このままじゃ楼夢君が倒れちゃうよ……」

 

  彼女の言う通りだ。

  今の俺は、不完全な術式に大量の余分な霊力を注いでいる。

  このままでは、俺は霊力枯渇で倒れるだろう。

  だが、それでも……っと、霊力を注いでいると、今度は蓮子が口を開いた。

 

「楼夢君……私たちにとってはね……いつも私たちのためにボロボロになってる楼夢君を見る方が辛いんだよ……っ」

「そんなのは当たり前だ! 俺は、護衛役だぞ!?」

「いや、違うよ……君は、私の、私たちの、大切な秘封倶楽部のメンバーだよ……」

「蓮子ぉ……っ!」

 

  見れば、彼女の顔は血の減少で青白くなっていた。

  それでも、彼女は笑顔のまま、俺たちの方を向いて言った。

 

「ごめ、んね……もう意識が、保てない……や……。元気でね……メリー、楼夢君……っ」

 

  それを最後に、彼女は目を閉じて、二度と開くことはなかった。

 

「もう……蓮子はせっかちなん、だから……っ。こんな時も、先に行くなんて……っ」

「ごめん……ごめんな……俺が、俺が弱いせいで……っ!」

 

  笑いながらも、メリーの瞳からは雫が流れていた。

  それを見て、俺は何の意味もない謝罪を繰り返すだけだった。

 

「楼夢君は強いよ……ずっと、ずっと強い。そんな貴方だから、私は好きになったの……」

「メリー、そんな最後みたいなこと言わないでくれ! これからだろ!? これから、じゃないか……っ」

 

  喚いたところで、傷は癒えない。

  喚いたところで、彼女を救えない。

 

  ちっぽけだ。ちっぽけすぎる。

  大切なもの一つ守れないで、何が歴代最強だ。何が『白咲楼夢』だ。

 

「ははっ、私、もう……終わり、みたいね……。嫌だなぁ、死ぬのは……っ」

「待ってくれメリー! お願いだ、逝かないでくれ! お前が消えたら、俺は……俺はぁっ!」

 

  わかってる。彼女は、悔やんで泣いているのだ。

  それでも精一杯、俺に笑顔を向けて、

 

「ごめんなさい、蓮子。貴方にいつもレポート作らせちゃって。ごめんなさい、楼夢君。いつもいつも、弱い私をかばってくれて」

 

 

 

「そしてありがとう、蓮子、そして楼夢君。貴方に会えて……良かったわ……っ」

 

  それを最後に、彼女は静かに、息を引き取った。

 

  冷たくなっていく。俺も、お前も。

  熱い。熱い何かが、俺の瞳から溢れ出した。

 

「ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!」

 

  崩れていく。崩れていく、俺の、大切な全てが。

  泣き叫びながら、体内の霊力が暴れ出す。

  そして、暴走した霊力の波がーー

 

 

 

  ーー()()()以外の、全てを消し飛ばした。

 

 

 








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メモリー・オブ・フラグメンツ


出会って、別れて、また出会う

そしてまた、世界が足されていく

それらは全て、私の宝物

だから言うんだ

「さようなら」、「また会える日まで」と


by白咲楼夢(神楽)



 

 

  死んだように静まる夜の中。

  一人の男が、二つの墓の前に立っていた。

 

「……こんな粗末なものしか作れなくてごめんな」

 

  墓と言っても、男の言う通り、それはお粗末なものだった。

  木材を使って作られた十字架を、土に突き刺しただけ。

  その十字架には、帽子と、青い宝石のネックレスがそれぞれにかけられている。

 

  土の下は、全財産叩いて買ってきた棺が埋まっていた。

  そう、二人の、メリーと蓮子の棺だ。

 

 

「……っ。なんでなんだ……? なんで、こんな目に会わなくちゃならなかったんだ? ちくしょう……ちくしょぉぉぉ!!」

 

  あまりのやるせなさに、拳を振り回す。それが、近くの木々に当たり、幹からへし折られた。

 

  やがて、疲れたのか、息を切らしながら、木片が突き刺さった拳を収めた。

  そして、一言、つぶやく。

 

「……帰ろう。ここにいても、俺が知りたい答えは手に入らない」

 

  墓に背を向け、体を引きずるように歩き出す。

  ここは、白咲神社が建てられている山の外れにあるところだ。本来なら遺体は彼女たちの家族に渡すべきなのだが、楼夢はどうしてもここに墓を建てたかった。

 

 

  やがて、境内にたどり着く。

  と、そこで、複数の気配が隠れ潜んでいるのに気がついた。

  数人ではない。数十、下手したら三桁あるかもしれない。

 

  ーー意外に早いじゃねえか……。

 

「総員、構え! 白咲楼夢! 貴様を大量殺人犯及び核兵器使用の疑いで逮捕する! 大人しく投降しろ!」

 

  こうなることは、ある意味予想通りで、予想通りではなかった。

 

  楼夢の目の前には、強力な現代兵器をいくつも装備している特殊部隊の姿があった。

 

  楼夢はあのとき、霊力の暴走によって祭り会場の公園を欠片残さず消滅させた。彼らの言う『核兵器』とは、おそらくこのことを指しているのだろう。

 

  だが、もう一つの方はおかしい。

  大量殺人犯? 俺が? 大切なものを守ろうとしたこの俺が、殺した?

 

  いいや、違う! 襲ってきたのは、他の人間だ!

  あれ、でも彼女たちを殺したのは妖怪……?

  彼女たちを殺したのは妖怪? それとも人間?

 

  妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪? 人間? 妖怪?

 

 

  ……なるほど、ようやく理解した。

 

「……のせいか……!」

「……?」

 

  俺がこうして傷つくのも、彼女たちを殺したのもーー

 

「全部、お前らのせいかァァァァ!!!」

「ひっ……ガハッ……!」

 

  音速を超える断罪の刺突が、特殊部隊の一人をたやすく貫き殺した。

  血走ったような目と狂気に特殊部隊は呑まれていく。

  その中、楼夢は己の出した解を叫んだ。

 

「人間? 妖怪? どっちが悪い? ……くだらねえ! どっちも悪いに決まってんだろ!? 人も、妖怪も、救いの手すら差し伸べねえ神々も! 全てが全て罪! 存在そのものが罪なんだ!!」

 

  一言喋るごとに、一人、また一人と黒刀の刃の手にかかっていく。

  そこでようやく、最初に口を開いた隊長が冷静さを取り戻し、指示を出した。

 

「う、撃て! 撃てェェェェェ!!!」

 

  それを合図に、凄まじい音と銃弾の嵐が、楼夢の体をえぐった。

  だが、それすらも強引に突き破ると、再び手にした黒刀を横に振り、隊員たちを数名、両断した。

 

「ばっ、馬鹿な……!?」

「もう失うものは何もない。何もないんだ。だったらよ……いっそ派手に殺ろうぜ!?」

 

  鉛の嵐が、楼夢の体をえぐり続ける。

  いつもなら簡単に弾けるこの攻撃を、楼夢はわざと避けなかった。

  まるで、断罪の雨をその身に受けるかのように。

 

「ひっ、ひぃぃぃ……やめっ……!」

「あ、あぁ……ぁぁぁぁぁ……!!」

 

  そして、頑丈な防具を身につけたはずの隊員たちが紙のように一撃で真っ二つにされるのを見て、全員が恐怖に陥っていた。

  その中で、楼夢は笑う。

  復讐対象が恐怖で動けないのを楽しむように。

 

「アハッ! アハハハハッ!!」

 

  楼夢は避けない。隊員は避けれない。

  三桁に届く特殊部隊は、わずか数分でその数を半数以下に減らしていた。

 

「撃て!撃て!撃てェェェェェ!!!」

「あああああああ!!!」

「もうやめてくれェェェ!!!」

 

  今まで見たことのないほどの戦友たちの呆気ない死に様に、半狂乱になりながら、銃を振り回し乱射する。

  例えそれが誤射になって他の戦友たちに当たっても、彼らは止まることはできなかった。

 

  断罪の槍(ロンギヌス)と化した突きが、隊員たちを串刺しにしていく。

 

  ーー見たか、世界よ。貴様もいずれ壊してやる。俺たちを受け入れない世界なんざに、用はない!

 

  一つ魂を断罪するごとに、快感がみなぎる。

  だが、隊員の数が減るにつれて、楼夢の体も動かなくなってきていた。

 

  当たり前だ。数百数千の弾丸をその身に受けて、長く立っていられるものなど妖怪だけだ。

  そして、彼は妖怪でもない。神でもない。

  それら全ての血が混ざった()()()()()()()だった。

 

「アッハハハハハ!! 死ね!!」

 

  そしてとうとう、最後の一人、もとい特殊部隊の隊長の腹に、断罪の槍が突き刺さった。

  だが、彼は遠のく意識の中、必死にスペアのハンドガンを握りしめ、その銃口を楼夢の額に当てる。

 

  最後に隊長が見たのは、銃口を払わず、ひたすら笑い続ける悪魔の姿だった。

 

「死ぬのは……お前、だ……っ!」

「……キヒッ」

 

  パァンと、銃声が短く鳴った。

  頭を撃ち抜かれ、その衝撃で吹き飛び、鳥居に背中をぶつける。

 

  もう思考すらできない。だが本能は、まだ己の未練を訴えていた。

 

「まだ……復讐し切れてない……まだ、終わってない……!」

 

  地面を這いながら、衝撃で手放した刀を握り、必死に立ち上がろうとする。だが、体は限界で、立ち上がったところで崩れ落ちた。

 

  ーー駄目、か……っ。

 

  そこでようやく、彼は自分の死期を悟った。

  そして目を閉じようとしたそのときーー

 

 

  ーー突如、耳にピアスとして付けられていた【時狭間の水晶】が、輝きだした。

 

  薄れゆく意識の中、楼夢は願った。

 

  ーー力が欲しい。圧倒的な力で、全てを守り通せる力が……!

 

  ーー力が欲しい。圧倒的な力で、この世の全てに復讐する力が……!

 

  守ると壊す。

  矛盾した二つの願い。

  だが、水晶はそれを叶えた。

 

  水晶が砕け散り、淡い光を放出する。

  その光は鳥居に集中すると、そこに隠された巨大なスキマをこじ開ける。

 

  体が、吸い込まれていく。

  自分の体が浮き上がり、吸い込まれていくのがわかる。

 

 そして、真っ暗闇の中に入ると、今度は落下しながら、体が分解されていく。

 

  溶けていく。溶けていく。

  腕が、足が、全てが光の粒子となって消えていくのがわかる。

 

  ーーああ……死ぬのか……。

 

  そして、『人間』白咲神楽は完全に消え去った。

  だが、その光は二つに分かれると、再構築されていく。

 

  そして、完全に体が生成されるとーー

 

 

  ♦︎

 

 

  「……知らない天井だ。いや、天井なんてないか」

 

  見知らぬ森の中、狐耳と蛇のような尻尾をつけた女性のような男性が立ち上がった。

 

 

  そして、そこから、『妖怪』白咲楼夢の物語が始まった。

 

 

 

 

 






本日は二本同時投稿です。


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欠片の記憶

俺は救えて、お前は救えなかった

俺たちの違いなど、その程度だ


by白咲楼夢


 

「ーーと、これが全ての真実だ」

 

  空に浮く巨大なビルの廃墟。それの上で、白い男ーー狂夢は語った。

 

「俺が創った【時狭間の水晶】の能力は一つ。膨大な力を代償に、時空を操作する能力だ。そしてあの神社には、メリーの言っていた通り、巨大な境界が隠れていた。……あとはどうなったか、わかるな?」

 

  なるほどな……。水晶が呼び戻したのは時代。あのでかいスキマを経由して、神楽を太古に送ったのか。

 

 じゃあ、なんで神楽は彼女たちを救わなかったんだ?

 

「あいつのプライドだよ。廃病院で、神楽が言ってただろ? 『生き返らせない。その代わり、憎む』と。言葉通り、あの瀕死の間際であいつにその考えは浮かばなかった。ただ、それだけだ」

 

  狂夢は「つまらないやつだ」と呟きながら、一歩、一歩と近づいてくる。

 

「命が散るとき、そこに一瞬膨大な力が発生する。確か、火神が昔に言っていたはずだ。それに反応して、水晶は神楽の願いを叶えた」

 

  『守ると壊す』か……。

 

「ああ、対極だ。時空を移動する反動で神楽は分解され、代わりに二つの存在が創り上げられた。一つは守る存在。白咲神楽が望んだ、守り通せる力を持つ、理想的な存在。それがお前だ」

 

  神楽の、理想。

  実感はない。自分が完璧な存在だと思ったことも、理想的な存在だと思ったことも一度もないからだ。

 

  狂夢は、続ける。

 

「対して、もう一つは壊す存在。神楽が望んだ、あらゆるものを破壊する復讐者。それが俺」

 

  ……だけど、俺にはそんな自覚ない。むしろ壊してる方が多いと思う。

 

「守ったじゃねえか。八雲紫を、西行妖から」

 

  だが、結果的に俺は死んだ。それに幽々子を……守れなかった。

 

「だが、守った。西行妖を封印していなければ、幽々子も吸収されていた。それに、あいつは今冥界の管理人だろ? 会おうと思えばいくらでも会える。失ったものなんて、ちっぽけなものだけだ」

 

  ……虚しいやつだな。

 

「ああ、虚しい。俺も、お前も、あいつも。お前は自分を貫き、命を貫かれた。俺は力を得たが、それを振るう相手は見つからない。あいつは結果的に、守護者にも、復讐者にもなれなかった」

 

  ……今俺の部分、上手いこと言ったと思っただろ。

 

「……否定はしない。だが、そんな冗談が言えるのなら、問題ねェみたいだな」

 

  当たり前だ。俺は俺。あいつはあいつ。無関係なやつのこと言われた程度で揺らぐほど、俺の六億年は脆くねえぞ。

 

「……ふっ、さすがだな。だから、あいつは憧れたんだろうな」

 

  どこか遠い目をして、再び狂夢は呟いた。

  そして、地面を足で叩く。すると、人の大きさほどのクリスタルが、下から浮かび上がってきた。

 

「そいつはお前の過去のしがらみそのもの。今なら切れるはずだ。切って、お前という存在を神楽から決別させろ」

 

  ……とても頑丈そうなクリスタルだ。

  だが、切れそうな気がする。……いや、切れる。

 

  腰に、愛刀の姿も、それ以外刀もない。

  だが無手で俺は、居合切りの構えをとった。

  そのまま、心を無にして、()()()引き抜く。

 

「やぁっ!!」

 

  手から伸びた、光の刀が、クリスタルを一閃。

  一拍置いて、両断されたクリスタルの上半分が、ズルズルと滑り、砕けた。

 

「……これは?」

 

  俺の視線は、手に持った光の刀に注がれていた。

  暖かい。

  まるで、今までずっと使ってきたかのように、手になじむ。

 

「そいつはお前自身の心の刀。強い意志によって形作られる心刀。名付けて……【神理刀】だ」

「……ずいぶん今までの刀と名前の系統が違うじゃねえか」

 

  【黒月夜】とか【舞姫】とかだったのが、いきなりどうした?

 

「名前はどうでもいいんだよ。それにそいつは刀の形をした、心の意志だからな。強度も切れ味も、持ち主の意志によって増減する」

「……いっけんただの妖力刀に見えたが、そんな違いがあるのか……」

「しばらくはそいつを使え。いや、俺の予測では、お前は嫌というほどこいつを使うことになる」

「……? 確かに【舞姫】の代わりには便利だが、別に術式があるから大丈夫じゃねえか?」

「じきにわかる。そして、一刻も早く【舞姫】を手に入れ、西行妖を今度こそ滅せ。そいつは刀でもあり、鞘でもある。二つの刀が合わされば、さらなる力が手に入るだろうよ。……ほれ、もう時間だ。そろそろ現実に戻れ」

 

  言われて、自分の体が光を発しているのがわかる。

  ……まだまだ聞きたいことが山ほどあるんだがな。

 

「最後に聞かせてくれ。お前の性格や髪は、もしかしてーー」

「ーー白楼を真似ているのか、って言いてェのか? 半分正解で、半分ハズレだ。そもそも、この口調やらは神楽が白楼を真似ていたもの。つまり、俺は『神楽が憧れた白楼』の姿と強く結びついてるだけだ」

 

  なんだ……俺とは別で、お前にも『お前自身』があったのか。

 

「当たり前だ。俺は俺。神楽も白楼も関係ねェ。俺はこの力で、やりたい放題に生きていくだけだ」

「そうかよ。せいぜい、誰かに背中を刺されないように気をつけな」

「はっ、そんなのがいたら面白そうだな」

「言ってろ」

 

  ……意識が、遠のいていく。

  視界が、光に包まれていく。

  水に沈むような感覚。

 

  そして俺は、意識を手放した。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  そうして俺は、あぐらをかいて寝ていた状態から目覚めた。

  ……水中の中で。

 

「ブババハファ!?」

 

  驚きすぎて、水が口の中に流れ込んでくる。

  どうしてこうなった!? いや、そんなことよりもここを脱出しなければ!

 

  必死に泳ぎ、水面へと上がっていく。

  そして顔を出すと、そこには見覚えのある建物が見えた。

  ……ああ、あれは俺がいつも泊まっている宿だ。俺は【混沌と時狭間の世界】に行く前は室内で瞑想していたので、ここの鍵を持っているのは一人しかいない。

 

  俺は背中から妖力で作られた黒い翼を広げ、容疑者の元へと飛び立った。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「映姫ィ、どういうことだ!!」

 

  いつも通りのライダーキックを扉にブチかまし、白黒の部屋へと押し入る。

  そして、その奥で休憩中の少女に怒鳴った。

 

「……やっと来ましたか」

「やっと来たじゃない! 俺になんか恨みでもあんの!?」

 

  全く悪びれる様子のない四季映姫こと四季ちゃん。

  おい……お兄さん少しキレちまったよ。

 

  続いて文句を言おうと思ったが、彼女が手にしている(しゃく)が震えていることに気がつく。

  そこでようやく、俺は室内が危険な空気に変わりつつあることを感じた。

 

「『恨みがあるのか』ですって? ……ええ、ええ、恨みならいくらでもありますよ。これであなたをハエのように叩き潰せたらどんなに気持ちいいか」

 

  彼女が持つ笏の名は【悔悟棒(かいごぼう)】。あれに名前を書くと、その人物の罪に応じて重さが変わり、叩く回数が表示されるらしい。いわゆる、閻魔用のお仕置きグッズだ。

  ちなみにちょっと前、地獄の財政が厳しくなった事を理由に行われた『地獄のスリム化』から、彼女はエコに気を使っているようである。

  昔は悔悟棒も一人一個の使い捨てだったのだが、今では名前を消せる素材に切り替えたようだ。

  ……改めて思うと、夢がねえな、地獄って。こんなブラック企業に勤める気になったやつはすげえな。

 

  かわいそうに、きっと昔からこんなとこで働いたせいで身長が……。

 

「前にも同じこと言いましたよね!?」

「ゴベラッ!?」

 

  相変わらず、強力なボディブローだ……。

  君、僕と契約して日本一になってみないか?

 

「最終的に裏切られそうなセリフ吐かないでください!」

「モンブランッ!!」

 

  今度は跳び上がってからのジャンピング悔悟棒スマッシュが、俺のほおに炸裂した。

  ちなみに、わざわざ跳んだ理由は、彼女の身長が届かなかっただけである。

  それもそのはず、俺は165よりちょっと上程度。対して彼女は140程度だ。

 

「だから身長の話はするなって言ってるでしょう!?」

「モギュラッ!? あ、足が……っ! ちょっとそれシャレにならねえぞ!?」

 

  誰かの名前が書かれた数キロの悔悟棒が、足の指あたりに突き刺さった。

  やばい……本当にこれは折れただろ……。感触でわかった。

 

「いえ、幽霊は痛みを感じても、骨は折れないのでご心配なく」

「あ、そうか。俺今死んでんだっけ?」

「……数百年ここにいて、よくそんな大事なことを忘れられますね。呆れるを通り越して感心しますよ」

「えっへん」

「褒めてるんじゃない!」

 

  お、今度は叩かれなかったな。

  どうやら、さすがの四季ちゃんでも、ここまでツッコミを入れれば疲れるらしい。現に、息を切らしているのを隠そうと、心を落ち着かせようとしているのがわかった。

 

「それで、話は戻すけど四季ちゃん。なんで俺を庭の池に沈めたんだ?」

「今から数十分前、巨大な力の波が辺りを襲いました。駆けつけてみると、その中心にはのんきに畳の上で瞑想しているあなたの姿が。幸い、水に沈めると波が外に発生しなくなったので、あのまま放置したわけです」

「いや、人を水に沈める発想が怖いよ」

「ちなみに、実行犯は小町です」

「あの野郎……今度会ったら胸揉み倒してやる」

「そして、それを命令したのは私です」

「結局四季ちゃんが悪いのかよ!?」

 

  なに自分は悪くないアピールしてんのこの人!?

  場合によっちゃ、実行犯よりもタチ悪いぞ。というか、それで弾除けに使われる小町がかわいそすぎるだろ……。

  「胸揉み倒す方がよっぽど酷いのでは……?」とかいう声は聞こえない。

 

  とはいえ、俺の方にも問題があったため、両者の非を認めさせた上でお咎めなしにしてもらえた。

  彼女は白黒はっきりつけたかったようだが、そんなことで後々争っても困るしね。

 

「でも、いいところに来ました。今日が何の日かわかりますね?」

「もちろん。四季ちゃんの誕生日だろ?」

「ぶん殴りますよ?」

「マジすんませんでした」

 

  とはいえ、本当に何の日かわからないぞ。

  特に変わったイベントもないし……まあいっか。

 

「それで済ませるな! 蘇生ですよ蘇生! あなたはとうとう生き返るんです!」

「……そいつはマジだな?」

「ええ。そのための術式陣もすでに起動済みです。あとはあなたが乗れば、復活することができます」

 

  ついに来たか。

  やっと。やっとだ。俺の家に帰れる。

  ここでの暮らしも悪くなかった。だが、やはり娘たちが俺にとっては何よりも心配だ。

  それに、紫。

  夢の手助けはしたんだ。お前の理想郷、見せてもらうぞ。

 

「映姫。今すぐ俺をそこに連れてけ」

「いえ、それには及びません。なんせ陣を張ったのはーーこの部屋ですから」

 

  ダンッと映姫が床のタイルを踏みつける。

  すると、まばゆい光とともに、丸い魔法陣が床に刻まれた。

 

「おっと、もう旅立つのかい? 寂しくなるねぇ」

「小町! あなた仕事はどうしたのですか!?」

「ほれ、アレですよアレ。友人の旅立ちを放っておくわけにもいかないでしょう?」

「はぁっ、全く……今回だけですからね」

「よっしゃ!(やっぱここに逃げてきて正解だった!)」

 

  おい、心の声漏れてんぞ。

  俺でも聞き取れたんだから、当然四季ちゃんには……。

  この後、手痛くお仕置きを受けるんだろうなぁ。

 

「まっ、見送りには感謝するさ。あばよ、二人とも!」

「あ、待ちなさい! まだ復活する際の重要な問題をーー」

 

  後ろを振り向かず、陣に飛び乗る。

  すると、溢れ出した光が俺の体を包み込んでいく。

 

  四季ちゃんが何か騒いでいる気がするが、勘違いだろう。

 

  直後、光が激しさを増しーー俺は地獄から旅立った。

 

 

 

 





「というわけで、メモリー・オブ・フラグメンツ編終了しました! 作者です」

「こうしてみると……長ェな。よく過去編がここまで伸びたもんだぜ。狂夢だ」


「ふぅ、疲れました……。今章では全編で張り巡らされた全ての伏線を回収できたと思います」

「まっ、お疲れさん。よくクリスマス直前で縁起悪い話が書けたもんだぜ」

「い、いえ、決してリア充が憎いという理由ではなく、前々からこうなる予定だったんです!」

「まっ、作者はイブもクリスマスも両方カラオケだもんな? 今回ばかりは本当にボッチにならなくてよかった」

「集まる人たちは全員クリボッチですけどね……」

「……お前、悲しいな」

「お前に言われたかないわ!」

「とまあ今回はここまでにして。次回は今章のキャラまとめだ。それが終わったらいよいよ新章だぜ」

「それでは新章も、キュルッと見ていってね!」


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メモリー・オブ・フラグメンツ編キャラ紹介

 

 

 ♦︎ 白咲楼夢(神楽)

 

 能力:怪奇を視覚する程度の能力

 

 二つ名:白咲十五代目巫女

 

  白咲十五代目巫女。最強の証明【楼夢】の名を受け継いでおり、その実力は生身で鬼を切り殺すほど。

  秘封倶楽部所属。

  容姿は、昔は明るい紫の髪を地に着くまで伸ばし、服も巫女服だった。しかし、イメチェンを行い、男としてそれなりに長く、ギザギザした黒髪に、黒いシャツを着て、紺色のパーカーを羽織っている。瞳は紫。

 

 技名:

 

【秘封流星結界】:

 

  大量の霊力で形作られた流星群を落とす。

 

  神霊刃【超森羅万象斬】:

 

 森羅万象斬の進化系。大剣と化した霊力の刃を、思いっきり振り下ろす。

 

 

 

 ♦︎ マエリベリー・ハーン

 

 能力:結界の境界が見える程度の能力

 

 二つ名:秘封見る少女

 

  秘封倶楽部メンバーの一人。通称『メリー』。楼夢(神楽)に密かに想いを寄せている。

  能力のせいで様々な怪奇に巻き込まれやすく、苦労体質。

  紫の服を好んでおり、髪は金髪で、白のナイトキャップをいつもかぶっている。

 

 

 

 ♦︎ 宇佐見蓮子

 

 能力:月を見ただけで今の時間がわかり、星を見ただけで今居る場所がわかる程度の能力

 

 二つ名:時と場の望遠鏡

 

  秘封倶楽部の会長。得意なのは物理、趣味はオカルト関係。

  将来、科学でオカルトを証明してみせるという野望を抱いている。だが、レポートまとめは苦手。

  能力で時間がわかるくせに、なぜか待ち合わせには必ず遅刻する。時間にルーズな少女。

  白黒のカラーリングを好んでおり、髪はブロンズ。白のリボンがついた黒の帽子をいつもかぶっている。

 

 

 

 ♦︎ 岡崎夢美

 

 二つ名:夢幻伝説

 

  神楽たちの通う大学の教授。『非統一魔法世界論』を証明するため、日夜研究を重ねている。

  秘封倶楽部の顧問でもある。

  助手には北白河ちゆりという少女がいる。本人も実年齢は今章が終わった時点で20歳と、実はメリーや蓮子よりも年下だったりする。

 

 

 

 ♦︎ 北白河ちゆり

 

  岡崎夢美の助手。今章では登場シーンが少ないため、影が薄い。「〜ぜ」という語尾が特徴的。

 

 

 ♦︎ 鬼来山の鬼

 

  鬼来山に住んでいた鬼。その昔、頭領である鬼城剛に惚れ、大妖怪白咲楼夢に戦いを挑むが、全く相手にされなかったことに復讐の念を持つ。

  【時狭間の水晶】を額に入れることで妖力効率が良くなり、妖術を扱えるようになった。

  白咲楼夢(神楽)に退治され、死亡する。

 

 

 ♦︎ 院長の怨霊

 

 廃病院の院長の怨霊。死んだ嫁と娘を生き返らせるため【時狭間の水晶】を岡崎から奪った。

 二本のメスを操り、楼夢(神楽)と戦闘する。しかし、廃病院ごと爆破され、退治された。

 

 

 ♦︎ 綿月依姫(わたつきのよりひめ)

 

 能力:神霊の依り代となる程度の能力

 

 二つ名:神霊の依り憑く月の姫

 

  月の都最大戦力の一人。姉には綿月豊姫がいる。

  物干し竿と呼ばれるほどの大太刀を軽々と振り回し、能力も強力なことから、死角はほとんどない。

  かつて大妖怪白咲楼夢に敗れたことを根に持っており、同じ名前を持つ楼夢(神楽)に勝負を挑んできた。その戦闘中、【二重神降ろし(ダブル)】という技術を使って、楼夢(神楽)を苦しめた。

  髪は薄紫色で、リボンで結んでポニーテールにしてある。

 

 

 

 ♦︎ 綿月豊姫(わたつきのとよひめ)

 

  能力:海と山を繋ぐ程度の能力

 

  二つ名:海と山を繋ぐ月の姫

 

  月の都の最大戦力の一人。妹に綿月依姫がいる。

  お気楽な性格で、基本マイペース。

  ビジュアル系の男性が好みで、楼夢(神楽)はちょうどそれにヒットしていたため、興味を持たれた。

  好物は桃。食い過ぎてもなぜか太らないので、依姫にいつも嫉妬がられている。

 



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ミラクル暴走少女参上!編
新生・白咲楼夢



神様も趣味が悪いねぇ


by白咲楼夢


 

 

「あああああああああ!!!」

 

  下から押し上げてくる冷たい風。それが自分の頬を叩く。

  凄まじい浮遊感。まるで、バンジージャンプをしているようだ。

 

  ……いや、今の表現は間違っているのだろう。

  ーー現在、私は大空の中、急速落下しています。

 

「こんなの聞いてなぁぁぁぁぁい!!」

 

  怖い怖いっ!

  地獄では高いところから落ちることなどなかったので、飛ぶのとは別の、久しぶりの自由のきかない落下に相当恐怖している。

 

  腹に来るふわっ、という感覚。

  うっ、吐きそう……。

 

「いや、吐いてたまるか! ……って、あれ?」

 

  【形を操る程度の能力】で大きな傘を作ろうと思ったのだが、なぜか上手く操作できない。

  そうこうしてると、変化させようとした鉄球が破裂してしまった。

 

「って、ヤバッ! えーと、えーと……翼展開!」

 

  鉄片が飛び散り、結構焦るがとっさに黒翼を広げることに成功した。

  よし、これならばーーあっ。

 

  飛ぼうとした矢先の眼下に広がったのは、数メートル近くにある地面。

  ……あっ、これダメなやつや。

 

  生き返って早々、爆発のような衝撃音とともに、()は地面に激突した。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「痛ぅ〜、蘇生した直後で死ぬところだった……」

 

  頭を抑えながら、なんとか立ち上がる。

  結局、広げた翼が下敷きになったおかげで大した怪我は負っていない。……それにしても、なんで能力が使えなかったんだ?

 

  そして疑問はもう一つある。

  ……あれ、木々ってこんなに大きかったっけ? いや、それだけじゃない。周りのもの全てが大きく見える。

 

  そこで、地面に一つの封筒が落ちていることに気がついた。

  差出人は……四季ちゃんからだ。

  さっそく開けて読んでみよう。

 

 

  拝啓、ハエのように叩き潰したい楼夢殿へ

 

  全く……話も聞かずに生き返るなんて馬鹿ですか? 馬鹿ですよね?

  まあ、そこは置いておいて……単刀直入に今回の蘇生で起こるデメリットについて書かせてもらいます。

 

  まず、あなたの力はほぼ全てが西行妖と封印されているため、本来の100分の1の力しか使うことはできません。それでも中級上位ほどあるので、恐れ入ります。

  そして、最大の問題点。あなたの体を以前のように構成するには妖力が足りないため、幼い姿でしかあなたを蘇生することができませんでした。……ちなみに、服はサイズに合わせて蘇生するので、心配しなくてもいいです。

  そして幼児退行に伴い、性格や思考なども幼児退行すると思うので、お気をつけてください。

  というか、二度と地獄に戻ってこないでください。

  もう二度とお会いしないことをお祈りします。

 

 

  映姫より

 

 

「ふっざけんなぁぁぁぁぁ!!!」

 

  叫ぶと同時に、手に握りしめた手紙を引きちぎる。

  すると、隠れていたのかもう一枚の手紙が落ちてきた。

 

 

  P・S

 

  これであなたも低身長の苦しみがわかるはずです。思い知りなさい!

 

 

「余計な御世話だぁぁ!!!」

 

  今度は狐火を感情のまま出現させ、二枚ともまとめて消滅させた。

  測ってみたところ、私の身長は見事に140台にまで縮んでいた。

  ふざけんな! 最後のは八つ当たりでしょ!? ……いや、よく考えれば数百年も同じネタでいじり続けた私が悪い気も……。

  ……いや、気のせいだ! 正義は私にある!

 

  さて、さっきからずっと思っていたことがある。

 

「口調どころか一人称まで変わってるじゃん!? もはや幼児退行じゃないよこんなもの!」

 

  おかしい。明らかにおかしい。

  四季ちゃんの手紙には幼児退行って書いてあった。でも、この背ぐらいのころだと固いデスマス口調だったはずだ。それに、感情もこんな風に表に出たことは一切ない。

 

  そこで私に一つの可能性が浮かんだ。

  もしかして、幼児退行って『人間』白咲楼夢の幼い姿に戻るんじゃなくて『妖怪』白咲楼夢の幼い姿になるんじゃないのか?

  可能性は十分にある。

  以前の人格を幼くすると、だいたいこんな感じになりそうな気がする。

  そもそも、私は『白咲神楽』のパーツから生まれたわけであって、本人というわけではない。つまり、私と神楽は単に似ているだけの赤の他人なのだ。

 

  ……はぁ、もういいや。

  意識すれば以前のように話せるのだが、さすがに面倒くさい。これからは必要なときだけ元に戻すようにしよう。

 

  さて、次は能力の確認だ。

  この場合、【形を操る程度の能力】だけを指すのではなく、妖力などの戦闘能力も含まれる。

  適当にあった木の枝に能力を発動。異常なほどリアルなハトを作ろうと思ったのだが、枝はぐにゃりと歪な形に曲がると、内側から破裂した。

  別の素材でも試してみたが、結果は同じだった。

 

  念のため、精神統一して能力名を頭に思い浮かべてみよう。

  そこに浮き上がってきたのは、驚愕の真実だった。

 

「【形を歪める程度の能力】……? って、どう見ても下位互換でしかないじゃん。能力までグレートダウンするなんて聞いてないよ……」

 

  なるほど。形を操れないのはこのせいか。

  この能力はその名の通り、物を歪ませることしかできないようだ。しかも生物には作動しないっていう弱点もそのままである。

 

  ええい、次だ次!

  脳内で巨大術式を描き、それを発動しようとする。

 

「【イオグランデ】! ……やっぱダメか」

 

  しかし、予想通り魔法は発動しなかった。

  その他の巨大術式を発動しようとしたが、それらもダメだった。

 

  まあ、その理由はわかりきっている。

  単純に力が足りないのだ。戦略兵器級の術式に注ぐ力が。

  なので、

 

「【メラ】」

 

  突き出した手のひらから球状の炎が出現し、的である木を爆発させる。

  このように、術式の難度を下げれば簡単に発動できる。

  ちなみに通常のメラは木を一つ吹き飛ばす威力はありません。私が操っていたからなんだろうけど。

 

  ただ、神力の量だけはなぜか昔と大差なかった。

  おかしいな……神楽の記憶では白咲神社はほぼ参拝客が来なくて信仰なんて欠片も集まってなかったんだけど。

  とはいえ、今の器というかスペックが低くて妖力とかと同じ量しか一度に放出できないみたいだけど。

  くそっ、同じ低身長であそこまで神力を使える諏訪子が羨ましい……。

 

 

  とにかく、これで一通り現状がわかったし、大丈夫だろう。

  いや、大丈夫じゃないけど。今の状態で鬼(主に剛)なんかに会ったら本当に瞬殺される。それだけは勘弁してほしい。

  まあ、まずは初めなきゃ何も進まない。ひとまずは、現在地の確認といこう。

 

  狐妖怪が得意とする幻術を自らにかけ、他人からは私の姿は見えないようにする。

  変装も良かったけど、最近のファッションなんてわからないしね。そもそも私はこの体に合う服を知らないし。

 

 

  しばらく適当に歩いていると、えらく整備された道に出た。

 

「おっ、これは高速道路だね。知識としてはあるけど、実際に見るのは初めてだなぁ」

 

 そう感動を覚えていると、小型のトラックが走ってきた。

  そうだ。ちょうどいい移動手段を見つけたぞ。

 

「よっと」

 

  妖怪としての身体能力で跳躍し、トラックに飛び乗った。

  目指すは新天地! 目標は白咲神社! いざ出発!

 

 

 

 ♦︎

 

 

「……おっ、でっかい建物が見えてきたね。てことは、あそこが新天地か」

 

  せめて土地名だけでもわかればなぁ……なんて考えていると、途中の看板に大きく『ようこそ京都へ』と書かれていた。

  あ、あれ……? 私の旅終了したんだけど?

  ま、まあ、京都に白咲神社があるのは知ってるけど、どこにあるかは知らないしね! 私の冒険はこれからだ!

 

  さて、街も見えてきたし、このトラックともお別れだ。

  妖力で作られた黒い翼を生やし、大空へと飛び立つ。

  ちなみに、翼のサイズは片翼で私を包み込めるほどでかい。まあ、私がちっちゃいのはもう今更だ。

 

  そういえば、私っていつの間にか脳の障害が治ってるんだよなぁ。

  肉体を再構成って、そういう意味もあったのか。でもこれで障害ありだとほぼ詰んでるので、正直嬉しい。

 

  そんなことを考えていると、街が近づいてきた。

  わーお。すごいビル群。さすが現代日本の首都、京都だな。

  適当な場所に降りたあと、上を見上げてそう思った。

  おっと。感傷に浸っている場合ではない。まずは情報収集からだ。

 

  私の記憶に【ネットカフェ】なるものが存在する。なんとそこでは制限があるものの、パソコンを無料で使えるらしい。

  ただ、神楽すらも行ったことない場所なのでどういった場所かはわからない。でも、とりあえずそこを目指そうか。

 

  場所を調べるなら、聞き取りが一番手っ取り早いだろう。

  こうやって姿を隠していては、不便なこともある。

  とはいえ、黒い巫女服の少女なんてこの時代では笑いものでしかない。インスタの良いターゲットだ。

  なので対策はさせてもらおう。

 

  お、ちょうど人通りが少ない裏路地にスーツ姿の男性が入って行ったぞ。

  彼に聞き込みをしようか。

 

「あの、すいません。ネットカフェの場所って知ってますか?」

「……巫女? いやコスプレか。君もそんなくだらないことをしているのなら、もっと勉強しなさい」

「……あっ? 喋ろって言ったよな? なめてんじゃねえぞ」

 

  もういい。話になりそうにない。

  なので催眠をかけさせてもらった。

  さあ吐け! ネカフェの場所を吐くんだ!

 

「ここから……右に行って、突き当たりをまっすぐ左に行くと……そこにあります」

「そうかい。ありがとね」

 

  彼のポケットの中の財布から、諭吉を1枚取り出しながら言う。

  そして記憶も削除させてもらった。

  まったく、失礼な……星と星の距離を一瞬で求められる紫よりも頭の良い私に勉強しろなんて。

  でもまあこれで軍資金は手に入った。あとは行くのみだ。

 

 

  男性の言った通りに進むと、ネットカフェらしきものが見つかった。

  ここでも姿を隠していくわけにもいかないので、多少訝しげな目で見られても仕方なく姿を現して入店する。

 

  ……はぁ。思った通り、注目を集めてしまったようだ。

  ま、ここにいたやつら全員にマークはつけた。用が済み次第、すぐに記憶を削除してやる。

 

  紅茶を頼み、パソコンの前へと座る。そしてすぐにキーボードを打って、白咲神社と調べた。

  ……見つけた。なるほど、こんな山奥にあるのか。

  意外にも、簡単に場所は見つけることができた。その理由はとあるオカルトサイト。

  そういえば、メリーたちと神楽が会ったのも、オカルトサイトが関係してたっけ……。

  というか、うちの神社を勝手にオカルトスポットにするな!

 

 

  それから、気になることは片っ端から調べた。

  どうやら今は神楽が死んでから一年程度しか経ってないらしい。

  それから、【産霊桃神美】についても調べた。それが意外にも昔色々やったことで有名になってるらしく、結構信仰されているようだ。……うちの神社に賽銭は来ないけど。

  でも、白咲神社と私との共通した情報はなかったため、単にうちの神社が何を祭ってるのか知らないだけだろう。

 

「ふぃー……腰が痛い。そろそろ移動しよっかな」

 

  腰をトントンと叩きながら、ネカフェを出る。と同時に術式発動。

  店内にいる人間全員の記憶を消去させてもらった。

 

「さて、いよいよ神社に向かおうか。……ん、あいつは……?」

 

  姿を消しながら交差点を歩いていると、見覚えのある白髪が目に入った。

  フード付きの黒いジャケット……ではなく、コート。それに白髪。

  ……いやいやまさか。あの野郎がここにいるわけ……ないよね?

 

  どうしても気になった私は隠密を最大限にして、白髪の男の後をつけるのであった。

 






「はい! とうとうやらかしました! 祝、主人公少女化! 作者です」

「……ああ、もう末期だなぁ……。狂夢だ」

「へろーえびりーわーん! 本日登場のニュー楼夢だよ!」


「おい作者。お前とっくにタイトル詐欺になってんぞ」

「失礼な! これでも私は男だ! 息子もちゃんとついてるんだぞ!」

「フタナリか……本当に末期だなぁ」

「いえ……あの、読者の方々に本当に申し訳ございませんでした! 今までの楼夢さんを崩してしまうこと間違いなしですが、しばらくはこのまま続けさせてください!」

「しばらくって、いつか元に戻るのか?」

「はい。設定上そうなります。ですが、後編は基本少女楼夢さんで続けていくので、今までの楼夢さんの出番が少なくなるかもしれません」

「いや、私男だから。何回言ったらわかるの?」

「黙ってろピンクファンキー頭! お前のせいでややこしくなってんだよ!」

「ああん? やんのかオラァ!」

「……とりあえず、前の楼夢さんが好きな方は大変申し訳ございませんでした。この楼夢さんも好きになっていただけるよう、精一杯努力しますので、今後もよろしくお願いします!」



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娘たちの幻想入り


ただいま、おかえり

それだけあれば、他はいらない


by白咲楼夢


 

 

  この世の娯楽とはなんなのか?

  一度、考えたことはないか?

 

  それは時に金だったり、女だったりで色々ある。

  だが、俺はすでに個人の財産では世界一と自負するだけの金もあるし、もう百年ほど会っていないが彼女もいる。

 

  では、俺の娯楽とはなんなのか?

  最近の世で、それは解決しつつある。

 

 

  チャリンチャリンという無数のコイン音が店いっぱいに聞こえる。

  その他ではゲームの演出音で耳が痛くなりそうだ。

  もっとも、最初に来たころは慣れなかったこの音も、今ではすっかり馴染んだのだが。

 

  俺はメダル落としの台の前に座っていた。

  決まった投入口にコインを投入し、それらが中で押し出されて落ちることによってコインを稼ぐゲームだ。

 

「もう少し……いや、次のタイミングで……」

 

  ガラスの奥には、今にも落ちそうな大量のコインで作られたタワー、通称【コインタワー】が見える。

  計算では、あともう少しで落ちる。だが、どのタイミングでコインを入れるかが俺を惑わせていた。

 

  ……よし、ここだ!

  そう思った瞬間、後ろから飛んできたコインが投入口に入り込み、コインタワーを一撃で崩した。

 

  お、俺のコインタワーが……。

 

  後ろを見れば、そこにはドヤ顔でこちらを見ている少女が。

 

「ふっふっふ。背後から獲物を盗られるとは、油断大敵だね」

「……ぶっ殺す」

「まあまあ落ち着きたまえ。君と私の仲ではないか」

「俺と……お前の仲?」

 

  記憶から探し出そうにも、目の前の妖怪に該当するものは見当たらない。

  そもそも俺の知り合いで少女なんてのは、今現在封印されたルーミアくらいだし。

  結論、

 

「いや、誰だよお前」

「……わかってたとはいえ、酷い答えだ……ほれ、服とか髪とかよく見ればわかるでしょ?」

 

  服? 髪?

  この少女は特徴的な、袖が分離してる黒い巫女服を着ている。髪は明るい桃色だ。

  ……うん? なんか特徴が一致してるやつが一人いた気が……。

 

「それよりもルーミアはどうしたの、火神?」

 

  その呼び方でやっと思い出した。

  この呼び方をするやつなんて、ルーミア以外あいつと、その娘たちしかいない。

 

「……ああ、お前楼夢か……」

「リアクション薄いねぇ。お兄さん寂しくなっちゃうよ」

 

  目の前の少女ーーっぽいジジイ、白咲楼夢は袖で口元を隠しながら、クスリと笑うのであった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「それにしても意外だね。火神は金いっぱいあるんだし、もうちょっと豪華な遊びをしてるのかと思ったよ」

「カジノにもしょっちゅう行くぞ? ただ、あれは遊びが増えねーから数十年以上やってると飽きるわけよ」

「その結果ハマったのが、数年単位で大量の遊びが増えるゲーセンってわけね……」

 

  ああ、私の少ない男の知り合いが現代に染まっていく……。

  同じ白髪仲間の破壊神様もさっそく部屋で引きこもって遊んでるらしいし。

 

  それはさておき。現在、私たちは白咲神社に続く長い階段を登っていた。

  私は当たり前だが、となりのバカが来ているのには理由がある。

  まあ、説明はそのときにすればいっか。

 

「なんか今ディスられた気がするんだが」

「あら、『ディスる』なんて現代語使っちゃって。私だけ取り残された気分だよ」

「話ズラしてんじゃねえよこのピンクファンキー頭。……いや、今の姿だと【ピンクアホ毛頭】がお似合いか?」

「あ、私のこのアホ毛を馬鹿にしたね! 今度あなたに『朝起きたら寝癖がパイナップルになる呪い』をかけてやる!」

「地味に嫌な呪いだな!?」

 

  まあ、そんなもの本当はかけれないんだけどね。以前の姿でない限りは。

  火神は以前の私がそういったこともできると知っていたため、本気で信じたようだ。

 

 

  そうこうしてるうちに、鳥居が見えてきた。

  ……うん、懐かしい。

  神社は手入れをされていないのでボロボロだが、それでもその大きさに迫力を感じる。

 

  そしてその中から、三人の人物がいることを私は感知した。

  さてと。久しぶりの娘たちとの再会といこうか。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「火神さんじゃないですか。ここに来るとは珍しい」

「昔は頻繁に来てたろ? 今日はちょっと用事があっただけだ。それよりも、お前ら確か天照大御神の神社にいたんじゃなかったのか?」

「うちの巫女の家系が途切れたんですよ。まさか私たちが消えて百年ほどで途絶えるなんて微塵も思っていませんでした」

 

  ああ、これはお父さんに叱られても文句言えません、と黒髪の娘ーー美夜はつぶやいた。

  そこんところは責任の一部は私にあるので、とやかく言うつもりはないんだけど。

  というか、元はと言えば神楽がさっさと子供作らなかったのが悪いのだ。だから娘たちは決して悪くない。神楽が悪い!

 

「ところで……そちらの方は?」

「……ふぇっ?」

「おい馬鹿、こいつにそんなこと言ったら……」

 

  美夜の言ったことが脳内で何度も何度も再生される。

  『そちらの方は?』、『そちらの方は?』、『そちらの方は?』…。

 

「火神……私はもう、生きる希望をなくしたよ……」

「ちっ、燃え尽きやがって……面倒くせぇ……」

「ええと、私何か失言しましたか?」

「こいつの顔とかよく見てみろ……すぐにわかる」

「……白咲家当主の巫女服に、桃髪……もしかして……お父さん!?」

「やっと気づいたか……まあ、手遅れなんだがな」

 

  そうかぁ……やっと気づいたのかぁ。

  近くで凝視されなきゃ気付かれない親なんて……。

 

「ぐすっ、私には親の資格なんてないんだぁぁぁ!」

「いい加減正気に戻れや!」

「危なっ! ……殺す気か!?」

 

  なんと、火神は隠し持っていたと思われるリボルバーを私の頭部めがけて発砲してきたのだ。

  それに気づいたのはほぼ勘で、巨大な蛇に尻尾を変化させ銃弾を叩き落とした。

 

「ふう。これで話が進むな」

「私への謝罪は!? ってか、なんでそんなもん持ってるの? 殴った方が速い気がするけど」

 

  あくまでこの脳筋限定の話だけど、と脳内で追加しておく。

  彼の話では、現代の闇社会では一つ持ってた方が都合がいいらしい。

  それに、火神の持っている【コルト・パイソン】は魔力を圧縮して放つうちに神器化したようだ。

  否、正確には神力はないので魔剣化……いや、魔銃化というべきか。

  それによって、遠距離攻撃ではかなり使える武器になったらしい。妬んだルーミアに壊されないことを祈るばかりである。

 

「えーと……とりあえず、上がっていくかしら?」

 

  そうだ、忘れてた。

  火神のせいで、再会の言葉を交わすタイミングを失ってしまった。まったく、どいつもこいつもドイツも……。いや、ドイツは関係ないか。

 

  二つ返事で、火神は一足早く裏にある家へと入り込んでいく。

  そうだ。

  私は火神を追うように玄関に入ろうとする美夜を引き止めると、

 

「言い忘れてたけど……ただいま」

「……うん、お帰りなさい!」

 

  先ほど言えなかった、再会の言葉を交わすのであった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

  神社内の居間には、私、火神、それと三人娘たちがそれぞれ座っていた。

  ちなみに、美夜以外の金髪と銀髪の二人ーー清音と舞花には、すでに私のことは説明してある。

  やはり盛大に驚かれたが、元々懐きやすい清音はともかく、無口な舞花もすぐに慣れたようである。

 

  そして私たちは大きなちゃぶ台を囲んで座っている。

  手にはコップやら杯やら酒瓶やらが。

 

「えーこほん。本日は私とみんなとの再会を祝って……乾杯!」

「「「乾杯っ!!!」」」

「かんぱ〜い……」

 

  えらく適当な掛け声をしたやつが一名いたが、まあいいだろう。

  数百年ぶりに自作の酒【奈落落とし】を杯いっぱいに注ぎ、飲み干す。

 

  くぅ〜、やっぱ酒はこうでなくっちゃ!

 

「なんか、その姿で酒くさいと違和感あるよねー」

「……萃香に似てる」

「失礼な。私も萃香も立派な大人だっていうのに」

「見た目ロリがなに言ってやがる」

 

  なんだとぉ? ロリを馬鹿にすんじゃない!

  ロリは希望だ! 夢だ! この世の全てだ!

  ……って狂夢が言ってた気がする。ていうかこれ犯罪者予備軍のセリフだよね?

 

「そうだ。お父さんが死んだあと、剛さんからお供え物があったんですけど……あった、これです」

 

  彼女が頑丈そうな黒い箱の中から取り出したのは、一個の瓢箪(ひょうたん)だった。

  ……ああ、萃香や剛なんかの鬼が持ってるやつだ。

 

「これは【鬼神瓢(きじんひょう)】と言って、水を入れれば酒を作り出し、酒を入れればその味を上げる効果があるらしいです」

「へぇ……どれ、ちょっとやってみるか」

 

  妖術で水をその場に作り出し、コントロールして瓢箪に入れる。

  そして振ってみると、中から確かに酒の匂いが漂ってきたので、口にしてみる。

 

「ぷはっ! 私にはちょうどいいけど、結構強いね。気に入ったよ」

「ちなみに、それは剛さんが昔使ってたものらしいです」

「ブッフォォッ!?」

 

  衝撃の事実に、思わず噴き出してしまった。

  剛が使用済みってことは……間接キスですね逃れようもなく。

  男としては素直に嬉しいんだけど、それ以前に恥じらいを持てよあいつ!

  いや、無理か。というかこの姿で出会ったら、マジで腹パンで気絶させられて屋敷に監禁されかねない。

  あいつは目的のためなら手段選ばないからね。

 

「頑丈に作られているから、剛さんが殴らない限り壊れないそうですよ?」

「それって逆に言えばほとんど壊れないってことでいいんだね?」

 

  伝説の大妖怪の一人、鬼城剛。

  私がスピードとテクニック、火神が広範囲による壊滅なら、彼女は一撃による破壊だ。

  範囲では術式が使えない分私や火神には劣るが、その一撃は世界一だ。おまけに拳で風圧などを巻き起こせば、それなりの範囲に届くという弱点カバーがされてある。

 

  実際、私もその一撃で脳の障害が残ったことがあった。

  まあ、あれは火神にしこたま殴られ脆くなったあと、同じ箇所を剛に殴られたのが主な原因なのだが。

 

  まあ過去のことはさておき、この瓢箪はありがたく重宝させてもらおう。

  一緒にセットでつけられていた鎖で瓢箪と私を繋げ、腰につけておこう。

 

「そうだ。紫の幻想郷ってどうなったか知ってるか?」

「……はい。もうすっかり完成していて【最後の楽園】と呼ばれるほどの場所になったようです。実は私たちも一度幻想入りに誘われたのですが……お父さんの許可なしに神社を動かしていいか当時は判別がつかず、断ってしまいました」

 

  美夜は、あの時は若かった……というような過去の自分を悔やむように話してくれた。

  ……まあ、その判断のせいで巫女の一族を失ったわけだしね……。

 

  でも、彼女は本当のことを私に語ってくれた。

  なら、私も私の考えをはっきりと言わせてもらおう。

 

「みんな、聞いてほしい。私は白咲神社を幻想入りさせたいと思ってる。反対ならば、正直に言ってほしい」

「私は賛成です。それがお父さんの意思なら」

「私もさんせーい。この世界は恐怖や信仰がないから、生きにくいしねー」

「……私もです。姿を隠さないと生きていけない世界なんて、めんどくさい」

 

  みんなの顔を見渡す。

  どうやら、それが娘たちの真意らしい。

 

「なら決まったね! 火神、転移の魔方陣は私が描くから、魔力注ぐのよろしくね!」

「報酬は?」

「美夜、適当に五百万円ほどの価値になるものを倉庫から持ってきて!」

「よし、その仕事、やらせてもらおう!」

 

  黄金の剣やら宝石やらで適当に前払いを済ませる。

  神楽は知らなかったが、実は白咲神社の隠し倉庫にはこれまで私が旅で手に入れてきた財産が眠っている。

  それらは全て売ればたちまち億万長者になれるほどだ。まあ、もったいないから売らないけど。

 

  決まったなら話は早い。

  私は三十分ほどで神社を囲うように巨大な魔方陣を描いた。

 

「そうだ。私は後十年ほどこの世界にいたいから、神社の修理やらよろしくね?」

「えっ? ……はぁっ、わかりました。残念ですけど、この世界にはこの世界での魅力がありますからね。存分に楽しみ、できれば早く帰ってきてください」

「そうそう。紫には私のこと話さないでよ? 今の私じゃ抵抗できずに、無理やり拉致られる可能性もあるんだから」

 

  私の友人である剛と紫は、少なからず私に好意を向けてきているらしい。四季ちゃんが長々と説明してくれた。

  確かに、二人はよく私にアピールしてきてたような気もする。

  その方法はそれぞれだが、二人の本質は少し似ている。

  剛は一度酒に薬を混ぜて眠らされ、鎖で縛られたこともあった。

  紫も寝ている私に妖術をかけて縛り上げ、そのままお持ち帰りされたこともある。

 

  ま、最終的に力技で抜け出して拳骨食らわせてやったのだが。

  紫は多少反省してたのだが、剛は逆に何がダメなのかわかってないようだった。

  もし、この二人に私が弱体化したことが知れたら?

  間違いなく厄介なことになる。

 

  なので、しばらくはこの世界を観光しつつ力を鍛え上げ、ある程度は抵抗できるようにならなきゃならない。

 

  っと、どうやら私が思考してるうちに魔方陣の魔力が満タンになったようだ。

  なら、さっそく起動させるか。

 

「というわけで、後のことは頼んだよ!転移発動!」

 

  私がそう唱えると、神社が巨大な光に包まれ、大きく輝いた後、姿を消した。

 

「……行ったね」

「んじゃ、俺はもらうもんもらったし、帰らせてもらおうか。また依頼があれば言えよ?」

「自分一人なら、ギリギリ【亜空切断】で行けるから大丈夫だ」

 

  そう言って、私は彼に背を向け、次の目的地へと歩いていった。

 

  そして私はこの後、娘たちが幻想郷の異変に巻き込まれることを知らなかった。

 

  ……まあ、なるようになれ、だ。

  私は悪くない!

 

 






「今年最後の難関終わったァァ!! ざまあみろクリスマス! 25日は楽しく一人でチキン食べてた狂夢だ」

「宿題だるすぎる! 早い日に書き初めやったら、案の定墨汁を床に落とした作者です」


「そういやこの小説のキャラって全体的に身長低いよな」

「作者の東方は『少女』というのをイメージしてるので。以前の楼夢さんも165以上170未満の身長ですし」

「他のキャラはどうなんだ? 例えば紫とか」

「紫さんや永林さんなどの身長高めなイメージのキャラも、165未満にしてあります」

「他のキャラは?」

「自機キャラやその他の少女も基本的に160程度です」

「ロリ系は?」

「ロリ系は140程度に抑えています。個人差はありますが」

「ふっ、いいじゃねェか。ちなみに俺は?」

「167ですね」

「火神は?」

「175ですね」

「なんでや!? なんでこいつだけ身長高いんだよ!? 俺も男だぞ!?」

「楼夢さんと狂夢さんは同じ身長って設定なんですよ!? 文句あるのか!?」

「バリッバリあるわ! 今日こそ殺してやる!」



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初めてであり、久しぶりでもある


私は知ってるだけで、覚えていない

本の文字だけ覚えて、物語を覚えてないようなもの

ただそれだけが、私と彼との大きな違い


by白咲楼夢


 

 

  墓参り、という言葉がある。

  主に先祖の墓を拝むという意味の言葉だが、先祖でなくても墓参りということもある。

 

  白咲神社の外れ。

  そう、目の前には、立派な墓標が()()建っていた。

  両サイドの墓には帽子と首飾りがかけられていたが、真ん中のものにはそれらが何もない。

 

  三つの墓には、こう刻まれていた。

 

  ーー宇佐美蓮子、ここに眠る。

 

  ーーマエリベリー・ハーン、ここに眠る。

 

 

  そして、ーー白咲楼夢、ここに眠る。

 

「全く……ご丁寧に墓なんて建ててくれちゃって。柄じゃないでしょうに。ーーねえ、岡崎」

「……楼夢」

 

  笑いながら振り向くと、そこには白咲神楽の、そして秘封倶楽部顧問である岡崎が立っていた。

  彼女はまるで信じられないものを見たかのように、私を凝視している。

 

  ふむ、神楽が岡崎に会ったのは髪を切ったあとなので、私と彼を結びつける理由にはならないはずなんだけど……。

  あっ、そういえば岡崎は東京でのレポートで神楽の巫女姿の写真を見ていたっけ。納得、納得。

 

「おっと、言い忘れてたけど私はあなたの知る【白咲楼夢】ではないよ。それとは別の存在だと思ってくれてもいい」

「……それでは貴方は何なのかしら?」

「白咲楼夢。六億年前より存在する大妖怪であり、白咲神社の神でもあるよ。以後よろしく」

 

  そう言ったあと、少々キザなポーズを決めて礼をした。

  相変わらず、岡崎は奇怪なものを目にしてるようにこちらを見ている。

  ……いや、私って妖怪だから、奇怪なもので合ってるのか?

 

「私の教え子の楼夢とはずいぶんと印象が違うのね?」

「いや、喋り方を戻せばーーこれでいいだろ、岡崎?」

「っ! 嫌なもの見せてくるじゃない……!」

 

  声のトーンを低くして、蘇生前の私の声に戻してみたけれど岡崎には嫌われてしまったようだ。

  まあ、そりゃそうか。自分の教え子のドッペルゲンガーらしきものが目の前にいれば、誰だって嫌な気分になる。私だったら絶対殺してるし。

 

  だけど、今回は嫌われて恐怖を味わうために話しているのではない。

  だから、彼女を刺激したことは失敗だった。

 

「勘違いしないでほしいよ。私はあなたに礼を言うためにここにいるんだから」

「……えっ?」

「三人の墓を建ててくれてありがとう。あの子たちが報われたなんて言わないけど、少なくとも私の子孫の場所を作ってくれたことに、私は礼を言いたい」

 

  そう言って私は素直に頭を下げた。

 

  私は神楽から生み出された存在だ。

  同時に神楽は私の子孫でもある。

 

  卵が先か、鶏が先か。

  そんなことはどうでもいい。

 

  私は一人の先祖として、岡崎に深く頭を下げた。

 

「……私は仮にも教え子たちを放っておけなかっただけよ。礼はいらないわ」

「それでいいよ。こっちからの一方的な言葉ってことで」

 

  私はそう言うと、踵を返して元来た道に戻ろうとする。

  もうここには用はないからね。

 

  しかし、岡崎は振り返って私を呼び止めた。

 

「待ちなさい。せっかくなんだし、少しお茶どうかしら?」

「……そうだね。私はあくまで知識としてここを知ってるだけで、詳しくは何もわからないからね。これからのこともあるし、色々教えてくれたら助かるかな」

 

  それに昼飯をおごってくれるなら助かるし、とはさすがに言わなかった。

  いやね、ポケットマネーにはだいぶ余裕あるのよ?

  でもね、これが切れると売るなり盗むなりなんなりしなくちゃならないから、さすがに面倒なのよ。

 

  というわけで私は岡崎とともに、車が停められている場所まで移動し、早速乗り込んだ。

  いざ、出発しんこー! アクセル全開だぜ!

 

  ……いや、本気で全開にしないでくださいよ?

 

 

 

  ♦︎

 

 

「おお! これが知識で見た【ハンバーグ】か! 味も香りも知ってるけど、食べたことないから楽しみだね!」

 

  街まで下りてきたところで、私たちは近くにあったファミレスを見つけ、そこで昼食をとっていた。

 

  ちなみに、私の服装も変わっている。

  とはいえ、巫女服の上に黒のコートを着ているだけなんだけど。

  ちょうど今の季節は冬だし、巫女服を隠すのにちょうどよかった。

  ちなみに出費は岡崎からである。

 

  運ばれたハンバーグを噛み締める。

 

  くぅぅ! 肉とソースがたまらん!

  美夜や私も料理できるけど、やっぱりジャンキーなものもたまには悪くないね。

 

「私はお茶しに誘ったのに……いつから昼食の誘いだと勘違いされたのかしら」

 

  ため息をつきながら、岡崎も頼んだスパゲッティを口に運んでいる。

  違うぞ岡崎。勘違いではなく、意図的だ!

 

  なんとなく開き直った私は岡崎のため息を聞かぬふりをして、目の前のハンバーグを腹一杯まで食べた。

  ……一般的には少量と言えるほどしかないんだけどね?

 

  いや、あのね。私は蘇生前から元々大量に食べれないのよ。

  それがこの姿になったらさらに食べれなくなっただけで。

  ちなみに甘いものはなぜか問題なく入る。甘いものは別腹という言葉は本当だったようだ。

 

 

  一通り全て食い終わると、今度はデザートでケーキと紅茶を頼んだ。

  ふと顔を上げれば、岡崎もコーヒーとケーキを頼んでいた。

  ……以外と女子なんだなぁ……。

 

「次何か言ったら首の骨折るわよ?」

「いえ、なんでもないっすすんません」

 

  なんで私の考えてることわかるんだよぉ……。

  思えば永琳も紫もそうだった気がする。

  女性にはなんらかのテレパシー能力でもあるのかしら?

  ちなみに私にはないと断言できる。なぜなら私は男だからだ!

 

  まあ変な思考タイムはやめにして、ケーキを口に運ぶ。

  うむ、甘い。さすがはショートケーキだ。

 

「そういえば、あなたは妖怪でもあり神でもあると言ってたけど、実際何ができるのかしら?」

「私は縁結びの神だから、恋愛運を上げることができるよ。岡崎の運も上げてあげよっか?」

「やめとくわ。私まだ結婚する気ないし」

「若いうちにゲットしとかなきゃ大変だと思うけどね」

 

  ああ、この人絶対結婚できないな、なんて思ってしまったのは秘密だ。

  いやだって、これ後々結婚できない人のセリフでしょう?

  次会った時に研究と結婚してそうで怖い。

 

「その時はその時よ。それよりも、妖怪としてはどれほどの力を持ってるのかしら?」

「星単体を消し飛ばすくらいはできるよ。……以前はね」

「……よければ聞いてもいいかしら?」

「いいよ。とある事情があって、いまは以前の百分の一……あるいは千分の一ほどの力しか出せないんだよ。つまり、今の岡崎より圧倒的に弱いね」

「……あら、気づくのね?」

 

  私が言ったことに偽りはない。

  四季ちゃんには百分の一と言われたけど、神解状態を込みだとおおよそ千分の一になる。

  とはいえ、私がそれらと比べたところでクソザコなことは変わらない。

 

  ーーそう、たとえ岡崎の魔力が一年前と比べ物にならないほど跳ね上がっていなかったとしても。

 

「幻想郷って知ってるかしら? 私は研究の末ようやくそこにたどり着き、早速行ってみたわ。魔力が跳ね上がったのはその時の研究のおかげ」

「大妖怪クラスの魔力、ね……。それじゃあ岡崎の研究は完成したの?」

「ええ、一応ね。そしてとても発表できるものじゃないと気づいたわ。こんな力が世間に知られれば、世はたちまち戦国時代に逆戻りよ」

 

  まあ、そりゃそうなるわ。

  魔力に限らず、こういった力は才能によって一般人でも恐ろしい力をもつ可能性がある。

  今の世が平和なのは、一部を除いた人々が上に逆らう力を持たないからだ。それが一般人にも備わるとなると、あちこちで下克上が巻き起こることだろう。

 

  ……まあ、それはそれで私たちにとって都合がいいのだけれど。

  適当に異能力で人間が戦争を起こしたところに、私や火神、剛なんかがそれらを一方的に皆殺しにする。

  その後、世界中の妖怪たちを各地の街で暴れさせる。

 

  それだけで、妖怪の恐怖を再び呼び戻すことができる。

  そうすれば、この世は再び妖怪や神々の支配する時代が訪れる。

  つまり、人間たちが自滅し合うことは、私たち妖怪にとっては都合がいいのだ。

  人間が減りすぎるのも問題だけど、数億程度なら問題ない。昔よりはずっと多いので、まだマシだろう。

 

「貴方すごく悪い顔をしてるわよ」

「ふふ、そうかな? それよりもその研究成果を発表したほうが岡崎にとってはいいんじゃないの?」

「……曲がりなりにも、貴方も妖怪ね。貴方の思惑はわかってるから、その手には乗らないわよ」

「ふふ、残念」

 

  というか今気づいたけど、以前の力がなきゃそれもできないんだけどね。

  そのためにも、早く西行妖をぶっ飛ばさなきゃ。

 

「さて、お腹も膨れたし、最後に質問いいかな?」

「何かしら?」

「幻想郷は楽しかった?」

「……ええ。とても綺麗で、美しかったわ」

「……ふふっ、それはよかったよ。紫の夢に協力した甲斐があるってものだね」

 

  岡崎は他人によって態度を変える人間ではない。つまり、あれは彼女の本心だということになる。

 

  忘れられたものが集う、【最後の楽園】か……楽しみになってきたじゃない!

 

「ありがとう岡崎。それと隠れてDXパフェ頼んじゃったけど、会計よろしくね!」

「え、あれってニ千円以上したわよね……?って、ちょっと待ちなさい!」

 

  風のように店を飛び出て、全力で走り去っていく。

  ハハハ! 待てと言われて待つ犯人はいない!

  弱体化したとはいえ、光速の速さを誇る私に追いつけると思うなよ!

 

  妖力を黒翼に全力で注いで巨大化させ、ジェット噴射するかのように空へと飛び立ち、私は逃走したのであった。

 

 






「明けましておめでとうございます! いよいよ後編まで来てしまいましたが、今年も【東方蛇狐録】をよろしくお願いします! 作者です」

「明けましておめでとう! なんやかんやで一年以上続くこの小説だが、最後まで読んでくれると助かるぜ! 狂夢だ」

「みんな明けましておめでとう! まだまだ後編の私に慣れない人もいると思うけど、楽しんでくれると幸いです! 楼夢です」


「いやーとうとう今年を迎えてしまいましたよ。ちょっと予想外だったなぁ」

「ああ、俺もそう思う。なんせ初期は千から二千文字しかなくて、文章力も酷かったもんな」

「うんうん。たくさんの読者様がいなかったら、今ごろこの小説は失踪してたと思うしね」

「そう思うと、色々な人たちに支えられて今筆を握ってるのだと、しみじみ感じられます」

「お前スマホだから筆なんか握ってないだろ」

「そういう意味じゃねえから! 空気読めよ!」

「ああ!? 他人の空気なんざ読んでるだけで面倒クセェだけだろうが!? ぶっ殺すぞ!」

「せめて正月の挨拶くらいきちんとしろよ!」


「……えー、皆さん今年もこの小説をよろしくお願いします。おそらくあと一年も満たないでこの小説は終わりを迎えるでしょうが、最後まで読者様と一緒にいられるよう頑張りたいと思います。では皆さん、今年もーーー」


「「「キュルッとしていってね!!!」」」





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春風とともに……


太陽と月

片方欠けては成立しない

両方あっての空なのだ


by白咲楼夢


 

 

  そして、十年の時が経った。

 

  いや、色々飛ばしたけど何もなかったわけじゃないのよ?

  海外を飛び回って旅行したり、その過程で修行したりなどなど……。

  そのおかげで、大妖怪一歩手前クラスくらいの妖力を得ることができた。数値で言うなら、総合戦闘能力:1万だ。

 

  これくらいの数値があれば、だいたいの妖怪と殺しあっても大丈夫だろう。

  アウトなのは紫や幽香クラス、つまり大妖怪最上位より上はまったく歯が立たなくなる。

  そもそも、大妖怪下位でさえ下手したら殺されるのだ。その戦力差を埋められるのは私の六億年の戦闘経験のおかげにすぎない。

 

  まあ、そもそもそんなやつらに当たる可能性など極小だ。一番あって、妖怪の山の烏天狗が絡んでくるぐらいだろう。

 

 

  話は変わって、私は今電車に乗っていた。

  窓から入り込んでくる春の暖かい風が、私の長い桃髪をたなびかせる。

 

  とはいえ、私の服装は冬と変わらない。

  そもそも、これは巫女服を隠すために着ているのだから、暑いとかそういう問題じゃないのだ。

  まあ、あのあと私の技術で温度調整できる術式を刻んでいるので、そんな問題はないのだけど。

 

  行き先は長野。

  ここに行く理由は、古い友人たちに会いに行くためだ。

  やっぱり友達は大切にしなくっちゃね。

  え? なんで十年前に会いに行かなかったのって?

  い、いや、それはあれだよ。決して忘れてたってわけじゃなくて……。

  というかそれを言っちゃえば、幻想郷にいる友人たちはどうしたって話になっちゃうんだけどね。

 

  まあ、最終的に会いに行くから問題はないでしょう。

  問題ないったらない!

  異論反論は許さん! いいね!?

 

 

 

 ♦︎

 

 

  そしてたどり着いた、長野県諏訪市。

  ここまで言ったら、どこに行くつもりなのか想像できたと思う。

 

  駅を降りてスマホのナビを頼りに歩いていく。

  ……当たり前だけど、ここも随分変わったもんだ。

  木で作られていた質素な家も、デコボコの通路も、その面影すら消えている。

 

  ……いや、消えてないものもあったね。

  諏訪湖。とある神社裏にある湖。

  こればかりは、さすがに今でも残ってるようだ。

  まあ、埋め立てでもしたらミシャグジの祟りが降り注ぐことだろうし、ちょうどいいんだけど。

 

  黒翼を羽ばたかせ、鳥居の前に降り立つ。

  それにはボロボロの文字で【守谷神社】と書かれていた。

 

「やっぱり……ここもこうなっちゃってたか……」

 

  日夜信仰が捧げらてたこの神社は、今やその面影すら見えないほどボロボロになっていた。

  時狭間の神が言うセリフじゃないけど、時ってのはやっぱり残酷だ。

  少し湧いた寂しい気持ちを抱えながら、境内に入る。

 

「……ん? あれは……?」

 

  境内の中には、一人の少女が箒でそこを掃除している姿があった。

  緑色の髪に、青と白の見たことある巫女服。

  間違いない。彼女は、この守谷神社の当代の風祝(かぜはふり)だ。

 

  彼女は私に気づくと、驚き半分、喜び半分で私に声をかけてくる。

 

「え、えーと……こんにちわ! ようこそ守谷神社へ! 本日は参拝ですか?」

 

  ぎこちないながらも、大きな声で一生懸命やってるのがわかる挨拶だ。

  可愛いし、これはアリだ。うちの十五代目巫女も彼女を見習え、ほんと。

 

「うん、こんにちわ。今日はちょっと古い友人に会いに来たんだけど、いいかな?」

「え、友人……ですか? ここには私以外人はいないはずなんですけど……?」

「ちゃうちゃう、人じゃないよ。おーい神奈子ー! 諏訪子ー! いるんでしょ!」

 

  私は大きな声で、本殿に向かって友人たちを呼んだ。

  しばらくして、奥の方から誰かが出てくる。

 

「……誰だい、私を呼ぶのは……?」

「私だよ私。わ、た、し」

「……誰かしら? オレオレ詐欺なら勘弁してほしいんだけど」

 

  ……ちくしょう、お前もか。

  気だるそうに障子を開けて出てきたのは、武神である神奈子だった。

  ちなみに諏訪子の姿は見えない。中から気配も感じないので、これ以上このことに頭を回すのはやめよう。

 

  それよりも!

  どうしよっか、これ。岡崎が一目で見破ったので、忘れてたわ。

  いやいや、一時期ここで暮らした仲なんだし、気づくはずだって。

 

「え、えーと、ほら、この顔に見覚えあるでしょ? 私たちの仲なんだし、さすがに……ね?」

「というかお前、妖怪だろ? そんなちっこい知り合いなんて、諏訪子ぐらいしか私は知らないよ」

「誰がちっこいだテメェ! 表出やがれ!」

「……まさか、楼夢か……?」

「俺の怒鳴り声で思い出してんじゃねえよ! もちっとよく見ればわかるだろうが!?」

 

  着ていたコートを投げ捨てながら、彼女に怒鳴る。

  いやさすがに失礼すぎるでしょ!?

  なんなの? お前には私がちゃぶ台返しする雷オヤジにでも見えんの?

 

「楼夢は雷オヤジみたいに怒鳴ってるのが、常だったからなぁ……」

「図星かよこの野郎! やっぱ表出ろや!」

 

  私がそう【神理刀】を振り回しながら叫んでいると、風祝の子がオロオロしながら話しかけてきた。

 

「わわっ! やめてください! 外での帯刀は銃刀法違反ですよ!」

「……そうだね。少し取り乱しちゃったよ」

 

  このままじゃほんとに泣き出しそうだったので、仕方なく刀を消す。

 

「そーだぞー。ルールを守らなくちゃなー」

「武神が銃刀法違反を語るな! イメージダウンしまくりだわ!」

「もう落とすイメージもないから大丈夫」

「……そのことについても聞かせてもらうよ。とりあえず上がらせてもらおうか」

 

  許可はとらないけどね。

  そう言って、本殿の縁側からぴょこんと飛んでお邪魔する。

 

「わーお、人の家に無許可で、しかも縁側から入ってくる人は初めて見ましたよ」

「ここ神社だし。それに私は妖怪だから」

「そうでしたね。では、退治を」

「……たった今主人と話し合った人物を退治する人も、私は初めて見たよ」

 

  しかも彼女自身の霊力も高いため、ちょっとだけシャレにならない。

  どれくらいかというと、ちゃんとした修行を積めば私が見てきた中でトップレベルの風祝になれるだろう。

  まあ、風祝としての能力外だと、早奈が一番なんだけど。

  ……彼女も、いずれ助けなくちゃな……。

 

  人を辞めてまで私を求めた彼女のことを頭の隅に追いやり、私は見慣れた居間で寝転がって、彼女らを待つのであった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

「さて、まずはどこから説明したもんかねぇ……」

 

  座布団に座った神奈子がどこから話を切り出そうかと、ため息をつく。

  なにやら昔のような力に溢れた感覚がなく、重りを背負ってるかのように疲れているね。

 

  その理由はおそらく、失ったものがあるからだろう。

  今居間で座っているのは私、風祝の子、神奈子の()()だけだ。どう見ても一人足りない。

 

「……諏訪子はどうした?」

「……あいつなら、神力が足りずに消えちまったよ。私もあと数日でそうなるだろうねぇ……」

 

  ……やっぱりね。

  神というのは信仰なくして生きていけない存在だ。非科学を否定されたこの世界では、存在を維持することも難しいのだろう。

 

  ……だけど、まだだ。まだ終わらんよ!

  つーか、ここで数少ない友人を失ってたまるかっての。

  今この時こそ、私が持ってる不要な神力を使う場面でしょ!

 

  脳内で巨大術式を構築。

  対象は神社全体。姿が消えていてピンポイントで狙えないので、ここら一帯を神力で溢れさせるという寸法だ。

  産霊桃神美として、ウロボロスとして得た膨大な神力はそんな無駄使いを可能にする!

 

  私は迷わず、体内の神力を神社内にばらまいた。

 

「……力が溢れてくるぞ! なんだか若返ったような気分だ!」

「神奈子様、光が……光が集まってきていますっ!」

 

  風祝の子の言う通り、どこからともなく現れた光の欠片が一箇所に次々と集まっていく。

  そして完成すると、目も開けられない光を発しーー諏訪子を再び、形作った。

 

「……ふわぁ……あれ、私って消えたんじゃ……?」

「す"わ"ご"さ"ま"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

「ちょっ痛い痛い!? ああ、服が涙と鼻水まみれに!」

 

  復活した諏訪子を見た瞬間、風祝の子は顔面をぐちゃぐちゃにさせながら諏訪子へと抱きついていった。

  ただ、諏訪子としてはいきなり目覚めた後に涙と鼻水まみれになって、少し災難だろうが。

 

 

  この後、泣きじゃくる風祝の子を元気になった二人がなだめて、改めて現状の説明をすることになった。

  ちょっと遅れたけど、風祝の子も紹介してほしいしね。

 

「さて、まずはこの子からだね。ほれ、自己紹介しなさい」

「は、はい! 守谷神社の風祝、東風谷早苗(こちやさなえ)です! 11歳、彼氏はいません!」

 

  東風谷早苗? うーん、どっかで聞いたことあるような……?

 

「そ、そう……白咲楼夢、縁結びの神だよ」

「そういえば、縁結びの神だったんだね」

「世界最強の神が縁結びの神だなんて……どうしてこうなったのかしらね?」

「お前らが縁結びの神に仕立てたんだろうが!」

 

  忘れてないぞ、こいつらの所業は!

  私が諏訪大戦の宴会の時に求婚されまくったのをネタに、人間たちに話を広げまくったのを!

  あの時は成り行きで縁結びの神になったけど、よくよく調べるとこいつらのせいだとわかったのだ。

  気づいた時には遅く、撤回しようにも私の名は広がり過ぎており、泣く泣く今でも縁結びの神を続けている、というわけだ。

 

「まあいいけど。それよりも現状はよくないみたいだね」

「ああ。楼夢も知ってる通り、この世界はもう神がいられないのよ。私たちも同じように、危うく消えかけた」

「一応その状態であと5年はもつはずだよ」

 

  しかし、たかが5年だ。タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。

  信仰を増やすのはもう無理だし、その短い時間で対策を立てなければならない。

 

  しかし、彼女たちにもそう都合よく思いつく案があるわけない。

  ここは言うべきだろう。幻想郷の存在を。

 

「一応、案はあるよ。幻想郷っていう場所に神社ごと移動させる」

「幻想郷か……聞いたことがある。確か、忘れられたものたちの最後の楽園と呼ばれてるのだっけ?」

「そう。私もこの後行くつもり」

 

  神奈子はその情報を聞いて決心したような表情を見せたが、諏訪子は少し迷いがあるようだ。

  その目線は彼女の子孫、つもり早苗に向けられている。

 

  早苗は諏訪子にとって娘のような存在なのだ。それと離れ離れになるというのは、彼女にとって酷なことだろう。

 

「ま、どうせあと5年もあるんだし、その時に決めればいいよ。あっちなら信仰を集めるのも容易いだろうし」

「……うん。ごめんね、私のわがままで」

「いいさ。私もこの子は気に入ってるしな」

「ふぇ? 私がどうかしましたか?」

 

  神奈子がそう言って早苗の頭を撫でているが、その本人は今の話が理解できず、アホの子っぽいボケー、とした顔をしている。

  うんうん。私の娘たちもこんな風だったらいいのに。

  ちょっと目を離した隙に、美夜は修行バカ。清音、舞花は引きこもりになってしまった。

  時代の流れって怖いねぇ。産霊二人があっという間にオタクになっちゃったよ。

 

「わかった。じゃあ私が先に行ったときに、あなたたちのことも言っておくよ」

「ああ、助かるね。諏訪子も今はそれでいいだろ」

「うん。じっくり考えてみるよ」

「そうと決まったら、さっそく出発するよ。短い言葉だけど、また会おうね」

 

  それだけ告げると、縁側へと飛び降りて、【神理刀】を出現させた。

  妖力を刃に集中させる。そしてーー

 

「【亜空切断】!!」

 

  幻想郷へと続く道を、切り開いた。

 

「楼夢……あらためて、私たちを助けてくれてありがとう」

「私からもだ。そっちに行ったとき、困ったことがあれば言ってくれ。その体じゃ、以前のように振る舞えないだろうしな」

「いいっていいって。それじゃあ、バイバーイ!」

 

  私は二人からの礼を聞いたあと、迷わず切り開いた空間に飛び込んだ。

  中は闇が続いているが、いずれ光が差すはず。そしてそこが出口であり入り口だ。

  待ってろよ幻想郷!

 






「どーも、テスト終わったのでしばらく投稿できます。作者です」

「終わったと言っても、国語と英語をノー勉で挑んだお前に敬意を表するよ。狂夢だ」


「突然ですが私、東方憑依華買いました!」

「お、いいじゃん。この調子でwin版全部集めろよ」

「一応この小説は地霊殿までは続けるつもりなので、あと紅魔郷と地霊殿が欲しいなぁ……」

「というかどこで買ったんだ? ネットで買うと輸送料かかるし、お前はそういうの嫌がるだろうし」

「アキバです」

「他のも買ってこいよ!? お前の所持金なら楽勝だろうが!」

「私今年から受験生ですよ!? そんな時間ないわ!」

「だったらテストにノー勉で挑むんじゃねえ!!!」


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奇妙な共闘編
到着早々、白咲家にトラブルは集う



新天地は厄介ごとが

そのままいても厄介ごとが

それが白咲家

人呼んで、トラブル体質


by白咲美夜




 

 

 幻想郷。忘れられし者たちの最後の楽園。

  そんな世界のとある山に、一つの巨大勢力が丸々転移して向かってきていた。

 

  山の頂上が光り輝き、それが姿を現す。

  ボロボロの神社だ。境内の石畳はひび割れた部分もあり、鳥居に書かれた文字は辛うじて読めるというほどまで薄くなっている。

  そこには【白咲】という文字が描かれていた。

 

  転移が終了したあと、三つの影が建物から出てくる。

 

「……ここが、幻想郷」

「んー? 力が湧いて、過ごしやすそうだねー」

「……同感。もっとも、外に出ない私には関係ないけど」

 

  現れたのは、三人の九尾の少女たち。

  黒、金、銀と色とりどりな髪を揺らしながら、それぞれのカラーに合った着物を着ている。

  だが外見に似合わず、その力は大妖怪最上位という驚異のものだった。

 

「さて、何からやりましょうか」

「漫画」

「昼寝」

「掃除でもしてなさい! 父さんが帰ってくるまでに、この神社も直しておかなきゃいけないんだからね!」

「「はーい」」

 

  姉からの命令に呑気に答える二人。

  しかし、彼女たちはここに来たばっかりで知らなかった。

  現在、幻想郷でとある異変が起きていることに……。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「藍。結界の調子はどうかしら?」

 

  幻想郷。そこのどこかの場所に立つ屋敷。

  八雲紫は、自分の式である八雲藍に問いかけた。

 

「順調に修復しております。あと数日もすれば、完璧に元どおりでしょう」

「なら……()()()()は?」

「……現在、幻想郷に不満を持つ妖怪たちを次々と配下に加えているようです。すでに様々な場所に喧嘩を吹っかけてきているので、穏便には解決できないでしょう」

「……結構よ。私も少し頭にきてるしね」

 

  はぁ、と紫はため息をつく。

  今現在、幻想郷では厄介なことが起きていた。

 

  まず、人を襲わなくなったことによる、内部の妖怪の弱体化。

  これは後々対策を立てなくてはと思っていたが、その前に次の問題が起きてしまった。

 

  吸血鬼共による、屋敷ごとの大転移。その際に博麗大結界を壊されたりと、踏んだり蹴ったりだ。

  弱体化した妖怪たちはなす術なく侵入者によって次々と倒され、おまけに今度は同じく幻想郷に不満を持つ連中とともに、戦争をしかけるつもりらしい。

 

  ……うん、胃が痛くなるわ。

 

  まず、結界の修理。これは藍が言ってた通り、問題は解決に向かっている。

  次に、吸血鬼共+αたちとの戦争。これも特に問題はない。苦戦はするだろうが、紫の計算では最終的にこちらが勝つことは間違いない。

  なにせ、紫たち幻想郷側には風見幽香を筆頭とした妖怪たちの協力があるのだ。たかが数百年程度の歴史しかない種族に負けるはずがない。

 

  その時、紫は何かがこちらに向かってきているのを感じた。

 

「……何かしら? 巨大な力が複数、幻想郷に近づいているわね」

「紫様、大変です! その何かが結界をすり抜けて、この世界のとある山に落ちてきました!」

 

  藍が慌てた声で状況を説明した。

  彼女がここまで焦っている理由は、おそらくその何かと関わる、複数の大妖怪最上位クラスの妖力を感じたからだろう。

  彼女の妖力は大妖怪上位クラス。自分より強い者を見て慄くのは、本能として正しい反応だ。

 

「……この妖力は……」

 

  しかし紫は、これらの妖力を感じたことがあった。

  そしてすぐさま小さいスキマを開くと、目だけ覗かせる。

  その正体が発覚したあと、紫は無駄に気疲れしたと大きなため息を吐き出した。

 

「藍。すぐにそこに向かうわよ」

「し、しかし、相手は大妖怪最上位クラスですよ!? いくら紫様とはいえ、危険です!」

「安心しなさい。少なくとも、今回の来訪者は敵ではないわ。……もっとも、味方という保証もないけど」

 

  そう言って紫は少し暗い顔をする。

  思い出すのは数百年前。自分の失敗が原因で楼夢が犠牲になり、彼女は生き残った。

  彼の娘たちがこの世界に来なかったのは、それが理由で彼女らに嫌われたからだ。

 

  しかし、ここは管理人として行かなくてはならない。紫はそう覚悟を決めると、スキマを開き、目的地へと向かった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「ーーとは言ったものの、初日ではほぼ何もできないわね」

 

  と言いつつ、そこらに生えている、邪魔な木々に向かって【黒裂】を抜刀、そして一閃。

  それだけで、それらは全て一刀両断され、地面へと倒れていった。

 

  「とりあえず、今日は地形だけでも確認しておかないと。こういうのは舞花が得意なんだけど……」

 

  チラッと舞花の方を見る。

  彼女は彼女で新しい神社の設計図を作るのに集中していて、とても別件を頼めそうな雰囲気ではない。

 

  ついでに清音の方を見ると、彼女はお得意の魔法や妖術を駆使して、木々を伐採、そして建築で使えるように加工を行っていた。

 

  完全に美夜が一番何もしていない状態だ。

  姉の威厳も形無しである。

 

「……そもそも、専門が違うのよ。そう、これは仕方ないことなのよ」

 

  実は、姉妹の中では美夜は一番戦闘力が高いのだが、同時に応用性も一番低いのだ。

  彼女の専門は剣術。それ以外のことで秀でているのは体術と料理飲み。他は凡人の域を超えない。

  TRPG風に言えば、武道とかの技能にメッチャ振ってるけど、探索系には全然振ってない探索者のようなものだ。

 

  対して清音は術式の専門。舞花は二人の得意分野二つを他の姉妹ほどではないが扱え、さらにこういった建築技術や鍛冶技術など、様々なことができる。

 

  そしてここは戦場ではない。彼女が活躍の場を失うのに、これほどふさわしい言葉はないだろう。

 

「……材料が、圧倒的に足りない」

「んー? ちょっと見せてー……これ、私たち三人じゃ本気で集めても一ヶ月くらいかかるでしょ」

「でも、せっかくやるなら派手にしたい」

「困ったわね。私たちは今来たばっかりだからコネクションなんて何もないわよ」

 

  烏天狗たちは頭が固いので、いくら頼んでも無駄だと美夜は判断する。

  そうなると頼れるのは鬼のみだが、こちらも聞いた話では数百年前に地底の奥底にこもってしまっているらしい。

 

  (それ以外の知り合いは……)

 

  美夜が記憶を探っていると。

  グモンッ、という奇妙な音とともに、彼女の後ろの空間が二つに分かれた。

 

「……久しぶりね、美夜」

「ええ、お久しぶりです紫さん」

 

  現れたのは、紫の中華ドレスを着た少女。

  この幻想郷の管理人、八雲紫だ。

  後ろには知らない九尾の狐が従者のように待機している。

 

  美夜たち三姉妹は、幼いころから彼女の世話になっていた。

  楼夢が死んだ当時は、その時現場にいた紫に全ての責任を押し付けて、しばらく会っていなかったが、もうその過去に囚われる理由もない。彼女たちの父、白咲楼夢は生き返ったのだから。

 

  とりあえず、まずは挨拶からだ。

  そう思い、美夜は口を開いた。

 

「突然ですけど、今日から私たちもこの世界に住むことにしました。これからよろしくお願いします」

「ええ、よろしく。貴方たちなら私も大歓迎よ」

 

  紫はそう言って、手を差し出す。

  美夜はそれを見て、親交の握手を交わした。

 

「とりあえず、上がっていきませんか? ちょっと修理中で汚れていますけど」

「そうね……。ここんところ働きっぱなしだったからちょうどいいわ。藍、失礼のないようにね」

「はい、紫様」

 

 

 

  ♦︎

 

 

「さて、美夜。来たばっかの貴方たちには悪いけど、現在幻想郷では異変が起きているわ」

 

  間欠的に、紫はそう美夜に告げた。

 

  外では相変わらず清音と舞花がテキパキと作業を進めていた。

  先ほど、紫は彼女たちに会ったが、どちらも紫のことにそれほど憎しみを抱いていないようだった。

  外の世界で過ごす過程で精神も成長したのだろう。

  このことに関してはいっそ本気で責められた方が楽だったため、紫としては嬉しさ半分、残念さ半分だが。

 

「異変、ですか……?」

 

  聞きなれない単語に、美夜は首をかしげる。

 

「まあでもその前に紹介するわ。ここにいるのが私の式よ」

「八雲藍と申します。これからよろしくお願いします」

「同じ九尾だし、仲良くしましょう」

 

  藍の紹介は手短に終わった。

  というのも、藍の方から喋るのは失礼に値するし、紫は紫で今回の騒動の件を説明したかったので、仕方ないのだが。

 

「この幻想郷で起きる異常事態。私たちはそれを異変と呼んでいるわ。今回のは吸血鬼っていう西洋の妖怪たちの侵略よ。面倒くさいながら、あっちはこの世界に反対する妖怪たちを配下に起き始めているみたいね」

「とは言っても、もう対策はしているのですよね?」

 

  本当に焦った紫というのを美夜は楼夢が死んだ時に見たことがある。

  それに比べると今はのほほんとして、どこか余裕があるように見えた。

 

「まあね。包囲網は徐々に完成しているし、吸血鬼の弱点については私も勉強済みよ。……これでね」

「あっ、それは外国の妖怪図鑑をお父さんが翻訳した本! 懐かしいですね」

 

  ペラペラと本をめくって、吸血鬼のページを調べる。

 

「えーと、吸血鬼の弱点は……」

 

『ちょっとー! 誰だか知らないけど、邪魔しないで!』

 

  そのとき、外から清音の怒鳴り声が聞こえた。

  彼女は滅多なことでは怒らない。言葉から察するに、誰かが境内にいるのだろう。

 

(……まったく、話に夢中で気配にも気づけないとは。恥ずかしい……)

 

  そんなことを思いながら、美夜は縁側から外へと出て行った。

 

 

 

  ♦︎

 

 

 

  外に出た美夜と紫、そして藍が見たものは、黒い悪魔のような翼を生やした一匹の妖怪とにらみ合う清音と舞花の姿だった。

 

「二人とも、どうしたの?」

「姉さん! こいつがいきなりやってきて、うちの神社をもらうっていうの! ……殺してもいいかな?」

「ああん!? この俺様は偉大なるスカーレット様の配下だぞ! 身の程を知れ!」

「……うるさい。つばが飛び散って汚い。よって死刑」

 

  ……舞花が戦う理由が理不尽すぎる……。

 

  とはいえ、いくら温厚な三姉妹といえど、そんなことを言われればブチ切れるのは当たり前だ。

  美夜は目の前の汚物の言葉を聞き流し、その体などを観察して紫へと問うた。

 

「紫さん。あれが吸血鬼っていうやつですか?」

「ええ。もっとも、あれは雑魚中の雑魚だけどね」

「太陽が出てても動けるんですね」

「よく見なさい。太陽光を浴びないように、フードを被っているわ。……ていうか、見ればわかるでしょ?」

「うちの神社汚しに来た汚物の顔なんて、見たくありませんよ」

「……貴方たちって、意外と毒舌なのね……」

 

  毒舌なのは父の影響だ! と叫びたくなったが、一応自覚はしているので何も言わないでおく。

 

  そうしていると、吸血鬼は馬鹿にされていることに耐えられなくなり、飛び出して来た。

 

「……遅い」

 

  しかし、ここにいるメンバー全員にとってその速度はあまりにも遅いものだった。

  刀も抜かずに、美夜は【気候を操る程度の能力】を発動。数秒間だけだが、高密度の激しい雨を、吸血鬼がいる場所に一点集中で降らした。

 

  さて、ここで聞くが、吸血鬼の弱点とはなんだろうか?

  答えはニンニクや十字架、そして銀や流水などなど。

  つまり、

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

  今降らした雨は、吸血鬼には効果抜群ということだ。

  思いっきり流れる水を被った吸血鬼の動きはさらに遅くなり、また美夜が降らした雨は地面を抉るほどの威力を持っていたため、二重にダメージを受けたことになった。

 

  予想外の攻撃ですぐに逃げようとした吸血鬼だったが、その前に舞花が【気温を操る程度の能力】を発動していた。

  吸血鬼の周りの気温はあっという間に下がり、体にまとわりついた水が凍って氷と化し、吸血鬼の動きを封じる。

 

  そこで、舞花はどこから持ってきていたのか、水銀の入った瓶を地面にぶちまけた。

  そして出来た水たまりに手のひらをつけると、突如そこが光りだした。

  そしてそれが止むと、舞花は地面から銀だけで作られた片手剣を引き抜いた。

 

「はい、清音姉さん」

「ありがとね。……でも、水銀と銀ってまったくの別物じゃなかったっけ?」

「金属の原子変換は錬金術の基本」

「万能だねー」

 

  なんともまあむちゃくちゃな理論だが、彼女が使う錬金術的にはよくあることらしい。

  そして銀剣を受け取った清音は、【空気を操る程度の能力】で剣を空中で高速回転させ、弾丸のように吸血鬼の頭めがけて射出した。

 

  それは凄まじい勢いで吸血鬼の脳天を直撃し、貫通させた。

  その勢いでフードも剝がれ落ち、吸血鬼は絶命した。まあ、さすがの吸血鬼でも、銀で頭を貫かれたあと、太陽の下で再生を行うことはできなかったらしい。

 

  地面に倒れ伏し、血の池を作る死体に、清音は手のひらを向けた。

 

「美夜姉さん。作業の邪魔だし、燃やしちゃっていいかなー?」

「いいわよ。ただし、火力調整はほどほどにね」

「大丈夫だよ、料理じゃなければ失敗はしないもん! ほらよっと」

 

  それなりの大きさで放たれた清音の狐火が死体を灰へと変えた。

  それを見届けると、美夜は紫ヘ向き合い、質問する。

 

「……さっきの話の続きですが。ここに吸血鬼が来たってことは、もうこの場所はあちら側に見つかっていると考えたほうがいいんですかね?」

「いいえ、詳しくは知らされていないと思うわ。さっきのは明らかに情報収集に向いてるとは思わないし、おそらくは偶然近くにいただけだと思うわ。もっとも、転移してきたときに大きな光柱が立ったから、何かがあるというのはバレてると思うけど」

 

  美夜は考える。

  ここで安易に紫の殲滅作戦に力を貸すのは愚策だ。父ならそうしただろうが、あれはただ単に彼にとってはそれ自体も暇つぶしにすぎないからだ。父ほど無敵ではない私たちは、万に一で死ぬ可能性がある。

 

  紫はその美夜の考えを、何も言わずに察していた。

  当たり前だ。よっぽどの狂人か鬼ではない限り、無償で命をかけて戦おうとする者はいない。

  ならば、それに見合う対価を釣り下げればいいだけだ。

  紫は美夜に、報酬の内容を伝える。

 

「さっき設計図をチラッと見たけど、揃えるのに時間がかかるんじゃないかしら? そこでだけど、今回の吸血鬼異変に参戦してくれれば、貴方たちが必要とするもの全てを揃えてあげるわよ」

「……二言はありませんね?」

「……? ええ、契約は守るけど……」

「なら引き受けましょう。その代わり、お代はきちんと払ってくださいね?」

 

  やけにニコッとした顔で美夜が確認してくるものだから、紫は自分の記憶内にある設計図を見直した。

  だが、不審な点は見つからない。わからないまま思考していると、清音と舞花が大きな横に丸められた紙を持ってきた。

  そしてそれを、紫へと手渡した。

 

  非常に嫌な予感がする。

  そしてそれは当たっていた。

 

「……これは?」

「紫さんが見たのは古い設計図だよー」

「本当のはこっち。ちゃんと資材は集めてきてね」

 

  紫は大きな設計図をを地面に置き、広げた。

  そこには、先ほどとは比べ物にならないほどの文字数で描かれた、大規模な建築材料と設計図があった。

  見れば、それが神社だけでなく、この山の整備なども描かれていることがわかる。

  建築材料はもちろん紫の想定していた量から跳ね上がっており、紫はそこで自分がはめられたことに気がついた。

 

「というわけで、持ってくるのは異変解決から一週間後でいいですから、頑張ってくださいね」

「美夜ぁぁぁ! はめたわね!」

「貴方は人の日記が置かれているとき、必ずこっそりと読むタイプですよね? 現にスキマがあれば、バレずに覗くことができる。今回はそれを逆手に取らせてもらいました」

「紫様。これからは人の日記を勝手に覗かないでくださいね?」

「藍、貴方まで味方するの!? この人でなし!」

「いえ、人ではありませんから」

 

  相変わらずのカリスマブレイクっぷりである。

  とはいえ、美夜たちも藍も付き合いは長いので、そんなのは今さらのことだと放っておいた。

  ……幻想郷の管理人の本性がこれで、大丈夫なのだろうか。

 

  とはいえ、これからの方針は決まった。

  美夜は他の姉妹たちに作業を止めさせると、具体的な作戦などを聞くために、全員で本殿内に戻っていった。

 

 






「どーも、最近筋肉痛が激しい作者です」

「最近クトゥルフ神話TRPGのリプレイ動画にハマっている狂夢だ」


「はぁ、なんかサッカーがしたい」

「イナイレしてこいよ」

「最近のはついていけないんですよ……。無印のやつは全部持ってるんですが、化身やらがよくわからなくて……」

「ならアニメ見ろよ。今期は中々豊富だぜ」

「オーバー●ードは興奮しましたね。特にOPが」

「最近このサイトでもよくそれの二次創作が書かれてるしな……」

「二桁にいかない話数で、ランキングにのっている人などは特に尊敬しています」

「それに比べて、151話も書いてこの評価とは……情けない。もう文字数だけ稼いじまって、原作を東方Projectに、検索に古代スタートって書いて文字数多い順で調べるとすぐ出てくるほどだぞ?」

「まあ、私の小説ですから」

「次回作はもちっと評価されてほしいぜ」

「あと一年は続くんですがね」

「最終的に、総合文字数はどんだけになるんだろうな」


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奇妙な作戦会議



一つの歯車によって、彼女らは集い出す

それこそが運命


by八雲紫


 

 

「では、今回の異変の具体的な作戦を教えるわ」

 

  大きなちゃぶ台を囲みながら、紫はそう言った。

  しかし、紫が仕切っているのに不満を抱えている者が二人。

 

「なに勝手に仕切ってんのよババア」

「同感ね。偉ぶらないでほしいわ。ムカつくから」

「酷い理由じゃの……」

 

「……その前に、一つ。なんでこんなに人がいるんですかっ!?」

 

  現在、ここに集まっているのは白咲三姉妹と八雲一家……そして妖怪の山の天魔、太陽の畑の風見幽香、そしてどこにも所属しないルーミアだ。

 

「おかしいでしょ!? なんでお茶入れに行って戻ってきたら、こんなにも客が増えてんですか! 宴会じゃないんですよ!」

「ね、姉さん落ち着いて……せっかく持ってきたお茶と菓子が落ちちゃう!」

「私よりもそっちかよ!?」

 

  そこから数分後、美夜はようやく落ち着きを取り戻した。

  やはり、舞花作の精神安定剤が効いたのだろう。戦闘も一通りこなせるので、もしかしたら三姉妹一有能かもしれない。

 

  客たちもお茶を飲んだところで、少し落ち着いたようだ。

  なぜ彼女たちがここにいるのかというと、そこは紫にも謎である。

  聞けば、天魔は情報収集のため、幽香は強い妖力に惹かれて、ルーミアはたまたま偶然ここに通りかかっただけのようだ。言わずもがな、ここにいる全員は今回の異変の協力者である。

 

  話を戻して、紫が再び切り出す。

 

「まず、相手の本拠地の様子ね。藍、ホワイトボードを」

「はい、紫様」

 

  ホワイトボードとペンを受け取った紫は、さっそくそこに大きな正四角形を書き込んだ。

  そして四つの辺それぞれをトントンと触れたあと、説明に入る。

 

「まず、これが奴らの本拠地の壁ね。その中に大きな屋敷があるのが確認されてるわ」

 

  再びペンを持ち、今度は正四角形の中に屋敷を書き込む。ただ、それが三角形と四角形を合わせて作られただけの家で、子供みたいな絵だったため、美夜はクスリと笑ってしまった。

 

「美夜……貴方あとで屋上ね?」

「センスのない貴方が悪い」

「黙ってなさいルーミア」

 

  コホン、と紫は微妙に顔を赤く染めながら、わざとらしく咳き込む。

  そして早く話題を変えるため、壁四つを指差した。

 

「まず、この壁には敷地全体を覆うように正四角形の結界が張られているわ。数ヶ月前から準備してたのか、生半可な攻撃は全て打ち消されるわ」

「ではどうするのだ八雲紫? 考えられるのは、戦力を集中させて一気に突破かのう」

「いいえ、それは相手も読んでると思うわ。今から言うのは、ここにいるメンバーだからこそできる、単純かつバカみたいな作戦よ」

 

  紫は含みのある言い方で作戦の特徴を伝える。

  仕事時の彼女はその天才的な頭脳を使って、相手を叩き潰すのを得意としている。つまり、彼女は超一流の策士なのだ。

  そんな彼女が作戦の内容についてそこまで言うのだから、よほど馬鹿げた策なのだろう。

 

「……その前に、ルーミア。貴方って、今どれくらいの力を使えるのかしら?」

「……中級上位程度よ。でも、一千万円あったら少しの間だけ昔の力が使えるわ」

「貴様、ふざけているのか……?」

 

  ルーミアの発言にすぐさま噛み付いたのは藍だ。

  彼女にとっては、この後に及んで金にこだわるルーミアがふざけているようにしか見えなかったのだろう。

 

「……その金で、何ができるのかしら?」

「主人との交渉よ。それくらいあれば、一時的に力を返してもらえるはずだわ」

「……わかったわ。あとで用意するから、受け取りなさい」

「紫様!?」

「仕方ないのよ藍。どっちみち、私の作戦は彼女が力を使えるのが前提よ」

「……わかり、ました」

 

  納得はできなかったが、藍の主人の決定なので、彼女は文句を押し込め了承した。

 

  もっとも、紫には彼女が嘘をついてないのがわかっていた。彼女は性格上、よく嘘をついたり真実をあやふやにしたりする。そんな彼女が、力で馬鹿正直に生きてきたルーミアの真意を見抜けないはずがない。

 

「あ、そうそう。金はちゃんと現代札にしといてよ。すぐに使えないのは必要ないって言ってたわ」

「わかってるわよ。そもそも、この世界の金もちょっと前に現代札に変えたばっかだから、一千万円程度ちゃんとあるわよ」

 

  そう、紫は幻想郷の通貨を、数十年前に現代のに対応させていた。

  理由はいちいち迷い込んでくる外の世界の人間の金を変えてやるのがめんどくさい、というだけだ。

  普通は昔の通貨の方が希少価値が高まるのだが、世界一の金持ちと言っても過言ではない火神にとっては今さらな話である。それよりも、わざわざ変えないでそのまま使える現代札の方が、彼にとっては使い勝手がいいのだ。

 

「さて、そろそろ作戦内容を伝えるわ。各自役割を用意したから、ちゃんと覚えなさいよ」

 

  かくして、歴史に残る【吸血鬼異変】の作戦内容が、各トップに語られた。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「……状況は?」

「現在、各地にここで集めた妖怪たちを進軍させております。しかし、所詮威嚇攻撃でしかないので、戦果は期待できません」

「十分よ。私たちの存在が示せれば、それでいい。ちょうど運命も、犠牲部隊の死を予告してるしね」

 

  場面は変わって、ここは【紅魔館】。現在幻想郷で異変を起こしている吸血鬼の本拠地だ。

  その屋敷の中。とある大扉を抜けた先にある玉座に、一人の吸血鬼の少女と、それよりも背の低いメイド服少女がいた。

 

  吸血鬼の名はレミリア・スカーレット。かつて西洋の支配者を名乗った偉大な吸血鬼ファフニール・スカーレットの娘であった。

 

「じゃあ、結界の様子はどうかしら?」

「そちらも問題はありません。ですが、今ほどの強度を維持できるのは、もって二週間だけです」

「それだけ時間が経ってればこの戦争は終わっているわよ。どちらに転ぼうがね。それよりもパチェが心配だわ。あいつ、数ヶ月前からずっと引きこもって結界の魔力を溜めてたから、倒れてないといいんだけど。咲夜、あとでちょっと覗いておきなさい」

「ふふっ、かしこまりました。お嬢様はお優しいのですね」

 

  咲夜と呼ばれた、この見た目小学生未満の少女は年齢にそぐわず、上品に笑った。

  パチェというのは、この館の地下にある図書館に住んでいる魔女のことだ。レミリアの数少ない友人で、いつも魔法の研究に没頭している。ただ、その分体が弱いのでレミリアが心配するのも無理ない。現に、しょっちゅう倒れては寝かされている姿が見られる。

 

「そうよ、私は身内に優しいのよ。でも、身内以外はどうでもいいの。今回の戦争は、私たちの勢力的な地位と一緒にひっついてきた()()()()()()()()()が目的よ」

「ですが、負けてしまっては後々不便にならないんですか?」

「要はどっちでもいいのよ。私たちが勝ったら幻想郷は私のものになって、自由に生活ができる。負けても、多少ペナルティが下されるだけで、特に問題なし。私たち紅魔館の力をむやみに消そうとするより、利用しようとしたほうが管理者にとっても都合がいいはずよ」

「なるほど……」

「咲夜ももっと精進なさい。私のような大人の女性になるには、これくらいはできなくちゃね」

 

  見た目小・中学生が何言ってやがる、という言葉は聞こえない。

  とはいえ、妖怪にとって数百歳というのはまだまだ若いので、彼女がこのような姿なのも無理はない。

 

  その後しばらく咲夜と雑談していると、レミリアの頭に何かの映像が流れ込んできた。

  しかしそれは、吹雪でも吹いてるのかというほど画質が悪く、鮮明には見えなかった。

 

「これは……何かしら? よく見えないわね……戦争中のことってのはわかるんだけど」

「何が見えたんですか?」

「さあ? ボヤけすぎて、さすがにわからないわ」

「そういえば、妖怪の山ほどではありませんが、かなり高い山の頂上で光の柱が発生したことをご存知ですか?」

 

  そういえばと、咲夜は掃除中に見えた出来事をレミリアに語った。

  光が発生した山は妖怪の山を抜かすと幻想郷で一、二を争うほど高いため、彼女の他にも多くの者たちがそれを見ていた。

 

「知らないわね。私はこの部屋にずっといたから、見てないわ。それがなんなのかはわからないけど、不確定要素なのは確か、か……」

 

  レミリアは数十秒思考を巡らせると、咲夜へと次なる指示をだした。

 

「咲夜、予定通りに門前に勢力を集中させなさい。とはいえ、不確定要素を考えて美鈴以外は館内に待機してなさい」

「他の吸血鬼たちへの指示はどうしますか?」

「今のままでいいわ。それと、死にそうになったら迷わず逃げなさい。私たちの勝利条件は、あくまで私たちが生き残ることなんだから」

「かしこまりました」

 

  咲夜はそう恭しく頭を下げると、部屋から退室した。

  そして一人静まった中、レミリアは

 

「……ふふっ、今夜はいい月が見れそうね」

 

  そう、口を三日月状にして笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「……以上で、作戦内容は終了よ。各自理解できたかしら?」

「……ずいぶんと雑な策ね。貴方らしくもない」

 

  ルーミアはそう、紫の作戦を評価した。他も口には出していないが、同じことを思っている。

  それほどまでに、今回の策は確実性を求める紫らしからぬものだった。

 

「ふふっ、そこの三姉妹を見てるとね、いつも無策で突っ込んでいる人の顔が浮かんでくるのよ。それに、策士策に溺れると言うじゃない?」

「お父さんは回りくどいのが嫌いな人なんです。決して頭が悪いというわけではありません」

「要するに、短気ってことじゃない」

「……そうとも言います」

 

  幽香の指摘に、誰もが頷くしかなかった。

 

「ともかく、私はこの『策士策に溺れる作戦』で相手の裏をかくつもりよ。異論はあるかしら?」

 

  反対はどこにもなかった。

  彼女たちは、久々の戦いに飢えていた。そして今回提案された策は、彼女らの性格に合うものだった。反論する理由はない。

 

「それじゃあ、決行は今日の夜よ。それまでに、各自準備をしておくように」

 

 

  こうして両者の作戦会議が終わった。

  そして、とうとう決戦の時刻がやってくる……。

 

 

 






「章のタイトルを【奇妙な共闘編】に変更しました。作者です」

「思いっきりクトゥルフ感出てんじゃねェか……狂夢だ」


「ちなみに、本作にはSAN値を削るような神話生物は出てきませんので、ご安心ください」

「その代わり、女子が神話生物だけどな」

「まあ、今章は本編で見た通り、バラバラの勢力が協力しますからね。これ以上にふさわしいタイトルはないかと……」

「ちなみに、前回出てきた雑魚はどんくらいの強さなんだ?」

「中級上位ですね。それ以上が山のようにいるので、これだけの過激勢力を集めてみました」

「紫側は各トップと、天狗だけか……確かに、その他大勢を天狗だけに任せると、必ず詰むな」

「レミリアさんはその他に色々な妖怪を支配下に置いていますからね……」


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奇妙な混戦


ようこそ

混沌渦巻く戦場へ


by八雲紫


 

 

  夜、月が出てきたころ。

  レミリア・スカーレットは玉座に座り、開戦の時を待っていた。

 

  彼女は先を見越したかのように、門の内側の手前に戦力を集中させている。いや、彼女は先を見越していた。

 

  彼女の能力は【運命を操る程度の能力】。とはいえ、そこまでたいそうなことはできない。

  彼女の能力で未来を変えるには、可能性が必要だ。例えば、今からコインを落としたとする。このとき、コイン自体が落ちなかったという運命に変えることはできない。代わりに、落ちたコインの裏表なら変えることができる。……もっとも、運命の変更は規模によって消費が違うので、連発はできないが。

 

  さらに、この能力は未来を予知することもできる。今回、レミリアが見えたのは二つの未来。

  一つは、敵側の戦力が門前に集中している光景。もう一つは、映像に砂嵐のようなものが吹いていて、よく見えなかった。

 

  今回は不確定要素が多い。山の頂上に現れたという光の柱も、彼女の能力では感知されなかった。

  しかし、これはよくあることだと切り捨てた。それが、この戦争の勝敗に関わるというのも知らずに。

 

  そのとき、

 

  ドゴオォォォォン!!!

  という大きな爆発と振動が複数、館内に響いてきた。

 

「咲夜! 何が起きたの!?」

「……敵が四方向から同時攻撃を行ってきました。結界は門前以外全て破られてしまい、北、東、西から侵入してきています」

 

  レミリアの声に、どこからともなく咲夜が現れ、状況を説明していく。

  レミリアは訪れた報告を冷静に分析すると、咲夜に確認する。

 

「……そう。館内にはいないのよね?」

「ええ、私が確認した限りでは」

「ならいいわ。予定通りにしてちょうだい」

「はい、お嬢様もお気をつけて」

 

  そう言って、再び音もなく消え去る咲夜。

  それを尻目に、レミリアは外の光景を覗き、つぶやいた。

 

「これじゃ、勝利は無理かしらね。……それにしても、これはやりすぎじゃないかしら?」

 

  彼女が見たもの。

  それは、夜なのに降り注ぐ日光と雨だった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  時刻は開戦直前まで遡る。

  白咲三姉妹の長女、美夜は大量の天狗たちとともに、門が見える位置で身を隠していた。

 

「もしもし、紫さん? ……そう、じゃあ始めます」

 

  耳に当てていたスマホを外し、この天狗部隊の隊長にいよいよ戦争が始まることを知らせる。

 

  すると、別々の場所から、大きな妖力が動き出したのが感じられた。

 

  広がり始める圧倒的な妖力。そして夜のはずなのに、辺りに日の光が満ち始めた。

  これは紫の能力だろう。昼と夜の境界を弄ったのだ。

 

  それと同時に、美夜は【気候を操る程度の能力】を発動させる。

  すると、晴天の空から雨が降り注いだ。

 

「【狐の嫁入り】……つまり天気雨。吸血鬼にとって、これほどの地獄は存在しないわ」

 

  日光と流水。二つの弱点を突かれ、敵は弱っているはず。

 

「今が勝機だ! 全員突撃!」

「はぁぁぁあ!【森羅万象斬】!!」

 

  隊長のかけ声と、美夜の剣技が発動するのは同時だった。

  大きく刀を振るい、巨大な黄色の斬撃が、門めがけて放たれた。そしてそのまま結界ごと吹き飛ばすと思われたがーーーー

 

「【星脈地転弾】! やぁぁぁぁぁああ!!」

 

  門の方から飛んできた、巨大な虹色の気弾が黄色の斬撃と衝突する。

  気弾は一瞬均衡したが、すぐに破れ消え去った。だが、そのおかげで斬撃の威力は弱まり、結界を壊すことはできなかった。

 

「誰であろうと、この中には入れませんよ!」

 

  現れたのは、淡い緑色の華人服を纏った、赤髪の妖怪。

  それを筆頭に、彼女の後ろからぞろぞろと敵の妖怪たちが集まってきた。

  しかし、この天気雨の中、吸血鬼だけは苦しがり、弱々しい動きを見せている。

 

「あなたがここの指揮官ですね? 私は白咲美夜、ここを制圧する者です」

「これはこれはご丁寧に。では、私は紅美鈴(ホンメイリン)。この紅魔館の門番です」

 

  名乗ったあと、愛刀【黒裂】を抜刀し、楼夢そっくりに構える。

  それを見て、美鈴も中国拳法の構えをとった。

 

(この妖怪……只者じゃない。妖力自体は低いけど、それを補ってあまりある体術がある)

 

「行くぞ、今こそ敵を討ち取れェェェェェ!!」

「皆殺しだ! 皆殺しにしてくれる!」

 

  あちこちで戦いが始まった。

  天狗の方が数は少ないが、それにはとある理由がある。

 

「……その前に、あなたは中には入れないと言いましたね? ……残念ながら、それは叶いそうもありません」

 

  その言葉と同時に、別々の方向から複数の轟音が鳴り響いた。

 

「……なっ! 結界が、強引に破られた!?」

「隙ありですよ!」

 

  動揺して一瞬動きが止まった美鈴めがけてダッシュ。

  そして、雷を纏った斬撃を繰り出した。

 

「【雷光一閃】!!」

「……っ、くぅっ!」

 

  美鈴は本能で刀の腹を殴り、斬撃を逸らす。しかし、電気を纏った刀に無手で触れてしまったため、体に電流が走った。

 

  「くっ、【裂虹真拳】!」

 

  しびれた右拳の代わりに左拳に虹色の気を纏わせ、怒濤(どとう)の連続突きを放った。

  美夜はそれを冷静に見切ると、大きくバックステップして間合いをとり、避けた。

 

  しかし、それは美鈴に時間を与えてしまうことになる。

  美鈴は大きく息を吸い込むと、虹色の気を右腕に集中させる。そして数秒後には、しびれていたはずの腕は戦闘に支障はないほどまでに回復していた。

 

「それが【気】ってやつですか……面倒ね」

「さて、まだまだ勝負はここからですよ」

 

  美鈴は再び構えをとると、左手を前に向け、美夜を招いてきた。

  それが合図となり、門前の戦闘は始まる。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「……そろそろ始まる。準備しなくちゃ」

「さあ、ドカーンと行こうよ!」

 

  紅魔館の北、つまり門がある方向から真後ろの壁の前に、清音、舞花と天狗軍団はいた。

  それだけではない。東西にはそれぞれルーミアと幽香が、こちらと同じ規模の天狗軍団と待機しているはずだ。

 

  紫の【策士策に溺れる作戦】。それは、単純に四方向から同時に強力な攻撃を放って、全方位から攻め入ろうというものだった。

  もちろん、殲滅しやすいように空を天気雨にしたりはする。だが、作戦自体はなんのひねりもない、子供が考えそうなものだ。

 

  しかし、その効果は抜群だ。

  現にレミリアは策にはまって門前に戦力を集中させているので、別方向の警備はこの戦力だとほぼないに等しい。

 

  舞花の両手には、巨大な細長く、丸い筒……つまり、ロケットランチャーが握られていた。

  実はこれ、彼女が狂夢から授かった、変幻自在に形を変えるブレスレット【銀鐘】がランチャーに変化したものだ。

  本人曰く、ロマンがあるから使うらしい。

 

「……! 来た……」

 

  トゥルルル、という開戦の合図を伝えるスマホの音が響いた。

  それを聞いた瞬間、舞花はロケットランチャーを壁と結界に向けて、そのままーー

 

「【メタルブリザード】!!」

 

  ランチャーの中で溜められた妖力を、解き放った。

  凄まじい音を立てながら、ランチャーから銀色の吹雪が飛び出す。それは飛べば飛ぶほど大きく、激しさを増し、壁へと衝突し、結界を破壊した。

 

  と同時に、様々なところでも轟音が鳴り響く。

  どうやら、他の人たちも終わったらしい。

 

「……それじゃ、包囲戦はてきとうにやっといて」

「私たちは館の方に行くから、雑魚は任せたよー」

 

  清音と舞花はそう天狗の隊長に告げると、風のような速度で走り去り、結界の中へと侵入した。

 

  結界を超えた先に、全てが赤で包まれた館を発見する。

  そのまま館に向かってまっすぐ進んでいくと、そこまで大きくない扉を見つけた。まあ、これほど大きな館だ。裏口の一つや二つあってもおかしくない。

 

  もちろん鍵がかかっていたが、舞花の前にはそんなもの意味がない。

  水銀を鍵穴に流し、操ることで開けることに成功する。

 

  中に入ってしばらく歩くが、長い廊下ばかりが続く。

  内装も趣味が悪く、壁までもが外同様、赤に染まっていた。

 

「うぅ、目が痛くなりそう」

「……おかしい。外観と中の広さが釣り合わない。誰か空間系の能力者でもいるの……?」

 

  そう思考の中にはまっていると、ようやく廊下の景色に変化が訪れた。

  二人が出た先は、巨大なエントランスだった。空間全てが圧倒的に広く、空を飛び回っても支障がないほどである。

  エントランスには、大きな扉と、二階に続く階段があった。扉は外へと繋がっているのだろう。二階は、まだ未探索だ。

 

「……ラスボスの居場所は一番上か一番下に決まってる」

「ずいぶん適当理論だけど、賛成かなー。妙に説得力あるし」

 

  そうして、二人は上に向かうことを決めた。

 

  しかし、舞花が階段に足をつけたそのとき。

  彼女の眼前に、いつの間にか一本のナイフが迫ってきていた。

 

「っ、なめないで!」

 

  舞花はそう叫ぶと、術式を発動。六花の氷華【氷結界】を顔の前に張り、迫り来る刃を防いだ。

 

  お返しとばかりに、舞花は腕を振るい、気配がした方に氷柱を数本飛ばした。しかし、次の瞬間には気配は別の方向に移動しており、何もない壁にそれらが突き刺さるだけだった。

 

「消えた……瞬間移動(テレポート)系の能力?」

「ようこそお越しくださいました、お客様。しかし、お嬢様はあなた方には用はないとのことです。よって、速やかにお引き取りお願いします」

「……残念ながら、そういうわけにはいかない。どかなきゃ消し飛ばすだけ」

 

  現れたのは、幼いメイド服の少女だった。

  しかし、その瞳は冷たく、手に持っているナイフと似て、暗いギラギラした光を放っている。

 

  舞花は【銀鐘】を変化させ、ランチャーを作り出す。

  そしてそこから、巨大な妖力弾を彼女に向けて放った。

 

  それは爆発で壁を削り取るが、当たらないものに意味はない。

  少女はいつの間にか消えており、攻撃は外れるだけだった。

 

「舞花ー、私は別のところに行くから、その子は頼んだよー」

「……ふざけるなと言いたいとこだけど、そっちの方がいいかもしれない。ただし、何か面白いもの持ってきて」

「りょーかい! 窃盗強盗は得意だよー!」

「……天国のお父さんが泣いてるよ……」

 

  実際は死んでないのだが。むしろこの時期、彼は火神とともにコミケに行ってたりするのだが、その話はどうでもいいだろう。

 

「行かせないわ!」

「邪魔だよぉ〜! 【烈風地獄車】!!」

 

  清音が魔力を体内で放出すると、炎が彼女を包んだ。そしてそのまま炎の弾丸と化し、立ちふさがる咲夜を凄まじい速度と熱量で退けた。

  その熱さは肌で触れていないのに、咲夜がひるむほどだ。

 

  別の通路へと消えていく清音を見送ったあと、舞花は再びランチャーを構える。咲夜もそのころにはすでに復帰しており、銀製のナイフを両手の指に複数挟んで対峙していた。

 

「……せめて、あなただけでも倒してみせる」

「……それは無理。なぜなら、私の方が強いから」

 

  どちらも髪の色は同じ。放つ雰囲気も冷たい。

  二つの銀が、互いに交差しあう……。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  エントランスを抜けたあと、ひたすら加速と加熱を続けながら進んでいくと、地下への階段を見つけた。

  石造りの階段を溶かしながら、清音は下っていく。石が溶けたことからわかるように、彼女が走ってきた通路は炎の台風が通ったあとのように悲惨な状態になっていた。

 

  しかし、そんなことは彼女には関係ない。

  ひたすら下ると、木製の大扉へと行き当たった。

 

「粉砕玉砕大喝さーい!!! いえーーい!!」

 

  当然のように、扉に突進してそれを吹き飛ばした。

  そこで、清音は身に纏う炎を消滅させる。その理由は、目の前に広がる景色にあった。

 

「わぁ、図書館だ! 面白そー!」

「残念ながら、貴方は貸し借り禁止よ。そして、ここに入るのもね」

 

  扉の先には、これまた巨大な図書館があった。

  清音はそう歓喜の声をあげて本を取ろうとするが、それを奥から聞こえてきた声が静止させる。

  そちらに視線を向けると、紫髪の、ネグリジェのようなものとナイトキャップを着用している少女が、こちらに向かって歩いてきていた。

 

「レミィから、侵入者は排除するよう言われてるのよね。もっとも、こんなうるさいのを消すのは私も同感だけど」

「清音だよー。よろ!」

「……聞いてないわよ。まあ、ともかく」

 

  紫髪の少女は手に持っていた魔導書を開く。同時に彼女の体から魔力が溢れ、宙へと浮かび上がった。

 

「面白そうな実験体を見つけたわ。それだけには感謝ね」

 

  その言葉を発すると同時に、複数の魔法陣が宙に刻まれた。

  そして、魔法使いとの戦いが始まる……。

 

 

 



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門前の混戦



一対一こそ剣士の信条

貴方もそう、思うでしょ?

by白咲美夜


 

 

 

 

「【マスタースパーク】」

 

  超巨大な妖力レーザーが、波のように群がる妖怪たちを一斉になぎ払った。

 

「【ダークマター】」

 

  再び、巨大レーザーが放たれた。色は漆黒。これに触れたものは、次々と体を灰にして消滅していった。

 

  突然の攻撃でざわつく彼らの前に、彼女たちは降り立つ。

 

「ふふ、いい景色ね。飛び散った血が赤い華を連想させてくれるわ」

「私のは血すらも残んないけどね。とはいえ、絶望に染まった顔は、人間でも妖怪でも綺麗なのは認めるけど」

 

  現れたのは、緑髪のボブカットの女性と、長い黄金の髪の少女だった。その正体は言うまでもなく風見幽香とルーミア。

  二人は狂犬のような笑みを浮かべながら、凄まじい殺気を辺りにぶちまけている。

 

「これはこれは……凄まじい景色じゃのう。まるで地獄絵図のようだ」

 

  そんな彼女らの後ろに天魔が降り立った。よく見ると、その後ろには北、東、西に分かれたはずの天狗たちが習合している。

 

  彼らがそれぞれの方向にいた見張りはすでに消してある。あとは、相手人数の七割以上が配置されている南、つまり門を攻略すれば、彼らの役割は終了だ。

 

  紅美鈴率いる軍は、事実上美夜がいる南攻略班と、それ以外の班全てによって板挾みにされていた。

 

「まだまだよ。これからもっと地獄絵図になるんだから」

「というか、もう行っていいかしら? 久しぶりに戻ってきた力なんだから、早く暴れたいのだけれど」

「私が止めても行くだろうに……まあいい。……これから敵軍殲滅作戦を開始する! 全軍突撃!!」

 

  ウオォォォォオオオオオオオオオ!!!

 

  天魔のその指示によって、天狗たちはそれぞれが力の限りを込めて叫ぶと、士気が落ちつつある敵軍へと突っ込んでいった。

  数は、いつの間にか逆転していた。人数合わせの木っ端妖怪は一瞬で斬り伏せ、吸血鬼には複数でかかるなど、組織的に動いていることも、この混戦では活躍していた。

 

  とはいえ、敵も黙ってはいない。

  先ほどの様子から、金色髪の少女が危険だと察知した吸血鬼たちが複数でかかってくる。

  だが、無意味だ。

 

  一見無防備に見えるルーミアから、どこからともなく大量の闇が発生する。それらは不気味に彼女の周りを漂うと、確かな意思を持って、近くの吸血鬼たちを丸呑みにした。

 

「まったく……雑魚が多すぎて前が見えないわ。もう少し見晴らし良くしようかしら? ……【ジャックミスト】」

 

  そう唱えると、広範囲に渡って黒い霧が敵味方問わず包み込んだ。

  そして、パチンと指を鳴らす。

  それが起爆スイッチとなり、敵の妖怪たちは無数の刃と化した霧に包まれ、切り刻まれた。

 

  ふと横を見れば、幽香が敵を素手で引きちぎっているのが見える。天魔の方も、上空から竜巻を起こして敵を吹き飛ばしていた。

 

「ここもすぐに終わりそうね。他はどうなったかしら?」

 

  まだ戦火が飛び散る戦場を見やり、ルーミアはそう呟いた。

 

 

 ♦︎

 

 

 門前で、今異変最大の乱闘が始まっていた。

  見栄えなど関係ない。ただ、目の前に敵がいたら殺すのみ。

 

  しかし、そんな中で美しさを忘れていないものもある。

  黒髪の美剣士が目にも留まらぬ速さで刀を振るうと、赤髪の武闘家もそれに反応して拳を繰り出す。

  互いの攻撃がぶつかるたびに火花が舞い、それが戦場に散っていく。

 

  美夜と美鈴の実力は、互いに均衡していた。

 

「はぁっ! せやぁぁっ!!」

「はいやぁぁ!!」

 

  気合を込めて、美夜が剣術【楼華閃】を発動。

【裂空閃】。激しい風を纏った斬撃を、美鈴は気で鎧のようにコーティングした拳で叩き落とした。

 

「ハタァァ!!」

 

  そしてカウンターとばかりに、美夜の胴体めがけて蹴り上げを行ってきた。

  それに反応して、美夜は黒刀を素早く逆さにして両手で握り、蹴りを受け止めた。

 

  一瞬の硬直状態。しかし両方同時に振り払うと、再び戦闘の構えをとる。

 

(技術では互角か……妖術を使えれば楽なんだけど、あいにく私の腕は平凡だし……()()()使()()())

 

  結局、今まで通り接近戦で行くしかないと決めると、美夜は数少ない得意な術式を唱えた。

 

「【サンダーフォース】……そして【スパーキング】」

 

  バチバジッ!! という鋭い音と眩い光が漏れる。

  美鈴の目に映ったのは、青と黄色の雷を纏った、美夜の姿だった。

 

  美夜が唯一得意なもの。それは身体能力強化系の術式だった。

  とくに、彼女は電気と相性が良い。二つの別々の術をかけた美夜の体は強い雷を帯びており、触れるだけでタダでは済まないのは目にわかる。

 

「……さあ、始めましょうか」

「……ええ。この戦いだけは、負けられない!」

 

  気づけば、美鈴たちは内から侵入してきた軍勢に板挾みにされていた。

  しかし、美鈴はそんなのには目も向けなかった。味方の助けを求める声にも応じない。

  結局、彼女は武闘家なのだ。強い者と戦うとき、それ以外を意識したら殺される。妖怪として長年生きてきた美鈴はそれをよく知っており、それゆえに美夜以外の存在を意図的にシャットダウンしている。

  なにより、

 

(これほどの強者から目をそらすなど……無礼に値する!)

 

 そしてその思いに応えるように、美夜も美鈴だけを見ていた。

 そして、土を蹴る音が二つ、同時に響いた。

 

  最初に攻撃に出たのは美夜。雷のように素早く踏み込み、稲妻を錯覚させるような斬撃を繰り出していく。

  美鈴は先ほどのように気で体を硬化させ、武道のテクニックでそれら全てを防いでいく。

 

  だが、状況は美鈴が不利になっていった。

  理由は、美夜の圧倒的速度にある。

  先ほどは一撃一撃交代しながら出していたものの、斬撃速度が上がっていて、美鈴が一撃を繰り出すたび、美夜は二、三回もの斬撃を繰り出せるようになっていたのだ。

  当然、美鈴は防御に集中していき、その分攻撃にまで手が回らなくなっていった。

 

(耐えろ……チャンスは必ず来る。そこを狙う……!)

 

  美夜の剣速はさらに加速していく。もう目の前で対峙している美鈴にも見えなくなってきているほどだ。

  しかし、それでもなんとか防いでいる。長年の勘というもので、未だにクリーンヒットはない。

 

「はぁぁぁあああ!!」

 

  しかしとうとう、一つの斬撃が美鈴のガードをすり抜けた。

  体を切り裂かれ、半歩美鈴は後退してしまう。それを見た美夜は、すぐさま刀に妖力を込める。

 

  美鈴はそのとき、見た。今まで動き続けていた美夜の足が、力を溜めるため一瞬止まっていることに。

 

「やあああ!!」

 

  地面へとしゃがみ、脚を回転させて美夜へと引っ掛ける。

  【水面蹴り】。意表を突かれた美夜は驚きながら、バランスを崩した。

 

「【大鵬拳(たいほうけん)】ッ!!」

「んぐっ……!」

 

  全力を込めて放った、虹色の気の拳が、とうとう美夜の腹を捉えた。

  美夜は大きく息を吐き出したあと、顔を上げると、そこには次の技へと移ろうとしている美鈴の姿があった。

 

「【彩光乱舞】!!!」

 

  美鈴はそう言うと、美夜を巻き込んで高速で回転し始めた。すると、彼女を中心に虹色の竜巻が発生し、打撃の嵐が、美夜を襲った。

 

「ガァァァァァァアア!!!」

 

  振り回された腕が、美夜の体を何度も強打し、彼女の骨を砕いていく。そのあまりの痛覚に、思わず叫んでしまうほどだ。

 

  しかし、美夜は叫びながらも、あろうことか前へと前進していった。。自ら竜巻の奥へと侵入していき、手を必死に伸ばす。

 

  そして、振り回される美鈴の腕を、妖狐としての爪と握力でガッチリと掴んだ。

 

「なっ!?」

 

  独楽(こま)というのは、側面が何かに触れていると上手く回らず、失速してついには止まってしまう。今の美鈴も同じように、腕を掴まれたことで回転できなくなり、美夜の前で止まるという最大の隙を晒してしまった。

 

  当然、美夜はそんなものを見逃さない。

  彼女の手には、力が溜められ激しい雷光を輝かせている一つの長刃が握られている。

 

「しまっ! ……がァッ!?」

 

  そしてそれを全体重を込めて前へ加速し、美鈴を通り抜けながら一閃した。

 

  音も痛みも。美夜の斬撃に置いていかれて行った。

  美鈴が痛みを自覚するとともに、巨大な雷の斬撃が傷口に発生し、一歩遅れて、彼女の体を切り裂いた。

 

「……【疾風迅雷】」

 

  美鈴の体は数回痙攣したあと、糸が切れた人形のように地面へと倒れた。だが、息はしてるので問題はないそうだ。

 

  美夜は敗者へ一瞬目線を送ると、すぐに戦場を見やった。

  そこにはボロボロに破壊された門と、大量の死体。そして数々のクレーター。

  幽香とルーミア、狂者が暴れまわった結果である。

 

  とりあえず、自分の役目を果たさなければ。

  そう思い、今さらながら辛うじて原型を残していた門を斬撃で跡形もなく消し飛ばした。これで最低限のことはこなしたので、後での文句は少なめだろう。

 

「清音と舞花も戦闘中か……助太刀は必要ないって言われそうだし、大人しくここを制圧しとこうかしら」

 

  それに、危険人物が二人いるしね、とは言わなかった。いや、彼女らの地獄耳が怖くて言えなかったのだ。

 

  他も無事に終わるだろうか。

  負傷した部位などを布で覆いながら、美夜は一人、そう思った。

 

 

 






「投稿再開したばっかですいませんが、またテスト期間がやってまいりました! というわけで二週間ほど休ませてもらいます。作者です」

「ちなみに書き終えたのは今回のしか残ってないから、二週間以上最大で三週間ほど投稿できなくなるかもな。狂夢だ」


「ほんと、やってらんないですよ!」

「どうしたのかね、三教科50点代を叩き出した作者君?」

「それを言わないでください! ……PS4ないんでモンハンできないし、テストはまた来るしで最悪ですよ」

「でも、今回のが終われば新学期までテストないんだろ?」

「はい(確証があるとは言っていない)」

「んじゃ、そのときに書けよ。せいぜい読者様からこの小説が忘れられてないようにな」

「そうならないことを切に願います……」


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エントランスでのイリュージョン



パッと触れればすぐ消えて

タタンと叩けば現れる

そんな素敵な魔法、ご存知かしら?


by八雲紫


 

 

  美夜が門を破壊したころ、館内のエントランスでは二人の少女による戦闘が繰り広げられていた。

 

  ランチャーを構えた舞花は妖力を圧縮させ、巨大弾幕を敵めがけて放つ。だが、メイド服の少女が指を鳴らすと彼女の姿は一瞬で消え去り、後ろの壁が削れるだけで終わった。

  そしてお返しのように、舞花の目の前に数十本のナイフが突如出現し、襲いかかってきた。

 

「……それはさっき見た」

 

  しかし、舞花は冷静に懐から水銀の入った瓶を地面にぶちまけ、その中身をシールド状に固めることで防いだ。

  だがメイドの攻撃はまだ終わらない。再び姿を消すと、今度は全方位からナイフが飛んできた。

 

  さすがに瓶一本分の水銀では全方位を守れない。そう判断した舞花は真上にランチャーを放ち、その爆風で空いた隙間から脱出した。

 

(……テレポート系の能力かと思ったけど、違うみたい。ただ、それに近いことができるのは間違いない。なら、ランチャーは相性悪いか……)

 

  そう考え、舞花はランチャーに力を込める。すると光が発生し、ランチャーは拳銃へと姿を変えていた。これならばスピード戦に対応できるので、先ほどよりマシに動けるだろう。

 

「……なら、少しずつ分析していってやる」

「あなたに私のイリュージョンが見破れるかしら?」

 

  舞花は天井すれすれにジャンプすると、少女に急接近しながら弾丸を数十発放った。

  当然のように少女は姿を消し、代わりに着地地点にはいくつものナイフが迫ってきていた。

  それら全てを撃ち落とした後、再び照準を少女に合わせ、引き金を引く。再び少女の姿は消えるが、今度は何も見ずに後ろ向きに弾丸を数発放った。

 

  遅れて、金属と金属がぶつかり合う音が連続で聞こえてきた。

  振り向けば、そこにはナイフで弾丸を弾いた状態の少女の姿が。

 

「……なぜわかった?」

「……あなたは姿を消した後、相手の死角に入る癖があるみたい。何度もされれば、勘が良い人なら誰でも気づく」

「そう……ご教授ありがとう、ね!」

 

  感謝の言葉とともに、数十本のナイフが投げられた。

  氷の結界を張ったが、しかしナイフはどれもバラバラで見当違いの方向へ飛んでいくだけ。と思ったが、壁に当たった瞬間に跳ね返って舞花に向かってきた。

 

「……ほんとうに手品みたいなことが得意みたいだね」

「お褒めに預かり光栄です」

 

  撃ち落とした後、ふいに真横から声がした。振り向いてみれば、そこにはナイフを構えた彼女がちょうど切り掛かってくるところだった。

  今度は接近戦か! などと内心驚きながらとっさに左手で持ち手を叩き、軌道をずらす。

 

  こんなときのために美夜姉さんから徒手空拳をかじっておいてよかった……。

 

  眉間めがけて発砲するが、少女は横に頭を傾けて避けてしまった。どころか、距離をとろうとしたらジグザグに走って追ってくるのだ。

  おそらく、今ので舞花が接近戦が苦手なことがバレたのであろう。先ほどの受け流しも、本能が行った偶然に過ぎない。

 

「……ッ!」

 

  流れるように振るわれた連続のナイフが、舞花のほおをかする。

  今のは危なかった。このままこの距離でやっていてはいつか被弾してしまう。

  少々手荒で好みではないが、この際仕方ない。少し強引に距離を取らせてもらおうか。

 

「【ニブルヘイム】……!」

「なっ、ぐっ……!」

 

  手を地面に当て、一言。

  それだけで、舞花と少女がいた場所は一瞬で氷の世界へと変化した。

  ゼロ距離で範囲魔法を使ったせいで、舞花もこれに巻き込まれてしまっていた。幸いなのが、自分に当たっても大丈夫なように威力を抑えていたことと、彼女自身の氷耐性が高かったことか。それらのおかげで、舞花は手のひらが薄く凍りつくだけで済んだ。

 

  しかし、その至近距離に少女の姿はない。

  急に冷やされたことで白い煙が発生する中、よくよく目を凝らせば彼女が階段を上った二階部分にいるのがわかった。

 

(メイド服の端が凍ってる……? なるほど、そういうことだったのか……)

 

 例のテレポート……いや、それはもうよそうか。

  今観察したのと今までの戦い方から、彼女の能力はもう予想がついた。なるほど、確かに強力な能力だ。だけど弱点がわかればいくらでも対処できる。

  もう勝利のルートは頭に入っている。チェックメイトだ。

 

  舞花はわざわざ相手に見えるようにエントランスの中心に立つと、少女が聞いてるかも確認せずに語り始めた。

 

「……あなたの能力、わかった。……時間操作系」

 

  それを聞いた瞬間、観念したのか少女はナイフ片手に階段を下りてきた。顔には冷たい笑みが張り付いている。

 

「……ええそうよ。よくわかったわね。でもそれがどうしたのかしら? でもそれって私はあなたの心臓を知らない間にえぐることもできるってことにならないかしら?」

「ダウト。できるんだったらとっくにしてる。おそらく、時止め中の制約の中に『自分が触れているもの以外に干渉することができない』とかがあるのだと思う」

「……」

 

  少女は何も言わなかった。

  舞花は続ける。謎を解明してか、いつもより饒舌だ。

 

「あなたは私の目の前から姿を消した直後の銃撃を、能力を使わずに処理した。このことから、その能力には一秒以上のタイムラグがあるものだと思われる。続いてさっきの範囲攻撃のあと、あなたのドレスの端が凍ってることから、時間操作系能力という結論が出てきた。テレポートだったら、あんな一撃簡単に避けれただろうしね」

「……だったらどうしたのかしら?」

 

  そのえらく長ったらしい説明は、ただ単に彼女の失敗を突きつけるだけにしか少女には感じられなかった。そのためか苛立っており、冷たい言葉が鋭さを増している。

  そんな彼女に対して舞花は

 

「……あなた、名前は?」

「……十六夜咲夜よ」

「白咲舞花。……咲夜、あなたはもうチェックメイトってこと」

 

  言うがいなや、舞花は地面を叩くように手を当て錬金術を発動。このエントランスエリア全ての廊下に巨大な石の壁が飛び出て、脱出経路を塞いだ。

 

「……これでここから出ることはできない。あなたが時を止めるなら、私はこのエントランス全てを凍らせる。防げるものなら防いでみろ」

「ッ!? させるかッ!」

 

  咲夜は自分に危機が迫っているのを本能的に感じ取った。そして、今の舞花の言葉を聞いて、全力で地を蹴り()()()止めようとナイフを突き出した。時を止めて接近してきたことから、彼女がどれだけ急いだのかがわかる。

  だが、地に手をつけたままの状態では、いくら急ごうが無意味だ。

 

「遅いーー【ニブルヘイム】」

 

  そして、舞花は手加減なしの絶対零度の世界の扉を開け放った。

  瞬間、世界は氷によって閉ざされた。

  床も壁も天井も、全てが凍りついており、幻想的なオブジェと化している。その中に一つ、ポツリと少女の氷像が立っていた。

  体どころか、表情すら動かない。否、動けない。

  その様子を見て舞花は、

 

「……やりすぎたかも」

 

  と小さく呟き、急いで救出活動を行った。

  忘れてはいけないのが、今回の戦争の目的。咲夜は明らかに敵の幹部だし、万が一殺してしまっては交渉の障害になるかもしれない。

  そうなると、全員から冷たい目で見られる。美夜から力の扱い方をやり直せと神社を追い出されるかもしれない。

  それだけはダメだ。引き篭れなくなってしまう。

 

  白咲舞花。目先の楽不楽よりも、先の自分のことを考えるのは得意であった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「【メラストーム】」

「水符【ベリーインレイク】」

 

  火球の嵐と、水流がぶつかり合う。それらは互いに均衡した後、消滅した。

 

「へえ、やるねー。これなら、どう? 【メラミ×5】」

 

  金色の髪を持つ女性がそう言って腰に差してある刀を抜いて、杖のように振るうと、先ほどよりも大きな火球が五つ出現した。

 

「くだらないわ。金符【シルバードラゴン】」

 

  それを相手するネグリジェのような服を着た紫髪の少女はそう一言言うと、金属を竜の姿に変えて突撃させ、火球を弾きながら突き進んでいった。

  これに対して金髪の少女ーー清音はヒョイッと身軽な動きで竜の背に乗ると、二刀一対の愛刀たちで強引に竜を引き裂いた。それだけで竜の内部に魔力が侵入し、しばらくすると大爆発を起こし大破した。

 

「あなた、剣士かしら? ずいぶん良さげな刀を持ってるじゃない」

「違うよー。そもそも、これは私にとって杖みたいなものだから剣は専門じゃないんだよー」

「……剣を扱えないとは言わないのね」

 

  双刀【金沙羅木】。邪神が作り出した、最高クラスの短刀。その効果は術のサポートなどであり、確かに杖としての役割を持っている。しかしながら単純な切れ味も妖魔刀クラスであり、鉄程度ならどれだけ非力でも切り裂けるとは、その邪神の弁だ。

 

「まあいいわ。殺して死体共々回収すればいい話ね」

「なら私が勝った場合はここの魔道書いくつかもらうよー?」

「……借りるんじゃなく、もらうのね」

「強盗ですから。【イオラ】!」

 

  一通り話し終えると、目くらましのために爆発を起こして、その隙に距離をとった。

  同時に紫の少女も魔法陣を空中にいくつも展開した。

  両者の魔力が急速に高まっていくのがわかる。

 

「先手必勝!【マヒャド】!」

 

  最初に魔法を唱えたのは清音。巨大な氷柱がいくつも空中でできあがると、紫少女を串刺しにせんと飛んでいく。

  しかし少女は驚かない。どころか冷静に術式を魔法陣に展開し、そこから炎と土の混合的な魔法を放ってきた。

 

「火&土符【ラーヴァクロムレク】」

 

  広範囲に向けてドロドロと溶けた岩ーーつまりマグマが放たれた。それらは氷柱とぶつかると破裂し、次々とマヒャドを打ち消していく。

  しかし、その中の一つだけがマグマを突破し、少女に迫った。それは避けられたが、床にぶつかり突き刺さると、その辺りを瞬時に凍りつかせた。

 

「危ないわね……試しに触れてみなくてよかったわ」

「惜しい! 触れたら氷漬けだったのにー」

「遠慮なくお断りさせてもらおうわーー金&水符【マーキュリーポイズン】」

 

  今度は紫少女から魔法を唱えてきた。魔法陣から出てきたのは大量の銀色の液体ーー水銀の水流である。

  舞花が日頃よく使うため、清音にはそれの正体がすぐにわかった。

 

「こんなところで有害物質ばら撒かないでよ!」

「安心なさい。私は対策してるから」

「私はそういうのしてないの!」

 

  クイ、と少女が指を振ると同時に、大量の水銀が水流のように清音に向かってきた。

 

  地下図書館での戦いは続く……。

 






「どーも更新遅れました! インフルエンザってキツイんですね。今年生まれて初めてかかったので、驚きました。作者です」

「久しぶりに小説書き始めて『あれ、こういうときどうすんだっけ……?』と頭を抱えてうずくまっている作者を見ていた狂夢だ」


「今回で咲夜戦は終了です。彼女は能力に少し制約がかかっていますが、それはまあ時止められてなんでもできると書く方も困るんですよ。正直楼夢さんが光の速度で瞬殺するぐらいしか倒す方法なくなりますし……」

「ちなみに制約の内容は

・一秒のクールタイムが発生する

・自分が触れている物以外に干渉することはできない

だったはずだな」

「咲夜さんの場合、時を止めたときに触れているものにナイフがあるため、投げつけることができます。しかし敵の場合は時止めしたときに触れていないので、触れることはできません。触れた瞬間に解除されます」

「それでも十分に強いだろ。正直この小説の主人公以上に強い能力だな」

「ちなみにあなたも時止めできることをお忘れでなく(詳しくは月面戦争編)」

「ちなみに俺の場合はそんな制約ないぜ。さらに時を早めたり遅くしたりすることもできるぜ」

「要するに咲夜さんは狂夢さんの劣化型ってことです」

「俺の劣化ってだけで充分強いけどな」


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ヴワル魔法図書館での決闘


魔法が使えれば魔法使い

どんなにちっぽけでも

誇りをその身に宿せる


by白咲清音


 

「うひゃぁ!?」

 

  水銀が壁に衝突して、その液体が周りに飛び散る。そしてシューシューという何かを溶かす音とともに、あちこちで煙が発生した。

 

「……いったい何と化合してるの、あれ? 壁や地面が蒸気とともに溶けるとか、危険ってレベルじゃないよ……」

「偶然できあがった液体xよ。私もよくわからないわ」

「そんなの使用しないでよ……」

 

  とはいえ、まずいことになった。

  先ほど水銀が辺りのものを溶かしていたが、それと反比例するように蒸気、つまり毒ガスが辺りに発生し始めているのだ。

  ここは地下。窓もない。相手が対策をしてないとは思えないし、何より清音はこういった状態異常に対する手段をほぼ持っていないのだ。

  できるのは攻撃魔法と補助魔法のみ。回復は舞花が専門であった。

 

「せめてなんの毒かわかれば対処はできるんだけど……明らかに私が知らない物質だね。水銀がものをあんな風に溶かすのは始めて見たし」

 

 そう言っていると、再び水銀が集まり、こちらに向かって飛んできた。

  やはり術者を倒すのが手っ取り早いか? いや、あの少女が何も手を加えていないとは考えにくい。

 

「【メラゾーマ】!」

 

  とりあえず、目の前のものをどうにかしなければ。このまま毒ガスが発生し続ければ、不利なのはこちらだ。

  なんとなくで巨大火球をぶつけて燃やしてみたものの、物質自体は消滅したが、それが大量に気体化して大変なことになっている。

 

「もう、めんどくさいなー!【バギ】」

 

  真空属性の初級魔法を発動して、発生した毒煙を散らしていく。ここで清音はいいことを思いついた。

  さっそく嫌がらせに毒ガスを少女の方へ向けて、風を発生させてみる。

  当たり前だが、少女の周りには薄い結界が張ってあったので意味はなかった。だが、少女自身も煙による二次被害は想像できなかったようだ。そう、煙に覆われたせいで清音が見えなくなったのだ。

 

「なっ、しまった!」

 

  急いで少女は風を発生させようとするが、もう遅い。

  清音は極小の魔力弾を最高速度で結界に向けて放った。それはやはり石ころサイズの穴しか開けることはできなかったが、それでも気体が入り込むには十分な大きさだ。強度が低かったのは、元々これで攻撃を防ぐことを考えていなかったのだと思う。

 

「うっ、ゲホッ、ケホッ……!」

 

  毒ガスを直に吸ってしまったのであろう。少女は苦しそうに咳をしながら結界を消滅させ、指を弾く。それだけであちこちの壁から風が吹き出て、図書館内を換気した。

 

「やっぱりそういうの用意してたねー……ていうか大丈夫? すごい苦しそうなんだけど……」

「ゲホッゲホッ、カハッ……ゼェー、ゼェー……平気よ」

「いや明らかに大丈夫じゃないよね!? 毒ガス私の方が吸ってるぐらいなのに、なんでそこまで咳するの!」

 

  少女はゼェーハァーと苦しそうに呼吸すると、魔法陣を展開しながらこちらを睨んできた。

  ……大丈夫かな、この人。清音はそう思わずにはいられなかった。予想はつくが、体が少々……? 弱いのであろう。しかも察したけど喘息持ちだ。

 

「今日は体の調子がいいわ。まだ発作も起きてないし」

 

  頼むから帰って寝てなさい、と清音は思う。

  なんかもうさっさと終わらせてあげた方が彼女のためになりそう。

 

「いくわよ……木&火符【フォレストブレイズ】!」

「【フォレストブレイズ】……つまり山火事ってことぉ!?」

 

  言葉にした瞬間に、燃え盛る丸太が眼前を通り過ぎた。それだけじゃない。木や葉など、様々な森に関するものが炎をまといながら、清音に襲いかかってきた。

 

「【羽衣水鏡】……へっ? あがッ!?」

 

  清音を覆うように水と妖力で作られた透明な結界が張られる。が、飛んできた炎の木材はそれをやすやすと打ち砕き、清音の腹に激突した。

 

「一ヒットってとこかしら」

「くっ……【ヒャド】」

 

  冷気属性の初級魔法で被弾した部分を冷やしながら、少女を睨む。

  忘れていた。【羽衣水鏡】は弾幕などのエネルギー系統の遠距離攻撃にはめっぽう強いが、質量のあるものには簡単に壊されてしまうということを。

  清音は燃え盛る木々を炎弾として見ていたが、それが仇になったようだ。それに、その魔法を操る少女自体も強い。

 

「……そろそろ、本気でいこっかなー」

「まだ奥があるのならさっさと出しなさい。それは魔女として最大の侮辱よ」

 

  少女は清音が本気でなかったことに気づいていたらしい。それが気に入らないらしく、先ほどから奥の手を出させようと激しい攻撃を繰り出してくる。

 

  さて、今までの戦いでわかったことがある。それは彼女が東洋の五行に加えて日と月を足した属性魔法を操る、ということだ。

  日と月はどこでわかったのかって? 彼女が展開する魔法陣の属性を見ればわかる。彼女はそれらを組み合わせて一つの魔法としているのだ。

 

  さて、ここで質問。清音は何種類の属性が使えるだろうか? とは言っても、少女の五行と清音の使う魔法は点で違うので、同じ火を扱う魔法でも全然同じではないのだが。

  とりあえず、答えを言うと基本的には火炎、閃光、爆発、冷気、真空の五種類の属性とその他多くを扱うことができる。

  そんな清音が彼女の真似ごと、いや同じことができないわけがない。

 

「右手に【マヒャド】、左手に【バギクロス】……」

「なっ、まさか!」

 

  清音の右手に巨大な冷気が、左手に巨大な風の力が集う。そして両手を合わせると、突き出すようにして叫んだ。

 

「合体! 氷刃嵐舞【マヒアロス】!」

 

  無数の氷柱が、閃光のように突き進み、少女の炎を破っていく。そしてそのまま、氷の閃光が少女を張られた結界ごと貫いた。

 

「かっ…! このぉ……日符【ロイヤルフレア】ァァ!!」

「閃熱大炎ーー【メゾラゴン】!!」

 

  二人の叫びで出現した太陽と爆炎がぶつかり合う。その余波は飛び散ったエネルギーで壁や床が溶けるほどのものだった。

  そして勝ったのはーー

 

「ーー【メゾラゴン×2】ィィィィィィ!!」

 

  そう清音が叫んだ瞬間、爆炎が急激に膨れ上がり、太陽と少女を飲み込みそのまま爆発した。

  そのあまりの熱量と爆風に清音自身も吹き飛び、地面に体を打ち付ける。

 

  閃光と爆発が収まった時、清音の目には図書館が見るも無残な姿で朽ち果てていた。本棚に収まっていた本だけは全て無事なようだが、それらを守った本棚自身は役目を果たし終え、灰となっていた。

  そして一番目についたのが、壁に開けられた大穴だ。十中八九、清音のメゾラゴンが少女ごと飲み込んだ跡であろう。

 

( ……? そういえば、あの魔女はどこにいったの?)

 

  清音はそれに気づいた後、キョロキョロと周りを見渡しながら彼女を探す。すると、ちょうど大穴の下に積まれたガレキの中から、真っ白な手が伸びてきた。

 

「ゼェー……ゼェー……死ぬっ、死ぬかと思った……!」

「あれで生きてるの……? どうやったのかなー?」

「結界がなかったら蒸発してたわ……! すぐに逃げられるよう準備しておいてよかった」

 

  なるほど、辛うじて結界を張り、その間に逃げたということか。しかし完全には避けきれてないようで、少女の服はところどころが焦げていた。

 

「……あなた、名前は?」

「……? 白咲清音だけどー?」

「認めるわ。あなたは強い魔法使いよ。それに敬意を表して名乗るわ。パチュリー・ノーレッジよ」

 

  魔導書を宙に浮かばせ、魔法陣を描きながらも、目だけはまっすぐこちらを向いたまま、パチュリーはそう言った。

  なんとなく言いたいことは察せた。彼女は清音に『魔法を使う者の誇り』をかけて戦えと言っているのだ。

 

  両手を広げながら、二つの魔法を展開する。一つは火炎系上位魔法【メラゾーマ】。もうひとつは冷気系上位魔法【マヒャド】。

  これから使うのは、清音の複合魔法の中でも極大消滅魔法と称される究極の魔法だ。

 

  パチュリーも魔導書を手の中に浮かばせ、七つの魔法陣を展開しながら魔力を高めていく。

  それを見て、清音は口を開いた。

 

「……言いたいことは察せたよー。それで、どこまで出せばいいのー?」

「……全力よ。それで死んでも覚悟はしているわ」

「……どうやらわかって言っているようね。ならーー死んでも文句はなしよ!」

 

  清音は知っている。彼女は魔女として悔しいのだ。

  世界は広い。自分より優れた魔法使いがいることは知っている。ただ実際にそれに出会ったとして、認められるわけがない。

 

  パチュリー・ノーレッジは魔女だ。生まれながらにして力を持っていた彼女はそれを誇りにしている。

 

  清音は魔法使いだ。正確的に言えば陰陽師でもあるが、彼女はそれを誇りにしている。

 

  だからこそ、互いはぶつかり合う。自分の中のルーツを守るため、プライドを守るために。

 

「いくわよ……火水木金土日月符【ロイヤルストレートフラッシュ】ッ!!!」

「極大消滅魔法ーー【メドローア】ァッ!!!」

 

  辺りが、眩しい光に包まれた。

  七色の閃光と白の閃光がぶつかり、せめぎ合う。

  ジリジリと、徐々に清音の体が後方に下げられていく。パチュリーの閃光が【メドローア】を上回っているのだ。

 

  確かに、七曜全てとたったのニ属性では分が悪い。しかし、清音にも秘策があった。

  清音は九尾の狐である。自慢の、父と同じ黄金の尻尾は九本ある。

  そして、それら全てから魔法を放てるとしたら?

  答えはこうだ。

 

「【メラゾーマ】、【マヒャド】ーー【メドローア】。【メラゾーマ】、【マヒャド】ーー【メドローア】。【メラゾーマ】、【マヒャド】ーー【メドローア】。【メラゾーマ】、【マヒャド】ーー【メドローア】」

 

  八本の尻尾にそれぞれの魔法を発動させ、残った尾でそれらを融合する。結果、尻尾で作られた【メドローア】は四つ。今発動させているのを合わせてーー五つだ。

 

「【メドローア×5】ッ!!!」

「……どうやら私の負けのようね」

 

  パチュリーがそう呟くと同時に、閃光が押し返され、パチュリーを呑み込みながらーー

 

 

  ーードゴォォォォォン!!!

 

  あらゆるものを消し飛ばした。

  壁も地面も、豪華に結界が張られた本棚も。

  あれだけ立派に見えた図書館が、今ではボロボロの廃墟のようだった。

 

  しばらくすると光が収まり、清音は光から守るために閉じていた目をゆっくり開く。そしてここら一帯の魔力を感知した後、一言

 

「何が覚悟はしてるんだか……即死級の攻撃を受けた瞬間、転移する魔導具か……生きる気満々じゃん」

 

  おそらく生きているであろう紫の魔女に向けて、最後の憎まれ口を叩いた。

  よく見れば本にも転移の魔法がかけられていて、彼女の魔導書は全て無事であることが判明する。

  まんまとしてやられた、といったところか。清音にとって最後に良いことは、おそらくパチュリーは魔力枯渇でしばらく寝込むことになるぐらいか……。

 

「まっ、それでいっか。私は魔導書が借りれればそれでいいしー」

 

  そう言って、残った本棚に収められている中から気になる本を取り出して、運んでいく。

 

  白咲清音。最後までマイペースな少女であった。

  変わったことと言えば、彼女が本を借りるとき、『盗む』から『借りる』に変わっていたことぐらい。

  しかし、今もマイペースに本を漁る彼女がそのことに気づくことはなかった。

 

 

 





「三姉妹の戦闘がいよいよ終わりました。残るはメイン戦のみです。この章もそろそろ終わりだなぁ……。作者です」

「次章はいよいよ楼夢の出番か……俺はしばらく出ないみたいだし、退屈だぜ。狂夢だ」


「今回は原作キャラ初のオリジナル技が出ましたね」

「火水木金土日月符【ロイヤルストレートフラッシュ】か。名前は普及点として、どうしてこれを作ったんだ?」

「実はパッチェさんは火水木金土【賢者の石】っていうスペカがあるんですが、全ての属性を合わせた技がなかったんですよ。それはちょっとやだなぁと思い、用意させていただきました」

「結局【メドローア】のゴリ押しで破られたけどな」

「それは……まあ、清音さんは九尾の狐ですから。仮にも大妖怪最上位に位置するので、基本スペックの差があるんですよ」

「ちなみに楼夢は十種類の属性を扱えるぜ。正直言うとチートだな」

「チートの塊のお前が言うな!」


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吸血鬼異変の終結


姉妹とは千切れない縁そのもの

だからこそ笑いあい、助け合った方が楽しいのだ


by白咲美夜


 

  玉座の間にて……。

 

  この館の主人、レミリア・スカーレットは己の能力で自身の部下たちの結末を見届けていた

 

「……死亡者ゼロ、か……。手加減されてたのは感謝するけど、ちょっと悔しいわね」

 

  もちろん、その中に死んでいった雑魚妖怪たちは数えられていない。

  彼女が仲間と思うのは紅美鈴、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジと今回非戦闘要員として隠れていた使い魔の小悪魔、そして地下深くに封じられている最愛の妹のみである。

 

  彼女ら全てが生きている。これ以上喜ばしいことはない。

  だが、この紅魔館の主人として、部下のために負けてやるわけにはいかない。

 

「……というわけで、ここにいるのはわかってるわ。さっさと出たらどう?」

「あら、ずいぶんと勘がいいのね。しょうがないわ……ほっと」

 

  グニュンと空間が歪む音とともに、二人の人物がレミリアの前に姿を現した。

 

  八雲紫。幻想郷の賢者であり、管理人でもある人物。後ろには式神である九尾の狐の八雲藍を従えている。

 

「他は勝負がついたみたいね。今降伏したら、痛い目見なくて済むわよ?」

「……やれやれ、私の部下が全滅するとはね。そこの九尾から察するに、彼女らはお前の式か」

「まさか。白咲家の三姉妹が私の式だなんて、恐れ多くて口にもできないわよ」

 

  おどけりように両手を広げ、レミリアの質問に紫は答えた。その妖艶な姿と相まって、彼女の妖しさを感じさせられる。

 

  ……強い。

  レミリアは目の前の敵の妖力を探り、そう評価をつけた。

  彼女の生の中で、明らかに最強の相手だ。しかも従者に大妖怪上位もいる。

  しかし、やらねばならない。部下が負けたのを黙っているなど、真の主人ではない。それに、この異変を引き起こした張本人としての責任がある。

 

  紫は全てを見透かしたような、いや見透かしているのだろう。少なくとも、レミリアにはそう感じられた。

  冷たい目線を向けた後、妖しげに微笑むと臨戦態勢に入っている藍を手で制した。そして、

 

「藍。今回あなたは下がってなさい。これは命令よ」

「……はい、紫様」

 

  沈黙したのはほんの一瞬で、己の主人を一瞬見た後、藍は戦闘に支障がない場所まで下がっていった。

  レミリアは思考する。彼女が従者を下がらせたのは、一対一で自分を倒して精神的にも敗北を認めさせるためだろう。妖怪というのは精神に依存する。心が弱れば力は出ないし、恐怖などの感情を種として得られなければ最悪消滅する。

  なら、勝てばいいだけだ。ここで私が勝利し、幻想郷を支配してやる。

 

「ほう……私は二人でも構わないのだけれど?」

「あなた程度倒すのに二人もいらないわ。藍には後で私の仕事全て丸投げするつもりだし、今疲れてもらっちゃ困るのよ」

「えっ、そんなこと聞いてませんよ紫様! 第一白咲三姉妹への報酬は誰が用意するんですか!?」

「……何か聞こえたようだけど、始めましょうか」

「お前って最低ね……」

 

  言いながら、爪を構えいつでも飛び出せるように態勢をとる。一方紫は扇で口元を隠して微笑むだけだ。

 

「舐めるな、行くわよ!」

「それはいいのだけれど、わざわざ声に出すのは減点よ」

 

  レミリアが気合を入れて飛び出そうとした自慢の翼を広げた瞬間、彼女の目の前の空間にスキマが開き、中から大量の弾幕が出現した。

  結果、出鼻をくじかれたことで中途半端に飛び出してしまい、レミリアは弾幕の壁に突っ込むような形で被弾してしまった。

 

「ぐっ、痛っ……こんなもの!」

 

  大妖怪最上位の弾幕は一つ一つが一般的に見れば凄まじい威力だ。肉がえぐれ、血が体を滴る。だが、大妖怪最上位なのはレミリアも同じこと。吸血鬼の再生能力でそんな重傷に見えた怪我はすでに塞がっており、レミリアはすぐに自分の弾幕で迫り来る弾幕を打ち消していった。

 

  弾幕の壁は消え失せた。そして、奥には無防備な八雲紫の姿が。

  これ以上の絶好の的はない。獲物めがけて、レミリアは突進し、その鋭い爪を振り下ろした。

  確かにそのままだったら、レミリアの爪が紫を串刺しにしていたであろう。だが、現実はそうはならない。

  爪が突き刺さる瞬間。紫は突如スキマに吸い込まれるように消えたのだ。標的を失った攻撃は空振り、空気を切り裂いた。

 

  だが、空振りは空振りだ。態勢が多少崩れ、体を引き戻した時にはレミリアの横にスキマが開いていた。そこから、

 

「【飛行中ネスト】」

 

  飛んできたのは、光の虫を思わせるような弾幕。ただし先ほどとは違い、それらが超高速でレミリアの身体中を貫いた。

 

「かはっ……【スカーレットシュート】ッ!!」

 

  だがレミリアも無抵抗なままではない。全てが赤で彩られた、禍々しいの嵐がスキマめがけて放たれた。

  これには紫もたまらず回避。スキマの中で別のスキマを開くと、レミリアの弾幕が届く前に脱出した。

 

  爆音がスキマの中で木霊する。しかし響いている途中でスキマを閉じたため、最後まで音が聞こえることはなかった。

  両者は睨み合いながら戦略を練っていた。状況は今のところすぐに治るとはいえ、レミリアが不利だろう。

 

  吸血鬼は天狗のような速さと鬼に匹敵する力を持つ妖怪。だが、自慢のスピードとパワーも紫のスキマ移動の前には空回るのみ。

  そして、空振りしたところにスキマからのカウンター弾幕。紫の必勝パターンの一つである。

 

(いっそこの部屋全部に弾幕をバラまくか? いや、忘れていたけど外は今天気雨。天井に穴でも空いたら一気に不利になるわ。相手もそれを狙ってるんでしょうね)

 

  考えるが、良い案が纏まらない。それもそのはず、レミリアは妖怪として五百年しか生きておらず、戦闘経験も館にいたためあまりなかった。そんな彼女に紫のトリッキーな能力を破る策を作れというのが無理な話だ。よって、

 

「攻撃あるのみ! 【スピア・ザ・グングニル】!」

 

  単純に攻撃し続けるということしか思いつかなかった。

  だが、一応頭が切れるのだろう。彼女が選択した技はあながち間違いでもなかったようだ。

 

  レミリアの手に真紅の巨大な槍が生成される。それを紫めがけて、思いっきり投擲した。

  紫はひらりとそれを回避する。だが槍は、紫が避けた後に進路方向を変えて、追尾するように再び紫に迫ってきたのだ。

 

  意表を突かれた紫はいつも通りにスキマの中へ退避する。だが、再び外に出ようとスキマをつなげ、外に出た瞬間、神槍が探していた獲物を見つけた獣のごとく、紫に飛びついていった。

 

「ちっ……しつこいのよ!」

 

  叫ぶと同時に手のひらを向け、スキマを開く。今度は紫ではなく、神槍を捕まえるためにだ。

  進路方向の先にスキマを作られた神槍はあっけなくスキマに吸い込まれ、お返しにとレミリアの元へそのままの勢いで返された。

 

  それをレミリアは、素手で鷲掴みするようにキャッチ。手から煙が上がっていたが、吸血鬼の再生能力ですぐに治るだろう。

 

「ほう……これは効果があるようね」

「面倒くさいもの持ってるわねぇ。しょうがない、あれを使おうかしら」

 

  紫はスキマに手を突っ込み、ごそごそと中を漁りだす。

  しかし、出てくるのは外の世界の、レミリアにとって意味不明なものばかりで、目当てのものは中々出てこなかった。

 

(……掃除しろよ! というか今戦闘中よ!?)

 

  もちろん、レミリアだって紫がものを探しているうちに攻撃しようと思った。だが、先ほどから紫から殺気が送られてきているのだ。そのせいで牽制され、攻撃できずにいるというわけだ。

 

「あった。これこれ」

 

  スキマから取り出されたのは、普段彼女が愛用する日傘だった。だが、次に紫が力を込めた瞬間、それは光り輝き、日本刀へと姿を変えた。

 

  実はこれ、楼夢が以前くれた日傘型仕込み刀を舞花が改良したものなのだ。基本性能は非力な紫でも振りまわせるほど軽いと、何も変わっていないが、日傘モードと刀モードに切り替えられるようになっている。舞花曰く、やはり仕込み刀より日本刀、ということらしい。

  軽く数回振ってみるが、感覚も全く同じだ。これを一日で改良したというところが、舞花の優れている点だろう。

 

  紫は刀を片手で構えると、その刃先をレミリアに向けた。

 

「これがあれば、接近戦も対応できるわ」

「それはどうかしら? あなた程度の剣術じゃ、私に届かないわよ!」

「いいわよ……別に剣だけでやるつもりはないし」

「言ってなさい!」

 

  気合いを込めて、レミリアは高く飛翔。そのまま滑空しながら紫へと急接近していき、手に持つ神槍で突きを放った。

  紫は刀でそらしながら、手に持つ力を込める。レミリアの突きが予想以上に速かったため、完璧に対応できなかったのだ。

  レミリアの突きは終わらない。槍を引き戻すと、再び紅い光の線を描きながら、突きが繰り出される。それが十回ほど。そしてそのうちの一撃が、紫の体をかすめた。

 

「ッ……やぁっ!」

 

  さすがに十回ほど同じ攻撃が繰り出されれば、誰でもタイミングは覚えることはできる。

  紫は槍がかすったことに表情を一瞬歪めるが、次には再び突きを受け流し、接触している槍を弾いた。

  ガラ空きのレミリアに向けて、紫は一閃。しかしリーチが足りず、刃が届く前にレミリアに回避されてしまった。

  だが、紫の攻撃は終わらない。レミリアが下がったのを好機と見て、彼女に急接近して再び一閃。

  同時にレミリアも、迎撃のためになぎ払いを繰り出した。

 

  しかし、それが紫の刃と接触することはなかった。

 

  ザシュ、という肉を切り裂く音が聞こえる。

  同時にレミリアは自分の左腹に噴き出すような熱を感じた。

 

「……え?」

 

  ようやく自分が切られたことにレミリアは気づいたようだ。しかし彼女の目には、間髪入れずに再び刀を振るう紫の姿が。

 

(傷は一瞬で治らない。ここは防御でーー)

 

  槍を縦に構え、迫り来る刃を防ごうとする。

  その時、レミリアは見た。紫の刀身が、槍とぶつかる直前に極小のスキマに呑み込まれるのを。

  では、消えた刃はどこに行ったのか。答えは明白だ。

 

「しまっーーがッ!!」

 

  何もない空間から突如出現した刀身が、再びレミリアの体の左側を切り裂いた。

  噴き出す血と痛みを感じて、意味もないのに傷口を手で抑えてしまう。いくら吸血鬼でも、同じ箇所を二度も切られれば治療に数分かかる。そしてその数分は、戦場にとって大きな時間だ。

 

「くっ……グングニルゥッ!!」

「それはもう見切ったわ」

 

  渾身の力を込めて紅い神槍を投擲する。レミリアの魔力によって、神槍は巨大化しており、なおかつ高速回転しながら迫ってくる様は、まるで紅色の巨大ドリルを思わせた。

 

  だが、無意味だ。

  紫は目の前にスキマを二つ展開する。そしてそのうちの一つにグングニルが吸い込まれ、もう一つの方から吐き出された。

 

  両手を構えて、レミリアは自身の全力の一撃を、自分自身の手で受け止める。手から血が噴き出て肌が削れていくが、止めなければ直撃してしまうのは目に見えていた。

 

「ああああああっっ!!!」

 

  そしてとうとう、神槍の動きが止まる。自身を襲った相棒を血が滴る両手で握りしめると、レミリアはふと巨大な妖力が集中しているのに気がついた。

 

  そこには、両手で刀を空に掲げる紫の姿があった。

  刀には紫の妖力が紫電を撒き散らしながら集中しており、よく見ればその近くの空間が歪んでしまうほどだった。

 

  圧倒的な力。

  レミリアはこの時点で勝敗を悟っていた。もともと負けても問題はない戦いだ。だが、部下がやられたのを見て、黙ってる主人などその者の主である資格がない。

 

  両手で槍を力強く握る。

  正直言って怖い。できれば逃げたいくらいだ。だが、ここで逃げればーー

 

「ーー末代までの恥よ!」

「これで終わらせるわ。ーー力を貸して、楼夢」

 

  レミリアは人生最高の速度で突撃していった。

  同時に紫も接近し、集中した紫電の斬撃を解き放った。

 

「ーー超次元【亜空切断】ッ!!」

 

  それは、空間すら切り裂く破壊神の剣技。

  二人の体がすれ違う。そしてレミリアの体に紫電が走ったかと思うと、神槍ごとレミリアの上半身と下半身を切断した。

 

「アアアァァァァアアアアアアッ!!!」

 

  だがレミリアの闘志はまだ燃え尽きない。半分になった神槍を血塗れの手で握ると、翼だけで空中に浮きながら上半身だけの姿で構えた。

  紫はその姿に敬意を表すると、止めの刺突を繰り出した。

  レミリアは必死に壊れた神槍を縦にし、受け止めようとする。しかし、その刀身は途中で姿を消すとーーレミリアの背中から腹を、一直線に貫いた。

 

「……私の、負けね……っ」

 

  大量の血が、飛び散った。

  紫が刃を引き抜くと同時に、レミリアが力なく落下していく。そして床に落ちると、ドクドクと血が赤い小池のように広がっていった。

  それでも、レミリアは死ぬことはない。さすがにこの規模の怪我は初めてだが、一週間もすれば元どおりになるだろう。

 

  仰向けに天井を見上げて倒れているレミリアの近くに、紫はふわりと着地する。その傍に藍の姿があることが、戦いが終わったことを表していた。

 

「さて、これで戦争は終わったわ。交渉の席に立ちなさい」

「ふふ、いいわよ……っただし、一週間後にしてくれるかしら? さすがにこの体じゃきついわ。あと、他の吸血鬼は好きにしてもいいわ。その代わり、うちのメイドと門番、そして図書館に魔女だけは助けてほしい」

「貴様、負けたくせに生意気な……っ!」

「いいわよ藍。この館にはある程度戦力を保ってもらわないと、幻想郷のパワーバランスをして安定させる一角にならないもの。その代わり、捕まえた吸血鬼は全員死刑よ」

「それでいいわ」

 

  紫が彼女らを生かしたのは、妖怪の山に戦力が集中しないためだ。ここのところ、天狗達はすっかり膨張してしまい、好き放題を繰り返している。トップの天魔の命令ですら時には無視するので、重症だ。

  しかし、今回の戦いで天狗側の戦死者は吸血鬼の力によって数多く出た。……ああ、そういえば|USC《アルティメットサディスティッククリーチャー》と常闇の金髪リア充に巻き込まれたやつもいたか。

 

(とはいえ計画通りなんだけど……)

 

  幽香やルーミアと同伴した隊には、膨張している天狗が数多く存在していた。だが、片方はただの戦闘狂。もう片方は虐殺好きな大妖怪最上位二人が揃ったら、巻き込まれるのは必然である。そもそもあいつらは身内以外にもは基本的にどうでもいいのだから。

 

「さて、藍。これから大仕事よ。ささっと三姉妹への報酬を集めなきゃ」

「はい、紫様……早めに終わるといいですね」

「不吉なこと言うんじゃないわよ!」

 

  顔を暗くしながら歩いていく二人。

  しかし後ろから聞こえた声が、その歩みを止めさせた。

 

「最後に……いいかしら?」

「何かしら? あいにくと私は暇じゃないのだけれど」

「どうして天井を壊して、雨や日光で攻撃してこなかった? 私が言うのも難だが、あれらがあればもっと楽に倒せたはずよ」

「そんなの決まってるわ。私が勝った時、言い訳の理由に使われないためよ」

 

  レミリアはその答えに目をパチパチとさせる。そして大きく息を吸い込むとーー

 

「アッハッハハハハ!!」

 

  ーー思いっきり、笑い出した。

  ひとしきり笑い終えると、レミリアは素直な感想を口にした。

  正直言って、よくその状態で大笑いが出来たなと聞いてみたい。

 

「あなたって意外に子供みたいね」

「お子様吸血鬼に言われたくはないわ。あと、お前って呼び方から変わったのはどういう心境かしら」

「別に。主犯らしく偉そうに演技してただけよ」

「そういう思考の方がよっぽど子供っぽいじゃない」

 

  呆れながら、紫はスキマを開き屋敷に帰っていく。

  こうして、吸血鬼異変は幕を閉じた。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  一週間後。

  キーンやらコーンなどの金属同士がぶつかった音が、境内の中で木霊する。

  それを聞きながら黒髪の九尾ーー美夜は、積まれた丸太の上に座って読書をしていた。

 

「ったく、私だって役に立てるのに……」

 

  ブツブツと文句を呟きながら、文字を読み進める。

  今日は神社建築の最終調整の日だ。なのに彼女がこうして働いてない理由は、ただ単にやれることがなくなったからだ。

  そもそも美夜は戦闘と家事以外何もできない。そんな彼女が高度な神社建築を手伝うのは無理があったのだ。それでも姉として続けていたが、とうとう下の二人から『役立たず』と言われてしまい、こうして寂しさを紛らわすために一人読書をしているというわけだ。

 

  ふと、美夜は読み進めていた本が閉じて、横に首を向けた。

  それと同時に響く、空間が歪んだ音。中から出てきたのは当たり前だが紫だった。

 

  紫は一人体育座りで読書をしていた美夜を見て、彼女の状況を察してしまった。扇で口元を隠していたが、肩が少し震えていることから彼女が笑っているのは明白だった。

 

「……何のようですか、紫さん。こんな真っ昼間から」

「ぷふっ、いや交渉も終わったからここに来てみたのよ」

「そしたらボッチしてる私を見つけて、こうして笑っているってわけですか」

「ちょっと……笑いのツボを加速させないでよ……っ! ふ、ふふ……!」

 

  美夜は拗ねて、そっぽを向いてしまった。それを見て紫が軽く謝罪をすると、紫は本題に入った。

 

「ああそうそう。一応吸血鬼たちがどうなったか説明しておくわね」

「……ええ、情報は多いに越したことはないですからね」

「まず、吸血鬼ーー正確には主犯を除いて殺したわけだけどーーは人里を襲えないわ。これはこの世界に住む妖怪全てが呑んでいる条件よ」

「でも、それじゃあ吸血鬼は何を食べていくのですか?」

「定期的に私が人間を提供するわ。とは言っても無縁塚に流れ着いた人間や、外の世界の人間を使うつもりだけど」

「外の世界の神隠しの主犯はあなたですか……なんかオカルトの原因見つけちゃいましたよ」

 

  呆れた目線向けて、美夜は拉致はやりすぎないようにと忠告しておいた。そうすることで万が一対策手段が出てきたらシャレにならない。

 

「そういえば、これからどうするんですか? 元々今回の騒動は妖怪が人間を襲わなくなったことによる弱体化から起こった出来事でしょう?」

「ええ、手は打ってあるわ。博麗の巫女ってわかるかしら? それが戦闘の代わりに、あるゲームを提案したのよ」

「博麗の巫女ならわかりますよ。というかうちの親戚ですよ、それ」

「え、初耳なんだけど? というかあなたたちって結婚してたっけ?」

 

  白咲家の親戚、という言葉に紫はえらく食いついてきた。

  楼夢が結婚しているとは思えなかったが、念のためである。

 

「うちの初代巫女が元博麗の巫女だったんですよ。その後、彼女と安倍清明が結婚して生まれたのが白咲家の家系です」

「へぇー、いいこと聞いたわ。……っと、そろそろ帰るわね。仕事抜け出してきたから藍が怒ってるかもだしね」

「そうですか。では私もこれで。どうやら妹たちが私のことを探しているようなので」

 

  そう言い、タンッと丸太から降りて地面に足をつけた。

  直後、妹たちの明るい声が響く。

 

「姉さーん! 神社、完成したよー!」

「ふっ……見よ、この完全傑作を……!」

「全く、まだまだ子供なんだから……」

 

  作ったものを自慢する子供のような姿に、美夜は愚痴を呟きながら、手を振った。

 

「今行くわー! ちょっと待ってなさいよー!」

 

  駆け足で美夜は妹たちの元へ行き、その完成したものに感嘆の声を上げる。

 

  それを影から見守る紫の顔は、間違いなく微笑みを浮かべていた。

 

 





「吸血鬼異変完結! 残念ながら金髪の子は出ませんでしたが、ご了承ください! そして次回はキャラ紹介? になりそう。作者です」

「それが終わったらいよいよあいつの出番だ! 名前は……名前は……ま、いっか。狂夢だ」

「よくないよ!? ちゃんと主人公の名前名前思い出して! 楼夢です」


「さて、今回は紫さん大活躍回でしたね」

「それにしても紫の圧勝だったがな。まあ、戦闘経験とかで圧倒的に負けてるし、元々の実力に差があったからな」

「でもまあ二人とも大妖怪最上位だし、素の力に圧倒的な差はなかったと思うよ。というか紫の刀&スキマのコンボって結構強すぎない?」

「この小説ではチートってほどじゃないんですよ。楼夢さんだったら普通に回避できますし、スキマの防御に関してもスキマに収まりきらないくらい広範囲の攻撃すればいいだけですし……」

「ま、仮にレミリアがそれに気づいたとしても、広範囲攻撃は天井を崩す恐れがあったから使えなかったけどな」

「っと、ここまでにしておきますか。それではお気に入り登録&高評価、できればお願いいたします。次回もキュルッと見ていってね!」


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吸血鬼異変編キャラ紹介



今回はキャラ紹介です。今回から各章で活躍した原作含めての人物を載せることにしました。そして技名やらが面倒くさかったので、そっちは書いていません。ご了承ください。


 

 

  ♦︎白咲美夜

 

  白咲三姉妹の長女。主に剣術や体術などの接近戦は姉妹一。しかし術式に関してはまるで才能がないのが悩みの種。この一家の料理係を務めている。

  性格は真面目で、毎日暇なときは鍛練をして己を鍛えている。

  能力は【天候を操る程度の能力】。

  愛刀は【黒咲】。妖魔刀にも匹敵しうる切れ味を持ち、その漆黒の刃はあらゆるものを両断する。

 

 

 

  ♦︎白咲清音

 

  白咲三姉妹の次女。術式に関することには天賦の才を発揮する。親が親であるため、西洋魔術から東洋魔術まで幅広く使うことができるが、最近はド●クエ魔法を使用している。ちなみに扱える属性は火炎、冷気、真空、爆発、閃光の五つ。

  性格は姉とは正反対で、面倒くさいことを嫌う。口癖も「……ねー」のように、最後の語尾はなぜか伸びる。マイペースな人物。外の世界のオタク文化を嗜んでいる。

  能力は【空気を操る程度の能力】。

  愛用の武器は双刀の【金沙羅木(きさらぎ)】。これには魔法を補助する杖の役割があり、詠唱時間を短縮したりすることができる。

 

 

 

  ♦︎白咲舞花

 

  白咲三姉妹三女。武術や術式のみならず、その才能はあらゆる面で活躍する。悪く言えば器用貧乏。錬金術や黒魔術が趣味で、彼女の部屋の地下には工房があり、そこから時々血なまぐさい臭いがするのだとか。魔法は主に氷属性が得意。

  性格は無口で引きこもりなため、あまり外に出たがらない。しかし決して大人しいというわけではなく、その行動はかなり派手。清音と同じくオタク文化にはまっている。

  能力は【気温を操る程度の能力】。

  愛用の武器は【銀鐘(ぎんしょう)】。ブレスレット型で、これをつけているときに自分が頭でなんらかの形を想像すると、それと全く同じの姿に変化する。普段の戦闘時はランチャーなどに変化させているが、それは単に彼女の趣味なだけである。細部まで変化させることが可能なので、その気になれば現代兵器を再現することも可能。

 

 

 

  ♦︎八雲紫

 

  妖怪の賢者であり幻想郷の管理人。今回の吸血鬼異変では同じ大妖怪最上位のレミリア・スカーレットを圧倒する実力を見せた。

  能力は【境界を操る程度の能力】。

  基本的な攻撃手段はスキマを応用した弾幕戦法だが、近接戦では剣術で応戦する。彼女自身腕力は妖怪として低いが、楼夢が作り出した刀のおかげで剣術を扱える。ちなみに剣術の実力は清音並という、一般的には強いが達人には及ばない領域にいる。

  性格はかなり腹黒い。が、プライドが高いところが子供のようにも見え、本人もたまに少女のような一面を見せる。

 

 

  ♦︎八雲藍

 

  元々の名前は玉藻前。伝説の大妖怪火神矢陽に殺されかけ、そのときに助けてもらった以来、紫の式神として彼女に仕えている。別名八雲家の台所。

  能力は【式神を使う程度の能力】。しかし今章では戦闘をしていないため、影は薄かった。

  性格は生真面目。たまに紫に仕事を丸投げされるのが最近の悩み。

 

 

 

  ♦︎風見幽香

 

  幻想郷にある太陽の畑に住んでいる大妖怪。アルティメットサディスティッククリーチャー省略USCと呼ばれ、恐れられている。

  能力は【花を操る程度の能力】。だが戦闘には関係ないため、ほとんど使われない。

  性格は残忍。同じく行動していた天狗たちを巻き添えで殺すなど、かなり容赦がない。

 

 

 

  ♦︎ルーミア

 

  伝説の大妖怪火神矢陽の妖魔刀。現在ではその力のほとんどを彼自身に封印され、か弱い少女の妖怪として日々を過ごしている。だが、今回の戦争では力が一時的に復活し、大暴れをした。

  能力は【闇を操る程度の能力】。厨二臭いが応用性は高く、最高クラスに位置する能力の一つ。

  性格はサディスティック。弱者をいたぶる趣味は相変わらずで、吸血鬼異変では敵味方関係なく全てを食い散らかした。

 

 

  ♦︎紅美鈴

 

  紅魔館の門番。美夜と戦闘し、敗北した。しかし紅魔館の中では主人やその妹を除いて一番強い。

  赤い髪を持ち、緑色のチャイナ服、そして星が描かれた緑の帽子を普段着用している。

  能力は【気を使う程度の能力】。かめ●め波などが出てくる漫画にある気と同じ認識でいい。

  性格はやるときはやるタイプ。ただし普段門番しているときは寝ているので、彼女が本気を出すときはあまりない。

 

 

 

  ♦︎十六夜咲夜

 

  紅魔館の主人に仕えるメイド。吸血鬼異変時は小学生くらいの歳で舞花に挑み、敗北した。紅魔館のメイド長。ナイフを使った戦闘を得意とする。

  銀髪でメイド服を着ており、その瞳は歳に似合わず冷たい輝きを放っている。

  能力は【時を操る程度の能力】。ただし幾つかの制約がある。内容は下記参照。

 

  ・一秒のクールタイムが発生する。

  ・自分が触れているもの以外干渉できない。

 

  性格はかなり真面目。特に主人に対してのことになると異常なほどの忠誠心を発揮する。ただし、門番である美鈴には厳しい。

 

 

 

  ♦︎パチュリー

 

  紅魔館地下の図書館に住む魔女。魔法使いとで区別がつきにくいが、この小説では先天的なものを魔女、後天的なものを魔法使いとしている。彼女は前者に値する。吸血鬼異変時、清音に敗北する。

  紫色の髪とネグリジェのような服、そしてフリルのついたナイトキャップを着用している。

  能力は【火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力】。長い名前だが、要は七つの属性魔法を操ることができる。

  性格はかなりの引きこもり。外にはでたがらず、基本的に一日を図書館内で過ごしている。

 

 

 

  ♦︎レミリア・スカーレット

 

  吸血鬼異変の主犯であり紅魔館の主。純血の吸血鬼でプライドが高い。またその力は凄まじく、大妖怪に恥じない実力を誇る。異変時は紫に敗れた。【スカーレットデビル】の異名を持つ。

  青がかかった銀髪に、赤い瞳。ナイトキャップと白いレースを着用している。身長は低い。

  能力は【運命を操る程度の能力】。ただ、名前の割にはできることは少ない。未来予知などに使われる。

  性格は根っからプライドが高いタイプ。500歳ではあるが、この幻想郷では幼いため、よく子ども扱いされる。実際、その性格はまだ未熟な部分が多々ある。

 



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お狐様の幻想入り編
幻想入りの変


金でも力でもなんでもない

ただ自分たちが作り上げた宝が、そこにはあった


by白咲楼夢


 

 青い空。見渡す限りの大自然。

  それらは今の時代では失ってしまったものだ。空はここほど綺麗じゃないし、自然はよほどのど田舎じゃないと見つからない。

 

  そんな忘れられしものが集う楽園【幻想郷】。

  そのとある空間に、突如裂け目が入った。

  それはどんどん大きくなると、最終的に人一人が入れるほどにまでなった。

  そして、グモンッという音とともに、裂けた空間から現れたのはーー

 

「とーっちゃく! 幻想郷よ、私は帰ってきたぁぁぁぁ!!」

 

  ーーもちろん私こと白咲楼夢だった。

 

  ひとしきり叫んだところで、改めて周囲を確認してみる。

  ……山だ。決して山田ではない。

  どうやら私が出てきたのは、幻想郷にある山のうちの一つだったらしい。地面が傾いているのを見れば嫌でもわかる。

 

「さてと……これからどうしようか?」

 

  ひとまずの目的は、白咲神社に行って娘たちに会うことである。彼女たちはここに十年ほどいるのだし、ここでの生活などを聞くには一番適しているだろう。

  ……え? なぜ紫に聞かないのかって?

  今の季節は春になったばかり。そして彼女はまだ今冬眠中だろう。会いに行くには少し時間がかかるからだ。

  それに、私は紫の屋敷がどこにあるのか知らないしね。

 

  ひとまず情報収集のため、辺りで一番大きそうな木のてっぺんまで登ってみる。圧巻の景色が見れたが、それを楽しむのはまた今度にしよう。

  高くから幻想郷を見下ろしていると、私はとあるものを見つけた。

 

  人里だ。かなりの規模の人里が、そこにはあった。

  そういえば、かなり昔に紫から人と妖怪が共存する里を作ったと聞いたことがある。おそらくあれがそうなのだろう。

 

「決めた。目標はあそこにするとしますか」

 

  あそこでなら、白咲神社の場所も聞くことができるだろう。

  私は炎のように揺らめく漆黒の翼を生やすと、里へ向かって羽ばたいた。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  しばらくすると、人里がよく見えるところまで近づいていた。

  門らしきところを見つけたので、人目に寄り付かない場所で降りてから門へと向かっていった。

 

  そうだ、念のために私の尻尾はこの世界で生きてく上で、常時は全部消しておこう。

  私はご存知の通り伝説の大妖怪である。その証明である黄金の十一尾はとにかく目立つのだ。それなりに知識があるものなら、すぐに産霊桃神美(ムスヒノトガミ)の名を思い浮かべるだろう。

  なので、目立たないように消しておく。ただ、耳だけは残しておこう。妖怪が入って大丈夫なのか、念のため確認する必要があるしね。

 

  尻尾を消した後、しばらく歩くとかなり大きな門へと辿り着いた。その前には武装した人間が数人ほど立っている。

  間違いなく門番か何かだろう。私はできるだけ警戒心を持たせないため、明るい声と笑顔で挨拶した。

 

「こんにちわ!」

「おう、妖怪の嬢ちゃん! 見ない顔だけど、人里は初めてか?」

「はい、最近外の世界から来ました。それで、妖怪は入って大丈夫なんですか?」

「おう。基本的に人里内で暴れなければ大丈夫だ。詳しいことは寺子屋で教師をやってる慧音さんに聞いてくれ」

「ありがとー! それじゃまた縁があったら!」

 

  ……うし、子供の真似成功である。わざわざ使ったこともない敬語も使ったんだから成功してもらわないと困る。

  私は幻想郷という場所を知ってるだけで、そこの細かな事情は聞いたこともない。ゆえに現段階で敵を作るわけにはいかないのだ。

 

  最悪の場合は知らないうちに大妖怪クラスの妖怪と敵対することだ。その場合、私に有利がない限り勝つことは至難。なんせ、今の私はただの中級上位程度の妖力しかない妖怪なのだ。以前のように上位魔法を雨のように発動することもできないし、そもそも身体能力がガタ落ちしてるのが酷い。

  筋力が低いのは元々なので仕方ないが、なんとスピードが音速に届くかどうかのレベルまで下がってしまったのである。

 

  他の妖怪でこの速度を例えると……天狗の文と大体同等の速度かなぁ。端から見ればなんら問題ないかもしれないけど、私の最高速がマッハ88万ということを考えてもらえばどれだけ落ちたかがわかるだろう。

 

  そんな風に思考しながら私は門を抜け、人里へと入っていった。

  そこにあったのは、かつての時代では都以外に見ることができなかった、明るく騒がしい声。そして人間たち。

  とはいえ、よく見れば人型の妖怪もそれなりの比率で道を歩いていた。この光景から見て、人間と妖怪の共存はひとまず上手くいっているらしいね。

 

「えーと、寺子屋の慧音だっけ? その人に聞けばうちの場所もわかるかも」

 

  というわけで早速聞き込み開始!

  適当な場所をうろつきながら店を巡り、慧音という人物についての情報を集めていった。

  そうして得た情報をもとに寺子屋まで行ってみると、少し独特な雰囲気の女性を見つけた。

 

  えーと、青みがかかった銀髪に青い帽子、そして服。何よりもボンキュッボンな美人さん。

  ……うむ、特徴が一致した。早速あの胸を揉みに……じゃなかった。話を聞きに行こう。

 

 

  ……と、思ってた時期が私にもありました。

 

「宿題は忘れるなぁぁぁ!!」

「もぎゅらんッ!!」

 

  青い妖精と笑顔で話してたと思ったら、次の瞬間態度が豹変。妖精の頭を両手掴みすると、目にも留まらぬ速度で頭突きを放った。

  ヤベェ、ヤベェよ……。めっちゃすごい音なったぞ? ていうか妖精の子が頭から煙を出して倒れてるよ。

 

  ジリジリと無意識に後退していると、グリンッと勢いよく慧音の顔がこちらを向いた。その額から上がる煙を見て、思わず「ひっ」と小さく叫んでしまった。

 

「そこの君。見たこともない妖怪だが、もしかして人里は初めてか。」

「は、はいっ! そうでしゅっ!」

「こらこら。そう焦ってるから舌を噛んだじゃないか。もっと余裕を持ったほうがいいぞ」

「……いや無理だって……。今が生命の危機なんだから」

 

  そう聞こえないようにつぶやいた。

  いや、よく考えてごらんよ? 目の前で惨殺現場を繰り広げてた張本人が、次にはなんともないように挨拶して来たんだよ?

  間違いなくビビるだろ! 少なくとも私は焦って舌を噛むくらいビビる。

 

「そういえば、私を見ていたようだが、何か用か?」

「あ、そうだった。慧音……さんであってますよね?」

 

  やはり敬語は疲れる。基本的に妖怪は自由気ままに生きる。それは妖力が上がってくるごとに自然と傲慢になってくるということだ。特に私などの伝説の大妖怪クラスになると、気に入らない者をぶち殺してもなんとも思わないほどになる。

  まあ要するに自由の歯止めが効かなくなってくるということだ。

 

  しかし、私には今目の前にいる慧音が恐ろしく感じられた。

  まるで巨大なオーラが彼女の体から噴き出しているような錯覚を覚える。後ろで倒れこんだまま、ピクリと動くことすらない妖精がその恐怖のオーラを助長していた。

 

「ああそうだ。私が上白沢慧音だ。見ての通り寺子屋で教師をしている。君は……」

「楼夢です。今日この世界にやってきました」

「外の妖怪だったか。どうりで知らないわけだ」

 

  慧音はそう納得していた。

  ちなみに、私の苗字を名乗らなかったのは理由がある。もし白咲家当主が、こんな弱っちい妖怪と知られたら必ず厄介ごとが起こる気がするのよ。特に妖怪山あたりが。

  というわけで、この姿での私はしばらく身分を隠して過ごそうと思う。もちろん、知り合いには積極的に声をかけるけど。

 

「君は妖狐なのか? それにしては尻尾がない……まさか、空狐なのか?」

「あーそうそう。似たようなものです」

 

  空狐というのは尻尾がない妖狐のことである。世間一般では空狐は妖狐の中で一番高い位なので、大変珍しい存在だ。まあ、私の場合は蛇狐なので、厳密には純粋な妖狐ではないんだけどね。

  どうやらこのことを知っていた慧音は、私を空狐だと勘違いしてしまったみたい。確かに私は空狐以上に位は高いが、それをそのまま伝えるわけにはいかない。私は後ろ盾を得るまで目立ってはいけないのだ。

 

「それよりも! 白咲神社って知ってますか?」

「敬語はやめてくれ。それと、白咲神社だな? ああ知ってるさ。十年ほど前に現れた神社だろう? 縁結びの加護がよく効くらしくて、この人里にも危険を承知でお参りに行く者が多いな」

 

  よかった。どうやらちゃんと神社は復活できたようだ。

  私は慧音に、彼女が知ってる限りの白咲神社の情報を聞いた。そして気になったことは二つ。

 

  一つはこの神社が転移したとき、同時期に異変というものが起きたらしい。白咲神社の勢力はこの戦争に参加し、大きな戦果をあげたことで有名になったそうだ。

  もう一つは、白咲神社はとても美しい山のてっぺん付近に建っているらしい。

  ここで一つ疑問が。白咲神社が建ってた山は普通の山だったはずだ。妖怪の山のように無駄に高いわけでもない。景色も木々が生い茂っている以外何もない。

  しかしまあ、このことは着いたらわかるでしょ」

 

「ありがとう慧音さん。それと、最後におすすめの団子屋はあるかな?」

「おすすめか……。私がよく行く店ならあっちにあるが」

「ありがとう! それじゃまた会ったらよろしくね!」

 

  別れを告げた後、私は慧音が指さした方向に通行の邪魔にならない速度で走っていった。

  予定変更、目標は団子屋! 異論反論は許さない! いいね!?

 

 

 

  ♦︎

 

 

  みんなは黄金の山と言ったら何を思い浮かべるだろうか。

  おそらく、純金などが積み重ねられたものを想像する者が大半だろう。しかし、私の目の前には本物の黄金の山が広がっていた。

 

  数え切れないほどの木々がその枝から生やすのは紅葉。それも、黄色だけだ。赤はどこにも見当たらない。それが山全体の規模で同じようになっているらしい。

 

  常識ではありえない光景。

  そもそも今は春だ。枯れ葉なんて見つかるはずもない。それどころか生命力溢れる若葉が生えてくる時期だ。

  しかし、この山にはそれが黄色の葉によって隠されているせいでどこにも見当たらない。まるで、この山だけ時の流れが止まったような。

 

  しばらく進むと、これまた懐かしい階段が見えてきた。ただし、その長い階段を囲むように大量の鳥居が設置されていた。

  京都で見たことがある千本鳥居にそっくりだ。ただ、山の高さから考えて千では到底終わらなさそうな気がする。

 

  そんな美しい鳥居たちをくぐり、階段を上っているとひときわ大きい鳥居と神社が見えてきた。

  だが、ここは本殿ではない。簡単に言うと、私たちが生活する場所ではないということ。

  ここは参拝に来る人間のために作られた拝殿なのだ。

  先ほど山を見てみたが、妖怪の山ほどではないにしろここの山はかなり高い。私たち妖怪なんかは大丈夫だけど、人間は違う。わざわざ参拝に行くために頂上まで登るほど人間は丈夫ではないのだ。

  そこで、山の麓に拝殿を建てたというわけだ。本殿は拝殿の裏にある階段から行けるらしい。ご丁寧に本殿への階段も千本鳥居みたいになっていた。

 

「……長くね? やっぱ飛んでったほうがよかったかなぁ……?」

 

  薄々気づいていたが、この山なんと面積が大幅に増やされているようなのだ。大妖怪最上位が三人いてこそできる芸当だろう。

  スカーレット・テレスコープで遠くを覗いてみると、どうやら本殿への階段は拝殿までの約二倍ほど長いみたいだ。つまり拝殿への階段は全長の3分の1でしかないということになる。

  最初は景色を見ながら歩こうかと思ってたけど、これじゃ何時間かかるかわからないので結局走っていくことにした。

 

  ……いやぁ……デカく作りすぎでしょ?

  どんだけ気合い入ってるんだよ。というか拝殿も並の神社だと本殿だと見間違えるほど立派だったんだけど、どこからそんだけの費用持ってきたのよ?

  まさか、私が世界中からかき集めたコレクションを売ってないよね? ……売ってないよね?

 

  そうこうしてマッハに届きそうな速度で走ってると、あっという間に頂上にたどり着いた。そこにあったのはーー

 

「……わーお。デカすぎね?」

 

  もはや神社と呼んでもいいのかわからない、巨大な和風屋敷がそこにはあった。

  いや、ちゃんと賽銭箱やらの神社にありがちなもんはあるんだよ? ただ神社にしては珍しく真ん中に設置されてないのだ。

 

  私の目には二つの建物が映っていた。一つは先ほども言ったように巨大な和風屋敷。庭には昔の貴族のような池まで作られており、橋までかけられている。地面は草がちょうどいいくらいまで生えており、緑と青が美しく強調されていた。

 

  もう一つは賽銭箱やらが置いてある本殿らしき建物。どうやらここには私が世界中から集めた宝具のコレクションやらが収納されているようだ。微弱だが感じられる魔剣やらの魔力が私にそう結論付けさせた。

 

  一つの膨大な敷地内に二つの建物が建っている。その比率は8:2。住居スペースのほうが圧倒的に大きい。

 

  ……ここ神社だよね? 確かに普通の本殿よりも大きく作られてるけど、それ以上に屋敷に力入れすぎじゃない? 金のシャチホコまで屋根に飾っちゃってるし。

 

「……まあいいか。ここに来る人間はいないだろうし、神としての私に影響があるわけじゃないしね」

 

  今まで見た中で一番大きな、【白咲】と書かれた鳥居をくぐり境内へ入る。そして庭にある池を橋を通って渡り、目の前を見た。

 

  そこには三つの人物が立っていた。金、銀、黒の美しい髪をたなびかせながら、そのうちの黒髪の女性が声をかけてくる。

 

「おかえり、お父さん」

「ただいま、娘たち!」

 

  美夜からの言葉に、私は笑顔でそう答えるのだった。

 

 





「とうとう三月に突入! 最近気づいたのですが、どうやらこの小説も二周年を迎えたようです。三周年があるかはわかりませんが、今後ともよろしくお願いします。作者です」

「二周年か……台本も書かずに頭だけで適当に書いてたこの小説がここまで長くなるとは思わなかったぜ。ちょっと感動を覚えた狂夢だ」


「今回はとうとう主人公の登場です」

「いよいよか……。なんだか楼夢以外のストーリーが最近続いてたから本当に忘れられてるかもしれねェな」

「それは言わないであげてくださいよ」

「第一、あいつ弱体化してるから上位の術式すら連発できないんだろ? なんか死亡フラグが立ってねェか?」

「大丈夫ですよ。幻想郷にはとある決闘方がありますから」

「ああ、そういえばあったな」


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白咲神社お家探索

 

「へぇー、いろいろあったんだねぇ」

「まあおかげでこの神社から山の改造までの資材を全部紫さんに負担してもらえたのですが」

「ふぇっ? ここの資材全部? ……強く生きろよ、紫……」

 

  それなりに大きなちゃぶ台を囲むように、私たち四人は座布団の上に座っていた。……いや、二名は寝転がっていると言ったほうが正しいか。

  どうやら私がいない間にいろいろなことがあったようだ。幻想郷の情報も十分に得られたし、やはり最初にここを目指して正解だったのだろう。

 

「そういえば紫の屋敷はどこにあるの? 数日後に行ってみたいと思うんだけど」

「紫さんのですか……確か、博麗神社と正反対の場所だった気がします」

「……正確的には、結界の端側にある」

 

  寝転んで仰向けな状態で舞花が答えた。その手にはスマホが握られている。

 

「ここからだとちょっと遠いよー。まあでもお父さんが全力で行けばすぐだけど」

 

  同様に清音もう寝転びながらそう言った。舞花とは違い、その両手には3DSが握られている。

 

  ……えっ? ここってインターネットつながってんの?

 

「紫さんにつながるようにしてもらいました」

 

  マジですか……ゆかりんマジ万能!

  娘二人が既にオタク文化に侵食されていてショックだったけど、ここは素直に喜んでおこう。

 

「結界の端か……清音の言う通り、音速ならすぐ着くね。じゃあ明日行ってみようかな」

「そういえば荷物を整理したいなら、お父さんの部屋は三階にあるから好きに使っていいよ」

 

  おふっ……この屋敷三階建てなのか……。

  果たしてここまで大きな屋敷が必要なのかどうかは疑問だけど。なんかここって屋敷どころか旅館じゃないかってくらい広いんだよね。

 

「そういえば各階は何があるんだ?」

「三階は私たちの部屋ですね。ここは二階ですが、居間の他にいろいろな家具が置いてあります」

「あそこにあるテレビみたいに?」

「それ以外にも掃除機や洗濯機などが置かれています。電化製品の大半は使わなくなったものを含めてこの階に収納してるんですよ」

「要は倉庫ってことね……それで一階は?」

「一階は宴会スペースに台所、それと温泉ですかね……。その他にも裏庭は私の趣味で枯山水と盆栽がありますし、地下は妹たちの要望で全て工房にしています」

 

  ここまで聞いた結論、広すぎね?

  そして温泉だと!? 浸かりたい、ぜひ浸かりたい!

 

  そんな気持ちが湧き上がってきたが、まずは荷物の整理が先だろう。私は一見手ぶらに見えるけど、これは時狭間の世界に収納しているだけだ。早く回収しないと狂夢になにされるかわかったもんじゃない。

 

 

  というわけで美夜に案内されて自室へ。

  この言葉が何階目になるかは知らないけど、一言言おう。

 

「……広い」

「それは……まあ白咲家当主の部屋ですし」

「そして無駄に広いくせに家具が何にも置かれてないのはどういうことかなー?」

「それはですね……好みにカスタムしやすいようにと」

「本音は?」

「他の部屋の家具を揃えていたら、お父さんの部屋の家具は予算だけ足りなくなりました。……って、しまった!」

「美夜、清音、舞花……あとで拳骨ね」

「でもお父さんの筋力って……」

「空拳使うよ?」

「すいませんでしたあああ!!」

 

  大和撫子な美夜からは想像もつかないような見事な土下座が繰り広げられる。

  ……まったく。いくら私がしばらくいないからって、ケチりやがって。お父さんはお前らをそんな風に育てた覚えはない!

 

「結局、幻想入り二日目で再現代入りか……。まあいいや。明日前使ってたアパートに全部配達してもらお」

「あれ? 引き払ってなかったんですか?」

「何か不測の事態が起きてもいいように数年分アパート借りてるんだよ。ボロいから大した出費じゃないし」

 

  聞けば、現代のお金もこの世界では使えるようにされているらしい。むしろ今ではそっちが主流のようだ。

  そして私は裏で旅の途中手に入れた宝石やらを少量売却していたのだ。今の手持ちは百万以上あるので、十分に買い物ができる。

 

「というかベッドどころか布団すらないんじゃ寝ることもできないし、今日居間のソファ借りるからね」

「わかりました。お父さんが温泉やらでくつろいでいる間に、夕飯を作っておきます」

「そういえば家事の振り分けってどうなってるの?」

「掃除洗濯料理やらは全部私が……。妹たちはその……」

「その?」

「……何もっ、していません!」

「あの子たち本格的にニートかよ!?」

 

  その後、私が神理刀を持って二人の部屋までそれぞれ殴り込んだのは言うまでもない。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「さて、これでいいかな」

 

  ふわふわと宙を浮くベッドが部屋の隅に降り立つ。そして作業が無事に終わったと確認すると、私は大きくため息をついた。

 

  幻想郷へ来てから三日目。昨日は初日に宣言した通り家具を買いに行っていた。そして今それらを妖術で浮かせて設置して、今に至る。

  金を惜しまず使ったため、私の部屋は豪華だ。

  ベッドは三人は寝れるほど大きいし、机の上には最高クラスのスペックを誇るパソコン。それらをさらにサポートするための複雑そうなコンピュータが複数そのサイドに詰まれており、パソコンとつながっている。

  さらにはテレビなどからタンスや大量の本棚、そして冷蔵庫まで付いているのだ。

 

  ……なんか、一つの部屋で生きていくニートみたいな感じになっちゃったな。

  でもまあ、ニートって意外と金さえあれば生きてける環境を自分で整えてんだよね。食料もピザ頼めばずっと引きこもってられるし。

 

「今は……お昼くらいか。ちょうどいいや、美夜が昼食作ってるはずだし」

 

  飛び降りるように階段を一気に降りて、一階の台所へ向かう。

  そこにはちょうど昼食を作っている美夜の姿が。

 

「何作ってるの?」

「冷やし中華ですよ。今は夏じゃないですが、材料がちょうど揃ってたので。清音と舞花もそろそろ降りてくると思いますから、宴会場に置いてあるダイニングテーブルで待っててください」

 

  宴会場は普段使わないので、常時はだだっ広いダイニングテーブル付きの部屋になっている。数十人が騒いでも大丈夫なこの部屋にたった四人は寂しいが、まあそれは置いておいて。

 

  私が宴会場に着いた時には既に清音と舞花は座布団に座って昼食を待っていた。ただし舞花はスマホ、清音は漫画をテーブルに置いてくつろいでいる。

 

「まったく、二人ともだらしないよ。ちょっとは修行でもしたら?」

「修行のおかげで一秒に16連打ができるようになりましたー」

「……それにノーパソを開いてる父さんが言っても説得力がない」

「あっ、バレた?」

 

  テヘペロと言いながら、膝に乗せて開いていたノートパソコンをテーブルに置く。これは部屋にあるデスクトップとは別物で私が常に巫女袖に入れて持ち歩いているものだ。

  なんか他人に注意しながらも、すっかりインターネットなしじゃ生きていけない体質になってる気がするけど気のせいだろう。気のせいったら気のせい!

 

「冷やし中華ができたわよー。みんなインターネットは止めてさっさと食べなさーい」

「「「はーい」」」

 

  というわけで麺を吸いながら今日の予定を考える。

  そうだなぁ……。

 

「美夜ー。今日紫んち行きたいと思うんだけど」

「まあ、そろそろ目覚めてる時期ですしね。いいんじゃないですか?」

 

  よし、これで紫の屋敷に行けるぜ。黙って行くと後が怖いからね。

  ……あれ、ここの当主って誰だっけ?

  まあいい。そんなことより、彼女の驚く顔が楽しみだ。

 

  そんなことを考えていると、清音と舞花が何やら話し合っていた。

 

「今日はどうしよっかー?」

「……私はネトゲのイベクエがあったはず。今日は忙しくなりそう」

「じゃあ舞花の漫画借りるねー? ちょうど気になるのあったし」

 

  ……。

  お父さん、もう泣きそうだよぉ……。

  まさか娘たちがここまでオタク文化に侵食されてたなんて。もう、手遅れなのか!

  ふと横を見れば、美夜も泣き出しそうな顔をしている。

 

「美夜……強く生きなさい」

「……はいっ」

 

  その後、悲壮感漂う空気に耐えきれなくなり、冷やし中華を一気に詰め込んで宴会場から脱出した。

  ……まあいいや。妖力の具合からして、それぞれ修行をサボってるわけではなさそうだし。私が気にすることはないのかもしれない。

 

  私はそう考えながら外に出ると、ふわりと宙に浮いた後、音速並みの速度で飛翔した。

  ちょっとトラブルはあったけど、待ってろよ紫!

 

 

「……あっ、スペルカードルール教えるの忘れてたかも……」

 

  そんな言葉が、台所でポツリとつぶやかれた。

 

 

 

  ♦︎

 

 

 

  八雲藍は八雲紫の式神である。そして彼女はそれを誇りに思っていた。

 

  彼女の朝は早い。起きてすぐに朝食を作り、主人へと届ける。だが今は冬眠中なためその必要はなかった。

 

「紫様も寝ているときは楽なんだが……」

 

  そして八雲藍は苦労人である。主人の紫が自由な人(妖怪)のため、よく様々な事件に巻き込まれる。さらに部屋は一日でゴチャゴチャになるし、書類系の仕事もときおりサボる。はっきり言って、藍は八雲家で一番苦労している人物だった。

 

  そんな藍は洗濯をしていると、屋敷の中にある時計を見てもう昼過ぎなのかとつぶやく。そしてこれを干したら昼食を作ろうと考えたとき、ここら一帯に張ってあった結界から何者かが屋敷の近くに侵入してきたのを感じた。

 

「……また寝ている紫様を狙うバカが現れたか。まったく毎年懲りない奴らだ」

 

  結界からの情報によれば相手は中級上位程度の妖力しか持たないらしい。大妖怪上位の藍からすれば格下もいいところだ。

 

 洗濯物を置き、空へと飛翔する。そして目的の敵の目の前へと降り立った。

 

「止まれ。ここから先は幻想郷の管理人たる八雲紫様の屋敷だ。何人たりとも侵入は許さん」

「何人って……あなた入ってるじゃない」

「私は式神だからいいのだ私は!」

 

  侵入者は藍の反応にクスリと笑った。

  怪しげな微笑を浮かべる相手を藍は注意深く観察する。

  桃色の髪の非常に美しい少女。耳に黄金色のキツネ耳がついているが、尻尾はない。しかし藍は彼女の後ろから感じる微弱な妖力から、彼女が空狐ではなくただの尻尾を隠した妖狐だと見破った。

 

 

「強く見せようと尻尾を全て消すのは場合によっては有効かもしれないが、相手が悪かったな。私は九尾だ。お前の術式を見破ることなど容易い」

「おー正解。それで、ここを通してくれるのかな?」

「……死ぬ勇気があるのならな」

 

  そう言って、藍は自身の妖力の一部を開放する。地面がピリピリと震え大地にかかる圧力が増すが、彼女は何も気にしていないようだった。

 

(私の妖力に耐えるとは……ただの中級妖怪じゃないようだ。ならスペルカードでやったほうが得策か?)

 

「……ほう。まあいい、三枚だ。それで決着をつけてやる」

 

  そう言って藍は懐から三枚のカードを取り出した。これは幻想郷における戦いーー弾幕決闘法通称スペルカードルールに用いられる物なのだが、カードを突きつけた敵は

 

「ふぇ? 何そのカード?」

 

  頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

「お前……スペルカードルールを知らないのか?」

「知らないよ。私は最近ここに来たばっかだから」

 

  藍は思考する。今ここでスペルカードを教えるべきか。いや、ただの妖狐相手に自分が教えるなどプライドが許さない。

  それに彼女はここ八雲邸に侵入しようとしているのだ。大義名分はこちらにある。

 

(紫様には中級妖怪がルールを無視して襲ってきたとでも言っておくか。もしそれで見破られても、誰かに見られているわけではないので大した問題にはしないはず)

 

  藍の頭の中で黒い思いつきがまとまる。この間約一秒ほどだが、彼女ほどの思考力があれば余裕でできる。

 

  藍はうすら寒い笑みを浮かべると、その巨大な妖力で術式を組みながら片手を彼女に向けた。

 

「悪いな。貴様は侵入者だ。決して生かして返すことはできん」

「命のやり取りってそういうものでしょ。……ただし、やるんだったら後悔はしないでね」

「ほざけ! 小娘が調子に乗るな!」

 

  叫ぶと同時に術式発動。

  宙に青白い炎ーー狐火がいくつも出現する。その数約20個。それらを殺到させ、相手を灰にすべく手を振って放とうとした瞬間、

 

  ーー宙に浮かんだ全ての狐火が、同数の小さな氷塊によってかき消された。

 

「……なっ」

「相手が悪かったね。同じ妖狐なんだから最初は狐火を出してくると思ったよ」

 

  藍は唖然としながら少女を睨む。そしてそこにいたものに驚愕した。

  先ほどまでの弱者の雰囲気はもうない。

  妖力が平凡なはずの彼女の後ろに巨大な蛇が現れたのと錯覚してしまった。それほどまでに濃密な死のオーラが、少女から溢れていたのだ。

 

「……さあ、始めようか。私に逆らったこと、後悔させてあげる」

 

 

 

  ♦︎

 

 

 

「……どこだろここ……」

 

  ふらふらと歩きながら一人呟く。なんか感知用の結界が張られたけど、誰か来てくれるならそれでいいや。

 

  だぁぁぁぁあああああっ!!!

  わかってたよ! わかってたさ! 何の情報もなしに飛び出すとこうなるってことは!

  しかし幼くなった私の頭はそんなことすっかり忘れていた。いくら紫より頭脳が良くても、それを扱えなきゃ意味ないのだ。例にすると、勉強できるけど普段バカばっかりやってるやつに似ている。

 

  ……んお? なんか巨大な妖力が近づいてきている気が……。いや、これ完全にこちらをターゲットオンしてますわ。だって迷わずに直進してきているんだもん。

  そして空から降りてきたのは黄金の尻尾を持った九尾の狐。ただ最近は九尾のバーゲンセールが激しいので感動はしない。

 

「止まれ。ここから先は幻想郷の管理人たる八雲紫様のお屋敷だ。何人たりとも侵入は許さん」

「何人って……あなた入っているじゃない」

「式神だからいいのだ私は!」

 

  おっ、怒ったぞ。あの冷たい表情を崩せたことに内心胸を張っていると、九尾の子が私は空狐ではないということに気づいたようだ。

  むむむ……やるじゃあないか。

 

  その後なんとか話を交わしていたが、彼女が出したカードのことを知らないと答えると一気に殺す気満々になった。

  ……これ、もしかしてヤバイ?

 

  膨大な妖力が集中し、数十の炎を形作っていく。妖狐得意の狐火だ。

  しかしそれを見て私はいいことを思いつくと、脳内でこうつぶやいた。

  ーー『ヒャド』。

 

  数十の氷塊が何もない空中へ向かって飛んでいく。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  そして炎が出現すると同時に氷塊が衝突し、未完成なそれらを消し去った。

 

「……なっ」

「相手が悪かったね。同じ妖狐なんだから最初に狐火を出してくると思ったよ」

 

  狐火というのは発動に二つの手順を踏む必要がある。

  一つは妖力で炎を発生させる。二つ目で空気中の酸素を取り込ませ炎を青白く強化する。

  大抵の妖狐はこの手順を一瞬で行う。大妖怪ならなおさら。しかしそこに常人では感じ取れない僅かなタイムラグがあるのも事実。

  私は九尾が狐火を発生させようとしたときにその場所、速度などを一瞬で計算していたのだ。あくまで場所は予測の範囲だったので数個は外れてしまったが、全部消せたので良しとしよう。

 

「さあ始めようか。私に逆らったこと、後悔させてあげる」

 

  格上の敵とやるときは自分も同等だと見せつけることが重要だ。

  さあ、若い九尾の子よ。私を倒してみるがいい!

 

  ……ただし、できる限り手加減はしてほしい。私はか弱い中級妖怪なのだから。

 

 





「もうすぐ春休みですね。作者は成績が急激に下がったことから周りから白い目で見られ始めています。作者です」

「最近出番が少ないと思う狂夢だ」


「今回は白咲神社の内部の紹介とか色々ですね」

「終わり方からして次回は藍戦か」

「ええ。とは言ってもさっそくスペカ無視しちゃってますが」

「それよりも俺の出番はいつなんだ?」

「当分先です。というかこの小説における最強キャラがそうポポンと出れるわけないじゃないですか」

「最近は火神よりも少ないってどういうことだよ!」

「剛さんよりはマシです」


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対妖狐戦限定で、私って最強かもしれない

「妙な小細工を使う。だが、それならこれはどうだ!」

 

  シャキーンと九尾の両手の爪が獣のそれのように伸びた。

  わーお、私の爪もまあまああるけどあそこまで長くはないよ? まあ私はいくら太古を生きているとはいえ基本は刀を使ってたからね。彼女のように爪をそこまで使ってないのだ。おそらく爪が発達していないのはそういう理由なんだろう。

 

  まあそれは置いといて、戦闘に集中しよう。彼女は接近戦が御志望のようだ。なら見せてやろう。私の土俵に立ったこと、後悔しろや!

 

「せいやっと!」

 

  私は神理刀を召喚し、迫り来る爪を見事にパリィ。中級妖怪という侮りから不意を突かれた彼女は自分の攻撃が弾かれたことを理解できず、一瞬棒立ちになってしまう。

  その刹那が命取り。オープニングヒットもらった!

  私は無防備な彼女の体に神理刀を振り下ろす。

 

「ぐっ……あっ!?」

 

  それは見事に彼女の体を大きく斜めに切り裂いた。その証拠に彼女の体からは大量の血が飛び散っている。

  できればこれで終わらせたかったんだけど、さすがは大妖怪。すぐに大きくバックステップして、距離を取ってしまった。

 

  まあ、それを見逃すほど私は甘くないんだけどね。

  彼女が下がるのと同時に私は前へ急加速し、再度刀を振るう。今度はギリギリで避けられてしまったが、私はまたしつこく後ろに下がる彼女を追っていった。

  ……文字だけ見るとただのストーカーじゃん。

  ま、まあ気づかれなければそれで良し! 私が今そう決めた!

 

「ぐぅっ、しつこい!」

「遅いんだよ!」

 

  それから先は彼女が距離を取ろうとし、それを追いかけるだけになった。もちろん彼女は途中で術式を。私は刀を振るっているけど未だに有効打はないって感じ。あの傷で私から距離ギリギリ取れるからすごいもんだよ。

 

  ただ、今回は相手が悪かった。

  数50。全方位からの狐火、か……。

  私は同じ数だけヒャドを発動すると、やはり狐火が完成する前にそれらを打ち消した。

 

「なぜだ! なぜ私の術が座標ごとバレる!?」

 

  これだ。相手が悪いという理由は。

  彼女は妖狐。私も妖狐。

  彼女が生き抜くために本能で覚えた術式を、私が知らないわけないだろうが!

 

  刀を持ってない左手を相手に向け、火球を放つ。

  ーー【メラ】。

  彼女の狐火と比べたらちっぽけな炎。だけどそれがーー

 

「数百単位だったらどうかな? ーー【メラマータ】」

 

  下級魔法の雨が、弾丸のように降り注いでいく。それは彼女に防御行動をとらせるには十分な脅威となった。

  雨が終わったあと、そこにあったのは結界の中で無傷な彼女の姿だった。

  ……マジっすかー。いやまあ予想はしてたけどさ……マジっすかー。

 

「今度は私の番のようだ」

 

  結界の中で彼女は術式を組み始める。狐火とは比べ物にならないほど複雑だ。解読しようとしても召喚系の術式ということ以外わからなかった。

  そして完成したそれを、彼女は解き放つ。

 

「来い。ーー【十二神将】!」

 

  藍の周りに幾何学模様の陣が12個出現した。そしてそこから現れたのは、鎧をまとった12体の鬼のような顔をした式神。手にはそれぞれ太刀や弓矢、斧など、様々な武器を手にしており、その姿は将と呼ぶにふさわしいものだった。

 

  ……サーと血の気が引いていく。

  わーお。マジかよ。十二神将ってメチャ強そうじゃん。おまけに本体合わせて13人ですよコンチクショウ。

  あ、でも一体一体来てくれるかもしれないし。

  そんな淡い期待は、神将たちが放つ弾幕の壁によってかき消された。

 

  うおっ!? マズイマズイ死ぬ死ぬゥ!

  高速で飛び回ることで私は弾幕の穴という穴をくぐり抜け回避。髪やらにチリチリ当たってヒリヒリするが、そんなの気にしてる場合じゃない。

  というか武器使えよ! 汚い、さすが神将汚い!

  というか12人もいたら将も何もないだろ! 12神隊に改名しやがれ!

 

「……速い。ブン屋の天狗レベルか? ならば圧し潰すのみ」

 

  弾幕壁の隙間を通る私へ、別方向から十二神将とはまた違う弾幕が飛んできた。

  げっ、本体も攻撃してきたぞ。というか避けきれん!

 

「【森羅万象斬】!」

 

  青白い巨大斬撃で避けきれない弾幕をなぎ払い、なんとか私は回避に成功する。

  しかし、このままじゃジリ貧だ。いずれやられる。

  どうする……どうすれば……?

  うーむ、わからん!

  だったら特攻あるのみよ!

 

  気合を入れて私は十二神将が放つ弾幕の壁へ突っ込んでいった。

  穴を抜けながらまっすぐ。途中で避けきれず弾幕が何個も当たって痛かったが、歯を食いしばってそれに耐えた。

  前進、直線へ。そしてとうとう十二神将の一体の前までもう少しになった。

 

  その一体が手に持つ太刀を両手で構え、私を迎え撃つためにそれをなぎ払う。

  前進しながら前かがみになることでそれを避け、一瞬反撃のチャンスが生まれる。しかし正直言ってこの神将たちに私の斬撃が通るかわからない。なぜなら十二神将たちは全員が一目見て鎧だと思うような筋肉を持っているのだ。最悪鋼鉄のように弾かれても不思議ではない。

  ーーそう思っていた時期がありました。

 

「【雷光一閃】! ……って、ええ……?」

 

  私は戦闘中にも関わらず困惑の表情を浮かべてしまった。

  私の斬撃が通らなかったわけじゃない。逆だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  十二神将は上半身と下半身が分かれたことで姿を保てなくなり消滅していく。その時に十二神将の体からばら撒かれたもので十二神将の防御力が異常に低い理由がわかった。

 

「……まさか、あれら全ての体の材質がお札だったなんてね。誰が思いつくんだよこれ」

 

  そう、十二神将の体は全てお札でできていたのだ。つまり十二神将の体は紙同然なのである。

  いやまあ、コスパは確かにいいだろうけど紙はないだろ……。

  色々工夫されていたようだけど紙は紙。私の軽めの斬撃が通った時点で十分な雑魚だ。

 

  一体がやられたことで残りが焦るように私に弾幕を放つ。が、それはもう効かん!

  どうやら十二神将が放つ弾幕壁は十二体が計算された組織的な動きをすることによって生まれるらしい。だけど、その一体が消えたことで弾幕の壁に大きな穴が空いた。

  難なく壁をすり抜け一体へ接近。そしてそのまま刀を一閃。そして返す刀でもう一閃。

  それだけで近くにいた二体は両断され消滅していった。

  ハハハ! 貧弱貧弱ゥ!

 

「くっ【飯綱権現ーー」

「させるか! 【マホトーン】!」

 

  九尾の子から凄まじい妖力の集中を感じたのですぐさま左手を突き出し魔法発動。するとバチンと火花が散る音とともに彼女の術式が解除された。

 

「な、にがっ!?」

「【ライデイン】!」

 

  困惑する九尾へすかさず必殺の雷を叩き込んだ。

  しかし、これでも無傷。直前で張られた結界には大きなヒビが入っているけど、貫通には至らなかったみたい。

 

  私のマホトーンは元ネタとは違って構築中の術式を崩壊させる力しか持っていない。というか術を封印するってただのチートじゃんか。あのゲームでこの技が大抵のボスに通用しない理由がわかったわ。

 

  と、脳内で解説しているところで弾幕が私に向かって飛んできた。振り向かずにそれらを切り裂き、ゆっくりと顔を向ける。

  ああ、あの紙くず人形まだ残ってたんだ。九尾の子が次何出してくるかわからないし、この際出し惜しみせずに全力で倒すべきかな。

 

  私は何もない空間に左手を突き出し、柄を握るような仕草を取る。それだけで神秘的な光が集まっていき、刀を形作った。

  見よ、これが私の切り札、神理刀での二刀流だ!

  そして回転しながら刀を数回素振りする。ここから出る技はーー

 

「ーー【百花繚乱】」

 

  一瞬。そして百閃。

  バラバラに散らばっていた神将たちは攻撃に反応できないまま、塵になるまで切り刻まれた。

  それを見て呆然とする九尾の子。

  これで終わりだ。

  私は神理刀を消し、両手にメラとヒャドを発動させる。そしてそれらを合体させ、右手に集中させた。

 

  本能的に危険を感じ取ったのだろう。九尾の子が逃走しようとした。が、逃げれるわけないでしょ?

  音速で動ける私は例外として、妖狐は基本的に妖術を得意とする。その代わりに他の身体能力はさほど高くないのだ。

  九尾の子へすぐに追いつき、その腹へと手の平を当て、一言。

 

「ーー合体魔法【メヒャド】!」

 

  右手から光の閃光が放たれ、九尾の体をたやすく貫き爆発した。

  火炎と氷結がぶつかり合うことで生まれる消滅エネルギー。それが直撃したのだから、彼女が無事なわけがない。

  反撃が何も来なかったので探してみると、気絶しながら倒れている九尾の子がいた。

  ……あっ、腹部をやったから服が破れて胸がちょっと見える。むむ、なんとけしからん大きさだ。思わず揉みたい……じゃなくて!

  どうやら幼児退行してるせいで欲望に忠実になってるみたい。狂夢がなってたらもっと酷かったかも。ロリッ子をよだれを垂らしながら追いかけるあいつの絵面が簡単に想像できる。

 

  ともともかくかく。

  これで紫の屋敷へ進めるぜ!

  さすがに放置はかわいそうなので九尾の子は木の陰に寝かせておいたけど、それ以上は知らん。ぶっちゃけ言うと下手に油断したら殺されかねないのでこれ以上近づきたくない。

  まあ、それもこれも紫がなんとかしてくれるでしょう。

  他人への押し付け? いえいえ、適材適所ってやつですよ。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  八雲紫はまどろみの中にいた。

  眠い。ひたすら眠い。

  起きようと思えば起きれる。しかし、それを体が拒否しているのだ。とはいえ、最悪の場合は彼女の従者である藍が起こしてくれるはず。だからこそ、紫は毎回グッスリと安心して冬眠できるのだ。

 

(ちょっと暖かくなったかしら? ……もう春かしら?)

 

  かすかに残る思考でそんなことを考える。泡のようにそんな疑問も浮かんでは消えていった。

  しかし、消えない疑問もあるようだ。

 

(柔らかい……ふさふさ。藍ったらいつの間にこんな毛並みが良くなったのかしら? いつもの数段上のレベルよ)

 

  紫は自分の肌に触れるもふもふにそんな感想を抱いた。あまりにも気持ちよかったので抱きしめてしまったほどだ。

  やはり、このもふもふの正体は妖狐の尻尾で違いない。だって尻尾が一本、二本、三本、四本、五本、六本、七本、八本、九本、十本、十一本もあるのだもの。

  しかしここで紫は一つの疑問を抱いた。

 

(あれ? 藍って十一本も尻尾あったかしら?)

 

  もちろんすぐにそんなはずはないと気づき、急いで飛び起き周囲を確認した。

  そこにいたのは桃色の髪を持った非常に美しい少女。

  紫は力が入らない体を無理やり動かし、その手の平を少女へ突きつけた。

 

「何者かしら? 返答次第では殺すわ」

「わーちょっと待ってタンマ! 紫なんかと今やったら一瞬で死んじゃうって!」

 

  少女はそう叫びながら両手を上にあげ無抵抗のポーズを取る。しかし紫は突きつけた手を降ろすことはなかった。

  代わりに彼女の手の平から紫色の妖力が集中していく。

 

「初対面のくせに気安く呼ばないでもらえるかしら」

「しょっ、初対面……いやまだだ! 紫、私のことをよく見るんだ! 誰だかわかるはずだよ!」

 

  言われて紫は少女をマジマジと観察してみる。

  まず髪は腰どころか尻にまで届くほど長い。大きなアホ毛も非常に目立っている。

  次に特徴的なのは彼女が着ている黒い巫女服。脇の部分が分離しており、博麗の巫女装束にかなり似ている。

  そして一番特徴的なのはその尻尾だ。耳と合わせて黄金の色をしている。藍も同じような色だが、彼女の方がツヤというか輝きは上だった。だが重要なのはそこじゃない。尻尾の本数だ。

  全部で十一本。おまけに尻尾は二メートルほどあり、140の少女にはあまりにも釣り合っていなかった。

 

  そこまで考えたところで、紫は一人の妖怪を思い浮かべた。かつて自分を犠牲にして死んでいった最強の妖怪を。

  まさか。いや、ありえない。だがもしかしたら……。

  そんな思いがグルグル回る中、絞り出すように紫は一つの質問を少女に問いかけた。

 

「一つ、聞きたいわ。私と貴方はどうやって出会ったのかしら?」

「どうやってって……。紫から来たじゃない。私を式にする気満々だったから軽くボコったのはいい思い出ね」

 

  合っている。このことは紫が有名になる前の話だから誰も知らないはず。それを知っているということはまさかーー

 

「楼、夢っ、なの……?」

「正解! やっぱ紫はわかってくれたか。って、うおっ!」

「楼夢ッ!! 楼夢ぅッ!!」

 

  気がつけば紫は楼夢に抱きついていた。小さい体なので必然的に人形を抱きしめるような図になるのだが、そんなのはどうでもよかった。

 

(暖かい……彼の、楼夢の温度だ……)

 

  泣き顔を晒すのが恥ずかしいのか、紫は楼夢の服へと顔をうずめる。そこには妖怪の賢者としての姿はなく、ただ想い人が帰ってきたことに涙して喜ぶ少女の姿があった。

 

  楼夢もなんとなくそれを感じ取り、優しく紫の頭を撫でる。

  そしてしばらくの間、屋敷では少女のすすり泣く声だけが木霊した。

 

 

 



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ゆかりんの弾幕ごっこ講習会

 

 

 

「なるほどね……貴方がそんな姿になっている理由がわかったわ」

 

  八雲邸。その中の居間で。

  私はちゃぶ台を囲んで紫と談話していた。

 

「まあ、可愛らしい楼夢もかなり良いんだけど」

「わたしゃ困るよ。しばらくは猫被って過ごすことになりそう」

「まあ、天下の産霊桃神美がこんな姿じゃね……」

 

  そう言って紫は私をジロジロと見回す。なんかこうジロジロ見られるとちょっと緊張するな……。

 

「そういえば幻想郷はもう見て回ったかしら? よかったら私がついていくけど」

「まだ人里しか行けてないよ。それにしてもすごい規模だったよ。昔あった平城京を思い出したね」

 

  まさに例えるならその通りだろう。

  中の家々は碁盤の目状に区切られており、規模もかなり大きい。正直言って里というより都って言った方が近いと思う。まあ、豪邸らしきものは数個ぐらいしかなく、都というには華がある建物が少ないんだけど。

 

「まあ、千年くらい経てば自動的に大きくなるわよ。それに間引きもするからこれ以上は大きくなりえないわ」

 

  おお、サラッと恐ろしいことを言うね君は。

  まあ私も紫の立場だったら同じことをしてただろうけど。

 

「間引き? 人里内は妖怪が暴れるのは禁止じゃなかったっけ」

「外に出た人間を計画的に襲えばいいだけよ。幸いここには人間を食べたい妖怪が山ほどいるんだから」

「人間ってそんな美味いの? 団子とかの方が私は好きなんだけど」

 

  何よりも食い飽きた、とはさすがに言えなかった。まあ言っても問題ないだろうけどさ。

  昔、私は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)として日本を暴れまわったことがある。国がいくつも潰れ、数え切れないほどの人間が食われていった。いや食ったのは私だけど。

 

  しかし、正気に戻った後、なぜだか人間の肉に魅力を感じなくなったのだ。あれだ。私にとって人間とは昔好きだった食べ物に過ぎないということだ。

  例外は色々いるけど。

 

 

  そうやって適当なことを話していると、外から何かが急接近してくる気配があった。

  私はそれの正体にすぐさま気づく。

  ああ、九尾の子か。すっかり忘れてたわ。

  彼女は居間からでも聞こえるほどの勢いで戸を開けると、ここまで急いで駆け込んで来て、

 

「紫様、ご無事ですか!?」

「……何よ、藍。もうちょっと静かに入ってこれないのかしら? 今大事な話の途中なのだけれど」

「も、申し訳ございませんっ! ……って、貴様は!」

 

  居間へと飛び込んできた藍と呼ばれた九尾の子を、紫がドスを効かせた声で無理やり落ち着かせる。

  わーお、ゆかりん激おこですわ。そんなに私との話を楽しんでたの?

  そんな感じで私が関わるとめんどくさくなりそうなので我関せずの表情をしていたら、なんと向こうから突っかかってきた。

  お前空気読めよ!

 

「なぜ貴様がここに……!」

「ああ、ちょうど良かったわ。藍、私と楼夢のためにお茶を入れてくれないかしら?」

「……かしこまりました」

 

  藍は頭を深く下げると、居間から退室していく。しかし紫の命令でお茶入れに行ったけど、内心は穏やかじゃなさそうだ。

  それは退室間際に藍が顔を歪めたことからわかった。どうやら私は後輩によっぽど嫌われたらしい。

  そしてその反応を楽しんでるロクでなしが一人。

 

「あらあら、藍ったらムキになっちゃって。可愛いんだから」

「お茶入れに行かせたのはわざとか。やけに私と紫の名を強調してたし」

 

  それはつまり、私は紫と同等と言っているようなものだ。敬愛する主人と雑魚中級妖怪が並べられるなど、彼女にとって屈辱なのだろう。

  ……いや、私彼女より強いけどさ。

  まああれは相性の問題だった。相手の手札がわかるトランプほど勝ちやすい勝負はない。

 

「それにしても、よくあれほどの妖怪を式にできたね。忠誠心もしっかりあるし」

「ちょっと炎魔に殺されかけてたところを間一髪で私が助けただけよ。下手したら私も死んでたし大変だったわ」

「火神……まさか私に負けたことの腹いせに狐殺しまくったりしていないかな?」

 

  あの野郎ならありえる。利益がないからやらないと思うけど。

  ちなみに炎魔ってのは火神の西洋の呼び名だね。最近は外の世界で自重して銃を使ってるらしいからその名も廃れたけど、もはやあの世界で火神に勝てる存在は万が一にもいないだろうよ。

  というかあいつはいつまでルーミアほっとくんだ? 詳しくは知らないけど、彼女もこの幻想郷のどこかにいるらしい。

  あれは爆発すると別の意味でやばいから早くなんとかして欲しいんだけど。

 

  そんなことを考えていると、藍がお盆にお茶を二つ乗せて運んできた。匂いや色合いからして緑茶だろう。

  ズズッと良い音を立ててそれを飲む。

  うぬ、美味だ……。

  ちょうど団子も人里で買ってきたのでここで食べようか。

  私は巫女袖から保存された団子の包みを取り出すと、それをちゃぶ台で広げた。

 

「紫も食べる? 人里で買ってきたんだよ。ついでに藍もどうぞ」

「じゃあありがたくいただくわ」

「私は遠慮しておく」

 

  うむむ、中々強敵だなぁ……。

  せっかく藍との仲を深めるために取り出したのに、それを根元からぶった切るとは。

  お主、やりよるな!

 

  まあ、当人は親の仇のような目で私を睨んでるんだけど。

  忠誠心高いなー。

  おそらく従者である自分よりも主人と親しげな妖怪がいて、あまつさえそれが自分より格下の妖狐ということに藍は納得できていないのだろう。妖狐はまあまあプライドが高いからね。

 

「そういえば楼夢ってここに来る前藍と戦ったのよね? ここに来て数日でスペルカードルールを覚えるなんて、さすがね」

「ふぇっ? なにそれ? 私普通に九尾っ子倒したけど」

 

  そんな私の一言で、ピシッと空間が凍りついた。

  紫も藍も表情を変えないまま固まっている。

  えっ、なんか地雷踏んだ?

 

「らーん? どういうことかしらー? 私の従者がスペカを使わずに戦ったとでも言うの?」

「それは、その……そこの中級妖怪がスペカを持たずに侵入してきたので、殺した方が楽だと思いまして……」

「はぁ……もういいわ。楼夢、貴方の尻尾を藍に見せてあげてくれるかしら? このままだとこの子、貴方をずっと下に見てそうだから」

「わかったよ。そこまで隠してないし、別にいっか」

 

  藍が訝しげな目を向ける中、ボフンという音とともに煙が出てくる。それが晴れたあと、出てきたのは二メートルほどの尻尾を十一本持った私の姿だった。

  ……やっぱりこれサイズおかしいわ。だって今の身長だと体全体を包み込んで毛玉みたいになることもできるんだよ? 冬に重宝しそうだけどさ。

 

  さて、そんな私を見た藍の反応。

  なんか驚愕の表情を固めながらブルブル揺れている。

  いや、私もその顔芸にびっくりだわ。

 

「十一本の黄金の巨大な尻尾……まさかっ」

「そういえば自己紹介がまだだったね。私は白咲楼夢、神名は産霊桃神美だよ」

「ほら、全妖狐が憧れる神様との対面よ? 貴方はどうするべきなのかしら?」

「もっ、申し訳ございませんでしたっ! 今までの御無礼をお許しください!!」

 

  藍のその後の動きは速かった。

  ドンっと勢いよく正座し、床に頭をこすりつける。

  ……わーお、なんてダイナミックな土下座だ。じゃなくて!

 

「これでわかったでしょ? 私が楼夢と一緒にいる理由」

「はい……。ですが一つお聞きしていいですか? 疑っているわけではないのですが、楼夢様からはその……かの炎魔のような圧倒的な妖力を感じられないというか……」

「そりゃ、私が弱体化してるからだよ。今はだいたい100分の1程度かな……」

「ひゃっ、100分の1……っ!?」

 

  藍がその数値を聞いて驚愕の声をあげる。まあそりゃ自分を倒した相手がまさか1%の力しか使ってないと知ればショックを受けるだろう。

  私の知ったことではないけど。

 

「まあ今の私は中級妖怪程度しか力がないのは事実だからね。許すよ」

「ありがとうございます……っ」

 

  藍はどうやら本気で殺されると思ったらしく、私の言葉を聞いたあとヘニョリと床に座り込んだ。

  失礼な。いったい私がなにしたっていうのか。

  あ、各地で人間やら妖怪やら神やら殺しまくってたね、はい。

  まあ、許してちょ。

 

  さてさて話は切り替えて、スペルカードルールのことである。

  正直、そんなものが幻想郷にあるなんて私は知らなかった。

  おのれ美夜め、私に伝えるの忘れてたな!?

  そんな諸悪の元凶をちょっと恨みながら、紫にスペルカードルールについて問う。

 

「スペルカードルールって?」

「正式な名前は命名決闘法案ね。長いからみんな弾幕ごっこって呼んでるけど。まあ簡単に言えば人外と妖怪が対等に渡り合えるように決められた決闘法方よ」

「それは面白そうだね。私にも教えてよ」

「もちろんよ。それじゃあ表へ出ましょうか」

 

  紫が指を鳴らすと同時に、私は急な浮遊感に包まれた。

  下を見ればスキマが開いていた。

  ……ああ、このパターンですか。

 

「毎回言うけど人を勝手に落とすのやめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

  そんな虚しい叫びとともに、私は黒い空間へ吸い込まれていった。

  あんにゃろ……弾幕ごっこ極めたらいち早くにぶっ倒してやる。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  紫の屋敷の外。というか空中に私たちは浮いていた。

  ちなみに黒翼は出していない。さすがに同じ妖狐である藍が見てる中で翼生やすのはちょっと抵抗がある。まあ、あれあると妖力でジェット噴射とかできるから便利なんだけど。

 

「まず、弾幕ごっこの基本的なルール説明ね」

 

  紫はどこからともなく数枚の色鮮やかな弾幕が描かれたカードを取り出した。

 

「これが弾幕ごっこで必殺技を使うときに必要なもの、スペルカードよ。これを掲げて技名を相手に聞こえるように宣言してから撃たないと反則だから、不意を突いたりなんかは基本的にできないわ」

「ほへー。それじゃ試しに一回やってみてよ」

「わかったわ。ーー罔両【ストレートとカーブの夢郷】」

 

  紫はスペカを空へと投げ捨て、宣言した。

  するとカードが光の粒子となって消えたかと思うと、大量の美しい弾幕が私へ向かって放たれた。

  ……おい、なんか私に当たるように設定されてないか?

 

「今度は楼夢の番よ! 見事私のスペカをしてかわしてみなさい!」

「やっぱりですかちくしょーーーー!」

 

  慌てて距離を取り、紫のスペカを観察する。

  まず小型の弾幕が一直線に連なっており、一つの糸のようになっている。ここを突破するにはさすがに狭すぎる、か。

  それらが複数、別々の角度から交差し、私の移動範囲を狭めてくる。

  もちろんそれだけじゃなく、弾幕の糸に囲まれて動きをして制限された私に大量の大型弾幕がカーブしながら殺到した。

  狙うならカードするときに生まれるスキマだね。

 

  複数の大型弾幕の間を見事に通り抜ける。それが数パターン続くと、時間制限が過ぎたのは紫の弾幕は全て消え去った。

 

「どう? これがスペルカードよ」

「……いきなりぶっ放して謝罪なしっすか。そっすか」

「でもどんなものか分かったでしょ? 習うより慣れよって言うじゃない」

 

  でもまあ、だいたいどんなものかわかった。

  まず弾幕ごっこにおける絶対的ルールは二つある。

  一つは弾幕の威力は人間が死なない程度に抑えなければいけない。

  二つはどんな弾幕でも必ず避けられる抜け道、つまり穴を空けておく必要がある。

 

  これが人間と妖怪が平等に戦える理由なのだろう。

  威力が関わらないのであれば弾幕を放つことは人間でもできるし、穴を空けておけば大量の力による弾幕の壁でのゴリ押しができなくなる。

  まさに革新的な決闘方法だ。

  細かいルールもあるのだろうけど、今は弾幕ごっこの本髄が理解できただけで十分だ。

 

  だが疑問もある。私は唯一わからなかった点を紫に聞いてみた。

 

「……カードの演出こりすぎじゃない?」

「あ、あれはあの方がかっこいいと思ったからで……っ。どうせ終了後にはちゃんと戻ってくるし、別にいいじゃない!」

 

  ……いやこりすぎでしょ。

  正直あれだけの術式をあんな紙切れに収めるなんて、私だったら軽く数週間かかる自信がある。紫の場合はいったい何ヶ月かけたのか聞きたい思いもあるが、聞くとかわいそうなのでやめておこう。

 

  さて、弾幕ごっこの本髄をその後紫に伝えてみたところ、彼女は自慢げな顔で語り出した。

 

「そうよ。具体的なルールだと、決闘前にスペカと残機の数を決めて、相手のスペカ全て撃破、または全ての残機を削り切ったから勝ちってことになるわ」

「要は一発も食らわずに相手の残機を削るまたスペカを突破すればいいってことだね」

「そうなんだけど、スペカには必ず名前とそれに合った意味をつけてね。例えば炎とか名前でついてるくせに氷が出てきたら意味不明でしょ? 弾幕ごっこはそうやって美しさで勝負して、相手を精神的に負かす決闘方法なのよ」

「なるほどね……。妖怪や神はたいてい精神攻撃に弱い。それを利用してのルールか……面白い。さっそく私も帰ってスペカを作るとしよ!」

 

  炎のように揺らめく黒翼を生やし、私は飛び立とうとするが、その前に紫から引き止められた。

 

「待って。私が送ってあげるわ。その方が早いでしょ?」

「それもそうだね。幼児退行してしてるせいか、こういうところで頭が回らなくなっちゃうから困るよ」

「それでいいじゃない。困ったときは私が貴方を支えるわ」

「……なんか恥ずかしいけど、まあそのときは頼むよ」

 

  聞く方も言った方も顔が赤くなってもおかしくないレベルで恥ずい言葉をかけられたけど、頼って欲しいんだったら自分のことくらい自分で整理できるぐらいにはなりやがれって話だ。あえて触れてなかったけど、部屋メッチャ散らかってたぞ?

 

  そんなことを考えながら開かれたスキマをくぐり、私は帰宅した。

 

 

 






「もうすぐ卒業式! でも正直私にはなにも関係ない! 作者です」

「もうすぐ春休み! でもカラオケ誘う友達が……。狂夢だ」


「というわけで、今回はこの小説での弾幕ごっこの説明でした」

「まあ今回だけじゃ詳しくは説明できなかったから、ここで細かいルールを紹介してくぜ」


・殴る蹴るなどの一切の物理的攻撃を禁じる

・刀などの武器で相手を攻撃するのを禁じる。ただし相手を攻撃しなければ武器自体の使用は可。例外として【森羅万象斬】などの霊力などで作られた刃は弾幕の一種と認める


「思いつく限りでだいたいこれくらいか? 行き当たりばったりだからまたルールが追加されると思うが、勘弁してくれ」


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楽園の巫女と不思議な狐

  白咲神社。神社というよりは旅館と言った方が正しいこの屋敷の大黒柱に、縛り付けられている人物がいた。

  私だ。

  いや、もうツッコミどころ満載なのはわかるけど。

  とりあえず餅つけ餅つけ。……いや落ち着け。

  そもそも私は縛られたのではない。自ら縛ったのだ。

  ……これも危ないやつのセリフジャナイデスカヤダー!

 

  すぐそばでは紫や娘たちが私を見下ろしている。事情を知らない清音と舞花の目がいささか冷たいのは気のせいだと思いたい。

 

「……お父さん、そんな趣味あったんだ」

「いや違うからね!? というか美夜はちゃんと説明してよ!」

 

  いきなり地雷発言をぶっ込んできた舞花と清音を連れて、美夜は去っていった。

  この空間に残ったのは私と紫。その紫は()()()()()()()そもそもの原因を睨みつけながら、口を開いた。

 

「——それで、その鬼の角はどうするのかしら?」

 

  そう、今の私には狐耳の上に立派なねじ曲がった鬼の角が二本生えていた。形状は萃香の角と似ている。

 

  なぜこうなったのか。それは先ほど私が飲んだ酒、というより入れ物に原因があった。

  前に剛から【鬼神瓢(きじんひょう)】という瓢箪(ひょうたん)をもらったのは覚えているだろうか。実は私、あれを使って酒を飲んだことは今含めて二回しかない。

  理由はいろいろあるけど、それはまあ置いといて。

 

  一回目、私はこれに水を入れて酒に変え、それを飲んだのだ。ちょうどこれをもらったころだね。

  そのときはなにも起こらなかった。ただ極上の酒が出来上がっただけだった。

  ただ、二回目。狂夢特性の奈落落としを瓢箪に入れて飲んでみたところ、なんと鬼の角が生えてきたのだ。

 

  それだけだったら良かった。剛の悪戯ということで頬をつねるぐらいで済ませるつもりだった。だが、この角が生えたことで私の体に変化が起きた。

 

  鬼神化。それが私の体に起きた悲劇だった。

  これにより私の身体能力は大幅に強化され、剛までではないものの最高クラスの鬼の防御力と攻撃力を得ることができた。

  これだけ聞けばメリットしかないように思える。だけど、この体は私にとって致命的な欠点を持っていた。

 

  まず、急に筋力が発達したことで制御がまるで効かない。コップに触れれば砕け散り、壁に取り掛かれば壁がぶっ飛んだ。挙げ句の果てには刀を振るえば軽すぎて手からすっぽ抜け、青空へと消えていく始末。

  さらにこの体、術式を扱うことがまるでできないのだ。近接攻撃系は一切支障はなかったのだけど、魔法を含めての遠距離攻撃系は狐火、いや鬼火以外が全滅していた。

 

  なにか触れるだけで器物破損が起こる体。

  不便すぎだろぉ!

  ということでこれ以上物を壊すのを恐れて、紫に縛り付けてもらっているというわけだ。

  たださぁ、紫。いくらなんでも鎖状鎖縛で十重に縛るのはやりすぎだと思うんだけど。光の鎖が体に食い込んで結構痛いわこれ。

 

「……さて、どうしよっか。少なくともこれが故意の可能性は確実だね」

「どうしてそう言い切れるのかしら?」

「だって以前私剛に奈落落とし渡したもん。あれと自分の瓢箪を合わせるとこうなることになると知ってて、私に渡した可能性が高い。というよりあいつの性格上私の酒を飲まないはずがない」

「……あの女、やってくれたわね」

 

  それに彼女は元々こういうやつだ。

  私を含め、伝説の大妖怪は全員我が強い。欲しいものがあれば力尽くで奪うし、ムカつくやつがいたら問答無用で殺す。

  今回彼女が欲しいのは私ということなのだろう。なら私を鬼にしたのは自分の物とアピールするためのマーキングか。

  いずれにしても、一度殴らなきゃ収まりがつかん。

 

「紫の能力で解除出来ないの?」

「体の中の酒を消せばできると思うんだけど……よくわからないものばっかり混じってお手上げだわ。誰よ、この酒作ったの!」

 

  狂夢です。

  普段は奈落落としに助けられているが、今回はその理解不能な生産方法が仇になった。

  ……あれ、詰んだ?

  いやいやいや。待て待て。

  なにかきっと解決法が……、解決法が……思いつかねえ!

 

「もうダメだぁ! 私は一生このまま鬼として暮らすんだぁ!」

「ちょ、ちょっと暴れないでよ!」

 

  鬼になったことで気性が荒くなったのを理性で押さえ込んでいたけど、今にも決壊しそうだ。

  いっそもう何もかもぶっ壊してやる!

 

  そう思ったとき、急に体が光ったかと思うと、私は体がいきなり重くなった錯覚にとらわれた。

  あまりに突然のことだったので、床に頭をぶつけてしまう。光の鎖は先ほど暴れた際に消し飛んでいた。

  そこで私は、あることに気づいた。

 

「角が……消えてる」

「……どうやら、その鬼神化も制限時間があったようね。次からはちゃんと対策してから飲みなさい」

「安心して。これ飲むときは状態異常無効の魔法をかけておくから」

 

  なんにせよ、こうして私の鬼神化騒動は幕を閉じた。

  鬼神になれる時間は約一時間か。おそらくこれを使っての戦闘はほぼ来ないと断言できる。

 

  さてと、じゃあ行きますか。

  どこへだって? 今日行く予定だった場所へだよ。

 

  私は家のいざこざを放っておきながら、紫に声をかけかけたあと家を出るのであった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  博麗神社の巫女、博麗霊夢の日常は朝食の時間とともに始まる。

  起きて布団を片付けたら赤と白の脇が露出している巫女服に着替え、味噌汁をすすり、境内の掃除をして昼食にする。

  今日もそんな一日が始まる、予定だった。

 

 

 

「……まずいわね。食料がもう今日分しかないわ」

 

  台所で保存されている残りわずかな食材を見て、霊夢は深いため息をつく。

  記憶に残っている限りでは、霊夢の現在の所持金は二百円と少し。明日を乗り切るにはどうやっても足りない金額だった。

 

  そもそも、霊夢は貧乏である。博麗神社は人里から遠く、また途中の山道も危険が大きいため人が寄ることはない。それは参拝客が皆無なことを示していた。

  よって、霊夢は必然的に貧乏生活を強いられていた。弾幕ごっこによる妖怪退治を依頼され、その報酬金で過ごしてきた彼女だが、あいにくと今は平和で依頼もクソもない。

 

「こうなったら魔法の森でキノコでも拾ってこようかしら。あいつに頼るのは癪だけど、背に腹は変えられないわね」

 

  これからしばらくはキノコ生活が続くのを覚悟した彼女は再び大きなため息をついた。

 

  そのときだった。

  外からチャリンという音が聞こえてきたのは。

  それはとても小さく、この距離では耳をすませても聞こえないレベル。しかし霊夢の地獄耳はそれを感知しており、霊夢はすぐさま表へ走り出した。

 

  賽銭箱の前には狐耳を生やした桃髪の少女がいた。が、そんなこと今の霊夢にはどうだっていい。

  一心不乱に賽銭箱の中をあさり、その中にある銅色の輝きを放つ物体を拾い上げた。

 

「……ちっ、10円かよ。しょぼいわね」

「いや、巫女が賽銭にケチつけるなよ」

 

  その生意気な言葉で霊夢は我に返り、すぐさま横を見る。そして賽銭を入れた妖怪を凝視した。

 

(こいつの服……よく見れば紋様やらが刻まれてて結構豪華ね。これ売ればそれなりになるんじゃないかしら?)

 

「なんか嫌な予感がするんだけど」

「……気のせいよ。それで、私の神社に妖怪が何の用かしら?」

「妖怪だけになんか用かいって?……プフ」

「……殺す」

「わー待って待ってタイム! 今日はあなたに用事があって来たのよ!」

「用事? 私に?」

 

  くだらないジョークを言った妖怪は一旦間を置いてから霊夢へこう言った。

 

「博麗の巫女! 私と弾幕ごっこで勝負だ!」

 

 

 

  ♦︎

 

 

「断る」

「……ふぇっ?」

 

  先生、巫女に決闘挑んだら断られました!

  ……って、ちょい待て! さらっと断ってんじゃないよ!

 

「……どうしてか理由を聞いていいかな?」

「体力の無駄使いよ。ただでさえ食料不足で苦しんでるのに、これ以上動いたら私が死ぬわ」

 

  長年のキャリアからこの言葉ででわかった。

  この子、ただ面倒くさいだけだ!

  いや、貧乏なのは事実なんだと思う。なんせ前情報で博麗神社は人が来ないことで有名だからだ。でも、この子の態度からそれ以上に面倒くさがられているのを感じる。

 

  さて、これは困った。私がここに来た理由はこの巫女で初弾幕ごっこデビューを決めるのことなのに。それがまさか勝負すらできないとは思わなかった。

  ただこの子、気配から察して弾幕ごっこ関係なしに超強い。おそらくはうちの初代白咲の巫女を務めた博麗が人間の頃よりも強い。

  紫がやけに自信満々に情報を話していたから半分デマかと思ってたけど、こりゃ本物だわ。今の体で殺し合ったら確実に殺される。

 

  そんな博麗の巫女は私の反応も見ずに縁側へ引き返して行ってしまう。

  まったく、いつからうちの親族の家はこんな貧乏になったのやら。まあいい、念のため彼女を釣る餌を持ってきて正解だったぜ。

 

「あれー? こんなところに十万円がー!」

 

  そう聞こえるように叫んで、十万円の札束をわざとらしくピラピラと見せつける。巫女は私の手の中で微笑む十人の諭吉に気がついたのか、目線が釘刺しになっていた。

 

「……それで? それを私に見せつけてどうしようって言うのかしら?」

「簡単だよ。私と弾幕ごっこで勝てたらこの札束あげる。偽物と疑っているなら触れて確かめてもいいよ」

 

  そう言って札束を軽く彼女へ向かって投げた。それを大慌てでキャッチし、じっくり凝視していたけど、一分後には札束は彼女によって再び私の手の中に収まっていた。

 

「やるわ。ただし約束は守りなさい」

「それじゃ、基本ルールに従ってスペカは三枚と残機は二つでいいね?」

「問題ないわ。手っ取り早く済むなら好都合よ」

 

  彼女はスペカを服の袖から取り出すと、空へとふわふわ浮かんでいった。やるなら空中で、がどうやら弾幕ごっこの基本らしい。

  私も彼女と同じ高度まで飛ぶと、スペカを巫女袖から三枚取り出し、大声で叫んだ。

 

「博麗の巫女! 幻想郷最強の弾幕ごっこの使い手の力、見せてもらうよ!」

 

 

 

  ♦︎

 

 

 

  分裂するお札と追尾してくるお札、そして高速で直進してくる針を避けながら思う。

  この子メッチャ強ェ!

  まだ始まって一枚もスペカは出てないけど、通常弾幕の激しさが彼女の実力を物語っていた。

 

  ちなみに通常弾幕とはスペカを出す前に放つただの弾幕のことだ。相手の様子見やスペカを出すタイミングを計るときに便利で、結構重要なことらしい。

  かく言う私も桃色と瑠璃色の弾幕を放って彼女を攻撃してるんだけど、全然捉えられないんだなこれがー。

  なんというか、最小限の動きで避けられてるって感じ。確かグレイズとかいう技術だったのを覚えている。

 

「……なるほど、ただの雑魚じゃないみたいね。危機を覚えるほどじゃないけど」

「言ったね。——氷華【フロストブロソム】!」

 

  彼女の挑発に乗って、スペカを一枚空へと放り投げた。それがクルクルと回転しながら光となって消えた瞬間に、私は技を発動する。

 

  彼女が浮いていた場所に冷気が集中していく。そしてそこに巨大な氷の薔薇が形作られた。

  当然のように巫女は薔薇ができる前にそこから退避している。けど、それで終わりじゃない。突如薔薇の花びらが剥がれたかと思うと、それが氷の弾幕となって彼女に襲いかかった。

  しかし、彼女はそれらを避け、避けれないものは手に持った幣で殴り、消滅させていった。

 

  おい、ルールになんで相手を攻撃できないのに武器を持っていいって書いてあって疑問に思ったけどそういうことかよ!? 弾幕って武器で消滅させていいんだ!

 

  そんな調子で全ての弾幕をかわされたけど、これはまだ序の口。一輪全てを避ければ次は二輪に、それも全て避ければ今度は三輪と、最終的には五輪の薔薇が同時に炸裂するようになっているのだ。

  五つの方向から飛んでくる弾幕の雨。それらをまるで後ろに目があるのかと錯覚するほど的確に避けていくけど、一つの弾幕が彼女が避けた先へピンポイントで向かっていった。

  当たった。と思ったそのとき——

 

「——夢符【封魔陣】」

 

  静かな宣言とともに、彼女のスペカが発動した。

  それは一言で表すなら、壁。

  圧倒的な数の弾幕が彼女を中心に三百六十度全てに壁のように放たれ、私のスペカを押しつぶしていった。

  それだけじゃない。広がる壁にも必ず空けられた隙間がある。そこを掻い潜っていくのだけど、この壁、どうやら重層構造だったようだ。抜けた先に二つ目、それを抜けた先に三つ目と、まるでキリがない。

  面による圧倒的な攻撃。それは動揺した私を押しつぶすには十分なものだった。

 

「ぐがっ!?」

 

  複数の弾幕で同時に押し潰され、私は地面へと落っこちていった。

  弾幕が命中した際、数秒間だけ弾幕が再び当たっても無効にするというルールがある。それによって私の残機はまだ一つ残っているのだけど、今のは効いた。

  ふと空を見上げると、上から弾幕が殺到してきた。とはいえ、もうそれは見切った。神理刀を出現させ、当たりそうな弾幕を片っ端から潰しながら、彼女と同じ高度まで復帰する。

  どうやら彼女の一枚目のスペルは私の被弾から数秒後に終わったらしい。先ほど放たれたのが通常弾幕なのも納得がいく。

 

  彼女は通常弾幕を撃ち続けるけど、一向に被弾しない私に呆れたのか、二枚目のスペルカードを取り出した。

  来るぞ——

 

「悪いけど、早々に決着つけさせてもらうわよ! 夢符【夢想封印】!」

 

  その宣言とともに、隠れていた彼女の霊力が一気に膨れ上がった。

  その膨大な霊力はやがて色鮮やかな七つの巨大弾幕へと姿を変えていく。その様は美しく、私まで一瞬見惚れてしまった。

  間違いなく、これは彼女の十八番のスペカ。このよう強大な技にほとんどの妖怪は必殺されるだろう。

  そう、()()()()()()()()()だ。

 

「あいにくと、その技は見飽きてるんだよ!」

 

  この技は代々博麗の巫女が得意とする奥義のようなもの。そしてうちの初代巫女もこの技をよく使っていた。

  だからこそわかる、この技の弱点。

  私は音速で七つの玉全ての真ん中へと移動する。この技は自動追尾付きの機能を持っている。だからこそ、全ての弾幕が一斉に私へ集中した。そして私に当たる瞬間に一気に加速し、そこから姿を消した。だが弾幕は急には止まれない。何もない空間に、全ての弾幕が互いにぶつかり合い、消滅していった。

 

  今度は私の番だ。

  唖然とする巫女へスペカを投げつけ、宣言。

 

「悪戯【狐火鬼火】」

 

  スペカは彼女にぶつかる前に空中で溶けた。それと同時に、私は片手で青白い狐火を、もう片方の手で赤い鬼火を大量に生み出した。

 

  久しぶりの苦戦。私の心は今まさに燃えたぎっている。

  そして、二枚目のスペカが発動された。

 

 

 




「春休みに入ったので投稿が早くなるかもしれません。正直、学校の行事は全部サボりたい作者です」

「まあ作者が体育祭なんてやったらペシャンコだからな。大人しくしといた方が得だと思うぜ。狂夢だ」


「さて、早速だが弾幕ごっこの新しいルール追加だ」


・武器や結界、弾幕で相手の弾幕を打ち消す行為は原則的に認める。また、スペルカードを使って相手の弾幕を消す行為をボムという。

・被弾した場合、それから五秒間は弾幕がいくら当たってもカウントしない。俗に言う某配管の赤帽子が被弾したときに始まる無敵時間のこと


「これくらいだな。ったく、いきなり設定が増えたのかよ」

「ちなみに手取り早く済ましたい場合は基本的に三スペカ、二残機が主流になっている。逆に真面目な勝負はスペカは最大で五、残機は三という感じになっています」

「まあ、あくまでそれが主流ってだけで、スペカ数と残機は相手と相談して決めるんだけどな。この小説ではこの二種類が主に使われると思うから、暇なら覚えとくといいぜ」


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初弾幕ごっこの味はちょっと苦く、また甘い

  赤と青の炎がゆらりと揺れながら、生き物の大群のように博麗の巫女に襲いかかった。

  まず彼女に襲いかかったのは青白い狐火。これは赤の鬼火よりも小さい代わりに速度が高く、∞を描くように揺れて進むので避けにくい。巫女もその例に漏れず、避けにくそうにしていた。

  まあ、あくまでしていただけなんだけど。

  あのさー、さっきから言ってるけど、強すぎね?

  すっごい勢いで空中飛び回ったり、一回転したり、挙げ句の果てには∞の小さな⚪︎をくぐり抜けたりするんだぜ?

  それでも幾つかは避けきれないときもあった。しかし、そんなときは幣でぶっ叩いたり結界を張って防いだりしていた。

  なんという三重構造。鉄壁の布陣とはまさにこのことか。

 

  しかーし、まだまだ終わらん!

  狐火より遅い鬼火が、とうとう霊夢に襲いかかったのだ。

  この鬼火は小弾サイズの狐火より大きい中弾サイズになっている。だいたい人間一人分くらいのサイズだ。この弾幕は遅いし、狐火のように動き回らないけど、ある仕掛けが施されている。

 

  おっと、鬼火が巫女にかすったようだ。ただでさえ狐火で動きずらかったのに、鬼火でルートを狭まれちゃそうなるわな。でもまあ、この巫女には関係ないことだ。だって殴ればいいんだもん。

  私の予想通り、巫女は邪魔で遅い鬼火に向かって幣を振り下ろした。そしてそれが、私が仕掛けた罠だ。

 

  幣が鬼火に衝撃を与えた瞬間、それは光り輝くとともに爆発を起こした。

  それ一つだけじゃない。他の鬼火も爆風を受けて次々と爆発していった。

 

  ——初級爆発系魔法【イオ】。

  それが、私が鬼火に仕込んだ術式だった。もちろん威力は落としてあるけど、爆発は爆発。その範囲はかなり広く、人間が動いて避けられる距離じゃない。

  それは予想通りで、爆発の煙が晴れると、そこにはプスプスと黒い煙を服から出しながら立っている巫女の姿があった。

 

「ヒット。これで残機互いに残り一つだね」

「……よくもやってくれたじゃない。ぶっ飛ばすわ」

 

  やれるもんならやってみろ! 私のスペカはまだ十秒以上時間が残されてるんだ。これで決められる。

 

  ……っと、思ってた時期が私にもありました。

  巫女は霊力を練ったかと思うと、薄い透明な壁を張ったのだ。狐火はともかく、さほど動きに複雑性を持たせてなかった鬼火は次々とそれにぶち当たり、意味もなく爆発の花を咲かせていった。

  ちっ、汚い花火だ。

  狐火だけになった私のスペカなんて刀のない侍のようなもの。あっさりとそのまま避けられて、私のスペカは制限時間を迎えてしまった。

 

「……スペルブレイク。残り一枚よ」

「それはそっちも同じだよ。なら、先に当てればいいだけ!」

 

  気合を込めて、私は最後のスペカを天に掲げた。

 

「——滅符【大紅蓮飛翔衝竜撃(だいぐれんひしょうしょうりゅうげき)】!」

 

  光の粒子が空へと消える。と同時に、私の背中から私の数倍の大きさはある巨大な翼が出現した。

  その色は黒……ではなく、赤と青。片翼が燃え盛るような灼熱の炎で、もう片翼が凍てつくような絶対零度を思わせる氷で形成されていた。

 

  私はその巨大な翼を目一杯広げる。そして広げられた翼から、炎と氷の大、中、小様々なサイズの弾幕が嵐のように巫女へと吹き荒れた。

 

  だが、巫女は動じなかった。美しくも鋭い顔で嵐を睨むと、勇ましくそこへ飛び込んでいった。

 

  今度は体力温存のグレイズはしない。近づくだけで温度が急激に上下するこの弾幕嵐の中は、人間である巫女の体力をごっそりと奪っていく。そしていずれ集中力が切れれば、グレイズなんてできなくなるとわかっているからだ。

 

  その様子を見た私は、翼を羽ばたかせ、その風圧で弾幕をさらに不規則で読みづらく、そして隙間が全くないものへと変えた。

 

  対する巫女は、あらゆる手段を持って前進するのみ。

  己もお札と針の弾幕を放ち、結界で防ぎ、幣で弾幕を叩き潰す。それでも氷弾にかすって服が凍り付いて千切れ、炎弾にかすって服が黒い煙を上げて一部が焼け落ちる。

  それでも彼女が目指すのはこの嵐の中心——台風の目。彼女は私がこの翼を広げている間、私自身は移動できないことを見抜いていたのだ。

 

  なんていう、集中力っ……!

  そしてとうとう、彼女が私の弾幕を乗り越え、目の前へ姿を現した。

  これで終わり、と言わんばかりの勢いで彼女は大量の弾幕を放ってきた。このままだと確実に私に命中するだろう。

  ……そう、()()()()()()()()

 

  このスペカの制限時間は一分。そして今四十秒が過ぎた。

  なら、残りの二十秒は何があるのか? それを見抜けなかったのが、彼女の敗因だ。

 

「うらぁぁぁぁあああああああっ!!」

 

  突如、嵐を起こしていた両翼が、私の体を包み込むようにして互いにぶつかり合う。そのとき、炎と氷が衝突することで巨大な消滅エネルギーが発生した。

  私はそれを身に纏いながら、光の巨竜と化して彼女を呑み込まんとその顎を突き立て、突撃した。

 

  彼女は台風の目に近づきすぎたため、私からすれば目と鼻の先。そして超音速で迫る私を避けられるはずがない。

  最後に彼女を見てみると、スペカを一枚掲げて何か叫んでいる。だけど間に合うはずもない。

  目が開けられなくなるほどの光とともに、閃光が彼女を呑み込んでいき——

 

 

  ——彼女の体を、すり抜けた。

 

 

「……へっ?」

 

  体が、世界が、スローモーションに感じていく。音速を超えているはずなのに、体はまだ巫女を追い越したばかりだ。

  そんな世界の中、ゆっくり、ゆっくりと振り返り、驚愕した。

 

  そこにあったのは、目を閉じ半透明化した巫女の姿だった。その周りには七つの博麗家の秘宝——陰陽玉が巫女の周りを回りながら輝いていた。

 

  思い出した。彼女は確かこう言っていたんだ。

 

  ——【夢想天生】。

 

「私の勝ちよ、妖怪」

 

  ま、ずい!

  その一方的な勝者宣言とともに、七つの陰陽玉から全方位に、発狂したかのような膨大な数の弾幕がデタラメな速度と複雑な角度で解き放たれた。

 

  私はほぼ無防備になった体を必死に動かそうとするけどその努力虚しく私はその発狂弾幕の波に呑まれ、撃墜された。

 

  こうして、私の初弾幕ごっこは敗北を迎えた。

 

 

  全く……この私が敗北するとはね。

  私が落ちたときにできたクレーターの中で仰向けに倒れていると、今回の勝者である巫女が降りてきた。

 

「ふふっ……楽しかったよ、博麗の巫女。光栄に思うといい。私を倒したことがあるのは、あなたで二人目よ」

「……博麗霊夢」

「……ふぇ?」

 

  最初はぼそりとつぶやかれた言葉だったけど、二度目はちゃんと私に聞こえるように、彼女は言った。

 

「博麗霊夢よ、私の名前は。今後そう呼びなさい。あなたとはまた縁がありそうだから」

「……ふふ、左様ですか。なら私も名乗るね。私は楼夢って言うんだ。以後よろしくね?」

 

  苗字を名乗れなかったのは残念だけど、それでも彼女との戦いは楽しかった。そう、とても楽しかった。

 

  博麗霊夢。血は繋がっていないものの、私の大切な子孫の一人。彼女からは何かを感じた。私を惹きつける何かが。

 

  ふふっ、今後はもっと楽しくなりそう。

  やっぱりこの世界に来て正解だったと、私は密かに思うのだった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

「……帰ったか。ったく、今日はえらく疲れた日だったわ」

 

  例の妖怪、楼夢が去ったあと、霊夢は縁側に戻って日向ぼっこをしていた。こんだけ疲れたのだ。じゃなきゃやってられない。

  しかし日向ぼっこを始めて数十分後、いつものようにそいつは現れた。

 

「おーい、れーいむー! 魔理沙様がやってきたぜー!」

 

  黒と白の魔法使いのような服を着て、頭から黒のウィッチハットを被っているこの少女は霧雨魔理沙。霊夢の唯一の親友であり、自称普通の魔法使いだ。

  魔理沙が乗っているほうきから降りたあと、ズカズカと縁側まで回ってきて、霊夢のところへやってきた。

 

「……何よ魔理沙。今私は疲れたの。気が効くなら、マツタケの数十は持ってきなさいよ」

「れ、霊夢、どうしたんだぜその体は!? ボロボロじゃねえか!」

 

  そう言われて、霊夢は今一度自分の体を見つめる。

  まず、服はところどころ焼け焦げたり凍り付き破れたりしておりボロボロ。もはや修復は不可能で新品を用意しなければならないほどだった。幸い体は弾幕ごっこのルール上、そこまで傷ついてはいないが、それでも火傷や凍傷の跡が複数あった。

 

「誰にやられたんだ!」

「落ち着きなさい魔理沙。弾幕ごっこをしただけよ。ちょっと強かったけど、そのおかげで報酬はほら」

 

  霊夢の手には二十万円の束が握られていた。楼夢が気前よく霊夢にサービスと言って渡したのだ。おかげであと数ヶ月は余裕で生活できる。

  魔理沙はそんな彼女に似合わない札束を凝視したが、内心では別のことを考えていた。

 

  魔理沙が知る限り、霊夢があそこまでボロボロになったのが見たことがない。魔理沙は弾幕ごっこというルールにおいては、幻想郷で上位の実力を持っている。そんな自分でも霊夢をここまで追い詰めたことはないのだ。いったいどんな妖怪とやったと言うのか。

 

  一方、霊夢も別のことを考えていた。

  ……強かった。

  正直、油断はあったけど、それが消えたのは夢想封印が破られてからだ。それ以降は彼女は自分の実力を惜しみなく発揮していた。

  それでも、ここまで追い詰められた。切り札中の切り札である夢想天生を使ったのが良い証拠だ。というか、あのスペカ以外では確実に勝つことはなかった。

 

「……私も、少しは努力しよっかな」

「……なんか言ったか、霊夢?」

「いいえ、何にも。それとあんた、さりげなく私の二十万円盗もうとするのやめなさい。……指の骨を折るわよ?」

「マジすんませんでしたー!」

 

  大げさに叫ぶ魔理沙を無視して、お茶をすする。

  いつも通りに始まるはずの一日が、今日はちょっと違ったのを感じた。

 

 




「春休み入りましたー! これからはどんどん更新……していけたらいいなぁ。作者です」

「卒業式中寝ていてクラスメイトにメッチャ起こされたくせに、なんでそんなに元気なんだか。狂夢だ」


「というわけで、今回の弾幕ごっこはまさかの楼夢さんが敗北しました」

「珍しいよな、楼夢が負けるなんて」

「この後編では楼夢さんにはチート能力がないですからねぇ。おそらく毎回の戦いでハラハラドキドキの展開が楽しめると思います」

「お前にそれが書けるかが疑問だけどな」

「……それは言わないお約束です」


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紅魔郷編
紅霧異変の開幕、そして意外な再会


「さて、準備はできたかしら?」

 

  ここは紅魔館。その地下の図書館で。

  スカーレット・デビルの異名を持つ吸血鬼、レミリア・スカーレットはその友人へと問いかけた。

 

「ええ、レミィに頼まれたのはできてるわ」

 

  本を読みながら無愛想に答えたのは紫の魔女、パチュリー・ノーレッジ。その隣では使い魔として召喚された小悪魔こと通称コアが紅茶を注いでいる。

 

  レミリアはその返事に満足そうに頷くと、両手をパンパンと叩き、己の従者の名を呼んだ。

 

「咲夜、いるかしら? もうすぐ例のものを始めるから、各自戦闘準備に入るよう伝えなさい」

「はい、お嬢様」

 

  誰もいない場所へ語りかけたのに、レミリアの言葉のあとにすぐ答えが返ってきた。その事実に今更驚くものは誰もいない。なにせこれが【時を操る程度の能力】を持つレミリアの忠実な従者こと十六夜咲夜のものであることは周知の事実だからだ。

 

  これから始めるのは、紅魔館の名を売るための異変。そして弾幕ごっこをこの幻想郷に広げるためでもある。

  後者はレミリアの望みとは関係がないのだが、それはある妖怪に頼まれたからだ。とはいえ今回は利益が一致するのでレミリアからも特に問題はない。

 

「さて、楽しい紅霧異変の始まりよ」

 

  バルコニーへ出たレミリアは、視界に広がる青空を囲うように両腕を広げ、口を三日月に歪める。その鋭い犬歯が日の光に照らされ、ギラリと冷たく光るのだった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……洗濯物が乾かないわね」

 

  博麗神社、そこに住む巫女の霊夢はそう愚痴をこぼした。

  今の季節は夏。暑い日差しが肌を刺す、健康な季節のはずなのだが……。

 

「なに呑気なこと言ってんだぜ霊夢! これは異変だ!」

 

  大声で空を指差しながら、魔理沙は言った。その空は満面の青……ではなく赤に包まれている。

 

「この赤い霧が発生して、どんどん人里の連中が倒れてってるらしいぜ。お前一日経って変わんなかったら大人しく行くって言ったじゃないか」

「わーってるわよ。ったく、どこの誰だか知らないけど、私の日向ぼっこの邪魔をしてくれた罪は重いわよ」

 

  よっこいしょと重い腰を上げて、博麗の巫女が異変解決にいよいよ立ち上がる。

  装備を一式揃えると、親友の魔法使いを連れ、赤い空へと飛んでいくのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

  一方その頃、白咲神社では……。

 

「……洗濯物が乾かない」

「湿気が普段より多くなったせいで、風呂場にカビが生えてたよー」

「……倉庫化してる本殿はキノコが生えてた。しかも魔力を帯びてる」

「うわああああ! 私の団子が腐ったぁぁ!」

 

  それぞれの悲痛なつぶやきが、屋敷内で聞こえた。一名は叫んじゃってるし。

  はいそうですよ。私ですよ叫んだのは!

  ちっくしょぉぉぉぉがぁぁぁあああ!私の人生の楽しみの一つを奪いやがってぇぇぇ!

 

「どれもこれもあの霧のせいだ! なんだってこんな酷いことするのさ!」

「人里の方も人がバッタバッタ倒れてるらしいですしね」

「そっちはどうでもいい!」

「……お父さんのその言動も結構酷いですよね」

 

  とーもかく! 私はこの霧を起こしてる犯人を許しちゃおかん! 異変解決は霊夢の領分だけど、今回は私が先に行ってぶっ潰してやる。

 

「というわけで清音、舞花! この霧はどっから出ているの?」

「むー、霧に含まれてる魔力の流れからして……霧の湖の近くからかなー?」

「……霧の湖付近で赤なんて言ったら、紅魔館が一番怪しい」

「そっかー。あそこの館は赤一色だもんねー。多分原因はそこにあるはずだよー」

「わかったよ。それじゃあすぐに帰ってくるから、留守は任せたよ」

 

  そう娘たちに言い残し、一人空へと飛び立った。

  さーて、私の団子の仇、取らせてもらうよ!

 

 

  ♦︎

 

 

  そうして飛んでいくこと数十分。

  目の前に現れた障害物を取り除くため、私は弾幕を放った。スペカを使うまでもなくそれだけで目の前に群がっていた妖精たちは撃沈され、ピチューンという気持ちのいい音を残して落ちていく。

 

  うーむ、倒すのは楽だけど面倒くさいね。どうやら環境の変化に敏感な妖精たちも、今回の霧のせいで気性が荒くなってるみたい。

  まあ、所詮妖精は妖精なわけで。ステージの雑魚キャラが全員妖怪でないだけマシとするか。

 

  そうして飛んでいくと、向こうの方で紅白の巫女服を着た人物が見えた。十中八九、霊夢だねありゃ。隣には知らない白黒の魔法使い風の子がいるけど、私よりも弱そうなのでどうでもいっか。

  私は手を振りながら声を出して、霊夢に声をかけた。

 

「おーい霊夢ー。お久しぶりー」

「あんたは楼夢ね。なぜここにいるのかしら?」

 

  実は、私と彼女が戦った日から一度も私たちはお互い顔を合わせたことはなかった。でもまあ数ヶ月経ってるのに、覚えていてくれたんだ。お爺ちゃん感激だよ!

 

  そんな霊夢は警戒心たっぷりの声で幣を突き出して問いかけてきた。

  こら、人にものを訪ねるときは凶器を向けちゃいけません!

 

「おっと、今回私はこの異変とは無関係よ。実はこの赤い霧のせいで団子が腐っちゃって、その仇打ちに来てるわけ」

「……要は異変解決に来たってことね。ならちょうどいいわ。私に手伝いなさい」

「まあいいよ。ぶっちゃけ一人じゃ暇だったし」

「おいおい、こんなガキが役に立つのか?」

 

  私と霊夢がそう共同戦線を結んでいると、金髪の魔法使いっ子に横槍を刺された。

  失礼な! 少なくともあなたよりは強いよ!

  そう心の中で叫んでいると、隣にいた霊夢がフォローしてくれた。

 

「こいつは見た目はあれだけど、それなりに強いわ。今回の異変でも面倒な障害を全部押し付けられると思うわ」

「ちょっと待って霊夢。私は首謀者をぶん殴りたいんだけど」

「あいにくと弾幕ごっこで物理は容認されてないわ。それに、私が殺った方が早いじゃない」

 

  バチバチと火花を飛ばしてると、魔理沙が小さく一言つぶやいたのを狐耳が拾った。幸い霊夢には聞こえてなかったようだけど。

 

「……けっ、気に入らないぜ」

 

  おやまぁ、私は相当嫌われてしまったようで。まあ今さら人の顔伺うなんて私にはできないし、したくもない。よって、彼女のことは放置させていただこう。

 

「さて、じゃあ行くわよ」

「——って、ちょっと待つのだー!」

 

  霊夢がそう言って進もうとすると、下から金髪の少女がものすごい剣幕で飛び上がってきた。服は所々弾幕に焼かれた跡があり、髪も少々ほつれている。

 

「……これなに?」

「害虫。さっき邪魔だったから叩き落としたんだけど。その直後にあんたが来たってわけ」

 

  なるほどねぇ。この金髪ロリの子も幼げながら、中々プライドが高そうな雰囲気をしている。おそらく弾幕ごっこに負けたあと、なんにも声をかけてもらえなかったのが屈辱なんだろう。

  プライドの高いものにとってそれ以上腹たつものはないしね。

  それにしてもこの少女、どっかで見たことがある気が……。

 

「なによ妖怪。弾幕ごっこでの勝者は絶対よ。そんなことすら忘れたの?」

「覚えているけど、まだ戦ってないのが二人いるのだー。腹いせにそいつらと戦って時間稼ぎするのも悪くないのかー」

「おっ、やるのか? やるなら相手になってやるぜ?」

「言ってるのだー。私の闇の力、見せてやるー」

 

  ……闇の力? これもどっかで聞いたフレーズだ。

  もうちょっと金髪ロリを観察してみる。

  白黒の洋服。スカートはロング。そして能力は闇に由来する。

  ……まさかね。

 

「ねえ、私からやっていいかな? 二人は先に行ってていいよ」

「おい、私がやるつもりだって言っただろ」

「そーなのかー。なら、私の相手はお姉さんなのだー」

「……行くわよ魔理沙。ただでさえあんたは燃費悪いんだから、ここで無駄遣いしちゃこの先響くわよ」

「……ちっ、命拾いしたな……」

 

  やっべ。あの魔理沙って子がDQNにしか見えなくなってきた。

  なんなの? こんな幼気な少女二人に睨むをきかせるなんて。まあ原因はほぼおそらく確定的に私なのは明らかなんだけど。

 

  二人が去ったのを見送ったあと、私は金髪ロリに少し真剣な顔で問いかけた。

 

「ねえ。私たちってどこかで会ったことある?」

「奇遇ね。私もさっきから同じことを思ってたわ」

 

  急に、少女の雰囲気が暗く冷たいものになった。口調もさっきの馬鹿みたいなものから大人の女性のものに変わっている。

 

「……ねえ。一応だけど、お互い同時にその似ている人物の名前を言ってみない?」

「……ええ、そうしましょう。あくまで似ているだけなんだけど、念のため、ね……?」

「……行くよ?」

「……せーのっ——」

 

  私たちはそれぞれ自分が思い描いている人物の名を声に出した。

 

「——ルーミアっ!」

「——白咲楼夢っ!」

「「……やっぱりお前かっ!?」」

 

  目を見開いて叫ぶのと、互いの刃がぶつかりあったのは同時だった。

  ルーミアの十字の片手剣と、私の神理刀が同時に振るわれ、鍔迫り合いへと持ち込まれていく。ギャリギャリと互いに押し合うと、これまたほぼ同じタイミングで後ろへ退き距離をとった。

 

「ここで会ったが百年目! 狂夢の目もないし、今日こそ貴方を殺す!」

「うるせえ! 毎回毎回狂夢がいねえと襲ってきやがって! 主人よりも狂犬だなクソが!」

 

  ルーミアの十字剣——ダーウィンスレイヴから黒いオーラが迸る。てかあれ本当にダーウィンスレイヴか? 俺が知る限り、ダーウィンスレイヴは大剣のはずなんだけど!?

 

「あなたを殺すために作ったダーウィンスレイヴ零式の力、受けてみなさい!」

 

  横一文字にダーウィンスレイヴが振るわれる。それを刀で受け流そうとしたけど、刃同士がぶつかり合った瞬間、闇の雷が発生して私を吹き飛ばした。

 

「……やってくれたなぁ……。ここからは本気でやってやるっ!」

 

  もう一本神理刀を追加。二刀流の構えになって、回転するように連続で斬撃をしかけた。

  ルーミアもかなりの時間剣を扱ってきたけど、こと剣術に関しては私の方が数段上だ。縦に構えられた剣の隙間をくぐるように斬撃を繰り出し、そのうちの幾つかがルーミアの洋服を切り裂いた。

  それを見て焦ったルーミアがまた剣から雷を解き放った。だけど二度も同じ手は食らわない。

  力を込め、両の刀で剣術【雷光一閃】を繰り出す。それをルーミアの雷とぶつかけて相殺させ、その反動で後ろに跳んで再び距離をとった。

 

「……私も弱くなったものね。最初当てた雷も、本来なら身体中を焼くことができたのに」

「それはお互い様だよ。俺だって雷くらいだったら余裕で避けれた」

 

  虚しいものだ。こうかつての敵と戦って、かつての力が失われているのを感じるのは。

  なら、この姿なりにふさわしい戦い方をすべきだな。

  そう思い、俺……いや私はスペカを一枚取り出した。

 

「……なんのつもりかしら?」

「やめだよ。今のあなたと戦ったところで満足感も何も湧かない。お互い弱者になったのなら、弱者のためのルールで戦うべきだよ」

「……貴方は納得してるのかしら? 今の醜い姿の自分に」

「私は私だよ。たとえ姿が変わっても、私の魂はここにある」

 

  ルーミアの言いたいこともわかる。彼女は伝説の大妖怪『火神矢陽』の相棒として、自分の強さに誇りを持っていた。

  要は怖がっているんだ。衰えた自分の力を見て、火神に失望されるのを。

  全く、ほんとに馬鹿な奴だよ。

 

「それとも? あなたは誇り高き炎魔の相棒のくせに、決められたルールすら守れないの?」

「……言ってくれるじゃない。上等よ、ぶっ潰すわ! 」

「勝負の方法は基本ルールね」

 

  私たちはお互いにスペカを一枚取り出す。そして弾幕ごっこが始まり——

 

「月符【ミッドナイト——】」

「滅符【大紅蓮飛翔衝竜撃】」

「……へっ? ——って、きゃぁぁああああっ!」

 

  ——一瞬で終わった。

 

  速攻魔法発動! 相手は死ぬ!

  突如出現した炎と氷の弾幕の嵐にルーミアは吹き飛ばされ、早速残機を一つ減らした。その後台風の目に近づこうとするけど、さすがは霊夢を追い詰めた私の現時点の切り札。複雑に動く弾幕を避けきれずに二度目の被弾を受け、儚く落ちて散っていった。

 

「バーカ、俺がどれほどお前に苦労してたか忘れたのか? その恨みだと思いやがれ」

「お、覚えていなさいっ……!」

 

  地面へ落ちていく途中、ルーミアが何かつぶやいていた気がするけど無視無視。虫ブンブン。

  まあ、人生そう甘くないってこった。頑張りなさいや。

  心の中でそう思いつつ、先へ行ってしまった霊夢を追いかけるため、私は紅魔館へと向かうのだった。

 

 

 




「今回からとうとう原作に入りました! やっと終わりが見えてきて安堵している作者です」

「終わりにはまだ早いぜ。どうせ原作の他にオリジナルストーリーが混ぜられるだろうし、終わるのはいつになるやら。狂夢だ」


「というわけで今回はルーミアさんと再会しましたね」

「弾幕ごっこは一瞬で終わったけどな」

「そりゃ仕方ないですよ。原作では屈指の最弱度からEXルーミアという二次創作が生まれるほどなんですから」

「ちなみに魔理沙もなんだが、この小説の幼女ルーミアの喋り方も原作とはちょっと違うよな?」

「ああ、はい。この小説で使ってるのは二次創作でもよく見られる方の喋り方ですね。個人的にこっちの方が合ってるっていうのもあるんですが、何よりEXルーミア時の喋り方と被るんですよ」

「いっそ口調変えなければいいのに」

「この小説最強のメンタルを持つ楼夢さんですら口調が変わるんですよ! 変わらなきゃおかしいでしょ!?」

「なんなんだよお前のこだわりは……」

「ロリコンのお前ならわかるでしょ!?」

「あいにくと俺の好みは千歳以内のロリなんだ。下手したら万を過ぎる闇妖怪は好みじゃない」

「じゃあ紫さんは?」

「あれは十代後半程度の美少女であってロリじゃねェだろ。というか年齢ルーミアとほぼ変わらんし」

「おそらく百年以上のズレはあると思うんですがね……」

「その程度じゃ誤差だろ」

「……ロリって難しいんですね」

「ちなみに俺の好みはさっきのと合わせて隠し条件が数十個あるから。どっかに金髪お兄ちゃん呼び系のロリいないかなぁ……」


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紅魔館潜入

 

  現在、私は門の上空ナウです。

  霧の湖とやらを通り抜け、たどり着いた先はここ紅魔館だった。いや地図見りゃわかるけどさ。

  霧の湖では妖精が多いと聞いてたけど、驚くほど何もなかった。いや違うか。嵐が過ぎ去った直後みたいに静かだった。まあ、湖に浮かぶ無数の妖精の姿を見れば、何が起きたのかは想像つく。

 

  今私の真下では霊夢が中国っぽい子と弾幕ごっこをしている。中々粘るんだけど、どうやら中国っ子は弾幕が苦手なようだ。……あ、言ってるそばからとうとうやられちゃった。

 

  中国っ子が閉ざされた門に吹き飛ばされることで衝突が起き、門が中国っ子もろとも吹き飛んでいく。

  わーお、なんてダイナミックな開け方。我が道の前に扉は開く、とか言ってても違和感ないわありゃ。

 

  そう思考していると、後ろから冷たい女性の声がかかった。

 

「……さっきやったけど、やっぱり凄まじいわね」

「ていうか、ルーミアはなんでついてきてんのさ。異変解決とか正直あなたにとってどうでもいいでしょ?」

 

  というわけで、ルーミアが仲間に加わりました。でもまあ、ぶっちゃけ彼女は弾幕ごっこはさほど強くないので戦力には期待してないけど。

 

「もちろん暇だからよ。それよりも、巫女が近づいてきてるわ」

 

  言われて視線を向けると、確かに霊夢がこちらに向かって来ていた。

  あれ、隣にいた魔理沙はどこ行ったんだろ?

  彼女はこちらに近づいて、ルーミアの姿を確認すると、深くため息をついた。

 

「全く、私が貴方誘ったのは面倒ごとを押し付けるためなのに……遅いわよ。おまけにさっきの妖怪まで拾ってきて」

「いやーごめんごめん。それで、霊夢はこれからどうするの?」

「私は真正面から入るわ」

「じゃあ私は窓から入るね」

「約一名、それを実行してった奴がいたわよ」

 

  ありゃりゃ、先をこされてましたかー、残念。

  さてと、これで行動方針は決まったかな。霊夢が正面扉から潜入、その隙に私は別サイドでこの異変の首謀者を探すってわけ。

  ……でもなぁ。多分正直から行った方が早いんだろうな。霊夢にとっちゃたいていの敵は足止めにすらならないからね。

  まあ、急げばいいだけか。

 

  というわけで、私は二階の窓前にまでやってきた。霊夢が入った正面は西洋屋敷の構造的にエントランスに繋がってると思うから、そこに行くのはよしとこう。この屋敷の規模からして敵が潜んでいてもおかしくないぐらい広いと思うし。

  それにしても……。

 

「赤いね」

「ええ。真っ赤だわ」

 

  私とルーミアは若干顔を青ざめながらこの館の素直な感想を述べた。

  いやだってさ。赤ばっかりで目が痛くなってくるんだもん。毎日血に飢えてるルーミアさんでさえ気分悪さに吐きかけてるんだよ?

 

  ……なんだかムシャクシャしてきたよ。この館見てると。

  中を覗いても赤、赤、赤。廊下まで真っ赤っか。あらやだレッドカーペットいらずじゃない。助かるわー……じゃないんだよ!?

  そんなに赤が好きならトマトジュースで溺れて死ね!

 

  横に首を向けるとルーミアも青筋をピクピクと動かしながら笑顔を浮かべている。どうやら私と同じ心境のようだ。

  ならばやることは一つっしょ!

 

「右手にメラ、左手にギラ——合体魔法【メギラ】!」

「【ダークマター】!」

 

  私の両手から灼熱の、ルーミアの右手のひらから暗黒の閃光が同時に迸った。それはまっすぐ紅魔館の窓の一つへ向かい、轟音を立てながら大きな穴をぶち開けた。

  ふぅ〜、すっとしたぜぇ……。

 

「すっとしたわ」

「それは同感。なんならこの館全部燃やしちゃう?」

「力が戻ったらそのときはいいかもしれないわね」

 

  もっとも、ここは紫の話だと妖怪の山と対立できるほどの勢力らしいので、白咲家に戦争しかけてこない限りは潰しはしないけど。

  なんせうちには大妖怪最上位が三人もいるからね! ……え、私? か弱い中級上位の妖怪ですが? 戦力外通告を受けるのは確実だろうね。

  ……言ってて悲しくなってきた。

 

「何そんな虚しい真実に気づいたような顔してるのよ。置いてくわよ?」

「あっ、待ってよルーミア。それに当てはあるの?」

「安心しなさい。魔法を使えばこんなの余裕よ」

 

  そう言ってルーミアが床のタイルを足で叩くと、彼女を中心に魔力の波が館中に広がっていった。

  ——【ライフサーチ】。

  結構な難度の術式を誇る魔法だったはずだけど、さすがは元大妖怪最上位ってとこかな。でもその魔法、魔力が未熟な今の姿じゃ相手にも魔力の波をたどられて感知されるかもしれないんだよね……。

 

  というわけで私もルーミアの術式に加えるように魔法を発動。

  ——【魔力電波妨害(マジックレディオノイズ)

  これで、相手には気づかれずに一方的に相手の場所がわかるはずだ。

 

「……貴方、感謝はしないわよ」

「余計なことしたとは思ってないよ。ただ、ルーミアにヘマされるとこっちも危ないからね。互いの利益を尊重した結果ってこと」

「そう、ならいいわ」

 

  相変わらずツンツンした態度で先行していくルーミア。その後ろで一応警戒しながら私は進んでいく。

  ある程度歩いたところで、一階に続く階段があった。そのさらに下には地下階段のようなものも見える。

 

  ふとルーミアが私の方を振り向いてきた。どうやら行くのか? と言ってるらしいね。

  他に行く当てもないので、ここは素直に頷いておこう。

  それに、さっきから地下で轟音のようなものも聞こえるしね。ほんと、こういうときに聴覚に優れる妖狐で生まれたことのありがたみを感じるよ。

 

  ゆっくりと慎重に私たちは薄暗い階段を下りていく。さすがに敵地で騒ぐほど、私たちは馬鹿じゃないしね。いや、力を失う前だったら余裕で馬鹿騒ぎしてた自信はあるけど。

  それに、ルーミアがやけにこの館の内部に詳しいのも気になる。ライフサーチは生命の場所しか特定できないのでだけど、彼女はここまでの道のりで一度も迷ったことはなかった。

  それが気になって仕方なくなり、私はとうとうルーミアへと向かって問いかけてしまった。

 

「ねえ、ルーミア。なんでそんなに内部について詳しいの?」

「……力を失う前にここで暴れ回ったことがあるからよ。そのときに火神が魔法で外から作り上げた地図を見て覚えてただけ。まあ、あとはこの屋敷の前主人がいた場所しか覚えてないのだけれど」

「そうかそうか……って、おいっ! それじゃそっちに案内してよ!」

 

  いやそのために私はここに来たんだからね?

  だがそんな私の言葉も、ルーミアの一言でぶっちぎられた。

 

「嫌よ。徹底的に虐めたから恨み買ってるでしょうし、私だとバレたら最悪殺されるわ」

「というかあなた死んでも生き返るでしょ? 妖魔刀なんだから」

「いくら生き返ったとしても痛いものは痛いのよ。それに火神が大人しく私を生き返らせてくれると思う?」

「……思わないね。あいつは罰ゲームとかそういう類のものに関しては徹底的に相手が嫌なことをしてくるから」

 

  そういえば、前に寝起きドッキリでムカデとGが大量に泳いでる風呂に落とされたことあったなぁ。ご丁寧に底がメッチャ深くなってて、抜け出すのに苦労した思い出がある。

  そういえばそのときにこいつもいたような……。いつか仕返しで同じことしてみよ。

 

「……着いたわ。この先に敵がいるわ」

「うん。扉の奥から聞こえる爆音を聞けば嫌でもわかるよ」

 

  巨大な木製の大扉の先で結構な音量の音が聞こえてきた。これは十中八九誰かが弾幕ごっこで対戦してる証でしょうね。

  そんでもって霊夢はここにいるわけないから、この先で敵と戦っているのは魔理沙か。そういえば彼女がどんな弾幕を撃つのか見たことないし、覗いてみよっか。

 

  ルーミアと息を合わせて大扉を物音立てないようにゆっくり開く。そしてそこには、激しい戦いが繰り広げられていた。

 

「ち、くしょぉぉ!」

「貴方、未熟ね。魔力の練りも魔法陣の構築も全てが甘い」

 

  魔理沙が展開した複数の魔法陣から星型弾幕が飛び出し、対峙しているネグリジェっぽい服を着た紫髪の魔女へと向かう。だけどそれはひらりとかわされ、お返しとばかりに大量の属性付きの弾幕が放たれ、星型弾幕を打ち破って魔理沙に被弾した。

 

「ぐっ……残り二枚かよ……」

「付け加えて残機は残り一つ。対して私はスペカは三枚、残機は二つも残している。もう諦めて降参したら?」

「あいにくと、私の人生に諦めはないんでね!」

 

  おおっ、ナイスガッツ! 正直ちょっと見直したぞ。

  魔理沙の魔法陣を見て思ったけど、彼女は弱い。魔法使いの強さ的に中の下程度の実力しかないだろう。

  そんな彼女はカードを一枚掲げると、スペカを宣言。

  ——恋符【マスタースパーク】。

 

「なんですとぉっ!?」

「ちょっ、声がでかいわよっ!」

 

  いやいや驚くわそりゃ。

  だって彼女が使ったスペカ、技の型から名前まであの幽香の奥義のマスタースパークとそっくりなんだもん。いや、本物と言ってもおかしくないレベルの完成度だ。

 

  弾幕ごっこで威力は制限されてるとはいえ、その速度と規模は凄まじい。

  私の弾幕ごっこのキャリアの中で一番大きなレーザーが、紫魔女の弾幕やら結界やらスペカやらをことごとく打ち壊して彼女を呑み込んだ。

  わーお、あいっかわず化け物みたいな威力だよありゃ。

 

  そんな呑気なことを考えていると、ふと頭上に寒気が奔った。

  本能に従って横にダイビングヘッド!

  するとさっきまで私がいた場所に、大きな鎌が突き刺さった。

 

  おいおいおい!?

  待てよ待て! いきなり殺しにきてんじゃないよ!

  私は鎌を振り下ろした、少女の悪魔を睨みつけながら質問した。

 

「この世界のルールを知らないのかな? 普通は弾幕ごっこが主流だと思うんだけど」

「もちろん知ってますよぉー。ただ、あなたたち程度はそれをする価値すらないと思いましてぇー」

「あら、言ってくれるじゃない。雑魚悪魔の分際で」

 

  あ、ルーミアさん、それおそらく彼女の地雷っす。

  あなたの言葉のあとに、小さい悪魔略して小悪魔の青筋がブチんと切れる音がしたんだもん。

  ……まあ、正直言ってこの子が雑魚悪魔だと思うのは私も同感だけど。

  彼女はピクピクと今にも壊れそうな笑顔を向けながら、カードを三枚取り出した。

 

「カードは三、残機は二でいいですよねぇ? 特別に二対一許してあげますから、せいぜい頑張って——」

「闇符【ディマーケイション】」

「ぶっぺらぱっ!?」

 

  開始早々のスペカに対応できず、小悪魔は妙な声を出しながらメッチャ吹っ飛んでいった。

  ああ、かわいそうに。まあ手加減はしないけど。

 

「氷華【フロストブロソム】」

「がきりぃぃぃんっ!」

 

  空中でやっと体制を整えた小悪魔に様子見のスペカを放ってみると、なんと彼女は最初の最初、つまり氷華が作られているところでそこに閉じ込められて、氷漬けになった。

  ええ……弱すぎね?

  ルーミアが瞬殺されたのはあくまで私の切り札をほぼ不意打ちに近い形で使ったからであって、ディマーケイションもフロストブロソムもそこまで難しいスペカじゃない。よく見れば避けれる程度のスペカだ。

  それを避けられないってことは……もしかして見かけ倒し? うわちょっと真面目に引っかかった自分が恥ずかしい!

 

「ほんとに雑魚だったなんて……正直警戒してたのが馬鹿らしいわ」

「まあ弱かったんだしいいんじゃね?」

「元はと言えば貴方が大声出したから見つかったんでしょうが」

「そこは素直にさーせんした」

 

  全く反省してない顔で頭を下げてると、上の方で轟音が響いた。

  どうやらもう敵は紫魔女以外いないらしいので、安心して中へと入れる。さすがライフサーチ。

  ……ちょっと待って。ルーミアならもしかして小悪魔がここに潜んでいるのにも気づいてたんじゃ? それを教えなかったってことは……わざとかクソ野郎! あとで覚えてやがれ!

 

  さてさて、魔理沙の方の弾幕ごっこは、なんと両者残機一とスペカ一枚と言う、互角のところまで追い詰めたらしい。

 

「はあっ、はあっ……こんなルールに乗らなきゃ戦えない魔法使いの恥さらしめ!」

「あいにくと私はこの弾幕ごっこ専門の魔法使いでなぁ! 引きこもって研究ばっかしてるお前らとはくぐってきた修羅場が違うんだよ!」

 

  そう、魔理沙は戦闘では弱い。だがこの人間と人外が対等に戦える弾幕ごっこでは、彼女は強かった。

  同じ魔法使いと会って、意地で慣れない魔法勝負で戦っていたから先ほどまで押されていたんだ。でも高火力を追求した魔理沙本来の弾幕なら、パチュリーの魔法を破壊して突き進むことができる。

 

「火水木金土日月符【ロイヤルストレートフラッシュ】!」

 

  そしてとうとう、紫魔女の最後のスペカが発動された。

  巨大な魔法陣が七つ、魔女の後ろに展開される。そしてそこから様々な属性をまとった弾幕が、無数とも感じられる数、飛び出してきた。

  だが注目するのはそこじゃない。

  紫魔女が開いている魔導書。そこから膨大な魔力が集中していくのを感じる。

  ……これは、まずいかもしれない。

 

  魔理沙もそれをなんとなく感じ取ったようで、魔女の術式構築を邪魔しようと弾幕を放つ。が、それらは全て魔法陣から出現する七色の弾幕の雨によってかき消された。

 

「くそっ、弾幕が邪魔で届かない……!」

 

  私が見る限り、あそこから魔理沙のマスタースパーク以上のものが放たれるのは確定だ。

  助けに入るべきか? いや、それは論外だ。弾幕ごっこにおける多対一は開始前に両者が認めてることで初めて成立するのであって、いきなり後ろから乱入、そして攻撃といった行為はできない。それに、ここで私が乱入したら彼女の誇りを傷つけることになる。

 

  魔理沙が魔女に勝つ方法。それは魔女が構築している魔法が完成する前に決着をつける以外にない。

  当の本人の目はまだ死んでない。あれはまだ本気で勝つ気でいる目だ。

  その目に免じて、今回は魔理沙の味方をしてやろう。直接戦えなくても、アドバイスくらいは送れるはず。

  ……でもアドバイスって、なに送ったらいいんだろ?

 

  そうこうしてる内に、いくつもの弾幕が魔理沙の服にかすり、焼け焦げていく。

  もう時間はない。なんか、なんか役に立ちそうな言葉を送るんだ……!

 

 

 

  ♦︎

 

 

  楼夢が侵入したころ、正面玄関では……。

 

  木製の大扉が吹っ飛び、壁にぶつかって粉々になる音がエントランスホールに木霊する。

  そしてそれをした張本人、霊夢はエントランスへと足を踏み入れた。

 

「……ずいぶん広いわね。それに赤ばっかり。目がチカチカするわ。ムカつくし、なにか金品でも拾ってこようかしら?」

「あら、それは困るわ。私がお嬢様に叱られちゃう」

 

  突然、霊夢に向かってどこからともなくナイフが投げつけられた。

  それを霊夢は見向きもせずに、指と指の間に挟むことで防御する。そしてそれを、ナイフが飛んできた方向へ投げ返した。

 

  金属と金属がぶつかり合う音が、エントランス二階から響いた。そこに視線を向け、幣とお札を構える。

 

「まったく、いきなり攻撃とは……弾幕ごっこのルールを忘れたのかしら?」

「気が早いわね。ちょっと試しただけよ。ここから先は私も弾幕ごっこで戦うつもり」

 

  そう言いながら銀髪のメイドが階段を下りてきた。その手にはスペカ一枚握られており、それを見た霊夢も三枚のスペカを取り出す。

 

「急ぎたいから、残機ニ、スペカ三でいいわよね?」

「ええ。でも急いでも無駄だと思うわよ? なんせ私は、それこそ時間を止めてでも時間稼ぎができるんだもの!」

 

  無数のナイフと弾幕がぶつかり合い、幻想的な世界をエントランスに作り出す。

 

  二つの場所での戦いは、こうして始まった。





「なんか肩が痛い! 宿題は答えを見てしまう! そんなときにはお布団で眠りたい! いろいろ疲れてる作者です」

「ソシャゲの期間限定イベに毎日毎日追われてれる狂夢だ」


「というわけで今回は一気に進みましたね」

「おい、なんで二面カットしたんだ?」

「正直グダるからです。みんなお楽しみの彼女はちゃんと出すのでご安心ください」

「それにしても、今回も楼夢の弾幕ごっこが一瞬で終わったな」

「そこもグダるからです。というかぶっちゃけ小悪魔さん公式でスペカ持ってませんし。吸血鬼異変で戦ってなかった時点で戦力外通告されてるのは確実ですし。それをどうやって引き伸ばせってんですか」

「でも前回の楼夢とルーミアの弾幕ごっこはカットする必要なかったんじゃねェか?」

「そこはちゃんとした理由があります。それにぶっちゃけ、開幕から切り札出した方が単純に面白いじゃないですか」

「ルーミアェ……」

「というか基本的にですね。弾幕ごっこの描写ってメッチャキツイんですよ。一回誰かのスペカを見たあと、それを文章で表してみるとわかると思うんですが、芸術的センスがない人にはこれかなり難しいと思います」

「そもそも三流作家の作者にスペカを書き表せと言うのが無理な話だったか……」

「それにあくまでこの小説の主人公は楼夢さんです。いちいち他のメンツの戦闘描写を全て書いてたら、萃夢想は悪夢と化しちゃいますよ」

「一見言い訳がましいと思うが、ほんとに全部書くと一章一章がメモリー・オブ・フラグメンツ編並に長くなるんで理解してくれ」

「でもその分戦闘描写は一回一回に気合を入れてますので、安心してください。それでは最後に追加ルールを書いときますので、さよならです」



弾幕ごっこの追加ルール

・弾幕ごっこにおける多対一は、始まる前に両者の承諾が必要になる。ただし変則的に、相手から承諾をもらえれば途中から加わっても良しとなる。
ちなみに多対一の場合、仲間のスペカ使用回数制限と残機は共有するものとする。スペカ三の弾幕ごっこで、仲間と自分が三枚ずつ使い、計六枚になるようなことはできない。


・咲夜のナイフは、刃部分に薄い結界が張られており、相手を切れても殺せないようになっているので弾幕として認めることができる。


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彗星の一撃





 

  ——火水木金土日月符【ロイヤルストレートフラッシュ】

 

  それは、魔理沙がこの弾幕ごっこで経験した五枚のスペルカードの中でもっとも厄介なスペカだった。

 

「くそっ、弾幕が多すぎてぶち抜いてもぶち抜いてもパチュリーまで届かない! 理不尽すぎるだろそりゃ!」

 

  正直、展開された七つの魔法陣から出現する弾幕を避けるだけだったらあと五分以上もできる。数は多く、起動も複雑だが、魔理沙はこれに匹敵するスペルカードを何枚も見てきた。

  だが、魔理沙を焦らせているのは、奥で凄まじい魔力をひたすら集中させているパチュリーの存在だった。

 

(あれはヤバい……! 発動されたら確実に負ける!)

 

  魔法使いとしての勘が魔理沙にそう危険信号をビンビンと鳴らしてくる。そしてそれは正しい。

  パチュリーのロイヤルストレートフラッシュは、本来七属性全てを練り合わせた魔法を、閃光として撃ち出すもの。その威力は凄まじく、魔理沙のマスタースパークを超えると断言できた。

 

(いっそ被弾覚悟で飛び出すか? ……くそっ、決心がつかない……!)

 

  魔理沙も心の奥ではわかっている。ここで勝つには一か八か突っ込むしかないことを。

  スペカはまだ一枚残っている。だがこの状況において決定打になり得るものを、魔理沙は持っていない。あるとすればマスタースパークだが、それはもう使ってしまった。

 

(どうすれば……っ!)

 

  魔理沙は心の中で頭を抱えながら悩む。

  しかしそのとき、下から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「魔理沙! 全速力で横を見ずに、前からくる弾幕に集中して突っ込め! それしか勝つ方法はない!」

 

  それは、霊夢の知り合いの楼夢と呼ばれていた妖怪の声だった。

  魔理沙はその適当なアドバイスに、思わず悪態をついた。

 

「突っ込めって……それができたら苦労しないぜ。そもそも私じゃスピードが足りないし……うん? スピード?」

 

  そのとき魔理沙の脳裏に一つの光明が差した。

  スピード……全速力で突っ込む……全力で突っ込む……。

 

(私の全力? マスタースパークしか思いつかないぜ……。それはもう使っちまってるし、他のじゃ無理だ。……そうだ、なら新しいスペカを作っちまえばいいじゃないか!)

 

「これだぁ!」

 

  魔理沙は何も描かれていないカードを懐から取り出すと、そこにありったけのイメージを込めて魔力を流した。

  そしてそれが光り輝くとともに、新たなスペカがこの世に誕生した。

 

「行くぜ、これが私の全速力! ——【ブレイジングスター】だぁぁああああ!」

 

  魔理沙はマジックアイテムである八卦炉を後ろに向けると、マスタースパークをジェットエンジンのように発車して乗っているほうきごと突っ込んだ。

  その速度、姿はまさに彗星。

  魔理沙を捉えようと展開されていた弾幕は、その速度についてこれず、次々と抜かれていった。

  彗星が向かう先は七つの魔法陣の中心。そこにいるパチュリーめがけて、一直線に突き進んでいった。

 

  それを見たパチュリーは、たった今魔力が満タンに溜まったばかりの魔法を慌てて解き放った。

 

  パチュリーの手前で、彗星と彼女が放った七色の閃光がぶつかり、均衡してせめぎ合っていく。

  だがそれは数秒しか持たず、徐々にパチュリーの閃光が押されていった。

 

「そんな……っ、馬鹿な……!」

 

  彼女の閃光は、フルパワーならこの競り合いに勝てただろう。だが、それは閃光がフルパワー状態でいた場合だ。

 

  魔法には初動のエネルギーというものがある。

  例えるならば、車のエンジン。あれは時速最大何百キロで走れると言っても、エンジンを入れた瞬間に最大速度になることはない。ゼロから少しずつ上がっていき、最終的に何百キロにたどり着くのだ。

 

  それと同じで、閃光が発動された直後に最大のパフォーマンスを発揮することはない。なにせエネルギー同士が衝突している場所はパチュリーの手前なのだ。おそらく魔法を発動してから、それがブレイジングスターとぶつかるまでの時間は秒にも満ていないだろう。

  エンジンがかかっている車とかかっていない新幹線で五十メートルを競うとき、勝つのは車だ。

  それと同じで、現時点の瞬間火力は、ブレイジングスターが閃光を上回っていた。

 

「喰らえぇぇぇぇぇぇ!」

 

  彗星が閃光を貫き、そのままパチュリーを呑み込む。

  轟音、そして爆発音。

  そして二人の少女の体が、空中へと投げ出された。

 

  落下中、魔力切れを起こして力が入らない魔理沙は、それでもこの弾幕ごっこの結果に笑いを浮かべていた。

 

「勝った、ぜ……!」

 

  それだけを言い終えると、魔理沙は高所から急に落ちていく感覚に耐え切れなくなり、そのまま気絶した。

 

  未熟な魔法使いと天才の魔女の勝負。

  普通なら結果は決まってるこの戦いは、最後の逆転で未熟な魔法使いの勝利で終わった。

 

 

  ♦︎

 

 

「かはっ……!」

 

  短く空気を吐き出す音を出しながら、銀髪のメイド——十六夜咲夜は腹に弾幕を受けて吹き飛んだ。

 

「スペルブレイクよ……。残り一枚ってとこかしら」

「くっ……メイド秘技【殺人ドール】!」

 

  すぐに立ち上がった咲夜は最後のスペルカードを宣言。そして手では到底投げきれない量のナイフが、霊夢を襲った。

 

「まだよっ!」

 

  咲夜を中心に直線的な青と赤のナイフの列が数十ほど放たれた。

  それだけだと直線にしか進まないため、ただの隙間が大きい弾幕に過ぎない。だがナイフの列がある程度の距離進むと、()()()()()()()()()()

 

  そして霊夢の時が再び動き出したとき、なんと青、赤と違ってランダム性の高い動きをする緑色のナイフの弾幕群が追加されていた。

  直線的なナイフの隙間を埋めるように緑色のナイフが動き回ることで敵を囲み、串刺しにする。それが咲夜の殺人ドール。

 

  だが霊夢にはまだ届かない。

  彼女は冷静にその弾幕を見切り、グレイズすることで動きを最小限に抑えたまま回避した。

 

「法具【陰陽鬼神玉】!」

 

  弾幕の列が一瞬途切れた瞬間を狙って、霊夢はスペカを宣言したあと、巨大な陰陽玉を生成し、それを咲夜へと飛ばした。

  時止めはスペカに使ってしまっているため、能力は使用できない。

  必死にナイフを取り出し、それを陰陽玉に突き立てるも、それは一瞬で砕け散ってしまった。

  そして遮るものが何もなくなった陰陽玉が、咲夜に直撃し、彼女は吹き飛ばされ壁に背を打ち付けた。

 

「申し、訳ござい、ません……お嬢様……っ!」

 

  その謝罪の言葉を最後に咲夜の意識は暗転し、動かなくなった。

  その様子を見ていた霊夢は一言。

 

「……しまった。あいつが気絶したら誰が私を異変の犯人のとこに案内すんのよ」

 

  呑気で場違いな、彼女らしい言葉をつぶやくのだった。

 

 

  ♦︎

 

 

  咲夜を倒したあと、霊夢は己の勘に従って館内を徘徊していた。

  勘と言っても、彼女のはもはや能力と呼ぶべきだろう。そこまでの領域に至るほど、彼女のは優れていた。

  今もほら、適当に歩いているだけで大扉へと突き当たった。

  それは、館内で見た中で一番大きな扉。そしてその奥から、霊夢は膨大な魔力を感じ取り、警戒態勢を整えながら扉を開いた。

 

  大扉の先は、一言で言うなら玉座の間。下手したら数百人は詰めこめるほど広い空間だった。

  そして大扉から一直線に引かれたレッドカーペットの先に段差と、その上に玉座が置かれていた。

 

  その玉座に座っていた紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは、霊夢を見るとゆっくりと立ち上がる。

  それに合わさせて霊夢もすでに分かりきった質問を投げかけた。

 

「貴方が今回の異変の犯人ね?」

「そういう貴方は殺人犯ね? 咲夜との繋がりが消えたもの」

「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ。それに、弾幕ごっこでそう簡単に死ぬわけないじゃない」

 

  まあ死ぬときは死ぬのだけど、とは霊夢は付け足さなかった。先ほどからの言葉が、レミリアの戯れであることがわかっているからだ。

 

  質問を質問で返したことを動じずに答えた霊夢に少し不満を見せながら、レミリアは再び口を開く。

 

「それで? ここには何の用かしら?」

「そうそう、迷惑なのよ、あんたが」

「……えらく短絡ね。しかも理由がわからない」

「ともかく、ここから出てってくれる?」

「ここは私の城よ? 出て行くのは貴方じゃない」

「この世から出てってほしいのよ」

 

  その一言で、辺りの雰囲気が冷たいものに変わった。

  久しぶりに面白い人間を見たと、レミリアは冷たい笑みを浮かべる。

 

「しょうがないわね。今お腹いっぱいだけど……」

「護衛にメイドがいたじゃない。あれでも食ってれば?」

「咲夜は優秀な掃除係。おかげで首一つ落ちてないわ」

「ふーん、じゃああんたは強いの?」

「……今さらね。まあ、日光に弱いから外であまり戦ったことはないのだけれど。それよりも場所を変えましょ? 特等席を用意してあげるわ」

 

  そう言ってレミリアは窓のガラスを突き破って、外へと飛び立った。

  それを追って霊夢も飛んでいくのを確認すると、レミリアは紅魔館の屋根へと着地する。

 

「いい眺めでしょ? 月が見えるわ」

「全部紅ってのが残念だけどね」

 

  一つ遅れて、霊夢がレミリアと向き合うように屋根へと着地した。

  先ほどレミリアは日光に弱いと言っていたが、この紅い霧が日光を遮っているせいでピンピンしている。いや、もしかしたらそれが目的でこんな霧を発生させたのかもしれない。

 

  ふと空を見上げると、どういう原理かは知らないが紅い月がそこに浮かんでいた。

  それを見て、もう夜になったのかと霊夢は呑気に自覚する。しかし、次には鋭い顔つきへと変わった。

  それを見てレミリアはさらに笑みを深める。そしてスペルカードを五枚取り出し、その悪魔のような翼を大きく広げた。

 

「こんなにも月が紅いから本気で殺すわよ」

「こんなにも月が紅いのに——」

 

  二人は同時に言い放った。

 

「楽しい夜になりそうね」

「永い夜になりそうね」

 

 

  ♦︎

 

 

  紅魔館の地下深く。

  魔理沙とパチュリー、霊夢とレミリアの弾幕ごっこの二つから出た轟音は、ここ地下室にも響いていた。

  そしてそんな地下室に、ぽつんと座り込んでいる少女が一人。

  彼女は天井にへばりついている赤黒いシミを見つめながら、独り言をつぶやいた。

 

「ふふっ、お姉様たちったら酷いわ。私を除け者にして、遊んでるなんて」

 

  少女は儚く笑うと、次の瞬間、床に手を叩きつけてその表情を憤怒の色に変えた。

 

「ずるいずるいずるい! 私だって遊びたい! アハッ!」

 

  少女はゆらゆらと立ち上がる。その姿が照明に照らされ、浮き彫りになった。

  髪は闇夜に光る金。瞳は血のように赤い真紅色で、この館の主人であるレミリアと同じくらいの身長だ。

  そして何よりも目につくのはその羽。

  レミリアのように蝙蝠に似た形状ではなく、二本の太い枝にカラフルな宝石がぶら下がっている。そんな奇妙な羽だった。

 

  少女は何重にも封印がかけられた扉を睨むと、右手を前方に突き出す。そして物をつかむような動作を取ると——

 

「キュッとしてドッカーン!」

 

  ——それを一気に握りつぶした。

  瞬間、爆発。

  扉は封印ごと粉々に砕け散り、外への出口が出来上がる。

 

「アハッ、久しぶりのお外! ちょうど近くにいいのがいるし、私もあーそぼ!」

 

  狂気に満ちた笑みを浮かべながら、無邪気な少女は石の階段を上っていく。

  こうして、黄金の悪魔が地上に解き放たれた。

 

 

  ♦︎

 

 

「あっぶなぁぁぁい! 縛道の三十七【吊星(つりぼし)】!」

 

  親方、空から女の子が! って、そんなこと言ってる場合じゃねえ!

  急いで術式を発動。

  トランポリンの床のように柔らかいネットが二人を受け止める。と同時に、その一部分が蜘蛛の巣のように壁に張り付いて固定されることで落下を防いだ。

 

  ふう、とりあえずはなんとかなったみたい。

  そのままゆっくりと操作して彼女たちを無事に床に下ろすことに成功する。

 

「……ん、ぐっ……」

「おっ、起きたみたいだね。安心したよ」

 

  最初に起き上がったのは魔理沙だった。

  私の顔を見ると気まずげにそっぽを向きながら、つぶやくように口を開く。

 

「その……だな。適当なアドバイスありがとよ。あれがなかったら勝てなかったぜ」

「感謝するなら適当は消してほしいな。まあ、あながち間違ってないから否定はできないんだけど」

「……やっぱりあれは適当だったのかよ」

「むしろあのとき理論的にダラダラ喋ってた方がお好みだったかい?」

「遠慮しとくぜ。そういうのは寺子屋の慧音だけで結構だ」

 

  勝ったという実感が湧いてきたのか、元の調子に戻ってきたみたい。おそらくはこの明るい顔が彼女のデフォなんだろう。

  そんな魔理沙をみて、私も笑みを浮かべた。

  ふっ、私たちだいぶ打ち解けたんじゃないか? 嫌われてた原因は知らんけど。

  と思ったら、ベストなタイミングで魔理沙が私を気に食わなかった理由を語ってくれた。

 

「その……さっきはすまんな。雰囲気悪くしちゃって」

「いいよいいよ。私がなんかしてたんだったら謝るさ」

「その……嫉妬してたんだ。霊夢は滅多に人を褒めることはしないんだぜ? そんなあいつから強いなんて言葉が出てきて、ついつい羨ましくなっちまった……」

 

  そうか、彼女が霊夢の隣にいた理由がわかった。

  彼女は霊夢をライバル視している。だからあそこまで強いんだろう。

  正直才能の無い子が霊夢と並んで異変解決に出るのに、どれほどの努力を積み重ねてきたのか見当がつかない。

 

「……魔理沙はなんでそんなに霊夢をライバル視するの?」

「さあな? 何年前になるかは忘れたけど、弾幕ごっこが成立して間もないころ、私は霊夢に出会ってコテンパンにされたのさ。それが悔しくて何度も挑戦して、今に至るってわけだ。結局霊夢に勝てたことはないけどな」

 

  努力、か……。

  先ほども言った通り、私には才能のない人の気持ちはわからない。私は霊夢と同じ、天才であることを自覚しているから。

  私の元の存在である神楽も、霊術の修行を始めて一ヶ月ほどで鬼と渡り合えるほどの腕前になっていた。

  なんでも極めようとしたらできたし、それは今でも変わらない。

  だけど、それ以外でわかることは一つだけある。

 

「霊夢も、魔理沙を認めてるとは思うよ」

「そうかぁ? 案外私のことなんざ目にも入ってないかもな」

「だってもし認めてなかったら彼女の性格上容赦なく戦力外通知を言い渡されると思うよ? それがないってことは、霊夢もあなたのことを少しは信頼してるんじゃないかな?」

「……そう、かな?」

「気になるんだったら本人に直接聞けば? 顔がリンゴみたいになるほど恥ずかしいと思うけど」

「ばっ、そんなこと聞けるわけねえだろっ!?」

 

  羞恥心で頬を赤に染める魔理沙を見て、ケラケラと笑う。

  うむうむ、やっぱりこのくらいの子には元気が似合う。

 

「それで、魔理沙はこの先どうするの?」

「……正直もう魔力切れで戦えそうにないぜ。大人しく異変が収まるまでここの本でも読んどくつもりだ」

「……全く、人の本を勝手に読まないでよ……」

「そして私を忘れてないかー?」

 

  ふと後ろから二つの声が聞こえた。

  振り向けば俯けに倒れて動かない紫魔女と、当初出会ったころの幼げな声を出すルーミアが。

  今知ったけど、ルーミアは私以外に人がいるときは猫を被るようだ。

 

「……いたんだ」

「「いたわよ!」」

 

  おおう、そんな怒らなくても……。

  ていうか紫魔女っ子。叫んだあとすぐに頭を地面に打ち付けるくらいなら、無理して大声出すなし。

  「むきゅー」という可愛らしい声を出しながら悶える姿にはほっこりするけどさ。

 

「そこのむきゅむきゅ魔女さんはどうするの?」

「パチュリーよ! パチュリー・ノーレッジ!」

「むきゅリー、そんな大声出すと体に響くよ?」

「誰がむきゅリーだ!」

 

  ナイスツッコミ。と同時に今ので気力を使い果たしたのか、上げた顔を再び倒してそれっきり、ピクリとも動かなくなった。

  しょうがないなぁ……。

 

「【ベホイミ】、【マホアゲル】」

 

  私が唱えた二つの魔法のおかげで、パチュリーの傷はある程度塞がり、魔力も少量だけど分け与えたので立てるぐらいにはなるはずだ。ついでに魔理沙にも同じ魔法をかけておこう。

 

 

  魔力が戻った二人は動けるようにはなったようで、魔理沙なんかは元気に本を漁っている。

  そういえば、霊夢はどうなったんだろ? 彼女のことだから負けはしないだろうけど、ちょっと心配だ。

  私はライフサーチで状況をある程度確認できるルーミアに聞いてみた。

 

「ねえルーミア、霊夢は今どうなってる?」

「……」

「……ルーミア?」

 

  しかし、彼女は深刻な顔になって私の問いに答えなかった。まるで、何かに集中してるような……。

  いやーな予感がする。

  そしてそれは的中した。

 

「……ちょっとまずいのかー。地下から巨大な魔力がここに近づいてきてるのだー!」

「……なんですと? 【ライフサーチ】!」

 

  ルーミアの言葉が気になり、私もライフサーチを使う。

  そして、知ってしまった。

  ビリビリするほど濃い魔力と妖力を持った化け物。すなわち大妖怪最上位クラスの敵が暴れ回りながらここを目指していることに。

 

「パチュリー! 地下から大妖怪最上位クラスの敵が上がってきてる!」

「なんですって!? くっ、弾幕ごっこの余波が彼女を興奮させてしまったというの……?」

 

  パチュリーは驚愕に満ちた表情をするが、それは一瞬で鋭い目つきのものに変わった。

  そして彼女は私たちに指示を出す。

 

「逃げなさい! 私が時間を稼ぐわ!」

「そうはさせないよ?」

 

  だけど、それは遅かったようだ。

  声が聞こえたと思ったら、隠し階段になってたであろう場所が突如爆発し、吹き飛んだ。

  おいおい……ちょとこれシャレならんしょ?

 

  煙の中から、それはゆっくりと姿を現す。

 

「みんな、私と一緒に遊びましょ?」

 

  出てきたのは少女。しかもおそらく吸血鬼。

  無邪気に狂気的な笑顔を浮かべながら、黄金の悪魔はそう言った。

 

 



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敵の敵は味方とも言う

 

  時は少し進み、紅魔館上空の決戦。

  紅い月が微笑む下、二人の弾幕ごっこは苛烈を極めていた。

 

  「紅符【スカーレットマイスタ】!」

 

  目を見開いて大声で、レミリアは三枚目のスペルカードを宣言した。

  残機は残り一。なのに霊夢はかすりはするもの、被弾数はゼロ。

 

(強い……化け物かこいつはっ!?)

 

  先ほどまでの余裕は消し飛び、レミリアはサイズは違うものの、全てが紅色に輝く弾幕を全力で放った。

 

  それを霊夢は次々と避けていく。

  飛んでくる高速の弾幕の隙間を、自身も高速でかい潜り続け、レミリアへと近づいていく。

 そして射程圏内に入ったとき、霊夢は一枚のスペカを掲げて宣言する。

 

「夢符【封魔陣】!」

 

  するとレミリアの紅に対抗するように、赤いお札の弾幕群が放たれ、互いに衝突し、レミリアが浮いているところを巻き込んで大爆発を起こした。

 

  そのときの煙が辺りを包み込む。

  視界は悪くなったが、今の爆発は確実にレミリアを巻き込んでいた。そう判断していたため、霊夢は次の動作に一瞬遅れた。

 

「神槍【スピア・ザ・グングニル】!」

 

  高らかな声が、煙の中で響き渡った。

  そして、煙に隠れているレミリアは巨大な真紅の槍を作り出すと、それを霊夢めがけて投げつける。

  霊夢は煙のせいでそれが見えなかったが、直感で何かを感じ取り、横へ大きく飛び退き、グングニルを間一髪避けた。……はずだった。

 

  グングニルは射線に霊夢が消えると、グニャリと進行方向を捻じ曲げ、追尾するように霊夢に迫ったのだ。

  これには流石の霊夢も対処できず、気づいたときにはその腹にはグングニルが突き刺さっていた。

 

「がっ……ゲホッ……!」

「安心しなさい。死なない程度の手加減はしてあるから」

「そりゃ……ルールに忠実で結構なことね……!」

 

  煙が晴れ、声の主であるレミリアの姿が再び現れる。

  レミリアが言っていた通り、グングニルは霊夢を突き刺して数秒後には霧散して消えていった。

  しかし、体に槍が刺さったという事実は変わらない。腹に熱が集中して熱くなり、それを冷やそうとするように赤い液体がそこから垂れる。

  それでも霊夢は戦意を喪失しない。

  懐から四枚目のスペカを取り出し、それをレミリアに向ける。

  同じようにまた、レミリアも最後のスペカを霊夢へと向けていた。

 

「これがラストだ。果たしてその体でどこまで耐えきれるかしら?」

「さあ? それよりも申し訳ないわね。貴方に五枚目のスペカを見せることはできなさそうだわ」

 

  お互い負けるはずがないと自身を鼓舞するための挑発。

  それが終わった今、二つのスペカが同時に宣言された。

 

「霊符【夢想封印】!」

「【紅色の幻想郷】!」

 

  まるで世界が塗り潰されたかのように、辺りに無数の弾幕が出現した。それらが同時に動き回り、霊夢を押し潰さんと迫る。

  例えるならば、四方八方から迫る弾幕の壁。

 

  しかし、霊夢の周りには七つの色鮮やかな巨大弾幕が浮いていた。それらの内六つが壁に殺到し、次々と壁を打ち壊していく。

  やがて、壁に一つの大きな穴が空いた。その先にはレミリアの姿が。

 

  残った最後の巨大弾幕が加速し、壁の穴を通ってレミリアへと飛んでいく。

  レミリアはこの後の運命を悟り、そっと目を閉じた。

 

  そして、巨大弾幕がレミリアを呑み込み、最後の大爆発を起こした。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「久しぶりパチュリー! 貴方が私と遊んでくれるの?」

「フラン……悪いことは言わないわ。今すぐ元の部屋に帰りなさい」

 

  拝啓、敬愛する神楽の祖父へ。

  私は今、突然襲撃してきた吸血っ子によって生命の危機に立たされています。

 

  ……はっ! 現実逃避したいがために間違えて頭の中で手紙を書いてしまった。

  というかヤバイを超えてヤヴァイ!

  あの吸血っ子、完璧に私たちをロックオンしてますやん。

  なんでや! 私に美少女に襲われて喜ぶ趣味はない!あるのは狂夢だけや!

 

  とりあえず、彼女がなんなのか知らないので、私はこの中で唯一事情を知ってるパチュリーへ聞いた。

 

「……パチュリー。あの子は?」

「……フラン。フランドール・スカーレット。この館の主のレミィの実の妹よ」

「やめて! あんなのは姉じゃないわ!」

「……どうやら複雑なご家庭をお持ちのようで」

 

  いやフランの様子見る限り複雑ってどころじゃないけどさ。

  見てみなよあの目、あの様子。

  大妖怪最上位クラスの力があるのに、それを制御できる精神を持ち合わせていない。一体どんな教育をしたらこんな風になるのか。

 

「フラン、最後の忠告よ。今すぐ部屋に戻りなさい。じゃないとレミィを呼ぶわよ」

「大丈夫、その場合はここにいる全員を殺せばいいだけだから」

 

  な、子どもがビビる言葉ベストランキングトップの「○○を呼ぶぞ」攻撃が効かないだと!?

  お主、やるよのう……。私でさえ紫呼ぶぞとか剛呼ぶぞとか言われると、時と場によってビビるくらいなのに。

  ちなみにそういうときは大抵別の女の子が近くにいたりする。

 

  フランの皆殺し宣言によって、みんなの緊張感が高まったのを感じる。特に私とか私とか。

  パチュリーは言うことを聞かないフランを見ると、そっと目を閉じて魔導書を開いた。

 

「そう……なら手加減はしないわよ!」

 

  パチュリーは数個の魔法陣を展開する。

  そしてそこから触手のように伸びた水がフランを拘束し、それをさらに閉じ込めるように水の檻を作り出した。

 

「加勢するよ! 【ザバラ】!」

「【ミッドナイトバード】!」

 

  これを機に私とルーミアは弾幕ごっこのように手加減したものではなく、本気の攻撃を同時に放った。

 

  中くらいの水の弾丸と、妖力で作られた黒い鳥が檻の中のフランに迫る。

  しかし彼女は狂気の笑みを浮かべると、術式を練りながら大声で叫んだ。

 

「【スターボウブレイク】!」

 

  そしてフランからカラフルで鏃の形をした弾幕の矢群が放たれ、水の檻と衝突し爆発を起こした。

  その熱風により檻と私たちの攻撃、そしてフランを拘束している水は蒸発し、彼女は再び自由を取り戻す。

 

「……くっ……!」

「パチュリー!」

 

  それを見て悔しそうな顔をしたあと、パチュリーは崩れるように地面に倒れた。

  忘れてた! 彼女魔力がもうないんだった!

  同じように魔力がほぼない魔理沙がパチュリーを抱きかかえているのを見て、仕方ないと言った風にため息をつく。

  そして魔理沙へと声をかけた。

 

「魔理沙、パチュリーと入り口辺りで隠れてる小悪魔を連れて逃げて」

「なっ、そんなことしたらお前が……っ!」

「死ぬ気はないよ。霊夢がここに来るまでの時間稼ぎさ」

「でもそこの妖怪とお前とじゃ……」

「少なくともこういった荒事は私たち妖怪の本分だよ。そんなに心配だったら一刻も早く霊夢を読んできてくれると助かるんだけどなぁ」

「っ! 死ぬんじゃないぜ……!」

 

  彼女の言葉への返答は言わなかった。フランの我慢が限界に達しそうだったからだ。

  私の背の後ろを通っていく魔理沙を見て、フランは攻撃の動作をとった。

 

「逃がすわけないじゃん。【スターボウブレイク】!」

「【注連縄結界】!」

 

  魔理沙が扉を出たのを感じ取り、私は久しぶりの大術式を発動する。

  注連縄で縛られた巨大な結界が図書館全体を覆う。

  そこにフランのスターボウブレイクが結界を破壊せんと迫るが、結界はビクともしなかった。

 

「無駄だよ。この結界はあらゆるものの出入りを禁じる。それが隕石だろうが、ブラックホールだろうが壊れることはないよ」

「ふーん、じゃあ貴方たちが私と遊んでくれるの?」

「遊ぶのならお金を入れてね?」

「コイン一個じゃダメ?」

「一個じゃ人命も買えないよ」

「あっそ。まあ無理やりにでも遊んでもらうけど」

「不正をするなら従業員呼ぶよ? って、それは意味ないんだっけ。……ルーミア、覚悟はできた?」

「無理やりここに閉じ込めておいてよく言うわ。まあでも、ここで逃げるのも負けるのも私はどっちも嫌よ」

「それが聞けたら十分。さて、こちらも最初から全力でいかせてもらうよ!」

 

  まずは両腕をクロスさせ、柄を握るような動作を取る。そこに光が集まり、二本の神理刀が出現した。

  結界を張るのに霊力はほぼ使ってしまったので、これから使えるのは妖力、魔力、神力のみ。

  その内の妖力を全力で放出すると、使い切るつもりで強化術式を構築した。

 

  ——【テンション】、【ハイテンション】、【スーパーハイテンション】。

 

  それらがすべて発動すると、全ての身体能力が数倍に跳ね上がった。その証拠として桃色の闘気が体から噴出される。

 

  ルーミアも自身の影に収納しているダーウィンスレイヴ零式を取り出し、油断なく構えている。フランがいるのに元の口調に戻っているのは、その真剣さがうかがえる。

 

  空気が殺気によってビリビリと震える。

  私もルーミアも、今回に至っては本気だ。なんせ中級妖怪程度が大妖怪最上位に挑むのだ。

  正直、私とルーミアに魔理沙を守る義理はない。効率的な手段としては彼女を囮にした方が数倍楽だ。

 

  でも、それで得た生に胸を張れるのか?

 

  私たちは他人を守るために戦うんじゃない。誇りを守るために戦うんだ。

 

「そうだ、名前を聞いてなかったねお姉さんたち。私はフランだけど、貴方たちはなんて言うの?」

「覚えておくといいよ。私の名前は楼夢。最強の剣士だ!」

「ルーミア。偉大な方に仕える者よ」

「うん、覚えておくね。貴方たちはすぐにはコワレナイヨネ?」

 

  壊れた人形のような笑顔をフランは咲かせた。

  そして、弾幕ごっこなどないなんでもありの殺し合いが始まった。

 

「【ムーンライトレイ】!」

 

  先手必勝とばかりにルーミアが青白く、太いレーザーをいくつも放つ。それは高速でフランへといくつも迫った。しかし、

 

「そんなもの効かないよ!【スターボウブレイク】!」

 

  フランの放った弾幕の矢がそれらをかき消し、それでも相殺されなかった分のエネルギーが私たちへと向かった。

  やっぱり火力じゃあっちが上か……。

  ルーミアのレーザーは貫通力が上がるように螺旋回転していたのに、ただの力技で破られた。

  しかし、そんなのはわかっていたこと。

 

  私とルーミアに当たる弾幕を全て見切り、私はそれらを全て切り裂くことで攻撃を防ぐ。

  そして流れを変えるため、意を決してフランへと接近した。

 

「自分から来るなんて、よっぽど壊されたいの?」

「残念だけど、壊れるのは貴方だよ」

 

  鬼に等しい怪力を持つ吸血鬼の豪腕が幾度となく振るわれる。

  しかし、その動きは素人くさい。いや、実際に素人なんだろう。

  そんな拳で私を捉えられるわけがない。

 

  大振りになったところを回避して、回転切りを繰り出しながら彼女を連続で切る。例えるんだったらそう、刃がついたこまが回転してるような感じだろう。

 

  鮮血が彼女の腹から飛び散る。

  まったく、八回も同じ箇所切ったのに両断すらできないなんて、結構硬いじゃん。

 

「っ、離れて!」

「っと、危なっ!?」

 

  フランも私と接近戦をするのに不利を感じたのか、近距離から適当に弾幕をばらまいてきた。

  それを大きく後ろに跳ぶことで間一髪回避する。

  それにしても危ない攻撃だ。もし当たってもあの距離じゃフランも爆発に巻き込まれるのに……。

  しかし、彼女がそのような諸刃の刃に等しい行動を取った理由がわかった。

 

  肉が動く音がフランの腹から聞こえる。

  それが聞こえなくなると、先ほど切った傷がふさがっていた。

  そんなのありすか。チートだチーターだ!

 

「お姉さん、虫みたいに避けて面倒くさいなぁ。ならこれで焼いちゃお。——【レーヴァテイン】!」

 

  彼女がそう言うと、魔力が集中していき、一本のぐにゃぐにゃと折れ曲がり、先端がスペードのマークになっている黒い棒が出現した。

  それをフランは手に取り、魔力を注いだ。

  すると、棒から凄まじい熱量の炎が吹き出し、その形を巨大な剣へと変化させる。

 

「これなら打ち合えるね!」

 

  炎の大剣が、高速で振るわれる。

  型はなく、子どもが棒切れを振り回しているような動きだったけど、その威力は絶大だった。

 

  両方の刀をクロスさせることで私は大剣を防御する。だけどフランの腕力は私の想像を超えていて、衝撃で後ろに大きく吹き飛ばされた。

  あまりの一撃に対応できず、私は背中から地面へと叩きつけられる。

 

「ガハッ! ……【ヒャダイン】ッ!」

「ハァァアアアア!」

 

  苦し紛れに放った吹雪がフランを呑み込もうとする。が、それは炎の大剣の一振りで蒸発されてしまった。

  その隙を狙ってルーミアが声をあげてダーウィンスレイヴ零式を振り下ろした。しかしフランはそれにすぐに気づき、腕力の差もあってか簡単に斬撃は止められてしまった。

 

  攻撃が止められたことでルーミアの動きが一瞬止まる。

  まずっ……!

  私が動くよりも速く、フランの大剣が容赦なくルーミアの腹を焼きえぐった。

 

「ぐっ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「アハッ、楼夢のお姉さんじゃないけど、やっと当たった! おまけにもう一つあげるね」

「やらせない! 【裂空閃】!」

 

  再び、炎の大剣がルーミアの命を燃やさんと牙を剥いて、振るわれた。

  しかし、私を忘れるなよ!

  私はルーミアをかばうように前に立って、空気をまとった右の刀をレーヴァテインに打ち付けた。

 

  金属が砕ける音とともに、私の刀が宙を舞いながらへし折れた。しかしその代わりに斬撃の軌道を逸らすことには成功する。

  私たちより数センチ横にレーヴァテインは振り下ろされ、床を砕いた。

  そのとき起きた爆風によって吹き飛ばされたけど、私たちは不幸中の幸いでガレキが影になって彼女に見えないところに落ちた。

 

「ルーミア、大丈夫?」

「ぐぅっ、マズイわね……! さっきのをもう一発食らってたら間違いなく死んでたわっ」

 

  腹に奔る激痛に顔を歪めながら、ルーミアは答えた。

  ちっ、私の目から見てもこれは酷い……。全盛期ならともかく、魔法の一つ二つで治せる怪我じゃないよこれは。

  吸血鬼の腕力で叩き切られて、そこからこんがり焼かれてるんだもん。正直、ルーミアに炎の耐性がなかったら確実に死んでた。

 

「こんなときばかりには火神に感謝ね……!」

「喋らない方がいいよ。火傷は大したことないけど、切られた方はとてもこの戦闘中は治りそうにないから」

「貴方の方こそ、刀が一本やられたじゃない。大量にあるけど、無限に生成できるってわけじゃないのよね、あれは」

 

  ……図星だ。

  私の神理刀は精神力を元に作られる。要はSAN値を使ってるってこと。数十本くらいなら大丈夫だけど、そこから先は最悪発狂するかもしれない。

 

  しかし、そんなことより今はルーミアだ。

  悔しいけど、彼女はもう戦える状態じゃない。下手すれば立つことすら困難なはず。

 

  勝算はさらに薄くなった。

  どうする……?

  レーヴァテインは炎を纏った大剣。対して日本刀ってのは元々耐久力はあまりなく、フランのを真っ向から受け止めたらまた砕ける可能性が高い。かと言って受け流そうにも、あれは炎を纏ってるせいで最終的にはジリジリ削られて終わりだ。

 

「お姉さーん、どこに隠れたのー? それともかくれんぼでもしたいの?」

「くそっ、時間がない……! せめて刀以外の魔剣か、火耐久が私にあれば……」

「……それなら心当たりがあるわよ」

「えっ?」

 

  ルーミアが発した言葉に、私は一瞬硬直した。

  しかしすぐに時間がないことを思い出すと、私はルーミアに迫るように問いただした。

 

「本当なのルーミア!? それで、それはどこに?」

「ここよ、ここ」

 

  ルーミアは自身の胸を親指でトントンと叩いた。

  そして、こう言った。

 

「私を使いなさい、楼夢」

 

 

 





「ソシャゲの10連ガチャで最高レアが二つ以上出たときの幸福を最近もらえました。作者です」

「うわっ、お前もう今年分の運を全部使っちまったのかよ……。心底作者を哀れだと思う狂夢だ」


「さて、今回はとうとうフラン戦が始まりました」

「なお、このとき火神は映画館でポップコーンと映画を楽しんでいたという」

「まあ、どうせルーミアさんは死んでも復活しますしね。彼もそこまで心配してないんでしょう」

「ルーミアが離脱したら楼夢の死がほぼ確定するけどな」

「そこはまあ……ご愁傷様です」

「ほんとそれだな。正直カテルワケガナイヨ!! とか言っても許されるレベルの危機だしな」




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戦火飛び、鮮血舞う愉快な舞踏会

 

「そろそろ出てきたらどうかなぁ、お姉さんたち」

 

  フランは右手を複数ある巨大なガレキの内の一つに向けると、握りつぶすような動作をした。

  それだけでガレキは爆散し、隠れていた私の姿が明らかになる。

 

「アハッ、みーつけた! じゃあ今度はお人形遊びしようよ! もちろんお姉さんがお人形役ね?」

「残念だけど私はネットとゲーム以外はやらない主義なんだよ」

「……なにそれ? もう一人のお姉さんもどっか行っちゃったし」

「ルーミアなら逃げたよ。怪我してるからね」

「ふーん、でもお姉さん一人じゃ……退屈しちゃうな!」

 

  そう言ってフランは炎の大剣——レーヴァテインを真上に掲げて、思いっきり振り下ろした。

  近づくだけでも焼けるような熱さ。岩をもたやすく砕くほどの重い一撃。

  そんな一撃を前に、私は右手に握ってある新しい剣で、レーヴァテインにぶつかるように切り上げた。

 

  衝突の瞬間、地面が震えた。

  熱風が辺りを吹き抜け、周りのガレキを消し飛ばす。

  それだけの一撃を受け止めてもなお、私と私の剣はビクともしなかった。

 

「……なんでっ!?」

 

  甘い甘い! 私がいつまでも無策だと思うなよ!

  私はガレキで隠れてるときに、自分にある魔法をかけていたんだ。

  その名も体重変化魔法【ズッシード】。

  私の体は小柄なため、軽いし吹き飛ばされやすい。

  しかしこの魔法を使えば一時的に体重を増加させることができるのだ。

 

  しかし、それはあくまでフランの攻撃を受け止めれた理由の一つに過ぎない。もっと重要なことは他にある。

 

「……その剣、ルーミアのお姉さんが持ってた……」

「残念だけどちょっと違うよ。これは憎蛭(ニヒル)。形は本来のものとちょっと違うけどさ」

 

  そう、私の手にはダーウィンスレイヴ零式の形をした火神の妖魔刀【憎蛭】が握られていた。

  と言っても、憎蛭は本来バールの形状をしており、それだと私が戦いにくいという理由で片手剣の形に変えてもらっている。

  ……妖魔刀って形変えれるんだ。

 

『変えれるのもあるし、変えれないのもあるわよ。貴方の【舞姫】がいい例ね』

 

  さいですか。

  ふと、頭の中で幼い大人口調の声が響いた。

  もちろんのこと、憎蛭に変化しているルーミアのものです。

  妖魔刀は基本的に強度が通常の魔剣とは比べ物にならないほど高い。火神だったら受け止めるどころか逆にレーヴァテインを砕くことすら可能だろう。

 

  さらにさらに。この憎蛭は所有者の対熱耐性を高める能力があります。

  これによって、レーヴァテインを受け止めたときに発生する炎や熱風は完全に無効化。直撃したらまずいけど、近づくだけでダメージを受けることはなくなった。

 

  これら三つが、フランの斬撃を私が受け止めることができた要素だ。

 

「今度はこっちから行かせてもらうよ!」

「っ、まだまだァ!」

 

  再び私とフランの斬撃が同時に繰り出され、衝撃とともにそれが静止する。

  さて、忘れてないだろうか? ()()()()()()()()()()()()()

 

  左手に握られた刀が青白く発光する。

  残り少ない霊力を消費したけど、これくらいならあと数回は撃てる。

  フランは私に剣を受け止められたことに動揺しすぎて、私の刀を見ていなかった。

 

「【森羅万象斬】ッ!」

「しまっ——ゴッ!? ガァァァアアアア!!」

 

  フランの体を斜めに青白い線が描かれる。そして次にはそこから膨大な光が放出され、フランの体に巨大な斬撃跡を刻んだ。

 

  さすがに今のはダメージが大きかったようで、フランは急いで後退して再生の時間を稼ごうとする。

 

  させないよ?

  逃げるフランに魔法を発動。

  ——【ボミエ】。

  これによって、フランの足は重りがついたかのように重くなり、スピードもグンと下がった。

  私も体重を増加させてるせいで音速も超えれないほど遅くなってるけど、今のフランよりかは断然早い。

  すぐに追いついて、憎蛭を横一文字に振るう。

  フランもそれに反応して、レーヴァテインを縦に構えて防御した。

  だ、け、ど。

 

「反対がお留守だよ!」

 

  がら空きになった反対を、私は素早く切りつけた。それもフランが反撃するまで何度も。

  結果的に、五回ほど切ったところでフランの苦し紛れの拳が振るわれたので、危なげなく下がって回避する。それをしながら魔法を発動。

  ——【メラ】。

  とっさに放てる初級魔法だけど、それがフランに再生の時間を与えないでいる。

  私、万能キャラでよかったぁぁぁぁ!

  正直近接と遠距離どっちもこなせなくっちゃ、この子に勝てる相手は限られるだろう。

  攻撃しては下がり、攻撃しては下がる。

  これぞヒットアンドアウェイ作戦。

  これの効き目は絶大で、フランは当たらないのに苛立ち、ますます攻撃が大振りになっていく。それを受け止め、その隙に何度も切りつける。

 

  フランの戦い方はお粗末だ。

  魔法の威力は絶大だけど、構築が甘いせいでそれなりに魔法に精通する者ならそれがどういうものなのか瞬時に見抜くことができる。

  剣術も同じで、ただ力任せに振り回すだけ。

  おそらく、彼女は今までどんな敵も一撃で殺してきたんだろう。苦戦しなければ技術を覚えようとは思わないし、実際に今まではそれで十分だった。

  そう、今までは。

 

「当たれ、当たれ、当たれェェェ!!」

 

  フランが感情のままに弾幕をばらまいていく。

  一つ一つが並の妖怪なら一撃で屠ることができそうな威力を持っている。だけど、狙いが定まっていない。

 

  それらを避けながら、思考する。

  哀れだ。心底哀れに思う。あれほどの才能があれば今ごろは幻想郷最強に一角になれただろうに。

  そう思うと、顔も知らないフランの姉という存在に苛立ちが積もる。

 

「だから、見せてあげるよフラン。本当の魔法を」

 

  右手にメラ、左手にヒャドを生成する。そして合掌することで二つの魔法は融合し光となった。

  そして光が矢へと変化し、弓を引きしぼるような動作を取ると、一言告げる。

 

「——【メヒャド】」

 

  その言葉と同時に弓を引いていた手が放され、光の矢がフランめがけて高速で飛んでいく。

  怒りのまま弾幕をばらまくフランに、それに反応することは不可能だった。

  そして、光の矢がフランの胸を貫いた。

 

「あ、ああっ、痛い、痛いッ!」

 

  吸血鬼特有の再生能力が体中の傷を治そうと動き出す。だが、どんなに再生が始まっても、胸の傷だけは癒えることはなかった。

 

  それも当たり前。

  私が放ったメヒャドには消滅エネルギーがある。それが胸に残り、再生するたびに肉を消滅させて無効化しているのだ。あの様子じゃしばらくは治らないだろう。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!」

 

  フランは初めて治らない傷を前に、涙を流しながら胸を掻き毟るように手で塞ごうとする。

 

『……これで終わりかしらね。あの子、もう戦えないわよ』

「わかってるよ。……フラン、今負けを認めて大人しく捕まれば命は奪わないであげる。胸の傷も癒してあげるよ」

「い、痛い、痛い、痛い……痛い……っ」

 

  私の声を聞いて、徐々にフランの声が小さくなっていく。

  彼女は子どもだ。命を助けると言われて、安心しているのだろう。

  私はそっと両手の剣を下ろして、フランへとゆっくり近づいていく。

 

  しかし、このときまだ私たちは彼女の本質に気づいていなかった。いや、気づいていたけど忘れていたんだ。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アハッ、アハハハハハハッ!! 痛イ痛イ苦シイ苦シイ……許サナァァァァイ!!」

「なっ!?」

 

  フランは急に壊れたかのように絶叫すると、先程までとは比べ物にならない速度で無茶苦茶に突っ込んできた。

 

「っ、くそぉぉ!」

 

  視界にフランがレーヴァテインを振るう姿が映る。それを見て叫びながら、ほぼ反射で私は憎蛭を縦に構えた。

 

  雷が落ちたかのような轟音が響いた。

  フランのパワーは急激に上がっていた。先ほどのように受け止めたはずなのに、私の体が剣同士が打ち付けられたまま数メートル地面をえぐりながら後退するほどに。

  いや、これはパワーが上がるどころの話じゃない。これは限界突破と言った方が正しい。

  見れば、フランのレーヴァテインを振るった腕が裂けて血が噴き出していた。肉体の限界を突破した力の反動は、吸血鬼の体でも耐え切れなかったのだ。

  体重増加魔法がもしまだ続いていなかったら、私は今ごろペシャンコだっただろう。

 

  でもこれでお互いの剣は封じた。そしてまだ私にはもう片方の刀がある。

 

「【裂空閃】ッ!」

 

  圧縮された空気を纏った斬撃が、再び無防備なフランへと迫る。

  こうなったら首を切って終わらせてやる!

  吸血鬼なんだからあとで治療すれば大丈夫なはず。

  しかし、狂いに狂った吸血鬼は、そんな私の考えを斜め上に行く行動を取る。

 

「アハハッ! 捕マエタァッ!」

 

  なんとフランは、レーヴァテインを握っていないもう片方の手で私の刀を手掴みしたのだ。

  はぁっ!?

  私の斬撃は例え体が小さくなっても切れ味はほぼ変わらない。実際に刃は手のひらを真っ二つに裂いて、最終的にフランの肘までめり込んだ。

 

  しかし、止められた。

  まるで裂けるチーズのように肘から先が二つに分かれた腕で、彼女は私の刀をがっちりと挟んでいる。

 

「このっ、放せ!」

「イヒ、イヒヒッ! 【フォーオブアカインド】ォッ!」

 

  フランがそう叫ぶと、フランの影から彼女そっくりの分身が三つ、出現した。

  それぞれの手には赤く燃える大剣——レーヴァテインの姿が。

 

  しまった!

  必死に刀を引き抜いて下がろうにも、中途半端にフランの再生が始まったせいで腕にめり込んでいて抜けない。

  そして抜きだそうとして失敗した時間は、短いようでフランの分身たちがそれぞれレーヴァテインを振るうには十分な時間だった。

 

  三つの鈍い音とともに、視界が紅で埋め尽くされる。

  果たして視界を染めているのは炎か、それとも……血か。

 

「ぐあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

  三人のフランの斬撃が、私の体をえぐりだし、臓器を燃やし尽くした。

  凄まじい勢いのまま数回転しながら地面に転がり落ち、体を痙攣させて私はそのまま動かなくなる。

 

『楼夢!』

「ルー、ミア……幻影魔法を……早くっ」

「っ、わかったわ! ——【イリュージョンシャドウ】!」

 

  フランが確実に私を殺すため、レーヴァテインを振り下ろす。それは私の体を真っ二つに砕いた——ように見えてることだろう。

 

  妖魔刀の姿のルーミアが唱えた魔法はフランの視界に幻を見せる類のものだ。これでしばらくは持つだろう。もっとも、戦闘中は幻を見せるのに集中できないから、今の私たちには時間稼ぎにしかならないだろうけど。

  改めて、傷を見てみる。

  体には大剣で切られた跡が()()、クロスするように刻まれていた。そのあとに焼かれたので出血は最初以外ほとんどしてないから血が足りないなんてことにはならなさそうなのが幸いだ。

 

  しかし、一番の幸いはやっぱりこれだろう。

  本来、私は三人のフランによって三つの斬撃を受けたはずだった。

  しかし、いつも腰にぶら下げている鬼神瓢(きじんひょう)に偶然一つのレーヴァテインが当たったことで、そこだけはほぼ無傷で済んだのだ。

  さすが、剛の一撃にも耐えると言われる瓢箪(ひょうたん)。一体なんの素材でできてるのやら。

 

  さて、これからどうするか……?

  正直もう勝算はほとんどない。魔力と妖力も底を尽きかけてきたし、何より四人も敵がいてはどうにもならない。

  使える武器は神理刀と憎蛭のみ。……いや、一つだけあるけどあれは私が使えるように作られていない。全盛期でもまともに持つことすら不可能な逸品だ。

 

「詰んだかな……」

『そうね……。正直もう無理な気がしてきたわ』

 

  認めよう。フランは強い。

  そして私たちが弱くなりすぎた。

 

  ふと、先ほど私を守ってくれた鬼神瓢が目に映る。

  ……そうだ。どうせ死ぬなら一口ぐらいは。

 

  私は瓢箪の蓋をキュポンと言う気持ちいい音を出して開ける。

  そして、それを一口どころではなく、ラッパ飲みするようにゴクゴクと中身の酒全部を飲み干した。

  そう、()()()()()()()()()

 それがどんな効果を持っていたのかも忘れて。

 

「……ぐっ!?」

 

  突如、私の体が発光し始めた。

  それと同時にフランに刻まれた傷口がみるみるうちに治っていく。そして発光が収まったときには完全に斬撃跡は塞がれていた。

 

  ルーミアが心底驚いた声で私に話しかける。

 

『楼夢、頭から角が……!?』

「……忘れてたっ! この酒対策なしに飲むと鬼神化するんだった!」

 

  そんな重大なことを忘れて飲んでしまったことに頭を抱えたくなるけど、そのとき私は思いついた。

  ……これ、ひょっとしてチャンスじゃないか?

 

「……ルーミア。フランを傷つけられるほどの技はない?」

『……あるけど、発動には人型に戻らなきゃだし、時間がかかるわ』

「じゃあそれをタイミングを見て放って。時間は私が稼ぐから」

『どうやってよ!?』

 

  ルーミアの声が頭で響いた。

  まあ見てなって。

  私は床にへばりつく血で魔法陣を地面に書き、魔力を流して()()()を召喚した。

 

『……これは!?』

「さぁて、これで最終決戦だ。終わらせてあげるよ、フラン!」

 

  召喚に従い、切り札が突如空中に出現して地面に突き刺さる。それだけのことで衝撃波が発生し、床にいくつもの亀裂がはしった。

 

  私はそれを両手で握ると、フランへと再び挑みに行くのであった。

 

 





「どーも、ファストフードは大好きですが、その後必ずお腹を壊す作者です」
「俺の胃はあらゆるお菓子を吸い尽くす。意外に甘党な狂夢だ」


「そういえば私最近f●teをアニメで見てるんですよね」

「遅すぎねえか? ステイナイト放送されたのいつよ?」

「2004じゃなかったですかね?」

「ていうかそんなビッグタイトルなアニメ今まで見てなかったことにびっくりだわ」

「私だって見逃しているアニメくらいありますよ」

「ちなみにオーバー●ード二期は来週で最終回らしいな」

「……一週間の楽しみがまた一つ減った……」


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そして、少女は星に願う

 

 

「繰り返し言うけど、私の切り札は時間がかかるわ。でも発動すれば分身一体は確実に消滅するくらいの威力は保証する」

「そこは本体に当ててほしいよ」

「うっさい。貴方がその物騒な物でなんとかしなさいよ」

「無茶言わないでよ。全盛期の頃でも扱うどころか持つことすらできなかった武器なんだよ? 鬼神化した状態の筋力をさらに強化魔法三つで数十倍にしてやっと持つことができたんだから」

「それ作ったのどんな奴よ」

「ただの馬鹿」

 

  心の奥底から思っている、奴の特徴をルーミアに告げた。

  さて、そろそろ行きますか。

  召喚した例のブツを肩に担いでゆっくりとフランが待つ戦場へと戻って行った。

 

  と同時に後ろから妖力が高まる気配が感じられる。ルーミアの奴も切り札の準備をし始めたようだね。

  そのせいでフランへの幻術が解けちゃったけど、問題ない。

 

「おっらァァァァァァ!!」

 

  フラン四人が気付く前に先手必勝!

  どれが本物かわかりずらいけど、本物には腕にあのあと神理刀を無理やり抜いた跡があるので間違えることはない。

  空高く跳躍したあと、両手で握る()()()()を力の限り振り下ろした。

 

  四人の内の一人がレーヴァテインを横にして掲げ、防御の体勢をとる。

  しかし次の瞬間、ありえないことに、レーヴァテインが鈍い金属音を出しながら砕け散った。

 

  そして、遮るものが何もなくなった刃の牙が、目の前のフランを歪に両断した。

 

「……へっ? あ、あぁぁ……ぁ」

 

  か細い悲鳴をあげたあと、体が右と左に半分ずつ分かれたフランがゆっくりと地面に倒れ、血の池を作り出す。それっきり、そのフランは動くことはなかった。

 

「まず一体目!」

「……ヒッ!?」

「アリエナイ、何ナンダソノ武器ハァッ!?」

 

  その無惨な光景を見て、二人のフランが絶叫をあげる。

  そしてその状況を作り出した武器を、私はちらりと見つめた。

 

  まず、それを一言で言うなら巨大な大太刀。

  柄も合わせて全長四メートルほどあるそれは、明らかに私の体と釣り合っていなかった。

  しかし、それが大太刀と呼べない要素は一つ。刀身が分厚く、鮫肌のようになっているのだ。

  まあ、こんなものは刀じゃないしね。

  この武器の刀身は、八百万もの刀身を溶接させて作られているのだ。そのせいで横幅も人間のそれよりも大きく、触れただけで手が串刺しになる。

 

  そんな人間じゃ作れないような武器の名は——【八百万大蛇(ヤオヨロズ)】。

  かつて時空の破壊神が月に攻め入ったときに使われた、ただの処刑用具だ。

 

  そんな最強クラスの武器を私は両手で握りしめ、まっすぐに構える。

  私がこの武器を使えなかった理由は一つ。重すぎて持ち上がらなかったからだ。

  八百万大蛇を作るのに使われた八百万の刃はただの金属じゃない。それぞれ全てがオリハルコンやミスリル、アダマンタイトなどという伝説級の鉱石で作られているのだ。

  それほどまでのものを大量に使われたこの武器の質量は、およそ五トン。この世で扱えるのは持ち主の狂夢か剛くらいだろう。

  でも今の私は鬼神化している。この筋力なら八百万大蛇を振り回すことはできる。

 

  フランたちは八百万大蛇が放つ濃密な死の気配に怯え、空に退避する。

  本来なら八百万大蛇には八百万の刃を伸縮、変幻両方とも自在に操れる能力があるのだけれど、今の私じゃ扱い切れない。

  よって同じように空を飛んで、空中戦へと持ち込んだ。

 

「「「【スターボウブレイク】!!!」」」

 

  上空から、弾幕の矢が雨のように降り注いだ。

  八百万大蛇を装備しているため、私の動きは遅くなっており、回避は不可能。

  そして無数の弾幕が、私の体に打ち付けられた。

 

「ごッ……! まだまだぁ!」

 

  しかし、ここでも鬼神化の恩恵が出ているようだね。

  本来なら一撃食らっただけでも重傷なんだけど、今の私は体も丈夫になっている。それがスターボウブレイクを受けても全身に打撲された跡のようなアザができるだけという結果を作り出してくれた。

 

「がぁぁぁああ!!」

 

  気合の雄叫びをあげながら、私は二人目のフランへと八百万大蛇を横薙ぎに振るう。

  そしてまたもや鈍い音とともに、レーヴァテインが砕け散った。

 

  そのとき、背中に鋭利で高温なものが体を貫通した感覚を味わった。

  痛ァァァッ!?

  後ろを振り返れば、三人目のフランが私にレーヴァテインを突き刺している姿が。

 

「邪魔だぁ! 【空拳】!」

 

  体に奔る痛みに一瞬我を忘れた私は、武器を握る左手を離してフランへ空気を纏った拳を叩きつけた。

  色々な物を潰した感覚とともに、三人目のフランの腹には大きな穴が空く。

  そして血と臓物を吐き出しながら苦しむ彼女の首をすぐさま八百万大蛇で刎ねた。

 

「二人目ェッ!」

 

  息が上がっているにも関わらず、自分を鼓舞するために大声を張り上げる。

 

  私が圧倒できているのには理由がある。

  ガキの喧嘩で一番重要なのは、力が強いかどうかだ。

  お互い避けることもしないし、ただ殴り合うだけ。そんな状況ではもっとも攻撃力が高いやつが有利になる。

 

  私たちの今の状況も同じことが言える。

  フランは戦いの素人だ。それでも私を圧倒できたのはその身体能力ゆえ。

  じゃあその身体能力で相手が上回っていた場合、どうなる?

  答えは簡単。

 

「ァァァァァァアアアアアア!!」

 

  先ほどレーヴァテインを砕かれたフランが、叫びながら拳を私に叩きつけてくる。

  もちろん、そんなものわざわざくらおうとは思わない。八百万大蛇を盾のように構える。

  そしてフランの拳が八百万大蛇に叩きつけられた。その衝撃波でガレキが吹き飛ぶが、私はビクともしなかった。

 

「なっ、なんで!?」

「当然だよ……今の私は、貴方より強いもの!」

 

  飛び散った血を体に浴びながら、私はフランに事実を告げる。

  あーあ、それにしても私の剣を殴ったせいでフランの拳が酷いことになっちゃってるよ。針山地獄を素手で殴るのに等しいしね。

  私はそのまま強引に剣を振るい、最後の分身を一文字に両断した。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

  肩で息をしながら、残り体力の確認をする。

  ……そろそろ限界が近いかも。

  でも残りは本体のみだ。本体なら一撃で即死することはないだろうし、遠慮はしない。

  ふと血まみれになりながら倒れている三つの分身を見てみると、体から煙のようなものを噴き出しながら徐々に消滅していった。いくら本物同然に動けたとしても、その末路は所詮分身ってことか。死体すら残すこともできずに消えていくそれらを眺めていると、少し虚しさを感じた。

 

  そうやって思考しながら息を整え、次に飛び出す力を溜める。

  残念ながら、今回の戦いで霊夢の援助は期待できない。魔理沙に口上として助けを呼ばせたけど、ボロボロのパチュリーを担いで霊夢を探すのにどれほどの時間が必要なのか。

 

  だから、これでケリをつける。

  幸い、相手はもう本体一人。さっきまでよりは楽なはず。

  私は八百万大蛇を握りしめ、一気に勝負を決めに飛び出した。

 

「【カゴメカゴメ】ェッ!」

「なっ、これは……?」

 

  絶叫にも似たフランの声が響く。

  そして放たれた弾幕に私は驚いた。

 

  今放たれた弾幕は、私にすぐ襲いかからず、私の周囲を飛び回る。そして完全に囲い終わったとき、弾幕の鳥かごが作られた。

 

  明らかに今までとは違う攻撃。それを見て私は、フランが戦いの中で成長しているのを感じた。

  狂気に呑まれてるように見えて、必死に私を倒す方法を考えていたらしい。そこは見事と称賛しよう。

  でも、まだ足りない。

 

  私は人間の横幅よりも広い横幅を持つ八百万大蛇を盾のように前に構えて、弾幕の壁を無理やり押し通る。

  なんかBB弾のマシンガンをバケツを被って防いでる気分だ。

  連続で絶え間なく衝撃がくるから頭がガンガン揺れる。

  というか痛い! 誰だこの作戦考えたやつ!? もうちょっとスマートに抜け出せるの考えろよ!

  ……考えたの私でした。

 

  そして弾幕の檻から抜け出した私は、フランめがけて大剣を振るう。

  フランもそれに合わせてレーヴァテインを振るい、再び金属が砕ける音が聞こえた。

  これで、フランの武器は何もない。

  私は容赦なく、大剣で叩き潰すように攻撃を繰り出した。

  それが、()()()()()()()()()()()()

 

「キュッとして——」

「ッ!?」

 

  急激に高まったフランの妖力に驚き、とっさに大剣を引き戻してその後ろに隠れるように構えた。

  そして、フランの悪魔の呪文が唱えられた。

 

「——ドカーン!」

 

  その呪文を聞いた瞬間、私の右手首が爆発とともに弾け飛んだ。

 

「ぐっ……ああっ!」

 

  その痛みに耐え切れず、短い叫び声をあげる。

  でも、それより八百万大蛇が重い!

  右手首がいかれたせいで、五トンを超える質量が一気に反対の左手首にかかった。

  そして片手ではそんなもの到底支えきれず、八百万大蛇を手から落としてしまう。

 

  巨大大剣が床に突き刺さり、轟音とともに巨大クレーターが出来上がる。

  それを見たフランは勝利を確信したようで、

 

「アハッ、アハハハッッ!」

 

  高らかに、狂気の咆哮をあげた。

  まさか、手首を狙われるなんて思ってなかった。これは私の落ち度。

  でもねフラン、油断大敵だよ?

 

「アハハハッ——なっ!?」

 

  私はフランに急接近すると、後ろに回り込んで彼女を羽交い締めに拘束した。

  ぐぐぐっ、この怪力娘め!

  でも筋力は私の方が上。絶対に、離さない!

  そして私は、後ろで待機していた仲間に大声で呼びかけた。

 

「今だよルーミア! 私ごとフランをやれ!」

「言われなくても——そのつもりだったわよ!」

 

  えっ? 言われなくてもやるつもりだったって? 待て待て、まだ心の準備が!

  そんな心の叫びも虚しく、ルーミアには届かなかった。

 

  ルーミアはダーウィンスレイヴ零式を槍投げのように構える。

  すると漆黒の闇がダーウィンスレイヴを包み込み、地獄の槍へとそれは形を変えた。

 

「【レイ・オブ・ダークネス】!!」

 

  暗黒の槍が、黒い閃光のように一直線に放たれた。

  その延長線上には私とフランの姿が。

  そして閃光がフランの胸——メヒャドによって癒えない傷をつけられた跡に吸い込まれ、その先にある全てを貫いた。

 

「……ア、アァッ、ぁ……」

 

  翼に入っていた力が抜け、フランは空中から落下していく。そして背中から土がむき出しになった床に落ち、倒れた。

 

  そして私はというと……。

 

「——死ぬかと思った……!」

「ちゃんと助けてあげただけマシでしょ?」

 

  ルーミアのすぐ横で、肩で息をしながら膝をついていた。

  そしてルーミアも「ダルい……」と一言つぶやき、仰向けになって倒れる。

 

  あのあと何が起きたかと言うと、私はルーミアによって助けられたのだ。

  私はフランを羽交い締めする際彼女の後ろにいたため、フランの影が私にできていた。それが私を救ってくれた。

  【バニシング・シャドウ】。全盛期のルーミアが移動する際によく使用していた技で、影がある場所にならそれを伝って一瞬で移動できる。ルーミアはそれをレイ・オブ・ダークネスを放った直後に使用して、私を影に呑ませることであの一撃を避けたのだ。

 

「……それで、あれはどうなったの?」

「……生きてるね」

 

  ゆっくり、ゆっくりと。

  焦点が合っていない目で、フランは立ち上がる。そしてその顔を私たちの方に向けた。

 

  ……やれやれだよ。

  神力を使い、やられた手首を癒す。魔力は身体能力強化でほぼ使っちゃってるし、効果は魔法の方が高いんだけど仕方ない。

  それでも傷跡が多少残るぐらいにまで回復したので問題はないね。

  先ほど落とした八百万大蛇が突き刺さっている場所まで歩いて行き、それを引き抜きながら私は口を開く。

 

「……それで、もう正気に戻ってるんでしょ? だったらなんであそこまで狂気に縛られていたのか教えてほしいな」

「……私、四百年以上地下室で監禁されてたの」

 

  はっきりと意識を取り戻したらしいフランが、ポツリと呟く。

  そして、彼女の今までの生が明かされた。

 

「私は【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】を持ってるの。それが昔暴走しちゃって……お父様とお母様を殺しちゃった」

「それは……」

「それを恐れたお姉様は、私を暗い地下室に閉じ込めたの。それっからだったかなぁ、目につくもの全てが憎かったのは」

 

  なるほどね。

  妖怪とはいえ、幼少期というものは存在する。

  フランはその幼少期から今に至るまで、長い間狂気とともに、まるで臭いものには蓋をするように監禁されていたのだろう。

  そりゃ、狂っても仕方ない。

  臭いものと長時間いれば臭いが染み付くように、狂気と時間を過ごせば過ごすほどその深淵に引きずり込まれていく。その結果があのザマだ。

 

「地下で過ごしていく内に、声が聞こえてくるの。壊せ、壊せって。気がついたら、もう一人の私が心に巣食っていた」

 

  気に食わない。実に気に食わない。

  フランを閉じ込め狂気に染めたフランの姉とやらが。

  でも、今は老ぼれとして若い者を正すのが先だ。

 

「だからね……もう私に近づかないでっ。今は大丈夫だけど、これ以上近づかれたら……もう一人の私がお姉さんたちを壊しちゃう!」

「……残念ながら、それはできないよ」

 

  一歩踏み出す。

  同時に弾幕が、私の頬スレスレを通過した。

 

「お願い……お願いっ。もう何も壊したくない……!」

「ここで退いたら二度と貴方を救うことができなくなる。私はね、他人なら誰が死のうと関係ないけど、子どもがつまらないことで死んでくのが何よりも許せないんだよ!」

 

  ふと、脳裏に浮かんだのは神楽の兄の姿。

  神楽より強く、神楽より頭が良く、神楽より明るかった。だが死んだ。交通事故というつまらない理由によって。

 

  子どもがいつまでも泣くんじゃないよ。

  悲しみを背負うのは大人で十分。

  ガキは無邪気に、笑っていやがれ!

 

  力強く、一歩を踏み出して走り出す。

  そして弾幕の嵐が私を襲った。

  しかし、それを避ける避ける。その度に体がスパークし、電流が地面に奔った。

 

  ——【帯電状態(スパーキング)】。

  体に電流を流し、身体能力を強化する秘術。だけど、雷に耐性のない私は使用中高圧の電流に体を蝕まれ、激しい痛みを受け続けることになる。

  でも、これを使用してまで戦う価値がこの戦いにはある。

 

  四つの身体能力強化の術式を使った私は、フランの雑な弾幕ごときじゃ捉えられない。

  その姿、まさに電光石火の如く。

  そして、フランとの距離が数十メートルほどにまでなったとき、フランが一撃必殺の能力を発動する構えをとった。

 

「やめてェェェェェッ!!」

 

  フランの叫びとは逆に、彼女は開いた手を握り潰して能力を発動した。【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】が私を襲う。

  しかしこのとき、私も同時に能力を発動していた。

  【形を歪める程度の能力】。

  本来ならなんの役にも立たないこの能力は、実は概念にも干渉することができる。前の能力がそうだったので、それだけは変わらないはず。

 

  そしてフランの能力がどのようにものを破壊しているのかもだいたい想像がついた。何度も見たり食らったりすれば当たり前だけど。

  フランはおそらく、ものの核を破壊するスイッチを擬似的に手のひらに出現させ、それを握りつぶすことでものを破壊しているのだ。

  なら、その核を発動するためのスイッチを歪ませたらどうなるか?

  私の予感は見事的中し、スイッチを失って狙いを定められなくなったフランの能力は、見当違いのものを破壊するだけで終わった。

 

「えっ?」

 

  フランがありえない、という表情を浮かべる。そして動揺によって、放たれていた弾幕の嵐がピタリと止んだ。

  さて、ここからが私のターンだ。

 

  私は八百万大蛇を天に掲げる。すると青白い巨大な刃が出現した。

  私の十八番【森羅万象斬】。しかし、私の技はまだ続く。

  そのまま大剣を天に掲げていると、今度はどこからともなく大量の雷が出現し、青白い刃へと集中していく。

  そして激しい音とともに、雷の刃が完成した。

 

  これが、これこそが森羅万象斬を超える究極の一撃——

 

「——【天地雷鳴斬】!!」

 

  気づけば、フランは目を閉じていた。

  まるで祈るように。己の罪を懺悔するように。

 

(ああ、やっと死ねる……次は()()()()に生きたいなぁ……)

 

  そして、青白い雷が天から落とされた。

  それは床に突き刺さると同時に地を二つに両断し、その余波で放たれた電流の雨はあらゆるものを焼き尽くす。

 

  しかし、落雷が突き刺さったのはフランの真横だった。

  つまり、私の大剣は彼女に当たっていなかったのだ。

 

  何秒経っても訪れない死に、フランは疑問を持ち、ゆっくり目を開ける。そこにあった私の顔を見て、かすれるような声で問う。

 

「どう、して……?」

「……貴方が考えてること、だいたい予想はつくよ。でも私は貴方に生きて欲しいと思う」

「なんでなの……っ? 私とお姉さんは今日会ったばっかで……」

「そう、貴方と私はほぼ他人。そして私は他人に抱く情はない」

 

  でもね、と私は付け足す。

 

「私は悲しみを抱いたまま成長できずに大人になった者の末路を知っている。そして貴方はそれに似てただけ。でも、それだけで十分なんだよ、私がお節介を焼くには」

 

  白咲神楽。

  フランと彼は、違う悲しみを背負っている。でも、幼いころから孤独を味わっていったのは同じだ。

  そして神楽は大人なるまでずっと孤独だった。あの二人と出会ってマシにはなっていたけど、そのときには全てが遅い。

  結局、孤独とともに育った者に大切なものを守ることなどできやしない。元より他人を守る術なんて持ち合わせてないのだから。

 

  この先フランが成長していくと、確実に彼のような大人になるだろう。

  そして大切なものが出来たとしても、守り切ることはできない。

  私は、子どもがそんな末路を迎えるのが嫌いだ。

 

「フラン、貴方はまだ若い。その狂気だって吞み込むこともできるさ」

「無理だよ。私じゃアイツに……もう一人の私には勝てない」

「どっちもフランなんだよ、その子も。例え貴方を傷つけても、願ってることは同じはずなんだよ」

「願い……」

 

  そう、心の奥底で思ってることは同じ。

  私と狂夢のように……。

  ……あれ? 私とあいつが意見合ったことってあったっけ?

  いや、それ以上は考えちゃいけない。特にフランがいる前では。

 

「私……お外に出たいな」

「それが、フランの願いなんだね?」

「うん……。よく考えてみれば、もう一人の私もよく外のことを話してた。内容は外に出て殺し回りたいとかばっかりだったけど……それでも、外に出たかったことに変わりはないと思うの」

 

  私を含め他人にとっちゃ小さな願い。でも、彼女にとっては大きな願い。

  私はそれを素晴らしいと思う。

 

「でも、お姉様が許してくれないから……無理かな?」

「どうして駄目なの?」

「えっ?」

 

  やっぱり、ここでもフランは姉の話を出してきた。

  だからこそ、私ははっきりと言った。

 

「嫌だったら従わなければいいじゃない。別に姉は姉であって、フランはフランなんだから」

「……あっ」

「ふふっ、ようやく気付いたみたいだね。貴方に姉の命令を厳守する義務はないことに」

 

  それに気付けただけでも一歩前進だ。

  ……私の考えは間違ってるのかもしれない。実際にそうやって親に縛り付けられるが外の世界の世間では正しかった。

  だ、け、ど。

  私はこの生き方に後悔したことはない。生意気だとか理不尽だとか言われようが、私は私を貫き通してきた。

  なら、私が伝えられるのはこの生き方だけだ。

 

「あはっ、あはははは!」

 

  フランが初めて、無邪気な笑顔を私に見せた。

  ふふっ、笑えばやっぱり可愛いじゃん。

 

「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろ? でも、教えてくれてありがとう、お姉さん。()()()からお礼を言うね」

 

  ……私たちってことは……。

  まったく、今礼を言ったのはどちら何やら。それとも両方かな?

 

「それじゃあ、早速外に……っ」

 

  そう言ってフランが歩こうとした瞬間、彼女は疲労でバランスを崩して、地面に倒れこんでしまった。

 

「今は駄目だよ、フラン。まずは怪我を治して貴方が元気にならなくちゃ」

 

  私はフランに向けて神力での回復術式を発動する。

  いや、正しくは時間回帰の一種かな?

  戦闘中は術式を練る時間なんてなかったけど、今は別。久しぶりに私の知る限り最高の回復術式をフランにかけてやった。

 

「完治ってわけじゃないから、無理しちゃ駄目だよ。そのうち私もまた来るからさ」

「……うん。 約束だよ、お姉さん」

 

  その言葉を最後に、フランの意識は沈んでいった。

  その頭を、私はしばらくの間撫で続けるのであった。

 

 






「8000文字突破! 上手くまとめられず、今回はメッチャ長くなりました! 作者です」

「登校日にチャリで本巡り回って、結局目的のものが見つからずにネットで渋々ラノベ買った作者を見ていた狂夢だ」


「さて、今回は狂夢さんの武器【八百万大蛇】が久々に登場しましたね」

「まさかアレを楼夢が振り回すときが来るとは……」

「とはいえ本来の能力は発揮できませんでしたけどね」

「そういえば作者って最近昔使って一度切りになってる技とかよく使うよな?」

「ああ、あれですよ。この小説が処女作なんで、昔の私は後先考えずに技作りまくってたんですよ。それらをなんとか消費したくて無理やり使ってます」

「無駄に新技出すのは今も変わらんだろ。今回の戦闘で登場した【ズッシード】とか今後いつ使うんだよ?」

「あれは私のオリジナルじゃなくてドラ●エの呪文なので大丈夫です」

「……基準がわからねェ……」


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異変後は温泉と酒に限る

 

  フランが寝たあと、私は彼女を地下室のベッドに運んだ。

  できればもっと別の場所で寝かせてあげたかったけど、私はここに詳しくないので仕方ない。

  それよりも、フランが今日のことを夢だと思わないために、フリルのついた白いナイトキャップのような帽子を彼女にプレゼントしておいた。まさか紫へのプレゼント候補として買い溜めしてたものがこんなところで役に立つとは。

 

  そして現在、私たちは壊れた図書館の床に寝転がっている。

  床や壁はもう原型すらないほどの壊れようなのに、張ってあった結界のおかげで天井とかは無事なのはちょっと変な感じだ。

  そんな天井を見つめながら、私は隣で寝ている人物に訊ねた。

 

「さて、これからどうする、ルーミア?」

「……決まってるでしょ。逃げんのよここから。これだけ荒らして、あまつさえここの館の主の妹を殺しかけたなんて知られれば、どんな報復を受けるかわかったもんじゃないわ」

「まあ、私は娘たちや紫に保護してもらうとするよ。二つの巨大勢力が圧力をかければ私に害はないでしょ」

「いいわね、分厚い後ろ盾があって。そんなものない私はしばらく身を隠す日々が続きそうだわ」

 

  そうルーミアが皮肉を告げると、私のケモミミがこちらに大急ぎで向かってくる足音が聞こえた。

  まずい……この地面が割れるかと錯覚するほど大きい足音は、とても人間の脚力で出せるものじゃない。

  ということは、こっちに向かって来てるのは……。

 

「ルーミア、ここの主がこっちに向かってくるみたい! さっきのやつでなんとかならない?」

「無茶言わないでよ! 妖力切れで動くことすらままならないんだから!」

「私のやつ分けてあげるから、早く!」

「……ああもう、やればいいんでしょ!? ——【バニシング・シャドウ】!」

 

 

  ルーミアがそう吹っ切れた声で叫ぶと、ルーミアの体が影に沈んでいく。

  急いで私は彼女の手を握り、残りカスのような妖力を全部ルーミアに注いだ。そのとき、妖力が満たされたことで影が私の体をも吞み込む。

 

 

  そして、次に目を開けたときには、私たちは大きな湖の前にいた。

  妖精が湖のあちこちに浮かんでいるのを見ると、ここは霧の湖かな。

  というか霊夢にやられた妖精たちまだ気絶してたんだ!?

  もう結構な時間が経ってるはずなんだけど。

  推測するに、赤い霧で環境が突然変わったせいでいつものように復活することができないのだろう。妖精は不死身だけど、それは自然環境があるからこそなんだし。

  でもまあ、その問題も時期に解決するかな。

 

  空を見上げると、赤い霧がどんどん消えていくのが見える。

  どうやら霊夢が無事やってくれたようだ。

  そして、霧が完全に消えたとき、月の光が夜の霧の湖を照らし出した。

 

  その光景に、少し見惚れてしまった。

  長らく外の世界にいたので、自然の美しさを久々に見たからだ。

 

「……いい月だね」

「……ええ。そしていい夜ね」

 

  妖精がまだ復活してないこともあり、霧の湖は珍しく静寂に包まれていた。

  この景色をもっと見ていたい気もするけど、そろそろ帰らなくちゃね。なにより弾幕ごっこのルールを破ったことで紫からお咎めが来るかもだし。

 

  そんなことを考えてると、ふと思った。

  ……ルーミアってどこに住んでるだっけ?

  気になったので、単刀直入に聞いてみた。

 

「ねえ、ルーミア。そういえば貴方ってどこに住んでるの?」

「……」

 

  その問いに対してのルーミアの答えは、沈黙だった。

  まさかこいつ……!?

 

「……野宿、とか?」

「っ!?」

 

  あ、これ図星だわ。

  プルプルと顔を赤くしながら震えてるのを見れば、誰だってわかる。

  いやでもまあ、意外だったよ?

  だって火神はアレで世界一の財産を所有している妖怪なんだぜ? 超古代から貯めに貯めた宝石、魔剣、芸術品その他もろもろの所有額は、我が白咲家の総財産を軽く上回っている。

  そんな金持ちの化身の彼女が野宿してるなんて、誰が予想つくだろうか。いやまあ、奴の性格をよくよく考えればすぐに察せるんだけど。

 

「火神の性格上、私に財産預けるわけないでしょ!? ああ見えてアイツメッチャケチくさいのよ! 昔旅してたときだって、一食私が食べるだけで金が金が言うんだもの!」

「いや、確かに火神ならやりかねないけど、最後のは確実にルーミアが悪いと思うよ? 貴方ってどこぞの野菜宇宙人並に食べるんだもん」

「うるさいうるさい! お山の頂上にでっかい屋敷建てて贅沢な暮らししてる貴方にはわからないわよ! 今の私の惨めさが! 二日に一回人間食べれるかどうかの貧乏暮らしを、貴方はしたことがあるの!?」

 

  お、おう……。

  そう言われると何も返せないな。

  だって私、貧乏暮らしとはほとんど縁ないもん。生まれてすぐに永林の助手として働いてたときは内容はブラックだったけど、給料だけは異様に高かった。

  その後の人類がいなくなったあとの世紀末時代が始まったときには既に私は強かったし、生存競争で負けることはなかった。

  そう、その後人類がまた出現してから今に至るまで、確かに私は貧乏暮らしというのを経験したことがない。

  蛇足だけど、神楽は普通に貧乏暮らししてたけどさ。

  でもまあそれは私に関係ないこと。

 

「そ、それならうちで何か食べてく?」

「ふんっ、敵の施しを受けるほど落ちぶれちゃ——」

 

  そのとき、ギュルルルという音がルーミアの腹から聞こえた。

  ……あ、やっぱお腹減ってんすね。そうっすね。

  私は微笑ましい笑顔をルーミアに向けた。

 

「そ、そのムカつく笑みを今すぐ止めなさい! ぶっ殺すわよ!?」

「うんうん、わかってるよ。お腹が減ってるんだね? 飴ちゃんあげるからおじさんについてきなさい」

「少女攫う誘拐犯みたいなセリフもやめろ!」

 

  あら、ルーミアって意外といじると可愛い?

  ムフフ、そんな反応されるとこっちもいじめたくなっちゃうなぁ。

  でもまあ、ダーウィンスレイヴ零式まで取り出してきたからここまでにしておこう。

  決してあの禍々しい剣にビビったわけじゃない!

 

「でもさ、火神だって私と酒飲むことはそう珍しくないよ? 第一、私たちの出会いは飯の奪い合いから始まったんだから」

「ぐぬぬ……! わかったわよ、そこまで言うならついて行ってあげるわ!」

「あ、やっぱやめよっかな? ルーミアも乗り気じゃないみたいだし」

「本当は行きたいですごめんなさい!」

 

  くっくっく。

  あのルーミアをここまでいじめられるなんて、気持ちいいィ!

  火神がそばに置く理由もわかるわ。大人っぽい口調と子供っぽい仕草のギャップ、そしていじめればいじめるほど、叩けば叩くほどいい声で鳴き、響くんだもん。

  そう、ルーミアは天然のMだったのだ!

  ……本人は気づいていないようだけどね。

 

  閑話休題。

  私は再び、ルーミアがうちに来るかどうかの話に戻した。

 

「それで、ルーミアは私の家に寄ってくってことでいいんだね?」

「ええ、そうさせてもらうわ。でも、せっかく寄るんだし豪華なものが食べたいわね」

「任せておきなさい!」

 

  ほんと、人の家に食べに行く癖に豪華なものまでねだるなんて……。

  まあ、そこが彼女らしいんだけど。

  ふふふ、でもまあ問題ない。白咲家の料理の腕前、とくとご覧にいれようぞ!

  ……なお、作るのは私ではない。

  私が料理する時代は終わったのだ……。

  さあ美夜、君に決めた!

  私はこれから食べる専門の道を歩いていくよ。

  働かないってサイコー!

 

 

  ♦︎

 

 

「……ふぃ〜……。食った食った……」

「ええ、久しぶりに満腹まで食えたわ」

 

  ルーミアを連れて屋敷に帰ると、待っていたのは豪華な和食と、それを作っている美夜だった。

  どうやら異変解決終了ということで少しハメを外したらしい。

  でも、次にルーミアの姿を見たときのあのヒステリックな叫びは一生忘れられないよ……。

  挙げ句の果てには裏で「どうしてこんな日に連れてきたんですか!?」と本気で泣かれた。

  ……うん、まあ確かに出された料理の半分はルーミアに全部食べられたけどさ。それで娘たちと私の料理が圧倒的に足りなくなり、美夜が再び台所へ半泣きになりながら戻って行ったのは記憶に新しい。

 

  そして現在。

  私たちは温泉に浸かっていた。

 

  ……えっ? 私の性別? 男ですがなにか?

  だぁぁがしかぁぁしっ!

  私は今本格的な男の娘なのだ! 絵的にはなんの問題もないのである! 外の世界でバレたら速攻サツ行きだけど。

  一応タオルは全員巻いてるので許してちょうだい。

 

「というか、なんであんたまで入ってるのよ?」

「この屋敷広さの割に温泉はここしかないんだよねぇ。シャワーとかだったらあるけど」

「じゃあそっち使いなさいよ」

「ここは私の屋敷ですぞ? 横暴せずしてなにが家主か!?」

「……貴方が言ってることたまに理解できないときがあるわ」

「それはカルシウムが足りないからだよ。牛乳飲まなきゃ」

「それで伸びるのは身長でしょうが! というかそれは成長期とっくに超えた私をおちょくってるの!?」

「なに言ってるの? 当たり前じゃん」

「じょぉぉとぉぉだワレェェ! 表出ろやぁ!」

 

  とまあこんな風に、私たちは相変わらずドタバタな関係が続いている。

  でも、正直全盛期のころよりはいい関係だと思う。おそらくだけどルーミアも私と同じように思考が幼児退行しているのだろう。本人は気づいてないみたいだけどね。

 

  さて、私とルーミアの混浴。実はもう一つ問題点がある。

  それは、この温泉に浸かってるのが()()()()()()()()()ことだ。

 

「まあまあ楼夢。そんなガキはほっといて、私と一緒に遊びましょ?」

「あらあら、若返ったのが羨ましいのかしら? これだからオバさんはやねぇ……」

「ガキにまで戻るなんてごめんよ。そんな体じゃ貴方のご主人様を堕とすことなんて夢のまた夢ね」

「そんな貴方こそ、オバさんじゃそこの楼夢は堕とせないわよ。オ、バ、さ、んじゃね?」

「……」

「……」

 

  お、おう……。

  あかんわこれ。一触即発の雰囲気やわ。

 

  見ての通り、この温泉に浸かってたもう一人は紫だった。

  どうやらこの二人、どこかで戦ったことがあるらしく、相当仲が悪い。

 

「そもそも貴方がそんな姿なのは私が勝ったからなのよ? 負け犬は大人しく負けを認めなさい」

「三対一で囲んできたくせによくも自分の手柄扱いできるわね? あのとき一緒にいた巫女がいなければ、死んでたのは貴方じゃない」

「あらあら?」

「あっ?」

 

  やめて! 仲良くしてぇ!

  私はお湯に顔を半分以上沈めると、ゆっくりと外に出ようとする。

  退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神でやってる私もこのときばかりは逃げさせてもらおう。だって怖いもん。

  だが、反対側の端までたどり着いた私の肩を何かが掴んだ。振り返ってみると、スキマから飛び出た紫の手が。

  ……あ、詰んだ。

 

「あら、楼夢。まだのぼせるのは早いんじゃないかしら?」

「いやぁ、私はもう十分浸かったし……」

「まだ早いわよね?」

「……ハイ、まだ浸かってます」

 

  結局、その後も二人の口論は続いた。

  私がようやく出れたのは、あれから一時間後だった。

  そのとき、私は誓った。

 

(もう二度とあいつらと風呂なんぞ入るもんか!?)

 

  自分から入って来て難だけど、このときばかりはこう叫んでも仕方ないと思う。

 

 

  ♦︎

 

 

  深夜。丑三つ時ごろ。

  私たちは屋敷の屋根に座って、月見酒と洒落込んでいた。

 

「ふむ、(みやび)だねぇ……」

 

  そう呟いて、盃の酒に映った月を飲み込むように、酒を飲む。

  隣には紫とルーミア。彼女たちも風流というのをわかっているので、このときばかりは黙っていた。

 

「そうね……横の真っ黒クロスケがいなければだけど」

「そうね……横の紫ババアがいなければだけど」

 

  宣言撤回。

  やっぱこいつらダメだわ。

 

  私が頭を抱えていると、また口論が始まったようだ。

  でも今は深夜。娘たちも眠ってるんだし、ちょっと静かにしてもらおうかな?

  というわけで一瞬だけ殺気を開放。妖力とは関係のない、ただただ恐ろしい圧を持ったそれは、未だ争い続ける二人を完全に押し潰した。

 

「……今は静かにしてもらいたいな。娘たちが起きたら大変だし」

「わ、悪かったわ楼夢……っ」

「ふん、相変わらず性根は変わらないようね……っ」

 

  紫はすぐさま謝罪し、ルーミアはただ悪態をつくだけだった。

  でも、強がっちゃいるけど額の汗は騙せてないよ。

  まあ無理はないんだけど。世界最強の殺気をその身に受けて気絶しない存在が、果たして世界に何人いるだろうか。

  少なくとも大妖怪程度の実力がないと立ってはいられないだろう。

  実際、この殺気って雑魚妖怪に襲われたときに使うとメッチャ便利。

  まあ、効果は大小あるけど誰にでも効く殺虫スプレーって感じかな? ただ、物理的な威力は皆無だから、調子に乗ると最悪正体バレる上にやられちゃうんだけど。

 

「さて、紫。なんか言いにここに来たんじゃないの?」

「……気づいてたのね」

「そりゃ当然。なんとなくでわかったわ」

 

  もちろん嘘です。

  紫は今日みたいにゆっくりのんびり本題を延ばし過ぎるせいでなに考えてんのかわからないときがある。でもそういうときは、カマをかけると90パーセントぐらいの確率でかかるから推測しやすい。

 

  紫はため息をつくと、真面目な顔で私に向き合った。

 

「まず一つ。弾幕ごっこのルールを破ったでしょ?」

「あちゃー、やっぱバレてたか。でもまあ言い訳させてもらえるとすると、仕方なかったんだよ。あの方法以外でフランを止める方法はなかった」

「私を呼んでくれればよかった」

「……呼べたと思うか? それは私の誇りに泥を塗ることになる」

 

  ちょっと強めに紫に言ってやった。

  紫はわかってるはずだ。私たちはそういう生物なのだということを。

 

  強欲、傲慢で体はできている。

  長き道を歩みて、泥を落とすことは許されず。

  孤独の空で刃を研ぎ。

  果てまで己の心を貫くのみ。

  そこに意味もなく、理由もいらない。

  ただ、廃れることは許されない。

  なればこそ、私たちは腐敗の刃でできている。

 

  それこそが私たち『伝説の大妖怪』。

 

「……反省はしない。でもまあペナルティぐらいは受けてあげるよ」

「じゃあ私とデートに……」

「それは妖怪の賢者として関係があることかな?」

「ぐむむ……っ。……はぁっ、なら紅魔の主の妹が二度と暴走しないように調教してほしいわ」

「りょーかい。それとフランは犬猫じゃないんだから、調教じゃなくて育成ね。そこは直してもらわなきゃ」

「わかったわ。それを引き受けてくれるなら、私から言うことはもうなにもないわ」

 

  そう言って紫はスキマを開き、その中に入ろうとする。

  しかしゆかりん、一つ忘れてないか?

 

「二つ目の要件はどこ行ったよ? 一つ目って言うんだから、当然次がなくちゃおかしいでしょ」

「……そうね。じゃあ二つ目。幻想郷では異変解決後に宴会をするのが風習なのよ。というわけで、よければ博麗神社にも今度寄ってくといいわ」

 

  あ、こいつ忘れてたな……。

  それよりも宴会か。霊夢も魔理沙も来てるだろうし、行ってみますかね。

 

  その言葉が本当に最後となり、紫は自分の家に帰っていった。

  そしてここにも帰ろうとする者が一人。

 

「それじゃあ、私も帰るわね」

「どこに帰るのよ?」

「どこでもいいのよ。私は旅する闇の妖怪なのだから」

 

  そのフレーズは初めて聞いたとは言わないでおこう。

  そう言って、ルーミアは闇夜とともに消えていった。バニシング・シャドウでも使ったのだろう。

 

  誰もいなくなった屋根から降りて、私は自室へ向かう。

  そしてベッドに入って目を閉じ、眠りに落ちた。

 

  こうして、私の初めての異変は幕を閉じた。

 

 



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初宴会一の巻

 

 

 

 

「宴会だぁぁぁぁぁ!!」

 

  博麗神社、その境内で、高らかな叫びが木霊した。

  もちろん、私こと白咲楼夢のである。

 

「うるさい!」

「もんぶらんっ!?」

 

  そしてすぐさま霊夢の空中横回転チョップが私の頭をカチ割った。

  すぐさま地面に倒れこむと、転がりながら悶える。

  ……お、おぉ……痛いっ……。

 

「ひ、酷い……っ。空中で回転加えてからの高速チョップなんて芸当、普通だったら死んじゃうよ……っ!」

「自業自得だぜ」

 

  あまりの痛さに涙目になってる私を見て、白黒魔法使いの魔理沙が笑った。

  おのれ、貴様にはわからんのだ! マジで気絶すると思ったんだぞ!

  というか、正直ちょっと死にかけた。

  だって三途の川らしき場所で小町が手振ってるのが見えたんだぞ!? また四季ちゃんのところに逆戻りなんて嫌だからね!

 

「ていうか、気が早いわよ。宴会は夜、今はまだ昼よ」

「まあ知ってたけどさ。それにしても、この神社に宴会を開く予算があったのが驚きだね」

「それはどういう意味かしら?」

「あっ、マジすんませんほんと悪気はなかったというか……ァァアアア!?」

 

  ちょっ、また頭がぁっ!

  霊夢が私の頭部を両拳でグリグリと圧迫してきた。

  というかそのまま持ち上げないでっ!? 体重プラスグリグリで死んじゃう、死んじゃうよぉぉ!

 

  結局、このグリグリ攻撃は霊夢が疲れるまで続いた。

  地獄だった……。一分一分がこれほど長く感じたことはない。

 

  すっかり伸びきってる私を尻目に、魔理沙が話を戻してきた。

 

「でもよ霊夢、本当に宴会用の食材は足りてるのか? とはいえ、宴会開くって言ってるんだから流石に——」

「あら、もちろんあるわけないじゃない」

「……へっ?」

 

  一瞬の静寂が訪れた。

  そして、

 

「おい霊夢ぅ!? どうするんだぜ宴会は!? 言っとくが塩しか出ない宴会は宴会じゃないからな!」

「そもそも、開こうって言ってきたのはあいつらよ。なら食材くらい用意するのが筋でしょうに」

 

  残念ながら、紅魔館はその食材を用意してはいないようだよ。

  あのときフランの部屋に仕込んでおいた極小の蛇型式神の視界から上の様子を観察してみたけど、必要最低限の物しか用意してなかったんだもん。

 

  ……ほんと、仕方ないなぁ。

  私は巫女袖からありったけの野菜を取り出す。

  その量と、何もない空間から突如野菜が出たことの二つに二人は驚き、目を見開いた。

 

「今回だけ、特別にこれ全部あげる。ただし、次からはちゃんと準備してきてね?」

「え、ええ。……ありがとう」

 

  お、珍しく霊夢が素直に礼を言ってくれた。

  いや、よく見ると微妙に恥ずかしがって顔を赤くしてる。

  狂夢ゥ! スクショ撮れスクショ!

 

『あいよ!』

 

  ……ぐえっへっへ。

  孫の恥じらう写真、ゲットだぜ。これは私の秘蔵コレクションに入れておかなければ。

 

  と、私の脳内でそんな高速のやり取りが行われていると、すかさず魔理沙がツッコンだ。

 

「……いやいやそれどっから取り出したんだよ!?」

「それは企業秘密」

「今思いっきり袖から出してたわよね?」

「霊夢のにもできるようにしてあげようか?」

「企業秘密じゃなかったのかしら?」

「霊夢は別だよ。ただし、お代金の代わりはちょこっと払ってもらいやしょうか」

「遠慮しとくわ。妖怪相手に取り引きすると、後々面倒なことになりそうだから」

 

  ちぇっ、残念。

  これで霊夢が頷いてくれたら、『にっこにっこにー』を笑顔満開のフルでやってもらうつもりだったのに。

  さしずめ、笑顔届ける博麗にこにこってところか。

  ……可愛い! ぜひ見てみたかった!

 

「ん、どうしたのぜ? なんか鼻血が出てないか?」

「気のせい気のせい。……ほら、そんなことよりも早く料理でも手伝わなきゃ。なんか足りないものある?」

「そうね。魔理沙、酒頼んだわよ」

「なんで宴会なのに酒すらないんだ!?」

「あ、じゃあこれも追加ね」

「おおっ!」

「楼夢も霊夢を甘やかすな!」

 

  肝心の酒すらなかったので出してみたところ、魔理沙に怒られちゃった。まあ確かに、流石に今回は手出し過ぎたかもしれない。食材を渡すのはこれくらいで、後は神社の掃除でもしてよっと。

  でも、掃除用具がないなぁ。……あっ、あそこにいいものが。

 

  私は縁側にかけてあった箒を取ると、それで境内の掃除を始めた。

  しばらくして、暇そうにしてる魔理沙がやって来て声をかけてきた。

 

「……お前って、妖怪のくせに随分と世話好きなんだな」

「それは違うよ魔理沙。私がこうして掃除をしてあげたりしてるのは、霊夢だからだよ」

 

  そもそも、他の人間、いや妖怪でも私がここまですることはないだろう。やったとしても、永林か紫か剛くらいだ。

  なぜなら、私の誇りが傷つくから。この私がただの人間の手伝いをしてるなんて知られたら笑いものだよ。

  そんな誇りをぶん投げてまで霊夢の世話をしてあげているのは、彼女が血の繋がりはないとしても私の孫だから。

  ……いや、それもあるけど違うか。

  単純に、『博麗霊夢』っていう人間が面白いからやってるのだと思う。それに遊戯だとしても、私に勝ったのは事実。私が彼女の世話を焼く理由にこれ以上の不遜(ふそん)はない。

 

「そうか……」

 

  魔理沙はそう短く言うと、私の方を見つめてきた。

  ……ん、どうやら何か言いたげな様子。魔女帽子を深く被って顔を隠してることから、何か恥ずかしいことなのかな?

 

「その……紅魔館のときはありがとな。礼を言うのが遅くなっちまったが」

「なんだ、そんなことだったの。あれは結果的に魔理沙を守ったことになっただけで、戦った目的は別にあったから気にしなくていいよ」

 

  というか単なる意地だ。

  この私が年下から挑戦されて、逃げるわけにはいかないでしょうが。

  それでも魔理沙にとっては大きかったらしく、先ほどから礼を言うのをやめない。

 

「そういえば、あの後って結局どうなったの? 私は姉とやらに見つかる前に逃げたからそこんところ知らないんだよね」

「あの後か? まず地下室にボロッボロのフラン……だっけ? あいつが寝てるのが発見されて、パチュリー以外の紅魔勢がカンカンに怒ってたな。『犯人見つけたら八つ裂きにしてやる』だってよ」

「よく言うよ。……フランがああなった元凶は姉のくせに」

「ん、なんか言ったか?」

「いや、なんにも。それと情報ありがとね。宴会では気をつけるとするよ」

 

  むきゅリー……じゃなくてパチュリーと小悪魔に顔バレしてるから無駄だと思うけど。

  それに、私からもフランのことで一言言ってやらないと気が済まない。あそこまでフランの闇に踏み込んだ以上、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

  でもまあ、全ては夜だ。あっちが突っかかってくるならこっちも相応の対応をしてやるけど、無干渉を貫くなら私は何も言わない。もっとも、魔理沙の話だとその線はなさそうだけど。

  とにかく、今考えても仕方ない。今は自分の仕事をやろう。

  そう思い、箒を気合一閃。一つ遅れて落ち葉が宙を舞う。

  すると、魔理沙が何かに気づいたようだ。

 

「……なあ楼夢。私の箒が見当たらないんだが、どこにあるか知らないか?」

「いや、知らないよ」

「ちょうど縁側に立てかけて置いたやつなんだよ。でもどこにもなくてだな」

「……知らないよ」

「……ちょっと貸すのぜ」

 

  魔理沙はそう言って私が持っていた箒をヒョイっと取り上げる。そして、私に向けて微笑みを浮かべた。

 

「ど、どうやら見つかったようだね。あは、あはは……」

「お前が使ってただけじゃないかぁぁぁぁ!!」

 

  魔理沙の叫びと同時に、マスタースパークがぶっ放たれた。

  ……オワタ。

 

「あぎゃああああああっ!!」

 

  雑魚敵が言いそうな断末魔をあげながら、私は空の彼方に吹き飛ばされるのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……うう、近距離マスパはダメだって……死んじゃう」

「まだ言ってるのか?というかもう宴会始まってるぞ」

 

  その夜。

  私は未だに痛む体を撫でながら、口をとんがらせた。

 

「それにしても、そのマジックアイテムはなんなの? マスパの大砲みたいになってるようだけど」

「ああこれか。これは『ミニ八卦炉』って言って、古い知り合いに作ってもらった私の宝物なんだぜ」

「いや、これレベルのマジックアイテムを作ったとか、その人何者よ?」

 

  いやだってこれ、私の魔眼【スカーレット・テレスコープ】で解析してみたところ、最大で山一つ焼き払えるほどの火力を放つことができるんだぞ?

  火神が使ったら最悪幻想郷が滅ぶレベルの熱光線が発射されることだろう。もっとも、そこまでの威力にミニ八卦炉自体が耐えられないと思うけど。

 

  私が気になって魔理沙に聞いてみたところ、どうやらその人物は【香霖堂】なる店を営んでいるらしい。

  魔法の森にあるらしいので、今度ぜひとも寄ってみたいところだ。

 

 

  その後魔理沙と数十分駄弁ったところで、私は宴会を見て回ることにした。

  今回来てるのは紅魔館勢と妖精が何匹か。後は……ん、見たことがあるような影が。

  でもまああの子との挨拶は後でにしておこう。何やら紅魔館勢と話し合ってるようだし。

 

  私は霊夢を見つけると、歩いて行って声をかけた。

 

「霊夢ー、宴会はどんな感じ?」

「どうもこうもないわよ。好きに飲んで好きに騒ぐ。それが宴会でしょ?」

「それ外の世界で言ったらぶん殴られるからね? でもまあ、霊夢らしい宴会だ」

「私らしいって何よ」

「そりゃ、自由で楽しいってこと」

 

  そう言って、私は盃を霊夢に差し出した。

  そして霊夢がそれを受け取ると、【奈落落とし〜very easy〜】と書かれたラベルが貼られた瓶を取り出した。

  そしてそれを、霊夢の盃に注ぐ。

 

「さ、これは私からのご褒美だよ。たんと味わってね?」

「頂くわ。……美味いわね、これ」

 

  そりゃよかった。わざわざ狂夢の工場に引きこもって人間用に改良した甲斐がある。

  私は人間用の奈落落としが入った瓶を霊夢に渡した。

 

「それじゃあ、私は宴会を楽しんでこよっかな。その酒は全部あげるから、遠慮しないで飲んでね」

「ええ、ありがたく飲ませてもらうわ」

「お気に召したようで何より。じゃあまた後でね」

 

  そう言って私は霊夢から離れ、次の場所へ向かった。

  とは言っても、目的地は魔理沙のとこなんだけど。

  まあ、魔理沙が二人の妖精たちと話してたから、紹介してもらおうって魂胆だ。

  こちらと目があったので、手を挙げて近づいていく。

 

「魔理沙、そっちの妖精は?」

「ああ、こいつは……」

 

  そのとき、魔理沙の言葉を遮って、水色の髪と氷柱のような翼を持った妖精が高らかな声で自己紹介してきた。

 

「やいお前! あたいはチルノ! あたいとサイキョーの名をかけて勝負しろ!」

「ち、チルノちゃん、いきなり失礼だよ!」

 

  ……うわぁ、こりゃまた随分と濃いやつが出てきた。

  チルノと名乗った妖精がキャンキャン騒いでるのを、隣の緑髪の大人しそうな妖精がなだめている。

  二人の会話を聞く限り、大妖精こと大ちゃんと言うらしい。

 

  しかし、それはどうでもいい。重要なのはその後だ。

 

「……ほう、この私と勝負すると言ってるの?」

「そうだ! さあ、さっさとスペカを構えなさい! あたいのサイキョーの弾幕で氷漬けにしてやる!」

「……いいよ。三枚と二機でいいね?」

 

  よかろう、受けて立とう!

  スペカを取り出した私を見て、魔理沙がお前もかといった顔をしてくる。

 

「勘違いしないでよ。私にだってあの子がただの馬鹿ってのはわかる」

「……じゃあなんで受けるんだぜ?」

「逆に聞こう。挑戦状を差し出されて、魔理沙はそれから逃げることが正しいと思うの?」

「……思わないぜ」

 

  そう、最強というのは逃げてはいけないのだ。

  ゆえに、たとえ相手がライオンだろうが兎だろうが殺す。……いや、比喩だからね? 殺したら私が問題になるわ。

 

「話は終わったみたいね。それじゃ、始めるよ!」

「来なさいチルノ。貴方の挑戦、受けてあげるわ!」

 

 

  そうやってかっこよく弾幕ごっこを始めて一分後。

 

「や、やられたぁ……」

 

  目の前には服がボロボロになって倒れ伏しているチルノの姿が。

  ……いや、確かに私はどんな相手からも挑戦は受けるよ?

  でもこれは……弱すぎでしょ。

 

「ち、チルノちゃん!?」

「大ちゃん……あたいは、もう、駄目みたい、だ……っ」

「チルノちゃぁぁぁぁん!!」

 

  ……ナニコレ。

  なんで御涙頂戴の感動劇になっちゃってるわけ? というか魔理沙も感動のあまり泣くのやめい。いや演技だってのはわかってるけどさ。

  ……はぁっ。

 

「これからは戦う相手を選ぼっかな……」

「それがいいぜ」

 

  私はあまりに酷い弾幕ごっこの結果に、少し無口になってしまった。

  いやでもさ。私スペカ使わないで一分で終わったんだよ? それがどれほど酷い内容だったのは語らなくてもわかるだろう。

 

「……別の場所に行ってくるね」

「ああ。まあその……頑張れ」

 

  すっかりダダ落ちしたテンションのまま、私はここを去るのであった。

 





「春休み終了間際! おそらく次の投稿はもっと緩やかになってると思います。作者です」

「そして未だに宿題が終わってないってすごいな。狂夢だ」


「オー●ーロード終わっちゃったぁぁぁぁ!」

「やかましい! 三期決定したんだからいいだろ」

「これから私は何を見れば……」

「そろそろ春アニメがやってくるだろ。GGOとか。というかその前に宿題しやがれ」

「はーい……」


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初宴会二の巻

「ですから、異変の詳細をですねー」

「さっきから言ってるじゃない。吸血鬼をぶっ倒して終了って」

「それだとネタが薄いんですよ。もうちょっと面白い話はないんですか?」

 

  むむっ、行ったり来たりで霊夢のところに帰ってみたら、烏天狗が霊夢にしつこく取材? らしきことをしてる様子が見えた。

  どうやらここ千年の天狗は新聞を作るのがブームらしく、彼女もその一人なのだろう。冷たくあしらう霊夢に粘着し、ペンとメモ帳を持ってひたすら同じ言葉を繰り返す。

  ……ただし、その粘着してるやつが一応知り合いなのがなぁ。

 

「いいじゃないですかー。私と霊夢さんの仲ですし」

「あんたと仲が良かった覚えはないわよ、このマスゴミ」

「あやや、酷ーい。文ちゃん本気で泣いちゃいますよー?」

 

  射命丸文。妖怪の山の防衛隊隊長で、天魔と同席できる程度には名の通った烏天狗だ。その実力は天狗の中でもトップクラスだと見ている。

 

  しかし、だ。

  一つツッコミたいことがある。

 

(お前いつからそんなエセ敬語扱うようになったんだよ!?)

 

  私が驚くのも無理はない。というか千年前の文を知ってるやつからしたら仰天ものの豹変っぷりだ。

  私の文の印象は、責任感があって真面目な烏天狗だった。真面目すぎて私にも容赦なくツッコミや攻撃を繰り出すことがあるのが少しうざかったけど、それでも私の中の評価は中々高かった。

 

  それが今を見てくださいよ、奥さん。

  あのムスッとした顔がデフォの文さんが気色悪い笑みを浮かべて、あろうことか人間に媚びへつらっているではないか。

  いや、相手が霊夢だから媚びてるのかもね。おそらく一度ボコボコにでもされたのだろう。

 

  文はそのまましつこく取材するけど、一向に霊夢は口を開かなかった。

  このままだと絶対に喋らないことを悟った文。

  しかし次の瞬間、彼女はとんでもない地雷発言を投げ込んだ。

 

「聞けば、紅魔の主の妹が弾幕ごっこのルールを破ったそうじゃないですかぁ? そこについて詳しく」

 

  そのとき、私と霊夢の周りの空気が凍てついた。

  それを前にしてなお、文は図星だったという確証を得ると、気色悪い笑みをさらに深めた。

 

「……話すことはないわ。それ以上聞くならぶっ飛ばすわよ?」

「あやや〜? 怪しいですねぇ……。もしかして図星だったとか?」

 

  確信してるくせによくいけしゃあしゃあと。

  とりあえず、このことを今の文に聞かれると大問題になりかねないので、なんとかしなきゃ。

  そう思って近づこうとしたとき、なんと文から私の方へ高速で移動してきたのだ。

 

「どーもです、名無しの妖怪さん! よろしければお名前聞いてもいいですか?」

「名無しって言うくせに名前を尋ねるんだ。それよりも、名を聞くときは自分からって親に習わなかった?」

「これは失礼。私【文々。新聞】を作っている射命丸文と申します。さっそくですが紅魔館での取材をさせてもらいましょうか!」

 

  ……やっぱり、あっちは私の正体に気づいてないなぁ。

  でもまあそっちの方が助かるし、このまましばらく楽しませてもらおうかな。

  取材を受けるとは言ってないけど。

 

「どうして私が今回の異変と関係があると思ったのかな?」

「目撃情報があったので。ジャーナリストの目は誤魔化せませんよぉ〜? まずは名前、その次にどこに住んでるか。その次は今回の異変で関わったことを洗いざらい喋ってもらいましょうか」

「強気だね。話も長くなるだろうし、断らせてもらうよ」

「……貴女に拒否権があると?」

 

  ……こいつ。

  さっきから注文が多いとは思ってたけど、今の言葉ではっきりした。

  ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それに、貴女が紅魔の主の妹と弾幕ごっこのルールを破ったってことは知ってるんですよ。まあ安心してください。多分私以外誰も知りませんから。()()()、ね?」

 

  邪悪な笑みを浮かべて、文は続ける。

 

「実はこの情報、幻想郷の平穏のために妖怪の賢者に渡そうと思ってるんですけどぉ……この意味、わかりますよね?」

 

  なるほどね。

  要するに、妖怪の賢者に消されたくなければ私に従えと文は言ってるのだ。

  なんという狡猾さ。他人をダシに使って相手を貶めるのが上手い。

  その天狗らしさに賞賛を送る。

  だ、け、ど、ね?

 

  くふ、くふふふふっ!

  馬鹿みたい。今の私にとっては、まさしく道化。最初戦ったころから相変わらず相手の実力を測るのが下手くそみたいだ、

  紫はそんなのとっくに知ってるさ。そしてその件はもう終わっている。そして、終わったことをいくら利用しようが、意味などない。

  これを道化と言わずしてなんと言う!?

 

  でもそれはさておき、私はこの天狗に少しムカついた。

  ならちょっとだけ、支配者の恐怖というのを思い出させてあげようか。

 

「……いいよ。それで、何が聞きたかったの?」

「敬語でお願いしますよ。貴女ごときにタメ口は天狗の沽券に関わりますので。わかったなら名前を教えてください」

「そうだね。私の名前は——楼夢って言うんだよ、文?」

「へっ? ……ゴバッ!?」

 

  私の名前に驚いて動きが止まった一瞬、私は拳を全力で文の顔面に叩きつけた

  ——【空拳】。

  さほど丈夫じゃない天狗の体は、私の一撃を受けて神社の外れの森まで吹き飛んでいった。

 

「なんというか、ナイス」

「応援ありがと、霊夢。じゃあちょっと席外すよ?」

 

  清々しい笑顔でサムズアップする霊夢を後ろに、私は文を追いかけて森に入っていく。

  すると突如前方の木々の隙間から、鎌鼬が襲いかかってきた。

 

「……ぬるい」

 

  しかし所詮は空気の刃。

  神理刀を出現させ、一振りするだけで無に帰した。

  でも、それだけじゃ終わらないみたい。

 

  私が鎌鼬を防ぐと、文は自慢のスピードを生かして接近し、紅葉の形をした扇を振るう。

  この扇、どうやら先端部分が刃になってるらしく、本来の使用法で風を起こすことも斬撃を繰り出すこともできるらしい。

  しかし、哀れかな。

 

「私に剣術で勝てるわけないでしょうが!」

 

  文の扇と私の神理刀が打ち合えたのは、ほんの数回だけ。

  数度目の斬撃の速度のギアを急に上げることによって、文は急加速した私の斬撃を捉えきれず、体を薄く切り裂かれた。

 

「……痛っ!?」

 

  まさか中級妖怪ごときに速度で遅れをとるとは思っておらず、文は驚きの声とともに一旦下がろうとする。

  けど、逃すと思う?

  笑みを浮かべて、私は一つ術式を唱えた。

 

「縛道の六十三【鎖状鎖縛】」

 

  その一言で光の鎖が、木々の奥まで下がった文へと飛んでいった。

  遅れて、短い悲鳴が聞こえた。

  どうやら上手くいったみたいだね。

  そのまま進んでいくと、光の鎖でがんじがらめに縛られた文が、地面に転がってもがいていた。

 

「くっ、この……っ!」

「無駄だよ。その鎖は天狗が腕力で引き千切れる強度じゃない。大人しく諦めた方が賢明だと思うなぁ」

 

  実際、天狗はスピードに特化しているが、それ以外に身体能力で特徴はない。例えるならそう、劣化版の私というわけだ。……例えとして使うのは不本意だけど。

 

「さーて、久しぶりだねぇ文。私がわかるかな?」

「い、生きてたんですか……っ」

「ピンピンしてるよ。そのままじゃ苦しそうだし、サービスで解いてあげるね?」

 

  指をパチンと鳴らすと、文を縛っていた鎖が光の粒子となって消え去っていく。

  私が拘束を解いたのは、文が逃げないと確信しているからだ。というか逃げられない。

 

  文は音速と同じ速さで飛ぶことができる。速度だけなら天魔と同等だろう。なるほど、天魔を除いた烏天狗最速の名は伊達じゃない。

  でも、私はそれよりも速く動くことができる。身体能力強化の術式をかければ余裕だ。

  スピードで負けた天狗なんて、牙の抜かれた狼のようなもの。文もそれがわかっているから、逃げようとは考えないはずだ。

 

  ちなみに、天魔は例外です。あいつは速度はおまけで術式や能力を使った戦闘が得意なので、私が彼女より速く動けても殺される自信がある。

 

「……まずはそのエセ敬語について聞きたいんだけど」

「悪かったですねエセ敬語で! イメチェンしたんですよ、悪いですか!?」

「いや、そこまで怒らなくても……」

 

  というか単なるイメチェンだったんだ……。

  性格も変わってるからお兄さんびっくりしたよ。

 

「というか何故にイメチェン?」

「最近の天狗は新聞とか作ったりしてるじゃないですか。それで取材を心地よく受けてもらえるためにですよ」

「やけに霊夢に媚びてたのは?」

「……以前弾幕ごっこでフルボッコにされまして、それ以来軽くトラウマになってます」

 

  やっぱりか。

  まあ、同じ敗北者としてわからんでもない。

 

「ちなみに私のときは普通に脅してた気がするんだけど?」

「人間はダメでも、妖怪同士なら多少痛めつけても問題ありませんしね。貴方の場合は妖怪の賢者を使って脅せるという材料がありましたので」

 

  ふむふむ、要約すると……やっぱ私なめられてたのか!

  許さん、死なない程度に殺す! ……と普段ならするんだけど、今は楽しい宴会。文へのお仕置きはまた別の日にしよう。

  それよりも、

 

「そうそう文、いや射命丸。これ以上今回の異変は聞かないでね? これは最終通告だよ」

「……わかりました。貴方が関わってくるなら、これ以上踏み込んでもロクなことにはならなさそうですしね。でも、なぜ苗字で呼び直したんですか?」

「私の中の真面目な文のイメージが汚れるから」

「酷い!?」

「理解が良くて何より。じゃあ私はもう行くから、また今度ね」

 

  そう言って文を置き去りにして、宴会に戻っていく。

  後ろから射命丸の抗議する声が聞こえてくるけど、無視無視。

 

  とりあえず、これで、フランが弾幕ごっこのルールを破ったことは公に知られることはないだろう。

  後は……。

 

  神社の縁側に回り込み、先ほど霊夢がいた場所を目指す。

  しかし、そこには霊夢の姿はなかった。

  代わりに——

 

 

「ねえ、貴方がフランを怪我させた妖怪かしら?」

 

  ——凄まじい怒気を放つ、幼い吸血鬼と、そのメイドの姿がそこにはあった。

 

 

  ♦︎

 

 

  豪華な赤いカーペットが敷かれた地面。その上に一つの豪華な椅子が置かれていた。

  そこにフランの姉——レミリア・スカーレットはふんぞり返るように座る。

  その後ろには先ほどのメイドが立っている。どうやらフランとパチュリーは来てないみたい。パチュリー がいれば楽だったんだけど。

 

  レミリアは椅子に座った分高くなった目線で、私を見下ろす。

  自分から呼んでおいて、客人への椅子はないんですか。そうですか。

  ちょこっとムカついたので、巫女袖から複数の座布団をして取り出し、ちょうどレミリアより高くなるように設置して座った。

 

  ふふん、これで見下ろせないでしょ?

  ちょっとグラグラするけど、まあ仕方ない。

  しかしレミリアはそれが気に入らなかったらしく、顔を不機嫌にさせて、

 

「誰が同席を認めたのかしら?」

 

  と、一言。

  それに間髪入れず、私が言葉を続ける。

 

「私が認めた。それに客人を呼んだんだから椅子は必要でしょ? それを私にやらせることこそおかしいと思うな」

 

  周りの空気が一瞬で冷えた。

  レミリアは平静を装っているけど、口元がヒクヒク動いているのが丸見えだよ。隣のメイドちゃんからポーカーフェイスでも学んでおきなさい。

  そのメイドちゃんもポーカーフェイスというだけで、刃物のように鋭い殺気が微弱に放たれている。

  もちろん、そんなことで私が怯えることはない。

  他の伝説の大妖怪(人外ピーポーズ)たちと比べると赤子にも等しいね。というかあいつら元から人外か。じゃあ化け物ピーポーズの方が正しいかな?

 

  私はキュポンと鬼神瓢の蓋を開けて、中の酒を一口飲む。

  それだけで周りの気温がまた一段と下がっていく。

  うむ、美味い! 飯ウマならぬ酒ウマだ。

  それにしても、煽り耐性なさすぎでしょ。こういう話し合いは冷静さが一番大事なのに。

 

「それで、私に何か用かな?」

「あら、とぼけるのか?」

「うーむ……。話題といえば、一発芸で周りの気温を下げることができるようになりましたぐらいしか今の貴方たちから考えられることはないね」

「……どうやら立場がわかってないようね。……咲夜」

「かしこまりました、お嬢様」

 

  メイドが指で軽い音を鳴らす。

 

  ——瞬間、世界は灰色に染まった。

 

  時が凍りついた世界の中、動けるのは咲夜のみ。

  彼女はナイフを取り出すと、それを私に振り下ろして——止まった。

 

  ——そして、世界が漆黒に染まった。

 

  ……ちょっと驚いちゃったよ。まさかここに時間操作系の能力持ちがいるなんて。

  だ、け、ど。

  私の、というか私たちのもう一つの神名を忘れてはいないだろうか。

 

  ——【時空と時狭間の神(ウロボロス)】。

 

  それが、狂夢の神名。そして名前に似合うように、奴は【時空と時狭間を操る程度の能力】を持っている。

  そして狂夢が使えるなら、正確的には同一人物である私に使えない道理はない。

 

  実は、時止めの原理というのは、ただ自分以外のものの時間が流れない世界を作り出すという単純なものになっている。

  言うなれば、ただの空間創造能力の一種だ。

 

  咲夜が自分以外の時が止まる世界を作ったのならば、私はその咲夜の世界をも凍らせればいい。

 

  つまり、私は()()()()()()()()()()()()を作って、彼女を停止させたのだ。

 

「物騒な物持っちゃって。これは没収だね。……うん?」

 

  咲夜の手に握られたナイフを奪い取った後、私は不自然に膨らんだ彼女の胸を凝視した。

  ……なんか違和感が。

  誰も見てないし、ちょっとだけ……。

  そして私は、咲夜の胸を揉んでみた。そう、揉んでしまった。

 

「……パッドだ……」

 

  や、ヤベェ! なんか重大な秘密知った気がする! というかパッドがズレた!

  ……まあ、それを差し置いて女の子の胸に触れられてよかった。能力万歳!

  ……ていうかこれフラン戦で使っておけばメッチャ楽だったんじゃね? でもよくよく考えたら、あのときは結界張ったりしたせいで霊力が足りないので結局使えなかったけど。

  それに、今の私じゃ発動できても時間と回数制限ってのが存在する。しかも回数の方は後一回止めたら霊力が空になると思う。

  つまりは欠点だらけ。全盛期じゃないと使い物にならないね。

 

  おっと、もう時間制限が来たようだ。

  三、二、一……。

  そして、時は動き出す。

 

「……なっ!?」

 

  咲夜は突如手からナイフが消えたことに、目を見開いて驚いた。

 

「お探しものはこれかな?」

 

  不敵な笑みとともに、彼女のナイフを差し出す。

  それを見たレミリアと咲夜がありえない、という表情を初めて面に出した。

 

「貴様、何をした!? 答えろ!」

「えー? ナイフがどこからともなく飛んで来たから、避けただけですが?」

 

  レミリアが声を荒げて私に問う。

  しかし、私はおどけるように平然とデタラメな言葉を並べた。

  まあ、自分でもこの返答はナイワーと思うよ? 時止めより速く動く生命体なんて、恐怖そのものでしかない。……あ、ここに一人いましたわ。

 

  一方で咲夜は、呆然と虚空を見つめていた。

  あの様子じゃ、能力が破られたことは一度もなかったんだろうな。それで相当ショックを受けてると見た。

  なら、私から一言慰めの言葉をくれてやろう。

 

「大丈夫だよメイドちゃん。貴方の胸は平均だから、無理に偽らなくても気にはならないよ?」

「それはどういう……、っ!?」

 

  そこで咲夜は自分のパッドがズレてることに気づいたようだ。

  あはは、そんなに赤面させないでも。

  必死に胸の辺りを動かして、再び入れようと努力している。

  眼福、眼福だねぇ……。

 

「貴方……いつか絶対ぶちころしゅ……っ」

 

  いやね、そんな胸両手で押さえて涙目で言われても……。

  そしてセリフ噛むなや。私じゃなくて狂夢だったらズキュンときてたぞ。

  てかこれ外の世界だと犯罪だね。興味本位で触った私が圧倒的に悪いけど。

  こういうように、大人の私なら絶対にしないような行動をするのも幼児退行の影響なんだろう。

  でもメイドって言ったら虐めたくなるじゃん? ご主人様って呼ばせたくなるあれだよ。

  今度隙があれば霊夢にメイド服着させてあげよっかなー。そしたら絶対ご主人様って呼ばせてやる。もっとも、その隙が彼女にあるのかどうか不明だけど。

 

  まあ、十分笑ったし、茶番はここまでにしようかな。

  私は真面目な表情をすると、レミリアへと確認のために質問した。

 

「さて、そろそろ真面目にやらせてもらうよ。貴方たちが私に用があるのは、フランの件ってことで十分かな?」

「……ええそうよ。ということは、お前はフランを傷つけたということを認めるのね?」

「認めるよ。ただ、死なない程度にボコっただけだから、後遺症は出ないと思うし安心していいよ」

 

  そのとき、私の顔面の真横をレミリアの拳が通り抜けた。

  その風圧で、髪がチリチリと焼ける。明らかに食らったら即死する威力だ。

  レミリアは拳を引き戻すと、私の目の前に立って槍のように鋭い殺気を放ってくる。

  当然私は慣れてるし、動じたりはしない。

  それを見ていかにも不愉快と言った表情で、彼女は口を開く。

 

「さっきから勝手なこと言ってくれるじゃない。死ななければ私の妹を傷つけてもいいと?」

「それの何が問題あるの? 妖怪なんだからすぐに治るじゃん」

「……今の言葉は私を怒らせたわよ」

 

  そりゃどうも。別にガキ一人怒らせたところで大変なことになるわけじゃないし、いらないけど。

  レミリアは再び自分の椅子に座ると、明らかに上から目線で私に一つの命令を下してきた。

 

「貴方、私の奴隷になりなさい。それが紅魔館の主人を怒らせた罪を償うことができる、唯一の方法よ」

 

  その瞬間、私の思考が一気に冷えた。

  ……こいつはあれだ。文のような侮りではなく、単純にイキってる。

  まるで私を一つの雑魚として見下すその態度。

  気に入らない。ああ気に入らない!

  まるで子どものような理由。でも、私が怒るには十分過ぎる理由だ。

  低い声で発せられた私からの返答は、

 

「……クソガキが。調子乗ってんじゃねぇぞ?」

 

  不良のような言葉と、圧死しそうなほど重い殺気だった。

 

 




「とうとう学校が始まってしまいました。もうやだお家帰る! 作者です」

「というかここがお前んちだっつーの。漢字ノートを途中までしか書いてないのにも関わらず提出した作者に賞賛を送りたい狂夢だ」


「はい、今回は月面戦争以来出番がなかった狂夢さんの能力が登場しました」

「ちなみに俺はもう一つ【森羅万象を操る程度の能力】を持っているんだが、果たして覚えてる人はいるのだろうか」

「あんなの要約すると災害巻き起こす能力じゃないですか。時狭間の世界ならまだしも、幻想郷じゃほとんど出番がなさそうですね」

「ちっ! とりあえずだ! 俺の【時空と時狭間を操る程度の能力】は咲夜の能力の完全上位版と思ってくれればいい」

「違う部分は、時止め中のあらゆる制約が無効になることから、クールタイムなしで使えたりなどなど……まあ、色々ですね」

「ちなみに楼夢さんはこの能力を霊力満タンで二回しか使えません。それくらい消耗が激しいので、今の楼夢さんにとっては間違いなく使わない能力ですね」


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初宴会三の巻

 

  私の死の重圧が、辺りを覆い尽くす。

  上位者の殺気を感じたのか、レミリアは必死に歯を食いしばって重圧に耐えようとしてるように見える。いや、汗を垂れ流して顔を歪めてることから結構必死なのだろう。

  そのとき、レミリアの横からドサリというなにかが落ちた音が聞こえた。

  ふと見れば、そこには片膝をついて地面に崩れている咲夜の姿が。

 

  ……あ、すまん。メイドちゃんのこと考えてなかった。

  というか久しぶりの放出でやる気が出すぎたみたい。私の殺気はどうやら神社全体に広がってしまったらしく、あちこちで誰かが倒れる音が聞こえる。

 

  こ、これは私のせいじゃないからね!? あくまで挑発したレミリアが悪いのであって……。

  いや、こんなこと言ってる場合じゃないや。

  急いで殺気を収める。それだけで、辺りの騒ぎはほどなくして消えていった。

 

  さてと……。

  私はレミリアに視線を戻す。

  彼女の顔色は未だに悪そうだ。まあ、この殺気は彼女に向けたものだったし、彼女が一番被害を受けたはずだからね。

 

  まあいい、そしてここからが勝負だ。

  私は静寂の中、一人口を開く。

 

「お忘れかな? 仮にも私はフランを倒せる実力を持っているんだよ。その気になれば貴方とも戦えるってことは理解できると思うけど?」

 

  もちろん嘘です、大嘘です。

  私とレミリアがやり合ったところで、勝負は私が負けるに決まってる。

  第一、あのときはルーミアが剣となってくれたから倒せたのであって、決して私一人の力で勝てたということではない。

  それに、フランとレミリア。どっちが苦手と言えば、私はレミリアと答えるだろう。

 

  さっきのレミリアの拳の威力からして、身体能力や能力はフランの方が圧倒的に強い。なんせ【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】という、私などのトリッキーに戦うスタイル以外じゃほぼ即死するようなチート能力を持ってるのだから。

  でも、レミリアは戦闘経験がフランより多い分、技術も持ってると推測できる。

 

  なまじ身体能力で劣る私が、さらに技術で追いつかれたとなれば、その先に待ってるのは敗北でしかない。

  だからこその、ブラフ。私を大妖怪相当の実力者と誤解してくれれば相手も気楽に私に手を出せないはず。

 

  レミリアはしばらく沈黙した後、覚悟を決めた目で口を開く。

 

「それでも……私は紅魔館の主として、姉として身内を傷つけられたことを許しては置けないっ」

 

  よし、引っかかった。

  どうやら私は勝負に勝ったようだ。レミリアは完全にこちらを強者として見ている。

  それにしても身内、ねぇ……。

  ちょこっと揺さぶりでもかけてみるかな?

 

「だったらさあ、なんでフランを連れてこなかったの? 貴方たち二人がかりなら、私を倒せる確率は上がるのに」

「フランの精神は歪んでいるのよ!? 連れ出せるわけないじゃない!」

 

  フランの話をした途端、レミリアが今までこらえてきた怒りを発散するように声を荒げた。

  それでも私は真実を探るため、話を続ける。

 

「たとえフランが外に出たいと言っても、貴方は出してあげないの?」

「あの子はもうそんなこと眼中にないわ。ただ破壊することを楽しんでるだけよ」

「……ねえ、フランっていつからああなっちゃってたの?」

「十歳くらいのころよ。そのときに能力を使って、私の両親を殺したわ。思えばあのときから、あの子は狂っていた」

「じゃあなんで治そうとしないの?」

「したわよ! フランが誰も殺せないように、誰かがフランを殺さないように安全な地下室に閉じ込めて、後はあの子が狂気を抑えてくれるのを待つだけだった。それを貴様は、台無しにしてくれたんだ!!」

 

  怒りの絶叫が、響き渡る。

  レミリアは全て話して憎しみを思い出したのか、私を再び殺さんと睨んでくる。

  彼女がたった今話した内容。それを聞いて、私は思った。

 

  ——こいつ、フランのことなにも知らないじゃん。

 

「いくつか訂正させたいことがあるよ、レミリア・スカーレット」

「……何かしら? 誰よりもフランを知ってる私の話に、間違いがあるとでも!?」

 

  間違いだらけだ馬鹿野郎。

  それを口に出さずに、私は一つ目の訂正を話す。

 

「まず、貴方はフランを連れてこなかったって言ってたけど——」

 

  私は森の木々の方を向いて、神楽の【怪奇を視覚する程度の能力】を発動。

  左目から閃光が広がったかと思うと、目にしていた木の一つが煙を上げて別のものに姿を変えた。

  黄金の髪を持つ吸血鬼、フランドール・スカーレットに。

 

「——どうやら彼女はついてきてたみたいだね」

「もー、酷いよお姉さん! せっかくこのままバレないで済みそうだったのに」

 

  フランは頰を膨らませて、拗ねたポーズをとる。

  その頭には私がプレゼントした白いナイトキャップが被られていた。

  驚愕に目を見開くレミリアを無視して、私はちょっと気になったことを聞いてみた。

 

「ごめんごめん。それよりも、いつからそんな魔法使えるようになったの? あれからまだ数日しか経ってないのに」

「今日のためにパチュリー に教えてもらったの!」

 

  ……マジかよ。

  一つの魔法を経った数日で習得したなんて、とんだ恵まれた才能があったものだ。今度私もなにか教えてみよっかな。

  そう思って素直に褒めてあげると、フランは嬉しさからか私に抱きついてきた。

  むむ、ロリコンの神が騒いでる気がする……! というか狂夢は黙ってろ!

 

  私がフランとじゃれ合っていると、ようやく正気を取り戻したのか、レミリアは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「フランっ! なんでここにいるの!?」

「私も宴会行きたかったから、来ただけだよ?」

「すぐに戻りなさい! 今すぐに!」

 

  むぅ、キンキン耳に響いて痛いなぁ。こういうときに聴覚が良いと苦労するよまったく。

  さて、私はこの姉妹喧嘩、傍観させてもらおうか。これはフランの戦いだ。

 

  レミリアは若干ヒステリック気味にフランへと叫び続ける。そのどれもが命令形。

  でも、フランはそれらに動じることなく、平然と、

 

「嫌だよ。お姉様の命令を聞く義務が私にはないもん」

 

  フランにとっての本心、そしてレミリアにとっての地雷の言葉を言い放った。

 

「いったいフランに何をしたぁぁぁぁ!?」

 

  ……ええ、そこで私に振ってくるの?

  レミリアはもはや絶叫すると、私の襟首を掴んで締め上げて来た。

  お、おおっ、地味に苦しいぞこれ……っ!

  でもまあ残念。私、体術もあらかたマスターしてるからこういうこともできるのよ。

 

  私は足元がおろそかになってるレミリアに足払いを繰り出す。

  レミリアはこれによって倒れはしなかったものの、両足をくの字に曲げてバランスを崩した。

  後は簡単。私は右腕の関節部分をレミリアの首根っこに引っ掛け、ラリアートするようにレミリアを地面に押し倒した。

  足元が崩れたため踏ん張ることが出来ず、レミリアは背中から地面に叩きつけられる。その衝撃で短く空気が吐き出された。

 

「カハッ……!」

「お嬢様!」

 

  結構派手に倒れたため、咲夜が大慌てでレミリアへと駆け寄る。

  いや大丈夫やて。吸血鬼が私の腕力で地面に叩きつけられたぐらいで傷つくかっつーの。それで傷ついたら刀とかいらんやろ。

  ああでも、背中の後思いっきり頭打ち付けてたから、脳しんとうぐらいは起きてるかもね。

 

  とりあえず、あっちはあっちでもう少し時間がかかるだろう。

  なら、今のうちにフランに声をかけておくべきかな。

 

「ねえフラン。貴方は宴会で誰かと話せた?」

「うーん……まだなの。今日はちょっと偵察のつもりというか……」

 

  なるほど、明るい性格して意外と人見知りなんだね……。私のときは初対面でもあんなに激しく歓迎してくれたのに。

  だがしかし、それではいかーん!

  このままだと結局話しかけられない日々が続くに決まってる。

  女は度胸! さあ行ってこいフラン! 男の私の言葉を信じろ!

 

「そういえば、あっちでチルノって言うフランくらいの背の子がいたよ? 試しに話してくれば?」

「……うん、わかった!ちょっと怖いけど、私行ってくる!」

「ふふ、頑張ってね、フラン」

 

  同じくらいの背丈、という言葉で決心がついたのだろう。

  フランは覚悟を決めた顔をすると、元気よくここから離れていった。

  でも、チルノなら大丈夫だと思う。彼女は弱いけど、ガキ大将のようなカリスマを感じられた。フランのように気が弱い子は、ああいうリーダー的存在が引っ張ってくれるはずだ。

 

  フランはフランの戦いに行った。なら、こちらもラストスパートを崩しかけようじゃないか。

  そう思わないかな、レミリア?

 

「……重ねて言う。フランに何をした……!」

 

  ふと後ろを振り返ると、敵意丸出しのレミリアが声をかけてきた。

  咲夜のおかげか、先ほどよりも落ち着いてはいるけど、怒っているのには変わりない。

  そんなレミリアを上手くなだめた咲夜は、怒ってるというよりも信じられないという気持ちが大きいようだ。

  それも仕方ない。数日前までフランはレミリアに狂ってる扱いされていたのに、あんな普通の女の子のように笑ってたのが信じられないのだろう。

 

  ……そこが間違ってる。

  貴方たちに、私が一日で知ったフランって子どものことを、限りなく話してやる。

 

「別に何もしてないよ。精神操作もしてなければ、狂気を消し去ったわけでもない」

「嘘だ! あの子が私ですら見たことない笑顔だったのに、精神を操作しても、狂気を消してすらもいないだと!?」

「あれは表のフランが出てるだけだよ。裏の方は裏の方で表のフランが笑うのを楽しんでる」

「待ちなさい。表、裏? 何よそれ……?」

「……あれ、知らなかったの? フランは()()()()なんだよ?」

 

  その言葉を聞いたとき、まるでレミリアの時間だけが止まったかのように、彼女の表情が凍った。

  ……やっぱり知らなかったか。まあ無理もないさ。なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どういう、ことだ……」

「言った通りだよ。あの子の体には、さっきの笑顔でよく笑う『正のフラン』と、貴方が知ってる狂気で染まった『負のフラン』が存在するんだよ」

「し、知らない! 私はそんなこと知らない!」

「知ってるわけねえだろうがっ! フランと会話しようとも努力しなかったやつに!」

 

  何を当たり前のことを。

  ムカつきすぎて、思わず素の口調に戻っちゃったよ。

  でも、それでいい。

  お前のプライド(有頂天)、どん底に落としてやるよ。レミリア・スカーレット!

 

「ねえレミリア、質問だよ。フランはいつから二重人格だったと思う?」

「……わからない。でも、少なくとも両親を殺す前までには、フランは狂っていた」

「大ハズレ。正解はね、()()()()()()()()()()()()()

「なん、ですって……っ?」

 

  レミリアがわけがわからないと言った顔をする。

  まったく、こいつは当たり前のことすらわからんのか……。

 

「子どもが一人孤独に四百年以上監禁されて、狂わないわけないだろうが!」

「ち、違う! フランは決して、ずっと一人じゃなかった!」

「なら……最後にフランと話したのはいつだ?」

「……あっ……」

 

  私はフランが寝ているとき、禁術を使って彼女の記憶を覗き見ていた。

  だからこそ知っている。

  レミリアが最後に地下室を訪れたのは去年の冬——数ヶ月前の話だ。

 

「しかも、ただ訪れただけで会話は一切しなかった。まるで動物園に飾られてる猛獣の様子を見に来て終わり。そんな姉に、誰がなつくんだよ?」

「黙れ……黙れ……っ」

「認めろよ。お前はフランという少女を見てこなかった。襲われるのが怖くて一人安全な場所に待機。それでいて自分のペットなのだし、気分が乗ったら見に来る。……お前は姉失格だ」

「黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れェェェェェエエエエエ!!!」

 

  レミリアは私の止めの言葉で完全に崩壊したようで、獣のように叫びながら場もわきまえず魔力を手に集中させていく。

  そして、血のように赤い槍を作り出した。

 

「ァァァアアアアアアアアアアッ!!」

「いけません、お嬢様っ!」

 

  もはや弾幕ごっこに収まらない威力を持つ槍を、レミリアは投擲しようと大きく腕を振りかぶる。

  しかし、それが放たれるよりも先に、私の神理刀がレミリアの槍の穂先を両断した。

 

  普通の戦闘なら、私がレミリアの槍を両断できるはずがない。

  ただ、今のレミリアは冷静さを欠いており、とても魔法を発動できる精神じゃなかった。

  故に作られた赤い槍も、普段より構築が甘く、そして柔らかかった。例えるなら気体を無理矢理槍の形に押しとどめた感じ。

  レミリアの長所は戦闘経験や技術をそれなりに持ってること。それが失われた今、彼女はただの劣化版フランでしかない。

 

  空中を回転しながら、槍の穂先が地面に突き刺さる。

  そして流れるような動作で、私は返す刀で神理刀をレミリアの首に振るう。

  それは彼女の首を切り飛ばす——寸前で止まった。

 

「……な、ぜだ……っ」

「その言葉は私が貴方を殺さなかったことに対して向けたもの? それとも槍を切られたことに対して? はたまた……自分の選択が全てフランにとって悪影響でしかなかったこと?」

「私はっ、私はァ……ッ!」

 

  力なく、レミリアは地面に両膝をつく。

  その手にはもはや力は込められていない。

  完全に、心が折れていた。

 

「私は……正しい選択をしたと思っていたッ。全てはフランのため。そう思って、今日まで苦しんできたのに……!」

「所詮、よく知らない者に対してどれだけ慈愛を捧げようが、害悪になるだけってこと。貴方が犯した間違いは、フランを地下室に閉じ込めたことじゃない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだよ」

 

  そう、フランのことをよく知っていれば、こんなことにはならなかった。

  パチュリー のように引きこもり体質ならば、喜んで静かな地下室に行っただろう。だが、フランは違う。

  花を、草木、空を、何よりも友を愛す、寂しがり屋な少女。

  それが、フランドール・スカーレットの正体だ。

 

「……ええ、そうね。ぐうの音も出ないわ。もう私には、姉である資格なんて……あの子に声をかける資格なんてないのかもしれない」

「……姉でなきゃ、貴方はフランに話しかけることすらできないの?」

「……え?」

 

  まったく、この子はまーた責任から逃げてやがる。

  レミリアが漏らした疑問の声に、私は呆れてこう言った。

 

「確かに貴方はもうフランの姉ではいられない。フランも貴方のことを『お姉様』と呼んでいるけど、決して貴方を姉とは認めてないだろうね」

「なら、やっぱり私には……」

「真に愛する者なら! 財を、権力を、あらゆる力を尽くし、彼女を支えようとすると私は思うな」

 

  要は、まどろっこしいんだよ。

  姉じゃなくても、ただの他人でも話しかけるくらいはできるだろ。

  そっからまた始めていけばいいんだよ。

  なんせ、私たちは妖怪。この身に訪れる寿命なんて、先のことなんだから。

 

「貴方は確かに選択肢を間違え、フランを苦しめた。なら、その責任は誰が取る? ……責任からは逃げるなよ、レミリア。それを失ったら、お前は最低限の誇りすら失うぞ?」

 

  言いたいことは言った。

  後は、レミリア次第だ。

 

  私は踵を後ろに向け、レミリアたちから離れていく。

  自分の背中に強い視線が突き刺さってるのを感じたけど、あえて私は無視をする。

  なぜなら、それは殺気ではなかったから。

  もっと熱く、覚悟を決めたような目だったから。

 

  私の勝手な心から始めたこの争いは、幸いにも彼女たちのためになったようだ。

 

  そうやって各々(おのおの)が様々な思いを抱く中、宴会は幕を閉じるのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……今ごろあいつはあったかい食事と酒にでもありついているのかしらね」

 

  深く、大きなため息が吐き出される。

 

  魔法の森。その奥深く。

  金色の輝きを放つ闇は、そこに存在していた。

 

  ふとギュルル、という腹が鳴る音が聞こえた。

  それは彼女——ルーミアが空腹であることを表している。

 

「私も行きたかったなぁ。でも、行ったら確実に殺されそうだし」

 

  ルーミアには楼夢のように窮地を脱する策も、力もない。

  今の状態では下手したら殺し合いでもあの白黒の魔法使いに負けるほど弱いのだ。

 

  だからこそ、今幸せを味わっているであろう楼夢に対する愚痴は止まらない。一度吐き出したらキリがないように、次々と泥水のように愚痴が湧き出てくる。

 

「そもそも! この私がいなかったら勝てなかったくせに、勝者を気取るなっつーのよ。ああもう、お腹が空きすぎてイラつく!」

「……なら、なんか別のものを奢ってやろうか、ルーミア?」

 

  その声は、彼女の後ろから聞こえた。

  ルーミアはその声を知っている。いや、知っていて当然だった。

  なぜならその声の持ち主は、

 

「……火神?」

「大正解。褒美にお前の求めてるものを返してやるよ」

 

  その一言の後、突如ルーミアの体に拳が突き刺さった。そこから大量の力が注ぎ込まれていく。

  しかし、痛みはなく、むしろ気持ちいいほどだ。

  なぜなら、今送られてきているのはルーミア本来の力なのだから。

  失った力が戻って行くのを感じる。同時に髪や身長も伸び、最終的には以前のルーミアと変わらないほどのサイズまで戻ることができた。

 

「ふ、ふふふ……! 戻った! 私の力がついに、ついに戻ったわっ! アハハハハハッ!!」

「とりあえずうるさいからその笑い声やめろ。こっちは夏のコミケとパチスロと映画と新作ゲーで一週間は寝てないんだからよ」

 

  それは自業自得でしょ、と言いたくなったが、ここで下手に突っ込むとまた力を発揮没収されそうなのであえて黙っておく。

  代わりに火神に一つの質問をした。

 

「……ねえ火神。貴方がここに来たってことは、外の世界はもう飽きたのかしら?」

「まさか。いくら時間をかけようがそれ以上に増え続ける娯楽の全てを知り尽くすことなんて、不可能に近いぜ。ただ、楼夢もここにいるらしいからな」

「あら、てっきり私のために来てくれたのだと思っちゃった」

「調子に乗るな、この大食い女」

 

  ペチンと火神がルーミアの頭を叩いた。

  いくら軽くと言っても、火神がやるととんでもない威力になる。それを痛いで済ませられるルーミアも化け物だ。

 

「しかしよ。せっかくここに来たんだから、幻想郷の勢力にはこの俺の存在を広めてやりてェな」

「……それならいい方法があるわよ」

 

  ニヤリと口を歪め、ルーミアが笑う。

  そしてそれこそが、次の異変の引き金となった。



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ハロウィンラッシュ異変編
お菓子泥棒事件


 

 

  夜。と言っても人がまだちらほら起きているころ。

  人里の中の様々な民家に、()()()()いた。

 

「……トリック……トリック……」

 

  その一つが、幽鬼のようにゆらゆらと揺れながら、動き出す。

  大きな黄色い頭には、三つの大きな穴が目と口のように彫られている。

 

「トリック、トリック……」

 

  怪しげな呪文を呟きながら、それは歩き出す。

  それに連れて紡ぐ言葉も大きくなっていき……。

 

「トリック、トリック、トリック……トッリィィィク・オア・トリィィィィトォォォ!!」

 

  ふと、二つの穴が光った途端、大音量の奇声をあげた。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「ふみゅぅ……。夏も終わってもう秋かぁ。こんなときは昼寝に限るね」

「今さら? もう神無月も終わるころっていうのに」

 

  博麗神社の縁側。

  そこには二人の人物がいつも通りくつろいでいた。

 

  一人はもちろん私。隣にいるのは霊夢だ。

  霊夢は私の言葉に呆れてたようだけど、仕方ないじゃない。なんせ私は約六億年の時を生きるお爺ちゃん妖怪なんだから。

  漢字で表すと大したことない数字に見えるけど、数字で表すと600000000になるんだぞ? ゼロが8個って、今じゃなかなかお目にかかれないと思うな。

 

  ちなみに、霊夢が言ってた神無月とは外の世界で言う10月のこと。

  ……そういえば、最近それに関係してるような話を聞いたな。

 

「ねえ、霊夢——」

「れぇぇぇぇぇいむぅぅぅぅぅ!! お菓子よこせやぁぁ!!」

 

  私の言葉を遮って、それは空から落ちて来た。

  そう、一言で言えばカボチャである。

  三つの大きな穴をくり抜かれたカボチャを被った何かが箒に乗って、落ちて来たのだ。

 

「うるさい」

「オフゴッ!? は、腹は駄目だろ腹は……っ」

 

  ……まあ、声を聞けば誰だかわかるんだけどさ。

  声は少女のもの。カボチャ頭の下には白黒の魔法使い風の服を着ている。ここまで言えば、誰だかわかるだろう。

 

  魔理ごほんごほんカボチャ人間は、登場とともに霊夢の腹パンを食らって悶絶した。

  うわぁ、結構痛そう。というか霊夢は体術も達人の域だから物理攻撃されると半端ない。私とほぼ互角ってどれだけ才能あるんだよこの子は。

 

  そんな霊夢は面倒臭そうにカボチャ人間を一瞥すると、再び縁側に座ってお茶をすすった。

 

「……っておいっ、霊夢!? こんなに私が体張ったのにそりゃないだろ!」

「うるさいわよ魔理沙。カボチャなんて被って、とうとう気が狂ったかしら?」

「違うわい! これはだなぁ、最近流行りの……」

「そうそう霊夢。最近人里でカボチャ被った何者かがお菓子やらを強奪する異変が起こってるのは知ってる?」

 

  魔理沙がカボチャ被ってる理由を説明しようとしたけど、そうはさせんよ。

  こんな面白そうな場面なんだもん。利用しないって手はないね。

  というわけで霊夢に最近異変が起きてることを囁いてみた。

  博麗の巫女なんだから、今回の異変の詳しいことは知ってるのだろう。魔理沙の顔を一瞥すると、

 

「……あっ、犯人みっけ」

 

  そう呟き、大量のお札やらを取り出した。

 

「おいおい待て待て待て! 霊夢、私だ! 私がそんなことするわけでないだろうが!」

「黙りなさいカボチャ頭! 知り合いのふりをしたからって、この私は騙されないわよ!」

「さっき思いっきり名前呼んでたじゃないかぁぁ!!」

「……結構ノリノリだね、霊夢」

 

  すがるような目で、魔理沙は私を見つめてきた。

  それに対して私はサムズアップ。

  魔理沙よ、大志を抱け……。

 

「チックしょぉぉぉぉぉ!! 」

 

  半ばヤケになりながら、魔理沙は箒で神社の空中に浮かぶとミニ八卦炉を取り出す。

  それに呼応するように弾幕が両者から放たれ、弾幕ごっこが始まった。

 

  そして数分後……。

 

「ぐっはぁぁっ!」

 

  まあ予想通りというかいつも通りというか。

  黒焦げになったカボチャ頭とともに、魔理沙は地面に落下していく。そして頭から石畳にめり込んでしまった。

  普通なら大怪我だけど、仮にも魔理沙は魔法使い。基礎中の基礎の身体能力強化をあらかじめ自分にかけていたらしく、顔が真っ赤になってるぐらいしか損傷はなさそう。

 

「くっそぉ……冗談が通じないやつだぜ」

「ただでさえ食料は死活問題なのに、あんたに恵んでやる分なんて残ってないわよ」

 

  いや、金は夏の異変で儲かったのに、調子に乗って使いまくったのはあんたでしょうが。

 

  少し悔しそうにしながら魔理沙は笑う。

  対して巫女は呆れながら、砕けて散らばってる黒焦げカボチャの残骸を眺めた。

 

「それで? わざわざ今回の異変と関係がありそうな格好してたんだし、何か知ってるんでしょうね」

 

  おっと、そうだった。この戦いはあくまで形式上は異変解決のためのものってなってるんだった。

  そう、10月に起こるイベントと言えばあれでしょあれ。

 

「これはな、ハロウィン? とか言ってだな。夜中に他人の家に侵入して脅迫して食料を奪うことが許される日らしいぜ」

 

  いやまああながち間違っちゃいないんだけどさ……。もっとオブラートに包めや。

  魔理沙が疑問形で言ったことから分かる通り、ここ幻想郷にはハロウィンというものは存在しない。

  その理由はともかく、本来普通の手段じゃ知ることができない情報をどうやって魔理沙が得たのかが私は気になった。

  なので直接聞いてみることにする。

 

「魔理沙、よくそんなの知ってたね。外の世界でも行ってきたの?」

「いんや、前に紅魔館の図書館の本でハロウィンについて書かれた本を見つけたんだ。それで、試しにやってみたってわけ」

 

  それだったら来るとこ間違えてるでしょうが。

  紅魔館に行けば素直にハロウィンしてくれると思うのに。うちの博麗神社は相変わらずの貧乏なんだぞ。

 

  まあそんな話題は置いといて。

 

「ねえ霊夢。今回の異変、このハロウィンと関係してると私は睨んでるんだけど」

「……カボチャ頭がお菓子を強奪する。確かに、さっき魔理沙がやってたことと似てるわね」

「それに、この時期にこんな異変が起こるってのも共通性がある」

「……ん? ハロウィンってやつはやる時期が決まってるのか?」

 

  いやいや当たり前でしょうに。おっちゃん達がその場のノリで開く祭りじゃないんだから。

  とはいえ、元々このハロウィンについての情報がここでは少なさすぎる。紅魔館の図書館にあったとはいえ、あの様子じゃ魔理沙はあまり深くまで読んでなかったのだろう。

 

「魔理沙。ハロウィンは神無月の終わりの日にやるものなんだよ」

「神無月の終わり……って、今日じゃん!?」

「でもそれだとおかしいわよ。異変は数日前から起こってるもの」

 

  それはおそらく前準備かなんかなんでしょうね。

  それにこの異変、私は外の世界の住人の仕業であると睨んでいる。

  だって、この世界でハロウィンを知ってる人間なんて私か紫、または夏に幻想入りした紅魔館の連中しかいない。

  でも紫はこういうことするなら私に事前に連絡するはずだし、紅魔館は……行ってみないとわからないかな。

  とはいえ、夏に異変起こしてたんだし、この時期異変を再び起こす余裕があるのかは知らないけど。

 

  このことを二人に伝えてみると、魔理沙はいつも通りやる気に、霊夢は気だるげに立ち上がった。

 

「まったく面倒くさい……なんで私がこんなことで動かなきゃいけないのよ」

「おいおい、仮にも博麗の巫女ならしっかりしろよな。まあ、お前が出なかったら私が報酬は独り占めだけどな」

「そうなったら死活問題だね、霊夢」

「ああもうわかったわよ!」

「それでよし。それに急いだ方がいいよ。多分異変は今夜で一番激しくなるだろうし」

 

  相手が仮にもハロウィンを意識してるなら、今日で爆弾を仕掛けて来るはずだ。

  なら、それを狙ってぶっ潰す。

  ぶっちゃけ今回の異変に私が関わる道理はないのだけれど、まあ暇だしね? それに孫の活躍は近くで見てたいし。

 

「それじゃあまずは紅魔館にでも行ってみるか。元々私がハロウィン知ったのはあそこだしな」

「……そうね。私の勘はピンと来ないけど、行くだけマシになるかも」

 

  霊夢の勘が働かないってことは、紅魔館勢が犯人ではない確率がほぼ増えてきたけど、どっちみち当てがないしね。

  それに私としてはフランにも会えるし、一石二鳥だ。

 

  ふわりと体が宙に浮かぶ。

  そして先陣を切った二人の背を追って、私は秋の空を飛んでいった。

 

 

  ♦︎

 

 

  紅魔館の扉を開けると、その奥には咲夜がいかにも『スタンばっていました』と言わんばかりに立っていた。

  おそらく時止めで来たんでしょうね。

 

  軽く挨拶をすると、さっそく図書館へと案内してもらう。

  紅魔館は咲夜の能力によって空間がいじられているため、外から見るよりも圧倒的に広い。それこそ霊夢の勘か咲夜がいないと目的地にたどり着けないほどに。

 

  大きな階段を下り、図書館へと入る。

  ……うむ、相変わらず馬鹿みたいな量の本があるね。

  左右見渡しても本、本、本。上下を見渡しても本、本、本。

 

  ここの図書館の天井はかなり高い。それこそ、異変の時に魔理沙とパチュリー が弾幕ごっこできるほどに。

  それは、本来地下と地上一階を遮る天井を筒抜けにしてるからだ。その証拠に、飛ばないと届かないような高い場所には、普通の地下にはないはずの窓がいくつかついている。

  そんな2フロアぶち抜いた巨大図書館の8割以上を本で埋め尽くせるのだから、驚きを通り越して呆れてしまうよ。

 

  そして私たちの前方。本に埋もれたテーブルの前に、誰かが座っているのがわかる。

 

「あれ、パチュリーはどこだぜ?」

「あそこのテーブルよ。まったく、小悪魔は何をやってるのかしら」

 

  どうやら積み上げられた本が邪魔で魔理沙はパチュリー が見えなかったらしい。

  まあもはや本が壁と化しちゃってるからねありゃ。

  咲夜の言う通り、小悪魔は何をやってるのやら。……いや、片付けても片付けてもすぐに散らかるのか。

 

  でもまあこのままじゃ話が進まないし、パチュリーを隠している本の山に弾幕を一発。

  その衝撃だけで本の山はグラグラと揺れ……あっ、パチュリー方面に倒れていっちゃった。

 

「パチュリー様ぁぁぁぁ!?」

 

  ……おう、ミゼール……。

  崩れた山の中からむきゅむきゅ声が聞こえるけど私は知らん。

  これは事故なのだよワトソン君。私は悪くない!

 

「……あんたって結構酷いやつよね」

「あははーあは。霊夢も冗談うまいなー」

「いや、あれは私も酷いと思うぜ……」

「私も病人もどきにあれはないと思うわ」

「そんな!? 泣くよ私!」

 

  みんなからの冷たい反応に心がぁ……。

  ってか、咲夜! 貴方だって美鈴にナイフぶっ刺すじゃない!

  そう言ってみたら、あれは頑丈だから大丈夫と答えられた。

  ていうかさっきから咲夜のパチュリーの扱いが結構酷い気がする。さっき病人もどきって思いっきり言ってたし……。

 

  その後、一悶着あったものの、なんとかなだめることに成功。

  そして本が片付けられたテーブルを囲うように、私たちは出された椅子に座って話を始める。

 

  っと、その前に……。

 

「ふふーん、お姉さんお久しぶり!」

「久しぶりって……一週間ほど前に来てるはずなんだけどなぁ」

「一週間は私にとっては長いの!」

 

  私の膝の上に、可愛い金髪少女が一人。

  言わずもがな、フランである。

  そして向かいの席には嫉妬の目線を垂れ流してくるレミリアが。

  正直彼女の場合殺気よりも嫉妬の方が何故か圧力が強いから結構怖いんだけど……。これも姉のなせる技ってやつかな。

 

  あの宴会後、フランとレミリアの仲は姉妹とまではいかないものの、それなりに順調らしい。

  ただ、今じゃ私がフランの姉的存在になってるため、私が来るとレミリアをそっちのけでよく甘えてくる。

  その結果、あのようなパルパル聞こえる目線に晒されてるというわけ。

 

  紅魔館と交流を持ってから全員の性格は大体わかってきたけど、レミリアはかなりのシスコンだ。正直たまにフランからもうざがられるほどの。

  どうやら宴会時の私の言葉で積極的にフランと関わろうとした結果があれらしい。

  もはや姉としての威厳はなく、単に構って構ってと言ってるようにしか見えない。

  ああ、おいたわしや……とは、咲夜の言である。

 

  さて、このテーブルには私を含めて七人の弾幕ごっこでの猛者たちが集っている。

  ちなみに小悪魔はカウントしてない。どうやら私と魔理沙を除いた素で強い存在を前に緊張して逃げ出したようだ。

  いやまあ私の最弱スペカ一枚でピチュるような子だから仕方ないけど。

 

  テーブルに置かれたカップに咲夜が注いでくれた紅茶を飲む。

  うむ、美味い。やっぱこの子拉致して洗脳しよっかな。家事も万能だし、すごい役立つはず。

  まあ、フランが悲しむからしないけどさ。

 

  そして全員が注目する中、博麗の巫女として霊夢がまず口を開く。

 

「……レミリア、単刀直入に言うわ。今回のハロウィン異変に貴方たちは関わってるのかしら?」

「いや、私たちはまったく関わってないと断言できる。むしろ私たちは被害者よ」

「それはどういう……」

 

  魔理沙が問いかけようとしたが、それを私は手で制する。

  そしてテーブルに置かれた七つのカップを……いや正確にはその近くを眺めた。

  ……おかしい。いつもなら紅茶とともにクッキーやらが置かれてるのに、今日はそれがない。

  私たち客人の人数が多いからだと推測しても、レミリアとフランの分までないのはおかしい。あの二人は咲夜のお菓子が好物なんだから。

  ……お菓子?

 

「まさか、盗まれた……?」

「……ええ、そうよ。保存してた分まで全部消えてたわ」

 

  なんてこったい。

  咲夜ならすぐに新しいのを作れるはずなんだけど、あの様子じゃ材料切らしてるんだと思う。

  ていうか、普通の民家ならともかく、ここ紅魔館の防御網を突破したということが問題だ。

 

  美鈴に気付かれずに紅魔館に入るなんて、紫のような空間転移でも使わない限りほぼ不可能だ。

  でも、空間に作用する能力はごく稀だ。なら、普通に隠れて侵入したと考える方が適切だろう。

  でも、美鈴を隠密で突破できるレベルだとしたら……大妖怪クラスの存在かもしれない。

  なんせ美鈴の能力は【気を使う程度の能力】。少しでも気があるなら目を瞑っていてもすぐに感知できるし、門番としては破格の力を持っている。

  ……なお、そのせいで美鈴はよく居眠りすることが多い。さっきも気持ちよさそうにグースカ眠っていたしね。

 

  閑話休題。

 

「つまり、相手は美鈴を出し抜けるほどの隠密能力を持っている、または空間作用系の能力者ってこと」

「それがわかったところでどうしようもないわよ。どっちにしろ見つけることは困難になるんだし」

 

  確かに霊夢の言う通り。

  しかーし! それはあくまで見つけようとした場合だ。

 

「ふっふっふ、仕方ないなぁ」

「……何よ。なんか案があるっていうの?」

「もちろん! 名付けて——『ホウ酸団子作戦』だ」

 

  さて、ハロウィンらしくお菓子でもばら撒かせていただこう。

  ただし、巣穴ぐらいは特定させてもらうけどね?

 

 

 




「春休み明けのテストはノー勉! いつも気合いで乗り切る作者です」

「最近図書カードを手に入れた狂夢だ。まあ一瞬で使ったけどな」


「さてさて、今回は新章突入ですよ!」

「言っとくがこれは番外編じゃないぜ? 勘違いしちまうかもしれないが」

「他の作者様はよくこういったイベントがくると番外編出しますからね」

「お前もなんか書けよ」

「アイディアが思い浮かびません」

「それでいいのか三流。仮にも二次創作作家だろ」

「いいんですよこれで。むしろ四流と罵ってもらっても構いません」

「やーいやーい四流!」

「……すんません、やっぱそれ傷つきます……」

「メンタル弱っ!?」


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お菓子の行方を追って

  グシャグシャモグモグ。

  食らう。ひたすら食らう。

 

「……なあルーミア」

 

  己の主人の言葉も、今は聞こえない。

  ただ目の前にあるお菓子の山を食い散らかすのみ。

 

  だが、彼は自分が無視されて我慢できるほど図太くなかった。

  足を振り上げ、

 

「だから聞けって」

「ほぐみゃっ!?」

 

  自分の従者の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

  奇声をあげながら、ルーミアは吹き飛び地面に転がる。そして倒れながら抗議の目を主人に向けた。

 

「さすがに蹴りはないでしょ蹴りは……!」

「うるせえ。それよりもだルーミア。……この異変、本当に俺の名を売るのに役立つのか?」

「……も、もちろんよ!」

「俺にはお前が今までの腹いせに菓子をたらふく食ってるだけにしか見えないんだが」

「……」

「おいコラテメェ、目ェこっちに向けろや」

 

  ギギギ、という音が聞こえそうな動きで顔を逸らされたら、誰だって本音に気付くだろう。

  相変わらず私利私欲で動く部下に深いため息をつく。

  でもまあ仕方ないと言える。なんたって彼女は大妖怪最上位の頂点に位置するのだから。多少の傲慢やらは持っていても何も思わない。

 

「ただ、それを制御するために力を剥奪したんだがなぁ……」

 

  全然進歩なし、と。

  火神も遊び半分でやった気持ちがあるが、まさかここまで変わらないとは。もはや呆れを通り越して感心してしまいそうだ。

 

「でも、火神の目的は達成できそうよ」

「……ただ菓子食ってるだけの異変でどうやったら名が売れるんだよ」

「たとえそれで、博麗の巫女が動いたとしても?」

「……ほう」

 

  ルーミアの言葉を聞いて、ニヤリと口を歪める。

  事前の情報では、博麗の巫女は弾幕ごっこ最強の存在だ。そして最近では世界最強の術式使いである楼夢をも倒したとか。

 

「相手にとって不足はねーな」

「殺しちゃダメよ? ちゃんと弾幕ごっこで戦うこと」

「分かってるって。俺はゲームのルールを破るようなことはしねぇさ」

 

  だがまあ、叩き潰すのには変わらない。

  今回の異変で名を売れれば、この世界での取り引きもグッとしやすくなるだろう。なんせここは忘れられたものの楽園。現代世界にはない様々なレア物が潜んでいるはずだ。

 

  それに……この弾幕ごっことやらで最強を示すのも悪くない。

 

「くくく、アッハハハハハ!!」

 

  まだ見ぬ強敵を心を躍らせ、炎魔は高らかに笑うのだった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

「……ねえ楼夢。本当にこんなので引っかかるの?」

「大丈夫大丈夫、成功するさ。……多分」

「今の言葉で余計に心配になったわ」

 

  時刻はそろそろ夜になるころ。

  紅魔館のエントランスに、小悪魔を除いた私たちは集っていた。

 

「これで引っかからなかったら大赤字よ。責任とってもらうから」

「そんなケチくさいこと言わないのレミリア。それに失敗した場合は全額私が負担するから大丈夫だよ」

 

  なんせ私は大金持ちだから! とは霊夢の前で口が裂けても言えない言葉である。そんなことバレたら最悪会うたびにカツアゲされそうだもん。

 

  さて、今さらだけどここエントランスエリアはめっさ広い。異変時は霊夢と咲夜もここで弾幕ごっこをしてたしね。

  そんなエントランスエリア一階の中心から、甘い香りが漂ってきた。

  その正体はお菓子。それも大量の。

  山のように積み上げられた様々なお菓子が、そこにドンッと置かれていた。

 

  さて、ここで私の『ホウ酸団子作戦』についての説明だ。

  まずホウ酸団子とはいわゆるGによく聞く毒飯だ。Gが団子を巣穴に持ち込み、多くの仲間がそれを食えば、たちまち大量のそれらが死に絶える。

  私たちが(主に咲夜)が用意したお菓子は毒は一切入ってないけど、別にそれはそれでいい。

  というか死なれちゃ困る。なぜなら、私の目的は相手の居場所を探ることなんだから。

 

  今回の異変はカボチャを被った謎の妖怪が、お菓子を盗んで去っていくというもの。

  では、カボチャ妖怪はどこにお菓子を持っていくのか?

  この作戦はつまり、お菓子を持って逃げるカボチャ妖怪たちを尾行し、敵地を見つけ出すというものだ。

 

「念のため空間移動を封じる結界も張ってあるし、完璧だね」

「それ知ってるぜ。フラグって言うんだろ?」

「……どこでそんな言葉覚えたのかね、君?」

「こーりんが言ってたぜ」

 

  こーりん……? ああ、確か香霖堂の主人だっけか。

  聞き覚えのない名前のせいで一瞬彼氏かと思っちゃったぞ。

  そういえば、あそこはまだ行ってなかったけな。

  ちょうどいいし、異変が終わった後見に行ってみよ。

 

  そんな感じでたまに雑談しながら時間を潰していると、霊夢が突如全員を一言で黙らせた。

  その言葉に従い、お互い口を閉じることにする。それほど霊夢の勘は信頼されてるってことだけど、妖狐としての野生の勘がある私より優れてるってのは複雑な気分。

  っまあいいし。速さだけだったら私が上だもん。

  別にここで活躍して霊夢にアピールしたいなんて思ってないんだから!

 

  ……さて、そろそろ真面目になろうか。

  紅魔館内部にできたあらゆる影から、情報にあったカボチャ妖怪と思われる姿をしたものが大量に這い出てくる。

  というか多すぎィ! エントランスだけで軽く30はいるよ!? そして私の空間転移を阻害する結界どこいった!?

  しかし、そんな心の叫びがあれらに聞こえるはずもない。

  その全てが山積みされたお菓子を見ると、奇声をあげてそれらを奪うべく突撃してくる。

 

「ちょ、ちょっとどうするのよこれ!? あれ全部に弾幕ごっこしろっていうの?」

「……いいえ、あれは妖怪じゃないわ。おそらくだけど使い魔の類ね」

「正確的に言うなら誰かの手で作られた悪魔だよ。それも下級クラスの実力はあると見た」

 

  Gのようにウジャウジャ湧き出したカボチャ妖怪——改めカボチャ悪魔たちを見て、レミリアがテンパりながら質問を飛ばしてきた。

  それを霊夢と私で答えた後、先頭を走っていたいくつかのカボチャ悪魔の頭部にナイフが突き刺さった。

 

  あれは咲夜のナイフだね。

  カボチャ悪魔は頭部を貫かれたせいで倒れると、霧のようになって消えていく。

  なるほど、結論は出た。

  今回のこれは、弾幕ごっこする必要はない。

 

「全員殺すつもりでやっていいわよ。意思の疎通ができない妖怪の末路はわかってるわよね」

「加えて相手は妖怪でも人間でも神でもないしね。量産型の悪魔なんか、いくら殺しても文句は言われないよ」

 

  それを聞くが否や、【エターナルミーク】という呟きの後、カボチャ悪魔たちに大量のナイフが殺到した。

 

「人様が作ったお菓子を無断で食い散らかすんじゃないわよ!」

「私もいるよ! ——【スターボウブレイク】!」

 

  一拍遅れてフランが弾幕を生成。虹色の矢群がカボチャ悪魔たちを貫き、爆発を巻き起こした。

 

  事態はこっちに有利になっている。側から見ればそう思えるだろう。

  しかし、

 

「クッソ、多すぎだろ! ——【スターダストレヴァリエ】!」

 

  いかんせん、敵が多すぎるよこれ!

  七人が各々技出しまくってるのに、今じゃ敵の数は百に届いちゃっている。おそらくここにポップしなかったやつらが集中的に集まってきているのでしょうね。

 

「ああもう! ——【ロイヤルダイヤモンドリング】!」

 

  そんなにいれば全部のお菓子を守れるはずがなく、すでに一割は持っていかれてしまっている。

  でも、好都合かも。

  元々このお菓子は敵地を探るためにあるのだし、別に多少持っていかれても問題はない。ただ、こうまでして死守しているのは、この異変が終わった後に残った菓子は全員に配るとレミリアが公言したからだ。

 

  だって咲夜が作ったお菓子だもん。紅魔館の住人じゃない私じゃ食べれるのはたまにだし、他の子たちもそれは同じなはず。なので、みんな本気になるのはわかる。

  特に本気なのは霊夢だ。

  まさに鬼のように弾幕と拳で数多のカボチャ悪魔を片っ端から抹消していく。スコアつけると間違いなく彼女が一位だろう。

  でも、そろそろ潮時かな。

 

「霊夢、魔理沙、レミリア! そろそろ逃げた奴らを追いかけるよ!」

 

  私はできる限りの大きな声で、三人の名前を叫んだ。

  彼女らはそれにすぐさま反応して、私の近くに集ってくる。

  しかし、その中に私が呼んでない者の姿があった。

 

「待ってお姉さん! お姉様が行くなら私も行く!」

「うーん、今回はちょっと駄目かなぁ……」

「……どうして?」

「……それはだね、フラン」

 

  私は彼女の名前を呼びながら、後ろを振り返る。

  そこには咲夜たちが死守しているけど、刻一刻とその体積を減らしているお菓子の山があった。

 

  フランのような小さい子に嘘をついたところで、その信用を失うだけ。

  なら、あまり言いたくないけど本音を話してあげた方がいいだろう。

 

「フランたちがお菓子を守ってないと、異変が終わっても食べれなくなっちゃうんだよ。優しいフランが、私の分まで守ってくれたら嬉しいな」

「……うん、わかった! お姉さんのお菓子は私が守る!」

「ありがと、フラン」

 

  うむ、可愛い!

  帽子の上から頭を撫でてあげると、フランは笑顔満開で炎の大剣を振り回しながら戦場へ戻っていった。

  気のせいですかね? フランの攻撃の威力がメッチャ上がってるような……。

  レーヴァテインを一振りするだけで数十体吹っ飛んでるんだもん。

  子どもとは末恐ろしいものだね。

 

「それに比べてこの姉は……」

「な、何よ!? こっちジロジロ見て!」

「いや、何も……」

 

  べつに怖いものにビビるのは悪いことではないんですがねぇ……。

  私もだけど、レミリアはこの戦いで技という技を使用していない。なんせ彼女、最初のころは柱に隠れてたんだもん。

  吸血鬼にはこれが恐ろしく見えるのかな? いや、フランが大丈夫ってことはただ単に彼女がビビリなだけか。

 

「わかったわよ! 私もなんかすればいいんでしょ!?」

「行こっか、みんな」

「いやでも楼夢。レミリアのやつがなんかやるようだぜ?」

「神槍【スピア・ザ——」

「……いや、興味ないし」

 

「——グングニル】!」

 

  私たちが紅魔館を脱出。と同時に、内部で大爆発が起きた。

  これだけの力、多分レミリアのものだろう。

  さっきなんか言ってたから、なんやかんやで敵を倒したのかな。

 

  でもまあいいか。

  私が気にすることじゃないし。

  そう思ってると、天狗のような速度でレミリアがこちらに追いついてきた。その顔にはドヤ顔が浮かんでいる。

 

「どうかしら。この私の全力のグングニルは?」

「……ごめん、見てなかった」

「右に同じく」

「右に同じく、だぜ」

「私の扱い酷すぎない!?」

 

  お、おう、そんなこと言われても……。

  さすがに涙目になった幼女を見捨てるほど堕ちてはいないので、なんとかしなければ。

  とりあえず……。

 

「飴ちゃんでも食べる?」

「——ぶっ殺す!」

 

  その後、私は数分ほど弾幕の飴ならぬ雨あられに追われ続けました。

  おかしいな。フランだったら笑顔で喜ぶのに。

  これだから、子どもってのは難しい。

 

 

  ♦︎

 

 

「南の心臓、北の瞳、西の指先、東の踵。風持ちて集い雨払いて散れ。——縛道の五十八【摑趾追雀(かくしついじゃく)】!」

 

  地面に描かれた円状の陣が私の術に従い、敵の座標を映し出す。

 

「捉えたよ。相手はどうやら魔法の森にいるみたいだね」

「なっ、私は何も気づかなかったぜ!?」

「正確にはその奥深くだよ。いくら魔理沙があそこに住んでいても、そこまでは進んだことないでしょ?」

「確かにポーションとかの材料を集めるなら奥まで行く必要ないからな。それにしても、異変の主犯が近所にいたとは、迂闊だったぜ」

「結界とかなんか張ってないの? あれらは弱いから多少の術でも家を守ることはできると思うけど」

「ない! 私はそんな魔法は使えないぜ!」

 

  胸張って言えることじゃないよそれ……。

  この分じゃ魔理沙の家も荒らされてるんだろう。お菓子はもうすでに取られてる確率は高いね。

  それにしてもホントに火力系の魔法しか使えないとは……。フランや咲夜でさえも多少の結界は張れるというのに。

  それでいいのか魔法少女! ……いいんだろうなぁ。

 

「とりあえず魔法の森に行くよ。化け物茸の胞子とか瘴気とかが酷いからみんな注意してね」

 

  なんたってあの森の瘴気、妖怪にも通じるのである。

  もちろん私もその対象内で、無策であそこに入ると数十分で気絶する自信がある。

  でもまあこの面子なら大丈夫かな。

 

「私は結界張れるから心配はいらないわよ」

「私はここに住んでるだけあって耐性がついてるから大丈夫だぜ」

「魔理沙に同じく。私も耐性があるから放って置いていいわ」

「ってことはみんな大丈夫だね。じゃあ早速向かおうか」

 

  というわけで魔法の森の前まで飛んできた。

  紅魔館から魔法の森は目と鼻の先なのでそこまで時間はかかってない。なのに紅魔館方面からカボチャ悪魔が大量に来ていることから、咲夜たちは劣勢に立たされてるんだろう。

 

  それに、紅魔館だけじゃない。

  幻想郷のあちこちで、カボチャ悪魔がここに集まってきていた。

  その数今はぱっと見千を超える。

  いくらうちの神社には鉄壁の守りが三人いるとはいえ、これは急いだほうがよさそうだ。妖怪の山とかの巨大勢力ならともかく、下手したら人里中からお菓子を奪われかねない。

 

  まあ、まずは進まなきゃ何も起こらないよね。

  私は透明な結界を張って身を包む。そして全員の顔を確認すると、駆け足で中へ突入した。

 

「……うす暗い。あんたよくこんなところで生活できるわね」

「しょうがないだろ。ここは魔法使いにとっては好条件がいくつも揃ってるし、私にとっては多少のデメリットを打ち消せるぐらいの価値があるんだ」

「それはいいとして……飛行できないってのが私にとって一番のデメリットね」

 

  レミリアは生い茂る木々と魔性の植物を鬱陶しく思いながら、そう呟く。

  吸血鬼は鬼の怪力と天狗の俊敏性を合わせ持った万能な種族だ。しかしここでは木に衝突する可能性があるため飛行どころか高スピードで突っ込むことすらできない。

  つまり、それは彼女のポテンシャルを削ぎ落とすことにつながる。

 

  でもさ、言わせてほしい。

  ここで一番弱体化するの間違いなく私なんですけど!

 

  よく考えてほしい。

  ここでは超速スピードを出すことができない。

  そして私はスピード中毒。スピードが全てであり、レミリアと違って筋力なんかはステータス表記されれば最低のEになると確信できる。

  つまり今の私は役ただず。つまり……オワタ。

 

  いや待て、まだだ。まだ諦めるには早い。

  私にはまだ魔法という名の武器があるじゃないか!

  最悪固定砲台化すれば私にも活躍の場が……!

 

  そんな風に他人にとってはくだらないであろう思考を精一杯働かせながら歩いていると、ふと奥にお菓子を抱えたカボチャが立っていることに気づいた。

 

「……ねえ、あれって」

「わかってるわよ。でも尾行するなら近づかないようにしなさい。——私の勘が危険だと叫んでるわ」

 

  霊夢がそう言ったその直後。

 

  影のような触手が、カボチャ悪魔の腹部を一瞬で貫いた。

 

「……なっ!?」

 

  触手はその後カボチャ悪魔を包み込むように形を変えると、お菓子ごと悪魔を食らっていく。

  外側から見えないが、ゴギッ、とかグチャッなどという骨が砕かれる音がすることから中で何が起こっているのかは想像できる。

  そして捕食を終えると、触手は森の奥へと凄い勢いで姿を消していく。

 

「……な、なんなんだぜありゃ……っ!」

「わからないわ。でも逃すわけには行かないでしょ」

 

  全員の意思は一瞬で決まった。

  できる限り走りながら触手が消えた方向を追っていく。

  そしてしばらく経ったとき、森の奥なのになぜか木が切り開かれた空間に出た。

  その中心には——

 

 

「……あら、やっと来たわね、霊夢」

 

  ——巨大な闇をその身にまとった、かつての姿のルーミアが君臨していた。

 

 

 

 




「フェイトのアポクリファ見て感動しました! 好きなのはアストルフォ。作者です」

「現実でさえ変態ロリコン呼ばわりされてるのに、これ以上悪名を増やすつもりか!? 将来が心配な狂夢だ」


「さてさて! 今回はこの小説のオリキャラと一部の東方キャラのステータス表を書いてみました!」

「なおステータス表はfateのを元にしているが、基準は『この小説の妖怪』になってるぜ。それにfateにはないステータス項目もめっちゃ追加されてるし、というわけで、fateとは一切関係がないので安心してくれ」

「つまりアンチ・ヘイト対策ってやつです。ご了承ください」


 
  ランクはG、F、E、D、C、B、A、S、EXの九段階。
  G〜Dは下級妖怪、C〜Bは中級妖怪、A〜Sは大妖怪、EXは伝説の大妖怪クラス。
  EXにだけ後ろに数字がついてる場合があるが、それは他の妖怪のEXとの順位を表す。ちなみに戦闘技術にだけはEXの順位はつかない。
なお、神秘力とは妖力、霊力、魔力、神力、気力の総合のことを指す。


  白咲楼夢(天鈿女神解放状態)

  攻撃力:EX4
  戦闘技術:EX
  筋力:E
  耐久:E
  敏捷:EX1(マッハ88万)
  神秘力:EX1
  術式:EX1
  対神秘力:D
  幸運:B
  カリスマ:B
  武器:EX

  保有スキル

  『形を操る程度の能力』EX
  『森羅万象を操る程度の能力』EX
  『時空と時狭間を操る程度の能力』EX
  『最強の剣士』EX
  『最高の術式使い』EX
  『全種族特攻』EX
  『伝説の大妖怪』EX
  『くじけぬ心』EX
  『神の美貌』EX
  『狂化』EX
  『アイテム作成』EX
  『医術』A
  『女運』A
  『千里眼』B


  白咲楼夢(幼児退行)

  攻撃力:A
  技術:EX
  筋力:G
  耐久:G
  敏捷:EX2(マッハ3)
  神秘力:D
  術式:EX1
  対神秘力:D
  幸運:D
  カリスマ:D
  武器:A

  保有スキル

  『形を歪める程度の能力』A
  『森羅万象を操る程度の能力』EX
  『時空と時狭間を操る程度の能力』EX
  『最強の剣士』EX
  『最高の術式使い』EX
  『全種族特攻』EX
  『くじけぬ心』EX
  『神の美貌』EX
  『アイテム作成』B
  『女運』A
  『オロオロ』G


  火神矢陽(ニュイルミエル解放状態)

  攻撃力:EX3
  技術:EX
  筋力:EX3
  耐久:A
  敏捷:A
  神秘力:EX2
  術式:EX2
  対神秘力:B(一部無敵)
  幸運:S
  カリスマ:F
  武器:EX

  保有スキル

  『灼熱を産み出す程度の能力』EX
  『伝説の大妖怪』EX
  『傲慢』EX
  『チンピラの極意』EX
  『拳術の極意』EX
  『ストリートファイト』EX
  『世界一の金持ち』EX
  『コレクター』EX
  『バウンティハンター』EX
  『殺戮者』EX
  『全種族特攻』EX
  『騎乗』A
  『悪食』A
  『調教』C
  『強者の余裕』G


  鬼城剛

  攻撃力:EX1
  技術:EX
  筋力:EX1
  耐久:EX
  敏捷:A
  神秘力:EX3
  術式:D
  対神秘力:EX
  幸運:C
  カリスマ:S
  武器所有していない

  保有スキル

  『伝説の大妖怪』EX
  『超怪力乱心』EX
  『超武術の極意』EX
  『直感』EX
  『豪酒』EX
  『全種族特攻』EX
  『狂気の愛』EX
  『圧力を操る程度の能力』A
  『纏う程度の能力』A
  『侵略者』A
  『調教』A
  『家事』C
  『正直者』C


  白咲狂夢

  攻撃力:EX2
  技術:EX
  筋力:EX2
  耐久:S
  敏捷:S
  神秘力:EX1(楼夢と同等)
  術式:S
  対神秘力:S
  幸運:S
  カリスマ:G
  武器:EX

  保有スキル

  『形を操る程度の能力』EX
  『森羅万象を操る程度の能力』EX
  『時空と時狭間を操る程度の能力』EX
  『傲慢』EX
  『博打』EX
  『黄金律』EX
  『アイテム作成』EX
  『全種族特攻』EX
  『神の裁き』EX
  『狂気』EX
  『邪神』EX
  『全武器の使い手』S
  『強者の余裕』G
  『ボッチ』G


  ルーミア(全盛期)

  攻撃力:S
  技術:S
  筋力:A
  耐久:A
  敏捷:A
  神秘力:S
  術式:S
  対神秘力:A
  幸運:C
  カリスマ:D

  保有スキル

  『暗黒を操る程度の能力』EX
  『悪食』EX
  『狂気の愛』EX
  『狂気』S
  『殺戮者』S
『剣の使い手』A
  『傲慢』A
  『魅力』A
  『ドM』B
  『超貧乏』F
  『強者の余裕』G


  八雲紫

  攻撃力:A
  戦闘技術:S
  筋力:F
  耐久:F
  敏捷:C
  神秘力:S
  術式:EX3
  対神秘力:B
  幸運:A
  カリスマ:S

  保有スキル

  『境界を操る程度の能力』EX
  『狂気の愛』EX
  『超速計算』EX
  『妖怪の賢者』S
  『式神:八雲藍』S
  『微ツンデレの愛』S
  『魅力』S
  『侵略者』A
  『刀の使い手』A
  『アイテム作成』B
  『オロオロ』G
  『家事』G


「……ツッコミどころ満載なステータス表記だな」

「保有スキルはほぼノリですからね」

「スキルの詳しい効果はまた今度な。正直このステータスって考えるの結構大変だったんだ。次書くときは本格的にステータス表記のまとめでも書くつもりだ」

「幸いキャラ紹介のコーナーだったら随分前に書かれてたところがありますからね。とりあえず、詳しい効果がまとめられたらまた報告しますのでお待ちください」



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それぞれの戦場にて

 

 

「……誰だぜあいつ。お前の知り合いか?」

「いいえ、知らないわよあんなやつ。他人の空似かなんかで間違えたんでしょ」

「バッチリ霊夢って言ってた気が……」

「それこそ偶然よ。たまたま私に似た顔で私と同じ名前ってだけ」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ」

「……ブレないね、貴方たち」

 

  よくもまあこんなときにのんびりできるもんだよ。ルーミアから溢れ出る妖力を感じてないわけないのに……。

  もちろん、霊夢たちのように余裕を保ってられないやつもいる。

 

「に、逃げるわよ霊夢……! 貴方もアレの力ぐらいはわかるでしょ!?」

「落ち着け」

「ヘグボンッ!?」

 

  普段のプライドはどこに行ったのか、霊夢の袖をグイグイ引っ張りながらもここから離脱しようとしている。

  ……本当にここにフランを連れてこなくてよかった。これ以上『格好悪いお姉様』なんてイメージを与えた日には何が起こるか……。

  最悪本当に私の妹になるかもしれない。宴会後、一回私と暮らしたいなんて言い出すくらいだもん。

 

  でも、レミリアが怯えるのも無理はない。

  私が知ってる限り、ルーミアは大妖怪最上位の中では最強だ。

  あの紫ですら、藍と当代の巫女の三人でかかってやっと封印というレベルなのだ。いくら同じ大妖怪最上位とはいえ、紫単体よりも弱いレミリアじゃ勝ち目なんてない。

 

  でもね、レミリア。一つ忘れてることがあるよ。

  霊夢に蹴飛ばされたレミリアは、立ち上がると怒りの表情を浮かべながら霊夢に問いかける。

 

「何すんのよ霊夢!?」

「ったく、落ち着きなさいって言ってるの。いい? ここは幻想郷よ。そしてここにはここのルールがある」

「そのルールとはつまり、弾幕ごっこのことだよ」

「ルールを守らなければいずれ全勢力が敵に回るわ。相手もそれは望んでないはずだし、あいつは必ず弾幕ごっこのルールを守るわよ」

「……いい推理ね。さすがと言っておくわ。……でもね、一つ訂正させて? ——私は別にここの全勢力を敵に回しても問題ないのだけど?」

 

  そんなわけあるか!? ……と言いたいところだけど、火神がいれば可能なんだよなぁ。

  もっとも、あの火神が手を貸すとは思えないし、ブラフだとは思うけど。

  そんなことより、

 

「ルーミア、これはなんのつもりかな?」

「……へっ? ルーミア?」

「あらあら。気安く正体をバラすなんて役者失格ね」

「主人が書いた台本を涎垂らしながら読むことしかできない犬よりはマシだと思うけど?」

 

  突如始まる罵倒の嵐。

  あの異変で共闘したとはいえ、私たちの仲は相変わらず悪い。

  原因は私と火神の仲の良さだ。

  互いに殺し合う関係とはいえ、私たちはこの地球唯一の同年代だ。

  剛も太古の世界からいるけど、あっちの方が歳上なのは確かだしね。

  というか数十歳で当時から大妖怪最上位の実力を持っていた剛に立ち向かった私って、もしかして超すごい?

 

  とにかく、私たちの関係は基本的に親友ポジだ。

  だがしかし、主人に忠実なルーミア犬は私と火神の仲に嫉妬してるらしい。

  現に妖怪の山に住んでたころ、何度暗殺されかけたことか。もちろん全部叩き潰したけど。

  まったく、部下の躾ぐらいしっかりしとけって話だ。もっとも、殴れば殴るほど笑顔が増すから最近では触りたくもないらしいけど。

 

  閑話休題。

  私は右手に神理刀を出現させ、それを構える。

  そしてその矛先をルーミアに向けた。

 

「行って、みんな。ここは私が食い止める」

「……おそらくこの奥に異変の首謀者がいるわ。さっさと行くわよ」

「……お、おい霊夢……」

「簡単に通すと思って?」

「貴方の相手はこっちだよ!」

 

  霊夢たちに伸びてきた触手を神速の斬撃で全て切り落とす。

  そしてお返しに弾幕を数十発放ってやった。

 

「ちっ……!」

「今だよ。行って!」

 

  私の声に即反応して、霊夢は突き進んで行く。

  他の二人は私のことを心配してるみたいだけど、その後ろ姿を見てようやく決心したようだ。

  そして三人は、この広間の突破に成功した。

 

  「これでよしと」

「……まあいいわ。どうせ霊夢も貴方も勝てないのだから。それよりも……戦うにはここはちょっと狭いわね」

 

  ルーミアはパチンと指を鳴らした。

  すると突如ここら一帯の空間が歪んで、広がり始めた。

 

「……なるほど、結界だね。元々あった空間に栞を挟むように結界の空間を入れることで、ここらを広げたってわけか」

「正解。私だって火神の従者だもの。魔法が使えなきゃお話にならないわ」

「……これは多分魔法の域を超えてると思うけど」

 

  まったく、これだから最近の若いのは成長が早くて困る。

  無理矢理広がる空間内にあるものは私たちを除いて全て、その影響で形を歪ませていく。

  草も木々も、大地までもが。グニャリと折れ曲がっている光景は奇妙でたまらない。そこがルーミアらしいのだけど。

 

  ふふ、たった千年ちょいでここまで魔法技術が上がってるとはね。でもその分、今回も楽しめそうかな。

 

「さあ、試合おうか」

「今日こそそのムカつく顔を恥辱で歪ませてあげるわ。そして前回スペカ一枚で勝負を終わらされた私の屈辱、今味わいなさいッ!」

 

  私たちは互いにスペカを五枚ずつ取り出す。

  そして、残機3、スペカ5という本気の弾幕ごっこが幕を開けた。

 

 

  ♦︎

 

 

  森の奥を、闇の中をひたすら走る。

  すでに後ろから光は差してきていない。そこまで奥に進んだという実感とともに、もう後戻りはできないという思考が生まれる。

  もっとも生まれただけで、彼女はもとよりそんなことをするつもりはない。後ろの二人も同意見だろう。

 

  そして、霊夢たちが走っていると、闇の終わりがとうとう見えてきた。

  目の前から僅かな光が差し込んできており、自然と三人の足取りは軽くなっていく。そしてどんどんそこを目指して突き進んでいった。

  そして、溢れ出る光の世界に飛び込んだ。

 

 

  ——そこにあったのは、砂漠だった。

 

  あまりに突然のことで、霊夢は思わず目を見開いてしまった。それは反応からして、後ろの二人も同じなのだろう。

  後ろを振り返っても先ほどまで走っていた森の姿はない。

  地平線の彼方まで続く永遠の死の大地と、澄み切った青い空、そして真っ赤に燃える太陽。この世界には、それだけしかなかった。

  ジリジリと日光が肌を刺す感覚を味わいながら、霊夢は一言呟く。

 

「……ここどこよ……?」

「そんなの私が聞きたいぜ……。というかなんで太陽が出てるんだぜ。今は夜のはずだろ?」

 

  そう、それが一番の疑問だ。

  この状況から真っ先に考えられることは、どこかに転移させられたということ。

  しかし魔理沙が言っていた通り今は夜なので、その線はないと霊夢は切り捨てる。もっとも、外の世界に転移させられたのであれば話は別だが。

 

  答えは出ない。

  元々霊夢は考えるより直感で動くタイプだ。わからないことはいくら考えても仕方ない。

  そんなときだった。——レミリアの叫び声が聞こえたのは。

 

「ぎゃあああああ!! 日光が、日光がぁぁぁぁ!」

 

  凄まじい叫び声をあげて、レミリアは砂の大地にゴロゴロと転がる。

  その体からは黒い煙が弱々しく出ている。

  本人はいたって真面目なのだろうが、霊夢たちにとっては子供が駄々をこねて転がり回っているようにしか見えなかった。

 

「……何してんのよあいつ」

「知ってるか? 吸血鬼の弱点の一つに日光があるらしいぜ。多分それが原因でああなってるんだろうな」

「ちょっと!? 豆知識披露してる暇があるんだったら布の一枚でも貸しなさいよ!」

 

  呑気な二人にレミリアが必死のSOSを出してくる。

  とはいえ、霊夢は布や傘なんか持ち歩いてはいない。それは魔理沙も同じようで、ともにどうすればいいか頭をひねっていた。

  そんなとき、ふと後ろから声が聞こえた。

 

「だったらこんな場所来てんじゃねぇよ。ったく、人騒がせな客人だこと」

「っ!? いつのまに……!」

 

  霊夢は声の聞こえた方へ顔を向けると、お祓い棒を構えてすぐさま飛び退いた。

  一つ遅れて魔理沙も霊夢と同じくらいまで後退してくる。

 

  霊夢はこう見えて、周囲の気配には警戒していたはずだった。にも関わらず目の前の男を察知できなかったのは、油断なのか、それとも相手の隠密技術が優れていたのか。

  ……どっちでもいい。

 

「ようこそ客人。俺の世界へ」

 

  刺すように鋭い視線を男にぶつける。

  身長は180に届くかどうか。髪は白、というより燃え尽きた灰に近い。そんな髪をワイルドに逆立たせており、荒々しい口調から似合うの一言を生み出させる。

  そしてこんな砂漠の中なのに長くて黒いコートを羽織っており、その顔には汗一つも見当たらなかった。

 

  見たこともないやつだ。

  だけど、はっきりとわかることが二つだけある。

  一つは、男が妖怪であるということ。そして二つ目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴方が主犯ね。名乗りなさい、貴方は誰かしら?」

  「……クク、実力差を理解しながら大胆に名を聞いてくる度胸。おもしれぇな。それに免じて名乗ってやるか。——俺は火神矢陽。人呼んで西洋最強の名を持つ賞金稼ぎ。伝説の大妖怪の一人だ」

「伝説の……大妖怪? なんだそりゃ?」

 

  魔理沙は聞いたことがないようだが、その言葉に霊夢とレミリアは強い反応を示した。

  特にレミリアだ。

  先ほどまで動くことすら疲れていたのに、男——火神矢に向けて膨大な殺気を向けている。

  もっとも、その霊夢にとっての膨大も、やつにとってはそよ風程度にしか感じていないようだが。

 

「……『伝説の大妖怪』ってのは、妖怪の先祖、いわゆる超古代から存在する三体の妖怪のことよ。あれが本物だとしたら、荒事で私たちが勝てる確率は万に一つもないわ」

「マジかよ……にわかには信じられないぜ」

「だったら試してみたらどうなんだよ。もっとも、結果は知れてるけどな」

 

  狂気に満ちた高笑いを聞きながら、挑発に乗ってミニ八卦炉を取り出した魔理沙を手で制する。

  彼女はとりわけ相手の力なんかを感じるのが苦手だ。

  やつが見事なまでに妖力を隠しているのも原因の一つだが、もしそれを感じた場合、青い顔をするだろう。

  現に大妖怪最上位に匹敵する霊夢でさえ大量の冷や汗が流れ出てくるのだから。

 

  その元凶である火神矢は、霊夢たち三人の他に誰かいないかキョロキョロと周りを探っていた。

 

「……なあ、お前らの仲間にもう一人妖怪がいなかったか?」

「あいにくと仲間じゃないわよ。そして貴方のお探しものは今現在ルーミアと戦ってるでしょうね」

「あの馬鹿……俺の獲物だと言っておいたのに。ちっ、腕が立ちそうなのはそこの巫女だけであとはハズレだな」

 

  その言葉に、レミリアと魔理沙は激しく反応する。

  それを見て満足したのか、火神矢は何かの液体が入ったガラス瓶を3個、霊夢たちにそれぞれ投げつけた。

 

「……何かしら、これ?」

「ポーションだ。あいにくと瀕死の獲物を狩るのには興味がない。万全の状態じゃねぇと話にもなんないからな」

「ちっ、いちいち人を下に見やがって。ムカつく野郎だぜ」

「実際下だしな。文句があるならこいよ。得意の弾幕ごっことやらでボコボコにしてやんぜ」

 

  くそっ、と魔理沙は吐き捨てる。

  霊夢は瓶の蓋をあけると、それを口に流し込む。すると倒れそうなほどの暑さが和らぎ、体が涼しいと感じられるほどまでになった。

  魔理沙も顔色が一気に良くなった霊夢を見て、渋々とポーションを飲み干す。やはりこの暑さには耐えられなかったようだ。

  もっとも、空になったガラス瓶を火神矢に投げつけたことから、感謝はちっともしてないようだ。

 

「さて、元気になったか?」

「……こんなポーション、見たことも聞いたこともないぜ。こんだけ効くんだから、副作用とかがあるわけじゃないよな?」

「失礼だな。苦しそうなお前らと倒れてる貧弱があまりにも惨めだったから慈悲をかけてやっただけだ」

「ええ、感謝してるわ。——そして死ね」

 

  赤い何かが、霊夢の後ろから飛び出した。

  ——『スピア・ザ・グングニル』

  しかし、スペカ宣言は聞こえなかった。

  当たり前だ。これは弾幕ごっこじゃなく本気で……殺すために放たれたのだから。

 

  触れればどんな金属さえも貫く真紅の槍。

  しかしそれは、何気なく振るわれた手の甲によって、いとも呆気なく叩き落とされた。

 

「……15点だな。技にしては威力もなければ速度もねえ。わざわざ叩き落とすまでもなかったぜ。——それで、なんのつもりだ小娘?」

「お父様の……仇よ!」

 

  普段なら自分の全力が防がれて耐えようもないショックを受けるはずなのに、レミリアはそれに耐えてみせた。

  そして爛々と輝く瞳で火神矢を睨みつける。

 

「貴方との戦いで負った傷のせいで、かつて西洋最強を唄った私のお父様は死んだわ。それ以来、スカーレット家の家臣はみんな離れていき、気がつけば残ったのは数人のみ。これで私が貴方を恨まない理由がないわけないでしょ!」

「あー長ったらしく説明してくれたんだけどすまん、覚えてないわ」

「……何ですって?」

「六億年以上生きてるとな、興味のあるやつしか名前を覚えられねえんだよ。お前の父とやらはそれに含まれなかっただけだ」

「この……クズ野郎が……ッ!」

 

  再びグングニルを放とうと、レミリアは妖力を手のひらに集中させる。

  しかしそれが完成する前に、霊夢の拳が彼女に突き刺さった。

 

「ぐぶ……ッ! 何すんのよ!?」

「忘れてないかしら? ここは幻想郷よ……多分。私がここにいる以上、弾幕ごっこ以外の戦闘方法は認めないわよ」

 

  突き放すように冷たく、霊夢は己の仕事をこなそうと言い放った。その言葉に微量の殺気を乗せて。

  それで頭が冷えたのだろう。レミリアは傷を癒すと、火神矢を睨みつけるだけで終わった。

 

  圧倒的な力と凍てつくような理性。

  それを見た炎魔の、高らかな笑い声が響く。

 

「ハハッ、悔しいか? 悔しいよなぁ? ならば力を証明してみせろ! テメェらの存在を俺の魂に刻み込め! ……3対1だ。全員まとめてかかってきやがれ!」

 

  炎魔は笑う。新たな強者を見つけたがために。

 

  炎魔は笑う。それが宿命のライバルを倒したことを知ってるがために。

 

  その者の名は博麗霊夢。

  それが自分を面白く感じさせるに足る人物か見定めるため、炎魔は笑う。

 

 

 

 

 



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再戦の常闇妖怪

 

  漆黒の夜の中、二つの人影が飛び交う。

  そして両者からは雨という表現すら生ぬるい量の弾幕が放たれ、弾け合い、闇を照らしていた。

 

「アハハハッ! 消し飛びなさい!」

 

  ルーミアが魔法陣を出現させると、そこから巨大な炎球が私めがけて飛んでくる。

  あれは確か『ヘビィフレア』という魔法だね。一応弾幕ごっこなので制限されてるけど、それでもかなりの威力を持ってるから、直撃すればひとたまりもないね。

  まあ、当たらないんだけどね。

 

  するりと炎球を避ける。すると後ろから中々の大きさの火柱が立ったが、まあ気にしない。

  というかここがルーミアの結界内のせいなのか、炎が木々に燃え移ることはなかった。

  ちくしょー、火で明かりがつけばルーミアを多少弱体化できたのに。

 

  空中を高速で移動しながらも、弾幕の応酬は続く。

  とはいえ、通常弾幕じゃちょっと不利になってきたかな。

  それは当然で、そもそも私とルーミアじゃ妖力のスペックが違いすぎる。

  私が十発弾幕を撃つのに使う妖力の疲労の感覚を、彼女は数百発撃ってやっと感じるんだ。

  そりゃ必然的に私とルーミアじゃ出す弾幕の量に差ができるわけよ。

  どんなに弾幕の操作技術が上手くても、弾幕ごっこで有利なのは数での圧倒的質量だ。

  なら、ここで出し惜しみしてる場合じゃないね。

 

「滅符【大紅蓮飛翔昇竜撃】!」

 

  それは、前回ルーミアをこれだけで敗北に追いやったスペカ。そして私の切り札に位置するスペカだ。

 

  炎と氷。

  それぞれ合わせて二つの属性を持った翼が、私の背中から生えてくる。

  それらから炎と氷の弾幕が雨あられのように撃ち込まれ、翼が羽ばたくたびに風が発生して弾幕の軌道を乱しに乱していく。

 

  しかし元の姿に戻ったせいなのか、二回目だからなのか、はたまた両方か。

  スペカすら使わず、ルーミアは嵐の中を突き進んでいく。

  時にはダーウィンスレイヴを使い、迫り来る弾幕を切り裂いていく。そうやって進んでいくと、いよいよ私の前へと姿を表した。

 

  そして、このスペカの最後。私が光をまとい、超速で突っ込んだ。

  それはまるで光の矢のように。

  しか、それがルーミアに当たる直前、()()()()()()()姿()()()()()

 

「しまっ……!」

「まずは一つよ」

 

  【バニシング・シャドウ】

  ルーミアが得意とする移動法。

  それによって背後に回られ、複数の弾幕が後ろから迫ってきているのを感じた。

  しかし私は振り返ることができない。一度放たれた矢は方向転換することができないように。

  そして、複数の弾幕が私に殺到し、背中で小規模な爆発が起こった。

 

「ぐっ……!」

 

  焼けるような痛みを感じる。

  背中の部位の布はおそらく弾け飛んでるのでしょうね。風が直接当たってスースーする。

  それでも背中にこもった熱を冷ますことはできない。

  その痛みを抱えたまま、私はルーミアへ再び向き合った。

 

「二度見た技なんて通用するわけないじゃない。バカなのかしら?」

「……痛ぅ、あいにくと私のスペカの種類は多くなくてね。数合わせってことだよ」

 

  本番はこれから、と言いたいところだけど、ちょっと参ったな。

  彼女、一度見たとはいえスペカ無しであれを切り抜けたんだもの。

  現在私の残機はフル、そしてスペカが残り四枚。

  対してルーミアは残機スペカともに消費無しだ。

  全盛期に戻ったルーミア相手にスペカ一枚のハンデは痛い。

  でもこれ以上通常弾幕で打ち続けてもジリ貧だしね……しょーがないか。

 

「いくよ二枚目! 雷竜符——【ドラゴニックサンダーツリー】!」

 

  新しいスペカを宣言。

  そして私を中心に、雷でできた巨大な柱が出現した。

  その姿はまさに大樹。

  そして大樹から伸びた無数の枝が、雷竜と化しそれぞれがジグザグにフィールドを疾った。

 

「……っ、数だけは多いわね! でもこんなもの……!」

「まだまだ続くよ、ほれ!」

 

  ——【ドラゴニックサンダー】

  それは、かなり昔に私が生み出した妖術だ。

  ただジグザグに高速で動く雷を放つだけというもの。

  しかし、このスペカはそんな避けにくい雷竜を百単位で出現させる。

 

  ルーミアも最初は次々と襲いかかる竜を剣でかき消していたのだが、その圧倒的な数と予測しにくい動きによってだんだんと追い詰められていった。

 

「ちっ、【バニシング・シャドウ】!」

「逃がさないよ!」

 

  叫びとともに、ルーミアの姿が闇夜に消える。

  だけど、私の気配察知能力を舐めてもらっちゃ困るな。

  ルーミアが影から出現する。と同時に私は右手に握っていた神理刀を投擲。

  不意を突かれたルーミアは避ける間も無く、その左肩に刀が突き刺さった。

 

「これで一ヒット。お相子さんだね」

「今のは反則でしょうが! 武器投げるなんて……!」

「えー、でもルールにはちゃんと書かれてるよ? 現にレミリアだって槍投げるじゃん」

 

  実際、弾幕ごっこでは遠距離攻撃というのは体から離れていれば全てが弾幕として認識される。

  これは弾幕が上手く使えない妖怪のための救済処置らしいけど、ルールはルール。私が使っても問題は一切ない。

 

  ルーミアは突き刺さった刀を強引に抜くと、粉々にそれは破壊する。

  そして怒りの形相で私を睨んだ。

 

「ぐっ……、しばらく遊ぶつもりだったけどもう許さない。夜霧——【ジャックミスト】!」

 

  ……おっと、見たこともない技だね。

  私の周りを覆うように、黒い霧が辺りを漂う。

  そしてそこから大量のナイフが、吐き出されるように出現した。

 

  ……ふむ、厄介だね。

  新たな神理刀を生成し、それは高速で回転させて盾のようにすることで、襲いかかるナイフを次々と弾いていく。

  でも、問題はそこじゃない。

  面倒なのは、私の周りの霧が濃くなってきたということだ。

 

  ナイフは高速で、マシンガンのように連射して放たれている。

  しかもそれは霧が濃くなるにつれて、だんだんと激しくなってきているのだ。

  おまけに霧は全方位を覆っているせいで、どこからナイフが飛び出してくるかわからない。

 

  なら、ここから脱出するのが最優先かな。

  ルーミアの姿は霧に隠れて見えないけど、気配は察知できる。ここから抜け出したら、特大のやつをお見舞いしてやろう。

 

  ひたすら一つの方向へ向けて全力で飛んでいく。

  しかし霧の中にいるうちは、後ろだろうが前だろうが問答無用でナイフが放たれるだろう。

  神理刀で迫り来るナイフのマシンガンを弾きながらも、いくつかが私の肌にグレイズする。

  でも、私は止まらない。

  そして私はついに霧から抜け出し、同時にルーミアの気配も見つけた。

 

「あそこだ! 擬似符——【マスタースパークもどき】!」

 

  そのネーミングセンスのない技名を叫ぶと、神理刀に巨大な魔力を光として集中させる。

  イメージするは魔理沙の十八番。

  あの巨大な光を頭の中で妄想し、実際にそれを実現させる。

 

  私は神理刀を両手で構え、前方に腰を落とす。

  そして文字通り、ルーミアがいるであろう霧に向けて、何もない空間に()()を放った。

  そして、荒れ狂う巨大レーザーが霧を貫き、中にいるルーミアをも呑み込む……はずだった。

 

 

「惜しかったわねぇ。あれはハズレよ?」

 

  不意に、そんな声が上から聞こえてきた。

  顔を振り上げると、そこには三日月に口元を歪めたルーミアの姿が。

 

「それじゃ、ワンヒット、お返しでいくわよ?」

 

  ……ああ、こりゃダメそうだ。

  いつのまにか、私の周りは再び深い霧に包まれていた。それも先ほどとは比べ物にならないほど濃い。

  そしてそれらから一斉にナイフの雨が全方位から降り注ぎ、私の体に幾度となく突き刺さった。

 

  ……と、思ってたでしょ?

 

「時よ止まれ!」

 

  私は【時空と時狭間を操る程度の能力】を発動。

  すると一斉掃射されるはずだったナイフがルーミアもろともピタリと止まり、辺りに静寂が舞い降りた。

 

  その隙に私は再び霧の中を脱出。

  そして制限時間が来たので、時止めを解除した。

 

  何もない空間に、大量のナイフが殺到する。

  しかし、ただそれだけ。

  ナイフは互いにぶつかり合い、スペカの制限時間が来たためか霧とともに消えていった。

 

「……何をしたのかしら?」

「さあ? 切り札は教えないものさ」

 

  とはいえ、もうこの能力は使えない。

  私自身が弱いということもあり、一度使ったらクールタイムがあるため、咲夜のように連発できないのだ。

 

「……まあいいわ。どちらにしろ、こっちが有利なのは変わりないもの」

「まったく、弾幕ごっこなのに、下手したら死ぬねこりゃ。ちょっとは手加減してくれないかな?」

「ならそこで無様に死んでなさい。狂月符——【ルナティックライトレイ】」

 

  ルーミアの周りに数十もの魔法陣が展開される。

  そしてそこから、青白……ではなく、真紅の巨大レーザーが次々と飛び出して来た。

 

  ふーむ、名前と見た目からして【ムーンライトレイ】の強化版ってことか。

  一つ一つが大きくて速い。

  ただ、軌道は全て直線。ならば打つ手はある。

  私はカードを取り出し、四枚目のスペカを宣言した。

 

「鏡符——【プリズムプリズン】!」

 

  巨大な水晶のように輝く結界が、放たれたばかりのレーザーごとルーミアを閉じ込めた。

  しかし、それだけだ。あとは何も起こらない。

  訝しげな視線を送るルーミアだったけど、レーザーが結界に当たった瞬間、それは驚愕に変わる。

 

「……なっ、分裂した!?」

 

  巨大な赤閃が水晶の壁を貫かんと迫る。

  だが壁にぶつかった瞬間、巨大レーザーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  そして一番最初に結界に反射されたのに続くように、次々とレーザーが殺到し、分裂して結界内を暴れまわる。

 

  これぞ、【プリズムプリズン】の能力。

  これにはレーザーなどの直線的な攻撃をいくつにも屈折させて、反射するという技だ。

  ルーミアが先ほど放ったスペカは全てレーザーしか出ない。このスペカにとって最高の獲物でしょうね。

 

  現に彼女は、狭い結界内で数百にも増えたレーザーを必死に避けている。ある程度の大きさじゃないと増えないから、これ以上は分裂しないかなぁ。

 

  なら、私自身がレーザーを放とう。

  スペカと勘違いされないように、脳内で術式の詠唱を紡ぐ。

 

  ——散在する獣の骨。

  ——劣塔・紅昌・鋼鉄の車輪。

  ——動けば風、止まれば空。

  ——槍打つ音色が虚城に満ちる。

 

  ——破道の六十三【雷吼炮(らいこうほう)

 

 

  左手に集った巨大な雷が閃光と化し、結界内に向かって一直線に突き進む。

  このままだと結界にぶつかるんだけど、なんとこの結界、内側からの攻撃は反射するけど外側からは全て通り抜ける仕組みになっています。

 

  閃光は迫る第一の壁をすり抜け、第二の壁で分散して反射されながら、結界内を走り回る。

  もはや数え切れないほどに増えた小レーザーを、ルーミアは必死に避け続ける。

  しかし、そこが限界だった。

  一つのレーザーがルーミアに命中し、彼女は動きを止めてしまう。

  そこへ大量のレーザーが殺到し、結界が吹き飛ぶほどの大爆発が起こった。

 

  あちゃー、ちょっとやりすぎたかな?

  ルールで一度被弾してから数秒間はノーカン判定になるとはいえ、傷までもなかったことにはできない。

  でも、【ルナティックライトレイ】の威力を重傷だけどギリギリ死なない程度にまで上げていたルーミアの自業自得か。

  普通の威力にしておけば、あそこまでの大爆発にはならなかっただろうに。

 

  舞い上がった煙を引き裂いて、中からルーミアが姿を現わす。

  しかし服が所々破けており、黄金のように眩しかった髪も少々乱れていた。

 

  ともかく、これでルーミアの残りは残機一、スペカ三だ。

  対して私は残機二、そしてスペカがラスト一枚。

  ……うむ、ピンチやね。

  一発当てれば終わるけど、ルーミアがスペカを防御に回して来たらそれは難しいだろう。

  それに新作のスペカがもうない。

  【フロストブロソム】も【狐火鬼火】も彼女を仕留めるには役不足だ。

  ああもう、こんなことになるんだったらもうちょっとスペカ作っておくべきだった!

  しかし後悔先に立たず。ここで嘆いてもしゃーないか。

 

「ふ、ふふふ……! 一度ならず二度までも……この私に傷を……っ。許さない、許さないわよ楼夢! 体中をバラバラに引き裂いてでも殺してやるッ!」

 

  ルーミアはダーウィンスレイヴ零式を握りしめ、それを天に掲げる。

  そしてそれを中心に、黒い雷がバジバジと発生した。

  ……おいおい、まさか……ッ。

 

「焼き焦げなさい! 魔雷——【ヘルヘブン】ッ!!」

 

  そして、ルーミアはそれを発動する。

  かつて紅霧異変の時に放たれたのと同じ、いやそれとは比べ物にならない威力の闇の雷が、枝分かれするように私へと襲いかかった。

 

  スペカ四枚使用後の疲労からか、不意を突かれた私は刀を構えることすらできなかった。

  高速の雷は、私の四肢や体を幾度も貫いた。

 

「あっ……ぐぁ……ッ!?」

 

  体中に風穴を空けられ、口から滝のように血が吐き出される。

  荒い息を整えながら、私は残る冷静さで必死に状況の確認に努める。

 

  まず、傷は致死性ではない。

  そこは弾幕ごっこのルールを守っているのだろうけど、人間だったら痛みでショック死しそうだね。

  現に私の体は全盛期の激戦と比べたらよくあることだとはいえ、動けなくなるほど重傷だ。

 

  しかし何とまあ、やってくれたもんだよ。

  現在の私は残機スペカともに一。ルーミアは残機が一だけど、スペカは二枚も残っている。

  おまけにこの怪我だ。もはや全力で動けるのは残り数分ってとこかな。

 

「……あら、まだやるつもりなの? たった一枚のスペルカードでどうやってこの場を凌ぐつもりなのかしら?」

 

  正直、勝ち目は薄い。

  でもね、霊夢が頑張ってる中、私が勝たないのは論外でしょうが!

  神理刀を力強く握りしめ、その切っ先をルーミアへ向ける。

 そして、叫んだ。

 

「来いルーミア! 私と貴方の格の違いってものを見せてやる!」

「……ふふ、そうよね。そうでなくっちゃ! なら……遠慮はいらないわ。目覚めなさい、ダーウィンスレイヴ零式!」

 

  ルーミアが掲げた十字の剣が、闇に包まれその形状を槍へと変えていく。

  あれを、私は見たことがある。

  紅霧異変の時、吸血鬼の肉体をもたやすく貫いた魔槍。

  その名は——。

 

「——【レイ・オブ・ダークネス】ッ!」

 

  恐ろしいほどの速さだった。

  少なくとも音速は余裕で超えていたと思う。

  そして、私の視界を暗黒に染めながら、巨大な槍が迫って来る。

 

  いくらスペカとはいえ、これをまともに受ければ私はともかく、いくら神理刀でもたやすく折れることだろう。

  しかし、私が身につけている物の中に、一つだけ神理刀よりも頑丈なものがあった。

 

「おらぁぁぁぁぁッ!!」

 

  そして私は、腰についてある鬼神瓢を鎖ごと魔槍へと投げつけ、がんじがらめに縛り付けた。

 

「っ、馬鹿な……!?」

「不可能を可能にする。それが伝説の大妖怪、白咲楼夢の力だぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

  鎖が巻きついたからと言って、槍の勢いが止まるわけじゃない。

  幸い、鎖が壊れることはないだろう。なんせそれらは鬼の頭領である剛の一撃にも耐えられる耐久力がある……らしいからだ。

  それでも槍の一撃を殺すために鎖を握りしめた手の皮は剥がれ、血がダラダラと流れ出て来ている。

 

  そして、高らかな名乗りとともにあげられた咆哮が消えた時、魔槍は……。

 

「うそ、でしょ……?」

 

  焦げ臭い煙を吹き出しながら、巻きついた鎖によって動きを制止させていた。

 

「まだ、だ……っ!」

「ッ! 獄符——」

「遅ぇッ!」

 

  ルーミアの視界から、私の姿が消える。

  否、消えたのではない。()()()()()()()()()()()()()()()

  ふと、ルーミアは自分の顔に影がかかってることに気づき、顔を上げる。

  そこには、青白く輝く刀を持った私の姿が。

 

  スペルカード発動——。

 

「霊刃——【森羅万象斬】ッ!!」

 

  飛翔する青の斬撃。

  それがほぼ至近距離で、ルーミアへと放たれた。

 

  その距離約一メートル。

  人間はおろか、妖怪ですらこの斬撃を避けられる距離じゃない。

  ルーミアは体に斜め線を刻まれ、赤い血を撒き散らす。

 

(あ、れ……? なんで私の血が出てるの? ……ああそうか、切られたから、なんだ……)

 

  あまりに一瞬のことで、ルーミアは自分が切られたことにすら最初は気づいていなかった。

  しかし、痛みを自覚したことで、この弾幕ごっこは終わりを告げられる。

 

「次、は容赦しな、いわよ、楼夢……!」

「何度でも来なさいな。私は逃げない」

 

  それで力を失ったようで、ガクッと沈みながらルーミアは空中から落下していく。

  そのときの顔が実に満足げな笑顔だったのを見て、私は

 

「……でも、しばらくはやりたくないかな。バトルジャンキーの相手はもう御免だね」

 

  やれやれといった風に、苦笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 





「ゴールデンウィークだぜェェ!! そして最近クソ暑い! 狂夢だ」

「修学旅行に行きたくない系人間、作者です」


「今回はルーミア戦だったな」

「はい。とはいえ反則ギリギリの応酬でしたがね」

「最後森羅万象斬が思いっきりルーミア切り裂いてたけど、あれは大丈夫なのか?」

「本編中のルール説明通り、体に触れてなければ近接攻撃とは判定されません。あくまで楼夢さんが行ったのは斬撃による物理攻撃ではなく、超至近距離からの刃型弾幕の放出という風に判定されますね」

「穴だらけだな、弾幕ごっこって」

「第一気の短い妖怪たちは細かいルールなんて覚えちゃいませんよ」

「……そんなもんか」

「そんなもんです」


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灼熱砂漠の空にて

 

 

「ヒャハハハハハッ!!」

 

  狂気に満ちた笑い声が、灼熱の砂漠の中に響き渡る。

 

  そして空を舞う四つの影。

  内の三つは、何かから逃げるように必死に空中を飛び回っていた。

  それもそのはず。

  なんせ、彼女らを追っているのはスコールのように降り注ぐ膨大な弾幕と、マシンガンのように連射される極太レーザーなのだから。

 

「くそっ! 通常弾幕が最高クラスのスペカ並みって、そんなのアリかよ!?」

「いかにも物理専門な顔をしてるくせに……こんなの卑怯よ!」

「ハハハッ! いくらでも罵れ! 負け犬の遠吠えほど惨めで愉快なものはねぇ!」

 

  火神は右手に持ったマグナム——【コルト・パイソン】の銃口を魔理沙へと合わせ、引き金を引いた。

  そして、【マスタースパーク】並みの大きさのレーザーが、射線上にある全てを呑み込んだ。

 

  ……しかし、その中に魔理沙は含まれていない。

 

「……ふぃー、助かったぜ霊夢」

「ったく、あんたが被弾したらこっちの残機も減るのよ? 次からは気をつけなさい」

 

  レーザーが魔理沙を襲う直前、近くにいた霊夢が魔理沙を引っ張って、間一髪でその射線から外させたのだ。

 

「とはいえ……くそっ、三対一のくせに弾幕量で負けるなんてっ」

 

  今回の変則弾幕ごっこは残機三個とスペカ五枚と、通常のものとさほど変わっていない。

  変わっているのは、霊夢たちは三つの残機とスペカを共有しなければならないということだ。

  つまりは火神VSチームということだ。

  魔理沙が被弾すれば、チーム全体での残り残機は二個になるし、スペカを使えばチームで残り使える回数は四枚となる。

 

  本来ならこれでも霊夢たちが圧倒的有利だ。

  なんせ三人同時に弾幕を放つことができるのだから。単純に相手は通常の三倍の密度の弾幕を避け続けなければならないことになる。

 

  しかし、火神は通常じゃなかった。

  彼の周りには十個もの巨大魔法陣が展開されており、その一つ一つが雨のような量の弾幕を吐き出す。

  それだけではない。少しでも動きを止めれば火神自身のレーザーの連射、そしてコルト・パイソンによる極太レーザーが襲いかかってくる。

  その難易度は、霊夢に長年の弾幕ごっこ経験から高難易度のスペカに相当するものだと思わせた。

 

「くっ、このままじゃジリ貧だぜ……。いっそマスパぶっ放した方がいいか?」

「今はやめときなさい。あの銃から放たれるレーザーで相殺されるのがオチよ」

 

  そもそも、よく雰囲気などから気づかれないのだが、火神は元々魔法使いである。こと攻撃魔法に関しては楼夢をも超えるほどの。

  そんな彼にとって遠距離戦は大好物である。

 

「……チッ、このままやってても面白くねぇな。しょうがねぇ、使ってやるよ」

 

  だが、彼は極端な飽き性だった。

  本来ならば相手がスペカを使うまで待っていれば火神の勝率は上がっていただろうに、彼は自らそれを投げ捨てた。

  そして一枚のカードを取り出し、宣言する。

 

「愉悦を追い求めてこそ意味がある。娯楽得ずして最強を語れるか!噴符——【ヴォルカニカレイン】!」

 

  火神はカードを頭上に放り投げる。

  それは空気を切り裂いて上へ進み、ある程度行ったところでその勢いが止まる。そして後は重力に任せて落下するのみ——のはずだった。

 

「……おいおい、なんだよありゃ……」

「全員来るわよ! 散開しなさい!」

 

  魔理沙が呆然として呟く。

  それもそのはず、カードから炎が吹き出たかと思うとどんどん大きくなっていき、火神の頭上には巨大な火球が出来上がった。

  その姿、まさに太陽の如し。

  だが、これで終わりではない。

  ピシピシッ、というヒビが入る音が火球から聞こえる。

  そして火球が突如大爆発を起こして砕け散り、その欠片が無数に霊夢たちの元へ降り注いだ。

 

  しかし、それだけでは霊夢たちは動じない。

  むしろただ大量に降り注ぐだけの弾幕など、日常茶飯事だ。

  三人は無駄な体力を削るためグレイズを決めて、次々と避けていく。

 

  だが、これは火神が作ったスペカだ。

  霊夢が一つの炎の欠片をグレイズしたとき、ついにそれが本性を現した。

 

「……なっ、ぐぅぅぅっ!!」

 

  霊夢に掠った炎の欠片が、突如爆発を起こした。

  しかもただの爆発じゃない。

  いつのまにか小さい石のようなものが大量に炎に含まれていたらしく、それが散弾のように霊夢に襲いかかったのだ。

 

  間一髪と言うべきか。

  霊夢は持ち前の勘で結界を事前に張っておいたのだ。それが功を成し、初見じゃ避けれない攻撃をギリギリのところで防いだ。

 

「魔理沙、レミリア気をつけなさい! 今降ってるのは炎じゃなくて岩石よ!」

「補足すれば溶岩だな。ヴォルカニカ——つまり火山から吹き出た岩石を再現したスペカってわけだ」

「マジかよ……って、うわっ!?」

「でも私には太陽のような炎しか見えなかったわよ!? 岩石なんて複合させる様子どこにも……」

「お前らが太陽に呆然としてる間に、その中に魔法で仕込ませてもらったぜ」

「ご丁寧で親切な解説ありがとうっ!」

 

  霊夢たちが騒いでいる間も、熱せられた岩石は降り注ぐ。

  いや、本人は岩石と言っていたが、客観的にこれは隕石に近いと思う。

  そして空より落ちる内のいくつかがランダムで爆発を起こし、周りのものを巻き込んでいく。

 

  制限時間が後何秒あるかは知らないが、このままではいずれ当たる。

  そう判断したレミリアは、自身の切り札であるスペカを一枚切った。

 

「【紅色の幻想郷】!」

 

  そして、空を埋め尽くすほどの弾幕が生成され、溶岩の雨と衝突しながら火神へと向かっていく。

 

「どれが爆発するかなんて関係ないわ! わからないなら、全部壊してやるまでよ!」

「んな無茶苦茶な……」

「それで上手くいくんだから、脳筋って怖いわよね」

 

  霊夢がそうぽつりと呟いた通り、状況は一変して有利になった。

  レミリアの弾幕は視界に入る全ての溶岩を狙いに定めていた。

  爆発しないのならしないでそれでよし、しても巻き込まれるものはないので問題はない。

  幸い、【紅色の幻想郷】が生み出す弾幕数は膨大であった。これだけ防御のために回してなお、火神を狙えるぐらいには。

 

  そして数十秒後、突如【ヴォルカニカレイン】が消え去る。

  スペカの耐久時間が過ぎたのだ。

  その瞬間、今まで溶岩の迎撃に回っていた全ての弾幕が一転、攻撃へと変わった。

 

  紅一色の弾幕の壁が、標的を押し潰さんと迫る。

 

「ふっ、確かに避けづらい弾幕だ。だがよ、俺はいい子ちゃんぶって大人しく避けるつもりは毛頭ねえっつーの!」

 

  そして、黒光りする銃口がレミリアへと向けられる。

  そこから放たれるのは極太のレーザー。

  なんとかレミリアはとっさに体を横に捻って回避したものの、その射線上にあった大量の弾幕は全て消え去っており、壁に穴が空いた。

 

  しかしこのとき火神は、自分に迫る巨大閃光が見えておらず、一瞬反応を遅らせた。

 

「恋符【マスタースパーク】ッ!!」

 

  火神がコルト・パイソンの引き金を引いた絶妙なタイミングで、魔理沙は自分の十八番を発動した。

  それに気がついた火神は再び銃口を魔理沙に向けるが、レーザーは発射されなかった。

  当たり前だ。今火神が持っているのは連射に特化した銃じゃない。僅か数秒ほど次の攻撃が遅れるのは仕方のないことだった。

  そしてその一瞬が、レーザーの前では命取りとなる。

  火神のレーザーが放たれるより速く、彼の姿はマスタースパークの中に消えていった。

 

「へっ、やったぜ。どんなもんだ」

「……ああ、最高によかったぜ。おかげで少しは楽しめそうだ」

 

  その言葉の後、マスタースパークが中から引き裂かれ、火神が姿を現わす。

  その体には傷ついた跡がなかった。服もマスタースパークの直撃を受けていながら、焦げ一つすらない。

 

「なっ、あれを食らって無傷だなんて……!」

「……いや、一ヒットだ。弾幕ごっこで被弾として数えられるのはダメージ量じゃねぇ。どんなに威力が小さかろうが、当たったらそれで終いだ。そうだろ、博麗の巫女?」

「意外ね。さっきから魔法といい、ルールの説明なんて読まない顔してるのにね」

「むしろ全ルール把握してるやつの方が少ないだろ。鈴奈庵とか言う本屋で買ったが、細かい説明を書くと辞書ぐらい分厚くなるってどう言うことだよ」

「……阿求以外であれ買ったやつ初めて見たわ」

 

  基本的に弾幕ごっこはいくつかの大まかなルールを守っていれば大丈夫だが、その都度トラブルというのは起こりうる。

  火神が買った辞書並みの分厚さのルールブックとは、それを見越したスキマ妖怪が博麗の巫女用に細かくルールを設定し、それを書したものである。

  その全てを把握しているのはそれこそ霊夢と紫、そして人里の【一度見た物を忘れない程度の能力】を持つ稗田阿求(ひえだのあきゅう)ぐらいだろう。

 

  閑話休題。

  現在火神の残機は二、スペカは四枚。

  対して霊夢たちは残機は三、スペカは三枚だ。

 

  この時点ではどちらかが有利とは言えない。互角と言ってもいいだろう。

  それを引き剥がすため、火神は二枚目のスペカを宣言する。

 

「二枚目——炎鳥牢【火鳥籠(ヒトリカゴ)】」

 

  今度は霊夢たちを覆うように、炎が発生する。

  そして月の民をも閉じ込める炎の結界が、三人を閉じ込めた。

 

「さーて、串刺しのお時間だ。中からじゃ見えにくいだろうが、精一杯避けろよな」

「避けるってどういう……ッ!?」

 

  突如、炎の鳥籠の中を巨大な炎の槍が貫いた。

  間一髪、霊夢たちは伏せることでその一撃を躱す。

  だが安心するのがまだ早い。

  鳥籠を覆うように、空には数十もの炎で形作られた大剣が生成されていた。

 

「串刺しマジックだ! 文字通りタネも仕掛けもねえから、気をつけな」

 

  そして空に浮かぶ巨大炎剣が、一気に鳥籠に突き刺さった。

  しかし、中から誰かが被弾した気配はない。

  おそらく、偶然か何かで全員当たらなかったのだろう。そう切り替え、火神は再び炎剣を大量投影すると、先ほどのように鳥籠を串刺しにした。

  しかし今回も、誰かが被弾した様子はなかった。

 

「……ぁあ? どうなってんだ?」

 

  流石にこれを運と見る馬鹿はいない。

  とはいえ現状何もできることがないので、仕方なく炎剣の量を増やしてみる。

  そして火神の位置から中が見えるように、結界に穴を小さな穴を空け、中を観察した。

  そこで見えたのは、驚くべき光景だった。

 

  数十の炎剣が鳥籠を串刺しにしに迫る。しかもその様子は中からじゃ見ることができない。

  にも関わらず、霊夢はまるであらかじめ炎剣が突き刺さる位置を知ってるかのように、それらが当たらない位置に他二人を誘導していたのだ。

  そして全員が安全圏へ避難したところで一拍遅れて、炎剣の群れが突き刺さる。そこで制限時間が終了し、炎の鳥籠は突き刺さった剣ごと霧となって消え失せた。

 

「……どういう仕組みだありゃ? 非常に気になるな」

「知らないわよ。あえて言うなら勘よ、勘」

 

  あっけらかんと、何事もなかったかのように霊夢は先ほどのスペカを避けたときのタネを披露した。

  火神は知らなかったが、霊夢の勘は未来予測に等しい。そして先ほどのスペカは炎剣の位置がわかれば難易度はイージーと化す。

  それはそうだ。見えない場所から突如襲いかかる複数の大剣、というのが先ほどのスペカの特徴なのだから、炎剣の場所がわかればただ安全圏へと逃げ込むだけのヌルゲーだ。

 

  二枚目のスペカを使っても被弾させることができなかった。

  それは一重に霊夢が強すぎるのではなく、三人の連携が問題だろう。現に一番最初のスペカはそれのせいで破られている。

 

  なら、まずは周りから剥ぎ取っていくか。

  空を浮いて絶えず通常弾幕を繰り出してくる少女たちを観察する。

  まず霊夢。未だスペカは使ってきておらず、疲労の目は少ない。

 

  次に金髪の魔法使い。飛ぶ速度は速いが、それにも疲労の目が見え始めている。

  思うに、彼女はこの中で唯一の凡才だ。十八番のスペカを使ったことでの疲れもあるようだし、狙うとしたら彼女だろう。

 

  最後に吸血鬼。こっちもスペカを一枚使ってはいるが、そこは人外。

  まだまだ元気だと言うように、空をその翼で飛び回っている。

  彼女には日光への完全耐性を一定時間付与するポーションを飲ませてあるので、夜と同じパフォーマンスで動けるはず。

  まああのまま砂の上で転がり続けられるのも面倒だったから、ちょうどいいか。

 

  とにかく、狙いは決まった。

  天へとスペカを投げ捨て、三枚目の名を叫ぶ。

 

「焦符【ラテッドブリューレ】!」

 

  火神の周りに、今度は魔法陣なしで無数の炎の球体が出現する。

  球体はその温度から赤を超えて全て白い。

  どちらにせよ、触れたらただで済まないのは確実だろう。

  それらが一斉に、彼女らに向かって放たれた。

 

  霊夢たちは数千を超えるであろう球体を避けるために飛び回る。

  だが、球体は驚くことに霊夢が右に曲がれば右に、左に曲がれば左にと、完全に追尾してくる。

 

「ああもう、焦れったいわね! これでもくらいなさい!」

 

  霊夢はそう叫んでお札と弾幕を迎撃のためにばらまく。

  しかしそれらは球体に触れると、ジュッという音とともに例外なく消滅させられた。

 

「こんなの当たったらただじゃ済まないわよ! 反則よ反則!」

「死ななきゃいいんだろ? テメェがこれぐらいで死ぬわけねぇだろうが」

「くそっ、終わったら絶対シメる!」

「俺を反則負けにしたかったら一回死んでみることだなぁ! それとも……あそこの魔法使いでも代わりにするかぁ?」

「あんた……まさかっ!?」

 

  火神につられて霊夢は魔理沙を見る。

  霊夢やレミリアと違って、魔理沙はこれらのスペカを順調にクリアしていた。

  その理由は弾幕の密度。

  魔理沙が得意としている高密度高火力の弾幕は、数が少ない代わりに白い球体を迎撃することに成功していた。

 

  それを見て火神は口を歪め、霊夢とレミリアに回していた白球の半分を魔理沙に追加した。

  その数は先ほどの二倍。

  いくら迎撃しようとキリがなくなり、魔理沙は次第に逃亡を始める。

 

「なんでこっちばっかに向かってくるんだ……ッ!?」

「魔理沙っ!」

「オラァッ、もっと追加だ! 仲良く受け取れッ!」

 

  先ほどの【火鳥籠】の時に放たれた炎剣が、魔理沙の進路を塞ぐように飛んでいく。

  そして全速力で飛ぶ魔理沙の目の前で炎剣が彼女をかすめたとき、思わず彼女は動きを止めてしまった。

  しまった。と心の中で叫ぶ。

  自分を包囲するかのように、四方八方から白球と炎剣の雨が降り注ぐ。

  もはや通常の速度じゃ回避は不可能。ならば……。

 

  魔理沙はミニ八卦炉を箒の後ろ部分につけると、魔力を集中させる。

  それはかつて、パチュリーを破った彗星の一撃。

 

「【ブレイジング——ッ!?」

「——遅ぇ」

 

  しかし、それすらも予測していたかのように、魔理沙めがけて銃口が火を噴いた。

  放たれる極太の閃光。

  スペルカードを発動させる間も無く、魔理沙はそれに呑み込まれ、黒い煙を上げながら砂漠の海へと落ちていった。

 

 

 



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過激で危険な弾幕ごっこ

 

 

「魔理沙ぁぁぁぁぁっ!!」

 

  落ちていく親友を目にして、霊夢は絶叫すると、すぐに彼女を助けに行こうとする。

  しかしその時、霊夢の目に白球のほとんどを魔理沙に回したため、防御が手薄になった火神の姿が映った。

  迷いは一瞬。

  唇を噛み締めると、己の心を込めて誤魔化すかのようにスペル名を叫ぶ。

 

「こんの……ッ! 霊符【夢想封印】ッ!!」

 

  博麗に伝わる秘術。

  七つの巨大なカラフルな弾幕が、追尾しながら火神へと向かう。

  しかし彼は、迎撃するどころかマグナムを消し去り両手を広げた。

  まるで彼女の攻撃を受け入れるかのように。

  そして、無抵抗のまま七色の弾幕は火神へと直撃し、空中で大爆発を起こした。

 

  なぜ火神が抵抗しなかったのか、霊夢にはわからない。

  だが、ハッと魔理沙が危険だということを思い出すと、急いで真下の砂漠に向かおうとする。

  その時、いつのまにか下にいたレミリアの声が聞こえてきた。

 

「霊夢、大丈夫よ! 脈はあるわ!」

「……なら安心ね」

「普通この高さなら魔理沙じゃ死んでるんだけど、砂漠に落ちたってことが幸いしたわね。砂がクッションになって、重傷はなさそうよ」

「……そう。なら、やることは一つね」

 

  霊夢は意識から魔理沙のことを追い出すと、目の前の化け物に集中する。

  そして大爆発によって巻き上がった煙を引き裂いて、やはり奴は現れた。

 

「さーて、まずは一人脱落か。まあ上出来ってとこだな」

「そのかわり、あんたは次に当たったら敗北だけどね」

「それは友を捨てて職務を選んだお前への報酬だ。わざわざ打ちやすいように道を空けていた甲斐があったな」

「この……っ、下種がッ!」

 

  下種で結構、と火神は笑う。

  状況は決して火神有利とは言えない。

  残機一、スペカ二。対して霊夢たちは残機スペカ二枚ずつ持っている。

  それでも火神は笑う。

  なぜなら、彼にとってこの勝負は余興でしかないから。

  彼は四名目のカードを掲げ、宣言する。

 

「群符【ヘルスタンピード】」

「来るわよ霊夢!」

「わかってるわよ!」

 

  魔理沙がいなくなった分、二人にかかる負担は大きくなるだろう。

  それがわかっているからこそ、二人はわざわざ声に出して己を奮い立たせる。

 

  空には、この戦い最高の数の魔法陣が展開されていた。

  それらの大きさはバラバラ。

  そしてそこから溢れ出るように召喚される、炎で形作られた悪魔たち。

  彼らは様々な動物の姿に、その炎の体を似せていた。

  狼、鷲、蛇、熊などなど……。

  それらはどんどん増えていき、霊夢たちが悪魔と戦闘を始めるころには三桁に到達しようとしていた。

 

「……ああもう、なんで弾幕ごっこで妖怪退治しなきゃなんないのよ!」

「悪魔の王たる私に逆らうか! 愚行を知りなさい!」

 

  四方八方から襲いかかって来る炎の動物たち。

  しかし相手が悪すぎた。

  霊夢のお札がばら撒かれる。

  それらの名はホーミングアミュレット。文字通り自動追尾するお札だ。

  それらが弾幕ごっこの威力ではない力で放たれ、周りの炎の動物たちを一瞬で消し去った。

 

  対するレミリアは妖力を乗せた咆哮をあげる。

  悪魔の王という名は伊達ではなく、それだけで襲いかかる悪魔は全て消し飛んだ。

 

  しかし、数が多すぎる。

  炎の動物たちが霊夢たちの攻撃を受けている間に、他の動物たちが霊夢たちに手が届くところまで接近した。

  普通ここまで近づかれたら物理攻撃をした方が速いのだが、それはできない。

  なぜなら弾幕ごっこのルール上、生身で()()に触れれば残機が減るからだ。

  霊夢は持っていたお祓い棒を振るうことでなんとかしているが、レミリアは完全の無手である。

  さらには接近戦で一度も攻撃を受けてはいけないという条件が、二人を縛っていた。

 

「くっ、まさか弾幕ごっこのルールを利用されるなんてね……! 顔のくせして、けっこう賢いじゃないっ!」

「ああもう、顔のくせしてせこいわよ! そんな野蛮そうな顔してるんだったらもっと派手なもの用意しなさいよ!」

「聞こえてんぞお前らァ! 上等じゃねぇか! そこまで言うならビッグなもん出してやんよ!」

 

  青筋を浮かべながら、火神は魔法陣を弄る。

  すると出現していた魔法陣の六つほどが消滅し、代わりに今までとは比べ物にならない大きさのものが三つ出現した。

 

「俺は六つの魔法陣を生贄に特殊召喚! 顕現せよ、漆黒眼の紅龍(ブラックアイズ・レッドドラゴン)!!」

 

  そして魔法陣から現れたのは、巨大なドラゴンだった。

  名前の通り目は黒く、体は燃えるように赤い。

  体は東洋の蛇のような竜ではなく、西洋のゴジラに翼を足したような姿だ。

  それが三体同時に召喚される。

 

「……えー、それはダメでしょ……」

「ほら、あんたが望んだものよ。なんとかしなさい!」

「無茶言わないでよ! 死ぬわあんなもの!」

 

  『あんなもの』呼ばわりされたことに腹を立てたのか、三体の紅龍は耳をつんざくような咆哮をあげる。

  そしてそれぞれの口に、膨大な魔力が集中していくのがわかった。

 

「くらえ! 焼却の灼熱暴風弾(ブラステッドストリーム)!!」

 

  そして、全てを焼き尽くす灼熱の暴風が三つ同時に、解き放たれた。

  叫びながら、霊夢たちは目の前の敵を無視してでも全力で回避に専念する。そしてそれは正解だった。

 

「ハッハッハッ! 強靭! 無敵! 最強!」

 

  灼熱の暴風はすでに召喚されていた炎の悪魔たちを消滅させると、砂漠の遥か彼方の地点に着弾し、ここからでも見えるほどのドーム状の大爆発を起こした。

 

「……あれ、受けたら死ぬわよね?」

「間違いなく、私もあんたも消し飛ぶわ」

「反則じゃないの!」

「それで止まってくれたら苦労はしないわ」

 

  それに……、と霊夢は付け足す。

 

「あれに反則負けなんて説得が通用すると思う?」

「……しないわね」

「今さら降参なんて言ったらそれこそ殺されて終わりよ。ここはなんとか生き延びるしかないわ」

 

  間違ってもあの三体のドラゴンを倒そうだなんて思ってはいけない。

  普段ならレミリアと共闘すればギリギリでできなくもなさそうなのだが、あいにくと今は弾幕ごっこの最中。

  十八番の夢想封印も、武器以外のあらゆる打撃技も制限される。

  なら、スペカの制限時間終了を狙うしかない。

 

  三体の龍のうち、一体が霊夢にその三つの鉤爪を振り下ろす。

  それらにお祓い棒を打ち付け、隙間をこじ開ける。そしてその間を通り抜けることで回避に成功した。

 

  同時期、レミリアは二体のドラゴンのブレスに追われていた。

  流石に焼却のなんちゃらかんちゃらほどの密度はないが、代わりに範囲はある。

  それにレーザーを撃つことで穴を空け、そこを通り抜ける。

 

  二人は反撃と言うように、それぞれの弾幕を龍に叩き込む。

  しかしただの弾幕ではお話にならない。全て硬い鱗に弾かれてしまった。

 

  そこで霊夢は、あることに気づく。

 

「おかしいわね。あれも炎でできた体じゃないのかしら?」

「言われてみれば……確かに悪魔の気配がしないわ」

「教えてやろうか? そいつは俺が百年程度かけて完成させたキメラだ。いやー、苦労したぜ? なんてったって、今の時代ドラゴンが少ないから、化石から発掘することになるとはな」

 

  なんて罰当たりな、と信仰心の欠片もない霊夢でさえそう思ってしまった。

  なんせこの幻想郷では最高神として君臨しているのが龍神なのだ。

  こんなことが知られればタダでは済まない、と思ったのだが、目の前のそれは神さえも軽く凌駕する者であるのを忘れていた。

 

「……参考までに聞くけど、貴方たちってどれくらい強いのよ」

「この世界でいう龍神とやらなら二分で屠れるぜ? だいたい得意不得意が分かれてるが、そんぐらいのことは全員できる」

「……そりゃベストな返答、ありがとうございました」

 

  驚くを超えて呆れるとはこのことだろうか。

  霊夢は幻想郷にスペルカードルールを作った昔の自分を心底褒めちぎっていた。

 

  そうして数十秒ほど、必死に攻撃を避け続けた。

  止まれば死ぬ。当たれば死ぬ。

  その思い一心で、空を飛び回り続ける。

  しかし、そろそろで一分経つはずだ。

  だいたいのスペカはそれで終わる。そして予想通り、目の前の紅龍たちはラストと言った風に、静止して力を溜め始めた。

 

(ここを凌ぎきれば……っ!)

 

  霊夢に一筋の希望が見出される。

  しかし、それはすぐに絶望で塗りつぶされることになるだろう。

  霊夢たちは忘れていた。伝説の大妖怪は最後まで甘くないということに。

 

「俺は融合を発動! 三体の漆黒眼の紅龍(ブラックアイズ・レッドドラゴン)を生贄に、魔法陣より特殊召喚!」

「……なっ!?」

 

  火神が突如、芝居がかった口調で紅龍の破壊を宣言する。

  すると三体の紅龍は巨大な赤い光と化し、火神の後ろに現れた見たこともないほど巨大な魔法陣に吸い込まれていく。

  そして滅びを伝える龍が、この世に姿を現わす。

 

「灼熱地獄より出でよ! 漆黒眼の究極竜(ブラックアイズ・アルティメットドラゴン)ッ!!」

 

  灼熱の炎が渦巻く魔法陣の中から、()()は出てきた。

  体の形は先ほどのドラゴンと同じ。いや、一回りほど大きくなっている。

  そして何よりも圧倒的な存在感を放つのは、体より生える三又の龍頭だった。

 

「……なによ、あれ……?」

 

  問いかけるレミリアの声が震える。

  単純に首が三つになったわけじゃない。

  あの巨大龍からは先ほどの龍三つ分、またはそれ以上の力が感じられるのだ。

  その力は、まさに大妖怪最上位の域に到達している。

 

究極灼熱暴風弾(アルティメットストリーム)ッ!!」

 

  三又の竜のそれぞれの口から、先ほどの焼却の灼熱暴風弾(ブラステッドストリーム)が放たれる。

  それらは融合して、一つの超巨大な暴風として、霊夢たちを呑み込まんと迫る。

 

「マズっ……!」

 

  言葉を言い切る時間さえない。

  三つのエネルギーが合わさった暴風は、霊夢たちが想像していたよりも大きく、いくら注意していても回避など不可能な攻撃範囲だった。

  必死に考えを巡らせても、何も出てこない。

  当たれば即死は確実。そう思わせる暴風が、霊夢たちを呑み込もうとしたその時、

 

「ハァァァアッ!! 【桜花八重結界】ッ!!」

 

  どこからともなく、桃色の一筋の光が目に映った。

  それは霊夢たちの前に立ちはだかると、包み込むように巨大な八重の花弁の結界を出現させた。

 

「楼夢!? どうしてここに?」

「話は、後で……っ今は、逃げろ……っ!」

 

  ——【桜花八重結界】

  それは、楼夢が扱う中で最高クラスの結界。

  本気を出せば剛の【雷神拳】を防ぐことも可能だろう。

  しかし、それは以前の力があってこそだ。

  今の体では基本スペックが落ちており、結界自体の出力も弱まっている。たかが使い魔のブレスすら弾けないほどに。

 

  徐々に、八重の花弁にヒビが入り始めた。

  おそらく、そう長くは持たないだろう。数にして約十秒ってとこだ。

  そして霊夢たちが無事にブレスの射程圏内から脱出した——と同時に、結界が砕け散り閃光が楼夢を覆い尽くした。

 

  灼熱の暴風。

  それが通り過ぎた跡は酷いものだった。

  遥か彼方の地面には大きなクレーターができている。

  着弾地点にあった砂が触れた途端に蒸発して消えたことで、あそこには深さ数十メートルほどの穴が空いているのだ。

 

  その暴風を食らっても、楼夢は立っていた。

  彼女の服はボロボロに焼き焦げ、ところどころの部分が露出してしまっている。

  肌も同じ。雪のように真っ白かった肌には、酷い火傷の跡が深く刻まれていた。

 

  側から見ればボロ雑巾。

  しかし、その目だけは輝きを失ってはいない。

  ラピスラズリのように光る瞳は、爛々と輝いて火神を睨みつけていた。

 

「……【天地——」

「ッ!? しまっ……!」

 

  雷が、神理刀に宿る。

  それと同時に刃が青白い光に包まれ巨大化し、雷の大剣が誕生した。

  それを上段に構えながら、全力で疾走し火神との距離を詰める。

  その速度は驚異のマッハ3にまで及んだ。

  弱体化していた楼夢を侮っていた火神は反応が一瞬遅れ、気がつけば視界からやや上にに楼夢の姿があった。

 

「——雷鳴斬】……ッ!!」

 

  青の稲妻が天より落ちる。

  それより適した表現はないだろう。

 

  上段から真っ直ぐに振り下ろされた青き雷剣は、火神の左腕に落とされた。

  ギャリッという金属音が一瞬鳴ったが、関係ない。障害などなかったかのように、刃は火神の左腕を両断し、その勢いのまま砂漠の大地を地平線の彼方まで真っ二つに切り裂いた。

 

「ぐっ……ッ! 俺の魔法防壁が紙同然とか、相変わらず化け物じゃねぇか……ッ!」

「……っ」

 

  火神の言葉に返事はなかった。

  まるで全てを出し尽くしたかのように、突如楼夢は脱力し、砂漠の海へと落ちていく。

  元々ルーミアとの弾幕ごっこでボロボロだったのだ。体中は穴を空けられ、凄まじい痛みが襲っているはずなのにも関わらず今度はもっと危険な戦場に飛び込んでいる。

  それは楼夢の本能による行動だろう。

  彼女、いや彼は大切なもの、気に入ったものを決して手放さない。

 

  一方、暴風を無事抜けることができた霊夢は、墜落していくその小さな体を一瞥すると、火神へ視線を向ける。

  決して冷静なわけじゃない。

  手のひらから血が滲むほど強くお祓い棒を握りしめていることから、霊夢の感情が表されていた。

 

「……今までのは反則スレスレと判断していたけど、今のはどうやっても誤魔化せないわ。それについてはどうするのかしら?」

「……へっ、冷静だなぁ博麗の巫女。そして言い訳させてもらえるとしたら、楼夢の飛び入りの加入、あれは立派な反則行為だよなぁ?」

 

  火神は両断された左腕の肩を片方の手で押さえている。顔から流れる汗から、決して痛みがないわけではないのは明白だが、それを表に出さないのはさすがとしか言いようがない。

 

  そして火神が言ったことは的を得ていた。

  多対一の変則弾幕ごっこにおいて、途中から部外者が参加するのは両者の納得が必要だ。

  そして先ほどの楼夢は火神と言葉を交わすことなく彼の左腕を両断してしまっている。

  おまけに、両断した攻撃はルーミアの時とは違って完全な刀による物理攻撃だ。

  これらのことから、霊夢たちは二つの反則を同時に被ってしまったことになる。

 

  もちろん、楼夢が助けていなかったら霊夢たちは今はいないだろう。そこは二人とも感謝をしている。

  だが、博麗の巫女が反則を行ってしまったということには変わりない。

 

「はぁ……」

 

  深いため息をついてしまう。

  本当に、今回の異変は面倒くさい。

  頼りになる親友は脱落してしまい、よりによって残っているのは前回敵として戦った吸血鬼だ。

  しかし、あれだけの実力差を見せつけられてもなお、レミリアの戦意は失われてはいない。

  ならば、まだ勝機はあるはずだ。幸い相手は残機スペカともに一つ、何かが一回当たれば勝てるのだから。

  だから、まずはこの反則のペナルティをどうにかしなければ。

 

「……わかったわよ。私たちの反則を帳消しにする代わりに、そちらの反則も見逃してあげる。反則なんてなかった。いいわね?」

「さすがだ博麗の巫女。俺が要求したことをストライクに当ててきやがった」

 

  「これでまだ戦える」という声を漏らしながら、火神は後ろに大きく下がって距離を作る。

  そして左肩を抑えていた右手を前に突き出す。

 

「さーて、フィナーレだ! ここまで楽しませてくれた礼に、本気でやらせてもらうぜ! ……来やがれ、ルーミア!」

 

  黒い魔法陣が、突き出した右手の先を中心に描かれる。

  そこから黒い粘液状の闇が流れ出し、その中から黄金の髪が姿を現わす。

 

「……ふふっ、ようやく出番かしら?」

 

  常闇の女王、ルーミアは不敵な笑みを浮かべて、霊夢たちを笑うのであった。

 

 

 






「最近更新速度が若干遅い気が……。現実でゲロ吐いて疲れている今日この頃、作者です」

「もうすぐで今期アニメが終わっちまうなぁ。夏のアニメにも大期待、狂夢だ」


「さてさて、今回は結構危ないことが起きてましたね」

「その被害者に楼夢がいる件について。というか耐久G、対神秘力Dの楼夢(弱体化)がよくあんなブレスに耐えれたな」

「そこはまあ楼夢さんの保有スキル『くじけぬ心』のおかげですね。なんとこれ、四肢がグチャグチャになろうが戦闘続行にさせる効果があるんですよね。本来耐久が紙装甲の楼夢さんがよく攻撃くらっても戦闘続行できる理由はこれです」

「これでこの小説最大級の謎が解けたな」

「というわけで、以前紹介したステータスをいつか纏めようと思うので、ご期待ください。それではお気に入り登録&高評価お願いしまーす!」


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暗黒砂漠の終わり

 

 

 

「……ルーミア」

「あら、霊夢にレミリアじゃない。まだ生きてたのね」

「貴方、楼夢に倒されたはずじゃ……っ」

 

  驚愕を浮かべた顔でレミリアは問おうとするが、ルーミアの体に刻まれた大きな斜め線の切り傷に気づいて言葉を詰まらせる。

  その不名誉な傷を見られて、ルーミアも眉を顰める。

 

「まったく……嫌な傷ね。あんなやつにここまでやられるなんて——ッ!?」

 

  そこから先は、言葉が続かなかった。

  なぜなら、ルーミアの腹に高速の蹴りが打ち込まれたからだ。

 

  ゴハッ、と息を大きく吐き出しながら悶絶する。

  その様子を見下ろす人物が一人。

 

「よぉルーミア。お前、よりによって今の楼夢に負けたんだってな?」

「火、神ぃ……っ」

「ほんと、情けねぇやつだ。でも俺は寛大だ。汚名挽回のチャンスをやろう。さあ、さっさと準備しろ」

「わかっ、たわよ……っ」

 

  少しよろめきながら、ルーミアは姿勢を戻す。

  その横に片腕を失くした火神が立った。

 

「……火神だって左腕切られてるじゃない」

「ぁあ! なんか言ったか!?」

「だからわざわざ魔法防壁を体に展開させてたくせに、どうやったらそんな綺麗に切られるのかって言ってるのよ!」

「うるせぇ! 調子に乗んな!」

「もぎゅらんっ!?」

 

  再び火神の蹴りがルーミアに打ち込まれ、悶絶する。

  まったく……、と呟きながら、問題のある部下のことを思考した。

 

(だからめんどくせぇんだよこいつ。蹴られたいがためにわざわざ煽ってくるんだから、やりにくいっちゃありゃしねぇ。今も体をくの字に折り曲げて顔を見えなくはしているが、その下が笑顔で埋まっているのは知ってんだぞ)

 

  再び深いため息をつく。

  もうこれの性格についてはどうしようもない。元々M気質だったのを、ルーミアが部下になるまで殴り続けたのは火神だし、責任は一応ある。

  ただもうちょっと無口で理性的だったら良かったのにと思わないことはない。なまじ顔は好みの部類であるため、残念さは倍増していくのであった。

 

  閑話休題。

 

  これ以上霊夢たちを待たせるのはマナー違反だと思った火神は、彼女らの方にゆっくり振り向く。

 

「……攻撃してこなかったとは意外だな。ルーミアと話している時が最後のチャンスだったんじゃないか?」

「あれほど濃い殺気撒き散らかして何言ってるのよ。あそこに割り込んでたら、間違いなく三途の川を渡ってたわ」

 

  それもそうだな、火神は笑う。事実、彼の周りには牽制するように殺気が放たれていた。

 

「そんじゃまあ、ラストスペル行くか」

 

  軽いかけ声とともに、右手を前に突き出す。

  するとルーミアが黒い光となって彼の右手に集まり、凄まじい魔力の奔流を垂れ流しながら形を作っていく。

  そして火神は、自身の相棒の名を呼んだ。

 

「食らいつけ——【憎蛭(ニヒル)】」

 

  その名を呼んだ瞬間、辺り一帯は漆黒に包まれた。

  そしてしばらく経ってそれが徐々に収縮していき、武器となって火神の右手に収まる。

 

「あれは何かしら? 見たこともない武器ね」

「ルーミアが武器になったのはわかるんだけど……バール?」

 

  それは、黒いL字バールの形をしていた。

  形状だけで見ると笑い物だ。だが、それが放つ濃厚な死の気配が、霊夢とレミリアに緊張を解くことを許さない。

  これこそ火神の妖魔刀【憎蛭】。

  もっとも振り回しやすく、殴殺しやすい形状という火神のリクエストによって、この武器はバールの形を保っている。

  依り代はルーミア。大妖怪最上位が武器となった憎蛭は、間違いなく世界一、二を争う威力を秘めた武器だろう。

  それが今、霊夢たちの前に佇んでいる。

 

「レミリア、覚悟はいいかしら?」

「そんなものとっくにできてるわよ」

「ならいいわ……行くわよ!」

 

  青い空の中、全速力で二人が飛び出した。

  それに合わせて、最後のスペカカードが宣言される。

 

「永暗【無限の暗黒(インフィニメントノワール)】」

 

  そして、世界が闇に包まれた。

  あんなに青く、暑かった灼熱地獄は消え去り、代わりに闇が空を覆い尽くしている。

  まるで夜になったようだ。

  夜の砂漠は非常に寒く感じられ、二人は思わず体を震わせた。

 

  そして、ここからが本番だ。

  砂漠には灯などというものはない。本来なら月が世界を照らすはずなのだが、この仮初めの夜に月は存在しなかった。

  そうなれば必然的に何も見えなくなってしまう。

  例外なのはレミリアだが、それでも見えにくいことは確かだ。

 

「くそっ、いくら夜目が利くといっても限度があるわよ!」

「そっちにいるのねレミリア! よかったわ、これを受け取りなさい!」

 

  霊夢は何かをレミリアの声がした方向に投げつける。それはレミリアの服に張り付くと、そこから懐中電灯ほどの光を発した。

  突然の光に驚きつつ、霊夢が何を投げたかを見る。

  お札だ。

  よく周りを見れば、別の場所でお札が発光しており、それが霊夢を照らしていた。

 

「……お札って便利ね……」

「いや、普通はあんな使い方しねぇぞ?」

「それもそうかし……ッ!」

 

  レミリアは突如聞こえた謎の声の正体にいち早く気づき、いち早く身を捻る。

  すると先ほどまでレミリアがいたであろう場所に、大量の黒い槍が殺到する。

  安心している場合ではない。

  身構えると、次の弾幕に対応できるように感覚を研ぎ澄ます。

 

「無駄だ。お前じゃこの闇は見抜けない」

「そっちね! くらいなさい!」

「だから無駄だと言っている」

 

  声が聞こえた方向に弾幕を放つが、それはすぐに見えなくなった。

  通常弾幕は発光しているので、暗いところで放つと目立つのだが、それは一切感じられない。

  まるで、弾幕自体が消されたようだ。

  そして代わりに背後からレミリアを襲ったのが、複数の闇でできた剣だった。

 

「ッ! どこから来るのかまったくわからない!」

 

  叫ぶとともに真上に飛翔。

  だが、そこでレミリアを待っていたのは、四方から迫る刃の群れだった。

  もはやなりふり構っていられない。

  狙いも定めずに大量の弾幕をむちゃくちゃにばら撒く。

  幸いにも、それによって刃の大半は撃ち落とされたが、残るいくつかが彼女の服にいくつもの切り傷を刻む。

  被弾はしていない。とっさのグレイズだったが、刃だったのでかすった分、肌から血が何箇所も流れ出てくる。

 

「……っ、見えない弾幕に見えない敵なんてありなの……っ!?」

「今お前が被弾してないのも、ルールに沿って隙間を作ってるからってこと忘れんな」

「余計なお世話、よっ!」

 

  すぐさま弾幕を放つも当たるはずがない。

  その時、レミリアの近くにもう一つの灯が近づいてきた。

 

「霊夢っ!?」

「ついて来なさい! じゃなきゃ当たるわよ!」

 

  唐突な霊夢の指示に一瞬躊躇うが、迷っている暇はない。

  全速力で飛ぶ霊夢のすぐ後ろに追従するように、翼を羽ばたかせて飛翔する。

 

  霊夢は上下左右に飛び回る。それについていくのは大変だったが、いつのまにか全ての攻撃を避け切っていることに気づいた。

 

「……ちっ、どうなってやがる。博麗の巫女には透視能力かなんかがあるのか?」

 

  火神が驚くのも無理はない。

  手に持つ憎蛭を掲げると、周りに三桁を超えるであろう槍、剣、斧などの数々の武器が闇によって形成される。

  それを霊夢たちが回避するであろうコースまで先読みした上に放っているのに、まるで全てを把握しているかのようにその全てがことごとく避けられるのだ。

 

「くそったれがっ! あいつは避けゲーの神かなんかかよ!」

 

  遠くから聞こえる火神の声に、霊夢は同じ言葉を吐き出したくなった。

  一応今は勘のおかげで避けれているけど、こちらから攻撃する手段がない。そして相手がまた反則スレスレの攻撃をしてくるかもしれない以上、時間はかけていられない。

  まさにジリ貧だ。

  せめて相手の位置がわかれば……っ、と霊夢が呟いたその時、

 

 

  ——黒い天空に、幻の月が浮かび上がった。

 

  突如現れたそれは、世界に光を降らせ、闇を浄化させていく。

  そして、薄暗さは残るものの、霊夢たちが火神を視認できるほど世界は明るくなった。

 

「なんだこの光は……っ! ルーミア、どうなってやがる!?」

『知らないわよ! 誰かが私の闇を解析して、それを打ち消す光を作ったんだわ!』

「こんなことができるのは……ッ! お前か楼夢ゥゥ!!」

 

  火神は見通しが良くなった砂漠の一点を睨みつける。

  闇夜に浮かぶ幻の月。その真下の大地に、二つの影が見えた。

 

「へ、へへ……っ。どうだ霊夢、何だかんだ言って私は役に立つだろ?」

「あははは! そっちがルールを逆手に取るなら、こっちもやるまでだよ! 直接的な干渉はしてないからセーフだよね?」

 

  魔理沙は倒れこみながら疲れ切った笑顔を、楼夢はうざいほどのドヤ顔をそれぞれ火神へと向ける。

 

  打ち上げられた幻の月の手品は、もちろん幻覚なんかじゃない。

  これは楼夢によって作られた、浄化の光を降らせる作り物の月なのだ。

  最初楼夢はこれを一人で作ろうとしたが、ルーミア戦で消耗しており、とてもそんなものを作れる魔力はなかった。

  しかしそこで砂漠で転がっていた魔理沙を見つけ、彼女に全魔力を提供してもらったのだ。

  あえて、この技を名付けるとするなら——

 

「【月の波動】とでも言っておこうかな。そんなことより、ラストは任せたよ霊夢!」

「言われなくても! ラストワード——【夢想天生】ッ!!」

 

  そして、霊夢の最終切り札が切られた。

  彼女の姿が、この世全てから浮くことによって半透明となる。その周りには七つの陰陽玉が発車前の砲台のように、今か今かと待ち構えている。

 

「……へっ、楽しくなってきたじゃねぇか! ——ルーミア!」

『死になさい!』

 

  火神矢は憎蛭を何もない前方に振るう。

  すると彼の後ろに三桁を余裕で超える量の闇でできた武器と、数十もの魔法陣が出現した。

 

「ヒャハッ! テメェにこれが避けれるか!?」

「……無駄よ。今の私には、全ての攻撃は届かない」

「聞こえねぇ、なぁっ!!」

 

  叫ぶと同時に一斉掃射。

  様々な角度から剣が、槍が、メイスが、斧が。

  あらゆる魔法陣から弾幕やレーザー、果てには闇の触手が霊夢一人のために放たれる。

 

  しかし、当たることはない。

  次々と迫り来る視界を埋め尽くすほどの攻撃。それら全てが霊夢の体を貫き、通り過ぎていく。

 

  霊夢は眼前の敵に向かって前進する。

  止まらない。止まらない。

  あらゆる武器も、あらゆる魔法も彼女に届くことはない。

  なぜなら、今の彼女は世界からも()()()()()、つまりこの世には存在しないからだ。

 

  そして十分な距離まで近づいた時、霊夢の陰陽玉から無数の弾幕が解放される。

  それらはデタラメな速度かつ複雑な軌道で火神に襲いかかった。

 

「……っ、まだまだダァッ!!」

 

  しかし相手は伝説の大妖怪。

  いかなる『必殺』も、彼の前では『必殺』足り得ない。

 

  ——【バニシング・シャドウ】。

  突如、霊夢の弾幕地獄の中から火神の姿が消える。

  最後の最後まで残していた最大の弾幕群は何もない空間を通り過ぎてゆき、互いに互いをぶつからせ、消滅させることで終わった。

 

  そして、闇夜の空に火神の姿が浮かび上がる。

  霊夢の方を見ると、糸が切れた人形のように静止して何も動かなくなっている。

  もはや動く体力すら切れたのだろう。あらゆる攻撃を受け付けない半透明状態は続いているものの、彼女の周囲を浮いていた陰陽玉は七つ全てが砕け散っている。

  これで、彼女はもう先ほどのような弾幕は放つことができない。

  勝利を確信し、笑みを浮かべようとした瞬間、斜め下から感じた殺気に思わず目を向ける。

 

  そこには、幼き吸血鬼の姿が。

  その手には巨大な真紅の槍が握られている。

  五枚目、最後の宣言。

  スペルカードが、解き放たれた。

 

「お父様の仇よッ。神槍【スピア・ザ・——」

「遅ぇんだよ!」

 

  しかしそれすらも、火神の計算通り。

  レミリアが槍を大きく振りかぶった瞬間、彼は憎蛭の先端を杖のように彼女に向ける。

  そして、そこに魔力が集中していき——黒い閃光が、放たれた。

 

「——グングニル】ッ!! ……ぐっ、ああああああッ!!!」

 

  神槍が放たれる。そして一泊遅れて、レミリアは黒い閃光に呑み込まれ、墜落していく。

  悪あがきか、と火神は一人呟く。

  閃光に呑まれる前に慌てて放ったためか、レミリアの神槍は狙いが外れて火神の右肩より上を通り過ぎていった。

 

「ハッ、精一杯の努力ご苦労さん! これで、俺の——」

 

  言いかけた瞬間、違和感が火神の中で生じた。

  ……博麗の巫女の姿がない。

  そしてその答えは、後ろから聞こえる風切り音によって解消された。

 

「ハァァァァァァアアアアッ!!!」

 

  火神の後ろに回り込んでいた霊夢は、迫り来る神槍を掴むと矛先を標的向け、全力の投擲の構えを取る。

 

  ……こいつら、まさかわざとか……ッ!

  それに気づいた火神は後ろを振り返り、長年の戦闘経験からの反射で憎蛭を向けて、霊夢のこめかみ目掛けてレーザーを放つ。

 

  しかし、それは霊夢の頭を通り抜けていくだけで終わった。

  火神の失態。それは、攻撃が通じない霊夢から逃げずに反射的に攻撃してしまい、隙を彼女に見せることになったことだ。

 

「これで……終わりよっ!」

「……ちっくしょぉぉぉぉぉがぁぁぁぁッ!!!」

 

  超至近距離からの神槍の投擲。

  それはとっさに割り込ませようとしたバールの防御をすり抜け——火神の胸へと、突き刺さった。

 

  血しぶきが舞う。

  体に張っていた魔法防壁を壊されていたため、今まで無傷だった彼の胸から槍に伝って、血が流れる。

  その光景を見ながら今起きたことを実感し、火神はため息をついた。

 

「……あーあ、俺の敗北かぁ。だが、悪くねえ。この俺を倒したこと、光栄に思いやがれ」

「そりゃ、どう、も……っ」

 

  皮肉げな笑みを浮かべた後、霊夢は砂漠の海へと落ちていく。

  もはや飛ぶ気力さえない。

  下から親友と桃色の妖怪が自分の名前を呼んでいる気がするが、答えることもできない。

  流れに身を任せ、博麗の巫女——博麗霊夢の意識は深い眠りについた。

 





「ヒャッハーー! 修学旅行行きたくねェェェェ!! 作者です」

「ホームシックにもほどがあるだろ……狂夢だ」


「まさか、今回一枚のスペカで一話終わるとは思いませんでしたよ」

「まあ、あんなほぼ反則スペカ出してる時点で結構おかしいんだがな」

「まず相手の視界を封じ、さらには無限武器生成ですもんね。作中でも言った通り、まさしく見えない敵に見えない攻撃、というわけです」

「ほぼ霊夢がいたから勝てたもんだしな」

「もしこのスペカを破れるとしたら誰がいると思いますか?」

「まず俺と楼夢、後は紫だな」

「どうやって攻略するんですか?」

「そうだなぁ。俺と楼夢は作中の【月の波動】を使った後、迫り来る全ての攻撃を俺は撃ち落とせるし、楼夢にはそもそも当たらないだろ。紫は能力使って、その後頑張ればできると思うぜ」

「……そういえば、剛さんじゃダメなんですか? 伝説の大妖怪なのに」

「……お前は鬼火以外まともに妖術を使えないあいつが、あれを突破できると思うか?」

「……すんません、できそうもないです」


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ハロウィンラッシュ異変後の宴会

 

 

「……んっ、ぐ……」

 

  まどろみの中、意識が取り戻されていく。

  まるで暗い世界から光の世界に一気に引っ張られたような。

  先ほどまで闇に落ちていた自分には眩しすぎる光が、霊夢の目蓋の隙間から飛び込んできた。

 

「……ここは……?」

 

  未だはっきりとしない意識のまま起き上がり、周りを見渡す。

  ……見覚えのある空間だ。いや、当たり前か。なにせ自分の部屋なのだから。

  ふと視線を下に向ければ、そこには敷かれた布団が。

  どうやら自分は、あの戦いで意識を失った後、誰かにここまで送ってもらったらしい。

 

  温もりがまだ残る布団から抜け出し、体の様子を確かめる。

  服はいつもの紅白の巫女服ではなく、白い寝巻きを着ている。勝手に服を脱がされていたことに少し羞恥を覚えるが、まあいいだろうと表情には出さずに落ち着いた。

  霊力は全快とは言えないものの、八割ほど回復している。

  このことから、自分は一日以上寝込んでいたのだということ察した。

 

「……とりあえず、出るか」

 

  光が漏れる障子に手をかけ、横へと移動させる。

  途端に部屋へと流れ込む日の光。

  目を半目にしながら縁側を歩いていくと、桃色の髪を持った美しい少女が座って茶を飲んでいるのが見えた。

  体中火傷だらけだったはずなのに傷はもうなく、雪のように白い肌が衣服の間などから見える。

 

「……あんた、何人んちの茶を勝手に使ってるのよ」

「あっ、霊夢起きたんだ。ちょうどいいや、作ったばっかだから貴方も飲む?」

 

  まるで自分の家のように馴染んでいる楼夢に呆れた声で話しかけても、彼女はマイペースに笑顔のままだった。

 

「……茶碗がないわよ?」

「問題ナッシング! 私のを使えばいいよ」

 

  そう言って楼夢は博麗のにも似た、黒い巫女服の袖に手を突っ込んで高級そうな茶碗を取り出す。

  ……あの袖は本当にどうなってるのやら。亜空間につながっているのは確かだが、そんな超高等技術を目の前の中級妖怪が持っているとはとても……。

 

  その時、霊夢は思い出す。

  火神との弾幕ごっこの時、自分の身を犠牲にして霊夢を守ってくれたのが彼女だということに。

  そればかりか、最後のスペカで闇を晴らした月も、楼夢が作ったものだという。

 

「……助けられてばっかね、私」

 

  不意に、自然と口からそんな言葉が漏れた。

  それを聞いてか聞かなかったか、楼夢は茶碗にお茶を注ぐと、縁側に座り込んだ霊夢にそれを差し出した。

 

  何も言わずに受け取り、それを口に運ぶ。

  ……美味い。まるで体の芯からジーンと暖まってくるようだ。

  心なしか霊夢の表情が緩んだのを見て、楼夢は語り出す。

 

「……いいんだよ、そんなことは。霊夢が死んだらここ数百年分の娯楽を一気に失いそうだったからね。故に私が霊夢を守るのは当然のことだよ」

「妖怪に助けられるのがそもそもの間違いなのだけれどね」

「でも嫌いじゃないでしょ? 役割とか以前に、霊夢は妖怪を面倒くさいと思ってても憎いと思ったことはないはずだよ」

「……なぜそうだと言えるのかしら?」

「誰だってわかるよ。じゃなきゃスペルカードルールなんてもの作らないもん」

「……」

 

  黙り込んだ霊夢を見て、図星だね、と楼夢は微笑む。

  その妙に悟り切った表情を見て、霊夢は複雑な感情を抱いた。

 

「……体は子供のくせに、妙に精神が成熟してるせいでちょっと不気味に感じるわ」

「それが妖怪ってやつだよ。現に私は霊夢よりずーーっと年上だしね」

「それじゃ何歳なのよ?」

「それは秘密」

 

  口に人差し指を当てて楼夢はそう答えた。

  ——うわぁ、面倒くさい。だから妖怪は嫌いなのよ。

  思わずその済まし切った顔にお祓い棒を叩き込んでやりたくなったが、我慢我慢。そんなことをすれば、さらに彼女の思うがままだ。

 

「……まあ何歳でもいいわ。とりあえず、今回の異変を手助けしてくれたことには感謝するわ」

「そりゃ良かった。……ああそうそう、霊夢に伝えることがあったんだった」

「……何よ?」

 

  楼夢が綺麗な笑みを浮かべる。

  だが、この妖怪が大抵こうやって意味もなく微笑んだ時はロクなことが起こらない。

  そしてそれは見事に的中した。

 

「——今日の夜、宴会開くから準備よろしくね?」

 

 

  ♦︎

 

 

  夜。宴会の始まり。

  今回の宴会は、霊夢が起きた日に行ったことから、以前の紅霧異変よりかは小規模なものになっていた。

  もちろん、私も困った孫を手助けしてたのだけれど、やっぱ一日じゃあまり大きなものにできなかったらしい。

  こりゃ間に合わんと思って、ダメ元でレミリアのとこに交渉に行ってみたら意外と協力的だったのが救いかな。

  なんと、酒以外の全ての料理を担当してくれるとか。

  さっすが紅魔館。金に困った時の紅魔館だね! ……私が金に困ることなんてないと思うけど。

 

  そして、宴会が始まる。

  今回の参加者は紅魔館勢全員と、妖精が数人、それと私と魔理沙、霊夢。そして火神とルーミアだ。

  それにしても、美鈴とパチュリーが来るのは意外だったな。美鈴は門番の仕事があるはずだし、パチュリーは通常外に出たがらない。

  果たしてどんな意図があってここに来たのやら。

 

  ……まあいっか。

  【奈落落とし】を【鬼神瓢】に入れて酒のレベルを上げたものを、グイッと口に入れる。

  今日は宴だ。他人を勘ぐるような無粋な真似は良くない。

  とりあえずは旧知の友に会いに行ってくるか。

 

  彼らはすぐに見つかった。

  まあ、神社の縁側に二人ポツンと座ってたら目立つなわそりゃ。

  二人とも異変時の怪我はもう治っており、火神に至っては新しい左腕が生えてたりする。

  ……うむ、妖怪ってすごいな。

 

「ちゃーす火神とルーミア。宴会は楽しんでる?」

「楽しむも何も、ただ酒を飲むだけじゃねぇか」

「あれだけ派手に動いたからかしらね。今のところ、誰も私たちに接触しようとは思ってないみたいよ?」

「しょうがないねぇ。ここは親友が話し相手になってやろう」

「誰が親友だ誰が」

 

  そう言いつつもルーミアの闇の中から盃を取り出す火神とルーミア。

  微笑みながら、私は瓢箪内の酒を火神の盃だけに注いだ。

 

「……おいピンクアホ毛頭」

「どうしたの変態犬?」

「なぜ私の盃には酒を入れないのかしら?」

「あらやだ、仮にも最強と謳われた伝説の大妖怪でもある私が目下の奴隷如きに注ぐわけないじゃないですかぁ?」

「……ぶっ殺す」

「その時は娘たちを動かすから大丈夫」

 

  さすがのルーミアも娘たち三人が相手じゃ分が悪い。

  そのことを知ってるからか、ルーミアは「ちっ」と吐き捨てると自前の酒を盃に注いだ。

 

「それにしても、まさか火神が負けるとはねぇ……」

「テメェも負けただろうが。……でもまあ一対一だったら勝てただとか、そういった文句は言わねえよ。あいつらが強かった、ただそれだけだ」

「ふふっ、もしここで言い訳でもしたら思わず首を切っちゃうところだったよ。よかったよかった」

「その時はその時だ。逆にぶっ殺してやるよ。……それで、いつまでコソコソと覗きをしてるつもりだ?」

 

  私と火神、そしてルーミアはある一点を睨みつける。

  するとそこから空間が割れ、金髪の髪を揺らしながら紫が出てきた。

  彼女は立派な淑女のような笑みを浮かべると、

 

「……あらあら、バレてましたか。相変わらず恐ろしいことで」

「紫、そんな猫被らなくていいよ? 私たちは全員、貴方の性格は知ってるから」

「ちょ、ちょっと! 猫被ってるとか言わないでよ楼夢! 恥ずかしいじゃない!」

 

  はい、カリスマブレイク入りましたー。

  いくら妖怪の賢者らしく振る舞おうとしても、所詮は身長165に届かない少女。体の幼さに引っ張られるように、精神年齢はそこまで高くはないのだ。

 

「あら、覗き見なんてやぁねぇ。これだからオバサンは」

「あらあらそちらこそ、目上の人物に対して無礼なことをするなんて、恥さらしなオバサンねぇ」

「……やるのかしら?」

「……ええ、受けて立つわ」

「二人とも落ち着きなさいっての」

 

  もはや頭に血が上ってしまっている二人をそれぞれ袖から取り出したハリセンで引っ叩く。

  とまあこのように、紫とあまり大差ない身長、大差ない年齢のルーミアは自然と精神年齢が同程度らしく、出会うたびにこうやってメンチを切り合っている。

 

  というかお前らがオバサンだったら私たちはどうなるんだってばよ。

  確かに、彼女たちは数千年は生きているだろう。しかし私たちにとっては『たかが数千年』だ。

  こちとら六億越えのおじさんだぜ? 桁が五個ほど違うっつーの。

 

「相変わらず苦労してそうだねぇ」

「……ええ、全くです」

 

  紫に続いてスキマから出てきた藍に労いの言葉をかける。

  とはいえ、藍は藍で、隠そうとしているのかは知らないけど、チラチラと火神を凝視していた。

  もちろんそんな視線に気づかないはずもなく、気だるそうな顔で顎を上に上げながら火神は藍に声をかけた。

 

「……何の用だ? めんどくせぇから単刀直入で言え」

「……私のことを覚えていないのだな」

「あ? 覚えてないも何も、初対面じゃねぇか。たとえお前が俺を知っていようが、俺が覚えてなければそれは初対面だ。わかったか?」

「……っ」

 

  むちゃくちゃ理論だね。

  というか顔見知りだったんだ二人って。……いや、今さっき否定されたばっかか。

  とはいえ、それで通せるのが私たちだ。厳しいけど、この場合火神の頭に残るほどの印象を与えれなかった藍が悪い。

  もちろんそんな理論本人が納得できるはずもなく、無言ではいるものの、徐々にその怒りのボルテージは上がっていってるように感じられる。

  それに気づいたのであろう紫が、横から補足するような形で言葉を挟んだ。

 

「ほら、安倍晴明って覚えているかしら? 確か天皇の依頼で彼と共闘した時に会ってるはずよ」

「ああ、晴明か。あいつは中々面白いやつだったな。人間にしとくのが惜しかったぐらいだ」

 

  いやちげえよ。

  何藍じゃなくて安倍晴明のこと思い出してるんだよ。

  ……まあこれの性格上、本当に藍のことを忘れてる可能性の方が高い。

  まあ安倍晴明のことを覚えている理由は、多分実力じゃなくてその人間性が面白かっただけだろうから無理はないのか。

 

「ちなみに安倍晴明なら、その後初代白咲の巫女と結婚して生涯を終えたよ。墓ならあるけど、お参りに行ってくる?」

「別に……いや、やっぱ行っておこう。あいつには都に来たばっかのころ世話になったからな。せめてもの礼だ」

 

  ふむ……なんだか湿っぽくなっちゃったな。

  まあでも全員が沈黙してるからちょうどいいか。

  私は話を切り替えるように、紫の方に顔を向け、口を開いた。

 

「それで紫。わざわざ認識阻害の結界を張ってまでここに来て、何の用かな?」

「今回の異変で問題になってることについて、ちょっと話しておこうかと思って」

 

  異変か……正直ルーミア、火神とのボスラッシュの印象が強いんだけど、一応はお菓子が盗まれる異変だったんだよね?

  それに、私は白咲神社と紅魔館にルーミアの眷属が押し寄せて来たぐらいしか知らない。

  えっ、神社は無事だったかって? いやいや、大妖怪最上位が三人もいるんだよ? たとえ千が万に変わったところで殲滅してただろうね。

 

「今回眷属が送られた場所は紅魔館、白咲神社、妖怪の山、人里、魔法の森、そしてどうやって位置を特定したかは知らないけど私の屋敷にも来たわ」

「ん? じゃあ紫も何か盗られたの?」

「まさか。屋敷全体を結界で覆って、内側から一方的に攻撃して殲滅したわよ。むしろあれだけの戦力がいながら侵入を許した紅魔館がおかしいわよ」

「いやいや、紅魔館全体を結界で覆うなんて彼女らじゃ無理でしょ。あの時でそれができそうなのは霊夢だけだったし、彼女が主犯叩く前に疲労してちゃ問題だったからね」

 

  実際あの判断は正しかったと思われる。

  ちなみに紅魔館の防衛戦に参加したらお菓子をたらふく食べさせてくれるという約束だったけど、霊夢は気絶してたため残念ながら不参加となっていた。

  でもでも、それを見越して私がいくつか霊夢用にもらってたのを届けたら両腕がブンブン振り回されるほど感謝された。

  ふふ、これで孫からの好感度アップだね! 計画通りに。

 

「それで、一番被害が出たのはどこなんだぁ?」

「妖怪の山よ。それにしても、五万越えの眷属送るなんてやりすぎじゃないかしら? 場合によっては宣戦布告と間違われても仕方ないわよ?」

「妖怪の山の天狗は数が多いからな。それを考えた上でのあの数だったんだが、天狗も随分と弱体化したもんだ」

「火神が直接作った眷属は私のより若干強化されてるし、それが原因だと思うわよ?」

「……」

 

  すっかり忘れてたという顔をする火神。

  その後誤差だ誤差と言って開き直ってしまうのが恐ろしい。まあ、そんぐらいメンタル強くなきゃ伝説の大妖怪なんてやってられないか。

  さらに詳しく事情を聞いてみたところ、妖怪の山はコテンパンにやられたようだ。

  幸い死者は奇跡的に二桁に届かない程度しか出てないらしいけど、建物なんかは結構壊されたみたいだ。

  心の中で今ごろ仕事に追われまくってる天魔を思い浮かべると、静かに彼女に向かって合掌する。

 

「それで、話はそれで終わり?」

「いいえ、最後に今後の行動方針を聞きたいのだけれど」

「あ? んなもんねぇよ。好きな時に遊んで好きな時に寝る。それだけだ」

「うわぁ、ニートぽい」

「ガチの職なしで養われてるお前に言われたかねぇよ!」

 

  むっ、失礼な……。

  私だってゲームして漫画読んで甘いもの食べて……あれ? 本当に私ってニート?

  い、いやいや。仮にもほら私縁結びの神ですし。ちゃんと働いていますし。

  でもあれって参拝客が山の麓の拝殿にある賽銭箱に賽銭を入れると、それがトリガーとなって恋愛運を一割程度押し上げる術式が発動する仕組みになってるんだよね。

  もちろん神力がなければ発動しないんだけど、そんなもん定期的に拝殿に充電するような感じで溜めとけばいいしね。

  ほら、よく考えたら私ってニートじゃない。

  たとえ一ヶ月に十分程度しか動かなくても、一応働いてはいるんだ!

 

「——というわけで、私はニートじゃない!」

「あー、はいはい。つーかあのスキマ妖怪帰っちまったぞ?」

「長過ぎて退屈なのよ。暇すぎてあくびが出ちゃうわ」

「酷いよみんな!」

 

  紫が帰ってったから認識阻害の結界も消えているというのに、酒が入っているせいか大声で騒いでしまった。

  当然少女の大声が聞こえればそれは気になるわけで、周りは一瞬私たちに目を向ける。が、状況がある程度わかったのかすぐさま外した。

 

  そんな中、私たちの方に向かって歩いてくる足音が三つあった。

  ふむ……気配からしてこれは彼女らのだね。

  私は刺激を与えないため、笑顔で彼女らを迎え入れる。

 

「ふふ、よく来たねフラン。それにお久しぶり、チルノと大ちゃんも」

 






「今回は恒例の宴会編ですね。最近宴会編のサブタイトルに困ってる作者です」

「イナズマイレブンの新アニメにどっぷりハマってる狂夢だ」


「いやー、火神さん主催の異変も無事終わりましたね」

「というわけで今回の異変、火神たちの敗因を探っていこうぜ!」

「いやいや、敗因って……あんなのほぼ運で負けたようなものだし、決定的なものは……あっ」

「ん、なんか見つかったか?」

「いえその……以前書いた二人のステータス表の保有スキルに【強者の余裕:G】ってのがあったのを思い出しまして……」

「……名前の響きからなんか察せたわ」

「これ、実は相手が自分より劣る時、無意識に油断しやすくなるというものでして……」

「そこを突かれたからあいつらは負けたってことか。……ブフッ、ここまで情けない理由だったとはな!」

「……あの、一応言いにくいことなんですが……」

「あ? なんだ?」

「狂夢さんも【強者の余裕:G】持ってますよ?」

「……」


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ハロウィンラッシュ異変その後の宴会②


評価バー見てみたら黄色から緑に下がってまた黄色に戻ってた。
実に安定しない作品だなぁ、と最近思った瞬間でした。


 

 

 

 

「お姉さーん!」

「おーす楼夢! 遊びに来たぞ!」

「ダメだよ二人とも……楼夢さんすごく酔ってるし」

「ふぇっへっへー。可愛い嬢ちゃんたち、お姉さんと一緒に遊ばない?」

「子供に何爆弾発言してんのよこのアホ毛!」

「もギュルっ!? あ、頭はダメだよ頭は……」

 

  よだれを少し垂らしながら両腕を広げて歓迎のポーズをとる。

  そして調子に乗って酔っ払った私の発言を聞いたルーミアの強烈な拳骨が叩き込まれ、情けない声を上げてしまった。

  ていうかルーミアさん、貴方いきなり保護者面してどうした? なんだかルーミアのチルノたちを見る目が慈愛に満ちてる気が……。

 

「あ、そうだ楼夢! ルーミアがどこに行ったか知らない?」

「ルーミア? それならここに——」

「口を閉じてなさい!」

「ヴィンチッ!?」

 

  ビ、ビンタはないでしょ……。

  急に私を殴ったことによって三人は訝しげな視線をルーミアに送る。

  しかしルーミアは「何でもない何でもない」と手でジェスチャーしながら答え、

 

「あ、私ちょっとお腹痛いかも! というわけでここを抜けるわ!」

「あ? さっきまでとてもそうとは思えなかったんだが……」

「痛いものは痛いの!」

 

  ルーミアは火神にそう告げると、一目散に森へ駆けて行った。

  なにがしたいんだあいつは?

  しかし数分後、彼女は再び戻ってきた。……幼女の姿で。

 

「みんなー、お待たせなのだー!」

「やっと来たか子分二号! じゃあ、出発するぞ!」

「ああ、ちょっと楼夢に用事があるから先に行ってて欲しいのだ」

「? まあいいや、関西深い私はいつでも待ってるからな!」

「チルノちゃん、それを言うなら寛大深いだよ」

 

  そう言って、色々とハイなチルノたちが去っていく。そして完全に姿が見えなくなると、ルーミアは満開の笑顔からいつもの冷徹な表情に戻って私たちに向き合った。

 

「意外だねー。ルーミアにも火神以外を大切にする気持ちはあるんだ」

「……火神が来る前からの縁よ。我ながらあの笑顔に惹かれたなんてね。笑いたければ笑えばいい」

 

  若干顔をうつむかせながら、ルーミアは呟く。

  まあそうなるのも無理はないわな。今まで散々自分以外を見下していたくせに、今さら弱者と戯れているんだから。

 

  チラリと火神の表情を覗く。しかし無反応で返されてしまった。ムカついたので肩を揺すってみても無反応。

  仕方がないので真正面から火神を見る。すると大きないびきが聞こえた。

  ……こいつ、こんなシリアスな時に寝てやがる……!?

 

「……【空拳】」

「ブゴハァッ! なんだ、敵襲か!?」

「ちげぇよテメェ! 今お前の相方悩んでるところだっただろうが! よくそんな時に寝てられんなオラ!」

「……楼夢、口調が戻ってるわよ」

 

  おっといけないいけない。心を落ち着かせ、元の口調へと戻す。

  っと、そんなことよりもだ。

  火神は眠そうに目をこすると、目の前でうなだれてる少女ルーミアを鼻で笑った。

 

「こいつが抱えてる問題なんてしらねぇよ。自分で責任取れるんならいいんじゃねぇか?」

「だってさ、ルーミア。もう火神に怒られる心配はなさそうだよ」

「……相変わらず適当ね。それじゃあその言葉の通り、好きにさせてもらうするわ」

 

  そう言い残すと、ルーミアは両腕を広げながらチルノたちの方へと去っていった。

 

「ねえ、あのポーズってなんか意味あるの?」

「『人類は十進法を採用しました』って言ってるんじゃねぇか?」

「いやいや、あれは『私の胸に飛び込んでおいで』と言ってるに違いないよ」

「……確かに、そんな風に言っている気が……」

 

  ちなみに正解は『人類は十字架に磔られました』だったらしい。

  その後冗談で予想を口にしたら、半日近く追いかけっこが続きました。

  だったらもうちょっとわかりやすいのにしてほしいものだ。

 

「……さて、だいぶ酔ってきたかな?」

「へっ、まだまだだっての」

「よろしい。なら二回戦の始まりだ」

 

  たった今満タンになったばかりの盃を軽くぶつけ合って乾杯をすると、一口で私たちは中の酒を飲み干す。

  その後はドロドロの飲み勝負と化し、私たちは珍しく酔いつぶれたのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「まったく。今回の異変は酷い目にあったぜ」

 

  やれやれという風なポーズを取りながら、魔理沙は宴会料理に手をつける。

  彼女の体にはところどころ包帯が巻かれていた。

  当たり前だ。魔理沙は楼夢やレミリアのように妖怪ではない。霊夢は弾幕ごっこで直撃はしていなかったため、大きな怪我はなかったが、あの極太レーザーを正面から浴びた魔理沙は一撃で戦闘不能になるほどの怪我を負った。

 

  だけどまあ、それでも元気そうにしてるのが我が親友の長所なのだが。

  そう思い、霊夢は酒を一口飲む。

  その隣ではレミリアが大口を開けながら異変のことを自慢げに語っていた。

 

「……そう言えば、紅魔館の住人が全員来るなんて珍しいわね。なんか企んでたりするの?」

「まさか。あんな異変の後に一悶着起こすつもりはまったくないわよ。二人ともあの伝説の大妖怪絡みで来てるに過ぎないわ」

「伝説の大妖怪、ねぇ……」

 

  あの反則だらけの弾幕ごっこを思い出す。

  今回生き残ったのは完全にルールのおかげだ。もし殺し合いにでもなったら一分間すら持つことができないだろう。

  そこが、霊夢を悩ませる種になっている。

  今まで妖怪たちがルールを守って来たのは、博麗の巫女と妖怪の賢者から身を守るためだった。当時弾幕ごっこ成立時は反対する妖怪はほぼ殺し尽くしたし、それのおかげで今の平和は保たれていると言える。

 

  しかし、その常識を覆す存在が現れた。

  霊夢は真の姿のルーミアとタイマンで勝負できるほどの実力がある。それは本人も自覚していた。

  しかし、あの規格外はどうやったって倒せる気がしない。たとえ妖怪の賢者だろうがそれは変わりないだろう。

 

  しかも、伝説の大妖怪は書物通りなら彼だけではないのだ。地底に潜む鬼神、西洋を支配せし炎魔、そしてそれらを倒し最強となった十一尾の桃姫。

  どれか一つでも幻想郷に力で手を出されれば、その時がこの世界の終わりだ。

 

  特に恐ろしいのは伝説の大妖怪最強の【産霊桃神美(ムスヒノトガミ)】。他二人は居場所が発覚しているが、この妖怪だけはまだ外の世界にいる可能性が高い。

  そして強大な力を持つ妖怪は、例外なく性格が歪んでいく。火神矢陽でさえ狂犬のように狂っていたのだから、きっと産霊桃神美の方はもっと頭のネジが飛んでいるはずだ。

 

  だからこそ、不安になる。果たして自分が博麗の巫女の仕事を無事こなせるかどうか。

  まるで台風が真近で通り過ぎていったのを目の当たりにして恐怖したかのように、酒を飲む霊夢の背中は小さく見えた。

 

「……ふぅ、まったく、悩みなんてらしくないぜ?」

 

  それを見越してか、魔理沙が手を霊夢の肩にかけながら話しかけて来た。

  ……魔理沙にはわからないだろう。逃げることが許されない強敵との戦いの恐怖なんて。

 

「ああ、お前の不安はさっぱりわからん」

 

  まだ何も言ってないのに、魔理沙はまるで心を読んだかのように適切な返事を心のつぶやきに返してくれた。

  そのまま、魔理沙は話し続ける。

 

「私は弾幕ごっこ抜きだと所詮木っ端魔法使いさ。弾幕ごっこでは私が強いけど、魔法じゃパチュリーに手も足も出ないだろうよ。それでも、霊夢と火神矢、どっちが強いかぐらいはわかる」

 

  でも……、と魔理沙は続ける。

 

「気にしてもしょうがないんじゃないか? 今すぐあいつに勝てるわけじゃないんだし、あいつも争いを起こす気はもうないみたいだしな。もし別の伝説の大妖怪とやらが来たら、もしかしたら手助けしてくれるかもだぜ?」

「……まったく、その根拠はどこから来るのかしら?」

「パチュリーが言うには、火神矢は対価があれば誰からの依頼も受けるらしいぜ。もっとも、その対価はロクなものじゃなさそうだけど」

 

  『悪魔との契約は身を滅ぼす』か……。

  なるほど、確かに奴は炎魔だ。いったいあの力を利用しようとして何百何千の血が流れたのだろうか。もしかしたら、悪魔でもないのにそれと似た異名を持つ理由はそう言うところにあるのかもしれない。

 

  ……でも、魔理沙の言う通りだ。

  今あれこれ言ったところで解決することは何もない。今考えるべきなのは、奴を倒すよりも奴との関わり方だろう。

  霊夢はそこまで考え、似合わないことにも自分が焦っていたことに気がついた。

 

「……ああもう!」

 

  調子が出ない、と言いながら地面に置かれた盃を奪うと、豪快に浴びるように酒を飲み干した。

  そして空になった盃を魔理沙へと突き出す。

 

「確かに今そんなことわかるはずないじゃないの。今やるべきことは、ここで食いに食いまくって明日の食費代を出来るだけ減らすことよ!」

「おっ、いつもの調子が戻ってきたな! よし、ここは魔理沙さんとひと勝負と行こうじゃないか!」

「望むところよ!」

 

  境内で巫女と魔法使いが顔を真っ赤にしながら酒を飲み続ける。外の世界に行ったら通報ものの出来事だろう。

  しかしここは幻想郷。そしてここはそんな全ての厄介ごとを受け入れる。

 

  結局、彼女らは散々飲んだ後同時に崩れ落ち、眠りについたらしい。

  紅魔館勢は既に帰っていたので片付けの手伝いをさせることができなかった、と後の霊夢は悔しがるが、同時にそれでも楽しい宴会だったと彼女は思うのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……あの二人は何をあんなに馬鹿騒ぎしてるのよ」

「多分、色々溜め込んでいたものがあったんじゃないでしょうか」

 

  霊夢たちと少し離れた宴会の席で、レミリアは顔を真っ赤にしながら食べ物を食い荒らす二人を見て呆れた声を出す。

  その相槌を打つように、現在彼女のグラスに血のように赤いワインを注いでいた咲夜は口を開く。

 

「私はそこにいなかったのであの妖怪の実力は目にしてませんが、それでもお嬢様や美鈴の様子を見ればどれだけ警戒してるかがわかります」

「ええ。……咲夜、あれに喧嘩を売られても買うのだけはやめなさい」

「承知いたしました、お嬢様」

 

  レミリアの命令に、咲夜は頭を下げながら了承した。

  それでいい。あんな化け物に自分の家族を二度奪わせてなるものか。

  レミリアは自分の信頼する従者に、過去炎魔が紅魔館で何をやってくれたのかを語った。

 

「あれが紅魔館に来たのは数百年前。私が十代くらいのころよ。奴は美鈴を一撃で倒して紅魔館に正面から侵入すると、私の父を致命傷に至るまで痛めつけたわ。奴は止めは差さなかったけど、プライドを立ち直れなくなるまで砕かれた父はその後傷に負けて結局息を引き取ったわ」

「……そんなことが……」

 

  咲夜は文字通り目を見開きながら、レミリアの話に驚いていた。

  美鈴は弾幕ごっこは最弱だが、単純な殺し合いならレミリアに匹敵する力を持つ。それが一撃で負けたなど、冗談にしても笑えない。

  ただ、それが事実であるのは確かだ。

  咲夜は予想していたよりも警戒レベルを数段上げることにした。

  そこでふと、近くで例の妖怪を覗いている二つの視線に気づく。

 

「……美鈴にパチュリー様はいったい何をしているのでしょうか」

「さあ? 直接聞こうかしら。咲夜、呼んできてちょうだい」

「かしこまりました」

 

  そして数分後、美鈴とパチュリーがレミリアの前に連れて来られる。

  美鈴は特に気にしていないようだったが、パチュリーは若干不満げだ。時間を取らせてむきゅむきゅ言われるのも面倒なので、早速レミリアは本題に入った。

 

「それで美鈴にパチェ。あの妖怪をじっと見てたようだけど、どうかしたのかしら?」

「というか私が来たのはあの妖怪が目的よ。歴史に名高い炎の魔法使いを見極めたかったんだけど、あれはもう別格ね」

「私もパチュリー様と同じ理由ですね。じっくりと気を探って見ればわかるんですが、あれほどドス黒くて禍々しい気は見たことないです」

「へぇ……一応参考に聞くけど、アレと比べてどうだった?」

 

  敵の戦力を見極めるのも当主の役目。

  あまりアレに関わりたくないがそう割り切り、自分の部下と友人が集めた情報を聞く。

 

「……少ないとも魔法に関してはほとんどの分野はあっちの方が上ね。攻撃魔法のせいで目立たないんだけど、補助系も一通り使える感じがするわ」

「私が言いたいことはさっき言ったのでないですね。正直アレとお酒を飲んでる楼夢さんの正気を疑いますよ」

「……へ?」

 

  言われてレミリアは火神の横を凝視する。

  そこには確かに障害物があって見えにくかったが、楼夢の姿があった。しかもルーミアもそこに同席している。

 

「あいつは何やってんのよ……! 咲夜、今フランを楼夢のところに行かせちゃダメよ」

「その、すいませんお嬢様……もう手遅れです」

「フラァァァァァァンッ!!」

 

  チルノ、大妖精、フラン……そしてなぜか幼女ルーミアが、向こうの方で弾幕ごっこで遊んでいるのが見える。

  いや、この際ルーミアがなんで遊んでいるのかなんて突っ込んじゃいけない。結局レミリアが出した結論は。

 

「……もうどうにでもなりなさい……。レミリア、ツカレタ、モウネル」

 

  完全なる思考放棄だった。

  とはいえ、今回の異変は中々疲れたのも事実だ。

  フランたちがルーミアと遊んでいるのが今の唯一の心配だが、彼女が楽しいのならそれでいいのだろう。フランはもう成長した。今の彼女なら、この先起こりうる全ての出来事にも責任が取れるだろう。

 

  心配することは何もない。

  そう思うと肩の力が抜けて、気がつかない間に床に横になってしまう。

 

「お休みなさいませ、お嬢様」

 

  最後にその言葉を聞き、レミリアの意識は深い闇に落ちていった。

 

 

 

  ♦︎

 

 

  深い深い森の奥。

  人の手で切り開かれたその狭い空間には、三つの墓が並ぶように立っていた。

  その両脇の墓にはそれぞれ別物の帽子が被らされている。しかし、真ん中にはそれがなかった。

 

  いつまでも続くはずの静寂。しかし、奇妙な音とともにそれは崩壊する。

  ぐちゃり、ぐちゃりという音が辺りに響き渡る。

  見れば真ん中の墓から、黒い泥のようなものが少量ではあるが溢れているのだ。

 

「……ぁあ、……らだっ、……しゅぅおぉぉ……っ!」

 

  何かの言葉のようなものが、泥から聞こえてくる。しかしそれは途切れ途切れで、文章として意味をなさなかった。

 

  泥は止まることなく、少しずつ、少しずつ溢れ始める……。

 

 

 

 






「ハロウィンラッシュ異変終わりました! そして次回の投稿は六月の十何日ぐらいになりそうです。いつも眠たい作者です」

「相変わらずの出番の少なさに泣きたい狂夢だ」


「んで、なんで次の投稿期間がそんなに長くなるんだよ。いくら修学旅行が近くても、せいぜい三日か四日程度だろ?」

「それがですねぇ、修学旅行が終わるころには私ちょうど中間テストの勉強期間に入るんですよ。なので次回の投稿は二、三週間後ってことになります」

「まったくしゃーねェな。まあ今章も終わったしちょうどいいか。それじゃ次に会うのはずいぶん先だが、できればまた見に来いよ」

「できるだけ早く投稿したいと思うので、以後お気に入り登録&高評価よろしくお願いします。それじゃ、次回もキュルッと見に来てね!」


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妖々夢編
白咲家長女の一日


テスト終わりましたァァァァ!!
これからは週に一、二回投稿してくので見ていってください!


  白咲美夜の朝は早い。

  午前五時前には自然と目が開いており、まだ若干残る眠気を払って、布団から出る。そして、お気に入りの服に着替える。

  それは、花の紋様が描かれた綺麗な黒い着物だった。昔は三姉妹全員色違いの巫女服だったのだが、今では好みなどが完璧に分かれており、清音は白がベースのフリル付きの洋服、舞花は青がベースになっているパーカーを着ていることが多い。

 

  着替え終えた後、布団をたたみ、その横に置いてある黒い愛刀——【黒咲(くろさき)】を帯刀する。

  そして部屋に置いてある鏡で自分の髪や服に汚れがないかを確認した後、美夜は今日も一日頑張るぞと気合を込めて、ドアを開いた。

 

 

  ♦︎

 

 

  一通り異常がないかを確認した後、美夜はいつも通りの修行メニューに取り組んでいた。

  現在は楼夢に歩いていけば何時間かかるんだよ、と言わせた神社への階段を全力ダッシュで駆け抜けているところである。

 

  冬なのにも関わらず、生い茂る金色の葉をつけた木々が、美夜の視界の前から後ろへどんどん流れて行く。美夜は楼夢のように素早さにステ全振りしているような異常な速度は出せない。それでも大妖怪最上位が全力で走る速度は、常人では目に追えないほどだ。

 

  そして前方に、とうとう白咲神社本殿の鳥居が見えてくる。

  しかし気を緩めることはない。目的地にたどり着くまでがダッシュ練習とでも言うように一切速度を緩めることなく突き進み、彼女が最終的に止まったのはその鳥居の足をタッチしてからだった。

 

  「これで、百往復……っ」

 

  ダラダラと流れる汗をタオルで拭く。そして今日のノルマ達成に満足感を得る。

  時計は屋敷中にしかないので何時かは見えないのだが、なんとなくいつもの慣習で六時半ほどだと推測する。

 

  流石にこの時間になると朝食が食べたくなるが、まずはこの修行を終えてからにしないと。

  それに、白咲家にこんな時間帯に起きる人間は美夜以外いない。『だろう』ではなく、これは間違いなく断言できる。

  だから彼女らが起きる間、美夜は長刀を抜いて次の修行に移った。

 

  一振りで二、三回ほど空気と、降り積もる雪が切り裂かれる。

  繰り返す都度に数百回ほど。袈裟斬り、逆袈裟斬りなどなどの様々な角度から雪を切り裂いていく。

 

「【氷結乱舞】」

 

  氷を纏った刀で七つの斬撃を、仮想の敵に繰り出す。

  四肢を断って体をX状に切り裂いた後、止めに相手の腹部に貫通するほどの突きが叩き込まれた。

 

  そうして次々と白咲流剣術を繰り出して行くこと一時間ほど。

  先ほどの山百往復とは比べ物にならない量の汗が体中から噴き出しているのを感じ、ゆっくりと刀を納刀する。

  絶え絶えな白い息を吐きながら、屋敷内に戻っていく。朝の修行の後、温泉に入って極楽に浸かるのが、この屋敷を建ててからの彼女の日課になっていた。

 

  まだ朝なのにも関わらず汗がびっしり染み込んでいる着物を洗濯機に突っ込む。別に服の予備は数十はあるので、あれ一つ今日着れなくなったところで支障はない。

 

  裸になった後は、しっかり体を洗ってから湯船に浸かる。

  ここの温泉は無駄に広く、数十人が同時に入っても困らないほどだ。清音や楼夢はよく泳いで遊んでいたりする。もちろんマナー違反なのできっちり叱っているのだが。

  ちなみに自慢の黒い尻尾は入浴中は妖術で消している。これは獣系の妖怪全体に言えることだが、抜けた毛が湯に浮いて汚く見えてしまうためだ。

  猫妖怪のように尻尾が小さければまだ大丈夫なのだが、なんせ美夜の尻尾は九本、それも一本一本が等身大サイズまである。

 

  肩まで湯に浸かりながら、今日の予定を組み立てていく。

  朝食は……今日はサンドウィッチでいいか。どうせ楼夢や清音は朝食の時間帯に起きてこないのだし、舞花と美夜二人の分だけならそれで十分だろう。

 

  そうやって舞花が起きた気配が感じられるまで、美夜は温泉でゆったりとくつろぐのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「ご馳走さまでした」

 

  朝食を食べ終わり、美夜は使った食器を運んで宴会場兼ダイニングルームを後にしようとする。

  まだ中にはのんびりとサンドウィッチを頬張る舞花の姿が残っているが、彼女は彼女で台所に食器を置きに来てくれるので問題はない。

 

  この後は食器を洗った後、屋敷内の部屋を掃除するつもりだ。

  とはいえ、ここまで大きな屋敷を一日で綺麗にできるわけはない。なので、今日は一階、明日は二階というように、日ごとに分けて掃除をしている。……地下工房? それは彼女の管轄外なので、舞花が担当している。

  ちなみに今日は二階だ。一階は宴会場と台所、そして温泉。三階はそれぞれの部屋しかないので、ある意味ここが一番掃除するのに大変な階だったりする。

 

  洗い終わった食器を食器棚に入れて、二階へ向かう。

  まず向かったのはよく使われる居間だ。

  ここにはソファーや大型のテレビなど、家族や少数の客が集まってくつろぐのに役立つ家具や電化製品が所々綺麗に置かれている。

  昼後は父である楼夢が一番ここにいるのだが、今は昼前なためいないらしい。ちょうどいいので、テレビなどにこびりついた埃などを取り除く作業に入った。

 

「……まったく、ゲームはやり終わったら片付けろとあれほど言っているのに」

 

  大きな薄柄テレビの前に乱雑に置かれたWiiUを目にして、美夜はため息をつくと、それを元の場所に戻した。

  だが、数日後には先ほどの状態に戻ってしまうのであろう。主に父とその友人のせいで。

  そう思うとやるせなさに再びため息をついてしまう。

 

「今度夕飯抜きにしてでも片付けさせるべきか……」

 

  その時、三階の個室で父が涙目で叫んだ気がするが気にしない。多分空耳である。

 

  そんなことを考えているうちにここの掃除は全て終わったらしい。後はここよりは楽な別部屋の掃除を終わらせれば、晴れて自由の身だ。

  そうだ、これが終わったら枯山水と盆栽の手入れをしよう。

  そうと決まれば善は急げ。残りの仕事を終わらせるため、美夜は駆け足で次の部屋に向かうのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

  午後になったばかりのころ。ここからが厄介な時間帯である。

  裏庭ので枯山水と盆栽の手入れを終わらせた美夜は、表の池や芝生がある大きな庭に向かった。

  そこで見たものは、

 

「オラァッ! 死ねよアホ毛!」

「ハッ、お前こそくたばれこの白毛頭!」

 

  互いに罵倒しながら、リアルファイトを続ける楼夢と火神の姿があった。

  火神はバールではなく、身長ほどの長さがある鉄パイプを棍のように使い、器用に振り回す。

  対する楼夢はいつも通りの刀でそれを受け流し、向かい打った。

 

  ……それらの衝撃のせいで庭が荒れまくっているのには目を瞑っておこう。

 

  凄まじい戦い。

  火神が鉄パイプで足払いをかけたと思えば、なんと楼夢は空中で前に一回転することでそれを避け、そのまま勢いを利用して踵落としを繰り出す。

  それを火神は気の力を流した左腕で受け止め、その後バックステップで距離を取った。

  しかし楼夢はそれを見逃さない。

  相手のバックステップに合わせて自分も前進することで距離を詰め、二振りほどで十以上の斬撃をそれぞれの急所に繰り出した。

 

「おっと、危ねぇ!」

 

  しかし火神は鉄パイプを前方に高速で回転させることで盾を作り出し、迫り来る全ての斬撃を弾いた。

  そして刀を当てるために近距離にいた楼夢に、ノーモーションでの飛び膝蹴りを放った。

  顔面を狙ったそれは、しかし楼夢が後ろに飛びながらスウェーすることで外れてしまう。

  しかし火神はすぐに追撃するため、空中にある自分の体を先ほどの楼夢のように一回転させ、後ろに仰け反ったままの楼夢に踵落としをやり返した。

 

  起爆物が爆破したかのような音とともに、地面に小さなクレーターが出来上がる。しかしそこに楼夢の姿はなかった。

  楼夢は仰け反った状態のまま体を横に捻るように回転させて移動することによって、火神の踵落としを避けたのだ。

  しかも体を回転させると同時に複数斬撃を繰り出しており、彼の膝には五つほどの切り傷が出来上がっていた。

 

  何という高レベルな戦いだろうか。

  火神は楼夢が虚弱なため、本気で力を込めてはいないだろう。しかし技術面に関しては本気だったはずだ。

  だが、それを上回るのが楼夢の技量だ。

 

  彼の剣術は白咲流に回転斬りを加え、それを重視したもので、美夜が使う正式な白咲流剣術とは少し違う。

  それでも、仮に自分が父と同じ剣術をマスターしていたとして、果たして体重を後ろに流した仰け反り状態のまま、あの高速の踵落としを避けれただろうか。そして避け際に斬撃を複数繰り出すなど、不可能だ。

  今の瞬間だけでも十秒ほどしか経っていない。しかしそれだけでも、この戦いには学ぶべきものが山ほどあった。

 

  しかし……。

  不意に、自身が己の刀の柄を強く握りしめていることに気づく。

  やはり見てるだけでは我慢できない。どうにかして自分も加わりたいものだ。

 

  そうやってジッとしていると、ふと顔を上げた時に二人が手を止めて美夜を見つめていることに気がついた。

  はて、どうしたのだろうか……?

 

「もしかして、美夜もやりたいの?」

「えっ、いえその……はい」

「そんなに柄握りしめてたら嫌でもわかるよ。というわけで火神、美夜の相手を頼んでいいかな?」

「ああ? 何で俺がそんなことを……」

「十万でどうかな?」

「……いいだろう。受けてやる」

 

  買収されたよこの人……。

  とはいえ、二人にそこまでバレてたなんて恥ずかしいものだ。

  しかし同時にチャンスでもある。ここは自分の実力を確かめるため、全力でぶつからせていただこう。というか全力じゃなきゃ死ぬ。

 

  火神の正面に立ち、するりと黒光りする日本刀を抜刀する。

  対する火神は楼夢と戦っていた時に使っていた棍並みの長さの鉄パイプを肩に置いている。

  楼夢の神理刀と打ち合っても切れてないのは、おそらく火神の魔力が込められているからだろう。

 

「……一つ気になったのですが、どうして鉄パイプ何ですか?」

「あー、それはだな……」

「それは火神が元々武器にこだわらないストリートファイトを得意としてるからだよ。その中でも鉄パイプはバールと同じくらいよく使うらしいよ」

 

  火神が答えづらそうにしているところを楼夢が割って入り、代わりに答えた。

  ということは……。

 

「もしかして妖魔刀がバールなのも、そういった理由から何ですか?」

「お、鋭いね。まあ火神は落ちてる物だったら鉄パイプでも店の看板でもバイクでも振り回すし、特に武器にこだわりがないからよく使うバールになってるってわけ」

「それどこの東城会破門されたヤクザですか……」

 

  というかこの人に武器は必要ないんじゃ……、という言葉は飲み込んだ。なんとなく言っちゃいけない気がしたから。

  それは置いといて、そろそろ集中しなくては。火神は決して美夜が本気を出さないで戦える相手ではない。

  美夜の構えは、日本刀を両手で握り、真正面に中段で構えるオーソドックスなスタイルだ。本来の白咲流剣術もこの状態から繰り出すことを前提としており、楼夢のように片手で下段に構えるスタイルは剣士の中でも特に異常とも言えた。

 

  すり足で徐々に近づいていき、そして——

 

「……参りますっ!」

 

  地面を左足で蹴り、一気に距離を詰める。

  そして刀を真っ直ぐ振り下ろし、火神を両断しようと斬撃を繰り出した。しかしそれは予想通り、火神がパイプを軽く動かしただけで弾かれてしまう。

  だが、そこでまだ剣舞は終わらない。白咲流の型に沿って、目にも止まらぬ速度で何十もの斬撃を次々と繰り出していく。

 

「けっ、まだ甘ぇよ!」

 

  斬撃を大きく弾いた後、火神は鉄パイプを前方に構え突きを放つ。

  美夜はそれに横から軽く刃を当て、流れる水に身をまかせるように自然に受け流した。

  だが、火神はストリートファイトの天才。このように型に沿った技は変則的な彼にとっては大好物だ。

  火神はパイプを突き出した後、刃で押さえられていながらも美夜がいる方向に強引に力を込め、なぎ払った。

  結果、その凄まじい怪力に耐えきれず、美夜の体は吹き飛ばされてしまう。

 

「オラオラッ! 反撃しねぇと痛ぇぜ!」

 

  バランスをとって地面に着地して、すぐにその場から退く。

  すると先ほど美夜が着地した地点に、振り下ろされたパイプが突き刺さっていた。

 

  危なかった……。あれを食らったら一瞬で終わりなのは目に見えている。パイプを抜いた後ギシギシメギメギ鳴る地面が語っていた。今ので地盤かなんかが壊れたりしてないか心配だ。

 

  わかっていたけど、圧倒的に格が違う。でも、一太刀くらいは浴びさせてやる。

 

  火神は乱暴にパイプを何回も振り回してくる。普段ならここでカウンターの一つでもしているのだが、火神が相手だと野生の勘で避けられるので安易に使用はしない。

 

「くっ、【氷結乱舞】!」

 

  しかし守ってばかりでは拉致があかない。

  活路を見出すため、十八番の技を繰り出すが、この時美夜は自分が想像以上に焦っていたことに気づいていなかった。

  よく考えればわかることだ。【氷結乱舞】は美夜の得意技と同時に楼夢の得意技でもあるのだ。

  なら、楼夢のライバルである火神がその技を知らないわけがない。

 

「ヒャハッ! 【灼熱乱舞】!」

 

  炎を纏った七連撃が繰り出される。それはまるで【氷結乱舞】に似て……いや氷が炎になっていることを除けば、ほぼそれは同じものだった。

  六つの連撃はまるで鏡合わせのようにぶつかり合い、そして止めの突きが衝突した瞬間——美夜はまるで巨大な岩がぶつかってきたかのような衝撃を受け、軽々と吹き飛ばされた。

 

  しかしそれで終わらない。

  宙を舞う美夜に合わせて火神は跳躍し、狂気の笑みを浮かべて飛び蹴りを彼女の腹部に叩き込んだ。

 

「ご……かはっ……!」

 

  一度地面に叩きつけられただけでは足らず、バウンドして二回目の落下でようやく勢いが止まった。

  荒れる息を整えながら、走る激痛の原因である腹部に手を当てる。

  ……折れたか。

  気も込められてないことから、かなり手加減されていたらしいが、それでも美夜の肋骨を数本折るには十分な威力だった。

 

  火神はその蹴りの感触に満足すると、上機嫌に鼻歌を歌いながらパイプを肩に担いで未だに膝をついている美夜の前へと立ちはだかった。

 

「ギブアップするか?」

  「まだ、まだぁ……!」

「そうかそうか……ならここで死んでろや!」

 

  火神は止めにと鉄パイプを大きく振り上げる。

  その時、彼の本能が違和感を訴えた。

  ……こいつ、いつの間に納刀してやがった……?

  そして次の瞬間、火神は美夜の思惑に気づき、急いで鉄パイプを縦に構えた。

 

「……【疾風迅雷】!!」

 

  音を超えた斬撃が、火神をすり抜ける。

  そして一泊遅れて、鉄パイプが二つに分かれると同時に火神の脇腹から血が噴き出した。

 

  美夜が繰り出したのは抜刀からの居合斬りだ。しかし、ただの居合斬りではない。『究極』の居合斬りだ。

 

  ——【疾風迅雷】。

  雷を纏った刀で居合斬りを繰り出す、美夜の持つ技の中で最強クラスの技だ。雷を纏うことでその斬速は一時的に音を超え、光に届くほどまで跳ね上がるという。

 

  そんな斬撃に反応した火神は流石だが、単なる鉄パイプじゃ防げるはずもなく、パイプを両断した後、その勢いのまま火神の脇腹をすれ違いざまに切り裂いた。

  それが、たった今起こった出来事である。

 

「ちっ、ナメてんじゃ……ねぇぞッ!!」

 

  火神は一瞬動揺したが、すぐさま態勢を整え、この戦いで一番凄まじいキレの回し蹴りを、美夜に繰り出す。

  大技発動直後で硬直し、隙だらけの彼女では到底防げるはずもなく……。

 

  ——鈍い音と頭部への強烈な衝撃。それを受けた美夜の意識は暗転した。

 

 

  ♦︎

 

 

  愉快なBGMと様々なSEを耳にして、二階リビングのソファに寝かされていた美夜はようやく意識を取り戻す。

  頭に当ててある冷たいタオルを取り除くと、上半身を起こして何が起きたのかを思い出そうとする。

 

  ……そうだ。一撃入れて油断した隙に回し蹴りで顔を蹴られたのだ。

  その割には顔や体に怪我の跡はない。おそらく父や清音の回復術式によるものだろう。

 

  と、そこまで意識がはっきりしたところで、あえて無視していたうるさい騒音の正体に目を向ける。

  そこには——。

 

「おい火神! なに栗野郎に私を投げつけてやがるのさ!」

「はははっ、ざまぁみやがれ! ……ってさりげなく亀の甲羅を近距離シュートしてくんじゃねえよ!」

「あ、ちなみにここ強制スクロールだから先に行くね」

「俺を置いてくんじゃねぇよ!!」

 

  仲良く? テレビゲームに没頭する大人二人の姿があった。

  大きな薄型テレビには楼夢が操る赤い帽子を被った配管工と、火神が操るそれによく似た緑色の弟がステージを駆け巡っている。

 

  緑帽子がフィールドの穴を飛び越えようとジャンプする。

  しかしそれを待ってたかのようなタイミングで赤帽子は緑帽子の真上にジャンプした。

  結果、どうなったか。

  赤帽子は緑帽子を踏み台にして空高くジャンプ! 無事向こう側にたどり着くことに成功する。

  一方緑帽子は空中で踏み台にされたため下に押し出され、奈落の底へと落ちていった。

 

「……さらば火神、君のことは忘れない」

「わざとだろ! 今絶対わざとだろ!?」

 

  その後はいつも通り、敵キャラに向けてそれぞれを投げあいながら進むという、明らかに間違った勝負が画面上で繰り広げられた。

  それでもステージクリアできてしまうんだからすごい。

  ……さて、このままだと乱闘が始まってしまいそうなので、そろそろ止めに入るか。

 

  美夜はコンセントに刺さっているコードを引き抜く。するとブチんっという音とともに、画面が真っ暗になった。

 

「な、なにするのさ美夜! 物事にはやっていいことと悪いことが……」

「ほう? なら喧嘩の被害で家具を数十回破壊するのは、やってはいけないことには入らないと?」

「うっ……!」

 

  前例があるため、楼夢はバツの悪そうな顔で美夜から視線を逸らす。

  その子供のような動作にため息をつくと、先ほどの戦闘での汚れを洗い落とすために、再び温泉へと向かおうとする。

  しかしその前に、楼夢が美夜を呼びとどめた。

 

「あ、そうそう。火神に使ったあの技、避けられたり一撃で倒せなかった時の繋ぎを考えておくといいよ。そうすれば避けられた後も追撃できるしね」

「……助言、ありがとうございます」

 

  そう言い残し、リビングを背にする。

  そして楼夢の視線が完全に見えなくなった瞬間、美夜は今度は感嘆のため息をついた。

 

  一撃当たった? いや、あれはただ武器が貧弱だっただけだ。あの速度にも火神は対応してきたし、本来の相棒である憎蛭だったら、確実に防がれていただろう。

 

「まだまだ精進しなくては……」

 

  拳を握り、まだ来ぬ明日のための気合を今から入れた。

  ただ、入りすぎたため、先ほどの戦闘を思い返していたらのぼせてしまい、妹たちに救助されたのはまた別の話だ。

 

 

 




「ヒャッホーウ! 勉強したけど理数が相変わらず意味不明で爆死した作者です!」

「ついでにソシャゲのガチャも爆死した狂夢だ」


「今回は美夜の一日の話だったな」

「ええ。そして次回から妖々夢に入ると思います」

「それはそうとよ……火神の妖魔刀がバールの形状をしている理由ってそういうことだったのか」

「まあじゃなきゃバールなんて選びませんよ。そしてここで以前紹介した各キャラの保有スキルの説明といきましょうか!」

「今回のは火神のやつだな。えーと、説明するのは……『チンピラの極意:EX』に『ストリートファイト:EX』……? んだこれ?」

「『ストリートファイト』は身近な物を利用して戦う技術がアップします。そして『チンピラの極意』はありとあらゆる手段で敵を攻撃する技術が上がります」

「……『チンピラの極意』がよくわからねェな。具体的には?」

「スタンガンや鈍器、挙げ句の果てには刃物で敵を攻撃したり、安全性皆無のエセ格闘術を使ったりすることができるということです」

「要するに昔のヤンキーの喧嘩術が使えるようになるってことか。ちなみにEXだとどのくらいになるんだ?」

「別ゲーで例えると、龍が如くの桐生さん並みになります」

「……それもう喧嘩通り越して殺してるだろ」

「興味のある方は是非動画でも見てください。ヒートアクションって調べればすぐに出てくると思いますので」


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訪れぬ春

 

 

  突然だが、みんなは春と聞いたら何を思い浮かべるだろうか?

  暖かい風、満開の桜、団子や宴会。

  大体の人はこれらを思う浮かべることだろう。実際彼女も毎年博麗神社で行われる花見を楽しみにしてたし、そのためにも冬の間から霊夢といっしょに酒を飲むための計画を立てたりもしていた。

 

  ——が、しかし。そんな計画はもはやなんの役にも立たなくなった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……くしゅんっ!」

 

  寒さに当てられ、ベランダでティータイムを楽しんでいた紅魔館当主——レミリア・スカーレットは、幼い容姿に似合った可愛らしいくしゃみをする。

  それを見てレミリアの隣に立っている従者の咲夜が微笑んでいるのを感じ、彼女は恥ずかしさのため、顔を赤くしながらソッポを向く。そしてそれを誤魔化すため、咲夜に紅茶のおかわりを要求した。

 

「……咲夜、紅茶を」

「しかし、カップ内にはまだ入っているようですが……」

「……う、うるさいわね! おかわりと言ったらおかわりよ! いい!?」

「かしこまりました、お嬢様」

 

  そんな子供らしい理由で騒ぐからいつまで経っても子供扱いされるのに、と内心思いながら咲夜はテーブルに置かれたカップに紅茶を注ぐ。元々半分程度は残っていたため、カップ内はすぐに満タンになった。

 

  息を二、三度吹きかけて紅茶を冷ましてから、レミリアはそれを飲んだ。相変わらずの味に満足しながら、ふと庭を見渡した。

  そこには笑い合いながら雪玉を投げつけ合う子供たちの姿が五つ。その中に最愛の妹が混ざっているのを見ると、嬉しさ半面、フランが離れていって寂しいような気持ちになる。

  思い出すのは、子供たちの群れに混じって遊んでいる桃髪の少女の言葉。

 

『知ってるわけねえだろうがっ! フランとまともに会話しようともしなかったやつに!』

 

  (……ああ、その通りだ。私はフランを何も知らなかった)

 

  あいつに言われて、フランと真正面から接してから、初めて知ることが山ほどあった。フランの好物、趣味、嫌いなもの……例を挙げればそれこそ無限に出てきてしまう。

  愚かな姉だ。武士の情けで今でもフランはレミリアを『お姉様』と呼んでいるが、本当に彼女が慕っているのは楼夢だということは明白だ。

  あれだけのことをしたのに、未だに楼夢に強い嫉妬を覚えるなんて、どれだけ情けないことか。

 

  だが、おそらくこれでいいのだろう。

  フランの笑顔が見れれば、それでいい。

  そう思うと、燃え上がった楼夢への嫉妬心が一時的に和らいだ気がした。

 

「お嬢様は雪合戦に加わったりはしないのですか?」

「あのね咲夜……背丈がいっしょだからって、私からしたらあの子らはまだまだ年下よ。年長者の出る幕ではないわ。それに……」

「それに?」

「……あいつがいるしね。言っちゃ悪いけどあれだけには私は友好的に接せる自信がないわ」

 

  レミリアが向けた視線の先には、白黒の洋服を着た金髪の少女——ルーミアの姿があった。

  もちろん正体がバレないように体は小さくなっているし、喋り方も子供っぽい。しかし本来の姿をその目で見ているレミリアにとって彼女はあまり関わりたくない部類の知り合いであった。

 

  ちなみに紅魔館でルーミアの正体について知っているのはレミリア自身を除いて咲夜と美鈴だけだ。咲夜にはフランに何かあったらの対策で話しておいたのだが、美鈴の方は過去に一度だけ本来のルーミアを見たことがあるらしいので、名前を聞いた瞬間パッと思い浮かんだらしい。

 

「あれ、でも確かチルノも大妖精も千年は生きてるって聞いたような……」

「……もしかして私ってあの中じゃ二番目に年下なの?」

 

  レミリアは500歳、フランは495歳。

  しかしチルノも大妖精が千歳以上だとしたら……。

  楼夢は言動や実力からして明らかにレミリアより年上だし、ルーミアの場合は言わずもがなだ。

  気づきたくなかった真実を知ってしまった。

 

  なんとなく気まずくなってしまったので話題を転換しようとしたその時、寒い風がレミリアを凍てつかせるように吹いてきた。

 

「……っ、寒い……! なんで春なのに桜の一つも咲いていないのよ!?」

「確かにこれはおかしいですね。……もしかして、異変だったりするのでしょうか」

「それだ!」

「……へっ?」

 

  独り言のつもりで呟いた言葉を聞いて、レミリアがビシッと人差し指を咲夜に向ける。突然のことで普段は冷静な彼女も間抜けな声を出してしまった。

 

  咲夜が固まっている間に、レミリアは話を続ける。

 

「だ、か、ら! 今この冬が長引いてるのはどこかの誰かの仕業に違いないってことよ!」

「はぁ……」

「そろそろ紅魔館の燃料も切れそうだしちょうどいいわ。咲夜、命令よ。今回の異変を見事解決してきなさい」

 

  無茶苦茶な要求だ。

  そもそも手がかりなんて何一つありもしない。博麗の巫女が動いていないことから、もしかしたらこれは異変じゃないのかもしれないと思う。

  しかし、主人の命は絶対だ。

  咲夜は家臣の礼を取ると、

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

  と、いつも通りに承諾した。

  よくよく考えてみたら、レミリアの言うことも一理ある。燃料が切れたら寒さをしのぐことも難しくなるし、これが異変だった場合、もし解決すれば紅魔館の名も上がるのではないか?

  そう考えた咲夜は戦闘に備えるため、ベランダを後にしようとする。しかしその前に、レミリアの言葉が咲夜を呼び止めた。

 

「あ、そうそう。ついでにパチェが新しいマジックアイテムを作ったらしいわよ。後で図書館に取りに行くといいわ」

「新しいマジックアイテム……ですか?」

「ええ。弾幕ごっこできっとあなたの役に立ってくれるわよ」

 

  どうやらレミリアはそのマジックアイテムがどのようなものか知っているらしいが、咲夜にそれを教えることはなかった。その方が面白いと判断したのか、はたまた気まぐれか……。

 

  そして咲夜は地下にたどり着き、図書館の扉を開く。

  薄暗くてカビ臭い中に若干顔をしかめながらも、奥の椅子で本を読む少女の姿を見つけ、すぐさま声をかけた。

 

「すいませんパチュリー様。お嬢様がおっしゃっていたマジックアイテムを受け取りに来たのですが……」

「……ああ、あれね。待ってて、すぐに小悪魔に取りに行かせるわ」

 

  パチュリーは使い魔である小悪魔通称コアに命令すると、数分後に彼女は二つの球体を抱えてこちらに戻ってきた。

 

「これが……マジックアイテム?」

「ええそうです。これぞパチュリー様の最新作『マジカル☆さくやちゃんスター』です!」

「……ごめんなさい、今なんて?」

「これが『マジカル☆さくやちゃんスター』です!」

「……わかったわ。よっぽど私のナイフを味わいたいようね」

「まま、待ってください! 冗談じゃなくて本当にお嬢様がこう名付けたんですって!」

 

  お嬢様が名付けた、という言葉に咲夜は若干怯む。

  ……確かに、お嬢様ならこんな名前つけそうだ、と不覚にも思ってしまった。念のためパチュリーをチラ見したが、彼女は咲夜の視線に気づくとため息を一つ。これだけで、本当なのだとわかってしまった。

 

  それにしても……。

  咲夜は小悪魔から受け取った『マジカル☆さくやちゃんスター』——言いにくいので以後ボールと通称する——をまじまじと見つめる。

  だいたい人の胴体ほどはある大きさの青いボールが二つ。中心には名前が示す通り星が描かれており、テレビなどでよく見る魔法少女が持ってそうだなと思った。

  一応性能はすごいらしく、ここから自動的にナイフ型弾幕を連射できると説明された。

  しかし、流石にこの名前はないだろう……。魔理沙や天狗のブン屋なんかに知られたら恥ずかしさで首を絞めそうな自信がある。

 

  しかし、いつまでもここで名前について抗議している暇はない。そもそも知られなければいい問題の話だ。

  そう無理やり意識を切り替えると、咲夜は図書館を出て異変解決に向かうのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

  春なのに未だ白銀の世界が私の視界に映る中、いくつもの雪玉が辺りに飛び交う。

 

「あはは! チルノったら雪が当たって顔が真っ赤だよ!」

「むむむ、フランめもう許さないからな! これでもくらえ!」

 

  ただ今私、絶賛雪合戦中です。

  メンバーは私にフランにチルノ、大ちゃん、そしてルーミアだ。

  ルールは弾幕ごっこのを応用して残機三つまでと決めていたんだけど、今残っているのはフランとチルノだけだ。他は全部当てられてしまった。

  え、なにしれっと負けてるんだって? いやだってルーミアとのガチ戦をしてたら横から例の二人に不意を突かれて当てられちゃったんだもん。

 

  あ、言ってるそばからチルノが能力使って雪玉を増産しまくってる。あれ軽く三十個はあるんじゃないか?

  当然そんだけの雪玉が雨あられのごとく振り注げば、フランに逃れる術はない。

  吸血鬼の身体能力で途中までは避けてたんだけど、最終的に積もってる雪に足を滑らせたところを集中砲火されて終わった。

 

「あたいったら最強ね!」

 

  チルノが胸を張って少女らしい可愛いドヤ顔で決めセリフを言った。

  はぁ〜、やっぱ冬は可愛いものを見てこそ、心が温まるもんだよ。

 

  その後しばらくはまた雪合戦をして遊んでたのだが、フランや大ちゃんが寒そうにしてきたという理由で今日は解散、ということになった。

  バイバーイとチルノが手を振りながら紅魔館の壁を飛んで超えて行く。一つ遅れて大ちゃんは可愛らしくお辞儀をすると、急いでチルノの方へ飛んで行った。

  ルーミアは……いつのまにか消えちゃってるし。まあいいか。

 

「さて、それじゃあ私もそろそろ行くね」

「うん。お姉さんもまた今度遊びに来てね!」

「わかったよ。じゃあまた今度……おやっ?」

 

  フランの頭を撫でながら別れの挨拶を言おうとしたその時、屋敷の正面扉が開いて咲夜が歩いてくるのが見えた。

  首には暖かそうなマフラーをしており、防寒対策がきっちりとされている。ただ、メイド服はミニスカなので下だけ妙に寒そうだね。

  ただ、その周りには見たこともない球状の何かが二つ、ふわふわと浮いているのが気になった。

 

「ヤッホー咲夜、今からお出かけ?」

「違うわよ。ちょっとここのところ続く冬の原因を突き止めに行くためよ」

「……ふーん、それなら空から落ちてくる花弁を追いかけて見るといいかもね」

「……どういうことかしら?」

 

  私は巫女袖に手を突っ込んで、中からいくつかの桜の花弁を取り出した。

  実はこれ、紅魔館に行く途中に拾ったものなのだ。

  しかもこれ、ただの花弁ではない。

 

「これは春度と言ってね、まあ春を物体化したようなものだね。普段はこんなもの目に見えるようにしなくても春は来るのに、それをしているということは……」

「……誰かが春を物体化させて、それを奪っているっていうこと?」

「正解! さっすが咲夜だね」

 

  パチパチと手を叩き咲夜を賞賛する。同時に聞いてたフランは頭にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げていた。うん、可愛い。

 

「……なるほどね。情報提供、感謝するわ」

「いいよいいよ。その代わり、咲夜の周りを浮いてるボールについて知りたいな」

 

  正直あのボールはクーデレな咲夜とはギャップがあると思う。でも、そこがいい!

  咲夜は若干嫌そうな顔をなぜかしてたけど、さすがに一方的に情報をもらっておいて無下にはできないと判断したのか、懇切丁寧とはいかないまでも、大雑把に説明してくれた。

 

「これはパチュリー様が作ったマジックアイテムよ。ナイフ型の弾幕を自動で飛ばせるらしいわ」

「それにしても随分と可愛いデザインだね」

「……放っておいてちょうだい」

「レミリアだったら『マジカル☆さくやちゃんスター』とか名付けてそうだね」

「……」

 

  ふざけて適当な名前を言ってみたのだが、咲夜は硬直したままなんのリアクションもしなかった。

  ……へ? これってマジなの?

 

「もしかして図星だった」

「……お願いだから、誰にも言わないでちょうだい……。私のできる限りのことは何でもするから」

 

  え、今何でもって言ったよね? じゃあ早速お兄さんの性欲処理を……って、よく考えたら私、悲しいほど性欲ない体質だった。

  それにしても、普段クールな子が恥ずかしがりながら若干涙目になるのって可愛いねぇ。ぜひそのまま写真に収めちゃいたい。……いや、写真はこっそり狂夢に撮らせたけど。

 

  っと、あれこれ私が妄想に陥っていると、咲夜は逃げるようにどこかへ行ってしまった。

  仕方ないね。私も今日のところは帰ろうかな。

  それに、新しい暇つぶしも見つけたことだしね。

 

  フランに別れを告げて、私は紅魔館を出て白咲神社まで飛行して向かった。

  そういえば最近、うちの屋敷に迷惑なご近所さんができた。……言わずもがな、火神とルーミアである。

  まったく、森の奥に作ってあったから文句は言わないけど、山の所有者である私に一言通してほしいものだよ。

  まあそんなわけで、家が近くなったこともあり、火神とルーミアはよくうちに遊びにくる。多分今も私の屋敷でくつろいでいるだろう。

 

  とまあ近所話はこれまでにして。

  私は巫女袖から愛用の幻想郷内でも使えるように改造されたスマホを取り出す。そしてそれを操って目的の人物に電話をかけると、スマホを耳に当てた。

  飛行中なので若干聞こえにくくなる中、スマホから彼女の声が聞こえた。

 

『……お父さん、何か用ですか?』

「ヤッホー美夜。いや用ってほどじゃないんだけどね……」

 

  繋げたのが最愛の娘の一人、美夜だ。

  屋敷の中で火神たちが問題を起こしたのだろうか、その声は少し疲れているようにも感じられる。

  そしてそんな美夜に、私は爆弾を投擲した。

 

 

「ねえ、ちょっと異変解決に行ってくれない?」

 

 






「というわけで次回から美夜が仮想空間でイキリ始める美夜アートオンラインが始まります! お楽しみに……とくだらないジョークを話す作者です」

「全国のSAOファンに喧嘩売ってんじゃねぇよ! あとでなんか言われないか心配な狂夢だ」


「さてさて、とうとう妖々夢に入りましたねぇ」

「『マジカル☆さくやちゃんスター』って結局なんなんだろうな……。一応ストーリーとしては次の萃夢想じゃもうなくなってるし」

「まあ確かに気になりますね。上海アリス様にでも聞いてきますか?」

「いや結構だから! 下手したらこの小説消し飛ぶぞ!?」

「まあ冗談として……最近悩みができたんですよね」

「ん、なんだ?」

「作者はだいたいラノベ産のアニメを見るとき、一、二話を見て面白いと思ったら原作を買うわけですよ」

「まあ、原作読んでからアニメ見るってタイプだな。よくあるやつだ」

「実はそれのせいで金が底を尽きそうなんですよね……」

「バイトしろ! 必死に金稼げやこのポンコツ!」

「世の中は冷たいなぁ……」


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白咲家長女、出陣す

 

 

「……なあ霊夢」

「なによ、魔理沙」

「そろそろ異変解決に向かおうぜ?」

「……いやよ」

 

  そう言って霊夢はコタツに顔ごと潜り込む。

  この季節外れな大雪は博麗神社にも降っていた。

  しかし霊夢は動かない。否、冬に寒さのせいで動けないのだ。

  猫のようにコタツの中で丸まる彼女に、魔理沙は呆れたと言うように声を荒げた。

 

「もうそんなこと言って卯月(四月)だぞ!? これは明らかにおかしい、異変だ!」

「ただ雪が続いてるだけでしょ? そのうちすぐに収まるわよ」

「ああもう! さっきからそれの繰り返しじゃないか!」

 

  魔理沙は障子を勢いよく開けると、箒の柄をグッと握りしめる。外から寒気が吹き込んでくるが、お構いなしだ。

 

「もういい! 私一人でこの異変を解決してやる!」

「あら、それはちょっと無謀なんじゃないかしら?」

「わっ!?」

 

  不意に、魔理沙の横から聞き慣れた声がかかった。

  横を向いてみると、なんとそこには紅魔館のメイドである咲夜の姿が。

  急に現れたことで大声を上げてしまったが、それが咲夜にとっては面白かったらしく、クスクスと笑われてしまう。

 

「ふふ、普段勇ましい貴方でも可愛いらしい声を上げるのね」

「うっ、うるさい! だいたい時止めて急に出てくるなんて非常識だぜ!」

「……うちの図書館の本をよく強奪しているあなたから常識なんて言葉が聞けるとはね」

「盗んでないぜ、死ぬまで借りるだけだ!」

「……この幻想郷に果たして常識という文字は存在するのかしら?」

 

  悪気もなく自分の犯行を正当化する目の前の魔法使いに、今度は咲夜が呆れてしまった。

  と、そんなコントじみた話をしていると、気だるそうな音程でコタツから声が聞こえて来た。

 

「ちょっと、早く障子を閉めてちょうだい。さっきから風が入ってきて寒いのよ」

 

  その言葉に従い、咲夜は部屋に入ると障子を閉めた。ちゃっかり先ほどまで一人で行く気満々だった魔理沙も部屋に入っていることから、先ほどの言動は一時期の感情によるものだったのであろう。

 

  二人が部屋に入っても、霊夢は何も反応を起こさない。相変わらずコタツの中で丸まって温まるのみである。

  それを見かねた魔理沙が再び怒鳴ろうとするが、それを咲夜が手で制した。そして落ち着いた口調で、霊夢に語りかける。

 

「ねえ霊夢。この雪は私の推測だとおそらく皐月(五月)までは必ず続くと思うわ」

「……それが何よ? 私は雪が収まるまでここに籠るのみよ」

「でも、果たしてそのコタツの燃料がそれまで持つのかしら?」

「……」

 

  霊夢からの返事はない。ただ、咲夜がそう問いかけた時、コタツが一瞬ピクリと動いたのを、彼女は見逃さなかった。

  図星ね。

  そう判断し、咲夜は話を続ける。

 

「いったいどれくらいの燃料を楼夢がくれたのかは知らないわ。それでも一日中コタツを使って、この冬を乗り越えることは不可能よ」

「……ああもうわかったわよ! 出りゃいいんでしょ出りゃ!?」

 

  痛い事実を突かれたことで、半ばヤケクソになって霊夢がコタツから飛び出してきた。

  これでいいんでしょ、と咲夜が魔理沙に向かってウィンクする。その彼女の巧みな手腕に魔理沙は賞賛の言葉をかけた。

 

「すげぇぜ。どうやったらあんな風にできるってんだ?」

「博麗神社が貧乏なんてこと周知の事実でしょ? 後はそこから冷静になって答えを導いていけば誰でもできるわよ」

「うーん、そういうもんなのか?」

「そういうものよ。あなたも魔法使いならもうちょっと感情を落ち着かせる術でも学んでみたら?」

「ぜ、善処するぜ……」

 

  魔理沙は難しく考えることが何よりも苦手だ。相手が嫌な言葉をかけてきたとしても、どうしてそんな言葉をかけられたのか考えるよりも直接突っかかってしまうというタイプだ。

  当然そんなタイプは感情を抑えるのが苦手だ。魔理沙は自分でもちょっと自覚していた痛い部分を霊夢同様に突かれ、乾いた笑みを浮かべた。

 

「そこ、さっさと行くわよ。私は暇じゃないんだから」

「けっ、さっきまでコタツにこもってたのはどこの誰だって話だぜ」

「あいにくと私、過去のことは振り返らない主義なの」

 

  魔理沙の皮肉をひょうひょうと受け流すと、二人を置いて一足早く霊夢は空へと飛び立つ。

  まったく……、と呟くと、魔理沙は箒に乗って、咲夜とともに白銀の空に浮かぶその後ろ姿を追うのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……まったく、なんで私がこんなことを……」

 

  降り注ぐ雪を引き裂くように飛行しながら、美夜は一人そう愚痴る。

 

  思い返すのはつい数十分前の出来事。最近出来たご近所夫婦(正確にはまだ結婚はしていない)である火神夜とルーミアの対応に追われていたところ、急に父である楼夢から電話が来たのだ。

  内容は『今起きている異変を解決してこい』という単純かつ非常に面倒くさいもの。そもそも、博麗の巫女がいるのになぜ自分まで駆り出されなければならないのか、美夜には理解できなかった。

 

  でもまあ、理由など何もないのだろう。思考が幼くなった楼夢は自分が楽しむためなら誰でも利用するという、妖怪の本能を正しく表したような存在へと成り果てていた。

  大人状態の時は仁義に厚く、武芸者の鑑……とまでは言えないものの、尊敬するに値する、悪く言えば妖怪らしくない印象が強かったのだが、そんな父でもこのような時代があったかと思うと、初めから完璧な存在などないのだな、と改めて感じさせてくれた。

 

「とはいえ、まずはどこへ行ったら……」

 

  一応のため、楼夢が知る限りの情報を美夜は既に得ていた。とはいえ、その情報は少なく、単に桜の花弁を追うだけでは元凶までに辿り着くのに相当な時間がかかりそうだった。

 

  どうするかと悩んでいるその時、前方で弾幕が弾け飛ぶ激しい音が聞こえてきた。

  霧で見えにくかったが、よく見ればフリル付きの紅白の装束に身を包んだ巫女が、雪女らしき妖怪と弾幕ごっこを繰り広げていた。

  あの異常発生している白い霧はあの雪女の能力のせいだろう。

  とはいえ、その戦況は圧倒的に紅白の巫女が有利で、軽やかな動きで弾幕を避けつつ、正確無比にお札型の弾幕を発射している。

 

  ……あれがおそらくは博麗の巫女『博麗霊夢』だろう。なるほど、彼女からは美夜に匹敵するほどの力を感じる。

  いずれあの弾幕ごっこの決着は霊夢の勝利で終わるだろう。相手が悪かったと泣きべそをかきながら必死に逃げ回っている雪女に合掌する。

 

  さて、そんなことよりも今後はどうしようか。博麗の巫女が動き出したのであれば美夜が動かなくてもどうにかなりそうなのだが、あの父のことだしどうせどこかで監視かなにかをしているのであろう。なので美夜は異変が終わるまで隠れるという手段は使えない。

  だが、このペースでいけば間違いなく三日はかかる。

 

  その時、美夜はあることを思いつく。

  そうだ、それなら異変解決のベテランと協力するのはどうだろうか。

  幸い目の前にはその道のプロがいる。彼女に自分が怪しいものではないことを明かせば、もしかしたら元凶のところまで楽にたどり着けるかもしれない。

 

  そう考えた美夜は霊夢がいる方向へ急加速して向かっていった。

  だが、正直言ってこの時は迂闊だったとは言わざるを得ない。

  遠くからは霧で見えにくかったので、彼女は霊夢に同伴者がいる可能性を考えていなかった。

  当然、遠くから妖怪が急に迫って来たら誰でも身構えてしまうだろう。しかもその同伴者のうちの一人は……。

 

「あなたは……白咲の黒九尾っ!?」

「そういうあなたは紅魔のメイドじゃないですか」

「なんだなんだ? 知り合いか、咲夜?」

 

  なんでこんなところに出会いたくない組織の人間がいるんだ!? と美夜は自分の運命に叫びたくなった。

  当然だが、白咲家は吸血鬼異変の時に目の前のメイドを含めての紅魔館の敵幹部三人を無力化しており、その仲は今になっても険悪である。

  とはいえ、あの異変の後積極的に紅魔館と接触していないため、あの時のイメージがそのまま保たれているというのは仕方のないことなのだが。

 

  それを知らないであろうとなりの金髪少女は、美夜に激しい目線を向けている咲夜に二人の関係性を聞いて来た。

  しかし咲夜は答えない。無言でナイフを抜くと、美夜への殺気を高めていく。

 

  一触即発の空気。しかしそこに、遅れてやって来る影があった。

 

「あんたたち、そこで何やってるのよ?」

 

  ふわりと咲夜と魔理沙の近くに降り立つ紅白の色。

  霊夢だ。彼女は美夜を一瞥すると、珍しく喧嘩腰になっている咲夜へと問いかける。

 

「で、あれは誰よ? あなたの知り合いなんだったらあなた自身で解決してちょうだいね」

「ああ、ちょうどよかった。失礼します博麗の巫女、私は——」

「よかったわね霊夢。この異変の首謀者候補の一人に出会えたわよ」

 

  ……はい?

  え、ちょまっ、どうしてそうなった!?

 

  咲夜は一応美夜に美鈴を倒された恨むを持っているようだが、彼女の目は嘘を言っているようには見えなかった。

  もちろん美夜はこの異変の首謀者などでは断じてない。そもそも美夜はこの異変を解決しに来ているのだ。もし美夜が本当に犯人だったのなら、自分が起こした異変を自分で解決しようとしていることとなる。

 

  咲夜たちは美夜がここに何をしに来ているかは知らなかったとはいえ、明らかな矛盾。

  しかし、次の咲夜の言葉に美夜は何も言い返せなかった。

 

「幻想郷縁起でも書かれてるけど、こいつの名前は白咲美夜。あの有名な白咲三神の一人よ。そして能力は【天候を操る程度の能力】。実際吸血鬼異変の時にも天気雨を降らせていたらしいし、この時期に吹雪を起こすことも可能なはずだわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そもそも私は……」

「……確かに、伝説の九尾の狐なら可能性はあるわね。ここまでの吹雪を起こすことなんて、大妖怪最上位がそんな能力を持ってたら造作もないことだろうし」

 

  幻想郷縁起とは、人里の稗田家が執筆する妖怪図鑑のようなものである。中には様々な妖怪のわかっている限りの能力や危険度などが書かれている。

  そして美夜は幻想郷に来たばっかりのころ、その幻想郷縁起のインタビューを受けたことがあった。

  あの時は神社の宣伝のため必要だったとはいえ、まさかここでそれが裏目にでるとは。

  これ以上弁解しようとしたところで、相手には言い訳のように見えてしまうだろう。予想外の方向からの攻撃に反論することができず、美夜は悔しげに口をつぐんだ。

 

「というわけでそこの妖怪。さっき墜落してった容疑者その一のようになりたくなきゃ、さっさと白状しなさい」

「いやですから違いますって!」

「即否定……実に犯人がしそうなことだわ。ま、妖怪の一人や二人間違ってぶっ倒しても事故で済むし、その弁解は後で聞くことにするわね」

「り、理不尽すぎる……」

 

  どんだけ横暴なんだこの巫女は……。

  霊夢はお札とお祓い棒を構え、戦闘態勢に入る。

  ここまで来るともう腹をくくるしかないと、美夜は刀の柄に手を当てる。だが、それが抜かれる前に、咲夜が霊夢の前に立ちはだかった。

 

「待ちなさい霊夢。この勝負、私に預からせてもらえないかしら?」

「……私としては面倒ごとが減るならそれでいいわ」

 

  そう言うと構えを解き、霊夢はあっさりと引いた。

  た、助かった……。

  情報通りならこの巫女、あらゆる物理攻撃を無効化する力を持っているらしい。剣術しかできない美夜にとってそんな相手は相性最悪に近い。なので美夜は密かにホッと安堵のため息を吐いた。

  しかし目の前のメイドがナイフをその手に握ったのを見て、彼女は表情を引き締める。そして今度こそ柄を握ると、ゆっくりと黒い長刀を引き抜いた。

 

「……一つ聞きます。あなたが今武器を握るのは白咲家への復讐のためですか?」

「……そんな大層なものじゃないわ。これはただの八つ当たり。家族を傷つけられた、ね」

 

  幼きころのあの日、咲夜は腹部を一文字に切り裂かれて血の海に沈んでいた美鈴を見たことがある。

  戦争はそういうもの。門番である彼女にとって、あそこで起きたことは必然だったのかもしれない。

  ただ、それで納得できるほど咲夜の家族愛は冷めてはいない。

  愛。そう愛だ。復讐心ではなく、家族愛のため、咲夜は今ここにいる。

 

「それを聞いて安心しましたよ。……復讐心に駆られた相手ほど、切るのにつまらない相手はいないですからね」

 

  その剣客としての本音をつぶやいた後、美夜から膨大な妖力の奔流が流れ出てきた。

  身の毛もよだつ寒気が、咲夜を襲う。だが覚悟を決めた体は、自然とそんな寒気を打ち消していた。

 

「紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。この決闘の勝者の名前よ」

「白咲家長女、白咲美夜、参る!」

 

  そして白銀の空の上、膨大な霊力と妖力がぶつかり合った。



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斬撃舞踏会

 

 

 

 

  先手必勝、と言わんばかりに咲夜は慣れた手つきでナイフを美夜に向けてばらまく。

 

  スペルカード三、残機二で始まった弾幕ごっこ。しかし実を言うと、美夜はあまり弾幕ごっこが得意ではなかった。

 

  向かってくるナイフ群を一太刀で全て切り裂き、お返しとばかりに左手を振るうと、唯一得意な雷を複数放った。

  驚異的な速さで迫るそれらに咲夜は一瞬目を見開く。しかしすぐに冷静になると、躱せないと判断して能力を使用した。

 

  美夜の目にはまるで咲夜が瞬間移動したかのように見えただろう。

  【時を操る程度の能力】。間違いなく弾幕ごっこにおいて最強の能力の一つであるそれは、霊夢の【空を飛ぶ程度の能力】ほどではないが中々彼女にとって相性が悪かった。

 

  ご存知の通り、美夜はあまり術式は得意ではない。通常弾幕の精度もそこまでだし、唯一得意な雷系のものは速いが数十も同時に放つことができないという弱点があった。

 

  普段の戦闘が究極の一撃を狙う点と点の戦いならば、弾幕ごっこは威力ではなく範囲を重視した面と面での戦いだ。そして刀一本しか持ち得ない美夜の攻撃の面は小さい。

  だが、そんな弱点を美夜がいつまでも放置しておくわけがない。

  そして彼女はこの時のために用意しておいた()()()()を咲夜へ思いっきり投げつけた。

 

  咲夜はそれを見たことがあった。いや、ここにいる全員が知っているだろう。

 

「お札……ですって……!?」

 

  とっさに体を横に捻って躱すも、それらはまるで意識を持ってるかのように軌道を変え彼女を追尾する。

  そして——爆風が巻き起こった。

 

「……っ!」

「……やれやれ、本当に厄介ですねその能力」

 

  しかし、その中に咲夜はいない。反射的に能力を使用し、爆風が当たる前に安全地帯まで移動したのだ。

  二度目ということもあり、美夜はさほど驚かなかった。そればかりかカードを一枚取り出すと、一秒のクールタイムで能力が使えない咲夜の隙を突いてそれを発動する。

 

「楼華閃六十【風乱(かざみだれ)】!」

 

  突如現れた突風の刃が、咲夜を包み込んだ。

  視界全てを覆い尽くす風で出来た壁に、咲夜はまるで台風の目の中にいるような錯覚を覚える。

  それと同時に、自分の能力の弱点がバレていることに顔を歪ませた。

 

  時を止める能力にも欠点はある。まず一つ、時止め中は自分が持っている物以外に干渉することができなかったり、発動後一秒のクールタイムを待たなければ使えないなど、上げればまだまだ出てくるだろう。

  狂夢の能力なら話も違うのだが、それは今は関係ないだろう。

  問題は、美夜が咲夜の能力の攻略法に気づいたからだ。

 

  自身を覆う風の壁。

  咲夜は時を止めることはできても、相手の攻撃を避ける場合は自分の体を通すスペースがなければ躱すことはできない。

  そして目の前の壁にはそれが見えない。つまり突風からの脱出は不可能ということ。

 

  しかし、これでは相手も攻撃できないのでは……?

  その予想は、得体の知れない気配を感じた咲夜が急に体を横捻りさせたことで裏切られることとなる。

 

「……くっ!」

 

  咲夜のメイド服を、突如鋭利な何かがかする(グレイズ)した。

  慌てて時を止めて状況を確認して—–驚きを浮かべる。

 

  咲夜の周りにはなんと、数十ほどの風の刃が包囲していたのだ。

  もしこのまま能力を発動させずにいたら、間違いなく被弾してただろう。この時ばかりは咲夜は自身の選択と神に感謝していた。

 

  だが、わかったところでどうなるかと聞かれれば、難しいものだ。

  やがて時を止められる時間のリミットが来たようで、咲夜の意思に反して色が抜かれた世界は崩れ去っていく。そして現実に戻るとともに、複数の風の刃が殺到した。

 

  この狭い空間内でこれらを全て避け切れるのは無理があるだろう。迎撃するにも、全方位から刃が迫っているので、必ずどこかで当たることとなる。

  通常なら明らかな詰みの状態。しかしそれを打ち砕く方法が一つだけある。

  咲夜はスペカを放り投げると、宣言。

 

「幻符【インディスクリミネイト】」

 

  咲夜の周りを浮いていた奇妙なボール—–マジカル☆さくやちゃんスターが光り輝く。そして次には、迫る風の刃の何倍もの数のナイフが咲夜を中心に無差別に放たれ、この竜巻空間ごと中にあるもの全てを切り裂いた。

 

  そして自分に向かってくる余った分のナイフを刀で弾きながら、美夜は驚愕する。

  これが、彼女の力か……。

  少々人間だからと、甘く見積もっていたかもしれない。

  ここからは手加減なしだ。膨大な妖力を妖刀に注ぎ込みながら、彼女はそう決心する。

 

  一方咲夜は自分を覆い隠していた突風から脱出するとともに不意を突くため、次なるスペカを宣言する。

 

「メイド秘技【殺人ドール】!」

 

  投擲されたナイフが美夜を襲う。そこまではこれまでと同じだ。

  奇妙な点は、ナイフの数が先ほどのスペカと比べて少ないということ。

  しかしそれは美夜の近くにまで到達した途端、マジックのように新たなナイフが現れ、急激に数を増やした。

 

「っ、やっぱり面倒な能力です、ねっ!」

「お褒めに預かり光栄。そういうことなら、最後の最後までお楽しみくださいな」

 

  美夜が迫り来るナイフを全て弾いたころには、咲夜はもう次のナイフ群を投擲していた。

  先ほどよりも初期の数が多い。本気でここで残機を一つ削る気なのだろう。

 

  しかし、美夜に焦りはなかった。

  深く白い息を吐き出した後、中段の構えから八相の構えへと移り変わると、小さく呟く。

 

  —–楼華閃八十四【鏡返し】。

 

  そして美夜は目にも留まらぬ連撃で迫り来る数十数百のナイフを弾く。そればかりではなく、全てを寸分違わず咲夜の元へ打ち返したのだ。

 

「……なっ!?」

 

  流石の咲夜もこれには驚愕した。

  もはや神業としか言いようがない曲芸。そんなものを見せつけられて、彼女の体は一瞬動きを止めてしまう。

  そこに打ち返されたナイフ群が殺到。それに気づいた咲夜は急いで時を止め、早々にそこから離脱した。

  だが時を動かした途端、不意に辺りが暗くなり、咲夜は上を見上げたた。そして驚愕することとなる。

 

「楼華閃七十二【雷炎刃】!」

 

  頭上にいたのは、炎と雷を纏った刃をまっすぐ振り下ろす美夜の姿だった。

  一瞬のことなので、能力はまだ使えない。咲夜はナイフを片手に持って、それを受け止めようとする。

 

  しかし、その強烈な一撃はナイフを一刀両断し—–—–爆発を巻き起こした。

 

「ごっ……かはっ!」

 

  それに直撃した咲夜は体を大きく吹き飛ばされる。しかしメイド服は所々が焼け焦げているが、切り傷はなかった。

  当たり前だろう。弾幕ごっこでは本来直接的な近接攻撃は禁止されている。美夜はそれを考慮した上で、切ったものを爆発させる【雷炎刃】を選んだのだから。

  いわば、咲夜の傷はナイフが近距離で爆発したことによる火傷ということになる。重傷ではないが、被弾は被弾ということで残機は一つ失われた。

 

  これで咲夜は残機スペカ両方残るは一となる。

  これを勝機と見て、美夜はスペカを投げると、それを大きく切り捨てた。

 

「楼華閃九十六【桃姫の桜吹雪】ッ!」

 

  スペカが両断されると、なんとそこを中心に無数の斬撃が桜吹雪のように咲夜へと殺到した。

  その範囲は【風乱】を余裕で超えている。九十番台の技にふさわしいものだった。

 

  咲夜は時を止めると、二枚のスペカを取り出す。

  一つは【夜霧の幻影殺人鬼】。投擲したナイフ群がレーザーと化して、敵に殺到する彼女が持つ中でも非常に強力なスペル。

  そしてもう一枚は遊び半分で作ったカードだ。通常ならほとんど役に立たないだろうし、作っておきながら使う機会はないだろうと確信していたもの。

  だが、今の状況なら……。

  咲夜は時が動き出す前に決断すると、それをしまい、残る一枚に全てを賭けた。

 

「速符【ルミネスリコシェ】!」

 

  霊力を込めたナイフを一つ、全力で投擲する。

  しかし、それだけだ。ただ凄まじく速いだけで、後に続くナイフ群すらない。

  だが、その認識はナイフが一枚の花弁—–斬撃と衝突した時に一変する。

 

  キイィン、という甲高い音が一つ響いた。

  そして花弁に当たったナイフは、なんと跳ね返ると同時にさらに加速したのだ。

 

  これには美夜も驚いた。

  そしてナイフは次々と花弁にぶつかっていき、そのたびに加速しながら軌道を変えて徐々に美夜に迫ってくる。

 

「マズイ……このままじゃ目に追えなくなる」

 

  美夜が放った桜吹雪の数は千にも及ぶ。しかし今だけはそれが仇となっていた。

  すでにナイフは数十回もの加速を果たしている。その速度はマッハ2。ブン屋の射命丸文の全速力をも超えたそれを目で追うのは、美夜でも中々難しかった。

 

  だったら、当たる前に潰す。

  【桃姫の桜吹雪】では一撃の威力が足りなくてナイフを止めることができない。ならば、その前に咲夜本人を倒そうと、美夜は桜吹雪を遠隔操作して槍のように伸ばした。

 

  だが、すっかり失念していたことがある。

  軽い音が、咲夜の指から鳴った。同時に世界は色を失う。

 

  動きが止まった桜吹雪をスラリとすり抜け、制限時間が来る前に出来るだけ前へ、前へ—–—–。

 

  そうして世界が色を取り戻した時、美夜は自分に二つの危機が迫っていることを察知した。

  一つは凄まじい速度で迫る一つのナイフ。その時の速さはマッハ5に達しており、幼体化した楼夢の全速力を超えていた。

  そしてもう一つは—–—–全体重を前にして飛び込み、ナイフを振りかぶる咲夜の姿があった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!」

「くっ、うぉぉぉぉぉおおおッ!!」

 

  —–—–鮮血が飛び交った。

 

  それは咲夜の顔へとかかり、彼女の美しい顔へとかかる。

  そして咲夜は満足気に小さく笑うと—–—–惜しかった、と呟いた。

 

  そしてナイフを振りかぶったその腕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……冷や冷やしましたよ。もし弾幕ごっこに近接攻撃がありで、あれを投擲しようと振りかぶるのではなく突き出していたら、私は負けていました」

「それは残念ね。でもプレゼントは一つだけ届いたようだからよかったわ」

 

  美夜は自然と、自分の腹部の中心を見下ろす。

  そこには【ルミネスリコシェ】のナイフが根元まで深く、突き刺さっていた。

 

「……さあ、早くしなさい。あいにくとこれから忙しいのよ」

「ええ、でもいい経験をさせてもらいました。—–—–それでは」

 

  咲夜の腕を拘束していた片方の手を外して、真上に突き上げる。そしてポタポタと血が滴るそれを、まっすぐ振り下ろす。

 

  そして咲夜の後ろから迫ってきた桜吹雪が—–—–彼女の体全てを呑み込んだ。

 

 

 






「はいはいどーも! サッカーワールドカップで日本がセルビアに同点になった直後に投稿しております作者です」

「結構いい試合だったな。みんなも暇があったら是非見てみよう! 狂夢だ」


「さてさて、今回は美夜と咲夜の弾幕ごっこでしたね。弾幕ごっこの描写書くの数週間ぶりなんでちょっと拙くなってしまいましたが」

「それにしてもよ、美夜術式使えない割に弾幕ごっこ強くないか? 咲夜だって紅魔郷の五面ボスなのにそれに勝つなんて偶然じゃ説明できない気がするんだが……」

「ああそれは美夜のスペカがほぼ全て初見殺しであるのが理由ですよ。【風乱】は分かっていたら準備できるし、【雷炎刃】に至っては弾幕ごっこじゃほぼ使えない技その一に確実に入りますからね」

「まあ一理あるが……それと咲夜の【ルミネスリコシェ】がなんでほとんど役に立たない技なんだ? ゲームだと結構役立ってるはずだろ?」

「そこはゲームとの差ですかね。もちろんこの世界に画面枠なんてものはありませんから、美夜の桜吹雪のように跳ね返るものがないと全く使えないですよ」

「……なんかスペカって一々そういうの考えるの大変なんだな」

「まあ様々な技を封印して毎回同じ技しか使わせないんだったらずっと楽なんですがね……それだと今度はバリエーションが減りますし」

「いかに弾幕ごっこの描写が面倒かわかる愚痴だな」

「普通の戦闘の方が結局は自由に書ける分楽なんですよ」


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魔法使いと魔女

 

 

「さて、これで話を聞いてくれますよね?」

 

  黒光りする日本刀を納刀しながら、美夜は霊夢へと問いかける。

  その手の中には、根元まで赤黒く染まったナイフが握られていた。

  それをボロボロになった咲夜に投げ返すと、改めて霊夢と向き合う。

 

「……仕方ないわね。話ぐらいは聞いてやってもいいわ」

 

  やれやれと言う風に霊夢は大きくため息をつく。

  ここで弱った目の前の妖怪を倒すのもいいが、絶対に後で報復がやってくるだろう。霊夢としても、幻想郷最強勢力と言われる白咲神社を敵に回すのだけは避けたかった。

  そして何より、弾幕ごっこの敗者は勝者の言うことを聞かなければならない。それは博麗の巫女として従わなければならないことだった。

 

  美夜はそれを聞いて礼を述べると、お辞儀を一つ。

  そして自分が何のためにここにいるのかを語った。

 

「では、改めて自己紹介させてもらいます。私は白咲神社の三姉妹が一人、白咲美夜です。今後お見知り置きを」

「んなこともう知ってんのよ。もうちょっと新ネタ持ってきなさい」

 

  暗に要件を早く語れと霊夢は言う。

  ぶっきらぼうで礼儀知らずな態度だが、それは彼女の素であるようだ。美夜の性格上こういった人物を見ると修行させて更正させたくなるのだが、人間が妖怪の話を聞いてもらえるだけありがたいので今回は説教はなしでさっさと話を続けた。

 

「単刀直入に言います。私が今ここにいるのは、この異変を解決するためです」

「……寝言は寝てから言いなさい。なぜ今になって大妖怪最上位ほどの妖怪が動かなければならないのかしら? 本来は命令する立場なのに」

「いえいえ、私たちにも絶対的な上下関係はありますよ。そうですね—–—–父の命令でここに来た、と言えば信じてもらえますでしょうか?」

「なっ……!?」

 

  それを聞いて、霊夢と咲夜の表情が驚きと緊張で張り詰められた。逆に魔理沙は今の一言の意味が理解できず、ポカンと間抜けな表情をしている。

 

「な、なあアイツのオヤジってそこまで偉いのか?」

「……あなたもちょっとは頭使いなさいよ。白咲三神より偉いやつなんて、そこの主神しかいないじゃないっ」

「……と言うと?」

「……産霊桃神美(ムスヒノトガミ)。それが、そこにいるやつに命令を下した張本人よっ」

 

  流石に、そこまで言えば魔理沙も理解した。

  前に弾幕ごっこで戦った圧倒的強者、火神矢陽。それを超える存在がこの件には関係しているのだということを。

  しかし、霊夢から聞いた話では産霊桃神美は消息を絶っていたはずだ。そのことを問い詰めると—–—–。

 

「……知らないわよ。というかそんな情報知りたくもなかったわ」

 

  と、苦い表情で霊夢に返されてしまった。

  その代わりにと、美夜が魔理沙の問いに答える。

 

「父は去年帰ってきたばっかですよ。まああの人は幻想郷の問題ごとには首を突っ込まないと管理者に公言しているので心配は要りませんよ」

「……その証拠がどこにあるのかしら?」

「この一年幻想郷が平和だった、ということが証拠にはなりませんか?」

 

  それを言われてしまえば、霊夢もこれ以上は追求することはできなかった。

 

「納得していただけたようですね。それじゃあ次の要件なんですが、どうか私をあなた方の異変解決に同行させてはもらえないでしょうか?」

「……好きにしなさい。ただし、邪魔したら容赦なくぶっ叩くから」

「おい霊夢っ!」

 

  なんの相談もなく決めてしまった霊夢に、思わず声を上げる魔理沙。しかし言葉を言う前に、咲夜の手が彼女の肩に置かれた。

 

「魔理沙、落ち着きなさい」

「でもよ咲夜……アイツは信用できるのか?」

「さあ? でも白咲神社側に私たちを妨害するメリットはないと私は考えてるわ。あっちが異変の首謀者じゃない限り、ね」

 

  それに、と咲夜は付け足す。

 

「私個人は弾幕ごっこで負けたから彼女の要求を受け入れるしかないわ。これで二対一になるわけだけど、あなたはどうするの?」

「……はぁ、まあ霊夢が決めたことだし、私は従うとするぜ」

 

  これで全員の意見が一致した。

  ということは、美夜の加入は認められたということになる。

  霊夢個人としては己の勘が何も言ってこないことからある程度は彼女を信用したいところだ。それは一度戦った咲夜も同じだろう。問題点は魔理沙のようにも見えるが、霊夢はこれが魔理沙なりの相手を認めた時の対応だと知っていたので、特に問題は起こらないであろう。

 

  加入が認められたことで美夜は深くお辞儀をし、霊夢へ握手をするために手を突き出した。

 

「改めてよろしくお願いします、博麗の巫女」

「……霊夢よ。私の名前は博麗霊夢。今後はそう呼びなさい」

「わかりました。ではよろしくお願いしますね、霊夢」

 

  二人は互いに手を握る。

  こうして、彼女らの間で新たな友情が—–—–。

 

「……あなたみたいな礼儀正しいタイプ、私苦手かも」

「……握手早々それは酷くないですか?」

 

  —–—–いきなりの辛辣な言葉に、美夜は思わずズッこけるのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……結構時間食いましたね」

「仕方ないぜ。ああなった霊夢は誰にも止められない」

 

  大きなタイムロスをしてしまったことに、魔理沙と美夜は同時に大きなため息をつく。

 

  ことの発端は数時間前まで遡る。

 

  美夜を新たに加えて改めて異変の捜査を行っていたところ、彼女らは見たこともない場所に迷い込んでしまった。

  そこで出会った化け猫曰く、ここは訪れた者に幸福をもたらすと言われている()()『マヨヒガ』らしい。

  このことを聞いた霊夢は大興奮。片っ端からマヨヒガの物を持ち出そうとする霊夢に化け猫が怒り、弾幕ごっこまでに発展した。……まあ、結果は言わずもがなだ。

 

  そうして化け猫を倒した後、霊夢のお宝探しが始まり、それに時間を浪費してしまったというわけだ。

  まったく、異変解決中だからあまり多く持ち運べなかったからとはいえ、厳選に時間をかけすぎではないだろうか。

  そう思う美夜。だが悲しいことに、金持ちの彼女と霊夢では、そこの感覚が共通されることはないだろう。

 

 

  すっかり闇に染まってしまった空を、四人は飛行する。

  夜ということもあり、昼間よりも風が冷え込んでくる。美夜は妖怪だから大丈夫だが、他の三人は寒そうだ。

  特に霊夢と咲夜。片方は白咲神社の装束にも似た、妙に露出が多い巫女服。またさらに片方のメイド服なんかは白い太ももがくっきり見えるほどのミニスカート仕様となっている。

  いくら正装とはいえ、若干製作者に悪意を感じてしまった。

 

  そんなことを考えると、下で木々が生い茂る森を見つけた。

  行ったことはないが、ここがおそらくは魔法の森であろう。

 

「おー、魔法の森に帰ってきたぜ。どうする? もう夜も遅いしうちで休んでいくか?」

「……そうね。手がかりも見つからないし、私もそろそろ疲れたわ」

「霊夢は主に宝漁ることしかしてない気がするんだぜ」

 

  そのつぶやきは聞こえてしまったようで、魔理沙は霊夢にガン付けられる。それにビビった彼女は一目散に先頭に立つと、霊夢から逃げるように速度を上げた。

  案内がそれでいいのか問い正したいことだが、まあ誰も気にしてないようだし無視しよう。

 

  その時、ふと横に並走していた咲夜に声をかけられてた。

 

「ねえ……あれは何かしら?」

 

  咲夜が指差した先には、確かに何かが魔法の森の中に建っていた。しかし人間の視力ではそれが限界らしい。

  だが、妖怪である美夜にはそれがなんなのかが見えていた。別に隠す必要もないので、それの正体を彼女は咲夜に話した。

 

「あれは……家ですね」

 

  そう、家だ。本来なら住むことすら困難なこの森の中で、立派な家が建っていたのだ。

  しかし、それだけだったら特に気にはしなかっただろう。珍しいが、魔理沙という実例がある以上ここに誰かが住んでいてもおかしくはない。

  だが、あの家には明らかに不信なことが一つだけあった。

 

「ねえ……あの家に桜の花弁が集まっているように見えるんだけど」

「見えるんじゃなくて実際にその通りなのよ」

 

  断言する霊夢。

  空から降ってくるピンクの花弁。それらがあの家の近くを通ると、急に掃除機のようにあそこの煙突に吸い込まれているのだ。

  怪しい。全員がそう思ったことだろう。

 

「魔理沙さん、あそこの家の住人について何か知りませんか?」

「さんはつけなくていいぜ。んで、あそこの家には確か魔女がいたはずだぜ」

「魔女? あなたのようなエセではなくてパチュリー様のような?」

 

  ふと気になったのか、咲夜が話に割り込んできた。

  エセというある意味的を得ているような表現をされて、魔理沙は苦笑いする。彼女自身火力バカで魔法らしい魔法を使えないことを自覚していたこともあり、苦笑いでその場をごまかすしかなかった。

  しかし、そんな魔理沙でも反論できる要素は一つだけあった。

 

「チッチッチ、咲夜は勉強不足だな。魔女は種族で魔法使いは職業のことを指すんだ。よって私は魔女らしくなくて当然なんだぜ」

「……魔法使いとしても胡散臭いと思うけど」

「なんだとコラ!」

 

  そういう喧嘩っ早くて男らしいところがまた魔法使いらしくないのよ、とさらに咲夜は付け足す。それによって魔理沙はさらにヒートアップ。ついにはミニ八卦炉まで取り出す事態となった。

  しかし途中で霊夢がヤクザのごとく二人を睨みつけたことによって、事態は収束した。

 

  それを見た美夜は思う。

  刺青入れてそうなヤクザ巫女にエセ魔法使い、そして毒舌メイド。

  ……あ、私この人たちについていったの失敗だったかも。

 

 

  さて、話は切り替わるがこれからどうするかについて四人は話し合う。

 

  まず、ここを無視するという選択肢はない。もしここで無視して、それでここの住人が犯人だったらマヌケとしか言いようがない。座布団十枚くらいはもらえそうだ。

 

  ではここの住人に接触するということは確定ということになるが、今度は誰が行くかだ。

 

「私は嫌よ」

「私もだぜ」

「私も遠慮しておくわ」

「え、えーと……私もできればやりたくないのですが……」

 

  自慢ではないが、ここの四人はお世辞にも社交的とは言えない。美夜はまだマシだが、他はむしろ外の世界だと速攻で敵を作ってしまうだろう。

  なんせメンバーがヤクザ巫女にエセ魔法使い、さらには毒舌メイドである。美夜でも玄関前にこんな人たちが揃って尋ねてきたら即刻ドアを閉じるだろう。

 

  話し合いではラチがあかないと判断し、結局じゃんけんで決めることとなった。

  その結果—–—–。

 

「……マジかよ……」

 

  全員がパーを出した中一人だけグーを出してしまった魔理沙に決まった。

  ものすごい嫌そうな顔をしているが、流石に約束を破ることはしないらしい。渋々と箒を地面に近づけさせようとする。

  しかしその時、魔理沙の頭に一つの解決策が浮かび上がった。

 

「……なあ、あの家にいるやつをここに呼び出せばいいんだろ?」

「ええそうよ。夜になって一層寒くなってきたし、早く行ってきなさい」

「……いや、その必要はないぜ」

 

  魔理沙はニヤリと黒い笑みを浮かべると、自慢のミニ八卦炉を魔女帽子から取り出す。そしてそれの照準を森の中に建つ家に向けた。

  ……まさか。

  美夜が魔理沙の奇行の意味に気づき、止めようとした時にはすでに遅かった。

 

「【マスタースパーク】ッ!!」

 

  —–七色の巨大閃光が繰り出された。

  それはまるで天から降ってきたかのように家の真上にぶち当たると、轟音と煙を巻き上げて大きな穴を空けた。

 

「なんて非常識な……」

 

  もうヤダこの人たち。

  隣では霊夢が腕を組んで「考えたわね……」と賞賛にも取れる言葉を呟きながら関心している。

  おい博麗の巫女、それでいいのか!?

  あまりにも問題がありすぎる行動に、美夜はもう声を荒げる気力すら湧かなかった。

 

  そして当然なんの恨みもなく天井を壊されたら怒るのは当たり前で。

  遠目からでも怒りのオーラを感じ取れる少女が、ものすごい剣幕を立てながらこちらに迫ってきた。

 

「ちょっとそこのあなたたち! いきなり人様の家にレーザー打ち込むなんて頭がおかしいんじゃないかしら!?」

「よし、釣れたぜ」

 

  怒っている魔女を尻目に、魔理沙は親指をこちらに立ててサムズアップする。

  鬼かこの人。

 

  改めて魔女の方を見てみる。

  青のワンピースにロングスカートを着用しており、その肩には白のケープを羽織っている。

  絹のように美しい金髪の上には赤いカチューシャのようなものをつけており、まるで人形のようだと美夜は思った。

  ただ今は魔理沙が怒らせてしまったことによって感情が激しく現れており、それが彼女が意思を持った生物であるということを証明していた。

 

「ふん、所詮は野蛮な野魔法使いね。そんなんだから未だに魔女になることすらできないのよ」

「けっ、温室魔女よりかはよくないか?」

 

  売り言葉に買い言葉。

  魔女は完璧に魔理沙を見下すと、その未熟さに呆れたようなポーズをとる。

  その言葉を聞いて魔理沙は魔理沙で魔女のことを揶揄して引きこもりと表現した。

 

  二人の口論は続く。

 

「そしてあいにくとだが、私は今を気に入ってんだ。当分人間をやめるつもりはないぜ」

「そこが未熟だと言ってるのよ」

「温室にはわからないだろうな」

「都会派魔女よ。間違えないでくれるかしら」

 

  うん、そこはどうでもいい。

  しかし、このままではキリがない。そう判断した魔理沙はミニ八卦炉を魔女へと向け、カードを数枚帽子から取り出した。

 

「そこまで未熟って言うんだったら、私の力を試してみるか?」

「……やっぱり野蛮ね。でも今回ばかりは私も賛成かしら」

 

  魔女は手をパンパンと打ち鳴らし、何かの合図を送る。

  するとどこから出てきたのか、魔女の周りには二つの人形が出現した。

  そして魔女は懐からスペルカードを数枚取り出す。

  この二人の行為から、何が起こるかは初めから決まっている。

 

「一応礼儀として名乗っておくわ。アリス・マーガトロイドよ」

「霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ!」

 

  互いに名乗りを上げた後、魔女アリスはどこからともなく大量の人形を。魔理沙は高火力弾幕を展開した。

 

  そして幻想郷の闇世の中、弾幕ごっこが始まった。

 

 






「もうそろそろ中体連の季節ですねぇ。部活に入っている全国に学生さんたちは頑張ってください! 作者です」

「まあお前には関係ないだろうがな。狂夢だ」


「さてさて、今回は魔女と魔法使いについて」

「一応公式では魔女=魔法使いって感じなんだが、この小説だと何が違うんだ?」

「この小説ではオリジナル設定として巫女やメイドのように、魔法を使う職業のことを魔法使い、そして魔女というのは妖怪の一種ということにしてあります」

「まあわかりやすく言うと魔法を使う人間が魔法使い、魔法が得意な妖怪の種族の一つのことを魔女と呼ぶぜ」

「まあわかりやすくするために分けてると思ってください。それでは今回はここまでです」


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人形アリス

 

 

  迫り来る弾幕を避ける、避ける。

  かすりすらしない。魔理沙は暴走車のような荒々しい速度で弾幕の海へと自ら突っ込むと、見事な機動力で弾幕を避け、貫通レーザーを複数放つ。

 

「……くっ」

 

  アリスは苦々しい顔で未だ余裕に飛び回る魔理沙を睨みつける。

 

  戦況は、魔理沙が優勢だった。

 

 

  —–—–蒼符【博愛の仏蘭西人形】。

 

  フランス国旗を表すかのように青、白、赤へと弾幕の色が変わる。そしてその度に何倍にも増えた弾幕が魔理沙を襲っていた。

 

  しかし、当たらない。

  代わりにと凄まじい速度のレーザーがまた一人とアリスの周りに浮く人形を貫き、破壊した。

  それと同時にスペルカードの制限時間が終了し、空に浮かぶカラフルな弾幕はかき消える。

 

  確かに、アリスは魔理沙よりも実力は上だろう。しかし彼女は弾幕ごっこにおいて、実力差が決して勝敗に関わるわけではないということを失念していた。

  ズバリ、アリスと魔理沙の間にあるものは相性の問題だった。

 

「っ……人形たち!」

「させないぜ!」

 

  アリスの戦闘方法は人形頼みだ。彼女の人形は攻撃の砲台としても、時に盾としても使うことができる。

  だが、魔理沙が相手の場合、それは無意味と化す。高密度レーザーは人形をたやすく貫通し、星型の弾幕に当たれば爆発が複数の人形を巻き込む。

  つまり、人形が盾として機能しなくなるのだ。

  そしてアリスは人形がなければ攻撃も薄くなる。それはつまり、魔理沙に弾幕を当てることは限りなく不可能になることを示していた。

 

「ならこれはどうかしら? —–白符【白亜の露西亜人形】」

 

  アリスはそう宣言すると、指をパチンと鳴らす。すると広範囲に数十ものロシア人形が出現した。

 

「へっ、また人形か! どうやら全然学習してないみたいだな!」

 

  人形たちからは弾幕が放たれているが、魔理沙は先ほどと同じようにそれらをかいくぐると、一番近くの人形にレーザーを放った。

  しかしその時、アリスの口角が僅かに釣り上がる。

 

「引っかかったわね」

「何を……ぐがッ!?」

 

  問いかけるよりも早く、魔理沙のレーザーが人形を串刺しにする。すると貫いたはずのロシア人形が爆発して、中から弾幕が飛び出してきたのだ。

  油断していた魔理沙はあっさりとそれに巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 

  これで魔理沙の残機は残り一となった。

  そしてまだアリスのロシア人形は数十秒は続くだろう。

  ここで使わなくていつ使う。魔理沙は決心すると、この状況を打破できるであろう一枚目のスペカを空へと放り投げた。

 

「だったらこいつだ! 魔符【スターダストレヴァリエ】!」

 

  魔理沙の周りに複数の魔法陣が展開される。それらは勝手に動き出し、空間中を駆け巡りながら、細かい星型弾幕を大量に吐き出した。

  それらがロシア人形とぶつかり、爆発していく。

  ロシア人形が威力に関係なく、何かにぶつかった瞬間に爆発することを魔理沙は今までの経験から培った観察眼で見抜いていた。

  そこで、対策として使ったのが【スターダストレヴァリエ】だ。これは密度をある程度落とす代わりに弾幕の数がとても多い。それこそ、アリスと魔理沙の近くの空間を埋め尽くせるほどに。

 

  次々と無力化されていくロシア人形。そして制限時間が訪れ、それらは光の粒子となって消え去った。

  と同時にアリスは新たに出現させた人形たちに弾幕の雨を防ぐための盾となることを命令した。

  【スターダストレヴァリエ】は密度が薄い分威力はない。彼女は魔理沙のスペカが終わるまで亀のように守る選択肢に入ったのだ。

  少なくともこのスペカ中は高密度レーザーを出すことはできない。スペカが終わっても、また切り替えて回避に努めればいい。

 

  しかし、この手の駆け引きは魔理沙の方が上手だった。制限時間残り数秒というところでアリスの元へ一直線に突き進む。

 

  弾幕ごっこにおいて、相手が一瞬気が抜ける瞬間がある。それがスペカ終了直後の時だ。

  魔理沙はそれを熟知している。なぜなら彼女は誰よりも努力家だから。

  アリスはそれに気づいたようだがもう遅い。

  そしてスペカが終わると同時に近距離から放たれた高密度レーザーが、人形の壁を貫き奥のアリスに直撃した。

 

「か、はっ……!」

 

  肺から空気を吐き出す。レーザーが当たった場所はその熱量により火傷しており、決して小さくない青アザが服が破けて露出していた。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

  肩で息をするアリス。

  まさか自分が未熟な魔法使いにここまで追い詰められるとは……!

  人形のような彼女の顔にようやく焦燥が浮かび上がる。それを見て、魔理沙は小さく笑った。

 

「ヘヘっ、ようやく人間っぽさが出てきたみたいだな」

「……何が言いたいのかしら? 私が人間ではないことはあなたが一番よく知っているはずよ」

「違う違う、そういう意味じゃないんだぜ。さっきまでは無表情だったから生き物らしが感じられなかったけど、その顔を見る限りちゃんと感情はあるみたいなんだって思っただけだぜ」

「……余計なお世話よっ!」

 

  らしくもなく感情に流されて、アリスは反射的に一枚のカードを取り出していた。

  なぜこんなに冷静さを欠いているのかは彼女にもわからない。魔理沙の言葉にムカついたから? それとも自分の魔女としてのプライドが彼女に押されているのが許せないから?

  まとまらない考えを払拭するように、アリスは勢いよくスペカを掲げた。

 

「咒符【首吊り蓬莱人形】ッ!!」

 

  カラフルな色の弾幕が、アリス自身や人形たちによって繰り出される。数や軌道からして彼女の奥の手なのは明らかだろう。

  それをかい潜りながら、魔理沙は夜の空を満遍なく動き回り、弾幕が薄くなる瞬間を待ち続けた。

 

「逃げても無駄よ! 人形たち、魔理沙を狙いなさい!」

 

  そうアリスが命令した途端、小弾幕を作り続ける人形たちの照準が魔理沙をロックオンした。そして逃げ回る魔理沙へ合わせて弾幕が放たれる。

 

  しかしそんな時でも魔理沙の目は冷静だった。

 

(……弾幕の種類は小と中の二種類だけ。そのうち小弾は周りに浮かんだ人形が自機狙いで、中弾はアリス自身が放っている。だったら—–—–)

 

  魔理沙はアリスから見て斜めの位置に立つと、なんとそこで動くのをやめた。

  困惑するアリスとは裏腹に、スペルカードは止まらない。

  迫り来る小弾幕。それを最小限の動きだけで避けていく。その度に弾幕が服にかすって黒い焦げができていく。

 

  そんな時間が十秒ほど続いた。

  頃合いだ。魔理沙はそう心の中で呟くと、急に加速して真正面からアリスに突っ込んだ。

  普通だったら壁のように展開されている弾幕にそれは阻止されてしまうだろう。しかしこの時だけ、その壁は存在しなかった。

 

「し、しまった!」

 

  誘導というテクニックがある。

  自機狙いの弾幕をわざと端っこで避けることによってサイドに弾幕を集め、逆に中央の弾幕を薄くさせるよう誘導する。

  これらは簡単にできることではない。弾幕を集めるためには最低限の動きだけでそれらを避けなければならないし、そうなると必然的に被弾率は高まる。

  全ては魔理沙の経験と努力。それらによって、この作戦は成り立つのだ。

 

  がら空きのアリスへ、魔理沙はミニ八卦炉を構えながらスペカを掲げる。そして止めの一撃を宣言した。

 

「恋符【マスタースパーク】!!」

 

  煌めくミニ八卦炉から放たれたのは、七色の極大閃光。

  巨大な流れ星にも見えるそれは、視界に残っていたなけなしの弾幕全てを薙ぎ払いながら—–—–アリスを呑み込んだ。

 

  そして光が収まり、アリスは逆さになって空から落下していく—–—–前に、魔理沙によって抱き留められた。

 

「ぐっ……なんの、真似かしら……っ?」

「……さっきお前が言った通り、私が魔女について詳しくないわけないだろ」

 

  魔女は確かに妖怪の一種だが、肉体の強度は人間並しかない。もしあの時逆さのまま地面に落ちていたら、いくら魔力で強化していても首の骨が折れたりして大怪我、最悪死んでいただろう。

 

「勝った相手に死なれちゃこっちが目覚めが悪いってもんだぜ。……それに、お前との弾幕ごっこも中々楽しかったしな」

「たの、しい……?」

 

  アリスは困惑の言葉を出す。

  それに魔理沙は頷くと、満面の笑顔をその顔に浮かべた。

 

「ああ。勝ったら嬉しくて、負けたら超悔しくて……でも戦ってる時だけはそんなの関係なしに楽しくなる。それが弾幕ごっこだぜ!」

 

  そんな臭いセリフに照れたのか、若干顔が赤くなっている魔理沙の顔を見つめる。

  明るい……まるで、太陽のような暖かさを感じさせてくれる。

 

「お前、最初弾幕放ってる時はずっとつまらない顔してたからよ。でも一発食らって悔しそうに顔を歪めた時は安心したぜ」

「……なぜかしら?」

「だって悔しいって思ってるんだったら、それだけ弾幕ごっこに集中していたってことだろ? それはつまりさ、弾幕ごっこを心から楽しんでるって証拠にならないか?」

 

  言われて見て気づく。

  あの時冷静さを欠いたのは、もしかして悔しかったからではないだろうか。じゃあそこまで熱中していた理由は?

  ……決まってる。楽しかったからだ。

 

  思えば、アリスはこれまで弾幕ごっこで強敵というのに出会ったことはなかった。知り合いもいないし、普段は家にこもっているため、戦う相手はいつも木っ端妖怪や妖精のみ。

  しかし魔理沙と戦って、心が湧き踊るような感覚を得た。

  自覚した今ならわかる。これが—–—–

 

「なあアリス。私との弾幕ごっこは楽しかったか?」

「……ええ」

 

  —–—–『楽しい』ってことなんだ。

 

  アリスは己の中で揺れ動くものの正体を突き止めると、満足気に魔理沙の腕の中で瞳を閉じるのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……んで、なんであんたは春度を集めていたわけ?」

 

  手に持つお祓い棒で肩をトントンと叩きながら、霊夢がそう質問する。

  いや、これはもはや尋問だ。少なくともヤクザがバット片手に相手にといただす姿は、決して質問とは呼べない。

  おまけに被害者であるはずのアリスはわざわざ地面に降りて正座させられている始末だ。流石に可哀想だとは思うのだが、止めたりなどしたら絶対にトバッチリが美夜にも来てしまうので黙っていることしかできない。美夜だって自分の身の方が大切なのだから。

 

  そんな中、アリスは表情も変えずに淡々と事実を述べた。

 

「春度は集めれば集めるほどその場が春に近づくのは知ってるわよね?」

「ええ、そこの黒九尾から聞いたわ」

「この長い冬で燃料が切れそうなのよ。だから家の中に春度を集めてそこだけ春にしようとしただけよ」

 

  なるほど……そんな使い道があったのか。

  確かに家の中を春にすれば必然的に暖かくなり、燃料が節約できる。非常に合理的だ。

  もっとも白咲家には燃料代わりの清音がいるから大丈夫なのだが。

 

「……その手があったわね」

「何急いで帰ろうとしているのよ。ここまで来たんだから解決するまでやるわよ」

 

  すぐさま踵を返した霊夢の首根っこを咲夜が掴む。

  ここまで来てそれはないだろう。と美夜は心の中でツッコミを入れる。

  霊夢はその後「冗談よ、冗談」と言っていたが、誰かが止めてなかったら確実に帰ってたと思う。

 

  しかし、情報がもうないのも事実だ。

  このままだと当初の予定通り、魔理沙の家に泊まることとなる。しかし美夜としてはそれは避けたかった。

  なぜなら、後から霊夢に聞いたのだが魔理沙の家はゴミ屋敷と言っても過言ではないほど汚いらしく、掃除しなければ横にもなれないそうだ。

  美夜も咲夜も掃除は得意だが、決して好きというわけではない。ましてやこれから向かうのは数年以上掃除されていない家だ。掃除が得意だからこそ、埃などが酷いことは容易に想像できるし、魔法の森の中にあるということもあって環境はあまりいいとは言えないだろう。

 

「なあアリス。春度を集めてたお前ならこれがどこから来てるか知ってるんじゃないか?」

「そうね、あえて言うなら……空からかしら」

「そこはもう散々探し回ったぜ」

「ならさらにその上を探してみたらどうかしら?」

 

  わかりにくい言い回しだが、魔理沙以外は彼女の言いたいことはわかったようだ。

 

「……雲の上、ね。確かに探してみる価値はあるわ」

 

  トンッと地面を蹴って、霊夢は一人で空へと飛び立つ。

 

「あ、おい待てよ霊夢!」

「早くしなさいあなたたち! それとも魔理沙の家で野宿したいわけ?」

 

  家なのに野宿とはこれいかに。

  だが霊夢の言うことはごもっともだ。

  美夜と咲夜は後に続くように地上から離れる。そして一つ遅れて魔理沙が追いかけようと箒に乗ったところで、ふとアリスから制止の声がかかる。

 

「待ちなさい、魔理沙。これを……」

 

  アリスはそう言うと、ポケットに入りそうなサイズの手作りらしき人形を魔理沙へと渡した。

  疑問を浮かべながら首をかしげる魔理沙。

 

「……? なんなんだぜ、これ?」

「御守りよ。ありがたく受け取りなさい」

「上から目線かよ……。でもまあサンキューな、アリス」

  「ふん、礼なんていらないわ。それよりも、さっさと追いかけないと遅れるわよ?」

「げっ、そうだった!」

 

  すっかり失念していたのか、慌てて今度こそ魔理沙は空へと飛び立った。

  その後ろ姿を眺めながら、

 

「……頑張りなさいよ、魔理沙」

 

  誰にも聞こえないほど小さな声で、アリスはそう呟いた。

 

 








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天空の楽園と桜花結界

 

 

  黒い海を渡っていく。

  もはや前がどうなっているのかすらわからない。辛うじて全員の位置は把握できるが、ただそれだけだ。

  そんな中を美夜たちは飛ぶ。

 

  現在、彼女たちは雲の海の中にいた。

  しかし真夜中、しかも猛吹雪ということもあり視界は最悪。なんとか全員が出来る限り近くに寄ることでお互いを認識している。

  流石にここまで吹雪いてくると、いくら妖怪の美夜でも寒さを感じ始めてきた。その証拠に自慢の九本の尻尾は全てがピンと逆立っており、カチコチに固まって動かない。振り回せば武器に使えそうなほどである。

 

  当然美夜がそんな状態なら周りはそれ以上なわけで、魔理沙はともかく霊夢や咲夜までもが、見ればわかるほどに顔を大きく歪めていた。

  流石に人間がこの極寒の中に長時間いるのはまずい。早くここから脱出しなくては。

  ひとまず美夜は()()()()を取り出すと、それを三人に配った。

 

「……これはなんだぜ?」

「ホッカイロです。流石にこの寒さだと気休めにしかならないかもしれませんが、よかったらどうぞ」

 

  すでに暖かくなっているホッカイロを魔理沙は物珍しそうにマジマジと見つめる。

 

「へぇ……もしかしてこれって外の世界の道具なのか?」

「ええそうです。とは言ってもそれは使い捨てなので、そこまで大事にしなくても結構ですよ」

「ありがたく受け取っておくぜ。……でもさ、こんなものを複数持ってたんなら、もっと前から渡してくれてもよかったんじゃ……」

「……」

 

  その鋭い指摘を受けて、美夜は露骨に視線をずらすと沈黙する。

  それを見て全員は、本当は渡したくなかったんだなこいつ、となんとなく察した。

 

「それにしても寒いわね。手がかじかんでナイフが持てなくなっちゃうか心配だわ」

「そもそもメイド服にマフラーつけただけってのがおかしいのよ」

「……マフラーすらつけてないでいつもの格好でいるあなたに言われたくはないわよ」

 

  しかし、霊夢に関しては本当に謎である。

  なんせこの中の誰よりも薄布なのに、なんともなさそうな表情をしているのだから。

  もちろん寒くないわけではない。よくよく見ると体が小刻みに震えているし、必死に我慢していることがわかる。……美夜としてはこの極寒を声に出さずに我慢できることすら驚きなのだが。

 

  と、ふと全員は一斉に頭上を見上げた。

  それはなぜか?

  答えは簡単。若干ではあるが、明るい光が霊夢たちに差し込んできたからだ。

 

  彼女らは互いに顔を見合わせ、何も言わずにこくんと頷く。もはや言葉すらも必要ないほど、この時の彼女たちは以心伝心の状態になっていた。

  全員同時に急加速する。それにともない肌に当たる風もさらに強く冷たくなってくるが、必死にこらえて頭上の光目指して一直線に進んだ。

 

  そして、雲の天蓋を突き破った。

  途端に彼女たちの体を暖かい光が包み込む。

 

「ここは……?」

 

  霊夢は年相応の仕草でキョロキョロと辺りを見渡す。

 

  そこはまるで別世界だった。

  下の世界にあった冷たい風はもう微塵も感じられない。それどころか逆に暖かい風が優しく彼女たちに吹いてきていた。

  それに乗せられて、ピンク色の花弁———–春度が辺りを無数に舞っている。

 

「……おかしいですね」

 

  戸惑いを隠せないまま、美夜はそう呟いた。

  それが聞こえたのか、魔理沙は「なにがだ?」と質問する。

 

「突然ですが魔理沙、夏での地上と博麗神社ではどっちが涼しいと思いますか?」

「そりゃ博麗神社だろ。私なんて夏はしょっちゅう避暑地として使ってるぐらいだぜ」

「そう、本来はそのように地上から離れれば離れるほど、気温ってのは低くなるんですよ。ですがここではそれがあべこべになってしまっている」

 

  空は太陽が近くて地上より暖かいと思われがちだが、実は数キロ程度近づいたところであまり太陽との距離は地上と変わりない。

  なんせ地球と太陽の距離は約一億五千万キロも離れているから、たった数キロなど大して近づいてはいないのだ。富士山が四キロ未満ということから、どれだけ太陽が遠くにあるのかがわかるだろう。

 

  ではなにが寒さと関係してくるかというと、空気だ。

  空気は気圧が下がれば気温も下がる。中学生の頃に習った内容だろう。そして地球を覆う気圧である大気は、上空に行けば行くほど低くなる。

  これが、上空が地上より寒い理由だ。

 

  だがしかし、ここでは雲の上の方が下より暖かくなってしまっている。

  なまじ外の世界である程度知識を得ていたため、美夜は余計に頭がこんがらがってしまった。

  しかしそこで、咲夜の鋭い指摘が入る。

 

「それは外の世界での常識でしょ? でも忘れてるかもしれないけどここは幻想郷、非常識が集まる世界よ。ならこんなことが起きても不思議ではないと思うのだけど」

「……あっ」

 

  言われてみればその通りだ。

  かつて楼夢が言っていたが、幻想郷を覆う博麗大結界は『常識と非常識』を分ける効果がある。つまりは外の世界での非常識が、この世界での常識なのだ。

  根本的な解決にはなっていないが、そんなことすら忘れていたのかと美夜は己を恥じる。まさか妖怪が常識に捉われるなど恥ずべきことだ。

 

  とりあえず、科学で考えても仕方のないことはわかった。

  しかしそれは原因究明にはならない。

  なら、一体どうしてこんなことが起こっているのか?

  霊夢はその原因に心当たりがあった。

 

「決まってるじゃない。ここの空を舞う無数の春度、それがここに春を呼び寄せてるのよ」

「春ですよー!」

 

  美夜たちの視線が、若干ドヤ顔でこの謎を解いた霊夢から突如現れた真っ白い服の妖精へと移り変わる。

 

「……えーと、誰かこいつの知り合いだったりしないか?」

「知らない顔ね。少なくとも霧の湖にこんな妖精はいなかったはずよ」

「……もしかしてこの子、春告精なのでは?」

「春告精?」

 

  聞き慣れない言葉に、魔理沙が眉を顰める。

 

  春告精とは春にだけ主に現れる妖精のことだ。他の季節はどこでなにをしているか不明だが、春になるとどこからともなく現れ、弾幕をばら撒き始めることである意味有名になっている。

  それを二人に説明すると、咲夜はともかく魔理沙までもが始めて聞いたような顔をしていた。

 

「というかある意味幻想郷の風物詩に等しい存在ですよ彼女は。それなのに魔理沙はなんで知らないんですか」

「……あー、そういえば私も何回か襲われたことがあったな。チルノほどインパクトがないから記憶にあんまり残らないんだぜ」

 

  しょっちゅう妖精に絡まれる魔理沙にとって、妖精に襲われるなんて日常茶飯事なのだろう。

  しかしインパクトがないなんて真正面から言われたせいで、春告精は頰を膨らませて不満ですという顔をする。

 

  ……あ、ちょっと可愛いかも。

  と思ったら、突如暴走して笑顔で弾幕をばら撒き始めた。

 

「春ですよー! 春ですよー! 春……」

「うるさい!」

「春みょんっ!?」

 

  満面の笑みを浮かべながらセリフを連呼していた春告精の顔面に、問答無用のドロップキックがぶち込まれた。

  こんなことをするのは一人しかいない。恐る恐る、蹴りが飛び出した方を向いてみると……。

 

「あんたねぇ、よくも私の名推理を無視してくれたわね……!」

 

  鬼だ。鬼がいた。鬼ヤクザ巫女、霊夢が。

  どうやら春告精の子に話題を取られたことで怒っているらしい。理不尽だが、それを通してしまうのが霊夢クオリティ。

 

  その後に強制的に弾幕ごっこを承諾させ、圧倒的虐殺が始まった。あまりの惨さに美夜どころか魔理沙や咲夜までもが顔を青くしてしまっている。

  しまいには無抵抗になったところに夢想封印を全弾命中させる始末だ。春告精の象徴であった真っ白な服は焼け焦げ、黒い煙を出しながら彼女は落下していった。

 

「……さ、こんなところでグダグダしてる暇はないわ。さっさと行きましょ」

(話の切り替え方が強引すぎる……)

 

  再びこちらを振り返った時、霊夢の顔は普段通りに戻っていた。いや、もしかしてストレス発散したせいかいつも以上に生き生きしてたかもしれない。

  美夜たちは落ちていった春告精に向けて合掌。そして小さく、

 

「南無……」

「南無三……」

「南無だぜ……」

 

  と呟くのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

  霊夢を先頭に、美夜たちは暖かい天空を飛び回っていた。

  下と比べればここは天国なため、その動きは前よりも軽やかだ。不思議とこの暖かさで力が湧き上がってくるかのような感覚さえ、全員は覚えている。

 

「それで、今どこに向かってるのかしら霊夢?」

 

  黙々と先頭を進み続ける霊夢に咲夜はそう問いかける。それでようやく彼女は動きを止め、咲夜の方へ振り返った。

 

「さっき気づいたんだけど、ここの春度はどれも東に向かっているのよ。だからそれを追えばこの異変の犯人がいると思ったんだけど」

「……言われてみれば、たしかにどれも方向が同じだわ」

「そして付け足すと、そこに黒幕がいるって私の勘が言ってるわ」

 

  その言葉に、この暖かさでわずかに緩んでいた全員の顔が引き締まる。

  霊夢の勘はほぼ百パーセント当たる。これが美夜を除いた二人の共通認識だった。

  実際彼女の勘はすさまじく、やろうと思えば目をつぶってても弾幕ごっこに勝てるらしい。ただ、今回の異変解決のように、勘が訪れない場合があるので、必ずしも万能というわけではないらしいが。

  そんな天啓にも等しい彼女の勘を頼りに進むこと約十分。全員の目に不可思議なものが映った。

 

「……なんだありゃ。巨大な門……?」

 

  魔理沙の言葉通り、霊夢たちの目の前には自分たちの体がちっぽけに見えるほど巨大な門が佇んでいた。木製のように見えるが、それ全体を覆うように複雑で巨大な術式がかけられており、強引にこじ開けれそうにない。

 

「【マスタースパー……」

「やめときなさい。時間と労力の無駄よ」

 

  とっさにドアノックの体勢に入った魔理沙の肩を咲夜が掴んで静止する。マスタースパークが直撃してもビクともしないということがわかっているからだ。

 

「……少なくとも、私の人生の中では見たこともないほど巨大な術式ね。いったいどこの誰がこんなものを作ったのよ」

 

  美夜には一人、これほどの術式を作れそうな人物に心当たりがあった。

  八雲紫。父の数少ない友人の一人。

  一度見せてもらったことがあるのだが、彼女が扱う術式はすさまじく、楼夢と比べてもそこまで大差ないようにも見えた。

  しかしまあ、今は関係ない話だ。

 

「ああもう、どうやったらここに入れるのよ!」

 

  そう叫ぶが、答えるものはいない……はずだった。

 

「……」

「……」

「……」

 

  ふと気配を察知して横を振り向く。そこにはそれぞれ黒、白、赤色の服で身を包んだ三人組の姿があった。

  顔立ちが似ている辺り、三姉妹なのだろうか。

  彼女たちは門をガンガンと足蹴にしている霊夢をじっと見つめたまま、沈黙している。

 

「……」

「……黙ってないで、誰か答えてくれないかしら?」

 

  その言葉に、黒い服を着た女の子が前に出る。

 

「……やれやれ、わかったよ。それで? 何が聞きたいんだ?」

「……一つ目。ここの中はどうなっているのかしら?」

「ああ、そこの門の奥には冥界がある」

 

  あっさりと出てきたシャレにならない返答に全員は目を見開く。

  冥界。死者の国。生きているうちは関わりのないものだと思っていたものが、目の前の門の先に広がっているなんて誰が想像できようか。

 

「二つ目。この門の開け方は?」

「さあ? あいにくと私たちが作ったものではないからな」

「開けゴマ!」

「……魔理沙、それで開いたら苦労はしないわ」

 

  魔法の言葉も、この門には通用しないようだ。当たり前だが。

  しかし困った。と美夜は思う。

  こんな結界を解ける人物なんて数えるほどしかいない。そのうちの一人である楼夢に直接解いてもらう、というのが一番手っ取り早いのだが、彼はこの異変に関わらないことを宣言している。果たして来てくれるかどうか……。

  とりあえず美夜は電話をかけてみようとスマホを取り出す。

  同時に、霊夢から三問目の質問が問いかけられた。

 

「三問目。あなたたちは何者かしら?」

「それは……」

「私たちはプリズムリバー三姉妹」

「そして騒音演奏隊ー。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  黒い女の子の言葉を遮って、今度は上から順に白い服の女の子と赤い服の女の子が答えた。……とんでもない地雷付きで。

  騒音演奏隊というのも気になるが、まずはこの言葉の真相を尋ねなくては。

 

「……やっぱり門の開け方知ってるじゃない」

「嘘はついてないさ。ただ私たちは門の開け方は知らなくても通り抜ける方法を知ってるだけ」

「どっちも同じことよ」

 

  屁理屈に聞こえるが、一応事実なので強くは言えなかった。

  やっぱり、そう簡単に情報をくれるわけではないか。しかし黒い女の子は無理でも他はガードが甘そうだ。

  仕方ない……ここは師から伝授された切り札の出番だ。

  美夜は懐からあるものを取り出すと、警戒されないように優しい声で赤い服の女の子に話しかけた。

 

「すいません、よければどうやってあの門を通り抜けているのか教えてくれませんか?」

「ダメー。ルナサお姉ちゃんに怒られちゃう」

「話してくれたらアメちゃんをあげますよ?」

「門の上にある穴を通れば簡単に中に入れるよー。話したんだからアメちょうだい」

「はい、どうぞ」

「わーい、ありがとー!」

 

  これぞ秘技アメ落とし。

  幼女キラーが編み出した究極の尋問法。ちなみにルーミアにやったらものすごく怒られたらしい。

 

  情報通りに門の上を見てみると、たしかに空中に巨大な穴が空いていた。そしてそこに春度が吸い込まれているのを見て、あそこが冥界とつながっているのは間違いないだろう。

 

「ナイスよ美夜。これでこいつらから尋問する必要がなくなったわ」

「ちょっと待て。私たちとしても宴会場が荒らされるのは避けたいから、ここを通すわけにはいかないな」

 

  門の上へと移動しようとした霊夢の前に、プリズムリバー三姉妹が立ちはだかった。

  それを見て霊夢はスペカを取り出す。そしてとんでもないことを言い放った。

 

「面倒臭いから三人まとめてかかって来なさい」

「ほう……言ってくれるじゃないか。……メイラン、リリカ!」

「ここまで舐められてちゃ仕方ないわね」

「そっちが言い出したんだから、卑怯とか言わないでねー」

 

  それぞれが楽器を取り出し、戦闘準備に入る。その顔は自分たちの勝利に自信に満ちている。

  だが彼女たちは知らなかった。

  歴代最強と称される霊夢の実力を……。

 



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黄泉の国へ侵入

 

 

  三対一で始まった弾幕ごっこ。

  結果はーー霊夢の圧勝だった。

 

「なんで、なんで当たらないのっ!?」

「これで終わりよ」

 

  残り一人となって白い服の少女ーーメルランは泣き喚きながら弾幕を乱射する。だがそれが霊夢に触れることはなかった。

  前進しながら、最低限の動きで弾幕を避け続ける。そして顔面にまで近づいたところでお札をメルランに押し当て、ゼロ距離で小規模の爆発を起こした。

 

 黒焦げになりながら落ちていくメルラン。他の姉妹たちはすでに地上まで墜落しているはずなので、敵はもういない。

  これで霊夢の勝利が決まった。

 

「ふん……肩慣らしにもならなかったわ」

 

  パンパンと服を叩き、汚れを落としながら彼女は言った。もっとも、弾幕にカスりすらしていないので汚れなど一つもないのだが。

 

  その圧倒的実力を見て、美夜は流石だと賞賛する。

  先ほど魔理沙の弾幕ごっこを見て非常に手慣れていると彼女は思ったが、霊夢の場合は慣れているという次元ではない。明らかに弾幕ごっこがなんたるかを極めているように感じた。

  なるほど、あれなら自分の父である楼夢が負けたのも頷ける。むしろ弾幕ごっこ素人があれほどの達人に善戦できたことを褒めるべきだ。

 

  ふと横を向けば咲夜も美夜と同じような顔をしていた。

  そういえば彼女は主人であるレミリア・スカーレットもろとも霊夢に負けていたはずだ。あの戦いぶりを見て、何か同じように感じるものがあったのだろう。

 

「ほら、そこの二人。ボサッとしてないで行くわよ」

 

  そう急かす声は頭上から聞こえた。どうやら相当深い思考に陥っていたらしい。

  すぐさま追いつき、美夜たちは結界が張られた門の上にある巨大な穴の前に立った。

 

「……改めて見てみると、奥が見えないぜ……」

「あら魔理沙、もしかしてビビってるの?」

「へっ、んなわけあるか。これは武者震いだぜ」

 

  そんな軽口を言い合う二人。

  自然と彼女らは笑みを浮かべていた。それがこの先に待つ強敵を楽しみにしているという意味なのかはわからない。

 

「さあ、乗り込むわよ!」

 

  霊夢の合図とともに、全員は暗い穴の中へと飛び込む。

  そして、冥界への侵入が始まった。

 

 

  ♦︎

 

 

「幽々子様、侵入者が現れたようです」

「……そう。じゃあせっかくで悪いけど、ここは黄泉の国。生者の人たちにはご退場してもらおうかしら」

「承知しました幽々子様。あとで切り捨てに行って参ります」

「……私は暗に追い返して、って言ったのだけれどね……」

 

  なぜこうも自分の従者は物事を極端に捉えてしまうのか、と少女ーー西行寺幽々子は思う。

  思えば前庭師の妖忌もそうだった。あれも真っ直ぐで融通の効かない性格だったが、まさか孫まで似なくてもいいのに。……いや、もしかしたら妖忌がいなくなった後の自分の教育のせいなのかもしれない。いやそもそも何も言わずに突然失踪した妖忌にも責任はあるのでは。

  そんな風にある意味どうでもいいことを目の前の従者ーー魂魄妖夢の報告を聞きながらも、考える。

  だが、ふと邪な妖力が高まるのを感じて、幽々子は視線を横へと向ける。

 

  そこには見上げるほどに巨大な一本の桜の大木があった。しかもただの大木ではない。

  それには、五つの炎の大剣と三つの氷の槍がそれぞれ突き刺さっていた。まるで木を縛り付けるかのように。

  そして幹の中心部分。そこには、見たこともないほどの美しい白と黒の双刀が深く突き刺さっていた。一度妖夢と協力して引き抜こうとしたが、それでもビクともしないほどに。

 

  いったい誰がここまで厳重な封印を施したのかはわからない。だが、それは幽々子には関係のないことだった。

 

「ふふ、楽しみだわぁ。あの桜の木の下に何が眠っているのか」

 

  幽々子の目的。それはこの大木ーー西行妖の下に眠っているであろう()()の封印を解くためだ。

  数ヶ月前、幽々子は暇つぶしに書架を漁っていたら、とある古い記憶を見つけた。そしてそこで彼女は西行妖には誰かが封印されていることを知る。

 

  このことが気になって、幽々子は紫に問いかけたこともある。しかしその時だけ決まって彼女は一瞬悲しげな表情をすると、笑って誤魔化してくるのだ。

  紫が西行妖の下に誰が眠っているのか知っているのは確定した。しかしあの様子だと話してくれそうもないし、封印を解こうと相談したら確実に邪魔されるだろう。

  なら、紫に内緒でやればいい。

  解き方はわからないが、ヒントはあった。西行妖が毎年の春になっても花をつけないと言うことだ。

  なら、もしそれが満開になったらどうなるのか? その答えを推測するのに時間はいらなかった。

  ちょうど紫は冬眠の季節だったし、後は秘密裏に集めた春度を西行妖に注いでいけば、それはいつしか満開となり、封印が解かれるだろう。

 

「ふふ、もしそこに眠っていたのが面白い人だったらお友達になるのもいいかも。そしたら……」

 

  もしの未来を想像し、無邪気に笑う幽々子。

  しかし彼女は知らない。桜の下にあるものが、己が一番見てはいけないものだということを。

 

 

  ♦︎

 

 

「……ここが冥界? なんか薄暗い場所だな」

「死者の国なんてそんなもんでしょ」

「それもそうか」

 

  ふわりと地面に着地する。そして美夜は空を見上げた。

  魔理沙の言う通り、確かに暗い。しかしそれはここが冥界だからと言う理由ではなく、単に今が夜だからであろう。

  ふと奥の方に気になるものを見つけた。

  階段だ。それも文字通り天にまで届きそうなほど長い。その両端には大量の桜の並木が道を作るかのように生えている。

 

  「……なるほど、確かにここは冥界ですね」

 

  昔、父に聞いたことがある。なぜ桜はあんなに美しいピンク色をしているのかと。

  父は、それは桜の木の下には屍が埋まっていて、その血を吸って色をつけているからだ、と答えた。

  もちろんそれが冗談だと言うのはわかっている。だが不気味なほど大量にある桜とその周りを浮遊する幽霊たちを見て、美夜はあの話が実は本当なのではないかと一瞬でも思ってしまった。

 

「……ん、どうしたんだ美夜。なんか顔色悪いぜ?」

「……いえ、なんでもありません」

 

  そう言うと、涼しい顔で抜刀し、近くにいた幽霊を八つ当たり気味に両断する。そして精神を安定させた。

  ……よし、切れる。これなら大丈夫だ。

  普通、幽霊はただの武器じゃ触れることすらできない。しかし美夜の【黒咲】には聖なる力が宿っているので、こうして消滅させることができる。

 

「さあ、先を急ぎましょう。なにやら悪寒がするので」

 

  その言葉に従い、彼女たちは階段をグングンと上がっていく。

  と言っても、足をつけて登っているわけではない。そんなことをしても時間と体力の無駄なので、もちろん飛んで上がっていた。

  それでも先がまだまだ見えない。

 

「……この階段、こんなに長くする意味があるのかしら」

「それはほらあれだぜ、ロマンってやつじゃないか? これ作ったやつの」

「だとしたらこれを作ったやつもまともに上がったやつも両方バカね」

 

  約一名走ってこの階段を踏破した妖怪がいるのだが、この時の霊夢たちは知る由もなかった。

  もっとも、唯一知っていた美夜はその言葉を聞いて微妙な表情をせざるを得なかったが。

 

 

  そうして愚痴を言い続けながら階段を上っていくと、頂上というわけではないようだが広い空間に出た。

  そう、それこそ長物を振り回しても影響がなさそうな……。

 

  そしてそんな広場に立っている人物が一人。

  可愛らしい少女だった。身長は霊夢らよりも一回り小さいくらいか。白い髪に緑色のベストを着ていて、腰には長さが違う二振りの日本刀が納められている。そして何よりも目が行くのは彼女のとなりにフワフワと浮いている綿あめのような幽霊だ。付き従うかのように動く姿はまるで少女と幽霊が一体化しているかのようだった。

 

  しかし妙だ、と美夜は感じた。

  あの少女からは妖力とともに霊力が感じられるのだ。その割合は半々。まるで半人半妖のようだった。

 

「……今すぐここから立ち去りなさい、侵入者よ。ここは冥界、生者が来る場所ではないわ」

 

  思考にはまっていると、ふと少女がそう警告してきた。

  だが帰れと言われて従うほど、ここにいる面子は大人しくない。案の定その言葉に霊夢はバット……ではなくお祓い棒を、魔理沙はミニ八卦炉を、咲夜はナイフをそれぞれ抜き出した。

 

「ガキの使いじゃねえんだ! 帰れと言われて帰れるか!」

「そう……ならせめてあなた達のなけなしの春を奪ってから、追い返してあげるわ」

「けっ、死人に口なしって言葉を知らないのか?」

「私は半分生きている!」

 

  いや、突っ込むところそこ……?

  しかしその言葉で彼女が何者なのかわかった。

  彼女は半人半妖ならぬ半人半霊なのだ。非常に珍しい種族なのだが、なるほど。それなら人間の証である霊力と妖怪の証である妖力の両方を持っていてもおかしくない。

 

  少女は二つの鞘に納まっているうち一本の長刀を抜刀し、それを正面に構える。

  それはとても綺麗で隙がないように見えるが……威圧のようなものが足りない、と美夜は感じてしまった。

 

  そして彼女に触発されたのか、気がつけば美夜も黒刀を抜刀して構えていた。

  自然と漏れ出る殺気に、霊夢たちですら思わず数歩下がってしまう。あの状態の美夜は危険だと、本能が訴えているのだ。

 

「……霊夢さん。ここは私に任せて先に行ってくれませんか?」

「……それが妥当そうね。それじゃあ、負けるんじゃないわよ」

 

  それだけ言うと、霊夢は助走をつけて一気に跳躍し、少女ごと広間を飛び越えた。そしてその奥にある階段をグングンと上がっていく。

 

「ま、待ちなさい!」

「おっと、あなたの相手は私ですよ?」

「……ッ!?」

 

  飛翔する霊夢の後ろ姿に弾幕を放とうとした少女を、いきなり切りつけることによって邪魔する。

  もちろん牽制目的なので防がれてしまったが、それでも魔理沙たちが向こうに着くまでの十分な時間は稼げた。

 

  もう豆粒ほどにしか彼女たちの後ろ姿は見えなくなっていた。それを見送った後、美夜はゆっくりと少女の方向へ振り返った。

 

「くっ、上には幽々子様が……! 早く倒して追いかけないと……!」

「……さっきから気になっていたのですが、どうして春を奪っているのですか? ここにある桜を咲かせると言う目的なら、もう十分に達成しているはずでは?」

「いいえ、足りないわ。少なくとも西行妖にとってはね」

「……今、西行妖と言いましたか……?」

 

  美夜はその名前に聞き覚えがあった。いや、覚えていて当たり前だ。

  なにせそれが、父を奪った化け物の名前なのだから。

  それを復活させる。

  美夜から本気の殺気が漏れ出るのに、それ以上を聞く必要はなかった。

 

「……気が変わりました。あなたも弾幕ごっこじゃ不満でしょうし、ここは一つ己の剣だけで決めてみませんか?」

「いいですよ。私としてもその方が助かります」

 

  両者ともにまっすぐ対峙し、正眼に構える。

  それだけでピリピリと冷たい殺気がぶつかり合い、辺りの温度が下がっていく。周りを漂う幽霊たちもその雰囲気を察したようで、蜘蛛の子を散らすようにバラバラにそれぞれ離れていった。

  そして二人しかいなくなった空間。その沈黙を、二つの声が破った。

 

「白咲三姉妹長女、白咲美夜。……悪いですが、道は割らせてもらいます」

「白玉楼庭師兼剣術指南役、魂魄妖夢。いざ参ります!」

 

  両者の刀がぶつかり合い、激しい鍔迫り合いが繰り広げられる。

 

  かつて二人の大剣豪の弟子同士の戦いが、時を超えて始まった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……手間かけさせてくれたじゃない。あんたがこの異変の元凶ね?」

「……あら、見つかっちゃった?妖夢が下にいたはずなのだけれど、どうしたのかしら」

「白髪のやつだったらただ今同行者が足止め中よ。もっとも、すぐにここに追いつくだろうけど」

「あら、それは物騒ね……」

 

  階段の頂上の奥に建っている屋敷。そこに入って春度の波を追ってみたらところ、外れの方に見たこともないほど巨大な桜の木が立っていた。

  ただ、周りはこんなにピンクで満ちているのに、あれだけが葉一つ生えてすらいない枯れ木なのである。

  そこの前にフワフワと浮かぶ少女に、霊夢はそう問いかけた。

 

  全体的にフリル付きの青い服と帽子を被っている。その帽子の下から覗くことができる桃色の髪は、どこかの狐妖怪を連想させた。

  だが彼女が無邪気な明るさを出しているのに対して、この少女から感じられるのは儚い明るさだ。まるで蝶のように美しく、そして触れれば壊れてしまうような脆さをどことなく醸し出していた。

  種族は亡霊と見て間違いないだろう。先ほどの中途半端と違って、彼女からは邪悪な妖力しか感じられない。

 

  まあどっちにしろ、ここまでやらかしてくれたのだ。たとえ犯人が人間だろうと妖怪だろうと、半殺しにボコるのは霊夢の中で確定していた。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわねぇ。私は西行寺幽々子、ここ冥界の管理人をやってるの」

「あっそう。どうせ今から死ぬやつの名前なんて興味ないわ」

「ふふ、おかしなことを言うのね。私はもう亡霊ですわよ?」

「よかったわね。二度目の死を体験できる人間なんてそうそういないわよ」

 

  笑顔で話す彼女に、霊夢も出来る限りの笑顔で答える。

  笑顔の応酬。しかしそれは決して楽しい雰囲気のものではなく、むしろ薄暗く、ピリピリとした殺気を両方とも笑顔に乗せていた。

 

  しばらく笑い……いや睨み合っているだけで沈黙が続く。

  しかし急に幽々子は目を細めると、真面目な表情でそれを破った。

 

「……あと少しなのよ。あと少しで西行妖が満開になる。それの邪魔はさせないわ」

「……あなた、本気? もし西行妖とやらが後ろの枯れ木のことなら、私は全力であなたを潰すわよ」

 

  そう話す霊夢の表情も真剣そのものだった。

  なぜなら、幽々子の後ろに佇む大木が明らかに異常なものだったからだ。

 

  三つの炎の剣と五つの氷の槍で拘束されたうえで、霊夢ですら発動できないような見たこともない封印が何重にもかけられている。

  ここまでの術式を作った人物がいたのにも驚きだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が問題なのだ。

 

  それに、後ろの枯れ木を見ていると霊夢の勘が叫び続けるのだ。

  あれは危険だ、逃げろと。

  しかしそうするわけにはいかない。なぜなら彼女は博麗の巫女、幻想郷に仇なす存在は排除するのが役目だから。

 

「二人とも下がってなさい。ここは私がやるわ」

 

  もはや語ることは何もない。

  両者はスペルカードを五つ取り出すと、同時に宣言する。

 

「花の下還るがいいわ、春の亡霊! ーー境界【二重弾幕結界】!」

「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶! ーー亡郷【亡我郷】!」

 

  互いのスペルカードが飛び交う。

  幻想郷最高クラスの二人の弾幕ごっこが今始まった。

 

  だが、彼女らは気づいていなかった。

  幽々子の後ろに不気味に佇む西行妖。その枝に複数の蕾が生えていることに……。

 






「どーもどーも、最近蒸し暑くてエアコンがなければ生きていけない作者です」

「部屋中にエアコンガーガーつけてゴロゴロするのが最近の日課になってきた狂夢だ」


「プリズムリバー三姉妹の戦闘描写、完璧にカットしたな……」

「だってどうやっても盛り上がらないんですもん! 霊夢さんが負ける要素どう見てもゼロじゃないですか!?」

「まあそれもそうだが……今後の幽々子戦もカットするつもりなのか?」

「まあ多分紅魔郷編のレミリアみたいに途中から始めると思いますよ。それよりも作者としては久しぶりの弾幕ごっこじゃない戦闘描写を書かなくてはいけない妖夢戦が心配です」

「まあ、フラン戦以来全て弾幕ごっこだったからな。腕が落ちてなきゃいいんだけどよ」

「しょぼくならないように出来る限り頑張ります……」


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冥界のブレイドダンス

  ドクン、ドクンと。

  血流が激しく流れ、体の奥底から力が湧き出るような感覚を私は感じる。

 

「お、お父さん……?」

 

  リビングで一緒にいた清音が戸惑うような声を出す。

  いや、戸惑っているのは彼女だけではない。一緒にマリカーしていた火神もルーミアも、私の体の変化に気づき、もしもの時のための臨戦態勢をとる。

 

  まあ、()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

  気体のような妖力の波が、私に収束していく。まだまだ波は収まっていないけど、それでも現在の私の妖力量は大妖怪最上位と同等程度まで上がっている。要するに普段の数十倍だ。

 

  体が熱い。

  急に妖力が戻ってきた反動で熱された鉄板に押し付けられたような痛みが私を襲う。

  あまりの熱に、体から流れた汗が沸騰しているかのような錯覚を覚える。いやよくよく見れば本当に沸騰して煙が吹き出してきたので、今の私の体温は百度を超えているということだ。

 

  このままじゃマズイ。ひとまず外に出て被害を食い止めなければ。

  窓を開け、そこへ飛び込む。二階だったのですぐさま落下して体が地面に叩きつけられたが、この熱さに比べれば微々たる痛さだ。

  そうやって仰向けに倒れていると、ふと上から清音が召喚したであろう大量の水が降ってきた。

 

  もが、もがががっ!?

  ちょっこれマジやばい! 死んじゃう! 息できなくて死んじゃう!

  私が苦しくなってきたのを見てか、ようやく水が止まった。

  ……清音、あとでお仕置きだよ。

 

  しかし彼女のおかげで、私に溜まった熱が多少和らいだ気がした。息も落ち着いてきたし、今なら制御できるはず。

  目を閉じて、精神統一する。

  何もない空間の中で妖力の暴風が渦巻いているイメージ。それを徐々に、徐々に小さくしていき、やがて竜巻は私のイメージ内では消え去った。

 

  ゆっくり目を開ける。

  そこには変わらないはずの私の屋敷が。……ちょっと小さくなったような気がするが。

  いや、屋敷だけではない。草も木も、目に映る全てが小さくなったように感じられる。

 

  屋敷のドアが開き、中から火神が出てくる。

  だが奴は私の姿を見ると口笛を一瞬鳴らして、嬉しそうに舌舐めづりをした。

 

「よぉ……戻ったみてぇだな。かつての自分に」

「……やっぱり、お前の目から見てもそう思うか」

 

  さっきまで確信が持てないからわざと気づいていないフリをしたのだけれど、もうそれもやめにしよう。

  巫女袖から全身が覗けるほど大きな鏡を取り出し、それで自分の体を確認する。

  ほっそりとした雪のように白い肌。これは以前と変わらない。しかし鏡の前に映っていたのは身長140cmの少女ではなく、火神よりも少し低いくらいの身長をした絶世の美女だった。……もちろん私、いや俺である。

  声の高さも若干低くなり、その分威圧感というか、張りが出ている。

 

  俺の妖力が突然戻ってきた理由。そんなものは一つしかない。

  西行妖……いや、早奈の封印が解けたのだ。おそらく今回の異変の目的は春を西行妖に渡して力を増幅させ、無理やり封印を解かせることだったのだろう。

  まあなんにせよ好都合だ。

 

  ちょうど屋敷から出て姿を現した清音に俺は巫女袖から取り出した一枚のメモ書きを手渡した。

  そこには誰かの電話番号のような数字の文字列が書かれている。

 

「清音、これを紫に届けてくれ。あいつならそれでわかるはずだ」

「う、うん、わかったよ……」

「そんじゃまぁ……俺も一仕事してこよっかな」

 

  軽いストレッチで体を伸ばすと、俺は右足で地面を思いっきり蹴飛ばす。瞬間、まるでテレポートしたかのように周りの景色は屋敷から空のものへと変わっていた。

 

  音速の百倍、つまりはマッハ100。おそらくはそれくらいの速度で飛んでいるだろう。

  久しぶりの高速飛行にまだ体が慣れていないのか、若干風が痛く感じる。おまけに冬の夜なのもプラスして肌寒い。

 

  こうやって移動している間にも、どんどん力が流れ込んでくるのを感じられる。今ではほとんど全盛期分の力は取り戻しただろう。あとは西行妖に突き刺さってるであろう相棒を回収するだけだ。

 

  早奈、今度こそお前を救ってみせる……!

  風の音にかき消されて聞こえなかったが、たしかに俺はそう誓った。

 

 

  ♦︎

 

 

  一方、時は遡って冥界の階段広場。

  そこでは無数の金属音が絶えず発せられ続けていた。

 

「ハアッ!」

「シッ!」

 

 

  互いの刀同士が無数にぶつかり合う。

  白い髪の少女ーー妖夢はすでに二振りの長さがそれぞれ違う日本刀ーー楼観剣と白楼剣を抜いていた。彼女としては一本だけで十分だと思っていたのだが、そんな余裕は勝負が始まった途端すぐに消え去った。

 

  美夜の長刀が空を切る。当たってないはずなのに、切り裂かれた空気はその場で鎌鼬(かまいたち)と化して妖夢の肌にごく小さな切り傷を作る。

  しかし空振ったのは事実だ。その隙を狙って妖夢は二刀流の利点を生かし、素早い連続攻撃を繰り出した。

  しかしそこはさすがと言うべきか。すぐさま体を引き起こして一撃目を避け、その後すぐさま体勢を整えて二撃目以降の全ての斬撃を完全にガードした。

 

  だが一方の美夜も、そこまで余裕があるわけではない。

  この刃筋正しく、正確で鋭い斬撃。明らかに達人の域だ。

  おまけに右手に長刀、左手に短刀という珍しいスタイルのため、手数が多くて距離が掴みにくく、容易に反撃に転じれない。

 

  しかしと、美夜は思う。

  妖夢の剣術には何かが足りない。戦う前から感じていたことだが、剣を握っても震え上がるような威圧が感じられないのだ。

  そしてその理由も、剣を交えることでなんとなくだがわかってきた。

 

(試してみるか……)

 

  妖夢の長刀が振り下ろされる。それを受け止めると、二人は力比べとなり鍔迫り合いの状態へと場面は移り変わった。

  互いに一歩も引かず状況は均衡している。しかしそれは美夜が蹴りを繰り出した瞬間、脆く崩れ去った。

 

「ごっ……!?」

 

  美夜の蹴りが妖夢の腹へと突き刺さる。そしてその一撃に耐えかねたのか、よろよろと彼女は数歩後退した。しかし妖夢は痛みで退くことに必死で全くの無防備を晒してしまった。

 

  両腕は腹部より上に上がっておらず、完璧なノーガード。

  そこに美夜渾身の振り下ろしが繰り出された。

  妖夢は本能が危険を察知し後ろに飛び退いてみると、彼女スレスレに刃が通過した。()()()()()()()()()()()()()()

  後ろに後退した妖夢を追うように、振り下ろされた刃が素早く軌道を変え、切り上げへと変化した。

 

  飛び退いているため、空中に浮いている以上動くことはできない。

  そして舞い散る血飛沫。

  美夜の黒刀が妖夢の体を下から縦一文字に切り裂いた。

 

「か、あぁ……ぁ……ッ」

 

  ーー楼華閃二十七【燕返し】。

  振り下ろした剣を逆方向に(ひるがえ)して相手を二度切り裂く、言ってしまえばそれだけの技だ。

  しかし頭がパニックになっていた妖夢には効果絶大だっただろう。

 

  血の海に膝をつく妖夢。一撃をくらった程度で大げさだと思うが、それもとある理由をつければ納得する。

  そんな妖夢を見下ろしながら、美夜は彼女の違和感をはっきりと指摘する。

 

「妖夢さん。あなたもしかして実践経験が少ないのでは?」

「……ッ!?」

 

  見破られたことによる驚きと悔しさで妖夢の顔が歪む。その反応で美夜の推理が当たっているであろうことがわかった。

 

  おかしいとは思っていたのだ。

  妖夢の剣技は恐ろしく冴えているものの、それには気後れするような圧がなかった。だからどれだけ速くても冷静に対処できた。

  おそらく、彼女は素振りだけしか毎日しておらず、剣を交える相手が少なかったのであろう。こんな冥界にいるならなおさらだ。

  だからこそ、剣と体術を合わせた変則攻撃にはめっぽう弱かったし、切られたこともないので攻撃をくらうとすぐに頭の中がパニックになってしまう。

 

「今のあなたじゃ私には勝てません。これは断言できることです。それでも追いたければご自由に」

 

  そう言い美夜は納刀すると妖夢に背を向け、奥の階段に向かって歩き出す。

 

 

  こんな、こんなに自分は弱かったのか?

  遠ざかる後ろ姿を見て、妖夢は思う。

  彼女の言う通りだ。自分は決して実践経験が多いわけではない。むしろ少ないだろう。

  なんせ実際に剣を交えたことがあるのは幼いころに師父、ただ一人だけなのだから。

 

  師父の剣術は美しく、そして強かった。自分とは比べ物にならないほどに。

  しかし師父は自分の剣術を自画自賛したことはなかった。そんなところも含めて、妖夢は尊敬していたのだろう。

 

  しかし、そんな師父は突如姿を消して、妖夢は幽々子の護衛という任を引き継ぐこととなった。

  それがどうだろうか。賊の一人すら捕まえることができず、こうして地面に無様に膝をついている。

 

  ふと浮かぶのは幽々子の顔だ。

  妖夢が持つ感情は師父が尊敬なら、幽々子は崇拝だ。

  師父が消えて寂しかった時、ずっと自分に寄り添ってくれた。その時に浮かべていた笑顔を見て、自分はこう思ったのだ。

  『必ず、この方をお守りする』と……。

 

  あれは戯言だったのか、魂魄妖夢?

  あの時から今に至るまで受けた恩を返す場所は、ここではないのか?

  否、自分は嘘つきや恩知らずなどでは断じてない。

  だからこそ……あの時の誓いだけは、絶対に守る!

 

 

  踏みつけられた水たまりが、辺りに飛び散ったような音が後ろから響いてきた。

 

「……なるほど、見事な剣士のプライドです。いや、あなたの場合は忠誠心とでも言った方がいいですかね」

「こ、こは……っ、通さない……ッ!」

 

  後ろを振り返った美夜が見たものは、自らの血の海を踏みしめて立ち上がる一人の剣士の姿だった。

  その目はどこか血走っており、先ほどまでとは比べ物にならない圧ーー殺気が、身体中からほとばしっている。

 

  正に、鬼神が如く。

  一時的に限界を超えた妖夢からはオーラのようなものさえ見えてくる。

  これだ。これこそ自分が望んでいたもの。

  相手にとって不足なし。

  美夜は嬉々として勢いよく愛刀を抜刀すると、それを納めていた鞘を興奮のあまりか邪魔だと言わんばかりに投げ捨てた。

 

「いきますよーー【堕天】」

「【現世斬】!」

 

  妖夢は目にも止まらぬ速さで突進切りを繰り出す。それを先読みしていた美夜の振り下ろしが妖夢の刀と激突し、凄まじい衝撃波を辺りに撒き散らす。

  一瞬の硬直。しかしそれは本当に一瞬だけで、技が終わったころには二人は別の技へと移り変わっていた。

 

「【未来永劫斬】ッ!」

「【氷結乱舞】!」

 

  妖夢の両刀から、美夜の長刀からそれぞれ繰り出された青色の光と氷が交差する。いくつかの斬撃はぶつかり合い無力化されたが、防がれなかった分の斬撃が互いの体を切り裂き合った。

  先ほどまでの妖夢だったらこの痛みに耐えきれなかっただろうが、相手を倒すことのみに集中している彼女にそれを感じる暇はなかった。なんとか踏ん張って体を立て直し、あまり使いたくなかった奥の手を披露する。

 

「……なっ!?」

 

  目の前で起こった光景に、思わず美夜の口からそんな声が漏れた。

  妖夢は自らの半霊を呼び寄せると、なんとそれが第二の妖夢として形を変えたのだ。

  本物の方の妖夢は持っていた白楼剣を分身に手渡す。そして二人は息ぴったりにそれぞれの刀を構えた。

 

「卑怯なんて言うつもりはないですけど……これは中々厄介ですね」

「はぁぁぁっ!!」

「せいやぁっ!!」

 

  二人の妖夢は美夜を前後で囲うと、同時に斬りかかってきた。

  前方の方の妖夢の攻撃を受け止める。同時に反撃に転じようと刀を握る手首を捻る。

  しかし絶妙なタイミングでもう一人の妖夢が刀を突き出してきた。

  とっさに攻撃を中断し、後ろに飛び退く。しかし完全には避けれず、刃は美夜の腕を浅くだが切り裂いた。

 

  状況はこちらが不利だ。

  当たり前だろう。妖夢は実践経験が少ないというだけであって剣の腕なら間違いなく達人レベルだ。それを二人同時に相手しなければならないのだ。

 

  ……やむを得ない。本当はこの先の西行妖のためにも全力は温存しておきたかったが、そうも言ってられなくなった。

 

「……【サンダーフォース】」

 

  唯一己が使える強化系魔法を唱える。

  言霊のあと、美夜の体からは荒れ狂う雷が噴き出してきた。

  それを制御し、己の体へと纏わせる。それによって体に普段より強い電流が流れ、身体能力が大幅に強化された。

  前後から妖夢たちが迫ってきたが、今の彼女には遅いとすら感じてしまう。

 

「【現世斬】!」

「【冥想斬】!」

 

  前方から高速の突進切り。しかしそれを瞬時に見切り、下から上への切り上げが妖夢の胸に紅い花を咲かせた。

  しかしこれで終わりではない。

  すぐさま刃を翻し、後方を振り向くと同時に刀を振り下ろす。

  その先には、緑色の光によって巨大化した刃を同じく振り下ろす妖夢の姿があった。

  二つの刃が交差する。

  そして紅花を散らして崩れ落ちたのはーー妖夢だった。

 

「楼華閃二十六【蜻蛉(とんぼ)返り】」

 

  美夜はそう呟き、刀を鞘に納める。と同時にカランカラン、と剣が地面に転がる音が聞こえた。

  見れば白楼剣が地面に落ちている。そしてそれを持っていた分身の姿が消えていた。

  側から見れば圧倒的敗北。しかし意識が続く限り、今の妖夢は負けを認めないだろう。

  震える手を白楼剣に伸ばす。

  そして楼観剣を杖にしてゆっくり立ち上がると、虚ろな瞳で美夜を見据えながら、体を前傾にして突進切りの構えを取った。

 

  その虚ろげな構えを見て、美夜は悟る。

  彼女は次の一瞬に全てを込めるつもりなのだろう。

  ならばその覚悟に敬意を持って、全力で答えさせてもらおう。

 

  両者の妖力が高まっていく。

  妖夢はそれを己の両刀に持ちうる限りの全てを注ぐ。そして今まで見たこともないほどの光量の桜色の光が、刃に集っていく。

  対する美夜も、納刀中の愛刀に妖力を込める。それによって生み出された荒れ狂う雷が鞘の外へと噴き出し、辺りを明るく照らした。

 

  一瞬の静寂。

  極限に研ぎ澄まされた集中力は世界の色を削ぎ落とし、目の前の敵だけを映し出させる。

  色を無くした世界でゆっくりと、美夜の刀が鞘から離れる。

  瞬間ーー両者の刀が爆発したかのように輝いた。

 

「【桜花閃光】ッ!!」

 

  ジェット噴射のように光を噴き出しながら、桜色の斬撃が繰り出された。

  それは彼女が今まで繰り出した技の中で間違いなく最高のものだっただろう。

  二つの刀身は音速を超えて突き進み、その刃を美夜へと突き立てるーーことはなかった。

 

「【疾風迅雷】」

 

  閃光が、解き放たれた。

  妖夢が音速だというのなら、美夜の斬撃はまさしく光。それほどの速さの居合切りが妖夢の斬撃をすり抜け、彼女の腹部を一文字に切り裂いた。

 

  飛び散った血飛沫が地面にぶつかり、彼岸花を咲かせる。

  そして自身の刀にも咲いたそれをきっちり落としたあと、納刀する。

 

「……大したものです。まさか立ったまま気絶しているとは」

 

  妖夢は文字通り、彫刻と化していた。

  瞳に宿っていた光は消え失せ、体はピクリとも動かない。

  しかし立っている。ここを通すわけにはいかんと、今なお立っているのだ。

 

  その姿を背後に、美夜は階段を突き進んでいく。

  妖夢が倒れた音を聞いたのは、それから間もないことだった。

 

 

 





「フランス代表、ロシアワールドカップ優勝おめでとー! リアルタイムで見ていて興奮した作者です」

「そういえば決勝戦の日、フランスは七月十四日のパリ祭、つまりはフランス共和国成立を祝う日だったはずだぜ。そんな日に優勝だなんて縁起がいいな、と思った狂夢だ」


「さてさて久しぶりの戦闘描写での妖夢戦。美夜さんが大活躍してましたね」

「ただお前久々のガチな戦闘描写で投稿遅れてるじゃねぇか。どうせ気をつけても直らないんだし、せめてちゃちゃっと書き終えろよ」

「酷くないですか!?」

「むしろマゾなお前にはご褒美なお言葉だろう?」

「それで喜ぶのは変態だけですよ……」

「リアルで二次元専門ロリコンなお前も同じようなもんだからな」


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八分咲

 

 

  美夜が妖夢を倒したころ、白玉楼では……。

 

「……っ! 中々やるじゃない……」

「あらあら、お褒めに預かり光栄よ〜」

 

  スペルブレイク。

  霊夢は幽々子の弾幕に被弾して吹き飛び、二枚目のスペルカード【封魔針】が破られた。

  同時に幽々子の二枚目のスペルカード【生者必滅の理】も制限時間が訪れて終了する。

 

  魔理沙と咲夜は、目の前で起きている光景に目を疑った。

  ()()霊夢がまだまだ序盤とはいえ、オープニングヒットを取られたのだ。そんな瞬間は長年友人をやっている魔理沙でさえ見たことがなかった。

 

  今ので戦況は霊夢が残りスペカ三、残機二。そして幽々子は両方とも三となった。

 

  初手から不利なんて状況はいつ以来だろうか。

  魔理沙たちはさも霊夢が負けたことがないように言っているが、実は一度だけ彼女は敗北したことがある。

  あのいけ好かないスキマ妖怪(八雲紫)。当時の霊夢は十二歳だったとはいえ、完敗だった。

  対してあちらはさも当然のように『大人の余裕ですわ』と豊富な胸を張って自慢していたのを覚えている。被弾した時は見た目相応にあたふたしていたというのに。

 

  あの完全に自分が負けていた状況では、どうやって彼女に一発くらわせてやったんだったか。

  たしか……。

 

「華霊【バタフライリリュージョン】」

 

  幽々子を中心に大量の弾幕が規則正しいリズムで蜘蛛の巣のようにばら撒かれる。と同時に細長い幽霊のようなものが複数、霊夢を追尾してきた。

  それは霊夢に近づくと全てが同じタイミングで衝突し、巨大な弾幕の花を咲かせる。そしてそれが再び幽霊へと戻り、霊夢を追尾してまた弾幕の花を咲かせる。

 

  スペル終了まで追ってくる高性能な追尾型弾幕。それを展開された弾幕蜘蛛の巣を掻い潜りながらひたすら逃げる。おそらくそれがこのスペカの正当な攻略法だろう。

 

  しかし、これと似たような弾幕を霊夢は見たことがあった。

  それを攻略した時の戦法を、霊夢は再現してみせる。

 

「……結界【拡散結界】」

 

  幽々子の蜘蛛の巣の間をさらにすり抜けて、レーザー状の蜘蛛の巣が彼女の周りに張り巡らされた。

  自分のと合わさって二重になったそれは、幽々子の視界の大半を埋め尽くし、敵の姿を隠すカモフラージュと化す。

 

「……あら、どこに行ったのかしら?」

「ここよ」

「……へっ?」

 

  背後から声がかかるとともに、肩に誰かの手が置かれる。

  そろりと振り返ってみると、そこには満面の笑みを浮かべた霊夢とーーそれを追う追尾型弾幕が見えた。

  直前で彼女は上へと跳躍し、その場を脱出。そして取り残された幽々子の至近距離で、弾幕の花が咲いた。

 

「きゃあっ!?」

 

  避ける間も無く幽々子はそれに直撃し、大きく吹き飛んだ。あまりのことで思わず普段では決して聞けないような素っ頓狂な声が出てしまう。

  これで、残機スペカは両方同じ。ようやく状況は対等へと戻った。

 

  通常弾幕で牽制しながら、次のスペカを選び、戦術を立てようとする。幽々子も同じ考えなのか、彼女も続けてスペカを使っては来ず、同じように通常弾幕で霊夢に応戦する。

  しかし油断はできない。その通常弾幕でさえ、下手な相手のスペカ以上に複雑なのだ。

 

  それを掻い潜るように避けながら霊夢はどんどん接近していく。どうしても邪魔なものはお札で相殺し、次々と幽々子の弾幕を打ち消して接近するルートを作り出していく。

  しかし二度も接近を許すほど幽々子もバカではない。霊夢を限界まで引きつけたところで、カウンターにスペカを一枚掲げた。

 

「幽局【リポジトリ・オブ・ヒロカワ】」

 

  幽々子の周囲から見たこともない形をした弾幕が大量に出現する。

  丸い弾幕に羽が生えており、それはまるで蝶のようだった。それが優雅に辺り一帯のフィールドを自由自在に飛び回る。

 

  蝶の群れの中。そこに飛び込もうとしてーー言いようのない悪寒が走った。

  慌てて方向修正し、大げさなくらいに飛び退く。そして蝶に触れないように気をつけながら、霊夢は先ほどの自分の勘について考える。

  霊夢の勘は絶対だ。ならあそこで勘が反応したのも、何か意味のあることのはず。

  そう思い、改めて蝶の弾幕をよく観察してみる。すると弾幕自体が発する光とは別に、薄い妖しい色の光が弾幕を覆っているのに気がついた。

  あの気配、妖力が固められただけのものじゃない。通常の弾幕に別の力が加わっているような……。

 

「まさか……あれって能力!?」

「あら、バレちゃった?」

 

  テヘッ、と舌を可愛らしく出す幽々子。

  【主に死を操る程度の能力】。それが亡霊となった幽々子が獲得した能力だ。

  弾幕ごっこ自体に能力を使用してはいけないというルールはない。実際咲夜なんかもよく時止めを使うし、それを言うなら霊夢の【夢想天生】だって能力なしでは成立することはない。

 

「弾幕ごっこのルールに『相手が気絶したら、その時点で残機が残っていても負け』というものがあるわ。実際は威力が制限されてるし、そんなことは滅多に起こらないんだけど」

 

  事実だ。ルール作成者の霊夢もこの現象が起こる可能性が少ないのをわかっていて、このルールを取り入れた。

  しかしルールとは曖昧なものである。特に規則なんかに縛られる者の方が少ない幻想郷では。そしてそんな奴らの中には、幽々子のようにルールの裏を利用する連中もいる。

 

「私の能力を応用すれば、一時的に相手を仮死状態。つまり眠りに誘うこともできるわ。さて、これがどういう意味かわかるかしら?」

「……つまり、ここから先はかすることも許さないってこと?」

「正解。それじゃあ引き続き弾幕の海を楽しんでね。グッドラ〜ク」

 

  迫り来る弾幕をいつもより大きく避ける。いくら霊夢の直感が優れているとはいえ、幽々子クラスの弾幕の海の中をかすり(グレイズ)なしで突破することなど不可能だ。

  しかし、こうやって一々遠回りをしていたのでは距離感が合わず、結局やりにくくなってしまう。

  ……なら、避けなければいい。

 

「宝具【陰陽鬼神玉】!」

 

  霊夢の目の前に、自身の数倍は大きな陰陽玉が霊力によって形作られる。そして彼女はなんとそれに体を押し付けると、そのまま加速して幽々子へと突っ込んだ。

  次々と襲いかかる弾幕の蝶。しかし霊夢の前に存在する陰陽玉が盾となり、蝶の群れを一気に突き破った。

 

  突進してくる陰陽玉。しかし霊夢は前の視界が覆われているため、直線にしか動くことができない。

  幽々子は口元に笑みを浮かべると、ひらりと蝶のように陰陽玉を避ける。そして無防備になった霊夢の背中に扇を突きつけ、そこに妖力を込めた。

 

「ふふ、これで終わりよ。あなたとの弾幕ごっこも中々楽しかったわ」

「ーー勝手に自己完結しないでくれるかしら」

 

  扇から飛びだった無数の蝶の群れ。しかしそれらは生まれて間も無く、その美しい羽を散らすことになった。ーー迫り来る巨大な陰陽玉によって。

 

「な、なんで……っ!?」

 

  陰陽玉は方向転換できないのではなかったのか。自身の推測が見事に外れたことに動揺を隠せなかった。

  今は回避することが優先なのに、自然と霊夢の方に視線が行ってしまう。そしてその瞳に映ったいくつかの事実によって導き出された答えに目を見開いた。

 

  まず、霊夢は先ほどのように陰陽玉の真後ろにいなかった。それどころか彼女と玉にはある程度の距離ができている。

  そして何よりも気になったのが彼女の体勢だ。右足は不自然なほどピンと伸びており、振り切られている。

 

  突如起動が変わった陰陽玉。霊夢と陰陽玉の不自然な距離。そして振り切られた右足。

  紫ほどではないとはいえ、頭の回転が速い幽々子はそれらのワードだけで彼女が何をしたのかがわかった。

 

「まさか、陰陽玉を蹴ったっていうの……くッ!?」

 

  気がつけば、陰陽玉が目の前まで迫っていた。幽々子の身体能力ではそこから脱出するすべはなく、次の瞬間には鈍い音とともに爆発が巻き起こる。

 

  ーー宝具【陰陽飛鳥井】。

  名付けるとするならばそうしよう。まさかまだアイデアしか出ていなかった未完成技がこんなところで役に立つとは。

 

  爆発の煙が晴れ、中から幽々子が出てくる。しかし美しかった衣服は所々が黒く焦げており、彼女自身の髪も寝癖ができたかのようにボサボサになっている。

 

「いい格好じゃない。下手に着飾るより似合ってるわよ」

 

  その姿を見て嘲り笑う霊夢。

  しかしそういう彼女自身にも余裕があるわけではない。表向きには一度しか被弾していないため怪我は少ないと思われるが、実際はグレイズした回数が半端ではないため、身体中のいたるところに無数のかすり傷ができている。それが積み重なって大きな痛みと変わり、先ほど大げさなほど大きく弾幕を避けていた分と合わさって霊夢の体力を奪っていた。

  そんな状況なのにあのような挑発をするのは、単に自分を奮い立たせるため。いわば意地であった。

 

  一方の幽々子も、その顔にはいつものような余裕が表れていなかった。代わりに浮かんできたのは余裕とは別の、好戦的な笑み。

  幽々子をここまで追い詰めたのは紫以来だ。ほとんど暇つぶしと興味で起こした異変だが、今となってはもはやそんなものは成功しようがしまいがどうでもよかった。

  今はただ、目の前の敵に集中するのみ。勝つか負けるかはその後のおまけだ。

  果たして彼女は自分の最強のスペカを攻略できるのか。はたまた攻略できずに弾幕の波に飲み込まれてしまうのか。

  結果がどうなるのかはわからない。しかしそれがゲームというものであって、だからこそ面白いのだ。

 

  最後のスペカ。それを幽々子は天に掲げ、その名を告げる。

 

「桜符【完全なる墨汁の桜】」

 

  幽々子の扇を巨大化したようなものが、彼女の背後に出現する。そして中型の弾幕が幽々子を中心に、蝶の弾幕が彼女の扇から、そして雨のように小さくて細かい弾幕の粒が後ろの巨大扇からそれぞれ大量に放たれた。

 

  それはまさしく、幽々子の切り札としてふさわしいものだったといえよう。

  雨のような米弾は固まりとならずにバラバラに広がることで、霊夢の移動を制限する。そしてその隙間を埋めるように中弾がさらに飛行エリアを削っていく。

  そして、大本命の蝶型弾幕。ただでさえ移動に制限がかけられているのに、自由自在に前から横から後ろから来られたらほとんどの強者は沈んでいくだろう。

 

  しかしここにいるのはただの強者ではない。幻想郷最強の巫女、博麗霊夢だ。

  一度ミスしたら終わりな状況で、ただでさえ鋭い直感がさらに研ぎ澄まされていくような感覚を覚える。

  後ろから迫ってきた蝶型弾幕を、振り返りもせずに空中でとんぼ返りすることによって避ける。

  普通の弾幕は多少グレイズしても無視し、迷わず突っ込んでいく。そして蝶型弾幕は大げさなくらいに大きく避ける。

  弾幕の海をかき分けて進んでいく。奥へ、奥へ。

  そしてそこを突破した先にはーー何もなかった。

 

「っ、どこに……!?」

 

  弾幕の発生源にいたはずの幽々子を探すため、辺りを見渡す。そして気づいた。

  周囲には無数とも言えるほどの蝶が、霊夢を完全に包囲していた。

  この時彼女は悟る。自分は幽々子の策にまんまと引っかかってしまったということに。

 

  幽々子は霊夢が接近してくるのを事前に予測していた。というか二回もやられれば簡単に予想がつく。

  そこで奥が見えない程度には濃い弾幕の海を放った後、すぐにその場を離れたのだ。そして霊夢が悪戦苦闘しているうちにひたすら能力で蝶型弾幕を増やし続け、先ほど幽々子がいた場所を囲うようにそれらを設置していった。

 

  かくして、その作戦は上手くいった。

  今の霊夢は袋のネズミ。いくら弾幕ごっこのルールによって蝶たちの間に隙間ができるとしても、この包囲網を一度もカスリもせずに突破するのはほとんど不可能だ。

 

  しかしそれは、通常の手段を使った場合、に限定されるが。

 

「……【夢想天生】」

 

  弾幕の蝶は霊夢の体に触れられず、ただそこを通り抜けていく。

  【空を飛ぶ程度の能力】の真髄を理解し、極限まで使いこなすことで発動できる霊夢だけの最終奥義。それが夢想天生。

  目を閉じて体が半透明になっているこの状態中、霊夢はありとあらゆる事象から()()ことができる。

  事象から浮くということは、この世界の影響を受けないということ。弾幕も能力も、何もかもがすり抜けていく。つまりは無敵だ。

 

  目を閉じているため前が見えないはずなのに、ゆっくり、ゆっくりと霊夢は幽々子へと足を進ませる。足場などないはずなのに、さながら透明な道が空中に作られているかのようだった。

  その神秘的な姿を見て幽々子が感じたのはーー恐怖。

 

「っ、蝶よ!」

 

  宙を舞っていた無数の蝶たちが霊夢の体を塗り潰すかのように覆っていく。

  しかし、無意味だ。そんなことは幽々子にだってわかっている。わかってはいるが、体から這い上がる恐怖がそれを認めてくれないのだ。

 

「……ふふ、ちょっとそれはズルなんじゃないかしら……?」

「……」

 

  返事はない。その顔は無表情。見つめても何も感じられなかった。

  乾いた笑みを幽々子は浮かべる。しかし表情は誤魔化せても、ほおをつたる汗だけは隠しようもない。

  亡霊というもののは神聖なものを恐れる。しかしそれを抜きにしても、幽々子には霊夢が神秘的な雰囲気を纏った死神のように見えて仕方がなかった。すでに死んでいるにもかかわらず。

 

  霊夢の足は、幽々子の顔がはっきりとわかるくらいの距離で停止した。

  そして彼女の周りに浮かび上がる複数の陰陽玉。

  それらが光り輝いたと思ったら、発狂したかのような速度で大量の弾幕が全方位にばら撒かれる。

  それらは周りのもの全てを打ち消していく。弾幕の蝶の群れも、幽々子自身も。

 

「……あーあ、しくじっちゃった……」

 

  さわやかな笑みを浮かべて、一人呟く。

  無数の弾幕をその身に浴びて、幽々子は爆発とともに地上に墜落した。

 

  残機二対零。こうして幻想郷最高クラスのハイレベルな弾幕ごっこは博麗の巫女の勝利で幕を閉じた。

 

 

  ♦︎

 

 

「……っ、さすがにあれだけ撃たれたらちょっと体に響くわねぇ……」

 

  ほぼ全ての枝に蕾を生やすほどまでに成長した大樹ーー西行妖の幹に背を寄りかからせながら、幽々子はそう言って服の汚れを叩いて落とす。

  そしてその頭上には、お祓い棒が突きつけられていた。

 

「……えーと、弾幕ごっこには敗者=死なんてルールがあったかしら?」

「亡霊が何言ってるのよ。そうじゃなくてあれよあれ、春をさっさと返しなさい」

「ぶーぶー、せっかちになってるとシワが増えるわよ?」

「少なくともあなたよりかは少ないから安心しなさい」

「……泣くわよ? ゆゆちゃん泣くわよ?」

「自分にちゃん付けすんな気持ち悪い」

 

  よよ、という感じでシクシクと嘘泣きをし始める幽々子。

  どうやらこの亡霊は下にいた白髪と違って随分と面倒くさい性格をしているらしい。露骨に話をすらされるのでこちらはイライラする一方だ。そんなところがスキマ妖怪と似ているのも霊夢のストレスを加速させていく。

  明らかにこちらの不機嫌さを見て楽しんでいる。

  しかしそれで満足したのか、表情をのほほんとしたものから一変真面目なものに変えさせた。

 

「……さて、あなたたちの願いは春を返すことだったわよね? それだったら今返してあげるわ」

 

  幽々子としては、もう異変なんて満足したのでどうでもよかったので、あっさりと霊夢たちの願いを承諾した。

  そして扇を西行妖に向け、春を操作しようとする。

 

  しかしいくら幽々子が妖力を込めても、西行妖は反応を示さなかった。

 

「……あら? おかしいわね。確かこうすればよかったはず……ッ、キャァァッ!?」

 

  木に触れてさらに直接弄ろうとした幽々子の体に、触手のようなものが巻きつき、がんじがらめに縛り上げた。

  その正体は、西行妖の枝。今まで予兆さえ見せなかったのにひとりでに動き出したそれを見て、幽々子を含めて全員が目を見開いた。

 

 

『……時は来ました』

 

「な、なんのこと……ぁ、がァァかぁアアアアアアアアアアッ!!」

 

  冥界全土に響き渡るように、聞きなれない、しかし引き寄せられてしまいそうなほど妖しい声が発せられた。

 

  呆然とする一同。

  しかし、突如幽々子の苦しそうな叫び声を聞いて、彼女らは我に帰った。

 

「な、なんなんだぜありゃ……?」

 

  震える声で、魔理沙が呟く。

  幽々子は触手のような枝によって空高くまで絡め取られてしまった。その体には霧のような、ヘドロのような黒い何かがまとわりついており、幽々子を苦しめていく。

 

  しかし、魔理沙が言ったのはそのことじゃない。

  無数の枝に生えている蕾。それが見たこともないペースでドンドン開花していく。

  そしてそのたびに増していく、死の重圧。

 

  美しい、としか言いようがなかった。不用意に前に出れば死んでしまうのに、それでも構わないと思ってしまうほどには。

 

  そして全ての花が八分咲になったところで、再びあの声が頭に響き渡る。

 

『【反魂蝶】』

 

 

  その瞬間、全員の視界を紫色の蝶が埋め尽くした。

 

 






「夏休み入ったぁぁぁ! 今日からゴロゴロするぜェェェェ! 作者です」

「相変わらず文字数が安定しないことに不安を覚える狂夢だ」


「さて、上で叫んだ通り、とうとう夏休みがやってきました」

「成績オール3に等しいお前は勉強してろ」

「なんでや!? せっかくの夏休みなんですよ!」

「と言ってもよぉ、この暑さの中外出る気か?」

「……家で大人しくしておきます」


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反魂蝶ー満開ー

「【二重結界】ッ!」

 

  始めに動いたのは霊夢だった。

  未だ西行妖の魅力に取り憑かれ、呆然と立ち尽くしている魔理沙と咲夜ごと隠すように、巨大な二重の結界が張られる。

  直後に、鋭い石が壁にぶつかったかのような音が無数に結界の外から聞こえて来た。

 

「くっ、痛ぅ……っ! ボサッとしてるんじゃないわよ! さっさと動きなさい!」

「……っ、二人とも手を伸ばして!」

 

  咲夜の声に従い、二人は手を差し出す。それを急いで掴んで、時止めによる瞬間移動を行い、その場から離脱する。

  そして一拍遅れて、西行妖から伸びてきた真っ黒な枝が二重結界を突き破り、地面に深く突き刺さった。

 

『あら、惜しいですねぇ。そこのメイドさんがいなければ串刺しだったのに』

 

  クスクスと、どこからか笑い声が聞こえてくる。

  まるで音楽のような心地よさを感じられる。ずっと聞いていればそれこそ溺れてしまいそうな……。

  しかし、同時にその声は酷く粘着性があった。それが不気味さをさらに増長させている。

 

「どこの誰よあんたは! せっかくの異変解決を邪魔しないでくれるかしら!」

『ふふふ、強がってもダメですよぉ。怖がってるのはわかっているんですからぁ。でも、そんな顔も可愛いなぁ……』

「……ちっ、聞いた私がバカだったわ……」

「大丈夫ですか霊夢!?」

 

  会話することも難しいとわかり、どうしようかと霊夢が悩んでいると白玉楼の方から二人の人物が走ってくるのが見えた。

  一人は美夜だ。黒くて巨大な九つの尻尾が重りとなっているはずなのにその動きは軽やかで、あっという間に霊夢たちの元にたどり着いた。

  そしてもう一人はーーーー

 

「幽々子様ぁぁぁぁッ!!」

 

  先ほど白玉楼前の階段で邪魔をしてきた剣士の妖夢だった。

  彼女は枝に絡め取られている幽々子の姿を確認すると、絶叫しながら何も考えずに西行妖に特攻していった。

 

  もちろんそれは愚策だ。

  弾幕ごっこではなく、実戦用の本気の二重結界がああもたやすく破られたのだ。一度でも枝による攻撃をくらえば重傷になるであろうことはあれを見ていた三人には容易に想像できた。

  そうでなくても、西行妖の周囲には幽々子の【主に死を操る程度の能力】によって生み出されていた蝶と同類のものが無数に飛び回っているのだ。あれをどうにかしない限りは接近することもできない。

 

「……っ、あんのバカ……!」

「れ、霊夢っ!?」

 

  ここであの背中を見送ればあの剣士は間違いなく死ぬだろう。しかしここで一人でも欠けることは全員の生存率の低下を意味するし、なによりも死ぬとわかっていて見捨てるのは霊夢のプライドが許さなかった。

  気がつけば魔理沙の声を振り切って体が飛び出していた。

  もう後には戻れない。覚悟を決めて妖夢を追う。

 

  真っ先に駆け出した妖夢にあらゆる攻撃が集中した。

  弾幕ごっこでは見られないような早くて鋭い弾幕の嵐。マスタースパーク並みに大きなレーザーの連続掃射。そして空を舞う無数の蝶たち。

  それらをほぼ本能と勘だけで避け、それでも当たるものは両手に持つ楼観剣と白玉剣で切り裂いて防ぐ。

  しかしそれでも足りない。一つ切っても五つ増えていくような感覚を覚える。もうこの一、二分だけで数十数百もの弾幕が妖夢の体をかすり、ジワジワとその傷を増やしていった。

 

  幸いなのは妖夢にはあの即死の蝶が効きずらいということか。妖夢は半分死んでるためか効果は薄く、蝶がかすった程度では死ぬことはなかった。それでも普通の弾幕並みには痛いらしく、たまに口元を歪める。

 

  そしてとうとう一つの弾幕が妖夢の体に直撃した。

 

「……かはっ……!?」

 

  弾幕ごっこでは到底味わえない威力に体の動きが止まる。それによって無数の弾幕が次々と妖夢に当たり、その華奢な体を穿っていった。

 

  まずい。このままじゃ確実に死ぬ。

  霊夢は片手に先ほどよりも多い霊力を込めるとそれを突き出し術式を発動させる。

 

「【二重大結界】ッ!」

 

  妖夢と霊夢の前に二重結界よりもさらに大きな結界が張られる。

  これが、今の霊夢が持ちうる限りの最高の結界。しかしそれを使っててでも、長くは持ちそうにはなかった。

 

「……っ、博麗の巫女がなぜ……?」

「今はっ、そんなことっ、言ってる場合じゃないでしょうがっ!」

「【スターダストレヴァリエ】ッ!」

 

  妖夢が霊夢の助けに戸惑っていると、目の前の弾幕群が星型の弾幕によって相殺された。

  この技を霊夢はよく知っている。振り返ると、すぐそばには肩で息をする魔理沙がいた。

 

  ああ、まったくこの友人は……。

  ここに来たら死ぬかもしれないとわかっていて来てくれた友に喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。

  しかし、ここぞという時で頼りになることは確かだ。

  結界の維持に片腕を必死に伸ばしている霊夢の肩に魔理沙の手が置かれる。霊夢が吹き飛ばされたら死ぬことはわかっているし、魔理沙としても残り魔力に余裕があるわけではなかったので、今はただ支えることくらいしかできなかった。

 

  しかし必死に結界を保っている中、先ほど二重結界を突き破ったものと同じ触手が槍のように繰り出された。

  ただでさえ二重大結界にはヒビが入っているのに、これを食らったら間違いなく壊れるだろう。

  しかしそれはどこからともなく現れた赤の閃光によって切り落とされた。

 

「私を忘れてもらっては困りますよ! 【閃】!」

 

  美夜の黒刀が赤い光に包まれる。そのまま繰り出された斬撃が触手を切り落とし、結界が壊れるのを防いだ。

  その隙に霊夢たちは再び咲夜の能力によって前線を一時撤退した。

 

  一人取り残された中、美夜は無言で西行妖を睨みつける。

  これが、父の仇の姿。

  溢れ出ている妖力は間違いなく伝説の大妖怪クラスであり、とても一人では勝機などなかっただろう。

  しかし、幸いにもここには幻想郷の実力者が美夜含めて五人もいる。誰かが作戦か何かを立ててくれれば、もしかしたら勝てるかもしれない。

  美夜はその作戦が組み上がるまでの時間稼ぎだ。

  西行妖の攻撃を一人で受けきるのは無理がある。しかしやらなければ勝利はない。

  まっすぐに愛刀を構える。そして精一杯足掻くため、美夜は西行妖の元へと駆け出した。

 

 

  ♦︎

 

 

「……っ、美夜さんが戦ってる……! 早く行かなくちゃ!」

「落ち着きなさい白髪。さっき無策で突っ込んで行ってたけど、何も学習してないのね」

「でも、ここで大人しくしていたら間違いなく死にますよ!?」

「……あれでもあいつは大妖怪の一角よ。早々にくたばることはないと私は信じているわ」

 

  ヒートアップする妖夢を冷静に霊夢はなだめる。

  いや、実のところ彼女も先ほどまで冷静ではなかった。しかし自分以上に取り乱していた妖夢を見たおかげで頭が冷えて冷静になれたのだ。

  人、自分より下を見れば安心するとはよく言ったものだ。

 

  しかしいくら冷静になったところで美夜のタイムリミットは近づいて来ている。なので出来る限り手短に霊夢は自分が見たものと、それを生かして立てた作戦を説明する。

 

「西行妖の幹の部分に二つの日本刀が刺さっているのは見たわよね?」

「……ええ。あれだけ異様な存在感を放ってたからすぐに思い出せるわ」

「それがあの妖怪桜の封印の触媒よ。あれに触れて術式を組み直せば西行妖も再び封印されることになるはず」

 

  つまり、霊夢の作戦とは彼女自身が西行妖の幹まで潜り込み、二つの日本刀を触媒に再び西行妖を封印する、というものだ。

  シンプルだが、それ故に難しい。あの弾幕と触手の雨を掻い潜りながら進むなど正気の沙汰じゃなかった。

  それに霊夢の残りの力にも問題がある。幽々子との弾幕ごっこで夢想天生を使ってしまったせいで霊力が激しく消耗しており、あと夢想封印が一、二回出せるかどうかぐらいしか残ってないようだった。このため、彼女は極力霊力の消費を抑える必要がある。

 

「だからあなた達にも手伝ってもらうわよ」

「……どういう風にだぜ?」

「役割分担するのよ。魔理沙は私に近づいて来た弾幕類を妨害、そこの半霊と美夜には触手の相手をしてもらうわ。そして咲夜はいざという時に時止めで逃げ道を作り出す。これが私たちにとって最も確率の高い方法だと思うのだけど、異論はあるかしら」

「ないぜ」

「ないわよ」

「ありません」

「……わかったわ。それじゃあ私は機を見て突っ込むから援助よろしく」

 

  そう言うがいなや、霊夢は再び前線へと駆けていく。

  そして血まみれで刀を構える美夜の側まで辿り着くと、彼女を魔理沙達の方へ無理やり投げ飛ばした。

 

「……っ、乱暴すぎやしませんか霊夢」

「いいから話してる時間はないわよ。今からあなたの役割を説明するわ」

 

  美夜は怪我のせいか受け身がとれず、背中から地面に落ちてしまう。その口から吐き出されたのは空気ではなく、口の中に溜まっていた血液だった。

 

  彼女の体を一言で表すなら、ボロボロだろう。

  身体中にいくつも高密度の弾幕による大火傷を負っている。さらには触手のようなものの一撃をいくつかくらったのか、数カ所貫かれたような穴が空いていた。

  そんな状態でも必死に目を見開き、咲夜から伝えられた己の役割を理解しようとする。

 

「……理解できたようね? それじゃあ霊夢も動いてることだし、さっそく作戦を始めるわよ」

 

  咲夜のその声によって、全員が動き出す。

  魔理沙は少し下がって後方に。咲夜は霊夢と並走するように彼女の横へ。そして妖夢と美夜はその後に続くようにそれぞれ駆け出した。

 

  西行妖の幹までおよそ百メートル。

  そこまで距離が縮められると厄介と感じたのか、小、中、大様々な弾幕が蝶とともに狂ったように乱射された。

  それらは霊夢の視界を埋め尽くすと、周りの地面に複数のクレーターを次々と生み出していく。しかし彼女は止まらない。宙を舞う砂煙を突き破り、ただひたすら前に進み続けた。

 

「【イベントホライゾン】!」

「【インディスクリミネイト】!」

 

  魔理沙は持っている箒を杖のように振るう。するとそこから流星群のように次々と星型の弾幕が流れ出てきた。

  同時に咲夜のマジカル☆さくやちゃんスターが青く輝き、そこから手ではとても出せないような量のナイフ型弾幕がマシンガンのように放たれた。

  面には面で。二種類の弾幕は霊夢の周りに落ちる西行妖のそれと正面衝突し合う。

  地面が震えるほどの爆音が連鎖的に鳴り響く。

  そして全ては消えなかったものの、弾幕で埋め尽くされていた視界はクリアになり、西行妖への道ができあがる。

 

『ちっ、中々粘りますねぇ。ならこれはどうですか? 【断罪閃光(ギルティ・レイ)】』

 

  それは閃光というよりもブレスと言った方が正しかった。

  広範囲に放たれたそれは霊夢だけでなく隣にいる咲夜や、後ろの美夜や妖夢でさえ巻き込み、その視界を光で埋め尽くさせる。

  そんな中、後ろから喉が裂けそうなほどの大声で魔理沙が叫んだ。

 

「伏せろぉぉっ! 【ファイナルスパーク】ッ!!」

 

  魔理沙の持つミニ八卦炉から霊夢でさえ見たことのないほどの光と熱量が集中していく。

 

  ミニ八卦炉。

  魔法の森の道具屋、森近霖之助によって作られたマジックアイテム。

  材料として使われている金属にはあのヒヒイロカネも含まれており、その最大火力は作成者曰くーー山一つを焼き払う。

  それが耐久の限界を超えて、魔理沙の絶叫とともに解き放たれた。

 

  霊夢達は魔理沙の言葉に従い、頭からスライディングするように勢いよく地面に体を伏せた。

  その上を恐ろしく速い流れ星が流れた。

 

  広範囲に散らばっているため密度が若干薄くなっている閃光と、逆に一点に集中しているため密度が高い閃光。

  例えるならば紙と小石だろうか。

  魔理沙のファイナルスパークは小石が紙に穴を空けるかのように、霊夢たちが通れるほどの穴を作り、そのまま奥にある西行妖に直撃して大爆発を起こした。

 

  しかしそれでも、西行妖が燃えることはなかった。ただ幹の表面が黒く焦げているだけ。

  だが道は作れた。霊夢たちを飲み込むほどのブレスを彼女たちは魔理沙が作った穴を通り抜けて乗り越えた。

 

『っ……いい加減ムカついてきましたよぉ!』

 

  西行妖まで残り50メートルほど。

  ここにまで来て焦りを感じたのか、西行妖の枝がメギメギという気味が悪い音を立てながら急成長して伸びていく。

  そしてパッと見て数十を超える枝の槍の雨が霊夢たちに降り注いだ。

 

  しかしここで霊夢たちの前に飛び出たのは美夜と妖夢だ。

  二人の刀には眩いばかりの光が集中しており、そこから美しい剣技が繰り出される。

 

「【天剣乱舞】!」

「【未来永劫斬】!」

 

  恐ろしく硬いはずの枝の槍のひとつひとつを、一太刀のもと断ち切っていく。

  【森羅万象斬】を連続で繰り出す白咲流奥義【天剣乱舞】。そして目にも留まらぬ連続攻撃で相手を切り刻む魂魄流奥義【未来永劫斬】。

  二つの奥義はどちらとも凄まじく、二人はまるで競い合っているかのようにどんどん剣速を速め、降り注ぐ槍の雨を全て両断した。

 

『……人間如きがァァァァァ!!』

 

  絶叫のような女性の声が耳をつんざく。そして西行妖から幽々子の【亡我郷】を連想させるような巨大なレーザーが複数放たれた。

 

「っ……【ミルキーウェイ】!」

「【ドラゴニックサンダー】! ……ぐぁっ!?」

 

  少し遅れて、魔理沙から迎撃のための星型の弾幕が放たれた。しかしミニ八卦炉が先ほどのファイナルスパークでイカれてしまったため、高火力が出ず、弾幕の大きさも小さくなっていた。

  もちろんそんなもので西行妖のレーザーが止められるはずがない。魔理沙の異常に気づいた美夜がすぐさま加勢に入るが、それすらも突破され、反動で彼女は大きく吹き飛ばされてレーザーに飲み込まれた。

 

「咲夜っ!

「わかってるわよ! ーー時よ止まれ!」

 

  霊夢の声を合図に、最後の手段として温存されていた咲夜の能力が発動する。

  そして世界が灰色に染まった。

  咲夜と霊夢を除いてあらゆるものの動きが静止する。

  あと数秒遅れたら当たっていたであろう目の前の空中で止まっているレーザーを横に避けて、能力が続く限り前に進む。

 

  西行妖の幹まで残り十メートル弱。

  そこまで辿り着くと、制限時間が来たのか能力が自動で解除される。

 

  そして次の瞬間、()()()()()()()()()枝の槍が咲夜の足を貫いた。

 

「っ、ぐぅ……!」

『アハハハ! 何回その能力を見たと思ってるんですかぁ? 残念ながら私の周りには地雷を埋めさせてもらいましたよぉ!』

 

  迂闊だった。

  女性の声が言う通り、ここらには地面に触れると作動する罠が仕掛けてあったのだろう。

  咲夜の能力も万能ではない。一度能力が発動してからまた使うまでに一秒というインターバルが必要となる。今回はその一秒という一瞬の隙をまんまと突かれたというわけだ。

 

  あまりの激痛に顔を歪め、地面に倒れてしまう。そしてそこに設置してあった罠が再び作動し、今度は咲夜の胴体を串刺しにした。

 

「咲夜ァ!」

「はやっ、……く、いきなっ……さい……っ!」

『ねえ紅白の巫女さん。あなたは仲間と自分、どっちを取りますか?』

 

  すぐに咲夜を助けようとした霊夢にかけられる、無慈悲な声。

  どういうことかと上を見上げると、そこには先ほど美夜を吹き飛ばしたレーザーが迫ってくる光景があった。

  このままだと咲夜ごと霊夢は巻き込まれてしまうだろう。しかしもし咲夜を見捨てれば自分だけは助かる……。

  迷いは一瞬だった。

 

「……悪いけど、仲間を見捨てるほどクズじゃないのよ、私は!」

「よく言ったぜ霊夢。しっかり掴まっておけよ!」

「……へっ? きゃぁぁっ!?」

 

  突如もの凄い速度で突っ込んで来た()()が霊夢と咲夜の手を掴んで上へ高く上昇していく。そして誰もいない地面にレーザーが突き刺さり、大きなクレーターを生み出した。

  霊夢は驚き目を見開きながらも、後方に控えていたはずの()()()を見つめる。

 

「魔理沙、あなたミニ八卦炉が壊れたんじゃ……」

「壊れたからって役に立たないわけじゃないだろ。せめて荷物の配達ぐらいはやらせてもらうぜ」

「……誰が荷物よ、誰が」

「悪いな霊夢。この箒は一人乗り専用なんだ。それなのに無理して乗せてる私に感謝しろだぜ」

 

  どこかで聞いたようなセリフはさておき、一人乗り専用と魔理沙は今たしかに言った。

  そして現在箒に乗っているのは魔理沙と霊夢、そして咲夜の三人。明らかに人数オーバーだ。するとどうなるか。

  それまで地面からそれなりに高い位置を飛んでいた箒がガクッと先端を下に向けると、そのまま落下運動によって速度を増しながら西行妖の幹まで突っ込んで行った。

 

「……ねえ魔理沙」

「なんだぜ霊夢」

「私は今まででこれほど人をバカだと思った日はないわ」

「脳筋は褒め言葉だぜ」

「脳筋なんて言っていない!」

 

  霊夢が焦るのも無理はない。

  なんせ西行妖の枝が次々と伸びて来て、こちらをロックオンしているようなのだ。

  しかし魔理沙は呑気にも大丈夫だと宣言する。そして下を見てみろと地面を指差した。

 

  そこにいたのは妖夢だった。

  枝の槍が伸びてくる前に彼女は跳躍し、次々とそれらを切り落としていく。

  彼女の体は実戦に慣れてないためボロボロだ。息は荒いし、体力不足で今にも倒れてしまいそうだった。

  しかしその極限状態が妖夢にかつてないほどの集中力を与えた。今の妖夢には技もなくただの一振りで枝を切ることが可能だろう。

 

「あとは頼みましたよぉ!」

 

  目に見える中での最後の一つが切り落とされると同時に妖夢は気が抜けたのか、気絶して落下してしまった。

  しかし、お陰で西行妖に限りなく近づけた。

  霊夢は一瞬だけ魔理沙の横顔をチラ見する。それに気づいたのか、彼女は笑顔を見せると親指を立ててサムズアップをした。

 

「さて、ここまでお膳立てしてやったんだ。失敗したじゃ許さないからな」

「わかってるわよ。……感謝してるわよ、魔理沙」

 

  その言葉を最後に、霊夢は勢いよく箒を飛び降りて、自然落下に身を任せた。

  いくつかの再生した枝の槍が彼女を撃ち落そうと伸びていくが、なんと霊夢は目を閉じて勘だけでそれらを全て避けてしまった。

  そして避けている間に言葉にならないほど小さな声で詠唱を呟く。

  すると七つのカラフルな弾幕が出現し、彼女の周りを衛星のように回りながらだんだんと巨大化していった。

 

「景気良くぶちかますわよ! 【夢想封印】!!」

 

  手加減なし、全力の【夢想封印】が西行妖に叩き込まれた。

  七つの玉は枝などを消滅させながら幹へとぶつかり、振動で体が震えるほどの大爆発を起こした。

 

  しかし、魔理沙のファイナルスパークでさえまともなダメージを与えられなかったのだ。これが有効なダメージになるとは到底思えない。

  しかし爆発によって巻き起こった黒煙が辺りを包み込み、霊夢の姿を隠していく。

 

  残り十メートル弱の道を迷わずに進んでいく。煙で見えにくい中、勘だけを頼りに途中で罠があると感じたら方向転換を繰り返し、それらを全て避け切った。

 

  そして伸ばされた霊夢の右手が、西行妖に突き刺さっている刀のうちの一つの柄を握りしめた。

 

「これで終わりよ!」

 

  残りの霊力全てを刀に流し込み、施された術式を再び組み立てようとする。

  頭の中に術式の詳細が流れ込んでくる。それを見た霊夢の頭に、まるで果てが見えない大迷宮のようなものが浮かび上がって来た。

  あまりにも複雑すぎて見たこともない術式だ。これほどのものを一人で一から組み立てることなど霊夢には到底不可能だったが、幸いにもこれは直す作業である。

  道しるべのように迷宮内の通路に示された細い線。それを辿っていきながら線を補強していくイメージ。

  そして道が途切れ、迷宮から脱出すると同時に術式が完全に元どおりの姿になった。

 

「【桜ノ蕾(サクラノツボミ)】!」

 

  刀の柄頭に、霊力が込もった霊夢の掌打が叩き込まれた。そして霊力が刀に刻まれた術式に流されると、再び封印が発動する。

  霊力で形作られた巨大な桜の花弁が西行妖を中心に花開く。そしてそれは徐々に西行妖を包み込んでいきーーガラスのように脆く崩れ去った。

 

「……なっ!?」

『ふふふ、アハハハハ!! 残念でしたぁ! 時間切れですぅ!』

 

  桜の花弁が光の粒子と化して散っていく中、高らかに狂気を含んだ笑い声が頭に響いてきた。

 

「時間切れって……どういうことよ……っ?」

『今の西行妖の花を見ればわかるんじゃないんですかぁ?』

 

  ほとんど無表情で、言われた通り西行妖の花を見つめる。

  満開だ。八分咲ではなく、本当の意味で桜が満開になっていたのだ。

  それの意味を理解した霊夢は力なく膝から倒れ、絶望した。

 

『昔封印できたからって同じ封印が通用するとは限らないのですよ。今の私は昔よりも確実に強いです。つまり、その術式じゃ()()()()()()()()()()()()()ってことですよ。まあ、私の封印が完全に解除される満開までに術式を組み立てられていたら、私は間違いなく再封印されてましたけどね』

 

  もはや何も言葉にすることもできない。

  勝機が潰えた。

  これを聞いているであろう全員の顔が絶望に染まった。

  うなだれて顔を下に向けている霊夢とは対照的に、西行妖からは場の雰囲気に合わない明るい声が聞こえてくる。

 

『さて、お掃除の時間です! 【千年風呪】』

 

  呪いの黒い竜巻。それが霊夢も魔理沙も咲夜も妖夢も、近くにあるありとあらゆるものを吹き飛ばした。

  空中に投げ出され、風が収まった時に全員は勢いよく地面に叩きつけられる。

 

  霊夢は大の字に倒れながら、首だけ動かして周りを確認した。

  動かない。魔理沙も咲夜も妖夢もバラバラの位置で倒れこんでおり、ピクリとも動かない。

 

  ……ああ、終わった……。

  痛みと霊力不足で薄れゆく意識の中、ふとそんなことを思う。

  仕方がなかったのだ。自分たちはやれるだけを尽くした。その結果が今の状況というだけだ。

  なんとなくだが、あの枝の槍が近づいてきているのを勘が告げている。

  しかしもう動けない。指先どころか瞼を閉じないようにすることだけで精一杯だ。

  でもまだ、生きていたかったな……。

 

  風切り音が聞こえた。

  それは伸ばされた枝のものなのか、それとも……。

  そして枝が霊夢の胸を貫こうと勢いを増した瞬間ーー爆発とともに枝が消し飛んだ。

 

 

「ーー待たせたな」

 

  誰かの声が聞こえた。

  桃色の美しい繊維のような髪。太陽のように眩い黄金の十一尾。それらを持った女神が、歪み切った霊夢の視界に映った。

 

「さて、俺のお気に入りをここまでボロボロにしてくれたんだ。死ぬ覚悟はできてんだろうなこのクソッタレがァッ!!」 」

 

  その言葉を最後に、霊夢の意識は闇へと落ちていった。




「最近ドラクエ5のDS版を久しぶりにやっています。三日でラスボス一歩前まで進んでしまったのでこれ終わったらどうしようか悩んでいる作者です」
「プレイ時間約十五時間ってやばいだろそりゃ……。勉強しろと言いたい狂夢だ」


「さて、今回文字数がなんと約9000にもなりました。投稿が遅れた理由はいつもの二倍も書いたからってことで許してください」

「今回から展開が一転していきそうだな。次回からはメイン戦が始まるってわけだ」

「それはそうと最近ドラクエ5のはぐれメタルが200回以上倒しても仲間にならないんですがどうしたらいいでしょうか?」

「テメェはさっさと勉強してろ! 一応受験生だろうが!」


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早奈という名の妖怪

 

  意識を手放した霊夢をそっと抱きかかえ、ゆっくりと地面に寝かせる。

  彼女が気絶したのは幸いだった。いくら緊急事態といえども、俺としては自分の正体はあまり彼女らにバレたくなかったからだ。

 

  自慢のスピードで瞬間移動したかのように倒れている美夜のもとに向かう。

  彼女も酷い傷だ。身体中に弾幕や槍のような突起物で抉られたような跡がある。

  すぐさま治療系の術式を彼女にかける。元々意識はあったのか、傷が楽になると美夜はその瞼を開き、俺を凝視した。

 

「……っ、お父さん……」

「喋るな。ゆっくり休んでろ。そしてよくここまで頑張ったな」

「でも私、あれに時間稼ぎしかできませんでした……っ」

「後悔と反省は後だ。それよりもーー来るぞ」

 

『お久しぶりです楼夢さん。会いたかったですよぉ!』

 

  その場に似合わない明るい声がスピーカーのように辺りに響く。

  それと同時に枝の槍が数百、下手をすれば千にも及びそうな数作られる。

 

  妙だな……。あれだけの力があったならいつでも霊夢たちを殺せたのではないか?

  そう思っていると、西行妖の花が満開になっていることに気がついた。

  なるほど、封印か。あの様子からして完璧に力を取り戻したのは今さっきの出来事なのであろう。

 

  そんなことを呑気に考えている間に、西行妖の枝は空を覆い尽くすように広く展開されていく。

  そして前方から枝が一斉掃射されーー瞬きの間に散りと化した。

 

『……はっ?』

「ったく、挨拶と同時に攻撃してくるんじゃねえよ。神奈子からはそんなことも習ってなかったのか?」

『……っ! あの人たちの名前を出さないでください! 目障りなんですよぉ!』

「……あっそう。それはどうでもいいとして、さっきの攻撃の間に瀕死になってる奴らは全員回収しておいたけど文句あるか?」

『いつの間に……』

 

  早奈の戸惑う声が聞こえる。

  まあ辺りに転がっていたはずの人間たちがいつの間にか消えていたらそりゃ誰だってそうなる。

  この場にいては邪魔になると判断して霊夢、魔理沙、咲夜、美夜……とおそらく妖忌の孫さんは全員博麗神社に転送しておいた。

  俺の速度は通常時でも目に映らないくらいは速い。この程度のことなら朝飯前だ。

 

『……ふざけないでくださいよ……っ』

「ふざけてねえって。ほれ、攻撃したけりゃ攻撃すればいいじゃねえか」

『だったらお望み通りここら一帯を消し炭にしてやりますよ!』

 

  西行妖に膨大な妖力が集中していく。それによって大気が、地面がグラグラと揺れていた。

  しかしそんな中でも俺は何もせず、両手を下げてただ西行妖をジッと見つめるのみ。

 

  そして巨大な光とともに早奈の渾身の呪いが込められた黒い極太レーザーが放たれる。

 

『【灰燼閃光(ディサピアランス・レイ)】ッ!』

「……撃ち落とせ、『天鈿女神(アメノウズメ)』」

 

  一言そう呟く。

  それだけで西行妖に突き刺さっていた白黒の双刀がひとりでに木から抜かれ、空中を飛びながら黒い閃光を切り裂いた。

 

『くっ……ならこれでどうですか!?』

 

  西行妖から弾幕や死蝶、レーザーや枝の槍などありとあらゆる攻撃が大量に俺に集中して放たれる。しかし無駄なことだ。

  イメージするならばソードピットだろうか。意思があるかのように縦横無尽に空を駆け巡り、俺に当たるであろう全ての攻撃を次々と切り裂いていく。

  もちろん天鈿女神に自動操縦機能が追加されたわけではない。ただ俺が念力まがいのことで刀を動かしているだけだ。

  しかしそれだけで西行妖の全ての攻撃が防がれていく。どちらの方が上なのかは、これではっきりとわかった。

 

「さて、まずは俺の友人を返してもらおうじゃねえかっ!」

 

  未だ黒い霧に取り憑かれて苦しんでいる幽々子。それを縛り上げている枝に向かって黒刀を突撃させた。

  爽快な音とともに枝が抵抗なく両断される。そして自由になった幽々子をお姫様抱っこで抱きかかえ、後方に移動した。

 

  しかし幽々子はそれでも目を覚まそうとしない。額に手を当てて状態を検査してみると、西行妖に燃料タンクとして使われていたせいで深刻な妖力枯渇に陥っていることがわかった。

  なので妖力をいくつか分け与えた後にスキマを開いてまた博麗神社へと送っておく。

 

「さて、西行妖の燃料が抜き取られちまったぞ。さっさと降伏してくれた方が俺的には楽なんだが」

『……そうですね。もう西行妖(この体)も限界みたいですし、この機会に衣替えでもしましょうかね』

 

  早奈が冷たくそう告げると、突如西行妖が暴走し出した。

 

『アギャァァァァァァアアアア!!!』

 

  獣のような咆哮を上げながら、狙いもつけずむちゃくちゃに弾幕をばらまいていく。

  いや、違う。あれは苦しんでいるのだ。その証拠に目に見えるほどに西行妖に変化が訪れてきた。

  天を覆い尽くすような無数の枝。それらはみるみる痩せ細くなっていくと、音を立てながら次々と折れ、地面に落ちて砕けていく。

  いや、枝だけではない。全体的に水分が抜かれたかのように痩せ細くなっていき、あれだけ妖しく咲いていた満開の桜たちは色を落として次々と灰となって消えていった。

  その原因は幹の中央にある。どうやら西行妖はそこに強制的に妖力を吸われているらしく、今でももがき苦しんで断末魔をあげている。

  そして西行妖がとうとう動かなくなった。その途端、幹がパッカリと二つに分かれ、中から見たことのあるシルエットが出てきた。

 

「んー! 久しぶりの外の空気は美味しいですねぇ。いえ、美味しいのは楼夢さんが近くにいるからかなぁ? キャハッ」

 

  西行妖の花そっくりの鮮やかな紫色の髪。そして優美さを感じさせる黒の和風ドレス。頰は赤く火照っており、それがどことなく妖艶な魅力を醸し出させていた。

  かつての光景が蘇る。諏訪神社で一緒に暮らしていた平和なころの思い出。

  今となってはただ虚しいだけの記憶。しかし、目の前にはその記憶の中の姿を取り戻した早奈が妖しげに微笑んでいた。

 

「……へぇ。こいつは驚いたぜ。まさか四人目の伝説の大妖怪が出現するとはな……」

 

  ビリビリと大気が震えているのを嫌でも感じる。これほどの圧は火神や剛と戦った時しか味わったことがなかった。

  間違いなく、今の彼女は伝説の大妖怪の領域に達していた。

  ただ魂を吸っただけではこうはならない。おそらく、昔刺し違えて心臓を貫かれた時に吸収された力を千年の間に食らっていたのであろう。

 

「ふふ、楼夢さん。この刀を覚えていますか?」

「……ああ、覚えてる。なんせ俺がお前のためを思って作ったんだからな」

 

  早奈が手を振りかざすと、そこに妖力が集中していき、やがて一つの日本刀になった。

  刃に金属はほとんど使われていない。耐久性に優れ、力が通りやすい水晶を厳選されたものが材料に使われているからだ。

  そのせいで、刃の部分は透明で奥が透き通って見える。まるで芸術品のような美しい刀だった。

 

「よかった。私だけじゃなくて、この子も喜んでいますよ。ねぇ、【妖桜(あやかしざくら)】?」

「……っ、それはまさか……!」

 

  早奈が聞き覚えのない名前を呼んだ。すると空のように透き通っていたはずの刀の刃が突如紫を帯びた邪悪な闇に染まった。

  俺はあれの正体にいち早く気づいた。

  当たり前だ。自分の相棒と同じ武器なのだから。

  愛おしそうに刃を撫でる早奈に向かって叫ぶ。

 

「お前、まさか西行妖の魂を触媒に妖魔刀を作ったのかっ!!」

「ふふ、ご名答。……ほら妖桜、愛しのパパですよぉ? ちゃんと挨拶しましょう、ねっ!」

「っ! 響け【舞姫】!」

 

  俺の周りをさまよっていた双刀はそれぞれ白と黒の光に変わると、合体し一つの光の球体へと変わった。

  それに手を突っ込み、中にある柄を握る。そしてそれを引き抜いた。

  現れたのは、これまた美しい日本刀だった。

  淡い桃色の長い刀身。その峰の部分には七つの小さな穴が空いており、そこを通して魔除けの鈴が七つつけられている。

 

  久しぶりに握った相棒の感触を味わう間も無く、それを振るう。そして早奈の妖桜と激突し、激しい衝撃波が周りに発生した。

  そのまま二人はその場に静止し、力と力の鍔迫り合いが始まる。

 

「……ぐっ、さすが楼夢さんっ。この子の一撃を耐えるなんて……!」

「はっ、お前こそよく腕が千切れなかったな……っ! 衝撃波だけで腕が飛ぶやつが多いのによ……!」

「ふふ、あいにくとそこまでヤワじゃありませんの、で……!」

「そうかい。なら遠慮なく切らせてもらうぜ!」

 

  持ち前のテクニックで上手く早奈の重心をズラし、彼女の刀を横に弾く。そしてガラ空きになった体へその刃を振るった。

 

  しかし早奈は刀が弾かれた勢いを利用して回転すると、俺の斬撃をスレスレで回避する。そしてカウンターに回転斬りを繰り出した。

 

  こちらもそれに反応して彼女の斬撃を受け流し、お返しに回転斬りを繰り出す。

  この間約一秒未満。

  両者踊るかのように斬撃を繰り出す。回って、回りながら攻防を続け、時たまにパターンを変化させながら互いに変幻自在に攻撃していく。

  しかし、俺には次彼女が何を繰り出すのかがはっきりとわかっていた。おそらく彼女も同じだろう。だから数十数百も刀を合わせても傷一つ負わない。

  そう、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 

「ちっ、一番弟子の美夜よりも強いってどういうことだよ!?」

「吸収したのは力だけじゃないんですよ! 楼夢さんに宿るその記憶も全て見させてもらいました!」

 

  よく見れば刀の大きさも、長刀なのに片手持ちということも、全てが俺に似ていた。

  なら剣術で追い詰めるのは無理なようだ。記憶を見ただけでは楼華閃をここまでマスターすることはできない。おそらくこの千年間の間ずっと俺のを見てはイメトレでもしてたのだろう。俺のことに関しては変態的な早奈なら十分にありえる。

  ならば……。

 

  俺は空いている手のひらを彼女に向ける。そしてまたもや同じタイミングで、早奈は左手を俺に向けてきた。

 

「「【メドローア】!」」

 

  二つの消滅の閃光。それが互いに衝突し、辺り一帯を一瞬だけ光で包み込む。

  俺の顔が驚愕に染まる。その一瞬を突いて早奈の蹴りが俺の腹部を捉えた。

  それを自ら後ろに飛ぶことで威力を半減させ受け流す。しかし半減とはいえ当たったのは事実だ。この六億年経っても打たれ弱い体にはちょっとばかしキツイ。

 

  それよりもだ。

  先ほど早奈が放った閃光。あれは紛れもなく俺が愛用するメドローアだった。それにたった今受けたばかりの蹴りも俺のとよく似ている。

  ……おいおいマジかよ。剣術だけじゃなくて術式、果てには体術までコピーしてんのかよ。シャレにならんぞそれは。

 

「……ちっ。また俺の技かよ。この千年間俺の記憶を覗く以外になんかやることなかったのかよ」

「私にとっては何よりも有意義な時間でした。ただ、楼夢さんの記憶では女性が多く出てきたのでちょっと妬いちゃいましたけど」

「……お前のはちょっとじゃねえだろ」

「でも女性にだらしないのはどうかと思いますがねぇ。そんなお父さんの姿を見てお子さんたちは何を思ったのでしょうか?」

「うっ……!」

 

  畜生! まさか剛の次に頭がおかしいと思ってた早奈に言い負かされる日が来るなんて! 正論すぎて何も言い返せない!

 

「だから……今後は私だけを愛してください。私だけを求め、私だけが世界になってください。私と……結婚してください」

 

  その言葉を言った時の早奈の目は真剣そのものだった。

  こいつの言葉は全て本心なのだろう。今の告白も、俺のことが好きだということも。

 

 

『楼夢さん。私は……私は……あなたのことがーーーー』

『……その言葉だけは言っちゃ駄目だ……』

 

  あの雪降る別れの日。おそらく本来はあの時聞かされたはずの言葉。……そしてそれを遮ったのは誰でもない俺自身だ。

  怖かったんだ。当時の俺は早奈を愛しているとは言えないが好ましく思っていた。あの枝のように脆く、呪いに苦しむ彼女を支えたいと。

  もしあいつの言葉を当時の日に聞いていたら、果たして俺は断れたのだろうか。

  しかし俺は妖怪、早奈は人間だった。

  この六億年間で何人もの人間と出会った。共に笑い、共に泣き、そして俺を置いて全員死んでいった。

  早奈もいずれは俺を置いて死んでいくのだろう。それが堪らなく恐ろしかった。

 

「……あの時に今の言葉を聞いたら、俺はおそらく断れなかっただろうな。でもな……俺が好きだったのは人間の早奈であってお前じゃない」

「楼夢さん……」

 

  早奈の妖桜を握る手が強まるのが見えた。そして俺も血が滲むほど舞姫の柄を強く握りしめる。

  そしてそれの切っ先を早奈に突きつけた。

 

「こいつは俺の責任だ。俺が逃げたから人間の早奈が死んで……お前という妖怪が生まれてしまった。だからこそ、俺は早奈のためにお前を斬る」

「……ふふ、だから私はあなたのことを愛したんですね。……それじゃあ私も悪役らしく、楼夢さんの体を奪ってあなたを愛し殺します。そうすれば私たちは一生一人で二人になれる。私と楼夢さん以外、この世には何もいらない」

「……斬るにふさわしい相手の言葉が聞けてよかったぜ。そんじゃ最後に、俺の世界にお前を案内してやるよ!」

 

  刀を逆手に持ち替え、思いっきり地面に突き刺す。

  そして俺と早奈を中心に浮かび上がった巨大魔法陣が光り輝き始めた。

 

「【思想結界】」

 

  そう呟くと、辺りが目も開けられないほど強い光で満ちる。

  そして気がついた時には、世界が変わっていた。

 

  目に映るのはボロボロに崩れかけているビルの摩天楼。それが上下左右バラバラでひたすら空を漂っている。

  そしてその一つに、俺たちは立っていた。

 

「……これは?」

「【思想結界】。俺の精神世界に相手を招待する術式だ。この千年間で成長したのはお前だけだと思うな」

「随分寂れた世界ですね……。この世界からは哀しいという思いが伝わってきます」

 

  哀しい、か……。それは多分俺のじゃなくて、俺の元になった白咲神楽のものだろう。

  まったく迷惑なもんだ。ここなら剛戦で使った【反転結界】と違って暴れても壊れる心配はないとはいえ、殺風景すぎて虚しくなる。

  だけどまあ……今はこのくらい静かな方がいいのかもしれない。

 

「いくぜ早奈……お前の全てを叩き斬って、お前を救う」

「それなら私は楼夢さんの全てを奪って、あなたを一生愛します」

 

  それぞれの妖魔刀ーー舞姫と妖桜に膨大な妖力が集中していく。

  そして同時に、俺たちは封印解放の名を詠った。

 

「鳴り響け……【天鈿女神】ッ!」

「咲き狂え……【幻死鳳蝶(まぼろしあげは)】ッ!」

 

 

 





「台風が来てもドラクエ5やってました。カジノはコンプ、仲間も最強クラスのが複数、そして主人公のレベルが81と、全クリ前なのにもはやミルドラースどころかエスタークすら楽勝で勝てる状況になっていて正直上げすぎたと反省している作者です」

「エスタークですらプロじゃなくてもレベル50相応の実力があればなんとかいけるんだぞ?(体験談) もはやそれヌルゲーだろ、と狂夢だ」


「さて、今回は早奈戦でしたね」

「幼体化時とのギャップのせいで違和感を感じたが、そういや楼夢ってこういうやつだったな」

「喋り方などに関しては久しぶりすぎて結構疲れました……」

「おい、仮にもこの小説の主人公は男だということを忘れんなよ」

「もういっそ本当に性転換させよっかなぁ……」

「……それはガチであいつが泣くからやめてやれ」


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仇討ち

 

  冥界にある白玉楼。その外れにポツンと一人残された巨大な枯れ木があった。

  名は西行妖。かつては人々を魅了し、死に至らせた呪いの妖怪桜。しかしこの妖怪の意思というものは現在早奈に食い尽くされており、今では空っぽの器だけが残っている。

 

  しかしそれは同時にかの妖怪桜がまだ生きていることを証明していた。

  ボロボロになった枝を必死に伸ばし、辺りを彷徨う幽霊たちを次々と飲み込んでいく。それは西行妖の意思というよりも、ただ体にできた大きな穴を埋めようという生への執着、つまり本能による行動だった。

 

  次第に西行妖は水を吸って潤ったかのように元気になっていった。

  まだ力を奪われる前ほど強くなったわけじゃない。しかしここは幸いにも冥界、大好物の魂がうようよといる。

  このまま力を取り戻していき、あの女に復讐してやる。廃人レベルの頭、というよりも本能に漠然とだがそんな目的が定まる。

  そして数百匹目の幽霊に枝を伸ばした時ーー突如、閃光が走った。

  何が起きたのかがわからない。しかし伸ばした枝先は何も反応しなかった。そして枝を通して伝わる痛覚。

  そう、枝が切り落とされたのだ。

 

『ヒャガガガガギャァァァァァァァッ!!!』

 

  悲鳴にすらならない雄叫び。まるで獣の咆哮のようだ。

  それは忌々しく思いながら、枝を切り落とした老人は刀を再度西行妖の方に向ける。

 

「鬱陶しい叫びじゃな……。所詮獣は獣ということか……」

「いえ、そもそもあれは分類するなら動物じゃなくて植物科だと思うのだけど」

 

  誰に向けたわけでもない老人の独り言。しかし何故だか答えが返ってきた。

  老人のすぐ横。そこの空間がひび割れ、パッカリと開かれる。スキマと呼ばれるそれの中から出てきたのは、日傘を差した美しい少女だった。

  少女は老人と同じように西行妖を忌々しいと言うような目つきで睨みつける。

 

「けどまあ……あれが私たちの敵、そして幽々子の仇であることは確かよ、()()。それがわかってるだけで十分だと思わない?」

「……そうですな紫様。幸い楼夢殿のおかげか以前ほどの力は出ないようですし、畳み掛けるといたしましょう」

「……言われなくとも、よ。幽々子と楼夢を殺したあいつを私は決して許さない」

 

  老人と美少女の目にはそれぞれ憎しみの炎が激しく燃え盛っている。

  前白玉楼の庭師兼剣術指南役、魂魄妖忌。そして幻想郷の賢者、八雲紫。それが彼らの正体だった。

 

  紫はともかく、なぜ外の世界にいるはずの妖忌がここにいるのか。それには時間を遡って説明する必要がある。

 

 

  まず、事の始まりは冬眠中のはずの紫が彼女の従者である藍によって叩き起こされたことからだ。

  何事かと聞けば、楼夢の娘である清音が緊急事態とのことで訪ねてきたという。そして彼女から聞かされたのは、突如楼夢が元の姿に戻ったということだった。

 

  これだけで紫はこの緊急事態の真相がなんなのかわかってしまった。

  楼夢の封印の解除。それはつまり西行妖の封印が解除されたということだ。

 

  急いでスキマを開きテレポートしようとしたところを清音に呼び止められる。そして彼女から渡されたのは数字の文字列が書かれたメモ帳の切れ端だった。

  数字の並び方からしてこれは電話番号だということがわかる。しかし誰につながるのかまではわからなかった。

  しかし楼夢のことだ。何か意味があるのだろう。

  そう思い、スキマからスマホを取り出して電話をかけてみる。

 

『もしもし。こちら庭師の魂魄ですじゃ。本日はどのようなご用件で?』

 

  出てきたのは老人だった。しかも声と名前からして心当たりのありまくる人物。

  恐る恐る、問いかけてみる。

 

「……もしかして妖忌かしら?」

『ッ!? その声、まさか紫様ですか!? いやぁ、お懐かしいですなぁ……。孫は元気にしておりますかの?』

 

  ……これで確定した。電話の先の人物は魂魄妖忌だ。

  しかし、これで楼夢の意図がわかった。彼は妖忌と協力しろと言っているのだ。

  紫自身も妖忌にはついてくる資格があると思っている。あの時の屈辱を同じく味わった中だから。それを抜きにしても大妖怪最上位とも渡り合えるこの老人は戦力になる。

 

「……世間話は後にして本題に入るわ。西行妖が復活したわ」

『……それで儂にどうしろと?』

「あなたにもついてきてもらうわ。戦力は必要だし、何より知らないうちに仇が死んでたら悔しいでしょ?」

『……わかりました。この魂魄妖忌、お供させていただきましょう』

 

  これで決まった。

  後は念入りに準備するだけだ。

  その後は待ち合わせ場所を決めて、電話を切った。準備が出来次第、紫が待ち合わせ場所まで移動して、そこからスマホで白玉楼に向かう予定になっている。

 

 

  そして二人でスキマ経由で白玉楼に移動し、今に至る。

 

  突如現れた二つの妖力。これを吸収できればさらに力を得ることができる。そう判断した西行妖は喉から手が出るかのごとく枝の槍を二人へ伸ばした。

  しかし今の西行妖には相手を認識する能力はあっても、実力差を判断する脳はなかった。

 

「……遅い」

 

  銀線が再び走る。今回は三つ。そして向かってくる枝が半ばから切り飛ばされた。

  驚愕する西行妖。それを囲うように数十のスキマが開かれ、中から出てきたレーザーが集中砲火を浴びせた。

 

『ギギギ……ギギャギャァァァァッ!!』

「哀れね。でも同情はしないわ」

 

  続けて紫は扇を閉じると、それをステッキのように振るう。

  【飛光虫ネスト】。

  再び数十ものスキマが紫の背後に開かれる。そして今度はガトリングのように無数の弾幕が次々と撃ち込まれた。それらは苦し紛れに振るわれたいくつもの枝の鞭を撃ち落とし、貫通して西行妖を穿つ。

 

  苦痛に叫び声をあげる西行妖。しかしスキマ経由で空から落ちてきた妖忌によって、悲鳴は西行妖ごと切り裂かれた。

 

「【迷津慈航斬(めいしんじこうざん)】!」

 

  大きく振り上げた一つの刀に青い霊力が集中していく。それはまるで楼夢の【森羅万象斬】とも酷似していた。

  やがて霊力に包まれ刃が巨大化し、それを縦一文字に振り下ろす。

  そして西行妖のてっぺんから下までに、大きなラインが刻まれた。

 

『ギャガアアアアアアアアアアッ!!』

「叫ぶなよ化け物……。儂の怒りはこんなもんでは済まさんぞ!」

 

  振り下ろした刀が勢い余って地面につくと、妖忌は身を翻してもう一度技を繰り出す。

  【未来永劫斬】。

  目にも止まらぬ斬撃の嵐。それが次々と西行妖の幹を穿つ。

  しかし西行妖もいつまでもやられてばかりではない。不意をついてなんと幹から直接枝を生やし、妖忌を攻撃した。

  まさかの場所からの攻撃に妖忌は一瞬反応が遅れる。しかしそれでも直撃はせず、頰を浅く切り裂くだけで終わった。

  しかし一瞬だが時間が稼げた。その隙に西行妖は全方位にメチャクチャに弾幕をばら撒いて、強制的に妖忌をその場から退けさせた。

 

「ぬう……っ! 腐っても大妖怪ということか。あれで終わらせようと思っていたんじゃがの……」

「いいえ、十分よ妖忌。あれだけ切れば相当なダメージを与えれたはず」

 

  西行妖は体に付けられた傷の痛みに雄叫びをあげながら枝を振り回し、弾幕をばら撒く。

  しかしその妖力はかつてのように無尽蔵ではない。このままにしておけばやがて妖力枯渇で力尽きるだろう。紫はそう判断し、妖忌とともにヒットアンドアウェイを心がけながら戦うことに決めた。

 

  数えきれないほどの弾幕が二人に迫る。

  しかし壁のように巨大なスキマが二人の前に展開され、多くの弾幕を吸い込んだ。

  しかしそれでも防げないものもある。スキマを飛び越えてくる蝶形弾幕もその一つだ。

 

「とうとう使ってきたわね……」

 

  ここからが本番だ。

  蝶形弾幕。紫はこれを死蝶と呼んでいる。

  効果は触れた相手を即死させるという危険極まりないもの。しかし半人半霊で効果が効きにくい妖忌がこれに対応することでなんとか防ぐことができている。

  しかし、スキマを避けれる攻撃は他にも存在する。それが今まで散々見てきた枝の槍や鞭だ。

 

  『ヒヒヒヒギャギャアアッ!!』

  「……っ、【四重結界】!」

 

  今度は悲鳴とも違う、まるで嘲笑っているかのような音で西行妖は叫ぶ。

  それと同時に紫が張った四重に重なった正方形の結界にドスドスと枝が次々と突き刺さる。そして結界ごしから放たれた紫の貫通レーザーが枝を消しとばした。

 

  予想以上に西行妖の攻撃が激しくなってきた。妖忌も紫も、それぞれを気にしている余裕がなくなるほどに。

  紫は常時最大サイズのスキマを展開するのに集中力を削がれているため、動きが鈍い。しかしこのスキマを閉じると未だ大量に放たれている通常弾幕を遮るものがなくなり、今後は死蝶、枝攻撃、通常弾幕の三つに対応しなければなくなる。なのでスキマを閉じることはできなかった。

 

  壁のように展開されているスキマを避けて、枝の鞭が複数迫る。

  それを避けて避けて、避けきれなかったものだけを弾幕で迎撃する。

  しかしそれでも枝は徐々に紫に当たりつつある。先ほどもいくつかが服にかすっていた。

 

  しかし、妖忌の援護は期待できそうもない。

  ちらりと彼の方を見るが、妖忌は妖忌で数百もの死蝶に囲まれており、防ぐだけで精一杯な様子だった。

 

  そんな時、ふと西行妖の中心から膨大な量の妖力が集中していくのを感じた。

  それは徐々に光の玉となって目に見えるほどに巨大化していく。

 

「……まさか、スキマごと消し飛ばすつもりなの?」

 

  そしてとうとう紫が展開しているスキマよりも光球が大きくなってしまった。

  ほとんどの攻撃を亜空間へ受け流せるスキマでも、それより大きなものは入れることができない。

  今あの球体がスキマとぶつかったら、間違いなくスキマは消滅し、紫たちは球体に飲み込まれることになる。

  それは=死だ。妖忌はともかく紫の体は妖怪としてはそこまで頑丈ではない。あれに触れれば最後、一瞬で蒸発してしまうだろう。

 

  紫は日傘をたたむと、それに妖力を込める。するとそれは光に包まれ、美しい日本刀へと姿を変えた。

 

  逃げることはできない。今の状況で妖忌と自身を合わせて二人をスキマで移動させることは今の彼女の消耗具合では無理があった。

  しかし一人で移動したとなると、妖忌はその時だけ全ての攻撃を一人で受けることになってしまう。今でさえやっとなのにここで攻撃が激しくなったら間違いなく彼は死んでしまうだろう。

 

  だからやるしかない。

  両手で刀を握り、膨大な妖力を込める。それによって刀身は紫色にスパークし出す。

  そして美しい紫電を帯びたそれを、祈るように天に掲げた。

 

『ギギギギガアアアアアアアッ!!』

 

  もはや見上げるほどまでに巨大になった妖力の光球が大砲のように放たれた。

  それは時間が経つごとに速度が増していき、あっという間に紫スキマの壁の元に迫る。

  と、その時だった。突如スキマが閉じたかと思うと、その後ろから荒れ狂う紫電の刃を掲げる紫の姿が現れた。

  そして紫は光球に向けてそれを振り下ろす。

 

「いくわよ……【亜空切断】!」

 

  紫電の刃と光球がぶつかり合う。

  二つは激しくせめぎ合い、爆発のような轟音と目が開けられなくなるほどの閃光を撒き散らす。

  しかし徐々に紫の方が押されていき、ズリズリと後ろに後退していく。

 

「ぐっ……!」

 

  腕が千切れるほど痛い。

  光球の威力は凄まじく、刀が耐えれても妖怪にしては貧弱な部類に入る紫の腕力には限界がある。

  腕からはミチミチと嫌な音が鳴り、それが大きくなるごとに痛みも増していく。

 

  だが、ここでやられたら全てが無駄になる。

  だったら、もう手段は選ばない。

  【境界を操る程度の能力】。紫が妖怪の賢者たらしめる全能の能力。

  今回弄るのは紫自身の腕力の境界。

  正直、自身の体を弄ったことはないのでどうなるかはわからない。しかし何か悪影響が起こるであろうことは予測できる。

  だが、迷いはない。

 

「……っ、ぐぅぅぅぅっ!!」

 

  メギメギッ! という肉が潰された音がはっきりと聞こえた。

  そして腕の中の筋肉がミンチにされて描き混ぜられるような激しい痛みが走る。

  無理やり体が作りかえられていく感覚。白くて細い腕は外から見ればさほど変わらず、しかしあまりの痛みに血管が浮かび上がってきた。

  それに涙を流しながら歯を食いしばり、必死に耐える。

  そして獣のように咆哮をあげながら、握る日本刀を全力で振り下ろした。

 

「ぐっ、ぅぁ“ぁ”あ“あ”あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“ッ!!!」

 

  紫電の刃は勢いを増すと()()()()光球を真っ二つに両断した。

  しかし光球のエネルギーが失われたわけではない。このまま紫を巻き込んで大爆発を起こすーーはずだった。

 

  斬撃の威力によって、目の前の景色がガラスのように割れる。そしてスキマにも似ている巨大な空間の穴ーーつまりはブラックホールもどきが出来上がった。

 

  穴を埋めるため、空間は手当たり次第に周りのものを凄まじい竜巻とともに吸い込んでいく。

  それは真っ二つに分かれた光球のエネルギーも対象内だった。形を崩しながら渦によってグルグルと描き混ぜられ、穴の中に消えていく。そして膨大なエネルギーを吸って満足したかのように空間の穴も塞がれていった。

 

  竜巻に飲み込まれないよう必死に耐えていた紫は、それを見届けるとようやく腰を落として地面に座り込んだ。

  そして自分の腕が動かないことに気づく。曲げるどころか上げることも出来ず、ぶらりと垂れ下がっている。

  それによって刀を支え切れず、紫の手からこぼれ落ちてしまった。

 

  ……無茶をしすぎた。これではしばらく使い物にはならないだろう。

  脱力する紫。しかし西行妖はその間にも妖力を集中させようとしていた。

  そして光球は再び大きさを増していきーー突如四散した。

 

『……ガッ?』

「……ふふ、ようやく出てきたわね。()()()()の症状が」

 

  何度も光球を作ろうとするも、いずれも一定の大きさまでいくと光の粒子となって崩れていってしまう。

  そしてそれを見て嘲笑を浮かべる紫。

 

  妖力枯渇。妖怪なら誰もが体験したことのあるだろう。

  生物には生きてく上でなんらかのエネルギーが体の中にある。一般的に動物や人間は霊力、妖怪なんかは妖力、神だったら神力といった具合に。

  幻想郷の住民は一般的にこれを消費して戦っている。

  例えばバケツの中いっぱいに入っている水を妖力、そしてそれに取り付けられた蛇口から出る水が弾幕と仮定しよう。

  蛇口を捻れば水が出るように、弾幕も意識することで出せるようになる。しかしその数も無限ではない。バケツの中の水、つまりは体内の妖力が尽きれば弾幕の一つも出せなくなるのだ。

  そして肉体を動かすのがドンドン疲れていき、補充をしなければ最終的には死に至る。

 

  今の西行妖にはこれがはっきりと浮き出ていた。

  いつのまにか妖忌の周りの死蝶も消え失せている。そればかりかあれだけ激しく撃たれていた通常弾幕も放たれなくなっていた。

 

「形成逆転よ。もうお前に逃げ場はないわ」

 

  腕を使わず足だけで立ち上がると、紫はスキマを地面に転がっている刀の真下に展開する。

  そしてもう一度スキマを開く仕草を取る。しかし今度のはどこに開かれたのか、辺りには見当たらなかった。

 

「今、遥か天空に上下に重なるように二つのスキマを開いたわ。それらは繋がっていてどちらかに物が入るともう片方から吐き出され、ループする仕組みになってる。……さて、そこに刀を投げ込むとどうなると思う?」

 

  自由落下という言葉がある。物体が重力の力だけで落下する現象のことだ。これには落ちるときの距離が長ければ長いほど落下速度が上がるという特徴がある。

  しかしもし、落下距離が無限だとしたらどうなるか。

 

  二つのスキマのうち、上にある方から楼夢特製の日本刀がその刃を垂直に下に向けながらしながら落ちていく。それは下にあるもう一つのスキマに回収されると、その勢いのまま再び上から吐き出された。

  落ちて回収、落ちて回収。このようなことが延々と続いていく。その度に刀は速度を増していき、千回目ほどになると形がぼやけて光の線のようなものしか見えなくなっていた。

 

  無論紫の言ったことを理解できるほどの知能を西行妖は持ち合わせてはいない。彼女自身それがわかっているからこそ何を行なっているのか話したのだ。

  しかしそれ故に研ぎ澄まされた野生の本能が叫ぶ。この女は危険だと。

 

『ギ、ギギッ、ギギャギャァァァァッ!!!』

「やりなさい妖忌!」

「はっ、承知いたしました!」

 

  弾幕が撃てないため、代わりに妖力を消費しない枝での攻撃を繰り出す。

  しかしそれは悪手だった。

  妖忌は二本目の刀を引き抜くと、二刀流となる。そしてその構えから繰り出されたいくつもの斬撃が、枝をことごとく切り落としていく。

 

  妖忌の勢いは止まることを知らなかった。

  空中に跳び上がると、両手の刀の柄を強く握りしめ、そこに霊力を流す。すると二つの刀身が青い光に包まれて巨大化した。

 

「ハァァァァァッ!!」

『ゴ、ゴグガァァァアアアアアアッ!?』

 

  【迷津慈航斬】。先ほど西行妖を縦に切り裂いた技を両方の刀で、回転しながら繰り出した。

  それは西行妖の幹に直撃する。横に二閃。元々妖力が切れて脆くなっていた大樹の幹は妖忌の渾身の斬撃を受けて両断された。

 

  根元から離れ、西行妖の幹から上部分が僅かな間だけ宙に浮く。その一瞬を紫は見逃さない。

  スナイパーのように鋭い目でタイミングを計り、スキマを開く。そして上空で加速させていた日本刀を射出した。

 

  それはまるで一つの弾丸、いや閃光のようだった。

  何か細い光が西行妖を通り抜けたかと思うと、次には凄まじい風とともに突如それに大穴が空いていた。

 

『ァ……ガッ、ァ……ッ!?』

 

  断末魔を上げる暇もなく。

  西行妖はその痛みを感じる間もなく、その長い生命に幕が下された。

 

  その死体は地面に落ちる前に灰となり、風に煽られて冥界の空へと旅立っていく。

  その光景を、二人はただジッと見つめていた。

 

「……終わったわね」

「ええ……。幽々子様、仇はとりましたぞ……」

 

  嬉しくはない。なにせこれは復讐なのだから。

  しかし、胸に残る何かは得られたようだった。

 

  かつて西行妖があった場所。その真下に眠る親友に紫は語りかける。

 

「仇はとったわよ幽々子。来世であったら……って、今があなたにとっては来世そのものか。でも今のあなたも、昔のあなたも私にとっては親友なのよ? だから体だけでも安心して、眠ってね……っ」

 

  知らず、紫の目から熱い何かがこぼれ落ちていく。

  そして言葉を伝え切ったところで耐え切れなくなり、紫はうずくまって思いっきり涙を流した。

 

  白玉楼の外れ。そこでしばらくの間、少女の嗚咽だけがこだましたという……。

 

 

 




「ドラクエ5のヘルバトラーのレベルアップの遅さにイラつきます。同時期に上げているサンチョと倍以上の差があるなんてどんだけ成長しにくいんだよと、作者です」

「そんなことより最近文字数が多くなってるせいで投稿遅くなってねェか? 狂夢だ」


「最近ニコ動でとある鉄華団の団長さんのMADにハマってるんですよね」

「異世界オ●ガとかか? 一応元のアニメの方は二郎共々全部見たことあるが」

「すごいですね。私は両方とも途中でギブアップしましたよ」

「原作二郎なぜか全巻持ってるくせに何言ってやがる。まあ流石に今季の三郎はキツくて三話でやめたが」

「私は一話全部見るのに小休憩含めて五十分くらいかかりましたね(実話です)」

「でもまあその分団長関係のMADが面白くなるし、よしとしようぜ」


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幻死鳳蝶

 

 

ーー『混沌と時狭間の世界』。

 

  一人の邪神によってそう名付けられた世界。

  かつて大切なものを守ろうと力を伸ばし続け、その先で全てを失った哀れな男の末路。天まで届くほど長く、しかし足場を失って宙を漂う摩天楼は、まさしく彼の者の生き様、そして死に様を表している。

 

  そんな壊れた世界で、俺らは戦っていた。

  二人の剣戟が響きわたる。打ち合うごとに速度が増していっている。

  桃色と瑠璃色が混じった髪をたなびかせ、両手に持つ炎と氷の刀を舞うように連続で振るう。その度に刀から出現する衝撃波が爆炎と化して辺りを焼き尽くし、氷の波が凍らせていく。

 

  しかし驚くことに、対峙する紫髪の少女はその余波によるダメージを一切受けていなかった。

  体に黒い光を纏っており、それに当たった瞬間弾幕も炎も氷も等しく塵と化していく。

  そして二刀流の攻撃を捌き続け、隙を見て刀での一撃を振るう。しかしその一撃は全てが即死級であり、まともに受けたらタダじゃすまないだろう。双刀を交差させて防ぎ、そのまま跳ね上げることで隙を作り、一旦体勢を立て直すため後ろに下がる。

 

「……新入りとはいえさすがは伝説の大妖怪か。マッハ88万の超光速戦闘についてけるなんて大したもんだぜ。いや、俺の妖力を取り込んでるから速度も上がっているのか」

「……っ、そちらも相変わらずの速度バカですね。楼夢さんの記憶を見てなければ即死でしたよ……」

「でも、俺の二刀流はお前が見たもんの中にはあまり入ってなかったんだろ? だからそこまで疲労している」

「……」

 

  沈黙は金なりというが、この場合はむしろ逆効果だな。これで早奈の欠点が見えてきた。

  早奈は俺の記憶を見て行動パターンなどを完全把握している。しかしそれは一度死ぬ前の俺の記憶しかそこには残っていない。

  彼女だって千年経てば強くなるように、俺もまたあのころより格段に強くなっている。特に慣れない二刀流は徹底的に修行した。

  生き返ってからはしょっちゅう二刀流になっていたが、逆に言えば一度死ぬ前の俺は二刀流を剛戦と早奈戦の計二回しか使っていない。つまり二刀流の情報が少ないのだ。

 

  先ほどまでは俺たちは互いに手札を知り尽くして戦っていた状況だった。しかし今では二刀流という未知の手札が俺に入ってきたことで戦況は急激に変化する。

 

  俺が以前より強くなったからか、色が白黒から赤青に変わった両刀の刃を後ろに向ける。そこから噴射された炎と氷がジェットの役割を果たし、直線だが光を一時的に超えた速度で早奈へと迫る。

  その急な加速にはさすがに対応できなかったようで、早奈の体が一瞬だけ硬直する。そこに右手に握った炎刀を横一文字に振り切った。

 

  ボールのように横に吹き飛ぶ早奈。体と刃の間に自分の刀を差し入れていたようで直撃は免れたが、超高速物体が衝突したことによる衝撃波だけは防ぎ切れなかったようだ。

 

  今の俺の一撃で乗っているビルが崩れてしまったようだ。早奈の方は運良くとなりのビルに着地できたようだが、俺の方は最悪だ。地面はいくつもの足場へと分裂し、バラバラになっていく。

  すぐに足場に思いっきり足の裏を叩きつけ、再び加速。そして衝撃波を辺りに撒き散らしながらとなりのビルまで跳んで、着地直後で体のバランスが不安定になっている早奈に今度は左手の氷刀を振り下ろした。

 

  また刀でガードしたようだが、そのまま強引に押し倒す。そして彼女は背中から地面に叩きつけられた。

  そこに俺は炎刀を逆手に持ち替えて、頭めがけて刃を振り下ろす。

  しかし今度は早奈は体を捻って地面を転がり、止めを避けた。

 

  炎刀が地面に突き刺さり、そこを中心にビルが二つに別れた。具体的に言うと俺が立っている場所から後ろが切り離された。

 

  しかしそんな時にも彼女は転がりざまに呪いがたっぷり込められた刀で俺を切りつけてくる。

  さすがにこれだけはくらうわけにはいかない。氷刀でそれを弾くが、追撃しようとした時には彼女はすでに立ち上がっていた。

 

  再び加速しようとしたところ、今度は早奈の方から俺との距離を詰めてきた。

  そして体重が乗せられた刃同士がぶつかり合い、炎と闇を撒き散らす。

  元々筋力は悔しいが早奈の方がずっと上なのだ。先ほどとは違い、地面にガッチリと足をつけて俺の斬撃を相殺した。

  しかし、一撃では終わらないのが二刀流だ。

 

  反対の氷刀を振るう。それも防がれるが、刀同士の衝突により一瞬だけ動きが止まる。そこを狙って炎刀を振るう。

  また防がれる。しかし同じ要領で左、右、左、右とリズムを刻むように斬撃を繰り出す。

  これを聞くだけだとなんてこともないように思えるかもしれないが、俺がマッハ88万で動く化け物だと思い出せればその脅威が想像できるだろう。

  早奈には斬撃を防いだ瞬間にまた新しい斬撃が繰り出されているように見えているはずだ。

  現に彼女は防戦一方だ。頭、胴体、脚の三部分のうちどれかを狙って繰り出される斬撃を防ぐのはとても難しく、早奈は防御するのに精一杯……かと思えた。

 

「……っ!?」

 

  数十回目の炎刀が振り下ろされる。しかしそこには金属同士がぶつかったり、肉を切り裂くような感触がなかった。

  早奈がしたのはただのバックステップによる回避。おそらく右、左、右、と単調な攻撃を繰り返していたせいで次に何が来るか読まれてしまったのだろう。

  しかしそこはどうとでもなる。問題は俺の視界の端に映る闇刀だ。

 

  さっきから延々と繰り返し続けていたせいで、俺は炎刀を避けられたのにも関わらず無意識に左の氷刀を振るう構えに入ってしまっている。

 

  それに合わせての、完璧なタイミングでのカウンター。

  氷刀と闇刀が交差する。そして俺の斬撃が再び空振り、逆に早奈の斬撃が俺の体を捉えた。

  無理やり上体を反らしてイナバウアーのような体勢で斬撃を躱そうとするが、わずかにほおを浅く切り裂かれてしまった。しかしそれを無視して、その状態のままバク転。おまけの蹴りを入れながら、早奈との距離をとった。

 

「……ちっ、呪いか」

 

  ジワジワとほおから炎が噴き出してくるような痛みが広がる。それに苦虫を噛み潰したような顔をしながら早奈を睨みつける。

  この感覚には覚えがある。間違いなく、彼女の【呪いを操る程度の能力】によるものであろう。

  かけられていたのは消滅の呪いだと思う。かすっただけでこの威力だ。直撃なんてしたらそれこそタダじゃすまない。

 

  しかし遠距離でチクチクというわけにはいかない。その消滅の呪いを早奈は自身の体に纏っているため、弾幕などはよほど強力なものじゃないとダメージを与えることすらできないのだ。

 

  しかし、それよりも一番気になることがある。

  それは彼女の妖魔刀のことだ。俺と同じように神解をしている気配はあるのだが、未だにその能力についてはよくわかっていない。妖魔刀自体も変化していないことから、形で能力を想像することもできないからお手上げだ。

 

  まあ考えても仕方ない。だいたい今までだって出たとこ勝負だったんだし、今回だけ頭を働かせても時間の無駄になるだけだ。

 

  上に一気に跳躍して、両刀を振り下ろしながら飛びかかる。

  それを早奈は真っ向から受け止め、そして再び剣戟が始まる。

 

  今度は同じ罠に引っかからないように、より立体的に動き回りながら刀を振るう。

  早奈も負けじと斬撃を繰り出してくるが、やはり俺の方が数は多い。

  平たいビルの上を駆け巡りながら、斬撃の応酬は続く。

 

  俺の氷刀が早奈の服を浅く切り裂く。

  それに焦って闇刀が振り下ろされるが、その先に俺はいない。虚しく地面を叩き割るだけで終わる。

  前宙を行い空中に跳ぶことで攻撃を避け、そのまま早奈の頭上を通り過ぎて彼女の背後に回り込む。そしてガラ空きの背中に炎刀での斬撃を叩き込んだ。

 

  しかし肉を裂く感触は得られず、代わりに金属音が鳴り響く。

  早奈は俺の方を見ずに刀の刃を担ぐように自分の背中に押し当て、俺の斬撃を防いでいた。

  呆れたまでの判断能力だ。しかしこれは避けられるかな?

 

  間髪入れずに反対の氷刀による突きを放つ。

  早奈はまだ振り返ってはいない。背中に構えた刃はガードできる範囲が狭い。そして面積の小さい突きなら防御をすり抜けて突破することができる。

  しかし早奈は体を回転させることで突きを避け、その遠心力を利用して刀を横薙ぎに振るった。

 

  それを待っていた。

  彼女の斬撃に合わせて俺も右の炎刀による横薙ぎを繰り出す。

  そしてそれは早奈の刀の刃の腹をなぞるように軌道を描きながら、彼女の体を横一文字に切り裂いた。

 

「くっ……! 【黒虚(セロ・オスキュラ)ーー」

「させねえよっ!」

 

  早奈の左手に黒い光が集まり始める。

  しかし俺は彼女の左腕に蹴りを入れることで狙いを逸らし、そのまま足の裏からこちらも閃光を放った。

 

「【王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)】!」

 

  巨大な光の線が二つ走る。

  そのうちの黒い方はあらぬ方向に飛んでいき、青いのは早奈の左腕を消し飛ばした。

 

  苦痛に顔を歪めながら早奈は大きく後退する。

  俺の方も少々無茶な体勢から蹴りを放っていたため、上体を引き起こすのに僅かな時間を使ってしまう。そのせいで追撃することができなかった。

 

  その間に、早奈の腹部と左肩の先に妖力の光が集中していく。そして光が収まるころには彼女の腕は元通りになっており、腹部の傷も塞がっていた。

  ……西行妖の再生能力か。妖力消費はあるだろうが、それでも重傷を治されるのは厄介だ。

  なら傷を治すよりも速く攻撃をくれてやるだけ。

  そう思い再び接近しようとすると、突如早奈が笑い出した。

 

「ふふふ、アハハハハ! これですよこれぇ! この圧倒的強さこそ、楼夢さんです!」

「……余裕のつもりか? 悪いがお前の攻撃はもう通用しない。所詮盗んだ剣術じゃ本物には勝てないってことだ」

「まあ、そう急かさないでくださいよ。私もこれからは()()を出していきますので」

「本気……だと?」

 

  おそらく神解の能力のことだろう。

  しかしこればかりはさっきも言った通りあれこれ予想しても仕方がない。なので早奈の右手に握られている闇刀に最大限注意しながら、本日三回目の突撃を行った。

 

  流れは先ほどと変わらない。いやむしろ俺の方が若干有利になっていた。

  数多の斬撃が早奈の体に小さい切り傷を作っていく。直撃はしていないが、この調子だとそれも時間の問題だろう。

  早奈は空間を縦横無尽に駆け巡る俺に完全に置いていかれていた。

  たまに反撃の斬撃がくるが、それら全てを俺の両刀に叩き落とし、逆にカウンターを繰り出していく。

 

  そして、チャンスが訪れた。

  俺の氷刀が早奈の刀を跳ね上げ、その衝撃で早奈はバランスを崩した。

  左手に迎撃用の妖力が集中していくのが見えるが、俺の斬撃が繰り出される方がはるかに速い。

  右の炎刀を握りしめる。それに呼応するように炎が爆発したかのように燃え上がり、刃が巨大化した。

  そしてガラ空きになった早奈の胴体に【森羅万象斬】を振り下ろす。

 

  ーーそして、()()()()()()()()()()()()()

 

「……はっ?」

 

  肩に走る鋭い痛み。それに集中力を乱され、刀に込めていた妖力が霧散してしまう。

  何が起きたのかわからなかった。

  しかし視界に早奈の刀が映り、慌てて両刀を十字に交差させて構える。

  そして黒い光を纏った斬撃が俺の両刀に叩きつけられた。

 

  「【森羅万象斬】」

 

  シンプル故に愛用する俺の十八番の技。それが俺の防御と衝突し、爆発を起こす。

  その爆風に体をさらわれ、俺の足は地面を離れ宙に浮いてしまう。そこに彼女の左手が向けられ、巨大レーザーが放たれた。

  再び両刀を十字に交差させて防ぐが、地面に足をついていないため踏ん張ることだできず、俺はレーザーの勢いのまま数十メートル先まで吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

「……っ、ケホッ……!」

 

  口から空気と混じって血が吐き出される。

  さすがは貧弱ボディといったところか。たかが背中から落ちたぐらいで吐血する人型妖怪なんて数えるぐらいしかいないだろう。

  と、そんな昔からの欠点を嘆いている場合じゃない。追撃が来る恐れがあるので、急いで跳ね起きて立ち上がる。

  そして映った早奈の姿に驚愕した。

 

「……んだよそれ……?」

「ふふ、これこそが私の【幻死鳳蝶(まぼろしあげは)】の真の姿ですよ。中々可愛いものでしょ?」

 

  そう言って嗤う彼女の背中から、鋭利な何かが生えていた。

  それは一言で表すなら巨大な鎌だ。正確的にはその刃部分に似たものが四つ、彼女の背中についていた。……いや、四つの刃全てが早奈と同じくらい大きいせいで、彼女自身が付属品のように見えてしまう。

  鳳蝶の羽は四枚、早奈の背中の刃は四つ。

  なるほど、幻死鳳蝶とはそういうことか。おそらくあの刃は蝶類の翅を模しているのだろう。

 

  改めて、俺は自分の体を見つめ直す。

  さっき血が噴出した部分には、肩口から腹部の下部分にかけて斜めに大きな切り傷ができていた。

  おそらくあの翅のように生えている巨大刃に斬られたのだろう。よく見れば四つの刃の一つに赤黒い液体が付着している。

  そして早奈はその刃を口元に寄せると、あろうことかペロリと舐めて拭き取ったのだ。

 

「んぅ〜! 美味しい! 血なのに桃みたいに甘くて絶品です!」

「……それは多分お前の錯覚だ。現に俺もたった今自分の血を舐めて見たけど、鉄臭くてしょっぱいだけだった」

「おかしいですね? なら私が口移しで分けてあげてもいいんですよ?」

「遠慮しておく。今みたいな場合はともかく、好んで自分の血を自分で飲む趣味はないんでな」

「そうですか。それは残念です、ね!」

 

  そう言い終わると同時に早奈は地面を蹴り、俺の元へ一直線に走って来る。

  元より俺がこいつに勝つのに刀で斬る以外の方法はない。なら逃げる必要もなく、逆にこちらから迎え撃つだけだ。

 

  早奈の闇刀と俺の炎刀が本日数十回目の衝突を果たす。

  本来ならここで氷刀を叩き込んでいるのだが、その前に早奈はくるりと舞うように一回転する。そして背中に生えている右側の二つの刃が俺を襲った。

 

  なんとか氷刀で防ぐも、その隙に別の刃が俺を襲う。

  背中ので四つ、早奈が持つ幻死鳳蝶本体で一つ、計五つの刃を前に今度は俺が防戦一方になっていた。

 

「まったくっ、これ以上演技の悪い蝶は見たことねえよ!」

「そう言わないでくださいよぉ。それにほら、そろそろ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……なっ!?」

 

  何を、と言葉にしたかったが声が出なかった。

  体が急に水に沈んだように重くなる。

  苦しい。息が正常にできない。そして刺すような頭痛。

  この感覚。まさかこれは……。

 

「毒、か……!」

「ご名答。そしてアデューです」

 

  謎に正解した俺に与えられたのは豪華な報酬ではなく、四つの刃による斬撃だった。

  苦し紛れに両方の刀を振るう。それは四つのうち二つは防ぐことには成功したが、残ったもう二つの刃が俺を斜め十字に切り裂いた。

 

「ぐはっ……ッ!!」

 

  噴水のように血が噴き上がる。

  それは俺の巫女服を赤く染め、地面に血の水たまりを作り上げていく。

  毒と傷が合わさり、その苦しみで思わず膝を地面についてしまう。そして間髪入れずに早奈は俺の顔面を横から蹴りつけた。そして俺の体はサッカーボールのように地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。

 

  ほおを蹴られ、その勢いで地面に頭を打ち付けたせいで血が流れ、それが服と同様俺の顔と髪を赤く染色する。

  そして蹴った当人はほおを俺とは別の意味でほんのりと赤く染め、楽しそうに興奮していた。

  その姿はやけに煽情的に見えた。性欲なんぞ欠片もないはずの俺がそう思うくらいには。

 

「アハ、アハハッ! 気持ちいい、気持ちいいです! もっと、もっと蹴らせてくださいっ!」

「……くそっ、俺と戦うごとに変な扉開けてんじゃねえよ!」

 

  狂ったように笑う早奈。しかし興奮するあまりか俺に追撃をくらわせることを考えていないようなのは助かった。

 

  おそらく、毒はあの翅の刃から出ているんだと思う。

  なので体に刻まれた三つの鎌傷手を当て、毒を解析していく。

  これは自然界に存在するものじゃないな。術式によって人工的に作られたものだ。

  まあ呪いの一種だと考えてくれればいい。呪いというのはある意味万能なもので、代償があれば大抵のことはできるからな。

  しかし術式によって作られたものなら、逆に術式で解くこともできるということだ。

  本来、こういった術式にはいくつかの手順が必要とされ、相応の時間がかかる。しかし俺の術式構築能力はそれらを一瞬で行い、新たな術式を作り出した。

 

「【キアリー】」

 

  率直につけた名前を唱えると、緑色の光が俺を包む。

  どうやら成功したようだ。体の重みはすでに消え去っており、問題なく動かせるようになっていた。

 

「ああ、ようやく終わったんですね。早く斬りたくてウズウズしてたので助かります」

 

  なるほど、追撃が来なかったのは忘れてたんじゃなくて俺を待っていたからということか。

  両方の柄を握る手に力を込め、立ち上がる。

  毒を作るのが神解で得た能力というわけではないだろう。その程度だったら呪いを学べば誰でもできるし、伝説の大妖怪が扱う妖魔刀がその程度のはずがない。

 

  マジマジと早奈の翅を見つめる。しかし彼女は自分が見られていると勘違いしたのか、にこりと微笑んできた。

 

「もう、能力が知りたいなら聞いてくれればいいのに。私は楼夢さんの質問であればなんでもお答えしますよ? なんならスリーサイズでも……」

「早奈、お前の能力はなんだ?」

「……ちょっとは乗ってくれてもいいじゃないですかぁ。……まあいいです。私の能力は名付けるなら……【死を操る程度の能力】ですかね?」

「……そりゃ随分とアバウトな表現だな」

 

  俺の神解火と氷を操るのとは違い、彼女のは名前からして概念系の能力だ。

  名前だけなら幽々子のと大差ないように聞こえる。しかしわざわざ名前をつけるほどなのだし、違いがあるのだろう。

 

  戸惑いが顔に出ていたのか、それを見て上機嫌に早奈は続ける。

 

「私の幻死鳳蝶は斬りつけた相手にあらゆる『死』をもたらします。窒息を選択すれば酸素が体に回らなくなり、圧死を選択すれば体の体重が数十倍に増して骨を潰し、死に至る。さっきの毒も中級妖怪までなら即死、大妖怪でも数分で死ぬほどの猛毒だったんですよ?」

「……要するに放っておけば必ず死ぬ状態異常を敵に与えるのがそいつの能力ってことか」

 

  予想以上に恐ろしい能力だ。

  彼女はあらゆる死因を操れると言っているのだ。衝突死や落下死はどうなるのかは知らないが、斬った相手に好きな状態異常を埋め込むことができる。

  つまり俺は、早奈の気分次第では死んでいたということになる。

  もしさっき傷を受けた時に与えられたのが毒じゃなくてもっと別のものだったとしたら……。それを想像するだけで冷や汗が流れた。

 

「そしてこの能力で与えられる最上級の死がーー」

 

  早奈の右手に持つ幻死鳳蝶に、炎のように揺らめく黒い何かが集中していく。それは徐々に刀身部分の周りを渦巻き始めた。

  そして出来上がった黒い竜巻を纏う刀を見て、俺の本能が叫びをあげた。

 

  ……あれは駄目だ……。当たったら死ぬ、と……。

 

「ーー『絶対即死』です」

 

  微笑みながら近づいてくる少女。しかし俺には彼女こそが死神のように見えてならなかった。

 

  黒い竜巻が巻き起こす風だけで地面がえぐれていく。

  そして宙に舞い上がったコンクリートの塊は、竜巻に飲まれ塵と化していく。

  地面が壊れていく音でいっぱいなはずなのに、なぜかその足音だけは俺の耳に届いていた。

 

  『死』が近づいてくる……。

 

 

 




「週末は実家近くの釣り堀で友人たちと釣りしてました。釣れた四匹は今も私の腹の中で元気にしていることでしょう。作者です」

「なお二匹は沖まで釣り上げたのにも関わらず逃げられる始末。狂夢だ」


「そういえば今混沌と時狭間の世界は戦場と化してるわけですけど、狂夢さんは何をしているんですか?」

「白咲神社でぐーたらしてるぜ」

「あ、ちゃんと避難してるんですね。というか一緒には戦わないんですか?」

「前に死んだ時みたいに、『俺一人でやる』とか言って追い出されたんだよ。おまけにまだやりかけのゲームをセーブしてないのにも関わらず、だ」

「……お疲れ様です」

「あのビル群の中の一つに俺の家があるんだけどよ、それが壊れてないか心配で仕方がない俺の気持ちがわかるか?」

「意外と狂夢さんも苦労人なんですね……」


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舞い散る桜は、まるで俺たちのようで……

祝12000文字突破。これ以上はやる気が出ないので今日はあとがきはなしです……。


 

 

「『絶対即死』だと……っ!?」

「あれ、率直すぎて逆に分かりづらかったですか?」

 

  当たり前だ。むしろそんな能力があってたまるか。

  即死といえば幽々子や西行妖の死蝶も同じようなものだが、あれは正確的には催眠術の一種である。触れた瞬間意識が支配され『自分は死んだ』と強く思わされる。すると思い込み、つまりはノーシーボ効果が現れて実際に体は傷ついてなくても死んでしまう、という仕組みだ。

  しかしこれはあらかじめ精神を保護するような能力か術式をかけておくだけで簡単に抵抗することができる。……もっとも、初見じゃ絶対にわからないからこそ、西行妖による悲劇が起こってしまったわけだが。

 

  しかし、絶対即死は死蝶とはまったく別のものだ。

  なんせ、当たっただけで問答無用で死ぬと言っているのだから。

  理屈ではありえないと俺自身思っている。しかし、本能は危険だ、と叫び声を今でも上げ続けている。

 

  ともかく、まずは様子見をーー。

  そう思った瞬間、かつてないほどの悪寒が電撃のように体中に走った。

 

「ーー【ブラックノア】」

 

  一言でそれを表すと、黒い嵐だろうか。

  刀身部分に竜巻のように渦巻いていた黒い風が突如激しさを増しながら巨大化する。早奈はそれを振り下ろして地面に叩きつけた。

  瞬間、そこを中心に黒い嵐が吹き荒れ、直径数キロメートルの円の中にあるもの全てを消し飛ばした。

 

  いくつものビル群がバラバラに砕かれ、風に呑まれて塵とかしていく。大気が震え、空が黒に塗り潰される。

  足場なんてものは一つも残らない。早奈を除いた全てが、この世界から消滅させられた。

 

「……と、こんなものですかね。賢い楼夢さんならこれを見て私の言葉が本当だったとわかるはずなんですけど……って、あれ?」

 

  静寂な世界の中、そんな場違いな声が響く。

  先ほどの嵐で足場となるものが近くになくなってしまったため、彼女はふわふわと浮きながら可愛らしい動作で辺りを見渡す。

  そしてこの何もない青空の中に俺の姿が見当たらないことを知った。

 

「……あれ、もしかしてやりすぎちゃいました? いや、でも楼夢さんがこんな簡単にそんな……。お、おーい楼夢さーん! かくれんぼはおしまいですよー!」

「いや、そもそも隠れるものがねえだろうが」

 

  若干焦ったような声で呼びかけると、どこからともなくそんな冷たいツッコミが聞こえた。

  すぐに横を振り向く。そこには青空を引き裂いて開かれたスキマと、その中から出てきた俺の姿があった。

 

「あ、楼夢さんだ! 生きててよかった……」

「殺そうとした本人が何言ってやがるっ」

 

  満面の笑顔を浮かべる早奈とは対照的に、俺は恐ろしいものでも見たかのように顔をしかめている。……いや見たかのようにではない。実際に見たのだ。

 

  ……死にかけた。

  それが、あの嵐を逃れてから最初に思ったことだった。

  早奈があれを発動する直前に、珍しく妖狐としての野生の勘が叫んだのだ。

  ーー全力で逃げろ! と……。

  そこからは無意識だった。迎撃のため振り上げてた刀で空間にスキマもどきを開き、脱兎の如くその中へ身を隠す。

  そしてスキマが完全に閉じる前に、あの嵐が目に映った。

 

  ーー【ブラックノア】。あれはまるで天災だ。

  ノアの方舟という物語がある。内容はとある男がこれから神々が起こす大洪水から逃れるために舟を作り、最終的に舟に詰め込んだ生物以外の全てが浄土へと還ってしまうというもの。

  あれは形は違えど、その大洪水に似ていた。

  ありとあらゆるものを滅ぼし、全てをなかったことにしてしまう。

  あれの直撃を受ければ俺はおろか火神、そして剛でさえも耐えきれず、存在ごと消されてしまうだろう。

 

  背筋に冷たいものが流れる。冷や汗も滝のように溢れ出る。

  唾をゴクリと飲み干し、荒ぶる感情を抑えようとする。

  正直言うと恐ろしい。あの嵐が。だが、荒ぶる感情はそれではない。

  それ以上に悔しい。あれほどのものを、かつて自分の力すら恐れていた少女に持たせてしまったことが。

 

「……さあ、どうしたんです? まだこれからというところじゃないですかぁ……っ」

「お前、腕が……」

 

  笑みを浮かべて再び幻死鳳蝶を天に掲げる。しかし、それを支える右腕は先ほどの嵐の反動でズタボロだった。

  黒い風がまた渦を巻いていく。同時に風圧で腕が刺激され、鮮血が滴り雫となって下に落ちていく。

 

「やめろ早奈っ! このままだとお前の魂は消滅し、輪廻転生の輪にすら入れなくなるんだぞ!?」

「楼夢さんがいない世界なんて、世界じゃないっ! そうなるならいっそ消えた方がマシですっ!」

 

  やはり、あの嵐は自身の魂を削って発動しているものらしい。一度目は腕だけだが、次はどうなるかわからない。

  なのに彼女はそれを止めようとしない。悲痛に叫びながら、またあれを放とうとしている。

  そしてそれこそが、俺の罪。彼女をああまでして変貌させたのはまぎれもない俺自身だ。だからこそ死後だけは真っ当に幽霊となって、転生してほしい。それが唯一俺が行える償いだ。

  身勝手なことだ。彼女の意思を尊重せずに自分の考えを押し付けているだけ。しかし俺は早奈の考えを認めてはいけない。……認めてたまるものか。

 

  彼女の願いは俺と早奈以外の滅亡。そのためなら彼女はたとえ俺を殺してでもこの願いを叶えようとするだろう。明らかに矛盾しているが、俺を殺し、食らったところでむしろ一体化できたと喜ぶぐらいの狂人だ。彼女にとってはなんの問題にもならないのだろう。

 

  しかしだ。俺には友人が、娘たちがいる。ここでこいつを生かしておくわけにはいかない。ならせめて、来世だけでも幸せになってほしいと考えるのは偽善なのだろうか。

  いや、偽善でもなんでもいい。元より俺は妖怪。自分が本当にしたいと思ったことだけを成せばいい。

 

  歯を食いしばって前を見ろ。ビビるんじゃねえ。恐れを抱くな。死がなんだというのだ。自身を男と言うのなら、今その意地を見せてみろ!

 

「う、ウォォォォォォオオッ!!!」

 

  死という僅かな迷いを打ち消すように雄叫びをあげ、早奈へ肉薄する。

  しかし遅かったのか、早奈はそんな俺を嘲笑すると、迎え撃つために黒い渦を纏った幻死鳳蝶を振り上げた。

 

  このままじゃ届かない。

  あれにかすりでもしたら一貫の終わりだ。

  この距離じゃ黒い嵐を避けることなんて流石の俺でも無理だ。なら、撃たせなければいい。

  しかし今のままではそれも無理だろう。試合開始直後ならまだしも、すでに光速戦闘に慣れてしまっている彼女にとって俺の接近に合わせて刀を振るうことなぞ、造作もないことだろう。

  ならどうするか。そんなものは簡単だ。

  ()()()()()()()()()()()

 

  鞘に入れるかのように、腰の両側に刃を後ろにした両刀をくっつける。

  その刃に、それぞれ赤と青の妖力が霊力が集中していた。

  そしてそこから、炎と氷がジェットのように噴き出す。そして推進力を得た俺の体は一時的にだが光すら置いていき、早奈ですら反応できない速度で彼女の眼前に迫る。

 

  驚きで一瞬だけ早奈は動きを止めてしまう。

  しかし、それでいい。その一瞬があれば十分だ。

 

「『超森羅万象斬』ッ!!」

 

  両方の刃が巨大化すると同時に、赤と青の雷がそれぞれの刃に付与される。

  そして重ねるようにして繰り出された二つの斬撃を早奈にではなくーー幻死鳳蝶めがけて振るった。

 

  轟音が鳴り響く。

  未完成だった黒い渦と俺の最大奥義がぶつかり合い、辺りは爆発と閃光で包まれた。

  しかしまだ終わっていない。

  黒い渦と氷炎の刃が互いに競り合う。

  両腕に力を込める。じゃないと早奈の腕力によって押し返されてしまいそうだった。

 

「ふ……ふふっ! 筋力がないのが裏目に出ましたね! この勝負……私の勝ちですっ!」

「……たしかに、お前は恐ろしいやつだよ。俺とほぼ同じくらいのポテンシャルを持ちながら、唯一の欠点である体の貧弱さを克服している。なんせ俺が両腕なのに対してお前は片腕だけで互角なんだからな……っ」

 

  しかし、早奈と俺には完全な違いがあった。

  それは俺が刀を振り切っているのに対して、早奈は未だ刀を掲げた状態にあるということ。

  たしかに、普通に力勝負をやれば負けるのは俺だ。しかし力が込められず不安定なその体勢からならーー。

 

「ーー俺が一つ上をいく!」

 

  一気に力を込めて、全力で早奈の刃を押し返した。

  その反動で早奈の手の内が緩む。それを狙ってさらに力を込め、強引に幻死鳳蝶を彼女の手から弾き飛ばした。

  風を切り裂きながら幻死鳳蝶は回転していき、放射線を描きながら数百メートル先まで飛んでいく。そして突如未完成だった黒風の渦が暴走し、先ほどと比べると小規模だが決して小さくない嵐が巻き起こった。

 

  それは数秒間だけ青空をメチャクチャに塗り替えると、徐々に薄くなって消えていった。

  幻死鳳蝶を弾き飛ばした時から悪寒がしていたので、俺はあの直後に事前に退避していた。それは早奈も同じで、場所は異なるものの俺と同じように幻死鳳蝶から遠いところに逃げていた。

 

  しかし、嵐が収まった後、その場所には幻死鳳蝶は見えなかった。

  目を凝らしても何もない。

  しかし変わりに早奈が突如凄まじい速度で嵐が起こった場所を通り過ぎるのが見えた。

 

  それが気になったので、俺も早奈を追いかけることにしてみた。

  俺は当たり前だが早奈よりも速く動くことができる。それのおかげで、俺はドンドン早奈との距離を詰めていく。

  そして彼女がたどり着いたのは、数十キロ先の嵐による被害を受けていない摩天楼だった。

 

  そのうちの一つに早奈は着地して、突き刺さっている何かを引き抜く。

  紫の水晶のような刀身を持つ日本刀。そう、それは先ほど行方をくらました幻死鳳蝶だった。おそらく俺が弾き飛ばした後、嵐によってもう一回吹き飛ばされたのであろう。そうやって空を漂い、このビルに突き刺さったということか。

 

「まったくもう……強引すぎませんか? 危うくこっちも消し飛ぶところでしたよ。あ、でもそういう楼夢さんもちょっと良いかも……」

「早奈、二度とあれを使うんじゃねえぞ。じゃねえと……」

「ーー殺す、とでも言うんですか? すでに殺す気満々なのに」

「……そうだな。今さら俺は何を言おうとしてるんだか」

 

  空を仰ぎ、自嘲気味にそう笑う。

  本当に、今さらだ。

  俺は身内には甘い。一度仲間と認識したら、それこそ命懸けで戦うことも多かった。

  しかし、仲間だと思った相手と殺し合うようなことは一度もなかった。

 

  悩んではいない。こいつを殺すことは決定事項。

  だが、そう思う度に胸が締め付けられるような痛みを感じてしまう。

  俺は……苦しんでいるのだろうか。

  自問自答する。

  おそらくはそうなんだと思う。

  だからこいつに刃を向けると胸が張り裂けそうになるんだ。

 

  両腕を下ろし、全くの無防備のまま歩く。

  早奈もそれに合わせて俺にゆっくりと近づいてきた。

  そして俺たちの距離が目と鼻の先にまでなると、そこで両者の足が止まる。

 

  ……綺麗だ。

  まるで芸術品のように整った体と顔。髪は絹のような柔らかさを見るだけでも感じとることができる。

  そんな彼女の首筋に、炎刀をギリギリ触れるか触れないかの位置に突き立てる。

  そして俺の首にも紫宝石(アメジスト)の刃が向けられた。

 

  これは、意思表示だ。

  ーー『お前を殺す』。

  そう彼女に、なによりも俺自身に宣言するための。

  恥ずかしいことに、早奈には俺の考えていること全てが伝わってしまうようだ。

  彼女に理由を聞いても、愛が成せる技とか言うに違いない。

  そしてだからこそ、俺の行動の意味全てを理解し、こんな行為に付き合ってくれている。

 

「……ほんと、多少気持ち悪いけど良い女だよ、お前は」

「むっ、気持ち悪いとは心外ですね。私はちょっと愛が重いだけです」

「そうかい。来世でそれを向けられる人には同情するよ」

「安心してくださいっ! 例え死んでも、私が愛すのは未来永劫楼夢さんのみです。恋愛の神産霊桃神美(ムスヒノトガミ)様に誓いましょう」

「結局俺に誓ってるだけじゃねえか……」

 

  懲りない奴だ。これだけ拒否してるのにまだ諦めていない。正直紫か剛に同じこと言ったら泣かせる自身があるぞ。

  恋とか愛とか、そういったものは正直あまり深く考えたことはなかった。愛に走った結果殺人鬼と化した人間を知っているし、だからこそ俺はそれを無意識のうちに避けていたのかもしれない。

  愛は麻薬のようなものだ。

  一度すれば人を狂わせ、しかしやめることなどできない。

  目の前に第二の実例が存在する以上、それが真実ということなのだろう。それをしたところでロクな目に合わない。

  では、なぜ愛というのは存在するのか。

  それは俺にはわからない。恋愛をしたことない俺には。

  愛が怖く感じてしまう。

  そんな俺が恋愛神だなんてなんの冗談なのだか。

 

  だから、俺は向けられる愛に応えてやることはできない。

  それは早奈でも紫でも剛でも同じことだ。

  だからすまない早奈。こんな情け無い俺を許してくれ。

 

  読心術に近いものを持つ早奈には確実に伝わってしまったのだろう。

  彼女は笑顔のままだったが、それが一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。

  ……泣いていた。いや、今も心の中で泣いているのだろう。

  突きつけられた刀に力が込められるのを感じる。

  そうだ、それでいい。俺にありったけの負の感情をぶつけてこい。

  愛ではなく憎しみの方が、俺も遠慮なくお前を斬れるのだから。

 

「始めようぜ早奈……世界の救済を」

「ええ、始めましょう楼夢さん……世界の終焉を」

 

  甲高い音が二つ、鳴り響いた。

 言葉の後に動き出したのは同時。両者は互いに自分の首元に突きつけられている刃を弾くと後ろに一歩引き、その距離のまま剣戟を始める。

 

  僅か二メートルほど。それが俺と早奈の間の距離だ。

  彼女の幻死鳳蝶が黒い渦を纏っていないことから、あれが来る心配はないだろう。しかしそれがなくても幻死鳳蝶の能力は危険すぎる。しかもこの距離ではかすらずにということは不可能なので、いつかは必ず効果を受けることになる。

  しかし覚悟の上だ。危険を冒して接近しなければ早奈には絶対に勝てない。

 

  黒と赤青の斬撃が無数に交差し合う。

  弾いては避けて、弾いて避ける。

  早奈もすっかり俺の二刀流に慣れてしまったようだ。これで俺たちは全くの互角。そしてここからは……気力の勝負だ。

 

「しっ!!」

「はぁっ!!」

 

  炎刀と闇刀が鋭い閃光と化して、交差すると同時に互いのほおを浅く削ぎ落とし合う。

  彼女の顔は炎刀の能力により炎が燃え上がる。しかしそれを無視して、叫ぶように彼女は能力を発動させる。

 

「窒息っ!」

「っ……! ぐっ……!?」

 

  突如つま先から頭までがふらつき、鎖で縛られたかのように動かなくなる。

  駄目だ……。体から徐々に空気が抜かれていく……っ。

  だんだんと白くなっていく頭の中。しかし完全に塗り潰される前に解除の術式が構築され、早奈の呪いは鎖ごと消し飛んだ。

 

  クリアになった視界で前を見る。

  すると眼前に早奈の振り下ろした刃が迫ってきていた。

  避けきれない……っ。

  ならばと氷刀を真っ直ぐに構え、早奈の腹部へと突き出した。

  結果は相打ち。俺の体は縦に切り裂かれ、早奈は背中から氷刀の刃を生やすことになる。

 

「凍結っ!」

 

  腹部を凍らせながら彼女がそう叫ぶと、再び呪いが発動する。

  今度も足先が動かなくなる。おそらく血を凍らされたのだろう。それがだんだんと上に上がっていく感覚が伝わって来るが、その前に再び解除の術式を構築。すぐに発動して症状を最小限に収める。

 

  ここまでの時間はコンマとない。

  この勝負、気力の勝負と言ったが、正確的には俺の脳の勝負だ。一瞬でも術式の構築に遅れたら即死亡が確定する。

 

  早奈は腹を貫通させられたことからよろめいてたたらを踏み、一度後退する。

  もちろん逃すつもりもない。しかし足を一歩踏み出した時に走った感触から異常を感じ取った。

  ……足が鈍い。まるで凍りついたかのようにまったく動かなくなっている。無理して動かそうとすれば激痛が走り、バラバラになってしまいそうだ。

  それもそのはず、俺の足は内側からカチコチに凍りついてしまっているのだ。これで死んでないのはひとえに俺が妖怪だからという点が大きいのだろう。

 

「くそったれがっ!」

 

  今は手段を選んでいる場合ではない。

  俺は右の炎刀を振り上げると、あろうことか自分の両足にそれを振り下ろした。

  肉を裂く感触は感じられず、代わりに硬いものに刺さるような感触が手のひらに伝わる。そしてその傷口から叫びたくなるほどの激痛が走った。

  まるで自分が焼肉の肉になったような感覚だ。火神に匹敵する温度の炎が足の内側から激しく燃え上がり、肉を炭に変える勢いでそこを焼いていった。

  そして凍結していたはずの血液が再び液体となり、傷口から流れ出てきたところで炎刀を抜き出す。

  そして激痛で震える足で地面にヒビが入るほど強く踏み込み、早奈へと猛ダッシュで接近した。

 

  その速さ、まさに神速。

  腹部の傷を治した早奈に、速度を活かして体重ごと叩きつけるように炎刀を振るう。

  とっさに早奈は背中の刃を盾にして攻撃を受ける。それでも爆発を受け切ったかのような衝撃が響き、吹き飛ぶ。

  なんとか地面に足をつけて踏ん張っていたおかげで、溝を作りながらも長距離飛ばされることはなかった。が、それが今は仇となる。

 

  早奈はふと吹き飛ばされた方向を振り向く。そこには先回りして光り輝く氷刀を振りかぶる俺の姿があった。

  早奈の視界を塞ぐように、再び翅を盾とする。そして横一文字に振るわれた斬撃が衝突した。

 

「んぐ……ッ!」

 

  その衝撃により声を漏らし、早奈は少し怯んでしまう。

  そこに太刀を素早く翻し、両方の刀を刃の盾に叩きつけた。

  炎刀と氷刀の二つが合わさり、かつてないほどの衝撃が走る。そして何かが欠けるような鈍い音が響いた。

 

(……っ、私の翅が……っ!?)

 

  陽の光を浴びて輝きながら、鋭利な何かが宙を舞う。

  それは早奈の翅の一部分だった。度重なる規格外の斬撃により、とうとう刃が耐えきれなくなったのだ。

  その証拠に、はっきりわかるほど大きなヒビが四つある刃どれにも見えていた。

 

  幻死鳳蝶が、神解が傷つけられた。

  それは早奈を動揺させるには十分だった。それによって一瞬だけ隙ができる。

  今が最後のチャンスと見た俺はありったけの妖力を両刀に集中させる。するとそれらは光り輝きながら形を変えていく。

  『陽神剣ソル』、『月神剣ルナ』。昔は西洋剣の形だったのだが、今握っているのはそれぞれに七つの水晶が埋め込まれた長刀だった。

  そして二振りの刀が眩い輝きを放ち、俺の切り札(ラストワード)が発動する。

 

「千華繚乱ーー『千弁万華(せんぺんばんか)』ァァァッ!!!」

 

  それを言葉で表すのなら、赤と青の斬舞。

  目で追えるはずもない。その速度は俺の限界である光速を一時的に超えていた。

  赤と青の閃光が嵐のように早奈の刃の盾に衝突していく。一撃一撃が繰り出される度にそれぞれの色の稲妻が激しくスパークする。そしてその度に速度が増していき、いつのまにか俺の体は雷のようなものを纏って激しく輝いていた。

  あまりの速さに残像ができ、傍目からは何百個もの閃光が同時に襲いかかっているように見えただろう。

  これぞ俺の究極奥義、『千弁万華』。

  舞い散る桜吹雪のように盛大に、されど稲妻のように激しく。

  俺の斬舞は無数、いやそれこそ無限の斬撃となり、地面やら空気やら空間やらあらゆるものを切り裂いて歪ませながら、早奈を呑み込んだ。

 

「なめるなァァァ!!」

 

  盾となって嵐を食い止めていた四つ全ての刃にそれぞれ妖力が集中していく。それらは黒い光を灯し、ただでさえ大きかったのにさらに巨大化。そしてより凶悪になった翅が、俺を押し潰さんと振り下ろされた。

 

「『森羅万象斬』ッ!!」

 

  頭上に迫る巨大な四つの斬撃。

  確かにあの翅で森羅万象斬を繰り出せば強力なものになるだろう。一撃の威力だけなら俺のどの攻撃よりも上回っている。

  だがしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

  振り下ろされた刃は突如その動きを止めることとなる。

  理由は明白。俺の斬撃群が刃とせめぎ合っているからだ。

  一撃で駄目なら二撃。それでも駄目なら十、百、千、万と……。

  威力が足りないなら数を足せばいい。俺の千弁万華の斬撃数に制限はない。それこそ妖力霊力神力魔力全てが尽きるまで、『無限』に繰り出せるのだから。

 

  超光速の斬撃は秒間で数百数千回以上早奈の翅と衝突し、徐々にそれらを押し返していく。

  そしておそらく数万回ほどの斬撃でとうとう四つの刃はガラスのように輝きながら粉々に砕け散った。

  そして盾が消え去ったことで早奈の姿も露わになる。

  ーーそう、黒い渦を刀に宿した早奈の姿が。

 

「……なっ!?」

「ふ……ふふふっ、アッハッハッハッハァッ!!!」

 

  黒い渦の反動で身体中から血を流しながらも、早奈は狂ったように高らかに笑った。

  天に掲げられた幻死鳳蝶が妖しく光り輝く。纏う風の音によって刀が雄叫びを上げているように見えた。

  そしてそれが勢いよく振り落とされようとする。

  『絶対即死』。ありとあらゆるものを死に至らせる呪いが、解放の時を待ちわびて咆哮を上げた。

 

  間に合わない……っ。このままでは確実に。

  だからといって避けることも不可能だ。俺の体はすでに次の斬撃を繰り出すモーションに入ってしまっている。

  早奈の振り下ろしと俺の斬撃はおそらく同程度の速度だろう。しかし決定的に違うのが、わずか二メートルの距離だ。

  早奈の嵐は発動するだけで広範囲を呑み込みことができる。対して俺が斬撃を当てるにはこの二メートルの距離を走って縮めなければならない。

  ただ刀を振り下ろせばいいだけの早奈と、近づいてからではないと攻撃が当たらない俺。この一瞬のタイムロスの差が、俺たちの勝敗を大きく分けることになるだろう。

 

  このままじゃ嵐に呑み込まれてお終いだ。その前にあれを再び阻止しなければならない。

  でもどうやって? ……わからない、そんなものを考える時間もないし思いつくわけもない。

  だから、考えるのをやめた。

 

  ただ無意識に、走り出そうと前に出した足で地面にいくつものヒビが入るほど強く踏みしめる。

  衝撃波が地面を揺らす。しかしそんなもの気にも留めず、ただ刀を振るう勢いに身を任せ、肩どころか体まで前傾に勢いよく突き出す。

  そしてーー右手に握っていた柄を手放し、それを投擲した。

 

  炎刀は光速で投げられたことでその姿をブレさせ、赤い彗星と化す。そして大気を突き破りながら、黒い渦へと突き進んでいく。

 

「終わりですよぉ楼夢さんッ! 『ブラックノ……ッ!?」

 

  勝利を確信し、黒い渦を纏った刀を振り下ろそうとする早奈。災悪の名を叫び、この世界ごと消し去ろうとしたところーー異変が起きた。

  メギッ、という鈍い音とともに大量の血が右腕から噴き出す。三回も刀に黒い渦を纏わせたことにより、元々ボロボロだった右腕がついに耐えきれなくなったのだ。

  限界を超えた代償のその激痛は、早奈を一瞬拘束するのには十分だった。

  そして彼女が気づいた時にはすでに遅く。

  すぐそこまで迫っていた赤い彗星が、早奈の右腕を()()()()()()

 

  己を支えるものがなくなり、再び幻死鳳蝶は宙を舞う。

  今度は先ほどよりもずっと遠くに。そして刀が点になって見えなくなったところで、遥か彼方で爆発にも似た黒い嵐が巻き起こった。

 

「あ、ぁぁ……ぁっ……!」

「ーー終わりだ、早奈」

 

  彼方へと消えていったはずの赤い彗星。しかしそれは元の炎刀の姿に戻ると、俺の念によってブーメランのように回転しながら自動的に俺の右手に収まる。

  全ての切り札をなくし、絶望の声を上げる早奈。

  その無防備な体に、無数の斬撃が叩きつけられた。

 

  超新星爆発(スーパーノヴァ)を見ているかのようだった。

  地面なんてものは存在しない。全てこの爆発に巻き込まれ、立っていたビルは消滅、近くのものもほぼ全てが衝撃波によってバラバラに分解されていた。

  吹き飛ぶ間もない。斬撃が当たり、その反動で体が吹き飛ばされる前にまた次の斬撃が早奈を切り刻む。それが数千、数万と続けられる。

  その度に纏っていた超高密度の妖力がスパークし、連鎖的に爆発しているように見えた。

  その斬舞は、誰もが見惚れるほど幻想的だった。

  そして一際巨大な妖力を纏った両刀が、同時に早奈の体に叩きつけられたところでーー俺の体は電池が切れたかのように停止した。

 

「……っ、ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」

 

  体が沼に浸かったように思い。頭がグラグラと揺れ、思考がまとまらない。先ほど窒息死の呪いにかかったが、それに匹敵するほどの苦しみが俺を襲っていた。

  妖力枯渇だ。

  足腰の力が抜けてガクンと崩れ落ち、体を頭ごと下に向けて項垂れる。

  それと同時に神解を持続できなくなり、二つの刀は融合して元の舞姫に戻っていく。髪も桃と青が混じっていたのに、青が消えて元どおりになっていた。

 

「……さ、すがですね……楼、夢さんっ。完敗です……よ……っ」

 

  絞り出したかのような声が頭上から聞こえてくる。

  あれだけの斬撃を食らってもなお、早奈は生きていた。

  西行妖の再生能力がすごいのか、彼女がすごいのか。

  しかし流石にもう戦う力はないらしく、体をなんとか立て直して改めて見てみると彼女も自分の体を支えるので精一杯のようだった。

 

「……来て、妖桜(あやかしざくら)

 

  その声とともに、彼女は虚空になくなった右腕の代わりに左手を伸ばす。するとそこに闇が集中していき、一つの日本刀を作り上げた。

  見た目は変わらないが、幻死鳳蝶ではなく妖桜。どうやら彼女も楼夢同様神解を維持するだけの体力がもうないようだ。心なしか妖桜の放つ禍々しさも、今ではどこか弱々しく感じられる。

 

  自らの相棒の柄を愛おしそうに、撫でるように掴む。そして刃をくるりと回転させて逆手に握ると、その柄を俺に突き出してきた。

 

「その子は楼夢さんに託します……。そのかわり、これで私を……殺してください……」

「……」

 

  舞姫を鞘に戻し、無言で彼女の刀を受け取る。それに満足したのか儚い笑みを浮かべる。

  そしてここに突き刺せと言わんばかりに、左腕と途中から先がない右腕を大きく広げた。

 

  そして妖力も霊力も何も込めていない、なんの変哲も無いただの突きが早奈の腹部を貫いた。

 

  右手にかかる生温い温度の血。

  すぐに柄から手を離そうとするが、それは早奈の左手によって静止される。そして彼女は刃を背中に生やした状態のまま、体を預けるように倒れ込んで俺に抱きついてきた。

  当然そんなことをすれば体重が俺の右腕にもかかってしまう。結果、貫通していた刃は自重によってさらに深く入り、鍔が腹部に当たるほどにまでなった。

  そんな状態でも、口から血を流しながらも早奈は笑顔だった。

 

「……よかっ……た……これで……私の最期の願いは……叶いました……っ」

「早奈お前……」

 

  ーー俺はお前の気持ちに応えることができないのに、なぜそこまで必死になるんだ……っ。

 

  そんなことはとても言えそうになかった。なぜならもう答えはわかっているのだから。

  俺を愛している。それだけの理由で十分だったのだろう。

  早奈は左腕にさらに力を込めて俺を強く抱きしめると、眠るように目をつぶり俺の体に頬ずりしてくる。

  その表情は安らかだった。まるでこここそが本来いるべき場所なのだと言うように。

 

  その顔を見て、もう敵意は抱けなかった。いや、敵意を向けていたのは元より俺一人だったのか。

  彼女は最後まで憎しみを俺に向けることはなかった。それどころか、彼女の刃から感じられたのは果てしないほどの愛。

  ため息を吐く。まったく、ここまでくると俺の方から折れてしまいそうだ。

 

「なあ早奈、お前はまだ俺のことが好きか?」

「ええ、もちろん」

「そうか……ならこれは冥土の土産だ」

「えっ? ……んっ!」

 

  俺は半分寄りかかっているような状態の早奈を抱きしめると、彼女の唇に俺の唇を当てる。

  突然の感触に夢心地だった早奈は一気に目を見開き、俺が離した後もしばらく硬直していた。

  自分から求めるくせにいざとなったら棒立ちか。そんな初なところは変わってなかったみたいだ。

 

  ……初めて口づけをした。

  俺にとってはこんなものなんの意味もない。それは早奈もわかっているだろう。それでも彼女が喜ぶのなら、たとえ道徳的に最低であっても最後に何かしてあげたい。そう思ってやったことだ。

  現に早奈も俺が好きでもないのに口づけしたことに口を尖らせて拗ねているが、顔を赤くして挙動不審にしていることから喜んでいるのがバレバレだ。

 

「もう……楼夢さんは酷い人です」

「それが俺という妖怪だ。我慢しろ」

「でも、たとえ私を愛していなくても、やっぱり嬉しいですっ。最期にステキなプレゼントをありがとうございました……っ!」

 

  早奈の体が、足先から黒い砂となって消えていく。

  もう時間も残されていないようだ。

  彼女は最期の時まで俺に抱きついているつもりなのか、一向に体を離そうとしない。でもまあ……今くらいはいいだろう。

 

「……お別れだな、早奈」

「いいえ、別れではありませんよ。私はこれから生まれ変わって、今度こそ楼夢さんのお嫁さんになるんです!」

「そうか……じゃあ、またなって言った方が正しいか」

「ええ、またなです、楼夢さん」

「……ああ、またな」

 

  抱きしめていた手の感触が、温もりが消えていく。

  その言葉を最後に、彼女の体は完全に砂と化し、風に煽られて空に消えていった。

  それを見つめながら、彼女が旅立った青空を見上げる。

  先ほどまでの戦いによる騒がしさや煙はもうない。あるのは静寂のみ。その綺麗な青を遮るものは何もないはずなのに……っ。

  視界がボヤけて見える。まるで水中から空を見ているようだ。

  そしてほおを伝って地面に溢れる、熱い何か。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

  摩天楼の世界に、俺の咆哮が響き渡った。

  なぜこんなことをしているのかわからない。ただ、叫んでなきゃ胸が張り裂けそうだった。

 

  そして、世界が術者の制御を失い、崩れ始める。

  その世界の崩壊が終わるまで、俺の声が止まることはなかった。

 

 

 

 



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戻ってきた春

 

  舞い散る桜、暖かな日の光。

  幻想郷の春が奪われたあの日。春雪異変と呼ばれたその一連の騒動が終了してから二日が経っていた。

 

  縁側から見えるピンク色の木々。例年よりも桜の数が多く見えるのは間違いではないらしく、溜め込まれた春度が一気に解放されたかららしい。おかげで明日行われる予定の博麗神社でのお花見兼異変解決祝いの宴会はさらに盛り上がることだろう。

  本来なら異変解決の後日には宴会は開かれるものなのだが、今回は西行妖などの件で色々問題が残っている。それを配慮して三日の時間がそれぞれに与えられていた。

 

  さて、現在俺……ではなく私は八雲邸にお邪魔している。

  ちなみに今の私は元の幼女の姿に戻っている。だから一人称が私なのだ。

  なぜこの姿なのか質問したいだろうが、それには様々な理由がある。

  まず霊夢たちと会うときにできれば正体をバラしたくないだとか、こっちの方が妖力消費が少なく省エネできて楽だからとか……。

  まあ、それは置いといて。

 

「はいよ紫、あ〜ん」

「あ、あ〜んっ……」

 

  木製のスプーンですくったおかゆを布団の上に座っている紫の口に差し出す。……掛け声つきで。

  それを彼女は若干顔を赤らめて恥ずかしがりながら、ゆっくりとスプーンを口に入れた。……掛け声つきで。

 

  どうしてこうなった……。

 

  いやまあ、そもそもの原因は私にあるんだけどね。

  春雪異変の日、俺は幽々子の仇打ちをさせてやろうと紫と妖忌を西行妖の元にけしかけた。

  そして二人は目的を済ませて生還したわけなんだけど……一つ誤算があった。

  それは西行妖の生への執着がG並みにしつこかったこと。そしてそれが理由で私の想定以上の強さを手にしていた西行妖によって、紫の両腕が使い物にならなくされてしまったことだ。

 

  正確的には紫の能力を自分自身にかけたことによる副作用だったはずだけど、私が原因の一つなのは変わらない。

  ってことで、藍一人じゃ大変だから彼女の両腕が治るまで私が看病してあげようと思ったのだけれど……。

 

「……」

「そ、そんなに見つめてどうしたの?」

「……いや、なんでもないよ」

 

  掛け布団がかかっていて見えない彼女の両腕を凝視する。

  それが気になったのか紫は何か慌てたように私に問いかけてきた。

 

  ……やっぱり、もう治ってるはずなんだよね。

  いくら両腕の筋肉がグチャグチャになって動かなくなっていても、もう二日も経っているのだ。彼女が私と同じ体が貧弱な部類の妖怪だとしても、治ってなくてはおかしい。

  それに彼女の腕には私の再生能力を促進させる術式もかけられている。

  これらのことを踏まえて、彼女は私に嘘をついていることが確定した。

 

  まったく、ガキかこいつは。

  怪我が完治すれば私がここにいる意味がなくなる。それがわかってるからこそ、彼女はこうしてるのだろう。

  今回の怪我は私にも責任があるから、強く言えないしなぁ……。

  ま、いっか。

  こうなればとことん付き合ってやろう。果たして何日持つか見ものだな。

 

  私がそう覚悟を決めた瞬間、屋敷の外から地面を震わせるほどの爆発音が聞こえてきた。

 

「な、何が起きたの!? 藍、らーんっ!」

「大変です紫様! 博麗霊夢がこの屋敷に攻めてきました!」

「な、何ですって!?」

 

  連鎖的に響く爆発音。

  そしてピチューんという空耳とともに、下で戦っていた妖怪の妖力が急速に少なくなっていく。

 

(ちぇん)の霊圧が……消えた……?」

 

  おい藍、混乱のあまりどこかで聞いたことあるセリフ言うのやめなさい!

  たった今やられたであろう妖怪は藍の式神だったらしい。橙という名前には私も聞き覚えがある。たしかマヨヒガで出会った化け猫だったっけ……。

 

  っと、私が考察していると、爆発したかのように藍の妖力が高まっていった。

  19,000、20,000、21,000、22,000……うおっ!? 私の脳内スカウターが爆発しやがった!

 

  「……紫様。私は今から橙の敵討ちに行って参ります」

「え、ええ、どうぞご自由に……」

「では……待ってろ橙、今すぐ助けに行ってやるからな!」

 

  明らかに怒ってますというオーラを出しながら、藍は屋敷を出て行った。……紫の部屋の障子を突き破って。

  さらに飛んだ時の風圧で部屋の中に置いてあったいくつもの書類などが障子の欠片とともに吹き飛んでいく。そしてあっという間に紫の部屋はゴミ部屋と化した。

  マジか……あの真面目な藍があそこまで豹変するとは。自分の式神がやられたら怒るのは当たり前だけど、まさか自分の主人の部屋を荒らしてしまうほど冷静さを失うとは予想外だった。

  というか紫、部屋の惨状を見た後に無言で私を見つめるのやめてくれないかな? ちゃんと片付けてあげるから勘弁してくれよ。

 

  しばらくして屋敷への階段の方から「ちぇぇぇぇぇんっ!!」だとか「いいわ、木っ端微塵にしてあげる。あの化け猫のように」や「橙のことかぁぁぁぁっ!?」などという声が聞こえてきた。

  そして始まる爆発音の連鎖。

  先ほどのものの比ではない。さすがは大妖怪上位といったところか。

  というか時々聞こえる咆哮みたいな叫び声が怖いんだけど。スペカ宣言だけでドスが効きすぎて弱小妖怪くらいなら殺せそうな勢いだ。

 

  でもまあ、たかが怒りのボルテージが上がった程度で負ける博麗の巫女ではないわけで……。

  およそ十分くらいかな。ここにまで届くほど外が激しくフラッシュしたかと思うと、次の瞬間には藍の断末魔が聞こえてきた。

 

「ああ、藍……せめて安らかに眠ってね……」

「南無……」

 

  いやまあ死んでないけどね。というかちゃっかり紫も便乗してるんじゃないよ。

  でも、流石の藍でもしばらくは動けなくなるんじゃないかな。霊力の気配から先ほど放たれたのは夢想封印だろうし。まあ無事を祈るばかりである。

 

  っと、悠長にしてる場合じゃなくね?

  明らかに人間を超えている霊力の持ち主が屋敷への階段を上ってくるのが感じられる。

  幼女形態だから万が一会っても私が産霊桃神美であることはバレないと思う。でも会う場所が問題なのだ。

  私は一応多少強い中級妖怪上位という設定を通して彼女と接している。実際出会った当時は封印が解除されてなくて保有妖力も少なかったから、そこんところは疑われてはいないだろう。

  今もこの姿になることで上手く妖力を隠蔽している。

  私はこう見えて妖狐なので、騙すことのスペシャリストだ。いかに霊夢であろうとこれを見破ることは難しいと思う。

 

  しかし、もしそんな半端妖怪が強者の代名詞であるかの八雲紫の屋敷に、しかも本人と二人っきりでいたら?

  当然怪しまれる。場合によっては今後ずっと疑われるかもしれないのだ。

  もちろんそんなことは言語道断。私が孫に嫌われるなんてことがあってはならない。

 

「というわけで今日は帰るね紫。バイバーイ!」

「え、ちょっ、楼夢っ!?」

 

  素っ頓狂な声を上げる紫。

  それを無視して、腰に紐で結ばれている二つの日本刀のうち、舞姫の方を抜くと同時に何もない空間を切り裂く。そしてできたスキマに身を投じ、八雲邸からの脱出に成功した。

 

  そして数秒遅れて、木製の壁が蹴り破られる音が聞こえた。

  危なかった。もしあの時逃げるかの判断に迷ってたらアウトだったろう。

  というかさっきまで階段にいたのに来るの早すぎやしませんかね?

 

「紫、あんたも冥界の結界の修復手伝いなさいよ!あんた仮にも妖怪の賢者なんで……」

「……ふ、ふふふっ。ねえ霊夢、今私虫の居所がすごく悪いの。ちょーっとだけ遊んでくれないかしら?」

 

  ……ああ、紫のやつガチでキレてやがる。

  あまりの迫力に先ほどまでヤクザ巫女と恐れられる霊夢もスキマの奥でこっそり覗いていた私もたじたじだ。

  いや怖がるのも無理ないよ? だって溢れる妖力が具現化したのか、紫の後ろにスタンドや化身に似たような化け物が見えるんだもん。

 

  というか霊夢がここに来た理由ってなんだっけ?

  さっきの言葉から冥界の結界とやらが関係しているらしいけど……ああ、あの結界か。

  霊夢が先ほど言った結界に私は身に覚えがあった。

  ほら、冥界に侵入した時に天空にあったあの巨大な門。

  おそらくはあれだろう。確か春を集めるために門の上に穴が空いていたんだっけかな? っで、それを直すために紫の力を借りに来たと……。

 

  なるほど、話が読めた。

  つまり紫が悪い。

  おそらく霊夢に結界の修復を依頼したのは幽々子だ。本来なら紫が異変解決後すぐに直さなければならないはずなのだけど、その頃彼女は仮病でサボっていたというわけで。

  いつまでも直されない結界を見て、仕方なく霊夢に依頼したということか。

 

  いつもの紫ならこんくらいのことは一瞬で察せたはず。なのに頭に血が上りすぎたせいかそれに気づかず、紫は外に出て鬼の形相で弾幕ごっこを始めていた。

 

 

  ちなみに結果は霊夢の勝ちだった。途中まではいい勝負だったのだけど、最後の最後で霊夢の夢想天生が発動し、一方的にボコられて敗北した。

  泣きじゃくりながら服の襟を後ろから掴まれて連行されていく紫。途中で私が見ているのに気づいたのか、何もない虚空に助けを求めていたけど、まあ当然ながらそれを無視する。

  すまぬな紫。今霊夢の前で姿を現すわけにはいかないのだよ。

  そうして紫は霊夢に脅されて強制的にスキマを開かされ、その奥に彼女と一緒に消えていった。

 

  ……なんか心配だから見に行こっかな。

  そう思って移動しようとした時、どこからか現れた真っ白な光が私を包んだ。

 

 

  ♦︎

 

 

  どこまでも続く青空。そこに浮かぶ無数の摩天楼。

  その上に私は立っていた。

 

  あ、ありのまま今起こったことを説明するぜ!

  俺はスキマを通って冥界に行こうとしたらいつのまにか混沌と時狭間の世界に立っていた。

  な、何を言っているのかわからねーと思うが、私も何をされたのかわからなかった。

  頭がどうにかなりそうだった……。時止めとか瞬間移動とかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 

  と、定番のセリフは置いといて。

  いやマジどうしてこうなった?

  犯人はだいたい見当がついてるよ? 私の2Pカラーの白髪野郎とか白髪野郎とか。

  でもさ、いきなり拉致はなくない? 念話できるんだし何か一言断り入れておけよって思う。

 

「いや、んなこと言ったら絶対お前来なかっただろ」

「当たり前ですー。誰が腹黒邪神なんかのお茶会に参加しますか。……いや、そもそも君はお茶会というものをしたことがなかったか。ごめんねー、傷口抉るようなこと言っちゃってー! プークスクス」

「テンメェ……!」

 

  なんか狂夢の周囲に黒いオーラが溢れ出てるけど気にしない。

  ほーらすぐ怒る。これだから単細胞は嫌いなんだよ。悔しかったら何か言い返してみなされ。

  そう思った途端、狂夢は私の思考を読んだのか呆れた顔でため息をつきながらオーラを抑えていった。

  ん、なんか珍しいな。こいつが自分から引き下がるなんて。

  というかバカに可哀想なものを見るような目をされているのは気のせいか?

 

「まったく……バカはお前だっつーの。お前は自分が嵌められたことにまだ気づいてないのか?」

「嵌められた? いったい誰に? 目の前にいる人以外心当たりのあるやつはいないんだけど」

「呆れた……本当に呆れたぜ。あれから二日も経ってるってのによ」

 

  二日前、ということは春雪異変の時だね。

  でもあの時私と敵対したのは誰がいたっけ……? というかそもそもあの異変は美夜に任せてたから、あの日は異変解決組と紫と妖忌にしか会ってないんだけどな。

  うーん、分からん!

 

「……ああそうかい。すっかり忘れられてるそうだぞ、異変の真犯人さん?」

『もぉー、酷いですよ楼夢さん!』

「……えっ?」

 

  突如、狂夢とは別の声が頭に響いてきた。

  女性の声だ。しかも私はこの声に聞き覚えがあった。

 

  しかし私が何かを言う前に、腰につけていた二本の刀の一つーー妖桜がひとりでに動き出した。

  それは勝手に鞘から抜け出すと、クルクルと回転しながら刃を地面に突き刺す。そして何かが弾けるような音とともに煙が刀から噴出した。

 

  ……まさか……!

  一瞬で舞姫を抜刀し、その切っ先を煙へと向ける。

  しかし緊張感は誤魔化しきれず、刀を握る手には知らず大量の冷や汗が流れていた。

 

  そして煙が徐々に晴れていく。

  その中から姿を現したのはーー紛れもなく、俺が二日前殺したはずの早奈だった。

 

「な……んで……っ!?」

「驚いてます? 驚いてますよね? まあそれはともかく、刀を納めてくれませんか? 私はもう楼夢さんとは戦うつもりはありません」

「……信用できると思う?」

「はい! だって私と楼夢さんの間柄なんですから!」

「数日前に殺し合った間柄じゃねェかよ。……まあそれはどうでもいいけどよ、さっさと刀納めろ。今からこの俺が説明してやるからよ」

  「……わかったよ」

 

  渋々と舞姫を元の鞘に納める。

  正直今回ばかりは頭の中がこんがらがっちゃって、何がどうなってるのかよくわからない。

 

  あの時、確かに私は早奈に止めを刺したのだ。彼女を貫いた時の感触からその体温が消えるその瞬間まで、全て私の記憶に焼き付いている。

  では目の前にいるのはなんだ?

  狂夢が作った偽物? ……いや、ついこの間相対したからこそわかる。これは紛れもない本物だ。

  一体全体どうなってるんだ……?

 

「だから落ち着けってこのバカが。今から説明してやるって言ってんだろうが」

「ふふ、相当なテンパり具合ですね。私も二日間隠れ潜んでいた甲斐があったというものです」

 

  そんな思考を読まれたのか狂夢から冷静なツッコミが入り、私は正気を取り戻した。

  ……しかし、考えるほど謎だ。

  私の思考を狂夢が読めるのは、私とあいつが同一人物であるからだ。逆に私もやろうと思えばあいつの思考を読むことができる。ただ、普段は気持ち悪いことばかり考えているからしないんだけど。

  でも今の早奈のセリフだと、彼女も私の思考を理解しているように聞こえるのだ。

  ……顔にものすごくわかりやすく現れてたってのなら私の勘違いで済むんだけど。

 

「いいえ、勘違いじゃありませんよ。ちゃんと楼夢さんの声は届いていますからね? これぞまさに以心伝心ってやつです!」

 

  ニッコリと全てを見透かしたようなーーいや現にそうなんだろうけどさーー笑みを早奈は私に向けた。

  うわぁ……元から考え事はほとんど読まれちゃうのに、本当の読心術なんか覚えられたらこいつにもう隠し事できないじゃん。

 

「さて、まずは何から聞きてェんだ?」

 

  いつのまに出現していた椅子に座りながら、狂夢がそう聞いてきた。

  奴の目の前には明らかに一人用のテーブルが置かれており、そこに大量のスナック菓子が積まれていた。

  ……相変わらずマイペースなようで。これが私たち全員用のだったらともかく、一人用のテーブルと椅子しか用意していないことからこいつの性格の悪さが滲み出ている。

  ボリボリという音に腹が立ってきたけど、今は我慢して質問に答えようか。

 

「……じゃあ、なんで早奈が生きているのか教えてくれない?」

「いいぜ。というかそれを話さなきゃ始まんねェからな」

 

  椅子に踏ん反り返ったまま、狂夢は口を開く。

  しかし出てきたのは、突拍子もない質問だった。

 

「お前は妖魔刀がどう言ったものなのかは理解しているよな?」

「強力な魂が刀に宿った武器のことを言うんでしょ? でもそれが何に関係してるのさ」

「いいから聞きやがれ。妖魔刀はいわば生きている武器だ。お前の舞姫には俺の魂が、火神の憎蛭(ニヒル)にはルーミアの魂がそれぞれ宿っている。でもお前は妖魔刀がどうやって生まれるのかを理解してはいないだろ」

 

  たしかに考えてみたけど検討もつかないな。

  私の相棒の舞姫も、遥か昔に八岐大蛇(ヤマタノオロチ)として暴れまわり、スサノオに退治されて正気を取り戻した頃には自然と手の中にあったからね。

  さすがに意識がない状態じゃ妖魔刀誕生の瞬間を思い出せるわけがない。というか知らない。

  火神だったら何か知ってるだろうけど。まあ今この場にいないやつのことを話しててもしょーがない。

 

「いいか。妖魔刀を作るには一度対象となる人物を魂、つまり殺さなくちゃいけない。それも妖魔刀の原型となる器でだ」

「あー、なるほど。だから私たちが初めて会った時、殺し合ったんだね」

「ちなみにお前が負けたら俺の妖魔刀になってもらおうと思ってたんだけどな」

 

  おい、サラッととんでもないこと言ってるんじゃないよ。

  え、何? てことはもしあの時の決闘で負けてたら俺がこの世界に閉じ込められてたの?

  ……駄目だわ。ここで数百数千年生きてける自信がない。そもそも暇すぎて逃げ出しちゃいそうだ。

  そう思うと私って狂夢に結構酷いこと強いてるのかな。……いや、よくよく考えてみたらルーミアだって自由にしてるんだし、おそらくこいつが外に出ないのはそもそも引きこもりたいからだな。というか間違いない。

 

「でもよ。ただ殺すだけじゃ妖魔刀は出来上がらない。これを作るにはもう一つ条件があるんだが、これが果たされることはほとんどない」

「むしろ殺すだけでできるんだったらこの世は妖魔刀だらけだよ。おそらく世界中探せばもっといるだろうけど、私が知ってる妖魔刀使いも火神と早奈だけだしね。それだけ難しいってこと?」

「難しいというよりは成立しにくいだな。まあその条件ってのは、殺した相手が妖魔刀になることに同意することだ。これがどれだけ成立しにくいかはお前の想像におまかせしとくぜ」

 

  ああ、確かにそりゃ妖魔刀使いが少ないわけだよ。

  案外簡単そうに聞こえるけど、これが成立することはほぼない。

  なんせまだ生きている者に、殺させてくれと頼み込んでるのと同じようなものなのだ。そして死んだ後も自分の道具として生きてくれって矛盾したことをさらに言ってるんだから、そりゃ誰もが断るだろうさ。

  そもそも殺されるのに同意するやつの方が圧倒的に少ない。もし仮に自殺志願者が相手だとしても、その後道具として一生生き続けるという話を聞けば素足で逃げ出すだろうよ。

 

  でも、早奈の妖桜の魂の元となった西行妖は妖魔刀になるのに果たして同意したのだろうか。

  っと思ったら、どうやら念話で返答が返ってきた。

  どうやらあれは例外中の例外らしく、早奈が呪いで西行妖の魂と刀を強引に繋げたのだとか。

  昔は殺人桜として見ていたけど、こうして考えてみると結構苦労してたんだなぁ。今は亡きかの妖怪に、心の中で合掌する。……同情はしないけど。

 

  ……ん、あれ? 器で殺す……相手の同意が必要……。

  私の脳裏に、つい最近の思い出が蘇る。

 

 

『その子は楼夢さんに託します……。そのかわり、これで私を……殺してください……』

『……よかっ……た……これで……私の最期の願いは……叶いました……っ』

 

 

「……まさか、嵌められたってのはそういうこと?」

「大正解、ピンポンパンポーン! あの時私の刀で私を殺してもらったのもそのためですよぉ。後は刀に魂を込めれば、はいっ! ()()()()()()()()()()()()()です!」

 

  やられたぁ……!

  最後の最後でこいつを信じた私がバカだった。

  つまりこいつは元より死ぬ気はなかったということか。よくよく思い出してみれば『生まれ変わる』だとか『また会える』だとか言ってたけど、あれらはこういう意味だったのか。

 

  ってことはさ。こいつの持ち主って私ってことになるの?

  それだけは嫌だ! 勘弁してくれ!

 

「……諦めろ。妖魔刀は一度なったら所有者が死ぬまで壊れることはない。そして解除することも不可能だ」

「妖魔刀の契約は魂と魂を結び付けるためのもの。つまり、魂レベルで繋がってる私たちは一体化していると言っても過言ではなく、これで私の最終目標の一つだった『楼夢さんとの一体化』は達成されたわけです!」

「……ちなみに、今説明した方法以外ではどうやってその目的を叶えるつもりでいたの?」

「もちろん殺した後に死体を食べるつもりでしたけど?」

「サイコパスだ! ここにサイコパスがいるよぉ!」

 

  あーもう、面倒くさいのが一人増えちゃったよ!

  おまけに妖桜の能力なんてガチの殺し合いでしか使えないじゃないか。神解の幻死鳳蝶も同じく。

  今さらこんなチート能力使えても意味ないよ。今回の異変で、もう幻想郷にいる一番の脅威(西行妖)は取り除いたわけだし、他の伝説の大妖怪の二人ぐらいにしか使わなさそう。

  もっとも、そんな状況はおそらく後数百年は来ないだろうけど。

 

「というわけで、今後は妖桜こと白咲早奈をよろしくお願いします!」

「いや、あたかも私とお前が結婚したかのように名前変えるのやめてくれないかな? 元の名字に戻しなさい」

「嫌です。私はもう東風谷一族を名乗る気はありませんし、あそことは一切無関係です。そこまで言うのなら何かいい名字考えてくださいよ」

 

  口先をちょっぴり尖らせて、拗ねたような表情をする早奈。

  そういえばこいつ、諏訪子や神奈子たちと喧嘩別れしてたんだっけかな。ちょっと嫌なことでも思い出させてしまったのかもしれない。

 

  ……はぁ、しょうがないか。なんで私がという気持ちもあるが、このまま私の名字を使われるよりはマシなので考えてやるとしよう。

  幸い興味が湧いたのか、狂夢も手伝ってくれるそうだ。こいつが考えるのなんて不安でしかないのだが、今は少しでも人数がいた方がいい。

 

  ……そう、思っていました。

 

「うーむ、江戸川とかどうだ?」

「たしかに私は死を呼び寄せることができますけど、脳みそ大人ガキメガネのをもろパクるのは嫌ですよ!?」

「じゃあ毛利はどうだ?」

「キャラ変えればいいってものじゃないんですよ!?」

「というかこいつ絶対マジメに考える気ないだろ……」

「あっ? 当たり前だろうが。俺は今後こいつの黒歴史にのるぐらい面白い名字を考えるためにいるんだからな」

 

  こいつを頼った私がバカでした。

  悲報、私のもう一人の人格がまったく使えない件について。

  もうかれこれ数十個は出ているが、狂夢が出したのは全部マンガやアニメなどのパクリだった。

  一番酷かったのが早奈・パロ・ウル・ラピュタだったな。いずれ失明しそうな名前をつけるとか正気じゃないわ。

  そうやって早奈と否定意見を出し続けていると、狂夢は飽きたのか名前を考えることをやめ、代わりに私を指差さしてこう言った。

 

「ったく、そんなに嫌ならお前がつけてみろって。元々お前の仕事なんだしよ」

「わ、私が? いや待ってそんな急に考えられるものじゃ……」

「十、九、八、七……」

「まさかのカウントダウン!?」

 

  いやだから待てって言ってるでしょうが!

  しかしそんな叫びも虚しく、早奈は非常に綺麗な笑みを浮かべて数を数えていく。途中から狂夢も加わったせいでうるさいのが倍増だ。

  ……ああもう! こうして頭を抱えて悩んでいる間にも時間は進んでいってるんだ。もうやるしかない!

 

「「四、三、二、一……」」

「あ、(あやかし)っ。妖早奈(あやかしさな)とかはどうかな?」

「……普通だな」

「……普通ですね」

「う、うるせいやい!」

 

  案の定、二人からはダメ出しされました。世の中って厳しいね。

  まあ考えてみれば当たり前だろうけど。西行妖や妖桜から取ったんだけど、外の世界ではいわゆるDQNネームってやつでしょこれ。

  でも二人の反応は違って、滅多に見ない無表情を見せて心を抉ってくる狂夢に対して早奈は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

  うん、ちょっとは笑いは取れたのかな?

 

「ふふっ、まあいいです。せっかく楼夢さんが考えてくれたんですし、この名前にしましょう」

「えっ、嫌なんじゃないの?」

「いいんですよこれで。今日から私は妖早奈です。今後もよろしくお願いします」

 

  「うん、なんだかしっくりしてきた」と自分の新しい名前を何度も口にした後、彼女はそう言った。

  まあ本人が納得してくれたんだし、いいでしょ。だからそっちの白髪野郎、ものすごい微妙な顔で私を見るのはやめなさい!

 

 

  こうして早奈復活の件は落ち着いていった。

  今後は騒がしくなるだろうけど、まあいいか。

  嫌がってるはずなのに、生前の彼女に似た純粋な笑顔を見るたびに、なぜかそう思うのだった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……のう萃香。お主はこの前感じた妖力についてどう思う?」

「へっ、母様も野暮なことを聞くねぇ。この感覚、間違いなく奴だと私は思っているよ」

「そうか……それじゃあ、地上に出てみて確かめてみるかの」

 

 





「最近文字数多くなってきて自然と投稿が遅れてしまう作者です」
「今回も9000文字越えだもんな。無駄な文章は削る技術も身につけた方がいいと思う狂夢だ」


「さて、作者。この世のアニメやマンガ、ラノベなんかでブーイングされる要素が一つある」

「へぇ……何なんですかそれは?」

「それはだな……なんかいい雰囲気で死んだのに、なぜか復活してそのシーンを台無しにしてしまうキャラなんだよ!」

「なっ、ナンダッテー!?」

「前回で終わればいい感じで終わったんだよ! それがなんだよ今回! 今までのシリアスを吹き飛ばすかのような茶番といっしょに、サラッと復活させてんじゃねェよ!?」

「で、でもっ! 早奈さんあれだけヒロイン感出してたんですよ!? ここで殺すのは惜しいじゃないですか!」

「……ああもう、これだからこいつは……。昔読んだ脳内台本じゃ早奈死亡ルートしかなかったんだが、いつの間に変更したんだよ」

「去年の冬ごろくらいですかね。まあこの通り無計画なものですから、その場の気分で変わっちゃうんですよ」

「唐突な茶番の嵐もそのためか……」

「いえ、あれはただ単に連続で続くシリアス展開に耐えきれなくなっただけです」


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師匠と弟子、そして爺と孫

 

 

  コトン、という竹筒が水を入れてその重みで石を打つ音が聞こえる。

  外から見える枯山水は見事なもので、鹿脅しの音と合わさって心を落ち着かせてくれるようだ。

 

  それを尻目に、俺こと白咲楼夢は出されたお茶をすする。

 

「……相変わらず美味いな、妖忌殿の茶は」

「そう言ってもらえると嬉しいですのう」

 

  それを聴くと、ほっほっほ、と俺の斜め横に立つ老人——魂魄妖忌は穏やかに笑う。

  実際この茶はお世辞なしで美味しい。俺も長年生きてるからお茶を入れる腕はかなりのものだと思っていたが、この茶の前ではその自信が霞んでしまいそうだ。

  これを飲むだけで心から邪念が祓われ、自然にため息が出てきてしまう。

  そんなお茶を飲む人物が、俺の他に二人。

 

「……むむ、悔しいけど藍のよりも美味しいわ」

「ふふん、ということは従者対決は私の勝ちね〜。さっすが妖夢の師匠なだけあるわ」

「もったいなきお言葉、ありがとうございます」

 

  座布団の上に座り、絶賛する二人の少女の言葉を受け、妖忌は礼儀正しく一人立ったままお辞儀をする。

  もう気づいてると思うが、俺の隣に座っている少女は八雲紫。そしてちゃぶ台を挟んで正面にいるのがここ白玉楼の主である西行寺幽々子だ。

 

  ことり、とお茶の容器がゆっくりちゃぶ台に置かれる。そしてしばらくの間、静寂が訪れた。

  ふと目線が幽々子の方へ向かってしまう。彼女はそれに気づくと、穏やかな笑みを向けてきた。

 

 

  俺は生前の幽々子と面識があった。というか千年ほど前、今は建っている場所は違うが俺が命を落としたのもここ白玉楼でだった。

  彼女は有名なあの西行法師の一人娘だった。そして彼の死によって多くの人々が追いかけるように自殺していき、それで誕生した最悪の妖怪桜『西行妖』に自分が制御できる範囲を超えた能力を与えられ、それを暴走させて苦しんでいた。

  俺が彼女と出会ったのは、その頃だったはずだ。

  当時は紫に頼まれて西行妖と幽々子をどうにかしようと奮闘していたんだっけか。結果は俺と幽々子が死に、西行妖が封印されるという皮肉なものだったが。

 

 

  しかしそんな辛い過去も、今の彼女は覚えていないのだろう。

  体を封印の触媒として使われたため、輪廻転生することができず、死後はその能力を地獄の閻魔に買われて冥界の管理人になった彼女。しかし亡霊は生前の記憶を全て失うのが普通であり、彼女もその例にもれなかった。

  紫や妖忌たちが親しげなのは、亡霊となった後でも彼女と交流を持っていたからだろう。しかし俺は当時死んでしまったため当然彼女に会うことはできず、こうして今会うのが初めてだったりする。

 

  そんなことを考えて若干暗くなった俺の思考を静寂ごと断ち切るように、幽々子は口を開く。

 

「それで、えーと……楼夢さん、だったかしら? 今日はどんなご用件で?」

「『さん』はつけなくていいぞ、幽々子。その代わり俺も呼び捨てで呼ばせてもらうが」

「ええ、構わないわ」

 

  若干礼儀知らずというか馴れ馴れしいと思うが、そこは勘弁してほしい。誰かに『さん』をつけるなんて面倒だし、そもそも俺からすると幽々子にそれをつけるのは違和感がありすぎるのだ。

  それに今の俺は幼少の姿ではなく、本来の姿に戻っている。幽々子には事前に事情をかいつまんで話してあるし、俺のことを知っている人ばかりの中で子どもを演じるのは流石にきついからだ。

  しかしそこは器が大きいと言うべきなのか。のほほんとした態度で了承してもらった。微塵も空気が悪くなった感じはせず、どうやら本当にどうでもいいことと思っているようだ。

  俺はそのことに礼を言うと、今回ここに来た理由を語る。

 

「実は俺はそこの妖忌の知り合いでな。今日はそんな彼が帰って来たのと、その主人がどんな人なのかを見てみたくってここに来た」

 

  もちろん嘘だ。

  俺がここに来た本当の理由。それは幽々子との仲を改めて深めるためだ。

  要は再び友達になりに来たってこと。幽々子は覚えてなくても俺にとっては彼女は大切な友人の一人だし、何よりも俺が無力なばっかりに死なせてしまった彼女から背を向けるなんて俺のプライドが許さない。

 

  幽々子はその言葉を信じたのだろう。納得した感じの声を出すと、なにやら微笑ましいものを見る目で俺ではなく紫の方を向いた。

 

「なーんだ。てっきり私は紫が彼氏自慢しに来たのかと思っちゃったわぁ〜」

「なっ、なっ、なにを言うのかしら幽々子!? 私と楼夢は別にそんな関係じゃ……!」

「あら、これはもしかして脈あり? よかったわ〜、親友にも春が来て」

「だから違うって言ってるでしょっ!?」

 

  雪のように白いそのほおを真っ赤に染めながら、紫は幽々子の言葉を否定しようとする。

  しかし彼女が俺に惚れているのはバレバレで、普段見ることのできないような慌てっぷりを幽々子は楽しそうに眺めていた。

 

  ……紫もやるときはやるんだけどなぁ。

  俺関連のことになると彼女は得意なポーカーフェイスを保てなくなる。今は友人の目の前ということで羽目を外しているというのもあるが、おそらく他の誰かと会うときの胡散臭い笑みを浮かべている時でもこのように慌てていただろう。

  なんというか、四季ちゃんに教えられるまで俺がこいつの好意に気づかなかったのが不思議で仕方ない。

 

  未だ恥ずかしさに呻く紫をなだめる。それのおかげで大人しくなったのはいいのだが、幽々子がまたさっきの微笑ましいものを見るような目で紫を見ているので、またいつか暴れだしそうで怖いな。

  このままじゃこのポンコツが持ちそうにないし、何か話題を逸らしてやらないと。

 

「そういえば、なんで幽々子は異変を起こそうとしたんだ? 西行妖にかけられてた封印を見れば、明らかにヤバイものだってわかってただろうに」

 

  とりあえず気になったことを聞いてみたのだが、それは幽々子の黒歴史だったらしく、今度は彼女が恥ずかしそうに若干ほおを赤らめた。

 

「その……書架にあった古い記憶に、西行妖には誰かが封印されてると知ったのよ。当時は好奇心だけで異変を起こしたのだけど、今冷静に考えてみたら迂闊だったわ。みんなには迷惑かけて、本当にごめんなさい」

 

  そう言って幽々子は座りながらも、深く頭を下げた。

  彼女はどこか自由奔放なイメージだったけど、一応の罪悪感は感じてるのか。

  まあ許すけど。

  というか俺が昔に西行妖を仕留め切れなかったのがそもそもの原因なんだし、生前で何もできなかった分、この子には楽させてあげないと。

  紫も俺とは考え方は違うのだろうけど、結局は許したらしい。その代わり幽々子の頭には貧弱ゆかりん拳骨が落とされる羽目になったが。

  妖忌に至っては許すも何も、彼女が西行妖の封印を解こうとしたのは自分の責任だと自分を責めていた。

  一体どこに責任を感じる要素があったのかは不明だが。

 

「いいえ、それは違いますぞ楼夢殿。そもそも孫娘の妖夢がしっかり従者として幽々子様を止めていれば、こんなことにはならなかったのです」

 

  なるほど、そういうことでしたか。

  さすがダンディな師匠は違う! 俺と違って甘やかすのではなく、実の孫さんにも厳しいだなんて、本当にあの子のことを思っているんだな。

  ちなみに俺にはあんな風に霊夢に厳しく接するなんてできそうもない。見た感じ真面目っぽい妖夢ちゃんならともかく、不真面目な霊夢が弱小妖怪のお説教なんて聞くわけないからだ。親代わりの紫の言葉ですら今ではたいてい無視するらしいしな。

  ただ、一つ気になったことがある。

 

「でもよ、そもそも妖忌殿が中途半端な時期にここを去らなければ妖夢……だっけか? はああはならなかったんじゃないか?」

「……痛いところをついてきますのう」

 

  誤魔化すように笑ってるけど、結局何がしたいんだこの人は?

  剣術というのは流派によって千変万化となるが、基礎となる修行だけはどこに行っても同じになる。その理由は、剣術の修行とは本来数年かけて基礎を叩き込み、その後にそれぞれの流派の技を付け足していくものだからだ。

  しかし見ていればわかる。妖夢という少女には()()()()()()()()()()()()()()

  妖忌と戦ったことのある俺ならわかる。技こそ同じものだが、妖忌のそれと彼女のは全くの別物だ。なんせあれらは全て妖夢自身が生み出した技なのだから。

 

「おそらく、記憶の中の妖忌殿の姿を一生懸命思い出して作ったんじゃないか? でも所詮は偽物に過ぎない。形だけ真似できていても根本が理解できていないから脆い」

「……」

「それだけじゃない。彼女が妖忌殿に魂魄流を継がせてもらえなかったことはおそらく、彼女にとってコンプレックスになっているんじゃないか? 実戦経験が少ないのも、彼女が臆病な性格になってしまったのも、全部妖忌殿のせいにしか見えないんだがな」

「ちょ、ちょっと楼夢! 言い過ぎよ!」

 

  俺の言葉に危機感を覚えたのか、紫は慌てて俺を制止させようとする。

  —–—–だけどこれだけは聞いておかなくちゃいけない。邪魔しないでくれ。

  そう目で告げると、彼女は気圧されたかのように退がっていった。

  一方の妖忌殿は—–—–。

 

「……」

 

  無言。目を閉じて静かに何かを考えている姿は一種の厳格な銅像のようにも見える。

  一瞬の静寂が訪れる。

  そしてポツリと、唐突に妖忌は語り出した。

 

「儂は……妖夢に儂の夢を継いで欲しかったのじゃ」

「……夢?」

 

  妖忌にも夢なんてものがあったのか。それは初耳だな。

  聞き出そうとしたが、その前に妖忌の腰辺りから唐突に繰り出された銀閃によって会話は中断されることとなる。

  煌めいたのは金属の刀身。不意打ちで湾曲した刃が俺の首に迫り—–—–。

  妖忌の居合斬りよりも速く繰り出された俺の居合斬りが、刀身を真っ二つに切り裂いた。

  妖忌が俺に攻撃したことにか、はたまた妖忌の刀を両断したことにか。驚きに声を上げる二人の少女。しかし肝心の妖忌だけはまるで予想していたかの平静で、畳に突き刺さった刀身の半分を無理矢理鞘に納めると、俺に土下座でもするのかという勢いで頭を下げてきた。

 

「申し訳ございません。少々試して見たかったのです」

「ちょっと妖忌っ、そんな理由で楼夢に刃を向けたの?」

「落ち着け紫」

 

  舞姫を鞘に納めると、それを俺の横に置いた。

  座ってる時に帯刀なんてできないからな。特にあぐらをかいてる今の状態だと。

  俺が攻撃されたことで紫が怒りを表にするが、先ほどのように再びなだめることでなんとか落ち着かせる。

 

「……それで、さっき夢がどうのこうの言ってたな」

 

  妖忌は決して親しい人物にいきなり斬りかかるような礼儀知らずじゃない。いや、逆に初対面だったら容赦なく斬りかかってるが。

  ともかく、この老人が俺を攻撃したことには何かの理由があるはずなんだ。

  そしてそれは、妖忌の口から出てきた一言で全て辻褄が合った。

 

「……最強の剣士になること。それが、儂の唯一の心残りじゃった……」

「……そういうことか」

 

  ああ、なるほど。合点がいくとはまさにこのことだな。

  理解できた。妖忌がなぜ俺を攻撃したのかも、実の孫を置いて旅に出たのも。

 

「妖夢の修行途中に出て行った理由。それは—–—–」

「ただ単に自分の修行に集中したかったから。だろ?」

「……さすが楼夢殿。しかし、千年以上修行してもこの体たらく。儂の刃は、天の高みに届くことはなかった……」

 

  痛いくらいによくわかる。

  妖忌は俺に負けたあの時、悔しかったのだ。

  敗北というのはそういうもの。かつての人妖大戦で剛に手も足も出なかった時、たしかに俺もそんな燃えるような思いを抱いたはず。

  それが燃料となり厳しい修行を重ね、俺は剛に打ち勝つことができた。その時はなんて心地よかったことだろう。

  しかしこの世界には、その天辺に届くことができない者もいる。

  それが妖忌だった。

  彼が天辺を知った時には、もう遅かったのだ。半人半霊とは、半分は幽霊だがもう半分は人間なのだ。寿命も妖怪より圧倒的に短い。そしてそれまで食ってきた年月が体を老いらせ、成長の可能性というものを限りなく潰してしまった。故にこれ以上どんなに修行を続けても、妖忌が強くなることはないだろう。

 

  ホッホッホ、と暗くなった雰囲気を変えようと妖忌は笑う。しかしそれでさえも、悲しさと悔しさで満ち溢れている気がしてはならなかった。

 

「今のでようやく悟りました。儂と魂魄流の剣術だけでは、楼夢殿には絶対に敵わないことを。しかしそれを知ったことで一筋の光も見えてきました」

「光だと……?」

 

  妖忌が発した言葉が何を指しているのか、俺にはわからなかった。

  困惑した俺の顔を見て、妖忌は再び口を開く。

 

「妖夢のことじゃ。儂があの子に魂魄流を教えなかった理由にはもう一つありましてのう。それは魂魄流()()では楼夢殿に通用しないとわかっていたからじゃ」

 

  俺の剣術と魂魄流の相性は悪い。

  それは魂魄流が基礎を徹底した綺麗な教科書通りの剣に対して、俺の改造白咲流は型が存在しない変則的な剣術だからだ。

  だからこそ、妖夢にも我流の剣術を習得してもらおうとしていたというわけか。俺に勝つために。

 

「でも、結果今の妖夢は中途半端に見えるのだけど……」

「いや、間違いなく才能はあるだろうな。たしかに中途半端に見えるかもしれないが、彼女が使ってるのはたしかに我流だ。後は経験だけでいつかは妖忌を超えることも可能だろう」

 

  今の彼女は宝石の原石のようなものだ。足りないのは戦闘経験。無数のそれを得て、足りない部分は加工し、必要ない部分は少しずつ少しずつ削っていく。

  そうして出来上がっていくのだ。剣術も、宝石も。

 

「おい紫、スキマを白咲神社と繋げてくれ」

「へっ?」

「今妖夢はうちの美夜と実戦形式の修行をしているはずだ。孫なんだから、最後くらいは一目見て帰りたいだろう?」

「……紫様、楼夢殿、感謝いたします」

 

  感謝するくらいだったら直接会いに行けばいいのに。

  異変後も妖忌は妖夢と顔を合わせていない。そういう修行だということで、妖夢が白玉楼にいる間は別の場所に隠れていたのだ。

  こういうところは妖夢と似て頑固なんだから、と幽々子が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

  そして俺たちの視線の先に、横に長いスキマが開く。なんかこうしてちゃぶ台を囲んで全員の視線が一つのものに集まってると、まるで一家団欒でテレビを見ているかのように感じられる。そもそも幻想郷にはテレビは存在しないが。

  スキマに映し出されたのは上から見た白咲神社の庭。そこの中心辺りで黒髪と銀髪が見えた。

  上から見ているため模擬戦の細かい様子などはよくわからないが、なんとなく美夜が押しているようにも感じられる。

 

「なあ紫、スキマのアングルどうにかならねえのか?」

「し、仕方ないでしょ。これ以上近づくとバレそうなのよ」

 

  まあ全員九尾の狐だからな。俺のように完璧に位置を把握することはできないだろうが、見られてるかぐらいなら野生の勘で気付きそうだ。なんせ俺の娘たちなのだから。

  っと、そんな風に考えていると美夜の斬撃によってバランスを崩し、妖夢が地面に尻餅をついてしまった。

  ここで模擬戦終了なのか、美夜は手に持つ刀を納めると右手を妖夢に差し出す。彼女はそれをおずおずとしながらも受け取り、立ち上がった。

 

「あらあら、私以外の人とあんなに仲良くしてるなんて、妖夢も成長したわねぇ〜」

「……」

 

  どこか嬉しそうに声を弾ませる幽々子。そして—–—–無言でかぶりつくように妖夢を見つめる妖忌。

  やがて鍛錬を終了し、屋敷の中に美夜と妖夢が消えていくと、そこで彼は立ち上がる。

 

「なんだ、もう帰るのか?」

「ええ、成長した孫娘の姿が見れましたからな」

 

  映像を見終わった後の妖忌は無表情だった。しかしよくよく見てみると口の端がピクピクと動いているのがわかる。

  それを悟らせないためか、彼は最後に俺たちに礼をすると、すぐさま枯山水のある方から白玉楼を出て行った。

 

「……まったく、嬉しいなら嬉しいで笑えばいいのによ」

「ふふっ、そこが妖忌らしくて良いじゃない」

「だな」

 

  やがて妖忌との距離が声が聞こえなくなるほどになると、俺たちは噴き出すかのように笑った。

 

  今ではもう妖忌の姿は消えてしまっている。しかし今ごろ、彼は俺たちの視線が途切れたのを確認すると、盛大に笑っていることだろう。

 

  そして数十秒後、俺の狐耳に老人の嬉しそうな声が聞こえてきた。

 






「ドラクエ83dsでエスターク撃破! 個人的には追憶のドルマゲス(第2形態)で8回ほど全滅したので、そこが一番苦しかったです」

「まあ追憶のレオパルド辺りから運ゲー要素絡んでくるからな。特におたけびとかおたけびとか」


「さーて、これで妖々夢編終了です!」

「今回はけっこう重要な章だったな。おそらくこの小説で一、二を争うほど長い伏線を回収できたわけだし」

「早奈さんのことですね? 思えば文章表現がまだ下手くそだったころからよくここまで続けてこれたと思いますよ(今は上手とは言っていない」

「そんで200話を記念して後編のキャラ紹介を書いたってわけか。ちなみにスキル云々のは書いてないようだが」

「勘弁してくだせぇ親父! あのノリで書いたやつ全部説明ありで載せるの大変じゃないですか!」

「結局は面倒くさくなっただけじゃねえか! だからその場のノリでそういうの書くのやめろよ! 詳しくは言わないが、この小説ではそのせいで初期設定が変な風になったキャラが大勢いるんだぞ!?」


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萃夢想編
香霖堂


  魔法の森。

  そこは幻想郷に存在する魔境の一つだ。

  数多くの知能を持たない妖怪が生息しており、ただの人間が一度足を踏み入れればたちまち骨となって食い荒らされてしまう。

  それでなくても、この森には精神や身体に異常を起こす胞子が充満しているため、近寄る者は実力者か、ただの馬鹿しかいない。

  そんな魔法の森の入り口近くにポツンと寂しく建っている店が一つ。

  さほど大きくなく、ドアの上にかけられていた看板には『香霖堂』と書かれていた。

  そんな店の前に、私はいた。

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

  ドアノブを握り、元気よく入店。途端に草木の匂いがほこり臭いものに入れ替わる。

  中には一人の青年が椅子に腰かけて読書をしていた。

  すらっとした長身に銀髪、そして眼鏡。

  うん、かなりのイケメンですわこれ。

  そんなインテリ感漂わせる青年は、私の入店に気づくとゆっくり立ち上がり、こちらに向かってくる。

 

「やあ、見かけない顔だね。もしかして初来店かい?」

「まあそうなるね。ここには外の世界の物があるって聞いて寄ってみたんだけど……」

「ああごめん、自己紹介が遅れたね。僕の名前は森近霖之助。ここ香霖堂の店主だ」

「私は楼夢。ただのしがない妖狐だよ。以後お見知り置きを」

 

  青年—–—–霖之助はそう言うと、すぐに元の椅子に座って読書を再開してしまった。この様子じゃ、どうやら人付き合いはあまり得意ではなさそうだ。

  仕方がないので台座に置かれている商品らしき物を勝手に見る。どうやら商品には値札は張ってなく、交渉次第では割引きしてもらえそうだ。

  でもなぁ……置いてある商品がイマイチパッとしない。

  壊れてたり、何十年も前の家電製品がゴロゴロある。……ラジオなんか神楽の記憶にもなかったぞ。これじゃああまり期待できそうにないかな。

  商品はいいから、一度店内をグルッと見回してみる。するとふと、霖之助の後ろにある棚に飾られてある()()()に目がいった。

  ……あれってまさか……。

 

「『天叢雲(アマノムラクモ)』!?」

「おっ、それを知っているのかい? でもごめんよ、それは非売品なんだ」

「いや、別に大丈夫だけど……」

 

  知ってるも何も、あれの製作者は私だもん。

  天叢雲はかつての神話時代、私がスサノオにくれてやったものだ。でもあの武器は『叢雲草薙(ムラクモクサナギ)』という妖魔刀として進化してるはず。しかし、あそこにあるものには妖魔刀特有の覇気らしきものが感じられない。ありゃ一体どういうことだ?

 

『ああ、ありゃ複製品だな。おそらく鍛治の神かなんかが作ったんだろう』

『まあ楼夢さんには私たちがいるのであんな刀は必要ありませんよね?』

 

  ふと頭の中にそんな男女の声が響いてきた。十中八九狂夢と早奈だろう。

  というか早奈に至っては妖夢の半霊に似た、黒い人魂になって妖魔刀から抜け出してきやがった。……そんな簡単に出てこれるものなんだ。

  というか珍しいね、早奈はともかく狂夢から私に話しかけるなんて。

 

『俺もこの店には興味があったからな』

 

  だったら自分で行きなさいよ。

 

『嫌だ、めんどくさい』

『そんなことより楼夢さーん! 中々いいものが見つかりましたよ?』

 

  俺と狂夢の念話中、商品欄を動き回っていた人魂はあるものの上でピタリと静止する。

  声に呼ばれたままに商品がある場所に向かう。そこにあったのは—–—–。

 

「……ん、これって……!」

「ああ、それは『ふぁみこんそふと』とかいうものらしいよ? なんでもそれで何かの遊びができるらしいけど、使い方がわからないからゴミ同然だね」

 

  そのゴミ同然なものをあんたは売っているのか……。

  っと、それはともかく。ナイスだ早奈。

  今ここにあるのはただのファミコンソフト。しかしファミコン発売から百年以上が経っている今では、そのただのファミコンソフトがプレミア化しているのだ。

  つまりは高く売れる。しかも見たところ一つや二つの話じゃない。明らかに数十個はありそうだった。

 

『しかもご丁寧に本体まであるみたいですよ? この幻想郷じゃ電気はないから使えませんけど』

 

  マジか。

  よくよく見ると商品が並べられているところの端っこに本体が数台置かれていた。埃は被っているようだがそんなのは関係ない。

  すぐに商品を指差して霖之助を呼ぶ。

 

「ねえ霖之助。これに似た機械やソフトって他にないかな?」

「これにかい? 同じのや似たようなものはまだまだあるけど……」

「じゃあそれ全部持ってきて」

「ぜ、全部? ちょっと待ってくれよ……」

 

  戸惑いながら、霖之助は店の奥に消えていく。そして十分後、彼は両手に様々なコンピュータゲームの山を抱えながらこちらに戻ってきた。

  さすがにこれほどの量のものを持ってくるのには疲れたのか、店の床にドンッ、とそれらを置くとヘタレ込んでしまった。しかしそれに見向きもせずに、私は霖之助がガラクタと称した山を漁る。

 

『これは……あたりのようだな』

『ふふん、どうですか楼夢さん! これのお礼にキスか何かを……』

 

  あーはいはい、今忙しいから黙っててね。

  あらかた見終わった結果、この中にはファミコンやそれのゲームソフトの他に、ゲームボーイやスーファミなどの別機種からファミコンよりも古いものが大量にあった。

  ソフトの数も合わせて商品数は約百個ぐらいかな。私は諭吉を十枚差し出すと、商談に話を持っていった。

 

「ねえねえ、これら全部を十万円で私に売ってくれない?」

「買ってくれるのかい!? いやー、正直僕も倉庫のスペースをかなり圧迫していたから困ってたんだ。是非ともその値段で売らせてくれ」

 

  こうして私の商談は無事終了した。

  だいたいソフト一つが数万円で売れるから……合計で数千万は稼げるかもね。もちろん値崩れさせないように場所を変えて売る必要があるけど。

  外の世界に行けない霖之助には必要ないものだろうし、私には大量の金が入ってくる。これぞwin-winの関係ってやつだね。

 

  すぐに買ったものを巫女袖に次々と収入していく。霖之助はそれを興味深そうに見ていた。

 

「へぇ……面白いね、その袖。異空間と繋がってるんだ?」

「ん? これの仕組みがわかるの?」

「いや、全然。でも僕の『道具の名前と用途が判る程度の能力』は便利でね。見たことないものでも能力が教えてくれるんだ。君の両方の刀についても見させてもらったよ」

「……覗きは犯罪って習わなかったかなぁ?」

 

  その私の言葉とともに、急激に店内の気温が下がっていく。

  そう、今は私はちょこっとだけ殺気を解放しているのだ。しかし霖之助は慣れているのか、ちっとも動じなかった。

  ちぇっ、つまんないの。これ以上やっても無駄だと悟り、殺気を抑える。途端に店内から凍てつく冷たさが失われ、湿気と熱気で包まれた蒸し暑さが戻ってきた。

 

  霖之助は表情一つ変えていない。椅子に座り眼鏡をクイッと押し上げる。そして冷静な瞳で私を見つめた。

 

「……君がなんとなく只者じゃないことはわかってたよ。能力を使わずとも身につけてる服は高価そうなものだし、その刀に関してもただの妖刀じゃないことは見ればわかる」

「へぇー、詳しいんだね」

「日頃から様々な道具を扱っていれば自然にわかるさ。強力な妖魔刀を二つも持った妖怪。君は一体何者だ?」

「ふふ、そこまでたどり着いたなら名乗ってあげたいところなんだけど……残念ながら答えることはできないね。その名推理を使って自分で考えてごらん」

「……まあいいや。たとえ妖怪だろうが人間だろうが、僕の店で暴れない限りはみんなお客様だ。そのお客様の秘密をむやみに探るほど、僕は礼儀知らずじゃないよ」

 

  立派な心がけで。

  なんというか実年齢は私の方が上なのに、精神年齢で負けてるような気がする。この陰キャ系イケメンにはそう思えてしまうほどの何かを感じた。

 

  私がそんな霖之助の言葉に感心していると、いきなりドアを乱暴に叩く音が店内に響いた。

  驚く私。またか……、とでも言いたそうな霖之助。早奈に至っては脱兎のような素早で妖桜の中に戻っていた。

  そしてひときわ大きな音がドアからした途端、それは少女の足によって蹴破られた。

 

「おーいこーりん! お邪魔するぜー!」

「まったく……また君かい魔理沙。うちの店のドアは外開きと何回言ったらわかるんだ?」

「私んちのは内開きだから慣れてないんだぜ。それよりもさこーりん。頼んでた物は出来上がったのか?」

「ああ、あれね。今取ってくるから頼むから大人しくしててくれよ」

「りょーかいなんだぜ」

 

  「はあ、またドアの修理代が……」だとか「なんで魔理沙と霊夢はいつも……」とブツブツ呟きながら、霖之助は再び店の奥に消えていった。

  そして残ったのは私と—–—–ドアを壊した張本人、魔理沙だ。

  彼女は私に気づくと手をあげて挨拶してくる。

 

「よう楼夢。お前がこんなところに来るなんて誰の吹き回しだ?」

「他ならぬ魔理沙が紹介したんでしょうが。というかドアの方は壊しといて大丈夫なの?」

「ああ、心配ないぜ。霊夢もやってるし、いつものことだ」

 

  何してるんですかあの孫は……。

  妖忌の孫さんとは大違いだな。似てもつかない。でもまあ、そんな乱暴なところが私好みなんだけど……。

  っと、霊夢の話は今は関係ないか。

 

  魔理沙はズカズカと店内に入り込むと、先ほど霖之助が座っていた椅子に勢いよく腰かける。

  ボフッ、という音とともに埃が舞った。しかしそんなことは気にも留めず、まるで自分の家のように彼女はくつろいでいる。

  そういえば、魔理沙は何をしにここに来たんだろう。

  気になったので聞いてみる。

 

「ねえ魔理沙、あなたもここに買い物に来たの?」

「買い物? へっ、こんなガラクタしか売ってない店に何を買いに来るっていうんだぜ。私がここに来たのはだな……」

「おっと、誰の店がガラクタ売り場だって?」

「うおっ!?」

 

  魔理沙がここに来た理由を口にしようとした途端、彼女の頭を部屋の奥から戻ってきた霖之助が軽く叩いた。魔理沙は霖之助が後ろにいたのに気づいていなかったようで、突如頭に走った衝撃に驚き、椅子から転げ落ちる。

 

「はぁ……誰が君のマジックアイテムのメンテをしているのか忘れたわけではないよね?」

「おーっ! さすがこーりんだぜ! あれだけ派手に壊れたミニ八卦炉が元どおりだぜ!」

 

  霖之助の言葉に被せるように魔理沙は感嘆の声をあげると、彼の手に握られていたミニ八卦炉を奪い取る。

 

「話は最後まで……まあいいや。今度は壊れないようにヒヒイロカネの量を増やしておいたから、君の最大出力にも耐えられると思うよ」

「サンキューだぜこーりん!」

 

  まるでオモチャをもらった子供のようにはしゃぐ魔理沙。

  そういえば以前魔理沙がミニ八卦炉は霖之助が作ったものだって言ってたな。それもレアで扱いが難しいヒヒイロカネを組み込ませることができるほどの腕だ。技術面でいえば舞花と同じくらいと推測できる。

  それほどの腕前を持つ彼が何者なのかは気になるけど、さっき霖之助は私のことを無理に探ろうとはしなかった。それに免じて私も無作法に調べるのはやめておこう。

 

「そういえばミニ八卦炉って西行妖との戦闘の時に壊れちゃってたんだっけ」

「ん? なんでお前がそのことを知ってるんだ?」

「へっ?」

 

  思いがけない魔理沙の質問に言葉が詰まる。

  しまった。そういえば私は春雪異変とはなんら関わりがない設定だった。美夜からある程度の霊夢たちの行動は報告されたけど、まさかここでそれが裏目にでるとは。

  なんとか作り笑いを浮かべて誤魔化すとするとしよう。

 

「あ、あはは……霊夢から聞いてね。今回の異変は相当大変そうだったみたいだね」

「ああ、まったくだぜ。私は弾幕ごっこ専門の魔法使いなのに、化け物と殺し合いをすることになっちまうとはな。私は気絶しちゃってたから詳しくは知らないんだけど、あの後胡散臭い妖怪の賢者とやらが倒したそうだぜ」

「そ、そっか……災難だったね」

「ったく、最初に封印をかけたやつも、自己責任でさっさと倒してくれりゃよかったのによ……」

 

  その点に関しては誠に至らぬ身で申し訳ございませんでした。

  魔理沙の話の通り、彼女が称した化け物—–—–西行妖を倒したのは紫ということになっているらしい。まあ謎の妖怪が倒した、と言うよりも妖怪の賢者が倒したと言った方が他人にはしっくり来ると思うからこのままでいいと思うんだけど。

  幸いあの場にいた魔理沙と咲夜は大妖怪最上位と伝説の大妖怪の妖力量の違いが計れてなかったようなので、バレることはないだろう。

  それよりも問題は霊夢だ。

  彼女なら紫が西行妖—–—–というより早奈を倒したのではないということに気づいてしまいそうだ。……いや、多分気づいていると思う。

  でもまあ、さすがに私が倒したという結論には至ることはないと思うし、大丈夫か。

 

  魔理沙は本当に修理に出したミニ八卦炉を受け取りに来ただけらしく、それが終わったら用済みとばかりに壊れたドアから外に出て行く。……と思ったら、何か伝え忘れたのか彼女は振り返ってこちらに戻ってきた。

 

「そうだ、忘れてたぜ。今日は博麗神社で異変解決の宴会があるから、お前も来たらどうだ?」

「そういえば宴会まだやってなかったんだね。いいよ、夜に私も来させてもらうね」

「おう。酒も食い物も準備していない私が言うのもなんだが、待ってるぜ」

 

  そこは用意しときなさいよ……。はぁ、今回も私と紅魔館が宴会の食材を全て負担することになりそうだ。いや、白玉楼の住人も加わったから多少は分割させることもできるかもしれない。

 

  魔理沙はそのことだけを告げると、森の奥に消えてしまった。あっちは魔理沙の家方面だし、おそらく自分ちに帰ったのだろう。

  私はふと玄関近くをちらりと見やる。そこにはしゃがんで壊されたドアの破片を集めている霖之助の姿があった。

 

「そういえば霖之助は宴会に来ないの?」

「僕? 僕は遠慮しておくよ。あまり騒がしい場所は得意じゃないんだ」

 

  あら残念。でも魔理沙が誘わらなかったことから、毎回こんなこと言って宴会は避けてるんだろうなぁ。なんとなく彼が引きこもりの性分を持っていることがわかる。

  でもまあ、仕方ないか。嫌がる人を連行するわけにもいかないしね。

  私は最後に霖之助に別れの言葉を告げてから、店を出た。

 

  さて、今夜は宴会だ。霊夢のためにも張り切って酒を貢がなくちゃ!

 

 






突然ですが作者です。そろそろテストが近づいてきたので、しばらく投稿は休みます。次は9月の初めから真ん中辺りに投稿かな。
まあ二週間以上は間を空けないように頑張りたいと思います。


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春雪異変解決祝いの宴会

  ひらひらと桜の花弁が落ちてくる。

  それを盃で受け止め、中の酒をグビリと一口。

  途端に口の中に美味みと熱気が広がった。

 

「ん〜、(みやび)だねぇ……」

 

  香霖堂に訪れた日の夜。魔理沙の言った通り、博麗神社では異変解決と花見のために宴会が行われていた。

  目に映るのは騒がしく宴会を楽しむ人々……というより妖怪々。

  妖精たちが空で弾幕をばらまいて美しい花火を咲かせ、天空にある結界前で出会った騒霊(ポルターガイスト)三姉妹が宙に浮く楽器を手も使わずにそれぞれ素晴らしい音楽を奏でている。他にも妙にいい感じに百合な雰囲気を漂わせる魔法の森の魔法使い二人や、大食いで従者を困らしているピンクの悪魔もどき、さらには巫女の恐喝や吸血鬼姉妹の喧嘩など、騒がしさはとどまることを知らなかった。

 

  そんな騒ぎの中心地より少し離れたところで、私こと白咲楼夢は一人酒を呑んでいる。

  別に騒ぎが嫌いなわけじゃない。ただ、今は近くに人がいない方が都合が良かっただけ。

 

「ふふ、みんな馬鹿みたいに騒いじゃってるなぁ。この歳になると若者の雰囲気に合わせるのも大変だよ」

 

  そんな私の言葉は虚空に消えていった。返事は来るはずもない。それなのに、私は続けて愛用の瓢箪を何もない空間に差し出す。

 

「あなたも呑む? せっかくこんな場所に来てるんだから、楽しまなくちゃ損よ損」

「……そうね。じゃあ頂こうかしら」

 

  今度は返事が返ってきた。それも隣の空間からだ。

  そこには先ほどまで何もなかったはず。しかし今では空間ごとパックリ割れており、そこから黄金の髪を持つ美しい少女—–—–八雲紫が現れて私の隣に座った。

 

「……服、変えたの?」

「え、ええ、ちょっとね。……どう思うかしら?」

 

  紫の服は普段のフリル付き中華ドレスを改造したようなものとは違っていた。

  いつものナイトキャップ状の帽子は健在だが、それ以外はガラリと変わっている。具体的に言うと中華から近代的になったというか。

  白いフリル付きのインナーの上に胸上部から下が開かれた紫色のワンピースを着ている。そのワンピースも袖が長袖に切れ込みを入れたかのような感じになっており、下部分に至っては膝下まで長いという、もはや羽織りものにも似た形状になっている。

  はっきり言ってすんごいこだわってるのがわかる。今言ったこと以外にも特徴的なものなんて数え切れないほどある。単なる巫女服で済ませてる私とは大違いだ。……私は女子ではないからいいんだけど。

 

「うん、すごい似合ってるよ。イメージカラーはそのままで紫らしさがすごい出てる。はっきり言って可愛いよ」

「ふ、ふふっ! ありがとうね楼夢!」

 

  私の想像力で出来る限りの最高の言葉を言ってみたんだけど、彼女は喜んでくれたようだ。恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、今にも飛んでいきそうなほど上機嫌になっている。

  でも、そんな紫を私はあまり直視することができなかった。

  なぜかって? それは彼女がその……すごいエロいからだ。

  おかしなところはないんだけど、服の背面、つまりは鎖骨部分が丸見えになっていて白い肌が見えていたり、隠されているはずの胸が大きさ故に逆に強調されていたり……。

  つまりはエロ可愛い。彼女自身の美貌と合わさって光り輝いて見える。これが私じゃない男性だったら、理性をなくして飛びついてしまいそうだ。たとえそれが修行を積んだ坊さんだったとしても同じことだろう。

 

  ようやく私も紫も落ち着いてきたころ、彼女は私にスキマから取り出した盃を差し出してきた。

  へいへい、注いでやりますよっと。元々は私が誘ったんだからね。

  薄めてある奈落落としを呑んだことで彼女の体はほんのりと日照ってる。それがまたエロさを醸し出し……いや、これ以上はやめておこう。

 

「紫、一応聞くけどべろんべろんに酔ってはないよね? いくら薄めてあるからっていっても狂夢(アイツ)のことだし、万が一のことがあったら困るからね」

「大丈夫よ。私はこう見えてお酒に強いんだから。それよりも楼夢、あなたは私と一緒にいて大丈夫なの?」

 

  紫は『私と一緒にいるところを見られて大丈夫なの?』と心配しているのだろう。

  だがご安心を。すでにここら一帯に認識阻害の結界を張っておきました! この姿なのであまり強いのは使えなかったけど、それでも姿を隠すだけなら十分だろう。

  そのことを伝えると、紫は安心したのか完全にスキマを消して私に近づいてくる。

 

「ふふ、せっかくの二人だけの宴会なんだし、楽しみましょう?」

「それだったらみんなが居る所にでも行く? もちろん私も別方向から偶然を装って合流という形で付き添ってあげてもいいけど」

「やめておくわ。今は何か気になることが起きてるし……その時になったら、あの子たちの前に姿を表そうかしら」

「いかにも悪役っぽいね」

「悪役ですから」

 

  気になること? はて、一体なんのことだろうか。紫はそう言うと扇で顔を隠し、妖しく微笑む。でもね、そうやって大人の雰囲気を見せつけようとしたり努力してる所が、逆に子供っぽく見えてることに彼女は気づいていない。

  どうせどこかでボロが出るんだろうなぁ……なんて、不謹慎なことを考えていると。

 

「お姉さーん! どこにいるのー?」

 

  そんな可愛らしい子供の声が聞こえてきた。

  これは……フランのだね。でも結界が張ってあるはずなのに、どうやってここに来たんだろう。……いや、それよりもだ!

 

「ヤバイ紫! 一旦スキマに隠れて!」

「へっ? ……キャッ!?」

 

  突然の私の言葉に一瞬硬直してしまう紫。スキマは反射的に開かれていたのだけれど、驚きのあまり体がついていっていないようだ。

  ああもう、こうなりゃ仕方ない!

  モタモタしてる紫を掴み、私はスキマへ無造作に彼女を投げ入れた。と同時に、物陰から紫とはまた違った黄金の髪を持つ幼女が飛び出してきた。

 

「やっと見つけた! もー、探したんだよ?」

「ごめんごめん。でもフラン、よくここがわかったね。どうやったの?」

「うーん……桃みたいに甘い匂いを追って来たの!」

 

  ああ……それ私の匂いや。

  どうやら認識阻害の結界は姿や妖力を消せても、体臭までは消せなかったようだ。

  でもいくら私のがいい匂いだったとしても、所詮は体臭だ。吸血鬼には幼獣並みの嗅覚はないはずなんだどなぁ。

  フランは嬉しそうにニコニコ笑うと、私の体に突進するように抱きついてくる。

 

「ぐふっ……!」

「えへへ、やっぱりお姉さんはいい匂いがするね! くんかくんか」

「ちょっ、フランっ、髪をそんなにに嗅いじゃ……ああっ、舐めちゃダメぇ!」

「ふふ、すごいサラサラしてる。それにやっぱりすごい甘い……」

 

  フランは抱きついた状態のまま猫のように顔を私の服に擦り付ける。そこまでは良かったのだけど、彼女はその後あろうことか私の髪に顔を近づけると、それを美味しそうに舐め始めたのだ。

  そのまま彼女は舌を突き出すと……。

  ひやんっ!? ちょっ、耳はっ、耳だけはぁ!

 

「んっ! くっ……!」

「ふふ、可愛い声。もっと舐めたくなっちゃうよ……」

 

  ヤバイ。足腰がガクガクして来た。

  フランによる唐突な責めはさらにヒートアップしていく。力が抜けていく腰に手を回し、獣耳をペロペロペロペロ……。

  あっ、意識が暗転して……。

 

  そして私がとうとう耐えきれなくなったその時、突如何もない空から降ってきたタライが私を正気に戻した。

  痛っ!? ……じゃなくて今がチャンスだ!

  飛ぶように後ろにバックステップし、間一髪フランの元から逃れることに成功する。

 

「ハァッ、ハァッ……小さいくせにテクニシャン……!」

「えっ、なんのこと?」

 

  彼女はなぜ私が急に離れたのか理解していないようだ。

  ということは、今までのは全て無意識で行ってたって言うの!? 何という才能だ……。タライが落ちて来なければ今ごろ私は堕とされていただろう。今回は紫に感謝だ。

  っと、そうだ。フランを教育してあげないと。

 

「ふ、フラン……今度からああいうことはやっちゃいけないよ? わかった?」

「えー、なんで?」

「とにかくダメなものはダメなの! 大人になったらわかるから!」

「私495歳だもん!」

「あと1000年は出直して来なさい!」

 

  ほっぺを膨らませて、いかにも不満ですという顔をするフラン。

  でもね、ダメなものはダメなの!

 

「むー、お姉さんの髪はいい匂いだから、ああすればもっと嗅げると思ってたのに……」

 

  彼女のこの異常な興奮状態。

  ……思い出した。これは『桜ドラッグ現象』だ。

  桜ドラッグとは、私の髪、というよりも頭に生えている桜の花のことを指す。鬼の頭領である剛がこれの匂いを嗅ぐと性的な興奮状態に陥ることから、鬼たちの間でそう呼ばれていた。

  さっきのフランはこれの症状によく似ていた。

  私自身も調べてみたんだけど、よくわからないんだよねこれが。いたずらにほかの女の子に嗅がせて麻薬依存状態になられても困るし。

  でも霊夢とか魔理沙とか、色んな女の子とある程度接近しても何も起こらなかったから、すっかり忘れてたよ。でもフランもちゃんと言うこと聞いてくれるし、依存性がなさそうなのは救いかな。

 

  とりあえず不機嫌そうなフランをなだめるため、私は一旦彼女と宴会の中心に戻ることにした。

  するとなぜかフランは急に機嫌を取り戻した。

  私といっしょに歩くことがそんなに楽しいのか? 女の子とは実に不思議な生き物である。

 

 

  ♦︎

 

 

  宴会場に戻ってさっそく目に入ったのは、二人の金髪魔法使いが仲良く会話している姿だった。

  片方はみんなご存知霧雨魔理沙。そしてもう一人はその魔理沙に家の屋根を吹き飛ばされたらしいアリス・マーガトロイドだ。

  美夜から聞いた話とは打って変わって二人は和解したように見える。とりあえずアリスの方とは私は出会ってないので、挨拶でもしておこうかな。

 

  魔法使いたちの方に向かって歩いていく。その後ろをフランがついてくる。

  小さい歩幅(私が言えたことではないが)でトテトテと歩く姿を見ると、思わず本来の姿に戻って肩車でもしてやりたくなる。正体をバラすわけにもいかないので当然そんなことはできないけどさ。

  でも、せめてフランが大人になる前にはしてみたいなぁ。

  なんて思っていると、あっという間に目的の人物の側までたどり着いた。

 

「あ、魔理沙だ!」

「ヤッホー魔理沙。となりのお嬢さんは彼女さんかな?」

「ようフラン! ……そしていきなりだな楼夢。私は女だぜ? 作るなら普通彼氏だろうが」

「わ、私が魔理沙の彼女……」

 

  残念ながら魔理沙、君には百合の才能があるそうだ。現にとなりの子はほおを赤く染めて、まんざらでもなさそうな顔をしてるし。

  しかしそんな顔をしたのは一瞬だけ。彼女は魔理沙の視線が私たちに向いているうちに冷静さを取り戻し、顔を人形のような無表情に戻した。

 

「そうだ、お前には紹介してなかったな。こいつはアリス、魔法の森に住む魔女だ」

「ちょっと魔理沙、勝手に私の自己紹介を取らないでくれるかしら?」

「おっと、すまんすまん」

「……はあ、まあいいわ。アリス・マーガトロイドよ。よろしく」

 

  魔理沙よ、さっきの百合っぷりのせいであなたが自分の彼女自慢してるようにしか見えないんですけど。

  そして先ほどの乙女な顔とは打って変わって、冷たい表情で彼女を叱るアリス。どうやら魔理沙の前ではクールビューティのキャラを通すつもりらしい。

  側から見ればバレバレだが、そういうのに鈍感な魔理沙は全く気づいてないようだ。もしかして大人状態の私も別の人から見ればこんなものなのかな?

 

  と、自己紹介が遅れちゃった。私は彼女のことをあらかじめ知ってたけど、向こうはそうじゃないしね。ちゃんと挨拶しておかないと。

 

「自己紹介ありがとね。私は楼夢、見ての通りしがない妖狐だよ。これからよろしくね?」

「フランドール・スカーレット! フランって呼んでね?」

「ええ、よろしく。子供は無邪気だから好きよ」

 

  ごめんな、フランはともかく、中身はおっさんなんだわ。

  とはいえ私の身長は140程度と、フランやチルノらとそう変わらない。彼女からすれば私は十分子供なのだろう。

  それから彼女は自分がどのような魔法を使うのかを教えてくれた。主に魔理沙が色々言って、アリスが渋々補足するような感じだったけど。

  美夜の報告ではあまり他人と関わるのは苦手らしいけど、今彼女が話してくれるのは私が子供の姿だからか、はたまた隣にいる正反対な魔法使いのおかげなのか。

 

  まあどっちでもいいや。

  話は戻すけど、彼女は主に人形や糸を操る魔法を使うらしい。彼女が作る人形の多くはマジックアイテムで、戦闘用にも使えるのだとか。

  そんでもって目標は完全に自立した人形を作ることらしい。私の経験から言わせてもらうと、不可能では決してないと思う。もっとも楽なのはそこらの魂を人形にぶち込むことだけど、それじゃあただの人形型妖怪と変わりないしね。果たして彼女がどうやってこの難題を達成するのかが、ちょっと楽しみになってきた。

 

  フランはアリスの魔法に興味があったのか、彼女の説明を熱心に聞いている。この子は姉のレミリアに負けず劣らずの才を持っている。今は地下室にいた分知識がなくて卵のような状態だけど、いつかは強大な魔法使いになることだろう。

  それに比べて……。

  私は横であくびをかいている脳筋魔法使いをジトっとした目で見る。

  彼女もそれに気づいたのか、バツの悪そうな顔をしていた。

 

「全く魔理沙は……少しはフランの態度でも見習ったらどうなのかな?」

「し、仕方ないだろ! あいつは魔法の話になるとパチュリーと同じで妙に長ったらしくなるんだ! 最後まで聞いてられっかっつーの」

「それでも魔法の話なんだし、ためにならないとは思わない?」

「私にとっては火力こそが魔法だから必要ないんだぜ!」

 

  いや、そこ自慢げに語るとこじゃないから。私は呆れた目線を彼女に送る。

  すると魔理沙は今のでムッとしたのか、今度は私に問いかけてきた。

 

「だったらよ。そういうお前はアリスの魔法が理解できるのか?」

「できるよ。そもそもアリスの魔法はさほど難しいものではないからね」

「どういうことだぜ?」

「こういうこと」

 

  私は手のひらを開いて魔理沙に見せると、そこに魔力を流す。そしてそれを凝縮させ、目に見えるかどうかわからないほどの細い魔力糸を作り出した。

  いきなりのことで驚く魔理沙を尻目に、私は解説をする。

 

「これがアリスの魔法の正体。アリスは魔力で編んだ無数の糸を操って、人形を動かしてるんだよ。あんな風にね」

 

  私の視線の先には、フランのために、見えない糸を操って人形劇を繰り広げているアリスの姿があった。

  それにしてもすごい出来だよありゃ。指一つ動かさずに糸を操るもんだから、何も知らない人から見たら人形が勝手に動いているようにしか見えないだろうね。

 

「ふーん。じゃあアリスのやってることは誰でも出来るもんなのか?」

「いや、原理は簡単でも熟練度が違うんだよ。私がやろうとしてもせいぜい数体、しかもあそこまでスムーズにはできないかな」

「なるほどな。勉強になったのぜ」

 

  仕組みはちっとも理解してなかったようだけど、魔理沙は今の私の説明で満足したらしい。しばらくすると彼女は未だに人形劇をしているアリスを置いて霊夢の方へ行ってしまった。

  さて、フランも人形劇に熱中していることだし、私も別のところへ行こうかな。ちょうど会いたかった人たちも来てることだし。

 

  私はフランをアリスに預けることにして、この場を去った。

 

 

  ♦︎

 

 

「ヤッホー幽々子! 宴会は楽しんでる?」

「あらあら、誰かと思えば楼夢じゃない。会いにきてくれて嬉しいわ〜」

 

  差し出した両手に幽々子は自分の両手を合わせ、ハイタッチをする。

  うん、どうやら私のことは覚えててくれたようだ。前とは姿が違ってるし、誰だかわからないかもしれないと思ってたけど、そんな心配は杞憂だったようだね。

 

  幽々子は小さくなった私が面白珍しいのか、妙に体のあちこちを触っては楽しそうに微笑む。

  ふむ、何が何だかわからないけど楽しそうならそれでいいか。

 

「ふふ、小さくなると性格も若干変わるのね。面白いわ」

「あれ、なんでそんなことまでわかるの?」

「大人のあなたは綺麗っていうイメージだけど、今のあなたは可愛いってイメージしか湧かないのよね〜。実際最初の挨拶とか大人状態じゃ絶対に言わないでしょ? こうやって女の子にやたらと肌を触らせることもないだろうし」

「……まあ確かに」

 

  普段から気をつけているつもりなんだけど、やっぱり幼児退行には勝てないということか。現に大人状態に戻ってしばらくすると、今までの幼体化している時の自分の行動や言動を思い出しては赤面することも多々あったし。

  さっき普通に使ってたけど、よくよく考えたらなんだよ『ヤッホー』って。もちっといい挨拶はなかったのかよ私。そして今さらながら異性に身体中を触られたことに若干の恥ずかしさを覚えてきたぞ。

  しかしこれに関してはもう対策しようがないと思うんだよね。

  というわけであまり気にせず生きていきたいと思います! 負担は全部大人の私持ちだから問題ナッシング!

  人、それを問題の先延ばしとも言う。

 

「ゆ、幽々子様ぁ……! おまたせ、しました……!」

 

  ふと、幽々子にそんな声がかけられた。

  二刀流の白髪少女。間違いなく、妖忌の孫である妖夢だろう。

  彼女は両手いっぱいに大きな皿に乗せられた大量の料理を重たそうに持っており、それを幽々子の前へ置く。

  おおう……今ズシンって聞こえたぞズシンって……。

  両手にかけられていた負担から解放され、地面にへたれこむ妖夢。それとは逆に、幽々子は瞳を輝かせながら料理の山に手を突っ込んでいた。

  ああ幽々子……少食だったお前がなぜそんな風になってしまったんだ……。

 

  私がそう黄昏ていると、ふと妖夢と目があった。

  彼女は幽々子のとなりに自然に座っている妖怪が気になったのか、自分の主人へと問いかける。

 

「……あの、幽々子様……この方は……?」

「んふぉふぇのふぁふぁへふぁふぇ」

「おーい幽々子、なに言ってるかさっぱりだよー」

 

  リスのようにほおを膨らませながら喋られてもねぇ。

  幽々子は私の注意を聞いたのか、喋ることを一旦中止する。そして一拍おいてごくんっという音がした後、彼女の口の中に詰め込まれていた食べ物は全て消え去っていた。

  おう、ジーザス……まさか地上でブラックホールを見ることになるとは思わなかったよ。そのうち二つ名が本当にピンクの悪魔になりそうだからこわい。

 

「それで、どうかしたのかしら妖夢?」

「あ、いえ、そこの妖怪が気になったものですので……」

 

  ……この子、すっごいシャイだわ。

  さっきも幽々子に聞かれた時、妖夢ったら露骨に私と顔を合わそうとしないんだもん。要は私は顔だけそっぽを向いたまま、指を指されたのだ。

  というか目の前に私がいるんだし、幽々子を通さなくても直接自己紹介を交わせばいいものを。まあそれができないからこそのシャイなのかな。

  面倒くさいんで、ここは二人の会話にこちらから強引に割り込んでやるとしよう。

 

「ああ、彼は……」

「はいはーい! 私は楼夢です! よろしくね!」

「こ、魂魄妖夢です……よろしくお願いします……」

 

  突然された自己紹介に若干驚きながらも、妖夢は名乗り返してくれた。

  というか幽々子! 今さっき『彼』って言ったよね『彼』って! 幸い私の割り込みのおかげで妖夢には聞こえてなかったようだけど、どこに人の耳があるかわからないからそういうのは隠してもらわないと。

  そんな意味を込めてジト目で睨んだのだけれど、彼女は理解したのかしてないのか微笑むだけ。化けの皮を剥がせば分かりやすい紫と違って表裏がないから逆に分かりにくい。

  頼むから伝わっててくれよ……。

 

  私の願いが通じたのかは置いておいて、幽々子は両手に持った真っ白な……真っ白!?

  いや、もう驚かないぞ……とにかく、空の皿を妖夢に渡した。それだけで妖夢の顔が絶望に染まったのが伺える。

 

「妖夢〜。おかわりお願いね?」

「は、はい……」

「それと、さっき黒い九尾の妖怪を見かけたから、話してきたらどうかしら?」

「美夜さんが……? 分かりました。ご飯を持ってくるついでに探してみます」

 

  そう言うがいなや、駆け足で妖夢はこの場を離れていった。

  そういえばあの子も宴会に来てたんだね。他の姉妹たちが来てないのは接点がないからと、単に面倒くさいだけであろう。

  しかし、それよりも……。

  私は呆れた目で幽々子を見つめる。

 

「幽々子……まだ食べるの?」

「当たり前じゃない。今日は宴会なのよ? 羽目を外してお腹いっぱい食べなきゃ」

「まったく、問題事は起こさないでよ? せっかくの平和な宴会なんだから」

「平和、ねぇ……」

 

  その言葉に反応して、幽々子はこんな意味深なことを言ってくる。

 

「本当に平和かどうかは、まだわからないわよ?」

「……それは、どういう……」

「さあ? 博麗の巫女風に言えば……ただの勘、ね」

 

  そこから先は特に変わったことがなく、宴会は幕を閉じた。

  いや、幽々子の大食いや別の妖怪たちが起こした馬鹿騒ぎなどなど、問題事は色々あったけどさ。

  少なくとも博麗の巫女が出動するような事態には陥ってはいなかった。幽々子の言葉も、ただの杞憂に終わったようだ。

 

  そう、宴会当日の私は思っていた。

  しかし……。

 

 

  三日後、博麗神社でのんびりしていた時に現れた白黒の魔法使いからこんな言葉が飛び出た。

 

「よう楼夢! 宴会しようぜ!」

 

  魔理沙……宴会はサッカー感覚でやるもんじゃないんだよ?

 

 

 




「テスト週間ですけど投稿です!九月の後半くらいまでペースは遅くなるのでご了承ください! 作者です」

「どうせ勉強してもお前の脳みそじゃ意味なさそうだけどな。狂夢だ」


「そういえばよ。紫の服が変わったって本編で書かれてたんだけどよ、お前の説明が下手なせいでイメージができないんだが。具体的にどんな感じになったんだ?」

「この小説の紫さんのファッションは茨歌仙の服をモデルにしております。わからない人はググればすぐに出てくるので見に行ってください」

「なお、服を変えても肝心の楼夢は紫そっちのけでロリコンになりかけてる件について」

「百合は美しい。ロリ百合は正義……」

「片方男だけどな」

「可愛ければいいんですよ!」


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霧が操る不思議な宴会

 

 

「お父さん……宴会って、こんな頻繁に開かれるものなんですか?」

「いや、今回のはさすがに異常だよ。いくらなんでもやりすぎてる」

「そ、そうですよね……んぐっ!? 安心したら胃から逆流して……!」

 

  顔を青ざめて、ダッシュでトイレへと向かっていく美夜。

  そこに凛々しいいつもの姿はなく、家族でもなければとても見せられないような表情をしていた。

  奥の方から聞こえてくるうめき声で、必死に酸っぱいものを吐き出していることがわかる。他二人の姉妹なんて姉の豹変っぷりに顔を青ざめ、あちらで起こっていることを想像しないように耳を塞いでいる。

 

  やがて数分後、ふらふらとした足取りで彼女は居間に帰ってきた。

  体力を使い果たして床に倒れこむ姿は、ゾンビを連想させてくれる。それほどまでに、美夜の体調は悪かった。

 

「美夜姉さんが飲みすぎるなんて珍しいねー」

「いえ、違いますよ清音……これは宴会が悪いんです……」

「宴会に罪はないよー?」

「だからって、もう四回目ですよ四回目!? 三日置きに一回は宴会、そんなペースで飲んでたら気持ち悪くなるに決まってるじゃないですか……」

 

  そう、美夜が不調な原因。それは宴会にあった。

  事の始まりは春雪異変解決祝いの宴会のことだ。魔理沙が幹事を務め、多くの妖怪を集めた宴会は成功だったと言えよう。

  しかし、そこからが問題だった。魔理沙はそれから三日置きに再び幹事として宴会参加者を集めては、花見の季節はとっくに終わったっていうのにこうして意味もなく宴会を開いていたのだ。

  しかも断ろうと思っても、なぜか魔理沙の話に乗せられて参加する気になっちゃう。そして宴会が開かれれば当然酒を飲むわけで、あまりアルコールに強くない美夜は四回目の後からずっとこの調子だ。

 

  正直、これに関しては本当に異常だと思う。というよりこれはもはや異変の域に入っている。

  実際、私もこの異変にはいくつか困っていることがある。一つは今さっき見たように、美夜の体調が宴会のせいでよくないこと。二つ目は宴会場にいつも博麗神社が選ばれるため、あれだけ私が貯めておいた食料が底を尽き掛けていること。

 

  まあ、犯人の目星はついてるからいいけどさ。

  ちょうど今日は前回の宴会日から三日後だ。この機会に色々あいつに言ってやらねば。

  幽々子や紫が前に言っていた『気になること』ってのは多分この異変のことなんだろうね。最初の宴会の時点で違和感に気づくなんてさすがは大妖怪最上位ということではあるか。

  え、私? ……どーせ私はクソザコな中級妖怪ですよぉ……。紫やフランのことに夢中でそんなものぜんっぜん感じませんでしたー。

 

「とりあえず、美夜は今日行くのやめときな。このままじゃさらに悪化させるだけだよ」

「いえ……私が行かないと、妖夢が寂しい思いをしそうなので……」

 

  まったく、あなたって子は……。

  これは早急に異変を解決する必要がありそうだね。

  妖怪が起こした異変は人間が解決するのが幻想郷のルールだけど、今回ばかりは仕方ない。可能なら今夜で終わらせてみせる。

 

  窓の外を覗くと、夕日が沈んで行くのが見えた。

  あと数時間で宴会が始まる。

  私は自室に戻り、戦闘の準備を整えて、その時が来るのを待った。

 

 

  ♦︎

 

 

  月がすっかり上り、星々が輝くころに私は博麗神社の鳥居をくぐる。

  その後ろに美夜の姿はない。今の私はただの『楼夢』として活動しているため、彼女が私と一緒にいると都合が悪いのだ。

 

  まだまだ始まったばかりなので人数は少ないが、それでも境内は賑わっていた。

  まっすぐ進むと、お賽銭箱がポツリと置かれた本殿が見えてくる。私はその横に座っている人物に声をかける。

 

「やあ霊夢。宴会は楽しんでる?」

「……ねえ楼夢、一つ聞きたいんだけど。あんた何か面倒なことを起こしてない? 例えば……異変とか」

 

  おいおい、出会っていきなりの言葉がそれですか……。

  どうやら私は幻想郷でロックオンされたら一番面倒くさい人一位に目をつけられてしまったようだ。

  まあ、考えてみたら幽々子や紫が気づいてる時点でこの子が異変のことを察してないわけないよね。さすがは霊夢、自慢の勘で犯人に心当たりのある私を引き当てたってことか。

  しかし……困ったね。

  彼女は異変解決の時に、見境なく妖怪をブチのめすことで有名だ。ここはなんとか誤魔化さないと、犯人を倒す前に私が倒されちゃう。

 

「異変? なんのこと? 変わったことと言えば最近宴会が頻繁に行われていることぐらいだけど……幻想郷だし、そういうこともあるんじゃないの?」

「……そうね。よく考えたらあんたがこの境内の中の全員に術式をかけることなんて不可能だったわね。忘れてちょうだい」

 

  ……なんとか切り抜けられたのかな?

  霊夢はまだ私を少しだけ疑っていたようだけど、常識的に考えて有り得ないと判断したのか、その後どこかへ歩いて行ってしまった。

  そこに霊夢が私のことをある程度信じていることを知り、ちょっぴり胸が痛くなる。今回の異変はたしかに私がやってるわけじゃないけど、本当の姿に戻れば同じようなことができるのは確かなのだ。

  私が他人のことで悩むなんて、本当に私は霊夢を気に入ってるんだなぁ。この痛みもその代償だと思えば、安いと思える。

 

  それにしても……探してるものが見つからないな。ここにいればいつかは見つかるんだろうけど、待つのは面倒だ。

  しょうがない……。

  私は左側にぶら下げている二本の刀のうち、片方の柄頭を軽く叩く。すると私の脳内に直接女性の声が聞こえて来た。

 

『はーい、呼ばれて飛び出てないけどじゃじゃじゃじゃーん! あなたの下僕の早奈さんですよー?』

『ねえ早奈。今妖力を含んだ霧を探してるんだけど見当たらなくてさ。手伝ってくれない』

『お任せあれですよ楼夢さん! 代わりに何かご褒美くださいね?』

  『……あー、はいはい。あとで考えとくね』

 

  まあ適当に頭でも撫でてあげるか。どうやら早奈はそれだけでも満足するようだしね。まさにチョロインである。

  早奈は黒い魂魄となって刀から抜け出すと、上空にふわふわと飛んで行く。そしてしばらくして、彼女の声が再び脳内に響いてくる。

 

『ありましたよー! 本殿の屋根の上です!』

「……ナイスだよ早奈。それじゃあ、始めるとするか」

 

  私は術式によって人目を消すと、地面を蹴って大ジャンプ。一気に瓦張りの屋根の上に着地する。そして辺りを見渡すと、そこには幽霊状態の早奈と—–—–妖力を含んだ、不思議な霧が見えた。

  あった……。この妖力、どうやら私の予感は当たっていたようだ。

  右手を霧に向けて突き出し、能力を発動。封印が解かれたことにより、私の能力は【形を歪める程度の能力】ではなく、元の【形を操る程度の能力】に戻っていた。

  それを使用して、目の前の霧を出来るだけ圧縮させていく。霧はどんどん規模が小さくなっていく代わりに濃さを増していった。

  そして—–—–。

 

「もー、誰だい!? 私の楽しみの邪魔をするやつは!?」

 

  幼い子供特有の、高い少女の声がどこからか聞こえてきた。

  声の主はそう怒鳴り散らかすと、霧がどんどん収縮していき—–—–最終的に、フランとそう変わりないほどの身長の少女へと変わる。

 

  薄い茶色髪に、側頭部から生えている長くねじれていて、特徴的な二つの角。その容姿に私は見覚えがあった。

 

「……やあ。久しぶりだね、萃香」

「んー? ……ああ! お前誰かと思ったら楼夢じゃん! お久しぶりー!」

 

  お、幽々子に続いて一発で私のことを見抜いたやつは二人目だね。どうせ鬼のことだし、なんとなくで当ててそうだけど。

 

  伊吹萃香。鬼の四天王の一人。彼女は【密と疎を操る程度の能力】を持っており、今回の異変はこの能力によるものだと推理することができる。

  原理は割とメチャクチャで私も完璧には理解してないのだけど、彼女の能力はどうやら物体だけでなく意識といった形のないものにも作用するらしい。それで幻想郷中の住人の意識を集め、宴会を開かせたといったところか。

 

  萃香は私を認識すると、こちらに歩み寄ってくる。しかしその足取りはおぼついておらず、右へ左へふらふらと千鳥足のようになっていた。

  まったく、相変わらずの酒好きだね。もう酔っ払ってるのか……。

  そんな私の呆れた目線に気づかず、萃香は鎖で繋いである瓢箪の蓋を開けると、顔を限界まで上に向けてそれを口に含み、中に入っている酒をガブ飲みし始めた。

  うーむ、顔を真っ赤にしながら浴びるように酒を飲む少女……確実に外の世界だったらアウトだね!

  その十数秒後に彼女は満足したのか、ようやく口から瓢箪を離し、もたれかかるように私の肩に手を回してくる。

 

「おー、ちっちゃくなってるから肩を組むことができるね。勇儀や母様がやってるのを見て、一回でもいいからしたかったんだよなぁ〜」

「ちょっ、萃香、酒臭いよ……!」

「なにぃ〜? 酒が臭いってぇ? それだったら飲んで確かめてみろや!」

「そんなことは誰も……モガッ、ガガガガッ!?」

 

  この酔っ払いが!

  抵抗虚しく、鬼の腕力によって私は強制的に口を開かされる。

  そしてそこに萃香の瓢箪がシュート!

  ひんやりした酒が喉に押し込まれるたびに、反比例して私の内側から熱が生み出される。しかしそんなことを感じる間も無く私の体が呼吸ができなくなったことで酸欠に陥り、視界が真っ白に包まれていく。

 

「んー? おーい楼夢ー? 大丈夫かー? ……大丈夫じゃなさそうだね」

 

  さすがに無反応になってきた私に危機感を覚えたのか、萃香は私の口から瓢箪を抜く。そしてようやく解放された私は、意識を失いかけたことで地面に倒れ伏し、地上に打ち上げられた魚のようにしばらくの間痙攣していた。

 

  お……のれぇ……! 私には異変解決というっ、使命がぁ……!

  ここでくたばるわけには……いかないっ!

  力が入らず、震える手で舞姫の柄を掴み、抜刀する。そして屋根を這いずりながらも、その刃を萃香へと向けた。

 

「萃香……っ。今すぐ能力を解除して……! じゃないと私が、あなたを倒す……!」

「……えーと、そんな弱った様子で言われてもこっちも困るというか……」

 

「そこまでよ、二人とも」

 

  突如、私でも萃香でもない声が私たちの会話を断ち切った。

  そして何もない空間が突如切り裂かれ、出来上がったスキマから紫がいつものように登場する。

 

「げっ、紫……」

 

  萃香は紫を見て、明らかに苦い表情をした。

  別段仲が悪いわけではない。しかし今起こしている異変のことを考えると、紫が来てしまったのは彼女にとって最悪だった。

  なぜなら、紫は萃香がこの世で荒事で勝てないと認める存在の一人だからだ。萃香の【密と疎を操る程度の能力】と彼女の【境界を操る程度の能力】は相性が最悪だ。どんなに萃香が物の密度を操ろうと、紫は一つの行動だけでその全てを打ち消すことができる。彼女の前では分身も霧化も巨大化も、全てが無駄になってしまう。

  故に、萃香は紫に勝つことができない。

 

「……そんなに心配しなくても、今日はあなたには何もしないわよ。今用があるのはあなたよりも……こっちよ」

 

  しかし紫は萃香ではなく、私の元に歩み寄る。そして腕を振るうと、四つのスキマが私の周りに展開され、そこから飛び出た鎖が私を拘束した。

 

  へっ?

  え、ちょ、紫さん?

  戸惑う私。そんな私に罪悪感を覚えているのか、紫は申し訳なさそうな顔をしてるけど、それだったらこれを外してほしいなぁ!

  一応もがいてみたけど、ビクともしない。

  クソ、こんなところでも筋力ステータスの被害が……。

 

「ごめんなさいね楼夢……だけど異変解決は人間がするもの。今終わらせるわけにはいかないわ」

「ぐっ……でもこのままじゃ神社の食料が……!」

「どうせ次の宴会で終わるわよ。霊夢も勘づいてきているみたいだし、そろそろ動き出すと思うわ」

 

  だから、それまでの辛抱、と紫は付け足す。

  はぁ……。まあ、しょうがないか。幻想郷の秩序を私のわがままで壊すわけにもいかないしね。

 

「えー、ここまで来てそりゃないでしょ? さあ、ドンパチやろうぜ!」

「だからやらないって言ってるでしょうが。だいたい、楼夢は異変のたびになぜか死にかけるほどの悪運を持ってるのよ? 今ここで戦わせたら、偶然急所に拳が当たってまた寝室送りになるかもしれないじゃない」

 

  おい紫、そりゃあんまりだよ……。

  だいたい、私だって毎回死にかけてるわけないじゃないか。

  紅霧異変の時は……フランにやられたね。

  じゃあハロウィンラッシュ異変は……ルーミアにやられたね。

  じゃ、じゃあ春雪異変は……早奈にやられましたね。

  ちくしょう、私本当に毎回死にかけてるじゃないか!? いくらなんでも貧乏くじ引きすぎでしょうが!

 

「だいたい、死なせないための弾幕ごっこなのになんでそうなるのよ。そもそもは楼夢が—–—–」

「……あ、はい、すんません……」

「そう思うのなら二人とも今すぐ正座しなさい! そして私の話をよく聞くこと!」

「……え、なんで私まで?」

 

  ブツブツと紫の説教は続く。

  初めは幻想郷のルールが何のためにあるのかから始まってたけど、途中から話が脱線して私への愚痴になってしまっている。

  隣にはなぜかとばっちりで正座している萃香がいる。どうやらジッとして退屈な話を聞き続けるのに我慢できないらしく、何度も霧になって逃げ出そうとしてるみたいだけど、その度に紫が睨んでくるので全て失敗に終わっているようだ。

  ぷぷ、ザマァみなさい。今回の異変を起こした罰だと思いやがれ!

 

「そこ、集中して聞きなさい!」

「もぎゅらん! ……たわらを落とすのはやりすぎじゃないかな……」

 

  結局、紫のありがたいお説教は三十分近くまで続いた。

  そのころになると下で宴会を行なっている連中も盛り上がってくるのだけれど、私たちは逆にヘトヘトだ。

  隣にいた萃香は、話が終わった途端に逃げ出してしまったので、今はいない。代わりにいるのが普段言えない愚痴を全て吐き出せたことで満足そうな顔をしている紫。

  とりあえず、今日わかったこと。

  ゆかりんを本気で怒らせてはいけない。オーケー?

 






「ちょっと感覚が空いちゃった気がします。最近文字数が多くなることが多くて、今回の話も本当は一つだったものを半分にして投稿しています。なので次回はそれなりに早く投稿できると思うのでお楽しみください。作者です」

「最近PS4が欲しすぎて駄々をこねている作者を見守る狂夢だ」


「いやー、それにしてもPS4欲しいなぁ」

「テメェは勉強してろ受験生。というか、もし買ったとしても遊びたいソフトはあるのか?」

「そりゃありますよ! ドラクエ10と11は確定でやりたいし、イナイレも発売したら欲しいですね! あと最近話題になってるJUDGE EYES とか」

「ああ、キムタクが如くか……。あれはたしかに面白そうだな」

「でしょでしょ!?」

「でもよ、もしPS4を買ったとして、それをどこに置くんだ? シャイボーイの代表格とも言われたお前じゃリビングはハードル高すぎるし……」

「……えーと、テレビ購入も含めて何万円になるんだろうなぁ……」

「こいつ、部屋から出たくないあまりにテレビごと買うつもりだ!?」

「というわけで今日から貯金生活が始まります。もしよかったら、恵まれない作者に募金を……」

「誰がやるかってんだ!」


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厄災は神出鬼没に現れる

 

 

  結局、私がほとんど参加することなく宴会は終了した。

  美夜はまだ友人たちと話していたいそうなのでここにはいない。

  まったく、いつのまに話し相手をあんなに増やしたのやら。昔から山奥の神社に全員ずっと暮らしていたせいでわからなかったのだけど、どうやら彼女には人を惹きつける魅力があるらしい。本人の丁寧な言葉遣いや性格が、他人を気にかけることのできない者の多い幻想郷では珍しいらしく、たちまち人気者になっていた。

  他の二人も外に出せばああなるのかなぁ……。いや、無理だね。だって美夜が例外というだけで、あの二人は私と同じ自己中の塊だもん。

 

  可愛い娘の成長を嬉しく思っていると、ふと隣から息切れをする声が聞こえてきた。

  はぁ……いくらなんでも体力なさすぎでしょ。

  そんな思いが顔に出ていたらしく、息切れの主である紫が睨んできたけど、正直言って迫力が足りない。

 

「というか、わざわざ送ってくれなくても良かったのに。どうせ私の速度じゃすぐに着くんだから」

「今日は私の愚痴に付き合わせちゃって、ほとんど飲めてないでしょ? それのせめてものお詫びよ」

 

  紫は宴会の時の自分を思い出し、若干顔を赤くしながら私にそう謝る。

  ああ、一応罪悪感はあったんだね。

  思い返してみれば、最近の紫は何か忙しそうだったような気がする。

  彼女はこう見えても幻想郷の管理人だ。さっきの私みたいにルールを破る者を取り締まったり、天界や冥界、地獄などの別世界と結ばれた条約関係のことで話し合ったりなど、その仕事はかなり多忙だ。

  まあ、ほとんどは式神である藍に押し付けているらしいけど。ほぼ毎日私の屋敷に通うことができるのはそれが理由。

 

  そういえば、別世界との条約で思い出したけど、萃香ってもしかしなくてもそれを破っているよね?

 

  地獄のスリム化によって切り離された地下世界『旧地獄』。またの名を地底。

  そこには鬼を含め、様々な忌み嫌われた妖怪たちが集まっており、暮らしているのだという。

 

  昔地獄にいた時に知ったんだけど、四季ちゃんの話では昔その地底と地上の妖怪の間にある条約が結ばれたらしい。

  たしか……地底の妖怪がそこにいる怨霊を封じる代わりに、地上の妖怪が地底世界へ侵入することを禁じたんだっけ。

  まあ細かいことは色々あるらしいけど、とりあえず地上と地底は互いに無干渉を約束したそうだ。

 

  でも、萃香はそれを思いっきり破ってる。

  しかも彼女は鬼の四天王だ。地底でも発言力は強いだろう。

  そんな彼女が条約違反したのだ。そりゃ紫も忙しくなるか。

 

「紫、今日はうちに泊まっていきな」

「……へっ? え、えええっ!?」

 

  紫をリラックスさせてやろうとして言った言葉なのだけど、それを聞いた瞬間、彼女はしばらく呆けたあと、沸騰したかのような勢いで顔を真っ赤に染めた。

 

「随分疲れてるようだし、たまには労ってやらないとね?」

「そ、それは嬉しいけど……その……準備が整ってないというか……」

「ん? 服とかだったらスキマで持ってくればいいじゃん」

「そういう意味じゃないわよ!」

 

  ふむ……では何の準備だというのか。

  これだから乙女心とやらよくわからない。

 

  そうやって会話をしながら境内へと続く長い階段を上っていくと、博麗神社のとは比べ物にならないほど立派な鳥居が見えてきた。

  しかし、妖獣として優れた視力を持つ私には別のものも見えていた。

  そう、()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「……ん、誰だあいつ?」

「どうしたの楼夢?」

「いや、鳥居の上に誰かいるんだよ。もうちょっと近づけば……」

 

  流石に夜ということもあり、ここからじゃ人影だけしか見ることができない。なので階段を上るついでにずっと上を見上げ続けていくと、やがてその全貌が月明かりに照らされて見えてくる。

 

  紅色の美しく、長い髪に赤い着物を着た女性。両手には鎖などが巻きつけられ、アクセサリーとなっている。

  ……まさか、まさか……!

  嫌な予感がしてくる。本能が今すぐ引き返せと警告を続ける。しかしそれとは別で、女性から放たれている威圧感が、そんな私の行動を制限する。

  結局、私は威圧に負けて一歩一歩と足を進めた。そして女性の額から二本の角が見えた時、こう確信した。

  —–—–ああ、おワタ、と……。

 

「……久しぶりじゃな、楼夢」

 

  この声。この威圧感。

  人違いであって欲しかったけど、残念ながら本物のようだ。

  鬼城剛。伝説の大妖怪の一人であり、ここ幻想郷にもっとも来てはいけない人物ナンバーワンが、なぜか私の神社にいた。

 

「……あは、あはは……なんでここにいるのかなぁ?」

「ろ、楼夢、大丈夫……って、ああ! ショックのあまり気絶した!?」

「なんじゃ? 夜だとはいえ、寝るにはまだ早いぞ? この良妻たる儂が優しく起こしてやろう」

 

  ……ああ、目の前が真っ白に……。

  何故だか力が入らなくなり、私の体が後ろ側に大きく揺れる。でも地面に倒れる前に紫が支えてくれたおかげで、背中に衝撃は来なかった。

 

  ぼやけた視界に二人の姿が映る。

  あたふたと動揺する紫。

  そして鳥居を蹴って加速し、私の元にダイブしてくる剛。……って、ダイブ!?

 

  そこから先の行動は、ほとんど本能によるものだった。

  まず幼体化解除。そう意識した途端に体が光に包まれ、視線が高くなっていく。

  そして私……ではなく俺が元の姿に戻ると同時に結界発動!

  くらえ、博麗印の『二重結界』を!

 

  正方形を二つ重ねたような形の結界。そこにとてつもない衝撃が襲いかかった。

  風圧だけで周りの木々がなぎ倒され、整備された階段がいくつか吹き飛ぶ。

  そんな容易く人一人を屠ることができるその一撃を、二重結界は見事受け止めてみせた。

  結界に突き刺さっていたのは剛の頭。より正確に言うなら額から生えた二つの巨大な角。

 

  ……おい剛さんや。そんな凶器を付けたまま頭から抱きつこうとしないでくれや。十中八九、間違いなく俺の体を突き破るからそれ。

 

  役目を果たした二重結界は光の粒子となり、夜の空に消えていく。

  そして支えるものがなくなり、剛は地面に着地すると、今度は加速しないで再び俺に抱きついてきた。

 

「ふっふーん! 相変わらずのいい匂いじゃのう!」

「ちょっと剛! いきなり抱きつくなんて非常識よこの淫乱女!」

「なんじゃ? 儂はただ夫とスキンシップを取っただけなのじゃが。部外者は引っ込んでおれ」

 

  も、もうやめてくれぇ……。これ以上面倒ごとを起こさないで! 俺のライフはもうゼロよ!

  紫は剛から俺を引き剥がそうと、俺の腕を引っ張り始める。……って、普通逆だろ!? なんだ剛じゃなくて俺を引っ張ってんの!?

  というか痛い!

  当然ながら紫の腕力では剛に敵うはずもなく、ビクともしない。しかし紫が無理矢理俺の腕を引っ張るせいで、綱引きのような状況になって、その負担が全て俺の腕にかかっているのだ。

  剛も剛で取られてたまるかと、腕に力を込め始める。するとどうなるか?

 

「ちょっ、痛い痛い痛い!? おいお前ら、俺を殺す気かぁ!?」

「ほら楼夢もそう言ってるわよ? さっさと離したらどうなのかしらこの怪力女?」

「ほれ楼夢もそう言っておるじゃろう。さっさと離さんかこの根暗スキマ娘」

「テメェら、話を聞けェェェェ!」

 

  俺の必死の命令も虚しく、争い続ける二人。

  神様仏様イエス様師父ぅ! なんでもするから、誰か、誰か助けてくれぇ……!

 

『……はぁ、しょうがないですね。ハーレム野郎には天罰を、と思ってましたが、今回だけは助けてあげますよ』

 

  っと、そんな声が脳内に聞こえてきたかと思うと、突如強い突風が俺を中心に吹き荒れた。

 

「っ、きゃあっ!?」

「……ぐっ、さすが楼夢じゃな。最強の鬼である儂をこうも簡単に吹き飛ばすとは」

「はぁ、はぁ……助かった……」

 

  その強風は凄まじく、紫はおろか、伝説の大妖怪である剛まで容易く吹き飛ばされ、俺から引き剥がされた。

  ありがとう早奈。今回ばかりはマジで助かった。

 

『いえいえ。というわけで報酬は私と結婚—–—–』

 

  ブチん、という念話の切れる音が脳内に響く。

  すまん早奈、なんでもと言ったけどそれだけは無理だわ。

  とりあえず、未だに睨み合っている二人に拳骨を食らわしとく。

  紫は痛そうにしてたけど、剛のやつはダメージを受けた反応すらしなかった。そんなに俺の拳は軽いですか、そうですか。

  ……くそったれが。

 

  それはともかく。

  話を振り出しに戻そうか。

 

「なあ剛。お前なんでここにいるんだ? 地上と地底の条約はどうなったよ?」

「条約……ああ、そういえばそんなのもあったのう。しかし、楼夢のこととなればそんなもの無視じゃ無視」

「鬼は嘘をつかないんじゃなかったのか?」

「楼夢よ……世の中にはな、真実よりも大切なものがいっぱいあるんじゃぞ?」

「しれっといいこと言って誤魔化そうとしてんじゃねえよ!」

 

  やりやがったよこいつ!

  鬼の頭領、つまりは地底の実質的な支配者にも関わらず条約破ったということは、萃香の比じゃならないくらいの大問題だ。

  それを同じく聞いていた紫も、手を顔に当てて呆れたどころか泣き出しそうな表情をしている。

  ……紫、強く生きろよ。

 

「とりあえず、さっさとお前は地底に帰れ! 今でも十分ヤバイが、このままじゃ確実に面倒なことになる!」

「嫌じゃ嫌じゃ! そもそも儂は楼夢を地底に連れ帰るためにわざわざ地上に来たのじゃ。楼夢が一緒に来るまで、儂は絶対に帰らんぞ!」

「……はぁ、俺が行けばお前は大人しくなるのか?」

 

  ちらりと紫の方を見る。

  自分たちの頭領が掟を破ったとなれば、剛に続いて地上に上がって来る馬鹿どももいるかもしれない。

  そうなれば最悪戦争だ。剛を含む鬼たちは戦場が与えられて万々歳になるのだろうが、こっちは違う。確実に紫や霊夢たちは巻き込まれてしまうだろう。

  紫の負担になるわけにはいかない。

  別の方法として無理矢理帰らせるというものがあるが、こちらは不可能に近い。

  なぜなら彼女は伝説の大妖怪だから。万が一暴れでもしたらならば、幻想郷が滅んでしまうかもしれない。

  ……ここは仕方ないが行くしかないな。

 

「……わかった。俺が付いて行くから—–—–」

「だ、駄目よ楼夢! そんなことをしたら絶対許さないわ!」

「いや安心しろって。ちょっとしたら帰って来るから」

「駄目なものは駄目なの! わかった!?」

「あ、ああ……」

 

  ガキかこいつは。

  しかし、問題が何にも解決してないのにも関わらず、紫の今にも泣き出しそうなほど必死な顔に根負けして、思わず了承の返事をしてしまった。

  これでは剛が帰ってくれないし、さてどうするか……。

 

  俺が難しい顔で悩んでいると、紫がなにかを思いついたようだ。

  いい案が浮かんだことで表情を明るくし、剛に指を突きつけてこんな提案をする。

 

「ねえ剛。一つ私と賭けをしないかしら?」

「賭けじゃと? 賭博は苦手なんじゃが」

 

  賭けと聞いてギャンブルを思い浮かべたのか、剛は嫌そうな顔でそう言った。

 

「そう難しいものじゃないわよ。萃香が最近異変を起こしているのは知ってるわよね?」

「ああ、そういえばあやつもなにかしておったのう。地上に来てからは別行動じゃったから、すっかり忘れておったわい」

「その異変が次の宴会で無事解決したら私たちの勝ち。もし解決しなかったら、その時は楼夢を連れて行っていいわよ」

「おい紫、なにを勝手に……」

「いいじゃろう。その賭け、受けて立ってやるのじゃ」

 

  こうして、俺の自由権は二人の手に握られることになった。

  剛は獰猛、紫は不敵な笑みをそれぞれ浮かべる。それによって発生した冷たい空気と殺気が、両方の目線がバチバチとスパークしてる幻覚を俺に見せてくる。

 

「言っておくが、萃香は強いぞ? 地上の妖怪共がどこまで食らいついていけるかのう」

「あらあら、気が早いのね。幻想郷で争う以上、萃香にも幻想郷のルールで戦ってもらうわよ? それにこちらには博麗の巫女がいる。万が一にも負けはないわ」

「ほう……大した自身じゃな。面白い、精々その博麗の巫女とやらがどのような戦いをするのか、楽しみじゃ」

 

  カッカッカ、と笑いながら、剛は歩いて去っていった。……()()()()()()()()

  おいおい待て待て。

  玄関に入りかけたところで、思わず剛の肩を掴んでしまった俺は悪くないだろう。

 

  「どうしたのじゃ?」

 

  不思議そうに首をかしげる剛。

 

「いやいやどうしたもこうしたもねえよ。何勝手に俺の家入ってるんだよ。不法侵入で訴えるぞ」

「不法も何も、ここは楼夢の家なのじゃから儂の家でもあるじゃろ? そういうわけじゃ」

「……あ、そっすか……」

 

  この暴れまわる厄災を野放しにすることができないというのもあって、結局俺は剛の侵入を許してしまった。

  ああ、さよなら俺の平穏ライフ……。

  俺がそう黄昏ていると、肩に紫のであろう細い手が置かれる。振り向くと、彼女は任せておけとでも言いたそうな顔でサムズアップした。

 

「ふふ、安心しなさい。所詮は三日よ。確かに萃香は弾幕も器用に使いこなすけど、霊夢の天才的な技術には遠く及ばないわ。この勝負、私たちの勝ちよ」

 

  上機嫌に鼻歌を歌いながら玄関で靴を脱ぎ始める紫。

  そんな彼女に、俺は先ほどから気になっていた疑問を投げかけた。

 

「……なあ紫、忘れてないか? 最近()()()()()()()()()()()()()()()

「……あっ」

 

  靴紐を解こうと俺に背を向けてしゃがんでいた状態で、途端に彼女は硬直した。

  先ほどの鼻歌も止まってしまっている。

  ……おいおいまさか……。

 

「まさか、忘れてたんじゃないだろうな?」

「……あはは、あははは! あはははは、はは……っ」

「……笑えねぇ。笑えねぇぞそりゃ……」

 

  —–—–近接弾幕ごっこ。

  妖怪の中には、弾幕を作るのが苦手という者がたまにいる。そんな妖怪たちの要望を受け、紫と霊夢によって作られたのがこのルールだ。

  今の幻想郷ではこれが作られたばかりという理由で、空前絶後の近接戦ブームになっている。萃香戦の時には当然このルールで勝負が行われるだろう。

 

  しかしそうなった場合、霊夢が萃香に勝てる確率はかなり低い。

  練度が圧倒的に違うのだ。元々鬼は近接戦に特化した種族。その中でも技の四天王なんて名前がある萃香は技術面では剛に続いて強い。ぶっちゃけ体術だけなら俺より強いかもしれない。

  霊夢は体術に関しても天才的だが、萃香を倒すには少し足りないだろう。彼女は元々遠距離型、弾幕を相手に叩き込むのが本来の戦い方なのだから。

 

「おい紫、何かいい案はないのか?」

「……」

「紫? おーい紫?」

「……あいるびーばっく」

「おいコラ待てや! 解決策思いつかなかったからって逃げんじゃねえっ!」

 

  俺は紫を捕まえようと手を伸ばしたが、その時にはもう遅く。

  紫の真下に開かれたスキマが、彼女を吸い込んでいき—–—–閉じてしまった。

 

  境内の中に残されたのは俺一人。

  夜の冷たい風が、ポツンと佇んでいる俺のほおを撫でる。

  そして屋敷内から聞こえてくる剛の愉快な笑い声をBGMに。

 

「……ああ、終わった……」

 

  無表情のまま、静かに地面に膝をついてうなだれるのであった。

 

 

 





「学校のプールがやっと終わった! 泳げない私にとっては死ぬほど嬉しい! 作者です」

「まあ、お前マジでシャレにならないぐらい泳げないからな。クラス内で二番目に遅いやつと50秒以上差のある可哀想な作者を慰めている狂夢だ」


「唐突ですが、また投稿を一週間停止しようと思うんですよ」

「またか? 最近サボりすぎじゃね?」

「いやー、リアルが忙しくなってきたと言うか……。とりあえず一週間だけですので大目に見てくださいよ」

「というわけで、次回はちょっと先になりそうだな。その間にお気に入り登録&高評価をお願いするぜ」


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Stage1 近接弾幕ごっこ講座

 

 

  霧の湖近くにそびえ立つ、不気味な紅一面の屋敷、紅魔館。

  その中にある図書館に、私はお邪魔していた。

  ……そんでもって、弾幕ごっこの最中でもあった。

 

「禁弾『スターボウブレイク』!」

 

  色鮮やかな弾幕群を空中を縦横無尽に飛び回ることで避ける。

  ここは地下だが、窓というものが存在する。つまりは地下と一階を隔てる天井がぶち抜かれているのだ。その広さのおかげで、私は自分のスピードを最大限に活かすことができる。

  ハデさはあるが、精度にやや欠けるフランの弾幕では私を捉え切ることは難しい。そうこうしているうちに私は一気に距離を詰め、すれ違い様に弾幕を浴びさせたところでフランの残機がなくなり、弾幕ごっこが終了した。

 

「むー! やっぱ悔しいー!」

「あはは……こう見えて私は霊夢並みに弾幕ごっこが強いと自負してるからね。そう簡単に負けることはないよ」

 

  そう私に論されるが、それでも納得がいかないらしく、フランはほおを風船のように膨らませる。

 

  私とフランがこのように弾幕ごっこで戦っていたのには理由があった。

  というのも、フランは紅霧異変前までは狂気に精神を支配されており、暴れまわっていた。その時の影響なのか、彼女は正気に戻った後でも自分の体から溢れる大妖怪最上位の妖力を制御できていなかったのだ。

  それは流石にマズイということで、提案したのがこれ。 弾幕ごっこをしながら制御を身につけるという至ってシンプルな方法。

 

  実際、これはかなり有効的なものだと思う。なんせ相手を極力殺さないようにするのが弾幕ごっこのルールだから、自然と手加減して弾幕を撃たなきゃいけなくなる。

  今でこそ文句なしだけど、最初のころは酷かった……。

  五回に一回は弾幕の制御に失敗するので、暴走した弾幕が何十個も私に襲いかかり、その度に砕かれる壁を見ては冷や汗を流したものだよ。

 

  それはともかく、これまでの私とフランの戦績は、私の全勝で終わっている。戦うたびに着実に成長しているようなのだが、フランにはその自覚がないらしい。拗ねた顔をしながら私に抱きつき、そのストレスを私の服に顔を埋めて擦り付けることで解消している。

  かわいいなぁ……。なんていつも通りのことを思っていると、フランの方から話を切り出してきた。

 

「ねえねえお姉さん。そういえば近接弾幕ごっこっていうのができたらしいけど、何か知ってる?」

「うん知ってるよ。なに、フランはそれをやってみたいの?」

「やってみたいやってみたい! 前に魔理沙とパチュリーがやってるの見たけど、とてもカッコよかったの!」

「……えっ、パチュリーって動けたの?」

 

  カッコいいパチェってなによ?

  あのパチュリーが走り回って拳を振り下ろしているイメージがどうしてもできないんだけど……。

 逆に、すぐに息切れになって、ヘロヘロになりながら拳を腕ごとグルグル振り回す姿なら想像できるけど。

 

  私がそんな失礼なことを思っていると、フランが私の袖を引っ張って急かしてきた。

  ふむ……正直言って不安はある。妖力はともかく、物理攻撃を手加減することをフランはやったことがない。

  しかしそれならなおさら、対処できる誰かが必ず一度はやっておくべきか。もしフランの初戦がチルノとかだったら大惨事だしね。

 

「よし、やってみるか。フランは近接弾幕ごっこのルールは覚えてる?」

「うん! これを使えばいいんだよね?」

 

  フランがそう言って懐から取り出したのは、スペカに似たカードだった。

  近接弾幕ごっこには、勝つための条件が二つある。

  一つは相手のスペカを全部耐えきること。これは普通のと同じで、ラストスペルが終了した時点で相手が倒れてなければ、自然に発動した方の負けとなる。

 

  そして二つ目。これがあのカードと関係する。

  あのカードには、妖力を込めると紫特製の特殊な結界が発動者に張られるようになっている。その結界を破壊することが、勝利の条件だ。

 

  口で説明するより、実際見せた方がわかりやすいか。

  私とフランはそれぞれ、持っているカードに自分の妖力を込める。するとカードが突如輝き始め、私たちの体に貼りつくように、透明な結界が展開された。

 

「へぇ……。私も初めて使ったんだけど、結界が体を覆っているようには全然思えない。動きに制限もないし、いい仕事するじゃん紫」

「でもお姉さん。これ本当に結界が張られているの? 腕を触っても全然違和感もないし、もしかして故障していたり?」

「それじゃあ試してみる?」

「うーん……痛くないのは知ってるけど、それでも攻撃されるのは怖いなぁ」

「大丈夫。たとえ私の拳が直撃しても、フランにとっては石を投げつけられた程度にしか感じないはずだから」

  「それはそれで悲しいね」

 

  うん、本当にね。本当に悲しいよ。

  というか殴るつもりは流石にないのに。こんなかわいい子を戦闘以外で殴れるほど落ちぶれちゃぁいません。だからね、怖がらないで目を開けといてほしいなぁ。罪悪感湧いちゃうから。

  人差し指を親指にかけ、弓のように引き絞る。そしてそのままそれをフランのおでこにまで持っていき、親指を離した。

  デコピンと呼ばれるそれはたしかにフランのおでこを打った。しかしそれにフランが気づいた様子もなく、ずっと目を閉じてもう終わってしまった痛みを待ち続けている。

 

「フラン、もう終わったよ。さあ、目を開けて」

「え、もう終わっちゃったの?」

「まあ結界の性能はこの通りで……弾幕ごっこ中に発動者を攻撃から守ってくれるんだ」

 

  つまり、これがある限りは近接弾幕ごっこで一番心配されていた怪我というものを最大限防ぐことができる。欠点を挙げるとすれば耐久力の低さだが、ルールによって殺し合いほどの威力の攻撃を放てないようにしてるのでそこは問題ない。

  ちなみに出していい攻一撃の撃力の基準は、一般成人男性に直撃しても即死しないほどになっているらしい。ツッコミどころ満載な基準だが、幻想郷の妖怪たちには実際それがわかりやすかったらしく、事故はほぼ起きていないらしい。

 

「それじゃあフラン。チュートリアルも終わったし、そろそろ始めようか。スペカは三枚でオーケーね?」

「うん! じゃあ早速行かせてもらう、ねっ!」

 

  こうして、私とフランの初の近接弾幕ごっこが始まった。

 

  最初にしかけてきたのはフラン。吸血鬼の身体能力を活かして地面を蹴ることで加速し、私に向かって一直線に飛び込んでくる。

  そのまま空中で拳を振りかぶるんだけど—–—–甘いよフラン。

 

  防御の構えすら取らず、体を最小限動かしただけでその拳を避ける。

  フランは突き出した右拳がターゲットから外れたため、一瞬前のめりになってしまう。

  そこを狙って水面蹴り。バランスを立て直そうと踏ん張っていた右足を刈る。するとフランは自分の加速の勢いを止めきれなくなり、呆気なく転んで自滅した。

 

「うぅ、痛ぁ〜。……って、痛みはないんだっけ」

「ほーらフラン。そんな力任せじゃ私は倒せないよー?」

「むむ……今に見ていてよね!」

 

  フランは元気よく立ち上がると、再度私に突っ込んできた。しかし流石に二度目の過ちは起こさないつもりなのか、威力よりも数というふうに、とにかくたくさんの拳を連続で振り回した。

  右—–—–避ける。左—–—–避ける。

  右—–—–避ける。左—–—–避ける。

  右—–—–避ける。左—–—–避ける。

  右—–—–避ける。左—–—–避ける。

  右—–—–避ける。そして左—–—–に合わせたクロスカウンター。フランの左腕と私の右腕が、綺麗に十字を描いて交差した。

 

  私の右拳が閃光のような速さでフランのほおに直撃する。結界に守られているおかげで痛みはないだろうけど、本能が驚き、フランはふらついて無意識のうちに二、三歩後退してしまう。

 

「うーん、数で攻めるっていう狙いはいいけど、攻撃が単調すぎるね。ずっと左右のフックもどきを打ってたら、こんな風に合わせるのも容易いし」

「だったら、これならどうかな!?」

 

  フランは懐からカードを一枚取り出すと、それを掲げる。

  そして技名を宣言した。

 

「禁弾『カタディオプトリック』!」

 

  放たれたのは無数の青い弾幕。それらが壁や床、本棚などのあらゆる障害物にぶつかり、跳ね返って来て複雑な弾幕包囲網を形成してくる。

  とりわけ、この図書館には障害物が多い。その分跳ね返ってくる回数も多くなり、弾幕はよりランダムに動き回る。

  うーむ、少々面倒だね。

  ならばこちらも派手に行かせてもらおうか。

 

  本棚の後ろなどに隠れながら、図書館中をトップスピードで走り回る。

  ぶっちゃけ刀を使っちゃえば楽だけど、それだと流石に戦力差がありすぎるからね。フランはフランで攻撃を手加減するのに必死のようだし、初戦はこのくらいの方がちょうどいい。

 

  正面から迫ってくる弾幕を、近くにあったテーブルを横に倒して盾にすることで防ぐ。そしてその後は目くらましのためにフランに向けて直接蹴り飛ばし、弾として利用した。

  しかしテーブルごときじゃ避ける必要もなかったらしく、それを彼女の拳一つで粉々に砕け散った。

  すまんパチュリー……あなたのテーブルは元に戻せそうにないわ。

 

  っと、そんなことを考えていたら弾幕に囲まれてしまったようだ。

  前方、後方、右、左。

  まさに四面楚歌。しかしこの言葉には抜け道がある。

 

「横がダメなら上に行くだけだよ!」

 

  身軽な動きで一気に天井近くまで跳び上がり、弾幕包囲網を突破する。下では弾幕同士がぶつかり合い、大爆発を起こしていた。

  もうすぐでスペカの効果時間が切れるころ。これを耐えきれば—–—–。

  そんな風に考えていた私の視界は、少女の声とともに突如薄暗くなった。

 

「あはは、大成功ー! そしてこれがさっきの……お返しだよ!」

 

  とっさに上を見上げたがもう遅い。

  見ればそこには、あらかじめ私がここに逃げてくるのを予測し、先回りしていたと思われるフランの姿が。

  そして先ほどの仕返しもこもっているであろうフランの拳が、私の顔にめり込み、体ごと地面に叩きつけられた。それだけでは止まらず、私の体はボールのように地面を二、三回バウンドする。

 

「……っ! こんだけ体を打ち付けてるのに無傷だなんて、八雲印の結界は本当に頑丈だ、なぁっ!?」

 

  とっさに体を地面に転がしてその場を離れる。そして数秒後にフランの全体重が乗せられた拳が、隕石のように私が元いた床に落下し、小規模なクレーターを作り出した。

  おわっ、あっぶない……。一応手加減されてるし、結界もあるから怪我はしないだろうけど、直撃したら結界の耐久が一気に削られるところだった。

 

  フランはだいぶ慣れて来たのか、動きにキレのようなものが出始めてきている。さっきのカタディオプトリックも、わざと上だけに空間を空けていたに違いない。

  頭も使うようになってきてるし、凄まじい成長速度だ。

 

  フランは右手に魔力を集中させる。すると徐々に光が集中していき、最終的には先端がトランプのスペードのような形をしている黒い棒に変わった。

 

「えーと、それはレーヴァテインだっけ?」

「そうだよ。でも別にスペカとして使うわけじゃないし、普通に使ってもいいよね?」

「なるほど、それはスペカじゃなくてあくまでも武器と言い張るわけね」

 

  本当に頭が切れるようで。

  近接弾幕ごっこにおいて、武器の使用に宣言はない。つまりはレーヴァテインをずっと持つことも可能ということになる。さすがに炎は封じられてるだろうけどね。

  でも……武器を持ったくらいじゃ、私には勝てないぜ。

 

  両者一斉に間合いを詰める。

  フランのレーヴァテインによるなぎ払いを掻い潜り、アッパー気味の拳を繰り出す。

  しかしそれは首をわずかに捻るだけで避けられてしまい、お返しとばかりに棒が振り下ろされた。

  私は最小限の動きだけでサイドステップ。目標を見失った棒が地面に叩きつけられ、床に突き刺さる。そしてそれを踏んづけて跳躍し、空中での回し蹴り、後ろ回し蹴りのコンボを華麗に決めた。

 

「くぅっ、やぁ!」

 

  しかしお構いなしとばかりに、攻撃をくらいながらも振るわれたレーヴァテインが私の腹を打ち付けた。

  その衝撃で体勢を崩してしまい、私の空中コンボはそこで終わってしまう。

 

「ふぅ、すっかり忘れてたよ。この結界は発動者が受ける痛みをなくす効果もあるんだっけね。どうりで私の回し蹴りが顔面に当たっても怯まないわけか」

「えへへ。さっき思いついたものだけど、案外上手くいくもんなんだね」

 

  格ゲーで言うところの、ノックバックの効かない敵。痛みがないから怯むこともなければ、動けなくなることもない。代わりに体に多少の衝撃が響くみたいだけど、吸血鬼みたいに頑丈であれば無視できるってわけか。

 

  新たに発見した新事実。

  ……これって、霊夢が萃香と対戦したとき、ますます萃香が有利になってないかな?

 

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 

  ……あちゃー、今それが来ちゃうか。

  フランは二枚目のスペカを発動。するとフランが光に包まれ、四人に分身してしまった。

  彼女らの手にはそれぞれレーヴァテインが握られている。

  明らかにリンチする気満々ですねこりゃ。

 

「お姉さんも刀使ったら?」

「じゃないと負けちゃうよー?」

「手加減してるんだとしたら、後悔するよ?」

「お腹減ったー」

 

  それぞれのフランから刀を抜けと催促される。……いや、最後の子だけなんか違ったけど。

  たしかに、フランの実力を見誤っていた。そこは認めよう。

  だ・け・ど。

 

「ふっふっふ。フラン、良いことを教えてやろう。私は一度決めたことは絶対に破らない!」

「じゃあ無理矢理にでも抜かせてあげる!」

 

  フランたちは私を中心に前後左右に散らばり、私を囲む。そして同時に飛びかかって来た。

  さーて、大見得切ったんだから、私もやるだけやりますか!

 

  四つのレーヴァテインが同時に振り下ろされる。

  フランの分身は思考も身体能力も全て同じ。つまり四方から同時に突っ込む速度も、攻撃のタイミングも全てが一致しているということだ。

  故にカウンターのタイミングも—–—–全て同じだ。

 

「スペルカード発動! 脚技『旋回風車(せんかいかざぐるま)』!」

 

  私は両手を地面につき、逆立ちの状態にすると、開脚しながら、まるでブレイクダンスをしているかのように思いっきり体を捻った。

  すると旋風が私を中心に発生。当然近くにいた四人のフランは避ける間も無く巻き込まれ、全員がそれぞれの方向に弾き飛ばされた。

 

  しかし、まだだ。この程度では本体を倒すどころか分身は消えやしない。

  スペカを発動し終えると、床を思いっきり蹴って分身のうちの一人のフランに接近。そして流れるように拳で彼女の腹部を連打する。

  結界があるとはいえ多少なりとも衝撃は走るため、分身フランは体をくの字に曲げて顔を下げる。

  そこに宙返りの勢いを利用した私の蹴り上げがクリーンヒット。

  分身フランは体を空中に跳ね上げられながら、煙とともに消滅した。

 

「あー! 一人目がやられた!」

「敵討ちだ!」

「今度は二人……どれが本物かな? いや、結界が張られてないからどちらとも偽物か」

 

  本物のフランは随分遠くに飛ばされたらしく、ここに来るまでに時間がかかりそうだ。

  だったら好都合。先にこの二人を仕留めてやる。

 

  一人のフランがレーヴァテインを振りかぶる。しかしそれよりもワンテンポ速く、一回転してたっぷり遠心力をつけた私の回し蹴りが、フランの手首を弾いた。その衝撃で手からレーヴァテインが離れ、宙をくるくると舞う。

 

「と、りやぁっ!」

 

  それをジャンプしてキャッチしながら、落下の勢いを利用して分身フランに叩きつける。脳天に命中したけど血は流れることはなく、さっきと同じように煙になって彼女の体は消え去っていく。

 

「ふぅ……っとっ!?」

 

  っと、そこで息つく間もなく最後の分身フランのレーヴァテインをレーヴァテインで受け止めた。しかし吸血鬼の腕力には敵わず、私の体吹き飛ばされて本棚の一つにぶつかった。

 

「あはは、トドメだよ!」

「そうは簡単にはやられませんぜ! 私はぁ!」

 

  レーヴァテインを真正面に構え、追撃してくるフランを迎え撃とうとする。

  狙うは分身フランではなく、彼女が持っているレーヴァテイン。

  そしてフランの振り下ろしと私の横薙ぎが衝突して—–—–。

 

  —–—–バキッ、という音が響いた。

 

「う、そ……」

「残念ながら現実ですよっ!」

 

  砕け散る二つのレーヴァテイン。

  それに動揺して動きを止めたフランの右腕を担ぎ、全身に力を込める。

  次の瞬間—–—–。

 

「—–—–へっ? ……ガハッ!?」

 

  一本背負い。

  分身フランは背中から地面に叩きつけられた。

  そしてトドメに顔面を思いっきり踏みつけておく。

  これでようやく耐久が限界を迎えたらしく、最後の分身も他と同様に煙になって、無に帰した。

 

「……ものすごく容赦なかったね。仮に私と同じ顔なのに」

「ごめんねフラン。でも本物にはあそこまでしないから安心してね?」

 

  今さらだけど、いくら分身とはいえフランが言う通り、本当に容赦ないね私。

  一人は顎を蹴り砕いて、一人は脳天を潰して、一人は顔を踏み砕いてるし。

  実の妹ではないとはいえ、同じ姿の敵にここまでやれることを思うと、改めて私が自分勝手なサイコパスだってことを感じさせてくれる。別にそれでもいいんだけど。

 

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 

  とうとう、フランの最後のスペルが解放された。

  宣言したのは、彼女が持っている黒い棒と同じ名前。

  すると突如、黒い棒から眩いほどの炎が溢れ出し、それを包んでいく。そしてそのまま姿を変え、黒い棒はフランの背丈をも超える炎の十字大剣に変貌した。

 

  フランの魔力制御能力は紅霧異変の時と比べて格段に向上している。大剣から感じられる魔力の精度も、炎の密度もあのころとは段違いだ。

 

  見ているだけでほおがジリジリと焼かれる錯覚に陥る。一撃でも当たれば結界の耐久が一気に削られるのは間違いないだろう。だがあれがスペルカードである限り、必ず制限時間という欠点があるはずだ。要はそれまでしのげば私の勝ちは確実ってこと。

 

  —–—–でもねぇ。趣味じゃないんだよ、そういうの。

 

「来な、フラン。全力でお相手してあげる」

「—–—–行くよ、お姉さんっ!」

 

  数メートル離れているのにも関わらず、フランは私に向かって大剣を振り下ろす。当然刃は届かないが、発生している炎が斬撃と化して地面をえぐりながら私に襲いかかる。

  横にステップして、それを避ける。そしてフランが二度目を繰り返す前に距離を詰め、拳を突き出すが—–—–。

 

「—–—–っ、熱っ!?」

 

  フランはレーヴァテインを前方に構えると、それを盾として私の攻撃を受け止めたのだ。

  超高温の物体に拳なんて打ち込めば熱いのは当たり前で、思わず手を引っ込めてしまった。

  そこでフランのなぎ払いが繰り出される。間一髪、イナバウアーのような状態に体をすることで避けることに成功する。

 

  そこからもフランの連続攻撃は続く。

  大剣の質量を生かしたなぎ払いと振り下ろししか技のバリエーションはなかったが、レーヴァテインの炎がそれをカバーしている。なんせ範囲が広いから迂闊に飛び込めないし、飛び込んだとしても生半可な武器や拳じゃ逆に怪我するだけ。

  ……刀使わないって宣言したの、やっぱ間違ってたかなぁ。

  まあいいや。策と言えるものじゃないけど、考えはまとまった。後はその時が来るまで待つだけだ。

 

「えいっ! やあっ! とりゃっ!」

 

  フランは剣術は習ってないため、その様子は長い棒を両手で振り回している感覚に近い。

  なぎ払いと振り下ろしをランダムに繰り返してはいるが、その角度は若干バラバラだ。

  私が狙っているのは、そのバラバラの中の一つ。

  右なぎ払い—–—–違う。

  左なぎ払い—–—–違う。

  振り下ろし—–—–違う。

  左なぎ払い—–—–違う。

  右なぎ払い—–—–これだ!

 

  「鬼技『雷神拳』!」

 

  高らかにスペカ宣言。

  そして雷をまとった私の拳と、フランのなぎ払いが衝突する。

  本人のとは天と地ほども差があるとはいえ、鬼の頭領の奥義。

  さらには振るわれたレーヴァテインの角度が若干上に斜めっていたのもあり、フランの大剣は大きく弾かれた。

 

  大剣の質量に振り回され、バランスを崩すフラン。

  とてもではないがガードできる状態ではない。

  そこに左拳に力を込めて、躊躇いなく三枚目のスペカを宣言する。

 

「鬼技『空拳』!」

 

  風をまとった左拳をフランの腹部に叩き込む。そのあまりの威力に彼女の体は宙を舞い、数十メートル離れた床に落下する。

  その衝撃によって耐久が限界を迎えたのか、フランが落ちると同時にガラスが割れたような派手な音と光を撒き散らしながら、彼女の結界は消滅した。

 

「うぅ……また負けたぁ……」

 

  悔しそうにしているフランの頭を撫でながら、ひっそりと大きなため息をつく。

  はぁぁ……疲れた。実を言うと私の結界の耐久もフランの炎で削られてギリギリだったし、かなり危ない勝負だった。

  何あれ。近づくだけで微量ダメージとか回復なしの格ゲーでやっちゃダメでしょそりゃ。

 

  これからは負けるかもしれないので、名誉のためにも刀を使わせてもらおう。

  とりあえずはそう誓うのであった。

 

 






「ちょっと遅れましたが、無事投稿できました。作者です」

「最近は寒くなって来やがったな。そろそろ上着が必要になるのか。狂夢だ」


「というわけで、今回は初近接弾幕ごっこの回でした!」

「珍しいな。楼夢が弾幕と刀を使わないなんて」

「一回でもいいから格闘シーンだけの回を作ってみたかったんですよ」

「要するにただの作者の趣味ってわけか」

「というわけで、今回から本格的な萃夢想が始まりました! 次回もお楽しみに!」


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Stage2 お探し物は引きこもり少女?

「えーと、鬼、鬼っと……」

「なんの本を探してるのお姉さん?」

 

  近接弾幕ごっこの後、無事な本棚を見ていたら、回復したフランが声をかけてきた。

 

「鬼っていう妖怪の本を探してるんだけど、これがなかなか見つからなくてね。フランはなにか知ってる?」

「うーん……わかんない。でもパチュリーなら本がどこにあるのか知ってると思うよ」

「やっぱりここのことは管理人に聞くのが一番か……」

 

  しかし、図書館の中には珍しいことに話題の中心人物はいなかった。

  どうやら出かけているらしい。とはいえあの紫もやしちゃんが外出してるとは思えないし、紅魔館のどこかにいるのだろう。

  でも、紅魔館内は迷路のように広い。その中を探し回るのはさすがに面倒だなぁ。と思っていたら、フランが追加で情報を付け足してくれた。

 

「多分お姉様に誘われてお茶会をしに出かけていったから、もうすぐ帰ってくると思うよ」

 

  フランの言葉に続くように、突如木製の大扉が開かれた。そして外から誰かが入ってくる。

  紫の髪にフリルがついたパジャマのような服。間違いなく目的の人物の一人、パチュリー・ノーレッジだろう。

  ちょうどよかった。

  私は彼女の前へと足を進めると、探し物を見つけてくれるように頼み込む。

 

「ねえパチュリー。探し物があるんだけど、手伝ってくれない?」

「断るわ」

「まさかの拒否!?」

 

  このいじわるー! ケチんぼ! ボッチ!

  ……なんかパチュリーの私を見る目が冷ややかになったような気がする。

 

「えー、ダメ? お願いだよパチュリー」

「……」

「お願いお願いお願いお願いお願い!」

「……あなたはあれを見た後、よく私に頼みごとができるわね」

「あれって? ……あっ」

 

  パチュリーが指差した方向を見つめる。そして視界に移ってきたのは散らばった木片の欠片に、倒れまくった本棚。

  あの木片、どっかで見たことがあるような……?

  再び図書館を見渡す。すると、あるものが消えているのに気がついた。

 

「……パチュリーのテーブルの消滅。謎の木片……あっ」

 

  頭の中で考えたところ、すぐに結論が出てきた。

  あれ私がフランとの近接弾幕ごっこで壊したやつじゃん!

  チラリとパチュリーの顔を伺ってみる。相変わらず無表情で無言。しかしそこには圧力のようなものが込められていた。

 

「え、えへへ。許してヒヤシンス!」

「……殺す」

「やだなぁ冗談じゃないかだからその魔導書をしまってぇっ!」

 

  焦って早口で弁解してみるも、効果はなかった。

  無言で栞がわりに魔導書に挟んでいた結界カードを抜き出すと、それを発動。透明な結界が彼女を包み込んだ。

 

「……まさか本当に私と近接弾幕ごっこをするつもり? 言っておくとあなたは妹じゃないから、私が手加減する理由はないよ」

 

  せめてもの抵抗として脅してみるけど、効果はなし。むしろ今の言葉でさらにやる気が増してしまったような気がする。

 

「魔女には魔女の戦い方がある。それを証明してあげるわ」

「お姉さん頑張って!」

「そんな発情してそうな頭してるやつなんて、けちょんけちょんにしてやってくださいパチュリー様!」

 

  フランからの黄色い声援と、誰かからのヤジが飛んでくる。

  あれは確か小悪魔だったはず。やろう紅霧異変の時に私にボコボコにされたことを根に持ってやがんな? よろしい、パチュリーの次はテメェで決まりだ。

 

「スペカ数は3でいいよね?」

「ええ。その方が楽でいいわ」

 

  私は結界カードを取り出し、結界を展開する。

  これで準備は整った。外野の声でカウントダウンが始まり……。

  3……2……1……0。

  ゲームが始まった。

 

  最初に動いたのは私。自慢のスピードを生かし、風のように突進しながら抜刀。得意の居合斬りを繰り出す。

  しかしそれはパチュリーに届くことはなかった。直前で現れた幾何学模様の結界が刃の行方を阻んだからだ。

 

「……術式の展開が速いね。近接用に組み替えたのかな?」

「ご名答よ。普通の戦闘じゃ弱くて役にも立たないけど、このルールじゃ話は変わってくるわ」

 

  パチュリーは片手で結界を維持しながら、もう片方の腕を振るう。それだけで小さな炎が数十個も現れ、辺り一面に小規模な爆発を起こした。

 

「ちっ……」

 

  思わず舌打ちしながら飛び退く。しかし爆発のせいで結界には多少ダメージが入ってしまったようだ。

 

  これがパチュリーの戦闘スタイルか。彼女は威力の高い術式を封印し、威力の低い術式をあえて使うことで、近接戦の高速戦闘にも対応できるようにしていたのだ。

  たとえ威力が低くてもとりあえず当たれば結界には多少のダメージが入る。彼女はこのように高速で低威力、広範囲の術式を繰り出し続けることで、私の結界をジワジワと削るつもりなのだ。

 

  休む間も無く、パチュリーが様々な属性の魔法をばらまいてくる。

  自分に当たる分だけを見極め、次々とそれらを切り裂きながら出来る限り前へと前進する。

 

  こちとらだって仮にも伝説の大妖怪だ! この程度のことなら腐るほど経験してる!

  火、水、土……色とりどりの弾丸が撃ち込まれる。

  しかし止まらない、止まらない。踊るように回転しながら迫り来る全ての障害物を切り裂き、突破口を切り開いた。

  そして目でパチュリーの姿を捉え、一気に刀を振り下ろす。

  パチュリーは根っからの魔法使いであるがゆえに、身体能力はさほど高くない。音速を超えるこの斬撃はかわせないはず。

  しかしその予想は、すぐに裏切られることになった。

 

「……なっ!?」

 

  パチュリーの両足の裏に炎の術式が展開される。そして小さな爆発が起こり、私の刀が届く前の彼女を真上へと打ち上げてしまった。

  当然標的がいなくなった私の斬撃は空振り、勢いあまって地面へと突き刺さる。その瞬間にパチュリーが元いた場所を中心に今までよりも大きな魔法陣が展開され、再び爆発—–—–しかも小ではなく、大規模なものが起こった。

 

  爆風をまともにくらい、床に転がる私。

  くそっ、設置型の罠か!? 随分とマイナーなものをくらわせてくれたな!

  しかしパチュリーの攻撃はまだ終わっていない。彼女は魔導書を開くと、そこに挟んであったスペカが宙に浮いて光り輝く。

 

「符の壱『セントエルモエクスプロージョン』」

 

  パチュリーが両手を掲げる。するとそこに人間の頭数個分ほどもある大きさの炎の球体が出現した。

  それを振り下ろすような仕草を取ると、触れてもいないのにそれに連動して炎球が私に向かって飛んでくる。

  刀で切り裂こうとしたところでふと悪寒がして、とっさに飛び退く。そしてそれは正解だった。

 

  炎球が床に触れた瞬間、眩い光、轟音、そして爆発が巻き起こり、そこの近くの床一面を炎上させた。

 

「あら、よく気づいたわね。そのまま切ってたら美味しかったのに」

「危なかった……いつも通りに切ってたら、刀が触れた瞬間に爆発して巻き込まれるところだったよ」

「その通りよ。でも一つ忘れてないかしら。私のスペルはまだまだ続いているわよ?」

 

  再びパチュリーは両手を掲げる。そして炎球がいくつも放たれた。

  一つ、二つ、三つ……。床にぶつかるたびに炎を撒き散らかして、私を追い詰めていく。

  不思議なことに、この炎は床が木製でもないのに残って燃え続けるのだ。そのせいもあって、私の逃走ルートは徐々に狭まれていった。

  やがて走り回るスペースすらなくなり、とっさに最終手段の本棚の後ろへと隠れる。だが……。

 

「無意味よ、それは」

 

  炎球が本棚とぶつかる瞬間、パチュリーは指をクイっと動かす。すると私を隠していた本棚が消滅し、私の体は丸見えになってしまった。

 

「しまっ……!」

 

  声に出すが、もう遅い。

  炎の球は直撃し、私の体はたちまち炎に包まれながら爆発によって吹き飛ばされた。

  同時にスペカが終了し、それまで燃えていた床の炎が一斉に消滅する。

 

「ここは私の図書館よ。本棚の一つや二つ動かすことくらい、造作もないわ」

 

  なるほどね……つまりはもう本棚に頼ることはできないってことか。

  それにしても随分と結界が削られちゃったな。耐久は後半分より下ってところか。一枚目でこれなんだし、ちょっとまずいかもね。

 

「ということでちょっとギア上げてくよ! 斬舞『マルバツ金網ゲーム』!」

 

  私は目の前の空間を横に5回、縦に5回切り裂いた。

  それらは真空波となって視覚化され、マルバツゲームのボードを作り上げる。そして合図一つでボードは放たれ、パチュリーに高速で迫った。

 

  パチュリーが迎撃用の魔法をボードに繰り出すが、ビクともしない。むしろ線の一つ一つが斬撃波でできているため、彼女の魔法は全て細切れになって散っていった。

  流石に結界では防げないと判断したのか、パチュリーは炎による推進力を得て加速し、斬撃網の圏内から脱出する。どうやら網は直進にしか進めないことを見抜かれたようだ。

 

  だからどうした?

  今のはデモンストレーション。こっからが本番だよ。

  私は先ほどよりも速く斬撃を繰り出し、斬撃網を完成させる。

  一つを作るのにおそらく一秒。

  マシンガンのように間髪なく、斬撃網が放たれていく。

 

  今度はパチュリーが逃げ回る番だった。

  少女が足から炎を出して飛ぶ姿は中々シュールだ。せめて鉄腕の少年だったら似合っていたんだけど……。

  しかしあの方法による加速には一つ欠点がある。それは小回りが利かないことだ。

  それでも斬撃網に当たることはなかった。あの様子だと、相当練習したんだろう。ジェット飛行のコツをよく掴んでいる。

  だ・け・ど。

  まだまだ、私の攻撃を全部避けるには足りないかなぁ。

 

  —–—–破道の四『白雷』。

  私の指先から放たれた雷の閃光が、斬撃網の穴を通り抜けて、パチュリーを貫いた。……いや実際には結界のおかげで貫通してはいないけど。

  しかし当たったことは事実。その衝撃で集中力が乱れたのか、足裏の炎が一瞬止まってしまった。

  パチュリーは一気に減速してしまう。そしてチャンスだとばかりに、そこに斬撃網が殺到した。

 

  斬撃群に切り刻まれ、次々とパチュリーの結界は耐久力を削られていく。しかし四つ目が当たったところで制限時間が終了し、斬撃網は全て消えてしまった。

 

「っ、やってくれるじゃない……。さすがは、暴走したフランを止めたことがある妖怪ね」

「お褒めに預かり光栄っと!」

 

  —–—–破道の六十三『雷吼炮』。

  スペカの終わりで油断しやすい一瞬を突こうと、今度は人一人飲み込めそうなほどの雷を放つ。

  しかしそれは彼女も予想していたのか、一瞬で張られた結界によって呆気なく弾かれてしまった。

  お返しとばかりに、魔導書から二枚目のスペカが飛び出してくる。

 

「金土符『ジンジャガスト』」

「ならばこっちも! —–—–響け『舞姫』!」

 

  私は妖魔刀の名を叫んだ。途端に刀が光に包まれ、桃色の刀身に七つの鈴が飾り付けられる。

 

  パチュリーから繰り出されたのは、竜巻状の砂嵐だ。それもただの砂ではない。粒の一つ一つが黄金に輝いている。つまり、砂嵐は砂金で構成されているのだ。

  試しに弾幕を数個ぶつけてみたが、効果はなかった。それどころか螺旋状に高速回転する大量の砂金は弾幕を飲み込むと、あっという間に切り刻んで塵にしてしまったのだ。

 

  ん〜? これはせっかく解放したんだけど、舞姫が活躍できそうにないね。

  砂みたいに細かいものに斬撃を食らわせても無意味だしね。すぐに元どおりになっちゃう。

  しかし、パチュリーは私の能力を知らなかったみたいだ。

 

  広げた左手を突き出し、握りつぶすような仕草を取る。

  細かい粒を押し固めるようなイメージを頭に浮かべる。

  そして自身の能力を発動した。

 

「なっ、私の砂嵐が……」

「言ってなかったね。私は『形を操る程度の能力』を持ってるんだ。こういうことはお茶の子さいさいだよ」

 

  砂嵐は私の能力によって圧縮され、黄金の球体に押し固められた。

  それでも勢いは止まらず、黄金球は私に迫ってくる。

  しかし形があれば切るのはたやすい。黄金球は舞姫の刃に当たると、豆腐のように抵抗なく真っ二つに両断され、地面に落ちた。

 

  その後も次々と襲いかかる砂嵐を球体に変えては、それを切り裂いていく。そして数十秒後、制限時間が訪れ、パチュリーのスペカは私にダメージを与えることなく終了した。

 

「今度はこっちの番だ! 雷龍符『ドラゴニックサンダーツリー』!」

 

  私とパチュリーの間に雷で形作られた巨大な大樹が出現する。

  そこから伸びた数十の枝々が雷竜と化し、ジグザグに進みながら図書館中を駆け巡った。

 

「っ、火水木金土符『賢者の石』っ!」

 

  パチュリーもこれに対抗するため、最後のスペカを発動した。

  彼女を中心に、人間の胴体ほどの大きさの、それぞれ色が違う赤、青、黄、緑、紫の五つの結晶が展開される。

  それらはまるで衛星のように、パチュリーの周りをグルグルと回る。

  そしてそのうちの一つである赤い結晶が雷竜と衝突して砕け散った。

  途端に。

 

「……うおっ!?」

 

  砕け散った赤い結晶が突如巨大な炎へと変わり、私へと向かってきた。

  とっさに飛び退くことで回避に成功する。後ろから聞こえてきた爆発音から、その威力が伺えた。

  しかしこれで終わりではなかった。

  直後、私の視界に映ったのは四色の輝かしい結晶の破片。

  そして今度は水、木、金、土の属性の魔法が私に殺到した。

 

  刀を一閃し、魔法を叩き斬ることで攻撃を防ごうとする。しかし水だけは私の斬撃を受け付けず、高圧の水弾が私に直撃した。

 

  結界は……まずいね。ちょっと余裕がなくなってきたかな。

  しかしすごいスペカだよ。自分に当たる攻撃は全て結晶で防いで、しかも砕けた結晶は高威力の魔法に変わってしまう。

  さらによく見てみると、結晶は砕けても数秒で復活するようだ。

  まさに攻防一体のスペル。

  しかし、私ならこれの弱点を突くことができる。

 

  私は一気に加速して、パチュリーの元に急接近。そしてその喉元—–—–ではなく結晶に向けて刃を振るった。

  ガラスが割れるような音が結晶からした。

  割れたのは黄色の結晶。それらは巨大な金属の塊へと変わり、私を押し潰さんと迫り来る。

 

  しかし、まだだ!

  すぐに刀身を翻して、返す刀でその金属塊を両断。それは私を避けるように真っ二つに割れ、砕け散った。

 

  斬撃は止まらない。

  音速を優に超える剣技が再度、Vを描くように二回振るわれる。

  今度砕けたのは緑と紫の結晶。そして大木と土塊が出現し、先ほどと同様に一瞬で両断された。

 

  残りは二つ!

  私が考えた作戦。それは全ての結晶を壊し、再生する前にパチュリーを攻撃するという、ごり押し戦法だった。

  結晶の再生時間は数秒。しかし私の剣技は音速を超える。この一見無茶振りな作戦も実行可能になってくる。

 

  しかし、それを理解しているであろうパチュリーは余裕の態度を崩さなかった。

  残った結晶の色は赤と青。つまりは炎と水だ。

  これらは他の三つとは違い、形というものがない。いくら刀で切ろうが無意味になってしまう。私がこの二つの結晶を最初に狙わなかったのも、このことをわかっていたからだ。

 

  でもパチュリー、あなたは一つ忘れてることがある。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  『ドラゴニックサンダーツリー』の制限時間が訪れ、大樹は消えていく。それと交代するように私はスペカを投げ捨て、大声で宣言した。

 

「霊刃『森羅万象斬』っ!」

「なっ……!?」

 

  膨大な霊力が舞姫に集中していき、青白く巨大な刃が形成される。

  今度こそ、パチュリーは表情を崩した。私の刃を見て一瞬でその威力を理解し、炎を足裏から出して逃げようとするが—–—–もう遅い。

 

  力強く刀を振るい、青白い刃を飛ばす。

  パチュリーはその巨大な斬撃に結晶もろとも飲み込まれ—–—–爆発を巻き起こした。

 

「むきゅ〜……っ」

 

  目を回しながらお決まりのセリフを言い、パチュリーは床に倒れた。

  その体に結界は張られていなかった。おそらく爆発の時に耐久の限界を迎えて、壊れてしまったのだろう。そのせいもあってか爆発だけは完全に防ぎきることができず、服の所々が焼け焦げてしまっていた。

 

「パチュリー様ぁ!」

 

  悲痛な声を上げて、小悪魔が介抱するためにパチュリーの元へ駆け寄る。そして彼女を抱えてどっかへ文字通り飛んで行ってしまった。

 

「ふぅ、やっと終わったよ。これで目的の本が読め……あっ」

 

  忘れてた。本はまだ見つかってないんだっけ。

  パチュリー! パチュリーはどこだぁ!?

  しかし彼女の姿は図書館内にはない。あるはずがなかった。

 

「……おーい小悪魔! ちょっと待ってぇぇぇ!」

 

  全力ダッシュで図書館を出て、小悪魔を追いかける。

  その後なんやかんやあって治療を施し、パチュリーが起きたのは数時間後の話であった。

 





「いやー台風すごかったですね。窓がガタガタしまくって夜はあまり眠れなかった作者です」

「最近デルトラクエストっていう王道ファンタジー本にはまっている狂夢だ」


「それで、先ほどの話ですが、今回の台風は結構すごかったんですよね」

「作者の家が珍しく停電したんだっけか」

「停電なんて何年ぶりでしょうかね。久しぶりすぎてパニックってドアの角に足の小指をぶつけてしまいました」

「ベタだなぁ。もっと面白い話はねぇのかよ」

「その後スマホを懐中電灯みたいにできるのを忘れていて、家族に言われるまで必死に電灯探していましたね」

「バカだ。バカだこいつ」


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Stage3 泥棒魔法使い

「あ、あった!」

 

  パチュリーに場所を聞いてようやく、私は目当ての本を見つけた。

  本の内容は今は地上じゃ忘れられてしまっている妖怪である鬼についてのことだった。

  私がこの図書館にわざわざ来た本当の目的。それは霊夢と萃香が戦う時に、霊夢を出来る限りサポートするためだ。

 

  今のままじゃほぼ確実に霊夢は負けてしまう。そうなったら私は数十年は地底で過ごさなきゃいけないわけで……。

  当然そんなのは受け入れられない。だからこうして本を見て、少しでも私が見落としている弱点やらなんやらを調べているのだ。

  しかし……。

 

「うーん……。役に立ちそうなのがないなぁ」

 

  私が借りたのは日本の妖怪図鑑的なもので、軽く千ページを超えるほど分厚いものだったが、その中に記されていた鬼の情報は少なかった。それに得られた情報も全部知ってるものばかりだ。

 

  よくよく考えてみれば、当たり前か。

  鬼というのは、言ってみれば伝説の種族だ。彼らが地上にいたころも近づくような人間はほとんどおらず、その情報は元から少ない。それがさらに地底に戻ったことで、今ではほとんど忘れかけられてしまっている。

  そんな人間どもが作った本と、私が直接交流して得た知識。どっちが優れているかなんて一目同然だった。

 

  ペラペラとページをめくっているうちに、気がつけばもう日が落ちかけていた。

  本自体は中々完成度が高く、ついつい見入ってしまったようだ。なるほど、パチュリーが勧めるのもわかる。

  でもそろそろ帰らないと。作戦の練り直しだ。

 

  足を動かそうとしたところで何か違和感を覚えた。

  膝が重りを乗せたように重くなっている。

  それに気づいて座っている状態から視線を下にやると、そこには私の膝を枕に眠っているフランの寝顔があった。思わずほっこりしてしまう。

 

  寝顔も可愛いけど、今日はもう帰らなくちゃ。

  慎重に彼女の頭をずらし、代わりにお姫様抱っこでフランを抱き上げる。そして図書館にある階段でさらに下に下りて、そこにある彼女の部屋のベッドに寝かせてあげた。

  そして私が階段から再び図書館に来た時、なぜか空から紫髪の少女が隣に落っこちてきた。

 ……古来より、こんな時に言うべきことは一つだ。

 

「……親方、空から女の子がっ!?」

「いや誰だよ親方って?」

「冷静なツッコミありがとう魔理沙」

 

  紅魔館の図書館でこんな狼藉ができる人物なんて一人しかいない。

  黒と白の魔女のような服に金髪。間違いなく、霧雨魔理沙本人がそこにいた。

 

「よう楼夢! こんな時間にいるなんて、お前も本を盗みに来たのか?」

「いや違うからね? 一人が寂しいからって、しれっと私を泥棒仲間に入れないでくれるかな」

 

  魔理沙はニッと元気そうな笑顔を浮かべて、私に挨拶してくる。

  というかやっぱり盗みに来たのか……。迎撃しようとパチュリーは弾幕ごっこで挑んだんだけど、元々が病弱な上に私との戦いで体力を削られていた彼女に魔理沙とまともに戦える力が残っているはずもなく、こうやってあえなく敗北したってわけか。

 

  私の隣で本日二回目の全身黒焦げを体験したパチュリーは、消え入りそうな声を振り絞って私に頼んでくる。

 

「ゲホッ、ゲホッ……楼夢、私の代わりに魔理沙、を……」

「パチュリー様ぁぁぁぁ!!」

 

  それだけ言うと、返事も聞かずにパチュリーは力尽きてしまった。気を失った彼女を再び運ぼうと、小悪魔が駆け寄るが、途中で足を本棚か何かに引っ掛けて思いっきり転倒。彼女までもが、目を回して気絶してしまった。

 

  ……あっちの茶番はひとまず置いといて。

  さて、どうするかな。

  普段なら面倒くさいし無視するんだけど、今回はパチュリーに色々助けてもらったからなぁ。流石にこのままスルーして帰るというのはないわー。

  まあ仕方ない。借りは必ず返す。それが私のモットーなんだね。今回ばかりは魔理沙に痛い目を見てもらおうとするか。

 

「ふっふ〜んっと。大量大量だぜ」

 

  鼻歌を歌いながら、魔理沙は手持ちの袋にドンドン本を詰め込んでいく。数にして10以上はあるのは確定だろう。

  やがてパンパンになった袋を肩に背負って、図書館から出ようとしたところに、私は立ちはだかった。

 

「……なんのつもりだぜ?」

「悪いね魔理沙。今日私はパチュリーに結構お世話になったんだ。その恩返しぐらいはさせてもらわないと」

 

  言うがいなや、結界カードを取り出す。それを見ると魔理沙は好戦的な笑みを浮かべて、帽子の中から同じカードを取り出した。

  私と魔理沙の体が一瞬光る。そして透明な結界がそれぞれに張られた。

 

「へへっ、そういえばお前とやるのは初めてだったな。話に聞くその実力、試させてもらうぜ」

「好戦的だねぇ。まあそんな魔理沙に免じて、手加減はいらないかな」

 

  私は右腰に両手を近づけると、柄を掴み()()の妖しく光り輝く刃を一気に抜いた。

  そして、語りかけるようにそれぞれの名を口にする。

 

「—–—–響け『舞姫』。そして—–—–咲け『妖桜(あやかしざくら)』」

 

  桃色の刀身を持つ刀—–—–舞姫を右手に。

  紫水晶のような刃を持つ刀—–—–妖桜を左手に。

  化物の魂が封じられた二つの妖魔刀。その力が解放されるとともに、辺りの空気が冷たいものへと変わっていく。

  魔理沙もそれを感じ取ったのだろう。無意識に一歩大きく跳びの退き、とっさにミニ八卦炉を構えた。

 

「……おいおい。そんな刀前まではなかっただろ。どこで集めたんだぜ?」

「残念ながら企業秘密。それよりも気をつけてね。こいつらはけっこう乱暴だから、結界があっても最悪大怪我をしちゃうかもね」

「へっ、言ってろ。大怪我をして帰るのはお前の方だぜ!」

 

  魔理沙は冷や汗を垂らしながらも、その戦意は失っていないようだ。むしろ私が本気ということを感じて、逆に燃えるようなやる気に満ちていた。

  こういう性格だから、私は魔理沙に二つの妖魔刀を解放したのだ。逆に手加減してたなんて知られたら不機嫌になられるだろうし。

  それに魔理沙は魔法使いとしては未熟だが、弾幕ごっこの腕は数々の異変をくぐり抜けてきたおかげで超一流だ。手加減なんてしていたら、逆に私がやられてしまう。

 

「カードは3枚。準備はいいかな?」

「ああ。いつでもオーケーだぜ」

「それじゃあ—–—–遠慮なく、行かせてもらうよ」

 

  (まばた)き一つの間で凄まじい突風が走る。

  そのころにはもう、私は魔理沙に接近し終えていた。

  両刀を振るう。斜め十字に切り落とし、手首を捻ってその後は逆に斜め十字に切り上げた。しかし魔理沙には振り下ろししか見ることができなかっただろう。

  斬撃は結界に無効化されてしまうが、その分の衝撃が魔理沙の体を吹き飛ばした。勢い余って本棚に衝突し、それの下敷きとなってしまう。

  しかし私はお構いなしだ。倒れた本棚の上に乗ると、魔理沙がいるであろうところに刃を突き刺した。しかし、確実に当たったはずなのに相手を切ったという感触が手に残らなかった。

 

  その時だった。本棚の下から突如大きな爆発が起こり、若干油断していた私はなすすべなくそれに巻き込まれた。

  炎とともに黒い煙が辺りを包む。それらのせいで視野はかなり悪くなっていた。

  と、そこへ何かが後ろから突っ込んでくるのを、獣特有の鋭い聴覚が感じ取った。誰だかはもはやわかり切ったことだ。

 

「オォラァァァァアアッ!!」

 

  魔理沙は魔法で硬化させた箒を力いっぱい振り上げ、全力で私に振り下ろしてくる。

  しかし迂闊だったね、魔理沙。長物の扱いに関して私に勝てるとでも思っていたのかい?

  左の刀で軽く受け流し、バランスを崩したそこに右の刀を振るう。しかしその一撃は、金属音にも似た音とともに防がれてしまった。

 

  刃と魔理沙の間には、分厚い魔導書が挟まれていた。見た目からして頑丈そうだが、それを補強するように強力な結界が本には張られている。

 

「これは、パチュリーの……? そうか、あの時に拾ったのか!」

「正解だぜっ。そして報酬のプレゼントだ!」

 

  パチュリーは自分の魔導書が万が一燃えたりした時のために、本棚にかけてあるのとは別々の結界をこの図書館全ての本に一つ一つかけているらしい。魔理沙はその強固な結界を利用して、私の斬撃を防いだのだ。

 

  魔理沙は魔導書で刀を押さえつけたまま、小指だけであらかじめ覚えておいたページを開く。そこには栞の代わりに光が点滅している丸い物体が挟まれていた。

  光が点滅する速度は目に見えてだんだんと速くなっていく。

  これって……まさかっ!?

 

「しまっ……んげっ!?」

 

  私が気づいた時には遅かった。

  丸い何かは一瞬だけ、激しい光を放った。そして次の瞬間、それは突如爆発したのだ。

  光る物体の正体。それは火薬の代わりに魔力が詰め込まれた爆弾だった。

  それをモロに浴びてしまった私は結界の耐久を削られながら、吹き飛ばされる。それによって距離が空き、体勢を立て直した魔理沙がスペカを掲げる。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

  いくつかの魔法陣が、魔理沙の周りに展開される。それらを身に纏うようにすると、彼女は自慢の箒に乗り込み、そのまま空中を飛んで私に突っ込んできた。

  そのころ私は、爆風で吹き飛ばされた体勢を立て直したばかりだったので、回避は間に合わなかった。代わりに双刀を斜め十字に構え、魔理沙の突進を受け止める。

  しかし箒の推進力は凄まじく、筋力も体重もない私ではその勢いは到底止まられるものではなかった。私は床を削りながらいくらか後退した後、とうとう耐えきれなくなり、再び宙に跳ね上げられてしまった。

  しかし、魔理沙のスペカはここからが本番だ。展開された魔法陣からいくつもの星弾が放たれ、それが何かに当たると爆発を巻き起こした。

 

「また爆発なの! もうちょっと他の芸はないのかなぁっ!?」

「芸術は爆発だぜ!」

 

  ああもう、面倒だなぁ!

  目の前に迫る弾幕群を切り裂きたくなる衝動をなんとか抑えながら、冷静にそれの避け方について考える。

  むやみに切るのはダメだ。あの星弾の一つ一つが小さな爆弾なので、衝撃を与えると爆発してしまう。普通の弾幕ごっこならグレイズ扱いされるんだけど、爆風に結界が反応してしまうため近接弾幕ごっこだと耐久が少し削られてしまうのだ。

 

  ということは、あの星弾幕群の隙間をくぐり抜けて行くしかないということだね。

  息を深く吸って、吐く。心を落ち着かせて、弾幕群を睨みつける。

  大丈夫。こんなことは今までに何回もあったんだ。ヨユーよヨユー。

 

  そして私は自ら、弾幕群へと突っ込んでいった。

  弾幕と弾幕の隙間を見つけ、そこに自分の体を滑り込ませるようにして進んでいく。そして無事、弾幕群からの脱出に成功した。

 

  しかし、魔理沙は私が床に着地するタイミングを見計らって、再び突進してきた。

  いわゆる着地狩りってやつだね。でも、それはもう見切ってるんだよ!

  高く掲げた舞姫に霊力が集中していく。

  そしてスペカを空中に飛ばし、技を宣言した。

 

「や、ヤバッ! 避けられ……!」

「遅いよ!霊刃『森羅万象斬』!」

 

  舞姫の刃が光り輝く。そこから放たれた青白い光は巨大な刃を形作っていく。

  魔理沙が叫び、急カーブしようと箒の先端を横に向けてるけど、逃がさないよ。

  魔理沙の突進に合わせるように、光の刃を振り下ろす。そして避ける間も無く、魔理沙はその閃光に飲み込まれていった。

 

  やがて光が収まっていく。

  そこで姿を現したのは、冷や汗をいくつも浮かべて肩で息をする魔理沙の姿だった。見た目は無傷だが、彼女を守っていた結界がかなり損傷しているのがなんとなく感じ取れる。

 

  この機を逃す手はないね。

  左腕を突き出す。その袖の中からスペカが飛び出し、空中を回転しながら光り輝いた。

 

「雷龍符『ドラゴニックサンダーツリー』!」

「っ、魔空『アステロイドベルト』っ!」

 

  本日2回目のドラゴニックサンダーツリー。

  私と魔理沙の間に雷の柱が発生し、そこから伸びる枝のように、雷でできた竜が大量に放たれた。

 

  一方魔理沙は私のスペカと一つ遅れて、自分の技を宣言する。

  彼女はミニ八卦炉を天に掲げる。そしてそこを中心に、ミニ八卦炉から赤、青、黄、緑のカラフルな星弾が規則正しい音とともに放たれた。

 

  二つのスペカは互いに激突した。

  雷竜が星を次々と喰らい潰していく。しかし星弾と雷竜の数では、私の方が不利だった。

  やがて数十もの星弾をその身に浴びて消えていってしまう竜が増えていった。

  しかし私はこの時気付いた。星弾が雷竜に当たっても、さっきのように爆発しないのだ。

 

  だったら話は簡単だ。

  雷の柱から出てきた竜たちとともに弾幕群に突っ込んだ。そして目につく限りの弾幕を切り裂き続け、魔理沙への道を切り開いていく。

  そして彼女へと限りなく接近できたところで、二つのスペカはほぼ同時に終わってしまった。

  それはすなわち、次のスペカを放つことができるという意味でもあるわけで……。

 

  —–—–両刀を振り下ろそうとしたところで、ふと視界に光り輝くカードが見えた。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

  ほぼゼロ距離で、魔理沙の代名詞でもある巨大な閃光が放たれた。

  回避は、間に合わないっ!

  振り下ろした両刀が閃光とせめぎ合う。しかしそれは押さえつけていると言った方が正しい様子で、一瞬でも気を抜けばすぐに私は閃光に飲まれてしまうだろう。

  マスタースパークの威力は他のどんなレーザー弾よりも高い。残った結界の耐久ではたちまち破壊されてしまうだろう。

 

「私の、勝ちだぁっ!!

「まだ……まだ勝負は、終わっちゃいねぇよッ!!」

 

  必死さのあまり元の口調に戻っちゃったけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない!

  両手が塞がっているので、スペカを取り出すことができない。しかし私は手を使わずに物を動かす人物を知っている。

 

『これがアリスの魔法の正体。アリスは魔力で編んだ無数の糸を操って、人形を動かしてるんだよ』

 

  そうだ、糸だ!

  魔力で編んだ糸を作り出し、それを操作することで巫女袖からカードを取り出すことに成功した。

  私が選んだスペカには、何も描かれてはいなかった。

  当然だ。なぜならこれはスペルカードとなる前の段階のカードだからだ。

  それを口に咥え、妖力を注ぎ込む。

  イメージするのは今自分が使いたい技。この局面を打破出来るような、強力な技。

  そして眩い光とともに真っ白なカードに絵が描かれ、カードが完成した。

  私は口を大きく開く。それのおかげでカードが口からこぼれ落ちるが、それでいい。そのまま私は、あらん限りの声で切り札の名を叫んだ。

 

「『百花っ、繚乱』ッ!!」

 

  マスタースパークを押さえつけている二つの刃が光に包まれ、徐々に巨大化していく。

  舞姫は桃色、妖桜は瑠璃色。

  目にも留まらぬ速さで、光輝くそれらが閃光へ叩きこまれる。

  一撃が振るわれるたびに、派手な色の火花が飛び散る。

  光と光のぶつかり合い。

 

  勝ったのは—–—–私のだ。

  やがてマスタースパークは、その斬撃群によって切り裂かれ、胡散してしまった。

 

「……おいおい、そりゃないぜ……」

「ゼアァァァァァァア!!!」

 

  咆哮とともに、光の刃が魔理沙を切り裂いた。

  その時、ガラスが割れるような、爽快な音が鳴り響く。

  それを耳にした私は振りかぶっていた刀を下ろし、それらを鞘へと納めた。

 

  ふと目に映ったのは魔理沙の姿だ。

  彼女は図書館の床に仰向けに倒れ込み、完全にのびてしまっていた。

  どうやらさすがの結界でも、あの一撃は完全には防げなかったらしい。凄まじい衝撃が魔理沙の体に襲いかかり、そのまま気絶してしまったようだ。

 

「ふぅ……今回はちょっと危なかったかな?」

 

  まさか急きょあの技が必要になるとは思わなかったわ。

  体は無傷でも、精神はボロボロだ。

  これで3戦目。今日はもう勘弁してほしいもんだね。

 

  後処理が面倒くさくなったので、とりあえず気絶してる魔理沙とパチュリーは互いに互いを抱き締めさせといた。顔なんてキス寸前のところまで密着している。

 

「うん、これできっと仲良しになるね!」

 

  もちろんそんなこと粒ほどにも思っていませんが。

  記念の写真を数枚撮った後、私は悪い笑みを浮かべて図書館を出て行く。

 

  ふふ、これからあの二人は写真をネタにすれば言うことを聞かせられそうだ。

  パチュリーへの恩? そんなのさっき魔理沙を倒したのでチャラだぜチャラ。

 

 

  —–—–この数日後、パチュリーがユリに目覚めてしまったことは、今の私には知るよしもなかった。

 

 





「今期アニメが面白すぎる! 転スラをオススメしたい作者です」

「あえて言うなら、ゴブリンスレイヤーをオススメするぜ。これを見てリアルで勃起した作者に引いてる狂夢だ」


「いやー、本当に今回は見たいのいっぱいありますね。テンプレだったらとあるとかSAOとかもあるし、それ以外も色々豊富ですね」

「まあ作者の家は録画機能がないからアニメ見るの大変なんだがな」

「大丈夫ですよ。もうすぐでテレビ買い換えるそうですし」

「買うといえば、お前の誕生日が今週中にあったよな? なんかもらったのか?」

「現金をもらいました」

「夢がねぇ……」


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Stage4 ワガママ吸血鬼

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

  紅魔館を出ようと大扉に手をかけた時、そんな声がエントランスに響いた。

  後ろを振り返り上を見上げると、階段の上で仁王立ちしている少女の姿が。

 

「なにか用かな、レミリア。今日はもうヘトヘトで帰りたいんだけど」

「フラン、パチェ、魔理沙……よくぞ数々の試練を超えたわね。いいわ、この紅魔館四天王最強であるレミリア・スカーレットが、相手をしてあげる!」

「……咲夜、通訳プリーズ」

「要するにみんなだけ遊んでズルイ。私も弾幕ごっこしたい、と言っておられるみたいね」

「ちょっ、咲夜っ! せっかくそれっぽい雰囲気が出てたのに!」

 

  咲夜の淡々とした解説に顔を赤くして叫ぶレミリア。しかし否定してないところを見ると、どうやら図星だったみたいだね。

  というか紅魔館四天王って言ってたけど、明らかに一人人選おかしくないかな? いつのまに魔理沙は紅魔館側に寝返ったのやら。

 

「私今日はもう疲れてるんだけど。やる理由もないし」

「理由ならあるわよ! フランの敵討ち!」

「うわぁ……妹をダシにして自分のワガママ通すつもりだ……。サイテーな姉だね」

「ち、ちがっ、そんなつもりじゃ……うわぁァァァん!! 咲夜ァァァッ!!」

 

  ……め、メンタル弱すぎでしょ……。

  大声で泣きながら、咲夜の貧相な胸に飛び込むレミリア。……あ、ちょっと咲夜さん? 貧相なんて思ったの謝るから、頼みますからその構えたナイフをしまってください。

 

「はぁ……私からも頼むわ。お嬢様のワガママを叶えてやってくれないかしら?」

 

  仕方がないとばかりに小さくため息をついて、咲夜は私に頭を下げた。

  まあ、咲夜の頼みだったら断れないな。普段お菓子とかでお世話になってるし。

  それに……。

  私はチラリと視線を動かす。そこには相変わらずカリスマブレイクしているレミリアの姿が映った。

  こんなに泣き喚かれると、こっちの良心も痛むんだよね。なんか私が悪いことしたみたいじゃん?

 

「わかったよ。ただし、今度来るときには高級なお菓子とワインをちょうだいね?」

「それくらいで済むのならいいわよ。お嬢様の秘蔵のワインを持ってきてあげる」

「聞こえてるわよ咲夜?」

 

  うわっ、立ち直り早っ!?

  どうやらお嬢様はブレイクするのが早ければ、立ち直るのも早いらしい。相変わらず都合のいいやつである。

  レミリアは咲夜のさっきの発言について問いただしてみたが、彼女は意味なく微笑むことで誤魔化した。

  なんとなくわかってたけど、紅魔館の権力って実質咲夜>レミリアになってるんだね。レミリアはそれ以上は何も言わずに、ムッとした表情になる。しかしすぐに気持ちを切り替えて、私に話しかけてきた。

 

「ふっふっふ。吸血鬼は怪力とスピードを合わせ持った完璧な種族。その王である私に挑んで来たこと、後悔するがいいわ!」

「あ、じゃあ後悔したんで帰りますわ」

「わー待って今のはなし!」

「まあ冗談だけど」

「冗談なのかいっ!?」

 

  わーお、鋭いノリツッコミ。

  とボケるのはここまでにしといて。

 

「—–—–そろそろ始めようか。戦いってやつを」

「……ええ、その通りね」

 

  私の体から妖力が立ち昇る。

  それを見たレミリアは、私がようやくやる気になったのに気づいたらしい。先ほどまでのキャラはどこへやら、口を三日月のように歪め、ぎらりと光る犬歯を見せつけてきた。

 

  あんなのでも、れっきとした大妖怪最上位だ。しかもフランには足りない戦闘経験というものを、この吸血鬼は持っている。

  間違いなく油断はできないね。

 

「カードは3枚でいいよね? 正直私も早く終わらせたいし」

「5枚がよかったのだけれど……まあいいわ。紅魔の王はそんな些細なことで揉めたりしないわ」

 

  結界カードを取り出し、それを宙に放り投げる。そしていつも通りに結界が体を包み込んだ。

  レミリアも準備ができたらしい。いわゆるジョジョ立ちというポーズを取りながら、始まりの時を静かに待っている。

 

  私たちの真ん中に咲夜が立った。手のひらには銀製のコインが置かれている。どうやら彼女がカウントダウンを務めるらしい。

 

「このコインが地面に落ちた時が合図よ。異論はないわね?」

 

  双方が咲夜の言葉に頷く。それを見た咲夜はゆっくりとコインを親指で弾いた。

  空中で舞うように回転しながら、落ちて来るコイン。集中力が高まったおかげか、今の私にはその動きがスローモーションに見えていた。

  地面までおよそ、3……2……1……。

 

  そして咲夜の姿がかき消えると同時に、エントランスに甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「ハァァァッ!」

「ゼヤァァッ!」

 

  動いたのは同時だった。

  両刀の居合抜刀切りとレミリアの爪が衝突し、衝撃波がフロアを駆け巡る。

  鍔迫り合いのような状態が続いたのは一瞬だけ。同時に弾かれるように引いて、そこから高速攻撃の応酬が始まる。

 

  私が振るった刀をレミリアが弾き、レミリアの爪を私の刀が弾いていく。それが目に見えないほどの速さでひたすら繰り返され、防げなかった分が結界の耐久を少しずつ削っていく。

 

  レミリアの左爪が私のほおを浅く切り裂く。しかしほぼ同時に振るわれた左の妖桜が彼女の脇腹を同じように浅く切り裂いた。

  間を置かず、右爪と舞姫がぶつかり合う。

  しかしレミリアは鬼並みの剛腕の持ち主。正面からぶつかれば押し負けるというのはわかっていた。なのですぐに刃を引くと同時に左足を軸にして時計回りし、前にバランスを崩した彼女の腹部に後ろ回し蹴りを繰り出した。

 

「ガッ……!」

 

  それは見事に命中。壁に向かってレミリアは吹き飛んでいく。

  しかし間髪入れずに私は地面を蹴り、レミリアに急接近。そのまま右の舞姫で突きを繰り出し、壁と彼女の体を串刺しにしようとする。

  だが、レミリアは獰猛な笑みを浮かべると、その悪魔のような漆黒の翼を広げた。そしてそれを羽ばたかせ、体勢を立て直すとともに低く滑空。私の後ろに一瞬で回り込み、お返しとばかりに無防備な私の背中に拳を突き出した。

  とっさに妖桜の刃を背中に押し当て、直撃を防ぐ。しかし拳の衝撃は凄まじく、私はそのまま勢いを止められずに壁に激突してしまった。

 

「……ケホッ、ケホッ……!」

 

  襲いかかる衝撃に思わず咳き込んでしまうが、レミリアはその時間すら与えてくれないようだ。

  先ほどとは真逆だ。さっきは私がレミリアを追っていたのに、今はレミリアが壁際の私を追いかけてきている。

 

  走っているスピードを利用した拳が眼前に迫る。

  それを私は首を捻ることで避ける。そして桃色の髪を切り裂いて、彼女の拳が壁に突き刺さった。

 

  チャンスだ!

  私は全体重を前に傾けながら、両刀を突き出した。超至近距離から繰り出されたそれを避けることはもちろん出来ず、それはたやすく人間の臓器のある場所に突き刺さる。

  しかし、レミリアは後退するどころか、怯むことすらなかった。

  私は熱くなるばかりで、この時あることを忘れていた。そう、この近接弾幕ごっこにおいて、臓器などへの急所突きは全くの無意味だということに。なぜなら結界があるせいで、どの部位を攻撃しても致命傷になることはないからだ。

 

  ギョロリと、赤眼が私を睨みつける。

  急いで刀を引き戻そうとしたが、もう遅い。

  先ほど壁に突き刺さったのとは反対の、左拳が私の顔に叩きつけられた。

 

「アッ……ガハッ!?」

 

  レミリアの拳の威力は凄まじく、私の体はたやすく宙を浮いた。しかし後ろは壁。吹き飛んでいくスペースなんてどこにもない。よって私は壁に叩きつけられ、一度で二重のダメージを負ってしまった。

  しかもそれだけではレミリアの追撃は終わらなかった。

  不意に、光り輝くカードが視界に映る。

 

「夜符『デーモンキングクレイドル』」

 

  後頭部を壁に打ち、自然に床に倒れようと前傾の体勢になってしまう。しかしレミリアはそれすら許さなかった。

  次の瞬間、激しい痛みが顎に響き、浮遊感を何故だか体が感じていた。

  レミリアは倒れこもうとした私を飛行しながらのアッパーでかち上げたのだ。私の体はさらに壁に固定され、押し付けられながらガリガリと壁を削って上へ上昇していく。

  そこへ、二つ目のカードが目に入った。

 

「悪魔『レミリアストレッチ』!」

 

  今度はレミリアは上体をストレッチするかのように後ろへ引き伸ばす。そしてその反動を利用して、魔力がこもった拳を振り下ろしてくる。

  でもね、やられっぱなしで終わるほど、私は弱くないよ!

 

「『妖桜』ッ!」

 

  私は妖桜の刃を後ろの壁に突き刺した。すると妖桜が紫色の光を放ち始め、()()が発動する。

 

  —–—–『金縛り』。

 

  突然早奈の声が聞こえたかと思うと、私の背後の壁から黒い鎖がいくつも出現した。それはレミリアに一斉に巻きつくと、大技中の彼女の動きを拘束する。

 

「こ、の……必殺技中に攻撃しかけてくるなんて、非常識よ!」

「知ったことか!」

 

  怒ったレミリアは腕に力を込めて、鎖を一気に引きちぎった。

  さすがは吸血鬼……そう簡単に捕まってはくれないか。

  でも、時間は稼げた。鎖を引きちぎって安心したところに、私はスペカを発動する。

 

「楼華閃卍外—–—–『氷炎斬舞』!」

 

  舞姫が炎を、妖桜が氷をそれぞれ纏う。それらを硬直しているレミリアへ叩きつける。

  そして、斬舞が始まった。

  目にも留まらぬ早業。舞うように回転を加えて、刀を振るう。そして赤と青の軌跡を描きながら、数多の斬撃が彼女の体を切り裂いていく。

  全部で十四連撃。それら全てをまともに受けたレミリアは、最後の強烈な一撃に吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。

 

「ハァッ……ハァッ……」

「ぐっ……う……!」

 

  追撃したいけど、流石にこっちも攻撃を食らいすぎた。空から降りて、乱れる息を整えようと精神をひたすら落ち着かせようとする。

  一方のレミリアも歯を食いしばって立ち上がると、私と同じようにしばらく静止し続けている。

 

「お互い、飛ばしすぎたようだね……」

「ハァッ……ハァッ……。あら、私はまだまだ、いけるわよ……?」

 

  空元気なのは、誰が見ても明らかだった。

  一見無傷だけど、結界の耐久は私もレミリアも残り半分を余裕に切っているだろう。

  しかし、わかっていることが一つだけある。それは私がまだスペカを二枚使えるのに対して、レミリアは残り一枚しかないということだ。つまり今は私の方が優勢。……あくまで今の状況は、だけど。

 

「ふふっ、随分へばっているようじゃない。自慢のスピードも地に落ちてるわよ?」

「必殺技に自分の名前載せてるお子ちゃまには言われたくないかなぁ。一気に勝負を決めようと、二枚も使ったのは失敗だったね」

「お子ちゃまですって!? 私とそう身長変わらないくせに!」

「身長じゃなくって精神の問題なんだよスカポンタン!」

「何ですってこの発情狐!」

「ポンコツコウモリ!」

「ファンキーピンク頭!」

「500歳のお漏らし!」

「ちょっと、何でそのことを知ってるのよ!?」

 

  くくく、レミリアよ。私にはフランという最高の味方が紅魔館にいることを忘れてはいないかな? お前の恥ずかしいことなんざほぼ把握済みだボケェ!

 

「そう、あれは一ヶ月前のこと。レディはお菓子も作れるだとかなんとかほざいて砂糖と塩を間違えたケーキを……」

「わーわー! 言うな、言うなァァァ!! 神槍『スピア・ザ・グングニルゥゥゥゥゥッ』!!」

 

  顔を真っ赤にして突進してくるレミリア。その動きは先ほどのように俊敏なものではなく、どこか乱雑で、完全に我を忘れているようだ。

  でも、私はこの時を待っていたよ。

 

「ほいっと」

「んグッ!?」

 

  レミリアの速度に合わせて軽く水面蹴り。それだけでレミリアは足を刈られ、ビタんっ! という痛々しい音を立てながら思いっきり顔を床に打ち付けて転んでしまった。

 

  レミリアはたしかに強い。二刀流の私と接近戦であれだけやりあえるのは数えるほどしかいないだろう。

  でも、レミリアはこの通り、メンタルが弱い。ちょっと感情を揺さぶっただけで、この通り自滅してくれた。

  あとは罠にかかった獲物を切り落とすだけだ。

 

「霊刃『森羅万象斬』」

 

  無防備なレミリアの背中に、無慈悲に霊刃が振り下ろされる。それは直撃し、残りわずかだったレミリアの結界を消し飛ばして—–—–ない?

  どうやら奇跡的に結界は持ちこたえてみせたらしい。でもそれも風前の灯火だ。新しい一撃を入れればすぐに砕け散るはず。

  レミリアは動かない。いや、おそらく動けないのだろう。私に背を向けて俯けに倒れたままだ。

  どうやら諦めたみたいだね。まあこの絶望的な状況だ。そうなっても仕方がない。

  私はゆっくり刀を振り上げる。そして、それを振り下ろそうとする。

 

  しかしこの時、私は気づいていなかった。

  —–—–レミリアの手から、真紅の槍の姿が消えていることに。

 

  風切り音がどこからか聞こえてくる。

  思わず振り抜くと、そこには高速で飛んでくるグングニルの姿があった。

  そうか! レミリアは私に足を引っかけられて倒れる時に、槍を投げていたんだ!

  グングニルは必中の槍。狙った獲物を逃がすことはなく、どこまでも追ってくる。

  でも、あれが来るまでにはまだ距離がある。私の速度なら余裕で—–—–。

  その時、私は気づいた。足がいつのまにか泥のように重くなっていて、思うように動けないことに。

  これまでのツケが来たのだ。私は今日だけで4回も強敵と戦っている。それの代償としての疲労が、私の足にまとわりつき、動きを鈍くしているのだ。

 

「これで終わりよ!」

 

  そんなレミリアの高らかな勝利宣言が聞こえた。

  冗談じゃない。こんなところでこの私が負けてたまるか! 必死に頭をフル回転させ、打開策を考える。

  唯一迎撃できそうな森羅万象斬のカードはもう使ってしまった。なら他のは?……ダメだ、発動までに間に合わない。同じような理由で新カード作成もダメだ。

  ……いや、ならいっそスペカなしで考えるんだ。この体の制限があるせいで、強力な結界は張れない。刀では何割かダメージを減らせても、残りの耐久じゃ耐えきれない可能性が高い。

  ああもう、なんも思いつかない!

 

  そうこうしているうちに、赤い彗星が眼前に迫って来ている。

  いや違う、あれは彗星なんかじゃない。槍だ。槍の対処法を考えるんだ。

  ……ん、槍? そういえば前にも、似たようなことが……。

  その時、私の中にとある少女の顔が浮かび上がった。

  闇を纏う黄金髪の少女。彼女が投げた漆黒の槍を、私は……。

 

「そうだ、槍を止めるには……こうすればいいんだっ!」

 

  鞘とは反対の腰に手を伸ばす。そこには鎖にくくりつけられた瓢箪が。

  それをとっさに真紅の槍へ投げつけた。瓢箪が分銅の役割を果たし、鞭のように槍に鎖が巻きついていく。そしてそれを全力で引っ張り、遠心力を利用してその場をグルグルと回転する。そうすることで槍は鎖に引っ張られ、ハンマー投げのように私と連動してその場を回転し出した。

 

「なっ、私の槍が……!?」

「お返しだ、よっ!」

 

  私はそのまま回転しながら、遠心力をたっぷり得た槍をレミリアにぶつけようと力を込める。

  まさかの出来事に動揺して動きが止まってしまっているレミリアに、それが避けられるはずもなく……。

  鈍い音がエントランスに響く。

  今度はレミリアが壁に吹き飛ばされ、激突した。その時点で結界は壊れてしまっており、その衝撃から守ってはくれなかったようだ。後頭部を打ち付け、目を回して気絶してしまっている。

 

「勝者、楼夢!」

 

  いつのまにか現れていた咲夜が腕を私の方に向けて、そう宣言する。

  しかし私は何も答えない。荒くなった呼吸を整えるのに必死だったからだ。

  やがて状態が落ち着いてくると、私は咲夜に問いかけた。

 

「ハァッ……ハァッ……これでいいでしょ? もう帰ってもいいかな?」

「ええ、十分よ。お嬢様も疲れて眠ってくれたようだし、助かったわ」

「いやあれは眠ってるというより気絶じゃ……?」

「お嬢様は疲労で眠った。いいわね?」

「あっ、はい……」

 

  ドスの効いたすこやかな笑みに気圧され、思わずそう返事をしてしまった。

  ヤクザや、ヤクザがここにいるよぉ。もはや十六夜ヤクザさんだね。

  そう思った直後に、投げられたナイフが私のほおを切り裂いた。

 

「今へんなこと考えなかったかしら?」

「いいえっ、滅相もありません! そして失礼致しましたぁ!」

 

  もうダメだ。これ以上ここにいたら絶対に殺される!

  脱兎の如く、私は大扉を蹴破って紅魔館を出て、夜空に飛び立っていく。

 

 今日は酷い目にあったよ。ヤクザさんの怒りがまだ収まってるかわからないし、ここ数日は紅魔館は避けておこう。

  私は疲れて重く感じる体を無理やり動かし、帰路につくのであった。

 

 



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Stage5 辻切り娘

 

 

「うーむ……」

「何してるのじゃ、楼夢よ?」

 

  縁側で唸っている私を見て、現在白咲邸に滞在中の剛が話しかけてくる。

  時刻は昼過ぎごろ。春は過ぎたとはいえ、まだまだ夏というには早すぎる。ちょうど心地よいぐらいの温度の日光が、スポットライトのように私を照らしていた。

  しかし私の気持ちは、そんな澄み渡った空とは正反対に、曇ったままだ。

 

「……ん、ああ剛か。いや、ちょっとね……」

 

  改めて真正面から剛を見てみる。相変わらず鬼らしいというか、ズボラな点は治ってないらしく、着ている赤い着物はかなりはだけてしまっている。朝早くだったら許されるけど、その状態で外に出たら大問題なので早くどうにかしてほしいものだ。しかも明らかに寝起きのままで何の手も加えてないというのに、髪や肌が全く荒れてないというのが不思議でたまらない。

 

  まあこの際目の前の女の不思議については置いといて。

  どうせ剛は隠し事をしてもすぐに見破ってしまうだろう。仕方がないし、私は渋々と悩んでいる理由について話した。

 

「霊夢と萃香の対決の話なんだけどね。ちょっと今幻想郷では近接戦のブームが巻き起こっちゃってて、萃香がかなり有利になっちゃったんだよ。だから霊夢にも何か対等に戦えるなにかを与えてやろうと思ってたんだけど……」

「欠点らしい欠点がなくて困っている、といったところかのう」

 

  ケラケラと笑いながら、剛は私のと同じ瓢箪を逆さにして、中の酒を一気飲みした。

 

「笑いごとじゃないよ……まったく、なんで鬼はあんなに弱点らしい弱点がないんだよ」

「そもそも鬼という種族は人間たちが想像する最強の存在を儂の周りに溢れ出る妖力が具現化させたものじゃからのう」

「要するに『ぼくのかんがえたさいきょうのてき』が実現したのが鬼ってことですか。そりゃはた迷惑なことで」

 

  人間どもも面倒くさいものを考えやがって。せめて西洋を見習って十字架見せたら弱くなるとか、ちゃんと退治できる手段を用意しとけよって話だ。

  ……ん? というか人間の想像力と剛の妖力が生み出したのが鬼なら、()()()()()()()()()()()()()

  ちょっと不思議に思った私は、直接本人に聞いてみたところ。

 

「そんなこと覚えとるわけないじゃろうが。第一、儂もお前も親なんぞ元々いないのじゃよ。ただ一つ言えることは、儂らも月人たちの恐怖によって生まれたということだけじゃ」

「なるほどね……結局私ら最古の妖怪も、今の妖怪も等しく人間によって生み出されたってことか」

 

  考えてみれば当たり前か。

  妖怪の根源は人間の恐怖だ。子を育む場合もあるけど、新種の妖怪は必ず恐怖の感情によって生み出されてきた。

 

  おそらくは、私たちもそうなのだろう。かつての時代、今でいう月人と呼ばれる人間たちは都市にこもることで穢れを遠ざけ、死から逃げることに成功した。そしてそれ故に、穢れが充満する都市の外を非常に恐れたのだ。

  高まった恐怖はやがて具現化していき、彼らの考える通りの恐ろしい化け物の姿を取っていく。

  そうして私達は生まれた。

  何もかもが同じだ。今も、昔も。

  ……どうせ生まれるなら、もうちょっとカッコいい姿にして欲しかったけどね。

 

  閑話休題。そろそろ話を戻そうか。

  とりあえず、鬼に弱点らしきものはないということがわかった。強いて言えば頭が悪いということが当てはめられるけど、毒とか盛ったら絶対に剛に殺されるからなぁ。

 

  私は立ち上がると、二本の刀を腰に差して、出発の準備を整える。

  いつまでもここにいてはいられない。手がかりがなくても、体を動かさなきゃ。

 

「なんじゃ、もう出るのか? もう少し話しててもよかろうに」

「そういえば、よく私の話を聞いてくれたよね。普通は自分の娘の情報を相手になんて渡すはずないのに」

「当然のことじゃ。悩む旦那を支えるのが、良妻の役目じゃからな」

「私はまだ結婚してないんだけどね」

 

  最後にこれだけははっきり言っておくと、私は境内を出て、階段を下っていく。

  行く宛先は決まってない。いや、決める必要はないか。

  気の向くままに歩いていこう。そうやっているうちに日が暮れて、何かいい考えが浮かぶかもしれない。

  こうして、私の一日ぶらり旅が始まろうとしていた。

 

 

  ♦︎

 

 

  —–—–そして、私の一日ぶらり旅は数十分後に終わった。

 

  早くね? とかいうツッコミはいらない。私だって想像もしてなかったんだもん。

 

「せいやぁっ!」

 

  気合のこもった声があたりの木々に響いていく。

  そして迫り来る刃を、上半身を反らすことによって紙一重で回避する。

  今の状況を見て分かる通り、現在私は山の麓の階段付近で通り魔に襲われています。

  私を突如攻撃してきた犯人が、刀を真っ直ぐに構えながら呟く。

 

「意外に……やるじゃないですか」

「おいおい、いきなり人に斬りかかってきてそれはないんじゃない?」

 

  両手を挙げて無抵抗を主張しながら、犯人に問いかける。

  白髪に楼観剣と白楼剣の二つを身につけた少女。

  間違いなく、現白玉楼庭師にして妖忌の孫娘、魂魄妖夢本人だった。

 

「別に、あなたにいきなり斬りかかられるような真似をした覚えはないんだけどねぇ」

「ええ、貴方は私に対してなにもしていません。……ただ、貴方はそれ以上に怪しい」

「怪しい? このお茶目なフォックスガールが?」

「そもそもここは幻想郷最大勢力の一つである白咲神社の領地。そこに単なる中級妖怪がいれば、怪しいと思うのも当然でしょう?」

「別に私以外にもいるんじゃないのー?」

「それに最近の妖霧が発生している宴会にも、あなたは全て参加していました。今回の異変の容疑者としてはそれだけで十分です」

 

  ものすっごい言いがかりですね。

  別にうちの神社はそもそも関係者以外立ち入り禁止なんて一言も言ったことないし、勝手な勘違いしてもらいたくないな。それにその言い分だと、私以外の容疑者があと何十人いると思ってるんだよ。

  でも私は知っている。この子は本気で私を怪しいとは思っていない。ただ戦う口実が欲しいからこうして理由をつけてきているのだ。

  原因はあれかな……。幽々子と妙に親しくしていたこと。それがおそらく、この子の興味を引いてしまったんだろうね。

 

「 まったく……素直に本当のことを言ったら? 普段使い慣れない嘘を使ってるせいで、バレバレだよ」

「どっちにしろ、私が貴方を切るのには変わりません。切れば分かる、それが私の師父の教えですから」

「それ絶対意味を履き違えてると思うよ!?」

 

  おい妖忌、どうしてこうなった!? お前のせいで孫さんが辻切りと化しちゃってるよ!?

  しかも所々に服が汚れてるのを見ると、すでに何人か殺ってるなこの子。前に宴会で会った時のオドオドしていた雰囲気は消え去っており、代わりに殺気と思われるものが彼女からは放たれている。

 

  妖夢はすでに抜いていた楼観剣に加えて短刀の白楼剣を抜き、二刀流の構えを取る。

  どうやら(やっこ)さんはやる気らしい。私には拒否権はないと言いたいわけですねそうですね?

  ……なめられたものだよ。

 

  爆発したかのように、勢いよく妖力が私の体から噴出される。量は中級妖怪と呼ぶにふさわしい程度のものだけど、彼女ごときならこれで十分だ。

 

  妖夢はその光景を見ても、眉ひとつ動かさなかった。

  別段珍しいことではないし、むしろこれが当たり前だろう。

  その代わりに服のポケットに入れていたらしい結界カードに霊力を流し、結界を張った。

  合わせるように私も舞姫を抜くと同時に結界を張る。

 

  これで準備が整った。

  ピリピリとした冷たい殺気が、妖夢から放たれてくる。彼女は今、極度に集中力を高めている。しかし私は対照的に刀をダラダラと下げて、余裕の表情をしていた。

  なぜって? そりゃこれが私にとって圧倒的に有利な戦いだから。別に今回に限ってはぶっちゃけ余裕でどうにかなると思う。

  しかし妖夢にはそれが不満らしい。私の腰に収まっているもう一つの刀を見やり、私を睨みつけてくる。

 

「……なぜ二本目の刀を抜かないんです?」

「抜かせて欲しいんだったら頑張ることだよ。もっとも、今の君にそれができるかは知らないけど」

「なめないでくださいよ……!」

 

  その言葉が合図となり、勝負が動き出した。

 

「ハァァァッ!!」

 

  気合いのこもった雄叫びをあげながら、妖夢の二刀流剣術が繰り出される。

  うん、確かに剣速は速い。……でも、私よりははるかに遅い。

 

「ほいしょっと。そんなんじゃいつまで経っても捕まえられないよー?」

「……っ、まだまだぁ!」

 

  迫り来る斬撃をほぼ紙一重で避ける、避ける。

  数十もの斬撃が繰り出され、全てが空を切った。それなのにも関わらず私は最初に立っていた位置からほぼ動いていなかった。

 

  足を狙って横薙ぎが繰り出される。しかしもちろん私にはそれがはっきりと見えており、縄跳びの縄を避けるように軽くジャンプすることでそれを避けた。

  だが、この時両足が一瞬地面から離れる。それを狙ったのか、間髪入れずに短刀による二個目の斬撃が繰り出された。

 

(当たった……!)

「—–—–なんて、思ってるでしょ?」

 

  妖夢の手に、獲物を切り裂いた感触はなかった。それもそのはず、私は空中で身を捻ることで短刀の一撃を避けていたのだから。

 

「私の剣が見切られているの……? ……ならっ!」

 

  諦めずに、再度妖夢は刀を振るう。しかしさっきとは別で、避けられた後に不意を突くように蹴りを繰り出してきたのだ。

  なるほど、美夜との修行で体術も使うようになったか。でも、まだまだぎこちないね。お手本というものを見せてあげようか。

  目には目を、歯には歯を。私も一つ遅れて、蹴りを繰り出す。

  狙ったのは妖夢が伸ばした足、その太もも部分だ。蹴るために中途半端に伸ばされたそこに横から衝撃を加えることで、彼女は片足だけでは体を支えるのが困難となり、大きくバランスを崩す。

  その隙を見逃さず、私の靴の裏が妖夢の腹部に突き刺さり、彼女の体を数メートルほど吹き飛ばした。

 

「ぐっ……!」

「貴方は私を測るつもりだったんだろうけど、それは違う。私が貴方を測るんだよ? それが理解できたら、さっさと全力でかかってきてほしいなぁ。このままじゃ数分も持たないよ」

 

  妖夢もようやく理解してきたらしい。目の前の少女、つまり私が彼女よりも強いということに。

 

「剣技『桜花閃々』!」

「その剣技はもう知ってるんだよなぁ!」

 

  桜花閃々。

  強烈な踏み込みで突進するとともに刀を振るい、いくつもの斬撃を繰り出す技。しかしこの技には明確な弱点がある。

  妖夢の突進の速度に合わせて、私は地を蹴って後ろに後退しながら、迫り来る斬撃を全て弾いていく。

  踏み込みというのは、確かに短距離を詰めるには最速だけど、その速度を保てる距離は短い。例えるならばジャンプして前に進んでるようなものだ。最後には必ず地面に足が着き、それ以上を飛ぶのなら第二歩を必要とする。

 

  私の予想通り、妖夢の突進は十メートルほど進んだところで失速し、一瞬だけ止まってしまう。その技の途切れを突いた蹴りが再度妖夢の腹部にめり込み、再び彼女を地面に転げさせた。

 

「貴方は技が終わると一瞬だけ硬直する癖があるみたいだね。まずはそれを直した方がいいよ?」

「ご忠告、ありがとうございます……っ」

 

  皮肉が込められた礼が返ってきたけど気にしない。そもそもこの子はまだ原石だ。美夜によってだいぶ磨かれてはいるけど、まだまだ荒いね。

  ……決めた。妖忌への恩返しとして、妖夢に少しだけ特別授業をしてあげよう。この子がどこまで伸びるか興味も湧いたし。

 

  妖夢が立ち上がってきたのを確認して、舞姫を構える。

  幸い結界の耐久はまだまだ残ってるようだ。まあ私のゴミカスキックの威力なんてたかが知れてるって言われてるようだけど、今回ばかりはそれでいっかな。……一瞬で終わっちゃつまらないし。

 

「っ……ハァッ、ハァッ……!」

「ふふ、まだまだやる気みたいだね? なら今度はこっちからいくよ!」

 

  その言葉が終わるころには、私はもう妖夢に接近していた。

  反撃する暇もないほどの刃の嵐が妖夢を襲う。

  私の剣術は従来の白咲流とは違って変幻自在。美夜じゃできない360度全てを使った立体的な攻撃を可能とする。

  右横薙ぎが受け止められた場合は半回転して左へ切り替える。それすらも防がれた場合は、左右に防御が動かされたために必ず真ん中に隙ができる。それさえ防がれても、必ずどこかに再び隙ができる。

 

  超高速で様々な角度から斬撃を繰り出すことによって相手の防御を揺らし、その隙を突く。それが私の剣術の本質だ。

 

「くっ、うぅっ!!」

 

  すでに妖夢は避けきれなかった分の斬撃を十数個ももらってしまっている。それでもちっとも動きが鈍らないのは、ひとえに結界のおかげというほかないだろう。

  しかしこのままではジリ貧だ。もはや剣術だけでは勝つことはできないってのはわかってるはずだろう。

  闇雲に刀を振るうのではなく、なにか工夫を凝らしたもの。そうやって考えるのはいいんだけど……。

 

「今は戦闘中だよ!」

「しまっ……!」

 

  妖夢の斜め十字に交差させた防御を、下からの縦切り上げで真っ二つに割ってやった。

  当然真ん中はガラ空きになる。そこに銀閃が煌めく。

 

  —–—–楼華閃二十六『蜻蛉(とんぼ)返り』。

 

  私は切り上げた刃を素早く翻して、縦の振り下ろしを繰り出す。それはかろうじて突き出された楼観剣とぶつかると、甲高い音と立てる。

  でも、まだまだいくよ!

 

  切り上げから切り下ろし。—–—–そして切り下ろしからの切り上げへと繋げようとする。『蜻蛉返り』と対をなす『燕返し』だ。

  だけど私が刃を動かそうと手首を捻っても、刃は震えるだけでなにも動かなかった。

 

  そこで私は気づいた。舞姫の刀身が、二つの刃に挟まれてがっちり固定されていることに。

 

「……くそっ、こんな力技で……!」

「ハァッ!」

 

  私の最弱の筋力が上手く足を引っ張ってくれている。まるで巨大な岩に刀を押さえつけられているようだ。目の前の少女の腕力は、それほど私を上回っていた。

  刃が止まれば動きも止まる。それは自然な流れ。そんな無抵抗な状態の私に、さっきのお返しとばかりに蹴りが当たった。

 

  痛みはないけど、衝撃で地面を削りながら数メートル後退してしまう。

  そしてこの数メートルは、助走もつけやすく刀を振りやすい距離。つまりは—–—–妖夢の得意射程圏内だ。

 

「まっず……! 夢符『二重結界』!」

「人符『現世斬』!」

 

  私は刀の刃を腹部の前に構えようとするけど、間に合わない! とっさにスペカを投げ捨て、急いで技名を叫ぶ。そしてその判断は正しかった。

 

  妖夢は先程のように強く踏み込んで加速。そしてすれ違いざまに霊力が込められた刃を思いっきり私に叩きつけた。

  しかし私は無傷だった。間一髪に張られた二重の結界が私に変わって攻撃の威力を全て受け止めてくれたからだ。

 

「今のは……霊夢の……? それにさっきの剣術は美夜さんのと似ている……」

「あ、あっぶなかった……。暇つぶしに霊夢のスペカを作っておいて正解だった」

 

  これで妖夢のスペカは1、そして私は2だ。

  しかし、妖夢は予想以上に早い速度で成長している。刀だけだったら負けないけど、ラフが混ざると基本筋力が上回っている妖夢の方が有利だ。

  せめて元の体だったら楽なんだけど……と、つまらない愚痴を言っても仕方がない。

 

  うーん、それよりも妖夢が私の正体について何か気付き始めたようだね。おそらく『燕返し』と『蜻蛉返り』を見せちゃったのが原因かな? でも、流石の私も白咲流以外の剣術はあまり知らないし、これっばかりは誤魔化しようがないんだよ。

  ……仕方ないか。こうなれば多少勘ぐられようとも、私の正体がバレないことを祈るしかない。

 

  気持ちを切り替えて、私と妖夢は再び切り結ぶ。

  防戦一方だったさっきとは違って、少しずつだけど妖夢から反撃が来るようになってきた。私の変則に対応できるようになっている証拠だ。

 

  「だったらこれはどうかな!? 楼華閃七十五『氷結乱舞』!」

 

  近距離でのスペカ宣言。氷を纏った刀で高速の七連撃を繰り出す。

  しかし妖夢はかろうじてだが、それら全てをしのいでみせた。

  あの動き……初見じゃないね。おそらく美夜との鍛錬で何度もこの技を見ていたんだろう。

 

  技の終わりと同時に、今度は妖夢がスペカを宣言する。二つの刀が霊力によって輝き始めた。

 

「人鬼『未来永劫斬』っ!!」

 

  これで終わらせる。そう思ってるのが伝わってくるほどの気迫で妖夢は迫ってくる。

  たしかに、狙いは悪くなかった。技の終わりは気の緩み。多くの者はそこで一瞬動きを止めてしまう。だけど……。

 

「—–—–言ったはずだよね? 技の終わりに硬直するのがあなたの癖だって。他人に教えたことを自分ができないわけないじゃん」

 

  青い光の軌跡を描いた妖夢の斬撃は空を切ってしまう。

  おそらく妖夢には見えてなかっただろう。それほどの速度で、私は彼女の後ろに回り込んでいた。

 

「最後に見せてあげるよ。最高の斬舞ってやつを」

 

  私の舞姫が妖力を纏い、輝き始める。

  眩しくて目が開けられない。それでも妖夢は果てない光の先へ踏み込み、私がいるであろう位置に刀を振り下ろそうとする。

  でも、今の私には遅すぎた。

 

「『百花繚乱』」

 

  一瞬で百の斬撃。それらが妖夢を切り刻み、あっという間に結界を消し飛ばした。

  ガラスが割れたような音も、今の妖夢には聞こえてないだろう。あるのは無数に響く風切り音だけ。

  それを脳裏に刻みながら、妖夢は意識を手放した。

 

「ちょっと鬼畜だったかな? ま、いずれあなたがそこに至ってくれることを願ってるよ」

 

  その後、私は倒れた妖夢をスキマで白咲邸に送っておいた。

  ふふ、ちょうどいい運動ができたし、萃香に関しての悩みも吹っ切れたからちょうどよかったよ。

  そう、私は今回の異変の大問題である萃香を霊夢で倒させる方法を思いついたのだ。

 

 

  —–—–()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 






「はいはーい! SAOは相変わらず盛り上がってますねぇ。 最近はあまり寝付けてない作者です」

「悲報、キリト氏2話目にしてイキリ出してしまう。原作読んでるから展開はわかってたが、アニメでやるとどうしてもイキってしまってるようにみえるキリトに同情する狂夢だ」


「イキってるって、だいたいどのシーンでしたっけ?」

「ほらあれだ。村に入る前に衛士に対して『俺の天職は……剣士かな』的なこと言ってただろ?」

「たしかに、これまた2ちゃんとかが騒ぎ出しそうなセリフですね」

「作品自体は作画も良くてスゲェいいんだけどよ。幼女アリスちゃんとか幼女アリスちゃんとか」

「メモデフ行ってガチャ回してきなさいな」

「うるせぇ。星4武器確定ガチャで持ってる双剣がトリプったり、星6アリスがトリプったりしまくってるやつは黙ってろ!」

「やめてぇ! 最近のトラウマを思い出させないでぇ! それのせいで幼女アリス当てるダイヤがなくなったんだから!」

「テメェも結局ロリコンじゃねェか!」


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Final Stage 柔と剛の幻想巫女

  妖夢との戦闘があった日の翌日。それも夕方あたりかな。私は目の前に続いている長い階段を上っていく。

  相変わらず整備はされてないらしい。階段の石は年季が入ってボロボロで、すぐにでも崩れてしまいそうだ。それでなくとも石畳の間からはいたるところから雑草が突き出ており、炎のようにゆらゆらと風に揺れている。

 

  昨日、私は思いついた案をすぐに実行するために博麗神社に出かけてみた。しかし運悪く霊夢は入れ違いになったそうで、博麗神社は留守だったのだ。

  何だかんだ言って霊夢も今回の連続で巻き起こる宴会については危険視していたらしい。それを調べるために各地を飛び回ってるそうなのだ。

 

  まあそんなわけで、日を改めてここに来たわけだ。今度はちゃんと霊夢の霊力が感じられるので大丈夫だと思う。

 

  そんな愛する孫娘のことを考えていると、いつのまにか階段を上り切ってしまったようだ。

  見たところ、鳥居の奥に人影はない。でも霊力は感じられるし、いつも通り縁側で座ってでもいるのだろう。そしてそれはどうやら正解だったようだ。

 

「ヤッホー霊夢! 遊びに来たよー」

「……ちっ、また面倒くさいのが来やがったわね。こんな日暮れ時に何の用よ? 子供は黙ってお家に帰っておねんねしてなさい」

「わーお、出会って早々に罵倒されちゃったよ」

 

  さすがは私の孫娘である。中々胸に刺さる毒舌をお持ちで。ゾクゾクするから私にとってはご褒美だけど。

  いや、別に私がMってことじゃないよ? 霊夢以外に言われたら今ごろ相手の四肢もぎ取ってるかもね。

 

「はーい霊夢。最近宴会するのに色々使っちゃってるだろうし、お小遣いだよ」

「それだけはありがたくもらっておくわ」

 

  霊夢は私の手から諭吉数枚を奪い取ると、急いで自分の懐—–—–もとい袖に収納した。

  あ、やっぱそこに入れるんだ。お札とかもよくそこから取り出すし、あの中には他にも何が入ってるのやら。私が言えたことじゃないけど。

 

  さてさて、残念だけど今日は雑談しに来たんじゃないんだよね。ちょうど餌も撒いといたし、今なら言うこと聞いてくれるかも?

  ってことで、私は早速霊夢にとあるお願いをした。

 

「ねーねー霊夢。私と弾幕ごっこを「断るわ。私はあんたみたいな暇人妖怪と違って日向ぼっこするのに忙しいのよ」……さすがに即否定はどうかと思うなぁ……」

 

  霊夢も結構暇人じゃん、とかは言っちゃいけない。言った瞬間にぶっ殺されるから。

 

「というか今は日暮れだよ? お空が真っ赤だよ? 日向ぼっこするには遅すぎるんじゃないかな」

「うっさいわね。昼は暇な異変の首謀者を突き止めるのに忙しかったのよ」

 

  はい、たしかにこの異変の犯人は超絶暇人なやつですね。私や霊夢よりも。

  霊夢は縁側をゴロゴロとするが、昼ほど暖かくないせいでちっとも気持ちよくなさそうだ。現にその口からはその不満をぶっ飛ばすかのように愚痴が延々と飛び出している。

  話を聞く限り、萃香はまだ見つかってはいないようだ。今は幻想郷を覆うほどに薄く散らばっており、肉眼じゃ霧にしか見えないから当然か。そして異変解決に励む者たちを高みの見物してるってわけ。

  ちなみにここにもさっきまでは能力によって薄くなった萃香がいたんだけど、邪魔だから追っ払っといた。今からここでやることを見せちゃ意味ないしね。

 

「へー。んじゃまだ異変解決は何も進歩してないんだ」

「率直に言うとそうなるわね。だからあんたなんか構ってる暇はないってことよ」

「ふーん。だったらこうしない? 私に勝ったら()()()()()()()()()()()()()()()()

「……はっ」

 

  霊夢は短く嘲笑すると、私の顔から背くように寝返りをうった。

 

「まるで異変の犯人を知ってるような言いぶりね」

「うん、知ってるよ。犯人も目的も。だからこそ霊夢にアドバイスができる」

「……それ、本気で言ってる?」

 

  今度ばかりは霊夢も無視しなかった。勢いよく体を起こすと、私を問いかけてくる。

  それに私は無言で微笑むことで答えてあげた。

 

「……はぁっ、仕方ないわね」

 

  霊夢はそう力なくため息をつく。

  そして急に目つきが変わったかと思うと、凄まじい速度と手つきでお祓い棒を私の首に突きつけた。

 

「あんたが知ってること、洗いざらい白状してもらうわよ。吐かない場合は徹底的にぶちのめしてやるわ」

「……くふっ、好きだよ霊夢、あなたのその顔。やっとやる気になってくれて、私も嬉しいよぉ!」

 

  一瞬で私は突きつけられたお祓い棒を弾くと、縁側から飛び退く。

  霊夢は手に持つ獲物で肩をトントンと叩きながら、ゆっくりと私の方へ歩いてくる。

  ふむ、相変わらず見事な気迫だ。さすがヤクザ巫女。そこに痺れる憧れる。

 

  でも、ここじゃ戦うには狭すぎる。

  私は霊夢を手招きすると、正面鳥居を抜けたところにある広いスペースに移動した。彼女もそれに賛成らしく、大人しくついてくる。

  やがて私たちの足が止まった。私たちの間は十メートルくらいは空いており、互いを見据えるように同一直線上に立っている。

 

  私は巫女袖から結界カードを取り出す。霊夢も同じように自分の袖に手を突っ込んでカードを取り出していた。

  そして結界を張り終えれば、ルール設定をする。ゲーム開始までもう少しだ。

  あ、そうだ。その前に……。

 

「スペカは5枚。異論はないわね?」

「あ、ちょっと待ってくれないかな。重要なことを忘れてたよ」

 

  私は腰につけられた二つの刀を鞘ごと掴む。そしてそれを取り外すと、巫女袖の中に収納した。

  霊夢は驚いたようで、若干目が見開かれる。

  別になめてるとかそういうのじゃないから安心していいよ霊夢。ただ、今回は刀を使うと授業にならないだけ。

  しかしそんな私の気持ちは届かず、彼女はすぐに平静を取り戻すと圧を込めて私に問うてきた。

 

「あんた、正気なの? 刀なしで私とやるつもり?」

「うんうん、しょーきだよ。ただし、刀の代わりにこれを使わせてもらうけど」

 

  そう言って私が腰から掴み上げたのは一つの瓢箪。

  霊夢の顔が怪訝そうなものに変わる。

 

「何それ? なんかのマジックアイテム?」

「これの名前は『鬼神瓢』って言ってね。飲むと—–—–鬼になれる」

 

  私は瓢箪の先を口に突っ込み、頭を上げて容器を逆さにする。

  俗に言う一気飲みとやらである。中に入れられた液体が重力に従って落ちていき、大量の酒が私の体内へと取り込まれた。

  そして瓢箪から口を離した直後、

 

「ガァァァァァァァァッ!!!」

 

  私の体の奥底から、凄まじい熱が溢れてくる。

  そして私の雄叫びに答えるかのように、肉体の内側が作りかえられていく感覚が伝わってきた。

 

  霊夢は私の雄叫びに本能が叫びをあげたのか、無意識に一本後ろに下がっていた。

  外見は変わらない。いや、一つ変わっているのは、頭の両サイドから捻れた巨大な角が生えていることだ。鋭いそれは、当たるだけで全てのものに突き刺さってしまいそうだ。

  伝わってくる覇気はまるでさっきとは別人のように感じられるだろう。

  そんな私の姿を見て、今度こそは霊夢も動揺したようだ。なんとか平静を保とうと湧き上がる感情を押し殺して声を出してくる。

 

「それは……何かしら?」

「答えはさっき言った通りだよ。そんなわかりきった答えよりも……さっさとやろうじゃないの!」

 

  鬼化の影響か、自身の戦闘欲をうまく制御できない。

  霊夢にとって今の私は別人のように見えるのだろうか? それは嫌だなぁ。でも、今回ばかりは仕方ないんだよ。

 

  霊夢もようやく覚悟を決めたようだ。本気になるどころか、私の覇気に影響されて殺気まで出している。それが溢れ出る霊力と混ざり合って、青いオーラを具現化させる。

 

  勝負開始の合図を告げるものはいない。いや、もう勝負は始まっているのだ。

  それでも私たちはしばらく動かなかった。

  霊夢は珍しく慎重で、私のことを目を細めて観察しているようだ。このままじゃらちがあかない。そう判断し、私は最初に仕掛けることにした。

 

  まずは様子見の一発。筋力が大幅に上がってるせいか、いつも以上の速度で霊夢に回り込むと、その頭を狙って回し蹴りを打ち込む。

  それを霊夢は受け止めようとして……慌てて上体を反らした。

  その直後、空振った蹴りが彼女の真上を突き抜ける。それだけでは足らず、巻き起こった風圧が霊夢の体を宙に浮かせた。

 

「っ、いつもの貧弱っぷりはどこいったのよ!? あんた狐やめてゴリラにでもなったのかしら!?」

「言ったでしょ? 鬼って。今の私はありとあらゆるものを粉砕する剛力を持ってる。当たればひとたまりもないと知りな!」

 

  なんだかんだ言って3回目の鬼化のせいか、体が予想以上に制御できるようになってきている。これなら、萃香の技を再現してあげられる。

 

  連続で繰り返される拳を、霊夢はひたすら受け流していく。

  拳を掴むより腕を反らす。だんだんコツがわかってきたようだ。

  でも、こっからが本番だよ。

 

  上半身にばかり拳を打ち込んで霊夢の意識をそこに集中させたところで、不意をついての足払い。普通なら決まってるんだけど、そこは勘が働いたのか、反応はしてなくても何気なくジャンプすることで避けられてしまう。

  でも所詮勘は勘なんだ。確実に避けられるわけではない。

  左拳を打ち込むが、それは受け流されてしまう。しかしそれはフェイク。すぐさま身を翻して繰り出した後ろ蹴りが、霊夢を境内の側に生えている木まで吹き飛ばした。

 

「ほらほら! 追撃くるよー!」

「っ、この……!」

 

  しかしそこはさすが霊夢と言うべきか、吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、本来ぶつかるはずだった木の幹に足の裏を添えるように置く。そして勢いよく蹴り、壁キックの要領で加速して、追撃のために前進していた私に逆にカウンターで拳をくらわせた。

  だけど、

 

「嘘っ……!」

「効かないねぇ。そんな拳!」

 

  嘘です。メッチャ痛いです。

  鬼の頑丈さを持ってもこの痛さ。だが逆に言えば痛いだけだ。

  霊夢の拳は見事に私の顔面に当たるも、私は吹き飛ばされることなくそこに踏みとどまった。

  自分の渾身の拳をくらってビクともしなかった私を見て、霊夢は一瞬硬直してしまう。その隙に私は殴られた方の腕を掴んで、彼女を思いっきり地面に叩きつけた。

 

  空気が吐き出された音が耳に聞こえた。

  しかし私は容赦なく、腕を掴む手に力を込めて、彼女をぶん投げる。霊夢はそのまま勢いよく元来た場所へ逆戻りしていき、壁キックに使った木に背中を打ち付ける。しかしそれでも止まらず、木をへし折ったところでようやく勢いが落ち、地面に転がり落ちた。

 

「おーい、生きてるー? 生きてるんだったら返事を……」

「カハッ……カハッ……! 符の三『魔浄閃結』!」

 

  霊夢が地面を思いっきり叩くと、その前方に青白い霊力の壁ができあがった。それが中々の速さで私に迫ってくる。

  ふむ、かなり分厚いね。こちらもスペカで対応を……と思ったけど、今は鬼化のせいでほとんどのスペカがおしゃかになってるんだった。

  残った数少ないスペルを今ここで使うのもなぁ。

  まあしょうがないか。どうせ霊夢も時間稼ぎのつもりで放ってるだろうし、それに乗ってやろう。

 

「ふんぬっ、ぬぬぬぬ……おりやっ!!」

 

  もはや眼前にまで迫った壁に勢いよく両手を打ち付ける。そして錆びついた扉をこじ開けるように、手に力を込めた。

  だんだんと壁にヒビが入っていく。そしてしばらくすると、壁は真ん中からばっくりと二つに割れ、轟音とともに消し飛んだ。

  その奥に霊夢の姿はなかった。

  森の奥に逃げたのかな? だとしたら追うのは大変だぞ。

  しかしここで立ち止まっていてもらちがあかない。仕方なく森へ足を踏み入れた途端、少し奥の方の木の後ろに赤い布が一瞬だけ私の目に映った。

 

「ははっ、そこだぁ!」

 

  大地を踏みしめ、一気に加速。そして打ち込まれた拳が、木の後ろに隠れていた霊夢ごと貫いた。

 

  ……ん、貫いた?

  いやありえないでしょ。霊夢は結界に守られてるし、いくら鬼の力を手にしたとはいえこの程度の一撃じゃ……まさかっ!

  急いで霊夢の体を貫通している腕を引き戻そうとしたけど、遅かった。まるで接着剤で固められたかのように、抜けなかったのだ。

  そして私の腕と一体化してしまった霊夢の体が突如爆発。煙と大量のお札を撒き散らしながら、私の結界にダメージを与える。

 

「くそっ、罠か!」

「ご名答よ。力が上がった代わりに細かい制御能力は落ちてるようね。普段のあんたなら絶対に引っかからなかった」

 

  後ろからささやくように霊夢の声が聞こえてくる。

  つまり、木の後ろに隠れていたのは大量のお札と術式によって作られたダミー人形で、本物は霊力と気配を完全に消して近くに潜んでいたのだ。

  鬼化の影響で、こうも探索能力が落ちてるとはね……。私本人でさえも気づかなかったことに気付くなんて、さすがは霊夢だよ。

 

  その肝心の霊夢といえば、私の後ろでスペカを取り出して何かを唱えている。

  振り返って今すぐにでも攻撃したいのだけれど、それはできない。ダミー人形を作っていた札が、今度は私の周り八方向に陣を作るのと同時に、鎖のように私の体を縛りつけているせいで、身動きが取れないのだ。

 

「神技『八方鬼縛陣』」

 

  見えなかったが、たしかにそう宣言した声と、何かを地面に叩きつけた音が耳に届く。しかしそんなものはすぐに記憶の片端に消えてしまった。

  なぜなら八方向に張られたそれぞれのお札が赤く光り輝き、その中心にいる私を攻撃し始めたからだ。

  この光は魔除けをさらに強化したものなんだ。だから妖怪が当たれば大ダメージを受けることになる。結界があるから特に痛みは感じないが、それでも光は結界にも損傷を与えるようで、このスペカが終わるころには2割ほども削られてしまっていた。

 

  スペカが終わると、強引に腕を振るい拘束を引きちぎる。

  そしてまたもや霊夢の姿はどこかに消えていた。

  ……いや、今度は感じる。境内の中で霊夢が待ち構えている。

  それは正しかったようで、森を抜けると、私の視界には罠も張らずに立ちはだかっている霊夢の姿が映った。

 

「かくれんぼはもうおしまいかな?」

「どうせもうあんな奇襲は通用しないんでしょ? だったらこそこそやるより正面から行った方がマシってもんよ」

「潔いねぇ。そういうのは嫌いじゃないよ」

 

  でも、そういう大口はこれを捌ききってからにしなよ!

  私は先ほどと同じように接近戦をしかけるため、前に進む。

  手加減はもうしていない。足払いや掴みはもちろん、私の持ちうる限り全ての格闘技術を駆使したつもりだ。

  ところが、それらは空を切るばかりで当たることはなかった。霊夢の動きが見違えるほどに進化していたのだ。

 

  拳ではなく腕を。蹴りには太もも。足払いなどにはジャンプではなく、バックステップで。

  打撃を防ぐのではなく、受け流す。そうすれば鬼の腕力によって防御した部位が痺れることもない。

  さらに彼女は無理に接近戦を続けることがなくなった。つまりある程度打ち合うと、不定のタイミングで自ら距離を離してくるのだ。

  そして遠距離になった途端に弾幕攻撃。焦れったくなって拳を振るっても受け流され、カウンターを食らい、また引き剥がされる。

  形としては打っては離れる(ヒットアンドアウェイ)に近い。ただこれと違う部分は、霊夢が遠距離からも強力な攻撃を繰り出せるのに対して、私には接近するしか道はないということだろう。

 

  完成したということか。霊夢だからこそできる、遠距離と近距離のどちらにも対応できる究極の型が。

 

「宝符『陰陽宝玉』」

 

  振り回すように繰り出されたスイングをバックステップで避けると同時にスペカ発動。巨大な陰陽玉が彼女の目の前に出現し、追うために前に踏み出した私に襲いかかる。

  霊夢の動きについていくのが難しく、ちょくちょく結界を削られてしまった。先ほどもスペカの直撃を受けたし、これ以上ここで耐久を削られるわけにはいかない。

  仕方がないか……。

 

「鬼技『空拳』!」

 

  小さな台風のように渦巻く風を纏った拳が陰陽玉とぶつかり合う。鬼の腕力を得た一撃は普段以上に凄まじく、陰陽玉をたやすく打ち破った。

  しかしまだだ。

  渦巻く風はそのまま私の拳を離れ、霊夢の元に向かっていく。しかし霊夢の反応の方が早くて、吹き飛ばしはしたものの直撃には至らなかった。

  くそっ、浅かったか。せっかく空拳を遠距離に対応できるように進化させていたのに。

 

  残りスペカは四。だけど鬼化のせいで術式が全く使えないので、実質は一だ。対して霊夢はまだ二枚もスペカを残している。

  そのことを考えると、結界の耐久も限界に近いだろう。そろそろ勝負を仕掛けた方がいいかもしれない。

 

  霊夢のお祓い棒が防御をすり抜けて私に当たる。すぐさま棒を掴もうと手を伸ばすが、叩く反作用の勢いを利用しているのか引っ込めるのが速く、捉えることができない。

  まだ、まだだ……もうちょっと引きつけて……。

  お祓い棒によるなぎ払い。前蹴り。左の突き。お祓い棒による振り下ろし。回し蹴り。左スイング……ここだ!

 

  私は鎖に繋がれた瓢箪を投げた後、霊夢の拳を避けずに、抱きつくように彼女に密着した。

  あ、ほんのりといい香り……じゃなくて!

  霊夢の拳が顔面に直撃する。しかしそれは承知の上だ。

  密着した私たちに瓢箪の鎖がグルグルと巻きついていく。霊夢は私の意図に気づいて逃げようとしたけど、もう遅いよ。

  手元に戻ってきた瓢箪をぐいっと引っ張る。すると私と霊夢の体を鎖が締め付け、ガッチリと固定してしまう。

 

「ぐっ、この……離れなさいよこの変態!」

「ふふふ、霊夢のお肌。スベッスベで触りごごちが良くて……殴るのがもったいないくらいだよ」

 

  突如、霊夢の体がものすごい勢いでくの字に曲がった。

  結界があるものの、その衝撃は凄まじく、苦痛に顔を歪める。

 

  ワンインチパンチ。要するに中国拳法でいう発勁のことだね。

  僅か数センチの隙間で拳に全てのエネルギーを集中させ、突き出す。威力は見ての通り。霊夢は今自分の腹がえぐられたような錯覚に陥っているだろう。

 

  霊夢の体が折れたことにより、少し空間が出来上がる。

  それを利用して今度は反対の手で、普通のボディブローを繰り出す。これも命中し、霊夢はさらに悶絶することになった。

 

  霊夢の体重がのしかかり、鎖がグニャリと歪むのがわかる。

  避ける場所も、逃げる場所もない。鎖は剛の一撃にも耐えれる一級品で、破壊はほぼ不可能だ。

 

「鬼技—–—–」

「霊符『夢想妙珠』ッ!」

 

  私がスペカを唱えるのに被せるように、早口で霊夢のスペカ宣言が聞こえた。

  なるほど。たしかにこの距離なら私も避けることはできない。でも私にはこれを全弾受けても僅かに耐久が残る程度の余裕はある。

  対して私が放つのは最強の鬼の技だ。今の霊夢の結界では耐えきれるはずがない。

 

  夢想封印にも似た、カラフルな弾幕が私に次々と当たっていく。

  距離が近すぎるせいで光が眩しく、前が見えないけど問題はない。1メートルすらもない距離だ。振るえば当たる。

  私は色とりどりの弾幕をその身に受けながらも、スペカを宣言した。

 

「—–—–『雷神拳』!」

 

  拳が雷を纏い、スパークする。鬼の腕力で放たれたそれは空気を切り裂きながら進み、その風圧が大地を揺らす。

  電撃のような速度の拳はまっすぐ直進していき—–—–何にも当たることなく、直線上を通り過ぎていった。

 

「へっ……!?」

 

  私の拳が振り切られるのと同時に霊夢のスペカが終了する。

  そして弾幕の光によって消されていた視界が戻った時、その中には霊夢の姿はなかった。

  ではいったいどこに? それを理解したのは、下から飛び上がる勢いを利用して繰り出された拳を顎で受けた後だった。

 

「がはっ……!?」

 

  鬼の筋力は得られても体重が増えるわけじゃない。霊夢の全力の拳を受けた私は、なすすべなく空中に跳ね上げられた。

 

  そうか。全て分かったぞ。

  霊夢は私の近距離からの攻撃を受けた時に、()()()()()()()()()()()()()。それを繰り返すことで霊夢がギリギリ抜け出せる程度の隙間を作ったというわけか。

  もちろんそれだけじゃ私はすぐに気づいただろう。だから囮に使ったのが『夢想妙珠』だ。あれで視界を潰した後にすぐしゃがんで鎖から脱出する。そして機を見て私に反撃したっていうことか。

 

「……なるほど、やられたよ」

「神霊『夢想封印』」

 

  霊夢の周りに巨大な色とりどりの弾幕が浮かび上がる。

  空中で体勢を立て直そうとした時にはもうそれらが迫ってきていた。

  そして私は弾幕の光に飲まれ、ガラスが割れるような音を聞きながら地面に倒れた。

 

「ふふ、ふふふっ! まさか今回も負けるとはねぇ。驚きだよ」

 

  ああ……疲れたせいか、地面がひんやりして気持ちいい。

  それにしても、勝てると思ったんだけどなぁ。ほんと、計算が狂っちゃうよ。ああも成長されちゃうと。

 

  その肝心の霊夢は、若干おぼつかない足取りでこちらに向かってくる。そして縁側でしたように、再びお祓い棒を私の首に突きつけた。

 

「さあ、約束よ。今回の異変について詳しく教えなさい」

 

  一瞬、なんのことだかわからなかった、

  ……ああ、そうだったね。そういえばそんな約束してたっけ。

 

「ねえ霊夢、状態変化って知ってる?」

「何よそれ。妖術?」

「簡単に言っちゃうと物質がいろんな形状に変わることだよ。固体は液体に、液体は気体にって感じで」

「なんとなく理解したわ。で、それがなんの役に立つの?」

「気体を固体に戻す方法を考えてみなよ。あ、もちろん冷やせば戻るとかいう、科学的な話じゃなくて」

「……つまり、宴会の時に漂っている妖霧をなんらかの方法で固めればいいってことね?」

「ご名答。話が早くて助かるよ」

 

  そう言い残してっきり、私は頭を再び地面に当てて、目を閉じる。

  ダメだねぇ……どうも鬼化の影響で、意識が……。

  考えがまとまらない。

  霊夢の声を耳にしながら、私の意識は深い闇へと落ちていった。

 

 





「今回文字数が多くなって投稿が遅れてしまいました。作者です」

「最近焼き芋が食いたくなってきた狂夢だ」


「んで、今話のタイトルにラストステージって書いてあるんだが、霊夢と萃香の弾幕ごっこは書かないのか?」

「そこは言っちゃえば原作通りですからね。レミリアはアリスの時は書きましたが、あれは接点を作るためですし。今回の萃香と楼夢さんは昔から接点があるので、今回はいいかなぁと」

「まあもし書いても今回と似たような展開になりそうだしな」

「そういうことです。次回はもうちょっと早く投稿できるように頑張ります」


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ハタ迷惑な宴会の終わり

  次の日の夜。結論から言っちゃえば、異変は無事解決した。

  宴会ということで多くの人妖が集まった中、とうとう姿を現した萃香。盛大に自分が異変の首謀者だと高らかに宣言したことで幻想郷の荒くれ者どもに火がついて、次々と弾幕ごっこが行われた。

 

  結果は一人を残して全員惨敗。魔理沙や妖夢、レミリアはともかく、咲夜やアリス、パチュリーなどのあまり戦いたがらないような連中まで珍しく挑んだんだけど、驚異的な鬼の剛腕と萃香の『密と疎を操る程度の能力』に手も足も出ず、やられてしまった。

 

  しかしすでに敗戦を終えてお通夜モードに入った群衆を押し退けて、幻想郷の切り札である霊夢が萃香に挑んだ。

 

  誰もが忘れることはないだろう。

  その一戦は、これまでの見た中で史上最高のものだったと確信できる。

  花火のようにキラキラ光る弾幕を撒き散らしながら、二人の拳が幾たびも交差し合った。

  そして長い時間の末、霊夢の夢想天生が決め手となり、勝利の旗は彼女の方へと掲げられた。

 

 

  そして今はそんなはた迷惑な異変が終わったことでの宴会ということになっている。

  全員あれほど疲れ果ててたのに、霊夢が勝った途端にお祭り騒ぎでやれ酒ややれ料理だと、実に能天気なものだ。

 

  そんな光景を博麗神社の屋根の上で見下ろしながら、私は両隣に同じように座っている二人に声をかけた。

 

「それにしても二人とも、随分やられたみたいだねぇ」

「ほんとよ。あの子ったら負けた後も死体撃ちしてくるんだもん。酷くないかしら?」

「にゃははー、それは普段の行いのせいだねー! でもたしかに、これだけやられたのは久しぶりだよ」

 

  月光に照らされ、共にボロボロな紫と萃香の姿が映し出される。

  ちなみになぜ紫がこんな目にあってるのかというと、ほとんど私のせいだ。

  とは言っても大したことはしてないよ? ほら、昨日霊夢に異変解決のアドバイスをしてあげたでしょ? 気体を固体に戻せってやつ。

  霊夢は何を考えたのか、ちょうど近くにいた紫をボコり、その能力を強制的に使わせることによって萃香をあぶり出したのだ。

 

  いやね、予想の斜め上をいく回答だったよ。

  そもそも私は、霊夢が結界を使って霧になっている萃香を閉じ込めるものだと思っていたのだ。いやはや誤算も誤算、大誤算だった。わっはっは。

 

「笑い話じゃないわよ……はぁ」

「まあいいじゃんいいじゃん。おかげで私も剛との賭けに勝ったわけだし、これで地底に連れてかれることもなくなったじゃん?」

「儂にとっては残念な結果じゃがのう」

「おわっ、いつの間に!?」

 

  突然背後から聞こえてきた声に驚き、思わず飛び退いてしまう。

  赤髪に赤い着物。はい、剛ですね間違いなく。

  彼女はそんな私の反応に満足したのか、ケラケラと笑いながら私が座っていた場所にあぐらをかく。

 

「博麗の巫女の戦いは儂も見ておったぞ。なるほど、この世にまだあれほどの人間がいるとはのう……」

「か、母様っ。み、見ていたの?」

「安心せい萃香。別に負けたお主を罰するつもりは毛頭ない。あれほどの戦いにいちいちケチをつけるのヤボじゃしな」

「それよりも剛。約束通り、今回は私のことを諦めて地底に帰ってくれるんだよね?」

 

  剛は私とお揃いの瓢箪の蓋をキュポンと開け、それを口に含んで中の酒を豪快に飲む。

  そして大きく息を吐き出した後、ようやく口を開いた。

 

「もちろんじゃ。鬼は嘘をつかない。ま、どこぞの誰かのように誤魔化したりするやつはいるがの」

「さ、さぁ〜? 誰のことやら、にゃははっ」

「そういう点ではお前も変わらないんじゃないの? 地底と地上の条約を思いっきり破ってるわけだし」

「別にいいじゃろ。お主に会うことと比べたら、そんなのは些細なことじゃよ」

「……うーん、愛が重たいなぁ」

 

  それに応える気がないからこそ、ちょこっとだけ胸が痛んだ。

  しかしそれを顔に出すことはない。彼女も妖怪だ。私がそんな申し訳ない態度を取って隙を見せれば、好機と見てこれまで以上にアプローチしてくることだろう。

 

  その後は宴会が終わるまで飲み明かした。

  それが終わると、萃香と剛は紫によって速やかに地底に返されていた。

  だが、結局は二人ともここに戻ってくることになるであろう。二人のことをよく知っている私には、それがよくわかった。

  紫も同じことを思っているのだろう。しかし対策を立てる必要はあまりないと考えられる。

 

  なぜならあの二人は鬼の中でも例外だからだ。萃香は鬼であるにも関わらずまどろっこしいやり方や誤魔化しを好むし、剛に至ってはどの妖怪よりも自分のことしか見ていない。そもそも彼女は正式には鬼ではなく鬼神なのだけど。

 

  でもまあ、そのことを言うなら全員が全員自分勝手なのかもしれないね。仲間のためと言って条約を破る萃香も、目的のためなら手段を選ばない剛も、迷わせるだけ迷わせてあくまで第三者を装うとする紫も、二人の気持ちを知っていながらそれに答えを出そうとしない私も。

 

  霊夢も魔理沙もレミリアもみんなみんな、自分勝手だ。

  思えば、この幻想郷には思いやりやら気遣いなどと言った言葉は存在しないのかもしれない。全員が全員やりたいことをやって、その結果メリットがあったら協力し、デメリットがあったらぶつかり合う。そんな単純な構造だからこそ、人間関係とやらこじれることがない。

 

  外の世界に足りないのは誠実さ。

  幻想郷に足りないのは不実さ。

  しかしそれらが上手く混ざり合うことはない。なぜならそれらは資本主義と社会主義のように、現実の自分と鏡の中の自分のように相容れない溝があるからだ。

 

  要するに、この世に完全なものなんてないってことだ。

  もし、完璧な存在を例えるのだとしたら、それは……。

 

 

  ♦︎

 

 

「えー、それでは霊夢の鬼退治を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

 

  時は遡って、ちょうど霊夢が萃香を倒した直後のことだ。

  魔理沙の言葉を起爆剤に、ここに集まった人妖たちが一斉に声を揃えて爆発したかのように彼女の言葉を復唱した。

 

  だがまあ、息が合ったのはこの時だけで、この後は全員バラけて各々で好き勝手にやっている。まあ、格式にこだわらないのが幻想郷の宴会の醍醐味なのだし仕方ないことではあるが。

 

「ほーれ霊夢ー。今日はお前が主役なんだ。もっと飲めよ」

「あいにく今日はあまり飲まないでおくわ。ちょっと疲れて、食欲がないの」

「おい、誰か医者呼べ医者っ! 霊夢が腹空いてないなんて病気に違いないぜ!」

「ぶっ殺すわよあんた!」

 

  まったく……。小さくため息をつくと、親友からの盃を受け取って中の酒を飲む。

  あぁ……。殴られすぎて痛む身体に、染み渡っていくようだ。

 

  今回の異変解決は、いつも以上に苦戦した。

  まず犯人の手がかりを見つけるのにも苦労した。いつもは頼りになる勘はこの時だけは発揮されなかったし—–—–あとで萃香の能力を聞いて、彼女が幻想郷中に広がっていたせいで常に萃香が近くにいることになり、そのせいで勘が外れたのだという—–—–やっとの思いで犯人を見つけても、その犯人が反則級の強さだったりだとか、散々な目にあってしまっている。

 

「それにしても、今回はよく勝てたな。正直アイツと手合わせた時、今回ばかりは無理だと若干思っちまってたんだぜ? 多分戦った他のやつらもそうなんじゃないか?」

 

  魔理沙の言うことは正しい。間違いなく昨日の夕方前までの霊夢ではあの鬼に勝つことはできなかっただろう。

  しかし、霊夢は勝つことができた。それはなぜか?

 

「……そういえば楼夢は?」

「アイツか? 全員で乾杯した時にはいたと思うんだが……そういえばアイツ、珍しく萃香との弾幕ごっこに参加しなかったな」

「……そう」

「なんだ霊夢? 何だかんだ言って楼夢がいないと寂しいのか?」

「はぁ……そういうのじゃないわよ」

 

  脳裏にあの妖怪のことがチラつく。

  今回勝てたのは間違いなく楼夢のおかげだ。昨日弾幕ごっこをしていなければ、萃香の攻撃に対応できずに今ごろやられていたことだろう。

  つまり、楼夢は異変のことも、その犯人のことも何もかも知っていたということになる。ただの中級妖怪上位がだ。

 

  気になることは他にもある。

  例えばあのいつも身につけている瓢箪。萃香のとはどうも違うらしいが、明らかに中級妖怪が持つには不釣り合いだ。それに、あの時身につけていた二つの刀。あれからもとんでもない妖力を感じた。

 

  思えば、霊夢は何一つ楼夢のことを知らなかった。

  どこに住んでいるのか。なぜ妖怪のくせに異変解決に出向くのか。なぜ自分の世話を焼いてくれるのか。

  答えは出てこない。それはひとえに、霊夢が楼夢について何も知らないから。

 

  そうやって考えれば考えるほど謎が深まり、険しい顔になっていく。

  それを見かねたのか、魔理沙は盃に酒を注ぐと、

 

「おりゃっ!」

「むグッ!?」

 

  思いっきりそれを霊夢の口の中にねじ込んだ。

  霊夢の意思とは真逆に冷たい液体が注がれていく。そして体が熱を持ったかと思うと、思考がおぼつかなくなってきた。

 

「ゲホッ、ゲホッ……魔理沙ぁ……」

「まったく……せっかくの宴会だってのに何しけた顔をしてやがるんだ。楽しむ時は楽しむ! 悩みなんざ後回しだ! 今はこれでいいだろ?」

「……そうね」

 

  納得したかのように頷く霊夢。

  と思ったら、今度は彼女が盃に酒を注いで、それを思いっきり魔理沙に投げつけた。

 

「でも、仕返しぐらいはさせてもらうわよ!」

「何をっ! って、冷たっ!? この……っ、やりやがったな霊夢!」

 

  難しく考えるのはやめだやめ。

  思考を放棄した霊夢と魔理沙から始まったこの雪合戦ならぬ酒合戦は、やがて規模を拡大していき、宴会に参加しているほとんどの人妖を巻き込むこととなる。

 

  そしてその後、全身をびしょ濡れにして寝落ちしたせいで霊夢は風邪を引き、楼夢にマル数日看護されることになるのであった。

 






「連日投稿だぜよ! おそらくこれするのはちょうど一年ぶりくらいだと思う作者です」

「その代わり文字数は前回の半分未満だけどな。狂夢だ」


「いや、前回と比べちゃいけませんって。今回約4000文字なのに対して、前回は9000文字を超えたんですよ? ちなみに普通の弾幕ごっこでは多くて6000から7000ぐらいですので、いかに前回に気合を入れたかがわかりますよね?」

「ま、それはどうでもいいんだがな。どっちにしろ、これで近接弾幕ごっこはしばらく登場しないな」

「今回改めて導入してみたんですけど、近接戦が使えるせいで描写が多くなり、どうしても文字数も多くなっちゃうんですよね。それに拳の殴り合いに集中しすぎてどうしてもスペカが出しづらいというか」

「まあどうせ最低でももう一回は近接弾幕ごっこの出番は来るだろうしな。原作の展開から考えて」

「まだ萃夢想か……エピローグまで長いなぁ」

「今年こそ終わらせるとか言っておいて、もう10月だぞ? このままじゃいつまで経っても新作が出せねぇだろうが」

「いっそのことこのまま新作書いてみよっかな? 二つ掛け持ちってことで……」

「この業界にそう言って掛け持ちしてエタったパターンが何個存在すると思ってんだ。わかったらさっさと次の投稿話でも書いとけ!」

「人使いが荒いなぁ……」


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永夜抄編
意外な再会


  とある竹林に、和風の屋敷があった。

  そこに人が訪れることはほとんどない。なぜならここは幻想郷の中でも厄介な地として名を馳せているのだから。

 

  『迷いの竹林』。

  常に深い霧が立ち込み、竹の成長が早いため目印となるものが残らない。さらに緩やかな傾斜が迷い込んだ者の方向感覚を惑わせ、二度と外に出てこれなくなることからこの名がついた。

  そしてまだ幻想郷の人妖たちは知らない。この竹林の奥深くで、陰謀が渦めいていたことなど。

 

「……姫様」

 

  姫と呼ばれたのは長い黒髪を持った美しい少女だった。その後ろでは銀髪の女性が膝をついて頭を下げている。

 

「……さあ、始めましょう。私たちの異変を」

 

  少女は夜空に上っている月を見上げたまま微笑む。

  その数日後。幻想郷は再び異変に訪れることとなる。

  しかしそんな未来のことは、彼女ら以外に知る者はいなかった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……迷った」

 

  どこだここぉ!?

  買い物しに人里行って、その道草で偶然見つけた竹林に入ってみたのだけど、まさかここがあの悪名高い迷いの竹林だったとはなぁ。

  今日は筍ご飯が食べたかったんだけど、もうそんなこと考えてる余裕もないね。

  なんせここに迷い込んでもう二時間だ。一向に出口が見つからない。

  しゃーないか。本当はあまりやりたくなかったんだけど、こうなったら元の姿に戻って……。

 

  その時、とある竹の後ろに一瞬白いなにかが見えた気がした。

  妖力を感じる……まさか妖怪? だったら好都合だ。ここにいるのなら道に詳しいはず。

 

「おーいそこにいる誰かさーん! 悪いけど出口を知らっ、てうぉぉっ!?」

 

  私が声をかけようと一歩踏み出した瞬間、突如私の周りの地面に穴が空いて、私の体を虚空に吸い込んでいく。

  ちょっ、落とし穴ぁ!? 誰が!? いったい何のために!?

  って、そんなことは後だ後! 来い、私のレイブンちゃーん!

 

  私の背中に妖力で形作られた黒い翼が生える。そして底に着く前に羽ばたいて、なんとか落とし穴から脱出することに成功する。

  幸いなのかどうなのか、落とし穴の底はかなり深かった。それこそ人間が落ちれば骨折程度は確実にするくらいに。

  まあそのおかげで、飛び立つまでの時間が稼げたんだけど。

 

「とりあえず、怪しいのはさっきのやつかな。どうやらずっとこっち見てたようだし、話くらいはさせてもらおうかな」

 

  さっき見かけた辺りを見てみるんだけど、痕跡は全く見当たらない。妖力も感じられなくなってるし、こりゃ相当手慣れてるね。

  だけど、一度感じた妖力だったらいくらでも追跡することができるんだよ、私は。

 

「南の心臓、北の瞳、西の指先、東の踵、風持ちて集い、雨払いて散れ—–—–縛道の五十八『掴趾追雀(かくしついじゃく)』」

 

  土に丸い陣を描いて、そこに手を当てて妖力を込める。するとそこにあの妖怪との距離が表示された。

  ふーむ、結構な俊足だね。もう距離が開き切ってるよ。

  だけど私のは音速を超える。楽勝だね楽勝。

 

  —–—–そう思ってた時期が私にもありました。

 

「くそったれ! 全然追いつけないじゃんか!」

 

  よくよく考えりゃ当たり前だ。あっちがこの竹林に罠を頻繁に仕掛けに来れるほどここに詳しいのなら、追手から逃げる事は道も当然用意してるわけで。

  いく先々で立ち塞がる竹のせいで全速力を出すことができない。しまいにはあの野郎、ちょくちょく立ち止まっては私のことを観察してやがるみたいだ。

 

「……舐め腐りやがってぇ……! ぶっ殺す!」

 

  どうせこんな竹林に知り合いなんざいるわけないんだ! だったら全力出しても文句は言われないだろ!?

 

  体が光に包まれたかと思うと、その中から姿が大人になった俺が現れる。

 

「死ねやオラァ!」

 

  そして舞姫を抜いて、前方を真一文字に切り裂いた。

  そして数秒後。視界に入る全ての竹が半ばでズレて、凄まじい音を立てながら次々と地面に崩れ落ちていく。

  そしてその奥に、白い耳を生やしたチビ妖怪が真っ青な顔をしているのが見えた。

 

「ひっ、ひぃぃぃ!? 逃げ—–—–」

「逃げられると思ったか?」

 

  その妖怪が逃げようとしたころには、俺はもうそいつの肩を掴んでいた。

  一拍遅れて、俺が高速移動した際に発生した暴風が吹き荒れる。

  それによって宙を舞い、バラバラに砕け散っていく竹を見て、妖怪はクローゼットにいる金髪リーゼントのようにガタガタ震えだす。

 

「よう兎ぃ。俺に対して働いた無礼は全て見逃してやっから、さっさとここの出口を……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「おい聞いてんのか、おい!」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「……駄目だこりゃ。使いもんにならねえ」

 

  改めて妖怪の容姿をマジマジと見てみる。

  黒い短髪に薄い桃色のワンピースを着ている。何より特徴的なのが頭についた白くて長い兎耳だ。まるで月の玉兎どもを連想させてくれる。

 

「ちょっ、そこの妖怪、てゐを離しなさい!」

「そうそう。玉兎ってあんな感じの……って、あ?」

 

  チビ兎の襟首を掴んでいた俺の前に現れたのは、これまた白い兎耳をつけた少女だ。

  だが、こいつは今さっき仕留めた奴とは根本的に違う。こいつは……。

 

「テメェ、なんで玉兎がここにいやがる」

「っ!? あなた、なんで私のことをっ」

 

  俺が玉兎の名を口に出すと、少女は驚き、一歩飛び退く。そして手の人差し指を拳銃のように構えて、俺に突きつけてくる。

 

  こいつの顔を見てると思い出すぜ。あの時の屈辱が。

  当時脳に深い後遺症を残していた俺は、制限時間が切れた瞬間にこいつらに撃ち抜かれ、満身創痍に。幸い狂夢が出てきてくれたからなんとかなったが、それでも俺の中では数少ない嫌な記憶となっている。

  そもそも地上を嫌うこいつらがここにいる時点でロクなことが起こる気がしない。どうせ千年前のことなんか忘れて、地上にある穢れ(生物)を全て消し去るつもりなんだろう。

  ……そうはさせるかよ。

 

「俺はなぁ、テメェら月の人間どもが大っ嫌いなんだよ。悪いが月の下っ端よぉ、幻想郷のために、ここで死ね!」

「っ、『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』!!」

 

  手で掴んでいたちっこい方の兎を放り投げ、刀を振るう。しかし斬撃は玉兎の体をすり抜け、代わりに発生した真空波で奥の竹群が再び両断される。

 

「……あ? どうなってやがる」

「あ、危なかった……。なんなのよあの馬鹿みたいな威力は!?」

「……そこかっ!」

 

  声がした方へ剣を振るうも、また外れる。

  これは……幻術の一種か? 格上の俺を術中にはめるなんざ、よっぽど強力なものらしい。

  なるほど、伊達に地上に遣わされてるわけじゃなさそうだ。単なる玉兎と思わない方がいいらしい。

 

「無駄よ。狂気にはまった今のあなたに、私の姿を捉えることはできない」

 

  どこからか先ほどの玉兎の声がした。かと思うと、俺を囲うように同じ姿の玉兎が、大勢で現れる。

  だいたい20くらいか。幻術だから本物は一つなわけだが、これは中々面倒くさい。

  そいつらは全員指で拳銃を作り、それを俺に突き出す。

 

「くらいなさい。そしてこの竹林に迷い込んだことを後悔しろ!」

 

  そしてそこから放たれた赤い弾丸が、四方八方から飛び交ってくる。

  観察する限り、どれが本物かは全く見分けがつかない。なら幻ごと全部切ればいい話なんだが、それだと少々面倒だ。

  ならどうするか? ……全部まとめてぶっ飛ばせばいい。

 

  舞姫を地面に突き刺す。そしてそこから放出された膨大な妖力がドームのように広がり、弾丸を含めて全ての玉兎をまとめて吹き飛ばした。

 

「ぐっ、きゃぁぁっ!?」

「……あーあ。ぶっ飛ばし過ぎたか。ゴルフボールじゃねぇんだからよ。ヤード単位でそう簡単に吹っ飛んでくれるなよな」

 

  辺りに静寂が再び訪れる。

  どうやら玉兎はチビ兎の方と一緒に飛んで行ったらしい。さっきまでチビが気絶していた場所に別の足跡があることから、どうやらあいつを連れて逃げ出すつもりだったようだな。

  だが残念だったな。掴趾追雀の効果はまだ続いている。つまりチビの居場所はバレバレだってことだ。

 

  どうやらチビ兎はどこかに移動しているらしい。もう気絶から覚めたのか? いや、さっきよりも移動速度が遅いことから、こいつ自身が走ってるわけじゃなさそうだ。おそらくあの玉兎が運んででもいるのだろう。

  そしてチビ妖怪の座標はある一定の場所で急に止まった。

  ……ここがあいつらのアジトか? だったら好都合。今ここで月のゴミクズどもを皆殺しにしてくれる。

 

「ク、ククク……! ハッハハハハッ!!」

 

  最近殺し合いをしてないからか、急に殺してもいい連中が現れたと知って自然と笑みがこぼれてくる。

  弾幕ごっこも楽しいが、妖怪の本能が好むのは恐怖だ。

 

「せいぜい楽しませてくれよなぁ……?」

 

  瑠璃色の瞳をギラギラと輝かせて、獣はなぎ倒された竹林の上を歩いていく……。

 

 

  ♦︎

 

 

  なんだあれ!? なんだあれ!?

  繰り返しそう呟きながら、玉兎—–—–鈴仙は竹林を全力で駆け抜ける。

  その片腕には兎の妖怪であり友人の因幡てゐが担がれていた。

  先ほど地面に落下した際に打撲してしまった肩にもう片方の手を当てながら、必死に状況を整理しようとする。

 

  始まりは彼女が竹林内でとてつもない轟音を聞いてからだった。

  またてゐが何かしたのかと呆れながら見にいくと、そこには気絶しながら襟首を掴まれて持ち上げられている友人と—–—–見たこともないほど美しい容姿をした妖怪が立っていた。

 

  そのあまりの美貌に、一瞬だが思考を放棄してしまった。しかしすぐにてゐのことを思い出し、その妖怪から救い出そうとしたのだが……。

 

『俺はなぁ、テメェら月の人間どもが大っ嫌いなんだよ。悪いが月の下っ端よぉ、幻想郷のために、ここで死ね!』

 

  どうやら相手は月の民を知っていて、さらにそれを嫌っているらしかったのだ。鈴仙が玉兎であることを見破った途端、とてつもない殺気を放って襲いかかってきた。

 

  幸いだったのは、彼女の能力がその妖怪にも効いたということだ。

  『狂気を操る程度の能力』。これは対象の波長を操り、狂わせることができる。それを使って幻術をかけることには成功したのだが、妖怪が突如放った妖力による衝撃波に吹き飛ばされてしまった。

  そして遠く離れたところで落ち、急いで逃亡しようとして、今に至る。

 

  しばらく走っていると、竹林の中に建てられた大きな屋敷が見えてきた。

  そこの戸を開け、転がるようにして入りこむ。そして声を荒げて叫ぶ。

 

「師匠、師匠っ! 大変です!」

「……どうしたのよウドンゲ。そんなにボロボロになって」

 

  鈴仙の声を聞いて、奥の方から女性が歩み寄ってくる。

 

  ウドンゲとは鈴仙のあだ名だ。

  鈴仙・優曇華院・イナバ。それが彼女のフルネームである。

 

「大変です師匠! ば、化け物が現れました!」

 

  この言葉はあの妖怪を表すのに的を得ていたであろう。確かにあれは化け物だ。生半可な者が立ち向かえる敵じゃない。

  師匠と呼ばれた女性も竹林から漂う恐ろしい妖力を感じ取ったのだろう。返事もせずに近くに置いてあった弓と矢をもぎ取ると、外へと駆け足で出て行く。

 

  鈴仙もてゐを置くと、続いて屋敷から出る。

  その時彼女は見た。竹林の奥で、青白く光る何かがこちらに飛んでくるのを。

 

「伏せさない!」

 

  師匠はそう叫ぶと、膨大な霊力を込めた矢を射った。それはまさしく光のビームと化して、青白い斬撃と衝突する。

  轟音、そして爆発が巻き起こった。

  辺りに煙が立ち込め、視野が悪くなる。しかしそれを突っ切って、先ほどの妖怪と思われるものが高速で迫ってきている。

  しかし師匠の方も負けてはいない。あの速度にも動じず、すぐさま次の矢を引き絞る。

 

  そして矢と斬撃が交差する—–—–ことはなかった。

 

  師匠と妖怪は互いの顔を視認すると、急に動きを止めたのだ。そのせいで師匠の首には刀の刃が、妖怪の首には矢尻が突きつけられている状態となる。

  そして……。

 

「……楼夢?」

「……まさか、永琳か?」

 

 

  ♦︎

 

 

  三つ編みにされた銀髪に赤と青で別れた奇妙な服。

  見覚えのある。いや、覚えていて当たり前だ。

  俺の目には昔世話になった友人—–—–八意永琳の姿が映っていた。

 

「……変わらないわね。あなた」

「妖怪だからな。それに変わらないのはお前もだろうが」

 

  永琳はそれを聞くと、意味深にフッと微笑む。

  彼女の姿は昔かぐや姫騒動で会った時から全く変わってはいなかった。どうやら輝夜を一人にしないために自身も蓬莱の薬を使ったらしい。つまり今の彼女は不老不死ということになる。

 

  まさか月の連中と思っていたのが永琳たちだったとはな……。

  お互いを認識したあの後、俺は永琳に招かれてこの和風の屋敷—–—–永遠亭にお邪魔していた。

 

  出されたお茶をゆっくりと口に含む。

  美味しい。美味しいんだけど……。

  私はちらりと視線を移動させる。そこには俺が飲んでいたお茶を震えながら見つめている先ほどの玉兎の姿があった。

 

「シャキッとしなさいよウドンゲ」

「で、ですが……」

 

  まあ勘違いだったとはいえ、殺されかけた相手といきなり仲良くしろってのは無理難題だよな。

  だからと言って、お茶がマズかったら殺すなんて思われてはたまらないんだが。

 

  それよりも今面白そうな名前が出てきたな。

  ウドンゲ……美味しそうな響きだ。

 

「ほれ、自己紹介よ自己紹介。それくらいできなきゃ礼儀にかけるわよ?」

「は、はぁ……。鈴仙・優曇華院・イナバです。よろしくお願いします……」

「……フルネーム長くねぇか? 好きな名前同士をまるでくっつけた結果のような……」

「あら、鋭いわね。正解よ」

 

  おい。

  どうやら鈴仙が元々の名前のようで、そこに永琳が優曇華院、輝夜がイナバを足して今のようなものになったらしい。

  うん。知ってたけど、変なところでポンコツなのはもう治らないらしい。ネーミングセンスの欠片も感じられねぇ……。

  と、名乗られたままなのは失礼だな。こっちも名乗り返さねば。

 

「白咲楼夢。白咲神社の主神だ。さっきは悪かったな、玉兎……じゃなくって鈴仙」

「楼夢は私の助手一号、つまりあなたの先輩よ。もっと敬いなさい」

「もう二度とテメェの助手なんかやりたかねえがな」

「……そういうわけにもいかないのよ」

「それはどういう……」

「—–—–楼夢っ!」

 

  永琳の発した言葉の真意を問い質そうとしたその時、部屋の襖が勢いよく開かれた。

  そして中に転がり込むように入ってきたのは、非常に美しい容姿をした少女—–—–蓬莱山輝夜だった。

  彼女は俺を見るやいなや、顔を近づけて俺をマジマジと見つめる。が、やがて本物と確信したのか、嬉しそうに抱きついてきた。

  ちょっ、俺は体は貧弱なんだよ! ……くるしぃ……!

 

「久しぶりね! 暇つぶしに部屋から出てきたのだけど、正解だったわ!」

「離せこのバカタレ! そんなに力を入れるんじゃない!」

「なによ、妖怪なんだから丈夫でしょ?」

「俺は例外で紙装甲なんだよ! ちょ、永琳、助けてくれ!」

 

  永琳はため息をつくと、手慣れた手つきで俺から輝夜を引き剥がした。

  えっ、方法? そりゃ怪しい液体が入った注射で……いえ、丁寧に優しく引き剥がしていました! 俺はなんも見てません!

 

「ふぅ……姫様もお眠りになったようだし、話の続きをしましょう」

「……なんか昔と違って随分これの扱いがぞんざいになってないか?」

「ずっと一緒に暮らしていけばそうなるものよ。第一、姫様に言うことを聞かせるにはこれが一番早いから」

「あ、そっすか……」

 

  なんかあの液体に見覚えが……。多分昔俺も打ち込まれたことがあるのだろう。なぜかアレを見てると震えが止まらなくなってくる。

  いや、俺の他にも震えているやつがいるようだ。

 

「ひぃ……!」

「あら鈴仙、何をそんなに怯えているのかしら?」

 

  鈴仙、お前もか……。

  俺のそんな思いが届いたのか、鈴仙は目線を合わせてきてコクコクと頷いてくる。

  どうやら永琳の助手の扱いも相変わらずらしい。……なんか鈴仙とは気が合いそうだな。

 

  閑話休題。

  話を戻そうか。

 

「永琳、お前さっき俺に助手をしてもらわなければ困るみたいなことを言ってたが、どういう意味だ」

「正確的には助手じゃなくて手助けよ。単刀直入に言うと、今私たちは月の民に狙われているの」

「……どういうことだ」

 

  話はこうらしい。

  まず、ことは鈴仙の話から始まる。

  彼女は元々他の玉兎のように兵士として働いていたらしい。しかし月面人妖大戦の時に俺(狂夢)が放った空をも黒く塗り潰した一撃(アルマゲドン)を見て戦意を喪失し、地上に逃げ出してしまったようだ。その後は同じく地上のどこかで逃げ隠れていた永琳たちと偶然合流し、以来ここの竹林に共同で生活しているらしい。

 

  しかし、ある時問題が発生した。

  鈴仙が持っていた通信機が月の民からの電波を受け取ったらしいのだ。曰く、「満月の夜に向かいに行く。抵抗しても無駄だ」という内容らしい。月の連中が実に言いそうな言葉だ。

 

  そして永琳は鈴仙と輝夜を守るために異変を起こすつもりらしい。俺にはその手伝いをしてほしいってことか。

 

  だが、俺はその話を聞いてこう思った。

  博麗大結界じゃダメなのか? 詳細は知らないから断言はできないが、アレだったら月の民も来れないんじゃ……。

  しかし永琳は俺が中々答えないのを、協力はできないと考えているのと勘違いしたのか、とんでもないものを取り出してきた。

 

「……もし、あなたが協力できないと言うのなら、これを幻想郷中にばらまくわ」

「うん、なんだそりゃ……? って、なぁっ!?」

 

  永琳の手の中にあるのは分厚い本のようなものだった。いや、あれはファイルか。表面とかが木製だったから一瞬わからなかった。

  そして彼女は最初のページをめくる。

  そこにあったのは—–—–乱れた服で白目を剥きながら気絶している、あられもない姿の俺の写真だった。

 

「おいおいおいおいおい!? なんだこりゃ!?」

「あなたが私の助手だったころ、薬物実験で正気を失ったあなたの写真よ。全部で百枚以上あるわ」

「消せ! 今すぐ消せ!」

「特にお気に入りなのがこのアヘ顔ダブルピースをしている……」

「それ以上は見るなぁぁぁぁ!!」

 

  考えるよりも先に羞恥心で体が動いていた。ものすごい速さで永琳に飛びつき、ファイルを奪い取ろうとする。

  しかし恥ずかしさで理性を失った俺とは反対に、永琳は冷静だった。足払いをかけ、勢いあまって前に転びそうになった俺の顔面に強烈な肘打ちを繰り出してきたのだ。

  そしてそれは見事にクリーンヒット。あまりの威力に悶絶し、畳の上をゴロゴロと転がってしまう。

 

「うぐおぉぉぉ……っ!」

「もしこれを消して欲しかったら、私たちに協力することね。拒否権はないわよ?」

「くそっ、約束通り消してくれるんだろうな!?」

「もちろんよ。私は約束は守る主義よ。それどころかもし協力したらウドンゲバージョンのもあげるわ」

「師匠ぉぉ!?」

 

  永琳の狂言に今度は鈴仙が叫び声をあげる。

  というか俺の場合はギリセーフでも、鈴仙のだったら単なるエロ画像じゃん。……いや、俺のも大差ないか。

  とにかく! こんなものを幻想郷の住人たちに見せるわけにはいかない。特に紫とか紫とか。霊夢とかの私の正体を知らない組はなんとかごまかせても、古い友人たちにはこれから一生白い目で見られることになってしまう。

 

「ぐぐ……っ! わーかったよ! やりゃいいんだろやりゃ!?」

 

  どうせ博麗大結界も通用するか確証が持てないんだ。だったら今のうちに異変を起こさせて霊夢たちに解決してもらい、一刻も早くあれをこの世から消し去った方がいい。

 

「ええそうよ。やればいいのよやれば。これからよろしくね?」

 

  永琳はドス黒い笑みを浮かべる。

  ……ああ、なんか助手時代を思い出すなぁ。この少しの慈悲すら感じさせない笑顔。実験動物に薬物投与してるときによくこれを見たものだ。

 

  かくして、俺は異変に首謀者側として参戦することとなった。

  まあこうなったらしょうがない。本気で行かないとバレそうなので、手加減は抜きだ。

  ……そうだ、この際ちょうどいい。引きこもりの娘たちもこれに参加させよう。霊夢たちと接点を持たせておけば、いずれ何かの役に立つはず。

 

 

  そうして数日後、永琳によって本物と偽物の月が入れ替えられ、それが異変の幕開けとなった。

  明けない夜と本物の月を取り戻すために、幻想郷の猛者たちが動き出す。

 






「まずは謝罪を。これからテスト期間に入るのでまたしばらく投稿はできません。作者です」

「またテストかよ。お前二週間前もあったんじゃないか? 狂夢だ」


「はぁ……今回のやつで成績決まるんでかったるいです」

「そういえば受験生だったなお前。五教科以外のやつとか大丈夫なのか?」

「いえ、音楽がほぼ終わっています」

「ああ……お前そういえばリコーダーはドレミファソラシド吹けないし、音符も読めないんだったな」

「毎回毎回テストで音符や楽譜のとこで落とすんですよねぇ。知識的なのだったら結構取れるんですが」

「音楽といえば、今は合唱祭のシーズンだな」

「まあほとんどか細い声で隅っこで歌ってる私には関係ありませんがね」

「……お前、音楽メッチャ嫌ってんじゃねぇか」

「誰が好き好んで無駄にうるさくて眠い歌を歌いたがるんですか。もう国歌とか校歌とかで合唱祭やればいいんじゃないですか。正直言って合唱祭の曲よりもソーラン節踊ってた方が百倍楽しいです」

「実際にソーラン節になっても愚痴言うやつだな、それ」


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永夜の幕開け

  夜の博麗神社。その境内に二つの人影があった。

 

「ほら、何もないじゃないの。害はないんだし、月が入れ替わったなんてあんたの勘違いなんじゃないかしら?」

「人間にはなくても、妖怪には害があるのよ。月の魔力は妖怪にとっては重要だわ。もしそれが偽物になったらどうなるか……わかるわよね?」

「でも、私には何も違いが感じられないわ」

「それはあなたが人間だからよ。とりあえず、今回の件は完全に異変だわ。そしてそれを解決するのが博麗の巫女。違わないわね?」

「はいはい、いちいち言われなくてもわかってるわよ」

 

  月影に照らされて、二人の姿がはっきりと露わになる。

  一人は博麗霊夢。いつもの巫女装束にお祓い棒を掴んでおり、これから行われるであろう弾幕ごっこに備えて完全装備をしている。

 

  そしてもう一人は意外なことに八雲紫だ。

  なぜここに彼女がいるのかというと、そもそも異変の話を霊夢に持ち込んだのが紫だからだ。

  彼女曰く、本物の月と偽物の月が何者かによって入れ替えられたらしい。それを感じ取った紫が霊夢を寝床から引っ張り出して、今に至る。

 

「さあ出発よ。大丈夫、博麗の巫女と幻想郷の管理人がいるんだもの。よっぽどの敵が来ない限りは負けはしないわよ」

「……ねえ紫。今私の勘がフラグを感じ取ったのだけど」

「……冗談でしょ?」

 

  一気に顔を青ざめる紫。なぜなら霊夢の勘がいかに鋭いかを知っているからだ。

  しかししばらくすると落ち着いたのか、彼女たちは博麗神社を出て、夜の空へと向かっていった。

 

 

  ♦︎

 

 

  一方その頃、幻想郷中の猛者たちも動き出していた。

  魔法の森からは二人の魔女が。冥界ではそこの管理人とその従者が。

  そしてここ、紅魔館でも……。

 

 

「咲夜、異変よ! 異変が起きたわ!」

「お嬢様、お気を確かに。まだ寝ぼけてらっしゃるのなら顔を洗ってきてはいかがですか?」

 

  テラスで紅魔館の主—–—–レミリアはそう言うと、椅子から立ち上がって月を睨みつける。

  同じように従者である咲夜も上を見上げた。

  黒く塗りつぶされたような空に黄金の玉が浮かんでいる。しかし、ただそれだけだ。空を飛び回る妖怪の姿どころか鳥すら見当たらない。

 

「やっぱりどこか頭でも打ったのかしら……?」

「いえ、今回ばかりはレミィの言ってることは本当よ。そこは私が保証するわ」

「私も私も! なんか変なのをお月様から感じるよー?」

 

  そう言ってレミリアを弁護したのは相席していたパチュリーとフランだった。

  咲夜はその言葉に目を丸くし、再び月を見上げる。しかし結局彼女には何も見つけられなくて、小首を傾げてしまった。

 

「無理よ。月の魔力に影響されない人間にはあの満月の異常さはわからないわ」

「異常、と言いますと?」

「月の魔力を全く感じられない。つまりあの月は偽物なのよ」

 

  その言葉だけで咲夜はレミリアが先ほどから興奮している意味がわかった。

  異変というのは人為的に起こるもの。つまり、本物の月とやらが盗まれたということだ。

  果たしてそんなことができるのだろうか……? と疑問に思ってしまったが、野暮な話だと瞬時に首を振った。この世界には様々な能力を持つ連中がうじゃうじゃいる。今さら月を奪うことができる能力者が現れても不思議ではない。

 

  そこまで考えたところで、テラス内の雰囲気が再び変わった。

  今度は咲夜にも何が起きたのか感じ取れたようだ。満月……ではなく黒い空を睨みつける。

 

「時空に誰かが干渉した……? 夜が、止まってしまいました……」

「確定ね。咲夜もこれでわかったでしょ? これは異変だって!」

 

  自身の予想が当たっていたことにレミリアはふんすっ、と鼻息を荒げてない胸を張る。こういう子供らしいところがカリスマブレイクなんて呼ばれる原因だろうに。本人は未だ気づいてはいないようだが。

 

「それで、どういたしますか?」

「決まってるじゃない。月は吸血鬼の王である私にこそふさわしい。それを目の前で奪った犯人をとっちめに行くわよ!」

「私も行く行く! 異変解決してお姉さんに褒めてもらうんだから!」

 

  レミリアの言葉にフランも便乗して立ち上がった。だが、

 

「ダメよフラン。私たちは遊びで行くんじゃないんだから。あなたはお留守番」

 

  もちろんシスコンであるこの主人がそれを許すはずもない。レミリアは顔をしかめて、フランの同行を却下した。

  しかし納得がいかないのはフランも同じだ。テーブルに両手を叩きつけ、レミリアを睨む。そして必至に抗議した。

 

「どうして? ねえどうしてダメなの!? フランだって異変解決の力になりたい!」

「戦力は私と咲夜で事足りるわ。あなたが行く必要はないのよ」

「それを言ったらお姉様だって必要ないじゃん! だって霊夢がいるんだもん!」

「ぐっ……!」

 

  痛いところを突かれたとでも言うようにレミリアは顔を歪め、何も言い返せずに押し黙る。それを勝機と見たのか、フランが一気に正論を叩きつけてきた。

 

「そもそもお姉様が行く理由こそ遊びそのものじゃん! 月はみんなのものであって誰かがが独占できるものじゃないよ! それを自分のだって屁理屈つけて無理矢理理由にしてるだけ……」

「……ああもう! うるさいうるさいうるさい! とにかくダメったらダメなの! わかった!?」

「……っ、もういい! 私一人で異変を解決するんだから!」

 

  ちゃぶ台返しをしてテーブルをレミリアの顔面に叩きつける。その衝撃と溢れた紅茶が顔にかかり、悲鳴を上げて彼女は怯んだ。その隙を突いてフランはテラスから飛び降りて、あっという間に紅魔館を出て行ってしまった。

 

「どこ行くのフラン!? 待ちなさい!」

 

  そして数十秒ほど遅れて、レミリアがテラスから飛び出してフランを追っていく。

  取り残されたのは咲夜とパチュリーだけだ。パチュリーはよく見るいつも通りの姉妹喧嘩にため息をつくと、テラスの惨状を機に求めずに本を読み始めた。

 

  咲夜は今すぐにでも落ちた紅茶やカップを回収したかったが、今はそれどころではない。なんせレミリア本人が出て行ってしまったのだ。早く自分も行かなければ追いつけなくなってしまう。

 

「パチュリー様! 後片付けは小悪魔にでもやらせておいてください! 私はこれからお嬢様を追わなければいけないので失礼します!」

「ええ……あのじゃじゃ馬のお世話は頼んだわよ……」

 

  ほとんど本に視線を集中させながらパチュリーはそう見送りの言葉を言った。が、それをいちいち聞いている場合ではない。彼女の言葉の途中で咲夜はテラスから空中を飛んでいき、レミリアが行ったであろう方向へ急いだ。

 

 

  ♦︎

 

 

「白咲清音です! よろしくお願いしまーす!」

「……白咲舞花。よろしく……」

 

  永遠亭の戸の前で二人はそう挨拶すると、玄関前にいた永琳の案内で中へ入っていく。

  あらかじめ二人が来ることは伝えられていたので、永遠亭内が騒がしくなることはなかった。永琳もウドンゲも落ち着いて私たちを居間まで案内してくれる。

  ……いや、落ち着きのない人物が一人だけいたようだ。

 

「え、えーと? この子たち今白咲って言ったわよね……?」

「あれ、永琳から聞いてないの? この子たちは私の娘だよ」

「こんの裏切り者がァァァァ!!」

「もんぶらんっ!?」

 

  二人の紹介をした途端、なぜか輝夜が切れて幼体化している私を殴り飛ばした。奇声をあげながら吹っ飛び、畳に倒れこむ。

  アタタタ……裏切り者ってどういうことだよ全く。

  その心の中で言った問いに答えるように、輝夜が突然私を指差してきて口を開く。

 

「私とあなたは一生独身の同盟を結んだ中じゃない!? なのに、なのになんで一人だけ結婚してるのよ!」

「してないよ! というかそもそもそんな同盟結んだ覚えすらない!」

「嘘よ! じゃああなたそっくりのこの子たちはどう説明するの!?」

「ああもう面倒くさいなぁ!」

 

  輝夜は私に子どもがいると知ると、何か不都合でもあるのか胸ぐらを強く掴んでくる。

  痛い痛い! そしてそのまま頭を揺らすな!

 

「というかお前だったら結婚なんていくらでもできるでしょうが!」

「いや、別に結婚したいわけじゃないのよ。私には二次元の嫁たちがいるし」

「そこは婿じゃないの?」

「男は嫌いよ。ネチャネチャ詰め寄ってきてしつこいから」

 

  あのぉ……私も一応分類上は男なのですが。

 

「あ、でも楼夢は別よ。顔も中身も私好みだから」

「それは男として?」

「……? 女としてに決まってるでしょ。あなたのどこに男の要素があるのよ」

 

  お、おぐふっ……。今のは流石に傷ついたよ……。

  今知った新事実だけど、どうやら私は輝夜に女友だちとして扱われていたらしい。

  ふと視線を逸らすと、そこには可哀想なものを見るような目線を私に向けている娘たち二人の姿があった。やめてぇ! これ以上そんな目で私を見つめないでぇ!

 

「というかそれだったら私が結婚しても問題ないじゃん!」

「あるわよ。他の男に取られて楼夢が子供を産んでたなんて、ムカつくにもほどがあるわ」

「だから私は男だ!」

「そろそろ静かにしてなさい」

 

  ぷすりと針が刺さった音が聞こえた。そして冷たい液体が注ぎ込まれたかと思うと、私は動けなくなって畳に倒れてしまう。

  こんなことをする奴は一人しかいない。

 

「えーと……これはどういう状況?」

「ナイスよ永琳。これでしばらく楼夢を着せ替え人形にできるわ!」

「姫様も黙っててください」

「ぐえっ……!」

 

  私に続いて輝夜も注射を打たれ、同じように倒れてしまう。しかも私と違って気絶しながらだ。さすが永琳、いったいどんな薬物を打ったのやら……。

 

「あなたたちのおふざけのせいで娘さんたちが置いてけぼりになってるわよ」

「んー? 面白かったから問題ないよー?」

「……いじめられるお父さんは珍しい……」

 

  そりゃ私元この人たちの部下ですから。年も二人より下だし、なんとなくそういう役回りになるのはしゃーない。

  ほれ、妖怪の世界って年取れば力も比例して強くなるから年功序列が厳しいのよ。とは言っても私より年上なやつなんてこの二人と剛ぐらいしかいないんだけど。

 

  清音と舞花はそんな珍しい私を見れたおかげか、どことなく楽しそうだ。普段ならネタになるなんてごめんだけど、まあ二人が楽しそうならまあいいかな。

 

  そんなことを考えてると、いつのまにか退出していた永琳が戻ってきた。輝夜の姿が消えていることから、どうやら彼女を部屋に置いていっていたみたいだね。

 

「さて、うるさいのもいなくなったから、早速作戦会議を始めるわよ」

「ねえお父さん。一応これってさっきの人を守るための作戦なんだよね?」

「なんだか扱いが雑……」

「いや、あれはほとんど因果応報でしょ」

「話を聞きなさい。また薬を打たれたいの?」

「現在進行系であなたが打った麻痺薬のせいで動けないのですが……」

 

  ほんとこれどうにかしてください。さっきから頭の側頭部を畳に押し付けた状態で話してるから疲れるんだよ。

  しかしそんな願いはあっさりと無視され、話は戻される。

 

「まず、貴方達には二人一組になって侵入者からの迎撃を頼みたいわ」

「二人一組……誰が誰と組むっていうの?」

「じゃあ私は舞花とー」

 

  そう言って清音は舞花の元に近寄り、手を繋ぐ。

  それじゃあ私は優曇華とかな……。

  そう思って振り返って見ると、優曇華の側には見覚えのあるちっちゃい影が。

 

「てゐ、貴方は何をしでかすかわからないから私と組みなさい」

「げっ、ウドンゲかぁ……。まあそっちの化け物と組むよりかはマシかもね」

「随分嫌われちゃったようだね……。まあいいや。じゃあ永琳は私と……」

「ごめんなさい。私は私でやらなきゃいけないことがあるから、一緒には行けないわ」

 

  ん、じゃあ私は誰とペアになるのですか?

  視線でそう問いかけてみたけど、永琳はニコニコ微笑むだけで何も答えてくれなかった。

  ということは、まさか……。

 

「ねぇ、もしかしてのもしかしてだけど、私ってペアなし?」

「あら、理解が早いのね。さすが私の元助手」

「嘘だドンドコドォォォォンッ!!」

 

  ちっくしょう! 雰囲気からしてやっぱこうなるのかよ!

  誰かに助けを求めようとしたけど、全員私と視線が合った途端に目を逸らしてきやがった。

  ガッテム! どうやら私に救いはないらしい。

 

「まあ大丈夫でしょ。仮にも最強の妖怪なんだし」

「いやいやよくないから。私前に説明したよね? 正体がバレないように、普段はこの姿でいるって」

「そんなに一人が嫌だったら、自分でパートナーを探してきなさい」

「簡単に言うけどね、異変の首謀者側についてくれる人なんてどこにも……」

 

  そう言いかけた時、私の感知能力がとある一つの妖力をとらえた。

  場所は竹林の方からか。

  あちこちに仕掛けを施していたおかげで、永琳たちもそれに気づいたらしい。会話を中断し、全員が一気に戦闘態勢に入った。

 

「早速侵入者が現れたようね……」

「……いや、この妖力は彼女の……。でもなんでこんなところに?」

「何、知り合いなのかしら?」

「まあちょっとね。みんな、少しだけここで待っていてくれないかな? 私が話をつけてくるから」

「え? あ、ちょっと!」

 

  永琳の制止の声を振り切って、竹林の中へ飛び込んでいく。

  竹林内での立ち回りはてゐから教えてもらった。そのおかげで私は最高速度を維持しながら進むことができるようになった。

  そして走ること数分。少し開けた場所に、見覚えのある少女の姿が目に映る。

 

  —–—–金色の髪に白いナイトキャップっぽい帽子。そして宝石が付いているような奇妙な翼。

  こんな特徴的な姿をしているのは一人しかいない。

 

「こんなところで何をしているのフラン?」

「……お姉さん?」

 

 

  フランドール・スカーレット。

  月光をスポットライトのように浴びている、紅魔館の主の妹がそこにいた。

 

 

  ♦︎

 

 

  遡ること数分前。

  紅魔館から脱走し、姉の追跡を振り切ったフランは人里がある場所にいた慧音という妖怪の情報の元、ここ迷いの竹林に来ていた。

  しかし彼女はここ数ヶ月前に地下監禁から解放されたばっかで、そのまま知識はまだ乏しい。当然ここがどういう場所なのかすら分かっていなかった。

 

「……ここ、どこなんだろ……」

 

  闇夜に閉ざされた竹林をとぼとぼと俯きながらひたすら進んでいく。

  別に暗いのが怖いわけではない。彼女は吸血鬼だ。昼間と変わらないほど夜目は効くし、暗いのも慣れっこだ。

  ただ、彼女は一人でいることが何よりも怖かった。

 

「うぅ……お姉さん……咲夜……パチェ……美鈴……」

 

  無意識のうちに、フランは自分が頼りにしている人たちの名前を呟いていた。……一人足りないと感じるのは気のせいだろう。

  やがて彼女は疲れ果て、足を止めてしまう。もう動く気すら起きない。

 

「嫌だよ……一人は嫌だよ……!」

 

  心が恐怖に押され始め、かつての地下室でのトラウマがフラッシュバックする。

  誰もいない暗くて狭い部屋。そこに永遠と思えるほどの時間を過ごしていて……。

  しかしそんな場所は、誰かからかけられた声によって一瞬で切り裂かれた。

 

「こんなところで何をしているのフラン?」

「……お姉さん?」

 

  竹と竹の間に、声の主の姿が現れる。その正体を見て、フランは無意識に己が信頼する者の名前を、今度は大声で呼んだ。

 

「お姉さん!」

「うわっとっと。危ないよフラン」

 

  我慢が効かなくなり、思わず飛びついてしまったが、楼夢はそれを優しく受け止めてくれた。彼から感じられる甘い香りを嗅いでいると心は自然と落ち着いていき、恐怖から解放された安心感からか涙が自然と溢れてくる。

 

「お姉さん……っ! 私、私……っ! 」

「怖かったのによく頑張ったね。ほら、私に聞かせてごらん? 何があったのかを」

「うん……」

 

  フランは楼夢に全てを語った。

  異変解決の手伝いをしようとしたこと。それをレミリアが断ったこと。そしてそれにカッとして一人で異変解決に出向いてしまったこと。

 

「なるほどねぇ……」

「……怒らないの?」

「別に。今回のに関してはレミリアもフランも悪いと思うし、カッとなったとはいえ紅魔館を飛び出したのはフランの自己責任だよ。まあそれが学べたんだったら、私から言うことはないさ」

 

  そう言うと、楼夢はフランの頭を撫でた。

  優しく、そして暖かい手だ。触れてるだけで心がポカポカとしてくる。しばらくはその心地よさに何も考えられなくなっていたが、

 

「それで、フランはこれからどうするの?」

 

  思い出したかのように突然かけられた言葉で思考が戻ってきた。

 

「……分からない」

「家には帰らないの?」

「まだ帰りたくはないの。その……上手く言えないけど……」

 

  自身の感情を思いのままに表したいが、幼いフランの言語力ではそれは不可能な話だった。伝えようと言葉にするたびに途切れ、空に消えていく。

 

  しかし、それだけで楼夢には十分伝わっていたようだ。

  彼も何か言いたいのか、顎に手を当ててしばらく考え込む。しかし最後にフランの顔を見てようやく決心したのか、こんな言葉をかけてきた。

 

 

「—–—–ねえフラン。私と一緒に異変を起こしてみない?」

 






「はーいお久しぶりでーす! 今回は真面目に勉強してたのでストックが書けなくなり、結果予定より三日も投稿が遅れてしまった作者です!」

「失踪はしてないから安心しろ。狂夢だ」


「いやー、二週間ぶりの執筆で疲れましたわ」

「あとは受験勉強だけだな。その前にしばらくは働いてもらうぜ?」

「分かってますよ。それでも一応は受験生なので、投稿ペースは一週間に二回ぐらいになると思いますがご了承ください」

「その詫びに、受験が終わったら一週間に三回投稿にしろよ」

「ウヘェ……まあ頑張ります。とは言ってもこの小説も永夜抄まで来てるし、終わりは近いんですがね」

「そもそもド下手クソ時代の前編で無計画に話を書いてたから、こんなに長くなったんじゃねえか」

「一話2000文字辺りの投稿だったあのころが懐かしい……」

「今じゃ大抵7000文字程度だからな。文章力が多少は上がったせいで描写を細かく書いてしまい、結果的にこんな数値になっているというオチだ」

「できれば文字数もう少し削れるようになりたいですねぇ……」


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現れる侵入者たち

 

 

「楼夢が幼女を攫ってきた……」

「うわぁ、最低ねこいつ……」

「お父さん……」

「……変態……」

「いやいや違いますからね!?」

 

  くそったれ! 帰って早々これかよ!?

  永琳、輝夜、清音、舞花の冷たい視線がそれぞれ私に突き刺さる。

  ちなみに鈴仙とてゐは隅の方でフランの面倒を見ているので、この精神攻撃には加わっていない。しかしなんとなく彼女らも私への対応が冷たかったような……。

  いや、それらを気にするよりも先に全員の誤解を解かなければ。

 

「だから説明したでしょ!? 迷える子どもを保護しただけって!」

「問答無用! 私が引導をくれてやるわ!」

「上等だコラァ! こっちもやってや……ボゲラハッ!?」

 

  勇ましく拳を構えようとした直後に、私の顎に輝夜のストレートが直撃した。その威力は凄まじく、私の体はその勢いで後ろから縦に回転し、そのまま畳に後頭部を打ち付けてしまう。

  ぐおぉぉ……! おのれ輝夜ぁ、引きこもりでその腕力は卑怯だろうが……!

  しかしそんなのは知ったこっちゃないと言わんばかりに輝夜は私の上半身の上に飛び乗るとマウントポジションを取ってくる。

 

「手伝いなさい永琳!この馬鹿を粛清するわよ!」

「そうしたいのは山々だけど、タイミングが悪かったわね。侵入者よ」

 

  その言葉の直後に、竹林の方から轟音がこちらまで響いてきた。

  いや、一箇所だけじゃない。それに人数もかなり多いぞこりゃ。

  霊夢、魔理沙は来ると前提して、フランの情報からレミリアと咲夜が来ることが確定している。しかし感じ取れる妖力はそれ以上だ。

  おいおい、なんで私が参加する異変に限ってこんな大世帯なんだよ!

 

「ウドンゲ、てゐ、清音、舞花。あとは任せたわよ」

「ねえちょっと待って! なんで私の名前はふくまれてないの!?」

「あなたはお仕置きしてから出撃よ。文句は言わせないわ」

 

  上半身を押さえつけられて動けない私の目に、銀色に光る細い針が映り込む。

  嫌だぁ! それだけはやめてくれ!

  私は助けを求めるが、返事は来なかった。ただ襖が開かれ、四人分の足音が遠ざかっていくのだけが無情にも聞こえてくる。

 

「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

  先っぽから液体を垂らしている針がだんだん近づいて来る。

  そしてチクリという感触の後、永遠亭中に私の甲高い悲鳴が響いた。

 

 

  ♦︎

 

 

「ふぅ、なんだか景色が変わらなくてつまんない場所だな」

「逆に言えば首謀者が身を隠すにはうってつけね」

 

  無数の竹と闇に閉ざされた世界を二人は歩いていく。

  霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイド。かつて春雪異変の時に弾幕ごっこで対戦した者たち。そんな彼女らはあの後仲良くなったようで、今も協力して今現在起きている異変を解決しようとしている。

 

「おわっ、天然のたけのこだ! しかもこれは極上物だぜ! 持って帰らないと……」

「待ちなさい魔理沙。異変が終わってからにしなさい」

「えー? 私は今採りたいんだぜ」

「そんなものを持ちながら弾幕ごっこができるなんて、随分偉くなったものね」

「ちぇ……もったいないぜ」

 

  もっとも、アリスの方はこのように時々暴走する魔理沙を抑えるのに若干疲労気味ではあるが。

  まあ魔理沙が騒ぎたくなる気持ちもわかる。竹林内では今のところ何も手がかりが見つかっていない。これじゃあ気が滅入るのも仕方ないだろう。

 

  ため息をついたその時、かすかだが誰かの足音が聞こえた気がした。

 

「魔理沙、今の聞こえたかしら?」

「ああ、バッチリだぜ。とうとう犯人を見つけたぜ!」

 

  鼻息荒く魔理沙はそう言うと、あろうことか大声を張り上げながら敵がいるであろう方向に突っ込んで行ったのだ。

  アリスが制止の声をかけるが、時すでに遅く。あっという間に彼女の視界から魔理沙の姿が消えてしまった。

 

「ああもう! たまには人の話を聞きなさい!」

 

  こうなっては仕方がない。ここ迷いの竹林で魔理沙と別れれば、次に合流できるのはいつになるかわからない。それを理解しているアリスは頭を抱えると、すぐに魔理沙の後を追うために走り出した。

 

  そうして何分経っだだろう。絶え間なく前方から聞こえ続けていた魔理沙の奇声が突如聞こえなくなった。

  そのことを不可解に思いながら走っているとようやく魔理沙の姿が見えてくる。アリスは彼女に追いつくと、その肩を思いっきり引っ張った。

 

「ちょっと魔理沙、迂闊すぎるわよ!」

 

  しかしその言葉も、魔理沙にはまるで届いていなかったみたいだ。

  なにか様子がおかしい。彼女は呆然とその場に立ち尽くしていて、その瞳はある一点だけを見つめている。しかしアリスが来ていたことには気づいていたのか、振り返らずにただ彼女に問いかけた。

 

「なあアリス……あれをどう思う?」

「あれって、あなたはなにを……っ!」

 

  思わず激昂しかけたが、その気持ちも途端に霧散してしまった。

  魔理沙の視線の先。そこには—–—–。

 

「……おいおい。なんで霊夢が妖怪と一緒にいるんだよ!」

 

  霊夢の隣を金色の髪を持つ女が歩いている。

  世間にはあまり関わらないアリスでも彼女が何者かは知っていた。

  妖怪の賢者、八雲紫。それが霊夢の隣にいる化け物の正体だ。

 

  相手側もこちらに気づいたらしい。臨戦態勢でアリスたちは霊夢たちと対峙することになる。

 

「はぁ……魔理沙、やっぱあんたもここに来てたのね」

「霊夢、これは言い逃れできないぜ! 観念しな!」

「はぁ? 観念? あなたはなにを……」

「この明けない夜を作り出したのはお前だろ紫! それが何よりの証拠だ!」

 

  魔理沙の言葉に、思わずアリスも今回ばかりは納得してしまった。

  たしかに。妖怪は千差万別ではあるけれど、『明けない夜』という、ここまで大きな概念を捻じ曲げられる人物は限られてくる。それの最有力候補が紫というのは理にかなってる。

 

「ちょっと魔理沙、話を聞きな……」

「あらあら、バレちゃったら仕方ないわね」

「ちょっと紫!?」

 

  そしてここでまさかの犯人候補自らの自白。鵜呑みにするわけではないが、目の前の二人が異変のなんらかに関わっているという可能性はこれで大幅に高まった。

 

「やっぱりそうだったのか……許せないぜ霊夢。博麗の巫女のくせに妖怪側に寝返るやつなんて、私が成敗してくれるぜ!」

「悪いけど、あなた達は怪しすぎるわ。ここで退治して異変の犯人なのかどうか確かめてあげる」

「ほら、やっこさんたちはやる気満々みたいよ?」

「あんたねぇ……っ! あとで覚えておきなさいよ……っ!」

 

  魔理沙は八卦炉を、アリスは複数の人形を周りに展開する。

  その後、とある竹林の一部で激闘が繰り広げられることになった。

 

 

  ♦︎

 

 

「ねぇ、あれって仲間割れー?」

「……もしかしなくてもそう」

 

  清音と舞花は、霊夢たちの弾幕ごっこを手を出さずに遠くから眺めていた。

  あれほどの手練れがいる中での監視は通常かなり難しいだろう。下手に近づけば一瞬でそれを悟られることになる。

  しかし清音の術式ならばそれも可能だ。視界望遠と物体透視を組み合わせた魔法を使い、入り組む竹に邪魔されずに遠くからのんびりと激戦を眺めることができる。

 

「うーん、やっぱ紫さんたちが優勢だねー。ま、単なる魔法使いと魔女が手を組んだにしては上出来かな?」

「……あ、逃げ出した……」

「あちゃー、勝てないと見て一旦逃げちゃったか。紫さんたちもこれ以上追うつもりはないみたいだし、これでこの弾幕ごっこは終了みたいだねー」

 

  それだけ言うと清音は地面に手を当て、清音と舞花が立っている場所を包むほどの魔法陣を展開する。

 

「ねえ。もし敗戦した直後に別の敵に当たったりしたら、相手はどうなると思うー?」

「……そういうことね。清音姉さんも人が悪い……」

「理解できたみたいだねー? それじゃあ行くよー」

 

  清音の合図によって魔法陣が光り輝く。やがてだんだんと光は大きくなっていき、外からじゃ中が目視できないほどの光量を持つドームを構築する。そして一瞬光が収まったかと思うと、一気に光が破裂し、辺りを眩く照らし出した。

 

  しばらく経つと、光が収まっていく。魔法陣があった場所にはなにも残っていなかった。まるでこの場所だけが切り取られたようだ。

  そして切り取った場所はある座標に貼り付けられることになる。

 

「ヤッホー。驚いたー? 驚いたよねー?」

「なっ!?」

 

  霊夢たちとの弾幕ごっこで負け、敗走している魔理沙たちの前方に、突如眩い光が出現した。

  その中から、金髪と銀髪の少女たち—–—–清音と舞花が姿を現わす。

 

「な、なんなんだぜこいつら? 一瞬で私たちの目の前に現れやがった……」

「この感じ……空間系の魔法、かしら?」

「おいおい、あんなのも魔法なのかよ! 冗談キツイぜ」

「確証は持てないわよ。空間系の魔法はどれも超高難度で、パチュリーでさえ実用化には至ってないんだから」

 

  魔理沙もアリスも、今のを見たことでかなり動揺してしまっている。

  当たり前だ。魔法は魔法といっても、彼女らが普段扱うのと清音がたった今見せた魔法では文字通り次元が違う。特にその実力差をよく理解してしまったアリスは完全に萎縮してしまっている。

 

  それを知ってか知らずか、清音は初登場と変わらず、明るい笑みを浮かべている。が、月光で照らされるその顔は、今だけはひどく不気味に思えた。

 

「セーカイ。そっちの金髪の……って、二人とも同じ色だったね。それじゃ人形のお姉さんとでも呼ばせてもらおうかな?」

「へっ、お前も同じ金髪だろうが。名前でも訪ねてみたらどうなんだぜ?」

 

  せめて恐怖心に負けないようにと、精一杯の虚勢を魔理沙は張る。そのある意味勇敢な姿を見てアリスも徐々に冷静さを取り戻していき、震える足で魔理沙の横に並び立つ。

 

「うーん……じゃあ聞こっかな。あなたたちの名前は?」

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」

「アリス・マーガトロイド、魔法の森の魔女よ」

「私は清音。白咲清音っていうんだよー。それでこっちが私の妹の……」

「……白咲舞花。よろしく……」

 

『白咲』という名字を聞いて、二人は互いに驚いたような顔をする。なぜならその名前に聞き覚えがあったからだ。

 

「お前ら、もしかして美夜のやつと同じ……」

「そだよー。私たちは美夜姉さんの妹」

「だったら戦う意味はないんじゃないか? 私たちの目的は異変を解決することだぜ」

「私たちの目的はそういう人たちを排除することなんだよねー」

 

  魔理沙は前に美夜が協力してくれたので、清音たちも異変解決に来たと思い込んでいたのだろう。しかしそれは大きな間違いだ。

  いや、そもそも『白咲三神』というものについて理解していないのかもしれない。

 

  彼女らが表舞台に関わるのは主神である産霊桃神美(ムスヒノトガミ)、つまりは楼夢の命令があるときだけだ。なぜなら、強大な力を持つが故に、動きすぎると幻想郷に影響を及ぼしてしまうからだ。

  つまり、美夜の件も命令されたから異変解決に赴いただけであって、真の意味では仲間ではないということだ。もっとも、人間と妖怪が仲間だなんてあってはならないことなのだが。

 

「諦めなさい魔理沙。あいつら、どうあっても私たちを叩き潰すつもりよ」

「美夜お姉さんは今日来てないから安心していいよー」

「……もっとも、あなたたちはここでチェックメイトになるのだがな……」

「くそっ、こうなったらしゃーないか……っ!」

 

  白咲三神の強さは、春雪異変の時に同行した魔理沙が一番よく知っている。少なくとも美夜レベルの相手が二人いると想定しなくてはならない。

  だからこそ、手加減なしで全力で戦わせてもらう。犯人をとっちめるその時まで全力は温存しておきたかったのだが、今負けてしまえば元も子もないので仕方がない。

 

  アリスも同じ意見だったようだ。展開された人形の数は霊夢たちとの弾幕ごっこの時よりも多くなっている。彼女も加減は抜きということだろう。

 

  しかしそれを見ても清音たちの表情は変わらない。魔理沙たちの全力も、彼女たちからしたら誤差でしかないからだ。

 

  舞花の『銀鐘(ぎんしょう)』と呼ばれる腕につけられた銀色のリングがぐにゃりと歪み、ハンドガンへと変化して彼女の手のひらに収まる。

  一方の清音は腰に差している二刀を抜くこともなく、無手のままだ。だが彼女の本質は術式使い。何も持っていないからと言って、決して弱いわけではない。

 

「スペルカードは三、残機は二だ。言っとくがタッグマッチの場合はスペカも残機も共通されるってことになってるんだぜ。つまり合計三枚使い切ったか、合計二回当てられたチームが負けってことだ」

「りょーかいしたよー。それじゃあ始めようかなー」

 

  かくして、幻想郷の端で隠されていた二人の大妖怪の力が、久方ぶりに解放されることとなる。

 

  魔理沙は気持ちでは負けてたまるかと、凄まじい妖力を身に纏う清音に突撃していった。



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魔女たちのドールズフェスティバル

「まずはこれでも、くらいやがれぇ!」

 

  魔理沙の周りに緑色の三角形が多数出現する。『マジックミサイル』とも呼ばれるそれらは彼女の腕を振るう動作に反応して、名前通りミサイルのようにまっすぐ飛んでいく。

  その先にいるのは金色の九尾—–—–清音だ。

 

「火力勝負? だったら負けないよー!」

 

  清音も周りに赤い狐火を大量に浮かばせ、指を振るうと同時にそれらを射出する。

 

  二種類の弾幕はぶつかり合うと、途端に爆発を起こした。しかし互角というわけではない。いくつかの狐火がミサイルに打ち勝ち、魔理沙へと襲いかかる。

 

「魔理沙、伏せなさいっ!」

 

  後ろからアリスの声が聞こえ、とっさに魔理沙は身をかがめる。それとほぼ同時にアリスとアリスの人形たちからレーザーが放たれ、狐火を次々と迎撃した。

 

「魔理沙、これはタッグバトルよ。無理に突っ込んで行く必要は—–—–」

 

「……そう、これはタッグバトル。だからこんなこともできる」

 

  ふとそんな呟きを偶然アリスの耳が拾った。

  途端に体中に悪寒が走る。その言いようのない不安から逃げるように、アリスはほぼ無意識にその場を離脱した。

 

  瞬間—–—–恐ろしく速いなにかが元いた場所を通り、人形の一体を貫いた。

 

「なっ……!?」

「ちっ……外した……」

 

  今度ははっきりとアリス、そして魔理沙の耳にも聞こえた。

 

  清音の体の後ろに隠れるようにしていた舞花はそう舌打つと、手に持っていた非常に長細い金属の塊を持ち上げる。

  スナイパーライフル。誰もが知っている狙撃銃だろう。今持っているのは金属弾ではなく魔力の塊を放つという違いはあるが、舞花はそれを使ってアリスの狙撃を試みたのだ。

  しかしそれは失敗し、二人の注意が舞花に向いてしまった。こうなってはもはやスナイパーライフルは意味をなさないため、彼女は狙撃銃を今度は二つの拳銃に変化させる。

 

  舞花の『銀鐘(ぎんしょう)』はありとあらゆるものに自由に形を変えることができる。最初に腕につけていた時の腕輪状態のも本来の形ではなく、舞花が身につけやすいように形を変えた結果だ。

 

  しかしそれを知らない魔理沙とアリスは、武器が突如変化したことに非常に驚いた。そしてその隙を狙ってか、二丁の拳銃から交互に魔力弾が高速に放たれる。

 

「……っ、未知の魔法に未知の武器か……ヤバイけど、なんだかワクワクするぜ!」

「余裕かましてる場合じゃないわよ!」

 

  拳銃の乱射の間を縫っては、狐火が放たれる。

  一糸乱れぬ連携。それは清音と舞花が長年共に過ごしてきた故にできることだ。

 

  個々の力も、連携も相手の方が上。そんな絶望的な状況に魔理沙たちは陥っていた。

 

「なんかいい案はないのか!?」

「あったらやってるわよ。ないからこうして防戦一方になってるんじゃない……っ」

「……こうなったら仕方がない! 連携もなにも関係なくしてやるぜ!」

「ちょ、ちょっと魔理沙っ!?」

 

  魔理沙の箒が魔力の光を火花のように撒き散らし、彼女を乗せて加速していく。

  一見無謀にも見える魔理沙の突撃を止めようとして、アリスは声を張り上げる。が、ふとなにかを思いついたようで、あろうことか彼女も魔理沙同様に姉妹へ突っ込んでいった。

 

「戦繰『ドールズウォー』!」

 

  ある程度まで近づいたところで、アリスは魔法陣を展開する。そしてそこから数えきれないほどの武装人形たちを出現させると、全員に突撃命令を送り出す。

 

「ちょ、ちょっと多すぎじゃないかなー!?」

「……まずい、至近距離でこんなの出されたら……混戦になる」

 

  いくつもの狐火と魔力弾が人形たちを撃ち落としていくが、キリがない。そうこうしているうちに魔理沙たちは姉妹に十分近づき、手当たり次第に弾幕をばらまいていく。

 

  混戦。それこそがアリスの狙いだ。

  そうなれば戦況は入り乱れ、周りに気を使うことが難しくなる。結果、姉妹の連携を断つことができるのだ。

 

「オラオラオラァ! 弾幕はパワーだぜ!」

「……っ、ちょこまか……!」

「—–—–よそ見をしている場合かしら」

「しまっ……!」

 

  魔理沙に気を取られている隙に、素早くアリスは舞花の後ろに回り込み、弾幕を放つ。それらはとっさに展開された結界に阻まれたが、そのうちのいくつかが舞花の服をかすめていたのが確認できた。

 

「邪魔だよー!」

「あいにくと私の人形たちは数が自慢なのよ。物量勝負だったら負けないわ」

「それに、火力担当もこっちにいるぜ!」

 

  アリスを狙って狐火がいくつも放たれる。しかしアリスは盾を持った人形たちで壁を作り、それらをことごとくシャットアウトしていく。そして術式に意識が削がれている隙を突いて、魔理沙のレーザーが清音に襲いかかった。

  それらは舞花と同様被弾はしなかったが、いくつかがかすり、肌から血が少量滲み出てくる。

 

 

  このように有利に戦況を勧められているのにはまだ理由がある。

  偶然か必然か、魔理沙と清音、アリスと舞花の戦闘スタイルはある程度似ていた。もっとも、個々の能力は比べるまでもなく姉妹の方が上だ。

 

  だが勝負には相性というものがある。火力で押してくる清音には数で勝負するアリスで、同じように数で押してくる舞花には火力で勝負する魔理沙というように。

  別々のタイプであれば、相性が悪くない限りそう簡単にやられることはない。

 

  そうやって普段は一対一を二つ繰り広げるが、隙を見て一瞬だけ二対一に持ち込み、また一対一に戻す。

  そして姉妹にはそれができない。なぜなら魔理沙たちと違って清音たちは移動しようとするとドールズウォーで召喚された人形群が壁となり、それを遮ろうとするからだ。

 

「……マズイ姉さん、まずは人形を壊さないと……っ」

「うーん、こっちも一枚使うしかないねー」

 

  清音はカードを構え、腕でなぎ払うような動作を取るとともに宣言する。

 

「赤符『紅蓮の九尾』」

「なっ……私の人形が……っ!」

 

  清音の身長よりも大きな九尾に突如炎が宿る。そして彼女はそれで周囲を思いっきりなぎ払い、周りにある全ての障害物を焼き払った。

 

「くっ……まだよ! まだ私の人形はたくさんいるわ!」

 

  アリスの命令により、大量の武装人形たちは清音を四方八方から取り囲む。あまりの数に清音の姿が人形群で覆われて見えなくなるほどだ。

 

「八方向じゃ足りないなー。こっちは九方向に対応できるんだから」

 

  しかし、清音に焦りはなかった。

  先ほどのように一つにまとめてなぎ払うのではなく、九本の尾がそれぞれ別々に振るわれる。

  九つもの尻尾が近距離で振り回されているのに、それぞれがぶつかり合ったりすることはなかった。まるで尻尾一つ一つに意思があるようだ。

  そして全方位から迫り来る人形たちを次々と鞭のように叩き落とし、灰燼へと帰させていく。

 

「……今がチャンス、かな?」

「っ、しまった!」

 

  ドールズウォーで召喚された人形たちが一掃されたことによって、姉妹の連携を阻害するものがなくなってしまった。

 

  舞花は対峙している魔理沙を出し抜き、人形の操作で動きが鈍くなっているアリスへ弾丸を連射した。

 

「きゃっ!?」

「隙あり。一つ目もーらいっと」

 

  突如迫り来る弾幕に気づいたアリスは、とっさに身をひねってそれをギリギリ回避する。が、それに意識を取られて、彼女に急接近してくる清音の存在に今の今まで気づくことができなかった。

  一メートルあるかどうかの距離。しかも無茶な回避をしたせいで体勢が崩れていて、避けようとすることすらできない。

  そして無慈悲にも、炎の尻尾が振るわれる。

 

「—–—–アリスゥゥゥゥ!!」

 

  しかしそこに突っ込んでくる光が一つあった。

  魔理沙だ。彼女は舞花を置き去りにして最高速度で箒を飛ばし、アリスを突き飛ばしたのだ。

  おかげでアリスは清音の攻撃範囲から逃れられ、間一髪避けることに成功した。だが魔理沙は—–—–。

 

「ぐ、う……っ!!」

「魔理沙ぁ!」

 

  炎を纏った尻尾が魔理沙の腹部に直撃する。そしてその肉を焦がしながら、彼女を地面へそのまま叩き落とした。

 

  すぐにアリスが魔理沙の元に駆け寄り、先ほど攻撃された部位を見る。

  酷い……とまではいかないが、かなりの怪我だ。彼女の服の腹部にあたる部分は焼け落ちており、その下にできた大火傷の跡が露出している。

  間違いなく、弾幕ごっこじゃなかったら即死ものだっただろう。

 

「馬鹿……! 弾幕ごっこは被弾数で決まるんだから、庇っても意味なんかないじゃない……!」

「へ、へへっ……なんかお前私よりも貧弱そうだからよ。守ってやらなきゃなって思って……痛っ」

「……余計なお世話よ。……でも、ありがとう……」

 

  最後にボソリと感謝の言葉を告げ、アリスは立ち上がって空を睨みつける。

  どういうわけか、アリスが怪我を見ている間姉妹たちは攻撃してはこなかった。それどころか顔を赤らめて、何か興奮しているような……?

 

「ど、どうしよう舞花ー! 私、本当の百合なんて初めて見たよー!」

「じゅるり……百合は漫画こそ至高と思ってたけど……これはたまらない」

 

  お忘れになっているかもしれないが、この二人は引きこもりだ。故にいつも漫画やらをダラダラと呼んでいたりするのだが、二人の性癖は少々特殊だったりする。

  つまり、()()()()()()()()()()()()

 

  しかし悲しきかな、魔理沙とアリスは自分たちがそんな風に思われているなどとはつゆほどにも思っていなかった。

 

「私たちを待っていてくれたのかしら? 随分と余裕そうね」

「いやー、待ったというか、あの雰囲気は壊しちゃいけないというかー」

「……ふふ、あなたたち気に入った……」

「なんなんだぜこいつら……? 気色悪ぃ……」

 

  復帰した魔理沙がそう呟く。

  攻撃を当てたのはあちらなのに、妙に瞳に熱がこもっているのは気のせいだろうか。

  だが考えていても仕方ないと判断し、魔理沙たちは動き出す。

  しかしさすがにそれ以上は待ってくれないようで、姉妹の方も魔理沙たちに合わせて行動を始めた。

 

「アリス、今度はどうすればいいんだ!?」

「銀色の方を狙いなさい! 金髪は私が抑える!」

「了解だぜ!」

 

  アリスの指示に従い魔理沙が舞花をマークする。

 

「……姉さん、やっちゃってもいい?」

「いいよー。あと一発なんだから、ここで仕留めてよねー」

「……わかった」

 

  銀鐘が液体のような形状に変化して舞花の周りを飛び散る。それらは幾百もの雫となって空中に漂い、そして舞花の意思によってその形を歪ませていく。

  そして出来上がったものを見て、魔理沙は口をあんぐりと開けて驚いた。

 

「……おいおい、嘘だろ……冗談きついぜ」

「……受け取れ……乱射『マナバレット・フルバースト』」

 

  空中に浮かび上がったのは、無数の銃口。それらに緑色の光が集中していき、魔弾が狂ったように乱射された。

 

「魔理沙!」

「おっと、行かせないよー。ここで落とせば私たちの勝ちなんだからー」

 

  魔理沙のピンチを悟ったアリスが援護に向かおうとするが、その前に清音が立ちはだかる。そして周囲を覆うように炎の壁を作り出し、アリスを自分ごとその中に閉じ込めた。

 

「くっ……ヤベェ、このままじゃ持たないぜ……!」

 

  竹と竹の間を縫うように、魔理沙は竹林を縦横無尽に飛び回る。背後から聞こえてくる粉砕音が彼女の心をキリキリと締め付けていく。が、止まることはできない。そうした時点であの無数の魔弾が自分に襲いかかることが確定しているから。

 

  幸いだったのは、ここが入り組んでいる場所だったということだ。高速で射出される魔弾から竹のカーテンが魔理沙を守ってくれている。

  しかしここまで避けられたのは、それでも奇跡に近い。弾丸から逃げるためには常に最高速度を維持しなくてはならず、少しでも気を抜けばたちまち己を守ってくれていた竹が自分にも襲いかかっていたことだろう。それを成し遂げることができたのは、極限状態にまで追い詰められた集中力ゆえか。

 

「何か……何かないのかっ!?」

 

  いずれにせよ、何か打開策がなければこの危機を脱することはできないだろう。極限の集中力も長くは続かない。そしてそれが切れた時こそが、この弾幕ごっこの最後だ。

 

「ガッ……!?」

 

  そしてとうとうその時がやってきてしまった。

  僅かにスピードが緩んだせいで、魔弾が竹に当たった時の爆発に巻き込まれ、魔理沙は地面に放り出される。

 

  背中を打ち付け、地べたを転がっていく。

  その時、彼女は見た。

  彼女のすぐそば。ボロボロになった人形が同じように地面に落ちているのを。

  ……これはアリスのだろうか? おそらく先ほどのドールズウォーの残りだろう。かすかに焼けた跡から黒煙が吹き出しているのがわかる。

 

「人形……アリス……煙……そうか、思いついたぜ!」

 

  空から無数の緑色の光が地面をえぐっていく。それを身をかがめて転がることでギリギリ回避した魔理沙は、スカートのポケットから謎の丸い物体を取り出した。

  そしてそれを真上にいる舞花めがけて、思いっきりぶん投げる。

 

「……そんなもの……っ!?」

 

  もちろんか弱い少女の腕力では投擲してもスピードは出ない。そのためあっさりと舞花に避けられてしまった。

  だが、それでいい。なぜならそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  舞花が避けた直後に、丸い物体が一瞬光ったかと思うと、突如そこから白い煙が噴き出した。

 

「これは……煙幕弾!?」

「魔法をぶっ放すことだけが魔法使いと思うなよ! マジックアイテムくらい、私だって作れるさ!」

 

  八卦炉や人形しかり、魔法使いというのは必ずマジックアイテムを持ち歩いているものだ。そして同時に魔法使いはマジックアイテムを作り出すこともできる。ならば彼女が煙幕の一つや二つ持っていても、なんら不思議ではないだろう。

 

  白い煙が辺りを包み込む。元々迷いの竹林は霧がかっていることもあり、舞花の視野は最悪の状態になった。

 

  しかし舞花に焦りはない。妖獣は元々聴覚や嗅覚が優れているのだ。目が見えないぐらいで、射撃の精度は落ちることはない。

  不意に、右側の方から黒い影がうっすらと浮かび上がる。だが事前に匂いを嗅いでいた舞花はそれに気づいていて。

 

「……そこ!」

 

  向かってくる影の中心を寸分違わず撃ち抜いた。

  勝った。そう判断し、一瞬だけだが気が緩んでしまう。しかしそれは間違いだった。

 

  やがて霧が晴れ、視野が元どおりになる。そこで初めて、先ほど撃ち抜いた影の正体を見て、舞花は驚愕した。

 

「これは……偽物……!?」

「アリス特製魔理沙人形だ! 珍しい魔法がかかってたから盗んでポケットに入れておいてたけど、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったぜ!」

 

  なぜ珍しいのかというと、サイズ変更可能な魔法がかかっていたからだ。普段は小さくしてポケットに入れておいていたのを、本物と同じサイズまで巨大化させ、それを囮にしたのだ。

  たっぷりと匂いのこびりついたそれを見抜くことは、流石の舞花でも困難だったのだろう。その結果、見事逆を突かれ、無防備にも背中をさらしてしまう。

 

「くっ……このぉっ!」

「遅いぜ! 恋符『マスタースパーク』!」

 

  七色の極太光線が舞花を呑み込む。

  これで残機は両チームとも残り一。

 

「まだだぜ!」

 

  しかし魔理沙は舞花の被弾を確認もせずに、すぐさま箒で元来た道を戻っていく。

  目指す先は炎の壁の向こう。マスパを撃った反動で発射口から白煙を出しているミニ八卦炉を後ろに向け、再びスペカ宣言。

 

「『ブレイジングスター』!!」

 

  マスタースパークがジェットのように凄まじい推進力を箒に与え、魔理沙の速度は加速していく。

  その姿、まさに彗星。

 

「魔理沙はなんとか切り抜けてくれたようね……だったらこっちも!」

 

  マスパが放たれる時の独特な発射音で、炎の壁の内側にいるアリスも、魔理沙が迫って来ていることに気づく。そして彼女に負けてたまるかと、清音へ人形ではなく糸を繰り出した。

  舞花がやられたことに驚愕していた彼女にはそれを避けることができず、体を拘束するように糸が巻きつく。

 

「こんなの……私の炎で……!」

 

  たしかに、彼女なら数秒程度でこの拘束から脱出することができるだろう。

  しかしその数秒で十分だった。魔理沙がここにやってくるには。

 

「いくぞ、清音ォォォォォンッ!!」

 

  炎の壁を突き破り、彗星が迫ってくる。清音との距離は目と鼻の先だ。

  避けられるはずがない。魔理沙たちがそう思ったその時—–—–。

 

 

「—–—–あーあ、ほんとはこれを抜きたくなかったんだけどねー」

 

  この状況において場違いなそのセリフ。

  清音の腰に差された双刀が抜かれる。それらはそれぞれ赤と青の光を纏っていく。そして極限にまで集まったそれらを打ち付け、清音は最後のスペルの名を唱えた。

 

「極大消滅『メドローア』」

 

  打ち付けた双刀から炎と氷の巨大閃光が放たれた。

  それは彗星と化した魔理沙と衝突し、互いにせめぎ合う。

 

「ぐっ、く……くそぉぉ!!」

 

  しかし均衡は長くは続かなかった。

  あまりの威力に押し負け、悔しそうな声をあげながら魔理沙が弾かれる。そして閃光は彼女を飲み込み、彼方へと消えていった。

 

  二回目の被弾。首謀者側と解決者側の記念すべき一戦は、姉妹たちの勝利で終わった。

 

 

 






「なんか最近飴玉にハマってる作者です」

「元々テメェは甘党だろうが。狂夢だ」


「今回は作者にとってはテスト明けで久しぶりの戦闘描写か……」

「ブランク空けるたびに、あれどうやってここ書くんだっけ、ってなりますよね。今回はちょっとぎこちなくなっちゃったかも」

「そういえば魔理沙が自分そっくりの人形を盗んだって書かれていたが、なんでんなもんがアリスの家にあったんだ?」

「……その理由はお察しください」

「……ああ、そういえば片方は本当の百合だったな」


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吸血鬼姉妹の最終決戦

 

 

「あぁ、酷い目にあった……」

 

  ふらふらと力なく、先刻地獄が行われていた永遠亭から脱出する。その後ろを小さな影がついてくる。

 

「お姉さん大丈夫? すごく叫んでたけど」

「うん、大丈夫大丈夫。いつものことだから」

 

  そうは言っても、私の顔色が悪いのは誤魔化しようがないだろう。それでも心配させないために気丈に振る舞う。

 

 

  あちこちではもう弾幕ごっこが始まってるらしい。

  すでに娘たちも魔理沙とアリスのタッグと交戦したようだ。結果は娘たちの勝ちだったみたいだけど。

  しかし、私は未だに二人の魔力を感知していた。

 

  異変には暗黙の了解として、解決者側は異変が終わるまでは何度でも首謀者に挑戦してもいいというものがある。これは実力的に劣る人間のための配慮らしい。そういうルールがあるからこそ、妖怪と人間のパワーバランスは保たれているのだ。

 

  そのルールに漏れず、魔理沙たちも一度破れてもなお、異変解決を目指しているのだ。流石に再び清音たちと遭遇することがないように、別ルートで向かってきてるみたいだけど。

  まあここからじゃ遠いし迎撃しに行くのも面倒なので、今はスルーしとくか。

 

「ねえお姉さん。今はどこに向かってるの?」

「一番近くにいる敵の場所だよ。それよりもフラン、本当に私に協力してもいいの? レミリアと敵対するかもしれないんだよ?」

「いいの! お姉様なんか大っ嫌い! ここでコテンパンにやっつけてやる!」

「ふーん、それは良かった。ムカつく相手をぶっ飛ばすチャンスがちょうど来たようだよ」

 

  疑問符を頭の上に浮かべながら、フランは私の視線の先を見つめる。

  足音と話し声が二つずつ。十中八九侵入者だね。

  彼女らは迷っていたのか、ある程度広い空間が作られているこの場所にたどり着くと、大きなため息を吐き出す。

 

「ゼェ……ゼェ……なんなのよここは!? 歩いても歩いてもさっぱり進んでる気がしないわ!」

「ですからお嬢様、準備を整えてから進んだ方がいいとあれほど説明したのに……って、あら?」

 

  ちっちゃいのとメイドのコンビ。間違いなくレミリアと咲夜だ。そのうちの咲夜の方が私たちに気づいたようで、主人にそれを報告する。それを理解すると、レミリアはこちらに近づいて来る。

 

「ヤッホーレミリア。それに咲夜も」

「久しぶりね楼夢。あなたがフランを保護してくれていたのかしら? 腹ただしいけど、感謝するわ」

「それには及ばないよ。今度咲夜のお菓子を食べさせてくれたらそれでいいよ」

「わかったわ。今度来た時に出させてもらうわね。さ、フラン。行くわよ」

 

  レミリアがそう言って手を伸ばしてくるが。

 

「……いやだ」

 

  レミリアの手が叩き落される。

  驚愕するレミリア。

  フランは姉をキッと睨みつけると、妖力を爆発的に解放させて威嚇する。

 

「フラン、なんのつもりかしら?」

「私はお姉様とは行かない! 行かないったら行かない!」

「私もさっきのことはちょっと悪かったとは思ってるわ。だからほら、異変解決の同行も許してあげるし、一緒に……」

「……あーあ、異変解決(その言葉)を私の前で言っちゃったかぁ」

 

  フランと同様に、私の体からも突如妖力が解放される。

  私も異変の協力なんてしたくないし、ここを通してあげたいんだけどね。仕事の名目上、その言葉を吐いたやつは徹底的に潰さなきゃいけないのよ。

 

「悪いねレミリア。私、実は今回首謀者側なんだ」

「私もだよお姉様。今回の私たちは敵同士。だからここは通さないもん!」

「楼夢……やっぱり私はあなたが嫌いよ。人の妹をよりにもよって首謀者の方に引き込むなんて!」

 

  ありゃりゃ、シスコン姉御がキレちゃったみたいだね。まあ今回は私が悪いからしょうがないんだけど。

  しかしそこで謝らぬのが楼夢クオリティ! 退かぬ媚びぬ省みぬぅ!

 

「フランも年齢的には十分大人なんだし、責任は彼女自身が取るよ。私はあくまで誘っただけ」

「そう……あなたが誘ったっていうことがわかればそれでいいわ。……ぶっ殺してやる!」

「悪いけど、あなたが敵である以上、こちらも容赦はしないわよ」

 

  レミリアも咲夜も気合十分のようだ。

  ある程度の距離を取ってから、ルールの設定がが行われる。

  その結果、スペカ三の残機二に決まった。

 

「お姉さん、作戦はどうするの?」

「自由でいいよ。コンビネーションで競っても勝ち目はなさそうだし、なにより考えるのが面倒くさいから」

「……むー、私はここで負けるのは嫌だからね。やる気がなくても、わざと負けるなんてことはしないでよ?」

「ああ、その心配は必要ないよ」

 

  ゆっくりと舞姫を鞘から引き抜く。

 

「私が負けるなんてことはありえないから」

 

  そう断言してすぐ、弾幕ごっこが始まった。

 

  まずは一気に加速して、レミリアに接近する。そして刀を振り抜き、斬撃型の弾幕を至近距離から繰り出した。

  しかしそれは彼女の姿が一瞬でどこかに消えることで避けられてしまう。

 

「開始早々エンジン全開ね。ガス切れを起こしても知らないわよ?」

「あいにくと、そんなものを起こすほど貧弱じゃないんで、ねっ!」

 

  レミリアをマジックのようにその場から消し去ったのは咲夜だ。相変わらず【時を操る程度の能力】の厄介さは異常だね。

  弾幕が空を通過したのと同じタイミングで、突如周囲に現れた複数のナイフが私を襲う。が、特に焦りもせずにそれらを全て切り落とす。

 

「っ、だったら……」

「こっちも忘れないでよ!」

 

  レミリアが追撃を試みようとしたけど、それはフランの弾幕によって阻止される。二人は接近しすぎて互いに衝突し、そのままもつれあって接近戦を始める。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 

  開幕早々派手にやるなぁ。

  お互いの妖力によって作られた神槍と炎剣が何度も交差し、火花を散らしていく。

 

  一方こちらもよそ見してる余裕がなくなってきたね。

  私の周りに咲夜の姿が浮かんでは消えていく。なるほど、あっちも成長してるというわけか。こうやって時間操作で瞬間移動もどきを繰り広げていれば、相手は的を絞ることが難しくなるだろう。

  でも忘れてるでしょ咲夜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「浅はかだね」

 

  指を鳴らした途端、世界は色を失い、空は黒に塗りつぶされた。

  【時空と時狭間を操る程度の能力】。我が兄である狂夢の第二の能力だ。これの時間支配権は咲夜のを上回るので、こうして彼女の世界ごと時間を止めることが私にはできる。

 

  咲夜は私の斜め横で硬直していた。手にはナイフを複数挟んでおり、これを投げつける気だったのだろう。

  だけどまあ無駄なことだ。それらを彼女の手から取り上げた後、彼女の進行方向に弾幕の壁を設置して時間を解除する。そうすれば。

 

「—–—–っ、しまった!?」

 

  咲夜は移動しようとしたその時に目の前に突如現れた弾幕壁を見て、私の能力を思い出したようだ。でももう遅い。

  迎撃しようとナイフを振るう動作を取るが、そもそも手元にはもうないのでそれも不発に終わってしまう。

  そして私は弾幕の壁を至近距離で爆発させ、無防備になった咲夜を巻き込んだ。

 

「ワンヒット。これで一気に有利に—–—–」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

 

  しかし安心したのも束の間、私の耳に可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

  そして振り向いた先には服の一部を焼け焦がし、傷ついた部位を手で押さえるフランの姿が。

  ……やられた。すっかり忘れてたよ。

 

「これでわかったでしょ? 姉に勝る妹などいないのよ!」

「ぐっ、まだっ……まだぁ……!」

 

  フランがあちこち擦り傷を作っているのに対して、レミリアは細かく見ないとわからないほど傷が少ない。やっぱり実力差があるみたいだ。

 

  もしこれが殺し合いなら、フランの方が圧倒的に強いだろう。【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】を使えばいいだけの話なのだから。レミリアがフランを封印していたのはそういう理由もあるからだ。

  しかし弾幕ごっこは殺し合いじゃない。よって殺傷力が高い彼女の能力はご法度だ。そうなると、能力以外の部分で競わなければいけなくなる。

  妖力差はほとんどないだろう。もともと五歳程度しか歳が離れてないらしいし、なんならフランの方が若干多いくらいだ。しかし技術という点ではそうはいかない。

  吸血鬼として数多の戦闘を戦い続けたレミリアと数百年外に出させてもらえずに経験が積めなかったフラン。二人の技術力の差は歴然だ。私との修行である程度は形にはなってきたものの、レミリアにはまだ程遠い。

  そのどうしようもない差が、フランを苦戦させていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

  効果時間が切れ、レーヴァテインとグングニルが消滅する。

  フランは息を荒くし、肩で呼吸をしている。対するレミリアは腕なんか組んで余裕そうだ。

  とりあえずその姿がなんかムカついたので。

 

「えいやっと」

「へっ? ……って危なっ! 不意打ちなんて卑怯じゃない!」

「卑怯で結構コケコッコーっと!」

「くそっ、話してる最中に攻撃するんじゃないわよ!」

 

  背後から忍び寄って刀を振り下ろしてみたけど、流石に避けられちゃうか。返す太刀も口ではピーチクパーチク言いながら、ほぼ完璧に躱している。

  でも、これでわかったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それを知った上でどうするのフラン? 私が協力すればいけると思うけど」

 

  フランの瞳が揺れる。

  このことを一番よくわかっていたのはフランのはずだ。なぜなら先ほどの接近戦で嫌という程技術の差を痛感させられたんだから。

  一人じゃ勝てない。でも私と一緒なら、二人でなら……。

 

「あなたの意見を聞かせてちょうだい、フラン」

 

  そこまで考えた時、フランは何かに気づいたようだ。

  顔をハッと上げ、私の目を真剣に見つめてくる。

  そしてその口から出てきたのは。

 

「……いらない。お姉さんは下がってて」

 

  私の提案を拒否するという彼女自身が導き出した答えだった。

  ……そうか、ようやく気づいたんだね。

 

「ここでお姉さんの力を借りたら多分お姉様にも勝てるんだと思う。でも、それは私の力じゃない! 私は、私自身の力でお姉様から勝利を奪ってみせる!」

 

  そう言い切ったフランの目は力で溢れていた。強い眼差しが視線の先にいるレミリアを貫いている。

 

  それでいい。それで。

  妖怪とは精神に依存する存在。自分の力が及ばないと認めた時点で、すでに負けは決まってるんだよ。だからこそ私たち(妖怪)はどんな相手だろうと戦うんだ。おのれの尊厳を、誇りを守るために。

  それがわかったんだったら……立派な一人前だ。

 

「いくよ、お姉様っ!」

「来なさいフラン! 私とあなた、どっちが優れているのか決着をつけるわよ!」

 

  フランとレミリアが夜の空を飛び回り、花火のように綺麗な弾幕がいくつもばら撒かれる。

  これで憂いは消えた。あとは……。

  フランたちの戦いに背を向ける。そしてナイフを構えたまま臨戦体勢を取っている咲夜へ切っ先を突きつけた。

 

「待ってくれてありがとね。敵ながらお優しいこと」

「ぬかさないでほしいわね。妹様と話してる時もずっとこちらを警戒していたくせに。下手に踏み込んだところを狙い撃つつもりだったんでしょ?」

「はてさて、心当たりがありませんなぁ」

 

  きっと今の私は悪どい笑みを浮かべていただろう。その表情のまま懐から一枚のカードを取り出し、真上に投げ捨てる。

 

「フランを信用してないわけじゃないんだけど、念のためにね? —–—–滅符『大紅蓮飛翔衝竜撃』」

 

  私の背中からそれぞれ炎と氷で形作られた巨翼が生えてくる。そして一回羽ばたくだけで、風圧が二つの属性を纏って周囲のものを燃やし、また氷漬けにする。

 

「さぁ、第二ラウンドを始めようじゃないか」

「そっちがその気ならこっちも。ラストワード『デフレーションワールド』」

 

 

  ♦︎

 

 

「これでもくらえ!」

「叩き潰せ!」

 

  妖力で形作られた紅い槍と赤い剣がぶつかり合う。

  それらはグングニルやレーヴァテインほどではないが、かなりの妖力が込められていた。数秒か均衡し、その後衝撃波と爆音を撒き散らして消え去る。

 

「まだまだよ!」

 

  しかしレミリアの方が一枚上手だった。槍の後ろに彼女は小型のレーザーをいくつも放っており、それが硬直していたフランを襲う。

 

「くっ……やぁっ!」

 

  かろうじてそれらを避けて反撃の弾幕を繰り出すも、すでにそこにはレミリアの姿はない。

 

  さすがは吸血鬼といったところか。スピードが尋常ではない。

  しかしそれはフランも同じことだ。枯れ枝に宝石がついたような奇妙な翼を羽ばたかせ、竹林を飛び回る姉の後を追う。

  —–—–が、フランはレミリアに追いつくことができなかった。

 

「うっ……いつもなら追いつけるのに!」

 

  身体能力の点でいうなら、フランはレミリアを上回っているだろう。しかし追いつけない理由はこの竹林にある。

 

  ここには楼夢が苦戦していたように、高い竹が数えきれないほど生えている。それが障害物となってフランの最高速度を抑えているのだ。

  特にこの件に関しては技術差が浮き彫りになる。レミリアが小回りを効かせて竹を避けていく中、フランは一々速度を落とさなければそれを避けることができなかった。

  そんな中でスピードに差がつくのは当たり前のことだ。

 

「だったら……!」

 

  手のひらにあるものを握りつぶすような動作を取り、能力を発動。狙いはレミリア—–—–ではなく、その周りにある竹だ。

  それらは内側から爆発し、次々と自壊していく。

 

「っと、危ないじゃないの、よっ!」

 

  弾け飛んだ竹の破片がレミリアに当たりそうになる。フランはこれを狙っていたのだ。

 

  しかしレミリアは凄まじい反応速度でそれらを避けると、弾幕を放ち飛んでくるものを片っ端から撃ち落としていく。

 

  だがフランもフランで次の対策を取っていた。周りの竹がなくなったことで彼女の飛行を遮るものはもうない。すぐにレミリアに追いつくと、妖力で作り上げた赤剣を、今度は三つ同時に飛ばす。

 

  落ちてくる竹の一部の処理に意識を向けていたレミリアは反応が少し遅れてしまう。そして命中はしなかったものの、今度は彼女が体に傷を作ることになった。

 

「痛っ……やるじゃない。でもこれでお終いよ! ラストワード『スカーレットディスティニー』!!」

 

  とうとうレミリアが最後のスペルを唱えた。そして彼女の正真正銘の切り札が発動する。

 

  彼女を中心に数十数百の真紅の剣と弾幕が展開される。そしてそれらが互いに隙間を埋めながら、恐ろしく速い速度で全方位にばらまかれた。

 

「避け切れ……っ!?」

 

  動こうとした合間にいくつもの剣がフランの体を浅く切り裂いた。幸いかすっただけなのでセーフだが、彼女の体からは隠し切れない量の血が滲み出る。

 

  このままではいずれ被弾してしまう。

  しかしフランにはこのスペカと同等のもの—–—–処遇ラストワードと呼ばれるものを持っていなかった。

  『スターボウブレイク』、『カタディオプトリック』、『フォーオブアカインド』……持っているものを一通り頭に思い浮かべるが、どうしても現状を打破出来そうなものがない。

  しかし贅沢は言っていられない。現在ある中で最も可能性の高いものをぶつけるしかない。

 

「QED『495年の……きゃっ!?」

 

  スペカを掲げて技名を叫ぼうとするが、運が悪いことに剣の一つがフランの手元に向かってきてしまう。そしてとっさに避けようとしたが間に合わず、剣はフランが掲げていたカードに突き刺さり、そのままカードごと地面に落ちていった。

 

  カードを失って呆然とするフランの目に、真紅の剣の雨が降り注いでいく。

  ……ああ、ここで負けちゃうのかな。

  この先の運命を悟ると、何故だか世界がゆっくりになった気がする。しかし今となってはどうでもいいことだ。

  ゆっくりと(まぶた)を閉じる。

  レミリアは、姉はフランより強かった。だから彼女に負けるのも、従わなければいけないのも仕方がない。仕方がないんだ……。

 

「い……やだっ!」

 

  そんな訳があるか! このまま負けて自由を奪われるなんて真っ平御免だ!

  心の声がそう叫ぶと、フランはカッと目を見開く。そして迫り来る真紅の剣の雨あられを睨みつけた。

 

「このままじゃ終われない……! 終わってたまるもんかぁぁぁぁ!!」

 

  懐に仕込んでいた無印のカードが突如光り輝く。

  それを見もせずに手を取ると、ありったけの声でフランはその名を叫んだ。

 

「—–—–『歪月(まがつき)』ッ!!」

 

  体を前に突き出し、獣のような咆哮をあげる。それにつられてフランの全妖力が解放された。

  具現化し、周囲を覆い尽くすほどの妖力はやがて色を失い白色になっていく。そしてそれら全てが数百数千の弾幕と化して、レミリアを超える速度で放たれた。

 

「私が、まさか押されるなんて……っ!」

「いっけぇぇぇぇっ!!」

「っ、負けてたまるかぁぁぁぁぁ!!」

 

  無数の紅剣と無限の白弾幕が激突する。

  あまりのぶつかり合いに、溢れた妖力が衝撃波と化してフランとレミリアのちょうど境目の地面にクレーターを作っていく。真上の空に浮かぶ巨大雲には穴が空き、彼女らだけを包むように月光のカーテンが下りていた。

 

  徐々に、徐々にだが白弾幕がレミリアへと近づいてくる。

  しかしレミリアも負けてはいられない。今この時だけは異変解決のことを完全に忘れ、フランと同じように全妖力をスペルに注ぎ込んだ。

 

  「「ハァァァァァァッ!!!」」

 

  轟音。そして目も眩むほどの閃光と大爆発が二人を包み込む。

  そのあまりの爆風によってフランの体は吹き飛ばされ、体中を紅剣に貫かれながら落下していった。

  しかしレミリアも無事とは言えなかったらしい。

 

「くっ……うぅ……!」

「ハァッ……ハァッ……ぐっ……!?」

 

  レミリアの体のほとんどの部分が焼け焦げている。それだけではなく、左腕に至っては肘から先が消し飛んでいた。

 

「これじゃあ、どっちが勝ったかなんて……」

「わからないわ、ねっ……」

 

  どっちが先に当たったのか。それについては判別がつくことはなかった。……いや、永遠につかなくていいのかもしれない。

 

  三枚目のスペルの終了。と同時にこの弾幕ごっこの幕も下りる。

 

  改めて、二人は互いの姿を見つめ合う。そしてそのみすぼらしい姿に思わず吹き出してしまった。

 

「あははははっ! お姉様の顔が真っ黒になってる! あははっ!」

「そっちこそ服が破けてはしたなくなってるわよ。まったく、私の妹はいつのまにか露出狂になったのやら……」

「言ったなー!」

 

  後腐れも何も、彼女たちの心には残っていなかった。

  全てを出し切ったのだ。残るものも残らないだろう。今だけはフランもレミリアも、お互いの恨みや懺悔を忘れてひたすら笑いあった。

 

  それから何分の時かの時が過ぎ、二人は疲れて地面に寝転がる。

  竹の天蓋が壊されて、空には満面の星々が浮かんでいた。残念ながら月は偽物だが、今はそんなことは些細なことだ。

 

「綺麗ね……腕の痛みも忘れさせてくれるわ」

「……腕、大丈夫なの?」

「私は吸血鬼の王よ? そんなことよりも、あなたは体に空いた風穴の心配をしときなさい」

「私だって吸血鬼だもん。このくらいの怪我、すぐに治るよ」

 

  この時になって初めて、フランは己の傷の痛みを自覚した。それはおそらくレミリアもだろう。

  それを忘れてしまうほど、激しい戦いだった。しかしなぜか不快感はなく、ただ心に残っていた突っかかりが外れたようだ。

 

「……結局、どっちが勝ったんだろうね」

「引き分けでいいじゃない。今日はそれで私は満足よ

 

「—–—–あーごめん、私たちの勝ちなんですわこれ」

 

  いい雰囲気をぶち壊すかのように、とある人物の声がかけられた。

  桃色の髪に美しい美貌。

  楼夢だ。

  あまりの疲労に、どうやら彼女が近づいていることに気づかなかったらしい。

 

「……あなたたちの勝ちってのはどういうことかしら?」

「それは彼女に直接聞けばいいんじゃないかな?」

 

  そう言って楼夢は横へ移動する。そしてその背後から姿を現したのは、自慢のメイド服をボロボロに汚した咲夜だった。

 

「申し訳ございません……っ、お嬢様……! 耐えきることができませんでした……っ!」

「……ちっ、そういうことね」

 

  咲夜は悔しそうに顔を歪めると、地面につきそうになるほど頭を深く下げて謝罪する。

  レミリアもフランも、彼女に起きたこと、そして弾幕ごっこの勝敗の結果を理解したようだ。

 

「してやられたわ……まさか初めから私を咲夜から引き剥がすのが目的だったなんて」

「ごめんねーフラン。あなたを信用してなかったわけじゃないけど、私は負けるわけにはいかないんだ」

「……っ」

 

  終始おちゃらけた雰囲気の楼夢だったが、負けられないという言葉のみは何故だか重みと気迫を感じられた。

  利用されたことに関してフランは多少文句を言いたくなったが、それを聞いて思わず押し黙ってしまう。

 

「やっぱりあんたは嫌いよ……せっかくのいい雰囲気が台無しじゃない」

「はて? なんで私が他人の空気を察してあげなきゃいけないのかな?」

 

  その一言で楼夢以外のこの場の全員が理解してしまった。

  彼女は鼻から自分の利益のことだけしか考えていない。

  まさに、()()()()()であると。

 

「もうこれじゃあ戦えそうにないね。フラン、今日は紅魔館に帰ってゆっくり休みなさい」

「お、お姉さん、私……」

「それじゃあ私は行くね。次の敵が待ってるから」

 

  いつものように優しそうな笑みを浮かべてフランの頭を撫でて、その後楼夢は彼女らに背を向け、竹林に向かって歩いていく。

  しかしその姿が竹の中に完全に消え去る前に。

 

「—–—–そうそう、一つ言い忘れてたことがあるんだ。仲直り成功、おめでとう」

 

  振り返ってはそう言い残し、今度こそ竹やぶの奥に消えていった。

 




「フランのラストワードはお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、紅魔郷改造パッチで出てくるあれをモデルにしています。そしてこの回でフランのレミリアに対する好感度が上がりました。やったねお姉ちゃん! 作者です」

「そして楼夢に対する好感度が若干下がったな。ザマァ見やがれ! 狂夢だ」


「今回は疲れましたー」

「おいおい、今は三連休なんだぜ? テメェにはあと二日でまた投稿してもらうからな」

「え、いや、それはご勘弁を……」

「そんなことよりも、今回は姉妹回だったな」

「今回の話で二人の関係はある程度は修復できたと思います」

「その後登場した空気の読めないやつのせいで台無しだがな」

「仕方がないですよ。幼体化楼夢さんは自己中の塊ですから、地雷を余裕で踏み抜いちゃうんですよ」

「まあ、『妖怪は孤立した存在』を最も純粋に現してるのが今の姿なんだろうな」

「前編の西行妖戦ではあんなに漢気があったのに……どうしてこうなったのやら」

「大人状態は典型的なラノベ主人公みたいな性格してるが、幼体化はけっこう捻くれているよな」

「そしてその捻くれている方が書いてて楽しい、というのも問題ですよね」


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幽霊コンビとの遭遇

 

 

  静まり返った竹林内を進んで行く。

 

  あの後、レミリアたちは異変解決を断念したらしい。

  まあレミリアとフランが同時に大怪我をしたのだ。この状態のまま進めというのも無理がある。

  というか、あの弾幕ごっこの最後はちょっと反則すれすれだった。まったく、相手を殺しちゃいけないのに全力でやりあってどうするのやら。

 

  まあ全てをぶつけたからこそ、ああやって元の姉妹の関係に戻れたのかもね。

  これでフランはもう大丈夫だ。今までは私に依存していた節があったけど、今日でそれも消えたはず。あとは身内の方々にお任せするとしよう。

 

 

  私を姉と慕っていたあの子との距離がちょっと離れたことを若干寂しく思っていると、前方から誰かの気配が感じられた。

  そしてそれはだんだんこちらに近づいて来ている。

 

「ヤッホー清音、舞花。怪我はない?」

「大丈夫だよー。舞花はさっき一発もらっちゃったみたいだけどー」

「ごめんなさい……」

 

  そう言うと舞花はしょんぼりと頭を下げる。

  ほう、窮鼠猫を噛むとやらか。舞花は大きな傷は負っていないものの、服の一部分が黒く焦げていた。この感じだと多分魔理沙のマスタースパークによるものだろう。

 

「いいっていいって。無事お勤めを果たせたんだから」

「あれれー、お父さんが誘拐した女の子がいないよー?」

 

  むぐっ、誘拐って……。だからあれは誤解と言ったじゃん……。

 

「フランなら家に帰ったよ。先ほどその姉とメイドと戦ってきてね」

「じゃあ無事保護者の元に帰れたんだー。お父さんもこれを機に反省してねー?」

「いや私悪くないよ!? というか冤罪だって!」

 

  なんで私が悪いみたいになってるの!? 舞花も清音に同調するように頷くんじゃない!

  フランの家庭問題の次は私の家庭問題かよ。いつか娘たち全員に汚物を見る目をされなきゃいいんだけど……。

 

「……敵、来た?」

 

  そうやって騒いでいると、舞花が謎の気配を感知したらしい。

  数は四つ。それぞれ二人で逆方向に分かれていこちらに向かって来ているらしい。

  その中に、よく見知った霊力を感じられた。

 

「……清音、舞花。あなたたちはあっちのをお願い。私は逆を迎え撃つから」

「えっ、ちょっとお父さんー!」

 

  清音の返事を聞かずに飛び出し、目的の場所へと向かって行く。

  ふふふ、とうとう今日のメインディッシュが来たようだね……! 異変自体には乗り気じゃなかったけど、今だけは別だ。リベンジを果たさせてもらうよ、霊夢!

 

 

  ♦︎

 

 

「どうしたんだろーお父さん。あんな風になるのを見たのは久しぶりだよー」

「……でも、ちょっと楽しそう」

 

  遠ざかっていく小さな後ろ姿を見つめながら、清音は呟く。

  最後に見たあの瞳。まるで炎が宿っているかのような熱をそこに感じられた。

  そういえば、前に美夜から父がとある人間を大層気に入っていると聞いたことがあるようなないような……。だが、もしそうだとしたらあの様子も納得できる。

 

  清音たちにとって父とは世界の象徴だ。この世で何をしても許される唯一の妖怪だと本気で思っている。

  いや、許されるのではない。圧倒的な力を持つゆえに裁くことが誰にもできないのだ。対抗できるのはせいぜい鬼城剛か火神矢陽ぐらいだろう。しかしその二人でさえも、父に敗北している歴史がある。

 

  そんな全能の神のような父が他人に必要以上の興味を持つことはまずない。仮に親しくなったとしても、それは友人止まりだ。それ以上の関係にまで辿り着いたのは他の伝説の大妖怪と八雲紫……あとは詳しくは知らないが永琳と輝夜ぐらいか。

 

  だからこそ、そのお気に入りには多少の興味がある。が、今は見にいくのはやめにしておこう。先に目的の侵入者を倒してからだ。

  そしてその時はちょうど来てくれたようだ。

 

「妖夢〜、お腹空いたわ〜」

「ゆ、幽々子様、出発前にあれほど食べたじゃないですか!?」

「うーん、美味しそうな筍。生でもいけるかしら?」

「やめてください幽々子様! 絶対にお腹を壊しますってそれ!」

 

  なんか生気が感じられないのに騒がしい漫才コンビがやってきた。

  あれは……亡霊か?

  というかピンク髪の方が筍食べ始めたんだけど! しかも五つ同時に!

 

「舞花……リアルカ●ビィって存在したんだね……」

「百合にピンクの悪魔……今日は珍しくものをたくさん見る」

「あらら、呼んだかしら〜?」

「ひゅっ!?」

 

  コソコソと話していると、突如背後からそんな気の抜けた声が聞こえて、思わず清音は飛び上がってしまった。

  この亡霊、いつのまに……!?

 

「ふふ、そんなに驚くなんて面白いわ〜」

 

  清音の表情が面白かったのか、ピンクの悪魔はそう言うとニコニコと笑う。

 

  清音は妖狐、しかもその最高位である九尾だ。当然その五感は鋭く、普通だったら彼女が接近しているのを察知することができたはずだった。

  しかしそれを容易くすり抜けて来た亡霊。おそらくただ者ではないだろう。

 

「幽々子様っ! そいつらは敵ですよ! むやみに近づいちゃ……えっ?」

「んー、どっかで聞いたことがあるような声だねー」

 

  ピンクの亡霊の従者らしき人物は清音たちを見るやいなや、言葉を詰まらせて困惑したような表情を浮かべる。

  白髪の幼い少女剣士。見たことはない顔だったが、何故だか声だけは記憶に残っていた。

  どうにか思い出そうと頭を捻っていると、少女はおずおずと清音に問いかけてくる。

 

「あ、あの……すみません。あなた方はもしかして美夜さんのご姉妹では……?」

「ん? あー思い出したー! 美夜姉さんが稽古をつけてあげてるっていう女の子だー! 確か名前は……」

「魂魄妖夢です。そしてこちらにおらすのが私の主人の」

「冥界の管理人をやってる西行寺幽々子よ。よろしくね〜」

 

  冥界の管理人……道理で強者の気配がするわけだ。

  幽々子と名乗った女性はおそらく大妖怪最上位クラスの実力がある。すなわち清音たちと同格の存在ということだ。

  そして姉が直々に指導をしているという少女、魂魄妖夢。見た感じは幽々子ほど強そうではないが、彼女も用心しなければ。

 

  妖夢が清音たちの正体に気づいた理由は、おそらく顔だろう。白咲三姉妹は服装や趣味はそれぞれで違うが、顔立ちだけは非常に似ている。そのことで判断したのだと推測できる。

 

「白咲神社は基本異変に関わらないって聞いたのだけど、どういう風の吹きまわしなのかしら?」

「別にー。ただお父さんの命令、とだけは言っておくねー」

「なるほど、彼が……」

 

  清音が『お父さん』と呼んだ存在について心当たりがあったのか、幽々子は反応を見せると愉快そうに微笑む。

  その不気味な笑みを見て、清音たちの妖獣としての本能が告げる。この女性は危険だと。

 

「妖夢、さっそく修行の見せ所よ。頑張ってね〜」

「えっ、でも幽々子様、相手は美夜さんの……」

「美夜姉さんは関係ないよー。今の私たちは敵同士。異変を解決したいのなら、私たちを倒すしかないよー」

「……わかりました。魂魄妖夢、参ります!」

 

  妖夢が腰に差していた長刀と短刀を引き抜く。二刀流ということもあり、一瞬だけだが楼夢の姿が脳裏をよぎった。しかし彼女は楼夢ではない。すぐにそんな強者の面影は消えていく。

 

「……舞花、あなたはあの得体の知れない亡霊をお願い。私は剣士ちゃんの相手をするからー」

 

  舞花に近づき、そう耳打つ。

  舞花は特に秀でた部分はないものの、剣術と術式の両方を扱うことができる。故に対応力が高く、ピンクの亡霊が規格外の攻撃をしてきても簡単には倒されないはずだ。

  舞花もそれが分かっているのか、無言で頷く。

 

  ルールは先ほどと同様スペカ三枚に残機二個。

  そして開始の合図が出された後、いきなり妖夢が突っ込んでくる。

 

「やあっ!」

 

  気合いのこもった一閃。霊力の込められたそれは刃状の弾幕となって飛んでくる。それは清音が想像していたよりも速く、鋭かった。

  さすがは美夜が見込んだ少女だ。しかし舞花も負けていない。腕輪として身につけている『銀鐘(ぎんしょう)』を刀身から柄まで全てが銀色の刀に変化させ、それを切り裂く。

  同時に清音は数十の狐火を援護射撃として放った。

  しかしそれらは幽々子の放ったレーザーに全て貫かれ、標的に当たる前に空中で爆散してしまった。

 

  やはり、思っていた通りに強い。先ほどの魔理沙という魔法使いもレーザーを得意としていたが、密度も精度も幽々子の方が一枚上だ。

  だが、清音の術式は何も炎だけではない。

 

  『バギマ』。

  そう心の中で唱えると、三つの竜巻が地上から舞い上がり、辺り一帯のものを鎌鼬で切り刻もうとする。

  しかし二人を巻き込むことはできなかったようだ。幽々子も妖夢も竜巻の範囲外に移動してしまい、あっさりとバギマは不発に終わる。

  しかしこれはまだ序の口だ。

 

  『ヒャダルコ』。

  距離を取った二人に人一人分くらいのサイズはある氷柱を数個飛ばす。しかしこれも幽々子のレーザーによって相殺されてしまった。

 

  『イオラ』。

  幽々子と妖夢の周りに小さな光球が複数浮かび上がり、突如それらが爆発する。

  だが……これもか。

  幽々子はどこからか取り出した扇に妖力を込めてなぎ払う。それによって生まれた暴風により、爆風ごと吹き飛ばされて防がれてしまった。

 

  だが爆発がちょうど終わった時に合わせて、舞花が飛び出した。その手には先ほどの刀と拳銃が握られている。

  刃の弾幕と銃による乱射が彼女から繰り出された。

  今、幽々子は妖夢と近くにいる。ならば流れ弾で当たらないかと思ったのだが、なんと従者の方が前へ出て全ての弾幕を切り裂いてしまった。

 

「あらあら、多芸なのね〜」

 

  余裕を感じさせる笑みを幽々子は浮かべている。

  どうやら火力でゴリ押すという作戦は通用しなさそうだ。別にこれ以上威力を上げることもできなくはないが、そうなると弾幕ごっこのルールを破ってしまうことになる。

 

  ここからは頭脳戦だ。

  連携の点を見るに、相手も長い付き合いらしい。清音たちに勝るとも劣らない素晴らしいコンビネーションだった。

  つまり力量差はほぼ互角。……いや、個人個人で見れば妖夢という少女がいる分若干清音たちの方が優っている。

  しかし侮ってはいけない。大妖怪最上位クラスでなくても、舞花の斬撃と銃弾のコンビネーションを完璧に防ぎきった剣客だ。剣技だけなら美夜に匹敵するものと考えてもいいだろう。

 

  状況は均衡していた。どっちが優勢ということもなく、ただただ勝負が動かないまま時間だけが過ぎていく。

 

  弾幕を放ちながら策を巡らせる。この場合での迂闊なスペカの使用は逆に危険を招きかねない。そう理解しているからこそ両方ともスペルを唱える気がないのだ。

  逆に言えば、どっちかが隙を見つけてスペカを使えば、状況は一転する。そしてそれは清音たちの方が一つ早かったようだ。

 

「舞花っ!」

「んっ……!」

 

  両手に拳銃を握りしめ、ひたすらそれを幽々子に向かって乱発する。

  しかしそれを見逃す妖夢ではない。従者の鏡を見せるかのように主人の前に再び仁王立つと、二つの刀で弾丸を切り裂いていく。

  しかし大妖怪最上位の戦いにおいて、一度見せたものは二度通じることはない。

 

「極大消滅『メドローア』!」

 

  舞花の背後に隠れていた清音から、極太の閃光が放たれた。

 

  妖夢は幽々子が狙われると、必ず彼女の前に立って守ろうとする癖がある。それはそれで従者として正しいのかもしれないが、逆に言えば幽々子と妖夢は必ず同一直線上に並び立つことになるのだ。

  そこに無数の銃弾で妖夢を十分引きつけてからの、メドローア。

 

  普通だったら発動前に二人とも気づいたことだろう。しかし妖夢は幽々子を守るのに夢中で、幽々子は幽々子で妖夢が前に立つことで前方が見えなくなってしまい、お互い気づくことができなかったのだ。

 

  妖夢は両刀を斜め十字に交差させ、清音の閃光を受け止めようとする。しかしその程度で止まるメドローアではなく、妖夢はたやすく飲み込まれていった。

  そして閃光は妖夢の背後に立っていた幽々子にも襲いかかるのが、彼女の見た目に反する運動能力によって、ギリギリそれは避けられてしまった。

 

「惜しい、二人同時にノックアウトできる……と、思って……たのに……?」

 

  悔しがる素振りを見せていた清音の視界が突如ぐらりと揺らぐ。

 

「あ……れ……なんで……?」

「死蝶『華胥(かしょ)の永眠』。お休みなさい、いい夢を」

 

  最後に見えたのは幽々子の微笑みと、妖しげに宙を舞う蝶の姿。

  それ以降は目を開けることができず、清音の意識は闇に呑まれていった。

 

 

  ♦︎

 

 

「清音姉さんっ!」

 

  謀られた。相手の方が一枚上手だったようだ。

 

  珍しく舞花が声を張り上げる。

  清音が突如倒れたのには、それほどの衝撃があった。

 

  すぐにそばに駆け寄り、首筋に手を当てる。

  どうやら息はしているようだ。そのことにひとまず安心すると、すぐに元凶と思われる幽々子を睨みつける。

 

  幽々子の能力『死に誘う程度の能力』。それによって作られた蝶型の弾幕には本来触れたものを即死させる力がある。

  しかしそれは能力を最大限に使用した場合だ。手加減を加えれば清音のようにこうして意識だけを刈り取ることができる。

 

  しかしその情報は残念ながら舞花の知識の中にはなかった。しかし蝶型の弾幕に触れれば危険だということはなんとなく察することができたようだ。宙に舞うそれらを片っ端から撃ち落としたところで、幽々子のスペルカードは終了した。

 

  とはいえ、状況は圧倒的に清音が不利だ。二対二のタッグバトルでパートナーを失ってしまったのは致命的に痛い。

  舞花は気絶して無防備になっている清音が狙われないように、彼女の体を結界で覆い隠した。かなり強固なものなので、もし幽々子たちがそれを破壊しようとしても大半の意識をそっちに持って行かなくてはならないだろう。

 

  しかし妖夢も幽々子も清音を狙うつもりはないらしい。なにせわざわざ頑強な檻をこじ開けなくとも、目の前に孤立した絶好の獲物がいるのだ。これを逃す手はないだろう。

 

  絶対絶滅のピンチ。

  しかしそんな状況でも、舞花は取り乱したりはしなかった。それどころか極めて冷静に状況を見ている。

 

「……はぁ。巻き込むかもしれなかったからあまり使いたくはなかった……。でも、こうなったらもう関係ない」

 

  ため息を一つつく。途端に舞花の雰囲気が豹変し、同時に『銀鐘』が輝き始める。

 

「—–—–来い、虹弓『ラルコンシエル』」

 

  そのスペルカードの宣言とともに。

  舞花の手の中に、虹色に光り輝く弓が出現した。

 

 






「最近なにかとお腹を壊す作者です」

「そう言いながらこのコメントをトイレで書くのやめてくれないか? 狂夢だ」


「冬はどうしても腹の調子が悪くなるんですよね。昨日なんか朝登校前だけでトイレに3回も行ってしまいました」

「そのせいでクラス内じゃうんこ太郎とかうん太とかうんちのすけとか呼ばれてるんだっけな……」

「言われてませんよ! 変なあだ名つけるのやめてくれません!?」

「というかいい解決方法があるぜ」

「へっ? そんなのあるんですか?」

「便秘薬使えばいいじゃねぇか」

「その手があったか! 早速使って来ますね!」


「……行ったか。あのバカめ、便秘の意味も知らねェのかよ。クソを止めてェんだったら普通止瀉薬(下痢止め)だろうが……」

『あぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


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ひとりぼっちの決戦

 

 

 

 

「虹弓『ラルコンシエル』」

 

  舞花がそう唱えると、『銀鐘(ぎんしょう)』が光り輝き、豪華な装飾が施された弓へと変わった。

  右手で空気を掴むような動作を取ると、金色の光がそこに集中して矢を形成する。それをつがえて、空に登る満月へ向かって矢を放った。

 

  しばらくして、墨汁で染められたかのような夜空に無数の星々が己の存在を主張するかのように輝き出す。

  しかし幽々子も妖夢も、それらが本当の星ではないことに気づいていた。悪寒を感じ、意識するよりも速く体が動いていた。とっさに二人はその場を離れる。

  直後—–—–妖夢がいた地面に、小さな流れ星が突き刺さった。

 

「ひえっ!?」

「あらら〜、一人になって楽になったと思ってたけど……まさか本人のやる気に火をつけちゃうとはね」

「呑気に言ってる場合じゃないですよ! 上、上を見てください!」

 

  幽々子が見上げた先の視線には、次々と落ちてくる流れ星が映っていた。

  もちろん、本物の隕石というわけではない。あれは一つの矢が分散して生まれた妖力の塊だ。だが天空から落ちてくる分速度が凄まじく、威力も高いため迂闊に受け止めることができない。

 

「くっ……剣技『桜花閃……ッ!」

「させない」

 

  スペカを使うために一瞬動きを止めた妖夢を狙って、舞花から直接光の矢が放たれた。

  その速度は先ほど舞花が使っていた銃弾とが比べ物にならないほど速かった。現に妖夢はそれに反応することができず、気づいた時には矢が彼女のすぐ目の前にまで迫っていた。

 

  このままでは被弾すると思われたが、その直後に大きなレーザーが複数妖夢の後ろから放たれた。

  幽々子だ。彼女のレーザーもたしかに強力だが、矢の方がどうやら貫通力は上らしい。レーザーの真ん中を貫いて、そのまま真っ直ぐに直進してくる。

  しかし時間稼ぎにはなった。レーザーと矢がぶつかったことで生まれた数秒の時間を利用して、妖夢はその場を離脱。結果、矢は標的に当たることなく、竹やぶの奥に消えていった。

 

  しかし脅威はまだ終わらない。流星群が降り注ぎ、周囲の地面に大小様々なサイズのクレーターを作り上げていく。

 

  妖夢は刀を振り上げ、それらに対抗しようとする。しかしさすがに空から落ちて来る無数の物体を相手するには荷が重かったのか、地面と衝突した時に発生する衝撃波によってたやすく彼女の体は弾かれて、吹き飛ばされてしまう。

 

  だが、彼女とは別で幽々子は全くの無傷で流星群をしのいでいた。

  天へ向かって複数のレーザーが放たれる。スペルカードではない分、レーザー一つ一つは流星群に及ばないが、何も全部を打ち消す必要はない。

  幽々子は自分に当たる星だけを冷静に見切り、それらだけに複数のレーザーを集中させることで、星を相殺していたのだ。

 

  —–—–やはり西行寺幽々子は危険だ……。

  余裕の笑みは消えているが、危なげなく流星群を防いでいる幽々子を見て舞花は思う。

  彼女を抑えなくては、この先勝利することは難しいだろう。

 

 

  そうこうしていると、スペルカードの制限時間が来てしまったらしい。舞花の手に握られていた弓が光の粒子と化して、夜空へと吸い込まれていく。

 

「間一髪だったわね〜妖夢」

「幽々子様、申し訳ございません……っ」

「その言葉は負けてから言うものよ? それにほら、次が来るわ」

 

  言われて妖夢は視線を幽々子から舞花へと移す。

  彼女の手には、最後と思われるスペルカードが握られていた。

 

「死槍『ゲイボルグ』」

 

  間髪入れずに最後の切り札を切った。人数の不利がある分、長引けばそれだけ消耗が激しくなっていく。それが分かっているからこその判断だろう。

 

  先ほどの煌びやかな色とは真逆の、漆黒を纏った長槍が舞花の手に出現する。もちろんこれもラルコンシエル同様、銀鐘を変化させたものだ。

 

  頭上で二、三回ほどクルクルと回した後、舞花は槍を真っ直ぐに構えて地面を蹴り上げ、距離を詰めようとする。目標は近接戦があまり得意そうでない幽々子だ。

 

「させません!」

 

  しかし彼女の前に妖夢が立ちはだかる。舞花によって繰り出された突きを両刀を交差させて受け止めた。

 

  しかし一撃で終わるはずもない。舞花はすぐに槍を引き戻すと、鮮やかに高速で連続突きをそのままの状態で叩き込んだ。

  それらを防ぐたびに、妖夢の防御が崩れていく。

 

  妖夢は長物を持つ相手との実戦経験が全くなかった。それに加えて舞花の思わず賞賛したくなるような槍さばき。一突き一突きが必ずどこかの急所を狙っており、それを無理に防ごうとするだけで体のバランスがどんどん崩れていってしまう。

 

  その状況にさらに追い討ちをかけるように、舞花の左手に見たことのあるL字状の武器が出現する。

  それを見た妖夢は焦燥し、とっさに刃の後ろに隠れるようにして両刀を引き戻した。

 

「……バンっ」

 

  爽快な発砲音が響き渡る。

  残念ながら弾丸は妖夢の刃に当たってどこかに跳ね返ってしまったようだ。しかし彼女はその代わりに不安定な体勢で大きな衝撃を受けたせいで、数歩下がってよろめいてしまう。

 

  そこに、漆黒の槍によるなぎ払いが繰り出された。

 

「……っ、ぎぃ……っ!?」

 

  槍と体の間に刃を滑り込ませることができたのはほぼ奇跡に等しいだろう。おかげで妖夢は直接被弾していないので、勝負はまだ続けられる。

  しかしそれとこれとは別問題だ。妖怪の剛腕で出されたなぎ払いの威力は凄まじく、妖夢はボールのように簡単に竹やぶにまで吹き飛ばされて、姿を消してしまった。

 

  これで舞花を遮る者はいなくなった。後は……。

  改めて槍を構え直し、穂先を幽々子へと突きつける。

 

「あらあら、怖い顔ね〜。そんなにお姉さんの方がやられちゃって悔しかったのかしら〜?」

「……それもあるけど、その微妙にセリフを伸ばすところが清音姉さんに似ていて、ムカつくっ!」

「そう言われまして、もっ!?」

 

  幽々子の言葉を遮って、舞花の横薙ぎが繰り出される。

  しかしそれは空を切ってしまった。飛び退いた幽々子が、ふわりと地面に着地し、舞花を嘲笑う。

 

「私だって一応は妖忌の時代から剣術をやってたのよ〜。そう簡単には捕まらないわ」

「次は、当てる!」

 

  飛び上がって落下の勢いを利用した振り下ろしを、今度も幽々子は優雅にその場を飛び退いて避けてみせた。

  しかし幽々子が先ほど舞花に言った言葉はハッタリだ。たしかに妖忌や妖夢は白玉楼の剣術指南役であるが、幽々子自身が修行をしたことがあるのは数回程度だ。実際はほとんど剣にすら触れたことがない。

  それでも舞花の槍を避けることができたのは、持ち前の才能ゆえか。しかしそれも徐々に剥がれて来つつある。

 

  「……っ!」

 

  舞花による高速の連続突きが繰り出される。それに対応し切れなくなり、徐々に幽々子にかすり始めた。

 

「ぜやぁっ!」

 

  気合いのこもった踏み込み突き。間一髪幽々子はそれを横に避けるが、それは舞花の想定内だ。すぐに手首を返して、そのままなぎ払いへと持っていく。

 

  とっさに妖力を込めた扇を盾代わりにしてそれを逸らすことに成功したが、その時の衝撃によって扇が手から弾き飛ばされてしまった。

  そして体勢を崩した幽々子に、今度は逆方向からのなぎ払いが迫る。

 

「きゃぁっ!?」

 

  結界を展開させるも、それはあっさりと壊されてしまった。その衝撃波で幽々子は小さく悲鳴をあげながら後方へ吹き飛び、倒れこむ。

  もちろんこの勝機を逃す舞花ではない。すぐに槍を突き立てようと距離を詰めようとする。

  しかしその時、幽々子の手元で何かが光り輝いた。

 

「幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ』ッ!!」

 

  倒れながらスペカが発動され、先ほどとは比べ物にならない量の蝶型弾幕が視界を覆い尽くす。

  しかし舞花はそれを見て嘲笑を浮かべると、蝶の群れに向かって、あろうことか槍を投擲した。

 

「弾けろ、ゲイボルグ」

 

  拳を突き出し、そう唱える。

  するとゲイボルグが光に包まれたかと思うと、無数の(やじり)と化して蝶の壁を突き破り、そのまま奥の幽々子へと降り注いだ。

 

  いくつもの鏃が幽々子の肌を切り裂いていく。美しかった淡い色の着物は所々が破け、その箇所が血で赤く染まっていた。

  それでも幽々子が必死に抗った結果、直撃だけは免れることができた。しかしとある一つの鏃が着物の振袖を挟んで近くの竹に突き刺さってしまい、身動きが取れなくなってしまう。

 

「くぅぅ……っ! 私の力じゃ……抜けない……!」

 

  残った片方の手で鏃を掴み、引き剥がそうとするが、それは予想以上に深く突き刺さっており、筋力のない幽々子が引き抜くことは不可能だった。

 

  そうやってもがいていると、前方から舞花がゆっくりと歩いてくる。元に戻ったゲイボルグを肩に担いでいる姿が、死神が大鎌を構えている様を彷彿とさせる。

 

「これで止め。白咲家は最強の勢力……それを敵に回したことを、後悔しろ」

「ふふ、最強ね……あなたって面白いわ〜」

 

  緊迫した雰囲気の中で、幽々子の場違いな笑い声だけが響いた。

  それを侮辱と受け取ったのか、舞花は無表情ながらも眉を潜める。

 

「……何がおかしい」

「あなた自身は最強でもなんでもないのにそれを語る。滑稽でしかないでしょ?」

「だから、私だけじゃなくて……」

「それは『彼』の後ろにいるから最強を名乗れるだけよ。本当は白咲家なんて、『彼』を除けば何も残らない。ただの極小組織にしか過ぎない」

「っ、お前ェ……!」

 

  図星だったようだ。舞花は薄々と自覚しながらも認めたくなかったところを突かれ、感情が抑えきれなくなってしまう。

  槍を振り上げ、先端に妖力を集中させる。それは弾幕ごっこで使っていい量を超えていた。

  舞花は幽々子を殺すつもりなのだ。そうすることで彼女から言われた言葉を弱者の弁として忘れようとしている。

 

「最後に、何か言い残したいことは?」

「そうね〜、あえて言うなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言ったところかしら?」

 

  空気を切り裂き、何かが舞花の背後から近づいてくる。

  敏感な彼女の耳はそれを感じ取り、とっさに後ろを振り向く。

  そこには……刀を真っ直ぐに振り下ろしてくる妖夢の姿があった。

 

「ハァァァッ!!」

「っ、く……っ!?」

 

  とっさに槍を横に構えてそれを受け止める。しかしそのせいで舞花の視線は幽々子から妖夢へと移ってしまった。

  幽々子はその好機を見逃さない。すかさず竹に張り付けにされてない方の手を構えて、そこからレーザーを放った。

 

「な、めるなぁ!」

 

  残念ながら、それも当たることはなかった。舞花が体を無理やりひねり、レーザーを躱したのだ。

  だが、それすらも囮に過ぎない。本当の幽々子の狙いは舞花の体勢を崩すこと。そうすれば—–—–。

 

「人鬼『未来永劫斬』ッ!!」

 

  光を纏った両刀から、複数の斬撃が繰り出された。

  その速度は速いを通り越して目に見えないほど。舞花でさえもだ。

  構えたゲイボルグに数え切れないほどの衝撃が襲いかかり、それに耐えきれずに槍は真ん中から折れてしまう。

  そして守るものがなくなった舞花の体に、いくつもの赤い線が走った。

 

「ガッ……う、そ……っ!?」

 

  自分が負けたと言うショックと体の痛み。二つの大きな情報を流されて脳がパニックを起こし、舞花は糸が切れた人形のように地面に倒れる。

  しかしその目はまだ負けを認めてはいなかった。

  —–—–私が、白咲家が負けるはずがない……!

 

「まだ、勝負、はぁ……っ!」

 

  遠のいて行く二人の後を追うため、這いずりながら前進していると。

  ふと、妖しい光を纏った蝶が舞花の手の上に触れた。

  瞬間、舞花は意識を保つことができなくなり、顔を地面に埋めて、それっきり、動かなくなった。

 

  その一部始終を見ていた妖夢は一言。

 

「白咲家って、美夜さんみたいな人ばかりだと思っていましたけど……こういう人もいるんですね」

 

  美夜はいつも冷静で、簡単に言って仕舞えば大人の雰囲気をいつも纏っていた。

  それに比べて舞花が最後に見せたのは子供の意地のようなものに似ていた。まるであの時、妖夢が美夜に始めて負けた時のような……。

  そこまで考えて、妖夢は悟った。

 

「そうか……この人、負けたことがなかったんですね。だからあんなにも不安定だったんだ……」

「人も妖怪も、知性あるものはみんな挫折を繰り返して成長していくものよ。それが分かっただけで、あなたは一人前に一歩近づいたわ」

 

  一歩前に進んだ幽々子がそう返す。その顔にはいつもの妖しい笑みではなく、純粋に妖夢の成長を喜んでいる笑顔が浮かんでいた。

 

「さあ行くわよ妖夢。ちゃっちゃとこの異変を解決しにいきましょ?」

「……は、はい!」

 

 

  ♦︎

 

 

「……そう、二人とも負けちゃったのね。残念残念。でもまあ仕方のないことかな。—–—–そうは思わない?」

 

  自然のスポットライトを全身に浴びながら、それはこちらを振り向いてくる。

 

「……嫌な予感がしてたのよ……最悪の相手だわ」

「嘘……なんで楼夢が……?」

 

  桃色の美しい髪を持つ少女は、満面の笑みを浮かべて。

 

「さあ霊夢、紫。ゲームオーバーの準備はできた?」

 

  刀を抜き、そう問いかけてくるのであった。

 

 



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永夜の決戦

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って! どうして楼夢が……?」

「紫、人にはやむを得ない状況というものがあってだね……」

 

  むしろ私から聞きたいわ。どうしてこんな最悪な時期に来ちゃったんだよ!?

  あれだよ? 霊夢だけならまだよかったんだよ。どうせこの後永琳と輝夜を倒してハッピーエンド。写真集も傷ついた永琳から霊夢が奪い取ると思うから、あとは懐に用意してある諭吉たちで交渉すれば一石二鳥で終わるはずだった。

  でもねゆかりん、あなたが写真集を奪ったら意味がないのよ! 本来の姿を知らない霊夢からしたら『ただの知らない変態の写真集』で済むけど、お前が見たら『身内の変態事情を捉えた写真集』に早変わりしちゃうんだよ!

 

  ハーッ、ハーッ、ハー……!

  うし、餅つけ私。いや間違えた、落ち着け。

  要するにここで勝てば問題ないんだ。いや、初めから霊夢とのリベンジに燃えてたから負ける気はなかったけどさ。これでまた負けられない理由ができたわけだ。

 

  改めて状況を確認しつつ、不敵な笑みを浮かべておく。

  うーん、2対1か……。おまけに伝説の大妖怪(私ら)を除いて幻想郷最強の妖怪と人間のコンビって……力入れすぎじゃね? 多分私とか抜きだったらそれこそ一瞬で異変に方がついてた気がするんだけど。

 

  霊夢はいつも通りやる気満々なようだ。さすが『妖怪絶対殺すマン』のあだ名が弱小妖怪たちの間でつけられているだけはある。

  一方の紫は消極的というか、あまり乗り気じゃないようだ。まあ彼女の気持ちもなんとなく察してあげられるんだけど。

 

「紫、半端な気持ちで戦うのならやめときな。そんな覚悟じゃ本気の私とやっても怪我するだけだよ」

「……そうね。あなたの言う通りだわ。どんな敵であれ、異変解決の邪魔をするのなら—–—–倒すまでよ」

 

  おっ、私の発破が効いたのか、ようやくやる気になったようだ。

  彼女は深呼吸をした後、私を睨みつけてくる。

  うん、いい目だ。やっぱり戦うのなら、それでなくちゃ面白くない。

 

「紫、気をつけなさいよ。あいつは中級妖怪程度に見えて実際は—–—–」

「すごく強い、でしょ? 知ってるわよ。付き合いだけなら霊夢より長いんだから」

「……さっきから思ってたんだけど、あんたとあいつって友人か何かなの? 随分親しげにしてたようだけど」

「そんなところよ。さあ、そろそろ始まるわ。気を引き締めておきなさい」

 

  あ、適当にはぐらかしたな紫。

  とはいえ、霊夢が私と紫の関係を知っちゃったのはちょっと問題かな。普通中級妖怪と大妖怪最上位に接点なんて生まれるわけないし、また怪しまれちゃうかも。

  まあそれは後回しにしとこう。今は目の前の戦いに集中だ。

 

「スペルカードは何枚にするの?」

「スペカは五、残機は三よ」

「ありゃ、随分と大盤振る舞いなことで」

「それだけこっちも本気ってことよ。今日も前回同様ぶちのめしてあげる」

「ふふ、私も負けっぱなしはやだからね。今日は本気で、やらせてもらうよ!」

 

  私は舞姫を振るい、大量の弾幕をばらまく。

  それが弾幕ごっこの始まりの合図だった。

 

  霊夢たちは私の弾幕を完璧に躱しながら、反撃の弾幕を繰り出してくる。

  ちっ……やっぱ二人はきついな。でも弱音を吐いてる場合じゃない。大口叩いた以上は勝たなきゃやっぱかっこ悪いし。

 

  足に妖力を込めて地面を蹴る。そして爆発的に加速し、一番近くにいた霊夢に刀を振って—–—–直前に避けられてしまった。

 

「っ……あっぶないわね! 弾幕ごっこはスペル以外の近接攻撃は禁止よ!」

「わかってるって。霊夢の数ミリ前で斬撃を放つつもりだっただけだよ!」

「ちっ……相変わらずの化け物ね……!」

 

  要は刀が相手に触れなければいいのだ。数ミリでわざと空振るなんて美夜にもできないだろうけど、私ならできる。

  ルールにも違反してないので、霊夢はそれ以上言い返すことをやめたようだ。いや、喋る暇がなくなったのかな?

 

  それにしてもよく避けるものだ。萃香が起こした異変以前の彼女ではこれでワンヒットはいただけたはずなのに。やっぱ私の近接格闘術講座が効いてるようだね。

 

「でもこれでおしま……いっ!?」

 

  多重のフェイントをかけた上で霊夢を追い詰め、トドメを刺そうとした時に突如目の前で空間の歪みを感じ、とっさに飛び退く。

  そして一拍遅れて、霊夢と私を遮るように隙間が開かれ、中から弾幕が飛び出して来た。

 

「タイミングは完璧だったのに。これも避けるのね……」

「いやー危ない危ない。霊夢に集中するあまり紫の存在を忘れてたよ」

 

  言葉ではそう言ってるものの、紫はさほど驚いてるようには見えなかった。

  まあ本来の私だったらスキマを突き破ってそのまま霊夢を斬ってるだろうし、それと比べちゃこんなリアクションになるのも頷けるけどね。

 

  私が下がった隙を見て、霊夢も後方に飛び退いて距離を取ってくる。そしてふわりと宙に浮かぶと、紫共々遥か上空にまで飛んで行ってしまった。

 

  あちゃー、嫌われちゃったか。まあ地上より空中の方が踏ん張りが利かず、接近戦がしにくくなるのも事実だし、それをわかってるからこそ、霊夢たちは上空に飛んで行ったのだろう。

  いいでしょう。この私が剣術だけじゃないってこと、見せてあげる。

 

  刀を鞘に納め、指をパチンと鳴らす。すると八つの魔法陣が私の周囲に展開された。

  それらから空を覆い尽くすほどの大量の弾幕を放ちながら、私も上空に飛んで彼女らを追いかける。

 

  しかし、やっぱり空中戦では霊夢たちの方が有利らしい。あれだけ撃ったのにも関わらず二人は弾幕を全て避けて、お返しとばかりにお札を放って来た。……しかもスキマで転送までさせて。

 

  私の四方八方に複数のスキマが展開され、そこから追尾してくるお札—–—–ホーミングアミュレットと分裂するお札—–—–拡散アミュレットが数百単位で飛び出してくる。

  視界が赤と青で埋め尽くされてしまうが、それは逆に言えばどこに撃ってもお札に当たるということ。別段ピンチにはなりはしない。

 

  —–—–『イオナズン』。

  巨大な光球を複数散らして、指を鳴らす。それが起爆の合図となり、辺り一帯の竹林をなぎ払うほどの大爆発が私の周囲で発生した。

  これでお札は焼け落ちて全滅。しかしスキマだけはまだ健在していた。

  ちょうどいいや、これも利用させてもらおう。

 

  —–—–破道の六十三『雷吼炮(らいこうほう)』。

  これまた巨大な雷のレーザーが手のひらから放たれ、私の目の前にあるスキマに吸い込まれていく。

  スキマというのは空間と空間をつなげる裂け目。入口と出口は必ず存在しており、それらの立場が入れ替わることもある。

  この場合、雷吼炮が入っていったのが入口、そして出口として繋がってる場所はもちろん—–—–紫たちのすぐそばだ。

 

「しまった! 霊夢、伏せなさいっ!」

「っ、くっ……!?」

 

  スキマを閉じようにも、雷の速度では対応できるはずもなく。

  間に合わないと一瞬で判断した紫が霊夢に飛びつき、無理やりその場を離脱させる。その直後に一つのスキマから光が溢れ、巨大なレーザーがそこから飛び出した。

  それはそのまま真上へと進んでいき、竹の天蓋に大穴を空けると夜空へと消え去っていった。

 

「霊夢、好都合よ。あそこから竹林を脱出するわ!」

「ちょっと! さっきの謝罪はちゃんとしてもらうからね!」

 

  さらに上昇して、天蓋にできた穴に向かっていく二人。スキマを使わないのは、その瞬間に起きてしまうタイムロスで私に撃ち落とされるのを考慮しているからだろう。

  でも、わざわざ見逃してやるわけないでしょ? 広い空間に出られたら不利になるのはこっちなんだし、絶対に追いついてみせる。

 

  しかしその意気込みも無駄になってしまったようだ。さらに加速するも、霊夢たちはもう竹の天蓋の外へと出てしまった。

  仕方がないから、急いで私もそこに向かおうとすると、なんと天蓋に空いた穴からなにかが迫って来ているのが確認できた。

  ……まさか。

 

「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」

「電車ぁ!?」

 

  おいちょ待てよコラ!

  穴を通るどころか周りの竹天井を壊しながら落ちてくる文明と鉄の塊。

  刀をおちおち抜いてる暇はない。しょうがないので両手に妖力を込めてそれを受け止めようとする。が、ご存知の通り私の筋肉はひ弱なわけで。勢いに逆らえず、どんどん私の体が電車に押されて下に降下していく。

  そんな中、必死に【形を操る程度の能力】を発動。足元の空気を固めることで足場を作り出し、その上で踏ん張ってようやく電車が止まってくれた。

 

  しかし安心したのも束の間。

  電車に突如強烈な衝撃が走って、私もろとも地面に叩きつけられた。

  バラバラになった鉄片に囲まれて倒れている中、わずかに霞む視界で上を見上げる。

  そこには、紅白の装束を纏った美しい少女が空中でオーバーヘッドキックをした後のような体勢で固まっていた。

 

  『陰陽飛鳥井』というスペカがある。巨大化させた陰陽玉を蹴りつけ、相手にシュートする。今回はスペカとしては発動しなかったものの、霊夢がやったのはこれと同じことだろう。

  すなわち、電車を蹴った。

  人間の限界まで強化された霊力込みの彼女の蹴りは凄まじい威力を持っている。電車一つを挟んで私をぶっ飛ばすくらいわけないだろうね。

 

  いやはや、やられた。ナイスプレイ、ナイスコンビネーションと言わざるを得ない。

  とにかく、これで被弾一だ。人数の差がある分、オープニングヒットをもらって流れをこちらペースにしたかったけど、こうなっちゃ仕方がない。

 

「響け『舞姫』」

 

  呟きながら抜刀すると、刀身が変化して九つの穴と鈴を付けた儀式剣のようなものへとなる。

  それを手に持ち、再び飛翔。今度は上りざまを狙うつもりはないらしい。先ほどよりも拡張された穴をやすやす通り抜けて、迷いの竹林の上空へと到達する。

 

  そこはまるで星の海だった。

  黒いキャンパスに小さくて色鮮やかな点と一つの黄金の玉が描かれている。それ以外は何もなかった。ただ静寂が広がるのみである。

  そしてそんな幻想の海に二人は浮かんでいた。いや、待ち構えていたと言った方が正しいか。

 

「ふふ、やるねぇ。さすがは霊夢と紫だよ。今回ばかりは、ちょっと分が悪いと認めざるを得ないね」

「……楼夢。もう一度聞くわ。どうしてあなたが異変に、しかも首謀者側として参加しているの?」

「んなこたぁどうでもいいでしょ。何に参加しようが、誰と戦おうが私の勝手だし。まあ一言で言うと、それなりの報酬がもらえるから、かな」

 

  そう、私の恥辱写真集の焼却というご褒美が!

  そのためにこれだけ奮闘している私の気持ち、あ“な”た“に”は“わ”か“ら”な“い“で”しょ“う”ね“っ!?

 

「……そう。なら力ずくで聞き出してあげる!」

 

  目に見える限りのありとあらゆる空間に線が引かれ、チャックのように開かれる。しかしその数は先ほどとは桁違いだ。数十どころか数百のスキマが空を埋め尽くす。

  それらの中が光ったと思った次の瞬間、無数のレーザーが放たれた。

 

「幻巣『飛光虫ネスト』」

「くそ。どこぞの英雄王かよおのれはぁ!?」

 

  障害物がなくなった分速度を出しやすくはなったけど、防いでくれるものがなくなってしまっているからプラマイゼロ。それに、いくら速く動けてもこんだけ撃たれりゃ直撃コースのものもあるわけで。

  いくら一秒に十回ぐらい剣を振れるとしても、とても手が足りなかった。

 

「くそっ、こうなったらっ! 滅符—–—–『大紅蓮飛翔衝竜撃(だいぐれんひしょうしょうりゅうげき)』ッ!!」

 

  私の背中に、身長をやすやすと超える大きさの炎と氷の翼が生えてくる。それで羽ばたいたことによって炎と氷の竜巻がそれぞれ発生し、レーザーを次々と呑み込んでいく。

  それだけでは終わらない。レーザーを一掃した後、私は自らが炎氷の竜と化して、紫の方へ突っ込んでいった。

  しかし彼女の姿は、竜と衝突する直前に消え去ってしまう。そして彼女がいたであろう場所を通り越した瞬間、私はなぜか身動きが取れなくなっていた。

 

「なに……っ!?」

「何回やったと思ってるのよ。あんたの手なんてお見通しよ」

 

  そんな霊夢の声と、遠くで開かれたスキマから出てきた紫を見た時、悟った。

  はめられた、と。

 

  元々紫がいた場所にはなんらかの条件を満たすことで発動する結界が張られていたのだろう。そして私の突進をスキマで避けてからのトラップ発動。これで私の動きが一瞬止まってしまった。

  その隙を突いて霊夢は私の両翼を結界でさらに拘束したのだ。現に私の翼は羽ばたくことすらできなくなっている。

 

「霊刃『森羅万象斬』!」

 

  決断は一瞬だった。

  スペカ宣言をし、巨大な斬撃で結界ごと拘束を叩き切る。そして飛び出して紫か霊夢、どっちかを攻撃しようとしたが、肝心なことをこの時私忘れていた。

  そう、紫の飛光虫ネストはまだ終わっていないということに。

 

  全方位を結界に囲まれ、スキマに囲まれ。

  この檻は二重になっていたのだ。それに気づいたのは結界が壊れて、外の景色が見えてからで、もう遅い。

  視界全てが光に包まれ、焼けるような痛みが全身に走った。

 

「ぐ……ご……っ!?」

 

  いくら殺傷能力はないとはいえ、多くをまともに受ければ大ダメージとなる。美しい巫女服はところどころが焼け焦げており、その持ち主を最後の最後まで守ろうとしていたことが感じられる。

  これで被弾二。もう後がない。

 

「つぅ……っ! 流石にまずいかも……」

「当然よ。いくらあんたが強いっていっても、こっちは幻想郷最高クラスの存在が二人もいるのよ? せめて誰か一人でも連れてくるべきだったわね」

「言ってくれるねぇ……」

 

  別に、この状況に不満を抱いてるわけじゃないさ。この異変に参加したのも、フランを手放したのも全部私自身が決めたこと。そこに後悔があるわけじゃない。

  でもね、それでも負けていいってことは絶対にないのよ。

  剛を倒して以来、久方ぶりに天辺の見えない山が見えた気がした。ならば乗り越えたくなるのが妖怪の本能ってもんでしょ!

 

「ふふ……あははは!!」

 

  狂ったように私は突如笑い出す。

  霊夢はそれを奇怪なものを見るような目で見ているが、紫は私がこれから何をやろうとしているのか悟ったようだ。

 

「いいよ、見せてあげる。これが私楼夢の最後の切り札—–—–」

「霊夢、そこから離れなさいっ!?」

 

  腰から二本目の刀—–—–妖桜を抜く。そして膨大な妖力を纏う二刀を打ち付け合い、舞姫の真の力を呼び起こした。

 

「ラストワード—–—–『天鈿女神(アメノウズメ)』」

 

 






「ポケモンハートゴールド楽しいぃぃ! 思わず睡眠時間も削っちまうぜぇぇ! 作者です」

「テメェそのせいで投稿遅れたのか!? いい加減にしろ! 狂夢だ」


「んで、なんでまたポケモンを、しかも古いハートゴールドをやってるんだよ?」

「なんとなくです。アマゾンで偶然見つけて、気がついたらポチッとしていました」

「そういえばお前はガキのころにソウルシルバーをやってたんだっけか?」

「当時二百円でBO●KOFFに売ってしまった小学二年生の私を殴りたい」

「あれ最低で2000円程度するもんな。ちなみにホワイトとかブラックは格安で売られてることが多いから、もしやりたくなった人は中古ゲームショップへダッシュだ!」


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竹林での最終決戦

 

 

「ラストワード『天鈿女神(アメノウズメ)』」

 

  そう唱えた楼夢の体が(まばゆ)い光に包まれていく。

  霊夢と紫はそのあまりの光量に思わず目を瞑る。そしてようやく視界が元どおりになった時、そこに映ったものを見て目を見張った。

 

  髪は二色。旋毛部分と肩から下の色が藍色に変わっている。瞳もルビーとラピスラズリの宝石をはめ込んだようなオッドアイになっており、何より変化したのは両手に握られた刀だ。右は炎を、左は氷をそれぞれうっすらと纏っている。

 

「何よ、それ……?」

「よく覚えとくといいよ。これが妖魔刀所有者の力を数十倍に跳ね上げる『神解』。そしてこれが—–—–私の力だ」

 

  最後の言葉は霊夢たちの背後から聞こえた。そしてその直後に、二人のほおにうっすらと赤い線が引かれる。

 

「うそ……。まったく見えなかった……」

「今のはサービスだよ。次は当てる」

 

  圧倒的な戦力差を見せつけて、桃色の神は無邪気にそう笑うのだった。

 

 

  ♦︎

 

 

「こんの……っ!」

「あははは! 遅い遅い!」

 

  霊夢から数百もの追尾お札が放たれる。しかし今の私にとってはもはやスローモーションだ。

 

  『神解』した今の私の妖力量は普段の数十倍、つまり幼体化の姿ながらも大妖怪の域に達している。

  そしてなによりもこのスピード。大人状態のように光速にまでは達することはできないけど、それでもマッハ一万越えくらいはできるようになっていた。そしてそれは霊夢たちを圧倒するには十分な速度だ。

 

  あちこち飛び回るだけで衝撃波が巻き起こり、それだけで敵の弾幕が消し飛んでいく。軽く刀を振るっただけで森羅万象斬を超える威力の斬撃が、それぞれの属性を纏って放たれる。

 

「くっ、霊符『夢想封印』!」

「遅いよ」

 

  七つの色鮮やかな巨大弾幕は出現すると同時に両断され、霧散していった。

  呆然とする霊夢。そんな彼女に微笑みかけて私は炎刀を振るう。

  とたんに膨大な炎の波が霊夢をのみ込んだ。

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

「霊夢っ!?」

 

  これでワンヒット。

  紫のスキマによって救出はされたが、霊夢の体はたった一撃でボロボロになっていた。服はあちこちが焼け落ちており、ところどころに火傷の跡が残っている。

 

「つっ……! これじゃあとてもスペカの制限時間まで生き残れないわよ!」

「落ち着きなさい霊夢。どんなに速くても相手の残機はたったの一つしかないわ。耐えて耐えて、隙ができたと思ったら二人で同時にスペカを使うのよ」

「……それしかないわね」

 

  遠くにいたからよく聞こえなかったけど、どうやら作戦の方針は決まったらしい。

 

  ここで今の状況について説明すると、私がスペカ二、残機一、相手はスペカ二に残機二だ。

  あっちの方が有利なのは確かだけど、じきにそれもひっくり返ることでしょう。今の私が倒されるビジョンが浮かばない。

 

「くっ……!」

 

  四方向からほぼ同時に斬りつける。が、霊夢はかすりはしたもののそれらをなんと全て避け切った。おそらくあの予知に近い勘が働いたのだろう。

  一瞬動きを止めた私を狙って援護の射撃が紫から飛んでくるけど、それが着弾するころにはそこに私はいない。逆に背後に回り込んで回し蹴りを繰り出してやった。正確には寸止めの衝撃波だけど。

  しかしそこは長年の付き合いというか、私の考えは読まれていたようだ。彼女の背後には結界が張られていて、それが辛うじて使用者を守った。が、その反動で紫はぶっ飛んで行く。

 

  霊夢も紫も明らかに私が見えていない。

  まあ仕方ないけど。このレベルのハイスピード戦闘は天狗相手じゃできないだろうし。でもそれで手加減するほど甘くはない。

 

「そして今日こそ、霊夢に勝つっ!」

 

  今度は左の刀を霊夢に向かって振り下ろす。猛吹雪が刀身から発生し、前方を凍てつかせるが、これも霊夢はギリギリのところで避ける。

  しかしそれは元より罠よ。吹雪の攻撃範囲から逃れるため、霊夢は必ず前後左右のどれかへと進むはず。そしてその方向に回り込んで、霊夢を切る算段だったんだけど、

 

「む……!」

 

  返り血がほおに付くが、切った感触が浅い。

  霊夢はなんとそれすらも見越して、私の斬撃を避けたのだ。

 

  おいおい、もう対応してくるのかよ……。

  でも、今ので私も完全に吹っ切れたよ。

  怒涛の斬撃の嵐を繰り出す。がしかし、赤い粒が数え切れないほど飛び散るが、どれもこれもかするばかりで直撃してはくれない。むしろ、避けるたびに芯が外されてきている気がする。

 

  見えてはいない。見えてはいないはずなのだ。

  なのにことごとく躱される。攻撃パターンも全て複雑化させた私の剣術が、たった十年代の少女に敗れていく。

 

「くそったれ!」

「ガッ……!?」

 

  巨大な氷の斬撃を飛ばすことで私の姿を霊夢の視線から遮らせる。斬撃の方は見事に避けられちゃったけど、私への意識が移った一瞬を狙って彼女の真下から両足での蹴り上げ—–—–サマーソルトキックを顎へとお見舞いした。

 

  鈍い音が鳴り響く。しかし本来なら寸止めで終わるはずなのに両足には何か硬いものが当たったかのような感触があった。

  それの正体はもう分かっている。結界だ。それも何立方センチメートルほどの大きさしかないものが、顎だけを守るように薄く五十枚ほど重ねられていたのだ。

 

  これも、か……!

  顔すら覆うことのできないような結界をピンポイントで攻撃箇所に作るのは至難の技だ。しかしそれゆえの見返りとして、霊力消費のコスパがかなり高い。彼女が数十枚も結界を重ねられたのにはそれが理由でもある。

 

  血で染まった顔。度重なる出血とサマーソルトによって脳を揺らされたことが重なって意識が朦朧としているのか、先ほどから怖いほどに静かだ。しかし髪の隙間から、二つの宝石のような瞳がギラギラと輝いているのを見て、私は一瞬気圧されてしまう。

  この感覚……伝説の大妖怪のものと同じだ。まさか、彼女はそこに至ろうとしているのか……?

 

「ふざけるなぁ! 『鎖条鎖縛』!」

 

  私がそこに至るのにどれほどの時間が必要だったと思ってるんだ! この私が—–—–

 

  蛇のようにしなる光の鎖が打ち砕かれた。

  お祓い棒による一閃。

  だけどこの程度じゃ私も怯まない。その隙を突いて、超高速の蹴りを繰り出す。

 

  竹が折れたような鈍くて嫌な音が響き渡る。

  霊夢は私の蹴りを左腕に先ほど同様に数十枚も重ねられた結界を張って防いだようだ。先ほどの音はその反動で骨が砕けたのだろう。

  なのにもかかわらず、霊夢の手は私の足を血が滲むほど強く握りしめていた。

  そして頭上にお祓い棒の影が浮かび上がる。

 

「……」

「ぐぁ……っ!?」

 

  交差した炎と氷の刀にお祓い棒が振り下ろされた。強烈な衝撃が両刀に走ったことで炎と氷が噴出され、それによって発生した蒸気が辺りを白く染める。

 

  あまりの威力に腕が痺れる。衝撃を殺すためにわざと吹き飛んだにも関わらずだ。

  距離が開いた。霊夢はまだ意識が遠のいているのか、追っては来なかった。ただ血で濡れた手でお祓い棒を握りしめて、そのギラつく瞳で私を射抜きながら、仁王立ちをしている。

 

  霊夢の才能が凄まじいのはわかっていた。だけど、あそこまでのものは予想外だ。

  意識がないはずなのによくやる。いや、意識がないからこそ、リミッターが外れたのかも。

  いずれにせよ、このままじゃ勝機は薄い。

  負けるのは嫌だ。負けるなんて考えたくもない。でもどうすればあの状態の霊夢を破れる……?

 

  その時、見知った声が聞こえてきた。

 

「霊夢、返事をしなさい! 霊夢っ!」

 

  紫だ。先ほどから接近戦ばかりを繰り広げていたものだから、彼女は迂闊に近寄れなかったのだろう。しかしそれが終わった今、彼女はスキマで霊夢の元に辿り着くと、必死に霊夢の手当てをし始める。

 

  そんな紫の姿を見て、私の脳裏に黒い考えが浮かんできた。

 

  そうだ、いるじゃないか。とっておきの獲物が。やつを仕留めれば霊夢を攻略しなくても私の勝ちに—–—–。

 

「……いや、やっぱそれは違ぇよ」

 

  ギリギリのところで踏みとどまる。すると頭に悪魔のささやきが聞こえてくる。

 

『なにが違うってんだよ。霊夢を倒すも紫を倒すも同じことだ。同じ勝利だァ!』

「たとえその手を使って勝ったとしても、あいつらの前に胸張って『勝った』って言えんのかよ? ……いいから黙ってやがれ、これは俺の戦いだ!」

『……ちっ』

 

  悪魔が消え去っていく。代わりに体中から膨大な妖力が溢れ出してきた。

 

『テメェが決めたことなんだ。協力してやらァ。……ただし、負けんじゃねェぞ?』

「ふっ、俺を誰だと思ってやがる。俺は、俺は……白咲楼夢だっ!」

 

  誰に向けてではなく、自身を鼓舞するためにそう叫ぶ。それが聞こえたのか、霊夢の体がわずかにだが震える。

  そうか、意識が戻ってきたのか。ならばこれが最後だ。

 

「いくぞ—–—–『千華繚乱』っ!!」

 

  もはや数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの斬撃が一点に集中して繰り出される。しかしそれらが目的のものを切り裂くことはない。

 

「ラストワード—–—–『夢想天生』」

 

  霊夢の『空を飛ぶ能力』をフルに活用した最終奥義。複数の陰陽玉を浮かばせ半透明となったこの状態の霊夢はこの世のありとあらゆる事象から()()ことによって無敵の状態と化す。

 

  でも、そんなのは前から知ってたことだ。これが来る覚悟は出来ている。そしてもちろん—–—–対策もできている。

 

「甘いんだよ!」

 

  雄叫びを上げ、こっちも能力を発動。

  私の『形を操る程度の能力』は空間、つまり事象にも関与することができる。

  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とかね。

 

  半透明な姿が徐々に濃くなってくる。

  そしてこの時始めて、『夢想天生』は破られた。

 

  驚愕する霊夢。

  そこに斬撃、鮮血。

  呆けていたのはほんの一瞬で、後は霊夢の姿は無数の赤と青の線によってかき消された。

 

  —–—–ようやくだ。ようやく勝てた!

  全身を真っ赤に染めながら脱力して落ちていく霊夢を見つめて、そう確信する。

  そこに、

 

 

「『深弾幕結界ー夢幻泡影ー』」

 

  静かに、だが力強くスペカが宣言された。

  そうだった。霊夢に集中するあまり忘れていたよ。まだ試合は終わってなかったね。

  別段焦りはしない。なぜなら聞き覚えのないスペル名から紫の切り札であると推測できるけど、『夢想天生』レベルのチートじゃない限り、どんなスペカも破れるという自信があったからだ。

 

  私を囲うように展開されていく無数の弾幕。

  なるほどね、『弾幕結界』の強化版というわけか。たしかに密度なんかもそれとは比べ物にならないほど高いし、数も格段に多くなっている。

 

  だけどやはり、問題にはならないかな。

  迫り来る弾幕の壁を次々と斬り伏せ、どんどん紫の元へと進んでいく。

 

「はぁあっ!!」

 

  そしてついに弾幕檻から脱出を果たした。その途端に紫が自身の傘を刀に変えて切りつけて来たので、軽く受け止めてあげる。

 

「ぬるいね。あなたの剣じゃ私を切るなんて一億年早いよ」

 

  紫は無言を貫いたまま、腕にさらに力を込める。けど刃が動くことはなかった。

  当たり前だ。私と紫は同じように筋力は低いけど、それでもいつも剣を振ってる私とじゃ大きな違いが出て来る。それに紫がただ力任せに押しているだけなのに対して、私は手首の動きなどのテクニックを利用しているのも大きい。

 

  紫はその場から動くつもりはないようだ。

  ……これで終わりだ。

  振りかぶられた片方の氷の刀が紫に触れようとする。しかしその時が来ることはなかった。

 

  突如眩しいほどの光が私の背中向かって放たれる。それに驚いて、思わず視線を向ける。

  —–—–そこには、スキマを背にして、先ほど全身を血に染めて脱落したはずの霊夢が立っていた。

 

  彼女の周囲に浮かぶ球体、陰陽玉。光の正体はそれらが放つ膨大な霊力によるものだった。

 

  —–—–忘れていた。

  夢想天生はただ体を別次元に飛ばすスペカではない。無差別に数え切れないほどの弾幕をばらまく、超高火力なスペカでもあったのだ。

  そこまで思考が至った時にはすでに遅く。

  陰陽玉を斬る前に、発狂したかのように無数の弾幕が放たれた。

 

「負けるかぁぁぁぁっ!!」

 

  しかしそれがどうした。先ほどまでと同じ通り、邪魔するものは全部切り捨てて進むまでのこと。

  千華繚乱の斬撃数が徐々に夢想天生を上回っていく。このまま行けば押し切ることが可能だろう。

  だけど私はもう一つ忘れていた。これはタッグマッチであることを。

 

「ハァァァァッ!!」

 

  夢想天生に上乗せするように、紫の弾幕が放たれた。

  そうだ、一度突破しただけであって、彼女のスペカはまだ終わっちゃいない。再び私を包囲し始めると、全方位からの集中砲火が始まった。

 

「……くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉっ!!」

 

  いくら速く刀を振るうことができても。

  全方位から迫り来る数千数万の弾幕を全て切ることは今の私では不可能だ。

  理屈じゃすでにわかっていたけど、手が休まることはない。

  そのうちに、徐々に弾幕が体をかすめていくようになる。

  そして。

 

「ガ……ハ……ッ!?」

 

  一つの弾幕が私の腹部に命中してしまった。

  それによって集中力がとうとう途切れ、斬撃の舞が止まる。

  そして均衡は一瞬で崩れ、雪崩のように押し寄せて来る弾幕の荒波に私は飲み込まれ、気を失った。

 

 

 ♦︎

 

 

「……ここは……?」

 

  眩しい月光に照らされて、私はようやく目を覚ました。

  背中や後頭部には湿った土の感触がある。それに目線に映る壊れた竹の天蓋。どうやら私は仰向けで気絶していたらしい。

 

  すぐに起き上がろうとするが、体の節々が痛んで少しふらついてしまう。その際に意図的ではなかったが、私の右手が何か細長いものに触れた。

  見ればそれは柄だった。それも見知ったものの。

  地面に突き刺さった舞姫を引き抜き、鞘に納める。辺りを見渡しと少し遠くにも妖桜らしき刀が落ちていたので、それもしまっておく。

 

  改めて、状況を確認してみる。

  あの後弾幕に呑まれて気を失ったせいで空中に留まることができず、そのままここまで落下してきたのだろう。そう考えると真上の天蓋に空いた穴と体中の不自然な痛みも納得できる。

 

  ……そうか。私は負けたのか。

  今まで霊夢と戦って負けても、もちろん悔しいという感情があった。ただ今回はその度合いが違う。簡単に言うと、ものすごく悔しかった。

  なんせ今回は神解まで使ったのだ。大人状態だったら勝てたとか、そういう言い訳が欲しいんじゃない。そもそも大人状態でやると弾幕ごっこでの適切な手加減ができなくなるので使用は不可能。つまり、今日のこの姿こそが私の弾幕ごっこにおける全力だった。

  なのに負けた。

 

  自然と拳を握る手に力が入り、それを地面に叩きつける。

  たしかに紫もいた。でもそれは最強の妖怪と呼ばれた私が負けていい理由にはならない。

  悔しくて、悔しくて。

  しばらくはそれに耐えるように、動くことができなかった。

 

  久しぶりだな。こんな感情を抱いたのは。

  初めては剛にコテンパンにされた時だったっけか。あの時とは状況は違うけど、感じたことは同じはずだ。そしてそれをバネにすることで、最後には彼女に打ち勝つことができた。

  なら、今回も同じだろう。次の時には必ず勝てるようになってるはずだ。

 

「認めるよ。私は負けた。でもこれで終わりじゃないんだから」

 

  いつかまた戦って、今度こそ打ち負かせてみせる。

  そう新たな誓いを胸に刻み込んだ。

 



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永夜明けの大宴会

 

 

  永遠亭がある方向から、今日一番の轟音が響いてくる。

  ……どうやら終わったようだね。異変が。

 

  結果は見ずとも予想できる。霊夢達の勝ちだ。

  とはいえ、私との弾幕ごっこで力を使い果たした彼女らだけでは永琳や輝夜の相手をするには厳しかったはず。ということはあの二人を倒したのは霊夢達以外の誰か、ということになる。

 

「と、ここまでヒントを出してから問題! 異変の首謀者を倒したのは果たして誰なのでしょうか!? 十秒で答えてね」

「えーと、えーと……わからないー!」

「……魔法使いのコンビと亡霊のコンビ。残ってるチームはそれ以外には存在しないはず」

「ピンポンピンポーン! 大正解!」

 

  舞花は冷たい視線を清音に向けている。

  まあよくよく考えれば誰にでもわかる問題だしね。テンパった清音が悪い。全く、術式はあんなにできるのになんでこういう問題は解けれないのだか。

 

  さて、話を異変の方へ戻そう。

  さっきの答え通り、魔理沙アリスペアと幽々子妖夢ペアが異変を解決したと推測できる。

  では霊夢達は何と戦っていたのかだって? それは私の近くに転がっているものを見ればわかる。

 

「キュ〜……」

「お師匠様ぁ……すみませぇん……」

 

  寝言でも謝罪してるなんて大した忠誠心だこと。

  そう、私と娘達が合流してしばらく歩いていた時に、これを見つけたのだ。てゐと鈴仙の気絶姿を。

  まるで私との戦いで溜まったストレスをぶちまけられたかのように彼女らの姿はボロボロだ。多分私たちの中で一番酷いと思う。

  こうなった原因は十中八九このチビうさぎの煽り言葉かなにかのせいだろう。口は災いの元とはこのことを言うんだってね。

 

 

  んで、そんな哀れな兎たちを運んで(もちろん娘たちが)いる間にようやく永遠亭の玄関前に到着した。……正面扉が思いっきり蹴破られた、ね。

 

「……うん、これは霊夢だね……」

 

  魔理沙だったらレーザーの跡が残ってるだろうし、アリスと紫は女の子してるからこういうことはあまりしないはず。妖夢も根が真面目だし、幽々子じゃそもそも力仕事はできない。となれば犯人はもうあのヤクザ巫女で間違い無いでしょう。ご丁寧にヤクザキックの跡が扉にくっきりと残ってるし。

 

  と、そんなことを思っていると中で再び轟音が鳴った。そして玄関近くの木製の壁をぶち破いて、見知った二人が姿を現わす。

 

「……ん、何よ、もう復活したの?」

「あれ? 霊夢、それに紫もなんでここに……って、今背負ってるそれってまさか……!」

「ああ、大将の首よ。残念ながら胴体付きだけど」

 

  そう言って霊夢はぽいっと背負っているものを私たちの前の地面に放り投げる。

  立派な黒髪に美しい着物姿の女性。……うん、皆まで言うな。もう正体はわかったから。

 

  輝夜は目を閉じてぐったりとしており、どうやら気絶しているようだ。彼女は不死だから気絶とかには強いはずなんだけど……一体どれほどぶちのめしたのやら。

  いや、というよりも一つおかしなことがある。

 

「ねえ、輝夜って魔理沙たちか幽々子たちが倒したんじゃないの?」

「バカ言わないでほしいわね。幽々子たちは別のやつを叩きに行ってたし、魔理沙たちに至っては廊下で二人仲良く寝かされたわよ。おかげでこんな体なのに戦うハメになったわ」

「そのせいでもうボロボロよ……。ああ、もうダメ、ゆかりんおうち帰る……」

「はい、そこ帰らないのー」

 

  話す気力もないのか、紫はそのまま真横にスキマを展開して帰宅しようとする。けどこの後の話し合いは紫にしか務まらないので、入り込む前に首根っこを掴んで阻止させてもらった。

 

「ヤダヤダー! 痛い寒い眠ーい!」

「ナイスよ楼夢。……あとそこの九尾二人、こいつが逃げないように何かで縛ってくれないかしら?」

「はーい! 縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

  光の鎖が清音の術式によって出現し、紫を自動でグルグルに縛り上げる。あとついでかは知らないけど、輝夜の方も同じように縛られていた。

  それでも紫は抵抗し続けるが、最終的に霊夢の拳骨が頭に落とされたことで大人しくなった。

  うへぇ、今結構鈍い音してたぞありゃ。あんだけの激戦を繰り広げた後でもこの元気っぷり。……うん、やっぱこの子化け物だわ。

 

「あれ、じゃあ魔理沙たちはどこ行ったの?」

「さあ? 適当にそこらでのたれ死んでるんじゃないかしら」

「おいおい、私たちのおかげでそこの女を倒せたっていうのに、随分な言い草だな」

 

  霊夢の後を追うように、壊れた壁の奥から魔理沙とアリスが続いて出てくる。

  二人の服は敗北者の証とでも言うように汚れており、ボロボロだ。しかし魔理沙は素直にそれを認めたくないのか、口をとんがらせて霊夢に突っかかっていく。

 

「私たちがこいつの体力やらなんやらをギリギリまで削ったからこそ、今回の勝利があったんだぜ」

「過程は過程よ。結果的に私たちは勝って、あなたたちは負けた。文句あるかしら?」

 

  ありゃりゃ、霊夢も随分と煽るね。というかこの二人って異変後はこんなにギスギスしてたっけ?

  ……ああ、そういえば二人は私や清音と戦う前に一回衝突し合ってたんだっけか。未だに火花を散らしてるのも、それが理由か。

 

「ぐぬぬぬ……! 今ここで決着つけてもいいんだぜ?」

「あら、望むところよ。もっとも、結果は知れてるけど」

「はーいそこまで」

 

  すっかりヒートアップしてる二人の頭にチョップを打ち込む。彼女らは可愛らしい悲鳴を上げた後、涙目で私を睨んできた。

 

「ライバル同士争うのはいいんだけど、それは後日ってことで。……ほら、ちょうど黒幕さんも揃ったことだし」

 

  私の視線の先。玄関扉が開かれ、中から幽々子と妖夢……そして後に続いて永琳が出てくる。

 

  これで紅魔組以外の異変に参加したメンバーの全てがここに集まったようだ。永琳も縛られた輝夜を見てこれ以上は異変を続けられないと判断したのか、はたまた異変解決に来た連中が月の民ではないことを理解したのか、抵抗するようなことはなかった。

 

「さて、あんたが異変の首謀者ね?」

「ええ。私は八意永琳。そしてそちらで寝ているのが私の主人の蓬莱山輝夜よ」

 

  開き直って、霊夢というよりかはここにいる全員に聞かせるように自己紹介をする永琳。しかし霊夢はそれを軽く聞き流すと、彼女に向かってお祓い棒を突きつけた。

 

「そんなことはどうでもいいわ。さあ白状しなさい。あんたがなんで今回の異変を起こしたのかを」

「……わかったわ。ちょっとこちらの事情も絡むから長くなるけど、全てを話すわ」

 

  言葉通りに、永琳は隠すこともないと全ての情報を霊夢たちへ聞かせた。

  永琳たちの正体。月の民の存在。そしてその月の民から輝夜を守るため、満月を入れ替えて地上へのゲートを塞いだことも。

  それら全てを聞き終えた上で、霊夢と紫は大きなため息をついた。

 

「はぁ……あんたたち、スッゴイ無駄をしてるわよ」

「無駄……とはどういうことかしら?」

 

  永琳の疑問に答える前に、霊夢はお祓い棒を天高く突き出す。その先にあるのは満月なのだが、しばらく見つめているとそれが夜空ごと一瞬だけブレた。

 

「今のは……?」

「結界を一瞬だけ緩めたのよ。ここ幻想郷は博麗大結界っていう超強力な結界に覆われているの」

「そしてその性質上、月の民が幻想郷に侵入することはないわ。決してね」

 

  その言葉を聞いて半ば呆然とする永琳。しかしものの数秒で思考を取り戻すと、文句が言いたげな顔で私を睨んできた。

  それに対して私はただ口笛を吹いて誤魔化そうとする。

 

  いやたしかに、今回の異変は本当は無意味なものなんじゃないかって薄々気づいていたけどさ。そもそも博麗大結界を作ったのは私じゃないから断定はできないわけだし、なによりあなた写真集使って私を脅迫したじゃないですか。教えなかったのはそれの腹いせということだよ。

 

  そんな風に思っていたのが目線から伝わってしまったらしい。さすが天才永琳、と褒める間も無く彼女は深いため息をついた。そして私にしか見えないように口パクで何か言ってくる。

  えーと……?

 

『オ・ボ・エ・テ・ナ・サ・イ』

 

  ……見なかったことにしよう。

 

「それで。異変の首謀者の私たちにはどんなペナルティが与えられるのかしら?」

 

  私への恨みを全く悟らせないポーカーフェイスで永琳が霊夢へ話を切り替えようとしてくる。

 

「ここって酒はあるのかしら?」

「え? ええ、結構余ってるはずだけど……」

「それじゃあ今日はここで宴会よ! 食料も酒も全部犯人が提供してくれるって言ってるし!」

「おっしゃぁ! 野郎ども、宴会の準備だぜ!」

 

  わーお。さすが霊夢だわ。

  見事に言質を取ってからの強引な展開へ引きずり込もうとする。永琳側は異変を起こしたという罪悪感から断ることはできないし、一声宴会と言えば幻想郷の住民はすぐに騒ぎ出す。結論、無償で大量の食料を提供せざるを得なくなる。

 

  急な展開へ持ってかれて、流石に困惑している永琳の肩を叩く。

 

「ちょ、ちょっと! まだ許可していないわよ!」

「諦めなさいな。こうなった幻想郷の住民は止められないよ」

 

  もうすでにテーブルとかが永遠亭内から無許可で引っ張り出されている。魔理沙なんかは盗み出した酒をもう飲み始めてるほどだ。辺り一面どんちゃん騒ぎである。

 

  それに、と私は言葉を付け足す。

 

「霊夢は異変は解決するけど、交渉とかそういうのは興味ないんだよ。そういうの担当の人はあっちで縛られちゃってるし、そんな頭が痛くなるような話はまた後日ってことで」

「私はすでにこの人数分のお酒や食べ物を出すって時点で頭が痛いわ」

 

  そう言って頭を抑える永琳。でもそれはまだ軽傷な方だよ。

  だってこの後に幽々子によって予想していた金額を遥かに上回ることになるんだもん。そういう意味では今の彼女の脳内は幸せなのかもしれない。

 

  でもまあ永琳もなんとなく理解したのであろう。幻想郷でのルールとやらを。文句を言いながらも宴会を開く気でいるのがいい証拠だ。

 

  そうやって戻ってきた月が動き出すのと同時期に。

  永遠亭主催の宴会が始まった。

 

 

 ♦︎

 

 

「おおっ、タケノコだぜタケノコ!」

「こら、行儀が悪いわよ」

 

  テーブルに並べられた料理を見て魔理沙が瞳を輝かせる。それをなだめるアリスの視線も料理に釘付けになっている。

 

  ちなみに作ったのは全て鈴仙だ。彼女は永遠亭の料理を担当しているらしいが、さすがにこの人数分の料理を作ったことはないのか、テーブルに品を次々と置いては目まぐるしく厨房へ戻っていく。

  ……いや、彼女が忙しいのは()()が原因なのかもしれない。

 

「ふふ、美味しいわ〜。妖夢の料理とはまた味が違ってて飽きないし、これならいくらでも食べていられるかも」

 

  出たよピンクの悪魔が。

  幽々子はまるでブラックホールのように並べられた料理を次々と平らげていく。いやもう、実はあれ流し込んでるとかじゃないの? 一品食うのに三秒もかかってないよね?

  ……あ、鈴仙が駆け回ってる姿を見て楽しんでたてゐが悪魔に捕まった。

 

「あらあら、兎肉もあるのねぇ。至れり尽くせりだわ〜」

「ひぃえええええ!? ちょ、れいせーん! ヘルプヘルプぅ!?」

「ゆ、幽々子様! それは食べ物じゃありませんよ!?」

 

  間一髪かじられそうになったところを妖夢が助けに入った。

  残念そうにてゐを眺めている幽々子に再び料理が運ばれたところで、妖夢は彼女に声をかける。

 

「あの……もしよかったら手伝いましょうか?」

「本当ですか!? ありがとうございます! 正直手が足らなくて……」

「私にもやらせてくれ! 一人残されたら今度こそ食べられちまうよ!」

 

  おお、あのイタズラ兎が自ら申し出るとは。よほど幽々子のことがトラウマになったのだろう。まああのままだったら絶対パックリいかれてたからね。

  声を上げるが否や、まさに脱兎の如く厨房へと駆け出すてゐ。それを見送った後、私の視線は娘たちの方へ移り変わった。

 

「星に関する魔法を使うんだったら、いつでも最大限の威力が出せるように空に擬似的な太陽とかを打ち上げてみるのはどうかなー?」

「おいおい勘弁してくれよ。弾幕ごっこを始める前に私の魔力が尽きちまうぜ」

「人形の動きをもっとスムーズにするのなら、糸で一々操るよりもある程度の動きは自動化させて、魔法はそれのサポートに回した方がいい」

「うーん、魔法以外で人形をいじるのは苦手なのよね……。機械の勉強でもしてみようかしら?」

 

  娘たちは魔女組と何やら意気投合し、魔法について語り合っているようだ。普段引きこもりの彼女らに友達ができてよかった。やはりこの異変に連れてきて成功だったようだ。これで三姉妹全員にも知り合いができたわけだし、今度の宴会からは積極的に参加していってもらおう。

 

  んで、そんな彼女らからちょっと離れた縁側に私は座っていた。いや、正確には私たち、だけど。

 

「今回の異変は疲れたわ……。今日はお風呂炊いたらさっさと寝よ」

「はいはいお疲れ様でしたー」

「はぁ、誰のせいだと思ってるのよ」

「それは謝るって。ほら、お酒ついであげるから」

 

  そう言って私は漆塗りの盃に酒を注ぐ。もちろんこれも永遠亭のもので、月の産物らしい。癪だけどさすがは月の民というべきか、その味は地上のものとは別格だった。

 

「でもなんというかねぇ……。久しぶりに飲むんだけど、やっぱり味が綺麗すぎるというか」

「久しぶり?」

「ああいやいや、もちろん始めて飲む酒だよ!? ただこれに似た酒を飲んだことがあるってだけで……」

「まあ確かに普段飲んでるものと全然違うから、ちょっと慣れが必要ね」

「そりゃそうよ。なんせ一々手作りで作られるから多少雑になる幻想郷の酒と違って、月はどうせ機械とかで大量生産してるんだもの。この綺麗さは味としては外の世界のものに似ているわ」

 

  と、憶測を付け足す紫。

  彼女も彼女で美味いと感じてはいるものの、浴びるほどは飲みたくないといった様子だ。

 

「全く……今では貴重な月の酒を空けたんだからもうちょっと感謝してほしいわね」

 

  やれやれと言う風に文句を言う永琳。まあ考えてみれば月の酒が貴重なのも当たり前か。昔は月の住民だったとはいえ、今はもうあそこでは立派な罪人だ。だいたい逃亡したのが平安京が作られてすぐの出来事だから……うげ、最低でも千年ものかよ今飲んでるやつ。そりゃ文句を言いたくもなるさ。

 

「いいじゃないいいじゃない。こんなチンケな酒、チョビチョビ飲む方こそ性に合わないわ」

 

  しかしまあそんな超レアものの酒も全く珍しく思っていないお姫様もいるようで。

  男顔負けに顔を上へ向けると、ゴクゴクという音を出して輝夜は酒を一気飲みした。

 

 

  本物の月影が照らすこの場に私、霊夢、紫、永琳、輝夜。この異変の中心人物全てが集結している。

  しかしその間に緊張感はなく、ゆるやかな雰囲気だ。各自がマイペース過ぎるのが原因だろう。

 

  ふと、霊夢が永琳と私にこんな質問をしてくる。

 

「そういえば、あんた今回の異変に報酬をもらって参加してるって言ってたけど、何をもらったのかしら?」

 

  その一言でピキィッ、という音とともに場の雰囲気が一変した。

  なぜだか冷たい風が吹いてきている。紫と私は誰よりも真剣な顔に、そして永遠亭組の二人は……悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

  お、おいお前らまさか……!?

 

「はい、これがその報酬よ」

「やめろォォォォォォッ!!!」

 

  響け『舞姫』ェ!

 その忌々しいブラックボックスを見た時、私の理性が弾けた。とっさに舞姫を解放し、永琳に切りかかろうとするも……。

 

「はーい、油断大敵よ?」

「くそっ、いつの間に……!? 離しやがれ!」

 

  目の前の人類悪(私にとって)に気をとられるあまり、輝夜が背後から接近していることに気づけなかった。そして彼女の馬鹿力によって羽交い締めで拘束されてしまう。

 

  そうこうしている間に永琳の手の中にあるものが霊夢へと近づいていく。その切羽詰まった状況化の中で頭が活性化したせいなのか、その動作が今だけ私にはスローモーションに見えた。

 

  ああ、霊夢の手が徐々に不純物の元へ……。

  こうなったら……!

 

「鳴り響け! —–—–『天鈿女神(アメノウズメ)』ッ!!」

「へっ—–—–きゃぁっ!?」

 

  本日二回目の神解。体中の筋肉が悲鳴を上げ、妖力が枯渇していくのが感じられるが、今はそんなこと考える暇はない。

  私はジェット噴射するような勢いで輝夜を弾き飛ばし、永琳と霊夢の間に割って入っていく。そして閃光のように通り過ぎたころには、私の両腕の中には写真集が抱きかかえられていた。

 

「よっしゃ! ギリギリセーフ!」

「……ん? なんか落ちてきたわね」

「へっ?」

 

  ひらりひらりと、一枚の紙切れが宙を舞い、降下していく。強化された私の瞳は、それがよりによってアヘ顔ダブルピースのやつだということを認識させてくる。それが最終的に着陸した場所は—–—–霊夢の手の中だった。

 

「……うわぁ、まさかあんたがレズだなんて……これからは半径二メートル以内には近寄らないでくれる?」

「ぐはっ!」

 

  そんなぁ……。霊夢が、私の霊夢が離れていく……。

  めまいがしてくる。絶望と称すべき感情が私に流れ込んでくる。

  しかし、地獄はまだ終わっていなかった。

 

「ちょうどいいわ。紫、これの廃棄処分は頼んだわよ」

「なによ、どんな女の写真が……」

 

  睨みつけるような勢いで写真を見る紫。しかしそれは最初だけで、十秒ほど硬直した後、噴火したかのように顔を真っ赤に染め上げた。

 

  ……ああ、終わった……。何もかも……。

 

「なっ、なっ、なっ……!?」

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

 

  言葉にならない声を上げる紫。そしてただただ感情のままに叫ぶ私。

  もはや何もかもが吹っ切れた。ものすごい勢いで紫の手からそれを奪い取ると、写真集ごとそれを地面に叩きつける。そして右手を勢いよくそれらに向かって突き出す。

 

「こんなものォォ!! 『メラゾーマ』! 『メラゾーマ』! 『メラゾーマ』!!」

 

  連続で火柱が立ち上る。もはや写真集は跡形もなく浄化されてるだろうけど、そんなことはお構いなしだ。この感情を発散するには、ただただ術式を放ち続けるしかなかった。

 

「メラガイアァァァァァァッ!!!」

 

  こうして楽しいはずの宴会は、ただただ孫娘と友人に私の痴態を見せつけるという苦行で幕を閉じた。

  永遠亭では、宴会が終わるまで少女の悲痛な叫び声が聞こえ続けたとか。

 

 

  ♦︎

 

 

「……ふーん。あの永遠亭の医者と楼夢ってそんな関係だったんだ」

「そりゃ大変なもんだったよ。当時の奴は好奇心の塊でね? 何かやるごとに毎回実験実験言って私をつき合わせてたよ」

 

  宴会からの帰り道。

  私と紫は、八雲邸までの階段を一緒に上っていた。

 

  普段だったらこんなことはしない。なぜなら紫にはスキマがあるので、階段なんて上がる必要がないのだ。しかし今日は別で、私と一緒に歩きたいと言ってきたので今に至っている。

 

  彼女が話す内容は基本的に永遠亭の住民の話ばかりだ。特に永琳と輝夜について。

  そういえば、紫は私が昔月の民になる前の人間たちと一緒に暮らしていたのを知らなかったんだっけ。今となっちゃヘドが出るような話だけど。その時のことを、おそらく彼女は知りたいのだろう。

 

「ねえ、楼夢ってどこでどうやって生まれたの?」

「……分からない。森の奥、気づいた時にはこの世界に存在していた」

 

  嘘だ。本当は知っている。

  悲劇の果てに朽ちた人間、白咲楼夢。またの名を神楽。そいつが生み出した二つの分身のうちの一人。それが私だ。

  しかしこのことを知っているのは私と狂夢、それと神楽の関係者の岡崎だけでいい。この秘密は墓にまで持っていくつもりだ。

 

「……そう」

 

  紫は目を伏せると、ポツリと語り出す。

 

「私も生まれた時は一人だったわ。妖怪とは人間にとっての恐怖が具現化したもの。でも私には鋭い爪も、牙も、尻尾も角もなかった。つまり……なんの妖怪かがわからなかった」

 

  紫のスキマ妖怪という種族名も彼女が自分でつけたものだ。

  ごく稀に、この世には私や紫のような存在が生まれる。そういった存在は『一人一種族』などと呼ばれ、蔑まれ、食い物にされていく。

  当然紫も同じ境遇を辿ったのだろう。ただ他のやつらと違うことは、彼女がその中で生き延びたことだ。

 

「ちゃんとした自我を持ってからは地獄だったわ。毎日毎日他の妖怪や人間に狙われて、逃げる日々。それで数十年程度経ってちょっと力をつけたら、今度はもっと強いやつが出張ってくる。それの繰り返し。終わらないイタチごっこのようなものだった」

「それで、気がついたら大妖怪最上位、か……」

「そうね。そして今度は誰も寄り付いてくれなくなった」

 

  この少女の運命も中々に酷なものだ。

  身を守るために力を得たのに、待ってたのは孤独。余計に自分を傷つける結果になるとは。

 

「そんな紫が人間と妖怪の共存する国を作るなんてね。どこで考えが変わったのやら」

「暇つぶしで人間に化けてた時にね。ちょっとだけ優しくされて……それがたまらなく嬉しかったの。今思えばちょっとしたことで心変わりしてしまう子供の拙い夢だったけど、動機なんてそんなものよ」

「そのちょっとしたことで変わる純粋さを今も保てたらなぁ……」

「あら、、私はそれじゃあまるで今の私が薄汚いって言ってるように聞こえるのだけど?」

「ちょっ、ギブギブ! 頼むから首締めないで!」

 

  わーお、綺麗な笑顔。

  顔が青ざめてきたころに辛うじてもう一度同じことを言ったら、やっと解放してくれたよ。やれやれ、酸欠不足で死ぬところだった。

 

  そうやって戯れながら歩いていると、ようやく屋敷が見えてきた。

 

「さて、ここまでだね。話し合いに付き合ってあげたんだから、帰りはスキマで送ってよね」

「わかってるわよ。ほら」

 

  紫が手を振りかざすと、空間が割れてスキマが出来上がる。真っ暗で中は見えないけど、奥はおそらく白咲神社に繋げてくれているはずだ。

 

「んじゃ、私は行くよ。お休みなさい、紫」

「ええ、お休みなさい。それと……」

「ん?」

 

  言うのをためらったのか、わずかに言葉に間が空く。しかし顔を赤らめながらも言いたかったことを紡いだ。

 

「ありがとね、楼夢」

 

  その時の紫の笑顔を見て、不覚にも私は可愛いと思ってしまった。しかしすぐに冷静さを取り戻すと、一言。

 

「……ああ」

 

  曖昧な返事をして、スキマへ逃げるように飛び込む。

  それはおそらく、今の私の顔を彼女に見られたくなかったからであろう。

 

  神社に着いた時、私の顔は何故だかほんのりと紅に染まっていた。

 






「受験勉強忙しすぎる! ヤダヤダ、勉強したくないー! 作者です」

「お前また投稿遅れたのかよ。いい加減にしろよと言いたい狂夢だ」


「えー、先ほども言った通り、投稿が遅れてすみません。受験勉強が本当にラストにさしかかって来ており、自然と小説を書く暇がありませんでした」

「はぁ……これも受験生の末路か」

「というわけで冬休みに入ろうとしている時期ですが、これからの投稿はどんどん遅くなっていくと思われます。もしかしたら二月に至っては一切投稿しないかもしれません。ですが受験が終わったら必ずペースを上げていきたいと思うので、これからもよろしくお願いします」

「と、今日はこれからの方針を語ったところで終了だ。次回もお楽しみに」


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永夜抄はまだまだ続く

「ねー火神ぃ。本当に幻想郷にアイツがいるのー?」

「いる。俺の鼻が感じ取ったんだ。間違いねぇ」

「はぁ……楼夢だけならまだしも、なんで目的のやつと面識のない私まで……」

 

  人里の中を歩く人物が三人。逆立った灰色の髪を持つ男は左右に、髪の色は金と桃で違うが背丈が同じくらいの少女たちを連れ添っている。

  もちろん一人は私だ。そして他の二人は火神とルーミア。私の山に住み着いたツンデレカップルである。

 

  火神はフードのポケットに両手を突っ込み、肩で風を切りながらのしのしと道の中央を進んでいく。そのやや後ろを歩くルーミアは気だるげだ。彼女が言った通り、無関係なのにも関わらずに今回の件に引っ張り出されたことに不快感を感じているのだろう。

  しかし火神が自分の鼻についてさりげなく誇らしげにしていると、疑問が浮かんだのか私たちに問いかけて来た。

 

「ん? 火神の鼻って何か秘密があるの?」

「……あー、ルーミアって火神の種族がなんだかわかる?」

「悪魔じゃないの? ほら、よく二つ名でも呼ばれるし」

「……おい火神、お前自分のガールフレンドに自分の種族すら教えてないってマジかよ」

 

  マジかー。まさかとは思ってたけど、本当に知らなかったとは。自分の個人情報すら教えてないとは相変わらずのコミュ障だな。

  若干冷たい目線を私から感じ取ったそうで、火神は自然と私から顔を背ける。

 

「うっせぇ。普段は言いふらさねぇし、教えんの忘れてたんだよ」

「だとしても将来の伴侶に教えてないのは酷いもんだね。ほら、ルーミアもショックのあまり若干涙目になってる」

「うっ、うっ……そんな、酷いよぉ……」

「ウルセェ! 安っぽい演技してんじゃねぇよ!」

「「あ、バレた?」」

「バレバレだわボケナス!」

 

  お、さすが我らが伝説の大妖怪のツッコミ担当。今日もキレッキレだね。……いや、どうやら本当にキレてたらしい。幸いここが里の中ということで殴りかかっては来ないらしいが、今にも焼き狐にされそうな雰囲気だ。

  ちょっといじりすぎちゃったかな? 反省はしないけど。

 

  さて、そろそろ話を本題に戻そうか。

 

「火神の種族はフェンリルだよ」

「西洋の犬っころね。なるほど、だから鼻が効くと。でもその割には尻尾も獣耳も見当たらないんだけど」

「俺は元々こういうのなんだよ。だから群れでも捨てられた。まあ幸い、そいつらはその後皆殺しにしてはいるがな」

 

  クックック、と楽しげに笑う火神。

  ……ああ、初めて知った時は考えが至らなかったけど、よくよく考えてたらこいつが復讐対象を見逃すはずがないね。彼のご家族にはお愁傷様としか言いようがない。

 

  それにしても、気になるな。火神もフェンリルだというのなら私みたいに獣の形態があるはず。それについて聞いてみたところ。

 

「あるにはあるが、見ない方がいいぜ。耳も尻尾もない東京タワー並みの大きさの犬なんてホラーでしかねぇ」

 

  と、返って来た。

  ……うん、いくら伝説の大妖怪だからってサイズデカすぎじゃね? 正直未だに二メートル超えれない私はいったいなんなんだろう。いや、娘たちもこんなもんだから、きっとこれは妖狐全体の問題なのだ。……きっと。

 

「まあだいたい理屈はわかったわ。で、どこでその目的人物の匂いを感じ取ったの?」

「たしか寺子屋辺りにいた……ん、あれだ。あいつに間違いねぇ」

 

  指を差された方向を見てみる。そこには寺子屋の生徒たちに囲まれている綺麗でボンキュッボンな女性がいた。

  ……うん、あれ慧音だね。たしかに私も彼女の匂いを改めて意識してみると、よく知る相手の匂いがプンプンしてくる。前会った時は風呂上がりとかだったのかな?

 

「それでどうすんの? 言っとくけど堅物の慧音先生とクレイジーな火神じゃ絶対すれ違いが起こるわよ?」

「うーん……たしかに、礼儀知らずで身勝手な火神じゃ相性が悪いか……。しょうがない、ここは私が行ってやろう」

「おいお前らさりげなく俺をディスんのやめろや」

 

  なんのことだか? 無視無視ー。

  ササっと逃げるように慧音の元へ向かう。幸いなのか、さっきまでいた生徒たちは寺子屋内に戻ったようで、この近くには現在私たちしかいなくなっていた。

  そしてさりげなく笑顔で声をかけ、挨拶をする。

 

「ヤッホー慧音。お久しぶりだね」

「お前は……楼夢だったか。いやすまんな、まだ一回しか会ったことがないからすぐに浮かび上がらなかった。それにしてもお前、前は敬語だった気がするのだが」

「あー、あれはちょっとこっちに来たばっかで緊張してたの。素はこっちだからこれからはこれでよろしく」

 

  緊張していた、というのは間違いではない。いや正確に言えば怯えていた、だね。

  いやだってさ。話しかけようと思ってたらいきなりチルノが頭突きで死にかけてたんだよ? 普段は痛みなんてほぼ気にしない妖精が出してはいけない音程の唸り声を出してたから、すっかり萎縮してしまったんだっけ。

  まあそれも過去の話だ。今なら逃げる程度のことはできるようになってるだろうし、おそらくは大丈夫であろう。幸い慧音も理解してくれたのか、すぐにこの口調を受け入れてくれた。

 

「それで、私に何か用か?」

 

  うーん、勢いに任せて出て行ったはいいけど、なんて聞こうかな。

  一瞬だけ迷ったが、結局まずは外見だけ伝えて様子を見ることにする。

 

「ねえねえ、今人を探してるんだけどさ。長い白髪に赤い瞳の女の子って見覚えない? もんぺとか着てたらなおよしなんだけど」

「……いや、知らないな。すまんが他を当たってくれ」

 

  嘘だ。私が特徴を話した途端、一瞬だけど眉間にかなりシワが寄っていた。おそらく動揺した表情を隠そうとして力を込めていたのだろう。

 

  確信した。慧音はやつとなにかしらのつながりを持っている。そしてそれを容易に漏らさないように警戒しているということは、よほど親密な関係であるに違いない。

 

  しかしそれを指摘する前に、慧音は逃げるように私を追い越して進んでいく。

  そしてある程度歩いた地点で、無造作に突き出された足が彼女の進行方向を妨げた。

 

「……なにか? すまないが、道の邪魔だ」

「見え透いた嘘ついてんじゃねぇよ。顔に一瞬出たのが決め手だったが、そもそもテメェの服やらに今日も奴の匂いがついてる時点でテメェは黒星だったんだよ」

「……最終通告だ。そこをどけ。でないと痛い目をみるぞ」

 

  あ、まずい。火神にそんな喧嘩売るような言葉言っちゃったら—–—–。

 

「ハッハハハハっ! こりゃ傑作だ! たかが過去の歴史を見ることしかできない畜生、それも半端者風情が? この俺に喧嘩ァ売ってんだからよ!」

「……」

 

  目の前の脅威にようやく気付いたのか、無言で拳を構える慧音。でもその時にはもうすでに遅すぎた。なぜなら—–—–もうすでに慧音の顔に蹴りが飛んできているのだから。

 

「『底なし怨霊沼』ッ!」

「『森羅万象斬』ッ!」

 

  しかしギリギリのところで、攻撃は慧音に当たることはなかった。まずはルーミアが慧音の真下に出現させた影の中に下半身を引きずり込み、蹴りを外させる。そして後ろに控えていた私が火神の足に向かって青白い斬撃を放つことで、彼の蹴りを相殺したのだ。

 

  たった今自分が死にかけていたという事実に呆然とする慧音を沼から引きずり出し、隅の方へ投げ捨てる。あとは彼女が正気になって逃げてくれたらそれで成功だ。

 

「おい楼夢、ルーミア! テメェら裏切りやがったな!」

「落ち着けって! 今ここであいつの友だちかもしれないやつ殺したら逆効果でしょうが! そもそも居場所を聞き出すためにわざわざ声かけたんでしょ?」

「……ちっ。それもそうだ。ムカついた女だったから、危うく殺しちまうところだったぜ」

 

  クッソ、このクレイジー野郎め……。

  火神は私に今言われたことを理解して反省したのか、慧音を追い討ちするのはやめたようだ。露骨に舌打ちしながら邪魔にならないように、この場所を離れていく。

 

  さて、残ったのは私とルーミア、そして目を閉じて壁に寄りかかっている慧音だけとなった。

  どうやら気づかぬ間に気絶してしまっていて、逃げるに逃げれない状況になっていたようだ。現在はルーミアが優しく顔をペチペチ叩くことで起こそうとしている。

 

「そういえばさ。どうしてルーミアは慧音を助けたの? 普段だったら絶対に見捨ててたのに」

「……この人はチルノとかにとって必要な人なのよ。だから私が守っただけ。後、ここからは少し喋り方を幼くするわ」

「ん、うっ……?」

 

  お、話してたらなんとやらだ。

  意識を取り戻したのか、慧音は呻きながら徐々に目を開けようとする。しかし眠っていた脳が現状を理解した瞬間に、勢いよく起き上がり、声を荒げた。

 

「た、大変だ! 里にあんな化け物がいるなんて……すぐにみんなに知らせなくては!」

「はーい、慧音、落ち着こうね」

 

  そのままスッ飛んでいきそうな勢いで駆け出した慧音を止めるために、指を鳴らして術式を一つ。光の鎖がどこからか出現し、彼女の体に巻きつくことで拘束した。

 

「ぐ、これは……!?」

「だーかーらー、あれはもう去ったって。里にはいないよ」

 

  慧音は私の言葉で落ち着いたのか、目を一旦閉じる。あれはおそらく里内の妖力を感知しようとしているのだろう。

  でも残念、慧音ごときじゃ火神の隠蔽能力を看破するのは不可能だ。今やつはおそらくここからちょっと遠い場所で団子でも食っているのだろう。あれだけやらかしといて、太いやつである。

 

「……たしかに、脅威は去ったようだな。私を助けてくれてありがとう、楼夢にルーミア」

「気にすることはないのだー。慧音先生は親切だし、守らなくちゃなのだー」

「ふ、そうか……。私は教師思いのいい生徒を持ったようだ」

 

  なるほどね。どうやらルーミア(幼女)と慧音は生徒と先生の関係らしい。そりゃ慧音に死なれたら困るわけだよ。

 

  さて、火神がやらかしたことに一悶着ついたところで。

  私はもう一度慧音にやつの居場所を聞いてみることにする。

 

「ねえ慧音。もう一度聞くけど、赤い瞳と白い髪を持った女の子の居場所を教えて」

「……だめだ。さっきのやつがいる以上、私はお前を完全に信用するわけにはいかない」

「いや、さっきはただ接触の仕方を間違えただけであれでもいいやつ……いいやつ? ……そう、いいやつなんです! それにあいつも同じ髪や目を持ってることに、関係性があるとは思いませんか?」

「……たしかに、共通点はあった。まさか彼女の父親……いや、それは死んだという話だ。となれば、親戚か何かか?」

「そうです!それです!」

 

  完全な嘘っぱちである。

  そもそも火神は妖怪、あいつは元人間。種族が違う。

  しかしそんなことは話さねば気づかないようで、慧音はあっさりとそれを信じたようだ。なら仕方ないと言って、懇切丁寧に彼女の居場所を教えてくれた。

 

「あいつは今迷いの竹林に住んでいる。役に立つ情報はすまないがそれくらいしかない。なんせ自力じゃ私だって行ったことないのだからな。後はお前たちだけでどうにかしてくれ」

「ありがとう。助かったよ。じゃあね、慧音」

「ありがとなのだー」

 

  なんだ、灯台下暗しとはこのことか。竹林なら最近行ったばっかだし、永夜異変の時に巡り合わせが良ければ会えてたんだね。まあ火神とかはその時いなかったからまた来ることにはなっただろうけど。

 

  慧音が視界から消えた瞬間に明るい笑みを消して冷酷な表情を浮かべるルーミアを引き連れ、里を出て行く。外ではすでに火神が待っていたので、このまま目的地まで直行することになった。

 

 

  ♦︎

 

 

  そして竹林の中を進んでかれこれ数十分が経つ。

  忘れてましたわ、ここの特徴。傾斜やら霧やらのせいで絶望的に迷いやすいんだった。

 

「だぁぁぁぁぁ! 全く学習できてねぇぇぇぇ!」

「……どーすんのよこれ。一応脱出は簡単だけど、これじゃあ目的地にたどり着くのにどれだけ時間がかかることやら」

 

  唯一この竹林に行ったことがあるくせに対策なしで突き進んでしまった私を責めてか、ルーミアの冷たい視線が突き刺さる。

  あーそうですよ!? 悪いですか!? 私だって間違えることぐらいありますもん!

  ……もはや逆ギレである。

 

「俺に良い案がある」

「もうだいたい想像はつくけど言ってみ?」

「ここの竹全部燃やす」

「アホかいな!? お前以外の全部が燃え尽きるわ!」

 

  そもそも竹は燃えやすいうえに、下手に高温で炙ると中の空気が膨張して爆発を巻き起こしてしまう。それが何万回も連鎖して起これば……お察しの通りとなる。

 

  しかしそんなサイエンティックな話が火神に理解できるはずもなく、私のことを無視して手に炎を宿し始めた。ちょ、やめろ、やめろォォォ!

 

「縛道の九十九『禁』!」

「離せコラァ! 離せェ! 見渡す限りの竹、竹、竹! 頭がどうにかなっちまいそうだ!」

「もうすでになってるから安心しろって! ルーミアも死にたくなかったら手伝え!」

 

  地面に手を押し当てて術式を発動させる。すると二つの分厚くて黒いベルトのようなものが火神に絡みつき、次に現れた無数の釘が突き刺さって固定することで彼を拘束した。

  しかしそれでも悲しきかな。九十九番の鬼道でも火神を抑えるには力不足だったらしい。ブチブチと徐々にベルトが引きちぎれていく音を聞いて、慌ててルーミアに救助要請の声を張り上げた。

 

「もう、仕方ないわねっ!」

 

  ルーミアも能力を『闇を操る程度の能力』を発動する。幸いここは竹の天蓋で覆われており、彼女の力となり得る影がそこら中にある。周囲のそれらを操り、私が発生させたベルトに覆い被さるように、黒い鞭が火神を縛り上げる。

  しかしそれでも……。

 

「だぁぁぁぁっ!! しゃらくせぇ!」

「おいおいマジですか……あれでもダメなのかよ」

「言ってる場合じゃないでしょ!? さっさと退散するわよ!」

 

  一瞬光が火神の体から漏れたかと思うと、次の瞬間、それはとてつもない轟音へと変わった。

  おそらくは大規模な爆発が火神を中心に起きたのだろう。幸い爆発は私やルーミアの術式の拘束のおかげで最小限で済んだが、その代わりにそれらは全て消滅してしまっていた。そして残ったのは炎を体に纏う火神のみ。

 

  こりゃ本格的にまずいぞ! シャレにならん!

  このままの雰囲気じゃ火神が何もしなくても竹に火が燃え移り、爆発してしまいそうだ。そしてそうなったら悪夢の始まりである。

 

「ちょっと楼夢、アンタもあれと同格ならなんとかしなさいよ!」

「無茶言うな! 私が本気を出したら出したでここが消滅するわ!」

「じゃあどうすればいいのよ!?」

「そんなこと言われても……ん?」

 

  ふと、竹林の奥で動くなにかを私の目が捉えた。

  白い毛並み……うさ耳。そうか、あいつだ!

 

「おい火神! いい案があるから火を止めてくれ!」

「……あ? んなもんあるんだったらさっさとしろよ」

「わかってるって。そのためにはルーミア! あそこにいる野うさぎを拘束してここに持ってきて!」

「……なんだかよくわからないけど、わかったわよ」

 

  私の声が聞こえてしまったのか、うさぎはそこから逃げ出してしまう。でも問題ない。ルーミアは影を伝ってうさぎの近くに移動すると、それを拘束してすぐにこちらに引きづり渡してきた。

 

「ひぃぃぃぃっ!! なんで毎回毎回こんな役割なのぉ!? 今回なんもイタズラしてないのにぃ!」

「……おい、この腹を壊しそうなうるさい野うさぎはなんだ?」

 

  散々野うさぎって連呼してたけど、もちろん彼女は妖怪である。

  名は因幡てゐ。永遠亭の永琳の弟子であり、ここいらの兎のまとめ役だ。

  性格はイタズラ好きでズル賢い。故にこの竹林を定期的に見回っては、遭難者を罠にかけて遊んでいるのだとか。しかし今回はその竹林を歩き回っても迷わないマップ力が役に立つ。

 

「ヤッホー、てゐ。早速だけどさ、白い髪に赤い瞳の女の子がここにいるって聞いてるんだけど、案内してくれないかな?」

「へんっ。無理やりか弱い少女を誘拐するやつに誰が……」

「別に今日の晩飯が兎鍋になっても構わないのよ?」

「……はい。すんません。調子乗ってました」

 

  うん、比較的平和に交渉が終わったね。

  てゐの案内のおかげで火神の怒りも徐々に鎮火していってるようだ。これでもう竹林を焼き払うなんていう狂行に走ることもないだろう。

 

  てゐの案内は正確的だった。

  道無き道のはずなのに彼女は迷うことなく先頭を歩いていく。それどころか、途中に仕掛けてあった罠数十個を全て覚えている始末だ。よしんば彼女自身が仕掛けたものだとしても、いったいどういう暗記能力を持っているのやら。この竹林を迷わずに歩く秘訣を聞いてみたところ、一万年以上程度ここに住んでたら慣れるものらしい。

  ……おい幼女、お前何歳よ?

 

  そんな疑問があったけど、ようやく目的地にたどり着くことができたようだ。

  目の前にはえらく酷いボロッボロな木造の小屋がポツンと立っている。いや、あれじゃあ置かれてるって言われても違和感がない。

 

「それじゃあ私はもう行くからね! あばよ!」

 

  そう言い残して、てゐはまさに脱兎の如くこの場から去っていった。

  しかしそれを気にするものは誰もいない。みんな、この小屋の中にいる人物の気配に集中している。

 

  火神が先頭に立ち、扉らしきものの前まで歩いていく。そして—–—–。

 

「おらよぉっ!」

 

  —–—–豪快なヤクザキック! 会心の一撃! 扉は木片へと変化した!

  その時の轟音によって目覚めたのか、中から素っ頓狂な少女の声が聞こえてくる。

 

「うぉっ!? なんだ敵襲か!? 輝夜か!?」

「残念、全て外れだ」

 

  寝起きなのか、半目で定まらぬ視界のまま、声が聞こえた向きに向かって少女の拳が振るわれる。しかしそれは火神の左手によってあっけなく掴まれることになる。

  そこで気づいたようだ。今目の前にいる人物の正体に。

 

「げっ、し、師匠……っ!」

「よぉクソガキ。遊びに来たぜぇ!」

 

  戸惑いの表情を浮かべる少女に、挨拶がわりの炎の拳が打ち込まれた。

 

  そう、今全身を炎に包まれて死亡した少女。

  彼女こそが大妖怪、火神矢陽の一番弟子、藤原妹紅。私たちが探していた人物だった。





「タイトル通り、まだ永夜抄編は終わりませんよー。ああ、今年中にはこの小説も完結すると思っていたのに……。作者です」

「テメェが過去に妙なフラグを立てまくったせいじゃねぇか! 狂夢だ」


「さて、多分これが今年最後の投稿になると思います」

「本当にこの小説いつ終わるんだ……? 正直言って文字数だけでアクセス稼いでる気がするんだが」

「安心してください。私もうすうす気づいていたことです。でもまあ以前から言っている通り、エンディングまではちゃんと考えられていますので失踪の心配はないと思いますよ?」

「とはいえ、まだ永夜抄で足踏みしてんだろ? いくら最新の原作までやらないとしても長すぎるぜ」

「やっぱ原作キャラ登場させすぎたのが原因ですかね。ウキウキと初期時代を書いてた私をぶん殴りたいです」

「そのせいでストーリーに辻褄が合わなくなって今後の展開の修正を六、七回ぐらいしたんだっけか」

「昔は『長い方がいい』ってことで超古代から始めたわけですが、真面目に書いてみると馬鹿げてますね。スケールがデカくなると書いたストーリーも大雑把にしか覚えてられませんし、何よりキャラ管理が難しすぎる」

「まあ、来年からは今年よりかは活動しやすくなるだろうし、気張っていこうぜ」

「はい。来年も『東方蛇狐録』をよろしくお願いします!」


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火神矢師匠の罰ゲーム

 

 

「……あ、死んだ」

 

  そうルーミアは声を漏らす。

  妹紅の首から上は火神の拳の威力が強すぎたのか消滅。残った体は慣性の法則に従って火だるまになりながら吹っ飛んでいき、小屋の壁に大きな穴を空けて外へと吹っ飛んでいった。

 

「—–—–って、やべっ! 今の衝撃で小屋が崩れそうになってる!」

 

  急いで『形を操る程度の能力』を発動。床に散らばった木片たちは独りでに壁に空いた大穴へ飛んでいき、それを塞いでいく。まるでビデオテープを逆戻しにしているかのような光景だった。

 

  しかし……。

  妹紅の手作りなのか、ずいぶんずさんな設計である。明らかに素人の仕事っぷりだこれは。

  妹紅は雨風がしのげればいいのかもしれないけど、これじゃあ客人が来ただけで壊れちゃいそうだ。なのでせっかくだし、あとで直してやろう。

 

  と、穴を塞ぎながらぼんやりと考えていると、妹紅が再生を済ましたらしい。痛そうに頭を抱えながらまだ完全に塞がってない穴をくぐってこちらに入り込んでくる。

 

「あー、いてて。師匠の拳はやっぱ痛いなぁ」

「たるんでる証拠だ。前のお前ならとっさに自爆かなんかで反撃出来てたはずだ」

「あ、どっちにしろ私は死ぬんですか」

「そりゃ当たり前だ。なんせ俺の拳なんだから」

 

  妹紅は寝起きで殺されたことを根に持っているのか、ジト目で火神を睨みつけている。しかし火神はどこ吹く風でそれを全く気にしていなかった。

 

「……んで、なんで師匠がここに? というより、そちらのお嬢ちゃん方は誰?」

「あら、口の利き方に気をつけた方がいいわよ?()()()()()

 

  妹紅の言い方が気に入らなかったらしく、ルーミアはいつもの幼女形態を解いて本来の姿に戻ると、挑発するようにそう言い返した。

 

  いきなり幼女が女性に、しかも自分を優に超えるプロポーションを持っている姿に変わったことに、妹紅は目を丸くして驚く。

  それを見てルーミアは『勝った』とでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

「な、な、な……!?」

「改めまして、私はルーミアよ。火神の()()をやらせてもらっているわ」

 

  そう言ってルーミアは火神の腕に絡みついた。

  おおっ、たわわな胸が押し付けられていい目の保養に……あ、無理矢理引き剥がされちゃった。

 

  しかしそんな火神の対応でも、弟子である妹紅はそれが照れ隠しであることを見抜いたらしい。「まさか、あの師匠に彼女ができるなんて……」と思わず火神の前でつぶやいてしまって、拳骨を頭に落とされた。

  ……まあ、気持ちはわからんでもないが。

 

「いつつ……! んっ……?」

 

  痛みをこらえるためにうずくまっているうちに、何かに気がついたらしい。

  涙目のまま妹紅が次に注目したのは、私だった。

 

「桃髪に黒い巫女服……まさか、お前って……!」

「おー、よく気がついたね。—–—–正解、俺だ。」

 

  変化の術を解いた瞬間、黒い煙が私から吹き出す。

  そしてトーンが落ちた声とともに中から本来の姿へと戻った()が出てくる。

 

「ふぅ……。今の姿もいいが、やっぱり俺はこっちの方が似合うな」

 

  久しぶりに元に戻ったせいか、若干違和感のあった首を捻るとゴリッ、ゴギッ、という音が鳴った。おそらく筋肉が硬くなってしまっているのだろう。

  まあ、そのうち慣れていくと思うし、仕方ないか。

 

「よう、久しぶりだな妹紅。変わりがないようで何よりだぜ」

「変わるも何も蓬莱の薬のせいで変わりようがないじゃんか」

「それもそうだな」

 

  妹紅には申し訳ないけど、あまりに正確なツッコミに思わず笑ってしまった。

  それをおちょくられていると思ったのか、彼女は若干ムスッとした顔になるが、それはそれ。気づかないふりをして、マイペースに話を進める。

 

「それで? この家には客人をもてなす茶も座布団もないのか?」

「ないよ。というかこの小屋にそんなものが置いてあると思う?」

「……マジかよ。てことはこの小屋が本当にお前の家なのかよ」

 

  小屋内は四人入ると狭苦しく感じるくらいで、キッチンはもちろん、家具や置物は何にも置かれていなかった。

  おいおい、いくら妹紅が不老不死でもこの生活は酷すぎるだろ。もう一人のワガママ姫と比べて、こいつには生を楽しんでる様子が微塵も感じられない。そのことに呆れていると、彼女の方から声がかけられてきた。

 

「まあとりあえず座りなよ。積もる話もあるだろうし、何もないけどここで立ってるよりかはマシだと思うよ」

「そうだな。んじゃ遠慮なくくつろがせてもらおうか」

 

  言うが否や、俺たちは床へ座り込む。そして最後に妹紅があぐらをかいたところで、雑談が始まった。

 

  まあ話と言っても、そのほとんどがくだらない昔話ばかりだ。あのころはどうだったか、どうしていたのかなどとひたすらくっちゃべってっていく。

  もちろん、会話の肴である酒といったものはここには存在しなかった。しかしそれではあまりに味気ないという理由でいつもの酒を出すと、妹紅はまるで奇跡の水でも飲んでいるようにそれを味わい、口々に美味い美味いと呟いてくる。

 

  はぁ……。この様子じゃこいつ、酒すらも滅多に飲んでないんだろうな。この分だと飯もロクに食っていないのかと心配になってきたぞ。下手すると修行僧とかよりも質素な生活をしているかもしれない。

 

  まったく、これじゃあ慧音が心配しすぎて過労死してしまいそうだ。保護者というか責任者とでも言うべき人物はそのことにすら気づいておらず、呑気に酒呑んでるし。昔っから人の世話が苦手だったとはいえ、責任くらいは持って欲しいものである。

 

  そんな風に過ごしていると、話が一段落つくころには日がすっかり暮れてしまっていた。外は来たころより薄暗くなっており、小屋の設計が下手なせいか隙間風がピューピュー吹いて来て若干寒くなってくる。

 

「ん? どうしたんだ楼夢。そんなに震えて」

「この欠陥住宅のせいだ。何で室内なのに外とほぼ同じくらい寒いんだよ」

「寒いって、大げさな。このくらい耐えられなくてどうするんだ。なあ師匠?」

「全くだ。最近鈍って来たんじゃねえか?」

 

  そりゃ普段体から火を噴き出してるせいで温度の影響を受けないお前らは大丈夫だろうよ! でもこっちはそんな特殊な訓練積んでないんだよ!

 

  唯一共感してくれると思っていたルーミアは火神に密着することで寒さをしのいでいた。

  ジーザス! 味方はこれで誰一人いなくなった!

 

「だけどまぁ、この小屋も建ててから軽く百年は経つからなぁ。そろそろ建て替えるべきか」

「むしろこのオンボロ小屋でどうやって百年も持ったんだよ」

「オンボロ小屋って……。一応私が作ったんだけどなぁ……」

「うん、知ってた」

 

  なんで師匠同様に戦闘以外のセンスが壊滅的なのかねぇ。やはり似なくてもいい部分も似てしまうのが師弟ってことなのだろうか。

  まだ改善できるうちに真面目そうな慧音にコレの面倒を見て欲しくなって来たよ。

  ちなみに火神は手遅れです。だってあいつ友人関係狭いうえにそのほとんどが家事できないんだもん。えっ、一人は残ってるからいいじゃんかだって? やだよ、俺はこいつの世話なんざ死んでもごめんだ。

 

「そういえばガキ、俺がやった石はどこにあるんだ?」

「げっ……!? それはそのぉ……はい、失くしました……」

「あぁっ?」

 

  石? へぇ、火神が贈り物とは珍しい。

  もっとも、妹紅はそれをどうやら失くしてしまったらしい。

  それを聞いた火神の表情がさらにガラの悪いものに変わった。あーあ、目つきだけで人殺せそうな顔してるよ今。

 

「ち、違うんだよ! これはその……そう輝夜だ! 輝夜のせいで失くしたんだ!」

「おいおい、いくら宿敵とはいえ、自分の失態を擦りつけるのは良くないぞ」

「いやホントだって! あいつと殺りあってたらいつのまにか消えてたんだよ! 絶対あいつのせいだって!」

 

  あ、輝夜とはもう殺し合ってたのか。というか不老不死同士の戦いってどうなるんだ?

  一応その時のことを聞いてみると。

 

「決着つくわけないじゃん。殺しても殺しても蘇ってくる。全く、ゴキブリのようなやつだよあいつは」

「うわっ、なにその不毛な戦い。というかゴキブリの話に関してはお前にも言えるだろ」

「私をゴキブリ女と一緒にするな!」

 

  正直な感想言ったらなんかキレられた。

  多分だけど輝夜にこれ言っても同じような返事が返ってくるだろうなぁ。両方見てきた俺だから言えるんだけど、似てるんだもんこいつら。

 

  んで、その後ふてくされた妹紅に色々聞いてみたところ、しょっちゅう永遠亭に出向いては決闘をしてるらしい。

  いや仲良いなお前ら。

 

「まあなんにせよ、友達ができてよかったな」

「誰が輝夜と友達だ! 誰が!」

「いや、俺は慧音のことを言ってたんだが……なんで輝夜のことなんて思い浮かべたのかな?」

「おっ、おちょくるなぁっ!」

 

  妹紅の炎を纏った渾身の蹴りが俺に繰り出される。

  しかしさすがは本来の姿だ。スローモーションに見えるそれを掴むと、勢いをいなすようにしてそのまま後方へ投げつける。

  後はもう物理法則に従って、妹紅は壁と激突して大穴空けながら外へ放り出された。

 

「ん〜、ちょっと温くなったんじゃねえか? そう思うだろ火神」

「……確かにな。これはちょっと気合い入れてやる必要がありそうだ」

「ケホッ、ケホッ……へ?」

 

  悪い笑みを浮かべて、俺と火神は勢いよく外へ出る。ちゃっかりその衝撃波で小屋がバラバラに壊れるが、もう面倒くさいからいいや。知ったこっちゃない。

 

「きゃあああああああっ!?」

 

  あれ、中にまだ一人取り残されてたっけ?

  ……まあいいや。

 

「ああああ! 私の家が!」

「後でそこのピンク大工が何倍もいいものに建て替えるから安心しろ。それよりも妹紅、石をなくした罰も兼ねて、ちょうどいい暇つぶしだ。俺と弾幕ごっこしろよ」

 

  おい、誰がそんな約束した!

  と言おうとしたけど、流石に家がないのは可哀想だ。しょうがない、今回ばかりは友人のよしみでタダで建ててやろう。

 

  さて、そんなこんなで参稼報酬が決まったところで。

  肝心の妹紅はまだ表情が引きつってる。

  まあ当然か。弟子ならば火神の実力なんざ嫌という程分かってるだろうし、フルボッコにされるのは目に見えてるからな。

 

「……ちなみに、もし断ったら?」

「四肢全部削いだ後に肉片にしてコンクリートに詰めてやるよ。その場合はテンプレ通りに東京湾に沈めてやっから安心しろ」

「全然安心できない! ああもうわかったよ! やるよ、やります!」

 

  ああ、死んだなあいつ。いや戦わなくても死んじゃうからこうするしか道はないのだけど。

  とりあえず骨は拾ってやっから安心しろよー。

 

  そんな呑気なことを考えていると、ふと私は思い出した。奴らがもっとも得意とする弾幕の種類を。

  火神矢陽、二つ名『炎の悪魔』。

  藤原妹紅、二つ名『激熱! 人間インフェルノ』。

  ……だめだ。こいつらがやり合ったら竹林が焼滅する未来しか見えない。

 

  というわけで結界を発動し、ここら一帯を隔離することにした。

  本来の姿になった俺の結界なら、火神の弾幕ごっこにも耐えられるだろう。

  ちなみに結界は透き通っており、外からでも中の様子が覗けるようになっている。後はポップコーンと炭酸飲料を巫女袖から出せばあっという間に大アクション映画を見ている気分に早変わりだ。

 

  ……ん、妹紅がなんか叫んでるような……?

  『ここから出せ』だと? お断りだ。

  というかあいつ弾幕ごっこが始まったら適当に逃げるつもりでいたのか。だから結界で隔離された今、あんなに焦っていると。

  まあどうせ逃げようが逃げまいが辿る道はみんな一緒なんだ。大人しく今日のところは死んでおいてくれ。

 

「んじゃ始めるぜェ……俺流の『弾幕ごっこ』をな……」

「クソッタレ! こうなればもうヤケだ! せめて一太刀でも入れて死んでやる!」

 

  かくして、少女にとって圧倒的に不利な戦いが今始まろうとしていた。

  頑張れ妹紅。負けるな妹紅。君の未来は明るい! ……たぶん。

 

 






投稿遅れてすみません。熱が出てしまい、数日は小説が書けませんでした。次回はもうちょっと早く投稿したいと思います。


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大炎上の外側で

「『フェニックスの尾』!」

 

  様子見もなしにいきなり妹紅のスペカ宣言。開始直後にできる一瞬の隙を突こうと、腕でなぎ払うようにして大量の炎の弾幕を横に広く繰り出す。

 

  しかし、火神はそれにまったく動じることはなかった。むしろ凶悪な笑みを深めると、同じようにしてスペカを取り出し、

 

「群符『ヘルスタンピード』」

 

  それを宣言した。

  すると火神の周囲に大小様々な魔法陣が数十にも渡って浮かび上がってくる。その中から召喚したのは種類を問わぬ、炎で形作られた獣たち。それらは咆哮をあげながら妹紅の炎を喰いちぎり、そのまま彼女の首めがけて飛んでくる。

 

「このっ、いい加減に……!」

 

  イラついて腕をなぎ払おうとして、彼女は気づく。その両腕が炎の獣によって完全に固定されてしまっていることに。

  無防備になったその隙を火神が見逃すはずもなく、すぐに彼から指令が送られて、残った獣たちは妹紅めがけて突撃。そしてそのまま彼女もろとも自爆して、竹林に赤い花を咲かせた。

 

 

  ♦︎

 

 

「相変わらず派手にやってるな」

 

  時は遡って数分前。

  妹紅が炎の弾幕を、火神が炎の獣をそれぞれ呼び出したところで、思わずそんな感想が漏れる。

  だが、これの直接衝突は妹紅の方が不利だろう。あっちの方が炎の密度が高いし、何よりもまるで本物の獣のように動き回る分、迎撃することが難しい。

 

  ふと、思考に陥っていると、後ろから何かが近づいてくる気配を感じる。なんとなく嫌な予感がしてとっさに右に避けると、突如先ほどまで俺が立っていた場所に黒い剣が突き刺さった。

 

  あ、危なかった……。完璧に殺す威力だったぞあれ。

  こんなことするやつは一人しかいない。犯人を推測しながら、ゆっくり後ろを振り返る。そこには—–—–。

 

「今度という今度は許さないわよ……! 覚悟して微塵切りにされなさい!」

 

  闇のオーラ的なものを全身から溢れさせながら、怒り狂うルーミアの姿があった。

  おおう、すごい殺気だ。心臓悪いやつなら視線だけで殺せるんじゃないだろうか。

  まあとりあえず、こういう時にすることは一つだ。

 

「全力で逃げる!」

「逃すか! 死ね!」

 

  音速を超えてその場から離脱しようとする俺。しかしルーミアはあらかじめこのことを予想していて、攻撃する前に罠を張っていたらしい。行く手を阻むように、影の剣山が地面から次々と突き出てくる。

 

  仕方がないので抜刀。からの斬撃。そうして目の前に立ち塞がる全てを両断して、なんとかルーミアの罠地帯を突破する。

  しかしルーミアも中々諦めてはくれないらしい。影と影の間を行き来して、私についてこようとしてくる。

 

「まったく、ただ生き埋めにされただけじゃねえか!? 器が小せえぞルーミア!」

「生き埋めの意味を辞書で調べてきなさいよ! このピンクヘッド野郎!」

「そもそもあの程度の小屋の崩壊に巻き込まれるやつの方が悪いんだろうが! 油断しすぎだボケェ!」

「なんの言葉もなく壊す方が悪いでしょうが! 常識学んできなさいよ!」

 

  幼稚な罵倒とともにルーミアと俺の刃が交差する。まさかこの馬鹿に常識を説かれる日が来るとは。そういうのは日頃の行いを振り返ってから言ってほしいものである。

 

  火神と妹紅とは別で、今ここに俺対ルーミアの勝負の幕が切って落とされた。とはいえ、一瞬で片はついたのだが。

 

「俺に剣術で勝てるわけねえだろうが。だからテメェは馬鹿なんだよ」

「弾幕ごっこで勝負しなさいよ! ああもう、服も血と土で汚れて最悪だわ!」

 

  とは言うものの、最初に殺す気で仕掛けてきたのは明らかにこいつである。まあ流石に約十回ほど斬撃を叩き込んだ俺にも非があるとは思うが。

 

  ルーミアもこれ以上傷は負いたくないのか、恨みのこもった視線を送るだけで精一杯になった。

  と、振動で体が震えるほどの轟音が結界内から鳴り響く。どうやらあっちも一度目の被弾があったようだ。どちらが、などとは見なくてもわかるだろう。

 

  だが、俺はこの時、竹林の奥から何かが走ってきているのに気がついた。

  遠くでは砂煙がはっきりと目視できる。これほど力強い走りは人間には無理だろう。となれば妖怪か何かか?

 

  やがて砂煙どころか地面を踏んだ音さえ聞こえるような距離まで来たところで、これの持ち主の姿が明らかになる。

  緑がかった白い髪。頭部に生える二つの角。明らかに知らない妖怪のはずなのだが、どこか既視感があった。何か、何か一部分が変わればわかるような……。

 

「妹紅ぉぉぉぉぉお!!」

 

  結界内で戦っている少女の名を叫んだのは例の妖怪。

  だが、今ので空いていたピースが埋まり、彼女の正体がわかった。

 

  あれは上白沢慧音のワーハクタク化した姿なのだ。竹林に引きこもっている妹紅を知っている人物など数少ないため、それがすぐにわかった。

 

  でもまずいな。あいつ、俺の結界に攻撃していやがる。

  おそらく中の妹紅に用があるのだろうけど、仮に突破なんかしてみろ。その時点で火神の逆燐に触れて即お陀仏だ。一応慧音程度じゃ壊せない強度とはいえ、万が一もありえる。

  仕方ないが、俺は彼女を止めるためにすぐそばまで移動して声をかける。

 

「無駄だ。お前に壊せるようなやわい結界じゃねえよ、それは」

「く、この結界はお前が張ったものなのか……!? 妹紅を仲間に襲わせて、何が目的だ!?」

「まあ落ち着けって。茶でも入れてやっからよ」

「誰が敵の差し出す茶など飲むか!」

 

  ん? あれ、慧音もしかして俺の正体に気づいていない?

  今一度彼女を見てみる。明らかに俺に対して敵意剥き出しにしており、どう見ても知人に見せる表情ではない。

  まあ考えてみれば当たり前か。最近は初見で見破ってくれるやつが多いから忘れてたが、幼体化の俺と今の俺とじゃ姿だけでなく雰囲気や声のトーンもだいぶ異なる。出会ってまだ付き合いが浅い慧音に見破れと言うのも酷な話だろう。

 

「……再三の忠告だ。結界を消してそこを退け。でなければ痛い目を見るぞ」

 

  そう言って彼女は懐からあるものを取り出す。

  なるほど、スペルカードか。正しい選択だ。俺の張った結界を壊せなかった時点で力量差は明白。なればこそ、妖力量に関係なく対等に戦えるはずの弾幕ごっこを選択したのだろう。

  伊達に教師をやってないというわけか。一瞬で決断する思考力しかりで、これはかなりの強敵だ。

 

  —–—–もっとも、それは俺がいつもどおりだったら、の話だがな。

 

「いいだろう。受けてやる。スペルは三、残機は二だ。異論はないな」

「ああ。こっちも急ぎたいのでな。それでいい」

「そうか……それなら、さっさと死に急いでろ!」

 

  弾幕ごっこが始まった。

  まずは様子見を—–—–って!?

 

「新史『新幻想記—–ネクストヒストリー—–』!」

「いきなりスペカかよ!?」

 

  開始直後で油断している一瞬の隙を突いてのスペカ宣言。

  そして慧音の周囲に規則正しく魔法陣が展開され、彼女自身の弾幕と相まって赤と青の雨あられが生まれ—–—–。

 

 

  —–—–る前に、その全てが両断されていた。

 

「……な—–—–!?」

「ボケっとするなよ。……これで一つだ」

 

  撃ったばかりなのに、自身の目の前で二つに分かれた赤の弾幕群。そもそも魔法陣から出現することすらできずに消えた青の弾幕群。それらが朽ちていく様を見て、慧音の思考は停止する。

  そして気がついた時には、俺に背中に手を押し当てられていた。

  そこからなんの威力もない一つの弾幕が放たれる。そしてゼロ距離で着弾。慧音の体を揺らす程度のダメージしか入らなかったが、それでも被弾は被弾だ。

 

  慧音もこれでようやく気づいたらしい。単純な妖力量やテクニックじゃ覆せない、実力の差を。

 

  そうだ。いくら弾幕ごっこが人間と妖怪などの地の力に優劣がある者同士が戦うために生み出されたものだとはいえ、その平等性には制限がある。

  元々の身体能力。これはいくら弾幕の威力を下げたところで縛れないものの一つだ。

  天狗ならまだしも、音速どころか光速に匹敵する速度で移動することができる俺に弾幕を当てるのはほぼ不可能だ。だからこそ、俺は勝負を楽しむためにこの姿を捨てているのだ。

 

「だから諦めろ。たとえお前が束になってかかってきたところで、俺には勝てねえ」

「くっ……! これほどの実力……貴様、何者だ!?」

 

  おっと、それを聞いてくるか。

  うーむ、どうしようか。ここで本名名乗ったら流石に慧音に正体が気づかれちまいそうだな。

  いや、ちょうどいい名前がそういえばあったな。話題にはなってしまいそうだが、この幻想郷に新しい衝撃を入れるためだと考えよう。

 

「外の世界にはこんな言葉がある。『なんだかんだで聞かれたら、答えてあげるが世の情け』ってな。それになぞって答えてやろう。俺の名は産霊桃神美(ムスヒノトガミ)! この世で最強の妖怪だ!」

「なんだと……!? お前が、あの……!?」

 

  神名を聞いた途端、慧音の表情がだんだんと青ざめていくのがわかる。

  おーおー、俺も有名になったものだ。しかしこの反応を見るに破壊の化身みたいな扱い受けてる俺なんだが、一応は縁結びの神なんだよなぁ。主に神奈子と諏訪子のせいで。そこらへんのイメージダウンが神社の参拝客に影響が出ないかは心配である。

 

「だが……私は逃げるわけにはいかない! 妹紅を必ず助けてみせる!」

 

  今の言葉で気がついた。

  そうか、慧音は妹紅が得体の知れない野郎に襲われていると思ってるんだ。だからこそ、実力差がわかっていても引き下がらないのだろう。

  正直俺も彼女と戦うメリットはないし、それならなんとか平和的解決に……は、無理そうか。なんせついさっき火神が妹紅を一回休みさせちまったからな。悪役っぽいノリの名乗りと相まってイメージは最悪だろうし、俺の言葉なんざ聞いてはくれないだろう。

 

「……仕方ないか。それじゃあ先手は譲ってやる。それで十分満足してから眠ってくれ」

 

  俺は構えを解いて、あえて無防備な姿を彼女に晒す。

  一番効率の良い勝利方法はこのまま高速で突っ込んで慧音を斬ることだろう。しかしそれではあまりにも味気なく、面白くない。

  なにより、こんなに相手側は盛り上がってるんだ。ならば散りざまはせめてド派手にしてやろうじゃないか。

 

「『日出づる国の天子』!」

 

  来たか、ラストワードが。

  まず放たれたのは無数の赤と青のレーザー。そのうちのいくつかが俺の上下左右を通る。

  レーザーの種類はその場に長時間残るタイプのようだ。これによって、レーザーはまだ継続されており、俺は狭い空間に閉じ込められてしまった。

  そして迂闊に動けなくなる状況を作り出したところで、自機狙いの弾幕を放ち直接当てるって寸法か。

  なるほど、初見ならだいたいのやつがこれで倒れるだろう。だが、それでもやはり俺には届かない。

 

  あえて正面から突き進む。前に進めば進むほど両端のレーザーとの間隔は狭まっていくが、体が二つ分入るくらいの隙間があればそれでいい。

  赤と青の光で埋め尽くされた視界の中でも俺の足が止まることはなかった。ほんの数センチ左右に移動しながら前へ、前へ。チリチリと服が焦げていくが、まるで弾幕の方から避けていくように、当たらない。

 

  慧音との距離はもう一メートルもない。刃を振るえば届く距離だ。しかしそれは同時に、避けるスペースが最も狭い場所とも言える。

  最後の弾幕。それを上からの切り下ろしで消し去る。そして手首を返して止めの一太刀。

 

「楼華閃『燕返し』」

 

  霊力を纏った刃での切り上げが、彼女の胴体を切り裂く。

  ただし、赤い花が咲くことはない。

 

「ぐっ……!うぅ……」

「安心しろ、峰打ちだ。妹紅の友人を切り伏せるつもりはない」

 

  小さく嗚咽を漏らす慧音。最後まで抵抗しようと俺に手を伸ばしてきたが、それっきりだ。糸の切れた人形のように彼女は気を失い、重力に従って地面へ落ちていこうとする。

  その前に彼女を片手で抱き抱え、丁寧に地面に下ろしてあげる。

 

  結界内はまだ戦闘が続いてるようだ。今もなお結界の内側では燃え盛る炎が暴れまわっていた。いくつもの火柱が噴き出すその様は、まるで太陽の表面を近くで見ているように感じさせてくれる。

 

「ったく、あいつら……見境なく暴れ回りやがって。結界張ってる俺の負担ぐらい考えろよ」

 

  しかしそんな凄まじい光景を目にしても、俺の口からはそんな感想しか出て来てくれない。妹紅を心配する気持ちも、何も浮かびはしない。

  ただただこのくだらない遊びが早く祈ることぐらいしか、今の俺の頭の中にはなかった。

 

 

 



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師匠と弟子の決戦

 

「オラよっ! 死にたくなけりゃさっさと蘇ることだな!」

「もうすでに死んでるんだけど!?」

 

  一枚目のスペカで妹紅の体を爆破したにも関わらず、間髪入れずに彼女に炎の弾幕が迫る。

 

  開始前からうすうすと気付いてはいたが、これは明らかに弾幕ごっこではない。それを模したデスゲームだ。

  そもそも基本的に相手を殺さないのが原則の弾幕ごっこであり、あの威力は異常過ぎる。見た目は少女とはいえ、長年の時によって磨き上げられた妹紅の体を一撃で粉砕したのだ。妹紅以外が当たればどうなるかなんてのは、説明するまでもない。

 

  しかし火神がそれを改めることはない。

  こういう時こそ妖怪の賢者の出番だと思うのだが、今のところ援軍が駆けつけてくれる気配はない。というか楼夢が張った白い結界のせいで外の様子がさっぱりわからない。

  楼夢が張った結界は特殊なもので、外からは透き通って見えても内側からじゃ何も外の景色がわからないという仕様になっている。しかし今の妹紅には、そんなことは知る由もなかった。

 

  炎が地面に着弾し、途端に火柱が噴き上がる。

  反撃で妹紅も炎の弾幕を繰り出すも、相殺すらできない。一方的に押し負けてしまう。

  ならばと背中から不死鳥を模した炎の翼を生やし、スピードで撹乱しようとするも、それすらもあっさりと追いつかれてしまった。火神の背中には格の違いを表すかのように妹紅のに似ていて、なおかつそれ以上に巨大な翼が六つ生えていた。

 

  舌打ちしつつ、状況を脱するために自分の周囲を爆発させて煙を発生させる。それが煙幕代わりとなり、妹紅の姿を完全に隠蔽してくれる。……と、思っていた。

  爆風が吹き荒れた。

  もちろん火神の仕業だ。

  煙はそれによってかき消され、妹紅の姿が露わになってしまう。

  そこに狙い澄ましたかのような炎弾が殺到。間一髪逃れるも、爆発によって彼女の体は吹き飛ばされ、生えていた竹に背中を打ち付ける羽目になる。

 

  同じ炎使いなのに、ここまで明確な差が出るとは。

  パワー、スピード、テクニック。全てにおいて火神は妹紅より優れている。

  認めよう。勝ち目はもとよりないと。

  しかし、だから無抵抗になぶられていいというわけではない。

  こうなれば、せめて一太刀。妹紅の無様さに高笑いしている師匠の顔に泥を塗ってやろう。

 

「蓬莱『凱風快晴—フジヤマヴォルケイノ—』!」

 

  炎の弾幕を爆発させることで、広範囲を巻き込むことのできるスペカ。

  もちろん、これだけで火神に当たるとは彼女自身思っていない。実際火神は爆発を爆発で押し潰すことで、スペカを無効化している。

  しかしそれで十分だ。おかげで彼はスペカを意識せざるを得なくなった。

  この機を逃さず、一気に接近しようと翼で空気を力強く叩き、加速する。

  その際に弾幕などは放っていない。生半可な攻撃など絶対に当たらないとわかっているからだ。

  そんな無敵に見える火神に唯一ダメージを通せそうな技。それは——。

 

「っ、自爆か!?」

「ご名答。そして死ね!」

 

  気付いたとしてももう遅い。火神との残り数メートルの距離を縮めるため、妹紅は思いっきり手を伸ばし——。

 

「魔弾『マルチプルランチャー』!」

 

  ——しかし、彼の手元に握られた拳銃から放たれたレーザーを見て、急いでその場を飛び退いた。

  危なかった……。もし回避に専念せずにこのまま突っ込んでいたら、間違いなく腹を貫かれていた。見ただけでも、それほどの威力と速度をあのレーザーは持っている。

 

「見ない武器だ。新しく外の世界で仕入れたのか?」

「その通りだ。ふっ、わざわざ骨董品のコイツを高値で仕入れた甲斐があるぜ」

 

  コルト・パイソンがベースとなっている魔銃。そこから放たれるレーザーは、魔理沙のマスタースパークをも上回る威力を持っている。

  そんなものが間髪入れずに連射される。妹紅も発動中のフジヤマヴォルケイノで対抗しようとするが、いかんせんパワーが足りない。爆発すらも貫いて、数十もの閃光が妹紅へ迫る。

 

  いくつものレーザーが妹紅を通り過ぎ、その度に彼女の体から僅かな血が飛び散る。持ち前の野性味溢れる勘でなんとかグレイズさせることはできたのだが、攻撃の威力が高すぎるせいで少しでも当たったらその時点で皮膚が剥がれ落ちてしまった。

  しかしそこはさすが不老不死。焼け焦げた肌も瞬く間に再生していく。

 

  だが、このままではジリ貧だ。この連射もいつかは止むのだろうが、それまでに妹紅が立っていられる保証はない。というか、このままだと確実にいつか被弾してしまう。

  そうなれば動くしかないのだが、現状火神に最も有効な技は自爆。それ以外は絶対にとは言い切れないが、当たらないと思った方がまず良さそうだ。

  しかし問題は、この連射のせいで火神に近づけないということだ。下手に前に出たらそれこそ蜂の巣を食らってしまう。

  まずはあの銃をどうにかしなければ。しかしここにあるのは炎と竹と結界のみ。

  ……いや、一つあるじゃないか。使えそうなものが。

 

  まだ焼き払われていない無事な竹の一つを掴み、思いっきり力を込める。ここの竹は通常よりも高く、その分重いのだが、あいにくと妹紅は普通の人間ではない。ミチミチという音を立てながら、根っこについた土ごと竹が引っこ抜かれる。

  そして狙いを定め、それを思いっきり——。

 

「どえりゃあああああああっ!!」

 

  火神へとぶん投げた。

  数十メートルもの物体が火神へ迫ってくる。しかし彼に焦りはない。冷静に淡々と銃口を竹へと定め、引き金を引こうとする。

  しかしその時だった。妹紅は火神よりも早く炎の弾幕を生成すると、なんとそれらを自らが投げた竹に向かって射出したのだ。

  竹は熱せられて、火神の目の前で爆発。耳を塞ぎたくなるような轟音を出しながら、煙と大量の破片を飛び散らす。

 

  必然的に火神の視界は潰れ、目の前が真っ白に染まってしまう。

  これでは照準を定めることはできない。

  しかし、ならば煙を先ほどのように吹き飛ばせばいいこと。そう判断し、魔力で術式を作ろうとしたところで。

 

「『フェニックス再誕』ッ!」

 

  煙を突き抜けて、炎を纏う不死鳥と化した妹紅が突進してくる。

  それに若干驚いたものの、チャンスと見たのか銃口を定め、火神は引き金を引く。そして二、三個ほどの閃光が不死鳥を貫いた。

  だが……。

 

「まさか……耐久スペルか!?」

 

  不死鳥は力強く鳴くと、体に空いた穴を一瞬で再生させてしまった。

  今の妹紅はどんなに被弾してもゲームオーバーになることはない。いわゆる一種の無敵状態というやつになっている。

  さらに間の悪いことに、火神のスペルカードの制限時間がここでちょうど終了してしまった。これで先ほどのように巨大レーザーを乱射することができなくなった。

 

「ちぃっ、クソッタレが!」

 

  スペカを発動させようとするが、間に合わない。

  火神との距離はおよそ数メートル。それが一気に縮まろうとしたところで——。

 

 

  ——煙のように、一瞬で火神の姿がその場から消え去った。

 

「え……?」

 

  突然のことに呆然とする妹紅。耐久スペルは無敵になる分制限時間は短いので、そこで彼女のスペカは消えていく。

 

「残念だったな。まあ、俺にこいつを使わせたんだ。褒めてやってもいいだろう」

 

  ふと、妹紅の頭上からそんな声が聞こえてきた。

  しかし振り向こうとした時には遅かった。突如上から降ってきた赤い光でできた鋭利な刃物が、妹紅の首を切り落としたからだ。

 

「断頭『ギロチントンべ』。三枚目が終わった時点で負けだったとは思うが、まあおまけだ。ありがたく受け取っておけ」

 

  嬉しくないわ……! と薄れゆく意識の中でそう叫ぶ。

  短期間に復活しまくったせいか、妙に眠くなってくる。そして目を閉じた瞬間、彼女の意識は闇に呑み込まれていった。

 

  こうして、師匠対弟子の戦いは師匠の圧勝で終わった。

 

 

  ♦︎

 

 

「はいどっせーい!」

「もががっ!? ブホッ!?」

 

  お、空中から滝みたいに水を叩きつけてやったらやっと目覚めやがった。

  現状をあまりよく理解できてないのか、しばらくキョロキョロと辺りを見渡す妹紅。しかしその視界の先に火神の姿を見つけたことで、ようやく何が起きたのか思い出したらしい。清々しい笑みを浮かべながら、地面に転がって脱力する。

 

「はぁ〜……。結局、一発も当てられずに終わったのかぁ。なんか悔しいな」

「まあ伝説の大妖怪はそう甘くないってことだ。もっとも、今回はずいぶん酷い醜態を晒したようだが」

「……ちっ」

 

  ああ、やっぱり自覚あったのか。露骨に挑発してみても、火神は舌打ちするだけで突っかかっては来ない。

  それを不思議に思ったのか、妹紅が俺に問いかけてくる。

 

「醜態ってどういうこと? 別に師匠の動きはそこまで悪くなかった気がするんだけど」

「途中まではな。だが最後のやつは避けきれないと判断して、あの野郎はある能力を使ったんだよ」

「それが私の『闇を操る程度の能力』よ」

 

  火神はあの最後のスペカの時にとっさにこれを使い、影を移動して攻撃を避けたのだ。

  そしてそれは火神自身の力ではこれを避けることができないと認めたことと同等の意味になる。

 

「ここ迷いの竹林は影だらけだからな。もし火神があれを乱発していたら、きっと視界じゃ捉えきれなかったと思うぜ」

「うへぇ……そんなもの使われてたら、たしかに勝ち目ないわ」

 

  火神は俺ら伝説の大妖怪の中でも特にプライドが高いやつだ。どうせルーミアの能力は使わないとかいう縛りを自分で設けていたのだろう。じゃなければ、いくら遊んでいたとはいえここまで長続きしない。

 

「んで、ルーミアの能力を使ってまで勝ちたかった人から言うことはないんですか?」

「ぶち殺すぞテメェ……!」

「上等だコラ。こちとらつい最近死線を乗り越えたばっかなんだ。ベッドで運動する以外基本寝て食うだけのやつに負けるかよ」

「ハッ、死線ねぇ。ただ博麗の巫女にボコボコにされただけじゃねぇか。情けねぇ」

「お前も負けたことあるだろうが!」

「三回も負けてるやつと比べてんじゃねぇよ! 次やったら余裕で勝つわ!」

「んだとゴラァ! 俺の霊夢が弱いって言いてえのか!?」

「弱いかどうかはテメェ自身で調べてやるよ!」

 

「ん……っ! ここは……?」

 

  あわや一触即発と言った雰囲気の中、眠りから覚めるものが一人。

  先ほど俺に気絶させられた慧音である。

  寝起きと同時に凄まじい殺気を浴びたせいか、顔が青白くなってしまっている。

 

「……ちっ、悪いが話は後だ。まずはこいつに状況説明してやらねえといけねえ」

「……好きにしてろ」

 

  その言葉で熱が冷めたのか、火神はそう言うと背を向けてここから離れていく。

  あの野郎、慧音に関してのことを俺に全部押し付ける気か! と引き止めようとするが、よくよく考えたら火神いない方がやりやすいんじゃね? と思い、伸ばした手を引っ込めた。

  まあこっちには慧音と親しいらしい妹紅もいるし、いざとなったらこいつに全部押し付けるか。

  面倒ごとのドッジボールは伝説の大妖怪ではよくあることです。

 

「お前は……産霊桃神美(ムスヒノトガミ)……」

「よし、どうやら意識は無事戻ってきたようだな。ほれ、慌てずともお前の探してる妹紅は無事だ」

 

  落ち着いて説明している俺とは逆で、妹紅は倒れている慧音を見た瞬間、若干怒りを込めた目つきで俺を睨みつけてくる。

  ああ、そういえばこいつに慧音が追ってきたこと話してなかったな。とはいえ攻撃してきたのはあちらだし、俺は悪くないと信じたい。

 

「おい楼……ムゴゴッ!?」

(バカヤロウ、本名で呼ぶんじゃねえ! 神名で呼べ神名で!)

「ぷはっ……! わかったよ……。それでトガミ、なんで慧音がここにいるんだ?」

「それは本人から説明してもらった方が早いだろう」

「いまいち状況は飲み込めないのだが……わかった。状況を整理するためにも話そう」

 

  そこから語られたことはだいたい俺の予想通りだった。

  つまり、妹紅が心配でここに来たらしい。

  まさか迷いの竹林を自力で突破してくるとは驚愕ものだ。いやマジで。経験者は語ると言うが、あそこ俺ですら迷ったんだからな? これも友情のなせる技とやらなのかね。

 

  閑話休題。

  それでようやく目的地にたどり着いたと思ったら、そこにはボロボロになっている妹紅と、それをした張本人の馬鹿といかにも悪党っぽい登場の仕方をした俺がいたらしい。

  そっから主張が合わずに衝突。そして今に至るわけだ。

 

「いい友人を持ったな、妹紅」

「ちょ、やめろって! 恥ずかしい!」

「……さっきから気になっているのだが、トガミ殿と妹紅はどう言った関係なんだ? 敵対しているようには見えないのだが……」

「あー、昔の友人だよ。昔のね」

「それでは、あの白髪の妖怪は?」

「……師匠だよ。一応の」

「……へっ? え、えええっ!?」

 

  目を丸くして妹紅と火神を見比べる慧音。

  おーおー、驚いてる驚いてる。

  まあ殺し合っていた奴らが実は師弟でしたなんて冗談だと思うわな。あの気性の荒い火神なら特に。

  予想通り、慧音はさっきの弾幕ごっこについて追求してきたが。

 

「あれはちょっとした遊びだよ。どうせ死んでも蘇るし、手加減はいらないだろ?」

 

  という言葉で、慧音はそれ以上聞こうとするのを諦めたようだ。

  というか今度は悲しそうな表情になった。

  ああもう、頭が固そうなこの人に妹紅が気楽に死ぬなんて言うから……。喜怒哀楽が激しくて意外と面倒くさいなこの人。

 

「妹紅、簡単に死ぬなんて言っちゃダメだ。お前は平気かもしれないが、私はそんなお前を見ているのが辛くなる」

「え、ええ……そんなこと言われても……」

「おい、イチャつくならあっちでやれよ。俺はお前のせいでこれから忙しくなるんだから」

「イチャついてない! それと、忙しくなるって?」

 

  その言葉に疑問符を頭の上に浮かべる妹紅。

  はぁ、全くこいつは……。

 

「弾幕ごっこ終わったら家建ててやるって約束しただろうが。ったく、なんで俺がこんなことを……」

「それ私悪くないじゃん!? トガミたちが勝手に壊したんでしょ! なんで私文句言われてるの!?」

「うるさい役立たず。作業の邪魔だ、散れ」

 

  家を建てること自体は一日でできる。ただその日はほぼ建築にかかりっきりになるだろうから嫌いだ。故に俺が建物を作ることは滅多にない。

  そんな俺が作ってやると言っているのだ。もうちょっと感謝してほしいものである。

 

  まずは家だったものの残骸の処理だ。

  これはもう本当に一瞬で終わった。

  だって家具も何もないし、素材の木も適当に選ばれたものだから燃えやすい。だから高火力の炎をぶつけて一気に炭へと全部変えておいた。

 

  こういうのぐらいは火神も手伝えよ。くそ、呑気に竹を背に居眠りしやがって。

  その点慧音はすぐ俺を手伝おうと駆け寄って来てくれた。そしてもう一人の方は来てくれなかった。

  師匠共々、彼女に道徳というものを学んでこいよ。

 

「トガミ殿、何か手伝えることは……」

「そうだな。釘がないから買って来てくれ。ついでにそこの馬鹿も連れてってくれると助かる」

「おいトガミ、私は人里が苦手って……」

「と言って引きこもってた結果があの家じゃねえか。お前はもうちょっと人間というものを学んでこい。というわけで慧音先生、引きずってでもいいからよろしく」

「わかった。さあ行くか、妹紅」

 

  慧音は妹紅の襟首を後ろから掴むと、彼女を本当に引きずって竹林の奥へと消えていく。

  断末魔が聞こえてくるが無視だ無視。そのうち妹紅の声も小さくなって来たので、おそらく観念したのだろう。今日の外出で多少は外に興味を持ってくれるといいんだが。

 

  まあ妹紅の心配はさておき、今は建築が先だな。

  幸い、木材なら周りに腐るほどある。

  そう、竹だ。たとえ加工が難しいと言われていても、俺の『形を操る程度の能力』なら簡単に建材へと変化させることができる。

  設計図はいらない。その程度の計算なら脳みそだけで十分できる。とりあえず片っ端から竹を狩ることでスペースを作り、なおかつそれらを建材へと利用していく。

  それが終わったら、後は脳内で組み立てた設計図を元に建材を置いていくだけ。釘がないから固定はできないが、そこは術式でなんとか固めておく。

  すると、わずか数時間で家の完成だ。

 

「うし、ある程度できたぜ……って、あいつらもう帰ったのかよ。仮にも弟子の住所なんだから見てけよって話だ」

 

  どうやら火神とルーミアは俺の建築に飽きてしまったらしい。気付いた時には彼らの姿はもうなくなっていた。

  仕方がないので、そこらの地面に座り込み、妹紅たちを待つことにした。

 

 

  ♦︎

 

 

  人里が嫌いだった。

  いや、ここで指しているのは幻想郷にある特定の人里のことではない。そもそも人が集まる場所が嫌いだった。

 

  不死になってからかれこれ千と数百年。

 

  最初の三百年は人間に嫌われ、身を隠して生活していた。この時点で私はもう人間というものに見限りをつけていたのだろう。しかし、内なる孤独だけは抑えようがなかったのを覚えている。

 

  次の三百年はこの世を恨み、妖怪だろうがなんだろうが敵対するもの全てを燃やし尽くした。時折感謝されることもあったのだろうが、今の私はそれを覚えていない。なぜならその言葉は当時の私の胸には響かなかったから。

 

  その次の三百年はもはや全てにやる気を失い、ただ淡々とこの世をさまよった。日本全土は回ったはずなのに、何故だか途中で見た景色が思い浮かべることができないのは、その時の私の心の廃れようの表れだろう。

 

  そしてそのまた次の三百年で、ようやく宿敵である輝夜と出会うことができた。その数週間はほぼ毎日殺し合った。しかし終わらない。終わるわけがない。なぜなら輝夜も不老不死だったから。

  しかしそれは同時に、復讐する楽しみも永遠に終わらないということだ。

  今は一週間に一度ほどになったが、まあそれでも不満はない。朝起きてタケノコを刈りながら、唯一思考を放棄できる輝夜との殺し合いの日を待つ。それが私の人生だ。

 

  つまり、私には人との触れ合いも必要ないし、なんら意味を持つことはない。

  なのに——。

 

「よう慧音さん。そっちは……ここに初めて来たようだな。ここは問題を起こさなければ誰でも暮らせる良いとこだ。ゆっくりしていけよ」

 

  人里に入る時に、まず門番にかけられた何気ない言葉に驚愕する。

  いや、驚きはここだけでは止まらなかった。声をかけてくる人全てがやたらと友好的だったのだ。

 

「どうしたんだ妹紅? そんなに目を丸くして」

「い、いや、ここの人たちは私の白髪を見ても驚いたりしないんだなって……」

「はぁ……妹紅。ここは仮にも妖怪と人間が暮らす里だぞ? 白髪なんてここの住民にとってはなんも珍しくないさ」

 

  当たり前のことのように慧音はそう説明するが、今までの常識から考えて私にはとても信じられない。

  妖怪だぞ? バケモノだぞ? なぜここの住人は恐れることなく接することができる?

 

  疑問は尽きない。

  しばらく歩いてくと、明らかに妖怪と思われる人物を複数見かけた。

  獣耳、角、翼。どれもこれも特徴が一致しないものばかりだ。しかしやはり郷の人々の目に恐れはない。

 

「なあ慧音。ここが差別とかのない場所なのはわかったけど、もし妖怪が暴れ出したらどうするんだ? 言っちゃ悪いが、妖怪には明らかに性根が腐っているやつもいる」

「心配するな。伊達にこの里の歴史は長くない。そういう場合は私や自警団の連中が対処するようになっているのさ。自警団の中にも妖怪はいるし、多少の荒事ならこれで解決できる。それにここは八雲紫の統治下だ。大事には本人や博麗の巫女が来ることになっている」

 

  なるほど、と一人納得する。

  力にはさらなる力で押さえつける。実に合理的だ。それに幻想郷の管理人を敵に回したいやつなんているわけもない。……三人を除いて、だが。

 

  そうこうしているうちに目的地に着いたらしい。私の家よりも立派な木造の家の戸をガラガラと開けて慧音が中に入っていったので、後に続く。

 

  中は微妙に埃っぽい。入ってすぐのスペースには商品と思われるノコギリや木材などが立てかけられている。どうやらここは工具屋か何からしい。

  奥で慧音がここの主人らしいお婆さんと話している。しかし暇なので、時間を潰すために店内を見回ることにした。

 

  当たり前だが、千年という月日は文明に進化をもたらすものらしい。置いてあるもののほとんどが見たことないものばかりで、私にとってはとても新鮮だった。

  その中でも特に気になるのが、師匠が持っていた銃? という武器と似た形をしている何かだった。L字の角の部分に丸い出っ張りがついており、どうやら押せるようになっているらしい。

  ……押してみたい。

  子供のようなその欲求に逆らえず、私はそれを押してしまった。

 

  すると、なんと聞いたこともない音とともに先端が突如高速で回転し始めたのだ。その振動と音に驚愕して、思わず道具を手から落としてしまう。

  急いで拾おうとした時に、横から慧音じゃない誰かに突如声をかけられた。

 

「ホッホッホ。そいつは電動ドライバー? ってやつらしくてね。河童さんたちの発明品の一つなのよ。正直私にはあまり使い道がわからないけど、回り回ってここにやってきたってわけ」

「へ、へえ……」

 

  声の主は店の店主のお婆さんだった。しぼんだ顔で楽しそうに笑うと、妹紅よりも早くドライバーを拾って、元の場所に置き戻した。

  その後ろでは慧音が釘だと思われるものを大きな風呂敷に包んで担いでいる。どうやら買い物は終わったらしい。

 

「よし、用事も終わったし、帰……」

「これ待ちなされ、そこのお嬢さん」

 

  なんとなくこれ以上お婆さんと話すのが気恥ずかしくなってきて、逃げ出すように私は店から出ようとする。が、救いはなく、お婆さんの方から声をかけられて止められてしまった。

  内心嫌がりながらも振り返ると、彼女は私に二つのものを差し出してくる。

 

「これは飴と……くし?」

「お嬢さん顔は綺麗なのに、髪がずいぶんと跳ねてるからね。女の子なんだし、身だしなみぐらいは整えなきゃ。飴はおまけだよ」

「そうは言ってもなぁ……」

「いいじゃないか妹紅。どれ、私がとかしてやろう」

 

  嫌がる素振りを見せるも、我が盟友には効果がなかったみたいだ。ったく、子供じゃないってのに。泣く泣く彼女に髪を明け渡すことにする。

 

  ……なんだか、人に髪をとかしてもらうなんて恥ずかしいな。貴族だったころは毎日こうして使用人にさせてた記憶があるけど、今となっちゃその時の面影なんてものはありゃしない。

  しかし……久しぶりに昔を思い出せたような気がする。

 

  そんな風に物思いにふけてると、もう終わっていたようだ。弾幕ごっこでボサボサになっていた髪は完璧とは言い難いものの、普通に見れる程度には小綺麗になっている。

  店主も慧音も満足そうにこちらを見ている。が、さすがに長時間視線に晒されるのは気恥ずかしく、か細い声で礼を言うとすぐに店を出てしまった。

 

「まったく……その人見知りはいい加減治しておいた方がいいぞ?」

「ひ、人見知りってほどじゃないだろ……」

「いいや、お前はお前自身が思っている以上にコミュニケーションが苦手だ。さっきも身内じゃ考えられないようなオドオドした態度だったぞ?」

 

  そう言われても……。と言い返そうとしたが、いい反論が思いつかずに閉口してしまう。

  これもまた時が経った証拠というべきなのか。昔はまだもう少しマシだったのかな? と考えもしたが、よくよく考えてみれば貴族のころも隠し子という身分だったためか人と触れ合う機会があまりなかったような気もする。

  ……あれ、ということは私のこのコミュ障は昔からってことになるのか?

 

「まあ、それもこの里でなら治していけるだろう。いいところだろう、ここは?」

「……ああ。たしかに、いいところだ」

 

  ふと、視界に映る里の景色が今はなき故郷の都の様子と重なって見えた。

  賑わう人々。もう夜更けだというのに、いくつもの店が灯をともして客を吸い込んでいる。その中からは豪快な男たちの笑い声が聞こえてきて、聞いているこちらも自然と明るい雰囲気に乗せられてしまいそうだ。

 

  何もかもが同じ。違うことと言ったら、人々の中に妖怪が混ざっているかどうか。

 

  もらった飴を包みから取り出し、口へと放り投げる。

  瞬間、甘さよりも目立つ酸っぱさが私の舌を刺激した。

 

「うげっ、これ塩飴かよ!」

「なんだ妹紅。塩飴は体にいいんだぞ? ただでさえお前は栄養バランスというものが偏っているのだし、吐き出すなんてもったいない真似はするなよ?」

 

  返事をする余裕もない。普段は慧音が言う通り酸っぱいものはあまり食べないのも相まって、舌が乾き始めていくのを直で感じる。

  しかししばらく舐めていくと、ほんのりって甘い味がしてきた気がする。

 

  多量の酸っぱさと少量の甘さ。この飴はまるで私の人生そのものに似ている。

  しかしどんなに辛くても楽しくても、いつかは人生をやり直してみたいと感じる時もあるだろう。

  とりわけ私の舌もこの飴の味には飽きたようだ。勢いよく飴を飲み込むと、近くの居酒屋で水をもらい、それを喉へと流し込む。途端に舌の痛みは消え去り、食べる前の状態へと戻った。

 

「ハハハ! まだお子様の妹紅の舌にはお気に召さなかったか!」

「ふん、どーせ私の体は十代前半止まりですよーだ」

 

  塩飴相手に顔を真っ赤にする私が面白かったのか、慧音は吹き出すようにして笑い出した。それに素っ気ない態度で答えると、そのいじけた様子を見てまた笑われてしまう。

 

  いつか絶対塩飴にリベンジしてやる。

  そんなくだらないことが私の人生の目標に加わろうとしていた。

 

 

  その後、迷いの竹林にてほぼ完成した家を見て慧音が腰を抜かしたのは内緒だ。

  人のことを笑うからこうなるんだと、内心思った。

 





「10000文字突破! 区切ってもよかったけど、そうすると永夜抄編がダラダラ長引くだけと判断して一話にまとめました。作者です」

「余談だが、妹紅の『フェニックス再誕』は原作じゃ耐久スペルじゃないぜ。展開の都合で勝手に変えてしまったのはすまんな。狂夢だ」


「さて、これで永夜抄編は終了です。そしてこれが受験までの最期の投稿になると思います」

「まあ失踪するわけじゃないから、気長に待っててくれよ。どうせ一ヶ月と半分ぐらいには戻ってくるから」

「受験後には、今年こそこの小説の完結を目指したいなぁ」

「まあ後編もあと半分以下しかないわけだし、頑張ればいけるんじゃね?」

「せめてそこは断言して欲しかったですね……」

「そう思うんなら少しでも執筆スピードを上げることだな」


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花映塚編
進撃の花


お久しぶりです。
まずは投稿が遅れてしまったことについて今一度謝りたいと思います。これからはしばらく時間が取れそうなので、積極的に書いていくつもりです。
それでは、本編をどうぞ。


 

  暖かな風が花弁とともに私のほおを撫でる。

  今は春。私が最も好きな季節である。

 

  なんといっても春は桜や梅、そして団子など、私の好きなものが何かと多い。全体的にピンクのイメージだし、同じく、不本意ながらピンクファンキー頭の名で知られている私が親しみを覚えるのも仕方のないことなのだろう。

 

  なのに。なのにだ……!

 

「どうしてこの季節にヒマワリが咲き狂ってんだよぉぉ!?」

 

  美夜が管理する、我が家自慢の枯山水。

  本来なら岩と砂の質素な雰囲気を通わせてくれるそこは、赤、青、黄、紫、白などなどの様々な色の花々によって侵略されてしまっていた。

 

「お、おかしいですね。例年通りならこんなことには……清音、舞花。貴方達、この庭に何か変なことしてないでしょうね?」

 

  この異変に最初に気づいたのは美夜だ。いつも通り手入れをしようとして見に行ってみたら、既にこんなカオスな状況になっていたらしい。そして驚きで張り上げた声に私たち全員が縁側に赴き、こうして緊急の家族会議となってるわけだが。

 

「ちょ、誤解だよ美夜姉さん! いくら術式の実験だからといって姉さんの庭に手を出すほど命知らずじゃないって!」

「同感……美夜姉さん、怒ったら殺される」

「貴方達が私に抱いているイメージが気になりますが……どうやら今回ばかりは嘘じゃないようですね」

 

  うーん、流石にうちの娘たちじゃないか。

  情報を集めてみれば、どうやらこの現象はここだけでなく、幻想郷のいたるところで起きているらしい。

 

  何もなかった場所に、一晩で大量に溢れた様々な季節の花。

  おそらく私と同じように不審に思った全員が、この現象がなんなのかうっすらと理解しているだろう。

  そう、これは紛れもなく『異変』であると。

 

  なるほど、仮に犯人がいたとしても、この時期に異変を起こすのは合理的だ。

  紫はまだ冬眠中だし、人間というのは何かと春になると気が緩みやすくなる。そこを狙って、なんの目的かは知らないがこんな異変を起こしたのだろう。

  おまけに火神は現在ルーミアを連れて外の世界へ出張中だ。なんか、今現在外では戦争の真っ最中なのだとか。

  ほんと、山に芝刈りに行く感覚で人殺しに行くなよなって話。

 

  さてと、閑話休題。

  実を言うと私、この異変を起こせそうなやつを一人知ってるのよね。ただ、性格が面倒くさいんで現状会いたくなかったわけだけど。

  まあ居場所もなんとなくわかるし、ここは霊夢を待たずにささっと解決してくるか。というかあいつに可愛い霊夢を合わせたら、どんな傷物にされちゃうかわかったもんじゃない。

 

「そんなわけで、早速異変解決に行ってくるよ。みんなは留守番よろしくね」

「何が『そんなわけ』なんですか……。まあ、何か考えがあるのかもしれませんが、一応どこに行くのか聞いても?」

「——『太陽の畑』にだよ」

 

  その名前を聞いた途端、美夜のみならず清音や舞花までもが露骨に嫌そうなな表情を浮かべた。

  うわっ、あいつめっちゃ嫌われてるじゃん……。大方私がいなかった時に喧嘩でも吹っかけに来ていたのだろう。じゃなければうちの娘たちのこの表情に説明がつかない。

 

「まあ安心して。ちゃちゃっと首謀者ぶん殴って戻ってくるだけだから。それじゃあね」

 

  それだけ言い残すと、私は自らの意思で飛翔し、白咲神社を離れて行く。

 

 

  ——しかし私は気づいていなかった。そのすぐ後に、紫の式である藍が来訪して来たことに。

 

 

  ♦︎

 

 

「楼夢様はいるか?」

「ああ、父さんなら今さっき異変解決に出向いて行きましたよ」

「ああ、遅かったか……。実はだな、この異変は……」

 

 

  ♦︎

 

 

  空から見下ろした幻想郷の景色は格別だった。

  統一性のない花たちが辺り一面を埋め尽くしており、ここまで混沌としていれば逆に美しく見えて来てしまう。できればしばらく止まって眺めていたいぐらいだ。

  しかしそんな余興を異変は許してはくれないようだ。

 

  ふと、前方の複数の影。

 

「……また妖精? いくら自然の力が活性化してるっていっても、これは多すぎでしょ……」

 

  私の進路を塞ぐように現れたのは、可愛らしい羽を背中につけた幼女——つまりは妖精たちだった。

  実は、私はもうすでに数十もの妖精たちと戦っている。その矢先にこれとなれば、正直面倒くさいと言う他ない。

  おまけに妖精たちも強化されているようで、弾幕ごっこが素人に毛が生えた程度には強くなっているのがこれまた厄介だった。

 

「やっほー!」

「遊ぼー!」

「はぁ……氷華『フロストブロソム』」

 

  きゃーきゃーと言う可愛らしい断末魔とともに、氷の薔薇の爆発に巻き込まれていく妖精たち。

  うん、やっぱ妖精相手にはスペカ使った方が早いね。次からはこれを使っていこう。

 

「あやや、これは酷いことをしますねー。……って、あっぶなっ!?」

「……ちっ、一匹逃したか」

 

 うっとおしく隣で飛んでいた虫めがけて刀を振るうも、それはすぐに回避されてしまう。

  ちっ、無駄に素早い。さすがは天狗といったところか。

 

  あたふたしながら持っていたカメラを点検する少女。

  世間ではマスゴミと称される天狗、射命丸文だ。

 

「いきなり刀を振るわないでくださいよー。カメラが割れたらどうするんですか」

「いっそお前の頭蓋骨ごと割れたらいいのに」

「あやや、こりゃ辛辣ですねぇ……」

 

  やれやれという風に肩をすくめる彼女に、また殺意のボルテージが上がる。

 

  私が、いや幻想郷の住民のほとんどがこの駄天狗を嫌っているのには理由がある。

  こいつは人の建物などに不法侵入しては写真をバシバシ撮り、それを証拠としてあることないこと自分の新聞に載せて幻想郷中に配る癖をしているのだ。

  実際私や娘たちもこいつの被害に遭ったことがある。特に私に関しては、私の正体をさりげなく匂わせるように書いてるから趣味が悪い。問い詰めても『あくまで噂です』とか言ってしらばっくれることもあるから、その時はぶん殴ってやったよ。

 

  そんな幻想郷三大不幸の象徴にランクインしそうなやつが目の前にいる。気が滅入ってしまうのも仕方のないことだろう。

 

「それで、今回はどんなデタラメを撮りにきたの?」

「デタラメではありません! これは予測です! 私は近々起こる恐ろしいことを、事前に皆さんにお伝えしているだけにすぎません!」

「駄目だこりゃ。話が通じないわ」

 

  ああ。あの生真面目で出来る女というイメージだった文はどこに……。

 

 

「また酷い目に遭わされたい? て言ってもやめないんだろうねどうせ」

「ええ。危険を恐れてはジャーナリストなどやってはいられませんから」

「はぁ……。もういいよ。さっさと今回の要件を言って私の前から消え去って」

「それでこそ楼夢さんです。では許可が下りたので今から取材に入りたいと思いまーす」

 

  そう言って、気色悪い笑みを浮かべる射命丸。

  思わず殴りたい衝動に駆られそうになるけど、我慢我慢。

  彼女はメモ帳を左手に、もう片方の手に握っていたボールペンをマイクのように私へ突き出してきながら質問してきた。

 

「ではズバリ! 今回の異変の首謀者は誰だと思いますか?」

 

  うおっ、いきなり地雷来たぞ!?

  ここで下手に答えれば、こいつの中で今回の異変の首謀者はソイツに決まってしまう。しかもご丁寧に誰の推測かわかるように絶妙にぼやかしながら付け足して。

  これが話の通じるやつだったらまだいい。後日必死に謝罪しに行けば相手も許してくれるだろう。しかし今回の異変で最も首謀者候補として有力なのはあのU(アルティメット)S(サディスティック)C(クリーチャー)なのだ。答えた瞬間に奴が神社に殴り込んでくる姿が容易に想像できる。

  この腹黒天狗もそれがわかってるからこそ、こうして嫌がらせな質問をしてくるのだ。

 

「首謀者? そんなもの博麗の巫女にでも聞けばいいんじゃないの? 少なくともただの中級妖怪に話す内容じゃないと思うな」

「ですから、立場など関係なく、予測をですね……」

「そうだねぇ……。もしかしたら妖精のせいかもしれないね。力をつけた彼女たちが幻想郷中に花を咲かせた、ていうのが私の予想かな。これでいいでしょ?」

「はぁ……本音が聞きたかったんですけどねぇ。やっぱそう甘くはいきませんか。……まあいい、次です!」

 

  まだ聞くのかよこいつ……。

  ブツブツ文句を言いながらも、メモをしていく射命丸。私がネタ提供してる側なので、文句を言われる筋合いはない気がするんだけどな。

  そしてあらかた書き終わると、再びペンのマイクを突きつけ、次の質問が飛んでくる。

 

「では、今あなたは何をしているのですか?」

 

  お、まともそうな質問が来たな。

  これなら普通に答えても大丈夫だろう。

 

「それは異変を解決するためだよ」

「なるほど。では次の記事の見出しは『博麗の巫女なんざ要らねえ! 異変解決は私一人で十分だ! 謎の妖怪少女現る!』に決定ですね!」

「全然大丈夫じゃなかった!? 」

「それでは、アリュー」

「ちょ、おい、ふざけんなよマジで!」

 

  気がついた時にはすでに遅く、文は自慢のスピードでここから文字通り消え去っていた。

  くそ、追いかけても捕まえてもいいけどそれじゃあ異変解決に時間がかかっちゃう。それじゃあ意味がない。

  落ち着け私。あくまでも目的を忘れちゃいけない。

  霊夢より先に首謀者の元にたどり着き、異変を解決する。そんでもって可愛い孫娘をあのキチガイから遠ざける。

  悔しいが、それを成すためには文に構ってる暇じゃない。

 

  結局、泣く泣く私は文の追跡を諦めることにした。

  しかし同時にもう一つの目標が上がった。

 

  ——次会ったらぶっ殺す。

 

  その思いを胸に抱いて、私は一人空を飛ぶのであった。





「お久しぶりです皆さん! 帰ってきました! 作者です!」

「誰もお前のことなんて知らねえよ。狂夢だ」


「というわけで、復帰早々新章スタートです。ブランクが空きすぎたせいか、少し文章力が落ちていると思われますが、それは今後で今一度鍛えていきたいと思うので、これからもどうぞよろしくお願いします」

「新章は花映塚か。作者はプレイしてないから詳しくは知らないんだっけか」

「はい。私が今まで書いた章から今後書く予定の章の中で、唯一プレイしてないのが花映塚なんですよね。だから今章は文字数が少なめになるかもしれませんね」

「まあせいぜい今のうちに花映塚の勉強でもしておくんだな」

「勉強が終わってもまた勉強……嫌なループですね……」


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鈴蘭畑の毒人形

 

 

 

 

  なんの変哲も無い森の中をかなりの速度で進んでいく。

  いや、何もないわけはないか。今回の異変の例に漏れず、森の中には不統一な花々が咲き誇っていた。

  やはり森の中ということで自然の力が強いせいか、ここにはやたらと大きいサイズの花が咲くようだ。今もなお、進路を塞ぐ植物を切り落とさなければ進んでいけない。

 

  射命丸と出会った後、私は空を飛んでいると妖精たちに見つかりやすいと判断し、地面を進んでいくことを決定した。そしてそれは結果的に正解だったといえよう。

  私が地に足をつけることを選択してからは、こっちが一方的に敵を発見することはあっても、妖精たちに私の姿が見つかることはなかった。

 

  正直言ってこれだけでもかなりの利益だ。今の私の体はスペカを数十数百放てるようなスペックはなく、かといって勿体ぶっていては時間がかかってしまう。おまけに今日の討伐目標はなんといってもあいつなのだ。妖力は出来るだけ温存しておくに限る。

 

  そんなことを考えていると、奥の方の木々の隙間から光が差し込んできているのが見えた。

  よし、この森を抜ければ太陽の畑まではもうすぐ……のはず。確信を持てないのは、私が今地図などを所有しておらず、うろ覚えの記憶のみで進んでいるから。

 

  いやだって仕方ないじゃん。基本私は人里と博麗神社にしか行かないし、異変解決の時も霊夢が大抵先導してくれてたんだから。

  ああもう、こんなことなら勢いで出て行かずに家の地図でも持っていくべきだったわ。

 

  そんな愚痴を呟きながら、森の出口の前に生えていた巨大茨を一閃。

  そして眩しくなった視野とともに広がる眼前の光景に、私は思わず目を見開いた。

 

 

  そこにあったのは、視界一面を埋め尽くす大量の鈴蘭。それらが緩やかに盛り上がった丘に咲いていた。

  森にいた時は植物に覆われていて気づけなかったのだけど、どうやらここは小さい山の頂上となってるらしい。

 

  ——綺麗な鈴蘭畑。だが、ここじゃない。私が探してるのは太陽の畑だ。

  そう己に言い聞かせ、ここを立ち去ろうとしたそのとき。

 

  ふと、なにかが鈴蘭畑の上を浮遊しているのが見えた。

  妖精……? いや、違う。小さな少女のような姿をしているようにも見えたが、どっちかというとあのサイズはまるで小人だ。それが、鈴蘭畑の中を潜っては飛び出してを繰り返している。

  まるで、私を誘っているようだ。

 

  今度こそ、好奇心が自制心を上回ってしまい、私は小人を追いかけるために鈴蘭畑に飛び込んだ。

  草をかき分け、前へ進んでいく。

  手で触れるたびにチクチクとした痛みが走るが、それも我慢。

  前へ、前へ。

  そして無意識に小人へ手を伸ばしたところで、私は胸の奥からせり上がってくるような痛みとともに、我に返った。

 

「あれ、私はなにを……ゲホッ、ゴホッ!? ……これは……!?」

「うふふ、引っかかった引っかかったー!」

 

  思わず地面に膝をつく私の背後から、そんな無邪気な声が聞こえてくる。

  体が、痺れる……!

  動かしにくくなった首に力を込め、後ろを振り向く。

 

  そこにいたのは、先ほど見た小人によく似た少女だった。

  短い金髪に、蝶結びで結ばれた赤いリボンをつけている。黒をベースとした洋服と赤いロングスカートの組み合わせは、私の巫女服とどことなく親近感を漂わせてくれる。

  しかし普通なのはそこまでで、少女が醸し出す紫のオーラは異常とししか言いようがなかった。

 

「ふふ、知ってる? 鈴蘭の花には毒があるんだよ?」

「それくらいは知ってるさ。だけど、それは触れれば即座に反応するタイプのものでも、体を麻痺させるタイプのものでもないはずだよ?」

「半分せいかーい。たしかにあなたを蝕んでいるのは毒だよ。でも、それは鈴蘭の毒(スーさん)じゃない。私の毒よ」

「なるほどね……毒を作り出す能力ってことか……」

 

  今度こそ正解、とでも言うように少女は微笑む。そして私の前に回り込んで、その人形のように小さな顔をグッと近づけてきた。

 

「ねえ知ってる? 人間って毒で動いているらしいよ? なら、鈴蘭畑に捨てられた人形が毒で動くのも、自然の摂理と思わない」

「あなたは……もしかして付喪神なの?」

「さあ? 私はここ無名の丘で生まれた毒人形、メディスン・メランコリー。それしかわからないわ」

 

  金髪の少女——メディスンは私がもう満足に動けなくなったのを確認すると、口を三日月のように歪ませて笑う。その肩の近くには、先ほどの小人が無表情でフワフワと浮遊している。

 

  なるほどねぇ。どうやら私は罠にかけられたらしい。

  まず、この辺りに精神に作用する毒がばら撒く。それで幻術のように、毒にかかった者があの小人を追いかけようとするにように誘導し、鈴蘭畑の中にさらに強力な麻痺毒を撒いておく。あとはご覧の通りだ。彼女はこうやって、ここに訪れる者を襲って暮らしているのだろう。

 

  ——だけど……残念でした。

 

  震える手で腰につけてある瓢箪を抜き取り、思いっきり上にぶん投げる。回転しながら上昇していくそれにかかった遠心力で、蓋がどこかへと飛んでいった。

  あとは簡単だ。空を見上げるようにして、口を大きく開く。その中に瓢箪からこぼれた酒が落ちてきて、重力に従い私の体の中に注がれていく。

  そして全て飲み終えるころには、私の体から毒が消滅し、さらには肉体が変化して余りある力が体の奥底から溢れてきた。

 

「なっ……!?」

「あらよっとッ!!」

 

  私が急に動けるようになったのを見て、目を見開くメディスン。

  その一瞬が命取りだ。

  鬼と化した私の拳が彼女の腹を捉え、そのまま鈴蘭畑の中へとぶっ飛ばす。

 

  毒が時として薬となるなら、私の酒も薬の一つだ。

  鬼が持つマジックアイテムの一つに『茨木の百薬枡』というものがある。なんでも呑んだ者のありとあらゆる病気を治して体を健康にする代わり、呑み過ぎると鬼化してしまうという能力を持ってるのだとか。

  そしてここまで話せばお察しの通り、私の鬼神瓢はその枡の力も持っているのだ。

  さすがは鬼神である剛がくれた品物だ。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

「今のは手加減したものだよ。次は本気でやる……って言いたいところなんだけど、ここは幻想郷だからね。やるならやるでここのルールで戦ってもらう。——わかるよね?」

 

  巫女袖から山札が組める数のスペルカードを取り出す。

  メディスンはそれを見て、静かに呟く。

 

「……スペルカードルール……」

「正解。カードは三枚、残機は二個。それでやるの? やらないの?」

「……やるわ。私の毒がこんなものじゃないってこと、思い知らせてやる!」

 

  よし、それでいい。仮にも私は幻想郷最大勢力の長。むやみやたらにルールを破っていては、他の人たちに示しがつかないからね。

 

  メディスンは私から数十歩ほど離れた後に、鈴蘭畑の上空へと飛んでいった。おそらくはここの花たちを傷つけないようにという彼女なりの配慮なのだろう。

  流石に私も人の大事な場所を荒らす趣味はないため、大人しくメディスンが待ち構える空へと上っていく。

  そしてその後、メディスンの小人の合図を元に弾幕ごっこが始まった。

 

  同時に私はカードを一つ投げ捨て、宣言。

 

「先手必勝! 氷華『フロストブロソム』!」

 

  カードが淡い光の粒子と化して消えていく。

  そしてその後、巨大な氷の薔薇がメディスンの近くを中心に咲き誇る——ことはなかった。

 

「……えっ?」

 

  戸惑いの声を上げる私。

  そりゃそうだ。きっちり宣言してから術式を練ったのに、スペカが発動しないのだ。

  妖力が足りないとかの問題じゃない。むしろ今は体共々絶好調だ。術式に必要な妖力が足りないなんてこと……ん? 体共々絶好調?

  ……あっ。

 

「……なんだかよくわからないけどチャンス! 毒符『神経の毒』!」

 

  私の真下から、突如花が咲くかのように小さな弾幕群が破裂し、拡散する。

  それらを避けながらも、私はなぜスペカが使えなかったのかを思い出した。

 

  そう、私はメディスンの毒を治すために鬼神瓢に入れてある酒を呑んだのだ。……そう、呑んでしまった。

  その結果、私の体は一時的に鬼神化してしまっている。そして鬼は術式を扱うのが極端に苦手。

 

  つまり、結論から言えば鬼の状態では扱えない術式のスペカを使ったのが、今回の事件の原因なのだろう。

 

「だぁぁぁぁ!? なんで自滅してるんだよ私の馬鹿ぁぁぁ!」

 

  花形に散らばる弾幕を避けながら、一人絶叫する私。

  まずい。非常にまずい。

  この状態で使えるスペカは二つ。『空拳』と『雷神拳』だ。

  しかし雷神拳はさすがにやりすぎだろう。妖力を感じ取った感覚では、メディスンは中級上位程度の実力しかない。いくらスペカといっても、当たりどころが悪ければ死ぬ時は死ぬ。

 

  ということは、私が使えるスペカは実質一枚になったわけだ。

  この不利な状態でどう戦えと?

  おまけに弾幕すら精度がだだ下がりしており、文字通り中級妖怪上位に見合った分の大きさと数しか出てこなくなってしまっている。

  まあ唯一幸いなことは、メディスンが弾幕ごっこを得意としてなかったことか。今の私が言うのも難だけど技術も何もかもが並よりちょっと上という感じ。

 

  まあ何しても、まずはこのスペルを突破することから始めようか。

 

  弾幕が花を形作るように私の足元を中心に拡散する。

  しかし私はそれを見届けると、鬼の筋力を利用した蹴りで空気を蹴って加速し、メディスンへと真正面から突っ込んだ。

  そして眼前まで踏み込んだところで急カーブし、後ろへ回り込む。

  そのあまりの速度に、彼女には私が突如目の前から消えたように見えただろう。

 

「ど、どこ行ったの……!?」

「ここだよ。——鬼技『空拳』」

 

  メディスンが振り返るのと同時に手のひらからスペカを発動。風邪をまとった拳が腹部へと命中し、彼女を数十メートル後ろまで吹き飛ばす。

 

  これで一つ目。

  しかしまだまだこれから。オープニングヒットはもらったけど、これは序盤に過ぎない。

  なんせ彼女にはまだ二つのスペカが残っている。一方の私も形式上では二枚残っていることにはなっているが、唯一使えるスペカは封印しているため実質0枚ということになる。

 

「つっ……! よくもやってくれたわね……! もう許さない!」

 

  人形の顔が忿怒に歪む。彼女の体には地面の上を転がったせいか、土が付着して汚れていた。

  その汚れた手が二枚目のカードを取り出し、宣言する。

 

「霧符『ガジングガーデン』!」

 



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壊刀乱魔

 

 

 

 

「霧符『ガジングガーデン』!」

 

  メディスンは移動しながら小型の弾幕を大量にばらまいてくる。

  だが幸い、その密度は霊夢などと比べるとやはり数段下だ。これならこの体でもなんとか避けれる。そしてできる限り近づいて、弾幕を後一つ当ててやればそれでジ・エンドだ。

 

  ジグザグと急旋回を繰り返しながら前へ進んでいく。

 

  だが、順調なのはここまでだった。

 

  目の前に迫る弾幕を避けようとした時、どこからか突如発生した濃い紫色の霧が弾幕を覆い隠してしまったのだ。

  動揺した私のほおをその弾幕がかすめた。霧に覆われる前に、弾幕を避けようと体を動かしていたことが功を制したようだ。

 

  しかし紫色の霧の被害はまだ終わらない。

  弾幕を避けるのに集中していたため、私は霧を真正面から浴びてしまった。

  そして突如肺から走ってくる、激痛。

 

「まさかこれも……毒……!?」

「正解。そしてその状態でこれを避けれる?」

 

  メディスンの一言で周囲の霧がさらに密度を増していく。

  その中に弾幕が潜り込むことでそれらを隠し、敵に不意打ちを食らわせる。

  それがこのスペルカード『ガジングガーデン』の本領ということか。

 

  霧を吸い込んでしまい、苦しむ私にそれらは到底避け切れるものではなく——。

 

  ——毒が回復したころに、一つの弾幕が私の体に直撃した。

 

「ぐ……!」

 

  腹部に急な熱を感じる。が、逆に言えばそれだけだ。頑丈な鬼の体のおかげで痛みはさほど感じなかった。

  しかしそれはあくまでダメージがあまりなかったと言うだけの話。被弾してしまったことには変わりはないので、私の残機はこれで残り一つとなってしまった。

 

  くそ、この状況はかなり拙いぞ……! こうなるんだったら、相打ち覚悟で突っ込んでおけばよかった。

  しかし後悔先に立たず。つべこべ言っててもしょうがないので、このスペカが使えないという最悪な状況でやれることをやるしかない。

 

「毒符『憂鬱の毒』」

 

  とうとうメディスンの三枚目のカードが切られた。

  現れた弾幕は先ほどのガジングガーデンと少し似ている。

  違う点は先ほどよりも弾幕の量が多いことと、弧を描くように中型弾幕を放ってくるようになったことくらいか。あとは大して違いはないと思いたい。

  厄介なのは、パット見違いがないということであの毒の霧による妨害もあるということ。

  風の術式でも使えれば戦況は一気にひっくり返るのだが、あいにくと術式は何度も言う通り今は使えなくなっている。

  ああ、こんなことなら空拳を温存しておけばよかった……。

  本日二度目の後悔先に立たずである。

 

「ほらほら。霧は当たり判定はないから、遠慮なく突っ込んできてもいいのよ?」

「断固拒否させてもらう! そんな臭いものの中にわざわざ突っ込む趣味はないんでね!」

「……そう。ならお望み通り、弾幕の方でじわりじわりいたぶってあげる!」

 

  メディスンが声を張り上げるのに連動して、周囲の霧がより一層広範囲に広がっていく。

 くそ、中級妖怪のくせになんて量の毒を出してくるんだよ。これも異変の影響だとしたら、随分と面倒くさいな。

 

  私は毒霧も弾幕として認識しているので、必然的に避けるスペースはどんどん小さくなっていく。正直言ってかなりジリ貧だ。鬼の体のおかげで毒に耐性ができているみたいだけど、それでも無効化には至ってない。そして万が一毒を吸い込んで一瞬でも動きが止まったら、その瞬間に私の体は弾幕に呑まれてしまうだろう。

 

  いつもなら頼りになる舞い姫と妖桜(相棒たち)もこの時ばかりは無力だ。刀を抜いたところで鬼の筋力を未だに制御できていないので、簡単な剣術すら扱うことができないだろう。

 

  弾幕の一つが私の左腕を擦り、巫女袖を焼き尽くす。

  もはやここまでか……。

  そう観念し始めていた時、腰につけてある鞘から僅かな振動が走った気がした。

 

  初めは気のせいかと思った。しかしいつまで経っても止まない揺れに、私は観念して視線を落とす。

 

  動いていたのは妖桜の方だった。正確にはその中に宿っている早奈が刀を操っていたのだろうが。

 

  なんだ? 何かを伝えようとしている?

  彼女に話を聞くのは簡単だ。刀を抜いて、名を唱えることで早奈の魂を解き放ってあげればいい。

  しかしだ……。早奈が本当に私に利益のある話をくれるのか? いや、相手はあの腹黒女だよ? 何か企んでてもおかしくはない。

 

  そう深い思考へ陥っていきそうになった私の意識が、肩に弾幕が掠めていったことで現実へと引き戻される。

  そうだ。迷ってる時間なんてどこにもない。

  私は両腕を交差させ、二本の刀を勢いよく引き抜き、叫んだ。

 

「咲きて響け——『妖桜』、『舞姫』!」

 

  右手には桃色を、左手には紫色を。

  舞姫と妖桜。二つの妖魔刀が解放される。と、同時に黒い人魂が妖桜から放出され、私の周りをふわふわと漂い始める。

 

『ふぅ、やっと刀を抜いてくれましたか』

 

  脳内に直接女性の声が聞こえてくる。

  この声は黒い人魂——早奈の魂から発せられたものだ。

  相変わらず耳をくすぐるような妖艶な声だ。油断すれば魅力されてしまい、意識が持っていかれてしまいそう。

  まあ、これを飼いならしてるのは他でもない私なのだから、万が一にもそんなことは起きないのだけど。

 

(というか、別に刀抜いてなくても出て来れたはずじゃないの?)

『今回は刀を抜いてもらうことに意味があったんですよ。それがなきゃ、多分この状況を打破できそうにありませんし』

 

  この状況を打破? しかも刀で?

  何言ってるんだこいつは。私の剣術は今使えなくなってることぐらい知ってるでしょうに。

 

『はい。ですから、剣術を使わなければいいんですよ』

(だから何を……いや、その手があったか)

 

  剣術というのは技術、つまりは科学的理論の集大成だ。

  例えば刀一つで鉄を切ろうとする。もちろん、棒切れのように適当に振ったところで切れやしない。しかしここに誰かが、どのような体制からどのような角度でどれくらいの力を込めればよいと教え、それを実践できるようになれば、たやすく鉄は切れるようになる。

  このように、全ての理論が合わさった時に、誰にでもその現象を起こさせることができるのが剣術だ。

 

  しかし今の私はそんな細かい理論を使わなくても、適当に振るだけでたやすく鉄を切れるだろう。

  それはつまり、何も考えずに剣術と同等のことが行えるということとなる。

 

  まあ単純だが、それ故に熟練の剣士である私じゃ絶対に思いつかなかっただろう。技術というのは取り込めば取り込むほど頭が固くなっていくものだからね。私も例にもれなかったみたい。

 

  うん? まだわかりづらいって? じゃあ、ちょっと見せてあげようか。

 

「そいよっとっ!」

 

  私は今まで構えたこともないような適当なフォームで、刀をブゥン! とフルスイングする。

  それだけで目の前の空間が歪み、空気が切り裂かれた反動で巨大な鎌鼬(かまいたち)が出現してメディスンの毒の霧を分断した。

 

  そのあまりの威力に私もメディスンも目を見開く。

  一回一回刀を振るう必要があるので、弾幕のように数十個も用意できるわけじゃない。だから霊夢や魔理沙のような熟練者には通じないだろう。

  だが、それでもこれなら……。

 

「これは……いける!」

『でしょ? では私は狂夢さんのお世話に戻りますので、健闘を祈っていますね』

 

  それを最後に、黒い人魂は妖桜の中へと戻っていき、姿を消した。

  サンキュー早奈。久しぶりにお前を見直したよ。

  そんでもって……覚悟しろメディスン!

 

「くっ……そんなデカブツに当たってたまるか!」

 

  メディスンの毒の霧がより一層濃くなるけど……無意味だよ。

  私は鬼の腕力を利用して、両手の刀を同時に思いっきり振るった。

  それによって二つの鎌鼬が出現し、次々と霧を分断しては中にある弾幕ごと切り裂いていく。

 

  毒だろうと所詮は霧だ。広範囲にたやすく広げられる分、質量が全くと言っていいほどないのが仇となったね。

 

  ここを勝機と見て、一気に真っ直ぐに私はメディスンへ突っ込んでいく。

  毒も弾幕も、風の刃を止めることはできない。

  これでトドメだ。

  私は白紙のスペルカードに新たな絵を刻みつけると、それを巫女袖から投げ捨てて宣言した。

 

「鬼技——『壊刀乱魔』!」

 

  最後に、私はある程度メディスンには近づき、両手の刀をあらん限りの力を込めてめちゃくちゃに振り回した。

  乱れ飛ぶ数多の斬撃。

  撃ち墜とそうにも、避けようにも、メディスンにはそのどちらの選択肢も取ることができず——鮮血を撒き散らしながら、彼女の体が切り刻まれた。

 

  これによって、私の勝ちが決まった。

 

  メディスンは痛みによって気絶してしまったのか、まさしく糸の切れた人形のように体を重力に任せて落下していった。

  多分、死んではいないだろう。彼女も妖怪の端くれだ。そのうち元気になると思う。

 

  刀を納めたあと、自分の体を観察してみる。

 

  鬼神化はまだ治ってはいない。しかし好都合だ。今のうちにダッシュで太陽の畑まで強行突破してやる。

  強化された今の体なら障害物も関係なしに移動できるはず。つまりは最高速——マッハ数百で走っても大丈夫ということだ。

 

  最後にせめてもの誠意として鈴蘭畑を離れてから、私は大地を思いっきり蹴飛ばし、前へと進んだ。

  瞬間、暴風でもその場で発生したかのような衝撃波が、周囲の全てをなぎ倒す。

  そんでもって爆発的な加速力を得た私を止められる者はおらず、私の足が止まるのは太陽の畑の直前まで着いた時のことだった。






「最近金遣いが荒くなって困っています。受験が終わった影響が出たんですかねぇ。作者です」

「そんなはした金でよく金遣いが荒くなったと言えるもんだな。狂夢だ」


「なあ、なんか最近文字数少なくないか?」

「ああ、それはちょっと理由がありましてね」

「サボりか?」

「違いますよ! 人聞きの悪いなぁ。」

「いやだって今までの半分程度しか書いてないとなると手抜きを疑うほかないだろ」

「そう、それなんですよ。今まで私は平均8000から10000文字くらいの無駄に長い話を時間をかけて投稿していたんですよ。でも受験中に他の作家さんたちのを見ていると少ない文字数で短い間隔で投稿している人が多かったんです。なので私もそれを見習って、少ない文字数でやっていこうかなと思いました」

「じゃあ今回のメディスン戦も?」

「本来なら一話の予定でした。後編は特に弾幕ごっこ描写でちょっと文字数取るから、今の感じで区切って見たらとんでもない話数になりそうですね」

「まあ、話数だけがこの小説の取り柄だからな」

「それ言われるとつらいなぁ……」


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USC再臨

 

 

 

 

  そこは、妖怪の山をちょうど反対に進んで随分経ったところにあった。

 

  見渡す限り、花、花。しかもそれらが全て向日葵というのだから驚きである。

  前にここへ行ったのは何百年前の話か。たしかあの時は輝夜の頼みで来たんだっけか。

 

  意を決して太陽の畑の中へ足を踏み入れる。

  向日葵は元々大きな植物だ。それが太陽の畑の魔力を受けながら育つとさらに巨大化してしまうらしい。

  現にその大きさのせいで、小柄な私の姿がすっぽり隠れてしまいそうになっている。思うに、普通の成人男性の胴くらいまであるんじゃないかこれ?

 

  しかしそんな巨大な向日葵だけしか生えていないというわけではないらしく、しばらく進んだところで出た妙に切り開かれた場所では、普通のサイズの向日葵が足元に咲いていた。

  そこに洋風な家がポツンと建っていた。その近くにはテーブルと椅子が置かれており、そこに見知った女性——風見幽香の姿があった。

 

「……あら、来客とは珍しいわね。ここがどこだかは知っているのかしら?」

「太陽の畑だろ、幽香」

「……なるほど、そういうことね。本来ならここで虐めてから適当に返してあげるのだけど、気が変わったわ。こちらへいらっしゃい、()()

 

  やっぱり、私の正体はバレていたようだ。

  まあ最近初見で見破ってくる人が増えて来たし特に驚くことではない。

 

  彼女に誘われ、テーブルの近くまで移動する。

  すると彼女は手をクイクイと動かして、椅子を指差した。

  雰囲気からして座れって意味だよねこれ。

 

  私の推測は当たっていたようで、着席すると幽香が笑みを浮かべてくる。しかしそれは優しいというよりも獲物を前に舌舐めずりする感覚に似ている。

  ヤベェ、超帰りてぇ……。

 

「紅茶でも飲む?」

「遠慮しておく……って言っても無理矢理飲ませそうな雰囲気だね」

「当たり前じゃない。私自らが出した茶を断るなんて万死に値するわ」

「しょーじき毒とか入ってそうだから飲みたくなかったんだけど……まあしょうがないか。それじゃあ一杯いただくよ」

 

  白いティーカップを手に取り、中に注がれた紅茶を一口。

  ……お、結構美味いな。砂糖も入れてないのにほんのりと自然の甘さが漂う。こういうのを、素材の味を最大限引き出すと言うのだろう。

 

  すっかり紅茶に夢中になっていると、ふと前から視線を感じた。

  ここには私の他に幽香しかいないので、おそらくこれは彼女のだろう。そんなことを思ってチラ見してみると、予想通りだった。

  彼女はジッと私と紅茶を交互に見つめては、なにかを待っているような顔をしている。

  ん、感想でも聞きたいのかな?

 

「美味しいよ幽香。素材の良さがよく活かされている」

「……ふふ、当たり前じゃない。今まで私が茶を出した全ての相手が、あなたと同じように私を褒め称えたわ」

「ちなみに何人くらいに褒められたの?」

「……あなたで二人目ね」

「……ああ……」

 

  なんか聞いちゃいけないことを聞いたような気がする。

  まあそりゃそうか。こんな戦闘狂い、誰が好んで友だちになりたいというのだろうか? いや、そんな戯言言う前に普通は消し炭にされてるのか。

 

「それ以上余計なことを考えると花の養分にするわよ?」

「あ、はい……」

 

  もうこの件については突っ込まないようにしよう、と私は固く誓うのであった。

 

  さて、そんなこんなで楽しく紅茶を飲み干したあと。

  幽香は本題に入るかのように、話を切り出した。

 

「さてと。久しぶりに会って言うのも難だけど、今日は何の用かしら?」

「しらばっくれても無駄だよ。幻想郷全土なんて広範囲に花を咲かせることのできる人物なんて限られてるんだから」

「あらそう? 探せば私みたいな妖怪も見つかるかもしれないわよ?」

 

  はっきりと私は犯人としてお前を見ていると宣言したのに、幽香の表情には変化がない。眉ひとつ動いてないのだ。

  そんでもって楽しそうに私を嘲笑っている。ほんと、なに考えているかわかりづらいし、不気味だな。

 

「それにしても悲しいわ。よりにもよってあなたに首謀者だと疑われているんだもの」

「はぁ……まるで自分がそうじゃないみたいな言いぶりだね」

「実際そうだもの。証拠として今回の異変の真相も教えてあげられるわ。……それとも、犯人候補の話なんて信用できない?」

「……いや、私はそんな頭でっかちじゃない。矛盾がなかったら疑うのをやめるとするよ」

「ふふ、人の話をきちんと聞くことのできる男は好きよ」

「お前なんぞに好かれても嬉しくないよ。寒気が走る」

「あら、手厳しい」

 

  私の言葉は聞く人によっては辛辣すぎるだろとか思うかもしれないが、逆に聞こう。

  暇さえあれば他者を虐め、強者が来れば喜んで戦うこのU(アルティメット)S(サディスティック)C(クリーチャー)に好かれて君たちは嬉しいのかと。

  少なくとも私は嬉しくない。もし仮に万が一にでも私とこいつが付き合ったりでもしたら、待っているのは戦いの毎日だろう。これと人生を共にするぐらいなら、グータラ巫女の霊夢を一生養ってあげたほうが私は断然良い。

 

  ……話が逸れたね。

  幽香が私に語り出した異変の真相とやらは、私にとっては初耳でとても興味深いものだった。

 

  曰く、この『花の異変』は幻想郷で六十周年ごとに起きてしまう、自然現象のような異変らしい。

  なぜそうなるのかと言うと、外の世界ではどうやら六十周年が近づくに連れてどこかしらで死人が大量に出るようになっているらしい。

  今回の例で言えば戦争。しかし他にも津波や地震などの自然災害によるものもあるらしい。

  そして死した人間たちの魂によって博麗大結界が歪められ、地獄に一度に大量の魂が殺到していく。でも地獄は地獄でそんなに急に全ての魂を裁けるはずもなく、いくつものそれらがあぶれて幻想郷に溢れかえってしまう。そしてそれらの力によって四季関係なく花を咲かせてしまったのが今回の異変なのだとか。

 

「なるほどね……じゃあ今咲いている花は外の世界の人間の魂ってことなの?」

「そうなるわね。でもまあ、地獄の船渡しがあとは勝手に片付けてくれるし、放っておけばそのうち治ると思うわよ」

「船渡し……あ、なんか嫌な予感が」

 

  船渡しってのは魂を三途の川を通って運ぶ奴らのことを言うんだろ?

  そして幻想郷の担当は小野塚小町。通称こまっちゃん。極度のサボりぐせのある死神である。

  これらの情報を当てはめていくと……うん、少なくともかなり異変は長引くことだろうね。

 

  となれば、次に目指す場所は決まったね。

  私は席から立ち、旅立とうとする。

 

「参考になったよ、ありがとう。私は私であてができたから、とりあえずそこに向かってみようと思う」

「——あら、誰もここから帰って良いなんて言ってないわよ?」

 

  幽香に背を向けて歩いていると、突如地面から伸びてきた巨大な茨が私の足を止めた。

  茨はそのあと互いに絡み合い、壁を形成していく。

  ……やっぱり、意地でも帰さない気だな……。

 

「念のために聞くけど、なんのつもり?」

「あなた、確かまだ私の紅茶代を払ってなかったわよね」

「なんだ、お金が欲しいのか。安心して。金ならプールいっぱいにある」

「いえ、そんな紙切れは要らないわよ。その代わり、私が欲しいのは……これよ!」

 

  言葉とともに、幽香は私に向かって拳を振るう。

  その華奢な腕の見た目とは裏腹で、拳は風を切るどころか突き破りながら轟音を立て、私に迫ってくる。

  しかし私も私でその攻撃をあらかじめ予測していたので、特に苦労もなく避けることができた。代わりに私が先ほど立っていた地面が破裂し、かなり大きなクレーターが出来上がる。

 

  うわ、相変わらずの馬鹿力だ。当たったら私じゃひとたまりもないぞこりゃ。

 

「さて、もうわかってると思うけど、ここから帰りたいなら私を倒すことね」

「やっぱりかぁ……。そりゃそうだよね。お前が大人しく私を帰してくれるわけがない」

「そう。だったら話が早いわ」

「でも、流石に殺し合いはまずいんじゃないの? 紫に何されるかわかったもんじゃないよ?」

「あいにくと、私弾幕ごっこはあまり好きじゃないのよ。カードもそんなに持ってないし」

「じゃあ、近接弾幕ごっこはどうかな? それだったらまだなんとかなると思うけど」

「……わかったわ。それでいきましょう」

 

  ふぅ、なんとか殺し合いは避けれたか。

  妥協っちゃ妥協だけど、これ以上欲張れば振り出しに戻りかねないから仕方ない。

  まあ幽香自身も、私たちが本気で戦えば周りがどうなるのかわかっているからこそ、この案に乗ったのだろう。

 

  その後の話し合いで、使用できるカードは三枚ということに決まった。

  理由は彼女が先ほど言った通り、五枚じゃスペカの枚数が足りないから。

  とはいえ、五枚じゃなければ楽なんてことはない。カードの枚数が少なければ少ないほど土壇場での逆転も難しくなってくるからね。

 

  さて、弾幕ごっこを始める前にと。

  私はその場にしゃがみこみ、地面に右手を当てる。そして妖力を注ぎながら、言霊を発することによって能力——『形を操る程度の能力』を発動させた。

 

「『反転結界』」

「これは……すごいわね」

 

  途端に周囲の景色が変わる。

  いや、場所自体は変わっていない。よくよく見ればここが太陽の畑だということがわかるだろう。

  ただし、この場所のシンボルである向日葵自体は消え去っているが。

 

  周囲は人間じゃ歩くのが困難なほど暗い。まあ私も幽香も人間じゃないので視界に関してはあまり関係はない。

  ふと、上を見上げると、そこに映っていたのは立派な満月……と真っ白い光の粒。

  雪だ。

  太陽の畑全土に積もるように、大量の雪が空から降ってきていた。

 

  私の『形を操る程度の能力』は空間をも歪ませることができる。つまり、やりようによってはこのように空間を作ることもできるのだ。

  『反転結界』は現実と反対の世界を作り出す術式。本来なら春なので、反転結界の季節は秋になるはずなのだが、どうやら異変の影響によって向日葵が咲いていたせいで結界が誤認してしまったらしく、このような背景になったらしい。

 

「色々想定外のことがあったけど……まあいいや。ここなら向日葵もないし、心置きなく戦えるでしょ?」

「……ほんと、あなたって規格外だわ。だからこそ、面白い」

 

  私は舞姫と妖桜を、幽香は自身の日傘をそれぞれ構える。

  数秒間の静寂。

  ——そして。

 

「ハァァァァァァッ!!」

「ゼヤァァァァァッ!!」

 

  一瞬で距離を詰め、ほぼ同時にそれぞれの武器が振るわれる。

  そして轟音を立てながら、衝突。

  その時起きた衝撃波によって、周囲に積もっていた雪が跡形もなく消し飛んだ。




「大掃除した時に出てきたのがきっかけで、最近デュエマがマイブームになっています。作者です」

「今じゃ対戦する相手もいないのに千枚ぐらいカード持ってるんだから、側から見るとかなり可哀想な人に見えるぞ? 狂夢だ」


「まあでも実際、この歳になるとデュエマしてる人を見つけること自体が大変ですよね。友人が少ない私ならなおさらに」

「というかお前、デッキ何使ってんだ?」

「えーと……ボルバルザーク・紫電・ドラゴンを軸にしたクロスギアデッキですかね?」

「古すぎねえか!? 2008年代のデッキかよ!?」

「失礼な……。私だって最近のレアカードも持ってるんですよ?」

「例えば?」

「ガイアール・リュウセイ・ドラゴンとかベートーベンとか」

「どちらにしろ2011年と2012年のカードじゃねえか!?」

「ちなみに作者は最近のデュエマについてはさっぱりわかりません。私はクロスギアが初登場した辺りに始めた部類の人間なので、持ってるカードも骨董品のようなものが多いです」

「もういっそ売って金にした方がいいんじゃねえかそれ……」


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花妖怪との恐怖の弾幕ごっこ

 

 

「私の振り下ろしを止めるなんて……弱体化してても大妖怪は大妖怪ってことね……!」

「お褒めに預かり……光栄だよっ!」

 

  降り積もる雪景色の中、幽香の傘と私の両刀が火花を散らしながら擦れ合う。

  くそ、気を抜いたら体ごと吹っ飛ばされそうだ……!

  やはり鍔迫り合いはあっちの方が有利か。まあ当たり前だろう。筋力自慢の幽香に力で挑もうなんて方が馬鹿げている。

 

  幽香がさらに傘に力を込める。

  しかし私は前に押そうとする勢いを利用して、わざと一歩後退する。それによって幽香の重心が前傾したその時を狙い、妖桜で切り上げた。

 

「っ、小細工を……!」

 

  だが相手は大妖怪最上位。この程度で当たってくれるほど甘い相手ではない。

  なんと幽香はバランスを崩したまま、腕の力だけで日傘を振るい、私の斬撃を叩き落としたのだ。そして弾かれた時の勢いを殺しきれず、今度は妖桜を持っていた左腕ごと、私の体が左後ろに流れてしまう。

  その隙を幽香が見落とすはずはなく、強烈な蹴りが追い打ちをかけるように迫ってくる。

 

「ちっ……!」

 

  風圧で前髪が少し焦げた。

  私の顔面に向かって寸分狂いなく放たれた足裏を、後ろへ重心が傾いていることを利用して上体反らし(スウェー)することで避ける。そしてそのままバク宙することで彼女との距離を取った。もちろんバク宙の際に幽香をサマーソルトみたいに蹴っておくのも忘れない。

 

  後退した私と逆で、幽香は息つく間もなく前進してくる。そして開幕と同様に来た振り下ろしを今度は横へ流すことでいなし、反撃に炎を纏った舞姫で切りつける。

  もちろんというようにこれは防御されてしまう。が、右の刀に意識を向けてしまったせいで、氷を纏った左の刀——妖桜の刃が迫って来ていることに気づくのが遅れたようだ。

 

  もらった!

  研ぎ澄まされた氷刃が彼女の首元へ到達——する前に、幽香の手がそれを鷲掴みにした。

  げっ、マジかよ!?

  鮮血が飛び散り、すぐに結晶と化して地面に落ちていく。だが幽香は凶悪な笑みを浮かべると、あろうことか妖桜を握る手をさらに強めてくる。そのせいで刀を引き戻せず、私の動きが一瞬止まった。

  そしてその時を待っていたかのように、膝蹴りが今度こそ私の腹部に命中した。

 

「ごっ……!? がっ……!」

 

  骨が軋む。

  幽香の膝は私の腹にめり込んでしまっている。あまりの威力に、たまらず私の体がくの字に曲がった。

 

  結界込みでもこの威力かよ……!

  近接弾幕ごっこでは対戦者を守るために特殊な結界が張られることになっている。が、そんなものまるで最初からなかったかのような痛みだった。多分結界なしだったら背骨が折れていただろう。

 

  しかし、私もタダでやられるほど甘くはない。

 

「霊刃『森羅……万象斬』ッ!!」

 

  私は幽香の膝が腹にめり込むと同時に霊力を舞姫に込めていたのだ。

  密着した状態での森羅万象斬。

  当然避けれるはずもなく、青白い巨大な斬撃が彼女に大きな切り傷を作った。

 

  さすがに結界ありでもこれは辛いらしく、たまらず幽香はよろける。その隙に私は腹の痛みを堪えて、その場を離脱した。

 

「くっ……ふふふ! アハハハハッ!! それよ、それ! それが欲しかったのぉっ!!」

「くそ、切られて喜ぶとかどんな変態だよ!」

 

  幽香の動きがさらに速くなる。さっきのでも十分本気だったように見えたが、どうやら幽香はテンションが上がれば上がるほど強くなるタイプらしい。

  さっきは変態って言ったけど、宣言撤回。改めて言わせてもらおう。

 

「このマゾ女が!」

「ふふ、生意気な口……調教しがいがあるわ」

「しかも両刀!?」

 

  もうやだこの女……。SにもMにもなれるとか手に負えんだろ。

  ああ、今これほど紫に会いに行きたいと思ったことはない。

 

  幽香の攻撃は相変わらず傘を使ったものだ。しかも速くなったというが、私ほどではない。

  故に傘の軌道さえ読めれば、対処はたやすい……と思っていたんだけどな。

 

  幽香を打って出ようと前へ走り出した私の靴に、やけに頑丈ななにかが引っかかった。

  バランスを崩し、地面へ思いっきり頭から滑り込んでしまう。

  おかしい。こける要素なんてなかったと思い、私は自分の靴を観察する。そしてこけた地面に、草で編まれた輪っかのようなものが生えているのが見つかった。

  これは……草結びか! くそ、子供の遊びみたいな技使いやがって!

  おそらく彼女は自身の『花を操る程度の能力』を使ったのだろう。普通なら脅威にすらならない能力だが、さすがは大妖怪最上位。こういうことにも活かしてくるとは。……って、感心している場合じゃない!

 

  ふと、頭上に差し掛かる影。誰のかってのは知れてる。

  全力で体に力を込め、横に転がる。

  次の瞬間、真横の地面が幽香の傘によって轟音と共に吹き飛んだ。

 

  降りかかる土を無視して、刀を彼女へ向ける。

  そして術式発動。刃から圧縮された妖力のレーザーを放つ。が、傘を広げることで盾とし、弾かれてしまった。

 

  だがそのおかげで時間が稼げた。その隙に立ち上がり、傘が閉じるタイミングを狙って両刀で切りかかる。そしてそれは見事にヒットする……が。

 

「ちっ、外したか……」

「あ、危なかった……」

 

  左肩の皮膚からヒリヒリとした軽い痛みを感じる。

  幽香は傘を閉じると同時に、真っ直ぐ突きを放っていたのだ。かろうじて左の刀で受け流すことができたから良かったものの、反応できなかったら間違いなく胸を貫通させられていた。

 

  唯一当たった右の刀を引き戻し、そこから舞うように連撃を繰り出す。

  幽香の打撃を躱し、受け流しながら、その勢いを利用して攻撃と攻撃の間に大量の斬撃を挟み込む。

 

  なぎ払いをジャンプで回避。しながら体をスケートのトリプルアクセルのように回転させ、六回ほど刃を叩き込む。

 

「くっ……!」

 

  幽香の体が後ろへ流れた。

  今だ!

  追い討ちをかけるように、二刀での突きを放つ。狙いは胴。桃と紫の刃が、腹部に吸い込まれていき——。

 

「幻想『花鳥風月、嘯風弄月』」

 

  ——目の前で弾幕の花が咲き荒れた。

 

「ぐがあああっ!?」

 

  突きのモーションに入っていた私は避けることができず、直撃して空中に打ち上げられ、少し遠くの地面に叩き落される。

  だが、地面で大人しく寝ている時間はない。すぐに跳ね起きると、一旦後退して弾幕群を観察する。

 

  弾幕の主に三つの布陣でできている。まずは単純に、幽香を中心として花のように広がる弾幕群の第一陣。そして二つの異なる色の弾幕で作った輪を回転させることによって隙間を埋める第二陣。最後に、幽香の周りに浮かぶ六つの魔法陣からマシンガンのように絶え間なく放たれる中型弾幕の第三陣。

  それぞれは避けるのは簡単だが、これらが組み合わさることによって彼女のスペルの難易度はぐっと引き上げられている。

 

  正直言って、スペカの使用なしじゃ突破するのはかなり難しい。が、今私はもうすでに一枚を使ってしまっている。もしかしたら相手の次のスペカはもっと難易度が高いかもしれないし、ここはなんとか温存しておくべきだろう。

 

  一応、通常の手段で突破する方法は浮かんではいる。

  このスペカは全部で三つの陣による構成。しかしそれ故に、陣と陣の間にはわずかな時間だけど隙間ができる。

  そこを私のスピードで突く。だが失敗したら弾幕の花吹雪に囲まれて、大ダメージを受けてしまうだろう。下手すれば結界が割れてしまうかもしれない。

  だが、相手はあの幽香だ。リスクなしで勝てるほど、甘い相手じゃない。

 

  タイミングは一瞬だ。

  第一陣が発射されると同時に前に加速する。

  第二陣が放たれるより早く。

  私の体は第一陣を飛び越え、幽香に迫っていく。

  しかしそのころには第二陣が発射されており、弾幕群との距離も目と鼻の先ほどに縮まっていた。

 

「っ……まだまだぁ!」

 

  弾幕の一つがほおの皮をわずかに切り裂く。しかし私はそれを気にも留めずに、通常弾幕と斬撃を第二陣迎撃に全て当てた。

  普通ならスペカと通常弾幕では突破できない差がある。しかしこの第二陣はスペカを三分割したものの一つ。つまり密度で言えば三分の一程度しかない。

  そしてそれくらいなら、私の攻撃方法を全てぶつければ強引に突破することが可能となる。

 

  第二陣の弾幕壁を突破しつつ、そのまま第三陣に挑む。

  第三陣は六つの魔法陣からマシンガンのように弾幕を連射する陣。しかしマシンガンということは、逆に言えば速度も角度も連射の感覚でさえ一定ということだ。

 

  両刀に妖力を込めて、弾幕の嵐に突っ込む。

  目指すは魔法陣と魔法陣の間。砲台が唯一設置されていない場所。

  そこに私は両方の切っ先を合わせ、自身を一つの針と成して布を通るように、躊躇なく隙間へ突撃した。

 

  そしてとうとう、第三陣を突破する。

  もはや残っている陣はない。第三陣を通過した勢いのまま、幽香へと迷わず突っ込んでいき——。

 

「甘いわよぉ!」

「だ、第四陣だとっ!?」

 

 

  ——野球の球を打つかのように、あっけなく吹き飛ばされた。

 

  私が幽香の第三陣を突破して接近戦に持ち込むのを計画していたように、幽香も弾幕を回避し続けて疲弊した私が来るのを待ち構えていたのだ。

 

  突進する私に合わせての、傘でのカウンター。

  即座に両刀をクロスさせることで防御には成功したが、勢いだけは止まらず、私は再び元の場所へと戻されることとなる。

 

  そして襲いかかってくる、第一陣。

 

「くそがぁぁぁぁ!!」

 

  叫びながら第一陣を文字通り刀で切り崩す。しかし今度は第二陣を突破できず、地面に尻餅をついてしまった。

  そこを狙って、第三陣の弾幕が連射され——私の鼻先で、光の粒子となって消え去った。

 

「……ちっ、時間切れね。惜しかったのだけれど」

「た、助かった……」

 

  そうか、やっとスペカの制限時間が切れてくれたのか。

  間一髪というやつだね。あと数秒でも遅かったら、今ごろ私は被弾していただろう。

 

  仕切り直して、幽香と対峙する。

  お互い一枚ずつスペカを使い切った状況。しかも結界の耐久も、ほぼ互角程度と見て間違いないだろう。

 

  均衡した戦い。

  私も近接戦には強いが、幽香も同じタイプだからだろう。有利不利は何もない。

  これほどまで実力者との対戦経験は、他に霊夢しか……いや、こと近接弾幕ごっこに関してはもしかして霊夢よりも上を行っているかもしれない。

 

  ふふ、面白い。

  ちょうどこの前霊夢に負けて少しナーバスになってたんだ。ここでこいつを倒して、汚名挽回とさせてもらおうじゃないか!

 

  私は二枚目のスペカを放り投げ、宣言する。

 

「滅符『大紅蓮飛翔衝竜撃(だいぐれんひしょうしょうりゅうげき)』ッ!!」

 

  目の前でスペカが光を放ち、私の姿を包み込む。

  そしてそれが晴れたあと、そこにあったのは——炎と氷でできた翼をそれぞれ片方に持つ私の姿だった。

 

 






「なんか本格的な戦闘描写を書くのって久しぶりだなー。なんて思っている作者です」

「どうせいつも下手なんだし適当でいいだろ適当で。狂夢だ」


「いやー、もうすぐ卒業のシーズンですね」

「よかったな。お前が大っ嫌いな合唱が待ってるぞ」

「クラス内練習の時に一人だけサビの部分で大声で間違った歌詞を歌ってしまったのが恥ずかしい……」

「まああるあるだな。そういえば、卒業後には電話番号の交換とかがあるとかって聞くけど……」

「ふっ、未だに遊びに行く友人の電話番号すらまともに知らない私に交換してくれる人がいるとでも?」

「……ああ、すまん、失言だった……」


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ほとばしる二重の閃光

 

 

「滅符『大紅蓮飛翔衝竜撃(だいぐれんひしょうしょうりゅうげき)』ッ!!」

 

  炎と氷の翼を生やした私は、天へと飛翔し幽香を上から見下ろす。そして翼を羽ばたかせ、炎と氷の弾幕群を竜巻とともに繰り出した。

 

「中々の風ね……でもそれだけじゃ、私には勝てないわよ!」

 

  それに対抗するために幽香のやつは……うおっ、マジかよ! 傘を薙ぎ払う勢いだけであっちも竜巻を作りやがった!

 

  竜巻対竜巻。全体的には私の方が押しているが、進むペースはかなりゆっくりだ。このまま幽香に届くまでに随分と時間がかかりそう。

  炎と氷の弾幕も竜巻のせいであらかた砕かれちゃって役に立ってないし、このままだと私のスペル時間が過ぎて終わってしまうな。

 

  ……仕方ない。こうなれば不本意だが、接近戦にふたたび持ちかけるとしよう。

  幸いなことに、このスペカは接近戦にも対応している。ほら、このようにっと。

 

  風を味方につけて滑空することで高速で移動し、幽香へ接近して刀を振るう。

  幽香は傘を縦にすることでそれを防いだ。が……。

 

「ぐ、重い……!」

 

  推進力だけは完璧には止めれなかったみたいだ。幽香は私の刀と傘を当てながらも、吹き飛ばされないように踏ん張る。そして地面に足をつけたまま数十メートル後ろへ押されたところで、ようやく私の運動エネルギーは止まった。

 

  だが、さすがに足に負担がかかり過ぎたのか、彼女は片膝を地面につけながらも顔をしかめる。そこに追い打ちをかけるように、私の剣舞が襲いかかる。

 

  さすがというべきか。この一瞬で十数もの斬撃を繰り出したのに、半分しか当たってくれなかった。恐るべき戦闘のカンと防御テクニックだ。

 

  おっと、彼女の足が完全に回復したらしい。あいも変わらず元気に傘を振り回してくる。

  このまま打ち合ってもいいのだが、決着をつけるまでに時間がかかるのでやめておこう。薙ぎ払いをアクロバティックな動きで避けると同時に、空中で翼を広げ、空へ避難する。

  もちろんこの時羽ばたいたことで、抜け落ちた羽のような炎と氷の弾幕が傘を振り切って無防備な幽香を襲い、さらにダメージを与えてくれる。

  そして怯んだ隙に再び滑空し、接近戦をしかける。

 

  打っては逃げる(ヒットアンドアウェイ)

  遠距離も近距離もこなせる私の最も得意な戦法と言っても過言ではないだろう。

  最近は実践的な戦いがほとんどなかったから少し自分の強みを忘れかけてたけど、この弾幕ごっこでだんだんと思い出してきたよ。

 

  時たまに幽香が私を追って空へ飛んでくることがあるけど、無駄無駄。彼女は私のように空気を固めて足場にできないため踏ん張れず、腕力だけで傘を振るうことになってしまう。

  そうなればいくら幽香と言えども、打撃の威力は半減する。逆に私は風の力を利用して物理攻撃の威力を増すことができるため、斬撃の重さはそれだけで跳ね上がる。打ち合えば、どちらかが吹き飛ばされるかなんて言うまでもないだろう。

 

  それを彼女も理解しているのか、二回目の空中戦では弾幕を主に使ってきた。

  けど、当たらない。

  もともと私と幽香では速度に差がある。それでも私が苦戦していたのは、彼女の超人的な近接戦闘能力があったからだ。

  だが、今そんなものは消え去ってしまっている。

  はっきり言っちゃえば……負ける要素はない!

 

  弾幕をかいくぐり、両刀を振り下ろす。幽香は傘で防御するが衝撃を受け止めきれず吹き飛ばされ、地面へ背中を打ち付けた。

 

  ……そろそろスペカの時間が切れるな。

  ちょうどいい。幽香も現在は仰向けに倒れていて動きが止まっているし、今がとどめを刺す好機だろう。

 

  私自身の体を包み込むように、炎と氷の翼をぶつけ合わせ、融合する。そしてできた膨大なエネルギーを身に纏い、光の竜と化して大地へ飛び込み、その顎を彼女へ突き立てた。

 

  そしてそのまま、幽香は竜の牙に噛み砕かれる……ことはなかった。

 

「重いのよこの……デカブツがぁぁああああ!!」

「なにっ!?」

 

  竜の口の中に、幽香の傘に先端が突き刺さる。

  そして彼女はそのまま、仰向けに倒れている状態でなんと、私の突進を受け止めたのだ。

 

  驚いた。こいつが筋肉バカなのは今に始まったことではないが、まさか私の光竜の一撃をも耐えるとは。

  でも、それもここまでだ。

  さらに全身に力を込める。すると巨竜の体が一回り大きくなり、幽香の背中が地面にどんどんめり込んでいく。

 

「さっきのには驚いたけど……このままいけば私の勝ちだ!」

「ふふ……っ、それは、どうかしらね……っ!」

 

  ——微笑。

  おかしい。こんな絶体絶命のはずの状況で、なぜ笑っていられる?

  ……いやな、予感がする。

  まるで、チェスで王を取ろうとして、逆に自分が知らぬ間にチェックメイトを受けていた時のような……。

 

  そして。

  幽香の傘の先端に、七色の光が集まっていくのを見た時、私は自分の予感が的中していたのを確信した。

 

「ねえ、私の十八番(オハコ)の技、覚えている?」

「……ま、さか……!」

「——魔砲『マスタースパーク』」

 

  ——全てを焼き尽くす巨大な閃光が、竜の首を引きちぎり、天を貫いた。

 

  閃光、爆音。

  視界が光に覆われ、気付いた時には焼け焦げた地面の上に寝転がっていた。

 

  意識が飛びかけた。

  あれがマスタースパーク? なんの冗談だ。明らかに魔理沙のファイナルスパークよりも威力は上だった。じゃなければ、私の光竜を一撃で粉砕することなんてできやしない。

 

  結界は……やばいね。多分次に一撃でも受けたらすぐに壊れちゃいそうだわ。

  形成逆転。チェスの盤面を入れ替えたかのように、勝機は一気に幽香へと傾いてしまった。

 

  彼女はすでに立ち上がっており、余裕の表情で私を見つめている。

  私もすぐに立ち上がろうとするのだが、体に走る痛みで中々すぐに起き上がれない。

  これは……多分体のどこか複数箇所をヤったね。最低でも捻挫、悪くて骨折と言ったところだろう。

  いくら結界が張ってあると言っても、元の体が貧弱では怪我をすることもあるということか。全く、相変わらずこの体が恨めしくなってしまう。

 

  幸いなことに、幽香は私が立ち上がるまでなにもしてこなかった。

  ちっ、傲慢なことで。大方さらなる絶望だかなんだかを私に見せつけてやるつもりなのだろう。

  そして悲しいことに、再び私の予感は当たることになる。

 

  ふと、幽香の姿がぶれたかと思うと、次の瞬間、()()()姿()()()()()()()()()()

  ……いや、比喩じゃないよ? まんまその通りに、幽香が二人に増えたんだって。

  あれはおそらく分身……かな? どっちにしろ、感じる妖力は二人とも本物並だ。

 

「ふふふ、驚いたかしら? この私の奥の手中の奥の手」

「昔戦った時は見せる暇がなかったけど」

「「今なら十分に、私たちの恐ろしさを味わせてあげられる」」

 

  そう言うと、二人の幽香は同時に傘を突き出し、その先端に妖力を集め始める。

  おい、嘘でしょ……?

  まさか……!

 

「魔重砲『ダブルスパーク』」

「一つでも受け止めれなかったあなたに、耐え切れるかしら?」

 

  二つのマスタースパーク。

  避けることはほぼ不可能だろう。魔理沙のとは違って、幽香のは馬鹿みたいに広範囲を焼き払ってくる。それが二つともなれば、発射と同時に前方の視界全てが光に包まれることだろう。

 

  だ、け、ど。

  油断したね幽香。切り札を隠していたのは、お前だけじゃないんだよ……!

 

「神解——『天鈿女神(アメノウズメ)』」

 

  妖力が具現化した光に包まれながら、私の姿が両手に握る二振りの刀とともに変わっていく。

 

  髪はつむじの近くと肩から下が藍色に変色し、瞳はサファイアとルビーをそれぞれはめ込んだようなオッドアイとなっていた。

  そして発動体となった二本の刀。その内の舞姫は赤く染まって炎を、妖桜は青く染まって氷をそれぞれ纏った。

 

「へぇ……どうやらこの数百年間、怠けていたわけじゃないみたいね」

「ふふ、感謝してよね。そして後悔しろ。私にこれを使わせたことを」

「そう言う言葉は、勝ってから言いなさい!」

 

  最大まで溜められて七色の光が、幽香たちの傘から同時に解き放たれた。

  それだけで地面がえぐれ、空気が焼ける。

  しかしそれに怯みもせずに、私は最後のスペルを唱える。

 

「『千花繚乱』ッ!!」

 

  千を超える森羅万象斬並みの斬撃。

  それは瞬く間に幽香たちの閃光を細切れにかき消し。

  二人の姿は、刃の嵐に呑まれて消えていった。

 

  その時、パキンっ! という甲高い音が雪降る雪原にこだました。

  これは結界の割れる音だろう。つまりはそういうこと。

  ——私の勝ちだということだ。

 

「ぷはぁぁぁ……! つ、疲れた……! もう絶対あいつと弾幕ごっこやらないからね……!」

 

  神解を解いた時、あまりの脱力感に膝をついてしまう。そのついでに仰向けになって空を見上げながら、私はそう誰にでもなく誓うのだった。

 

 

  ♦︎

 

 

「『反転結界解除』……これでよし」

 

  指をパチンと鳴らして結界を解くと、辺りの景色は真冬の夜空の下から真夏の太陽の下へと早変わりした。

 

  うーん、作った私が言うのもなんだけど慣れないなぁこれ。

  だったら下手に季節を逆転させるんじゃなくて普通に現実と同じ世界を作れよって話なんだけど、実はそうも簡単にいくものでもないわけで。

  一応早奈戦で見せた『思想結界』という、私の精神世界——『混沌と時狭間の世界』に対象を引きづりこむ結界もあるわけだけど、自分の心の中にあまり人を入れたくないと考えるのは誰でも同じだろう。

 

  ふと幽香を探してみると、十メートルほど離れた場所に横たわっていた。

  どうやら気絶しているようだ。ちょうどいいし、待っている間は傷を治すことに専念しよっと。

 

  回復の術式を練り上げ、手のひらを腹部に当てて唱える。

  それだけで体のあちこちにある捻挫が治った。

  だが、この姿じゃ治せる傷にも限度がある。現に骨折やマスパに直撃した部分ではせいぜい痛みが軽くなる程度だ。

 

「ん、ぐっ……!」

 

  お、そんなこんなで時間を潰していたら幽香が起きたようだ。

  彼女は初め自分が地に伏しているのに疑問を持っていたようだが、傷だらけの体と私を見て、何が起こったのか納得したらしい。

  思いっきり脱力して、起こした上半身を再び地面の上に寝かせた。

 

「やられたわね。一度ならず二度までも、この私が負けるなんて」

「今回は弾幕ごっこだったからね。実践だったらお前が勝ってたさ」

「それは『今のあなたの体だったら』という仮定を含めてと解釈していいかしら」

「否定はしないよ」

 

  相変わらず生意気ね、と負け惜しみの言葉がかけられる。

  そりゃどーも。あいにくこの歳になってもそれだけしか取り柄がないもんでね。

  とりあえず幽香にも勝ったし、もうここに用はないだろう。

  踵を返し、太陽の畑を出て行こうとする。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

  だがその時、倒れた状態の幽香から声がかかってきた。

 

「どうしたの? リベンジマッチはもうやらないよ?」

「違うわよ。……これを持っていきなさい」

 

  ぽいっと、無造作に投げられた何かを落とさずキャッチする。

  見たらそれは、謎の液体が入った瓶だった。

 

「それは回復のポーションよ。飲めば多少は妖力が回復すると思うわ」

「そりゃありがたいけど、幽香は使わなくてもいいの?」

「それは報酬よ。私の分なんて腐るほどあるし、気にしなくていいわ」

「そう。それじゃあさっそく……」

 

  瓶の蓋を開け、一気に中の液体を飲み干す。

  おお? 微量だけど、なんだか徐々に妖力が回復していっている。

 

「って、即効性じゃないのかよ……」

「 馬鹿言わないでちょうだい。それでも十分即効性よ。半日もあれば失った妖力を全て回復できるんだから」

 

  いや、まあ確かに高性能なんだけどさ……。

  昔永琳が私用によく作ってくれたものと比べると、ねぇ?

  まああっちは『あらゆる薬を作る程度の能力』を持ってるわけだし、比較対象がそもそも間違っているのだろう。

  なんにせよ、幽香には感謝しなくちゃいけないな。

 

「ありがとね幽香。私はそろそろ行くよ」

「……無縁塚、行くんでしょ? 気をつけなさいよ。今あそこは三途の川と繋がってるはず。あそこの閻魔はかなり口うるさいわよ」

「よく知ってるから大丈夫。それに私はあくまで仕事をサボる馬鹿にお灸をすえに行くだけだしね」

 

  その言葉を最後に、私は太陽の畑を出て、空へと浮遊する。

  次の目的地は魔法の森。その奥にある無縁塚だ。

  霊夢が動く前に解決しようとしたこの異変も終わりが見えてきている。

  さーて、ここまで私を動かしたんだ。どうやって天罰を落としてやろうかな……?

  道中の暇つぶしは、そのことを考えるのでいっぱいだった。

 




「小説書いてたら久しぶりに操作ミスでデータが吹っ飛びました。こういう時ってもう小説書くのやめようかなとか毎回一瞬だけでも思うんだけど、わかる人いないかな? 作者です」

「お前メンタルめっちゃ弱いからな。受験前なんて、友人の何気ない縁起の悪いジョークでナーバスになったって聞くじゃねえか。狂夢だ」


「なんか花映塚編が自分でも思った以上に長続きしてる気がする」

「本来はどんな感じで終わらせるつもりだったんだ?」

「幽香戦で共倒れしてジ・エンドの予定でした。その後魔理沙に引っ叩いてもらって、意識を取り戻して帰宅する的な」

「まあ花映塚はやったことないし、イマイチやる気起きないのはわかるけどよ」

「なんかもういっそ花映塚飛ばしちゃおうかな、とか受験後の初めは思っていました」

「じゃあなんで続けたんだよ」

「いつもの悪ノリです」

「はぁ……そんなんだからこの小説が未だに完結しないんだよ」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてねえよ!」


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サボリ魔への天罰

 

 

  魔法の森。人が立ち寄らぬ人外魔境の地。

  そこを抜けた奥に、無縁塚はある。

 

  赤い地面を踏み分けて進んで行く。

  いや、この場合地面が赤色なのではない。地面を埋め尽くす花が赤色なのだ。

 

  彼岸花。死の象徴のような花の一つである。

  理由は墓地などによく見かけるからだとか色々ある。白色ならまだマシなんだろうけど、あいにくと今ここを埋め尽くしているのは血のような赤色だ。

 

  『再思の道』だったかな。ここの名前は。

  曰く、無縁塚へと続く道。

  彼岸花が咲くのに、ここより適した場所はないだろう。

 

  思えば今日は鈴蘭だったり向日葵だったり、色々見たなぁ。

  でもどっちも特定の場所で大量に見てしまうと、なんかすごいを通り越して飽きてくるもんだ。

  そして今までの経験から、そんな場所には必ず誰かしらがいるわけで……。

 

  道の途中にある平べったい岩の上に、目的の人物はいた。

 

「うーん、むにゃむにゃ……四季様ぁ、私にもっと休日を……」

 

  赤髪のボンキュッボンなスタイルを持つ女性。

  『地獄のタイタニック』とかいうオンボロ船の船頭、小野塚小町である。

 

  彼女は綺麗な笑みを浮かべながら、よだれと鼻ちょうちんを出してぐっすりと寝ている。

  ……うん、思わずイラっとしちゃった私は悪くないよね?

 

「とりあえず起きろゴラァ!」

「へぼりっしゅっ!?」

 

  とりあえずチョップを腹に叩き込む。

  その直後、奇妙な叫び声を上げながら小町が飛び起きた。

 

「し、四季様!? ……って、なんだ、同じちびっ子だけど違うのか……」

「違くて悪かったね」

「いいよいいよ。それじゃあ……おやすみ……」

「だから寝るなって言ってるでしょ!」

「バビロンっ!?」

 

  再び寝転がった小町に今度はかかと落としをくらわせる。

  かかと……かかとはダメだよ……。とか言いながら、彼女は岩から落ちて痛そうにその場を転がり回っている。

 

「ちょっとお嬢ちゃん!初対面の人にやっていいことと悪いことがあるって親に教えてもらわなかったのかい!?」

「初対面じゃないし、そもそも私に親はいないから」

「え、まさか……捨て子?」

「んなわけあるか! ああもう、なんで私をこの姿にした元凶側の人間がそのことを把握してないんだよ!」

「人間じゃなくて死神だよ?」

「やかましいわ!」

 

  叫ぶ勢いに任せて抜刀。そしてあまりの苛立ちに、小町が乗っていた岩を粉々に粉砕してしまった。

  それを見て顔を青くする小町。しかし私は問答無用で彼女の服の襟を掴むと、グイッと私の顔に無理矢理近づける。

 

「この顔に! この髪に! 見覚えがあるでしょうが!?」

「……おお、あんたは楼夢じゃないか! いやー久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「世話話でしれっと誤魔化そうとするんじゃない!」

 

  クソ面倒くせえ!

  いやわかってたよ? 元々こいつがこういうやつなんだってことは。

  でもさ、あれだけ四季ちゃんに怒られてるんだから多少はどこか改善したと思ったわけよ。

  それがまさかの進歩なし! 働かない逃げるすぐ忘れるとか、どんなクズサラリーマンだよ!

 

  怒りに任せて勢いよく小町の襟を離す。

 

「んで、あたいに何の用だい? せっかく四季様の目を逃れて休憩してたってのに」

「その長すぎる休憩のせいで魂が運ばれず、幻想郷の四季の花がめちゃくちゃになってるんだよ。あと、このことは四季ちゃんに報告するからね」

「え? いや、それは勘弁しておくれよ! 今でも首スレスレなのに、これ以上怒られたら本当にお役御免になっちまうよ!」

「だったら働けこのクソ船頭!」

 

  私がいくら注意したところで目を離した隙にサボるだろうし、これじゃあらちがあきそうにない。

  しょうがないから、この道の奥にある無縁塚から四季ちゃんを呼ぼうと思い、小町の前を通り過ぎようとする。

  すると、それに気づいた小町が慌てて飛び起きて、私の目の前に立ちはだかった。

  なんだ? ようやく仕事をする気に……。

 

「なあ。楼夢って今弱くなったんだろ? だったらあたいでも今ここで口封じができるかな?」

 

  ……なってないな。

  それどころか、なんの気の迷いか私を今ここで潰そうとしているよこいつ!

 

  小町は近くに置いていた死神の代名詞とも言える大鎌を手に取り、私へ突きつけてくる。

 

「……一応聞いておくけど、私に刃を突きつけることの意味を理解してるの?」

「あいにくとこっちはもう減給に減給を重ねられて職以外失うものがないんだ! クビにならないためだったら、なんでもやってやるさ!」

「じゃあ働けよ」

「それは嫌だ!」

「む、むちゃくちゃ言ってるよこいつ……」

 

  まあいい。もうこっちも我慢の限界だったところだ。

  この私に勝てるなんて戯言吐いたこと、後悔させてやるか……。

 

  舞姫をゆっくりと引き抜くと、突きつけられた鎌を弾いて後ろに下がり、距離を取る。

  そして巫女袖に手を突っ込み、スペルカードの山札を取り出し、彼女に見せつけた。

 

「カードは三枚、残機は二枚でどう?」

「……はあ、あたいはあんまり動くのは好きじゃないんだけどね」

「いや、お前が仕掛けた勝負でしょうが」

「あれ、そうだったっけ?」

「……もう怒る気も失せたよ……」

 

  四季ちゃんはよくこれの相手をしていられるな。私なんて会話して十分も経ってないのにもう頭がどうにかなりそうになってるのに。

 

  小町は胸の谷間に手を突っ込むと、カードを三枚取り出してくる。

  収納場所については何も言わないけど、やっぱり持ってたか。幻想郷担当なんだから、住民じゃなくてもスペルカードルールを守ってくれると思って持ちかけた勝負なんだけど、どんぴしゃりだ。

 

  そこらに落ちていた小石を拾う。

  これを投げて地面に落ちた時を合図に、弾幕ごっこを始める。

  小町の了承も得て、私は刀を持っていない左手で石を放り投げ——。

 

「いきなり行くよ! 氷華『フロストブロソム』!」

「えちょ待ってそんな急に——ッ!?」

 

  ——開幕からスペカをぶっ放す。

  のんびり屋な小町のことだし、出鼻をくじけるかなと思ってたんだけど。

  どうやら彼女は俺の想像以上に戦えるらしい。

 

  小町の近くに氷で作られた薔薇が生まれる。それが砕け散ることで、花弁が弾幕と化して彼女を襲うのだが。

 

「おいやぁ! ちょいさぁ!」

 

  なんともまあ気の抜けたかけ声だが、その鎌捌きは一人前のそれだ。

  飛び散る氷華の花弁を次々と大鎌で撃ち落としていき、そのついでに鎌から弾幕を放ってくる。もちろんただの弾幕に当たるわけもないが。

 

  私のスペカが時間を増すごとに、だんだんと弾幕は激しくなっていく。

  最初は青薔薇は一輪だけだったのが、今度は二輪、三輪と増えていき、最終的に五輪同時に出現するようになる。

 

  しかし恐るべきは小町の力量だろう。これは完全に見誤っていた。

  なんと小町のやつ、弾幕が増えたのを利用して、刃のついてない部分で花弁を叩いて跳ね返し、ビリヤードのように次々と別の花弁を撃ち落としていっているのだ。

 

  おい、誰だこいつを船頭なんぞに仕立てたのは! お迎え役の方がめちゃくちゃ向いてるよこれ絶対!

 

  そんなこんなで防がれているうちに、制限時間が来てスペカが終了。氷の花弁は粉々に砕け散り、消え去っていった。

 

「意外だね……ただの業務サービスで持ってるだけの飾りじゃなかったの? その大鎌」

「サービスで間違ってないよ。実際これ見た魂も『死神に会えた』って実感が持てるらしくて好評だからね。ただ、あたいは違う。こう見えて昔は結構修行してたし、これはその名残さ」

「もうお前お迎え役に転職したら?」

「嫌だよ。あれって連日出張で休む暇がないんだもん。それだったら、今の職の方がマシってもんさ」

 

  なるほどね……。こいつが今までクビにされない理由がなんとなくわかって来たような気がする。

  おおかた昔は優秀だったとか、そんな感じなのだろう。だから公明正大が売りの四季ちゃんも手放すに手放せないと。

  ……なんでこんなサボリ魔になってしまったのやら。

 

「死歌『八重霧の渡し』!」

 

  おっと、関係ないことを考えているうちに小町がスペカを発動してきた。

  まずは大鎌を振りかぶって……ふぁっ!?

 

「おりやぁぁ!」

「まさかのスローイング!?」

 

  ちょっ、あんのやろう! いきなり武器投げてくるとか正気か!?

  投げつけられた大鎌が、グルグルとブーメランのように回転しながら迫ってくる。

  ぐっ、結構重いな。でも幽香の腕力みたいにキチガイなレベルじゃない。舞姫を上段から振り下ろして、なんとか撃ち落とすことに成功する。

 

  それにしても小町のやつ、なんで武器なんかを投げつけて来たのだろう。弾幕ごっこは遊びと言えども戦闘だ。武器を失った時に、再びそれを回収することのリスクの高さはバカでも知っているだろうに。

  だが、それも彼女の弾幕を見てからだと自然に納得できた。

 

  小町は両腕を水平に広げ、手のひらを勢いよく左右に突き出す。そしてそこから片方は黄金色、もう片方からは銀色の弾幕を出した後、ゆっくりと彼女自身がその体勢のままコマのように回り始めた。

  そして彼女を中心に反時計回りに流れる弾幕の波が起き、次第にそれに私も巻き込まれていく。

 

  これは……ルート指定系のスペカか?

  この種類のスペカの特徴は、あらかじめ進むべき道が作られていることだ。そして逆に言えばその道以外を進むことは不可能となっている。なぜならルート無視すれば、問答無用で一切隙間のない弾幕群が襲いかかってくるからだ。

  スペルカードルールにも避けることが不可能な弾幕は禁止と書かれているが、上手く通れば必ず突破できる道を用意してやってるので進むかどうかは自己責任、ということらしい。

  例を出すとするならば、フランの『恋の迷路』とかかな。

  まあこの系統のスペカは逆らえばロクなことが起きないのは周知の事実だ。私は大人しく、波と波の間に作られた空間に自ら飛び込む。

 

  そこからしばらくしてわかったのだが、このスペカは案外簡単な部類のものなのだと思う。

  先ほどの説明から分かる通り、小町は両手から二種類の弾幕の波を作り出しながら反時計回りに回転している。なので私も弾幕の波の間の隙間を進みながら、彼女を反時計回りに回っていけばいい。そうしているだけで、制限時間が切れるはずだ。

  肝心の動けるスペースも、彼女が両腕を水平に広げた時の幅くらいにはある。小柄な私なら動くのにさほど苦労はない。

 

  そう思っていた私に、ふと小町から声がかけられる。

 

「なあ楼夢。三途の渡し船の船頭に必要な最低限度の条件ってなんだか分かるかい?」

「さあね。お前ができるぐらいなんだし、よっぽどゆるい条件なんでしょ」

「それは距離を操る力さ。罪人を乗せて船を渡る際にその魂の罪が重ければ重いほど、船頭は川を渡りきるまでの距離を長くしてやらないといけない。逆もしかりだ」

 

  ああ、地獄にいたころに聞いたことがある。

  なんでも、小町の言うように三途の川を渡りきるまでの距離を調整することによって、罪人に己を見つめ直す時間を与えるのだとかなんとか。人間やることがないと何か考えごとをしてしまうと言うし、そういった心理を利用したシステムなのだろう。

 

「それでその力なんだけど、こんな風にも使えるんだよね」

「……まさか!?」

 

  急いで横に飛び込もうと思ったが、自分が弾幕の波と波の間にいることを思い出し、その場でとどまる。

  そして次の行動を起こそうと体を動かすよりも速く。

 

  ——突如目の前に現れた弾幕が、私の体を捉えた。

 

 



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本気モードのこまっちゃん

 

「ぐふっ……!?」

 

  被弾と同時に制限時間が切れ、スペカが消えていく。

  しかしそれでも、私が被弾したという過去は消えることはない。

 

  残りスペカ二枚、そして残機一個。

  オープニングヒットは小町に持っていかれてしまった。

 

  やられた。

  まさか船渡しの死神の距離を操る力を戦闘に使ってくるとは。いや、明らかに戦い慣れている小町にとっては、おそらくこれが本来の使い方なのだろう。

 

  だけど、不幸中の幸いで彼女の能力の適用範囲はある程度予測できる。

  おそらく彼女の能力は彼女自身か、彼女の弾幕にしか適用されない。

  なぜなら、もし私の弾幕ですら操れるのだったら最初のスペカの時に弾幕をわざわざ鎌で防ぐ必要がないからだ。

 

  小町はさらにスペカを一枚掲げ、それを宣言してくる。

  どうやら私が立て直さないうちに一気に叩き潰すつもりらしい。

 

「古雨『黄昏中有の旅の雨』!」

 

  小町はまず右手を地面へ向ける。するといつのまにか、彼女の手の中には最初持っていたあの大鎌が収まっていた。

  どうやら先ほどの言葉を訂正しよう。彼女はどうやら、物体の距離も操ることができるらしい。

 

  そしてその大鎌を大きく振るうと、辺りが霧に包まれ、空から弾幕の雨が降ってきた。

 

  くそ、また視界妨害系のスペカかよ!

  どうやら小町のはメディスンのと違って毒は含まれていないようだが、それでも厄介だな。

 

  ——破道の五十八『闐嵐(てんらん)

 

  持っていた刀を扇風機の羽根のように手前で回転させ、そこから竜巻を放つ。

  だが霧は一旦は晴れたのだが、数秒もしないうちに元どおりになってしまった。

  これで除去できないんだったら、霧の妨害は諦めるしかないか。

 

  すぐさま切り替え、上空からの弾幕を避け続ける。

  この弾幕は雨に似せてあるだけで、水は含んではいないようだ。だから刀で切っても対処できるのだけど、流石に数が数なのでやめておこう。幸い雨は一直線にしか落ちてこないから、避けるのは簡単だしね。

  だが、そこはさすが小町。追撃の手を休めてくれることはない。

 

  彼女は再び大鎌を振るい、今度は黄金色と銀色の弾幕を直接放ってきた。しかも、ご丁寧に能力付きで。

 

  急に目の前に瞬間移動してくる弾幕群。

  だけどこっちは百戦錬磨の大妖怪よ。一度見たものは二度と引っかからんわ。

  視界に弾幕が映るとほぼ同時に、それらが切り裂かれる。

  音速を超える私なら、あらかじめ覚悟しておけばこのように現れた瞬間に駆除することができる。それに今のでまたわかったのだけど、どうやら彼女の能力はあくまで距離を操るもので、弾幕が飛んでくる角度などを変える力はないらしい。

  つまり今後は彼女の能力が発動する前に弾幕の軌道を確認することができれば、さらに対処は容易になる、ということだ。

 

  飛んでくる全ての黄金色と銀色の弾幕を切り捨てた後、挑発するように小町に向けて笑みを浮かべてやる。

  『距離を操る程度の能力』、破れたり。ネタが割れれば案外呆気なかったね。

 

  そしてついでに、このスペカを終わらせる良い方法も思いついた。

  私は左手でスペカを持ち、それを投げ捨てて宣言する。

 

「雷竜符『ドラゴニックサンダーツリー』!」

 

 私と小町との間に、雷でできた巨大な大樹が出現する。そしてそこから伸びた枝がいくつもの雷竜となって、ジグザグの軌道を描きながら飛び出した。

 

  そしてそこで『形を操る程度の能力』を発動!

  狙いは今周りに漂っている霧。それらを圧縮させて水を作り出し、縄のようにして小町を縛り上げる。

 

「さーて、ここで小学生でも分かる簡単な質問。水に電流を流すとどうなるかな?」

「……さあ? どうなるんだい?」

「いやなんでわからないんだよ!? ……こほんっ、まあいい。答えは『水は電流をよく通す』だ」

 

  その言葉の後に、雷竜たちが周囲から伸びる水の縄へとぶつかる。そして導火線のようにその縄を伝って、縛られている小町へと噛み付いた。

 

「ぐがあああああああ!?」

「おっと。ちょっと刺激が強かったみたい」

 

  電流に身体中を焼かれ、普段はマイペースな彼女からは聞けないような凄惨な叫び声があがる。

  そしてスペカが終わったころには、小町は全身を黒く焦げさせて肩で息をしていた。

 

  ありゃりゃ。よく考えて見たらドラゴニックサンダーツリーが全弾命中したようなもんだからね。いくら威力を抑えていても、そりゃこうなるか。

 

「やって……くれるねぇ……楼夢……!」

「いやーごめんごめん。あんまりにもいい策思いついたから試して見たくなっちゃって。ま、これに懲りたら敵に簡単に支配(ジャック)されてしまうような攻撃はやめるべきだね」

 

  とはいえ、別段私に罪悪感はない。

  いくら知り合いと言っても、これは真剣勝負だ。利用できるものがあるならなんでも使うし、他人を不愉快にもさせる。しかしその程度で壊れる絆なら、それまでということさ。

 

  側から見れば小町はもう試合続行不能だ。だけどまあ、この時の彼女は今まで見たこともないくらいに目を見開き、凶暴な笑みを浮かべていた。

 

「いつつ……さっきはあまり動きたくないって言ってたけど、ここまでやられちゃ本気を出すしかないじゃないか!?」

「お前……そんな性格だったっけ?」

 

  あーあ、一体どこでやる気スイッチが入ってしまったのやら。

  雷に撃たれて頭がおかしくなったのか、小町の性格が豹変。あれはまるでバトルジャンキーの目だよ。火神とか幽香とかと同類の目。

 

「死価『プライス・オブ・ライフ』!」

 

  小町の最後のスペカが宣言された。

  大鎌を二度振るい、前方の空間をクロスに切り裂く。

  すると黄金色と銀色の弾幕同士でそれぞれ繋がれた巨大な鎖が二つ出現して、私の周りを囲った。

 

  ん? なんじゃこりゃ?

  そんなことを思う間も無く、鎖の両端が不規則に動き出す。

  例えるならば、尻尾部分にも頭を持った蛇だろうか。二つの頭はそれぞれ自分が行きたい方向に向かって自由に進もうとする。それにつられて胴体部分が鞭のようにしなり、予測不能な軌道を生み出す。

  そんな厄介な鎖が二つ。実に面倒くさいものだ。

 

  迫り来る鎖を横に飛んで避けようとする。

  だが運が悪かったのだろう。別の鎖が偶然同じ方向に曲がり、結果的に私は自ら鎖へ突っ込むような感じになってしまった。

 

「おおっ!?」

 

  とっさに体と鎖の間に刀を割り込ませ、被弾を避ける。

  だが衝撃を加えてしまったことで鎖はさらにしなり、その両端が巻きつくように私に迫った。

 

「げっ……めんどくさっ!?」

 

  とっさに上体反らし(スウェー)。イナバウアーとでもどこからか聞こえてきそうなほど背中が曲がる。

  その後は空気を能力で固めて、それを蹴ることで鎖の近くから脱出する。

 

  出し惜しみしてる場合じゃないねこりゃ。

  てことでラストスペル。最後の一枚を掲げ、高らかに宣言する。

 

「悪戯『狐火鬼火』!」

 

  私の周囲にいくつもの青い狐火と赤い鬼火が浮かぶ。

  そして刀を振り下ろすのを合図に、二種類の弾幕が同時に飛んでいった。

  だが、二つの弾幕には違いがある。

  まずは速度。狐火の方が鬼火よりも速いので、先に狐火が小町へ殺到する。

  次に軌道。鬼火は通常と同じようにまっすぐにしか進まないが、狐火は∞を描くようにしてユラユラと進む。大抵のやつならこの避けにくい軌道に困惑するんだけど……。

 

「ふっ、甘いね」

 

  小町に動揺はなかった。

  手に持つ鎌で次々と狐火を切り裂かれ、無へと帰らされていく。

 

  と、私ものんびりしてる暇はないかっ!

  スペカ発動中でも被弾したらそれで終了だ。せめて鬼火がたどり着くまでには生き延びなくちゃ。

  迫り来る二つの鎖を皮一つで避けながら、小町の方を見る。

 

  狐火と鬼火の最後の違い。それは鬼火の方には衝撃が加わると爆発する術式が仕掛けられていることだ。

  つまりは爆弾。そして武器を扱う彼女には一度だけ通じるであろう、初見殺し。

  だが一度で十分だ。彼女の残機は残り一つ。これさえ削れれば勝てる。

 

  満を持して、ようやく鬼火たちが小町の元に到着する。

  そして彼女は何も知らず、その危険物に刃を振り下ろす。

  途端に——閃光。

  近くにあった鬼火たちを巻き込んで、連鎖的に爆発が起きた。

 

  鬼火を切り裂いた時、最も真近にいた小町は絶対に避けることができない。そう、()()()()

 

 

「——ふぅー、危なかった。あたいの能力でなければ今ので終わってたね」

 

  煙の中から姿を現した小町に傷はなかった。

  『距離を操る程度の能力』。鬼火の色が狐火とは違うことに違和感を感じていた彼女はこれを使うことで、自身を瞬間移動させて爆発をやり過ごしたのだ。

 

  ——だ、け、ど。

 

「残念だったね小町。それすらも予想済みだよ」

 

  小町に向かって高速で突っ込んでいく。

  ルール上、相手に物理攻撃を加えることはできない。だが、今回に至ってそれはなんの障害にもならない。

  なんせ私の後ろには、二つの巨大な鎖が追尾してきているのだから。

 

  小町の目の前でさらに己を加速させ、彼女の背後へと回り込む。

  しかし弾幕は急には止まれない。結果的に、主人を襲うように二匹の蛇がこちらへと迫ってくる。

 

「ちっ、邪魔だよ!」

 

  だが流石にそこまで上手くはいかないらしい。

  どうやらあの鎖は小町の意思で操作できるようだった。彼女の命を受け、鎖の弾幕が頭上を通り過ぎていく。

 

  だけど、そのために私に目を離したね?

  それが敗因だ。

 

  私は両手から狐火と鬼火を同時に繰り出す。

  本来なら速度の違いから、別々で敵に向かうことになるこの弾幕。しかし私と小町との間は今一メートルぐらいしかない。

  するとどうなるか。

  なんと、狐火の真後ろに密着するように鬼火が進んでいくのだ。

 

  鎌を振るえば後ろの鬼火まで切り裂いてしまう。

  そう判断した小町は再び能力を発動しようとしたのだけど、させないよ?

  もうすでに私は他の鬼火と狐火で小町を囲っていたのだ。

  小町の能力は移動距離を操るだけであって空間移動ができるわけではない。だからこそ、このように彼女を囲ってしまえば能力は無効化できる。

 

「……やれやれ。これは完敗かねぇ……」

 

  観念したようで、小町はゆっくりと鎌を下げると、目を閉じた。

  そして。

  包囲してた全ての弾幕が彼女に命中し、大爆発を巻き起こした。

 




「ちょうどSAOを見終わった後にこれを書きました。●●●●ォォォォォォ!!(ネタバレ防止のために名前は伏せておきます。知りたかったら円盤買ってね)」

「まあ原作見たことあるから終わりはわかってたんだけどよ。雰囲気ぶち壊しのセリフになっちまうが、やっぱ今回ってちょっとシュールだよなぁ……。狂夢だ」


「シュールって……私は普通に感動したんですけどね」

「まあまあいいじゃねえか、人それぞれで。それよりも今期のアニメは何を見るつもりなんだ?」

「うーん、私大抵なろう系しか見ませんからねぇ。ワンパンマン は見ること決定してますが」

「なろう枠……あ(察し)」

「はぁ……四郎が誕生しなければいいんですけど」

「太郎、二郎をほとんど読破したやつが何言ってんだ。どうせ見るんだろ?」

「別に太郎はともかく二郎は中々見れるもんですよ。集まってくるの全員ロリだけど主人公は熟女好きで恋愛対象外ってところがギリギリのラインを保ってますし。あくまで13巻まで集めた私の個人的意見ですが」

「太郎は?」

「原作は二巻だけ。ウェブはうろ覚えですが昔全部読みました。四郎候補もです。正直言ってこれだけでもうお腹いっぱいです」

「あれ、三郎がさっきから出てきてないな」

「だってあれなろうじゃないんですもん。あのアニメ見た後で買いたくもないですし」

「……カルテットにでも今期は期待しておけ」

「はい、そうさせてもらいます……」


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激おこプンプン丸の四季ちゃん

 

「ざっとこんなもんよ。それじゃあ勝ったことだし、無縁塚もとい三途の川まで戻ってもらうよ」

「いつつ……へいへいっと」

「あ、逃げようなんて思わないようにね。道中は私も同行するから」

「げっ、これは本当に八方塞がりだね……」

「……やっぱり逃げるつもりだったのか」

 

  どこまでサボるのに必死なんだこいつは。

  呆れた目線を小町に送る。それに対して彼女はヘラヘラと笑って誤魔化すだけだ。

  しかし流石にこれ以上駄々をこねることは無理だと判断したのか、再思の道を歩き始める。……超ゆっくりと。

 

「早く歩きなよ」

「ひょいっ!?」

 

  面倒くさいので舞姫の切っ先を軽く小町の腰に突き刺す。そしてその痛みに奇声とともに跳ね上がると、着地後は猛ダッシュで道を突っ切っていった。

  あまりの速度に近くの彼岸花が散りじりになっていく。

 

  ……ニヤリ。

 

「ちょっ、あたい急いでるじゃないか!? どうしてまだ刺してくるんだい!?」

「ほーれほーれ。早く走らないと腰がズタズタになっちゃうよー?」

「うわぁぁぁぁ!! 鬼だ! 悪魔だ! 四季様だ!」

「……最後のは聞かれてたら半殺しにされると思うよ?」

 

  そこから先はカオスだった。

  刀を振り回しながら笑顔で走る私。それよりも速く前を涙目で駆ける小町。

  とは言っても手加減した速度なのでやろうと思えばいつでも彼女を追い越せる。それをせずにただ単に追い詰めるだけにしているのは、ひとえに私が彼女の苦しむ姿を見たかったからだ。

 

 

  そんなこんなもあり、私たちの鬼ごっこは無縁塚に着くまで続いた。

  なお、この時小町の能力使えば一瞬だったじゃんと気づいたのには内緒だ。

 

「ゼェーッ、ゼェーッ……! 死ぬかと思った……」

「死神が何言ってんだか。ほら、職場に着いたよ」

 

  息切れをして倒れ込んでいる小町を無理矢理叩き起こし、辺りを見渡す。

  そこら辺に粗末な作りの墓が並んでいるね。地面にはガラクタとかが転がってるし、はっきり言ってゴミ処理場にしか見えない。

 

  そもそも、無縁塚とは博麗大結界の綻びがある地なのであって、元々ここに墓はなかったのだ。

  しかし綻びがあれば別世界とも繋がりやすくなるもの。現に今は三途の川と繋がっているが、それ以外にも冥界や外の世界にも繋がるらしい。

  そして世界と世界が繋がったとあれば、当然こちらの世界に外の世界の人間が迷い込んでくることもある。

  だがまあ悲しきことかな、ここ無縁塚から現れた外来人のうち、九割以上がその生命を断つことになる。

  なぜなら、ここは低級妖怪が跋扈している地でもあるから。何にも知らないやつが迷い込んで、数分後にはパクリというのがいつものパターン。まあ、そんな低級妖怪共もここにいれば楽に食料を確保できるから、ここにいるのだろうけど。

  そしてこの地の由来は、そんな名も知らぬ大量の犠牲者を思って、どこぞの誰かがここに大量の墓を作ったことにある。

 

  っと、この地の解説はこれくらいでいいかな。

  それよりも……。視線を小町に送る。

  彼女の鼻からは立派な鼻ちょうちんが見えていた。

 

「目を離した隙に寝るんじゃない!」

「……はっ! いやーすまないね。なんせあんなに動いたのは久しぶりだから」

「言い訳無用! さっさと行くよ!」

 

  繰り返されるこのやり取りの中でも人は成長できるのだよ。

  小町がグダグダと長ったらしい言い訳を話す前にその襟首を掴み、引きづりながら無縁塚の奥へとズカズカ進んで行く。

  途中でそこら中に落ちている外の世界からのガラクタや墓石に彼女が引っかかるけど、それも気にしない。無理矢理引っ張って、ぶち壊して進む。

  えっ、お前それでも元神社の巫女かって? いいんですよ、今の私は妖怪であって道徳なんてものはゴミ箱にダンクしているのだから。

 

  やがて川が流れる音が私の狐耳に入ってきた。

  そして私は無縁塚と三途の川の境界線の部分に足を踏み入れる。

 

  そこからは景色が一変。さっきまで暗くてジメジメとしていたのに、いつのまにか地面は芝生となっている。

  そして目の前には三途の川と、見覚えのあるオンボロ船が視界に映った。

 

「おお、私の『三途のタイタニック』! 生きていたか!」

「生きていたも何もお前の仕事道具じゃないの。処分されるわけないじゃん」

「いや、わからないよー。ストレスの溜まった四季様にうっかり壊されることも何回かあったし」

「……それはお前が悪い」

 

  今日何度目かの呆れた目線を小町に送る。

  しかし彼女は相変わらずどこ吹く風と聞き流すように、オンボロの船へ近づいていった。

  どうやらここまで来てようやく仕事をする気になったらしい。彼女が収集をかけると、どこからともなく色鮮やかな魂たちが集まってくる。

 

「はいはーい。押さなくても全員乗れますんで、落ち着いてくださーい!」

 

  なんかアイドルのグッズ販売みたいなノリだな。

  というか魂魄多すぎじゃね?

  なんか蛇の道みたいな感じでグニャリグニャリと曲がった列ができてるし。一列で百個ぐらいか? ちなみに最後尾は七列目である。

 

「押さない駆けない喋らないでよろしくお願いしまーす!」

「……あら、いい心がけですね小町」

「……へっ?」

 

  ……あっ。

  小町と私の時間が止まる。

  彼女の背後。そこには木製の笏を血管が浮き出るほどに握りしめていながらも、眩しい笑顔を貼り付けている四季ちゃんこと四季映姫・ヤマザナドゥ最高裁判長の姿があった。

 

「しし、四季様ァ!? なぜこんなところに!?」

「なぜ……ですって……? なぜも何もあるわけないでしょうが!」

「きゃん!」

 

  四季ちゃんが手に持つ笏——悔悟棒で小町の顔面をぶん殴る。

  彼女は聞いたこともないような可愛らしい悲鳴をあげながら、空中でキリモリ三回転しながら三途の川へ落っこちていった。

 

『……あっ』

 

  今度は私だけでなく、四季ちゃんからも同じような声が出てくる。

 

「ちょっ。四季様助けてぇっ! 流石のあたいもっ、三途の川じゃっ、ゴボゴボっ!」

「……ま、まあ仕方ないです。彼女にはしばらくああしてもらいましょう」

「いやあれ大丈夫なの? 三途の川って落ちたら一発アウトって聞いたことがあるような……」

「……」

「小町ィ!!」

 

  その後、私ごと引きずり込まれそうになりながらも、なんとか小町を救出することに成功した。

  いや、改めて思うけどなんだよあの川は。落ちて数十秒しかしてないのに小町の下半身は大魚に丸かじりされてたし、無数の手みたいのが伸びて来たときはもうダメかと思った。

  現在彼女は身体中に張り付いた大量のピラニアもどき君たちと仲良く地面に寝ている。どうやら気絶してるみたいだし、当分起きそうにないねこりゃ。

 

「ふぅ、助かりましたよ楼夢。正直私でも道具がなければ三途の川に落ちた者を助けることはできなかったので」

「あれ、でも四季ちゃんって今の私なんかよりも数十倍強いでしょ? 腕力もそうだし、無理矢理引きちぎればいけたような気が……」

「四季ちゃん言うな!」

「ほげぶっ!?」

 

  今度は私が殴られ、三途の川の一歩手前の地面まで吹き飛ばされる。

  アイタタ……。相変わらず容赦ないね。というかさっき三途の川に人落っことしたばかりなんだし、もうちょっと威力抑えてもよかったんじゃ……。

 

「問答無用です。それよりも、さっきあなたは私でも小町を助けられたと言っていましたが、それは逆です。()()()()()()()()()()()()()()

「えーと、それってどういうこと?」

「三途の川に落ちた者に発動するギミックはあれだけじゃないってことです。本来なら先ほどのに加えて、三途の川に住む実態なき魂たちが強制的に小町を沈めるはずでした。これは私ではなく十王の方々が設置したものなので、私個人の力でも抗いようがありません」

 

  もちろん、全盛期のあなたなら力技でも抜け出せたと思いますが、と最後に四季ちゃんは付け足してきた。

  それにしても、なんでその最後のギミックが発動しなかったんだ? 言い方からすると、これが最も重要なトラップだと言う風に聞こえるんだけど。

 

「はぁ……やっぱり気づいていませんでしたね」

「何が?」

「あなたの神としての種族は覚えていますよね?」

「縁結びの神でしょ? 覚えてるに決まってるじゃん」

「それが、今のあなたは悪霊の神々にもなっています」

「はっ!?」

 

  え、何その唐突なジョブチェンジ。聞いたこともないし、今初めて知ったわ。

  というかなんでよりにもよって悪霊なんだよ! オレンジ肌の一つ目の巨人と同じ肩書きとか死んでもいやだぞ!

 

『あー、それ、多分私のせいですねぇ』

 

  そんな私の心の中での問いに答えるかのように、女性の声が頭に響いてくる。もちろん、これは聞き慣れた声だ。

 

  妖桜を抜いて、その刃を地面に突き刺す。すると黒い煙が刀身から発生し、しばらくすると中から黒い着物姿の女性——早奈が出てきた。

 

「こんにちは、小さな閻魔様。私は妖早奈、楼夢さんの妖魔刀です」

「西行妖……いえ、東風谷早奈でしたか。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。ここ幻想郷の地獄における最高裁判長です」

「……私の苗字を間違えるのはやめてほしいんですが?」

「あいにく、地獄側ではあなたの名前はそう登録されているので、私はそのまま呼んだまでです。文句があるなら地獄の本部にどうぞ」

「……今のではっきりとわかりましたよ。あなたは私が嫌いなタイプの人です」

 

  いや、そもそも地獄の最高裁判長と世紀最大の悪霊の相性が良いわけないじゃん。

  最初の方は余裕といった風に四季ちゃんを見下していた早奈も、今では忌々しそうに睨みつけるだけ。それに対して四季ちゃんは平常通りの表情だった。どっちが優勢なのかは明らかだ。

  ふふ、普段笑みばっか浮かべてるやつが顔を歪めるのを見るのはいい気分である。

  でも、ここでそろそろ一区切りしないと永遠にこの睨み合いは続きそうだね。

 

「それで。早奈のせいで私の種族が変わったってどういうこと?」

「薄々察しているとは思いますが、あなたはそこの悪霊と魂の契約——つまり妖魔刀の契約を行った。その結果、彼女の余りある邪気が逆流し、あなたの存在を変化させたのです」

「んじゃ、さっき言ってたトラップが出なかったってのも……」

「あなたがひとえに悪霊を束ねる神だからでしょう」

 

  毎度ながらなんでこんなことになるのだか。

  どうりで最近うちに迷える魂が来るわけだ。原因究明を娘たちに任せていたけど、まさか原因が私自身だとはね。

  というか狂夢も早奈ももしかしてそのことを前から知ってたのでは……。

  ふと横を向くと、早奈が露骨に視線を逸らして口笛を吹き出す。

 

「よーし早奈、お前も三途の川にダイビングしてくるか」

「痛い痛い痛いっ! ちょ、頭を拳でグリグリするのはやめてくださいぃ〜!」

「四季ちゃんの言葉を借りるなら、それこそ問答無用だ! どうせ同じ悪霊だから最後のトラップも作動しないんだし、そのけしからん胸だけでも魚に削ぎ落としてもらおうか!」

「ひぃぃ〜! だいたい、悪霊の神になったところで不利益はさほどないんだしいいじゃないですかぁぁ!?」

「いえ、私はだいぶ迷惑しています」

 

  ほら、四季ちゃんにも言われてるぞ。

  とか言おうとしたら、早奈もろとも私まで殴られた。

 

「私はあ・な・た・た・ち二人に迷惑しているのです! 人間をやめて悪行の限りを尽くした魂を、ようやく裁けると思っていたところにまさかの楼夢との融合! こんなことをされては地獄の裁判もクソもありません! なんで窃盗犯如きを地獄送りにできて世紀の大量殺人犯は送れないのですか!? そもそも——」

「……あ、これ話が長くなるやつだ」

「そうですね。私も歳をとってもああはなりたくないです」

「聞いているのですかっ!!」

 

  悔悟棒をブンブン振り回しながら、緑髪の少女は叫ぶ。いや、今も叫び続けている。

  なんか地獄があることの壮大な意味を語り始めたけど、正直私も早奈もそんなものを聞くつもりもない。そして聞く耳を持たなければ、これは説教ではなくただの絶叫である。

  しかしそんなことは今目の前にいる少女の気迫の前では言う勇気すら起こらず。

 

「「はい……」」

 

  二人虚しく、そう返事をするだけであった。

 

「まあ、言いたいことは山ほどありますが……ちょうどいいです。楼夢、あなたはこれから私の個人的な裁判を受けてもらいます」

「へっ? 神は裁くことができないんじゃ……!?」

「それは地獄の裁判です。今から行うのは私が法となる裁判」

 

  ふわり、と四季ちゃんが宙に浮かぶ。

  ……あれぇ? なんかめっちゃ膨大な霊力やらなんやらが彼女からあふれてる気がするんだけど。

  まるで、これから戦闘を行うみたいな……。

 

「判決有罪、弾幕刑。これからあなたには、私の個人的なストレス発散に手伝ってもらいます」

「ふぁっ!? ちょちょ、こんなことしてる場合じゃないでしょうが! 溢れた魂を裁く仕事がまだ残ってるでしょ!?」

「大丈夫です。今日の勤務時間は終わりました。あとは私の他にもう一人いる裁判官がやってくれますので」

「ちくしょうホワイト企業め!」

 

  四季ちゃんがスペルカードを取り出す。

  総数五枚、残機は三つ。どうやら本気で私をここでぶちのめすつもりのようだ。

 

  私がやるかやらないかを言う間も無く——。

 

 

「罪符『彷徨える大罪』」

 

  私にとっての独裁者は、初っ端からスペルをぶっ放してきた。



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連戦の代価

 

 

 

 

「罪符『彷徨える大罪』」

 

  突如弾幕が円を描くようにしてばら撒かれる。

  それを掻い潜りながら、私は静かに舞姫を抜刀した。

 

  普段ならこの弾幕ごっこを楽しみたいけど、さすがに悪条件すぎるからね。付き合ってられっか。

  持ち前のスピードと機動力でぐんぐん四季ちゃんに近づいていく。そして刀が届く距離に入ると、私はためらいなくそれを振るった。

 

  もちろんこれは当てるつもりがなく、四季ちゃんの前をギリギリ通過するように調整されている。しかし刀から弾幕を放つことは禁止されていないので、結果的にゼロ距離被弾になろうとルール違反にはならない。

  本当は霊夢みたいななりふり構っていないと喰らいつけないようなやつと戦う時以外は禁止しているんだけど……。

 

  しかし四季ちゃんは恐ろしいことに、涼しげな顔で前に一歩踏み出してきやがった。

  この野郎、当たりどころ悪ければ死ぬのが弾幕ごっこなんだぞ! なんて命知らずな行動取ってきやがる!

  しかしそうは言っても、このまま振り切れば確実に刀が彼女を切り裂いてしまう。それだけは絶対にダメなので、仕方なく私は刃の軌道を逸らすと、大きく後ろへ飛び退いた。

  そしてそれは正解だったようで、一拍遅れて弾幕が四季ちゃんの目の前に展開される。あのままあそこにとどまっていたら、被弾の一つはしていたかもね。

 

「あなたは早く決着をつけたくて普段使わない手を使ったのでしょうけど、無駄ですよ。私は地獄に生きる者。生への渇望もなければ死への恐怖もない。いえ、死などは存在しない。故に、あなたの刃を体で受け止めることにためらいはありません」

 

  まあ言っちゃえば四季ちゃんも神様の一種だ。だからこそ肉体が消滅しても蘇ることができる。唯一の違いは、地獄の連中は神奈子や諏訪子とかの純粋な神と違って、信仰が消える可能性が限りなく低い、ということぐらいか。

  なんせ地獄という思想は昔からどこの国でも存在するものだ。それは今でも変わらないし、今後も変わっていくことはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っても過言ではないからだ。

 

  それにしても、いざ私が霊夢用に考えた策をこうも簡単に破られるとちょっとショックだね。

  まあ今の突撃で一枚目のスペカは見切った。ここから反撃といかせてもらおうか。

 

「氷華『フロストブロソム』」

 

  まずはこちらもスペルカードだ。

  氷の薔薇を四季ちゃんの真下に出現させ、破裂させていく。

 

  そして彼女のスペカ対策なんだけど……あのスペルには致命的な弱点がある。

  それは弾幕をコンパスのように円を描きながらばらまく際、中心点となる部分に光でできた花が一瞬だけ浮かび上がることだ。おそらくは座標指定とかそういうの目的であれはあるのだろう。

  しかし、敵に見破られてちゃ意味がない。光の花が咲いた場所から離れるだけで、私は難なく弾幕を避け続けることに成功した。

 

  しかし、私のスペカもさほど役には立ってないようだね。

  舞い散る薔薇の花弁が余裕の表情のまま避けられていく。これは、お互い決定打に欠けてるね。

 

  結局、二つのスペカはその後はなんの成果も得ることなく消えていった。

  さすがは地獄の最高裁判長。見た目からは信じられないほどの戦闘力である。……私が言えたことじゃないが。

 

「嘘言『タン・オブ・ウルフ』」

「通常弾幕の差し合いもなしに二枚目とは無粋だねっ!」

 

  くそったれ。こうもセオリーを無視されちゃやりにくったらありゃしない。考えなしのバカとは違って、今は畳み掛けたほうが良いという判断からの行動。四季ちゃんのやつめ、なんていやらしんだ。

 

  二枚目のスペカを一言で表すなら、弾幕の檻だ。

  超高速で青色の弾幕が、四季ちゃんを中心に大量に放たれる。

  それらを避けるのは簡単だ。観察してみてわかったんだけど、なんせこの弾幕、ランダム制じゃないのだ。つまりは固定砲台。私の動きに合わせて銃口が調整されるわけでもなく、ただ銃口が向く場所めがけてにしか、弾幕は飛んでいかない。

 

  銃口と銃口の間の安全地帯と言える場所に入り込む。いや、誘導されたと言った方がいいか。

  たしかに、ここにいれば青の弾幕は当たることはない。しかし逆に言えば、前後左右に弾幕が飛び交っているため、動くこともできない。

  まさに弾幕の檻。

  そうして身動きが取れなくなった私めがけて——赤の弾幕が、スナイパーライフルの弾丸のように飛んでくる。

 

「のわっ!?」

 

  刀をとっさに縦にして、体の前に構える。

  次の瞬間、脱臼しそうなほどの衝撃が前から加わってきた。

  あまりの威力に吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか空気を固めた足場で踏ん張って耐える。

  ここはさっきも言った通り身動き一つすら取ることが困難な檻の中だ。体が流されれば、たちまち被弾してしまう。

 

  スペルカードで応戦しようにも、手札じゃ今の状況をどれも突破できないことだろう。

  『狐火鬼火』と『プリズムプリズン』は論外。使い勝手のいい『森羅万象斬』ならこの弾幕の檻も消し去ることができるだろうけど、それも一瞬だ。どうせまた同じように復元されてしまう。『空拳』も同じようなもんだ。『ドラゴニックサンダーツリー』じゃそもそも質量負けしちゃうからな。かと言って切り札の『大紅蓮飛翔昇竜撃』をこんな序盤で使うわけにはいかない。

  はっきりと今ここでできることは何もないってわかるんだね。

 

「ぐぅっ!」

 

  赤の弾幕は二度目、三度目と私を襲ってくる。

  その度に私は刀で馬鹿正直に受け止めているんだけど、それも限界が近いわこれ。

  そもそもフランみたいな馬鹿力があるならともかく、私の腕力はごく一般並みだ。体重も見た目通り軽いので、どう考えてもこう真っ向から相手の攻撃を受け止めるのには向いていない。いや、この際言えば苦手も同然だ。

 

「ガッ……!」

 

  六回目ぐらいか。とうとう私が耐えきれなくなり、体が後方へ吹っ飛んでしまう。そして弾幕の鉄格子に背中をぶつけてしまった。

 

  そこでようやく四季ちゃんのスペカが終了し、私は空気の床に大量の汗とともに思わず膝をつく。

  やばい、身体中の筋肉がガタガタ言っちゃってる。服も衝撃波で一部ボロボロだし、はっきり言ってこの弾幕ごっこ中に回避能力とかに影響が出るのは間違いないだろう。

  四季ちゃんはおそらく、私のそういった弱点を全て見抜いた上で、確実に潰しにきているのだ。

 

「見通しが甘かった。計算違いだった。そう思っていますか?」

「……」

 

  その問いに私は無言の返答を返す。なぜならそれは、私がたった今思っていたことだから。

 

「万全な状態で戦っていたら、私があなたに勝てる道理はないでしょう。私は所詮地蔵上がりの者。あなたの身に宿る経験には及びません」

「……まるで私が万全な状態じゃないと言ってるようじゃん」

「ええ、そう言っているのです。はっきり言えば、()()()()()()()()()()()

 

  ……参ったね。まさかそこまで見通されているとは。

  私は力なく笑みを浮かべて強がるので精一杯だった。

 

「風見幽香との激戦。今は中級上位程度の妖力しかないあなたが彼女を倒すのは、決して楽なことじゃない。そして仮に後のことを考えて温存でもしてたら、彼女の性格上速攻で殺されていたでしょう」

「そうだね。私は出し惜しみはしていなかった」

「正しい選択でしたね。しかしその後が迂闊すぎました。ポーションのおかげで回復したとはいえ、半分程度の妖力しかない状況であなたは小町と戦い、勝った。しかしその代償はかなり大きい。現に、あなた今二割程度しか妖力が残ってないのでしょう?」

「……言いたいことはそれだけ?」

 

  歯を食いしばり、震える足で立ち上がる。

  まったく、やんなっちゃうよこうなめられてちゃ。

  たしかに今の私は妖力も体力もボロボロだ。だけど、それで負ける要素がどこにある?

 

「私は最強! 私が一番強い! そんでもって四季ちゃんは私より弱い! その差がたかだか妖力がない程度で埋まると思ったら、大間違いだ!」

「……やはり、今のあなたはあまりにも幼すぎる。その姿になる前のあなたなら引き際を間違えないだろうし、今のように癇癪を起こすこともなかった」

「御託はいいんだよ御託は! 私を黙らすなら、私よりも強いと証明してみせろ!」

「……では、そうするとしましょうか」

 

  四季ちゃんが三枚目のスペカを唱える。

 

「審判『十王裁判』」

 

  放たれたのはばら撒きによる移動制限からの自機狙いという、ごく一般的な青色の弾幕だ。

  たしかに面倒くさくてよく使われる部類のスペカだけど、逆に言えばこんなものはいくらでもある。弾幕慣れした私の敵じゃない。

  自機狙い弾を前進しながらギリギリのところで避ける。そして四季ちゃんに接近したところで左手でスペカを構えて。

 

 

  ——突如私の横を通り過ぎた緑色のレーザーによって、それは撃ち落とされた。

 

「なにっ!?」

 

  くそっ、私の『空拳』のスペルカードが!

  黒い炭と化したカードに構う間も無く、次の弾幕が放たれる。

  放たれた弾幕の構造は先ほどと同じ。だが、その色は緑色となっており、密度と速度がかなり上がっていた。

  さっきまでの余裕を全て消し去り、回避に全力を尽くす。そして第二陣も乗り越えられたのだが……。

 

「無駄ですよ。このカードは時間をかければかけるほど強くなる」

 

  今度放たれたのは水色の弾幕。四季ちゃんの言葉通り、緑色のよりも量も速度もさらにパワーアップしていた。

  だけど、二つも弾幕群を超えたおかげでだいぶ四季ちゃんとの距離が縮まっている。

  正直言って、手持ちのスペカを普通に使うだけじゃ絶対に彼女には当たらない。それこそ、限界まで距離を詰めるぐらいじゃないと。

  おそらく、今放たれたのを含めてあと二回ほど弾幕群をくぐれば、その距離となるだろう。そしてそこが勝機だ。

 

  この『十王裁判』というスペカはたしかに強力だけど、一つ弱点がある。それは、弾幕群の構成が変わらないことだ。

  自機狙い系の弾幕は放たれる前までにターゲットがいた場所向かって直進する。それ故に放たれてから方向転換できないので左右への移動に弱いのだ。

  それを補うために他の弾幕をばらまいているのだろうけど、こうも同じ光景ばっかだとルートを見つけるのは容易い。それは、いくら量や速度が変わったって変わらないことだ。

 

  水色の弾幕が終わり、今度は紫色の弾幕が放たれる。

  もちろんこれもパワーアップしているが、基本的には先ほどと同じ。左右に動き回りながら、じっくりと距離を詰める。

 

  そして第四陣突破。この時四季ちゃんとの距離はわずか数メートル。

  ここだ!

  スペルカードを左手に掲げ、宣言のために大きく口を開く。

 

  だが、この時私は気づいてしまった。

  四季ちゃんの周りに浮かんでいるものが、通常の弾幕ではなく全て細長い形をしていたことに。

 

  思考を停止させ、スペカすらも投げ出してその場を思いっきり後退する。

  そして——。

 

 

  ——四季ちゃんを中心とした全方位へと、無数のレーザーが解き放たれた。

 

 






「ああ、もう少しで新学期か……。このまま引きこもっていたい作者です」

「最近は特にネット通販と動画しか見てないからな。というかそんなのしてるんだったら小説書けや。狂夢だ」


「はぁ……学校いきたくなぁい……」

「というか何がそこまで嫌なんだ。勉強はまあしょうがないと思うが」

「友達作れる自信ないからです」

「……まあ、お前と同年代で東方好きなやつなんてあんまいないからな……」

「卒業した学校では私の知る限り学年で三人くらいしかいませんでしたからね。というか東方以外に関しても、話す内容がほとんどクラスメイトとマッチしない」

「まあ今時二次元ロリコン属性持ちで人生のほとんどをRPG(主にドラクエ)となろう作のラノベと東方に費やしてきたやつと友達になろうってやつの方が凄えよ」

「特に三年の時のクラスなんて、男子は全員漫画派で、ワンピースと進撃の巨人の話ができない奴は相手にされない、さらに全員バリバリのスポーツ系ばっかでしたから。東方どころかラノベの話すらできませんでした。アニメ愛好家を語るんだったら、せめて『まるで将棋だな』くらいは知ってて欲しいものです」

「……お前も漫画多少は読めよ」

「はじめの一歩なら110巻ぐらいまで全部持ってます」

「だからなんでお前はそういう今時の奴らが話題にしないようなもんばっかりしか見ねえんだよ!」


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浄玻璃の鏡の裁判

 

 

 

 

「弾幕のパターンが変わった!?」

 

  ばら撒きによる移動制限からの自機狙いではなく、全方位への無差別レーザー。

  それらのうちのいくつかが私の肌を掠め、通り過ぎていく。

 

  危なかった……。あの時距離を詰めていたら、間違いなく今ごろは蜂の巣だっただろう。

  この手のタイプは近づけば近づくほど脅威は増すが、逆に距離を取れば取るほどレーザーとレーザーの間の幅が大きくなり回避しやすくなる。

  私はそのセオリーに従って四季ちゃんから離れ、レーザー群をやり過ごした。

 

  だけど、これでまた振り出しに戻っちゃったね。

  ここから再び距離を縮めなければ、勝ち目はない。だけどさっきみたいに左右に移動しながら少しずつ進むだけじゃあ時間がかかりすぎる。その分スペカがパワーアップして、私の勝率はさらに小さくなるだろう。

  いや、臆病になってどうする。この際ピンチなんだ。悠長に安全策を取って無駄にスペカをパワーアップさせるよりも、一か八か突っ込んだ方が断然いい。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

  雄叫びを上げ、特攻。

  向かい打つように放たれたのは、ばら撒きと自機狙いという最も見たパターンの弾幕群。

  当然私は前に突っ込んでいるため、自機狙い弾へ自ら向かっていくようにも見えるだろう。だけど私は被弾するつもりも、この勝負を投げ出したわけでもない。

 

  ギリギリ引きつけてからの掠り(グレイズ)

  服の切れ端が消し飛び、肌から薄く血が出るけど、そんなのは関係ない。

  一つ避けたとしてもすぐに次が来る。すぐに前へ進みながらも微妙に方向をずらし、二個目の弾幕を避ける。

  だけどそう上手くは続かず、三個目の時に弾幕が肩に当たってしまった。

 

「痛っ……!」

 

  精神がガリガリ削られていくのがわかる。が、今は被弾したことを気にしている場合じゃない。私は残機一つを代償に残り全ての自機狙い弾をわずかな時間で避けることに成功した。

 

  次に放たれたのは白の弾幕。もちろんこれも今までと変わらない。

  だが、さっきの無茶のおかげでかなり四季ちゃんとの距離はかなり縮まった。あとこれを同じように避けられれば、おそらく手が届くはず。

 

  これで最後だ。

  迫り来る弾幕の圧に負けてたまるかと目を見開き、歯を食いしばる。

  そして身体中から血を流しながらも、またしても前進しながら自機狙いを避けることに成功した。

 

  再び四季ちゃんとの距離は数メートルとなる。

  私は舞姫を力強く握ると、それを振りかぶった。

 

  次の弾幕を放つまでの時間が足りない。そう判断したのか、四季ちゃんは刃を体で止めることで時間を稼ごうと、あちらから接近して来る。

  だ、け、ど。

  こっちだってなんも考えてないわけじゃないんだよ!

 

「雷竜符『ドラゴニックサンダーツリー』ッ!」

 

  舞姫での攻撃はフェイント。

  本命はこっちだ。

 

  私と四季ちゃんの接触を拒むように、私たちの間に現れる雷の大樹。

  私は知っていたので止まることができたのだが、距離を詰めるために前進していた四季ちゃんは自らその大樹に向かって突っ込んでいく形となる。

  しかしギリギリ間に合ったのか、帽子の端が焦げたところでなんとか踏みとどまることに成功する。

 

  だけど、その状態で後ろからの攻撃に対応することは無理でしょ?

  私は持ち前の超スピードによって、彼女の後ろにすでに回り込んでいたのだ。

  そして今度こそ霊力を纏わせた舞姫を振るい、斬撃を背中へと飛ばす。

 

「ぐっ……!?」

 

  四季ちゃんの背中で斬撃が炸裂した。

  これでようやく一ヒット。先はまだ長い。

 

  間髪入れずに、大樹から放たれた雷竜たちが四季ちゃんへ襲いかかる。

  もちろんこのスペカは使用したばっかなので、制限時間にはまだ余裕がある。これで残機をまた削れればいいんだけど……。

  さすがにそこまで甘くはないようだ。

 

「審判『ラストジャッジメント』!」

 

  四季ちゃんは悔悟棒を空へと掲げる。

  すると右から赤い光の筋が三本、左から青い光の筋が三本の計六つの光の線がそこへ集中していく。

  あーうん、ゲームとかでよく見る光景だよね。てことは、私の予想が正しければこの後に起こるのは——。

 

  四季ちゃんは悔悟棒を大樹に向けていた。

  そして先っぽに紫色の高密度の霊力が集中していき——そこから、マスタースパーク並みの極太レーザーが発射される。

 

  その威力は凄まじいの一言に限った。

  紫のレーザーがドラゴニックサンダーツリーに激突した瞬間、一瞬辺りが光に包まれる。そして轟音とともに大爆発が起き、大樹は根元から消しとばされてしまっていた。

 

  俗に言うチャージビームという表現で間違ってはいないだろう。

  大樹が消滅しては雷竜は生み出せない。これで私の二枚目のスペカは終了だ。

 

  もう四季ちゃんは次の発射に向けて霊力を再チャージしている。

  だけど、私に焦りはない。ちょうど()()()()()()()()スペカを持ってることを思い出したからだ。

 

「これでとどめです」

 

  冷たく彼女は言い放つと、右手に持った砲台をこちらへと向けて来る。そしてそこから光が集中し、紫の閃光がほとばしった。

 

「勝手に終わらせないでほしいね! 鏡符『プリズムプリズン』!」

 

  かかったね!

  素早く発動された正八面体の結界が四季ちゃんをレーザーごと閉じ込める。

  このプリズムプリズンは内側から結界に当たったレーザーを分裂させ、反射する能力を持っている。そこにあの極太レーザーが加われば!

 

「ぐっ、うおぉぉぉぉっ!!」

 

  さすがは四季ちゃんのレーザーだ。威力が凄まじく、結界にヒビが入ってしまったよ。

  だけどそれだけだ。結界に霊力を注ぎ込んで強化し、彼女のレーザーを二つへと分裂させる。

  そこから二つのレーザーは四つへ、四つのレーザーは八つへと、無限に増殖し続け、結界内を縦横無尽に走り回った。

 

  四季ちゃんは頑張ってレーザーを避け続けているけど、四方八方から迫る数十の攻撃に同時に対応することなど、私みたいな超スピードがなければ不可能だ。

  その例に彼女も漏れず、レーザーの一つが脇腹にヒットする。そしてそこで動きを止めたことで次々と別のレーザーが当たり、結界が内側から弾け飛ぶほどの爆発が起こった。

 

  これでお互い残機一つ、スペカに至っては四季ちゃんは一枚で私は二枚目も残っている。

  弾幕ごっこには被弾後数秒間は弾幕に当たってもカウントしないというルールがあるため、先ほどのプリズムプリズンもワンヒットと数えられる。

  だけど、ここまで追い込んだ。

  形成逆転。あとは気合で押し込むのみだ。

 

「いくよ四季ちゃん! 滅符——『大紅蓮飛翔昇竜撃(だいぐれんひしょうしょうりゅうげき)』ッ!!」

 

  ここに至って全妖力を解放。妖桜を抜きながら、スペカを唱える。

  今まで二刀流をしなかったのは体力消耗を抑えるためだ。しかしもうその必要はない。この数分に全てを詰め込む。

 

  炎と氷の翼を身に纏い、両刀の切っ先を合わせて一つの刃と化して突っ込む。

  対して四季ちゃんが取り出したのは……鏡?

  そう、黒光りする不気味な手鏡をどこからともなく引っ張り出してきたのだ。

 

  あれは……浄玻璃の鏡!?

  しまった! と心の中で叫び、とっさに手鏡に映らないように身を捻ったが一足遅く。

  鏡が私の姿を捉えた瞬間、それは発光し始めて——それが収まったころには、私そっくりの少女が四季ちゃんの前に立ちはだかっていた。

 

「審判『浄頗梨審判—白咲楼夢—』」

「……へぇ、偽物ごときで私に勝てると思われているとは、心外だねぇ!」

 

  偽物の私は同じように炎と氷の翼を展開し、私そっくりのフォームのまま突っ込んで来る。

  そして私と私が空中でぶつかり合った。

 

「ぐっ……! このぉ……!」

「……」

 

  いくら力を込めようが偽物が吹き飛ばされることはなかった。逆もしかり。私も吹き飛ばされることなく、その場で刃と刃をこすり合わせている。

  この偽物、見た目だけじゃなくて身体能力まで再現されてるのか!?

  くそったれな地獄の連中め。なんて厄介なものを開発してくれたんだ。

 

  均衡を打ち破ったのは偽物の方だった。

  下から上へ弾くように私の両刀を押しのけると、片方の刀の切っ先を私に向けて来る。そこに霊力で形作られた雷が集中していき、巨大な雷撃が放たれた。

 

  この術は『雷吼炮』か!

  とっさにその場を移動して雷の砲撃を回避する。

  だけどその間に偽物は次の術式を練っており、今度は光り輝く二つの剣がソードビットのように飛んでくる。

  次は『スターライトクロス』か……。この技は拘束用なので威力は低いと理解しているため、両刀で難なく撃ち落とすことに成功する。

  しかし次の瞬間、私の頭上の空から数十ものレーザーが雨のように降ってきた。

  『サテライトマシンガン』!? やばっ、早く範囲から逃げないと!

  発動前になんとか術式の気配を察知できたため、私は翼に風穴を空けられながらもなんとかその場から脱出した。

 

  反撃したくてもできない。その理由は単純に妖力の差だ。

  今の私の力は残り一割といったところだろう。しかし浄玻璃の鏡から生まれたやつは四季ちゃんから力を供給されたのか、満タンにほぼ近い量の妖力を保有していると思われる。そんな状態でバカ正直に術式の撃ち合いをしても負けてしまうため、こうして回避に専念しているのだ。

 

  結局、活路を切り開くには接近戦しかないね。

  幸い四季ちゃんはスペカのせいなのか一切攻撃してこない。この隙に奴を直接ぶった切ればそこでジ・エンドだ。

 

  中規模の竜巻が私を襲う。

  これは『バギマ』だね。中々当たらないから範囲攻撃に切り替えてきたか。

 

「だけど、甘い!」

 

  竜巻を数十もの斬撃をくらわせることで無理矢理突破。その先には同じように二刀を構えた偽物がいた。

 

  四つの刃が衝突し、金属音を撒き散らす。

  しかし今度は鍔迫り合いはなしだ。すぐさま偽物の刀を振り払うと、怒涛のラッシュを繰り出していく。

  しかし偽物の中々やるようで、私の防御テクニックを使って斬撃を次々と防いで来る。

  だけど、それは所詮私のテクニックだ。どこが弱点なのかは私が一番よく知っている。

 

  私と偽物は同時に前へ踏み込み、お互いすれ違いざまに斬撃が交差する。

  私のほおに赤い線が一筋走った。だけど私の刀は偽物の腹部を横一文字に切り裂いており、受けたダメージはあちらが上だ。

  通常なら相手に物理攻撃は禁止されているが、あいにくとこの木偶の坊は作り物であってプレイヤーじゃない。なので切ってもルール違反になることはない。

 

  偽物は痛がる素振りすら見せなかった。むしろ接近戦は不利だと悟ったのか、バックステップで距離を取りながら術式を練る辺り、まだまだやる気に満ち溢れている。

 

  そんな偽物が両刀をこすり合わせて、巨大な雷をそこに集中させた。

  これは……雷吼炮じゃない! 青白い雷ってことはその上位互換の飛竜撃賊震天雷砲だ!

 

  こうなったら奥の手を使わざるをえない。

  炎と氷の翼で体を包み込み、光の巨竜化。そしてそのまま雷撃に食らいつくように真正面から突撃する。

 

  しかしそれでも、徐々に押し込まれていく。

  くそっ、やっぱり妖力が足りなすぎて十分な威力が出ない!

  だったら……!

 

「これで、どうだぁぁぁぁぁっ!?」

 

  妖桜を逆手に握る。

  そして残ったありったけのエネルギーを刃に込め、槍投げのように雷撃めがけて投擲した。

  それはまさに光陰の矢の如く。

  衝突した瞬間に雷撃の中を貫通していき、爆発させることで相殺に成功した。

 

  しかし私の目に油断はまだない。

  なぜなら偽物の私が爆発の煙を押しのけて、接近戦を仕掛けてきたからだ。

 

  なるほど、刀が一つしかなくなったのを見て向こうから攻めてきたか。剣術じゃ私に勝てないと認めて逃げるくせに相手が弱くなれば自分から突っかかってくる。やはりあれは私じゃない。迫り来る舞姫を受け止めながら、そう思った。

 

  残った偽物の妖桜が振りかぶられる。

  残念ながら、もう左手から弾幕を出して迎撃する妖力すらも残っていない。だから私ができることは何もなかった。

  ——()()()()()()

 

 

「——咲いてください『妖桜』」

 

  ドスッ、という鈍い音が聞こえた。

  その音源は偽物の腹部、いや正確には背中から。

  偽物は腹から刃を突き出して、ゆっくり後ろを振り向いた。

 

  そこにいたのは清々しいまでに見事な笑みを浮かべながら、紫色の刀身を持つ刀を握る女性——早奈だった。

 

  あの飛竜撃賊震天雷砲を撃ち落とすために妖桜を投げたあと、私はこっそり彼女を刀から出していたのだ。

  そして私に夢中になって背中が無防備になったところでの不意打ち。おまけに妖桜本来の能力を解放したことで、偽物の体は腹部からゆっくり黒く汚染されて灰と化していく。

 

「……」

 

  上半身だけになりながらも偽物はその脅威を排除するため、早奈へ刀を振るう。

  だけど所詮は偽物か。もっとも注意すべき人物の存在を忘れてるよ?

 

「霊刃『森羅万象斬』」

 

  炎のように青く煌めく霊力の刃。

  その存在を知覚したころにはすでに遅く。

 

  偽物は頭部から真っ二つに両断され、断末魔をあげる間も無く消滅した。

 

  そしてスペカはまだ終わっていない。

  森羅万象斬は眼前にあった障害物を取り除きながらもどんどん進んでいき——その先に佇む、緑髪の少女を捉えた。

 

「……はあ。どうやらここまでのようですね」

 

  四季ちゃんは動きもせず、大きなため息を一つ。

  そして何か愚痴ったのだろうが、それは爆発音に阻まれ、永遠に私の耳に届くことはなかった。

 

「勝った、か……っ」

 

  同時に私の視界がグラグラと揺れ始める。

  ちっ、早奈を出現させるのに力を使いすぎたか。彼女の姿はもうここにはない。代わりに元の刀が私の鞘に自動的に納められている。

 

  これ以上は無理だ。

  そう判断し、私は空中なのにも関わらず、暗闇へと意識を飛ばした。






「課題が終わらない! あ゙あ゙あ゙も゙お゙お゙お゙や゙だあ゙あ゙あ゙ああ!! 作者です」

「だから勉強しろってあれだけ言ったのに……。狂夢だ」


「ふぅー、今回も無事執筆が終わりました……」

「そういえば四季ちゃんのスペカは花映塚では数が足りないから文花帖から持ってきているのはわかるんだけど、最後はオリジナルだったな」

「『浄頗梨審判—白咲楼夢—』のことですね。本来ならここの楼夢さんの名前の部分に射命丸文と入るのですが、戦ってるのは文ではなく楼夢なのでこのように変更しました」

「それにしても浄玻璃の鏡って便利だな。偽物とはいえスペックは本物並みだし、数十体揃えればとんでもない戦力になりそうだな」

「いえ、あれにも制限はもちろんありますよ? 例えば伝説の大妖怪のような強大な力を持つ者には通用しませんし、そもそも偽物は本物作って数分で消えてしまいます」

「それは今考えた設定か?」

「いやだって今回はしょうがないじゃないですか。なんの制限も無かったらいくら楼夢さんでもなすすべないですよあれ」

「まあ、数十人も楼夢がいたら間違いなく世界が滅びるだろうしな」


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お説教

 

 

『……なさい……』

 

  うーん、体がどこかポカポカして頭がふわふわする。

  思考が定まらない。ここは夢の中なのか?

 

『……きなさい……』

 

  辺り一面真っ白。

  ああ、なんだかすごく気持ちいいや……。なんだかまた眠くなってきて……。

 

 

「起きなさいって言ってるでしょうがっ!」

「もんぶらんっ!?」

 

  ゴハァッ!?

  突如腹部に襲いかかった痛み。その瞬間白い世界は消え失せ、代わりに私の目の映ったのはこちらを覗き込んでくる黒髪の少女の顔だった。

 

「うっ、ん……霊夢……? なんでここに……?」

 

  いや、落ち着け私。よく考えてみろ。ここは三途の川だぞ? 生者の霊夢がいるわけがない。全く、いくら可愛い孫娘だからといって夢にまで出てくるとは。悪い気はしないけど困ったもんだよ。

  ということで寝まーす。お休みぃ……。

 

「なんでまた目を閉じようとしてんのよ!?」

「アガガッ!? アイアンクローはダメだって! 顔がっ、顔がもげるぅっ!」

 

  いややっぱり現実だった!

  私の顔は現在霊夢に鷲掴みにされており、そのまま地に足がつかない高さまで片手で持ち上げられている。いくら私の体重が30ちょいしかないにしてもなんて腕力だよ。

  というかさっきから指に込められてる力が強くなってませんかねー? あ、あはは、なんか今頭蓋骨から変な音が聞こえたような……。

 

「あのー、すみませーん。そろそろ私のキューティーフェイスが崩壊しそうなんで離してもらいたいのですが……」

「いいわよ。なんか飽きてきたし。ほれっ」

「もぎゅっ!」

 

  霊夢は叩きつけるように乱暴に私を地面へ投げつける。

  おふっ、もうちょっと年寄りは労わってください……。いくら伝説の大妖怪といえどもこんなナリですからすごい痛いのです。

 

  立ち上がり、服についた土を払いながら改めて辺りを見渡す。

  うん? なんか周りの地面がやけに穴だらけになってるような……。というか四季ちゃんはどこだ?

  その答えはすぐに見つかった。

 

「——であるからですね、あなたは仕事というものについてもう少し——」

「はい、そうですね。はい、わかりました四季様。はい、そうですね。はい、わかりました——」

 

  三途のタイタニックとかいうオンボロ船の近く。そこで四季ちゃんが小町に向かってつらつらと説教をしていた。

  うわぁ……。あのメンタル激強な小町が死んだような目で同じ言葉を繰り返しているよ。まるで機械かなんかみたい。

 

「あれ、もう一時間以上も続いてるのよ。聞きたいことがあったのにあの死神のせいで全て台無しよ。花妖怪や閻魔と弾幕ごっこはするわ、魔理沙は途中で飽きて帰るわ、なんかアンタはそこらに転がってるわで散々な日だわ」

 

  あれ、なんか最後私とばっちりじゃない?

 

「 というか幽香と戦ったの!? 大丈夫!? 怪我ない!? 死んでない!? はっ、そうか! だから霊夢は三途の川に……おのれ、許さん!」

「落ち着きなさいこのピンクファンキー頭」

「ゴフッ……みぞおちィ……!」

 

  吐きそうなくらい痛いけど、そのおかげでちょっと冷静になれたぞ。

  改めて、幽香と戦った時のことを聞いてみると。

 

「なんか最初から怪我してたから倒すのも楽だったわ。そもそも弾幕ごっこで私が負けるわけないじゃない」

 

  とのことだった。

  よかった。私の今日一番の戦闘が無駄にならなくて。予定とは違ったけど、結果的に霊夢が無事だったならそれでいいや。

 

「今度は私からの質問よ。あの花妖怪の傷、やったのはアンタよね?」

「……そう思う理由は?」

「幽香の傷はほとんどが刀傷だった。この幻想郷で刀を使ってる有力者は妖夢くらい。だけどあれには正直力不足だわ。その点、私ともあれだけ張り合えるアンタなら十分可能性はある」

「へぇ、意外。霊夢がこれだけ根拠を述べて犯人を探せるなんて……」

「あとは勘よ。ぶっちゃけこれが一番ピンときたわ」

「あ、やっぱ勘だったんだ」

 

  私の感心を返してくれ。

  多分あの様子じゃ、最初から私を犯人と仮定した上で根拠を考えてたんだろうな。言うなれば推理小説で最初から犯人がわかっていて、なぜその人が犯人なのか考えるような感じ。相変わらず便利すぎる勘だこと。

 

「それで? 正解かしら?」

「それは秘密。たとえ霊夢が私を犯人だと確信していても、私は認めるつもりはないよ」

 

  でもこれでさらに霊夢に怪しまれることになったな。

  いずれ彼女が本当の私にたどり着く日が近い、か。元の性格の私は結構気難しいから嫌われないといいんだけど。

 

  そんな風に霊夢と話し合ってると、こちらに近づいてくる足音が二つ。どうやら四季ちゃんの説教がようやく終わったらしい。霊夢もやっとかという顔で四季ちゃんと小町と相対する。

 

「ったく、客人を待たせるなって親に習わなかったのかしら?」

「残念ながら私は神なので親はいませんよ。しかし待たせてしまったことについては素直に謝罪しましょう」

 

  そう言って四季ちゃんは深くお辞儀をする。

  わーお、さすが霊夢だ。閻魔に頭を下げさせるなんて。私があんな風に言ったら即刻ぶん殴られる自信があるよ。

 

「それで。私が勝ったんだから、この異変について詳しく教えてくれるんでしょうね?」

「ええ、それについてはお話しましょう。博麗の巫女であるあなたには知るべきことですからね」

 

  四季ちゃんのお話は割愛させてもらおっかな。

  だって異変の真相なんて幽香のとこで聞いてるし。簡単に説明すれば、外から流れ込んできた大量の魂が幻想郷中の地面に取り付いたことで四季の花が咲き乱れた。こんなとこだろうか。

 

「ふーん。つまりこの異変はそのうち解決するってことでいいのよね?」

「ええ。この小町が仕事をする事で、やがて異変は収まるでしょう」

「それならいいわ。じゃあ私は帰るわね。こんなとこにいつまでもいたくはないし」

「まだ話は終わってません……って、もういませんね」

 

  薄々と説教が飛んでくる気配を感じていたのだろう。霊夢は最後にそう言い残すと、脱兎の如く無縁塚へと戻っていった。

 

「はあ、仕方ありませんね……」

 

  ん? なんか四季ちゃんのタゲがこっちに向いてるような……。

  身の危険を察知し、凄まじい速度でその場を抜け出そうとする。しかしいつの間にやら結界が張られていたようで、私はそこに思いっきり体をぶつけてしまった。

 

「白咲楼夢、あなたには話すことがまだありますからね。少し付き合ってもらいますよ」

「嘘だよね? 嘘だと言って!」

「……? 何を言ってるのです。私はあなたのためを思って話を……」

「その結果がとなりのこまっちゃんじゃん! 嫌だァァァ! 死にたくなァァァい!」

「それは小町だからですよ。安心して下さい。十分程度で終わります」

「……ほんと?」

 

  言質とったかんなぁ!? 今からカウント始めんぞおい!

  ということで半信半疑ながらも四季ちゃんの話を聞くことに。

  頼むから早く終わってくれよぉ……。

 

「あなたについては話したいことが山ほどです。おそらく全て話したら丸一日はかかるでしょう」

「やっぱり嘘じゃん!」

「ですが、流石に私もそこまで暇じゃないのでここはひとつだけにしておきましょう。——楼夢、あなたはいつまで女性を待たせてるのですか」

「……へっ?」

 

  女性? もちろん四季ちゃんのことじゃないだろうし、この場合は紫とか剛のことかな?

 

「ええそうです。あなたが地獄にいたころ、私はあなたに二人の想いについて教えたはずです。なのにあなたときたらのらりくらりとそれを遠ざけ、孫娘を溺愛するなどとは。あまつさえ昔振った女性と縁を戻す始末」

『振られてないですー! 私たちはいつも心の奥底で繋がっていましたー!』

「いや、私はまじめに縁を切ったつもりなんだけど……」

「一人の女性としても言いますが、あなたの行為は最低最悪です。あなたはもうちょっと道徳というものを学びなさい」

 

  うっ、言いたい放題だけど正論すぎて何も言えない……。

  いやだってこの体だと精神も幼く引っ張られるからイマイチ恋愛に気が向かないんだよ。あとは霊夢が可愛すぎるのが悪い。

 

「たしかに一理あるかもしれませんが、それでもあなたは恋愛に向き合うべきです。恋を追ったせいで妖怪と化したあなたには酷な話かもしれませんが」

「……それは私じゃなくて神楽だよ。一緒にしないでほしいな」

「……少し口が滑りすぎましたね。すいませんでした」

 

  四季ちゃんが小さく頭を下げてくる。そしてその後、小町の船に乗り込んだ。

 

「今日はこれくらいにしておきます。しかし暇があれば私はいつでも幻想郷を見ているので悪しからず」

「へいへい。できればあんまり会いたくないけどね。地獄と関わると耳が痛くなる話ばっかだから」

「では次回会うまでにその耳が痛くなる話の原因を取り除いておくことです。ほら行きますよ、小町」

 

  ほとんど放心状態の小町がゆっくりと木でできたオールで水をかき出す。すると船はどんどん進んでいき、ついには三途の川を覆う霧に遮られて見えなくなってしまった。

 

  恋、かぁ……。

  残された私は特に意味なく上を向く。

  正直、私は恋愛という言葉が嫌いだ。それは神楽(オリジナル)の影響が大きいのだろう。

  紫に剛に早奈。

  あんまり口に言うことは大人の私はしないが、本当は全員好きだ。大好きだ。ただしそれが恋愛なのかというと、どっちかというと友人として見ている部分が大きいと思う。

  そんな私が彼女らの想いに応えることなんてできない。それに私は一人だけ選ぶ勇気も、全員抱え込む度胸もない。

 

  やはり、私に恋愛は無理なのかもしれない。

  そう結論づけてしまうと、何故だか胸の奥がチクリと痛くなる。

  それを押さえつけて、私は今日四季ちゃんから聞いた言葉を振り払うように、三途の川を去った。

 

 

  ♦︎

 

 

  深い深いどこかの森の奥。

  光すらも届かないその地に、三つの墓はあった。

  その両脇の墓にはそれぞれ違った帽子が被されている。しかし真ん中にはそれがない。しかし代わりに被っていたのは——

 

「……ぁあ、……だぁっ、……れのか……だぁ……!」

 

  ——見たこともないほど黒い色の泥だった。

  泥はどうやら墓から溢れているようだった。その速度は緩やかだが、まもなく泥の端が地面に触れようとする。

 

  途端に汚臭。そして命が枯れていく気配。

  大地が酸をかけられたかのような音と黒い煙を出しながら変色した。いや、変色しただけではない。その地面の下に潜っていたあらゆる微生物が死滅した。

 

「か……だぁ……っ! お……れのぉ……わ……しのぉ……か……らだぁ……!」

 

  墓の中から体の芯まで呪われそうな、そんな声が響いてくる。

 

「ふく……しゅうをぉ……っ!」

 

  泥は少しずつ、少しずつだが地面を侵食していく。

 

  滅びの足音が近づいてくる。しかしそれに気付く者はまだいない。

 

 

 



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風神録編
巻き起こる神風


 

 

 

 

「ゆっかりーん! 私とデートしない?」

「へっ? ……え、えええええっ!?」

 

  ここ八雲邸にそんな素っ頓狂な叫び声が響き渡る。

  突然の私の誘いに紫の頭はパンクしてしまったようだ。顔を真っ赤に染め上げながら完全にフリーズしてしまっている。

  うんうん。やっぱり紫はいかにも怪しさマックスの顔をしてるよりもこっちの方が可愛い。というかいつものが仮面で、こっちの方が素だからという点もあるのだろうが。

  紫が冷静さを取り戻したのはその数分後だった。

 

「……で、その……嬉しいんだけど、どうして突然?」

「いやー思えば幻想郷に入ってから異変に巻き込まれてばっかでロクに遊べてないと思ってね。でも一人はつまらないし、この際ちょうどいいから紫を誘おうと思ったわけ」

 

  まあ、正確に言えばちょこっと嘘が入るけど。

  本当は前回の異変で四季ちゃんに言われたことが頭にこびりついていて離れなかったというのが正しい。正直私も自覚ありありだったわけで、少しはそういうのも改善しようかなと。

 

「あ、もちろんこの姿じゃ行かないよ? 行くんだったらやっぱ大人の姿じゃなくちゃね」

 

  そう言って私は封印していた妖力を解放し、幼体化を解く。

  そう、解いてしまった。自分が今しがたどんなセリフを言ったかをも忘れて。

 

「あああああああああっ!!」

「ちょっ、ちょっと楼夢!?」

 

  突如発狂したかのように叫び、床を何度も頭で叩き始める。

  しかし、そんな奇行をしても仕方がなくなるだろこりゃ……。

 

「は、恥ずい……っ。なんで幼い俺はあんなプレイボーイみたいな言葉を……!」

 

  穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。

  そう、幼体化と大人化は使い分けることで精神年齢が上下してしまうのだ。子どもだから許されるセリフも大人が言えば痛くなる。それと同じ道理である。

 

  思い返すだけで自分を殴りたくなる。なにが『私とデートしない?』だ。そんなコンビニ感覚で誘うんじゃねえよ。第一テメェはそんな大層なこと言えるほどデートしたことねえだろうが。

  ああああぁぁぁぁ……!

 

「だ、大丈夫……? やっぱやめましょうか?」

「い、いや男に二言はねえ……。それに遊びに行くこと自体は賛成だ。だからだな……その……デートしようぜ」

「……うんっ!」

 

  満面の笑みで頷く紫。

  よかった。どうやら喜んでもらえたようだ。いや、まだデートは始まってないし、安心するにはまだ早い、か……。

 

  その後はデートの待ち合わせ場所などを決めてお開きとなった。

  そして明日がその日である。

  私は英気を養うため、自宅のベッドで横になった。

 

 

  ♦︎

 

 

「うーん、なに着ていこうかしら?」

 

  楼夢が去った後の紫はそれはもう有頂天だった。

  先ほどまでは嬉しさのあまりそこらじゅうを駆け回り、今はタンスやクローゼットの中なに衣服を片っ端から引っ張り出して明日なにを着るかについて悩んでいる。

 

  そんな紫の部屋の戸を開け、さらに畳まれた服を山ほど抱えた式神——藍が中に入ってきた。しかし主人はそのことにも気付かずにひたすらうんうんと唸っている。その姿は、とても幻想郷を管理する妖怪の賢者には見えなかった。

 

「あのぉ……紫様……」

「ひゃっ!? ……って、藍か。入る時くらい声かけてほしいわ」

「かけたんですが返事がなかったので勝手に入らせてもらいました」

「そ、そう……それは悪かったわね」

 

  今更ながら、自分がどれだけ集中してしまっていたのか自覚する紫。

  彼女はそれを恥ずかしげに謝ると、改まって藍の方へ体を向けた。

 

「それで? 何の用かしら?」

「はい。紫様不在中の幻想郷のことなのですが……」

「全てあなたに一任するわ。と言っても、面倒ごとなんて滅多に起こらないと思うけど」

「紫様、それはフラグというやつです……」

「ふふっ、明日に限ってそんなこと起こりえないわよ。なんせ恋愛の神である楼夢が直々に誘ってくれた日なんだもの。私たちのデートが邪魔されることは万が一にもありえないわ」

「……まあ、そうですね」

 

  紫の話になんとなく藍は頷く。

  案外、神様の加護とやらは馬鹿にできないものだ。藍はそんなものの恩恵を得たことはないのでこれと言ってピンとこないのだが、主人の紫が言うのならそうなのだろう。

  そう判断し、紫の服選びを手伝い始める。

 

  しかしこの時、二人は知らなかった。

  神の加護をも打ち消す、恐るべきフラグの威力を……。

 

 

  ♦︎

 

 

  そして当日。

 

「……なあ、たしかに頼んだのは俺だけどよ……本当にこの服でいいのか?」

「おう。なんだ、幻想郷一漢らしさで溢れてるこの俺のセンスを信用できねえのか?」

「いや、たしかに経験豊富なお前を信用してるし、この服もお前が着れば様になるんだろうが……俺が着るとどうもアンバランスな気がする」

「気のせいだ気のせい。んじゃ、そろそろお前の女が来るはずだからここで帰らせてもらうぜ。Bonne chance(幸運を)

 

  そう言い残すと、体から闇を発生させて目の前の男——火神矢陽は消え去った。

  朝の白咲神社。その本殿の鳥居の前に残された私は一人ポツンと紫を待つことにする。

 

  くそっ、四方八方から視線を感じるぞ……。多分これは娘たちだな。式神を使ってまで俺のデートシーンを見たいのかよ。

 

「……『魔力電波妨害(マジックレディオノイズ)』」

 

  当然ながら見られていい訳がない。というわけで術式を発動。辺りに張り巡らされた妖力でできた、式神を動かすためのパスを全て断ち切り監視を無効化する。

 

  まったく、デリカシーもクソもあったもんじゃないな。本当に誰に似たのやら。……いや、俺にまさか似たわけじゃないよな?

  だが、よく考えたら幼体化した俺も色々プライバシーの侵害をしてた気がするし……いや、これ以上は考えないようにしよう。

 

  新たに気づいてしまったことに一人唸っていると、背後からグモンッ、という何かが捻じ曲がった音が聞こえてきた。

  振り向けば空間が割れていた。そしてその中から紫は出てくる。

 

「……おおっ」

「ど、どう? けっこう悩んだんだけど……」

 

  心配そうな表情で俺に尋ねてくる。しかし俺はその問いに即答することができなかった。

 

  白と紫を基準としたフリル付きのスカートと洋服。肩が露出しているがなぜか清楚な雰囲気が漂ってきており、それが彼女とベストマッチしすぎている。

 

「そのだな……月並みだが……似合ってるぜ」

「……! ふふっ、ありがとう! 楼夢のも中々特徴的で素敵よ」

「いやこれは特徴的というか、明らかに俺に合ってないような……」

 

  俺は紫の服を見た後、見比べるように自分の服を見つめる。

  白いシャツにジーパン。その上に明らかに高そうな黒のライダージャケットを羽織っている。さらには純銀のゴツイロザリオ。

  そう、俺が着ている服は紛れもなく不良や暴走族などのファッションだった。

 

  これは昨日火神に着ていく服を相談した時に渡されたものだった。しかもご丁寧に全て新品。つまり未使用。やつは常に気に入った服を片っ端から買っては家に置いたままにしているらしく、気前よくタダで譲ってもらえた。

  しかし男っぽくしてくれって言ったのは俺だけどよ……これは流石にないわ。これが黒髮短髪オールバックの活かした男性なら似合ってるのかもしれないが、あいにくと俺は桃色髪のロングに初対面だとほぼ確実に女に間違われる顔をしている。実際着てみてもこれじゃない感が凄い。

  しかし紫はそうは思ってないらしく、先ほどからよく褒めてくれる。

  まあ、こんだけ言われてんだ。不自然ってわけじゃないんだろう。

  ……俺も神楽みたいに、イメチェンできたならぁ……。

 

「ん? どうしたの?」

「……いや、なんでもない。とりあえず行くか」

「うん、楽しみね。()()()()()()()()()

 

  紫が持っていた扇を目の前に振り下ろすと、そこの空間が裂けてそこそこ大きなスキマが生まれる。

  そこに俺と紫は入っていき、外の世界を目指し歩いていった。

 

 

  ♦︎

 

 

  時間はずれて、楼夢たちが旅立ってから数時間後。

  幻想郷。その中の妖怪の山の頂上が、突如広範囲に広がる光に包まれた。

  その目撃者たちは全員口を揃えて言ったという。なんて神々しい光なのだ、と。

 

  光が収まった時、妖怪の山の景色は一変した。

  なんと先ほどまで何もなかった場所に神社が湖と一緒に出現したのだ。そのことが天狗の耳に入ったころ、当の神社には三つの人影があった。

 

「ここが……幻想郷か。なるほど、噂通りの場所らしい。まだ信仰を集めてないのにも関わらず力がある程度戻ってくるのを感じる」

「うん、この世界が神秘で溢れてる証拠だね」

「うわぁ……! 私、こんなに凄い景色を見たのは初めてです!」

 

  そう言って真っ先に駆け出したのは白と青の巫女服を着た、緑髪の少女だった。

  彼女が喜ぶのも無理もない。なんせ彼女は外の世界出身。あちらでは現在山や森はほとんどが開拓し尽くされてしまっており、視界を埋め尽くすほどの緑など見たことなかったのだから。

 

「ヤッホー! ……おっ、本当に返ってきた!」

 

  ヤッホー、という少女そっくりの声が神社へと返ってくる。その面白い体験に笑顔を浮かべる少女を見て、他の二人も自然とほおを緩めた。

 

「ふふっ、早苗がここに馴染めるか心配だったけど……これならその心配もなさそうだね。そう思わない、神奈子?」

「ああ、まったくだね諏訪子。……しかし、これくらいで驚いてちゃ体力が持たないぞ」

「だって私初めてなんですもん! 山の斜面とかから反響してこっちに声が帰ってくることは習ったんですが、やっぱり実際にしてみると凄く爽快で……!」

「そうかい……。だが、あれは斜面がどうたらじゃなくて、普通に山彦という妖怪の仕業だぞ?」

「えっ!?」

 

  その新事実にさらに目を輝かせる少女。

  武神、八坂神奈子。

  土着神、洩矢諏訪子。

  そして現人神、東風谷早苗。

 

  幻想郷最大戦力と管理人のいない中で、神風は吹き始めた。

  その息吹は博麗の巫女のみならず、もう一つの神社まで巻き込んで行くこととなる。

  しかしそれを知らない両陣営は嵐の前の静けさとも言うべきこの平穏をただのんびりと過ごすことしか、今はできなかった……。

 






「新章突入! 今回も今回もで何かやらかさないか不安な作者です」

「おう、ならまずはさっさと課題終わらせて来いや。狂夢だ」


「最近PS4買いました」

「今PS5の噂が出始めてるころにPS4かよ。相変わらず時代の波に取り残されてんな」

「いいじゃないですか。それにPS5の販売も早くて2020年、遅くてその数年後ってことですし、そんなに待てませんよ」

「だが、PS5には下位互換の機能が付くらしいじゃねえか。それあったらPS4のゲームもPS5で遊べるようになるし、いらなくねえか?」

「……ま、まあ2万円程度での購入ですし……」

「……後悔してるんだな、お前……」


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波紋を呼び起こす手紙

 

 

  その日、幻想郷に新たな勢力が舞い降りた。

  その余波は幻想郷中の神道に関する者たちを巻き込んでいく。

 

  そう、ここ博麗神社にも……。

 

「——なんなんのよこの手紙はぁ!?」

 

  昼ごろの境内内に少女の怒声が響き渡る。

  その声量の凄まじさによってオンボロな木製神社のあちこちがギシギシと悲鳴をあげる。木々は揺れ、鳥たちが慌てて逃げていく。

  そして縁側で横になって日向ぼっこをしていた白黒の魔法使いはそこから地面へと転がり落ちてしまった。

 

「うわっ! ……いてて……おい、いきなり大声出すなよ霊夢!」

「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! これを見なさい!」

 

  ドスドスという荒っぽい足音とともに、紅白のちょっと変わった巫女服に身を包んだ少女——博麗霊夢が奥からやってくる。

  そして手に握った紙切れを魔法使い——霧雨魔理沙に突き出してきた。

 

「えーと、なになに……? 『今すぐここの神社を我ら守矢神社に明け渡せ。返答はすぐにだ。妖怪の山の頂上にて待つ』か……。って、ええっ!?」

 

  そのあまりに馬鹿げた内容に魔理沙は驚きの声を上げる。

 

「博麗神社を渡すって……そんなことして大丈夫なのか?」

「いい訳ないでしょうが! 下手したら幻想郷滅亡の問題よ!」

 

  博麗神社は幻想郷と外の世界を隔てる『博麗大結界』が張られている場所の中心地だ。そして博麗の巫女は異変解決の他にもこの結界の調整という役割が与えられている。そんなことは多少知識がある者なら誰でも知ってるような常識だ。

  いわゆる幻想郷においての聖域。それがわかってるからこそ、妖怪も博麗神社を襲うことは暗黙の了解として控えているのである。

  しかしその聖域が今侵されようとしている。はっきり言って問題も問題、それも大問題だ。そしてそんな馬鹿をするものは、決まって外の世界から来た者たちと決まっている。

 

「そうだ。腐っても博麗の巫女だな。自分に課せられた役目だけはちゃんと果たすつもりで安心したぞ」

 

  空間が裂けてスキマが生まれ、そこから八雲藍が姿を現わす。

  魔理沙は驚いていたが、霊夢は表情を変えることはなかった。なぜなら、こういった問題事には必ず紫が出張ってくると知っていたからだ。

  しかし待てど待てど、その紫がスキマから姿を現わすことはなかった。

  怪訝に思いながらも、霊夢は藍に問いかける。

 

「藍、紫は? あいつが来ないなんて珍しいじゃない」

「……紫様はその……非常に重要な案件で現在幻想郷にはいらっしゃらない」

 

  藍の返答はどこか弱々しく、曖昧なものだった。

  誰よりも幻想郷を愛している紫がこの問題には出てこない。そのことに疑問を持った霊夢は追い討ちをかけることにした。

 

「重要な案件、ねぇ。果たして博麗大結界が壊れるかもしれない以上に重要な案件なんてあるのかしら?」

「ぐっ、それはだな……その……」

「ああもういいわよ。あんたじゃ話になんない。さっさと紫を呼びなさい」

「駄目だっ!」

 

  突然藍はそう叫んだ。

  これには霊夢も魔理沙も目を丸くした。

  まさか、あの冷静沈着な藍があそこまで狼狽えるとは……。

  この時点で霊夢は紫を呼ぶことは不可能だと悟り、彼女に背を向け、神社の中に再び入ろうとする。

 

「……わかった。紫はもういいわ。だけどその代わり、今から私がその生意気な神たちにお灸をすえてやる。それくらいならいいわよね?」

「ああ、すまないな。本来なら私があちら側を説得すべきなのだが、あいにくと奴らが強引に幻想入りしてきたせいで歪んだ結界を今すぐ直しに行かなければならない。だからあとは頼んだぞ」

 

  そう言って、藍はスキマを再び開き、中に消えていった。

  その後、霊夢が神社の中から出てくる。

  針にお札に陰陽玉。準備は万端であった。

 

「さてと、私は今から新参者を引っ叩きに行くけど、あんたはどうするの?」

「もちろん行くぜ! ちょうど暇だったしな!」

「まあ予想通りね。いいわ、好きにしなさい。私も天狗の弾除けができるのは嬉しいし」

「弾除け扱いなのかよ私!?」

 

  そりゃないぜと魔理沙。

  冗談よ。半分くらいはと霊夢。

 

  二人はいつも通り笑い合うと、異変? 解決に向けて出発する。

 

  そう、あくまで二人はいつも通りだった。

  霊夢自身自分の神社がボロいのは理解してるし、別にそのことでどう言われようが事実なのでなんとも思わない。魔理沙に至ってはそもそも自分の家ではないので怒る理由がない。

 

  だが、世の中にはその『いつも通り』ができない人たちがいる。

  場面は切り替わる。

  黄金の紅葉で覆われた山の頂上。そこには暗雲が漂っていた。

 

 

  ♦︎

 

 

「……なんなんですかね、このふざけた手紙は?」

 

  ドスッという音とともに机の上に置かれた手紙に日本刀が突き刺さる。そして怒りのあまり制御を誤ったのか、刀はそのまま突き進み、床に刺さったところでその勢いが止まった。

 

  美夜はその机と手紙が突き刺さったままの刀を床から引き抜き、勢いよく振るうことで刺さっているものを外へと放り出した。

 

  そこに殺到する、炎と氷の巨大球。

  放ったのは清音と舞花。上級魔法『メラゾーマ』と『マヒャド』の同時攻撃に耐えきれるはずもなく、手紙は机ごとこの世から消滅した。

 

「……本当に、不愉快」

「まったくだねー。これは私でも怒るよー?」

「ええ。古来より由緒正しき白咲神社を、よりによって明け渡せと? どこの神ですかそんな命知らずは……」

 

  もしこの空気の中に一般人が入ったら即死すること間違い無いだろう。それほどまでに濃厚な妖力を三人は無意識に垂れ流していた。

  興奮のあまり逆立った九尾をたなびかせながら、舞花が口を開く。

 

「……守矢神社。この名前に聞き覚えは?」

「それなんだけどねー、なーんかどこかで聞いたことがあるような気がするー」

「ええ、私も聞き覚えがあります。しかし祭神までは……」

「……まあ、どこでもいい。潰せばそれで終わりになる……」

 

  舞花は縁側から外へ出ると、二人を置いてけぼりにして先に空へと飛んで行ってしまった。

  残された美夜と清音は互いに視線を合わせ、ため息。そして後に続くように外へと出ていく。

 

「どっちにしろ、こんなことでお父さんを呼ぶわけにはいかないしねー。ちゃちゃっと潰してこよーよ?」

「ええ、そうですね。せっかく紫さんとの仲に進展があったのですから、それを邪魔するわけにはいきません。今回の件、なんとしてでも私たちだけで解決しましょう」

 

  返事は返ってこなかった。なぜなら口に出すまでもなく、答えは決まっているから。

 

  秋の空を濃密な殺気を纏った三人が飛んでいく。

  この日、幻想郷最大勢力白咲神社が動き出した……。

 

 

  ♦︎

 

 

  一方そのころ、守矢神社では……。

 

「諏訪子様ぁ! 神奈子様ぁ! お使い行ってきましたよぉ!」

 

  神社内に響き渡るほどの声量とともに、風祝である早苗は戸を開けて中へ入っていく。

  そして居間でのんびりとお茶を飲んでいた二柱の神のところへと歩いていく。

 

「……あーもう、そんな大きな声で叫ばなくたって聞こえてるよ」

「だって私今日空飛んだの初めてなんですよ! 楽しすぎて寄り道してたら、別の神社を見つけたので、ついでにもう一枚余ってた手紙を渡しておきました!」

「……なんか嫌な予感が一瞬したんだけど……」

 

  早苗の報告を聞いて、何故だか諏訪子は不安な気持ちになってきた。

  彼女に頼んだお使いとは、博麗神社という廃れた神社に手紙を届けること。調べたところ博麗神社の神は不在らしく、収入自体も少ないらしい。ならそこを乗っ取って分社とすることで信仰拡大を目指すというのが諏訪子と神奈子の考えだった。

  しかしその考えは早苗には伝わらなかったらしく、どうやら別の神社にも手紙を届けてしまったようだ。

  もしそこに神がいたのなら、喧嘩になること間違いないだろう。誰だって自分の信仰を広める拠点を奪われたくはない。そこのところを諏訪子は懸念しているのだが……。

 

「まあ、渡してしまったものは仕方ないじゃないか。神同士の戦争なんて別に珍しいものでもなんでもあるまいしね。むしろこの機会に相手をぶっ倒して、この幻想郷に私たちの名前を広めてやろうじゃないか」

 

  しかし頼もしい相方の考えはちょっと違ったようだ。

  さすが武神。かつて侵略戦争を幾度となく繰り返してきただけのことはある。どうやらこの機会を逆に利用するつもりらしい。

  だが、忘れてはいないだろうか。まだ自分たちは喧嘩する相手の顔すら知らないことを。

 

「ちなみに、なんて名前の神社だったの?」

「えーとですね……確か、白咲神社って鳥居には書かれてました!」

「えっ……?」

「あ……っ」

 

  そして二人は聞いてしまった。

  自分らがどこの誰に喧嘩を売ってしまったのかを。

 

「……ほ、ほら神奈子。お得意の侵略だろ? ちゃちゃっと終わらせてきてよ……」

「バカ言うんじゃないよ諏訪子! 私を見捨てる気か!」

「あんだけ啖呵切ってたくせになに弱腰になってるんだよ! さっさと戦って死んでこい!」

「勝てるわけがないでしょうが! 相手はあの楼夢だぞ!?」

「ひぇっ、私もしかしてなんかやっちゃいました……?」

 

  突然取り乱した二人を見てさすがの早苗も何かやらかしたのだと察したのか、伺うようにそう尋ねてくる。

  その不安と申し訳なさで埋め尽くされた表情を見て大人気ないと感じ、二人は一旦振り上げた拳を下ろすと、現在の状況について簡単に説明した。

 

「……ってことは、私ってこの世で一番強い神様に喧嘩売っちゃったってことですか!?」

「まあ平たく言っちゃえばそうだね……。というか覚えてないかもしれないけど、早苗も一応あったことはあるはずだよ」

「どどど、どうしましょう! ただでさえお二人はまだ万全な状態じゃないのにっ。こうなったら、私が責任を持って切腹を……」

「早まりすぎだよ。言ったでしょ? 知り合いだって。こっちの手違いでしたと正直に謝って神酒でも差し出せば許してもらえるはずさ。あいつはそういうやつだよ」

「そ、そうですか……。よかった……」

 

  なんとかなりそうだと言う言葉を聞いて、早苗は思わず膝をついて脱力してしまう。おそらく極限のストレス状態から一気に解放された反動だろう。

 

「しかし、本来ならこっちから謝罪しに行くのが礼儀だけど、すでに博麗神社にも手紙は届けてしまっているからな。今日のところはここで待ち構えることにしようじゃないか」

「……そうだね。もしかしたら白咲神社からも使者が来るかもしれないんだし。ただでさえさっきまでは天狗の相手をしていたんだし、外まで行ってちゃ体が追いつかないよ」

 

  こうして、二人は予定通り博麗神社からの使者を待ち構えることにした。

  しかし二人は知らないことが多すぎた。

  楼夢が不在であること。白咲神社には大妖怪しかいないこと。そして何より、弱者と侮っている博麗神社こそがこの幻想郷における最も重要で、最も守りの固い場所であることを。

 

  その意味を。その理由を。二人は後ほど知ることになる。

 

 






作者です。少し投稿が遅れてしまい申し訳ございません。最近は本格的に忙しくなってきたので、これからは週に二回ほどしか投稿できなくなると思います。
ではでは、また次回にお会いしましょう。


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現れる侵入者たち

 

 

  ガタガタと、座席が揺れる。

  板が腐蝕してボロボロに見えるようにペイントされたトロッコは、外観に見合わぬ馬力で線路の引かれた坂を、重力に逆らって登っていく。

  高まっていく緊張感。ほおを撫でる風の感覚と目の前に広がる高所からの眺めは、連鎖したトロッコに乗る全ての客たちの言葉をかき消した。

 

  やがて、トロッコは定められた位置に着くと、一度完全に停車した。

  そして……。

 

「キャアアアアアッ!!」

「ちょ、紫さん!? 怖いからって抱きつき過ぎだ! 安全装置がミシミシ音立ててるんだが!?」

 

  猛スピードで落下していくトロッコの列。

  ご覧の通りとなりの賢者様は恐怖のあまり叫びながら、目を必死に閉じて景色を見ないようにしている。いや、逆に見ないのも怖いとは思うんだがな……。

  そんでもって先ほども言った通り、紫は今現在俺に抱きついてきている。だがいくら貧弱であっても妖怪は妖怪。加減を忘れて思いっきり力を込めればどうなることくらい簡単に予測できる。

 

  そう、安全装置が壊れる……前に俺の体が壊れる。

  おいそこ、情けないとか言うんじゃねえよ! こちとらスピードに能力値を全振りしたみたいな身体性能なんだぞ!? 防御力1で耐えられるかこんなもん!

 

  そう心の中で叫んだところで、ゴギィッ、という嫌な音が俺の腰から響いた。

  あっ……終わった……。

 

「いでででっ! ちょっ、紫お願いだから離してくれ! 腰があ……!」

「嫌よ! 絶対に離さないわ!」

「どうしてこうなったああああ!?」

 

  その数分後、俺はようやくジェットコースターと言う名の悪夢から解放された。

  現在はベンチに座って腰の痛みを術式でこっそり直している。ただでさえ人が多いんだ。術式を見られないように警戒しておくに越したことはない。

 

「楼夢ー! クレープ買ってきたわよー!」

「ああ、すまねえな紫」

「いいわよこのくらい。それに、しばらく動けなくなっちゃったのは明らかに私のせいだし……」

 

  ジェットコースターのあと、まず俺が最初にした行動はその場で倒れこむことだった。

  調べてみて感触でわかったんだけど、どうやら腰の骨が少し曲がってしまったらしい。そのせいで歩こうとすると激痛が走った。

  だがこの程度なら術式ですぐに治せるだろう。だから気にすんなと彼女に声をかけ、渡されたクレープにかじりつく。

 

  デートの定番として遊園地を選んでみたんだが、正しかったようだ。紫も普段は行かない場所で遊べて楽しんでるようにも見える。……さっきのジェットコースターにはグロッキーだったが。

 

「というかよ。空飛べるくせになんでジェットコースターでビビるんだ?」

「自分で飛ぶのと他人に飛ばされるのじゃ全然違うのよ。ジェットコースターは人じゃないけど。それに、私はスキマ移動ばっかだから空を飛ぶことなんて普段ないし……」

「能力に頼りすぎってことだ。もうちょっと体鍛えてみたらどうだ?」

「遠慮しとくわ。それにあなただってほとんど修行とかしないじゃないの」

「昔は毎日みたいにやってたんだがな……。今じゃ戦うことも少ないし、月一回刀振っとくだけで十分だ」

 

  幻想郷に移住してから俺がずっと幼体化した姿のままでいられるのも、ひとえに今が平和だからに他ならない。旅してた時代なんてほんとどこからでも敵が湧いてきたし、紙装甲だから油断したらすぐに死んじまうからな。

  もっとも、俺が修行をやめたのは、自分の力に限界を感じ始めたってところもあるんだけど。

  自分で言うのも臭いが、俺は今まで自分以上の強敵と戦うことで強くなってきた。火神の時も剛の時も、早奈の時もだ。

  しかし今じゃそう言う敵がそもそも存在しない。強くなったと実感できたのは妖桜を手にした時が最後だと思う。

 

  まあ、それが平和ということなのだろう。仮に今の俺以上の敵なんかが出てきたら戦闘の余波だけで幻想郷が滅んでしまいそうだし、今がちょうどいいのだ。きっと。

 

  そういえば霊夢と娘たちはどうしてるだろうか。

  いずれ俺の正体がバレる時が来る。その時に白咲神社と博麗神社はより親密な関係になるだろうし、今のうちに仲良くしておいて欲しいんだけど。

 

 

  ♦︎

 

 

「ぎゃあああああっ!!」

「姉さぁぁぁぁんっ!?」

 

  断末魔が秋の空に響き渡る。

  悲痛な叫び声を上げながら、二組の少女のうちの片割れは地面へ落下していった。

 

「おのれ、よくも姉さんを! こうなったら私が——」

「恋符『マスタースパーク』!」

 

  右拳を握りしめて姉の復讐を誓うもう一人の方の少女。しかしその誓いは叶うことなく、背後からゼロ距離で発射された巨大閃光に呑み込まれて姉と似た末路を辿ることになった。

 

「ふぅ……神って自称してたから本気でやったけど……案外大したことなかったな」

「秋の食べ物と紅葉とかについてしか喋ってなかったし、多分豊穣神とかだったのじゃないかしら」

 

  豊穣神とは、言ってしまえば農作物などを司る神だ。そのため嫌でも農業をしなければならない人間たちには人気があるのだが、種族の関係上、戦闘がからっきしという弱点が存在する。まあその危険度の低さも人気の理由の一つなのだが。

 

  霊夢の説明を聞いて魔理沙は失望したかのような目線を地面に倒れている二人に向ける。

 

「なんだ。神って偉そうに名乗るけど、全部が強いわけじゃないんだな」

「八百万とか称されるくらい神なんているんだし当たり前よ。もしそうだったらこの世は征服されて今ごろ神様パラダイスでしょうね」

 

  そんなことよりさっさと行くわよ、と言い残して霊夢は魔理沙を放って空を進み始める。その後ろを慌てて魔理沙が追いかけているうちに、前方の景色に巨大な山が映り込み始めた。

 

「妖怪の山か……。できればあまり行きたくなかったわね」

「おい霊夢、こんな真正面から突っ込んでバレやしないのか?」

「安心しなさい。その対策もすでに一つあるから」

「おっ、さすがだな霊夢。頼りになるぜ」

「そこの人間共! 止まれ!」

「……って、言ってる側からさっそくのお出ましだな」

 

  山の森林部分に入る手前で霊夢たちは立ち止まる。

  なぜなら、目の前には十人以上もの獣耳と尻尾をそれぞれ生やした集団が待ち構えていたからだ。

  そのうちの一人、おそらくはこの集団のリーダーに当たるであろう少女が盾と剣を構えて一歩前へ出て来る。

 

「人間共。ここより先は我ら天狗が治める妖怪の山だ。お前たちの侵入は認められない」

「ふん、そう言うだろうと思ってたわよ。それにしても随分な人数ね。あらかじめ私たちがここに来ることを予測していたのかしら?」

「私の目は千里眼と言ってな。文字通り、千里を見通すことができる。それによってお前たちを見つけたというわけだ」

「なるほど。だから、あなたがここの見張りを任されてるってわけね」

 

  霊夢がお札とお祓い棒を袖から取り出す。それを見た見張りたちも、それぞれの剣を構えた。

 

「なあ、さっきここは『我ら天狗が治める妖怪の山だ』って言ってたよな?」

「……? たしかに、そう言ったが……」

「でもお前たち天狗じゃなくないか? 羽も生えてないし」

 

  その魔理沙の一言で、周りの空気が一気に凍りついた。そして辺りを埋め尽くすように殺気が天狗? たちから湧いて来る。

  それとは逆に、突然のツッコミに霊夢は大爆笑していた。

 

「アハッ、アハハハハッ!! 言われちゃってるわ、()()()さん? アハハハッ!!」

「我らは白狼天狗という、これでも立派な天狗の一種だ! よくも愚弄してくれたな……!」

「え、いや、私はそんなつもりじゃ……」

「問答無用! その侮辱、死をもって償え!」

 

  言うが否や、少女は魔理沙へと切りかかってきた。

  しかしすぐさま霊夢が前に出てお祓い棒でそれを受け止め、前蹴りを繰り出すことで彼女を吹き飛ばす。

  だが白狼天狗の少女も少女でかなりの腕らしく、空中で宙返りをすることでバランスを整え、両足でしっかり着地してダメージを受け流した。

 

「おおっ、さすが霊夢だぜ! そのままやっちまえ!」

「……それじゃあ作戦通り、あとは頼んだわよ魔理沙」

「……へっ?」

 

  ポンっと肩を叩かれたと同時に耳に入ったその言葉に、思わず魔理沙の思考は一旦フリーズしてしまう。

  霊夢はそんな彼女を無視してレーザーを放ち、陣形の間にできた穴を通って山の森林へと入っていった。

 

「……お、おい霊夢? 冗談だよな? いや冗談だと言って霊夢さん!」

 

  しかし返答は返ってこない。

  当然だ。霊夢は今この場にはいないのだから。

 

「くっ、博麗の巫女は私が追う! お前たちはこの魔法使いの相手をしろ!」

 

  隊長らしき白狼天狗の少女はそう部下に命令すると、まさに獣のような素早さでこの場を去って行く。

  残されたのは魔理沙と白狼天狗の部隊のみ。しかも地雷発言をした本人が相手であるため、天狗たちの殺気は高まっていた。

 

「霊夢あのやろう! 本当に私を弾除けにするつもりだったのかよ!?」

 

  魔理沙が思い返すのは博麗神社の境内での会話。

  あの時霊夢はそんな発言をしていて、魔理沙もジョークだと思う笑っていたのだが……まさか本気だったとは。

 

「くそっ、あとで覚えてろよ霊夢! 酒奢ってもらうだけじゃ済まさないからな!」

 

  迫り来る白狼天狗たちの攻撃を箒に乗り込んで高速で移動することで避け続ける。

  そしてミニ八卦炉を構えると、そこに魔力を注ぎ込んだ。

 

「『マスタースパーク』!」

 

  七色に光り輝く巨大光線。

  それが魔理沙を包囲していた天狗たちの半数以上をなぎ払い、吹き飛ばした。

 

 

  ♦︎

 

 

「森が騒がしいねー。何かあったのかなー?」

「これは……霊夢たちでしょうね。なるほど、博麗神社もあの手紙をもらっていたというわけですか」

 

  霊夢たちが妖怪の山でドンパチやっている中、白咲三姉妹はすでに潜り込むことに成功していた。

  方法は簡単である。ただ単純に妖力と姿を術式で隠す。

  三姉妹には術式の天才である清音がいるのだ。それくらいは容易い。

  たとえ千里眼を持ってたとしても、見えないものは見えないのだ。

 

「まあおかげで警備が薄くなりましたし、これを機に一気に登るべきなのかもしれませんね」

「……同感。天狗鋭い。いくら清音姉さんといえども、いつまでも誤魔化しきれるものじゃない」

「決まったねー。じゃあここからは進むペースを上げるよー」

 

  三人は徒歩をやめて、森の中をダッシュし始めた。

  白狼天狗は翼がない代わりに五感が鋭く、このような木々の間を駆け回ることができる。なら同じイヌ科である狐が元となった妖狐にも同じことができても不思議じゃない。

 

  しかし、足音などはどうしても消せるものじゃない。

  彼女らが天狗に見つかったのは、この数分後であった。

 

  山に現れた五人の侵入者。

  それに合わせて守矢神社の件で、天狗の長である天魔が胃を痛めるのはまた別のお話。

 

 



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天狗の住処

 

 

  多くの木々が生えていて入り組んだ妖怪の山の森を霊夢は進んでいく。

  残念ながらお得意の飛行はできない。低空飛行するにしても障害物がありすぎるし、木々が生えてない空中から進もうにも空は天狗の領域。すぐに発見されて撃ち落とされるのがオチだろう。

  さらには相手はあの白狼天狗。地上では身体能力的に圧倒的なアドバンテージが向こうにはあった。

 

  しかし、霊夢は未だに捕まってはいない。

 

「ハァ……ハァ……! ここまで来ればあの犬ころも追ってはこないでしょ……」

 

  全力疾走したせいで乱れた息を整えるために一度その場で立ち止まる。

  辺りに気配はない。つまりは見つかってはいないということだ。

 

  霊夢は体を結界で覆うことで身を隠していた。

  これがあれば千里眼だろうがなんだろうが、ある程度の相手なら退けられる。それを山に入る前に使わなかったのは、白狼天狗たちを比較的山の下層部分に集中させておくためだ。

 

  普段の霊夢ならこんな回りくどいことはしないだろう。

  ぶっちゃけ言ってしまえば、最初の白狼天狗の部隊だってものの数分で全て片付けられるはずだった。いや、仮に天狗たちが本気で彼女を排除しようとしても、それら全てをねじ伏せることは可能だっただろう。博麗の巫女とはそういうものだ。

  しかし霊夢の目的は天狗を全滅させることではない。頂上で待ち構えている神を倒すことだ。

  いくら信仰心のクソもない巫女でも、長く神社にいれば嫌でも神というものの強力さを知ってしまう。だからこそ、こんなところで無駄に力を消費しているわけにはいかないのだ。

 

  その時、木々の奥から草を踏みしめるような音が聞こえてきた。

  妖力は……わずかだが感じられる。いや、これは隠蔽しているのか?

  戦闘回避は無理そうだ。大人しくお祓い棒を構え、迎え撃つ体勢をとる。

  そして霊夢の前に出てきたのは、三つの見たことのある姿だった。

 

「やっぱり先ほどの騒ぎはあなたでしたか、霊夢」

「あんたは美夜……それに後ろのやつらは清音に舞花だったかしら?」

「わおー、すごいねー。美夜姉さんはともかく、私たちは永夜異変で居合わせただけなのにー」

「そんだけ目立っていれば嫌でも覚えるわよ。それで? 白咲三姉妹が集合していて何をやろうとしているのかしら?」

「こんな山に神道関係者が集まって、やることは決まっているんじゃないですか?」

「……そうね、ただ少し確認したかっただけ」

 

  突如現れた白咲三姉妹。その目的が自分と同じであることを察し、少し肩の荷が降りる。

  清音や舞花は永夜異変の宴会の時しか顔を合わせておらず、その性格などはまだ知らないが、美夜はある程度は信頼できると霊夢は考えている。

  その理由は春雪異変の時に共闘したのが大きいだろう。少なくとも、霊夢が接した限り美夜はそこまで悪い人物ではないと断言できる。

 

「提案なんですが……霊夢、私たちと今一度組むつもりはありませんか? あなたほどの戦力が加われば万が一の事態にも対処できると思いますので」

「……いいわよ。受けるわその提案。だけどあくまで共闘ということだけは忘れないでよ?」

「ええ、承知しています。では、話がまとまって早速ですが——」

「いたぞ! あいつらだ!」

 

「——まずは白咲三姉妹の力、とくとご覧に入れてください」

 

  美夜の言葉の後に天狗たちに吹いたのは灼熱の旋風だった。

  まるで竜のブレスにも見えるそれは声を最初にあげた警備の天狗はもちろん、それに続いてやってきた部隊をも呑み込み、半壊させた。

 

  そして生き残った者たちが逃げようと必死に足を動かすと、ガリッと何かを踏みつけてしまったらしき音が響く。

  そして次の瞬間——その者たちは下半身から瞬く間に氷漬けとなった。

 

「地雷……踏んだら即ノックアウト」

 

  ものの数分。いや数十秒もかからずに天狗の部隊は全滅した。

  いや、実際には殺してはいない。いくら下っ端とはいえ一方的に侵入して殺したのでは組織の仲が悪くなってしまう。それを考慮して、二人はいわゆる半殺しになる程度には威力を抑えていたのだ。

 

「なるほど……あんたらが幻想郷最強の勢力とか言われるわけだわ」

 

  出来上がった氷のオブジェをコンコンとノックしながら、霊夢は呟く。

  氷の中には黒い翼を生やした山伏のような男が囚われている。

  烏天狗。天狗の代表的な存在だ。他にも氷漬けにされている全員が烏天狗だと後で確認してわかった。

  おそらく、もうかなりの距離を登ってきているのだろう。天狗の住処は山の上方だと聞いたことがある。

  しかしそんな強力な天狗でさえこの有様。

  もし仮に白咲三姉妹と戦った場合、自分は勝てるだろうか。一人ずつなら問題はないだろうが、残念ながら三人を相手にして確実に勝てる自信は霊夢の中にはなかった。

 

「一応、父は私たち全員を足してもさらに強いですよ?」

「父ねぇ。産霊桃神美(ムスヒノトガミ)だっけ? そいつはなんでこんな緊急事態にも出張ってこないのよ」

 

  そんな存在がいるならそもそも三姉妹が敵の神社まで赴く必要はなかっただろう。

  霊夢は至極当たり前の質問を美夜にぶつけた。

 

「そ、それはですね。父は今重大な案件を抱えていると言いますか……」

「重大な案件ね。そういえば藍もそんなこと言ってたわよね。もしかして紫と何かしているのかしら?」

「……ハイ? ナンノコトデショウカ……」

「その反応から見て図星みたいね」

 

  まさか何気ない一言でそこまで暴いてくるとは。恐るべし、霊夢の勘。

  美夜の演技が下手すぎるというのもあるが、そもそも彼女はそういう性分なので仕方がない。そう割り切り、三人はこれ以上霊夢に楼夢につながる情報を渡すまいと心に決めた。

 

「さて、そろそろここから移動しましょうか。多分今の戦闘ですぐに別の部隊が駆けつけてきます」

 

  その言葉に異論はなく、全員は一斉に移動を始めた。

  霊夢の勘だと守矢神社まではもうすぐだ。

 

  赤と黄色の紅葉の雨を突っ切っていく。

  冥界の桜や白咲神社の金色紅葉のように、妖怪の山はこの日赤に染まっていた。

  回転しながら降り注ぐ羽扇に似た形の葉は、まるで小さな星々が落ちてくるようだった。

 

  しかしそんな絶景をのんびり眺めている暇はない。

  そのまま山を登っていくと、辺りが拓けた、広場のような場所に出た。

  その奥に二つの人影が見える。

  先ほどと同じように強引に突破しようとも思ったが、並々ならぬ妖力を二人から感じたため、霊夢たち四人は大人しく立ち止まることにする。

 

「あやや、本当にここまで来ちゃいましたねぇ。ほら椛、わざわざ連れてきてあげたんだからしっかり仕事は果たしてくださいよ?」

「言われなくても分かっていますよ文さん。——さっきぶりだな、博麗の巫女」

 

  待ち構えていた二人に、霊夢はこれまた見覚えがあった。

  一人は先ほど妖怪の山潜入前に出会った白狼天狗の少女。そしてもう一人は首からカメラをぶら下げ、背中からは黒い翼を生やしている少女。

  そう、毎回異変のたびに迷惑な取材をしてくることでお馴染みの射命丸文だった。

 

「げっ、射命丸じゃない。あんたもそういえば天狗だったのね……」

「そういえばとは失敬な! ……なんて、普段なら言ってふざけてるところなんですが、今回は私も生活がかかってるので単刀直入に言います。……今すぐ回れ右して引き返しなさい」

 

  射命丸の口調が変わった途端、彼女から大量の妖力が溢れてきた。

  まるで今までとは別人だ。いつものおちゃらけた雰囲気はそこにはなく、ただ冷たい瞳で霊夢たちを睨みつけてくる。

  その変化に若干戸惑うが、答えはもとより決まっている。

 

「冗談じゃないわよ。こっちだって生活がかかってるんだから。急に真面目になったからって話を聞いてもらえると思ったら大間違いよ」

「そうですね。あなたがそこまでの妖力を隠していたのは意外でしたが、それでもここにいる四人の誰よりもあなたは弱い。ならば戦いを躊躇う必要はありません」

「はぁ……交渉決裂ね。あまりやりたくはなかったんだけど」

 

  射命丸、いや文は手のひらを天に向ける。そしてそこから大型の弾幕を二つ放ち、上空で互いを衝突させることで爆発させた。

 

「何を……」

「今の音と光を見て、時期にここに援軍が駆けつけてくるわ。もちろん、そこらの烏天狗じゃない。精鋭中の精鋭よ」

「……面倒なことを……」

「あいにくと、私たち天狗は鬼みたいにバカ正直に戦って勝つことを名誉としてないので。どんな手段を使おうが敵の首を打ち取れればいい。それが天狗よ」

 

  赤い木の葉のような扇を射命丸は取り出すと、それで霊夢たちの方向へなぎ払う。すると真空波が扇から飛び出し、四人を襲った。

  美夜はすぐさま他よりも一歩前に飛び出し、刀を幾度となく振るう。そして全ての真空波を撃ち落とした。

 

「……このままじゃマズイですね。流石に本番が控えている前に大天狗たちとはやり合うのは好ましくありません」

「じゃあどうするのよ? 四人がかりでぶっ飛ばそうにも、射命丸は明らかに大妖怪に匹敵する力を持っているわ。倒すには時間がかかるわよ?」

 

  霊夢のその問いに美夜は答えなかった。代わりに後ろを振り返り、妹たちの目を見つめる。それだけで清音たちは自分らが何をすればいいのか悟ったのか、射命丸と白狼天狗の少女にそれぞれ対峙しながら、前へ歩いていく。

 

「……姉さんたちは行って」

「ここは私たちが抑えるよー」

 

  二人が取り出したのはスペルカード。

  先ほどのように圧倒的に数が不公平な場合は一人ずつで弾幕ごっこをするわけにもいかないので、勝負が成立することは例外を除いて基本的にない。

  だが、今この場の人数は美夜と霊夢を除いて敵二人、味方二人。そして争いごとはスペルカードルールで決めるという幻想郷の掟によって、この勝負は成立させられた。

 

「はぁ……やられたわね。椛、キツイだろうけどできる限り持ちこたえるのよ」

「はい! 犬走椛、参ります!」

 

  四人がそれぞれ戦闘態勢に入ったところで、霊夢と美夜は文の横を素通りして頂上へと歩を進めていく。

  今すぐ追いたい気持ちが湧き出てくるが、あいにくと文たちにそんな暇はない。今背中を見せたりなどしたら、その時はスペカを無防備なその身に受けることになるだろう。

 

「さあ……手加減してあげるから本気でかかってきなさい!」

「ぬかせ……手加減してあげるのはこっちの方。身の程をわきまえろ、天狗ども」

 

  文が扇を、椛が剣を。

  清音が双刀を、舞花が腕輪をそれぞれ構える。

  そして木々が邪魔にならない上空に移動する。

 

  本日信仰戦争第一回目の弾幕ごっこが幕を開けた。

 

 

 

「……いや、今のはあくまで決め台詞であって、手加減するつもりはないですからね?」

「今ので雰囲気台無しだよー」



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河童の川流れ

 

 

  無数に生えている木々の隙間を縫うように、何かが高速で通り過ぎていく。

  残像すら残らない。残るのはその何かが吐き出した光の奔流だけ。

 

「くそぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

  絶叫すらも風にかき消されていく。

  それでもなんとか荒れ狂う箒を操作し、スピード違反常習犯も真っ青な速度で霧雨魔理沙は妖怪の山を登っていく。

 

 

  事の始まりは霊夢と別れた後だった。

  まんまと囮にされた魔理沙は白狼天狗の部隊と交戦し、なんとか勝利を収めることができた。

  そこまでは順調だった。

  しかし彼女の余裕が崩れ始めたのは、その後援軍が現れてからだった。

 

  簡単な話だ。魔理沙は派手で高火力を重視した魔法を使う。『弾幕はパワーだぜ』という言葉をまさに彼女は表していただろう。

  しかしそんな魔法を敵地の真っ只中で使えば当然目立つ。それを見た援軍が駆けつけるのも自然なことだろう。

 

  そんなこんなで魔理沙は霊夢が山を登っている間、ひたすら増え続ける援軍と終わりのない戦いを繰り広げていた。

  しかしそれも今ようやく終わった。

  何回も同じことを繰り返していたら当然対策も思いつくわけで、魔理沙は援軍を倒した後に即その場を立ち去ったのだ。しかし急ぐあまり『ブレイジングスター』を加速のために森の中で使ってしまい、今に至る。

 

 

「だぁぁぁれかぁぁぁ助けてくれぇぇぇぇ!!」

 

  制御不能な彗星にしがみついている魔理沙。当然方向転換なんてできたものじゃない。

  いくつもの尖った枝に頭から突っ込んでは壊し、突っ込んで壊しを繰り返し続ける。すでに彼女は服のあちこちに傷が付いており、体もボロボロだった。

 

  そんな時、目の前にひときわ大きな木が見えてきた。

  箒の方向を変えようと精一杯力を振り絞るが間に合わず。

  鈍い音とともに木の葉がざわめく。

  魔理沙は木に思いっきり衝突し、そのまま空中へ投げ出されてしまった。

 

  体を地面に打ち付けてしまい、出かけた涙を押し殺して辺りを見渡す。

  ここが妖怪の山のどの辺りなのかはわからない。ただ、すぐ近くに水が流れる音が聞こえてくる。

  どうせ行くあてもないのでその水がどこにあるのかを探していると、森をいつのまにか抜けていた。そしてそこで魔理沙の目に映ったのは、崖から水を流している壮大な滝と、それによってできた川だった。

 

「……ここなら少しは休めるか?」

 

  幸いにも敵の気配はない。魔理沙が感じ取れる範囲でだが。

  そう思ったら緊張感が急に抜けてきて、思わず尻もちをつくような形で河原に座り込んでしまった。

 

「いつつ……っ。いつの間にこんなに怪我してたのか、私は」

 

  緊張感が解ければ集中力も切れ、今まで体が忘れさせてくれた傷の痛みが湧き上がってくる。

  だが魔理沙にはその傷を癒す手段はない。なぜならそういった類の魔法は完璧に魔理沙の管轄外だからだ。せいぜいあるとしても、気休め程度にしかならないポーションを飲むくらいか。

 

  妖怪の山に行くからという理由で普段は持っていかないものも持ってきたのが正解だったようだ。スカートのポケットの中から取り出すと、それを飲み干して空き瓶を投げ捨てる。

 

  痛みは……若干和らいだの……か? 正直わからない。効くと思えば効いているような感じがするのだが、逆のことを思うと途端に痛みがぶり返してくる。たしか、こういうのをプラシーボ効果というんだっけか。

 

  そんな微妙なポーションの感想を心の中で言っていると、川の方から水しぶきが突如上がった。

  驚く魔理沙。勢いよく川の方へ視線を向けると、水に濡れた少女が魔理沙を睨みつけている。

 

「ちっ、妖怪か……! せっかく休んでたのに……。こうなったら……」

「コラァァァァァァッ!!!」

「うおっ、なんなんだぜ一体……」

 

  出会い頭で急に少女に怒鳴られたことで魔理沙は少し怯むが、なお少女の熱は収まらない。

  たとえでいうなら沸騰した水を入れたやかんだろうか。頭からは湯気のようなものを幻視してしまうほどに、地団駄を踏んで怒っている。

 

「おい、そこの人間! 川でのポイ捨ては禁止だよ!」

「……なんだ、そんなことで怒ってたのかよ。心配して損したぜ」

「『そんなこと』とはなんだ『そんなこと』とは! 水は河童の生命線! それでなくても、この山の川にはたくさんの水がなければ生きられない妖怪がいるんだよ! 彼らに申し訳ないとは思わないのかい?」

「いやまったく。これっぽっちも。そもそも異変解決側の人間が妖怪の心配をしてたらやっていけないだろ。というか文句があるなら私がここにきた原因になった奴らをさっさとこっちに譲り渡すんだぜ」

 

  魔理沙にしては正論である。

  妖怪が人間を襲い、人間は妖怪を恐れる。それがここ幻想郷のルールだ。

  心配するということは情けをかけること。

  情けをかけるということはその妖怪が可哀想に見えるということ。

  そしてそう見えるということは、その妖怪は人間に恐怖を抱かせられてはいないということを表す。

  だからこそ、霊夢や魔理沙は妖怪を攻撃するときに容赦がないのだ。妖怪たちに敗北以上に重いものを持たせないために。

 

  だが、それはあくまで妖怪退治屋としての正論であって、むやみに自然を汚していいというわけではない。と言っても、家だろうが外だろうがポイ捨て常習犯の魔理沙には理解できない話なのだが。

 

「河童は基本的に人間には友好的だけど、お前は別だよ。ここで川に住む妖怪を代表してこの河城にとりが成敗してやる!」

「へっ、ちょうどいい。なら私はお前というゴミを片付けてやるぜ!」

 

  魔理沙とにとりは互いに三枚のカードを見せ合う。

 

「残機は二個だ。異論はないな?」

「ふんっ、あっという間に沈めてやる! くらえ、光学『オプティカルカモフラージュ』!」

「なにっ!?」

 

  放たれたのは水の弾幕。だが、魔理沙が驚いたのはそこじゃない。

  なんとスペカを唱えた直後ににとりの姿が周りの景色に溶け込むように消えたのだ。そしてどこからともなく水の弾幕を出して魔理沙を翻弄する。

 

「くそっ、弾幕自体は大したことないが見えないのは厄介だぜ! おら、コソコソしないで正々堂々戦え!」

「そんな安い挑発には乗らないよ。それに今回はこいつの実験なんだから、使わなくっちゃ意味がない」

「っ、後ろ……!?」

 

  とっさにミニ八卦炉を後方へ突き出し、狙いも定めずにレーザーを放つ。そして次の瞬間、レーザーに水の弾幕が殺到した。

  レーザーが盾となることで弾幕が防がれ、蒸発していく。しかし水だろうが弾幕は弾幕。レーザーの形を保てなくなったそれは、魔理沙が近くにいるにも関わらずにその場で小規模な爆発を起こした。

 

「いててっ、まさか自分の弾幕に自分が巻き込まれるとは……んっ?」

 

  魔理沙の視界に奇妙な光景が映る。

  先ほどの爆発によって木から離れたと思われる落ち葉。その大半は上から下に落ちていっているのだが、数枚だけなぜか空中で静止しているものがあった。

  怪訝に思いながらしばらく見つめていると、うっすらと小さなシルエットらしきものが浮かび上がってくる。しかしシルエットが動くと落ち葉が落ちてしまい、それはたちまち見えなくなってしまった。

  が、今ので十分だ。魔理沙の目が煌めく。

 

「……そうか! 掴んだぜこのスペカ! 黒魔『イベントホライズン』!」

 

  スペカを高々と宣言し、大小混じった高火力の星形弾幕をばらまいていく。ただし目標はどこにいるかもわからないにとりではなく、真下にある地面だ。

  弾幕は着弾と同時に爆発。その爆風により、砂嵐とも表現できるほどの砂利が辺りに飛び散る。が、一箇所だけ、空中で砂利が静止している場所があった。

 

「し、しまった! 濡れてるせいで砂利が服に……!」

「そこだっ!!」

 

  再び浮かび上がった少女のシルエットに向かっての集中砲火。イベントホライゾンの弾幕が見事ににとりに命中した。

 

「ああ、せっかくの光学迷彩が……!」

「へっ、なんだかよくわからないが姿を消す術式はもう使えないようだな。こうなったら河童なんと恐るるに足らずだぜ!」

「術式じゃない! これは化学だよ!一緒にするんじゃない!」

「どっちでもいいぜ! 魔符『ミルキーウェイ』!」

 

  一発くらわせて調子づいたのか、間髪入れずに魔理沙はスペカを発動する。

  ミルキーウェイ。天の川。

  その名を示すように、星の弾幕群は激流のようにうねりながらにとりに迫る。

 

「河童をなめないでよね! 本当の川ってやつを見せてやる! 水符『河童のポロロッカ』!」

 

  対抗するようににとりが繰り出したのは、これまた川に関する名を持つスペカ。そして本物の川と光の川がぶつかり合う。

  しかし、単純な火力勝負ではにとりは魔理沙には劣る。そのまま星弾が徐々に水の弾幕を押し込んでいく。

 

 

  ——かに思われたが。

  なんと、急ににとりの川が大きくなったかと思うと、天の川をみるみると逆流していくではないか。

 

「なっ、私が火力負けしただと!?」

「違うよ。私のスペル名聞いてなかった? 『河童のポロロッカ』ってね」

 

  ポロロッカ。それは外の世界におけるアマゾン川が潮の干満によって逆流する現象の名称である。

  にとりは天の川をそれに見立てて、同じように川を逆流させたのだ。

  形成は逆転した。魔理沙は自分が押し負けていることが気に入らず、最後まで抵抗を続けていたが、結局は乗っている箒ごと水の弾幕群に飲み込まれ、そのまま本物の川へと落下した。

 

  水しぶきが魔理沙の顔を打つ。

  気分は最悪だ。冷え込んでくる秋の真っ只中に川に落ちたのだ。服はぐっしょり濡れて寒いし、おまけにポケットに入れていたポーションを含むマジックアイテムは一部壊れてしまっている。

 

  だが、ここで声を荒げて怒るほどの暇はなかった。

  にとりの追撃用の通常弾幕群が迫ってきていたからだ。

  しかし魔理沙はまだ立ち上がってすらいない。この数秒で起き上がって逃げるのはきびしいだろう。

  だから彼女は箒に魔法をかけると、先ほど森をさまよってた時のように穂先から魔力をジェット噴射させながら箒を力強く握りしめ、暴れる箒とともに無理矢理この場から脱出した。

 

  地面にニ、三度バウンドして体を打ちつけながらも態勢を整えて箒に跨る。

  だがその時にはもうにとりは三枚目のスペカを掲げていた。

 

「河童『お化けキューカンバー』!」

 

  今度放たれたのは緑色のレーザー群。それがにとりの体を中心に周囲にばら撒かれる。

  だが彼女の予想に反して、魔理沙はそれをスイスイと避けていく。

 

「へっ、さっきは姿が消えたりスペカの相性が悪かったりで散々な目にあったが……河童程度の小細工なしの弾幕だったら簡単に避けれるぜ」

 

  そう、魔理沙は今まで様々な異変に足を突っ込んできた。もちろん大妖怪とも戦ったことがある。

  それに比べたらにとりの、いや中級妖怪程度の弾幕なんてヌル過ぎる。

 

「これで終わりだぜ! 恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 

  魔理沙から放たれたのもレーザー群。だが、その太さはにとりのものよりも明らかに上だ。

  互いのレーザーが衝突し合う。そして均衡する間も無く魔理沙の方がにとりのを侵食していき、彼女は撃ち落とされて川の中へと消えていった。

 

「へっ、おととい来やがれだぜ!」

 

  鼻を指でこすりながら、そう言い捨てる。

  にとり対魔理沙の弾幕ごっこはこうして魔理沙の勝利に終わった。

  休憩も終わったし、目的地に進もうとしたのだが。

 

「ヘックションっ!?」

 

  その前に服が濡れて体が冷えてしまっていることに気づく。

  とりあえずは服が乾くまでは大人しくしていよう。彼女はそう決めたのだった。

 






「投稿遅れてすみません。ちょっと最近家の事情でゴタついてしまいまして。作者です」

「なーにが家の事情だ。のんびりPS4してたじゃねえかよ今日。狂夢だ」


「いやーもうすぐ10連休ですね」

「しばらくは寝て過ごせるな」

「この機会にこの作品を書き進められたらいいなぁ」

「まあ前も言った通り今期は見たいアニメも少ないしな。一日3000文字を目標にしてたらどうだ?」

「無理ですよ! 1000文字くらい書くのに30分くらい使うんですよ!? 私に一時間半も神経を研ぎ澄ませていろと!?」

「逆に一時間半ぐらい頑張れや暇人! どうせ買ったPS4のゲームもニ週間足らずでラスボス戦前まで辿り着いちまってるんだし、何にこれ以上時間を使うんだよ!?」

「うーん……昼寝?」

「働けクソニート!」


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天狗対九尾の狐

 

 

 

 

  弾幕ごっこが終わったあとの河原は滝の音がするにも関わらず静かだった。

 

「……ゴミ、拾ってやっかな」

 

  熱が冷めれば冷静さを取り戻すように。

  売られた喧嘩は全部買うのが魔理沙の主義だが、よくよく考えるといまさらながら自分が悪かったかもなぁ、と思いそう呟く。

  そして誰も見ていないのを確認すると、コソ泥でも働くかのような素早い動きで空き瓶を拾ってスカートのポケットへねじ込んだ。

 

「ありがとー人間! やっぱ持つべきものは盟友だね!」

 

  だが、そんな努力も虚しく、川から水柱が上がって先ほど沈めたはずの河童が出てきた。

 

「うおっ、お前はにとり!? さっき私が沈めたはずじゃ……!」

「『河童の川流れ』なんて言葉があるけど、あれは迷信だよ。私たち河童は水中でも呼吸ができるし、たとえ意識がなくても泳ぐことぐらいはできるさ」

「そ、そうか……って、それよりも! さっきの見てたのか……?」

「うん! さすがは盟友! 最後にはしっかり後片付けをしてるし、見込みがあるね!」

「う、うるせえ! 別にお前に言われてやったわけじゃないんだからな? ただちょっと川が汚れるのはマズイと思って……って、盟友ってなんだ?」

 

  これ以上さっきの行為について話されたくない一心で頭を巡らせた結果、先ほどからにとりが気になることを言っていたのを思い出し、話題を変えようとする。

  そしてそれは成功したようで、にとりは笑みを浮かべながら答えた。

 

「言ったでしょ? 河童は基本人間には友好的だって。その理由はまあ色々あるけど……それにお前は悪いやつじゃなさそうだしね。だから盟友」

「うーん、河童の理屈はわからんが、まあ襲わないんだったらなんでもいいぜ」

 

  その後はにとりと語り合って、興味のある話が聞けた。

  なんとにとりたち河童は化学という魔法とも違う外の世界の技術を操ることができるらしい。

  気がつけば神社のことより化学とやらを見てみたいという思いでいっぱいになっていた。

 

「じゃあ私たちの工房に来てみる? 私たちは魔法には疎いし、面白い人間は大歓迎さ」

 

  返事は即答だった。

  両手を上げてにとりの提案に魔理沙は乗った。

  ふと、脳裏に霊夢の姿が思い浮かぶが、好奇心によって一瞬でかき消されて行く。

 

 

  ——霊夢は好き勝手に私を使ったんだ。なら私も好き勝手させてもらうさ。

 

  こうして、神道戦争のイレギュラーは表舞台から姿を消していった。

  残ったのは純粋な関係者たちのみ。

  そして妖怪の山上層でも、戦乱の気配が漂っていた。

 

 

  ♦︎

 

 

 妖怪の山に複数の旋風が吹き荒れる。

  それらは木々を通り抜け、空を舞い、そして互いにぶつかり合う。

  その正体は清音たちが動くたびに発生する衝撃波だった。

 

「ちっ、さすがは()()()の娘たち……! この速さにもついてくるなんて……!」

「さすがは元幻想郷最速……。本気の私達よりも速い……!?」

「元は余計よ元は!」

 

  青筋を立てながら扇を一振り。突風とともに弾幕がそこから飛び出してくる。

  それを清音が狐火で相殺。そして反撃とばかりに彼女の後ろから舞花が飛び出し、手に持ったハンドガンから弾幕を文へと放つ。

 

「させません!」

 

  が、それは白狼天狗の少女——椛の剣によって防がれてしまった。

  同じ白髪ということもあり、舞花の脳裏にいつかの二刀流の剣士の姿が浮かび上がる。が、すぐにそれを振り払い、『銀鐘(ぎんしょう)』によって形作られた拳銃を再び構える。そして清音と目線を交わすだけで作戦を伝え、実行に移す。

 

  清音の狐火が文ではなく今度は椛を襲う。それを切り裂いてしのぐと、舞い散る火花の隙間から舞花が銃口を向けている姿が目に入った。

  乾いた炸裂音がいくつも響き渡る。そして間を置かずに爆発音が同じ数だけ鳴った。

  椛はとっさに片手に構えた盾で舞花のライフル型弾幕を防いでいた。だが空中で踏ん張りが効かずによろめいてしまう。

  その隙を突くように清音の狐火が再び迫る。が、それを文が弾幕で相殺。しかしそうなるとフリーになった舞花がハンドガンをスナイパーライフルに変化させ、引き金が引かれた。

  先ほどとは違って甲高い音が盾から聞こえてくる。

  ハンドガンを超える威力の弾幕に支給品の盾では耐えられなくなり、一部が砕けてしまったのだ。さらに椛までもが衝撃に耐えきれず、態勢を崩して地面に落下してしまう。

 

  清音と舞花の作戦は単純だ。この中で誰よりも弱い椛を集中放火する。

  今回は残機二個とスペカ三枚のタッグバトル。二人はお互いの残機スペカを共有し合い、どちらかがなくなればその時点で敗北は決定する。

  つまり素早い文に当てなくても椛に二回当てることさえできれば勝つことができるのである。この策を取らない理由がない。

 

  しかしそんなことは文も百も承知である。

  倒れた椛を守るため、文はスペカを一枚発動させる。

 

「岐符『サルタクロス』!」

 

  扇を振るうとともに下に向かって放たれた弾幕群が木々や地面などの障害物とぶつかると減速なしで跳ね返り、それが予測不能なランダムの防壁を作り出す。

 

  清音が狐火を飛ばすが無意味だった。防壁内に入るとすぐに四方八方から迫ってくる弾幕にもみくちゃにされ、瞬く間に火は消えてしまう。

  だったらと舞花が防壁のないわずかな隙間から撃ち抜いてやろうとスナイパーライフルのレンズを覗き込むが、それは迂闊だった。

 

  突如突風が舞花の前を通り過ぎたかと思うと、ライフルの銃身がいつのまにか真っ二つに両断されていた。

  それだけではない。レンズに集中していた視線を元に戻すと、舞花の目には自分を包囲する大量の弾幕があった。

 

「ふふっ、目を逸らしてくれて助かったわ。能ある鷹は爪を隠すってのはこういうことを言うのよ」

「まさか、さっきまで手加減を……!」

「あんまり幻想郷最速の名前、なめないでよね」

 

  清音が手助けする暇もなく全方位から弾幕が舞花に襲いかかる。

  スナイパーライフル改め銀鐘は両断されてしまったせいで元の形に戻すまで使えない。しかしそんな時間はどこにもない。

  だが舞花の武器は銀鐘一つだけじゃなかった。

  両手に小規模な吹雪を作り出すと、それを合唱することでぶつかり合わせ、炸裂させる。それによって吹き荒れた猛吹雪に文の弾幕は全てかき消された。

  当然そんな規模のものを体の近くで発生させれば舞花自身にも少しダメージが入るが、被弾するよりかはマシだ。

 

  窮地を乗り越えて一息つこうとする舞花。

  だが彼女は文以外のもう一人の敵の存在を忘れていた。

 

「狗符『レイビーズバイト』!」

 

  戦闘に復帰した椛が相手を休ませないよう、絶妙なタイミングを見計らってスペカを発動させる。

  舞花の上下に現れる細長い弾幕群。それはまるで獣の歯型のようだった。

  歯型は同時に動き出し、標的の肉を食いちぎるように舞花を挟み込む。

 

「舞花っ!」

 

  空中で爆発が巻き起こる。

  吹雪で少なからずダメージがを受けていたのが影響し、舞花はその牙の檻から脱出することができなかった。

  これで清音たちの残機は残り一つ。……いや違った。正確には()()()()()()()は、だった。

 

 

「氷華……『フロスト……ブロソム』……!」

 

  被弾しながらも発動されていたスペカ。爆発の光で見えなかったということもあり、完全に椛の意識の外だった。

  そして彼女は自分でも気づかないうちに全身を透明なバラで包まれたかのように氷漬けにされている。だがやがて重力に従い、地面へと落ちていった。

  同時に舞花もふらつき、清音と一瞬目線を交わしては飛行のバランスを崩して落下していく。

 

  清音と文の行動は迅速だった。

  それぞれの味方の元に寄ると同時に、倒れた敵に向かって追い討ちを放つ。

  清音の狐火が、文の弾幕が交差してそれぞれの標的に向かっていく。

  それを清音は結界で、文は風を操って防ぐと、今度はスペカを取り出してこれまた同時に宣言。

 

「騒爆『ビックバンフェスティバル』!」

「『無双風神』!」

 

  身の丈ほどある巨大な光球が複数中に浮かび、辺りを照らす。

  それらは突如膨らんだかと思うと大爆発を起こし、周囲が真っ白に染まって何も見えなくなるほどの光と鼓膜が千切れそうになるほどの音、そして熱と衝撃波をまき散らした。

 

  しかしそんな爆発が連鎖する中、爆発と爆発の間のわずか数センチの安全地帯を文は風となって通り過ぎ続ける。

  その姿、まさに風神。

  本気となった文の姿はもはや清音にすら目で捉えることはできなかった。そして通りざまに弾幕をばら撒きながら彼女を翻弄する。

 

  当たらない、当たらない。

  何度爆発が起きようが、文には焦げ一つすらつくことがない。

  次第に文は清音との距離を詰めていく。

  爆発は術者の近くであればあるほど自滅しやすくなる。それを恐れて爆発が止まったところを一気に叩く。これが文の作戦だった。

  しかしそんなことは清音にも百も承知のはず。それなのになんの対策もとらないで攻撃をし続けることがあるだろうか。

 

  光、轟音、爆発。

  それの意味を考えているうちにある一つの答えが浮かび上がる。そして同時に寒気のようなものが文の背中から這い上がってきた。

  文は脇目も振らずに清音を放ったらかしにして、爆発が起こっていない見晴らしのいい場所まで移動した。そして注意深く地上を観察して——。

 

「死槍『ゲイボルグ』」

 

  ——気絶していたと思われた舞花が黒い槍を振りかぶっていたのを見て、ほぼ反射的に椛と彼女との間に割って入り、その槍を扇で受け止めた。

 

「ぐっ、ううううぅぅぅっ!!」

 

  天狗の秘宝であるはずの扇が黒槍にその中心部をえぐられ、悲鳴をあげる。

 

  舞花は椛と一緒に倒れた時、実は気絶などしていなかったのだ。

  ただ椛が倒れたのを利用して自分も倒れたふりをして、文を遠ざけようとしただけ。

  おそらくアイコンタクトかなんかですでに清音とは打ち合わせを済ませていたのだろう。でなければあのスペカの選択は考えられない。

  あとは轟音と光で文に悟られないようにカバーし、その隙に舞花がスペカでとどめを刺す。偶然気がつかなければ、このシナリオ通りになっていただろう。

 

  黒槍の勢いがだんだんと弱まっていく。

  だが舞花には焦りも何もなかった。ただ握りしめた拳を突き出すと、勢いよくそれを広げて一言。

 

「弾けろ、ゲイボルグ」

 

  その言葉を聞いた黒槍は一瞬黒く輝くと、その姿を何十もの鏃へと変化させ、文の服を辺りの木に貼り付けにすることで彼女の身動きを封じた。

  そして計ったかのようなタイミングで巨大な光球が文の目の前に現れる。

 

「……はぁ、こりゃだめそうね」

 

  力なく脱力し、がっくりと頭を下げる。

  そして文の視界を一面の白が染め上げ——近くにいた椛ごと、文は爆発にのみ込まれた。

 

「……終わったか……」

「舞花ー! 天狗の部隊がこっちに近づいてきてるよー! 早く上に逃げよー!」

「……神社まで行けば天狗も手出しできないはず」

 

  勝利の感傷に浸る間も無く、二人はその場を走り出して守矢神社へと向かう。

 

  その数分後に天魔を含む精鋭部隊が到着し、文たちは治療所へと運ばれていった。

  彼らは清音たちを追いかけようとしたが、すでに天狗の領域内にはいないという理由で天魔から止められ、追跡を諦める。

 

  これで一つの脅威が異変解決側から去った。

  だがまだ先は長い。なにせ目的の神社にすらたどり着いていないのだから。

  新たなる敵がいる地に向かって、残った四人はそれぞれ足を動かし歩んでいく。

 

 



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出る杭は打たれる

 

 

  妖怪の山。頂上付近への道。そこに二つの人影があった。

  一人は博麗霊夢。幻想郷の結界を管理する博麗の巫女である。

  もう一人は白咲美夜。黒い九尾を持つ、白咲三姉妹の一人だ。

 

  普通山というのは上に行くほど登るのがきつくなってくる。なぜなら多少は整備された下層とは違って、上層は人がそもそも行く場所ではないので道なんてものはなく、大なり小なりの岩が転がっていて荒れ放題だからだ。

  だがこの山のそれは非常によく手入れされていた。木々は線でも引いたかのように左右に切り開かれており、真ん中にはまだ傷一つない石の階段が敷き詰められている。はっきり言ってしまえば博麗神社よりも立派だ。

 

「ぐぬぬ、なんか複雑ね……」

「対抗意識でも抱いているのですか霊夢? やめた方がいいですよ。張り合うだけ結果が見えています」

「うるさいわね。そういうあんたはどうなのよ?」

「白咲家には舞花がいますから。ほぼただで修理することができますし、鳥居なども常に新品同然の状態にしてあります」

「ちっ、そっちの参拝客をこっちに寄越せって話よ」

 

  あんまりな言いがかりである。

  しかし霊夢が愚痴るのも仕方がないと美夜は思う。

  なんせ博麗神社は祭神が不明なのだ。なんの御利益があるのかも知らない神をわざわざ崇めに危険な山道を登るほど、里の人間たちは暇じゃない。おまけに管理者である紫も楼夢が援助を始めるまではほぼ放ったらかしにしていたらしい。それを聞いた時には人間が力をつけないため伝々と言われたが、少なくとも食料ぐらいは届けてあげるべきだったのだ。

  霊夢が金にがめつく暴力で大抵のことを解決するようになるほどまでに性格がひねくれたのは、間違いなく紫のせいだと美夜は断言できる。

 

  そんなある意味可哀想なものを見る目で先頭を歩く霊夢の背中を見つめていると、ふとその歩みが止まった。

  何が起きたのかと聞こうとしたところで、その口をつむぐ。なぜなら聞くまでもなく原因がわかったから。

 

「ふっふっふ。ようやく現れましたね、博麗の巫女!」

 

  霊夢が見上げる先には、ちょうど彼女と同じくらいの年齢の緑髪の少女がビシッと霊夢を指差していた。

  だが、霊夢の目を引いたのはそこじゃない。彼女が着ている服だ。

  白と青を基準とした巫女服。脇部分がカットされていて袖が服と分離しているところまで霊夢の服とそっくりである。

  そう、巫女だ。

  霊夢たちの目の前には敵勢力側の巫女が立っていたのだ。

 

「あんたらね。私の家にふざけた手紙を送ってきたのは」

「いえ、結構まじめですよ? ちょっと天狗を使って調べたところ、あなたの神社には現在参拝客がいないらしいですし、いい話だと思うのですが? 別に住む場所を奪う訳ではありませんし」

「よくないわよ! あんた、神社の名前を入れ替えるってことがどういう意味なのか知ってんの?」

「うーん、話が通じませんねぇ。ちょこっと神社の看板が変わるだけじゃないですか。それに本山であるここが人気になれば、その分参拝客もそちらに集まってくると思うのに……」

 

  出会って早々、霊夢はメンチを切る。

  それに対して守矢神社の巫女はなんというか、霊夢を少し小馬鹿にしているような態度を感じられる。

 

  なんとなくだが彼女のことは察した。おそらくは外の世界で育ったせいで霊夢のことを『意味のない古臭い考えを押し通そうとする田舎のやつ』とでも思っているのだろう。

  だがそれは全くもって見当違いだ。

  おそらくあの巫女は神に関する知識があまりないのだろう。普通に考えて、神社の看板を変えて他所の神を迎えるということは、事実上今までいた神を捨てて消滅させるということになる。

  神の一人や二人が消えたところで誰も騒ぎ立てはしないだろうが、問題なのはやはり狙われた場所が博麗神社だったからだ。

 

「あんた、うちの神社がここ幻想郷でどういう役割を持っているか知った上でその言葉を言っているの?」

「役割? お祭りとかのイベントで大トリでも務めてたりするんですか? 大丈夫ですよ、そういうのは全部私の神社が引き継ぎますから」

「……はぁ、なんとなくあんたたちの状況がわかったわ。もういいからそこのあんた、私を神社まで案内しなさい。あんたらの神に丁寧に一から説明してやるわ」

「んー、ごめんなさい。もしこの話に納得してなかった場合は成敗して無理矢理従わせろと言われてますので」

 

  緑髪の巫女が取り出したのは三枚目のスペカ。

  それを見て密かに美夜は安堵する。

  よかった。どうやら相手側もスペルカードルールぐらいは知っているようだ。もしそうじゃなければこの先の戦いは最悪殺し合いで解決することになっていただろう。

 

「それで……どっちが行きますか?」

「私がやるわよ。なんか調子に乗ってるようだし、面倒くさいけどこの場で上下関係を叩き込んでやるわ」

「そうですか。ではご武運を」

 

  ルールは基本に沿って残機二のスペカ三にしたようだ。

  自信満々な笑みを浮かべる緑髪の巫女とは対照的に霊夢はため息をつくと、ひどく気だるそうに上空へ移動していく。

 

「ふふっ、このマジカル早苗ちゃんの記念すべきデビュー戦、きっちり決めますよ!」

「はぁ……一応今後も長い付き合いになりそうだから自己紹介しておくわ。博麗霊夢よ。馴れ合うつもりはないからよろしくは言わないわ」

「むむ、初対面なのにそんな挨拶をするなんて無礼な人ですね。まあいいです。守矢の風祝、東風谷早苗! いざ参ります!」

 

  早苗と名乗った少女は五芒星が描かれたお札を投げつける。

  同時に霊夢も博麗印のお札を投げつけ。

  盛大な爆発音とともに、二人の巫女の戦いの幕が切って落とされた。

 

 

  ♦︎

 

 

「……なるほどね。たしかに、口だけじゃないみたい」

 

  迫り来る弾幕を避けながら霊夢はそう呟く。

  最初はデビュー戦という言葉に呆れていたが、どうやらこの早苗という人間はかなりの才能を持っているらしい。

  放たれる弾幕は密度がしっかりしており、さらには美しい。その他にも追尾弾やランダム弾、時期狙いなどの多彩な弾幕を見事に使いこなしている。グレイズを決められた時には流石の霊夢も驚いたほどだ。

 

  この巫女、教えられてもいないはずなのに弾幕ごっこのセオリーを全て無意識に行なっている。

  そう思う理由は一つだ。そもそも守矢神社とやらが転移してからさほど経っていないこの時期にあれだけのことを教えることは不可能だからだ。仮に彼女が仕える神がかなり腕がたったとしても、弾幕ごっこに関してはズブの素人のはず。教えられてもせいぜい空中飛行や弾幕の出し方ぐらいだろう。

 

  天性の才能。

  なるほど、相手にとって不足はない。

 

 

  早苗は霊夢のよりも細長いお祓い棒を取り出すと、それをステッキのように動かして空中に弾幕で星を描く。そして描かれた星は進んでいくと同時に次第に形を崩していき、避けにくい軌道となって霊夢に襲いかかる。

 

  しかしそれは相手が普通だったらの話だ。数多の強敵を相手にしてきた霊夢にとっては難易度normalに等しい。一瞬でそれらを見切り、危なげなく回避する。そして追尾するお札を投げつけるも、それらは結界によって防がれてしまった。

 

「むう、なかなかやりますね……。ならこれでどうでしょう!? 秘術『グレイソーマタージ』!」

 

  早苗は通常弾幕の時のように何もない空間に弾幕の星を描く。だが、今回はその星の量が通常弾幕の時よりも比較にならなかった。

  早苗の周りに浮かび上がったのは数十もの星。その星一つ一つが二十から三十ほどの弾幕で形成されており、軽く計算するだけでもその合計は3桁にまで達した。

  そんな弾幕群が一斉に形を崩し、霊夢に雪崩れ込む。……が、それすらも彼女に当たることはなかった。

 

  星を形作る弾幕群が崩れる前に、あえて霊夢はそれらの中に飛び込んだ。そして一切減速しないで星を通り過ぎる。たまに当たりそうになってもお祓い棒で防いでは弾き返す。

  そしてあっという間に早苗の目の前へとたどり着くと、彼女の額に押し当てるようにスペカを取り出して宣言。

 

「夢符『二重結界』」

 

  ゼロ距離から霊夢を中心に正方形の結界が二重に展開される。もちろん早苗は避けることもできずに結界に弾き飛ばされ、大きく吹き飛ばされた。

 

「カハッ……!? ケホッ、ケホッ……!」

「通常弾幕をスペカに昇華させるのは悪手よ。いくら数が多くてもベースは変わらないから、私くらいになるとこんな簡単に避けられる」

「ぐっ……!」

 

  早苗はさっきまでのお調子者のように表情から一変、悔しさのあまり霊夢を睨みつけている。だがそれ以上の目力で霊夢にガンつけられ、その迫力に怯んでしまった。

  それを見て霊夢は本日二度目のため息をつくと、再び早苗へと口を開いた。

 

「たしかにあんたは才能あるわ。弾幕は綺麗だし、一瞬の判断も悪くない。でも私を相手にするには経験が足りなさ過ぎよ」

「そんなことはっ!」

「事実よ。浮かれてるのか知らないけど、別にあんたみたいなデカい力を持った人間なんてここじゃただ珍しいだけなの。妖怪も含めればその価値はさらに下がっていく。つまりあんたは別に『特別』ってわけじゃないのよ」

「うっ、うるさいっ! 奇跡『ミラクルフルーツ』ッ!」

 

  早苗は霊夢の話を遮るように二枚目のスペカを宣言する。しかしその声は、ただ聞きたくもない現実から目を背けるために叫んでいるようにしか聞こえなかった。

 

  八つの果実のように丸々と実った弾幕が放たれる。それはしばらく進むと炸裂して、中から数十数百もの弾幕をばらまいた。

 

「……はぁっ、怒りすぎよ。集中力が欠けて弾幕の軌道が見え見えだわ」

 

  しかし霊夢は無表情に早苗とその弾幕を見つめると、埃を払うようにぞんざいにスペカを投げ捨て、一言呟く。

 

「神霊『夢想封印』」

 

  霊夢の十八番とも言える巨大な七つのカラフルな弾幕。それらが早苗の果実を食い破って突き進んでいく。

  早苗の弾幕は霊夢が指摘した通り集中力を欠いていたらしく、最初の時のような密度はなかった。

  そしてあっという間に早苗に全ての弾幕が命中して、爆発を巻き起こした。

 

  残機はこれでゼロ。すなわち、霊夢の勝利だ。

  まあ、もし仮に残っていたとしても続行は不可能だろうが。

 

  早苗は初めての弾幕の痛みで気絶したのか、石造りの階段の上に落下しては、目を覚ますことはなかった。

  まあ下にいる美夜がたった今彼女を見ているだろうし、心配はいらなそうだが。

 

「まったく。なんで私が担当する初心者はみんな面倒なやつばかりなのかしら」

 

  早苗と戦った時、思い浮かんだのは彼女の何倍も巧みに弾幕を操り、霊夢を追い詰めた桃色髪の少女の顔だった。

  だが彼女と比べるのは酷だろう。彼女は早苗と違って元から実戦経験豊富だったらしいし、なによりも彼女は妖怪だ。比べる基準がそもそも違う。

 

  ……そういえば、こんな博麗神社の一大事だってのに彼女の姿が見当たらない。普段はどんなに小さいことでも駆けつけてくるし、耳に入ってはいないことはないはずなのだが。

 

  未だに姿を見せない少女。そのことだけがいつのまにか今の霊夢の頭の中を埋め尽くしていた。

 

 






「ゴールデンウィーク入りましたね。まあ私はいつも通りゲームするだけしか能がないんですが。作者です」

「ゲームというよりは麻雀だろ。龍が如く0の達成目録コンプするとき息巻いて何度も絶望してんのは知ってんだからな。狂夢だ」

「うわぁ、牌の種類もわからないくせによくやる気になれますね。最近狂夢さんよりも出番が多い早奈でーす!」


「おい作者」

「ん、どうしたんですか狂夢さん?」

「お前、一応自機もやったことのある早苗戦をあんな簡潔にまとめて大丈夫なのか?」

「そーですよ! 一応私の血族なんですよ!? 三枚目のスペカも出せずに撃沈してるじゃないですか!?」

「いや私だって最初は中々白熱する展開を予定してたんですよ? ただついこの前気づいたんです。よくよく考えたらまったくの初心者に霊夢さんが苦戦するのはおかしくないか? って」

「それでももうちょっとどうにかできなかったのかよ……。一応レミリアたちと同じ準レギュラークラスだろうが」

「準レギュラーと言えば私たちも準レギュラーですけどね」

「もっとも、片方は出番がなくて久しいんですが」

「……あ?」

「あ、やべ、地雷踏んじゃったかも」

「……上等だコラ。表出ろや! テメェらに立場ってもんを教えてやるぜ!」

「あ、私この後予定あるので帰りますね」

「え、ちょっ、裏切り者ぉぉ!」

「死ねやオラァァァ!」

「もんぶらんっ!?」


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二人の神

 

 

  弾幕ごっこを終えた霊夢が空から降りてくる。

  一度も被弾していないので肌などに目新しい傷はない。だが、結構な数の弾幕をグレイズして避けていたので、服は少し焦げている部分が多々ある。

  そんな彼女に美夜は労いの言葉をかけた。

 

「お疲れ様です。意外と早かったですね」

「いいえ、全然遅いわよ。初心者相手にあんだけ時間をかけるなんて恥だわ」

「それは彼女の才能があったからでは?」

「たとえ宝石のものでも、原石は原石よ。そのままだとただの石ころにしか過ぎない」

 

  初心者という言葉に何か嫌悪感があったのか、吐き捨てるように霊夢は言葉を返してくる。そして先ほどの戦いでかいた汗を拭うと、何も言わずにドシドシと引き続き階段を上がっていった。

 

  彼女がなぜあそこまで不機嫌になっているのかはわからない。ただ、先ほどの戦いでなにかを思い出したようだった。おそらくはそれが初心者という言葉に関係するものなのだろう。

  だが、今はそんなどうでもいいことを探っている場合ではない。

  すぐに浮かんできた好奇心を振り払うと、小走りで霊夢の後に続いていく。

 

 

  しばらく進んでいくと、ようやく鳥居が見えてきた。

  堂々と掲げられている『守矢』の文字。随分と昔のものらしくてボロボロだが、不思議と幻想郷に来たことで活気を取り戻したかのような神々しい圧を感じる。

  しかし当たり前ながら霊夢も美夜もそれを見ただけで怖気付くようなことはなく、大股でわざと足音が響くように境内への一歩を霊夢は踏み出した。そして逆に敵側が怖気付いてしまいそうなほどドスの効いた声で一言。

 

「さっさと出て来なさい! あんたらの言う通り来てやったわよ!」

『……我を呼ぶのは何処の人ぞ』

 

  姿すら見えないのに、霊夢の呼びかけに応えて境内に女性らしき声が響き渡る。

  これは……風を操っているのだろうか。術式は専門外なので詳しくはわからないが、空気に声を乗せてスピーカーのように音を拡大しているのだと美夜は推測する。

 

  声は神聖さが感じられ、楼夢なんかとは違ったいかにもTHE・ゴッドというような雰囲気が感じられる。が、そんなものは次の一言で霧散してしまった。

 

『……って、なんだ。麓の巫女と……おおっ! 美夜じゃないか!』

「この声は……」

「なに、もしかして知り合い?」

「知り合いもなにも。まさか千年ちょいで私のことを忘れたとは言わせないよ?」

 

  本殿の屋根に神力が集中していき、やがて人の姿を形作っていく。

  そうして現れたのは身の丈ほどある注連縄で作られた輪っかを背負った、奇妙な神だった。

 

「もしかして、神奈子さんでは……」

「あっはっは! 覚えててくれたかい! あんだけ小さかったのに随分とまあ成長したものだねぇ」

 

  八坂神奈子。

  武神であり、父である楼夢の友人。美夜や他の姉妹たちは一度、彼女と会ったことがある。

  神無月に行われる出雲大社での神だけの宴会。彼女とはそこに向かう前にどこかの神社で顔合わせをした覚えがある。

  よくよく神社を見渡してみれば、それがここ守矢神社であったことをすぐに思い出した。

  同時に美夜に疑問が浮かぶ。

 

「神奈子さん。なぜあなたは友人であるはずの父の神社に明け渡しを要求してきたのですか? 返答次第では私はあなたを切ります」

 

  鞘をつかんでいる方の親指を鍔に当て、わずかに刃を出して抜刀の構えを取ると、神奈子が慌てて両手を上にあげ、無抵抗のポーズをとる。

 

「す、すまん! 実はそれはうちの風祝が独断でやってしまったことなんだ! あの子は神には疎いから、うっかり余った手紙をお前たちの神社に送ってしまって……」

「……なるほど、だいたい理解できました」

 

  鞘から手を離して戦闘態勢を解く。

  神奈子はそれに安堵したのか、大きく息を吐き出して脱力した。

 

  美夜も美夜で顔には出さないが安堵していた。

  手紙は手違いで、神奈子たちの意思とは関係ない。つまりは争う理由がもうないということだ。流石に美夜でも知り合いは斬りたくないし、本格的な戦争が起こった場合の被害もバカにならない。

  しかしそんな未来はもう来ることはない。

  改めて、美夜は神奈子に合わせてため息を吐いた。

 

  これで一件落着。

  さあ、あとは帰って夕飯の準備でもしよう。

 

「……ねえ、てことはうちの神社に来た手紙も手違いってことでいいのかしら?」

 

  とはならず、美夜は一つの問題を忘れていた。

  そう、博麗神社にも来た明け渡し要求の件。

  霊夢はもちろん神奈子と知り合いなんかじゃない。なのに下の風祝は霊夢というか博麗神社のことを知っていたような雰囲気だった。

  それはつまり博麗神社について調べたということで。

 

「なにを言っているのやら。そっちに寄越したのは本物だよ。あんたの神社は私が乗っ取らせてもらう」

 

  あっけからんと、そう言い切る神奈子。

 

「そう。なら話は決まっているわ」

 

  霊夢が取り出したのは五枚のスペルカード。

  幻想郷において問題が発生した場合にあらゆる場面で適用される法。スペルカードルール。

 

「ほう。武神であるこの私に戦を仕掛けるか、巫女よ」

「神様だろうが関係ないわよ。それに私、人のものを取ることに何の疑問も持ってないあんたらが気に食わないの」

「妖怪や妖精が良いものを持っていたら即暴力で沈めてぶんどるあなたが言うんですか?」

「私はいいのよ私は。ただ、他のやつがそれをやるのは見てて気分が悪いわ」

 

  何という自分勝手な考え方。

  なるほど、楼夢が気に入るわけだ。

  霊夢の性格は楼夢と似ている。最終的には自分のことしか考えてないところなんてそっくりだ。

  神奈子もそう思ったのか、ギラギラとした目つきで霊夢を睨みつけながら笑っている。

 

「ふっ、徳が足りんな巫女よ。お前のようなものが神に仕える者など笑止千万。ここで我が粛清してくれよう!」

「今さら神様っぽい口調に変えても手遅れなのよ。その筋肉しか詰まってなさそうな脳みそで今のうちに私への謝罪の言葉を考えておきなさい!」

 

  二人はそれぞれ霊力と神力をその身に纏うと、屋根を超えて本殿とは逆方向へ飛んでいく。そして激しい衝撃波とともに弾幕ごっこが始まった。

 

「えぇ……」

 

  一方、境内に一人取り残された美夜はこの急展開についていけず唖然としてしまっていた。しかしすぐにハッとし、霊夢たちを追いかけようと足を動かす。

  しかしその前に急に誰かから肩を叩かれたことで、思わず美夜は飛び退いてすぐさま抜刀した。

 

「何者ですか! って、あなたは……」

「おー怖い怖い。ちょっとイタズラが過ぎちゃったかな? ごめんね美夜」

「諏訪子さん……で合ってますよね?」

「そっ、だーい正解! 神奈子のことも覚えてたみたいだし、やっぱ私のことも覚えているか」

 

  美夜は抜いた刀を納刀する。

  彼女の肩を叩いた犯人は目の前の土着神の少女、諏訪子のせいだった。

  どうやら気配を消して美夜に近づいたらしい。彼女も彼女で相当鍛えてはいるのだが、それでも気づかせないのは曲がりなりにも彼女が神なのだからだろう。

 

「それで、どうするの?」

「どうする、とは?」

「ここで私と弾幕ごっこをしていくかだよ」

 

  なにを当たり前のことを、とでも言うようにこてんと首を傾げる諏訪子。

  いや待て、どうしてそうなった。さっき戦う理由が消えたと説明されたばっかなのに。

 

「一応聞いておきますが、理由は?」

「いやね、私たちって神だから喧嘩する相手もいなくて退屈なんだよ。それにさっきから神奈子の戦いを見て体が疼いてたまらないんだよ」

「そういえば、さっき本殿とは反対方向に行っちゃいましたが、大丈夫なんですか?」

「ああ、神社を転移させる際に池まで持ってきたからね。ちょうどそこでやりあってるだろうし、建築物やらが壊れる心配はないさ」

 

  ではここで弾幕ごっこをすることにも問題があるのでは、と言おうとしたところで口をつぐむ。

  いつのまにか光でできた壁が本殿を覆っていた。

  十中八九諏訪子が結界を張ったのだろう。壁から感じ取れる神力でそう悟る。

 

「まあそんな世話話はやめて、そろそろ始めようか」

「私はまだ了承してないんですけどね」

「おや、もしかして私とやりあうのが怖いのかい? それならそれでいいんだよ? ただ白咲家の名前に泥がつくだろうなぁ」

「……はぁ、家の名前を出されちゃ断るわけにもいきませんね」

 

  先ほど霊夢と楼夢は似ていると言ったが、もちろんそれは娘である美夜にも言えたことだ。普段は物腰柔らかく見えても、芯の部分はプライドが高くて白咲家の看板が汚されるのを誰よりも嫌う。

  美夜は再び抜刀すると、それを中断に構えながら空中へと浮かぶ。

 

「スペルカードは五枚、残機は三つ。どうせやるなら長い方がいいし、これでいいよね?」

「ええ。どんな条件でも勝てばいいことに変わりはありませんので」

「ヒュー、言うねぇ。そんじゃぁ弾幕ごっこ、スタート!」

 

  開幕と同時に青いお札型の弾幕が諏訪子を中心にばらまかれた。

  一方の美夜も負けじと通常弾幕を放つ。が、その数は諏訪子には及ばない。

  当たり前だ。白咲三姉妹は父である楼夢の能力を三つに分けたような特徴をそれぞれ持っている。舞花は物作り、清音は術式。そして美夜は剣術の才能しか持っていない。術式の一部である弾幕はそもそも専門外なのである。

  だが、それならそれで自分の長所を最大限活かせばいいだけの話。美夜は刀を振るうと同時に刃先から弾幕を出すことで、自身に当たる弾幕を全て防ぎながら攻撃することを可能にした。

 

  その後しばらくの間通常弾幕の応酬が続いたが、ラチがあかないと判断したのか諏訪子が一枚目のスペカを切る。

 

「開宴『二拝二拍一拝』!」

 

  テンポを刻みながら諏訪子は頭を二度下げ、二度柏手を打つと、その後もう一度だけ頭を下げる。これが一定のリズムで繰り返されるとともに、諏訪子が仕草を取るたびに弾幕が飛び出てくる。

 

  それらを美夜は刀で切り裂いて強引に諏訪子に近寄ろうとする。が、切り替わりながら連射される弾幕やレーザーに対応できずに逆に押し戻されてしまった。

 なのでよくよく諏訪子を観察してみると、動作によって出てくる弾幕が違うことに今度は気がついた。

 

  例えばニ礼の時はレーザー、二拍の時は弾幕、そして最期の一礼で再びレーザーが出てくる。これの繰り返しだ。

 

「いくら弾幕群の完成度が高くても……リズム感が単調じゃ見切られやすいですよ」

 

  今度はもう押し返されることはない。

  美夜はレーザーと弾幕が切り替わる瞬間を完璧に見切り、諏訪子のスペカを今度こそ斬り伏せて突破する。

  そしてスペカを投げ捨て、その黒光りする刀身に水流を纏いながら宣言。

 

「楼華閃『細波』」

 

  その言葉とともに美夜は刀を振るう。そして十五もの水の刃が生まれ、諏訪子を襲った。

 

「おっと、危ない危ない」

 

  しかしさすがは神というだけあって、簡単にはヒットさせられないようだ。

  諏訪子は自身の『坤を創造する程度の能力』を使って土でできた壁を作り出し、水刃を防ぐ。

 

「五行思想にもある通り、水は土に弱い。美夜こそ、土着神である私に出す弾幕は相性を考えた方がいいよ?」

「ご忠告、痛み入ります」

 

  この時点で両者のスペカは終了。

  お互いの残機に動きはなし。だが本番はまだまだこれからだ。そう気負い直すように美夜は再び中段の構えを取ると、剣の切っ先を諏訪湖へ向ける。

 

「うーん、どうしたものか。実はさっきのスペカしかまだ作ってないんだよね」

 

  ポリポリと頭をかきながら困ったような顔を諏訪子はする。

  ……うむ、やはり神の考えることは理解できそうもない。本日何度目かのため息を美夜はついた。

  だいたい、それだったらなんでスペカ五枚のルールで挑んだんですかとか、そもそもスペカ作ってないんだったら弾幕ごっこ挑まないでくださいとか、言いたいことが山ほどと頭の中を駆け回る。が、結局全て整理することはできず、彼女の口から出て来たのは

 

「……それだったらさっさと降参すればいいじゃないですか」

 

  という一言だけだった。

 

「えー嫌だよ。せっかくの祭りごとなんだし、楽しまなくっちゃ」

「スペカなしで私を相手にするつもりですか?」

「うーん、それは流石に厳しいかな。だから、()()()()()()()()()()()()

 

  諏訪子は白紙のスペカを掲げると、それに神力を込める。すると絵面が浮かび上がり、新たなスペルカードが生まれた。

  それを投げ捨て、諏訪子は二枚目の名を唱える。

 

「土着神『手長足長さま』ってね」

 

 



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247話

 

 

「土着神『手長足長さま』ってね」

 

 そう言った瞬間、諏訪子の両手両足の先に光が集まる。

 それは人一人潰せるぐらいの大きさの手や足の形になると、美夜を捻り潰さんとかなりの速度で伸びて来た。

 

 美夜は思いっきり横へ飛んで回避を試みる。が、そんな彼女のほおを弾幕がかすった。

 見れば諏訪子は光の手足を操作しながらも、移動の妨害になるように辺りに弾幕を散りばめている。これによって美夜は大きく動き回ることがしづらくなってしまった。

 

 迫り来る両足を避け、左手を刀で弾いたがそれが限界だった。思ったよりも質量があってバランスを崩したところで刀ごと残った右手が美夜に覆いかぶさる。

 しかしその時、美夜の刀が黄色に輝いた。

 

「霊刃『森羅万象斬』っ!」

 

 ゼロ距離からの森羅万象斬を受け、右手は手首にかけてから先までもが消し飛んだ。そして手の中から脱出すると、美夜は今度その右腕の上に乗り、諏訪子めがけて走る。

 

 当然そんなことを許す諏訪子ではない。先のなくなった光の右腕を思いっきりぶん回し、美夜をふるい落とそうとする。が、その振動が伝わる前に美夜は諏訪子の真上に飛び移っていた。

 天へと掲げられた刀には再び黄色の光が宿っている。

 

 二つ目の森羅万象斬。

 とっさに諏訪子は光でできた両足を目の前でクロスさせ、斬撃を受け止めようとする。結果的にそれは成功したが、両足は真ん中辺りから先が切り落とされていた。

 

 完全に無防備となった諏訪子。

 とどめを刺すべく、落下しながらもう一度刀を振り上げようとする。

 が、そうは上手くいかず。

 怪しげな笑みを浮かべながら、諏訪子が口を開いた。

 

「言ってなかったけど、この両手両足って再生するんだよね」

 

 その声とともに両足の切断面から先が生え、再生しながら美夜を襲った。

 彼女は刀を掲げるのを中止し、大急ぎでそれを眼前に構える。そしてその数秒後、彼女に凄まじい衝撃が襲いかかった。

 それを吸収できずに美夜は弾かれるように後方へ吹き飛ばされる。が、空中で何かが背中にぶつかり、その場に押しとどめられた。

 

「ふぅ、危なかった……へっ?」

 

 幸運だと思いながら後ろを振り返る。だがそこで自分を受け止めたものの正体を知り、思考が一瞬停止してしまった。

 彼女の視界に映ったのは巨大な右手。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「さーて、これでワンヒットかな?」

 

 そこから先は言うまでもなかった。

 右手が美夜を握りつぶし、ある一定の力が込められたところで手が爆発を起こした。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 当然中にいた美夜は避けることができず、爆風をもろに受けてしまう。

 幸い諏訪子からの追撃が来ることはなかった。しかしそのかわり時間を与えてしまった。次のスペルカードを作るための時間を。

 

「うーん、次はこれかな? 神具『洩矢の鉄の輪』」

 

 光り輝きながら誕生した新たなスペカが早速唱えられる。

 すると諏訪子の両手にチャクラムにも似た鉄の輪が出現する。それを彼女は思いっきり美夜へと投げつけた。

 

 だがしかし、その程度の攻撃が美夜に当たるはずもない。

 二つの鉄の輪は美夜の刀とぶつかると甲高い音を立て、全く見当違いの方向へ弾かれた。

 だが鉄の輪はしばらくすると進む向きを緩やかに変えて、再び美夜を襲った。

 

「なっ……!?」

「ほーらほーら。鉄の輪はまだまだあるよっ!」

 

 それらを防いでる間に鉄の輪は追加され、計4つの輪が美夜を追うことになる。そして同じようなことを繰り返しているうちに、いつのまにか鉄の輪の数は十数個にも増えていた。

 

 このままじゃラチがあかない。

 美夜はそう判断すると腹をくくり、一気に諏訪子の元へと一直線に飛んでいった。

 だがそう出ることは諏訪子も予想済みだった。二つの輪をすぐには投げず、美夜の刃を受け止めるために出現させ、構える。

 

「楼華閃『雷光一閃——」

 

 美夜は一度納刀すると、鞘の中で刀身に電流を纏わせる。

『雷光一閃』。雷を纏った高速の抜刀切り。楼夢が最も多用する技の一つ。

 もちろん諏訪子も見たことがあった。そのため美夜の動きは完璧に読まれており、ベストなタイミングで諏訪子は両手に持つ輪っかを交差させて防御の姿勢をとる。

 しかしこの後、美夜が続けて言った言葉にギョッとした。

 

「——突き』ッ!」

 

 通常の雷光一閃が横薙ぎの斬撃に対して今美夜が放ったのは一直線の斬撃。

 その接触面積は当然のことながら通常のものよりも小さく、輪っかなんかで受け止めることは難しい。

 そして完全に読みが外れた諏訪子の鉄の輪の間をすり抜け、雷の刃が彼女を貫いた。

 

「ぐくぅぅぅ……ッ! やるねぇ、結構痺れたよ……!」

「手加減はもちろんしてあるのでご安心を。痛いのなら降参してもいいんですよ?」

「冗談を。ここまでやってやめるわけないじゃん!」

 

 諏訪子はまたスペルカードに神力を込めて掲げ始める。だがそのカードはまだ白紙だ。

 わざわざそれが完成するのを待ってやるほど美夜はできた性格の持ち主じゃない。少なくともここ戦場では。

 

 白紙のカードごと切り裂く勢いで美夜は霊力で固められた斬撃を飛ばす。しかしそれはどこからともなく突然現れた岩の盾によって防がれてしまった。

 おそらくこうなることを警戒して事前に術式を組んでいたのだろう。

 だがまだだ。

 カードを投げ捨て、美夜は刀を振りかぶりながら叫ぶ。

 

「楼華閃『氷結乱舞』ッ!」

 

 氷を纏った刀を美夜は岩の盾に叩きつけた。それでも岩は壊れることはなく、刃は止められてしまったがこれで終わりではない。

 表面を滑るような軌道を描きながら再び刃が振るわれる。それも一度だけではなく、何度もだ。

 その連撃に岩は耐えきれず、六回目の斬撃を受けた時に諏訪子を守っていた盾は粉々に砕け散った。

 そしてその奥に見えたのは。

 

 諏訪子が美しい絵面が浮かび上がったカードを空に掲げている姿だった。

 出来上がったばっかりのそれを投げ捨てて諏訪子は四枚目のスペカを発動させる。

 

「土着神『ケロちゃん風雨に負けず』!」

 

 突如空から弾幕が降り注ぐ。

 水色という外観も相まって、それはまるで雨のようであった。いや弾幕の数からして雨という表現は正しくはないだろう。豪雨と言った方が正解か。

 だがそんなものが上から降ってきたとわかっても、氷結乱舞の最後の斬撃のモーションに入ってしまっている美夜は止まることなどできない。できるとしたらただ刀をこのまま振り切ることだけだ。

 

 そして斬撃が諏訪子に当たるのと、弾幕の雨が美夜に降り注いだのはほぼ同時だった。

 二人はそれぞれのスペカを受けて吹き飛ばされる。

 なんとか態勢を美夜は立て直したが、諏訪子を追撃しに行く体力はもう残ってはいなかった。ところどころが焦げて肌が露出してしまっている着物を翻し、ただただ向こうの攻撃に備えるために刀を構えるので精一杯だった。

 

 それは諏訪子にも言えたことだろう。

 幻想郷に来て神力が回復してきたとはいえまだ一日も経っていない。完全とは程遠い状態だろう。

 そんな体で弾幕ごっことはいえダメージを受けたのだ。神力の消耗は激しく、もはや十分に体を動かせなくなってしまっている。

 

「や、やばいかもこりゃ……っ。久しぶりに張り切り過ぎちゃって、完全に引き際を見誤ったね……」

「どうっ、しますか……? 私も体が痛いので、そろそろやめたいのですが……」

「はははっ、そりゃないよ。ただ流石にもう動くことはできなさそうだしね。次で終わりにさせてもらうね」

 

 諏訪子は今までと同じように白紙のカードを掲げ、神力を込め始める。

 

 今度は美夜は妨害することはなかった。それだけの体力がもうないからだ。

 代わりに愛刀の柄を両手で力強く握ると、諏訪子と同じように刃に妖力を込める。

 

「——崇符『ミシャグジさま』!」

「——楼華閃『桃色桜吹雪』!」

 

 諏訪子から出た巨大な白蛇と、美夜の刀から繰り出された斬撃の桜吹雪が衝突する。

 白蛇が目の前の花びらに噛みつき絡みつき、桜たちがその鱗に纏わり付いて切傷を負わせていく。

 二つの大技は最初は均衡していたが、徐々に白蛇が桜吹雪を推していくのが二人にはわかった。

 そしてそれを見て諏訪子は笑みを。美夜は——同じように、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「『桃色桜吹雪』は確かに完成度の高い技です。ですが生物に進化があるように、どんな技だって工夫次第で強化することができるんですよ。——こんな風に」

 

 美夜は刀に再び妖力を込める。すると火花が散り、刀身がまばゆい光とともにスパークした。

 その色は黄色を超えて黄金に。

 黄金の雷が、美夜の黒刀に宿った。

 

 美夜は黄金の刃を天高く掲げる。するとそれに呼応するかのようにいくつにも枝分かれした電撃が放たれ、斬撃の桜吹雪に命中。すると桜の花びらの一枚一枚が電流を纏い、あっという間に白蛇を押し戻した。

 

「名付けて——『黄金桜吹雪(こがねさくらふぶき)』」

 

 白蛇は黄金の桜吹雪に呑み込まれ、バラバラに分解された。

 そして桜吹雪は次の獲物——諏訪子に向かって飛んでいく。

 彼女は動かなかった。いや驚きのあまり動けなかったが正しいか。

 その呆けた表情ごと桜吹雪は彼女を呑み込み、最後の残機を切り裂いた。

 

 




「龍が如く0達成目録100%到達! これでしばらくは小説に専念できそうです。作者です」

「残念ながらしばらくはまだ無理だな。連休明けでテストがあるんだし、さっさと勉強しろや。狂夢だ」


「ふぅ、やっと諏訪子戦終わりましたよ」

「今回は結構短いんだな」

「まあ戦闘パートだけだったらこんなもんですよ。前期とかのマジ戦闘パートだったらもっと長くなるんでしょうけどね」

「あれ酷い場合は戦闘だけで10000文字超えるもんな」

「その分描写は楽なんですけどね。弾幕ごっこの方が正直表現するの難しいです。全部遠距離攻撃だから似たような文になりやすいですし」

「そういえば諏訪子のスペカの描写ってけっこう原作と違ってたよな。手長足長もそうだが、本当のミシャグジ様は緑色の弾幕が延々と続くだけだしな」

「さすがにそのまま出したら印象が薄れますよあれは。それにラストの技が緑色の弾幕を大量に出すだけってのも味気ないと思っての変更でした」

「まあスペカの描写変更なんてもう何回もやってるから今さらなんだがな。もう弾幕ごっこやめたらどうだ? 正直お前遠距離戦ってただ書きづらいだけだろ」

「大丈夫ですよ。風神録が終わったら次はあれですからね。しばらくは久々の近距離戦が書けそうです」

「……そうか。もうそこまでいったのか。こりゃ今年こそ本当に最終回が来そうだな」

「来ればいいんですけどね。なんとなくこの作品も終わりに近づいてると思うと少ししんみりとしてしまいます」

「……最終回までに俺の出番ってあるよな?」

「……では次回もお楽しみに! それじゃあ!」

「おい答えろ作者ァ! ふざけるなァ!」


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妖怪の山での神の宴

 

 

「ふぅ……。今日はえらく疲れたな……」

「もう、お年寄りみたいなこと言っちゃって。そのうち本当にボケちゃうわよ?」

「いや、俺は十分年寄りなんだが……」

 

 炎のように真っ赤に染まった空の下を俺たちは歩いていく。

 背後には先ほどまで中にいた遊園地のゲートが夕焼けに照らされて、どこか寂しそうに影を伸ばしていた。

 

「そういえばいいのか? 夜のパレードまで見なくて」

「さすがにそこまで長居できないわよ。藍が心配だし」

「そう思うんだったら今度からあいつに仕事押し付けるのやめたらどうだ? 前にお前が俺んちで遊んでるせいで大変だって泣き言言ってたぞ?」

 

 途端に嫌そうな顔をする紫。

 ダメな上司とはこういうのを言うんだろうな。普段から博麗神社や白咲神社をふらふらしてはタダでお茶をいただき、のんびり寝る毎日。できればこの生活習慣を直して欲しいのだが、それが無理というならせめて人員をもうちょっと増やしてあげろよ。ブラック企業でもまだましだぞこりゃ。

 そう言ってみたのだが、彼女が言うには。

 

「嫌よ。男はそもそも論外だし、藍並みの頭を持ってる妖怪は全員凶暴なのよ。無理矢理従わせてもいいけどそうすると本来の能力が発揮できないと思うし」

 

 ということらしい。

 まあ確かに一理ある。俺や紫もそうだが、大妖怪は基本的に強大な力を持つためプライドがエベレスト並みに高い。むしろあんだけ頭が低い藍の方がある意味異常なのだ。

 それに……藍並みの頭脳と妖力を持つ妖怪はほとんどが天魔しかり、レミリアしかりで自分の勢力を持ってしまっている。それを引き抜くことは幻想郷のパワーバランスを崩壊させることになるのでできない。

 そうなると候補に残るのは……幽香ぐらいか? ただあいつが式神になることは100%ないだろうなぁ。あのUSCを手元に置くなんてダイナマイトをそれこそ常時日頃から持ち歩いていくようなもんだ。俺でもそんなのはお断りだね。

 

「一応、藍を支えるために橙がいるんだけど、あの子はまだ未熟だし……」

「橙って言えば藍の式神か。期待はできそうなのか?」

「才能はあるわ。だからこそ、藍も自分の式神にしたわけだし。ただ、一人前になるにはあと百年くらいはかかりそうね」

「そりゃお先が長いことで」

 

 一応人材の教育は行ってたってことか。普段はただの間抜けにしか見えないけど、やっぱりやるべきことはちゃんとやってあるんだな。

 まあ逆に言えば藍のこの苦難はあと百年は続くってことだろうが……まあ頑張れとしか言いようがない。

 

 遊園地を離れ、しばらく歩いていくと路地に出た。だがそこからさらにビルとビルの間で人目がつかない路地裏に移動したところで俺たちは足を止める。

 

 紫が何もない空間に手を突き出し、スキマを出現させる。

 行き先はもちろん幻想郷。

 彼女が入った後に続いて俺もスキマの中へ入る。

 

 たった一日。たった一日だ。その程度の期間なら問題ごとが起こることはないはず。

 なのだが、何故だろうか。嫌な予感しかしてこない。

 そしてその予感が見事に的中したのを、俺は幻想郷に帰ってきてからすぐに悟ることになる。

 

 

 ♦︎

 

 

 夜なのに明るい神社。そしてうるさいほどに騒ぐ人々——いや妖怪たち。あちこちから酒の匂いが漂っており、それを嗅ぐたびに彼らはより活発になってさらに騒ぎまくる。

 

 ——いや、どうしてこうなった。

 

 始まりは幻想郷にある八雲邸に帰ってきた時だった。

 ものすごく疲弊したような顔をした藍が遊び疲れた私たちに泣きついてきたのだ。

 なんでも私たちがいない時に限って侵入者が来たらしい。その影響で博麗大結界にも傷が入り、藍は一人でその対処に今まで追われていたという。

 その侵入者は守矢神社を名乗って博麗神社に戦争をふっかけたそうな。

 そう、守矢神社である。我が友人である神奈子と諏訪子が祭られる神社だ。

 

 そうか、あいつらもとうとう幻想入りしたのか……。

 前回会ったときは諏訪子はすでに消え、神奈子ももう少しで……といった状況だったか。幸い私が分けた神力が彼女らを延命させたのだが、さすがにこれ以上外の世界にはいられないと判断したのだろう。

 

 ちなみに戦争は当たり前っちゃ当たり前だが霊夢の勝利で終わったらしい。

 そして私が守矢神社に来たころにはすでに山の妖怪たちが宴会の準備をしていた。なんでも天狗との仲を縮めるための催しだとか。

 

 

 そしてなんやかんやで雰囲気に流されて、今に至る。

 

 私は山の妖怪たちとは少し離れた場所で一人飲んでいた。

 もうこの口調でわかっていたとは思うが、幻想郷に帰って来てから私の体はすでに幼体化させてある。だがそのせいで知り合いがいても迂闊には話しかけられないため、こうして一人でいるというわけ。

 別に気にしてはいないんだけど、やっぱ話相手がいないんじゃちょっと退屈かな。あーあ、紫とかを誘えばよかった。……いや、話しかけられないんじゃどっちにしろ無駄じゃん。

 

 しかしそんな退屈な時間も終わりを迎えようとしていた。

 こちらに近づいてくる複数の足音。顔を見上げてみれば、見知った少女とあまり見慣れない……いや、よく見れば早奈そっくりだ。とにかく、二人の巫女が私の前に立っていた。

 

「なんもしてないのに宴会には参加するなんていいご身分ね」

「今回のは仕方ないんだよ。私にだって用事があるんだから」

 

 出会って早々霊夢の毒舌が飛んでくる。

 神相手に弾幕ごっこしたと言ってたから少し疲労してないか心配してたが、それも杞憂だったようだ。今日も霊夢は元気です。

 そして軽く戯れたところで視線をとなりの巫女へと向ける。

 

 この子、たしか前にも出会ったっけか。数年前に当時風祝してた子がいたはずなので、もしその子が彼女だとしたらそうなる。

 そしてその予想は当たっていたようで、彼女も私のことを覚えていたようだ。指をさしてきながら声を上げてくる。

 

「あ、あなたは境内で刀を振り回してた挙句に許可も取らずに人の家に上がりこんだ妖怪少女!」

「なんか不名誉な称号で覚えられちゃってるなぁ……。まあとりあえず久しぶりかな? えーっと……」

 

 名前なんだったけかな。さすがの私も一日しか会ったことのない相手のことは覚えていない。なんとなく早奈に似てる名前だったような気がするんだけど……。

 

「あ、では再び自己紹介させてもらいましょう。私は東風谷早苗、ここ守矢神社の風祝です」

「楼夢だよ。長い付き合いになりそうだし、これからよろしくね」

 

 私が言い詰まったのを察したのか、丁寧に自己紹介を再びしてくる少女。いや早苗。

 ふむふむ、前は結構テンパってたイメージがあったけど、ここ数年で落ち着いたみたいだね。

 

「なによあんたら、知り合いだったの?」

 

 事情を知らない霊夢が目を見開きながら聞いてくる。

 

「まあね。ほら、私って前は外の世界にいたでしょ? その時に知り合ったの」

「ふーん、神と妖怪が、ねぇ……」

 

 ありゃりゃ、なんか返答ミスったかな。

 ここ最近、霊夢は時たまに私を探るような目で見てくることがある。

 この子は賢い子だ。きっと私には秘密があることもとっくにバレているのだろう。幸い霊夢は他人は放っておくスタンスを常にとっているから、深く踏み込まれることは今のところないけど。

 でもなんとなくこのままじゃうっかり口を滑らせちゃいそうだし、ここから立ち去るとするか。

 

「そういえば早苗。神奈子たちの姿が見当たらないようだけど、どこに行ったの?」

「神奈子様たちなら天狗の中でも偉い人……いえ妖怪と一緒に神社の中にいますよ。多分飲んでいると思いますから近づいちゃダメですよ」

「わかってるよ。さすがに上位の天狗の機嫌を損ねるのはまずいからね」

 

 嘘です。上位天狗ごときいくら機嫌損ねても知ったこっちゃないね。

 その後はなんとかごまかして、私はこの場から退散して、誰もいない神社の裏側へと回り込む。

 さーてさて、忍び込むとしますか。

 私は気配隠蔽の術式をその身にかけながら、音を殺して窓から中へと侵入した。

 

 

 神社の中は静けさで満ちていた。

 いや、よくよく耳をすませばどこかの部屋で話し声が聞こえるが、音源はそれだけだ。他の部屋や廊下には人一人っ子いない。

 白咲神社並みに広い内部を慣れた足取りで迷わず進んでいく。

 私は昔ここに住んでいたんだ。どこがどの部屋なのかも全て覚えている。その中で酒盛りに使う部屋といったら……あそこだろうな。

 

 しばらく進んでいくと、目的の部屋の戸の前にたどり着く。

 中からははっきりと神奈子たちの声が聞こえてきている。

 ビンゴだ。やっぱりここだったか。

 

 そんじゃいきましょうか。

 私は一旦後ろに飛び退いて、戸との距離を取る。そして前へ駆け出すとともに両足を空中に投げ出し——。

 

「おっ邪魔っしまーすッ!!」

 

 ——全力のライダーキックをぶちかましながら中へ侵入した。

 

 いきなりの登場と凶行に誰もが目を見開いたまま硬直している。そしてその視線は私の方に固まっていたが、今の私はそれどころじゃなかった。

 くぅぅぅっ!! 久々のライダーキック! 痺れるぜぇぇ! 

 私の体の中から満足感という満足感が湧き上がり、私のテンションをさらにヒートアップさせていく。

 

「ヒャッハ──ッ!」

「うわ、なんか奇声あげちゃってるし……いい加減にしろ!」

「もんぶらんっ!?」

 

 いち早く復帰した諏訪子の拳骨が振り下ろされ、私は床に顔を打ち付けるような形で正気を取り戻す。

 

「楼夢……あとでこれ弁償ね?」

「……はい」

 

 怒りを隠した笑みに押されて、自然に頷いてしまった。

 おのれ諏訪子め。この私を恐怖させるなんてやるじゃないか。

 

 改めて見渡してみると、神奈子や諏訪子の他にもう一人妖怪がいた。ちょうど私が想像してた通りの相手だったので、軽く手をあげて言葉を交わす。

 

「ヤッホー天魔。久しぶりかな?」

「……射命丸からの報告で聞いていたが、まさか本当に小さくなっているとはな。楼夢よ」

 

 厄介なやつが来たとでも言うように痛ましげに顔を手で覆い被さりながら、目の前の女性——天魔はそう答えた。

 やっぱり私の事情については知ってたか。射命丸経由で伝わってるとは思ってたけど。でも他の天狗たちがそんな話題に食いついてこない辺り、しっかり秘密にしているのだろう。天魔には感謝だね。

 

 しかしそんな私の思いとは反対に、天魔は非常に嫌そうな目で私を見ている。はて、何か嫌われるようなことしたかしら? 

 

「お主……まだ戸やらを蹴りつける癖は治っておらんかったのじゃな……」

「当たり前じゃん。これが私流の挨拶なんだから。というか、言うほどお前んちの戸壊したっけ?」

「たしかに戸は五つほどしか壊しておらん。いや、五つだけでも相当な数なのじゃが……」

 

 じゃあいいじゃん。どうせすぐ修理できるんだし。何か不満が? 

 

「ありまくるに決まっとるじゃろうが! あの頃のお主は戸の代わりに窓から中へ入っておったじゃろう? あれのせいで何枚もの窓が割れたと思っておる! 三十八じゃぞ三十八!? おまけに弁償もしないから懐は軽くなるわ、飛び散ったガラスの破片を毎回掃除しなければならないわで散々じゃわ!」

「なんだよ、天魔だから金なんていくらでもあるじゃん」

「……お小遣い制なのじゃよ、天魔って……」

「……そ、それはすまなかったね」

 

 気まずい空気が私と天魔の間に吹く。

 マジかよ。天魔ってあんま金もらえないんだ。しょっちゅう宴会とか開くから懐が暖かいものだと思っていたよ。

 しかしあとで聞いたところ、そういったイベントなどに使われる費用は全部議会で引き落とされるらしい。昔の天魔はガッポガッポ持っていたようだが、山を降りないから使い道がないらしく、そのことがその議会とやらでも議題にあげられたんだとか。

 曰く『天魔にお金って必要あるか?』。

 そうして私財のほとんどは没収。今は月に今で言う数万円程度しかもらえないらしい。

 うわぁ、そりゃガラス三十八枚も張り替えるのは大変だろうね。

 

「はいはい! 悲しい話はやめやめ! 今は宴会なんだから楽しまなくっちゃ!」

「それもそうだね。んじゃ私はここで好きに飲ませてもらうよ」

 

 虚しい空気を断ち切ったのは諏訪子だった。柏手を二回ほど打って私たちの顔を上げさせると、悪い空気を取り払うようにそう言った。

 それに私は頷き、その場にあぐらをかいて座り込む。そして天魔の席にあった徳利を拝借すると、巫女袖から取り出した盃に注いでそれを飲み干した。

 

 ……うん、結構強めのお酒だねこりゃ。流石に私の奈落落としほどではないけど。

 流石は天狗の酒ということか。グワァーと喉を焼き付けるような感覚がたまらない。でも、人間だと本当に焼かれてしまいそうだから霊夢に差し出すのはやめておこう。

 

「んで、結局守矢神社と妖怪の山の関係はどうなったの?」

「んー、まあ概ね順調……といったところだ」

 

 少し歯切れ悪く神奈子が答える。

 ふむ、順調な割にはちょっと問題がありそうな雰囲気だね。ま、ある程度は察しはつくけど。

 その予想を話してみたらドンピシャだったらしい。神奈子の表情が苦笑いに変わる。

 

「相変わらず、何も考えてなさそうで頭の回るやつだねお前は」

「最初の方は余計だよ。それに今の姿ならともかく、昔までそうだったみたいな言い方じゃん」

「そう言っているんだけどね」

 

 え、私そんな風に思われてたの? ちょっとショック。

 落ち込んだ私を放っておいて、神奈子は例の問題について語り出す。

 

 神社というのは神を奉るためにあるものだ。人々は祈りを捧げるために神社へ赴き、賽銭箱に財を入れて頭を下げる。そうやって信仰心を生み出していく。

 しかし問題なのは神社へ赴くという点だ。

 知っての通り、守矢神社が建てられたのはここ人外魔境の地として悪名高い妖怪の山だ。一般人がとても参拝しに行けるような場所ではない。

 天魔から山に住む許可は下りたが、今はその問題をどうするかで話し合っているというのが今の状況らしい。

 

「妖怪の山は儂ら天狗を始めとした多くの妖怪たちの聖域じゃ。本来なら人間の出入りなんぞ認めたくはないのじゃが……」

 

 本来ならバッサリと切って捨てる話だろう。同じ妖怪の私からしても人間を妖怪の山に入れるなんて百害あって一利なしだ。

 だけど、相当いい条件だったんだろうね。天魔は口を淀ませるだけで拒否の言葉がその後出ることはなかった。

 

「一応案として今決まっているのは山の麓に分社を建てることだ。そうすることで参拝客の危険を減らしつつ、人間が妖怪の山の奥に入るのを防ぐことができる」

「なるほど。ただ、それだと本格的に布教していくには一ヶ月はかかるだろうね」

「ああ。だけど前みたいにすぐ消えちまうわけじゃないんだ。気楽にやっていくさ。幸い私たちと被る神はいないようだしね」

 

 武神に土着神か。たしかに幻想郷にはいないね。

 ライバルになりえそうなのは博麗神社しかないし、きっとこれから人里では守矢信者がぎょうさんと増えていくことだろう。神奈子もそれを見据えてか、その瞳には力強い光が宿っていた。

 

 ふふ、流石は私よりも神様歴が長いだけあるね。なんかあったらフォローしてあげようと思って来たけど、これじゃあ余計なお節介だったみたい。

 その場から立ち上がり、空っぽになった徳利を天魔のところへ戻す。すると神奈子が声をかけてきた。

 

「なんだい。もう行っちまうのかい?」

「まあね。そろそろ戻らないと可愛い孫に怪しまれちゃうし」

「……そうか。じゃあまた来なよ。ここはお前のもう一つの家でもあるんだからな」

「ふふ、神奈子ったらそれっぽいこと言っちゃって。酒の席だからってあとで恥ずかしくなるんだからやめなよそういう言葉は」

「なんだと諏訪子! どういう意味だそれは!?」

 

 そっと戸に手を……って、私が壊したからないんだったか。

 私は部屋に背を向け誰もいない廊下を歩いていく。その数秒後にさっきまでいた部屋から騒がしい音が聞こえて来た。

 

 やれやれ、天魔もいるんだしもうちょっと静かにしたらどうなんだ。

 まあ、いつまで経っても喧嘩ばかりしてる方があいつららしいか。

 

「そうは思わない? 早奈」

『……』

 

 返事は返ってこなかった。私の声だけが廊下に響き渡る。

 窓から差してくる月光の光に当てられ、腰に差した刀が一瞬キラリと光った気がした。

 

 




「はーい今回も投稿遅れました! 大変申し訳ございません! 作者です!」

「本当に学習しねえなお前は……。狂夢だ」


「んで、今回はなんで投稿遅れたんだ?」

「そのですね……最近私ポケモンプラチナをプレイし始めたんですよ」

「ああ、そういえば一年くらい前に中古ショップで買ってからずっと放置されてたな。それで?」

「その……ヒンバス釣りに夢中になっていました……」

「……ハッ? お前マジであのクソ魚探してたのかよ? しかもよりによってプラチナで?」

「はいです……」

「バカだろお前! どうりで投稿が遅れるわけだ!」

「ちなみにDPtでのヒンバスはとある場所の池全域の250マスくらいからランダムで4マスにしか出現しません。しかも確実に釣れるわけではないうえに日付が変わると出現するマスがシャッフルされるので大変鬼畜な内容になっています。私もほとんどの時間を費やして挑戦しましたが、それでも5日目でやっと現れてくれました」

「うわ、マジだ。釣りだけで20時間以上やってんぞこいつ。対戦する相手もいないのによくやるよな……」

「それだけ暇ってことですよ」

「だったらさっさと小説書いてろや!」


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緋想天編
奇妙な空


 

 

「うーん、いつ見てもいい雪だねぇ……」

「……うん、いい雪……」

 

 思わず出た私と舞花のため息が重なる。

 縁側から見える枯山水の庭の景色。苔などが生えた岩や砂には真っ白な雪が積もっており、見るもの全ての心を自然と落ち着かせてくれる。

 ……()()()()()()()()()()()()()

 

 守矢が来てからもう数ヶ月。神奈子の予想通り、一度布教が始まると守矢の信者はあっという間に増えていった。

 なんせ商売敵が私の白咲神社か博麗神社しかいない世界である。おまけに私の御利益は恋愛運向上と悪霊退散、博麗神社に至っては御利益すらも判明していない。

 それに比べてあいつらは武運と土地の豊穣だ。妖怪の対処や外と比べて不安定な農業などで大変な人里の人間どもにとっては非常にありがたい神であろう。現に守矢の信者数はもう白咲神社に追いつき、追い越しつつある。

 

 まあ、そんな友人たちの話はひとまず置いといて。

 今は夏。これは確かな情報だ。実際人里では太陽の日差しが強すぎて日傘がなければやってられないと数日前に霊夢が話していたのを覚えている。

 しかし、残念ながらここにそんなものはない。あるとしたら日差しの代わりに降り注ぐ雪だけだ。

 しかも、問題はここだけじゃない。

 

 鳥居の近くから腹にまで響き渡るような轟音が鳴り響く。それと同時に女性の叫び声も聞こえてきた。

 

「はぁ……また? 今日で何回目なの。 美夜が雷に撃たれたのは」

「……さあ? 多すぎてわからない」

「お父さんー、お茶淹れたよー」

 

 お盆に三つの容器を乗せた清音が縁側に来る。

 途端に曇り空は晴れて、真夏らしい日差しが庭へと差してきた。

 ……なぜか雪だけは継続して降ってきているが気にしてはいけない。

 

 そこに黒焦げになった着物を着た美夜が合流。

 すると今度は黒い雲が空に出現して、庭に雷が降ってきた。

 うんうん、気にしない気にしない……って。

 

「さすがに気にするわボケェ!」

 

 お茶入りの容器を投げ出しながら勢いよく立ち上がる。

 いやなんだよこの天気は! 本日は晴れ時々雷時々雪ってか!? 暑いのか寒いのかどっちかにしろよ! 

 

「……あ、ようやく突っ込んだ」

「突っ込みましたね」

「突っ込んだー」

「なんで私そんなに呆れられてんの!? いやたしかに現実に目を背けて異変を無視し続けた私が悪いけどさぁ!」

「原因わかってるじゃないですか……」

 

 非難の目線が私に突き刺さる。

 白咲神社は幻想郷のパワーバランスを担う勢力の一つ。だから守矢の件は例外にしてもトップである私の命令以外でむやみに動いてはいけない。でも今回は私がなんも言わなかったから動きたくても動けなかったのだろう。

 でもさ、異変って面倒くさいじゃん。特に今の季節は夏。外なんか出たら干からびる自信があるね。

 

「はぁ……しょうがないですね。これを見たらお父さんも異変に行きたくなるんじゃないですか?」

「うん? 文々。新聞? ……ああ、射命丸の新聞か……」

 

 いつの間にこれに金払ってたんだうちは……。

 まあいいや。えーと、なになに……。

 

「『博麗神社崩壊! 原因は謎の地震か!?』……はぁっ!?」

 

 なんだと……? 私の、私の霊夢の神社が壊れたって……? 

 詳しく見れば新聞の見出しにはデカデカと崩壊した博麗神社の姿が映っていた。そしてそこの隅で座り込む霊夢の姿も。

 

「心配ですよね。よかったらお父さんが——」

「霊夢っ!!」

 

 考えるよりも先に体が動いていた。

 置いてあった愛刀たちを掴み、大空へと飛び立つ。

 途中で雷が降って来たけどお構いなしだ。刀の一振りの元それを消し去りながら風を突き破ってどんどん加速していく。

 そして私は今の体に許された最高の速度で博麗神社を目指した。

 

 

 ♦︎

 

 

 衝撃波を撒き散らしながら地面へと降り立つ。

 着地の衝撃で足場が少しくぼんでしまったが、そんな些細なことは私の目には入らなかった。

 

 まず映り込んだのが、すっかりと変わり果てた神社の姿。

 昨日までここでお茶を飲んでたのが嘘みたいだ。雲一つない晴天に溶けてしまいそうなほど強い日差し。神社以外は全部全部昨日見たまんまだ。

 そして視線をずらすと、瓦礫によって出来上がった日陰に無気力に座り込んでいる霊夢を見つける。

 

「……霊夢」

「……ん、ああ、あんたね。今日は残念ながら営業してないわよ」

 

 声をかけてみると、霊夢は普段と変わらない感じで返事を返してくる。しかしそれはあくまでそういう風にふるまっているだけだ。

 

「……なによ、いつにもなく真剣な目で私を見つめてきて」

 

 霊夢は隠してるつもりなんだろうけど、バレバレだよ。

 若干赤くなった目。乾きかけたほお。それに霊夢が先ほどまで座っていた地面には黒い斑点がいくつもつけられていた。

 

「……別に。それにしてもすごい光景だねこりゃ。ずいぶん古かったし、とうとうリフォームでもするつもりなの?」

 

 この子は……まったく。

 今気づいたことは黙っておくとしよう。それが今彼女の支えになっているプライドを傷つけさせない唯一の方法だ。

 

 私は能天気に笑う。まるで妖怪の私には関係ないとでも言うように。

 まるで道化だ。でも、この子がこの子であるためなら私はいくらでもそれを演じてやろう。

 

「そう見えたとしたらずいぶんとあなたの頭はお花畑ね。だいたい、昨日の地震のせいに決まってるじゃない!」

「ふぇっ、地震? なんのこと?」

「とぼけるんじゃないわよ。あれだけの地震よ? 知らないわけないじゃない」

 

 いや、ほんとに何も知らないんだけど。

 それにしても地震……。それが神社が壊れた原因か。自然のものだったら文句も言えないけど、もしこれが仮に人為的なものだったら……許しちゃおけないね。

 

「まあいいわ。ちょうど目の前に容疑者候補の妖怪その1がいるんだもの。ここで退治させてもらうわ」

「え、えーと。ちなみになんでそんな結論になっちゃったんですかね?」

「妖怪を退治するのに理由なんて必要あるのかしら?」

「お、横暴だ! 横暴すぎるよこの巫女!」

 

 ええい、こうなればままよ! 最強の妖怪の意地見せてたるわ! 

 鼻息荒く二つの刀を抜刀する。そして私の斬撃と霊夢のお祓い棒が交差し——。

 

 

 ——数分後。

 

「ぐふっ……! こ、降参っ! こうさ……もぎゅぶっ!?」

「あら、降参って言ってたの。ごめんなさいね。一撃多かったわ」

 

 ボロボロになって倒れ伏す私。それを女王様のように見下ろす霊夢。

 鬼だ……この巫女間違いなく鬼だ……。

 勝負が決まったにも関わらず追い討ちをかけてくるとか、しかも棒で思いっきり腹を叩かれたんだけど……。

 勝負方法が近接弾幕ごっこだったせいで体のあちこちから鈍痛がする。どうやら相当ストレスが溜まっていたらしい。前戦った時の比じゃないくらいの動きに翻弄されて、全く抵抗できずに一方的にボコられてしまった。

 

 顔に冷たいものが落ちて来る。

 雪だ。それも非常に珍しく、日が差した状態でそれらは降って来ている。

『風花』。確かこんな状態の天気をそう言ったはずだ。

 

 起き上がれるようになったころには霊夢の姿はなかった。どうやら異変解決に出かけたらしい。

 やれやれ、酷い目にあった……。でもこれで少しでもあの子のストレスが発散できたならいいんだけど。

 とりあえず服についた砂を落としていたら、急に当たりが暗くなった。上を見上げれば、そこにはどこからか湧き出た雲が太陽どころか空全体を覆っていた。

 

「あら楼夢。こんなところで寝転がってどうしたのかしら?」

 

 後ろを振り返る。

 声の持ち主は咲夜だった。でもなぜこんなところに? 

 とりあえずは返答だけでもしておくか。

 

「見ればわかるでしょ? 霊夢のとばっちりだよ。まったく、前々から異変時は目につく妖怪全てを叩き潰してるって聞いてたけど、実際にそれを味わう日が来るとはね」

「なんとなく想像はついてたわ。……それにしても、まさか神社が倒れていたとはね」

 

 この反応からして、やっぱり咲夜も知らなかったか。

 霊夢は確か神社が倒れた原因は地震って言ってた。でもそんだけ大きなものなら私の神社には届かなくてもあちこちで話題にはなるはず。よく人里とかに降りる咲夜なら何か知ってるかと思ったけど……。

 

「地震? いえ、そんなもの紅魔館には来なかったわ」

「やっぱりか。じゃあなんでここに来たの?」

「それはあなたに用事があったからよ。あいにくとあなたの家は知らないから、ここに来ればいると思ったわ」

 

 うん? 私に用事だって? 

 咲夜はスカートのポケットから銀色に輝く二つの輪を取り出す。

 ガッチャン、という金属同士がぶつかり合った音がした。

 

「……えーと、なんで私は手錠をはめられてるんですかね?」

「楼夢、あなたを今回の異変に関わった容疑者として逮捕します。……なんちゃって」

「いや冗談じゃ済まないんだけどこれ」

 

 すぐさま能力を発動。手錠の形を歪ませて、楽々とそれを取り外す。そしてすでにガラクタだらけとなった神社跡地に放り投げた。

 

「さて、なんのつもりかな?」

「まあ、おおむねさっきいった通りよ。今幻想郷中で有力者の周りの天候が荒れに荒れてるのは知ってるでしょ? あなたはそれの記念すべき容疑者に選ばれたの」

「天気が荒れる……なるほど、さっきから不自然に天気が変わるのはそういうわけか」

 

 霊夢がいた時の天気は快晴。しかし彼女が去ってからは風花になった。そして咲夜が来たことで今の天気は曇天となっている。雪は相変わらず降ってはいるが。

 

「というわけで、大人しく紅魔館まで連行されなさい」

「断るね。そっちの遊びに付き合ってあげるほど、私も暇じゃないんで」

「そう……なら、実力行使よ!」

 

 咲夜はスカートからスペカにも似たカードを取り出すとそれに霊力を込め、体に結界を張る。同じように私も結界カードを取り出して結界を張った。

 咲夜が両手の指と指の間にナイフを挟んで構えるのと、私が舞姫と妖桜を抜いて二刀流の構えをとったのはほぼ同時だった。

 

 一瞬の静寂。そして互いに打ち合わせたかのように飛び出し、近接弾幕ごっこが始まった。

 



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メイド・イン・ザンゲキワールド

 

 

刃と刃がぶつかり合う。

火花が弾け、一瞬お互いは硬直状態に。だがすぐに私の刀が咲夜のナイフを体ごと押し返した。

咲夜はその勢いを利用して跳ぶように後退。しながらも両手に挟んだ複数のナイフを投げつけてくる。

 

それらを刀で弾き返し、前に出ようとしたが咲夜の方が早かった。私の懐へ潜り込み、今度はしっかりと握り込んだナイフを突き出してくる。

身を捻りそれを回避。だが薄く張ってあった結界には当たってしまったらしい。結界の耐久力がわずかにだが削られたのを感じる。

咲夜はもう片方の手に握っていたナイフを同じように突き出してくる。しかし何度も同じ手が通用してたまるか。

刀の柄頭で彼女の手の甲を叩き落とすと、その顔面に柄頭を打ち付けた。目を狙ってやったので結界があろうがなかろうが関係ない。一瞬だけど視界を奪われた咲夜はその本能に従い、無意識のうちに後ろに数歩後退した。

 

その機を逃さず、右の刀を思いっきり横薙ぎに振るう。

しかし咲夜の判断も早かった。とっさに前進して同じように右のナイフを振るい、私の刀へと打ち付けたのだ。

刃と刃が腹の部分を滑る。

私と咲夜の体がすれ違い、交差する。

そして互いに右回転し、その勢いを利用した斬撃がぶつかり合った。

今日一番で大きな火花が舞う。伝わる感覚で右手がビリビリと痺れた。

 

「さすが妹様を倒した妖怪ね……その見た目のくせして恐ろしいほど技がキレている」

「そりゃこっちのセリフだよ。まさか人間の剣術にしのぎを削ることになるとは。……だ、け、ど」

 

体を捻り、後ろ蹴りを繰り出す。咲夜はつばぜり合いに夢中で反応が遅れ、モロにそれをくらった。そして数歩後退する。

 

「遊びはここまでだ。体術と剣術が合わさった私の武術、見せてあげるよ」

 

地面を思いっきり蹴り上げ、加速しながら刀を振るう。

先ほどまでとは比にならないほどの速度。

反応が遅れた咲夜は真正面からそれを受け止めてしまい、大きく後ろへ吹っ飛んだ。

そしてそれを追いかけるように再び加速。彼女が着地すると同時にスピードを乗せた飛び膝蹴りを繰り出す。

しかし今度のは当たることはなかった。咲夜はとっさに体を仰け反らしてそれを回避。だが私の連撃はまだ終わらない。

 

飛び膝蹴りが避けられたことで私は彼女の体を飛び越えてその背後へ回る。そして着地と同時に回転し、両刀を力強く振り抜く。

咲夜はそれをかいくぐり、私の懐へナイフを突き刺そうと飛び込んできて——思いっきり吹き飛ばされた。

 

私が繰り出したのは何も斬撃だけじゃない。回転の勢いを利用して後ろ蹴りも斬撃の後にセットしておいたのだ。結果的にそれがカウンターとなり、咲夜の腹部を見事に蹴り抜いた。

もちろんこのチャンスを逃す手はない。加速して吹き飛んでいる彼女に追いつくと、未だ空中に浮かぶ体にとどめの一撃を振り下ろす。

しかし不発。

斬撃が地面を切り裂いただけで、気づいたら彼女の姿はどこへもなく消えていた。

 

「時止めか……厄介だね」

「ご名答。でも遅いわ。——幻符『殺人ドール』」

 

その言葉の意味はすぐにわかった。

いつのまにか私の周囲には無数のナイフが空中で静止していた。そして彼女の言葉をスイッチにそれらはゆっくりと動き出し、弓で弾かれたかのように一斉に私に向かってくる。

しかしこの程度なら何も問題はない。回転しながら両刀を振るい、視界に入る全てのナイフを叩き落とした。

 

この間に咲夜は次のナイフを時を止めてセットしようとしていたみたいだけど、やらせはしない。

『時空と時狭間を操る程度の能力』を発動。咲夜の時止めが解除される。彼女は私から見てちょうど右斜め上あたりに浮いていた。

 

「みーつけた。楼華閃『烈空斬』」

 

スペカを唱え、右手に握る舞姫の刀身に風を纏わせる。そして咲夜に接近し、真空波を叩き込む。

だが彼女に当たる直前で謎の球体が出現し、真空波を受け止めた。

 

「こっちだって時止めが効かないのは十分承知してるわよ。なら、ある程度対策を練っておくのは当然でしょ?」

「で、その対策が今のボールってわけね」

 

あれは確か春雪異変の時に咲夜が持っていたマジックアイテムだったはず。能力はナイフを自動で連射することができるんだとか。実際にはその光景を見たことないが、前に彼女本人から説明を聞いたことがあるのでなんとなく覚えていた。

確か名前は……。

 

「『マジカル☆さくやちゃんスター』」

「ぶっ殺すわよっ!」

 

うおっ!? 正式名称言ったらなんかめっちゃ激昂されたぞ! 『マジカル☆さくやちゃんスター』改めてボールからナイフがマシンガンの弾のように飛んでくる。

結界を張って弾切れになるまで少し待ってみたけど、ナイフの弾幕は衰える気配すらない。どうやらあれは霊力でナイフを生成して飛ばす仕組みたいだね。しかも燃費はけっこう良さそうだし、このまま何もしないでいるとジリ貧か。

 

ナイフの弾幕を避けながら接近し、刀を振るう。だがそれは咲夜のナイフに受け止められた。

さっきまでならここから追撃を繰り出していくんだけど、あのボールのせいでそうもいかない。もう片方の刀を振るう前にナイフが発射され、私はその場からの移動を余儀なくされた。

だがまだだ。

移動した先は咲夜の背後。そこで再び刀を振るい、また受け止めれられる。

 

そこから先は今起こったことの繰り返しとなった。

咲夜の死角を突くように移動しては刀を振るい、また移動する。

一見意味のないようなローテーションだが、それは確実に咲夜に私の刀を受け止めさせるため。そして先ほどまでと同じように咲夜がナイフで斬撃を受け止めたところで。

 

「霊刃『森羅万象斬』ッ!」

 

ゼロ距離での森羅万象斬。

受け止めたはずの刀身が青い光に包まれて巨大化し、彼女の目の前で爆発した。

煙で彼女の姿はよく見えないが、かなりのダメージを与えたはず。あとはこの煙が晴れたと同時に突っ込んでとどめを刺してやる。

そして胡散していく煙に黒い影が映ったと同時に私はその場から飛び出した。

 

だが、そんな私のほおをなにかがかすめていった。

 

「光速……っ『C. リコシェ』ッ!」

 

煙の中の咲夜から放たれたのはたった一つのナイフだった。しかしそれは尋常もなく速かった。少なくとも幻想郷最速の私ですら目で追うことができないほどに。

ナイフは最初は一直線の軌道を描いていたが、障害物に当たった途端に跳ね返って角度を変え続け、私の周囲を飛び回る。

 

C. ……つまりは光の速さか。なんという皮肉だ。

流石に本当に光と同じ速度は出ていないと思うが、それでもマッハ数十は確実にあるだろう。少なくとも今の体の私じゃ撃ち落とすことなんてとてもじゃないができない。

彼女のスペカにルミネスリコシェというのがあったと思うが、名前や特徴からしてそれの上位互換だな。

ここ境内には障害物なんてものはないと思ってたけど、すっかり神社が潰れていたことを忘れていた。咲夜のナイフはその破片や瓦礫を障害物に見立てて跳ね返ってくるのだ。

 

そうやって動くのをためらっていると早速脇腹あたりをナイフが通り過ぎ、切り裂かれる。

こうもジワジワといたぶられちゃいずれ私の結界の耐久もそこを尽きちゃう。良い案も浮かばないし、しょうがないか。

 

背中からナイフが迫ってくるのを風切り音で感じ取る。

だが私は避けることはおろか、動こうともしなかった。そしてナイフは凄まじい速度でそのまま私の背中に突き刺さった。

 

くそっ、いくら結界があると言ってもさすがにこれは痛い。痛すぎる。というかナイフの速度が速すぎて結界を完全に貫通しちゃっている。そのせいで背中からは燃えるような痛みと真っ赤な血が流れてくる。

だけど……っ、結界はまだ壊れちゃいない。背中部分に少し穴が空いただけで、元の状態を保っている。

 

「なっ……!?」

 

咲夜が計算違いだとでも言うように驚きの声をあげる。

まあそりゃそうだよね。普通だったらあれの直撃もらって先ほどの攻防で削られた結界が耐えられるはずがない。

だけど、それはあくまで近接弾幕ごっこ用の結界一枚しかない場合だ。

 

背中に出来る限りの結界を重ねるように張って、あとはわざとナイフを受け止める。そうやってやれば結界へのダメージを軽減できるしうるさいナイフも止めることができるってことだ。

 

「これでお終いだよ! 楼華閃『風乱(かざみだれ)』!」

「くっ……! 傷魂『ソウルスカルプチュア』!」

 

私の両刀が風を、咲夜のナイフが光を纏う。あとは斬撃の応酬だった。

狂ったように咲夜はありったけのナイフを投げつけられ、私も一心不乱に神速で二刀を振り続ける。そしてこの両者一歩も弾くことのない打ち合いを制したのは私の刃だった。

 

ナイフとナイフの間をすり抜けて私の斬撃が彼女を斜めに切り裂く。それに一瞬怯み、反撃してきたがその時にはもう私は彼女の背後に回っていた。

彼女が振り返るよりも早く私の斬撃が一、二と背中を切りつけ、それを起点に斬撃の嵐が巻き起こる。咲夜はそれに呑み込まれ、数えることすら億劫なほど背中を切り刻まれて倒れ込んだ。

 

ようやく弾幕ごっこが終了した。

私は背中からナイフを抜くと、それを咲夜の方へ投げ捨てる。せき止められていた血が噴水のように一気に流れたが、傷口を術式で塞いでおいたので問題はない。

 

「ふぅ……まだ寝てもらっちゃ困るよ。あなたに聞きたいことはまだあるんだから」

「はぁ……いいわ。敗者に拒否権はないもの。それで何が聞きたいの?」

「さっき私に異変の容疑者としての疑いがかかってるって言ってたよね? 誰なの、そんな疑いかけてるのは?」

「……妹様よ。最近探偵ものの小説を読んだらしくてね。今では探偵ごっこをするのがマイブームとなってるわ」

 

フランか……。そういえばちょくちょく顔は見るけど、永夜異変以来はまともに会話したことはなかったな。手段を選ばない戦い方で彼女を囮にして関係をギスギスさせたのは私だし、自業自得なんだけど。

でもそろそろ会ってみてもいいだろう。仮にあの時のことをまだ根に持っていてもすぐに謝ればいい。よし決めた!

 

「咲夜、私を紅魔館に連行していっていいよ。私もフランとは話したいしね」

「わかったわ。それじゃあ早速いきましょ」

 

メイド服についた砂を払い、宙に浮く咲夜。背中部分の布は私が切ったせいか消失しており、かなり際どい衣装になってはいるがまあ問題はないだろう。

同じように空に飛ぶと、その際どい背中を追いかける。ほおに生温い風が当たるのを感じながら、紅魔館を目指した。

 



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ご乱心のフランドール

 

 

紅魔館。吸血鬼が住んでいるとして知られている館。その外装は何をどうしたらこうなったのか、門や壁、屋根に至るまで全てが気持ち悪いほど紅に染まっている。いや、外装だけじゃなくて内装もだったか。

とにかく、そんな館の門前に私たちはいた。

 

門の前には門番である美鈴が立っている。いや、立っていると言うよりも寄りかかってると言った方が正しい。その瞳は閉じられており、口の端からは透明な液体がだらりと垂れている。

咲夜はそんな門番に近づくと、その額にナイフを振り下ろした。

 

「ギャーーッ!! こ、殺す気ですか咲夜さん!?」

「ええ。少なくとも私は殺す気だったわ。それが何か?」

「反省の色なし!?」

「反省ねぇ……どちらかというなら、仕事中に昼寝している方が反省するべきじゃないのかしら?」

「ぐぬぬ、それはあれですよあれ……最近何かと忙しくって睡眠が……」

「そう。なら暇なやつでも引っ張ってきて新しい門番にしちゃおうかしら。もちろんあなたはクビよ」

「さー! 今日も一日頑張っていきましょー!」

 

急に声を張り上げた美鈴を尻目に「ふんっ」と鼻を鳴らしながら、門を通過する。その後ろに私も続いた。

正面の大扉を開けて中に入る。そして咲夜の案内のもと、廊下を進んでいく。

しばらく歩くと、メイド服を着た複数の妖精たちが掃除をしていた。だがあまりはかどってはいないようである。箒やらを振り回してチャンバラごっこをして遊んでいた。

 

そこに無言のナイフ投擲。それらは美鈴のように頭部にぶち刺さり、彼女らは『一回休み』となった。

レミリアは何を思ってあれらを雇ったのやら。いくら咲夜一人じゃ手が回らないとはいえこれでは余計に手間が増えるだけな気がするけど。

 

うん? 妖精たちに混ざってメイド服とは別の色の服が見えた。白と緑のカラーリングの服装。近寄ってよく見てみると、その正体はなんと白玉楼の庭師である妖夢だった。

 

「こんなところで何をしているのかな、妖夢?」

「う、うぅん……? あなたは確か……楼夢さんでしたっけ。とにかく気をつけてください……あの子、むちゃくちゃな理由をつけて私に弾幕ごっこを……っ」

 

そこで事切れたのか、瞳を閉じて気絶する妖夢。

いや怖いよ!? 一体何が起きたってのさ!?

 

「ちなみに彼女も私が連れてきたのよ」

「半分お前のせいかよ!? いやうすうす予想はついてたけどさぁ!」

 

私の知る可愛いフランはどこへ行ったのやら……。 この様子を見る限り、平和的交渉は無理そうだわ。妖夢自身もむちゃくちゃな理由をつけられたって言ってたしね。

さてさて、どうやってこのピンチを乗り越えますか……。

しかし思考を巡らせてもいい案が出ることもなく、結局そのまま図書館の前まで来てしまった。

 

「この中に妹様はいるわ。まあちょっとテンションが高くなってるけど……せいぜい頑張ることね」

「おいぃ! なんだよそのテンションが上がってるってのは!? 全然大丈夫じゃなさそうなのが言葉から伝わってくるんだけど!?」

「それでは、good luck」

「あ、ちょい待てコラぁ! 時止めで逃げるなぁ!」

 

今から確実に起こるフラン戦を前にして余計な妖力を消費するわけにはいかない。それがわかってるからこそ、咲夜は私が時止め対策を持っているにも関わらずそれを使ってこの場から逃げ出した。

くそ、こうなったらもう腹をくくるしかないか……!

そうやって決意を固めようとしたところで、扉の奥から声がかかってくる。

 

『被告人。入場しなさい』

 

被告人? なんのこっちゃ?

とりあえずこれ以上は待たせるのも悪いので、扉を開いて中へ入る。

そこは私の知っているいつもの図書館とはちょっと違っていた。

 

本棚がいくつも横に倒されており、連結されて一つの細長いテーブルと化している。それらが三つ、入り口から入ってきた私を囲うように設置されていた。

その奥にやたらと高級そうな椅子にふんぞり返っているフランの姿があった。

 

「被告人、前へ」

「いやこれ探偵じゃなくて裁判じゃねえか!?」

 

どうやったら謎解きミステリーが法廷サスペンスに入れ替わるんだよ!? フランお前何を読んだんだ!

 

「被告人、静粛に!」

「……ああもうどうでもいいや。ここに立てばいいんでしょ立てば」

 

真ん中にぽつんと置かれたテーブルの前に立つ。

フランはそれに満足したのか、この裁判もどきの茶番の続くに入った。

 

「ではさっそくだが被告人、今回の異変を起こしたわけを聞こうじゃないか」

「いやそもそも起こしてないし。というかあなたにその口調は似合わないよ」

「なっ、失礼な! 私はもう立派な大人だよ!?」

「いやまあ歳はたしかに大人だから否定はできないんだけどさ……。それにこの程度の煽りで崩れるようじゃまだまだだね」

「ぐぬぬっ、もういい! お姉さんは有罪! 有罪ったら有罪! 私が直接叩き切ってあげる!」

「……やれやれ、どうしてこんなことをしているのか、あとで話してもらうよ」

 

結界を張ると同時に法廷のテーブル……じゃなくて本棚が蹴飛ばされ、迫ってくる。

それを居合切りで切り裂いて対処するが、その時にはもうフランは私の真正面にはいなかった。

 

視界の右端からものすごい速度でフランが突っ込んで来て、えぐり取るような勢いで左の爪を突き出してくる。

それを右の刀で受け流し、左の刀で彼女の腹部を横に切り裂く。そして体をひねって後ろ蹴りを同じ箇所に叩き込み、彼女を思いっきり吹き飛ばした。

 

本棚の一つを突き破り、書物の山に埋もれるフラン。

しかし一息ついた次の瞬間には大量の本が噴火したかのように宙を舞い、中から彼女の姿が出現した。その手にはぐにゃりと歪んだスペード状の棒——レーヴァテインが握られている。

 

まっすぐ突っ込んでくると、空気を削り取るようなスウィングが放たれる。だが所詮は素人が力任せに振り回しているに過ぎない。あっさりそれをかいくぐると、カウンターに切り上げる。

怯んだのでそれを起点に、斬撃を十数ほど叩き込んでやった。

 

だがこの時の私は気づいていなかった。フランの真の狙いに。

 

普通の戦闘なら致命傷に至るほどの斬撃を受けてもなお、フランは一歩も後退することはなかった。それどころか目を爛々と輝かせると、私が次に切りつける場所を事前に予測してそこに左手を伸ばした。

そして次の瞬間、私の右の刀はフランの手によってガッチリと掴まれた。

 

斬撃の嵐が止む。

驚愕する私。対照的にニヤリと笑うフラン。

そして思いっきり振るわれたレーヴァテインの一撃が、私の腹部を捉えた。

 

弓で弾かれたような勢いで吹っ飛ぶ私。先ほどのフランのように本棚をいくつも突き破りながら、床に数回ほど打ち付けられる。

だがフランの攻撃はまだ終わらない。彼女は吹っ飛ぶ私に追いつくと、その顎を掴んで後頭部を床へ叩きつける。そして翼を広げると、頭を押し付けたまま低空飛行し、床と私を削りながら図書館内を飛び回る。

 

やがてフランは壁に向かって突っ込んでいく。そして私の頭を前に突き出して壁と激突させると、今度は壁越しに上昇していく。もちろん私の頭を壁に押し付けたまま。

そしてある程度の高さにまで達したところでようやく私の頭部が解放される。それとほぼ同時にボレーキックが腹部にめり込み、高所から地面へ叩きつけられた。

 

「カハッ! ゲホッ!」

 

くそったれ! スペカもまだ使用させられてない段階で結界の耐久の七割が消し飛びやがった。

まずいまずいまずい。予想以上にフランが強くなっている。このままじゃ本当に負けてしまう。

 

幸いと言っていいかは別だが、一応まだ希望はある。フランは私をめちゃくちゃにいたぶる前にかなりの数の斬撃を受けていた。二十回以上は当たってるはずだから、それで結界の耐久の半分は削れているはずだ。だから私が今のところ不利だが、挽回不可能というところまで差を広げられたわけじゃない。

 

「禁弾『スターボウブレイク』!」

「霊刃『森羅万象斬』!」

 

降り注ぐ虹色の矢を巨大な斬撃を飛ばして消滅させる。

そして巻き起こる爆発を囮に空を飛んで攻撃を仕掛けるも、あっさり反応されてしまった。そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

「ふふっ、やるようになったじゃん……! まさか私がここまで追い込まれるとはね……!」

「驚くのはまだまだ早い、よっ!」

 

フランの剛力によって私の刀は弾かれ、私は後方へふわりと後退する。その間に彼女は見たこともないスペルカードを天に掲げた。

 

「禁忌『ブラックジャック』」

 

フランの姿がブレて分身が生まれる。それだけならフォーオブアカインドと同じだ。

しかし生まれた分身の数はフォーオブアカインドとは比べ物にならないほどだった。

 

「17、18、19……ばかな……っ!?」

「ふふっ、これが私の新しいスペカ」

 

『20人の私たちが相手だよ』

 

とっさに両方の刀を交差させて防御の姿勢をとる。

そこに視界を埋め尽くすほどのレーヴァテインが殺到した。

 

「ぐっ……!」

 

あまりの物量に飛ぶように後ろへ弾かれる。体勢を立て直そうと空気を固めて踏ん張るが、その背後にも二人の分身が。

 

「はいはーい、こっちこっちー!」

 

二人は私の両腕を抑えつける。そしてその隙にまた別の分身が正面から顔めがけて突きを繰り出してきた。

必死に鉄棒を逆上がりする要領で体を反らし、レーヴァテインを避ける。そしてそのまま勢いを利用してサマーソルトを思わせる蹴りで正面のフランの顎を蹴り上げると、両腕に力を入れて、バランスを崩していた二人の分身の頭と頭を打ち付けた。

 

するりと拘束が解かれて両腕が自由になる。

さて、お返しだ。

両腕を交差させると、それを勢いよく広げて、分身二人の顔面に柄頭を叩き込む。彼女らはそのまま図書館の壁に激突し、光の粒子と化して崩れていった。

 

しかし、これだけやってもたった二人しか撃破できてないのか。

残りは十八。そして今しがたやられた同胞の仇を打たんとばかりにレーヴァテインを振り上げ、突っ込んでくる。

 

迫り来る棒をかいくぐりながらすれ違いざまに分身たちを切り裂いていく。だが、それが上手くいったのは三人目までだ。四人目からはなんと複数で同時に連携してくるようになったのだ。

その激しさはジェットストリームアタックなんてものの比なんかじゃなく、三本ものレーヴァテインと左手に握った妖桜が衝突する。しかし多勢に無勢とはこのことで、勢いに負けて妖桜は手から弾かれ、床へ落ちていった。

そしてバランスを崩したところを別の分身のレーヴァテインに叩かれ、体がくの字に曲がる。そうなったらあとは滅多打ちだった。背中に何度も何度も棒を打ち付けられて吹っ飛び、血反吐を吐きながら床にめり込む。

 

地上に降り立ちながらフランは笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、やっとお姉さんに勝てた。苦労したんだよ? お姉さんの刀をどうやって止めるか考えたり、新しいスペカを開発するのに。でも、その努力もようやく——」

「まだっ、終わるには早いんじゃない、かなっ……?」

「——嘘……」

 

あれだけの攻撃を加えてもなお私の結界が壊れていないことにフランは驚き戸惑う。

まあ普通に考えりゃそうだ。私の結界の耐久力は残り三割ほどしかなかった。どう考えてもあんだけバカスカ殴られて耐えられるはずがない。

そう、それが全てフラン本人の攻撃であったのなら。

 

「分身の出来が明らかに悪かったよ。防御力も攻撃力も全てが本物よりも格段に劣っていた」

 

おそらく『ブラックジャック』は大量の分身を出す代わりに、そのクオリティを犠牲にするのだろう。それでも普通にくらっていたならそこで終わっていただろうが、そこは私だ。攻撃が当たった瞬間に自ら吹き飛んだり、床に叩きつけられた時も受け身をとったりすることで打撃の威力をある程度吸収していたのだ。

 

「でもその様子じゃあと一発耐えられるかどうかでしょ? だったら私が今直接……っ!?」

「今さら気づいたの? あなた達はもう動くことはできない」

 

フランの真下の床から黒い鎖が出現し、彼女を拘束している。いや、彼女だけではない。油断して地に足をつけていた全ての分身にも同じように鎖が巻きついていた。

 

「『金縛り』。ふふっ、ナイスだよ早奈」

「あれは、あの時の刀……!?」

 

私たちの視線は図書館の隅っこの床に突き刺さっている一本の刀に向けられた。

妖桜は妖魔刀、つまり魂が宿った武器だ。それゆえに私の命令がなく

てもこのように行動することができる。

ただ、このままじゃいずれ拘束は強引に解かれてしまうだろう。だから次の手を打たせてもらおうか。

 

「神解——」

 

不気味な光を放つ妖桜に手をかざす。

そして私は二度と聞きたくもないその名を唱えた。

 

「——『幻死鳳蝶(まぼろしあげは)』」

 

 



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仲直り

 

 

「神解——『幻死鳳蝶(まぼろしあげは)』」

 

床に突き刺さった妖桜から(アメジスト)の光が解き放たれる。その光量は凄まじく、とても目を開けられないほど。そしてフランが目を開いた時には、全ての分身がこの世から消え去っていた。

 

「な……何が起こったの……?」

 

戸惑うフラン。そこで私を探すように視界を動かすが、いざ彼女の瞳に私が映ったとたん、その目線は私のある部分に固定されていた。

 

背中から生えた四枚の巨大な翅を模した鎌。それらは互いに刃をこすれ合わせ、笑っているかのように火花を散らしている。

しかし金属質なそれらを背負っているにも関わらず、私はなんの重さも感じていなかった。

 

これが幻死鳳蝶。能力は『死を操る程度の能力』。文字通り、切った相手にあらゆる死因を刻むことができる。

まあ、さっき分身たちに使ったのはどっちかというと早奈の『呪いを操る程度の能力』なんだけど。

 

さっきの光には消滅の呪いがかけられていた。もちろん対象にしたのは本物以外の全てのフラン。『金縛り』で動けなかったのと、元々の能力が低いことも相まって、呪いを受けた分身たちはひとたまりもなかっただろう。

 

幻死鳳蝶の翅が紫色の光となって刀へ吸い込まれていく。

ふぅ……。さすがにこの体での神解はきついな。まだ使って数十秒なのに妖力をごっそり食われてしまった。だけど、目的は達成できた。あとは正真正銘の一対一だ。

 

左手をかざす。すると幻死鳳蝶……いや妖桜がひとりでに床から抜け、私の手の中に飛んでくる。それをしっかり握りしめて、改めてフランと向き合う。

 

「……禁忌『レーヴァテイン』」

 

スペード状の棒が燃え上がり、巨大な炎の剣をかたどる。

それを軽く一振り。それだけで室内の気温は上昇し、フランの前方の床から炎の壁が半月状に顕現する。

 

「ふふっ、まだまだやる気みたいだね。じゃあこっちも新スペルいってみようかな」

「……私はお姉さんから色々なことを教わった。力の制御や技の技術、そのほかにもいっぱいいっぱい。数え出したらキリがないくらいに。だからその全てを今、ここでぶつけるっ!」

 

炎の壁を突き破り、雄叫びをあげフランが突進してくる。

七色の宝石がぶら下げられた枝のような翼はその声に応えるようにピンと張られ、彼女の背中を後押しする。

右手は柄に密着させ、左手は柄頭を握るように。剣は正中線をなぞるようにまっすぐ振り上げられている。

 

全部、全部私が教えたことだ。最初戦った時のような無駄が多い動きは見る影もなく、コンパクトに、そして美しく、ただ私一人を切るだけに全神経が注がれている。

うん……うん、見事だったよ、フラン。

 

「楼華閃二刀流奥義『氷炎乱舞』」

 

床を蹴り砕き、加速して一瞬で剣を振り上げたままのフランの懐へと潜る。

妖桜に氷を纏わせ『氷結乱舞』を繰り出す。六つの斬撃でフランの身体中を切り刻み、凍らせて最後に突きを胸に放つ。

しかしこれでまだ終わりではない。続けて繰り出すのは『雷炎刃』。追い討ちをかけるように爆炎とイナズマを纏った舞姫で再び彼女の胸を貫いた。

 

甲高い音が響き渡る。

そしてそれが収まったのちに卵の殻が割れるように、フランを覆っていた結界は剥がれていった。

 

勝負は決した。

全て出し切ったのか、フランは両膝をついて崩れ落ちる。

私は両方の刀を納めると、彼女の元へと歩み寄る。

 

「……ねえ。結局、なんで私にあんなむちゃくちゃなこと言って弾幕ごっこをしかけたの? 別に普通に言えばいつでも受けてあげたのに」

「……だって、だって……っ、お姉さんが私を避けていたからっ!」

 

今までの不満が爆発したかのように、フランはかすれながらも大声を張り上げた。その両目は充血して赤くなり、透明な雫をこぼしている。

 

「なんで急に私に会いに来てくれなくなったの!? 宴会で会っても話そうともしてくれない! なんで、なんでなのっ!? そんなに私のことが嫌いになっちゃったの!?」

「いや、私は永夜異変で冷たくしちゃったからあなたに嫌われていると思って……」

「嫌いなわけないじゃん! 私はお姉さんの全部は知らないけど、少なくともお姉さんは優しいってことだけは知ってる! そんなお姉さんを嫌いになれるわけがないっ!」

 

フランの叫びの一つ一つが私の胸を打ち鳴らす。

初めて見た。彼女が泣き出すほど感情をあらわにして訴えかける姿など。

目が覚めていくのを感じる。心の鐘が振動し、あの日以来頭にこびりついていた迷いを落としていく。

 

「……あんなっ、たった一回の出来事で壊れちゃうほど……っ、私たちの関係って脆かったの……?」

「……ごめんなさいフラン。長年生きてきたせいで微妙に(さか)しくなって、あなたの思いを理解していたつもりでいた。でも本当は……何も理解できてなかったんだね……」

 

今まで六億年間、妖怪らしく生きてきた。

他人の顔色を伺わず、常に自分の理だけを求めて突っ走る。ムカつく奴は殴ってきたし、虫唾が走る奴は殺してやったりもした。それが永遠に等しい時を過ごす中で最も自我を保てる生き方だと気づいたから。

ただ、それにこだわるあまりに大切なこと——人を思いやることを忘れていたのかもしれないね。

 

「ねえフラン、何かしてほしいことってない?」

「えっ……?」

「遠慮しないでいいよ。前みたいにさ」

「じゃ、じゃあ……その……ギュって抱きしめてほしい……っ」

「抱きしめる? ふふっ、フランもまだまだ子供だね」

「も、もうっ! やっぱりさっきのはなし! もっとちゃんとした……もぎゅっ!?」

 

顔を真っ赤にしながらさっきのおねだりを撤回しようとしていたので、その前に彼女を抱きしめる。

しばらくフランは呆然としていたのだが、次第に私の胸にうずめるようにして顔をこすりつけてくる。

 

ああ、仲直りってこんな簡単なものだったんだな。複雑に考えてた自分が馬鹿みたい。

頭を撫でてあげながら、ふとそんなことを思う。

 

 

その後、私は今までの分を返済するように今日一日中フランと遊びに遊びまくった。

かくれんぼ、トランプ、術式の説明、そして弾幕ごっこの再戦などなど……。

気がつけば日はすっかり暮れ、外は真っ黒に塗りつぶされていた。

しかしそこでレミリアからの提案により、今日一日部屋を貸してもらえるようになった。

なんでもフランが前のように元気になったお礼だとか。

 

そして紅魔館中の灯りが消え、だいたいの者たちが寝静まったころ。

 

「邪魔するわよ」

 

そろそろ私も寝ようかとベッドに腰掛けたところで、部屋のドアが開き、中へレミリアが入ってくる。

廊下は真っ暗で灯りなしじゃとても歩けないような状態のはずなのだけど、さすがは吸血鬼。当たり前だが夜目が相当効くらしい。

 

「こんな時間になんの用? 遅寝は不健康の元だよ」

「私はもともと夜行性よ。最近は霊夢とかに合わせて昼夜を逆転させてるだけ。って、そんなことよりもここに来た理由だったわね」

 

レミリアはしばらく黙ったのち、重々しく頭を下げる。

 

「フランと仲直りしてくれてありがとう。久しぶりにあの子が明るくなったのを見たわ」

「……珍しいね。あのプライドが有頂天なレミリアが頭を下げるなんて」

「それだけあなたには感謝してるってことよ。少し前の私なら逆恨みしてあなたのことを襲ってただろうけど」

 

なるほど。私はフランのことだけしか今まで見てこなかったから気づかなかったけど、成長したのはフランだけではないということか。

今のレミリアからはなんというか前よりも落ち着いたような感じがする。もちろん普段みたいにカリスマブレイクすることはまだあるだろうけど、それでも数年前に宴会で襲ってきた時のような危うさは完全に消え去っているように見えた。

 

「別に……。ただ、大人として果たすべき最低限のことをしただけだよ」

「大人ねぇ。その体で言われると違和感あるわ」

「あなたに言われたくはないね」

 

レミリアにそう笑われ、プイと顔を背ける。そしてロウソクの火を消し、部屋を真っ暗闇にした。

 

「さっさと帰りなさいな。私はもう寝る」

「ええ、そうしておきなさい。どうせ明日も異変について調べるんでしょ?」

「……異変のことを知ってるの?」

「天気が曇ったり霧が出てきたりし続けてたら、いやでも気づくわよ。ま、そこらへんのことはパチェにでも聞きなさい」

「……そういえばパチュリーを今日見かけなかったな」

「フランが図書館を改造する際に気絶させられてどこかの部屋に閉じ込められてたらしいわよ。ついさっきようやく脱出できたらしいわ」

「それはまあ……お愁傷様で」

「ええ、まったくよ」

 

なんとなくむきゅむきゅ叫んでそうな動かない大図書館さんに心の底から同情する。まあするだけだけど。

とりあえず、明日からも異変について調査しなきゃ。霊夢に先を越されたら、私が元凶を殴る機会がなくなっちゃう。

 

部屋からレミリアが退出したのを見てベッドに横になる。そして瞳を閉じてそんな明日のことを考えていると、いつのまにか私の意識は深い眠りについていた。



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道中、守矢の神社にて

 

 

 紅魔館の地下に存在する大図書館。天井やらをぶち抜かれて作られたこの空間は縦横両方とも広く、本棚が五つほど縦に積まれているものが数十個並んでおり、さらに壁までもが本を収納できるようになっている。そしてそんだけの本棚がありながら空いている部分がほぼ見当たらないというだけで、どれだけの本がここに存在するかがわかるだろう。

 

 そんな中から異変に関することを調べるなんて部外者の私では相当な時間がかかってしまう。別に切羽詰まっているほど急いでいるわけではないが、今日あたりに決着をつけなければおそらく異変が解決されてしまう。首謀者をどうしても殴りたい私にとってはそれは最も危惧する問題だ。

 だからここは闇雲に探すのではなく、その道のプロに頼むことにした。

 

「ヤッホーパチュリー。今日は聞きたいことがあるんだけど……」

「異変のことね。レミィから聞いたわ。私も調べてたところだから、ある程度の質問なら答えられるわよ?」

 

 咲夜やレミリアなどの気質のせいか、日光はほぼ断絶され午前なのに天井付近に酸素を取り入れるためにつけられた窓からは日差しが少しも入っていない。そんな中で一人本を読んでいたパチュリーはそう答えた。

 

 おおっ、さすがレミリア仕事が早い。この他人のお願いなんかほぼ聞き入れそうにないもやしちゃんから話が聞けるのは助かるわ。

 

「なんか今失礼なこと考えてたわよね?」

「どうだろうねー? それよりもさ、じゃあさっそく今回の異変について教えて」

 

 昨日フランが座ってたやけに気持ち良さそうな椅子に腰掛けたまま、眠そうな目をこする。そしてパチュリーは読んでいた本にしおりを挟んで隣に設置してあるテーブルに置き、そしてその上からこれまた別の本を取り出した。

 

「さて……じゃあ今回の異変の原因なんだけど……気質ってわかるかしら?」

「気質? なにそれ?」

「まあ無意識のうちに私たちが発している力みたいなものよ。その性質は千差万別。例えで言えばレミィが濃霧で私が花曇かしらね。ただ、これらは普段天気に直接影響を与えるほど強力なものではない」

 

 なるほど。要するに本人の性格や性質によってそれぞれ気質の種類が違うのか。

 改めて今まで会ってきた人物の気質を思い出してみる。

 

 霊夢はおそらく快晴だ。昼は暑く、夜は冷たくなる。全てが平常通り。曲がったことも融通もきかない。まあ悪く言えば無慈悲、よく言えば公平といった感じかな。そう考えるとたしかに彼女にピッタリな気質だ。

 咲夜は曇天だったはず。地味で光を浴びることは少ないが、過ごしやすさなどは抜群。ここにも従者としての性質などが現れているのかもね。

 

 んで、私の場合は風花だったんだけど……どういう性質なんだこれ? 晴れと雪とかどういう風に解釈すりゃいいんだぜよ。

 そんなわけで目の前の彼女に聞いてみた。

 

「風花ねぇ。物事が定まらずに混沌としているんじゃないかしら。やることなすこと全てがむちゃくちゃ。人を温めて力を湧き上がらせたかと思えば冷たく突き放す。言ってしまえば矛盾の塊ってとこかしら」

「ぐふっ!! 中々心に突き刺さる言葉だね……」

 

 胸を押さえつけて大げさな動作を取ってみるが、彼女は見向きもしない。

 へいへい、悪うござんしたよ。フランを放ったらかしにしたのもどうせ全部アッシの責任でございますよ。

 

 彼女の皮肉になにも言い返せず、心の中でそんな声を漏らすがもちろんパチュリーには聞こえるはずもない。

 拗ねた表情のままの私にパチュリーは話の続きを語る。

 

「それでさっきの話の続きだけど、今回の異変は何者かがその気質を集めている時に起こった二次災害みたいなものだと私は思うわ」

「二次災害……てことはメインの災害はなんなの?」

「博麗神社にだけ起こった巨大地震。これが気質を集めて何かをした結果だというのなら納得できるわ」

「なるほど……じゃあ原因もわかったし、あとは犯人の居場所だけだ」

「いえ、場所ならもう目処がついているわ」

「え? どこどこ?」

「はぁ……まずは落ち着いて自分の気質を見てみなさい」

 

 言われた通りに、改めて、自分の体を見つめる。

 すると数秒ほどのちに、体からピンク色の極薄の気体のようなものがあふれていることに気づいた。

 多分これが気質だろう。今までは見えなかったのだが、仕組みを理解すると簡単に視認できるようになった。

 あれ、でもこの気質、どこかへ飛んでいっているような……? 

 

「……そういうことか!」

「気づいたようね。ならさっさとこの図書館から出ていって異変に向かいなさい。私は本の続きを読むから」

 

 さっきパチュリーが言っていた通り、気質は何者かの手によってどこかに集められている。なら気質が見えるようになった今、逆に吸われた気質がどこに行くのかを追えばいいのだ。そうすれば自ずと黒幕の元にたどり着ける。

 

 思い至ったが吉とばかりに私は図書館を出て館の外へ出る。そして改めて気質を確認してみると、気は妖怪の山の方向へ飛んでいっている。

 ビンゴだ。

 弾かれるように空へと躍り出て、気質を追う。そして風を切りながら妖怪の山へと向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

 気質を追って妖怪の山まで来た私。

 相変わらず私の周りの天気は晴れなのにも関わらず雪が降っている。

 どうやらこの気は山の頂上からさらに上へ昇っているらしい。だがやることは変わらない。今まで通り気質を追って頂上まで登ってみることにしたのだが——。

 

「よろしくお願いします!」

「えーと、もうちょっと肩の力を抜いた方がいいと思うんだけど」

 

 現在私の目の前にはお祓い棒(幣)を構えた早苗が、強張った表情で戦闘態勢をとっていた。彼女の気質のせいなのか、あたりの風がやたらと強くなっている。

 ……いや、どうしてこうなった。

 

「フレー! フレー! さ・な・え! S・A・N・A・E・さ・な・え!」

「おい諏訪子、お前ちょっとうるさいよ」

「いや親バカが過ぎるでしょうが。どんだけ気合い入れてるんだよ……」

 

 神社側ではご覧の通り、諏訪子が早苗に熱い声援を送っていた。ご丁寧にポンポンまで持参してある。流石に足を振り上げてパンツを見せるような真似はしていないが。

 

「というかさ、私はまだこの勝負を了承してないんだけど?」

「そこはまあ頼むよ。私の顔を立てると思ってさ」

 

 まったく、頂上に来たついでに守矢神社に寄ったのが運の尽きだ。

 最初はふつうに世間話をしてたんだけど、途中から早苗が近接弾幕ごっこの練習がしたいらしいという話になって、あれやこれやでなぜか私がその指導にあたることになっていた。

 

「神奈子、お前はそもそも武神なんだから、近接の心得ぐらいきちんと教えられるでしょうが」

「いや、私はそもそも人に教えるのが昔から苦手でな。早苗にもさっぱりわからないと言われてしまってね。まあ、感覚で覚える天才型の早苗に初めから理屈云々で説明したのが間違いだったのかもしれないけど。だったら同じ天才型の楼夢にならなんとかなるんじゃないかと思ったわけさ」

 

 いやまあ判断は間違ってはいないと思うけどさ。そもそもこの子あまり頭は良くなさそうだし、理論やらを語ってもよく理解できなさそうだ。

 まあ、せっかくの友人からの頼みだ。別に指導程度なら時間もとらないだろうし、ちゃちゃっと終わらせるか。

 

「まず早苗。なんでもいいから私に攻撃してみてごらん。もちろん近接攻撃だけで。あと、結界張っておくのも忘れないでよ」

「わ、わかりました。……じゃあ、いきます!」

 

 早苗はかけ声とともに駆け出してきて、私に幣を振り下ろそうとする。しかしそれら一連の動きはお世辞にも上手とは言い切れなかった。

 足運びも普通に駆けっこする時と同じだし、武器の振り上げから振り下ろしも何もかもが動きが大きすぎる。そして単純に超遅い。

 

 もはや攻撃を見るまでもない。幣を持つ腕を掴むと、そのまま背負い投げして地面に叩きつける。それで早苗はピクリとも動かなくなった。

 これは……そもそも技術以前の問題かもね。

 

「ううっ、いきなり背負い投げなんて酷いですよ……」

「早苗はそもそも身体能力が不足しすぎているんだよ。そんなんじゃいくら技術を覚えても絶対に勝てないと思うよ?」

「でも、それを言うなら魔理沙さんとかはどうなんです?」

「魔理沙は魔法使いだから動く機会も少ないけど、多分42キロのフルマラソンを余裕で完走できるくらいの体力はあるよ? というかそんなのこの幻想郷じゃ霊力を多少でも持ってるのなら出来て当たり前」

 

 なんせ魑魅魍魎が跋扈し、車どころか自転車すらない世界だ。生きていれば自然と体力はつくし、妖怪と戦う者ならさらに体が頑丈になっていく。まあそれでも魔理沙はこの世界じゃ運動できない分類に入るんだけど。

 つまるところ、運動能力のボーダーラインが外の世界とじゃ驚くぐらい差があるんだ。外では平均でも、幻想郷じゃ論外レベル。多分プロアスリートくらいでようやく平均ぐらいに達せられるぐらいだと思う。もちろん、これは妖怪も含めているからこんな馬鹿みたいな平均値になるわけだけど。

 

「でも早苗たち人間はそのまま妖怪たちと互角以上に張り合わなきゃいけないんだ。最低限その程度の運動能力がないとお話しにならないってことだよ」

「な、なるほど。うーん、先は長そうです……」

 

 まあ外の世界基準じゃ怖気付いちゃうか。気が滅入るのも無理はない。

 

「一応、諏訪子が昔やったトレーニングメニューならあるんだけど……」

「反対反対っ! あんなの私の可愛い早苗にさせられるか!」

 

 私の言葉を遮って諏訪子が食いつくように反対してくる。どうやら対神奈子戦を控えたあの修行の日々が相当トラウマになってるらしい。よくよく見るとその表情は青くなっていた。

 

 だけど諏訪子のその声は隣にいた神奈子の羽交い締めによって遮られる。諏訪子も抵抗しようとしてるんだけど相手は武神、おまけにあの身長差だ。全然相手にならず、ただパタパタと両足が虚しく空振るだけだった。

 

「諏訪子のトレーニングメニューか。よければどんなものか教えてくれない?」

「あ、私も知りたいです! 諏訪子様の修行メニューなら確実に強くなれると思いますから!」

「えーと、じゃあまず守矢神社の階段五百往復からね」

「……やっぱ私強くなるのやめよっかなぁ……」

 

 ありゃりゃ、また気落ちしちゃった。

 うーん、この場合はどうしたらいいんだろうか。どっちにしろ早苗は巫女なんだし、遅かれ早かれ体を鍛えなければいけない時期が確実に来る。でも私が厳しめに言っても逃げられちゃいそうだしな。

 

 そうやって迷っていると、神奈子が大きなため息を一つついた。そして鋭い目つきで早苗を見据える。

 それだけで周囲の雰囲気が冷たくなった。早苗をそれを無意識に感じたのか、蛇に睨まれた蛙のように体をすくませながら目だけを神奈子の方へ恐る恐る向ける。

 

「はっきりと言わせてもらうけど……早苗、そのままじゃいずれ早死にするぞ?」

「えっ……?」

 

 いきなり『死』という重たい言葉が飛び出してきたことで、早苗の思考は一旦停止してしまう。そしてハッと目を覚ましたと同時に神奈子へ切羽詰まる勢いで問い詰めた。

 

「ど、どういうことですかっ!?」

「早苗、お前は確かに天才だよ。この数ヶ月で弾幕ごっこを完璧にものにしちまっている。だけど、逆に言えば弾幕ごっこ以外は未だに修行もしてないから辛っきしだ」

「で、でも幻想郷じゃ弾幕ごっこがルールで……」

「はぁ……なあ楼夢。お前、この世界に来てから何回殺し合いをやった?」

「さあね? 結界張ってない相手を切りつけることが殺し合いと言うのなら数えきれないよ。でも、この数年間で確実に三度は死にかけてるね」

 

 一度目はフラン戦、二度目はルーミア戦で三度目はお察しの通り早苗の先祖でもある早奈戦だ。よくよく数えてみるとと悲しくなるほど死にかけてるんだな私って。まあ、これでも昔と比べたらまだマシなんだけど。

 

「今のを聞いた? 楼夢は私たちと同じように幻想入りして日が浅い。なのにも関わらずこれだけ殺し合っている。ここがどれほど危険な地であるかわかっただろう?」

「まあ妖怪の身から言わせてもらうと、私たちは基本後先を考えちゃいない。普段このルールを守っているのは妖怪の賢者を恐れているからだよ。ただ、妖怪は精神に依存する分感情に振り回されやすく、思わず相手を殺っちゃったなんてことはしょっちゅうある」

「そういう場面に今の早苗が巻き込まれたら、間違いなく死ぬ。なんせロクに鍛えてないんだからね」

 

 今の話を聞いていざその場面でも想像したのか、早苗の顔がサッと青くなる。そこでようやくこの世界の危険性を認識できたようだ。

 

「さてと、ここまで話した上で、早苗はどうしたいんだい? 

「わ、私は、その……まだ死にたくないです! だから私に改めて修行をつけてください、神奈子様!」

「よく言った! それじゃあ階段ダッシュ百往復からだ! 今すぐ行きな!」

「は、はいっ!」

 

 弾かれるように早苗は鳥居を抜けると、その姿はしだいに小さくなってとうとう見えなくなってしまった。そこまで時間が経ったところで、改めて私は神奈子に問いかける。

 

「……これ、本当に私が必要だったの?」

「ああ、必要だったさ。身内の話というのは嫌なものほど聞き入れづらい。だからこそお前という他人があの子を倒して話をすることに意味があるんだ」

「とは言っても私はあんまり喋ってないけどね」

「そこはまあ私も経験豊富だからね。あんたの話をダシに子供一人を焚きつけることぐらい、造作もないさ」

 

 こいつさっき他人に教えるのは苦手とか言ってたけど絶対嘘でしょ。明らかに教師向いてるよこの人。

 

 ふと、早苗がいなくなった影響か辺りの風が弱まってくる。

 先ほどの模擬戦で服についた土を払い落とし、鳥居の方へ歩いていく。だが、後ろからかかって来た声が私を呼び止めた。

 

「おや、もう行っちまうのかい? もうちょっとのんびりしてってもいいのに」

「思ったよりも時間を食っちゃったからね。もう午後になってる。霊夢がたどり着くまでには決着をつけないと」

「そうかい。それじゃあせいぜい頑張るんだね」

「言われなくとも。うちの親戚でもある博麗の神社を潰したことを私は許さない」

 

 今度こそ神奈子に背を向け、鳥居を抜ける。

 ふと階段の下を強化した目で見てみると、今にも倒れそうなほど疲弊した早苗とそれを木陰から見守る諏訪子の姿があった。

 あいつ、いつのまにかいないと思ってたらこんなところにいたのか。まったく、筋金入りの親バカだよあいつは。

 

「まあもしかしてお前の事件のせいでああなっちゃったのかもしれないけど」

『……私にはすでに関係ない話です。今の私は妖早奈。東風谷ではもうありません』

 

 脳内に女性の声が響いてくる。

 おそらくはこの神社に着いたあたりからずっと見ていたのだろう。かつての親代わりだった存在を。

 

 あのころには戻れないことは彼女もわかっているはず。しかし私は早奈が諏訪子の応援をいっぱいに受けて階段を上る早苗を羨ましそうに見ているのに気がついた。具現化もしてないのだからそんなことは通常わかるはずもないのだが、何故だかそう確信できた。

 

 

 ちなみに後の話なのだが、これを機に早苗は一気に戦闘能力が上昇したらしい。その力は近接弾幕ごっこであの諏訪子を打ち負かすほどだとか。

 ほんと、才能って怖いものである。



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竜宮の使い

 

 

 妖怪の山の頂上。と言っても守矢神社があるところとは別の方角。

 辺りは相変わらず晴れと雪……ではなく、なぜか雷雲が渦巻いていた。

 

「これは……私の気質の影響を受けてない?」

 

 少なくとも他の人の気質によって打ち消された感じではない。

 というかこれは、気質なんかよりももっと大きな力で意図的に発生させられたような……。

 

 そんな風に思考していると、ふと雷雲の中に黒いシルエットが一瞬浮かび上がった。それは消えてはまた別の雷雲で浮かび上がっている。しかもだんだんとこちらに近づいてきているようだ。

 

「あら、天狗じゃない? 珍しいですね」

 

 目の前の雷雲から抜け出したその人物は、ふわふわと浮かびながら私を見下ろした。

 それはまるでおとぎ話に出てくる天女のような女性だった。紫の髪の上に触覚のような赤いリボンがついた黒い帽子、そして見たこともないほど長く、美しい羽衣をまとっている。

 その姿に私はとある妖怪の名前を連想した。

 

「もしかして、竜宮の使いってやつ?」

「あら、私たちを知っているとは博識ですね。私はいずれこの地に来るであろうある異変を伝えるため、この地に来ました」

 

 竜宮の使いというのはまあ龍神の使者みたいなものだ。主な仕事は龍神の言葉を伝えること。ただ、滅多に人前に現れない珍しい妖怪でもある。

 私も長いこと生きてきたけど実際にあったのは片手で数えるぐらいかな? まあそいつらが来た地域はたいていロクでもないことが起こることでも有名だね。

 その理由は……。

 

「緋色の霧は気質の霧。緋色の空は異常の宏観前兆。緋色の雲は大地を揺るがすでしょう。……以上です」

「おーい嬢ちゃん、ちょっと情報古すぎやしませんか?」

 

 まあこの通り、こいつらが伝える内容はたいていこういった抗いようのない災害とかなのだ。一部の地域では災害の象徴とかまで言われてたりする。まあ、言っちゃえばポケモンのアブソルみたいなもんだね。

 

 私の言葉に目の前の女性は雰囲気に似合わずこてんと首を傾げる。そしてふわりと地面に限りなく近くまで降下してきて、私と目線を合わせた。

 

「はて。古すぎるとは……?」

「言葉通りの意味だよ。もうすでに私の友人の家が地震でやられちゃってるんだ。どう責任を取ってくれるのかな?」

「いえ、そもそも地震を起こしているのは私じゃないので責任とか言われても……。もしかして、あのお方の仕業かしら?」

「地震が来るのはわかってたんでしょ? ちょっと職務を全うできてないんじゃないかなぁ?」

 

 ちなみに竜宮の使いの報告が間に合わないのは昔からけっこうある例だ。ただ実際災害が起きてから忠告をされると……なるほど、これはくるものがあるね。

 

「お嬢ちゃん、名前は?」

「あなたにお嬢ちゃんと言われると違和感を感じるのですが……永江衣玖です」

「それじゃあ衣玖ちゃん、一緒に人里に降りようか。ちょっと壊れた家を建て直すためのお金を稼いできてもらうからさ」

「え、いや、いったい私に何をさせる気ですか……?」

「大丈夫大丈夫。衣玖ちゃん綺麗だから、すぐに人気出るって。そのころには衣玖ちゃんも病みつきになってるはずだよ?」

「絶対いかがわしい勧誘だこれ!」

 

 失礼な。この純粋無垢な姿を見てそんなことを考えられるなんて、やっぱロクでもないやつに決まってるこいつは。

 というわけで問答無用で死刑行きますか。

 するりと両刀を抜く。

 

 えっ? フランがデタラメな理由で勝負を挑んだ時には注意したのに、いざ自分の時になったらいいのかだって? そんな君にいい言葉を教えてあげよう。——それはそれ、これはこれだ。

 まあこの子に挑む本当の理由はあるけど、それはあとでいいかな。

 

「ねえ。その羽衣ってなくなったらやっぱり天に帰れなくなっちゃうのかな?」

「いえ、別にそういうわけじゃありませんが……」

「んじゃ大人しく私にここでボコられて宝を落としていってね」

「……さすがの私ももう限界です。子供相手に本気を出すのは大人気ないですが、仕方ありません。天の裁きを受けなさい!」

 

 両者結界が張られ、衣玖の言葉を合図に近接弾幕ごっこが始まる。

 スペルカードは両者とも三枚。

 開始と同時に駆け出す私。だが進行方向を遮るように雷が落ちてきて、私は急停止する。

 

「この辺りは全て雷雲の海。私にとっては最も力の発揮できる場所です」

「ちっ、これじゃあ迂闊に近寄れないね。まったく、勝負が始まる前に天候をどうにかしておくべきだったよ」

 

 辺りを漂う雲の全てが私にとっては銃口だ。竜宮の使いの特徴からして彼女が雷を操れることは間違いない。そう、彼女にとってはこの雲そのものが武器なのだ。

 

 四方八方から発射される雷の弾丸。それらを刀で切ったりかいくぐったりしながらいつも通り接近していく。

 さすがにこの姿じゃ雷の速度には敵わないか。いくつもの電撃が服を裂いて肌を焦がしていく。しかし幸い動体視力だけは落ちていないのでなんとか直撃だけは避けることができた。

 

 ある程度近づいたところで目の前に雷が落ちてくるが、今度はもう怯まない。あえて自分から突っ込んでダメージを負いながらも無理やり突破する。そしてそのすぐ先には衣玖の姿が。

 すぐさま走る勢いを利用して突きを放つ。だがなんと驚くことに、衣玖は何も構えてない状態で舞うようにたやすく私の刺突を避けたのだ。この私の刺突を。

 

 まるで彼女の持つ羽衣のような動きだった。

 衣玖は特に構えることもせず、自然体。地に足がついていないせいか、風に吹かれてユラユラと揺れる様も一種の舞のように感じてしまう。しかしだからこそだろうか。一切の予備動作を必要としないで移動することができる。

 

 彼女はそのまま水を泳ぐ魚のように静かに、それでいて素早く雷雲海の中へと潜る。そして一瞬シルエットが浮かべたあと、完全に姿を隠してしまった。

 

 くそっ、あの雲が厄介すぎる! まずはあれをなんとかしなくちゃ。

 私は白紙のカードを取り出すと念を込め、カードに絵柄を浮かび上がらせる。そして出来上がったスペルカードを構えて宣言した。

 

「暴風『バギクロス』!」

 

 即興にしては上出来だ。

 私とその周囲を包み込むようにして巨大竜巻を発生させる。雷雲はそれに巻き取られていき、その面積をどんどん減らしていく。そしてそれを続けていくと隠れきれなくなったのか、黒い雲の中から衣玖の姿が飛び出してきた。

 

「そこだっ!」

 

 今度こそ外さない。そう決意して地を蹴り、空中まで一気に飛び出す。そしてXを描くように両刀を振り下ろした。

 辺りは渦巻く風の壁に囲まれていて逃げ場はない。……はずだった。

 

「ふふっ、まだまだ甘いですね」

 

 そう余裕の笑みを浮かべて、衣玖は壁際でふわりと後ろへ下がる。そして()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

 馬鹿な!? 竜巻だぞ!? 普通ならズタボロに切り裂かれるはず! 

 しかし衣玖はなんと逆にこの竜巻の渦巻く力を利用して加速し始めたのだ。そのことに気がついた時には、すでに体が見えなくなるほどの速度を身に纏っていた。

 

「お返しです。龍魚『竜宮の使い遊泳弾』」

 

 風と共に私の周囲をグルグルと回りながらのスペカ宣言。するとどうなるか? 

 結果、複雑な弾幕はさらに複雑に。本来ならば幽霊のようにユラユラ揺れるだけの電気の弾幕が全方位から放たれたことで逃げ場を完全に潰し、私は刀で防ぐ間も無くそれらに飲み込まれた。

 

「ガァ……ッ!」

 

 二つのスペカが終了する。それと同時に私は体の痺れに耐えきれず地面に膝をついた。

 結界の耐久がグッと少なくなっている。まああれだけの弾幕をほぼ全部受けたんだし当たり前か。

 やばいね……。体がまともに動かせない。ここはなんとか時間を稼がなくちゃ。

 私は震える口を動かして彼女に質問をした。

 

「さっきのやつ……どうやったの?」

「ああ、それは私の能力ですよ。『空気を読む程度の能力』と私は呼んでいます」

「……やけにあっさり言うんだね」

「そういう雰囲気でしたから。おかげで龍神様からは竜宮の使い一気遣いのできるやつと言われています」

「なるほど、上司にゴマをするのが得意ってことか。……最低だね」

「だからなんであなたは私の言葉をいちいち悪い方向に持っていこうとするんですか!?」

 

 それにしても『空気を読む程度の能力』か。こりゃ思った以上に厄介だね。竜巻の流れに乗ったのも含め、さっきから攻撃が全然当たらないのもこれのせいだろう。彼女はおそらく私が刀を振った際に発生するわずかな風の流れを読み取って斬撃を避けているのだ。

 さて、そんな彼女にどうやって攻撃を当てるか……。とりあえず今はこれしかないな。

 

「隙あり!」

「ひゃっ!? 不意打ちとは卑怯な!」

 

 さっきの私の言葉で興奮している隙に膝をついていない片方の足で地を蹴り、跳躍するような形で突きを繰り出す。しかしそれはギリギリのところでスウェーされて避けられてしまった。

 だが、まだだ! 

 体の痺れはもう回復してある。地面に着地すると同時に再び切りかかり、斬撃の舞を繰り出す。

 幸いなことにさっきの竜巻で雷雲は全部除去されてあるので、雲の中に逃げ込まれることはもうない。だがそれ抜きにしても衣玖の回避能力は異常なほど高かった。

 

 私の斬撃がかすりもしない。こんなことは初めてだ。

 まるで水でも切っているかのような気分だ。手応えがなく、振れば振るほど刀が重く感じてくる。

 そして斬撃のワルツに休符を挟むように、雷をまとった拳のカウンターが私の体を打ち抜いた。

 

「カハッ……!?」

 

 威力は低いがそれでも決して無視していいダメージではない。私の腰が一瞬沈む。しかし衣玖はそれ以上追撃せずに冷静に距離をとった。

 くそったれが。衣玖のやつ、徹底して安全策を取るじゃないの。今の()()に騙されて追撃してくれれば、相打ちであっちにもダメージを負わせられたのに。

 さっきからチャンスが何回もあったのに攻めてこないのもそれだろう。要するに衣玖は絶対に攻撃が当たると確信しない限り攻撃してこないのだ。

 少なくとも、私の演技に気づいた様子を見せないということは、その安全策を選んだおかげで無意識に罠を抜けたということになる。

 

 その後も攻め続けるが、一向に私の刃は当たらない。

 何か、何か一つ手があれば……っ。

 

 そんな風に必死に思考を巡らせていたせいで注意が疎かになっていたのか、私はこちらに向かってくる羽衣の存在に気づかなかった。それは右腕に絡みつくと、私の体を持ち上げてはブンブンと頭上で振り回し、地面へ背中から思いっきり叩きつけた。

 

「ガッ……!?」

 

 動くのかよそれ!? と叫ぶ間もなかった。

 背中を強打したせいで体の空気が吐き出される。そして酸素が体に回らなくなれば頭も回らなくなり、思考が一瞬停止する。

 その隙に衣玖は二枚目のスペルカードを宣言。未だに倒れたままの私にとどめを刺すため、弾幕を放つ。

 

「球符『五爪龍の球』」

 

 出現したのは雷の糸によって連結された五つの巨大電気弾幕。

 結界の残り耐久からして、直撃すれば負けは確定。

 体に力を込め、すぐに立ち上がる。しかしそのころには私の顔を照らすほど近くまで弾幕が迫っていた。

 私は避けるのを諦め、両刀を握り弾幕を迎撃する構えをとった。

 

 






「なんか久しぶりのあとがきコーナーな気がします。作者です」

「俺なんて普段はここでしか登場できないんだからサボるんじゃねえよ。狂夢だ」


「いやー、最近雨がすごいですね」

「一日中引きこもってるお前には関係ない話だろ?」

「いや私ちゃんと外出してますよ!? 学校とか普通に行ってますから!」

「あっそ」

「リアクション薄っす!?」

「まあそれは置いといてだ。なんか最近変わった出来事ねえのか?」

「うーん……最近ですか……ふくらはぎをつったことぐらいですかね?」

「ああ、あの地味に痛いやつか……」

「寝てたら急になったんですよね。正直あれはガラスメンタルの私じゃ耐えられないくらい痛いですし、次もまたやってしまわないか心配です」

「運動不足ってことだ。たまには動けや」

「それは断固拒否させてもらいます」

「……今度こいつを強制的にジムにでも放り込んでやろうかな」


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天国への階段

 

 

 迫り来る電気をまとった五つの巨大弾幕。

 私は二つの刀を手前で斜め十字に構えて、それを受け止めようとするけど……。

 

「ぐっ、ぐぐぐ……っ! お、重い……っ!」

 

 勢いを殺しきることはできず、地面をズリズリと削りながら少しずつ押されていってしまう。

 こうなったら……! 

 歯をくいしばって『形を操る程度の能力』を発動。私の真下に子供一人がすっぽり収まるほどの深さの落とし穴を一瞬で掘る。そして重力に従ってそこに落ちる形で中に避難した。

 その何コンマ後で頭上を弾幕が通過していく。それを確認したあとに地上へ急いで飛び出た。

 

 そして落とし穴に突き刺さる、落雷。

 危なかった……。あと少し遅れていたら黒焦げになるとこだった。

 衣玖は以前変わらずふわふわと浮きながらこちらを見ている。余裕のつもりか、はたまた観察しているだけなのか。どちらにせよ、何もしてこないというだけで私のプライドがささくれていくのを感じる。

 

 だけどここで冷静さを失っても得はない。

 私は白紙のカードを一枚取り出し、新たなスペカを誕生させる。そしてそれを懐にしまい込み、再び両刀を構え、突進した。

 

 それ自体は先ほどとは変わらない。唯一変わった点と言えば、常に左足を地面につけていることだ。そんなことをすれば当然左足を引きずるように走ることになり、いつもほどの速度は出なくなる。だが、それでいい。

 

 数多の斬撃が繰り出され、その度に衣玖は躱し、バックステップをすることでそれらをさばいていく。

 悔しいけど、この体の私じゃ多分まともな手段で衣玖を斬るのは不可能だ。それほどまでに彼女の回避能力は高い。

 でもね、それで割り切れるほど大人じゃあないんだよ。私はね! 

 

 私は体を捻って力を溜め、回転しながら今まで見せたこともないほど大振りに両刀を振るう。

 だが、そんなもの衣玖に当たるわけがない。『溜め』の時点で既に彼女は私の斬撃の圏内から脱出しており、私が振ったころには彼女の姿は遥か遠くにあった。

 

 だ、け、ど。

 

「全て計算通りだよ、衣玖!」

 

 笑みを浮かべながら、地面に引かれた線に向かって両刀を突き刺す。

 そして次の瞬間、地面に衣玖が立っている場所を中心とした巨大な五芒星の魔法陣が光りながら浮かび上がった。

 

「なっ……いつの間にこんなものを……っ!?」

「さっき刀を振ってた間さ。ま、経験の差ってやつだね」

 

 そう、私が片足を地面につけながら走っていたのはこの魔法陣を描くためだったのだ。

 衣玖は全然気づいてなかったようだけど、まあ当たり前だね。そうなるように私が視線から刀を振る角度などなど、いろんな技術をフル活用して上手く魔法陣が描けるように誘導してたんだから。ま、ここんところはさっき言ってた通り経験の差ってやつだ。

 

 刀を通して魔法陣に魔力を流し込む。すると導火線に火がついたように、魔法陣内の光が急激に強くなっていき——。

 

「開け——『天国への階段(ヘブンズ・ゲート)』」

 

 ——魔法陣から発射された超巨大な光の柱が、中にいた衣玖を巻き込んで天を貫いた。

 

 よし、直撃だ。

 衣玖は回避能力は高くても私のように素早いわけじゃない。あれだけの範囲を巻き込んだ全方位攻撃にはさすがに対応できないはずだ。

 だが、安心するのはまだ早い。

 私は最後のスペルカードを投げ捨て、刀を構えながら光の柱へと突っ込んだ。

 

 私と柱があと数秒で接触する——という時にちょうどスペルカードの制限時間が来て、柱が消えて行く。だけどこれはもちろん偶然なんかじゃない。全部私の計算に基づいたものだ。

 そして光が徐々に収まっていき、中から薄っすらと衣玖の姿が。

 今がチャンスだ。

 

「——『百花繚乱』ッ!」

 

 叫ぶのは私の奥義のうちの一つ。

 この光の柱に閉じ込められているうちに逃したら二度と衣玖を捉えることができなくなるだろう。だからこそ、そうなる前に決着をつけてみせる。

 二つの刀がオーラにも似た光を纏う。それとは対照的に光の柱は完全に消え去っていき、衣玖の体がはっきりと見えてきた。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「魚符『龍魚ドリル』!」

 

 右手のドリルの正体は彼女が纏う羽衣。それを腕に巻きつけ、風と雷を高速で纏うような形で高速回転させている。

 そんなものが、私を穿とうと迫ってくる。

 

「っ、ぐぅぅ……っ!」

 

 咄嗟に私も右の舞姫で突きを繰り出す。

 両方は私と衣玖の目と鼻の先で激突。激しい火花と光を撒き散らしながら辺りを照らす。

 しかし、徐々に。徐々にだが私の体がズリズリと後退させられていく。

 

『百花繚乱』は私の剣技の中でも最高の一つと言えども、その真価は斬撃の連続攻撃だ。決して一撃一撃に必殺の威力が込められているわけじゃない。

 つまり、一発の威力は雷魚ドリルよりも下だった、ということだ。

 

 けど、ここまできて諦めてたまるかぁ! 

 私は必死の力を込めて、突き出した刀でドリルの回転とは反対向きに高速で円をひたすら描いていく。するとその勢いに辺りの風が巻き込まれ、刀を中心にドリルとは真逆に回転する竜巻が巻き起こった。

 

 これにより、徐々に衣玖のドリルの回転力が弱まっていく。それに比例して威力もだだ下がりとなった。

 

 完全に状況が逆転した。

 竜巻を纏った突きが衣玖を捉えたことを勝機に、さらに激しい斬撃のハリケーンを巻き起こす。

 

 一度当たれば止めることなどできやしない。私のみに許された領域、すなわち神速。

 赤と青に輝く二つの刃が、閃光と化して縦横無尽に駆け回る。

 衣玖は倒れることもできぬまま、瞬く間に体全体を数百もの斬撃に切り刻まれた。

 当然結界は破裂。ものの数秒でガラス片のようなものを撒き散らしながら粉々に砕け散った。

 

 それを確認してからようやく刀を鞘に納める。同時にドサリというなにかが地面に落ちた音がした。

 

「く、うぅ……やりすぎじゃあ、ないですか……っ?」

 

 今まで宙を浮いていた衣玖が俯けに倒れながら呟く。

 彼女の体にはいたるところに刀傷が刻まれており、そこから痛々しいほど紅い血が流れ出している。

 

 あーあ、だからこの技を弾幕ごっこであまり使いたくはないんだよなぁ。

 百花繚乱って数秒で数百とかいうおかしなペースで刀を振るうから途中で止めるのがすごく難しいんだよ。実際に結界が壊れたのを見てから技を中断してあの傷だ。

 でもあれ以外にさっきの局面を突破できなかっただろうし、しゃーない。

 

 何はともあれだ。

 衣玖が倒れ込んでいるところに近づく。そして謝罪の意を込めて回復の術式をかけたあと、尋問を開始した。

 

「さて、さっき『あの方』がなんとかって言ってたけど、そいつが地震を起こした犯人?」

「……」

 

 うーむ、無言か。まあ結構お固そうなタイプだしね。

 

「もし答えなかったら人里の風俗送りにしようって考えてるんだけど」

「天界にいる比那名居天子様です! おそらくはあの方が犯人だと思います!」

「うわぁ、いとも簡単に仲間売ったよこの子……やっぱりクズだね」

「答えて欲しいのか欲しくないのかどっちなんですかあなたは!?」

 

 日那名居天子か……。聞いたことのない名前だね。天界にいるってことで天人だってのはわかるんだけど。

 そもそもよく考えたらあいつら天界から基本的に出てこない引きこもり集団だから名前なんて知ってるわけないじゃん。でも竜宮の使いが様づけで呼んでるってことは相当地位が高いんだろう。

 

「ねえ、天界ってどこにあるの?」

「ちょうどこの山の真上ですよ。……もう帰っていいですかね?」

「んー、まあいいか。必要なことはもうあらかた聞け出したし」

「それじゃあ私は一刻も早くここから立ち去らせてもらいます」

 

 言うが否や、衣玖は弾幕ごっこ中でも見せたことのないほどのスピードでここから飛んで行ってしまった。

 でも彼女の仕事上、私以外の異変解決組にもまたボコられそうな未来が見えるんだけど……まあそれはいいか。

 

 ともあれ行くべきところは決まった。

 睨みつけるように天空を見上げる。ここら辺は雲よりも高度が高いから気質が影響することはない。すなわち天気は快晴である。しかしその晴天の空のさらに奥に、薄っすらと巨大な岩の一部のようなものが見えた。

 

 あそこだな。妖怪の山の真上にあったのは好都合だ。

 地を蹴って跳躍し空へ。いくら上昇しようが右も左も青々とした景色がひっついてくる。それを引き剥がすようにぐんぐん上昇していく。

 空気が薄い。体が軽く感じる。おそらくかなり上にまで上ってきたはずだ。

 そして上昇すること数十分ほど。とうとう目的の場所が見えてきた。

 

 






「毎回ながら投稿遅れてすみません。この二週間ほど、リアルでとても忙しくなるので投稿をお休みします。そこから先は多分夏休みの終わりくらいまでは暇だと思いますので、どうかご了承ください」

「というわけで今回も出番なしの狂夢だ」


「今回は久々に新技出ましたね」

「ああ。今までは極力そういうのは控えて、昔作られた一度しか使われてないようなものを再利用してたのにどういう風の吹きまわしだ?」

「いやだって今回の展開で代用できそうな技がなかったんですもの。じゃあ作るしかないでしょうが」

「今回のスペカも一発屋にならないことを願うが……」

「対上空のスペカかぁ……地面とかに魔法陣を描かなきゃいけない分、基本空中戦の弾幕ごっこじゃたしかに需要ないかも……?」

「ほれみろやっぱり一発屋じゃねえか!」


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不良天人

 

 

 上空から見下ろした天界の景色は、まさに『絶景』だった。

 透き通った海のような空の下に広大な平原が広がっている。草は青々しい色をしており、暖かな日の光と穏やかな風を受けて心地好さそうに揺れている。生えている木もだ。千手観音像のような枝からは無数の葉と少しの桃がだいたい9:1くらいの割合で生えており、熟れたそのうちの一つが限界までしなった枝から離れて地面に落ちるまでを気づけば自然に目で追っていた。

 

 強化した目を凝らせば、はるか遠くに衣玖のような羽衣をまとった天人たちが優雅に踊り、食べ、飲んで……そしてまた踊っている。

 

 まさしく楽園。桃源郷。そうとしか私には言い表せなかった。

 

 その景色に見惚れてか、もうこの場にとどまってから数分経っていることに気がつくとなんとなく悔しく思いながら、慌てて天界の地へと降り立つ。

 

 忘れるなよ私。この場所には憎っくき博麗神社の仇がいるんだ。

 そう気を引き締めると優しく揺れる草を踏みつけ、ドンドン歩いていく。

 体から溢れる緋色の霧はまるで誘導しているかのようにそんな私の先を進んでいった。そしてその方角から巨大な霊力も感じられる。

 近いね。ようやくだ。ようやく幻想郷に喧嘩売ったふざけたやろうを細切れにすることができる。

 

 そしてしばらく歩いたところで注連縄で縛られた巨石が目に入る。そしてその上に彼女はいた。

 

「天にして大地を制し、地にして要を除き——」

 

 目の前の天人がさえづるように歌をつづる。

 

 真っ先に目がついたのは流れる水のような青い髪に、桃がつけられた黒い帽子。そして手に握られた怪しげな剣だった。

 私の体から出た緋色の霧はこれに吸い込まれていく。途端に紅のオーラのようなものが剣から噴き出し、包み込んだ。

 

 なるほどね。どうやら気質を集めていたのはあの剣らしい。まだ何に使うのかはわからないけど、とにかく用心しなければ。

 

 そして彼女は私の方をくるりと振り返ると、口角を上げて笑みを浮かべながら最後の詩を歌った。

 

「——人の心を映し出せ」

「んなご大層で下手くそな詩なんてどうでもいいんだよ。あなたが異変の犯人だね?」

「……あら? 巫女じゃない。おっかしいわね……。私の見立てそろそろ来るはずなのに。まあいいや。とりあえず、ようこそ天界へ。歓迎するわ」

「なーにが歓迎するだよ。まるで私がここに来て喜んでるみたいじゃん」

「ええ、まさにそれよ」

「はっ?」

 

 予想外の返答に言葉が詰まる。

 それを少女は面白そうに笑うと、スカートのへそをちょんとつまんで片足を下げながら自己紹介をしてきた。

 

「改めて、初めまして地上の妖怪。私の名は比那名居天子。あなたの想像通り、この異変遊びの元凶よ」

「天子ねぇ……。こんな異変を起こすやつの名前がそれだなんて、世も末だ」

「こんなもの可愛いお遊びよお遊び。さ、私がせっかく名乗ってやったんだからあなたも名乗りなさいよ」

「楼夢だよ。それとさっきから異変のことを遊びって言うのやめてくれないかな? 虫唾が走って仕方がない」

「だって異変って遊びでしょ? どう呼ぼうが勝手じゃない」

 

 その言葉を聞いて呆れは浮かんでこなかった。いや、浮かんできたはきた。だがそれよりももっと激しい感情がそれを打ち消してしまったという方が正しい。

 それでもここで爆発させてはダメだと歯を食いしばって自分に言い聞かせる。それを知ってか知らずか、天子は上機嫌にくるりと回転すると私に背を向け、高らかに両手を広げた。

 

「あなたも見たでしょ? この世界の住人どもは毎日毎日歌、歌、酒、踊り、そして歌の繰り返し。いい加減うんざりしてたのよ」

 

 飛び出した言葉は地上の民からしたら自慢話にも聞こえるもの。しかし天子の声はそれを吐き捨てるようだった。

 しかし一転して彼女は天真爛漫な笑みを浮かべ、目を輝かせる。

 

「そんな時に地上の異変解決を見たのよ! 面白そうだったわ! だから私も異変解決ごっこをやりたくなっちゃったの」

「……そんなつまらないことのために、博麗神社は壊されたのかな?」

「つまらない? 冗談じゃない! つまらないのはこっちの方よ! でもこの遊びを始めてからたくさんの人妖たちが私と遊んでくれる。やっぱり異変を起こして正解だったわ!」

 

 その言葉を聞いた途端、ブチリと何かが千切れるような音が頭の中に響き渡った。

 私の他にもここを訪れていたやつらがいただとか、そんな重要な話もあったがこの時の私の頭にはそんなもの一切も残らなかった。

 そして、気がつけば鞘から刃が飛び出し、青白い斬撃が彼女の真横をすれすれに通り過ぎていった。

 

「……っ!?」

「……遺言はそれだけ? ならさっさと始めようよ。もう抑え切れそうにないからさぁ!」

「やる気になってくれたようで助かるわ。スペカは五枚でいいわよね?」

 

 立っていた岩から飛び降りて、天子は手に持つ緋色の剣を両手で握った。それを見て私も左手でもう片方の刀を抜き放ち、二刀流の構えを取る。

 

「さあ、存分に遊びましょ!」

 

 私たちは互いに笑みを浮かべる。ただし、それの意味は全くの正反対だ。

 溢れる憤怒を三日月の形に押し込め、私はこの天界の大地を砕く勢いで蹴り、前へ加速した。

 

 

 ♦︎

 

 

 初っ端から激しい開幕だった。

 互いの走る勢いを乗せた初太刀がぶつかり合うと、一瞬間を挟んで斬撃の嵐が飛び交う。

 何度も何度も足を入れ替え、互いの立ち位置を交換しながら、斬舞は白熱する。

 

 私の左の刀を弾いて、天子が左足で前蹴りを放つ。それを時計回りに回転しながら避け、遠心力を利用して腹部狙いで二刀を振るう。しかしそれも天子は柄を逆手に握り刃で腹部を隠すことで受け流されてしまう。

 

 勢い余って天子に背を向けてしまったが、地面を力強く蹴って反転。再び斬撃を繰り出し、返され、刃と刃が交差し続ける。

 その途中で私はふと左に握っている妖桜を放すと、その柄頭めがけて左膝を叩き込んだ。当然接近戦をしているため私と天子との距離は一メートルもない。そこを刀が飛んでいき、ほぼゼロ秒で天子の元へとたどり着く。

 彼女がそれを避けれたのは天才の勘とやらか。天子の脇を少し切り裂きながら刀は彼女の背後へと消えていく。

 

 これによって私は刀が一本となった。だが別段それで弱体化したわけじゃない。

 珍しく柄を両手で握り、さらに斬撃の嵐は荒々しくなっていく。

 斬撃、斬撃、そして鍔迫り合い。この時私は一瞬の隙を突いて柄を先ほどの天子と同じように逆さまに、しかも両手で握って、振り上げるような動作で天子を切り上げた。

 

 今度こそは命中。結界の耐久が削られる。

 だがまだ私の連撃は終わらない。反撃しようと剣を振り上げた天子の背中に何かが突き刺さる。

 見れば、それは私が先ほど蹴り飛ばしたはずの妖桜だった。

 あれは早奈の魂の結晶なため、遠隔操作が可能になっている。しかしそんなことを知らない天子の顔に驚愕と戸惑いの感情が半々で浮かんだ。

 その隙に私は前へ進みながらしゃがみこみ、天子の両足を叩き斬る。

 もちろん結界に守られているため実際は打撃のようなものだ。だけど両足がすくい上げられたことで天子は前のめりにバランスを崩す。

 そこに返す太刀での——

 

「——霊刃『森羅万象斬』」

 

 霊力を纏った斬撃を、彼女のうなじに叩き込んだ。

 

「ガッ……!!」

 

 閃光、そして爆発。

 天子はバランスを崩していたこともあり、顔から地面に叩きつけられてバウンドし、そのまま回転しながら吹き飛ばされる。

 その間にちゃっかり彼女の背中から抜けていた妖桜を回収すると再び二刀流の構えを取り、倒れふす彼女の顔へ刃を突きつけた。

 

「地上の妖怪に服を土まみれにされるのは、どんな気分かな?」

「ふふふ……最高よ……!」

 

 皮肉のつもりだったのだが、彼女にはどうやら効いていないらしい。

 先ほどよりも笑みを深めると、天子は立ち上がり、再び剣を構えてくる。

 

「ふふっ、本当はあなたにはちょっと期待してなかったの。今までここを訪れてきたどんな奴らよりも妖力は小さいし。でも気が変わったわ。本気で相手してあげる」

「正気? さっきので剣は私の方が上だって理解できなかったの?」

「ええ、腹立たしいけどその通りみたいね。だったら——」

 

 天子は剣を逆手で握ると、それを真下の地面に突き刺す。

 

「——剣以外で戦えばいいのよ」

 

 瞬間、まともに立っていられないほどの揺れが私を襲った。

 地震による攻撃。辺りの木々がミシミシと悲鳴をあげて倒れていく。それほどまでの震度だ。

 当然、そんなものが来れば私だって無事ではない。なんとか倒れないように踏ん張るので精一杯だ。

 そこに天子が歩み寄ってきて、一言。

 

「剣技『気炎万丈の剣』」

 

 緋色の刃から溢れ出たオーラが炎のように燃え盛った。

 天子はその状態の剣で斬撃を繰り出す。

 もちろん私もそれを防ごうと刀を前に構えたが、無意味だった。初太刀を受け止めた瞬間に揺れに耐えきれず私の両足は宙へ浮かび、間髪入れずに緋色の刃が私の体を数カ所切り裂いた。

 

「あぐっ……! このっ、痛みは……!?」

 

 結界のおかげで血も出てないはずなのに腹がえぐられたかと錯覚するほどの痛みが走った。

 揺れる地面を転がりながら、手を腹部に当てる。そして地面にうつむけに倒れると、顔だけを伺うようにしてあげた。目線の先にはムカつく笑顔を浮かべた天子の顔が見える。

 

「ああ、言ってなかったかしら。私の緋想の剣は相手の気質を読み取り、その弱点である気質を刃に纏うわ。つまり、ダメージを増幅させてくれるの」

「ゲームじゃないんだから、人間や妖怪それぞれに弱点属性なんかあるわけ……っ」

「あるのよ。水が火に打ち勝ち、雷が水に打ち勝つように。この世の生物それぞれにはそれらが苦手とする属性が存在する。……まあ、どうしても納得できないんだったらもう一回くらってみれば、いいじゃないっ!」

 

 私の頭部めがけて、緋想の剣が振り下ろされる。

 とっさに地面を横に転がって回避。そして倒れたままスピンをして、地面に刺さった剣を蹴飛ばした。

 武器を失って唖然とする天子。この機会を逃さず、逆立ちする勢いで両足を彼女の首にがっしりと引っ掛けると、そのまま投げ飛ばしてやった。

 しかし才能というやつなのか、初めてくらった技のはずなのに彼女は片手を地面につき、それを軸にして新体操のように華麗に着地しやがった。

 

 だけど、今のやつは丸腰だ。さっきの曲芸には驚かされはしたけど、今度こそこれは防げないはず。

 すぐさま天子の元に駆け寄ろうと、足を動かす。

 

 しかしそれは全くの読み違いだった。

 スポンっという音とともに何かが天子の真下の地面から飛び出してきた。

 緋色の刃を持った芸術的な剣。そう、緋色の剣だ。

 

 マズイマズイマズイ……!! 

 本能がそう叫ぶが、動き出した体は止まらない。結果的に私は敵が武器を持っているのにも関わらず、中途半端に前に飛び出してしまった。

 それをもちろん天子が見逃すはずもない。彼女は剣を自然と水平にし、弓を引くように構える。そして——。

 

「——気符『天啓気象の剣』」

 

 突き出す動作とともに放たれた赤色の閃光が、私の体を貫いた。

 




「完全復活! 私は帰ってきた! 作者です」

「投稿遅れたのを勢いでごまかそうとするなよ。狂夢だ」


「いやー、最近雨がすごいですよねー」

「西あたりがヤバイってテレビでも言ってたな。まあ基本的に家から出ないお前には関係ないが」

「いや、それがついこの前運悪く手ぶらな時に振られちゃったんですよ。おかげで教材はびしょ濡れになるわであー大変」

「教材……? お前、教材なんか持ってたのか……?」

「そこですか!? 私はれっきとした学生です! 今までなんだと思ってたんですか!?」

「いやてっきりニートかと……」

「それはあなたでしょうが!」


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天空決戦

 

 

「気符『天啓気象の剣』」

「ハ……ッ、ガ……ッ!!」

 

 天子の突きから放たれた赤い閃光が私を貫いた。

 さっきのダメージを腹がえぐられたと表現するなら、今のはまるで風穴が空いたかのようだ。そう錯覚させるほどの痛みが私を襲う。

 涙で少し滲んだ視界の中に跳躍しながら剣を振り上げる天子の姿が見える。

 とっさに刀を横にして上にかかげ、その上に緋想の剣が叩きつけられる。しかし次に来る地震は防ぎようがない。案の定体勢が崩れたところを押し切られ、体重の乗った刃が私の肩に、正しく言えばその部位に張ってある結界にめり込んだ。

 

「ぐぅっ……! 邪魔だぁぁぁ!!」

 

 妖桜を投げ捨て、めり込んだ刃を左手で思いっきり握りしめる。結界が火花を放ちながら削れていくのがわかるが、それを気にしている余裕はない。

 

「ちょっ、ちょっと離しなさいよ!」

 

 さすがに危険を感じたのか、慌てて天子は剣を引き戻そうとする。

 ぐっ……! すごい力だっ。基本筋力がほとんどない私じゃ気を抜いただけで体ごと持っていかれそうっ。

 だけどそれは逆に言えば、ある程度は持ちこたえられるということ。そしてそれは私にとっては十分すぎる時間だ。

 

 右手に握ってある舞姫をも捨て、代わりに懐から取り出したスペカを投げつける。そして腰を深く落として正拳突きの構えを取ると、右拳に術式で作り出した雷を集中させた。

 

「——『雷神拳』ッ!!」

 

 限界まで引き絞った拳が突き出され、天子のみぞおちにめり込む。あまりの威力に彼女は体は軽々と持ち上げられ、弾かれた球のようにその場から吹き飛ぶ。そして木の一つを幹ごとぶち抜いたところでようやく止まった。

 

 だけど、あれはこんなんでやられるタマじゃない。

 すぐさま二本の刀を拾って追い討ちをかけようと走り出す。

 

 天子は迎撃のためになんと地面に倒れながらも単純な足の力だけで折れた木の幹を蹴って私の方へ飛ばしてきた。

 視界が一瞬塞がれる。だがたかが木だ。刀で両断すればそれで終わり……というわけにもいかないか。

 木の幹の後ろには、さっきまで倒れていたはずの天子が隠れていた。

 不意打ちをもう片方の刀で受け流し、二、三回ほど彼女の剣と打ち合う。そこで彼女は一旦距離を取り、剣を地面に突き刺した。おそらくは地震を起こさせるためだろう。

 だけど、それは地に足が着いてなければ意味がない。つまりは飛べば無効化できる。

 超低空飛行のまま突っ込み、剣を突き刺して無防備になっている彼女の顔面へ両足を揃えてドロップキックをお見舞いした。

 

「ぐふっ!? ……よくも私の顔を……!」

 

 宙返りの要領で体勢を立て直し、意地でも倒れることを拒否する天子。

 まったく、軟体動物かおのれは。ああもくねくねされると正直気持ち悪くて仕方がない。

 

 彼女は緋想の剣を再び地面に突き刺す。

 ん、何のつもりだ? 今ので地震はもう通用しないってことを理解できたはずなのに……。

 

「地符……『一撃震乾坤』!」

 

 スペルカード名を叫ぶとともに大地が震える。だが、もちろんそれだけじゃなかった。

 なんと私の真下の地面から、数十もの岩でできた柱が伸びてきたのだ。

 やっばっ! 

 慌てて回避を試みるも、土柱の伸びてくるスピードの方が速く、腹部に殴られたかのような衝撃が走る。

 

「カ……ッ、ハ……ッ!」

 

 体内の空気が押し出される。

 動きの止まった体。その瞬間、土柱たちはハイエナのように次々と襲いかかり、私の体を空へと突き上げた。

 身体中に鈍痛が走るけど、今がチャンスだ! 私は飛ばされた勢いを利用して土柱が届かない距離まで一気に上昇した。

 

 これによって実質的に第三のスペカ突破。

 でも、まずいね。三回もまともにスペルカードを食らってしまった。私の結界の耐久は残り僅かだ。これ以上は大技を受けてはいけない。

 つまり、勝つためには短期決戦しかないってわけだ。なら、ここでずっと浮いてても仕方がない。

 

「氷華『フロストブロソム』」

 

 スペルカードを投げ捨てて宣言。氷でできた幻想的な薔薇を作り出す。ただし出現させた場所は天子の近くではなく、私の足の裏だ。

 それを足場にして蹴り砕き、舞い散る花弁とともに一気に地面へ、天子の頭上へ突っ込んだ。

 

 天子が迎撃のために赤い弾幕を放ってくる。だがスペカの弾幕と通常のでは威力が決定的に違う。なす術なく弾幕は花弁に貫かれ、彼女の足元や腕に着弾した。

 そして怯んだ隙に、上下が逆さになったまま全体重を込めて刀を振るう。

 

「ハァァァァァァッ!!」

「ぐっ……負けるかァァァァッ!!」

 

 天子は剣を頭上に掲げてそれを防ぐ。

 鍔迫り合いという形になり、刃と刃が擦れ合う。しかしそれ以上にも頭と頭が擦れ合うほど私たちは密着していた。

 だけど、天人と木っ端妖怪じゃ元々の筋力に差がありすぎる。均衡したのは最初だけで、私の体は天子が本気を出しただけで軽々と吹き飛ばされてしまった。

 

 でもこの程度で諦めてたまるか。

 背後の方に氷薔薇を召喚。それを足場に再び突っ込む。

 ただし今度はまっすぐではない。ちょっと斜めの方だ。そして氷薔薇を再召喚、突っ込んで、再召喚。それを繰り返して天子の周囲を飛び回り、撹乱する。と同時に砕いた薔薇の花弁によって攻撃をしかける。

 

 高速に飛び回る私に連れられて風が巻き起こり、花弁が天子の周りを包み込み始める。

 その光景は、第三者からは青い竜巻のように見えただろう。

 次第に天子の視界が塞がれていく。それを頃合いと見て、私は薔薇を蹴り、一気に背後から彼女へと突っ込んだ。

 

「こんな目くらましが通じると思う? 甘いのよ!」

 

 しかし天子にはバレバレだったようだ。張り巡らされた蜘蛛の巣を無邪気に破る子供のようにあざ笑うと、くるりと背中を反転。そして手に持つ剣にさらなる霊力を込める。

 

「非想『非想非非想の剣』!」

 

 彼女のスペカが発動すると、剣の表面に『封』という光でできた文字が浮かび上がる。それを押し当てるように、彼女はハイスピードで突っ込んでくる私にカウンターで剣を振り下ろした。

 その時に浮かべた彼女の表情は計画通りと言った自信に満ち溢れたもの。

 だけどね、こんなお粗末な戦術は計画とは言わないんだよ。

 

 刃が頭に触れるかどうかという瞬間に、突如氷の華が盾のように私の前方に展開された。

 天子の剣はそれをたやすく砕く。しかしそれによって花弁が飛び散り、彼女は全身で氷の弾幕群を目一杯浴びることとなった。

 だけどこれで終わりじゃない。突然の被弾に怯んだ隙に足を一歩大きく踏み出し、いつのまにか納めていた両刀のうち舞姫の方を抜刀。

 

「楼華閃『雷光一閃』」

 

 地を蹴りさらに加速し、すれ違いざまに雷を纏った刀を振り抜く。

 その斬撃は目線どころか音すら置き去りにした。そして納刀がトリガーとなったかのように、天子の腹部に横一文字の線が光を放ちながら出現した。

 

「そ、んな……ありえない……!」

 

 腹を抑えながら天子は片膝をついてうずくまる。その口からは鮮血が流れていた。

 

「これが結果だよ。散々自分は強い賢いって思ってるようだから教えてあげる。あなたが思いつくことなんてそれなりに経験積んでれば誰でも考えられることなんだよ」

 

 技術は申し分ないけど、彼女にはそれを活かすだけの戦術、つまり経験がない。

 当たり前だ。さっきの話では天界は毎日歌や踊りを踊っているだけの極めて平和な世界であるらしい。そんなところで育ったお嬢様が戦闘経験豊富なわけがない。

 

 私も天子も残りスペカは一枚だ。結界の耐久も心許ない。

 天子は先ほどまでの余裕はどこへやら、殺気すらも纏って私を睨みつけてくる。どうやら先ほどの煽りがよほど効いたらしい。

 と思ったらなんか急に狂ったように大笑いし出した。

 なんだ? あまりのストレスに脳が蒸発しちゃったのかな? 

 

「ク、フフフッ! アハハハハッ!! あなたは最高よ! ここまで私をイラつかせたやつは初めてだわ!」

「お褒めに預かり光栄だよ」

「ええ、褒めてるのよ? だから、手っ取り早く消してこのイライラを解消させてもらうわ!」

 

 天子の叫びに呼応するように再び大地が揺れ始める。

 なんだ? また性懲りも無く地震か? だったら無意味だ。先ほどのように空を飛んでよければいいだけだし。

 そう思い、私は地面を蹴って上に飛翔する。

 しかし、なぜか私の足は地面に着いたままだった。

 

 ……? どういうこと? たしかに私は今空を飛んでいるはず。なのに地面が一向に足から離れる気配がしない。

 不思議に思い飛行を解除してみる。

 その瞬間、とてつもないほど大きい気圧が私の体を地面へと磔にした。

 

「な、これはまさか……大地が上昇している!?」

 

 横を向けば、雲が流れるように上から下へ移動していっているのがわかる。

 空を飛んでも足が一向に地面から離れなかったのはこれが原因か! 

 

「最初にあなたが私のところに来た時点で、すでに大地を切り取っておいたのよ。つまり今この大地は巨大な要石そのものなの。それを操れば、こんなこともできる」

 

 だんだんと空が暗くなっていく。

 もちろん夜が来たわけじゃない。この大地が天空の遥か彼方——すなわち宇宙に急接近しているんだ。

 妖怪のため、空気がなくても一応は動けるのが救いか。

 

 そして数分後、ようやく大地の動きが完全に止まった。

 体にかかっていた力も消えたので、立ち上がって周りを確認してみる。

 

 言葉が出なかった。

 大地の切れ端から下を覗いて見えたのは、どこまでも続く広大な青。大きすぎて視界の全てがそれで埋まってしまうほどだ。それが私たちが住んでいる地球だと心の奥底から理解できたのはその数秒後。

 上には闇色のベールによって包まれた無限に続く黒と、その上に塩でもぶちまけたかのような細かくて白い粒たちが見える。だがそれ以上に私の心を揺さぶったのは赤や青、緑などの鮮やかで淡い色を纏う光のカーテン、オーロラだった。

 

 そしてその光を羽衣のように纏う天人が一人、宙に浮いていた。

 彼女の前方には緋想の剣が一人でに回転していて、なにやら赤い光を集めている。

 

「消し飛びなさい——『全人類の緋想天』」

 

 剣から解き放たれたのは極太の赤いレーザー。それもマスタースパークに匹敵、いやそれ以上の密度と大きさだ。

 それが文字通り地を、空気を穿ちながら私に向かってくる。

 

 しかし私の脳裏には恐怖も敗北のビジョンも映ってはいなかった。

 あるのはそう、この視界のほぼ全てを埋めつくさんとばかりに迫ってくる光を打ち砕く姿のみ。

 

「——神解『天鈿女神(アメノウズメ)』」

 

 旋毛部分と肩から下にかけての髪が藍色に、両手に握る二つの刀の色がそれぞれ桃色と青紫に染まる。そして赤と青の雷を纏い始めた。

 それを背中に峰が当たるほど大きく振りかぶって——。

 

「——霊刃『超神羅万象斬』!!」

 

 ——斜め十字に力の限り振り下ろす。

 もはや私の身長の何倍もあるのかすらわからない光の刃が二つ、赤と青の雷を纏って突き進んでいく。そして目の前の赤い閃光と衝突。

 衝撃波が私を含めた近くにあるあらゆるもの全てを吹き飛ばす。発生した光が私の視界を塗りつぶしていく。耳すらもキーンという甲高い音が鳴るのみで完全に麻痺してしまった。

 

 天子のレーザーと私のロザリオ。二つのエネルギーがせめぎ合う。

 しかしその均衡を打ち破り、相手の攻撃を食い破ったのは——赤と青の十字斬撃だった。

 

 二つの斬撃はレーザーを天子の一歩手前まで押し込むと、そこで形が崩れて爆発。膨大なエネルギーの暴走に間近にいた彼女が逃れられるわけもなく、そのまま赤と青の光に影すら飲み込まれて消えていった。

 

 



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異変解決後に忍び寄る闇

 

 

「……っ! ハァッ、ハァッ……! やっぱりこの体での……っ、神解はキツイ、ね……っ!」

 

 神解が解け、刀と髪の毛の色が元どおりになった途端、私は膝から地面に崩れついて荒い呼吸をし出す。

 くそっ、力が入らない……。

 おそらく妖力を使い切ってしまったのだろう。体が重く感じられ、しばらくは立ち上がろうとする気力すら湧かなかった。呼吸が静かになってきたのを頃合いに、ゆっくりと立ち上がる。

 

 天子を倒したら一瞬で全てが元どおり……ってわけにはいかないらしい。空は相変わらず真っ暗で、視界の端には生命の輝きが感じられる青が広がっている。

 ここの景色は好きだけど、いつまでもはいられないからね。早いとこあのバカを探して地上に帰してもらわなくては。

 

 

 先ほどの戦闘の余波によって荒れた大地をさまようこと数分。お探しものは案外あっさりと見つかった。

 

「アハハッ、アハハハハッ……! 最高、最っ高よあなたぁ……!」

 

 相変わらず狂ったような笑みを浮かべて地面に横たわっている天子。

 うげっ、倒れながら笑うな気持ち悪い。

 

「はぁ……ムカつく」

「じゃあ殴ればいいじゃない」

()()()()()()やつ殴ってスッキリすると思う?」

「……あら、気づいてたんだ」

 

 ほとんど確信していたことを言ってやると、案の定正解らしい。そこまで言ったところで彼女の笑みはピタリと止み、最初に会った時のようなこちらを見下す冷たい視線を向けてくる。

 

「いつからかしら?」

「あなたの体を斬った時からだよ。天人の体は天界になる桃によって鉄以上もの強度がある。それなのにも関わらず、刀はまだしも私程度の拳が当たった時でさえ、あなたは痛そうにしていた」

「わからないわよ? 実は私桃が嫌いなんてこともあり得るのだし」

「頭に桃飾っててよく言うよ。それに根拠はこれだけじゃないさ。最後のレーザー、明らかに威力が弱かったもの」

「弱い、と言うと? 『全人類の緋想天』は私が今日放ったどのスペカよりも高威力なはずなんだけど」

「巨大な大地を宇宙に限りなく近くまで上昇させられるのだとしたら、その力は明らかに大妖怪最上位クラス。それなのにあなたのレーザーは私の斬撃と一瞬ぶつかっただけですぐ押し返されてしまった。これほど不思議なことがある?」

「……ふふ、どうやらごまかせはしないようね」

 

 二メートル以上はありそうなほどの岩が突如地面の下から出現した。天子はそれに飛び乗り、腰掛けると、こちらに目も向けず青々と輝く地球を見下ろし、その口を三日月に歪めた。

 

「地上の奴らってほんとバカよね。どいつもこいつも私が本気で戦ってないのにも関わらず満足げに勝ち誇ってそのまま帰っていくんだから。その間抜けな姿を見るのがすごく楽しいのよ」

「それが弾幕ごっこで手を抜く理由?」

「それもあるけどね。天人である私が地上の奴ら相手に本気になってたら恥ずかしいでしょ? つまりはそういうことよ」

 

 ……やっぱクズだわこいつ。

 改めて本気で切り刻んでやりたいところだけど、残念ながら今の私じゃとても無理だ。体もボロボロで妖力も絞りカスぐらいしか残ってない。

 悔しいけど、これ以上は私にできることはなさそうだ。

 

「あなたの理屈は納得はできないけど理解したよ。で、私は元の場所に戻してもらえるのかな?」

「別に私はずっとこのままでもいいんだけどね。あなたがどうしてもって頭を下げるなら……」

「あ、じゃあいいよ。一応自力では帰れそうだし」

「……ちっ!」

 

 へっ、論破。

 天子はわざと私に聞こえるように舌打ちすると、剣を地面に突き刺して大地の高度を下げていく。

 そしてしばらくして私たちが乗っている大地は元の場所まで戻ってきた。

 

「んじゃ天子、私はこれ以上ここにいたくないからもう帰るね」

「ええ、さっさと消え失せなさい。次は()()()()()()を潰せる日を楽しみにしているわ」

「……ありゃりゃ、そっちも中々勘が鋭いじゃん」

 

 歩みを止め、彼女の方へ振り返る。

 

「相手に本気出せって言ってるわりには自分はその実手を抜いている。こういうのを矛盾って言うのかしら?」

「矛盾? いいや違うね。これはちゃんと理にかなっているよ」

「と言うと?」

「私とあなた程度の本気を一緒にするなってことだ」

「……へぇ。それは楽しみね。あなたからその本気を引きずり出し、叩き潰す日が」

 

 私の話を聞いてますます天子の口角が釣り上がっていく。それはさながら、新しい獲物を見つけた狼のようにも見える。

 

「あ、そうそう、忠告しとくよ。次来る子は今の私よりも強いよ。遊ぶんだったら本気でやることだね」

 

 これ以上言うことはないとばかりに何かを振り切るように天子に背を向け、天界から出て行った。

 

 そしてその数分後に、博麗の巫女は天界の地に降り立った。

 

 

 ♦︎

 

 

 異変は結論から言うと、無事解決された。

 最後の天子戦は中々苦戦を強いられたようだ。帰ってきた霊夢の服はあちこちが破け、切り刻まれ、焦げていた。

 この感じだと、天子は私の忠告をちゃんと聞いて本気でやったぽい。それでも勝ったのだからさすがは霊夢と言ったところだろう。

 

 そんでもってどんちゃん騒ぎの宴会が行われてから数日後。

 私は人里に下りて買い物やらを楽しんでいた。

 ちなみに今日は予定もないし時間もたっぷり余っているので、普段はあまり歩かない路地裏や小道を散策することにしている。

 今は昼時。しかし日の光は建物によって差してくることはない。まるでここが世界から切り取られたかのようだ。そんな薄暗い路地裏を歩いていく。

 そこでふと目に入った団子屋の看板が気になり、入店する。見たことない店だったが、内装の古さからして昔からここにあったのだろう。中では腰を少し曲げた婆さんが手招きをして私を席に案内してくれた。

 

 壁にかけられた木板に書かれているメニューを目で追う。

 ふむぅ……きな粉もいいけど今日はみたらしにしようかな。いやでもあんこも捨てがたい……。

 迷いに迷ったが、最終的にはあんこを選ぶことにした。

 手を挙げ、婆さんに注文する。

 頼んだ団子が来たのはその数分後くらいか。

 

 テーブルに置かれた皿。その上に並べてある串をつまんで、三段重ねになっている団子のうちの一番上を口に運ぶ。

 うむ、甘くて美味しい。最近の世じゃ菓子なんていったら砂糖ばっかが使われるが、長年生きてる身としては慣れしたんだあんこなどの方が個人的には好きだ。

 だが悲しいことに最近の若者でこの想いをわかってくれる人は少ないらしい。ちょうど私の背後の席に座ってるさっき入店してきたやつとか、その最たる例だ。

 

「婆さん、ショートケーキ一つ頼むぜ」

「いやなんで団子屋でケーキ頼んでるんだよこのバカ」

 

 とりあえずアホなことぬかした金髪の少女の後頭部にチョップを打ち込んでおいた。

 ちょっと力が入り過ぎて彼女の口から女の子が出しちゃいけないような声が出たけど、気にしない気にしない。

 

「いや人の頭叩いといてそりゃねえだろうが!」

「バカなこと言った魔理沙が悪い」

 

 金髪の少女——魔理沙は若干涙目になりながら頭を抑えて私を睨んでくる。

 

「いやそんな目しても私は謝らないからね。というかなんでこのいかにもザ・団子な店にケーキがあると思ったんだよ」

「最近じゃ新しいものを取り入れようと和菓子屋のくせに洋風の菓子を作る店も少なくないんだぜ。だからここにもあるのかなって思って」

「表通りならいざ知らず、こんな路地裏にある店じゃそんなものはないよ。さっさと普通のものを頼むことだね」

 

「ちぇっ」と呟きながら魔理沙はメニューを見ると、みたらし団子を注文した。

 そしてついでとばかりに席を離れ、私の正面に座り直した。

 

「せっかくの縁だ。一緒に食おうぜ」

「いいよ。私も一人は飽きてきたころだし」

 

 やがて魔理沙の分の団子がテーブルに運ばれると、先ほどの私と同じように串をつまんで彼女はそれを食べる。

 彼女が団子を味わってる隙に私もみたらしの皿に手を伸ばして串を一つ。そして三つ一気に口の中にほうばった。

 

「おいっ、それ私のだぞ!」

「いいじゃんちょっとくらい。そんなケチケチ生きてたんじゃ世の中楽しめないよ?」

「あいにくと楽しむ金がないほど生活がカツカツでな。目の前の幼女でも売り払えば多少の金にはなるか?」

「ああ、それだったら最近知り合った良いキャバ嬢になりそうな娘を紹介してあげるよ。というか今度一緒に捕獲しにいこう」

 

 我ながら十代の女の子と何を話してるんだとは思うんだけど、ふと衣玖のことを思い出すと自然に口走っていた。

 あの子元気にしてるかなー。ほとんど冗談で風俗に誘ってたけど、これを機に本格的に計画立ててみるか? 

 ……いや、別にお金には困ってないしやっぱいいか。どっちかと言うとああいう清楚系な娘がいかがわしいことを強要されて苦しんでいるのを見たいというだけだしね。処遇『くっころ』ってやつだ。

 

「そういえばさ。博麗神社の件、知ってるか?」

「ん、なんのこと?」

「ほらあれだよあれ。今回の異変で神社が崩れただろ? それの修理をなんとあの不良天人が引き受けたって話だ」

「……それ本当?」

 

 あの他人を見下すことしか能のない天人もどきが? 神社建設を引き受けた? なんの冗談だそりゃ。まだ退屈すぎて死んだとかの方が現実味があるぞ。

 

「大丈夫なのそれ?」

「私も正直心配だぜ。なんせあいつ、他人のことを全員見下してる節があったからな。いくら自分を打ち負かしてそのうえ迷惑もかけた霊夢のためとはいえ、怪しいぜ」

「霊夢はなんて?」

「いつも通りだよ。『ただで修理するんだったら何も言うことはないわ』だってさ」

 

 霊夢からしてみたら神社を立て直す金なんてないだろうし、自然に天子に頼るしかなかったのだろう。とはいえ心配だ。いくら彼女が天性の勘を持ってるとしても、金に絡む件ではしょっちゅうポカを起こすからなぁ。

 ただ、それで白咲家の力を貸すってのもちゃんちゃらおかしい話だし。

 ぐるんぐるんと迷いが頭の中を回りまくる。

 

「……でも、霊夢ももう子供じゃない。彼女がいいと言ったんだから、私はそれ以上首を突っ込まないでおこっかな」

 

 結局私が下した決断は放置、だった。

 い、いや、別に調査したりするのが面倒とかじゃないんだよ? 本当だからね? 

 魔理沙も迷っていたようだが、私の選択に引っ張られたのか今回のことは見送るそうだ。そしてしばらく話し合ったあと、彼女は先に帰っていった。

 

 飲みかけのお茶を一気に飲み干し、婆さんに礼を言って私も外へ出る。

 気づいたらもう夕方か。ガールズトークは長くなるってのは本当だったか。いや私は女じゃないけど。

 とにかく暗くなると不良やらに絡まれやすくなるので早く帰ることにするか。そう思ってセカセカと足を動かし、大路地へと出た。

 

 空は真っ赤に染まっている。だが私の背後を追うように、徐々に闇が広がり出していた。

 

 

 



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目覚める伝説

 

 

 博麗神社が復興した、という話を聞いたのは私が家にいる時だった。

 

 いつものようにクーラーの効いたリビングでダラダラとソファーの上で横になりながらテレビを見て、せんべいをかじる。

 なんせ今は真夏の真っ只中だ。異変の時は私や娘たちの気質のおかげで暑さを感じることはなかったけど、一度天候が戻ればほらこの通り。痛さすら感じそうなほど暑い日差しにやられて境内の石畳はフライパンと化してしまっている。卵でも落とせば即目玉焼きができそうな雰囲気だ。おそらく木陰に入っても蒸し暑さでゆで卵ができてしまうだろう。

 

 とまあ、そんな暑さのせいですっかり外出する気を私は失ってしまっていたというわけだ。だから博麗神社にもここ最近行ってないし、外の情報が入ってこない。

 だからこそ、美夜が持ち帰った話はまさに寝耳に水だったというわけだ。

 

「神社が復興……ねぇ。実際見てきたの?」

「あ、はい。少し見慣れないものもありましたけど、倒壊する前の神社とほぼ瓜二つな出来でした」

「性格は最悪でも天人は天人ってわけか。無駄に高い技術力は伊達じゃあないね」

 

 脳裏に浮かび上がったのはあの不良天人のにやけづら。

 一度接触したことのある私からの印象は、クズであってもバカではない、といったところだ。傲慢で自意識過剰な反面、それを支えているのは冷徹な知能と底なしの自信。今回の件もやるといった以上神社の出来は完璧なのだろう。

 それが妙に腹ただしいが、これも霊夢のためだと思いその気持ちを飲み込む。

 私が落ち着いたのを確認してから、美夜は話の続きを語り出す。

 

「それで今度、神社復興を記念して落成式をするそうです」

「主催は?」

「もちろんあの天人です」

「デスヨネー」

 

 やばい、超行きたくない……。

 でも落成式自体はとても大切なことだ。この世界じゃ信仰を怠った瞬間に天罰が落ちるなんて話はザラにある。もちろんそれをしたやつはひき肉コース確定だけど、そういうのはなるべく起こらない方がいいからね。だからどんなに嫌でも幻想郷の有力者たちは集まってくるだろう。

 

「……美夜たちも行くの?」

「いいえ、妹たちは暑いから嫌だそうです。ですが体裁上白咲神社側が誰も行かないというのはまずいですし、お父さんはそもそも存在が公になっていないということで私が行くことになりました」

「いったいどこで娘の教育を間違えたのやら」

「今ここで暑さにやられて引きこもってるあなたが言いますか」

 

 おっ、美夜ちゃんナイスツッコミ! でも私は偉いからいいのだよ私は。

 え、こんな考えだから悪影響が出るんだって? だまらっしゃい! 

 

「はぁ……しょうがない。私も行くことにするよ。もちろん美夜とは別行動だけど」

「式は明日の昼だそうです。では私はこの後家事があるのでこれで」

 

 そう言って美夜はリビングから退出した。

 はぁ……ただでさえ動く気もしないのに今の話で余計だるくなっちゃったよ。

 見ていた番組もちょうど終わってしまっていたのでテレビを消し、ソファーの上で脱力する。そして今の話を忘れようとするかのように目を閉じて、睡魔へと身を委ねた。

 

 

 ♦︎

 

 

「さあさあ、落第式の始まりよー!」

 

 巨大要石の上に乗った青髪の少女がそう高らかに宣言すると、数だけ多いやる気のない拍手が湧いた。

 

 今日は落第式当日。とうとうこの日がやってきてしまった。

 辺りを見渡すと、見知った友人たちの顔ぶれが並んでいる。集まっていたのは紅魔勢に冥界勢、永遠亭勢。単独で来ている者もいたが、大半は早苗や射命丸などのどこかしかの勢力に所属しているやつらばっかだ。……まあ、例外はいるにはいるが。

 

「なんでお前まで来てんだよ火神」

 

 先ほど紹介したメンバーから離れた場所で寂しくボッチしてた男に声をかける。

 火神矢陽。私と同じ伝説の大妖怪だ。一応うちの山に住んでいて、よく遊びに来るのだが、家以外で会うのは久しぶりかもしれない。

 ちらりと辺りを伺うと、案の定というか金髪の幼女——ルーミアがいた。あっちはこのボッチとは違って交友関係がまあまあ広いので挨拶回りをしているらしい。今はフランと仲良くおしゃべりをしていた。

 

「そう嫌そうな顔すんなよ」

「お前がいるところにはたいていトラブルが出て来るんだよ。だから帰った帰った」

「おいちょっ、待てよ。今日は本当に神社ぶっ壊したバカの面拝みに来ただけなんだって」

「……あっそう。で、感想は?」

「予想通りバカみたいな面してんな」

「安心しろ。お前も対して変わらん」

「んだとゴラァ!?」

 

 やれやれ、キレっぽいのは相変わらずみたいだな。

 激昂して火神は掴みかかって来ようとしたが、それをあっさり躱して『これ以上いっしょにいるところを見られたらマズイ』という理由でこの場から離れた。

 

 その後しばらくはルーミアと同じように挨拶巡りをしていると、これまた火神と同じように一人離れたところでボッチしている霊夢を見かけた。

 珍しいね、彼女が一人なんて。普段ならレミリアや魔理沙たちが彼女を放っておくはずないんだけど。

 見ればレミリアは他の有力者たちと、魔理沙はパチュリーとアリスら魔法使い組といっしょにいるようだった。

 ちょうどいいか。霊夢と二人きりで話せるチャンスだ。

 私は彼女の元へ歩み寄ると、いつものように笑顔を浮かべて声をかける。

 

「ヤッホー霊夢。元気?」

「……なんだあんたか。私が元気に見える?」

「うーん、たしかにちょっとテンション低めね。せっかく神社が直ったのに」

 

 霊夢は私の答えを否定することはなかった。

 表情から単純に嫌なことがあったわけではなさそうだ。迷いや悲しみなど、様々な感情をごちゃ混ぜにして貼り付けたような顔をしている。

 

「神社が直った、ねぇ。それは本当に直ったって言えるのかしら」

 

 しばらくの静寂のあと、霊夢はそうぽつりと呟いた。そして木の根に寄りかかり、顔を俯かせる。

 今度はその表情を覗くことができなかった。低身長でやろうと思えばできたはずなのに。見たら私の方が苦しくなってしまいそうだったから。

 

「私ね。前まではこの神社に思い入れなんてもの考えたこともなかった。いつもいつもボロいボロいって文句ばっかり言ってたわ」

「……」

「でも、実際失ってみると不思議ね……。倒壊した時のことを思い出すだけで……今でも胸が苦しくなる……っ」

「霊夢……」

 

 思い入れがないなんて嘘だ。今まで生きてきた時間のほぼ全てをこの神社とともに生きてきたんだ。ないわけがない。

 生き物には全て帰るべき場所がある。魚も鳥も虫も人間も妖怪もみんなみんな、どんなに旅してたって心の中にはかけがえのない住処がある。

 

 思い返すのは異変が解決された日。強敵を打ち破ったはずなのに、帰るところを失った霊夢の背中はひどく寂しげだった。

 

 頭上から少女の嗚咽が聞こえてくる。

 しかし誰もこちらを見る者はいない。木陰が私たちを包んで光の差す世界から隠しているようだった。

 

 ……この子の悩みを聞いてあげられるのは、私しかいない。

 不思議とそう思えた。近くには付き合いの長い魔理沙がいるのに、この時の私には霊夢以外誰も見えてなかった。

 

「……聞いて。たしかにあなたの家はもうない。あそこに建ってるの同じようなものであって全くの別物だ。でも、人はなくなった場所には帰れない」

「だから……忘れろって言うの?」

 

 私の言葉を聞いて、声を震わせながら霊夢はそう問いかけてくる。その言葉には若干の怒気が含まれていた。

 だけど私が怯むことはなかった。そしてさっきは見れなかった彼女の顔を、目を真正面から捉える。

 ……ひどい顔だ。幾多もの負の感情をたたんで噛み潰したかのような表情は、見ているこちらまでもが苦味や悲しみを感じてしまうほどだった。

 その感情の全てを受け入れたうえで、私は彼女に語りかける。

 

「忘れたくないのなら忘れなくていいさ。ずっと覚えておいてあげなよ」

「……えっ?」

「そんでもって新しい家のことも認めてあげればいいさ。前の神社も今の神社も、どっちも霊夢の家なんだ。思い出は覚えてる限り消えることはない」

「……そうね」

 

 闇を裂くように日光が私たちのところにも降り注いできた。

 霊夢は幹から背中を離すと、ピョンと小さく跳んで影と光の境界線を越えた。

 

「あなたの言うとおりかもね。こんなちっぽけな悩みに頭を抱えていたなんて……本当にバカみたい」

「ふふ、調子が戻ってきたようだね。霊夢にはそっちの方が似合ってるよ」

「ふん、余計なお世話よ。……でも、ありがとう」

 

 霊夢は最後に口からそんな言葉をこぼすと、小走りでこの場から去っていった。

 あの様子じゃもう大丈夫だろう。ちらりと見えた横顔に悲しみは残ってはいなかった。

 

 それを見て一安心だと思い、同じようにピョンと跳ねて影と光の境界線を飛び越えようとする。しかし足の長さが足りなかったせいか、私の体は完全に影から抜けることはできなかった。

 霊夢が戻ってきた影響か、なにやら騒がしい声が本殿の方から聞こえてくる。それが気になって私もみんながいる方へ歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「えー、今回の異変にて、誠に残念ながら博麗神社は一度倒壊してしまいました」

 

 本殿前に戻ると、あの不良天人がみんなを集めてスピーチを行っていた。冒頭からの一言で誰もが『お前のせいだろうが』というツッコミを心の中で入れただろうが、そんなのは微塵も感じられないとばかりに天子はスピーチを続ける。

 

「しかし、倒壊したのは不幸なことではありません。そう、これを機に、この博麗神社はより強く、より美しく生まれ変わったのです!」

 

 両手を力強く振りながら声高らかに天子はそう叫んだ。

 スピーチの内容も振り付けも外の世界の学校なんかで採点したら百点満点だろう。だが残念ながらここにいるのはこの天子の悪行を知っているやつらしかいないため、少しも心が震えることはなかった。……殺意で拳は震えたけど。

 

 おそらく天子自身も私たちが嫌悪感を抱いていることに気づいている。それを知ったうえでこんな煽るようなスピーチをして楽しんでいるのだ。

 仮にもこれは神社復興を祝う式。暴れたりでもしたら霊夢に迷惑がかかる。それゆえに私たちが動けないことを見越して。

 

「そもそも、神社は何故長い間同じ形で風化もせず壊れもせずに信仰を保てたのでしょうか? それには日本の神社特有のある風習による深い理由が有ったのです。その風習とは……」

 

 吐き気をもよおすスピーチの後には眠気を誘うどうでもいい話。なまじ話してることがまともなだけに文句を言うことすらできない。誰もがペースを天子に握られていた。

 そしてこのまま彼女のワンマンプレーが続く……と思われていた。

 

「今回の出来事を機に博麗神社も式年遷宮を……」

『つーかまーえーた』

 

 天子の声を遮って境内に突如エコーのかかった女性の声が聞こえた。

 そして次の瞬間、天子の背後にスキマが開かれ、鎖が飛び出して彼女を拘束した。

 

「なにっ、なにっ!? 今は神社の落第式中よ!」

「いいえ、今日は落第式などではございません。解体式ですわ」

 

 ふわりと宙を優雅に浮きながら、彼女は現れた。

 八雲紫。私の友人にして幻想郷の管理人。

 それが今、普段ではお目にかかることのできないほど重い殺気を天子一人に向けている。

 

「単刀直入に言うわ。何を神社に仕込んだのか白状しなさい」

「あら、なんのことかしら?」

「とぼけても無駄よ。調べたの。あなたの家系は神社を持っている」

「……ええそうよ。それで?」

 

 急な乱入にさすがの天子も動揺していたが、すぐに落ち着きを取り戻して紫の質問をぬらりくらりと躱そうとする。

 しかし相手は妖怪の賢者、こと頭脳戦にかけてなら私よりも上の存在だ。逃れられるはずがない。

 

「自分のいいように神社を改造して、自分の住む場所を増やそうって落胆でしょ? つまりあなたは神社を乗っ取ろうとしてたのよ」

「なんですって!?」

 

 声を荒げたのは霊夢だ。そのほかのみんなも驚愕を露わにしている。

 妖力によって瞳を強化。神楽の持っていた『怪奇を視覚する程度の能力』を発動すると、様々な陣が神社のあちこちの壁から浮かび上がってきた。

 これは黒確定だな。

 

「……ふっ、ふふふっ!! アハハハハッ!!」

 

 紫の言葉にしばらく黙っていた天子が急に口を三日月に歪めて笑い出した。まるで私と戦った時のような狂気を感じる笑みだ。

 

「ええそうよ! 天界も飽きてたからね。ちょうど地上に侵攻する口実が欲しかったのよ。その拠点にこの神社はぴったりだったってわけ」

「あれだけの土地があってなおさらに欲する……天人とは思えないほどの強欲っぷりね」

「この程度は欲に入らないわよ。大地を司る私にとってこの世全ては私のもの。なら、私がこの神社を手にしても不思議じゃないでしょ? まあ……」

 

 好き勝手に話し終えると、天子は神社の方に振り向いて剣を振りかぶる。

 ……おい、まさか……っ! 

 

「……この神社はもう用無しなんだけどね」

 

 そして、そんな軽い一言とともに赤い斬撃が剣から飛び出し。

 

 ——直ったばかりの博麗神社を粉々に打ち壊した。

 

 なっ、なんてやつだ……。

 神社は既に崩れて見る影もない。いや、異変時に壊れた神社とそっくりだった。

 そっくり……そうだ霊夢は!? 

 

 首がちぎれんほどの速度で彼女の方へ振り向く。

 ——そこには、膝から崩れ落ちた少女が呆然と上を見上げていた。

 

「あ……あぁ……っ、私の、私の神社が……っ」

 

 フラッシュバック。

 数日前の悪夢が霊夢の頭に蘇る。

 崩れ落ちる屋根。潰された家具。そして崩れた帰るべき場所。

 それら全てを失った悲しみが霊夢を襲い、彼女の瞳に雨を降らせた。

 

 ポチャリ、と響く涙の音。

 それと彼女の悲壮に満ちた顔を見て——

 

 

 ——私の中でちぎれかけていた何かが弾け飛んだ。

 

「……待て……」

 

 聞き慣れない、それでいてドスの効いた声がここにいる全ての者たちの心臓を震え上がらせた。

 それは天子も紫も例外ではない。

 静まり返った境内。そこに私……いや俺がおぼつかない足取りでゆっくりと前へ出て行く。

 

「ろっ、楼夢……?」

「紫……どけ……!」

「あ、あなたが出なくても私が……っ!」

「どけって言ってんだよっ! 俺の言うことが聞こえねぇってのかっ!!」

「ひっ……! ご、ごめんなさい……!」

 

 逃げるように霊夢たちの方へ去っていく紫。

 そして代わりに彼女が立っていた場所に俺が立ち、クソッタレな野郎と改めて対峙する。

 

「ふふっ、いい殺気ねぇ……! ゾクゾクしちゃうわ……!」

「うるせぇよゴミクズが。さっさと構えろ。テメェのそのご丁寧に飾られたプライドをぐちゃぐちゃに潰してやっからよぉ……!」

「……ふぅん。もうちょっと会話を楽しみたかったけど……やめたわ。あなたはすぐ殺してあげる」

 

 天子の緋想の剣に赤い光が集中していく。その光景を俺は一度見たことがあった。

 だが何が来るかを知っていて、俺は何も構えることはしなかった。

 

「『全人類の緋想天』」

 

 マスタースパーク並みの巨大な光線が剣より解き放たれる。

 だが威力は前見たのよりも比べ物にならないレベルで上だった。おそらく当たったら山だろうがなんだろうが消し飛ばすことができるだろう。

 それが私の目の前に迫り——大爆発を起こした。

 熱風と砂煙が巻き起こり、辺りを包み込む。

 

「アハハハハッ!! 偉そうなこと言って一撃で死んだ気分はどう!? アハハハ……ハハ……ッ?」

 

 狂ったような笑いが突如、途切れ、そして止まる。

 三日月の口を固めながら天子が見たもの。それは砂煙に浮かび上がる黒いシルエットだった。

 

 

「『羽衣水鏡』。ほぼ全ての霊的遠距離攻撃を無効化する。つまりテメェごときの技じゃこいつは破れねぇってことだ」

「あ、あなたはっ、いったい……っ!?」

 

 突如突風が吹き、砂煙を飛ばす。

 そして中から現れたのは幼い姿の少女ではなく……女神のような美しい女性だった。

 

「ああ……そういえばフルネームで名乗ってなかったんだっけか。なら教えてやるよ」

 

 そう、その正体は——。

 

 

「——俺の名は白咲楼夢! 白咲神社当主にして、産霊桃神美(ムスヒノトガミ)と呼ばれし最強の妖怪だ!」

 



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公開処刑

 

 

 

 

「む、産霊桃神美(ムスヒノトガミ)ってあの伝説の……っ!?」

 

 魔理沙は驚愕で震える口からそんな言葉を絞り出した。他のやつらも俺の名乗りを聞いて唖然としている。

 だが、もうそんなことは関係なしだ。こうなった以上は派手に暴れてやる。

 

「さーて、改めて自己紹介が終わったところで選べよ。即死か安楽死、どっちがお好みだ?」

「ふ……っ、ふふふっ……! 最高よっ、あの伝説の大妖怪と遊べるなんて……!」

「はぁ……どっちも選べなかったってことで、特別に限界まで苦しませたうえで殺してやるよ」

「そういうのは、これを受けてから言いなさい! 『気炎万丈の剣』ッ!!」

 

 天子は接近し、炎を纏った剣を連続で繰り出してきた。

 だが、遅い。

 ほとんど棒立ちの状態のまま、俺はその全てを素手で受け流した。

 

「なっ……!?」

「剣をそらすのに力はいらねぇ。側面を正確に叩けばいいだけだ」

「ちっ……まだまだぁ! 『非想非非想の剣』ッ!!」

「……だから、無駄だって言ってんだよ」

 

 今度はさらに威力がありそうな斬撃が振るわれた。しかしそれが当たるかどうかは別問題。ギリギリまで引きつけたうえで俺は彼女の背後に一瞬で回り込み、回避した。

 

「ど、どこに……っ!?」

 

 先ほどまで目の前にいた人物が急に消えたことに驚く天子。

 その隙に頭部めがけて凄まじい速度で拳を叩き込む。前後左右斜め合わせての八方からほぼ同時に。

 その結果、吊るされた鐘のように頭部が小刻みに震えた。そして脳震盪を起こしたのか、彼女はその場に膝から崩れ落ちたのちにピクリとも動かなくなった。

 

「な……っ、にが……っ!?」

「理解できたか? これが圧倒的な実力差ってやつだクソ野郎」

 

 空き缶を蹴るような感覚で繰り出された蹴りが彼女の鼻っ面をへし折る。口や鼻から血を噴き出させて表現通り空き缶のように石畳の上を転がっていくが、それで終わりじゃぁねぇんだよ。

 先回りし、仰向けになって浮き出た彼女の顔面を踏み潰す。

 

「テメェのせいでよぉっ! 俺の孫が泣いてよぉっ! こっちは胸糞悪くてしょうがねぇんだっ! どう責任とってくれるんだああんっ!?」

 

 感情のままに潰された彼女の顔を蹴り、踏み、蹴り続ける。

 そのたびに小汚いペンキが出来の悪い噴水みたいに噴き出してくるがお構いなしだ。赤に染まったブーツをそのまま彼女に叩きつける。

 

 その残酷な光景は見る者全ての体を凍りつかせた。

 最初は天子も手を伸ばして助けを求めていたが、氷の彫刻たちは当然動くことなどできない。そのままなぶられ続けること数分、彼女が寝ていた場所が血の池になったころくらいになると、天子は伸ばしていた腕をぐったりとさせ、無反応になっていた。

 

「あ……ぁぁ……ッ!」

「うーし、ようやく大人しくなったか。じゃあこっち向いてはい注目ー!」

 

 血の匂いが漂う中、場違いにもほどがあるほど明るい声で彼女に手を振る。だが案の定反応はなかったので蹴飛ばして無理矢理意識を戻してやった。

 

「実はよぉ。俺、始めてお前と会う前に天界の真下に魔法陣を設置してたんだよ。いやー衣玖ちゃんがあまりにも強かったから大慌てで作ったんだよなー。で、困ったことに、それを俺消し忘れてちゃってたのよ」

 

 今のセリフを聞いて復興式を見に来てた衣玖の顔が真っ青に染め上がる。どうやらこれから俺が何をするつもりなのか理解してしまったらしい。

 俺はぐちゃりと口を三日月に歪めると、話を続ける。

 

「話は変わるが、お前は霊夢の帰るべき場所を一度とならず二度も壊したんだろ? じゃあ俺もそれ相応の報いを受けさせなきゃなぁ」

「ま……さか……! やめ……っ!」

 

「——『天国への階段(ヘブンズ・ゲート)』」

 

 そう唱えた瞬間、山全体を飲み込む規模の光の柱が突如妖怪の山から出現した。それはほぼ一瞬でここからじゃ見えないところ——天空まで登ると、やがて役目を終えたのか地上の方から消えていった。

 

「今ので比那名居家の屋敷と、その所有する土地全てを()()()()()

「……はっ……? いま、なんて……?」

「だーかーらー。()()()()()()()()()()()()って言ってんだよ」

 

 その言葉を聞いて、無反応になっていた天子の体が小刻みに震え始める。

 紫は今のを確かめようと天界へとスキマをつなげる。そして覗いた時、目の前に広がっていた光景を見て思わず口を押さえた。

 

「な、なくなってる……。天界がなくなってる……っ!」

 

 あーあ。紫の様子じゃ、思ったよりも比那名居家が所有する土地が広かったらしい。俺の方もスキマを開いて確認してみたが、天界の領土の三分の一くらいが消し飛んで残った大地が無数の浮かぶ孤島(ラピュタ)状態になってた。

 

 紫の無慈悲な現実を告げる声を聞いて、天子が真っ青を通り越して死人のような顔になる。

 

「嘘……うそよ……っ。そんなの……!」

「はっはっは! こりゃ笑えねぇなぁ! おい見てみろって! 最っ高にアートな景色が出来上がってんぜぇ!」

「い、いや……いやァァァァァァッ!!!」

 

 髪を引っ張って視線を無理やりあげ、親切に綺麗にバルスされたラピュタを見せてあげる。すると興奮したのか、甲高い声を上げて喜びを表現し出した。

 

「おーおー、いい声で鳴くじゃねえか。好みだぜぇ!」

 

 掴んだ髪ごと彼女をゴミのように地面に放り投げる。

 冷たい石畳の上に寝かされた彼女はまるで芋虫のように地を這い、神社から脱出しようとする。しかし伸ばした手は境内から出る直前に、空から降って来た半透明な壁によって阻まれた。

 希望が一転して絶望に変わる。

 

「こんな……こんなのって……」

「バカが。呑気に脱出させると思ってたのか? テメェが隅っこにたどり着くのを待ってたに決まってんだろうがぁ!」

「……ぁ、ぁぁっ、ぁぁあああああああああッ!!!」

 

 もはや思考すら捨て去ったらしい。

 天子は恐怖をかき消すために獣のような咆哮をあげると、血が滲むほど強く握りしめた剣をむちゃくちゃに振るいながら突っ込んでくる。

 とうとう剣術すら地に落ちたか……。こうしてみると実に哀れなものだ。

 

 舞姫を抜刀。そして鞘に納める。

 はたから見れば何も斬っていなかったように見えるだろう。

 だが次の瞬間、数百を超える斬撃の突風が発生し、天子の背後に並ぶ木々や辺りの石畳がサイコロステーキのように細かくスライスされて崩れた。

 

「ぁ……ぁぁ……っ」

「おー良かったなぁそれ以上前に進まなくて。止まってなかったら今ごろミンチだったぜ」

 

 一振りの間に数百もの斬撃を突風のように飛ばすこの技。せっかくだから『白疾風』と名付けよう。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら天子の目の前まで歩み寄る。彼女は腰を抜かしたのか、恐怖で動けないのか、はたまた両方なのか、手が触れる距離にまで近づいたにも関わらず自我亡失していた。

 

 そんなこと切れた人形を前にして、右手をかざす。そして手のひらに膨大な妖力によって発生した光を集中させた。

 

「や……やめ……て……っ!」

「それが辞世の句ってことでいいんだな? 安心しろ。遺言はきっちりテメェのご家族の元に伝えてやるよ。……ああ、そういえばついさっき死んでたんだっけか。参ったなぁ」

「こ……っ、ころ……っ、す……っ!」

「……その言葉が聞きたかった」

 

 彼女の腹部に掌底を打ち込み、そのまま手のひらの光を彼女に押し当てる。

 

「そんじゃあばよゴミクズ野郎。地獄を楽しめよ」

 

 そして溜まりに溜まったエネルギーを一気に解放し、そこから目も開けられないほど眩しくて巨大な閃光を放った。

 それは天子の体をやすやすと呑み込み、張ってあった結界を突き破って——遥か彼方の山を消滅させることで消え去った。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 博麗神社の復興式は誰もが予想できなかった形で終わった。

 本殿は倒壊。おまけに境内は残骸やら血やら斬撃やらの跡で大変ボロボロになっている。だがさすがに今日からすぐに再建を目指す……というやる気は湧いてはこなかった。

 ということなので。

 

 

 月が輝く夜の下。

 慣れしたんだ我が家、白咲神社本殿。広大な庭と巨大な屋敷をいつも手に余らせていたのだが、今日はかつてないほどの喧騒が響き渡っている。

 

 理由は簡単、俺が白咲神社でお詫びもかねて宴会を開いたからだ。復興式に参加していたメンバー全員が来ているので見たこともないほど神社が賑わっている。

 

 そんな表の喧騒を耳にしながら縁側にて寝転がる。

 普段ならこういう宴会の時には霊夢に話しかけに行ったりもするのだが、今は必要ない。なぜならその霊夢本人が隣に座っているのだから。

 

「はぁ……今日はなんか疲れたわ」

「まああれだけのことがあったんだ。疲れてないって方が怖い」

「でもお前は疲れてるようには見えないんだぜ」

「それは俺が妖怪だからだ。基本スペックが違うんだよ基本スペックが」

 

 霊夢の隣にさらに座っていた魔理沙がそう問いかけてきたので、適当に答えといてやった。

 そして手に持つ盃の上に月を浮かべると、それごと呑むように酒を口の中に入れる。霊夢はそんな俺の顔をずっと見ていた。

 

「……ん? どうしたんだ霊夢?」

「いえ、あなたってやっぱ楼夢なのよねって思っただけ」

「……ま、そう思っても仕方ない。なんせお前らが知ってる方とはキャラが違いすぎるもんな」

「というか男なのによくあんなに子供っぽく振る舞えたのね。ちょっと軽蔑するわ」

「あれは一時的に精神が幼くなってるだけだ。だからそんな目で見るんじゃない」

 

 はぁ……毎度のことながら幼体化を解くと精神が一気に成長するから、自分の行いが恥ずかしくなって仕方がない。特に最近のことで一番きてるのは衣玖に対しての発言だ。

 なにが風俗店で働かせてあげるだよ。テメェが犯されてろこのゴミクズ野郎が。ほんと、なんであんなセリフ言ったのかがマジでわからない。それでも謝ったら許してくれるのだから衣玖は良いやつだ。俺だったら半殺しにして山に埋めてたな。

 

「ハロー、そこの三人組。宴会は楽しんでるかしら?」

「なに主催者ぶってんだよ紫。それは俺のセリフだろうが」

 

 しばらく飲んでいると、俺たちの前にスキマが開いて紫が中から登場してくる。彼女はそのまま上機嫌に霊夢が座ってない方の俺のとなりに座った。そして俺の腕に抱きついてくる。

 

「おい、ちょっ、放せっ。霊夢がいるんだぞっ」

「なによぉ……楼夢は私より霊夢がいいって言うのぉ!?」

「くそっ、さてはこいつ酔ってやがんな!?」

「え、なに、あんたら……もしかしてそういう関係だったの?」

「誤解だからな霊夢!」

 

 紫は別に酒に弱くはないはずなんだがな。むしろ強い方のはずだ。ならこんなにベロンベロンになってるのには理由があるはず……。

 そう思い本殿前に目を凝らすと、視界の端で他の妖怪たちに酒を配ってる萃香の姿があった。

 あいつが原因か……! 

 

「そもそもぉ……なんで霊夢は良くて私はダメなのよぉ!」

「いや別にダメとは……」

「あ、一応言っとくけど私あんたとのお付き合いなんてお断りだから。変態が移りそうで嫌だし」

「即刻否定!?」

 

 ゴハッ!! 

 俺のハートからパキンという音が聞こえてきた。

 

「って、違う! 俺はあくまで孫としてお前のことを……」

「……孫?」

「あっ……」

 

 しまった、失言だった。

 金属製の針のように冷たくて鋭い視線が俺を張り付けにする。まるで逃がさないとでも言わんばかりに。

 

「今の言葉、詳しく説明してもらうわよ」

「あ、はい……」

 

 結局、俺は彼女の迫力に負けて、なぜ俺が今まで霊夢に関わってきたのかを白状した。






「はーいどうも久しぶり! 作者です!」

「最近このあとがきコーナーも書くことがなくなってきたからな……。本格的に俺の出番がなくなって来そうです心配な狂夢だ」


「ついに楼夢さんの正体がバレてしまいましたね」

「俺としては楼夢なんかよりも今回の天子の扱いが気になるんだが。あんなにボコボコにして大丈夫なのか?」

「前にあとがきに書いたと思いますが、作者は東方の中で嫌いなキャラはいません! だから作者が個人的に嫌いだからこんな描写にしたというわけではありませんので、どうかご了承ください! というか、どちらかというと私天子ってけっこう好みな方です!」

「まああれか。ストーリーの展開上仕方なくってやつだな」

「そうでもしないと楼夢さんが怒る理由がありませんからね。というわけで今回はここまでです。次回もお楽しみに」


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昔語り。そして……

 

「昔のことだ。白咲神社を建てたはいいが仕える人間が誰もいなかったことに悩んでいた時期があった」

 

 昔を懐かしむように月を見上げながら、語り出す。

 霊夢はいつになく真面目な顔で俺を見つめながら耳を傾けていた。

 

「そんな時だった。とある人間の女が妖怪である俺を退治しにきたんだ。当然やられるわけにもいかず俺は刀を抜いた」

「……結果は?」

「当たり前だが俺の勝ちだ。だが楽勝だったわけじゃない。その人間は当時俺が見た中じゃ横に並ぶ者がいない程度には強かったよ。その実力を気に入った俺はそいつを白咲神社の初代巫女に仕立てた」

「その女性ってもしかして……」

「そう、彼女の旧名は博麗楼夢。お前の先祖だよ、霊夢」

 

 脳裏に浮かび上がってきたのは初代巫女の顔。確か名前が同じって理由でややこしいから姓名を変えた後も俺は彼女のことを博麗と呼んでいたっけ。

 娘のような存在だった。

 だが結局俺は彼女が結婚した時どころかその最後すらも看取ることができなかった。

 もしかしたら俺が霊夢にここまで甘いのは、彼女にしてやれなかった分を代わりにしようとしているのかもしれない。

 

「……そういうことね。あんたがやたらと博麗の巫女について詳しかったのも」

「はいはーい! 質問よろしいかだぜ?」

 

 辛気臭くなってきた雰囲気を断ち切るように魔理沙の明るい質問が飛んできた。

 

「白咲神社の巫女が元博麗の巫女ってのはわかったけどよ。じゃあ誰が博麗神社を継いだんだ?」

「当時の博麗の巫女は二人いたんだ。つまり姉妹ってことだ。そして引き継いだ方の血筋を霊夢は引いている」

「へぇ。じゃあも一つ質問。そっちの方の巫女は結婚かなんかしなかったのか?」

 

 この質問の意味に一瞬戸惑ったが、すぐにその意味を理解する。

 彼女はおそらく白咲神社にも霊夢のような子孫はいないのかと聞いているのだ。

 

「いや、俺はその時訳あっていなかったから詳しいわけじゃないが、しているはずだ。夫は確か安倍晴明とか言ってたかな」

「安倍晴明って超大物じゃないか!? こりゃとんだ家系だな!」

「おまけにそのころの巫女は俺の血を与えてあったはずだから、半分妖怪化もしてたな」

「日本一有名な陰陽術師に博麗、さらには最強の妖怪の血までもが流れてるなんて、とんだサラブレッドもいたものね」

「それで!? その子孫はどこにいるんだ!?」

 

 魔理沙が目を輝かせながら聞いてくる。

 サラブレッドか……たしかにその通りだろうな。白咲家最後の巫女の名は神楽。つまりは俺のオリジナルだ。思えばやつはあらゆる面において天才だった。その才能を生み出したのは霊夢が言った通り血筋なのだろう。

 はぁ……あんまり言いたくないが、魔理沙には一応の事実だけ教えておこう。

 

「数年前に死んだらしい。残念ながら」

「そ、そうか……悪いな、嫌なこと思い出させちまって」

「いや大丈夫だ。そもそも俺と最後の巫女に接点はなかったからな。赤の他人……とまではさすがに言えないが、顔も知らないやつの死に涙流せるほど俺は器用じゃない」

 

 魔理沙はバツが悪いと思ったのか、それっきり黙り込んでしまった。

 再び静寂が訪れた。……はずなのだが、それは横でいつのまにか寝入っていた紫の目覚めによって再びぶち壊されることとなる。

 

「んっ、んう……? 私はいったい……?」

「萃香に酒飲まされて寝てたんだよ。ほら、正気に戻ったんだったらさっさと腕に抱きつくのをやめやがれ」

「へっ?」

 

 一瞬なんのことみたいな顔をされたが、その後自分が酔ってる最中何をしたのかを思い出したらしい。熟れたトマトのように一気に顔を赤く染めると、弾かれるように腕を離した。

 

「……こほんっ。そういえばあなたに一応伝えたいことがあったわ」

「なんだ? 説教ならもう勘弁だぞ」

「あれからの天界についてよ。ご存知の通り天界は三分の一の土地が消滅。真ん中から壊れたからバラバラになった土地をついさっき龍神がなんとか繋ぎ止めたらしいわ」

 

 龍神。一応幻想郷の神だ。ただ神奈子たちとは違って滅多に姿を現さないので今の今まで存在を忘れていたぜ。

 そんな影の薄い野郎だが、あれでも神としては最高クラスの位置にいるらしい。ジグソーパズル並みにバラしておいた天界を一日足らずで繋げたのはさすがといったところか。

 

「龍神のやつ、結構怒ってたわよ。覗き見た限りじゃ」

「なら今度竜宮の使いにでも会ったらついでに伝言を残しておくか。『怒るんだったら民のしつけすらまともにできない自分に怒れ。もし今度面倒なこと起こさせたらハブ酒にして丸ごと喰らってやる』ってな」

「穏やかじゃないわね……。まあ、あなたなら本当にやりかねないんだけど」

「あの……紫。ちょっと聞いていいか……?」

 

 紫と龍神の調理法について語り合っていたところで、しばらく黙っていた魔理沙が口を開いた。しかし何か言いにくいことなのか、俺や霊夢の顔をちらちらと見ては言いよどんでいる。

 

「そのだな……天子ってあれからどうなったんだ?」

 

 最近聞いた中で最も胸糞悪い名前を聞いて自分でも気づかないうちに眉をひそめていた。霊夢も酒を飲む手が止まっている。

 紫は言いにくいことなのか目を閉じたまま黙っていたので、代わりに張本人である俺が推測を語ってやることにした。

 

「俺が昼に放ったレーザーは正真正銘手加減なしのものだった。威力は見ての通り、結界を打ち砕いてなお山一つ消滅させる程度はある。俺が天子の力量を見誤っていなかったとすれば、生存確率は5%あれば高いほうだ」

「5%……」

 

 そのあまりの数値の低さに魔理沙は絶句する。そしてまただんまりとなってしまった。

 彼女があいつのことを可哀想と思うのは勝手だが、あいにくと俺は殺した相手に同情できるような心は持っていない。むしろ今でも嫌いなくらいだ。

 

「ただ……」

 

 くだらないことを思い出してしばらく無口になっていた時、突然紫が口を挟んだ。

 

「ただ……あれから消滅した山の跡を探してみたけど、天子の死体は見つからなかったわ」

 

 その言葉に思いのほか俺の心は揺れ動かなかった。それどころか他人事だとどこかで思ってすらいる自分がいる。

 ああ、そうか……。多分、もう俺の中じゃあいつはどうでもいい存在になっているのだ。だから自然と生きてる可能性があると知っても殺しに行く気が起きない。

 

「もちろん生きてる保証はないわ。山みたいに肉体ごと消滅した可能性の方が高いし、あんまり考えないようにしときなさいよ」

「そうか……まあ、仕方がないことなのかもな。ただ、できるなら生きていてほしいものだぜ。あんなやつでも死んだら胸糞が悪いものな。な、霊夢?」

「うっさいわね。どうでもいいわよそんなことは」

 

 ふっ……。当たり前だが、魔理沙は実に人間らしいよな。俺が失った人を思いやる心を持っている。

 霊夢もどことなしか気にしてたようで、紫の話を聞いてから酒を飲むペースが少し早まった気もする。

 

 願わくば、この人間らしさが未来永劫失われないことを。道を踏み外した神楽()のように。

 俺は盃に残った酒を飲み干すのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 とある山の奥深く。

 かつて神社があった場所の裏に隠されたその秘境には、禍々しい気配を放つ黒い池ができていた。

 

 いや、池というよりかはそこは泉だ。中心に浮かぶように存在する小さな孤島。そこには三つの墓と……人の形をした黒い泥の塊が眠っていた。そしてその真ん中の墓から黒い水が溢れている。

 

『力ガ……足リナイ。体ガ維持……デキナイ……』

 

 どこからともなく、そんな女性とも男性とも言えないようなノイズのかかった声が響いた。

 普通に考えれば孤島に座っている泥人間が喋ったのだろう。しかし彼には口などというものはついていないので、その真偽を確かめることはできない。

 

『ヤハリ……力ヲ回収スル必要……ガアル、カ……』

 

 泥人間は突如眠りから覚め、立ち上がった。

 そして後ろを振り向き、墓の一つを見つめる。

『宇佐美蓮子』。そう刻まれた墓石の下には青い水晶がつけられたペンダントが供えられている。

『時狭間の水晶』と呼ばれるものだ。かつて大いなる邪神が生成した時空をも操れる力を持つ水晶。

 それを手に取り、泥人間は粉々に握りつぶした。

 

 その途端、周囲の空間が歪んだ。

 膨大なエネルギーの奔流。それが泥人間以外の辺り一帯全ての物を吹き飛ばす。そしてそのエネルギーは次第に泥人間の体をドーム状に覆うように旋回し出す。

 

『サァ……世界ノ終ワリヲ始メヨウ』

 

 次の瞬間、山は激しい閃光に包まれた。

 そして光が収まったころ、泥人間の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 




今回で緋想天編は終了です。
次回からは新章『地霊殿編』が始まりますのでどうぞよろしくお願いします。


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地霊殿編
博麗神社の温泉


 

 

 ポロリ、ポロリと、粉雪が舞い落ちる。

 

 季節は流れ、真冬となった幻想郷。その端っこにたたずむ博麗神社は降り積もる雪を背負って今日も力強く山の上に君臨している。

 その威風堂々とした外観からは、とてもこの神社が夏に崩れ落ちたばっかだという事実が微塵も感じられない。

 

 崩壊した神社を立て直したのはなんといっても楼夢だった。

 かの大妖怪の『形を操る程度の能力』は建築にはもってこいの能力であり、神社の復興はなんと一日経たずで終わった。それを見た霊夢が『そんなにすぐ作れるんだったら初めからしなさいよ!』と楼夢を殴ったのは別の話。

 

 そんなこんなで完成された神社は前のと比べて格段に強度が上がっており、雪がいくら屋根に積ろうがビクともしていない。今年の冬は楽に過ごせそうだと呑気に思いながら、霊夢はちゃぶ台の上に置いてあった茶に口をつけた。

 

 しかしそんな平穏な雰囲気は一瞬にして崩れ去ることとなる。

 

 障子の外から、何かが爆発したかのような音が鳴り響いた。

 とっさのことで霊夢は驚き、容器から手を離してしまう。そして中の黄緑色の液体が彼女の膝にこぼれた。

 

「あっつぅッ!?」

 

 この季節は寒いからと普通よりも熱くしていたのが仇となった。

 布越しに熱湯を浴びて霊夢は叫びながら飛び上がる。それを見てとなりで寝転がって大笑いしていた萃香に拳骨が振り下ろされると、彼女は強制的に冬眠させられることとなった。

 

「ちょっと誰よ! この神聖な神社にカチコンで来たのは!?」

 

 鬼の形相を浮かべながら勢いよく障子を開く。バンッというよりもドゴォンッという豪快な音とともに外の景色が広がった。

 だが、誰もいない。妖力どころか獣の気配すらしなかった。

 怪しげに思いながらもお祓い棒を手に取り、縁側から神社の裏へと歩いていく。そこで霊夢の目に移ったのは—–—–。

 

「……なっ、これは……!?」

 

 —–—–大地を突き破って天高く噴き上げる、巨大な間欠泉だった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ヤッホー霊夢。今日はえらく上機嫌だね」

「あったり前よ! これで貧乏生活からは永遠におさらばできるんだから!」

 

 いつも通り遊びに来た私を出迎えたのは、ここ最近じゃずっと見たことがないくらい上機嫌に境内の掃除をする霊夢の姿だった。

 

 今の時刻は昼。と言っても曇り空なので日光が当たることはない。それにも関わらず、彼女はいつもと同じ寒そうな巫女服を着ている。……いや、それと同じようなデザインの服着てる私が言えた義理じゃないけど。

 

「おーっす楼夢に霊夢……って、どうしたんだあいつ? あんなに気色悪い笑みを浮かべて掃除をしてるなんて」

「さぁ? 私も着いたばっかだからよくわからないや」

 

 後に続いて箒に乗った魔理沙が境内に降りてきた。

 そして妙に幸せオーラ満開の霊夢の姿を見て反応に困っている。私はあんな霊夢もいいと思うけど。

 

 魔理沙の服装は私たちと違ってしっかり防寒がなされている。服の布地も通常より分厚いし、手作りらしきマフラーを首に巻いている。魔理沙にあの商品化してもほぼ違和感のない完成度のものが作れるはずがないので、たぶんアリスあたりが作ったのだろう。

 

 それはともかく霊夢の件である。このまま立ち往生しててもラチがあかないと判断した魔理沙は問いかけてみることにしたらしい。その結果、返ってきたのは。

 

「温泉よ温泉!」

 

 の一言だった。

 私たちの頭上に疑問符が浮かび上がった。

 しかし魔理沙と違って、その意味を私はすぐに理解することができた。

 

「おいおい、とうとう頭が沸騰しちまったのか?」

「……いや、待って魔理沙。何か匂わない?」

「匂い? こんな寂れた神社に金目のものなんてあるわけないだろうが」

「間違いない。これは硫黄……つまり、温泉の匂いだ!」

 

 もうすでに忘れてる人も多いかもしれないが、私はこう見えても妖狐、つまりは獣の妖怪なのである。特に狐はイヌ科なので鼻がかなり効く。そんな私の嗅覚センサーが、人間にはわからないレベルのわずかな腐った卵のような匂いを感じ取ったのだ。

 

 魔理沙と霊夢を置いてけぼりにし、匂いがする方向へ駆け出す。そして神社の裏にいつのまにか設置されていたのれんをくぐると、そこには身も心も暖めてくれそうな温泉が湧いていた。

 

「ヒャッホーウ! 一番乗り……うぎゃっ!?」

 

 思わず服を着たまま飛び上がり、そのままダイビングしようとしたところで首を何者かに後ろから握り締められた。

 空気を吐き出しながら、ゆっくりと後ろを振り向く。そこには血のように赤いオーラを体から溢れ出させている霊夢の姿が。

 

「あ、あのぉ……霊夢さん? 首、離してもらえませんか? 息が詰まって意識が……」

「あら、疲れてるのかしら? ちょうどいいわ。目の前に温泉があるんだし、たっぷり浸かってゆっくり眠りなさい!」

 

 首に触れている手の力が強まるのを感じながら、突如謎の浮遊感に包まれる。

 そして私は首を掴まれたまま、顔面だけを温泉の底に叩きつけられた。

 

「ゴボッ、ゴボボボボボッ!?」

 

 死ぬ死ぬ死ぬゥ!? 

 顔面が熱いだとか息が苦しいだとか一々言ってられる場合じゃない。とにかくあらゆる情報が一気に頭に流れ込んできて何が何だか分からなかった。

 

「あのねぇ。ただで入らせるわけがないでしょうが! 入るんだったら金払いなさいよ金を!」

「ゴボッ、ゴボッ、ゴボッ!!」

 

 霊夢がなんか叫んでるけどもはや頭に入っては来なかった。とはいえ無視したら次なにされるかわかったもんじゃないので、とりあえずなけなしの空気を使って返事だけはしておいた。伝わればいいのだけど。

 

 そんな私の願いは叶えられたようで、その後すぐに私の顔面は冬の冷たい空気との再会を果たした。普段なら突き刺すような寒さがこの時ばかりは私を癒してくれているように感じられた。

 そんな感傷に浸ってたら地面に放り捨てさられ、地面に横たわる。

 ああ、このひんやりと冷やされた地面も心地よい……。

 

「おい……見た感じグロッキーなんだが……あれ大丈夫なのかぜ?」

「仮にも伝説の大妖怪なんだから平気でしょ。というか、なんで正体バレた後も子どもの姿でいるのよあいつは」

「いやだって、大人状態の時の私だとみんなよそよそしいんだもん……」

 

 この前紅魔館に行った時も美鈴はともかくポーカーフェイスが得意なはずの咲夜でさえ反応に困ってるのが丸わかりだった。フランにさりげなく大人と子どもの私だとどっちがいい? なんて聞いてみたら迷わず『ちっちゃいお姉さんがいい!』と即答される始末だ。というか男なのはバレてるはずなのに未だに私の呼び名はお姉さんなんだね。

 

 そんなこんなで結局この姿の方が受けがいいってことがわかったので、日常生活では極力この姿を取るようにしている。

 実際霊夢たちもなんとなく心当たりがあったようで、気まずそうに視線を逸らしていた。

 

「それはともかく温泉だよ。あれはいったいどうしたの?」

「突然湧いて出たのよ。これはきっと常日頃から頑張ってる私に向けての神様からのプレゼントに違いないわ!」

「霊夢が頑張ってることになってるんだったら、全人類はみんな努力家ってことになっちまうぜ」

「一応私も神なんですが……」

「恋愛成就させるぐらいしかご利益がない淫乱ピンクは黙ってなさい」

「そんな不名誉な名前送られたのは今日が初めてだよ」

 

 なんというピンク髪に対する偏見。

 というか幻想郷には私以上に本物の淫ピがいるんだしその人につけなさいよ。例えばどこぞの仙人とか鬼とか。

 

 話は戻すけど、なぜ突然温泉が湧いてきたのか。普段だったら笑い飛ばしてるけど、ついこの前の夏に大地震があったばっかだからなぁ。いやでもそれにしては温泉が沸くのが遅すぎるか。じゃあいったい原因はなんなんだ? 

 

「細かいことはいいだろ。せっかく温泉があるんだったらやることは一つだぜ。霊夢、この温泉借りるぞ」

「一人五千円よ」

「うわ、微妙に高い……お友達料金でなんとかならないか?」

「あいにくと私はどんなお客様にも平等に接することを心がけておりますので」

「はぁ……しょうがないな。立て替えてあげるよ」

 

 適当に巫女袖を漁ってたら出てきた諭吉の束をドンと地面に置く。

 厚さからしてたぶん十万くらいか。もちろん霊夢はこれに食いついてきた。目にも留まらぬ速さで諭吉たちをかっさらっていく。

 

「そうだ。せっかくだから霊夢もいっしょに入ろうよ」

「はあ? あんた男でしょうが。いっしょになんて嫌よ」

「チップは弾むけど?」

「了解したわ!」

「手のひら返し早っ!? というかそれだけは駄目だろうが!」

「モンブランっ!?」

 

 魔理沙の拳骨が頭に落とされる。

 そして悶絶してる隙にどこから持ってきたのか、縄で体をあっという間に縛られてしまった。

 

「ふぅ……これで安心して温泉に入れるな」

「ずいぶん手馴れてたね。もしかして普段からこういうことしてたり?」

「……」

「絶対黒だこの人!?」

 

 魔理沙は何も言わぬまま、霊夢の肩を押してのれんの奥へと姿を消していく。

 おおかた泥棒をするときにでもやってたんだろうね。

 そういえば前に紅魔館の図書館でパチュリーが柱にくくりつけられていたのを見たことがあるような……。あの時は彼女のことを変態扱いしちゃったけど、こういうことだったのか。ごめんねパッチェさんと心の中で祈っておく。

 

 

 結局、非力な今の私では縄を解くことができず霊夢たちが帰ってくるまでずっとその場で正座していることとなった。

 浴衣姿の魔理沙によって縄が解かれる。おそらく服は霊夢のを借りたのだろう。

 

 なにはともあれだ。せっかく温泉も空いたのだし、この機会にたっぷり堪能してやろうじゃないか。麻痺した手足をぶらぶらさせながらのれんをくぐり、服を投げ捨てるような形で脱ぐ。もちろんその後は術式で手も使わずに畳んでおいた。

 そして今度こそ誰もいない温泉に飛び込んだ。

 

 ふぁ……っ。肩の力が抜けていく。

 よく考えたら、温泉に入るのは久しぶりかぁ。昔は旅してるのもあってよく温泉巡りをしたものである。

 最後に温泉に入ったのは千年くらい前か。紫に案内されていっしょに入ったんだよなぁ。そうそうこんな風に……。

 

「……って、なんで紫がいるんだよ!?」

「ふふふっ、ごきげんあそばせ」

 

 私の目の前にはいつのまにか湯に浸かっている紫がいた。

 白いタオルで隠されていてもその色気が隠されることはない。はみ出しそうな胸、見えてしまいそうな太ももの奥。刺激が強すぎて常人なら目を背けてしまいたくなるだろう。

 

 とはいえそこは私と紫の仲だ。さらに今の私は幼体化状態。決して男の性が発揮されるようなことはない。その証拠にタオルの下の私の息子はなんの反応も示していない。

 

「はぁ……アピールするのはいいんだけどさ。せめてそれは大人の私の時にやってよ。たぶんすごい興奮するだろうから」

「あら、でも大人でも子供でも同じ楼夢じゃないの」

「同じと言えば同じだけど、こう見えて意識ってのには結構違いがあるんだよ。大人状態の私が今の私を嫌ってるようにね。同じように、大人の私なら絶対に言わないことも今の私ならポロリと口を滑らすことがある。こんな風にね」

「え、じゃあ私が頑張ってやったことってひょっとして無意味?」

「平たく言っちゃえばそうだね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ガビーンとでも効果音がつきそうなほど紫は落ち込んでしまった。

 ありゃりゃ、やっちゃったか。なんとか話を逸らして気分を変えてあげなきゃ。

 

「それで、紫は結局なんでここに来たの? たんに私へのアピールってだけじゃなさそうだし……」

「ここの温泉がちょっと怪しいと思ったのよ。だから調査も含めてここに来たわ」

「怪しい? どんな風に?」

「……微量だけど、妖力を感じるのよこの温泉」

 

 私は妖怪だからほとんど違和感はなかったのだけど、言われてみて初めて気づいた。たしかに、ごくわずかだけど温泉の成分に混じって妖力がある。

 本当に少量なので、人間が浴びてもほとんどなにも起こらないとは思うのだけど……。

 

「このことを霊夢は……」

「もちろん気づいてるわよ。気づいたうえで承知してるのよ、あの子は」

「まあお金は霊夢にとって死活問題だからね。目がくらむのも仕方がないか……」

 

 やれやれ、これじゃあ目に見えるなにかが動き出さない限り霊夢が動くことはなさそうだね。今回の異変も長くなりそうだ。

 

 

 その後は他愛のない話をしただけで、時間はどんどん過ぎていった。

 

「さーて、そろそろ上がることにするよ」

 

 そう言って立ち上がった。すると紫が子供っぽい笑みを浮かべながら聞いてくる。

 

「あらあら、もしかして私の色気でのぼせたのかしら?」

「いやだから、私は異性で興奮しないってさっき……」

「我慢しなくていいのよ? ほら、ほら……」

 

 そう言って紫は腹の前で腕を組んで胸を寄せてくる。

 ……これはあれだね。私が紫の体見ても興奮しないことに結構意地になってるっぽい。なんとかして私の興味を引こうって魂胆だろう。

 ……まあいいや。

 

「それじゃあお言葉に甘えてっと……ほい」

「へっ?」

 

 無防備な彼女の胸に触り、好きなだけ揉んでやる。

 お、やっぱり柔らかいなぁ……。たぶん私が触った中じゃダントツかな? 

 

 真っ赤に染まっていく紫の顔。

 そして次の瞬間、

 

「きゃ、キャァァァァァァッ!!!」

 

 妖力で強化された全力のビンタが私のほおに突き刺さった。

 いや……触っていいって言ったじゃん……。

 

 

 その後、悲鳴を聞いて駆けつけた魔理沙に連行され、三日間柱にくくりつけられて放置されたのはまた別の話。



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湧き出た怨霊

 

 

 鼻歌を歌いながら石造りの階段を上っていく。

 今日も今日とて博麗神社へ。

 最近の私はすっかり彼女の温泉にハマっていた。

 

 博麗神社温泉にハマったのは私だけではない。霊夢の影響力もあってか、幻想郷のパワーバランスを支える各勢力の重要人物らにこの温泉は大ヒットした。

 最近じゃ博麗神社に行けば必ず誰かしらがいるというほどの盛況っぷりである。まあ、そのせいでますます博麗神社は妖怪神社としての名を広めていってもいるのだが。

 

 しかし今日に限って、境内には霊夢以外誰もいなかった。いや、正確には霊夢と鬼火みたいな光の塊——怨霊以外、か。

 彼女は賽銭箱の上に座っており、すっかり意気消沈してしまっている。

 

「あらら、今日は珍しくがらんどうじゃん。どうしたの霊夢、そんなに落ち込んじゃって。それに……いつから博麗神社は怨霊を迎え入れるようになったの?」

「温泉から……突然こいつらが溢れてきたのよ。おかげで温泉は台無し。はぁ……もうだめだわ……」

 

 あーあ、こりゃショックのあまり怨霊退治をするやる気すら失っちゃってるね。でもこのままじゃ霊夢に悪影響なので、なんとかしておかなければ。

 

「とりあえず、邪魔なんだよ!」

 

 目の前にふわふわ漂っていた怨霊数匹を抜くと同時に切り裂き、始末する。

 それを見た他の怨霊たちが一斉にこちらに向かってくるけど、集まってくれるなら好都合だ。

 

「『夢想封印』」

 

 私の周りに七つのカラフルな巨大弾幕が出現し、自動で怨霊たちを駆逐していく。

 やっぱり実態のない敵には特に効果抜群だね。さすがは博麗一族の奥義である。

 ちなみになぜこれを使えるのかというと、私も一応博麗の血を少し引いているからだ。まあ霊夢には伝説の大妖怪だからできるという理屈でごり押しておいたのだが。

 

 とにかく、今の弾幕を食らってほぼ全ての怨霊を消し去ることができた。残った数匹はすっかり恐れおののき、ここから逃げ出そうと散り散りになる。けど、そんな彼らの目の前にスキマが開き、中から飛び出したレーザーが残りを処理した。

 

「あーあ、かわいそー。せっかくわざと逃してあげたのに」

「よく言うわ。ハナから逃げきれるとは思ってなかったでしょ」

「まあね。近くに紫がいるのは気づいてたから」

 

 ふわりと空中から賽銭箱の前に舞い降りた女性は日傘を差す。

 彼女は私の友人である八雲紫だ。彼女が出張ってきたということは、やはり今回の件は異変なのだろう。

 霊夢もそれを理解しているからか、口を尖らせてそっぽを向いている。対する紫は扇で口元を隠しながらそんな彼女を見て笑っている。

 

「ったく、たかが亡霊が温泉から出てきただけじゃない。何がそんなに問題なのよ?」

「二つほど訂正させてもらうわ。一つ目にあれは亡霊ではなく地獄に落とされたのにも関わらず、未だに罪を償い切れてない魂、つまりは怨霊よ。そして二つ目は地下から怨霊が湧いたというのはそれだけで問題なのよ」

「なんで?」

「あなた、旧地獄って知ってるかしら?」

 

 旧地獄、たしか名前だけならどこかで聞いたことがあるような気がする。でもどこでだったかなぁ。と、頭をひねって思い出そうとするが、彼女の説明を聞いた後にすぐに思い出すことができた。

 

「旧地獄というのは地獄のスリム化のために切り離された土地のことなのよ。そこにはかつて地上で忌み嫌われたり封印された妖怪たちが住んでいるわ」

 

 そうだ、たしか四季ちゃんからそんな感じの話をされたことがある! 私も話半分だったからあんまり覚えてないけど、旧地獄の連中が地上に上がってこないのは条約が何たらかんたらという話だったはずだ。

 

 紫は話を進める。

 

「地上と旧地獄の間には互いに不可侵の条約が結ばれているわ。だけど、今退治した怨霊は旧地獄から上がってきたものだと思われる。この意味、わかるかしら?」

「……つまりは旧地獄の連中が地上に攻めてきたってこと?」

「その可能性が高いわ。だから霊夢、あなたにその調査をお願いしたいのよ」

「……条約の内容は互いに不可侵ってことじゃなかったの?」

「あくまで『妖怪』が地上や旧地獄を行き来するのを禁じてるだけだから。人間のあなたなら問題はないわ」

 

 屁理屈のようだが、一応スジは通っている。ただなあ、果たして旧地獄に行った人間が無事に帰ってこれるかどうかと……。

 というのも今思い出したのだが、旧地獄と言えば鬼の住処、つまりあの女がいるのだ。勇儀だけなら対等以上に渡り合えるだろうけど、あれが出てきたらいくら霊夢でもどうしようもない。

 

 ……ん? 

 そこまで考えたところで、ふと私の頭に疑問が浮かんだ。

 

「そういえばさ紫。よく剛がそんな条約飲んだね。あいつは縛られることを極端に嫌うはずなのに」

「もちろんあなたのことを引き合いに出して封じ込めたわ。じゃなきゃとてもじゃないけどあの理不尽女と交渉なんてできるわけないじゃない」

 

 人の恋心を利用しているようでちょっと罪悪感があったけど、と紫は付け足した。

 

 ここで理不尽と称されたのは鬼の大将であり私の友人でもある鬼城剛のことだ。

 性格は私以上に破天荒。なによりも強さを絶対としており、その果てしない力でこの世のありとあらゆる事象を捻じ曲げて生きてきた。

 何気に彼女とは六億年以上前からの腐れ縁だが、未だに私は苦手としている。

 

 もし霊夢が旧地獄に行ったら、真っ先に彼女に目をつけられるだろう。そして勝負を受けさせられてボコボコにされて終わりだ。あとはゴミ同然にポイ捨てされたあと、残飯を漁るかのように他の妖怪たちに弄ばれるのみである。

 そんなのを私が許しておけると思うか? 否、断じて否である! 

 

「ということで私も同行したいと思います!」

「ダメよ」

「却下」

「みんなして酷くない!?」

 

 もちろん断られるのも百も承知だったよ? ただあまりの即答っぷりに思わず涙が出てきちゃいそう。

 だがだが、ここで折れたら武士の恥。というか霊夢のためにも引き下がるわけにはいかない。

 

「不可侵条約って言うけどさぁ、そもそも萃香だって旧地獄から出てきちゃってるじゃん! なら私が行っても問題ないじゃん!?」

「むっ、ぐぬぬ、そう言われちゃ返す言葉がないわね」

「それにもしもの時は大人化すればいいだけの話でしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

 

 そう言ってはいるが紫はなかなか首を縦に振ってはくれない。

 しょうがないか。恥ずかしいからあんまりやりたくはなかったんだけど……。

 

「紫、ちょっとしゃがんでくれない?」

「えっ、どうしたのよ急に……?」

「いいからいいから」

 

 訝しみつつも紫は言う通りに膝をたたんでしゃがみこんだ。

 私は逃さないように彼女の両肩を掴むと、顔をおでこが重なり合うほど近くまで急に近づける。

 

「へっ……!?」

 

 彼女の顔が真っ赤に染め上がるが、お構いなしに彼女の瞳を見つめ続けること数十秒。

 今度は私の唇を彼女の耳元にまで持っていき、大人状態の私の声で甘くささやいた。

 

「俺のことを信じられないってのか……紫……」

「し、し、信じるっ! 信じます……っ!」

「ならよかった」

 

 彼女から了承の言葉をもらった途端に元の声に戻して手を離す。それだけで文字通り骨抜きにされた彼女はへにょりと石畳の上に座り込んだ。

 

「……あんた、いつもこんなことやってんの?」

「さーねー? ご想像におまかせしますよっと」

「いつか絶対背中刺されるわよ」

 

 残念ながらすでに刺されてるんだけどね。でもそれを言うと霊夢の私を見る目がさらに濁っちゃいそうなので黙っておく。

 

 さてと。

 改めて私の旧地獄行きが決定したところで、境内の外に生えている木を見つめる。

 ちらりと視線を動かすと、霊夢も私とまったく同じ場所を見ていた。やっぱり、気づいていたようだね。

 

「魔法かなんかで気配消してるのはわかってるわ。さっさと出てきなさい!」

 

 霊夢が張り上げた声に観念したのか、私たちが見ていた木が歪んで魔法が解かれる。そしてその中から三人の人物が両手を上げながら出てきた。

 

「魔理沙にアリス……それにパチュリーも。魔法使い三人組が揃ってここに来るなんて珍しいね」

「ズッコケ三人組みたいな感じで言わないでくれる? はっきり言ってこの二人と私を同じもの扱いされるのは不愉快だわ」

「ええそうね。私たち三人の中であなただけ病弱ですものね。まあ、私もあなたたち二人とまとめて呼ばれるのには反対だけど」

「まあまあ落ち着けよってネクラ共。たしかにこの魔理沙さんがお前らと一緒にされるのには不服だがな」

「……やっぱ全員似た者同士じゃん」

『似てない!』

 

 ポツリと呟いた言葉に三人が息ピッタリでツッコミを入れてくる。そしてそれが気に入らなかったのか、また三人揃って口論を再開してしまった。

 だめだこりゃ。もうこれ以上私が何を言っても平行線だろう。

 

 そう頭を悩ませていると、三人組の近くにあった木の幹が弾け飛んだ。

 びっくりして横を振り向けば、そこには赤黒いオーラをまとった鬼巫女の姿が。

 

 

「この木みたいに木っ端微塵になりたいのは誰かしら?」

『……すみませんでした……』

 

 三人は口を揃えて頭を垂れた。

 さすがヤーさん巫女。見事な手際である。

 

 

 その後、私たちは三人組と半ばぼうけている紫を連れて神社内へ入った。

 居間に置いてある小さなちゃぶ台を囲うように六人が座る。三つしかなかった座布団には私と霊夢、そして紫が座っている。

 

 魔法使い三人組がここにきた理由は、やはり温泉だった。どうやら偶然紅魔館の図書館で三人が遭遇し、その後なんやかんやで温泉に行くことになったそうだ。

 しかしさっき話したように、今は温泉に入ることができない。そのことに不満を持っているだろうと予測していたのだが、彼女らの反応は真逆だった。

 

「さっき盗み聞いた話じゃ、お前ら旧地獄ってとこに行くんだろう?」

「そうだね。……って、まさか」

「そのまさかだぜ。今回の異変解決、この私も行かせてもらうぜ!」

 

 魔理沙は机を叩きそうな勢いでそう言った。そんな彼女の瞳はまだ見ぬ未知なる世界を想像してか、キラキラと好奇心の星のように輝いている。

 

 やっぱりか。

 正直断りたい。ぶっちゃけ言ってしまえば彼女はある意味戦力外だ。弾幕ごっこでなら霊夢と互角に張り合えるだけの実力はあるが、こと戦闘、つまりは殺し合いに関しては素人に近い。

 だからこそ、ここで彼女を止めたいのだけれど、うまい言葉が見つからなかった。水に浮く泡のように浮かんでは紡ぐ間も無く消えていく。

 そうやって延々と迷っていると、隣で声が聞こえてきた。

 

「……魔理沙。今回行く場所は弾幕ごっこが通じるかさえもわからないところよ。最悪死ぬかもしれない。それでも行くって言うのかしら?」

「おう。むしろ危険なんてどんとこいだぜ!」

 

 問うたのは霊夢だった。そして即答した魔理沙の目をいつになく真剣な表情で見ている。

 ここで恐怖心の一つでも出していたら、彼女は迷うことなく魔理沙をここへとどまらせただろう。しかし現実は違った。魔理沙の目にも顔にも、そんなものは微塵も浮かんではこなかった。

 

「……はあ。度胸があるんだかバカなんだか。どっちにせよ、あんたは言っても聞きそうにないわね」

「へっ、あいにくとそれが私の取り柄なんでな」

 

 厳密に言葉にはしなかったものの、これで魔理沙も旧地獄に行くことが決定した。

 メンバーは私、霊夢、魔理沙。言ってしまえばいつもの異変解決組だ。

 

 不確定要素はまだたくさんある。しかしこれ以上考えてもキリがないとして、私は思考を別の話の方へと向けた。

 

 



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乱入者現る

 

 

 

 

「さてと。異変解決に行くメンバーは決まったんだし、さっそく行きますか」

「ちょっと待ちなさい楼夢」

 

 私が立ち上がってそう言ったところで、紫に引き止められる。

 

「さっきも言った通り、旧地獄もとい地底は危険な場所よ。特に霊夢と魔理沙には。だからほら」

 

 そう言って紫はスキマから取り出した二つの陰陽玉を霊夢に手渡した。本来博麗印の配色は紅白なのだが、これらの片方は赤の部分が紫に、もう片方は青に塗り替えられている。

 

「これは?」

「私と萃香がそれぞれ作った陰陽玉よ。戦闘にも連絡にも使えるから、役に立つはずだわ」

 

 陰陽玉はその後霊夢の周りをふわふわと浮き続けている。多分念とか送って調整をしているのだろう。

 それを見た魔理沙が羨ましさかなにかで口を曲げる。

 

「ちぇっ。私にはなんかないのかよ」

「安心しなさい魔理沙。こっちもすでに手配して……あら、思ったよりも早かったわね」

 

 障子を突き破って中に入ってきた人形を見て、アリスは言った。霊夢が騒ぎ立て、急いで障子を直そうと駆けつけているが、彼女はそれを無視して人形を回収する。

 

「はいこれ。私とパチュリーからよ」

 

 魔理沙がアリスから渡されたのは複数の人形と、七つの宝石がつなげられたブレスレットだった。おそらくあの人形の中に入っていたのだろう。

 その後のアリスの話によれば、これらにもアリスとパチュリーの力が込められているらしい。

 

 魔理沙は思わぬ二人からのプレゼントに感涙しそうになったが、すぐにそんな雰囲気を台無しにする言葉が彼女らから放たれる。

 

「私たちはあなたと違って死にたくないから。その人形は映像を通してこちらも見れるようにしてあるから、地底探索頑張ってよね」

「あと、珍しい鉱石や妖怪の死体があったら持って帰りなさいよ。最優先はあなたの命よりそれだからね?」

「お前ら私を心配する気ゼロかよ!?」

 

 感動して損したぜ、と言い捨てて仰向けに魔理沙は寝っ転がる。だがその顔はどこか嬉しそうだった。

 まったく、素直じゃないんだから三人とも。そういうところが似てるって言ってるんだよ。

 

 これで二人の装備が整った。あとは私の番だ。

 紫の方へ向き直る。

 

「さて紫。私のはどこにあるの?」

「えっ……?」

「えっ?」

 

 気まずい沈黙が訪れる。

 あれれ? 普通二人とも何かしらもらってるんだから次は私の番でしょ? 

 紫は目を逸らして俯いている。これってまさか……。

 

「そ、その……ごめんなさい。まさかあなたが欲しがるとは思わなくて、なにも作ってなかったわ……」

「ええっ!? そんな!? ……アリス、パチュリーっ!」

「残念ながらあなたに渡せるようなものはないわよ」

「というかあなたにそんなもの必要ないでしょ?」

「なんか仲間はずれっぽくて嫌じゃん! 嫌だ嫌だ嫌だァ! 私も欲しいぃぃ!!」

 

「ウルセェ!! 外まで響いてるだろうがァ!!」

 

 私が畳に転がって駄々っ子交渉術を披露している時に、そいつは障子をぶち壊して現れた。

 

 突如なにかが背後からぶつかってきて、私の体はボールのように弾き飛ばされた。ちゃぶ台の上を超えてアリスたちに激突しそうになるが、その前に霊夢の裏拳が私を縁側方面へと跳ね返した。

 

 仰向けに倒れた私の目に映ったのは、この世で最も面倒くさいやつら(伝説の大妖怪)の一人。逆立ったスーパーヤサイ人のような白髪が特徴の男、火神矢陽だった。

 その足はまっすぐ突き出された状態で静止している。間違いなくこの足で障子を壊したのだろう。

 

「よォ馬鹿ども諸君! この俺様が遊びに来てやったぜ!」

「ちょっとあんた! うちの障子になんか恨みでも……へぶっ!?」

「修理代だ。釣りは取っとけ」

 

 噛みつくばかりの勢いで声を上げた霊夢の顔面に何かが叩きつけられる。

 それは札束だった。ぱっと見で十数万。

 お金の魔力に逆らえなかったようで、霊夢はそれを手に持ったまま「お茶入れてくるわね」と言って上機嫌に去ってしまった。

 先ほどお金で彼女を釣ろうとした私が言えた義理ではないが、あの子にはせめてもうちょっとプライドを持って欲しいものである。

 

 邪魔者はいなくなった、とばかりに火神は霊夢が座っていた座布団——つまりは私の隣へ、そしてそのさらにとなりに一緒に来ていた幼女ルーミアが座る。

 

「ねえ火神。多分ここにいる全員が今の状況を理解できてないと思うから、なんでここに来たのか教えてくれない?」

「全員じゃねェぞ。少なくとも俺とルーミアは理解している」

 

 そんな屁理屈はどうでもいいんだよ。

 

「別に大した理由じゃねェよ。本当はこいつと温泉に入りに来たんだ。だが、境内でテメェらの話を聞いてな。面白そうだから乗り込んだだけだ」

「うわぁ、全然気づいてなかった……。ちょっとショック……」

 

 というかお前ら揃いも揃って盗み聞きしすぎじゃね? ここ見つかったら一発ゲームオーバーなホラゲー世界でしたっけ? いや妖怪とかいる時点で十分ファンタジーでホラーだけど。

 

 改めて、みんなの顔を見てみると、全員が力を入れていて警戒していた。直接やりあったこともある魔理沙は特に。

 強がりなのか、怯えを隠すように彼女の口から皮肉が飛び出る。

 

「けっ、お子様連れで呑気に温泉かよ。伝説の大妖怪ってのはずいぶんとロリコンが多いみたいだな」

「はっ、ロリ? こいつぁそれなりに歳いってるぞ?」

「誰がババアよ!」

 

 推定一万越えの人が何か言ってますよー。 というかその歳で幼女気取ってるとか恥ずかしくないの? ……私もじゃん。

 

「……ルーミア、お前そんな喋り方だったっけ?」

「えっ? あ、いや、なんでもないのだーっ」

 

 魔理沙からの唐突な質問にルーミアは焦り出す。

 そういや魔理沙たちはルーミアの正体を知らないんだっけか。

 こういうのって自分からは明かしづらいんだよね。なんというか、今までの関係が崩れちゃいそうで。経験者は語る。

 しゃーない、少し手助けしてあげるとするか。

 

「もういいでしょルーミア。魔理沙たちの前でまでその姿をしていなくても」

「……それもそうかもしれないわね。あんたの正体がバレてるんだったら私もこれ以上隠す必要はないか……」

 

 ルーミアは最初抗議の視線を送ってきたが、どうやら観念したようだ。真っ黒な闇がどこからともなく現れ、彼女の体を包み込んでいく。

 

「一つ、ここにいる全員誓いなさい。このことをチルノたちには伝えないで。それが守れるんだったら、私の真の姿を見せてあげる」

 

 返答の声はなかった。ただ、無言で魔理沙たちは首を縦に振るのみ。

 それを見届けて、ルーミアは完全に闇の中へと姿を消していった。そして次に闇から姿を現した時、彼女の姿は女性と呼んでもいいほどになっていた。

 彼女から溢れる膨大な妖力を感じ取ったのか、魔理沙たちの顔に冷や汗が浮かぶ。

 

「これが、本当の私。大妖怪最上位にして、火神の妖魔刀。それが私よ」

 

 腰にまで届く長い金髪を後ろに流しながら、改めて彼女は自己紹介をした。

 それを見た彼女らの反応は驚愕の一言だった。全員目と口を開いて驚いている。

 

「……なんか、いつも暇つぶしに退治してたガキンチョの一人がこんな大物だったなんてな。もしかしてあとで殺されたりしない?」

「安心しなさい魔理沙。チルノたちの相手をよくしてくれるあなたを殺したりなんてしないわ」

 

 動物愛護団体が聞いたら即すっ飛んできそうなセリフだね。あれ、でも妖精って動物に入ってたっけ? 

 それにしても相変わらずチルノたちのことに関しては甘々なようだ。昔のルーミアだったら八つ裂きにしてそうなものなのに。一万越えの人でも成長ってするもんなんだね。

 

 その後、魔理沙たちは次々と質問をルーミアに投げかけていった。しかし、今は一応異変の作戦会議中である。彼女が二、三個質問に答えたところで、紫が柏手を打って注目を集める。

 

「こほんっ。ルーミアの話もいいけど、それはまたあとでにしてくれないかしら。それよりもまだ肝心なことを聞いてないでしょ? ……結局、あなたたちは何をする気でここに来たの?」

 

 火神たちはなんのつもりでこの会議に参加してきたのか。たしかに、肝心の部分が聞けてなかったな。

 しかしあろうことか、二人から返ってきた答えは——

 

『……暇つぶし?』

 

 ——であった。

 

「なんで疑問形なのよ!? 私の方が聞きたいわ!」

 

 予想の斜め上を行くその答えに紫が声を荒げてツッコミを入れる。

 ドウドウと心の中で唱えながら、私は息を切らしている紫をなだめる。

 落ち着け落ち着け。こいつらのペースに呑まれても疲れるだけだ。ここはあえて冷静に……。

 

「いやほんと、何しにきたのお前たち。まさか障子を壊すためだなんて言うつもりじゃないよね」

「まあまあ落ち着け。さすがに今のは冗談だ。……半分は」

「もう半分は本当なのかよ!?」

 

 ハッ……! 言ってるそばから思わずツッコンでしまった。

 くそ、絶対おちょくってるだろこいつら! やつのウザったらしい笑みを見て確信する。

 これ以上あいつと目を合わせてもイラつくだけなので、代わりに後ろでニヤニヤしてたルーミアを睨みつける。

 

 火神はひとしきり私たちのそんな顔を堪能すると、真横に闇を発生させ、そこに手を突っ込む。そして中から取り出した二つの指輪をちゃぶ台の上に置いた。

 

「これは……?」

「さっきの話の続きだが、俺たちは暇だ。そこで都合よく地底探索の話が出てきた。だが俺らが行ったんじゃ張り合いがねェ」

「剛がいるじゃん」

「うるせェ! あんな気持ち悪いのとやりあうぐらいなら、家に帰ってスマブラしてる方がマシだ!」

 

 あ、それはなんとなくわかる。顔は綺麗だけど性格が悪いのよね性格が。

 

「ともかく、そこでお前の出番だ。単刀直入に言うが、お前その姿のままで地底の連中に喧嘩売ってこい」

「……はっ?」

 

 この時の私はかなり間抜けな顔をしていただろう。しかし、それほどまでに今回の話は理解ができなかった。

 

「いやいや死ぬよ! 普通に死ぬからね!? あっち大妖怪クラスがうじゃうじゃいるじゃん! そんな中をこのまま行けだなんて地雷原を裸で突っ切るよりタチが悪いよ!?」

「その無様で笑える姿が見たいんだよ俺らは。この指輪にはこっちと映像をつなげる術式がつけられている。それもってさっさと地底に行ってこい」

「ふざけんな! 誰がつけるかこんなもの!」

「やらねェんだったら久々に俺らの相手をしてもらおうじゃねェか。果たして俺を倒したあとにこいつらを守るだけの力が残っているかな?」

 

 くそっ、この野郎はいつもいつも……! 

 さすがに火神と戦ったあとで地底に行くのは私でも無理だ。つまりはやつの条件を飲むしかない。

 歯ぎしりをしながら、指輪を奪い取って手につける。

 

「腹は決まったようだな」

「選択肢も与えてないくせに偉そうに」

「んじゃせめてもの誠意にいいことを教えてやろう。今お前がつけた指輪はそれぞれ『闇のリング』と『炎のリング』と言ってな。俺たちの力が弾幕ごっこで使える程度には込められている。うまく活用することだな」

「けっ、余計なお世話だよ」

 

 いざとなったら絶対に大人状態になってやるからな。条件なんか知ったこっちゃない。ともかく今は耐えてさっさと地底に行くことが最優先だ。

 

「まあ色々トラブルがあったけど、これで全員準備が整ったわね?」

 

 紫の質問に、私たちは互いのマジックアイテムの感触を確かめたあと、頷く。

 紫はニッコリと微笑んで、ピシャリと扇を閉じる。

 それが合図となり、私たちの真下にそれぞれスキマが開いた。

 

 急に襲いかかってくる浮遊感。

 反射的に手を伸ばすも、わずかに届かず。私は底の見えない闇の中へと落ちていく。

 最後に見えたのは、スキマの外で手を振る紫と、私の間抜け面をあざ笑う火神の顔だった。

 

 




「はいはいどーも。最近ニンテンドースイッチを買った作者です」

「なおスマブラを買ったはいいものの、基本ボッチなので持て余している模様。狂夢だ」


「というわけで今回は火神さん登場、そしてサポートキャラが決まった回でした」

「地霊殿って基本サポート一人だけだよな。なんでこんな中途半端な数なんだ?」

「実を言いますと、最初はそれぞれに三人ずつつける予定だったんです。でも楼夢さんの三人目のサポートキャラが思いつかなかったのと、射命丸やにとりをあのメンツの中に混ぜるのは中々難しい、そしてなにより九人もいては使い分けるのが厳しいという理由でこうなりました」

「六人もかなり面倒くさいと思うけどな」

「そこはまあ、努力でカバーするつもりです」

「こいつの努力ほど信用できないものはないんだよなァ……」


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地底のお出迎え

 

 

 なにも見えない暗闇を落ちていく。

 前後左右の状態すらわからない。

 だが、終わりは以外と早かった。闇の奥から光が差し込んでくる。

 外だ。私は流れに身を任せて光の中に飛び込んだ。

 

 瞬間、眼下に広がる絶景。だがそれに目を奪われている場合ではない。

 体勢を整え、霊力を操作し宙に浮く。見れば同じように霊夢が浮いていた。

 しかし……。

 

「ちょっ、ちょっ、私の箒、箒ィィィッ!!」

 

 私たちと違ってどんどん下へ落ちていく黒が一つ。

 魔理沙だ。

 そういえば彼女、箒がなければ上手く飛ぶことができないんだっけか。

 

 しょうがないなぁ。でもちょうどいい機会だ。この指輪の性能を試すには。

 左手に付けられた闇のリングをかざす。するとはめられている黒い宝石が輝き出す。

 そしてどこからともなく現れた闇が、魔理沙を抱きかかえるようにして包み込んだ。

 

 なるほど。この指輪はルーミアがよく使う闇を出現させることができるのか。

 試しに色々弄ってみると、剣の形をしたりなど様々な形に変化させられることがわかった。ただ出現させられる闇の量は残念ながらルーミアには遠く及ばないらしい。

 

「た、助かったぜ……」

「いいっていいって。こんなところで死なれたら困るのは私もだしね」

『……あー、あー、全員聞こえるわね?』

 

 霊夢の周りに浮かぶ紫と白の配色の陰陽玉から声が聞こえてくる。

 

「紫……いきなり落とすのはちょっとないんじゃないかな?」

『うっ……わ、悪かったわよ』

「まあいいや。とりあえず、今の場所がわからないから誘導をお願い」

『今の地点は妖怪の山の真上よ。そこから下に下りていけば大きな穴があると思うわ。そこが地底と地上をつなげる場所よ』

 

 言われて下を見下ろす。

 ……たしかに、不自然な穴がここからでも見えた。おそらくはあれだろう。

 

「わかった。今からそこに向かおうと思う。それと、魔理沙の箒を持ってきてくれない?」

『魔理沙? ……あっ……』

 

 この反応、どうやら彼女も魔理沙が箒なしじゃ飛べないのを忘れていたようだ。

 魔理沙の額に青筋が浮かぶ。

 

「おい紫、あとで覚悟しておくんだぜ……」

『悪かったわよ本当に! ほら、これでいいんでしょ!?』

「逆ギレするんじゃないぜ! キレたいのはこっちだ!」

 

 魔理沙の近くにスキマが開き、中から箒を握った紫の手が伸びてくる。魔理沙はそれを勢いよく奪い取ると、陰陽玉を通して彼女と口論を始めた。

 しかし魔理沙の頭に拳骨が落とされたことによってこの争いはおさまった。

 

「魔理沙、あんたうるさいわよ」

『あんたもよ紫。妖怪の賢者ともあろう者が情けない』

『……アリス、あなたちょっと表に出なさい』

 

 そんな声が陰陽玉と魔理沙の人形から聞こえてっきり、なにも彼女たちの声はしなくなった。

 

 ……うん、こんな大人数でいると面倒くさいね。

 そんなことを思ってため息をついていると、霊夢が声をかけてくる。

 

「もうこいつらは放っておいてさっさといくわよ」

「うん、それには私も賛成」

「私もだぜ」

 

 三人一列に並んで空を下りていく。特に問題なく地上に着地することができた。

 少し進むと、例の穴が見えてきた。

 

「これは……大きいわね……」

『凄いでしょー。この穴は母様の拳でできたんだよ』

「萃香!? それに母様って……」

「伝説の大妖怪、鬼城剛のことだよ。もっとも鬼っていうのは彼女のあまりにも膨大な妖力によって自然発生したものだから、血は繋がってはいないんだけどね」

 

 そう説明して、私は目の前に広がるそれを改めてながめる。

 空中にいた時は気づかなかったけど、この穴、幅がとんでもなく大きい。多分一キロ近くはあるんじゃないか? 

 魔理沙が感嘆の声を漏らす。

 

「ひょえー。私たちの敵はこんなものを作れるやつなのかよ」

「貴方たちは戦うわけじゃないから安心して。私が絶対に抑えてみせる」

『ヘェ、ずいぶん自信ありげじゃねェか』

 

 今度は私の指輪の方から声が聞こえてきた。それも思わず耳を潰してしまいたくなるほど聞きたくなかった声だ。

 

「うるさいよ火神。依頼通りこの姿で地底の野郎どもと殴り合ってあげるんだから黙ってて」

『ひゅー、嫌われちまったねェ。悲しいぜ』

 

 ちっ、口ではああは言ったけど誰がこいつとの約束を守ってやるもんか。いざピンチとなったら速攻で本気を出してやる。

 

「さあ、いくわよ」

 

 霊夢のかけ声を聞いて私と魔理沙は体に力を入れる。

 そして三人全員で、底の見えない穴の中へと飛び込んだ。

 

 

 ♦︎

 

 

 穴の中は薄暗いが、なにも見えなくなるほどではなかった。夜目な私はもちろん、これくらいなら霊夢も魔理沙も問題なく見ることができるだろう。

 ところどころに壁に光る鉱石のようなものがむき出しになっている。

 

『これは……人為的に埋め込まれたものね。魔理沙、注意しなさい』

『人為的ってことは近くに敵がいるってことだ。のっけからエンカウント率が高いねェ』

 

 魔理沙のブレスレットからパチュリーの、炎のリングから火神の声が聞こえてくる。

 当たり前だが、人数が多いと考える脳も増えて助かる。特にパチュリーは色々と博識なのでこの地底探索にも十分役立ってくれるだろう。

 

 私たちは上から下へ落ちてるといっても、ただ重力に従って自由落下しているわけじゃない。そんなことしてたらどんどん加速していって体はバラバラに、じゃなくても着地の時にペシャンコになってしまうのは明らかだ。

 だから空を飛ぶ要領で体に霊力をまとい、一定の速度を保って落下している。

 

 そんなふうにある程度落ちていくと、突然魔理沙が短い悲鳴をあげた。

 

「うっ、なんだぜこりゃ……糸……?」

 

 見れば魔理沙の手にはネバネバした蜘蛛の糸のようなものが付着している。それを気味悪がって彼女は腕をめちゃくちゃ動かして糸を振り解く。

 しかしすぐに別の糸が再び彼女に絡まった。

 

「くそっ、地底産の蜘蛛ってのはずいぶん働き屋なもんじゃないかぜっ」

『いえ、ちょっと待って。これは……』

『にゃはは、こりゃ地底の中でももっとも面倒くさい蜘蛛に見つかっちゃったね』

 

 萃香がそう言ったその時、穴の先を塞ぐように巨大な蜘蛛の巣が一瞬して私たちの下に張り巡らされた。

 しかしそれにわざわざ捕まってやるほど私たちは甘くはない。霊夢はお札を、私は刀を、魔理沙はミニ八卦炉を構える。

 

 そして爆発するお札が、斬撃が、光線が、蜘蛛の巣を木っ端微塵に消滅させた。

 

「ああ、酷い!? 私の愛情込めて作った巣が!」

「たった数秒で込められる愛なんてたかが知れてるわよ。十円玉の方がよっぽど価値があるわ」

 

 知らない声を聞き、落下をやめてその場にとどまる。

 すると闇の向こう側から金髪の少女が近づいてきた。セリフを聞く限り、さっきの巣はこの子のもので間違いないだろう。

 

『こいつは土蜘蛛だね。病気をばら撒く妖怪』

「お、そこの黒髪の人間は博識だね! そうさ、私こそが地底のアイドル、黒谷ヤマメ様さ!」

『うわぁ、自分のことアイドルとか言っちゃってるわよこの人』

 

 こらルーミア、そうやって出会い頭に人を煽るのはやめなさい! ……いや実は私もちょっと痛い人だなとは思っちゃったけど。

 ああほら! なんかめっちゃ睨みつけてきてるし! 

 

「ふ、ふふっ。初対面の人に対してずいぶんと礼儀知らずじゃないかい?」

『はっ、初対面の人? テメェは人じゃなく妖怪だろうがヘンテコスカート』

『そもそもそちらの挨拶もずいぶんと礼儀知らずなもんじゃない? ねぇ、自称地底のアイドル(笑)さん?』

「だから煽るなって言ってるでしょうがゴミクズども!」

「……殺す」

「ああもう、なんか殺意の波動に目覚めちゃってるし!」

 

 必死に和解を試みるけど、どうやら弁明の余地すらないらしい。ヤマメの妖力が徐々に高まっていく。

 というか普通声とかで私じゃないってわからないのかな。これだから頭の悪い妖怪は嫌いなんだよ」

 

『……普通に心の声漏れてるわよ?』

「えっ……?」

「せっかく地上からの来客だったし、もてなしてやろうと思ってたけど今気が変わった! キスメ! こいつらミンチにして食べてやるよ!」

「うん! 久しぶりの人肉!」

 

 ヤマメが声をかけると、頭上から声が聞こえてきた。

 とっさに身をねじり、その場から離れる。すると私が元いた場所にものすごい勢いで釣瓶が落ちてきた。

 

「なっ、もう一体いたのかぜ!?」

『そいつは釣瓶落とし。普段は内気だけど実際はかなり凶暴な性格だから気をつけてねー』

『ちょうどいいサンプルよ。魔理沙、やってやりなさい』

「ちっ、命令されるのにはムカつくけど同意見だぜ。楼夢、こいつは私が引き受けた」

 

 ミニ八卦炉を構えて臨戦状態を取っている魔理沙がそう声をかけてくる。

 霊夢は……どうやら動いてはくれないようだ。あくびをしながら遠くでこちらを見守っている。

 仕方がないので私も覚悟を決め、舞姫を引き抜く。

 

 しかしそんな殺し合いする気満々な装備の私たちとは違って、ヤマメとキスメが取り出したのは見覚えのあるカードだった。

 

「それは……スペルカード?」

「そっ。前に鬼の頭領様が決闘の際にこれを使うことを決めたのさ。もちろんふつうの殺し合いもできるけど、そっちには両者の合意が必要だからね」

「へー、殺すとか言ってたけど意外と優しいんだね」

「安心しなよ。この試合で勝ったあと、勝利者の権利としてお前たちを食ってやるからさ」

「……勝者は敗者の全てを手にする。ふっ、実にあいつが考えそうなルールだね」

 

 どうやら剛は地底にもスペルカードルールを広めてくれておいたらしい。彼女の影響力は絶大だ。おそらくこれからの敵も一応ルールを守ってくれることだろう。

 

 とはいえ今は目の前の敵だ。

 さっき見せたカード数は3枚。ということは残機2スペカ3のスタンダードルールということとなる。

 

 私は刀を振るい、数十もの斬撃型の弾幕を飛ばす。しかしさすがは地底の妖怪。難なくこれを避け、お返しとばかりに軽く百はいきそうなほどの弾幕を出してきた。

 身のこなしも、妖力量も地上じゃ十分名を馳せられるレベルだ。こういう奴らがうじゃうじゃいるのか、地底は。

 

 その後しばらくの間は通常弾幕の打ち合いとなった。

 ただ、戦況はちょっとよくないかも。

 弾幕の一つが私の服にかする。

 

 遠くでも爆発音が聞こえてくる。魔理沙たちの戦いも始まっているのだろう。

 この穴は直径一キロはあるとはいえ、高速で飛び回るには少々狭い。ゆえに私はいつもの調子を出せずにいた。

 それに比べて相手はこういった狭い空間で戦うのに慣れているようだ。立体的に壁を使って攻撃を避けたり、逆に壁に弾幕を反射させて攻撃したりしてくる。

 

 とその時、キスメの流れ弾がこちらに向かって来た。

 予想外の攻撃に私の行動はワンテンポ遅れ、回避はしたが体勢が崩れてしまう。

 そこにヤマメが放った岩のように巨大な弾幕が、私の頭上から降って来た。

 

 回避は……無理だ……っ! 

 頭上に刀を構えて防御の姿勢をとる。が、ずっしりと重い弾幕の圧に耐えきれず、私の体はさらに下へと叩き落とされた。

 

 だが、ヤマメの追撃は終わらない。

 私が下へ落ちている間にスペカを一枚投げ捨て、宣言した。

 

「地底の妖怪を怒らせたこと……後悔させてあげる! 蜘蛛『石窟の蜘蛛の巣』!」

 

 





これから少し忙しくなりそうなので、夏休み中の投稿はこれがラストになるかもしれません。


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病を焼き切る炎

 

 

「蜘蛛『石窟の蜘蛛の巣』!」

 

 穴の底へと落下していく私に追い打ちをかけるように、ヤマメはスペルカード名を叫んだ。

 だが、上から弾幕が飛んでくる気配はない。ということは……下からかっ! 

 

 首を勢いよく降って下を覗き見る。

 そこで見たものは、光り輝く巨大なアート。

 なんとヤマメはこの穴を塞ぐように弾幕で蜘蛛の巣を張ったのだ。

 

 だめだありゃ。通り抜けられる隙間がない。だったらと、握っていた刀に霊力を込め、スペルカードを発動させようとするが、

 

『こんなとこでタマの無駄遣いしてんじゃねェよ! そのために俺の指輪があるんだろうが!』

 

 その声によって引き止められる。

 そうだ、忘れてた! そういえばこいつがあったんだった! 

 舞姫だけでなく、妖桜も抜いて二刀流となる。そして指輪の力を操って二つの刀に火神の炎を纏わせた。

 そして体をコマのように回転させながら両刀を振るい、そのまま蜘蛛の巣へと落下。

 蜘蛛の巣は私を受け止めようとしたが、切られた後に炎が燃え移ってあっけなく粉塵と化す。

 

「なっ……ただの炎に私の糸弾幕が!」

「ただの炎じゃないよ。神をも殺す悪魔の炎だ」

 

 それにしても、やはりすごい火力である。たった一撃で幅一キロに張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣が見事に燃えカスになっていた。しかもヤマメの言葉から察するに対炎用に対策されていたのにも関わらずだ。

 弾幕が燃えるということに疑問を覚えるかもしれないが、別に驚くことじゃない。弾幕は扱う者の性質をよく映し出す。火神なら通常弾幕でも自然に炎を帯びるように。

 ヤマメのは粘着質があって弾幕同士や壁などに連結しやすい代わりに燃えやすくなっていたのだろう。と言っても、火神の炎ならどんな弾幕だろうが大抵は燃やせるので正しいのかはわからないが。

 

 ともかく、ヤマメが呆然としている今がチャンスだ。

 先ほど中断したスペルカードを投げ、右手に握る舞姫に霊力を込める。

 

「霊刃『森羅万象斬』!」

 

 そして巨大化した霊力の刃を振るい、撃ち出した。

 しかしその色は青ではなく赤。たぶん火神の炎を纏ったまま使ったのが原因だろう。

 

 ヤマメは効かないとわかっているはずなのに、おそらく反射で糸の結界を出して自分の身を守ろうとしてしまった。だが炎の刃はそれをバターのようにやすやすと引き裂き、奥のヤマメごと真っ赤に燃えた。

 

「ぎゃァァァァァァァッ!!」

「あれ、弾幕ごっこ用だからそこまで威力は高くないはずなんだけど」

『たぶん本人も火に弱かったんじゃないかしら』

「あ……それは悪いことをしたなぁ」

『笑いながら謝罪する妖怪を初めて見たわ。というか絶対反省してないでしょ』

「あ、バレた?」

 

 弾幕ごっこのルールの一つに、事故としての死亡は仕方ないというものがある。もちろんこれは私なりにわかりやすくアレンジした文だから実際にはこんなフランクに書かれてないんだけど、要約するとだいたい同じだから大丈夫。

 実際に弾幕ごっこでの死亡例はまあまあある。そりゃ手加減してるとはいえ上空で弾幕バンバン撃ち合うんだから当たりどころが悪けりゃ死ぬでしょうね。そんでもって殺した側が罰せられたなんて話は聞いたことがない。

 つまりは、事故なら殺してもいいということである。

 

 もちろん私はヤマメになんの恨みはない。ただ、せっかく有利になるアドバンテージを捨てるというのはもったいないことだ。

 そんなわけで私は一切ためらわずに両刀に再び炎を纏わせ、痛みと恐怖で震えるヤマメへ突っ込んだ。

 

 むちゃくちゃにしなった鞭のように、何十もの糸が襲いかかってくる。

 だが遅い。右回り、左回りと回転して糸を焼き払う。

 私の身長の倍ほどの太さを持った糸が薙ぎ払われた。あれはおそらく私が他の糸を切っている間に作ったものだろう。まるで伸び縮みする丸太だ。

 刀を振るうが、流石に軽い一撃だけじゃ切ることも焼くこともできず、上に弾かれた。

 いや、弾かせたと言った方がこの場合は正しいかもね。

 

 見下ろせば斜め下には丸太糸を両手で操るヤマメの姿が見える。

 勝機だ。

 私は体の手前で両方の刀の柄頭を合体させるように合わせる。そしてそのまま体ごと縦に高速で回転して、再びヤマメの元へ突っ込んだ。

 

「楼華閃二刀流『地獄車』!」

 

 今の私は側から見ればどこぞの青い音速ハリネズミそのもの。と言っても纏う炎のせいでカラーは赤になってるんだけど。まあそれをイメージしてもらえればいいか。

 赤い車輪となった私に振り下ろされる丸太糸。だがそれを避ける必要はどこにもない。

 赤い車輪はそのまま丸太糸に接触。途端に私の体は溶けるように丸太糸の中に侵入し、そのまま内部を切って焼き尽くしながら進んでいった。

 そして丸太糸を突破すれば——見えたのはヤマメの顔だ。

 

 これでトドメ、と思った時に、ヤマメが不自然に口を膨らませているのが目に映った。

 まるで口の中に何かを含んでいるような……っ!? 

 

 召喚した闇の巨碗で私の体を強制的に吹き飛ばすのと、ヤマメが口から紫色の霧を吐いたのは同時だった。

 

「ぐふっ……! 毒か!」

「正解。どんどん行くよ!」

 

 危なかった。多少のダメージを覚悟して自分を吹き飛ばしてなければ直撃だった。

 つばに混じった血を吐き捨て、体勢を整える。

 やっぱり、地底の妖怪は一筋縄じゃいかないらしい。こっちが事故で死んでもなんでもいいから最も効率の良い攻撃をしているのと同じように、あっちも相手の生死を無視して自分の本領を発揮している。

 地上の妖怪なんかとは違って甘さというものが全くない。

 こりゃ、魔理沙の方は苦戦してるかもしれないなあ。

 なんせこの中で一番の甘ちゃんと言えば魔理沙だ。迫り来る死の中での弾幕ごっこはかなりの精神をすり減らすことだろう。

 

 毒をもう隠す必要がなくなったのか、ヤマメは次々と通常の弾幕に混じって毒を飛ばしてくる。

 それらを炎で切り裂き、蒸発させてなんとか防いでいく。しかし彼女の毒霧が判明した以上接近戦は得策じゃない。

 だったら、こっちもスペカを切るしかないね。

 

「斬舞『マルバツ金網ゲーム』!」

 

 私は目の前の空間を縦に五回、横に五回ずつ切り裂いてマルバツゲームのボードを描く。そしてそれを飛ばした。

 ボードはヤマメの糸弾幕と激突。そして特に抵抗もなくズパッと糸弾幕の方が切れた。

 

 もちろんこれ一つだけじゃない。何十ものボードがどんどんヤマメへと迫っていく。

 

「今までの攻撃であなたが硬い弾幕を放つことができないのはわかってるんだよ! そのまま切り裂かれちゃえ!」

「それを工夫するのが、一流の妖怪ってもんなんでねっ!」

 

 ヤマメはそれぞれの指から糸を出す。しかし壁に向かってだ。

 私と違って動くわけもないから簡単に糸は壁にくっついた。そして彼女がそのまま糸を引っ張ると、壁の一部が分離して崩れた。そのままできた巨大な岩を盾がわりにすることで、彼女は私のボードを全て防いだ。

 

 ちっ、地底の環境を知り尽くしているからこそできる戦法か。忌々しい。

 なんとかしようにも、私のスペルカードの時間はもう過ぎてしまっていた。

 

 攻守が交代し、今度はヤマメがスペルカードを構える。

 

「瘴気『原因不明の熱病』!」

 

 ヤマメの周囲に巨大な赤い弾幕がいくつも出現する。そしてそれらは同時に弾け飛び、何百もの小さな赤い弾幕に分散して私に襲いかかった。

 

 近くに来た弾幕を切ろうと刀を振りかぶり——本能が嫌な予感を伝えて来た。

 とっさに身を引き、よくよく弾幕を観察してみる。

 

『どうしたのよ?』

「これは……熱病の呪いがかかってる。弾幕もどちらかと言えば気体に近い形だし、下手に切ってたらやばかったかも」

 

 萃香がヤマメは病気を操れる的なことを言ってた気がするが、こういうことか。

 これはおそらく触れたら一発アウトなやつだ。流石に死ぬことはないけど動きが格段に悪くなってしまうだろう。

 それにちょっと条件が悪いね。この狭い空間に何百も飛んで来てるせいで下手に身動きが取れない。

 

 だけど、もう弱点は見切った。

 妖桜をしまい、空いた左手で竜巻の魔法を放つ。

 

『バギマ』。

 中規模な竜巻が私の近くに発生。それによって赤色の弾幕が次々と巻き込まれ、吹き飛ばされていく。

 

 熱病という性質を弾幕が持っている以上、その質量は風に乗るくらいに軽くなってしまう。

 例としてあげればインフルエンザだ。これは風に乗ることで広範囲を移動することができる。

 なら、その風を操ってしまえば? 

 あとは簡単だ。

 最近作ったばっかの新しいスペルカードを投げ捨てる。

 

「銀風『白疾風』」

 

 一振りの間に数十もの真空波が出現し、銀色の風となってヤマメへと迫る。

 さすがに天子戦で見せたように何百もの斬撃を生み出すことはこの体じゃできないけど、この戦いならこれだけの数で十分だ。

 

 ヤマメが糸や弾幕を操って銀色の風を止めようと試みる。しかしそれらは全て切り裂かれ、標的を通り過ぎた。

 次の瞬間、彼女の体中から血が噴き出る。

 そして断末魔をあげる間もなく、彼女は脱力して地底の穴の底へと落下していった。

 

「ふぅ、まずは雑魚敵クリアか」

『見事に無傷じゃない。おめでとー』

『ま、あれくらいのやつで苦戦するようじゃこの先は生き残れないだろうからな。当然の結果だ』

「ご忠告どうも。さて、魔理沙の方はどうかな?」

 

 そう口にした瞬間、頭上から黒焦げになった釣瓶が落ちて来た。そしてヤマメと同じように地底の闇に消えていく。

 どうやら杞憂だったみたいだね。魔理沙も無事勝てたようだ。

 

 私は勝利に喜んで無邪気な笑みを浮かべる少女を頭の中で浮かべながら、彼女たちと合流するため浮上した。

 

 



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嫉妬の妖怪と鬼巫女霊夢

 

 

 霊夢たちと合流後、しばらく下降していくと地面が見えてきた。

 ふわりと着地する。

 

「かー! やっと歩けるぜ! もうしばらく空飛ぶのはごめんだな」

「帰りも飛ぶのをお忘れなく」

「げっ、そうだった……。なんかボス倒したら地上までワープできる道具かなんかはないのかよ」

 

 私の言葉にがっくりと肩を落とす魔理沙。

 かれこれ一時間は落下していたからね。彼女のこの反応も仕方がない。かくいう私も、帰りは紫のスキマで良いかなとは思ってる。

 もっとも、それを言ったら行きも送っていけよとか文句を言われそうなので黙ってはおくけど。

 

 辺りを見渡すが、正面以外は壁で囲われていた。どうやらここは洞窟か何からしい。

 魔理沙が人形とブレスレットから聞こえる声と会話しながら壁を調べ始めた。どうやらさっきの弾幕ごっこで私の斬撃をあの壁で防いだことを見られていたらしい。

 だけどさすがここでのんびりしてる暇はないとさっきの戦いで危機感を持ったのか、壁の破片をポケットに突っ込み、こちらの後を急いで追ってきた。

 

 しばらく進むと、奥に光が見えてきた。おそらくは出口だろう。地底の中に光があるのに疑問を持ったが、その答えは洞窟を出てからすぐにわかった。

 

 視界いっぱいに飛び込んでくる光に思わず目をつむってしまう。

 ゆっくりまぶたを開ける。そして広がった光景に、思わず感嘆の声を漏らした。

 

「……すごいね、こりゃ」

『ようこそ旧地獄へ。ここに元住んでいた者として歓迎するよ、霊夢、魔理沙、そして楼夢』

 

 萃香の声が陰陽玉を通して聞こえてきた。

 

 そこは夜の世界だった。ただし、何も見えない真っ暗闇なんかじゃない。足元も遠くの景色もはっきりと見える。まるで夜に大量の灯火をつけているかのようだった。

 ここには当たり前だが太陽なんてものはない。なのに地底は明るい光に包まれていた。

 その秘密は天蓋や壁に埋め込まれた鉱石だ。色は様々。だがそれら一つ一つが放つ妖しい光が、闇に溶け込んでまるで星のように世界を照らしている。

 

「こいつは……予想外だったぜ……」

「……たしかに、悪くはないわね」

 

 地上では絶対に見られない妖しくも幻想的な光景に、私たちはすっかり足を止めて魅入ってしまっていた。

 

『悪いけど、観光は後にしてくれないかしら? いつここに妖怪が集まってくるのかもわからないんだから、さっさと進んでちょうだい』

 

 陰陽玉から聞こえてきた紫の声に私たちはようやく見るのをやめることができた。

 魔理沙がほおを膨らませて文句を言ってるけど、たしかにその通りだ。こんなところで立ち止まってたらいずれ大量の妖怪が集まってきてしまう。

 

 少し遠くの方に街らしきものが見える。たぶんあそこに行けば何か分かるだろう。

 私たちは見事な景色を振り切り、駆け足で歩を進めた。

 

 

 ♦︎

 

 

「パルパルパルパルパルパルパルパル……」

 

 地底に降り立ってから十数分後。

 どうしてこうなった。

 

 目の前には橋の前に体育座りで座り込む少女が一人。

 金髪に尖った長い耳。まるでおとぎ話のエルフのような外見をしている。ただ、その口から放たれるのは言葉ではなくもはや呪詛だ。

 

「そこの紅白、悩みなんてこれっぽっちも持ってなさそうで妬ましい……パルパル……」

「な、なによこいつ。なんかすごい面倒くさそうね」

「そこのピンク頭、髪が愉快な色で妬ましい……パルパル……」

「余計なお世話だよ! 謝れ、私の自慢のピンクヘアーに!」

「そこの金髪……」

「な、なんだぜ?」

「……パルパル」

「いやなんか言えよ!?」

 

 この会話だけで私たち全員が察した。

 あ、こいつ超面倒くさいやつだと。

 

『こいつは橋姫。一応橋を守る女神だね』

「けっ、こんなのが神なのかよ。世も末だな」

「それは同感ね。まったく、守谷の馬鹿たちといい、神ってのはほんとにロクなやつがいないわね」

「あのー、一応私も神なんですがぁ……」

「じゃああんたもロクでなしね」

「何という差別意識!?」

 

 仮にも巫女が言っていいセリフじゃない。

 しかしそれを言ったら殴られそうなので黙っておく。沈黙は金、雄弁は銀だ。

 

 魔理沙が持っている人形から声が聞こえてくる。

 

『そいつを放っておくことはできないの?』

『うーん、無理じゃない? 一応は橋の守り神だから、無視することはできないと思うよ』

 

 今度はブレスレットの方から声が聞こえてきた。

 

『じゃあ橋自体を無視して飛んでいったら?』

『それも無理だと思う。橋姫が守る橋を無視すると必ず何かしらの事故が起きて川に沈められるんだ』

『じゃあお手上げね』

 

 うちのサポートたちの中じゃ頭脳枠に入っている二人がこれ以上何も思いつかないんだったら、考えるだけ無駄だろう。

 ちなみに博麗神社に残ってるサポートたちの分類分けは、萃香は敵分析枠、紫、パチュリー 、アリスが頭脳枠だ。

 えっ、ルーミアと火神? エキストラ枠ですが何か? 

 あんな頭のオツムが足りてないコンビに戦闘以外で何かを期待するのは酷というものだ。

 

『なんかすごい侮辱されたような気がするんだけど……』

「うるさいよエキストラ枠。脇役は脇役らしく黙ってなさい」

『やっぱ喧嘩売ってるでしょあなた!』

「事実を言ったまでですー」

『おい、うるせェぞテメエら。少しは黙っておけ』

「『普段一番うるさいお前に言われたかないわ!!』」

『……あっ?』

『……あ、しまったつい本音が……!』

『うし、ルーミア、表出ろや』

 

 それっきり、二人が話しかけてくることはしばらくなかった。ただ、闇のリングからめっちゃ断末魔が聞こえてきた。

 やはり馬鹿である。私のノリに乗せられてこうも簡単に引っかかるとは。

 

 さてさて、そんなどうでもいいことをしてる間に誰が橋姫をやるのか決まったようだ。

 お祓い棒とお札を手に持ちながら、霊夢が前に出る。

 

「霊夢か……まあいい選択なんじゃない?」

「ちぇっ、あんなナヨナヨしたやつ、私で十分なのに……」

『いいえ、あなたじゃ返り討ちにあう可能性の方が高いわ』

 

 パチュリーのその言葉に魔理沙が眉を寄せる。

 しかしそれを気にせず彼女は淡々と萃香から聞いたらしい橋姫の特徴を語った。

 

『見てわかる通り、橋姫は嫉妬心がとても強い神よ。同時に妖怪でもあるらしいけどね。それに関係して、能力も大半が精神に影響するものになるらしいわ』

「それと霊夢を出すのにはどんな関係があるんだ?」

『霊夢は我が強いから精神操作系の能力がかかりにくいと思うわ。それは楼夢にも言えたことね。でも魔理沙、あなたは少し脆いところがある。だからあれには勝てないってわけ』

「……わかったぜ」

 

 おや、意外だ。あの魔理沙が大人しく引き下がるなんて。

 聞いてみたところ、どうやらさっきの一戦がよっぽど堪えたらしい。ここでは油断したらすぐに死ぬと本能レベルで理解したのだとか。

 まあ成長したってことだろう。

 

 そこまで話して、霊夢の方に視線を戻す。

 彼女が何か言ったらしく、橋姫が体育座りをやめて立ち上がっていた。そして両者はスペルカードを構える。

 

「博麗霊夢よ。よろしくは言わないわ」

「水橋パルスィ。……ああ、ああ、妬ましい……」

 

 二人の弾幕ごっこが幕を開けた。

 

 

 ♦︎

 

 

 通常弾幕の合戦から戦いが始まる。

 さすが地底の妖怪というだけあって、ばら撒かれる弾幕はなかなかのものだ。

 しかしそれでも、霊夢の方が二、三枚上手だ。

 弾幕同士がぶつかり、相殺し合う中、ホーミングアミュレットがパルスィをかすめていく。そしてその頻度はだんだん多くなってきた。

 

「ちっ、撃ち合いじゃ分が悪いわね。妬ましいわっ」

「そのセリフ、一々癪にさわるわね。二度と言えないようにしてあげる」

「っ、妬符『グリーンアイドモンスター』!」

 

 パルスィがスペカを宣言。巨大な緑色の弾幕が出現する。

 それは霊夢を延々と追尾しながらその軌跡をなぞるように小さな弾幕をばらまいていく。まるで無限に長くなり続ける蛇のようだった。

 

 しかし、霊夢を相手にするには物足りないスペカだ。彼女は曲がりなりにも博麗の巫女。今回の異変解決メンバーではもっとも弾幕ごっこが得意と断言できる。

 そんな彼女が弾幕に追いつかれるはずがない。

 

 まるで当たる気配のない霊夢にパルスィの顔に焦燥が浮かぶ。

 それを見透かして、霊夢は隣に浮いている紫の陰陽玉の能力を使うことにした。

 霊夢を敵の目から隠すようにスキマが出現する。

 

「……っ、消え……!?」

「こっちよ」

 

 声をかけられ、パルスィは勢いよく振り返った。

 そこには汗一つかいていない霊夢の姿が。

 

 パルスィの頭の中に様々な疑問が浮かび上がる。だが、それを対処する時間はなかった。

 なぜなら霊夢を追って緑色の蛇がパルスィに急接近してきたからだ。

 

 霊夢は笑みを浮かべながら再びスキマに吸い込まれていく。

 すると蛇の射線上に残ったのは? 

 パルスィはそれを考えることなく、必死に体を捻った。

 

 蛇がパルスィの服をかすめて通り過ぎていく。

 しかし無理に体を動かしたせいでバランスを崩してしまった。

 そこを霊夢は見逃さない。

 

「宝具『陰陽鬼神玉』」

 

 衛星のように霊夢の周囲を回っていた紫白の陰陽玉が巨大化していく。そしてそれがパルスィめがけて撃ち出された。

 彼女にそれを避ける暇はなく、地面に落ちてそのまま陰陽玉に押しつぶされた。

 

『うわぁ……』

『与えた私が言うのもなんだけど……霊夢にスキマってもしかして一番マズイ組み合わせだった?』

「これ、いいわね。今後の異変でも是非使いたいわ」

『……うん、やっぱ禁止にしましょう。さすがにパワーバランスが崩れてしまうわ』

 

 紫に却下され、霊夢は舌打ちをする。

 今回霊夢に支給された陰陽玉は、魔理沙の人形やブレスレット、楼夢の指輪と比べても破格の性能を持っていた。

 その能力は一時的にスキマを自由に操れるというもの。もちろん所詮はマジックアイテムなので長い距離は移動できなかったり、開けるスキマの面積が小さかったりするのだが、元の性能が凄すぎてデメリットにすらなっていなかった。

 おまけに使う相手が霊夢だ。才能というのは恐ろしいもので、一、二回使用しただけで完璧にスキマを操ることに成功していた。

 

「案外簡単にいけそうね。この調子でさっさと片付けさせてもらうわ」

「地底のっ、妖怪を……っ、なめるなぁっ!」

 

 よほど見下されているのに腹が立ったのか。

 パルスィは見た目の可愛らしさなど吹き飛ばしてしまうほど凄まじい形相をしていた。その目は緑色の光を放ち、爛々と輝いている。

 橋姫は鬼女とも呼ばれることがある。今の彼女は、まさにその名にピッタリだった。

 

 立ち上がり、彼女は霊夢に向かって手のひらを掲げる。

 だが、何も起こることはなかった。

 

「なっ……! 私の能力が効かない!?」

「予想通り精神操作系ね。嫉妬心を操るってとこかしら。でも残念。私はそんなのにかかるほどヤワじゃないのよ」

「ぐっ……人間がァ! 恨符『丑の刻参り七日目』ェ!!」

 

 呪詛にも似た恐ろしい叫びをあげ、パルスィはスペカを投げ捨てる。

 そして彼女を中心にいくつもの釘のような弾幕がばら撒かれ、あちこちの地面や壁に突き刺さった。

 そしてそれらの釘から辺り一帯を埋め尽くすほどの弾幕が放たれる。

 

 それでも霊夢に焦りはなかった。動き回るのをやめ、最小限の動きだけでグレイズしていく。

 反撃に霊夢もお札を投げているのだが、大量の弾幕がパルスィを守るシェルターにもなっていてなかなか彼女まで届かない。

 だったらと、霊夢は周囲を回る青白の陰陽玉から幽霊のように揺れ動く弾幕を放った。

 

 それを見たパルスィが弾幕を操作し、彼女の周囲を覆うように壁を作り上げる。

 しかし青白い鬼火のような弾幕は、なんと壁を()()()()、パルスィへと迫った。

 

 これが、萃香の陰陽玉の能力。弾幕をすり抜ける弾幕だ。

 詳しい原理は霊夢も知らない。密度を操ってどうたらこうたらとは言っていたが、そもそも興味がなかったので全部聞き流していた。しかしその性能は見ての通り優秀だ。

 

 周囲を保険として壁で覆っていたのが仇となった。狭いスペースの中では避けるのも難しく、鬼火はパルスィの服の端を次々と焦がしていく。

 すり抜けるのなら無意味と、パルスィは弾幕の壁を解除し、霊夢を積極的に攻撃する作戦に移り出た。

 

 しかし、それが実行されることはなかった。

 視野が広がったその時、彼女の目に映ったのは、待ってましたとばかりにスペルカードを構える霊夢の姿だった。

 

「しまっ……!?」

「神霊『夢想封印』」

 

 後悔先に立たず。

 霊夢の周囲に七つのカラフルな巨大弾幕が浮かび上がる。

 パルスィは弾幕の壁を戻そうとしたが、時すでに遅く。

 

 弾幕が殺到し、パルスィもろとも大爆発を巻き起こした。

 

 




「どーもどーも。夏休みが終わってしまってグロッキーな作者です』

「そもそも平日でも基本食っちゃ寝なんだから大して変わらねえだろ。狂夢だ」


「なんかあっさりパルスィ戦終わったな。スペカも三枚使ってないし」

「いや、前回のヤマメ戦で楼夢さんが結構余裕で倒しちゃったじゃないですか。だからそれよりも強い霊夢さんが苦戦するのはどうなのかと思いまして」

「まあたしかにキャラのイメージは大事だけどよ……。そういえば霊夢の陰陽玉ってなんであんな性能にしたんだ? スキマはともかく、萃香の弾幕をすり抜ける弾幕はさっぱりわからねえぞ?」

「原作で萃香さんをサポートキャラにした時のショットが貫通弾なんですよ。もちろんそれ以外にも特殊能力に全アイテム回収、霊撃に当たった弾幕をホーミング弾にして返すというものがありますが、前者は小説では生かせず、後者は単純に強すぎますからね。だからこういう性能に落ち着きました」

「正直言っちまえば、今回の異変解決組の中でもこの二つのアイテムの性能は群を抜けてるよな」

「しかもそれらを同じキャラが持つという」

「しかもそのキャラがメンバーの中でもっとも強いという。もはや鬼に金棒どころの話じゃねぇな」

「ま、まだ魔理沙さんのマジックアイテムの説明が入ってませんから!」

「アリスとパチュリーなんて簡単に予想がつくんだが。どうせ「はいそこでカットォ! 次回もお楽しみに!」


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地底の街

 

 

「あーりゃりゃ。流されていっちゃったよ……」

 

 川の中でどんぶらこどんぶらこと浮き沈みしながら遠ざかっていく金髪エルフもどきに手を振る。

 うん、完全に気絶しちゃってるね。落ちた場所が悪かった。あの調子じゃしばらく戻ってこれないだろうし、その隙に進ませてもらうとしよう。

 

 外の世界の京都に残ってそうな木製の橋を歩いていく。

 そして川を渡れば、見えてきたよ。地底の街が。

 

『みんな、ここからが本番だよ。あそこにはさっき戦ったようなやつらが普通に街を歩き回っている。どこで喧嘩を売られるかわからないから気をつけるように』

「さっきの雑魚が束になっても一緒よ。全員まとめて退治してあげる」

「へっ、その通りだぜ。私のマスタースパークで地底のやつらの度肝を抜いてやる!」

 

 二人はやる気満々だけど、対照的に私のテンションは超低い。

 いやだって、あそこは鬼が治めてるんでしょ? 鬼ってことは……絶対いるよなぁあいつが。

 

「ねえ紫。消臭剤かなんかもってない? できればスキマで送って欲しいんだけど」

『えっ、消臭剤? たしかにあるけど……』

 

 グニュンという空間が歪む音とともに、消臭剤を持った紫の手がスキマから生えてきた。

 ファ●リーズとラベルにデカデカと書かれたそれを受け取ると、容器の先っぽを刀でちょん切る。そして容器を逆さにし、その中身を頭からまるごとかぶった。

 

「お、おい何してるんだぜ! 気でも狂ったか!?」

「いや、真面目だよ。これは作戦さ……ふふふ……」

「いや、なんか目が死んでて全然大丈夫じゃなさそうなんだが……」

 

 私がこんなことをしたのにももちろん理由がある。

 なんと、剛のやつは私限定で臭いを嗅ぎ分け、位置を特定することができるのだ。

 いや怖いよ! マジで怖いよ! 

 妖怪の山に住んでたころはそれで何度やつに襲われたことか……。

 ああやばい、トラウマが蘇ってくる……。

 

「おーい、大丈夫かー?」

『そっとしておいてやれパツキン魔法使い。こればかしは誰も関わっちゃいけない問題なんだ……』

「嗚呼、三途の川で四季ちゃんが手を振ってる気がする……」

「恐怖のあまり幻覚を見始めちゃってる!?」

 

 やめろぉ、私はまだ死にたくなぁい……。

 

「はぁ……ったく、世話が焼けるわね、このっ!」

「もんぶらんっ!? ……はっ、私は何を!」

 

 霊夢の拳骨のおかげでなんとか正気に戻ることができた。

 ちまたじゃ精神力オバケなんて言われたこともある私を恐怖だけでここまで追い詰めるとは……剛、恐ろしい女だ。

 

「というかもう行っていいかしら。いい加減茶番は飽きてきたのよ。あとなんかあなたいい匂いがしてきてうざいわ」

「最後のは八つ当たりじゃないかな!?」

「うるさい」

「あ、耳を引っ張ったまま歩かないで! あっ、あっ……!」

 

 私のケモミミを鷲掴みしながら霊夢は進んでいく。当然それに引っ張られて私もいやいや後を追っていく。

 

 そして一悶着あったところで、私たちはようやく地底の街に入ることができた。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 街に入ってしばらく歩くと、あちこちから視線を感じた。

 妖怪の街に人間がいるんだ。そりゃ目立つ。

 ただ、表通りはそこまで治安が悪くないのか、いきなり襲いかかってくるようなやつはいなさそうだった。

 どちらかと言うと私たちを敵ととしてじゃなくて不審者として見てるような感じだ。通り過ぎるほとんどの妖怪たちが怪しがっているけど、近寄ってくるわけでもない。

 

「うーん、こうして見ると地底はずいぶん賑やかなもんだな」

『まあトップが鬼だし、地底にいるやつらは基本気性が荒いからね。ガヤガヤ酒を飲んでは喧嘩するのがここでの日常さ』

「そのわりには私たちに喧嘩をふっかけてくるやつらはいないようだけど?」

 

 萃香の言葉に疑問を持った霊夢が問う。

 

『まあここは表通りだからね。暗黙の了解としてここじゃ派手なことはやらないようにしてるんだよ。だから脇道なんて歩いたらすぐに襲われると思うよ』

「や、やっぱり物騒なんだなここは……」

『でも立ち止まってるわけにはいかないわ。どこかで情報を集めなきゃ』

『じゃあ居酒屋なんてどう? 私のお気に入りの店を一つ紹介してあげるよ』

 

 紫と萃香の案に、私たちは顔を見合わせる。

 特に異論はなかったので、そのまま萃香がおすすめする居酒屋に行くことにした。

 

 

 妖怪である私が先頭に立って、居酒屋の引き戸を開ける。

 ガラガラという音とともに入店し、店員に人数を言うと素早くカウンター席に座った。

 別に敷居で挟まれた畳の席でもよかったんだけど、今回は情報が目的だ。だからこそ、人目がつくのを無視してここを選んだ。

 

 でも一仕事する前に……。

 私はメニュー表を開いた。

 

「おいおい、私たちはここに情報収集をするために来たんだぜ? 呑気に飲んでる場合かよ」

「ノンノン魔理沙、私がただ酒を飲もうとしてると思ってるんだったら大間違いだよ。第一、店で何も食わないようなやつに店員が情報を与えると思う?」

「た、たしかに……。でも、金はどうするんだ?」

「適当なマジックアイテムを渡すさ。こっちじゃ地上の金は使えないと思うし。だから遠慮なく食べていいよ」

「そこの店員! 芋焼酎に鬼の地酒、そして唐揚げセット三つに焼き鳥五つちょうだい!」

「……霊夢はちょっと遠慮してほしいかなぁ……」

 

 私のおごりと言った瞬間これだ。小遣いはあげてるはずなのに、どうして霊夢のこの悪い癖は治らないのだか。

 魔理沙は霊夢の豪快な注文っぷりを見て迷いが吹っ切れたらしく、酒と唐揚げセットを注文していた。

 同じように私も鬼の地酒と唐揚げセットを注文する。

 

 運ばれてきた料理と酒を楽しむ。

 やっぱり地底の酒は強いね。私は妖怪だから大丈夫だけど、魔理沙は一つ目で早々ダウンしていた。顔を青くして机に突っ伏している。

 鬼の酒を人間が飲んだら当然こうなる。こうなるんだけど……。

 ちらりと、隣の席を見る。

 

「お酒足りないわよ! もう一瓶持ってきなさい!」

 

 ……なんで霊夢はこんなにも酒に耐性があるのだろうか。多分ヤマタノオロチと恐れられた私と同じかそれ以上飲んでるぞありゃ。

 

「ば、化け物かよあいつは……ウップッ」

 

 それを見ただけで再び酔ってしまったのか、魔理沙は顔をさらに青く染める。見れば私たちだけでなく、他の客までもがあまりのウワバミっぷりに驚いていた。

 その多くは負けてたまるかとさらに酒を注文していた。

 

 異様な盛り上がりを見せる居酒屋。しかしその騒ぎにつられたのか、地底で最も大きな火がここに近づいてきていた。

 

 戸がガラガラと大きな音を立てて開く。中に入ったのは顔に大きな傷が刻まれている妖怪。

 非常に筋肉質な体格に額から生えている尖った角。

 地底の番人、鬼だ。

 

 鬼は店に入るなりこちらに近づいてきて、霊夢の肩を掴んだ。

 

「……なによ、アンタ?」

「おいおいその返事はねーだろ人間の姉ちゃん。もうちょっと楽しそうな雰囲気出せよ」

「だったら手を離してもらえるかしら? 食事の邪魔で不愉快だわ」

「……おい、あんま調子にのんじゃねぇぞコラ」

 

 最初はヘラヘラしていた鬼の雰囲気が重いものに変わる。

 店内は打って変わって静まり返った。

 誰もが唾を飲んで私たちを傍観している。

 しかしそんな中でも、霊夢の表情は全く変わっていなかった。

 

 鬼は肩を掴む手に力を込める。

 

「なあ姉ちゃんよ。俺たちはアンタらに聞きたいことがたぁーぷりあるんだ。ここは大人しく面を貸すのが、お互いにとって得だとは思わねぇか?」

「思わないわね。これっぽっちも」

「このアマァ……! 黙っていればいい気に——ぶごっ!?」

 

 鬼は激怒し、霊夢の肩を壊すためにさらに力を込めようとした。

 しかしその瞬間、目にも留まらぬ速さで霊夢の左手の甲が一閃。

 顔面から鼻血を吹き出しながら、鬼は後ろへ吹き飛び、壁に激突した。

 

『ひゅー、やるねぇ』

「こ、この野郎……っ! やりやがったなぁ!」

「そっちから仕掛けてきてよく言うわ」

 

 霊夢は席から立ち上がると、人差し指を立ててクイクイと曲げ、挑発した。

 普段の彼女ならやらないようなパフォーマンスだけど、今彼女は酔っているせいでテンションが上がっているらしい。ほんのりと顔が赤くなっている。

 

「さっさとかかってきなさい。遊んであげる」

「なめ、るんじゃねぇ!」

 

 鬼は雄叫びをあげると、拳を大きく振りかぶったまま突っ込んでくる。

 角も相まってその姿はまさに闘牛だ。

 しかし悲しいかな、闘牛は闘牛士に勝つことはない。

 

 霊夢は若干腰を落とすと、相手の右スウィングに被せるように右拳でカウンターを繰り出す。

 それは見事に直撃。新たに血が噴き出した。

 顎を打ち抜かれてバランスを保てなくなり、鬼の動きが一瞬止まる。

 しかしその一瞬で十分だった。

 青い閃光が彼の横顔を打ち砕くには。

 

 霊力を纏ったローリングソバットとも呼ばれる蹴りを顔面から受けて、鬼は最初の比じゃない勢いで吹き飛ばされ、戸を突き破って外に出た。

 

 居酒屋内に一瞬の沈黙が訪れる。

 だがすぐに決壊。

 客たちはそれぞれ立ち上がり、テーブルを叩いたりして地鳴りのような大歓声をあげた。

 

「ひゅー! やるねぇあの人間! 鬼をあんな簡単に倒しちまったぞ!」

「強すぎるぜ! おい誰か勇儀さん呼んでこい! 久々に面白い戦いが見られるかもしれねえぞ!」

「……なにこれ?」

『地底の連中はこういうやつらなのさ。こいつらは常に戦いに飢えている。だから喧嘩はある意味旧地獄の華ってとこだね』

 

 予想外の周囲の反応に困惑していた霊夢に、萃香がそう説明する。

 私たちは面倒ごとに巻き込まれないために一旦外に出ることにした。

 するとさっき霊夢に蹴られた鬼が満身創痍になりながらもこちらに歩み寄ってくるのが見える。

 仕方ないなぁ……。

 

 闇のリングを発動。

 何もない空間から突如黒い巨腕を飛び出て、鬼の首を握りしめる。

 

「あ、がぁ……っ!」

「往生際が悪ぃんだよ。敗者は黙って土の養分にでもなってろ!」

 

 感情の高まりで思わず素の口調に戻ってしまっているが、今は好都合だ。

 鬼は最初は抵抗していたが、しだいに勢いがなくなってくると、泡を口から出して白目を向いてしまった。どうやら気絶したらしい。

 私は闇の腕を操作し、こちらの視界から消えるほど遠くまで鬼をぶん投げた。

 

『ナイスピッチ。300キロは出たんじゃないかしら?』

『おいおいこれが鬼かよ。ただの生ゴミの間違いじゃねェのかァ?』

 

 はぁ……呑気だねこいつらは。自分は戦ってないくせに好きなこと言いやがって。

 まあ実際戦っても同じことを言いそうな気がするんだけど。放っておくしかないか。

 

 しかし……辺りを見渡す。

 表通りが妖怪たちで埋め尽くされている。私たちは野次馬たちによって完全に包囲されていた。

 殴りかかってこないだけマシだけど、こうも騒がれちゃ鬼どもが来ちゃうじゃないか。その前になんとか逃げなくては。

 

 しかし、そんな私の考えも無駄だったようだ。

 突如野次馬たちの波がモーゼの奇跡でも使われたように二つに割れていく。

 そしてその奥からさっきのとは明らかに実力が違う鬼の女が歩いてきた。

 

 体操服のような衣服に額から突き出た巨大な一本角。

 ちらりと見える腹は見事に割れていて、一瞬女性であるのを忘れてしまうほどだ。

 

「よお、派手にやってるじゃないか人間!」

「……誰よ、アンタ?」

「おおっと、こちらから名乗るのを忘れてたよ。私は星熊勇儀。一応ここらの鬼をまとめている。よろしくな、人間」

「……博麗霊夢よ」

 

 ああ、剛ほどじゃないけど面倒くさいやつに出会ってしまったもんだ。

 勇儀はヘラヘラとした笑みを浮かべている。が、やつの目だけは笑っていなかった。間違いなく、あれは獲物を見つけた獣の目をしていた。

 

『おー! 久しぶりじゃん勇儀! 元気してたぁ?』

「うん? 私にはそんな丸っこい知り合いはいなかった気がするんだけど……とうとう私もボケたか?」

『違うって! 私だよ私! 萃香だ!』

「ああ、萃香か! しばらく見ない間にずいぶんへんな形になったじゃないか!」

 

 うん、今の会話からバカは治ってないのがよーくわかったよ。

 他の二人はイマイチ状況がつかめていないようで、代表して魔理沙が彼女らに問いかけた。

 

「えーと、お前らって知り合いなのか?」

『おっと、紹介を忘れてたね魔理沙。こいつは——』

「妖怪の山の四天王『力の勇儀』。萃香と並ぶ最高クラスの鬼。わざわざ説明する必要はないよ」

 

 このままじゃダラダラと長話を続けそうだったので、強引に言葉を割り込ませてもらった。

 勇儀の視線がこちらに向き、一瞬怪訝な表情を浮かべるも、次には目を見開いて驚いていた。

 なんだその反応は。百面相かおのれは。

 

「お前、もしかして楼夢か!?」

「当たり。久しぶりだね、勇儀」

 

 何はともあれ、私は旧友と嬉しくない再開を果たしたのだった。

 



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戦いの瞳

 

 

「いやー、母様から聞いてたけど、ほんとにちっこくなってるとはね」

「色々あったんだよ。色々……」

 

 じろじろと勇儀は私を眺め、思い出したかのように噴き出す。

 笑うな笑うな。まったく、相変わらず妖怪というのは人の不幸が大好物で嫌になる。自由に元に戻れる前の状態だったら殴り飛ばしてたところだ。

 ……まあ私も妖怪なんだけど。

 

 でも、こんな風に彼女と再会したのは通常ならば不幸なのだが、この場合はある意味幸運かもしれない。

 妖怪の山時代に、剛は鬼の頭領ではあるが、面倒くさがりで他の鬼どもをまとめるのは全部勇儀に回していた。おそらくそれは今も変わらないはず。だったら彼女からはかなりの情報が得られるはずだ。

 

「ねえ勇儀。私たちは今地上に旧地獄の怨霊が発生した事件について調べてるんだけど、何か知らない?」

「地上に怨霊? そんな話聞いたことがないけど、事実だったら大問題だね」

 

 この話を聞いて初めて勇儀は顔をしかめた。おそらく地上との条約について考えていたのだろう。

 引き続き、質問を続ける。

 

「そっ、大問題なの。だからさ、なにか役に立つ情報はないかな?」

「うーん、と言っても私たち鬼が管理するのは妖怪であって怨霊じゃないからなあ」

「じゃあ誰が管理してるのさ」

「それだったらわかるよ。地霊殿っていう屋敷に住むさとりって妖怪さ。ほら、この街の中心に建ってるあれだ」

 

 勇儀はそう言ってとある方向に指を指すが、残念ながら私の身長じゃなにも見えなかった。おまけに人混みもある。

 なので適当な家の屋根に飛び乗り、改めて勇儀が指した方向を見る。すると和風なこの街の雰囲気とは少しズレた、西洋風の館が見えた。

 

「あそこは灼熱地獄の真上に建てられている。だから怨霊を管理するにはうってつけの場所ってことさ」

 

 方角は覚えたので、あとは適当に進めばいずれは着くはずだ。

 これ以上は見る必要はないと判断し、私は屋根を降りて表通りに戻った。

 

「なるほどね。ありがとう、それじゃあ私たちは先を急ぐことにするよ」

 

 これ以上関わるのは危険だ。

 そう思い、素早くこの場から逃げ出そうと背を向けるのだけれど、

 

「おっと、ちょっと待ちな。こんだけ聞いといてタダで帰る気じゃないだろうね」

 

 ……ああ、やっぱりか。現実はそう甘くはない。

 心の中で舌打ちをしながら、振り返る。

 勇儀の目は燃えるような闘気で輝いていた。

 

 彼女の言いたいことはもう察しがついている。

 なのですぐに刀を引き抜き、戦闘の構えをとった。

 

「……はいはい。戦えばいいんでしょ戦えば。最初から覚悟してたことさ。だからかかってきな」

「ちょっと、トントン拍子で話を進めないでくれる?」

「霊夢、ここは私がやる。だからあなたたちは先に行ってて」

 

 文句を言ってきた霊夢だが、その言葉を聞くとあっさり引き下がってくれた。

 この中で一番鬼を知っているのは私だ。なら私が戦うのがもっとも効率がよく、体力を温存できる。

 

 しかし私たちのその考えは、勇儀の一言で打ち砕かれた。

 

「いや、楼夢、お前はダメだ。私はそこの人間とやりたい」

「なっ……!?」

 

 予想外の要求に私たちは目を見開いた。

 なぜだ。この中で一番鬼を楽しませられる存在は私のはずだ。そんな私を差し置いて、どうして霊夢と戦いたがる。

 

 その理由は、彼女の口から直接語られた。

 

「楼夢、私たち鬼が昔人間との戦いを何よりの楽しみにしてたのは知ってるよな?」

 

 その通りだ。今は人間というか強者ならば誰でもいいという感じだけど、昔の鬼は急な速度で成長していく人間との勝負をするのが大好きだった。

 

 その勝負のために鬼は人をさらい、駆けつけてきた別の人間が来るたびに真剣勝負を申し込んでいた。

 

 だけど人間は鬼と違ってバカじゃない。だいたい鬼と人間の勝負なんて文明が発達していったとはいえ、当時は結果がわかりきったものとしての印象が強かったはずだ。もちろん鬼の勝利という結果が。

 

 だからこそ、人間は知恵を振り絞って鬼を騙し討ちで殺すことに決めた。

 それを悪い選択だったとは思わない。むしろ私としては当然だったとさえ思っている。

 分の悪い勝負に乗るなんてバカの所業だ。おまけに負ければ全てを失う。なら最初っから勝負を盤面ごとひっくり返してしまった方が手っ取り早く、生き残る確率は高い。

 

 だけどそこに、鬼たちが求めるものはなかった。

 罠。毒殺。いろいろだ。鬼たちが思いつかないような、いろいろな手を使って人間たちは次々と鬼を殺していった。逆に鬼は一回も相手に触れることなく死んでいった。

 

 それはとても喧嘩と呼べるものじゃなかった。

 だからこそ鬼は人間たちに失望し、地上から姿を消した。

 

「しかしだ。そこの人間はなんの小細工もなしに拳だけで鬼を倒してみせた! それを見たとたんに弾けたよ! 私はこいつと喧嘩がしたいってな!」

「……同じく(いにしえ)より生きるものとして共感できる部分はある。だけど勝手な言い分だね。少なくとも私がいるうちは、霊夢に手を出させやしない」

「……ふーん、そうかい。だったら私は私で母様でも呼ぼうかね」

「……っ!?」

 

 この野郎……! なんて爆弾発言をしてくれやがる……! 

 明らかに歪んだ私の顔を見て、勇儀は口角をつり上げる。

 それに腹が立って彼女を睨みつけるが、結局は殴るどころか何か言うことすらできなかった。

 

 彼女の言葉はハッタリではない。たとえ離れた場所にいても、やつなら十分聞き取ることが可能なはずだ。

 だけど霊夢を勇儀と戦わせたくはない。そうなると剛が私たちのところに来ることも踏まえて、作戦を模索していくがなにも浮かび上がらない。

 

 まずは私と勇儀が戦った場合。そうなると剛が来て結局私は彼女の対処に回らなくちゃならない。その隙に勇儀は霊夢に勝負をしかけることができるというわけだ。

 

 なら最初っから戦わずに逃げ出したら? これも難しい。

 まず剛が呼ばれた時点で私が逃げ切ることはほぼ不可能だ。そうなると結局は霊夢と魔理沙の二人だけで逃げ回ることになる。が、地の利はあちらにあるため、捕まる可能性の方が圧倒的に高い。

 

 くそ、どうすれば、どうすれば……!? 

 ストレスとともに刀を握る手に力がこもっていく。しかしそれを発散する方法はない。私が動いたら、それでおしまいだ。

 

 迷いに迷う。気分の悪いものが頭の中をグルグルと回って、それでも答えは出てこない。

 しかし、最終的に私が決断を下すことはなかった。

 

 力んでいた肩にポンっと手が置かれた。

 振り返ると、そこには曇りのない目で勇儀たちを見つめる霊夢の姿が。

 この時点で私は彼女がなにをするのかわかってしまった。しかし止めるすべはなかった。

 

「私がやるわ」

 

 そう、勇儀の前へと出てきて彼女は宣言した。

 途端に勇儀の笑顔が深まる。歪んだ三日月は限界まで張られ、今にも弾け飛んでしまいそうだ。

 

「はは、感謝するよ人間! さあ、やろうじゃないか!」

「ちょうどいい運動よ。食後にはぴったりだわ」

 

 霊夢は他人のために自らを犠牲にするような性格ではない。それなのに前に出た理由は、きっと私と同じ考えだったからだろう。

 そう、この局面を最小限の犠牲で済ますには霊夢が戦うしかないという考えに。

 

 だけど、それを素直に認めるわけにはいかないんだよ、私はっ。

 霊夢を引き止めようと袖を引っ張る。

 彼女は振り向きはしなかった。ただし返答の代わりに来たのは、デコピンだった。

 

「痛っ! なにするのさ!」

「アンタ、いい加減にうっとうしいのよ。保護者かなんかのつもり?」

「いや、そう言うわけじゃないけど……」

「ならこの際はっきり言っておくわ。私が進む道は私自身が決める。誰かに指図されるなんてお断りよ。……それとも、アンタは私がこの程度の敵に負けるとでも思っているのかしら?」

 

 そう言い切った彼女の目はまっすぐだった。負けることなんてこれっぽっちもない。むしろ絶対的な自信と揺るがない意志で満ち溢れている。

 

 その目を見て、気づいた。

 なんだかんだと言いつつも、一番霊夢のことを理解できていなかったのは私なのかもしれない。力量的に彼女の強さを認めながらも、精神的にまだ未熟と思って子供扱いをしていた。

 でも、それももうおしまいだ。

 彼女の目は覚悟の目だ。そしてそれをすることができるということは、彼女はもう子供ではないということ。

 彼女は少女である前に戦士だったのだ。

 

 それがわかったなら、もう言うべきことはない。

 

「ふっ、私もまだまだだね……」

「なによ、急に笑い出して。とうとう頭がイかれたのかしら?」

「なんでもないさ。ただ……改めて自分のことしか見れない自分に心底失望しただけ」

「……やっぱり意味不明よ」

 

 わからなくていいさ。

 酔っ払ってあまり身動きができなくなっている魔理沙を担ぎ上げ、建物の屋根へと飛び乗る。

 

「頑張りなよ霊夢。今回の私は傍観者。あなたの成長、見せてちょうだい」

「忘れたなら嫌でも見せてあげるわよ。博麗の巫女の恐ろしさってやつをね」

 

 それが、最後に彼女と交わした言葉だった。

 霊夢は改めて勇儀と向かい合う。

 両者から炎のように霊力と妖力のオーラが立ち上っているのが見える。それはつまり、具現化してしまうほど二人の力が高まっているという証拠だ。

 やっぱり、弾幕ごっこで済ませるつもはないらしい。

 

「なあ、知ってるか? 楼夢はよく喋るやつだけど、本当の意味で人のことを思ったことは全くないんだ」

 

 ……ああ、自分でもよくわかってる。

 

「その楼夢がこれほどまでに過保護になる人間。考えただけでよだれが垂れてきそうだよ……!」

「お腹が減ってるんならそこの居酒屋で食っていなさい。暇つぶしに付き合うつもりはないわ。鬼だろうが楼夢だろうが異変の首謀者だろうがさっさと退治して、それでおしまいよ」

「言ってくれるじゃないか……人間ッ!」

 

 戦闘の火蓋が切って落とされた。

 両者は同時に地を蹴り、拳を振るう。

 そして凄まじい衝撃波を放ちながら、二人の拳が交差した。

 

 



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交差する拳

 

 

 勇儀と霊夢の拳が交差した。

 だが、鳴り響いた打撃音は一つ。

 

「へぇ……やるじゃないか」

 

 霊夢の拳がほおにめり込んでいるにもかかわらず、勇儀は不敵な笑みを浮かべた。その表情から全くダメージを受けている様子はない。

 一方霊夢はカウンター気味に当たったはずの拳がそこまで傷を負わせていないことに目を見開いていた。

 その隙を縫うように、勇儀の左拳が振るわれる。

 

 とっさのことで回避が間に合わなかった。両腕をクロスさせ、拳が当たったと同時に自ら後ろへ飛び退く。そうやって拳の威力を殺そうと霊夢はしたのだが、それはほとんど意味をなしてはくれなかった。

 

 拳が霊夢の腕に触れた瞬間、真近で爆発音が鳴り響く。

 そして霊夢は想定外の速度で吹き飛ばされ、家一つをぶち抜き隣の通りの地面に打ち付けられた。

 

「カハッ……!?」

 

 なんて威力だ。思わず愚痴をつぶやく。

 なるほど、楼夢が自分にアレの相手をさせたくなかったわけがよーくわかった。

 

 霊夢も以前、同じ四天王である萃香と戦ったことがある。しかし勇儀は萃香とは同じ鬼なのに戦い方の特徴が全く違うのだ。

 萃香が柔だとしたら勇儀は剛だ。細かい技術などは一切ない。ただ本能に任せて殴り合うだけ。それゆえに出だしも簡単にカウンターを浴びせることができた。

 しかし勇儀にはその弱点を補って余りあるものがあった。それはある意味萃香とは別格の身体能力だ。

 体の頑強さも腕力も何もかもが萃香より一つ上だ。現にさっきのカウンターも萃香なら吹き飛んでいただろうが、勇儀は見事耐えてみせた。

 

 霊夢が萃香に勝てたのは、彼女が得意とする技術による格闘戦を霊夢が上回っていただけ。しかし勇儀のようなものを前にしては技術など何の役にも立たないだろう。

 

 それでも、あんな見栄を切ったのだ。負けるわけにはいかない。

 拳を地面に叩きつけて自らを鼓舞し、立ち上がる。

 

 幸い腕がちょっと痺れただけで今のところは骨折も捻挫もしていない。

 まだまだやれる。そう闘志を燃やし、拳を握りなおした。

 

「アッハッハ! 上手く受け身でもとったか! でも今度はそうはいかないよ!」

 

 笑みを浮かべながら突っ込んでくる勇儀。

 さっきの霊夢がぶち破った建物は勇儀のさらなる突進によって完全に崩れ落ちた。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 突進の加速を利用して、勇儀は腕を思いっきり振りかぶり、フック気味のスウィングを繰り出してくる。

 それをくぐり、再びカウンターで右アッパーを放つ。

 今度は顎に直撃した。普通ならここで脳を揺らされて平行バランスが崩れたりするのだが……。

 

「へっ。だからそれは効かないって言ってるだろうが!」

 

 そもそも脳自体が揺れていないので、勇儀の体勢が崩れることはなかった。お返しとばかりに拳を振り下ろしてくる。

 それをバク宙の要領で避けながらお札と弾幕を浴びせる。しかしそれでも勇儀がダメージをを受けた様子はない。

 

 しかし次の勇儀の行動でその考えは否定された。

 勇儀はぺっと唾を吐き出す。その唾は真っ赤に染まっていた。

 口の中を切っていたのだろう。それはつまり、多少ではあるが霊夢の拳が勇儀にダメージを与えているということ。

 

 しかし今は何の役にも立たない情報だ。

 霊夢の本気の拳の威力は生半可なものじゃない。岩どころか鋼すらもたやすく砕くことができるだろう。それを、ましてやカウンターでくらったのなら普通は首の骨が折れて死ぬのに、彼女ときたら少し口を切っただけ。これだけハイリスクローリターンの末に与えた傷を果たしてダメージなどと言っていいものか。

 

 勇儀は霊夢に思考させる時間すら与えないつもりらしい。彼女はがむしゃらに突っ込んではカウンターを受け、それでも突進を続けるという一見無意味な行動を続けていた。

 しかし、勇儀が気づいているかどうかは知らないが、おそらくはこれが最も効率的な勝利方法のはずだ。

 

 カウンターとは与えるダメージが倍になる分、失敗すればその利益が自分に返ってくる諸刃の剣。そしてそれを成功させるには並々ならぬ集中力を必要とする。

 いくら霊夢が超人と言えど、それは変わらない。そして体力勝負に持ち込まれれば霊夢に勝ち目はない。勇儀が体力負けするはずがないので、このままでは遠からず集中力が切れたところを逆カウンターをもらって終わりだろう。

 

 それがわかっていてもなお、霊夢はカウンターを続けるしかなかった。しかし勇儀もさすがに何度もそれを繰り返せばわかってくるため、拳を振るった後は顔面にガードを固めていた。

 

 横から振り回されるスウィングをかいくぐって、左拳で勇儀の右脇腹を叩く。

 まっすぐ突き出されたストレートを前進しながら首をひねって避け、右拳で胴体の左部分をえぐる。

 振り下ろされた拳を、体を微妙に横に移動させて避けながら、合わせるようにしてアッパーを繰り出し、勇儀の胴体のちょうど真ん中あたりを突き上げる。

 

 しかし、しかしだ。ここまでしても、勇儀が笑みを消すことも、動きが鈍くなることもなかった。

 やがて、何十分同じ作業が繰り返されただろうか。霊夢の額から滝のような汗が流れているのに対して、勇儀は雫のような汗しか浮かべていない。それは二人の体力の差を確実に表していた。

 

 そしてとうとう、恐れていたことが起きてしまった。

 避けるのに失敗し、勇儀の拳が僅かだが霊夢の肩をえぐったのだ。

 そして彼女の動きが一瞬止まる。しかし十分だ。拳を敵に当てるには。

 

 勇儀の拳が霊夢の顎を突き上げた。

 舞い散る血しぶき。宙に浮く霊夢の体。しかし勇儀は一切容赦なく、もう片方の拳を振るった。

 霊夢の腕が防御のための持ち上がるが、もう遅い。

 中途半端に構えられた腕を弾き飛ばして、勇儀の拳は霊夢の顔に命中した。

 

 悲鳴をあげる間もない。

 意識がどこかへ飛んでいくのを感じる。しかし次に感じた、身体中をかき混ぜられたような激痛と吐き気が楔と化して、意識をつなぎとめた。

 

 霊夢は建物を数件ぶち抜いて、瓦礫の上に大の字になって倒れ込んでいた。

 視界は血で赤く染められており、よく見えない。しかし勇儀がゆっくりとこちらに歩いてくるのだけは見えた。

 ゆらゆらと体を揺らしながら、なんとか立ち上がる。

 

「驚いたね。拳が当たる瞬間に結界を張ってダメージを最小限に抑えたか。とんでもない反射速度とセンスだ」

「……そいつは、どうも……」

 

 霊夢の口数はいつもよりも少ない。それだけ彼女はダメージを受けていた。

 それでもなお立ち上がった霊夢に対して、勇儀は拳を構え直す。

 

「ここまで私を殴ったお前は間違いなく、最強の人間だ。それに敬意を評して、私の奥義でケリをつけてやろう」

 

 勇儀は体を屈め、クラウチングスタートのような体勢をとる。そして雄叫びをあげながら、全身に力を込め、足を踏み出した。

 

 一歩目。

 それだけであたりの瓦礫が浮き上がり、加速する勇儀の風圧によって吹き飛ばされていく。

 

 二歩目。

 今度は地面にクレーターが出来上がった。巨大な爆発音をあげ、無関係なものを消しとばしながら、破壊の化身はさらに足を踏み込んで加速してくる。

 

 三歩目。

 もはや地震だ。踏み込んだ際のクレーターはさらに大きく、そして大地は衝撃を受けて波のように揺れ、辺り一帯の建築物を巻き込んで崩していく。

 

 一歩、二歩、三歩。三つの踏み込みによって拳に溜められた力を全て解き放つ勇儀の最強奥義。

 その名は——。

 

「『三歩必殺』ッ!!」

 

 拳の直線上にあるもの全てを消しとばすであろう破壊の拳が迫ってくる。

 しかし霊夢は怖気付くことはなかった。

 彼女は最大限にまで集中力を高め、自身の切り札を切る。

 

「——『夢想天生』」

 

 勇儀の拳が振り抜かれ、嵐のような衝撃波が前方に見えるもの全てを消しとばした。

 轟音が鳴り響き、目も開けられないほどの光と爆風がなにもかもを飲み込んでいく。

 

 しだいにそれは収まり、視界が元に戻っていく。

 そこで勇儀が見たものは、荒廃した瓦礫の海に黒髪の少女、そして——。

 

 

 ——自身の腹部に突き刺さっている、お祓い棒だった。

 

「……ハッ……ハハハハハッ!! すげぇすげぇ! どうやって私の拳を避けたんだよ! どうやって!? なあなあ!」

 

 必殺技を避けられた勇儀の目にあったのは怒りではなく、喜びだった。まるで玩具を与えられた子供のように霊夢に問いかけてくる。

 しかし霊夢はそれを黙らせた。

 

「うるさいわよ。それよりもアンタ、終わったことなんかよりも自分の体の心配をした方がいいんじゃないかしら?」

「あっ、何を言って……? 私の体はこんな棒切れで叩かれた程度じゃ……っ!」

 

 続きの言葉を言おうとして、突如勇儀は体勢を崩し、地面に膝をついた。

 彼女を襲ったのは謎の疲労感。そして腹部を中心に体中をかきむしるように広がっていく激痛。

 呼吸をしようとするも腹に全く力が入らず、空気が彼女の体に入り込むことはなかった。

 

「アンタら鬼ってずいぶん頑丈よね。それもありえないくらいに」

 

 身動きが取れないのを確認して霊夢は語り出す。

 

「でも実際、あれレベルの威力のものを受けてノーダメージなんてありえないわ。だから思ったの。アンタらが不死身のように見えるのはもちろん肉体が馬鹿みたいに頑丈なのもあるけど、それ以上に喧嘩のしすぎで痛覚が麻痺してるからじゃないのかって」

 

 ボクサーは殴られ、傷つくことが多いにも関わらず集中力を切らすことはない。それは彼らがひとえに殴られることに対する耐性があるからだ。

 それと同じようなものだと、霊夢は言った。

 鬼は互いに殴られまくることでだんだんと痛みというものに耐性をつけていき、痛みを感じにくくなるのではないかと。

 

「だからそれを利用させてもらったわ。肝臓、腎臓、みぞおち。これがなんのことかわかるかしら?」

「……ッ?」

「人体の急所のことよ」

 

 そして私が延々とダメージを与え続けた場所でもある。と霊夢は続ける。

 普通なら一撃打たれただけでも体に異常が発生するが、勇儀は感覚が麻痺しすぎているせいでそれを感じることがなかった。でもダメージが消えたわけではない。だんだん蓄積していって、先ほどの霊夢の攻撃をきっかけに爆発したのだと。

 

「一度痛みを自覚すれば後は簡単よ。今まで無視してきた分のダメージが一気に襲ってくる。ほら、動くこともできないでしょ?」

 

 勇儀の目は刃のようにギラついてはいたが、その顔色は青白かった。

 

 チアノーゼ。要するに酸素不足。

 霊夢が殴ったみぞおちには横隔膜と呼ばれるものがある。これがポンプのような役割を果たして呼吸を手助けしているのだ。

 だが、そこを直接叩かれれば横隔膜は麻痺し、動かなくなる。すなわち、()()()()()()()()()

 

 勇儀は生まれたての子鹿のように足を震えさせながら、歯を食いしばって立ち上がった。そして拳を構え、振りかぶる。

 

「まだまだぁ……っ! 私はっ、負けちゃいねぇぞ……っ!」

 

 さっきまでと比べたらまるで脅威にもなりえないその拳を霊夢は避けなかった。いや、避ける必要がなかった。

 なぜなら、拳は霊夢の体を通り抜け、空振ったのだから。

 

 困惑する勇儀に対して、霊夢は歩みを進める。そして今度は勇儀の体を通り抜けた後、振り返りもせずにタネを明かした。

 

「そうそう。今、私はこの世の全ての現象から浮いている状態なのよね。だからアンタの拳が私に当たることはないわ。それが理解できたのなら——大人しく消し飛びなさい」

 

 刹那、霊夢を中心に膨大な霊力が集中していく。そしてそれが一気に弾け飛び、無数の弾幕やお札を全方位へとばらまいた。

 近くにいた勇儀にそれを避けることはできず、彼女は弾幕の波に飲まれていく。

 

 しかし、彼女は霊夢の夢想天生が終わった後でも立っていた。

 体中を黒焦げにしながら、それでも不動の意思を見せるその姿は、まさに鬼と呼ぶにふさわしいものだ。

 

 だが、それすらも無駄に終わることとなる。

 体が錆びついてしまったかのような感触を味わいながら、ゆっくりと勇儀は上を向いた。

 そこには、七つのカラフルな弾幕を放つ巫女の姿があった。

 

「これで止めよ。——『夢想封印』」

 

 もはや勇儀には霊夢の攻撃に抗う力は残っていなかった。

 七つの弾幕を一身に浴び、今度こそ勇儀は吹き飛んで地面に倒れた。

 体はもう動く気配すら見せない。だが、唯一その瞳だけが、今も変わらず霊夢を見つめている。

 

「……私の奥義をここまで受けて、死ぬどころか気絶すらしないなんてね。ちょっと傷つくわ」

「い……っ、しょう……っ、だ……ぜ……っ!」

 

 勇儀は震える口で声をあげた。それは言葉にすらなってはいなかったが、不思議と霊夢には何を言ったのか伝わってきていた。

 

『いい勝負だったぜ』

 

「……まあ、それなりに楽しかったわよ」

 

 それだけ言い残すと、倒れた勇儀一人を残して、霊夢はその場を離れていく。

 彼女の眼前には、嵐が過ぎ去った後のような静寂と、その爪跡が広がっていた。

 



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普通の魔法使いの焦り

 

 

 

 

 霊夢と勇儀の戦闘の余波はすさまじいものだった。

 見よ、眼下に広がるこの無数の瓦礫の海を! まるで巨大地震でも発生したかのようだ! 

 

 と、若干テンション高めで心の中で呟く。

 だって霊夢があの勇儀に勝ったんだもん。嬉しいわけがない。

 正直、彼女らの戦いの予想はは4:6で勇儀が有利だと思っていた。

 なんせ大妖怪最上位の中では間違いなく一番の腕力と体力を持つ相手なのだ。種族最強レベルとはいえ、勇儀に対して決定打と呼べるようなものを持ってなかった霊夢ではちょっと荷が重いと思っていた。

 

 しかし蓋を開けてみればまさかの勝利だ。

 まさか体を動けなくさせた後に高火力の技を二つも連続で決めるとは。さすがの勇儀も体のバネが効かなくなった状態であれを受けちゃ、ひとたまりもなかっただろうね。

 

 

 さてさて、そんな霊夢をねぎらって私たちは街の中心部を目指していた。

『地霊殿』。そこが今から行く屋敷の名だ。例の異変の黒幕はそこにいるはず。

 

 霊夢は魔理沙の箒に乗せてもらうような形で移動していた。

 結界である程度は防御していたとはいえ、勇儀の拳をまともにくらったのだ。骨にもヒビが入ってるだろうし、しばらく休んだほうがいいだろう。

 

 顔の一部が真っ赤に染まっている友人を心配してか、魔理沙が声をかける。

 

「お、おい霊夢、お前ほんとに大丈夫か? やっぱしばらく安静にしてた方が……」

「休める場所なんてどこにもないわよ。ここは地底、凶暴な妖怪の住処。そんなところで寝ちゃったら、あっという間に食べられて終了よ」

 

 霊夢も言った通り、それが怪我した彼女をまだ異変に同行させている理由だ。

 とはいえ戦力の低下は免れないだろう。だから本命の妖怪以外はもしかしたら私と魔理沙で相手をしなければいけないかもしれない。

 

 さっきは酔ってて何もできなかった魔理沙は、そのことに負い目を感じているらしく、その分気合が入っている。

 この調子だったら、次の戦いは彼女に任せた方がいいかもね……。

 

『見えてきたよ。あれが地霊殿だ』

 

 陰陽玉から萃香の声が聞こえてくる。

 間近で見た感想は、やはり街の雰囲気に合っていない、だ。

 この街は古き良き日本の見本とでも言うように、木造建築が中心となっている。それ以外にもほとんどのものが『和』で構成されていた。

 

 しかしこの館は明らかに『西洋』だ。

 紅魔館にも少し似た、石造建築の壁。庭に置いてある石造も日本じゃ見かけない悪魔たちをモチーフにしたものが多く、噴水もあり、さらにランタンもつるされている。

 まるで、この館だけ別の場所から転移してきたかのようだ。

 

「なんかどこぞの赤い館と違って落ち着く外観だなぁ」

『あれはレミィの趣味よ。私は何度も紫に塗り替えせって忠告したわ』

『いや、紫もおかしい気がするのだけど……』

 

 紫もやしさんと虹色の魔女が色について語り合う。

 

『私はパチュリーに賛成ね。紫っていいじゃない』

『なんか見事にネクラな二人の性格を表してそうだねぇ』

『あら萃香、何か言ったかしら?』

『うぐぐっ! ギブギブ! 首絞めちゃダメだって!』

『ったく、陰キャは引っ込んでろ陰キャは』

『そーよそーよ。心の中紫色は黙ってなさい』

『そういうあなたはイメージカラーが黒じゃない! 紫よりも明らかにそっちの方が暗いでしょうが!』

 

 ……あー、うるさい。

 通信機の奥の六人組はすっかり色の議論でヒートアップしていた。現に今でも私たち三人のマジックアイテムからはそれぞれ声が出ている。

 私たちは互いに顔を見合わせ、頷いた。

 よし、無視することにしよう、と。

 

 地霊殿の正面扉に触れる。どうやら鍵はかかっていないらしいので、そのまま入ることにした。不法侵入は異変解決の基本です。

 

 内装もやはり洋風らしい。微妙に薄暗さを感じるのは、中の光源が所々につけられているロウソクのみだからだろう。エントランスのような広い空間にはシャンデリアがつるされていたりするのだけれど、それでも明るいとは決して言えなかった。

 

 しかしそんなことは私たちにとっては些細なことに過ぎない。むしろ、私たちは別のことが気になっていた。

 それは、館の中の動物の数が異常なほど多い、ということだ。

 

 猫などはもちろん、カラスやウサギ、果てには虎なんてものもエントランスにはいた。少し歩くだけで次々と別の動物が出てくる。しかし彼らは肉食獣も含めて私たちを襲うような素振りを見せることはなかった。

 

 アテもないので適当に歩いてはいるのだが、中々住民が姿を見せることはなかった。それでも私はもうすぐで住民に会えると確信していた。

 なぜなら、私たちの歩く先が敵に誘導されているからだ。いくつかの通路を塞ぐように動物たちが集まっているところを複数見てからは、その疑問は確信となった。

 

 そしてしばらく歩いていくと、ひときわ大きな扉が立ちはだかった。

 触ってみた感じじゃ罠はない。ならやるべきことはひとつだ。

 一旦下がって扉と距離を取る。そして加速し、全力でライダーキックを繰り出した。

 

「チェストォッ!」

「ヒャッハー! 死にたくなかった手をあげるんだぜ!」

「元気ね、あんたら……」

 

 効果抜群! 扉は見事に吹き飛び、向こう側の壁にぶつかって砕け散った。

 だが弁償はしない! 後悔も反省もしていない! 

 

「下手な鬼よりもたち悪いですね」

 

 テンションが上がっている私たちに声がかけられる。

 

 部屋の中は予想通り、かなり広かった。それこそ弾幕ごっこが問題なく行えるぐらいには。

 床は赤と黒の二種類のタイルとステンドグラスが敷き詰められている。壁も同様。

 その部屋の中央に、声の持ち主は立っていた。

 

 どことなく親近感を覚えるピンク色の髪を持つ少女。身長は今の私とさほど変わらないぐらいか。体には目玉のようなものと繋がったチューブをいくつも巻きつけており、それが不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「ようこそ、地霊殿へ。私はここの管理をしている古明地さとりと言うものです」

 

 そう言って、さとりはぺこりと頭を下げた。

 思いのほか、礼儀正しいね。地底の妖怪なんだからてっきり鬼みたいな強顔をしているもんだと思っていたけど。

 他の二人も同じ考えだったのだろう。目を点にしてまじまじとさとりを観察している。

 

「地底の妖怪が全員強いというイメージを持ってるのがわかりましたが、それは誤りですよ。この世界にいるのは強い妖怪ではなく忌み嫌われた妖怪です。ですから私のような力の弱い妖怪がいることは珍しくはありませんよ」

「そりゃご丁寧に説明ありがとう……って、私なんか話したっけ?」

『そいつはさとり妖怪。他人の心を読むことができる妖怪よ』

 

 いつのまにか復帰していた紫の言葉に、さとり以外のこの場の全員に動揺が走った。

 だってそうだろう。もし彼女が本当に私たちの考えていることがわかるなら、出さなかった言わなくていい部分まで筒抜けになっているというわけなんだから。

 

「証拠をお見せしましょうか。たった今私のことを魔理沙さんは弱そうなチビと、霊夢さんは綺麗な楼夢と思っていましたよね?」

「げっ、まじかよ……」

「驚いたわ……正解よ」

「ちょっと待って!? さとりが綺麗な私なら、普段の私はそれ以下なの!?」

「……」

「『むしろ勝てる要素ある?』とおっしゃっています」

「ちくしょう!」

 

 この2Pカラーめ……! まんざら嬉しそうな顔するんじゃない! 

 あったまきた。刀を引き抜く。

 この世で二人もピンク髪はいらない。ここで成敗してくれるわ! 

 

「おいちょ、楼夢! 次は私の番じゃないのかよ!」

「うるさい魔理沙! 同じピンク髪を持つ者同士、負けられない戦いがあるんだ!」

「——とか言いつつ、本当は魔理沙さんじゃ私に勝てないって思ってるんでしょう? 素直じゃないですね」

「なっ……どういうことだよ楼夢!」

 

 さとりの言葉に激昂してしまった魔理沙は、私の胸ぐらを掴んだ。

 ちっ……こうなるからあんまり言いたくはなかったんだよ。

 魔理沙は自信過剰な一面の裏腹、非常にもろい一面も持つ。今もこうやって怒っているのは、仲間の私から勝てないと思われていたと知ってしまったからだろう。

 

「さとり……あなたが嫌われる原因ってたぶん能力じゃなくてその性格なんじゃないの?」

「さあ、こればかりは。なにせ私はただ見えたことだけを言ってるに過ぎませんので」

 

 ちっ、悪趣味な妖怪だ。最初は好印象だったけど、地底に住んでいる以上本性はこういうものか。

 とりあえず、今は魔理沙をなんとか説得しなくては。それもさとりがいる以上、限りなく本心で言葉を選ばなくてはならない。

 面倒ばかりかけてくれるよ、まったく。

 

「……さとりのいう通りだよ。私は魔理沙じゃアレに勝てないと思っている」

「そんなに私が頼りないのかよ!?」

「違うさ。橋姫の時にも言ったでしょ? 相性の問題って。こうやってあいつの安い挑発に見事に乗っかっちゃってる時点で、あなたに勝ち目なんてないんだよ魔理沙」

『楼夢のいう通りよ。さとり妖怪は精神攻撃においては全妖怪の中でもトップクラスに秀でているわ。橋姫の時点で不利なあなたにはとうてい無理な相手よ』

『それに、この地底じゃ敗北は死を意味するのよ。最初の弾幕ごっこでそれを学んだはずじゃない』

「……わかってるっ。わかってはいるさ……! でも、ここで認めちまったらおしまいじゃないか!」

 

 魔理沙は服を掴む手をさらに強くしながら、そう吐き捨てる。

 その表情はまるで心臓を何かに締め付けられているかのように苦しげだった。

 

 おそらく、悔しいのだろう。

 私たちの中で一番劣っているのは魔理沙だ。それでも自分は役に立てると信じて、ついてきた。

 だけど、さっきの霊夢の一戦。あれを見てしまってからの魔理沙は何かに焦っているように感じられた。それは彼女じゃとうていできっこない領域に、親友がいるのを再認識してしまったからなのだろう。

 そして今ここでも、力不足を指摘されている。悔しくないわけがない。

 

 大きくため息をつく。

 

「わかったよ。さっきの魔理沙じゃ無理って言葉は撤回してあげる」

「それじゃあ……!」

「でも、私はあなたに戦いを譲る気はないよ」

 

 胸ぐらを掴む彼女の腕を横に押して、たやすく拘束を解く。そして彼女に背を向け、さとりが立っている場所へ向かって一歩前を踏み出した。

 

「楼夢、お前……!」

 

 普段はとても出さないような怒りに染まった声が聞こえてくる。

 彼女の怒りももっともだ。だけど私にはこれしかできない。

 私は彼女に最後の説得、もとい言い訳をした。

 

「勘違いしないでよ。私はあくまで魔理沙でも倒せる雑魚の掃除をしてあげるって言ってるんだ。それでも納得がいかないのなら黙って見て、それで判断しなよ。……まあ、瞬殺になるだろうから、敵の力量なんてまともに測れないかもしれないけどね」

 

 そう言い切ると、彼女の方へ顔だけ振り向いて笑いかける。

 自分でもむちゃくちゃ言ってるとはわかっている。実際魔理沙もあまりの意味不明さに口を大きく開けて間抜けな顔を晒していた。

 しかしそれによってすっかり毒気を抜かれてくれたようだ。しばらくすると彼女はため息を一つついた。

 

「……そいつは屁理屈って言うんだぜ?」

「さあ? 私は事実を言ってるだけだから、屁理屈もクソもないと思うけど」

「……はぁ、もういいぜ。なんかお前のガキみたいな理屈を聞いてたら燃えてたもんも冷めちまったよ」

 

 魔理沙は呆れた表情を浮かべて、引き下がった。

 

「ただし、さっさと倒すことだぜ。長引かせたら承知しないんだからな」

「はいはいっと。……待たせたねさとり、さあ始めようじゃないか!」

 

 刀を突きつけ、目の前の少女を睨みつける。

 彼女は私たちのやり取りを冷めた目で見ていた。そして今もその目で私をじっと見つめている。

 

「理解できませんね、あなたも彼女も。なぜわかりきった嘘をついて、それで納得するのですか?」

「わからないのなら自慢の瞳で覗いてごらんよ。まあ、建前って言葉を知らなさそうなあなたの脳みそじゃ理解することは難しそうだけど」

 

 これ以上語ることはないと、カードを三枚抜き出し、それを見せつける。

 ルールはスタンダードのスペカ三枚残機二個。

 

 私とさとりの弾幕が同時に放たれ、中央で爆発する。

 それが合図となって、弾幕ごっこが始まった。

 

 



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恐怖のサードアイ

 

 

 室内とはとうてい思えないほど広大な空間を飛び回る。

 序盤は通常弾幕の差し合いからだ。これで相手のだいたいの力量を測ることができる。

 

 私の弾幕群とさとりの弾幕群がすれ違い、それぞれの標的を襲う。しかし様子見の弾幕に当たるはずもなく、私たちは互いにたやすくそれを避けた。

 その後何回か弾幕を出しては部屋の空気をかき乱すように縦横無尽に動き続ける。

 

 わかったのは、さとりは決して強い妖怪ではないと言うことだ。

 もちろん地霊殿の主が弱いわけがない。隙のない配列の弾幕に、相手の攻撃を冷静に見極める目は決して彼女が弱者ではないことを証明している。

 だが、彼女には突出した何かがないのだ。巨大な弾幕が放てるわけでも素早く動けるわけでもない。あくまで動き方がいいだけであって、それはどんな妖怪でも理論上練習すればできるようになるものだ。

 言ってしまえば、彼女はどこまでいっても平凡の域を出ていなかった。

 

 ならセオリーとかにはないことをすれば簡単に崩せるはず。

 そう判断し、スペカを一枚切ることにした。

 

「氷華『フロストブロソム』」

 

 何もない空間に突如巨大な氷の薔薇が次々と咲いていく。それらは散ると、花弁が弾幕と化してさとりを襲った。

 彼女はしかしこれを難なく避ける。だけど、狙いはそれじゃない。

 

 ここはいくら広いとはいえ室内だ。そんな中でこんなに大量の弾幕を放てば、必ず壁に当たる。そうやって無数の花弁を反射させて部屋中を弾幕で満たし、複雑な檻を作り出した。

 

 第一段階がうまくいったところで、左手に妖力を込め、桃色のレーザーを放つ。

虚閃(セロ)』。

 敵がいる方向とはまったく見当違いな場所に放たれたそれは、しかし無数の花弁に当たることで反射を繰り返し、軌道を不規則なものに変えた。

 常人では次の弾道を予測することすら難しいこの状況。だけど無駄に高性能な私の頭脳なら、簡単にどこに弾幕が進んでどこに反射されるのかを計算することができる。

 その完璧な計算のもと放たれたレーザーは、最終的にさとりの背後の花弁に反射されて、彼女を襲う。

 

 決まった。そう確信する私。しかしその予想は次の瞬間まったく裏切られることとなる。

 

 彼女は振り返りもしなかった。ただ、レーザーが飛んでくる完璧なタイミングで体を動かしただけ。

 彼女が速くなったわけじゃない。あれはもっと別のものだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……! 

 

 そこまで考えたところでハッと顔を上げ、さとりを見つめる。

 彼女は飛んでくる花弁に目もくれず、しかし適切に体を動かして避け続けている。

 

「さっきの話、忘れてたんですか? 私は心が読めるんですよ。たとえどんなに計算が難しい数式でも、答えを知ってる私には通用しない」

 

 やはりだ。彼女は私の心を読むことでレーザーが来る場所をあらかじめ知っていたのだ。

 冷や汗が垂れる。

 でもこれはわかったところでどうにかなる問題じゃないぞ。

 無心になれとかいうやつがいるかもしれないが、これは漫画じゃないんだ。特に相手の弾幕を分析し、回避ルートを計算していく必要がある弾幕ごっこでは思考を放棄したやつから落ちていくのが常だ。

 

『厄介ね。普通の戦闘ならどうってことないんだけど……』

『しゃらくせぇ! 回避できないぐらい広範囲に攻撃ばら撒けばいいだけだろ!』

「それができたら苦労しないんだよ」

 

 弾幕ごっこでは常に弾幕には相手が避けれるだけの隙間を作っておく必要がある。火神みたいに炎で部屋中埋め尽くせばいいってわけじゃないのだ。

 

「そこに誰かいるんですか?」

 

 と、疑問を投げかけてくるさとり。彼女は突然私が独り言をし始めたのを怪訝な表情で見つめていた。

 まさかさとりのやつ、こいつらの心を読めてないんじゃ。

 考えてみればそれはそうだ。通話の奥の相手の心まで見ることができたら、彼女は間違いなくもっと上の地位に立っていただろう。

 彼女の能力も完全ではないということか。

 

 だからといって、こいつらを利用することはできない。こいつらはあくまでサポートなだけであって、私の体を勝手に動かしたりすることはできないのだ。作戦を任せようにも、その内容を知った時点でもうアウトだ。それは同時に彼女に伝えることになってしまう。

 

 すぐには名案が浮かんでくることはなかった。だが何かあるはずだ。

 考えろ、考え抜け……! 

 

 しかし彼女はそんな私の心情を察していたのか、攻撃の手を休めることはなかった。

 私のスペカが終了した瞬間、間を縫うように彼女のスペルカードが発動される。

 

「想起『飛行中ネスト』」

「飛光中ネストだと!?」

 

 白い虫のように小さな弾幕が瞬く間に針のような細さのレーザーとなり、それが尋常じゃない数、放たれる。

 その弾幕はまさしく紫のスペルカード『飛光中ネスト』に瓜二つだった。

 

「あなたの記憶の中から強そうなスペカを拝借させていただきました」

「そこまでできるの!? ……うわ、危なっ!」

 

 そう叫んだ瞬間、レーザーが鼻先をかすった。

 くそ、さすが紫のスペカだけあって、避けるのが難しい。針のような細さのレーザーが数百単位で飛んでくるのだ。しかも高速で。いくらスピード自慢の私といえど、この姿じゃ完全に避け切ることはできない。

 

 闇のリングに妖力を込めて、目の前に黒い壁を作り出す。

 レーザー針は次々とそこに殺到し、割り箸のようにポキポキと折れていく。どうやら彼女の想起は形だけしかスペカを再現できないらしい。本物ならこんなチンケな壁なんて簡単に貫いて、今ごろ私ごと串刺しになっているところだ。

 

 とはいえ、このままスペカ終了まで待つことはできそうにない。

 さとりもバカじゃない。正面から突破できないなら、あらゆる方向からレーザーを打ち込んでくるはずだ。そして残念ながら私が出せる闇の面積じゃ、体を完全に覆うことはできない。

 

 なら、逆にこちらから飛び出してあいつの度肝を抜いてやろう。

 しかしすぐに自分の心が読まれていることを思い出し、実行に移そうとした体が一瞬止まる。

 その隙を見透かしたかのように、背後から数十ものレーザーが襲ってきた。

 

 闇は……間に合わない! 

 ならばと舞姫を握る手に力を込め、それを振るう。

 高速の斬撃によって大部分は砕くことができたが、しかしそれでも全部を防ぐには至らず、数個の針が体を貫いた。

 

 うめき声をあげると同時にさとりのスペカが終了する。

 残機はあと一つだ。もう後がない。

 焦りが積もっていくのを感じる。

 

 そしてその不安を覗いたのか、さとりはスペカが終わった途端に迷わず次のスペカを唱えた。

 

「想起『百万鬼夜行』」

「今度は萃香のか!」

 

 霊夢が戦ってる時に見たことがある。

 このスペカの特徴はとにかく弾幕の数が馬鹿みたいに多いことだ。千を確実に越える数の中小弾幕が室内でばら撒かれた。そしてそれらは次々と壁に反射されていく。

 

 これは……さっきの私の戦法か! しかも数が多い分私の時よりも複雑になっている。

 視界に入りきらない数の弾幕がまったく違った軌道を描きながら私の元へ飛んできて、また別の弾幕に当たっては軌道を変えることを繰り返していく。

 

 さすがにこの数は森羅万象斬じゃかき消せない。かといって火神の炎じゃ範囲不足だし、他のスペカにはそもそも敵の弾幕を撃ち落とすのを想定して作られたスペカはない。

 なら、今ないものを作ればいいだけだ。

 幸い今回はお手本となるものが私の記憶の中にあったので、それを引っ張ってくることにした。

 勝手に技パクるのを許してほしいな、霊夢。

 

「夢符『封魔陣』!」

 

 絵柄が浮かんだカードを空気に叩きつける。

 するとそこを中心に透明な結界が広がっていき、瞬く間に視界に映る全ての弾幕を飲み込み、駆逐した。

 

 さとりはかろうじて結界の範囲外に逃れたようだ。だが封魔陣の無駄に広い効果範囲によって彼女は壁際まで追い込まれていた。

 判断は一瞬。

 左手で妖桜を抜き、それを投擲する。しかし軌道を読んでいたようで彼女はほとんど動くことなくそれをかわしてみせた。刀身が壁に突き刺さり、動きを止める。

 

 彼女は武器を一つ失くした今が勝機だと判断し、最後のスペカをかかげる。

 

「想起『二重黒死……っ!?」

 

 しかしその声は、突如背後から迫ってきた弾幕によって中断された。

 さとりですら見えなかった弾幕。心を読むことに慣れていた彼女は急な不意打ちに反応できず、背中で弾幕を受けることとなった。

 

 今日初めて、さとりの澄まし顔が苦痛に歪む。

 

「ぐぅっ……! いったいどこから……!?」

 

 彼女は背後に振り返り、弾幕の出どころを確かめようとする。

 その目に映ったのは、壁に突き刺さった妖しげなオーラを纏う刀。

 

「まさか……」

 

 彼女はよくよく目を凝らして刀を調べる。そして次には驚愕によって目を見開いていた。

 

 どうやらカラクリのネタがバレてしまったらしい。ならもうあのまま放置する必要はないね。

 刀に声をかけ、手元に戻るよう命令する。

 

『はいはーい。わかりましたよ楼夢さーん!』

「やはり……意思を持った刀でしたか……」

 

 明るい女性の声が刀とともに返ってきた。

 そう、さっきの攻撃は私のではなく妖桜に宿る早奈によるものだったのだ。さすがのさとりも眼中になければ心を読めなかったようだ。

 とはいえ、もうこの不意打ちは使えないだろう。次は早奈もマークされてしまうだろうし、あと一つ彼女に攻撃を当てる手段を考えなくては。

 

「想起『二重黒死……いえ、やっぱこれはやめておきましょう。ちょうどいい記憶が見つかったことですしね」

 

 そう言うとさとりはスペルカードを引っ込め、妖桜を凝視してきた。

 彼女の発言を推測するのなら、次のスペカは早奈の記憶の中のものからだろう。なんだかとてつもなく嫌な予感がする。

 そしてそれはものの見事に命中した。

 

「『反魂蝶—満開—』」

「ちくしょう! やっぱ鬼畜スペルじゃんか!」

 

 そりゃそうだよねぇ!? 早奈から選ぶとしたらそりゃ鬼畜弾幕になるよねぇ!? 

 

 部屋の全てを埋め尽くすほどの青と紫、そして赤の蝶型弾幕が放たれる。

 幸い本物のように一撃当たれば即死の能力は付与されていないようだけど、どっちみち残機は残り一個なので当たったら即ゲームオーバーだ。

 

 私の手持ちであの膨大な数の弾幕に対応できそうなのは……これだ! 

 

「滅符『大紅蓮飛翔衝竜撃』ッ!!」

 

 最後のスペカ宣言。

 私の背中に巨大な炎と氷の翼が生えてくる。そしてそれを羽ばたかせることによって暴風とともに炎と氷を放ち、蝶を迎え撃った。

 

 私の攻撃に当たった蝶は次々とガラスのように簡単に砕け散っていく。

 やはり、威力までは再現できていないか。彼女の妖力ではこれが限界ということなのだろう。

 ならばと次々と暴風を巻き起こし、片っ端から弾幕をつぶす。

 それでもさとり本人にだけはどんだけ撃ち続けても当たることはなかった。

 残り時間はあとわずか。これで決めるしかない。

 

『大紅蓮飛翔衝竜撃』最後の攻撃。

 両方の翼で体を包み、できたエネルギーを纏うことで自らが光の巨竜と化す。そして私は光の速度でさとりへ突っ込んだ。

 

 しかしそれすらも全部読まれていたようだ。彼女は大きく横に飛び退く。そして突進は見事に避けられ、私は壁に頭から突き刺さった。

 でも、まだだ! 

 

 さとりの目の前に妖桜が落ちてくる。

 私は突進すると同時に刀を投げ捨てていたのだ。

 刀から黒い光が出てきて、早奈本来の姿が現れる。彼女はその手に握った愛刀を握り、真正面に振り下ろした。

 

 しかし……。

 

「全部読めてるんですよ!」

 

 さとりは早奈の攻撃をも見越したうえで、再び横に大きく飛び退き、攻撃を回避してみせた。

 やはり、妖桜は警戒されていたか。でも人の心を読むのに周遊しすぎて、周りを見るのを忘れていたね。

 

 さとりが飛び退いたその延長線上。そこには部屋の壁が立ちはだかっていた。

 部屋に響き渡る激突音。しかし彼女も妖怪だ。この程度でダメージを受けることはない。だが、彼女の目は大きく見開かれていた。

 

 壁にぶつかった彼女は急いで後ろに逃げようとして、足を止める。

 なんと、彼女の背後にも壁が立ちはだかっていたのだ。

 

 そう、さとりが飛び込んだのは部屋の角。つまりは袋小路だ。

 どうやら上手くいったらしい。私たちの行動を読むのに必死で、その意味を理解するのを放置してくれていたおかげだ。

 

 袋小路の脱出口は真正面だけど、そこにもちゃんと人材は投入してある。

 

 おそらくさとりが袋小路に入り込む前からそこにあったのだろう。彼女の逃げ道を塞ぐように、私の舞姫が地面に突き刺さっていた。

 投げてた刀は一本だけって誰が決めた? 

 

 刀からは妖桜とは対照的な白い光が放たれ、やがて人の姿を取っていく。

 現れたのは、大人バージョンの私だ。だが体中の色素が抜け落ちており、真っ白を身につけていた。

 

「よぉ女ァ。知ってるか? 弾幕ごっこではな、障害物を利用した不可回避の弾幕は反則にはならないんだぜ?」

 

 笑う狂夢の手から弾幕が放たれる。

 それはごく一般的な、ちゃんと回避する隙間も空けてある弾幕だった。しかし横にも後ろにも動くことのできないさとりに逃げる隙間はない。

 

 そして彼女は何も抵抗できぬまま、弾幕をその身に受けて倒れた。

 

 



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旧灼熱地獄の洗礼

 

 

「ヒャッハー! 久しぶりの現世だ! 思いっきり暴れてやるぜェ!」

「あ、お帰りはこちらになります」

「はっ? ちょっ、おまっ、待ちやが……っ!?」

 

 さっそく馬鹿を起こしそうになった狂夢を強制送還させ、刀に戻す。

 よし、あと一人だ。

 くるりと視線を早奈の方へ向ける。

 

「え、えーと、私今回活躍しましたよね? だからほら、ご褒美が欲しいなー、なんて」

「はいはい、ご褒美に真っ先に家に帰らせてあげるよ」

「嫌だぁ! まだ一つも魂食べてないのに!」

 

 物騒な捨て台詞を吐いて彼女も消えていった。

 はぁ。なんで私の妖魔刀は頭のネジがぶっ飛んでるやつしかいないんだろう。これならまだ見境なく暴れようとしない分、ルーミアの方がはるかにマシだ。

 まあ無事送り返せたのだし、この悩みは置いとくとするか。

 

 部屋の隅で倒れているさとりに近づく。

 彼女は気絶してはいないようだ。しかし観念したのか、抵抗する素振りはまったく見せてこなかった。

 

「なにやら聞きたいことがあるそうですね。あ、喋らなくて結構ですよ。今読みますので」

「えらく大人しいじゃない」

「下手に暴れて怪我をしたくないですからね。私はあなた方の実力はよく知っているつもりです」

 

 皮肉を込めた霊夢の質問にもまったく感情を揺れ動かさず、淡々と事務のように話すさとり。

 やっぱり心が読めると口も達者になるのかねぇ。まったく反応を見せない様子に、逆に霊夢がイラついてしまっている。

 

「まず、単刀直入に言わせてもらいます。今回の異変は私の指示によるものではありません」

「……じゃあ、さとりは異変とは関係ないってこと?」

「いいえそれは違います。正確に言うと、私のペットの一匹が暴走を始めたのです」

 

 彼女は今回の異変の真相について語り出した。

 

 今回の異変の黒幕は彼女のペットである八咫烏らしい。普段はその能力を買われて旧灼熱地獄の管理を任されていたようだ。

 しかしある日そのペットが謎の力を手にしたことによって、急激にパワーアップしてしまった。その身に余る力にペットは酔い、暴走。その影響で怨霊が灼熱地獄から地上へ逃げていってしまったらしい。

 さとりもそれを止めようとしたのだが、いかんせん貧弱な彼女では歯が立たず、今では放置しているとのことだ。

 

 謎の力ね。気になるところではある。もしかしたらそのペットすらも囮で、真の黒幕が隠れているかもしれない。

 まあなんにせよ、まずはそのペットとやらからだ。そいつをぶちのめせば異変はひとまず解決するだろう。

 

「となったら異変解決までラストスパートだ! 気合い入れて行くよ!」

 

 元気よく腕を突き上げ、旧灼熱地獄へ向かおうと歩を進める。

 

 ——その瞬間、すさまじい轟音を響かせて部屋の壁が文字通り爆発した。

 

 突然のことすぎて私たちの思考は一瞬止まってしまった。

 しかしその中でも私だけはいち早くこれが誰の仕業なのかがわかってしまい、体を震わせることとなる。

 

 この妖力の質に乱暴な手段。

 まさか……!? 

 わずかに見えた一縷の望みにかけて、煙の先にいる人物を凝視する。

 しかしこの時ばかりは神頼みも機能しなかったようで。

 

 私にとっての悪夢が、そこに立っていた。

 

「おお、やっと見つけたぞ! 久しぶりじゃのう、楼夢!」

 

 満面の笑顔を咲かせてこちらに手を振ってくる女性。

 赤い着物にどんな鬼よりも立派な二つの角。

 鬼の頭領、鬼城剛だ。

 

 彼女のあまりの妖力に人間の二人は当てられ、相対するのも厳しそうだ。特に魔理沙は床に膝をついて、荒々しく呼吸をしている。

 ちっ、相変わらず手加減も遠慮もクソも知らないようだ。もうちょっと妖力抑えろっつーの。

 

『相変わらず妖力を操るのが苦手そうだなァ剛。もうちょっと俺らを見習ったらどうだ?』

「むっ、お主はもしや……田中か?」

『火神矢陽だこのざる頭! 誰だよ田中って!?』

「なんじゃ、お主か。ずいぶんちっこくなったのう。痩せたか?」

『それは通信機だバカ野郎! たかが千年でどうやって高身長イケメンの俺がこんな指輪になるんだよ!?』

「む、つうしんき? 神通力の一種かなにかか?」

『おい楼夢、このバカをどうにかしてくれ! 日本語が通じねェ!』

 

 いや私にパスされても困るよ。

 応答セヨー、応答セヨー。しかし返事は返ってこない。

 あんにゃろ、逃げ出しやがったな。

 

 そうやって指輪に気を取られていると、誰かに腕を掴まれてしまった。

 恐る恐る視線を上げる。そこにはいつのまにか近づいてきていた剛の顔があった。

 

「前回は萃香のせいでできなかったが、これでもう逃げられんじゃろ。さあ今日こそはお持ち帰りじゃ!」

『ちょっとふざけんじゃないわよこの淫乱女! さっさと楼夢から離れなさい!』

「ほう、スキマ妖怪もおったのか。じゃが、今は手出しできんようじゃのう。ほれほれ」

「え、ちょっ、剛さん? がっ……!」

 

 剛は胸を押しつけるようにして私に抱きついてくる。そしてその光景を紫の陰陽玉に見せびらかしていた。

 だけど抱きつく力が強すぎて、体がメギメギ言ってるんだけどあの……? 

 吠える陰陽玉。勝ち誇った笑みを浮かべる鬼女。お互いが煽り合うのに夢中で二人の瞳に私は映ってはいなかった。

 あ、もうだめだわこりゃ。息が……っ。

 体中の力が抜けていくのを感じる。

 

『ああっ、楼夢が気絶した! 何してくれちゃってるのよあなた!?』

「なんじゃ、まだ昼寝の時間には早いぞ? まあよい、この良妻たる儂が丁寧に家まで運んでやるのじゃ」

『霊夢、最終手段よ! あいつを止めなさい!』

「いやよ。私だって死にたくないわ。それに犠牲が楼夢の貞操なら安いものよ」

『霊夢──!!』

 

 ……うん、超はっきり聞こえちゃったんだけど。泣いていいかな? 

 ただでさえ意識がもうろうとしているのに、追い討ちをかけるような霊夢の言葉にショックを受けたことで耐えきれなくなったようだ。視界が真っ白に染まっていく。

 最後に聞いたのは、陰陽玉から響く紫の叫び声だった。

 

 

 ♦︎

 

 

「……おい、あれ本当にほっといていいのか?」

「人の痴話喧嘩にいちいち手を突っ込んでたらキリがないわよ。というかあれは女たらしな楼夢が悪いわ」

「あー、色々なやつに手出してそうだもんな、あいつ」

 

 剛と楼夢が消えていった壁の穴の奥を見つめながら、二人は話す。その表情は心配よりも呆れの方が上回っていた。

 二人の中で楼夢は面倒な人物となってはいるが、あれでも昔は外見も合わせてかなりイケメンな性格だったらしい。その話は紫を含めて様々な古参妖怪たちから聞くことができたので本当なのだろう。しかし霊夢たちにはにわかに信じがたい話だった。

 

 たしかに、たまに確信を突いたような鋭い言動や異変時においても中々の活躍をするのだが、元のイメージがあれなせいでかっこいいとはとうてい思えない。だがそこらへんは十数年しか生きていない自分たちと昔からアレをよく知る年寄り連中との差だろうと、これ以上の思考を打ち切る。

 

「それでさとり、どこからその旧灼熱地獄とやらには行けるのよ?」

「中庭からです。せいぜい私のペットたちに食べられないようお気をつけてください。あの子たちは基本放し飼いなので、たまに私の予想外のことをしでかしますから」

「ええ。たった今この異変で調教師の力不足を実感してるわ」

「返す言葉がありません」

 

 皮肉を込めたセリフだったのだが、やはりさとりには効かないようだ。素直にペコリと頭を下げられて流されてしまった。

 これ以上口を開いても自分が火傷するだけだと判断し、先に進むことに決めた。

 

 

 中庭には地下に続く階段があった。

 おそらくあまり出入りする妖怪はいないのだろう。石造りの階段にはところどころに庭の緑が侵食しており、中は埃臭くて薄暗い。

 そのまま地下へ進んでいく。

 ロウソクがポツポツと壁際で灯されてはいたが、その火は弱々しく、頼りげない。仕方がないので霊力で作った光球を浮かべて明かりの代わりにした。

 

『けっこう暗いわね。映像があまりよく映らないわ。魔理沙、あなたも明るくできないの?』

「おいおい、そういう細かい魔力制御は私の専門外だぜ。それにほら、もうすぐ明かりも必要なさそうだ」

 

 魔理沙が指差した通路の奥からは光が差し込んでいた。おそらくは出口だろう。

 だが二人の足取りは重い。それもそのはず、出口に近づいていけばいくほど気温が上がっているように感じられるのだ。現に彼女らは薄暗い通路なのにも関わらず玉のような汗を額に浮かべている。

 そしてようやく出口へ出た時、それは勘違いじゃないと証明された。

 

 外へ出た二人を待っていたのは、太陽が近くにあるかのような光と熱。

 赤褐色の土が大地を、黄色のガスが空を覆っている。おまけに地面からはボコボコとマグマが生物の心臓のように噴き出してきている。

 

 ドサリとのしかかってきた熱気に二人は思わず呻いた。

 

『ひゃー、さすが灼熱地獄だった場所だけはあるね。すごい光景だ』

「言ってる場合じゃないわよ……。ああもう、汗がベタついて最悪」

「くそっ、なんでこんな時に限って楼夢がいないんだっ。あいつなら絶対体を冷やすマジックアイテムとかを持ってるはずなのに……」

「ちっ、肝心なところで役に立たないわね」

 

 散々な言われようだ。だが、二人は今ここに楼夢がいない理由をさらわれたのではなく女に遊びに連れていかれたと認識しているので、そんな愚痴が出てしまうのも仕方ない。

 

 それでも進まないわけにはいかないので、二人はさっさとここから脱出するために赤褐色の地面に足を伸ばす。

 そして弾かれるようにすぐ引っ込めた。

 

「あっちっち!? なんだこの土、まるで炎みたいだぜ!」

『どうやら地下に眠る熱が強すぎて土が熱せられてるみたいね。サンプルにひとつまみ取ってくれるかしら?』

「できるかそんなこと!」

 

 結局、空中を飛んで進むことにした。こうすれば足が地面につく事はない。

 しかし一難去ってはまた一難と言うように、しばらく進んだところで今度は黒猫が宙に浮いて二人を待ち構えていた。

 よく見たら尻尾が二つある。ということは……。

 

「気をつけなさい。妖怪よ魔理沙」

「おっ、中々鋭いじゃないか人間。バレない自信があったんだけどね」

「というか普通の猫は飛ばないものよ」

「うにゃ? そりゃそうか。いやー失敗しちゃったね!」

 

 黒猫はそう喋ると姿を霊夢たちと同年代くらいの少女のものに変えた。しかし猫耳や尻尾など、ところどころに面影が残されてはいる。

 

「はじめまして、アタイは火焔猫燐! さとり様のペットで、みんなからはお燐って呼ばれているよ!」

「あんたなんか黒猫Aで十分よ。それで、そのさとりのペットとやらがどうかしたのかしら?」

「いやなに、ここの最深部にアタイの親友がいるんだけどね。このままじゃあんたらに退治されそうだからここで潰しておこうって思っただけさ」

 

 お燐はそう言い終えると一変、おちゃらけた雰囲気から牙をむき出しにして霊夢たちを威嚇してくる。

 交戦は避けられそうにない。

 そう判断し、霊夢がスペカを取り出そうとしたその時、旧灼熱地獄全体が音を立てて揺れ始めた。

 

 マグマはさらに活発化し、上からは今の地震か何かによっていくつもの岩が落ちてくる。

 それを避けながら、霊夢は叫んだ。

 

「ちょっ、今度はいったいなんだってのよ!?」

「あーこりゃ、お空がまた動き出しちゃったね。たぶん前みたいに地上を攻撃するつもりだと思うよ」

「何ですって!?」

 

 そうこうしているうちに揺れはドンドン激しくなっていく。

 だが彼女らの進行方向はお燐が塞いでいるので通ることはできない。

 その時、魔理沙がミニ八卦炉を構えた。

 

「ちょうどいいぜ霊夢。今日は出番が少なくてイライラしてたんだ。こいつは私がぶちのめしてやるから、先に行け!」

「……わかったわ」

 

 一瞬、霊夢は魔理沙の瞳を見つめる。彼女はここ灼熱地獄のように闘志を燃やしていて、もはや止まりそうになかった。

 それに地上への攻撃をやめさせるのなら、魔理沙の言う通りここは彼女を囮にしてでも先に進んだ方がいい。

 決断は一瞬だった。

 

 霊夢は全速力で熱風を切り裂き、飛んでいく。

 それを妨害するためにお燐が弾幕を飛ばしてくるが、それは魔理沙のレーザーによって消滅させられてしまった。

 

「おいおい、お前の相手はこっちだろ? あんまり霊夢ばっかり見てると嫉妬しちまうぜ?」

「ちっ……まあいい。所詮は人間。今のお空に勝てるわけないんだから。まずは先にお前の死体から回収してやる!」

「へっ、上等だこの猫野郎!」

 

 二人の姿を隠すように、間に火柱が噴き上がる。

 それを切り裂いて、二人の弾幕が激突。爆発を起こし、マグマを吹き飛ばす。

 

 旧灼熱地獄での弾幕ごっこが始まった。



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天をかすめる破壊の彗星

 

「……知らない天井だね」

 

 体の節々に痛みを感じながら起き上がる。

 えーと、なんで私はここにいるんだっけか。たしかさとりを倒したところまでは覚えてるんだけど……。

 

 情報を得るために辺りを見渡す。

 畳に障子、屏風そして布団。愛刀たちはそのすぐ横に置いてあった。

 どうやらここは和室のようだ。半分開きかけている障子の奥からは縁側が見えている。空は黒かったが、夜空に浮かぶ星々のように壁や天井に宝石が埋め込まれているのでここは間違いなく地底のどこかだろう。

 

 ここでじっとしてても始まらないな。

 とりあえず外に出てみることに決めた。縁側に向かって歩いていく。

 しかし足を動かした途端、ジャラジャラという不快な金属音が突然聞こえてきた。

 

 音源は下からだ。足元を見下ろす。

 するとそこには、見慣れない金属の枷が私の左足首につけられていた。

 

 ……はっ? 

 何かの間違いだと思いもう一度足元を確認する。しかし現実は非情で、そこには変わらず枷が足にひっついていた。しかもよく見れば鎖で壁と繋げられている。

 

 ……あれ? この枷、どこかで……? 

 そのとき、私は全てを思い出した。

 そうだ。私はあのときあの女に、剛に気絶させられたんだ! 

 てことはこの家はまさか……。

 

 そこまで考えが至ると、滝のように全身から冷や汗が流れてきた。

 ヤバイヤバイ! このままじゃ間違いなく性的に襲われる! 早く逃げ出さなきゃ! 

 

 しかし枷を壊そうと衝撃を与えてもビクともしなかった。

 よくよく考えたらこれは剛が持っている枷なんだし、見た目以上に超頑丈なのかもしれない。というかもしそうなんだとしたら、これ壊すのほぼ無理なんじゃ……。

 いや、諦めるな私! きっと頑張っていればいつかは……! 

 

「おっ、起きたようじゃな!」

 

 間に合わないにしても早すぎませんかねぇ? 

 勢いよく障子が開かれ、赤髪の女性が飛び込んでくる。鎖に繋がれた私は避けることができず、彼女に抱きつかれてしまう。

 そのまま彼女は私の頭に髪飾りのように咲いている桜の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「ふふふっ、やはりお主はいい匂いがするのう。甘くて濃厚で、実に甘美じゃ」

「そのうち頭からかじられちゃいそうだよ。というか髪を舐め始めるな! 味がついてるわけないでしょうが!」

「いんや、普通に桃みたいに甘いぞ?」

「えっ?」

 

 予想外の彼女の言葉に思考が一瞬止まる。その隙にまた剛は髪を口にくわえ始めたので殴ってやめさせた。

 ……私の髪って味あるんだ。六億歳になって初めて知ったよ。これぞ生命の神秘ってやつかな。

 

 って、どうでもいいこと考えて現実から逃げる場合じゃない。まずはこの状況をなんとかしないと。

 結局、逃げないことを条件に剛をなんとか引き剥がすことに成功した。今は大人しく私の前に座っている。

 

「んで、なんで私をさらったの? 一応言っとくけどまだ異変解決の途中だったんだからね」

「異変? なにか地上で起きたのか? てっきりお主が儂に会いにきてくれたのかと思ってたんじゃが……」

「そんなわけないでしょうが。まあいいや、わかってくれたならさっさと地霊殿まで戻してよ」

「それは断る」

 

 即答ですかそうですか。仮にも地底の真の支配者的ポジションにいるはずなのに異変を放っておく始末。思いっきり他人事だと思ってるねこりゃ。いや実際は他人事なんだろうけど。

 

「はぁ。責任とかなんとかって言ってもダメなんでしょうね」

「当然じゃ。仮に今回の異変が長引いても儂は困らんし、困るのは地底と地上の住民だけじゃ。ならば自分たちで解決すればいいものを、若造どもはやれ地底の支配者としての責任やらと他人に押し付けて自分たちだけは安全なところに逃げようとする。全くもって不愉快なことじゃ」

 

 思い出したらイライラしたのか、剛は私の前では珍しく眉を寄せる。

 

 あっちこっちに手を出しては動き回ってる私が言えたことじゃないけど、彼女の言い分には共感できる。おそらくはこれを聞いてる火神も同じだろう。

 私たちは基本的に誰かがいなくても困らないのだ。というか古代の妖怪たちはみんなそういう者たちしかいない。

 兄弟としてこの世に生を受ければ、次の瞬間にはどちらかが餌となるまで争い合うのも珍しいことじゃない。みんなみんな生きてくのに必死すぎて他人のことを考える思考を持っていなかったのだ。

 私は都市の中で暮らしていたからある程度はマシだけど、もし違ってたら火神や剛と同じようになっていただろう。

 

「ちなみにそれ言ったやつらは?」

「全員殺したぞ? それ以来儂に話を持ち込んでくる者も消えたし、万々歳じゃ。それに儂に命令できるのはお主だけじゃ」

「じゃあこの枷外して地霊殿まで連れてって」

「いやじゃ。命令されてもいいとは言ったが、必ず聞くとは言ってないからのう」

 

 屁理屈である。

 こうなったらと、布団の横に置いてある刀たちは見つめる。

 

「ちなみにその枷は儂のと同じのじゃから、本気のお主じゃない限りとうてい壊せないと思うぞ?」

「ああ、やっぱり剛のと同じなんだこれ」

「これをぺあるっくと言うのじゃろう?」

「お揃いの枷とかどんなマニアックなカップルだよ!?」

 

 しかし、壊せないとなると脱出はさすがに無理っぽいな。

 一番の山場の前でリタイアか……。なんか二人にものすごく申し訳ない気持ちになってくる。

 まああの二人なら大丈夫だろうとそれ以上考えるのをやめ、ゴロンと布団に横になって吉報を待つことにした。

 

 

 ♦︎

 

 

「呪精『ゾンビフェアリー』!」

「うわっ、なんだこの気持ち悪いやつらは!?」

 

 旧灼熱地獄入り口付近にて。

 生気が微塵も感じられない妖精たちがお燐によって生み出され、魔理沙を襲う。

 いくら弾幕で撃ち抜いてもボロボロになって追いかけてくる様に魔理沙は顔をしかめる。

 

『あれは怨霊を元に作られた擬似的な妖精、言っちゃえば妖精のゾンビね。いくら怪我しても一回休みにならない代わりに消えるまで追いかけてくるわよ』

『魔理沙、スペカよ! お得意の高火力で跡形もなく消し飛ばしてやりなさい!』

「わかってるよ! 魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

 魔理沙は杖のように箒を振りかざす。すると複数の魔法陣が出現し、大量の星型弾幕がばらまかれた。

 それらはゾンビに当たった瞬間に爆発。跡形もなく体を消し飛ばしていく。

 それでもゾンビたちの数は多く、そのうちの数匹が弾幕群を突破してきてしまうこともある。しかしそのときは魔理沙のそばで待機していた人形たちが金属製の武器を持って迎撃していた。

 

「やっぱりこの人形便利だな。おかげで苦手な接近戦が克服できたぜ」

『私が操ってるからでしょうが。あなたじゃ戦闘中にこの子たちを動かすなんてとうてい無理な話よ』

 

 近くにいた一体からアリスの声が聞こえてくる。

 そう、これらこそが魔理沙に渡されたマジックアイテムだ。と言っても操作は人形を通して映像を見たアリスが行なっているだけなので、魔理沙が操っているわけではないのだが。

 

 星形弾幕と人形たちの手によってゾンビ妖精たちは無事全滅した。

 となると次に狙うのはお燐のみだ。しかし彼女は彼女でスペカが突破されると事前に悟り、地上に降りて逃走していた。

 

「やっぱ一人で戦ってるときとは全然違うな! 負ける気がしないぜ!」

『そう言ってるんだったらさっさと魚くわえた猫を追いかけなさい。まっ、あの速度じゃあなたの弾幕が届くかはわからないけど』

「そういうときのためにこれがあるんだろう、が!」

 

 お燐は猫の妖怪であるせいなのか、空中とは比べ物にならないほど凄まじい速度で地上を爆走していた。地面は熱せられているはずなのだが、そこは妖怪だから大丈夫なのだろう。

 

 このまま距離をとって戦況を整えるつもりなのだろうが、そうはさせないと魔理沙は腕につけられたブレスレットをかかげる。

 すると突然お燐の目の前に土でできた巨大な壁がせり上がってきた。

 

 パチュリーから渡されたブレスレットには彼女の得意とする七行の魔法を補助する効果がある。そのうちの一つである土行を使って、魔理沙は土を操ったのだ。

 お燐はぶつからないため足を止めようとする。

 しかしそれが魔理沙の狙いだった。

 

「へっ、そこだぁ! 恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

 構えられたミニ八卦炉から人どころか、建物一つ丸々飲み込みそうなほど巨大な閃光が放たれる。

 さすがのお燐も光の速度には勝てず、さらには足を止めていたこともあり、彼女は土の壁ごと光に飲み込まれる。

 そして破壊の彗星が過ぎ去った後には、はるか彼方までえぐられた地面と、その中心に黒焦げになって立っているお燐の姿があった。

 

 彼女はふらつきながらも、己の体が傷ついた原因である魔理沙を睨みつける。

 

「ぐっ……調子に乗るなよ人間! 体が傷つきそうだったから手加減してたけど、もう構うもんか! グチャグチャにして地獄を見せてやる!」

 

 魔理沙がいる空中までお燐は飛び上がり、スペカを投げつける。

 そしてその身に宿る妖力を()()()()()()で解き放った。

 

「妖怪『火焔の車輪』ッ!!」

 

 彼女を中心に全方位に放たれたのは赤と青の波のような弾幕。

 それらのうちの一つが壁に当たったとたん、先ほどのスターダストレヴァリエとは比べ物にならないほどの爆発が起きた。

 

「おいおいおい!? あれ絶対殺す気だろ!?」

『所詮は獣ってことね。熱くなって完全にルールを忘れてるわあれは』

「呑気に言ってないでどうにかしてくれ!」

『どうにかするにもなにもここからじゃ無理よ。まあ、アドバイスというのであれば——殺す気で弾幕を撃ちなさい。じゃなきゃあなたが殺られるわよ』

「くそっ、もう地底なんざ二度と行ってたまるか!!」

 

 もうなりふり構っていられなかった。最初に反則したのはあちらという大義名分を心の中で言い訳にし、ミニ八卦炉に今まで込めたことのないほどの量の魔力を込める。

 

「『マスタァァァスパァァァァクッ!!』」

 

 そして最大出力のマスタースパークが火を吹いた。

 その威力は山を一撃で焼き尽くせるほど。それほどの威力と範囲を持つ閃光がまばゆい光を撒き散らしてお燐へと迫った。

 そして彼女がいた場所を通り過ぎた次の瞬間、爆発。

 遠くの大地でドーム状に光が集まったかと思うと、轟音とともに大地やマグマなどのあらゆるものを消し飛ばした。

 

 その一部始終を魔理沙は息を切らしながら最後まで見続けた。

 

「……はは、こーりんがミニ八卦炉を最大出力で撃つなって言った理由がわかったぜ。たしかにこりゃ地上でやったら花火どころの騒ぎじゃねえな」

 

 呆れと驚き、そして恐怖。色々な感情が彼女の中で渦巻く。

 自分でやったことだというのに乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。どうリアクションすればいいのかがわからなかったのだ。

 次第に緊張は抜けていき、脱力する。

 

 しかしそれがいけなかった。

 身に迫る危険に気づいたのはアリスの声が聞こえてから。

 

『っ、魔理沙! まだ終わってないわ!』

「へっ……? ぐあっ!?」

『魔理沙っ!』

 

 背後から魔理沙に向かって飛び出してきた影にアリスの人形が突っ込んだ。

 影はすでにその鋭利な爪を振り下ろしており、人形を魔理沙ごと切り裂く。しかし人形が盾になったおかげで急所は外れ、腕が切られるだけで済んだ。

 

「ちっ、仕留め損ねたか」

「お前、あれくらってまだ生きてたのかよ!?」

 

 魔理沙を攻撃した影の正体は先ほど消し飛んだと思っていたお燐だった。彼女は全身から血を流しながらも、獣のような鋭い目と牙をむき出している。誰がどう見ても激昂しているのは間違いなかった。

 

「あのときとっさに回避しようとして助かったよ。おかげでアタイは吹き飛ばされるだけで済んで……こうしてお前を殺せる!」

「ちっ、くたばり損ないが!」

「『キャットウォーク』」

 

 魔理沙はブレスレットをつけた腕ごと箒を振るい、星型弾幕や炎、水、岩など様々な攻撃を繰り出す。

 しかしお燐は空気を蹴るような動作をすると急に加速。地上にいるときと同じぐらいの速度で弾幕をくぐり抜け、爪を振るってくる。

 それをアリスの人形が数人がかりで弾き、防いだ。

 

 だがお燐の攻撃は終わらない。再び空気を蹴ると加速し、今度は不規則に魔理沙の周囲を跳び回る。

 

『これは……どうやら妖力を固めて足場にしているようね。飛ぶより走った方が速い獣系の妖怪がよくやることだわ』

「適当に撃ったら当たるか?」

『やめといたほうがいいわ。少なくともマスパ並みの速度じゃなきゃほとんど無意味。全部避けられるわ。だけどマスパはもう二回も見せてしまっている。次は通用しないと思うわ』

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 

 魔理沙のスペカの中にマスタースパーク並みの速度を持つ弾幕はない。絶対絶命の状況で魔理沙は頭を抱える。

 改めてカードを見る。スターダストレヴァリエにミルキーウェイ、イベントホライズンなどなど……。その中で彼女は一つのカードを見つけた。

 そうだ、こいつがあった! 

 

「おいアリス。次あいつの攻撃が来たら人形を何体犠牲にしてもいいから動きを止めろ。その隙にこいつで一気に決めてやるぜ」

『わかったわ。ただし失敗したら今後近接攻撃を防ぐ手段がなくなってゲームオーバーよ。それでもやるの?』

「ああ、覚悟はできてるぜ!」

『そう……なら、いくわよ!』

 

 ちょうどお燐が妖力によって限界まで伸ばされた爪を振るわんと迫ってくる。方向は魔理沙から見て右。

 アリスは全人形を操って、武器や人形の体を盾にすることで攻撃を防いだ。

 

 そして爪が止められたことによってお燐の動きが一瞬止まる。

 その隙を見計らって、魔理沙は箒の先にミニ八卦炉をつけ、そのままマスタースパークを放った。

 

「『ブレイジングスター』!!」

 

 彗星と化した魔理沙は呆然としているお燐の腹に突っ込んだ。箒の先端が命中し、彼女は口から液体を吐き出す。

 しかし彼女も一筋縄ではいかなかった。お燐は箒にしがみつ、吹き飛ばされることを拒否する。そしてそのまま魔理沙と同じようにに彗星と一体化し、旧灼熱地獄を飛び回る。

 

「ぐっ、がっ……! 人間なんかに、負けてたまるかァァ!!」

「くそっ、離れやがれ!」

 

 箒にしがみつきながらも振るわれた爪が魔理沙の体をかすめる。

 このままではいずれ箒に乗られて形勢逆転だ。だが彼女をなんとか振り下ろす手段がない。

 だったら……! 

 

「しがみついてたきゃしがみついてろ! ここから先は地獄コースの始まりだぜ!」

「何を……!」

 

 魔理沙は箒の取っ手の部分にバランスを取って立ち上がると、急に角度を下げて地面へ思いっきり突っ込んだ。

 箒の先端と地面に挟まれてお燐が苦しげな声を上げる。だがそれに追い打ちをかけるように、魔理沙はその角度を保ったまま前進し、お燐の背中を引きずり回した。

 

「ガアアアアアアアアアッ!!!」

 

 耳が裂けたと錯覚するほどの絶叫が響く。だがお燐はそれでも箒から手を離すことはしない。

 なので魔理沙は箒の角度を斜め上に向けた。その先には岩で覆われた天蓋が。

 

「おまっ、お前ェェェェ!!」

 

 次に起こる未来を悟ったのだろう。全身の皮をズタボロに剥かれながらも、お燐は呪詛のような叫び声を上げる。

 だが無意味だ。

 魔理沙はためらいもせずに天井へ突っ込んでいく。

 

 そして、大爆発。

 地霊殿全体を震わせるほどの衝撃がはしる。メキメキと天蓋にヒビが入り、いくつもの岩が落ちていく。

 その中心には天井の一部と化しているお燐の姿があった。

 

 彼女はもう意識がなかった。まるで罪人のように張り付けにされ、そのまま落下することも許されずにそこにとどまっている。

 

「名付けて『サングレイザー』だな。……二度と使いたくないぜ」

 

 そう吐き捨てると、霊夢が飛んでいった方向へ飛んでいく。しかしその直後に魔力を使いすぎたのか、フラついてしまった。

 

『あなたはよくやったわ。霊夢は大丈夫だろうし、今は休んで起きなさい』

「……そうだな。私もさすがに疲れた。このまま近づけるだけ近づいて、あとは高みの見物とさせてもらうぜ」

 

 旧灼熱地獄の奥に向かってしばらく進んでいくと、途中で大地が途切れていることがわかった。その代わりに先に映るのはマグナの海。

 それの真上で弾幕を撃ち合う少女たちを魔理沙は見続けることにした。

 




「最近は地味に三連休が多くて嬉しい! だけどどこにもいく予定はない作者です」

「9月24日Switchで配信予定のドラクエ2と3をプレイを楽しみに待っている狂夢だ」


「なんか今回はいつも以上に殺伐とした内容でしたね」

「まああんまり弾幕ごっこが浸透してない地底だからな。そして何気に魔理沙の初殺し合いでもある」

「魔理沙さんは一応普通の魔法使いですからね。霊夢さんと違って戦闘経験はほぼないし、そういう意味じゃ今回のは大快挙じゃないんでしょうか?」

「そういえばサングレイザーの描写がけっこう原作と違ってたよな? ありゃいったいどういうことだ?」

「サングレイザーに関してなんですが、ゲームではちゃんと違いがわかるんですが、文字で書くとなるとどっちもマスタースパークを利用した突進になってしまうんですよね。だからこの小説でのサングレイザーは突進するとともに箒で敵の体を固定し、壁や地面などにぶつける技となっております」

「まあその威力は本編で見ての通りだ。マスパで加速したままぶつけられるんだからそりゃすげぇダメージ入るよな。おまけにマスパの魔力の暴走でぶつけた瞬間爆発も起こるし」

「改めて聞くとマジで殺傷専門の技みたいなものですよね。願わくは魔理沙がこれを再び使う日がないことを」

「フラグか?」

「違うわい!」


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鬼神様の弾幕ごっこレッスン

 

 

 地底の外れにて。

 まるで相撲の土俵のように土が敷き詰められ、太い縄で囲われた場所で私と剛は対峙していた。

 

 剛はシャドーボクシングで準備運動をしている。しかしその風切り音は明らかにただの拳が出しちゃいけないものだった。なんかビュン、とかじゃなくてドゴォオォンッ! て音が鳴ってるし。爆発物か何かかあれは。

 

 対する私は虚ろな瞳をしながらひたすら自問する。

 なぜだ。なぜこうなった。

 

「じゃから儂が弾幕ごっこを覚えるためだと何回も言っておろうに」

「私は一度も同意してないと思うんだよね!? それが気がついたらこんな人気のない場所にまで連れ込まれてるし!」

『おい、もう諦めろ楼夢。運命からは逃れられん』

「うるさい! あなたは私が傷つくのを見るのが楽しみなだけでしょうが!」

『あ、バレた? まあわかってるんだったらさっさと殺し合って来いや』

「いやだぁ! 絶対手加減誤ってミンチにされるよこれ!」

 

 そう、事の発端は剛が弾幕ごっこを覚えたいと言い出したことだった。

 剛は伝説の大妖怪ではあるが妖力操作はからっきしで、弾幕の一つも出すことすらできない。なので必然的に近接弾幕ごっこをやるしかないのだが、ここで一つ問題が発覚した。

 この女、手加減が超苦手だったのである。

 その度合いはすでに犠牲者が数人出ているほどらしく、弾幕ごっこを推奨した者としていかんと剛は考えていた。そして出た結論が私に習うことにしよう、だった。

 

 ……うん、なんで私? いやたしかに私や火神以外に剛を抑えられるものはいないかもしれないけど、私の耐久が紙同然だってのを忘れてないかな? 避け損ねたら普通に死ぬからね? 

 などなどと色々抗議してみたのだが、剛は耳を貸さず。

 結局無理やり連れ出されて、今に至ると。

 

「くそぉ! もう帰りたい!」

「心配せずとも返してやるわい。もちろんこれが終わった後じゃがな」

 

 しかしいくらジタバタしていても状況は良くなってはくれない。

 結局私は覚悟を決め、彼女に弾幕ごっこを教えるもとい実験体になることにした。

 

「はぁ……もういいや。じゃあまず一番手加減した拳を見せてくれない?」

「ん、何を言っておるのじゃ? さっきの素振りが今の儂の全力の手加減じゃ」

「……ああ、こりゃ重症だわ」

 

 えっ、素振りってさっきのシャドーボクシングのことだよね? 明らかに人体がくらっちゃダメな風切り音をしてたような気がするんだけど。

 しかし本人はけっこう真剣らしい。どうやら本当にあれが今の彼女の限界みたいだ。

 

「さて、儂の今も見せたことじゃし、そろそろいくぞ?」

「いくって何を? ……まさかっ」

「ハァァァァァァッ!!」

 

 とっさに飛び込むように横に体を動かす。

 そして次の瞬間、暴風が吹き荒れ、目にも留まらぬ正拳突きが先ほど私が立っていた場所を貫いた。

 衝撃波だけで土俵はえぐれ、その奥にあった岩を砕く。

 

「ちょっ、何するんだよ!?」

「実戦に決まっておるじゃろうが! 技術とは戦いの中で身に付けるものじゃからな!」

「そんな土壇場で覚醒する主人公みたいなこと毎回できるのはお前だけだ!」

 

 ああもう、話を聞かないやつだ。

 こうなったら仕方がない。私も本当の姿で相手をしなくちゃ身が持たん。

 体の奥底に眠る妖力を引き上げるようなイメージを浮かべる。しかしいくら経っても体に変化が起きることはなかった。

 

「な、なんで!?」

『おいおい忘れちまったのかァ楼夢。テメェは地底で本気になるのを禁じられてるだろうが。念のため指輪に細工しといてよかったぜ』

「っ、この指輪か!?」

 

 急いで指輪を捨てようと引っ張る。だがなぜか指輪は指から抜けることはなかった。

 

『ムダムダ、そういつには本気のお前じゃないと解けないような術式をかけてある。抵抗はやめて楽しいショーに専念するんだな』

「……テメェ、生きて帰ってきたら絶対ぶち殺してやる」

 

 思わず素の口調になって、通話の奥にいる人物を恨む。

 くそっ、こうなったらやるしかない! 

 妖桜と舞姫を抜き放ち、剛へと切りかかる。

 しかし彼女はそれを避けもせずに片腕で受け止めた。

 

「……って、なに弾幕ごっこでまともに受け止めてるんだよ! 結界はどうした!?」

「あ、忘れてたのじゃ」

「お前はまず手加減云々よりルールを頭にぶち込んでおけ!」

 

 私たちは互いに後退すると、結界用カードに妖力を込めて結界を張る。

 彼女は結界を張ったのは初めてなのか、物珍しそうに自分の体をペタペタと触っていた。

 その隙に刀を振るうけど、普段の私に慣れてる剛からしたら遅すぎるほどで、簡単に避けられる。

 

 そして迫ってくる、お返しの拳。もちろん当たったら十分死ねる威力だ。

 だけど私も普段の剛の拳に慣れてる身。手加減された拳を目で追うなんて造作もないことだ。

 そして刀身を使って回転扉のようにそれを受け流した。

 

「むぅ……。やっぱり手加減してると全然面白くないのじゃ」

「私はこのままの方がたのしいんだけどねっ」

 

 連発される大砲をくぐり抜け続ける。

 一撃一撃がバカみたいな威力で、空振るたびに風圧で吹き飛びそうになる。でも、いつもの剛との戦いと比べたら楽勝だ。

 もしかしてこのままどさくさに紛れて剛を叩きのめすこともできるんじゃないか……?

 

 脳裏に浮かんだ甘い言葉に息を飲む。

 決まってる。私が今取るべき行動は……! 

 

「ハァッ!!」

「ぐっ、急に速くなったな……! じゃが負けんぞ!」

 

 楼華閃二刀流『氷炎乱舞』。

 左右の刀にそれぞれ炎と氷を纏わせ、十数もの斬撃を叩き込む。

 剛はなんとかそれを避けようとしたが、いくつかが彼女の体を、正確には結界を切り裂いた。

 

 やることなんて決まってる。ここであいつを潰す以外選択肢はないでしょうが!

 アハハハッ! 日頃の恨みを思い知れ! 

 

「くぅっ! 『空拳』!!」

「くらうかそんなノロマな拳ぃ!」

 

 前へ前進しながら首だけ動かすことで拳を避け、逆にカウンターで彼女の喉に左の妖桜を突き刺す。もちろん結界のせいで本当に突き刺さったわけじゃないけど、動きを止めるには十分だ。

 左腕を伸ばしきった状態のまま余ったもう片方の刀を振り下ろし、剛の体を切り裂く。

 

 一太刀を入れるごとに私の笑みが深まっていくのを感じる。

 最高だ。あの剛をこうも一方的にいたぶれるとは。

 

『おーおー。イキってんねェ。でもそんなに刺激すると……』

 

 なんか聞こえたけど構ってられるか。

『雷光一閃』。雷を纏った光速の抜刀切りが彼女の体を横一文字に切り裂いた。電気による火花とともに結界の破片が飛び散る。

 結界が壊れるまであともう少しだ。このまま切り刻んでやる。

 

「『百花繚乱』ッ!!」

 

 この姿でできる最高の剣技。百もの斬撃を一瞬にして行う最強の技が剛を襲おうとしたそのとき、彼女の姿が突然私の視界から消えた。

 

「ど、どこに……!?」

「ここじゃよ」

 

 ふと横から聞こえてきたその声に反応してしまい、顔を横に向ける。

 その瞬間私のほおには拳が叩き込まれ、体が数十メートルほど吹き飛んだ。

 

 ぐっ……この感じ、さっきよりも威力や速度が上がってる? 

 なんとか立ち上がりながら冷静に状況を分析する。

 正直なんで剛が急に本気を出し始めたのか最初は分からなかった。しかし彼女の燃え上がるような目を見た瞬間悟った。

 ……あれ、もしかしてやりすぎた? 

 

「もう我慢できぬのじゃ……! 楼夢がこんなに本気になってくれておるのに、手を抜くことなどできん!」

「……お、落ち着いて剛っ。別に私はあなたのために本気になってるんじゃなくて……!」

「安心するのじゃ。ここから先はお主の思いに応えてこの鬼城剛、全力で相手をしてやるのじゃ!」

 

 話を聞けぇ! 

 しかしそんな言葉は喉の奥から出ることはなく、代わりに拳が腹に突き刺さる。

 悶絶して体をくの字に曲げる私。前のめりに倒れそうになるが、そうはさせぬと剛のアッパーが顎を体ごと突き上げ、宙を舞う。

 

 ぐしゃぐしゃに歪む視界。何回も頭と足の位置が入れ替わり、その度に吐き気を覚える。そしてそのまま回転したまま地面に思いっきり頭を打ち付けてしまう。

 

「ぐぼっ!? がぁっ……!」

 

 仰向けになった瞬間口から大量の血が吐き出された。

 おいおいこりゃ……人間だったら出血多量で軽く死ねるぞ。

 もちろん結界は今の二撃で粉々に砕け散っている。しかし一度火がついた紅の魔王は止まらない。

 視界には口を三日月に歪めながら頭上に落ちてくる剛の姿があった。

 

「ばっ、『バギ』……っ!」

 

 刀を握ったまま腹部に左手で触れ、小さな風を出現させて体を無理やりその場から動かす。

 そして一秒ほど遅れて剛の拳が地面に突き刺さり、噴き出してきたマグマとともに出現した衝撃波によって想定よりさらに遠くに吹き飛ばされた。

 

 体を一度打ち付けてバウンドするも、体勢を立て直し着地。

 土俵はマグマに飲まれてしまい、見えなくなっていた。そしてなぜかノーダメージで剛はそのマグマの海に裸足で立っている。服も燃えた様子はない。

 化け物め……! 

 この様子じゃ火神の炎も意味をなさないだろう。肝心なときに役に立たないやつだ。いや、この場合はそれがわかっていて指輪を渡したと考えるべきか。だとしたらクソ野郎だね、マジで。

 

「神解『天鈿女神(アメノウズメ)』」

 

 そう唱えると、徐々に私の桃色の髪に瑠璃色が混ざってくる。もちろん変化したのはそれだけでなく、右の刀は炎をかたどった赤色に、左の刀は氷をかたどった青色になっていた。

 私の最期の切り札、神解。それのおかげで妖力が数十倍にまで高まっているのを感じる。

 でもだめだ。これだけじゃまだ足りない。

 だからもう一つの名を唱えることにした。

 

「……『幻死鳳蝶(まぼろしあげは)』」

 

 ただでさえ負担がかかる神解を重ねた影響か、言葉を発した直後に凄まじい激痛が脳にはしった。

 しかしここでは気絶するわけにはいかないっ。血が流れるほど歯を強く食いしばって激痛に耐え——背中から四つの死神の鎌のような翅を出すことに成功する。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

「ほう……まさか幼い姿でここまで妖力を高められるとは。さすがは我が夫じゃ」

 

 未だに頭に走る痛みのせいで何言ってるか聞こえないよ。

 でも、やることは変わらない。両方の刀を前に突き出す。

 

 ここまでやっても、剛の妖力は私の数段上を行っている。だからダラダラと長引かせたら頭痛も合わさって勝ち目はないだろう。

 だからこそ、次の一撃に全てを込める! 

 

 両方の刀に妖力を流し込むと、鮮やかな刀身が黒に染まっていく。そして同じ黒い色をした風を纏い始めた。

 剛は何をするでもなく、ただこちらをじっと見ている。

 だったら好都合。ここで消し飛べ。

 そして私は限界まで巨大化した二つの黒い竜巻をありったけの力を込めて同時に振り下ろした。

 

「『ブラックノア』ッ!!!」

 

 竜巻は唸りを上げて二匹の黒い竜に変化し、地をえぐり、大気をかき消し、前方にあるあらゆるものを消し飛ばした。そして地底の果てにある壁と激突し、轟音。地底のみならず地上にまで影響が及ぶほどの地震が発生する。

 竜巻が通過した跡に剛の姿はなかった。あるのはただ黒に汚染された、荒れ果てた大地だけ。

 

 だけど私の体の奥底の本能はまだ叫び続けていた。——今すぐここから逃げろと。

 理性的に考えれば生きているはずがない。『ブラックノア』の前にはどんなに硬かろうが無意味なのだ。当たれば確実に死ぬ。

 そう、()()()()()

 

 

「いやー、今回ばかりはさすがに危なかったのう」

 

 その声は背後から聞こえた。

 冷や汗が止まらない。震えで思わず刀を落としてしまいそうになる。

 しかし見なくてはならないと、意を決して後ろを振り向く。

 そしてそこにはやはり、理不尽の権化が立っていた。

 

「さて、お主が限界なのはわかっておる。そしてそんな体になってまで戦ってくれた礼として、こいつで終わらせてやろう」

 

 いらないと口を動かす気力すらなかった。二つの神解はすでに消え去っており、反撃することも不可能。

 剛の足が雷を纏っていく。それだけで彼女が何をするつもりなのか私にはわかった。

 

「『雷神脚』!!」

 

 剛の十八番の雷神拳の蹴り技版とでも言うべきものが私の腹部に突き刺さる。そしてそのまま一瞬だけ体が止まったと思うと、次の瞬間にはマッハにも匹敵する勢いで真上へと吹き飛ばされた。

 地面がだんだん遠ざかっていくのを感じる。

 そして私は天井と衝突した。にも関わらず私の勢いは止まることなく、未だに背中を打ち続けながら上へ上へと上っていく。

 何が何だかわからないまま、私はこのまま地底を去ることになった。

 

 

「……ちょっと強すぎじゃったかのう。まさか地底から地上まで大地を貫通させることになるとは。無事だといいのじゃが……」

 

 



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地獄の人工太陽

 

 

 マグマの海の上を飛んでいく。

 数秒ごとに噴き上がる火柱はまるでプロミネンスだ。当たってら最後、霊夢の体は骨も残さず溶けてしまうだろう。

 ここは旧灼熱地獄。その底の底。最深部である。

 

「だー、もうだめ! 暑い、暑すぎるわ! こんなところにいたらペットを探す前に焼き巫女になっちゃう!」

『焼き巫女……じゅるり、美味しそうだねぇ。今度味見してみてもいいかい?』

『バカなこと言ってるんじゃないわよ。もう少しよ霊夢。そこに今回の異変の元凶がいるはずだわ』

 

 衛星のように霊夢の周囲を浮く二つの陰陽玉と話すことで気を紛らわす。そうでもしないととてもやっていけないほどの暑さだった。

 究極の人間とも呼べる霊夢でさえこの様なのだ。おそらく並の人間なら数秒ここにいただけで気を失ってしまうだろう。

 顔中に流れる汗を袖で拭うが、効果は薄い。すぐに次の汗が噴き出してくる。長時間いたら脱水症状が出てしまうだろう。

 タイムリミットはそこまで長くない。そう悟り、元凶を探すことに集中しようとしたところで、黒い何かが彼女の前に降りてきた。

 

 それは漆黒の巨大な翼を生やした少女だった。特徴的なのは胸の間に挟まっている瞳のような赤い宝石と、右手につけられた砲身。

 少女は暑さで表情が歪んでいる霊夢とは対照的に汗一つかかず、笑顔で霊夢を見ていた。

 

「あなたが地上からの侵入者だね! 私霊烏路空! みんなからはお空って呼ばれているよ!」

「……あれは何かしら?」

『地獄鴉だね。地獄の死者の肉をついばむ下賎な鳥さ』

『にしては感じられるエネルギーが異常だわ。間違いなく今回の首謀者でしょうね』

 

 お空と名乗った妖怪は地獄鴉のことについて知らない霊夢でも異常と思うほどの妖力を放出していた。

 いや、よくよく見る限り放出というよりかは溢れ出しているようにも感じられる。まるで小さなペットボトルに入りきらない量の水を無理やり詰め込んだような……。

 それに彼女から感じられる妖力も普通のものとはかなり感覚が違っている。妖力のくせに巫女である霊夢はそれにどこか神聖さを感じていたのだ。

 

 だがいくら考えたところで答えは簡単には出てくれない。

 ならばやるべきことは一つだ。

 お祓い棒と五枚のスペルカードを構える。

 

「要するにこいつをぶっ倒せばいいわけね。いつも通りじゃない」

「うにゅ、私を倒すの? それは困るよ。私はもうすぐしたらこの力を使って地上へ侵略しにいくんだから。それで色んなものを焼きつくんだ! こんな風に!」

 

 お空は左手を軽く振るう。

 それだけで魔理沙のマスタースパークに匹敵するほどの密度を持つレーザーが複数現れ、マグマの海を貫く。

 そして次の瞬間大爆発が起きた。

 

 地底が衝撃で震えているのを感じる。

 これは長期戦は本当に危険だ。脱水症状の前にこの場所自体が下手したら崩れる恐れがある。

 なら多少危険でも早めに終わらせるほかないだろう。

 

『あの力……まさかっ! 気をつけなさい霊夢! そいつは——』

「さあいくわよ鳥頭。私が綺麗な焼き鳥に料理してあげる」

「あなたも私とフュージョンしましょ?」

 

『——そいつは、八咫烏を呑み込んでいるわ!』

 

 紫の注告が響くも、霊夢は止まらない。

 神の力を宿した妖怪に向かって、彼女は突き進んでいった。

 

 

 ♦︎

 

 

「これで消し炭になっちゃえ! 核熱『ニュークリアフュージョン』!」

「いきなりスペカ!?」

 

 開幕と同時にお空が投げたのはスペルカードだった。

 そして砲台が霊夢の方へ向けられ、離れていても熱気が感じられるほどのエネルギーが集中していく。そしてそれは霊夢ですら見たこともないほど巨大な光球となり、撃ち出される。

 

 最小限の動きなんてやってる場合じゃない。慌てて横へ移動し、弾幕を躱す。そして少しの間が空いた後、背後から爆発音が聞こえてきた。

 明らかにルール違反な威力に霊夢の眉が寄せられる。

 

「……冗談じゃないわ。なによあの火力」

『うひゃー、すごいねこりゃ。私でもくらったらヤバイかもね』

『それが八咫烏よ。やつは核融合によって生み出される究極のエネルギーを操ることができるのよ』

「誰よそんな頭おかしいのを一介の妖怪に渡したのは!?」

『私が知りたいわよそんなこと!』

『おいちょっ、喧嘩してる場合じゃないよ! 前、前っ!』

 

 萃香の慌てた声が気になって前を向く。そこには先ほど躱したはずの超大型弾幕が迫ってきていた。

 

「連射もできるってありなのそれ!?」

 

 あまりの理不尽さに思わず霊夢は叫んだ。

 スキマに逃げ込もうにも、霊夢が移動できる距離はわずか十メートル以下だ。弾幕から逃れるにはあまりにも足りない。

 ならばと先ほどと同じように横へ移動して躱そうとするが、間に合わず、核エネルギーの弾幕の端っこが霊夢の左腕に当たってしまった。

 

「うっ、ぐうっ……!?」

『霊夢っ!?』

「う、るさいわね……! 平気よこんなもの……!」

 

 そう霊夢は言うが、側から見ればとても大丈夫そうには見えなかった。特有の服とは分離した袖は消滅してしまっており、剥き出しになった左腕は肩から先までが黒焦げになっている。

 だが骨は折れていない。表面を焼かれただけだ。ならばまだ動かせると即座に判断し、次の弾幕に集中する。

 

 だが弾幕が来ることはなかった。スペルカードの制限時間が来たのだ。

 ならば今度はこちらの番とばかりに、霊夢はスペカを投げ捨て、宣言する。

 

「宝具『陰陽飛鳥井』!」

 

 通信機としての陰陽玉とは別の、紅白の巨大な陰陽玉を出現させる。そして霊夢はそれに蹴りを加え、お空へと撃ち出した。

 それに対抗するように、お空はスペルカードを取り出す。

 

「爆符『ペタフレア』!」

 

 再び砲身から核エネルギーの弾幕が放たれた。しかしその大きさはさきほどと比べて二回りほど小さい。その代わり、彼女はそれを何十発とマシンガンのように連射してきた。

 おそらく規模を縮小させたことで連続で弾幕を出すことに成功したのだろう。

 

 陰陽玉と熱の弾幕がせめぎ合う。一発の威力は陰陽玉の方が上だ。しかし数十発と連続で受け続けることで陰陽玉の勢いは衰えていき、やがてその表面にヒビがはっきりと現れ始める。

 

「アハハ! やっぱり私は最強なんだ! この調子で消し炭にして——きゃっ!?」

 

 高らかに笑うお空。しかしその声は突如目の前で発生した爆発によってかき消されることとなった。

 もちろん至近距離で爆発が起きれば巻き込まれるのは必然。煙が晴れたとき、お空の体にはいくつかの焦げがついていた。

 

「ぐっ、何で……?」

「アンタの弾幕はデカすぎるのよ。それが弱点ね」

 

 スペカ途中のお空を襲ったのはもちろん霊夢の弾幕だ。いや、正確には()()()()()()()()()()()()()()、と言った方が正しいか。

 種明かしをすれば、霊夢は萃香の陰陽玉の能力を使用したのだ。その能力は放った弾幕が相手の弾幕をすり抜けるというもの。

 お空の弾幕は面積が大きい分自分の視野までも殺してしまうことがある。その弱点を見抜き、利用することで、彼女に気づかれることなく霊夢は弾幕を当てることができたというわけだ。

 

 残りスペカはお空が三、霊夢が四。残機はともに二。だが戦場の雰囲気は振り出しに戻った。

 だが、その心境までは最初と同じとは限らない。

 お空は最強となったはずの自分に弾幕が当たった事実に怒り、少女らしい可愛さを消して鬼の形相で霊夢を睨んでいる。

 

 霊夢は相手が動揺している今がチャンスだと考え、間髪入れずにスペカを取り出す。一方のお空も状況を変えるためになりふり構わずスペカを唱えた。

 

「『パスウェイジョンニードル』!」

「っ、焔星『十凶星』!!」

 

 霊夢は武器である針を両手の指で挟めるだけ挟み、それを投げつける。そして光を思わせる速度まで加速したそれらはレーザーとなり、お空に迫った。

 

 だがお空は、今度は自分の周りに衛星のように超大型弾幕を五つ浮かばせた。そしてそれらを盾にすることで霊夢のスペカを完全に防いでみせた。

 しかしお空のスペカはそれだけではない。彼女の周りを囲う弾幕とは別のもう五つの超大型弾幕を出し、今度はそれらに霊夢を襲わせたのだ。

 

 一見攻守ともに完璧に見える布陣。しかしそこには一見穴があると気づいた。

 一瞬の思考の後、霊夢はスペカをもう一枚取り出す。

 

「夢符『二重結界』」

 

 霊夢を中心に二重の結界が彼女の周りの広範囲を囲うように張られた。

 そしてそのまま彼女は結界ごとお空がいる場所へ突進していく。

 

「その程度の結界で防げる弾幕じゃないよ!」

 

 お空はそう余裕を持って構えると、周囲に浮かぶ超大型弾幕の一つを動かして霊夢に当てようとした。

 しかし霊夢は進路を変えることなく、そのまま弾幕に突っ込んでいく。

 被弾まであと数メートル。ここまで近づけば彼女の速度での回避は不可能だ。お空は笑みを浮かべる。

 そして超エネルギーの弾幕が霊夢の前に張られた結界を壊した。——その瞬間、まるで映像をつけたまま画面を壊されたテレビのように、結界ごと()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()

 

「あんたって本当に頭悪いわね。私が無策で突っ込むわけないじゃない」

 

 突然横から聞こえた声にお空は振り向こうとする。だがその前に複数の弾幕が彼女に着弾した。

 その衝撃によって集中力を乱されスペカが消滅する。

 

『んー、霊夢、あの烏は何がしたかったの? ()()()()()()()()()()()()()()()()()気がするんだけど』

『……さすがね霊夢。まさか結界にこういう使い方があるなんて』

 

 今起こったことへの通信機の奥にいる妖怪たちの反応は全く異なっていた。

 萃香は困惑の声を漏らし、逆に紫は霊夢が何をしたのか理解したようで、感心している。

 それらを聞き流していると、どういうこと? と萃香の質問がおそらく紫に飛んできた。

 

『結界ってのは単に攻撃を防いだりするのが全てじゃないの。その本質は内側と外側の世界を仕切ること。霊夢はこれを利用して二重に結界を張ることで内部の空間を歪ませて自分の位置を相手に誤認させたのよ』

 

 紫の言っていることは正解だった。

 だが悠長に解説を続けている暇はない。お空が四枚目のスペルカードを握ったのを見て、霊夢も身構える。

 

「はぁ、はぁ……っ! ぐっ、こんなはずじゃないのに!」

「所詮は借り物の力ってことよ。あなた程度の器じゃ不相応だわ」

「うるさいうるさい! 『地獄極楽メルトダウン』ッ!!」

 

 お空の叫びに呼応するように、彼女の両手から二つの超大型弾幕が放たれた。

 大きさは最初のニュークリアフュージョンレベル。だが数が増えただけでは霊夢の脅威たり得ない。

 スキマの連続移動を繰り返すことによって高速で動き、左右から迫り来る超大型弾幕をやすやすと回避した。

 だがここでお空のスペカは終わらなかった。

 

 二つの太陽が互いに衝突したとき、そのあまりの衝撃とエネルギーによって爆発が起こり、全方位に向けて炎の波が発生した。

 回避できる穴はどこにも見当たらない。つまりはルール違反の不可能弾幕(インポッシブルスペルカード)

 それを見た霊夢の行動は早かった。

 

「神技『八方龍殺陣』ッ!!」

 

 霊夢は自分を中心に八方向全ての攻撃に備えるよう結界を張る。

 そこにお空の炎の波が押し寄せてきて、激突した。

 

 嫌な音を立てて崩れていく結界。どうやら不回避の弾幕だけでは飽き足らず、威力までもが人どころか当たれば妖怪ですら殺せる威力だ。

 炎をなんとか耐え抜いてみせた霊夢。その額には滅多に見せることはない青筋が浮かんでいた。

 

「よくもぬけぬけと博麗の巫女の前で反則行為を重ねられたものね……っ! 久しぶりにあったま来たわ!」

「うるさい! これで地上ごと消し炭になっちゃえ! 『サブタレイニアサン』ッ!!」

 

 お空は先ほどまで体中に満ちていたはずの全能感が打ち砕かれていくのに耐えられなかった。まるで駄々をこねる子供のように砲身を荒っぽく振るい、銃口を霊夢に定める。

 そして威力や規模などの一切を考えずに、ただ体から感じられる全ての力を右手に集中させた。

 その結果、旧灼熱地獄に人工の太陽が生まれた。

 

 今まで見たどの弾幕よりもそれは圧倒的に巨大だった。マグマの海のほぼ全ての面積を埋め尽くすほどの横幅。縦はマグマの底から天井につくほど長い。

 

 やがて太陽はブラックホールのように手当たり次第のものを吸い込み始めた。そして取り込めば取り込むほど、さらに太陽は巨大化していく。

 最初にマグマの海が干上がった。次に陸が全て消え去るのも時間の問題だろう。

 

 しかしそれでも、霊夢は一歩も退かずに太陽を睨みつけていた。

 陰陽玉から逃げろという声が聞こえてくる。しかしそれらを全て無視して、彼女は腕を組んでただその成り行きを見守っている。

 

「アハハハハッ!! 死ね! 死ね! 全部消え去っちゃえッ!!」

「——本当に鳥頭ね、アンタ。それの弱点をもう忘れてるんだから」

 

 霊夢のそのつぶやきはお空の耳には届かなかった。

 彼女は暴走する太陽を必死に押さえつけながら、狂ったように笑っている。

 そしてその太陽が解き放たれようとしたそのとき。

 

 ——七つの色とりどりな弾幕が、お空の背後に殺到した。

 

「だから言ったでしょ? ()()()()()()()()()()()()って」

 

 霊夢はお空がスペカを発動した瞬間から、無言でスペカではなく必殺技を放っていたのだ。

 先にルールを破ったのはお空だ。だからこそ、遊びではなく本気で霊夢はその力を振るうことができる。

 

「消し飛びなさい——『夢想封印』」

 

 そう唱えた瞬間、スペカではとうてい実現することができないほど巨大な爆発が起きた。

 翼が千切れ、腕が消し飛ぶ。

 七つの弾幕をその身に受けたお空は徐々に自分の力が抜けていくのを感じる。

 

『夢想封印』。妖怪を倒すために博麗の巫女が生み出した、妖怪の力を封印する必殺技。

 制御を失った太陽は徐々にエネルギーが分散していき、泡沫の夢のように儚く消え去っていく。

 

 そして翼を失ったお空はそのあまりのダメージに気を失い、復活したマグマの海に落ちて沈んでいった。

 

 



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夜の帳が下りてくる

 

 

 地霊殿。忌み嫌われた妖怪たちが集う地底でもとびっきりの嫌われ者が住む館。

 そこのとある場所に複数の人影があった。

 

「ふぃ〜、疲れも吹っ飛ぶぜぇ……」

「地底なんて二度と行かないなんて思ってたけど……ここだけはいい場所ね」

 

 湯に浸かった霊夢と魔理沙はそれぞれの感想を口にする。

 漂う湯気に隠された少女たちの裸体。そして岩の囲いの中に沸いている暖かい水。

 そう、ここは地霊殿内部にある温泉だった。

 

 ここの持ち主であるさとりによると、お空を止めてくれたお礼らしい。二人はすぐに帰りたかったが、旧灼熱地獄でさんざん汗を流したせいで体中がベトベトになっていたので、遠慮なく使わせてもらうことにした。

 そして今に至る。

 

「いやー、最後にあのカラスのスペカを見たときは今度こそ死んだって思ったぜ」

「ああ、そういえばアンタあそこの近くにいたんだっけか。よかったわね流れ弾をくらわなくて」

「まったくだ。しばらく戦いはこりごりだぜ」

「なぁーにオヤジっぽい顔してんのさ二人とも!」

 

 二人が今日無事生還できたことにため息をついていると、後ろから小さい影が二人の間に飛びついてきた。

 こんな馴れ馴れしいやつは楼夢以外だと一人しかいない。

 霊夢は振り向かずに謎の声の主に話しかけた。

 

「はぁ、本当にアンタはいいご身分よね。私たちとは違って他人の不幸を笑い話にして、おまけに何にもしてないのに温泉に入れるなんて」

「違うよ霊夢。()()()じゃない。()()()、さ!」

「……なんの言い訳にもならないわよ、萃香」

 

 飛びついてきたのは萃香だった。そしてここにいるのは彼女だけではない。紫にアリスにパチュリーのサポート係だった三人が、別の湯に浸かっていた。

 

「というか地上の妖怪が地底に来るのはご法度じゃなかったのかしら?」

「ええその通りよ。ただ、知られなければ問題はない。さとりにも口を閉じておくよう交渉したから大丈夫よ」

 

 霊夢の疑問にスキマでいつのまにか彼女の隣に移動していた紫が答える。

 

「そうそう、今後は地底との条約を緩和することに決定したわ。だから地底の妖怪たちの一部が地上に来ることもあるかもしれないけど、そのときはよろしくね?」

「いやよ。今日みたいな馬鹿どもが束になったらさすがの私でも骨が折れるわ」

「大丈夫よ。あなたは鬼子母神以外のほぼ全ての地底の強者を倒したんだから。今日戦った以上の妖怪はほとんど出ないと思うわ」

 

 逆に言えば、今日という一日にほぼ全ての不幸が集結したという意味にもなるのだが。

 霊夢の異変経験の中でも明らかに一、二を争うほど厄介な異変だった。そんなことを考えていると戦闘での傷が疼きだしてしまい、またため息をつく。

 

 お空によって焼かれた彼女の左腕はほぼ元どおりの雪のような色になっていた。紫の治療術式と、彼女が持ってきた永遠亭産の薬のおかげだ。

 

「そういえば鬼子母神で思い出したんだけど、あれから楼夢はどうなったのよ? 火神たちもいないし」

 

 それを聞くと、紫はさっきまでとは一変して見るからに落ち込んでしまった。

 彼女は非常に浮かない顔で答える。

 

「……行方不明よ。地底から地上まで吹き飛ばされたのはわかってるけど、跡を探しても見つからなかったわ。そのときの衝撃で通信機も大破しちゃってるから正直お手上げね」

 

 そして映像が映らなくなったのを機に火神たちは帰って行ってしまった。相変わらず自由人だなと、心の中で思う。

 だが、霊夢には楼夢が倒されるならともかく死んだ姿が想像できなかった。普段はしょっちゅうボロボロになっているが、あれでも最強の妖怪なのだ。仮に命の危機だったとしても本気を出せば大抵のことは解決できるはず。

 

 湯気が頭にまとわりついてくる。それをお湯を頭にかけることで振り払う。

 その後は終始ただの雑談だった。

 唯一価値のある話といえば、今回の異変の犯人である地獄鴉が生きているらしいということぐらいか。萃香は地獄鴉なんだからマグマに落ちたぐらいじゃ死なないと言っていた。

 

 一時間ほど湯に浸かったあたりで立ち上がり、彼女は温泉の外へ出て行った。

 それでもしばらくの間、湯気が彼女の体にしがみつき、離れることはなかった。

 

 

 ♦︎

 

 

 空が黒に染まっていたころ、どこかの森で俺は横たわっていた。

 体は血濡れで、肋骨などがいくつか折れてしまっているのだろう。呼吸をするたびに肺に骨が突き刺さって血を吐き出し、苦しむ。

 

 体を満足に動かすことすらできない。だがそれも当然か。

 辛うじて動く首を動かし、目線を俺の近くに空いている底の見えない穴へと向ける。

 なにせ俺はあの穴から地上に帰ってきたのだから。

 

 剛に吹き飛ばされたあの後、俺は地中を上へ上へ勢いのまま進んでいた。だがこのままでは体中がズタボロになり、いずれ死んでしまっていただろう。しかし俺がそうならなかったのはタイミングよく指輪が衝撃で壊れてくれたからだ。これにより俺は無事元の姿に戻ることができて、結界を張ることでなんとか生還することができたというわけだ。

 

 助けを呼ぶにも治療するにも、まずは妖力を回復させることが先決だ。さすがに神解の同時解放は無茶しすぎた。もう二度と使ってたまるか。

 

 そのとき、草木が揺れる音が聞こえた。視線だけを向けてその正体を見ようとする。そして絶句した。

 

 ——そこには、黒い泥で作られた人型の化け物が立っていた。

 

「なんだっ、お前は……っ」

『ナンダトハ心外ダ。私ガワカラナイカ?』

「あいにくと、俺の知り合いにそんな聞こえづらい声したやつはいないんでなっ」

 

 なぜだろうか。こいつを見ただけで俺の中に感じたこともないほどの悪寒がはしった。

 感じられる妖力は伝説の大妖怪たちと比べると大したことがないもの。なのに冷や汗が止まらない。本能が逃げろ! と叫んでいる。

 

 ほぼ無意識に俺は立ち上がった。さっきまではとても動けるような状態ではなかったのに、こいつを見ただけでアドレナリンが分泌されたのかもしれない。それだけ本能が危機を察知しているということだ。

 だが好都合だ。

 こいつは放っておけば間違いなく害になる。だからこそここで、殺す! 

 

「『雷光一閃』ッ!!」

 

 落ちていた刀を抜刀気味に構え、雷を纏わせて振り抜く。

 雷が落ちたかのような轟音とともに、森林が一直線に切り開かれる。

 本来の姿で放たれたその斬撃はまさに光の速さで泥人間を両断した……はずだった。

 

 泥人形の体が二つに分かれ、地面を転がる。だがすぐに何事もなかったかのように二つはくっつき、元どおりとなった。

 

「再生能力持ちかよ……面倒くせえな!」

『サスガダナ。私ノ現役ヲ遥カ二上回ッテイル。ダガ、ソンナコトヲ気二シテイテ良イノカ?』

 

 その問いかけの意味はすぐにわかった。

 いつのまにか、俺が振り抜いた刀にやつと同種のものの泥が付着していたのだ。

 気づいたときには遅かった。泥は一瞬で膨れ上がり、瞬く間に俺を拘束する。

 

 ただでさえ非力なのに、怪我して妖力も枯渇しているこの状況じゃ振りほどくことは困難だ。

 暴れて泥と悪戦苦闘していると、泥人間が泥を棒状に変化させる。そして()()()()()()()()をやつは取った。

 あの構えは、まさか……!? 

 

『”氷結乱舞“』

「ガハァッ!!」

 

 氷を纏った六つの斬撃と一つの突きが俺の体を切り裂き、貫いた。

 体と口から赤い液体を噴出する。

 泥の棒からは冷気が溢れ、腹部を中心に徐々に体に浸食していく。

 間違いない。これは俺の『氷結乱舞』だ。

 

 氷漬けになった体はもう動いてくれることはない。最後の抵抗として泥人間を睨みつける。

 だがやつはそんなこと意にも返さず、棒を引き抜き、代わりにとその黒い手を傷口に突っ込んだ。

 

 不思議と腹部に痛みはなかった。だがその代わり俺の中に溢れたのはたまらないほどの不快感。まるで何か異物が頭に流れ込んできたかのような感覚を味わう。

 人間を殺せと。妖怪を殺せと。全てを壊せと文字の羅列が延々と脳で繰り返される。

 

 自分が消えていく感覚。

 声にならない叫びを上げて、必死にそれに抗おうとするが、徐々に意識が薄れていく。

 そのとき俺は悟った。なんでこいつが俺の剣技を繰り出せるのか? なんで俺を狙ってきたのかを。

 

「お前は……っ、まさかぁっ!? ぐっ、グアアアアアアッ!!」

 

 だ……め……だ……っ。意識がっ、俺が……消えていく……! 

 徐々に抜けていく力。目を見開いているのに黒く染まっていく視界。

 答えにたどり着いたところで、全てが手遅れだった。

 

 最後に見えたのは紫色の絹のような髪と、口元に浮かんだ三日月。

 その記憶は()()()()()()とともに、泡沫のように弾けて飛び散った。

 

 

 ♦︎

 

 

「ククク、アハハハハッ!! 戻った! 戻りましたよ!」

 

 名もなき森の中で、狂気に満ちた笑い声が木霊する。

 その音源は一人の女性のような男によるものだった。

 紫色の腰にまでかかる髪に、黒い巫女服。顔は非常に整っており、絶世の美女と呼ばれても違和感がなかっただろう。

 こらえきれない愉悦さゆえに歪んだ口も、彼の妖しさを増すだけだった。

 

 男は腰につけている刀を抜く。

 その刀はまるで闇そのものであった。黒い柄に黒い鍔、そして墨汁で染めたかのようなさらに黒い刀身。さらには持ち主の溢れんばかりの影響を受けて赤い電気のようなものがバジバジと刀身から発せられている。

 

 それをまるで棒切れのように軽く振るう。

 瞬間、横幅の限界が見えない黒の斬撃が飛び出し、前方に見えていた全ての森の木々を文字通り消しとばした。

 

「ふふっ、素晴らしいですよ。どうやら贋作はちゃんと自分の仕事をしていたようですね」

 

 目の前で起きた結果に満足する男。

 そして今度は目の前の空間を切りつける。すると空間が悲鳴をあげ、ガラスのように砕け散った。割れた先には明らかにこの森の景観とは合わない、摩天楼が映っている。

 

「これならば、もう一人にも期待できそうです」

 

 ためらいなく、割れた空間の先へ足を進める。

 地面は土からコンクリートに、黒かった空は水色に変化する。

 世界を越えた先には、二人の人物が立っていた。

 

 一人は男と同じ紫髪を持つ少女。見慣れぬ侵入者に驚いたのか、目を丸くして男を見ている。

 そしてもう一人は——全身が白に染められた男。顔立ちは襲撃者と似ているが、こちらは髪が短く、それをオールバックにして固めていた。その姿はどこか見覚えのあるものだった。

 

 目的の獲物を見つけ、襲撃者は狂気の笑みを浮かべる。

 それに対抗するように、男も不敵な笑みを浮かべた。

 

「よぉ、ずいぶん遅い登場じゃねぇか。待ちくたびれて危うく寝るところだったぜ」

「はじめまして贋作。そして安心してください。まもなくあなたの役目は終了し、永遠の眠りを与えられることでしょうから」

 

 白い男はそれを聞くと眉をひそめ、何もない空間に手を突っ込む。そして全長三メートルはあるであろう巨大な刀のような何かがいつのまにか彼に握られていた。

 

「勝手に人様に役割押し付けてんじゃねぇよ。んなもん渡された覚えはハナからねぇし、あったとして破り捨ててるだろうから覚えてねぇなぁ」

「あなたは人間じゃないでしょうが。偽物が生き物らしく振る舞うのも大概にしなさい」

 

 もはや言葉はいらなかった。

 侵入者は刀を抜き、それを正眼に構える。白い男はあまりもの巨大過ぎるその武器を片手で持ち上げ、肩に置く。

 そして状況を理解した少女が侵入者と同じように刀を構えた。

 

「狂夢さん、もしかしてあいつは……」

「お前の想像している通りのクソ野郎だ」

「そうですか……なら、助太刀します。あいつからは楼夢さんの匂いがしますからね」

 

 三人が放つ力によって蜘蛛の巣のようなヒビが三つ、コンクリートの地面にはしる。

 

「時は満ちた。偽りの神を今日こそ引きずり下ろし、この腐敗した世界に鉄槌を」

「しょーもねーこと言ってんじゃねぇよ。わざわざここまで来てご苦労だったが、テメェの旅路はここでしまいだ」

 

 二人は同時に武器を振るう。

 そして黒と白の衝撃波が、この宿主の消えた世界を塗りつぶした。

 

 






はいどうも作者です。
毎度ながら現実の都合で向こう一週間以上二週間未満ほど投稿をお休みさせていただきます。

そして次回からは最終章『デザイア・オブ・ネクロファンタジア編』が始まります。どうぞ気長にお待ちください。


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最終章:デザイア・オブ・ネクロファンタジア編
絶望の羽音


 

 

 無数のビルが上下左右あらゆる方向に突き出しているのが特徴の混沌と時狭間の世界。しかし今ではそれは変わり果てた姿となっていた。

 

 どこを見ても、ビルと呼べるものはない。あるのはただ空中に浮く無数のコンクリートの塊だけ。

 それの一つに乗っていた襲撃者は黒刀を下に向かって突きつける。その刃の先には腕や足が千切れ飛び、腹がえぐられ、見るも無残な姿となった狂夢がいた。

 

「ちぃっ、さすがに小細工なしじゃ分が悪かったか……っ。ムカつくぜ」

「まさか贋作一つ始末するのに一ヶ月以上かかるとは思いませんでしたよ。おかげで体もボロボロです。でも、これで私の計画が始められる」

 

 立っている襲撃者も勝利した者とは思えないほどボロボロだ。

 同じように片方の腕は千切れ、足も片足しか残っていない。腹部には三つほど空洞ができており、その他にも体のあらゆるところから刃が突き出している。

 

 だというのに襲撃者は顔を歪めることなく、むしろ笑みすら浮かべている。まるでこれから先に起こる未来に比べたらこの程度は些細なことでしかないとでも言うように。

 

「さあ、今世の別れとしましょう。何か言い残しておきたいことはありますか?」

「そうだな……計画通りとでも言っておこう」

「なに?」

 

 刀の切っ先が狂夢の首に触れ赤い雫が流れる。

 今度は彼の口が三日月となった。仰向けになっている状態から見えた襲撃者の表情の変化をあざ笑っている。

 それに苛立って襲撃者は刃にさらに力を入れるが、意に介す様子もない。

 

「断言してやるよ。テメェの計画は確実に失敗に終わる」

「……根拠は?」

「この俺が何も知らずにノコノコと過ごしてきたと思うか? 残念ながらピースはもう全て揃った。せいぜい一時期の復活を喜ぶことだな」

「……話になりませんね。では、さようなら」

「馬鹿が! 俺が黙ってやられるわけねぇだろうがよ!」

 

 刀を突き出そうとした瞬間、凄まじい暴風が吹き荒れ、彼を吹き飛ばした。

 その中心にいたのは狂夢。彼は狂ったように笑い叫びながら、残った全ての力を心臓へと集中させている。

 

 それを見たとき、襲撃者は彼が何をしようとしているのか悟った。

 

「まさか、自爆っ!? くっ、やらせない!!」

「あばよぉ神楽(カグラ)!! せいぜい俺の残りカスでも舐めておくんだな!! キヒャハハハハァッ!!!」

 

 神楽と呼ばれた襲撃者は必死に暴風を突き破り、刃を突き出す。それはなんとか狂夢の体を貫く。

 しかし力を吸収するには時間が足らず。

 スーパーノヴァを思わせるほどの大爆発が狂夢を中心に起こった。

 

「ガァァァァァァァァッ!!!」

 

 そしてその爆心地の中央にいた神楽は当然それに巻き込まれてしまう。

 膨大な熱がただでさえボロボロな体を焼き焦がし、消滅させていく。突き出していた腕は消し炭となってしまい見る影もない。

 残った部分は腕を失った胴体と顔だけ。それも爆風によって吹き飛ばされ、遠くのコンクリートの塊にぶつかることでようやく止まる。

 

「最後の最後にやってくれるじゃないですか……! おかげで能力が得られませんでしたよ……!」

 

 さっきの狂夢とのやりとりでも見せたことのないほどの憤怒に顔を染める。食いしばった歯から血が流れており、額に浮かんだ血管が破裂してしまいそうだ。

 それでも数分後には心がだんだんと落ち着いていき、無表情となる。

 

「……まあ仕方がありません。幸い妖力などは回収できましたし、『よしとしようじゃねぇか……。地上のゴミを潰す程度に能力は必要ねぇしな……』」

 

 だんだんと神楽の口調が変化していく。いや、口調だけではない。体全体が光の繭のようなものに包まれ、その中で体が再生していっている。

 

 そしてゆっくりと自分の体が癒されていく感触を味わいながらまぶたを閉じて、深い瞑想状態へと入った。

 

 

 ♦︎

 

 

 東風谷早苗は博麗神社に続く階段を上っていた。

 地底での異変から一ヶ月以上。冬はまだ終わらず木々を白く染めている。

 

 いつもは空を飛んで博麗神社に行くのだが今日は風が強い日だった。こうなると雪がどんどん体にぶつかってきて辛いので仕方なく地上を歩いている。

 だから、彼女がここであるものを見つけたのも偶然だった。

 

「んっ、あれは……黒い煙? もしかしてどこかで木でも燃えたんじゃ……」

 

 だとしたら大変だ。

 煙は階段から外れた森の中から伸びている。

 早苗はその方向へ走った。

 雪が積もった地面を踏むたびに白い粉が舞う。途中滑りそうになっても決して速度を緩めることはない。

 普通に考えればこの雪の中火がつくことはありえない。だがここは幻想郷。実際に水だろうが病だろうが神だろうが燃やすことのできる炎があるのだから何が起きても不思議ではないのだ。彼女はそのことを経験からよくわかっていた。

 

 だからこそ足を素早く動かし続けた。

 そしてたどり着いた場所で見たのはクレーターのようにへこんだ地面と——黒い着物を着てうつ伏せに倒れている女性だった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 早苗は急いで彼女の側へ近寄った。そして女性を抱き上げる。

 どうやら煙は彼女の服から出ていたものらしい。着物の色のせいで見えづらいがあちこちに焦げがある。

 しかしそんな情報は早苗の頭には入ってこなかった。

 

「えっ……?」

 

 女性の顔を見て思わず早苗はそんな戸惑いと驚愕が入り混じったような声を漏らす。

 なぜなら抱き上げる際に見た女性の顔が、()()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

 一瞬ドッペルゲンガーかと思ったが、よく見れば別人だとわかった。

 女性は言ってしまえば今の早苗を少し成長させたような顔立ちだった。そしてなによりも早苗の緑の髪とは全く違う、妖しさを帯びた紫色の髪をしていた。

 

 かなり驚いたが、彼女の肌が以上なほど冷たいことに気づいてすぐに我に返る。

 そうだ、こんなところでぼーっとしている場合ではない。まずは彼女を助けないと。

 

 そう自分に言い聞かせることで湧き上がる疑問を抑え込む。

 そして霊力で強化した体で女性を背負って元来た道を戻っていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「はぁ……またあんた? 今度はどんな厄介ごとを持って来たっていうのよ」

 

 座布団に座りながら霊夢は顔をしかめた。その原因は目の前で呑気に茶をすすっている緑髪の少女だ。

 

 つい先ほど、早苗が彼女そっくりな女性を背負ってこの神社にやってきた。いくら薄情な霊夢でも人命は無視できずに遭難者を布団に寝かしてやっているのだが、彼女の勘は間違いなくこれは面倒ごとに発展すると囁いている。そのため、霊夢の機嫌は最悪だった。

 

「今回ばかりは仕方がないじゃないですか。それとなんですかまたって。私がいつどこで問題を起こしたっていうんですか」

「先月の異変」

「うっ……痛いところを突いてきますね……」

 

 一ヶ月前に起きた地底での異変の黒幕は、なんと守谷神社だった。

 彼女らは地獄鴉に太陽神を取り付かせることで核融合の力を自在に操ろうとしていたのだ。しかしその企みも鴉の予想を超えた暴走によって失敗してしまい、結果異変が起きる原因となってしまった。

 一年ほど前にも喧嘩を吹っかけてきて面倒ごとを起こしている守谷神社は、もはや霊夢の中では完全に厄介な連中という認識になっていた。

 

「それにあんたが助けたやつ。あれは妖怪よ。本来なら巫女の仕事じゃないわ」

「あら、あなたに巫女の自覚があったなんて意外ね」

「……はっ倒すわよ紫」

 

 グモンという奇妙な音とともに空間が裂け、そこから紫が出てくる。

 相変わらず神出鬼没で空気の読めないやつである。反射的に拳を繰り出すが簡単に避けられてしまった。

 あら酷い、と言いながら紫はあざ笑う。

 

 それを見て額に血管が浮かび上がったが、なんとかこらえようとする。彼女は頭だけは他よりもよく回るので下手に突っかかったら手痛いしっぺ返しをもらうのは目に見えているからだ。

 しかし追い討ちをかけるように霊夢の神経を逆なでする声が別の方向から聞こえてきた。

 

「というか妖怪助けるなんて今さらだろ。ここがなんて呼ばれてるかわかってるか? 妖怪神社だぜ妖怪神社。まったく、これ以上ないピッタリな名前だぜ!」

「どうやら死にたいらしいわね、魔理沙」

「へっ、ちょっ!? お祓い棒はダメだろ! ——もぎゅっ!?」

 

 弁解する間も無く、霊夢のお祓い棒が白黒の服を着た少女の頭に振り下ろされた。

 甲高い音が響き、魔理沙は頭を抑えて畳に倒れる。そしてあまりの痛みに悶絶してその場でジタバタと暴れ回った。

 

 それを無視してちゃぶ台に置いてあった茶入りの容器に口をつける。

 そして心を落ち着かせようとしたとき、ふすまの開く音が聞こえた。

 

「目が覚めてさっそく見た光景がこれとは……中々にカオスですね……」

 

 部屋にいた全員の視線が紫髪の女性へと集中した。そしてすぐに見比べるように早苗へと移り変わる。

 寝顔もそうだが、こうやって起きているのを見るとやはり早苗と瓜二つだ。違うのはその身に纏う妖しさ。

 全員に見られて照れている早苗とは対照的に、女性は少しも動じずに、耐性がない男だったら見た瞬間心臓を貫かれてしまうほど妖艶な笑みを浮かべた。

 

「私は(あやかし)早奈です。助けてくださりありがとうございました」

「……あんた、どこかで会ったことある?」

 

 霊夢だけではない。紫と魔理沙も目の前の女性が纏う妖力に漠然とだが覚えがあった。

 無意識に、握っていたお祓い棒に力がこもる。まるで背中を冷たい手で撫でられたかのような寒気が感じられる。

 他の二人もそうなのだろう。彼女らも霊夢と同じように早奈を警戒していた。

 

 早奈はそれを見て愉快そうに笑う。

 

「ふふっ、面白いことを言いますね。それはお得意の勘ですか?」

「半分正解よ。そしてその口ぶりからして、やっぱりお互い会ったことがあるみたいね」

「そうですねぇ。じゃあヒントを出しましょうか? ほいっ」

 

 早奈が柏手を打つと、どこからともなく幻想的な色合いをした蝶が現れた。

 紫とも青とも言えない色の翅をしたそれはゆらゆらと風に吹かれるように、水に流されるようにちゃぶ台の周りを旋回する。

 

「わぁ……綺麗……」

 

 その美しさに早苗は目を輝かせ、手を伸ばした。

 霊夢は慌ててそれをはたき落とす。

 

「触るな! 死ぬわよ!」

「えっ? え!?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。仮にも命の恩人を殺すほど私は恩知らずではないので」

 

 今度こそ、霊夢たちは早奈の正体に気がついた。

 触れるだけで対象を殺すことのできる蝶。そんなものを扱えるのはこの世で二人しか存在しない。

 一人は冥界の管理人西行寺幽々子。そしてもう一人は——。

 

「——西行妖(さいぎょうあやかし)……まさか生きていたなんてね……」

「大せいかーい! ……って、うひゃっ!?」

 

 子供のように手を叩いてはしゃいでいる早奈へ霊夢はお祓い棒を振るう。それは残念ながら躱されてしまった。

 飛び退いた早奈はほおを膨らませる。

 

「もー、せっかちですねぇ。せっかくの感動の再開なのに」

「あいにくと私たちはあんたにいい思い出がないのよ。害虫はさっさと駆除されなさい」

 

 室内であるにも関わらず霊夢は左手をかざして弾幕を放つが、今度はどこからともなく出てきた闇によって防がれてしまう。

 

「まあまあ待ってくださいよ。今回は私も争う気はありません。むしろあなた達にとって今なによりも有益な情報をお届けしようとしているんですよ?」

「胡散臭い。話にならないわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! もう少し話を聞いてあげたら……」

 

 霊夢が早奈の言葉を切り捨てたところで、今まで状況が飲み込めていなかった早苗が抗議の声を上げる。

 しかし霊夢の表情が動くことはなかった。淡々とお祓い棒を突きつけながら口を動かす。

 

「こいつは過去に何百何千もの命を奪った妖怪よ。話すだけ無駄だわ」

「そうだぜ。現に私たちも殺されかけたしな」

「でも早奈さんも戦わないって言ってますし……」

「そういうところが甘いのよ。こういう面倒ごとはね、早いうちに根元から絶っておいたほうがいいの。それにまさかあんた、顔が似てるってだけで庇ってるんじゃないでしょうね?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「じゃあいいでしょ? 別にこいつが消えたところであんたの都合が悪くなるわけじゃないんだし」

「で、でもですよ! もし本当に重要な情報をだったらどうするんですか!?」

「異変が起きているわけでもないのに重要な情報? ハッ、たかが知れてるわね」

「起きてますよ、異変ならすでに」

 

 話が平行線になりつつある中、口を挟んだのは早奈本人だった。

 

 さすがに異変が起きていると言われればたとえそれが戯言であっても無視することはできない。反論しようにも材料がないため霊夢はお祓い棒を突きつけるのを続けたまま舌打ちをする。

 代わりに今まで静観していた紫が口を開いた。

 

「それはないわ。今スキマで確認したけど幻想郷に目立った異変は見当たらなかったわ」

「ああ、言い方を間違えてましたね。正確にはこれから異変は起こるんです」

「……それはあなたが起こすと受け取ってもいいのかしら?」

「違いますよ。というかこんなボロボロな状態で異変なんて起こせるわけないじゃないですか」

 

 たしかに、早奈から感じられる妖力にかつてのような膨大さは感じられなかった。それにダメージを負っているのも嘘ではないのだろう。

 となるとこの化け物じみた存在を傷つけられる誰かがいるというわけだ。

 そうなると彼女の話にも信憑性が出てきてしまう。ならば聞かざるを得ないだろう。優先すべきは幻想郷の平和だ。

 ここまで考えが至ってしまった霊夢と紫は複雑な思いを抱えながらも、彼女の話を聞くことにした。

 

「じゃあ、これから何が起こるって言うのよ?」

 

 全員の気持ちを代弁して霊夢が問いかける。

 それを聞いたとたん、早奈の顔は急に真面目なものになった。

 そして重々しく開かれた口から出てきた言葉は、全員に言葉にもならないほどの衝撃を与えた。

 

「……単刀直入に言います。あと数日でこの世界、いえこの星は消滅します」

 

 魔理沙の腕に当たった容器がちゃぶ台から落ちた。だが誰も見向きもしない。ただただ目の前の女性から聞かされた想像以上の話に、電撃に撃たれたかのように体を痺れさせている。

 

「は、はぁっ? なんの冗談だよそりゃ……?」

 

 最初に声を出したのは魔理沙だった。

 それをキッカケに決壊したかのように質問が早奈以外の全員から飛び出てくる。

 

「そ、そんな……地球が消滅するって……!」

「ジョークにしちゃ笑えないわよ、それは」

「それに、そんなことを楼夢が許すとでも思っているの?」

「楼夢さんはいません。一ヶ月前に敵の手に落ちました」

 

 再び衝撃がはしる。

 最強の妖怪が倒されたと言う事実に、今度は誰も声を上げることはできなかった。

 

「とりあえず、詳しい説明からさせてもらいます。まず——っ!?」

 

 早奈が話を切り出そうとしたところで、突如天井が光り輝いた。

 次に何が起こるのか理解した彼女は自身の写し鏡とも言える刀——妖桜を出現させると、刃を左手で持ってそれを頭上にかかげる。

 

 そして次の瞬間、博麗神社を真っ二つにするほど巨大な光の斬撃が天井を切り裂いて霊夢たちに降ってきた。

 

 それを刀で受け止める早奈。しかしあまりの威力と重さに彼女の腕がミシミシと悲鳴を上げる。

 

「早く逃げてくださいっ! 長くは持ちませんっ!」

 

 その言葉によって瞬時に我に返れたのは二人だけだった。

 紫はスキマを足元に複数展開することで自分と魔理沙、早苗を回収する。霊夢は持ち前の運動能力で自力でその場を離れてみせた。

 

 そして数秒後、巨大な光の線が山の頂上を横断した。

 博麗神社は上から見ればケーキのように綺麗に二つに分けられ、やがて柱が破損したことに耐えられなくなって倒壊する。

 築一年の短い命であった。

 

「私のっ、私の神社が……ッ!!」

「落ち着きなさい霊夢! まずは敵を倒すことが先よ!」

 

 その光景を上空より見ていた霊夢は普段あまり聞きなれない絶叫をあげた。そして神社だったものの元へ駆け寄ろうとしていたのを紫が止める。

 

 霊夢は涙を飲んで、代わりに鬼の形相となって光の刃が飛んできた方向を睨みつける。だがその視線の先には誰もいない。

 

 その代わりに、耳元で知らない声が囁かれた。

 

「よぉ。ずいぶん楽しそうな顔をしてるじゃねぇか。あっ?」

「……っ!?」

 

 突如背中から冷たい恐怖が頭の先まで這い上がってくる。

 誰も敵の接近に気づくことができなかった。

 霊夢は無意識のうちに、弾かれるように前へと跳んだ。そして後ろを振り返る。

 

 そこにいたのは一人の男だった。

 黒のシャツに紺色のパーカーというファッションは明らかに外のものだ。黒髪は男にしては長く、そして逆立っている。だが日本人風の顔立ちではあるがその瞳は紫だ。それもアメジストのように光を感じるものではなく、逆に吸い込まれてしまいそうな暗さを帯びている。

 

 当たり前だが、知っている人間ではなかった。いや、霊力だけでなく妖力も感じられる時点であれは本当に人間なのか?

 だとしても異常だ。軽く感じただけでも、どっちの力も霊夢と紫を遥かに上回っている。

 

「……誰よ、あんた」

 

 湧き上がる恐怖に唇を震わせながら霊夢は問いかける。

 男は手にした黒い日本刀を肩で担ぎ、笑いながら答えた。

 

「俺の名は神楽。妖怪と人間を滅ぼす者だ」



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最強の襲撃者

 

 

「ったく、逃げ出した鴨を追いかけていたら群れに辿り着くとはな。これぞ一石二鳥ってやつだ」

 

 神楽は黒い日本刀をくるくると手の中で弄びながら冷たく笑った。

 逃げ出した鴨とはおそらく西行妖、いや早奈のことだろう。なるほど、これほどの実力者ならたしかに彼女を倒すことができても不思議ではない。

 

 だが霊夢は逃げ出すわけにはいかなかった。

『人間と妖怪を滅ぼす』

 それはつまりは幻想郷の崩壊に他ならない。いやそれだけでなく、外の世界もまた同じように滅亡の未来を辿ることだろう。

 そうなっては全てが終わりだ。だからこそ博麗の巫女として、この男を見逃すわけにはいかない。

 

「……人間と妖怪を滅ぼすって言ったわね? 自分も同じ存在のくせに」

「そうだ。だからこそ俺は俺自身を許しちゃおけねぇ。テメェらが消し飛んだ後で俺も殺してやる」

「悪いけど、あんたみたいな自己中と心中なんて死んだってごめんよ」

 

 霊夢には神楽が何を言っているのか理解できなかった。いや、誰にだって理解できるわけがない。彼の言っていることはまさしく狂言だった。

 

 雪が吹雪く空にいるにも関わらず冷たい汗が流れてくる。

 体が震えたのは寒さのせいなのかはわからない。

 

 話しながら、霊夢は一瞬だけ視線を傾ける。

 そこには扇を開いて口元を隠している紫がいた。他の連中はスキマの中だろう。

 彼女が頷いたのを見て、霊夢もお祓い棒を握りしめる。

 

「さてと、そろそろお喋りは終わりだ。最後の会話は楽しかったか?」

「全然ね。あなたと話すぐらいなら木にでも話してたほうがマシだったわ」

「そうか……そりゃ残念だ!」

 

 振り上げられた黒刀から上昇気流のような勢いで妖力と霊力が混ざり合った黒いオーラが立ち上る。

 そしてそれを振り下ろそうと神楽が腕を動かしたとき、彼の背後で空間が突如裂けた。

 

 スキマの中から出てきたのは魔理沙と早苗だった。

 霊夢はすでにその場を退避していた。

 彼女らはそれぞれミニ八卦炉と御幣を構えながら、それぞれの最高の技を繰り出す。

 

「『ファイナルマスタースパァァァァク』ッ!!」

「『八坂の神風』ッ!!」

 

 山一つを焼き尽くす破壊の閃光が、現人神によって起こされた緑の旋風が、幻想郷の空の彼方を雲ごと貫いた。

 だが二人の技が収まった後、その場には振り向きもしないで佇んでいる神楽がいた。

 よく見れば彼の背中を守る盾のように透明な壁が出現している。

 

「嘘だろおい……!?」

「『羽衣水鏡(はごろもすいきょう)』。テメェらの攻撃が俺に届くことはねえ」

 

 魔理沙と早苗はそのあまりの実力差を垣間見てしまったことに恐怖を感じ、動きを止めてしまう。しかしそれがいけなかった。

 

 瞬きの間に、黒い光が二人の体を横切った。

 そして間を置いて魔理沙たちの腹部から噴水のように血が噴き出す。

 

「あっ……な……にが……?」

 

 魔理沙の口から血を吹き出しながら絞り出された言葉は、しかし最後まで紡がれることはなく。

 二人は困惑と恐怖のみを頭に浮かべたまま、地上へと落ちていった。

 

「……ちっ、間違いなく急所を切ったはずなのに感触が浅かった。あの緑髪の巫女、最後の最後で悪あがきしやがって……!」

 

 だが、神楽には彼女たちがまだ生きていることがわかっていた。

 理由は早苗の持つ『奇跡を操る程度の能力』。彼女ならば奇跡的に相手の攻撃が急所を外れ、奇跡的に地面に積もった雪がクッションになって無事だったとしてもおかしくはない。

 

 それを()()()()()()知っていたからこそ、神楽は確実に殺すために手のひらに妖力を集中させ、エネルギーを解き放つ。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

「『二重結界』ッ!!」

 

 黒く、それでいて巨大な閃光が放たれた。

 それは魔理沙たちを飲み込まんと迫るが、その直前に霊夢が出現させた二重の結界によって阻まれることとなる。

 

 だが霊夢もいつものように余裕の表情は浮かべていなかった。

 威力が大きすぎて気を抜けば結界がすぐに壊れてしまいそうだ。

 コンマ何秒かごとに入ったヒビを延々と修復し続ける。限界まで酷使された脳が痛みに悲鳴をあげる。だが歯を食いしばってなんとか現状を維持する。

 

 やがて黒い閃光は徐々にその面積を細くしていき、ついには消え去った。それと同時に結界がガラスのように砕け散る。

 なんとか耐え切ることができたのだ。しかしその消耗は激しく、霊夢は肩で息をしていた。

 

 だが、所詮は攻撃一つを止めただけだ。

 霊夢が顔を上げた時にはすでに神楽が目の前に立っていた。どうやら標的を霊夢に決めたようだ。

 疲弊していた霊夢にはここから逃げ出す術はない。迫り来る未来が見えた彼女は覚悟をして、瞳を閉じる。

 しかし彼の刀が振るわれる前に、霊夢の背後から伸びてきた手が彼女をスキマの中へと引きづり込んだ。

 そして交代するように紫が少し離れたところで姿を現わす。

 

「時間稼ぎありがとう霊夢。おかげで仕込みは万全よ」

「ちっ……こいつは……!」

 

 いつのまにか、神楽の周囲は無数の弾幕に囲われていた。その密度は尋常ではなく、彼の視点からでは周りの景色が見えなくなるほどだ。

 おかしい。いくら獲物を狩るのに夢中になっていてもこれだけ大規模な技を見落とすはずがない。

 その謎の回答は結界の外から聞こえてきた。

 

「光の境界を弄って弾幕を見えなくしておいたのよ。まあこれだけのもの全部を隠すとなると結構疲れるんだけど」

 

 紫は扇を閉じて、まるで指揮棒のようにそれを振るう。

 そして一言、技名を呟いた。

 

「深弾幕結界『夢幻泡影』」

 

 それを合図に、全ての方位から無数の弾幕が神楽に殺到した。

 だが彼の表情に焦りはない。むしろ余裕の笑みさえ浮かべている。

 そして刀を上に掲げ、膨大な霊力を込める。すると黒い稲妻を帯びて刀身が巨大化し、頭上の弾幕群を消し飛ばした。

 そのまま刀を横に構え、今度は回転切りを繰り出す。

 

「『超神羅万象斬』!!」

 

 それはもはや斬撃と呼ぶにはあまりにも太すぎた。

 あえて表現するなら、それは波だ。黒い波が神楽の周りから発生し、向かってくる斬撃全てを飲み込んだ。そしてそれで終わらず、波はどんどん広がり続けて幻想郷全土の空を一瞬だけ覆い尽くしてからようやく消えた。

 

「化け物め……! でもまだよっ!」

 

 神楽の頭上にスキマが開かれる。

 今度出てきたのは、先ほど消えたはずの霊夢だった。その周囲には七つの陰陽玉が光り輝いている。

 

「『夢想天生』ッ!!」

 

『夢想天生』。

 最高の攻撃力と理不尽な回避能力を持つ、博麗霊夢最強の必殺技。

 だが神楽には彼女がこの場面でこの技を使ってくることが全てわかっていた。なぜなら彼の一部となった記憶が彼女のことを知り尽くしていたからだ。

 そして当然その対策も。

 

「『黒疾風(くろはやて)』」

 

 霊夢の陰陽玉から先ほどの弾幕結界に匹敵するほどの弾幕が解き放たれた。

 同時に神楽は刀を振るい、黒い斬撃の風を作り出す。

 

 二つの必殺技がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が発生。

 周囲の雲が一気に消し飛び、大地に積もっていた雪が波打って吹き飛ぶ。

 そしてしばらくの均衡の後、神楽の黒疾風が突破されてしまう。しかし弾幕群はその数をかなり減らしていた。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 少なくなった夢想天生による弾幕が突如出現した透明な壁に殺到。

 そして羽衣水鏡が粉々に砕け散ったころには弾幕は最初の見る影もなくなっていた。

 神楽は残った弾幕を体で受ける。しかし小規模な爆発が起こっただけで、彼は全然ダメージを食らったようには見えない。

 

「そんな……『夢想天生』まで……っ」

「終いだ、博麗の巫女!」

「くっ……がはっ!?」

 

 夢想天生を使用している間、霊夢の体は透明となり、あらゆる事象から浮き攻撃が当たらなくなる。それをわかってるからこそ、霊夢は防御を捨ててお祓い棒を突っ込んできた神楽めがけて振るう。

 だがこのとき霊夢は失念していた。彼女の能力は絶対無敵ではないということを。

 

 神楽は左手を霊夢に向け、なにやら妖力を込め出す。

 すると透明になっていた彼女の体が、徐々に鮮明になってきた。

 そして何も握っていない左手を突き出し、無防備な霊夢の首を掴み上げた。

 

「霊夢っ!」

「遅ぇんだよ」

 

 スキマから飛び出した紫が霊夢を救うため、愛用の刀を振りかぶる。

 しかし神楽は、なんと霊夢の体を紫へ投げつけてきた。

 避けるわけにはいかず、紫は霊夢を抱きしめるように受け止める。そして障害物がなくなった前方には、黒いエネルギーを手のひらに集中させている神楽の姿が。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

 スキマで逃げる時間もなかった。

 まっすぐ放たれた破壊の閃光が紫たちを飲み込み、通り過ぎていく。後には体中が焼かれてボロボロになった二人の姿が残った。

 

「かっ、はっ……!?」

 

 だんだんと意識が遠のいていく。

 次第に紫の腕に込められた力は弱まっていき、ついにはその重さに耐えきれずに霊夢は腕の中から落ちてしまった。そして紫自身も空を飛ぶことが継続できなくなり、冷たい風を切り裂いて落下していく。

 

 十秒後ぐらいに紫の体は地面に叩きつけられ、衝撃が彼女の意識を引き戻した。

 体のあちこちから激痛がはしる。だが雪が積もっていたのが幸いして落下のダメージはさほど大きくないようだ。それでも戦闘を続けることはできそうになかった。

 

 横を見れば霊夢も紫と同じように雪の上に横たわっていた。だが彼女も体が動かせないらしく、ピクピクと動くのみだった。

 

 そんな絶望的な状況で神楽が二人の前に降りてきた。

 もはや、ここまでね……。

 瞳を閉じ、紫はそう悟る。死の淵に立たされたときに真っ先に浮かんだのは自分の式神たちへの謝罪。

 ああ、これが最後になるんだったら、仕事の少しでも手伝っておけばよかったなぁ。と、くだらないことを思いながら、ギロチンの刃を見上げた。

 

「手こずらせてくれたが、ようやく一匹だ。後でお仲間も等しく地獄へ送ってやるから感謝しろよ」

 

 神楽は無情に紫の首に狙いをつけ、刀を振り上げた。

 そして黒光りする死神の鎌が勢いよく振り下ろそうとする。しかしそのとき、突然神楽の頭の中である映像が流れた。

 

 紫のワンピースに金髪が特徴の女性が笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。それを見た黒髪の青年がこれまた笑みを浮かべて少女の元へ歩み寄っていく。

 

 そしてその少女の顔と紫の顔が重なって見えたとき、神楽は自分が圧倒的に有利なのも忘れて彼女たちから思わず距離を取ってしまった。

 

「メリーっ、いや違う! あの女は別人だ! あいつじゃねえ! くそっ、他人の空似ごときでビビってんじゃねえよ!」

 

 その言葉は自分に言い聞かせているようだった。

 突如神楽が狼狽え、荒々しく息をする。彼の表情が歪んだのを見たのはこれが初めてだった。

 

 今がチャンスとはわかっていても、紫の体は動いてはくれない。

 だったら……! 

 

 紫は能力を発動し、神楽の周囲にいくつものスキマを出現させた。そしてそこから鎖を放つ。

 動揺していた神楽はこれに気づくことができず、あっさりと束縛されてしまった。

 紫としてはこれで時間を稼いでその隙にスキマで逃げるつもりだったのだが、このとき誤算が一つ生じた。

 神楽に巻きついた鎖が一秒と立たずにミシミシと嫌な音を放ち始めたのだ。

 

「こんなもの時間稼ぎにもなりゃしねえよ!」

 

 その通りだ。これではスキマに逃げ込む前に追いつかれてしまう。

 しかしもはや他に手はなく、ダメ元で紫はスキマを開こうとする。

 だがその前に、つい先ほど聞いたばかりの声が聞こえてきた。

 

「いえ、私にとってはその数コンマで十分です。——『千年風呪』」

 

 突如雪原に黒い竜巻が出現した。

 それはあっという間に拘束されていた神楽を飲み込む。

 この災害を引き起こした人物は、紫色の髪をたなびかせながら紫たちの元へ歩いてやってくる。

 

「早奈……生きてたのね……」

「ええ、あれくらいじゃ死にませんよ。それはともかくとして今のうちに逃げましょう。あれでも長くは持たない——」

 

 そこから先の早奈の言葉が続くことはなかった。

 轟音が響き、黒い竜巻が胡散していく。そしてその中心部に立っていたのは黒髪の男性……ではなく、紫髪の美しい女性だった。

 

「……っ!?」

「なっ……!?」

 

 霊夢と紫は自分の目に映ったものを理解し、そして目を見開いて驚愕した。

 それは神楽が千年風呪をあっさり破ったからでも、彼が美しい女性の姿に変化したからでもない。

 ただ、彼の顔が自分たちが()()()()()()()()()と瓜二つだったからだ。

 

 早奈はこのことを知っていたようで、変化した彼の姿を見ても驚くことはなかった。代わりに浮かべていたのは、まるで哀れなものを見るような笑み。

 

「化けの皮が剥がれましたね。狂夢さんもよくやっていましたよ、それ。呪いで髪を短くするんでしたっけ? 貴方たち白咲家の人間はそうでもしないとすぐに髪が伸びる体質らしいですからね」

「白咲家……じゃあ、本当に楼夢なの……!?」

「ちょっと違いますね。あれは楼夢さんであって楼夢さんじゃありません」

 

 どういうことだ……? と問いかける紫の視線に、早奈は答えた。

 

「あれは十八代目白咲の巫女、白咲神楽。又の名を二代目白咲楼夢。そして——」

「貴方たちが言う『楼夢』という存在を作ったのも、この私です」

 

 早奈の言葉を遮り、鈴の音のように心地よい声が響いた。

 それが目の前に立ちはだかっている人物から出されたものであろうことは疑いようもない。しかしそれ以上に神楽が言ったことにかつてないほどの衝撃を受けて、紫はただ呆然とする他なかった。

 

 代わりに彼女と比べてまだショックが小さい霊夢が、しかし動揺しながらも呟くような声で問いかけた。

 

「どういう……意味よそれ……」

「言葉通りの意味です。詳しくはそちらの亡霊が答えてくれるでしょう」

 

 神楽は質問に返事を返すも、答えを言うことはなかった。

 先ほどまでの荒々しい雰囲気とは打って変わって、今の彼からは波一つない水面のような静けさが感じられる。

 そしてそれ以上何も言うことはないとばかりに、紫たちに背を向けて歩き出す。

 

「あら、殺さないんですか? このまま戦えば貴方が勝つのは確実だと思うんですが」

「この姿になってしまったので、戦う気が失せてしまいましたよ。やはり私はあっちの姿の方が好きだ」

「ふふっ、まるであの姿が憧れの自分とでも言ってるみたいじゃないですか。可愛いですね」

「ええ、あれは私の理想そのものです。あの姿でいると、不思議とあらゆる活力が湧いてくる。何もかもどうでもいいと思っていた世界が急に色づき、華やいでくる。だから、貴方たちを殺すのは私が俺になってからです」

 

 それだけ言うと、神楽の姿は雪が視界を覆った一瞬で消えてしまった。足跡だけが白いキャンパスに寂しげに残っている。

 

 一番の脅威が消え去ったことで三人の緊張感が一気に抜けた。途端に重りでも背中に落ちてきたかのような脱力感が全員を襲う。

 霊夢と紫は極度の疲労のせいでそれに耐えることができなかった。先ほどの言葉をぐるぐると頭を回転させて考えていたが、徐々に脳の歯車が錆びついてきたのか動かなくなっていき、ついにはその思考は意識ごと停止してしまう。

 

 一人現実世界に取り残された早奈が呟く。

 

「あれ、これって私が全員を回収するパターンですか? うわっ、めんどくさ。でも遭難した時に助けてくれましたし、今回だけですからね」

 

 誰に言うわけでもなく愚痴を言うと、早奈は二人を軽々と担いで雪が積もった地面を歩いていく。

 本来なら彼女の細腕ではとても難しそうなのだが、そこはさすが人外。苦しむどころか軽々と持ち上げているように見える。

 

 少し吹雪いてきた。これは救助を早くした方がいいだろう。

 残るは魔理沙たちが落ちていった場所だ。

 早奈は雪の海を踏みしめ、吹雪の中へと消えていった。

 

 



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吹雪の夜の作戦会議1

少し遅れてすいませんでした。
代わりに、本日は二話同時投稿です。


 

 神社の居間にて。

 霊夢たちは各々が座り込んだり寝たりして体を休めていた。しかしその顔は一様に暗い。

 

 今の時刻は夜。しかし月を見ることはない。

 障子によって外は遮られてはいるが、ドンドンと叩きつけてくるような音を聞けば外がどれほど荒れているのかがわかる。

 

 神社と言ってもここは博麗神社ではなかった。あそこはすでに神楽の手によってすぐに修復不可なまでに壊されてしまっている。なので代わりに霊夢たちが拠点としたのが——守谷神社だった。

 

 二人の神が顔をしかめながらあぐらをかいていた。その視線は彼女らの風祝に瓜二つの顔を持つ少女に注がれている。

 

「それで、よく私の前に顔を出せたもんだね、早奈。え?」

「私だって来たくはありませんでしたよ。ですがここ以外にあてがなかったので」

 

 最初に口を開いたのは守谷の神の一柱である神奈子だった。

 その声色は重く、普段一緒に過ごしている早苗でも思わず震えてしまうほど。

 しかしそれをのらりくらりとなんでもなかったかのように、対面する少女は笑みを浮かべて受け流す。しかし目が笑っていなかった。

 

 二人の間で稲妻のようなものが走っているのが全員には見えた。

 昔だったら信じられない光景。それを目の当たりにしたもう一柱の神である諏訪子は慌てふためきながら、なんとか二人をなだめようと声を絞り出す。

 

「ま、まあいいじゃんか神奈子。こうして早奈が無事に戻って来たんだしさっ」

「無事だと……? この姿のどこが無事って言うんだい!? 神に仕えていた者があろうことか妖怪化するなんて!」

「ご、ごめん……っ」

 

 しかしそれは逆効果だった。

 諏訪子の言葉に神奈子が怒鳴り散らす。それがきっかけとなり、決壊したかのように彼女の口から津波のように言葉が勢いよく流れ出てくる。

 

「それに……あんた、人間を食らってるだろう? 何人だ!?」

「さあ? 千を超えたあたりから数えてませんねぇ」

「……どうやらよっぽど死にたいらしいね? いいだろう! 今ここでこの私が、責任を持ってお前を殺してやるっ!」

「ちょっ、神奈子落ち着いて!」

「そーですよー。神奈子様程度の力で私を殺せるわけないんですし、冗談はほどほどにしておいてください」

「早奈も煽るのはやめなさい! このままじゃ神社が壊れちゃうでしょ!」

「うっ……!」

「ぐっ……!」

 

 諏訪子のその一言で二人がうめき声をあげる。

 こうなるとわかっていたから来たくはなかったが、それでもここしか本当に早奈はあてがないのだ。さすがに最後の拠点まで壊れてはこの猛吹雪の中で路頭に迷うこととなる。それだけはさすがに避けたかった。

 神奈子も自分の神社が壊れるのは嫌なので、お互い舌打ちをしてからしぶしぶ引き下がることにした。

 

 ようやく二人の喧嘩が収まる。

 そこで巻き込まれないようにタイミングを伺っていた早苗が、恐る恐る手を挙げた。

 彼女は自分の仕える神たちに彼女ら以外の全員が疑問に思っていたことを口にする。

 

「あ、あの……さっきから思ってたんですけど、早奈さんと諏訪子様たちってお知り合いだったんですか?」

「知り合いも何も……早奈はうちの元風祝だよ」

「……えーと、つまりは私のご先祖様ってことですか?」

 

 なんとなく予想がついていたことを諏訪子ははっきりと口にした。

 早苗はそれを聞いて次に浮かび上がって来た質問をする。早奈と早苗が似ているのも、それのせいなのではないかと。

 しかし諏訪子は首を横に振った。

 

「いんや、違うよ。正確には早奈の妹が早苗の先祖さ」

「当たり前じゃないですか。私まだ未婚ですよ?」

「そ、そうですか……」

 

 少し良かったと早苗は思ってしまった。しかし顔に出ていたのか、それを見た早奈の表情が若干不機嫌そうになる。その二人の様子が面白おかしくて諏訪子は少し噴き出してしまった。

 話を逸らそうと早苗が慌てて最後の質問に入る。

 

「じゃ、じゃあなんで早奈さんは神社を出ちゃったんですか?」

「……うーん、そうですねぇ。じゃあとある昔話をしてあげましょう」

 

 まるで童謡を歌うように早奈は語り出した。

 

 あるとき、旅の男がとある神社に流れ込んで来ました。

 その男は妖怪でしたが、持ち前の性格と力を神に気に入られしばらくそこに滞在することとなります。

 そしてしばらく経ったときに、妖怪が居候をしている国で戦争が起こりました。妖怪は世話になっている神社に恩を返すため戦いに参加します。

 激しい戦争でした。結果は妖怪が助太刀した国は負けてしまいましたが、その戦場で大活躍をしたことで二つの国を和解させることに妖怪は成功しました。

 そしてその後ろ姿に好意を抱いてしまった女性がいたのです。それは妖怪が神社に住んでいるときによく話をしていた巫女でした。

 しかし、彼らは妖怪と人間。ひと時をしのぐならまだしも、互いに混じり合って暮らすことはできません。

 妖怪はそう言うと雪降る中、神社を去って行きました。

 しかし諦めきれなかった巫女は妖怪を追って出家をしてしまいます。その後の彼らの行方はわかってはおりません。

 

「——とまあ、よくあるかは知りませんが、今となっちゃ古臭い昔話ですよ」

「……恋をした巫女。それがあなたなんですね?」

「ええ、そうです。さっきの話も続きを言っちゃえば私は人間のままであの人に追いつくことができず、妖怪になる決意をしました。そうなれば妖怪同士で結ばれることもできると思いましたしね」

「その男性の妖怪って……まさか……」

「ええ、みんなご存知楼夢さんです」

 

 その最後の言葉に早苗たちは微妙な表情をした。

 ある者はイメージと違うと言い、またある者はまたかとため息をこぼす。

 

「ったく、そんな昔からあいつは女に対してだらしなかったのかよ」

「ええ本当ね。そのときさっさとこいつと結婚してれば私たちが西行妖なんていう化け物と戦うこともなかったのに」

「ちょっと、そんなの私が許さないわよ! 第一振られてるじゃないこの女!」

「機会を逃しまくって未だに告白すらできていない臆病者は黙ってくれませんか?」

「い、言ったわね! 微妙に気にしてたのに!」

 

 早奈と紫が火花を散らして睨み合う。しかしこんなことをしている場合ではないと二人は冷静さを取り戻し、肝心の話に入った。

 

「……はぁ。あなたの事情はわかったし、一応は信用してあげる。だから肝心なことを話しなさい」

「……楼夢さんの正体について、ですね? いいですよ。というか元から話すつもりでした」

 

 早奈がその言葉を出したとき、全員の顔が引き締まる。

 だがそのとき、玄関の戸をノックする音が突如部屋に響いた。

 

「客……? こんな真夜中に、しかも吹雪の中でかい? 怪しいね」

「だからと言って出ないわけにはいかないでしょ」

「あ、私が行きますよ」

 

 そう言って早苗は立ち上がり、トテトテと廊下を小走りして玄関にたどり着く。

 そしてガラガラという音を立てながら戸を開いた。

 

 外に立っていたのは一人の女性だった。

 赤い髪に赤い服。全てが赤で統一されている。一瞬どこぞの吸血鬼の遣いかとも思ったが、それならメイドが来るはずと口を開く前にその考えを否定する。

 

「え、えーと、どなたですか?」

「八雲紫がここにいるのを感じて来たんだけど、ちょっとお邪魔していいかしら?」

「紫さんですか? その、紫さんとはどういう……」

「一応知り合いのつもりよ。だから会わせてくれない?」

 

 早苗は女性の目を見て、なんとなく嘘をついてはいないと感じた。それにあのスキマ妖怪のことである。自分の知らない友人なんて何人も持っていることだろう。

 そう考え、早苗は女性を神社に入れることにした。

 

 廊下を渡り、居間まで二人で戻ってくる。

 まずは早苗から入り、紫に客人が来たと伝えた。

 彼女は訝しげな目を向けながらも、早苗が来た方向を見つめる。そこで思わぬ尋ね人に思わず目を見開いて驚いた。

 

「……岡崎夢美」

「当たり。会ったのは結構前だったと思うけど、さすがは妖怪。記憶力がいいのね」

「あなたほど記憶に残る人間を忘れるわけないじゃない」

 

 岡崎夢美と紫が出会ったのは先代の博麗の巫女がまだ健在だったころだ。

 特に深い仲だったわけではない。ただ、自力で幻想郷にたどり着いた人間に興味を持った紫が二、三回ほど接触してみただけだ。だが外の世界に岡崎が戻ったきり、二人が会うことは今日この瞬間までなかった。

 

「それで、何の用かしら? 今は忙しいからつまらないことだったら叩き出すわよ」

「忙しい、ね。それってもしかして白咲楼夢って男が関係してる?」

「っ!? なぜそれを……!」

 

 接点が考えられない人物から楼夢の名が出たことに紫は驚く。

 しかし早奈はその理由を知っていたようで、捕捉を加えた。

 

「彼女は神楽が通っていた大学の教授なんですよ」

「失礼……。あなた、私と会ったことある?」

「いいえ。でも楼夢さんの記憶からあなたのことは伺ってはいます。でも、どうしてこんな都合のいいタイミングでここに? まさか異変を察知する道具を作ったわけじゃないでしょうし」

 

 今度は岡崎が驚く番だった。しかしハッと我に返り、早奈の質問に答える。

 

「白咲神社があった山から突然黒い泥みたいなのが大量発生したのよ。しかもその泥、呪いみたいなのがかけられてるらしくてもう何人も死亡者が出てるらしいわ。それで、楼夢についてなにかあったのかと思ってここに来たの。でもこの状況を見る限り……当たりみたいね」

 

 岡崎は霊夢たちを一瞥する。

 昼間の戦いで霊夢たちはかなりの怪我を負ってしまった。そのため、未だに服の下や露出された肌には包帯が巻き付けられている。

 それは岡崎が今話していた紫も同じだ。彼女ほどの大妖怪を倒すことのできる相手は少ない。だが楼夢もとい神楽ならそれも十分可能だ。

 さらには最初に楼夢の名前を出したときの紫の反応。彼女の憶測は確信へと変わっていた。

 

「なんにせよ、ちょうどいいです。あなたがいた方が今回の異変について説明しやすいですしね」

 

 その早奈の言葉に全員の視線が彼女に集中する。

 それを確認して、彼女は異変の真相を語り始める。

 

「まず、神楽のことから話していきたいと思います。岡崎さん、大学時代の写真かなんか持っていませんか?」

「それだったら……お守り代わりに持ってた秘封倶楽部メンバーの集合写真があるわ」

 

 岡崎は胸元から取り出した手帳のページをめくり、中から一枚の写真を取り出す。

 その絵の中には岡崎を含めて五人の男女がそれぞれ違った、けれども全員どこか楽しそうな表情を浮かべている。

 

 その中で全員の視線が真っ先に集中したのが真ん中の男だ。

 逆立った黒い髪。紫の瞳。忘れるわけがない。間違いなく、神楽本人だ。

 写真の中の彼は若干恥ずかしそうな顔だった。そこに昼間見た狂気は微塵も感じられない。

 

「改めて言いますが、彼の名前は白咲神楽。二代目楼夢の名を襲名した白咲家の天才剣士です。ここまではいいですよね?」

 

 全員が無言でうなずく。しかし霊夢だけは写真の中の神楽に思うところがあるらしく、早奈に尋ねた。

 

「でも最後に見た神楽はこんなんじゃなくて、楼夢に瓜二つの姿だったわ」

「それが彼の本来の姿なんですよ。白咲家の人間は髪が伸びやすいので、放っておくとああなります」

「ふーん。じゃあこの写真の中の姿を維持するのってけっこう大変そうね。そんなに苦労してまでやるなんて、誰かに見せつけでもしたかったのかしら」

「あら、鋭いですね霊夢さん」

「へっ?」

 

 冗談で言ったことが真実だと突然告げられ、霊夢は一瞬間抜けな表情を晒してしまう。

 

 早奈は写真の中のとある女性を指差した。ちょうど神楽の右だ。

 金色の髪に紫を意識した服装。日本人離れした美しい顔立ち。彼女は神楽の腕を取って、楽しそうに笑っている。

 全員の視線が一斉に紫と写真の中の少女を行き来した。

 

「これは……私?」

 

 ポツリと紫がつぶやいた。

 そう、写真の中の少女はあまりにも紫に似ていたのだ。服を入れ替えてしまえばもはやどちらがどちらなのかわからなくなるだろう。そう言っても過言ではないレベルでそっくりだった。

 

 だがもちろん、この少女は紫ではない。そもそも紫は人間の大学になど通ったことはない。

 少女の正体について早奈が説明した。

 

「彼女の名前はマエリベリー・ハーン。神楽の彼女です」

「か、彼女!? あいつって彼女がいたのか!?」

 

 魔理沙のその言葉は岡崎と早奈を除いたこの場の全員の気持ちを代弁していた。

 なにせ魔理沙たちの神楽に対するイメージは明らかなキチガイ野郎なのだ。そんな男に彼女がいるという事実を知って驚かないほうがおかしい。

 

 盛り上がる場の雰囲気とは逆に岡崎の顔は少し暗くなっていった。

 そして次の一言で全員が同じような表情となる。

 

「まあ、もう死んでるんですけどね」

 

 軽く放たれた重い一言。

 それだけで場の空気が一気に冷たくなった。

 

「正確には殺されました」

「殺されたって……誰に?」

「決まってるじゃないですか。妖怪にですよ。そして彼自身は人間の手によって殺されました」

 

 曰く、遭遇した妖怪は人間を操ることのできる個体だったらしい。討伐したころにはすでに時遅く、愛する人は死んでいた。さらには現場にいたことが他の人間にバレてその事件の犯人にされてしまい、彼自身も危険人物として射殺された。

 

「しかし死の間際に神楽は願いました。——絶対的な力が欲しいと。そして己の存在を二つに分けて遥か昔の時代に飛ばしたんです。いつか復活し、力を回収してこの世全てのものを壊すために」

「まさか……それが……」

 

 真実を知った紫が震える口で問いかける。

 早奈はゆっくりと頷き、答えた。

 

「ええ、その片方が妖怪『白咲楼夢』、私たちの知っている楼夢さんです」

 



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吹雪の夜の作戦会議2

 

 

 衝撃の事実の連続に、誰も口を開くことはできなかった。

 障子を外からドンドンと叩きつける音だけが響く。部屋を照らす灯火もゆらゆらと揺れる様はまるで全員の気持ちを代弁しているかのようだった。

 

 しばらくして、紫が絞り出すかのように声を出した。早奈の話を聞いて何を考えてしまったのか、その顔は青ざめている。

 

「ね、ねえ……。楼夢が神楽に吸収されたってことは、もう二度と楼夢と会えないってこと……っ?」

 

 紫にとってこれほど恐ろしいことはなかった。

 愛する人が消えてしまう。それを思うだけで頭が真っ白になってしまい、何をすればいいのかわからなくなって泣き出しそうになってしまう。

 唯一の答えを知っていると思っていた早奈は、意外にも言葉を詰まらせていて、なかなか答えてはくれなかった。

 

「……わからないんです。楼夢さんほどの膨大な力を完全に取り込むにはそれ相応の時間が必要だとは思うんですが、タイムリミットがあとどのくらいあるのか見当もつきません。あるいはタイムリミットなんてそもそもなくて、すでに完全に融合してしまっている可能性も……」

「そんな……っ!」

 

 その答えに紫は絶望し、崩れ落ちた。

 もはや悲しみに耐えるのも限界だった。意識せずとも両目からは雫が流れ出し、顔を濡らしていく。

 自分の背中がドンドン小さくなっていくように感じられる。視界は暗闇の世界しか映し出してくれなくなった。

 

 果てなき闇をさまよう。足元すら見えない。

 わからない。どうすればいいのかわからない。

 考えるのがつらい。苦しい。

 

 しだいに紫は足を動かすのをやめ、暗闇でポツンと一人座り込んでしまう。

 ただ泣きじゃくるその姿は、まるで子どものようだった。

 

 このままずっとこうしてた方が楽だ。そう思ったそのとき。

 

『しっかりしなさいっ!!』

 

 その言葉とともにほおを走った衝撃が、闇を切り裂いた。

 ヒリヒリとほおが熱を持って痛む。霞んでよく見えない視界を上げると、どこから現れたのか、霊夢が紫を見下ろしていた。

 

『なに最初から諦めてるのよ! あんたそれでも幻想郷の管理人なの!?』

「霊夢……もう無理よ……。楼夢はもう帰ってこない……。それに神楽にも勝てない……」

『口を開けば楼夢楼夢楼夢……あんたは子どもか! 何でもかんでも楼夢に頼ってるんじゃないわよ! あいつがあんたの想いを断り続けるのもこれなら納得よ!』

「……どういう、意味よ……?」

 

 意味がわからない。なぜ楼夢が自分を拒み続ける理由がたかだか十数年しか生きていない人間にわかるのか。自分ですらわからないのに。

 そう思うと無性に腹の底が燃え上がっていき、気がつけば売り言葉に買い言葉で目の前の霊夢に言葉を叩きつけていた。

 

「なによ!? なにがわかるっていうのよ!? 霊夢なんかにわかるわけないじゃないっ!」

『わかるわよ。あんたは楼夢に依存しているのよ。いつまで経っても楼夢がいなきゃなにもできないなにも考えようともしない。まるで子どもね。そんなやつの想いなんて応えようとも思わないわよ』

「依存……?」

 

 今度の言葉に紫は反論することができなかった。ぐるぐると記憶が遡っていき、初めて会ったときから今に至るまでのこと全てが彼女の頭をよぎっていく。

 

 依存。たしかに言われればそうなのかもしれない。

 生まれ持った特異な能力のせいで誰にも見向きされなくて、誰からも怖がられて。

 人間と妖怪が生きる世界を作ろうというのも最初はまやかしだった。そんなありえない世界があれば自分も受け入れてもらえるんじゃないかと。

 そうやって寂しさを扇に隠して生きていたときに、初めてまともに話し合ったのが彼だった。

 今でもあのときもらった猪の肉の味を覚えている。暖かくて、やわらかい。包み込むような味。

 そのときから自分にとって楼夢は唯一無二の存在となった。

 どんなに寂しいときも悲しいときも彼がいれば暖かさを感じられる。

 なるほど、これを依存と言わずして何を言う。

 

 それを自覚したとき、一気に紫の中で恥ずかしさが湧き上がり、それを燃料に心の中で先ほどとは別種類の炎が燃え上がった。

 そういうことか、霊夢が言いたかったのは。

 

『成長しなさい紫! いつまでも頼りっぱなしの子どものままじゃいられないのよ! 本当にあいつを愛してるんなら、頼るんじゃなくて支えられる存在になりなさいっ!』

 

 その言葉を聞いて、紫は完全に目が覚めた。

 暗闇の世界が砕け散っていく。涙は乾き、視界の先には霊夢たちが映っていた。

 

 紫は立ち上がり、決意を拳とともに握りしめる。

 その目に先ほどの弱々しさは微塵も残ってはいなかった。力強い、為すことを定めた意思ある瞳をしていた。

 

「……ようやくわかったようね。自分がするべきことを」

「ええ。私は楼夢を愛している。だから楼夢を、今度は私が救ってみせる! それが楼夢のパートナーになるってことだから!」

 

 以前の紫なら恥ずかしがって言えそうになかったことを、堂々と宣言してみせた。

 

 だがそこへ水を差すように魔理沙が質問を投げかける。

 

「でもよ、なんか楼夢を助けるあてはあるのか?」

「……さっき早奈は完全な融合まで時間がかかるかもしれないって言ってたわね。だったら私の能力で切り離すことができるかもしれない」

「……そうかっ、盲点だったぜ! 紫の能力は境界を操れる、てことは神楽と楼夢の間にあるはずの境目を弄って引き剝がしちまうこともできるってことだな!?」

「……言っちゃ悪いけど紫でも力不足だと思うわよ? あれほどの化け物の中身を弄るのはかなり難しいと思うんだけど」

「だったらこれを使いなさい」

 

 横から口を挟んだ岡崎がなにかを紫に投げ渡す。

 慌てて両手で受け取り、手のひらの中を覗くとそこには青い石が付けられた首飾りがあった。

 

「これは……?」

「『時狭間の水晶』。神楽が幻想郷に来るときにも使ってたものよ。これは本来時空を操る力しかないけど、同じ概念系の能力だからあなたの能力を強化することができるはずだわ」

「そんなものが……」

「ま、私が知る限りもうこの一個しか存在しないレアアイテムなんだけどね。この戦いで使われるなら、持ち主も本望でしょう」

「持ち主? これはあなたのじゃないの?」

 

 紫の疑問に対して岡崎は感慨深そうに答える。

 

「そいつはメリー、つまりは神楽の彼女のものよ。お墓に備えられていたのを拝借したの」

 

 紫は首飾りをつけた。そして水晶を手にとって見つめる。

 今さっき初めて触ったもののはずなのに、なぜか手に馴染む。水晶も心なしか、輝きが増している気がした。

 

 岡崎は紫の今の姿にメリーを重ねていた。

 ……ああ、やっぱり似ている。外見とか能力とかの話じゃない。その灯火のように揺らめきながらも強く輝くその瞳がだ。

 今の彼女ならきっと、いや絶対に神楽を救える。岡崎は研究者であるにも関わらず、根拠なしにそう確信していた。

 

 神楽への対策が決まったところで、話し合いは次の段階に進んだ。

 

「一番の問題はクリアできたけど……やっぱり次に悩むのはどうやって紫を神楽に接触させるか、よね」

「うーん、疲弊させるとかどうだぜ?」

「無理よ。神楽が疲れる前に私たちが全滅するわ」

「……あ、じゃあ幻想郷中の各勢力に協力してもらうとかどうですか!? 少なくとも私たちだけよりも状況は良くなるはずです!」

 

 名案だとばかりに早苗が大きな声で提案する。

 しかし霊夢と紫の表情は冴えなかった。

 

「……正直微妙ね。烏合の衆になる可能性が高いわ」

「最低でも神楽は楼夢二人分以上の力を持っていると仮定できる。そんなやつと数の暴力で戦っても、最悪他の伝説の大妖怪以外の全員が邪魔になる可能性があるわ」

 

 すでに彼女たちはその考えを思いついていた。なのに提案しなかったのは、それが決して良い策とは言えなかったからだ。

 

 彼女たちが懸念しているのは味方同士による誤爆、つまりはフレンドリーファイアだった。

 楼夢は光よりも速く動くことができる。その力を吸収した神楽の速度はそれ以上だろう。そんな相手を数十人で囲って闇雲に攻撃しても当たる確率は低い。

 さらには強大な力を持つ者の攻撃は得てして広範囲を巻き込むことになりやすい。そんなものが何十も飛び交ったら避けるなんてのはとても不可能だ。

 

「それでも私たちは戦いに行くからね?」

「そうだな。結局この神楽ってやつを倒さなきゃ終わるんだし、私たち神が逃げるわけにはいかないね」

 

 それを聞いてもなお諏訪子と神奈子は戦うと宣言した。

 彼女らには説得なんてものをしても無駄だろう。それにただ数の暴力でごり押しするのがダメというだけで、戦う人数を増やすこと自体は否定しないので紫は放っておくことに決めた。

 

 紫は頭をフル回転させて思考の海に没頭していく。

 大人数を使うとしたら、やはり各自連携が取りやすいメンバーでいくつかのチームを組んでそれぞれ戦うのが一番だろう。しかしそれはつまり戦力を分散させることを意味する。少数であの神楽を消耗させられるとはとても思えない。

 

 しかしその紫の考えを見通したかのように早奈がある予測を口にした。

 

「あ、でも明日の神楽は今日よりかは弱っていると思いますよ」

「……どうしてそう言い切れるのかしら?」

「神楽の目的は全人類と妖怪の滅亡。その手っ取り早い方法はこの星を破壊することです。そしてちょうど楼夢さんにはそれを可能にする技があります。でも、そういうのって例外なくかなりの力を消費するんですよ」

 

 狂夢がかつて月を消し飛ばした際に使った『アルマゲドン』は、実に彼の八割以上もの力を食べてようやく発動する技だ。それに匹敵する何かを使う場合も、半分とまではいかないがそれに近いぐらいには消耗するだろうというのが早奈の見解だった。

 

「なるほど……それならどうにかなるかもしれないわ。藍っ! 今の聞いてたわよね?」

「はい、紫様」

 

 紫が手を叩いてそう問いかけると、彼女の目の前にスキマが開いて紫の式神である八雲藍が現れた。

 彼女は膝をつき、頭を下げて紫の指示を待っている。

 

「幻想郷中の強者たちに今回の異変について伝えて来なさい。来ないやつは臆病者とでも付け足しておくのも忘れないでね」

「承知いたしました」

 

 藍は頷くと、開かれたままのスキマに入って姿を消した。

 これでよし、と紫はつぶやき、いつものように扇を開いて口元を隠す。その下には笑みが浮かんでいる。

 

 ——神楽。あなたは成長していく楼夢を手のひらで転がしているつもりだったのかもしれない。でも、今度転がるのはあなたの番よ。

 

 言葉には出さないまま、紫はそうどこかにいる敵へと宣言した。

 

 

 ♦︎

 

 

 霧の湖。紅魔館の近くに存在する広大な湖。常に霧がかっているのが名前の由来だが、その原因は悪戯好きな妖精たちによるものだ。

 

 そんな場所の真ん中に一人の男が浮いていた。いや、水面に立っていた。

 

「……ここらでいいだろう。広く、それでいて目印を描くには都合がいい」

 

 黒髪を逆立てた男——神楽はそう言うと、手のひらを水面に押し付けた。そこから膨大な妖力が蜘蛛の糸のように湖中に張り巡らされ、湖全体を覆うほど巨大な魔法陣が展開される。

 

「『来たれ、絶望と憎悪の世界樹よ。破壊の星を紡ぐ架け橋となるがいい』」

 

 そして彼が詠唱を唱えた次の瞬間。

 魔法陣から無数の紫の触手が水面を突き破り、勢いよく伸びてきた。それは互いに絡み合いながら天を目指して登り続ける。

 数十絡まった触手が枝を、数百数千絡まった触手が幹を形作り始める。

 その異様な植物が成長を止めたのは、幻想郷中を見渡せるほど高くなった時だった。

 

 完成したそれはまさに一つの大木のようであった。ただしその枝に葉はなく、脈打つように全体が不気味にうごめいている。

 同じく化け物として知られる西行妖は美しさを感じられるのだが、この暗黒世界樹にそのようなものは微塵も感じられなかった。

 

 その大木のてっぺんには魔法陣が描かれた平べったい床が作られていた。

 そこの中央に立ったまま、神楽は不気味に吹雪と闇に支配された空を見上げる。

 

「さあ、来やがれ破壊の星。そして世界を……!」

 

 いくら覗いたところで、常人には吹雪で何も見えなかったことだろう。

 しかし彼の視界にははっきりと、一際大きく輝く星が見えていた。

 

 



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集う者たち

 

 

 吹雪は時間とともに過ぎ去った。

 だが、空は依然暗いままだ。月も太陽も見えない。まるで夜のようだった。

 その原因は突如天空で発生した闇の霧。それが幻想郷中を覆っている。それだけではなく、雨すら降っていないのに紫色の雷が絶えず竜のように天空を泳ぎ、唸りを上げている。

 そしてその全ての原因は、突如出現した巨大な樹木にあった。

 

 

「お嬢様、出撃の準備が整いました」

「ご苦労、咲夜。さあ、我が居城の目の前にあんな不恰好なものを作ったこと、後悔させてあげるわ」

 

 それを見て、ある者は不敵に微笑み、

 

 

「妖夢〜、お茶」

「はぁ……これから戦いに行くんですから、少しは制限してください」

 

 ある者は、普段通りに過ごし、

 

 

「鈴仙、これも入れておいてちょうだい」

「ふ、ぐっ……! いくら私でもこの量はきついですよ……!」

 

 またある者は、入念に準備を整えていた。

 

 その他にも、様々な者たちが慌ただしく動いていた。

 まるで幻想郷中がうごめいているかのようだ。

 

 それらを大樹の上から見下ろす影が一つ。

 神楽はもうすぐ破滅する世界を見つめて、笑みを深めた。

 

「さあ始めようじゃねえか。戦争の始まりだ」

 

 

 ♦︎

 

 

 倒壊した博麗神社に彼女たちはいた。

 紫、霊夢、魔理沙、早奈、そして岡崎の五人。早苗は守矢神社に残っている。

 

 そこに紫の式である藍がスキマから登場し、この場にいる全員に状況を伝える。

 

「全勢力、それぞれ動き出したようです。ただ出撃の時間はそれぞれバラバラ。しかし位置の関係上、紅魔勢が最初に到着しそうです」

「わかったわ藍。あなたは引き続き監視をお願い。私たちも準備が出来次第、大樹に向かうわ」

「御意に」

 

 最後にそう返事をして藍は消え去った。

 代わりに魔理沙が紫の近くへと歩み寄る。

 

「なあ、なんで各勢力のやつらに神楽に楼夢が取り込まれたこと以外の情報を渡さなかったんだぜ? 情報を共有すれば、勢力間の連携も取れやすいって思うんだが……」

「無理よ。私たち妖怪は本来個々で動くものなの。勢力間での連携なんて不可能に近いわ」

 

 妖怪は基本自分の好き勝手に動く。それはどんなに力が強くても、いやむしろ力が増せば増すほどその傾向にあると言える。もはやそれは妖怪に刻まれた本能そのものだ。

 

「だから情報を渡さなかったの。出撃する時間も戦闘に入る時間もバラバラ。でもバラバラだからこそ、昨日立てた作戦の、戦力を分けた状態での連続戦闘という状況を作り出すことができる」

「なるほど……他のやつらがやられまくった後に、満を持して登場するってわけか。相変わらずやってることが汚いな」

「お褒めに預かり光栄よ」

 

 二人は皮肉を言いつつ笑い合う。

 

「それにしても他の勢力のやつらもやつらだよな。プライドの高いレミリアたちならともかく、妖怪の山とかは正直動かないかと思ったぜ」

「それはこの異変に参加しなかった場合、組織の評価が著しく下がるのを懸念しているからよ。もし勢力の消耗を恐れて引きこもったりしたものなら、臆病者としてこの異変の後で一生後ろ指を指され続けることになるわ。この世界は弱肉強食、舐められた時点で組織としておしまいなのよ」

「なんかヤクザみたいね」

 

 その話を聞いた岡崎がつぶやく。

 魔理沙は首を傾げたが、紫は意味を知っていたらしく「言い得てるわね」と少し笑いながら返した。

 

「それで、そこの亡霊の傷は完治したのかしら?」

 

 そして話を百八十度変えて、紫は早奈に問いかける。

 彼女の返事は歯切れが悪かった。

 

「……正直、本気で戦える状態じゃありませんね。これじゃあ神楽どころか他の伝説の大妖怪たちとすらまともに戦えないでしょう」

 

 早奈は元々神楽に挑んで命からがら生き延びた身だ。当然その体の傷は一日やちょっとでは治るものではない。

 だが早奈の目に絶望はなかった。

 

「だから私、昨日の夜考えて決心しました」

 

 何を? と紫が聞き返す前に早奈は歩み出す。そして霊夢の目の前で止まった。

 

「霊夢、お願いがあります。私と契約して、共に戦ってください」

「……はあ?」

 

 早奈は頭を下げて、そう言った。

 霊夢は困惑して思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 彼女から見て早奈というのは安易に頭を下げるような性格ではない。それがこうして自分に頭を下げてまで頼み込んでいる。

 

 早奈はその理由を説明した。

 

「私はご存知の通り楼夢さんの妖魔刀です。でもその楼夢さんも消えてしまい、さらには傷のせいで全力が出せません」

「それはさっき聞いたわ」

「でも妖魔刀の新しい契約者がいれば、私の力を全てその人に貸すことができます。そしてそれを操れる人間は霊夢、あなたしかいないんです」

 

 早奈の妖力は膨大で、それでいて常人が触れるにはあまりに害悪なものだ。だが彼女は楼夢すらしのぐほどの才を持つこの少女ならそれを御することができると信じていた。

 

「……私は刀なんて使ったことがないわよ?」

「大丈夫です。私が持っている記憶とあなたの才能ならすぐに楼夢さんに匹敵する剣士になれます」

 

 霊夢はしばらく黙り込んだが、やがてゆっくりとうなづいた。

 

「……わかったわ。なってやるわよ、あなたの主人に」

「ありがとうございます、霊夢。でも私たちはあくまで協力関係、私のご主人様は永遠に楼夢さんなのであしからず」

 

 最後にそう忠告してから、早奈は霊夢の両手を握った。

 そして彼女の姿がだんだん薄れていき、霧のようになってから手を伝って霊夢の中へ入っていく。

 

「うっ……! これは……結構キツイわね……!」

 

 早奈を吸収してから流れ込んできた、あまりの妖力に霊夢は膝をついてしまう。呼吸は荒くなり、額からは玉のような汗が流れた。

 

「おいおい、本当に大丈夫かよ」

「いえ、たしかに力が跳ね上がってるのは事実よ」

 

 その様子を見ていた魔理沙が少しだけ早奈を疑うが、霊夢本人がそれを否定した。

 

「ただ、すぐには戦えそうにないわ。長くて一時間は体に馴染ませないと……」

「一時間……正直微妙ね。紅魔勢とかが長く持てばいいんだけど……」

「おやおや、決戦前に怪我人かい?」

 

 全員が霊夢に視線を集中させているとき、鳥居がある方向から幼い声が聞こえてきた。

 紫が振り返ると、そこには白いウサギの耳を生やした少女が壺を抱えて立っていた。

 

 知らない顔だ。岡崎は言わずもがな、紫はそう思った。

 だが魔理沙だけは知っていたらしい。彼女を見ると非常に驚いた顔をしていた。

 

「お前は……永遠亭の兎!」

「……ああ、思い出したわ。そういえばあそこ下っ端の兎がいるんだっけか」

「因幡てゐだよ! なんでそこの金髪はわかったような口を聴きながら名前を覚えてないんだよ! そしてついでに私は下っ端なんかじゃない!」

 

 因幡てゐ。実は一万歳を超えるかなりの長生きをしている妖怪。しかしその割には妖力が成長しなくてイマイチパッとしない妖怪だったので、紫は完全に失念していた。

 そんな兎が博麗神社に何の用か。そう聞こうとする前にてゐは自分から話し出した。

 

「まあいいや。見たところ、あんたらずいぶんとボロボロだねぇ。やっぱうちの師匠の読みは当たってたか」

 

 てゐは壺を置いて中身をいくつか取り出す。

 なにかの液体が入った瓶だ。そのほかにも包帯やらの治療器具がぎっしり詰まっている。

 

「師匠が、あんたらが怪我してたらこれで治してやれってさ。普段患者には使わない秘伝の薬だからそのくらいの怪我はほぼ一瞬で治るはずだよ」

「あら、それはすごいわね。参考資料としていくつかもらっておきたいくらいだわ」

 

 外の世界の医学もびっくりな効果を聞いて岡崎が興味を示す。しかしさすがに決戦前に治療薬を奪うような愚行はしないようだ。

 

 てゐは蓋を開けた瓶を傾けて液体を手のひらに垂らす。どうやら塗り薬のようだ。彼女はそれを紫たちに一人ずつ塗っていく。

 布に隠れた箇所も多かったので服を一旦脱ぐ羽目になったが、幸いにもここには女性しかいないので大丈夫だろう。若干の羞恥心を犠牲にして彼女たちは傷を回復させることができた。

 

「あら、こんだけ大事になってるのに拠点で回復なんて、ずいぶんのんびりしてるじゃない。地上のやつらは相変わらずね」

 

 彼女たちが体の回復具合に驚いていると、またもや鳥居の方から声が聞こえてきた。しかし振り向いても鳥居の下には誰もいない。

 

「こっちよ、こっち」

 

 声は上から聞こえてきた。

 紫たちは視線を上げる。鳥居の上にはある少女が腕を組んで佇んでいた。

 てゐのときとは違って、それを見た紫、霊夢、魔理沙はすぐに彼女の名前を頭に浮かべることができた。

 青い髪に桃の飾りをつけた特徴的な帽子。忘れたくとも忘れられない事件を起こした張本人。

 

「あんた、生きていたのね……天子」

「ふっ、とーぜんじゃない。私があんなのでくたばるわけないでしょ?」

 

 霊夢が憎々しげにその名前をつぶやく。

 比那名居天子。博麗神社を倒壊させ、天候をめちゃくちゃにする赤い霧を出現させた天人。しかしそれにブチ切れた楼夢に消し飛ばされて生死不明になっていたため、世間では彼女は死んだものとして扱われていた。

 それが今こうしてノコノコと目の前に立っている。

 

「……で、何しにきたの? 態度次第では楼夢のときみたいになるわよ?」

「そう、それなのよ」

「……はっ?」

 

 天子は鳥居から飛び降りてまっすぐ霊夢たちと対峙する。

 

「あのときの敗北はたしかに認めるわ。でもあんだけ一方的にやられちゃこっちの気が収まらないってわけ。だから私はあの異変のあと、生まれてこのかたないほどに修行に励んだわ。そして今日、私は復讐を果たすためにここに来たの」

「……呆れたわ。まさかまた楼夢と戦うつもりなの?」

「もちろんそのつもりよ。大地を使って情報を集めたんだけど、あのセンスのない観賞植物を作ったのはあいつなんでしょ? しかも今は幻想郷中が敵に回っている。だからこれはチャンスだと思ってね。だから貴方たちのところに来たの」

「……一応聞いておくけど、どうして私たちが神楽の消耗を狙っているってのがわかったのかしら?」

「普通に考えればわかるわよ。ま、私の普通が貴方たちの異常って言うのなら仕方ないけどね」

 

 相変わらず偉そうなやつだと、霊夢は舌打ちをする。

 天子の狙いは霊夢たちに便乗して楼夢、いや神楽を打つことだ。それも身勝手な理由で。

 正直、今すぐここで彼女をはっ倒してやりたい。だが今の状態の霊夢にそんな余裕はないし、下手をすれば神楽と戦う前に消耗しかねない。

 

「どうするんだ霊夢? 私はお前の意見を尊重するぜ」

「……こんなうざいやつでも実力だけはたしかだわ」

 

 それだけ言うと霊夢は背中を向けてそっぽを向いてしまった。

 これは了承したということでいいのだろう。紫も彼女と同意見だったので、あえて何も言わなかった。事情を知らない岡崎も断る理由がない。

 

 かくして、天子の参戦は決定した。

 彼女は笑みを深めると、大樹の方へ視線を向けた。

 

「さてと、それじゃあ神風特攻隊たちの奮闘でも見守ろうかしらね」

 

 いつもなら不快感しかないはずのそのセリフは、仲間になった影響か頼もしさを全員が感じていた。

 

 



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VS紅魔郷

「……改めて近くで見るとかなりでっかいわね」

 

 レミリアは上を眺める。

 大樹は雲すら突き抜けそうなほど高く、飛んで行くにしてもすぐには着きそうにはない。

 とはいえ他に頂上に行く手段があるわけではないので、愚痴を言っても仕方がない。

 だったら上に行かなくてもいい方法を使うしかないと、妹であるフランに問いかけた。

 

「ねえフラン。この木、なんとか壊せないかしら?」

「うーん、さっきから試してるんだけどなぜか破壊の目が見つからないの。だから壊せないよ」

 

 こんなことは初めてだよ、と彼女はつぶやく。

 彼女の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は対象の目と呼ばれるものを握りつぶすことによって発動する。しかし肝心の目が見つからなければお手上げだ。

 

「おそらく、この大樹の纏う妖力がフランの力量を遥かに上回っているからじゃないかしら? 専門じゃないから断定はできないけど」

「うげっ、それはそれで嫌ですね……はあ、おうちに帰りたい……」

 

 パチュリーが自身の考察を言い、それを聞いた美鈴が心底嫌な顔をした。

 

 レミリア、フラン、パチュリー、美鈴、そして咲夜。それがここにいる全員だった。

 小悪魔は役に立ちそうにないので置いて来てある。その方が本人のためだろう。

 彼女たちは覚悟を決めると、大樹の幹に沿って上昇していく。

 

 

 そしてしばらく経つと、それは見えてきた。

 大樹の頂上に置かれた、巨大な魔法陣のような床。そしてその中央に佇む一人の男。

 レミリアたちは彼の前に降り立った。

 

「よぉ。一番手はお前らか? ずいぶんと遅いご到着だな。遅すぎて寝ちまいそうだったぜ」

「ふっ、主役は遅れてくるものよ」

「ハッ、雑魚が身のほどをわきまえろよ。テメェらはせいぜい前菜だろうが」

「……あら、言ってくれるじゃない」

 

 レミリアの体から膨大な妖力が勢いよく溢れ出す。が、目の前の男——神楽は涼しげな顔をしている。それが余計にレミリアのプライドを傷つけた。

 飛びかかろうとしたところ、それをパチュリーになだめられて、冷静さを取り戻す。

 

「お姉さんは絶対に返してもらうよ」

「返すも何もこれは俺のものだ。俺のものを俺が回収して何が悪い」

「……どうやら話をするだけ無駄なようね。いくわよっ!」

 

 レミリアは宣言するとともにフランと弾幕を放った。

 弾幕ごっこでは見られない本気のそれは、床に当たっただけで爆発を起こす。だが着弾点に神楽の姿はなかった。

 

「横よレミィ! 『アグニシャイン』!」

 

 パチュリーの魔方陣から炎の玉がいくつか放たれ、それがレミリアの横から接近していた神楽に迫る。

 だがそれは足止めにすらならなかった。神楽は一呼吸の間に何回もの斬撃を繰り出して火を払い、加速した勢いを利用してレミリアの顔面を蹴りつける。

 鈍い音がして、鮮血が舞う。彼女の体はボールのように吹き飛んだ。

 

「お嬢様!」

 

 追撃をさせないために美鈴が体を張って神楽の前に立ちはだかる。

 その体からは七色の闘気が溢れ出ていた。

 

「『彩光蓮華掌』ッ!!」

「遅えよ!」

「ごふっ!」

 

 それを右の手のひらに集中させ、前進しながら掌底を放とうとする。

 だが神楽は刀を地面に突き刺すと、彼女の突き出した腕をたやすく右手で掴み、カウンターで左の裏拳を顔面に叩き込んだ。

 まるで人身事故のように頭から一、二回転して美鈴の体はレミリアと同じように吹き飛んでいく。

 

「なっ……打たれ強いはずの美鈴が……!」

「楼夢と一緒にするんじゃねえよ。俺はスピード、パワー、そしてその他全てにおいて完璧だ」

 

 刀を抜きながら神楽は答えた。

 スピードがある代わりに非力で紙耐久な楼夢と、力はあるが大雑把な狂夢。二人の性質はまさしく正反対だ。

 神楽は彼らを吸収したおかげで、それらの良い部分を全て手にしていたのだ。

 

「落ち着きなさい、咲夜っ。これくらい想定内のことよ」

 

 立ち上がったレミリアがそう咲夜に呼びかける。その顔には先ほどできたはずの傷は見当たらない。

 

「へぇ……やっぱ吸血鬼ってのは再生が早いんだな」

「お褒めに預かり光栄よっ! 『レッドマジック』!」

「『マーキュリーポイズン』!」

 

 レミリアから無数の赤い弾幕が、パチュリーからは毒を含んだ水が放たれた。

 だが神楽にとっては無意味だ。

 

「『黒疾風』」

 

 刀を一振り。それだけで黒い刃の突風が吹き荒れ、弾幕を消しとばす。それどころか突風はレミリアをも飲み込もうと彼女に迫っていた。

 なんとか空中に逃げることでレミリアはそれを回避する。だがそれすらも神楽にとっては予測通りだ。

 一瞬で回り込んで、彼女を背中から斬ろうと動こうとする。

 

 ——だが次の瞬間、無数のナイフが目の前に突如出現した。

 

「——『殺人ドール』」

「っ、ちっ! 邪魔だ!」

 

 ナイフが出現したのは神楽の正面だけではない。彼を囲うように全方位に数百ものナイフが配置されていた。

 だが神楽はなんと持っていた刀で全てのナイフを斬ることで、咲夜の攻撃を防いだ。

 その間、およそ一秒未満。誰も、彼の剣術を目視することはできなかった。

 

 しかしわずかな時間を与えてしまったせいでレミリアは完全に体勢を立て直していた。

 追撃は不可能。そう判断したとき、右と左から誰かが近づいてくる気配を感じた。

 

「『レーヴァテイン』!」

「『破山砲』!」

 

 フランが炎の大剣を振り下ろしてくる。

 それを神楽は最小限の動きで避けると、剣を踏みつけて反対方向に跳躍して美鈴に飛び蹴りを繰り出した。

 彼女はそれに虹色の気を集中させた拳をぶつける。だが蹴りの威力は凄まじく、弾かれるようにして美鈴は弾き飛ばされた。

 

「まだまだぁ!」

 

 背を向けたのをチャンスと見て、フランは再び斬りかかる。しかし神楽はそれを見もせずに避けてみせた。

 その後も剣を振るい続けるが、空を切るばかり。火花が飛び散るだけで終わる。

 

「テメェに剣を教えたのは楼夢だろ? だったら剣で俺に勝てるわけがねえだろうがよ!」

「きゃぁっ!?」

 

 フランが振り切った大剣を引き戻すより遥かに早く、神楽の刀が振るわれた。

 彼女の体に五芒星を刻むと、余った左手で掌底を打ち込み、体が吹き飛ぶよりも先に術式を発動させる。

 

「消えちまいな! 『天国への階段(ヘヴンズ・ゲート)』!」

「あ……が……っ!!」

 

 五芒星からフランに向けて閃光が放たれた。

 ゼロ距離で放たれたそれを避ける術などなく、彼女は一瞬で光に飲み込まれ、体中を焼かれながら吹き飛ばされる。

 

「『星脈地転弾』!!」

 

 体勢を立て直した美鈴が両腕を前に突き出し、虹色の気でできた玉を飛ばしてくるが、それはあっけなく刀で両断された。

 そして神楽はお返しとばかりに左手を美鈴に向け、黒い妖力を集中させていく。

 

「『サイレントセレナ』!」

 

 しかしそのとき、パチュリーの声とともに神楽の真下に魔法陣が現れた。

 舌打ちしつつ、左手の妖力を胡散させてその場を離脱する。すると魔法陣から柱のようなレーザーがいくつか放たれ、雲を貫いた。

 

「くっ……! これでもダメなの……!?」

「……そろそろ遊びはやめだ。まずはそこの貧弱な魔法使いから地獄に送ってやるよ!」

 

 パチュリーは続けて魔法を放とうとする。

 しかし瞬きした次の瞬間に、目の前に神楽が移動してきていた。

 驚いてパチュリーは術式を途切れさせてしまう。

 神楽は不気味な笑みを浮かべ、見せつけるかのようにゆっくりと刀を振り上げた。

 

「しま……っ!」

 

 パチュリーの言葉は最後まで続かなかった。

 神楽の刀が振り下ろされる。そのとき発生した風圧だけでレミリアたちの体が浮き上がる。

 明らかに今までとは違う威力、速度の斬撃。

 これではパチュリーは到底助からないだろう……。レミリアは悔しそうに瞳を閉じる。

 だが攻撃をした当の本人からは驚きの声が漏れた。

 

「消えてやがる……」

 

 刀は地面に突き刺さっていた。その下に鮮血もパチュリーらしきものの残骸もない。

 パチュリーは決して運動能力が高くなかったはずだ。いや、たとえ運動能力が高くてもあの状況から神楽の攻撃を避けることなど誰にも不可能だ。

 だったらどこに彼女はいった? その答えはすぐにわかった。

 

「時止めか……。ちっ、あのとき狂夢から能力を奪えていたら……!」

 

 脳裏に響いた嘲り笑いを払拭するかのように後ろを振り返る。

 そこには咲夜によって抱きかかえられたパチュリーが目を白黒させていた。

 

「ナイスよ咲夜!」

「……楼夢の能力を奪っているとは聞いていましたが、どうやら私の能力は通じるみたいですね。だったら勝機はあるかもしれません」

 

 駆け寄ってきたレミリアに咲夜は何か伝えている。

 だが彼女らの会話を待ってやるほど神楽は優しくない。

 ——最優先が変わったな。まずはパチュリーよりも咲夜の排除だ。そこからゆっくり料理してくれる。

 

 神楽は床を蹴って一気に咲夜へ突進していく。しかし途中で彼女の姿が視界から消え去った。

 時止めを使われた。そう判断したときには遅く、真横には赤い妖力で形作られた槍を持ったレミリアが出現していた。

 

「『スピア・ザ・グングニル』!」

「近距離なら当たると思ったか!? 残念、ハズレだ!」

 

 走る勢いを止めずに、それどころかさらに加速することで投げつけられた槍を避ける。そしてそのままレミリアに接近していき刀を振りかぶる——というところで、咲夜のときと同じようにレミリアの姿が消えた。

 

「 『スターボウブレイク』ッ!!」

「『羽衣水鏡』!」

 

 回復したらしいフランが色とりどりの弾幕を放ってくる。

 それを透明な壁を張って防ぐが、その間に美鈴が時止めを利用して神楽の背後に回り込んでいた。

 

「『烈虹真拳』!」

 

 美鈴が目にも留まらぬ速度で連続して拳を繰り出してくる。

 それを神楽は左手一つでなんとか全て防ぎ、受け流した。だがさすがに手が痺れたのか、動作が少し遅れてしまう。

 その隙に美鈴の姿がかき消えた。

 

「くそっ……! ハエみたいにブンブン逃げ回りやがってぇ!」

「やぁぁぁああああああ!!!」

 

 消えた美鈴に代わるように、フランがレーヴァテインを両手で握りしめながら突っ込んできた。

 だがその速度は天狗並みとはいっても、神楽からしたら遅すぎる。

 格好の獲物が飛び込んでくるのを見て、左腰に刀の峰を当てまるで抜刀術のように構えて彼女を待つ。

 しかしここでも、咲夜の能力が邪魔をした。

 

 気がつけば目の前からはフランの姿が消え去り、代わりに十数のナイフが神楽に向かってくる。

 それを刀で弾こうとしたとき、背後から熱気を感じた。

 

「ハァァァッ!!」

「ぐっ……うぉぉっ!!」

 

 神楽の後ろに現れたフランは、全体重をかけて炎剣を振り下ろした。

 刀はナイフを弾くのに使っていて引き戻すことができない。

 神楽はとっさに左腕を盾にしてレーヴァテインを受け止めた。

 そして爆発が起こり、足を地面につけたまま彼の体は数メートル吹き飛ばされる。その腕にはたしかに大きな傷跡がついていた。

 

「『ジンジャガスト』!」

 

 紅魔勢のコンビネーション攻撃はまだ終わらない。

 パチュリーが腕を振るうと神楽を中心に砂金を含んだ竜巻が発生し、中のものをズタズタに切り裂くために徐々に縮んでいく。

 

「邪魔だ! 『バギクロス』!」

 

 しかし神楽もこのまま黙って切り刻まれるのを待っているわけがない。

 呪文を唱えると、巨大な竜巻が彼の周囲に発生して砂金の竜巻をかき消した。

 鮮明になった視界に映ったのは、レミリアが再び赤い槍を構えている姿だった。

 

「『スピア・ザ・グングニル』!!」

「学習しねえなあ! いくら撃っても無駄だってわからねえのかよ!」

 

 迫ってくる槍に合わせるように刀を振るう。

 キィんっ、という金属質な音を一瞬立てて、グングニルはあっさりと弾かれ、神楽の後方へ姿を消した。

 

「んで、気が済んだか? 諦めきれないんだったら好きなだけ撃ってこいよ。その度に打ち返してやるからよ」

「……その言葉、よく覚えておきなさいよ」

 

 レミリアは突如両腕を天にめがけて振り上げる。するとしばらくして雲を切り裂き、ぱっと見て数十を超える赤い槍が出現した。

 

「ハァ、ハァ……フランや美鈴たちが傷ついている間っ、私だけ何もしてないなんて思ってたかしら……っ? そんなわけないじゃない……!」

 

 彼女の額には青筋が浮かび上がっており、呼吸も荒い。それだけ大量のグングニルを扱うには消耗が激しいということなのだろう。

 さすがの神楽も、この光景を見て目を見開いた。

 

「グングニルは必中の槍。投げた後も軌道を操ることができるのよ」

 

 レミリアはフランたちが戦っている間、ひたすらグングニルを作り出しては雲に隠していたのだ。

 彼女の妖力はもう枯渇寸前。これが最後だと覚悟を決め、ありったけの力を込めて彼女は叫んだ。

 

「サービスよ……くらいなさい! 『グングニル・レイン』ッ!!」

「っ、『森羅万象斬』ッ!!」

 

 レミリアが腕を勢いよく振り下ろすと同時に、空中にとどまっていた神槍が一気に動き出す。

 神楽は刀に黒いオーラを纏わせ、回転するようにそれを振り切った。すると黒い斬撃が彼を中心に円の形になって放たれ、向かってくるほぼ全ての槍を消滅させた。

 しかし全部を防げたわけではなく、そのいくつかが斬撃をすり抜けて神楽の体に突き刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

 そのダメージのせいか、神楽は今日初めて膝をついた。

 レミリアは気づかれないようにゆっくりと首を縦に降る。そしてそれを合図に彼の背後から今度は咲夜が現れ、その首めがけてナイフを振るう。

 

 直後、肉が裂けるような生々しい音が聞こえた。

 レミリアはナイフが当たったのだと思った。だがよくよく見ると神楽の首から血は流れていない。そのかわり、彼女の目に映ったのは——腹部を黒い何かで串刺しにされた咲夜の姿だった。

 

「かはッ……!?」

「言ってなかったな。俺は翼を生やすことができるんだ」

 

 咲夜を貫いた黒い何かは神楽の背中から伸びていた。

 レミリアはそれに見覚えがあった。

 

「楼夢の……黒い翼……」

 

 そう、あれは楼夢がよく使っていた翼だ。だがたとえそれが分かっていても、咲夜を助けることはできなかっただろう。翼での攻撃なんて思いつくはずがない。

 神楽は片翼を勢いよく動かす。そして咲夜は打ち捨てられ、地面に叩きつけられてから立ち上がることはなかった。

 魔法陣の床に血の水たまりが作られていく。

 

「くっ……咲夜……!」

 

 死んではいないのだろう。わずかにではあるが動いてはいる。だけどそれは時間の問題だ。このままでは間違いなく失血死する。

 

「全員咲夜の救出を優先しなさい!」

「咲夜さん、今助けますっ!」

 

 レミリアが動くよりも早く美鈴が駆け出した。

 だがその直後、彼女は腹部に線のようなものが引かれているのに気がつく。

 そしていつの間にか背後にいた神楽が血振りをした後に呟いた。

 

「『雷光一閃』」

「えっ……?」

 

 その声が彼女の耳に入った途端に、彼女の体が上下に分かれた。

 そして血が噴水のように噴き出し、美鈴の意識は徐々に闇に落ちていった。

 

「まずは一人」

 

 神楽は一切容赦せずに、未だ空中にあった美鈴の上半身に蹴りを入れる。それは魔法陣の床がある場所からはみ出すまで飛んでいき、地上に落ちていった。

 

「美鈴っ!」

 

 フランの悲痛な声が響く。

 しかしそれに気を取られている場合ではないと、パチュリーは自身が今発動している魔法に集中した。

 

 神楽は再び咲夜が倒れているはずの場所を見る。しかしそこに彼女はいなくて、代わりに血の池が残っていた。

 血の跡を辿ると、彼女の体は不自然な風に運ばれていくのが見えた。

 

 神楽はこれが誰の仕業か一目で理解する。

 

 パチュリーだ。こんなことが紅魔勢の中でできるのは彼女しかいない。

 おそらく美鈴を相手にしていたときから運んでいたのだろう。

 忌々しい。

 

 未だに魔法にかかりっきりで動けない彼女に対して、神楽は黒い風を纏った刃を振るう。

 

「『黒疾風』!!」

「しまっ……きゃああっ!!」

 

 防御魔法を発動する間もなかった。

 パチュリーは黒い風に体中を切り裂かれながら吹き飛び、場外へ押し出された。

 

「これで二人目」

「っ、まずいわ……! フラン、咲夜を連れて逃げなさい!」

「で、でもお姉様……っ!」

「早くしなさいっ! このままじゃ全滅するわっ!」

「……うんっ!」

 

 幸いにもパチュリーのおかげで咲夜の位置はレミリアたちとかなり近くになっていた。

 フランは咲夜を抱きかかえ、全速力でこの場から脱出しようとする。

 しかしそのとき、フランに向けられた神楽の左指が怪しく光った。

 

「——縛道の六十一『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」

「きゃっ!?」

 

 六つの光の柱がフランに突き刺さる。

 痛みはないが、なぜか体中が錆びついたように動かなくなっていた。必死にもがくが光が壊れる様子は微塵もない。

 

「いい機会だ。冥土の土産に見せてやるよ。——誰も逆らうことのできない、圧倒的な絶望というやつをな」

 

 神楽は左手に凄まじい妖力を込める。それは嵐のように荒々しく渦巻いて辺りのものを吹き飛ばし、やがて紫色のエネルギーの塊と化して手のひらに収まった。

 そしてその左手で刀の刀身を柄から先まで撫でるように触れる。すると全てのエネルギーが刀に集中し、刀身が紫色に染まった。

 

 その圧倒的な力を感じたレミリアはすぐさまフランたちの前へと立ちはだかり、両手を広げる。

 逃げて、とフランが叫ぼうとするが間に合わず、神楽は暗黒に染まった刀を突き出した。

 

「絶望の淵に堕ちろ! 『ジゴスパーク』ッ!!」

 

 瞬間、刀から想像を絶する規模の闇の閃光が放たれた。

 それはレミリアのみならずフラン、咲夜まで飲み込んだまま空の彼方まで伸びてゆき、やがて星が爆発したかのような凄まじい爆発を巻き起こす。

 

 大樹の頂上に、再び静寂が訪れた。

 



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VS妖々夢+α

「これは……」

 

 霧の湖にたどり着いたアリスは、水面に浮かんでいる紫色の何かを見て目を見開いた。

 

「パチュリーっ!」

 

 そこにはなんと、彼女の友人であるパチュリーが血だらけで水に浮かんでいた。

 アリスは魔力で編んだ糸を操り、彼女を陸地にまで引っ張り上げる。そしてすぐさま回復の魔法をかけた。

 だが傷口はかなり深く、すぐに癒すのは無理そうだ。

 

「うっ、うぅ……! あ、り……す……?」

「っ、よかった気がついたのね! 待っていなさい! 今すぐ治してあげるから!」

「私よりも……美、鈴を……っ」

 

 その言葉で、パチュリーがいるならほかにも紅魔館の誰かがいるはずだと気づき、再び湖を見つめる。

 薄暗い霧がかかっていてかなり見づらい。それでも諦めずに探していると、大樹の根元になにかが引っかかっている美鈴の顔を見つけた。

 パチュリーと同様に美鈴を陸地に引き上げようとする。そしてその途中で目に入った彼女の姿に、アリスは顔を青くした。

 

「ひっ……か、体が……!」

 

 美鈴の体は上半身だけしか残っていなかった。そこから止めどない血が溢れ続けており、死が近づいて来ているのを嫌でもアリスに理解させた。

 

 すぐにアリスは回復魔法をかける。しかし傷は塞がらず、血も止まってくれない。

 アリスはもともと回復魔法は専門外だ。だがそれでもこうして力不足を突きつけられると悔しくて仕方がなくなってくる。

 もう一刻の時間もない……! どうしたら……! 

 

「『ベホマ』」

 

 アリスが自問自答していたそのとき、後ろから何かが唱えられた。

 そして光が美鈴を包み込み、傷口をみるみる塞いでいく。出血も止まっていた。

 

 アリスは後ろを振り返る。そこには知っている人物たちが立っていた。

 白咲美夜、清音、舞花。

 白咲神社に住む三姉妹であり、その彼女ら全員が大妖怪と呼ぶにふさわしい実力を持っている。

 その中の清音が前へ出て、声をかけてきた。

 

「一応傷口は塞がったけど、下半身はすぐに再生できそうにないね……」

「……いえ、十分よ。パチュリーの方は私がなんとかするから、貴方たちはやるべきことをやってきなさい」

「あらあら、みんなお揃いね〜」

 

 三姉妹とは別で、さらに別の声が響いた。

 そしてピンク色の髪を持った人物が近づいてきた。

 

「……幽々子までいるなんて」

 

 登場してきたのは冥界の管理人である西行寺幽々子だった。その後ろにはお付きである魂魄妖夢もいる。

 

「ちょうどよかったわー。さすがに私たちだけじゃあれを相手にできそうにないから、困ってたところなの」

「それは幽々子様も参戦なさるということですか?」

「紫が頑張ってるのに、私が逃げるわけにもいかないでしょ? そういうことでよろしくね?」

 

 美夜の問いかけに、幽々子はいつも通りの笑顔で答えた。

 

「私はここで怪我の治療をしながら他のやつらがいないか見てるわ。付いていっても足手まといになるだけだと思うし」

 

 アリスはそう言い切る。

 本当は彼女も戦いに加わる予定だった。だがパチュリーや美鈴がこうも酷い怪我を負うほどの相手に自分が敵うわけがないと冷静に判断を下す。

 

「わかりました。では、怪我人の方々を頼みます」

 

 美夜は丁寧に頭を下げると、背を向ける。

 そして彼女たちはアリスを残して、大樹の頂上めがけて飛んでいった。

 

 

 ♦︎

 

 

「『メラゾーマ』!」

 

 頂上にたどり着いていきなり、清音は巨大な炎の球を撃ち出した。

 その軌道の先には刀を地面に突き刺し、背中に黒い翼を生やした神楽が立っている。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 炎球が神楽に当たる直前で透明な壁が出現し、炎を無効化する。

 神楽は口を三日月に歪めながら、戦場に降り立った者たちの顔を見定めた。

 

「おいおい、挨拶もなしにいきなり攻撃かよ。ったく、親からどんな教育を受けたんだテメーはよ?」

「格上にはどんな手を使ってでも勝つ。それがお父さんの教えだよー」

「なるほど、いいこと言うじゃねえか」

 

 ここで初めて、彼は体を美夜たちに向き合わせた。

 そして地面に突き刺してある刀を抜き、それを肩で担ぐ。

 

「だが足りねえな。テメェらじゃ俺を相手にするには全然足りねえよ」

「そう決めつけたのを後悔してください……いきますよ、妖夢!」

「はいっ!」

 

 美夜と妖夢は同時に駆け出した。

 そして二人とも居合の構えを取り、それぞれの刀に妖力を込める。

 

「『雷光一閃』!!」

「『現世斬』!!」

 

 それぞれ稲妻と疾風を思わせる居合斬りが繰り出される。

 しかし神楽はそれに即座に反応すると、片手で持った刀一つで彼女たちの斬撃を受け止めた。

 ジリジリと鍔迫り合いとなり、二人は腕に力を込めるも、彼はピクリとも動かない。

 

「まるでお笑いだぜ。その程度の剣術で俺に勝とうなんてな!」

「ぐあっ……!」

「きゃっ……!?」

 

 今度は神楽が力を込めると、まるで障害物などなかったかのように刀が振り切れられ、美夜たちは弾かれて床に叩きつけられる。

 追い打ちをかけようとしたとき、一匹の蝶が彼の視界に入り込んだ。その数は二匹、三匹、四匹とだんだん増えていく。

 

「出力最大の私の能力よ。これで終わればいいんだけど——やっぱりそうもいかないわよね」

 

 やがて無数の蝶が彼を取り囲んだ。

 視界の全てを埋めつくすほどのそれはもはや圧巻の一言としか言い表せないだろう。

 だが神楽はそれを気にせず、蝶の群れの中を歩いていく。

 

 一匹の蝶が神楽に触れた。

 通常ならばその時点で生物は死ぬはずだ。なぜならばそれが幽々子の持つ『死を操る程度の能力』なのだから。

 だが、神楽の動きが止まることはなかった。その後も何十匹が彼に触れたが、何も起こりはしない。

 

「ハッ、相手を即死させる能力……たしかに厄介だがよ、同じ死者なら効果はねえよなぁ?」

「まさか同類だったとはびっくり。でもこれはちょっとまずいかもしれないわね……」

 

 幽々子は他の大妖怪などと比べて、威力の高い攻撃をもちあわせていなかった。その理由は能力が強すぎるせいで、そんな技を開発する必要がなかったのだ。しかし今回はそれが仇となっている。

 試しに複数レーザーを放ってみるが、やはり効果はなかったようだ。刀を使うまでもなく、左手で弾かれてしまった。

 どうやら本当に自分にできることは少ないらしい。神楽も害なしと見てから、彼女に見向きもしなくなった。

 幽々子は今までの己を少し悔やんだ。

 

 一方の美夜と妖夢は、幽々子が蝶を作り出したときにその場から退避することに成功していた。

 

「『バイキルト』」

「『ピオリム』、『スクルト』」

 

 清音と舞花はそんな二人に身体能力を強化する魔法をかける。

 効果はそれぞれ筋力増強に速度上昇、防御力上昇だ。体中から力が湧き上がってくるのを二人は感じた。

 

「しかし、この状態でもあの人を打ち破るのは難しいでしょうね」

「はい……私たちの剣術が全然通じません……っ」

「でもやるしかないでしょう。清音、舞花。近接攻撃が全く当たらない以上、貴方たちが頼りです」

「まっかせてよー!」

「……うん、了解」

 

 美夜と妖夢は再び神楽に接近するために駆け出した。

 その後ろに立っていた舞花が魔法陣を描き、中から巨大な氷柱をいくつか召喚する。

 

「『マヒャド』」

 

 尖った氷柱が美夜の上を通り過ぎて、神楽に迫る。

 しかし相変わらず余裕の表情で『羽衣水鏡』を発動させ、透明な壁を作り出す。

 氷柱はそれに当たって全て砕け散ってしまった。

 

 美夜たちとの距離はあとわずか。

 彼女たちは先ほどと同じように、刀も抜かず手で柄を握ったまま走ってくる。先ほどと同じ居合斬りを放つつもりなのだろう。

 神楽は余裕を持って身構えた。

 

 しかし両側の距離が寸前まで近づいていったそのとき、神楽と美夜たちとの間に太いレーザーが通り過ぎた。

 

「ふふ、私を忘れちゃいけないわよ〜」

 

 それによって一瞬だが神楽の視界が潰されてしまう。しかしその一瞬は二人にとっては十分な時間だった。

 

「『桜花閃々』っ!!」

 

 妖夢は両手で抜いた二つの刀でレーザーを切り裂きながら、高速の連続攻撃を繰り出す。

 それは見事に全て命中し、神楽の腹部から少し血の雫が飛んだ。

 

「『雷光一閃』!!」

 

 今度は雷を纏った美夜の攻撃が、神楽を切り裂いた。しかしその手に伝わってきた感触に、思わず顔をしかめる。

 

(予想以上に……硬い……っ!?)

「ずいぶんとぬるい剣だな」

 

 先ほどの一撃で、本当は体を両断するつもりだった。しかし現実は体に切り込みを一つ入れただけ。妖夢がつけた傷も同じように浅い。

 神楽はそんな彼女たちを鼻で笑うと、刀に風を纏わせる。

 

「テメェらに教えてやるよ。剣術ってのは……こういうのを言うんだ! 『風乱(かざみだれ)』!!」

 

 それは美夜にでも使える、楼華閃の基本的な技……のはずだった。

 彼女の瞳には刀が二、三度振るわれてから、地面に突き刺さる姿が映る。

 だが次の瞬間、美夜たちの体には数十もの線が刻まれ、同時に発生した嵐を思わせる突風になすすべなく吹き飛ばされた。

 

 ありえない、とその一部始終を見ていた舞花は呟く。

 大妖怪である自分たちが全く目で捉えることができなかった。それだけの速度だったのだ、あの斬撃は。そしてそれによって発生した風圧で斬ると同時に吹き飛ばす。

 それはもはや彼女たちの知っている『風乱』ではなかった。

 

 舞花は次の神楽の行動に備えるため、魔法の術式を練り上げようとする。しかし彼女の視界にはすでに彼の姿はなかった。

 

「楽しそうにどこ見てんだ? なあ、俺にも教えてくれよ?」

「っ、『マヒャ——ガッ!?」

 

 突如背中に走る悪寒。

 気づいたら脳が考えるよりも先に体が動いていた。

 後ろを振り返ると同時に、狙いも定めず魔法を放とうとする。しかしそれよりも早く神楽の膝蹴りがみぞおちに食い込み、彼女の体は宙へ浮かび上がった。

 

「オラよ、もういっちょっ!!」

 

 先ほどとは反対の足が舞花の顔に向かって振り抜かれる。

 衝撃の際に空気を吐き出して身動きが取れなくなっていた彼女はそれを避けることはできず、顎の骨を砕かれながら床の端まで吹き飛ばされる。

 

「『メラガイアー』!!」

「『羽衣水鏡』」

 

 妹を守ろうと清音が倒れた舞花の前に立ちはだかり、先ほどとは比にならないくらい巨大な炎球を神楽に落とす。

 現れた透明な壁の前で炎球は爆発し、清音の視界全てを炎の海に変える。それのせいで彼の姿は確認できなかった。

 

「『雷光一閃突き』」

「へっ……? ガハッ……!?」

 

 一瞬何かが炎の奥で光ったかと思うと、炎の海はモーゼが起こした奇跡のように真っ二つに分断されていた。

 そして一拍遅れて、清音はなにかが自分の体を貫いていることに気づく。

 最後に彼女が見たのは黒い柄と、それを握る男の姿だった。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

 清音の体を貫通したまま、神楽の刀から黒い閃光が放たれた。

 それは清音はもちろん、後ろにいた舞花まで飲み込むと、空の彼方まで進んでいく。

 閃光が通り過ぎた後に、彼女らの姿はなかった。

 

「清音、舞花っ!」

「他人の心配とはずいぶん余裕じゃねえかよっ!」

 

 美夜は妹たちがやられたことに動揺するが、神楽の声を聞いてすぐに刀を構え直す。

 しかしどこにも、彼の姿は見当たらない。柄を握る両手から血がしたたるほど力を込めて辺りを警戒する。すると彼女の顔に黒い影が重なった。

 

「上っ!?」

「ぶっ潰れろ! 『森羅万象斬』!!」

「っ、『森羅万象斬』……ッ!!」

 

 巨大化した黒い刃と黄色い刃がぶつかり合った。

 だが同じ技といえど、威力の差は歴然。美夜の体はズルズルと後ろに押されていく。そして黄色い刃が砕け散り、彼女はそのときの衝撃波で後方に弾かれて倒れた。

 

 黒い刃が床に突き刺さる。

 美夜は運良くそれに当たることはなかった。だが起き上がろうとしたとき、その顔に黒塗りの刃が突きつけられる。

 

「終わりだな。安心しろ、すぐに妹らと同じところに送ってやるからよ」

「くっ……!」

「美夜さんっ!」

 

 妖夢が駆けつけてくるのが見えたが、到底間に合いそうにない距離だ。

 この状態ではどんな攻撃を繰り出そうが、それよりも早く神楽の刀は首を貫くだろう。

 万事休す。

 打つ手はもうないと、美夜は諦めて目を瞑る。

 

「——『マスタースパーク』」

 

 しかしそのとき、神楽のにも引けを取らないほど巨大な閃光が真横から彼に襲いかかった。

 

「っ、『羽衣水鏡』ッ!!」

 

 神楽は左手を突き出し、閃光が来る方向へ透明な壁を作り出す。そして一拍遅れて閃光が壁にぶつかった。

 だが閃光は衰える気配を見せず、逆に壁からはギャリギャリと石で削られているような音が聞こえてくる。そしてしばらくその状態が続いた後に、とうとう壁がガラスのような音を立てて砕け散った。

 

「ぐっ……がぁぁっ!?」

 

 ここで初めて、神楽は閃光を受けて吹き飛んだ。背中を一度打ち付け、再び打ち上げられたときに体勢を立て直して着地する。その額からは決して少なくない血が流れていた。

 

「あら、私の全力を受けて五体満足なんてずいぶんと硬いのね。でもその分、いじめ甲斐があるわ」

「あ、あなたは……っ」

 

 彼女の足音がやけに耳に響く。誰も声を出すことができない。それほどまでに彼女の登場は全員にとって驚愕ものだった。

 

「風見……幽香……」

 

 美夜は声を絞り出して彼女の名を呟く。

 幽香は先っぽから煙を出していた日傘を広げると、楽しそうに口を三日月に歪めた。



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VS妖々夢+αfeat.USC

「私、花を育てるのが好きなのよね」

 

 唐突に、幽香は語りかけるように話し出した。

 

「鮮やかで、香りも良くて。そんな花たちをいつも愛でていたわ。でも今日の朝花たちの様子を見に行ったら、悲しいことに全部枯れていたのよ」

 

 彼女の声のボルテージがだんだんと強くなっていく。それに比例して彼女から溢れる妖力も徐々に高まっていった。

 

「原因はすぐにわかったわ。昨日の夜から発生した謎の霧が含んでいた高密度の妖力。それが花たちには毒になって、彼らを死に至らしめた。じゃあここで問題。その霧の発生源はどこでしょうか?」

「……ハッ、大げさなやつだな。そんなくだらねえこと一つで本気になれるテメェのお花畑みたいな脳みそが羨ましいぜ」

「くだらないこと、ですって……?」

 

 爆発でも起きたかのように、幽香の妖力が急上昇した。

 その量は凄まじく、ゆうに美夜や幽々子を超えている。しかし龍の尾を踏んだ神楽はそれでもなお、邪悪な笑みを浮かべ続けている。

 

「くだらないに決まってるだろ。花なんてのは使い捨ての量産品。いくらでも作れるものにマジになってるんだからな」

「……今決定したわ。あなたは殺す。手足をもいで首を切り落とし、その上で地獄の苦しみを味あわせてから殺してやる……!」

「ほぉ ——やれるものならやってみな?」

 

 会話が途切れた瞬間、二人の姿が立っていた場所から消えた。そして一秒ほど後に彼らは持っていた自身の武器をぶつけ合い、凄まじい衝撃波を発生させる。

 

「ぐっ、なかなか……っ、やるじゃない、の……っ!」

「馬鹿がっ、……俺の力はこんなもんじゃっ……ねえよっ!!」

 

 たためられた日傘と刀で二人は鍔迫り合いをする。

 先ほどの美夜たちとは違って、幽香はしっかり神楽の馬鹿力にも対抗することができていた。

 しかし大声を上げると神楽の力はさらに高まり、彼女は数メートル後ろまで弾き飛ばされた。

 

「ちぃっ!」

 

 追い打ちをかけるために神楽が迫ってくる。

 幽香は着地すると同時に傘を振り払った。しかしそれは空気をえぐるだけで終わる。

 

「こっちだウスノロ!」

 

 神楽は幽香の傘を目で追うことが不可能なほどの速さで避け、彼女が敵を見失っている隙に横から斬撃を繰り出し、その体を斬り裂く。

 

「ぐっ!」

「ハッ、おいおいどうしたんだよさっきまでの威勢はよ!? オラオラ! ドンドンくれてやっからこれぐらいで死ぬんじゃねえぞ!?」

 

 形勢は一気に神楽へ傾いた。

 不快な笑い声とともに目にも留まらぬ斬撃が幾度となく繰り出される。数十、いや数百。見えないものを避けることなどできるわけがなく、彼女の体が切り刻まれていく。

 おびただしい量の血しぶきが流れる。

 まるで赤子扱いされているようだ。

 あの風見幽香までもが一方的にいたぶられていく様を見て、美夜は改めて神楽の恐ろしさを垣間見たような気がした。

 

「っ、なめてんじゃっ……ないわよっ!!」

 

 それはほぼ勘だったのだろう。

 雄叫びをあげてむりやり前に突き出した傘が偶然斬撃を食い止めた。そして再び鍔迫り合いとなる。

 千載一遇のチャンスと見て、幽香はありったけの力を傘に込める。

 しかしここでも神楽の方が上手だった。

 

 神楽は傘を刀で上から押さえつけると、それを巻き込んで反時計回りに刀身で円を描いた。

 前へ押すことばかり考えていた幽香は突然横から加えられた力に対応できず、あっさりと傘を絡め取られてしまう。

 そして神楽は六時から十二時に向かうときに思いっきり刀を振り上げ、彼女の傘を弾き飛ばした。

 

 鍔迫り合いもまた剣術の一種だ。ならば技を極めている分神楽に軍配が上がるのは自明の理。

 

 両腕を上げて無防備な状態になっている幽香へ、後ろ蹴りが叩き込まれた。

 

 凄まじい衝撃波が発生する。

 しかし幽香は吹き飛んではいなかった。腰を深く落とし、床にヒビが入るほど足に強く力をかけて立っている。

 そして彼女は狂った笑みを浮かべると、自分の腹部にめり込んでいる足を両腕で掴んだ。

 

「つ〜か〜ま〜え〜たっ……!!」

「……それで? たしかに身動きは取れないが、それじゃあテメェも攻撃できないだろうが」

「それはどうかしら? ——花よっ!」

 

 幽香がそう叫ぶと、彼女の胸ポケットから何かが飛び出してくる。

 それは植物のツタだった。ツタはムチのようにしなり、神楽の右手が握っている刀をはたき落とす。

 

「武器がなくなれば弱くなるのは楼夢のでわかってるのよ!」

 

 幽香は狂気のこもった笑い声をあげながら、神楽の片足を持ったままジャイアントスイングのように回転し始める。そしてその遠心力を利用して彼を地面に投げ飛ばした。

 

 神楽は背中を思いっきり打ち付けて仰向けに倒れる。

 顔を上げると、幽香が上から降ってくるのが見えた。

 

 彼女は全体重を込めた右拳を神楽へと叩きつけようとする。しかし神楽が首を曲げて顔の位置をズラしたことでそれは外れ、代わりに右拳のカウンターが幽香の顔に突き刺さった。

 強烈な一撃を食らったことで意識が一瞬だけ飛んでしまう。そこに間髪入れずに神楽の蹴りが命中し、彼女は吹き飛ばされた。

 

「ちっ……調子に乗るなァ!!」

 

 体をむりやりひねって地面に着地する。と同時に地面を蹴って幽香は再び神楽に飛びかかり、右拳を振るう。しかしまたしてもカウンターが彼女に突き刺さった。

 

「ガッ……ァァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 なんとかその場に踏みとどまり、雄叫びをあげる。そして気力が続く限り何度でも何度でも幽香は拳を振るう。

 しかしそれらは全て受け流され、同じ数だけカウンターとなって彼女に返ってきた。

 

「ぶっ……!!」

 

 鼻から血が噴き出す。

 数えきれないほど殴られて、とうとう彼女はよろけ、後ろに数歩退いた。しかし逃がさないとばかりに神楽の右ストレートが彼女の顎を打ち抜く。

 足に力が入っていないところに強烈な一撃を受けて、彼女はさらに後ろに後退した。

 それを見た神楽は前に駆け出し、攻守が交代する。

 

 前進する勢いを利用した右の掌底が幽香の腹に突き刺さった。そして彼女の体がくの字に曲がったところを、引き抜いた右の掌底でかち上げる。そこに今度は左拳での突きが再び彼女の腹に叩き込まれ、そこからマシンガンのような両拳でのラッシュが彼女を張り付けにした。

 

「拳だったら俺に勝てるとでも思ったか? ——見通しが甘いんだよバカがっ!!」

 

 その言葉とともに振り抜かれた右拳が顔面を打ち抜き、とうとう幽香は仰向けに倒れたまま、立たなくなった。

 

 神楽が腕を振るうと、床に突き刺さっていた黒塗りの刀が一人でに彼の手の中へと飛んでいった。

 それを握りしめ、肩に担ぎながら死体と見間違えるほどボロボロになった幽香の元へ歩いていく。

 

 彼女はピクピクと震えるだけで戦う体力は残されていないようだった。だがその眼球は光を失っておらず、絶えず神楽を睨み続けている。

 

「そう睨むなよ。恨むならテメェの弱さを恨むんだな!」

 

 刀が振り下ろされる。

 しかし幽香の首をはねる寸前で何かが間に割って入り、それは急に止まった。

 

「ぐっ……さすがに……重いです、ね……っ!」

 

 二人の間に入ったのは美夜だった。

 両手で握られた刀が神楽の刀を受け止めている。しかし彼女の顔は険しく、額からは玉のような汗が溢れている。

 それほどまでにその一撃は重かった。

 

「今さら何の用だ? どけ、テメェじゃ話にならねえ」

「そういうわけにもいかないんですよ……!」

 

 二人が会話していたそのとき、神楽の背後からレーザーが放たれた。

 放ったのは幽々子だろう。

 そう決めつけ、彼は透明な壁を背中の前に作り出す。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 かくして、閃光は壁にぶつかり胡散した。だが散った光の中から誰かが飛び出してきたのを見て、神楽は目を見開くこととなる。

 

 幽々子はレーザーを撃つ際に、その中に妖夢を隠していたのだ。そのような芸当ができたのは彼女の並外れた妖力操作の賜物だろう。

 

「『未来……永劫斬』ッ!!」

「なっ……!?」

 

 羽衣水鏡は遠距離攻撃に滅法強い分、打撃には弱い。透明な壁は妖夢の斬撃によって砕かれた。

 それで終わらず、何度も妖夢は神楽の背中を斬りつける。それもただ闇雲に振るうわけではない。同じ箇所を釘を打つように執拗に斬り続けた。

 

 それに怯んでいると、視界の端で不自然な光が見えた。

 慌てて神楽は振り返る。そこには倒れながらも、手のひらにありったけの妖力を集中させている幽香の姿が。

 

「『マスタァ……ッ、スパァァァァク』ッ!!!」

 

 極太のレーザーが解き放たれた。だがそれは神楽が立っている場所の真横をすり抜けていく。

 

「バカが……どこ狙ってるんだ?」

「ふっ、これでっ……いいのよ……っ」

「あ……?」

 

 神楽は訝しげに先ほど通り過ぎた閃光を目で追う。その射線上には、美夜が刀を掲げていた。

 そして閃光が刀と衝突した。だが不思議なことに美夜は吹き飛ぶことはなく、それどころか光が自ら纏わりつくように彼女の刀に宿る。

 それを見て、神楽は彼女たちの狙いを悟った。

 

「『ギガスラッシュ』ッ!!」

「っ、『森羅万象斬』ッ!! ——ガァァァアアアッ!!!」

 

 美夜はその状態の刀で森羅万象斬に似た斬撃を繰り出してくる。

 神楽もとっさに黒い霊力を刀に纏わせて刃を巨大化させ、それにぶつける。しかし数秒後に黒の刀身は粉々に砕け散り、光が肩から腹にかけて、肉をえぐった。

 

 獣のような絶叫が空に響き渡る。

 熱い。たまらないほどに熱い。神楽はかきむしるように斜め一文字に刻まれた線を手で押さえる。

 あまりのダメージの深さによろけるが、意地でも倒れることはしなかった。歯を食いしばり、鬼の形相となって美夜を睨みつける。

 

 溢れ出たかつてないほどの殺気に美夜は当てられ、一瞬だけ棒立ちになってしまう。

 その隙を突かれて、神速の蹴りが彼女の顔に叩き込まれた。

 

 それは今までよりもさらに強烈な一撃だった。

 彼女はその攻撃を認識することすらできず、気づいたら口や鼻から血を流して倒れていた。

 

「美夜さんっ!」

 

 妖夢が駆け寄り、彼女を肩で担ぐ。

 妖夢に迷いはなかった。すぐさま踵を返して、そのまま神楽とは真反対の方向へと駆けていく。

 

 だが、その背中には神楽の手が突きつけられていた。

 黒い妖力がそこに集中していき、それが解き放たれようとする。

 だがそのとき、無数の蝶がどこからともなく出現して彼の視界を埋め尽くした。

 

「ちっ、『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』!!」

 

 腕の向きをそのままにして黒い閃光を放つ。しかし蝶の壁を切り裂いた先には彼女たちの姿はなかった。

 

「くそったれがっ!」

「あら、よそ見してる暇はあるのかしら〜?」

 

 間の抜けた幽々子の声に反応して振り返る。

 彼女は妖夢が逃げた場所と真反対の魔法陣の床の(ふち)に立っていた。その足元には幽香も転がっている。

 

「テメェ……いつの間に!」

「あらかじめ決めてたのよ。幽香と美夜がやられた場合はすぐに退散するってね」

「っ、逃すかァ!」

 

 神楽が駆け出すも、間に合わず。

 幽々子は幽香を連れて大空へ身を投げ出した。

 

 数秒遅れて神楽は彼女が先ほどまで立っていた場所にたどり着き、下を覗き込む。だがそれすら見越していたようで、あらかじめ配置されていたと思われる蝶の大群がまたもや彼の視界を遮った。

 

「ふっざけんじゃねぇぞクソ野郎がァァァアア!!!」

 

 怒りに我を忘れ、神楽は刀を投げ捨てる。

 そして両手合わせて十本の指を前に突き出し、そこから黒い閃光を何十と撃ち込んだ。

 しかしその結果は確認できず、蝶が消滅して視界が戻ったころには彼女たちの姿はもうなかった。

 

「舐めやがって……っ! 今すぐ下に降りてあいつを……ぐっ!?」

 

 幽々子たちを追おうとしたが、興奮して忘れていた痛みが戻ってきたことによって顔をしかめる。

 傷はかなり深い。治療するにはそれなりの時間が必要だろう。

 

「……癪だが、しゃあねえな。まあどうせ今日までの命だ。無理に追う必要はねえか」

 

 最終的に、無理に追うよりも傷を治したほうがよいと判断して、神楽は踵を返した。

 未だに収まらない怒りが、戦場に残った。

 

 



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VS永夜抄

 曇った空が下から上へと流れていく。

 幽々子は現在、ものすごい速度で落下していた。風圧で飛びそうになる帽子を押さえつけながら、もう片方の手は幽香を掴んでいる。

 

 しばらく経って、ようやく湖が見えてきた。

 幽々子はとっさに目を瞑る。そして凄まじい音と水柱を立てながら、二人は水面に叩きつけられた。

 

「ぷはっ! なんとか、逃げ切れたようね……っ!?」

 

 水面になんとか顔を出した彼女が最初に見たものは、空から降ってくる数十ものレーザーだった。それらが次々と湖を貫き、爆発を起こす。

 幸い彼女たちがそれに当たることはなかった。が、急に高くなった波に飲み込まれてしまい、水を飲んでしまう。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 

 目に涙を浮かべながら咳をしていると、体に糸のようなものが巻きついていく。そして彼女の体は陸にまで引っ張られた。

 

「……どうやら、本当に一筋縄じゃいかないようね、あの木の頂上にいるやつは」

「ケホッ……! 助かったわアリス……」

 

 なんでもないわよ、と幽々子を助けたアリスは答える。

 彼女は再び糸を操り、プカプカと浮かんでいた幽香の体を同じように引き上げる。

 

「先に落ちてきたのはもう回収してあるわ。ちょうどあっちで薬屋と一緒にいるから見てきてもらいなさい」

 

 彼女が指差した場所では、パチュリーや美鈴、清音、舞花たちの他、妖夢や美夜が兎妖怪から治療を受けていた。

 

「あれは誰かしら?」

「因幡てゐ。永遠亭の下っ端よ。ちょっと前にやってきて治療をしてくれてるわ」

「あら、ちゃんと仕事しているようでよかったわ。てゐはサボりやすいからちょっと心配してたのよ」

 

 二人の会話に混じって、弓矢を背負った銀髪の女性が姿を現した。

 その顔は二人もよく知っていた。

 八意永琳。今さっき話していた永遠亭の医者だ。その他にも弟子である鈴仙はともかく、滅多に外に出てくることのない蓬莱山輝夜や藤原妹紅までいる。

 

「永琳……来てたのね」

「さすがに友人が被害にあってるのを見過ごせないわよ。あと、道中でこの子たちを拾ったからそこで寝かしておいてちょうだい」

 

 永琳に促されて、鈴仙が三人の少女を背負って前に出てくる。しかしその足取りは重く、苦しそうだ。

 

「ぐっ……! なんで私が一人で……!」

 

 運ばれて来た少女たちの正体は、行方不明になっていたレミリア、フラン、咲夜だった。

 鈴仙は重さに耐えかねたのか、若干放り捨てるように三人をその場に寝かせる。

 意識はまだ戻って来ていないが、彼女たちの傷はほとんど塞がっていた。

 

「それじゃあ頼んだわよ」

「ええ……気をつけてね」

 

 永琳たちはアリスの前を通り過ぎ、天を睨みつける。そして空を飛んで、大樹の頂上へと向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ちっ……予想以上に次の来客は早いじゃねえか。そんなに俺にぶっ飛ばされたいのか? あっ?」

「そんなボロボロの体で言われてもなんの脅しにもならないわよ」

「まったく、楼夢もこんなやつに吸収されるなんて、情けないにもほどがあるわね」

 

 神楽の挑発を永琳はバッサリと断ち切った。

 輝夜は人を小バカにしたような笑みを浮かべる。

 

 永琳の言った通り、神楽の傷は先ほどの戦いからほとんど癒えていなかった。黒い服はズタボロに裂けており、ところどころに血が付着している。

 

「おい輝夜、油断するなよ。あいつは間違いなく私たちよりも格上だ」

「……だぁ〜! そんなこといちいち言われなくてもわかっているわよ! これは挑発よ挑発」

「お前、最近体動かしてないだろ? 力が鈍ってなけりゃいいんだけどよ……」

「それはあんたが最近喧嘩吹っかけて来なくなったせいじゃない!」

 

 敵が目の前にいるにも関わらず、妹紅と輝夜は口喧嘩を始める。

 彼女たちの仲は相変わらず悪いようだ。

 

「俺を……無視するんじゃねぇ!」

 

 神楽は背中に生やしている真っ黒な翼をそれぞれ二人に向けると、そこから『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』を放った。

 それらは彼女たちの顔を真っ黒に焦がすも、時を巻き戻したかのように火傷がすぐに治っていった。

 

「ちっ……蓬莱人(ゾンビ)が三体か。厄介なことこの上ないな」

「誰がゾンビよ誰が! 空前絶後の美貌を持つ私をそんな汚いのと一緒にしないでくれる!?」

「それに人様の喧嘩中に手突っ込んでくるなんて、空気の読めないやつだな」

「いや、空気読めてないのは貴方たちよ。……ハァ、どうも蓬莱人は死なないせいで緊張感を保てないようね……」

 

 永琳の言う通り、彼女らは今までここにやって来た者たちと違って緊張感というものがまるでなかった。

 なんせ彼女たちにとって死なんてものは日常レベルでくるものに過ぎないのだ。そんなものに今さら恐怖なんて覚えるはずがなかった。

 しかし蓬莱人ではない鈴仙は緊張のあまりか声を出せずにいた。

 それを見て、神楽の口の端がつり上がる。

 

「そうかよ……じゃあ無理やりにでも緊張感出させてやるよ!」

 

 足で床を蹴って爆発するかのように加速し、神楽は一気に鈴仙との距離を詰めた。

 

「『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』ッ!!」

「効くかよそんなもん!」

 

 鈴仙は『狂気を操る程度の能力』を発動し、対象を狂わせようとする。しかしなぜか彼女の瞳の光を見ても、神楽は効いた様子がなかった。

 それに戸惑い、動きを止めてしまったところに神楽の蹴りが炸裂。彼女は顔から血を噴き出させて倒れた。

 

「っ、まさか元から狂っている状態が正常だとでも言うの!?」

「んなことはどうでもいい! 野郎、弱いやつから狙いやがってっ!」

 

 永琳の推理は当たっていた。

 神楽は一度死んだときから、すでに脳の歯車がとれて狂っていたのだ。相手を狂わせる能力も、狂人には通用しようがない。

 

 鈴仙が真っ先に狙われたことに怒り、妹紅は体を文字通り燃やしながら神楽に飛びかかる。

 

「『フェニックスの尾』!」

 

 炎を纏った回し蹴り。しかしそれはあっけなく左腕によって防がれてしまう。炎は皮膚の表面を焦がすだけで、大したダメージを与えてはいなかった。

 お返しとばかりに繰り出された刀での突きが彼女を貫く。しかしそれに構うことなく彼女は拳を振るい、神楽の顔を殴りつけた。

 

「っ、この野郎!」

 

 神楽は腹部を貫いたままの刀を強引に振り切り、妹紅の体を両断した。

 おびただしい量の血が噴き出し、神楽の顔にかかる。

 しかしそれすらも無視して、妹紅は口を三日月に歪めて神楽の体にしがみついた。

 

「ハハハッ!! よく覚えておけ! これが命の花火ってやつだっ!!」

「まさかテメェ!」

 

 その狙いを理解し、神楽は妹紅を引き剥がそうと力を込める。だがたとえ皮膚がえぐれようが腕が千切れそうでも、決してそれは離れることはなかった。

 

 彼女の体がまばゆい光に包まれていく。そして次の瞬間、凄まじい轟音とともに彼女は内側から爆発した。

 

「ぐあぁぁぁぁっ!!!」

 

 それに巻き込まれ、神楽の体は焼かれると同時に吹き飛ばされた。そのまま焦げた臭いを放ちながら倒れる。

 

「『金閣寺の一枚天井』!」

 

 だが、敵は妹紅だけではない。

 空中に生成された金色の鉄板が神楽を押し潰さんと落ちてくる。それをなんとか回避するも、避けた先では永琳と鈴仙がそれぞれ弓と銃を持って狙いを定めていた。

 

 矢が空気を引き裂き、凄まじい速度で迫る。それを切り落とすと、次に来たいくつかのレーザーを再び刀を振ってかき消した。

 

「うそっ! 月の最新式ブラスターを切るなんて……!」

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

 とっさに永琳と鈴仙はそれぞれ別方向に横っ飛びをする。

 すると次には黒い閃光が二人の間をはしった。

 

 鈴仙はそのまま前転するように受け身を取ると、一瞬でもう一つのブラスターを引き抜き、乱射。そして残弾エネルギーが切れた後は無駄のない動きでそれらを放り捨て、懐から手榴弾らしきなにかを投げつけた。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 神楽の前に出現した透明な壁が一切の遠距離攻撃をシャットアウトする。レーザーがそこに何度も当たっても、まるでビクともしなかった。

 同じように手榴弾も壁に跳ね返される。だが次の瞬間、それは耳を引き裂くような爆音とともに黒い煙を吐き出した。

 

「っ、音響と煙幕か……!」

 

 たまらず左手で片方の耳を抑えながら苦しむ。脳を襲う鈍痛が彼の動きを鈍らせた。

 その隙を突いて永琳から矢が放たれる。

 

「『天網蜘網捕蝶(てんもうちもうほちょう)の法』!!」

 

 その矢が光を纏い、破裂したかと思うと、神楽の周りはまるで蜘蛛の巣のように細かい無数のレーザーによって囲われていた。

 そして妹紅と輝夜は同じタイミングで術式を発動させる。

 

「『凱風快晴──フジヤマヴォルケイノ』!!」

「『ブリリアントドラゴンバレッタ』!!」

 

 爆炎が、多種多様な色の弾丸が、神楽に殺到する。

 そして目も開けられないほどの光を放ちながら大爆発が起きた。

 

「ァ“ァ”ァ“ァ”ァ”ァ“ア”ア“ア”ア“ア”ア“ッ!!!」

 

 爆発音に勝るとも劣らない絶叫が大樹全体を揺らす。爆発によって発生していた煙は一気に消え失せ、その中から焼けただれた上半身を露わにした神楽が現れる。

 空気はビリビリと震え、全員が耳を塞いでうずくまった。……永琳を除いては。

 

 彼女は爆発が起きたときからずっと弓を引き絞って待機していた。そして煙が消え去り、矢の先端が目標と重なったときに、右手を手放す。

 

 息も絶え絶えになりながらも、目の前から何か空気を裂くような音を感じ取り、神楽はとっさにそこに向かって刀を振るう。刃は矢と、()()()()()()()()()()()()()()を切り裂いた。

 そして突如袋の中から粉のようなものが飛び出し、神楽に降りかかった。

 

「なんだっ……こりゃ……? 体が……っ!」

「私が調合した、この世で最高の麻痺毒よ。ただの妖怪ならそれだけで殺すことができるわ。傷だらけの体にはよくしみるでしょ?」

 

 力なく神楽は崩れ落ちて膝立ちの状態になる。体中の筋肉が麻痺してしまっているのか、言葉はおろか呼吸すらままならなかった。

 

 永琳がこの毒を最初から使わなかったのには理由があった。

 それは単純に、普通にばらまいても神楽に毒が当たることはなかったからだ。さらには粉状であることから下手して風でも起こされれば味方まで巻き込んでしまう可能性もあったので、慎重に機会を見極める必要があった。

 

 体中が傷だらけということもあり、毒はすぐに神楽の肉体に侵入した。今の彼は動くことができない。

 永琳はそう判断して、最後まで隠し持っていた最終兵器を取り出した。

 

 それは見るからに毒々しい色合いの矢だった。

 それを弓につがえ、手から血がにじみ出るほど強く引き絞る。

 

「これは万が一のときのために作った、()()()()()()()()()よ。二度と見たくないと思ってたけど、まさか使う日が来るなんてね……」

「テッ、メェェェェェェェェェッ!!!」

 

 神楽は雄叫びあげながら必死にもがく。今の話を聞いてその矢の威力を理解したからだろう。だが体が動くことはない。

 そして無情にも、永琳の右手がゆっくりと矢から離された。

 

 矢は紫色の軌跡を描きながら空気を切り裂き、飛んでいく。

 そして神楽の額に当たり、その頭蓋骨を貫いた。

 

「ァ”ァ“……ッ、ガッ……!?」

 

 神楽は口と頭から大量の血液を吐き出したあと、しばらくもがき苦しむ。出現させていた妖力の黒翼が空気に混じるように消えていく。

 そして言葉にならない声をあげながら倒れ、その後はとうとう動かなくなった。

 

 静寂が辺りを支配する。

 誰も音を立てることができなかった。

 永琳は最後まで弓矢を構え続けたが、十秒、そして二十秒が経ったところで大きくため息をつき、腕を下ろす。

 

「……ようやく、終わった——」

 

 

「——なんて、思ってるんじゃねぇだろうなぁ?」

 

 その声は突然響いてきた。

 

 そして神楽の死体が一人に空中に浮かび上がり、闇のオーラに包まれる。

 

「そんなっ……!? たしかに毒は効いたはず……!」

「甘いんだよどいつもこいつも! お前が作ったのはあくまで()()()()()()だろうが!? そんなもんがこの俺に、効くかァッ!!」

 

 咆哮のような叫びとともに、神楽の両腕が二回りほど膨れ上がった。そして肌から光沢が見られる漆黒の鱗がびっしりと生えてくる。

 それだけではない。さらに叫ぶと頭に刺さっていた矢が砕け、体が変化を始める。

 

「本当はこの姿を捨てるのは嫌なんだがな……こうなったら仕方がねえ。本気で相手をしてやるよ!」

 

 しばらくして肉体の変化が終わり、口から白い息を吐き出しながら神楽は降りてくる。

 それはもう、人間や妖怪とも異なる歪な外見をしていた。

 

 まず目につくのが人間らしい胴体のサイズに明らかに不釣り合いな巨大な腕。漆黒の鱗はまるで爬虫類を思わせ、指からは太く、鋭く、そしてこれまた巨大な爪が伸びている。腕の長さを合わせて、直立しているのに床に爪がついていた。

 その他にも、後ろからは大蛇の顔が先端についた尻尾が、額からは鬼を連想させる二つの黒刀のような角が、そして背中からは蝙蝠のにも似た黒い翼が、それぞれ生えている。

 それら全ての印象をひとまとめにして答えれば、まさしく人間と悪魔を融合させたような姿をしていた。

 

 神楽はもはやボロ切れ同然となった服を破り捨てる。そして露わになった上半身を見たとき、彼を除いた全員の目が見開かれた。

 

 なんと彼の体にあったはずの無数の傷跡がどこにも見当たらなかったのだ。代わりに赤い刻印のようなものが全身に刻まれている。

 

 そして仕上げとばかりに彼は髪を爪で弾く。それだけで自慢の黒髪から色素が剥がれ、元の紫色に戻った。だが、髪は短いままだ。

 

「まさか、力を隠していただなんて……」

「元の肉体じゃ本気の力に耐え切れなかっただろうから抑えていただけの話だ」

 

 神楽は落ちていた愛刀を拾い上げる。だが、彼の手は長い爪が邪魔して、とても柄を握れそうにない。

 

「……まあ、剣を捨てることに、何も思わないわけではないがな」

 

 その言葉とともに刀が放り捨てられる。しかし彼の意思だったかはわからないが、尻尾の蛇がそれを口で拾い上げ、そのまま加え続ける。

 

「さて、じゃあウォーミングアップといこうじゃねえか」

 

 そう言った瞬間、彼の姿が消えた。

 体が大きくなったのに明らかに速度が上がっている。そのことに驚きながら全員は辺りを見渡す。

 

「上だっ!」

 

 妹紅のその言葉に全員が首を上げると、神楽は漆黒の翼を羽ばたかせて見せつけるかのように空中にとどまっていた。

 そして再び彼の姿が消える。

 次に悪魔が姿を現したのは、永琳の背後だった。

 

「ヒャハッ!!」

「ガッ……!?」

 

 速度を利用して爪を彼女に叩きつける。血しぶきが舞い、永琳の体は前へぐらりと揺れた。

 しかしそれすら許さず、彼女の前に再び神楽が現れ、その爪を振るう。

 

 そこからの光景は、まるで拷問をしているかのようだった。

 空中を飛び回りながら、姿を現しては爪で切り裂き、また姿を消す。そして別方向から再び姿を現わす。それの繰り返しだった。

 攻撃を受けたと認識した次の瞬間にはもう攻撃が迫っている。反撃どころか目で敵を追うことすら許されない。

 永琳の体はどこへ吹き飛ぶことも許されず、その場で張り付けにされていた。

 

「ハガッ、グフッ、ガッ……!!」

「『悪夢の鉤爪(かぎづめ)』」

 

 トドメとばかりに神楽は永琳の真上に移動すると、両爪に紫色のオーラを纏わせ、それを思いっきり振り下ろした。

 紫色の火柱が上がり、衝撃波が発生する。

 そして火が収まると、そこには原型すらとどめていない彼女の死体と、魔法陣の床にめり込んだ悪魔の爪があった。

 

「あいつ……わざと長引かせてから殺しやがったのか……!」

 

 あまりにも惨たらしいその処刑方法に妹紅が激昂する。

 蓬莱人は不死身といえど、それ以外はただの普通の人間なのだ。痛いという感覚も当然ある。

 妹紅や輝夜のように死に慣れていれば痛覚が麻痺していくが、彼女は永遠亭の中にいてばっかりで死ぬ機会があまりなかった。その苦しみは想像を絶するものだろう。

 

 神楽は妹紅のその表情に邪悪な笑みを浮かべ、さらに上空へ飛んでいく。

 明らかな挑発。彼女が乗らない理由がなかった。

 

「っ、あの野郎!」

「待ちなさい妹紅! ……ああもうっ!」

 

 背中から鳳凰を模した炎の翼を生やし、ジェット噴射でもしたかのような勢いで空へ羽ばたく。その後に輝夜が一つ遅れて妹紅を追う。

 

 魔法陣の床がかなり小さく見えるほどの高さまで飛ぶと、なんと神楽は空気を蹴るようにして向きを反転。そして妹紅めがけて、爪を振りかぶりながら急降下していく。

 ——上等だ。

 妹紅は両手に炎を纏わせ、巨大な爪を作り出す。

 

「『デスパレードクロー』!!」

 

 両者は爪を振り切り、二人の体はすれ違う。

 そして少し遅れて、スライスされた果実のように、体が崩れた——妹紅の体が。

 

「う、そだろ……?」

 

 噴き出す鮮血。

 胴体が三つ四つに分かれ、空中でバラバラになる。

 しかし完全に分かれる前に何かが全ての体を握りつぶし、そこで彼女は死んだ。

 

 神楽は手の中にある巨大な肉団子を輝夜に投げつける。

 瞬間、爆発でも起こったかのような轟音が響き、弾丸のようにそれは加速する。

 

 突然の投擲物に反応できず、彼女は被弾し、視界が塞がれた。

 そしてわけもわからないうちに肉団子ごと彼女の腹部を何かが貫く。

 それは、突き出された神楽の爪だった。

 

 輝夜が絶命したのを確認して、神楽は爪を振り下ろす。すると爪に突き刺さっていたものがすっぽ抜け、魔法陣の床に落ちていった。

 

「ひっ!?」

 

 空から落ちてきた赤黒い肉塊に思わず鈴仙は悲鳴をあげる。

 狙っていたのか、それは体を再生させている途中の永琳の真横に落ちていた。

 

 そして絶望が、舞い降りてくる。

 

「どうだ? お仲間が食えそうもない肉団子に変身した気分は。必要とあれば胡椒をかけてやってもいいぜぇ? その方が泣けて食えてで一石二鳥だろうしなぁ!」

「……それで勝ったつもりかしら? 私たち蓬莱人は不死の身。たとえ肉体がミンチにされようが消しとばされようが再生できるわ」

「ああ、よく知ってるつもりだ。だからこんな馬鹿みたいな手間かけてテメェらの足をもいだんだろうが」

 

 永琳の体はまだ上半身しか再生できていなかった。

 せめてもの抵抗として睨みつけるが、効果は見えない。

 

「さすがの俺も不死身の存在を殺すことはできない。だが殺したも同然にする方法ならいくらでもあるのはわかってるんだろ? 例えば——宇宙に放り捨てられるとかなぁ?」

「っ、まさか……!?」

 

 神楽の爪が妖力を纏い、輝き始める。

 それが、何もない空間に向かって振り下ろされた。

 

「『亜空切断』」

 

 神楽の目の前の空間にヒビが入る。やがてそれは広がっていき、人数人分ほど大きくなると砕け散った。そして紫のスキマにも似たものが開かれる。

 その先には、どこまでも続く闇と無数の灯火しかない世界——宇宙が広がっていた。

 

「さぁて、大掃除の始まりだ!」

「くっ……体が……吸い込まれる……!!」

 

 宇宙にはもちろん空気というものがない。つまりは真空状態となっている。しかしそこを空気のある世界と繋げたらどうなるか? 

 答えは単純。水門が開けられた湖のように、大量の空気が宇宙に流れこむ。

 そしてそのときの勢いに巻き込まれ、永琳たちの体が引っ張られる。

 

「姫……、様……っ!」

 

 永琳は必死に手を伸ばすも間に合わず、輝夜と妹紅は真っ先に吸い込まれていった。

 残ったのは永琳と鈴仙のみ。

 だが永琳は自分の体を支えている両腕から血が流れたのを見て、片腕を鈴仙へと向ける。そして最後の力を込めて弾幕を放った。

 

「カハッ——!?」

 

 予想外の攻撃を受けて、鈴仙の体は大きく吹き飛ばされた。

 なぜ自分に攻撃を? その疑問はスキマの中に吸い込まれていく永琳の姿を見たとたん、弾け飛んだ。

 

「お師匠様っ!!」

 

 届かないとわかっていながらも手を伸ばす。しかし永琳の姿はだんだん遠くなっていき、彼女の体が魔法陣の床を超えたころには見えなくなった。

 

 そして鈴仙は大樹の頂上から落ちていき、戦場から離れた。



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VS風神録

 幻想郷の空は大樹の影響で相変わらず夜のように暗い。

 それに紛れて空を飛んでいく集団が一つ。

 彼らの多くはその背中に黒い翼を生やしていた。そして風を味方につけ、飛行機のようにグングン進んでいく。

 その集団の名は鴉天狗。言わずとも知れた妖怪の山の支配者たちだ。

 

 その集団に遅れてついていくような形で、早苗は飛行していた。

 いつも以上にほおを撫でる風が冷たい。自分でも精一杯飛んでいるつもりなのだが、一向に前の集団との距離が縮まらない。それどころかむしろどんどん離されていっているような気がする。

 

「さすがですね……天狗の人たちは」

「まあ楼夢とかのせいで霞んじゃいるけど、あれでも種族としてならスピードは日本一だろうからね。だが、今回の戦闘でそれが果たして通じるのかどうか……」

 

 早苗と並んで飛んでいた神奈子はそう言うと、眉をひそめる。

 

 昨晩、事態を重く見た守矢神社は天狗たちと共闘するという条約を交わしていた。だからこそ早苗たちは天狗と一緒にいる。

 天狗側の兵は鴉天狗と白狼天狗がそれぞれ三百人ほど。結構な大部隊だ。

 

「だけど、昨日紫様が数の暴力は同士討ちの危険があるって言ってませんでした?」

「それは通常の妖怪が徒党を組んだ場合だ。だが天狗は違う。彼らは妖怪の中でも極少数の組織力を重視する種族であり、だからこそ連携を取るのが上手い。同士討ちなんてそうそうしないだろうね」

 

 たしかに、あれだけの数が猛スピードで飛んでいるのに誰一人としてぶつかったりする者はいない。これもひとえに天狗が集団行動に秀でている証拠であろう。

 とはいえ先行しているのは鴉天狗だけで、白狼天狗は置き去りにされているのに若干の組織の闇を感じるが。

 

「ほら二人とも、駄弁ってないで気を引き締めて。もうすぐ到着だよ」

 

 神奈子と同じように並列して飛んでいた諏訪子にそう言われ、視線を前に向ける。

 辺りは相変わらず暗い。しかししばらく経つと、妖しげな光を自ら放つ大樹が見えてきた。近づくごとにそれは巨大化していく。最初に見えたとき頂上はまっすぐ行けば辿り着くと思っていたのに、いざ近づいてみると目の前に映ったのは木の幹。

 上を見上げる。頂上への道はまだ長い。

 若干の憂鬱さを感じながら、早苗たちは上昇していった。

 

 

 ♦︎

 

 

 神楽が待つ魔法陣に、二人の鴉天狗が降りてくる。

 一人は外の世界でも見られるような白いシャツを着た女性——射命丸文。もう一人は真逆で、滅多にお目にかかれないような煌びやかな着物を着た女性だ。

 

「醜いのう。見るに耐えん姿をしておる」

 

 着物の女性は開口一番でそんなことを言い出す。

 その目に宿っているのは、人間とも妖怪とも見れない姿に対する侮辱。

 神楽の眉がひそめられる。

 

「先に名乗っておこう。私は天魔。妖怪の山を統べるものなり」

「ごてーねーな自己紹介ありがとう。で、上に群がってる烏の群れはなんだ? まさかあんなのが戦力だなんて言うつもりじゃねえだろうな?」

「そのつもりと言ったらどうする?」

「面白ぇジョークだな。ゴミを漁ることしか脳にない鳥頭どもはいつからそんな気の利いた言葉を言えるようになったんだ?」

「……もはや話すことはないようじゃな」

 

 彼女は腰に差してある紅葉の形をした巨大な団扇を取り出す。

 

「では……ゆくぞっ!」

 

 気合いのこもった声を出しながら地面を蹴る。すると突風が吹くと同時に彼女は前へ加速した。

 その速度はまさしく音速。天狗一だ。

 そして妖力を込めた団扇を刃のように振るおうとする。

 

 だが、神楽は翼を広げると、その場から飛び立ってあっさりと彼女の攻撃をかわした。そしてそのまま鴉天狗部隊が待つ空へ上昇していく。

 

「逃すか! 追うぞ文!」

「は、はい!」

 

 天魔と文は翼を広げ、そのあとを追おうとする。

 しかし彼の尻尾の蛇がくわえていた刀が投擲されて床に突き刺さると、広範囲にわたって電磁波のようなものを放った。

 飛び立つ前にそれに感電してしまい、二人は倒れこむ。

 

「くっ……鴉天狗部隊、かかれ! 白狼天狗部隊は床に降りてこい!」

 

 膝たちになりながらも団扇を軍配のように振るい、上空で待機していた部下たちに命令を飛ばす。それに従い、一糸乱れぬ動きで鴉天狗たちは神楽を取り囲み、白狼天狗たちは床に降り立った。

 

 鴉天狗たちによって繰り出された数百もの風の刃が神楽に集中砲火する。

 だが、それらは肉体を傷つけるどころか、当たったとたんに逆に弾き返されて消滅した。

 痛がる素振りすら見せない神楽に、鴉天狗たちが驚きざわめく。

 

「嘘だろ……固すぎる……!?」

「くっ、だったら……!」

 

 風ではダメージを与えられないと判断し、十数人ほどの天狗が刀を抜いて接近する。そしてそれぞれ腕や腹部、背中、目などの思い思いの箇所にそれを突き出した。

 

 ——だがそれすらも無意味だった。

 神楽は天狗が近づいてくるのを見ても微動だにしない。そして彼らの刀が、神楽の肉体に当たる。

 だが、それらが突き刺さることはなかった。

 

 まるで鉄の壁でもいい突いたかのような感触とともに、刀が砕け散った。目を狙った者に至っては閉じられた目蓋に当たっただけで壊されている。

 唖然とする天狗たち。

 その顔に浮かび上がった恐怖を見て、神楽の口が三日月に歪む。

 

「さて、ボーナスタイムは終了だ。十分に楽しめたか?」

「ひ、ひぃっ!」

 

 最初の犠牲者となったのは、目を狙った天狗だった。

 悲鳴をあげて逃げ出そうとするも、虫でも払うような感覚で振るわれた爪によって全身を四つに分解され、そのまま死亡する。

 

 あまりにも一瞬。されど強烈な惨殺現場を目撃した近くの天狗たちは動くことすらできなかった。そしてその時点で彼らの未来は確定してしまう。

 

 神楽は両腕を広げてコマのように高速で回転した。そして呆然としている天狗たちの間を通り抜ける。

 

 何もしてこなかったことに戸惑う天狗たち。だが何も異常はないか確認しようとしたとき、彼らの目にはバラバラになって落ちていく腕が映った。

 その瞬間、天狗たちの体はいくつもの肉塊へと分裂し、血とともに魂を噴き出した。

 

「ヒャハッ! さあ、焼き鳥の時間だ!」

 

 そのおぞましい光景を作り出した本人は高らかに笑うと、尻尾の大蛇を鴉天狗の部隊に向けて突き出す。

 そして大蛇の口から、闇を照らすまばゆい炎が吐き出された。

 

 天狗すら逃げ出せない速度で、あっという間にそれは多くの天狗たちを飲み込み、彼らを灰塵と化させる。

 鴉天狗の数はたった一撃を持って五割以下にまで減少。部隊は文字通り半壊した。

 

「こんっ、のぉっ……!」

 

 そのころには痺れが回復した天魔が上空へやって来ていた。そして灰となって消えていく部下たちを目にして、怒りに顔を染めながら突撃する。

 しかし神楽は御構いなしに、彼女ごと部隊を狙って再び炎を吐き出した。

 

「負けるかぁぁぁぁ!!」

 

 全てを飲み込まんと迫る炎に向かって、天魔はありったけの力を込めて団扇を振るう。そして嵐をも思わせる突風が発生し、竜のように唸りながら、炎と激突した。

 

「ぐぐぐっ……! 今じゃっ、皆の者! 撤退……っ!」

 

 風と炎は互いに動かず、拮抗している。

 だが笑みを浮かべいる神楽とは対照的に天魔は苦しげだ。

 全力の風を起こしているのに、力の差を見せつけられ、彼女は戦慄する。しかしすぐに撤退の指示を出そうと口を開いた。

 だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 天魔は見た。

 炎のその奥、神楽の口に青い光が集中していくのを。

 すぐに後方を振り返り、叫ぼうとするが、遅かった。

 

 神楽本人の口から、炎とは別で全てを凍てつかせるような冷気のブレスが吐かれた。

 それはちょうど天魔の真上を通り過ぎていき、逃げようと背を向けていた鴉天狗のことごとくを凍らせる。

 

「きっ……さまぁぁぁぁ!! ……がぁっ!?」

 

 次々と落ちていく守りたかったものを目にして、天魔は叫んだ。だが、まるで今まで手加減をしていたとでも言うように炎の勢いが急に強くなり、彼女もまた灼熱の業火に身を包まれる。

 

「あ……っ、が……っ!」

「ひゅー、美味そうな焼き鳥一丁上がりっと」

 

 炎が過ぎ去り、全身が黒焦げとなって変わり果てた天魔の姿が露わになる。大妖怪ゆえに即死はしなかったが、それでも大ダメージには間違いなかった。

 そして彼女は翼を広げることなく、魔法陣の床に落下していく。

 

 敵のいなくなった空から、神楽は見下ろす。

 そこには天魔の他、白狼天狗たちが大勢いた。

 

「さーて、ゴミ掃除のフィナーレといこうじゃねえか!」

 

 本体と尻尾からそれぞれ大きく息を吸い込む。

 そして炎と冷気を魔法陣に向かって同時に吐き出した。

 

「ぐっ……まだ、まだぁっ!」

 

 焼け焦げた体を起こして、天魔は再び団扇を振るう。発生した風は凄まじいことに変わりはなかったが、先ほどと比べると少し弱くなっているように見える。

 

「私も手伝います!」

 

 文はこのままでは耐え切れないと悟り、自身も風を起こして天魔の補助をする。しかしそれでも炎を抑えるのが精一杯で、もう一つのブレスはとても防げそうにはなかった。

 

 魔方陣の上がだんだんと冷えてくる。迫り来る冷気のブレスを見て、誰もが諦めかけたそのとき——

 

 ——どこからともなく天魔のを上回る突風が吹き、冷気を吹き飛ばした。

 

「……あ?」

 

 突然の出来事に神楽は息を吐くのをやめ、状況を確認しようとする。

 しかし風切り音を聞き取り、とっさに左腕を真横に突き出した。

 そして黒い鱗に、チャクラムのような鉄の輪が当たった。それは火花を出しながらしばらく回転し続け、弾かれるようにして持ち主の元へ帰っていく。

 

「ずいぶん、好き勝手やってくれたじゃん」

「……神か」

 

 鉄の輪は小学生ほどの身長しかない少女の手に収まる。

 その少女は楼夢の記憶の中でも特に見覚えがあった。

 洩矢諏訪子。守矢神社の一柱であり、祟り神でもある。となれば先ほどの突風は……。

 

 その場を見下ろす。

 魔法陣には巨大な注連縄のような飾りを背負った女性が仁王立ちして神楽を睨みつけていた。

 戦神、八坂神奈子。諏訪子と同じく守矢神社の一柱だ。その側には先日殺し損ねた少女の姿もあった。

 

 神奈子は肩で息をしている天魔の元に歩み寄り、頭を下げる。

 

「すまなかった。私たちがもう少し早く手助けしていれば……」

「……いや、連携の邪魔になるからと、後方に待機しておくように命じていたのは私じゃ。天狗の力を過信しておった。それがこんな悲劇を呼ぼうとは……」

 

 天魔はうなだれたまま黙り込む。

 誰も、彼女に言葉をかけることができなかった。

 

「……とりあえず、そこの白狼天狗たちは逃げな。ここから先は半端な力じゃ死を招くことになる」

 

 神奈子のその言葉を聞いて、ほぼ全ての白狼天狗たちが我先にと魔方陣の外へ脱出した。

 天狗の陣営で残ったのはほんの数人のみ。

 先ほどのブレスで生き残った大天狗たちと、射命丸文。そして犬走椛だ。

 

「椛は逃げないのですか?」

「文さんだって逃げてないじゃないですか。いつもと違って」

「それは……ほらあれよ。天魔様が死んじゃ、今後の私の自由時間が取られてしまいそうですからね」

「嘘ですね。本当は心配なのでしょう? 天魔様のことが」

「……あー! こういうのはキャラじゃないんだけどなぁ……」

 

 恥ずかしそうに文は頭をかじる。あっさりと嘘を暴かれて動揺しているのか、口調が素に戻っていた。

 そんな彼女を見て椛はクスリと笑った。

 

「ふふっ」

「な、なによ……?」

「いいえ。ただ、素直じゃないなぁ、と」

「な、何を言ってるのよ! 私はいつも正直者——」

「そんな貴方を守るために、私はここにいます。あなたは私の大切な友人ですから」

「……はぁ、もう好きにしなさい」

 

 椛のその純粋な目を見て再び気恥ずかしくなったのか、文は顔を背けながらそう答えた。

 

 一方で、天魔の元には彼女の部下である大天狗たち五人が集まっていた。

 そんな彼らを見て弱々しく、天魔は口を開く。

 

「……お前たちも早よ逃げんか……。このまま犬死はしたくないじゃろうて」

「いいえ、逃げません。私たちは最後まで、天魔様にお供していくつもりです」

「お前たち……」

 

 天魔は彼らの顔を見る。

 決意に満ちた顔だ。おそらくは生きて帰れないことはわかっているのだろう。それにもかかわらず、彼らは自分についていくと言っている。

 

「そうか……ならばこの戦いで散っていた若い者たちのため、私も最後の務めを果たすとしよう」

 

 覚悟は決まった。

 天魔は血が滲み出るほど強く団扇を握りしめ、空を見上げる。

 

 上空では、諏訪子と神楽が激戦を繰り広げていた。

 ただし、押されているのは間違いなく諏訪子だ。その体は全身が爪で引き裂かれてボロボロになっている。

 

「くっ、この!」

 

 次々と姿を現わしては消える悪魔に翻弄される諏訪子。鉄の輪を投げ続けるも当たらず、逆に神楽の尻尾に巻きつかれ、拘束されてしまう。

 

「しまった!」

 

 魔法陣の床に向かって諏訪子は投げつけられた。

 轟音とともに凄まじい衝撃が背中に襲いかかる。空気が吐き出され、彼女は倒れまましばらく咳き込み続ける。

 

 空気を引っ叩くように翼を動かしながら、神楽は高度を落として魔法陣の床に近づいた。ただし足をつけるようなことはしない。この体では走るより飛んでいた方が速いというのをわかっているからだ。

 

 神楽は全員の顔を眺め、嘲り笑いながら天魔へと話しかける。

 

「おいおいずいぶんギャラリーが減っちまったなぁ。部下どもに見捨てられて悲しいか?」

「私を信頼してくれる仲間ならここにおる。なら、悲しいはずがなかろうが」

「……へぇ、さっきまでとはずいぶん顔つきが違うんじゃねえの。少し興味が湧いてきたぜ」

 

 神楽は尻尾を伸ばし、魔方陣に突き刺さっていた刀の柄を大蛇にくわえさせて引っこ抜く。そしてその刀身を天魔たちへと向けた。

 

「さっきまでとどう違うか、試してやるよ!」

 

 まるでフックショットのように、尻尾が突き出された。そして持っている刀で天魔を貫こうと迫る。

 だが、刀は盾を持って前に躍り出た椛によって受け流され、再び床に突き刺さる。

 

「今ですっ!」

 

 椛は尻尾を押さえつけながらそう叫ぶ。

 そして諏訪子が鉄の輪を、神奈子が御柱を撃ち出した。

 

 だが、それらは鎧のように強固な鱗が生えた腕によって防がれてしまう。

 

「まだだよ!」

 

 しかし、諏訪子の攻撃はまだ終わっていなかった。

 鉄の輪は腕に当たった後でも回転し続け、なんと腕の上を転がり始めた。そして肩まで上ったところで跳ねて、顔面を切り裂こうとする。

 

 神楽はとっさに顔を背けたが、完全に避け切ることはできなかった。

 ほおに切れ込みのような線が刻まれ、そこから少量だが血が流れている。

 

 浅い。かすっただけだ。これではとてもダメージを与えたとは言えないだろう。

 しかしあることが諏訪子にはわかった。

 

「やっぱり、全身の強度にはバラツキがあるんだね。たとえばその腕。鱗が厚くてとても切れたものじゃない。でも少なくとも人間の皮膚が露出している部位には傷を負わせることができる」

「なるほど……なら狙うなら胴体ってことか!」

 

 それを聞いて大天狗たちが風の刃を繰り出す。

 しかし神楽の姿はそこからかき消え、風は当たることはなかった。

 

「きゃあっ!?」

「椛っ!」

 

 そして当然本体が動いたとなれば尻尾も動く。

 尻尾を押さえつけていた椛は容易に弾き飛ばされ、逆に蛇の胴体に巻きつかれて拘束されてしまった。

 そんなことはお構いなしに、神楽は超スピードで姿を現しては消えることを繰り返して彼女たちを翻弄する。

 

「たしかこいつはテメェのお友だちなんだってな。お返しするぜ!」

「へっ……がっ!?」

 

 突如横から声がして、文は振り返る。そして砲弾のように投擲された椛とぶつかり、二人仲良く魔法陣の外へ吹き飛んでいく。

 そしてその先に神楽が先回りし、その爪を振るう。

 

 文の背中が切り裂かれた。

 大量の血を噴き出し、黒い羽根が飛び散る。

 翼を傷つけられたことで飛べなくなり、彼女たちはそのまま下へ落ちていった。

 

 ここで二人が退場した。だが神楽は妙な違和感を覚えていた。

 先ほどの攻撃。本来なら文ごと椛をバラバラにスライスしていたはずなのだ。それがなぜか文一人の背中を切り裂くだけにとどまっている。

 手元が狂ったか? いやそんな感じじゃなかった。もっとこう、未知の力で邪魔されたような……。

 ……ん、未知の力? 

 

 神楽は魔法陣の方へ振り返る。そして思い浮かべた人物がいたのを目にして、一人で納得した。

 

「なるほどな……奇跡ってやつか……」

 

 神楽が視界に収めたのは早苗だった。

 彼女は弾幕を放ちもせずに、ただひたすら幣を掲げて祈っている。

 そんな彼女の前に一瞬で移動し、爪を振りかぶる。

 

 だが、突如床から生えてきた御柱が神楽を突き上げた。

 

「ゴハッ……!?」

「うちの大事な風祝に手を出すんじゃないよ!」

 

 腹部に強烈な一撃が当たり、口から血を吐き出す。そして上空に跳ね上げられるがすぐに体勢を立て直し、再び早苗に接近する。

 

 今度は位置を絞られないために早苗の周囲で姿を現しては消えてみせ、不意を突くような形で爪を振るおうとする。

 

 しかし神奈子はそれに動じず、砕くような勢いで床に手を当てる。

 そして早苗を囲うように御柱の壁が生えてきて、再び神楽を突き上げた。

 

「位置が分からなけりゃ全部に攻撃すればいいってね」

「神奈子だけじゃないよ!」

 

 血を流しながらきりもみに吹き飛んでいく神楽に向かって、諏訪子は鉄の輪を三つ投げつける。

 そのうちの二つは爪によって弾かれ、もう一つは尻尾の蛇がくわえている刀によって防がれた。

 だが、鉄の輪は止まらずに刀身の上を走り、蛇の顔に当たる。

 蛇は腕と同様に鱗に覆われていて傷を負わせることはできなかったが、そのときの衝撃で刀を弾き飛ばすことには成功した。

 それはそのまま魔法陣の床から落ちていく。拾うことはもう無理だろう。

 

「ちぃっ、ならこれはどうだ!」

 

 口が空いた蛇と本体が息を吸い込む。そして同時に炎と冷気を吐き出した。

 

 天狗部隊を壊滅させた二つのブレスが迫る。

 だが天魔含めた天狗たちは怯むことなく早苗の前に立つ。そして早苗と神奈子たちとともに巻き込んだもの全てを吹き飛ばすほどの突風を起こした。

 

 氷炎と神風が衝突し、せめぎ合う。

 だが最初は均衡していたが、徐々に氷炎のブレスの方が押されていく。

 

「倍返しだぁぁぁぁ!!」

 

 そしてとうとう、神楽のブレスが跳ね返された。

 神風は氷炎を巻き込んだまま神楽の体を飲み込み、吹き飛ばす。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 自分の攻撃を返されて、神楽は絶叫する。

 氷炎は鱗で守られていない部位を燃やしては凍らせることを繰り返していく。そして神風が収まった頃には、彼の体は一部が欠けてズタボロになっていた。

 

「どうだい? 自分の技をそのままくらった気分は?」

「ああ……最高だなぁ。最高っにムカついたぜゴミクズどもがっ!!」

 

 神楽は性懲りもせずに再び尻尾から炎を吐き出す。しかし炎はなぜか真下に向かっていった。

 魔法陣の床に炎はぶつかり、そこから波のように広がっていく。神楽の姿はその奥に消え、見えなくなった。

 

「目くらましか……! でも、狙う場所はわかってんだよ!」

 

 神奈子は先ほどと同じように御柱の壁を作り出して早苗を囲う。

 しかし一度くらった技を二度受けるほど神楽の頭は悪くない。

 天魔たちが風を起こして炎を消したとき、彼の姿は早苗の真上にあった。

 

「しまったっ!」

 

 それを見て、神奈子が叫ぶ。

 御柱の壁はたしかに隙間なく早苗を囲っている。しかし一方向だけには完全に無防備だ。

 その方向とは上。現在神楽が飛んでいる場所だ。

 

「『悪夢の鉤爪(かぎづめ)』」

「き、奇跡よ……きゃっ!?」

 

 紫色のオーラを纏った二つの爪が振り下ろされる。

 しかしそれは早苗の祈りのおかげか、彼女に当たることはなかった。……()()()()

 

 床に突き刺さった爪を中心に、紫色の巨大な火柱が噴き上がった。

 御柱の壁で囲われたこの空間に逃げ場などなく、彼女はそれに巻き込まれ、全身を焼かれながら上に吹き飛ばされる。

 そしてそのあまりの痛みに耐えることができず、意識を手放した。

 

「早苗っ!」

 

 逆さになったまま地面に叩きつけられそうになる寸前で、諏訪子が早苗を受け止める。

 しかしその傷を見て、すぐに戦闘を続行することは不可能だと悟った。

 

「さて、厄介なやつは倒した。後は……」

「うおぉぉぉっ!!」

 

 早苗がやられた今、少しでも気を引きつけようと一人の大天狗が刀を振りかぶって神楽に突撃する。

 しかし神楽は笑いながら死神の鎌のような爪を振るい、彼をその魂ごとバラバラに斬り裂いた。

 

「ヒャハッ! いいぜぇこの感覚! もっとだ! もっと味わわせろ!」

 

 戦況は完全に神楽へ傾いた。そしてそれを覆す鍵となる早苗は戦闘不能。誰も彼を止めることはできなかった。

 

「ぐあっ!!」

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 

 二人の大天狗の背後に一瞬で移動し、両爪を振り下ろす。彼らは断末魔をあげて絶命した。

 

 その仇を打とうと、正面から最後の大天狗が斬りかかってきた。

 だが突き出された爪によって刀を振るうことなくその体を貫かれ、先ほどの天狗たちと同様生き絶える。

 

 だが、彼は命を賭して最後の役割を果たしてみせた。

 天魔は神楽の意識が大天狗に向いている隙を突いて背後から突っ込んでいく。そして彼らの死を無駄にしないために、団扇を振るう。

 

 しかし彼女は忘れていた。神楽の武器は爪だけではないことを。

 尻尾の大蛇は彼女の団扇を胴体で受け止めると、その腕に向かって噛みついた。そして肉を骨ごと砕く。

 

「ああああああああああっ!!」

 

 そのあまりの痛みに絶叫しながら、腕を引き抜こうと天魔はもがく。しかし大蛇がその口を開くことはない。

 それどころか、大蛇の口から何か光のようなものが少しずつだが溢れてきた。そして腕に凄まじい熱がこもっていくのを感じ、何をしようとしているのか悟る。

 

「離せ、離せぇっ!!」

「キヒャハハハハッ! 消し飛びやがれ!」

 

 そして大蛇の口が開き、中から炎が吐き出された。

 天魔はとっさに風を起こす。しかしそんなものはもはや通用せず、彼女は炎に飲み込まれながら吹き飛ばされ、姿を消した。

 

「くっ……神奈子、せめて早苗だけでも脱出させるよ!」

「わかった! ここは私が……ぐはっ!?」

 

 戦友が散ったことに唇を噛み締めながら、諏訪子は早苗を逃がそうと魔法陣の床の端へ駆けていく。

 その時間稼ぎをしようと神奈子が立ちはだかったが、気づいたときには目の前まで接近していた神楽の爪によって腕を斬り飛ばされる。そして怯んだ隙を突かれて突破されてしまった。

 

 ギャリギャリと不快な音が諏訪子に迫ってくる。

 神楽は床と平行になりながら、左の爪を下に突き立てて飛んでいた。

 このままでは追いつかれる。そう判断した諏訪子は早苗を魔法陣の外に向かって思いっきり投げた。

 

「『竜王の顎門(アギト)』」

 

 まるでアッパーのように神楽は左の爪を振り上げ、彼女の体を斬り裂きながら跳ね上げる。そして駄目押しとばかりに空中に浮かぶ彼女の体に右の爪を振り下ろした。

 諏訪子の体は上下に分かれ、床に落ちる。そしてしばらくして霧となって彼女の姿は消え、死亡した。

 

「くっ……! よくも諏訪子を……!」

「大げさだな。神は死んでも生き返るだろうが。それよりもお前一人だけになっちまったが、これからどうすんだ?」

「決まっている。私は神として最後まで、お前と戦うのみだ!」

 

『ライジングオンバシラ』。

 彼女の周囲から数十もの御柱が現れ、敵を砕かんと伸びてくる。だがその先にすでに神楽の姿はなく、ただ虚しく床を叩くだけで終わる。

 そしてどこからともなく現れた神楽による爪が神奈子の体を斬り裂いた。

 

「ヒャハッ! さあ、存分に鳴きやがれ! 俺を楽しませろ!」

 

 反撃しようと睨みつけるも、すでに彼女の視界に神楽はいない。そして再び爪が彼女を斬り裂く。

 

 消えては現れ、そのたびに爪が振るわれて鮮血が舞う。感覚が短いせいで反撃しようとしたときには次の爪によって切られてしまっている。

 永琳のときと同じように、神奈子はそのまま体を切り刻まれ続けた。

 そして最後に彼女の真上に姿を現し——。

 

「——『悪夢の鉤爪』」

 

 紫のオーラを纏った両爪を振り下ろした。

 邪悪な火柱が立ち上る。そしてそれが消えた跡には、神奈子の姿はなかった。

 

 妖怪の山の連合は今を持って全滅した。魔法陣の床の上には数十もの死体が転がっており、それがおぞましさを醸し出している。

 

「はぁ……ようやく全滅したか。さて、次の奴らのためにも少しここを掃除しておくかな」

 

 尻尾の大蛇が炎を吐き出し、それらを燃やしていく。火葬というにはあまりにも派手すぎるそれは、転がっている肉塊を骨も残さず消滅させた。

 

「いい葬式だったなぁ。火葬してやったんだから感謝しろよぉ?」

 

 未だ己を恨んでいるであろう死者たちに向かって、笑みを浮かべながら神楽は言葉を送る。

 狂気に染まった笑い声が、大樹の頂上で響いた。

 

 



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VS地霊殿

「ねぇ、あと何十分こうしてればいいのかな?」

「し、仕方ないだろ。私は飛ぶのが苦手なんだから」

 

 大樹を登り続けている女性に、伊吹萃香は聞いた。

 先ほどからずっとこの調子だ。もう一時間は登っている気がする。

 

「なあ勇儀。もう頂上はすぐなんだから、いい加減飛ばない?」

「いやダメだ! まだ遠い! あともうちょっと近づいてからだ!」

 

 子供のように彼女——星熊勇儀はそう言って反対した。その普段とのギャップがありすぎる情けない姿にため息をつく。

 

「私もあまり飛ぶの得意じゃないんだけどな……この調子じゃあと何十分浮いてられるか」

「それでも私よりは数倍マシじゃないか!」

「それは時間があったのに弱点を克服しなかった勇儀が悪い」

 

 正論を言われてがっくりと勇儀はうなだれる。

 

「にゃはは、まさか天下の星熊勇儀にこんな弱点があったなんてねー」

「くそっ、拳の一つでも握れたらぶん殴ってやるのに……」

 

 そんな彼女を笑う声が一つ。

 地霊殿のペット、火焔猫燐だ。

 彼女は勇儀に見せつけるかのように周囲を飛び回る。

 

「はぁ……なんでこんな奴を連れてきたのやら」

「しょーがないじゃん。目的は同じみたいだし」

「まあ、アタイたち的にはお姉さんたちと一緒じゃなきゃ困るんだけどね。さすがにお空一人だけで倒せるとは思えないし」

 

 ちらりと大樹と反対の方へ視線を向ける。

 そこには意味もなく辺りを飛び回る黒い翼を生やした少女がいた。名を霊烏路空。お燐と同じく地霊殿で飼われているさとりのペットだ。

 

「世界の危機だかなんだか知らないけど、さとり様も人使いが荒いよ。全く戦力にもならないアタイをお空のお目付け役として送り出すんだから」

 

 そう話しているうちに頂上付近までやってきてしまった。魔法陣の床を通して今回の敵の足が見える。というかあちらもこっちを睨んできている。

 

「ほら勇儀。ここまで来たならもう十分だろ? 奴さんも待たせているし、ちゃっちゃと飛ぶよ」

「……わかったよ」

 

 勇儀は大樹の幹から手を離し、空中に行く。しかしふらふらとしていて見ていて危なっかしく、おまけに動きもトロイ。

 萃香は本日二度目のため息をついて、先に魔法陣の床に上がった。

 

 

 ♦︎

 

 

「地底の妖怪どもか。ずいぶん変わったところから来たな」

「うるさいね。こっちもやりたくて木登りしてたわけじゃないんだよ!」

 

 会話して早々、勇儀が逆上する。どうやら相当イラついているらしい。拳を握りしめただけなのに、圧のようなものが飛んでくる。

 しかし神楽はそれを軽く無視すると、萃香たちを眺める。そして来るであろうと思っていた人物がいないことに気づいた。

 

「意外だな。俺はてっきり伝説の大妖怪が出張って来ると思っていたんだが」

「母様なら途中で別れたよ。誰もいないのを機に楼夢の家に空き巣に行くってさ」

「……ふざけた奴だな。まあいい。先にテメェらを葬ってから待てばいいだけ——」

 

 そう神楽が話しているのを遮るように、空気が焦げてしまいそうなほどの熱光線が突然放たれた。

 彼は右腕を前に突き出してそれをかき消す。

 

「——の話だ。んで、人が気分よく話しているときに水を差してきたテメェはなんだ?」

 

 今まで無敵を誇っていた黒い鱗が僅かだが焦げているのが神楽にはわかった。それほどまでの熱を出せるのはこの中で一人しかいない。

 とぼけた表情を浮かべているお空へ、神楽は視線を送った。

 

「うにゅ? 指したのは水じゃなくて熱だよ?」

「……ダメだこりゃ。話が通じる気がしねぇ」

「いや、そうじゃなくてなんで攻撃したのかって言ってるんだよ」

 

 お空には神楽の言葉の意味が理解できなかったようだ。可愛らしく首をかしげる。

 お燐がその意味を説明しても、彼女の表情は変わらなかった。

 

「なんでって、お兄さんは敵じゃないの? だから攻撃したんだけど」

「……ったく、さっきのカラスといいこのカラスといい、どうもこの種類の鳥どもは俺をイラつかせるのが得意らしいな」

 

 神楽は五本の爪をお空へと向ける。そしてそれぞれに黒い妖力が集中していく。

 

「長話は終わりだ。あのときもうちょっと話せていたら長生きできたのにと後悔しながら、死ね」

 

黒虚閃(セロ・オスキュラス)』。

 黒い閃光が爪から放たれた。それも五つ同時に。

 

「力比べなら負けないよ! 『ペタフレア』!」

 

 対してお空が放ったのは、視界が埋まるほど巨大な熱の球。

 核エネルギーによって生み出されたそれは五つの閃光を相殺し、爆発を起こす。

 

「『ゾンビフェアリー』!」

 

 爆発が目くらましになっているのを利用して、お燐は怨霊を呼び起こして突撃させる。それは見事に当たり爆発したが、煙から出てきた彼の体に火傷は見られなかった。

 

「うげっ!? やっぱりアタイじゃ力不足か! というわけでアタイはお先に失礼させてもらうよ!」

 

 そう言い残してお燐は魔法陣の床から飛び降りて逃げ出した。

 

「何しに来たんだあいつは?」

「あの火力バカのお目付役らしいね。っで、目的地まで送り届ける役目を果たしたからさっさと退散したと」

「……まあいい。いちいち追いかけて殺すのも面倒だ。まずはお前たちから地獄に送ってやろう」

 

 近くにいた萃香へ神楽は爪を振るう。しかし攻撃が当たったかと思えば、彼女の姿は霧のようになってそれを受け流した。

 

「私に物理は効かないよ!」

「『密度を操る程度の能力』、だったか。だが問題ねえ。それの攻略法は知っているんでな!」

 

 神楽は霧に爪を向ける。そして念じると、霧が徐々に圧縮されていき元の少女の姿が現れた。

 そこに向かって、再度爪を振るう。今度は肉を切り裂く感触がした。

 

「ぐぅっ……!?」

「一発じゃ断ち切れねえか。やっぱり鬼は頑丈だな」

「痛た……まさか、楼夢の能力を使ってくるとはね。いや参った」

 

 血が流れる腹を手で押さえながら、萃香は後退する。だがそれを見逃すはずはなく、すぐに神楽が迫ってくる。

 しかしそのとき、勇儀が萃香の前に立ちはだかって神楽の両爪を受け止めた。

 

「邪魔だっ!」

「邪魔なのは……お前だぁ!!」

 

 両者は動きを止めて互いに押し合う。

 力比べは全くの互角。しかし勇儀が叫んだ途端に、彼女の力が急激に上がって、神楽は逆さまに持ち上げられた。

 

「くらえ必殺! 『大江山颪(おおえやまおろし)』!!」

 

 そのまま勇儀は持ち上げた神楽ごと後ろに倒れこんで、彼の背中を思いっきり床に叩きつけた。

 衝撃波が大樹を揺らす。

 現代風に言うなればそれはまさにブレーンバスター。だがその威力は人間が使うものとは桁違いに高く、神楽の背骨はあっけなく折れた。

 

「ガハッ! ゴホッ!」

 

 尖った骨が内臓に突き刺さり、空気とともに口から血を吐き出す。

 だが敵は待ってはくれない。

 勇儀はすかさずマウントを取ると、その山をも砕く拳を振り下ろした。

 

 それは見事に神楽の顔面に直撃。鈍い音とともに顎の骨が歪む。

 しかしそれでもお構いなしに、勇儀はひたすら拳を振るい続ける。

 一撃、二撃、三撃。

 あまりのダメージの深さに神楽は絶叫する。

 

「ガァァァァァァァァッ!!!」

 

 そして怒り狂った目で彼女を睨みつけながら、その体へ凍てつく冷気を吐き出した。

 これにはたまらず、勇儀は体を凍らされながら吹き飛ばされる。

 

「ハァッ、ハァッ……やってくれるじゃねえかゴミクズども……!」

「『ペタフレア』!!」

 

 荒く息を吐きながら立ち上がったそのとき、上空から核エネルギーによる熱球が放たれる。

 

「だから……人が喋ってるときは黙れって言ってんだろうがァァァッ!!」

 

 怒りに身を任せながら、両爪を熱球へと向ける。

 そして計十個もの黒い閃光が放たれた。

 それは神楽の怒りに呼応するかのようにだんだんと巨大化していき、熱球を貫く。そしてその奥に飛んでいたお空を飲み込んだ。

 

 だが、神楽の怒りはまだ収まらない。

 焼け焦げたカラスを切り刻もうと翼を広げ、凄まじい速度でお空へと向かっていく。しかしその途中に、突如目の前に現れた拳が彼を殴りつけ、床へと逆戻りさせた。

 

「ほんとはこんな不意打ちみたいなことは嫌いなんだけど、悪く思わないでよ」

 

 神楽を撃ち落としたのは、萃香の拳だった。

 しかし彼女は先ほどからずっと地上にいた。ではどうやって拳を届かせたのかというと、腕の部分だけを霧にして空中に飛ばしていたのだ。そして拳の部分だけを具現化させて攻撃したというわけだ。

 

「くそがっ! 霧ごと凍らせて——」

 

 萃香へ向けて冷気を吐こうとしたそのとき、爆発音にも近い轟音が戦場全体に響いた。

 その正体は勇儀が床を蹴ったときの音。そして凄まじい速度で神楽に肉薄しながら、右足を前に突き出し、踏み込む。

 再び轟音が鳴り響く。床がビリビリと震え、彼女はさらに加速する。

 

 それを見た神楽の本能が叫びをあげた。ブレスを中断し、回避行動を取ろうとする。

 しかし霧の状態で気づかれずに接近していた萃香が姿を現しながら彼の背中に飛びつく。そして動けないように体を拘束した。

 

「て、テメェッ……!?」

「簡単には逃しはしないよ……っ!」

 

 萃香を振りほどこうと神楽はもがく。しかしいくら彼が怪力といっても、簡単に鬼の馬鹿力に敵うほどではない。

 そんな彼の手前に勇儀は左足を踏み入れた。そして加速することで得た全ての力を右拳に集中させ、目の前の標的に向かって解放する。

 

「『三歩必殺』ッ!!」

 

 大樹が揺れるほどの衝撃波が発生し、一瞬世界がスローモーションとなる。

 しかし次の瞬間、神楽の体は大きく歪み、まるで射出されたかのように吹き飛んだ。

 

「ガ……ッ、ァァァ!!」

 

 何度も床を跳ねて、魔法陣の端まで転がったところでようやく止まる。

 しかし仰向けになって倒れ込んでいる彼が見たものは、空に浮かぶ黒い太陽だった。

 

「みんな逃げて! 『アビスノヴァ』!!」

 

 それは今まで放ったものとは比べ物にならないほどの熱だった。

 砲身の先から膨らんでいるかのようなそれを、お空は射出する。そして床をチリチリと焦がしながら神楽の元へと向かっていく。

 

 神楽は両爪を上に突き出し、黒い閃光を十個同時に放つ。しかしそれは意味をなさず、黒い太陽はどんどん近づいてくる。

 そして彼を押しつぶすように、それは落ちた。

 

「ァ“ァ”ァ“ァ”ァ”ァ“ァ”ア“ア“ア”ア“ッ!!!」

 

 魔法陣の床全域を飲み込んでまだあまりあるほどの大爆発が発生した。いや、それはもう爆発なんてものじゃなく、熱の津波だった。

 黒い炎が柱となって天を貫き、雲を焦がしていく。

 神楽は叫びながら必死に両手で太陽を受け止めようとする。しかしそのあまりの熱量に胴体が溶け出していく。そして両手が弾かれ、神楽は炎に包まれて消滅した。

 

 

「あちち……いやぁ、まさかこっちも巻き込んでくるとはね」

「でも、そのおかげでなんとか倒せたしいいじゃないか。正直私たちだけじゃ絶対に勝てなかっただろうし」

 

 やがて炎も収まり、視界が戻ってくる。

 萃香は爆発の中心地に目をやった。そこには悪魔の姿はなく、ただ黒く巨大な腕が二つ落ちているのみだった。

 

「うにゅ? これでお仕事終わり?」

「ああ終わりだ終わり。たかがペットと思ってたけど、見直したぜ」

 

 空から降りてきたお空の頭をわしゃわしゃと勇儀はかき混ぜる。

 だが粘ついた液体が流れるような音を聞いて、すぐに後ろを振り返った。

 

 そこにあったのは一対の巨腕。しかしその様子は先ほどまでと明らかに違っていた。

 

 嘔吐するかのように、腕の付け根の部分から黒いヘドロのような塊が大量に吐き出された。それらはまとまり、だんだんと巨大化していきながら粘土のように形を作っていく。

 そして出来上がったものは、人間でも悪魔でもなかった。

 

 四メートルはある巨体。その全身は腕にも生えていた黒い鱗で覆われており、まるで鎧のようだ。腕の部分は先ほどと変わらないが、身長と明らかに不釣り合いだった前と違い、その巨体と相まってマッチしている。

 背中には棘が生えてより巨大化した翼。そして尻尾は八つあり、それぞれに大蛇の顔が付いている。

 

『嫌な気分だぜ。まさか大妖怪の群れごときにここまで姿を晒すことになるとはな!』

 

 重たい声が放たれたその顔は人間のものではなかった。

 細長い口に鉄をも砕きそうな鋭い牙、紫色の炎を思わせるたてがみ、そしてドリルのように長く渦巻いた角。

 全身と合わせてそれを表すなら、『二足歩行のドラゴン』だった。

 

「……おいおいマジかよ」

 

 思わず勇儀はつぶやく。

 一歩怪物が進むたびに彼女の体は跳ねる。いや、もしかしたら本当は跳ねてなくて自分が震えているだけなのかもしれない。

 そう意識を混濁させるほどの恐怖と絶望を、あのドラゴンは振りまいていた。

 

「むっ、効いてなかったの? だったらもう一度! 『ペタフレア』!」

 

 唯一にお空は恐怖を感じていなかった。それは彼女の精神が幼いせいなのか、はたまた彼女の脳はそれを理解するには足りなかったのか。

 どちらかはわからない。ただ、その方が幸せだったのだろう。あの絶望的な妖力を前にしてもまともに相対できるのだから。

 

 巨大な熱が閉じ込められた球が放たれ、やがて爆発が起こった。しかし煙が消えた後にあったのは無傷のまま一歩も動かないでいる黒龍。

 お空たちを嘲笑う声が聞こえてくる。

 そして次の瞬間、お空の体は翼ごとズタボロに切り裂かれた。

 

「へっ……? 痛いっ……なんで……?」

 

 きりもみに吹き飛んで地面に倒れる。腹部は半分ちぎれかけており、翼に至っては片方が根元から折られている。どう見てももはや戦える状態ではなかった。

 彼女の中に浮かび上がったのは恐怖よりもなぜ傷ついているのかという疑問。

 彼女がそう思うのも無理はない。なにせドラゴンの姿は彼女の視界に映らなかったのだから。

 

 彼は、あまりにも速すぎた。

 

「……う、おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 その行動は恐怖からの反射だったのだろう。勇儀は雄叫びをあげながら、全体重をかけて拳を振るう。

 当たったもの全てを破壊してきた必殺の一撃。

 だがそれは鱗に当たった途端に金属音と似たものを出しながら弾かれ、逆にあまりの硬さに拳から鮮血を飛び散らした。

 

『終わりだな。だが俺は優しい。テメェらの実力に免じて、苦しみを感じる間も無く一瞬で消し飛ばしてやろう』

 

 ドラゴンの尻尾代わりの八つの大蛇が勇儀たちを睨みつけながら喉を膨らませていく。

 その口に集中していくのは、それぞれ炎、氷、風、雷、土、毒、闇、光。

 それら全てが融合し、吐き出される。

 

『“カオスブレス”』

 

 魔法陣のほぼ全てが混沌とした色の光に包まれる。

 ただ呆然と立ち尽くす勇儀も、霧となって逃げようとした萃香も、未だ床に倒れているお空も全てがそれに飲み込まれた。

 そして光が収まったころ、魔法陣の上に彼女たちの姿はなかった。

 だがその代わりに、二人の男女が佇んでいた。

 

「おースゲースゲー。惚れ惚れしちまいそうなブレスだなァ」

「やれやれ……危機一髪ってやつじゃな」

『……ようやくメインディッシュが来たか。待ちわびたぜぇ!』

 

 それを見た神楽が歓喜の声を上げる。

 彼の目の前に現れたのは火神矢陽と鬼城剛。

 どちらも伝説の大妖怪。つまりはこの世で最強クラスの存在だ。

 

 半透明な魔法陣の床を通して勇儀たちが空から落ちていくのが見える。おそらくはこの二人が何かしたのだろう。

 だがそんなことは今の神楽にはどうでもよかった。

 

『挨拶代わりだ! こいつでもくらいやがれ!』

「けっ、挨拶で殺してやるよ」

「ふふっ、昂ぶって来たのう!」

 

 神楽が、火神が、剛がそれぞれ拳を振り切る。

 それらは互いにぶつかり合い、それと同時に頂上決戦の幕が切って落とされた。

 



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VS伝説の大妖怪

 世界が割れたのかと錯覚するほどの轟音が幻想郷中に響いた。

 二足歩行の黒龍——神楽は魔法陣の外に吹き飛ばされる。翼を広げて体勢を立て直し、先ほど立っていた場所を見つめる。そこには拳を振り切ったままの状態で固まっている剛と火神の姿があった。

 

「単純な力は俺より上だな、ありゃ」

「しかし儂よりかは下のようじゃのう」

 

 拳から伝わって来た衝撃から彼らはそう分析する。

 

 ——相変わらずの馬鹿力だ。

 隣に立っている女を見ながら火神は思った。

 彼女がいなければ今の拳のぶつかり合いはとても勝つことができなかっただろう。それほどまでに敵は強い。

 久しぶりに血が騒いでくるのを感じる。

 

「出し惜しみはなしだ。——侵食しろ『ニュイルミエル』」

『りょーかい』

 

 その名を唱えると、頭の中でルーミアの声が聞こえてきた。

 直後に光すら飲み込みそうな闇が背中から溢れ出し、目の前に集中していく。

 出来上がったのは、刃の部分が血のような赤に塗られ、他は全て黒に染められた片手剣だった。それを握りしめ、軽く振るう。

 すると地面に弧が刻まれ、そこから炎の壁が立ち上った。

 

「うわちちっ! 早よ火を消さんか! お主の炎はシャレにならん!」

「大げさだな。それよりも……くるぞ」

 

 呼びかけた次の瞬間、炎の壁が突き破られた。

 奥から姿を現した黒龍は鋭い爪を振り下ろす。

 

 前に出た火神は剣を縦に構えてそれを受け止めた。しかしその衝撃はやはり大きい。力負けして、床に足をつけながら後方に吹き飛ばされていく。

 

 爪を振り切った状態を狙って、剛は回し蹴りを繰り出す。

 神楽は巨体に似合わぬ軽やかな動きで跳躍するようにそれを避け、口を下に向けたままブレスを吐き出す。

 

「効かぬわこんなものっ!」

 

『オーロラブレス』。

 炎と氷を合わせることで、対消滅を起こさせる『メドローア』の原理を利用した攻撃。

 

 だが剛には無意味だったようだ。

 彼女は跳躍して突っ込み、息を体で突き破る。そして天を貫く勢いでアッパーを放った。

 

 鎧のような黒い鱗もさすがに彼女の力を打ち消すことはできず、神楽の顎が体ごとかちあげられる。

 一瞬意識が遠のいていく。だが踏みとどまり、逆に彼女に向かって紫のオーラをまとった両爪を振り下ろした。

 

『“悪夢の鉤爪(かぎづめ)”!』

 

 破壊の鉄槌が剛に落ち、魔法陣の床に背中を叩きつけられた。それでも勢いは止まらず、床はミシミシと悲鳴をあげる。そしてとうとうガラスのように割れて、彼女の体は空の底へ落下していった。

 

 入れ替わるように、火神が背中から六枚の炎の翼を生やして飛んでくる。

 迎撃のために尻尾の大蛇たちがそれぞれブレスを放つ。だが火神はそれと同じ数の炎の竜を作り出し、相殺させた。

 

 だったらと、神楽は爪を振りかぶる。しかし振り下ろそうとしたときには、火神の姿は視界から消えていた。

 

「『バニシング・シャドウ』」

 

 背後から声とともに刃が突き出される。それは分厚い鱗を貫通して神楽の背中に突き刺さった。だがそれで終わらず、剣が光ったかと思うと、そこから放たれた超高温の閃光が体内から腹を突き破った。

 

「へっ、闇はテメェの専売特許じゃねェんだよ!」

『ガッ……! てんめぇ……!』

 

 反撃の爪が来るも、再びバニシング・シャドウを利用して逃げる。

 それを追って神楽も高速で移動する。

 

 姿を現しては剣と爪をぶつけ合い、また消えては現れてぶつかり合う。

 火花が散り、空気が震える。

 だが常に消えたかのような速度で動いている神楽と、いちいち姿を現さなければならない火神では、前者が僅かだが有利だ。そしてその違いがやがて明確に現れ始める。

 

 姿を現したとたんに振り下ろされた爪が火神の体を浅く切り裂く。剣を振り返すもそれは空振り、発せられた炎の斬撃が空の彼方を燃やすだけで終わる。

 そして死角から突如伸びてきた爪が、とうとう彼を貫いた。

 

「っ、『火炎大蛇』!」

 

 痛みで叫ぶ間すら惜しい。

 火神は自身を貫いている爪を逃がさないように握りしめながら、口から炎を吐き出した。

 ただの炎ではない。この世で火神しか作ることのできない、灼熱の炎だ。その熱量はお空の核エネルギーを上回っている。

 

 それを一身に受け、神楽の体は焦げによってさらに真っ黒となる。たまらず人間のものではない咆哮をあげながら後退した。

 

 火神は爪を引き抜くと神楽の頭上に飛び乗り、足を天高く掲げた。そこに膨大な妖力と熱が集中していく。

 

「『ブレイクスルー』!」

 

 妖力によって強化されたかかと落としが脳天を砕く。そして神楽の体はひび割れていた魔法陣を完璧に壊して、大樹の幹に沿って落ちていった。

 

 だが、落下先にも火神はいた。例の闇を一瞬で渡る技を使ったのだ。

 彼の右足は赤い光に包まれていた。それが再び、今度は横薙ぎに繰り出される。

 

「『ブレイクスルー』!」

 

 ハンマーのようなその蹴りが胴体を捉えた。

 撃ち出されたように神楽の体が吹っ飛んでいき、大樹の幹に背中が当たる。

 

 さらなる一撃を加えるため火神が迫る。空を飛ぶ速度を利用しての両足飛び蹴り。

 だが神楽は左の手のひらを盾にして受け止めると、そのまま掴んで逆に火神を大樹へと叩きつけた。

 追い打ちの拳を振り切る。これも直撃し、火神の体が大きく跳ねる。

 最後に両拳を組み合わせてハンマーのように振り下ろし、彼を地上まで叩き落とした。

 

 しかし、次の瞬間には神楽もまた空から突き落とされていた。

 定まらない視界のまま上を見上げると、そこには剛の姿がある。ここで初めて頭から激痛がするのに気がついた。

 

 やがて地上が見えてくる。だが湖の姿はなかった。代わりにあるのは真っ赤に燃え盛るマグマの海。と、その上に立つ火神の姿。

 

「戦う前に雑魚どもを退けておいて正解だったぜ! おかげで思う存分暴れられる! ——『火炎竜』!」

 

 彼の号令のあと、マグマが柱のように伸びて竜を象っていく。敵を焼き尽くさんとばかりに火神と同時に神楽に向かってきた。また、剛が落ちてきて、拳を振るうのも見えた。

 

『“竜王の顎門(アギト)”!』

 

 神楽はアッパー気味に左の爪を振り切り、炎の竜を爆散させ、さらに頭上にいた剛を切り裂く。返す刀で反対の爪を振り下ろして、火神の体に爪の跡を刻んだ。

 

「ガッ……!?」

「カハッ!!」

 

 二種類の鮮血が宙を舞い、落ちていく。

 神楽の剛腕によって振るわれた爪は剛を上空に打ち上げ、火神を吹き飛ばした。

 

 あまりの風圧に体勢を立て直すこともできない。視界がぐるぐると回ってどこを飛んでいるのか把握もできないまま、壁らしきものを突き破って地上に落ちる。

 

「ぐっ……ここは……?」

 

 火神が倒れていたのは室内だった。とはいえ外と内とを分ける境界線は彼がぶち破ってしまったため真に室内と言えることはわからないが。

 西洋風の広い空間に赤い床、赤い壁、シャンデリアに赤い飾り。

 ここまで奇抜なデザインは幻想郷でも一箇所しかない。

 どうやら霧の湖を超えて紅魔館にまで飛ばされてしまったらしい。ここはエントランスのようだ。

 

 状況を確認していると、突如天井がブレスか何かでまるごと消し飛ばされた。ハゲてしまった上空から黒龍が降りてくる。

 

「しつこいやつだな! 『バニシング……!」

『光よ、辺りを照らせ』

 

 剣を構え、闇に移動しようとする火神。だがそれよりも先に神楽の周囲に光の玉が複数出現し、それが辺りを明るく照らし出した。

 

 こうなってしまっては『バニシング・シャドウ』の範囲は極限にまで絞られてしまう。しかし一箇所だけ確実に闇ができる場所を火神は知っている。

 迷いは一瞬。

 彼は技の名をつぶやき、自身の影に飛び込んだ。

 再び出てきた時の場所は神楽の背後——つまりは彼の影の中だ。

 

 しかし、神楽もそのことを理解していたようで、火神の姿が消えた瞬間に迷わず爪を背後へ振るった。

 

 火神の賭けは失敗に終わった。視界が明るくなると同時に眼前に現れた爪に対応できず、顔面を切り裂かれてそのまま床に叩きつけられる。

 

 絨毯が弾け飛び、代わりに後頭部から流れる血が床を赤く染める。

 体が床にめり込んでいた。

 勝利を謳うような咆哮が響く。歪んだ視界に八匹の大蛇が大きく息を吸い込んでいるのが見える。

 

「くそったれが!」

『“カオスブレス”』

 

 閃光が紅魔館中を満たす。

 爆発がそこを消し飛ばした。

 

 その中心にいるのは神楽と火神。神楽は八つの大蛇から消滅のブレスを、火神は手のひらから灼熱の炎を放出している。

 だがただでさえ不安定な状態な上にとっさのことだったので火神の炎は安定していない。徐々に押し込まれていき、ブレスが目と鼻の先まで近づいてきたそのとき、

 

「『空拳』ッ!」

 

 突如強烈な衝撃波が神楽の横顔に襲いかかった。

 あまりの威力に龍の体勢が横に傾く。ブレスが斜めに逸れて空の彼方まで伸びてゆく。

 抑えるものがなくなった炎が神楽を飲み込んだ。

 

『ガァァァァァァァァッ!!』

 

 身体中を炎に包まれ絶叫する。

 その隙に剛は火神の元へと駆け寄る。

 

「ちっ、余計な真似を……あれぐらい俺一人でも大丈夫だったってのによ」

「顔中真っ赤になっとるやつのセリフじゃないのう」

「テメェだって身体中血まみれだろうが」

 

 火神の顔には斜めに爪跡が刻まれており、そこから溢れ出た血が顔面を染めていた。

 服の袖でそれを拭き取り、彼は立ち上がる。

 神楽はもう火を消し終えていた。

 

「さて、敵もそろそろ立ち直ったようじゃし、儂は勝手に行かせてもらうぞ」

「好きにしろ。もとよりテメェと協力するつもりなんざ毛頭ねェ」

 

 剛が駆け出す。同時に火神が剣を地面に突き刺す。すると神楽の周囲の地面から炎の柱が複数噴き上がり、彼を取り囲んだ。

 

『“カオスブレス”!』

「効かぬと言っておるじゃろうが! 『空拳』!」

 

 再び大蛇たちからブレスが吐かれる。それは剛の拳によって繰り出された衝撃波に相殺される。

 彼女は好機と見て、神楽の腹部めがけて跳び上がった。その拳に電気が集中していく。

 だが神楽もまた、両方の爪に紫色のオーラを纏わせていた。

 四メートルもの巨体の彼と剛では腕のリーチは断然前者の方が長い。よって攻撃が同時に繰り出されたとしても先に当たるのは神楽の爪だ。

 しかし、神楽は忘れていた。敵は剛の他にもいるということを。

 空中に浮かぶ彼女の体がブレて、後ろから来ていた火神の姿が露わになる。

 

「人間大砲だ! くらいやがれ!」

 

 声とともに繰り出された蹴りがなんと剛の足の裏に命中する。

 大砲でも撃ったかのような音が響いたあと、彼女は撃ち出されたかのように加速して一気に神楽との距離をゼロに近づけた。

 その勢いを利用した雷を纏った一撃が振るわれる。

 

「『雷神拳』!」

 

 雷のごときスピードと破壊力を秘めた拳が腹部に突き刺さり、一度間を置いたあと神楽がぶっ飛んだ。それも半端な距離ではなく、途中山を三つほど貫いてもまだ止まらなかった。

 あまりの風圧に翼をはためかせることもできない。

 

「ヒャハッ! 『ブレイクスルー』!」

 

 闇を伝って神楽が飛んでいる直線上に回り込んだ火神はその背中を先ほどまで進んでいた方向とは正反対に蹴り飛ばす。

 負けじと剛は両の手を組んでハンマーを作り出し、神楽を真下の地面に叩き落とした。それで終わらずに空気を蹴って加速し、倒れている体に向かって両足で勢いよく踏みつけて着地した。

 

 クレーターが広がるとともに神楽の口から大量の赤い液体が吐き出された。それが彼女にかかったことで偶然目隠しとなる。視界が一瞬潰れたところを狙って爪を振るい、彼女の身体を切り裂きながら吹き飛ばす。

 

『ハァッ、ハァッ……ガハッ……!』

 

 あちこちの鱗を砕かれ、身体中から血を流しながら辺りを見回す。

 近くに大樹の根元が見えた。つまりここは霧の湖の中だ。とはいえ湖と定義するのに必要不可欠な水は火神がマグマを発生させた時点で中の生物ともども蒸発してしまっており、今では深くくぼんだ大地となっている。

 

 火神からの奇襲を警戒し、紅魔館で作った光の玉をあらかじめ出現させておく。闇に閉ざされた大地を光はよく照らした。

 若干離れた場所に火神が姿を現した。復帰した剛も彼のとなりに並び立つ。

 

「ほんと……ここ数百年で一番しんどい戦いじゃのう……っ」

「まったくだっ、二人揃って、このザマ、だしな……っ」

 

 二人の体はすでにボロボロだった。身体中が血まみれになっており、骨折も何箇所かしているだろう。しかしその目に宿る炎は一度たりとも色あせてはいない。

 

 これで終わらせてやるとでも言うようにあげられた咆哮が衝撃波となる。二人は身体を吹き飛ばされそうになるも無理やり踏ん張り、前へ突っ込んだ。

 

 最初にたどり着いた剛が拳を振るう。だが神楽はそれを防ごうとはせず、得意のスピードを使って回避し、反撃の爪をくらわす。

 

「『ジャックミスト』!」」

 

 火神が地面に剣を突き刺し、黒い霧を発生させる。

 闇が辺りを包み込み、神楽に触れた瞬間、身体が切り刻まれて血が噴き出した。

 

『っ、“オーロラブレス”!』

 

 神楽は口から消滅のブレスを地面に吐き、霧を一掃する。

 だが闇がはれた瞬間に飛び出して来た剛の拳が彼を殴りつけた。

 

『ガッ……“カオスブレス”!』

 

 後方に勢いよく後退しながら尻尾を前方に向け、極大のブレスを吐く。

 剛もまたそれに対抗するように、先ほど振るったのとは反対の拳を前に突き出した。

 

「『空拳』!」

 

 衝撃波とブレスがぶつかり合う。

 しかし継続的に攻撃することのできるブレスと違って、衝撃波というのは刹那的なものだ。

 徐々に威力が衰えていき、ブレスが剛に迫っていく。

 

 だが、神楽は剛に集中するあまり気づいていなかった。

 光の玉が闇の霧によって壊されていたことに。そして自身の背後の闇から誰かが現れたことに。

 

「いい加減その目障りな尻尾を落としやがれ! 『熱破斬(ねっぱざん)』!」

 

 炎を纏った剣が八つの尻尾全てが繋がっている根元に落とされる。

 刹那、湖の端から端までに巨大な線が刻まれ、そこから炎の壁が天高く伸びた。

 

『ガアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 八匹の大蛇が地面に落ち、陸に引き上げられた魚のようにしばらくうねり、やがて動かなくなる。

 あまりの痛みに神楽は絶叫し、めちゃくちゃに爪を振り回す。

 だが好機と見た剛の蹴りがカウンターとなり、彼の顎を上に向かせた。

 

 無防備となった神楽との距離はわずか一メートルほど。

 両方の拳に電撃が走る。

 

「『流星、砕き』ィィィィッ!!」

 

 音すら置き去りにするほどの速度で破壊の拳が延々と神楽の腹部に叩き込まれ続けた。

 息を吸い込む暇も、血を吐き出す時間もない。

 黒い鱗なんてものはもはや鎧にすらなりはしない。砕かれて塵と化していく。

 背中に拳のシルエットが何十個も浮かび上がった。まるで卵から生まれたばかりの生物のように、背中という名の殻を破るため必死についばみ続ける。

 

 あまりの疲労に、剛は永遠に拳を振るっているかのような感覚に襲われた。だがそれは錯覚だ。終わりの時はいずれ来る。

 やがて彼女はゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動きを繰り返したあと、最後の拳を振り切ったところで完全に停止した。

 

『アッ……アァ……!』

 

 ヘドロのように粘ついた、大量の鮮血が神楽の口から吐き出された。

 胴体は歪みに歪み、拳の跡が無数に残っている。内部の骨は粉々に砕け散っているだろう。

 それでも歯を食いしばり、目の前の動かなくなったガラクタに引導を渡してやろうと爪を振りかぶった。

 だがそれは振り下ろされることはない。

 

「よくやった。あとは俺の仕事だ」

 

 その声は神楽の前方から聞こえた。

 

 顔から溢れる血をワックスがわりに髪を逆立てたあと、火神は黒い炎を纏った剣を空中に放り投げる。

 そしてそれを、全力全身の蹴りによって撃ち出した。

 

「『ブレイクオーバー』ッ!!」

 

 剣は飛翔しながら炎に包まれ、やがて漆黒の槍へと変化していく。

 全身の骨を砕かれた神楽に、高速で迫るそれを避ける術はなかった。

 そして黒龍の喉に大きな風穴が空いた。

 

『ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ッ!!!』

 

 断末魔が響き渡る。

 しかしそれは弱々しいものに変わっていき、最後には音にすらならなくなって空中に溶けていった。

 槍の衝撃が決め手となり、身体中の剛に付けられた傷から血が溢れ出す。神楽は自分の真下に出来上がった血の池に、ゆっくりと沈んでいった。

 

 しばらくの間、沈黙が辺りを支配した。

 火神は龍の死骸をずっと見つめ続ける。立ち上がってこないのを確認すると、ようやく地面に横になった。

 同じくらいのタイミングで剛が倒れる。

 

「……ダメだ。もう立てねェ……」

「わ……し……もじゃ……っ。さすがに……無茶しすぎた……わ……っ」

 

 それ以上、二人は会話する気にはなれなかった。上から光が差し込んできたのが見え、彼らは空を見上げる。

 黒い雲がどんどん消えていく。そして姿を現した空は——明るい紫色の光に染まっていた。

 

「なんだ……っ、ありゃっ……?」

『……ク、ククッ。ようやく来たか……ッ!』

 

 身体を震えさせながら、黒龍が立ち上がった。喉を潰されているにもかかわらず声がきちんと出ている。おそらく実際に喉を使って話しているのではないのだろう。

 

「テメェ……さっきまで動けなかったくせに……!」

『ああ、動けなかったな。だが空から降り注ぐ俺の妖力が、僅かだが身体を回復させたのさ』

「テメェの妖力だと? どういう意味だ!」

 

 怒りに身を任せて火神は立ち上がる。しかしすぐにふらついてしまう。呼び寄せた剣を杖代わりにして立つことで精一杯だ。

 剛も同じようにして身体を起こしている。

 

『教えてやるよ。俺は昨晩、宇宙に巨大なエネルギーを固めた星を作り出した。それは流れ星みたいに加速させて落とすことでこの星を太陽系もろとも消滅させるほどの威力となる。だがいかんせんでかすぎてコントロールが効かなくてな。考えたのが地上に星を引き寄せるためのビーコンを設置することだった』

「まさか、それが……」

『そう、それこそがこの世界樹だ。……とはいえ、もう土星をとっくに通り過ぎたころだろう。ここまで近づけば、こいつはもう用済みだな』

 

 神楽はおぼつかない足取りで世界樹へ歩いていき、手をかざす。

 するとそれは黒い粒子となって弾け飛び、彼の手の中で再構築を始めた。

 

『“デスバルハート”』

 

 出来上がったのは、斧にも鉈のようにも見える、漆黒の大剣だった。

 全長は神楽の三分の二をしめるほど長く、刃は分厚い。

 明らかにそれは人を叩き斬るためのサイズではなかった。

 

「妖魔刀……ここに来てかよ……」

『さあ正真正銘、これが俺の本気だ……! 死ぬ気で受け取ってみろやァ!』

 

 かけ声とともに大剣がいきなり投擲された。

 飛んでいく先には剛の姿がある。だが彼女は極度の疲労のせいで反応できず、あっさりと端まで吹き飛ばされて刃と壁との間に挟まれて、崩れ落ちる。

 

「っ、上等だァァ!」

 

 雄叫びをあげながら剣を持ち上げ、火神は突っ込む。

 たしかに回復はしているようだが、神楽の身体が満身創痍であるのは確かだ。現に無防備であんな大剣をまともにくらったのにも関わらず剛は原型をとどめている。つまりは弱体化している。

 そこを突けば——。

 しかし神楽の姿はすでに視界にはなかった。

 

 神楽は彼の真上にいた。それも火神は見えていて、すぐに対応しようとする。しかし身体が追いついてくれず、結局とっさに動くことができなかった。

 

『たしかに、ダメージのせいで俺は全力を出せないでいる。だがそれはテメェも同じだろうが』

 

 神楽が手の中に大剣を引き寄せ、それを振り下ろす動作が、死の淵に立っていることも相まって火神にはスローモーションに見えた。

 だが何もしない。何もできない。

 ゆっくりとコマ送りのように流れていく世界をただ眺めていることしかできない。

 

 大剣が火神ごと地面に叩きつけられた。

 衝撃波と砂埃が彼の身体と一緒に宙に投げ出され、遠くに落ちる。火神はそれっきり動くことはなかった。

 

 伝説の大妖怪の敗北。

 それを機に紫の空から溢れる光が一層強くなった。地球と破壊の星との距離が順調に縮まっている証拠だ。

 

 視線を感じて上を振り向く。そこには見覚えのある少女たちの集団があった。

 

『メインディッシュのあとはデザートだな。さあ、破滅の時が来るまで遊ぼうじゃねえか』

 

 伝説の大妖怪を倒したことによって、神楽にはすでに目標の達成感が湧いていた。不敵にそんな言葉を言う。

 遠くにいる彼女らにそれは聞こえることはなかった。

 だがなにかを感じたのか、少女たちは空から戦場へと降りて来ようとして来た。

 

 対峙する紫たちと神楽。

 決着の時は近い……。

 

 




今回は接続詞を自分で可能な限り削って書いてみました。
いつもより読みやすかったり違和感を覚えたなどなどがあった場合は、ぜひ感想をお聞かせください。


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VS最後の希望

『今さら何のようだ? 見ての通り伝説の大妖怪は全滅。もうテメェらに勝ち目なんざ残ってないのによ』

「そんなの決まってるじゃない。あなたを止めて、楼夢を助け出すためよ」

 

 仲間たちを代表するように紫は言う。

 彼女の他に八雲藍、博麗霊夢、霧雨魔理沙、比那名居天子……そして岡崎夢美。

 かつての先生を神楽は睨みつける。

 

「……ずいぶん醜い姿になったものね」

『うるせえな。今さらやってきて説教か?』

「あなたもわかってるんじゃないの? こんなことをしてもメリーと蓮子は喜ばない——」

『うるせえって言ってんだろうがっ!』

 

 神楽は岡崎の前に一瞬で移動して怒鳴り声とともに爪で彼女を弾き飛ばした。彼女の体は放物線を描き、地面に落ちていく。

 それを合図に少女たちは動き出した。

 

「なんて野郎だ……! 岡崎はお前の恩人じゃなかったのかよ!? 『マスタースパーク』!」

『俺の邪魔するやつは全員敵だ! たとえ相手が誰であろうがな!』

 

 魔理沙お得意の極太の閃光が放たれる。しかしそれは鱗に当たった瞬間胡散してしまった。

 

『風見幽香のと比べると大したことがねえなあ!』

 

 呆然とする彼女に、神楽は大剣を振り下ろす。

 しかし彼らの間に霊夢が割って入り、魔理沙をかばう。

 あまりの威力に地面が一段下がった。だがそれでも、彼女は持っていた刀でなんとか凶刃を受け止めてみせた。

 

『どういうことだ? 人間ごときに受け止められる威力じゃねえはずだが……』

「ええ。だから少し、()()()()()()()()()

 

 霊夢は妖しい光を放つ刀を祈るように天にかかげる。

 その刀に神楽は見覚えがあった。

 

『まさか、その刀は……』

「神解——『幻死鳳蝶(まぼろしあげは)』」

 

 霊夢がそう唱えた瞬間、黒い光が彼女を飲み込んだ。

 膨大な霊力が神楽の威圧を押し流していく。

 やがて闇を斬り裂き、彼女は姿を現した。

 

 だが、その容姿は今までとは異なっていた。

 大和撫子の象徴である黒髪は鮮やかな紫に染まっている。背中からは四つの鉄の翅……の代わりに紫色の霊力によって形作られたガス状の翼が生えている。服も紅白だったのが一部黒も混じっており、全体的に本来の神楽の姿を連想させた。

 

 霊夢は青紫に輝く刀を軽く振り下ろす。

 それだけで霊力の奔流は神楽を押し流し、数歩後ずさりをさせた。

 

 ——この霊力の質と量。

 間違いない。彼女は伝説の大妖怪の域に達している。

 神楽は確信した。

 

「弱ってると言っても、あいつに正面から挑むのは愚策よ。だから私が抑え込んでいる隙に攻撃しなさい」

 

 仲間たちに言うが否や、霊夢は加速して神楽に迫る。その速度は明らかに音速なんてものを優に通り越している。

 そして下から上に刃が振り上げられ、神楽は上空まで吹き飛ばされた。

 

『ぐっ……! 負け犬二人が結託したぐらいで勝てると思うな!』

「だったら今あんたに勝って名誉挽回してやるわよ!」

 

 大剣と刀がぶつかり合い、火花とともに凄まじいエネルギーを散らす。

 一瞬の均衡ののちに霊夢は弾き飛ばされた。

 

 当然だ。もとより腕力は神楽の方が上。だが彼女もただでやられたわけではなく、吹き飛びながら色あざやかな弾幕を放った。

 

「『夢想封印』!」

 

 霊夢の十八番、夢想封印。しかしその威力は普段のものとは桁違いだ。

 弾幕をまともにくらい、神楽の巨体がきりもみに吹き飛ぶ。なんとか翼を広げて体勢を整えるが、そのときには目の前に霊夢が迫っていた。

 反射的に大剣を薙ぎ払う。だが霊夢はそれを空気を蹴るようにして乗り越えると、刀を縦一文字に振り下ろした。

 

「『燕返し』」

『なっ……!?』

 

 霊夢の刀は鱗を通して肉を斬り裂いた。

 神楽の体から血が噴き出そうとする。それよりも速く霊夢は刃を返すと、今度は神楽を斬り上げた。

 

 彼女の剣筋を神楽は知っていた。いや知らないはずがない。

 なぜならその剣術は『楼華閃』。神楽が血汗を流して会得したものだったからだ。

 

 霊夢の攻撃はまだ終わらない。

 技を見て戸惑う神楽に向け、掌底を叩き込む。そして手のひらから弾幕を放ち、至近距離で爆発させた。

 十数メートルほど彼は後ずさり、距離が開く。

 

「今よっ! 『飛光虫ネスト』!」

 

 その間を縫うように無数のスキマが開き、そこからレーザーがマシンガンのように連射される。

 しかし神楽の硬い鱗はその一切を弾き返した。

 

「『ファイナルスパーク』!」

『邪魔だ。“森羅万象斬”』

 

 続いてスキマから飛び出して魔理沙が八卦炉を構え、先ほどよりも巨大な閃光を放つ。

 同時に神楽は大剣を振るい、漆黒の斬撃を飛ばした。それは閃光を両断し——その奥にいる魔理沙にそのまま迫る。

 

「へっ……?」

 

 斬撃が彼女を通り過ぎた。

 そして数秒後、彼女の体は上下に分かれ、おぞましいまでの血を吐き出しながら落下していく。

 痛みを感じる間もなかった。

 

「魔理沙ぁっ!!」

「よそ見をするな霊夢! 私が回収に向か——」

『——そうだな、よそ見はよくねえよな』

「っ!?」

 

 取り乱した霊夢を抑えるために藍が声をあげ、スキマを開こうとする。しかし後ろから聞こえた声にとっさに跳び退き、術式を発動させた。

 

「『十二神将の宴』っ!」

『“オーロラブレス”!』

 

 十二個の魔法陣が空中に浮かび上がる。そこからそれぞれの数の式神が出現したが、炎と氷が混ざり合ったブレスに飲み込まれ、たちまち消滅した。

 やがてブレスが消えていく。その跡に残っていたのは身体のあちこちの部位が欠けてしまった藍の姿だった。

 

「む、無念……っ」

 

 意識を保てなくなり、彼女も大地へ落下していく。

 なんとか受け止めようと霊夢は藍を追いかけるが、そのせいで間近に迫る神楽に反応できず、その拳をまともにくらってしまった。

 

 今度は彼女が吹き飛んでいく。

 その背後に神楽は回り込み、大剣を薙ぎ払った。

 回避しようにも風圧のせいで身動きが自由に取れない。もはやこれまでかと思ったそのとき、何者かが霊夢に体当たりをして突き飛ばし、剣を空振らせた。

 

「ったく、甘いのよ巫女。この程度でうろたえるなんてね」

「た、助かったわ天子……」

 

 霊夢を助けたのはなんと、天子だった。青い髪を弄りながら嫌味を言い放つ。それでも助けられたことには変わりない。霊夢は心の中で感謝の言葉を言った。

 

 天子は神楽の方へ振り向くと、緋想の剣を突きつける。

 

「ったく、開幕早々よくも私を無視してくれたわね。主役を間違えるだなんて、これだから地上のやつは困るのよ」

『……誰だテメェ?』

「なっ!? なんで他のやつらのことは知ってて私は知らないのよ!」

『うるせえな。んなもん記憶の持ち主の楼夢に聞け。もっとも、今じゃ俺がその楼夢本人でもあるがな』

「……そう。ならここでアンタを切り刻んで訂正させてやるわよ!」

「待ちなさい天子!」

 

 霊夢の制止も聞かずに天子は進んでいく。

 恰好のまとだ、と神楽は大剣を振り下ろした。だが驚いたことに、彼女はそれを完全に目で捉え、見事に受け流してみせた。

 

「こっちだって化け物倒すために修行してきてるのよ! この程度の速度、いくらでも弾いてやるわ!」

『ほう……ならお望みどおり、もっと速くしてやるよ!』

 

 天子が剣を振るうも、神楽が後ろに下がって距離を置いたことでそれは躱されてしまう。

 そうして神楽は自分の間合いを作り出し、剣に氷を纏わせた。

 

『“氷結乱舞”!』

 

 光を超えた速度で七つの斬撃が繰り出された。

 ただでさえ一撃一撃が嵐のような風圧を纏っているのに、氷まで加わったらそれはもはや吹雪だ。

 通常の生物には決して捉えることのできないそれを、天子は辛うじて三つ弾く。しかしその衝撃で剣を持った手を後ろに弾かれてしまい、次の斬撃をまともに受けてしまった。

 

「きゃぁっ!!」

 

 切り傷から血が流れることはない。代わりにその傷跡から赤い氷柱のような氷が生え、彼女の体を内側から凍りつかせていく。

 そうして動けなくなった体に無慈悲にも次の斬撃が襲いかかる。

 

 まずは両腕が粉々に砕け散った。緋想の剣が落ちていくも、それに目をやる余裕もない。

 次に両足をもがれる。

 しかし神経すら凍結して麻痺していたため、痛みは感じなかった。だが逆に冷静な状態で体の部位が砕けるところを見せつけられ、天子の精神は悲鳴をあげた。

 

『これで、終わりだ!』

 

 とどめとばかりに薙ぎ払われた大剣が無防備な彼女の体に当たる。しかしその刃は体の半分ほど食い込んだところで、甲高い音を立てて動きを止めた。

 

『あ……? どういうことだ?』

「ふ……ふふっ……引っかかったわね……っ」

 

 断ち切った天子の肉の隙間から、灰色の物体が見えた。この謎の物体が刃を受け止めていたのだ。

 

 天子は弱々しくも、嘲るように笑う。

 

「要石ってね……地震を抑えるために作られたものだから超硬いのよ。埋め込んでおいて正解だったわ……」

『っ……剣が抜けねえ……!?』

 

 要石。それが彼女の体内に隠されていたものの正体だった。

 神楽は再び一撃を加えようと大剣を引っ張る。しかし要石の効果なのか、はたまた凍りついた影響なのか、それから剣が離れる様子はなかった。

 

「修行中……認めたくないけど気づいてたのよ。私じゃ伝説の大妖怪には勝てないって……。でもね、それで終われるほどっ、私は安くはないのよっ!」

 

 今までにないほどの感情を込めて、天子は叫ぶ。その声の熱に反応して緋想の剣が飛んできて——彼女を背中から貫いた。

 

「勝てないのならせめて一撃……それが私よ!」

「まさか、アンタ……!?」

 

 腹から生えた刃に赤い光が集中していくのを見て、霊夢はこれから彼女が何をやろうとしているのか悟った。

 だが、もう遅い。

 

「『全妖怪の……緋想天』っ!!」

 

 天子の全力が込められた赤い閃光が、緋想の剣から解き放たれた。

 それは彼女の体に穴を空けながらも突き進み、神楽に当たる。

 まるで赤い光の奔流、いや彗星のようだった。

 

 やがて光は徐々に弱まっていき、ついには途絶える。そのときにやっと天子と神楽の腹部にそれぞれ空洞ができているのを確認できた。

 

『ア……ガハッ……!?』

 

 数秒遅れて、二つの空洞から鮮血が飛び散る。

 神楽はよろめき、天子は、

 

「あとは……たのん……だ……わよ……れい……む……」

 

 そう言い残すとまぶたを閉じながら、重力に任せて下に落ちていった。

 だがその姿は突如開いたスキマによって吸い込まれ、地面に着く前に消えた。

 

 奇妙な音とともに霊夢のとなりの空間が裂ける。

 

「天子は永遠亭の兎のところに送ったわ。大丈夫、まだ間に合うはずよ」

「紫……遅かったじゃないの」

 

 現れたのは紫だった。

 彼女は空中には降りず、三日月のように開いたスキマの淵に腰掛けている。

 

「ごめんなさいね。魔理沙たちを助けるのとちょっとした仕込みをするのに時間がかかっちゃったわ」

「仕込み? なんのよ?」

「もちろん、あいつを倒すためのよ。それよりも体調はどうかしら?」

「……良いように見える?」

 

 紫はまじまじと霊夢を見つめる。

 意外にも外傷は少ない。まだ一撃しかくらっていないのだから当然だ。しかしそれ以上に目立ったのが、彼女の残りの霊力だった。

 まるでバケツの中に少ししか入っていない水のようだ。彼女の霊力は約三割ほどしか残っていなかった。

 

「神解を維持するのがキツくてね……正直、もう互角には張り合えないと思うわ」

「十分よ。ここから先は私があなたをサポートするわ。まず……って、悠長に作戦を説明してる暇はなさそうね」

 

 彼女の視界に、ダメージからたった今立ち直った神楽の姿が映る。

 

「とりあえず打ち合ってなさい! あなたならどう動けばいいかわかるはずよ!」

「ちょっ、それ説明になってないわよ!」

 

 言い終えると、紫はスキマの奥へと逃げるように姿を隠した。

 その数瞬後に神楽の姿が間近に迫り、大剣を振り下ろしてくる。

 紫に問いただす暇もなく、霊夢は彼を向かい打った。

 

 再び両者の刃がぶつかり合う。しかし力で負けているのはわかっていたので、霊夢は手首を曲げることで剣を受け流し、弾かれるのを防いだ。

 

「『風乱(かざみだれ)』!」

 

 神楽の体に肉薄し、纏った斬撃の嵐を繰り出そうとする。だが神楽の左手がこちらに向けられているのを見て、とっさに身を引いた。

 次の瞬間、左手から放たれた黒い閃光が、霊夢が立っていた場所を貫いた。

 

 なんとか危機を回避することができた。しかし霊夢は内心苦い顔をする。

 できれば今のを当てておきたかった。なぜなら、この後の接近戦が不利になることを彼女は知っていたからだ。

 

 仕切り直して、二人は刃を次々と振るう。だが神楽の大剣が肌をかすめているのに対して、霊夢のは当たる気配すらない。

 

 二人の斬撃の速度は同じくらい。しかしなぜ差ができるのか。その理由は間合い、つまりリーチにあった。

 考えてみれば当然のことだ。神楽の体は腕だけでも三メートルほど、おまけに大剣もそれと同じくらいには長い。一方の霊夢はあくまで人間の常識に収まる程度。

 この場合で同じ速度の斬撃を繰り出すなら間違いなく前者が先に当たるだろう。つまり神楽はそもそも、霊夢の刀が届かない距離から一方的に剣を振っていたのだ。

 

『“氷結乱舞”』

 

 天子を戦闘不能に追いやった剣技が霊夢を襲う。

 

 その時、突如霊夢の前にスキマが開いた。

 迷いは一瞬のみ。彼女は意を決してその中に入り込み、攻撃を回避する。

 飛び出た先は神楽の背後だった。

 

「『夢想斬舞』!」

 

 ——紫が作ってくれたチャンス……無駄にはしない! 

 夢想封印の弾幕が次々と刀に吸い込まれていき、刀身が虹色に染まる。それを舞うように振るい、神楽の背中を七度斬りつけた。

 

『ガァァァ!?』

 

 神聖な霊力が神楽の体を電流のようにはしり、蝕んでいく。

 だが神楽は倒れることはない。深手を負いながらも大剣を振り向きざまに薙ぎ払おうとして——どこからか現れた赤い十字架が、彼の体を貫いた。

 

『なんだ……これはァ……!? 体ガ……!』

「へ、へへっ……たまには先生らしいこともしなくっちゃ……ね……」

 

 スキマから現れた岡崎は、荒い息をしながら手のひらを神楽に向けていた。その頭からは血が滝のように流れていて、意識を保つことも難しそうだ。彼女はそれに抗い、必死に術式を発動させている。

 

『オカザキィィィィィィッ!!!』

「今よ、霊夢! 岡崎の十字架が時間を稼いでいるうちに、例のあれを食らわしてやりなさい!」

「……ええ!」

 

 霊夢は刀を天へと掲げる。すると呪いが込められた黒い風が刀身を中心に渦巻いていき、ついには竜巻と呼べるほどにまで巨大化した。

 あまりの風量に柄を握る手が悲鳴をあげる。だが歯を食いしばって刀が風にさらわれそうになるのを防いでいる。

 

 そこまでになったところで神楽を拘束していた十字架が弾け、その反動で岡崎が気絶する。

 神楽はすぐさま黒い雷を大剣に纏わせ、飛んでくる。

 迎え撃つように霊夢も飛び出し、ハンマーのように重たいそれを振り切ろうとする。

 

『“超森羅万象斬”ッ!!』

 

 だが一つ速く、神楽の大剣が振るわれた。

 幻想郷の端から端を貫くような黒い稲妻が一閃する。大剣は霊夢の体を通り過ぎ、その先にあるもの全てを焼き払った。

 

 大量の血が噴き出すとともに霊夢の体が二つに分かれる。だが彼女は止まらなかった。勢いのままさらに前進。

 そして声のあらん限りを込めて叫ぶとともに、腕が千切れそうになる程力強く破壊の嵐を叩きつけた。

 

「『ブラックノア』ァァァアアア!!」

 

 神楽は嵐を回避しようと体を動かす。しかし完全には逃げきれず、彼の右肘から先が大剣ごと黒い風に呑み込まれ、消滅した。

 その光景を最後に、霊夢の意識は途絶えた。

 

『ァァァァアアアアッ!! クソガッ、クソガァァァァ!!』

 

 逃れられぬ死から逃れるために神楽が取った行動は狂気そのものだった。

 彼は残った左手で右腕を掴むと、呪いが体に回る前に肩ごとそれをもぎ取ったのだ。空中に血濡れで放り出された右腕はまもなく黒く染まり、灰と化して空気に溶ける。

 

 半狂乱となって身体中から雷のような妖力を放出し、神楽は暴れ回る。するとその目の前に先ほどと同じようにスキマが現れた。

 

 餌をぶら下げられて焦った獲物が飛び込んできたか。

 まとまらぬ思考でそう判断し、スキマに向かって加速していく。

 だが餌に飛び込んだのは神楽の方だった。

 

 スキマから現れたのは紫ではなかった。

 火神矢陽と鬼城剛。伝説の大妖怪の二人組。

 彼らはそれぞれ左拳に炎を、右拳に雷を纏わせながら、それを神楽の顔へと叩きつける。

 

「『炎神拳』!」

「『雷神拳』!」

『ブガッ……!』

 

 顎の骨が砕け散り、神楽の体が大きく仰け反る。

 二人はこの一撃で全てを出し切ったのか、力なく落下していった。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

 神楽の正面にスキマが開き、今度こそ紫が飛び出してくる。だが意識も薄っすらとしていて反応することができない。

 彼女はそのまま血が付着し、尖った鱗が突き刺さるのもお構いなしに、神楽の体にしがみついた。

 

 改めて間近で紫を見たとき、神楽は目を見開いた。

 彼女の首には見覚えのある石がぶら下がっていたのだ。その姿が脳裏に焼き付いているとある少女の姿を連想させ、左腕に入っていた力が徐々に抜けていく。

 

「お願い……元に戻って! もうあなたの顔が見れないなんて嫌なのよ……楼夢っ!」

『ッ、ソノ名デ私ヲ呼ブナァァ!! ガァァァァァァァァッ!!!』

 

 紫の祈りが届いたかのように、彼女の首飾りがまばゆい光を放った。

 世界が一色に染まる。

 しばらく目を閉じていると、彼女の体に暖かい感触が伝わってくる。恐る恐る目を開くと、そこには桃色の髪をたなびかせている男が紫を抱きしめていた。

 

「ありがとな……紫。お前の想い、伝わったぜ」

「あっ……ろう、む……なの……?」

「おう、お前が会いたくて会いたくて仕方がなかった楼夢さんだ」

「ろうむ……楼夢……楼夢っ!」

 

 何度もその名を言いながら、紫は力強く楼夢に抱きつく。その目からは宝石のような雫が溢れていた。

 すっかり痛んでしまっている黄金の髪を楼夢は撫で、そこから無数の思いを感じ取る。

 

「……おい、イチャイチャするのは結構だがTPOをわきまえろよ。少なくとも俺の前では二度とその虫唾が走る行為を行うんじゃねぇ」

 

 そんな二人の甘い雰囲気をぶち壊す一声が投じられる。

 楼夢は呆れたような目線を言葉の手榴弾を投げ込んできた人物に向けた。

 

「はぁ……一回死んでもその可哀想な性格は治らないのかよ、狂夢」

「抵抗もできずに一方的にやられたどこぞの誰かさんよりはマシだと思うがな」

 

 人間状態の神楽を思わせる容姿と逆立った白い髪。

 もう一人の楼夢とも言うべき存在、狂夢。彼もまた首飾りの力によって神楽と分離し、復活を果たしていた。

 

「だが……たしかに、そろそろ急がないとヤバイかもしれないな」

 

 おもむろに楼夢は上を見上げる。空からはまぶしいと感じるほどの紫色の光が降り注いでおり、破壊の星というのがどんどん近づいて来ているのがわかった。

 

 最後に一度紫の頭を撫でると、彼女から手を離して背中を向ける。

 

「安心しろ、すぐに終わらせてやる。だから遠くで見守ってくれ」

「……うん、わかった」

 

 振り向かずに楼夢は言った。

 心配そうな表情を浮かべていた紫はそれを聞いて頷き、スキマの中に入っていく。

 

 天空に残ったのはこれで三人となった。

 楼夢は今回の異変の首謀者に目線をやる。

 

 神楽の姿は先ほどまでとは打って変わっていた。

 黒い鱗も、男らしい服も逆立った髪もない。あるのは吸い込まれそうなほど美しく、絹の布のように長い紫髪と、楼夢のにも似た黒い巫女服だけ。

 消滅したはずの右腕は分離の影響で再生していた。その手がどこからともなく現れた、墨汁のように黒く染められた日本刀を掴む。

 

「よくも……よくもよくもよくもよくもよくもやってくれましたねっ! この罪は……死なんてもので償えるとは思うな!」

「それはこっちのセリフだバカ野郎。よくも俺の力を使って友人たちをいたぶってくれやがったな。ギタギタに切り刻むだけじゃ飽き足らねえ……地獄すら生ぬるいと思えるほどの苦痛を与えてやる」

「ヒュー、かっこいいねぇ。だがまだ足りねぇ。死してなお恐怖する圧倒的な絶望を、その魂に刻み込んでやるぜ」

 

 彼らに共通してあるもの。それは怒りだった。

 収まり切れそうにないほどのそれが溢れて言葉となり、しかしそれでもまだ湧き上がってくる。いくら声に出してもキリがない。

 

 ならば、やることは一つだけだ。

 彼らは無限に湧き出る怒りを込めて、刀を一斉に抜いた。

 

 最後の決戦が、今始まる……。

 

 



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全ての終わり

「神解——『天鈿女神(アメノウズメ)』!」

 

 姿が変わると同時に俺は飛び出し、左右の刀を神楽へと振り下ろす。余波だけで背景の山が二つ消し飛び、それぞれ炎と氷の柱が噴き出す。

 それだけの威力を持った斬撃を神楽は真正面から受け止めた。その顔に苦しさは見当たらない。

 

 両者の刀が反対の方向に弾かれ、そこから刃の応酬が始まった。

 刀身が衝突するたびに炎や氷や闇が飛び出し、肌をかすめていく。

 

 この野郎……刀一本しか持ってないくせ二刀流の俺の速度に追いついてきやがる。

 それはつまり、一撃一撃の速度は神楽の方が上ということだ。

 

 数百合もの打ち合いのあと、らちがあかないと感じて勝負に出ることにした。

 

 振るわれた漆黒の刀身を二本の刀で挟み込むようにして押さえつけ、無防備となったのを狙って蹴りを繰り出した。

 それは見事腹に突き刺さり、神楽が怯む。しかしそれは一瞬で、次には奴もまた同じように足を伸ばしてきた。

 

 顔面が蹴られ、うめき声を上げてしまう。その隙を突かれて振るわれた刃が体を斬り裂いた。

 

「ぐっ、テメェ!」

 

 噴きでる血を無視して両方の刀を前に突き出す。しかし神楽はその場で沈み込むように高度を落とすことでそれを避け、上がってくる反動を利用して今度は斬りあげてきた。

 

「がっ……!」

 

 鮮血が飛び散る。

 霞んだ視界には神楽が刃を返している姿が映った。

 

「選手交代だ役立たずが!」

 

 俺を飛び越え、狂夢が手に持っていた大剣を振り下ろす。それは神楽の刀と衝突し、彼の体を吹き飛ばした。

 

 神楽が持っているそれは『八百万大蛇(ヤオヨロズ)』。八百万もの刃を重ねて作られた、全長四メートルもの刀の形をした何かだ。重さは確か数トンはあるはずで、神楽が力負けしたのも頷ける。

 

 さらにこの八百万大蛇。ただただでかくて重いだけじゃない。

 

「伸びろ、八百万大蛇!」

 

 狂夢は大刀を前に突き出す。するとノコギリを思わせる刃一つ一つが空気を突き破りながら伸びて、鞭のようにしなりながら神楽を追いかけていった。

 

 なんとこの八百万大蛇、全ての刃に伸縮自在の術式がかけられているのだ。無数の刃がうねりながら獲物を噛みちぎろうとする姿は蛇の大群を連想させる。

 

「『百花繚乱』」

 

 しかし神楽はこの刃の群れを刀一つで全て弾き返してみせた。その斬撃は光すらも置き去りにし、カマイタチが発生したのは全てが終わったあとだった。

 

 さすがにこれには狂夢も目を丸くする。

 神楽はおもむろに左手を突き出した。そこに黒い光が集中していく。

 それを見た狂夢は大刀を大砲のように構え、同じように黒い光を刃先に集める。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

「っ、『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』ッ!」

 

 二つの漆黒の閃光が放たれた。だが狂夢のはだんだん押し込まれていき、ついにはやつの体は光に飲み込まれていった。

 

「狂夢っ!」

「少し火傷しただけだ! いちいち気にかけるんじゃねぇ!」

 

 黒い柱が両断され、中から神楽が出てくる。しかしその身体中あちこちにある焦げは明らかに火傷で済むものではない。

 

 俺たち二人の目の前に神楽は一瞬で移動してくる。

 

「八雲紫はたしかに私の力を半減させました。しかし貴方たちは本来一心同体。二人一緒にこの世に存在するためには半分に分けられた力をさらに分ける必要がある」

「……何が言いたい?」

「貴方たちはそれぞれ、私の半分程度の力しか残っていないってことです。足し合わせてもせいぜい同等以下。八雲紫の策は失敗でしたね」

 

 神楽は長い袖で口元を覆い隠し、嘲り笑う。

 

「いいや、失敗なんかじゃねえよ」

 

 吸収されたとき、俺は何も見えない闇の中を漂っていた。だがそのとき、聞こえてきたんだ。彼女たちの声が。

 

「レミリアや幽々子に永琳、それに火神や剛たち。他にもたくさんいて、数えたらきりがねえ。それだけの友人たちが俺なんかのために力を合わせてくれたんだ。だったら、その結果で起きたことは失敗なんかじゃねえ。みんなが繋いでくれた思いを、俺が失敗になんかはさせやしねえっ!」

「……ほざくじゃないですか。でもそういうのは、私に傷をつけてから言いなさい!」

 

 流れ星のように俺たちは加速してぶつかり、鍔迫り合いとなる。

 ありったけの力を両腕に込めた。しかし神楽の刀はビクともしない。逆にどんどん後ろに押されていく。

 そのときだった。「情けねぇな!」という声とともに、狂夢が俺の横に並び立ったのは。

 

 八百万大蛇が神楽の刀に押し付けられる。

 俺と狂夢の力が融合していくのを感じた。

 俺たちは雄叫びをあげて一気に力を込め、神楽を弾き飛ばした。

 

「お前……」

「正直、俺にはお前のように慕ってくれるやつはいねぇ。だからお前の気持ちもよくわからねぇ」

 

 狂夢に目を向ける。

 やつは自分でも戸惑っているようだった。あれだけ散々嫌ってきた俺に手を貸したことに。

 

「いいんじゃねえのか、わからなくて。お前は神楽でも楼夢でもねぇ。他の誰でもない狂夢なんだ。なら、お前が戦う理由は俺とは別にあるはずだ」

「そうだな……その通りだ」

 

 狂夢は俺より一歩前に出て、刃を神楽に突きつけた。

 

「俺がアイツを叩きのめす理由……んなもんアイツがムカついたからに決まってるだろうが! うじうじ昔のこと引っ張り出してはいつまでも引きずりやがって! 俺の親だかなんだか知らねぇが、んなどうでもいいことのために俺たちの明日を奪うんじゃねぇよ!」

「……ふっ、それくらいテキトーなほうがお前らしいよ」

 

 俺たちは改めて武器を構え、神楽を睨みつける。

 

「さぁ行くぜ楼夢! 化け物退治だ!」

「ああ!」

 

 衝撃波を発生させながら飛行していく。背後では狂j夢が大刀に妖力を込めていた。

 

「『超森羅万象斬』!」

 

 大刀が薙ぎ払われ、雷を纏った赤色の斬撃が放たれた。それも一つではなく、無数にだ。

 それらは俺を追い抜き、雨のように神楽へ降り注いでいく。

 

「『桃色桜吹雪』」

 

 神楽はそれに動じず、神速とも呼べる速さで刀を振るい続けた。

『桃色桜吹雪』は飛ばした霊力の斬撃を細かくすることで、まるで桜吹雪のように相手を飲み込み、切り刻む技だ。しかし彼のそれは花弁の一枚一枚が通常の森羅万象斬と同じくらいにはあった。

 

 雨と吹雪が衝突し、弾かれたものが流星群のように地上に降り注いでいき、数えきれないほどの爆発を起こしていく。

 それに目もくれずに俺は迫り来る花弁をかわしながら神楽へと迫る。

 

「『狐火銀火』!」

 

 銀色の炎を纏った左の刀を薙ぎ払う。

 それは漆黒の刀身によって防がれてしまった。衝撃で飛び散った炎が神楽を包むも、あまり効果があるようには見えない。

 だったらもう片方もだ。

 

「『狐火金火』!」

 

 今度は金色の炎を纏った刀を振るおうとする。しかしその前に繰り出された蹴りが俺の腹部を強打し、集中力が切れて炎は消えてしまう。

 さらに腰をひねって神楽は回転。その勢いを利用した後ろ蹴りを放つ。

 

「カハッ……!」

 

 あばら骨が何本か砕け、勢いよく俺の身体が後ろへ流れていく。

 しかしいつのまにか後ろに立っていた狂夢が背中に向かって発勁を繰り出し、逆に俺を前へと押し戻した。

 その加速を利用して頭突きをする。不意を突いたことでこれは当たり、神楽の身体が後ろに仰け反る。

 

 それを好機と見て狂夢は一気に神楽へ接近した。

 だがそれは罠で、彼は仰け反った勢いを利用してバク宙をするかのように回転して、狂夢の顎を蹴り上げた。

 加えて一回転し終えたあとに刀を突き出して肉を貫通させ、そこから黒い閃光を放つ。

 狂夢に風穴が空いた。

 しかし彼は狂気の笑みを浮かべると、自分を貫いている漆黒の刀身を掴み上げる。

 

「今だ、やっちまえ!」

「『超森羅万象斬』ッ!」

 

 身動きの取れなくなった神楽に、俺は霊力を纏った二つの刀を同時に振り下ろした。

 炎と吹雪が吹き荒れたあと、大爆発が起こる。神楽はそれに飲み込まれ、狂夢の手から離れた。

 

 もちろんこれだけで神楽がくたばるとは思っていない。衝撃波で飛ばされた神楽を追いかけ、両足を揃えて飛び蹴る。

 しかし驚いたことに、神楽は俺の足を片手で掴むと、振り回して投げ飛ばした。

 俺に手を向け、神楽は術式を唱える。

 

「『ドルマドン』」

 

 彼の左手から巨大な闇の弾幕が放たれた。

 

「『羽衣水鏡』っ!」

 

 とっさに前に透明な結界を作り出すが、それすらたやすく溶かして、闇の弾幕は俺を飲み込んだ。

 身体中に焼けるような痛みがはしる。これは……呪いか? しかも早奈のよりも強力だ。

 神楽に溜まっていた憎悪が呪詛となって頭の中に響いてくる。

 

「そんな過去に囚われているから……っ、お前は前に進めないんだよっ!」

 

 そんなもの今さら効くものか。

 身体中に力を込めて、呪いを弾き飛ばす。

 右の刀を掲げる。すると天から雷が落ち、竜の形となってその周りを泳ぎ始める。それをお返しとばかりに飛ばす。

 

「『ギガデイン』!」

 

 雷竜はまっすぐ突き進んでいく。

 神楽はそれを見て、同じように左手を掲げた。そこに落下した雷の色は黒。黒竜が雄叫びのような音を立てながら放たれる。

 

「『ジゴデイン』」

 

 二匹の竜が空中で絡み合い、激突する。しかし一撃という面では、やはり俺の雷竜は力負けしていた。黒竜の牙が食い込み、雷竜は悲鳴の代わりに火花を散らす。

 

「『ギガデイン』!」

 

 負けそうになっていたとき、もう一匹の雷竜が現れて黒竜に噛み付いた。

 狂夢だ。たまには気の利くことするじゃねえか。

 

 いくら個でも優っていても数の暴力には劣る。二匹となった雷竜はあっという間に黒竜を食い散らし、神楽に巻きついた。

 

「ああああああっ!!」

 

 身体中を焦がされ、神楽は絶叫した。

 なおもダメージを与えるために俺たちは一気に接近していく。

 

「『氷結乱舞』!」

「っ、『雷光一閃五月雨突き』!」

 

 氷を纏った俺の斬撃と、雷を纏った神楽の突きが何度も何度も衝突する。

 最後の一撃で鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、勢いあまって額同士がぶつかり、互いに上半身が後ろに弾かれる。

 その即座に背後から狂夢の大刀が薙ぎ払われ、紙一重で俺の髪をかすめながら神楽の身体に叩きつけられた。

 

 わかる。狂夢の動きが手に取るようにわかる。

 まるで一体化でもしたかのようだ。狂夢も同じような感覚を味わっているのだろう。

 

 とてつもない質量がぶつかった衝撃で神楽は吹き飛びそうになるが、なんとか空中で踏み止まり、再び俺と斬り合う。

 相変わらずの速度に怪力だ。甲高い金属音が鳴るたびに柄を握る手が痺れる。

 だが、今なら……。

 

 神楽が先ほど同様に大刀を横に振り切った。跳躍してそれを避ける。

 しかし二度目だからか、神楽もそれをわかっていたようで、すぐに腰を低くして避けてみせる。

 だがそれは俺にとっては格好の的だ。下に落ちる勢いを利用して両刀を振り下ろし——神楽の身体に斜め十文字を刻んだ。

 

「が……ぐっ……!!」

「お前はさっき、俺たちの力は足し合わせても同等にしかならないと言ったな。だが俺らの関係は足し算なんかじゃねえ——かけ算だ!」

 

 蹴りを入れると同時に足裏で妖力を爆発させ、神楽をかっ飛ばす。

 俺たちの距離が開いた。

 やつは息を荒くしながらこちらを睨み続けるのみで、攻めてくる様子はない。

 

 ここまでで戦況はおそらく五分五分。いや、僅かだがこちらが優勢だろう。このままいけば勝てる。

 そう確信したところで、空から降り注ぐ光が一層強くなった。

 

「な、なんだ……?」

「おいヤベェぞ。破壊の星がとうとう月を突破しやがった。地球までたどり着くのは……あと十分くらいだ」

「なんだと!?」

 

 狂夢から告げられた現実に目を見開く。

 おいおい……さすがにあと十分であいつを倒すのは不可能だぞ! 俺たちがこれだけやってやっとダメージが与えられるのだ。無理ゲーにもほどがある。

 ……いや、一つだけ方法があったな。ただしそれはほとんど博打のようなものだ。しかし何もやらないよりかはマシだと信じ、作戦を狂夢に伝える。

 

「『アルマゲドン』だ。狂夢、『アルマゲドン』をあいつにぶつけろ」

 

『アルマゲドン』。狂夢が持つ、月すら粉砕してみせる究極の技。だがやつの顔は晴れない。

 

「無理だ。あんだけ溜めが長い技が光速以上で動き回るやつに当たると思うか? そもそも誰が術式を構築しているときの俺を守る? そもそも今の俺は力を消耗しすぎていて、星一つ消すにはとても足りねぇ」

「威力以外に関しては問題ない。俺が全部を務めよう」

「努めよう……って、お前まさか一人であいつを押さえつける気か!?」

 

 正気か、とその目は聞いてきていた。

 こちらも強い瞳で睨みつけてやる。

 ……ああ、本気だと。

 

「他にこれしか方法が思い浮かばないんだ。だったらやるしかねえだろ」

「……はぁっ、分の悪い賭けだってことはわかっちゃいるんだがな。たしかに、それ以外に方法はねけわな」

 

 狂夢がその場から上昇した。

 

「言っとくが次はねぇ。俺はこの一撃に全てをかけるからだ。そのリスクを背負う覚悟があるなら、死ぬ気で食い下がっていきやがれ!」

 

 狂夢の言葉には後押しされて、俺は飛び出した。

 頭上では狂夢が黒い玉を作り始めている。

 

「一人で来るとは、血迷いましたね!」

 

 俺よりも速く接近してきた神楽の言葉とともに膝が、腹部に突き刺さる。

 唾とともに血が口から飛び出て、俺の動きが止まる。そこを突かれて左の裏拳が、邪魔な虫を払うように繰り出され、俺の顔を捉える。

 

 駒のように回転しながら吹き飛んでいく。しかし神楽はそれよりも速く動き、刀を振り下ろしてきた。

 

「『燕返し』」

 

 縦一文字の斬撃が俺を斬り裂いた。二撃目が襲いかかって来るが、それはなんとか両刀を交差させて防ぐ。

 だが再び足が蹴り込まれ、腹部に当たる。

 

「なっ……めるなぁっ!!」

 

 痛みを我慢するため大声を上げ、強引に刀を振るう。

 神楽は軽やかにそれを回避すると、再び接近してくる。

 

 くそったれが……! ただでさえ折れていたあばら骨が、今ので完全に粉砕しやがった。臓器もいくつか潰れてるのか、絶えず喉から口に血が上ってきやがる。

 

 弾丸のような飛び膝蹴りが俺の顎を撃ち抜いた。

 その衝撃で溜まっていた血液が風船から破裂したかのように噴き出てくる。

 しかし打撃攻撃はあくまで繋ぎだ。本命の攻撃は次。

 

「『雷光一閃五月雨突き』」

 

 無数の雷が身体を貫いていく。

 考えるな。息を止めろ。痛みを痛みと認識する前に絶えず刀を振り続けるんだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺は身体が穴だらけになるのもいとわずに前に前進し、体重のあらん限りを込めて刀を前に突き出す。

 

 俺と神楽の身体の背中から刃が生えたのは同時だった。

 神楽は血反吐を吐きながらこちらに左手を向けてくる。残念ながらそれに抵抗する力は今の俺にはない。

 

「『ジゴデイン』」

 

 解き放たれた黒い雷が俺を飲み込み、弾き飛ばした。

 力が、抜けていく。全身が麻痺して身体が動かせない。

 黒い煙を纏いながら、俺は空から落ちていく。

 

「まだですよ……! まずはその忌々しい顔から消し去ってくれる!」

 

 しかし、神楽の追撃は続いた。

 自身を貫いた怒りを妖力と一緒に左手に込めて、紫電を作り出す。そのまま刀身に触れると、鍔の近くのはばきから刃先まで一気に手を滑らせ、紫電を注入する。それを天に掲げると、雲を貫いて遥か高くまで光の柱が伸びて、刀身が巨大化した。

 

「『ジゴスパーク』ッ!!」

 

 紫色の柱が振り下ろされる。

 そのとき、視界に黒く、巨大な球体が空に浮かんでいるのが見えた。

 それは本来のものよりもサイズは遥かに小さい。しかし、たしかにそれは『アルマゲドン』だった。

 

 狂夢が技を完成させた。だったら俺が寝転んでいる暇はないだろ! 

 体勢を立て直し、頭上の敵を睨みつける。

 そして持てる限り全ての力を両手の刀に込めて、叫んだ。

 

「『千花繚乱——千弁万華』ァァッ!!」

 

 両手に握られた赤と青の刃が光輝いたかと思えば、紫色の柱に何千何万回と振るわれる。

 空気も音も光も空間も何でさえも。

 全てはその斬撃に置き去りにされた。気づけば俺の体は電気を纏い、目視することすらできないほどスパークした。

 

「こんなところでっ、こんなところで終わるわけにはっ、いかないんですよ!!」」

 

 俺の神速の斬撃と神楽の紫の柱がせめぎ合う。

 神楽がそう叫ぶと柱の光はさらに輝きを増し、俺を押し返していく。

 

 そのとき、何かが背中を押してきた。

 振り返って確認する。そこには紫が、手を突き出して俺を支えているのが見えた。

 いや、彼女だけじゃない。霊夢に魔理沙、紅魔館のやつらや永遠亭のやつらまで。これまで出会って来た全ての人妖たちが俺を支えていた。

 

 その光景はもしかしたら極限状態に陥ったせいで見た幻なのかもしれない。しかし今の俺にはそれで十分だった。全員の気持ちを背負っている、全員の気持ちが俺を後押ししてくれている。そう思えるだけでよかった。

 

 赤と青の刀身が巨大化していく。俺の速度はさらに上がっていき、もはや自分でさえ何をしているのかよくわからない状態となっていた。

 妖怪の力は精神に依存する。今の俺は、過去最高に強かった。

 

 力の全てを出し尽くすように刀を振るい続けると、徐々に光の柱にヒビが入っていく。

 そして、ガラスが割れるような音を立てながら、紫の光柱は砕け散った。

 

「これでっ、最後だァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 数えることが不可能なほど神楽を切り刻みながら、流星のように空へやつごと突き進んでいく。その先には辺り一帯を覆うほど巨大な黒い球体があった。

 

「『アルマゲドン』ッ!!」

 

 放たれた破壊の黒球に向かって加速し、神楽を間にして俺はアルマゲドンへ刀を振るいながら突っ込んだ。

 

「ガァァァァアアアアアアアッ!!」

 

 アルマゲドンに張り付けにし、ひたすら目の前に向かって斬撃を繰り出していく。血なんてものは剣の熱で蒸発し、目に見えることもない。

 そして最後に振るった刃が黒い月ごと、神楽を一刀両断した。

 

 膨大なんて言葉で表現できない、凄まじい爆発が天空で起こった。

 その余波は幻想郷にとどまらず地球にまで及び、およそ数分に渡って世界的規模の大地震が起こる。

 

 気がつけば俺は爆風に飲まれて地面に叩きつけられていた。

 限界を超えたせいか、腕も足もぐちゃぐちゃに折れ曲がっていて立つことすら難しい。刀も粉々に砕け散っていた。

 

「ずいぶん酷い姿だな、おい」

 

 そんな俺を、歩いて近寄って来た狂夢が嘲笑った。

 やつもまったく被害を受けていないわけではなく、ところどころに傷が見える。しかし俺よりもマシなのは確実だった。

 

 終わった、のか……? 

 大きく息を吐き出そうとする。

 

 そのときだった。近くで身の毛も凍るような声が聞こえてきたのは。

 

 

「まだ……まだっ、勝負は終わって……!」

 

 神楽はズルズルと上半身を引きずりながらこちらに近づいてくる。

 やつがまだ生きていたのには驚いたが、すぐに平静を取り戻す。なぜならもうやつには毛の先ほどの力を感じなかったからだ。

 

 俺は折れ曲がった足で無理をしてでも立ち上がり、やつを見下ろす。それに別段特別な意味はなく、強いて言うなら意地だった。

 

「もうやめろ……お前に勝ち目なんざねえ。お前は負けたんだ」

「負け……? ふ、ふふふっ、負けてないですよ! だって私にはまだあれがあるから!」

 

 狂ったように笑いながら神楽は空を仰ぎ見る。

 空を包んでいる紫の光は、明らかに先ほどよりも大きくなっていた。

 

「ヤベェ……あと五分だ……」

 

 ポツリと狂夢が呟く。

 五分……ダメだ、何も解決策が思いつかない。

 くそっ、ここまで来てダメなのかよ! 

 

「ハハハハハっ! 終わりだ! 終わりなんですよ私たちはぁ!」

『いいえ、終わらせはしないわ』

 

 絶望に打ちひしがれていたそのとき、全員にとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 いや、実際には俺と狂夢も聞いたことはない。でも別の記憶の中でそれを知っていた。

 

 神楽は目を見開き、唇を震わせながらその視界に映った人物の名をつぶやく。

 

「めっ……メリー……?」

 

 問いかけるかのような声に、メリーはゆっくりと頷いた。しかしその体はまるで色のついた光を無理やり集中させているかのようで、薄くなったり濃くなったりを繰り返している。

 

「どういうことだ? メリーはたしか死んだはずじゃ……」

「私が特別に呼んだんですよ」

 

 誰に向かってでもないその問いに答える声があった。そちらに視線を向ける。そこには独特な帽子を被った少女がいた。

 四季映姫・ヤマザナドゥ。地獄の閻魔というやつだ。

 なるほど、彼女なら死者を呼び戻すこともできるだろう。彼女の体が薄っすらとしているのも彼女が魂だけの存在だからということか。

 

「成仏できずにさまよい続ける魂の中から彼女たちを見つけるのは大変でしたよ。おかげで時間がかかってしまいました」

「彼女たち? ってことはまさか……」

 

 鬼火のようなものがメリーの隣に並び、やがて一人の女性へと変化していく。

 宇佐美蓮子。秘封倶楽部のメンバーであり、メリーと神楽の親友。

 

「……っ、これは幻だ! 私を惑わすための幻に過ぎない!」

『ううん、幻なんかじゃないよ。本物だよ』

 

 神楽はそれ以上見ないように目を瞑る。しかしメリーが彼に抱きついたことで、そのまぶたは開かれた。

 

『これでも、本物かわからない?』

「あ……ぁ、本当に、メリーなのか……?」

『うん、そうだよ。あなたの恋人のマエリベリー・ハーン』

 

 彼女の声は安らかだった。それが神楽の瞳に宿る炎を打ち消していく。

 

「離せ……私にはまだ、やるべきことが……! 貴方たちの仇を取るためにも……!」

『もういいの……もういいのよ……そんな嘘を私にまでつく必要はないの。だから、聞かせて。貴方の本当の気持ちを……』

「わ、私は……!」

 

 もう彼の瞳に憎悪の炎はなかった。

 ポタリと、雫が一つ、彼の瞳から溢れる。それを皮切りに止まない雨のような涙が降り注いだ。

 

「私は……っ、俺は……っ、お前たちのことが大好きで……お前たちのいない世界が絶えられなかったんだ……!」

『うん、わかってるよ。だからさ、もうこんな辛いことはもうやめよう?』

「……ああ」

 

 神楽の姿が暖かい光に包まれていく。

 やがて、中から現れたのは黒髪を逆立てた一人の青年だった。下半身は再生しているが、その体はメリーと同じように姿がはっきりとしていない。

 これはやつが純粋な魂に戻った表れだろう。

 

『あーあ、私も何か言おうと思ってたけど全部メリーが持ってっちゃうんだもん。でもまあ、さすがは良妻ってとこかしら』

『も、もう……からかわないでよ、蓮子』

『……お前は死んでも変わらないんだな』

 

 三人は互いに見つめ合うと、あまりのおかしさに笑い合う。

 そしてひとしきり笑ったところで、神楽は俺たちの前に立つ。

 

『色々迷惑かけちまったが……ありがとうな。心の闇が晴れたよ。これでようやく、俺も消えることができそうだ』

「消える前にさっさと真上の爆弾を処理してくれると助かるんだが」

『……ああ、あれを止めるのはもう無理だ。だがきっちり責任は取らせてもらう』

 

 神楽は俺たちに背を向けると、空中にふわり浮かぶ。

 

『おれの魂は破壊の星に匹敵するほどのエネルギーを秘めている。本来は星と俺、二つの爆発でこの星を消すつもりだった。だがそれを、守るために使おうと思う』

「お前……まさか死ぬ気か?」

『もうすでに死んでいる。それにこれだけの大罪を犯してながら悠々と地獄で暮らすなんてことは、俺にはできない』

「……そうか」

 

 引き止めることはしなかった。

 その案以外に何も思いつかなかったというのもあるし、やつは今回の異変で数多くの命を奪った。それを償う必要が神楽にはある。

 しかし背を向けながらも、やつは俺に声をかけてくる。

 

『……最後に人生のアドバイス、してもいいか?』

「……はぁ?」

『俺が言えたことじゃないが、お前はもっと素直になれ』

「何を言って……」

『お前を愛しているやつらと正面から向き合えってことだ』

 

 その言葉を聞いていくつかの少女たちの顔が浮かび上がってきた。

 紫、早奈、剛。思えばずいぶん彼女たちからの好意を受け流してきたものだ。

 だけど俺は、人を愛することが……怖いんだ。

 

「……なあ、教えてくれ。お前を壊した原因は恋だろう? なのになんで恋を恐れないんだ?」

『……たしかに、人を愛した瞬間に別れという名の悲しみは絶対的にやってくる。それはとても辛いことなのかもしれねえ。だが、俺は少なくとも、メリーを愛したことに後悔したことはない』

「……なんでだ?」

『それ以上のものが自分に返ってきてくれるからだ。だからお前も、もう俺なんかに縛られる必要はねえ。幸せを求めてもいいんだ』

 

 まだまだ聞きたいことはたくさんあった。だが、もう時間が来てしまったようだ。

 世界がいよいよ、空から降り注ぐ光によって紫色に染まり出す。気温は上がっていき、周りの景色がよく見えなくなってきた。

 

『時間だな。じゃあな、楼夢に狂夢。お前らと出会えてよかった』

『私たちもついていくよ』

 

 神楽の左右の手をメリーと蓮子はそれぞれ握る。

 慌てて俺はやつに最後の言葉を投げかけた。

 

「ありがとな。なんだか目が覚めたような気がするぜ」

『……ありがとう、か。まさか俺に感謝を言ってくるやつがいるとはな』

 

 その会話を最後に神楽たちはもの凄い速度で空へと上がっていく。

 そして姿が見えなくなったころに大地が割れるかのような音がして、地球全土が目も開けられいほどの眩い光に包まれた。

 

 数秒経ち、やがて光が収まっていくのをまぶたの裏から感じ取る。ゆっくりと目を開けると、そこに映ったのは青一色に染まった空だった。

 

「終わった、かぁ……」

 

 全てが、終わった。

 そう思うと身体から力が抜けていき、俺は仰向けになって地面に倒れる。心地よい太陽の光がほおを撫でた。

 

 もう動く気力すらなかった。ゴツゴツしているはずの地面でさえ、今では極上のベッドのように思えてくる。

 

 ここまで頑張ったんだ。ちょっとは休んでもいいよな……? 

 

 誰に問いかけるでもなく、心の中でつぶやく。しかし返らぬ返答を待つよりも先に、意識が混濁していく。

 

 そうして俺は、祝福するかのような日光を浴びながら、深い眠りに落ちた。

 



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最終回:東方蛇狐録〜超古代に転生した俺のハードライフな冒険記〜

 神楽による異変は終わりを迎えた。

 しかし無事だったとは言い切れない。幻想郷中の強者たちが大怪我を負い、妖怪の山に至っては大量の死者を出してしまっている。それに戦いの余波で各地がズタボロになっており、一部の人々は元どおりの生活を送るには少しばかりの時間が必要だろう。

 これだけの傷跡を残した今回の異変は瞬く間に人里にも広がり、畏怖を込めて『幻想郷大戦』と呼ばれるようになった。

 

 そしてそれから一ヶ月後。

 俺はいつも通り縁側に横たわって日向ぼっこをしていた。

 季節はもう春。桜を肴に盃の中の酒をぐいっと飲み干す。途端に上がってくる熱に心地よさを感じながら、目をゆっくりと瞑る。

 

 平和だ。それ以外に今を表す言葉はない。こうやってゆっくりしていると一ヶ月前の出来事が嘘だったように感じられる。

 しかしその平穏も、こちらに向かってくる足音によって見事にぶち壊された。

 

「ったく、昼間から酒か。いい身分だな」

「ゲームしかやってないお前が言うんじゃねえよ」

 

 日差しを遮るようにその人物が立ったことによって、嫌々ながらも目を開けざるを得なくなる。

 白く逆立った髪に白い服。さらには俺に瓜二つの顔。声だけでわかってはいたが、やはり狂夢だ。

 俺は起き上がり、改めて縁側に座る。その横にやつは腰かける。

 

「前までは朝から晩までヒーヒー言いながら働いてたのに、もう飽きたのか?」

「違えよ。異変が終わってからもう一ヶ月。俺の助けを必要とするところが少なくなって来ただけだ」

 

 異変が終わったあと、俺は今回の件に対して責任を感じていた。

 当然だ。神楽がやったこととはいえ、俺の力が悪用されたのは事実だ。だからこそその罪を償うため各地で活動していたのだ。

 それはたとえば凹んだ広大な地面の整地だったり、消し飛んだ森や山の再生だったり、建造物の復旧だったり……。

 中でも一番大変だったのは紅魔館の再建だな。レミリアのやつめ、ここぞとばかりに俺をこき使ってやがって……。最終的には前の1,5倍のスケールになったが、住む人数が少ないのに広くしてどうする気なのやら。

 

 そこでふと思い至って、狂夢に問いかける。

 

「そういえばお前、今日の宴会には参加するのか?」

「するわけねぇだろ。俺に生き恥を晒せっていうのか?」

「あー、そういえばお前知り合い誰もいなかったもんなぁ……まあ部屋でゲームでもしてるんだな」

「宴会場所ここだから絶対騒がしくなるだろうが。ったく、混沌の世界さえあれば……」

 

 舌打ちをする狂夢。

 そう、俺の精神世界こと混沌と時狭間の世界は崩壊した。妖魔刀、つまりは舞姫が砕け散ったからだ。

 今俺の手元にはもう一つの妖魔刀である妖桜(あやかしざくら)しかない。

 

「仕方ないだろうが。あのときは刀を気にかける余裕なんてなかったんだからよ」

「俺が完全にお前と分離してたからよかったけどよ、もし戻ってたら死んでるところだったぜ」

 

 妖魔刀は本来壊れることはない。なぜならそれが意味することは、所有者の死亡だからだ。だが俺の舞姫は狂夢が抜けて力を落としていた。それが破壊につながっていたのだろう。

 

「妖魔刀のこともあるが、お前は昔からずっとこのときのための準備をしていたんだな」

「……なんのことだ?」

「とぼけるなよ。よく考えれば誰でもわかる話だ」

 

 たとえば紫が俺たちを救う際に使った、時狭間の水晶。あれは伊達や酔狂で作ったんじゃない。紫たちが使うことを想定して作られたものだ。

 他にも俺を強くするために妖魔刀となって時狭間の世界にいてくれた。本当は自分が外に出たいかもしれないのに。

 

「ただまあ、なんで時狭間の水晶を神楽の分まで作ったのか、てのは疑問に思っているがな。そのせいで神楽が幻想郷に来ちまうし」

「簡単な話だ。この時代の人妖どもでなければ俺たちを解放することができなかった。ただそれだけだ。それに、遅かれ早かれ、やつは自力でこの世界に来ていただろう」

 

 たしかに、今の幻想郷は強者と呼べる者たちの数が非常に多い。その中でも、特に霊夢の活躍は大きい。

 だが彼女は人間。その寿命はロウソクの火のごとく短い。だから、この時代にしたのだろう。

 

「さて、俺はそろそろ行くぜ」

 

 狂夢は立ち上がる。

 俺はやつに問いかけた。

 

「行くって……どこにだ?」

「もう神楽もいなくなったからな。俺は自由の身だ。だからこそ、旅に出ようと思う」

 

 旅。引きこもりがちな狂夢からその言葉が出てきて、少し驚く。

 いったいどんな心境でそう決めたのか。

 

「旅か……世界でも巡るつもりか?」

「いや、宇宙を旅するつもりだ。この地球は俺にとっちゃ狭すぎる」

「……そりゃまたスケールのでっかい話だな」

 

 今まで精神世界にいたやつがそれを言うか……。

 しかし、宇宙か。たしかに俺たちじゃ世界一周なんてすぐだろうし、やつの言葉も間違っていないようにも聞こえる。

 そうして地球以外の生物が繁栄する星を見つけては、旅するのだろう。

 

「当分は再会できそうにないな……」

「一万年周期ぐらいで戻って来てやるから、そのときは案内しろよ。この星の新しい文明を」

 

 狂夢は俺に背を向けたまま縁側から距離を取った。そして見向きもせずに手を振ってくる。

 

「あばよ、楼夢。それと……結婚おめでとう」

「っ! ああ、またいつか……!」

 

 あの狂夢が、俺に祝福の言葉を……!? 

 慌てて言葉を返す。しかし言い切ったときには、やつの姿はなかった。

 照れ隠しってやつなのだろう。狂夢らしくないセリフではあった。が、らしくないからこそ、希少なダイヤモンドのようにそれは俺の心に深く残った。

 

 ふと左手に視線を落とす。薬指には金色の美しい指輪が三つ、はめられていた。

 

「どうしたの? そんなに指輪を見つめて」

 

 後ろから声がかかってきて振り返ると、紫がお茶を乗せた盆を両手で持って立っていた。彼女はそれを縁側に置くと、俺の横に座り込む。

 そのとき見えた左の薬指には、俺と同じ金色の指輪がはめられている。

 

「いや、結婚したって実感が湧かなくてよ」

「……本当のことを言えば、私もそうなのよね。まさかあれだけ恋愛を避けていたあなたがいきなりプロポーズしてくれるなんて……」

 

 当時のことを思い出したのか、紫は少し顔を赤く染める。かくいう俺も恥ずかしくなって、頭をかいた。

 いくら神楽に押されて恋愛と向き合うと決めたとはいえ、さすがに起き上がってからすぐに告白は急すぎたな。しかもあのときは避難場所でだったから、結果的に多くの怪我人たちに見られてしまったわけだ。

 

「なんだ、迷惑だったか?」

 

 わかりきった問いを投げかける。

 

「ううん、すごく嬉しい。ただ……」

「ただ?」

 

 だが彼女の歯切れは少し悪かった。

 はて? なんか文句があるところでもあったか? 

 自問自答してみるが思い当たる節はない。

 そんな様子に呆れ、彼女は少し間を置いてから答えた。

 

「ただ……三人いっぺんにプロポーズってのはどうなのよ?」

「あら、私は別に三人同時でも嬉しかったんですけど」

「儂もじゃな。紫は心が狭いのう」

 

 紫のため息とともに、屋内からひょっこりと剛と早奈が姿を現した。

 もちろん彼女らの指にも指輪がはめられている。

 早い者勝ちとばかりに早奈は空いていた俺のもう片方の隣に座る。剛はそれを見てムッとしたが、気を取り直して背中に抱きついてきた。

 

「あ、なにちゃっかりと楼夢さんに密着してるんですか!」

「ふふん、残り物には福があるのじゃよ。ほれほれ、胸が当たって楼夢も気持ちよいじゃろ?」

「いや……あの……腕がミシミシ言ってて集中できないというか……」

「なにしれっと感触楽しもうとしてるのよ!」

 

 スキマから取り出されたハリセンで頭を叩かれた。解せぬ。絶対にあいつらが悪いと思うのに……。

 

「本当、そんなのでよく結婚できましたね。もうちょっと力加減というものを学んだらどうですかこのゴリラ女」

「イラつくたびに呪いを撒き散らす陰湿な女には言われたくはないのう」

「どっちもどっちよ。まともなのは私だけね」

「生活リズムグダグダで家事全般不得意な人は黙っててください」

「散らかりっぱなしなゴミ部屋はまだしも、料理作ろうとして台所を吹っ飛ばしたことはさすがの儂でもないぞ?」

「い、言ったわね! 表出なさい!」

「はぁ……これから毎日こんなのになるのか……」

 

 紫に早奈に剛。

 思えば、この三人が仲良くしているところなんて見たことなかったな。どっちかというと本当に嫌い合ってるというよりかは競い合っているみたいな感じだから放ってはいたんだけど……まあ、仲裁は美夜にでもぶん投げるとするか。

 ここを収めてこそ夫の力量が測れるなんて言うやつもいるかもしれないが、地雷原の中に自ら突っ込むぐらいなら逃げたほうがまだマシだ。

 

 そんな風に騒いでいると、鳥居がある方から誰かが歩いてきた。

 地獄絵図のように互いに罵り合う三人を見て、呆れたように言う。

 

「ちょっと、飼い主だったらペットのしつけぐらいちゃんとしときなさいよ」

「無茶言うな霊夢。下手したら噛みつかれて腕ごと持っていかれるわ」

 

 紅白の巫女服に身を包んだ少女は博麗霊夢。博麗神社の巫女だ。

 この前の異変で上半身と下半身をおさらばされていたはずだが、今はちゃんとくっついていた。それもそのはず、彼女はあの異変の後永遠亭に緊急入院していたからだ。

 さすがは永琳、治療に関しては超一流だ。他にも体が二つに分かれたやつらは結構いたけど、いずれも全て彼女の手によって今では完治している。

 

「今日は早いな。宴会は夜だぞ」

「あれ、聞いてないの? みんなの希望で花見も兼ねて、宴会は昼からになったのよ。紫が報告してるはずだけど」

「……あ、忘れてたわ」

「いや忘れてたじゃねえよ」

 

 どうすんだよこれ……って思ってたけど、幸い美夜たちには聞かされていたようだ。台所の方から料理の匂いがしてくる。

 

「てことはよ、参加者はもう……」

「もちろん、ほとんどが来ているわよ」

 

 急いで神社の正面まで走っていき、鳥居の上に飛び乗ってその場を見下ろした。

 そこにはワイワイと騒ぎながら階段を上ってくる人の群れがあった。

 あっという間に境内はいっぱいになり、あちこちに酒や料理が運ばれるようになる。

 

「さあ、乾杯の言葉は任せたわよ」

「えっ、俺?」

「当たり前でしょうが。アンタ以外に誰がいるのよ」

 

 そう言うと霊夢はさっさと人の群れの中に混ざってしまっていった。

 盃を片手に持った全員の視線が俺に集中する。

 やるしかないと悟り、咳を一度したあとに口を開く。

 

「えー、まあなんだ。今回の宴会の主催者の楼夢だ。知らないやつはいねえと思うがな」

 

 どうも口が上手く動いてくれない。こういうのは霊夢がいつもやってたからなぁ。

 

「今回の異変、俺は最初動けない状態になっていた。敵に囚われていたからだ。だがこうして無事に戻ってこれたのは紛れもなく、ここにいる全員のおかげだ。らしくねえとは思うが言わせてくれ。——ありがとう」

 

 頭を深々と下げる。前は見えないが、それでも雰囲気だけで全員が驚いているのがわかった。

 だけどこれは俺の本当の気持ちなんだ。

 こいつらがいなかったら、俺は神楽と戦うことすらできなかった。こいつらがいたから、最後のところで踏ん張れた。

 本当に、本当にありがとう。

 

「……とまあ長ったらしい話はおしまいだ。それじゃ全員いくぞ!」

 

 頭をあげて声を張り上げる。

 そして俺は盃を天に向かって思いっきり突き上げた。

 

「異変解決を祝って——乾杯っ!」

『乾杯っ!!!』

 

 全員が一斉に酒を飲み始める。酒や料理はもちろん、会話やときには弾幕が飛び交って会場はカオスと化した。

 しかしそれでも全員の顔には笑みがあった。つられて自然とほおが緩んでしまう。

 

 この光景を、守っていきたい。

 盃の中の酒を口に含んだ。

 爽やかでありながら少し溢れ出てきた苦味を噛み締め、そう誓った。

 

 

 

 東方蛇狐録〜超古代に転生した俺のハードライフな冒険記〜

 

『完結』






今まで東方蛇狐録を読んでくださりありがとうございました。今回を持って、この小説は完結いたしました。

思えば三年。まだまだ短いという方もいらっしゃるかと思いましたが、自分にとっては長く時間でした。
最初は他の方々の作品を読んで、それに影響された形で筆を取っていたので最後まで続くとは思っていませんでした。しかし投稿するたびに数々の感想をいただき、そのたびにやる気になってもう一話と書いているうちにとうとう約三百話という長作にまでなってしまいました。この作品は皆様と一緒に作り上げたと言っても過言ではなく、誠に心から感謝しております。ありがとうございました。


さて、少し長くなってしまいましたが今後の話をしたいと思います。
最初に、次回作が決定しました。詳しくは書けていないので話せませんが、今度はイナズマイレブン(円堂世代)の二次創作をここハーメルンで投稿していく予定です。
ただ、一話が投稿されるのは早くて来年になると思います。というのもここ最近のスケジュールがかなり厳しくなっていたり、某ゲームが発売されたりでいろいろ忙しくなるからです。それと、この小説での経験を生かしてある程度溜めてから一日置きに投稿、というスタンスを取るつもりなのでストックを溜めるのに時間がかかるというのも理由の一つです。今五話ほど出来上がってはいるのですが、三十話はストックしていたいのでまだまだになりそうです。

というわけで最後に皆様、今日まで本当にありがとうございました。
また次回作で会えたら光栄です。


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