悪の在り方 (c.garden)
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悪魔と少女

16/02/13 誤字修正
16/02/14 誤字修正


「オードル様、御食事の用意ができました」

 

その声の主に顔を向け、習慣化している言葉を投げかける。

 

「あぁすまないな。君も一緒食べるといい」

 

その言葉に最初は戸惑っていたものの、諦めか、慣れか彼女は軽く微笑みつつ返す。

 

「はい、ではご一緒させて頂きますね」

 

そんないつものやり取りを交わし、食卓に向かい合う。

 

一見暖かい雰囲気に包まれているかのように思えるが、他人がみれば声をあげ、全力疾走でここから離れようとすることだろう、何せ…

 

山羊にも似た悪魔がフォークとナイフを器用に使って食事をしており、それをさも当然かのよう、共に食を進める女性がいるのだから。

 

「私と君が出会ってからどれくらいになる?マリ」

 

「ちょうど今日で153日目ですわ、オードル様」

 

即答か、それに何がちょうどなんだ?

相変わらず変わった女だな、こいつは。

 

「そうか。この身では街を歩くのが難しい故、助かっているよ」

 

今度は少し間が空き、目をつぶりながら彼女は言った。

 

「だって貴方は私の命の恩人ですから、それに…」

 

瞼を開き、俺の目を見ながら続けた。

 

「人にも神にも裏切られたのですから、私に残るのは悪魔だけでしょう?」

 

まるで全てを諦めた者の自虐的な言葉のようだが、俺が感じたのはそれとは違うものであった。

気恥ずかしくなったため、皮肉をくれてやろう。

 

「私は君を利用するだけ利用して、用が済んだらその魂を頂く。そう思っていてもかい?」

 

うむ、悪魔らしい言葉だ。

少しの充実感を得ているとそれを崩しにかかってきやがった。

 

「それでしたら、私の魂は貴方の中で生き続けられるのですね。あぁなんと甘美なことでしょう」

 

やはり可笑しな女だなこいつは。

元よりそうだったのか、『あれ』がきっかけだったのか。

彼女の言葉を微笑みで流しつつ、思考を過去へと飛ばした。

 

 

草木と風の奏でる音に目を覚ます。

自分が横たわっていることに気づき、身体を起こす。

ある筈のない満天の星空に男は現状に混乱する。

何処なんだここは?俺はあの時…

 

しかし今はそれよりもこの姿だ。

鏡のようなものは持ち合わせていないが、そのような物がなくてもわかることはある。

目覚める前とは違う服装、普段は決して被ることのないシルクハット。

そして何よりこめかみから天へとつき刺すかのように存在する山羊に似た角。

この姿はまるで…

 

混乱を脳の奥へと追いやり、状況を把握するため深く思考する。

数刻後、持ち得る全ての知識を総動員させて、導き出した可能性、それは大きく分けて三つ。

 

一つ、ここは死後の世界とやらで姿は俺の深層心理に焼きついたものが反映されているからであり、後に閻魔だか神だかが何らかの沙汰を下しに来る。

 

二つ、ただの夢。そう泡沫のってやつだ。

明晰夢というものもある。

しかしここまで五感を刺激するものなのか?という疑問が残る。

 

三つ、俺は死の直前ユグドラシルを起動していた。

なんの因果か知らないが魂だけ仮想現実へと飛ばされた、というもの。

 

三つ目が一番突拍子も無いが裏付けるようなことが幾つかある。

まずは俺がユグドラシルの中で取得していた魔法が使えること。

大昔に流行った猫型だか狸型よろしくの、物理法則を無視したアイテムボックス。

その中身や装備の大部分はユグドラシルを引退した時、仲間に渡したため大したものはないが。

 

けれどサービス終了を既に迎えているはずだが…。

そう更に思考を続けているとこちらへ近づいてくる音に気がつく。

 

「馬車か?何より情報が必要だな、ちょうどいい」

 

こちらからも歩みを進めると馬が暴れ出す。

そして馬車の周囲にいたのか武装した男が数人現れた。

 

「お前は何者だ?!こんな人気のない道で変な仮装しやがってよ」

 

「?!」

 

「そんなにビビるなよ。いつもだったらぶっ殺して身ぐるみ剝ぐとこだったが、今日は大きな収穫があって気分がいいんだ。有り金全部置いてきゃ命だけは見逃すぜ」

 

男が何か言ってるが頭に入ってこない。

本来ユグドラシルでは表情や口元は動かせるだけの機能はない。

ますますわからなくなってきた。

これはやはり夢なのか?

 

「だまってねーで、さっさと出すもんだしな。こっちの気が変わらないうちにな」

 

…人が悩んでるってのに煩い輩だな。

とりあえずは行動を起こさなくてはな。

 

「いや、すまないな。少し思うところがあってね。出すもの?だったな、特別な物をやろう」

 

その言葉で盗賊達から怒気が薄れ、べたつくようなニヤけづらを浮かべる。

 

「さあ、受け取りたまえ。《ドラゴン・ライトニング/龍雷》」

 

荒れ狂う光が盗賊達へと向かう。

彼らは何が起こったのかすら気付かないまま消し炭へと変わった。

 

「いかん、威力を見誤った。馬車は…無事のようだな」

 

これがゲームのイベントなら馬車の中には囚われのお嬢さんか、どっかのお偉いさんが居るはずだが、果たして。

 

そっと扉を開けるとそこには相当乱暴されたに見える女性が一人。

瞳は虚ろで、ボロ布を着せられているだけだが、月のような美しさがあった。

 

「良い夜、とは言えないか。今晩はお嬢さん」

 

先ほどの魔法により、高揚した気持ちのままに、現実では赤面ものの台詞を滞りなく発しつつ、マントを被せてやった。

 

「……随分紳士的な人、いえ悪魔さんですね」

 

意外だな、反応があるとは。

しかし生への渇望も死への恐怖も感じない。

現実を受け入れつつも、どこか夢ごこちでいる。

さて、どうしたものか。

 

「悪魔さんは私を連れ去ってくれるのですか?この裏切りに満ちた世界から」

 

殺してくれ、俺にはそう聞こえた。

だが…

 

「残念だったね、お嬢さん。私はこの通り悪魔だが色々と事情があってね。この世界の情報が欲しい、そして住み家もね。だから」

 

強く瞳に力を込めて、甘く囁くように言葉を紡ぐ。

ゲーテのファウストをイメージしつつ。

 

「私と契約しないかい?」

 



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とある男の生涯

独自解釈が強い上に相当暗いお話です。
本来プロローグの予定でしたが、余りに救いのなさと本編とはほぼ関係のないため、飛ばして頂いても問題ありません。
せっかく書いたのでのっけちゃえってのが本音ですけども。

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男は疲弊していた。

大きな希望も絶望なく、見るものによっては幸せとも呼べるその環境に対して。

 

男は磨耗していた。

かつての理想、いや野望とも言えるアイデンティティの確立のためにあがき続けた結果、彼の前に立ちふさがった壁は、翼のない者では超えることなど到底叶わないと気がついてしまったから。

 

 

「後藤先生、401号室の患者さんの件なのですが…」

 

その声を聞き、自分が微睡みの中にいたことに罪悪感を覚えつつ、深く呼吸して意識を集中させる。

 

「そうだな、頓服の安定剤を与えて少し様子を見よう。私は少し仮眠に入るから何かあったら叩き起こしてくれ」

 

我ながらおざなりな対応をしたものだ。

かつての俺ならば…いや止めておこう。

きっと奴の影がチラついて腹が立つだけだろう。

 

仮眠室に入り、一寝入りする前にPCの電源を入れる。

仕事用、プライベート用とメールを確認していくと懐かしい名前を見た。

 

「モモンガさん、か」

 

もう数年前になるがかつては一世を風靡したユグドラシルというゲームがあった。

仕事一筋であった彼がある出来事の後、生気を無くしてると感じた同僚の勧めで始めたものだったのだが、気がつくと深くその世界にのめり込んでいた。

 

壮大で自由度の高い仮想現実、その中で出会った数多くの仲間達。

まさに十人十色というべく、個性溢れる者たちの中で、俺は一貫して「悪」というものを突き詰めていた。

 

しかしそれも過去の話であり、今ではその世界からは身を引いていた。

 

「懐かしいな、しかしサービス終了か」

 

先のメールの文面には長年続いたユグドラシルも終幕を迎えるため、最後に皆で会いませんか、といったものだった。

しかしプライベート用のメールを開いたのは久方ぶりであったため、サービスの終了まで1時間を残すのみであった。

引退して暫く経つというのに、律儀な人だな。

そう思いつつも、これも一興かと端末を操作し、ユグドラシルの起動の為にセッティングを行う。

 

「しかし元は医療用の端末とはいえ、職場から私用に使うのがばれたら減給ものだな」

 

そのようなことに思考を巡らしつつも、指が止まることはなかった。

アップデートデータが大量にあり、残すところ五分になった所でようやく準備が整った。

 

「さて、あの天然ガイコツマスターに一声かけにいくか」

 

しかし、それが叶うことはなかった。

急に開け放たれた扉、目の血走った男、その手には何処から手に入れたのか鋭く光る刃物。

 

あぁこんな幕切か。

突き進んでくる男は迷うことなく、その手の刃物を俺の胸部に深く、深く刺し込んだ。

 

倒れこみ、視界が黒く染まる中で最後に俺が思ったのはたった一つ。

 

ああ、やっと終われる。この偽善に満ちた世界からようやく解放されるんだな。

 

そうして、ここに一つの命が散った。

 

 

男にはかつて、理想としていたものが確かにあった。

この産廃しきった世界の中で、少しでも何かできないか、誰かを救えないか。

頭の出来がよく、プライドの高かった彼は必死に勉強を重ねて医者という職業につくこととなった。

当時の医療というものは医学と機械学の入り混じったものであり、人工的に作られた肺などを外科手術を用いて行うというのが主流であった。

若かった彼は必死に働いた、かつて憧れたヒーローに近づくために。

患者には優しく声をかけ、同僚の医者や看護師への気配りも徹底していた。

その甲斐があってか、みるみるうちに出世をしていき、患者からにも慕われる素晴らしい人物へと成長していった。

 

ところが一つの事件が彼を大きく変えてしまった。

まだ幼い少女への執刀が決まり、彼はいつものようにメスを取った。

滞りなく手術は終わり、後は安静にさせておけば完治し、元気に走り回れるようになるのも、そう遠くないだろうと微笑みを浮かべていた。

 

そこに悲劇が起きる。或いはそれは必然だったのかもしれない。

彼が治した少女は裕福層の住む土地へと去っていった。

少女の親は裕福層に住めるほどの財力はない。

よくよく考えてみれば此度の手術代はどこからでていたのか?

そして少女が連れて行かれた先、そこは黒い噂が絶えない欲望と欺瞞に満ち溢れた街。

少女にこれから待ち受ける運命は…きっと死ぬよりも辛いことなのかもしれない。

せめてどうか数少ない親切な人間の元へ行ったことを彼は心から願っていた。

 

そして数ヶ月後、彼とは別の道で正義を目指している友人から連絡がくる。

警察官を生業としているその友人は独自のネットワークをもっている。

気にかけていた少女の話を以前振っていたこともあり、その件だろうとアタリを付けていた。

彼は前述の通り頭の出来がいい。友人の声のトーンと言い淀む空気から全てを悟った。

 

結論からして少女はより過酷な生活の末、その短い生涯を閉じていた。

それを聞き、彼の中で何かが崩れた。

人を治すのが本当に正義なのか、と。

むしろ治したことにより、僅かに命は伸びたがその分残酷な生を与えてしまったことこそが悪ではないか、と。

そうした苦悩の中で仕事に身が入るわけもなく、彼はこの時代衰退していた精神科医療へとわらじを履き替えた。

以前のような活力はなく、仕事はこなすがそれ以上のことはしない。

患者に感情移入しないために。

 

やがて、彼は思い立った。正義になれぬならば悪になろうと。

その悪をもってして、巨悪を打ち破って見せようと。

しかし現実はそう甘くない。

彼は結局悪にも正義にもなれなかった。

 

だからこそ彼は夢が破れた後、逃げるようにして

仮想現実の世界へとのめり込んだ。

せめてその世界の中では悪を貫こうと強く心に刻んで。




平凡な名前な人ほど壮大で、クールな名前をつける傾向がつよいと思うのです。
某モモンガさんはネーミングセンスが壊滅的なので、除外しますけども。


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名の意味するところ

16/02/12 誤字修正
16/02/14 誤字修正


それからは思いの外スムーズに話が進んだ。

 

絶望を知り、思考能力が下がったものを操るのは容易い。

それこそ魔法など使わなくとも。

 

彼女から得た情報は、驚愕に値するものであった。

一つハッキリとしたのはここはユグドラシルの世界とは全くの別物であるということ。

というのも言葉は通じるが文字が見たことが無いものだという点、記憶力の良いと自負する俺ですら全くもって聞き覚えの無い地名や国。

魔法を使えるものや異形種のようなものはいるそうだが、彼女はその存在と縁がなかったためにユグドラシルとの差異がどれほどあるかは不明である。

 

そして何より大きな収穫は彼女が裕福な商人の一人娘であり、ここから一番近い国であるバハルス帝国という国に屋敷があるとのことだ。

更に先の盗賊と通じていた彼女の父の部下の手引きにより、両親は惨殺され、美しく気品をもっていたお嬢様は散々盗賊達の慰めものになった挙句、娼館へと売られるところであったという顛末。

 

彼女にとっては不幸だが、俺にとってはこれとない幸運だ。

不可視の魔法を見破られることも考慮し、身分がしっかりしている者の屋敷に潜むというのは悪くない選択だしな。

 

まずは彼女の身なりを召喚した悪魔に整えさせ、帝国へと向かった。

次に斥候としてシャドウデーモンを送り込み、彼女には衛兵に事情を説明させ、下手に干渉されぬよううまく丸め込んだ。

無論、俺の入れ知恵だが彼女は思いの外うまく取り繕ってくれた。

不可視化して横にいた俺に怯えているから、というよりかは寧ろ何処か楽しげな様子すら見受けられた。

俺が召喚した悪魔にもさほど驚いた様子はなかったしな。

 

変わった女だな、こいつは。

仮にも悪魔の手を取った女だ、凡人では困るというもの。

本当に思わぬ収穫であった。

 

 

「ここが私の屋敷です、悪魔さん」

 

ほう、と声漏らした。

そこはまるで昔文献で見た西洋の貴族が住んでいたと言われていたものによく似ていた。

優秀な商人だったのだな、と素直に賛辞を贈る。

 

「いくつか魔法をかけるが問題はないか?無論君には害の無いものだ。むしろ我々を守ってくれる類のものと言った方が分かりやすいか」

 

例え断れたとして、その意思を変えるつもりはさらさら無かったが。

 

「構いませんわ。この屋敷も私も好きなようにお使い下さい」

 

ふむ。

ここまで従順だと毒気も抜かれるな。

しかし馴れ合う気は無い、情なんてものは俺にも彼女にも必要などないものだ。

だが、ある程度は交流を深めておくとするか。

 

「そうか、ならば好きにさせてもらうとしよう。さて、何か聞きたいことはあるかな?答えるかは内容と気分次第だが」

 

彼女は少し考えたのち、今更ながらの問いをよこした。

 

「そうですね、では一つだけ。貴方のお名前を教えて頂けませんか、悪魔さん」

 

再三言うが本当に変わった女だ。

得体の知れない魔法を操る悪魔である俺に対し、打算も計算もなく単純な質問をしてくる。

他に聞くべきことはいくつもあるだろうに。

 

「良いだろう、但し余り吹聴するなよ?私の名はー」

 

嘗ての栄光に思いを馳せつつ、この名を口にすることが再び訪れたことに多少の喜びを感じながら。

 

「ウルベルト・アレイン・オードル。それが私の名だよ、お嬢さん」

 

 

シャドウデーモンが集めてくる情報によると、やはりこの世界はユグドラシルとは別物であることがわかった。

俺が拠点としている帝国はそれなりに大きな国力を持ち、鮮血帝と呼ばれる皇帝、側近である騎士達、帝国内外でその名を轟かせる老魔導師の存在。

そして何より興味を引いたのがモンスターについてだ。

モンスターが存在していることに対しては問題はない。

しかしそのモンスターがユグドラシルと同等のものが存在していたことを考えるに、多少なりともユグドラシルとこの世界に繋がりはあるのだろう。

俺が魔法を使えることもユグドラシルモンスターである悪魔を召喚できることも、その裏付けとなる

 

となれば…

 

「お嬢さん、君はナザリック、或いはアインズ・ウール・ゴウンというものを耳にしたことはあるかな?」

 

メッセージは誰にも繋がらない。

望みは薄いな、そう感じながらも聞かずにはいられなかった。

 

「いいえ、存じ上げません。お役に立てず申し訳ございません、オードル様」

 

やはり、か。

そうなればこの先すべき事は

 

「いやいや、構わないさ。それにそんなに畏まることはないよ、お嬢さん」

 

まずは地盤を固め、自分の力がどれほどこの世界で通用するか。

そして如何にして『悪』を成すか。

そうだ、これが泡沫の夢だろうがユグドラシルの欠片だろうが構わない。

俺はウルベルト・アレイン・オードル。

悪を成して、悪を成して、悪を成して。

この世界を俺のものにしてやる。

さあ、はじめよ

 

「オードル様」

 

おい、人が壮大な目的定めたところで話の腰をおるな。

 

「なんだい?お嬢さん」

 

多少イラツキを含ませつつも問い返した。

 

「それです」

 

それ?この女もしや俺の計画を見破ったのか!?

 

「それとは何のことかな」

 

冷静を保ちつつ、この女を処理することも選択肢に加える。

 

「そろそろお嬢さんではなく、名前で呼んでは頂けませんか?」

 

「ぇ?」

 

いかん、変な声がでた。

気を取り直し、問い返す。

 

「いや、悪魔に名前を預ける意味がどういうことか知らないのか?」

 

この世界ではどのような認識があるかは知らないが牽制をしておいた。

しかし

 

「私は貴方と契約しました。ですので今更名前を、この魂を貴方に奪われてもそれは本望というものです」

 

本当にこの女は…

 

「そうか、ならば聞こう。お嬢さん、君の名前は?」

 

「マリ・ダスピルクエットです、オードル様。マリと呼んでいただければ幸いです」

 

何処かで聞いた覚えのあるような名前…。

しかし終ぞ思い出すことは出来ずにいた。

 

「そうか、ではマリと。私は君を利用するが今の所君には害なすつもりはない。しかし君が私の邪魔をするというのなら容赦なくその魂を奪うことを心に刻んでおくことだ」

 

そういいつつも、何故だろう。

マリという女に対するこの感情は。

ただの気まぐれだな、そう自分に言い聞かせた。

 

「はい、元よりそのつもりはございません。ところでオードル様はお食事はどうなさるのですか?やはり人や魂が主食なのでしょうか」

 

悪魔に対しての認識はやはりそのようなものなのだな、そう思いつつも答える。

 

「いや、私はマリのとる食事で充分事足りるよ。外での食事は難しいであろうから、君が料理を作れるのならそれに越したことはないのだが…」

 

大して期待もせずに目線を向けると初めて見る彼女の表情、それは自信に溢れるものだと感じた。

 

「ふふ、これでもお母様からお墨付きを頂いた身です。こと料理に関してはご満足頂けるかと」

 

それは嬉しい誤算だな、現実世界ではロクなものを食べた記憶がない。

飲食不要のアイテムの使用も考えていたが、せっかくだこの世界の食を堪能するのも悪くない。

 

「君の性格が少しだが掴めてきた気がするよ。私は自分を卑下する人間よりも君のようなタイプの方が好感が持てるな」

 

我ながららしくないことを言った。

彼女からも何処となく以前の空虚さが薄くなっているのも感じる。

そこに僅かながら喜ばしく思える自分に違和感を覚えるが、深く考えないことにしよう。

 

「ところでオードル様」

 

今日はやたらと多弁だな。

まあ、今の所はこの女と友好を交わすのはそう悪くはない。

 

「なんだい?マリ」

「私に情欲は湧かないのですか?」

 

あーもう本当にこの女は。

 



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幕開け

16/02/14 誤字修正


彼女と暮らしが長くなるにつれ、夜な夜な街へと繰り出すことが増えた。

今宵も夜の帳が降り始めた刻に、同居人へと一声かける。

 

「マリ、私は少し屋敷を空ける」

 

「はい、オードル様。お帰りはいつ頃でしょう?」

 

まるで新婚の夫婦のようだな。

気味が悪い。その問いかけに何の意味があるというのだ。

 

「さてね。私が帰ってこないことを祈っているがいいさ」

 

自分でもよくわからない苛立ちのまま、思わず皮肉が溢れた。

 

「祈る、ですか?私が祈る対象は悪魔さんしかいないのですが、オードル様」

 

そうだったな、この女に皮肉は通じない。

むしろ倍にして返してくる勢いだ。

ふん、悪魔が小娘にムキになるのも馬鹿らしいが。

 

「ああ、そうだったねマリ。そのうち君にはきっと祝福があるよ、無論悪魔のね」

 

そう言葉を残し、俺は屋敷の窓から飛び立った。

 

 

「これで何人目だ?」

 

バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは苛立ちを隠しもせず、目の前の男に問う。

 

「400と13でございます、閣下」

 

帝国軍の大将軍である男が、嫌な汗を背中に感じながらも答えた。

 

「その数は多いと思うか?少ないと思うか?」

 

そう問いかけるジルクニフに対し、顔を苦痛に歪めながらも、男は何とか言葉を絞り出した。

 

「決して、少なくはないかと…」

 

「あぁ、そうだな。例えば戦場での被害ならば取るに足らん数だ。しかしだ」

 

ジルクニフは更に怒気を込めて続けた。

 

「何故だ!?何故413人もの兵士が脱走したのだ?それもこの2ヶ月という短期間にも関わらず、だ」

 

ジルクニフの目の前に平伏す男には、彼を満足させられる答えなど出せない。

けれど忠義か、恐怖かどちらかはわからないが男の後押しをした。

 

「自分でもくだらない与太話だと承知の上で申し上げます」

 

続けろ、と言わんばかりにジルクニフは顎を動かす。

 

「ここ数ヶ月前から、多くの兵から酷い悪夢を見るとの声を耳にしておりました」

 

「悪夢?戦場でもないというのにか?」

 

「はい、例え戦場だとしても悪夢程度で逃げ出す軟弱者など帝国軍には存在しない、そう思っております。ですが…」

 

男は言い淀みつつも続けた。

 

「逃げ出した兵達は皆、悪夢の影響を強く受けていた者達であることが判明しております」

 

「ふむ。確かに悪夢などで逃げ出すなど愚かなまねをする兵などこの帝国におらぬだろうな」

 

鮮血帝と呼ばれるこの男が脱走兵を許すことなど有り得ない。

逃げ出した者は皆捕まり、1人を除いて首を刎ねられた。

 

「示しあわせて、同時に逃げ出したのならまだ理解は出来る。しかし脱走した者の首を晒していたのにも関わらず増え続けた。これは死よりもその悪夢とやらが恐ろしかったということか?」

 

自問自答のすえ、ジルクニフは1つの可能性に辿り着く。

 

「爺、魔法で集団に悪夢を見させることは可能か?それも判断能力を鈍らせるほどの」

 

すぐ近くに控えていた長い髪と髭を蓄えた老人が答える。

 

「可能か不可能かで言えば可能ですな。しかし数ヶ月という期間を考えるならば難しいと言わざるを得ませんな」

 

「うん?」

 

「もし何者かが精神魔法を使い兵達に悪夢をみせているのであれば、その者は兵舎或いはその付近に潜んでいた、或いは夜な夜な侵入をしてそれを数ヶ月もの期間繰り返していたことになりますな」

 

そこで納得が言ったのかジルクニフは口を開いた。

 

「ふむ、流石にそれを見逃すほど我が軍は脆弱では無い。そして何より効率が悪すぎる。では、爺の知る魔法の中で、集団に、1度で、長期間悪夢を見させることが出来るものはあるか?」

 

老人、主席宮廷魔法使いであるフールーダ・パラダインは笑いながら答えた。

 

「閣下、そのような者がおりましたら私が教えを請いたいほどの者でございます、そもそも精神魔法というのは…」

 

「いや、そこまで分かればもういい。爺の話は長いからな。さて、そうと分かれば試してみるか。おい、連れてこい」

 

ジルクニフは近衛の兵に声をかけ、つい先ほど捕まえさせた脱走兵を連れてこさせた。

 

その兵は拘束はされているものの、暴れることもなく、ただただ震え続けていた。

 

「さあ、爺。わかるな?」

 

「全く意地が悪いですな。《ライオンズ・ハート/獅子ごとき心》」

 

フールーダは魔法がかけた魔法、それは《フィアー/恐怖》などにより、植え付けられた恐怖や強者を前にし、心が折れてしまった者を立ち直らせるものである。

 

「…これはどういうことだ、爺」

 

「考えられる可能性は2つ。1つはこの兵は逃げ出した事実に後悔し、自分の首を刎ねられるまでそう猶予は無いと考えているからでしょうな」

 

その線は薄い。ジルクニフはその可能性を即座に唾棄し、先を促した。

 

「もう1つは?」

 

何処か嬉しそうにフールーダが答える。

 

「私すら知りえない魔法、或いはタレントを行使するものがこの帝都に潜んでいる。つまりは未知、それが2つ目ですな」

 

厄介だな。早めに対処しなければ兵力が下がる一方だ。

今後この現象が更に大きく広まる可能性も考慮せねばなるまい、そう思考を巡らしつつジルクニフは対策を打つ。

 

「爺、魔法省の総力を挙げてその何者かを探れ。ただし余り敵対的な行動は慎めよ?」

 

「と、いいますと?」

 

その整った顔で微笑みつつ、ジルクニフは答える。

 

「確かにその奇妙な事態を起こしている者は帝国に対し、害をなしている。しかしだ、その者を取り込めれば充分お釣りがくるのではないか?」

 

「強制的に悪夢を見せられ、脱走した挙句に首を切られた兵達が報われませぬなぁ」

 

言葉とは裏腹にフールーダも笑みを浮かべていた。

 

「さて、忙しくなるな。とりあえずはそこのゴミを片付けておけ」

 

近衛の兵にそう告げ、ジルクニフは秘書官の元へと向かう。

 

 

未だ何かに怯え続ける脱走兵は声をあげることもなく、迫り来る剣をその首に受けた。

 

 

俺のユグドラシル時代でのクラスはワールドディザスターと呼ばれるものだ。

強力な攻撃魔法を巧みに操り、多くのプレイヤーを殲滅してきた。

その力を利用し、大規模な爆撃を帝城にぶちこんでも良かったのだが、それではユグドラシルの頃と大して変わらない。

この世界はユグドラシルの残滓はあるものの、現実世界に近い。

ゲームにはない生の息吹が確かに存在しているのだから。

ならば…

 

この数ヶ月という期間で俺がやったことは単純だ。

情報を集め、分析し、構築する。

そうして出来上がってきたものに加えるに相応しい色を考える。

俺はまず、種を植え付けてみることにした。

漆黒の種を。

 

 

悪夢障害というものがある。

睡眠障害の一種ともされ、酷く続く悪夢により、目覚めの後の不安感から始まり、苦痛へと変わっていく。

やがては仕事や生活にまで影響を及ぼすほどの障害をもたらす。

 

俺の取得している魔法の中で、精神魔法はほぼ無いに等しい。

だが、ユグドラシルにはスキルというものが存在する。

それは種族により千差万別であり、取得の難しいものから始めから備わっているものと様々だ。

悪魔である俺が持つスキルはこの世界にとってどのような混沌をもたらすのか、そう考えただけで心が躍る。

 

帝国への最初の贈り物だ。

手始めに俺は兵舎を見下ろしスキルを放った。

 

ーーバックス・ナイトメアーー

 

このスキルは特殊なアイテムを使うか高位の回復魔法、或いは使用者の手による解除しかできない。

 

ユグドラシルでは睡眠状態のプレイヤーに対してのみ発動し、その目覚めを遅延させるという効果しかなかったが、どうやらこの世界では強い悪夢障害を引き起こし、じわじわと広まる病魔のように蔓延していくようだ。

心の強い者には効果が薄いようだが、この程度のスキルですら帝国の兵士達の心へ長期的に悪夢という名の恐怖を植え付けられるとは、これまた嬉しい誤算だった。

 

「さて、切れ者だと名高い皇帝さんの

アプローチを待ってみるか」

 

俺は1つだけ手がかりを残しておいてやった。

これで気がつかないのなら、所詮凡人だ。

俺がわざわざ顔をあわせる必要などないだろう。

 

 

闇夜に光が差し込むまで数刻といったところで、俺は拠点である屋敷へと帰還する。

 

「お帰りなさいませ、オードル様」

 

まさか出迎えられるとは思ってもいなかったな。

夜更けまで何をしていたんだこの女は。

 

「君は睡眠を必要としないのかい?それとも私の影響を受け、太陽に憎しみでも湧いたのかな?」

 

小馬鹿にするようなニュアンスを大いに含ませつつも、どうせこの女には通じはしないであろうな。

いつものように戯言ともとれる返答をよこすだろう。

だが…

 

「貴方のお顔を見ると何故だか安心して眠れるのです。それに…」

 

この女にしては珍しく、照れ臭そうに続ける。

 

「お帰りなさい、その言葉は私にとっても貴方にとっても大切なものだと感じているのです」

 

今の俺にはその言葉の真意は掴めずにいた。



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