Fate/the Atonement feel (悪役)
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正義嫌いの少年
安寧の日常


ここには何も無い(・・・・・・・・)

 

他にここ(・・)を見る事が出来る人が、否、ここ(・・)に辿り着く事が出来る人がいたならば、自分からしたら荒涼な砂漠よりも辛みを感じるこの場所を何もかもがある、と咽び泣くのかもしれない。

しかし自分の感覚か。もしくは単に物の価値を理解していない馬鹿だからか。自分にはここは何もかも無いと判断するレベルに何もかもが有り過ぎるのだ。

人間が無限という言葉を比喩に使う事は出来ても認識して使う事は出来ないのと同じだ。

だからきっとここは無限と0の極致なのだ。

窮極的に矛盾な表現だが、自分なりの解釈でもっとも分かりやすい例えはこれじゃないか───

 

 

「───」

 

 

気を抜いてしまった。

一瞬、正しく無限と0をぶつけられたかのような情報量に自我が崩壊しかけるのを辛うじて阻止する。

何度も来ているが故の油断か。

ここは当たり前に自分が生きて呼吸が出来る大地ではない。

むしろここは永久不断の廃絶世界。

空は押し潰れ、大地は死に、空気は崩れてる。

生物はここにはいられない。

生物はここでは生きれない。

何せここには全てがあるのだ。

全てという事はそこには死もあるという事で。

 

 

 

それを証明するかのようにそこには門番のようにただ佇んでいる死神が立っている───

 

 

 

「        」

 

 

 

人間の言語野で定義をするというのなら灰色の襤褸のマントで体を覆ったナニカ。

全身を覆ったその不吉さを更に醸し出す為かのように中身が見えないそれからは眼光のみが覗いていた。

 

 

 

「       」

 

 

 

その光からは良く使われる定型文である死ね、という殺意は感じられなく───消えろというもう一段上の破滅のみを望んでいた。

マントの中にいる存在は嘘偽りなくこちらの消滅を望んでいる。

可能ならば今、直ぐにこちらに近付いて存在を抹消したいと切に願っている。

ならば何故動けないのか。

実に簡単な話───まだ自分はここ(・・)に到達していないからだ。

到達していないのに何故視えているのかというまたもや矛盾の話になりそうだが───もう既に接続は断たれたようだ。

視界が一気に安定しなくなる。

今まで見ていた荒涼とした灰色の砂漠は最早ノイズの世界に変貌している。

視界が崩壊したならばもう意識(じぶん)がここに存在する事は出来ない。

そのままここから離れようとする意識が最後に捉えたのはやはり最後までこちらを強烈な視線で見てくる灰色のナニカであった。

望み通り消え去ろうとしている自分に対してそれは満足していないと言わんばかりに変わらぬ視線を送り続ける。

 

 

 

「          」

 

 

 

常人が受けたならばその期待に応えてしまいそうになる死神の目線に、俺は消え去る意識で鼻を鳴らす……ようにしてみた。

言われずとも消えるし、好き好んでここに来る気はない

 

 

───少なくとも今は

 

 

その思念を残し、強烈さを増した光から逃げるように魂の接続がブツン、と途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

連続的に且つリズム良く、しかも煩く鳴る音の塊を起きた直後の反射神経は見事に使命を果たした。

寝起きとは思えない見事な速度と力が籠った裏拳。

実に見事なくらい丸く固まった拳の塊は狙い通りに音を鳴らしている物体───俗にいう目覚まし時計に直撃した。

とてつもなく最高の形で直撃した目覚まし時計は勿論、その打撃を受けて吹っ飛ぶのを堪える力などない為に吹っ飛ぶ。

その吹っ飛ぶ先を見ぬまま殴った手が先に強烈な痛覚信号を発する。

 

「つぉ……! あぐっ」

 

呂律の回らない舌が痛みに反応した言語を出そうとするがただの呻き声にしかならなかった。

しかも吹っ飛んだ時計は壊れたかと思えば健在であると言わんばかりに鳴り響きっぱなしである。

あ、これ、親父か母さんかのどっちかの仕業かは知らないが強化してるなちくしょう、ととりあえず悔しい思いを感じながら

 

「……何だ。今日も生きてる」

 

余人が聞いたのならば自分は死の病を患っているのかと言われそうだが別にそういうわけではない。

実に健康的な身体と精神を持っている。

その事を聞いたら周りの人の反応は様々だろうけど、結論は大袈裟という反応だろう。

その事をよく理解した上で彼は苦笑しながらそう思った。

そして同時にこうも思った。

 

 

ま、別にどうでもいいか、と

 

 

何故ならこれが俺の───遠坂(シン)の日常なのだから。

 

 

 

 

 

 

ふわぁあ、と欠伸を盛大に洩らしながら洗面所で顔を洗う。

眠気MAXのテンションを冷たい水で顔を洗う事によって眠気のテンションを少し下げる事に成功。

なぁに、母さんには負けるさと思いつつタオルで顔を拭いてそのまま廊下に出る。

純和風の廊下から欠伸をもう一度かましながらこの家の中心地に向かう。

まぁ、要は洋風に言うとリビングである。

ま、和風なのでリビングはおかしいかと思いつつ目的の扉……襖だから扉違うが実にどうでもいいので遠慮なく横に引く。

廊下よりも光に満ちている故に一瞬目を細めつつ、そのまま中に入り

 

「おはよう、真」

 

長身の男性がそれを迎え入れた。

褐色の肌に白髪の頭をしているが顔立ち自体は普通の日本人である男。

見た目の年齢は20代後半くらいなのだが実際の年齢は30~40代くらいのはずなのだがまぁ、そこはセンスの無い服装の下に隠された年齢にはそぐわないレベルで鍛え上げられた肉体の恩恵という事にすればいい。

男性は普通の笑顔を浮かべ、厨房で料理をしていたのでエプロンを装備し、且つ着こなしている。

名を遠坂士郎。

……一応、俺の父親である。

 

「……はよう」

 

過去のあれこれや思春期やらでついぶっきら棒に対応してしまう。

そしてそれを毎回苦笑で見送るのが親父の朝の習慣になりつつある。

 

「今日は早い日か。出来ればもう少し起きるリズムが安定すればいいんだが……そこら辺は本当に凛に似たな」

 

「……その件の母さんには負けるから別にどうでもいい。それに朝の眠気は人類最大の敵だ。勝つ為には魔法クラスの奇跡が無いと勝つのは難しいものだ……」

 

「随分と壮大な話になっているがとりあえず凛を起こしに……む。いや丁度来たか」

 

親父の声に五感を少しだけ尖らせると確かに廊下から足音が聞こえる。

ただまぁ、普通なら歩く音というのは個人差はあれど均等なリズムで聞こえるものだと思うのだが、その足音はまるで酔っ払いの千鳥足のようなランダムなリズムでここを目指している。

毎度恒例なので自分は無視してお茶を入れ始める。

そうしている間に襖が開いて……まぁ、陳腐な表現で語れば絶世の美女が現れたというのだろう。

スラリとした手足に負けないレベルの長くて綺麗な黒髪を自由に靡かせ、スタイルはうん、胸に関してはノーコメントだがそれ以外はオールパーフェクトと言える体型。

当然、顔も父と同じで年齢にそぐわないレベルの若々しさなのだが……その顔が残念ながら美女という雰囲気を台無しにするくらいに筆舌し難い顔になっている。

それにやはり習慣となった苦笑を父は顔に張り付けながら母の方に向かう。

 

「ほら、凛。顔が毎度ながら恐ろしい顔になっているぞ。顔は洗ってきたか?」

 

「……んぁ。ちゃぁんと……洗ってきたわよぅ……」

 

「そうか。なら水を入れてくるから座って待ってろ」

 

「ん……」

 

あ~~、暑い暑いと俺は手で団扇を作ってパタパタと自分に振っておく。

この家にいると毎日糖分過多で甘い物を食べる気が起きなくなってしまうマイナスがある。

恐らく失敗すると体重が酷い事になる。

女性には地獄のような場所だろう。

俺も実は自分の健康状態を疑っている。

糖尿病とかになってないだろうな……と思いながら、目の前にボケーっとした母が座る。

 

「……ん。おはよ、真」

 

「おはよう、母さん」

 

こちらの挨拶でようやく少しだけ頭が回りだしたのか。

母さんはようやくちゃんとした表情───苦笑だが。それを浮かべて会話を切り出した。

 

「私相手にはちゃんと挨拶出来るのにまだ士郎にはちゃんと出来ないのあんたは。士郎、言ってたわよ? 真が俺と会話する時、私と話している時と違って固くなってるって」

 

「む……」

 

事実である。

完全なるこちらの落ち度だから何一つ言い返せないものではあるのだが……かと言って素直に話す気が一切無いのが困ったものなのである。

というか素直にそうなれるのならば目の前の母親の苦笑は無い。

 

「男は皆、マザコンってよく言うけど……困ったわ……私の美女パワーに息子の心を奪ってしまうとはね……」

 

「いやぁ……毎朝物凄い表情で起き上がってくる母の顔を見れば例えそれが百年の恋であっても冷めると思うんだけど……」

 

「それが正しかったら今頃私は離婚しているわけだけど?」

 

「いや……親父は……変態だから」

 

「まぁそこは否定しないけどね」

 

「聞こえているぞーー! 後、凛も否定してくれないか……」

 

厨房から聞こえる声は二人で同時に無視した。

その事実に父は自分の家庭内ランキングの低さに硝子の心が罅割れた。

母さんへの水のみを持って自分は厨房にとぼとぼ戻っていく。大丈夫……答えは得たよ……などと何やらぶつぶつ言っているが何時も通り狂ったのだろう。

なら後は母さんに任せる。

 

「で、今日はあんた早いのね……」

 

「……」

 

母さんが言っているのは起きる早さの事だろう。

確かに自分の平均は母さんと同時か、少し遅いくらいである。

とは言っても体内時計などと何とか言われているが起床なんてランダムだ。

だから別に母がそこまで気にする事ではないとは思うが

 

「あんた、早い時は絶対に寝惚けてないわよね───悪夢を見て覚めたのを繰り返しているみたいに思えるわよ、それ」

 

その言葉に俺は溜息を吐いてお茶の追加を入れるのみである。

確かにそれが一度や二度の出来事ならただの偶然と言えるかもしれないが、ずっと繰り返していれば最早異常と言われても仕方がないだろう……ああ、でもそういえば───自分は何時からあれを見始めたっけ?

 

「───そりゃ人間、生きてたら悪夢なんて何回でも見るだろ?」

 

「───あんた。今日、ちゃんと鏡は見た?」

 

唐突な指摘に意図を理解出来ない。

別に女ではないので鏡で悦に入るナルシストでもないので自分はそこは基本的にはおざなりである。

ちなみに顔は二人からは私と士郎を足して割った感じ、と常々苦笑されており、髪の色は赤色であり、少し伸ばしている。

昔は何故こんな色なんだと思っていたが、聞いてみたら親父の昔の髪色がこれだったという事らしい。

髪に関してはそんなに伸ばすつもりは無かったのだが何か母が「やだ……何、この髪質……流石は私の息子───伸ばしなさい」という家族内ランキングナンバー1の一声による運命決定であった。

解せぬ。

まぁ、別にそこは実にどうでもいいんだが……とりあえず指摘されたので思わず手元にあるお茶を見て今の自分の表情を見てもまぁ、やはり理解不能という感情しか張り付いていない。

それをとりあえず目線で語ると母は溜息を吐くだけ吐き

 

「曖昧な表現でわざと語るけど───何時も酷い顔よ」

 

その事にへぇ、そうだったのかぁ、とそれだけを思い

 

「成程……今の女を捨てたとしか思えない母の表情を見た後なら説得力はあるな」

 

瞬間、背後に盾が現出した。

一体誰がそれの正体を想像出来ようか。

花びらの様に美しい形と輝きを発する七つの花弁。

トロイア戦争において大英雄の投槍すらも防いだとも言われる一つ一つが古の城塞に匹敵する宝具───熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)と言われるものであると。

普通の魔術師が卒倒するような光景が障子を守る為に貼られているのを見ると卒倒どころではないかもしれないが。

だが憐れかな……ここではこれくらいの神秘が使い捨てになる事なんて日常茶飯事なのである。

 

「言ったわね……その口に免じて母の愛を受け止めなさい……!」

 

母が台詞が終えた直後に母の指先から黒い弾丸のようなものがガトリングガンのように発射される。

何の躊躇いもせずに息子よりも障子を守る父も父だが、何の躊躇いもせずに致死レベルのガンドを撃ちまくる母もどうなのだと嘆息しながら───魔術回路を開く。

魔術回路を開くイメージは個々によって違うという。

例えば母は心臓にナイフを刺すイメージ。

父は撃鉄を落とすイメージらしい。

ならば自分はそういった部分は父から受け継いだのだろう。自身の魔術回路を開くイメージは引き金を引くイメージであった。

カチッ、とトリガーが引かれる。

その後にダムの門が開かれるかのように魔力の水が魔術回路を通る感覚とイメージを抱きながら母のガントを防ぐ術を考える。

防ぐ手段は幾らでもある。

何なら躱すというのも有りと言えば有りだがそれでは魔術回路を開いた意味がない。

ではどうしようかと考えると手元にあるお茶をふと見た。

……何かしょうもないけどそれこそあれのせいでテンション低いからこれでいいか、と思い───お茶をとりあえず噴水のようにぶちまける。

中空に浮く液体は当然、そのままだと重力に引かれてテーブルに落ちるし何よりも母のガントを防ぐ事なんて当然出来ない。

だから自分が手を伸ばし、その水に意味(チカラ)を与える。

即興の魔術故に詠唱も即興の言葉を脳内から捻り出す。

 

Shape(形を成せ)

 

言霊を聞き届けた水分は既に理から外れた動作を行っていた。

法則もなく飛び散っていたお茶の欠片が唐突に収縮したのだ。

それも間違いなく元々あった量よりも多くなって、円形の盾のような形になってガンドを迎えた。

均衡するかと思えたものは意外にもあっさりとガントは盾をあっさり撃ち抜き───しかし貫かない。

 

「ちょっと待ちなさい! そこのインチキ息子!」

 

母の痛烈な叫びを耳にして、うむと無視する。

ガンドは何も知らない一般人が見たらまるで黒い弾丸のように見えるだろうけどその本質は呪いだ。

指を向けた相手を呪うというのが本来のガンドなのだが母はそこら辺、天才なのでこういう形で発言しているが結局の所、呪いという本質からは外れておらず弾丸ではない。

だからこのように水の中で呪いを循環させていたのだが

 

「あ、駄目だ」

 

やはり即興故に許容量の問題が起きそうである。

今にも飽和して幾つか突破しそうである。

まぁ、そりゃあ適当(・・)に作ったものじゃこの程度かと思い

 

Broken(壊れとけ)

 

と逆にこっちから自壊させた。

結果は速やかに。

呪いごと水……残念ながらお茶なのだが。まぁ、お茶以外の水分も使ったので水でいいだろう。

とりあえず水の盾は呪い事己を四散させ───掃除の邪魔だから飛び散らないように蒸発させた。

その頃には俺は今度こそちゃんとお茶を入れて飲んでいた。

目の前にガクガクブルブル震える母がいたがお茶が美味しいので無視して3杯目を……

 

「ちょっと! そこの先天的インチキ息子!」

 

「実に母にだけは言われたくない称号だけど愛らしく無視しても?」

 

「却下よ却下! あんた! さっきのまた新技っていうか作り出した魔術でしょ!? 何時考えたの!」

 

「いや即興で」

 

「カーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

母が実に愉快な叫び声を上げるのを愉悦にして父に飯の催促を目線で促す。

すると父も苦笑を深めてお皿を持ってくる。

父得意の和食にいい具合に腹を空かせていたのでよっしゃと内心でガッツポーズ。

 

「明らかにお茶よりも多い水は……空気中からも取ってきたわね……更には水という属性を利用した浄化能力でガンドの呪いを解呪しようとしてた……でも即興だから許容量を甘く見積もってたのを逆に自壊させる事によって呪いも一緒に破壊したって事ね……ああもう一瞬でどれだけ意味付けしてるんだか……!」

 

故に母の小言も無視した。

いやだってしゃあないじゃん。天才なんだし。いっそナルシストの意味で使えた方がマシなくらいに。

 

 

 

 

 

 

行ってきまーす、と微妙に気が抜けた声に行ってらっしゃいと夫婦一緒に声を揃えて送り出した後、私と士郎は机を挟んでお茶を飲んでいた。

 

「お疲れのようだな、凛」

 

「まぁね……って言いたい所だけど私だけがこうも疲れてるのはあんたが親子のコミュニケーションを取らないからでしょうが」

 

私の私的に心当たりしかない馬鹿は視線を逸らしている。

ガンドぶちかますぞ? と笑顔を振り撒くと本人は戦争いけない、暴力反対などと言ってくるのでとりあえず許した。

 

「それにしても頑固頑固。絶対に頑固な部分はあんたに似たわよ。私じゃあそこまで馬鹿みたいに頑固にはなれないわ」

 

「いや、あの強気っ振りは凛だろ。弱気を強気で押し退ける様はもうそっくりだ。血は水よりも濃いと言うが凛と真は正しくその言葉の体現者だろう」

 

何よ、何だとお互い言い合うが不毛の争いであるとは理解しているしお互いこの程度の会話はお遊びみたいなのと理解し合っているので遠慮はない。

故にこの光景をスイーツ(笑い)と言って常にこの光景を見た後にあからさまな疲れた顔をして二人から離れてコーヒーを求める息子の姿があるのだが二人は全く気にしていない。

だがその応酬も二人同時に吐いた溜息で終了する。

 

「いい加減、弱音を吐いてくると思ったんだけどねぇ……朝早く起きる時、取り繕ってはいるけど───まるで自殺しそうな表情を浮かべているのに。やっぱり無意識みたいだけど」

 

「かと言ってこちらから聞き出そうとすればさっきみたいに煙に巻かれる、か……歯痒いとは正しく今の状況だな」

 

結論から先に言わせてもらえば、つまり二人は実に親らしい問題に頭を抱えていたという事になる。

それすなわち───息子が悩みを抱えているようだが相談してくれないという親馬鹿精神に基づくものである。

まぁ、しかし言い訳を許されるなら私達二人は当然、子供の教育という事に関しては初心者だ。

子供は真しかいないので当然なのだが……まぁそれ以上の問題があると言うべきか。

 

「私達……あの年代の時に親いなかったものねぇ」

 

二人で同時に苦笑する。

あの子も今や高校生。

よく言われるが、子供の成長を見ていると本当にあっという間に月日は流れる。

子供がお腹の中にいると判明して私は出来るだけ冷静にはしていたが内心びくついていたのに、今ではもう自分よりも背丈が高くなっている。

まぁ、そこで問題がこれだ。

私と士郎はあの年代より以前から親がいない。

別にそれで自分は不幸でした、なんて言うつもりはない。

これは不幸自慢ではなく単純な事実として私達は親というものがこういった時にどうしてくれたという経験が無いのだ。

敢えて士郎の側だけで言うなら今もうちの息子が通っている高校で英語教師をやっている体力に関しては年齢詐称教師なのだが……実に参考にしていいか解らない。

そしてそうなると私の場合は後見人であったあの外道神父になるのだが……絶対に無理。不可能。アウトオブ眼中。

 

「もういっそ頭の中を覗いてやろうかしら……!」

 

「凛。それは家族でも犯罪行為だと思うんだが」

 

「ばれなきゃいいのよばれなきゃ───って言いたいけど士郎ならともかくあの子じゃ弾かれるのがオチね。私と士郎の子だからそういった部分はどうなるやらって思ってたけど……」

 

士郎という突然変異と私という天才が混ざり合った結果が突然変異の天才という事になってしまったという事になるとは。

今の時計塔でもあそこまでの天才はいないのは確かだ。

魔術に愛されているというより愛され過ぎた結果がうちの息子。

もしかしたらあの子の代で到達するかも(・・・・・・)しれないかもと思うが、とある人形師の魔術師は間違いなく天才と言われる才を得ていたのに魔術師としては平凡な才能であった妹の方が魔法に辿り着いたと聞く。

まぁ、そこの辺りはどうなるかは不明だ。魔術師らしくそこは長い目で進んでいくしかないのだが

 

「……既にこの状況が魔術師らしくないけどね」

 

魔術師とは程度は違えどその志はただ一つ。

 

 

根源への到達

 

 

それしかないし、それのみが全てだ。

様々な魔術系統がこの世界にはあるがそれら全てがただ根源へ。ただ魔法へ。ただ『 』へ。

最早、目的というのもおこがましい。

これは生態だ。

人間が呼吸をし、食物を食べるように魔術師は根源を目指す事を生態に取り入れた生き物。

正しく究極の人でなしの生物なのだが……まぁ習慣とは恐ろしいものだ。

その魔術師の生態を超えるレベルの理想を目指した馬鹿が近くにいると感染されてしまうようだ。言い訳にも使える夫に内心で微笑する。

そうしているとこちらの内面に欠片も気付いていないであろう彼は顰めた顔で如何にも言い辛いんだがという顔をしながら

 

「その……もしかしてだ───真は魔術が……好きではないと思っているとかはどうだ」

 

これも普通の魔術師の家庭では殺されても文句は言われない言葉だが、そこは他所は他所。うちはうちで。

 

「魔術がねぇ……」

 

遠坂真

 

遠坂家の7代目であり恐らくこれから先、息子以上の傑作は天文学的な確立に成り得るレベルの最高傑作。

天才という言葉しか当て嵌められないから天才と言っているが何なら怪物、化物、異形、異常とも例えてもいい。余り気分が良くないから例えないが。

ともあれ、こと魔術に関して言えばこのまま成長すれば間違いなく時計塔の歴史を塗り替えるレベルには成長すると親馬鹿目線を抜きでそう言える。

でもそれは本人が望めばの話、という事になる。

 

「嫌い……ってわけじゃあないとは思うわ。あんたみたいに捻くれてないから嫌いなら嫌いではっきりさせるわ、あの子は。でもそうね……嫌いって言うほど淡泊じゃないけど……好きって言えるほどの情熱があるかは謎ね」

 

楽しんではいる、とは思う。

楽しんでなければ何故わざわざ今朝のような新しい魔術を構築しようとする。

楽しみが無く、嫌悪しているのならばそもそも私が教えた障壁を普通に貼ればいい。

なのにわざわざ創作したという事は創作する手間を惜しまなかったという事だ。

だから楽しんではいると思うけど……魔術に人生を捧げるほど愛しているのかと問われれば不明だ。

何時も覇気がない顔をしているせいでやる気は無いようには確かに見える。

 

「理由が見つかってないのかもしれないわね」

 

「理由?」

 

「そ。理由。人生の指針───あんた風に言えば理想って言ってもいいわね」

 

ちょっと皮肉を口にすると士郎は面白いくらい効果的な顔になってくれるのね微笑しながらごめんごめんって言い、話を続ける。

 

「えーと……それはつまり自分がどうしたいのかっていうのが分からないって事か?」

 

「ありがちだけどね。でもある意味で魔術の才能が有り過ぎたからかもね。だってあの子、願って叶うものを地で行ってるもの。勿論、真が努力しているからこそもあるけど逆に言えば多少努力をすれば達成出来るもの。あの子が必死こいてたのだってあの礼装作った時くらいだったし」

 

凛は脳内であの万能礼装の姿を思い描いて溜息を吐く。

あの子、一体何と戦うつもりかしらと見た当時は思ったけど……ああ、でもそういえば───真が珍しく本当に子供らしい笑顔で完成した時は喜んでたっけ。

思わず士郎と一緒に頭を撫でても何時もなら振り払うのを素直に受け止めて笑っていた。

もしかして……否、もしかしなくても───そういった笑顔を見せてくれたのはそれが最後だったのではないだろうか……?

 

「───凛?」

 

「……何でもないわ」

 

色々と考え過ぎたかもしれない。

思考の冷却にお茶を飲む事にしてとりあえず頭と話題を切り替える。

 

「それにしても私も士郎も変わったものねぇ。子供産まれても我が道進むと思ってたんだけどね。お互い」

 

「む……まぁ、確かに。でも凛。それはお前にだけは言われたくはない」

 

べっ、と舌を出して返答すると士郎はやれやれ、という顔をする。

そういう仕草だけは変えれなかったわー、と苦笑する。

 

「ま、あんまり好きじゃない言い方だけど……ある種のゆとりって奴ね。何せ士郎みたいに理想を持っているわけでもないし、私みたいに鍛錬を見てくれる人がいないわけでもないし───私達みたいに人生に衝撃を与えるようなイベントがないものね」

 

「……」

 

沈黙と同時に笑うべきか苦笑するべきかを悩んでいる旦那を見て、私も似たような顔をしているのだと思う。

 

「今、思い返すと私達本当によく生き残れたと思わない?」

 

「それについては全面的に同意だ。今でもふと思い返すと死ぬしかない状況しかないのに不思議な事にこうして生きている」

 

かつての戦いの記憶───聖杯戦争。

過去の英雄を七騎召還して最後の一人まで殺し合うバトルロワイヤル。

当然はルールは神秘を隠匿する事のみを忘れなければ基本無法。

そして英霊はクラスという枠に嵌められて召喚する。

そして私達が経験した聖杯戦争ではどの英霊も規格外であったのは確かだった。

セイバー───気高く清廉とした理想の騎士、アーサー王。

アーチャー───慇懃無礼な錬鉄の英雄……英霊エミヤ。

ランサー───ルーンを修め、因果逆転の槍を持った不敗の英雄、クーフーリン。

ライダーに関しては実は真名は最後まで分からなかったが何故かそこまで実力を発揮する事がなく落命。

キャスター───神代の魔女。魔術ならば現在の魔術師では勝つ事が絶対不可能な魔術師、メディア

アサシン───架空の英霊。しかし極めた剣術が魔法に届いたとんでも剣士、佐々木小次郎。

バーサーカー───ギリシャ最大にして最強の英霊、ヘラクレス。

番外───第四次の生き残りのアーチャーにして人類最古の英雄王、ギルガメシュ。

よくよく考えればどこも狂ったキャスティングだ。

どこに当たっても最悪だ。

強いて言うならライダーの強さの部分が謎だった所か。何せ怪我もしていた士郎が恐らく手を抜いていたんだろうけど耐え抜いていた。

まぁ、でもその部分は恐らく魔術師ですらなかった慎司がマスターだったからだとは思うからノーカンだと思われる。

でもまぁ、最悪だとは言ったが先に言ったような問題を各陣営抱えていたわけだが。

セイバーは士郎のせいで魔力供給に問題を抱えていたし。

アーチャーはもう最後まで秘密主義で自分勝手に動き回りまくったし。

ランサーはマスターとの不仲の上に最後は裏切られる終わりを迎えたし。

ライダーは先に言ったように。

キャスターは比較的問題は抱えてはいなさそうだったが……まぁ強いて言うならマスターが魔術師では無かった、という所。

アサシンはそもそも門番から離れる事も出来ない。

バーサーカーはここも問題は無かった所だと思うけど……やはり挙げるならバーサーカーというクラスになった事が問題な気がする。

そしてギルガメシュに関しては……これは実はそこまで直接対決をしていないから情報源は士郎からになるのだが……最初から乖離剣とやらを出されていたら問答無用で敗北していたのにというのを見ると慢心が強かったらしい。

こうして普通に考えてみるとどこも問題だらけだ。

きっと昔の聖杯戦争でもそうだったんだと思うけど……ああでもロードエルメロイ二世の話を察するとあの人のチームが魔力を除けば全聖杯戦争中最高のチームだったんじゃないかしらって思える。

士郎とセイバーの二人も相性は良かったけど供給の問題を考えてみると少なくともちゃんと補給していたエルメロイ二世の方がマシっぽいし。

 

「どいつも癖が強かったわねぇ……」

 

「全くだ」

 

「あら? 自分の事も入れているのに他人事?」

 

「……」

 

一気に不機嫌になる士郎に弱点は相変わらず変わらない事に喜ぶべきか悩むべきかを考えるがまぁ、そこは置いておく。

 

「有り得ない話だけどどこもかも問題が無くなっていたらどうなっていたかしら」

 

「少なくとも冬木が地図から消えるな」

 

「……」

 

「……」

 

全くもって何一つとして冗談にならない結論に二人して沈黙する。

二人が思い返すのは各自の宝具。

星が鍛えた神造兵器。

原初の地獄を生む対界宝具、乖離剣。

無限の剣を内包した固有結界。

因果逆転の呪われた朱槍。

などなどと確かにどれもこれもが規格外であったのを思い出すと本当に冗談にもならない事実である。

とかまぁ、考えていたら色々と話が逸れた。

とりあえず綺麗に纏めるならば

 

「子育てって難しいわねぇ……」

 

時たま本屋に寄って目にちらつく思春期の子供に対する親の接し方なるものを見ると思わずレジに持っていく衝動を抑えている事は秘密である。

 

 

 

いや、本当に自分って変わるものね

 

 

 

 

 

 

 

 




こうして再び悪役とクロの狂った渇望が流出される。

言い訳許されない究極の行い、合作2作目が今、行われた……!
この悪役! クロに石が幾ら投げられても覚悟は出来ている!!

というわけでFateの新作、よろしくお願いします!!
感想……も第一話ですが良ければお願いします!


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未熟者の熟考

ぼけーとしたままの顔で遠坂真は学校までの道を歩いている。

その道中は当然、様々な人を見るわけで。

眠そうな表情を浮かべながら俺と同じ制服を着た男子がいたり。

憂鬱そうな顔で歩いて出社すると思われる女性がいたり。

人生パラダイスと言わんばかりに楽しんでいる子供がいたり。

のんびりと散歩をしている老人がいたり。

各々がそれぞれの価値観を持って幸福と不幸を噛み締めている現実を見ながら真はやはりテンションを上げずにそのまま登校し続ける。

誰もが、とまでは言わないが、それでも動いている人間は普通に生きている。

止まっている人間なんてこの世にいない。立ち止まっているのは止まっているのではと言われれば俺は立ち止まるという動きをしていると答える偏屈人間だからだ。

でもやはりそういった人間を見て思う事があるのだ───誰もが目的を持っていると。

ただ今を楽しむ、ただぶらぶらと生きているだけ、金を稼ぎたいだけとかでも俺からしたら十分にちゃんとした目的に思える。

例えそれが即物的で下らない物でも目指そうとする事に俺はどうしようもない程に羨ましいと思えてしまう。

 

 

何せ遠坂真には自慢出来ない事に目的と言う物が欠けている

 

 

いや勿論、先程言ったように即物的な物くらいは作る事は出来る。

腹が減ったとかテスト勉強とか魔術の鍛錬などとそれぐらいの目的を生む事が出来る。

だから自分が悩んでいるのは目先の目的ではなく人生の目的……壮大に言っているが要は進路に迷っているという事である。

これが他の魔術師の家ならば一瞬で思考を沸騰させろくでもない何かをして魔術の道以外有り得ないと教え込むのだろう。

だから自分はまぁ、家族の気性に縋ってる甘い奴という事なのだろう。

他のどんな魔術師でも自分を知ったら何の遠慮なく魔術師失格という烙印を付けるだろう。何せ自分でもそう思っているし。

 

魔術師の才は天才

だけど魔術師としては落第

 

それが自己評価で他者からも同じ評価と思われる。

天才の部分はまるで自慢しているように思われるかもしれないのだが……いっそ自慢で済むレベルならば良かったのだ。

 

結果が分かりきった(・・・・・・・・・・)努力ほど苦しいものはない

 

それが大きく、そして全ての問題であった。

自分が進むかもしれない未来を示唆されて迷わずその道を選ぶ事が出来る程、自分は強くもなければ家の……否、母の努力を無視出来ないくらいに親の事を知っていたのは不幸であった。

父は実にどうでもいいから無視する。

それに親父は厳密に言えば魔術師ではないからノーカウントだ。

いっそこれで魔術の事が嫌いだったら良かったのだ。

嫌いな物に人生を捧げるほど出来た人間ではないのだから尚更に。

でも魔術を痛快だとは思った事はないが───同時に嫌悪していると思ってもいないのだ。

 

「何てこった。どう足掻いても詰まってる」

 

「一体何が詰まっているというのだ」

 

急に独り言に混ざってきた言葉におや? と思いながら振り返ると

 

「何だ三成か」

 

「友人に向かって何だとは失礼な。説法を受けるのがお望みならばこちらも用意出来ているぞ」

 

悪友事、柳洞三成。

成績優秀、運動神経抜群、眉目秀麗を地で行く男。

何でも父である一成さんは親父と母の同級生らしく、両親共々、三成を若いころの一成にそっくりだと微笑する。

まぁ、そういうわけで両親の繋がりがあれば子供同士でも勝手につい繋がってしまう。

もっとも親父はともかく母は一成さんからもう一生の敵と言わんばかりに苦手にしているのだが。「己、遠坂めぇ……衛宮をよくもここまで無残に……!」などと言っていたがそれ地味に親父の硝子の心に打撃を加えているのだがいいのだろうか? どうでもいいけど。

ちなみに衛宮というのはうちの父の旧姓である。

 

「こちとら友の一人が性に合わない表情をしてぼーっとしているから友誼を持ってかけつけたというのに友からかけられる言葉がここまで無体な台詞とは」

 

「そういうお前も朝っぱらからわざわざ小難しい言葉を使ってよくもまぁそこまで口を回すよな。だからうちの両親に父に似過ぎだとか言われるんだよ」

 

「父の人格によっては褒め言葉になると思うが?」

 

嫌な返しに思わず嫌な表情になる。

こちらのその表情を見て善哉善哉などと言ってくるのでこれだから幼馴染というのは厄介である。

 

「というかどうした生徒会長。何時もの早朝任務はどうした? 今は普通の学生が通う通学時間だぞ」

 

「何。今日は生徒会の仕事は休みでな。偶にはゆるりと一般生徒の時間を味わうのも学生としての務めであろう。それこそ遠坂がそちらの父上殿のようにこちらを手伝ってくれるというのなら予算に苦慮する時間が削減するのだが?」

 

「冗談。俺は親父みたいなブラウニーにはなれないし、なる気もない。それにわざわざ自分から型に嵌めに行くような堅っ苦しい生き方は俺には合わないよ」

 

「───は。確かにな。実にしょうもない事を言ってしまったな!」

 

適当にほざいた戯言を何やらツボに嵌ったのか。急に凄く笑い出すので少し唖然とする。

 

「どうした三成。ついに髪どころか中身も削ったか。お前、それは卒業後にするって言ってた癖に早まり過ぎだろ……」

 

「戯けぇ! 髪は今も健在だし中身に関しても今も修練中だ! ───後、後ろだ」

 

忠告を聞いたと同時に悪寒に襲われ即座にしゃがむ。

するとさっきまで頭があった位置にナイススラリ足が通り過ぎる。

人、それをミドルキックとも言うが。

下手人は理解しているが相手がここで終わらすような可愛らしい性格をしていないのは百も承知なのでしゃがみ込んだ姿勢のまま勘で肘を背後に突き出すとこれもまたナイスクリティカル。

お" という苦鳴を必死に抑えている気配を感じながらそろりと一応数歩前に出てから向き直るとやはり予想通りの女であった。

 

「美綴…お前女がミドルの後にそのままかかと落しに移行するのはどうかと思う」

 

「悪いとは思わんが……女相手に躊躇わずに弁慶に肘鉄をかますのはいいのかい?」

 

「男女平等、男女同権。女だからって過保護にするのは上から目線だ」

 

「かーーーっ。嬉しい事言ってくれるがこの痛みに関してはどうすればいいと思う?」

 

知るか、と口にしながらようやく振り返る。

そこにはまぁ、何というか分かりやすく例えれば女傑というべきなのだろうか。

いやそれは言い過ぎか。むしろ親しみやすく姉御っぽい雰囲気を醸し出しているというのが適切だろう。

美人ではあるのは確かなのだし、髪を長くしているのは女らしいとは思う。

こんだけ姉御的なのにスケバンとかになる予想がつかないのはもう一種の人徳だろう。

 

美綴綾音

 

こいつもまた幼馴染の一人で親の知り合いの一人である。

こいつもまた両親が言うには母親の同い年時代にそっくりの人物らしい。確かにこいつの母親と見比べたら年だけを変えたらそっくりだろう。

その代りもしかしたらこっちの方が見た目は女らしく中身はもっと男らしいかもしれないが。

ちなみに俺は何故か見た目は造形に関しては母似で中身は二人を足しているがどっちかと言うと父の方だと言われ最悪であるという表情を浮かべた。

その様を全員に笑われ父は嬉しさ半分恥ずかしさ半分という顔をしたのでむかついてそのまま飛び蹴りをかまし、母に右フックを叩き込まれた。

それをお茶の間で笑いのネタにされていたのに思わず母と一緒に魔術で吹っ飛ばしてやろうかと思ったが流石に自重した。

 

「お前も何だ。朝練は休みか。それなのにどうしてお前ら俺と同じ登校時間に来るんだよ」

 

「や。流石に運だし」

 

「右に同じだ。特に遠坂の起床時間は予測不能だからな」

 

うるせー、と言いながら自然と3人で横並びになりながら学校に登校していく。

柳洞三成。

美綴綾音。

この二人こそが遠坂真の日常を構成する確かな二人であり、最早言葉にするまでもない存在であった。

 

 

 

 

 

 

穂群原学園。

とまぁ、説明しても特別何か特殊な学園ではない。

強いて言うなら高校では珍しい弓道部があるくらいだと思う。美綴はそこの現部長をしているからかなり盛況である。

一度誘われたが魔術の事もあったし、この学園のOBである親父がここで弓道をやっていたと聞いたから……というわけではないのだがやはり単純に弓道にそこまで興味を持てなかったから断った。

まぁ、そういうわけで特に変わりのない二回の二年の教室に入り、席に着く。

それまでに他の友人共とはよー、と挨拶をしながらベルが鳴り、全員が席をつく。

ちなみに他の幼馴染二人も同じ教室であるのが腐れ縁である。

そう思っていたら周りのクラスメイトがこちらを向いてきた。

 

「おい遠坂ー。今日もどうなるか賭けないか?」

 

「ふむ……賭けの内容は?」

 

「手堅く昼食のデザートと飲み物でどうだ? 今日は特に月1のデザートデイだしな」

 

確かに落とし所はその辺だろう。

周りも内容に釣られてか。俺もー私もー忝けのう御座るーーなどと聞こえる。

後藤君、昨日は時代劇か。

 

「俺はそろそろ天井辺りまで吹っ飛ぶんじゃないかと思うんだが」

 

「えーー。幾ら先生でもそんな事は……せめて前列の人を巻き込んで吹っ飛ぶくらいじゃない?」

 

安全地帯(後列)に座っている人間の余裕の一言に危険地帯(前列)の人間は息を呑んで逃げようとする人間から覚悟を決める人間まで色々だ。

ちなみにあの堅物の権化である三成は溜息を吐いているが賭け自体は止めない。

本人は参加はしないし、不謹慎ではあるとは思っているのだが学生特有のこのガス抜きを止めるほど団体行動について理解していないわけではないのだ。

そこで遠坂君はーー? という声が聞こえたので俺は少し真剣に考え

 

「───そろそろ教室の檻から解き放たれるとみた」

 

その真意を問われる前に廊下からドタバタと超絶大きな声が聞こえ始めてきた。

猛獣の足音に全員が息を沈め、お互いが暗黙のルールとして己が最後に出した言葉こそが賭けた部分であると認める。

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ! とこちらに近付く足音と叫びが遂に教室の扉の前に影と共に止まり

 

「おはよーーーーーーーう! 皆の衆ーーー! 今日も元気ーーーーーー!?」

 

ひゃっほぅ! と姿を認識する前にその形は音速の速度で教卓を目指し

 

「先生も元気───」

 

よーー! と続く言葉を彼女は自ら封じた───教壇に足を引っ掛けた事によって体を浮かせた事に気付いて。

 

何故か自分の危機でもないのにクラス全員のアドレナリンが過剰分泌される。

スローになっていく光景。

スローの影響で続くよーという声が女声らしくない野太い声に変声されていき、しかし遅くなりながらも動きは止まらない。

遂に教卓すらも超え、その吹っ飛ぶ行く先は教室の空気の入れ替えのために開けていた窓。

窓の器は遂に猛獣すらも受け入れ───そして時は動き出す。

 

「遂にやったよタイガーーーーーーー!!?」

 

「よし。賭けた奴は今日のデザート全部俺にな」

 

「クール過ぎるだろ遠坂! お前の体は一体何で出来ているんだ!?」

 

「殿中で御座る! 殿中で御座る!」

 

何か微妙に俺の根幹に突っ込んでくるツッコミがあった気もするがとりあえずうわぁと焦ったクラスメイト共は窓に駆け寄ってタイガー……恐ろしい事に自分らの担任である藤村大河先生の安否を確認しに行ったが

 

「あっれ!? 漫画みたいにタイガー型の穴は発見したけど死体がないぞ!?」

 

「待って! とりあえず言わせて! 犯人はこの中にいる……!」

 

「漫画の読み過ぎだ……!」

 

うちのクラスはエアリーディング機能備わり過ぎだなぁ。

まぁ、結構冗談だったのだが藤村おば……先生はうちの親父の姉代わりの先生で他の奴らよりも知っているからこその先読みだ。

とは言っても昔はそれこそ親父の飯を食いに来ていたみたいだが母さんと結婚後は引いたらしい。

まぁ、でも自分も小さい頃は世話になった。

でも既に高齢なのにあのある意味無敵属性はなんなのだろうとは思う。

母ですらあの人には色んな意味で敵わないというお墨付きの人間である。

そう今も廊下からダメージを物ともしない叫びと足音が……

 

「私を虎と呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!! タイガー道場ーーーーーーーーー!!」

 

クラスメイトの阿鼻叫喚の叫びに何故か自分もぶるりと寒気が……。

脳内の諸葛凛からの声が聞こえる……

 

”気を付けよ。運命の名を冠する物語の舞台に立ったのならば3択の選択肢をミスれば自ずとその足は虎とブルマの道場に導かれるであろう……!”

 

世界からの修正力に等しい託宣を受け、結構本気で気を付けようと思った。

だけどまぁ、やっぱり自分はこういう賑やかに楽しむのは本気で好きだ。

魔術というのはどう足掻いても孤立を選ぶ道だというのに……まぁそれも持って生まれた性格のせいだろう。

それが言い訳に過ぎないのは知っているけど。

 

 

 

 

 

 

昼の貢物を腹に詰めて後はぼーっとしていると学校は本当にあっという間に過ぎていく。

傾いた太陽が浮かぶ空でばいならー、さいならー、拙者にときめいてもらうで御座る、などと別れの言葉が飛び交う。

後藤君が昨日見た番組はアニメ番組だったかと思いながら俺も帰り支度を済ませ、帰ろうとすると見慣れた……というか三成が来る。

 

「む……今日は即座に帰宅か?」

 

「ああ。帰宅じゃないが母から頼まれ物があってな」

 

「それは残念。今日は暇ならば遠坂に生徒会でも手伝って貰おうかと思っていたのだがな」

 

「便利屋になった覚えはないんだけどな……まぁ、今度暇な時にな」

 

そう言ってひらひらと手を振りながら別れる。

何せこれから新都の方に行かねばならない。

まだ日は指しているとはいえ家とは完全逆方向の場所に行かねばならないのだ───信心など持っていない自分が教会に。

セカンドオーナーの後継者として勉強しなさいという有難い母からの言葉である。

お蔭で勉強の後にまた勉強だ。

思春期の学生らしく勉学面倒臭いぜと愚痴って溜息を吐きながら教室を後にする。

冬の全盛期は過ぎたとはいえ未だ2月の寒空の下だ。

帰る頃は寒い夜空が広がっている事だろう。

 

 

 

 

「お疲れさん生徒会長」

 

「む……美綴か」

 

遠坂が廊下に出て戻ってこないのを確認した後に美綴は柳洞に声をかける。

かけられた本人は別に何ともない顔でこちらを見るだけ。

顔だけ見ればイケメンなのに堅物のせいで女子が声をかけづらい男であるこいつは本当に生真面目である。

 

「放っとけばいいものを物好きだねぇ」

 

「そうはいかん……というよりは性分であろうな。悩める友人がいるのに捨て置くのは仏罰が下る」

 

そりゃ信心深い事で、と苦笑する。

腐れ縁二人からして今の遠坂の腑抜けっぷりは目に余る。

全盛期と言うには自分らは若いが、それでも敢えて全盛期の遠坂は今とは比べ物にならないくらいやる(・・)奴だった。

でもこの数年で何故か随分と腑抜けた。

あいつの御両親にも問われたし、問い返したが互いに原因不明で終わった。

今のあいつはまるで目標から見捨てられた迷い人だ。

昔聞いた事がある。

遠坂には夢は無いのか、と。

そしたらあいつはまだやりたい事は定かではない。でも生き方は決めていると。

その時のあいつの目は良かった。最高だった。昔っからこいつとは殺し合う仲になってもいいかな、とは思ったが本当にそうなった場合、こいつになら負けて殺されてもマジで一切悔い無しと叫んでもいいと思ったくらいだ。

だけど今じゃそんな気にはなれないくらいだ。

それで桐洞は放っとけず遠回しに話を聞こうとし続け、あたしは放っといた。

どちらが友人らしいかと問われたら間違いなく桐洞だろうとは思うけど。

 

「でも全部のらりくらりと躱されているんだろ?」

 

「そういった部分は母の血だな。うちの父ですら倒せなかった魔女の血だ。若輩者の自分の未熟を恥じるのみだ」

 

「相変わらずアンタの父親は遠坂の母親を毛嫌いしているのか……」

 

うむ、と頷くその息子も息子で友人の母を魔女扱いした所を否定していない。

いやそれに関してはうちの母も含めて同意しているからいいのだが。

 

「まぁ、しかし……俺も美綴を見習って信じて待った方がいいのかもしれんな」

 

「おいおい。気色悪い事を言うなよ。あたしは別に遠坂を信じているわけじゃないさね」

 

「違うのか?」

 

全然違う。

あたしが信じたのは遠坂じゃない。

あたしが信じるのはあくまで自分だ。

あいつと殺し合っても文句はないと感じた己の直観だ。

だから別に放っておいても問題はないと思っただけだ。

その旨を桐洞に伝えると呆れた様な顔をされ

 

「ではもしもその勘が外れたならば?」

 

「たら、ればで語る未来を夢想するのは主義に反するなぁ」

 

だが、まぁもしも外れたならば───修行不足。

その一言に尽きるだろう。

 

 

 

 

 

「あ~~、終わった~~」

 

冬木の新都から外れた教会において次代のセカンドオーナーとしての勉学を終え、教会から出て溜息を吐く。

既に空には星が浮かび、街は夜に沈んでいる。

しかし人工の光が夜に抗うように照らされているが故に人は夜を恐れずに動き回っている。

だけどそれは夜とは恐怖であるという事を本能的に知っているという事だ。

夜とは恐怖の根源であり、暗く、冷たく、見えない世界だ。

 

「……などと尤もらしく考えて何やってんだか」

 

馬鹿らしい思考に馬鹿らしい悪態が口から吐き出される。

一人でいるとついやってしまい、その度に隠している本音をぶちまけてしまう。

何度何回繰り返したかこの現実逃避を。

 

知っている。知っているさ。知っているとも。

 

父が何か言いたそうにしつつも結局何も言わずに、しかしこちらを見ていると事も。

母がまどろっこしい事をせずに、しかし直接には言わずにこちらを案じている事も。

三成が何かと用事を頼みこちらの迷いを聞こうとして出来ず溜息を吐いている事も。

美綴が何も言わず、関わらず───ただしっかりしろよと視線で訴えてきている事も。

それ以外のお人好し共の目線なんぞ全部知っているとも。

その度に目を逸らし、気付かぬ振りをし、鈍感な馬鹿を振る舞っている。

阿呆らしい馬鹿らしい滑稽だ。

他人に心配させるだけさせて己は気付かぬ振りをしてその微温湯に浸って安楽しているのだ。

実にらしい卑怯者の姿だ。

よく漫画やアニメで人の心配や好意に鈍感な主人公がいるがああ成程。つまり自分は今、あんな馬鹿に成り下がっているのかと時たま鏡に映る自分を呪いたくなる。

今の自分をもしも他人として過去の自分が現れたなら瞬間的に沸騰して罵倒だろ。

 

 

 

ふざけるな。人の本気の心配に対してへらへら笑って気付かぬ振りをして優越を得るなんて何様のつもりだ

 

 

 

と、そんな感じで。

故に俺は何一つとして反論出来ない。

 

「……」

 

どうにかするべきだ。

でも一体何をすればいいのだろうか。

だって今の自分は何かをすれば(・・・・・・)道が閉ざされるのだ。

勿論、自分が何を言っているのかさっぱり理解出来ていない。

だが何故かそうなる(・・・・)と心から信じてしまっているのだ。

 

「……やれやれ」

 

随分と意気地なしだな俺という嘆息───

 

 

 

「いや。君が抱える煩悶は人として正しい物だ」

 

 

 

を封じ込めるような荘厳な重みを持つ(オト)が耳に届いた。

振り返る──のではなく横を見るとさっきまで確かにそこには人はいなかったはずなのかそこには今までどこに隠していたのだと言わんばかりの存在感を持つ老人がいた。

夜を纏う様な黒い服装を纏いながら座すようにどこにでもあるようなベンチに座っているのを見て、思わずベンチに同情するなどという馬鹿な考えを働かせてしまった。

だがその所感も間違っていないと思う。

ベンチだってあんな巨大な(・・・)人間を乗せたくはないだろう。

だから思わず俺は諦めの笑いを浮かべてしまい、とりあえず話しかけてみた。

 

「失礼。どうやら人生の経験者に手間をかけてしまったようです」

 

「───」

 

一瞬、老人の巨大な存在感が揺れるような感じを受けたが次には好意的だと思われる笑顔を向けられて気にしてはいない、と言われた。

はて? 何を笑われたやらとは思ったが気にするだけ無駄だろう。

それにしても老人と例える自分が間違っているような錯覚を覚えてしまう。

いや無論、老人と称される見た目であるし頭も総白髪、顔にも皺は刻まれている。

ただそんな見た目なんて何の意味が無いと言わんばかりに魂が死んでいない。

人は年齢を重ねる事に死に近付く。

余りにも当然な摂理は肉体だけではなく魂にもその摂理を刻み付けるはずなのに、この老人にはそれが一切ない。

 

 

不滅の魂

 

 

そんな馬鹿げた単語を思わず相応しいと思える存在だと掛け値なしにそう思う。

 

「教会にご用でしょうか? それとも神父さんの知り合いで」

 

「そんな所だ。今は若人との語り合いが目的だが」

 

ははぁ、成程。つまり今が自分の人生の分岐点か、と納得してまぁいいかと思って付き合おうかと思う。

 

「傍目から見ても悩んでいるような感じがしていたでしょうか?」

 

解る(・・)人にはな。何、別に君がポーカーフェイスが苦手というわけではない。先達として経験したモノが感じ取ったというものだ」

 

年の功というものかと思う。

まぁ、確かに自分は若輩者だし、人生の経験として見ればまだ十数年。

80年生きるとすればまだ半分も生きていない。

だから自然とそういうものなのだろうと納得する。大人の意見や生き方、強さは自分が正しいと感じとったものならば参考にし、尊敬するべきだからだ。

昨今の漫画やアニメでは何やら中学でも高校でも一年の人間がまぁ、ジャンルによるのだがバトル物だと才能ーーとか特別ーーとかで先輩連中相手に勝ったり先輩連中が勝てなかった相手に勝ったりよくしている。

自分はああいうのを見ていると酷く変な気分になる。

君ら部活でも学業でも何なら両親を見てもでもいいけど思わなかったのだろうか───自分らは1年経ったらこの人みたいになれるのだろうかって?

無論、怪物染みた才能を持っている人間ならそういう理不尽は起きるのだろうけど、それは例外中の例外だ。

ただの天才レベル程度では一年の経験の重みに打ち勝つのは中々難しいものであるというのが持論である。

そこまで考えて思考が逸れ過ぎなので頭を切り替えた。

 

「まだまだ才能に居座っている未熟者なので。貴方の目で見ても魔術師としてはまだまだでしょう」

 

「ほぅ? 私が魔術師でなければどうするつもりだったのだ?」

 

その答えには苦笑で返すしかない。

だって答えるとすれば逆に貴方が一般人である方がおかしいとしか言えないからである。

それを本人も承知の上なのか。

こちらも苦笑して話題を変えてくる。

 

「君が今代の遠坂の後継者か」

 

「遠坂真。まだまだ後継者と言われるには未熟者ですが……何せまだ思慮不足によって道に迷っている最中なので」

 

と定型文を返し

 

「───それは違う。君は未熟故の浅慮で立ち止まっているのではない。君は未熟故の熟考で足を止めているだけだ」

 

「───」

 

思わず正解だ、と声を上げるところであった。

自分は確かに考え込み過ぎて立ち止まっているのであって考え無しに呆然としているのではない。

こんな馬鹿みたいな単純な答えを間違うとは。

どうやら自分はかなり色々と嵌ってしまっているらしい。

はぁ、と頭を掻いて

 

「……確かに。貴方の言う通りだ。何もかもを考え込みすぎて立ち止まっている。足を止めても前にも後ろにも行けないと理解しているのに」

 

後戻りも前に進む気も、ましてや道を選ぶ事すらしない。

……酷い堕落だ。

過去も未来も現在にも目を向けずに一人被害者面。

随分と傲慢な、と自虐してしまいそうだ。

だが老人はこちらの葛藤をまるで生徒を褒めるかのような微笑みを浮かべて見ている。

何故そんな例えが出たのかは……まぁ何となくだが……昔、親から褒められた時の笑顔に重なっているからかもしれない。

でも何故だろう。さっきからこの相手に対しては無様な部分しか見せていないと思うのに何故

 

 

───それで正しい。君は何も間違っていないと喜んでいるのだろうか

 

 

「話を変えよう」

 

こちらの疑問を知ってか知らずにか。

老人は普通の笑みの表情に変化させながら、急激な話題転換を提案してきた。

先程の表情については問い詰めたい気もしたが、やはり何も言えずに先を促した。

 

「魔術師ならば当たり前の事だが───魔法について君はどう思っている?」

 

魔法

 

確かに当たり前の事である。

何せ魔法とはすなわち魔術師が目指す根源の渦に辿り着いた証であり褒美の品である。

自分達が今使っている魔術は魔術を知らない人間からしたら魔法と魔術に何の違いがあるのだと言われるのだろうけど、魔術世界における魔術と魔法の違いは一つ。

現代科学で代用出来るかどうかだ。

そういう意味ならばもしも科学の進歩によって今、魔法とされている物に手が掛かるようになったのならばその魔法は魔術にまで落ちる。

逆に言えば魔術と言われているものは現代でも再現できる行いだ。

要はタネが一般人に理解出来ない手品だ。

まぁ、そう考えると現代科学の発展というのは恐ろしいモノだ。

何せ魔法というものは既にたった6つしか残っていないのだから。

と言ってもその詳細に関してはそこまでは詳しくは知らない。

自分が詳しく知っているのはその内一つくらいだ。

だがまぁ、それに関しては今はどうでもいいだろう。

何せこの老人は魔法についてではなく、自分が魔法という物に関してどう思っている? と問うたのだ。

 

「……随分と脈絡も無く面倒な質問ですね」

 

「私も実にそう思うが、まぁ年寄りの戯言だと思うがいい。何なら君の家に近しい魔法(・・・・・・・・・)についてのみだけでもよい」

 

「───」

 

今、これが普通の魔術師ならば色々と微妙に聞き捨てならない事を聞いた気がするが敢えてスルーした。

ともかく今度は自分の家に近しい魔法についてのみという制限は与えられた。

さて自分に近しい魔法───第二魔法についてときた。

 

第二魔法

 

現在確認されている5つの内の二つ目。

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの薫陶を受けた遠坂家の悲願であり、今も挑み続けている魔法。

その実態は平行世界の観測。

IFを認めた世界。

たら、とかればの場合を観測、運営をする一つの超越の頂。

今も使い手たるゼルレッチは生存しておるが……現在は全盛期ほどの魔法行使をする事が不可能になっているらしい。

何でも朱い月に挑んだ時に死徒化したのが原因らしいが。

それにしてもこれもまた難題である。

平行世界の運用、観測を行う魔法に関して自分はどう思っているかなど。

でもまぁ、それでも個人として思う事があるならば

 

「重いんじゃないかなぁ……って思います」

 

「……何故そう思う?」

 

「いや……だって……」

 

平行世界のIFを観測し、見届けるのが第二魔法というのならばそれはつまり無限の可能性の世界を見るという事であり───無限の幸福と不幸を見てしまう事になる。

 

例えば友人がこの世界では幸福の道を歩んでいたとする。

 

それに関して自分はその幸福に軽口は叩いても祝福するだろう。

しかしそれが平行世界では実は何かしらの不幸な目に合っていたと知る。

たった一つの些細な選択肢の違いによって幸福が不幸になっていく瞬間を知ってしまう。

勿論、頭では理解しているだろう。

自分達の人生は些細な事で崩れ落ちるかもしれない、というのは。

だが理解ではなく知ってしまった場合、最早今までの自分の安全という常識は崩れ落ちてしまう。

可能性を知ったが故に可能性に怯える事になる。

起こり得るという可能性(言葉)が起きるという可能性(言葉)に変容するのだ。

嫌味な事である。

第二魔法とは平行世界の観測、運用の魔法。

とどのつまり可能性の観測であるというのに観測者である魔法使いこそが可能性に囚われる事になるのだから。

だからまぁ自分が魔法に関して思う事とすれば

 

「魔法使いって結構貧乏くじですよね?」

 

「───はっ、ははははは! 貧乏くじ! 成程! 貧乏くじか! 確かに笑える事に的確な例えだ!」

 

するとまた意味不明なツボに嵌ったのか。さっき以上の大笑いを持って無礼を許された。

おや意外。てっきり殺されるかと思ったのに。

でも実際問題自分には貧乏くじのような物にしか思えないので嘘を言っても仕方あるまい。

 

「そうか……魔法は貧乏くじか……やれやれ何とも魔術師らしくない答えを出すものだ」

 

「超絶自覚はあるので」

 

未だ笑いの余韻を残した声で実に最もな言葉を言われるが、仕方がない。

魔術師としては失格と言われるのは重々承知なのである。

でもそれでも思うのは

 

「別に魔術師らしい合理的な在り方とか根源への狂信を否定するつもりはありませんが……己に合わないライフスタイルやって人生はおろか根源に辿り着けるとか思えないんで。遠坂真っていう人生は一度しかないですしね」

 

「成程───では最後に一つ意地悪な質問をさせてもらおう」

 

そういえば何時の間にか俺への質問会になっているなと思ったが今更どうでもいいかと思い、どうぞと促す。

では遠慮なくと実に楽しそうな顔と口調で

 

「君は先ほど第二魔法の例で友人が幸せになっている世界と不幸な世界の例を出したね?」

 

「ええ。出しましたね。実際はどうかは知りませんが」

 

「ならばだ。もしも君の友人が、家族が、愛する人、将又は世界がどう足掻いても滅ぶという可能性しか無くなった場合───君はどうする?」

 

「それまた何ともありがちな話ですねぇ……」

 

「うむ。何とも馬鹿げたありがちな話だ」

 

もう半ば地を出しながらもうとりあえず考える振りを……するのが面倒なので一気に答えさせてもらった。

 

 

 

「んな負け犬思考する暇なんてないからとっとと行動ですね」

 

 

 

「可能性が無いのに?」

 

「負け戦はお嫌いで?」

 

「絶望するしか無いのに」

 

「助ける可能性(未来)がないのと諦めるのは別だと思いますが?」

 

大体

 

魔法(未来)に縛られて動けなくなったら本末転倒ですよ。魔法を使う人間だから魔法使いって呼ばれるんですよ? 使われる側になってどうしますか」

 

 

「───いや全くその通り!」

 

今度こそ。

名前も知らない老人は口を開けて大笑いを吐き出した。

呵々大笑に。

その笑いに何故か。

俺は実に誇らしいような嬉しいような感覚を得た。

そして今まで座っていた老人は立ち上がった。

もうお話は済んだという空気を滲ませており、ああ終わったのかと俺もそう思いながら立ち上がった老人の背の高さに何かデカいなぁ、と思った。

 

「これだから人間というのは何時までたっても面白い……来た甲斐があったというもの……時間を取らせたな」

 

「いえ。てっきり殺されるものかと思ってたので」

 

さらりと素直に今までの感想を告げるとあちらはニヤリと楽しそうに笑う。

あっはっはっ、この爺、俺の反応に気付いていやがった。

 

「魔に対する反応も上々。人ではないのを見たのはこれが初めての癖に可愛げがない」

 

「もう少し上限を下げてくれた方がリアクションも素直になりますよ」

 

何せ一瞬であ、絶対に無理、と視て分かる相手が初戦というのは酷過ぎる。

戦ってみなければわからないという楽観論を戦えば100%死にますの現実に変える相手にしてどうしろというのだ。

勿論、いざという時は形振り構わず()るつもりではあったけど……でもまぁ、殺しに来ているという風に見るには些か殺気が無さ過ぎたからつい逃げようとも思えなかったのだが。

 

「上々上々。それくらいの気概を持ってくれなくては困る。何せ儂が上手く観れなかった(・・・・・・)のだ。期待値は高めに測らせてもらうぞ」

 

「は?」

 

何やら意味の分からん期待値という言葉を聞かされる。

自分にはいきなり現れた意味不明で人間辞めている老人相手に期待されるような言葉も態度も力も持ってない。

親父や母なら何かこういったタイプの人間に見られる様な何かを持っている、もしくはしている可能性はあるが自分は息子なだけで二人の様にアブノーマルになった覚えはない。

自分はああはならないと誓ったのだから。

 

「……まぁ別にどうでもいいや。帰っても?」

 

「いいとも───ああ一つだけ。老婆心からアドバイス……というより未来の示唆を教えてやろう」

 

「今度は占いですか」

 

「生憎だが未来視は私の領域ではない。似てるようで似てない事はしてるがね。それにこれは占いというよりそうなるだろうな、というお前への呆れだ」

 

何かこの人、随分と口が悪くなったなぁとは思うが自分も結構崩しているのに何も言われてないのでいいだろう、と思う。

そしてあんまり聞きたくない気がするなぁとは思うが逃げようがないので大人しく聞くしかないという。

これぞ正しく脅し。

そう思って開き直って聞く態度に何とかする。

そんな自分相手に実に悪い顔になって

 

 

 

「お前の悩みは事実であり嘘は何も混じっていないものだが───お前は結局は我慢出来ない人間だ」

 

 

 

実に簡単にこちらにとっての致命の言葉でこちらの傷を抉り出した。

思わず爺の方を強く睨むように向き直ろうとすると───もう既にそこには誰もいなかった。

目線は外していないのも関わらずだ。

つまりは実力として完全に上をいかれたという事だろう。

既に最初に現れた時にこちらが気付けていない時点で実力差は感じていたがこうも簡単に実力差を見せつけられたら腹が立つ。

次に出会ったらガンドくらい許されるだろうか。

それにしても腹立たしい。

結局は我慢出来ない人間?

 

「初対面の相手に何でそんな事を言われなきゃいけないのやら」

 

これでも色々と我慢して生きているというのに。

主に両親のイチャイチャっぷりに毎日我慢しているというのに。

全くと思いながら帰り道を行く。

かなり遅くなってしまったが何か言い訳を考えないといけないなぁ、と思いつつ道を歩く。

今の自分がちゃんと帰れる場所に。

 

 

 

 

 




まさか章管理に手間取らされるとは……!

ともあれ何とか上手く投稿出来ました。悪役サイドの主人公です……何かややこしい紹介ですな。
いやぁ、実に思春期。皆さんも是非ともこの思春期小僧が! と言ってやって下さい。自分も言っていますから。

序盤に虎、終盤に超人が出ている気がしますが気にしない気にしない。何故なら超人なんて後で腐るほど出ますからね!

感想や評価など遠慮なくお願いします!



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そして誰が誘うか

───ユメを見た。

 

 

実におかしな夢である。

夢というのは程度の違いはあっても中身は光景の描写になるはずだ。

起きた後に不明瞭になる事はあっても見ている最中にノイズ交じりのよく視れない夢というのは流石に今まで体験した事がない。

そして夢の割にははっきりとした意識がそのノイズ交じりの光景に引き摺り込まれる。

 

 

 

───を手……前に、……ちんと考え……がい……

 

 

それは遠い光景であった。

風景すら歪んで見えたが、それでもそこが美しい草原の光景であるのは見て取れた。

自然の美しさを人工的に整えたものではなく自然な光景のまま美しさを整えた光景。

まるで大地が永遠に続くかのような錯覚すら覚えそうになる。

そんな現代では失われた永遠(ケシキ)の中、今度こそ形は見えても詳細はほぼ分からない存在が……喋り合っていた。

形からしてそれは人間であったと思う。

否、人間であると思ったからこそ喋り合っていると思ったのだが、自分はついちょっと前に人型の怪物に出会ったばっかりなのでそこら辺を断言出来なくなっている。

まぁ、そこは流石に置いておくが……やはり多少は聞こえてもその内容自体が頭に入ってこないから何を語り合っているのか分からない。

だが、雰囲気からして……姿が大きい方が小さいのに対して問いかけているように思われる。

そこまで考え、ふと気付いた。

小さい方の影の前に何かが置かれているのを。

台座のような何かに……剣らしき形の物が刺さっているように見えたので完全な好奇心からその剣のような物を見ようとして───絶句した。

 

 

───美しい

 

 

それに尽きる剣であった。

装飾は決して華美ではなく、しかし荘厳な装飾を。

刃には一切の曇りも傷もない覇者の剣。

一目見て理解出来る。

これは間違いなく選定の剣に相当するものであると。

王を選ぶ剣としてならばこれは至高の刃であると。

だからこそようやくこの二人と思わしき形がどういう話をしているのかを理解した。

この小さい影の人を大きな影の方が止めるか、もしくは見守っているのだと。

もう少し会話の内容を聞き取れれば分かるのだが、余りにも断片過ぎて理解にまで辿り着けない。

しかし会話が終わったのか。

小さい影がそのまま剣の柄に手を伸ばした。

どういう会話があったのかは分からない。

ただノイズ塗れの光景と音でも分かるものが見えた。

 

 

 

それは小さい影の人物の笑顔だった。

 

 

 

───多…………が笑っ………てい………た。

それ……っと間違………………ま……

 

 

そんな笑顔と聞き取れぬ言葉を持ってその影は剣を引き抜いた。

恐らくここから小さな影の人物の物語が始まっていくのだろうけど、どうやら夢はここまでのようで途端に意識と光景が溶けていく。

その溶けていく夢の中で何故か俺の意識は意味の分からない澱みを得ていた。

いや、一々難しい言い回しをして逃げるのは止そう。

 

 

間違いなく自分は怒りのような物を覚えていた。

 

 

たかが夢に。

それも会話の内容どころか語り合っていた二人の人物ですら聞く事も見る事も叶わなかったというのに。

何か果てしない怒りが湧き上がってくる。

夢の終わりまでそんな気分は抱いてなんていないのに。

最後に見た小さい影の笑顔を見た瞬間にそんな理不尽に近い怒りを感じた。

理由は分からない。

分からない。

分からない……が。

何故かその抱いた衝動に───決して間違いではないという確信があった。

暗闇となった夢の中で記憶は置き去ってもその確信だけは現実に持ち帰って帰還する。

 

 

 

 

───■と■は繋がった

 

 

 

 

 

 

行ってきまーーす~~~~、という平日の早朝に聞こえる気の抜けた声に士郎は行ってらっしゃいの相槌をしながら皿などを片付け終わり、タオルで手を拭きながら居間に向かう。

すると案の定、凛が難しい顔をして唸っていた。

かくいう俺も同じような表情を浮かべていただろう。

とりあえず二人分の茶を入れて、凛に差し出して会話の切っ掛けを作る事から始めた。

 

「……なぁ凛。俺の勘違いじゃなかったら真、何か昨日から調子がおかしくなってないか?」

 

「全くもって奇遇ね衛宮君。同意見よ」

 

昔の呼び方になっているのに気付いていない所を見ると重症だ。

そして自分も一瞬、それに懐かしさよりもそうだよな、と適応してしまったのを見ると同じくらい重症であるようだ。

でもまぁ、それも仕方があるまい。

 

 

 

俺達の息子である真の様子が輪にかけておかしい

 

 

 

それに気付いたのは昨日の夜からである。

何時もの時間帯に帰ってこないものだから俺はいそいそと自慢の千里眼を持って屋上から探そうと思って凛にガンドを受けて屋上から落ちた後くらいに真が帰宅。

過保護過ぎって叫んだ本人が強化をして玄関に向かうのを倒れたままの体勢から捉えたが自分も気力で起き上がって急行。

すると玄関では真が遅れた理由と思わしき意味不明な内容を語っている最中であった。

何やら死徒27祖に出会ってしまい、意味不明の舌戦の結果、遠坂家秘伝の右フックで撃退したという結果をこの大馬鹿息子がーーという凛秘伝の右フックで宙を浮く息子を発見する。

その光景を見て自身のトラウマを再発する。ああ、何やらこの光景、主に虎にやられた事があるぞ? そこにいるあかいあくまにもやられた事があるが。

まぁ、それはそれとしてだ。

結局、理由の方は単に寄り道しただけ、と息子は説明した。

無論、俺達はそんなの全く信じなかったわけだが……正直、自分らがどれだけ踏み込んでいい物なのか計りかねて結局、時間を置く事にという結論が出され、今日を迎える。

 

「朝起きたら真が朝食を作っていたのは心臓に悪かった……」

 

「それはキツイドッキリだったわね……」

 

血は水よりも濃しと言うが我が家では遠坂は運命を書き換える……! という伝承を信じている。

故に性格はお互いがお互いに似ていると論争しているが生活習慣は母の意思が打ち勝ったのだろう。

真の朝は遅い。

時たま早く起きる事は勿論あるが、その早くの程度というのは実は学校に行くまで少し余裕が出来る程度の早くでしかないのである。

子供の頃はともかく流石に中学、高校になったらだらしないという事で凛と二人で起こそうとすると息子は本気になって部屋を魔術的な要塞化する始末。

どんな感じかというと凛の言葉を借りると

 

「……挑むのならば貯金切り崩して自棄酒でも飲まないとやってられないわ……」

 

との事。

それでも挑んだ男がいたのだがそいつの結果を語ると何時の間にか彼は妻の部屋で大人でも乗れるベビーカーに縛り付けられて身動きできない様で発見された。

悪夢めいたオチであった。

ちなみにその妻は大爆笑した。

その男が誰かだなんて語りたくない。

語るに落ちている気もするが俺は言わない。

ともかく、それで俺が大体6時くらいに起床して15分頃に居間に辿り着くと息子が料理をしている光景があったのだ。

ちなみにうちの息子の得意料理は洋食だ。

俺は基本の料理系統は出来るが得意なのは和食、凛は中華が得意という中で何故か息子は洋食を覚えるのに拘った。

元々、自炊は必ず将来に役立つ技能として教えるつもりではあったのだが、いざ得意料理を教えようとしたら本人の洋食覚えたい、という鶴の一声で料理を教えるのは自分だ戦争の幕は閉じた。

まぁ、得意料理ではないとは言え昔、自分は後輩に教えていた時期があったから特別教えるのに難しい事ではなかったし凛だって中華程ではなくても作れる。

だから教えるのには然程苦労はしなかった。

敢えて謎があるとするならばどうして息子が洋食に拘ったかだが……まぁこれに関しては好きな味というのがあるからだろうと思った。

まぁ、というわけで両親揃って呆然としたままとりあえず出来上がった料理を取ろうと思ったら俺の更にあるのは皿を埋め尽くさんばかりの巨大な卵焼きだった。

息子の言外の愛に思わず涙を浮かべながら食べるが美味いのが余計に辛かった。

しかも卵焼きかと思ったら野菜などが含まれたオムレツであった。

しかし息子の暴走はここで終わらない。

何と怖いもの知らずな事に、呆然としながら食事をする凛のベーコンの裏面に大量の辛子を塗ってあったらしく、結論から言わせて貰えば朝の時間は母と息子の魔術戦という事になった。

第384回遠坂戦争の敗者は遠坂士郎で幕は下りた。

家族の、そして親父が残した最後の遺産である家を守る味方として君臨した男の末路は母の右フックと息子の左スマッシュであった。

魔術戦をしていたはずなのに何でステゴロに走っているんだと普通の魔術師なら思う所だが、それは遠坂故に……という納得がいく理論があるので仕方がない。

見ろ、それが正義の味方の末路だ、と言わんばかりの赤い背中を幻視したりもしたがうるっせぇ、黙ってろと追い返したので結果オーライ。

まぁ、そんなエピソードをさっきまで体験していたわけだが

 

「全く……───どうしてあんな空回りのスパイラルに入るほど落ち込んでるのかしら?」

 

「え?」

 

「は?」

 

馬鹿みたいな声を出す俺に反射で似たような音を漏らす彼女の姿を見る。

数秒くらい互いに沈黙を得たがとりあえず言い訳みたいな言葉を俺は発する。

 

「いやまぁ……俺からしたらという感じで根拠みたいなのは無いから断言は出来ないんだが」

 

「そこはしときなさい。あの子は私達の子よ」

 

手厳しい一言に苦笑を漏らしてしまうが、凛が本気で言っているのは理解しているので直ぐに笑みを閉じる。

だから俺は凛の言葉を忘れずに胸に刻みながら思った事を素直に口から吐き出した。

 

「俺にはむしろ導火線に火が付いたという感じがしたな」

 

今まで導火線自体を見つけても火を付けることを躊躇っていた息子が淡く、まだ弱弱しいが焔の付いた目をしていた。

喜んでいいのか分からないが……自分に目の奥に鋼の色を隠している息子は確かに火花を灯していた気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

柳洞三成は放課後の生徒会室にて執務を行いながら友人の存在を意識していた。

勿論、この場合の友人というのは腐れ縁の遠坂真の事である。

 

今日の遠坂は何時もに増して変である。

 

まず朝に出会った時は気付きはしなかった。

気付いたのは変化を与えたもう一人の友人である美綴の何時もの奇襲であった。

常なら遠坂がそれを躱して軽い一撃を入れてお開きというのが流れであった。

だが今日は違った。

奇襲に反応するまでは同じだったが、その後の対応が奇襲よりも早く(・・・・・)裏拳をぶちかますという本気対応だったのだ。

真面に受ければ骨の一つや二つ軽く折りそうな拳に美綴も本気で何とか躱し、数秒の間、呆然としたと思ったら大笑いし出した。

思わず謝ろうとしていた真が引くレベルで大笑いした。

その後にそうか! そうか! と嬉しそうに遠坂の背を叩いて喜んでいた。

まるで失くしていた大事な物が見つかったかのような喜び様であった。

そしてその後の遠坂は……まぁ何時も通りではあった。

何時も通りに友人と笑い合い、馬鹿をし、勉強をしていた。

特におかしな事はない。

特におかしな事はないとも。

今を除いて。

 

「……」

 

放課後の生徒会室。

本来生徒会役員でもない人間が来るような場所ではない所に遠坂は突然現れた。

よっす、とまるで約束した出現みたいな振る舞いの余りのらしさを見て思わず笑いながらとりあえず茶を出してやる。

他の役員に見られたら示しがつかんなと思いながらも三成は何も文句を言う気はなかった。

当の本人はここに来たというのに何も話さない。

だが三成は理解している。

常の日常(ルーチン)を崩してここに来ているという時点で今の遠坂の内面を表している証拠だという事を。

日常を尊んでいる男がそれを自ら崩すというのならばこちらも相応の意志を持たねばなるまい、と思い執務を処理しながら彼から話しかけるのを待った。

茶を出して五分くらい経っただろうか。

 

「三成」

 

と遂に腐れ縁から声をかけられた。

だから俺も出来る限り自然な対応で筆を置き、対応する。

 

「何だ遠坂。俺の説法を聞く気になったのか?」

 

「説法はどうでもいいかお前の言葉を聞きたいのは確かだ」

 

成程、それは重症だ、と苦笑し密かに背筋を伸ばしながら聞く覚悟を作り先を促す。

本人も散々迷ったからか。口調に淀みは無く

 

「実は先日、まぁお節介と言うべきか。余計なお世話と言うべきか。変な老人からお前は結局の所、我慢出来ん奴だとか言われてな。それがどうも気に食わなくて考えているんだが正直意味が分からない」

 

「我慢出来んとはまた抽象的だな。もう少し他には無いのか?」

 

「それが分かれば苦労せん」

 

確かにな、と同意しつつ考える。

その変な老人というのも気になるワードではあるがこいつが大人だからといって騙されるような可愛らしい存在ではないのは知っているので今はまだ深く聞く必要はないだろう。

 

さて我慢出来ないときたか。

 

遠坂真が我慢出来ない事柄。

どうあっても、どうなっても結局、この男が動き出す事柄というのは何ぞや、という問い。

考えるまでもない(・・・・・・・・)

こいつと付き合いが長い人間なら考えずとも思いつく事柄である。

そして同時にこの男がどうしても認めようとしない事柄である。

 

……だが、そろそろいいのかもしれんな。

 

前々から気にはなってはいたが触れはしなかった友の不明瞭な点。

踏み込む覚悟を経て、自分は口を開けた。

 

「恐らくとは思うが……もしも老人の言った言葉が俺の思った通りならば俺もその通りだと思う───お前はどんなに正義を否定しよう(・・・・・・・・)ともお前は目の前の命が無意味に失われるのを我慢出来んよ(・・・・・・)

 

「───」

 

目の前の少年から反応所か感情すらも一瞬消え去ったのを知覚する。

そうなる事は予見していたのでその間に自分の分の茶を飲む。

何故ならここからは舌を動かす作業になる。

ここで喉を湿らしとかなければいざという時喋れなくなるのは余りにも恰好がつかん。

そうして喉を湿らしている内に遠坂の調子が戻った。

 

「何を言い出すかと思えば……正義云々に関してはともかく。俺がそんな自己犠牲に走る様な人間に見えるか?」

 

一瞬、こっちこそ何を言い出すかと思えばと言い返す所であった。

何せ随分と偏見に満ちた言葉だったからつい口が勝手に動き出しそうだった。

それにしても自己犠牲ときたか。

もしかしたらその単語が気に入らないからこうなっているのかもなと思いつつ

 

「それは違うぞ遠坂。人助けと言えば確かに他人の為に己を使っているようなイメージが湧くかもしれないがその本質は己の為の行為だ」

 

人を助ける理由なんて古今東西様々な理由があるだろうが、やはりそれも自己の都合から生じるモノである。

人を苦しんでいるのを見るのが我慢ならない。

職務が人を助ける仕事だから。

こうして語ると少し助ける、救うという言葉を俗な物に貶めているような感覚になりそうだが、真実を綺麗事に置き換えるわけにはいかなかった。

何せその事で真剣に悩んでいる友がいるのならば尚の事に。

 

「寺の息子が言っていい事か?」

 

「さて? 今は寺ではなく学び舎にいるからな」

 

「……すまん」

 

三成は聞かなかった振りをして茶を飲む。

そして再び俺は問いを投げかける。

 

「例えばの話だ。俺が今ここで凶悪な殺人犯に殺されかけたとしたらお前はどうする?」

 

「とりあえずここにある椅子を思いっきりぶつけて殺人犯とやらをぶちのめしてやろうか」

 

「ほら見ろ。お前は考え無しにそう(・・)動くじゃないか」

 

「………………む」

 

まるで本当に今、気付いたかのようなリアクションに苦笑してしまう。

この男は昔っからそういう気質なのに本人のみが気付いていないというか目を逸らしているというか。

一歩間違えれば危うい生き方に見えかねないが、この友人の生き方ならば余程の事がない限り大丈夫だと思う。

もしも、この少年が呼吸するか如く人を救うような機械染みた生き方の如き生き方ならば俺は強く否定していただろう。

だがこの少年の場合は呼吸をするか如く人を助けているのではない。

ただ単に気持ちよく普通に呼吸をしたいが為に目の前の彼にとっての不愉快な事を我慢出来ないのだ。

何とも器が小さい事であると気づいた時は苦笑したものである。

普通ならば年を取ろうが取るまいが下らない、もしくは危険な物に関わらないようにするのだがこの男の場合、逆に関わらない方が苦しい……というよりはむかつくのだ。

むかつくからそれを発散するかのように人を助けているのだ。

でもだからこそ人を助けている、救っているなどという実感が全く無いのだろう。

何故なら彼からしたらそれは憂さ晴らしをしているようなものなのだから。

だから時折貰う感謝の言葉も素通りだ。

というかそのトラブルメイカー気質のせいで学園内の女子に結構モテているのだが美綴と付き合っているという噂があるのはさておき俺と遠坂が衆道に走っているなどと戯けた妄想が主流になっているのは何故だ……!

 

「喝……!」

 

「ど、どうした三成? 遂に脳が説法菌に塗れて極楽浄土を覗いたか?」

 

「意味の分からん戯言を言うな。そして気にするな……邪念を封じただけだ」

 

邪念……と呟きながらで何故か俺から距離を取る友人に解せぬ、と思いつつ

 

「で? どうだ遠坂。これが今、俺の中で思い浮かんだお前の問いへの答えだが」

 

「…………………………う~~~~~~~~ん」

 

呻き一つで暫く少年は動きも声も出さなくなった。

完全に内側に埋没している少年を見て茶を足そうか、と考えて茶を入れる準備をする。

すると唐突に遠坂は立ち上がって荷物を纏め上げた。

一気に帰宅準備がされる中、遠坂がこちらに一言だけ呟いた。

 

「ちょいと盛大に悩んでくる」

 

それはまた斬新な解決法だな、と思い微笑する。

だがここで安易に俺の言葉に頷かない事に安心する。

この事は間違いなく遠坂にとって人生を決める大きな転換期にも成り得る悩みだ。

それを俺一人の言葉だけで決めてほしくない。

何故なら身内贔屓に聞こえるかもしれないが遠坂は間違いなく何か大きな事をする事が出来る器だと確信しているからだ。

だから自分のその悩みを大事にして欲しいと切に願う。

 

「大いに悩め若人よ」

 

「お前も若人だろ。しかも今時若人なんて言うか」

 

「現代社会の問題の一つだな。死語が増えつつあるというのは。で、どう悩む? もう少し待ってくれるのならば俺も付き合うが」

 

「流石にそこまで世話になるつもりはないさ。ま、それでも今度甘味の一つや二つ奢ろう。おっと悪いが校内で噂されているような事はしないからな……俺はお前とは友人以上の関係になるつもりはないんだ……!」

 

「た、戯けぇ! 俺にもそんな気は毛頭ないわぁ!」

 

はっはっはっ、と笑いながら手をこちらから振りながら先程の会話なぞ無かったかのように去っていく腐れ縁の友人にふんっ、と鼻を鳴らして改めて座る。

座ってそして気づいた事がある。

遠坂に出したお茶が全く減ってない事を。

 

「……全く。もう少し弱気を見せてもいいものを」

 

恥じる事ではあるまいに、とは思えないのは男子の性か。

溜息を吐くが仕方あるまい。

これがあの馬鹿な友人が道を進む一歩になってくれれば幸いだ。

 

 

 

 

 

 

「は? 帰るのが遅くなる?」

 

士郎は偶々水分補給をしに居間に戻ってきた頃に多少の困惑と理解不能という感情が込められた奥さんの声を聴いた。

今日は土蔵やら凛の工房や真の工房の掃除をしていたのだが自分の土蔵はともかく凛の工房ではうっかり身内解除していなかったトラップ(何故か熱々の青汁)があったり、真の工房ではうっかり(でない可能性大)身内(自分限定)解除していなかったトラップ(不思議の国に行くタイプ)のを受けて精神を癒している最中なのだ。

しかもダメージを受けた後に待っていたのは若かりし頃の過ち……基、エロ本が何故か自分の真ん前に落ちたのだ。

この息子にエロ本がばれていたという恥辱と妻からの冷たい目線が一番心に亀裂を入れたのである。

……ともあれ声の調子を聞いている限り相手は恐らくその息子だ。

台詞から察すると何やら今日は何時もより遅く帰るというのを明言しているようだが。

 

「いきなり何でそうなるのよ? ……は? 自分も若い時には一度はやるという自分探しをやってみたい? 納得は何よりも優先される? 3年程遅いわその反抗期! え? でも既にチンピラが屯ってむかついてぶん殴って追い掛け回されて逃げた所に人生に悲観していたと思われる人妻をドロップキックでその希望を粉砕してまた逃げて銀行から金を出そうとしたら銀行強盗を一撃KOして感謝状から逃げている所? ───ねぇ馬鹿息子……貴方何時の間に精神汚染スキルなんて取得したの……? お母さん理解不能だわ……」

 

どうやらうちの息子は何時も通りに息子をしているらしい。

日本語を喋れと言われそうな言葉を吐いているかもしれないが実際こう表すのが一番的確な気がするのだ。

少なくとも凛を打ち負かすその手管は本当に遠坂の血は濃いなぁと思ってしまう。

俺の血なら何をどうやっても凛に勝てないだろうし。

暫く母のコミュニケーションを試したが最終的に凛はガクリと頭の力を抜いて俯き電話を俺に渡してきた。

ちなみに由緒正しき黒電話である。

というかこれ以外の電子機器を凛が使えないのが問題なのだが。電子レンジとかは利用出来るのに……

ともあれ苦笑して電話を受け取り出ておく。

 

「もしもし? 俺だ」

 

『ただいまこの電話は父には通じません。ピーという発信音が鳴りましたら電話をただ切って諦めてください。ピーーー』

 

「おっと。心は硝子だぞ?」

 

息子のジャブの攻撃にスマッシュされた硝子の心を拾い集めておく。

この家にいると基本一日で少なくても10回くらいは硝子の心は砕け散るのだが手馴れてしまったものである……。

まぁ、ともあれ

 

「それは必要で大事な事なのか?」

 

『……………………多分』

 

息子にしては随分と自信の無い言葉を俺はそうかと頷き

 

「遅くなるのは構わないが遅過ぎないようにな。じゃないと凛の怒りは俺でも抑えられん」

 

『一家の大黒柱の威厳というスキルは使えないのか親父……まぁ善処する』

 

「ああ───何時でも帰ってこい」

 

『───』

 

最後の言葉に何故か反応せずに切った息子の対応に少し違和感は感じたが気のせいと断じて少しどうするかと考える。

考えてみて……簡潔に結論を出したので凛に提案してみた。

 

「凛。今日は一つ豪華な食事にしないか?」

 

「……は?」

 

唐突な提案にさしもの凛も理解が追い付いていないのが面白い。

久し振りに凛を驚かす事が出来たのが少し嬉しいが今は少々口を止める気になれない。

 

「何。金の事なら心配ない。俺が出そう。倹約し過ぎるのもなんだからな。金というのは溜めるだけではなく使わなければ人生の潤いにならないからな。ああ、真の好きな洋食料理も幾つか用意しなければいけないな……一つ、ここは高価な肉を使ったもので攻めてみよう。出来れば凛の手も借りたいんだが」

 

「……はぁ。もう一体何よ。あんだけ反抗期喰らってるのに男二人は内心では意気投合って……女が男の馬鹿を理解するのは最早根源到達レベルに不可能クラスね」

 

それを言うなら女心というのも男からしたら一生理解出来ない理不尽な気もするのが余計な事を言えば鉄拳が飛んでくるのは理解しているので沈黙を守る。

守ってたらガントが飛んできて直撃した。

見よ、これが理不尽という概念である。

ぐふぅ、と倒れ込む俺を見ながらやれやれ、というポーズを取りながら苦笑する。

 

「仕方がないわねぇ。馬鹿な夫と息子の為に妻が一肌脱ぎましょうか。ほら士郎! 寝てないでとっとと買い物行くわよ! やると決めたなら最低七面鳥くらいないと格好がつかないでしょうが!」

 

「な、何故七面鳥に拘るかはさておき。凛はまず寝ている原因になった事について何か言う事はないのか?」

 

「士郎は元々体力だけ有り余っている馬鹿だから問題ないでしょ」

 

惜しい。

ガントに対抗するのに必要なのは体力ではなく対魔力が必要であることに気付いてくれないのが実にうっかりだ。

流石は冬木のうっかり女王。

この冬木において誰もが息を呑むうっかりの血を完全開花した美女である。

遠坂一族は魔術ではなくうっかりで根源を目指せば成功していたんじゃないだろうか。

そんな取り留めもない、下らない考えをして息子の為に、家族の為に動いている自分に自嘲する。

かつてを知る人間が自分を見れば……あの赤い背中のいけ好かない未来の自分が今の自分を見れば何と言うか。

決まっている。

まず間違いなく自分の無様さを嘲笑う。

そして皮肉の限りを尽くして───そしてそれだけだろう。

きっと俺には何も言わない。ただ凛に対して何かを言うんじゃないのかと考えて少しむかつく。

ああ、だから絶対に有り得ない未来に対して俺はあの野郎に息子を紹介して自慢でもしてやろうか。

これもまた馬鹿な妄想。

正義の味方になる事を望んで、生きて、しかし途中で放り出したどうしようもなく中途半端で酷い男の末路の妄想だ。

何れ裁きを受けるかもしれない日々で生きている事を自覚している。

 

でもだからこそ幸福の中で生きるべきと言った少年がいた。

 

その罪を抱えながら幸福に耐えていくのが自分のする事だと言った少年がいた。

 

改めて考えると俺は何て事をしたのだろう、と思う。

実の息子にこんな事まで言わせるとは。

実際、息子が自分に対して普通に接するのが難しいのは反抗期云々を除いても自分が吐いた言葉を気にしているはずだ。

贔屓目無しでも息子が優しい子である事を理解している。

何せ母にそっくりなものだから。

だから凛もああ見えて息子に対して悩んでいるのだ。

真の才能は間違いなく自分を超えて最高所か絶対に化ける(・・・)

時計塔に行けば最早止まる事なぞないだろう。

でも、真の性格じゃ時計塔は致命的に合わない(・・・・・・・・)

敢えて希望を言うなら間違いなくエルメロイ教室なのだが……確かにあそこならば真にとってマシな場所ではあるのだが教師が何だかんだでトラブルメイカーだからどうなるか。

などと凛も考え込んでいるのだ。

その凛の考えも分かっているから真も悩んでいるのだが。

悩んで考えて痛みとはまた別の未来を考えて苦しむその日常が本当に尊いモノであると心の底から言える。

このツギハギだらけの手と思考で二人と一緒にいるだけで余りの幸福さに喉を掻っ切ってしまいそうになる。

でも、だからこそ息子が言った言葉を無為にしない為に俺はここに留まり続ける。

ああ、だから本当はこんな願いは許されないものなのだろうけど───

 

 

どうか二人が幸福に進める道を与えて欲しい

 

 

それだけが今の衛宮士郎の望みなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

遠坂真は実に達成感が無い一日を味わい尽くして帰宅の最中であった。

既に星明りと街灯で道を照らす時間を歩いているが、もう家まで10分程歩いたら帰宅できる。

だが、何となく苛立つので暇つぶしに石でも蹴って家まで帰っている所だ。

何とも実に面白くも無ければ意味が分からない1日だった。

学校を出て自分が向かった先は何となく深山町ではなく新都であった。

理由は特にない。

あるとすれば単に家から離れた所を歩きたくなったからだ。

そうして歩いていると最初に気分が悪い事に二流のチンピラ3人がやかましく騒いで道の中央を歩いて耳障りで目障りだが実にどうでもいいので無視しようとしたら足と目が悪いお婆さんが運悪くその漫画のようなチンピラにぶつかって倒れてしまった。

それだけならまぁ、仕方がないとは言わないがとりあえず仕方がないとするのだがそこに意味がわからん位に元気にテンションを挙げて何故かお婆さん相手に逆切れし始める。

その光景に別に正義の味方でもないので全然正義感なんて湧かずに無視して躊躇いなくチンピラ3人の汚ねぇ下半身を思いっきり蹴り抜いた。

そして蹴った足を汚いからチンピラの顔面やら制服で拭いて倒れたお婆さんを立ち上がらせて面倒になる前にその場から小走りで去った。

 

「……うむ。あれは実に悪い事をしたものだ」

 

不能になってない事を祈ろう。

でもやかましいのはうざい。藤村おば……先生みたいに正しい意味のやかましさなら文句は言わないのだが騒音にはほら、何だ? つい足やら手が軽くなるというか。

まぁ、親父のような正義の味方に出会えなかった運の悪さを憎んでくれとしか。

俺、自分の味方だし。

ともあれその後に自分は公園に辿り着いた。

実に普通の公園であったが、特殊性を挙げるのならば子供が大好きそうな裏山みたいな雰囲気な土の地面と小さいが確かな木々が生える場所がトイレの裏にある事だろうか。

森林浴というには余りにも小さいが何となく気分に乗ったのでそっちに向かったら女性が何やら絞首台に使いそうな縄を作って自殺しようとしている最中であった。

これが熱い人ならば一目散に助けに向かって何とかするのだろうがそういったのとは無縁で、且つ自分から死にたい人間を止める程酔狂な人間ではないので無視しようとした。

だけどその女性は自分の人生に終止符を打つ縄を見ながらぼろぼろと瞳から透明な物を流しまくっていた。

勿論、欠片も同情はしなかっ(・・・・・・・・・・)()

同情はしなかったが代わりに何かむかついた(・・・・・・・)ので遠慮なく近づいて目前で縄を引き千切って自殺への希望を打ち砕かれて呆然とした女性を無理矢理引っ張って警察所にでも放り投げといた。

投げた時に失敗して袖にしまってあった宝石を一個投げてしまったがまぁ、そんなに魔力を込めた代物でもないので一々回収するのも面倒だから放っておいた。

母さんには黙っておこう。命に係わる。

その後に喫茶店でも入って小休止でもしようと思ったら財布に金が入ってないのを思いだし銀行で金を出そうと銀行に入るとテンション挙がっている銀行強盗が包丁片手に現金持ってこっちに向かって逃走している最中であった。

さて避けるか迎撃するかを悩んだ。

面倒だから避けるかと思ったが犯人の背後の銀行員が普通に腕を切られて出血しているのを見た。

別にそれはどうでもいいのだがそれによって発生する悲鳴のBGMを聞いて犯人が浮かべた表情も見た。

気付いたら犯人は俺の華麗なる一本背負いで気絶していた。

まぁ、そんな感じでどこにでもある1日を歩いただけであった。

 

「……? あれ? これもどこにであるって感想でいいんだっけ? まぁ、こうしてここにあったんならどこかにもあるんだろうしどうでもいいか」

 

全く意味のない事柄を口から吐きながらも苛立ちは収まらない。

何せこうして1日目的無くうろついて結果が何も出なかった。

時は金なりという言葉通りならば1日という資金を無為にしてしまった感がある。

まぁ長年かけて悩んでいる問題だから簡単に解けるようであっても何だかなぁという思いはあるがそれにしても進歩が無い。

 

「どうすれば……いや何をすればいいのやら……」

 

はぁ……と息を吐く。

これでは見栄を張って電話した意味がない。

帰ったら間違いなく両親の苦笑の嵐だ。

そしてきっと面白がっても責める事はないのだろう。

 

「……本当なら羨ましいと思ったらいけないんだけどなぁ……」

 

父と母の共通点の一つとして確固とした目的があって手段も我武者羅に使い、培い、得てきたという事だ。

だがそこに至るまでの二人の努力と不幸を無視した尊敬だ。

それに同じ環境になったからといって自分がそうなるとは限らない。

ああでも自分にもせめて目的があったのならば今みたいな無様さよりはマシな自分になっているのだろうか。

 

目的。

 

自分の目的。

 

魔術師として根源に至る事か?

これについての自問自答はとうの昔に終えている。最早考えるのも面倒だ。

ならば自分の幸福の為とかどうだろう。

幸福を目的にするのも悪くはないのだろうけど幸福を目標にするのは何か違う気がする。

それとも正義の為にだけ生きてみるか?

親父のように。

自分を殺しに殺して他人を殺して笑えなくなるような生き方を?

 

「真っ平御免だ」

 

そんな辛いだけな生き方なんてしてたまるか。

地獄に落ちる事になっても拒否するし、拷問されてもやってたまるか。

そうして否否否否、と結論ばかり出てしまう。

 

「……本当」

 

 

俺は何がしたいんだろう───

 

 

ははは、と思わず笑って辺りを見る。

そこには先程と全く変わらない光景が広がっており、蹴っていた石は自分の足元で転がっているだけ。

帰宅まで残り10分と診断した場所。

自分はそこから一歩も歩いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「───」

 

周りは何も変わらない風景。

石は自分が蹴らない限り一生その場所にただ在るだけ。

街灯の光によって作られた自分の影にはまるで意志がないようだ。。

 

ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない。

 

 

ここには自分の道がな(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

「おいおい……」

 

別にいいじゃないか。道がなくたって。

分かっているだろう? 遠坂真?

 

この現状が遠坂真にとって最大の幸福の選択(・・・・・・・・)であるという事を。

 

ここで足を止めて、周りだけを見て、ぼーっとするのが遠坂真にとっての幸福だと。

そうすれば自分は家族に、友に、将来ではもしかして恋人に囲まれて当たり前のように生きて当たり前のように死ねるという事を。

理解はしていないけど知っているだろう?

知っている。知っているとも。

 

 

 

じゃあ何で今日1日た(・・・・・・・・・・)りとも我慢出来なかっ(・・・・・・・・・・)たんだ(・・・)

 

 

 

「      」

 

自分が今、どんな顔を浮かべているのかを知ると発狂したかもしれない。

呼吸すらまともに行えていない気がする。

そもそも今、自分の口は何を吐き出しているのだろうか。

ああくそ、止めろ馬鹿。

 

 

吐き出したら決まるぞ(・・・・・・・・・・)

 

 

その最後の自分の思念に───完全にぶちっときた。

 

「それがどうしたあああああああああああああああああ!!!」

 

傍から見たら狂人にしか思えない叫びを自分の口から叫びだしている事に俺は全く気にせずに捲し立てた。

 

「ああそうさ! 俺だって進みたいさ! 親父と母さんの話を聞いていたら思うだろ!? 同じになるのは御免だけどそんな風に強く生きてみたいって! いや親父達だけの話だけじゃない! 三成も美綴も! ちゃんと自分の足で立って悩みながらも歩いている! 俺みたいに立ち止まってない!」

 

「ずっと欲しかった……何か分からないけどずっと欲しかった……! 親父や母さん三成や美綴、藤村おばさんみたいに自分を確固とさせている何かが欲しかった……ずっとずっとそれが欲しかった……!」

 

「それを手に入れたら強くなるとか正しくなるとは思ってないさ。むしろ酷い事になるかもしれないけど……でも確かには(・・・・)なれるかもしれないだろ! ああもうちくしょう! 本当に……くっそ……」

 

 

頭を抱えて吐きたくなる。

何て格好悪い。

クール気取っておいて一人で夜になったら欲しいモノを叫びだすなんてそこいらの酔っ払いと何が違うという。

脈絡もなくストレス発散に無駄に格好つけて、しかし何の解決も生まない。

でも限界だったのだ。

数えたくなかったから何年付き合ってきた悩みか知らないがそれでも数年以上は付き合って溜めてしまったストレスだ。

発散もしたくなる。

それもあんな爺さんに心臓抉られたかのような指摘を受けた後だから尚更に。

ああ本当に格好悪い。

これが親父や母親ならこういう場面でもらしい事をしそうなのだが俺ではそこいらの酔っ払いが関の山でしかないみたいだ。

格好悪いと三度呟いてようやく上を向くと星空が見えた。

人工の光によって過去に比べれば遥かに光量が落ちた夜空。しかしそれでも永遠に失われないであろう星の光だ。

距離の関係からあれは過去の光なのだろうけどそんな理屈はどうでもいい。

ただそこにあって光るモノというのは遠坂真が欲している光そのものだと思えるからだ。

だからつい光に手を伸ばした。

伸ばして伸ばして、そして握っても当然その手に光は掴めていない。

まるで今の自分の現状だ。

いやそうではない。

今の自分は手を伸ばす先も見えていない。

一寸先は闇だ。

光がどこにもない。

どこに進めばいいのかがわからない。

自分が確かであるという道がない。

嗚呼、だからもしも。もしもだ。

本当なら十分に手に入れて満足に生きれる幸福を手に入れているというのにそれ以上先を今の自分が望むものとしたら

 

 

今、伸ばしている星の光のように普遍で、しかし確かに存在する光を見つけれたら───

 

 

 

瞬間

 

願いは叶った。

手に赤い光が確かに宿った。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

凛は炒飯と勝負をしている最中に色気のない電子音が響くの捉えた。

一々推理する必要もないので即座に持ち主に声をかけた。

 

「士郎ーーー。何か電話なってるわよーー」

 

「駄目だ凛……! 今、ここで集中を切らせば食材の味が死ぬ……! ああ分かっているとも! 食材の夢は俺が形にしてやるから……!」

 

駄目だ。バーサーカーにクラスチェンジしている。

アーチャーか駄目キャスターか、まぁ能力低いけどセイバーのクラスかあーーアサシンとかもいけそうだけどそれにバーサーカーのクラスまで行けるようになるとは。

アーチャークラス以外パッとしない気がするけど。

セイバーになっても本職に負けるし対魔力低いし。

キャスターになっても魔術師としてはへっぽこだし。

アサシンは……アサシンは意外と適正あるかもしれない。

バーサーカーになったらいい所なしじゃない。

やはりうちの旦那はバトラー以外駄目みたいだと思い、とりあえずアッパーを叩き込んでおいた。

そして二秒だけ炒飯に集中してちらりと横を見ると士郎が華麗に周りの皿やら何やらだけを躱して倒れている光景であった。

 

「いいから電話取なさい士郎。あれ、うちじゃアンタと真しか使えないハイテクなんだから」

 

「……アッパーはこの際無視するが……凛。あれは今でも大抵の人間が使って、普通に使えば誰でも使える機械……いや何でもない」

 

「う、うっさいわね! あんな携帯なんていうクトゥルフ系は魔術師には不要よ不要! それに家には黒電話あるんだからいいのよ!」

 

「携帯にクトゥルフ系とか言うのは全世界集めても中々いないぞ……」

 

ガントの準備をすると士郎がムーンウォークで逃げた。

無駄に芸が細かい……。

まぁいいわと炒飯炒めながら士郎のも横目で注意していると士郎がいるであろう居間の方から少し驚愕したような声が漏れたかと思うと

 

「……凛。ロード・エルメロイ2世からの電話だ」

 

「……は?」

 

炒飯を飛ばしている最中に思わず手を止める。

先程までの和やかな雰囲気に冷たい色が塗られていく。

魔術師としての自分が内面から浮かび上がってくるのを火を止め、長髪を邪魔にならない様に括っていたゴムを外し、母としての遠坂凛ではなく魔術師としての何時もの自分の体勢に戻る。

 

「士郎。えーーと……何だっけ。スピーカーみたいに全員に聞けるようなモードあったでしょ。あれにして」

 

「了解だ」

 

直ぐに士郎が何やら弄ってそして機能は正常に動作する。

 

『何とか繋がったか。繋がったという事は無事という事か』

 

相も変わらずもどこか不機嫌そうな声である。

声を聴く限り間違いなく眉間の皺は深くなり続けているのだろうと思う。

 

 

ロード・エルメロイ2世

 

 

時計塔を束ねる12の王の一人。

現代魔術の講師を担当し───そして第四次聖杯戦争の唯一の生き残り。

実際にはまだ2人ほど終結後にも生きていた勝者はいた。

皮肉にもここにいる私達の関係者ではあるが……でも後の事を考えるとやはり唯一の生き残りと言ってもいいかもしれない。

だからまぁ士郎はともかく私としては少々思う事が無いわけではない相手の一人なのだが、時計塔では講師としては世話になったのは事実だ。

魔術師の講師として見れば才能は怪物染みたものなのだが本人の魔術師としての能力がそこのへっぽこよりはマシ程度なのが残念といえば残念。

あれ程魔術を愛している人なのに。

まぁ、それはともかくいきなり脈絡もなく無事を聞いてきた講師に対して私は一切油断はしなかった。

確かに世話になった。認めよう。

腕はともかく教えは的確であった。

時計塔でロードなのに一番まともな魔術師ではあった。

しかし、それでもこの男は魔術師なのだ。

それとこれは別の世界(・・・・・・・・・・)なのだ

だからとっとと要件を聞いて胡散臭かったら速攻で携帯を叩き折ろうと思っていたのだが

 

『悪いが久闊を叙する暇はないからこっちの言い分だけを言わせてもらう───聖杯戦争が始まっている』

 

なのに相手は礼儀やマナーといったものを全て省いて本当に用件のみを告げた。

正直、そういったものに煩いエルメロイ2世が形振り構わず告げた事に違和は感じたが、正直言われた内容に対してはそれが? と答えたくなる内容だった。

 

 

聖杯戦争が始まっている

 

 

自分達の経歴を知っているものならば因縁がまた動き始めたとでも言うかもしれない。

その単語は参加者にとってどう足掻いても人生から切り離せないものだからだ。

記憶というより肉体に新しく追加された肉体というレベルでもいいかもしれない。

だから確かに眉は顰める。

眉は顰めるが……それだけだ。

聖杯戦争というのは別に冬木だけのイベントではないのだ。

この世には冬木のを母としたり、それ以外の亜種の聖杯戦争などごまんとある。

優勝賞品である聖杯戦争自体の質は違えど戦争の中身自体はそう変わらないだろう。

英霊を持って最強の玉座に至り、願いを叶えるというプロセスは。

だがそれを聞かされてももう私達は聖杯など興味はない。

興味があるのならば冬木の聖杯の解体なぞやるものか。

それを手伝ったのはこの電話相手でもあるだろうに忘れたのかと言いたくなる。

だからこそ遠坂凛を驚愕させる事実はそこではない。

次だ。

 

 

『───それも世界規模(・・・・)でだ。』

 

 

理解不能という単語しか頭に刻まれなかった。

思考する気になんて起こらない。

不可能な事柄に関してどうすれば成功するだなんてかんがえる馬鹿なんて子供くらいだ。

いや直ぐ傍にそんな馬鹿がいたわけだがこれは幾ら何でもない。

その馬鹿ですら有り得ないという表情を張り付けている。

それはそうだ。

そんな奇跡(ミラクル)の百乗のような馬鹿げた事が起きてたまるか。

 

「そんなの───」

 

『既に少なくとも7体以上の英霊が存在しているのは確認されている。そして重ねて言うが全てを説明している時間はない───令呪は発現したか?』

 

説明しろと問い詰めたいがその言葉につい合わせたわけでではないが士郎と同時に自分の両手を見る。

そこにあの赤い紋様は───ない。

マスターの資格である令呪はない。

念の為、今確認出来る箇所は見てみたがそれらしい物は一切ない。

楽観は出来ないが少なくとも現在自分達は聖杯に選ばれてはいないらしい。

 

「……まだ信じたわけではありませんが少なくも現在は令呪発現していません」

 

『……ふむ。お前達ならまた選ばれてもおかしくはないと思ったが……聖杯を直接壊した魔術師であるという事から弾かれたかもしれんな。まぁそれはいい。ならば聖杯に興味がある場合は知らないが無いのなら姿を消した方が賢明だ。既にロンドンは地獄だ(・・・・・・・・)。』

 

「───」

 

その地獄の真っ只中にいるであろう男の声は確かに少し震えていた。

その震えから甘い考えだと言われても仕方がないが今までの戯言が真実であるかもしれないと思い始めた。

何故なら遠坂凛は知っている。

この人の魔術師としての能力は士郎よりもマシ程度な能力しかない事を。

他人の魔術を見抜く適正は超1流であってもそれに対抗する能力は一切この人には無い。

聖杯戦争でなくても魔術師のトーナメントなどがあれば間違いなく予選一回戦敗退になる結果しか出せない能力しかないのだ。

そして士郎と違って彼は戦う技能も持っていない。

 

ああ、だからこの人はさっきから時間がない(・・・・・)と言っていたのか。

 

自分と同じ聖杯戦争に関わって生存したからこそ(・・・・)狙われているのを。

だから私は一つ息を吐いておいた。

そしてクリアになった頭で必要最低限の情報のみを求める。

 

「信じるかどうかはさておき世界規模と言ってますが……どこまでかを正しく確認出来ているんですか?」

 

『流石にそれは難しいな。私とて戦争について知ったのはごく最近だ。少なくともヨーロッパは危険域であるのは確かだ。そして教会も動いていると聞いている』

 

「教会もか……」

 

士郎が思わず呻く様に言葉を吐き出すのも無理はない。

異端を、怪物を人の手で殺す為に調整された狂信者なんてモノが今までと違って中立を謳ってくれないのがどれだけ恐怖か。

その一端を知っているが故に事の大きさを知る。

日本に生まれた事をここまで感謝するとは思わなかった。

神秘が薄れた国だからこその絶対ではないが安全地帯になってくれるとは。

ええい、だがまだ聞きたい事がある。

本当ならば朝までかけて聞きたいレベルなのだが向こうにそんな余裕はないのなら最重要で他に聞きたいのは

 

「───どうしてそんな規模の聖杯戦争が起きたのですか」

 

そう。

それが最大の謎だ。

世界規模の聖杯戦争なんて人の手には余る儀式だ。

根源に通じる事が出来、何やらキナ臭い存在にはなっていた冬木の聖杯だがそれでも十分に奇跡の象徴足り得た聖杯ですら英霊の数は7体。

もしかしたら聖杯にアクセスすればそれ以上の数を現出する事は可能かもしれないが、その聖杯はどんなものでもどこかに在る(・・・・・・)というのは変わりないだろう。

聖杯が発言する場所があるのならばそこを中心に繰り広げられるのが聖杯戦争なのだ。

無暗矢鱈に戦争の場所を広げたら被害もそうだがそれ以上に神秘の秘匿が難しくなる。

それだけは余程頭のネジが外れていない限りどっちのキョウカイでも暗黙の了解として守り、怪物達も生存する為のルールだったはずだ。

それがどうしてそんな馬鹿げた規模になってしまう。

管理不届きなんてものじゃ罷り通らない事態だ。

それに関して問い詰めるが答えは期待した通りではなかった。

 

『……分からん。占星や観測、探知、その他様々な方法で試みられたそうだが聖杯と思わしき反応が多数ある(・・・・)。複数の聖杯戦争が同時に起きた事による一種のバグのような結果なのかもしれないが……正直現在の時計塔で他の魔術師の発言なんぞ信じられん。法政科もまともに機能していない状態だからな』

 

「それは……」

 

全くもって同意だ。

魔術師相手に信頼するなんてとんだブラックジョークだ。

例外があるとすればそこにいる士郎とうちの息子と今、電話している講師と……………………………………超絶最悪なあの金髪ツインドリル……いややっぱり信頼も信用も出来ないわ。あの女は。

娘が出来たとかなんか以前自慢の連絡が来たがこっちの息子&夫自慢攻撃に辛勝した記憶がすっごく最高の気分になる。

持つべきものは身内ね。

じゃなくて

 

「その多数説が正しいのならば日本には反応が無かったのならば問題ないですね」

 

「……凛」

 

士郎が何か言いたそうな顔をするが黙殺する。

士郎も何か言いたげな表情は残すが結局それ以上は言わない。

それ以上を言い出したら息子に顔向け出来ないでしょうし。

 

「私達は自らに火の粉がかからない限り戦争に参加するつもりはありません……忠告は感謝します」

 

『それでいい。こんな馬鹿げた騒ぎに突っ込むのは自殺行為だ』

 

「……フラット……さんとかはどうでもいいですけどライネスさんやグレイさんは?」

 

『……』

 

沈黙を否、深い溜息を吐いているような時間が過ぎた。

それで凛は2択かな、と冷たい思考をしてしまう自分に嫌気がさした。

逃げなかったと逃げ切れなかったなんて嫌な考えを他人事のように考えている時点で十分に私も人でなしであるなと自覚する。

 

『……心配いらんだろう。あの二人は私よりも生き残れる能力がある。ああ最後だ。この原因になったのにもう一つ仮説……というか私達の、否、私の不始末(・・・・・)は発見してしまった。』

 

「? それはどういう……」

 

ああ、とこちらの促しに続く言葉は───無機質な電子音だった。

 

一瞬の空白を得、直ぐに士郎がかけ直すが

 

「……駄目だ。出ない」

 

「……魔術師の癖に空気を読み過ぎね」

 

ちっ、と舌打ちをする。

繋がらないものは仕方がない。あっちの行方はどんなに考えても明るい未来は考えれなかったがどの道何をしても今の自分達が間に合う事はない。

ならば即座に自分達の行動をするべきだ。

 

「まずは情報収集ね。エルメロイ2世の話が真実かどうかはさっきので逆に余計に真実味が増してしまったから真実と想定して行動しないといけないわね……でも可能性の一つとして擬態した相手だったとかいうのはないでしょうね……」

 

「無いとは言い切れないが……相手は携帯を使ってきたぞ」

 

「……100%とは言えないけど確かにちょっと微妙な所ね」

 

魔術師は基本機械には頼らない。

勿論、最低限の物には頼るが最低限以上の物には頼らない。

あるとすれば飛行機くらいか。

ええ……だから私が機械に頼らないのも魔術師として当然の心構えだとも……ええ……!

 

「とりあえず真に連絡しよう。いいな? 凛」

 

「そうね。大丈夫だとは思うけど動くのならば早めに越したことはないわ」

 

本当ならば今日の真に対してそんな無粋な事はしたくはなかったが仕方あるまい。

場合が場合である。

だから1コール2コールくらいは見逃した。

3コール4コール5コール。

大丈夫大丈夫。気付くのが遅いだけ。

6コール7コール8コール……ブッ、ただいま電話を取る事が出来ません。

 

かけ直し。

かけ直し。

かけ直し。

かけ直し。

かけ直し。

 

ただいま電話を取る事(・・・・・・・・・・)()

 

畳ですら悲鳴を上げるような大きな音を出して勢いよく二人同時に立ち上がる。

士郎は即座に玄関に向かうが私は玄関に向かう士郎の肩を掴む。

強化もした私の腕は見事に士郎を掴み止めた。

そして士郎が振り返る。

その顔は嘗ての士郎の顔。

目に映る人の幸福を望んで理想に人生どころか死後すらも投げ渡した正義の味方に辿る男の表情。

だけど今はただ息子と私にのみ向けられる表情。

その変化に思う所はあるが今は

 

「戦闘準備!」

 

「……ッ」

 

思いっきり歯噛みする士郎。

歯を砕きかねない程の力を全身にも張り巡らせ───しかし即座に走った。

土蔵に。

お粗末ながらも彼の魔術師としての工房に。

それを見届けた後に自分も自分の工房に向かう。

その部屋へと向かうほんの数十秒くらいの時間で、誰もいないからついポロリと普段なら漏らさないような弱音を吐く。

 

「お願いだから止めてよね……」

 

ようやく掴み取った士郎と私のそして愛しい息子との幸福なのだ。

ずっと耐えて苦しんでようやく掴み取った幸福。

自分達の行動は過剰な判断だったと後になって笑わせて欲しい。

そしてそのまま今まで作っていたご飯を笑い合って食べさせて欲しい。

だから。

だからどうかお願いだから。

 

「お願いだから奪わないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

遠坂真は突如起きた視界の出来事と火花に触れてしまったような痛みに、思わず痛みの発信源である左手を掴んで引き寄せた。

 

「あつっ……!」

 

だが手を抱えた頃には手の痛みはもう消失していた。

代わりにあったのは赤い紋様であった。

 

「これは……」

 

残念ながら自分には刺青の趣味はないし、魔術刻印は手の甲にない。

そして残念ながらこれは間違いなく超常の現象である。

だから即座に魔術回路を起動させ紋様の解析にかかろうとして───何故か自分は振り返った。

特に理由のない動きで無駄な動きなのだが何故だか勘がそう告げる。

そうして特に意味も理由もない振り向きによって見たものは

 

 

 

紫の長髪を靡かせた怪物(おんな)の姿───

 

 

 

遠坂真という名の劇の開幕(カーテンコール)は確かにここから始まった。

ある意味で彼が望んだ通りに。

 

 

 

 

 




はい、では続いて悪役サイド第3話更新です。

今回からもう日常は崩れます。展開早めないと始まりませんからなぁ……さぁ、聖杯戦争を始めようか。

題名を思春期爆発にしようかと一瞬考えましたが流石に自重。
ちなみに何故かこの話だけ2万字超えてます……

感想・評価よろしくお願いします!


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剣との契約

美しいモノには魔が宿る。

 

 

これは魔術業界……否、魔術関係なく理解される事柄の一つである。

ポピュラーなミロのヴィーナス、モナリザなどの芸術作品。

日本では芸術ではなくても風景や建築において魅了するモノ。例えば清水寺や奈良の大仏など。

ある意味でどれも美しさという観点からすれば好評ではあるがばらばらの意見を出されるものだろう。

しかし、そのどれにも共通するモノがあるとすれば───惹きつけられる(・・・・・・・)事だ。

目を離せない。

ずっと見ていたい。

何故なら美しいから。

これを魅了の魔力と言わず何という。

そしてそういった魔力を突如背後に現れた女は多分に発揮していた。

紫という本来なら不自然な髪の色のはずなのに一目であれは染めたなどという無粋な人工の色ではなく本物の色であるという事を理解出来る。

髪をよく宝石に例える事があるがあれを見ていると酷く的確な例えに思えてならない。

自分が日常的に扱っている宝石が価値無しに見えて仕方がない。

更には服装も妖艶的だ。

男の自分にはどういう名前が付く服なのかは知らないが丈は短い、体のラインが諸に出ているなどと刺激過ぎる。

しかも第一印象として頭に焼き付けられる顔にはバイザーによって隠されて、しかし逆に隠された事によって美を想像してしまう。

個人の好みだけで言えば服装に関しては少々厳しい所はあるがそれ以外はパーフェクト───それが人を害する怪物でなければ。

根拠はない。

よくある殺意を感じているわけではない。

ただの直感でしかない。

だがそう感じ取った。

 

 

アレは人を殺す(・・・・・・・)

造作もなく容赦も後悔(・・・・・・・・・・)も無く鏖殺する怪物(・・・・・・・・・)である。

 

 

そこまでの思考を現実時間に換算して凡そ4秒。

その時間における現実の変化は女が一歩遠坂真に近付いたのみ。

そして次の1秒で女の動きが封じられた。

 

 

「───ッ!」

 

 

一瞬にして女は少年の視線で全行動を封じられた。

原因は少年の両の瞳。

本来は日本人ならば普遍的な黒目をしていた瞳は本来では有り得ない鋼の色の魔に変貌していた。

爛々と輝くその瞳は質は違えど女と同系統の美が付属した魔。

そして魔眼の中で最もポピュラーな魅了の魔眼───にちょっとえげつない追加効果(・・・・・・・・・)が付属されたもの。

だがそれを見届ける気は更々ない。

即座に魔術回路に魔力を載せて身体の強化に変換する。

見に徹する気なんて一切せずに、そのままその場を離脱する。

勿論、置き土産を忘れず袖から宝石を美女に投げ渡す。

そして振り返らず走り去る。

既に自身の速度はオリンピック選手の隣を口笛吹きながら軽く抜き去るなんてレベルではない速度を出して、しかも背後から美女への贈り物がドッキリをかました後の爆発音が聞こえるが、まぁ効果なんて考えるまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……最近の魔術師というのは中々過激ですね」

 

魔眼に縫い止められ、宝石による爆発を受けた女は無傷の姿のまま爆発によって生まれた熱から現れた。

傷は一切ない。

真面に受けたように見えず、防御もしたように見えない女の柔肌には傷どころが埃すら付いていない。

彼女は知らないが先の少年が想像した通りの結末。

あの程度の神秘と威力では超越者には到底に辿り着かない。

しかし女は今まで付けていた無表情の仮面を外していた。

その口元には確かな微笑があった。

友愛の……というわけではない。これは苦笑によるものだ。

 

何せ自分が魔眼に嵌るとは(・・・・・・・・・・)

 

彼女の伝承を知っている者で笑う度胸がある人間がいれば傑作だ、もしくは皮肉だなと笑われるかもしれないものだ。

成程。自分を打ち倒そうとしてきた勇者達が私の瞳に映った時の感情はこういうものだったのだろうか。

 

……まぁそうは言っても中身も質も違うのですが。

 

相手の魔眼はオードソックスな魅了の魔眼。

相手の行動を封じる類のだが一瞬とはいえ自分の動きを封じたという事は自分と同じ生まれつきのものだろう。

だが魅了の魔眼というには少々えげつない(・・・・・)

魅了された時に感じたのは体が動けないという圧迫感ではなく串刺しにされたという幻痛(いたみ)であった。

だから一瞬、魅了の魔眼ではなく別のそれこそ視認した相手を串刺しにする魔眼かと錯覚した。

しかし直ぐに魔眼の頸木を外すと体に傷は無い。

それに気付いた直後に宝石が爆発……否、あれは炎だったのだろう。

とりあえず攻撃に巻き込まれたのだが、流石に効きはしない。

だが魔眼の正体は判明した。

あれは剣に串刺しにされる幻痛(イメージ)によって体を張り付けにさせる魅了の魔眼だ。

少々独創的ではあるがどういった物かを知れば脅威ではない。

どれ程強力な魔術師であっても女には関係ない。

 

何故なら女は怪物になる結末を約束された存在

 

今でこそ"かつて美しかったもの"という側面から表出されて英霊として存在している。

しかし本質は変わっても本性は変わらない。

女の正体は人間社会を片っ端から否定し、おぞましい性能を持って命の味を楽しむ殺戮機構。

今の姿は確かにかつて美しかったものとしての姿だ───この姿でも人間を殺していたのだが。

更にはこの趣向も素晴らしい。

女にとって逃げていく勇者を追いかけるのは手慣れたもの(・・・・・・)である。

元より希望を求めて逃げていく生き物から希望を取り上げる事こそが古来の怪物の常套手段。

彼女の内面を映し出された釘剣が実体化される。

その釘剣の理念は決して戦う為ではない。

その釘で串刺しにすれば容易に抜く事は出来ない。

そしてそこに女の怪力を用いれば刺さった獲物がどうなるかは決まりきっているだろう。

この釘剣は痛みと恐怖で獲物を調教する道具。

そのような得物を手に女は笑う。

先程までの苦笑なんて温かいものではない。

そして殺意なんて冷たいものではない。

ただの笑み。

 

 

 

何故なら食事で出された肉相手に殺意なんて出す意味がないから。

 

 

 

 

 

 

 

「ああくっそ……! しくった……!」

 

一方で遠坂真は絶賛後悔中であった。

後悔の理由は逃走の方向。

咄嗟に逃げ出した方向がこのままでは家に向かってしまうのだ。

かといって背後はそれこそ女がいたので、つまり最初から計算されていた可能性大。

そりゃそうだろう。

左の手の甲に唐突に紋様が現れた瞬間に狙われたという事は少なくとも今日一日は尾行されていたという事になる。

というか今気付いたが周りに人の気配が無い。

遅い時間とはいえまだ就寝するにはかなり早い時間だ。

 

「ああくそ……! 油断し過ぎだろ俺……!」

 

くそくそばっかり文句を言っているがどうでもいい。

今の問題はこのままでは家に着いてしまうという事だ。

家に着けば間違いなくうちのお人よしファミリーは魔術師よろしく俺を切る事はしないと断言出来る。

そんな事が出来る様な夫婦ならば俺も悩みはしない。

そしてそのまま魔術師としてはともかくただ戦うという事になれば人間離れしている父や魔術師としては完成している母の協力───では到底背後の女には届かない。

そもそもの力が違う。速度が違う。

いやもしかしたら戦うだけならば3人でやれば奇跡を信じれば反撃出来る可能性も無くはないのかもしれないが……嫌な勘がずっと頭に囁いている。

そんな程度の存在で終わるような都合のいい存在ではない、と。

だからやっぱりこのまま家の方角に向かうのは不味いが、そろそろ横道に入って───

 

「うぉ……!?」

 

唐突な悪寒。

否、死ぬ(・・)

死は恐怖となり、恐怖は震えとなり膝を折りにかかるが、敢えて震えに逆らわずにそのまま足の力を抜いて姿勢を低くする。

するとさっきまで頭蓋があった場所に線が通る。

それもとてつもない速度で。

その線が何なのかを知識よりも先に魔術師としての眼が解析によって答えを導き出す。

 

「釘剣……!?」

 

武器として使うにはどう考えても少し使い勝手が悪そうな武装。

それも解析によると理念はどう見ても武装というよりは人を嬲る為の拷問(ステキ)武器。

そんな物があんな勢いで頭に刺さったら自分の脳がどうなるかなんて火を見るよりも明らかである。

そして最大の問題はそんなゲテ獲物を投げつけた存在がもう直ぐ傍に来ているという事で

 

「───勘がいいのですね」

 

ぞっとする声が脳に響く。

脳細胞全てに侵食するのではないかという錯覚を食いしばる事によって我慢する。

背後……というよりも右斜め後ろ辺りから微かだが足音が聞こえる。

そこら辺は確か塀だった気がするが塀の上で並走するって駄洒落のつもりかと叫びたくなるが当然そんな余裕はない。

何故なら女の声で、きっと聞かせるつもりもない独り言を運悪く耳が拾ってしまったのだから。

 

「……抵抗しなければ」

 

 

優しく殺したのに───

 

 

初めて女の声に殺意が宿る。

手間を掛けさせる煩わしい()を排除する程度には、というレベルで。

怒りなんて湧く余裕はない。だが、思わず納得する。

この敵が人間ではないナニカである事なんてとうの昔に理解している。

変な言葉かもしれないが人間という種よりも高次元な存在、という感じなのかもしれない。そのベクトルがどんな形であれ、女はそういうものなのだろう。

ならばこちらを虫けらみたいに思うのはいいが、どんな不運で自分が最初に狙われなければいけないというに。

更に最悪な事実。

追いつかれたという事は逃げられないという事だ。

遠坂真は間違いなく自身の才能全てを使って逃走に力を注ぎこんだ。

無論、全部の力を逃走に込めれば先のような攻撃を躱せなかったし、いざという時、即座に反撃をしなければいけないので全力とは言っても確かに余力を残しているのは事実だ。

すなわち最低限残しておかなければいけないリソースを除けば間違いなく本気で逃げていたという事であり───恐らく完全に逃げに徹しても追い付かれるという事であった。

 

「くっ……っ……!」

 

心音が一際大きく鼓動する。

その音で自分の体を初めて見た事に気付いた。

手先は震えている。

足は今にも折れそうである。

まだ一分くらいしか走っていないのに呼吸は乱れまくり。

心音なんてガトリングガンのように連続でビートを刻んでいる。

汗なんて垂らしまくり。

そこまでをようやく実感して

 

 

自分が今、結構怯えている事に気付いた

 

 

 

ハッハッハッ、と呼吸する度に舌が揺れており格好悪い。

後ろにいると実感しているのに目に見えていないだけでとてつもない恐怖を感じる。

止まるべきか、応戦するべきか、何か知らないが交渉とか投降でもするべきかなどと考えてもどう行動すればいいか考え付かない。

 

 

死ぬ

 

 

その二文字が頭の中を埋め尽くしつつあり───魔術師としての自分が安堵した。

 

 

ああ───こうなる前に(・・・・・・)手を打っておいて良か(・・・・・・・・・・)った(・・)

 

 

 

 

 

女の人間離れした聴覚が背後からの風切り音を捉えた。

油断一切を斬り捨てている彼女は即座に少年に投げようとしていた釘剣を背後に投げる事で迎撃する。

女の一撃は完全なる破砕音と手応えによって恐らく少年が仕掛けた何かを確かに迎撃した───一つは。

 

「刃……ですか」

 

風切り音が二つあるのは確認していた。

同時に壊そうかと思えば壊せたが相手の武器を念の為に知っておくべきだろうと思い、片方を残した。

それは現代の人間からしたらかなり肥えているライダーの目からしても美しい刀剣に思えた。

白色……否、透明なのか。

まるで輝くかのような刀身……いや、あれはもしかすると宝石なのかもしれない。

そうすると中々に太っ腹な魔術師だ、と思うが逆に魔術師ならばそんなものかもしれない、と思う。

刃自体は確かにそんなに長くはなく、短刀といってもいいレベルの長さではあるが……それでも今、少年が着ている服装で隠せるものかと思うが魔術師相手に常識で考える程愚かではない。

どこに隠し持っていたのかは分からないが……どうやら追いつかれる前に二刀の刃を罠のように設置しておいたという事なのだろう。

用意周到ですね、とは思うが……同時にその程度かと思う。

だが、まぁ現代の魔術師ならばこれが関の山……というよりも十分に生き長らえているのだろう。

多少、遊んでいるとはいえ私相手に一分以上生きているというのは十分な戦果である。

それに必死に酸素を求めて逃げる少年を見ていると物凄くそそられる(・・・・・)

ああ楽しい。

 

 

ピン刺しの標本(・・・・・・・)になっても希望を持てるかどうかを見てみたい

 

 

女の行動は一瞬だった。

手繰った釘剣を即座にもう一本の刃に投げる。

一瞬だけ物理と神秘、二重の意味で拮抗が起きるが即座に相手の刃は敗北する。

もうこれで少年の罠は無い。

後は宝石による攻撃と魔眼に気を付ければ現代の魔術師相手に後れを取る事などない。

その思考は事実と脳は判断し、そのまま手加減していた速度を上げ、その無防備な背中を───

 

「誰が二本しか用意していな(・・・・・・・・・・)()って言った」

 

鋼の眼がこちらを覗く。

追われる憐れな被害者の眼ではなく、狩りとる加害者の瞳でまるで未来を見てきたようなタイミングで私を視認した。

だから次に襲われた激痛に対応する事が遅れた。

 

「ごっ……?」

 

瞬間的に吐き出された血と息に疑問符が混じる。

何故なら何時の間にか自分の右肩と左の脇腹に刃が突き刺さっているからだ。

それも先程見た白の短刀に……恐らく最初に砕いた刃であったのだろう。これもまた美しい黒い短刀が。

夫婦剣などという名称が頭に浮かぶがそれ以上に何故砕いたはずの刃が? 何故自分にも知覚出来なかった? という疑問が激痛を凌駕する。

解答を求めた脳は咄嗟に視覚を刃が刺してきた方角を見た。

そして初めて気付く───そこに魔力を感じられる事を。

その理解と共に見たのはまたもや刃であった。

自分に刺さっている刃が3本。その3本を持って陣と成していた。

 

三位一体

 

最もシンプルで最も応用力がある陣が魔力によって意味を通されていた。

左右に一つずつ。

そして刃も一つずつ。

つまりはこの陣を持って物体加速、もしくは風圧によるもので剣を一気に加速させて突き刺したというのだろうか。

ぞっとする(・・・・・)

魔術の出来栄え……がじゃない。

先程まで怯えに怯えていた少年(・・・・・・・・・・)がどうしてここまで先読みが出来(・・・・・・・・・・)()

人間に比べれば規格外の能力は少年の震えを正確に捉えていた。

そして生前の経験からあれが演技で作られた恐怖でないと捉えていた。

いや断言しよう。

間違いなくあの時、少年はただ食われるだけの獲物であったはずなのだ。

そしてタイミング的にいえばこの罠が仕掛けられたのは恐らく自分が背後の刃に目を向けた時だ。

この際、刃をどこに隠し持っていたかなどはどうでもいい。

つまり、恐怖で震えていた少年から一瞬だけ目をそらした瞬間に少年は恐怖を忘却し、魔術行使を行い、自分がどんな風に行動するかを読んだという事になる。

 

出鱈目だ(・・・・)

ご都合主義過ぎる(・・・・・・・・)

 

 

そんな存在を私は知っ(・・・・・・・・・・)ている(・・・)

 

 

 

過大評価なぞ知った事ではない。

この少年は今殺す。ここで殺す。もしかしたら、などという可能性など与えられない。

一秒生きる度に脅威度が加速的に増す。

だからライダーは油断どころか人間と対峙する気すら捨てて痛みを無視して攻撃に出た。

 

 

 

 

 

真は何時の間にか正面に現れた壁に何の対応も出来なかった。

だが即座に魔術か、幻術かのどちらかを疑った。

対応は出来なかったが、対処はしようと回路を通して視るがそれは何ら変哲のない壁であるという結果だけが脳内に残った。

どういう事だ、と考え───そして今更気付いた。

自分は今、立っていない。倒れている。

そうなると壁に見えたこれはただの路上であり、何故倒れたかというと……ああ、そりゃそうだ。

 

右の足に結構大きな穴があるから、それじゃあ上手く立てないな

 

「って冷静に……!」

 

現実逃避している場合か! と急速に混み上がってくる足の激痛を噛み締める。

治癒魔術を使うか? そんな暇はない。

それよりもこれは何だ? もしかして先程の釘剣を投げられただけか? 視認も反応も間に合わない速度で。

いや嘘だ。勘は間に合っていた。でも体が勘に追い付けなかった。

つまりは敵が遊びではなく完全な本気になってしまったという事で。

 

「あ」

 

 

つまりそれは背後から止めを刺しに来る蛇がいるという事である───

 

 

 

 

死んだ

 

 

 

 

これは死ぬ。ここで死ぬ。これで死ぬ。

実に呆気なく、意味もなく、死ぬ。

自然災害に追われた人間の末路としては実に在り来たりに抗う事も余り出来ずに死ぬ。

実に惨めな普遍的死に様。

こんな超常現象における死だから偽装されて通り魔とか、何やらに襲われて死にました、という情報がニュースや新聞に一瞬乗せられて、それで仕舞。

 

遠坂真は実に何の価値もなく死ぬ

 

 

 

 

───それでは、今までの問いは何の為に?

 

 

 

 

 

ドクン、と心音の鼓動が指を動かす。

アドレナリンの過剰分泌で背後の女の動きがスローモーションになるがそんなのはどうでもいい。

 

駄目だ(・・・)死ねない(・・・・)

 

まだ死ぬわけにはいかない。

どれ程、無様を晒そうにも死に逃げる事だけは許されない。

足に穴が空いた程度で諦める程、遠坂真の疑問は安くない。

ここで死んだら周りの人間が自分に掛けた思いが無意味になる。

無価値なのはいい。

遠坂真の価値がそんなに凄いものだなんて事は思ってはいない。

自分は父のように正義に尽くすような馬鹿でもなければ、母のように己を誇りつつ真っ直ぐに進めるような意志も無い。

でも無意味にだけは出来ない。

父のどんなに苦しくて、誰にも理解されず、そして未来が絶望しかなくても、それでも張り続けるという理想を折ったのは自分だ。

その折った自分に対してまるで父の為に息子を利用したと勝手に負い目を持ち、更に自身の才能に対しても勝手に負い目を作って、そんな自分を許せなくなった母を作った要因の一つは自分だ。

他にも三成も綾音も他大勢にも様々な何かを作った。

それを無意味にする死を受け入れる事だけは絶対に出来ない。

現状確かに絶体絶命だが、その程度だ(・・・・・)

諦める理由にはならない。

右足は動けないかもしれないが、左足もまだ両腕も動くし魔術も放てる。

実際にはどの行動も間に合わない。

走って逃げるのも腕を盾にするのも魔術を使って攻撃、もしくは防御を行うのも全く時間が足りていない。

 

 

遠坂真には(・・・・・)この死を回避する方法はない。

 

ならば遠坂真に出来ない事(・・・・・・・・・)で生き延びればいい

 

 

その思考に至った瞬間、視界が女の怪物(ふつう)から灰色の砂漠(■■)にチャンネルが切り替わる。

 

 

 

究極の全能感(理解不能)

 

そして

 

そして

 

そして

 

そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして

 

 

そしてそしてそしてそ(・・・・・・・・・・)してそしてそしてそし(・・・・・・・・・・)てそしてそしてそして(・・・・・・・・・・)そしてそしてそしてそ(・・・・・・・・・・)してそしてそしてそし(・・・・・・・・・・)てそしてそしてそして(・・・・・・・・・・)そしてそしてそしてそ(・・・・・・・・・・)してそしてそしてそし(・・・・・・・・・・)てそしてそしてそして(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

襤褸布を被った■■を肯定(ひてい)する■に(ジブン)はただ手を伸ばして───

 

 

 

 

それは駄目だな(・・・・・・・)なっとらん(・・・・・)

 

 

 

 

超越者の言葉が接続を全て断ち切る。

記憶すらも受け継ぐ事が出来ずに、遠坂真の意識は現実に帰還する。

最早、遠坂真に出来る事は呼吸をする事のみ。

もしもこの場に第三者の眼があったら、間違いなく断言しよう。

もうこの状況を覆す手段は彼にはないと。

 

 

だから覆すのは他人の手によるものだ、と

 

 

 

「I am(我が) the bone(骨子は) of my(捻じれ狂う) sword」

 

錬鉄の詠唱が響く。

製鉄する剣の銘は偽・螺旋剣(カラド、ボルク)

それを自身の能力で矢として歪められた剣を射った。

当然、手加減なぞ無い。

鷹の眼は自身の息子の足に穴が空けられる所をはっきりと捉えていた。

許す理由も加減をする理由も一切ない。

偽・螺旋剣が女に防がれつつも激突し、吹っ飛ばされているのを眼で捉えながら、士郎は一切の感情を斬り捨てた眼でただ呟いた。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)、と

 

 

 

 

 

唐突な爆風に真は何とか息を止め、眼を閉じることは間に合ったが、衝撃までは防ぐ余裕がなく弾き飛ばされていた。

 

「いぎっ……!」

 

思いっきり全身に衝撃が響き、特に右足は千切れてないのが不思議になるレベルで激痛を発していた。

いっそ自分で千切ってやろうか、などという馬鹿げた考えを即座に切り捨てる。

今はチャンスでありピンチだ。

あの女の形をした怪物から逃げれたのはいいが、今度は第三者が介入してきた。

敵か味方かも分からない第三者だ。

敵の敵は味方と言える状況なのかも分からないのだ。

即座に逃げ出すべき。

いや駄目だ。逃げるのはもう不可能だと理解している。

何故ならあの女はきっと死んでいない。

さっきの攻撃は普通なら有り得ないレベルの神秘が込められた攻撃だった。普通なら死んでる。俺が受けてもそう思えるかもしれない。

でも駄目だ。

とてもじゃないが死んだと思えない。

そんな程度の生物なら自分の手で死ぬ気で殺しにかかってる。

だからもう逃げるなぞ言わない。

倒す手段を、殺せない生物を殺す手段を考えなければいけない。

幸いにも先程の爆風によって発生した煙が自分の行動を隠してくれる。

簡易的な物なら罠も張り放題だ。

だが、その前に今は血を出し続けている右足の最低限の止血を魔術で───唐突に煙を切り開いて現れた腕が自分の左肩を掴んだ。

 

 

迂闊/致命的/敵? 味方?/先程の女?/殺される/殺される前に殺せ

 

 

思考の時間は一秒にも満たない時間で決断を下し、右手を即座に挙げて相手がいるであろう場所に指を向ける。

放つ魔術はガンド。

本来ならば熱を発して倒すレベルだが自身の魔術回路ならば殺すレベルの致命的な呪いに変換出来る。

殺す。即座に殺す。

殺人罪とか葛藤なぞクソ喰らえ。

今、生きるのに必要なんて───

 

「馬鹿! 落ち着きなさい! 母の顔を忘れんな!」

 

ばっ、と煙から出てきた顔とチョップが脳天に直撃した。

 

「あばっ……!?」

 

思わぬ攻撃に脳を揺らしている間に母は俺を見て、そして右足を見て眉を吊り上げ、簡易的な治療を即座にしてくれた。

こっちはこっちで唐突に日常の顔が現れてさっきまでの落差に頭を抱えそうになる。

だが事態は全然変わってはいない。

 

「歩ける? なら家に向かうわよ」

 

「え……あ、う、うん。わかった」

 

母の指示に理解が追い付かないまま頷き、立ち上がる。

走る……のは無理だが片足は引き摺れば何とか動けそうなので急いで向かおうとしたら母がこちらの右肩を支えてくれた。

今は遠慮する暇がないのは理解しているのでそのまま家に入り、玄関には入らずに母が庭に向かわせる。

 

「真! 大丈夫か!?」

 

恐らく現れた場所から察するに屋根の上から降りてきた父を見ても自分の意識は追いつかない。

その趣味の悪いような良い様な赤い外套……否、聖骸布? とか。

その手に持っている弓とか見ていると特に。

ただ父も自分の右の足の血の跡を見て殺意が高まるのを察知する。

こっちとしてはその親馬鹿振りよりも馬鹿げた出来事の連続で思考が停止しそうなのである。

だけど今が緊急事態なのは承知しているので冷静になれ、と念じ───即座に冷静になった。

そのタイミングで母がこちらの正面に回って両肩に手を置く。

 

「時間が無いから単刀直入に聞くわ。体のどこかに何か模様が出なかった?」

 

「これの事?」

 

即座に左手の甲を見せる。

ミミズ腫れじゃないかと言われればそんな気もする模様を見せると両親の顔は逆に在ってしまったか、という顔になる。

思わず呪いとかそんなのかと疑ってしまうが、解析してもそんな感じには見えない。

だが、流石というか。

即座に二人はそんな表情を切り捨て、母は肩に置いた手を何故か自分の顔を挟むように手を置く。

 

「ならいいわ。今から私が言う詠唱を覚えてそこの土蔵で召喚に入りなさい。色々聞きたい事はあるでしょうけど今は生き残る事を優先。いい?」

 

「いや……でも……それって……」

 

つまりは恐らくもう直ぐ来るであろう怪物を二人だけで足止めをするという事である。

魔術師としての感性が告げる。それは十分に可能な行いであると。

二人の力量は知っている。

母は才能は当然としてそれに負けない努力によって完成された最高レベルの魔術師。

父は才能は無いが一世一代の固有結界から漏れた失われた宝具を持って戦える型破りな魔術使い。

あの怪物相手にも劣る所か対等になりかねない戦力ではある。

だが戦力があったからといって、それで危機が無くなるというわけではないのだ。

例え二人がどんなに人間離れしていても敵対者は文字通り人間ではない生き物だ。

生物としての格から違う相手に挑むのはどう足掻いても不利から始まってしまう。

当然、二人がそれを理解していないわけがないのだが───

 

「心配するなんて10年早いわマイサン。負けるつもりは無いのは当たり前だけどむしろあんたが切り札を呼ぶ大事な役目なのよ? うっかりするのだけは止めてよね? 遠坂家の呪いなんだから」

 

「今、すっごい矛盾した責任を押し付けた……!」

 

俺も遠坂なら避けれないじゃん! と思わず空気ブレイクして叫ぶ。

性能は母親譲りと言われている身としてはどうしようもない呪いな気がする。

2人も俺の叫びに微笑して、母は自分の額を俺の額にくっ付けた。

 

「大丈夫よ。真の前にいる二人は真にとって何?」

 

「……母さんと、変なコスプレ親父」

 

「おっと。心は硝子だぞ?」

 

本日二度目の親父の持ちネタをスルーする。

母も見事にスルーして、微笑のまま

 

「じゃあ貴方の父さんと母さんはこんな所で死ぬようなタマ?」

 

何て酷い母親だ。

そんな台詞だと返せる言葉が限定しているじゃないか。

 

 

 

 

 

 

息子が土蔵に行くのを見送りながら、凛は風によって靡く髪を押さえる。

 

「さて大言かましたけど……中々因縁って切れないわねぇ」

 

「同意だ。全くもって嫌になる」

 

お互い完全武装しながら苦笑する。

互いに赤を纏い、同じ場所に立つのを感じながらかつての自分を思い返すのを止められない。

かつてとある英霊が自分に言った。

 

 

君が呼び出した英霊だ。それが最強でないはずがない、と

 

 

何度思い返してもキザな台詞。

もしかして貴方の世界の私が何か言ったのかしら。

もう記憶はほぼ摩耗してしまったとかほざいていたけど根に持つ所だけは覚えていたんじゃないかしら。

そうやって思い返している間に鳴子のような音が空間を響かせる。

士郎が両の手に見慣れたと言える双剣を作り出し、私は苦笑を引っ込めて現れた人影に目を細める。

同性の自分から見ても魅惑的で蠱惑的な女。

即座にこれ相手に逃げの一手を打ったうちの子の感性は間違いなく正しい。

人を害する事だけに特化した怪物相手にわざわざ真っ向勝負を挑もうとする方が馬鹿なのだ。

だが、自分はそういった本能から出る物全てを無視して勝手に喋る。

 

「お久し振りねライダー。ああ、貴方達は一度座に帰ったら記録はあっても記憶は受け継がれないのは知っているから挨拶はいいわ。私はただ改めて再確認したいだけなの」

 

「……」

 

向こうは無言。

否、そもそもこちらを見る気すら起こさず、視線はバイザーで探れないがそれでも何かを探っている雰囲気だけを醸し出している。

その事に気付いて、ああそうと思いながらも言葉を吐き出すのを止めるつもりはない。

別に私達はライダーとそこまで縁は無い。

いきなり私の顔面を狙って士郎に庇われたり、学園に魔術師ではない人間なら容易く溶解させるような結界を張ったと思えばもう殺されていたりという結果だったからだ。

仲良くする理由も温かい会話をする為のネタが無い。

まぁ別にどうでもいい事だ。

何せこっちも会話をするつもりなん(・・・・・・・・・・)てない(・・・)のだから。

 

「積もる話はお互いあるんだけど……実はね。さっき目に入れても痛くない息子がね。酷い大怪我をして帰ってきたの。まぁ、男だから喧嘩とかなら勝ってきたのなら許すんだけど……殺しに来た怪物相手となるとそりゃ親としては話が変わる(・・・・・)ってものよね? 同じ女としてそこら辺どう?」

 

「……」

 

「……」

 

相手の無言はともかく士郎の無言にはこちらから離れようとする引きがあったのでとりあえず足先を踏んどく。

背中が煤けた赤い英雄に成り損ねた男が横にいる気がするが無視する。

まぁ、もういいか、と思い身を動かそうとした時に

 

「個人的な意見ですが……」

 

今まで機械のような無表情と無口を貫いていた女から見た目相応の美しい声が響き

 

「───嫌いではありませんよ」

 

「あらそう? じゃあ私達、とっても仲良し?」

 

髪をかき上げる仕草と笑みを浮かべる。

それと同時に魔術回路の回転数が上がっているのを相手は気付いているあろう。

何せこっちも隠す気はない。

魔術刻印は息子に受け継はせて消失しても未だ尚、遠坂凛は最高クラスの魔術師。

赤い外套から年単位で神秘が蓄えられている宝石を手に取りながら───ふと何故か今日の日付を思い出した。

 

 

2月1日

 

 

特に特別ではない日付だ。

自分達の誕生日でもなければ結婚記念日とかでもない。

結婚記念日だったのならば間違いなく士郎に特大の不幸が落ちてきただろう。無論、手加減無用。

だから別におかしな日付ではないけど───ああ、そういえば一つだけ自分の人生にはその日付にとてもおかしな事が起こったのだ。

ああ、それならば、と内心が苦笑する。

 

 

これもある意味で仕方がない流れだったのかぁって

 

 

 

 

 

 

Access(接続開始)───素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

 

己の魔術回路を限界にまで酷使しながら遠坂真は必死に詠唱を唱える。

何故だか知らないが(・・・・・・・・・)魔術回路の疲労が異様だ。

こんなレベルで魔術を行使した覚えは全く無いのに(・・・・・・・・・)ボロボロな状態だ。

本音を言わせてもらえば休憩させるべきなのだがそんな猶予は無い。

 

「祖には我が大師シュバインオーグ――」

 

何故なら聞こえるからだ。

剣戟の音が聞こえる。

魔術による爆発音が聞こえる。

音の速度を遥かに超越した速度で動く音が聞こえる。

それら全て戦いの音。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

ドロリと詠唱を吐き出す口から血が漏れる。

口の中から鉄の味がして吐き気がする。

全てぶちまけたい。

そんな当たり前の働きを魔術師としての機能で埋め尽くす。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

ボロボロになった回路の回転数が更に上げる。

一つ間違えれば自分の脳に向けられた銃の引き金を引く姿を幻視する。

関係ない。

それら全て纏めてどうでもいい。

 

「――――告げる。」

 

何故ならここで死ぬわけにはいかないからだ。

俺も、そして当然、父と母も。

あの二人の幸福はまだ始まったばかりだ。終わらせる訳にはいかないし、俺が許さない。

だから俺も死なない。

あの二人が自分との幸福を、自分の幸福をどれだけ祈っているかなど聞かずとも理解している。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」

 

正義を捨てた父が代わりに埋め込んだのが母と自分。

母は魔術師として完成しているのにどこまでも人間味を捨て切れなかった。でもだからこそ完璧だと思える母親。

息子の自分は余りにものらりくらりとしているがそれでもどんな目を向けられても、どんな想いを向けられても、最後には幸福になる事を祈られているのは知っている。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

ならばこそ、この儀式を失敗する気もなければ二人を死なす気もない。

 

「誓いを此処に。」

 

元よりここで発揮しなければ天才なんて肩書も能力も糞の役にも立ちはしない。

ここで発揮しないのなら自らぶち壊してくれる。

称賛も名声も富も成果も価値も不要。

自身の魂が求めるのはただ我欲のみ。

 

「我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。」

 

叫んだ詠唱に唾棄する想いを抱く。

常世総ての善なぞ軽々しく叫ばせてくれる。

その言葉を吐く程に俺は正義を愛してもいなければ、正義に魂を捧げていない。

万民全てに光あれなぞ自分にはとてもじゃないが口に出せない。

自分が欲するのは小さな物でいい。そんな大層な太陽のような光はいらない。

精々、自分の家の家族が集まる場所の電灯程度の光でいい。

その光を消すというのならば確かに常世とは言わないが悪など幾らでも飲み干そう。

 

「汝三大の言霊を纏う七天……!」

 

鋼の眼が見つめるのは土蔵にあった何時も不思議に思っていた魔術陣。

それがこうしてこんな形に利用出来るという事はつまりそういう事なのだろう。

だから今はただこれを作った製作者に感謝の念のみを思い、魂を乗せる。

今、自分が欲する刃の名を。

かつて父と母が挑んだとある儀式に参戦にした時に呼んだ存在を。

この遠坂真の叫びに呼応してくれる過去世界に名を刻んだ英霊の魂を───!

 

 

 

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

 

 

陣は血が廻った如く赤く染まり───風が疾る。

 

 

 

 

 

瞳を閉じたのはほんの一瞬。

その瞬間に彼の世界に映るのは銀と金と碧の美しさに染まっていた。

魔術回路の酷使によって披露した体は何時の間にか尻餅をついている自分を銀の鎧を装備し、青のドレスのような服装を着こなし、金髪の髪を風に靡かせ、その碧眼で俺を見ていた。

 

 

 

───声が出なかった

 

 

 

型に嵌め込めない神秘的な騎士の姿をした少女。

その意思が納められた宝石のような碧眼には真っ直ぐという概念しか込めれておらず、ただ自分を見ていた。

所々に血の跡を付け、不恰好にも尻餅をついている自分に対し、少女の瞳には一切の不満もなく、ただ見ていた。

その強さすら感じる視線に最早一種の誇らしさすら感じる。

 

 

 

この光景を───きっと地獄に落ちても遠坂真が忘れる事はない

 

 

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ、ここに参上した。問おう───」

 

 

 

例えこちらが倒れていても彼女の視線は同じ地平の者を見ている。

そこから漏れた少女らしい声音に、自分の内面から込み上げてくる力を感じながら

 

 

 

 

「貴方が私のマスターか」

 

 

 

遠坂真は今度こそ、間違いなく星の光を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、どうもです。悪役サイド連続更新です。
まぁ、理由としてはどうも相方は仕事やらオリジナル意欲が激しいらしくて中々執筆の時間が取れないらしいので、ここは自分ので何卒ご勘弁を。

ともあれ、まぁ、最初に言われそうなので言っときます。真のこれは士郎程ぶっ壊れたチートではありません。質自体はそこらの魔術師がするよりは遥かにレベルが高いですが。

ええと、他には既存サーヴァントばっかりじゃん、というツッコミが来ると思いますが……すみません! 悪役サイドは暫く既存サーヴァント連発です! オリジナルはまだまだ先です……!

そして呼び出されるのはやはり衛宮の血は濃い……(しみじみ)
設定段階で話している時はまさかこうなるとは思ってもいなかった……まぁ、別に嫌いなキャラではないので存分に輝かせようと開き直りました。

感想・評価などよろしくお願いします!!

そしてこれでストックは消えうせた……!



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開幕戦争

 

貴方が私のマスターか、と問われた。

先程まで理解出来た単語を遠坂真は理解出来くなっていた。

遠坂真の人生においてこれ程の感動と対面した事は一度も無かったのだ。

その弊害は思考どころか才能すらも止めてこの光景を脳に刻む作業になってしまう。

しかしその作業も突然の痛覚によってシャットされる。

 

「つぅっ……!」

 

左手の甲の赤光が痛みとなって、そして今度こそ先程のような蚯蚓腫れのような曖昧なのではなく明確な絵の形となって模様と変化する。

それを見た少女はその模様を確認して

 

「確認しました。我が剣は貴方に。貴方の命運は我が刃に。これによって契約は完了しました。マスター」

 

その言葉を聞き、ようやく現実に意識が帰還する。

意識は記憶と才能を取戻し、即座にしなければいけない行動を思い出す。

だが、それよりも早く

 

「───ああ。俺がお前のマスター。遠坂真だ。こっちの勝手な召喚に答えてくれてありがとう」

 

右足を引き摺りながらも立ち上がり、名と礼を告げる。

その行為に少女は何故か少し驚きの表情を浮かべる。

何故かは知らないが、今はそれに構っている余裕がない。

 

「久し振りの現世なのに済まないが……敵が来ている。頼む、力を貸してくれ」

 

「……サーヴァントですから頼まずとも───」

 

「俺は命を懸ける戦いにサーヴァントだからとかそんなのを理由にして命じるような立場なんて持ってない」

 

今度こそ本気の驚愕を浮かべる少女に俺は誠意を込めて喋るしか無い。

 

「君の命は君の物だ。こちらの都合に合わす理由なんて本当は一切無い。だから俺にはこっちの勝手な都合の為に君を巻き込みたいと頼みたい。頼む───俺達を助けて欲しい」

 

「───」

 

頭を下げる。

少女の表情も見えなくなる。

耳には未だに外の戦いの音が聞こえる。

そして数秒くらい経過して

 

「……まるでシロウみたいですね……いや、もしかして……」

 

よく聞こえない小言が聞こえて思わず顔を上げる。

すると少女はこちらに完全な親愛の笑みを浮かべてくれて

 

「解りました。ならばサーヴァントとしてではなく私個人として剣を執りましょう。支持をマスター」

 

こちらの勝手な言い分を肯定してくれた。

有難い……! と土下座をしたい所だがそんな余分な時間は無い。

矢継ぎ早に頼み事を口に出す。

 

「外に、俺の親父と母がいて……人間じゃない、多分君と、ええとセイバーと同じ存在が外で戦っている。頼む。俺の父と母を助けてくれ……!」

 

「承知しました。凱旋をしましょう」

 

その笑みのまま土蔵の外に向かう。

その頼もしい足取りについていきながら

 

「あ、でも……! 君の強さは……?」

 

思わずその言葉を漏らしてしまう。

いや勿論、少女が自分など遥かに凌駕する力を内包しているのは実感している。

しかしそれとは別に相手が少女である事を切り捨てる事が出来ない。

魔力不足でふらつく頭でそれだけを問うと、少女は何か懐かしそうに苦笑しながら

 

「無論です。この身は貴方に召喚されたサーヴァントだ。ならば最強である事は必然です」

 

他の誰かが言ったら鼻で笑ってしまいそうになる言葉を誰よりもしっくりくる口調で語り───真の目では追い切れない速度で土蔵から放たれた。

 

 

 

 

 

 

士郎はライダーと鎬を削っていた最中であった。

彼の愛剣たる双剣、陰陽剣干将莫邪と自身の異能を利用したブレードダンス。

合間には凛による大火力の掃射。

宝石魔術による真骨頂。

時代において極める所まで極めた魔術の冴えによって英霊相手にも二人は決して引けを取らなかった。

故にその戦いに幕を引くのは第三者の突入であった。

 

「むっ……!?」

 

「っ……!」

 

銀の風が敵サーヴァントと俺の間に割り込んでくる。

強化した眼も肉体も追いつけない速度に、しかしライダーだけが反応した。

 

「……!」

 

即座に手元に召喚されるのは釘剣。その数は今まで使っていたのも含めると合計で3本になる。

その3本全てを怪力によって発射する。

狙いは頭、胴体、右腕。

致命の箇所を二か所、そして右腕は女の胴体視力と半ば勘によって反射的に狙った箇所。

その全てが間違いなく正しい反応ではあった。

故に尋常ではないのは狙われた銀の風であったという事だけである。

 

一閃

 

それのみで俺の息子を、俺達の命を奪い取る事が軽く可能であった驚異の3撃はたった一閃で砕かれた。

 

「……!?」

 

即座にライダー……一応、まだクラス名は判明していないが嘗ての戦争のクラス名で読んどいた方が判別しやすい。

それでライダーは砕けた瞬間に今までで間違いなく最速のスピードで反転した。

地面に数メートル範囲の亀裂が刻まれている。

その後に亀裂が生まれた音とライダーが反転した音とライダーがいた空間を薙ぐ音が聞こえた。

つまり、これまで自分と凛が生き残れたのが奇跡であるという証拠になり

 

 

 

現れた少女の姿に万感の想いという言葉を確かに胸の内に生じさせた───

 

 

 

「───セイバー」

 

「───お久し振りです。シロウ、凛」

 

 

 

 

解かる。解かるとも。

俺が今、どれだけこの言葉を吐き出すのに感情という熱量を込めたのか。

彼女が自分を見て、やはりどれだけの熱量を込めてその言葉を出してくれたのか。

お互いが間違いなく理解した。

例えその間にどうしようもない年月の隔てがあったとしても───嘗ての剣と鞘は間違いなく同じ思いを抱いた。

 

「はぁい、セイバー。そっちからしたらどれだけ経っているのかは知らないけど……やっぱり貴女の方が召喚されたわね」

 

「確かに。貴方達の縁というのならば()の方が来てもおかしくは無かった───そちらの方がよろしかったですか?」

 

「まさか。これ以上、同じ顔の辛気臭いのが増えたら困るわよ」

 

凛の声にもかつてない程に友愛を帯びた声であった。

セイバーの声もやはり同じもの。

あの戦争にいい思い出があるか、と言われたらやはり3人が3人ともいい思い出があったとは断言は出来ないかもしれない。

でも。それでも。

こうして出会えた事自体は間違いなく悪かったなどとは口が裂けても言えない出会いであった事は確かであった。

 

「さて。久闊を叙したい気持ちは多々ありますが……後はお任せを」

 

「そうね。頼んだわ、セイバー。一応聞いとくけどうちの子うっかりしなかった? 例えばどっかの誰かさんみたいにまた魔力の供給が出来てないとか」

 

「悪かったな……」

 

かつての未熟な自分の失敗を攻めてくる嫁に対してセイバーは苦笑を深め、しかしそれは微笑に変わる。

 

「むしろ絶好調です。流石は凛の息子。貴方と契約した時よりも充実しているかもしれません。それに……」

 

「それに?」

 

クスリ、とそれこそ昔の記憶に浮かび上がった彼女の映像と完全な一致を見せる笑みと共に

 

「サーヴァントを相手に私の命は私の物だ、と言い、助けてくれと頭を下げられる所はシロウ。貴方にそっくりだ」

 

その言葉に誇らしいと思うべきか、困るべきか。

ただ凛が実ににやにやした顔でこちらを見てくるので黙殺する事にする。

こちらの反応に対する微笑を最後にセイバーは少女の顔から剣士としての顔に切り替わる。

 

「離れていてください───打ち倒してきます」

 

ああ、と頷き、凛と一緒に彼女から離れる。

ここから先は神話の戦い。

英雄と英雄が戦いあう人智では測れない殺し合いになる事を士郎も凛も知っていた。

 

 

 

 

 

 

セイバーは己の足ならば一歩踏めば切り伏せる場所にいるサーヴァントに声をかけた。

 

「どうした? ライダー。馬なのか戦車(チャリオット)なのかは知らないが騎乗しないのか? それでは騎兵の名が泣こう」

 

「ご心配には及びません。こう見えて足には自信があるので。少なくとも剣を振り回す事しか能のない騎士に負けるつもりはありません」

 

「ほぅ?」

 

一言目で挑発してくるライダーに少々眉を動かすが自重する。

流石に乗るつもりはない。

こちらは土俵的には防衛戦だ。

こちらにはマスターはおろかマスター並みに大切な戦友が傍にいる。

対するライダーは己の身一つで少なくとも自身が感知できる範囲ではマスターの気配も無い。

状況的な不利は間違いなくこちらにある。

迂闊に動けば女が形振り構わない形になる可能性も考慮しなくてはいけない

 

「成程。その無駄に長い手足ならば確かに速度の面では有利になるだろう」

 

───がそれはそれとして挑発には挑発で返す。

このセイバー。本人は決して認めないが究極の負けず嫌い。

嘗て後ろにいる元マスター二人の内心では冗談ではなく勝つまで投球に挑んだ獅子を思い返して苦笑する。

 

そういえばこの子、気は長そうで短かった、と。

 

そしてその発言は見事相手の心を抉ったらしい。

笑みにも怒りにも見える微妙な微笑を浮かべて

 

「成程。確かに私は持たざる者の苦しみというのは理解出来ませんね。生前はさぞや短足のせいで周りから置いていたかれた英雄様の苦しみなんてとてもとても」

 

みしり、と聖剣が痛みを訴えるかのように軋んだ気がするが気のせいである。

この程度の挑発で頭にきていたら毎度の如く我が祖国を踏み躙ろうとした蛮族共に対して何回聖剣を叩き込まなければいけないか。3桁以上は叩き込んだ気がする。

ちなみに速度に関しては円卓以外は自分に追いつけるものなどいなかったのだがそれはそれ。

 

「───ならば競うか? ライダー。貴公の足が大言通りというのならば我が剣から逃れられるか試してみろ」

 

「ご随意に。勝てない戦いに挑むのは貴女のような清純な騎士様の特技でしょうから。先程まで必死に抗っていた貴方のマスターのように串刺しにしてさしあげましょう」

 

コンマ一秒以下の思考時間で言葉の内容を検討し、する事が決まった。

 

「───前言撤回させて貰おう、ライダー。競争など不要だ。貴様はここで倒れていけ」

 

「不可能です。ここで倒れるのは貴方だ」

 

先程までの遊びではない、本気の殺意を持って互いに走った。

狙うは必殺。

サーヴァントを相手に頼むと言った少年を嬲った怪物に対して、セイバーには倒さない理由が存在しなかった。

 

 

 

 

 

「……ああ、くそ。吐くのに時間かかった……!」

 

真は即座に土蔵から出ずに、まずは喉元で止まっている血をとりあえず吐き、魔術回路の状態を確認していた。

魔力はかつてない程に消耗している。

それ程の大魔術なんて使った覚えがないのに……更にはセイバー? の召喚で残存魔力は凡そ4割(・・)といったところだろうか。

回路に関しては流石に短時間で消耗から回復は出来ない。が、何か回復事態は何時もより早い気がするがまだ安心出来るレベルではない。

扱いをミスれば風船の如く破裂するだろう。

 

「つまり、問題はないっ」

 

一呼吸と共に立ち上がる。

右足は何故かさっきとは違い恐ろしいレベルで好調だ。

少し違和感を感じるが今は気にしている余裕はない。

ならば早くあの少女の元に駆けつけなければいけないだろう。

外ではさっきよりも遥かに苛烈な剣戟の音と数が聞こえる。

音の数と強烈さから察するに互いに音速なんて軽く超越しているんじゃないかと思うがそれはそれ。

例え少女がどれ程人間離れした性能を持っていたとしても呼びつけた責任というものがある。

だから即座に土蔵唯一の出口から外に出ると

 

「……わーーお」

 

それは確かに中で予想した通りの光景であった。

自分の眼じゃ到底追い切れない速度で殺し合いをしているという予測通りの人知では到底辿り着けない世界という。

まずこちらを襲ってきた女の形をした怪物は一変していた。

先程までは食材に襲い掛かる蛇の如く執拗且つ残忍な動きをしていた女は今は敵対者と戦うヒトのような動きでセイバーに襲い掛かっていた。

その速度、地上を疾る流星のような動きで広いと思っていた我が家の庭が酷く狭く感じる勢いで駆け抜けている。

一つ間違えれば壁に激突しかねない旋回と速度を出しているのは理由がある。

それはそんな暴走するような速度を出し続けなければ女が打倒されるという未来が待ち迎えているからである。

流星の中心、暴風雨の中心のような場所にいる少女が正にその証拠だ。

少女は己すら出せない速度という暴力に一切不安も脅威も抱いていなかった。

女が動き回り、速度を利用した突撃をかけてくるのに対して少女は不動。

不退転の意思を瞳に込めながら少女は流星に対して両腕を振り───いや。

 

「何か握っている……?」

 

両腕を振っているのではなく両手で握った何かを振っているような動きをセイバーはしている。

というかよく考えれば剣使い(セイバー)というのだから剣を使っているのかもしれない。

ならば何故剣が見えないのかと思うが幾つか考えられるが、己の眼から通じた結果を解析すると

 

「成程。風を操って光を屈折させているのか」

 

透明化にまで至るほど屈折となると空気の層を幾ら纏えばいいのやら。

いやそれ以上に武器に纏わせ、激突した上で尚剥がれぬ精密さを褒め称えるべきだろうか。

その見えない刃を持って彼女は全てを叩き落としていた。

 

現代世界では有り得ない速度を力とした突撃。

 

真正面から打ち返した。

 

自分が翻弄された釘剣の多数召喚による同時攻撃。

 

全て一閃。手数の差など物ともしない。

 

速さを主眼とした連続攻撃。

 

その全てに対応。刃には刃を腕、足、体に関しては腕は篭手で弾き、足は蹴り返し、体は真っ向からぶつかり吹き飛ばした。

 

「いやいや……」

 

圧倒的過ぎる。

先程までの絶望感が馬鹿みたく感じてしまう。

 

「圧倒的じゃないか我が軍は……!」

 

思わずネタに走ってしまうがそこは許してほしい。

真面目に考えるならば───これは相性が悪過ぎるのだろう。

セイバーのは説明するならば真っ当なバトルスタイルだ。

高性能な身体能力を使って培った技術と力で敵を打倒する。

正しく基本にして最強の手段だ。

彼女に打ち勝つには技量で勝るか、人間離れした彼女の運動能力と技能を丸ごと押し潰す正しく怪物のような性能で打倒するしかない。

紫の女は両方とも足りていないのだ。

唯一勝っている速度があるからこそ今もまだ生き残れている。

だがそれも後どれだけ保つか。

如何な怪物であろうとも、生物の法則からは避けられないはずだ。

全力疾走を支えている足は何時折れてもおかしくはない。

 

「……いや、生きているのはそれだけじゃ……」

 

ない気がする。

こっちが優勢のせいだからそう思うのか。セイバーならもう今の状態の女なら切り伏せる事が出来る気がする。

となると……もしかして彼女も自分と同じカン(・・)に襲われているのかもしれない。

この女にはこちらを一網打尽にする切り札が存在するぞ、という。

ならばやるべき事は一つか。

 

「うっし。ぶちか───」

 

「真!」

 

意気込んで行くぜーーと思った瞬間に声を掛けられて勢いが削がれる。

あーーららっ、とつんのめるが、こける前に体勢を取り戻して原因の両親二人が駆け寄ってくるのを見る。

近くに辿り着いた両親は目で、恐らく簡易的なメディカルチェックをしているのだろう。

俺の体を見回して、問題は見た目には無いのにほっとされた。

もう少し非情であった方が楽なのに。

 

「召喚には無事成功したみたいね」

 

「いや、そりゃあ難易度が高ければそうなんだろうけど、そこまで難しく無かったし、陣も用意されていたから失敗する要因なんて邪魔されない限り無いと思うんだけど……」

 

実際は意味が分からん消耗で死にかけてはいたが、そこはスルー。

でも何故か同意されるかと思ったら二人とも視線を逸らした。

父は魔術師としての腕が低いからいいとして母は何故だ? ───うっかりか。

 

「離れるんだ母よ。うっかりが伝染する」

 

「そうそう……中々うっかりって治らないのよねぇ……最早、遺伝子に刻まれる生態……って放っとけ!」

 

「……」

 

いいノリツッコミだ、凛、と言いたげな口元を閉じ、とてつもなく優しい表情で母を見ている父を見てやはり正解であったかと頷く。

 

「よし。ラブラブ万年新婚夫婦は置いて俺はセイバーの───ぐえっ」

 

「はい、そこの馬鹿息子ー。な・に・を・す・る・っ・て?」

 

凄い勢いで襟首掴まれて窒息する。

背後で母がいるのは分かっているが、表情まで透けて見える気がする。

笑顔だ。

間違いなく満面の笑顔だ。

肉食獣としての。

しかし、それはそれとしてだ。

こちらとしても負けを認める理由が無いので首を絞められながらも言葉を吐き出す。

 

「な、何って……セイ、バー? って子の援護、に……」

 

「……」

 

母が無言でセイバー達が戦闘をしている方角に自分にも見えるようにして指を指す。

俺も改めてそちらを見るが、やはりそこには人智を超えた戦いがある。

それを全て理解して、それが何か? という言葉を返す。

 

「わからいでか! この父親似の頑固息子!」

 

「か、かつてない程の暴言……! そ、そし、てて、い、いい加減、の、のど……」

 

「凛。落ち着け。窒息寸前だ。そして心は硝子……」

 

父のうざネタは華麗に何とかスルーし、新鮮な酸素をようやく求めれるようになってほっとする。

その間に母があのねぇ……と前置きをしながら

 

「いい? あそこにいるのは英霊っていう……っていうか言わなくても分かるでしょう? 人とは位階が違う存在よ。上位存在と言ってもいいわ」

 

「だろうなぁ……逆にあれは貴方と同じ生物とか言われたら困る」

 

あんなアニメ世界的な存在がリアルに存在するのならば兵器なんていらねえ。

というかそんな風景が勃発しまくっていたら、もう末世だ。

 

「うんうん。ナイスな答えよ。じゃあ遠坂真君。それを踏まえて貴方は今、何をしようって?」

 

「セイバーの援護」

 

「どっちの母の愛を受けたい?」

 

「少なくともガンドもフックも受けたくないのは確か」

 

シャドウボクシングを右腕だけでやりながら、左の腕には魔力を込めているのを見てそう答える。

だが父も何故か物凄く驚いている。

こっちとしては何故父と母がそこまで唸ったり驚いたりしているのかが分からない。

だって俺は教わっていない。

 

「命を懸けている女の後ろで賢しく解説に回る役になれ、なんて人生で一度も聞いた事がないし」

 

「───」

 

あんぐり、と父と母の口が大きく開く。

人間が口をどんだけ開けるかという限界に挑戦するようになったのか、と思いつつ脳内で浮かべた設計図に魔力の骨子を組み上げ現実に幻想を結び剣と成す。

腕にずしりと重みが来る。

本来ならば本物(・・)があった方が間違いなく正確で協力無比な行いが出来るのだが、取りに行っている余裕がないので仕方がない。

それに何だかこの両親は勘違いしているようだが……あの中に馬鹿みたいに突撃する事だけが援護っていうわけじゃない。

出来ない事を鼻から諦めるのは軟弱だが、不可能な事を根性で出来ると思うのは馬鹿の所業だ。

 

そして遠坂真は両の手に生み出した刃を思いっきり───

 

 

 

 

 

セイバーは未来予知に近い直感に第六感によって背後から通り過ぎた物に気付いた。

 

投剣……シロウ?

 

かつての記憶を知っているセイバーからしたらその連想は当然の結果ではある。

投げられた刃が双剣であったし、形状からしても記憶とほぼ合致していたのだから。

しかい

 

「……?」

 

よく見れば違う。

あれは彼特有の魔術で作られた宝具ではない。

あれは現代の材料と技術で作られた刃だ。

かなり形はあの双剣に似ているが、本質が違う。

そうなるとあの刃を投げた人物は───

 

"セイバー、間違ってその刃壊さないでくれよ? 俺の些細な援護"

 

"マスター!?"

 

先程、たった少ししか会話していないマスターからの声が頭の中に響く。

サーヴァントとマスターとの契約によって可能な念話による思考会話。

ラインを確認する限り、マスターは今は丁度、自分の背後、ライダーからは自分を壁にしている場所に着いている。

近くにはリンとシロウの気配も感じるが二人が動く様子がない所を見ると息子の援護に回っているのだろう。

こちらの驚きはさておき、本人はこの修羅場にしては本当に普通な声色で

 

"一気に蹴散らそう。セイバーも多分だけど感じてるんだろう? 相手に逆転の何か(・・・・・)があるって"

 

"───マスターは英霊について知っていたのですか?"

 

セイバーは一切の隙を見せないまま、ライダーと対峙しながらマスターと念話をしていたのだが───次の言葉に危うく特大の隙を作る所であった。

 

"英霊? ……あーーーー、成程成程。この状況はそういう事か(・・・・・・)。となると俺が感じたのは……成程。神話・英雄譚の象徴になる、宝具か"

 

"───"

 

一瞬の忘我。

その瞬間に頭蓋を狙う釘が来たので慌てて弾く。

今までで一番の派手な音と強烈な閃光が空間を打撃する。

微かな舌打ちと共にライダーが無理をせずに下がり───そこに狙ったかのように先程の双剣が疾り、ライダーが止まる事を止めて、更に背後にステップする。

その隙に体勢を取り戻す。

 

"大丈夫か? 無理ならば引かせるのを目的にしていいが"

 

"い、いえ。問題ありません"

 

あるとすれば少年の理解力と対応力が有り過ぎている所である。

たった少しのヒントで一瞬にして自分の考えまで辿り着いた。

凄まじい対応力。

更には先のように刃を操る能力……なのかどうかは知らないがこちらのサポートをしてくれるとは。

前々回はともかく前回のマスターであるシロウとリンが足らなかったというわけではないのだが、このマスターはマスターで心強い。

ともあれ今は殺し合いの最中だ。

生憎、互いの性能を知り尽くしている仲ではないから粗が出るだろうが───援護をしてくれる、という事実が思わず笑みを浮かべそうになるので気にせず

 

"───勝負に出ます。マスター"

 

その一言と共にセイバーがその言葉の約定を果たす突撃を行った。

彼が言ったように、迂闊に終止符を打とうとしなかったのは英霊が持つ究極の切り札。

宝具(ノウブルファンタズム)を警戒していたからである。

勿論、切り札は私も今握っているが───この場所では使えない。使うにしてもその状況に持っていくのは正直難しい。

ならば狙うは撤退させるか───必殺。

宝具の開帳なぞ許さない瞬殺。

自分一人だけならともかく周りに守る者がいる状態では踏ん切りがつかなかった選択肢をマスターの援護という条件で選び取る。

いざという時は彼の手の令呪(キセキ)に頼るのも想定しながらセイバーの魔術回路は今、完全な唸りを挙げた。

 

 

 

 

 

女は、敵からはライダーと呼ばれた女は黙ってはいたが真実、そのクラス名の女は断頭の刃に秒刻みで追われる現実に襲われている。

 

「くっ……!」

 

堀を蹴り飛ばすかのように飛び、数センチの所で首を切断しようとする見えない刃を避ける。

それだけの動作で既に音速を超える。

ならばその音速に追従するかのように、否、それ以上に回避した先の首を狙ってくるもう一つの断頭の刃はどういう奇跡か。

 

「……っ!」

 

応じるように首を挟もうとする双剣に釘剣を投げる。

こちらの首を切断できる刃であって、こちらの怪力と強度で押せば双剣は硝子のように砕け散る。

そうだ。この刃の脅威は殺傷性からではない。

こちらの不利な状況に狙って襲い掛かってくるタイミングこそがこちらを殺す得物だ。

更にはこの戦場ではそのタイミングを逃さない猛獣がいる。

 

「おぉ……!」

 

金髪の髪を結った騎士の少女が足場にした堀を砕きながら、風を突き破ってこちらに突撃してくる。

先程までの防御姿勢を忘れたかのような攻撃一択の姿勢。

自身の唯一の強みであった速度に対する自信が一歩間違えれば砕かれそうになるのを必死に堪えてライダーは投げ飛ばした釘剣が違う場所の堀に刺さる感覚を得た瞬間に怪力で自分を刺さった先まで無理矢理持っていく。

 

「くっ!」

 

避けきれず。左の腕の肘から上の肉を持って行かれる。

削がれた場所から中々の出血を吐き出してしまうが───自分のマスターからの治療が届いて直ぐに回復する。

だがこのままではジリ貧であるのは確かである。

ライダーは自分の能力については理解している。

自分の生涯は強者を、怪物を打倒す英雄譚ではなく、むしろその逆。

自分よりも弱者である存在を虐殺する典型的な怪物である。

末路の自分ならば英雄殺しなぞ軽く出来ていただろうが、今の自分は英雄(ヒト)としての自分だ。

その場合の自分は性能自体は低くないと思うのだが、それ以外の戦闘技能が足りていない。

今も怪力と釘剣を使った牽制と移動と持ち前の速度のみで生き残っている状態だ。

この獅子のような少女相手だけでも必死だというのに彼女のマスターまでもが剣呑だ。

 

嬲り殺しにしようと思っていたのが間違いだった……!

 

アレは嬲って楽しめる獲物ではないのだと気付くのが遅過ぎた。

あの少年は10の内の3か4くらいしか頭に入らない凡才でもなければ7まで追いつく秀才でもなければ10丸ごと理解する天才───なんてレベルではない。

10の内からあるはずのない100までを勝手に知りかねない怪物の類だ。

だが……言い訳を許されるならば、だ。

 

狙った獲物の少年が英霊の戦闘でも剣呑と言えるレベルの怪物であるなぞ誰が思う……!

 

真っ当に戦えば自分が百回中百回勝つ。

それだけは間違いない。

だが、少年は今、自分の首を刎ねる事が出来る刃を手に入れた。

それだけが少年に足りなかったものだ。それだけがあればこちらを殺せる才覚を持つ少年であった。

後悔先に立たずとは正にこの事。

しかし今はそんな後悔に捕らわれている場合ではない。

またもや着地地点に最初から向かわれるように投げられているとしか思えない双剣を何とか首や体を捩じって躱しながら、現在の状況を考える。

 

一言で言えば詰んでいる。

 

ここからの自分に逆転の眼など無い。

さもありなん。

武芸に身を捧げ、戦場において光り輝いた英霊ならば劣勢から逆転する技や天運を持っているのだろうが、私はそんな真っ当な英霊ではない。

自然、自分が取りうる策は一つしかない。

 

逃亡

 

目の前の少女ならば敵に背を向けるとはどういうつもりだ! とか言うのか言わないかはさておき。

やはり、それが一番ここでの最善策である。

そうと決まれば一目散に退散。この足ならば疲れ切った今でも追いかけれる者などいない……と普段なら豪語するのだが、この少女と少年相手だと背を向けた瞬間に死に一直線になるのは予知能力が無くても容易く想像がつく。

ただ逃げようとするだけでは駄目だ。

逃げるには逃げるだけの隙が必要である。

そしてその隙を作る方法は───ある。

 

技も運とも縁がない自分だが……伝説(・・)はある。

 

しかしそれを切るという事は未来を担保にするという事だ。

一瞬の迷い。

しかし、直ぐにそれは切り捨てる。

先の事を思うのならば、尚更に今、生きる事に手を尽くすべきだ。

三つの刃に今も責められながら、念話でマスターに連絡を取り、許可を得る。

その事に申し訳なさを感じながらライダーは視る。

少女はこちらに死を迫る為の突撃。

少年はどういう絡繰りなのかは知らないが、先程から壊したり避けたりしている双剣を再び自分の手に生み出し、投げる動作中。

そして少年の両親であろう先程まで自分と競い合っていた二人は少し離れた土蔵の前で待機。

距離も場所もばらばら。

そしてどの人間も警戒は当然だが解いてない。

だが、今の自分に必要なのは視界に入っている(・・・・・・・・)という事だ。

だから女は躊躇いなく特別な動作をせずに、そのままバイザーを剥ぎ取った。

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

全員が全く同時に息を呑む。

セイバーも真も士郎も凛も全て等しく平等にだ。

何故なら彼らにとっていきなり凶悪な重力が襲い掛かったような重みが体に圧し掛かったからだ。

 

「くっ……!」

 

セイバーは突撃していた体に予測外の力を押し付けられたせいで切り掛かる体の姿勢が甘くなり標的を見逃す。

 

「うぉ……!」

 

真は掛かった重圧に対処が間に合わずに対魔力へ意識を回す事に集中しすぎて膝を折り、投げようとした双剣の軌道が滅茶苦茶になる。

 

「きゃっ……!」

 

悲鳴を上げる凛は真よりも対応が遅く尻餅をついたまま起きた異常に囚われている。

原因はただ一つ。

敵であるライダーがバイザーをただ外した。それだけである。

それだけが問題なのである。

重圧を受けた3人が3人、その効力にそれはそうなるだろう(・・・・・・・・・・)というとてつもない納得を見せつけられたのだから。

ライダーのバイザーによって隠されていたのは当然だが眼だ。

ただし眼は眼でも魔的な眼だが。

それは分類上で言えば遠坂真が先程使った魅了の魔眼といった物に含まれるのは確かだ。

だがこれは仮にも天才である遠坂真が使った魔眼がちゃちな玩具になってしまう程にレベルが違う。

彼や遠坂凛が所有している魅了の魔眼よりも遥か高位。

間違いなくノウブルカラーの宝石のレベルに達する神秘。

その中でも最上位。

見た事も受けた事もないが、間違いなくこれだ、というのを受けた3人が同時に思いつき、口に出す。

 

「石化の魔眼だと……!」

 

見ただけで石になるという魔術世界とは関係のない普通の人間でも知っているような知名度溢れる強烈な魔眼。

それに気付くと同時に真と凛は足が硬直しているのを知り、推理が正しかったのを知る。

唯一セイバーのみがまともに視たが石化の現象は起きていない。

彼女本人の最高レベルに近しい対魔力の恩恵が石化を重圧のレベルにまで留める事に成功しているからである。

故に最も冷静に対処出来るセイバーが思わず口に出す。

 

「ライダー、貴様……!」

 

ライダー、石化の魔眼、怪力、女。

推理材料としては些か材料は少ないが、女で石化の魔眼を保有している英霊と言われれば聖杯の知識を今回は得れているセイバーからしたら一目瞭然であった。

そうなると逆にこれまでの戦いに納得する。

戦い抜けた英霊にしては誇りや武技の無さ。

英霊にしては魔力放出のスキルを使って強化している自分すらも越えかねない怪力。

その他様々な事でどうにも真っ当な英霊には感じれなかったのだが……事実真っ当な所で英霊ではなく反英霊に属する存在であったのならば納得だ。

だが戦況はそう大きく変わってはないな。

確かにこの重圧は面倒ではあるが自分には脅威にはならない。

多少の手間がかかる事にはなるだろうが敵の手はもう読めつつある。

このまま何もなければ数分の内に斬り捨てる事が可能だろう。

だが

 

「私に構ってもよろしいので?」

 

ライダーもセイバーの思考を読んでいるが故の挑発。

何故ならば

 

「士郎!?」

 

「くっ……!」

 

一人、魔性の瞳から逃れられない人間がいるからだ。

遠坂士郎。

この場においてある意味でもっとも人間離れしている人間は依然彼かもしれないが……だが特化し過ぎたが故の代償か。

この場においてただ一人、魔術の才能が無く、そして抵抗値が極端に低い事が災いした。

そして最悪な事に、その鍛え上げられた鷹の目は普段なら心強い千里眼となってくれるはずが、誰よりも視え過ぎるが故に誰よりも魔眼を凝視してしまった。

他の人間二人が足先が多少固まったのに対して士郎は両足は膝上まで固まり、腕は肘下までが自由に出来なくなっていた。

まだ数秒しか経っていないのに体の3~4割が石化しているのならば一分持つか持たないかになる。

士郎も自分の弱点の為に聖骸布などで対策をしていてもこれだ。

 

「……っ」

 

それを見て、真も揺らぐ。

確かに少年は天才。

このような死地に突然放り込まれても、ここまで対応してのけた。

100人中98人のレベルで称賛されてもいいだろう。

しかし、この親を気にして揺らいだという理由に関しては魔術師であるならば100人中99人が不甲斐ない、失敗だと批判したかもしれない。

だからこそ家族全員が悩ませる問題に発展しているのだが、問題はやはり真のこれまでの完璧に近いサポートは当てにならないという事になる。

凛が後ろで士郎の治癒に向かっている中、セイバーは背後のマスター達の被害を正確に把握した。

セイバーの直感を含めた戦闘思考は語る。

 

それでも勝てる、と。

 

サポートも敏捷も下げられても勝てるという判断が下せている。

そしてそれは確かに正しい。

ただ勝つのに時間が先程下した時間よりも数分以上伸びるであろうという事になるだけ。

それは間違いなくシロウの石化を阻止する時間には足らないという非常な決断になるという事だけだ。

どう足掻いてもシロウが死ぬという状況でライダーがする事は自分達よりも距離を離す跳躍をするという事だった。

そしてそのまま堀の上に立ったのを見て、セイバーは即座に相手が逃走するという判断を下したという事を知る。

敵ながらも賢明な判断だ、と唇を噛む。

ここで続きをすれば間違いなくシロウは石化し、凛と真が少なくとも正常の判断を下せるかどうかの謎になり、戦力という意味では間違いなく低下するだろう。

だが、そうなった場合、最早こちらには余裕なんて捨てて間違いなくライダーを虐殺するだろう。

マスターに関してはどうなるかは不明だがリンはやると思われる。

そうなれべ切り札を切ってもライダーには成す術はない。

例え他にも宝具があっても対人ならともかく対軍以上のレベルの宝具の貯めになら自分が介入出来る。

故にライダーも魔眼を出すだけで逃走すれば自身の情報を知られても生き残れると計算したのだろう。

一瞬、歯噛みする。

剣士としての本能が敵を逃す事を躊躇う。

しかし、個人としての願望がそうすればかつての大事な戦友が死ぬ。

その事を深く考え

 

「……ライダー。貴様の首は今は預けといてやる」

 

「流石は騎士様。負け犬の遠吠えにも品があるようで」

 

嘲笑が混ざった挑発に本気の殺意を吐き出しそうになるが我慢する。

ライダーはこちらの気配を最後まで笑い、あっさりとそのまま逃走した。

10秒ほど気配を察知する事のみに専心して偽装かどうかを調べるが、その様子はない。

警戒だけはとかずにそのまま彼女は即座にシロウの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

真は石化の魔眼以降、自分の思考が上手く働かないのに気付く。

立ったまま動けず苦悶の声を漏らす父の姿と声に思考が一つに纏め上げられいてた。

 

あの女ぶち殺す(・・・・・・・)

 

正しさも間違いも不要。

惨たらしさもいらない。痛みもいらない。

ただ一秒でも早く殺す。

それをいない女(・・・・)に対してぶつけている所から自分が余りにも冷静でない事に気付かない。

手段はどれだ。何か無いか。無いのなら今ここで作れ。

その思考をまるで永遠に空転し続けるように思考し

 

「士郎! ライダー離れたけどどう!?」

 

「う……う、うむ。問題ない。少しずつ血が通ってきた感覚がある。これならもう少しで解呪されるだろう」

 

だが、その暴走も父の回復の言葉を聞いた瞬間に解かれた。

問題ない。

その言葉を本人の口から聞かされた事によって一気に頭の血が下がっていくのを実感する。

その空っぽに近い頭に勝手に声が耳から入ってくる。

 

「大丈夫ですか、シロウ!」

 

「ええ……問題ないらしいわ……はぁ、もう、相変わらず対魔力に関してはヘッポコ以下ね……焦らせないでよ」

 

「……すまん。まさかライダーの正体がアレだとは……」

 

3人の会話。

召喚した少女が駆け寄り、母が強がりながらも弱音を出し、父が真面目な顔で謝罪する。

何故召喚したばかりの少女とそこまで自然と会話出来るのか、と色々言いたい事はあったが……それを無視してふと思った。

自虐でも、卑下とかでもなく普通に豆電球に電気が灯るみたいな現象で

 

 

───なんだ。俺がいなくても普通(かんぺき)じゃないか

 

 

瞬間、手元に握っていた双剣が砕け散った。

別にショックだったからとかそういうのではない。

ただ単に緊張で繋ぎ止めていた意識が許可もなく落ちようとしているだけだ。

両膝なんて付く暇もなく顔面から落ちていく感覚。

完全に倒れる寸前にようやく気付いたのか。家族がいた場所から騒がしい気配を感じるがもう気にしてる余裕はない。

余りにも急な落ち方だなぁ、とは思うがもう逆らう気なんて一切ない。

むしろ安堵に近い感慨を得ながら、全身を襲う感情はただ一つだった。

 

 

今日は疲れた───

 

 

そうして意識が断線する。

もう何も見えないし聞こえないし感じない。

だから最後に聞こえた言葉は幻聴だろう。

 

 

「さぁ───ここから始めるがいい」

 

 

そんな超越者の言葉を脳が捉えたのは。

 

 

 

 

 

 

 




結局、また悪役サイドです。
いやぁーークロ淵が中々進まないようで。というか何時も通りにオリジナルに浮気するみたいで。そして自分もオリジナルに浮気したくなってきた諸行無常。

何はともあれ今回ですが、感動の再開と同時に桜ルートでの、しかも青セイバーと本気版ライダー戦ですが、まぁ、こうなりますよね。
基本、ライダーがセイバーに対して真っ向から打ち勝つ手段はほぼ皆無ですし。
戦技においてライダーは遥かにセイバーに劣り、持ち前のステータスは速度を除いてほぼ敗北。敢えて言うならば怪力も勝てるかもしれませんが、力のみではセイバーには勝てない。
かと言って伝承による魔眼を使っても速度は落ちるけど、石化には絶対にならない。生き残る時間が伸びるだけ。
結界の方も使うには中々使い勝手が悪いですし、これもまたセイバー所か魔術師にも長期戦ならともかく短期決戦では今一つ。
最後の手綱は、エクスカリバーには打ち勝てない。

つまり、真っ向からではライダーは絶対に打ち勝てない。

城塞に一人で立ち向かうようなもんですね。
まぁ、逆に言えば真っ向からではなければやり様は幾らでもありますが。
マスター狙い、宝具封じ(場所的な)、人質───もしくはマスターの機転による令呪による逆転の策。
これらのどれかを使えば勝てますが……まぁ、今回の物語がどうなるかは秘密ですけどね。

感想・評価などよろしくお願いします!
次回くらいはクロが出してくれる事を心から祈らせて貰います……!




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主従関係

 

遠坂真の意識は見知らぬ場所に立っていた。

思わず何時も夢に見ているあの場所かと思うが……全く違う。

ここは■■のように全てがあるわけではない。

むしろその逆でここは余りにも(ちいさ)い。

そして落ち着く……というよりはありのままを受け入れられるという感じがする。

自分でも何を言っているのかさっぱりだがそうとしか感じれないから仕方がないだろう。

だが、それにしても……何というかこの場所は受け入れられるが酷く不安定な気がする。

いや、不安定というより……定まっていない。

風景もごちゃごちゃしているし、何を描こうかも決まっていない。

描きたい物が決まっていないキャンパスにとりあえず何かを描いてみたという感じだ。

そんな曖昧な風景に、思わず苦笑する。

まるで現状の自分を(・・・・・・)形作っている(・・・・・・)みたいじゃないか、と。

そこまで考えて気付いた。

ああ、成程、納得。

そりゃこんなに不安定でも受け入れられるわけだ。

 

そう思い、そしてずっと正面にあったそれ(・・)を視る。

 

それはきっと剣なのだろう。

 

例えそれが形造られず(・・・・・)物質として存在してい(・・・・・・・・・・)ない(・・)としても存在感と見えないのに輪郭のみが浮かび上がる事から感じ取れる。

空想の刃はこの世界にただ一つだけの剣として世界に刺さっている。

先程、納得した理屈が正しいのならば、この剣は抜けないし、振るえないだろう。

何せまだ生まれていない、作られていないのだ。

ただこの世界の属性がこの剣を望んでいるから存在はしているだけ。

面白い話だ。

存在していない剣がこの心象(セカイ)の核になっているのだろうか。

この先、どんな風に形造られるか自由の空想は当然、何も言う事はない。

 

でも、何故だろうか。

 

自分にはずっとこう問いかけられている気がしてならない。

 

 

さぁ───お前はどんな剣を望む?

 

その刃でナニに振るう(・・・・・・)

 

 

おかしな話だ。

例え、この剣が錬鉄されても自分にはこの剣を具現化する回路は無いというのに、この剣はまるできっと振るわれると確信しているように感じる。

でも……確かに。

もしもこの剣が生まれたとしたら……

 

 

自分は一体どうするのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

「───────────っん?」

 

ふと、目が覚めた。

特に理由のない覚醒。

要は寝てたら目が覚めただけの起床。

思わず、天井を見て、ぼけ~っとするタイプの目覚め方だ。

自分もそれに逆らわずにぼけ~っとしていたのだが、何故か疑問に襲われる。

 

はて? 自分は何で寝ているんだろう?

 

いやそりゃ寝たから寝ているんだろう、というのは分かっているのだが何故か寝てちゃ駄目だろ、という確信があるのだ。

そこまで考え

 

「────あ」

 

気絶する直前の記憶が全てフラッシュバックする。

莫大な情報量に一瞬、混迷するが、即座に全ての情報を纏め上げ、現在の自分の状況がどうであったかを再認し、起き上がろうとした所に

 

「目が覚めましたか、マスター」

 

物凄い清涼とした声がするりとぼけた頭に入り込んだ。

誰? とか思う事は断じてない。

もう昨日、たった少しだけ会話しただけでもう脳は彼女の声を完全に刻み込んだ。

敢えて言うなら気配を読むのを怠ったのが不覚だと思ったのだが

 

眼に入った彼女が現代の服装を着て座っているのは流石に予想外だった───

 

「───」

 

今度こそ完全に不覚。

ナイスクリティカルヒット。

ほんの僅かに残っていた眠気は残らず伐採された。

ちくしょう……女の神秘っていうのを見た気がする。

服が変わるだけでこれ程、強烈な攻撃力に変わるとは……

 

「ええと……確かセイバーだよな……?」

 

「ええ。昨日は急だったとはいえ挨拶も出来ず申し訳ありません。剣の英霊、セイバーと呼んで下さい」

 

とりあえず自分の昨日の記憶が思春期による痛い妄想とかではない事を確認出来───そしてとりあえずむず痒い問題を先に解決する事にする。

 

「とりあえず、そのマスター、っていうのは止めないか? そんな主人(マスター)なんて言われるような大仰な人物じゃない。遠坂真っていう名前があるからそこから好きに呼んでくれたらいい」

 

そう頼むと、少女はまた昨日の土蔵で見たようなちょっとした驚きの表情を浮かべ、微笑する。

 

「ではシン、と。ええ、私としてもこの発音の方が好ましい───どうしました?」

 

何でもない。

ただ少女のド天然発言に許容ゲージが粉砕されてベッドに勢いよくヘッドバットを叩き込んでしまっただけである。

両親のラブラブ固有結界で耐性を得ていたと思ったが、自分が被害に合う時の経験は些か足りていなかったようだ。

 

「いや、そうじゃない。男として重要だが今はそっちじゃなくて今、何時だ?」

 

「今は丁度昼を過ぎた頃です」

 

「そうか……二日三日寝たとかそういうのじゃなくて良かった」

 

布団から出ると寝間着に変わっているのを見ると親父辺りがやったのだろうと思う。

ついでに刺された足の様子を見るともう完治している。

随分と治りがいい。

母がやってくれたのだろうか? と思いつつ、立ち上がり、服を用意する。

ちんたらしている状況ではないのは確かなのだ。

せめてこの少女と家族とで情報を共有する必要がある。

だが、その前に

 

「昨日は助かったセイバー。そして多分、これからも助けて貰うと思う。その、それでいいか?」

 

勝手に自分の都合で呼んで、こちらの状況に巻き込んで大丈夫か、という意を込めた発言に

 

「無論です。この身は貴方の剣なのですから」

 

だからそういう発言は止めて欲しい。

思わず、足を滑らせて自分が暇潰しに造ったゼルレッチ宝箱に頭から突っ込んで封が閉じてセイバーに救出される寸劇をかましながら真はコーヒーを欲しくなった。

 

 

 

 

とりあえず宝箱から脱出して服を着替えた後、セイバーと一緒に居間に向かった。

 

「もう親父達とは状況説明は?」

 

「いえ。リンが二度手間になるからシンが起きた後でいいわ、との事で」

 

「母らしい……寝ている間に再度襲撃とかされた場合とかを考えてない所が実に遠坂……!」

 

人呼んでうっか凛と呼ばれ、冬木にうっかりの概念を浸透させたあかいあくまはの伝説があるとまことしやかに語られていると言う。

当時の人間からの口だと

 

「あれはもうどうしようもないなー。もう、こう血とか呪いっていうより……生態? 自分は何故心臓が動いているかって聞かれてるようなもんだわさ」

 

とかつての母の友人で女傑の母はこう語る。

というか母よ。一体、何をした。

 

「ま、それはさておき、じゃあ説明は居間に集ったらか。ああ、何か言いたくない事とかあったら親父や母が無理強いしても言わなくてもいいぞ」

 

「いえ。特にそういう事は無いので大丈夫ですが……失礼かもしれませんが、貴方はどちらかではなく二人に本当にそっくりですね」

 

おいおい、まさか自分的にほぼ初対面の相手にすらそんな風に言われるとは思わなかった、と思いながら居間へと続く襖を開け

 

 

そこにはどう見ても親父が母を押し倒している光景が見えた。

 

 

「───」

 

四人の沈黙が空間にルールを作る。

何かを発するか、動くとその瞬間に何かが起きる、というルールだ。

まず二人の両親の表情と視線は間違いなく"しまった! 最悪な状況を二人に見られた!? やっちまったぜ!"という分かりやすい蒼褪めた状況であった。

そしてセイバーの方は二人のその光景に驚くべきか、窘めるべきか、申し訳ないと思うべきかなどとどうすればいいか分からない状態になっている所だ。

最後に俺は完全な無表情になり、最早、何も見えず聞こえない状態に陥った。

 

「……」

 

時計の針が無機質に刻む中、最初に動いたのは俺だ。

俺は表情をそのままにし、その中で密かに廊下のみかんに偽装していた実は俺作製による暇潰しシリーズ宝箱を取出し、二人に見せびらかした。

それを見た瞬間に最も反応が顕著だった親父がぎょっとし、沈黙を破った。

 

「ま、待て真! そ、それは悪夢の不思議の国系に突撃する新感覚ホラーアクションストーリーの地獄(パラダイス)絵本……! ば、馬鹿な……! 俺自らが命を懸けて封印した宝箱が何故そこにーーー!?」

 

「いい質問だ父よ。これは新作、男なら一度でも滾る魔界皇帝編だ。頑張って進めば勿論、ハッピーエンドが待っているZE? ただし、今度はホラーではなく恋愛ゲー。攻略するヒロインの大抵がヤンデレだけどそれも一つの王道ストーリー……包丁は標準装備である……!」

 

「ち、父のここに至るまでの過程なぞ聞く気はないかね?」

 

「いや、どうせ二人で色々と考えあったり、話し合ったりしている中、母がご都合主義(うっかり)で転びそうになったのを父が受け止めようとした拍子に都合良くそんな体勢になって甘い雰囲気に脳が侵される中、理性ではそんな場合ではないのに母の甘い匂いや父の頼もしさとかを至近距離で感じて抜けるに抜け出せない状況の中、俺がここに来てしまった。とかそういうのかなぁって」

 

「そ、そう! 正にその通りだ! 流石は俺の自慢の息子! 父を遥かに上回る千里眼……!」

 

「うんうん───そういう事にしてやらない」

 

OH! と欧米風に驚く父は無視する。

次にアクションを起こすのは2番、遠坂凛。

 

「た、確かその宝箱って箱に入るのをキーにした最高(さいあく)レベルの暗示による脳内エピソードでしょ? な、なら幾ら才能で負けても私がそんなのにかかると思ってるの!?」

 

未だ押し倒されている状態でイメージカラー通りの顔色で食って掛かる母親に息子の立ち位置なのに可愛いなぁって思ってしまう。

だってそれでどうにか助かると思っている母なんて捕食者(おれ)からしたら最高の足掻きではありませんか。

 

「うんうん、そんな誇らしい母の能力を更に磨きかける為に用意した母の教材はこちらで御座います」

 

「あ、あば……!?」

 

希望を打ち砕かれた表情と声を即座に反してくれる母に満足しながら取り出した分厚い参考書のような説明書───ただの携帯電話の説明書をドン、と居間の机に置く。

何を隠そう、この説明書……ただの説明書である。

そう、ただの説明書。

魔術的な処置は一切無ければ、科学的に何かあるわけでもないただの説明書。

しかし、母の脳で視ればただの説明書は進化して魔道書になってしまうのである。しかもクトゥルフ系の魔道書に。

 

「ば、馬鹿な……! それは何時か私の命を脅かすと思い、丹念に燃やしたはずの魔道書(せつめいしょ)! 家中引っ繰り返して他に無いか探したのに!」

 

「ふっ……母が絶対に探る事はない物の中に、さ」

 

「な……ま、まさか……何かの機械の中に隠したというの!? 何て卑劣……!」

 

この状態で自分が言うのも何だが、そこまで言われるのは予想はしていたが心外である。

デフォルメあかいあくまといけにえおやじになっている二人を見ながら理性が何をしているんだ自分と語りかけてくるが即座に封印し直す。

今は断罪の意志のみ。

人が空前絶後の美少女相手にドギマギしているのをいかんいかんシリアスシリアス、と念じて必死に鎧を着込んでいたのに自分らだけイチャラブしている万年新婚夫婦を見てどうして我慢出来ようか。

にまり、と三日月に歪む俺の口を見てひぃっ、と唸る哀れな生贄達はこの後、息子への必死の命乞いを行う。

普段こそ表も裏もボスと君臨しているのは遠坂凛だが、遠坂凛がデフォルトのボスならばこの少年はイベントボス。

突如降って湧く災害のような立ち位置にいるのであった。

ちなみに父は二人にやられる被害者Aであった。

そうしてそんな場に遭遇した英霊はリンの血の方がやはり濃かった……そのカオスが見て溜息を吐き、7分くらいしたら己のスキル、カリスマを利用した鎮静を行う委員長として君臨するのであった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、改めて情報交換といきましょ」

 

母の少々疲れた表情を見ながらお茶を飲む。

ちっ、と舌打ちも密かに心の中でしておく。

結局、セイバーによる謎の説得力がある言葉によって事態は有耶無耶になってしまった。

何れやろうと思う。

ちなみに今日は平日なのだが、もう昼過ぎなので両親が当然の如く俺の欠席を学校に連絡していた。

体調不良による欠席にしたらしいが魔術師故にそこらの耐性は高いのだがなる時はやはりなるものである。

最後に風邪とかになったのは───懐かしい、小5の時だ。

小4の事件の後に、色々とする事が出来てしまった父と母はその時家を空けていた。

そのタイミングで風邪になってしまい……まぁ色々あって洋食を習いたくなった。

ずっと会ってないけど、あの人は今でも元気なのかなぁ、と思いつつ、腕を組み発言する。

 

「むしろこっちが聞きたい───もうこの地で聖杯戦争(・・・・・・・・・・)は起きない(・・・・・)、が二人のお話の最後のオチだったと思うんだけど?」

 

かつて冬木の地で行われた凄惨な血の儀式。

過去の英霊を持って魔術師同士が殺し合い最後の一人が願いを叶える事が出来るという聖杯を手に入れるという、聞いただけでイカれた儀式である。

そして見ても正気ではないと理解された。

現代の魔術師程度がどうして英霊を呼んで使役しようなどと思うのだろう。まぁ、実際は現代ではなくご先祖様のせいなのだろうけど。

ともかく寝物語のように聞かされていた戦争は、しかし何時も二人はもうこの地でそれは起きないと常に言っていた。

理由は実に簡単、賞品であり、英霊を呼び出す物である聖杯を、既に解体したからだと言ってたからだ。

聖杯戦争が如何にとんでも儀式でも、そもそもの発端である聖杯が無いのなら始まる事なんて出来ない。

実に分りやすい答えである。

しかし、それだと隣の少女や自分を襲った女の怪物が方程式に当て嵌まらなくなる。

 

「まさか母さん、また超絶うっかりかまして聖杯を解体したと思って逆に新生させるようなミラクル起こしたんじゃないだろうな……?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そこで頷いている士郎と成程表情のセイバーも! あんたらの私のうっかりに対する信頼は一体何なのよっ!」

 

歩んできた道のりとしか……

 

誰もがそう思ったが全員が沈黙した。

何だかんだでこの家に集まった人間。

基本、黙ってあげる程度の優しさが存在するのだ。

 

「ぐぐぐっ……ま、まぁいいわ……で、質問だけど……実はあんたが家から帰ってくる前に時計塔……いえロード・エルメロイ2世から連絡を受けたの」

 

「ロード・エルメロイ……ああ。確か親父達が時計塔時代に師事したっていう……」

 

時計塔を纏める12のロードの一人。

つまりは大物だけどこの両親なら別に何もおかしくないので普通である。

今はその人物を掘り下げるよりも情報が優先なので続きを促す。

すると母さんはこんな事を口に出すのも嫌なのだけれどという表情で

 

 

 

聖杯戦争が始まった───それも世界規模で、という事らしい。

 

 

 

知っていたであろう親父を除いて、俺もセイバーも流石に眉を顰める。

 

「世界規模って……どうしたらそうなるんだよ」

 

「私に言われても知らないわよ。エルメロイ2世からの説明もそれだけしか無かったんだから。むしろ聖杯に召喚されたセイバーに期待したいんだけど……」

 

注目を浴びた騎士は、しかし応える事が出来ず申し訳ないという顔で

 

「残念ですが……私に与えられた知識は現代の知識と戦争のルールくらいです。前回の聖杯戦争と変わる所があるとすれば……敵は通常よりも多くいるという漠然とした感覚のみです」

 

「……つまり七騎以上のサーヴァントとの殺し合いになるかもしれない、と」

 

親父の結論に嫌な表情を俺は素直に出す。

一騎だけでもあれ程死ぬかと思った相手が普通の七騎以上の相手がいると聞かされて喜ぶ人間は試練大好き人間か、自殺志願者か、マゾヒストだ。

残念ながら自分はどれにも当て嵌まらないのだ。

 

「……まぁいいや。一旦そこは置いて、今の問題にしない? 正直不毛」

 

「全くもって同感だわ真。自慢の息子は話が早くて助かるわ」

 

「褒めても携帯の説明書は捨てないけど」

 

ちっ! と強烈な舌打ちが響くのをガンスルー。

この程度のプレッシャーに負けていたら魔術師なぞやってられないのである。

 

「ではまず私から。とは言ってもシン以外は私の事を知らない仲なのでシン。貴方に対して改めて挨拶を」

 

ならば、という様子で応えたのはセイバーであった。

相変わらず怖いくらい綺麗な顔を凛とした表情にして、自分の事を語りだす。

 

「サーヴァント、セイバー。名前の通り剣士として名を馳せた英霊です。真名はもうシロウとリンも知っているので特に隠す事はないのですが……」

 

「真名? ……ああ、英霊だからつまり本名か」

 

身も蓋もない言葉を出した気がするが事実だし。

でもまぁ、名前を隠すのはそれは彼女が世界に名を刻んだ英雄の一人故に弱点も露呈する事を隠すため。

アキレウスは踵、ジークフリートは背中、ウル○ラマンは3分間しか戦えないみたいなものである。

で、まぁ真名について。

そりゃ気になる。当然、気になるけど

 

「明確に敵がいる状態で、しかも狙われているこの場で喋ると漏れる可能性が……」

 

「あーー、その辺りだけど……もしかしてもう漏れちゃっているかもしれないわ」

 

「は? 何でさ?」

 

昨日の戦いからバレタかもしれないという事だろうか?

少し考えるが昨日の戦いで漏れるような出来事は無かったと思われる。むしろ漏れるような事をしたのは魔眼を晒した敵の方だ。

魔術師でもなく、そして他国の神話であっても下手したら子供でも知っているかもしれないド有名な物を晒したから、多分、この場にいる誰もがもう思い当っているだろう。

逆にセイバーの方は性能を除いて晒した部分は敢えて言うなら風による屈折現象を使うのとセイバーである事くらいだ。

自分でも彼女が英雄の誰かは思い当たっていない。

それに関して答えたのは母ではなく本人であった。

 

「いえ……そのですね。残念ながら……と言うのはおかしな話ですが……実は私はこの冬木の聖杯戦争に今回を合わせれば3度呼び出されています。そして前回も前々回も真名を知られたり宝具などを使っているので……知られていないと判断するのは難しいかと思います」

 

「は? 3……あーーー、あーーー、いや思い出した。そういえばそんな話をしてたっけ?」

 

驚天動地の回数を聞いて、流石に吃驚するがそういえば過去、そんな話を聞いた気がする。

でもそうなると

 

「凄い確率だな、セイバー。衛宮……いや今は遠坂だけど、でもその関係者に3回も呼び出されるなんて」

 

「全くです。最初は不運でしたが……今となってはいいマスターに恵まれました」

 

そんな会話をして微笑しているが故に両親が何故か目を逸らしている事には気付かなかった。

それはともかくとして。

 

「じゃあ、確かに真名を聞いてもいい状況だけど……えっと、こういうのって何かしないと聞けないとか個人的、というか騎士的というかあったりするもんじゃない、よな?」

 

「その発言自体が魔術師として似つかわしくないですが……敢えて答えさせてもらうのならば問題ありません。シロウとリンの息子です。信頼に値します」

 

「……」

 

物凄い不機嫌のポーズを取るのを我慢出来て良かった。

まぁ、そりゃセイバーからしたら自分の存在はそういうものだよなぁ、とはまぁ分かるし、自分も同じ立場になれば同じような考えをしないとは言わない。

だが、まぁ、うん、でもそうだとしても……やっぱりこの扱いは少々男子の沽券に関わる気がする。

勿論、口には出さないとも? 幾らなんでもガキ過ぎるし。

ただそこでへぇ? とか呟いてにやにやしている母がいたので説明書をズドン! と母の正面のテーブルを叩くと悲鳴を上げた。

コホンとそれで空気を入れ替え

 

「じゃあ、うん。聞こう。さぁ、心の準備は出来た」

 

「はい───私の真名はアルトリア・ペンドラゴン。日本ではアーサー王と名乗った方が分かりやすいでしょうか?」

 

「おーー成程、アーサーかぁ……」

 

───────────────────────────────────────────────────────────アーサー王?

 

「って男だったのかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?」

 

超弩級の大声が喉から発生した。

遠坂真。

人生谷あり山ありの人生をまぁ、一般の人よりかは多く熟してきた少年が自分の純情な心が屈折した方向性であるのかという誤解を叫んだ日であった。

心の準備? それはね? ルビに言い訳って付くんだよ?

 

 

 

 

 

セイバーが物凄く憤慨して、息子がその事に誤解の更なる誤解を知って土下座を繰り出している。

あの土下座への躊躇いの無さは俺も見習うべきかもしれないと思いつつ、苦笑する。

そして同時に湧き上がる懐かしさ。

あの少女の前で謝っている息子の姿が過去の自分に置き換わる。

未熟で、何時も彼女に迷惑をかけていた若かりしあの頃。

今なら自分が如何に無鉄砲で無茶ばかりを彼女に頼んでいたか。よく分かる。

 

「……いかんな。年を取ると過去に耽てしまう」

 

「……ま、分からないでもないわ」

 

年を取っていた。

余りにも当たり前すぎる理屈。

俺も凛も互いに延命の魔術は使っていない。

何事もないまま生きる事が出来たとしても、もう4、50年したら死ぬだろうし、今の自分ですら全盛期の頃と比べると動きが鈍いと時々変に実感するのだ。

でも、そうか。

 

もうあの戦争はあんなに昔に終わっていたのだ───

 

そう思ってたら、音が鳴る。

それは人間の本能が訴えた音。

3代欲求の一つが今すぐやれ、と叫ぶ音。

つまりは腹の音である。

そして出した本人が

 

「あ~~……そういえば昨日の夜食べてないから丸一日食べてない……」

 

懸命に訴える腹の音に真がよしよし、と腹を撫でているのを見て苦笑し、立ち上がる。

自分達も同じ状況なのだ。

腹が減っては戦はできぬ、というのは日本人の実体験による言葉だ。

 

「じゃあ昨日の夜の分を温めようか。量が量だから少々時間がかかるし、セイバーの分も……足りるとは思うし、一応聞くが食べるよな、セイバー?」

 

「無論ですシロウ。ここで食べずして何が騎士か」

 

キュピーーーン、とセイバーの瞳が光る。

それでいいのか、騎士王。

いや、うん、でも俺が知っているセイバーならこれでいいんだけど。

サーヴァントってご飯必要なの? っていう表情を浮かべている真だが、欲しがっているなら食べさせない理由はないか、と納得している。

その納得こそが最も魔術師らしくないのだが、と苦笑を深める。

 

「って4人分の量? 何? 親父か母さんのどっちか知らないけど夜のテンションで恐ろしい量を作ったのか? 母さん大丈夫? もしかして偽物?」

 

「HAHAHA。何、私の愛しい愛しい息子。母の腕に抱かれて死にたかったの?」

 

「もう少し胸があったら、それも良かったんだけど……」

 

「死・ぬ・が・よ・い」

 

ガンドの怒涛の嵐を前みたいに魔術で防ぐ事無く、今度は生まれ持った強靭な回路で耐えている息子を見て、あの防御力は羨ましいと思いながら、喧噪に呆れているセイバーに……迷いながら声をかける。

 

「セイバー」

 

「はい? どうされましたかシロウ?」

 

あの頃と変わらない発音で呼ばれる。

彼女は何も変わっていない。

その事に喜ぶべきか、悲しむべきか。どうすればいいかは答えが出ずに、ただ……思わず聞いてしまった。

 

「失望…………させたか……?」

 

「……」

 

何に、とは口に出せなかった。

だが、言わなくても彼女なら分かってくれる、という身勝手な信頼を押し付ける。

その勝手な信頼を向けられた彼女は、少しの間だけ沈黙しながら───しかし答えた。

 

「確かに。貴方が日常を過ごす事を選んだ事についてはいい意味でも、自分の勝手な想いでも思う事があるのは偽れない」

 

「……」

 

「ですが……」

 

「……?」

 

予想した言葉に、続いての予想外の言葉の続きが自分の心を間違いなく穿った。

 

 

 

 

「それ以上に───貴方が幸福であれるようになった事を心から祝福したい」

 

 

 

「───」

 

視界が、揺らぐ。

少女の笑顔を直視出来ない。

この笑みを自分が見つめるには余りにも堕落した。

もしかしたら……あの赤い背中の男も、この少女相手に似たような思いがあったのかもしれない。

口には出さなかったが……しかしあの男は決してセイバーを相手に敵意は向けても殺意を向けなかった。

サーヴァント同士で、しかも奴の八つ当たりが行える状況で、刃は向けても、それで結果的の殺してしまっても、殺すという思念だけは感じれなかった。

無論、これは勝手な思い込みだ。

だから、俺は彼女の笑顔から目を逸らし厨房に向かう。

 

「昨日の物で悪いが……温めたら直ぐに食べれる。今は腹ごなしとしよう」

 

 

 

 

 

そして居間は戦場となった。

人生最大級の絶望を前に遠坂真に出来る事は奪われる事を甘受する事だけだった。

己が欲する物が全て奪われる。

無論、最初から奪われる事を良しとしたわけではない。

最初は抵抗した。

力で抵抗した。技で抵抗した。頭で抵抗した。

終いには情に訴えようと情けなく頼み込みもした。

しかし、敵には届かない。

それもそのはずだ。

 

野生の獣に対してどうして情や力や技が届くというのか────!

 

「シロウ、おかわりです」

 

既にこの死刑宣告を何度聞いたか。

そう、これこそが少年は知らないがかつて彼女の臣下が吐いた言葉

 

「王は満腹を知らない……!」

 

先程まであった満漢全席のような食卓は、もう寂れた料理亭みたいなレベルでしか残っていなかった。

特に親父が作った和食系はほぼ全滅。

天麩羅や魚などには手を出す事も出来なかった。

洋食は意地でも食べに行ったが、その間に母の炒飯や餃子、唐揚げなど好物も全て食い散らかされた。

これが遠坂真の人生最大の敗北であった。

 

「……いや、ご飯程度で何言ってんのよ……」

 

母の言を無視して少しでも胃袋に入れようともがく。

しかし、その奮起も

 

「シロウ、おわかりです」

 

基本、神速が当たり前の彼女からしたら鈍間の亀のような速度であったという。

南無三。

 

 

 

 

 

 

セイバーは食事を平らげた後に凛の休憩の一言に同意し、久しぶりに道場にでも向かおうかと思っていた所にマスターに声をかけられ彼の部屋にいる。

 

「すまないな、セイバー。本当ならもう少し自由に行動させるべきなんだろうけど……」

 

マスターの言葉にいいえ、と否定する。

実際、不満はない。

この少年はある意味ではシロウ以上に私を人間扱いする。

人間として女として見ているように見え、その姿はかつての私が見たら何を馬鹿な、と吠え、今の私からしたら微笑ましく見える。

しかし、同時に彼はかつてのシロウのようにか弱くい存在のようには扱わなかった。

昨日のほんの刹那の共闘から見て取れる。

彼は双剣を持って現れた時、援護をするといった。

援護だ。

助けるでもなければ、やれ、とただ命令するだけでもない。

 

私の力になると言った。

 

聖杯戦争を3度も経験した自分ですら経験したことが無い言葉であった。

何せ英霊とは人では到底叶わず、恐れられる存在だ。

その存在である自分は間違いなく、そんな存在だ。

有り得ない話ではあるが仮に私が、ここにいる3人の戦闘能力だけならば並み所か最上位に位置する魔術師3人を相手取っても勝てると断言出来る。

そんな相手に彼は本当に歴史上の頼もしい偉人が現れたような態度を取る。

 

……これもまた対応力なのでしょう

 

寝ている間にリンとシロウに聞いた事なのだが、シンは今まで殺し合いのレベルでの戦闘を行った経験は無いらしい。

つまり、昨日が初陣だ。

それなのにあの立ち振る舞い。

リンもシロウも彼の事を天才と言っていたが、それは魔術に呑み発揮される言葉ではないらしい。

それが喜ばしいのかはともかくとして。

 

「シン。改まって用件とは何でしょうか?」

 

「ん? いや、別に特別な事をするってわけじゃないさ。まずは当たり前だけど、改めて昨日の事には感謝する。ありがとう、セイバー」

 

やはり、この少年は本当に両親にそっくりだ。

今のはシロウの側面だが、まだ僅かしか接してはいないが土壇場の思い切りの良さ、天才性、その純粋さ、魔術師とは思えない在り方。

どれも父と母の好感に値する所を一つに纏めた様な少年である。

 

「いえ。私もかつての戦友である二人を助けただけです。それに、先程も言ったように私は貴方の剣だ。貴方の守りたい者を守る為ならば、それは私の誇りとなります。」

 

「そうか……ん、じゃああんまり長引かせてもセイバーに失礼だな。分かった、じゃあ本題に入ろう」

 

本題と言われ、セイバーも背筋が伸びる。

今代のマスターの発言を一つ残らず記憶する勢いで集中する。

 

「もしも母さんが言った通りならば……今回の聖杯戦争の規模は世界規模……まぁ本当かどうかは定まってないけど……下手したら長期戦になる可能性が高い。というよりもむしろ世界中にサーヴァントが散らばっているっていうならならない方がおかしい」

 

「……同意です」

 

かつての聖杯戦争との最大の違い。

それは戦場が余りにも大き過ぎるという事だ。

星その物を舞台とした戦場において英霊の数はどれだけ居るかは分からないが……少なくともどこかに行けば絶対に巡り合えるというレベルの数でいるわけではないだろう。

セイバーの考えでは恐らく前哨戦では今回のような同じ都市にマスターがいた場合による小競り合いで削られ、中盤戦が最も長く過酷なマスターを探し、ルール無用の殺し合いを行うという泥沼の状態になると思われる。

唯一例外となるとすれば……魔術師が集うロンドンだろう。

かつての自分が守った国が一番の地獄であるというのは中々皮肉だが……どう甘く見繕っても地獄以下(・・・・)になっている事は無いだろう。

だが、しかし。

そんな話をする前に先に聞かなければいけない事がある。

 

「マスター。率直に聞かせて願いたい───貴方には聖杯に叶えて欲しい願いがあるのですか?」

 

「え? ────いや、別に? 叶えられない様な理想を抱く夢想家でもないし、叶えられそうな願いを叶えて貰うほど面倒くさがりではないつもりだから」

 

後者はともかく前者の言葉には自分からしたら苦笑するしかない言葉だが、今はそれはどうでもいい。

聖杯にかける願いはないという。

セイバーの目からしてもそれが嘘偽りではないと感じ取れる。

ならば

 

「……その割にはやけに好戦的ですね。興味がないのでしたらそもそも参戦しなければいいのでは?」

 

そう、今回の聖杯戦争にはそれが絶対とは言わないが、許されるレベルの範囲になっている。

世界が戦場なのだ。

自分から探さなければ敵と接敵するのは中々難しい。

勿論、絶対とは言わないが、そうでなくても積極的に戦いに行かないのならば戦闘に巻き込まれる数は最低限にまで減らす事が可能だろう。

叶えたい願いがないというのならば尚更だ。

報酬の無い殺し合いなど誰がする。

その疑念に───彼はきょとんとした顔で

 

 

 

 

「え? だってセイバーには叶えたい願いがあるんだろ?」

 

君の願いを叶える為だけど、という答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

「───」

 

想定した予測を全て覆す言葉に剣の英霊であり、理想の王であった彼女が黙る。

下手に壮大な願いを答えられるよりも衝撃的であったかもしれないが……似たような前例はあったので復帰は早い。

それは実は元マスターなのだが。というか彼の父親だ。

 

「? 違ったのか……? 親父の昔の話だとセイバーには願いがあって必死だったって言ってたからつい……それを叶えられなくて申し訳なかったとか言ってたし」

 

「……成程」

 

やはりシロウは相も変わらずシロウであったという事なのだろう。

その発言には感謝の念を覚えながら

 

「その事ですが……今はもう願いを持たぬ身となっているのです。かつての妄執は切り捨てました」

 

それこそ彼女は彼と彼の戦いを見て、自分の願いが間違っているのだと気付いたのだ。

ああ、でもそうか……確かにその旨を彼に伝える事を忘れていた。

ずっとそんな些細な事を後悔させていた事だけは謝らなくてはと思う。

 

「そう、なのか……? その……俺に気を使ってとかそんなんじゃなく?」

 

「ええ。この剣と誇りに懸けて。故に貴方が私の事で気を使う理由はないのです」

 

「そうかぁ……じゃあそれならば確かに戦う理由は無いな。ライダー……なんだよな? まぁ真名から考えても可能性があるのはライダーか……アサシンは違うだろうし、キャスターもどうかって所だからな。とりあえずライダーだけを倒したら何とかなるかな」

 

「ええ。ですからライダーとそのマスターを倒した後に───令呪を破棄し、私との契約を解除すれば貴方は戦争に関われずに───」

 

「大却下だ」

 

済む、と最後まで言わせない憮然とした表情をしたマスターが不機嫌な声で遮った。

何故、というこちらの疑念を察したかのように彼はそのまま言葉を続ける。

 

「親父の知り合いだから嫌な予感したけど、言ってる事が本当に親父そっくりだ。むかつく。しかも最悪だ。何だ、セイバー? お前は俺が命の恩人で女を利用するだけ利用したら捨てるクソ野郎って思ってるのか?」

 

「い、いえっ……そう思わせたのなら謝罪しますが……ですがこれが一番貴方達の安全を確保する手段なんですよ?」

 

貴方達(・・・)じゃなくて俺達(・・)で考えろって言ってるんだよ」

 

遠坂家だけではなくそこに自分も含めろ。

セイバーは何やら懐かしい感慨というか衝撃というか、とりあえず何かを受け入れる。

そういえばそうだった。

さっきから両親に似ていると言ってたのに何を私はしているのだ。

本当に深く似ているというのならば、彼が誰かを捨てるなんていう選択肢を取るはずがないだろうに。

 

「……承りました。この身を犠牲にする事はいざという時以外は考えないと確約します」

 

「……まぁ、そこら辺が折衷案か。とは言っても今はそんな未来よりも確かな先だ。ライダーについてはもう真名含めて大丈夫だな?」

 

「はい。昨夜の戦いで彼女の性能(スペック)はほぼ丸裸にしました。石化の魔眼があろうとなかろうと勝てます」

 

「同感だ。俺も魔眼に関しては気を付ける。とは言ってもあの手の類は一度視せると二回目以降がランクダウンするタイプだけど……だが、真名から察すると……まだもう少し宝具がある可能性は考えておいた方がいいと思うが、どうだ?」

 

本当に優秀なマスターだ。

彼は決して慢心を抱いていない。

こちらが圧倒的有利であるのを認めながらも、敵対者に逆転の可能性がある事を思考するのを放棄していない。

だから、こちらも素直に頷く。

 

「同感です。彼女の逸話を考えるなら、最低でも一つ、二つ以上はあると判断した方がいい」

 

「うむ……じゃあやはりやるべきだな……」

 

唐突に何か深刻そうな声を出すシン。

これは何か重大な事を言うのか、と思いごくりと息をのむ。

こちらの雰囲気を察して彼もうむ、と求めた答えを吐き出した。

 

「セイバー───色々話し合おう」

 

「───────はい?」

 

いえいえ、今も色々と話し合っていましたよね? という疑念は封じ、とりあえずマスターの考える事を3秒程考えてみる。

今までの情報、状況、全てを総纏めし、彼が下しそうな結論を考え出してみると

 

「互いの能力や得意、不得手などを話し合おうという事でしょうか?」

 

「そうそう。勿論、それ以外も色々話そう。どうせ長い付き合いだし、これから命を預け合うなら背中を預けられるかどうかとかも知っていた方がいいだろ?」

 

それは今までの聖杯戦争において有り得た交流であっただろうか。

 

英霊とは人間からしたら一種の災害だ。

魔術師なら尚更に勝てないという事を痛感させられる存在。

そんな存在故に前回はともかく前々回の聖杯戦争においてどの陣営や手段は様々ではあったが、最終的には英霊は英霊を、マスターはマスター。

そして英霊同士の戦いではマスターは力になれない、というのが当然の結果であった。

だが、しかし……確かに昨日の少年のあの凄まじいカンを見る限り、直接相手をする事は出来なくても援護役としては頼もしいと言える。

あれ以外にも確かにあるのならば素晴らしいが

 

「前線に出るつもりですか?」

 

「いや、そういう流儀(スタイル)だし。遠坂たる者、常に優雅たれってね。こそこそやるのは性に合わないし、何よりあの女にやられっ放しっていうのはむかつくし」

 

人差し指を立てて、笑顔でマスター共々消し炭にしてくれるわ、という調子にあ、ここは凄いリン譲りであると知る。

 

「まぁ、それに安全面でも、やっぱりセイバーの傍が一番確実だし。それとも俺を守れる自信が無い?」

 

「む……」

 

言ってくれる。

シロウのようにお人好しの気質かと思えば、リンのような好戦的な気質。

2人の厄介な所をよくもこのレベルまで引き継いだものだ、とちょっと嘆息ものである。

 

ですが……聞いていた彼の性格とちょっと違うような……

 

寝ている時に聞いた時の両親からの今の彼への評価はスランプに落ちて、調子が悪い少年だという事だった。

だが、今、自分の前にいる少年はむしろ生き生きとしているように見える。

流石にそんな深い所の心の機微を理解し合えるには、時間が足りなさ過ぎる。

だから、まぁ、とりあえず言う事は

 

「そうですね。マスターがとんでも行動を起こしたりしない限り、私は(・・)全て対応しましょう」

 

売り言葉には買い言葉がセイバーの流儀である事を教えた。

 

 

 

 

この後の会話は大凡、1時間半。

その後、部屋から出てきた二人は汗を掻きながらも、確かに満足感、というか達成感みたいなモノを得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ、久々のFate更新です。
相方の方は恐らく暫く更新しないんじゃないかなぁ、と。
自分ので我慢して頂ければ、と思います。

感想・評価よろしくお願いします。


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青臭い叫び

 

「さて、じゃあ肝心の敵についてね」

 

凛は外が夕闇に沈む中、再び居間に集まった家族とセイバーを見て説明モードに入る。

当然、眼鏡の装備は完璧だ。

これで恐らく知力にプラスボーナスが入るのだ、と隣の夫が思っているとは露知らずに人差し指を立てて説明する。

 

「と、言っても相手は面倒ではあるけど一番分かりやすい相手ではあったわ」

 

「……もしかして、というかやっぱりと言うべきなのか分からないけど……間桐?」

 

面倒そうな顔で確認を取る息子に、お手上げポーズをすると嫌な顔をする。

まぁ、無理もない。

まだ息子には間桐の一族とは接触はさせていない。

何故なら接触させたら、間違いなく暴走するからだ(・・・・・・・)

出会ったら絶対に撃つと分かっている拳銃(むすこ)に対して自ら標的に会わせる様な馬鹿な真似をさせるわけにはいかないのだ。

だから間桐の老人についての説明はしていなかったのだが、間桐の魔術に関しては別だ。

知っている限りは教えた。

間桐の魔術としての方向性は支配という概念に染まっている。

それを利用して蟲を支配しているという事らしい。

とは言っても自分も又聞きだ。

詳しい事を知っていたかもしれない父も詳細には教えなかったし、綺礼はただ、あそこにいるのは妖怪だとかなんだ言っていたが。

珍しく嫌悪の響きと一緒に。

ただ……あの子(・・・)もいる、という事に少し憂鬱になる。兄はどうでもいいけど。

結婚したとか聞いた覚えはないから、まだ家にいるとは思うのだけど……

 

「───凛?」

 

「えっ? あ、ああ、何、士郎?」

 

「いや……間桐が敵である証拠はっていう話だが……」

 

「ああ……そうね」

 

士郎がこちらを心配している気配をは感じるので、大丈夫とアイコンタクトを送る。

あんたにとっても他人事ではないだろうに、と思うが、お互い突いたら息子が心配するのを知っているので無視して話を進める。

 

「証拠っていう程じゃないけど……まず連絡を取ってみたら全部居留守。試しに使い魔を送って屋敷に入って連絡を取ろうとすれば全部破壊。絶対とは言わないけど、火がない所で煙は立たないわよねぇ……」

 

「見捨てられたか、敵対かー……まぁどちらかと言うと敵対の方がある意味で気が楽だ。お互い手の内を多少知り合っているから、対策を立てられているとしてもその対策を考えられるし」

 

どうでも良さげな対応をしながらさらりと状況に対応した台詞を吐く息子もまた可愛げがない。

まぁ、一応、調査結果の続きは出しておく。

 

「他にも外来の魔術師かと思って、色々と使い魔でだけど探ってみたわ。特にアインツベルン城は念入りに探してみたけど……結界も発動しなかったし、城の内部も探ってみたけどいた感じはしなかったわ」

 

「リン。柳洞寺などはどうでしょう? あれ程の霊地ならば知られたとしても十分なアドバンテージが取れるのではないかと思いますが」

 

瞬間、真の視線が鋭くなるのを見た。

セイバーの無意識ではあるが、諸に真の琴線に触れる言葉に内心でちょっと汗を流しながら、それも今の所は恐らく無い、という判断だ。

 

「あそこは確かに冬木では最上級の霊地だし、確認もしたけど……それこそ土地が土地だからこれについては確実な情報は得れなかったわ。もう少し日があれば詳細には知れるけど……これ以上となるなら直接見に行くしかないわ」

 

と、まぁ一応、外来も疑ってはいるがほぼ間桐のサーヴァントであると考えている。

何故ならライダーも前回のサーヴァントであり、間桐は呼び出した英霊だったからだ。

英霊を呼び出す聖遺物なぞ、そうある物ではない。

よっぽどの事がない限り、同じ地に同じ英霊が呼び出されたのならば、それは同じ人物が呼んだと思うべきだ。

というか家がそのパターンだし。

 

「……」

 

「……」

 

士郎と再びアイコンタクト。

あの事を言うべきか、どうか。

どうして衛宮に連なる3人がセイバーを狙って連続で召喚出来た理由を。

 

「……」

 

正直、言えばどうなるかがちょっと微妙。

セイバーだから信頼は出来るのだけど……でもこれはこれでセイバーにとっては大事過ぎる物(・・・・・・)だったはずだ。

しかし、黙っているにはこれからの戦いを必ず左右する力だ。

自分らの沈黙に二人が眉を顰めながらも、勝手に会話を続けている。

 

「でも、そうなるとどっちにしても電撃戦かなぁ……出来ればその前にセイバーの技や俺の魔術を見せときたかったんだけどなぁ……」

 

「仕方がありません……戦争は何時もこちらの都合を待ってくれませんから」

 

おやおやぁ? 何やらうちの子とセイバーが物凄く不穏な事を言っている気がする。

この感じはやる。何かをやる。絶対にうちの息子は何かを仕出かす。そういった期待には応えてしまう恐ろしい息子だ。

だから、その不穏な計画を明かしてもらおうと凛が口を開けようとした時に

 

 

───結界が作動した。

 

 

「……っ!」

 

二重の驚きが凛を支配する。

一つは当然、昨日の今日で奇襲をしてくるか、という驚きと

 

「───」

 

アイコンタクト一つでセイバーが縁側の方に向かった後に、彼女の背中に隠れるように息子も向かったその反応の良さにだ。

まるで歴戦の戦士のような反応に、私や士郎ですら反応が追いついていなかった。

息子のこういう所は前々から知っていたといえ、やはり新たに見ると思わず心配になる。

だが、今は頼りにするべき場面だと思い、自分も追いかける。

既に窓を庭に繋がる窓を開け、その正面の堀の上に───紫の髪をした女の怪物が立っていた。

敵対者に特に変わった部分はない。

とは言っても英霊とは既に完成された存在なのだから、変わるような事をするはずがないと思い、場の支配権を取る為に自分が真っ先に発言する。

 

「あら? 御機嫌よう? ライダー。たった一日で攻めに来るなんて果敢ね。ここで決着をつける気?」

 

「まさか。そこまで馬鹿ではありません。今日はそこの騎士様流に言わせてもらえば決闘の招待に来た、という感じです」

 

性に合いませんが、と一切ニコリともせずにライダーは告げる。

実際、確かに何となくだが彼女に合わない策ではあると思う。

何故なら彼女の本質は人間を食らう怪物だ。

卑怯汚いなどという思う心は余計な物のはずだ。

だから、自分が誰が乗るかという意思表示をしようとして

 

「おいおい。そんな昨夜、色々とやってくれた相手に決闘なんて言葉を投げつけるのは少々筋が違うんじゃないかな?」

 

息子が先に勝手に喋りかけた。

思わず息子を睨むが、息子は無視するだけであった。

 

「まぁ、折角の美女からの誘いだから乗ってやりたいけど、玄関から入ってこない不審者には我が家では刃から呪いと、様々なアトラクションを体験して貰うのが方針なんだが?」

 

何時の間にか武装したセイバーを前に、魔術刻印を回転させている少年が不敵な顔で怪物に語りかける。

その強気にライダーは成程、と答え

 

「それは残念です。折角、貴方の親しい友をお呼(・・・・・・・・・・)びしようか(・・・・・)と思っていましたのに」

 

その言葉を聞き、わずか1秒で

 

 

少年の絶叫が空間を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

ライダーの動体視力は全て捉えた。

少年は絶叫しながら、即座に光が彼の両手で創造され、光は刃へと変換された。

それは今まで少年が使っていた双剣。

昨夜から何一つとして変化していない。

変化したのは彼の肉体。

無論、肉体が変化したとかそういう事ではない。

起きた変化はただ魔術による肉体の強化。

昨夜も少年が逃げる時に発動していた身体強化の魔術。

だが、先日は速度を優先にした強化だったのに対して、今回は速度(あし)よりも(うで)

昨夜の彼が逃げる為のスプリンター(強化)なら、今の彼は投げる為の投手(強化)

そうして投げられた双剣は衝撃すらも押しのけた音速突破の暴力となって投げつけられた。

勿論、ただで喰らうわけにはいかなかったので、回避しようとし

 

「はぁ……!」

 

投剣よりも恐ろしい速度で飛翔するセイバーが直線の軌道で突撃した。

逃走した後に聞いた話では、あの小柄から生み出される怪力と速度は魔力放出というスキルから発生されたものという事。

その恩恵によって得た速度は正しく至高の魔弾。

そのお蔭か、敵の攻撃がようやく見れた。

 

「───」

 

息を呑む。

何せ、このままだと突っ込んでくるセイバーとは時間差で逃げ場を無くす様に投剣が左右を潰してくるからだ。

偶然と言うには余りにもセイバーの視線に確信が込められている気がする。

 

 

実際、ライダーの推理は正解していた。

この連携は決して偶然による一致ではない。

サーヴァントと……否、使い魔と魔術師の間ではラインが結ばれる。

それによって念話という意思疎通の伝達が行える。

これがそれだ。

遠坂真は怒り狂ったまま冷静に念話による連携を持って現在の状況を作っていた。

と、余りにも簡単な出来事のように思えるが、普通の魔術師が見たら卒倒する光景の一つだろう。

魔術とは決して物語などで使われるような安易で安全で安心して使えるようなご都合主義ではない。

命という観点から見れば魔術というのは劇薬でしかない。

怒りながらコントロール出来る様な都合のいい代物ではないのだ。

ならば彼が発した怒りの絶叫はただの演技か?

否。

それだけはこの場の誰もが感付いている。

あれは演技によって発生出来る様な熱量ではない。

幼い子供はおろか死に瀕した老人ですら背筋を震わせるような本物(ナマ)の絶叫だ。

だが、これは少年からしたら一つの筋道が立っている事であった。

 

この怒りをぶつける為に必殺の筋を通す冷徹さを持っていっているだけだ、と。

 

前提はあくまでも怒り。

こんなのは本人からしたら芸にすらなっていない行い。

魔術というものに愛された魔術の申し子たる彼からしたら当然の殺意(おこない)であった。

 

 

 

 

 

無論、被害にあっているライダーからしたら溜まったものではない。

ライダーは確かに少年の異常性は察しているが上限まではまだ理解が及んでいない。

考えている余裕もない。

今、必要なのはここをどう切り抜けるかだ。

奇跡的なタイミングによってセイバーを躱すと同時に少年が投げた双剣が激突する。

強化されたとはいえ人間の筋力ならば躱す事は防ぐ事は可能だろうが、一時的に止められた自分は次のセイバーの攻撃に対処出来るかどうか。

ならば背後に飛ぶか。最も愚かな選択肢だ。こちらに飛んできているセイバーがそのまま追いついてくるだけだ。

ならば、上に飛ぶか? 逃げ場のない空中に挑んでどうする。釘剣による移動方法もあれは足をつかえたから出来た方法だ。今の状況では自殺行為にしかならない。

魔眼ならどうだ。これもまた意味がない。

セイバーの対魔力は神代の時代の魔術ですら防ぐ位階だ。

自身の魔眼も他の英霊と比べても恐ろしいと自負できるランクにあるが、セイバーに対しては何の必殺にもならなければ、既に速度に乗っている少女を遅くしても意味がない。

他の宝具に関しては単純に使う時間が足りない。

故にライダーが選べる選択肢はただ一つ。

先程無駄と称した魔眼をバイザーを無理矢理外す事で発現させながら───弾丸の速度で迫ってくる少女に対してその剣に叩きつけるように手元に召喚した釘剣を殴る様にぶつける事であった。

無論、それだけでは叩きつけた腕事持って行かれるだけの未来になるのは理解している。

故にライダーは嫌悪の表情を隠さないまま、しかし生き残る為に最も忌々しいモノに頼り

 

「あぁ……!!」

 

絶叫の形をした悲鳴と共に弾けた。

 

 

 

 

 

二度目故か。

一回目の石化よりも遥かにマシな重圧の中で士郎は有り得ない物を見た。

 

「馬鹿な……!」

 

それはセイバーがライダーに力負けして弾き飛ばされている光景であった。

士郎は知っている。

かつて未熟の頃に契約していた彼女は魔力供給は得れず、大凡考えられる限り最悪なレベルの状態での戦闘で決してバーサーカーであったヘラクレスに対しても押されはしなかった事を。

その彼女が今度は間違いなく魔力、気力共に充実しているはずの彼女が吹っ飛ばされた。

弾き飛ばされた姿勢を見れば分かる。

錐もみ回転になりかけの態勢を空中で無理に捻って足から地面に降りようとしている姿には余裕はあってもわざとの雰囲気はない。

そして改めてライダーの方を見ると……打ち勝ったとはいえそこには力勝負で勝ったような姿では無かった。

 

「ぁ……くぅっ……!」

 

ダメージの度合いという意味ならば間違いなくライダーは敗者の姿であった。

セイバーの突撃力を受ける形となって押し返したライダーの右腕は滅茶苦茶だ。

正面からダンプカーを受け止めたせいで、まるで押し潰された練り消しのように元の長い腕を縮ませており、所々からはみ出ている白い色の物体は骨なのだろう。

腕以外も恐らく足や内臓にも衝撃が走ったはずだ。

身の丈に合わない奇跡を果たした結果は半身の損壊。

人間ならばどんなに軽く見積もっても死に体。

むしろ激痛によるショック死を迎えてもおかしくはない状態だがサーヴァントならば英霊によっては耐えられはしても、やはり激痛に侵されるはず。

特にライダーは戦いで名を遺した戦士としての英霊ではない。

故に蝕む激痛は酷いもののはずだが……

 

「……あ、……いぃ……!」

 

ライダーはまるでそんなの知らないとばかりに頭を押さえていた。

ひしゃげた腕でもなく、潰れた内臓や骨ではなく頭を。

潰れた肉体なぞ知った事ではないと言わんばかりにライダーは無事な左腕で頭を抱え……いや……抱えるなんて優しい表現はされていない。

文字通り左手で頭をすいかのように握り潰そうとしている風にしか見えない。

まるで脳の中に憎い敵が存在すると表現するかのように。

余りの形相に真はおろかセイバーですら手を出すべきか迷っている中、唐突にライダーの鬼気迫る雰囲気が消失しつし、左腕は顔から離れる。

半身の被害は無論、そのままだが……少しずつ治療されている。

敵マスターからの回復魔術も含めた回復の早さに見えるが今はそれはどうでもいい。

ライダーは何時の間にかバイザーを付け直した表情で俺や凛、セイバーすらも無視して真を見ている。

ライダーは何も言わない、

ただ、態度で物語っていた。

 

 

───それが貴方の答えですか? と

 

 

ミシリ、と息子の方から軋む音が聞こえる。

今、現在、自分の立ち位置は息子から右斜め後ろの位置にいる。

故に息子の表情を彼が見る事は出来ないが、察する事は出来た。

彼の立ち位置から見える息子の手は握り過ぎて白くなっていたし……恐らく口は噛み締められている。

現に今も歯が軋む音が聞こえ、手の平が裂けて流血が始まっている。

思わず手を伸ばしたくなる息子の葛藤。

だが、次に聞こえたのははぁ~~、という息を吐き出す音。

握っていた手からも力が抜け、冷静になってくれたか、と士郎はほっと一息を吐きたい気分になる。

怒りに震えていた体を抑え、俯いていた顔を上げていく動作を見て士郎は、恐らく隣にいる凛も気付く。

 

 

 

あ、いかん。この子───むしろぶち切れている

 

 

 

沸点という意味ならば、正しく若かりし頃の自分と似たレベルの息子はこちらが何かをする前にそのまま血の流れた手を顔の前まで持ち上げ、中指を立てる。

GOサイン(ぶち殺してやる)という意思表示と共に繰り出された言葉は

 

「その罠に乗ってやるよクソッタレ」

 

間違いなく自分達が頭を抱えなければいけない若さに満ちた台詞であった。

 

 

 

 

 

「あ・ん・た・って・子わぁ……!」

 

リンがシンに対して思いっきり頬を抓っている光景をシロウと一緒にどうすればいいやらという顔で見守っていた。

ライダーは今はもういない。

シンが決闘の提案を受けると言った後、彼女は端的な決闘内容を告げた後に即座に逃亡した。

時間は12時ジャスト。

その時間帯に冬木大橋の近くの公園に私とシンのみで決着を着ける。

それだけだ。

今は時刻は18時過ぎ。

言われた時刻には余裕があるとはいえ、敵の企みや罠を看破するには心許なさ過ぎる時間だ。

提案を受けた少年もそれは分かっているだろう。

この提案が間違いなく罠であり、真っ当な決闘なぞ行われないという事を。

 

「あんたねぇ! ライダーの宝具の一つに結界型宝具があるっていう話を忘れた!? 昔は慎司だったから威力低かったけど……昨夜や今のを見る限り今度は真っ当な魔術師みたいだからもっと消化と吸収速度が上がっているのは確定なのよ!? そんな便利な代物をあんな分かりやすく場所を指定されているなら使ってくるに決まってるでしょうが!」

 

「ふがっ、んわぁほぅむ」

 

「んなの、どうでもいい? どうでもよくあるかぁ!」

 

抓り度合いが増していくマスターに対してどうしたものか、とセイバーは思っていると横合いからシロウがこちらに語りかけてくる。

 

「実際問題……どうだ、セイバー? 第5次の聖杯戦争のあの結界……あれの数段上の結界が張られた状態での勝算は」

 

「はい。恐らく短期決戦で勝負をつけるのならば私もシンも問題はないでしょう。ただ問題は長期戦になった場合は……」

 

「セイバーは耐えれても真に問題が出てくる、か」

 

セイバーも多少の記憶は薄れても、覚えている範囲でライダーの結界についてを思い出す。

世界が血の色に染まり、内部の人間を溶解させ、血液の形で魔力へと還元してライダーに吸収させる結界。

実にライダーには相応しい悪辣な結界だ。

セイバーの感性からしたら刃を振るうのに躊躇う理由が皆無なぐらいには。

 

「解除は俺や凛にも無理だった……ならば逆に防ぐ方法を考えるのはどうだ?」

 

「無理でしょう。使い勝手に関しては少々難があるかもしれませんが、それでもあれは宝具です。失礼ですが現代の魔術師ではあれを防ぐ手段がないかと」

 

そうか、と呟く彼の反応を見ると彼も理解しているのだろう。

一度、体験したが故にシロウの方でも分かっているはずだ。

それなのに聞くのは他人の意見も聞きたかったのか、それとも自分の知識には無い方法が無いかと探りたかったのか。

 

「ですから、私もこの見え透いた罠に嵌まりに行くのは反対なのですが……」

 

「ああ、それは俺もなのだが……」

 

そうすると振り出しに戻って頬を引っ張られているマスターの姿に視線が戻る。

結構、伸びる頬を見て、しかしふごふご言っている姿を見るとやる気満々だ。

どうしたものか、と再び思っていると遂に業を煮やしたのか、シンはリンの手を振り払って腕を組む。

そのまま自分不機嫌です、という表情のまま

 

「先手全て取られたんだから仕方がないじゃないか母さん! それに売られた喧嘩だぞ、何で買わないんだ遠坂の名折れじゃないかっ。ダチを人質に取られ、家にまで強襲して相手の都合を伺う? その前にブッ倒した方がらしいじゃないか!」

 

「あのねぇ……」

 

リンが頭を抱えているのがよく分かる。

実際、彼が言っている言葉は若さに任せた、言い方を悪く言えば現実を無視した言い分だからだ。

微笑ましいとも思わない事はないが、それは命を懸けていない時に楽しむ感情であって生死を分かつ現状で感じる感情ではない。

性能だけで勝てるようならばこの世はもっと弱肉強食に満ちた破壊と再生の円環の世界になっていただろう。

現状で推測される罠だけならば確かに突撃しても勝てなくはない。

だが、それは勝てなくはない、だ。

危険率は昨夜やさっきと比べれば倍のレベルで違うだろう。

とてもじゃないがサーヴァントとして認められるような行いではない。

リンも同じ事を思ったのだろう、どうにかして息子の我儘を自制させるような言葉を探し

 

 

 

「それにダチ見捨てて勝って何が誇らしい!? 誰かを見捨てて削って、それを完全勝利だなんて馬鹿げた勘違いするなんて俺は認めない!」

 

 

更なる青臭い言葉に全員が停止した。

思わず全員が同時にこの中で一番若い少年に目を向ける。

彼はさっきと変わらず腕を組んで不動の姿勢。

瞳には一切の濁りもなければ、陰りもない。

本気だ。

何一つとして虚飾がない。覚悟という熱量は自分の肌を焼く程だ。

本当に、心の底から誰かを見捨てたくない(・・・・・・・・・・)。と叫んでいる。

 

「───」

 

シロウが息を呑むのが分かる。

何故ならこれはかつての彼の叫びそのものだ。

どこまでも青臭くて、歪で、それでも誰かの為に成りたいと願った若かりし頃の正義の味方の叫びにそっくりだ。

自分からしたらシロウ以上に情熱的かもしれない、と冷静に思ってしまうくらいだ。

衝撃から一番に戻ったのはリンであった。

 

「───それはどうして? まさか士郎の真似とか言わないわね?」

 

リンの真剣な声色での危惧を感じた声に息子は一蹴する。

 

「は? 親父なんて一切関係ないし正義なんて心底どうでもいい発言だけど? 正義なんて秩序なんて俺には難し過ぎるし気にする気なんて無いし。何より自殺してまで人を助ける気なんて毛頭ないけど?」

 

何やらかつてのシロウを滅多打ちにする発言が繰り出されているが、シロウは心は硝子……と呟いて、リンは無視した。

何度目かのどうしたものか、を思いながらも耳はリンとシンの会話に向ける。

 

「なら何? 相手の罠に乗っかってまでするその行いは。さっきの発言からしても誰かの為になろうとしているように思えたけど?」

 

「だから違うって───単にむかつくだけだし(・・・・・・・・)

 

はぁ? と唸るリンに、あーうん、と説明不足を理解しているのか。

言った本人も少し考えながら喋るように

 

「えーっとだ。うん、あれだ。あっちはこっちのダチやら日常やらこっちのルール(・・・)に手を出してきた。うん、つまりむかつく。人のモノを奪って破って好き放題だ。それなのにこっちが何時までも譲歩する理由がないでしょ? まぁ、それにあれだ。感情(おれ)を乱しまくるのならそれ相応の怒りをぶつけまくるのが筋ってものでしょ? まぁ、だから俺は俺のルールに従ってぶ(・・・・・・・・・・)っ倒してやる(・・・・・・)って事」

 

 

───それは凡そ考えられる答えの中でもっともどうしたものか、と思う答えであった。

 

 

本人としては要は俺の都合による俺の為だけの行動って言いたいのかもしれない。

だが、その俺のルールの中に彼は普通に友と日常という言葉を普通に入れている。

つまり、彼のルールの中では周りの人の安否や幸福も含めて全て俺の都合にしているではないかという事だ。

彼にとって他人の危機は自分への攻撃なのだ。

だから、むかつく、と。

怒っている、という。

確かにそれは怒りなのだろう。

正しい怒りだ。

誰かが傷つけられ、苦しまされるのを彼は我慢出来ないのだ(・・・・・・・・)

それは彼の親が抱いた理想に似ているようで非なるモノなのかもしれない。

だからどうしたものか、という感情は捨てた。

セイバーはリンやシロウよりも前に出、彼と瞳を合わせながら問うた。

 

「後悔はしませんね?」

 

少年はこちらの問いを全て吟味しているという意思を感情に乗せながら

 

「ここで背中向ける方が我慢出来ない」

 

一瞬だがセイバーと真は視線ではなく精神を持って向かい合う。

セイバーの精神に何一つとして手加減というものはない。

もしも嘘や強がりで対峙したのならばその全てが剥がされる程の意気を持って対峙している。

しかし、大胆不敵とはこの事か。

向けられた気に対して不遜にもポーズを崩さない。

ならばもう決定事項だ。

だが、とりあえず

 

「どうやら二人の不器用さと頑固さを一番色濃く受け継いだみたいですね……」

 

苦笑の言葉に3人が3人とも何故か傷ついた顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

夜の家の庭で真は赤いコートを風に靡かせて立っていた。

コートの内部には自作の宝石が至る所に配置されており、腰横には父がわざわざ作ってくれていた帯刀ホルダーもついている。

つまり、これが魔術師遠坂真のバトルコスチュームとなる。

別に赤色が超絶好きではないのだが、母が言うには「遠坂たるもの、赤は纏いなさい」との事で何故かこれに関しては父までが同意した。解せぬ。

だが、まぁ腰横のホルダーについている重みを実感していると微妙に溜息を吐きたくなる。

ホルダーの中に入っているのは双剣。

ライダー相手に使っていた双剣と同一ではあるのだが、あれらは偽物だ。

これが本物。

この世で唯一、遠坂真が生み出した遠坂真の為だけの魔術礼装。

名前は付けていないがモデルが親父の愛剣なので敢えて言うなら偽・干将莫邪だろうか。

本物なので偽と付けるのが矛盾しているが。

服とは別に靡いている髪を押さえつけていると毎度うざく感じるのだが、仕方があるまい。

一旦、外界は捨て置き、自身の内を覗く。

 

「───」

 

魔術回路───全快。全て問題無し。使用可能な魔術は全て過不足なく使用可能。

魔力───こちらに関しては少し欠乏。だが、それもセイバーへの供給と召喚時の消費と意味の分からん魔力不足による後遺症みたいなものだ。

8割ちょっとは回復しているので既に彼女から聞いている宝具の発動も数発なら十分に可能だろう。

遠坂真の本領を発揮するのには何も問題は無い。

魔眼も当然異常はない。

聖杯戦争を始めるにはもってこいのコンディションである。

そして後は

 

「……」

 

内面を視ながら、胸に手を当てる。

既に両親は先に公園を見張れる場所に向かっている。

父は特に視力がいいというレベルの千里眼を持っているので遠距離から敵を見張るには適任である。

母はどうだろう。そこまで超遠距離の魔術などは流石に見せて貰ってないから不明だが、母なら出来そうな気もする。

だから、ここにいるのは自分と

 

「どうしました? シン」

 

自身のサーヴァントであるセイバーのみである。

 

 

 

 

 

セイバーはマスターが困ったような顔でこちらを見るのを知覚する。

どうしたのか、と問う前に本人の口から明かされる。

 

「いや、そりゃ……その……本当にこれ(・・)いいのか?」

 

マスターは胸に手を置いたまま曖昧な表現で問うてきたが、問われた内容については理解出来た。

理解出来たが故にセイバーは苦笑で首を縦に振った。

 

「無論です。貴方が持っていた方が今は有用ですし、私は元々余り、それ(・・)に頼って戦う事は無かったのですから問題ありません。先程もそう言ったではないですか」

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

シンが持て余し気味に自分の体を見ているのが微妙に微笑ましい。

まぁ、しかしだ。

彼がそんな風に思ってくれるのは理解出来る。

勿論、それはとてつもなく魔術師らしくない感傷だが、自分は2代、リンも含めたら3代続いて良いマスターに巡り合った、と思うぐらいには心地よい干渉だ。

初代は知らん。

事情は多少知りはしたが、それでもあのド外道は許し難いので記憶から消しておく。

うむ、切なんとかなんていうマスターはいなかった。

だが、そんな感想は余所に、今のマスターは心底魔術師(・・・・・)のようにも感じた。

既に家に明かりはついていないので、堀の内部である庭には明かりはない。

原初には程遠いが、それでも現代においては夜闇と言ってもいい暗さである。

その中で一人、赤いコートと赤みがかかった長髪を風に靡かせて立っている少年は余りにも自然に夜を纏っていた。

魔眼の調子でも確認していたのか。瞳が鋼の色に変わっているのが更に拍車にかかっていた。

 

幽玄の美

 

現代の、しかも魔術師とはいえそれでも少年の姿が一枚の幻想を作っていると錯覚する光景であった。

恐ろしい程に魔というモノに愛され(・・・・・・・・・・)ている(・・・)

リンが言うには彼の魔術回路はそれこそ天才である自分よりも理想的との事らしい。

まるでそれこそ自分が考えた理想的な魔術師という妄想が形になったような子どもという事らしい。

 

だからこそ性格と性能のずれが恐(・・・・・・・・・・)ろしい(・・・)

 

かつてのシロウに感じた感覚がツギハギならば、彼に対する感覚はちぐはぐだ。

シロウの才覚はそういう意味では彼の心から漏れた物だったので逆に恐ろしい程の合致を感じたが、逆にシンの場合は彼の心とかは関係ない純粋な持って生まれた物だ。

故に魔術師としての才覚と遠坂真の本質のずれが目立ってしまう。

才能と性格が一致していたのならばこれ程のずれは感じないだろう。

その天才性に適応し、リンのように魔術師でありながら己の道を進めるような魔術師ならば良し。

天才性が無くても、シロウのように努力で進んでいくのも良し。

だが、彼は二人の性質を併せ持ってしまった。

 

……リンやシロウが心配するわけですね……

 

彼が寝ている間や彼がいない所でリンとシロウは常に彼の事を気にしていた。

正直に言わせて貰うのならば、随分と子煩悩に、と素直に思った。

だけどそれが成長というものなのだろう。

自分も変則的ではあるが娘を持った父親にもなったのだから。

事情を知らない人間にこれを説明すると相当に意味不明な状態だが事実だから仕方がない。

とは言って親らしい事は全くどころが皆無なのだから誇れる所は全く無いのだが。

とりあえず、今する事はこの真っ直ぐで正しいマスターを死なせない事が自分が召喚された一番の理由だろうと誓う。

本当ならばこんな戦争に巻き込まれた事こそが嘘のはずなのだ。

本人もどうして自分が聖杯に選ばれたのか、と嘯いていた。

 

 

全くもってその通りだ───ここは(・・・)彼がいるには余りにも血生臭い

 

 

「行きましょうマスター───貴方が帰るべき場所に」

 

その言葉に少年は驚いたような顔をし───そして何故か苦笑した。

何故苦笑されたかは分からない。

分からないが……感じ取った事はあった。

あれ程に夜を纏い、青臭いとも言える情熱を持っていた少年の顔が

 

 

まるで死後を悟った末期の人間のような諦めを宿しているよう(・・・・・・・・・・)な笑み(・・・)だと感じ取ってしまった。

 

 

思わず何を、と声をかけようとするのを彼はこちらに背中を向ける事で拒絶する。

タイミングを外された私はそのまま何もできず、ただ彼がこちらを見ないまま放つ声を聴く事だけであった。

 

「そうだな……行こう、セイバー───とっとと始めて、終わらせよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやぁ、fakeのお蔭でFateが進む進む。でもクロは進まない進まない。
とりあえずまた悪役サイド。少年の超青臭い叫び編です。いやぁ、鳥肌立った立った! うーーーん若いっていいねぇって感じの一話でしたー。

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そして何時も通り

 

夜の中、目的地の入り口に着いた真にはよく見る公園の入り口が何故か遠い深淵の入り口の様にも感じた。

 

「……」

 

覚悟はしていた。決意はとうの昔に終えた。

なのに今、自分は足踏みをしている。

心臓の高鳴りは運動をしていないのに平時の速度をとっくの昔に逸脱している。

 

「───っ」

 

よくない未来絵図が頭に飛び込んでくる。

どうせ事になれば間違いなく対応してしまう自分なのに事前となるとこうだ。

魔術師たる者、常に死ぬことなんて織り込み済みでなければいけないだろうに、何て情けない。

 

「───シン?」

 

「─────────────えあ? あ、うん。何だ?」

 

「……」

 

沈黙の問いが投げられて思わず、ははは、と愛想笑いをしながら演技で汗を拭く演技を───実際に拭き取れてしまいおや? と手を見ると結構な水量に濡れた手の平があった。

うっわ格好悪い、と内心で普通に叫ぶ。

あんだけ超青臭い啖呵叫んだ癖にこれでは格好が付かないではないか。

ぱんぱん! と落ち着けという意味で頬を二回叩き、そこで震えている事にも気付いて、もう一度気付の一撃を頬に加えようとし、止められる。

 

「マスター。落ち着こうとすれば逆に落ち着けなくなるものです」

 

自分の両の手は彼女の両の手で掴まれていた。

篭手に包まれた手で掴まれた自分の手は冷たい鋼の感触に囚われている。

だが、むしろそれが良かった。

ここで人肌を感じていたら甘えて折れていたかもしれない。

マスターとサーヴァントには奇妙な縁があると母さんが言っていた気がするけど、成程。これも自分を折れさせない為の縁なのかと思うと苦笑が込み上げそうになる。

 

「ああ……すまない、セイバー。さっきあんなに啖呵切ったのに情けない姿見せて……」

 

「いえ。むしろ安心しました。それに戦いに恐怖しない人間は破綻しています。貴方の恐怖を笑う者は死の恐怖を味わった事が無いか、恐怖を理解していない異常者です───貴方は何も間違ってなどいません」

 

暖かな笑顔が手を握っている都合上、かなりの近距離で見せられたので目を逸らすべきかどうか迷って行動停止。

あーーー、と意味不明に呟いて現実逃避するが相手は首を傾げる素晴らしいポーズも追加して追加ダメージ。

駄目だ。この子、男に対しては無防備過ぎる……と言ってもアーサー王だと言うなら……それはそうなってしまうのかな、と心の中で溜息。

英霊、いや英雄の生涯を振り返って良いことなど無い。

ヴォルスングサガの主人公の終わりは悲惨なものであるというのが大抵の結末だ。

だから今思うのは過去ではなく今の事でいい。

ふぅ、と一度深呼吸をし、目線でもう大丈夫だと告げる。

それを了承し、セイバーは自分の横に侍る。

そして自分はその意気のまま公園の入り口に一歩足を踏み入れ───眉を顰めた。

 

「ふん。何だこの結界。隠す気がないのか間抜けなのかは知らないけど、分かりやすい結界だ。ライダーの真名から察すると魔物の胃袋っていう所かな」

 

「確かに。魔術に詳しくない私でも察する事が出来ます。これは人を溶かす怪物の行いだ」

 

セイバーも顔を歪めている。気に入らない、という風に。

騎士達の羨望を束ねる騎士王らしく、彼女はこの人を殺して悲哀を喰らうしかない結界に嫌悪を隠さずに発露している。

ふん、ともう一度鼻息を鳴らす。

セイバーの感情には全く以て同意見だ。

 

趣味が悪い。

 

これにせめて罠みたいに敵対者を滅ぼしてやる、という気概のような敵意が込められているのならばやはり不機嫌になってもまぁ、敵の嫌がらせと取れただろう。

敵対者に対して全てをぶつけるというならばそれは正しいとか間違いではなく、生きる為に、もしくは勝つ為の必要不可欠な行いだ。

だが、この結界にそんなものはない。

あるのはただ食料を溶かし、吸収する為の効率的な栄養補給としての機能のみ。

 

「これが親父達が言っていた結界か。確かにこれなら魔術師ではない人間に対しては毒だし、魔術師であっても長く居続ければ溶かされる、か。どうやらライダーの主従はいい趣味をしているようだな」

 

多分に込められた皮肉にセイバーは何も言わないが、同意の視線を返してきた。

 

「セイバー。ライダーの気配は?」

 

「地理的にはこの公園の中央に。ですが……」

 

最後に言い淀むセイバーにどうしたんだ? と目線で返事を求めるとセイバーは再度確認をしたという感じに目を瞑り、開けたと同時に答えを返した。

 

「……人の気配、恐らくライダーのマスターと思われる気配がライダーの傍にいます」

 

「何?」

 

この場に入って何度目かの眉の顰め。

マスターと思われる人がいる。

まず間違いなく一般人であるはずがない。

友人を狙うなどと言ってきた下種ではあっても最低限のルールは守るつもりなのか。

この公園にはライダーの結界とは別に人払いの結界が施されており、よっぽど運が悪くない限り一般人が立ち入る事は無い。

逆に言えば結界を張った魔術師自らが誘ってわざと引き入れたというのなら

 

「……」

 

殺意が視線に宿る。

その場合ならば、つまり相手側は約束を破った事になる。

まさか人質が自分の見知らぬ誰かなら別にいいだろうなどと思っているのならばお望み通り(・・・・・)死んでも殺し続けてやる。

先行した親父達の連絡だけだととりあえず最も近しい美綴家と柳洞寺からは人は攫われておらずとの事だったが、油断は出来ないだろう。

だが、もしもマスターだというのなら

 

「宗旨替え───と思うか?」

 

「正直に申させて貰えば───有り得ないかと。もしくは」

 

「最早、小狡い事などせずとも勝てる、か? 姦計であったとしても舐められたものだ」

 

「同感です。まさか現代の魔術師にここまで挑発をされるとは思ってもいませんでした」

 

お互いの顔に浮かぶのは笑み。

だが、ここにこの二人を知っている者がいればこう例えただろう。

これは獅子の笑み。

獲物を狩る前の怒りと喜びの笑みであると。

 

「セイバー。宝具に関しては安全性さえ取れれば君の判断で幾らでも使って構わない。無論、使わずとも勝てるなら良し。返礼だ。どうあってもたらふく食わさせてやれ」

 

「ご随意に。マスター」

 

 

 

 

 

公園の中心と言える広場に辿り着いた真を迎えたのは誰もいないという結果であった。

 

「……」

 

公園には近くに冬木の名物と言っていいかは分からないが、とりあえず目立つ冬木大橋。

勿論、橋があるならば下に河があるのが見える。

後、あるのは河とは逆の方に林……というには小さな場所だが森林地帯がある。

その中にも多少開けた場所がありそこで子供達がよくサッカーとかをしている光景が見られる場所である。

今、自分達がいる場所は人の手で固く固められたただのコンクリートの広場。

一見すれば誰もいないように見える。

が、セイバーと一緒に二人して溜息を吐く。

自分達が視線を向けるのは河の方でも無ければ広場の奥の方でもない。

先程説明した小さな林を作っている木々の方だ。

セイバーはともかく自分には達人の域の気配感知の技など今は持っていない。

だが、人の存在感を察するとかではない巨大な何かならばスキルを持っていなくても感じ取れる。

ぶっちゃけた話、多少木々で隠れてもライオンの威圧感を感じ取れるようなものだ。それが更に巨大な者ならば尚更だ。

これがアサシンとかなら何とかなるのだろうけど相手のサーヴァントにはこの手の技能は無いだろう。

 

「ここでまた隠れて奇襲をするつもりならば気配を多少消すか何かをしたらどうだ? 」

 

「マスターの意見に同意だ、騎兵よ。それでこちらの首を獲れると思っているのならば来るがいい。次の瞬間に転がっているのは貴様の首だがな」

 

最早、こっちが誰に対して言っているのか分かりきっているだろう、と呆れ返っているというアピール。

こちらの隠す気のない挑発に

 

「……主従揃って口が達者ですね。マスターとサーヴァントは似通ると言いますが、嫌な類似ですね」

 

霊体化を解いた紫の長髪が特徴的な女、ライダーが姿を現した。

単騎か、とは思わない。

既に自分でも感じ取れる……とは言っても気配ではなく魔力だが。それで魔術師がいる事を感知している。

それにその嫌味。

理解して言ってんのか、と思い、それを口にしようと口を歪ませた時にセイバーが自分より一歩出てさり気無く制止させられたので息を吸えず、セイバーに先を取られた。

 

「ほう? つまり貴様のマスターはさぞや貴様に似て陰険で他者の命をゴミと勘違いしている、と認めるのだな、ライダー?」

 

隣で聞いていた俺ですらドン引く───間もなくライダーから放たれた殺意が空間を圧した。

ああ、成程、だからこちらを戒めていたのか。

慢心だな、と思い、念話で礼だけ言っておく。

 

「……とりあえず、お互いもう小細工云々を出す段階では無くなったと思っているんだが?」

 

「……」

 

……おや?

 

真は別に人間観察に優れているというわけではないし、英霊が伝承に描かれた姿のまんまというわけではないという事は知っている。

現に隣のアーサー王が典型的な想像から外れた姿だし。

だからまぁ、ライダーの事について理解しているというわけでもない自分の彼女に対するイメージでは……魔術師という輩に積極的に忠義とかそういうのをするキャラではないと思っている。

彼女も彼女でしたい事ならば外道でも何でもするのに躊躇いはないが、どうでもいい事に熱を注いだりはしない。

そんなタイプだと思っている。

そう思っているライダーが躊躇っている。否、気遣っている(・・・・・・)ように思える。

冷酷なイメージはそれこそ被害者側の先入観だったか、もしくは彼女からしたら仕えるに値するマスターだったのか。

まぁ、どっちにしてもぶちのめすのは変わらない結論なのだが。

さて、もういっそこの空気で奇襲を仕掛けるかと考えているとライダーが唐突に木々の方に振り返る。

理由はこちらの耳にも届いた。

草木を踏んでこちらに向かってくる足音だ。

ライダーの顔にはあの鉄面皮からは窺えなかった焦燥らしき色がある。

もしかして、英霊ですら虜になるような傑物なのだろうか、と嫌だなぁ、と思い、木々の闇から現れた姿を見て

 

「────────────────────」

 

思考が加速する(・・・・・・・)

闇から現れた姿を一瞬で脳内に刻み込むと同時に思い出す(・・・・)

長髪ですらりとしていたであろう髪はくたびれ、元はすみれ色に近かった髪だったのか。それと混じるように白髪が目立ち、それらをリボンで纏めている。

顔立ちもやはり年は親父や母さんに近しいのに綺麗ではあったが、同時に疲れたような顔色は隠しきれていない格好。

 

 

忘れるはずがない顔

 

 

加速した思考は全ての情報、記憶を洗い出す。

思考速度においてならば間違いなく並みの天才を遥かに凌駕するが、もしもこの時、彼の頭の中を覗く事が出来る人間がいれば絶句していただろう。

その思考速度なぞどうでも良くなる(・・・・・・・・)レベルで既に一つの道筋が確定事項(・・・・・・・・・・)にされている事に。

思考時間は現実において二秒。

真はライダーのマスターとして現れた女性に周りが苦虫やら何やらを感じ、そして本人が何か口を開こうとした瞬間に、真は自分の中の考えに頷き

 

「セイバー。敵はこの人達じゃない(・・・・・・・・・・)からこの人は助けよう(・・・・・・・・・・)

 

周りが恐ろしいレベルの絶句に陥ったが別にいい。

もう、これは確定事項だし。

 

 

 

 

 

 

ライダーのマスター、間桐桜は間違いなく先程の一言でこれまでとこれからの全てをご破算にされていた。

もう何も無くなったはずだ。

もう何も手にする事が出来ないはずだ。

なのに、自分から削ろうとしていた相手から最早理不尽な勢いで全ての覚悟を打ち崩す言霊が吐かれた。

 

「なっ、な、何を言っているんですかマスター!? 彼女は……」

 

「あーー、勿論、ライダーのマスターだし、まぁ、実際こちらを殺す指示とかも出していたかもしれないけど、昔、母さんから聞いた間桐の家族構成だと確か兄と爺がいるって事だから多分そっちだな。何でも兄の方は母が毎回舌打ちを隠すのが大変だったって言ってたし。うっかりでリアルに舌打ちしたけどって言ってたけどとりあえずそっちが濃厚かな? ……ん? いや、そういえば兄の方には魔術回路が無いって話だったな。じゃあ爺の方だ」

 

相手のセイバーさんの困惑は演技のようには見えない。

彼もまるで1+1=2みたいな言い方で特別な事は言っていないような表情だ。

でも、そうだとしてもどうしてそんな結論になる。

確かにこちらの家族構成と事情を知っていたら考える事自体は可能かもしれない。

 

でも、それは私を完全に信じていな(・・・・・・・・・・)ければならない(・・・・・・・)というのが大前提だ。

 

私に欠片でも疑心を抱いているのならば良くてお爺様の駒であるの結論にしかならないだろう。

だけど、彼はこちらを助けよう、と言った。

助けるだ。倒すとか殺すですらない。

ライダーですら硬直する中、硬直を生み出した本人はセイバーさんの小言を丸ごと無視して

 

「ええと、確か桜さんでしたよね? 貴女のような人だったら多分脅されての事だと思うのでってあーーそっか口に出せば発動するタイプの呪い辺りをされていたら問題ですね。となるとこっちで何とかどうなっているかを考えないと……」

 

意味が分からない。

間桐桜には少年が言っている事が何も理解出来ない。

彼の言葉は全てこちらを信頼する言葉であった。

彼の言葉は全てこちらを救うという意志であった。

そんなの間桐桜は知らない。

もう全てを取り零したのだ。

もうこれからは何も無いのだ。

だって、その証拠に

 

「───」

 

一匹の蟲が自分の横を通り過ぎる。

それだけでもうどういう事か、理解し諦めの心地よさに笑いとも悲しみとも言えないぐちゃぐちゃの表情を浮かべたと思う。

それに気付いた少年は途端に眉を顰めてこちらに何かを言おうとした。

でも、そんなの聞きたくない。

だって、貴方がやっている事は昔、自分を助けようとしてくれたおじさんの二の舞。

希望を見せつけといて伐採される馬鹿な行いなのだ。

今度は自らがそれを伐採する役目だが、同じ事だ。

だから桜はもうこれ以上見るのも聞くのもしたくない、と心底からの心の叫びを現実に映した。

 

「ライダー! お願い……! もう……!」

 

続く言葉は無い。

そもそも自分ですら何を言おうとしたのか。

ただ、直前まで迷っていた自分にしては怒りのような殺意が簡単に湧き出た。

完全な八つ当たりのような感情だ。

でも、正しくそうなのだろう。

だって、少年はまるで昔、私が恋した人のようで。

少年はまるで今も私が憧れた のような強さで。

それが余りに羨ましくて、憎らしくて……だから私は己の影で彼を刻もうと思った事だけは自分の意志なのかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

セイバーは敵マスターの叫びに応じたライダーの鎖の行く先を直感で感じた。

音速突破で飛来する釘剣の行く先は自身のマスターの心臓を真ん中から撃ち抜く軌道だ。

内心で甲高い舌打ちが鳴り響く。

軌道も勿論の事だが、その先の展開を直感で感じ取ってしまったが故の不覚。

だが、単純故に自分が守りにいかないと結局、マスターが死んでしまう事を考えれば虎穴に飛び込むしかない。

即座に少年の眼前に立ち、一閃で釘剣を粉砕し───体中に鎖が纏わり、縛られる結果に陥る。

砕かれた釘剣を囮に纏わりついた釘剣の数は凡そ10と8つ。

そのどれもがセイバーの魔力放出に耐えられぬ代物では無かったが、ライダーがセイバーの勝っている四つの強みを持ってライダーは彼女の足掻きを打倒する。

 

他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)……!」

 

宝具の真名の発動と共に結界が発動する。

風景の色を赤が支配し、空には侵食するかのような魔眼が浮かび上がり、内部にいる存在はその血を啜られる。

マスターである桜を除いて全てを貪り食らう吸血の結界が発現され、セイバーと真は顔を歪める。

二つ目の強みである魔眼も同時に曝す。

3度目の石化の神秘にやはりそれも対抗されるが敵側のマイナスが積み重なるのならば決して無駄使いではない。

そして三つ目の強みと四つ目の強みを同時に発動する───それは瞬発力と怪力という原初の強みであった。

 

「あああ……!」

 

ライダーの口から漏れる悲鳴のような絶叫は決して誇張の表現ではない。

真実、ライダーは体が崩れ落ちるような感覚と戦っていた。

 

魔眼に怪力

 

そのどちらもライダーからしたら切っても切り外せない属性だが、それは決してプラスばかりの力ではなかった。

何故ならライダーは───ゴルゴンの3姉妹の末の娘であるメデューサからしたらそれらは自信が魔性に落ちていく促進剤でもあった。

それはライダーにとっては間違いなく究極のトラウマであり、避けたい未来である。

だが、彼女はそれらをフルで使う事を躊躇わない。

何故なら知っているからだ。

自身のマスターの叫びの意味を。

自分はよく知っている。

被害者のまま加害者になってしまうおぞましい結末を迎える可能性がある彼女の叫びをどうして自分が理解出来ないなどと言える。

そんな未来は彼女にはいらない。必要ないのだ。

 

もうそんな怪物になるのは自分だけで十分だ。

 

故にライダーの怪力はセイバーの魔力放出が発動する前に発揮される。

 

「くっ……!」

 

小柄とはいえ鎧と剣を構えている英霊が砲丸投げの砲丸の如く吹き飛ばされた。

狙いは林。

意図など考えるまでもない。

木に激突させても英霊にはさしたるダメージは無い。

ただ、マスターから距離を離す為だけに決まっている。

 

「させるか……!」

 

空中でトリプルアクセルを仕掛ける体勢でセイバーは構わず魔力を放出する。

ライダーの魔力で編まれた鎖はしかしセイバーの竜の魔力に耐えられずに四散する。

しかし、セイバーは感じ取った直感が見た光景に歯噛みする。

何故なら投げ飛ばしたばかりのライダーが四散した鎖が魔力に戻るのも待たず、自身の鎖で傷を得ながらもこちらに突撃してきたからだ。

 

「くぅ……!」

 

空中で、魔力放出を発動した直後であるセイバーは刃で迎撃するしか選択肢はない。

だが、ライダーの覚悟はそんな程度の迎撃では防げないと感じ取ったが故に

 

「風よ……!」

 

惜しみなくセイバーも切り札の一つを曝した。

彼女の宝具の一つである風王結界(インビジブルエア)

刃に纏わせた風を開放する事によって暴風を発射する風王鉄槌(ストライクエア)として発射すれば並みのサーヴァントでも致命の傷を負わせれよう。

マスターの能力のお蔭でほぼ生前と変わらぬ能力を発揮出来るセイバーの今生の風王鉄槌の効果範囲は20mは軽く届く。

マスターはサクラを助けると言っていたが、彼女はやはりと言うべきか拒絶した。

ならばもう躊躇う理由はない。

自分は特殊な事情のせいで前回と前々回の戦争の記憶を保持しているが故に、セイバーもサクラの事は覚えている。

余り話したりなどしたわけではないが、それでも剣を振るうのに躊躇わないかと言えば嘘になる。

だが、それで自身のマスターが死ぬのならば意味がない。

最悪、自分が憎まれればいい。

故にセイバーは突っ込んでくるライダー事、サクラの事を狙った。

だが

 

「おおぉ……!」

 

「……!?」

 

ライダーはこちらの風王鉄槌に対して当然、何らかの防御をしてくると思った。

もしくは庭での戦闘のように釘剣を利用した回避。

そのどれかだと予測していたセイバーにライダーは何もしなかった。

そのまま風王鉄槌に突撃してきたのだ。

自爆だ。

その結果しかない。

意気込みは買うがこちらも引けないのだ。

英霊の体である自分ならば耐えられると予測したのか? 否、ライダーは現実主義者だ。そんな彼女がこんな無謀に乗るはずが

 

「令呪を持って命じます! ライダー! セイバーさんが何かをする前に迎撃して……!」

 

奇跡を望む魔術行使によって、セイバーは不覚を悟った。

迂闊といえば迂闊。

 

これは聖杯戦争

 

英雄同士の決闘ではなく魔術師同士の殺し合いだ。

主導権は英霊にあるように見えて、その実、魔術師の方がメインなのだ。

その最たるものが令呪。

人間に対して死神にしか見えないサーヴァントに対する絶対命令権。

しかし、それは三つしかない事を引き換えに英霊に奇跡を行わせる切り札と成り得る。

しかも単純な命令ほど効果は増す。

この場合は、こちらの風王鉄槌が発動する前にこちらを迎撃しろ、だ。

普段の聖杯戦争ならいざ知らず、この異様な規模の戦争ならば長期戦になると思い、安易に令呪を使わないと高をくくったのがいけなかったか。

いや、それ以上に

 

───かつてわずかな時間とはいえサクラの人柄を知っていたという事が究極の隙となってしまった。

 

「───」

 

令呪の発動によって起こるのは小さいながらもそれは限界の突破。

後手であったライダーが先手であるセイバーを追い抜く。

ライダーの狙いは間違いなく一撃必殺。

狙いは心臓。

如何に死に難い英霊であっても霊核を貫かれたら死を免れない。

そして──────

 

 

 

 

 

「くぅ……!」

 

セイバーは木々を幾つも折りながら、どうにか着地を行う。

 

「……っ」

 

胸下から出る流血は決して少なくはない。

だが、重症ではあっても致命傷ではない。

本来なら死を受けてもおかしくなかったこちらの負傷は、しかしこちらもマスターの判断によって救われた。

あの激突の瞬間、こちらに突撃したライダーの首に丁度まるで置かれる様に現れたシンの刃が無かったら心臓が貫かれていただろう。

あの状況で、しかも結界の中でそこまで読めていたのか、と我がマスターながら常軌を逸しているが、あれが無かったら死んでいた事だけは変わらない。

 

「不甲斐ない……!」

 

あれだけ豪語しておきながら足手纏いのような結果になるとは!

己への怒りで魔力が咆哮するが、一瞬で切り捨てて闇の中を突貫してくる流星を弾き返す。

 

「ライダー!」

 

弾かれたライダーは即座に衝撃を利用し、木々に着地をし、その勢いを木に叩き付けながらこちらに反転し、再び襲いかかってくる。

首筋に刻まれた裂傷ですら彼女の眼中には無い。

その形相に、今までの冷たさなど微塵も無い。

必死という概念を現わすかのようにライダーは己の全てを注ぎ込んでこちらを打倒しようとしていた。

頭蓋を狙う釘を刃で弾き、腹を狙うボディブロウを一歩下がって躱し、こちらの上段を運動法則を無視した横へのジャンプでまた木に移る。

その時、セイバーの耳に届いたのはライダーの筋肉繊維が千切れる音。

骨格すら間違いなくダメージを負いながら、ライダーに止まる気配は微塵もない。

正しく全てだ。

 

ライダーはもう死を前提にする所か死んでやる(・・・・・)という気概を持ってこちらを殺す事しか考えていない。

 

セイバーの背筋にヒヤリとした冷たさが宿る。

現状、セイバーは追い詰められているように見えるが、その実、余裕が無いのはライダーの方であった。

結界、魔眼、怪力、敏捷、令呪。

それら全てを使って、尚、セイバーに届いたのは令呪による一撃のみ。

武芸においてはライダーは間違いなくセイバーに遥かに劣っている。

結界はサーヴァント相手には余り効かず、魔眼はセイバーの恐ろしいレベルの対魔力に防がれ、怪力は魔力放出によって相殺される。

ライダーが勝っているのは敏捷のみ。

それが無くなれば堕ちるのは間違いなくライダーの方になるのだ。

故に体を自壊させる勢いで差を埋めようとするのだが───背筋を冷やした理由はそこではない。

 

 

明らかに矛盾している(・・・・・・・・・・)

 

 

ライダーがここまで必死になる理由は間違いなくマスター……サクラの為だ。

勿論、単なる願いの為の可能性も多少残っているが……正直、彼女がその手の事でここまで熱くなる姿は想像できない。

だが、それならば一つ疑問が残る。

 

何故(・・)マスターを戦場から逃(・・・・・・・・・・)がさない(・・・・)

 

まず最初にシンが英霊を召喚する前に暗殺。

これは戦法として正しい。

手段として汚いのを除けば実に合理的且つ友好的な勝利方法だ。

如何にシンが並外れた才覚を持っていたとしても、人間である限り英霊に打ち勝つのはほぼ不可能だ。

生き残れただけでも驚愕に値する。

だが、それに失敗し、現れたのが私だ。

彼女も即座に悟ったはずだ。正攻法では勝ち目がないと。

無論、それを覆すのが英霊であり宝具と令呪なのだが。

それでも賭けの部分が強いのは否めないだろう。

実際、令呪による奇襲はこちらのマスターの機転によって防がれた。

流石に、あの機転はシンでも偶然によるものだったとは思うが、それでも現状はこうなっている。

如何に奇跡を起こす令呪であっても絶対の物ではないのだ。

では、次に起こす奇跡、宝具。

 

……ゴルゴンの3姉妹のメデューサに該当する宝具……

 

……ある。

確かにまだ最低、一つ大きな宝具が残っているのをセイバーはシンとの作戦会議でも二人で大いに有り得ると話し合った物がある。

彼女の血から生まれたとされる幻想種の生物───天馬がある。

無論、クラスや知名度によって再現されない宝具などがあるのは確かだ。

だが、彼女のクラスはライダー。

騎乗する英霊として呼ばれた存在だ。

今の所、それらしい乗り物を使っていないのを見るとやはりライダーとして呼ばれたのは天馬が大きいはずだ。

だが、例え天馬であろうとも聖剣があれば打倒出来ると自負するものがある。

ライダーとて己の宝具に対する信頼はあるだろうが……こちらの真名を知っているのならば容易く打ち勝てるなどと思わないだろう。

無論、それこそ令呪による強化で威力を上乗せすれば、という考えはあるだろうが既に1画使っているのに更に使うかどうかも考え物だ。

だが、結局の所、ライダー陣営からしたら私達と戦うのはハイリスクローリターンの苦しい戦いのはずだ。

それをここまで命を捨てるような戦いまでするライダーが、わざわざ勝つのに難しい相手に挑みに来るだろうか?

前回みたいにこの地から離れられないという縛りも無いのに?

 

まさか自分が時間を稼いでいる間にマスターがシンを打倒せるとでも?

 

確かに可能性としては無いわけではない方法ではある。

現にライダーの性能は必死で埋めているのを除いても凄まじい。

ここまでの性能を発揮出来るという事はマスターの実力が確かである事の証拠だ。

だが

 

「……」

 

ライダーから再び鎖の連続償還による多角攻撃に対して魔力放出による一閃で全てを砕ける自分を確認する。

余り良い事ではないのだが、セイバーは自分がサーヴァントとして燃費が良いと言えないのは自覚している。

剣技の腕はともかく、小柄な女のみでライダーの怪力と競い合うのにセイバーは己のスキルである魔力放出に頼っている。

当然だが魔力を放出するという事はそれだけ魔力を使っているという事だ。

そして魔力を供給するのは当然、マスターの役目。

今も勿論、供給されているのだが……これだけ使っているのに底が余り感じられない。

自分はともかく彼は結界の効果にも対応して、且つサクラの対処にも対応しなければいけないのに余裕すら感じられる気がする。

実際、魔力について言及した時、シンからの返答は

 

「ん? ああ、別に? まだまだ余っているか(・・・・・・・・・・)()

 

仮にも大英雄に一応値する自分を前にそれだ。

まぁ、流石に本物のギリシャの大英雄に比べれば自分は遥かにマシではあるのだろうとは思うが。

だから、正直、マスター対決で雌雄を決するのは聊か無理がある気がする。

なら、何故ライダーは逃げない。

 

破れかぶれ? 逃げても無駄だと思った? 矜持が許さない? マスターの命令? 

 

どれも直感と思考が否と告げる。

ならば、と思う。

 

逆にライダーが逃げずに戦わなければいけない理由とは?

 

聖杯に託す願い。

実にわかりやすい。保留。

マスターの命令。

以下同文。保留。

逃げ場所が無い故に。

以下同文。保留。

幾らでも上げれる。

だが、その幾らでもの中で最もこちらのマイナスになる理由があるとすれば?

 

───決まっている。

 

勝利出来る切り札(・・・・・・・・)がある、だ。

その結論に達した時

 

「───────あ」

 

ようやく少年が達した(・・・・・・・・・・)結論の意味が理解出来(・・・・・・・・・・)()

 

敵はこの人達じゃない(・・・・・・・・・・)からこの人は助けよう(・・・・・・・・・・)

 

明確に答えが用意されていた。

その後に何と言っていた。

間桐の家族構成に兄と老人がいると。

そして魔術回路を持っているのは老人の方だと。

そしてこの度の聖杯戦争は異例中の異例。

なら可能性は0よりも遥かに上(・・・・)ではないか。

 

「───────────────!!」

 

声無き絶叫を上げる。

最早自身への怒りが上がり過ぎて己の血と魔力のせいで半ば竜の咆哮に成りつつある叫びに、しかしライダーは頓着せずに突撃してくる。

この時ばかりはセイバーは己の直感を憎んだ。

何故ならどう足掻いても、ライダーを退かせるのに数秒では不可能であるという結論が出てしまうのが分かってしまったから。

 

 

 

 

 

 

魔術師同士の決闘は一方的な戦いになっていた。

 

Es flustert(声は祈りに)―――Mein Nagel reist Hauser ab(私の指は大地を削る)

 

間桐桜が放つ魔術は虚数の魔術。

目に見えず不確定の術を持って他者を縛り、削る"無い"の魔術。

昔ならいざ知らず、今の間桐桜ならその虚数を持って攻撃とする魔術を放てる下地がある。

桜はそれを持って血を吐くような表情で少年に向かって幾度も魔術を放っていた。

相手からしたら魔眼を持っているのならば恐らく桜色の刃のようにも爪のようにも見えるのを、一気に13も放ち、敵を切断しようとしている。

当然、魔術師でもまともに受ければ寸断出来るそれを

 

「……むぅ」

 

少年は困ったような仕草で腰に差している双剣の内の一つでこちらの刃を切り砕きに来る。

触れ合い、抵抗したのは一瞬。

それだけでまるでガラス細工が砕け散る音と共にこちらの刃が砕ける。

神秘はより強い神秘の前には敗れ去る。

 

「……っ」

 

それはつまりこちらが魔術師として負けているという証明を何度も見せつけられると桜は彼我の実力差を確かめ、絶望感を味わうが、桜はまだ終わるつもりはなかった。

 

Satz(志は確に)―――Mein Blut widersteht Invasionen(私の影は剣を振るう)……!」

 

魔術回路の行使に頭痛と吐き気が酷くなるが、桜からしたら今更だ。

魔術というのは間桐桜からしたらおぞましいものでしかない。

故に、一切気にせずに桜の影が公園のアスファルトを侵食していくのにこれで終わって、という祈りを届ける。

だが、理不尽はそれを無視する。

 

「……Access(接続開始)───It's made a purge with 3 swords(3刀を持って祓いとする)

 

彼は困った顔のまま詠唱と共に彼の背中から三つの刃が飛び出し、彼を囲うようにトライアングルを作り、即席の結界と成る。

3はケルトにおける聖なる数。

結界として使うには基本的に使われる事もあるそれが間桐桜の影の浸食を拒絶する。

 

「どうして……!?」

 

桜の悲鳴は決して魔術が通らない事だけではない。

一方的な展開である。

こちらが攻撃の魔術を放ち、あちらが防御の魔術を使ったり、切り払ったりして防ぐ。

こちらの攻撃は今の所、何一つとして通じていない。

虚数の刃は砕かれ、虚数の縛りは持ち前の魔術回路の強靭さに破られ、影は結界によって祓われる。

だが、それなのにこちらには魔術行使による倦怠感を除けば傷は一切ない。

当たり前だ。

あちらは一切、こちらに攻撃行動を起こしていないのだ。

舐められていると評価するのは簡単だが───少年にしても決して余裕があるわけではないのだ。

何故ならここはライダーの結界の内部でもあるのだ。

マスターである桜を除けば如何に魔術師であっても血を抜かれ、溶解していくゴルゴンの吸血結界なのだ。

現に少年は困った表情を除けば血の気が足りていない、明らかに結界の影響を受けている状態だ。

なのに、彼は絶対に自分から手を出さずにずっと困った顔でこちらを見るだけだ。

彼がこちらを見つけた後からずっと。

こちらが攻撃をしようが、無視しようが、何をしようがお構いなしにずっとその表情と視線。

まるであの人の様に。

まるで私がずっとあの人に向けて欲しかったモノを見せつけるように

 

"どうすればこの人をた────"

 

「─────っ!」

 

その目で私を見ないで、と目を閉じて顔を逸らしたくなった。

 

Es flustert(声は祈りに)……!」

 

同じ詠唱をリピートする。

届かない事を知っていても、魔力の無駄遣いであるとしても。

とてもじゃないが間桐桜には少年の顔を見続けられない。

もう何も見えないし、聞こえないし、忘れたのだ。

そうでなきゃ今までの全てが台無しにされる。

ああ、そうだ。この少年はそういう意味では間違いなく

 

────こちらを滅ぼす理不尽(セイギ)

 

 

 

 

 

むぅ、と遠坂真は本気で困っていた。

現状、圧倒しているし、恐らく倒そうと思えば倒せる段階には入りつつあると思われる。

ライダーの結界がこちらに悪影響を及ぼすくらいである。

まぁ、今、桜さんを圧倒しているように見えるけど、その実、これは必然の結果なのだろう。

まず一つはライダーが恐らく全開でセイバーと対峙している。

そのせいで桜さんの魔力はかなりの勢いでライダーに送られているだろう。

こちらはたかが(・・・)魔力放出くらいだ。

宝具を使ったんなら一気に2割くらい(・・・・・)持ってかれる気がするが、気にしない気にしない。

次にこれは桜さんの魔術を見て感じ取ったのだが……何か桜さんの魔術委は歪というか作り物とい(・・・・・・・・・・)うか無茶苦茶(・・・・・・)なというイメージを感じる。

そもそも何かおかしい。

これ程の才能を持った人が生まれたのに兄の方は一切才能皆無になるのか?

いや、まぁ可能性としては無きにしも非ずではあるのだろうけど……同じ土壌から生まれて且つ父と母という条件も一緒でここまで差が出るだろうか?

最低でも回路くらいあってもいいとは思うのだが。

それによく思い出してみれば、母が間桐は確か日本の土地と相性が悪くて衰退していったという話だった気がする。

 

……この魔術(才能)で?

 

圧倒しているように見えるからアレだが、実際、桜さんの魔術は並みの魔術師相手なら間違いなく打ち勝てる神秘が込められている。

見た所、魔術刻印とか無い身で……刻印が無い?

 

「……妹だから? いや、矛盾しているよな」

 

再び放たれた桜色の刃を今度は相応の魔力を込めたガンドを放って相殺しながら疑問を打ち消した。

確かに基本、魔術を受け継ぐのはなるだけ長男か長女ではあるが絶対ではない。

兄が無才だというのなら尚更に桜さんに受け継いでもおかしくはない。

というかそれがベストだろう。

典型的な魔術師の家系だというのならば尚更だ。

なのに何故受け継がれていない。

あるとすれば魔術刻印はまだ爺の方が持っているか───受け継ぐ事が出来なか(・・・・・・・・・・)った(・・)かだ。

 

「……ん? いや待て……じゃあその場合……」

 

その才は、その血は一体どこから───?

 

遠坂真は改めて間桐桜を見た。

母とそこまで変わらない年と思える中、それでも美しさは残したまま、しかしどこか疲れてくたびれているような顔色のまま怒りとも嘆きともつかない表情。

髪はすみれ色の髪の中に疲れが滲み出たかのように白髪が点在している。

その容姿を頭の中で取り換える。

肌に生気を、髪をすみれ、ではなく黒色に(・・・)、瞳の色も母と同じ色に(・・・・・・)変更する。

 

そして───────────────────────────────────────────────────────────────────────────色々と絡繰りを理解してしまった。

 

 

 

特にどうして桜さんが(・・・・・・・・・・)こんな怒りと辛さを混(・・・・・・・・・・)同させた表情で攻撃し(・・・・・・・・・・)ているのかを(・・・・・・)

 

 

とりあえず結論としては素直ではない母さんが(・・・・・・・・・・)全てが悪い(・・・・・)、ということにしておこう。

案外、というか普通に親父も何か関わっていそうだけど、とりあえず一つ、自分の宿命というか呪いと思ってもいい事柄を愚痴らせて貰った。

 

「しっかしまぁ……どうしては俺は家族のケツを拭かなきゃいけない役回りばっかり回されるかねぇ……」

 

 

 

 

 

 

「OK。桜さん、ルールをようやく把握しました」

 

いきなり少年は意味が分からない言葉を再び吐き出した。

パチン、と指を鳴らしたかと思うと、彼が張っていた結界は霧散し、結界の柱であった刃もどこかに消えていた。

突然の行為に桜は少年の意図が読めなかった。

結界を失くすという事は防御能力を下げるという事だ。

この場合、防御はこちらの魔術だけではない。

ライダーの結界の効果も多分、あの結界で減衰していたはずだ。

無論、それらは如何に彼が魔術の申し子であったとしても宝具に対してでは焼け石の水ではあっただろうが、今はその水が大事な状態だったはずだ。

それを自ら解除した彼はやはりさっきよりも増して血の気が失せていた。

だが、本人はそんな事知らぬとばかりに笑って

 

「俺は桜さんの気が済むまで付き合う。桜さんは何十年も溜めてきた鬱憤を今、ぶつけるだけぶつける。うん、分かり易い」

 

何が分かり易いんだろうか。

私には全く理解出来ない。

自分はノーガードで耐えるからじゃんじゃん殺しに来いよなんて自殺願望でも無ければ言わない言動をどうして信じられるだろうか。

 

「……正気ですか?」

 

「当り前じゃないですか? 俺は遠坂家の常識人ですよ? そういう常識知らずなのはあかいあくまと正義の味方(笑)が担当しているんで。つまり、俺があの家の常識の土台ですよ? 何時も両親の無茶苦茶に子供は震えているんですよ……!」

 

思わずダウトとツッコんでやろうかと思ったが、止めといた。

今、そんな平和時に行うような事をしたら精神の均衡が崩れてしまいそうだからだ。

だから、桜は返事の代わりに逆に何を狙っているかを見定めようとした。

しかし、彼はまるで宣言を果たすと言わんばかりに全てを晒した。

 

「貴方の怒りはこれ以上なくというかもう当ったり前じゃないかって言わんレベルの正当な反応(・・・・・)です。だから、まぁそういった恨み辛み妬み悲しみは出来る限りここで置いてって、終わったら後でうちの母親ぶっとばし(・・・・・・・・・・)ましょう(・・・・)。あ、もしかしたら親父もなら存分に」

 

「───────────────────────え?」

 

晒された手札は私からしたらオールジョーカー。

怒り、正当な反応、恨み辛み妬み悲しみ、彼の母親、彼の父親。

その全てが正しく間桐桜を重要な部分を形作っている素材であり、致命的な一撃であった。

よろり、と最早躊躇う事無く桜は少年から怯えで引いた。

この少年の鋼の瞳には自分がどういう風に視えているというのだ。

だけど、それでも可能性があるとすれば

 

「ね……と、遠坂さんから聞いたんですか……?」

 

「まさか。あの魔術師のようで魔術師らしくない母が俺が死ぬかもしれない決闘の前で迷わすような事を欠片でも言うはずがないですし。まぁ、貴女について黙っていたのは許せないから今度はテレビの説明書も付けましょう」

 

後半は意味は分からないが、前者は確かに桜が知っている通りの の行動であった。

あの人なら、きっと自分の息子に私の事など言わない。

私を切り捨てて、それできっとお仕舞。

先輩だってそうだ。

誰よりも他人に光あれと願った人だからこそ、他人を、それこそ身内を殺そうとした相手ならば誰よりも歯噛みしながら、しかし躊躇わずに切り捨てる人だ。

でも、それはきっと普通だ。

大事な人や自分の為に、それ以外を切り捨てるなんて当たり前だ。

現に今の私がそれだ(・・・・・・・・・)

だから二人を責める資格なんて無いのに……

 

「ま、無駄に素直になれなかった母が鈍間のせいで貴女が無駄に苦しむ結果になってしまったんでしょう。ったく……助けたいのなら即助けに行けばいいのに無駄に魔術師しているから………いや、母親だからか……まぁ、責めるのは当然ですけし、許してやって欲しいなんて口が裂けても言いませんが、出来れば会話だけでも許してあげて欲しい」

 

まるで私の代わりとばかりに二人を責め、しかし会ってあげて欲しいと願うこの子は一体何を目的と行動しているのだろうか。

いや、それ以上に

 

「ど、どうして知らないのに、分かったんですか…?」

 

もう見る影もないのに。

もう髪はこんな色に抜け落ち、瞳は変色したのに。

どこにも共通点なぞ無いはずだ、と思っている私にきょとんとした顔を数秒晒して

 

 

 

「だって─────怒った顔とかそっくりじゃないですか。桜  さん」

 

 

 

 

今度こそ。

桜は膝を着いた。

下がコンクリートの地面で会った事など気にも留めずに膝を着く。

そっくりだと。

いや、それ以上に自分の名前の後に付いた呼称。

一部が余りのショックに聞き漏らしてしまったが……ああ、でもそうか。確かにもしも少年が気付いたというのならば自分は確かにそういう風に呼ばれる立ち位置にいたかもしれないんだなぁって思う。

でも、例え気付かれたのだとしても───殺そうとしてきた相手にそんな呼称で呼ばれると思えるはずがなかった。

だからこそ、最初から感じた違和感をようやく口に出すことを許せた。

 

「どうして……私を助けようとするんですか…?」

 

ライダーのマスターであった時はこの少年にはこちらに対して敵意しか持ってないかった。

無論、それは当然の反応なので何も言う事はない。

だが、私を見た瞬間にずっと溜めていたその敵意は一気に霧散し、こちらを助ける、とずっと意思表示してきた。

それが分からない。

少年からしたら自分は殺しに来た敵なだけのはずなのに。

最初から自分の事を知っていたのならまだしも様子を見る限り今、真実に到達したという雰囲気だ。

ならば、何故何も知らないただの敵に手を伸ばしたというのだろう?

その問いに、少年はあーー、とかうーーーん、と唸って頭を掻いて

 

「やっぱり覚えていませんかねぇ? ……あーーいや、いいや。うん。ここで何か言うと押し付けのようになってしまいますし。馬鹿な小僧が馬鹿をしているで納得していてください」

 

どこまでも勝手な言い分に苦笑が漏れそうになる。

でも、とてもじゃないが笑みなんて見せれない。

むしろ彼がこちらを理解すればするほど罪の重さは増すばかりだ。

自分は止めれない。

どれだけ彼がこちらを気に掛けようと止まれない。

止めれるのならば今頃こうなっていないのだ。

だから、桜は髪で出来るだけ顔を隠して、立ち上がる。

震え切った膝だが立ち上がる意思には応えてくれた。

こちらの動きに少年はやはり困ったような表情のまま

 

「まぁ、だからわだかまりとか問題とかは俺が出来る限り何とかするよう努力するんで、桜さんはストレス発散にどうぞって感じで。うん、まぁだから───俺を憎むのはいいですけど、出来れば母さんには平手くらいで勘弁してあげてください」

 

俺を憎むのはいい。

そんな戯言でしか言えないような言葉を昔、この人なら本気で言うんだろうなっていう人がいた。

ああ、だからこそ思った事がある。

 

この子は本当にあの二人の子供なんだなぁって

 

胸にぽっかり穴が開いた気分になる。

やだ、どうして今更そんな思いを抱いている。

恋なんてとうに敗れていると知っていたのに、今更自覚するだなんて。

 

「……平手はいいんですか?」

 

「ええ。何せ実の息子にガンド撃ってきたり、呪ったり、宝石魔術叩き込んだりする親なので。自分で使った癖に宝石を使わせた事も叱ってくるのでいい薬になるかと。何なら手持ちのクーラーの説明書もお付けしましょうか?」

 

後半の意味は全く不明だが、あの人は実の息子に何をしているのだろうか。

通りで対人スキルが高いなと思っていたら、この子、違う意味で苦労している……。

でも、そんな言葉の後に彼が顔で表現したのは、ずっと浮かべていた困ったような表情ではなく、本当に年相応の少年の笑顔を浮かべ、ゆっくりと手をこちらに伸ばして

 

 

 

「だから───それらが終わったら帰りましょう。貴女が笑っていたいと思える場所に」

 

 

 

「──────」

 

心音が肉体を跳ねさせた。

伸ばされた手はよく見ればそれこそ年相応に小さく感じる。

でも、何故かその腕は折れないと思わせる尊さが含まれているようで……ずっとそんな手を間桐桜は欲しがっていて。

もう手に入らないと諦め、正しく夢物語のようなモノがその伸ばされた手に詰められているように感じて。

 

 

桜は、その手を

 

 

 

「───妄想心音(ザバーニーヤ)

 

 

 

 

手折られる心臓(ハナ)の音を聞いた。

咲く為の花吹雪は血液が代わりを務め、地面に血染花を咲かせる。

散った花弁(けつえき)は桜の顔にも降りかかり、感情は追いつかなくても理性がただ一言、自分に囁いた。

 

 

 

ああ、本当に何時も通り──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました。また悪役かよと仰られるかと思いますが、今、相方はすっかり腐ってしまって月に封印されているんですよ。申し訳ない。

今回はマスター同士のちょっとした対決と息子の意味が分からない頭の回転率でしたね。そして甘さだけなら恐らく型月のキャラと比べたら恐ろしい程にスイーツな子でした。
実際、この子の頭の中ではもう桜は守るで決定していて覆る事はないという頑固さ。

さて、桜が一方的にやられていておいおい、と思うでしょうし、相方にもツッコまれてしまったのですが、本編の言い訳以外でもう一つ言い訳が……桜自身は魔術師としては破格です。
これは再三と原作で言ってますよね? ですけど魔術師である事と魔術を使っての戦闘になると別物であると悪役は思っていましてね。
そういう意味ならばあらゆる意味で桜は戦闘者には成り得ないんではないかと愚考していまして……ま、まぁ本命はこの後! この後頑張ります…!

出た! エミヤ秘伝奥義心臓ブレイク! やはりお約束は守らないといけませんよね!?
無論、もう一つの桜秘伝奥義目の前から希望が…! も使用したのでこれできのこさんに言い訳できますね…!

感想・評価などよろしくお願いします。

次はホライゾンかなぁ……皆さんはどっちがいいですかね?



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回帰の脱却

執筆:悪役

餌兼ヘタレシリアス:クロ

恥晒し:総長

より


 

──手折られる心臓(ハナ)の音を聞いた。

 

余りにも鮮やかに刈り取られるハナには一切の鼓動すら許されない。

エーテル塊によって作られた心臓のコピーはしかし、紛れもなく少年の命を支える命脈であった。

何故ならその鏡面存在を握っているのはシャイタンの腕。

その腕の使い手は真っ当な打ち合いでは真っ当な英霊にはまず勝てない。英雄と言うには聊か貧弱なれど、命を奪うというただ一点に限って言えば死の天使。

 

一つの時代で暗殺の長になった殺しの代名詞

 

故に握られた心臓を前に遊びも嘲りも不要とばかりに心臓として形を成された直後に

 

「────」

 

一切の慈悲も呵責も無く、その鏡面を握り潰した。

かくして呪いは成就される。

鏡面存在を握り潰されたという事実が呪いとなり、少年の胸の中で今も鼓動を刻んでいる本物に降りかかり、潰された偽物と全く同一の末路に陥る。

心臓が握り潰されるという呪いの成就は恐ろしい事に全く同じタイミング。

コンマ1秒のずれさえない。

さもありなん。

暗殺者が動くという事はすなわち対象の絶命の瞬間である。

故に魔術に愛されようが、運命に愛されようが幕引きをされた人間にここから先の物語は無く、まるで生きた残滓のように少年の前に立っていた桜の顔に心臓が破砕された事によって口から吐き出された逆流した血液が浴びせられ──少年はそのままただ倒れた。

それに対して桜は条件反射のように悲鳴を

 

「………」

 

──あげることなどなかった。

 

目の前でまるで星のように輝いていた少年の命の散り際に思う事など桜の心には一切無かった。

何故なら桜からしたらこの結末は二度目のものだ。

以前は自分に───それこそ間桐に来る前から親切にしてくれたおじさん。

自分に手を差し伸べて、助けたと思い込んで彼は蟲に食われていった。

今回も全く同じ。

自分に手を差し伸べて、助けようとした少年は死を感じたかどうかも分からぬ速度で瞬殺された。

倒れこんだ少年の瞳には光を宿さず、ただ虚ろだ。

 

もうこれはただの死体だ。

 

あれ程、意思に満ち溢れていた少年も死ねばただの骸。

ただそれだけの話である。

 

「───カカッ。見事に務めを果たしたな我が孫娘よ」

 

醜悪な声が聞こえる。

常人が聞いたのならば、魔術を知らぬものですら嫌悪感を抱きかねない程の音を出せる者を、桜は一人しか聞いた事が無い。

先程まで間違いなく誰もいなかったはずの森の影によって生み出された闇からぬるり、と杖を突きながら歩いてくる老人。

 

間桐臓硯

 

老体になった今でも現間桐家の当主であり───年齢はもう一切興味ない。

子供の頃などその見た目の年齢から、何時か寿命で亡くなるはずなどと淡い期待をしていたものだが、今となっては恥ずかしい。

この怪物を人扱いしていた時期があったなんて実に子供らしい失態であった。

そして今も怪物が傍にいる事を忘れて、まるで囚われのお姫様のような感情を再び抱くとは。

 

 

 

何て無様

 

間桐桜にそんな余分な感情は生まれても摘み取られるだけなのに

 

 

 

「アサシン。どうじゃ。確実か?」

 

「───委細問題無し。魔術師殿。我が呪腕は間違いなくセイバーのマスターの心臓を破砕した。セイバーは未だ現界しているようだが、時間の問題であろう」

 

「ふむ。それはちと問題かな。駒は幾らあっても足りん戦争じゃ。消える前に令呪を奪い取るか」

 

加害者である怪物二人は一人の少年の死に対して一切気にも留めていない所か、既に単なる道具になる物を持っている余計なモノ扱いである。

それに対しても桜は思う事は何もない。

 

何もない。

何もない。

何も亡い。

 

 

「だがその前に……裏切り者とはいえかつての同胞の血を受け継いだ小娘に対して義理を働かせるのが大人の務めじゃな?」

 

にやり、と邪悪に笑う御爺様の声がするが、全く以て興味ない。

間違いなく言葉通りの事なんてする気がない事なんて出合い頭の一般人ですら読み取れる事だ。

そしてそれは御爺様にとっては呼吸をするよりも容易い行いだ。

だから、桜は最早、条件反射のレベルで何が起きても、特に希望も絶望も抱かないような、つまりもうどうでもいい、と思った。

だが

 

「カカカッ、やはり見ていると思ったぞ遠坂の小娘。随分と息子に入れ込んでいるようじゃな」

 

『……間桐、臓硯……』

 

昔、ずっと聞いていたかった声に、殺意の色が込められた音により桜の心構えは全て無駄に終えた。

え? と思わず御爺様の方に振り替えると、そこには一匹の羽虫が飛んでいた。

それ自体は恐らく御爺様の使い魔なのだろうが、それをわざわざあの人の所まで飛ばしている、という事なのだろうか。

そう思っていると

 

「もしやと思い、ライダーの結界の外を探してみると簡単に見つかりおったわ。無論、向こうも使い魔じゃが外に飛ばしている使い魔を中継にしているだけじゃ」

 

聞いてもいないのに勝手に説明に脳では理解するが、感情がその声を否定する。

他の時ならばいい。

いっそ、少年と戦う前ならその声に向き合えただろう。

でも、今、この瞬間に、あの人の声に向き合えるはずがない───

 

『……私の息子は』

 

「見るかね? 心配せずとも五体満足で残っているとも。敵対者の子とはいえ息子と孫娘と形は違えど子を持つ同士。その程度の情はくれてやろうではないか」

 

『───』

 

カカカッ、と笑いながら全く信じられない言葉を吐く怪物に対してあの人は今度こそ沈黙した。

しかし、その沈黙に込められた想いはまるで直ぐ傍に存在しているかのように感じれる。

 

火のようだ、と桜は思う。

同時に氷のようだ、と思った。

 

こちらを焼き尽くさんという熱量で、こちらが持っている熱を奪い去ろうとする矛盾。

思わず震える体を抱きしめる自分に対して御爺様はまるで涼風を浴びているようで、むしろ機嫌を良くしているように思える。

 

「安心せい。流石に貴様らの魔術刻印にまで手を伸ばすつもりはない。無論、令呪まで見逃すつもりはないから腕の一本は諦めてもらうがな」

 

『───間桐臓硯。その前に一つ質問があるわ』

 

「ほ? 何じゃ? 言うてみい小娘。聞くだけなら聞こうではないか」

 

『───此度の聖杯戦争は貴方の仕業?』

 

「───」

 

先程まで機嫌の良かった怪物は一瞬にして凍結した。

虎の尾ならぬ怪物の急所を突いたのを自分所か間違いなく電話のあの人にも伝わった。

どろりとした泥のように纏わりつきながらも引きずり込もうとする底なし沼のような殺意を御爺様は一切隠さないまま

 

「──語る事ではないわ小娘。我ら御三家が為したあの奇跡を己一人の決定で解体した裏切り者が」

 

最早、先程までの機嫌など一切感じさせない殺意しか感じない言葉。

魔術師として敵と応対しているから、ではない。

魔術師としての生き方が魂にまで蝕んでいるはずの怪物から発せられるのは憤怒に分類される殺意。

信じられない事に、御爺様は本当に、心底からあの人が裏切ったという事のみに本気で怒っているのだ。

だが

 

『──裏切ったですって?』

 

相手をするあの人もその程度で怯むような小さい人間ではない事も間桐桜は知っていた。

 

『裏切ったのはどっちよ。貴方ほど長生きした怪物が知らなかったなんて言わせないわよ───冬木の聖杯が、この世全ての悪(アンリマユ)に汚染されていた事を』

 

この世全ての悪(アンリマユ)

 

あの人がどこでそれを知ったのかは知らないが、桜が知っている知識は御爺様からの又聞きである。

曰く、ゾロアスター教における善悪二元論の悪の極致。

拝火教における最も有名な悪魔の王───などではなく(・・・・・・)正体までは不明だが、御爺様が知る限りは名前負けした最弱の英霊であった、という事らしい。

だが、同時にアインツベルンは呼んではいけないモノを呼び出してしまった、と。

それがどういったモノかは桜は実はそこまで深くは知っていない。

ただ、それが聖杯の、冬木の聖杯を汚染していたという事実だけ。

聖杯というには余りにも汚く、おぞましい器に成り下がったという事。

そしてその聖杯を電話の相手が、遠坂凛が、先輩が解体したという事。

 

 

それに対してこの怪物が今までにない程の殺意と怒りに飲まれていた事

 

 

勿論、理由なんて興味が無かった。

持ってもこっちに何かが出来る事なんて一切無いのだから。

しかし、現在は過去の回想を待ってくれない。

 

『間桐臓硯。貴方が聖杯がどうなっていたか知らなかった───なんて戯言を許す気はないわ。貴方は間違いなく、原因である第三次か、少なくとも第四次の時は絶対に気付いていたはずよ。それをよくもまぁ、ぬけぬけと裏切り者だなんて……魔術師が命を懸ける。これ自体は別に当たり前だからいいわ。でも死ぬ理由を持って挑んだ商品がろくに使えない不良品だなんて詐欺もいい所だわ」

 

一泊、呼吸の為の空白の時間が置き、再び告発は続けられる。

 

『聖杯戦争はとうの昔にただ願いを叶える願望器を手に入れる闘争じゃなくなっていた。あるのは殺戮のついでに願望を(・・・・・・・・・・)叶える(・・・)悪趣味な悪魔の取引よ。貴方はそれに対して報告するわけでもなく、黙っていた。第五次聖杯戦争であんなに消極的だったのは勝っても意味がないと知っていたからかしら。御立派ね』

 

ふん、と最後に威嚇も残して告発を終えた。

それに対して告発された側は

 

「ふむ……」

 

と、顎を少し掻き

 

 

「───それの一体、何がいけなかった、と?」

 

 

何一つとして問題とは思わないと

 

 

 

老人の姿をした妖怪は誇るわけでもなければ悪びれるわけでもなく、息を吐くのと同じようにあっさりと返した。

 

 

 

 

 

『───』

 

使い魔の向かうからの沈黙。

もしも多少でも人の心情を図れるのならば理解しただろう。

今の言葉には一切の虚飾も無く、欠片も後ろめたさなど感じていないという事を。

前回の優勝者達の行いによって最も最悪な事態───この世全ての悪の流出を抑えられたとしても、第四次聖杯戦争によって起きた冬木の災害は間違いなくおぞましい災害だった。

本体が出たら、それこそ世界が滅びるしかったかもしれないからそれに比べたら確かに遥かにマシではあったのだろうが、それでもあの災害を、あの死を、あの地獄を

 

 

この老人は本心から人口が少し減った、と冬木市の人口-災害で死んだ人数と完璧に割り切った。

 

 

 

「全く、時臣の子倅は魔術師としての教えを刻むのを忘れるとは。そんな肝心な所でうっかりする所のみ永人に似おって……遠坂の小娘よ。貴様、まさか儂を、間桐を、魔術師を慈善家か何かと勘違いしておらぬか」

 

こつん、と杖で地面を叩きながら御爺様はやれやれ、と分かり易く且つ隠す気もない失望の溜息を吐きながら

 

「魔術師とは外道なり。それが根源に繋がるのならば情も秩序も忘却し否定する魑魅魍魎よ。そういう意味では死徒に対して怪物と言える立場ではない───我らも常識(ヒト)から見たら血を啜る人でなしよ」

 

 

 

魔術とは美しいものではない。

 

結果だけ見れば魔術は神秘的で美しいものかもしれないが、結果に隠された過程にはどうしようもないくらいに血で濡れている。

それを正しく体現している妖怪の言葉に遠坂凛は

 

『───御大層な説教は終わりかしら。実に下らない説法だったわ。数百年生きていたら人を舐めなければいけなくなるのかしら』

 

一切揺るがない。

魔術も魔術師も等しく外道? 何を今更な事を賢しらに語っているというのだ、と。

魔術の総本山である時計塔に、否、そんなの聖杯戦争を経験した時には既に理解していた事だ。

一々、説明も説教される気もない、と強い声は全て斬りおとした。

そんな強さに

 

「カカ───カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!」

 

豪笑、大爆笑。

肉体全てを笑う為のみの機能に貶めたような呵々大笑に桜の体が勝手に震える。

桜は知っている。

この妖怪が嗤う時には必ず良い事なんてものが無い事を。

おぞましい程の経験から来る観はやはり悲しい程に外れてくれず───罰は切って下された。

 

 

 

いや全く以てその通り(・・・・・・・・・・)───愛する妹を蟲溜に突き(・・・・・・・・・・)落とした姉の言葉は重(・・・・・・・・・・)みが違うのぅ(・・・・・・)!」

 

 

 

瞬間、使い魔である蟲の目ははっきりとこちらを捉えた。

まるで罪の告発をするかのようにこちらを見る目は無機質この上ない。

でも逆に有り難い。

これで人間らしい───この目の奥にいる人のような目で見られていたのなら見られる前に自分の両の目を抉り取っていたかもしれない。

否、むしろ今尚もって抉り取らない自分の弱さに慣れた絶望を感じ、ああ、どうせなら耳も千切り取ればよかった、と切に願う。

 

「見えるか? 貴様の実の妹じゃぞ? 感動な再開じゃな? ああ、いや高校の時に、それこそ第五次の時に会ってはおったの? ならば今夜は魔術師としての再開としとくかの。いやはや、あの時臣めは本当に素晴らしい小娘を儂にくれおった───何せ幾ら蟲で辱めても受け入れるなんて才能という以外他にあるまいて!」

 

カカカ、と呵々大笑する様に桜は無視して思う。

やっぱりこうなると。

ずっと。

ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。

未来永劫にずっと隠しておきたい事をこの妖怪はいとも容易く勝手に暴露する。

腐肉を漁るのが趣味である毒蟲は尚囀る。

 

「姉である貴様が衛宮の子倅と幸福を求めている間も桜は健気に間桐の為に蟲蔵で犯され続けてのぅ……ああいや、実際は預けられた時から犯されておったのじゃが、哀れな事にどこぞの姉も、どこぞの正義の味方が夢であったという小僧も一切気付かず張りぼての笑みに騙されるとは。いやはや……女とは演技が達者なものよのぅ……クカカッ」

 

『……間桐臓硯』

 

使い魔から響く声に既に色が一色しかない。

最早、何を吐き出せば今、抱いている感情を表に出す事が出来るかを考えた殺意の音色。

それすらも妖怪は心地よいと謳う。

元より妖怪とは人の恐怖と怨嗟から生まれたモノならば、確かにこれは人と妖怪との正しい関係なのかな、と桜は本当に何もかもどうでもいい、と思いながら───

 

「……え?」

 

だからこそ、この場で一人、異常に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

使い魔越しに遠坂凛は最早、自分が何を思っているのか理解出来なくなるくらい逆に冷静になっていた。

だって使い魔越しにとはいえ目の前にいる妖怪を見て、冷静にどうすれば殺し尽せれ(・・・・・・・・・・)()かを考えれるという事は冷静の証だろう。

砕いたら刺したり程度では死ぬとは思えないので、最も効率的で効果的なのは燃やす事だろうと亀裂のような笑みにも痛みを堪えているようにも見える顔で殺害手段を考えている。

殺さない、という選択肢はない。

経過が多少違えど結果だけを変える選択肢など恐らく平行世界全てを見回しても無いだろう、と断言出来る。

断言出来ない遠坂凛がいるのならば死んじまえ。意気地なしの私。

隣の旦那も同じ気持ちであると分かっている。

その手から血の滴が落ちているのを見るだけで言葉も視線も不要だ。

元々この会話も交渉何て気の利いた話ではない。

 

 

妖怪からしたら単なる悪意の嫌がらせであり──こちらからしたら覚悟は出来ているだろうな、と伝える殺害予告である。

 

 

だからこそ、最後に残った理性で魔術師としての遠坂凛が妖怪に訊ねた。

 

「なら最後の質問よ間桐臓硯──貴方が聖杯に懸ける願いは何?」

 

その問いに使い魔越しに見える翁はふむ、と頷く。

 

『さて、小娘で裏切り者とはいえ、かつての盟友の子孫。答えねば友誼に反する………と言ってやりたい所じゃが、そう特別な願い事ではない故、そう大仰に構えらるような事ではない』

 

成程ね、と凛は思う。

やはり、目的は根源の渦。

魔術師達が追い求める地平。

『  』とも言われる全ての始まりにして全ての終わり。

確かに魔術師ならば特別な願いではない。

そう思い

 

『小娘よ。今、幾つじゃったかのう?』

 

だからこそ続いて問われた内容に本気では? と馬鹿みたいに呆けた声しか漏らせなかった。

 

『まぁ、具体的な年数は良い。少なくともまだ走る事も働く事も魔術師として鍛え上げれる事も当然のように出来る年数であろう──じゃが儂を見よ。腰は曲がり、視界はぼんやりとし、耳は遠く、脳もまともに働く事が厳しくなる。魔術回路も然り。貴様らが当然としている事など儂には羨むしかない若さよ』

 

意味が分からない話題に眉を顰めるのを止めれない。

見れば、士郎も同じような表情で臓硯の独り言に耳を傾けている。

私も意味があるとは思えないが……しかし間桐臓硯の何かに繋がるやもしれぬと思い、油断だけは消さずに老人の言葉を聞く。

 

『儂とてただ朽ちる事などしとうない。このまま終わる事なぞ断じて認められん。そう思い、肉を喰らって生きてきたが……肉は何とか繕えても魂は何とも出来ん。魂の領域はそれこそ魔法の領域……かつて儂らが挑み、しかし形とならなかった悲願の彼方の奇蹟よ』

 

確かに、とは思う。

五回の聖杯戦争における収穫を私達は良く知っている。

何も得れず、だ。

アインツベルンは妄執に堕ち、間桐は衰退し、遠坂は未だ届いていない。

その現在の状況こそは今の状況を物語っているのは確かだ。

そしてその為に確かにありとあらゆる手段をもって不可能を可能にするのが確かに魔術師だ。

淡々と語った中に外法の言葉と内容が漏れていたが、魔術師として見ればおかしくはないのだろう。

それをこちらがどう思うかは別として。

そこまではまだ分かる。

まだ理解出来る内容だし、さっきまで推察していたのと間違いはない内容だ。

故に確信はその先。

 

『しかし──終われん。間桐は最早、滅びに向かっている。余程、日本の土は儂らを気に入らんかったらしい。最早、御三家の一つと胸を張って言えるような力など無い。故に終われん、滅びれん。つまり、儂の目的は俗に言わせて貰えばな──』

 

それは

 

『まだ死にたくない。故に死を克服する。それだけの面白味は無いが──しかし人類共通の願いを持っているだけじゃよ』

 

 

「───」

 

絶句した。

余りにも馬鹿げた願いにではない。

魔術師の理念を持ち出(・・・・・・・・・・)しながら(・・・・)その結果に魔術師とし(・・・・・・・・・・)ての願いに触れていな(・・・・・・・・・・)()のが、だ。

しかし、同時に恐ろしい程の納得もした。

ああ、成程。手段と目的を履き違え(・・・・・・・・・・)るなど典型的な愚かな(・・・・・・・・・・)怪物の末路だ(・・・・・・)、と。

故に先程まであった怒りが消火して、同情する意味の哀れみでは無く、本気で下らないモノを見る憐みを抱こうとし

 

「えっ?」

 

瞬間、遠坂凛の動体視力よりも早く、使い魔の視界が切り替わるのを感じ取る。

何故切り替わったまでかは分からないが、どうして切り替わったのかは分かる。

先程まで、相手と会話できたのは間桐臓硯の使い魔が仲介して意思を疎通させていたからだ。

何故ならこちらの使い魔は未だ展開されているライダーの結界に入れない。

入ればその瞬間にこちらの使い魔など即座に溶解されるからだ。

だからこそ、私と士郎は内部に入らず、こうして多少の距離を取り──いざという時は結界にも入れる位置を取っていたのだが、今、恐らくその相手の使い魔とのリンクが切れたのだ。

当然だがこちらの意思ではない。

流石にさっきの痴呆めいた発言で意識を疎かにするほど、遠坂凛の意思も才能も甘くは無い。

故に原因は間違いなくあちら側。

そうなると超分かり易い要員がいる。

 

「あの馬鹿……! だからもっと冷静さを身につけなさいって言ってるのに………!」

 

「凛! 鏡なら何時でも投影できるがどうだ!?」

 

横にいるやかましい馬鹿はとりあえず右アッパーで冷静に吹き飛ばしながら、介入するべきかどうかを考える。

 

ああ、たくっ

 

「本当にあんた、私達の子よね!」

 

 

 

 

 

 

 

目の前で起きた暴力行為に、慣れている桜ですら唖然とするしか無かった。

まず最初に起きた巨大なインパクトは間違いなく心臓を握り潰され、死んでいた人間の復活からだ。

間違いなく死んでいたと断言出来る致命傷から強化の魔術の恩恵による高速さで立ち上がり、そのまま一瞬で間桐臓硯の方に走ったかと思うと

 

「────」

 

何の感慨も躊躇いもなく拳を振りぬいた。

それも強化の魔術をかけた拳だ。

当然、魔術師とはいえ何の対処も出来ていなかった御爺様は拳が当たった箇所が文字通りに弾け飛んだ。

出来上がったのは汚らしい首無し死体。正確に言えば鎖骨の上辺りから吹っ飛んでいるが実に些細な事である。

しかし、少年はそれだけで止まらない。

首が吹き飛んだ事すらも理解していない残った死体を、彼はそのまま蹴り飛ばし、這い蹲らせ──指を向ける。

指には超濃密な魔力。

そして桜の立ち位置では見えないが、少年は実に美しく笑っている(・・・・・・・・・・)

しかし、これを例えば遠坂士郎が見ていた場合、酷い既視感に襲われるだろう。

何故ならそれは彼の母親も浮かべるのと変わらない笑み。

獲物を食い散らかす狩人(ハンター)の笑みであり、最早怒りの形相ですら表現できない憤怒の表れなのだ(・・・・・・・・)、と。

 

「──The blessings great for you.(汝に偉大なる祝福を)

 

自己暗示の詠唱によって放たれるのはガント……なのだろう。

断言出来ないのは何せ放たれた呪いが砲弾と然程変わらぬ大きさで且つそれで圧縮されており、更にそれがガトリングガンのように放たれていたら最早、呪いなのか単なる暴力なのか分からない。

それらの力の塊は狙い過たずに残った肉体を穿ち、破壊し、弾き飛ばした。

近くにいるであろうアサシンですら介入しない。

いや、ある意味で当然なのかもしれない。

暗殺者にとっての必殺が完全に決まった後に動き出すような埒外を想定に入れていなかったのだろう。

相手が死徒や英霊のような怪物ならともかく天才とはいえただの人間の魔術師を相手に。

故に暗殺者ですら己のマスターが原型の残らない肉塊になる作業を見届けるしかなかった。

少年は今まで浮かべていた笑みを消し、ガントの破壊の影響で打ち捨てられたように倒れている肉塊に

 

「立てよ」

 

と、言い放つ。

いや、言い放つと言って良いのだろうか?

その言葉と目線には一切の情というのが感じられない。

人は何かを語る時、その対象に感情を抱かざるを得ないというのに、今、この少年にはその機能が停止している。

人は当然の事、対象が動物や場合によっては機械にすら行う反応を少年は行わない。

 

 

 

 

 

 

 

そして少年からすれば当然の反応である。

目の前にある肉塊は人でも魔術師でも、ましてや怪物ですらない。

 

人間だったモノが怪物の残骸に、否、残骸の怪物に成り果てただけだ。

 

もうとっくの昔に生きていない。

死んでいないだけのモノだ。

だからあれ程に壊し、砕いてもその分を埋めるかのように肉が再生していき

 

「貴様……何故生き──」

 

「煩い。黙れ」

 

即座にガントで煩い舌事頭を弾き飛ばそうとするが、唐突に視界に広まったのは黒いマント。

アサシンか、と舌打ちする。

流石にキレてネジが吹っ飛んでいようが、人間とサーヴァントの差を忘却する程、馬鹿に染まり切れない。

故に必要なのは当然、剣だ。

古来より変わらぬ定石。

英雄には英雄を持って突き穿つべし。

令呪を意識しつつ、まずは念話で呼び出そうとして────森から砲弾のような速度でこちらの正面に地面を削る………所か吹き飛ばして参上した金髪の少女──セイバーだ。

 

「御無事ですか、マス──」

 

ター、と続けようとしてこちらの口元に吐血した跡を見て、唇を噛み締めるのを見るが今はそれに構っていられる余裕は無い。

森から紫の髪をした女が桜さんの方に駆け寄ったのも視認したからだ。

敵は場合によっては英霊二人、魔術師が二人であるという事だ──が別に構う事は無い。

 

「セイバー。無茶を頼むが、ライダーとアサシンを頼む。俺はその間にあの腐れ切った生ごみを始末する」

 

「なっ──」

 

戦闘続行を促す声に何故かセイバーが絶句する。

狼狽える理由が何なのか分からない為、もしかしてセイバーに大きな負傷でもあったのかと思い、視たが特にそんな事は無く、魔力も十分だ。

戦力差などで怯むような少女ではないと思うのだが、と思っていると念話で

 

『馬鹿な事を言わないでください! 幾ら()の効果があったとしても本来の所有者ではないマスターではどこまで効果が発揮はされるのか分からないですし、代償もあるのかもしれないのですよ!? それにライダーの結界の効果は貴方の体を確実に苛んでいます! ここは一度撤退するべきです』

 

 

ああ、成程、と思う。

確かに遠坂真の体調は絶不調だと断言出来る。

心臓を破壊されて再生するという普通の人間や魔術師ですら体験する事が無い嫌な感覚に精神と体力は擦り減らされ、更にライダーの結界の効果は今尚効果を発揮している。

顔色を自分が握っている双剣に映してみると成程、これは酷いと言える顔色だ。

そういう意味では死人が歩いているのと差異はない状況だ。

だが

 

「セイバー。その手に握っているのは何?」

 

俺の唐突な質問にセイバーは問うのも忘れて、周りへの警戒を忘れない程度に、しかし己が握っている透明な剣に一瞬、視線を向ける。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

星が生み出した神造兵器。人々の願いの結晶にして最強の幻想(ラストファンタズム)

原初の王の開闢の剣には劣るかもしれないが、それ以外の聖剣、魔剣に対しては真名の通りに勝利しか約束されない剣。

アルトリア・ペンドラゴンが生前も死後も変わらずに最も信頼する宝具である。

それを少年が知らないわけがないのに、ここで問う意味をセイバーは思い当たらず、と考えているのを見ながら

 

「剣だな。中身はどうあれそれは武器だよな。じゃあさ、セイバー────お前はどうして剣を握った?」

 

「それは──」

 

剣を握る理由。剣を取った理由。騎士になった理由。

 

 

──王になった理由。

 

 

それは──

 

「それで誰かを守りたいと思っ(・・・・・・・・・・)たからだろ(・・・・・)? 理想の王、騎士王になったのはより多くの人の笑顔を(・・・・・・・・・・)守りたいからだと思っ(・・・・・・・・・・)たからだろう(・・・・・・)? 違ったら謝るし、土下座もする。けどさ、俺の馬鹿な言葉が正しかったらさぁ……」

 

正しかったのならなぁ、おい、と唐突に指を指す。

セイバーでもライダーでもアサシンでも間桐臓硯でもなく────今も呆然と立って未来に希望を抱く事も出来なくなった人を指さし、そして

 

 

 

 

 

「今も!! そこで! 傷付いて苦しんで泣いている女がいるのに手を差し出さない理由(・・・・・・・・・・)がどこにあるんだよ(・・・・・・・・・)!!」

 

 

 

 

 

 

 

「──────」

 

セイバー所か周りの人間の絶句すら無視して少年は叫んだ。

 

「遠くにいるわけでもなければ、壁があるわけじゃない。手を伸ばせば届くんだ(・・・・・・・・・・)。母さんはどうせ助けが欲しかったのならばそれを主張するべきだったわ、とかほざいてツンデレるんだろうし、俺もその辺は同意だけど母より器が大きいからんなの知った事じゃないんだよ。ここで俺が気に食わないのをぶっ潰して桜さん連れて帰って、母さんと喧嘩させて怒って泣いて喚いて、それで笑わせれば俺の気が済むんだよ(・・・・・・・・・)………!」

 

だからセイバー。

 

「答えろ!!」

 

桜さんを指差していた手を今度はセイバーに向け、指差すのではなく手を差し出す。

令呪が灯ったその腕を躊躇いなく差し出す。

 

「俺の八つ当たりが気に入らないというなら直ぐにこの手を切れ!」

 

だけど

 

「もしもこの意思、この願いが君の意思に沿うようなら────今こそ我が命運を君に託す!」

 

故に

 

「答えろセイバー! 我が捻くれた生き方は聖剣(きみ)に沿うか否か!」

 

 

 

 

 

少年の叫びに、騎士王は、理想の王は僅かの間だが沈黙を自分に許す。

考える事は一つ。

自分の運命というものについてだ。

アーサー王が運命を考えるとは、と思いながら、しかし内心で──するには耐えられないので現実ではぁ、と普通に溜息を吐き、そして愚痴る。

 

「全く────どうして私のマスターになる人は人の話を聞かない人ばかりなんでしょうね………」

 

そう苦笑し────マスターに迫っていた短剣を振り向きもせずに一薙ぎで全てを弾き飛ばす。

その事に随分と舐められたものだ、と鼻を鳴らし

 

 

 

 

「指示を。マスター。この身は貴方の剣ですから」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に遠坂真に対して遠坂真は何も言わなかった。

だから彼女の言葉に、自分はもう一度同じ言葉を繰り返すだけ。

 

「アサシンとライダーを頼む。その間に俺は腐った残骸を叩き潰す」

 

「御武運を」

 

思わずぞくりとする感動のような何かが背筋を震わした。

ああ、成程、騎士王という単語を彼女に宛がった人は確かに正しい。

今の一言の鼓舞に比べれば、千の美女の声音の価値など地に堕ちるだろう。

彼女の為ならば死んでも構わないという魅了の声に、しかし真はそれを遠慮なく打ち払い

 

「凱旋してくる」

 

背後の微笑を受け取り、俺は躊躇いなく間桐臓硯だったモノに足を向ける。

アサシンは動こうとして動けない。

何故なら背後のセイバーがアサシンに向かって意を放っている。

動けば切り伏せる。

アサシンとて木偶ではない。

マスターの目で視れば確かに直接戦闘するには厳しいステータスではあるかもしれないが、敏捷は早い。ランクにするならAランクに届く程だ。

しかし、それはこちらのセイバーも似たようなもの。

魔力放出も加えるのならばA+ランクに軽く届くはずだ。

つまり、暗殺者はあの時、心臓を潰した時点で殺したと思った時点で敗北に大きく一歩踏み出してしまったのだ。

まぁ、それは心臓を潰されて生きている人間が何らかのトリックでも使わない限りいるわけないので実に仕方がない事なのだが。

ライダーとて動けないだろう。

ここには彼女があんなに必死になる程に大事な桜さんがいる。

ならば、する事はと思っていると背後で轟音が鳴り響き、そして三つの巨大な存在が再び森に疾走したのを察知し、微笑の礼を騎士に贈る。

そうして俺は距離、およそ10m前後の距離で爺の形をした残骸と対峙する。

そのまま名乗りなどせずに魔術を組み上げようと魔術回路に魔力を通そうとすると

 

「クッ──」

 

カカカッ、と気色悪い笑い声が空間を再び響かせて辟易する。

更には気味の悪い目でこちらを注視し、興奮し出すのだから尚更だ。

その上で勝手に喋りだすのだから、よっぽど自殺願望があるらしい。

 

「貴様のサーヴァントがアーサー王であるというのなら貴様のその治癒能力……否、蘇生に近い状態は………! クッ、ハ、ハハハ……! こんな所に! こんな所に我が悲願を叶えられる物があったとは……!」

 

地球様の空気も勝手に消費して喋り出す始末。

更には

 

「小僧。寄越せとは言わん──奪わせてもらう」

 

などと宣う始末。

ふぅ、と俺は思いっきり溜息を吐いて、顔に手をついてもう一度吸って、思いっきり吐いて

 

「ぐちぐちとやかましい。死ね」

 

空いている左手でそのまま遠慮なくガントを放つ。

一秒後に着弾音が聞こえるが、手の平から空いた視界で当たったのが爺ではなく奴が使役する蟲に当たったのを見ながら俺も俺で愚痴を漏らす。

 

「さっきから何だ? 聞いてもいない事をぴーちくぱーちくペラ回して、それで自慢する事が加害者自慢ときた。んなので自慢になると思ったら場所が違う。処刑台で遠慮なく囀れよ命乞いの。それなら多少、心に響くんじゃないか? 電気椅子のスイッチ押す人の心も感動するだろうよ────押しても全く罪悪感に震えないという感動によ」

 

実際、本当にそんな気分。

全くもって何も起きん。

怒りはもう五感に感覚(当たり前)に成り果て、殺意は安定して波にならず、憐みを生むには阿呆過ぎる。

会話しているだけでここまで無駄な徒労をしていると理解してしまう。

うん、だから今もまた何やら喋ろうとしている残骸に対して何か言おうか、と思っていたテンションを断ち切って殺そうとするのは別におかしい事ではないだろう。

 

投影(トレース)──」

 

その詠唱は彼から生み出されたものではない。

彼が子供の頃から見ていた背中が発していた錬鉄の詠唱。

父の言葉(オト)で発せられるのこの言葉の意味は上記に沿った通りの意味。

何故ならこの身もまた────

 

「──開始(オン)

 

 

 

あの正義の味方には程遠いけど────剣で出来ているのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、予告通りにFate更新です。いやぁ、青臭い青臭い。
相方はまた何時も通り更新出来ずに申し訳ない。お詫びにクロが今度フルチン土下座をしてくれるそうできもいですねぇ。皆様もクロに対してこのクズ男が! と応援してあげてください。きっと興奮してくれるでしょうから。

ようやく乱戦になって聖杯世界大戦と言うべきですかね? そんな感じの様相をちょっとだけ表現が出てきましたけど、まだまだ。まだまだですとも。予定では未来でもっと絶望的な乱戦を予定していますからかっ飛ばしますよぅ。
fakeのお陰でこんだけ無茶しても許されるのかと分かりましたからね。いやぁ、前例があるとかっ飛ばしやすいですよねぇ。

では感想・評価などよろしくお願いします。

次回も多分、この調子だとFate更新かもしれないのであしからず。でも悪役なので予定は基本未定なのであります。



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臆病者の笑み

投影開始(トレース・オン)

 

その詠唱と共に真が想像するのは二つの双剣。

否、厳密に言えば少年には戦闘に仕える投影で生み出せる武器は自分が生み出したオリジナルの双剣しかない。

少年の魔術回路はそういう意味では父程おかしく偏った適正ではないからだ。

父の魔術は固有結界で、それのみを成立させる為の魔術回路だ。

それ以外は出来ないし、それ以外の結果に見える者は固有結界の魔術を応用してでっち上げたものだ。

父のように属性に剣が追加されたとしても、自分にはあの領域の剣製は不可能だし、目指すものではない。

だから、自分は父のように無限の剣製ではなく────ただ一つの剣に拘っただけだ。

無論、その投影も父の出来に比べれば更にランクも落ちるし、そもそも宝具でもない。

ただの魔術礼装で宝具ではないから何とか成立させている、とも言えるが。

というか宝具なんて投影しようとしたら頭が破裂するわ。うちの親はそういった所が規格外なんで常識人の俺はそこら辺、普通に生きたいものである。

故に自分が錬鉄したものは実に普通で、俺が作り出した双剣を単純に118本ほどあるだけの有りがちなネタであった。

そんな宝石で出来た偽物の刀剣に対して突きつけられた魔術師の態度は苦笑だった。

 

「随分と燃費の悪い魔術を主流にするものじゃのぅ……」

 

それに対しては結構同意出来るので思わず頷きかけたが、それはそれとして遠慮なく発射する。

 

装填完了(リロードクリア)────全投影連続掃射(ソードバレットフルオープン)

 

全ての刃が主の言葉に応えるかのように敵対者に向かって発射される。

単純な数の攻撃に臓硯はコン、と杖で地面を叩く。

すると

 

「────」

 

木々の中に隠れていたのか、おびただしい数の蟲の大群が全ての剣に群がるように食み始めた。

ああ、そういえば支配の魔術が間桐の真骨頂だよな、と思い、打破の呪文を告げながら、瞳を閉じる。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)

 

本物と違い魔力で編まれた刀剣に父も使う魔術が発動する。

 

「むっ……!」

 

剣弾に群がっていた蟲は光に飲まれた。

投影剣として編まれた魔力が起爆して、巻き込まれた結果に己の魔術が相手の蟲に対して十分に対抗出来る事を確認しながら、突然の光に目を眩まないように閉じていた瞳を再び開く。

見ると爺が突然の爆音と光に飲まれるのを見、即座に腰の偽・干将莫邪を引き抜く。

身体強化された肉体からしたらこの程度の距離なぞ抱きしめれるレベルに近い。

故に行こうと片足で地面を踏み締め

 

「──あ?」

 

踏み締めた足が無くなった空虚を味わった。

咄嗟に見た視界に映った自分の足は面積が小さくなっていた。

肉所か骨すらも見える己の足。

確かにそれでは上手く踏み締める事も出来ないし、立つことにも支障が来る大怪我。

そして何よりも問題なのはそんな風になった原因が地面から生まれるかのように表れた巨大な蟲が直ぐ近くにいるという事であった。

 

「っ、あああ……!」

 

視界に映ったからか爆発的な生まれる痛みと熱を無理矢理無視し、倒れそうになる動きに逆らわずに左の莫邪を振り切り、自分の知識でも覚えのない蟲の首を切り落とす。

そしてそのまま地面に倒れながら、無様に転がってでもその場から離れる。

さっきの蟲が一匹限りであるかは不明だし、魔術を発動するのに立っている必要はないからだ。

 

seiretsu which(我が敵には) isn't also inferior(原初にも劣らぬ) to the origin for(凄烈な炎を) my enemy, I'll present a flame(贈ろう).」

 

礼装に魔力と詠唱をぶち込む。

魔術回路に魔力(ダンガン)が通っていく感触が足から伝わってくる痛みを払拭し、魔術が成立する確かな確信を掴む。

 

「ぬっ」

 

間桐臓硯も視て理解出来るほどの魔力の奔流。

その出所を見れば、何時の間にか自分を加工用に五つの点が存在している事を確認する。

それらを繋ぎ合わせると自分の知識と参照すれば一つの図形が出来上がるのを理解し、口が引き攣る。

それは

 

「五芒星を利用して炎熱とするか……!」

 

守護と破邪の意味を与えられる星から炎の奔流が生まれる。

退魔の炎として生まれた炎は間桐臓硯に対しては超厭らしくも残酷な火葬場となるだろう。

焼け死ぬとどれだけの苦痛を味わうかは知らないが、そこで止まるような半端な生き方は生憎だが周りにはいなかった。

 

 

The origin of the curtain(汝の役目は未練と執着)pull by which your business burns(を焼き尽くす幕引き)regret and sticking up.(の始まり。久遠の)They're the Death who(旅に連れ去る死神なり) takes him and leaves in eternal travel!」

 

 

焦熱地獄は膨れ上がる。

炎に囲まれている相手が見えなくなるが、構わずに手を握りしめる。

間桐臓硯のいる中心に向かって回転して近づき、炎同士が激突し、最大の膨張を見せ、破裂する。

魔力によって編まれた炎は術者の命を確かに、果たした。

が、しかし

 

「──ちっ」

 

舌打ち一つで即座に双剣を構え──弾丸のように発射されてきた蟲の全てを切り落とす。

残像すら残す自分の速度で切り落とした蟲の数など数える義務は無い。

何時の間にか再生された足を確認して、少しぞっとしない気持ちになりつつも残り火の中……ではなく少し外れた場所に立っている爺を見る。

 

「カカカッ、惜しい惜しい」

 

爺の話す言葉は有利になるような言葉以外は一切耳に入れないようにしているのでどうでもいい。

我が専心は老害を殺す事に向ける。

そして今回炎の浄火から逃れられた理由は単純に五芒星の陣を崩され、術式に魔力による改竄をされた結果であると理解する。

これはむしろ間桐の能力と言うより癪な事だが、これは間桐臓硯の培ってきた経験と術技によるものだろうと思い、内心で再度舌打ちする。

 

能力的な事なら負けちゃあいないんだろうけど……経験で完璧に補われてやがる……

 

そうなるとこの手の輩に喰らわせる方法は有りがちなネタだ。

未経験の手段を見せて、ぶち殺す。

 

「しかし、遠坂は随分と後継者に恵まれたものじゃのう。羨ましい事よ」

 

「…………」

 

別に答える必要はないのだが、しかし一つだけ反論したい事があるのでそれについてだけは答えといた。

 

「能力はどうだか知らないが──少なくとも母さんの方の爺はどうしようもないうっかり馬鹿であるからそうでもねえな」

 

「最近の若者は故人を容易く貶めるのぅ」

 

「貶められたくなければ最低でも愚痴程度で済ませる生き方をしとくべきだな」

 

まぁ、親父の方の爺もドアホウなのだが、そこはそれだ。

だって明らかに母の方の爺はミスをしている。

遠坂の魔術師として発展させるのならば、何をどう見ても桜さんは遠坂の魔術を教えた方が良かった。

感情抜きで俺はそう思う。

さっきはこっちから攻撃をしていなかったから舐めプをしていると思われるかもしれなかったが、内心では舌を巻いた。

魔術刻印を持って無く、且つ無理矢理に改造された能力であれ程の強靭さがあったのだ。

海に無理矢理適応させられた鳥が、他の魚よりも早く泳げているようなものだ。

もしも真っ当に修練させていたのならばもしかしては母よりもやばかったんじゃないかってマジで思う。

それをまさかあそこまで貶める選択肢を取らせるとは。

本気で感情抜きなのに嘆かわしいって考えてしまう。

もしもそれが聖杯戦争対策だったとしても母が愚痴混じりで言う、エーデルフェルト家のように双子で挑ませていたのならばもっと勝算があるだろうに。

全く

 

「どいつもこいつも俺にケツ拭き任せやがって……」

 

最悪な事にどいつもこいつも無意識や運で押し付けているから文句が言い辛い。

言い辛いから今度、親父には夢の国系のを、母には洗濯機の説明書でもぶつけて憂さ晴らししてやろうと思いつつ、魔術回路の回転率を上げていく。

今も泣いているのに泣けない人に手を伸ばす為に。

 

 

 

 

 

ライダーは心底恐ろしい、と思う。

自分の体中に走る痛みの問題ではない。

魔眼の後遺症である頭痛も自分が違うモノになっていく怖気も酷いレベルにはなっているが、まだ耐えられるレベルだ。

無論、自分にとって最大の恐怖は怪物になる自分を見る事と、"彼女"が自分のようになってしまう事ではあるのだが、それに勝るとも劣らない。

何せ自分よりも遥かに小柄で可愛らしい少女が己と暗殺者。

そんな英霊相手にして劣る所か全てに勝って打倒していく姿何て敵側からしたら悪夢でしかない……!

 

「……っ!」

 

「……!」

 

正面から多数の釘を召喚しての攻撃。

背後からはセイバーの意識の死角に乗せたダークの一射。

正面からの自分の攻撃も背後のアサシンのまるで葉っぱが落ちて来ただけにしか思えない一射も並みの英霊でも十分に脅威である攻撃のはずだ。

なのに、目の前の少女は

 

「────」

 

息を吸い込み、炉心を回し──瞳を開ける。

そんな行為一つで少女はヒトから竜へと変貌する。

アーサー・ペンドラゴン。

英国における誉れ高き騎士王。

最後には国を滅ぼした王。

そんな少女の伝承の中で間違いなく一番知名度が高いのは彼女の剣であるエクスカリバーと円卓の騎士の存在だろう。

彼女の手であり足であり目であり頭でもあった円卓の騎士。

その中には王でもあり騎士でもあったアルトリアを超える騎士がいた。

最優の騎士ランスロットなどがその筆頭であった。

その剣技はアルトリアですらもアルトリアを超える力量であったと納得する技量であった。

その他にも騎士としてではなくても何かしらの能力が己よりも勝っている。そんな人間が集まったのが円卓の騎士であった。

ではその集団を纏めあげたアーサー……アルトリア・ペンドラゴンは何をもって彼らを従えれたか。

地位、カリスマ、血筋、恩、王としての能力などがあったのは確かだ。

王の仕事は能力や地位が無ければ出来ない事ではあるから当たり前だ。

では、円卓の騎士は王の能力のみに傅いた騎士達であったのか。

この場にそれを断言出来る者はいない。

円卓の王であったアルトリアも騎士達が自分をどう思っていたのかは考えないようにしている。

だから、例えに出すのはもしもこの場にマスターである少年が激昂せず、余裕のある状態で見ていればという仮定ならば少年は恐らくこう結論を出していただろう。

 

これなら確かに傑物ばかりであったろう円卓を纏めるに値する王様だったのだろう、と。

 

 

 

 

 

「────」

 

姿を隠形で隠しているアサシンは自分達の攻撃が風の一撃で全て粉砕されたのを見て、素直に恐ろしいと感じた。

同時に自分が大きな思い違いをしている事も悟った。

自分達は目の前の少女を高名な王であり騎士であると思っていた。

だが、違う。

普段はどうかは知らないが、戦闘時の少女のスタイルは人や騎士なんって枠内に収まっていない。

これは最早竜そのものだ。

聖剣の役割は竜の爪といったところだろう。

流麗にして荘厳な風の竜だ。

中心点である彼女と彼女の近しい人以外には一度攻撃範囲に入れば肉も骨も引き裂かれる暴風竜。

つまるところ、自分達には速度や技能云々というよりも決定的に攻撃力が欠けている。

冷静に己の戦力を闇の中で考える。

ダークは現在、敵の出方を見る為に抑えていた為に余裕はまだある。

ただあの風の前では自分は加護があるからいいが、加護はダークにまでは及ばない故に投射武器としてはほぼ使えない。

体術も不得意というわけではないが、あの少女の形をした竜に組打つなど正気の沙汰ではない。

そもそもの話、状況が既にもうアサシンの領域ではないのだ。

アサシンのクラスはサーヴァント同士で戦う為のクラスでは無く、マスターを暗殺するクラスだ。

だから先程は己の力を正しく発揮出来たのだが、まさか人間の魔術師に心臓を粉砕されても生き延びる術があるというのは予想外の問題だ。

無論、この腕はその気になれば英霊の心臓も握る事は可能ではある一撃必殺の奇蹟の御業だが、とてもじゃないがアレに不意を打っても当たるとは思えないのだ。

 

………ならば何時も通りに

 

アサシンは気配を消しながら段取りに必要な事を行いに行った。

 

 

 

 

「──ライダー殿」

 

「……っ!?」

 

直ぐ近くで唐突に出された言葉にライダーは咄嗟に武器を投げつける所であったが、寸での所で抑えた。

その後に起きるのは怒りであったが、そんな事をしていると木々を動き回っている自分にあの騎士は即座に切り落としに来るのを知っている。

だが、その怒りも次の言葉を聞いた瞬間に霧散した。

 

「──宝具の開帳をお願いしたい」

 

「────」

 

ライダーは警戒を緩めないまま……というよりはこの仮面の暗殺者に対しての警戒も高めて敢えて何も言わなかった。

宝具なら既に使っているなどという馬鹿な言葉を吐くつもりはない。

自分の真名はこの暗殺者やあの怪物にも伝わっているのだ。

こちらから伝えずとも察すること自体は可能だろう。

何よりも自分のクラスはライダーなのだ。

騎乗兵(ライダー)のクラス名が指し示すモノを一切使っていないのだ。

だが、それを仮初の共闘とはいえサーヴァントに支持される謂れはない。

その事を察したのか、アサシンは姿を現さないまま意外と丁寧な言葉使いで説明を始める。

 

「視線も言葉も発さずに結構。そのまま聞く事のみに専念してもらいたい。方法は単純。貴公が宝具を使うとセイバーも宝具を使わざるを得ない。その隙に背後から私の宝具でセイバーを暗殺するのみ」

 

成程、確かに馬鹿らしいくらいに単純だと内心で嘲笑する。

まさかその程度の単純な方法であの騎士に打ち勝てるつもりなのか、と。

そもそも前提条件である宝具の発動時間すらも絶望的なのに、ライダーの宝具では恐らくだがあの聖剣に打ち勝てないのだ。

自分の宝具とてライダーに相応しい破壊力を持っているという自負はあるのだが、流石に人類史における最強の聖剣に勝てるなどと夢は見ていない。

桜の為ならば命は惜しくないが、無意味な自殺をするほどお人好しではない。

無視するかと考え始めているとまた次の言葉でこちらの考えを破壊される。

 

「──マスターに頼み、宝具の即時解放と威力の底上げの令呪を使えば拮抗は可能でしょう」

 

「──何ですって?」

 

条件反射で思わず声を上げて掴みかかろうとしかけた所を、セイバーの視線と刃がこちらに追いつきかけ、慌てて速度を上げる。

足の骨にまで罅が走った感覚に唇を噛み、痛みを意思で無理矢理洗い流した後に殺意が籠った視線でそれらしい場所に向ける。

他人のマスターに対して令呪を使えなど言語道断所か言う方が馬鹿である。

だが、今回の狂った聖杯戦争ならば共闘というのは有り得る選択肢だから那由他の彼方の歩数くらい譲って有りとして、だ。

問題は令呪はもうこっちには二つしかないのだ。

一つ目を自分の手際の甘さから無駄に使った為、もう二画は慎重に使うしかないのに、ここで全てを使い潰すなどそれこそ阿呆の極みでしかない。

そんな思考を

 

「勝てば、その後にセイバーのマスターから令呪を補填すればいいでしょう」

 

「…………」

 

ライダーは思わず内心で盛大に舌打ちする。

確かにその手段を忘却していた。

それならば、こちらの令呪はプラマイゼロの結果にはなる。

そしてそうならば確かに切り札を懸ける価値はある。

純粋な威力では負けてもブーストが入るのならば勝つ事は難しいかもしれないが、拮抗にならば持ち込めるかもしれない。

無論、相手も令呪を使ってきた場合はどうなるかは知らないが、流石にこればかりは予測は出来ない。

だが勝算は高い、と冷静にそう思える。

弱みとしてはセイバーもアサシンの存在を知っている事だ。

奇襲してくる事が分かっているのに隙を作るとすればそんなの罠一択でしかない。

だが、宝具である以上、セイバーも生半可な事は出来ないはずだ。

 

 

 

だけどそれをするには余りにもあの翁とこの暗殺者は信用も信頼も出来ない(・・・・・・・・・・)

 

 

 

何故ならこの暗殺者の目的は知らないが、あの怪物の目的は完全な利己だ。

桜の事など私というサーヴァントを上手く利用出来るための駒くらいにしか思っていないはずだ。

逆にそうでなければ私が縁のみで召喚された事(・・・・・・・・・・)実は何だと言うのだ(・・・・・・・・・)

これで愛故にとかほざいたら自分の手は間違いなくあのくたびれて耄碌した肉体を粉砕していただろう。

そんな怪物の手下のサーヴァントの提案で桜の全令呪を使い潰すなど出来るものか。

それならばまだ玉砕覚悟で令呪無しで特攻した方がまだマシだ。

そうすればセイバーは自分事アサシンを倒した後にあの怪物も打倒せるだろう、とそこまで考え唇を再度強く嚙む。

改めて無意識の自分が告げた答えを見て、己の思考が今、どういう風にブレているのかを認識した。

今の自分はあの少年なら、と思い始めているのだ。

流石に最初の桜を助けよう発言は頭が沸いているだけの偽善者の発言だと思ったが、心臓を握り潰された後にも同じことを言われたら流石に認識が変わる。

文字通り命を潰された後にも同じ事を言ったのならば、間違いなく間桐臓硯よりも遥かにマシだ。

 

 

 

そしてついさっき桜を救える希望を見せ(・・・・・・・・・・)て貰えた(・・・・)

 

 

 

あれなら桜を間違いなく救える。

救えるのだ。

だが、それこそ傲慢だ。

3度以上殺そうとした相手をどうして信用してもらえるか。

それこそそこのアサシンよりも傲慢で自儘な提案だ。

今から裏切るのでそれ(・・)で桜を助けてほしい、などと言って助けてくれるような人間なんて愚か過ぎる。

辛いのはあの少年ならそんな愚かを実行するのではという甘い期待を抱いてしまう所だ。

中途半端に魅惑を断ち切れない為にどうしても迷いが生じてしまう。

 

 

どうすればいい

 

このまま不確かな希望に縋るより、勝つ為にアサシンの案に乗ってセイバーを倒すべきなのか。

それともこのまま近くにいるアサシンを裏切ってセイバーに土下座でも何でもして桜を救うのを頼むべきなのか。

もしくはどっちの案にも乗らずに、このまま時間を稼いで時間に身を任せた方がいいのか。

どれが最適だ。

どれを選んでも自分は死ぬ、という程度ならば私は喜んで死のう。

しかし、桜はどの選択肢を選べば救えるのだ。

英霊などと言われても私は一度たりとも誰かを救(・・・・・・・・・・)えた事がないのだ(・・・・・・・・)

魔眼と怪力の代償の頭痛が激しさを増す。

まるで選べ、と警告しているかのように。

そして結果、ライダーは選ぼうとした(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

間桐桜はこの戦闘の中で、恐らくこの場にいる誰もが気付いていない事を察したのではないかと勝手に思い込んだ。

何故そんなに自分の感じた事を信じられるのかは分からない。

この世でもっとも間桐桜が信じていないのは間桐桜だというのに。

でも、もう確信の域まで自分が感じた事を信じてしまっているのだ。

それはたった一つ。

 

 

今も御爺様相手に一歩も引かずに魔術戦をしている凄い少年は実は本当は今も恐怖心と戦ってい(・・・・・・・・・・)るのではないか(・・・・・・・)というものであった。

 

 

今も勇猛果敢に戦っている少年に対してそんな妄想のレベルにになりそうな事を確信してしまうのは見てしまったからだ(・・・・・・・・・)

全てにおいて蚊帳の外にいたからこそ見えたモノ。

それは間桐臓硯に殴りかかる数秒前。

少年は破れた心臓の治療後に、まるで己を鼓舞するかのように手を開けて、閉じてを繰り返して───しかし本当に刹那の間だけ震えていたのだ(・・・・・・・)

無論、震えているように見えたのは錯覚ではないかと言われたらそうかもしれない。

心臓が破壊された直後なのだ。

心が強いとか弱いとかそういうのでなくても体の反応で肉体が震えただけかもしれない。

なのにどうして自分はここまで恐怖によるものではないかと思っているのだ。

 

……分かっている。

 

本当はその理由にどうしようもなく理解出来るものがあるからだ。

拳を意味なく握ったり、またはスカートの裾を握ったり、目を閉じたりなどと様々な違いはあれどそのような動作をしてしまうのは

 

「これからの恐怖に対する覚悟をしていたから……?」

 

桜も今までの人生で似たようなことを何度もしてきた。

桜と少年の違いは桜が諦めによる覚悟ならば、少年はやらなければいけない事の為の覚悟であるくらいだろう。

どちらの方がマシかと第三者に問われればどうなるだろう?

ただ私の視点からしたらそれはとてつもなく怖い事ではないのだろうかと他人事のように思う。

だって私は最初こそ覚悟も何も無く絶望するしかなかったが、その後は慣れる事が無いと思っていた地獄が慣れていってしまう作業になった。

無論、それらは第三者からしたら悲惨な過去とでも言われるのだろうけど。

でも少年の方は恐れている事を自分からしようとする事だ。

死を恐れている人間がナイフを首に当てて引くのと何が違う。

 

 

──かつてそんな風に生きていた剣のような人がいた。

 

 

真っ当な人間なら成立しない破綻した生き方を、その人は理想に全てを捧げた事によって成立した。

しかし、この少年はそんな事は出来なかった。

だから、代わりにナニカ(・・・)がその痛みを埋めて無理矢理自分を正したのだ。

でも、そんなの

 

結局、自分を殺してしまっている……

 

「どうして……?」

 

どうして自分を殺してまで戦おうとするの?

否、どうして自分を殺してまで私を助けると叫んでくれるの?

先輩みたいに貴方も正義を志しているから?

息子だからそこまで父親に似るのかと言われたら桜からしたら肯定も否定も出来ないが、あそこまでの人間に息子だからといって成れるはずだ、とは到底思えない。

分からない。

どうしてそこまで自分を助けようとしてくれるのか。

どうしてそこまで自分を救おうとしてくれるのか。

知りたいと思う。

教えて欲しいと思う。

そしてその答えをまるで応えてくれるように似たような問いをかけてくれる怪物がいた。

 

「それにしても意味が分からないのぉ。遠坂の現当主よ。どうしてそこまで桜に固執するのかの?」

 

「……」

 

少年は無視の態度を崩しはしないが、御爺様が言葉を告げる度に分かり易く不快な表情を浮かべている。

もしも鼓膜を潰さない方法以外の聴覚を意図的に閉じる方法があれば教えて欲しいと言わんばかりの表情に御爺様は一切考慮しない。

発言をしている間も魔術戦には一切手を抜いていないのだが、構わずに問答を勧める。

 

「ここで桜を取り戻してお主に何の益があるのかね? 桜に価値があるのは稀有な魔術の才と胎盤の機能くらいじゃぞ? む、いやそうかそうか……次代の子供の為に再び胎盤として才能がある桜を取り戻して次代の才を築こうとしているわけじゃな?」

 

この程度も読めないとは耄碌したもんじゃのぅ、と苦笑しながら蟲を襲い掛からせている翁。

蟲と台詞の事さえ無ければ好々爺のようにも見えるが、前提の条件のせいで酷く歪んでいるようにしか見えない。

だが、御爺様の言葉も決して間違っているわけでは無いのだ。

間桐桜に価値があるのはその程度くらいなのだ。

少なくとも魔術師の視線からしたらそれだけが価値だ。

ここまでの発言で少年が普通の魔術師から逸脱しているのは承知の上だが、それでもこの戦いは余りにも彼にとってリターンが少ない。

聖杯戦争なのだから当たり前なのかもしれないが、聖杯戦争であるならばそれこそマスターである私を殺してしまえば彼にとっての不安材料は一つ大きく減るのだ。

だから私も彼に答えがどんなのか興味を持ったのだが……当の本人は無視……の態度から変わって言語で評するのなら……凄く白けた顔と言うような表情であった。

御爺様の口から洩れるのならばそれは素晴らしい大言でも、おぞましい悪意であって等価値と言わんばかりの表情。

だが、それでも何かを答える気になったのか。息を吸う初動を行い

 

「だからお前ら(・・・)は駄目なんだよ」

 

「……?」

 

思わず御爺様と一緒に首を傾げる。

お前ら? ら?

私も含めて、という事なのだろうか。

いや……漠然とした予想なのだが……彼が纏め上げたのはそんな小さな集まりではなく……もっと大きいモノに対してのどうしようもないやるせない感情とそれを許せない怒りをブレンドした力が籠っており、そして本人は何でこんなちっせぇ事も分からないんだという口調で

 

 

 

 

そんなの(・・・・)考えて見過ごすような鈍感気取っている程、俺は器が大きくないんだよ。だからい・い・か・ら死・ね。そして桜さん寄越せ。お前もそして俺にも(・・・・・・・・・)勿体ない人なんだよ」

 

 

 

 

 

 

「──え?」

 

桜はふと視界がぼんやりとしているのを知覚して条件反射で目元に指を置くと湿りを感じてそれを見る。

指は濡れていた。

そこまで考え、自分が何をしているのか分かった。

 

「わ、わた、し……何で……」

 

今更涙何て……

 

当の昔に枯れ果てたと思いきっていたモノが勝手に溢れ出してきた。

何で、と言ってが本当は気付いている。

今、少年は誰からでもはっきりと傲慢であると言われる言葉を吐いた。

彼は自分の価値観で間桐桜は幸せになる価値があるから生きていい。

だが、つまり自分の価値観にそぐわない人間はどうでもいい、と酷く勝手な事を一切気後れせずに吐き出したのだ。

状況によっては間違いなく不平等を叫んだどうしようもない戯言であった。

でも、でもだ。

そんな言葉を逆に捉えれば

 

 

──この少年は本当に間桐桜という人間が幸福になるべきだと確(・・・・・・・・・・)定させているのだ(・・・・・・・・)

 

 

信じているのではない。願っているのでもない。

そんな曖昧な言葉を吐いて誤魔化す気はない。

かといって理由があるのではない。

本当に何の根拠もない未来を、当たり前の確定事項であるべきだと勝手に決めつけているのだ。

とんでもない傲慢。呆れる程の自儘。

100人中100人が今の台詞に対して嘲りか嘲笑を浮かべても言い訳が出来ない程の発言。

でも、でも

 

 

幸福を願ってくれた人は私にもいたけど──────こんなにも無遠慮に幸福を押し付けてくるような馬鹿な人なんているはずがなかった。

 

 

 

ああ……でもこれで断言出来る。

彼はきっと先輩ではない。

あの人なら絶対にそんな台詞は言わない。

集団の秩序を重んじ、生きる事を救いと思っていた人は個人の所感で善悪を決めたりなんかしない。

この子のは正義でも、ましては悪でもない。

ただの……自分勝手な男の子だ。

 

「うん、でも──」

 

それで十分だった。

これで十分だった。

これ以上は罰が当たるのはもう確定だ。

本当なら自分はずっと暗闇の中にいるはずだったのだ。

地上(ヒカリ)を見る事も出来ずに、ただ沈んでいく虫けらで終わるはずだったのだ。

なのにこんな風に地下には絶対に届かない場所に自分から勝手に踏み込んで暴れて、そして勝手に光る光を見せられた。

要らない、と何度も振り払ったのに、振り払う手を勝手に掴んで無理矢理光の方に連れて行こうとする。

十分だ。

 

 

意気地のない私を立た(・・・・・・・・・・)せた(・・)のだ。

 

 

それに……もしもこんな自分でも一つ許せれるのならば格好つけれる言い訳を吐かせて欲しい。

言われたのだ。

親子、姉妹ではなくても家族であると示す言葉を。

本人からしたら何の気なしに事実を言っただけなのかもしれないが、私はそう言われたのだ。

女としては少し複雑ではあるけれど、それでもそう言われたのだ。

そして自分よりも年下の子供が命を懸けているのに動かない、というのはあらゆる物語が否定している。

うん。

 

 

 

だから私は不相応な光を見せてくれた小さく我儘な子の為に、私はこの獲得した願い(イノチ)を使うのです────

 

 

 

 

 

"ライダー、お願い……来て……!"

 

唐突な桜からの念話に、ライダーは先程まで考えていた考えを全て放棄した。

 

「──サクラ!?」

 

即座に身を翻す。

背後からセイバーの怒鳴り声やアサシンが何かをしている雰囲気がするが知った事か。

ライダーの第一はあくまでサクラだ。

それ以外は全て些末事だ。

今こそライダーの最高速をもってマスターの命を完徹させた。

 

「サクラ!」

 

時間にして数秒程。

たったそれだけの時間でライダーは森を抜け、サクラ達がいる広場に戻ってきた。

セイバーのマスターと間桐臓硯がこちらの唐突な出現に互いに一瞬、こちらを見て来たのを感知するが今はどうでもいい。

彼女が今、視るべきは己のマスターのみ。

そう思い、彼女を見ると、拍子抜けなくらいに特に何も問題がない姿であった。

見た感じだと傷もそうだが呪いとか何かをされた様子もない。

そうなると間桐臓硯の命によって自分は呼ばれたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。

どうであろうともサクラが呼んだのならば自分がここに来るのは当然だ。

 

「大丈夫ですか、サクラ」

 

「うん……ごめんねライダー」

 

「謝らずとも。貴方の頼みなら私が断る理由がありません」

 

嘘ではない事と安心をさせる為に笑みを浮かべる。

それがサクラの幸福と命の安全を得れるものならば私の力と命を幾らでも懸ける、という言葉は私は絶対に嘘に変えない。

だから、安心して欲しいと思ったのだが

 

「……」

 

「サクラ?」

 

サクラが自分を見つめる。

平和の状況ならご褒美なのだが流石にこの場でレッツベッドメイキング……! をするわけにはいかないので欲望はとりあえず頭の隅に封印しておく。

己、臓硯……!

その怒りもとりあえず自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)しておく。

何れ必ず滅多刺しにしてくれる、という誓いを立ててサクラの視線に付き合っていると

 

「ねぇ、ライダー……どうしてライダーは私なんかの為にここまで助けてくれるの……?」

 

一瞬、眉を動かす。

理由としては単純にこの場で聞くような事ではないからだ。

サクラは確かにこのような修羅場には慣れてはいないが、聡い子だ。

そういった事を話す余裕も無ければ状況でもない事は察しているはずだ。

だけどその瞳を見れば、本人が現状に不安を抱いているから、とかこちらを信用できないからというわけでは無かった。

むしろこの戦いに行く前よりも遥かに強さを秘めているのを感じて、違和感を感じるがサクラが質問の答えを望んでいるのは理解した。

そしてそれに答えない理由はライダーには無かった。

 

「サクラ。私の逸話は知っていますね」

 

「それは……」

 

サクラが口ごもる理由は分かっている。

その優しさにライダーは警戒を解かないまま、しかしこちらも口元を微笑の形にして気にしないで欲しい、と伝え

 

「今でこそ私は英霊(ヒト)として顕現していますが、座にいる私の本体は怪物となったゴルゴン(わたし)です。そしてその末路に至ったのは偏に私の自業自得によるものです」

 

「そんな……だってライダーは何も悪い事なんて……」

 

優しい言葉に、もしかしてサクラは夢を通して自分の過去を見てしまっていたのかもしれない、と思った。

それ自体には申し訳ない、と思うが状況が状況故に謝罪を省いて先を進ませてもらう。

 

「ありがとうございます。ですが、血に酔ってしまったのは間違いなく私の弱さなのです。」

 

そうだ。それだけは間違いない。

だって自分はあの時一人では無かったのだ。

 

 

 

意地悪でどうしようもない──しかし優しい姉が二人いたのだ。

 

 

 

彼女達は自分を決して見捨てなかった。

最初から最後までずっと私を案じてくれた。

どちらを取るべきかだったなんて明白であった。

なのに私は大事なモノではなく飢えた欲望を望んだ。

結果が怪物(これ)だ。

あの島で、自分達は望めば永遠(こうふく)を手に入れたかもしれなかったのに、それを自らの手で壊した。

後悔する事なんて山ほどあるが、最も強い後悔はこんな馬鹿の自分を、それでも姉達が見捨てなかった事というのは余りにも自儘だろう。

だから、ライダーには望みは無い。

 

 

──でも強く思う願い事はあった。

 

 

 

目の前にいる髪も肌もやつれ、瞳の色ですら元々の色じゃなくなってしまった被害者の女。

自分は彼女に触媒で呼ばれたが、それだけでは私との縁は薄かった。

だから彼女に二度も呼ばれたのは私と彼女が辿るかもしれない末路という縁であった。

被害者のまま怪物に陥るその無残さ。

他の誰よりも知っている。

例え、それがアーサー王であっても他の大英雄であっても私の方が知っていると豪語出来る。

誰よりも普通の温もりを望んでいたはずが、自らの手で温もりを破壊してしまう悲劇を私は知っている。

だから、私は彼女の手を何時までも握り続ける事を誓った。

怪物となり、何もかもを否定するしかいない私でもまだ助けれるものがあった、と自分はもうどうしようもないが同じ末路が待っている彼女の運命を守る事は出来る。

妖怪の目論見など知らない。

それが正義に、世界に反する行いであっても構うものか。

 

 

 

今もずっと耐えてきたそんな愚かな少女の精一杯の強がりを私は深く愛しているのだ────

 

 

 

だから、私はそんな誓いをおくびに出さずに、眼前の彼女に届けという想いを込めて、告げる。

 

 

 

 

「要は私の勝手な自己満足です。サクラ。貴方の幸福が私にとってはかつての弱さを否定出来、何よりも私が嬉しいのです。だから、私なんかなどと言わないで欲しい──貴方は幸福になれる自分を選んでいいのです」

 

 

 

 

「──」

 

サクラの瞳から漏れるモノを見て、自然と指でそれを抄う。

そして自然に思った。

ああ、私でもこんな風に人を泣かせる事が出来るのか、と。

悲鳴や苦痛ではなくこんな風に泣いてくれるような事を出来たのかと。

なら、絶対に有り得ない話だが、もしもこの話を姉二人にすれば喜んでくれるだろうか? ──いえ多分、即座に

 

「あら? マスターを泣かすなんて駄メドゥーサは一体どこまで落ちれば気が済むのかしらね? ね、ステンノ()

 

「駄目よエウリュアレ()。メドゥーサに当たり前の事を言った所で反省しないわ。ふふ、手がかかる妹が失礼を働くなんて……一体どこで教育を間違えたかしら。ふふふ……」

 

というような事になるに違いない。

だから、悲しいがとりあえず妄想の姉二人を跳ねのけて……いえ諸に土下座しましたがそこは置いといて現在の状況に戻る。

話した時間は数秒でしかないないが、サーヴァントしての感覚がセイバーの急接近を感知している。

このままではサクラも巻き込みかねないので、ライダーは出来るだけ安心できる声音と表情を意識しながら

 

「サクラ。そろそろここはまた危険になります。離れていてください」

 

そうしてライダーはサクラの肩に手を置いて避難を促そうとした。

 

 

だが、するりと彼女はこちらの手に触れないように一歩離れた。

 

 

 

「……サクラ?」

 

思わず呼びかける。

たった一つの動作なのに一瞬でライダーの嫌な予感という感覚が倍増した。

私の忠告を聞いてただ離れただけなのなら別に何もおかしくない。

何もおかしくない。

 

 

でも、何故サクラは今、令呪に光を灯らせて発(・・・・・・・・・・)動直前の態勢になって(・・・・・・・・・・)いる(・・)

 

 

今、何故令呪が必要になる。

もう何もかもが嫌でここから逃げる為に令呪を切るというのならば喜んで負け犬の汚名を被ろう。

もしもサクラがここで全てを断ち切って欲しいと願うなら私は喜んで私の仔を呼び、蹂躙しよう。

 

 

だが違う(・・・・)

これは違う(・・・・・)

 

 

この背筋を震わす悪寒は口に出すこともしたくないあの時の悪寒。

怪物に身を変じてしまった──時のではなく(・・・・・・)あの大事にしたかった者とモノを自分の手で壊してしまったときのあの身の毛がよだつ快楽にも等しい悪寒。

いけない、と思って言葉よりも早く体を動かそうと思えば唐突に体が重くなる。

否、力が入らなくなる。

原因は明白。

この身を構成し、力とする魔力が一瞬、減少させられたからだ。

魔力供給を極最低限なレベルに落とされたと気付く。

結界の効果で多少は魔力の供給はあるが、この結界は多人数から吸い出すのを得意とはしているが、一人に対して一気に吸い上げるような即時性には欠けている。

今まで送られてきた魔力があるから即座に消えるわけでは無いのだが、力を入れようとしていた自分には致命的なロスであった。

そしてサクラは何時の間にか自分から一歩所か5,6歩くらい離れた場所におり、

 

 

 

そして────

 

 

 

 

 

 

 

遠坂真も空気の流れが変わったのを察知した。

否、遠坂真所か相対していた間桐臓硯も、今さっきこの広場に辿り着いたセイバーも、恐らくどこかで伺っているであろうアサシンも含めて場の流れとでも言うモノが自分の手から離れたのを察知した。

そして場の中心にいるのは英霊である3人でもなく、戦っていた魔術師二人でもなく

 

 

ただずっと今まで耐えてきた女に全てが集まった。

 

 

間桐桜が胸に手を当て、その手を逆の手で握りしめ、必死の表情でまるでもう逃げないと言わんばかりの姿勢でポツリと漏らした。

 

「ずっと……ずっと考えてた……私が生きている理由があるのかなって……」

 

大きな声ではなかった。

しかし、それは消え入りそうな声というわけでは断じてなかった。

むしろその言葉に込められた熱量は聞いている自分所か見えている英霊二人すら少し息を呑む値がを出していた。

 

「死ぬのは怖かった。生きるのは辛かった。願いも望みも叶わないのを知っていた」

 

 

 

────希望(ミライ)何て見た事が無い、と彼女は囀った。

 

 

 

 

その言葉に最早目の前の爺程度では収まりがつかない怒りが─────湧くのを無視して嫌な既視感(・・・・・)を感じ取っていた。

知っている。自分は知っているはずだ、と本能(かこ)が叫んでいる。

ガチガチガチガチ、と何かがぶつかり合っている音が聞こえる。

脳がそれは自分の歯から発せられる音だと理解を寄越すが、受け取る自分が何も読み取れていない。

致命的に自分の頭の巡りが遅い事を理解しているのに、何を察知しようとしているのかがわからない為、何も出来ないでいる。

そして不幸を謳っていた女の口が、堅くはあったが、でも笑みの形になり

 

「でも────そんな意味も持たない自分にも────」

 

温もりをくれた人がいた。

繋がりをくれた人がいた。

支えになってくれる人がいた。

強さをくれた人がいた。

 

 

 

「生きる意味も、意義も持たない私に、でも一時でも未来があると信じさせてくれた……だから──」

 

 

 

そして桜さんの視線はこちらに向き──────そして微笑んだ。

 

 

 

既視感が遂に確かに記憶となって自分の視界を現在と過去でダブらせた。

右目には現在の桜さんの笑みを。

そして左目には──誰かの為にあるのが幸福だと、そんな綺麗な言葉だけで本当に幸福そうに笑っていた正義の味方がいた。

そう思う前に既に両足は動いていた。

動いていたが、とてもじゃないが桜さんの元に辿り着くには距離が離れすぎている。

ああ、なんだこの愚図な両足は!

間に合わせるために足があるのに、間に合わないのなら無価値過ぎる。

だから、せめて言葉だけでも届けて押し止めようとして──自分よりも早く桜さんの声が届いた。

 

 

「ごめんなさい……二人とも」

 

 

令呪の輝きが極限にまで輝き、そして

 

 

「ライダー。令呪に告げます──私の心臓に憑いている(・・・・・・・・・・)間桐臓硯事(・・・・・)、即座に貫いて」

 

 

令呪の一画が消費され、命令は正しく実行される。

対魔力もなく、直前に魔力供給をほぼ断たれていたライダーに抗う術はなく、流星のような速度は今こそ主の命令を忠実に現実に生み出した。

肉を貫き、血が噴き出す音が聞こえる。

まるで吸血鬼の心臓に刺す為の杭となった釘剣の先には主の心臓が今も鼓動を打っているのを確認した。

余りの速度に心臓は今も体内にあると錯覚している。

遠坂真の強化された眼球に見えるのはその心臓に気色の悪い蟲のようなモノが取りついているのを確認して、

 

「ああ──そういう事か(・・・・・・)

 

と自身の無能さにもう殺意も沸かなかった。

つまる所、自分は全くこれっぽっちも桜さんの事、間桐臓硯がどれ程生に固執していたかも分かっていなかった。

こんなの自分の怒りに酔って何もかもに迷惑をかけたクソガキの尻拭いを桜さんに任せてしまっただけではないか。

これならば親父の方が数億倍マシである。

 

 

自分だけ満足して、他の全てが死んで、遠坂真君は見事日常に戻れてこれから幸福に暮らせました。めでたしめでたし。

 

 

しかし、強化した視界のお陰で。

余計な表情ばかりが全て目に焼き付いてしまった。

 

間桐臓硯のそんな馬鹿な、という表情。

 

ライダーの喪失感と悲哀が刻まれた表情。

 

セイバーの驚愕と歯を噛んだ表情。

 

 

 

そして桜さんのこれで本当に良かった、と満足した表情。

 

 

 

 

「────────────────ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

そんな自己犠牲一切認めない。

あの正義を否定した時から、自分にはその行為を認める事だけは許されない。

自分を犠牲にして他者を救うというその身勝手で美しい行為は完全否定する。

例えそれによって救われるのが自分の身であろうとも否定しなければいけない。

心臓を貫かれて死に抱かれようとする桜さんを絶対助ける、と決定事項を下す。

心臓を貫かれ、露出している人間を救う術など現代医術は当然として、魔術には方法はあっても材料が無い今、世迷い事に普通にはなるが

 

 

──────奇蹟はこの身に宿っている。

 

 

 

投影(トレース)……開始(オン)……!」

 

投影の詠唱だが、工程はほぼ別物になる魔術行使を行う。

自身の投影はあくまでも普通の投影だ。

他の人間よりは剣のみ幾らか手際がいいが、親父のように逸脱した極みには程遠い。

例え今回の投影が、体に融けている鞘の出(・・・・・・・・・・)力であろうとも(・・・・・・・)遠坂真の枠にぎりぎり収まるかどうかの領域だ。

親父ならこんなの普段の投影より少し工夫を凝らさなければいけない程度なんだろうけど、それは際物芸だ。

だが、やる。

それを行う。

幸い両親に自分の中にあるものを教えられた時にセイバーからも記憶の追体験で実物を見せさせて貰った。

そしてそれは脳ではなく魂に焼き付いている。

行うのに出来るだけ身体が接触しているのが望ましく、額と額が触れ合って目の前に超綺麗で可愛い顔があるわ、すっごいいい匂いがするわ、心臓がさっき破裂させた時と似たような感覚を作るわ、母が嗤うわ、父が微笑ましそうに笑うわしてもう前半は色々とありがとうございました。

後半は説明書と夢の国に連れ出してやるわ、と覚悟を色々作ったがそれはそれ。

だから不可能ではない。

失敗は許されない。

バッドエンド主義なんて知ったことか。

それに何より──彼女の理想がこんな結末を許すはずがない……!

 

「あ、あああああ……!」

 

魔術回路が荒れる。

総数三桁を超える魔術回路は、しかし今こそ歓喜に震えた。

今、自分達が酷使されているというおぞましい感触を初めて味わったが故の未知の恐怖であり歓喜だ。

魔術師ならば涙すら流しそうな感覚に、遠坂真は全て知らんし、どうでもいいと切り払った。

必要なのは歓喜でも恐怖でもない。

必要なのは理解だ。

今から摘出するものへの理解。

それのみを念頭に魔術回路を集中させる。

 

 

 

瞬間、脳に溢れるのはそれに込められた願いで会った。

 

 

たった一つ、それだけを願った。それだけを望んだ。それだけを欲した。

そうして欲したモノによって得れた笑顔を見る事だけは私の幸福であった。

人々がそうして笑っている光景を思えば、戦場の恐怖も、王の重責も何の負担でもない。

そう──自分の原初の思いはただ一つ

 

 

 

─────多くの人が笑っていました。

それはきっと間違っていないと思います。

 

 

 

だから鞘は私の理想の具現。

人々が願い、祈り、挫け、しかし諦めきれない夢の形。

例え届かぬ夢想の類であったとしても、それでもという想いで歩んで進む先。

その名も

 

 

 

「───全て遠き理想郷(アヴァロン)!!」

 

 

 

聖剣エクスカリバーの鞘にして永久の守り。

アルトリア・ペンドラゴンが願って、辿り着けなかった理想郷。

五つの魔法も寄せ付けず、所持者のありとあらゆる不浄を祓い清める絶対の守り。

セイバーが失った究極の宝具であった。

 

 

 

 

 

遠坂真は手元に現れた触れるのも躊躇われる美麗な鞘を、しかし一瞬だけ憎々しい思いで見つめてしまった。

何故なら分かってしまったからだ。

少女がどんな風に人生を駆けたのかを。

それに対して本当なら本人にも、周りの奴らにも物申したいが、流石に今はそんな事に囚われている場合はないと知っている。

だから即座にセイバーとアイコンタクトをし、セイバーも頷いてこちらにコンマ一秒で近付き、桜さんの祖座にまで運び、セイバーと一緒に倒れる桜に鞘事押し付ける。

 

「俺の目の前でそんな勝手に死ねると思うなよ……!」

 

貴方にそんな悲劇のヒロインのように死に方なんて許すか。

貴方はもっと平凡で普通でどうでもいい死に方がお似合いだ。

一発母にぶちかましてやって、それで二人仲良く笑い合ってどっちかが看取って死ぬ。

そんな幸福な(ありきたりな)人生の世界があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




……ふぅ……もう、何も言う事がありません……
ははは、19000字とか自分何やってんの……と、とりあえず楽しんでくれれば幸いです……!

うーーん、英字にルビが出来てない……どうすれば出来たんでしょうか? 出来れば知っている人ご教授をお願いします。


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本当の始まり

 

か細いが確かに息を吹き返した瞬間に、遠坂真は膝を着く所であった。

 

「~~~~~~はぁーーー!」

 

物凄く長い間息を止めていた感覚に思わず人生最大クラスで息を吐いてしまう。

その事実を隣のセイバーに苦笑で、笑われるがもういいだろう。

何せ、死に抱かれる運命であった女性の命を救えたのだから少しは許して欲しいというものだ。

大体、今回は蘇生としては比較的最も楽なタイミングであった。

まず第一に間桐桜は心臓を貫かれたとはいえ肉体的には未だ死んでいないという状態であった。

更には致命傷は心臓の一撃のみだ。

ならば、方法は貫かれた心臓を元の場所に戻しつつ死ぬ前に治療を完成させれば成功。

前提条件がベリーハードではあるが、それを補う鞘があった為、可能だった。

元手があるならともかく無い以上、破格の道具さえあれば問題無しという事だ。

だが、それでも流石に初めての連続だったからドッと疲れてしまったが、それは普通に仕方がない。

 

「……さて」

 

桜さんはか細うが呼吸を行い、生を留めている。

セイバーはそんな桜さんの為に鞘に魔力を供給し、安定させようとしながらも一切の警戒を怠っていない。

ライダーは桜さんの手を握り、心底ほっとした顔で桜さんの顔を見ている。

アサシンは……恐らく森の中にいるのだろうけど、手を出せばセイバーがこの状況でも対処出来ないとは思ってはいないだろう。

奇襲されると分かっている暗殺者は最早、己の手腕を活かせれない。

 

 

詰みだ。

 

 

だから、決着をつけよう。

どんなに盆暗で意識が欠けようとも、少なくとも今の自分は遠坂の魔術師なのだから。

 

「……シン?」

 

騎士の少女の呼びかけをあえて黙殺する。

下手に振り返って、自分が今、どんな表情を浮かべているのか指摘されるのは少し嫌だ。

 

 

 

 

 

「……」

 

山の翁の名を襲名している一人の暗殺者は自分がどう足搔いても勝つ事は不可能である事を悟った。

真っ当な英霊ならばここからの逆転劇を狙う為に不退転の覚悟を決めるのだろうが、暗殺者であるハサンにはその手のご都合主義とは縁が無い。

 

此度は間違いなく私の不覚……死んだ者として後を考えなかった私の不手際……

 

心臓を潰されて蘇るというのは普通ならルール違反そのものだが英霊が言う言葉ではない。

依頼された仕事を達成できなかったのならばこれは自分の落ち度なのだ。

 

口惜しいが……敗北を認めるほかあるまい。

 

ここから少年を狙う事は可能ではあるが、今だのセイバーからの威圧がここにまで届いている。

姿や居場所を捉えられなくても私は防ぐことが可能だぞ、と。

見事としか言いようがない。

 

「ならば、私も山の翁に連なる者。職務を貫いて果てるこそが道理であろう」

 

これが他者の失敗による終わりならばアサシンはここまで潔くは無かったのだろうが、今回の落ち度は正しく己の責だ。

口惜しさは当然あるが敗者の責務故、それを一切口に出さず挑もうとし

 

 

 

──己の肉体に鋼の感触が通るのを認識した瞬間に霊核を完全に断ち割られる怖気の走る感覚を脳が表現した。

 

 

 

「─────」

 

暗殺者は驚愕の表情のまま、即座に砂に帰った。

霊核が無事ならば致命傷でもサーヴァントの肉体は崩壊しない。

正しく即死の一撃であったからこそアサシンは一切この世に何も残さないまま座に帰還を果たすことになった。

それを成したの夜の暗闇で姿を黒く染めた二人組であった。

一人は暗闇のシルエットの中、剣を握り、呼吸だけを漏らす姿。

もう一人はシルエットの中では特に特徴は無いが……気配だけが何故か酷く重苦しい姿の存在であった。

重苦しい姿の人物は今の光景に納得したような仕草をする。

 

「アサシン、ハサン・サッバーハに連なる真明と推測するが、早めに脱落してくれて助かる。個人の戦力は低いが、あのレベルの霊格であの少年の魔力貯蔵量ならば二重契約をしかねない。あのセイバーを相手に背後も気にしなければいけないというのは避けたいものだからな」

 

バスの音を発するのを見る限り男と思われる人物は隣の人物には一切目も向けず、独り言を発していた。

癖のある長髪のみを暗闇の中で示しながら、男は隣にいる凶器を持っているモノには一切視線を向けず、この公園の広場にあるモノ達だけを見る。

男と思われる人物は一切の抑揚も込めずに、その光景に一度鼻を鳴らしながら

 

「気に入らないが、効果的な代物だ。神秘の終焉の為に精々使い潰させてもらうとしよう」

 

 

 

 

遠坂真は一切の感情が籠らない瞳で目的がいる場所に歩み寄った。

そこにいるのは取り繕わずに言えば汚い蟲であった。

芋虫のような体でライダーの釘剣によってできた致命傷に震える哀れな蟲。

それだけならばまだいいのだが、その蟲は事も有ろうか

 

「死ね……ない……ま、だ……………死ね、ない………………」

 

と人語を理解していた。

誰がこれを且つて間桐臓硯として邪悪を行い、命を貪った怪物だと認識できるだろうか。

 

「人の命を喰らって得たのがそれか。魔術師ならば自業自得なのだろうけど、お前には自業自得なんて優しい言葉じゃ足りないな」

 

事実、遠坂真は全くこれっぽっちも同情という感情をこの蟲には抱いていなかった。

まだ大望の為、根源に到達する為にというのならば反吐は出るが理解はできる。

だが、この蟲には生存欲求しかない。

己が生きて、生きて、生きればそれで良し。万事よし。何をしても構わないと何もかもを犠牲にする毒蟲。

両親が情報収集の邪魔をしなければとっとと潰したのに、と思うが今更だ。

 

「た、たの、む……………儂に、も…………鞘を……鞘を………………」

 

「……まさか。俺が、お前に、あの鞘に触れさせると思っているのか?」

 

彼女の穢れなき理想を。

彼女が生涯追い求めた世界に触れさせると。

 

「お前のような魔術師はどうも勘違いしているようだが──英霊は魔術師の持ち物(・・・・・・・・・・)じゃない(・・・・)。確かに現界する為に魔力を提供するのがマスターだろうがその結果、英霊はこちらに力を貸している。もう既に対価は支払われている。なのに召喚したサーヴァントは血も肉も魂までもが自分の物と思うのは聊か図々しいと思わないか? 自分だって同じ目に合ったら嫌だ(・・・・・・・・・・)ろうに(・・・)

 

他の魔術師が聞いたら意味が分からないと返す結論をしかし遠坂真は一切揺らがず無表情のまま告げる。

魔術師からしたら英霊であっても道具である、という認識を持つのが実に普通だ。

しかし、遠坂真は真実、セイバーを道具だと思った事が無いしこれから先も無いだろう。

むしろ、どうして遠坂真は英霊を道具扱い出来る、と疑問を抱く。

あれ程強烈な自我を持つ存在を、道具と認識するのは矛盾だろうに、と。

死しても名を残すような偉業を成した存在を、自分なら御し得ると思えるのならば英霊なんて呼ばずとも十分に大成出来るだろう。

別に媚びろとまでは言わないが、人間関係を悪くすれば何であれ擦れるのは当たり前なのに、という魔術師らしくない常識的な理論で遠坂真は思うが、同時に魔術師には難しいのだろうと思うくらいには理解している。

だが

 

「寄越…………せ………………鞘を………………儂は……………死にたく……………………」

 

こうまで傲慢に言われるとその気が無くても踏み潰したくなる。

だが、逆にそこまで執着するのならば一つの意地として咲かせるのも始まりの御三家の一角で元同胞の遠坂家の義理であり、両親の尻拭い担当の俺の役目だろう。

 

「では問おう。間桐の当主よ」

 

瞳が再び鋼色に輝く。

半身が少しイカレてい(・・・・・・・・・・)るが(・・)、この程度の魔術行使ならば元々頑丈な回路も耐えれる。

瞳が機能しているかも定かではない蟲にしっかり視線を固定しながら

 

 

 

 

「永遠を得て、それで何を掴もうとした。何を望もうとした──その執着に、一欠けらでも願いを残しているか?」

 

 

 

 

 

 

鋼の色をした魔力に晒され間桐臓硯は生存本能すら跳ね除けれれ己という人生を掘りぬかれる感覚を得ながら、意識は過去に飛び始める。

 

永遠を何故求めた? それは根源を……………魔術師としての当然の悲願を叶えようと…………

 

己の肉と力で根源に至り、全てを手にする。

それこそが己が望んだ願いのはずだ。

それの何が間違っているという。

魔術師が根源を目指す為に他者と物を利用する。

実に当然の事だ。

その為に人の命を喰らい、生きて生きて生きて──────────────────生きて……………どうするというのだ?

 

「───」

 

先程まで感じていた苦痛の波が引いて、余計に血の気が引く感覚が全身を襲うが、思考は止まらない。

そもそもとして自分は何故生きなけれ(・・・・・・・・・・)ばならないのだ(・・・・・・・)

無論、魔術師として己が代で辿り着きたいという欲求はあるが、不可能である事を悟ったのならば後に継がせれば──いや、そうだ。それは駄目なのだと気付いたのだ。

最早、マキリの魔術師は己の代で魔術師としての限界に辿り着いたと自分は悟ってしまったからだ。

悟ってだから自分は無我夢中に根源に辿り着く事を夢想して、その為に己の人生の延命を考えて──────────────先程、自分は一体何と答えた?

 

 

 

”まだ死にたくない。故に死を克服する。それだけの面白味は無いが──しかし人類共通の願いを持っているだけじゃよ”

 

 

 

この願望に間違いはない。

自分は死にたくない。

何故なら死ねば根源に辿り着けず           という理想にも辿り着けない。

間違ってはいない。

間違ってはいない。

間違っているのはそれが目的(・・)となっている事だ。

聖杯に告げる願いは不老不死であってどうする。

あくまで不老不死は手段であり、目的では無かったはずだ。

目的は根源に辿り着く事で………そして…………そして…………………そして………………………………………

 

「あ、あ、ああ………………!」

 

思い出してはいけないと本能が吠える。

思い出せば矛盾によって己の人生(イノチ)は粉砕されると叫んでいる。

生命本能による忘却機能を、しかし鋼の瞳は一切許さない。

今更理解できた。

あの瞳の色は罪人を処刑するギロチンの色だ。

報いを受けさせる為の人類が生み出した報復と断罪の色なのだと。

よって罪はここに。

間桐臓硯という命の原初が口から吐き出される。

 

 

 

 

「儂は………………………私は、この世から……………悪を……………………………」

 

 

廃絶する為に魔道に身を捧げた───────

 

 

 

かつて若い時に燃え上がっていた理想を、しかし口に出した事こそが最大の致命傷となるのだと魂が悲鳴を上げる。

何故ならそこにいる少年はそうか、と真摯に受け止めながら、眼光の鋭さは一切陰りが見えないからだ。

 

「その理想の善悪を語る口は俺には無い。それこそ英雄となれば別なのだろうが────でも、もう解っているのだろ(・・・・・・・・・・)()?」

 

かつての盟友の血を受け継ぐ少年はわざとらしく周りを見た。

そこにはただの公園と──孫娘に迎えた少女と英霊達だけがあった。

孫娘に迎えた少女は心臓の辺りを血に染め、頭髪は心労と魔術による影響で白に染まりつつある。

セイバーはこちらを見ていないがライダーは桜が無事である事を理解したのか。

こちらに視線を向けている。

一切の情が含まれていない視線を。

そして自分も体の至る所を血に染めた少年は無表情のままこの場を一言で表現した。

 

この場で貴方が廃(・・・・・・・・)絶したがっていた悪は(・・・・・・・・・・)誰だ(・・)

 

少年は一切の虚飾を認めずに口を動かす。

 

「セイバーとライダー? 違うな。彼女達は俺達の都合に呼ばれただけの言うなれば部外者だ。まぁ、それが己の欲求で他の人に迷惑をかけたのならば別だけどな。なら、俺か? それは否定しない。正義に味方になるつもりもなければ悪の体現者になるつもりもないが、まぁ、人並みに悪さくらいはしているしな。で、最後に桜さんだけど──」

 

最後のみ一切の感情を含まずに

 

「───言わなくても分かるよな」

 

正義でも悪でもない。ただの悪による被害者(・・・・・・・・・・)だと。

 

 

「あ、ああ………」

 

己の生涯の意味が全て反転する。

慎二や桜にした事、それ以前の雁夜にした事、それよりも前の前も。

他にも様々な悪事の数々を前に自分が浮かべていた表情はなんだった。自分は何の感情を持って彼らと対峙していた。

ああ、本当は分かっている! 知っている!

自分は酷くご機嫌に唇の形を三日月に歪めて───笑い果てていた(・・・・・・・)

過去の己の姿をまるで目の前にいるかのように再現させられ、己の力で首を搔きむしりたくなるような息苦しさを覚えて──────唐突に全てが終わった。

そこにあるのは魔眼を閉じた少年だけであった。

 

「……嗚呼」

 

成程、そういう事か。

さて、どこまでが現実でどこまでが幻だったのか。

ただ一つだけ確かなのは自分は確かに悪の廃絶という理想を求めた愚か者であった、という事だけだ。

 

「……………酷い裏切りだ間桐臓硯」

 

確かにその通りだ。

悪党が最後の最後に無様を晒すなぞ正義の味方からしたら酷い裏切りだろう。

怪物は最後まで怪物のままでいるのが義務であるのに、無様にヒトだった頃を思い出すなんて恥晒しにも程がある。

ああ、でもここまで恥をさらしたのならば一つだけ知りたい事がある。

恥の上塗りを承知で、掠れた声を吐き出す。

もうとっくに死の領域に入っている魂を魔術刻印が無理矢理繋ぎ止めているからこそ出来る猶予を一つの疑問に使い潰す覚悟をして

 

 

──儂はどこで間違えた───?

 

 

自分の人生はどこで間違えた。

人には到底届かない目的を抱いた事か。

聖杯戦争などとそんなシステムを生み出してしまった事か。

それとも不死を望んだ事か?

心当たりが多過ぎて定まらない。

それとも全てが間違っていたのか。

その事に、少年は無表情のまま首を振る。

 

「目的の正否なんて命題の否定何てする柄でもなければ俺にも分からない。でも敢えて言うなら────個人で救えるような世界ならそんなのどうしようもないんだろうな」

 

どうしようもない、と諭すような言い方をしながらどうしようもないというその現状にそれこそ酷い裏切りだと言いたげな言い方であった。

 

「言いたいことは分かるさ。個人で救えるのが駄目ならば集団で挑めば成功するのか、と言われたらきっと成功しないんだ(・・・・・・・・・・)ろうな(・・・)

 

はぁ、と大きな溜息に全てのどうしようもなさを乗せながら

 

「善意は疑われ、悪意は否定される。だからあんたは個人で挑もうとしたんだろうけど───ここで奇跡に縋ったらそれこそ今までの歴史が無価値になる」

 

そうして少年はこちらに視線を向ける。

どうしようもない、と嘆きながらもそのどうしようもなさを肯定し、挑むという意思を決して内から漏らさないように強がりを維持しながら

 

 

 

「人間には価値は無い。でも今まで積み上げてきたものには価値があると思いたい。神も奇蹟も神秘も否定した先が自分達の自滅であったとしても、その選択の全てが無価値だったとは思えない。ま、全部受け売りで俺が出した答えには程遠いが」

 

 

 

「────」

 

それはきっと間桐臓硯には一生届くことが出来ない一つの想いだろう。

最早、怪物に堕ちた間桐臓硯にはその想いを共有することは叶わない。

救いの無い世界を見て否定しようとした間桐臓硯には救いの無い世界を見て挑もうと思う遠坂真と同じ想いを抱く事は無い。

だけど、それでも─────そんな生き方をこそ本当は目指すべきだったのではないかという焦がれが己にどうしようもない痛みを植え付ける。

悪性であったものが善性に変生する事など出来ない。

何故なら善性を抱いた悪性はその時点で罪悪感の炎に包まれる。

赦しは未来永劫与えられない。

でも、それでも

 

「嗚呼………………」

 

苦笑。

その笑みに納得の響きを表現させながら

 

 

「儂は………生き汚さ過ぎたのぅ……………」

 

 

己のどうしようもない本性(ほんね)を自覚し──────己の全てが断絶されたかのように闇に抱かれた。

それこそが間桐臓硯の遺言であり、どうしようもないちっぽけな呪いであった。

 

 

 

 

 

「………どういうつもりだライダー」

 

真は目の前で釘剣に貫かれた間桐臓硯を見ながら殺意すら込められた視線を騎兵に向ける。

逆手に握り、死に抱かれる寸前だった蟲に止めを入れる筈だった刃はライダーに何時でも向けれるくらいには殺意が高まっている。

 

「俺が、この老害を殺すのを邪魔したのか? それとも俺が手を汚すのを止めた何て綺麗事を言うつもりじゃないだろうな…………!」

 

「いえ」

 

たった二つの音でこちらの殺意を受け流すライダーの表情は全て無に染まっている。

 

「止めなかったら貴方は正しく間桐臓硯を殺したでしょうし、貴方が何かを殺す事に私は一切関心ありません」

 

ですが、と区切りの言葉にしかし唯一そこに無以外の感情を乗せ

 

「貴方はサクラに手を伸ばした」

 

「───」

 

思わぬ所で出された名に一瞬、口ごもっている間にライダーが畳み掛けるかのように言葉を飛ばしてくる。

 

「サクラは優しい女性です。貴方の手が血に染まろうが気にするような人ではないでしょう。ですが、貴方が自分のせいで人を殺したとなると悩んでしまうような性格です──殺すのならばサクラに関係ない所で行って下さい」

 

「………ちっ。全く以て桜さんの味方の鏡だよ、あんた」

 

ほんの少しでもエゴでも語られたらぶっ殺してやろうかと考えていたが、そこまで桜さんの事を考えていたのならば舌打ちするしかない。

 

「んっ………」

 

すると小さいが唸りの声が聞こえる。

桜さんの声だ。

即座にライダーが駆け寄るのは流石だが、苦笑しつつこちらの傍に寄るセイバーの空気を読む力も大したものである。

そこまで完璧だと思わず俺でいいのか、という考えが生まれるてついセイバーの方に視線を向けると苦笑のまま首を横に振られてしまう。

それは貴方がやるべき事だ、と。

 

「………」

 

思わず頭を搔く。

こういうのは俺ではなく親父とか母さんとかセイバーがやった方が様になるのだが、セイバーは拒否、二人は呼んでも間に合わないのだろう、と思い桜さんの傍に近づく。

するとそのタイミングで桜さんの目が開かれる。

 

「………………え?」

 

何故目を開けているのだと言わんばかりの疑問の表情に苦笑しながら、敢えて何も語らずに自分はただ手を差し伸べて

 

 

「───帰りましょう」

 

 

 

 

 

桜は自分が何故生きているのかの疑問などの困惑に包まれながらも、その不器用な言葉と手を見てしまう。

一言帰りましょうで手を差し伸べるなんて不器用にも程がある。

そこまでバラバラに両親の性質を手に入れているのを見ると呆れるべきか微笑ましく思うべきか。

自分が倒れている間に得た負担もあっただろうにそれらを一切口にも顔にも出さずに家に帰ろうだなんて。

ついライダーの方を見るとライダーは黙ってこちらを見るだけであった。

だけどライダーが何も言わずに静観しているという事はこの従者は本当に珍しく他人を信頼しているというと思ってもいいのだろうか。

 

「───私、貴方の命を狙ったんですよ?」

 

だから漏れたのはそんな臆病にも似た罪の告白。

一度死んだのに全く変わらない。

こうして罪を告白しても得れるのは自分は罪を吐いたんだという勝手な自己満足しか得れないのは分かっているのに、実に汚い大人だ。

でも

 

「それが本当なら大変ですね。貴女には全くその手の才能がない。ちゃんとライダーに遊び何てせずに一撃で頭を吹き飛ばすくらい言っとかないと」

 

かなり際どいブラックジョークを笑って吐く少年につられて笑みを浮かべてしまいそうだ。

 

「私……………………蟲に犯されて処女を失ったんですよ?」

 

とてつもなく重く、汚れた言葉だな、と自分でも思う。

でも、ある意味でこれは希望だ。

いっそここで引かれたり、気持ち悪いものを見るように見られた方が逆に全てに諦めが付ける。

それなのに

 

「なら──奪われた分は別の幸福で埋めましょう。幸いその手のプロがうちであかいあくまとしてよく降臨しているんで」

 

少年の瞳も表情も一切陰りは落ちず、下に見る事も無かった。

嗚呼、とある意味で酷い裏切りを感じながら涙さえ浮かべながら最初から思っていたことを口に出してしまった。

 

「どうして…………? どうしてそんなにまでして私を助けようとしてくれるんですか?」

 

最初にこの台詞を言った時の彼の反応は覚えている。

 

『やっぱり覚えていませんかねぇ? ……あーーいや、いいや。うん。ここで何か言うと押し付けのようになってしまいますし。馬鹿な小僧が馬鹿をしているで納得していてください』

 

やっぱり覚えていませんか、だ。

どう見てもそれは彼が覚えるような何かが私とあったのだ、という事。

でも、私はもう衛宮邸に通うのは二人が時計塔に行った以降は行ってないのだ。

彼と私の接点など無いのだ。

それを指摘すると少年はあーーー、と頭を搔いて困ったような表情を浮かべる。

誤魔化そうとする気満々な感じだったがこちらの表情を見て、何か納得したのか諦めたかのように溜息を吐き

 

「………昔、一度。看病に来てくれたの覚えていませんか桜さん」

 

「看病………?」

 

「ええ。まぁ、今思い返すと別に大した風邪でも無かったし、大騒ぎするような内容じゃなかったんですけど、その時、まぁ色々と家はごたごたしていてその影響で両親が家にいなかったんですよ。で、それで母が知り合いに色々と電話しまくってお鉢が回ったのが桜さんだったらしいですけど」

 

そこまで言われてあっ、と泡が浮かび上がるように記憶が再生される。

そういえばそんな事があった。

いきなり姉の電話があったかと思ったら風邪で寝込んでいる息子を頼めないかとだけ伝えられ、切られたのだ。

当然、行くのに悩んだが最後には行ってしまったのだ。

鍵は未だ先輩から合鍵を預けられていたので普通に入っていると勿論、そこには……確か小学4年生か5年生頃の彼が寝込んでいたのだ。

確かに些細だが繋がりは合った。

でも

 

「………それだけ(・・・・)………?」

 

「ええ、それだけ(・・・・)です」

 

風邪で寝込んでいる所を看病しただけでここまでしたのか、という問いをそれだけで十分だった、と彼は笑った。

 

 

 

 

「あの時作ってくれた飲みやすかったシチューの味を今でも覚えています。すっごく美味しかったです。うん、だから俺が命を懸ける理由には十分でした」

 

 

 

「──」

 

余りに些細で小さな事。

でも、少年はそれで十分だったと。

それだけで自分の人生を賭ける価値はあったのだ、と。

桜はかつてこんな風に人を尊んだ思い出を思い返した。

究極の献身の人。

自分に帰る望みを持たず、他人の幸福が全てであった男の人。

余りにも正義という名の天秤に成り過ぎていた人は人というよりロボットのような物ではないかと疑いそうになる人だった。

家に通っている間に見た魔術の修行内容もあの人は毎日毎時間ずっと自分の手首を斬ろうとしているのではないかというモノであった。

どうしようもなく危うく、どうしようもなく鉄のような人だった。

そんな人とは似ているようで根本が逆のような少年だ。

この少年はきっと理想何て追いかけていない。

この子は本気で、さっきの事を理由に戦ったのだ。

 

 

「さぁ、帰ってとっとと母とついでに親父をぶん殴ってストレス発散しましょう。お腹も減ったからご飯も作りますよ。うちの洋食は現在は俺なんで満足させられたらいいんですけどね」

 

 

 

そうして彼はやっぱりこちらに手を指し伸ばす。

蜘蛛の糸みたいにか細くは無いが、力強さも感じるような手では無いのに、きっとこの手は折れないんだろうなと自然と思え、無意識の内に私の手が上がり────

 

 

背中から肉を切り抉られるような激痛が桜の全てを支配した

 

 

 

 

 

 

目の前で桜さんの体が倒れてくる。

血しぶきを上げ、こちらの体を濡らして倒れていく体を呆然としながら受け止めながらも唐突な幕引きに脳内の思考が何もかもを考え────即座に魔術刻印と回路を起動しながら

 

「セイバァーー!!!」

 

抱き留めて無事に動く腕に刃を作り、怒りの声に呼応したセイバーが右から自分を追い抜き、ライダーも勝手に左から追い抜き、怒りの形相を隠さずに釘剣を構える。

何故ならそこに桜さんから抜き取ったナニカ(・・・・・・・・)を血塗れの手で握っている謎の男が立っているからだ。

見たこともない奴だしどうでもいい。

即殺す。死ぬまで殺す。

英霊二人の攻撃に耐えられる人間はこの世に存在しない。

サーヴァントなら別だが、マスターとしての目がサーヴァントでは無い事は少なくとも告げている。

同時にこんな時ですら冷静に情報を得ている思考に対する怒りも殺意にぶち込んで作った刃を投げる。

正面と左右による同時攻撃。

どれを取っても音速突破の攻撃を三つ同時に対処するなぞ現代の魔術師には何を代償にしても即興では不可能な詰みの攻撃。

 

 

 

しかし忘れるなかれ。

今、遠坂真が英霊を刃に攻撃をしているのならば敵対者にも同様の備えがあるというのは実に当たり前の流れだ。

 

 

 

自分が投げた刃が砕け散り、ライダーの釘剣が粉微塵に砕かれ、セイバーの聖剣が防がれる。

必殺の流れは正しく刹那の瞬間に文字通り断たれた。

これらの攻撃全てに対処できる存在など決まり切っている。

だから、思わずサーヴァントか!? って反射的に叫ぼうとした自分に暴力的な視覚情報が反射神経を凌駕して思わず、セイバーとライダーもハモッて叫んだ。

 

 

 

 

「全裸…………!?」

 

 

 

西洋剣を片手に握って、鍛え上げた体を無駄に晒し、見たくもない物体を揺らす英霊であった。

一見コントのように喜劇じみているが、しかしこれこそが遠坂真の日常の終末であった。

 

 

 

 

 

 




全裸出せたーーーー!! あ、これうちのスカイプに降臨している総長です!!

ようやく出せましたよFate………多分、この後はうたわれに戻ると思いますけど、肩が粉砕しているからまた時間がかかるかもしれませんSigh……

相方もパソコンを自爆させられましたのでどうか気長にお付き合いをよろしくお願いします……


感想・評価などよろしくお願いします!!


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誘いの風

 

荒涼の砂漠

 

崩れ落ちそうに霞んだ空

 

先の見えない砂嵐

 

そして

 

 

灰色の襤褸を纏った死神

 

 

眼光は

        ひたすら

                  消えろ、と

 

煩わしくなった怒りが全てを切り落とした。

 

 

 

 

 

 

目覚めるとそこは自分の部屋であった。

自分の部屋の天井。

逆のその事実が恐ろしい程に怒りに直結する。

一切の寝ぼけが存在しない体を直ぐに起き上がらせ、乱暴に服を着替える。

そして速足で目的の場所に向かう。

寝た時はそこにいたはずなのに自分の部屋で寝ていたという事はそこに運ばれたという事だが、逆にそれが自分の無能振りに拍車をかけて苛立ちが増す。

途中、何か制止の声が掛かった気がするが全く耳に入らない。

そしてそのまま目的の襖を前にして躊躇わずに開き

 

 

 

寝ている桜さんの汗を拭く為に上半身の服を脱がせている母さんとライダーの光景が眼球に直撃した。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

背後からあーー、という無念の声が聞こえるが何故耳に無理矢理入れなかった糞親父。

しかし、眼球は諸に二人より桜さんの上半身に狙いを定めてしまい、逸らす気が起こらない。

 

 

それはもう実にむしゃぶりつきたくなる山脈であった。

 

 

周りに意外と巨乳の女子がいなかったんだな、と真は深く頷く。

既にライダーは開けたのが俺だと気付くとおや、と頷くだけに止め、母は殺意の波動に目覚めており、つまり死は目前だ。

故に遠坂真はここで狼狽える事はない。

自分はこの手の事で途中でわざとらしい咳払いをして逃げたり、男としての本能を誤魔化す程格好悪い男になったつもりはないからだ。

故に遠坂真はふっ、とニヒルに一つ笑い

 

「───通りで母に母性を感じなかったわけだ。まさか妹に分け与えていたとは……」

 

その数秒後、割愛するがとりあえず父の悲鳴が上がる。

自分では無いのは何時も通りである。

だが、しかしそんなギャグパートの中でも俺は喉を搔きむしりたくなる程の後悔が溜まり続けていた。

汗をかき、苦しそうに呻く桜さんの真白の肌を見る。

そこにはもう傷は無い。

治療はした。

でも、それでも思わずにいられない。

何が天才だ。

天才であるならばもう少しそれらしく完璧に桜さんを救わないかこの糞遠坂真が。

結論を言えば結局、遠坂真は間桐桜さんに対して何も出来ず、救う事など出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

「全裸……!?」

 

全員でハモッて叫んだツッコミは一切の誇張の無い事実だ。

 

 

 

その男は全裸であった───

 

 

鍛えに鍛え上げたと鋼の肉体は惜しげもなく晒され、上半身だけならば少年漫画で押し通せたのだが如何せん下半身までも完璧に晒されたら何一つとして擁護できないのである。

勿論、ご都合主義でおかしな光やら湯気などが湧きたったリしないので諸丸見えである。

この世で最も見たくない物が全く隠されずにぶらりと揺れる様に遠坂真は所構わず吐きたくなる気持ちを一切覚える余裕なんて無かった。

何故なら遠坂真は今、力と意思を失った女性を支え、治療している最中であったからだ。

もう傷は治療した。

鈍痛はあるだろうけど、目覚めてもいいはずだ。

でも動かない。

逆に何かに魘されるように息を荒げ、苦しそうに汗を流すだけ。

その理由を遠坂真は気付いている。

セイバーが全裸に抑えられ、ライダーは桜の事を気にして動けずにいる中、一人、全裸の奥にいる人間が血に濡れた手の中にあるものを興味なさげに、しかし確かめるように見ているのを俺は知っている。

だから周りの全部を無視して俺は憎悪をしっかりと乗せた声を紡ぐ。

 

「それを返せ」

 

「……」

 

こちらの乗せた感情を理解していないわけでもないだろうに、その男は知るかクソ、と言わんばかりの瞳をこちらに向け、本当にどうでもいいと言うような表情で

 

「疑問だが……わざわざこうして危険を承知で手に入れた物をただで渡すような者を何と言うか知っているか」

 

「ああ、そうかい」

 

ガリッと歯が軋む音が口内で響くがどうでもいい。

言外に馬鹿か、と言われたこと自体はどうでもいいが、返さないというのならば遠慮なく腕事千切ればいい。

そうして立ち上がろうとするが

 

「っ……!」

 

ガクリ、と左足が折れ、左腕がぶらんと垂れ下がる。

やはり左半身に一切力が入らない。

アヴァロンの出力による影響だ、と頭が結論を出す。

肉体に溶けているのを集めて形にするという宝具を投影する親父に比べればマシな所業とはいえそこら辺普通の俺の回路にはかなり負担がかかり過ぎたのだ、と。

半日はこのまま死んだままだと検証が勝手に終わるのを感じると自身に怒り狂ってガントでもぶちかましたくなる。

 

「引けるかよ………!」

 

桜さんが折角ハッピーエンドに向かえると言うのにそれを横から下らなさ気に一切の頓着もせずにこちらを見る腐れ野郎に全てを台無しにされて何が遠坂家の後継者だ。

天才の性能というのはこういう時に使うモノだろう、と思い、イカレ狂った魔術回路に弾丸を装填をしようとし

 

「シン………!」

 

唐突に前方から砲弾のように自分に突撃してくる影が真正面から激突してきた。

咄嗟に桜さんを庇って激突を受け入れるが、直ぐに相手がセイバーである事に気付く。

何を、と言う前に唐突な寒気が全身を刺したと思ったら、耳が破裂したのではないかと思うような轟音が空間を揺るがす。

それはさっきまで自分がいた場所で、小規模のクレーターが軽く出来上がっているのを見ると軽く人間二人が死ねる暴力であった事を悟るとぞっとするが、今はそれよりも

 

「今、何をしたんだ……」

 

セイバーの顔色を察するとセイバーも理解していない。

恐らく直感スキルで嫌な予感を察知しただけだから何が起きたかまでは読めないのだろう。

俺も多少の魔力の流れを感じたが、中身が全く読み取れない。

とりあえずクソ厭らしい魔術であると脳内に刻み込んでおく。

ちなみにあっちの全裸の能力とは思わない。

クラスなんて見た目と顔を見れば一目で分かるバーサーカークラスだろうし、全裸であれ程の聖剣を握る男の英雄なんて分かり易すぎる。

故にバーサーカーではない。

マスターの方だ。

思考、才能、本能全部が撤退を推奨するが、全て無視する。

理由も理解も追いついていないが、少なくとも今、あの男が握っている物は桜さんが生きるのに必要不可欠の物だったのだ、というくらいは理解出来る。

だから引く事なんて出来ない。

その意思を即座にセイバーに伝えようと口を開き

 

「──っぎ!?」

 

セイバーに喉を締められて、何も発する事が出来ない事を悟った。

思わずセイバーの顔を見るとセイバーは恐ろしい程真剣な顔色で

 

「──貴方が大体何を考えているかは知っています。しかし、私はサーヴァントです。ただでさえ半身が使えない貴方を危険な目には合わせれません」

 

全て見抜かれていた事を悟るが、そんなのはどうでいもいい、と心が叫ぶ。

ここに、今、自分の腕の中で苦しそうに息を吐く女性がいるのだ。

そんな光景を見るのは嫌なんだ、苦痛なんだ、怒りが募るのだ。

別に人助けが趣味だとかそうしなければ生きていけないなんていう病的な理由は無い。

これは一般の感性だ。

目の前で誰かが苦しむのを見て気分がいいなんて思えるような破綻した精神性を持っていないのだから当然の感情だ。

だから見捨てるなんて選択肢を取るなんて最もくそくらえ(・・・・・)なのだ。

だから念話で止めろ、と叫ぼうとするが

 

 

「恨み言は生き残った後に聞きます……」

 

 

その言葉と共に意識は落ちる。

それが自分のあの時の最後の記憶であった。

 

 

 

 

 

 

 

はぁーーー、とその後大きく息を吐く。

遠坂真が次に起きた時はもう家に着いて自分らの治療などを行っていた時であった。

その時に説明してくれたのは家に着いてきたライダーだったが、何でも俺達の撤退に対してあの男とバーサーカーは特に何もせずに見逃したという事らしい。

下手に英霊二人を相手して藪を突きたくなかったか、あるいは俺ら程度なぞどうでもいいと思われていたか。

家に運び込まれた俺は直ぐに桜さんの治療に協力した。

両親達が何か言っていたりしていた気がするが全く脳に入っていないのを見るとその時の自分はまるで聞く気が無かったか、それともつまらない内容だったのかもしれないと思っていたのだろう。

そして治療は当然出来たのだ。

傷の治療は。

なのに起きない、目が覚めない。苦しそうに息を吐き続ける。

そこでまた俺は疲労で意識を落としたのだ。

 

「何が天才だ……」

 

母親のアッパーで追い出され、家の庭に通じる廊下で座り込んでいる俺は正しく負け犬だ。

この身に宿る魔術回路は間違いなく天才と言える回路なのだろう。

大抵の魔術はそんじょそこらの魔術師ならば専門としている魔術師より高い成果を出せるだろうし、専門の宝石魔術ならば出来ない事を探す方が難しい。

あんたなら冠位(グランド)も夢じゃないわ、とかいう母さんのぼやきも血反吐を吐く努力をすれば達成する事が可能なレベルの素体であると自他共に思っている。

だのにこれだ。

大事な人一人すら助ける事が出来ない天才なんて滑稽すぎて殺したくなる。

 

「……セイバー。いるんだろ?」

 

「……」

 

根拠もない言葉ではあったが、それでもセイバーは何時の間にか直ぐ近くに姿を現していた。

呼んどいて何だが、セイバーの方に顔を向ける気力が湧かない。

失礼な奴だな、と自分に苦笑していると

 

「マスターの命に背いたことについては如何なる罰も受けるつもりですが」

 

「………………は? あ、いや、そういや俺、そんな風にテンパっていたな…………」

 

恥の上塗りとは正しくこの事だな、と思いながら

 

「…………あれはセイバーのせいなんかじゃないさ。頭に血が上った馬鹿が現状を理解せずに夢見たことをほざいていただけさ。セイバーに悪い所なんて何も無い」

 

「──ですが、貴方にとって桜は大事な……いえ、率直に言えば好きな人だったのでは?」

 

「初恋の人だったよ」

 

セイバーの率直な言葉に俺もさらりと流す。

ガキの頃の想いだ。

直ぐに相手が大人だったり、自分が子供だったり、成長していく中で育む事の無い想い、いや思いだったが、桜さんに初恋をした事は恥じる事なんかではなく誇る事ではあった。

ただそれだけだ。

両親のに比べると正しくおままごとのような思いだったのだろう。

 

「だとしてもあのまま突撃していれば結局、犬死してただけだ。セイバーは悪くないよ」

 

「──貴方も悪くありません」

 

想定していた言葉では無かった分、隠す演技をできなかった。

あーーー、と頭を搔いてどうしたものか、と思う。

そういや人生経験云々とかも普通に考えて俺より上だった。

見た目がそんなに変わらない分、そこら辺を理解して接していなかった俺が全て悪い。

 

「やだなぁ、セイバー。スキル読心術とか編み出さないで欲しい所だ」

 

「貴方達はそこら辺が分かり易いのです」

 

達と言われた。

一緒にされるのは流石に心外なのだが、何を言っても意味がない気もするから息を吐くだけに留めておく。

 

「………別に親父みたいに救いたいとかじゃないさ。ただまぁ、こんな無駄に性能がいい体があるのに何やってんだよっていう自己嫌悪? みたいなもんだよ」

 

天才がどうして色々と優遇されるか。

簡単だ。

他の人よりも色々と出来るからだ。

だから優遇されるのに結果はこの様だ。

才が無い親父よりも酷い結果だ。

自分はあの場にいた誰にも届いていなかったのだ。

間桐臓硯の生き汚さにも、間桐桜のずっと耐えてきた強さにも、あの謎の魔術師の悪辣にも感じる合理性にも、当然他の英霊達の必死さにも。

どれにも一切届いていなかったのだ。

ただ己の自儘な思いと我儘だけを吐く口先だけの糞餓鬼だったのだ。

反吐が出る。

 

「…………」

 

決して両親を恨んでいるとか、疎ましく思っているわけでは無いがそれでも自分は余りにも恵まれて甘やかされている人間であったという事なのだろう。

当然だ。

普通の魔術師がこの家を見たら誰もが口を揃えて魔術師とはとてもじゃないが思えない、と告げるのだろう。

これ程、幸福な形で魔術を学んでいるのは世界広しとは言えど中々いないのだろう。

それがいい事なのか悪い事なのかはさておくが、だからこそ遠坂真には才能はあっても経験値が余りにも足りていない。

別に魔術師っていうのは争う事が本業じゃないのよって母ならそう言うし、俺も別に争いたいわけでは無いから同意なのだが、こんな事に巻き込まれた場合、俺は対応は出来ても先を生めないのだ。

無論、これは両親を恨むものではなく甘えに甘えていた自分を恨むものだ。

こんなんだから何にも出来ないのだ、と思うが、自己嫌悪には生産性がない事くらいは理解している。

だから、ふぅ、と溜息を吐いて処理をしていると

 

「……こんな時に言うのも何ですが──これから先はどうするので?」

 

セイバーから実に当然の疑問が来た。

本来ならば遠坂真の聖杯戦争はここで終了だったはずだ。

間桐家を滅ぼして、後は出来る限り他のマスターと接触を避け、また何時もの日常を続ける。

それで俺の非日常は終了のはずだった。

だが、事態は斜め左辺りに吹き飛んだ。

 

「……一応聞きたいんだが、全て遠き理想郷(アヴァロン)で桜さんの治療は無理なのか?」

 

「……可能かどうかならば恐らくは可能なはずです」

 

ですが

 

「鞘はあくまで私の宝具です。全てに対応出来る宝具ではありません」

 

「……適応した俺らが例外だった場合、サクラさんの肉体がどう変質するかが分からないか……」

 

それでも生き残れるのならばすべきかもしれないが、そうではない最善の方法があるのではないかと思うと躊躇われる。

だが、そうであっても親父も母親も、そしてセイバーもこう言いたいのだろう。

 

 

そこまでする義理も義務も無い、と。

 

 

桜さんの体が今、どんな風になっているのかは知らない。

分かるのはあの男が何かを奪い取ったからこそ正常に働いていた肉体のシステムが崩れたのだ。

そして崩れた機能を直すには代わりの物で埋めるか──奪われたものを取り返すかだ。

奪ったバーサーカーのマスターの男がどこに行ったかなぞ不明だ。

冬木にいるかも分からなければ国内にいるのかどうかすらも謎だ。

だが、一つだけあの男について知っている事がある。

 

 

あの男が聖杯戦争のマスターで(・・・・・・・・・・)ある(・・)、という事だ。

 

 

目的は聖杯そのものなのか、その過程なのか、もしくは別であるのかは分からない。

だが、しかしどんな目的であってもマスターである以上、狙うは敵マスターだ。

ならば、多少の絞り込みは出来る筈。

 

「はン」

 

口が横に開くのを自覚する。

既に自分の思考回路が定まっているのを理解する。

ああ、でもそうだ。

その準備をする為の準備というか、少しストレス発散と死体蹴(・・・・・・・・・・)りと墓石蹴り(・・・・・・)をしとかないと桜さん我慢しそうだよなぁと思い

 

「セイバー」

 

近くにいる少女に声をかけ、笑みを浮かべる。

そしてそのまま本当に何とも無い事を告げる。

 

 

 

「少し、外に出るのに付き合ってくれないか?」

 

 

 

 

「凛! 何時の間にか真がいないぞ! セイバーの姿も無い!!」

 

「何ですって!! あの馬鹿息子…! この危険時に金髪美少女とデートか………! 後で超殴るけど相手がセイバーなら文句はないわ……! 流石は私の息子………いい出汁出てるわ……! ──ちょっと士郎。何、あんた地味な格好でカメラとビデオ? だっけ? を装備しているのよ──その役目は私のよ寄越しなさい」

 

「悪いが聞けない相談だ凛! 父として息子の幸福を見守ると俺はお前と真に対して誓ったんだ……! その為には俺は何だってする! 今日こそ俺は真に"父さん"って言われるような善行を積むのだ!」

 

「うっさい馬鹿士郎! 息子は母親に懐くって統計では出てるらしいのよ! 見た目だけはムサイマッスル褐色親父よりも見た目完璧なビューティフルマザーの方が何事も許されるのよ! この見せ筋バトラー!!」

 

「言ってはならない事を言ったな凛……!」

 

「………魔眼を使いたくなりますね……む?」

 

 

 

 

 

セイバーが真の後に付いていった先は十字の石の群れであった。

 

「ここは……」

 

聖杯の知識が告げる。

ここは墓場なのだと。

十字の型の石は宗教による象徴である墓場は見ただけで死者である自分ですら寂寥感を生み出してくる。

 

……まぁ、今の私は少々微妙な立ち位置な気がしますが……

 

エクスカリバーは使えるし、自分がセイバーである事は自覚しているが、それ以外の宝具を所有していない。

確か最後の記憶はベティヴィエールに聖剣を預けようとした時だったのだが、その時に呼ばれたから魂が召喚されてしまった、という感じなのだろう。

英霊というのは時間軸を超えるものではあるのは知っているが、こうも連続で召喚され、しかもその先が先程召喚された世界から10数年経った世界だ。

死ぬ直前であってもつい時間の流れというものを考えずにいられない。

だが、今は自分の無情について考えている時では無いだろう。

 

「……墓参りでしょうか?」

 

「ああ、そんな高尚な事をする気は無いよ」

 

ヒラヒラ、と手を振って笑って拒絶するその表情は両親に似ているようで似ていない。

士郎はそんな自然な笑みを浮かべる事は無かったし、凛は猫を被ったり勝気な笑顔を浮かべる事が多かった。

この少年はそういったのとは無縁な普通の笑顔を浮かべる少年だ、と思う。

それがどうしようもなく惨たらしく感じる。

己の体がまるで生前のように振舞える感覚から彼がどれだけの才能を擁しているのか嫌でも理解出来る。

なのに、彼の心はそんな才能を裏切るかのような当たり前の少年の形だ。

酷い話だ。

魔術師では無いセイバーでも魔術師の在り方は知っている、

根源に辿り着く為ならばどんな陰惨な手段でも嬉々として扱い、人間性を簡単に捨てなければいけない外道になる事だ。

勿論、セイバーにその在り方を責める権利は無い。

後悔は無くても、自分の手がどれ程血に濡れているかなど今更教えられるまでもなく知っている。

だから自分には魔術師を嫌う事は出来ても責める資格は無い。

その上で少年を見て、余りにも痛ましく思うが、現実の彼はそんな事を特に気にせずに

 

「悪い。連れてきてなんだけど俺一人で行かせてくれるか。勿論、視界に入る所にいてくれて構わない」

 

「……分かりました。この距離ならば一息で行けるので問題は無いでしょう。鞘もあるので防御に関しては完璧ですしね」

 

「ああ。じゃ、直ぐ終えて墓を砕いてくるよ(・・・・・・・・)

 

「ええ──────────え?」

 

思わず頷いてしまったが聞き違いかと思って問い返そうにも既に少年は目当ての墓石に向かっている。

 

「……いや、まぁ、流石に比喩か冗談ですよね?」

 

 

 

 

遠坂の墓石に立つと途端に機嫌が下降していくのを真は察するが止める気も無かった。

 

「確か時臣爺さん………だったっけ」

 

爺さんと言いながらも一切の情が含められていないな、と他人事のように思うが別にどうでもいい事だ。

 

「見事な手腕だったなぁ、あんた。桜さんは見事にイカレタ爺に悪辣な形で改造されて性能が劣化し、ただの間桐の胎盤になるレベルまで落ちてたよ。あんた見事に桜さんの尊厳も能力も全て地に落としたよ。誇れよ糞爺。あんたの無能のツケは見事に全部桜さんが背負ってくれたじゃねえか」

 

おや、めっちゃ勝手に口がすらすらと動いてしまう。

魔術の詠唱ですらここまですらすらと囀った事があっただろうか、と思うが、それこそ本当にどうでもいい事だ。

 

「あんた知ってるか? 桜さん。恐らく綺麗な黒髪をしていただろうに今はすみれ色……に変色したと思われる髪がくたびれた白髪になってるんだぜ? 化粧しても目の隈を隠せてないし、体何てズタボロだ。そしてあんたが期待したであろう魔術なんて知ってるか? あの爺、そこまで本気で学ばせてなかったんだぜ」

 

遠坂時臣は本当に在り来たりな魔術師だったらしい。

無論、それは何でも時計塔のロード・エルメロイⅡ世が聖杯戦争のマスターとして感じた感想であり、実際に出会ったわけでもなければ知っているわけでもない所感らしいと母は語っていたが、その割には語っている母はそうだったのだろう、とどこか納得したような感じであった。

その時は何故かは知らなかったが、桜さんの事を知った後ならば分かり易すぎる。

 

「あんたが桜さんをどういう思惑で間桐に養子に出したのかは知らないから、あんたが魔術師の感性しかない人間として一方的な偏見で語らせてもらうけどな……あんた自分の思惑にどうして桜さんが、いやそもそも間桐家が乗ってくると根拠なく思えたんだよ」

 

勿論、その思惑が真実なのかは知らないが、考えられる思惑は桜さんをパイプに間桐家を乗っ取ろうとした、もしくはより強い関係を得ようとした。

聖杯戦争時に遠坂の血脈の者が二人いればその分、勝者になる可能性が高くなるから。

間桐臓硯が余りにも恐ろしく勝てそうにないから人身御供にしたなど考えれる事はたくさんある。

いっそ恐怖などで見捨てるしかなかったのならばクソだがまだ分からない思考では無い。

でも最初に考えたような感じの考えだというなら余りにもおめでた過ぎるんじゃないかと思う。

どうして捨てられた桜さんがあんたの言う事や思惑に乗って行動してくれるだなんて盲目的に信じられるのだ。

いや、そこはまだいい。魔術師としての盲目さなのだと思えば、腸が煮えくり返るがいい。

だが、あんた。あの腐れ切った爺がそんな信用とかまともな考えとかをしているとか思ったのか?

あの一般人が見てもまともそうじゃない、としか言えないような妖怪を、どう見たらこれぞ誇り高き魔道の道を歩む偉大なる先達にして輩、なんて思えるんだ。

 

「真っ当な魔術師からならばアレがそんな風に見えるのか? 俺が魔術師としては欠陥品だから不合理的な感情を優先しているからそう思うだけか? それともあんたには俺にはとてもじゃないが思いつかない凄いアイディアがあったのか?」

 

酷く自分の発言が空しく感じれた。

こうして自分で口に出すと酷く自分が馬鹿らしく見える。

魔術師としても一般人からもはみ出した精神性。

どちらに寄る事も、従う事もしない究極の自己満足の形態。

父のように人を救う事を良しとしているわけでもなければ、母のように人間としての綺麗な形をしているわけでもない。

己の都合のみを優先し、他人の不都合を片っ端から否定するお馬鹿野郎(ドン・キホーテ)

どこにも正しさなんて無い。

救えるモノなんてモノも無い。

きっと救えるのは自分だけだ。

自分の自己満足を達成して救った気になるようなゴミのような悪だ。

そういう意味ならば俺はこの母の方の爺さんも間桐臓硯も責める資格なんて無い。

だから、俺は正義の味方では無い。そんな綺麗なモノになれない。なりたくもない。

でも

 

「あんたの無能を娘に押し付けるなよ。お調子者。自分の娘くらい自分で育ててやるくらいの気概もない低能が魔術師語んな────あんたのそれは魔術師故の合理じゃない。単に魔術師としての才能以外は何とでも出来ると思いあがった傲慢(うっかり)だろ」

 

だからこそ、自分の事を棚に上げて恥知らずな事を思いながら存分に吐いた。

周りが綺麗だからこそ、周りがやらない事をして汚れるには十分の役目だろう、と思い────そのまま強化した足で思いっきり墓を蹴り飛ばした(・・・・・・・・)

強化された足が感じる感触は石を蹴る感触ではなく突き抜ける手応え。

己の回路で強化された手足は容易く鋼すら破壊するのに、ただの墓石なんてそれこそ容易く破裂した。

ぼっ、と空気抵抗に穴をあけた感触までが伝わってきたと思った瞬間に破砕音という轟音が鼓膜に響いた。

横目でセイバーが何事!? という顔をしていたが悪いが無視させて貰う。

そうして出来上がったのはちゃんと遠坂の墓石のみを粉砕できたという調整した破壊になっているのを確認する。

その結果にふん、と鼻を鳴らし去ろうとし──一言だけ振り返りもせずに伝え忘れていたことを告げた。

 

 

 

「少なくとも────母さんは俺の才能から逃げたりなんかしなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

唐突に自分の家の墓を蹴り壊したシンの直ぐ後ろを歩きながら、セイバーは風が吹いてきたのを悟った。

今はもう帰り道。

既に夕闇に街が包まれようとしている。

もう何度もこの街に召喚されたが、何度召喚されてもこの街の生きようとする意思には少し苦笑しそうになるが、今吹いた風は故郷でも吹いた風に似ているような気がした。

何故だろう、という思いが、しかしサーヴァントとしての肉体の反応によって止められた。

 

「──ライダー」

 

目の前に紫色の挑発を遊ばせた騎兵の女が現れたからだ。

直ぐに真の前に出て、何時でも武装化出来るよう心掛ける。

既にエクスカリバーは手に現出している。

鎧が無くても霊核を狙われない限り自分の耐久力では負ける事はないという自負もあるから今の状況でも問題は無い。

今は敵対状態では無いのかもしれないが、それでもつい先日まで殺し合っていた相手に対して友好を抱くほど現代に浸ってはいない。

だから剣を突きつけようとしたのだが

 

「いや、いいよセイバー。俺が呼んだんだから」

 

ひょいっと軽く自分のマスターからの言葉に力が抜けそうになるが、その真意をセイバーは探る。

 

「何故ライダーを……」

 

しかし、探ると言ってもセイバーはほとんどその真意を理解していた。

だがら条件反射で何故、と問うたが、少年の瞳の中にある覚悟は全く変わらなかった為に、セイバーは溜息に近い言葉で

 

「……追うのですか。サクラを救う為に」

 

「まさか」

 

はっ、と笑う少年の笑顔にはそんな正義感ないない、というような感じで

 

「他人の為に動くなんてムズ痒い事は性に合わないよ。単に俺がむかついて苛立ったから仕返しに行く。そういう自己満足だ。桜さんは全く関係ない。ただ、それを行うのに利害が一致したライダーに手伝ってもらおうと思っただけさ。とりあえず出国する為の準備の手伝いを。俺がやるとばれるし」

 

つまりそういう事だ。

シロウやリン以上に捻くれている分、素直な言葉を全く吐かない少年だ、と思い

 

「……もしも私が貴方を止める、と言ったら?」

 

「ごめん」

 

ごめん。

つまり、徹底抗戦をする。

恐らく、その場合は契約を切って、ライダーと再契約をしてあの男を探しに行くつもりだろう。

ライダーがそれを了承するかは謎だが、この騎兵はサクラを救う為ならば例え契約を切ってでも救うのだろうかと経験談から思いながらセイバーは卑怯な言葉を彼に告げる。

 

「──リンとシロウはどうするのですか?」

 

「……」

 

先程まで浮かべていた笑みには謝罪と罪悪感による苦笑だったが、次に浮かべられた笑みは見ていられないくらい笑みとしては崩れた下手な笑顔であった。

分かっている。

いや知っているのか。

この行為が間違いなく二人を傷つける事を知っている。

でも、動きたいのだ。

納得しないから。

目の前の悪が許せないから。

 

「…………貴方は卑怯だ」

 

「知っているさ」

 

ああ、さっきの風がどうしてあんなに覚えがあるものだったのかを思い出した。

あれは旅立ちの風だ。

人を世に誘い、己の足と意思で立って進めという風。

どうしようもなく暖かく、そして冷たいくらいに人の背を押す風だ。

その事に私は自分が間違っているのか、正しいのかを理解出来ないまま、己の意志ががこの夕闇の風の中で片膝を折り、マスターに対して頭を垂れる。

 

「──ならば貴方の意志が折れぬ限り、私が貴方の剣になりましょう」

 

汚名も誹りも穢れも背負う覚悟も私が受け持とう。

例え、戦友の二人に息子を死地に誘った人でなしと謗られようとも──今のこの身は彼の剣なのだから。

そして私の言葉を聞いた彼は微笑のような──哀しむような吐息を吐き

 

 

 

「ありがとう──セイバー」

 

 

 

それだけを私に告げた。

風はやはりどうしようもなく彼の背を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもですーー。今度は悪役サイドの更新です。
これと次回で日本編は終了です。
やっと悪役も次のステージに上がれます……

感想・評価などよろしくお願いします。
どうか感想を書いて頂ければ相方共々本当に幸いなのでよろしくお願いします。


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自分の味方

作業用BGMはRewriteのScene Shifts There を聞いてやったら雰囲気合って書き切れましたーー。皆さんもいい曲なので興味があればどうぞ


遠坂真は目まぐるしく……というと大袈裟だからただ日常を重ねた。

 

 

何だかテンション上がって朝を早くに起きた。

 

 

父と母は実に驚いた顔で何時もそれくらいに起きなさいよ、と母が軽く笑い、父がなら凛も早く起きないとな、と冗談を言い合った。

俺はそれをそんなミラクルは何度も出来ねえ、と少し拗ねた感じで返した。

 

 

 

学校に行って友人達と騒いだ。

 

 

クラスメイトと馬鹿やって騒いだり、藤村おばさんの愉快なタイガーシヨウを見て笑って、殴り飛ばされたり、三成や綾音と駄弁ったりカラオケ行ったりして遊んだ。

途中で綾音が何だか不思議な声音で

 

 

何だ、お前、決めたのか?

 

 

と問うてきた。

意味が分からない、と答えたら、そっか、と告げて、それ以降、何も掘り返さなかった。

 

 

 

家族3人で外に出た。

 

 

 

何か唐突に母の提案でそんな事になり、俺は二人でデートして来いよ、と呆れて返したが、あんたも来るのよ! の叫びに結局無理矢理連れていかれた。

色々な場所を巡った。

バッティングセンターやボウリング、母手製のサンドウィッチを昼食に冬木の色々な場所を巡って、最後の珍しい外食も普通に美味しかった。

父も母も終始笑顔で、俺も仕方なく笑い────心が悲鳴を上げそうになった。

 

 

 

桜さんが一瞬だけ目を覚ました。

 

 

 

自分が知る魔術で少しでも痛みや体調が良くならないかを苦心していたら、本当に少しの間だけ、時間にすれば一分くらいだけ目を開けてくれた。

だから、俺は思わず大慌てで、でもだからこそ俺は必死にきっと治る。助かる。約束する、と叫んだ。

そんな風に喚く俺を、現状がどうなっているのか何も分かっていなかっただろうに、今も苛んでいるであろう苦しさを俺に見せないかのような穏やかな花のような笑顔を浮かべて、また瞳を閉じた。

間違っている、と思った。

この人が苦しむのは間違っている、と思った。

 

 

 

家族と一緒に料理を作った。

 

 

 

今度は父が唐突に料理を皆で作らないかと提案して、母が乗り、セイバーが平らげますと目を光らせて強制発動したイベントであった。

でも今度はセイバーも作る側に誘った。

ライダーは桜さんの面倒を見ないといけないから辞退したが、セイバーが家事に四苦八苦している姿を見て新鮮さを感じた。後、エプロン姿が超可愛い。

その事を母にニヤニヤ笑みで示唆され、戦争になり、親父が吹き飛んでセイバーが委員長命令を出した。

最後には和洋中の料理が何じゃこりゃになってでもセイバーの手じゃなくて口によって平らげられた。ライダーが今度はサクラも一緒に食べて欲しいですね、と呟いたが印象的であり────セイバーが本当に刹那の間だけこちらを見て、まるでどうするのですか? というような瞳を向けて来た気がする。

きっと気のせいだと思い、俺はそれを無視した。

 

 

それから───

 

それから───

 

それから──

 

それから──

 

それから──

 

 

 

 

 

もう

 

 

                                      

 

              勘弁して欲しかった。                       

 

 

 

 

そして夜が来た。

 

 

 

 

 

 

「真。今日は私と一緒に寝ない?」

 

「寝言は寝て言え。ばば──」

 

かっ、と何か光ると俺の顔面は天井にめり込んでいた。

何を言っているか分からない?

簡単だ。俺の動体視力では見切れないアッパーカットが叩き込まれ、肉体が天井まで吹っ飛ばされたのだ。尚、身体強化は無しである。

実はこの人、とっくの昔に人間を止めてないか。

父も父で"さもありなん……!"と頷いている。

その後、天井から落ちてきた俺はニッコリ笑顔で抱き留めるあかいあくま。

 

「あら? もう母の腕の中で抱き着いてくるなんて。大きくなったのにまだまだ子供ねーー」

 

母に都合のいい現実に打ち勝つ方法をセイバーに目線で語りかけたが、セイバーは煎餅片手に目と手を両方使って不可能案件、自業自得、I'll be backと告げてきた。

何でお前、目と手でだけそこまで伝えれるんだ。というか最後は言う立場はどちらかと言うと俺。それ俺。後、何故そのネタを知っている。見たのか映画を。何時の間に。

そうして無理矢理に引き摺られて母の寝室に連れられてしまった。

 

……いやいや、普通に不味いぞ。

 

今日、正確には明日。

俺達は夜明けを待たずにこの家を発つ準備が出来たのだ。

ライダーが現代に慣れていない為に四苦八苦していたが、それでもどうにか出発の用意が出来た。

だから今日、こんな風に連れ込まれるのは不味いのである。

 

「いーーーやーーーだーーー。何が哀しくてこの年になってまで母親と一緒に寝ないといけないんだよ」

 

「なーにがこの年よ。まだまだ子供よ──それに、一緒に寝た事なんて無かったでしょ」

 

そうだっけーー、と適当に流す。

余りこの手の話題を追求したらいけない。

そうすると後悔に繋がるからだ。

だから、俺は記憶にない振りをして、そのまま密かに逃げようとしたが

 

「逃げるなー!」

 

という叫びと共に思いっきり、膝を払われ、視界が一回転。

その間に電気を速攻で消され、そのまま布団で背中で着地し、同時にぼすん、と横に暖かいのが倒れてきて

 

「はい、観念しなさい」

 

と、微笑混じりに告げられた言葉はある意味で死刑宣告だったが

 

……まぁ、母親のあの寝相なら何とかなるか

 

と思う。

力づくでやってもいいが、それでもしもガントが直撃したりしたら超面倒な出発になる。

いや、まぁ、母親の本気のガントでも恐らく耐えられるけど。

 

「んーーふっふっ。あんた体温高いわねぇ。そこら辺は士郎譲りね」

 

「そんなの譲られて、どう誇れって言うんだそれ」

 

やけに上機嫌にこっちの顔を頬で擦ってくる母に猫を感じる。

香水とかそんなの付けてない、と思われる状態でいい匂いがするのは女の神秘かとは思うが、流石に母に対して欲情する程変態でもないから母に対してはそんなものか、である。

後、さり気なく親父との惚気を聞かされたので痰を吐きたくなる。

 

「ふふっ……もっとこんな風に早くこうすれば良かったわ………母親ってあんたくらいの年頃にはどうすればいいのかって思ってたけど気にせずぶつかれば何とかなるものね」

 

「いや、昨今の日本家庭でやるには見た目の問題で厳しい気がする………お互い」

 

「綺麗なお母さんで嬉しいでしょ?」

 

はぁ、とノーコメントを貫く。

時たまクラスメイトにおい、何だあれ! お前の姉ちゃんか!? ちょっと紹介してくれよ! と言われる一人息子の苦労も察してもらいたいものである。

勿論、丁重に右ストレートを叩き込んだが。

 

「まぁいいや。眠いからとっとと寝る」

 

「えーーー。もうちょっと話しましょうよ?」

 

「明日になれば幾らでも喋れるだろ」

 

本当に猫のようにじゃれついてくる母親に背を向けて寝転びながら、実に最低な言葉を吐いたものだ、と思う。

明日になれば居なくなる癖に明日を理由にして逃げるとは。

確かに自分はいい人なんて要素は皆無だな、と自嘲して

 

 

 

 

後ろから抱きしめる為に伸ばされた腕に反応する事が出来なかった。

 

 

 

「──」

 

一瞬何をされたか理解出来なかったが、普通に急に抱きしめに来たのかと思い直して、冗談交じりで引き離そうと思い、腕を動かそうとして

 

 

「お願い………………行かないで」

 

 

ごつっ、と脳を金槌か何かで叩いたような感覚が脳を揺らした。

無論、比喩表現だ。

単に心が届いた音に反応して、勝手に妄想で肉体を追い詰めているだけだ。

ずっと目を逸らしていた事実を突きつけられて吐き気すら込みあがってきた体で思う。

 

 

全部ばれていたのだ。

 

 

自分が今、何をしようとしているのか。

その道がどうなるかを全て悟った上で、遠坂凛は何も言わず当たり前の日々を自分に送ったのだ────自分の覚悟を全て突き(・・・・・・・・・・)崩す為に(・・・・)

いや、本当は母の意図を理解していた。

だってこれは母が父にした事だ(・・・・・・・・)

当たり前の日々の幸福を突き付け、傷つけ、自分が今から何を捨てようとしているのかについて目を逸らさせずに理解させる幸福の地獄(いばら)

正義の味方が理想を捨てる程に苦しんだ無間地獄だ。

それを理解した上で遠坂真はその日々を裏切るのだから甘んじて受けなければいけないと思ってはいたが、いざ、それに直面した今では恨み言が湧いてくる。

 

 

何度喉を搔き毟りたくなったか。

 

何度叫びそうになったか。

 

何度膝を折って、楽になろうとしたか。

 

 

その度に桜さんの苦しむ顔を見て、間違っていると思った。

あんないい人が苦しむだけの人生しか味わえないなんて間違っている。

自分みたいな中途半端な人間ですらこんな幸福を味わってきたのに、他人の為に怖がって震えながら死ねる人が死ぬのは間違っている。

そう奮い立って、何度も折れそうになる心を鉄で塗り固めた。

だから、今更引ける思いは無く──

 

「ずっとあんたを一人にした……」

 

悲哀の色のみで彩られた言葉が耳に焼き付く。

 

「知ってたわ……あんたが士郎の理想を否定して、正しくてもそれでもあの馬鹿が全てを捧げたかった理想を否定して良かったのか苦しんでいた事……」

 

ざくり、と心から剣が生えたような痛みが胸を抉る。

 

「ずっと…………自分の才能に比べて性格がどうしようもなく魔術師に向かない事を知って、私に申し訳ないとかそんな馬鹿な事を思っていたのも知っている……」

 

耳を閉じようにも腕が母に封じられて動けない。

 

 

 

嗚呼、本当に酷い……この人は一切の容赦なく遠坂真の罪を暴いて突き立てるつもりなのだ──

 

 

 

「そして────私があんたを利用して士郎を夢を諦めさせた罪悪感からちゃんと相対しなかった事に何も言えなくてどうすればいいのかって思ってたのも…………全部全部知ってるわ………………」

 

 

 

 

酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い

 

 

 

余りにも惨い。

余りにも酷い。

余りにも辛い。

何故このタイミングでそれを言う。

何故このタイミングでそれなのだ。

 

 

 

 

もっと早く。もっと早くにそれを言ってくれたら、俺はこんな、こんな────あんな世界を見ずに済んだかもしれないのに────!!

 

 

 

初めて母を憎んだ。

これ程の痛みを生んだ母の行為には一切の悪意がなく愛情しかない事に絶望を抱いた。

いっそ、全てが魔術に捧げる為に作られた偽りの家族愛だったのならばどれ程楽だったか。

なのに、なのにこの人の心はこの時、このタイミングで魔術師遠坂凛でも、遠坂凛個人でもなく、母としての女としての弱さで攻撃してくるのだ。

自分の事を棚に上げて余りにも卑怯だ、と叫びたかった。

だってこれでは全て自分が悪くなる。

母を責める事なんて出来なくなる。

 

「図々しい願い何て承知している。今まであんたを一人にしていた私が言える言葉じゃないなんて分かってる──でも、お願い……行かないで…………日常(私達)を優先して…………」

 

思わず壊れた笑いを浮かべそうになる。

魔術師が日常を優先するなんて余りにもブラックジョークだ。

それを冗談や父親に対して言うのならばともかく母が、泣き崩れそうになる声音で言ってくるのならばとてつもなく重い。

そしてそれが出来ればどれ程幸福だろうか。

だって自分は知っている。

 

 

その道はきっとヒカリに満ちている。

 

 

当たり前の痛みと幸福を味わって生きていける筈だ。

これまでの人生がそれを証明している。

それと比べて自分が今から進む道には何一つ不明の未来だ。

街灯の無い獣道を歩くようなものだと理解している。

何をどう取っても今まで以上に辛さしかない道だ。

きっと不幸になる。

辛い思いも痛みも何もかもを味わう。

温室育ちの花が野には直ぐに適応できないように。

適応出来ず枯れ落ちる可能性の方が高い事も。

 

 

 

それを──ここで今、全てを忘れれば味合わずに済む。

 

 

ここで自分がマスターである事も、令呪も、何もかもを忘却すれば全てがきっとハッピーエンド。

そうだ。ここで忘れればいい。

だってそうすれば遠坂家は完全無欠なハッピーエンドを向かい、その中にセイバーも含めてきっと誰に自慢しても誇れる幸福な日々が約束され──

 

 

────でも、そこには一人苦しむ女性の未来があって

 

 

ノイズが走る。

頭痛が酷くなる。

呼吸は既に過呼吸の域にまで到達している。

さっきから吐き気を止める事だけしか出来ていない。

 

 

捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろステロステロステロステロステロステロステロステロ……!!

 

 

つい先日まで他人であった人を見捨てればいい。

誰もが常にしている事であって、人類が生きるに当たって必要なん犠牲行為。

それを遠坂真だけがしてはいけないという理屈は無い。

きっと誰もが許してくれる。

きっと誰もが認めてくれる。

きっと誰もが笑ってくれる。

魔術師らしく捨てればいい。捨て去ればいい。

 

 

だから、だから、だから──!!

 

 

 

 

──苦痛と恐怖に支配されても、笑うあの人を──────どうしても忘れられなくて────

 

 

 

「────!!」

 

意味のない絶叫。

最早言葉にすらなっていない悲鳴のような叫びと共に視界に亀裂が走った。

 

 

 

 

 

 

気付くと自分は洗面所で吐いていた。

鏡に映る自分を見て思わず自嘲する。

 

「ひでぇーー面だなぁ、おい…………」

 

人生最高に最低な気分。

ここでこうしているという事は自分は遂に母を切り捨てたという事なのだろう。

 

「行かないと……行かないと……」

 

ふらり、と動く。

見れば、本来、出発する時間よりもかなり早いが、それでも行かないと。

もうこの家に数秒だっていられない。

いたら狂ってしまいそうだ。

ああ、本当は分かっていた。

セイバーの視線の意味はこういう事だ。

貴女は本当にこの幸福(ふたり)から離れることが出来るのかと問うていたのだという事を。

だから、目を逸らしていた事実に今、直面し苦しんでいるだけ。

ああ、勿論完璧な自業自得だ。

セイバーは勿論、家族にも非は無い。

受けたくなかったのならば即座に、それこそあの墓参りの時にでもそのまま逃げればよかったのだ。

つまり、結局遠坂真は甘えていたのだ。

だから、自らが甘えた応報を抱えながら、玄関を目指す。

足取りは重い。

膝は何時折れてもおかしくない。

でも、進まないと。

進まないと結局苦しくなる。

だから、玄関を見えた時は思わず喜びの絶叫でも上げようかと思い

 

 

────背後に元正義の味方で、家族の味方になった鉄のような父がいるのに感づいた。

 

 

「……」

 

当然だ。

母が気付いて父だけが気付いていないわけがない。

だから、覚悟は出来ていた。

俺はその視線を無視しようと歩を進め

 

「真。その先は地獄だぞ」

 

当然の事を言われるが無視する。

何を今更。

もう誰も守ってくれず、法や才能も役に立つとは思えない殺し合いの場に出るのだ。

地獄になる事は当然だ。

だから無視だ。

もうそんな事言われなくても知っている。

 

「真」

 

何度言われても変わらない。

もう歩を止めれば止まるしか無いみたいに思えて止まりたくない。

だから俺は前に進む足をこのまま止めないまま父を無視して──

 

 

 

 

「────後悔しないのか?」

 

「────後悔しないわけないだろうが!!!」

 

 

 

ガツン、と廊下を叩くように止まり、そのまま上を見る。

天井が余りにも近いのがこんなにも苦しい。

昔はあんなにも遠かったのに。

 

「俺はぁ! 親父みたいに後悔しないで生きていくなんて出来ない! これから先何があっても絶対に後悔するし自分の生き方を誇りに思う事なんてない……!!」

 

吐かれる言葉は全く自慢できない事ばかりだ。

当然だ。

自慢する事なんて出来ない自分だ。

父から正義(りそう)を奪い、母からは生き方(つよさ)を奪った。

全く以て後悔する事ばかりであった。

どこに自分を誇れるような瞬間があっただろうか。

親父や母さんに比べれば恥ばかりの人生だ。

 

「ずっと自分の生き方に疑問を持って生きていくさ! 俺は二人みたいに自分の生き方に確信をもって生きるなんて俺には…………俺には無理だ………!」

 

思いっきり全てをぶちまける勢いで言葉を吐く。

内臓まで吐き出すつもりで吐いているが意外にも中身が吐かれないらしい。

さっきまではあんなにも吐いていた癖に都合よくそこまでは吐かない肉体の機能を恨めしく思う。

 

「……それは流石に俺達を過大評価し過ぎだが…………」

 

小さな苦笑の吐息が混じりながらも父は恐らく目は笑わないまま

 

「なら──後悔すると決まっている道を何故行く。後悔すると決まっている道ならば止めればいい」

 

「…………ああ、そうさ………止めればいいんだろうな…………俺だって聖杯なんて興味が無いし、戦争によって起きる被害なんて見えてない場所まで気遣う気はないさ…………」

 

言っている言葉に噓偽りはない。

聖杯なんてどうでもいいし、見えない場所にいる人を気遣う程、余裕の満ちた人格と人生であるわけでは無い。

ならば、何故なんて言うまでもない。

 

「でも…………残っても…………何もしなくても、やっぱり後悔するじゃないか………………」

 

結局はそういう話。

遠坂真は単純に取り返しが効く後悔よりも取り返しが効かない後悔を選んで他を切り捨てただけ。

死ぬかもしれない未来を見ていられないから、とりあえず死なない未来を取っただけだ。

 

「だからこんなの正義なんてものじゃない…………偽善ですらない………ただの自棄だ」

 

「その自棄の先に、お前に何の報酬があるんだ?」

 

はっ、と吐くように笑う。

何だこの親父は。

まさか俺があんたみたいに何の報酬も要らないから誰かを救えればいいと思っているのだろうか?

そんなわけがない。

俺はもっと俗なのだ。

だから、当然、報酬はあるに決まっている。

この助けた恩を使って俺は欲しいものを得れるのだ。

それは

 

 

 

 

「帰ったら…………上手い洋食を貰える─────親父や母さんよりも上手い洋食が食えるんだ。どうだよ? 十分に高い報酬だろ?」

 

 

 

 

「────」

 

親父の無言を背に、再び歩き始める。

壁に手なんて付かない。

無様な足音何てもう鳴らさない。

何も返す事が出来ない自分が唯一二人の親に示せる物だからだ。

だからもう俺は振り返らない。

 

「なら真」

 

声をかけられてももう振り返らない。

 

「お前がこれから先、何をしようとも俺達は気にしない」

 

遂に玄関に辿り着き、そのまま靴を履く。

 

「例え人を殺そうと裏切ろうと盗もうと騙そうとしても、俺達はお前を決して見捨てたりなんてしない」

 

とても且つて正義の味方になろうとしたとは思えない言葉の数々を口から出すが、もうそれに返す言葉も態度も無い。

そのまま玄関を開ける。

未だ夜中の時間帯故に玄関の先は真っ暗だ。

とても、暗い。

 

「例えこの先、お前がどんなに曲がっても────それでも、お前は俺達の息子だ」

 

だから、という空白を俺は闇の中に進む一歩の時間とし

 

 

 

「────行って来い。そして無事に帰ってこい」

 

 

 

その言葉を最後に──俺は玄関を閉じた。

最後の激励だけを胸に刻んで。

 

 

 

 

 

 

凛、と呼ばれる声から私は目が覚めた。

開けた先には自分の愛する夫の苦笑する顔。

 

「ぁ……士郎…………?」

 

「ああ」

 

頭を押さえながら起きようとして、何故か体が空白の場所を抱こうとする。

何故、という思いを記憶が否定する。

 

「そっか…………振られちゃったかぁ…………」

 

「ああ…………俺もだよ」

 

足を抱えてその仕草で顔を隠そうとするが、その前に士郎が私の頭を抱いて自分の胸に押し付けて隠してくれた。

だから私も甘えた。

 

「分かっていたのよ…………? あの子は何時かこの家から出ていくって。何でか分かる?」

 

「分かるさ…………俺だって失格ではあるけどそれでも父親なんだ」

 

うん、と掠れた声を無かったかのように振舞う。

 

「だってあの子にはこの街じゃ狭すぎるんだもの。そうでしょ? 何か何時も窮屈そうだったもの。籠の鳥みたいで何時も(どこか)を望んでいたのよきっと」

 

「だからと言って不幸だった、なんて思うなよ凛」

 

「分かってるわよそんなの……あんたより分かってるに決まってるでしょぉ…………?」

 

「────ああ、そうだったな。悪い、遠坂は俺よりも分かっているに決まっているものな」

 

遠坂、と懐かしい呼び方を聞いた瞬間、涙腺が決壊したのを理解した。

思いっきり、士郎の服を掴むが知った事ではない。

悪いのは士郎だ。こんな時に昔の呼び方を使う卑怯な士郎だ。

だから、たった一言だけ泣き言を自分に許す。

 

「────もっと一緒にいたかったわ…………」

 

 

 

 

 

 

夜に包まれた道を遠坂真は一人で…………いや二人で歩く。

何時の間にか背後にセイバーが付いてきていた。

何時からなどという事を考えるのは止めた。

何故ならセイバーは荷物を持っていたのだ。

旅に出る為に用意した荷物を。

だから何も言わなかった。

彼女も何も言わなかった。

もうどれくらい歩いただろうか。

ほんの数秒な気もすれば数分な気もするし、一時間くらい経っている気もした。

だからきっとどれだけ時間が経ったか不安になってつい漏らしてしまったのだろう。

 

「なぁ、セイバー」

 

なぁ。

 

 

 

「俺──泣いてもいいかな?」

 

「いいえ」

 

 

 

 

とてつもなく綺麗に弱音を叩き落とされた。

思わず少し体が震える位であった。

 

「貴方はどんな願い、どんな思想、どんな夢を抱いていたのだとしても、貴方は間違いなくシロウとリンを切り捨ててこの場に立っているのです。ここで泣くのは二人に対する甘えと自分勝手な被害妄想です」

 

「…………手厳しいなぁ」

 

「この程度で手厳しいと思うならば立ち止まれるようにその腕と足を切り落としますが?」

 

「……いや、ありがとう。ここでセイバーが甘えさせたら恥知らずになっていたものな」

 

そうだ。

涙を流すのは自分だけ苦しい想いをしているんだ、という被害妄想から来るものだ。

自分の手で切り捨てときながら、それに甘えるなぞ外道にも劣る。

手を握る。

足を踏み出す。

背はもう曲げない。

泣き言何て言うものか。

何も誇れぬ自分ならばせめて最後まで立って歩く程度をせずに何が二人の息子だ。

そうだ、正義も夢も理想も無い俺が定めた一つの誓い。

 

 

──戦うと決めた。それが遠坂真が唯一己の心に定めた誓い。

 

 

「──行こう、セイバー」

 

「──はい、マスター。何処までも」

 

何故なら

 

 

 

 

 

「この身は、貴方の剣なのですから────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで日本編終了です。長かったぁ。

それにしても士郎とは似ているようで違う道を歩かせているつもりなのですが、こうして動かしてみると士郎と同じことをしているっていうのは作者の自分ですらちょっと面白くなりました。
自己満足も正義という秩序も経過は違えど結果は変わらないって事なのか、と意味もなく考えました。

感想・評価などよろしくお願いします。
一度日間ランキングに上がった事は嬉しい事でした。


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最初にして最大の試練

 

 

「ちょっとーーー? まぁだボーっとしてるのーー?」

 

友人の声に私は現実に戻る。

あ、と声を漏らすと自分が空港の道の真ん中で呆然と立って非常に邪魔になっている事に気づき、慌ててその場から荷物を持って移動する。

そこで一息を吐いて友人に礼を言う。

 

「別にいいけど……どうしたの貴女。やけにさっきからボーっとしているけど…………ははぁ」

 

友人の厭らしい笑顔に思わず何よっと身構えると

 

「貴女、さっきのカップルがそんなに気になってるの?」

 

一応、間違ってはいない図星にむむぅ、と唸るけど真実なのでそうよ、と渋々頷く。

 

「まぁ、分からないでもないわー。女の人の方はあんなに小柄でお人形さんみたいだったのに、何か凄い包容力がある感じで何か凄い大人に見えてギャップが凄かったものね。イギリス人……かな? もうほんと、アニメから出てきた完璧美少女って感じだったわねーー」

 

確かに、とは思う。

見た目は穏やかそうで且つ小柄な女性の方だったのに、中身はまるでそれを裏切るかのような器の大きい人だと思った。

清涼で暖かくて、人々を理想郷に導いてくれるようなとっても強くて立派な人。

この人についていけば大丈夫だ、と思えるような根拠のない確信──カリスマというのはああいう人を言うのだろう、と思った。

 

「男の子の方は…………高校生くらいかな? まぁ、女の子の方が完璧過ぎて余り感想が生まれなかったけど……でも後、数年くらいしたら普通に格好良くなりそうな子に見えたくらいかな? 将来有望系っていう奴かな?」

 

少々失礼かもしれないけど、確かにそっちもそうだった。

赤みがかかった女の私から見ても鮮やかに見える髪を遊ばせて、しかし男性としての骨格と顔つきで搭乗手続きをしている子だった。

特徴的ではあるけど女の子に比べたら普通の男の子にしか見えない子である。

でも

 

「ようやくあんたもファザコンから脱却したんならいい兆候だぁね。流石に彼女がいる子は感心はしないけど似たような子がいたら紹介しようじゃないか…………」

 

謹んでお断りしながら、私は歩を進める。

あの子と私は関わる事は無い正しく赤の他人であるのだろう。

きっとこれから先、余程の運が無い限り出会う事は無い。

だから、この感覚もただの感想に成り下がるのだろう。

だからこそ、私は今しか得れないこの感覚を心で形にした。

 

……女の人はとても広く、立派で、包むような暖かい風のような人だった。

 

そして

 

……男の子はきっと弱くて、小さくて、それこそどこかにいてもおかしくはない子だったけど…………

 

けど

 

 

────あの子はずっと歩き続けるのかしら?

 

 

そんな意味も分からない感覚を、両儀未那はもう会う事はない子を見てそんな勝手な事を思った。

 

 

 

 

 

「所で凛」

 

「え? 何よ士郎。今は少しでも聖杯戦争の情報を集めなさいよ。良い情報があったら携帯でも人でも何でも使ってあの子に届けなきゃいけないんだから」

 

「いや、それは当然なんだが……お前、朝一にどこにかけた?」

 

「………………とりあえず真っ先に一番嫌な所にかけて嫌な事を先に終わらせたわ……………………」

 

「…………今の反応で大体理解したが、その、良かったのか凛?」

 

「? 何よ? 心配しないでも貸しなんて作らないよう過去の嫌がらせの内幾つかを帳消しにするようにしたから迷惑はかからないわよ?」

 

「そんな事をしていたのか…………いや、そうじゃなくてだな。もしも────」

 

 

 

 

 

 

「────シン。起きてください」

 

「んっ…………んぅ?」

 

肩を揺さぶられて起きる視界にドアップで美少女の顔が映される。

その事に理性は未だ睡眠している為、本能が綺麗で可愛い顔だなぁ、と素直に思うのだが、何にも動かない。

流石に寝ぼけていても相手の顔も存在も忘れる程ボケたわけじゃないが、どうしてセイバーが自分の顔を覗きに来て起こしに来たのかという疑問があって

 

「────あ」

 

そこで思い出した。

 

「ご、ごめん、セイバー。もう着いたのか?」

 

「ええ。もうドイツです」

 

それを聞いて思わず、速攻で体を起こすとどうやら現在は乗客が準備をして降り始めている所であるようだ。

慌てて自分も荷物を纏めて降りる準備をし始める。

 

「ま、まさか着陸の時も起きれないとは………! これが母の呪い………!」

 

「──と、言うよりは疲れていたのでしょう。席に着いた途端、ぐっすりと眠られました」

 

セイバーの言葉の裏の意味を理解して頬を掻く。

この少女は厳しさを感じるレベルで優しい。

決してセイバーは俺に辛く当たりたいわけではないのは分かっている。

彼女は常に何時、降りても構わないと暗に告げているのだ。

この程度で音を上げていればここから先は持たない。だから、何時でも諦めて、平和な家に戻ってもいいのだ、と。

だから、敢えて厳しく語るのだ。

いざという時は己が泥を被ろう、と。

有難い事だ、と思う。

セイバーは間違いなくサーヴァントとして見るならば当たりのサーヴァントだ。

戦闘力的にも、人格的にも。

だからこそ、セイバーにばかり負担をかけるのはいけないな、と己の中の甘えを自制しながら

 

「そろそろ行こうかセイバー。やらなきゃいけない事が山積みだ」

 

 

 

 

 

 

真と一緒に飛行機なるものから降りたセイバーはそのまま空港の喧騒の中、少年の隣を歩く。

 

「シン。このまま確かイギリスに向かう為の飛行機というものを待つのでしたね?」

 

「ああ。まぁ、ライダーに任せたから少し待たなきゃいけないけどな」

 

ああ……とその頃のライダーの苦悩を察して遠い目になる。

サーヴァントは現代の知識を聖杯に教えられるのだが、教えられるのは知識だけだ。

現代というモノに対して一切の経験がない我々はそういったものには弱いのだ。

目に浮かぶようだ。

様々な機械や意味が分からない言語によって視界を真っ黒にしながら、しかしサクラの為に…! と奮い立って孤独な戦いに挑んだライダーの姿が。

思わず眼尻からこぼれそうになる涙を抑える。

 

…………見事な忠義だライダー。怪物であるのが勿体ないくらいの十分な戦果です…………!

 

だけど自分の番が来た場合はどうにかして回避しないといけない、と思うと汗を流してしまいそうだ。

 

「セイバー。待っている間、暇だから何か買い食いしようぜーー? 海外とか俺も初めてだから何か適当に美味しそうなのを漁ろう」

 

「無論、私が否定するわけがありません」

 

衛宮家……じゃなくて遠坂家に比べれば多少見劣りするかもしれないが、それでも己の直感がこう告げている──ここにも舌を満足させる飯があると。

王は腹の満足を知らぬ、と叫んだのは誰だったか。そこのマスターである。

 

「しかし、何も証拠などがあるわけでもないのに英国を目的地にしましたが……」

 

「ん? ああ、まぁ、確かにかなり適当な感じではあるんだろうけど………まぁ一番可能性があるのがイギリス…………………というよりロンドンだからロンドンに向かっているだけだしな。駄目だったらまた何かそこで考えていくさ」

 

「……まぁ今の時点では確かにそれがベターな選択肢ではあると思います。何せこの世界で間違いなく魔術師が最も多くいるのは時計塔があるロンドンでしょうから」

 

だろ? と歩きながら告げる少年に己も頷く。

実際問題、あの謎の男の消息は不明のままだ。

最悪、まだ冬木にいる可能性もあるのだが、ある程度それとなく街を見回ったがそれらしい痕跡は無かったから恐らくいないとは思われる。

だから、本当に必要最低限の情報──あの男が聖杯戦争のマスターである事からマスターを減らさなければいけないのならばその多くが存在しているのはロンドンだ、という消去法から目的地を定めたのだ。

余り褒められた手法では無いが、情報が聖杯戦争のバーサーカーのマスターで、外人で男である事くらいしか情報が無いのならば責められる事ではない。

 

「……恐らく時計塔は正しく戦争の真っただ中っていう状況になっているのは理解している。地獄である事は確かな事なんだと思う」

 

「同意します──だから正直、私は貴方もロンドンに入る必要はないと思います」

 

「それも駄目だっていうのも分かってるだろう?」

 

理解が及んでいる事に喜ぶべきか、残念を感じるべきか。

だが、確かにそうだ。

離れたらロンドンの戦火からは離れられるだろうけど、逆に私からの庇護下からも離れるのだ。

令呪があるとはいえそれは余り得策ではない。

何より離れれば離れる程、魔力供給にも難が出る。

やはり、マスターとサーヴァントは傍にいる事で一番力が発揮されるのだ。

かと言ってそれが全部正しいわけでは無いのだが。

 

「……敢えて言いますが、単独行動は避けてください。この旅の間ずっとです。何があっても離れないように」

 

「おいおいセイバー。そんな事を言い出したら寝床とかどうするんだ。まさか同じ部屋にするなんて──」

 

「同じ部屋にしますが?」

 

何故か動きを止めるシン。

別におかしなことは言っていないのだがそういえばシロウも同じ言葉を放った時に同じような反応をしましたね、と思い出すが、今は別にどうでもいい事だ。

 

「嫌とは言わせませんが?」

 

「い、いや待て! それは思春期高校生には中々辛いものがあるのですが、そこら辺の配慮というか辛さを理解して欲しいんだが! セイバーさん! 流石に目の前に金髪美少女が寝ていたら据え膳食わぬは男の恥という日本の男の魂が叫ぶのですが!?」

 

何を言っているのかさっぱり分からない。

日本語を扱えてもやはり理解出来ない事はあるものだ、と思いながら

 

「命の危険とそれとどちらを取るのですか?」

 

「くっ……!」

 

そこまで呻く事だろうか。

男の子供のそういった事には疎い事は承知だが、多少くらいは知っている。

 

「それに────私のような貧相な体は余り殿方には好かれませんよ」

 

何か凄い眼差しでこちらを見てきた。

 

 

 

 

 

そ、そういう事か……!

 

真はセイバーの自分に対する評価が少ない理由を理解した。

てっきり自分が子供だからここまで無防備なのかと思ったがそれだけでは無いのだ。

自分に対するスタイルの評価が低いからこんな風に自分はそんな目で見られないと思っているのだ。

 

んなわけねーだろうが……!

 

この少女の評価問題をどうにかする手段を考えたが貴様では不可能よ、と脳内諸葛凛が判断を下す。

 

これが女に対する絶対的経験値の無さ……!

 

天才でも出来ない事が多過ぎないだろうか。

いや、別にそっち方面で天才になんてなりたくないが、別にどうでもいいか。いや良くない。

 

「耐えろ俺の思春期……!」

 

とりあえず完全論破された俺に待つのは究極の地獄だ。

男ならば誰しもが苦しむ生き地獄。

もしかしてマスターとサーヴァントが余り上手く行かない理由の大半はこれが原因なのでは無いだろうか。間違いでは無い気がする。

 

「最後の確認ですが………あくまで目的は桜の治療の為に、あの正体不明の魔術師の追跡ですね?」

 

「ああ。セイバーに何も返せないけど………俺は生憎聖杯に興味も無ければ他の参加者を蹴落とす事にも興味はない。他の参加者が争っていようが手出しする気も無ければ勝利する気も無い。勿論、降りかかる火の粉は遠慮なく吹き飛ばすけどな」

 

あくまで聖杯戦争は二の次だ。

この戦争の真意とか商品とかは実にどうでもいい。

桜さんさえ救えれば他は勝手にしてろ、が方針である。

 

「あーー何か間違いとかあったら聞くから遠慮なく聞くけど……?」

 

「いえ。お互いにこの聖杯戦争における目的がない以上、ベストだと思います────ただし、最悪、生きて帰る事だけが目的になる事も承知して貰います」

 

「うっ………む…………」

 

痛い所を突かれたがその通りだ。

何も達成せずに徒労に終わるという可能性もあるのだ。

現実はゲームや漫画みたいに物語がちゃんと正しく終わりまで通じるわけでは無いのだから。

まだまだ甘えているな、と耳が痛くなるような静けさの中、己を戒めながら、しかし納得する。

もしも足搔いてもどうにもならなかった場合は即日本に帰って鞘を試す。

何かあった場合は責任を取らなければいけないな、と思うが仕方あるまい。

 

「後は………あの男がロンドンにいてくれればなんだが………」

 

ロンドンを目的地にしたのはいいんだが、正直ロンドンに本当にいるのか? と問われたら半分以下と答えるしかない。

何故ならロンドンはこの聖杯戦争の規模が正しければ、正しく戦争の中心地になっているはずだ。

今の所は特にニュースなどには流れていない感じだが、隠蔽も何時まで発揮するのかの状況になってないとおかしいはずだ。

魔術師が多くいるって事はマスターも必然的に多くいる筈なのだから。

故に、そこは間違いなくこの戦争において最大の特異点のような感じになっているはずだからマスターも自然と集っていると思うのだが

 

「…………」

 

最大のネック────あの男はそんなのに釣られるような魔術師だろうか。

いや、そもそもとして………あの男が本当に聖杯を求めて参加したような真っ当なマスターなの(・・・・・・・・・・)だろうか(・・・・)

真っ当なマスターであって欲しい。

それならば思考を読むのは簡単だからだ。

だが、自分のようなイレギュラーケースのマスターの場合、あの男が本当に何を狙って行動しているかを読むのは現時点では不可能に等しい……否、不可能だ。

せめて名前さえ判明していたら、と思うが、仕方ない。

まぁ、そうは言ってもこの聖杯戦争は余りにも範囲が広い為、マスター一人に会うのはイギリス以外ではかなり至難だとは思う。

そんな風に何か色々と考えていると頭が痛くなってきたから何か甘い物を食べようか、とセイバーに提案しようとして、思って視界を頭の中ではなく現実に焦点を当て

 

「───────────あ?」

 

自分が今、空港の外にいる事を知(・・・・・・・・・・)った(・・)

 

自分らの目的は英国に行く為に乗り継ぎの飛行機に乗る事。

その為の待ち時間で何かを食べようとは思ったが外に出てまで食べるつもりなどは毛頭なかった。

観光の為に来たわけでは無いのだから当然だ。

だから、外に出るつもりは無かった。

なのに自分は今、わざわざ空港前のバスターミナルまで歩いている。

思わず、セイバーを見るとセイバーも自分の現状に気付いて周りを見回し

 

「シン! 人がいません(・・・・・・)……!!」

 

「はぁ………!?」

 

慌てて指摘された内容を確認すると余りにも伽藍としたバスターミナルである事に今更気付く。

そういえば空港を歩いている時は普通に様々な声が飛び交っていたはずなのに、途中から耳が痛くなるほどの静けさがあった事を思い出す。

 

馬鹿か俺は…………!?

 

魔術師の癖に周りの異常を見逃すなぞどうかしている。

否、今は己を責めている場合ではない。

こんな風に人払いの、しかもかなり腕が立つ結界を張った後に俺とセイバーを狙う相手なんて決まっている。

魔術回路に魔力の弾丸を叩き込み、身体に強化を施し、セイバーに十分な魔力供給を施している最中に

 

 

 

 

「初めましてお兄ちゃん」

 

 

 

とてつもなく無邪気なのに、どこか寒気を誘発させる、正しく妖精のような言葉に思わず振り返るとそこには死神(しんわ)と妖精が立っていた。

妖精は見かけの年は自分と同じか少し上かと思われる見かけで、しかしその姿は最早常軌を逸した雪と人が混ざり合って生まれたような美しい冬の妖精のような肌と髪を纏わせ、色鮮やかに笑っている。

 

 

 

──何て奇跡。あれに比べたら自分も他の人間も、余りにも不純物が多過ぎる。

 

 

そんな奇跡を支えるように、しかし台無しにするような隣の巨人がいなければ、少女の魅力に捉われるだけだったかもしれないが、不可能だ。

何故ならもう隣の巨躯の男はもう何一つとして語れる言葉がない。

あれは駄目だ。もう無理だ。あんなの不可能だ。

あれは最早英雄と言うには余りにも何もかもを超越している。

彼岸の彼方なんてモノの遥か先。

一つの神話に置いて最強という単語を思うがままに扱った一個人だけで神話を創生できる怪物。

あれに敵うなんて思う事こそが間違いだ。

嵐と直面している殺せるなんて思うのと同じくらいの筋違い。

だから、脳が、本能が、全てが自然と少女の方に意識を集中しようとした瞬間

 

「──────」

 

口の中から矢が生えた。

違った。

実際は口の中に矢が刺さり─────それと同時に心臓、右腕、左腕、右足、左腕、脳、右目、左目に矢が全く同時に刺さった。

刹那における絶命。

全ての傷にて未だ負傷の反応が起きないまま、遠坂真の意識が全てが細切れにされ────

 

 

 

「シン!!!!!」

 

 

気付いたら床に思いっきりダイブしたみたいな態勢になっている自分とセイバーがそんな自分の正面に立っていた。

 

「え…………? あ、が?」

 

恐る恐る体を見回すと目も見えているし、腕も足も口も問題がない。

脳は真っ先に催眠されたかと結論を出そうとするが

 

「もう、アーチャー。過保護過ぎよ」

 

呆れたように無邪気な声で文句を言う銀の少女の呟きに絶望する。

今のは魔術所か殺意ですらない。

ただの警告だ。

今、アーチャーと称された英霊は単に少女の方を殺そうとするとお前はこうなるぞ、とむしろ心優しく(・・・・)忠告をしたのだ。

それだけで自分の心は9回ほど殺されたような感覚に襲われたのだ。

 

「シン! 落ち着いて! まずは呼吸を正してください!」

 

既に鎧と刃を具現化している少女は、しかしこちらを見る余裕が一切ない。

当然だ。

あの男から目を話す愚を犯せるなんて思える人間がいるのならばそいつもあのアーチャーの同類だ。

故に負け犬のように息を荒げ、餌付きそうになる喉の調子を可能な限り改め、雑になった回路の調整を正しく整える。

瞬間的に心が冷えるのを本気で有難く思い、立ち上がる。

へぇ、とほぅ、と感心する吐息が少女と男の方から聞こえるが構いやしない。

立ち上がれたのならば、何でも出来るのだ。

 

「凄い凄い。アーチャーの威圧を受けて立ち上がれるなんて! アハト爺もあっという間に蒸発したのに」

 

「…………随分とアインツベルンのホムンクルスっていうのは嫌味な性格をしているようだなぁ」

 

あら? と知っているのみたいな顔で首を傾げられるがそれくらいは知っている。

両親にも語られた事はあるからだ。

 

「冬木における御三家の一角だろ。錬金術の大家だって聞いたけど…………今は知らん。ご丁寧に挨拶でもしに来てくれたのか?」

 

「似たようなものかしら──ああ、でも一つ訂正をするならば────もうアインツベルンは滅びたの」

 

眉を多少、動かすレベルの情報ではあっても滅茶苦茶驚く情報というわけでもなかった。

目の前にいる英霊なら現代の魔術師などあり得ないことおされない限り勝てるはずがない。

しかし、その反応に興味を抱いたのか、少女はふぅん? と面白い物を見るかのように目を細めながら

 

「そこは何か言わないの? 人形如きが魔術師に逆らうなんてーー! とか」

 

「裏切られたくなかったのならば裏切られない環境作りをするべきだろうよ」

 

もしくは最初からそんな自我を生むような真似をしなければいいのだ。

例えその自我がどんなに薄く、儚いモノであっても自我がある以上、その存在は人間が出来る事は何でも出来るのだから。

そう言い返すと少女は何が嬉しいのか、ぱぁっと笑顔を浮かべて手を合わす。

 

「そう! そうよね! その意見はとっても大賛成! でもすっごく魔術師らしくない言葉ね」

 

「よく言われる」

 

質問に答えたのだから俺の質問に答えて貰ってもいいだろうと思い、こちらも口を開く。

 

「何故、俺がこの日、この時、この場所に来ると分かったんだ?」

 

確かに自分は予めスケジュールを決めて動いていたし、飛行機などの予約はライダーに任せていた為、魔術師からしてもある意味目立つ行いであったことは事実だろう。

だが、それは日本での話だ。

アインツベルンはドイツにいる魔術師。

日本に土地を持ってはいてもアインツベルン城に魔術師が出入りしていた形跡は無かったと母が言っていたのだ。

ならば、城には9割いなかったはずだ。

なのに自分の動きが読まれたというのはどういう仕掛けだ、と思うが

 

「ああ。そんな事。とっても簡単な事よ。私の仲間がビジネスホテルに泊まって貴方を監視していただけだから」

 

「……………」

 

あーーー、と脳内で間抜け越えを出し、現実で口を横に広げるがあ、うん、成程。

確かにアインツベルン城は調べてはいたが、全ての宿泊施設など探し回ったわけでは無い。

そんな余裕も無かったので仕方がないが、アインツベルン=城に来るという思いこみによって発生した穴に見事隠れてこちらを監視していたという事だ。

正しくこれうっかり。

異常の聖杯戦争において当然でしか考えられなかったこちらの手痛い敗北だ。

 

「…………OK。自分の間抜け加減は理解した。そして一応聞きたいんだが………………こっちは別に聖杯に興味はない。あるのは聖杯戦争に参加しているマスターだけだから出来れば戦闘は避けたいんだが」

 

「ふぅん、そうなの」

 

それでも殺すけど? と言いたげな全くこちらの言葉に興味を抱いていない語調に駄目か、と思う。

 

「……お前はどうやら真っ当なマスターって事か」

 

「ええそうよ。でもアインツベルンのマスターって思われるのは癪だから、名乗りを持って貴方の命を砕かせてもらうわ」

 

そうして彼女はスカートの裾を持って一礼。

完璧な礼儀と淑女の笑みを持って少女は覚悟を告げる。

 

「私の名前はクラリス。杯の名もアインツベルンの名も捨てたただの人造人間(ホムンクルス)。その不完全性を持って懐古主義(あなたたち)を真正面から殺す者よ」

 

ギシリ、と空間が悲鳴を上げる。

少女の名乗りを持って傍の英霊が戦闘態勢に入るだけで人間である俺は吐き気が込みあがり、魔術回路が破裂しそうになるくらい乱れそうになる。

だが、しかし

 

「もう逃げれねえんだよ………!」

 

こちらとて同じだ。

覚悟なんて出来上がって無ければ嘘だ。

両親が望んだ幸福を切り捨ててここにいるのだ。

その為ならば何を用いても目的を達成し、生き残る。

そして

 

「帰るんだよ……!」

 

己が行くべき帰る場所に戻るのだ。

念話でセイバーが頷く。

その叫びには同意だと。

つまり、常勝の王が未だ死も敗北も認識したわけでは無いのだ。

ならばまだ絶対の死地ではない。

 

「勝つぞ、セイバー」

 

「無論です」

 

セイバーの炉心が唸りを上げる。

アーチャーの弓が構えられる。

一秒後に世界が割れる未来を誰もが想像し

 

 

 

遠坂真における聖杯戦争が今、正に始まる音が切って捨てられた。

 

 

 

 

 

 




どうも悪役サイド、ドイツ編と言うべきものがここからスタートです。

開幕の懐かしいような、おいおい、と言うような両儀家のマナ君はゲスト出演です。流石にこれ以降出てくるキャラでは無いのでそこはあしからずという事でお願いします。

途中以降すっげぇツッコミ所満載かもしれませんが、試練試練!!

ちなみに入国審査とかはどうしたんだよとツッコミがあるかもしれませんがそこら辺はアインツベルンのホムンクルスが他にもいて、囲んで結界を張り、その影響で真は現実に余り焦点を向けないまま、誘導されていたのでスルーされています。
セイバーは幸運判定をミスりました(うっかり)

さて、アーチャーの正体は誰でしょうか(隠す気ゼロ)。

感想・評価などお願いします! 一つでも応援が増えてくれたらそれだけでやり甲斐が増しますので、どうか恐れずに書いてくれれば幸いです。




あ、うっかりは全て相方のクロのせいなので。



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役者は舞台の上に

何かサイトの問題か。
最新話の更新がおかしな事になっているのでもう一回再投稿です。


 

 

セイバーは空中、直線、左右から走る矢を視線と気配で確認した。

空中から14、直線から20、左右合わせて28。

合計で62本の矢に背筋が震える。

何故ならこれら全ての矢が並みの英霊所か大英雄ですら容易く殺せる矢の群れだ。

剣術以外でスキルや宝具で防御手段がない自分にとってはこれは最早死の雨だ。

そんな矢の雨がただの牽制(・・)として放たれているのが中々に絶望的だ。

 

直感が現実に未来の自分を投影する。

 

そこに映るのはこの雨に剣術で対処した場合、その隙を狙って頭蓋、心臓、両腕をわずか4射だが、だからこそ今までの牽制とは格が違う四つの矢で己が絶命する未来だ。

その直感を疑うことは無い。

何故なら相手は正真正銘のギリシャ最大の英雄(・・・・・・・・・)

それぐらいは軽く出来ると思うくらいが当たり前なのだ。

だからこそ、自分はこの何もしなければ全て直撃する攻撃を、剣を使わずに防ぐしかない。

不可能に思える戦術を、しかし少女は一瞬で実現する。

 

「おぉ………!!」

 

声に魔力が宿る。

アルトリア・ペンドラゴンの肉体にある竜の因子から生まれる咆哮は正しく竜の咆哮(ドラゴンブレス)

生前とほぼ一切変わらぬ魔力供給を受けているからこそ出来る戦法を、しかしセイバーは一切出し惜しみ無しに使用する。

セイバーを中心に40m程の距離を風の咆哮によるドームが包んでいく。

その激しさに死の運命を運んでいた矢は叩き落される。

その範囲には岩のような巨人も含まれていたのだが、当の本人は叩きつけられる暴風に

 

「ほぅ………」

 

と感嘆の吐息を吐くのみ。

その威風も足も一切怯まぬ姿を見せるのみ。

風と言ってもその強さは地面のコンクリートを剥がし、街灯を軽く吹き飛ばす程の強さにも関わらず、男にとっては少し天気が荒れたなとでも言わんばかりの態度であった。

そしてそれは当然だ。

何故なら本命の風の一撃は己の咆哮に乗ったのではないかという風に一瞬のタイムラグの無しに、間合いを零とした少女の一撃こそが肝要だったからだ。

弓兵としては間違いなく致命の距離。

ロングレンジを持って、敵を圧倒するのがアーチャーのクラスとしての戦法だ。

近寄られた時こそが死の運命であるのが弓兵。

しかし、それを男はコンマ一秒以下の速度で弓を消し、虚空から取り出すように手に掴んだ岩を削りだして作られただけのような巨剣を持って、容易く打ち崩した。

一際大きい破壊音と衝撃波がバスターミナルを蹂躙する。

衝撃波によって生み出された煙が晴れた後に、その場にいるマスターが見たのは

 

「うわぁ………」

 

「っ………」

 

まるで隕石が落ちてきたのではないかと思われるクレーター。

深さで言えば20m程はあるのではないかと思われるクレーターの中心点で二人の大英雄は鍔迫り合いをしていた。

 

「つぅ………!」

 

「────」

 

セイバーは苦痛を吐き、アーチャーは息を止めて力を入れる態勢。

力関係は見るまでもなくアーチャーの方が有利を示している。

遠距離を主流としているアーチャーがセイバーに筋力で勝つというのは聊かおかしな光景だが、その鍛え上げられた巌のような肉体と見た目は少女でしかないセイバーの姿を見れば当然と言えば当然の結果ではあるのだろう。

しかし、セイバーは一切気と魔力を抜かず、むしろ込める。

すると

 

「…………」

 

鍔迫り合いの中、少しずつセイバーの足が下がっていたのが止まる。

拮抗したのだ。

その事実にアーチャーは少し目を細め

 

「見事」

 

一言告げた。

鍔迫り合いをしている中では余計な一言ではあったのかもしれないが、これもまた英霊としては仕方がない事なのかもしれない。

男は3騎士で召喚されたらそれこそ神話に描かれるような武人の側面が強く押し出される。

その側面が己が告げる言葉を止めさせる事が出来ないのだ。

しかし、受けたセイバーもその言葉に一切気は緩めないまま、力を込め続け

 

「っ、有り難い言葉だ……! ギリシャが誇る大英雄、ヘラクレス(・・・・・)に言われるの、なら、私も────捨てた物ではないらしい!!」

 

最後の咆哮で剣に力を籠めると見せかけて、片手を柄から話してそのままアーチャーの、ヘラクレスの胴体にボディブローを放って一撃を入れる。

与えた衝撃に、しかし手指を痛める反動を受けたのはセイバーであり、アーチャーは受けた衝撃を逃がすだけで、痛痒は一切感じていないようにしか見えないようだ。

 

「………やはり神の祝福(呪い)はアーチャーになっても健在ですか」

 

「無論。前回貴殿と渡り合った私はバーサーカーだったらしいが、かと言って同一と思われるのも聊か不満だな」

 

思うわけがない、とセイバーは思う。

こんなの前回のヘラクレスが行ってくるはずがない。

前回のヘラクレスとて決して弱かったわけじゃない。

むしろバーサーカーであってもその狂気にあっても衰えない技量、力、宝具に、こちらはほぼ手も足も出なかったような状況に陥り掛けもしたのだ。

それが狂気を外した瞬間にこれだ。

超精密且つ豪快な矢に、戦闘判断を過たない判断力と技術、そしてバーサーカーの時と変わらぬ耐久力と性能。

自分の円卓にも正しく最強という言葉を得るに相応しい騎士がいたが、さてそんな彼でも今のヘラクレス相手だとどうなるのか、と半ば現実逃避染みた思考をしながら剣を構える。

 

「…………マスターの願いに安全、更には過去の私の騎士達の誇りも乗っていると思えば、サーヴァントというのもまた中々重労働ですね」

 

こちらのぼやきに、アーチャーが苦笑を浮かべ、こちらの言葉に合わせた。

 

「かの常勝の王と誉れ高き円卓の騎士の刃の重みを踏破出来るというのならば、確かにサーヴァントになるというのも中々捨てがたい…………が、今は一介のサーヴァントでは無くマスターの願いを叶える道具故に。その試練、即座に踏破させて貰おう」

 

何時の間にか岩の剣を消して矢を構えるアーチャーの姿が一瞬、数倍くらいに巨大に見える錯覚を得ながら、宣言通り一切手を抜かぬという気迫を感じ、己も不退転の覚悟を身に宿し

 

「────」

 

アーチャーの視線がこちらから外れ、別の所に向かうのを悟る。

先程よりも冷たさを感じる視線に、何が起きたかを悟るが、そちらに視線を向ければやられる感覚を身に受け止めて、歯を噛む。

 

シン……!

 

何が起きたかは明白だ。

マスターが、シンが動いたのだ。

 

 

 

 

 

 

一歩前に進んだ後に感じ取ったのは己の脳が一欠けらも残さず吹き飛んだ感覚であった。

先程のように全ての急所を吹き飛ばす丁寧さを消した絶殺の一撃。

首から上が吹き飛んだ人体に生き残れる術がないと体が誤認しそうになって、即座に死の幻覚から現実に戻る。

 

「……かっ……!」

 

吐きそうになる喉と死の感覚によって一瞬暴走した回路が肉体を傷付けて、最も繊細な魔眼から血が零れる。

しかし、血涙を流しながらも前に進むのを止めるわけにはいかない。

何故ならセイバーが命を懸けている。

なら、命を懸けさせている俺が命を懸けないのは正しく甘えた行為だ。

セイバーに命を懸けさせたんだ、なら次は俺の番。

 

投影開始(トレース・オン)

 

錬鉄の詠唱で生み出された宝石の双剣を取り出して、銀の少女に刃を向ける。

その瞬間に叩きつけられた幻覚は先程の比では無かった。

五体は一瞬で粉砕し、意識が正しく吹き飛ばされる。

5秒くらい死を感じていたが、しかしもうそれは流石に慣れた(・・・)

先程軽く暴走したのが逆にいい基準になった。

あの程度の魔力運用とコントロールで暴走するならば、より深く、より精密に、更には大英雄の殺意を受け止めると覚悟を決めればいい。

一瞬、視界が空白になるのは避けれないが、精神が崩壊するのに比べれば本当に安い代償だ。

だから、俺はそのまま白い少女に、クラリスと名乗った女に呼吸を乱しながらも

 

「命を狙ったんだ。その逆も覚悟していないわけじゃないだろ?」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

クラリスの心は心底の驚愕と感嘆で埋め尽くされていた。

クラリスは己のサーヴァントがどれ程の規格外な英霊なのかを理解している。

何せこのマスターになる為だけに生み出されたこの筐体(からだ)でも、彼を動かし、ギリギリで宝具の一つか二つを何度か発動できるくらいの燃費とその効率の悪さを凌駕する性能だ

視線、吐息、意志の一つで現代の魔術師や、もしかしたら死徒ですら精神か魂のどちらかが砕けかねない大質量の力だ。

だから、目の前のそれらを全て受け止めて尚、刃を向けているこの少年は規格外だとクラリスは一切の慢心無しにそう結論する。

だが、これもある意味正しい形に収まっただけなのかもしれない。

聖杯戦争は英霊だけの戦いではない、英霊を使役するマスターとの殺し合いなのだ。

だからこそ自分も彼の殺意に応えるのは礼儀であり義務だ。

 

「勿論よ。命を奪いに来たのだもの。例え相手が下衆であっても、自分の命を懸けないつまらない女に成り下がったりはしないわ」

 

その発言と同時に念話が届いてくる。

 

『マスター』

 

たった一言だが、その一言にどんな意思が組み込まれているか読み取れない程、私とアーチャーの関係は生温くも無ければ冷たいだけのものでもない。

言いたい事は解っている。

元々、私は戦闘型のホムンクルスではない。

マスターとしては超1流ではあっても、戦えるかとなるとまた別の話だ。

でも、それを私は否定する。

 

『アーチャー、大丈夫。私は負けないし、負けたくない。だって勝つ為に貴方を呼んだのよ? 大丈夫、私はとっても強いアーチャーを呼んだマスターなんだから信じて?』

 

『────』

 

その沈黙にクラリスは心の中だけで苦笑を漏らしながら、しかし現実に帰還する。

目の前の少年は顔色こそ最悪の色になっているが、その強い目に陰りは無い。

敵だ。

だけど

 

「…………成程。クラリス、か。いい女だ。これで殺し合いじゃなかったら最高だったんだが」

 

「褒めても手は抜かないわ。貴方は今回、最強のマスター──そのつもりで貴方を殺すわ」

 

そうして滑るように手を髪に通す。

すると

 

「…………お?」

 

少年の間抜けそうな声と共に背後に二対の使い魔の鳥に見える物が現れたように見えるだろう。

髪を媒介とした鳥型の使い魔。

顔も存在も知らないこの体の見本となった母……イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが使っていた天使の詩(エルゲンリート)だ。

それを二体…………程度で終わらすわけがない。

カッティングするように手を動かし、相手に一切の動きを取らせずに作れる数の最大数────11匹もの天使の詩(エルゲンリート)の生成を終了する。

己自体は大して強いわけでは無い事は認めるが、魔術師自体が最強である必要はない。

魔術師ならばその技を持って、最強の何かで補えばいいだけなのだから。

そうして準備が完了すると少年はすっごく汗を流した顔でえーーと、と前置きを置いてから、わざとらしい真面目な顔で

 

「────その術式。使い過ぎると禿げねえか?」

 

遠慮なく砲撃した。

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

真は格好つけて投影した双剣を躊躇わずに捨てながら即座に逃げた。

酷く間抜けだが、1秒後にさっきまでいた場所が11もの魔力弾で破壊されている光景を見たら、恥など幾らでも捨てれる。

あんなの使い魔というより、ゲームとかアニメで出るような浮遊ピットのようなものだ。

 

「しかも魔力の生成までこなすとか馬鹿か!!」

 

アインツベルンの執念の完成品と言うと少女は嫌な顔をしそうなので言わないが、本当に馬鹿げている。

でも禿の心配を除けば使い勝手は良さそうだから参考にはさせて貰おうと思いつつ

 

「行け…………!」

 

逃げながら先程、捨てた双剣に命令を叩く。

忠実な双剣は即座に命令を受諾し、クラリスの左右から回転しながら首を狙う。

獲れ、という殺意を、しかし

 

「残念」

 

二つの魔力弾による破壊の結果が失敗を告げる。

宝石で作られた剣が煌びやかに少女の眼前で散る光景を見ながら、次に放たれた言葉通りの表情を浮かべた少女が

 

「その程度?」

 

と可愛らしい声で告げるから俺も非常に素敵な笑顔を浮かべて

 

「この程度」

 

と指先から超特大なガンドを放つ。

一発だけの呪いの弾丸に、本当にその程度か、という表情を浮かべる少女が使い魔に打ち落とすよう命令をしようする瞬間に策は成就する。

 

「え………?」

 

ガンドが唐突に折れ曲がり、曲がった先で更に曲がりを繰り返す。

唐突に何かにぶつかった独楽みたいな軌道を描くガンドにクラリスは反応が遅れ

 

「きゃっ!」

 

と眼前に来たガンドに思わず尻餅をついた。

意外と臆病だったか! と敵のキャラクターを読み間違った事に舌打ちしながら即座に剣を投影し直す。

瞬間、強化された眼に映るのは少女の隠しきれない恐怖。

一瞬、足と思考を止める。

少女の赤い瞳の中に映るのは剣を持って殺意を隠していない遠坂真(じぶん)

今まで自分ですら見た事が無い自分を直視させられ、躊躇するが

 

「…………っう!」

 

全てを受け止めて前に進む。

強化された足ならば一歩踏み込めば届く距離だ。

ここで躊躇えば救われるのは自分の良識だけであって、現実の自分とセイバーは死を迎えかねない。

ここで俺が手を汚さなければいけないのだ。

そう思い、踏み込もうとした瞬間に見たのは今度は恐怖に捕らわれた瞳ではなく、恐怖に立ち向かう瞳であった。

躊躇わない。

即座に前に進もうとしていた体を無理矢理横に転ばす。

強化された自分の身体で行えば軽く10mくらいの距離まで吹き飛んだが、その判断に救われたのを自分は見た。

先程の鳥の使い魔が何時の間にか自分の真上に飛んでいたのだ。

 

「…………くそ!」

 

さっき躊躇したからだ。

それが無ければ殺せていたのだ、と思うと自分の甘さ加減に腹が立つ。

そうだ。

自分は聖杯の譲り合いをしに来たのではない。

聖杯を奪い取る為の殺し合いの戦争に参加したのだ。

じゃんけんやスポーツみたいな勝敗で終わらせる遊びをしに来たのではないのだ。

例え経過が負けていようとも最後に命を奪い取れば間違いなく勝利になる殺し合いだ。

甘さなど不要。

全ての思考を殺しに回し、全ての回路を殺意によって弾丸(まりょく)を込めなければいけないのだ。

躊躇いを捨てろ。

例え、相手がどれ程見目麗しい少女であっても────彼女は自分を殺しに来ているのだ。

 

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっぁあああああああああああああああああああ!!!!」

 

獣のような咆哮を放ちながら前に出る。

殺す為に、前進するしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

けほっ、と息を吐きながら獣のように殺意に染まった少年の疾走を真正面から受け止める。

正直に言うととてつもなく恐ろしい。

あの少年は今までの魔術師とは違う。

アーチャーに甘えて背中に守られていれば勝手に自滅するような普通の魔術師とは違う。

こちらを本当に殺せる魔術師だ。

怒りとはまた違う畏怖を感じさせる形相をした少年は正しく必死だ。

当然だ。

自分は少年を殺そうとしているのだ。

それを回避するためには殺し返す。

当然の掟だ。

今まで自分はどんな理由であっても殺してきたのだ。

殺されそうになるのは当たり前だ。

そんな当たり前の理屈を吹っ飛ばして恐怖を感じる。

 

正しく原初の恐怖

 

自分が死ぬというシンプルだからこそ逃れられない恐怖だ。

それを考えるだけで手が震え、足が竦み、思考は逃げ出す方法だけを考え始める。

でも

 

私にも………あるんだから!!

 

例え死を迎えても叶えたい願いなのだ。

余人にはつまらない願いであったとしてもこちらには命を懸けるに相応しい理由だ。

アインツベルンでただ廃棄され、失敗作と烙印されている自身の同胞を救うのだ。

そうだ。

 

下らなくない。

 

つまらなくない。

 

間違い何て言わせない。

 

そうだ、例え誰に何を言われ、どんな恐怖を抱こうと自分が選んだこの道は

 

 

間違いなんかじゃないんだから…………!!

 

 

だから無様に尻餅付いている自分を叱咤して立ち上がり、殺意を放って迫って来る少年を受け止めるような姿勢になる。

そうだ、これでいい。

相手の命を奪う者がまるで命乞いをするように膝を着いて震えるなんて言語道断だ。

命を奪おうとするならば、最後まで果敢に攻めろ。

それが魔術師になっていたかもしれないクラリスフィール・フォン・アインツベルンでも、ホムンクルスのクラリスでもない、生きると決めたクラリスが決めた人生であると。

 

来た。

 

さっきのガンドのように先に砕いた宝石の欠片を利用した乱反射などは使用できない距離。

クラリスには厳しい超近接戦闘だ。

少しは魔術師らしく撃ち合え、お兄ちゃんめ、と内心毒付きながら全身の魔術刻印をフル回転させて、小手先によるものではなく、ただの魔力量に頼った魔弾を放とうとし

 

 

 

────視界に色鮮やかなルビーが流星のように自分達の間に落ちるのを見た。

 

 

 

 

 

マスター達がいる方角から朱の色が咲いたのをセイバーは見た。

 

「…………っ、シン!?」

 

「…………っ!!」

 

思わず隙を晒して少年の名を叫ぶが向こうも同じようにマスターを案じて動こうとする挙動を取る。

しかし、即座にセイバーは直感で、アーチャーは己が築き上げてきた戦術眼という意味の心眼が警報を鳴らす。

何かがおかしい。

戦場に対して思う言葉ではないかもしれないが、そう思える何かをセイバーは感じ取っていた。

そしてその答えを、アーチャーがセイバーに隙を与えぬまま、周りを見回してポツリと漏らす。

 

「………結界に穴を開けられたか」

 

その意味をセイバーは悟る。

己達の戦場を生むために作られた結界に穴を開ける存在がいたという事だ。

今の所人が近寄っていないのを見る限り、穴というより綻びというレベルなのかもしれないが、つまりそれは一つの可能性を意味する。

 

「乱入者か……!」

 

今の魔術世界にて張られた結界に無理矢理侵入するという事がどういう意味になるかを知らないとは思えない。

無論、ド素人か無知な魔術師の乱入という可能性も無きにしも非ずだが、流石にそんな現実逃避染みた可能性は捨てる。

ならば、有り得るのは

 

「サーヴァント!」

 

それもわざわざ結界を破壊して接近してくるのならばアーチャー、キャスター、アサシンを除いたクラスである可能性が高い。

どれであっても立ち塞がるのならば戦う覚悟はあるが

 

マスター……!

 

マスターの安否を考えるのならば正直引きたい所だ。

騎士としては恥かもしれないが、サーヴァントとして考えるのならば正しく是非もない。

だが、まだそこにアーチャーがいる。

弓兵相手に距離を開ける愚策を行うには、順序が必要だ。

ならば

 

覚悟を決めるしかありませんね……

 

死ぬ覚悟ではない。

マスターに傷を負わせる恥を得る覚悟だ。

彼とてその程度の覚悟はあるモノだと思っている。

冷静にレイラインを辿ると繋がりが確かであるという事実が帰って来る。

無事なのだ。

ならば、そこで彼にも覚悟を決めてもらうしかない。

そこまでを考え、空に一瞬、光が現れたような錯覚を得る。

太陽か、と思うが、それはもっと東にあるのを一瞬で確認した。

では何だと改めて光を見ると、それは光ではなく人であった。

 

 

 

膝を着きたくなるほどの神々しい鎧を纏い、神聖さと絶対なる力を内包した長大な槍を持って一人の男であった。

 

 

鎧を着て膨れているが、見た目は細い体形をしているようだがそこに弱弱しさはない。

髪も肌も必要以上の白さではあるがその眼光にはとてつもない意志の強靭さを内包し、更にはそんな見た目に収まるのが不思議なくらいの力の圧。

間違いなくヘラクレスに勝るとも劣らない最上位サーヴァント。

それが炎を持って宙に浮き、こちらに降りてくる。

 

「………太陽神(アポロン)の系譜………否、ギリシャ(我々)とはまた違う神の系譜であるようだな。どうやら今回の聖杯戦争は存分に私を試す試練となるようだ」

 

ヘラクレスの呆れた口調に男は……恐らくランサーと思わしき男が口を開いた。

 

「それはこちらの台詞だ、ギリシャ随一の大英雄よ。俺とてお前ほどの英雄と鎬を削る事が出来るとは思ってもいなかった。今回の聖杯戦争が規格外とは聞いてはいたが、どうやら規格外なのは参加者も同様らしいな」

 

ヘラクレスが瞳を少し細めるのをセイバーは警戒を一切解かないまま確認した。

だが、理由は解る。

何時からこの男がこちらの戦闘を見ていたのかは知らないが、それでも己の真名を知られるという事は不利になる事はあっても有利になることは無い。

敢えて言うなら、男が本当にこちらの戦闘を見て、真名に辿り着いたのかだ。

もしも別の方法で真名に届いたのならば、それはこの戦争では恐ろしい武器になるのではないかと思う。

そして男はそのまま自然体でありながら一切の隙を見せないまま、こちらにも視線を向ける。

何もかもを見通すような目がこちらの体の奥底を見るかのようだ、と思いながら、受け止める。

 

「その清廉なる剣気に、覇を纏う出で立ち。何より、風に隠されようが抑えきれない人々の願いによって生み出された聖剣────常勝と理想を約束した騎士の王とも巡り合えるとは。どうやら俺は初戦から得難い敵手と出会えたようだ」

 

やはりこちらの事も見透かされていると内心では驚きと、更には風王結界で隠されている聖剣すらも看破されている事に間違いなくこの男は戦闘を見ていた以外で何か、スキルか宝具によって真名………というよりは何か見抜く力があるのだと理解しながら、こちらも敢えて口を開く。

 

「その検察力には感服するが、我らの決闘を邪魔したのだ。名乗れとは言わないが、己を誇示するくらいはしたらどうだ? ランサーと思わしき英霊よ」

 

「最もだ。そしてその推察は正しいセイバー。俺は今回の聖杯戦争で槍兵のクラスで呼ばれた者だ。お前達の決闘を邪魔した無粋は、我が槍を持ってお前達を打倒す事によって礼儀とさせて貰おう」

 

自分達の真名を悟った上での挑発染みた台詞に流石に剣に力が籠るのを自覚するが、先にアーチャーが

 

「…………成程」

 

と頷き

 

────ノーモーションで矢が炸裂した。

 

 

矢がこちらではなくランサーに向かっているのを悟り、見に徹する。

アーチャーの矢に遊びは全く見れない。

実力不足ならばそのまま死、実力者であっても超1流でなければ吹き飛ばされるという一射だ。

さて、それをどうするかと視線での問いにランサーは一切慌てる事をせず

 

槍の一振りにて矢が一刀両断される。

 

思わず感嘆の吐息を吐く。

余りにも美しい両断であった。

矢払いというのは高等技術だ。

それをヘラクレスの矢を相手に払うのではなく両断するのは超1流である事の証明だ。

アーチャーもそれを見て、一歩距離を置く。

引いたのではなく、矢を撃つ距離を得る為の一歩なのだろう。

一切の油断はしない、という意味合いも込めた一歩に自身も同じ気を体に込める。

こちらの闘志にランサーも小さく頷き

 

「行くぞセイバー、アーチャー。マスターが戦っている中で俺もさぼるわけにはいかなくてな」

 

その言葉の意味に一瞬、歯軋りを得ながら、魔力放出の為の魔力練りながら、どうかと願う。

 

御武運をシン……!

 

 

 

 

 

 

 

唐突に咲いた炎の花に遠坂真は即座に懐からサファイアを取り出して、逆属性をぶつける事によって相殺しながら真はクラリスから距離を置いた。

クラリスも単純な障壁で防いでいるのを横目に見ながら、真は空中から降り立った金髪の女を見た。

クラリスが人を超えた美しさならば、この少女は逆に人間らしい美しさと言うべきか。

無論、それはクラリスに劣るというわけではなく、ある種の高嶺の花のような美しさを惜しげもなく曝け出し、その表情には己への自信に溢れ返っているのが尚更に美しさを引き出している。

勇ましいという単語がこれ程似合う女はおるまい。

そんな強さを内包する少女にしては可憐な声が戦場でも通る声で

 

「ごめんあそばせ。決闘に横入は無粋であるのは承知ですが、こちらも獲物を求めてジェットでわざわざドイツまで来たのです。奪われるのは余りにも面白く無い」

 

戦場には相応しくないドレスのような服を着ながら、優雅に華麗に、そして鮮烈に立つ姿にふん、とこちらは鼻を鳴らし、クラリスは髪の毛を払い

 

「ほんと、無礼な女ね。私の仲間を傷付けただけじゃなくて不意打ちで攻撃して、更には名乗りさえ上げない。品がないにも程があるわ」

 

他にも仲間いたのか……

 

まぁ、気づいてはいたけど、どうやらクラリスは仲間意識が強いらしいというのは覚えておくべきだろう。

しかし、そんなクラリスの挑発も

 

「まぁ? 殺し合いで不意打ちに怒るなんて。アインツベルンのホムンクルスは純粋ですわね。ですが、それこそ心配ご無用というものでしょう? その程度で終わるようなそこらの力量ではないと分かったから安心して不意打ちを放ったのですから」

 

とっても綺麗な笑顔で凄い挑発返しをかますとクラリスでさえへぇ、と凄い綺麗な笑顔を浮かべる。

女って怖い………俺、この戦争で女性恐怖症になりそう。桜さんが凄い天使に見える。

あぁ………ただ弱い女は御免だが、こうも強いだけの女も辛い。

そう思っていると、ですが、と前置きを置いて金髪を振りかざす少女は

 

「確かに。名乗りの遅れは無礼の証拠。故に遅れましたが名乗りを上げましょう」

 

とクラリスに負けないお辞儀をし、

 

 

 

「私の名はシルヴィアリーチェ・エーデルフェルト。親しい者はシルヴィアと呼んでくれますわ。此度はこの聖杯世界大戦と言うべき戦争に槍と誇りを持って挑戦者となりましたわ」

 

 

 

 

「エーデルフェルトだと……?」

 

聞き覚えがないわけではない。

逆だ。

ずっと家でよく聞かされている家名の名前だ。

何か親父と母さんの友人関係みたいだが、何だか母さんとの仲が凄く悪いという事くらいしか教えられず、何時も母さんは

 

「いい!? もしエーデルフェルトとかいうハイエナ女に出会ったら構わずぶちかましなさい! 殺しても死なない女の家系だからオーバーキルするくらいが丁度いいわ……!!」

 

などと優雅とは程遠い物騒な事ばかり言うので辟易していたのだ。

ただそうであっても逆に母がここまで言うのならばその実力は確かなものなのだろうなと思ってはいたが、ここで縁が結ばれるとは。

 

「やはり遠坂の貴方には聞き覚えがありますか」

 

「生憎と母からはまぁ、聞くに堪えない話ばかりでね。噂ではそっちの母親もそんな感じらしいけど………お前もその口なのか………?」

 

だとしたら面倒だなぁと思う。

そういう家系とか何だとかでいざこざが増えるのは性に合わない。

母はエーデルフェルト死すべし、慈悲は無いと叫んでいたが俺までそうする気は全くこれっぽっちも無い。

だから相手もそうであったら嬉しいんだが、無理かなぁと思っていたが

 

「いえ。私も母のアレはちょっと………いえ、まぁ、気に入らない相手ならばともかく」

 

「…………おお」

 

すげぇ、初めて俺、気が合う魔術師と出会えたかもしれねえ。

向こうでクラリスが不機嫌そうに頬を膨らましていたが、それは置いとく。

これならばこっちがやる気無かったら説得が通用するんじゃないかと思い、希望を見る────が、その後にシルヴィアの燃えるような視線が俺に突き刺さるのを見て自然と回路に魔力が回る。

 

「ですがまぁ、その母の言葉にも正しい言葉がありましたわ────遠坂凛が己の息子を最高傑作と誇っている、と」

 

視線で見ている物が俺自身ではなく、魔術師の俺を見ているのだとその言葉に気付く。

が、少女はそれに一切頓着せずに先を続ける。

 

「膨大な魔術回路に強度。未だ全てを見たわけではありませんが、術の精密さ────確かに。これならば技を競い、披露する価値が貴方にはあると認めれます」

 

肉食動物のような笑みを隠さずにこちらを見る少女にさっきまでの思考を捨てて、げんなりしそうになる。

前言撤回とは正にこの事だ。

やはり話が合わん。

ここまで過激になのに、ある意味で純正な魔術師とか正しい教育をしているのかしていないのか分からない家系だな、と思う。

特に上から目線の敵意がお似合いな事で、と辟易していると横からクラリスが

 

「やっぱり品が無いじゃない盗賊女。お兄ちゃんは今、私と踊っているの。日本だと間男って言うんだったっけ? 女だけど。邪魔をするならハイエナは叩いて潰すのが常識よね」

 

女二人によって空気が物凄い冷え込む中、胃が痛みそうになる。

ああもう、どうして俺の周りの女ってこんなんばっかなんだ、しかもお兄ちゃん呼びを定着しようとするなよ、今頃実家で弟か妹こさえていそうで怖いんだから俺としては。

 

「品が無いのはどちらかしらアインツベルンのホムンクルス。それだけ口が悪いと製作者の顔にも泥を塗りますわよ?」

 

クラリス(・・・・)よ。ホムンクルスならまだしもアインツベルンって次に言うなら貴女から確実に殺すわ」

 

とりあえず二人が冷え込む中、そこに落ちていた自分の荷物を拾って中からお茶を取り出して水分補給をしながら、そう言えばと思っていた疑問を俺はシルヴィアにぶつける事にした。

 

「というかだ。お前、どうしてここに………っていうか俺目当てなようだから聞くがどうやって俺を探し当てれた」

 

クラリスのは解る。

何故俺を殺す相手として求めたかは知らないが、まぁ、遠坂だからマスターに選ばれる可能性が高いとか思ったのかもしれないが、だからこそこちらの目的地を探す手段は理解は出来た。

しかし、エーデルフェルトがまた一々俺の行動予測を立てる為に同じ手段をするのは余りにも日本に縁が無いんじゃないかな、と思うがそこら辺はちょっと読めない。

だから聞いてみたかったのだが、意外と素直に口を開け

 

 

 

 

「それならば、昨日、唐突にそっちのお母様から連絡が来て、"うちの子が聖杯戦争に関わったから情報くれない?"とか言ってきたのでそこで密かにどこに向かったかを勢いで口を滑らせ、そこから情報を貰いましたの」

 

 

 

 

手元からペットボトルが落ちる。

ヒューーーーと風が耳と体に響く。

そのまま時間を置いてなんて無駄な事をせずに空を見上げて口を開く。

 

 

 

「あのうっかり母親があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

「────もしもルヴィアさんかルヴィアさんの娘が聖杯戦争に参加していた場合どうするんだ? あの人の事だから自分の娘をけしかけたりしかねないんだが」

 

「………………………………あ」

 

 

 

 

 

頭を抱える少年を見てクラリスは心底同情した。

 

何か周囲の失敗を押し付けられる呪いを受けているような子ねぇ………

 

聞く限り、本当に一切自分の責任がない所が哀れである。

でも同情しても願いの為に倒すのは変わりないけど。

 

余計な女がいるのはアレだけど関係ないわ。邪魔するなら殺す。

 

そう殺意を滾らせ、このまま攻撃を仕掛けようと思い

 

「……え」

 

一瞬、弾丸が装填される幻聴を聞く。

気のせいだと思う思考に、自身の体が拒絶する。

魔術師としての感覚が告げるのだ。

 

 

今こそが戦端の始まりだ、と

 

 

視ればシルヴィアも黙って一点を見ている。

その一点がどこかなんて分かり切っている。

遠坂真だ。

光が雷鳴のように彼の体から一瞬発現される。

魔術回路の回転数が上がっている証拠だ。

だが、それが先程よりも()となると洒落になっていない。

 

「手を抜いていたの……!?」

 

「ばーか────短期でケリを付けないとって思っただけだ」

 

つまりここからが本気の火力勝負という事か。

その事実にクラリスは弱気ではなく勝つ為に距離を離し、金髪の少女は

 

「────Excellent」

 

喜悦の表情を浮かべて、むしろ一歩前に出た。

 

「最高ですわ、シン・トオサカ。やはり至高の舞台には至高の演者が必要! それだけは私が母に本気で嫉妬した事であり────そして貴方に期待した事ですわ!」

 

瞬間、同レベルの魔力の奔流がシルヴィアからも発生する。

己も遠坂真も流石に多少の驚きは得るが、驚愕という程ではなかった。お兄ちゃんもきっとそうだろう。

何故ならこの場に笑って立っているのだ。

そんじょそこらの魔術師風情が笑って立てるような殺し合いを、私達はしていないと自負している。

故にこの女も怪物だ。

 

「────万華鏡の兄弟弟子として手合わせをしましょう?」

 

その言葉にフン、と鼻を鳴らす。

それがお兄ちゃんと同時だったから少しお互い気まずかったが、それをとりあえず無視して

 

「────知っているシルヴィア? 日本では邪魔をする奴は馬に蹴られて死ねっていうらしいよ? ────私は馬程度で終わらせるつもりは無いけど」

 

自分も魔術回路の回転を上げながら、何時でも二人纏めて殺せるよう心掛ける。

そして最後にお兄ちゃんが

 

「人を勝手に自分の世界に取り込むな。こっちだってやる事山沢山なんだよ────地べたの味を体験したいならとっとと来い」

 

その言葉に一瞬で亀裂のような笑顔を浮かべる自分を自覚し、

 

 

 

 

次の瞬間に天使の詩(エルゲンリート)と宝石と刃が交差した。

 

 

 

 




オリジナルを書く息抜き程度のつもりだったのにあっという間に書き終わった……

己の器は二次創作でしかないという事なのか…! 楽しかったけどさぁ!!

ま、まぁ、今回はもう一人大英雄追加です。
まぁ、多分、Fateを知っているならば分かるでしょう。

では疑問や質問、その他評価・感想などをお待ちしているのでよろしくお願いします。


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Sword,or Magic

 

 

ランサーは呼吸を止めて、槍を振るう機能のみを己に課した。

0に近い時の流れで放たれる矢と剣を防ぐには呼吸は余りにも邪魔過ぎる。

故に無駄な機能として呼吸は削いだ。

己の肉体に今、必要な機能は槍を振るう機能と敵対者を観察し、勝利へと導く戦闘思考のみ。

 

 

だからこそ、その気迫を持って勝利に未だ至れぬ敵対者に心底の畏敬の念を得た。

 

 

巌のような巨人の姿をした大英雄はひたすら巨大であり偉大であった。

弓兵の距離ではないというのに、まるでクラスの枠を破るかのように近寄れば刃を取り、下手な英霊ならばそれだけで絶命をしかねない一撃を軽々と放つ。

それだけならばいいのだが、少しでも距離を離れれば、途端に本職である弓に切り替え、矢を放ってくる。

己も弓を扱える者なので構えを見た瞬間に一瞬で理解を得た。

 

完璧だ。

 

何一つとして問題という物が見当たらない。

この構えならば、どれ程距離が離れようとも敵対者に当てれるだろう。

否、例え崩れようとも当ててくる。

武における一つの到達点である。

 

……ああ。どうやら俺は運がいいらしい。

 

初戦からこれ程の好敵手と巡り合えるとは思わなかった。

存分に己の武を絞り出してこの男にぶつけれれば本懐を遂げれる、と思える敵と出会えるとは。

そして当然、もう一人────

 

 

 

 

見事な槍兵だ、とアーチャーは思った。

こちらの矢に遊びは無い。

牽制として放っているのも含めて、低く見積もってもAランク程度の攻撃は放っている。

どのような意図の攻撃であっても全てが必殺のつもり程度には放っている。

それら全てが槍で叩き落される。

しかし、槍だけではなく時折炎を持って矢を燃やし尽くす事がある。

恐らくセイバーと同じ魔力放出が炎に変換されて放たれているのだろう。

これ程の炎をサーヴァント故に魔力が必要とはいえ自由に扱えるとなると出自は

 

………私と同じ半人半神か?

 

恐らく正しい結論だと思われる。

己とそう変わらぬ神性を感じられる事から間違っては無いと思われる。

だが、問題は他にも二つある。

100射中3射くらいだが槍も炎も抜けてランサーに当たる事もあるのだが────無傷であった(・・・・・・)

スキルの可能性もあるがそれよりももっと先に疑えれる物があるだろう。

 

鎧だ。

 

あの神々しい鎧が恐らくこちらの攻撃を防いでいる。

直撃した槍は牽制ではなく殺す意図しか無い矢による攻撃だ。

それで壊せないとなると通常の攻撃では壊せない可能性がある。

最低でも宝具を放たなければいけないとなると聊かマスターに負担がかかる、と内心でヘラクレスは己の未熟を感じ取る。

本当ならばこれ程長期に戦う事自体が問題なのだ。

自分が最上位サーヴァントであると知っている。

故に己を動かすのにどれ程の魔力が必要になるのかもだ。

ただの1流の魔術師であっても、指一つ動かせれば破裂しかねない程の魔力だ。

それをこうして動かせているだけで最早1流を超えた何かだ。

しかし、それが苦痛にならないわけがない。

時間が経てば経つほど己のマスターから魔力が失われる。

失われるだけならばいい。だが、戦場で魔力が失われた魔術師がどれだけ無防備なのか火を見るよりも明らかだ。

自分がこれ程長時間戦ったことは無い。

今の所少女の魔力供給に弱さは感じれないが、あの子はあの子で強がる所がある。

 

 

後どれくらいだ。

後、どれだけ少女は戦える?

 

決して焦りで矢と思考を衰えさせたりはしていないが、それでも長時間戦い続けるのは問題だ。

 

………引くか、もしくは一撃で仕留めるか。

 

宝具を使えれば仕留めれるという自負はある。

相手の鎧は恐ろしい程頑丈だが、死なないモノ、死ににくいモノを殺すのは専売特許だ。

死ぬまで殺し続けれる。

だが、問題はもう一つあるのだ。

それは敵が一人では無く二人であり────

 

 

 

そのもう一人がとてつもなく無尽蔵である事が問題なのだ────!!

 

 

「おおおぉぉぉぉ…………!!」

 

風の咆哮が空間を破壊する。

聖剣の一撃が肉と鎧を打つ。

時には魔力放出を利用した速度を一切緩めず、直角に曲がり、一撃を放ってくる。

何もかも力づくで出鱈目だ。

だが、しかしそれを補う魔力があるのならばそれは確かに戦術となると言わんばかりの攻撃方法を、セイバーは確かに実証していた。

二人の英雄は今、確かに常勝の王が常勝である所以を目撃し、体感した。

 

「成程、猛々しいな騎士の王よ。最も、民と騎士に約束された勝利を信じさせるためにはこれくらいはしないと立ち行かなかったのかもしれないが」

 

ランサーは聖剣に弾かれ、吹き飛ばされながらも姿勢を正して呟きながら、少女の形をした暴風を見る。

成程、確かにこの剣士もまた一つの神話に己の名を刻んだ大英雄だ。

だが、それならばその力を引き出すのにそれ相応の魔力が必要になるという事だ。

無論、小細工があればそれを埋める方法があるとは思うが

 

「…………」

 

一瞬とはいえマスターを降ろす時にセイバーのマスターと思わしき少年の姿は見た。

その小細工を行うには真っ当な方法と外道な方法がある。

真っ当な方法だと単純な話だ。

魔力を供給する人間が増えればいい。

無論、例えばランサーのマスターが持っているような宝石のように魔力が籠った道具を利用するのも有りかもしれない。

 

 

────人から搾取する事も可能だ。

 

 

だが、そうであるようにはランサーの目には見えなかった。

しかし、逆にそうならば、だ。

可能なのか。

自分や大英雄みたいに常時発動型の宝具は使ってないにしても、ブリテンの最も誉れ高い常勝の王を何の細工も無しに現代の魔術師が生前にほぼ近しいスペックを発揮させる魔力を供給する事が。

 

 

 

 

セイバーは己の力を振るい続けながらも、敵対者二人が思っている事に逆に自分でも驚きを隠していなかった。

供給される魔力に限りを感じない。

この時代で言うとダムからバケツで水を汲んでいるかのような途方さすら感じる量だ。

無論、流石にそんな事はないとは思うのだが、有り難くはある。

マスターの才能だよりというのは少し情けないが、これならばヘラクレスに超級のランサーを相手にしても一切不安はない。

これで負けるのならば己の恥以外の何物でも無い。

だが、同時に

 

 

…………勝つ事も難しいですね。

 

 

魔力放出による突進からカウンターで出された槍を途中で更に魔力を放出する事によって無理矢理相手の右側に方向転換してランサーの胸に間違いなく殺すつもりで聖剣を胸に一閃与える。

手応えは確かにある。

完璧だ。

しかし、その手応えは人を切り殺した感触ではなく、まるで岩を剣で殴ったような手応え。

 

 

つまり、吹き飛んだ先には何一つ傷がついていない槍兵の姿があるだけという事であった。

 

 

「………………」

 

戦闘態勢のままアルトリアの思考は加速する。

この二人との決定的な不利な所、それは防御力であった。

英霊史において間違いなく頂点に位置する聖剣エクスカリバー。

風王結界で鞘としているから多少切れ味が落ちるのは解るが、そうであっても無傷であるという事は少しショックである。

とりあえずそれは置いといてヘラクレスについては十二の試練(ゴッドハンド)によるものだろうから呆れを思い出しはするが今更驚愕はしない。

そして槍兵のもつまりそういった宝具の鎧なのだろう。

破壊不可能な鎧や肉体というのは神話における一つの典型的な英雄像であったり、武具だ。

それが不死、不滅を謳う宝具であるならば攻略法は二つだ。

一つは単純な破壊力の上乗せ。

今よりも更なる力を持てば破壊可能という単純なものだ。

これならば英霊としては気が楽だ。

特に私のようなセイバーならば大抵の場合は攻撃系の宝具を携えているのだからそれを使えば突破出来るかもしれない。

難点は当然、宝具を使う隙を得る事ともしも宝具を撃っても破壊出来なかった場合だがこれに関しては今考えれる事では無いのでどうでもいい。

そしてもしももう一つの攻略法────すなわち何らかの条件を満たせば攻撃が通じるというものだ。

 

………それだと厄介ですね

 

例えばの話だが、もしも神性を持っていなければ通じない、とか毒でしか倒せないなどとそういった持っていなければ攻略不能系であるとセイバーにはどうしようもないのだ。

正しく相性が悪いサーヴァントという事になり、打倒す事はセイバーには不可能という事になる。

否、不可能ではないかもしれないが…………そうなればセイバーはここで全ての切り札を晒さなければいけなくなる。

まだ初戦なのだ。

戦争自体はどうなのかは知らないが、セイバーと遠坂真にとってはこれは初戦だ。

未だ残存サーヴァントがどれだけいるのか分からない今、切り札を晒すのはリスクが高過ぎる。

そうなると結論は一つだ。

 

私も弱くなったものだ…………

 

この結論を昔の自分に聞かせれば何を弱気な! と叫んでいただろうが、今の私は願いを持つサーヴァントでは無くマスターの願いを叶えるサーヴァントだ。

己の誇りよりもマスターの無事と勝利を捧げるのが使命だ。

故に今必要なのは曖昧でここだけの勝利ではなく、この先全てを勝つ為の確信の道だ。

だから、セイバーは戦いながら念話で意見を具申した。

 

 

そしてそれは直ぐに受諾された。

 

 

 

 

 

 

 

シルヴィアは怒りのように燃える思いを自覚した。

思わずシルヴィアは愛という言葉を自覚し、そして肯定した。

魔術師の癖に乙女のような思考かもしれないが、しかし誰にも笑わせはしない。

これは万人が思うようなロマンスの愛では無いが、しかし今、私が抱いている思いは限りなく愛に近く、そして愛を否定するものだと。

 

 

何故なら目の前で軽く三桁の数の白と黒の刃を踊るように空間を支配している光景を見て、素晴らしいと思う気持ちと憎らしいと思う気持ちを両立出来ない筈がない──────!!

 

 

己に殺到する白と黒の剣がダイヤモンドとブラックダイヤモンドから生み出された宝石である事も理解しているが何よりもその数が余りにも正確に動いている仕組みにシルヴィアは喜悦のような殺意を浮かべながら、この光景を生み出している少年の手元を見る。

そこにはこの空間を作り出している刃と同じ物が握られ────そしてあれが本物だとシルヴィアは宝石に関わって来た自分の目と勘を信じた。

 

 

そしてそれが答えだ。

 

 

この大量にある刃は投影魔術によって生み出された偽物であり、そして子であり、そしてあの本物の分け身でもあるのだ。

恐らく本物の方に己と寸分違わない形に対する命令権を術式で刻印されているのだ。

無論、そんな命令、全く同一の刀剣が無いと意味のない術式だ。

しかし、それをこんな効率の悪い魔術で補う魔術師がいた。

そうだ、例えそれが投影による存在の劣化品であっても、その存在は確かにあの少年が作った礼装なのだ。

それを作り上げた設計図は少年の脳に完璧にある。

故に複製に手間取るはずがない。一度自分の手で作り上げるのに比べれば実に楽だと言わんばかりのその表情がこちらの思う事の答えになっている。

宝石を投影で複製して利用するのは盲点であったこちらも流石に言わざるを得ない。

だが、しかし

 

「ですが贋作では本当の輝きに届きませんのよ!」

 

袖からルビーの宝石を取り出す。

赤の色が籠った神秘は確かにその色の形をした炎になる為の輝きだ。

 

Shining(輝きなさい)!」

 

私が必ずその真価を引き出す。だから、輝くのだと自分の自信と相応の血の努力の結果に呼応して籠められた魔力が宝石の枠から飛び出して吐き出される。

炎として形成されるのに一瞬何て自分が許さない。

刹那のタイミングすら許さず生み出された炎は大量に生成された刃の6割ほどは飲み込んだ。

その時に少年の顔が少し驚いた顔になっているのを見て、こちらも自分に笑みを浮かべる事を許し

 

 

直上から銀色の鳥が落ちてくるのを認識した。

 

 

思わず横目で見るのは同じ銀色の髪を持った少女の形をしたホムンクルス。

その目は驚くような真剣な表情のまま、しかし凍るような寒い笑みを唇に浮かべた少女の顔は確かにこんな風に告げていた。

 

 

その程度の力量で終わるようだと思えないから安心して不意打ちを放ったんでしょ?

 

 

その素敵な挑発(殺意)に敵である事が素直に惜しいという感情と敵である事が素直に素敵であるという感情が両立され

 

Martian(火星の) light(光よ)! Be |spangled(我が手で) with(輝きなさい) my hand!」

 

吹き出た炎が自然の動きから明らかに逸れた形で動き出す。

当然、炎を操る術者はシルヴィアによる流動。

元より己が生み出した炎。操れるのは当然だと言わんばかりに少女が手繰る炎は生物と化し、疑似的な炎の腕は確かに空から落ちてくる銀の鳥を掴み、燃やし尽くした。

クラリスが冷笑を猛獣のような笑みに変えてくれるのだから、素敵な結果を生めたと私は素直に思い

 

Access(接続開始)────」

 

次に唱えられた詠唱がこちらの思いを無理矢理に断ち切った。

 

「なっ…………!?」

 

己の炎に干渉してくるのを感知し、思わず驚く。

干渉出来る事に驚いたのではない。

己の魔術を干渉出来ると考えられた事が驚きの事実だ。

しかし、そんな驚愕に身を任せ続けるわけにはいかない。

即座に意識を己の魔術に注ぐ。

意識は肉体ではなく炎へと宿り、それを奪おうとする不埒者に対して即座に遮断による否定を走らせるが────

 

 

 

It should be(悪徳を持って) taken away with(奪うべし) vice.」

 

 

それらを持って尚、3割程の(わたし)を奪い取られた事実に、畏敬と憤慨の感情を禁じる事が出来なかった。

己の中の魔術師としての自負に、まるで自然体のように掠め取る行いに、エーデルフェルトとしての己の業すらも掠め取られた気持ちになり、亀裂のような笑みを浮かべるのを止める事が出来なかった。

 

 

 

 

「遠坂真………………!」

 

 

殺意に反応した残った炎が即座に略奪者に対して裁きの炎として焼き付くそうとするが、彼が袖からブラックダイヤモンドを取り出すと同時に

 

 

 

 

My shadow stands up now.(今こそ我が影は立ち上がる)

 

 

 

コンコン、と足先で己の影をノックするように叩き、ブラックダイヤモンドから魔力による黒い輝きが生まれたと同時に────詠唱通りに少年の影が立ち上がった。

己の知る宝石魔術からは余りにも程遠い魔術の形態を見て、しかし即座にその中身を悟る。

 

 

 

「虚数魔術!?」

 

「────そこまで立派に言えるような代物ではないけどな」

 

 

特に誇る事も無く、しかしのっぺりとした影は迫る炎を抱きしめるかのように掴みかかり、しかし

 

 

 

 

「────舐めてますの!!」

 

 

 

魔術回路の回転数が上がる。

正直、修行の時ですら上げた事があるかないかのレベルにまで行使され、シルヴィアですら幻痛を感じるレベルだが、知った事ではない。

やるべき事はあの影を一欠けらも残さず、散らす事。

元より闇を払うは火の役目。

シルヴィアの魔術回路がかつてない程の回転と光を発するが、むしろそれこそ我が望みなり、と言わんばかりの笑みを浮かべて炎に魔力を注ぎ込み

 

 

 

結果、影の巨人は逆に炎に包まれ、そのまま燃え尽きる。

 

 

その勢いで奥にいた少年事焼いたが、人を舐めた結果としては当然、だと思おうとして

 

 

 

「────違う!?」

 

 

思考ではなく、感覚が真実を囁く。

今、焼けた者は遠坂真ではない、と。

根拠のない感覚を、しかしシルヴィアは即座に信じた。

何故ならば、いるからだ。

 

 

 

今、己の形を作った影を囮にして、身体強化と隠形を持って背後から己に斬りかかろうとしている本物が。

 

 

 

「不埒者…………!!」

 

 

背後を取った事、取られた事で吐き出された罵倒を、しかし当然だが敵対者は聞く気は無い。

死を覚悟せざるを得ない寒気が─────しかし、背後ではなく前からも現れた。

 

 

 

 

「二人纏めて死になさい……………!!」

 

 

クラリスが全身に施された令呪を輝かせながら、単純かつ絶大な魔力の塊をこちらに向けて放ったからだ。

術式のじの字も無い下らない攻撃手段だが、当たれば死ぬことを考えれば十分に最悪だ。

しかし、この場に限って言えば、シルヴィアにとっては天の恵みにも等しい手助けであった。

クラリスの攻撃によって一瞬、背後にいる少年が迷ったのを感覚で察知したからだ。

 

 

「───────隙あり!」

 

即座に左に一歩ずれ、身体に強化の魔術を施し、己の脇を通り過ぎていく腕と襟首を掴み、力づくで前方に引っ張りつつ、足を突き出し、少年の足を払う。

あっと思わせる間もなく、少年を魔弾に放り投げた。

げっ、と恨めしそうにこっちを見る少年に、御免遊ばせ、とウィンクを一つ投げる。

 

 

少年に逃げ道は無い。

 

 

未だ宙を浮いているのだ。

足は勿論として、迎撃も間に合わないと見て取れた。

だから、魔弾に触れた瞬間、ガッツポーズでも取りかねないテンションになり─────次のガラスが割れるような音ともに魔弾が飛散した現象に品の無い舌打ちをしてしまった。

 

 

 

「対魔力……………!?」

 

 

あれ程の濃度の魔力を相手に一切、揺るがない対魔力とはどれだけだ、と唇を噛む。

だが、とりあえず一つだけ判明したことがある。

 

 

 

この場にいる全員が一流という領域を超えた敵対者という事を。

 

 

 

 

 

 

クラリスははぁー、と一つ吐息と共に荒げようとする息を隠しながら、事実を受け止めた。

 

 

 

……………この中で一番戦闘力が劣っているのは私だ…………

 

 

戦闘タイプのホムンクルスでは無いのだから当たり前だ、と普通なら言うのかもしれないが、マスターである以上、そんなのは弱音でしかない。

故に、これは仕方がない事であると共に諦める必要がない事柄とする。

 

 

 

これは聖杯戦争だ。

 

 

魔術師同士の殺し合いなんていうものではない。

マスターである私の力が劣っていてもサーヴァントで打ち勝てば問題は無い。

勿論、それも二人に従う英霊が超級である故、油断は出来ないが、決して己のサーヴァントが負けない、という信頼がある。

 

 

 

 

例え、相手が神様であったとしても─────私のアーチャーが最強だ。

 

 

 

だけど、それはそれとして最強を支える以上、その魔力供給をする自分がしっかりしないといけないのだが。

そして

 

 

……………多分、それもお兄ちゃんに余裕がある理由。

 

 

少年のサーヴァントも見たが、マスターの目を見ても、あのセイバーはやはりアーチャーに勝るとも劣らない大英雄だ。

どのステータスも基本、Aランクに等しかった。

なのに、私や、乱入してきたシルヴィアでさえ恐らく同じ魔力不足で少し息を整えているというのに、少年は未だ余裕を残している。

ここまで来ると、もしかしたらあのセイバーに何らかのスキルか、もしくは宝具があって魔力消費に余裕があるのかもしれない、と考える。

いや、もしかしたら………………逆にそんな宝具が無いから、こっちよりも魔力に余裕があるのかもしれない。

十二の試練(ゴッドハンド)は確かに強力無比な宝具だが、その分、当然だが魔力を喰らう。

最強のマスターとして調節されたこの体だからこそアーチャーは動けているが、宝具が無くてもアーチャーは一流の魔術師を容易く枯渇させる。

それに加え十二の試練を使うとなると一流の魔術師が10人以上いても、残るのは干からびたミイラのような魔術師の死体が並ぶだけだろう。

私ですら十二の試練という常時発動宝具を使っていたら、アーチャーが所持している他の宝具なんて一つか、よくて二つくらいしか使えない。

 

 

 

不甲斐ないマスターね、と自嘲しながら──────しかし、という疑念が途切れない。

 

 

 

理論は今までので十分に筋が通っている。

この場にいる敵がマスターもサーヴァントも含めて超を超えた次元にいる事も感情抜きで認めている。

しかし、あの少年は本当に、そんなレベルにいる生き物なのだろうか? という感覚がこびり付いている。

水源だけを見れば川にも湖にも見える物が、視線を上げれば実は海だった、のような感覚。

 

 

 

本当に─────あの少年に余裕があるのはサーヴァントの性質だけだろうか?

 

 

根拠のない恐怖を廃絶できない事を感じながら、しかしクラリスは首を振るう。

今はそんな事はどうでもいい。

少なくとも、あの少年はアーチャーの弓に怯え、そして死ぬ存在だ。

そして、マスターである以上、見逃す事も出来なければ、逃げる事も考えない。

疲労を押し殺し、第3ラウンドに向かおうとし

 

 

 

『マスター!!』

 

 

己が最も信頼する声が念話として届いた瞬間、その声と第六感に従い、己と、ついでに他の二人も伏せるのを見たが、それ以上の事が起きた為、そんな事はどうでもよくなった。

 

 

 

 

 

赤い線が空港の建物まで縦に一直線に走ったかと思った、次の瞬間に、線が通った場所が爆発し、焼き、吹き飛んだのだ。

 

 

 

 

 

「──────しまった」

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)による炎の熱線が空港を吹き飛ばしてしまった事に、ランサーは一瞬の後悔を抱く。

魔術によって人払いをしているとはいえ、あの建物は人を空飛ぶ翼によって運ぶ偉大なる場所だと聞いている。

翼までは焼いてはいないとは思うが、ここを利用する者達には心底申し訳ない事をしたと思う。

 

 

 

『ランサー!! やり過ぎですのよ!?』

 

『面目ない。罰は後で必ず受けよう』

 

 

マスターの叱りも当然だな、と受け入れつつ、しかし即座に槍を構える。

派手さを望んで、ブラフマーストラを使ったわけでは無い。

そのくらいのレベルを使わなければ、攻撃が届かない、と判断したために使用を決断したのだ。

 

 

 

炎熱によって発生した煙をまず貫いたのは、58の死の矢。

 

 

脳天に16。

胴体に15。

両手両足に27本の矢が恐ろしい程の正確さで穿とうとしている。

どの矢も音など軽く置いた速度で、且つ、わざと着弾時間をずらした、最早神業ではなく魔技としか言いようがない鋭さを、カルナはマスターから魔力を拝借し、魔力放出による炎熱で大多数を燃やし尽くす。

勿論、どれ程の矢であったとしても父から与えられた鎧を貫通できる物ではない、と見て取れたが、鎧は傷は防げても衝撃は防げない。

 

 

 

 

衝撃に構っていたら、次に煙を破って突撃するセイバーの一斬を受ける。

 

 

己よりも腕一本分程の高さを砲弾のような速度と回転で斬りかかろうとするセイバーが現れる。

一切の迷いなく顔面を狙ってくる刃に、即座に首を振るが、頬を斬られ、血が流れる感触を得る。

 

 

 

「───────見事」

 

 

そんな場合ではないとは重々承知だが、ランサーをしてこれは畏敬の念を禁じ得ない状況なのだ。

 

 

これは三つ巴。

 

 

一度甘さを見せた相手こそを狙うのが常套の戦。

故にこうして二人同時に狙われる事に絶望は感じない──────ただ歓喜を感じるだけであった。

油断も慢心も決してしないと誓った身だが、己の技と鎧の自負から死の予感というのは生前を含めてもそう経験した事は無かったが、今回は違う。

 

 

 

セイバーもアーチャーも間違いなく己を殺す事が出来る存在だ、と事実として受け止める。

 

 

現に己の不死性が鎧である事を即座に悟った二人は諦めではなく、即座に次のアプローチを行った。

鎧が不滅だと言うのならば、鎧に覆われていない箇所はどうだ、という当然の帰結。

結果はこれだ。

 

 

 

如何に堅硬な鎧があろうとも、覆われていない箇所までもが堅硬になるわけではない。

 

 

多少の干渉は出来るが、あの聖剣と極めた矢を前にすれば無意味か、と納得する。

故に必要なのは己が培った技と力だけ、というのが非常に清々しい。

 

 

 

 

「何時の時代、どんな形であったとしても、好敵手とはやはり得難いモノだ」

 

 

余裕から来る笑みではなく、己の幸運を噛み締めたが故に生まれた笑みを形作りながら、自分を中心に、煙から現れた大英雄と背後で着地した騎士王を感じ取る。

不利なのは己。

しかし、それだけで勝利を投げ出すのは戦士(クシャトリヤ)としては恥ずべき行いであろう。

ランサーのクラスにおいて、鎧に次ぐ第二の宝具の開帳を視野に入れている間に──────聞き慣れない音が耳に届いた。

 

 

 

己の時代では聞いた事もない振動と音。

 

 

現代におけるものか、とは思うが、ここは今や魔術師によって張られた結界の中だ。

その中でそういった物を扱うには当然、人が必要であり、今、この場における人はマスター達3人以外を置いて他にいない。

マスターに何かあったか、という疑念が一瞬の油断を生んだ。

 

 

 

 

 

────────即座に唸りと圧を広げたのはブリテンの勝利の王

 

 

 

 

セイバーは己の魔力炉心を即座に最大解放する。

セイバーは今こそ、己の手で形作られた第一宝具に膨大な魔力を注ぎ込む。

風王結界は今こそ、その名の通り、本来の剣の刀身を超え、長さだけで60mを超えた刃と化す。

勿論、刀身自体が伸びたのではなく、纏わせる風を単純に増やしただけの結果だが、ここまで巨大となるのは生前にしか覚えのない事ではあった。

即座に二人の大英雄がこちらに振り向き、各自の武器を構えるが遅い。

 

 

 

 

何故ならこれは三つ巴が起きた時に既にマスターと一緒にすべきだ、と思って提案した事─────逃走の開始だ。

 

 

 

どちらも不滅を謳う大英雄。

倒せないとは言わないが、倒すにはこちらの切り札を全て晒す覚悟を持たなければ、というのが大前提。

ハイリスク過ぎる相手に対して、セイバーが考えたのは逃走。

何時かは倒さなければいけない相手なのだとしても、ここで全てをいきなり出し尽すのは問題だ、と見ようによっては弱気と謗られても仕方がない判断を、しかし真は全く同意見だ、という返事と共に逃げる事を了承した。

その後に、少年はこちらに伝えた。

 

 

 

 

──────絶対、他の二人がしないような合図をするからその時にアーチャーには当てな(・・・・・・・・・・)いように(・・・・)しながら、絶大の一撃を放て、と。

 

 

 

曖昧な指示だが、アーチャーに当てないようにするというのは十二の試練の事を考えれば、成程、と素直に同意し、今まで合図を待っていたのだ。

そしてその合図が来た。

他の英霊は全くその合図を理解していなかったが、一度、それ(・・)を扱った事がある己には聞き覚えがあるからこそ理解できた合図だった。

そんな事までは話した覚えは無いので、運だとは思うのだが、本当にあのマスターは良くも悪くも狙いが良過ぎる、と内心で苦笑し──────聖剣では無い、アーサー王が持つ神秘の刃を解放する。

 

 

 

 

風王鉄槌(ストライク・エア)ぁぁぁーーーー!!!」

 

 

セイバーに手によって纏められていた風が、今こそ自由と暴虐による局地的なハリケーンとなり、ランサーを、次いでアーチャーに続く風の通り道となる。

 

 

 

「ぬっ………………!」

 

 

ランサーは己の敏捷では躱せないと即座に判断し、己の傍に浮いていある鎧の一部を、立ち上げ、腕で露出した部分を庇う。

 

 

 

「っ………………!」

 

 

アーチャーはこの攻撃は威力ではなく、衝撃を中心としている事を悟り、敵の意図に気付くが、流石のアーチャーであったとしてもこれ程の乱気流で矢を撃っても余り威力とならない事を悟り、回避に徹した

 

 

 

上空から見れば、ハリケーンのような風が、一直線に突破したように見えるだろう一撃は、バスターミナルをものの見事に両断した。

しかし、セイバーはその成果を見る事はせず──────この攻撃によって隠された、先程の音の正体─────バイクに乗った遠坂真が、こちらに手を伸ばして走って来たのだ。

 

 

 

「セイバー!!」

 

 

少年の声に、即座に反応し、ジャンプする。

狙いは当然、運転席。

あれ? という少年の顔を無視して、慌てて少年が引くのを見届ける中、走っているバイクに座り、引いた為に倒れそうになる少年を片腕で引っ張り、そのまま腕をこちらの腹に巻きつかせるようにしておく。

 

 

「では捕まって下さい、シン。急加速しますよ」

 

「あっれーーー? ここは男らしく、こう、セイバーが俺の後ろに回って抱きついてくれる所だと………………」

 

支離滅裂な台詞を吐いているので、即座に鎧をパージし、バイクに装着し───────己の魔力放出によって本来の加速を超えた速度でセイバーは少年の悲鳴を聞きながら、戦場を離脱した。

 

 

 

 

 

「逃がさん」

 

即座にアーチャーが遠ざかる背中に矢を番えようとし─────衝撃に吹き飛ばされたランサーが目の前に現れ、即座に狙いを変えるが、ランサー即座に警戒に入った為、射っても意味なしを理解する。

だから、つい呆れと共に、ランサーに話しかける。

 

 

 

「その地点に誘導されたか? ランサー」

 

「そのようだな。俺が防御に入り、お前が回避した瞬間を、セイバーは捉えていた」

 

 

成程、とセイバーを過小評価していた事を深く恥ながら、アーチャーは一切の油断がないまま、殺意も込めずに口を開く。

 

 

「続きを望むか? 日輪を背負う英雄よ」

 

「無論だ─────と言いたいが、マスターからの命令だ。俺もここで引かせて貰おう」

 

乱入者が語ると酷く傲慢に聞こえるが、アーチャーの心眼では正しく、この英雄が口に出した言葉以上の意味を込めていない事を悟った為、そうかと頷くだけにした。

 

 

 

 

こちらも深入りは避けたい。

 

 

クラリスにかかる負担を考えれば、正しくこのタイミングが引き際だ。

正しく、あの剣の主従は最高のタイミングで引いたのだ、と苦笑し、弓を肩に担ぎながら

 

 

 

 

「いずれ」

 

 

 

─────また相まみえよう。

 

 

 

無言の闘志を示し、ヘラクレスは己のマスターに向かって歩き出した。

敵を前に背を向ける行為に、しかしランサーも同じく背を向けながら

 

 

 

 

「────確約しよう、ギリシャの大英雄よ。我がマスターもそのつもりだろうしな──────そして願わくば」

 

 

あの主従とも、と残して霊体化していく気配に、己も頷きながら霊体化する。

 

 

 

 

 

 

 

後に残ったのは建物の形だけを留めた空港であり、魔術の影響が消えた今、それは一般人にとっては悪夢と思うような結果だけが残されることになった。

 

 

 

 

 




色々ありましたが、更新しましたFateも。


クロの部分も消したため、クロの方の話はとりあえず読者の方では無かったことでお願いします。
とりあえず空港編は終わりです。


ドイツ編の主軸はとりあえず、この3大英雄とそのマスターです。
これで楽しんで頂ければ幸いです(実はトーク段階ではそれにもう一人大英雄がいた事は黙りつつ)。


感想・評価などよろしくお願いいたします。




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幕を開けよ

 

 

 

 

ドイツの高級ホテルのスイートルーム。

 

 

 

その場所で、シルヴィアはベッドに座り込みながら、しかし疲労の吐息を吐いた。

が、しかし、弱音だけは一切吐かないまま、シルヴィアは己の槍を呼んだ。

 

 

 

「ランサー」

 

 

己以外誰もいなかった場所に、霊体化を解除した英霊が現れる。

スイートルームの部屋の物がまるで一気に老朽化したかのように価値が失われていくような錯覚を覚える黄金の英雄。

 

 

 

 

己の誇りと実力に相応しき大英雄だ。

 

 

 

「どうした、マスター。如何に才と意地があるのだとしても、休む時に休まず、疲労を重ねれば、結末は自滅による死だけだぞ。悪い事は言わない。存分に休むがいい」

 

「勿論、休みはしますわ───────ですが、休む前に敵の情報を話し合わないのは愚策でしょう? あれ程の好敵手を相手に、思考を止めるのはそれこそ自殺行為ですわ」

 

 

ふむ、と己の言葉に、ランサーもこちらの顔を見ながら頷く。

 

 

「確かに。これは俺の間違いだな。セイバーにアーチャー。あの二人は間違いなく今回の聖杯戦争においても最高位のサーヴァントだろう。座して待つだけではそれこそ自滅か」

 

「その通り──────少しは過保護を解きなさいカルナ(・・・)。他人に施すだけが成長への道ではありませんわ」

 

 

真名を己の意志で告げる。

かつてインドにおける最大にして最高とされる施しの英雄。

あらゆる願いと呪いを一身に背負いながら、それでも一切を恨まず、妬まず、そして顧みなかった稀代の大英雄。

それが私の槍で、私のサーヴァントだ。

 

 

「忠告は有難く受け止めるが…………いいのか? 真名を告げても。魔力とサーヴァントの反応は無いが、あのアーチャーの事だ。視えているやもしれないぞ」

 

「とても恐ろしい忠告感謝ですわ……………ですが、恐らくもう気付かれていると思いますわ。鎧はおろか魔力放出も槍も存分に見せたんですもの。絶対とは言いませんが…………この場合は楽観の部類に入るでしょう」

 

 

槍はまだしも、鎧と炎はかなり真名を当てる為のピースになる。

素人でもない限り、真名はばれている、と思った方がいいだろう。

そして、彼らに限ってはそれは無い。

最早、これは計算とか予想とかではなく信頼のレベルだ──────己について来れた実力者たちがその程度を出来ない筈がないという。

 

 

 

 

─────だからこそ、はっきりしておかないといけない事があった。

 

 

 

「……………カルナ。はっきりと告げて貰いたい事がありますの。一切の虚飾なく、依怙贔屓無しに」

 

「了承した」

 

竹を割ったような返事に、しかし意識を緩くしないまま──────己で肯定しなければいけない事を、従者に問うた。

 

 

 

 

「───────私は、遠坂真に劣っていましたか?」

 

 

 

カルナの目線に揺らぎはない。

ただ、一直線にこちらを見る。

虚飾を払うその視線に、私も負けず劣らずに答えが欲しいという意思を示す。

既に、彼に己の戦闘は記録として見せている。

だからこそ、施しの英雄はマスターであっても、一切の妥協をせずに、求められた答えを渡した。

 

 

 

 

「魔術師としてならば恐らく差は無いのだろう──────ただ、戦闘、という一点で言えば、あのまま続いていたならば、お前が撃ち任されていた可能性は高い。

 

 

 

ギリッ、と歯が軋む音をしっかりと耳に焼きつけながら……………それを解す一息を漏らす。

 

 

 

「…………………ええ。最高に最悪な答えですわ、カルナ。そして私もそう思いました。あのままだとあの戦闘思考と多彩さに翻弄されていた、と」

 

「………………俺は魔術師では無いから、魔術師としての格付けは理解出来ない。が、戦士としての視点で語るのならば─────あの少年は、魔術師ではなくマスターとして戦っていたのだろう」

 

 

その言葉に魔術師としての私は腹立たしさを感じるが─────聖杯戦争の性質を考えるのならば、正しいのはカルナであり、遠坂真だ。

戦争の場で道理や矜持を振りかざす方が脱落していく、という事なのだろう。

エーデルフェルトとしては聊か品位が欠けているが、理解はしている。

聖杯戦争において魔術師に必要なのは魔術の力量ではなく、魔術の使い方。

忌々しい魔術使いとしての方法こそが、最も適しているのだ、と唇を噛みながら、己の失態を憎み

 

 

 

「その上で聞きますわ──────私達に勝ちの目はまだまだありますわね?」

 

「───────無論だ」

 

 

生涯に渡って嘘をついた事が無い施しの英雄の断言に、シルヴィアは獣のような微笑を浮かべながら、髪をかき上げる。

 

 

 

 

「──────素敵な答えですわ………ええ、その通り。多彩さや柔軟な思考で負けていたとしても、未だ我がエーデルフェルトの宝石魔術の神髄を晒したわけでも無し。テンカウントは未だ先ですわね」

 

 

 

未だ敗北のテープラインは見えず。

無様にタップするのもまだまだ早すぎる。

この程度の窮地で諦めるなど魔術師の風上にも置けない。

我等が膝を着くのは根源に届いた時、喜びの涙と勝利の感覚を得る時。それこそが魔術師としての到達であり、終わりだ。

それ以外で絶望に身を委ねるなどあってたまるものですか。

故に、己は今、勝つ為に口を動かす。

 

 

「カルナ。貴方の感覚でいいですわ──────総合的に見て、最も厄介な陣営はどっちでした」

 

「……………………その問いならば悩ましいが、それでもやはりより恐ろしいのは──────」

 

 

 

 

 

 

 

「───────私達が、多分、一番狙われるわ」

 

アーチャーは、ヘラクレスはベッドで少し荒げた呼吸をしながら、それでも意識をしっかり保って自分達の現状を語るクラリスの話を聞いていた。

休んでいい、とは言ったのが、強がる娘だ。

今は休めない、私達は勝たないといけないから、と意識を断ち切る事を拒んだが為、現状の分析を進める事にした。

 

「多分、どの陣営もアーチャーが一番手強いって理解したわ。例え、どれだけ長期戦には不安があるのだとしても、それでも、アーチャーは最強だもの。十二の試練(ゴッドハンド)もそうだけど、それ以外の宝具が恐れられている。こちらが形振り構わずにそれらを放たれたら、脅威と思われるわ。それに何より─────」

 

「──────私はアーチャー。唯一、あの中で奇襲によって狙い撃ちが出来る」

 

そうっ、と強気に笑う少女を見て、頷く。

 

 

 

「遠距離から攻撃出来、その上で近接に持ち込まれたとしても、貴方は負けない。仮にセイバーとランサーが手を組んで攻撃をしてきたとしても、贔屓目無しに互角に持ち込めるわアーチャーなら」

 

 

その判断に、アーチャーは静かに頷く。

クラリスの判断は正しいと判断出来る。

如何に万夫不倒の英霊であったとしても、今やサーヴァントの身。

己のクラスの枠からはみ出した奇跡は起こしづらい。

無論、英霊故に奇跡はお家芸。決して、油断していいわけではないが、であっても遠距離という意味ならば、バーサーカーにでもなって無い限り、己の術技に陰り無し。

幾らでも狙い討てよう。

 

 

「──────だが、恐らくそれは向こうも理解している」

 

「……………だよ、ね。アーチャーの攻撃だもの………何であっても絶対に遠距離からの攻撃には常に気を配っている、と思う………」

 

「……………ランサーもセイバーもどちらも人外の域だが、特にセイバーには恐らく狙撃は勘付かれる。敵対していて分かった。あの騎士王は恐ろしい程、勘が良い。わが師のような千里眼ではなく、ただの直感だが………」

 

「何それ………………あーー本当だわ。凄い直感スキル………」

 

寝ながらマスターとしての技能でステータスを覗いているのだろう、とは思うが、それも軽度の魔術だ。

私は先程からずっと息を荒げている少女に──────躊躇いながら額に手を差し伸べる。

 

 

 

「ぁ…………………」

 

「──────疲れていよう、マスター。流石に休むといい」

 

「……………ぅん………もぉ……………過保護………なんだ、からぁ………」

 

 

雪の妖精のような少女は、とても美しく微笑み、過保護と私を嗜めながら…………しかしゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

「……………」

 

 

己の行為が醜い行為である事は承知している。

完全な代償行為。

救われるのは己であり、己が過ちを犯した娘の代わりに扱っているだけに過ぎない、という事は理解している。

 

 

 

 

ギリシャ最大の英雄?

 

嗤わせてくれる。この身は守るべき小さき少女に手にかけてしまった鬼畜であるというのに。

 

 

 

例え、それが神々によって翻弄されたが故の結末であったとしても………………最後にお父さん、と首を折られながらも、私を呼んだ少女を──────どうして忘れられようか。

故にこれはどうしようもなく代償行為。

己の罪を清算出来るわけでもなければ、許されるわけでは無い。

だが、それによってこの儚く、幼い少女が救われるというのならば、あらゆる汚名を受け入れよう。

故に、此度のヘラクレスは名誉など求めない。

欲っするのは、かつて己がギリシャで響かせた称号──────負け知らず(さいきょう)の名のみ。

それこそが、マスターの願いであり、そして

 

 

 

「………………」

 

 

ざりざりざり、と頭痛が走る。

ヘラクレスをして、顔をしかめる程の頭痛(・・)に襲われる中、ノイズまみれの記憶で見えるモノがあった。

そこは極限の雪原の中。

周りには野犬と思わしき、獣の死体が囲うように倒れている中、ノイズに包まれた子供、と思わしき形がこちらに手を伸ばす光景。

 

 

 

 

■■■■■■は■いね──────

 

 

 

──────そう、かつて笑顔で告げる■■がいた。

名も顔も思い出す事が許されないが、確かに己にそう告げた存在がいたのだと霊基に焼き付いている。

世界による■■■が己を焼き尽くそうとする中、それでも取りこぼさず残した影。

だが、そうであっても何故覚えていられるの(・・・・・・・・・・)()、という疑問を感じながらも

 

 

 

「………………………誓おう」

 

 

 

今度こそは、そうであろう(・・・・・・)、と。

 

 

 

 

 

 

セイバーは目の前で無垢に眠る少年にどうしたものか、と思っていた。

あのまま逃げて、とりあえず本当に適当にホテルに入り、ようやく息を整えて、直ぐに敵の情報をお互いに交換し、終わったと思ったら、少年はそのまま疲労に耐えれずに倒れてしまったのだ。

逃げる事も考えたのだが、敵がアーチャーである以上、それは危険と判断はしたが、それでもサーヴァントを前にこうも無防備に寝るのは聊か危険意識がなっていないのではないか、とは思うが

 

 

 

 

「………………あれ程の英霊とマスターと遭遇すれば、そうなりますか」

 

 

 

正直、抱えて逃げる事も考えはしたが………………その分、結局、シンの魔力を消費するのだ。

魔力と体力を完全消費して逃走するよりも余力を残した戦闘を選ぶのは間違いではない。

だから、こうなるのは構わないのだが、極めつけに倒れる直前に少年は

 

 

 

「セイバーも…………寝てくれ………よぉ………」

 

 

であったのだ。

サーヴァントは睡眠は必要では無いというのに、とは思うが………………霊体化出来ない自分はマスターの魔力を節約する事が出来ない。

睡眠すれば、己の活動を最低限にする事が出来るから、確かに間違いでは無いのだが、この状態で寝ていいものか。

暫く考え、寝てもいいだろう、と決定した。

相手が高潔だからとかではなく、今日一日はどのマスターも休むと考えたからだ。

マスターと共有した情報だと、どのマスターも全力ではなくても、本気で魔力を使用していた為、そんな余力は無い筈だ。

少なくとも今日一日は安静をするはず。

ならば、恐らく本番となる明日に備えて少しでも魔力消費を抑えるのがベストだろう。

そう思い、寝相で少しだけ乱れたマスターのシーツを直しつつ、自分も何時でも動けるように意識を調節しつつ──────眠りについた。

 

 

 

 

 

 

────────どこか、小さな部屋で二人の男女が抱き合っている光景を見ていた。

 

 

 

セイバーは意識はあれど、身体が無い自分に直ぐに気付いた。

三度による経験と直前の己の行為で直ぐに気付く。

この光景が夢であり──────己のマスターの記憶である事を。

記憶である以上、己はシンの視界からその光景を覗いていた。

恐らく部屋の扉の隙間から覗いていたのだろう。

小さいが、全体を見れていない視界はそんな狭間から覗いていたから。

 

 

 

抱き合っている男女はシロウとリンであった。

 

 

 

前後が無い為、何故そうなっているかは不明だが……………二人は泣きながらお互いを抱きしめていた。

不思議と痛ましさは感じないが……………………それ以上に己の内に刻まれる物があった。

 

 

 

っ………シン………?

 

 

それは繋がっている少年の心。

二人が抱き合っている光景を覗く少年の内側には何故抱き合っているかとかそんな当たり前の疑問ではなく───────恐ろしいまでの絶望感であった。

少年は震えながら、その完成した光景を見ていた。

二人が抱きしめ合い、お互いを案じれば案じる程、少年は恐怖で身を震えさせて(・・・・・・・・・・)いた(・・)

 

 

 

 

二人が愛を確認すればする程──────少年の心は捨てられる(・・・・・)いらなくなる(・・・・・・)、という想いを生み出していた。

 

 

 

その感情を理解した瞬間、同調度が上がる。

あの二人は、二人で完結している。

お互いが互いを見て、聞き、理解し合っている。

そんな二人を前に──────余りにも己の異物感。

この怪物のような魔術回路も、この目に映る者を串刺しにする物に変異した瞳も、このどうしようもなく何もかもが視えてしまう意識(じぶん)も──────この二人を前にすれば余りにも不適合過ぎて絶望した。

 

 

 

 

そうして少年は出来るだけ静かに、しかしどうしようもなく二人から逃げ出した。

 

 

 

少年の内側にあるのはどうしようもない恐怖だけであった。

彼を震えさせるのは怪物でも無ければ、命の危険でさえ無かった。

 

 

 

 

 

ただ、彼は、自分がいていい居場所がない、という被害妄想(ケモノ)に追い詰められていた。

 

 

 

セイバーはそうして逃げていく少年を体験しながら、何故、と思う。

シロウとリンがどういう親の在り方をしているかは、衛宮邸にいた期間の間しか知らない。

その間だけを考えるのならば、二人は良き親であろうとしていた、と私は思う。

魔術師の家系として見るのならば失敗のかもしれないが、人の親として見るならば、息子を愛そうとしている二人であった。

なのに────────否、だからこそ(・・・・・)少年は嘆いていた。

 

 

 

 

 

当たり前に生きる事|だけは不可能な(・・・・・・・)異形(じぶん)を、オカシイ、と泣いた。

 

 

 

 

夢はそこで切れる。

唐突な断絶を受け入れながら………………意識だけのセイバーは記憶に刻みながらも、今は忘れる事しか出来ない、と受け入れるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

朝日を受け入れ、ホテルでの朝食を存分に食いまくった後、遠坂真とセイバーは即座に荷物を纏め、チェックアウトをしていた。

昨日は確かに逃げるのは難しいと言ったが、だとしてもわざわざ戦いに付き合う義理はこちらには無いのだ。

逃げれるのならば逃げる。

もしかしたら、こちらの戦力に鬱陶しさを感じて見逃すという事もあるかもしれないのだ。

零に近い可能性だが、零でない以上、やってみるのはタダだろうと思い、ホテルの出入り口から外に出

 

 

 

 

一瞬で、喉にあった水分が干上がるような気分に陥った。

 

 

 

「シン」

 

くらり、と足が揺れそうになるのを隣からセイバーが支え、即座にこちらの盾にもなってくれる。

そのお陰で何とか深呼吸をする事が出来、そこでようやく一声を出せた。

 

 

「これ………もしかして……………」

 

「ええ───────恐ろしい事に視られています」

 

誰に視られているか、なんて言うまでもない。

直ぐ傍にいるならともかく、己の感覚で掴めない距離で視てくる相手などアーチャーしかいない。

 

 

 

「場所は?」

 

 

セイバーはこちらの質問に答えられずにいるのを見ると場所を掴めていないという事で─────もしかしたらこの会話さえ読唇術で聞かれているかもしれない、と思うとゾッとする。

 

 

 

ヘラクレス

 

 

ギリシャにおいて神々の無理難題を意志と肉体と技と知恵を持って踏破した世界最大にして最高の英雄。

千里眼を持っておらずとも、その眼力はこちらを視る事くらいは容易いという事なのだろう。

 

 

 

「だが、こんな朝っぱらから……………しかも人がいる中だぞ?」

 

「………………それに幾ら遠距離から嬲る事が出来たとしても、距離があるのならば幾らでも対処がこちらには可能です」

 

 

そう。

早朝とはいえここには人が集っているし、セイバーには直感スキルがある。

未来予知にも等しい能力はそれこそ奇襲を察知してしまう。

その上で挑むというのも決して間違いではない……………のだが、己の体を包む視線がそれだけではないと語っている。

 

 

 

 

そしてそれを最後まで理解しなかった時こそが────────

 

 

 

「………………」

 

ドイツの朝は決して暖かいモノではないのに、酷く冷たい汗が流れてくる。

心音はさっきから無駄に高鳴り、魔術回路は勝手に次々と起動していく。

トリガーが次々と引かれる中、視線の意味を悟らなければならない、と思いながら、ふと空を見上げる。

空には勿論、太陽が浮かんでいる。

光は届いても熱はそう届いていない日なのに、寒気がする熱さを抑えようとしつつ

 

 

 

「…………………ん?」

 

 

空に何か違和感を感じた。

青空、雲、太陽とかに、というわけではない。

普通なら空にあるとは思えないモノがあったのだ。

 

 

 

それは小さな点であった。

 

 

黒点のように空の染みとなっている点を見ながら、何だろうと思う。

丁度、自分の真上にあるというのが変だな……………と思っていると気のせいか、点は少しずつ大きくなっている気がする。

鳥にしては小さい点を…………………何故か見過ごせず、眼球を強化しようかと思った時、日差しが近くの建物の窓に反射し、己の瞳を軽く焼き付かせる。

 

 

 

「っ………………」

 

 

手で顔を覆い、眩し、と思いながら、細目になりつつ、太陽を見ないように眼球を少しだけ強化し

 

 

 

 

「───────あ」

 

 

正体を悟った瞬間、遠坂真は絶望に抱かれた。

 

 

 

 

 

 

 




今回はまぁ、色々と書きましたが、そうは言ってもまだまだ前哨戦。

色んな人が見て、楽しんで頂けるよう頑張ります!!



感想・評価などよろしくお願い致します!!


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