Angel Beats! ~失せた心と色~ (拳骨揚げ)
しおりを挟む

Heaven's Door
#1


 


 ―――そんなに苦しいなら抗えばいい。戦えばいい。

 そいつは、それがさも当たり前かのように人好きのする笑みを浮かべて言った。

 ―――幸いなことに、この世界では時間はほぼ無限だ。だったら理不尽な人生をしいて、無慈悲な死をくれた、今ものうのうと俺たちを見ている神に、復讐の一つ二つするために使う方がよっぽど人間らしい。

 それは、行き場のない感情を募らせていたあたしにとっての希望だった。

 ―――神に復讐するための組織を造ろう。お前がリーダーだ。任せろ、お前の後ろにはいつも俺がいる。お前は前だけ見てろ。そうすれば、嫌でも人はついてくる。

 その言葉が、今の自分たちを形作ったのだ。

 

× × ×

 

「……っぺ。お……ゆ……っぺ!」

 

 天上学園の元校長室、現死んだ世界戦線の本部、その机で頭にカチューシャとリボンをつけた少女が眠っていた。そんな少女を起こすために青髪と茶髪の少年が声をかけていた。

 

「ゆりっぺ! 起きろって!」

 

 青髪の少年がそう声を荒げた瞬間

 

「うっっるさぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「グハァッ!」

 

 右アッパーが見事に少年の顎を打ちぬいた。

 錐もみ飛行しながら壁に激突しほこりが視界を悪くする。視界が晴れると、そこには頭部を壁にめり込ませた少年の姿が。その姿に茶髪の少年がドン引きしていると、ズボッ! という音とともに少年が復活した。そして殴った少女へと詰め寄る。

 

「いきなり殴ることないだろ!」

「あなたの顔が近くにあったからつい、許しなさい」

 

 不遜な態度で言う少女に少年はさらに叫ぶ。

 

「それで許されるなら警察はいらないんだよ!」

「もう寝起きでがなり立てないでよ、頭が痛いじゃない」

「だれのせいだよ!」

「なによ、許しなさいよ。まったく真実(まこと)と違って器が小さ……ッ」

 

 その名前は、ふいに出てしまったものだった。もしかしたら先程夢に見たせいかもしれない。少女はそれに気付いた途端に苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「珍しいな、ゆりっぺがこころの名前を出すなんて」

 

 目を丸くして多少驚きながら青髪の少年が言う。その名前に聞き覚えがなかった茶髪の少年が怪訝な顔をして聞く。

 

「誰なんだ? そのこころ? ていうのは?」

 

 それに応えたのは青髪の少年。

 

「ああ、お前はあいつのこと知らなかったっけ?」

「ちょっと日向君?」

 

 見知らぬ人の正体を明かそうとする青髪の少年“日向(ひなた)”に少女“ゆり”が睨む。

 

「いいだろ? 戦線内であいつのことを、こいつだけ知らないんだぞ」

 

 ゆりは少しの逡巡の末ため息を一ついて自分の椅子に腰を下ろした。それを了承ととらえた日向は一つ咳払いをして話し出す。

 

「これ「待ちなさい」」

 

 しかしその語りはゆりに止められてしまう。出鼻をくじられてこけそうになるのをなんとかこらえる日向。

 

「なんだよゆりっぺ。話していいんだろ?」

 

 そう文句をいう日向に、ゆりは椅子にもたれかかり言う。

 

「あたしが話すわ。だってリーダーですもの」

 ―――それに、と続けてすこし愁いを帯びた瞳で言う。

「あいつの、真実のことを話すなら、あたしのほうがいいと思うから」

「そうだな。こころのことは、ゆりっぺのほうが、知ってるもんな」

 

 日向が微笑をもらし納得し、ゆりが語りだす。

 

「これは、あたしと日向君ともう一人、無心(むこころ)真実(まこと)が戦線を作るまでの軌跡と出会いの話」

 

× × ×

 

 理不尽な人生だった。たった三十分で大事な妹弟を失った。一番大事にしていた子たちが数人の男たちの気分でその命を奪われた。ちゃんとしたお姉ちゃんをしていたはずなのに、あたしはあの子たちを救えなかった。

 もし神なんて存在が本当にあるのなら、あたしは神を許さない。

 

 まぶたの上から差す光。それが日光だと気付くのには少しだけ時間を要した。頬を撫でる風を感じて、ようやくあたしは身を起こす。場所はベンチの上、横のテニスコートで部員たちがラリーをしていた。

 

「……あたし、どうして」

 

 たしかにあの時、あたしは……。―――死んだはずなのに。

 そして気付く、身に着けているセーラー服が自分の知らないものだということに……。状況が理解できない。人に聞いた方がいいだろう。だったら早くしなくちゃ、テニス部員の人たちに聞こうとしたそんな時に、そいつは現れた。

 

「起きたか、調子はどうだ?」

 

 その声の方を向くと、柔らかな笑みをこちらに向けポッ○ーを持つ男子生徒がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――これが、後に死後の世界で戦う組織“死んだ世界戦線”のリーダーになる少女“仲村ゆり”とその礎を共に築く“無心真実”との出会い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2

 二話です。


 ゆりのキャラがこれでいいのか不安です。


 この小説、物語の進みが絶望的に遅いので、読んでくれている方たちはもどかしい思いをするかもしれませんが、どうかご容赦ください。


 かなり加筆しました。よろしくお願いします。


 一瞬だけ目を細めたかと思うと、彼は○ッキーを一本口にくわえる。

 

「調子はどう? どっかえらくない?」

 

 言いながらその笑みを少しだけ心配そうに曇らせてこちらに近づいてくる男子生徒。しかしその手に持つポ○キーを食べる手は止まる気配はない。

 ……ぽりぽりぽりぽり……

 ―――こっちが混乱しているのに、なに呑気にポッ○ーなんか食ってんだっ!

 もはや緊張感の無い行動がすべて逆鱗に触れたかのように、あたしはこの男子に掴みかかった。男子は「グエッ!」とカエルが踏みつぶされたかのような声を上げる。もちろん、○ッキーは地面にこぼれ土にさらにコーティングされる。だがこちらはそれどころじゃない。

 

「ねえ、ここはどこ!? なんであたしはこんなところにいるの!? だってあたしは……!」

 

 襟を掴んで激しく揺らしながら訊ねる。

 

「やめて揺らさないで……脳が揺れる。……それと首締まってる」

 

 しかし返って来たのは苦しそうな声。やりすぎたことにようやく気付いて手を放すと、「ゲホッ! ゲホッ!」と何度も咳をした。

 

「ごめんなさい。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 気を取り直して聞くも、彼からの返答は苦しそうに咳き入っている声だけ。

 

「ゲホッ! ゴホッ!」

「ねえ」

「オエッ! ゴホッ!」

「ちょっと」

「エホッ! エホッ!」

「話を聞けぇぇぇっ!」

 

 いつまでも咽ていてこっちの話を一向に聞こうとしない男子生徒に、あたしはたまらず飛び蹴りをかましてしまう。

 

「おわぁぁぁぁぁっ!」

 

 見事に腹部に入ってしまい、男子生徒はその場でもんどりうつ。―――あたしは悪くない。十分な時間を与えたのにこちらの話を聞かないこいつが悪い。

そしてフラフラと膝を笑わせながらなんとか立ち上がって呻きながら言う。

 

「ぉおぉぉ、見事に鳩尾に入った。まさか、倒れていた少女が格闘技を得意とする少女だったなんて」

「するかぁぁ!」

 

 まったく不名誉なことを言われてたまらず回し蹴りをくらわそうとしたとき、ふいに目の前にヤク○トを差し出された。空気を読まないその行動に呆気に取られて差し出してきた男子の方を向くと、彼はにっこり笑う。

 

「まあまあ、ヤ○ルトでも飲んで落ち着きなさい。ヤクル○には精神を落ち着かせる効能がある」

「あるかぁぁっ!」

「ぐふっ!」

 

 中断してしまった回し蹴りを彼の横っ面に叩き込んだ。完全に伸びてしまった男子を見て、そしてこれまでのことでようやく落ち着いてきていた。まだまだ混乱はしているが、冷静になるだけの余裕は生まれた。

 

× × ×

 

「落ち着けた?」

 

 伸びていた男子が復活するのには十数分かかった。彼は首元を抑えながらなんとか立ち上がる。そして地面に散らばって粉々になったポッ○ーの残骸を見て顔を青くさせる。心なしか涙目だ。それを落胆のため息とともに諦めると、こちらに向かって蹴られた頬をさすった。

 

「それにしても、随分容赦なく蹴ってくれたな」

「ご、ごめんなさい」

 

 気まずくなって謝った声も小さくなってしまう。さらにはお菓子一つにそこまでショックを受けられるとは思っていなかった。

だけど彼はあたしの様子を見て、自分の問いかけの答を見つけたようだ。満足そうに二度、三度と頷く。

 

「それは良かった。わざわざ蹴りを耐えただけあった」

「え?」

 

 と間の抜けた声が漏れる。まさか、この男子はわざとあたしの蹴りをくらっていたということ? あたしを落ち着かせるために? ううん、むしろわざとあたしを怒らせるようなことをしていた? 一体いつから? そして思い当たる。目の前の男子がしていた行動のすべてが―――ということは、まさか最初から、起きたあたしに一声かけたあの瞬間から!?

 そこまで考えついたところで、その男子は誰もが安心するような柔らかい笑みを浮かべて言う。

 

「混乱すると、それが暴力に変わる人は少なくない。行き場のない不安を体を動かすこと、あるいは人にぶつけることで解消しようとするのは決して予想外の事態じゃないさ」

 ―――だったら、それをこちらは全て受けてあげればいい。

「てゆうか、最初は全部受け止めるつもりだったんだけどね、キミって随分と運動が得意だったんだね」

 

 そう疲れたように笑って締めくくった彼だが、それでもあたしは驚かざるをえない。

 いきなり蹴られたことを怒らない理性と、一目見るだけであたしの精神的状況を読み取り的確な対処法を考え出す頭の回転の速さ。

 

 

 ―――この人、一体。

 

 

 彼は新しく懐からト○ポを取り出し口に入れて、名乗る。

 

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺は無心真実、無心(むしん)の真実(しんじつ)と書いて無心真実。ただのお菓子好きの高校生」

 

× × ×

 

「お菓子好きの高校生」

「なんでそこだけ繰り返したのよ」

「なんか、キミには言っておいた方が良いと思って」

 

× × ×

 

 無心真実と名乗った彼は、話をするなら場所を変えようと言って歩き出した。こちらに来てまだなにも知らないあたしは、それについていくしかない。

 歩きながら彼の後姿を見て、彼を少し観察してみる。顔立ちはかなり整っていて、特にその瞳と口元の柔らかな笑みから来る温かな印象は、そのまま彼の雰囲気を表しているようだ。だけど背丈は一般高校生よりは少しだけ小さくて、あたしより少しだけ高いぐらいだ。だからだろう、イケメンというよりは美少年と形容したほうが正しいその容姿。短めに切りそろえられた落ち着いた髪型。けれどもそれなりに鍛えられたのが分かる体つき。先程のあたしの対応やその落ち着いた喋り方からして性格の方もいいのだろう。

 ―――なんだ、この一見完璧な人間。こんな人がいるなんて反則だ。―――……こんな人がいるなら、あの時どうしてあたしの前にもいてくれなかったのか。

……分かってる。これはどうしようもないことだ。それがあたしの人生だったんだから。それを彼に八つ当たりしても彼を困らせるだけ……。

 

「あ、そういえばキミの名前をまだ聞いてなかった」

 

 キャンディーを舐めながらこちらを振り向いた彼が、あたしにチョコレートを差し出しながら聞いてきた。少し迷ったすえ受け取ると彼は満足そうに微笑んだ。

 

「ゆり。仲村ゆり」

 

「そっか、じゃあ仲村。ん? ゆり? どっちがいい?」

 

 呼び方一つに迷っている辺り、少しばかり天然も入っているのだろうか?

 

「どっちでもいいわよ」

 

 ため息交じりにそういうと彼は―――

 

「じゃあ、ゆりで」

 

 そうあたしの呼び名を決めた。いきなり下の名前で呼ぶことに若干の不快感を覚えつつもここで彼に機嫌を損ねられたらもう頼る人がいない。

 

「じゃあ、あたしも真実って呼ぶわよ」

 

 けれども、それじゃ気が治まらない。だからそう言ってやったのに彼は一瞬キョトンとした顔をしただけで、すぐに少しだけ照れくさそうに笑った。

 

「うん、いいよ。女の子にファーストネームで呼ばれるの初めてだ」

 

 一つの校舎の中に入って階段を上る。大きな校舎だけあってその段数はかなり多い。まだ慣れていないあたしとしてはこの量はかなりきつい。しかし彼はそれに気づいているようで、あたしに合わせるように徐々に上るスピードを緩めてくれた。隠れた気遣いの出来る男子はモテると聞いたことがあるけれど、この人もそうなのだろう。漠然とそう思った。

 その道中でも彼はお菓子を食べるのをやめない。最初に食べていたキャンディーは食べ終わり、今はバウムクーヘンを食べている。

 

「ねえ、そんなにお菓子食べてるけど飽きないの?」

 

 実はここに来るまでに何度か菓子を渡されているのだ。それは今もあたしのセーラー服のポケットに入っていて、そろそろ零れ落ちそうだった。

 

「飽きないよ。どれも美味しいしね」

 

 応えながら今度はラムネを渡してくる。

 

「いや、もういらない」

「そう? まだまだいっぱいあるんだけど」

「一体どこにそれだけの量を持っているのよ」

 

 見た感じ袋のようなものを持っていない。制服にいれているとしてもその量は制服の体積を完全に超えている。しかしそれに応えることは無く。バウムクーヘンを食べた影響で

 

「うわ、口の中パサパサ。ヨーグルト飲もう」

 

 飲むヨーグルトを飲みだす始末。それを眺めていると、あたしの顔と手元のヨーグルトを交互に見てポンと手を叩いた。

 

「いらないわよ」

 

 彼が懐からなにかを出そうとしたあたりでそう言うと。彼はその姿勢で固まり、残念そうに肩を下げた。

 

「じゃあ、ちょっと寄り道」

 

 そういって彼はいったん階段から離れる。少しだけ不思議に思いながらついていくと、先の方に自販機を見つけた。彼はそれの目の前で立ち止まり、お金を入れてコーヒーを購入。それをあたしの方へと渡してきた。

 

「いらないわよ」

 

 さっきと同じことを言う。しかし彼は苦笑して言い返してきた。

 

「どうせ、話は少し長くなるからね。これでも飲みながら聞いててよ」

 

 ……そういうことならとコーヒーを受け取り、彼が階段に戻るのに合わせて歩を再び進める。そのこちらに気を遣う姿を見ていると、もしかしたら生粋のお人好しで苦労人気質なのだろうか。

彼の観察をやめ、自分なりにこの世界について考えてみる。どうせこのあと真実(まこと)の口から聞くことになるけれど、それでもこちらであらかじめ考えておいて損はないだろう。

 ―――まず、あたしが死んでしまったのは間違いないはず。今でも鮮明に覚えているのだから。そして気付いたらこの学校に来ていた。つまりここは死んだ人が来る世界? だとしたらこの学校はどんな意味を持つ?

そんなことをしているうちにどうやら目的地に着いたようだった。

 

「あ、そろそろつくよ」

 

 彼が扉を開ける。来たのは屋上、そこには誰もいない。柵からグラウンドを一望できた。今はどのクラスも教室内で座学なのだろう、グラウンドには誰もいなかった。

その柵に寄りかかって彼は少しだけ空を仰ぐ。それにならってみるも、そこにはなにもない普通の空で……いや、あたしの状況からしたら普通の空というのがおかしいのだ。

 ―――そこであたしは、この世界の真実を知ることになる。

 




 お菓子の品名って伏字にする必要あるんですかね?


 なんか話の進み方が物語シリーズのアニメみたいになってます。会話だけして話が進まないというやつですね。

 次回も投稿できるかわかりませんが、できるだけ早く出来るように努力していきます。

 ではでは、第二話を読んでいただきありがとうございました。
 できれば次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3

 なんとか書けた第三話です。読んでいただく方、ありがとうございます。

 では、どうぞ……。


 柵に身をもたれかけさせ口の中でキャンディーを転がす彼はそのままの態勢で口を開いた。あたしもコーヒーのプルタブを開け、少しだけ喉を湿らす。

 

「それで、なにから聞きたいの?」

「まず、ここはどこ?」

「学校」

「真面目に答えろっ!」

「おふっ!」

 

 その飄々とした言い方に少しだけ腹が立つ。反射的に出た右こぶしが真実の右頬を打ち抜く。

 

「痛いなあ、もう。この数時間で一体いくつの傷が出来たと思ってるんだ」

「全部自業自得でしょうがっ!」

 

 殴られた頬をさすりながら起き上がり、先程より少しだけあたしと距離を置いてもう一度柵に寄りかかる。……―――この距離なんだ? そう思って睨むと、冷や汗を流して元の位置に戻る。一つ息を吐きさらに聞く。

 

「あたしはたしかにあの時 ――― 死んだはず。なのに、目が覚めたらここにいた。ここはどこ? ううん、この世界は何?」

 

 彼の髪が風で靡く。その風を気持ちよさそうに目をつむって感じていた彼は答えてくれた。

 

「ここは、死後の世界。ゆりが死んだのは夢でも幻でもない。現実だ」

「死後の世界」

 

 その答にあたしが動揺することは無かった。ここに来るまでに考えていた仮説がこれで実証されただけのこと。

 

「どうやら、予測はしていたみたいだね」

 

 こうして人の考えを読むのはこの人のクセかしら?

 

「あたしはあたしが死んだのをしっかり覚えてるから」

「そう、それはなんだか辛いね。自分が死んだ瞬間を覚えているなんて、ゾッとする」

 

 温かな表情が隠れ、そこには悲しみと愁いの感情があった。

 

「あなたは、覚えてないの?」

「俺は……まだしっかり思い出せてない。この世界に来る人にはたまにあるんだ。生前の記憶をなくしてしまっている人。まあいずれ戻るだろうけど、俺はまだ全部戻ってない。まあ、そのおかげで思いつめずに死に続けてるけど」

 

 グラウンドを見下ろすように態勢を変えて彼は自嘲気味に言う。『死に続ける』たしかにこの世界が死後の世界ならその表現は的を射ている。

 

「他に聞きたいことは?」

「ここにいるのは、みんなあたしやあなたみたいに、死んだ人間なの?」

「それは違う。むしろ死んだ人間のほうが少ないかな」

「じゃあ、他の人間はなんなの?」

「彼らは人間じゃないよ。彼らはこの学校生活を、俺たちが生きていた時のようにみせるための飾り、かな。でもちゃんと会話は成立するしお菓子をいきなりあげれば戸惑いもする。……さすがにいきなり茎わかめを渡すべきじゃなかった」

 

 そんなことをしてたのかこいつ。……たしかに食物繊維豊富だけど。

 

「だから普通に友達にもなれる。ついでに見極め方は不自然な行動をする奴が人間、それ以外が彼ら。ゆりみたいにいきなり首を絞めたり蹴り飛ばしてくるのが人間」

「あたしを人間代表みたくいうな」

 

 ―――それに蹴り飛ばすようにしたのはあんたしょうが。落ち着くためにコーヒーを一口含み、ゆっくりと苛立ちと一緒に飲み下す。

 

「死後の世界ってことだから、ここでは死ぬことは無いの?」

「う~ん、まあそうだね、死ぬことは無い」

「なによ、その煮え切らない言い方」

「死ぬことはないけど、死ぬ苦しみは味わうっていう、いらない特典付きなんだよ、この世界」

 

 おどけるように肩を竦めて苦笑する。この人、色んな笑みをするんだなと、余計なことを考えてしまった。

 

「だから普通にお腹は減るし、眠たくもなる。俺はお腹が減ったことがあまりないんだけど。なんでだろうね、そういう体質なのかな?」

 

 ―――死後の世界で自分の体質を知るなんておかしなことだよね。そういって彼はまた制服の内側から棒付きキャンディーを取り出して口にくわえた。

 

「あなたは時間も気にせずにそうやってお菓子を食べてるからでしょ?」

「……あっ、なるほど」

 

 今気付いたのか。こいつ、時々抜けてるんだけど。そう思っていると、彼は口にくわえたキャンディーを手に取り眺め、「むぅ」と少しだけ唸った。

 

「どうしたの?」

「いや、そう言われるとやめた方が良いのかなと思ったんだけど。ならこれをどうしようかなって」

「いや、普通に捨てればいいんじゃ」

「あっ、あげる」

「いらんわっ!」

 

 なにを、いいこと思いついた! みたいないい笑顔してこっちに舐めかけのキャンディーを渡してくる!?

 

 難しそうにキャンディーとにらめっこしているが、こちらの話を真面目に聞く気あるの?

 

「それと、この世界に来た人間はずっとここにいるの?」

 

 今もキャンディーをどうするかを悩んでいる彼に一歩近づいて、さらに問う。

 

「ずっとはいないよ。ここはいわば隔離病棟みたいなところだからね。病気が治れば病院にいられないように、それはここも一緒」

「じゃあ、ずっとはいられないのね?」

「うん。満足すれば、ここから出られる。来世へご案内~というやつだよ」

「その満足するための条件は?」

「充実した高校生活を送ること、ここはなぜかその年代の子しかこないからね。つまりここで普通の生活を送るというのと、生前に思い残したことを成し遂げたとき、成仏への道へ一直線だ。実にめでたいね」

 

 だから学校だったのか。一つの疑問が解決した。

 そして、たしかにそれはこの世界からしたらめでたいのだろうが、しかし真実からはそんな思いは感じられなかった。どこか馬鹿にしたような、そんなことあるわけないだろと言っているかのようにも聞こえる。

 あたしとしてみてもあの人生が無かったことになって、また新しい人生が始めるのを「めでたい」という言葉だけで流せるかというと、まったくそんな訳ない。

 まあでも大体のことは分かった。ここは死後の世界、いるのは死んだ人間と生きているかのように生活する模倣生。そして――

 

 

……―――ッ!! 

 

 

 そこで一つの存在があたしの頭をよぎった。

 

 まさか、そんな可能性あるわけ……。でももうこの世界がその存在を確定させているようなもの。この世界にいるのなら、あたしは―――。自然と缶を握る手が強くなってしまう。

 

「ねえ、真実」

「ん?」

「ここに―――神はいるの?」

 

 ひときわ強い風があたしと真実の間を吹き抜けていった。

 

× × ×

 

 ――――――――――――――

 静寂が支配する。真実は空を見ていた顔をこちらに向け、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。その拍子に銜えていた飴が零れ落ちる。真実はそれを拾って紙に包んでポッケにしまいこちらに問うてきた。

 

「その考えにいきついた経緯を聞いてもいいかな」

 

 そう、興味深いものを見たかのように、または面白いものを見つけた少年のように、無邪気に笑った。

 

「この世界自体が不確かなものだから。それに、あなただって言ってたじゃない。ここから消えれば来世に行くって、そんなことができるのはもう神しかいないと思わない?」

「なるほど、そういう考え方はしてなかったけど、一つだけ言えることは……」

 

 真実の考えが聞けるならこれほどありがたいものはない。今までおふざけが過ぎてい

たけれど、こいつの頭の回転の速さは目を見張るものがある。そこだけは信用できると思う。

考えを巡らして、ポケットからスナック菓子(う○い棒)を取り出しながら言った。

 

「来世に行くって言う輪廻転生は仏教の考えだからどちらかというと仏じゃないかな?」

 

 ――――プチンッ

 あたしの中で何かが切れたのは間違いなかった。

 

「そんな揚げ足取りをしてほしくて聞いたんじゃないんだよぉぉっ!」

 

 コブラツイストを決めながらさらに叫ぶ。

 

「ギブッ! ギブッ! ギブですッ! ギブッ!」

「つーか、神だろうが仏だろうがどっちでもいいわよっ! あたしのあんたに対する評価が初対面直後から落ちまくってんのよっ! しかもなんだそのキメ顔はっ! 格好いいつもりかっ!? 自分の顔が良いからって何でも許されると思うなよぉぉっ!」

「ごめんっ! ごめんなさいっ! 真面目に考えるから離してっ! しっかり決まってるからぁぁぁぁぁぁ…ぁぁ……ぁ…ぁぁ……」

 

 途端に叫ばなくなった。不審に思って技を解くと、そのまま前のめりに倒れていく。ピクリとも動かないけど、これって死んでいるのかしら? 違うわ、もうすでに死んでるんだった。そのへん、ややこしいのね。

 

閑話休題

 

「神がいるか、いないかね。さっきにも言った通りあまり考えたことがなかったけど、たしかにゆりの言う通り、この世界そのものが神の存在の証明になってるね。そしてここから来世に送るのは神だから、この世界を監視していてもおかしくない、と考えたわけだ」

 

 考えながら確認するその姿は今までとは全然違う雰囲気がまとう。ピリッとした真面目な顔に、細められた鋭い瞳。いっそ人格が変わってしまったんじゃないかと思ってしまうぐらいの変容。

 

「うん、おもしろい」

 

 最後にそう締めくくって彼はこちらを向く。まだ彼の変化に戸惑っていたあたしは思わずその綺麗な顔で直視されて真実(まこと)の顔から視線を逸らしてしまう。

 

「それで、もし神がいるとして、ゆりはどうするの?」

 

 そんなことを聞いてきたが、おそらく真実は分かっている。あたしがどんな答を出すかを……。確証はないけれど、彼ならそれぐらいできても不思議ではないと、なぜか思ってしまっている。だからあたしも、不遜に言い放つ。

 

「決まってるじゃない。―――神に、復讐するのよ!」

 

 彼はその口に不敵な笑みを浮かべて言う。

 

「たしかにそれはいい。幸いにもこの世界は時間がほぼ無限。ただ過ごすだけじゃ退屈すぎる。

 理不尽な人生と無慈悲な死をくれやがった神に、少しばかり仕返しをするぐらい許されるだろ。……むしろ、そのほうが人間らしい」

 

 『人間らしい。』たしかにそうだ。この世界には模範生がいて、しかしそれは人間ではないのだから。

 しかし、その口ぶりはまるで、あたしに協力するのが当たり前のようで……。

 

「あら、あなたもやるの?」

「ん? ここのところかなり暇してたからね。そういったド派手なことをもしかしたら望んでたかもしれない」

 

 そういって柵から体を起こし、もう一度空を見上げる。あたしもそれに倣うと、まだ青い空が、キラキラと輝いているように見えた。その輝くものは一体なんなのだろう……

 

 ―――これからの戦いへの暁鐘と展望か。

 ―――永劫への希望か。

 ―――果てはただの期待と歓喜か。

 

 とにかく、あたしがこの世界でただ生きていくだけにならなかったことに、少なくない安堵を覚えている時、その言葉はかすかに聞こえた。

 

「―――そうすれば、俺も人並みに色づけるかな」

 

 その言葉の意味を、本当の意味で知ることになるその時には、すべてがあまりにも遅くて、けれどこの時のあたしは、その言葉を流れる風とともにさらわれていくように、すぐに忘れてしまった。




 最近、少女漫画を買い始めたんですが、まったく躊躇というものをしなかった自分にびっくりです。どうも、高校時代、お前としゃべるの嫌と言われた拳骨上げです。

 今回、第三話ということでしたが、話が進みませんね。はいまったく。まだ出会ってこの世界の説明しただけです。天使ちゃんも出てません。まあ、次回あたりに出ると思いますが……。

 原作のHeaven's Doorに入るのはいつになるんでしょうね? それは僕にはわかりません。でもなるべく早くしようと思ってます。オリジナル話はとっても大変なので……

 ではでは、第三話をお読みいただきありがとうございます。
 四話もよろしければ、読んでいただくとうれしいです。

 次回も安定の不定期更新ですが、お付き合い下さるならば感謝感激であります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4

 では第四話です。天使ちゃんの登場です。

 どうぞ


 話もひと段落し、あたしのコーヒーも空になったころ、学校に聞き覚えのあるチャイムが鳴った。

 

「おっ、三時間目の始まりだ。俺この世界来てサボタージュなんてしたの初めてだ」

 

 興奮したようにそういう真実(まこと)はさっきまでの鋭い雰囲気はなりを潜め、最初と同じ飄々としたとっつきやすいものへと戻っていた。この切り替えの早さは凄いが、今のこいつは何をするかわからんから油断できない。

 

「それで、とりあえずどうするの?」

 

 空を飛ぶ鳥を目で追いながらそう聞いてきて、あたしは少し考えてみる。まだまだ、この世界で知らないことが多すぎるから、まずはそこから……。

 

「そうね、まずはこの世界をもっと知ることから始めないと」

「うん、そうだね。俺もそう言った風にみたことないから、たぶんまだ知らないことは多い。となると、少しだけ規約も決めた方が良いかな」

「規約?」

「そう。例えばいつどんな拍子に消えるかわからないから、基本的に授業にも部活にも参加しない、とか」

 

 なるほど、たしかにそういった規約がしっかりしていれば、行動の質が上がる。……なんだ、やっぱりこいつは頭が良いんだ。

 

「あ、でも俺家庭科の授業でお菓子作るときはそっち行くから」

「あんたはあたしの期待を裏切るのがそんなに好きなのか?」

 

 頭を鷲掴みにしてギリギリと締め付ける。

 

「痛い痛いっ! 痛いっ! シャレにならないっ! ホントにやめてっ!」

 

 目じりに涙にため始めたのを見て手を放すと、頭を抑えて蹲る。締め付けられた箇所を撫でながら立ち上がった真実は人差し指をたて、なにかに気付いたように喋り出した。

 

「あ、でもそうだ。この学校で授業をサボるのは結構面倒なんだった」

「面倒? なにが?」

 

 別段、面倒に思われるようなことは無いはずだけど……。だって、授業に出ないだけでいいんだから。

 

「なにっていうより、誰って感じだよ」

「誰? 先生とか?」

 

 一つ頷いてさらに言う。

 

「それもあるけど、もっと面倒な人がいるんだよ。それが」

 

 そこまで言ったとき、屋上の扉が開いた。急な闖入者に思わず身構えてしまう。しかし出てきたのは小柄な少女。銀髪を腰のあたしまで伸ばした、どこか雰囲気の違う生徒。その少女を真正面から見て、真実はさっきの言えなかったことを言う。

 

「生徒会長」

 

 え? 生徒会長? この子が? そう思っていると、真実がこちらに視線を向けてきた。それは―――俺に任せていいよ。と言われているようで……。

 

「無心君、ここでなにをしているの?」

 

 鈴のような声で咎めようとするその言葉を、しかし真実はにこやかに躱す。

 

「逢引?」

 

 たしかに男女がひっそりと会ってるからそうかもしれないけど、違うでしょ!

 

「そう。でもそういったことは授業後にやって」

 

 授業後ならいいのかよっ!

 

「おいおい、生徒会長。俺たちの愛はたった十分じゃ満たされないんだよ」

 

 十分どころか、十日でも満たされないわよ。だってそもそも器がないんですもの。

 

「それでも、授業に出て。会えないのは寂しいかもしれないけど、それを乗り越えれば会えた時の喜びは倍になると思うの」

 

 いやいや、授業程度で寂しさを感じる愛なら最初からいらないわよ。

 

「そう言われると弱いな」

 

 おいおい、何納得しちゃってんのよ? あんた自分に任せろって自信満々に言ってたわよね。目でだけど……。

 

「じゃあ、授業に出てくれるのね?」

 

 ちょっと、やばいんじゃないの、この状況。

 しかし真実はその言葉に不敵に笑って言い返す。

 

「でもさ、生徒会長。今って三時間目だよね?」

「ええ」

 

 それが一体に何の関係が? ……――っ! そうか、あたしたちに注意をしているこの時間も授業中、それはつまり。

 真実は変わらず笑顔のまま、それを言う。

 

「生徒会長もサボってるよね?」

「私は違うわ。ちゃんと先生に言ってきたもの」

 

 表情を崩さずにそう言い返す。

 

「それはつまり、先生に言えば授業はサボっていいってこと?」

「違うわ。私はあなたたちに注意をするためにここにいるの。正当な理由よ」

「愛する男女が、愛を語らうのも正当な理由だと思うけど?」

 

 恥ずかしいセリフをよくこともなく言えるものだ。聞いてる方が恥ずかしくなる。

 それを聞くと、彼女は不服そうに少しだけ頬を膨らませる。

 

「時と場所を選んで」

「ふむ、時と場所ね。じゃあ聞くけど、学校しかないこの世界でどう場所を選んだらいい? 時間だって学校という檻に入ってたんじゃ、自由にできない」

「だったら放課後に」

「人目があるところではさすがに無理だよ」

 

 照れくさそうに笑うそれは、完璧な照れ笑いで、見るものが見たら惹かれるもの。

 

「生徒会長が学校じゃないどこかを知っているなら、教えてくれない?」

「知らないわ」

「そっか。でも、うん。たしかにサボった俺たちが悪いね。ごめん。だけど、もうちょっとだけ一緒にいたいんだ。いいかな?」

 

 どこか悲しげに、本当に離れるのが苦痛であるかのように言うその表情と声音は、本当に真実があたしのことをそう思っているのかと錯覚させられるほどで、思わず顔が熱くなってしまう。

 

「あと、少しだけよ」

「ありがとう」

 

 一つため息をついて生徒会長の彼女はくるりと身をひるがえす。

 

「あ、そうだ。お詫びにこれあげる」

 

 しかしその背中を呼び止めたのは真実自身で、ゆっくりこちらを向く少女に一つのスナック菓子(うま○棒)を渡す。

 

「この前見つけた新味なんだ。学食にある麻婆豆腐味なんだって」

 

 ―――ぴくんっ。と生徒会長の肩が揺れるけれど、麻婆豆腐味のお菓子なんて美味しいのかしら?

 

「これがお詫びになるかわからないけど、わざわざ注意をしに来てくれたお礼」

 

 ―――だから貰ってくれると嬉しいな。

 

 そして柔らかく微笑んだ。いや、それがお礼となるのはあんたぐらいよ、とは今は言わない方が良いのだろう。

 

「そう、お礼ということなら貰っておくわ」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、次の授業はしっかり出てね」

 

 その確認の言葉に、ニッコリ笑顔で真実は応じた。その笑顔を見て、生徒会長は屋上から校舎へと入っていった。

 成り行きをただ見ていることしか出来なかったあたしは、ただその姿が見えなくなるのを待つしかなかった。

 

「……美味しい」

 

 そんな言葉が扉の向こう側から聞こえてきたのは、きっと風のイタズラか何かだろう。

 

× × ×

 

 扉の向こう側へと姿を消したのを確認して、あたしは真実の近くにいく。そして、お菓子を貰ってくれたことへの喜びに奮え、そして真実もあの一言がきこえていたのかもしれない。

 

「おお、あの味の良さが分かるなんて、中々に話が合うかもしれない」

 

 なんて言っている顔面に

 

 

 

―――とりあえずの右ストレート。

 

 

 

「な、なぜ?」

 

 涙目でこちらを見上げてくる真実に、とりあえず言いたいことを言うため、いつもより多めの空気を吸う。

 

「なんであたしとあんたがっ! 学校の屋上で逢引しなくちゃならないわけっ!! だいたい、あんたのセリフが一々気障(きざ)なのよっ!!! なんだっ「十分やそこらじゃ俺たちの愛は満たされない」ってっ!!!! 満たされてないのはあんたの頭の中でしょうがっ!!!!! それと最後にっ!」

 

 そしてビシッと真実を指をさす。

 

「普通に授業でることを了承してんじゃないわよっ!!!!!!!」

 

 ――――わよっ……わよぉ…わよぉ…よぉ…よぉ…ぉ…ぉ

 

 校舎に反響して何度も響くのが聞こえる。叫びすぎて疲れた息を何度も吐くことで整える。

 その様子を見て、こちらが落ち着こうとしているのを察したのか、真実が恐る恐る口を開く。

 

「まあまあ、ゆりちょっと落ち着いてよ。ほら、煎餅あげるから」

「いらないわよ!!!」

「あ、ごめん。ゆりは煎餅よりお茶のほうが良かったか。ああ~、でも今はポットも茶葉もないから淹れられないんだ、ごめん」

 

 本気で謝ってくるこいつを、今度はどうしてやろうかしら?

 

「ひっ! ごめん、なんか気に障ったのなら謝る! だから後ろに異形なものを出さないでっ!」

 

 土下座する勢いで後ずさる真実に多少気が晴れる。真実は安心したように一息入れた後、こちらに歩いてきた。

 

「それで、あんな恥ずかしい問答をしたのはなんで?」

「んん、まずはあの子が人間かどうかを確認するため」

「確認?」

「そう、この先神に復讐するにしても、俺たち二人じゃできることなんて微々たるもの。一定数の人材も必要。だからああやって、ちょっときわどい話をしてみた」

「じゃあ、あの話はただ紛らわすためのものじゃなかったってこと?」

 

 あの状況で知り得なかった事実。それはあたしが思っていたことよりも深い思惑があった。

 

「そう、でもあの子全然動揺とかしないから、いまいち人かどうかわからなかったんだよね」

 

 そう悔しそうに言う真実は子どもらしく頬を膨らまれた。

 

「でも、最後のほうの質問はそれとは少しちがっていたわよね?」

 

 場所がどうとかって言っていたけれど、それはあの子が人間かそうじゃないかを見極めるのには必要ないもののはず。

 

「ここにはこの学校の敷地面積しか無くて、彼女は生徒会長でしょ?」

「ええ、そうね。彼女自身、それを否定しなかったし。でもそれがなにか意味があるのかしら?」

 

 そう聞くと、真実は不意に喋るのをやめ眉を顰めてこちらを見る。

 

「ハア~、太陽はなぜ昇る? 月はなぜ輝く?」

「は?」

 

 いきなりとんだ話にまったくついていけない。

 

「さっきから質問ばっかでゆりは自分で考えようとしてないだろ?」

 

 むっ。たしかにそうだけど、知っている人から教えてもらえるなら手っ取り早いじゃない。

 その思いは、残念ながら真実には筒抜けだったみたいで、また大きなため息を吐かれた。

 

「神へ復讐をするのなら、自分で考えるようにしないと」

「わかったわよ、考えるわよ!」

 

 なかばやけくそで叫び、真実に言われたように頭を回転させる。

 真実の口ぶりからすれば、彼女とあたしたちの目的は繋がっている。彼女が神に対する手がかりを持っている? いやそうかもしれないけど、それじゃ足りない。彼女じゃない。だって真実は言った『ここには学校しかない』そして『だって、彼女は生徒会長でしょ』と、ならば学校しかないという事実と生徒会長という役職も関係している。―――学校だけの世界。生徒会長、生徒の模範。模範?

 

 

 ……―――っ! そうかっ!

 

 

 答にたどり着いて真実の方を向くと、満足そうに笑う彼がいた。

 

「生徒会長は生徒の模範、だけどこの学校の生徒は人間の生活をしている模範生。その模範生の模範となる生徒会長は、つまりあたしたちに学生生活を送るように示すいわば筆頭。ならば、彼女は―――」

 

 満足そうにうなずく真実を見て少しだけ歓喜に上ずった声で発する。

 

「神とかかわりを持っているかもしれない!」

 

 あたしの答を聞き、真実は嬉しそうに拍手を繰り返す。

 

「うん。やっぱりゆりは頭が良いね。しっかり考えればすぐに答えを導き出せる」

 

 そう褒めてくれているが、彼はそのことにいち早く気づきさらには彼女に探りを入れた。その成果はどうやら得られなかったらしいが、それでもその頭の良さと口先の巧さは驚嘆に値する。

 

「ん? でもあなた、この先の授業に出ることを了承してなかった!?」

「してないよ」

 

 しれっと言うので、思わずそのまま納得してしまいそうになる。だが、確かにあの時真実は了承していた。

 

「は? だってあなた、たしかに」

「ふむ、じゃあゆり。しっかりその時のやり取りを思い出してみようか」

「やり取り?」

「そう、彼女は言ったね。『じゃあ次の授業には出てくれるのね?』と」

 

 小さく首を縦に振る。映像音声までも思い出そうと頭をフル回転させる。

 

「それに俺は何て応えた?」

 

 なんて? 真実は―――。

 

 

  っ!? 

 

 

 そして思い出す。その問いに対して、真実は―――この男は―――ただ。

 

 

 ―――笑っただけ。

 

 

 勝手にそれを、授業に出ることに了承したと思い込んだのは―――

 

「あたしのほう?」

「正確に言えばゆりと生徒会長だね」

 

 面白いものを見たというように無邪気に微笑む彼が、どこか得体のしれない者のようで、背中に微かに冷や汗が落ちる。それでも、彼の纏う誰をも安心させる雰囲気が、口元と目元に浮かぶ笑みが、それを全て覆い尽くして見えなくする。

 

「でも、それって詐欺くさいんだけど?」

「いいね。神のいる世界で詐欺を働く。実に痛快なことだと思わない?」

 

 ニヒッと笑って見せた彼は、出会った当初から変わらずいる温かな雰囲気な真実で、そのことに安堵している自分がいることに、あたしは少なからずの驚きと安らぎを感じていた。

 




 はい、今回無心君が少しだけやってくれました。なんかこんな感じのキャラで行きたいと思います。
 よくわからないという人はノー○ーム・ノーラ○フというアニメあるいはラノベを読んでください。

 ではでは、第四話、読んで下さりありがとうございます。

 次回の第五話もよろしければ引き続きお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5

 お待たせしました。待っていないかもしれませんが、一応様式美として言っておきます。

 第5話です。
 変わらず話が進みません。
 今回ちょっとほのぼの回です。

 ではどうぞ。


 彼の、ともすれば才能と言ってもいいほどの口先の巧さを魅せられてから、あたしたちはとりあえずこれからの方針を決めいった。

 そんな時でも、真実は菓子を食べることをやめない。今はドーナツを食べている。

 

「まずは、やっぱり仲間集めよね。真実も言った通り二人じゃ出来ることなんて限られるもの」

「うん、あとはこの世界の情報。ということは、やっぱりあの生徒会長に当たった方が良いかな」

 

 しかしそれは難しい。たぶん、真実が無理だったのならあたしでもあの生徒会長からこの世界の情報を得ようとするのは難しいはずだ。

 

「どうやら、本当に二人じゃ出来ることがあまりなさそうだね」

 

 まいったというふうに、真実はその場で寝転がってしまう。

 

「ああ、とってもいい天気だ。昼寝をするにはちょうどいいと思わない? ゆり」

 

 たしかに今日の天気は快晴だ。気温も暑すぎないし寒すぎない。なにより、風が気持ちいい。

 

「スー……スー……」

 

 ふと真実を見てみると、穏やかに眠っていた。

 あたしと話していた時の飄々と人を小馬鹿にしたような態度も、生徒会長相手から密かに情報を得ようとした策士の姿も今はなく。その平均よりも少しだけ小さい身長も合わさって、それはどこか幼くそして儚くも見えた。

 そんな姿に、あたしが生前の弟の姿を見てしまったのは、もしかしたら必然なのかもしれない。

 

「………ちゃん……姉ちゃん」

 

 ましてそんな言葉を聞いてしまったら、もう……。

 

× × ×

 

 さっきまでより、幾分か冷たくなった風に当てられてあたしは目を覚ました。どうやら、あたしもあのまま眠ってしまったみたい。ふと周りを見渡すと、そこには誰もいなかった。

 

 ―――誰もいなかった?

 

 あいつ、まさかあたし置いて帰ったんじゃないでしょうね? そうだったら絶対に許さない。どうしてやろうかしら? まずはあいつの所持している菓子を全部目の前で捨ててやろうかしら……。

 

「ゆり、起きたんだ」

 

 しかしあたしが探していた者の声は屋上の出入り口から聞こえてきた。

 

「まだ起きないと思って、ちょっとはずしてたんだけど。丁度良かったみたいだね」

 

 そういう真実の手には、先程自販機で買っていた缶コーヒー。今度は二本持っている。礼を言って受け取ると、それは温かかった。日が落ちて気温が下がるからと気を遣ったのかもしれない。

 あたしの横に座った真実は缶のプルタブを開け一口呷る。真実のコーヒーはブラックだが、別段気にすることもなく飲んでいる。

 

「あなた、甘いものが好きなのに苦いものもいけるのね?」

「ん? ああ、ほら。甘いものを食べてるとたまに苦いものを食べたり飲みたくなるでしょ? それと一緒だよ。それに、俺は甘いものだけが好きってわけじゃないし」

「ふぅん」

 

 まあ確かに、スナック菓子も食べていたしね。

 それからはお互い無言でたまにコーヒーを飲んでいた。

 そういえば……あたしは真実のことを何も知らないのだ。ここに来て一番最初に声をかけてくれて、この世界のことを教えてくれて、あたしと戦うのを協力してくれると言ってくれて。

 そういえば、真実は出会ったとき、「助けた女の子」と言っていた。ということは、あたしは最初からあのベンチで寝ていたわけじゃないってこと……。

 

「なんであたしを助けたの?」

 

 そう聞くと、真実は心外だと言わんばかりに眉を寄せる。

 

「ゆりは、俺が道の真ん中で倒れている女の子を無視するような薄情な男に見えるんだ」

 

 ―――酷いな~酷いな~

 

 わざとらしく泣きまねしてくるので、黙れと言わんばかりに睨んでやるとすぐにやめて、真面目な顔を取り繕う。

 

「あそこであたしを助けても真実になにもいいことは無いと思うけど」

「俺は倒れている女の子を前にいきなりメリットデメリットを思いつけるほど頭は良くないよ」

 

 どの口が言う。

 だけど真実の言葉を真っ向から否定することもできないのは、これまでのたった数時間一緒にいただけでわかってしまった。

 

 ―――こいつは根っからのお人好しだ。でも、そうだとしても真実は……。

 

「ねえ、どうしてあたしに協力してくれるの?」

「言ったじゃん。近頃暇だったから」

「それは建前じゃないの?」

 

 それを聞いて、真実は困ったように頬を掻いた。

 

「ゆりは、なんかほっとけないんだよね。一人にしちゃうと勝手に暴走しちゃうっていうか」

 

 あれ? あたし馬鹿にされてる? そうよね、これは絶対そうよね。

 

「で、勝手に一人で背負い込んで。勝手に自分を責めて、から回ってまた暴走しそう。―――見てて危なっかしいんだよね。世話のかかる妹みたい」

 

 ―――妹、そう言われても、あたしが思い出すのは悲惨なあの場面だけ。守れなかったあの子たち。自分の無力さと現実の理不尽さを味わった、あの日あの瞬間……。

 

 でも、なぜだろう。真実が兄だと思うと、とても安心する。守ってくれる。まだ出会って数時間の付き合いなのに、なぜかそう思わせてくれる。真実にはそんなふうに、人を惹きつけるものがある。

 だけどもちろん、そんなことが口から出せるはずもなく。

 

「どちらかというと、あなたのほうが弟みたいだけど?」

「む? それは聞き捨てならない。俺はこうしてブラックコーヒーが飲めるのだから、子どもじゃない」

「いや、その論法で行くとあたしも同じの飲んでるから子供じゃないんだけど」

「あ……本当だ」

 

 恥ずかしさに少しだけ頬を赤くするのが、なんだか真実に勝ったかのように思えて気分が良くなる。

 

「でも、それなら丁度いいかもね」

 

 立ち上がって、あたしに手を差し伸べ、夕日をバックにした真実の姿は、その容姿も相まって混じりけなしに、カッコいいといえた。

 

「妹を守るのは兄の役目。弟を守るのは姉の役目でしょ。だったら、これから先ゆりは俺が守る。だからゆりは俺を守ってよ」

 

 ―――お願い。

 

 じわりと、なんだか温かいものがこみ上げる。それがなんなのか、あたしには分からないけれど……とても心地いい。

 真実の手を取って立ち上がったあたしに、真実はニッコリ笑った。

 

 ―――あたしはその笑顔に、今できる笑顔を返せたと思う。

 

「そうえいば、ありがとね」

 

 唐突にお礼を言ってきたことに面食らってしまう。なんのことへのお礼なのかまったく見当がつかないのだ。

 

「なにが?」

「……。覚えてないならいいや」

 

 もう一度空を見上げ「夜になるね」と言いながら真実は扉の方に歩き出した。

 

「ちょっと、待ちなさいよ! なんのことよ!」

 

 その真実の背中を追いかけるあたしの手に、あたしではない別の温度が残っている気がするのは、きっと飲んでいたコーヒーの缶の熱のせいなのだ。

 

 

 

 




 というわけで、ちょっとだけ良い雰囲気にしてみました。なんかこんな感じで二人の距離が縮んでいくといいなと思います。
 言っておきますが、これまだフラグ立ってませんから!!

 さて、あと1話か2話で原作(Heaven's Door)の方に入っていくかと思います。

 ではでは、そういうことで第5話でした。ここまで読んでくれた方ありがとうございます。

 次回もいつ投稿できるかわかりませんが、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6

 大変遅れました。申し訳ありません。

 UAがついに1,000お気に入り80を突破しました。ありがとうございます。
 この作品を読んでくださっている方々、作者は嬉しい限りであります。

 それでは第六話、よろしくお願いします。


 その後、暗くなってきた屋上から食堂へ行き、そこで真実に学食を奢ってもらった。そして帰り際に女子寮の場所とお金が奨学金としてもらえることを教えてもらい、あたしと真実は分かれた。

 女子寮の自分の部屋に行くと、そこにはすでにもう一人いた。

 

「よろしく、私柏木。ベッドは上を使ってね」

「ええ……」

 

 見るからに普通の少女。どこにでもいそうな少女然とした少女。たしかに会話は成立する。なにも不自然な点は見受けられない。でもこの子もあたしと同じ人間ではない。この世界にいる模範生。

 

 ―――つまり神の手先―――。

 

 なんか嫌ね。敵である者の手先と同じ部屋で暮らすなんて。でもこの子を追い出すにはどうしたらいいかしら……?

 簡単にはたたき出すのが手っ取り早い。

 机に向かって、おそらく明日の授業の予習をしているのであろう彼女の背中にあたしは言った。

 

「ねえ、あたしあなたのこと嫌い。ここから出てってくれないかしら?」

「え?」

 

 ペンを握る手が止まる。

 

「あ、間違えたわ。あたしあなたのこと気に入らないし、ここはあたし一人で使いたいのだけど」

「え?」

 

 またもや彼女は同じ反応を返す。

 そして椅子を回してこちらを向いた彼女の顔は恐ろしいほどに青白くなっていた。

 

 ―――それがどうした―――

 

「だから、今すぐ出てってくれないかしら?」

 

 不遜に言い放つ。だって嫌だから。こいつをここから排除する。

 

「ど……どうして? 私、何かした?」

「何もしてないわよ。あたしがあなたのことが嫌いなだけ」

「でも、私あなたに嫌われるようなことなんて……」

「理由なんてどうでもいいの。あたしがあなたを嫌い、その結果が全て」

 

 愕然とこちらを見る彼女だが、あたしとしてはそんなことはいいから早く出て行ってほしい。

 

「なにあなた!? そんなわがままが通るはずないでしょっ!」

 

 ―――あーもー、うるさいなー。

 

 こっちに詰め寄ってこないでよね。しかし、やっぱりというかなんというか、怒らせたわね。どうしようかしら。ああ違う。……どうしてやろうかしらの間違いだった。

 とりあえず、部屋の中を軽く見渡す。するとその視線は机の上で止まった。後ろでまだなにやら喚いているのを無視して机に歩み寄る。そしてそこにある、ある物を手に取って。何度か手に馴染ませるように握りこむ。

 

「ねえ、聞いてるの!!」

 

 乱暴にあたしの肩を掴んできたその手を引いて机の上に押し倒し、その顔の横に、手に持っていたハサミを振り下ろす。ドンっという鈍い音にひっと声を漏らし、そして目の前にあるものを認識し体中がカタカタと震え出す。

 

「うるさいのよ。出てけって言ったら素直に出ていけばいいのよ。それとも、ここで一生残る傷をつくる?」

 

 ―――残念なことに、あたしには真実みたいに巧く言い包めるなんてことは出来ない。だったらこうするしかない。何があっても、自分にあんな人生を強いた神の手先なんかと一緒の部屋で暮らせない。

 体の震えが強くなって彼女はよたよたとした足取りで扉に向かう。持ち手に手をかけ、一瞬だけこちらに振り返ると、今度は大きな叫び声とともに廊下へと出ていった。

 

「ふむ、大成功。これでこの部屋はあたしの城ね」

 

 くるりと見渡せば中々に広い部屋だ。

 ベッドに飛び込み、今日のことを思い出す。突然この世界に連れてこられて、真実に助けられて、そして―――彼と一緒に戦うことになった。目まぐるしく回る日常が、今日をもって色を変えた。それは平穏とは言い難いものだけれど、それでも戦う価値はあるものだ。

 疲れが全身を襲う、それでも汗を流さないと。そう思って気だるい体を起こす。

 お風呂から上がる。窓の外は夜らしい静けさに包まれていて、昼間の喧騒が嘘みたいだ。今頃、真実はどうしているだろう? 懲りずにお菓子を食べているのだろうか。きっとそうに違いない。あの天然でお人好しな優しい彼。そして鋭い瞳と頭の回転の速さで話術を得意とする彼。それはまったく違う二面性だけど、どちらも間違いなく無心真実という一人の男子。なぜならどちらの時も彼の温かさは薄れることはなかった。明日は真実となにをしようかしら。神への復讐を誓う私たちは明日なにをするかしら。

 明日のことを思うと、少しだけ笑みがこぼれる。

 

× × ×

 

 翌日、もちろん授業なんてものには出ず真実の姿を捜す。こっちでの連絡手段というものが無いのはかなり不便だ。どこかで調達できないものかと考えながら、校舎を歩き回っているのだけど……。

 

「広すぎるわよぉぉぉぉぉっ!」

 

 一体どこに真実がいるのか見当もつかない。昨日行ったところは全部回った。今は屋上から下りてしらみつぶしにフロアを見て回っているところだ。

 そして三階の化学実験室。そこであたしは見つけた。―――カルメ焼きを頬張っている真実を―――。ドアの外からでも分かるほどに頬に含んでいるけれど、それは他の人のぶんはあるのしら? なんて、少々現実逃避してみる。

 でもいつまでもこのままじゃいけない。

 

「真実おおおおおっ!!」

 

 スパーンっ! と勢いよく扉を開けて中に入り込む。他の生徒があたしの登場に驚いている中、それでも動じないやつがいた。

 

「ほお(おお)、ふり(ゆり)! こへほいひいぞ(これおいしいぞ)!」

 

 何言っているか分からないけど、カルメ焼きを手渡すその動作からどうやらあたしにも食べろと言っているらしい。勧められたそれを見てもう一度真実の顔を見て、それを手に取り、その顔面に投げつける。

 

「うわっ! なにすんだよ!?」

「うるさいわよっ! あんた昨日自分が何て言ったか覚えてないのっ!?」

 

 真実は口の中のものを飲み込んで眉根を寄せた。それはあからさまに、心外だと言わんばかりのものだった。

 

「仕方ないじゃん。まさか科学の授業がカルメ焼きを作ることなんて知らなかったんだから」

「そんなこと聞いてないわよ!」

 

 真実の額を指で突きながらさらに言い募る。

 

「なんで! 授業を出ないと! 言い出した! あんたが! 真っ先に! それを! 破ってるのよ!」

「痛い痛い痛い」

 

 額を押さえ涙目になる真実の腕を強引に取り引きずっていく。

 

「待って待って! まだ全部食べてない!!」

「うっさいっ!!」

 

 まだ言い訳を言う真実に今までで一番の睨みと怒声を放つ。

 

「ふえぇぇ、ゆりが怖いよぉぉ」

 

 大人しくなったかわりにかなり弱音を吐いているけど、無駄に抵抗されないよりはマシである。

 あたしたちに刺さる視線を完全に置いてけぼりにして、あたしは教室の扉を閉めた。

 

 真実を引きずってそのまま中庭まで出る。そこでようやく真実を放り投げて開放する。

 

「で? あなたはなにをやっているのしら?」

 

 見下ろすように真実に問いかけると、真実はこちらを見上げて少しだけ固まる。そして、意を決したような真面目顔で言った。

 

「ゆり、履くならもっといいもの履こうよ」

 

 ―――ドゴォォっ!

 

「ぐわぁぁぁぁ!! 鳴っちゃいけない音したっ! シャレになんない! 大丈夫!? 俺の頭へこんでないっ!?」

「うっさい! どさくさ紛れに何見てんのよ!」

 

 赤くなる顔をごまかすために何度も真実に拳を撃ちこむ。

 

「痛っ、痛いっ。痛い痛い! やめ、やめて! いや、やめてください!」

 

 謝罪から懇願に変わってきたころ、あたしはなんとか落ち着くことができた。それでも、気持ちは落ち着いても身体の方は落ち着いてくれない。真実をさんざん殴ったせいでまだ息が乱れる。

 

「あ~、怖かった。死ぬかと思った。もう死んでるけど」

 

 しかしその一方で、真実はほうっと一息入れ、パック牛乳を飲み始める。その姿にまた苛立ちがつのるが、それはぐっとこらえる。

 

「それで、あなたは規約も破ってなにをやっていたのかしら?」

 

 ―――ポキポキポキ、と拳を鳴らすと真実の肩がびくっと震える。

 

「やめて、ポキポキやめて、怖いから」

 

 顔を青ざめているが、こいつはこれまで態度を改めたことはない。だから変わらず真実を睨み続ける。

 

「うっ、くそっ。もうこの手は使えないか」

 

 小声で言っているようだけど、ばっちり聞こえてますよ。……そうかそうか、全部わざとか。―――自分の目のハイライトが消えていくのを自覚できたのは、たぶんこの日が初めてだ。

 

「その頭、カチ割って頭の中もっかい組み立ててやろうか?」

「やめてくださいすいませんでした調子に乗りました反省しますだからどうかお許しください」

 

 高速で頭を下げて何度も謝罪を繰り返す真実。え? そんなに怖い?

 

× × ×

 

 その後、なんやかんやでなぜかあたしまで一緒になってお菓子プチパーティーをすることになった。

 もそもそと貰ったドーナツを食べる。隣ではホクホク顔でポ○チ(ゴーヤキムチ味)を食べている真実。

 

「それ美味しいの?」

 

 なんともゲテモノな味付けに思わず顔が引きつる。

 

「53点ってところかな。もう少し落ち着いた味なら良かった」

 

 言いながらも、食べる手は止めないのはなぜ?

 

「食べてみる?」

「いらない」

 

 断り、「はあ」とため息が漏れる。中庭には太陽の光が差し、今いる木陰だと気持ちいいくらいの天気だ。

 

「この世界の寮は案外いいでしょ?」

 

 新しく、今度はチョコ○ットを取り出して真実が水を向けてきた。

 

「まあそうね。部屋も広いし」

「一人部屋? それとも共有?」

「一人部屋にした」

 

 その言葉にキョトンとして食べる手を止めた真実。この世界の学生寮は、部屋の割り振りはすでに決められている。だからあたしの言葉は、事情を知らない真実からしたら不思議でならないのだろう。

 だからあたしは昨日の夜のことを話した。

 

「ああ、それはなんというか。相手の子が気の毒というか……」

 

 顔を引きつらせる真実は少しだけ間を置いた。

 

「でも、たしか部屋は言えば変えてもらえるはずだよ?」

「知らないわよ、そんなの。それに、こっちとしたら一刻も早く追い出したかったし」

 

 そしてさらに間を置いた。

 

「ねえ、さっきからどうしたの?」

「ゆり、一般生徒への被害は最小限に止めた方が良いかもしれない」

 

 思わず尋ねると、真実は少しだけ真剣さが滲み出る口調で言った。

 

「なんで?」

「むやみやらたに目立つ必要はないでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

 

 だけど、それだけだと腑に落ちない。それだけで、真実がこんなことを提案してくるだろうか?

 

 納得いかない気持ちが表情に出ていたようで、真実が困ったように笑うのが視界の端に映った。

 

「それにもし、ゆりみたいな乱暴をして、それを見咎めた神が怒って強制的に成仏……なんてこともあるかもしれないし。

 まあそれをいうなら、こうして神に復讐をしようとしている俺たちが何ともないこところを見ると杞憂かもしれないけど、少しでも確率があるなら、やめたほうがいい。俺たちの時間は長いけど決して無限じゃないから」

「……まあ、そういうことなら」

 

 そこまで考えが至らなかった自分が恥ずかしい。だから、了承の言葉もどこかぶっきらぼうになってしまった。

 

「ねえ真実、なにかできることないかしら?」

「まあ、たしかに何もしないほど無意味なものはないからね」

 

 そう、当初目的としたこの世界を知るということ。この学校しかない世界で、他になにがあるのか……。ん? 学校しかない?

 

「真実、この世界には本当に学校しかないの?」

「え? なに? じゃあ外にはショッピングモールみたいなのがあって、多くのお菓子が待っているということか?」

「なんでお菓子に限定されているのかはともかく、まあそういうことね」

 

 この世界には学校しかない。だけど、この学校は限りなく現実に近い。

 

「この世界が学校だけって言うのは真実が言ってたけど、それは確認したことある?」

「いや、それとなく聞いて回ってそう推察しただけ」

 

 ならば、この世界がここだけじゃないという確証はない。もしかしたら神への手がかりもあるかもしれない。だったらやる理由にはなる。

 

「じゃあこの世界の外を調べてみましょ?」

「たしかにここで立ち止まっているわけにはいかないからね。それに予測だけして二の足を踏んでたら、出来ることも出来ない。虎穴に入らざれば虎子を得ずっていうし……。うん、そうしよっか」

 

 真実も承知してくれた。これで、ようやく一歩進める。

 




 皆さんは科学の実験でカルメ焼きをやりましたか? 僕は先生がやると言い続けて卒業を迎えました。卒業式の日に思い出して、なんだか損をした気分になったのを覚えています。



 このオリジナル回では本編の基礎設定の裏付けをしていきたいと思っています。
 次回はいつの投稿になるんでしょうね? それは僕にもわかりません。
 ですが、次回もよろしくご愛顧してくだされば幸いです。

 ではでは、そういうことで第六話、拝読ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7

いや~遅れましたね。実に三か月ぶりです。この作者エタりやがったマジふざけんな!とか思われてそうで怖いです。あ、そもそもお前なんて待ってねえよって声が聞こえそう。

 すいません、この作者、かなりのネガティブで面倒くさいやつなんです。

 大丈夫です、ちゃんと書いてます。

 ただ、この頃色々ありまして書く時間が取れなかったと言いますか……

 まあそういうわけで、更新の遅れに関しては大きな心でもって寛大に受け止めてくれると嬉しいです。

 では、第七話をどうぞ


 この世界の外を調べることにしたあたしたちは、すぐさま行動に移した。学校から離れ、今は森の中をひたすら北に向かって歩いている。

 

「ねえ、どうして北に向かってるの?」

 

 あたしの前を歩く真実は変わらずお菓子を口にしていた。しかし手は周りの草木をかきわけて進むのに使っているため、口だけで食べ進めるという、なんとも器用なことをしていた。

 

「いや、だってよく言うじゃん? 犯罪者は北に逃げるって」

「あたしたちは犯罪者じゃないし、逃げてるわけでもないんだけど?」

「そこはあれだよ、なんとなく気分で乗り切ろうってことだよ」

「できるか!」

 

 本当に適当に決めたのか、なんかちゃんとした理由でもあるのかと思っていたけれど、そうだった。今のこいつは頼りになるのかならないのか半々だった。常にあの真面目な状態だったらどれだけいいか……。

 

「いたっ」

 

 不意に右の人差し指に痛みが走った。見ると、少しだけ血がにじんでいる。どうやら木に手をついたときに切ったようだ。でもそんなに大ごとになることじゃない。

 それにしても、歩く速度がかなり遅いのが気になる。わざわざ草木をかきわける必要なんてないだろうに……。

 

「ねえ、なんでわざわざ草木かきわけて歩くの? 早く先に行きましょうよ」

「ん? だって、ゆりはそのほうが歩きやすいでしょ?」

「……まあ」

 

 まさかあたしのためだとは微塵も考えていなかった。優しい笑みを向けられて、なんだか居心地が悪い。ふいに、真実の掌が見えた。そこには葉で切ったのだろう、小さな切り傷が多くあった。

 

「真実、これ」

「ん? どれ?」

 

 振り向いた真実に差し出した手には、たまたま持っていた絆創膏。それをキョトンと見つめて、真実は小さく嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう」

 

 受け取った絆創膏をしかし真実は自分の手につけなかった。こちらの折角の厚意を無碍にされたようで、少しだけムッとしてしまう。そんなあたしに今度は困ったように苦笑し、そして優しくあたしの右手をとった。

 

「……はっ!?」

 

 いきなりのことにあたふたしてしまう。しかしようやく頭が状況を理解しだしたころ、あたしの右手の人差し指には絆創膏が巻かれていた。

 

「ケガしてたよ。女の子はそういうの気になるでしょ?」

 

 そこは、先程木で切った箇所。

 

 ―――~~~~~っ。

 

 こういう優しさを時々見せられると、本当に調子が狂う。いつも通りおちゃらけてればいいものを、こういったときに限って……。

 真実はそんなあたしのことは気にせず、さらに森の中を進んでいく。その後を黙ってついていっていると、真実から少々無視できないことを言われた。

 

「まさかゆりが絆創膏を持ち歩いているなんて思ってなかったな」

「それはあたしが女の子らしくないと言っているのかしら?」

「おいおい、それは早とちりだ。ゆりは女の子でしょ? らしいもなにもなく。まあ、ゆりがグレーゾーンの人種だと言うのなら、それは否定できないけど」

「なわけあるかっ!」

「だろうね~。気性だけならまだしもね~」

 

 くっ! こいつこの場で殺したいのだけど……。べつにいいわよね? だってすぐに生き返るのだし……。

 

「ただ、ゆりってそんな繊細な女の子には見えなかったからさ。ちょっと認識を改める必要があると思って」

 

 これは絶対に馬鹿にされている。丁度良く、手ごろな石を見つけたことだし、これをちょっと後頭部にぶつければそれでいい。簡単なお仕事だ。

 極力足音を立てず気取られないように、そう気持ちは暗殺者だ。暗闇からいきなり、確実に獲物を仕留めるっ!!!

 そろりそろりと徐々に距離を詰めていく。真実はまだこちらに気付いていない。このままいけば………獲れるっ!

 そしてついに真後ろを取った! あとはこれで一思いに……振り下ろそうとして、しかしそれは続く真実の言葉に止められた。

 

「でも、ゆりの新しい一面が見られて俺は嬉しい」

 

 ………。

 

 前を向いているから真実の表情はわからない。でも、たぶん本当に嬉しそうな顔をしているのだろう。

 

「どんな人だとしても、それがどんな一面だとしても、身近な人のことを新しく知ることができるのは、俺としてはとても素晴らしいことだと思うんだよね」

 

 ――――――………。

 

 ……いやいや待とう。ちょっと待とう。よ~く考えよう。たしかに真実の言い分は正しいと思う。たしかに親しい人の新しい一面が見えるというのは素晴らしいことかもしれない。だけど、だけどだよ? それはハッキリ言って恋仲、あるいはそれに近しい関係の状況じゃなきゃ喜べないものなんじゃないかしら? それとも、真実は既にそういうふうにあたしたちの関係を認識したりしているのかしら? 

 ―――やだ、それってまさか真実はあたしのこと……。

 て、そんな訳ないけどね。分かってますとも、真実にそんな気はないしもちろんあたしにもそんな気はない。たしかにいいやつだとは思うわよ? 顔はいいし気遣いできるし基本優しいし真面目な真実はカッコいいと言える。でもだよ、常時お菓子を食って天然ボケをかますようなやつを好きになれるほどあたしの懐は深くないのだ。

 つまり、何が言いたいかというと、ここまで長々と考えてきたけど簡単に結論を出すと……。

 

―――あたしが真実を殴ることに躊躇する理由にはならないってことだ。

 

 だって、あたし馬鹿にされたのだもの☆

 ならば早速、と一度下ろした石を持ち上げる。

 さあ! 今こそ、我が悲願を果たすときっ!

 いきおいよく振り上げた腕は、今度こそ獲った! と思ったが、それは突然真実が横にずれたことで当たることなく、しかし腕はしっかり振り切った。その結果―――ゴスッ! という音とともにあたしの膝に当たった。

 

「いっっったぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

「うわっ! なにっ!?」

 

 いきなりの絶叫に驚く真実をよそに、あたしは膝を抱えて蹲る。

 ……やばい痛いやばい。ズキズキを通り越してもうなんか脈打ってる。ドクドクいってる。一歩も動けない本当にやばい。なにこれやばい。てゆうかさっきからやばいしか言ってないやばい。

 

「……ゆ…ゆり? どうした?」

 

 心配そうな声をかけてくる真実。

 

「石、膝、当たった、痛い」

 

 もう単語しか出ない。そろりと膝を見てみるとそこは血が出て、さらにはなんか黒くなっていた。うわっキモチ悪っ!

 でも、本当に無視できないくらいに痛い。

 真実もようやく事態の大きさに気付いたのか、あたしの前に座って膝の状態を見る。

 

「これは……酷いな。なんか処置をしたほうがいいかも」

 

 きょろきょろと周りを見渡す真実だが、その顔は徐々に焦りに変わっていく。

 

「どうしよう……」

 

 あまりにも真剣に心配してくれているため、これが真実を狙ったために出来た怪我だとはとても言えない。言ったら、いくらなんでも怒られる気がする。そしてあたしのカンだけど、真実は怒ると手が付けられなくなりそう。それも暴れるとかじゃなくて、ただただあたしを無視しだす気がする。そうなると、こちらとしても機嫌の取り様がないから困る。

 あたしがどう言い訳をしようかと考えていると、真実がふと口に指を当て静かにするようにと合図をしてきた。

 

「っ! 近くに川がある!」

 

 そう大きな声を出した。

 

「え? ホントに?」

「うん。間違いない。ここからたぶんそう遠くない。そこで膝を冷やそう。休憩もそろそろ取りたいと思ってたところだし」

 

 そしてちらりとあたしを見てまたも沈黙。おそらく、あたしをどうするかを考えているのだろう。この怪我の処置をする必要があるためあたしも行かなければいけないけれど、それは決して絶対じゃない。真実が川から必要な物を取って来たっていいのだ。休憩だってここでもとれる。

だったらあたしはここを動かない方が良いだろう。そのことを言おうとしたが、その言葉は体が持ち上げられることで言うことができなかった。つまり、真実におぶられたのだ。

 

「ちょっ! ちょっと下ろしてよっ!」

 

「出来るわけないでしょ。その足で満足に歩けもしないのに」

 

 少し暴れるあたしに返って来た言葉には、どこか棘があった。初めて聞く真実の声に、思わず体が強張る。

 怒っているのは、火を見るよりも明らかだった。でも、それは決してあたしに対してじゃない。真実は自分自身に怒っている。不意にここまで来るまでの真実の姿が思い浮かぶ。あたしのために歩く速度を落とし、あたしのために手を切り傷だらけにしながらも草木をかきわけ、あたしのために絆創膏を張ってくれた。

 

 ―――全部が全部、あたしのため。

 

 あたしに対して、そこまでする理由なんてわからない。でもおそらく真実は、今背にいるのがあたしじゃない誰かでも、同じことをしている気がする。どこまでもお人好しでどこまでも優しい。それが無心真実の人柄だ。だから、今ならわかる。真実がこの後、一番最初に言う言葉が……。

 

「ごめんね」

 

 ほら、やっぱり真実は自分を責める。あたしの自業自得を真実はそれを自らの罪とする。そうやって背負って、背負いすぎて、それでも笑う。なぜだろう、真実の背中がその身長よりも低く、そして幼い子供に見えた。

 

「別に、これはあたしの自業自得だし」

「それがどういう意味かはここでは聞かないよ。でも、なんでだろう。ゆりが傷つくのは、見たくない。そのために俺はお前を守ると誓ったのに、これじゃ全然だめだね」

 

 自嘲気味に笑っているのが伝わる。その笑みを、いつもの明るいものに戻すことは今のあたしには出来なかった。そんなことも出来ない非力な自分がどうにも煩わしくて……。そして、あの時あの子たちを失った頃の自分と何も変わっていないような気がして、同時に腹が立つ。

 だからだろうか、あたしの口は意図せずに語っていた。

 

「あたしにはね、弟と妹がいたの」

「……」

「あたしの―――生前の話」

 

 あたしの急な言葉にも、真実は動じることは無く静かに聞いてくれた。

 

「あたしの家は両親の仕事が上手くいっていたからすごく裕福な家庭だったわ。別荘みたいな自然に囲まれた家で暮らしてた。母と父そして妹が二人に弟が一人。あたしは長女だった。

 夏休みだったわ。両親が留守の午後に見知らぬ男たちが家の中にいたの。真夏だっていうのに暑そうな目だし帽まで被ってた。一目でわかったわ。悪いことをしに来た奴らだって。あたしは長女として絶対に弟妹たちを守らなきゃって思った。でも、敵いっこないじゃない」

 

 ふと、思わず笑みがこぼれる。それはどうしようもなさからくるものだった。

 

「連中はもちろん金目の物目当て。だけど奴らは見つけられなかったの。次第に連中は無闇に窓ガラスやテレビを壊したりして苛立ちを見せ始めた。そして連中はあたしたちにとって一番最悪なアイデアを思いついた」

 あの時のことは鮮明に思い出せる。周りの風景もあいつらの言葉も、弟妹たちの恐怖に染まった顔も、あたしの絶望も……。

「やつらはあたしの弟妹たちを人質にとって、一人につき十分の制限を設けて、あたしに金目の物を持ってこさせようとしたの。

 あたしは必死になって家の中を探し始めた。頭の中がひどく痛かった。吐き気がした。倒れそうだった。

―――あの子たちの命がかかってるんだ。探し出さなきゃいけないんだ。

でも、あいつらが気に入る価値のある物なんてわからない。闇雲に探し回って、いつしか時間は十分経とうとしていた。あたしはとにかく大きなものを持っていこうとしたわ。でも、馬鹿よね。階段から落ちてそれはバラバラ。

 警察が来たのはそれから三十分後。生きていたのは、あたし一人だった」

 

 しばらく、真実が落ち葉を踏みしめる音だけが響いた。

 

「あたしは、もし神なんてものがいるのなら、立ち向かいたいだけよ。だって理不尽すぎるじゃない。悪いことなんてなにもしていないのに。あの日までは、立派なお姉ちゃんでいられた自信もあったのに。守りたいすべてを三十分で奪われた。そんな理不尽なんてないじゃない。そんな人生なんて―――許せるはずないじゃない」

 

 静かな時間が流れる。風が木々を揺らす音がやけに大きく聞こえた。その音に紛れるように、でも確かな声としてそれはあたしの耳に届いた。

 

「おそらく、俺はなにも言うべきじゃないんだろうね。ただ耳を傾けて、この話を胸にしまい込んで、これまで通りにゆりに接するべきだろう。それが、ここでの正解だ」

 

 その通りだ。あたしは別に、なにかを言ってほしくて話したんじゃない。言ってしまえば気紛れ。気の迷い。出会って数日の真実に、あたしの人生を肯定も否定もさせない。

 不意に真実が立ち止まって空を仰ぐ。

 

「ほら、見てみなよゆり。空があんなに輝いてる」

 

 それに倣うようにあたしも空を見上げる。木々の隙間から見えるそれは、青く青く澄み渡っていた。あたしの心とはまったくの逆。

 

「あの青空も太陽も、雲も、月も星も。これからもゆりの頭上で輝くよ」

 

 ―――だから―――

 

 と、真実は静かに紡ぐ。

 

「今はそのままでいいかもしれない。それでも、忘れないで。キミは光の下にいる」

 

 暗い暗い絶望の中にいるあたしにも、光はちゃんと当たっている。あたしを見てくれている人がいる。―――真実はそう言いたいのだろうか。

 

「無くしたものは戻らない。今は下を向いていていい。その間は俺がゆりの手を引くよ。迷わないように、踏み外さないように―――キミが自らの足で歩けるまで、一緒にいてあげる」

「―――っ!」

 

 生前の世界で、あたしは確かに絶望した。世の中に、人生に……。そんなあたしに、薄っぺらい慰めの言葉をかけてきた人たちは大勢いた。だけど、あたしと共に歩んでくれると言った人はいなかった。どこにいても腫物を扱うようにされ、こちらの気も知らないで可哀相だと言う。だけど真実は……それを、あたしが生前もっともしてほしかったことを、してくれると言ってくれた。だからだ、こんなにも心に響くのは、こんなにも涙が止まらないのは……。

 

「ゆり、今はそのままでいい。だけどいつか、しっかり考える時間ができて、心を支えてくれる仲間たちができて、キミが安心できる居場所を見つけたら。もう一度自分の人生を一から振り返ってごらん。きっとキミが忘れていることは多いと思う。

 そしたら今度は、キミが手に入れた大切なものを数えてごらん。ゆりが新しく手に入れたものを、大事に数えてごらん」

 

 どこまでも温かいその言葉は、暗い絶望の中にいるあたしに小さな光を与えてくれた。蛍のように小さいけれど、それはしっかりとあたしの行く道を照らしてくれる。なにかを言ってほしいわけじゃなかったのに、むしろなにも言ってくれなくてよかったのに……。そんなことを言われたら、そんなふうに言われたら、どうしたって―――。

 こんなに気持ちが凪いでいくのは、この世界に来て初めてのことだった。

 

 

 

 全部―――真実のせいだった。 

 




 はい、今回、かの有名なアニメのフレーズをちょこっと使わせてもらいました。この辺り、今後増えそうなのでタグに加えるかもしれません。

 ということで、第七話。後半シリアスな展開でした。ゆりの生前の話の独白はまんまアニメと一緒です。改めて考えるのが難しかったので……。このシリアス展開、次回まで引っ張ることになります。作者としてもシリアスは書いてて気分が落ち込んでくるのであまり得意ではないのですが、それでも頑張っていきます。

 ではでは、第七話を読んで下さりありがとうございます。
 次回、おそらく同じくらいかそれ以上に更新が遅くなると思います。どうかご容赦くださるととても嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8

 わははははははははっ!!

 もう笑うしかないぐらいにお久しぶりです。

 しかし投稿が遅くなったからといってクオリティが上がっているわけではありません。安定の駄文です。


 歩くこと数分で真実の言った通り川にたどり着いた。あたしの膝はなおも痛みを訴え、さらには震えはじめていた。真実はあたしを古木に寄りかかるように座らせると、自分のハンカチを川の水でしみこませる。それを膝に巻いて縛ってくれた。ひんやりした川の水が痛みによる膝の熱を冷ましてくれる。

 

「今はこれぐらいしか出来そうにないね。帰ったらしっかり治療をしないと。まったく、死なない怪我は元の世界と同じだって言うのはこの世界の欠点だね」

 

 ―――まずはこの辺の文句を神に言ってやろうかな―――。

 

 なんてちょっとずれたことを言い出す真実に、思わず笑みがこぼれる。そしてそれを見られていたらしく、真実はジト目を向けてきた。

 

「笑い事じゃない。大体、どうしてこんな怪我を負うはめになった?」

「ちょっと油断しちゃっただけよ」

「何に? 先頭を歩いていた俺にはこんな怪我を負うようなものは無かったと思うけど?」

 

 あれ? これってもしかして真実怒ってる?

 

「ねえ聞いてるの、ゆり? なにで怪我をしたのかを俺は聞いているんだ」

 

 ああ、これは怒ってるわね。怒り方があたしの予想と同じでちょっと愉悦。

 

「ゆ~り~?」

 

 ちょっと近い近い。にじり寄らないで……。だけど正直に言うのはかなり憚れる。『あんたを殴ろうとした』なんて言えるか……。しかし良い言い訳が思いつかず、真実の視線から顔ごと逸らすことで自分の意思を伝える。逸らした先ではさらさらと水が流れ、時々ちゃぽんと魚が跳ねる。水の波紋が消えたころ、この沈黙は破れた。

 

「はあ~。もういいよ。なんでそこまで頑ななのかっていうのも、なんかもういいや」

 

 その完全に諦めた言葉。真実に気付かれないように細く息を吐く。

 この話はここでおしまい。もっと大事なことがある。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 それはもちろん、今日の調査のことだ。あたしの足がこれじゃ先に進めないし。

 

「どうするって、まだ目的達成してないんだから進むしかないでしょ」

 

 あたしの考えとはまったく正反対のことをしれっと言ってのけた真実を、思わず正気を疑うような目で見てしまう。

 

「なにその目」

「いえ、進むのは全然構わないけれどあたしは動けないわよ?」

「べつに移動を本人がする必要はないだろ」

「は?」

 

 思わず間抜けな声が漏れる。そんなことを気にすることなく、真実は飄々と言った。

 

「俺が背負っていけばいい。ここに来るまでもそうしたんだし、それでいいじゃん」

 

 確かにそうだ。そうだけど、それを認めたくないあたしがいる。

 

「で、でも。それじゃ効率が」

「今更効率とか言ってもね……」

 

 確かに、あたしが怪我をした時点でそんなことをいっても意味がない。

 それに、やはり自分の目で確かめてみたいというのもあった。そのためには真実の意見を呑むしかない。渋々とあたしは小さく頷く。

 

「よし、じゃあ決まり。ほら、乗って」

 

 身を屈め、あたしに背に乗るように促す真実、あたしは恐る恐る真実の背に手を掛ける。

 

「よっと」

 

 危なげなく立ち上がる真実は、やはりしっかり男の子なのだと認識させられる。だけど、色々自分の中で葛藤する。

 

「ね、ねぇべつに無理しなくてもいいのよ?」

「無理なんかしてないよ。なにがそんなに心配…………あ~」

 

 おい、なにを察した。なに、なんなの?

 

「気にする必要ないと思うけど、ゆりべつに重いってわけぐえっ!」

 

 それ聞く前にあたしは真実の首をこれでもかというぐらいに締め上げた。

 あたしの腕を何度も叩く真実に、しかしあたしは羞恥心からすぐには力を抜くことができなかった。

 

× × ×

 

 改めて出発したあたしたちは比較的草木の少ない道を進んでいく。ゆっくりした速度はあたしの足に負担がないようにだろう。べつにそこまでしなくてもいいのにと、歩くたびに揺れる真実の後ろ髪を見て思う。

 

「そういえば昔、といってもこの世界に来てからのことなんだけど。一人でピクニックをしたことがあったんだ」

「一人でピクニックって、あんたどんだけ寂しい奴なのよ」

「それが誰一人として一緒に来てくれなくてさ。そん時はさすがに落ち込んだよ」

 

 真実が落ち込む姿というものはかなり珍しい気がする。だからこそ、その姿を想像してつい笑ってしまった。

 

「酷いな。笑うなんて」

「ごめん。それで、真実は一人でピクニックをしたわけね?」

「そう。ひまわり柄のレジャーシート持って、自分でおにぎりとサンドイッチを作って、もちろんそれ以上のたくさんのお菓子を持って俺はピクニックに出かけたんだよ」

「あなた、料理とか出来るのね」

「まあ、簡単なものなら」

 

 でも、容易に想像ができる。小さく畳んだレジャーシートを小脇に抱え、大きなバスケットにおにぎりとサンドイッチを入れて、背中に背負ったリュックの中にはたくさんのお菓子が数多く入っているのだろう。きっとウキウキと笑みを浮かべ、誰より幸せそうな顔だったに違いない。この世界でそんな顔ができるのは、たぶん真実だけだ。

 

「それでね。いい場所がないかと歩き回って、俺はある場所を見つけたんだよ」

「ある場所?」

「色とりどりの綺麗な花が咲いていて、気持ちのいい風が吹いていて、小さな川があってね。太陽がポカポカしていてまさにピクニックに相応しい場所だ」

「そんなところがこの世界にあるのね」

「うん、まるで神が住まうような……」

 

 ………え? それって―――

 

「………。

 

 

 

あれ、あそこって神がいるんじゃね?」

 

「今更かっ! てゆうか、目的変更!! 今すぐそこ行くわよ!!」

「ああ、それは無理。もう行き方忘れた」

「なんでそんな大事なことを忘れるのよっ!! この頭か!? そんな重大なこと忘れたのはこの頭か!?」

 

 なら力づくで思い出させてやろうと、何度も真実の頭を殴る。

 

「痛いっ痛いっ。俺は昔の電子機器じゃないんだから叩いても思い出したりしないって」

「もう! あんたホントに使えないわね!!」

「えぇ……。今まさにお世話になってるのにそれを言う?」

 

 そんなバカみたいなやり取り。あたしは笑っていた。

 

× × ×

 

 大きく深い暗い中に、小さな光がふらふらと飛んでいた。あたしはその光を追い求めて、追いつきたくて、その温かさに触れたくて手を伸ばす。だけどいくら足を進めてもその光はあたしの傍に来てくれない。それが嫌で、どうしようもなく胸が締め付けられて、すぐにでも涙がこぼれそうだった。そして……いつのまにか、近づくことさえ出来ないその光を、諦めていた。あたしを見ず、あたしの周囲ばかりを照らす……そのことにあたしは絶望した。

 だけど、そのまま一生を終えたあたしは、その先であたしを照らす光に出会った。心が嬉しさに奮える。そして同時に、とても悲しかった。この光に、あたしはもっと前に会いたかった。あの時諦めていなければ、出会えたのだろうか。そんなことは当然分からない。だけどいい、今あたしはその光とともにいる。それは笑顔を絶やさず、時々バカみたいなことを言って困らせられる。そんな明るい、虹色の世界が、これからあるのだ。それが嬉しくて、あたしは子どもみたいな笑顔を向けた。

 

 ―――だけど―――

 

 そこにはあたしに笑いかける光は無くて、不思議に思って辺りを見れば、あたしの後ろに変わらない笑みをたたえて立っていた。その変わらない姿、変わらない光。一歩近づいたあたしから、その光はいきなりあたしを残して小さくなっていった。恐怖が足元から駆け上る。

 

 いやだっ! いやだっ!! いやだっ!!! 

 一人にしないでっ! 一緒にいてっ!!

 約束したじゃないっ!!

 

「真実っ!」

 

 嫌な汗が額を流れる。心臓の音が耳元で聞こえる。視界は狭く、自分がどうしていたのかすら考える余地がなかった。

 

「ゆりっ!? 大丈夫、大丈夫だ。俺はここにいる。ほら、ゆっくり息をして。ゆっくりだ」

 

 靄のかかる頭。それでも声のした方向へと視線を向ければ、あたしの背をさすっている真実が目に入った。徐々に視界に色が混じる。耳鳴りが治まっていく。そしてようやく思い出した。

 あたしは真実の背中で眠ってしまったのだ。今は大きな木に凭れていて、目の前には大きな壁があった。そうか、目的地までは着いたんだ。そんなことを頭の片隅で理解する。

 怖い夢を見た。あんなこと、絶対に起きてほしくない。もう二度と手放したくない。そう思ってしまう。あの夢のせいなのか、それとも約束通りあたしの側に真実がいてくれたことなのか、はたまたただ大きすぎる目の前の壁が、あたしたちがここまで来たことの無意味さを伝えているからかもしれない。どんな理由か判らず、それでもあたしはなぜか泣いていた。

 

× × ×

 

 あの後、涙は止まっても今度は羞恥でまったく動けなくなったあたしを真実がまた負ぶってくれて。その帰り道の道中にあたしが眠いっていた間のことを報告してくれた。どうやら壁からあちら側に行くための扉などはなかったらしく、全部を見たわけじゃないから分からないけど、予測としてそういった扉はないだろうということになった。

 その足で保健室まで行き、しかし保険医の先生は不在で、代わりに真実が膝の怪我の手当てをしてくれた。その日はそのまま女子寮の前まで送ってもらって、そこからはたまたま通りかかった一般生徒に部屋まで送ってもらった。その際、あたしが部屋を独占したことがもう噂となっているらしくその女子は怖がっていたけれど、真実が頼み込んだら渋々といった様子で引き受けてくれた。でもその時の女子生徒の顔が少し赤らんでいたから、それもまんざらでもなかったのだろう。こういう時、無駄に美少年な真実は実に役に立つ。

 女子生徒に部屋まで送ってもらって、一応礼を言ったのだけど言う前に逃げるように走っていってしまった。

 ベッドに仰向けに倒れる。今日は色々あり過ぎてとにかく疲れた。右手で目を覆うと、暗い中で何度もあたしを呼ぶ声が聞こえる気がした。笑って、怒って、心配して、あたしを呼ぶその声に救われる気がした。心がふわふわと浮いているように感じる。それがもどかしくて、息を大きく吸って吐く。だけど、この心の浮遊感の正体は誰に言われなくても分かっている。ただ、あたしがまだ受け止めきれていないのかもしれない。あんなに真っ直ぐに人に言葉をぶつけられたのは、あの最悪の事件が起こってから初めてのことだった。まだ鳴りやまない心の動揺が、ドクドクとあたしの耳を打つ。

 目を覆っていた手をどかすと、今度は蛍光灯の光に目が眩む。ぼんやりする頭で考えることは、あいつのことだった。

 あたしを守ってくれると言ったあいつは、今頃何をしているのだろう。そして前よりずっと、真実のことを知りたいと思っている自分を、不思議に思うことは無かった。

 

× × ×

 

 その日は夏休み直前の終業式だった。この日もあたしたちは一つ調べることがある。それは夏休みというこの期間、一般生徒たちはどこにいくかだ。一番有効な仮説は神の元へと戻るというもの。帰省する際、人間ではない一般生徒たちが向かう先として考えられたのがそこしかなかったのである。

 終了式が終わり。各クラスのHRも済めば晴れて夏休みに入る。屋上にいても夏休みに対する楽しみと期待が伝わってくる。

 

「さて、ようやく俺たちも動けるね」

 

 際限なくお菓子を食べていた真実が腰を上げる。その横には空袋が小さな山を作っていた。

 

「あんた、よくそれだけ食べれるわね」

「そうか? 普通だと思う」

「絶対違う」

 

 まあ、それはともかく一般生徒たちが校舎から出てきた。あたしたちは遠くまで見渡せる屋上から、用具室から拝借した双眼鏡で観察する。

 

「これといった変化は見られないわね」

「どうかな。まだ学校の敷地内だし、あの校門を超えたあたりが重要だと思うよ」

 

 真実も周りを油断なく見ている。あたしも気を引き締め周囲の様子を窺う。そして校門に近づいてきたとき、あたしたちが待った異変が起こった。

 

「……っ!!」

 

 校門を通り過ぎた一般生徒たちの姿がいきなり見えなくなったのだ。消えたとかいなくなったとかではなく、見えなくなった。まるで強い光にのみ込まれるように見えなくなったのだ。

 自分で見たことが信じられず隣の真実を見てみれば、真実も目をまん丸に見開いていた。それが、あたしが見たことが嘘ではないということの証明だった。

 

「いや~、あんな風にやられるとこっちとしてはどうしようもないね。どうするゆり? 俺たちも行ってみる?」

 

「そうね。そうした方が良いかも」

 

 そしてあたしたちは周りの一般生徒たちに混ざって校門まで行く。しかしあたしたちは一向に校門までたどり着くことは出来なかった。距離が一定からまったく縮まらなくなったのだ。

 

「これは完全に手詰まりだね」

 

 真実が疲れたため息を吐く。あたしも同じ気持ちだった。この世界は知れば知るほどに謎が増える。だけど、神への復讐のために、あたしたちは立ち止まっていられないのだ。

 




 なんだろうね、自分としても微妙な回になってしまいました。

 次回からはHraven'sDoorの本編の方に入っていきます。

 ではでは、次の投稿はいつになるのかな?
 本当に分かんないです。もしかしたら早いかもしれないし、今回以上に遅いかもしれない。それでも付き合っていただけるのでしたら、作者はとても感謝です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9

 真実とこの世界で出会って、二人で神への報復を誓ってからだいたい一年が経った。この一年、二人でやれることは何でもやって、この世界がどういうものなのか、そういったことはもうほとんど分かったと思う。いわばこの一年は準備のための一年だったのだ。だけど、これからは本格的に事を進めていく。冬の時期に真実とそう決めた。時間は無限に近い有限。だからそこまで焦る必要もない。気長にやっていこう。

 肺に吸い込んだ春らしい空気を吐き出す。冬を過ぎ、温かさのある空と春風に漂う小さな雲を眺める。ここでの生活ももう手慣れたもので、授業のボイコットも真実を怒鳴ることも、真実を殴ることも……。まったくいらないものまで身に着けてしまった。だから、今のこの状況もこの一年で慣れたものだった。

 

「あいつ、また遅刻かしら」

 

 昨日、朝九時に一般棟の屋上にて集合と言っていたのに真実はまったく姿を現さない。どうせまだ寝ているか、どこかでお菓子を食べているのだろう。一番可能性があるのは後者の方だ。ならば場所は中庭だろうか。あそこはあいつのお気に入りで、今日のように天気のいい日は必ずといっていいほどにそこにいる。仕方がない、いちいち目くじらを立てていてもあいつが今すぐここに来るとは限らないのだから。こちらから捜しに行った方が手っ取り早い。それにもうすぐ授業の時間だ。一般生徒たちがいなくなることで、真実を捜すのも楽になるだろう。

 屋上から階段を下り、廊下を歩いていると前から生徒会長と腕を引かれた男子生徒が走って来た。廊下は走っちゃいけないわよ、生徒会長。なんて思いながらあたしの視線はその男子生徒を見る。

 

「ま、待てって! 俺違うんだって! 俺ここの学校の生徒じゃ……っ」

 

 思わず口角が上がる。初日から見つけた。それも生前の記憶を持っている。ならばすぐにこの世界の異常性に気付き行動に出るだろう。あたしは真実の捜索を中断して、その男子生徒の観察へと移行した。案の定、彼は教室からすぐに飛び出てきて、さっきあたしが下って来た階段を駆け上がる。あたしはその後ろをゆっくりした足取りで追いかける。着いた屋上の柵から向こう側を見ている彼をとりあえず―――

 

「せーのっ」

 

――――ドンッ――――

 

 蹴り落とした。

 場所は変わって保健室。蹴り落とした男子生徒は丁度体育の授業で外に出ていた一般生徒たちに運ばせ、彼が目覚めるのをただ待っていた。退屈だ。そう思っていると、

 

「うわあぁっ!」

 

 という叫びと息を荒く弾ませて彼が起きた。やっとか……。

 

「目が覚めた?」

 

 まさか声を掛けられるとは思ってなかったのか、顔をこちらに向ける。そのなにか言いた気な表情がなにを示すのか、あたしは知っている。

 

「あなたが言いたいことはわかるわ。そうあなたが考えているとおりよ」

「なんのことだよ!」

 

 しかし折角彼の仮説を肯定してあげたというのに返って来たのはそんな怒声だった。

 

「いきなり蹴落としてくれたのお前か! 死ぬとこだったよ! つーか、あの高さで良く生きてたな俺!! 奇跡が起きたよ!!」

「あら、死ぬかどうか試そうとしてたんじゃなかったの?」

「どんな度胸試しだよっ!」

 

 どうやら、こちらとあちらとでは話が少々ずれているようだ。そして少しだけ期待外れだった。

 

「なあんだ、思ったよりバカなのね。とっくに気付いていると思ってたのに」

「なんの話だよ!」

 

 その大きな声で彼が起きたのに気付いた保険医の先生がカーテンを開ける。その顔は少しだけ怒っているように見えた。

 

「あなたたち授業はどうするの?」

「あー出ます」

 

 質問には適当に答え、まだベッドに座っている彼に視線を向ける。

 

「とりあえず、場所を変えましょ」

 

 そしてやってきたのは屋上。階段から屋上へと出る扉を開ける。そして視線を向けた先、柵に寄りかかってボケーっとしている真実を見つけた。あたしが扉を開けた音に気付いてゆっくりとこちらを向く。そして不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「ちょっと、ゆり。遅刻はダメだ。この世界には連絡手段というものが無いんだから、時間管理はしっかりしてもらわないと、こっちが困る。おかげで俺はここで三十分ぐらい待たされた」

「あなたはここで待ってなさい」

 

 階段の扉の前で彼を待たせ、扉を閉める。そして早歩きで真実に近づいていく。

 

「あんたが言うなあああぁぁぁっっっ!!!!」

「レバーっ!!?」

 

 あたしの右こぶしが人間の急所を容赦なく抉った。

 

「あんたが遅刻とかいうな! 遅刻したのはそもそもお前だ!」

 

 体をびくびくとさせる真実にさらに追い打ちをかけるように踏みつけようと足を上げる。しかし勢いよく踏みつけようとしたそれは真実が素早く転がることで避けられ、固いコンクリートを打ち付けるだけだった。ジーンとくる痛みに少々動けなくなる。そして避けた真実を睨みつける。しかし真実は目をつむってどこか真剣な面持ちだった。その表情にあたしにも緊張が走る。真実は目をゆっくり開いた。

 

「ゆり、黒は狙いすぎじゃない?」

 

―――ボグンッッ!!―――

 

「ギャアアアアァァァァッッッ!!!!!」

 

 屋上に、真実の悲鳴が響き渡った。

 

「顔が凹んだっ!! なんか*な形になってる気がするっ!!!」

「うるさいっ! あんたはなんでそうなのよっ!」

 

 今度は容赦なく転がった真実を蹴りつける。羞恥に熱くなった感情を冷ますように真実への制裁と共に春の温かくも涼しい風が吹いた。

 

「お、おい。なんかすげぇ悲鳴が聞こえたんだけど」

 

 その時恐る恐る屋上の扉が開かれた。どうやら先程の真実の悲鳴が扉の前で待たせていた彼にまで届いたのだろう。彼が目にしたのは、怒りと羞恥で真っ赤になった顔で蹲る男子を蹴り飛ばしているあたしの姿だ。

 

「ごめん。用事思い出したから帰るわ」

 

 ならばこういう反応をされるのは分かっていた。でも、ここで逃す手は無い。

 

「ああ、こいつのことはほっておいていいわ。いつもこんなんだし」

「いや、いつもボロボロっていつもこいつなにしてんだよ!?」

「ろくでもないことよ。ああ、余計な詮索はしないことね。あなたもこうなりたくなかったら」

「聞かねぇよ。なにしたらそんな風にされるかなんてこっちから聞きたくもない」

「そう。利口な判断ね」

 

閑話休題

 

「で、ゆり? その見るからに人間そうな人間は誰?」

「人間よ」

「だろうね」

 

 ふむと頷いて頭のてっぺんからつま先まで彼を見る。

 

「ここに来たのは今さっきみたいだね。で、あの子に見つかって授業に受けさせられようとしたわけだ。だけど、周りの反応に戸惑っていたところをゆりに捕まったと」

「なっ!?」

 

 的確な分析に青い髪の彼は驚いている。まあ、あたしもこの一年の経験が無かったら同じ反応をしているだろう。

 

「たぶんキミはブレザーのほうが着慣れているんだね、詰襟の学ランは動きづらそう。それに瞳が不定期に揺れている。そしてなによりゆりと一緒にいる。以上のことからキミがこの世界に来たのは今日。そしてついさっき自分では理解できないことを目の当たりにした。そしてなにかしら知っているかもしれないゆりから話を聞くためにここまで来た。でしょ?」

「……ああ」

 

 相変わらず観察力と洞察力は凄い。

 

「それで、ゆりから一体どこまで聞いたのかな」

 

 ビッ○カツを取り出し、大きな口でかぶりつく真実。さらにコ○ラグミをあたしの方へと渡してきた。

 

「そうだった。それで、俺がなにに気付いていないって言うんだよ?」

 

 どうぞ、と真実から差し出されたアポ○チョコをドギマギしながら受け取って彼はあたしに水を向ける。

 

「この世界が死後の世界だってことよ」

「はあ?」

 

 なにを言っているか分かっていないのだろう。確かにいきなり言われてすぐに納得できるほどの頭を持っているとは思えない。ならばどう説明すれば分かってもらえるか、その方法を考えるため少し沈黙したら、すかさず真実がフォローしてくれた。

 

「キミ、死んだことある?」

「っ!! な、なに言ってんだよ……」

「ビンゴだね。キミには死んだ時の記憶がある」

 

 真実の問いに彼は分かりやすいぐらいに動揺した。あたしにも一発で見分けがついたことに、真実が分からないはずがない。

 

「ようやく理解した顔ね。じゃあやることは一つ。結託しましょ」

「いやなに一つ理解してないから。困惑のただなかだから。そもそもお前ら誰だよ」

「あたしたちは人間よ」

「バカにしてんのか? 他のやつらも人間だろ」

 

 まだそんなところで迷っているのか。まったく説明が面倒くさい。真実をチラリと見れば、こちらをニコニコ眺めながら美味しそうにお菓子を食べている。どうやら説明はあたしに丸投げらしい。

 

「本気で言ってんの? 少しは頭使いなさいよ」

「あはは、ちょっとブーメランだ」

 

 余計な一言を入れた真実を睨むと両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「はあ、こんなヤツを仲間にしていいか不安になって来たわ」

「言いたい放題だな」

「じゃあ考えて見なさいよ。この世界のこと」

 

 言われて思い出すように眉間にしわが寄る。

 

「えーっと、お前らが人間……って話で怒っただろ? じゃあ人間じゃないヤツがいるってことか?」

「25点」

「点数なんて聞いてねえよ!! 答えろ!!」

「いいから100点取るまで答えなさい!! あたしを失望させないで!」

 

 再び考え込む彼を、あたしは気長に待つ。

 

「……あっ…。まさか、あいつら生徒が人間じゃない?」

「80点」

「じゃあ教師たちも人間じゃない」

「90点。そして残るは?」

 

 そして彼は全ての謎が解けたように、さっきまでの暗い顔を明るくさせ目を輝かせて叫んだ。

 

「そうか…わかったぞ!! 残るはモンスター!! 学校の外を徘徊してんだろ!!」

 

 期待外れ、そして思った以上の……。

 

「やっぱこいつアホだったか」

 

 げんなりするあたしの横で真実が一歩後ずさる。どうしたのかと様子を見ると目を大きく見開いていた。

 

「え? まじで?」

「真に受けんな!」

「いや、しかしゆり。あの塀を超えるほどの人食い巨人がいるかもしれないじゃないか」

「いるわけないでしょ! なんでそんなデンジャラスな死後送らなきゃならんのだ!!」

 

 ふざけたことを言っている真実の襟首を引っ掴んで引きずるように校舎へと戻ろうとする。引きずっている最中でも真実のボケは止まらない。

 

「でもそうか。なにも人食いじゃなくてエル○フの戦士かもしれないのか。だったらサイン欲しいな」

「巨人が書ける色紙なんてないわよ」

「むぅ、それもそうか」

 

 呆れて大声も上げられない。こいつのこの天然さは死後に来るにあたって治らなかったのだろうか。

ため息を吐いてズルズルと真実を引きずるあたしに後ろから制止の声がかけられた。

 

「おい、どこ行くんだよ!?」

「他のヤツ探すわ。さよなら」

「ゆりそれは勿体ないよ。中々に面白い子だ。アホっぽくて」

「アホだからやめるのよ」

「お前ら人のことを堂々とアホって言うんじゃねえよ!」

 

 仕方なく立ち止まり真実の襟を離す。けほけほと何度か喉の調子を整える真実。あたしは振り返ってもう少し待ってやることにした。

 

「だったらちゃんと答えなさいよ。ヒントはさっきあげたわよ」

「ヒント……今の会話の中に? ないだろ。そいつがボケ倒してただけじゃねえか」

「あったのよ。こいつのことはいいから、早く考えなさい」

 ―――ちょっと酷くないゆり? なんて声は聞こえないふり。

 これでダメなら本当に見捨てよう。真実もああいっていたが、それを度外視して考えれば説得させることは出来るはずだ。

 

「そうか」

 

 どうやら考えはまとまったみたいだ。真実もいつも通りの笑みを浮かべて彼の答を聞く姿勢をとった。

 

「他のヤツを捜す。………わかった答えはこうだ。つまり俺たちと同じく死んでこの世界に来た人間が他にもいる」

 

 ふむ少し近づいた。だけど―――

 

「99点」

「まだダメなのかよ」

 

 あたしの評価を聞いてさらに渋い顔をする。そんな彼に、真実はニコニコと変わらない笑みを向けた。

 

「なに? 塀の外のモンスター説は取り下げるの? いいじゃない。それがキミの限界だよ。自分の限界をしるのも大事なことだよ。いくら背伸びをしようと、人はそれ以上成長できないんだから」

「勝手に俺の限界を決めんじゃねえよ! 俺はこんなもんじゃない!!」

「それはあと二段階の変身ができるようになってから言うものだ」

「あんたらちょっと黙ってなさい」

 

 まったく話が進まないことにイラついて真実を睨む。真実は目を逸らしてチュッ○チャプスを咥えた。もう喋りませんの合図だ。

 気を取り直して彼に向き直る。

 

「ここは死後の世界。じゃあ後は誰がいる?」

「誰って……俺たちみたいな死人…だけだろ?」

「その死人の来世は誰がもたらしてくれるのよ」

 

 そして彼はやっとたどり着いたらしい。体を強張らせた。

 

「え……まさか……」

「そのまさかよ。言ってみなさい」

「神……?」

 

 パチパチと真実が拍手をするのが聞こえた。

 

「ようやく100点」

 

 しかし自分で出した答えに、すべてを信じられることは出来なかったようで、焦燥が顔を見せる。

 

「神……って。いるのか!? この世界に!?」

「まあまあ、落ち着いて。これでもどうぞ」

「いらねえよ!」

 

 興奮する彼を、真実が少し落ち着かせようと飴玉を上げようとするが、それはすげなく断られてしまった。だけどそんなことには気にせず、自分の口に放り込む。

 

「まあ、俺たちはいないほうがおかしいと思ってる。じゃなきゃ、この世界が存在することの説明がつかない」

「この世界?」

「あなた、屋上から落ちても生きてるでしょ」

「いや、落とされたんだよ」

 

 ぶるりと体を震わせる。ちょっとだけトラウマになっているのかもしれない。

 

「へえ、落とされたんだ。じゃあこれからは着地できるように特訓だね」

「なんでこれからも落とされること前提なんだよっ!」

「仕方ない。馬鹿と煙は高いところに上るって言うし。……あれ? キミはアホだから違うのか。ごめん、謝るよ」

「こいつ初対面の相手に容赦ないんだけどっ!?」

 

 そのやり取りが面白くて少し笑ってしまったけれど、気を取り直すように髪を耳に掛ける。

 

「とりあえず目標は神を捜すこと。もしくはそれに近い力を持っている奴を捜す」

「なるほど。それで? 俺はお前たちの仲間になれるんだろ?」

 

 パンパンと手に着いたお菓子のカスを真実が払う。

 

「まあ、この先どうなるかはわからないけど。じゃあ自己紹介しとこうか。俺は無心真実」

 

 真実はあたしとあった時と同じ、誰もが安心する笑みを浮かべた。その笑みを向けられた彼は、友好的な明るい笑みを浮かべて返す。

 

「じゃあこころで」

「なにそれ?」

 

 真実が問うと彼は得意げに胸を張った。

 

「お前のあだ名だよ。無心だからこころ」

「安易ね」

「安直だ」

 

 あたしと真実の言葉が被る。それぐらいにまったく捻りというものが感じられない。

 

「いいだろ、べつに……」

「それでキミは?」

 

 拗ねた日向君に真実が聞く。

 真実のあだ名に関してはまだ話が終わってないけれど、きっとなにも言わないのなら了承したということなのだろう。

 

「俺は日向。ひなっちでもいいぜ。よろしくな、こころ」

「おう、ひなっち」

 

 そして日向君はそういったことはまったく気づいていなさそうだ。もし真実が嫌といっても、しつこく呼び続ける気がする。

 軽い握手を交わした真実と日向君は最後にあたしの方を向く。

 

「じゃあ、最後は」

 

 真実に促され、あたしは日向君に真実を見習った友好的な笑みを浮かべる。

 

「あたしはゆり」

 

 するといかにも嫌そうな顔してのたまった。

 

「えーーー! お袋と一緒じゃん! あだ名とかねえのかよ!?」

「知らないわよ。あたしはずっとゆりって呼ばれてきたんだから」

 

 そう言い合うあたしたちの間にお菓子の袋が開かれる音がなる。そこには新しくポテ○の袋に手を突っ込んでいる真実がいた。

 

「お前、まだ食うのか……?」

「そんなに嫌なら、ゆりにもあだ名をつけてあげたら?」

 

 真実の食欲を始めてみる日向君が戦慄する。そんな日向君など意にも返さず、真実がそう提案した。

 

「はぁ?」

 

 少々嫌ではあるが、言ってしまえば呼び方なんてなんでもいいのだ。ならば好きにさせようと、日向君をちらりと窺う。

 

「ふむ……じゃあ、ゆりっぺ」

 

 今までで一番最悪なあだ名をつけられた瞬間だった。そして隣でなんとか笑いを堪えている真実を本気で殴りたいと思った。

 

「なんだ? 嬉しくて言葉もないのか?」

「そんなわけないでしょっ! なにその最悪なセンスっ!!」

「いいんじゃない、ゆりっぺ。最高だと思う……ブハッ!!」

 

 ぷるぷると肩を震わせる真実は、そう言ったあとこらえきれずに遂に噴き出した。とにかくその全てが不快に思ったあたしは躊躇なく真実を殴りにかかる。

 

「まあまあ、いいじゃないゆり。それに呼び続けていれば愛着も沸くかもしれないし」

 

 しかしそれは軽々と避けられ、しまいにはそんなことまで言われてしまった。まあ、確かに呼び方なんて好きにさせようと思ったあたしの責任でもあるのかもしれないけれど……。

 

「で? 俺たちはなにをやるんだ? ゆりっぺ」

「……っ。決まってるでしょ、神を捜す」

 

 まだゆりっぺという呼び方に違和感しかないが、それは抑える。

 

「捜してどうするんだよ? 生き返らせてもらうとか?」

「違う違う、もっと面白くて痛快なことだ」

「ん? なにやるんだ?」

「理不尽な人生を強いたそいつに、一発ドギついのを……いや、何発もかましてやるのよ!!」

 

 これが、あたしたちの始まり。あたしと真実と日向君の戦いの始まりだった。




 次回から本格的に原作のほうへ入っていくと思います。

 どうか、気長に待っていてください。

 ではでは、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10

 まだ投稿していない話数があったから投稿します


 温かな春風、微かに漂う花の匂い。季節に合った黄色いレジャーシートと、多種多様なお菓子の数々。果○グミの封を開け一つ口にいれれば、濃厚なブドウの味が広がり、グミ独特の柔らかくも固くもない、その中間の歯ごたえがさらに食欲を募らせる。口の中が甘味で満たされれば次は塩気が欲しくなって、堅あ○ポテトをバリバリと頬張る。さっきとは違い、確かな歯ごたえとガツンと強い塩味が口内を蹂躙する。それらすべてを、コカ・○ーラゼ○で飲み干すと、なんとも言えない至福を感じた。

「いやなんで俺ら呑気に菓子パーティーなんてしてんのっ!?」

 突然のそんな大声にあたしは思わずグーパンチが出た。見事に日向君の横っ面を叩いた。「ドヘァッ!」なんて変な声を上げた結果、不自然に片方だけ腫れあがった。そのためすぐに誰と判別できなくなってしまった。

 

「なにしてくれてんだよっ!?」

「あなたこそなにしてくれてんのよ。てゆうかあなた誰? 顔も分からない人と一緒にいたくないわ。解散しましょ」

「結託したの今さっきなんですけど!?」

「あ、ひなっち? だよな? そこのクランキーチョコ取って」

「お前もなんで平然としてんだよ! あとちゃんと日向です! 疑問符をつけんな!」

 

 ツッコミながらも律儀に取ってあげるのね。

クランキーチョコを三分割して一つを渡してくれた真実に礼を言って受け取り、一口大に折って食べる。真実はそのままかじりついているから、ポロポロとカスがこぼれていた。飲み込んですぐさま牛乳を流しこむのを見て、あたしも真似してみる。チョコと牛乳の抜群の相性に、迷わずチョコを食べる。

 

「なにか不満でもあるのかひなっち? もしかして嫌いな菓子でもあった? ダメだぞ、好き嫌いせずなんでも食べなきゃ」

「お前は俺の母親か!」

「好き嫌いして選んでいいのは人間だけだ」

「人間の方がダメだわ!」

 

 大きなため息をつき、手近にあったこんにゃくゼリーのふたを開けながら、日向君は真面目な声で言った。

 

「いや冗談抜きで、なんでこんなことやってんだよ。ゆりっぺがいい感じに啖呵切ったから、そのままなにかするのかと思ったのに……」

「だからやってるじゃない」

 

 ヨーグルトの蓋を開け木のスプーンで一口食べる。久しぶりに駄菓子のヨーグルトを食べたけど、結構おいしい。

 

「どういうことだよ? 今こうしていることが、神に近づくことってことか?」

 

 わからないと、眉を寄せる日向君に、今度は真実が答えた。

 

「まあそれはすぐにわかる。そしてこれはもう一つの目的があるんだ」

「もう一つの目的?」

 

 ん? それはあたしも聞いてない。一体どんなことがあるというのか。

 

「ここでひなっちの実力というものを見てみたい。これから起こる出来事に、ひなっちがどう対処するかを見るんだ」

「はぁ? 見てどうするんだ」

「自分の中でひなっちを横か下かの位置づけをする」

「怖えよ!」

 

 そんなことをしていると、いつかと同じようにキィと音を立てて屋上の扉が開いた。小柄な体躯と綺麗な銀の髪が揺れる。表情の動かない顔は相変わらずで、その人形じみた姿と触れれば壊れそうな雰囲気も相変わらず。小さな歩幅でこちらに歩いてきて、丁度三歩分の距離を置いて立ち止まった。

 

「あなたたち、今は授業中よ」

 

 予想通り注意しに来た生徒会長。さて、日向君はどうやるのかしら……?

 こそっと日向君の後ろに回り、耳元で指示をする。

 

「彼女が生徒会長であることはもう知ってるわね? なにか情報を持ってる可能性がある。それを引き出してみて」

「なっ!? いきなりすぎるだろ!?」

「いやならここで解散よ」

 

 うぐっと唸った後、日向君は生徒会長に向き直った。真実はニコニコと日向君の動向を見守っている。そんな空気の中、日向君は小さく呼吸を整える。

 

「あのさ、生徒会長」

「なに?」

「神様っていると思う?」

 

 そうド直球に聞いた。彼の印象としてそこまで頭の回る男じゃないことは分かってたから、まあなんとなくわかっていたことだ。さて、日向君はどうやって口を割ろうとするのかしら……。

 

「それは答えなければいけないこと?」

「ああ、答えてもらわないとスゲー困る」

「じゃあ、わからない」

「じゃあいるとしたらどんな感じかな?」

「見当もつかないわ」

 

 生徒会長の様子からじゃ嘘を言っているかなんてわからない。さすがは、あの真実がこの子から情報を聞き出すのを困難と言わしめるだけはある。真実も彼女の様子を見ているが、そこからなにかが分かるとは思っていないのだろう。もっぱら、日向君の駆け引きに注視している。

 少々の思考の後、日向君はさらに問う。

 

「あのさ、好きな人っている?」

 

 あたしと真実の間が一瞬すべての音が消えた。その静寂を破ったのは、またしても日向君だ。

 

「生徒会長ってさ、かなり可愛いよな。初めてあった時からそう思ってた。あのさ、俺に告白されたら、付き合ったりとか」

 

―――ドグシッ! あああああぁぁぁぁぁぁ~……

 

 あたしは弁明の余地もなしに日向君を屋上から蹴り落とした。日向君の叫び声が遠くなるのを聞きながら生徒会長のほうへ向く。すると、さっきまであたしたちが座っていたレジャーシートの上で真実と生徒会長がお菓子を食べながら談笑していた。

 

「あの子、大丈夫?」

「大丈夫。発作的に高いところから飛び降りたくなる子だから。病気じゃなくてそういう癖だから、性癖だから」

「そう、なら仕方ないわね」

「そう仕方ない。だから生徒会長も、気が向いたらひなっちを高いところから落としてあげてね」

「考えとくわ」

「ありがとう、ひなっちも喜ぶよ。それはそうとこれから時間ある? あるならちょっとお話がしたいなって」

「そうね、放課後なら時間があるわ」

「じゃあその時間にまた会いに行くよ。時間とらせてごめんね」

 

 そして、おすそ分けとして少しのお菓子を袋に詰めて生徒会長に渡し、真実はバイバイと手を振る。生徒会長も小さく頷いてから屋上から校舎の中へと戻っていった。

 真実がどういう目的を持っていたのかはわかる。授業に出るとか教室に戻るとか、そういう話になるのが面倒だからだ。だけど、あの生徒会長も誤魔化されるなんてことがあるんだ。そういえば初めてあったときの嘘みたいな真実の作り話にも鵜呑みにしていた。彼女が多少は人間らしいところがあるってことが分かったのはいいことかもしれない。今後、なにかしら行動を起こすあたしたちにとって、彼女の存在は面倒なのだ。一々注意に来られたんじゃたまらない。

 ねるねるねるねをグルグルと混ぜながら口にくわえたチューパットを吸う真実は、どこか緩んだ表情で屋上の扉を眺めていた。

 

「いや~、生徒会長ってなかなか話せるよね。お菓子の好みも結構合うし、このままもっと仲良くなれるといいな~」

「本気で言ってるわけ?」

 

 あり得ないとわかっていながらの確認と、あたしのなにかに触れたその発言はからかいの中に若干の苛立ちが加わっていた。

 

「仲良くなりたいってのは本音。直接的に俺たちに害はなさそうだし」

「あっそ」

 

 どこかむくれた言い方になってしまったことに、自分自身に苛立ちを感じる。むしゃくしゃして、真実がせっせと作っていたねるねるねるねをかっさらって口に放り込む。

 

「ああっ! なんてことすんの!? 折角楽しもうと思ったのに!?」

「うるさいっ! いいから日向君拾ってきなさい!」

「ぅえ~……。落としたのゆりなのに拾うの俺なの?」

 

 文句を言いながらもお菓子とレジャーシートを片付け、あたしと真実は死んだように死んでいる日向君の回収に向かった。

 

× × ×

 

 日向君を保健室で手当てをし、ベッドに放り投げ彼が目を覚ますのを待つ。カーテンの向こうでは保険医の先生と真実が楽しく談笑しているのが聞こえる。人とすぐに仲良くなれるのは真実の得意とするところだけど、それが行き過ぎているようにも思えてしまう。あそこまでの処世術を一体どうやって身に着けたのか。以前そのことを聞いたけれど、真実はまだ生前の記憶が戻っていないから知らないと言っていた。だけどきっと、人の空気を読んで人の心を読んで人の顔色を窺う、そんな生前だったんじゃないかと勝手に想像して、あの性格も人に嫌われないようにするためのものだとしたら、なんだか真実が作り物めいて見えた。それが嫌で、本当に心の底から嫌で、その日はなぜかいつも以上に真実の天然ボケに対するツッコミ(拳)の力が強まったのを覚えてる。

 そんなことを真実と保険医との雑談をBGMに聞いていると、ようやく日向君が目を覚ました。のっそりと体を起こしたこいつには言ってやらなければならないことがたくさんある。まずは一喝しないと気が済まない。

 

「あんたねぇ! 女を口説きにここに来たの!?」

「だからって何度ケリ落とすんだよ!? 死ぬとこだったよ!! よく生きてたよ!! また奇跡が起きたよ!!」

「あんたが私欲を満たすことしか考えてないからでしょ!?」

「別に本気でコクったんじゃねーよ!! 連中は恋とかするのかなって思っただけだ!!」

「まったく、これだからひなっちはひなっちなんだ」

「な、こころ……どういうことだよ? てゆうか今ひなっちってのを蔑称みたいに使わなかった?」

 

 カーテンの向こうから保険医に淹れてもらった紅茶のカップを持ったまま真実が入って来た。その顔にはあからさまな呆れが見て取れる。

「ゆりが説明したでしょ? 彼らはここの高校生活が違和感のないように見せるための脇役たち。だけどそれは本物となんら遜色はない。だから彼らも恋愛ぐらいするさ。ひなっちは恋も愛もまったく興味のない高校生を見たことがある?」

 

「うぐっ」

 

 真実のもっともな説明に日向君は言葉を詰まらせた。まったく、真実の言う通りちょっと考えればわかることをわざわざ聞くなんて……本当に日向君を仲間にしてよかったのかしら……?

 

「まあでも、いいと思うよ。考えがたらなかったとはいえ、なにかしらの情報を得ようとはしたわけだし、疑問を見つけ、それを追求するというその姿勢は認めるところだ」

 

 カップの紅茶を一気に飲み干して、真実は日向君をそう評価した。

 

「そ、そうか……?」

 

 分かりやすいくらいに照れる日向君を見ていたら、さっきまの怒りなんかどこかに行ってしまった。だけど、一つだけ引っかかることを思い出した。

 あたしが真実に褒められたのって、確か真実に自分で考えるようにって言われてからだった。つまりその時のあたしは、今の日向君に劣っていたということ……? その結論に至った瞬間感情の前に身体が動いた。

 

―――バチーッンッ!―――

 

「ぶへっ!」

 

 にやけていた日向君の頬をビンタしていた。そしてすぐに感情が追いつき、それが苛立ちだと気付いた。

 

「なにすんだゆりっぺ!?」

「日向君のクセに生意気なのよ!」

「どういうこと!? 意味わかんねぇ!」

 

 ギャアギャアと言い合うあたしたちを真実は微笑まし気に見て、そしてあたしの肩に手を置いてやっぱり優しく言った。

 

「でも、肝心の情報を得られなかったからプラスマイナスで考えてもマイナスだぞ、ひなっち」

「え~」

 

 そしてあたしの肩をポンポンと叩く。その意味はきっと『ゆりは答を見つけた』だ。それはまるであたしを慰めるように、世話のかかる妹をあやすような温かい触りかただった。瞬間、あたしは顔が熱くなるのを感じた。すべて悟られていたと思うと、本当にどうしよもないぐらいに恥ずかしかった。だけどその様子を日向君に気付かれる前に、真実が日向君に言った。

 

「さて、そろそろ昼飯にしようか。ひなっちも腹減ってるだろ?」

「そういえば、そうだな。そっか、こっちでも腹は減るんだ」

「そう。なにも食べないと死んじまうぞ~」

「俺たちもう死んでんだけど」

 

 ベッドから降りた日向君とそんな会話をしていた真実は、自然な流れであたしも会話に混ぜるように話を振ってくれる。だからあたしも、それに逆らわずに平素に戻った顔で輪に入れる。

 

「ほら、ゆりも行こう。俺今日はかつ丼の気分」

「そんなこと言って、あんたまた残すんでしょ?」

「今日は全然余裕で食べれる気がする」

「あんたの気がするは本当に気がするだけだから嫌なのよ」

 

 すっかりいつものペースを取り戻して、あたしたちは歩を食堂のほうへ向けた。

 

× × ×

 

 食堂にて、あたしはうどん、日向君はラーメン、真実はなにをトチ狂ったのかかつ丼の大盛りに加え杏仁豆腐まで頼んだ。勢いよくガッツク真実を若干心配そうにみながら、あたしもうどんを啜る。日向君はなにも気付かずここの食堂のクオリティの高さに舌鼓を打っている。

 

「結構うまいんだな。学食ってもっと雑な味かと思った」

 

 チャーシューをつまみながら言った日向君にかつをつまんだ真実が言った。

 

「ここの学食は結構人気なんだ。メニュー多いし、季節限定もあるしデザートまである。結構なネタ飯もあるから、色んな楽しみかたがある」

 

 数秒かつを見てから丼に戻して、嬉々として杏仁豆腐に手を付け始めた。どうやら限界が来たらしい。丼の中身はまだ半分ぐらい残っていて、だけどもう真実は杏仁豆腐に夢中だ。

 

「真実、まだかつ丼残ってるわよ」

「俺はもういいよ。ゆりにあげる」

「食べれるわけないでしょ。だから量を考えろって言ってるのに大盛りなんか頼むから」

 

 しかし本当にもう真実はかつ丼には興味がないらしく、それはそれは満足そうな表情で杏仁豆腐を食べている。するとラーメンを啜っていた日向君が真実を少々驚いた目で見た。

 

「え? もう食わないのか?」

「食べないんじゃなくて、食べれないのよ」

 ため息交じりにそう言えば、日向君は分からないと言いたげに首を傾げた。

「だって、あんなに菓子が食べれるんだ。だったら昼食のぶんくらい食べれるんじゃ―――」

「分かってないな、ひなっち。あんなにお菓子を食べるから今食べれないんじゃないか」

「偉そうに言うな! それただの自己管理不足ってだけだろ!!」

 

 まあ、確かに毎日あれだけのお菓子を食べているのだから、相当な大食漢だと思われるのは仕方のないことかもしれない。それに、高校生にもなってお菓子の食べ過ぎて三食食べれないなんて考えもしないだろう。だけどそれ以上に、いつも残すということを学習しない真実が悪いのだ。そもそも食べないという手もあるし、量を少なくするなんて誰でも思いつく。それにここの学食はサンドイッチや総菜パンなんかも売っているから、そっちを食べればいいだけの話なのだ。

真実と過ごすようになってこれまで、食のことで真実を注意するのはもうパターン化してきている。

 

「心配はいらないよ、ゆり。今後はご飯を残すことはなくなる」

 

 もにゅもにゅと杏仁豆腐を味わいながら、真実は自信満々に言った。

 

「どういうことよ? だってあなた残してるじゃない?」

「考えてもみてよ。これまで残り物が出ていたのは偏に残り物を食べてくれる人がいなかったからだ」

 

 間髪入れずに日向君が言った。

 

「いや、お前が残すからだ」

「だけど、これからは違う。俺の残し物は全部ひなっちが食べてくれる」

「勝手に決めんな!」

「だって元運動部、それも野球部だったひなっちならこれぐらい余裕で食べれるだろ?」

「っ! なんで!?」

「手の平のマメ。両手にある小指から中指と小指から下にある手の平。ここにマメが出来るのは野球選手の特徴。

 そんなことより、ゆりや俺以上に食が太いひなっちの加入は即ち、俺が残り物を持っていったとき、食堂の人から嫌な顔をされることがなくなるし、次の日にまた大盛りを頼んだとき、こいつまた懲りずに頼みやがったと嫌な顔をされることもない。まさに良いことづくめで……」

 

 それだけ言って、真実はまたも熱心に今後の残り物についてあたしに聞かせようとする。

 日向君は自分の手の平を見ながらスゲーと呟いてる。それくらいなら真実はたぶんあったときにもう気付いてた。

 

「ゆり聞いてる? 以上の点から今後俺がごはんを残すということはなくなる」

「はいはい、分かったわ」

「そうか! 分かってくれたか! じゃあひなっち最初の任務だ、俺の余り物を食べろ」

「初めての任務がそんなのは絶対に嫌だ!!」

 

 ハア、本当にこのメンバーで神への手がかりを見つけることができるのかしら……?

 不安になる心を静めるために、とりあえずあたしは余り物のかつを日向君の口に突っ込むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。