光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか (ウィリアム・スミス)
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第1章
アンナ・シェーンの場合 1


アンナ・シェーン フレイア・ファミリアに所属する冒険者。


 空が白み始め、太陽が昇り始めたばかりの頃、街中を歩く人影が一つあった。

 彼女の名前は、アンナ・シェーン。

 広大な地下迷宮『ダンジョン』を有する迷宮都市オラリオにおいて、最大勢力を誇るフレイヤ・ファミリアに所属する女冒険者だ。

 

 彼女の容姿は素朴で優しい印象を与えるものをしており、肩まで伸ばし赤みがかったブラウンの髪を揺らしながら、真新しい長剣を腰に携え、ダンジョンを管理運営する『ギルド』へ向かうために、まだ朝霞のかかるオラリオの街中をゆっくりと歩いていた。

 

 『ギルド』に向かう道中は、ダンジョン探索に向かう冒険者むけの装備品や薬品類、食事などを販売する店が軒を連ねて並んでおり、通常であれば多くの人々で溢れ、賑わっているはずなのだが、現在は早朝ということもあってかいつもの活気はどこへやら、静かなものである。

 そんな中、アンナはギルドへの歩みを止めることなく腰に携えた長剣に手を添えると、ふと昔の事を思い返した。

 

 アンナがこのオラリオに冒険者を志し、この地にやって来たのは3年ほど前の事になる。

 

 小さな村の小さな宿屋の三人娘の末っ娘として生まれたアンナは、その愛くるしい見た目とは裏腹に、訪れた商人や冒険者、旅人達の話す冒険譚や英雄譚に胸をときめかし木製の模造剣を振り回す、お淑やかとは無縁の活発な女の子であった。

 とはいえ自分達の自慢話ともとれる与太話を目をキラキラと輝かせて興味津々に聞き、冒険者の真似事までしだしたアンナの事を彼等が気に入らないはずもなく、決して大きいとは言えない彼女の宿屋は大変繁盛し、瞬く間にアンナはこの宿屋の名物看板娘となった。

 

 そんな彼女が冒険者の聖地とも言えるオラリオに行き、冒険者になる夢を抱くのは必然であると言える。

 家業の盛況に気を良くした両親がアンナの──女の子としてそれはちょっとどうなの──という行動に目を瞑り、姉二人も微笑ましく応援したのもそれに拍車をかけていたのは間違いないだろう。

 

 経営の要である看板娘の離脱に、そして何よりも、目に入れても痛くない愛しの我が娘の独り立ちに、当初は反対の態度を示していた両親であったが、二人の姉の密かな説得や、常連客の後押しもあり、毎月必ず手紙を出すのを条件に最後には渋々折れてくれた。

 心配しながらも、彼女が旅立つその日にオラリオに行っても当面のところは困らないほどの資金と、冒険者として恥ずかしくない装備をプレゼントしてくれた家族の深い愛情と優しさは決して忘れることはないだろう。

 三年経った今では既にボロボロで、成長した今ではサイズも合わなくなってしまったが、今でもこの装備は自室に大切に保管されている。

 

 家族に暖かく見送られ、行商人と共にオラリオに着いたアンナが冒険者として行った最初の仕事は、自分の『ファミリア』探しであった。

 

『ファミリア』とは、神々が『神の恩恵(ファルナ)』と引き換えに、人々を集め、自らの威光を示す為に組織する集団のことだ。

 冒険者という職業はとても危険が多く、己の生命を天秤にかける命がけの仕事だ。その危険を僅かでも少なくし回避するために、冒険者達は『神』が組織する『ファミリア』に所属し、『恩恵(ファルナ)』を授かるのが一般的だ。

 

 『恩恵(ファルナ)』とは、様々な事象から経験値を得て、極めて効率的に人間を成長させる『神の力』のことだ。

 この『神の力』の効果は絶大で、恩恵(ファルナ)を授かっていない冒険者と授かっている冒険者とでは、質、量ともに隔絶した差が存在する。

 

 『ファミリア』に所属する。『恩恵(ファルナ)』を授かる。

 それはオラリオで冒険者として活動するならば外す事の出来ない必須事項であり、どんな冒険者であろうとも何処かしらの『ファミリア』に所属するのが暗黙の鉄則となっている。

 

 アンナがオラリオに着いてすぐさまファミリア探しを開始したのは、そう言った事情があったためである。

 

 オラリオに来たばかりの冒険者がなんのツテもなく大規模なファミリアに所属するのは困難であり、外から来た冒険者の殆どは小規模ファミリアに所属するのが普通である。

 そんな中、アンナがオラリオ随一のファミリアである『フレイヤ・ファミリア』に所属できたのは、幸運以外のなにものでもなかった。

 

(──その件に関しては、()()()に感謝しないとね……)

 

 アンナは、今頃ベッドの中ですやすやと眠っているであろう、自分に比べ少し背の低い“あの子”──エルザ──について思いを馳せた。

 

 エルザとアンナの出会いはとてもじゃないが良い形であったとは言えるものではなく、かなり衝撃的なものであったのだが、しかし、それが切っ掛けで駆け出しで右も左も分からないはずのアンナが、オラリオ最強のフレイヤ・ファミリアに所属出来たので、世の中何があるかわからないものである。

 

 出会い方がよろしく無かったこともあり、当初はバチバチに反目しあっていた両者であったが、お互い得意とする武器の相性がよく、また同時期にフレイヤ・ファミリアに加入したせいもあってか、良くパーティーを組まさることが多かった。

 当時は「なんでこんなヤツと……」なんて忌々しく思っていたりもしたが、今考えれば、ぎくしゃくしている関係をどうにか改善しようという思惑があったのだろう。

 

 最初はとてもじゃないがいい関係を築けているとは言い難かった両者であったが、ファミリアの思惑や狙い通りに次第に改善されていき、今では唯一無二の相棒とも言える仲までに発展している。

 そんなエルザをおいて、一人、こっそりとギルドに向かうことは少なからず抵抗があり、罪悪感も幾ばくか感じなくもないが、彼女(エルザ)なら笑って許してくれるだろう。それくらいの信頼関係は既に構築済みだ。

 

 アンナのエルザは唯一無二とも言える親友関係(最近では少し()()()()()()()気もする)だが、いつもべったりというわけでもないのだ。

 

(寝起きの悪いエルザを相手にするのはちょっと骨が折れるし、あれだけ騒いだ次の日だもの、確実に寝起きのエルザは機嫌が悪い……その相手は想像するだけでも疲れちゃうわ……それに、幸せそうに寝ている子を起こすのは……悪いことだわ! そう、だから私は全く悪く無い!)

 

 アンナは少し感じたエルザへの罪悪感に対して、体のいい言い訳を心の中でした。

 

(──それに、少しでも早く“コレ”を試してみたいの……ごめんねエルザ)

 

 そう思うとアンナは手を添えていた『長剣』に目を向けた。

 

 この真新しい長剣は、昨日ファミリアのみんなから贈られた物だ。

 アンナがオラリオに来た当初から使っていた剣──彼女の両親から贈られ、赤い宝石が埋め込まれたものだ──は、つい最近ある事件でポッキリと折れてしまった。

 手入れを欠かすことは無かったが長い間酷使していたこともあり、そろそろ寿命だったのだろう。

 

 それに、この時には悪いことだけでなく、同時に良いことも起きていたのだ。その喜ばしいことに比べれば、愛用していた武器を失った悲しみなど何処吹く風というものである。

 

 アンナはこの事件が切っ掛けで、念願であったLv.2に昇格(ランクアップ)することが出来たのだ。もちろん相棒であるエルザも同時に、だ。

 冒険者になって三年。まだかまだかと待ち望んでいた瞬間がようやくやって来た。これで名実と共に新米冒険者から卒業出来きたということだ。

 

 その後、適当に見繕った武器でダンジョン探索は続けていたが、昨日彼女たちのLv.2昇格祝いの折に、それならばとプレゼントされたのがこの『長剣』という訳だ。

 飾り気のない地味な見た目の長剣であるがその刀身には【Hφαιστοs】の銘が刻まれており、この長剣が見た目通りの性能では無いことを確かに物語っていた。また、その鍔部分にはかつて愛用していた武器の宝玉が埋め込まれており、アンナのかつての相棒の面影を確実に継承していた。

 

 そんな新しい相棒を手に入れたアンナは、まるで新しい玩具を買って貰いったばかりの子供の様に興奮し、「早く使ってみたい!」という一心でこんな朝早くから足早とギルドに向かって歩いているのだ。

 

 アンナ・シェーン、17歳。成長し、昇格(ランクアップ)したとは言えでも、まだまだ子供心が抜け切らない乙女なのである。

 

 そんなこんなを考えているうちにアンナはギルドに辿り着いた。迷うことなくギルド扉に手を掛け中に入り、彼女はあたりを見渡した。

 

 早朝であるためかギルドの中はあまり人気がなく、暇そうにしている冒険者がちらほらといるだけだ。誰も彼もが眠そうにあくびを吐いている。

 いつもであれば人だかりができ、常に忙しそうにしているギルドの受付も、見知った受付嬢が1人いるだけであった。

 

(思っていた以上に人がいないわね、ちょっと意外かも……)

 

 この時間にギルドに来たことのなかったアンナは、普段との違いに少々驚きながらも、当初の目的を果たすためギルドの窓口に移動した。 

 

「あら、今日は随分と早いのね。おはよう、アンナちゃん。一体今日はどうしたのかしら?」

「おはようございます、エイナさん。今日は……えっと、ダンジョン探索にきたんです」

 

 アンナは声をかけてきた、ギルドの受付嬢──エイナ──にそう返答した。

 

「こんな時間に? それも一人で? エルザちゃんもいないみたいだし、まるで……もしかして何かあったのかしら?」

 

 エイナが少し心配そうな表情をして質問してきた。

 どうやらエルザと何かあったのではないかと心配されているようだ。

 

「い、いえ、エルザとは特に何も無いですよ。そんなに心配しないで下さい。実は……昨日ファミリアのみんなから“コレ”を頂きまして……」

 

 アンナは今日、こんな時間にギルドに来た最大の理由である『長剣』を、身を翻してエイナに見せた。

 

「……なるほど、それで朝も早くからギルドに来ちゃった訳か」

 

 そう言ってエイナは納得いった表情を浮かべ、更に微笑ましい視線をアンナに向けた。

 誤解はとけたようだが、また別の誤解を招いたようである。

 

「ふふふ。しっかりしている様に見えて可愛いのところあるのねアンナちゃんも。そんなに嬉しそうな顔をしちゃって、()()()ってことかしら? 朝からいいものが見れたわ」

「ちょっ、ちょっと、それはどういう意味です!?」

 

 こんな時間にギルドに来てしまったのは、別に嬉しくて朝早く目覚めてしまい、相棒の覚醒も待たずに辛抱堪らんと飛び出してきたわけでは断じてないのだ。そうなのだ。

 

「あ、新しい武器になるので、エルザと一緒にダンジョンに潜る前に、試し切りがしたいだけなのですよ!」

 

 語気を強め顔を真っ赤にして言い訳をするアンナの様は、語るに落ちるを少女の姿にしたようであった。

 それを見て、エイナの微笑みが更に深くなる。

 

「ちゃんと試しておかないと、いざっていう時困りますからね!」

 

 もっともらしい言い訳を懸命に続けてはいるが、赤面しながらでは全くもって説得力は皆無であった。

 

「ふむふむ、まあまあ、うふふ。じゃあ、そういうことにしておいてあげましょう」

「そうもこうも、そうですよ!」

 

 生暖かい目をアンナに向けながら、エイナはアンナの言い訳を受け入れることにした。

 こういった場合、素直に折れてあげるのが()()()()()というものなのだ。

 

「……さて、じゃあ今日はソロでダンジョン探索ということになるのかしら?」

 

 いまだ納得いっていなさそうなアンナにエイナは本題を切り出した。

 アンナもこれ以上の言い訳──じゃない! 説明は必要ないと判断したのか「はい──」と短く返答し、更に続けた。

 

「──でも安心して下さい! まだ不慣れな武器ですし、エルザもいないので、あんまり深くは潜らないようにしようかなって思っています」

「そう、それなら大丈夫そうね。アンナちゃんの言う通り、用心に越したことはないわ。『冒険者は冒険してはいけない』命あっての人生だもの慎重にならないとね。特にアンナちゃんみたいな、ランクアップしたてで武器も新調したばかりの子は、ね。さっきまでちょっと心配していたけど、いらないお世話だったみたいね」

 

『冒険者は冒険してはいけない』この言葉はアンナがこのギルドで初めて教えられた言葉だ。

 

 冒険者として生きるには矛盾した言葉のようだが、三年間拙いながらも必死に冒険者として活動してきたアンナにとって、この言葉に秘められた意味と教訓は十分に理解出来ていた。

 『冒険者は『危険』を『冒す』ものであるが、勇敢と無謀はまた別物である』とこの言葉は教えてくれたのだ。

 こうして五体満足で今の自分があるのもこの言葉、引いてはエイナのお陰だ──そうアンナは考えていた。

 

「いえ、そんなことないですよ、エイナさん。それにその言葉は骨身に染みて分かっているつもりです」

 

 エイナの助言は取りようによっては煩わしいと感じるものであったが、アンナにとってはとても大事な助言であった。

 ダンジョンはちょっとした慢心や油断が死に直結する。アンナの元・アドバイザーであるエイナの助言は、新しい武器を手に入れて少々浮かれ気味であったアンナの精神を引き締めることに成功していた。

 

(この人にはなんだかんだいつも助けられちゃっているな、いつか恩返ししないと……本当にありがとうございます)

 

 そう思いながらアンナは、自分の身を案じてくれている妙齢のハーフエルフの女性に心の中で感謝した。

 

「──という訳なので、ちょっと潜ったらすぐに帰ってくると思います。多分、お昼くらいには戻ってこれるんじゃないかと……」

 

 そうアンナは伝える。

 エイナは少し考える素振りをすると「じゃあ探索するのは精々4~5階層ぐらいまでといった所かしら?」と言った。

 

 ダンジョンは深く潜れば潜るほど難易度が上がり危険度が上昇するが、成りたてとはいえLv.2のアンナにとって、一桁台の階層はそう危険は高くなかった。今回の目的──武器の試し切り──には妥当な階層だろう。

 

「そうですね、多分それぐらいです……もしかして、何かありましたか?」

 

 それでも少し難しい顔をしているエイナを見て、アンナは不思議そうに問いかけた。

 その言葉に、エイナは少し言いづらそうな表情をして返答する。

 

「……実はね、折り入ってアンナちゃんにお願いがあるのだけど……聞いてくれる?」

「他でもないエイナさんのお願いです、聞くに決まっているじゃないですか!」

 

 早速恩返しの機会が巡ってきたアンナは一も二もなく返答した。

 アンナの返答に、嬉しそうな笑顔をエイナは浮かべる。

 

「ありがとう、アンナちゃん……」

「良いんですよエイナさん! それで、お願いってなんですか?」

「それはね、実は──」

 

 そしてエイナはアンナにお願いごとを説明し始めた。

 

 

 

 *  

 

 

 

 エイナのお願いごとは、なんてことない初心者冒険者の世話であった。

 しかし、この初心者冒険者という者はなかなかに曲者らしく、敏腕受付嬢であるエイナをして、かなり手を焼いているようだ。

 

 エイナ曰く、その初心者冒険者は朝一番にギルドにやって来たそうだ。

 まだファミリアにも所属していない、まっさらな正真正銘の初心者冒険者で、おそらく小人族(パルゥム)の少女であるそうだ。

 それだけであるならば、よくいるオラリオに来たてのお上り冒険者希望の者と大差は無いのだが、彼女の場合はもっと酷かったそうだ。

 

 そんな子がなんでまたギルドに? と思いエイナが問いただしてみると──。

 

 曰く、気づいたら草原にいた。

 曰く、近くに都市が見えたからいってみた。

 曰く、門番らしき人に事情を話したら、とりあえずここにいけと言われた。

 曰く、あなたはここで何をしているのですか? ──等といった返答が返ってきたそうだ。

 

 最後の方は逆に質問されてしまったが、元来世話焼きなエイナは、そのひとつひとつに丁寧に答えてあげることにした。

 

 エイナの説明は少々誇張も含まれていたが、かねがね冒険者の実情を正しく説明しており(特に仕事の危険性についての説明に多くの時間を割いた)とてもじゃないがこの小さな冒険者希望の少女には困難な内容に思えた。

 説明をしている内にエイナはこう思ったのだ。ギルドにやってきたこの少女はただの迷い人であり、ただちにしかるべき場所に帰してあげるのが受付嬢としての正しい対応だ、と。

 

 そのエイナの親切心を知ってか知らずか、大人しく説明を聞いていた少女は納得した表情で一度頷くと、あろうことか呆気無く冒険者となることを希望したそうだ。

 エイナは、その少女のあまりにも呆気ない決断に内心驚くも、気を取り直して再度冒険者の危険性を説いたが少女の反応は薄く、それどころか冒険者になることを諦める素振りも見せず、逆に冒険者になる決心を固めたようであった。

 

 それでもなんとかして止めようとエイナは必死に奮闘し、少女との間で小一時間問答する事になったが、最終的には実際に冒険者の活動をこの目で見て判断するという結論に至ったという訳だ。

 

 なぜエイナがここまで必死になって説得したのかというと、これが屈強そうな風貌の荒くれ者であったならばここまで止めはしなかったのだが、件の少女はとてもじゃないが荒療治に向いているようではなく、ただでさえ小さい小人族(パルゥム)の中でも際だって小さく幼い風体だったからだ。

 というかどう見てもただの子供だった。

 

 そんなこんながあってエイナは懸命に抵抗したが、最終的には先程にもあったとおりの結論に至り、そしてその見学する冒険者としてアンナに白羽の矢が立った訳だ。

 

「本当は私が最後まで面倒を見るべきなのだけど……」とエイナは申し訳無さそうに呟いた。

 とはいえこればかりは仕方のない事だ。ギルドの規則上、ギルドの運営員は必要以上に冒険者に関与してはいけない決まりになっているのだ。受付嬢であるエイナも、もちろん例外では無い。

 

「すでに必要以上に関与しちゃっているのだけどね……」

 

 浮かない顔を浮かべてエイナは言った。

 

「──それでも、流石にダンジョンまで私が同行することは出来ないの。でもそれだとあまりにも無責任だから、彼女には私が推薦する冒険者を紹介してあげようかなって思って……それで……アンナちゃんなら適任かなって……」

 

 確かにそういった内情であればアンナはなるほど適任であろう。

 

 アンナにとっては危険の少ない階層までの探索だとしても、冒険者にもなっていない雛っこどころかただの卵の少女にとって、これはかなり危険な挑戦になるはずだ。

 そしてそんな危険な階層であってもLv.2のアンナならば、無力で無謀な少女の冒険者(予定)を連れて行っても、十分に安全を保証してあげる事が可能だ。

 

「それにあの子、なんだかんだ言って多少は腕に自信があるみたいなの。最低限自分の身は自分で守れると豪語しているみたいなのだけど……それでも、正直あまり期待は出来ないと思うから、何かあったらアンナちゃんが助けてあげてね」

「分かりました!」

 

 エイナの言葉にアンナは強く頷いた。

 

「あと、これ少ないけどクエストの報酬金よ」

 

 そう言いながらエイナはアンナに、10000ヴァリスを差し出した。こういった冒険者依頼(クエスト)としては破格の報酬額だ。

 

「えっ、こんなに!? そんな、頂けません!」

 

 アンナはあまりにも多い報酬金に異議を唱えるがエイナの──。

 

「私が必要以上に関与しちゃったことで、アンナちゃんに迷惑をかけるわけだから受け取ってほしいな。それにこういった形をとればギルド員としてではなく、一個人としての立場でクエストを依頼したことになるから……」

 

 ──という言葉には頷くしかなかった。

 

「そこまで言うのでしたら……分かりました」

「ありがとうアンナちゃん。件の子は、あそこのテーブルに座っている子よ。どうか、よろしくね」

 

 そう言ってエイナはギルドの片隅に設置されている──冒険者たちがよく利用している──テーブルを指さし、そして視線を送った。

 

 エイナが送った視線の先を見つめると、確かにそこにはとても小さな少女がこちらに背を向け、ちょこんと椅子に腰掛けている。

 その様は正に『ちょこん』という擬音がピッタリの小ささで、後ろ姿だけ見ても件の少女が冒険者に向いてなさそうなのが簡単に見て取れた。

 

(確かに、これじゃあエイナさんが必死になって止めるのも分かる気がするな。これは、気を引き締めてかからないと駄目だね)

 

 そう思いながらアンナは、今日一日一緒にダンジョンに潜るパーティーメンバーに声をかけるべく少女の所へと移動を開始した。 

 

「あなたが、エイナさんの言っていた冒険者志望の子ね。私の名前はアンナ。アンナ・シェーンよ、アンナって呼んでちょうだい。エイナさんの依頼で今日一緒にダンジョンに潜ることになったわ、よろしくね!」

 

 そう言いながらアンナは少女に声をかけた。

 少女はゆっくりとアンナの方を向き、こう答えた。

 

【ここに来るのは初めてです】【よろしくお願いします】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アンナ・シェーンの場合 2

 日もすっかり昇りきり、雲ひとつない空には燦々と輝く太陽が、オラリオの街を暖かく照らしている。今日は良いダンジョン日和だ。

 ギルドからダンジョンへと続く街道は、これからダンジョンに赴く冒険者や、その冒険者相手に商売をする商人達で溢れ、いつもの活気溢れる街並みとなっている。

 照りつける太陽の日差しを手でさえぎり、澄み切った青空に目を向けたアンナは……。

 

(今日もいい天気だなぁ……って違あああう!!!」

 

 そう彼女は叫んだ。

 

「もういい加減にして、ダンジョンに行きますよ! ルララさん!!」

 

 そう言ってアンナは、先程から何かと困っている人に声をかけては、次々と依頼を受けてしまっている、今日の小さな相棒に声をかけた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──ルララ・ルラ──

 

 そう名のった彼女は、背丈はアンナの腰ほどまでしかなく、同年代のなかでは比較的高身長の部類に入るであろうアンナとの比較であるとはいえ、かなり小さい。髪は雪のように真っ白で、これまた真っ白なカチューシャで後ろにまとめている。宝石のルビーのように赤く輝く瞳は大きく開かれ、その幼気な容姿をさらに幼く感じさせていた。

 アンナにとって一番目を引いたのは、その服装だ。

 まるで、絵本のおとぎ話に出てくるお姫様のようなきらびやかな黒いドレスに身を包んだルララは、とてもじゃないが、これから地下深くにあるダンジョンに赴く者の格好には見えなかった。

 むしろ、本当にどこかの国のお姫様だといった方が、信じる人は多いかもしれない。

 もしこれがエイナからの依頼でなければ、アンナも一笑の元に「城に帰れ」と言っていたところだ。

 当然のことながら、ルララのその──ダンジョン探索を舐めているとしか思えない──格好に意見を述べたが、こう見えても非常に高性能な装備である、と頑なに彼女が主張するので、渋々了承することとなった。意外に押しに弱いアンナなのである。

 ルララは一見してヒューマンの子供のようであるが、本人曰く、すでに成人を迎えているらしい。

 

(となると、やっぱり小人族(パルゥム)の子なのかな……)

 

 アンナの知識の中では成人しても子供のような見た目の種族は、小人族(パルゥム)しか知らない。

 

(それにしては、耳がエルフみたいに尖っているけど……)

 

 アンナは、ルララのまるで、エルフの様に大きく尖っている耳に目を向けた。

 

(もしかしたら、エルフとのハーフなのかな? でも確か、エルフと小人族(パルゥム)じゃ子供は……)

 

 そう考えたアンナは、あまり深くこの話題に触れることはしないようにしようと心に決めた。

 オラリオにおいてハーフが迫害されるということはないが、そうだからといって易々と触れるべき話題でもないのだ。特に彼女のように外から来た者は、敏感に反応することもある。これから命懸けの探索に乗り込もうとしているのだ、パーティーメンバーの心象をいたずらに悪くする必要もないだろう。

 

「……じゃあ早速ですが、ダンジョンに向かいましょうか」

 

 簡単な自己紹介を終え、事前の打ち合わせを軽く行ったのち(ダンジョンの基本事項はエイナから十分聞いたそうだ、その時の彼女の若干疲れた表情には少しの同情を覚えたのは自分も経験者だからであろう)アンナはそう切り出した。

 

【わかりました】【楽しみです!】

 

 そうして、アンナたちはダンジョンに向かうためギルドを出た。

 

 

 

 *

 

 

 

(……それで、ギルドを出たのが2時間も前……どうして……どうしてこうなった!?)

 

 ギルドからダンジョンまでの道のりは、どんなにゆっくり歩いても20分もかからない位置にある。それは当然のことで、ダンジョンを管理運営し冒険者が集うギルドが、肝心のダンジョンから離れていては不便でしかたがないからだ。つまり、アンナたちがどんなにのんびりお喋りしながら歩いていたとしても、とっくにダンジョンに着いていなくてはならない位置にあるということだ。

 アンナは、こんなにも遅れてしまった原因を見つめると、はぁっとため息を付いた。

 その視線の先には、その溢れんばかりの愛嬌を存分に振りまきながら、せわしなく、トコトコとあちらこちらに走っているルララの姿があった。

 

 最初はどうってことない、些細な依頼がきっかけであった。

 冒険者という人種は、その危険性のため非常に能力の高い人間が多い。そのためオラリオの住民の中では『困ったことがあったら冒険者に頼め!』という風潮があり、今回の件もそれに則った出来事だった。

 当初は急いでいたし、ルララがいるという事もあったため、断ろうかと思ったアンナであったが、意外なことにルララがその依頼を受けてしまったのだ。そして、それをきっかけにあれよあれよという間に多数の依頼が舞い込んできて、その全てをルララが引き受けてしまったのが今の現状というわけだ。

 

 これがまだ2、3件であったならばアンナも笑って済ませていられたのだが、10件を超えた辺から流石に顔色が悪くなっていた。

 それにさっきからルララは、どうも自ら進んで依頼を探しだしているように感じる。

 当初の予定もあり少しイライラし始めていたアンナは、未だ依頼が途切れないルララにしびれを切らして、彼女を強制連行するべく行動をおこした。アンナとて人助けを否定するつもりもないし、良いことだと思っているが、何事にも限度というものがあるのだ。

 

(それに、鍋のふたの修理とか、朝食の配膳とかの依頼なんて絶対に冒険者の仕事じゃないですよ! ルララさん!!)

 

 そうしてアンナは、ルララ──今は割れたツボの破片拾いの依頼をこなしている──の背後に回ると。

 

「いい加減にして、ダンジョンに行きますよ! ルララさん!!」

 

 と言いながら彼女の脇に両手を入れると、勢い良く持ち上げた。

 

(えっ……か、軽ッ!!)

 

 一体全体、この小さな体のどこにあんな活力が秘められているのかとアンナは疑問に思ったが、それは今後おいおい考えればいいことだ。それよりも、今重要なのは……ダンジョンだ!!

 ルララも少しの抵抗を示したのち、アンナの気持ちを理解したのか、ややあって大人しくなり。

 

「私たち急いでいるのでこれで失礼します!」

【用事があるので、これで。】【さようなら。】

 

 こう言い残し、二人は、今度こそ寄り道をせず、まっすぐダンジョンに向かった。

 

 結局、ダンジョンに着いたのは、もう正午になろうという時間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アンナ・シェーンの場合 3

 ダンジョンの入口に着いたアンナたちは、各自装備の最終チェックを行っていた。

 

「そう言えば、まだ、ルララさんが何の武器を使うか聞いていませんでしたね」

 

 アンナは、腰に携えた新品の長剣のチェックをしながら、いまさらながらに結構重要なことを聞いた。

 いくら、常識はずれ──おとぎ話のお姫様が着ているようなドレス──の格好をしているルララでも、流石に武器を持たずダンジョンに入ることはしないだろう。

 

「どんな武器を使うのですか?」というアンナの問いかけに、ルララは背中に装着していた『天球儀』を構えてアンナに見せつけた。

 

「……も、もしかしてソレが武器ですか??」

 

 アンナは、お願いだから冗談であって! と切に願いながら再度問いかけるが、儚きかな、ルララの返答は”是”であった。

 アンナは軽い目眩を覚えるのを感じると、目頭に指をあて強く押し付ける。

 

『天球儀』『テンキュウギ』『てんきゅうぎ』

 

 アンナは決して自らが賢い人間であるとは少しも思っていないが、天球儀がどんな物で、何であるかは知っているつもりだ。

 

『天球儀』──それは天球を表す球面上に天体、星座の位置、軌道等を示したものだ。

 彼女の知識では、それを使って偉い学者さんたちがあれやこれや難しい問題にとりかかったり、星々の動きを観察したりしているそうであるが、詳しくはしらない。ここで重要なのは、ソレは学問のための『道具』であって、まかり間違っても『武器』ではないということだ。

 一体彼女は、その天球儀でどうやってモンスターに対抗するのであろうか? 殴るのか?

 アンナは、天球儀を用いて、モンスターに殴りかかるルララの姿を想像する……必死になって殴りかかっている幼女が見えた……。

 

(……可愛い……でも、これはない!!)

 

 確かにその姿は愛くるしいとも言えなくもないが、これでは、まともにダンジョン探索することは出来ないだろう。しかし今から武器を調達していては日が暮れてしまう。日の出とともにやってきたはずなのに、これでは本末転倒だ。

 

(これは結構、骨の折れる仕事になりそうね……)

 

 元より、ルララの戦力は期待していなかったアンナであったが、多少腕に自信があると言うルララの言い分を信用して、実力次第ではある程度自由に行動させてもいいかと考えていたが、その考えはどうも撤回せざるをえないようだ。

 

(とてもじゃないけど、ダンジョン内では自由に行動させるのは危険ね。いままでに見せていた行動力に、ちょっとだけ期待していたけど、もしかして過大評価だったかな?)

 

 アンナは、道中にみせたルララの行動力に対し、なんだかんだ好印象を抱いていたが、その評価は改める必要があると考えていた。

 それほどまでに、ルララの装備は常識はずれだったのだ。

 

(ふぅ……仕方ない……)

 

 一度ため息をしながら、アンナはルララに言った。

 

「ルララさん、今日の作戦を伝えます。まずダンジョン内では私が先行します。ルララさんは、何があっても絶対に、私の前に出ないようにして下さい。それから、何か見つけたら、まず、必ず私に報告して、自分の判断で行動しないようにして下さい。ダンジョン内ではモンスターも出ます。相手は私がするので、ルララさんは手を出さないようにしてください。もし危険を感じたら些細な事でもいいので私に言ってくださいね」

【わかりました。】【がんばります!】

 

 ルララは先程から行っている──何やら何度もカード? を引いている──行為を中断し、アンナの方に顔を向けて答えた。

 

(……ほんとに大丈夫かな……?)

 

 アンナは、ルララのあまり感情のこもっていなさそうな返答に、一抹の不安を覚えながら(えぇえい! 私が不安になってどうする!!)と心の中で自分を叱咤し、自らの頬を叩き活を入れた。

 一方のルララは、アンナの方を向き、左右の腕を”大きくそれぞれ逆方向に一回転させ、正面で合わせたのち、一度クロスさせ、その後大きく横に広げる”という謎の動作を3秒ほどかけて、それを二回ほど続けて行っていた。

 

「よっし!じゃあダンジョン探索いきますよ!!」

【ここに来るのは初めてです。】【よろしくお願いします!】

 

 こうして、アンナとルララのダンジョン探索が開始された。

 

 

 

 *

 

 

 

「フッ!!」

 

 大きな掛け声と共にアンナが繰り出した横薙ぎの一閃は、ゴブリンの右わき腹に吸い込まれるように入り、そのまま、さしたる抵抗も感じさせずに胴体を真っ二つに分断した。

 その威力の高さは、彼女が踏み込んだ地面のへこみが物語っている。

 

 「はぁっ!!」

 

 続けざまに、アンナは、その背後に隠れるようにして立っていたゴブリンに飛びかかると、大きく斜めに剣を振るい、その一撃で呆然とした表情のゴブリンの命を奪い──。

 

 最後に、仲間を倒され逃げ出したゴブリンに、一瞥を加え目を細めると、彼──もしかしたら彼女かもしれないが──めがけて手にした長剣を投擲した。

 投げられた剣はゴブリンの背中の中央──丁度彼等の弱点である”魔石”のある部分──に寸分の狂いもなく突き刺さり、それがとどめとなってゴブリンは断末魔をあげて絶命した。

 

「……とまぁ、こんな感じで、ダンジョン内ではモンスターがでます。それで──」

 

 そう言うと、アンナは先程倒したゴブリンの死体に近づいていく。不思議な事にゴブリンの死体はすでに半分以上が消失しており、しばらく経つと完全に消えてしまった。

 あとに残されているのは淡く光る何かの結晶“魔石”だけであった。

 アンナはその魔石をひとつひとつ丁寧に拾うと、ルララに渡した。

 

「──これが”魔石”と呼ばれるものです。殆どの場合、私たち冒険者はこれを目的にダンジョンに潜ります。“魔石”は例外なくモンスターの胸部にあるので、一撃で倒したい場合はそこを狙うといいですよ」

【なるほど。】

 

 

 

 *

 

 

 

 ダンジョン内部を探索するアンナは、満面の笑みを浮かべ、実に上機嫌であった。

 なぜ彼女がこんなにも上機嫌なのかというと、ダンジョン探索が、アンナの想像に反してすこぶる順調であったためだ。

 

 現在、アンナたちは地下4層を探索中である。

 

 アンナが懸念していたルララは、予想に反して、最初に伝えた作戦を忠実に守っているようだ。アンナの後ろをつかず離れずの距離を保ちながらしっかりと歩いている。

 ときおり、背中に背負っている彼女の武器──認めたくはないが彼女が言い張るのだ──『天球儀』を取り出しては頭上高くに掲げたり、ダンジョンに入る前にもやっていたが、どこからかカードを取り出してはこれまた高らかに掲げたりする等、変わった行動をしているが、まぁ彼女の行動が変わっているのは今に始まったことじゃない。気にしないでおこう。

 

 特に実害は無いし放っておいても問題ないだろう、というのがアンナの判断であった。

 ここにくるまで、ルララが戦闘という戦闘に参加したわけではないのだが、ルララの動きには迷いはなく、その服装を見なければいっぱしの冒険者然としていた。

 

 ルララは、ダンジョン内を興味深く見渡しては、ときおり、アンナに質問を投げかけるなどの余裕も見せている。

 冒険者の主目的である”魔石”や、ダンジョン内を徘徊する”モンスター”など、ルララにとっては真新しいものばかりであり、事前にある程度の知識があったとしても実際に見るのでは違うのだろう。

 

 百聞は一見にしかず。

 ルララは事前の予習も大事だが、一番大事なのは実際に経験し体験することであることを、良く知っているようであった。

 

「ダンジョン内のモンスターはどこから来るのかというと、ダンジョンの天井や地面、壁から生まれてきます。いうなれば、ダンジョン全体が一つの生物であるといえますね。ですので、モンスターがいないからといって安心しないで下さいね、突然、壁からモンスターが! なんてことはよくあるんですから」

 

 アンナはそうルララを諭すように教えるが、その実もうあまり心配はしていなかった。

 これまでに何度かあったモンスターの襲撃にも、動じず、的確に、対処──といってもアンナの後ろに回るということだけだが──してみせたルララは当初の予想をいい意味で裏切り、アンナに再評価させるに至っていた。

 

(人を見かけで判断してはいけないって言うけど、ここまでとは正直びっくり)

 

 元々、小人族(パルゥム)を見かけで判断してはいけないというのは、冒険者内でも常識である。とはいえ今回の失態に関してはアンナにも、もちろんエイナにも落ち度はないだろう。

 今回こんなにも彼女達がルララを侮った原因は、あまりにもルララが常識はずれ過ぎたせいなのだ。

 どこの世界に、フリフリのドレスを着て、ダンジョンに行こうとする冒険者がいるだろうか? いやいない。

 事実、あのベテラン受付嬢であるエイナも、彼女の実力を判断しきれていなかったのだ。

 

(とりあえず、帰ったらエイナさんには、『彼女は合格です』って伝えないとね)

 

 そして、それに輪をかけて彼女の機嫌をよくしているのが、当初の目的であったおニューの武器の試用が想像以上にうまくいっていることが挙げられる。

 

 いままで使っていた剣では下層のモンスター相手にこそ苦戦することはなかったが、一撃で倒すことは殆どなく、平均して3~4撃ほど必要であった。

 しかし今日のアンナは、遭遇した全てのモンスターを一撃のもと葬っている。

 それに加え、普段からは想像もできないような速度で動けたり、下層とはいえ少し梃子摺(てこず)るような防御力の高いモンスターを相手にした時でも、一撃で粉砕したりしているのだ。これで調子にのるなという方が無理があるだろう。

 

 そういった思いがけない速度向上や攻撃力の上昇を発揮できるのが常にではなく、たまにだというのが不思議といえば不思議だが、それは些細な事だ。

 何故かというと、この不思議な変化は結構頻繁におきているのだ。もし何か体に異常を感じたらすぐにでも探索をきりあげ帰還する腹積もりだが、今のところ体に異常はない、あまり心配しすぎるのも問題であろう。

 

(今日は、かなり調子がいい! あぁ、体が軽い! もう何も怖くない!!)

 

 そんな具合に、若干の死亡フラグなんて物ともしないほど、本日のアンナは絶好調であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「そろそろ、戻ったほうが良いですかね」

 

 そう切り出したのは、当初の予定よりも深い階層『第7層』にて休憩をとっていた時のことだ。

 思っていた以上に動けていたルララと、絶好調である自身の調子、そして何よりルララの要望もあって、少し深い階層に来ていたアンナたちであったが、そろそろ潮時であると判断してアンナはルララにそう提案した。

 

【なるほど。】【残念です。】【わかりました。】と素直に返答するルララ。

 

 こういった問答もすっかり慣れたものだ。

 ダンジョン探索していてわかったことだが、ルララは先ほどの返答のように、少し無機質で感情のこもらない返し方をする。

 じゃあ、愛想がないのかというとそうでもなく。探索中、無意味にアンナに微笑んでみたり、突然満面の笑みでダンスを踊りだしたりと、その可愛らしい見た目もあって愛想は抜群にある。まぁ、彼女の奇行に引かなければの話だが……。

 

 どうして、そんな彼女が見た目とは全く違う印象を与える言葉遣いをしているのか、聞いてみたところ……。

 

【答えたいけど表現がわかりません。】

 

 と言われてしまい、それ以上は何も言えなかった。

 

(もしかしたら、彼女の出身地や部族にはそういった風習があるのかもしれない)

 

 と考えたアンナはそれ以上の追求をすることはなかった。

 みんな誰しもが、何かしらを抱えて生きているのだ。

 そして冒険者はそういったことにはお互い触れないのがしきたりだ。

 

(それに、それで、ルララさんの印象が悪くなることもないしね)

 

 ここに来るまでの短い時間であったが、アンナとルララの間には確かな信頼関係が結ばれていた。この程度ではその関係が揺るぐことはない。

 そんな思考を巡らせながら、アンナは帰還のための準備を始めたルララを見つめる。

 

(思えば随分と色々あったなぁ)

 

 おニューの武器を試したい一心で、朝早くから宿舎を飛び出したのも束の間。ギルドで思いがけない出会いがあり。今思えば、道中の途切れない依頼をなんとかこなしたのもいい思い出だ。

 

『早起きは、3ヴァリスの得』という諺がオラリオにはあるが、彼女にとって早起きは、3ヴァリス以上の価値があったようだ。

 

(まぁ、実際エイナさんからは、1万ヴァリス貰っちゃたしね)

 

 そんな身も蓋もないことを考えていると。

 

【準備完了!】

 

 どうやら準備ができたらしい。

 アンナは立ち上がって、背伸びをすると、ルララの方を向いて言った。

 

 

「それじゃあ、そうと決まれば休憩もこれまでにして、帰りましょうか!」

【わかりました。】【お疲れ様でした!】

 

 そう言って二人は地上に向け移動し始めた。

 

 

 

 



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アンナ・シェーンの場合 4

 確かに、少しばかり油断していたかもしれない。

 

 確かに、少しばかり慢心していたかもしれない。

 

 けれど、けれども、この仕打ちはあんまりじゃないか!!

 

 肩で息をしながら、アンナ・シェーンはそんなことを思った。

 本来であれば、今頃は4階層あたりであろうか?

 しかし、アンナたちはいまだ7階層で、とあるモンスターと戦っていた。

 猛烈な勢いで振り下ろされる巨大な蹄を、かろうじて避けるたびに、アンナの精神力がどんどん削られていく。

 

 ──あれに当たった時のことは想像もしたくない。

 

 アンナは再び繰り出された蹄を剣で受け流し、いまだ攻撃の手を緩めないモンスター──ミノタウロス──を憎々しげに見つめた。

 背丈はアンナの倍以上になるだろうか、毛皮に覆われた肉体は筋肉で大きく盛り上がり、その両腕の先端にある堅い蹄は見た目以上の脅威を与えるのに、非常に役に立っていた。

 

 ──ミノタウロス──

 

 本来であるならば、15階層付近から出現し始める牛頭人体の大型モンスターは、凶悪な攻撃力と硬い皮膚を兼ね備えた中階層最強クラスのモンスターだ。

 その性格は非常に好戦的かつ獰猛であり、目についた獲物に手当たり次第攻撃をしかけてくる、特に警戒すべき危険なモンスターだ。

 そのあまりに高い危険性に、ギルドが定めている脅威評価で最高の評価を得ている。

 しかし、ミノタウロスが出現し始めるのは中階層であるはずだ。

 アンナたちがいる7階層は上層部。ミノタウロスが出現する中階層には倍以上の開きがあるはずであった。

 

 ──本来であるならば出現するはずのないモンスター──

 

 アンナの頭には、ミノタウロスがいる原因が浮かんでは消えていったが、すぐさま考えることを放棄した。

 今は目の前の事に集中するべきだ。ミノタウロスを相手にして、他のことを考えている余裕はアンナには無い。

 原因究明はこの危機を切り抜けてからでも遅くはないはずだ。

 少なくとも、今は生き残ることに全力を注ぐ必要がある……。

 

 

 

 *

 

 

 

 アンナたちの戦闘は、7階層から6階層への連絡通路に差し掛かった時に始まった。

 6階層への連絡通路の入口付近は、見通しが悪い上に薄暗く、奇襲にはもってこいの場所であった。

 

 ──死角からの奇襲──

 

 大きく右腕を振り上げ、通路の死角で待ち構えていたミノタウロスは、油断した獲物の頭部めがけ、渾身の力を籠めて腕を振り下ろした。

 振り下ろされたミノタウロスの一撃は、油断していたアンナの頭部に驚くほど綺麗に決まった。

 硬いものと、“硬いもの”が、高速でぶつかり合う鈍い音が、ダンジョンの中に木霊する。

 ミノタウロスの直撃を受けたアンナは、その勢いのまま地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。

 

 ──死──

 

 ──それが容易に想像される程の一撃。

 ──それほどの威力が込められた一撃。

 

 ミノタウロスは、十分な手応えに喜びを感じると、だらしなく涎を垂らしながらその醜い顔を歪ませ笑った。

 完全に無防備な頭部に、全体重をのせた一撃……アンナの生存は絶望的に思えた。

 

『ヴヴォオオオオオオオ!!』

 

 勝利を確信し、雄叫びをあげるミノタウロスは、続いて、もう1匹の憐れな獲物に目を向けた。

 ミノタウロスの目に写るのは、小さな、小さな小人族(パルゥム)だ。

 先ほど仕留めたヤツに比べると、ひどくひ弱で無力に見える。

 その体は柔らかそうで実に美味そうだ……。

 

『グフェフェフェフェ』

 

 ミノタウロスは、知性の欠片もない声をあげ下品に笑い、勝利に酔った顔をして、その憐れな小人族(パルゥム)の息の根を止めるため歩きだした。

 目の前の小人族(パルゥム)は、その恐怖心のためか、逃げ出そうともせず、ただ呆然と立ち尽くしているだけだ。

 それに気を良くしたミノタウロスは、焦らすように歩みを緩やかにし、小人族(パルゥム)が十分恐怖し、絶望する時間を与えた。

 

 ──恐怖心はなによりのスパイス──

 

 本能でそれを理解している彼にとってこれは、極上の食材を極上の料理に仕立てるために必要な作業であった。

 この時の彼は、ひどく醜いミノタウロスではなく、まるで高級料理店の料理長のようであった。

 ミノタウロスが下準備を済ませ、調理を始めようと腕を振り上げた瞬間──。

 

 ──アンナ・シェーンによる鮮やかな一閃が、ミノタウロスの背中に加えられた。

 

(──硬いっ!!)

 

 アンナの一閃は、ミノタウロスの皮膚を僅かに傷つけるに留まる。

 その事実を、ほんの少しの驚きと共にすんなりと受け入れたアンナは、間髪を入れず次の一手を繰り出した。

 アンナは、怒りに燃えるミノタウロスの顔面めがけ一撃を喰らわせると、同時に、ミノタウロスの背中に蹴りを入れ、その反動で距離を取り油断無く構えた。

 

『ウガァアアアア!!!』

 

 どうやら彼女の攻撃は、彼のプライド──あるかどうかはわからないが──を刺激したようだ。

 ミノタウロスはアンナに振り返ると、猛烈な勢いで駆け出し彼女めがけて突進した。

 

 意識を取り戻したばかりのアンナは、目の前に迫る巨体をまだ朦朧とする頭でなんとか認識すると、華麗に去なし、その隙を突いてミノタウロスとルララの間に割り込む様に回避した。

 ミノタウロスは回避されることを考えていなかったのか、勢いを殺しきれずそのまま壁に激突する。

 驚いたことに、まだ覚醒しきらない頭とは裏腹に、アンナの体は問題なく機能していた。

 

(──ダメージはほとんどない……むしろ依然絶好調……なんとか注意もそらせた……でも相手はミノタウロス……戦況はルララさんのことも考えるとこっちがかなり不利ッ! 逃走……は、多分無理……ルララさんが逃げ切れない。じぁあ迎撃? ミノタウロス相手に? エルザがいて五分の相手に私1人でどこまでやれる? 他に手段は──くッ!?」

 

 ようやく回り始めた思考をフル回転させて、現状を打破する方法を模索したが、怒りに燃えるミノタウロスがそんな猶予を許すはずもなく、素早く激突から復帰し、目にもとまらぬ速さでアンナに襲いかかる。

 

(──考えている余裕はない! やるしか、無いッ!!)

 

 ミノタウロスの重く、速いラッシュをどうにか回避しながら、アンナは思考を戦闘モードに切り替えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──どんな強力なモンスターでも必ず弱点が存在する──

 

 モンスターの中心部に必ずある“魔石”がその最たる例で、どんなに強力なモンスターでさえも、“ソコ”を攻められたらひとたまりもない。

 どんなに実力差がある相手でも、魔石を破壊してしまえば一撃で倒すことができる。そうであるならば、狙うべきは“ソコ”しかない!

 今、アンナ・シェーンにとれる戦術は、それしか無いように思えた。

 だが、ミノタウロスの猛攻を捌きながらそれを実行するのは、とても不可能に思える。

 

(……それでも!!)

 

 それでも、やるしかないのだ。

 この場で戦えるのは、アンナ1人。

 アンナの死はイコール、後ろにいるルララの死も意味する。彼女を守ると約束したからには絶対に負けるわけにはいかない。

 可能か不可能かではない──やるのだ!!

 アンナは己を奮起させると、この難題に挑む覚悟を決め、早速問題の解決に取りかかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 アンナはまず、ミノタウロスの懐に潜り込むところから始めなければならなかった。

 ミノタウロスとのリーチの差は──彼女が持つ剣を考慮しても──大きな開きがあり、彼女の攻撃を当てるには距離をつめる必要があるからだ。

 アンナは意識を集中し、ミノタウロスの攻撃を右へ左へと回避し、また時には受け流しながら、少しずつ距離をつめていった。

 

『ガァアアアアアッッ!!』

 

 ちょこまかと逃げ回るアンナに業を煮やしたミノタウロスは、大きく腕を振りかぶり力任せに蹄を繰り出す。

 

「──そこっ!」

 

 恐ろしいまでの破壊力を秘めた右ストレートの中を、あらん限りの勇気を振り絞って飛び込んだアンナは、頬に感じる風圧に目まいを覚えつつもミノタウロスの懐に入り込み、彼の弱点──魔石のある胸部──めがけ斬撃を繰り出した。

 

 アンナの斬撃は、ミノタウロスの胸部に寸分の狂いなく入り、彼の皮膚を切り裂き、肉を傷つけることまでは成功したが、魔石にダメージを与えるには至らなかった。だがそれは想定通りだ。

 続いてアンナは低くしゃがみ込むと、両脇から迫る蹄をその精神をガリガリとすり減りながら間一髪で回避する。

 地面ギリギリまで姿勢を低くしたアンナは、そのままミノタウロスの脛を斬りつけ、飛び上がり、ついでに顎に一撃を加えると、空中で一回転し再び距離をとった。

 アンナは額に吹き出た汗を拭いて、構え直す。

 

 ──出だしは好調……あとは……まぁ……これを、ほんの20回くらいやれば勝てるだろう──

 

 アンナは払った労力に対し、与えたダメージの少なさに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アンナ・シェーンの場合 5

 分岐点はどこであったのだろうか?

 

 ミノタウロスの右ストレートか、はたまたアンナの繰り出した斬撃か、僅かな隙をつき懐に入り込むアンナの卓越した体術か、はたまた数々の斬撃を防ぎきった彼の分厚い皮膚だったのかもしれない。

 

(体が重い……)

 

 顔に張り付いた髪が鬱陶しく感じる。

 何度もジャンプし酷使した脚は、燃えるように熱く鋭い痛みを放っていた。

 その手に持つ剣の重みが、普段の10倍以上に感じられる。

 

 ──もう、手放してしまいたい──

 

 度重なる攻防に疲弊しきっていたアンナは、酸欠で朦朧とする意識の中……。

 一瞬、致命的なミスを犯した。

 それは、もう何度も何度も行われた、一連の流れの中からやってきた。

 何とかミノタウロスの猛攻をくぐり抜け、一撃を加えたのち、飛び上がり、距離をとった瞬間──。

 

 

 彼女は──。

 

 

 あろうことか──。

 

 

 着地に失敗した──。

 

 

 普段の彼女であれば、絶対に犯すことのないミス。

 

 しかし、それも致し方ないのかもしれない。

 一撃でも喰らえば生命に関わる猛攻を、何度も何度も回避し続ける戦闘していたのだ。

 その消耗具合は想像を絶するものであっただろう。

 着地に失敗し、バランスを崩したアンナは、そのまま、倒れこむように崩れ落ちた。

 

(しまっ──)

 

 ──致命的な隙──

 

 その絶好の機会を逃すはずもなく、ミノタウロスは一瞬で距離をつめ──。

 

(あっ──)

 

 渾身の力を込め、右ストレートを放った。

 

 崩れ落ち倒れたアンナに、その一撃を防げるはずもなく、彼女はただ振り下ろされる右ストレートを呆然とみつめるしかなかった。

 時間が圧縮され、ミノタウロスの動きがまるでスローモーションのようにゆっくりになる。

 

 腹部にゆっくりと撃ち込まれる一撃。永遠とも思える一瞬の後──轟音と共にアンナの腹部に衝撃が伝わり、遅れて、激しい痛みが彼女を──襲わなかった。

 

「──えっ!?」

 

 呆然とした表情を浮かべるアンナ。

 

 ミノタウロスの攻撃は、アンナの腹部に触れるぎりぎりのところで、不可視の壁に阻まれていたのだ。

 渾身の一撃を防がれたことに怒りを覚えたミノタウロスは、今度は、アンナの上に馬乗りになると、彼女の顔面を力任せに殴りだす。

 

『グゥゥガァアアアアアァァ!!!』

 

 その一撃一撃は、アンナを絶命たらしめるのに十分な威力を秘めていたが、しかし、その尽くが不可視の障壁に阻まれた。

 

(これは──これはまだいけるかもしれない!)

 

 この不思議な現象に勝機を見出し、戦う気力を取り戻すアンナ。

 

 瞳に、活力が戻ってくる。

 思えば、最初の一撃の時も同じ現象が起きていた。

 間違いなく即死だった一撃を、意識を失ったとはいえ、彼女は全くの無傷で耐えたのだ。運が良かっただけで済まされる事態ではないだろう。

 

 アンナは思い当たる理由を思い浮かべた。

 

(もしかしたら、あの一撃がきっかけで、新しいスキルを修得した?)

 

 窮地に追い込まれたことによる新たなスキルの覚醒──それが自身の身に起きたのかと思考するアンナ。

 

(でも、ステイタスの更新も無しにそんな──『グアァァアアアアア!』──っ!?」

 

 怒りに満ち溢れたミノタウロスの雄叫びに、はっとしたアンナは、ミノタウロスの顔面めがけ咄嗟に拳を繰り出した。

 その一撃は、ミノタウロスの左目に決まり、さらにアンナは流れるように右膝を使ってミノタウロスの股間部を蹴り上げた。

 

 ──ぐにゃあ──

 

 微妙にやわらかく、気色悪い感触が膝から伝わってくる。

 

『ガァアアアアア!?』

 

 思いがけない反撃にひるみ、ミノタウロスの拘束が僅かに緩む。

 その僅かな隙間を、横転しながら移動し素早くミノタウロスの拘束をすり抜ける。

 なんとかミノタウロスから逃れたアンナは、素早く立ち上がって、躊躇なくいまだ悶えているミノタウロスの胸部を斬りつけた。

 

『ギャアァアアアア!!』

 

 これまでとは違った、苦悶に満ちた叫び声をあげるミノタウロス。

 アンナは、今までの地味な作業の成果を実感し僅かに頬をゆるませた。

 

 まだだ、まだ戦える──さぁ反撃開始だ!!

 

 

 

 *

 

 

 

 ──アンナとミノタウロスの攻防に、収束の時が近づいてきていた。

 

 状況は圧倒的にアンナの有利に傾いていた。

 

 彼女を守る障壁はいくら攻撃しても消える気配がなく、ミノタウロスの攻撃は全て無力化されてしまう。

 それを十分に理解したアンナは、防御をかなぐり捨てて、猛攻に出た。

 全く効果の無い攻撃と、僅かながらに効果のある攻撃は、当然のことながら後者に軍配があがった。

 

 それは、華麗さとはほど遠い泥臭い消耗戦であったが、彼女の一撃一撃は確実にミノタウロスの生命力を奪っていく。

 

『グゥウウウウ!!』

 

 追い詰められたと認識したミノタウロスが決死の覚悟で最後の賭けにでる。

 

 咆吼と共に一気に後方へ飛び、アンナとの距離を大きく広げるミノタウロス。

 そしてミノタウロスは、両手を地面につけ四つん這いの姿勢をとると、アンナにむかって猛烈な勢いで突進した。

 

 あらん限りの力を込めたぶちかまし。

 ミノタウロスの巨体を、最大限利用した、最大の一撃。

 

(──ここだっ!)

 

 その絶望的な攻撃にアンナは勝機を見出していた。

 腕力に劣るアンナではミノタウロスに対し、決定打を与えることは出来ない。それは今までの戦いで理解していた。

 

(だったら──私だけの力で足りないんだったら──()()()()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 アンナは、迫り来るミノタウロスを迎え撃つために地面を蹴り、疾風の様に駆け出した。

 

 ──迫り来るミノタウロスが、やけにゆっくりに感じる。

 

 ──心臓の鼓動が大きく聴こえる。

 

 ──両者の距離が極限にまで縮まる。

 

 ──ミノタウロスの突進が障壁に阻まれる。

 

 ──交差した瞬間。

 

 ──剣を突きだす。

 

 ──剣先がミノタウロスの胸部に、深く、深く、突き刺さる。

 

 ──アンナの全身全霊の一撃が決まった。

 

『ガァアアアアア』

 

 ミノタウロスの苦痛に藻掻く悲鳴が聞こえる。それでも──。

 

『オォォォォォォ』

 

 それでもなお──。

 

『ォオオオグォオオオオ!!』

 

 ──ミノタウロスは生きていた。

 

 生への執念か、はたまた生きる事への渇望か。

 ミノタウロスは最後の瞬間、体を僅かに反らし、彼の弱点である魔石への直撃を回避していたのだ。

 

 紙一重で命を繋いだミノタウロスは、自らの胸に突き刺さる忌々しい剣を、その持ち主ごと抜き取ると、大きく揺さぶり引き剥がしにかかった。

 

 最後の力を込めた一撃をかわされたアンナに、もう抵抗する力は残されていない。

 簡単に吹き飛ばされ、アンナは壁に激突する。

 

 ミノタウロスの手には、アンナの剣だけが残されていた。

 ミノタウロスは、アンナと、アンナの剣に一瞥を加えると、いやらしく笑い声をあげて、剣の両端をこれ見よがしに握り絞めた。

 

 古来より奪いとった武器に敵対者がすることは、ただひとつだ──。

 

「……めろ……」

 

 ミノタウロスの両腕に力が込められる。

 

「……や、めろ──」

 

 力が込められるたびに徐々に剣が軋み、折れ曲がっていく。

 

「やめろぉおおおおお!!」

 

 叫び声をあげ立ち上がったアンナが、ミノタウロスに向かって猛然と駆け出していく。

 だが──もう、遅い。

 

 外部から加えられた力に耐えきれなくなったアンナの剣は、『バギッ』という音と共に、真っ二つに折れた。

 

「あっ……」

 

 ファミリアの、仲間からの贈り物が。

 

「あぁぁ、あぁぁ」

 

 両親から贈られた、初めての武器の“イシ”を継ぐ彼女の剣が。

 

「アアアアアアアアアア!!」

 

 無残にも破壊された。

 

 アンナの心の中で剣が折れる音の他に、何かが折れる音が響いた。

 

 もはや、立つ気力すら失ったアンナは、その場にへたりこむ。その目には涙が流れだしていた。

 彼女にはもう近づいてくるミノタウロスを、ただ見ていることしかできない。

 

 ミノタウロスはそんな彼女の息の根を止めるため、両手に持つ折れた剣を投げ捨てて無慈悲な一撃を加えた。

 しかしそれも──。

 

『グヌヌゥウウウ』

 

 彼女を守る障壁に阻まれることになった。

 

 どうやら“コレ”は、彼女の意思とは無関係に発動するらしい。

 彼女の命を救ったこの障壁だが、今のアンナにとってはただの邪魔者に過ぎなかった。

 

(……もう、いい……もう、疲れた……もう……)

 

 絶望し、何もかも諦めたアンナ。

 

 しかしそれに、断固反対するかのように障壁は彼女を守り続ける。

 強固な障壁に全くもって手も足もでないミノタウロス。業を煮やしたミノタウロスは、もうアンナを放置することに決めた。

 

 それに、どうやらこの人間はもう力尽きたようだ。見たところ反撃してくる様子もない。これならば放っておいても問題ないだろう。

 

 そう考えたミノタウロスは、もう一匹の獲物──ルララ──に狙いを定めた。しかし、流石のミノタウロスも戦いでかなりの消耗があるのだろう。その足どりは重く、ゆっくりとしている。

 

(……あっ……ル、ララさん……)

 

 戦闘に集中しすぎていたのか、ルララの存在をすっかり忘れていたアンナは、ミノタウロスが移動する先を見つめ、今日の相棒をみつけると、ようやく、彼女の存在を思い出した。

 

 アンナの目に写る彼女は──。

 

 とても小さく……。

 冒険者としてあるまじき服装をし……。

 そのくせ何事にも動じず……。

 誰にでも優しくて……。

 信じられないくらいお人好しで……。

 彼女の守るべき……。

 

 そう……あの子は私が守るべき……守るべき──存在だッ!!

 

 アンナの瞳に光が戻ってくる。

 疲れ果てた体に活力が湧いてくる。

 

 折れた剣がどうした! そんなものまた新しく買えばいい! 今、一番大切なのはッ……大切なのはッ!!

 

 アンナは立ち上がり、猛然と走り出した。 

 

 ミノタウロスまでの距離はまだ遠い。それでも彼女は全力で駆け抜けた。1秒でも速く、1秒でも疾く、彼女を守るために!

 

 

 

 *

 

 

 

  「──えっ!?」

 

 

 ミノタウロスとの距離があと僅かと迫った時に、思わずアンナはそう驚きの声を漏らした。

 

 必死に駆けるアンナの目の前に有り得ない光景が広がっていたのだ。彼女はまず、夜空に輝く星々を幻視した。

 

『星天対抗』

 

 その星々は、ダンジョン内を美しく照らし、広がると、ミノタウロスの自由を奪い取り、まるで夢のように消えていった。

 

『コンバラ』

 

 僅かな静寂のあと、突如としてミノタウロスを中心として、青白く輝く星々が出現し、周囲を惑星のように公転すると、まばゆいばかりの光を放ち、はじけ飛んだ。

 

『コンバス』

 

 続いて、澄み切った青く光り輝く大きな一つの光星が現れ、ミノタウロスを飲み込んだかと思うと、集束し、一瞬の輝きのあと消失した。

 

『マレフィラ』

 

 最後に出現したのは、紫色にきらめく流星だった。

 ミノタウロスの頭上に出現した流星は、寸分の狂いなくミノタウロスの魔石めがけ流れ落ちる。

 魔石に触れた途端、流星は大きく膨れ上がり、ミノタウロスに致命的なダメージを与えた。

 

 ミノタウロスの体が、崩れ落ちる。

 

 先ほどの流星が、決定打となったのだろう。あれほど、強力で、強靭だったミノタウロスが、こんなにも呆気なく滅び去っていく。

 

 あの激闘が嘘であったかのように静けさが広がる。

 後に残されたのは、粉々に砕け散ったミノタウロスの魔石だけであった。

 

(……あぁ、終わったの……ね……)

 

 張り詰めていた緊張が解かれ、意識が朦朧としていくアンナ。

 ようやく終わった戦いにアンナは安堵感と僅かな虚しさを感じながら、眠るように意識を手放した。

 

 

 

 




 やっと、ヒカセンが戦った……。


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アンナ・シェーンの場合 6

 アンナが目を覚ましたのは、ダンジョンの入り口に差し掛かった時であった。

 ルララに運ばれていたアンナは、あわてて彼女の腕から降り、自らの足で立つ。

 

「あの……えっと……その……ありがとうございました」

 

 礼を言うアンナに、ルララは微笑んだ。そして、懐にしまっていたアンナの剣を取りだし手渡す。

 アンナはそれを両手で受け取った。

 刀身の中ほどから真っ二つに折れたアンナの剣が、今日あった死闘が夢ではなかったことを物語っている。

 

「……剣、折れちゃいましたね……」

 

 少し残念そうな顔をしながらアンナは言った。

 

「でも、無事に帰ってこられたんですから、これで良かったんですよね……」

 

 あれだけのことがあったのに、剣一本だけで済んだのだ。安いものだろう。

 仲間から貰った大切な剣だが、それでも命には代えられない。

 アンナは、微笑むルララに、微笑みを返す。

 しかし、その微笑みには陰りがあった。

 それを、見かねたルララが声をかける。

 

【修理しましょうか?】

「……ルララさん……でも、これは流石に直しようがないですよ」

 

 アンナは、ルララの言葉にそう答えるが──。

 

【修理しましょうか?】

「……」

【修理しましょうか?】

「……そこまで言うのでしたら、わかりました。お願いします。」

 

 少し考えてアンナは、修理してもらうことにした。

 

 どうせ無理だと、頭では理解していた。

 だが、もしかしたら、彼女なら直してしまうかもしれないと、不思議とそう思えた。

 ルララはアンナから剣を受け取ると、懐から”ハンマー”を取り出す。

 

「……ッ!?」

 

 その様子を静かに見守っていたアンナに、衝撃が走る。

 なんと、ルララが懐からハンマーを取り出した瞬間、着ていたドレスが一瞬にして消え、今度は職人風の服装に変わったのだ。

 早着替えなんてレベルじゃない。唖然としているアンナを気にも留めず、ルララはしゃがみこむと、手に持つハンマーでアンナの剣を叩いた。

 

 ──コンコンコン──

 

 その数、たったの3回。

 僅かな回数でも、その効果は絶大であった。

 

「ッッッッ??」

 

 先ほどと比べものにならないほどの衝撃が、アンナに走る。

 たったこれだけのことで、アンナの剣は──まるで、何事もなかったかのように元通りになっていたのだ。

 

「エエエェェェ!?」

 

 

 理解不能な事態に心底混乱するアンナ。

 

 それを尻目に、ルララがもうすっかり元通りになった剣をアンナに返してくる。

 はっ、として慌てて剣を受けとるアンナ。手渡された剣をまじまじと見つめる。

 軽くざっと見ただけでも、これといって問題は無いように思えた。

 

「……本当に直っている」

 

 そう呟やき、アンナは自らの剣から視線を移し、ルララを見た。

 

 ルララはまるで『こんなことどうってことないぜ!』という風な感じで立っている。事実、彼女にとってはこの程度、本当にどうってことないのだろう。

 

(ハハハ、ほんとに、この人はとんでもないな……)

 

 ルララの規格外さを再認識し、乾いた笑みを浮かべる。

 

 もはや、彼女は、何でもありの存在に思えた。アンナにはルララが『実は私、神様なんです』と言っても驚かない自信があった。むしろそっちの方が色々と説明がついて、納得がいく。

 

(もしかしたら、本当に神様なのかも──)

 

 半ば、本気でそう思い始めるアンナ。

 それに、このオラリオにおいて、神の存在はそんなに大それたことではない。有り得ない話では無かった。

 

「ルララさんは、もしかして──」

 

 神様ですか? そう聞こうとしたが。

 

 「──いえ、なんでもありません」

 

 馬鹿なことを聞こうとした。

 彼女がどんな存在だろうといいじゃないか。

 彼女との関係がそれでどうなるということはない。

 

 それに彼女からは超越存在(デウスデア)特有の気配は感じられない。正真正銘ルララは人間であると言えた。

 だから、この質問は無意味な質問であるのだ。わざわざ聞く必要は無い。

 

「……それじゃあ帰りましょうか!」

 

 気を取り直してアンナはそうルララに言った。

 アンナの言葉に微笑みを浮かべたルララは無機質な声でこう答えた。

 

【わかりました。】

 

 

 

 *

 

 

 

 ギルドに着いたのは、太陽が真っ赤に燃える夕暮れ時だった。

 

 朝の時とは打って変わって、多くの人で賑わうギルド。

 その中を、アンナは必要な手続きを行うために、細心の注意を払いながら移動していた。それはギルド内にいるであろう、恐ろしい”モンスター”に出会わないためだ。

 

 焦る気持ちを抑えながら、一歩一歩、確実に進んでいく。

 なんとか、目的地──魔石の換金所──にたどり着いたアンナは、素早く、今日得た成果を、設置されている換金用の箱に入れた。

 

 魔石の入った箱が、引っ込んでいく。

 換金所の人間が鑑定を始めたのだろう。換金所の仕事は速い。あと10秒もしないうちに換金が終了するだろう。

 

 しばらくすると箱が引き戻されてきた。

 中にあった魔石は無くなり、代わりにいくつかの貨幣が入っている。

 その貨幣を鷲掴みにすると、アンナは禄に確認もせず懐にしまった。

 

(よし! これでもうここに用は──って、うひゃあッ!?」

 

 踵を返し立ち去ろうとするアンナの肩に、ポンと手が置かれる。

 アンナの顔が驚愕の色から絶望へと変わっていく。

 恐る恐るアンナは振り向くと、そこには──。

 

「あら、どこに行くのかしら? アンナちゃん」

 

 鬼神のごとき微笑みをしたエイナがいた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……それで、どうしてこんなにも遅くなったのかな?」

 

 ギルドに設けられた小さな一室──アンナにとってそこは、監獄のようであった。

 差し詰めアンナが容疑者で、エイナは尋問官といったところだろうか。まぁ、ある意味その例えは的確な表現であると言えた。

 

「……えぇーっと……そのぉ……お、思った以上に捗ってしまいまして……」

 

 アンナは取り敢えず、今日のことは誤魔化すことに決めた。

 

 ミノタウロスに遭遇しました、なんて馬鹿正直に言った日には、きっと今日はお家に帰れないだろう。それは断固として嫌だ!

 なんかもう、今日は、本当に色々あったのだ。正直、今すぐホームに帰ってベッドの上に寝転がりたい気分である。

 

 むしろ、内心嫌々と思いながらもそれじゃあ流石にいかんでしょ! っと真面目にギルドに帰ってきただけでも「まぁ、偉いわねぇ」と褒めて貰いたいくらいだ。

 

 それに色々と”捗った”のは嘘ではない。しかも2人とも完膚なきまでに無事! オールライト! だから問題なんて何もないよ! うん完璧! ミノタウロスとの死闘を征したあなたにとって、尋問官(エイナ)との舌戦なんてお茶の子さいさいだ!

 

 若干ハイになっているアンナは、グルグル回る思考の中でそんな事を思っていた。

 

「ふーん、思った以上にねぇー」

 

 疑り深い目をしたエイナの視線がアンナに突き刺さる。

 その視線に晒されただけで、さっきまであった妙な自信が急に萎んでいった。

 

「そ、そうなんですよ! ルララさんも全然平気で付いてこれましたし、私も今日はかなり調子が良くて、ついつい時間を忘れて没頭してしましました! あっ、そうそう、ルララさんなんですが、彼女はもう余裕の合格です! ダンジョンでもしっかり動けていましたし、最後の方なんて、私が助けてもらっちゃったぐらいです!」

「あら、それは意外だったわ」

 

 本当に意外だったのか、エイナから疑いの表情が消え、驚きが浮かんでくる。

 食いついた! ならば、この話題で誤魔化しきろう。

 立て続けにアンナは続けた。

 

「えぇ、そうなんです! ルララさんは、その、見た目は”あれ”ですが、その実力は想像以上です! もう、ベテラン冒険者と言っても過言ではないぐらいです!」

「あらあら、それは申し訳ないことをしちゃったわね。ルララさん、今日あったことは謝罪します。後ほど冒険者登録を行いましょう」

「それがいいです! いや~今日は疲れたなぁ! 無茶は体に悪いって言うし、エイナさん! 私はそろそろこれで──」 

「……で、アンナちゃん? 何か隠しているわよね?」

「ナ、ナンノコトデショウ……?」

 

 片言になってアンナは答えた。

 

「……アンナちゃん……今回のクエスト、私が”個人的”に依頼したクエストなのだけれど。それって、つまり受けた冒険者には、報告の義務があるのと思うのだけど……」

「仮にも、”あの”フレイヤ・ファミリアの冒険者が、まさか、依頼主を無下にはしないわよねぇ?」

 

 そうなるとお姉さん困っちゃうわぁ。

 

 わぁーわぁーわぁー。アンナの中でエイナの言葉が木霊した。

 

「……すっ…………すみませんでしたぁあああああああ!!!!」

 

 アンナは飛び上がると、空中で膝を折り胸につけると。両腕を頭頂部に三角形を作るように置いた。

 ジャンピング・土下座。

 高レベルの冒険者のみが使いこなせるという、幻の奥義が決まる!

 

「……それで、ちゃんと話してくれるよね?」

 

 だが、効果は今ひとつのだったようだ! 女神のような慈悲深い声でエイナは言った。

 あぁ、その優しさをもう少し私に分けて欲しいなぁー。そんな事を地面におでこを擦り合わせながらアンナは思った。

 

「ね? アンナちゃん?」

「は、はい……」

 

 ついに観念して、アンナは今日あった一部始終のこと語り始めた。 

 

「そう、それは今日の早朝のことでした。今朝、朝早くに目覚めた私は──」

 

 取り敢えず、本題に入るまでせめてもの時間稼ぎを……。

 

「そういうのはいいから本題にね」

「あ、はい」

 

 

 

 *

 

 

 

「ミノタウロスに遭遇したぁあああ!?」

 

 エイナの叫び声が響き渡る。

 

「いつまで経っても帰ってこないから、何かあったのかと思っていたけど……まさかミノタウロスとはね……」

 

 頬に手を当ててエイナが言う。

 

「良く2人共、無事だったわね。怪我とかはしてないの?」

 

 心底、心配した様子でエイナが聞いてくる。

 Lv.2とはいえ、なりたてのアンナにはミノタウロスは荷が重い相手だ、エイナの反応は仕方のないものだろう。

 

「はい、全く問題無いです」

「それにしてもミノタウロスだなんて……」

「まぁ正直死ぬかと思いました……」

「それでなんとか撃退して帰ってきたと……アンナちゃん、強くなったわね……」

 

 エイナは、しみじみといった表情をして言った。

 

「あ、いえ撃退……というか倒したのは私じゃなくて、ルララさんです」

「……え!? アンナちゃんじゃなくて? それに、倒した!?」

「えっと、はい……私は……そこそこ善戦したんですけど、結局、負けちゃいまして」

 

 悔しそうな顔をしながら言うアンナ。

 

 ミノタウロスに負け、剣を、心を、そのどちらもが一度は折られた……。

 今はどちらも元通りになってはいるが、あんな経験はもう二度としたくない。

 

 それにしても、一度は本気で死にたいとまで思ったのに、よくここまで持ち直したものだ。普通であったらこんな経験したら、冒険者として生きていく気力を無くしそうなものだが、アンナはもう”二度と経験したくない”と思っているだけで、冒険者を辞めようなんてことは思っていない。この経験を次に活かそうとしている。

 

 不思議な気分だ……悔しい気持ちは勿論あるが、その反面、凄く晴れやかな気分である。

 

「そう……いい経験になったみたいね……」

「……はい、とっても」

 

 アンナは笑いながら答えた。

 

「それにしてもルララちゃんがねぇ……とても意外だわ」

「それはすごく同意します」

 

 そういうと、アンナとエイナは、視線をルララへと移した。

 

 彼女はうつむき、目をつむりながら、左右に揺れている。瞑想でもしているのだろうか? 相変わらず彼女の行動はよくわからない。

 

 しばらく観察していると、バランスを崩して転がり、「わぁ!」という声とともに、まるで何もありませんでしたよ! とでも言うかのように起き上がった。

 

 まあ、なんというかそのう……有り体にいえば、この人、寝ていた……。

 

「……」

「……」

「それじゃもう遅いし解散としましょうか!!」

「そうですね!!」

【えーっと…】【おつかれさまでした!】

 

 2人は無言で同意し、今のは見なかったことにした。

 結局その流れで本日は解散となった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ギルドからでると、もうすっかり夜が更けて、あたりは暗くなっていた。

 

「今日は、色々ありましたね……」

 

 アンナが隣にいるルララに声をかける。

 そろそろお別れの時間ようだ。

 

「今日は本当にお世話になりました。ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げるアンナ。

 

 ルララには、本当にお世話になった。

 それこそ、彼女がいなければ、生きて帰ってこられなかっただろう……。

 まぁ、そもそも彼女と出会わなければ、こんなことにはならなかったのだが……それは、気にしてはいけない。

 

【気にしないでください。】

 

 ルララは手を振りながらそう言った。相変わらずの無表情具合である。

 

【今日は楽しかったです。】【お疲れ様でした。】

 

 そう言い残し歩き出すルララ。

 その後姿にアンナは──。

 

「……あ、あの! 良かったら、私たちのファミリアに来ませんか!? ルララさん程の人だったら百人力ですし、それにルララさんが入ってくれたら私、凄く嬉しいです!!」 

 

 声を張り上げ思い切ってそう言った。

 ルララはアンナに振り返り、微笑みながら言った。

 

【せっかくだけど遠慮します。】

「……やっぱりそうです、よね……残念です」

 

 なんとなく『断られるだろうなぁ』とは思ってはいたが、いざ断られると存外に悲しいものだ。

 

 それでもルララが入ってくれたら嬉しいのは本心だ。それに、彼女とて、いつかはファミリアに入らなければこのオラリオでやってはいけない……はずだ。

 

 色々と規格外すぎて、アンナの常識が通用しない相手だが、流石にこの常識は通用すると思いたい……。

 まぁ、だから、いつかその時になったら選択肢として覚えていて欲しいなぁ、と思うアンナであった。

 

 きっとアンナはルララにとって初めての冒険者仲間なのだから……少なくともこのオラリオにおいてはそうであるはずだ。

 

「……でも、もし気が変わったらいつでも言って下さい! 待ってますから!!」

 

 だからアンナは最後にルララにそう言った。

 そしてルララはアンナにこう答えた。

 

【わかりました】【また会いましょう!】

 

 

 

 

 

 

 こうして、長い長い一日が終わった……

 

 

 



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幕 間
愛用の紀行録 1


ルララ・ルラ 本作の主人公(真)


 気がつけば、あたり一面見渡すばかり草原であった。

 

 おかしい……彼女の記憶では、アジス・ラーで蒐集品納品のために『アダマン鉱』を採集し、テレポでイディルシャイアに戻ってきたばかりだったはずだ。あの、毎週毎週飽きもせず蒐集品を回収する、ロウェナ商会のルガディン族の女に、今週分のノルマを叩きつけてやるために……。

 

 そもそもだ、アダマン鉱を蒐集する好事家って一体どんな変態だ! ナゲットやインゴットならまだしも原石を蒐集するだなんて、相当の暇人か変人に違いない。それも毎週必ずだ! あぁそれにしても、ここはどこだろう?

 

 心の中で日頃の鬱憤を盛大に愚痴りながら、ララフェル族の少女──ルララ・ルラ──は、そばに落ちていた採掘道具──マインキープピック──を拾うと立ち上がりあたりを見渡した。

 

 見渡すばかり、草、草、草、草、草ばかりだ……。

 

 ルララは『アーマリーチェスト』の中から園芸道具を取り出し、あたり一面の草を刈り取ってやりたいという衝動に駆られたが、なんとか堪え、もう一度注意深くあたりを見渡した。

 

 ──おっと! 何やら塔を見つけた。

 

 ルララの目線の先には、かなり距離があるのだろう、随分と小さいが塔のようなものが見えた。

 建造物があるならば人もそこにいるはずだ。もし万が一『人』じゃないやつがいたとしても、まあ特に問題はないだろう。

 

 ルララは『アーマリーチェスト』の中に手を入れると、しばらく考え『天球儀』を取り出した。

 その瞬間、彼女が着ていた『採掘師』専用装備──マインキープシリーズ──が瞬く間に消え、一瞬にして『占星術師』専用装備──ウェルキンシリーズ──へと換装される。

 

『アーマリーシステム』

 

 自らの持つ装備を、予め武器ごとに登録し『ギアセット』として保存しておけるこのシステムは、冒険者にとってはなくてはならないシステムの一つだ。

 このシステムのお陰で、面倒な着替えが一瞬で終わり、さらに『アーマリーチェスト』という、システム専用のかばんは、冒険者の所持品問題を大いに改善した……と言われている。

 

 なんせこの『アーマリーチェスト』は不可視な上、入れた装備の重さも消えてしまうのだ、これで冒険稼業が捗らないはずがない。まぁ装備品しか入れられないのが玉に瑕だが、このシステムは通常使用のかばんの方にも応用されているので問題はない。

 

 なんでも、たいそう高名な魔導師と職人がその生涯を掛け、力を合わせて完成させたらしいが、詳しくは知らない。まぁ知らなくても使えているのだ、問題無いだろう。ありがとう、名も知らぬ魔導師と職人さん!

 

 ルララは『占星術師』となると、自己防衛のために強化魔法をかけ始めた。

 

 まずは『プロテス』だ。

 本来であるならば、『白魔道士』の魔法だが占星術師もアディショナルスキルとして使うことができる。

 『アディショナルスキル』とは、『クラス』や『ジョブ』の垣根を越えて使用できるスキルのことだ。

 

 約3秒程の詠唱が終わると、ルララのまわりに透明な不可視の障壁が張られた。その効果は──物理防御力と魔法防御力を向上させる──だ。

 

 続いてルララが詠唱を開始した魔法は『ストンスキン』だ。

『ストンスキン』これも白魔道士がもつアディショナルスキルだ。その効果は──対象に一定量のダメージを防ぐバリアを張る──である。

 

 ルララのまわりに、石でできた壁のようなものが張り巡らされると、しばらくして消失した。

 これで防御の準備は万端だ。

 ルララは僅かに考えると、手に持つ天球儀を空高く掲げ、天に座す星々と己の中のエーテルを結びつけた。

 

『ノクターナルセクト』

 

 占星術師がもつスキルの一つ。己のエーテルを星々の力を借りて強化し、回復魔法の向上や追加効果を付与するスキルだ。

 そう回復魔法──エオルゼアにおいて占星術師はパーティーや自らを癒やし、回復させることのできる、回復職(ヒーラー)なのだ。

 

 ルララがこの状況で占星術師を選択したのには理由がある。数あるジョブの中でも、占星術師が最も生存率が高いジョブだからだ。単独で、しかも見知らぬ土地を行くのであれば、これ以上うってつけのジョブはないだろう。

 

 最後にルララは、天球儀の周囲をまわっている『カード』を『ドロー』した。

 占星術師は星座を暗示するカード『アルカナ』を駆使し、様々な奇跡を起こすことができる。

 

 彼女の引いたカードは──『世界樹の幹』──これは丁度いい。このカードは一定時間、対象の被ダメージを軽減してくれる。もし戦闘になった場合彼女の生存率を高めてくれるだろう。

 

 引き当てたカードは、すぐに使用しなければ、エーテルが枯渇し使用不能になってしまう。しかし今はまだ使用すべき場面ではない。そう判断したルララは──『キープ』を発動した。このスキルはカードに宿るエーテルを固定し保存するためのスキルだ。これを使うことによって、彼女が好きな時にカードを使うことができる。もちろん使用できるのは一度までだが。

 

 全ての準備を整えたルララは、いよいよ、はるか先にある塔に向かって歩き出した。

 空はまだ暗く、満点の星空だけが彼女を見つめていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 さて、面倒なことになった……。ルララはそう思わずにいられなかった。

 

 街──塔の下には街が広がっていた──への道中は大した危険もなく、なんなく進むことが出来たが、問題は街についてからだった。

 

 街──どうやらオラリオと言うらしい──についたルララは、早速ここがどういった場所なのか聞くことにした。

 しかし、困ったことに言葉が通じないのである。彼等の言っていることは理解することができる。しかし彼女の言葉は彼等には理解できないようなのだ。

 

 彼女が操る言語は、エオルゼア共通語で、彼女のような人間以外にも、『蛮族』や『ドラゴン族』、遠いイルサバード大陸にある『ガレマール帝国』、最近、エオルゼアに避難してきた『ドマ国』なんかでも使用する最も一般的な言語なはずだ。

 

 随分遠くに来てしまったのかもしれない……そう思ったルララは思い当たる原因を模索した。

 

『エンシェントテレポ』

 

 通常のエーテルの流れを利用した『テレポ』とは違い、『エンシェントテレポ』はエーテルの流れを利用せず、己のエーテルのみで転移する魔法だ。通常のテレポはその性質上、決まったところにしか行けないが、エンシェントテレポの行き先は自由自在だ。いかにも便利そうな魔法だが、行き先の設定すらも自身のエーテルで行わなくてはならず、それには膨大なエーテルが必要となる。

 

 発動したはいいものの、行き先がはっきりとせずエーテルの海に飲まれてそのまま帰らぬ人に──なんてこともあるのだ。事実、ルララの知り合いも、エンシェントテレポを使用し、何日もエーテルの海を彷徨い、死にかけたことがある。そのためこの魔法は禁呪とされているのだが……少なくともルララは使用していないし、そもそも習得していない。

 

 となると別の理由がある──思い当たるのは、彼女が最後にいたのが、魔大陸アジス・ラーだったというのだ。

 

 またアラグか! そう思ったルララは考えるのをやめた。かの超古代文明に関しては、突っ込むのも億劫になるほど、なんでもあり! な文明なのだ。確かにアラグならやってくれそうだ……くそぉアラグめ……滅びればいいのに……あぁもう滅んでいるか……。

 

 さて、言語問題に戻ろう。どうもあちらの言っていることはわかるが、こっちの言っていることは通じていないみたいだ。恐らくかなり遠い土地に来てしまったのが原因だと思うが、それでは彼女が理解できるのは説明がつかない……まぁ、それには思い当たる理由があった。

 

『超える力』

 

 言葉や心、時間、はたまた時空までも、ありとあらゆる『壁』を超え相手を『視る』ことのできる能力。その力を彼女は持っていた。この能力であれば、今ある現象を説明することができる。要するに『超える力』を持つ彼女は、その力のお陰で彼らの言葉が理解できるが、『超える力』を持たない彼らは、彼女の言葉が理解できないのだ。

 

 コレは困った……言葉の通じない相手にコミュニケーションをとるのは至難の業だ。『獣人族』や『蛮族』はては『ドラゴン族』なんかとも交流のあるルララだが。その大体は話が通じる相手だった。ドラゴン族なんか、こいつ直接脳内に!? って感じで話しかけてきたりもするのだ。

 

 どうしようか考えているルララに妙案が浮かんできた。ルララはほとんど使ったことのないシステム……かつて、これまた高名な魔導師と言語学者がその生涯を掛けて創りだした奇跡の一端……『定型文辞書』だ。

 

 『定型文辞書』かつてまだ、ほとんどの生物がバラバラに生活し、言語もバラバラであった時代……色々あって出来たのがこのシステムだ。詳しくは例のごとくよく知らない! 世の中そんなもんだ。

 

 使い方は実に簡単だ、伝えたい言葉を『定型文辞書』から探しだし言葉にするだけ。そうすると空気中のエーテルやら、精霊やらが、なんやかんやして、あーだ、こーだして、翻訳し相手に伝わるようにしてくれるのである。その数実に2000種類以上! 多いと思っただろうが、その殆どが日常会話で使用することのないものばかりだ。今、ルララに必要になりそうなものだと、大体100種類ぐらいだ。まぁこれだけあればなんとかなるだろう……。

 

 早速ルララは『定型文辞書』を使い、会話を試みた。

 

【はじめまして。】【こんばんは。】

 

 草木も眠るこんな時間にやってきて、訳もわからぬ言葉を話す少女に辟易していた門番は、いきなり意味の通じる言葉を話しだした少女に驚きながらも、ようやく話を進められると安堵した。

 

「おう、こんばんは! それで、お嬢ちゃん、こんな時間に一人でどうしたんだ?」

 

 深夜の休憩時にやってきた訪問者に対して、門番は面倒くさそうに聞いた。

 こんな夜更けに外からやってきて、しかも見たところ小人族(パルゥム)の少女のようだ、なにか訳ありだろう。あぁ面倒にならなきゃいいが……。

 

 少しすると目の前の少女は言った。

 

【ここに来るのは初めてです。】【どうすればいいですか?】

 

 ふむ……どうすればいいですかって、どうすればいいんだろうか? そんなの俺が知りてーよ! 見たところ変な格好しているし、とてもじゃないが商人には見えない。かといって冒険者風でもねぇし……かろうじて見えるとしたら娼婦……だが、小人族(パルゥム)の娼婦なんて需要あるのか? あぁクソッ面倒くせぇ!!

 

 そう思ったのかは定かではないが門番は満面の笑みを浮かべて「それでしたら『ギルド』の方に行ってみるといいですよ」とルララに伝えた。

 

 これはどういう事かというと、要するに門番は『ギルド』に丸投げしたのだ。この『迷宮都市オラリオ』にくる人間の目的なんてたかが知れている。きっと彼女も冒険者になりに来たのだろう。それなら『ギルド』に案内するのが人情ってものだ。じゃあ問題を起こしたらどうするのかって? 問題を起こそうにもこの『神』が跳梁跋扈するオラリオでは難しいだろう。

 だから俺の判断は全く持って正当だし、彼女が通って行くのを見送るのも大事な仕事なのだ。さぁ一仕事終えたし軽くサボッ、じゃない休憩するとしよう。門番は体が資本! 休憩は大切なのだから……。

 

 

 

 *

 

 

 

 『ギルド』への道は迷わず行くことができた。この『オラリオ』という都市は、その中央にある巨大な塔──バベルと言うらしい──を中心に放射状に道が広がっている。

 そのため一度『バベル』を目指し、中央に着いたのち、目的地を目指せば迷わず行くことができるらしい。通りがかりの親切なお姉さんに聞いた。ありがとうお姉さん! もう会うことはないだろう。

 

 『ギルド』内は、深夜だからだろうか薄暗く、一見したところ人影は1つだけだった。薄暗い室内の中で、唯一明かりに照らされているその場所には、大きくて長い事務用の机があり、そこには妙齢のエルゼン族の女性──エイナ──が静かに佇んで座っていた。

 

 ミュレーヌさんみたいだな。彼女を見てルララはそう思った。

 

 ほっそりとした身体に、尖った耳、ブラウンの髪色は、かのグリダニアの冒険者ギルドの顔役兼受付を思い起こさせる。

 彼女が座る机にはご丁寧にも『受付』という札がある。どうやら目的地は彼女で間違いないようだ。

 

 彼女がこちらに気付いたのか軽く会釈をしてくる。それにルララもお辞儀で返すとそちらに向かって歩き出した。

 

 受付の場所は、ララフェル族のことをちっとも考えていないのか、標準的な人間のサイズに合わせた作りになっていた。そばに着いたものの、ルララの身長では受付嬢の顔が見えない。ルララは『ララフェルステップ』を探したが、どうやらそれもないようだ。

 

 これはいけない、ララフェル族の人権を無視したようなこの行為は、断固として認められるものではなく、エオルゼアララフェル振興同盟は遺憾の意を表明し然るべき措置をうんたらかんたら。

 

 冗談はさて置きこうなってしまっては、まあ仕方がない。それに、こういったことは往々にしてよくあることだ。

 ララフェル族の多い、ウルダハやリムサ・ロミンサなら兎も角、クルザスなんかじゃよくある話だ。ここはベテラン冒険者らしく笑って済まそうじゃないか。ルララは、かばんの中から『ララフェルステップ』を取り出し、床に置くと、その上に乗った。こういった時の為に準備は抜かりは無い。

 

 ああそうとも、こういったことは往々にしてよくあることなんだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「──ギルドへようこそ、どういったご用件でしょうか?」

 

 僅かに顔を覗かせるルララにエイナが聞いてくる。

 ルララは、あごに手をあて少し考えると、こう質問した。

 

【ここに来るのは初めてです】【どうすればいいですか?】

 

 先ほど、門番にした質問と全く一緒だ。

 

 『定型文辞書』は便利だが万能ではない。細かいニュアンスや意図を伝えるのには不向きなシステムだ。

 パターンも少なく、日常会話で使用するには難がある。そのため会話はワンパターンになりがちだ。だから今回も同じ質問をするしかなかった。後は身ぶり手振りで伝えるしかない。

 

 どうすればいいですかって、どうすればいいのかしら?

 

 奇しくも門番と同じ様なことを思ったエイナ。だが彼女はプロの受付嬢、ここからが素人──門番──とは違った。

 この『ギルド』にやってくる人間は2種類に分けられる。つまり冒険者か、冒険者になろうとする者かだ。

 

 見たところ彼女は冒険者のようには見えない。であるならば、新しく冒険者になりにきたのだろう。こんな夜更けに非常識だが、ようやく、念願の冒険者になれると、言うことで興奮しているのだろう。ならば彼女がとるべき行動は1つだ。

 

「冒険者登録でしたら、こちらで伺っております。ご自身のお名前と『ファミリア』の名称を提示して下さい」

 

 聞き慣れない単語がでてきた。『ファミリア』とは何のことだろうか? ああ、それにしてもここは『冒険者ギルド』だったのか、みんなして『ギルド』と言うから気が付かなかった。しかし冒険者ギルドならば話が早い。こういったところには彼女に必要な情報がごまんとあるのだから。

 

 とりあえず、冒険者登録を済ましてしまおう。エオルゼアでは既に冒険者として登録されているルララだが、ここでも登録しておいて損はないだろう。問題はどうやってそれを伝えるかだが。

 

 ルララは、身ぶり手振りを駆使して伝え始めた。

 想像以上に困難だったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 ルララとエイナの会話は平行線を辿るばかりであった。

 

 まあ、それも仕方のないことだ。なんせルララは、ファミリアのファの字も知らないようなヤツなのだ。この仕事にやり甲斐と誇りを持っているエイナは、この世間知らずも甚だしいルララを冒険者として登録するのは、断固として認められなかった。

 そもそも彼女はファミリアに所属していないし、会話もなんだか同じ様なのを繰り返したり、微妙に変な言い方だったりと要領を得ない。そんなヤツはとてもじゃないが冒険者として認められない。

 

 エイナは生真面目で優秀な受付嬢だ。その誇りにかけてでも、今回の件は阻止しなればならないと思っていた。

 

 それに対して、堪ったものでないのはルララの方だ。

 

 ルララとしては『せっかくだし、興味もあるから、ちゃちゃっと登録しちゃおうかしら』なんて軽い気持ちで言ったのだ。それが、なんだか凄く大それた話になってきている。冒険者になるのってこんなにハードルの高いものだったけ? それにしても彼女の話は長い。その長さたるや、まるで彫金師ギルドで出会ったエリックのようだ。

 

 若い身空でとか、そんな小さい体でとか、その服装はなんだとか、ファミリアにも所属しないでとか──うるさい、ほっとけ。小さいのは生まれつきで、種族特性だし、この装備は由緒正しき占星術師の正装だ、それに……それに、ぼっちでなにが悪い!!

 

 言いたい、伝えたい、でも通じない。

 

 ルララはこの世知辛い世の中を呪った。まあ、諦める気はこれっぽっちも無かったが。

 そんな訳で、2人の会話はいつまで経っても終わりが見えなかった。

 結局、そんな2人を見かねた、通りすがりの冒険者が放った「そんなに言うなら一回ダンジョンに行ってみりゃいいんじゃねぇの?」という台詞が出るまで続いた。

 

 

 

 *

 

 

「では、優秀な冒険者について行ってダンジョンを探索。その際、冒険者の人には、ルララちゃんが冒険者として十分な実力があるかどうか採点してもらいます。もし合格点を貰えれば冒険者とし認める。ダメだったら諦める。これでいいかしら?」

【わかりました。】

「それから、お願いする冒険者は私の方で推薦します。問題ありますか?」

【はい。お願いします。】

 

 その件に関しては問題ない。そもそも、知り合いのいないルララにとっては逆にありがたいことだ。問題があるとすれば、エイナがわざと不合格にしようと細工することだが、どんな細工をしようとルララには合格する自信があった。まあエイナの性格上、小細工など絶対にないのだが。

 

「じゃあ決まりです」

【やったー!】

「それでは、しばらく待っていて下さい。」

【ありがとう。】

 

 結論が出たところで、ルララは受付から少し離れたところに移動した。

 

 ダンジョンに行くためにパーティーを組むには、相当な時間がかかる場合がある。ルララは空いた時間を有効利用するために、『天球儀』をアーマリーチェストにしまうと『クロスペインハンマー』を取り出した。一瞬にして装備が切り替わり『鍛冶師』となるルララ。

 

 とりあえず、もはや用済みとなった『アダマン鉱』を片付けてしまおう。

 

 『アダマン鉱』を『アダマンナゲット』に加工する作業を、ライン工のように続けながら、ルララは思考に没頭していた。

 

 オラリオでは、思っていた以上に冒険者になるのは大変なようだ。エオルゼアでは結構簡単になれたものだが、オラリオではそういう訳にもいかないらしい。

 エイナの話では、相当危険も多いようだ。エオルゼアも危険は多かったが、それ以上なのかもしれない。まあそれは実際体験してみれば判ることだ。

 それにエイナは、ルララのその見た目から、実力を過小評価しているきがする。ララフェル族に対してそういった反応は良くあることだが、それでもあまりいい気分はしない。

 

  大量にあった『アダマン鉱』の加工が終わり、いくつかの『アダマンナゲット』が出来上がる。そのうち高品質の物が3個。簡易製作でやったにしてはボチボチの結果だ。

 

 ルララは『アダマンナゲット』をかばんにしまうと時計に目を向けた。どうやら、まだ時間はあるようだ。であるならば、せっかくだしついでだ、かばんにある素材をやっつけてしまおう。

 

 ルララのかばんの中には、エオルゼアで採れる希少な素材や薬品、アイテムなどが入れられている。もちろん、これだけが彼女が持つ全てではない。彼女の持つ貴重品や装備品等そのほとんどが、彼女専属の荷物管理人『リテイナー』に預けられている。彼女が、今持っているのはそのほんの一部だ。

 

 ルララは、かばんの中から使えそうな素材を幾つか出し、さっそく作業を始める。

 ルララのところに今日のパートナーが来たのは、それらを全て処理し終えてからだった。

 

 ルララのところにやってきたのは、典型的な若いヒューラン族の女性だった。腰には剣を携えている。大きさから察するに『片手剣』だ。であるならば、彼女は『ナイト』だろうか。

 『ナイト』とは、敵を引き付けパーティーを守る『タンク』の役割(ロール)に特化したジョブのことで、パーティーに欠かせない存在だ。

 

 どうやら、エイナは思っていた以上に良い人選をしてくれたようだ。『タンク』は、現在『ヒーラー』である占星術師なルララには、欠かすことのできない存在なのだから。

 

「あなたが、エイナさんの言っていた冒険者志望の子ね。私の名前はアンナ。アンナ・シェーンよ、アンナって呼んでちょうだい。エイナさんの依頼で今日一緒にダンジョンに潜ることになったわ、よろしくね!」

 

 そう、アンナと名乗るヒューラン族の女性が声をかけてきた。

 ならば、こちらも挨拶を返さなくてはなるまい。挨拶は大事だ。初めていくところでは特に。冒険者としての最低限のマナーと言える。

 

【ここに来るのは初めてです。】【よろしくお願いします。】

 

 ルララのオラリオでの冒険はこうして始まった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ダンジョンに着いたのは正午になろうという時間であった。

 

 途中、色々と寄り道をしたような気がするが、まあ気のせいだろう。

 ルララは依頼されたクエストは断らない主義だ。例え下らないチラシ配りだとしても、それは変わらない。

 

 なんでもかんでもやっちゃうのが英雄になる秘訣だ。それに意外とこういったクエストが、巡り巡って世界を救ったりするのだ。そう、きっと、多分。

 だから彼女が行っていたのは、寄り道なんかではなく、立派な世界平和の活動だったのだ。これは寄り道とは言えない。ええ言えませんとも。

 

 しかしながら今日のパートナーは、そういった意見でないらしく。業を煮やしたのか、ルララを持ち上げると、ダンジョンへと強制連行されてしまった。全く、効率厨かな?

 

 ダンジョンは『バベル』の真下にあった。どうやら『バベル』が『ダンジョン』という訳ではないらしい。てっきり、そうだと思っていたルララであったが、地下深くへ続く大穴が、『ダンジョン』の入り口だと知ると、僅かに冷や汗をかいた。

 

『地下深く続く巨大なダンジョン』

 

 そう聞いて、冒険者が思い浮かべるのは1つだけだ。

 

『大迷宮バハムート』

 

 第七霊災の時に落ちてきた、月の衛生『ダラガブ』

 その破片が地上に突き刺さり出来たこのダンジョンは、数多くの冒険者が挑み、そして散っていった、最高難易度のダンジョンだ。数多くの凶悪なモンスターや、古代アラグ文明の防衛システム、その全てを退けて、最後にたどり着いた先には……。

 

 もちろんルララも挑み、そして辛くも踏破したが、その道のりは、筆舌にしがたいほど困難な道のりだった。ルララの脳裏に多くの思い出──トラウマ──が蘇る……。

 

 もしこのダンジョンが、それクラスの難易度を誇るダンジョンであるならば……最悪の場合、全滅する可能性がある、万全を期す必要があるだろう。

 ルララは、アンナに補助魔法の『プロテス』と『ストンスキン』をかけて、ついでに『アスペクト・ベネフィク』でバリアを張る。カードはすでに厳選したものを『キープ』してある、もちろん『ロイアルロード』済みだ。

 

 これで準備は万端。いつでもいけますタンクさん!

 

「よっし!じゃあダンジョン探索いきますよ!!」

【ここに来るのは初めてです。】【よろしくお願いします!】

 

 アンナの声がけにルララはそう答えた。

 

 胸が高鳴り、気分が高揚する。初めてのダンジョンに挑むときはいつもそうだ。一体どんな不思議や未知が待っているのか……考えただけでもワクワクする。さぁダンジョン探索の始まりだ。

 

 

 

 *

 

 

 ダンジョンに入るとそこは薄暗く、地面や壁の岩や土がむき出しになってゴツゴツしており、まるでカッパーベル鉱山のようであった。 

 ダンジョン探索はいたって順調にいっている。むしろ順調に行き過ぎているとも言える。

 

 ルララが想像しいてた、強敵や、嫌らしいトラップなんてものはなく出てくるモンスターといえば、エオルゼアでいう『スクウィレル』や『レディバグ』のような低レベルのモンスターばかりであった。

 

 当然、ルララたちがそんな相手に苦戦するはずもなく、全てアンナが一撃の元に叩きのめしていた。ルララがやったことといえば、精々が『カード』を投げたり、効果の切れた『ストンスキン』や『アスペクト・ベネフィク』をかけ直したりするくらいで、有り体に言うとかなり暇だった。

 

 そんなに暇なら、ヒーラーも攻撃に回るべきなのだが、探索前にアンナに言われた『ルララさんは手を出さないようにしてください!』という言葉に従って手を出せずにいた。タンクさんの言うことには、大人しく従うのが“プロヒ”というものだ。

 

 これが被弾の多いタンクであったら、多少忙しくなるのだろうが、アンナの回避能力が高いのか、彼女は殆ど被弾しないのだ。どうやらアンナは『ナイト』ではなく、伝え聞く回避タンクのようだ。道理で盾を持っていない訳だ。最初そんな装備で大丈夫か? って思っていましたごめんなさい。

 

 それなので、折角かけた『ストンスキン』や『アスペクト・ベネフィク』は無駄になることが多く、ルララが戦闘に貢献したのは『カード』による戦闘力の向上ぐらいだった。

 

 ルララは先程引いたカード──『オシュオンの矢』──をアンナに投げながら、閉じそうになる瞼をなんとかこじ開けて、アンナの戦闘を見守っていた。

 アンナは丁度、やせ細り青白い体色をした魔物──ゴブリン──を相手にしていた。そうゴブリンだ。ルララが知るかぎりゴブリン族はあんな姿形をしていなかったはずだ。

 

 奇妙なガスマスクを被り、全身を覆う防御服に身を固め、大きな荷物を背負い、しゃべる時にゴブゴブ言いながらしゃべる、探究心が強くて、多くの失われた技術や知識を現代に蘇らせた、技術者にして探求者……それがルララの知る『ゴブリン族』だ。まあ、もしかしたら、あのガスマスクの下にはそういった素顔が隠れているのかもしれないが、ルララとしてはあれを『ゴブリン族』とは認めたくなかった。だってコミカルさの欠片もないのだもの。

 

 ダンジョン内に出現するモンスターは、ルララも聞いたことのあるモンスターが多かったが、その殆どがルララの知るものとはかけ離れた姿形をしていた。「あれが『コボルト』です」と言われた時には、耳と目を疑ったものだ。ルララの知るコボルト族は、モグラ野郎だったが、ここじゃイヌ野郎だった。

 ルララはここに来て、ようやくエオルゼアとは、物凄くかけ離れたところにいるのだと、実感を持って認識することが出来た。

 

 果たして帰れるのだろうか……。ほんの少しルララは不安になる。

 

 エオルゼアには、まだやり残したことが多くある。残してきた仲間がいる、友達がいる、エオルゼアに蔓延る脅威は減る気配はなく増える一方だ、いずれは必ず戻らなくてはならないだろう。なにせ自分は、これでもエオルゼアの英雄だ、必ず必要とされる時が来る。

 

 ──でも、それまでは、普段の束縛から解放されて羽根を伸ばすのもいいかもしれない。

 

 英雄にも休暇は必要だ。いずれその時が来るまで、ここでのんびり過ごすとしよう。それに、もしかしたらここに自分が呼ばれたのには、何か意味があるのかもしれない。なにせそういった用件で呼ばれるのは、嫌というほど経験があるのだ。むしろ、そういった用件が無ければ呼び出されないと言い換えてもいい。だから、今回もそういった感じなのかもしれない。

 そうであるならば、今までの経験からして、問題は向こうの方からやって来るはずだ、だったら滅多にないこの機会を存分に楽しむとしよう。

 

 まあつまり何が言いたいのかというと、グッバイ週制限!! ということだ。

 

「ルララさーん、何してるんですかー? 早く行きますよ―!!」

 

 先行していたアンナが、立ち止まっていたルララを呼ぶ。

 元気に手を振るアンナは歳相応に見えて、とても微笑ましい。どうやらゴブリンはとっくに片付けたようだ。

 

 手を振るアンナに手を振り返すとルララは彼女を追いかけた。

 現在の階層は第4階層。冒険はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「そろそろ、戻ったほうがいいですかね」 

 

 そう言われたのは、第7階層で休憩している時だった。

 残念ながらルララの冒険はここで終わってしまった。たった数行前に始まったばかりなのに、もう終わってしまうとは、なんと情けない。

 

 とはいえ、当初は第5階層までだったはずの探索が、ルララの要望で第7階層まで延びたのだ。これ以上を要求するのは野暮というものだろう。それに今回が最後というわけじゃないのだ、今後追々じっくり探索すればいい。時間は、おそらく、いっぱいあるのだから。

 

「それじゃあ、そうと決まれば休憩もこれまでにして、帰りましょうか!」

【わかりました。】【お疲れ様でした!】

 

 ルララたちは休憩の後始末を終えると、帰還のため移動し始めた。

 帰還中はこれといった脅威もなく、2人共無事地上に戻ってくることが出来た。

 

 途中、ミノタウロスとかいう、本来であるならば出現しないはずのモンスターに遭遇したのは、アクシデントといえばアクシデントだったが、ルララの『ストンスキン』と『アスペクト・ベネフィク』のお陰でアンナは無傷であったし、そもそもルララにはあの程度のモンスターは全く問題なかった。

 

 ここのダンジョンの経験は少ないが、すでにルララには各モンスターの強さがなんとなく判ってきていた。これも、一種の『超える力』なのだが、まあつくづく便利な能力である。

 

 ミノタウロスは、ルララが初めて行ったダンジョン──サスタシャ鍾乳洞──で戦ったサハギン族と同じぐらいの強さだった。つまりだいたいレベル15くらいだ。

 

 ミノタウロス戦は、何回かアンナが直撃を貰って肝を冷やす場面もあったが、結局、ミノタウロスの攻撃はルララの『ストンスキン』と『アスペクト・ベネフィク』のバリアを一度も突破することは出来なかった。最終的には、アンナが気絶する事態にもなったが、これは肉体的ショックのためというより、疲労と精神的ショックの要因が大きかったのだろう。

 

 そういえば戦闘中に、アンナの武器が壊れるなんてこともあった。装備品の修理は、事前にしっかりやっておかないと、こういった事態になってしまうので注意が必要だ。今回の件は、調子にのってモンスターを狩りすぎたのが原因だろう。

 その責任の一端はルララにもあるので、修理してあげるのも良いかもしれない。昔だったらいざ知らず、現在エオルゼアでは他人の装備の修理は違法だが、ここはエオルゼアではないので問題ないだろう。

 

 ルララは気絶したアンナを、自らのかばんにしまう。このかばんもつくづく便利な代物だ。明確な意識がなければ、生物でさえもしまうことが出来てしまうのだ。なんでも物質をエーテル体として保存して、しまっておけるとかなんとか。

 

 小柄なルララに、気絶したアンナをそのまま地上まで運ぶのは出来なくも無いが結構骨が折れる。でも、かばんにしまってしまえば、重さも無いに等しくなるのでこれなら楽ちんだ。

 地上までは全く問題なく帰還することができた。初めてのダンジョン探索にしては上出来だったといえるだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 気絶したアンナを起こし、壊れた武器を修理し終えた頃には、あたりはもう黄昏時になっていた。

 

 その後『ギルド』に行き、魔石の換金を済ますと、エイナに捕まり小一時間説教を受けることになった。

 こうなるのが嫌だったから『こっそり換金して報告は後日にしましょう』というアンナの提案に乗ったのだが、あいにくアンナは天性の囮役(タンク)だったらしい。見事に敵──エイナ──の敵視(ヘイト)を集めると、彼女もろともルララも連行されてしまった。

 

 エイナとアンナの会話は結構長く続いた。あいにくルララは会話の内容は理解できるが返答できないし、そもそもルララ自体口数は少ないため、退屈な時間であった。次第にうとうと居眠りを始めるルララ。目的がある限り不眠不休で活動し続けられる彼女だが、退屈な時間には眠たくもなるのだ。

 

 ようやく話が終わり『ギルド』を出た頃には、もうすっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。

 

「今日は、色々ありましたね……」

 

 確かに色々あった。エオルゼアから単身見知らぬ土地に来た時はどうしようかと思ったが、意外となんとかなるものだ。

 アンナと少しの会話し、ルララは別れの挨拶をして歩き出した。

 

 別れ際にアンナのファミリアへの加入を誘われたが、ルララは丁重に断った。元々ルララはどのファミリアにも所属するつもりがない。それはいずれ必ずエオルゼアに帰るからであるし、それにルララにはファミリアという組織自体に懐疑的であった。

 『ファミリア』。神々が恩恵と引き換えに組織するもの。ファミリアに属している者はその恩恵により力を得て、代わりに神々にその信仰を捧げる。

 

 それは、それは、まるで『蛮神』と『テンパード』ではないか。

 

 エオルゼアに幾度と無く召喚される『蛮神』は、存在し続ける限り星の生命を喰らい続ける。『蛮神』はエーテルと召喚者の祈りの力の量によって強さが決まり、そのため祝福と称してあらゆる生物を洗脳し、自らの『テンパード』とする。『テンパード』となったものは、狂おしいほどの信仰心に侵され『蛮神』を盲信するようになる。中には特別な能力を授かるモノもいる。

 

 そして『テンパード』になったモノを元に戻す方法は存在しない。

 

 ルララには、オラリオの『神』と『人』との関係が、『蛮神』と『テンパード』の関係と似ているような気がしてならなかった。もちろん今日一日一緒に過ごしたアンナにおかしいところは見当たらなかったから、全く一緒ということではないのだろうが、だからといって、得体の知れない組織に身を置く気にはなれなかった。

 

「……やっぱりそうです、よね……残念です」

 

 アンナの気落ちした顔を見ると、少し申し訳ない気になるが、ルララの気は変わることはなかった。

 アンナと完全に別れるとルララはオラリオの街を独り歩いていた。人通りは少なく明かりもまばらだ。

 

 さて、またこれからダンジョンにでも行こうかな? それとも街中を探索しようか? やりたいことが色々あって楽しみだ……そう考えながらルララは暗い夜の中へと消えていった。

 

 冒険者は眠らない、夜はまだ始まったばかりなのだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2章
リチャード・パテルの場合 1


リチャード・パテル ガネーシャ・ファミリア所属の冒険者。




 くたびれた服に身を包み、碌に手入れもしていないボサボサの髪と無精髭をした男──リチャード・パテル──は、朝から今の時間まで、オラリオ中を駆け巡っていた。

 目的は、とある冒険者を見つけるためだ。

 

 件の冒険者は、神出鬼没で一定の場所に留まらない。そう噂には聞いていたが、こうも見つからないとなると、途方に暮れてくる。困っている人の前に突然現れ、どんな依頼でも受け解決するという噂通りの冒険者なら、そろそろ自分の前に現れてもいいはずだ。なにせ今、彼はもの凄く困っているのだから。

 

 そもそもの始まりは、リチャードが所属するファミリア「ガネーシャ・ファミリア」で、いつもどおり暇を弄んでいた時だった。もう直ぐ四十になろうかというリチャードはやる気もなく、毎日を惰性で過ごす、言ってしまえばダメ男であった。当然、そんな彼のことを、団員たちは快く思っておらず、今日もリチャードはファミリアの隅っこに追いやられ、肩身の狭い思いをしていた。

 

 昔はこんなんじゃなかった。

 

 今ではこんなダメ男も、かつてはファミリアの主要メンバーの一員で、バリバリの冒険者だったのだ。それが今ではすっかり落ちぶれ、ただただひたすら惰眠を貪るばかりだ。そんな現状を打破しようと試みたこともあったが、結果はお察しのとおりで、結局、落ちこぼれは落ちこぼれのままだ、という訳だ。

 

 今となってはファミリア内でも彼に声を掛ける者はいない。腫れ物の様に扱われるのにも既に慣れ、リチャードは今日も目的もなくダラダラと過ごしていた。

 そんな彼に声をかける者がいた。

 

「こんな良き日にどうしたのだ、リチャード!?」

「……ガネーシャさま?」

「そう、俺がガネーシャだ!!」

「えぇ知っていますよ……それで何かご用でしょうか?」

「うむ、聞いてくれリチャード。知っているとは思うが、もう直ぐ我がファミリア一大イベント、年に一度の『怪物祭』の時期が迫ってきている」

 

 それは、ファミリアの穀潰し、リチャードだって知っていることだ。

 

『怪物祭』

 

 それは、ガネーシャ・ファミリアとギルドが協同で主催する、モンスター調教祭のことだ。

 ダンジョンから捕えたモンスターを観客の前で調教し、従わせるこの祭りは、大いなる脅威であるモンスターの屈服する姿を見られるということで、非常に人気がある。まさにファミリアの威信をかけた一大イベントであるといえる。

 

 しかし、そんな事リチャードには関係の無いことだ。モンスターを捕らえるのも、調教するのも、ファミリアの優秀な団員が行うことだ。リチャードに回ってくる仕事なんて、精々が雑用か、清掃ぐらいなもんだ。むしろそれすらも回ってくるかあやしい。

 

「……で、それがどうしたんですか?」

 

 リチャードは興味なさげにガネーシャに聞いた。無礼かと思ったが、それを気にする主神ではない。

 

「それでだな、今回のメインイベントとなるモンスターの調教を、他でもないお前にやってもらおうと思ってな!!」

「……は?」

 

 え!? 何言っているのだ、この神は? そうリチャードは唖然として思った。

 

「えっと、すみませんガネーシャさま、聞き間違いでしょうか? 私に今回のメインを担当しろ、と言われたような気がするんですが……」

「ああ、そのとおりだ!! 最近では少々腑抜けていたようだが、なに、お前ならば心配あるまい!! 見事、責務を果たしてみせよ!」

 

 いやいや、心配だらけだろ! なんだいきなり意味わからんぞ!! そう心の中で叫ぶリチャード。

 

「いや、ちょっとガネーシャさま! 私なんかにそんな重大なことを任せたら、大変なことになります! 考えなおしてくだい!」

「いいや、もうこれは決定事項だ! 心配するな団員には俺の方から話しておこう。それにかつて『勇猛』と呼ばれたお前なら問題あるまい!! ハハハ!」

 

 ああ、主神の象の仮面が眩しい。その仮面に拳をぶち込んでやりたい……。不躾ながらもそう思考する。

 

「ではガネーシャ、野暮用があるのでこれで!」

 

 決めポーズを決め去っていく脳天気な主神。

 その姿を、間抜け面で見送るしかできないリチャード。

 

「ああ! 因みにモンスターの選定の期日は6日後だ! 心してかかるといい! 期待しているぞ!!」

「ちょ! ふざけんな! そんなん無理に決まってるだろ!」

 

 振り向きざまにそう言ったガネーシャに抗議の声をあげるが、時既に遅し、ガネーシャの姿はもうなかった。

 

「ど、どうしろって言うんだよ……」

 

 誰もいないファミリアの中で、彼の言葉が虚しく響いた。当然の如く答える者は誰もいなかった。

 

 

 

 *

 

 

 『怪物祭』のメインイベントを務めることは、団員の憧れであり目標だ。そのため毎年選ばれた者には、最大の名誉と名声、そして責任が与えられる。ファミリアの伝統として、その年ファミリアに最も貢献した者が選ばれることになっているはずだが、今年はまさかの、最もファミリアに貢献していないヤツ筆頭のリチャードが選ばれることになってしまった。

 

 当然団員たちからの反発はとんでもなかったが、ガネーシャの「これは決定事項だ!」という言葉には、みな黙るしかなかった。

 

 これに居心地を悪くしたのは他でもないリチャードだ。

 やりたくもない仕事を任され、それが誰もやりたがらないような仕事だったら、まあ、まだましだったが、今回のは誰もが羨む仕事だ。それ故に、リチャードに対するプレッシャーは半端がなかった。

 

 なにせ、『怪物祭』はファミリア全体の威信が懸かった祭りだ。失敗は許されないし、ましてやメインイベントとなると普通のモンスターでは許されないだろう。どの観客も度肝を抜かれるくらいの調教を見せなくてはならない。それがメインイベンターの務めだ。

 

 そして、ここからが最もでかい問題なのだが、ファミリアの伝統として『怪物祭』のメインイベントを務める者は、モンスターの選定、捕獲、調教までの全行程を、全て一人で行わなければならないのだ。

 これは、殆どの団員が運営側に回る『怪物祭』で、唯一の楽しみとして残すためにある伝統だが、ファミリアの最優秀賞とも言えるメインイベント担当を勝ち取るほど優秀な団員ならいざ知らず、最劣等賞でも取れそうなリチャードにはどだい無理な話であった。

 

 そんなこと不可能だ! だが……。

 

 普段のリチャードであれば逃げ出し、諦め、投げ出していたところだったが、今回は彼だけでなくファミリアの威信も掛かっている。どんなに落ちぶれ、やる気を無くしても、ファミリアへの恩義を忘れたことはない。彼一人だけが被害を受けるなら幾らでも歓迎するが、ファミリアの名声が傷つくのは認められない。

 

 だから……。

 

 出来る限りのことはしよう。精一杯やって駄目だったら誠心誠意謝ろう。

 それにこれは、落ちぶれた男に差し出された、最後のチャンスなのかもしれない。彼の主神は何も考えていなさそうで、いつも団員の事を考えている神様だ。そんな主神だからこそ、こんな無茶な決定も通ったのだろう。

 

 ならばその期待に応えるのが漢ってもんだろう!

 そうリチャードは己を奮起させると、意気揚々決意を決めてファミリアを出て行った。

 そうさ! 俺はやれば出来る子のはずだ!

 

 

 

 *

 

 

 

 やっぱり駄目でした。

 

 引きこもりがいくら決意しても、所詮は引きこもりであるように、ニートがいくら仕事を探しても、所詮ニートのように、いくら奮起しても、所詮ダメ男はダメ男であった。

 

 決意を固めてからはや5日。つまり約束の期限まであと1日と迫る日まで、リチャードはなにも出来ず、だた無駄に時間を浪費するばかりであった。 

 リチャードがやるべき事は、ダンジョンに潜りモンスターを捕まえてくる。簡単に言ってしまえばこれだけのことなのだが、これがなかなかに困難であった。

 

 ダンジョンは基本ソロで潜るところではない。

 

 勿論それはリチャードも例外ではなく、まず彼が手につけたのはダンジョンに潜ってくれる仲間を探すことだった。

 しかし今回のリチャードの目的はモンスターの生け捕りである。生け捕りはモンスターを倒すことよりも難易度が高く、またステイタスの向上の見込みも極端に少なくなるため、冒険者としては全く旨味のないクエストになるのだ。こういった場合、クエストの報酬を高くすることによって旨味をだすのが常套手段だが、ダメ男の懐事情などお察しください、といった感じだ。

 

 それも駄目なら残るは人望しかないのだが。まあ何年も穀潰しをやっているやつに人望があるはずもなく、結局、リチャードに出来た事はオラリオ中を右往左往することだけであった。

 

(ハハハ、まさかこんなにも落ちぶれていたとは……)

 

 心のどこかでまだ『俺はやれるんだ』と思っていたリチャードだったが、この5日間で現実を見事に突き付けられた。

 

 思えばガネーシャ様の行動は、そんな自分に現実を認めさせるためだったのかもしれないな。そんなネガティブな思考さえも浮かんできてしまう。

 穀潰しで、ファミリアのお荷物だったリチャードにこんな重大な責務を与えるなんて、本来ならありえないことだ。

 

 もし理由があるとすれば、リチャードに現実を認めさせ、そして──。

 

「──脱退、か」

 

 主神からの遠回しの最後通告。現実を受け入れ自ら脱退を申し出させる。あえて本当のことを言わない優しさ。

 肉体的にも精神的にも疲労していたリチャードには、それが真実のように思えた。

 

(そんなんだったら、こんな回りくどいことなんかしないで、ストレートに言って下さいよ。すげぇ惨めになるじゃないですか)

 

 思考が落ち込んでいくのをひしひしと感じる、遂には座り込んでしまう。

 なんと情けない……。自笑しながらリチャードはそんな事を思っていた。

 

「あの、もしかして何かお困りですか?」

「……!!」

 

 そんなリチャードにさえも、手を差し伸べてくれる天使……いや女神はいた!

 さすがは、神々が住まう土地オラリオだ! 捨てる神あれば拾う神ありだ!! おお神よ、あなたは我を見捨ててはなかったのですね。

 

 リチャードは顔上げ、救いの女神の顔を見た。まだ少女の面影を残す、赤毛の女性がそこにはいた。女神の名はアンナ・シェーンといった。

 

 

 

 *

 

 

 

 救いの手を差し伸べられたリチャードは、恥も外聞もなく藁をも掴む思いで、アンナに全てを話した。

 

 いい歳したおっさんが少女に縋る姿は、それはもう見るに堪えないものであったが、そんなことをリチャードが気にしている余裕はなかった。アンナに関しても、最近色々とあったため、そんな細かいことはあまり気にしなかった様だ。まあつまりどちらにも問題はないということだ。

 

「──つまり今度の『怪物祭』で使うモンスターの捕獲のために、パーティーを募集しているんですね。凄い重要じゃないですか!」

「ああ、まじでやばいんだ……だが、そんな酔狂な依頼を受けてくれる冒険者なんているわけもなく、途方に暮れてたってわけだ」

「確かに、モンスターの捕獲は旨味がないですからね。報酬に色をつけるのはどうなんですか?」

「それなんだが、俺の手持ちのヴァリスはこれっぽっちしかなくてな……虚しいぜ、ハハハ」

「そ、それは……そのご愁傷様です」

 

 アンナは見せられたリチャードの財布をみると、そう呟いた。

 彼の財布の中身は、すっからかんヴァリスのヴァの字もない。

 沈んでいく雰囲気にアンナは慌てて提案する。

 

「じ、じゃあこれからクエストをこなして、その報酬で依頼料を払うとかどうですか?」

「それが期限は明日までなんよ……」

「……」

「……」

 

 痛い沈黙が流れる。

 

「そ、それじゃあ私はこれで!」

「ちょっ! 待ってくれ!! もう君だけが頼りなんだ! 見捨てないでくれ!!」

 

 流石に無理難題だったのかさっさと逃げ出そうとするアンナに、リチャードは縋り付く。全くどっちが歳上なのかわかったものじゃない。

 

「だ、だって、それってつまり、無報酬で、難易度の高いモンスターの捕獲を、それも明日までに、捕獲しろってことですよ? 無茶苦茶じゃないですか!」

「その無茶を承知で頼んでいるんだ! 君が無理なら、他の人でもいい! 誰か依頼を受けてくれそうな知り合いはいないか!? 頼む、助けてくれ!!」

「そんな酔狂な人いるわけ……な……い……」

 

 段々と尻窄みになるアンナの言葉に、リチャードは目聡く察する。

 

「誰か心当たりがあるんだな!? 頼む、教えてくれ!!」

「え、ええ、実は一人だけ心当たりが……最近知り合ったばかりの人なのですが、その人だったらもしかしたら引き受けてくれるかもしれません。ただ……」

「ただ? なんだ? 何か問題でもあるのか?? このさい本当に誰でもいいんだ!!」

「い、いや……その、その人、かなり変わった人でして……それに見つかるかどうか……」

「もう、変人でも変態でも犯罪者でも何でもいいんだ、ただ依頼を受けてくれるならそれで! そいつの事を教えてくれ!!」

「わ、わかりました! わかりましたから、ちょっと離してもらえますか!?」

 

 すっかり興奮しアンナに縋っていたリチャードは、アンナの一言で少し冷静になる。

 

「あ、ああ、すまない……これでいいか?」

「ええ、ありがとうございます」

「──それで、教えてくれ……その冒険者の名前を」

 

 リチャードはアンナから離れるとそう聞いた。

 

「……わかりました、教えます」

 

 血走った目でアンナに問うリチャードに、少し引きつりながらアンナは言った。

 

「その冒険者の名前は──」

 

 アンナは一度深呼吸をするとその名を伝えた。

 

「──ルララ・ルラといいます」

 

 

 

 *

 

 

 

 ルララ・ルラ。

 

 最近オラリオにやってきた、白髪で赤い目をした小人族の冒険者。

 ありとあらゆる依頼を受け、そして瞬く間に解決する冒険者。

 神出鬼没で、ふらっと現れては煙の様に消える、まるで妖精のような子。

 

 特に依頼を選ぶ様子もなく、聞いた話じゃ鍋の蓋の修理だとか、チラシ配りなんかも請け負ってくれるそうだ。それもタダ同然の報酬でも請け負ってくれるらしい。

 それに、これが一番重要なのだが、彼女はかなり腕の立つ冒険者の様だ。これに関しては、実際一緒にダンジョンに潜ったアンナの証言だ、信憑性は高いだろう。街中の依頼を受けるのは成り立ての冒険者のやることだが、どうやら彼女は例外らしい。

 

 アンナの話では出会うことができれば間違いなく依頼を受けてくれるとのことだ。まあ、問題は出会えればの話なのだが。

 そんな、都合の良すぎる話を疑わないのかと言われれば、正直怪しいものだ。そうリチャードは薄らと思っていた。自分から逃れるための、体のいい嘘であると考えた方が納得がいく。

 

 それでも、リチャードにはもはやこのいるかも疑わしい冒険者を最後の希望の灯火にして、オラリオ中を駆け巡るしかなかった。彼に残された最後の手段はそれしかなかったのだ。

 

 走る、走る、走る、あの夕日に向かって一心不乱に。疑念や疑問を振り払うかのように無心に走る。ただひたすら走る。もはや何故走っているのかわからなくなりはじめる。なぜ俺は走っているのだろうという疑問が浮かび上がってくるが、それでも走る、がむしゃらに、力の限り、最後まで。

 

 そうこうしている内に、遂にリチャードに限界が訪れた。もう脚がいうことをきかず、一歩も歩けなくなる。ついにはその場にへたり込んでしまうリチャード。

 ああやっぱり駄目だったか。息も絶え絶えといった状態でリチャードは思った。

 

 不思議と気分は晴れやかだった。限界まで走り続けたリチャードは正真正銘全力で努力したのだ。それでも駄目だったのだから、大人しくこの結果を受け入れよう。

 そう考えるとリチャードはその場に寝転んだ。空には大きな月ときらめく星々がいる。あれに比べればリチャードの存在はまるで豆粒だった。

 

(そうさ、こんな豆粒みたいな俺の悩みなんて、豆粒みたいに小さなものさ。ファミリアからは追放されるかもしれないが、なに死ぬわけじゃない。生きていれば、生きていける!)

 

 少々酸欠気味のリチャードは、そんな意味不明なことを思った。

 そうと決まればファミリアに帰ろう。帰って謝ろう。情けないが、それは仕方ない。これまで積み重ねてきた結果がこれなのだ。さぼりにさぼっていたリチャードには全く持って正しい結果だといえる。

 

 それにしても、走り続けて火照った体には、地面の冷たさが気持ちよく感じる。もう暫くこうしていようか……。

 そんなリチャードの耳に、のこのこと言った感じの足音が聴こえてくる。

 

(ああ、こんな往来で寝転んでいたら邪魔になるな、申し訳ない、今立ちますよ! っと)

 

 そうしてリチャードは立ち上がると、なんとなしに通り過ぎる人物を見た。

 その人物は、白髪で、赤い目をした、小人族(パルゥム)の……。

 

「……いっ……いたぁあああああああああああ!!」

 

 リチャードの絶叫がオラリオ中に響いた。神はまだまだリチャードを見捨ててはいなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 



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リチャード・パテルの場合 2

 ガネーシャ・ファミリアの本拠地である『アイ・アム・ガネーシャ』では、今現在、本日行われる『神の宴』の準備のため、団員たちが忙しく働いていた。ガネーシャ・ファミリアの敷地内は非常に広く、周囲は白い塀に囲まれ、その中央には巨大な──主神をモチーフにした──像が堂々と鎮座している。その猛々しい姿は、まるでガネーシャの威容を称えているかのようであった。

 

 本日の宴は、何を隠そうこの巨神像の中で行われる事になっている。というか、この自己顕示欲全開の建物が、彼らガネーシャ・ファミリアの本部だったりする。このあまりにもあんまりな本部は、団員たちの趣味……なわけがあるはずもなく、主神であるガネーシャの独断と偏見によって建てられたものだ。

 

 当然の如く、団員たちに物凄く不評だったのは言うまでもないだろう。特に女性団員からの反対は非常に多かった。何せこの建物、出入り口があろうことか神像の“股間部”にあるのだ。その事実は男性団員でも抵抗があるのに、女性団員にとっては想像するだけでも身の毛もよだつおぞましいことであった。「私、毎日、主神の股間部から出入りしているんです」なんて迂闊にも言った日には、あらぬ誤解を招き、変態のレッテルを貼られることは間違いないだろう。そんな事はうら若き乙女たちにとって享受し難いことであった。もちろん、うら若くない乙女だってそんなのは真っ平ご免だった。

 

 それなので、この企画が立ち上がった当初からファミリアの内外からかなりの反対運動があったのだが、結果は見ての通り、ガネーシャの意見を全面採用する形で決着がついている。つまり、何が言いたいかというと、このファミリアにおいてガネーシャの意見というものは、余程のことが無い限り通ってしまう強力な発言力を持っているということだ。それは今回の件に関しても、同じように適用された。もちろんそれは、リチャードの件の事だ。

 

 今日でリチャードがファミリアを出て5日になる。その間、リチャードからの連絡は一切ない。それどころか、まだ一度もファミリアに帰還していないらしい。あのサボり魔の男が、こんなにもファミリアを留守にするなんてこれまでにはなかったことだ。ホームに帰ってくる暇すら無いほど、頑張っているのかもしれない。

 

 そう考えると、ようやく改心したのかと感嘆に値するが、もしかしたらそうじゃなくて、どこかで野垂れ死んでいるか、はたまた、逃げ出しているのかもしれない。可能性としては、後者の方が高そうであった。そして、これが大事なことなのだが、約束の期日まではあと1日と迫っている。いい加減、そろそろ間に合わなかった時のために、動き出さなくてはならないだろう。いくら主神の意見とはいえ、こればっかりは仕方がない。年に一度の祭典を、こんな形で失敗に終わらせる訳にはいかないのだ。そう考えながら、ガネーシャ・ファミリアの団長は自らの主神に目を向けた。

 

 そこには、上半身裸で、仁王立ちになりながら、腕を組み、自らを模した像を眺めながら、アホみたいに笑っている“変神”がいた。その様子からは危機感は感じられない。全く、呑気なものである。人の気も知らないで……。

 

 物凄く心配だ……その様子を見て団長は、逆に危機感を感じずにはいられなかった。ふと団長の口から「本当に大丈夫なのでしょうか……」と、そんな言葉が漏れた。そうすると、その言葉を耳聡く聴きとったガネーシャが、こちらに振り向き言う。

 

「なに、心配することはない。リチャードならやってくれるさ! 俺を信じろ!!」

 

 まさか聞かれるとは思っていなかった団長は、少々驚きながらも「……それはわかっていますし、信じてもいます。ですが……やはり心配です」と言った。

 

 そして更に続けて進言する。

 

「確かにリチャードの奴は、昔は優秀でした。でも“あの件”以降腑抜けてしまっています。それにブランクもあります。やはり、メインを張るには些か責任が重すぎるのではないでしょうか? 復帰させるにしても、まずは簡単な仕事を任せて徐々に、という形をとった方が良いのでないでしょうか?」

 

 団長の意見は至極真っ当な意見だった。誰がどう見てもリチャードにメインを張る能力はない。それは主神であるガネーシャが一番理解している筈である。

 

「確かに、“今の”リチャードには荷が重いかもしれない……」

 

 呆気無くガネーシャはそれを認める。

 

「でしたら!!」

 

 即刻取り消して下さい! そう言おうとした団長の言葉は、続くガネーシャの言葉に遮られた。

 

「まあ聞け。それは、“今の”リチャードにとってはということだ。今の奴にとっては不可能なことかもしれんが、いい加減リチャードには、“新たな”リチャードになってもらわんと困るのだ。そのための経験値は十分溜まっているはずだ。あとは切掛けのみ……そう! これは“新生”リチャード誕生のための、神が与えし試練なのだ!!」

 

 ガハハハと笑い声を上げる主神に、団長は頭が痛くなる思いであった。

 

「ガネーシャ様。私が言いたいのはそうでは、そうではないのです」

「ん? どういうことだ?」

「確かに、今回の件はリチャードをレベルアップするのに十分な切掛けを与えてくれるかもしれません」

「その通りだ。この試練を乗り越えれば、必ずやリチャードは新生しLv.4になることだろう。やったな、リチャード! 良いこと尽くめではないか!」

「で・す・が!! それは生きて帰ってこれたらの話です。知っていますか? メインイベンターはファミリアの伝統で、団員の力を借りず、単独で作業を完了しなくてはならないのです。つまり、一人でダンジョンに潜り、モンスターを捕獲しなくてはならないのですよ? それは、普段よりも危険性がかなり高くなるということです。知っていますよね?」

 

 そんなことは、子供でも知っていることだ。ましてや神であるガネーシャならば尚の事だ。

 

「もちろん知っているし、理解している! そもそもその伝統を作ったのは、何を隠そう、この俺、ガネーシャだからな!!」

 

 そう、この伝統を作り上げたのは、他ならぬガネーシャなのだ。いくら何千年と生きているガネーシャといえども、自分で作り上げた伝統を忘れるほどボケちゃいないはずだ。

 団長はガネーシャの返答にため息を吐きながら言った。ああ幸せが一つ逃げていく……。

 

「はぁ、だからこそ、メインイベンターは、最も優秀な団員に任されています。復帰明けで、しかもブランクの長い、リチャードならば危険性はより一層高くなります」

「うむ、だが男児たるもの危険を恐れていては、成長は望めない。自ら危険の中に飛び込んでいってこそ、ガネーシャ男児というものだ!!」

 

 ガネーシャ男児? なんだそれは? もういい加減真面目に話してくださいよ! 目頭を押さえながら団長は憎々しく思った。

 団長はもうこれ以上、自身の忍耐力の限界を確かめる気にはならなかった。言い方を変えれば、堪忍袋の尾が切れたとも言う。だからずばり言うことにした。

 

「……ガネーシャさま」

「なんだ?? 我がファミリアの団長よ!!」

「私には、そこまでしてリチャードをレベルアップさせるメリットが見つけられません。確かに私達のファミリアは、Lv.6は私のみですが、Lv.5に関しては、全ファミリア内で最大数を誇っています。Lv.4に関しても同様です。今更無理してLv.4の冒険者を増やしても、意味があるとは私には思えません。現段階でも十分な勢力を、確保できていると考えます」

 

 団長は一呼吸でここまで言うと、一度深呼吸して再び続けた。

 

「それなのに、あなたは! 私たちには碌に説明もぜず! 勝手に事を進めて!! 私がどれほど団員の説得に苦労したか、わかっているんですか!? それで理由を聞いても『信じている』だの『あいつなら出来る』だの根拠も無しに適当なことを言って、具体的な理由を示して下さらない! いつも! いつもそうです! 私たちを振り回すだけ振り回して、あとは放置って、何様なんですか? 神様ですか!?」

 

 はい、神様です。そんなことを口走った日には、ガネーシャの未来はないだろう。

 

 どうやら団長は、このところストレスを溜めすぎていたようだ。その主だった原因である神が言うのも何だが、彼女はこういった事を溜め込みやすい性格をしており、一度爆発すると手がつけられなくなる。そしてたった今爆発したといったところだ。

 

 普段の彼女は優秀でリーダーシップ溢れる知的な女性であるが、こうなったら、もはや怒り狂う猛牛や吹き荒れる嵐と変わらない。ガネーシャにできることは、ただ静かに通りすぎるのを待つだけであった。

 

 ああ、げに悲しきはフリーダムな神を持った団長のストレスだ。上からも下からも無理難題をいわれ、板挟みになった団長のストレスは想像を絶する物なのだろう。彼女の頭皮の平和のためにも速やかな業務改善が望まれる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」と言いたいことを言い終えた団長が、肩で息をしながらガネーシャを睨みつけた。色々と言いたい放題言った気がするが、とてもじゃないがここには書けない内容なので申し訳ないがそれはカットである。

 

 団長のガネーシャを睨みつけるその瞳からは『さあ、次はお前の番だ! キリキリと話してもらおうか?』という意志がひしひしと伝わってくる。

 遂にガネーシャは観念して語り始めた、それも彼にしては珍しくひどく真面目な声色で。

 

「……ファミリアの勢力拡大のためではなく、リチャード個人のため……と言っても納得はいかなそうか?」

 

 いつもと雰囲気がかわった主神に、少したじろいだ団長は冷静にこう返した。

 

「……はい。リチャードは、現状の打破は望んでいたかもしれませんが、レベルアップすることを、望んでいたようには思えません。それに、ただリチャードのためというには、少しやりすぎに思えます。いくら主神といえども、ファミリア挙げての祭典を私物化するのはどうかと思います」

「……ふむ、確かにお前の言うとおり、俺の行動はやりすぎているかもしれん」

 

 珍しく、主神が自分の非を認めた。そしてガネーシャは続ける。

 

「だが……その、なんだ……説明しづらいのだが、最近、()()()()がしてな」

「嫌な予感……ですか?」

「ああ、このところ、一週間前ぐらいになるか? 胸騒ぎというか、蟲の知らせというか、そういったものを感じていてな。朝起きると、どうしようもなく不安に苛まれる時があるのだ」

「オラリオに危機が迫っているということでしょうか? そういった類いの噂は耳にしていませんが」

 

 ガネーシャの話は、一見突拍子のない話のように思える。随分と心配した様子をみせる主神を安心させるため、団長は自らが持つ情報を主神に伝えた。オラリオは相も変わらず平穏無事に危険に満ちあふれている。

 

「ああ、ただ単に俺の杞憂であるならそれでいいのだ。むしろその可能性のほうが高いと俺はにらんでいる。だが俺の心の奥底の何かが、しきりに警告してくるのだ。『気をつけろ! 備えろ! 用心しろ!』とな……」

「……」

「だからこそ、多少、無茶でも戦力の強化に乗り出したというわけだ。そう言う意味では、俺の個人的な理由でファミリアを利用していると言えるな。リチャードや、団員たちには申し訳ないことをしたな。すまん」

「ええ、全くもってその通りです。せめて私には話しておいて欲しかったですよ」

「うっ……痛いところを突いてくるのな、お前」

 

 団長はガネーシャの申し訳無さそうな顔を見て、少しばかり溜飲が下がるのを感じた。いじわるするのはこれ位にしておいてあげよう。

 

「それで、ファミリア内でレベルアップの可能性が一番高い、リチャードに目をつけたというわけですか?」

「ああ、言い方は悪いがそういうことだ。無論、厳正に審査してのことだ。先ほどお前は、リチャードの奴はレベルアップする気はないと言っていたが、俺の考えは違うぞ、彼奴は変わりたがっている、ただそう見えないように振舞っているだけだ」

「そうなのでしょうか……」

 

 とてもじゃないがそうは思えない団長は、疑りながらそう言った。

 

「そうさ! なにせお前たちは、我が息子、我が娘なのだ! 子のことを理解せぬ親がいるわけがないだろう!!」

「……まあ、そういうことにしておきましょう」団長は腰に手をあてながら言った。

「ああ! 万事これで全て解決だな! ハハハ!!」

「ええ、ただ、リチャードが期待に答えられるかどうかは、全くの別問題ですがね。できなかった時のこと考えているのですか?」

「……」

「それから、ギルドの方からも、再三にわたって『今年のメインイベントの内容はどうなっているのか?』という問い合わせが来ています。これ、どうされますか? 当然ガネーシャ様が責任持って対応して下さるのですよね? 当然ですよね? ガネーシャ様の()()()()理由でリチャードを推薦されたのですから」

「……」

「……」

「じゃ、じゃあガネーシャ、宴の準備があるのでこれで! さらば!!」

「あ! ちょっと!! 待ちなさい!!」

 

 目にも止まらぬ速さでいなくなったガネーシャに、団長は声を荒だてる。

 

「もう! また私に全部押し付けて! 次こそは、絶対目にもの見せてやるんだから!!」

 

 そう叫んだ頃には、ガネーシャの姿は影も形もなかった。

 

(全く、相変わらず、いなくなるのが速いのだから……それにしても『嫌な予感がする』か……)

 

 団長はガネーシャが発した言葉に、一抹の不安を覚えた。そしてその渦中の真っ只中にいるかもしれない人物のことを思った。

 

(リチャード……一体、お前は今どこで何をしているのだ?)

 

 

 

 *

 

 

 

 ガネーシャ・ファミリアの団長が、件の人物──リチャード──に思いを馳せている頃、当の本人は──。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

 またもや走っていた。ダンジョン内を、それも、猛烈な勢いで。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!! どうしてこうなった!? どうしてこうなったぁあああ!?」

 

 そしてその背後から、これまた猛烈な勢いで迫ってくるモンスターたち。その数は1匹、2匹どころの話じゃない……10、20、いやとにかく沢山だ!

 リチャードはこの絶望的ともいえる状況の中で、懸命に手足を動かしていた。こんなところでくたばってたまるか! その一心でリチャードは疲れきった体に鞭を打ち一心不乱に疾走していた。

 

 それもこれも、目の前で同じように走る冒険者──ルララのせいだ!

 

 やっとの思いでルララを見つけ出し、そして、藁をも掴む思いで、クエストの依頼をしたリチャードであるが、今では不満たらたらだった。

 クエストの依頼は拍子抜けするほど、あっさりと受けてくれた。ここまでは、まあ、前評判通りだ。だが、問題はダンジョンに着いてからだった。あらかたの準備が整ったのを認めると、ルララは、いきなり脇目もふらず走りだしたのだ。

 

 まさかの展開に、衝撃を受けたのはリチャードだ。

 

 身の丈ほどの巨大な大斧を担ぎ、赤と黒を基調にした堅牢な鎧を身に纏っているにも関わらず、開幕と同時に全力ダッシュする冒険者なんて、オラリオ中どこ探しても見つかるとは思えない。

 

 唖然としている、リチャードの前で、ルララはドンドン先に行ってしまう。いや、確かに俺は「急いでいる」とは言ったが、なにもそこまで急がなくていいじゃないか! クソォ! 待ってくれ、置いてかないでくれ!

 

 軽快に走るルララ。その後を追うリチャード。そしてそのリチャードの目の前では、目を疑うような信じられないことが起きていた。

 なんと、ルララはモンスターと出会っても全く気にせず無視しまくり、猛然と走り抜けていくのだ。いや──これはリチャードの目が確かならばだが──むしろ、モンスターの方がルララを無視しているように見える。

 

 そのまま何事も無く通り過ぎることができたのならば全く問題ないのだが、完全に無視を決め込んでいたはずのモンスターはリチャードの存在を認めると、さっきまでのスルーっぷりはどこへ行ったのか、水を得た魚のように喜々として襲い掛かってくるのだ。

 

 意を決してリチャードが対処しようとしても『それがなにか?』といった具合に完全無視で駆け抜けるルララ。これは置いていかれては堪らない、と何とか対処して追いかけてはいるが、低レベルのモンスターしか出ない上層であったならまだしも、10層あたりを超えたくらいからは流石のLv.3とはいえども対応不能になり……そして現在に至る、ということだ。

 

「おい! 嬢ちゃん! いい加減どうにかしないと俺たちこのまま喰われちまうぞ!」

 

 リチャードは、一縷の希望を籠めてルララに叫んだ。まあ、ちょっと後ろを確認した限りでは、もはや、どうにもならないほどのモンスターが存在しているわけだが……。リチャードの後方には、もう数えるのも億劫になるほどのモンスターたちが、怒涛の勢いで逃走者を追跡している。逃走者とは、知っての通りリチャードたちのことだ。まあ、正確にはリチャードだけなのだが。

 

(あ、これ死んだかも……)

 

 リチャードは、己の死を予感した。よもや、こんな上層で、志半ばで死ぬことになるとは、思ってもいなかった。

 

(ああ、碌でもない人生だったぜ……こんなんだったら、もっと、たくさん、美味いもん食って、たらふく酒を飲んで、いい女をもっと抱いておくんだった……)

 

 リチャードは、諦めて乾いた笑みを浮かべた。

 

(もう疲れたよ……パトラッシュ……)

 

 かつての名作の主人公の名台詞を呟きながらリチャードは、遂に立ち止まった。名作の主人公は儚い少年だったが、こっちは薄汚いおっさんだ。おお、リチャードよ、諦めるとは情けない。君は、どちらかというと、ネロというよりメロスの方だ。決して諦めず、最後まで、死ぬために、死ぬまで走りなさい。

 そんな幻聴が聞こえてしまうほどイッちゃってるリチャードだったが、立ち止まってしまうのはかなりの失策だ。

 

 ようやく立ち止まった逃走者に、我先にと襲いかかるモンスターたち。リチャードめがけて、モンスターたちの牙が、爪が、角が、ありとあらゆる武器が、リチャードの息の根を止めるために振り下ろされる。

 

 しかし、その全ての攻撃はリチャードに届くことはなかった……。

 

 轟音とともに振り下ろされる斧の一撃。たった一度の振り下ろし。たったそれだけで、あれだけいたモンスターたちは1匹残らず跡形もなく吹き飛んでしまった。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返るダンジョン内。聞こえてくるのは、リチャードの激しい息遣いだけであった。

 

「はぁ、はぁ……っじょ、嬢ちゃん! 頼むから、今度からはもうちょい早めにそれをやってくれ! これじゃあ命がいくらあっても……って! ちょ、ちょっと、待ってくれ! もうちょい休ましてぇえええ!!」

 

 実は言うと何だかんだいってこんなやりとりも、ここにきてもう3回目になろうとしていた。

 

「クソォオオオ!! 嬢ちゃん俺が悪かった! ちょっと悲劇の主人公振ってみたかっただけなんだ! だからちょっと待ってくれぇええ!! 置いてかないで!」

 

 そんな感じでリチャードたちのダンジョン探索は、まあ順調に進んでいた。もう間もなく中層の18階層。安全階層(セーフティーポイント)。通称『アンダーリゾート』。

 ダンジョン内にある唯一の冒険者の街──リヴィラの街──がある階層へと辿り着こうとしていた。

 

「あっ! 嬢ちゃん! 階層主! 階層主どうすんだよぉおお!!」

 

 リチャードの声が、虚しくダンジョン内を木霊した。

 

 

 

 *

 

 

 

 リチャードが懸念していた、階層主──ゴライアス──だが、その出現ポイントである『嘆きの大壁』に着いても影も形もなかった。どうやら、つい最近他のPTに討伐されたばかりのようだ。

 

「嬢ちゃん、こいつはラッキーだぜ! これならなんなく18階層にいける。いやーまさかこんなにも早く、ここまで来れるとは思ってもいなかったぜ!! もしかしたらレコードタイムじゃないか?」

 

 リチャードは興奮気味に言った。なんせ、1階層からほぼノンストップで、ここまで来たのだ。そんな話前代未聞である。どんなに精強なPTでもこんなことは不可能に思える。しかも、それをたった二人(実質一人)で成し遂げたのだ。正確な記録はリチャードも知らないが、まず間違いなく最速記録だったはずだ。少なくとも、リチャードにとってはそうであった。

 

「やっっと、着いたぜぇえええええ!!!!」

 

 また世界を縮めてしまったリチャードであったが、それでも、走っている最中は永遠とも思えるほど長い時間だった。しかし『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という諺があるように、過ぎ去ってしまってはなんてことない。リチャードはついさっきまで、死にかけていたとは思えないほど元気になり、無駄に湧いてくる達成感に思わず叫び声を上げた。

 

 そんなこんなでリチャードたちは17階層を抜け、18階層に辿り着いていた。

 安全階層(セーフティーポイント)

 モンスターの沸かない、冒険者たちの安息の地。リチャードたちの最初の目的地。18階層は、これまでの階層とは違い自然に溢れており、天井は光り輝く水晶によって埋め尽くされ、地上を照らしていた。驚くべきことに、水晶の光量は時間帯ごとに変化し、ほとんど地上と同じ環境が再現されている。今は丁度、地上の時間と同じ夜の時間だ。

 

 その中を、迷いなく突き進むリチャードたち。

 

(手慣れているな……)

 

 リチャードは、先を行くルララを見てそう思った。現在、リチャードはルララに先導され、冒険者の街『リヴィラの街』を目指しているところだ。

 

 当初の予定では、18階層に着いたら小休止したのち更に下層に進み、そこで目ぼしいモンスターを捕獲する予定であったが、予想より遥かに早くここまで来られたので、一度しっかりと休憩しようということになったのだ。まあ、正確にはリチャードがそうゴネだけなのだが……おっさんには、このまま強行軍はキツすぎるのだ。

 

 とはいえ『リヴィラの街』は詐欺か! というぐらいボッタクリ価格で、ありとあらゆるものが取引されている。宿舎で休憩、ましてや宿泊しようものならケツの毛までむしられて鼻血も出ない、なんてことになりかねない。それじゃなくても、リチャードの財布の中身は火の車なのだ。

 

 なので『ああ、これは野宿か……』そう思いかけていたリチャードだったが、ルララの『私にいい考えがある!』という自信にあふれた表情をみとめると、彼女の案を採用することにした。

 ルララ曰く、どうやらリヴィラには知り合いがいるらしい。なので、そこに泊めてもらおうということだ。

 

 リヴィラの街は高さ300Mはある断崖絶壁の上にある。その崖下には湖が広がっていた。

 リヴィラに着くと、早速ルララは街の片隅にある古ぼけた一軒家まで進んだ。そしてその家の前に置いてある“ベル”を鳴らす。

 

 チリンチリ~ン。

 

 その音が合図となっているのか、ベルが鳴ると、中から年老いたドワーフが顔を覗かせた。

 

「おやおや、ルララさま。こんな時間にご用だなんて……はて、先日もありましたかな? オッホッホッホ、相変わらず時間を選ばないお人ですな。さて、なにかご用ですかな?」

【こんばんは。】【休憩しませんか?】

「おお! 珍しく休んでいかれるのですね。でわでわ、ささ、こちらへどうぞ」

【ありがとう。】

 

 家の中に入るルララに続き、リチャードも続こうとする。だが、それは彼の足元に突き刺さった斧に阻まれる。さっきまではなかったはずなのに……何処から来たのかな?

 

「んでぇ、お前さんは何者ンだぁ? ルララさまに手ェ出そうってんなら、このダルフ様がただじゃおかねぇぞ!?」

 

 ダルフの鋭い眼光がリチャードに突き刺さる。

 

「あ……いや、俺は、嬢ちゃ……いえ、ルララさんのパーティメンバーでして……」恐る恐るリチャードは答えた。

「そ、そいつはおめぇ……」

 

 そう言うと、ダルフは俯きプルプルと震え始めた。

 

(やばい! 地雷を踏んだか!?)

 

「ガハハハハ!! それならそうと早く言ってくれ! オレはてっきりルララさまに近づく悪い虫かと思ったじゃねぇか!!」豪快に笑いながらダルフが言う。

「ご、誤解が解けたようで何よりです……」リチャードは震え声で言った。

「ああ、悪かったな! 気を悪くしないでくれ。ルララさまは、見ての通りのお方で、しかも極度のお人好しのせいか、なにかと利用しようとする輩が多くてな! こうして、変な輩に絡まれないようにしてんのさ! ま・さ・か、アンタもそういった口じゃあないよな!?」

「と、当然です! ルララさんとは正式な契約のもと、PTを組んでいます。そんな気持ち、さらさらありません!」

 

 あわよくば、無報酬でクエストを終わらせようとしていた、ダルフの言う“変な輩”筆頭のリチャードは、冷や汗をかいて戦々恐々しながらそう答えた。

 その口調は『誰だお前!?』と言われんばかりに変貌している。

 

(これは、きちんとクエスト報酬を考えないとやばいことになりそうだ……)

 

「なんにせよ、歓迎しよう! オレの名はダルフ・ウォールケン、見ての通りドワーフ族だ。ファミリアは……一応所属しているが隠居した身でね、今ではここで、ルララさまの『リテイナー』ってのをやっている。よろしくな!」そう言うと、ダルフはリチャードよりも二回りは大きい腕を差し出した。

 

 リチャードは差し出された手を握り、握手をする。

 

「えぇ、よろしくお願いします。俺の名前はリチャード、リチャード・パテル。モンスターテイマーです。今日は厄介になります」

「なに、気にすることはない。こんな地下でわざわざ訪ねてくる客人なんて、ルララさま位なもんでね、客人は大歓迎だ! 汚いとこだが、まあ入ってくれや。なぁに、遠慮することぁない。ようこそ我が家へ!」

 

 こうして、ようやくリチャードは老ドワーフの家へと入ることができた。家の中ではルララが、まるで自分の家のように大きなソファに座りすっかりと寛いでいる。

 

 ああ俺も、もうクタクタだ。お言葉に甘えて遠慮無く休ませてもらうことにしよう。リチャードはルララと同じソファにどっかっと座ると、そのまま全身を脱力した。そうすると一気に睡魔にリチャードは襲われた。今日は一日中走り回っていたのだ、当然だろう。

 

 そのままリチャードは瞼を閉じ、やってくる睡魔に身を任せた。寝るのには5秒と掛からなかった。これもレコードタイムだった。

 



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リチャード・パテルの場合 3

 リチャードは走っていた。ダンジョンの中を、必死に、無心に、我武者羅に。

 

 リチャードと一緒にダンジョンにいたのは、2人の男と1人の女だ。その顔はダンジョンの薄闇のせいか、よく見えない。リチャードたち4人は、ダンジョン内を当てもなく彷徨い歩いていた。

 やがて、ダンジョン内にあった僅かな光すらも消え、完全な漆黒がリチャードたちを包み込む。

 

 1人が言った「もう休もう」男の足には、包帯がぐるぐる巻きにされていた。

「そうね、そうしましょうか」女が同意した。

「いや、もう少し進もう」もう一人の男がそれを否定した。

「リチャード、お前はどう思う?」最初に喋った男がリチャードに聞いてくる。

「俺は──」

 

(俺は、あの時なんて答えたのだろうか……)ただひたすら、必死に走っていたのは覚えている。

 

 気が付くと、男が1人、減っていた。

 どこへ行ったのか、はぐれたのであれば、探さなくては。

 引き返そうとするリチャードに、男が声をかける。

 

「どうしたんだ?」

「1人足らない、探さなくては」リチャードは男に答えた。

「心配することはない、気にするな」男が答えた。男のバックパックにはミノタウロスの左脚部が押し込められている。

「そうよ、何も問題無いわ」女がそれに同意した。

 

 そして再び、走りだした。リチャードはミノタウロスの左脚部を見つめる。その脚は、さっきまでいた男と同じように、包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 そしてしばらくすると、今度は女の姿が見当たらなくなった。

 

「おい! 今度は──がいない! 探さないと!」リチャードは男に叫んだ。

「心配することはない、気にするな」男が答えた。バックパックにはミノタウロスの脚部とシルバーバックの右腕が押し込められている。

「気にするなって、そんなの……」リチャードの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 

 沈黙が辺りを支配する。ややあって男が走りだした。リチャードもそれに続く。リチャードはミノタウロスの左脚部と、シルバーバックの右腕を見つめていた。

 またしばらくすると、突如としてモンスターの襲撃を受けた。ワーウルフだ。

 

「クソォ! モンスターだ! 反撃するぞ!」リチャードは一緒にいたはずの男に言う。

 

 だがいくら声を掛けても、一向に返事がない。いつの間にか男もいなくなっていた。

 仕方なしにリチャードは1人で反撃する。ワーウルフは右脚部を負傷している。動きは鈍い。なんとかワーウルフを撃退したリチャード、決め手になったのは右脚部への一撃だった。

 

 ワーウルフの右脚部を、リチャードは見つめる。リチャードはそれを掴むと、バックパックに押し込んだ。バックパックにはミノタウロスの左脚部と、シルバーバックの右腕と、ワーウルフの右脚部が押し込められている。一人ぼっちになってしまったが、不思議と寂しくはなかった。

 

 リチャードは再び、漆黒の中を走り始めた。いくら走っても出口が見えない。ふと疑問が浮かんできた。

 

 バックパックに押し込められているモンスターたちはなぜ消えないのだろうか?

 

 その疑問に気付くと、突如として眩い光がリチャードを襲った。その光が収まると、リチャードの前には湖が広がっていた。その湖に映った姿を見たリチャードは、全てを理解した。

 

 そしてそこで目が覚めた。

 

 リチャードはガバッと起き上がり、激しく鼓動する心臓と荒い息を落ち着かせながら、辺りを見渡した。窓から差し込む薄光が、今が早朝であることを教えてくれる。どうやら、あれから今の今まで寝ていたらしい。それにしても──。

 

「……夢か」

 

 嫌な、嫌な夢だった。あの時の事を思い出す……。

 しばらく呼吸を整えていると、ダルフが部屋に入ってきた。

 

「ああ、起きたかリチャード、よく眠れたかね? その様子じゃ、そうでもなかったようだが……」

 

 そう言うと、ダルフは手に持っていたカップをリチャードに渡す。中身は温かいハーブティーだ。

 

「えぇ、少し昔のことを夢に見まして……ありがとうございます」

 

 リチャードはハーブティーを受け取ると、口に含んだ。ほのかなハーブの香りと、温かい味わいがリチャードを包み込む。悪かった気分が解れていく。そういえば、いつの間にかベッドに移動していたようだ。リチャードの記憶では、ソファで眠りについたはずだったが……。

 

「ベッドに運んでくれたのは、ダルフさんですか? ありがとうございます」

「いや、運んだのはオレじゃなくて、ルララさまの方だ。礼ならルララさまに言ってくれ」

 

 それは意外だ、見た目によらず力持ちなのかもしれない。そういえば、バカでかい斧を持っていても、疲れ知らずで走っていたな。

 

「んじゃあ、オレは朝食の準備があるから、用意ができたら来ると良い」

 

 そう言うとダルフは、部屋から出て行った。

 リチャードは一度大きく伸びをすると、全身の調子を調べる。

 全身、至るところが悲鳴を上げている。特に下半身が酷い。少しでも動かそうものなら、鋭い痛みがリチャードを襲う。いわゆる筋肉痛ってやつだ。

 

「いつつつつ! なんつー筋肉痛だ……ああ、何もしたくない!」

 

 とはいえ、このまま寝転んで何もしないわけにはいかない。仕事の期限は今日までだ。何としてでもやり遂げなくてはならない。気力を振り絞って、リチャードはベッドから立ち上がると、部屋を出た。

 

 家の奥からは、ほのかにパンのいい香りが漂ってくる。そういえば昨日は何も食べずに、寝てしまったな。それを思い出すと、リチャードの腹は空腹を訴えてきた。

 匂いに誘われ台所にたどり着くと、そこでは、ルララが忙しそうに調理をしていた。

 

 白と赤を基調としたエプロンに身を包み、大きな白いコック帽子を被ったルララは、物凄い勢いで料理を作り上げている。その隣ではダルフが出来上がった料理を小分けにしている。

 

「おお! リチャード来たか、ちょっとこっちに来て手伝ってくれ」

「なにをしているんです?」リチャードは2人に近づきながら聞いた。

「なに、さっき言っただろう? 朝食の準備だ」ダルフは手を休ませずにそう言った。

「そ、それにしては量が多い気が……」

 

 リチャードの目には、三人が食べるには量が多すぎるように見えた。まあ、もしかしたら、この二人はとんでもない大食漢なのかもしれないが。

 

「そいつは当然だ! なんせこれはオレたちの分じゃなくて、冒険者に売る分だからな!」ダルフは何でもないように言った。

「こんなに大量にですか?」

「ああ! なんせルララさまの作る料理は大人気だからな!」ダルフはまるで自分のことのように誇らしげに言った。

「それは……なんというか、凄いですね」これは正直な感想だ。

「なんでも、ルララさまの料理を食べると、不思議とステイタスが上昇するらしいんだ。それなもんで、売りに出すとすぐ売り切れになっちまうのさ」

 

 ステイタスが上がる食事なんて眉唾ものだが、人気があるというのは悪いことじゃないだろう。そういった雑談をしていると、調理をし終えたのか、ルララがこちらにやってくる。その手には、今まで作っていた料理よりも少し上等な食事が乗せられていた。良いタイミングだ。こちらも丁度、作業が終わったところである。

 

「さて、それじゃあ、オレたちもメシにするか!」喜びを隠そうともせずダルフが朗らかに言った。

「えぇ、もう腹ペコですよ」

 

 あの香りの中、空腹を我慢するのは正直拷問だった。

 

「ハハハ、昨日、何も食わずに寝ちまったからな! さぞかし腹が減っているだろうよ!! ルララさまの料理は美味いからな、楽しみにしているといい!」

「えぇ、楽しみです」

 

 そうして、三人は揃って食堂に向かった。

 

 

 

 *

 

 

 朝食はとんでもなく美味しかった。なるほどこれならば、人気が出てもおかしくはない。

 ダルフは素早く朝食を食べ終えると、さっさと外へ出て行ってしまった。なんでも、先程作り上げた料理を売りに行くらしい。

 残されたリチャードとルララは手持ち無沙汰になったこともあり、向かい合って今日の予定を話し合うことにした。とはいえ、実際のところは、リチャードが一方的に話すだけなのだが……。

 

「ここから下の階層は『大樹の迷宮』っていって、言っちまえば、巨大な樹でできた階層だ。だから『大樹の迷宮』って訳だ。単純だな」リチャードはおどけた顔で言った。

「それが19階層から24階層まで続いている。それで、今日の予定なんだが……そこで目ぼしいモンスターを見つけ、捕獲しようと思っている。俺のレベルからすると、ここらへんのモンスターが調教相手として限界だからな」

 

 リチャードは『どう思う?』といった表情でルララを見た。彼女の表情に変化はない。どうやら、問題ないようだ。

 

「問題はなさそうだな……んじゃあ、決まりだ。申し訳ないが、嬢ちゃんはモンスターの相手をしてくれ。俺は後方で待機して、目ぼしいモンスターを見つけたら……」そう言うとリチャードは、懐から小瓶を取り出した。中身は『睡眠薬』だ。

「こいつを投げつけて、モンスターを捕獲する。簡単だな!」

 

 そう、言葉にするだけなら実に簡単だ。だが言うは易し行うは難し、だ。リチャードの表情が、その時のことを想像し険しくなる。

 

「『睡眠薬』はこれ一つしかない。つまり、チャンスは一度ってことだ。そのために、俺はモンスターの注意を受けるわけにはいかない、基本的に、モンスターは嬢ちゃん1人で相手してもらうことになる。嬢ちゃんにはキツイ役割を頼むことになっちまうが、よろしく頼む!」

 

 そうだ、リチャードの作戦では、モンスターたちの標的になるのはルララの方だ。ルララとリチャード、どちらが危険かは考えるまでもないだろう。それでもルララは嫌な顔ひとつせずに頷いた。

 

「ありがとう、嬢ちゃん!」リチャードは笑顔を浮かべると、そう言った。

「それじゃあ行くか!」リチャードは立ち上がるとルララに言う。ルララもそれに続く。そのまま出て行くルララの後を、目で追いながら小声でリチャードは囁いた。

 

 

 

「ほんと……よろしく頼むぜ、相棒」

 

 

 

 *

 

 

 

 『大樹の迷宮』で主に出現するモンスターは、蜥蜴人(リザードマン)巨大蜂(デットリー・ホーネット)毒茸(ダーク・ファンガス)といったモンスターたちだ。どいつもこいつも一癖も二癖もある奴らばかりだが、リチャードたちが求めているのはもっとでかくて、珍しいモンスターであった。そう、例えば、ヴィーヴルや木竜(グリーンドラゴン)といったやつである。まあ、この2匹はリチャードの手に負えない手合いなので、候補には挙がっていないが……。あくまでも、それぐらい凄いやつって意味だ。

 

 探索中は昨日の反省を活かし、リチャードは出来るだけ目立たないように行動していた。この階層に至っても、どうやらモンスターたちはルララのことが視界に入らないのか、無視していた。そうであるならば、リチャードさえ見つからなければ、大した障害もなくダンジョン内を探索できるという訳だ。もし万が一見つかってしまっても、今日は放置されることもなくすぐにルララが助けてくれたので安心である。全く嬉しい限りだ。

 

 そういった感じで、リチャードたちは順調に探索を進めていた。残念ながらこれといった収穫はなかったが……。

 探索は昨日と打って変わって、のんびりと行われていた。先導するルララも時たま立ち止まるって、辺りを入念調べてみたりもしている。『大樹の迷宮』は、クエストでよく依頼される素材が取れる階層でも知られている。もしかしたら、ルララにも何か欲しい素材があるのかもしれない。

 

「なんだ? 嬢ちゃん。何か欲しいもんでもあんのか?」リチャードは聞いた。

【お金を稼ぎたいです。】ルララは迷わず答えた。

「そ、そうか」

 

 そういえば、ルララは朝から料理を売ったりして、金策には随分と熱心のようだ。もしかしたら、なにか金に困っているのかもしれない。それにしては、かなり上等な装備をしている気がするが、何か事情があるのだろうか? クエストを受注しまくっているのも、その辺りが関係しているのかもしれない。

 

「なあ嬢ちゃん。もし、良かったらなんだが、今回のクエストが無事に終わったら知り合いのアイテム屋を紹介しようか? 素材の買い取りとかもやっているとこなんだが、嬢ちゃんならいい取引相手になると思う」リチャードは、頭を掻きながら言った。そして、さらにこう続けた。

「もちろん、既にそういった商売相手がいるなら話は別だが……」

【はい。お願いします。】ルララはリチャードの言葉に間髪をいれずそう言った。思っていた以上に反応がいい。

「お、おう! じゃあそれが今回のクエストの報酬ってことでいいか?」

 

 実は言うと、リチャードはいまだにクエストの報酬を決めかねていたのだ。まあ、そんな優柔不断な男のクエストを受ける、ルララもルララなのだが。

 

 当然であるがヴァリスの報酬は、リチャードの懐事情を考えると不可能だ。それなので、取り敢えず一時的に保留にしようという形をとっていたのだが、ようやく、報酬らしい報酬を用意することができそうだ。これで、安心してダルフの家に帰還することができる。

 リチャードは懸念事項の1つが解消されて、僅かに胸を撫で下ろした。

 

 これで、あと残す課題はモンスターの捕獲だけだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 大樹の迷宮の最下層、24階層に辿り着いたリチャードたちは、いまだに目ぼしいモンスターを見つけることが出来ないでいた。これが、リチャード1人での探索であったならば、もうとっくに見つけられているのだろうが、ルララと一緒にいると、どうも感覚が狂ってくるのだ。

 

 ルララの圧倒的な戦力を目の前にすると、どんなモンスターでもまるで上層に生息する、コボルトやゴブリンのように見えてしまう。もはやリチャードの目には、すぐそばでいびきをかいている木竜(グリーンドラゴン)でさえも、脅威の対象ではなかった。思い上がりも甚だしいと言えば間違いないが、それほどの隔絶した実力をルララが持っているということだ。端から見れば完全に虎の威を借る狐状態であるが、そんな事リチャードは蚊ほども気にしていない、そういった意地や誇りといったものは、とうの昔に捨ててしまった。

 

 しかし、もういい加減いい時間だ。そろそろ決めてしまわないといけないだろう。帰還にかかる時間を考慮すると、もう幾ばくも猶予はない。

 それにしても……。

 

「嬢ちゃん、俺の気のせいならいいんだが……心なしか、モンスターの数が増えてきていないか? いや、俺の勘違いならそれでいいんだが……もしかして、もしかすると、食料庫(パントリー)に向かってません?」

 

 食料庫(パントリー)。それは、ダンジョン内に存在するモンスターたちの給養の場だ。

 ダンジョンに生息するモンスターたちのおもな主食は、まあ、ぶっちゃけ言ってしまえば『冒険者』ということになるのだが、当然のことながら、大量に存在するモンスターたちの需要を満たすほどの供給がなされている訳が無い。

 

 当たり前といえば当たり前である。冒険者たちは、なにもモンスターたちに喰われるためにダンジョンに潜っている訳ではないのだ。冒険者たちはモンスターを狩るために、ダンジョンに潜っている。よって、モンスターたちの腹に収まる冒険者というのは、当然の事ながらそんなに多くない。しかし、それではモンスターたちの空腹を満たすことは出来ない。

 

 そこで、モンスターたちの母とも言えるダンジョンが創り上げたのが、食料庫(パントリー)ということだ。

 食料庫(パントリー)は、ダンジョンの最奥部。ひときわ大きい大空洞の中に収められており、その中央には巨大な石英(クォーツ)が立っている。石英(クォーツ)には豊富な魔力が含まれており、そこから流れ出る液体が、モンスターたちの栄養源となるのだ。

 

 要するに、食料庫(パントリー)には腹を空かせたモンスターが大量にいるということだ。“奴ら”は、年中腹を空かせているので、食料庫(パントリー)は連日満員御礼で大繁盛だ。

 そして、そこは、ある意味ではモンスターを狩るには絶好の場所であると言える。まあ、至福の時を邪魔されたモンスターたちに、どんな逆襲を受けるかは知らないが、それを抜きにしたら、最高の狩場である。とはいえ、普通の冒険者だったらそんなことは絶対にしない。モンスターの大群の中に飛び込むような真似をしたら、命が幾つあっても足りないからだ。しかしそれも、普通の冒険者()()()()の話だ。ルララ・ルラがどちら側の冒険者に属しているのかは、今更言うまでも無いだろう。

 

 ルララの足は、リチャードの気が確かなら確実に食料庫(ソコ)に向かっていた。

 

(まあ、嬢ちゃんは、どう考えても普通の冒険者じゃねぇし、まあ問題はないだろ)リチャードはそんなことを思った。リチャードの感覚も大分おかしくなってきている。

 順調に食料庫(パントリー)へと進んでいくリチャードたち。しだいに樹皮状の壁面が少なくなっていき、岩や土といったものが露出し初め、ごつごつとした原始的な壁面へと変化していく。この変化は食料庫(パントリー)が近い証拠だ。

 

 しばらく進んでいると、通路が大きく開け、そこから赤い光が差し込んできた。石英(クォーツ)の光だ。

 

「ようやく着いたか。それにしても、なんだか様子が変だな」リチャードが呟く。

 

 リチャードの言う通り、食料庫(パントリー)の内部はいつも──と言ってもリチャードはここに来たのは初めてなので詳しくは知らない、あくまでも噂で聞いている限りの”いつも“という意味だ──と様子が違っていた。道中あれだけいたはずのモンスターたちが、まるで見当たらないのだ。

 

「そういえば、ここに来るまでも、食料庫(パントリー)に向かっているにしては、噂に聞いていたほどモンスターと遭遇する率はかなり少なかったな……」リチャードは今更ながらに、その異常に気が付いた。

 

(嫌な予感がするな……)リチャードは冷静にそう思った。

 

 そんなリチャードを尻目に、ルララはずんずんと進んでいく。

 その様子を警戒しながらも見つめるリチャード。ルララ方はというと、石英(クォーツ)に手を翳し何かしている。

 その様子を見ていたリチャードだからこそ、“それ”に気づくことができた。

 

「嬢ちゃん! 上だ!!」

 

 リチャードの叫び声と同時に、上空から、巨大なドラゴンが隕石の如く降下してくる。

 大気が震えるほどの轟音と共に落下してきたドラゴンは、そのままルララを押し潰す。少なくともリチャードにはそう見えた。

 

 ドラゴンは石英(クォーツ)を背にし、まるで“ソレ”を守るかのようにリチャードの前に立ち塞がった。

 ドラゴンは一見して、木竜(グリーンドラゴン)と同じ種族のように見える。全身を覆う鱗は緑色で、4脚で背部に大きな翼を持つ典型的なドラゴンの姿形をしている。遠目から見たら、見分けがつかないレベルである。

 

 だが、その巨大さは大きく違っていた。

 

 木竜(グリーンドラゴン)よりも一回りも二回りも、はるかに大きい巨体をしており、リチャードが今まで見たことのあるどんなモンスターよりも大きな体躯をしている。

 

(グリーンドラゴンの『強化種』かッ!!?)リチャードは巨大なドラゴンを見て、そう思った。

 

『強化種』

 

 基本的にモンスターは同士討ちを行わない。モンスターは本能的にどんな種族だろうと、同種の存在であると、仲間であると、同族であると、そう理解しているのだ。それ故に、同族を傷つけることはほとんどない。そう()()()()だ。何事にも例外というものは存在する。

 

 モンスターの中でも異端中の異端。同族を喰らい、その魔石を取り込むことによってさらなる進化を遂げた個体。そういったモンスターを、冒険者たちは『強化種』と呼んでいた。

 その『強化種』が目の前に……しかも最悪なことに、間違いなくグリーンドラゴンの『強化種』だ。

 

 リチャードはまるで金縛りにあったかのように、身動きが取れなくなっていた。まさに、蛇に睨まれた──、いや、この場合は“竜に睨まれた人”といった所か……。

 ここに来るまでに幾度と無く死にかけ、その度に生き残ってきたリチャードだったが、この時ばかりは本気で死を覚悟した。本能がリチャードに囁く。抵抗は無意味だ、死ぬがいい。

 

(クソォッ! こんなところで終いかよぉ!! ふざけるな! 俺はこんなところで死ぬわけには……)

 

 ドラゴンのアギトがリチャードを飲み込むために大きく開かれる。そして、いざリチャードを飲み込もうとしたその時──ドラゴンの顔面めがけて、猛スピードで大斧が飛んできた。

 ドラゴンの巨体が、その一撃で大きく揺さぶられる。相当な大きなダメージを受けたようだ。なんとかドラゴンは体勢を立て直すと、先程の一撃を加えた相手を睨みつけた。そこには、自らと比べるとあまりにも小さい存在がいた。ルララである。どうやら無事生きていたようだ。

 

 ルララは仲間であるリチャードから見ても、グリーンドラゴンと比べとても矮小で脆弱のように見えた。

 

 だが、トマホークの如き強烈な一撃を受けた、今のグリーンドラゴンの意見は違っていた。

 この小さき存在の脅威は計り知れない。今まで感じたことのない底知れぬ力を、確かにドラゴンは感じていた。

 ドラゴンは咆哮を上げると、ルララに襲いかかる。

 ドラゴンの攻撃をいつの間にか手元に戻ってきていた大斧で防ぎ、往なし、受け流すルララ。その光景をリチャードは、遠巻きに見ているしか出来ない。

 

 ドラゴンの攻撃は熾烈を極めていた。牙、爪、ブレスを用いた攻撃をしたかと思うと、咆哮による衝撃波や、その巨体を宙に浮かせて落下するという自らの巨体を最大限利用したプレス攻撃をするなど、多彩な攻撃を仕掛けていた。しかし、その全ての攻撃になんなく対応してみせるルララ。まるで、最初からどんな攻撃が来るか知っているかのようである。

 

 次元違いの攻防に目を奪われるリチャードだったが、ふとあることに気がついた。

 

(さっきから、全く反撃をしていない!?)

 

 そう、ルララは先程から全く攻撃を仕掛けていないのだ。

 

(しかし……一体何故ッ!?)

 

 思い当たる理由があるとすればそれは……。

 

(もしかして、嬢ちゃんそいつを捕まえる気か?)

 

 確かにこれだけの大物……いや、化物ならば、文句無しに怪物祭のメインとして使うことができるだろう。だが──。

 

(いやいやいや、冗談じゃないぞ、そんな化物!! 俺に調教できるわけがないだろう!! 無理無理無理! 死ぬ! 死んじゃう! 命がいくつあっても足りない!!)

 

 リチャードはそう視線で訴える。じっと見つめるリチャードに気づいたのか、ルララもこちらを見つめてきた。

 『アイコンタクト』──お互いの意思を目線だけで疎通させる高度なコミュニケーション術だ。

 

(そうだ嬢ちゃん! 俺たちは数多くの視線をくぐり抜けてきたもはや戦友といっても過言ではない仲だ! きっと俺たちならわかり合える! 撤退しよう!!)

 

 だがこの小人族(パルゥム)。人の気持ちを知ってか知らずか、微笑みながらウンウンと頷くと、堂々とドラゴンと相対し、戦闘を続行した。世の中どんなに仲が良くても、言葉にしなくては伝わらないものだってあるのだ。

()()()()()()()()()()』ルララの微笑みはそうリチャードに訴えているようだった。少なくともリチャードにはそう感じられた。こんな時だけ都合良く意思疎通できるだなんて詐欺である。

 

(ああ、クソォッ! まじか! マジでやるのか? もうどうなっても知らんぞ!!)

 

 ようやく覚悟を決めるリチャード。

 

「ええい!! もうどうにでもなーれ!!」

 

 人知を超えたドラゴンと冒険者の戦いに、1人のおっさんが殴りこみをかけていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ドラゴンの皮膚は厚く固い鱗で覆われ、リチャードには手も足も出なかった。まあ、実際には手も足も出しているのだが。リチャードの攻撃は、ドラゴンに蚊ほどもダメージを与えられていないように思えた。

 

 リチャードの得意とする武器は──特に無い。決して、『武器を選ばない』という意味ではない。そんな格好いい表現は、このおっさんには似合わない。本当の意味で武器を持っていないのだ。無手、素手、丸腰。おおよそ冒険者とは思えないスタイルが彼のスタイルだ。

 

 『信じるものは己の肉体のみ』というのが本人の弁だが、実は言うと、武器すら買う金がなかったというのが真相だ。もちろんそれは、彼が駆け出しの頃の話だが、それはいつの間にかリチャード独自の戦闘スタイルとなっていった。『人間やってみれば意外と何でもできるもんだ……』とは彼の言葉である。

 

 それなので、今、リチャードは見上げるほどの大きな巨体に対し、素手で果敢に挑んでいた。

 

(果たしてこれは、何か意味があるんだろうか?)

 

 先程から全くもって効果を感じられないことに、この行為の意味を疑問視し始めるリチャード。なによりも虚しくなるのは、何度も何度も攻撃を仕掛けているのに、ドラゴンに完全に無視されていることだ。まるで言外に『お前なんて、構う価値もない』と言われているようである。またそれが、限りなく真実に近いのだろうということが、ますますリチャードの気分を沈ませていた。あんなにビビっていたくせに、いざ無視されるとなると落ち込み始めるとは、中々に勝手なものである。

 

 そんな(よこしま)な思いが通じたのか、ドラゴンは突如としてリチャードに振り向くと、彼目掛けてブレスを吐いた。やったな念願の初攻撃だ、喜ぶんだリチャード君。

 

「ちょっ! そんないきなりかよ!!」

 

 叫び声を上げるリチャードだったが、ドラゴンの突然の攻撃に対応出来ていない。

 ドラゴンから発せられたブレスは、リチャードに寸分の狂いもなく着弾した。ドラゴンのブレスは、彼の鱗と同じように緑色をしている。そして着弾すると同時にあたり一面に巻き散らかされ、ブレスと同じ緑色の沼を形成した。

 

 直撃を受けたリチャードは一瞬、迫り来るブレスに走馬灯を幻視したが、意外や意外何ともなかった。

 

(なんだ? こいつ実は大したことないのか?)リチャードは暢気にもそう思った。

 

 とはいえ、いかにも最大の攻撃であるようなブレスを受けても、ぴんぴんしていたのだ。そう考えてしまうのも致し方ないと言える。もしかしたらこのドラゴンは、防御力は凄いが攻撃力は全然大したことないのかもしれない。

 

「いける! いけるぞ、嬢ちゃん!!」リチャードは全身緑色になりながら、緑色の沼に浸かった状態でルララに言う。たいへん立派なことに、攻撃の手は休めず行っていた。いわゆる、塵も積もれば山となる作戦だ!

 

 そんなリチャードを、ルララはあららといった表情で見ていた。

 

「ん? どうした嬢ちゃん?? そんな『あらら、やっちまったなこいつ』みたいな顔をし……グハァ!!」

 

 突然、血反吐を吐いて倒れるリチャード。薄れゆく意識の中、リチャードはルララの表情の意味を理解した。

 

(……ああ……毒……ね、確かに……物凄く毒々しい……色……してたもん……な)

 

 揺らいでいく世界の中で、リチャードはそう思った。

 

(すまん……嬢……ちゃん、あと……は……たのん……だ)

 

 意識を失い倒れるリチャード。どうやら最後の気力を振り絞って、何とか毒沼からは脱出出来たようだ。そして、その右手には『睡眠薬』が握られていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 リチャードは暗闇の中にいた。一人ぼっちだ。

 

 しばらくすると、ミノタウロスがやってきた。ミノタウロスは左脚だけを残し何処かへいってしまった。

 

 しばらくすると、シルバーバックがやってきた。シルバーバックは右腕だけを残し何処かへいってしまった。

 

 しばらくすると、ワーウルフがやってきた。ワーウルフは右脚だけ残して何処かへいってしまった。

 

 しばらくすると、マンティコアがやってきた。マンティコアはリチャードの前に座る。そしてリチャードに問うた。

 

『俺の左腕も欲しいか?』

 

 

 

 *

 

 

 

 目が覚めるとそこは、今朝と同じベッドであった。最悪の気分だ。

 毒のせいなのか、それともさっきの悪夢のせいなのか。きっとどっちもだろう。

 リチャードはベッドから降りると、台所へ向かった。

 

 リチャードが生きていたということは、誰かがここまで運んでくれたということだ。そしてその誰かとは1人しかいない。

 台所に着いたが、そこに人影はない。手持ち無沙汰になりっていると、背後から声をかけられた。この声はダルフだ。

 

「おお! 目が覚めたかリチャード、体の具合はどうだ?」朗らかに笑いながらダルフは言った。

「ええ、おかげさまで大丈夫です。あの、嬢ちゃ……ルララさん知りませんか?」リチャードは真っ直ぐに聞いた。

「まあ、そのなんだ、さっきまで死にかけてたんだから無理すんじゃないぞ。ルララさまなら、ちょいと立て込んでいてな、今は外だ。会いに行くんなら礼を言うのを忘れるんじゃないぞ。ここまで運んでくれたのはルララさまだからな」

 

 やはり、ここまで運んでくれたのはルララであったようだ。

 

「やっぱりそうですか。ありがとうございます、ちょっと行ってきます」

「ああ、行ってくるといい。きっと、度肝を抜かれるぞ」ダルフは意地悪そうな笑みを浮かべるとリチャードを送り出した。

 

 ダルフの言葉が少し気になったが、実は言うとなんとなく予想はついていた。

 

 外に出ると、案の定、街のど真ん中にさっきまで死闘を繰り広げていたドラゴンが、まるで子犬のように大人しく座っていた。その目の前にはルララが立っている。周りの住民は──ドラゴンを恐れているのか──遠巻きに様子を窺っている。

 

 その人だかりを突き進み、リチャードはルララに声をかけた。

 

「やぁ、嬢ちゃん。まさか本当に手懐けちまうとは驚きだ……俺なんかよりも、よっぽど調教師(テイマー)の才能があるんじゃないのか? それから、死にかけた俺をここまで運んでくれたんだろう? ありがとう。嬢ちゃんは命の恩人だ」

 

 そう言うとリチャードは頭を下げた。

 

【どういたしまして。】ルララは微笑みながらリチャードに言った。それに釣られリチャードも微笑む。

 

「それで……こいつが、今回の獲物ってことでいいのか?」リチャードは一応ルララに確認した。

【はい。お願いします】ルララはにこやかに答えた。

「ハハハ、こいつは……骨が折れそうだな……」乾いた笑いが漏れる。本番ではコイツと一対一で対峙しなくてはならないのだ。今から想像しただけでも絶望してくる。今は大人しいが、本番ではこうはいかないだろう。

 

「まあ、兎に角だ! 今回のクエストは大成功って訳だ! 改めてありがとう嬢ちゃん! 本当に、本当に助かった!!」

 

 大きく手を広げ、大袈裟に振る舞いながらリチャードは言う。

 

「んじゃ、帰るとするか! ダルフの爺さんにも挨拶しないとだな! あと、多分これが一番の問題なんだが……」

 

 リチャードはさっきから見ないようにしていた現実を直視し、ルララに言った。

 

「コイツ、どうやって持って帰ろう?」

 

 そう、リチャードはモンスターを捕獲することばかり考えていて、地上に上げる方法を、全然、全く、これっぽっちも考えていなかったのだ。

 ああ、ほんとどうしましょ? そんな風に悩みまくっているリチャードに、ルララが提案する。その瞳は『私にいい考えがある』と言わんばかりであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 リチャードは、自分はおかしくなってしまったのだと、頭がいかれてしまったのだと思った。それほどに、目の前で起きたことが衝撃的だったのだ。

 

 ルララがドラゴンに近づき、手を(かざ)すと、たちまちのうちにドラゴンの姿が消えた。ルララ曰く『かばんにしまった』そうだ。

 なにそれ、ありえない! こわい! そんな夢の様なかばんがあったら、サポーターの商売は上がったりである。

 

 リチャードは「またまた、ルララさんは冗談がお上手ですね」なんて言っていたが、それならばと、目の前で何度もドラゴンを出したり入れたりしてみせた。心なしかドラゴンが嘆いているように見える。こんな光景を見せられた日には、流石に受け入れるしかなかった。

 まあ、この際細かいことは気にしないでおこう。運ぶ手段があるならば、それに越したことはない。そう必死に自分に言い聞かせる。

 

 リチャードとルララはそのまま一度ダルフの家に戻ると、彼にお礼と再会の約束をし地上への帰路に着いた。

 ふと、リチャードにここまで来た時の事を思い起こした。

 

死の行軍(デス・マーチ)

 

 嫌な予感がする。

 

「あの……ルララさん? もしかして帰りも急いで行きます? できたら私めはゆっくりが……ってぇえええええええええ!!!!」

 

 嫌な予感は的中した。リチャードの質問なんて聞いてもいないのか、猛然と開幕ダッシュをしかけるルララ。その後を、なんだか前にもこんな光景があったなぁと思いながら、必死に追いかけるリチャード。その顔は不思議と晴れやかだった。

 

 帰りにかかった時間は、来る時よりも短かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 人も、モンスターの姿もない食料庫(パントリー)で、蠢く“影”が一つ。その影は次第に人に近い形をとり、やがて完全に人の形となった。だが“それ”は人の姿形をしているが、“人”ではなかった。その存在が静かに囁く。

 

「よもや、『守護者』を倒すどころか捕獲するとは……一体何者だ? まあいい、『計劃』には支障はない。それに、生きているのであれば幾らでも利用価値はある。ならば──」

 

 そう言うと、“それ”は煙のように消えた。後に残るのは、静寂と石英(クォーツ)の輝きだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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リチャード・パテルの場合 4

 暖かい陽の日差しが頬に優しく照りつける中、軽快な足取りでメインストリートを行く。これが見た目麗しい淑女や元気ハツラツな女冒険者であったならば、振り向く者も多いだろうが、残念ながらその人影は、もう四十になろうかというおっさん──リチャードであった。

 

 リチャードは朗らかな日差しの中、昨日、別れ際にルララと示し合わせた集合場所へと向かっていた。目的は、前回のクエスト報酬を支払うためだ。

 昨日までとは違い、ぼさぼさだった髭は綺麗に切り揃えられ、寝ぐせがつき放題だった髪はきちんと整えられている。しかし、着ている服だけは昨日までと一緒だった。ちゃんとした面構えに、薄汚い格好のちぐはぐさは不思議なハーモニーを奏で、リチャードの存在を無駄に主張していた。

 

 リチャードがここまで身だしなみを整えた理由は、ルララに会うため……などでは勿論なく。メインイベンターとして恥ずかしくないように、団員たちにより整えられたためだ。

 

『今年のファミリアの顔となるメインイベンターが、無精髭で伸び放題の髪型をしていては、沽券に関わる』とは彼の団長シャクティの言葉だ。

 

 その言葉はリチャードにも十分理解できるので、そこは素直に受け入れた。そもそも別に、あの見た目に何かこだわりがあるわけでもないのだ。服装がそのままなのは『これから用意する』とのことらしい。そういった方面にはリチャードはとことん疎いので、全面的にファミリアに任せるつもりだ。適材適所、こう言ったことはしっかりとした知識のある人間に任せるのが一番で、幸いガネーシャ・ファミリアには、そういった知識の豊富な団員が多数存在している。だてに毎年、大規模な祭典を開いている訳ではないのだ。

 

 ややあって、リチャードは集合場所に到着した。約束の時間までは、まだ30分程ある。団員たちに唆されて早めに来てみたが、少し早すぎたのかもしれない。これではまるで初デートに浮かれる少年の様だ。

 ルララの姿はまだ見当たらない。まだ来ていないようだ。これは当然である。多くのクエストを抱えているルララは、ミリミリの時間配分で行動している。約束の時間に遅れることはないが、早めに来るということもないだろう。30分後、時間ぴったりにルララは来た。

 

 ルララは、昨日までの赤と黒の野性的なキュイラスではなく、白の生地と茶色の革で出来たカフタンを着ており、ぱっと見ではどこにでもいる少女に見えた。これが、あの巨大なドラゴンをも服従させた超一流の冒険者だとは、どんなに観察眼が優れている者でも想像できないだろう。それを、リチャードだけは知っていた。

 

 僅かな優越感を感じながら、リチャードはやってきたルララに声をかけた。

 

「よぉ嬢ちゃん。流石だな、時間ピッタリだ」手を上げながらリチャードは言った。

【こんにちは。】【よろしくお願いします。】無機質な声でルララが応える。

「ああ! 元気そうで何よりだ、お互いにな。んじゃ、早速だが行くとするか」

 

 リチャードとルララはのんびりと立ち話でもして、世間話に花を咲かせる様なそんな色っぽい関係では間違ってもない。挨拶もそこそこに、本日の目的を達成するために移動し始めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 おおよそ1時間ほど歩いた先に、目的地はあった。こんなにも時間がかかった原因は、お察しの通りだ。寄り道は冒険者の嗜みである。

 リチャードは後ろからついて来るルララに振り向くと、「ここが前に言っていた、買い取りもやっている、知り合いの道具屋『トリスメギストスの道具屋』だ」と言った。

 

 まわりの建物と比べると二回りほど大きく、外観も手入れが行き届いているのか、綺麗に塗装された木造の三階建ての建物である『トリスメギストスの道具屋』は、設計者の好みなのか無駄な装飾は少なく、地味な印象を与える。店の入口である大きな扉の上には看板があり、二匹の蛇が絡まった杖が三本と、共通語(コイネー)で店名と『英知の三部門を知れ』と刻まれている。各杖にもそれぞれ『占星術』『錬金術』『降神術』と刻まれており、これが『英知の三部門』ということなのだろう。

『トリスメギストスの道具屋』は掲げられた見事な看板が一応の威厳を示しているが、他の多くの店と違い派手な外観をしておらず、あまり商売気のない感じだ。もしかしたら客商売が本業ではないのかもしれない。

 

 その扉を迷うことなく開けると、リチャードたちは中に入る。

 

 店内は魔石灯で灯されており、適当に並べられた商品はどれも変わった形をしていた。ざっと見ただけでも用途不明な物が目立つ。外観と同様、あまり商売にやる気のない様子が店内からマジマジと醸しだされている。当然のことながら、客の姿は見当たらない。

 そんな店内を、リチャードは慣れた様子で進んでいく。店の奥にはカウンターがあり、そこには、これまたやる気の無さそうな店員らしき男が舟を漕いでいた。

 

 店員らしき男は黒い短髪のヒューマンで、間抜け面しながら幸せそうに寝息をたてており、終いには「むにゃむにゃ、アスフィ団ちょ……う、結婚してくれぇ。むにゃむにゃ」なんて寝言まで言っている。随分とだらしがないが、この男が店番なのはリチャードには都合が良かった。

 リチャードは、そんな間抜けな寝言をかましている、数少ない彼の友人──キークス──に呆れ返った顔をする。

 

(仕事中に居眠りとは、いい身分になったな……)

 

 自分だってつい最近までは同じような状況であったくせに、それを無視してリチャードはそんな事を思った。取り敢えず仕事場にはいるこの男に比べれば、むしろリチャードの方が酷かったというのに。

 基本リチャードは過去を見ないで未来を見つめる男だ。見つめ過ぎて足元がお留守すぎるのだが、それは、まあこのさい置いておこう。

 

 いつまで待っても起きる気配のないキークスに対しリチャードは──気持ちは大変良く分かるし、申し訳ない気持ちでいっぱいだが──その安らぎのひと時を終わらせるために、行動を起こすことにした。

 

「オイ! キークス、居眠りしている場合じゃないぞ! 起きろ、客だ!! でないと愛しの団長様に言いつけるぞ!」

「うぉおッッ!? そ、それだけはご勘弁をぉお!!」

 

 突然の大声に、驚き悲鳴を上げ飛び起きるキークス。

 大声を上げたのが、リチャードであることを認識すると胸を撫で下ろし言った。

 

「な、なんだリチャードか、驚かせやがって……そ、それで、今日はなんの用だ? 悪いが、この間のクエストの依頼なら無駄だぞ。一応、団長にも聞いてみたが『そんな高難易度のクエストは受けられません。死ぬ気ですか?』って言われちまったよ。まあ、俺達は弱小ファミリアだからな、危険は冒せんのさ。それとも金の無心か? それこそ無駄だぞ、お前のファミリアに借りはあっても、お前には何も無いからな」寝起きで動揺しているのか、キークスは矢継ぎ早に言った。

「違う、今日はそんな用事で来たんじゃないさ」リチャードは答えた。

「じゃあ、なんの用でうちに来たんだ? お前がここに来るのは決まって、何か問題を抱えている時か、金が無い時かだ」

 

 キークスの言葉にリチャードは一瞬、ムッとした表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込める。今までのリチャードであればキークスの言葉は図星も図星であったのだが、今日はそうではない。彼の言葉は言いがかりも甚だしいが、それをいちいち気にするほど、“今の”リチャードの心は狭くないのだ。今のリチャードにはそういった精神的余裕がある、そう、この”新生”リチャード様には、な!

 リチャードはニヤリと笑みを浮かべ、ドヤ顔で言った。

 

「言っただろう? 客だって。まあ、今回俺は紹介で客は別にいるんだ……かなりの腕利きでな。素材やらドロップアイテムやら、たくさん持ってるんだが、買い手がいないらしくて。お前のところだったら、そういったアイテムの買い取りもやっているだろう?」

「まあ、そういった話なら大歓迎だが……お前が紹介とは珍しいな、こりゃあ明日は槍でも降るかな?」おどけた調子でキークスが言った。

「かもな」それに答えるリチャード。ドヤ顔が憎らしい。

「……」

「……お前少し変わったな……」キークスの声には驚きの色がある。そういえば髪と髭も剃ったようだ。そのせいだろうか? 随分と印象が良くなった気がする。まあ、それをわざわざ言ってやる気はないが。

 

「それで、その紹介したい客はどこにいんだ? 見たところ見当たらないが」

 

 そう言うとキークスは店中を見渡す。一見してそれらしき客はいない。普通の客もひとっこ一人いないが。

 

「ああ、そこからじゃ見えないか」

 

 そう言うとリチャードは振り向くと、後ろで控えていたルララを抱き上げる。カウンターの向こう側にいるキークスからは死角になって、ルララの姿が見えなかったのだ。

 

「紹介しよう! 彼女の名前はルララ・ルラ! 小人族(パルゥム)にして超一流(自称)の冒険者。ルララ・ルラだ!!」

【よろしくお願いします。】

 

 まるで、アフリカのサバンナに住むライオンのように高々とルララを掲げるリチャードと、無い胸をこれでもか! という感じで張るルララ。それは、まるで生命の循環を称えているかのようであり、(ライフ)巡り(サークル)を表現していた。そして、その光景は果てしなく……シュールだった。

 

 おっさんと見た目少女──いや幼女が創り出す奇っ怪な光景は、少なくとも、超一流の冒険者が出すものではなかった。超一流(笑)なら話は別だが。だから、まあ、次にキークスがとった反応は仕方のないものだった。彼は悪く無い。

 

「……プッ……ブハハハハハハハハハハハハハ」大爆笑である。

「ヒヒヒヒッ! そ、そのお嬢ちゃんが、超一流の冒険者ぁ? フハハハ! バカも休み休み言ってくれ! いいか、超一流ってのはな、ぱっと見ただけでそうと分かる、高貴なオーラ? みたいなもんを纏っているんだぜ! ロキ・ファミリアのリヴェリア様然り、アイズたん然りなぁ! 悪いが、そのお嬢ちゃんからはそういったオーラが感じられねぇ。良いとこ……そうだな、うちのニーナと同じぐらいなもんだ」

 

 キークスは同じファミリアに所属する、小人族のニーナのことを思い浮かべながら言った。

 流石に『ちょうど胸もそんぐらいだな』とは、両者の名誉のために言わなかった。大は小を兼ねる、良い言葉だ。

 それに対しリチャードは、冷ややかな目でキークスに言った。

 

「まあ、言っていればいいさ。そう言っていられるのも今のうちだからろうからな……」その瞳には同情の色が僅かに見て取れる。

 

「な、なんだ、意味深に言いやがって」その雰囲気にたじろいだキークスが言う。

「まあ、見てみりゃわかるさ『百聞は一見に如かず』ってな、いちいち説明するよりも見たほうが早いだろう? 嬢ちゃん!」

 

 リチャードの声がけとともにルララはカウンターに寄りかかると、とりあえずこれを、といった感じでキークスの前に鉱石を置いた。

 ゴトっ、と音を立てて置かれた鉱石はキークスのこぶし大ほどの大きさがあり、何かの成分を多量に含んでいるのか深い青色をしている。

 

「それじゃあ、お手並み拝見といきますかね」

 

 キークスはそれを手に取ると、早速鑑定に取り掛かった。その目はこれまでとは違って真剣そのものだ。どっかの誰かとは違って、仕事は真面目にやるらしい。え? さっきまで居眠りしていた? 知りませんね。

 

「なるほど、確かに見たこともない鉱石だな。だが、そこら辺の石ころを青く塗っただけのものかもしれない。お嬢ちゃん、ちょっと悪いが少し、弄ってもいいか?」

 

 手にとって観察していたキークスは、それだけでは判断しかねると理解したのか、ルララにそう聞いてきた。

 

【はい。お願いします。】ルララは迷いなくそう答えた。

「ありがとよ、お嬢ちゃん。んじゃあ早速」

 

 そう言うとキークスはまず、ピックを取り出すと、念のため再度ルララに聞いた。

 

「これから、この鉱石の表面を少し削って、含んでいる成分を調べる。そのために少し傷をつけることになるがいいか?」

 

 ルララはキークスに向き合い素早く頷いた。言外に早くしろと言外に訴えているに思える。よほどこの鉱石の品質に自信があるらしい。

 

「おーけぃ、大した自信だ」ルララの反応をそう捉えたのか、キークスは言う。

 

 そうしてピックを鉱石に押し当てると、表面をガリガリと削った。だが削れたのは鉱石ではなくピックの方であった。

 

「んなっ!?」驚きの声を上げるキークス。その顔を見て「それ見たことか」という顔をするリチャード。ルララはあいも変わらず真顔だ。

 

「おいおい、このピックはミスリル製だぞ? それが、まだ精製もされてない鉱石に負けるなんてありえねぇだろ! そんなもん──」

 

『そんなもん、アダマンタイトぐらいしかあり得ない』そう言おうとしたが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。言わずとも、理解してしまったのだ。これがアダマンタイトの原石であると。それもかなり高純度の。なるほど、どおりで見たことが無いはずだ。

 

「え!? っちょ! まじか!?」

 

 いやいや、そんなはずはない。キークスはそう思った。これがもし本物なら、こんな弱小ファミリアなんかに持ち込む意味が無いからだ。もっとランクの高い。それこそ、鍛冶専門のファミリアであるヘファイストス・ファミリアや、ゴブニュ・ファミリアにでも持って行った方がよっぽど利益になる。そっちのほうが両者ともに幸せになれるし、彼らなら泣いて喜んで大金を支払うだろう。てことは、これは我がファミリアを狙った、悪質な詐欺の可能性がある。だがキークスにはこれが本物であるか偽物であるか、判断することが出来なかった。いや、正確には、本物であると認めたくなかったというのが正解かもしれない。

 

 それに、こんなレア素材を買い取ろうものなら我がファミリアは、一気に破産に追い込まれてしまう。それほどの価値が、この握りこぶし大の鉱石にはあった。

 それをこの小人族は『とりあえずこれを』といった感じで出してきたのだ。キークスは目の前が真っ暗になりそうになった。

 

「見てみりゃわかる」リチャードの言葉が真実であったことを理解した。

 

「団長ぉお!! 団長ぉおお!!!!」

 

 もはや、“これ”は自分の処理能力を超えている。そう判断したキークスは、頼みの綱である自らの頼れる団長に助けを求めた。

 

「アスフィ団長ぉおお!! 今すぐ来てください!! と、とんでもない客がきました!!」

 

 彼の叫び声が『トリスメギストスの道具屋』──彼ら、ヘルメス・ファミリアのホーム──中に響き渡った。

 

 

 

 *

 

 

 

 団員からの緊急要請に答え、カウンターへとやってきたヘルメス・ファミリアの団長──アスフィ・アル・アンドロメダ──は、柄にもなく緊張した表情を浮かべていた。

 原因は目の前にあるアダマン鉱石だ。

 オラリオでも随一の魔道具製作者(アイテムメイカー)万能者(ペルセウス)の異名を持つ彼女であっても、ここまでの鉱石は見たこともなかった。

 より精細な検査を彼女自ら行った結果、既に、この鉱石は間違いなくアダマンタイトの原石であると判明している。客人が詐欺やペテン師である可能性は、これで完全に消えた。正真正銘これは本物だ。

 

 そうであるならば、この商談は何としてでも成功させなくてはならない。こんなレアアイテム逃す手はないだろう。放任主義で、よく行方知れずとなる主神の代わりにファミリアを預かるものとして、このチャンスは絶対にものにしなくてはならない。

 

「それで、今回のお持ち頂いた鉱石の買取り価格ですが……100万ヴァリスになります」

 

 少し考え、アスフィはルララにそう提示した。

 アスフィが提示した値段は、少しでも()()()()()()()であったら、激怒して二の句も継げずに飛び出していく、そんな法外な値段だった。言ってしまえば、嘘の値段をルララたちに伝えたのだ。

 

 取りあえず、これは軽いジャブだ。これで相手の反応を見る。最悪これで帰るような相手なら、この商談はこれまでということだ。しかし、アスフィには勝算があった。わざわざこんなファミリアに売りに来たのだから、何か切羽詰まった事情があるのだろうという事は簡単に推測できる。そうであるならば、まずは思いっきり値段を下げて足元を見る。アスフィの作戦はそういった感じだった。最初に提示した値段が低ければ低いほど、後の印象に影響を与え商談を有利に運ぶことができる。

 

(まずは一手目、さあどう出ますか?)

 

 そう思うと、アスフィはルララたちをちら見した。

 

 案の定、リチャードとルララは信じられないといった表情をしている。二の句も継げていない。当然だろう。おそらく、死に物狂いでこのアイテムを手に入れ命からがらここまで持って来たはずだ。そんな命をかけてまで手にしたアイテムが、()()()()百万ヴァリスだったのだ。その気持ちは想像するに余りある。

 ここまではアスフィの予想通りだ。だが──。

 

「す、凄いぞ! 嬢ちゃん! なんだか良くわからんが、物凄い値段がついたぞ!!」

【やったー!】

 

 だが、この反応は予想外です。

 

 ちら見したアスフィの瞳には、ありえない値段に、ありえない反応をする、ありえない人間が映っていた。

 今回のお客様は、アスフィが想定していた()()()()()()()()()()()ではなかったようだ。ここ数年間碌に活動していなかったモンスターテイマーのリチャードと、つい最近オラリオに来たばかりの冒険者であるルララでは仕方がないのだが、そんなことアスフィには知る由も無い。

 

 全く鉱石に関する知識のないリチャードは、その──彼の中では──非常に高額な値段に歓喜の声を上げ、さらに続きを促した。

 

「よっし、じゃあドンドン行こう!」

【わかりました。】

(えっ!? ドンドン!?)

 

 そして、その声とともに、今度は、ありえない光景がアスフィの前に広がった。

 アダマン鉱石が乗せられているカウンターの上に、次々と乗せられていく数々のレアアイテムたち。中にはアスフィすらも見たことのないアイテムが混じっている。

 

(あれはドラゴンの粗皮? それに鱗まで!? あっちはグリーンドラゴンが守護しているという宝石でしょうか? こ、これなんて、見たこともない宝石の原石です。ですが非常に高い魔力を感じます。こ、これは!! 嘘、あれは!! そんな!?)

 

 乗せられていくアイテムたちは、どれもこれもアダマン鉱石に勝るとも劣らない、超激レアアイテムばかりだ。その中には鉱石ではなく、きちんと精錬されたアダマンタイトまである。

 

 悪夢のような、または、アイテムメイカーとしてはある意味天国の様な光景を前に、目を白くするアスフィ。それを尻目に、ここぞとばかりにアイテムを並べていくルララ。カウンターの上がアイテムでいっぱいになるまで、それは続いた。

 

(これら全てを買い取れというのですか!? えっ!? 正気ですか?)

 

 流石にこのレベルのアイテムをぽんっと出す冒険者相手に、これ以上嘘を付いたら、どんなことになるのか想像もできない。

 アスフィは思った。こんなことになるのであれば、変な意地を張らず、素直に『うちじゃ買取りできません』と言うのであったと。小さなファミリアだから舐められてはいけないと、少々喧嘩腰で商談に望んだのも仇になった。あるいは、稀代のアイテムメイカーとして、レアアイテムを求める欲が出たのが不味かったか。アスフィは心の中で自らの選択が間違いであったことを素直に認めた……だが。

 

 だが、ここまできてもう引き下がることは出来ない。こうなったら、最後の最後まで貫き通すしかない。

 アスフィの額からは、緊張からか汗が流れ落ちる。相手は超激レアアイテムを多数所有する、おそらくは第一級クラスの冒険者。間違いなくアスフィよりも実力は上だろう。一手でも間違えれば、その瞬間、首と胴体がお別れしてもおかしくはない。まあ、既に一手ほど間違えちゃってる気がするが、なに気にすることはない。

 

「こ、これらも買い取り希望でしょうか?」努めて冷静さを装ってアスフィは言った。その声は僅かに震えている。間違いなく動揺していた。

【はい、お願いします。】そんなことを気にする素振りも見せずにルララは答えた。

「わ、わかりました。少々お待ちください」

 

 そう言うとアスフィは、ルララたちの目の前でアイテムの鑑定を始めた。

 震える体を必死に押さえ込みながら、慎重に作業を進めていくアスフィ。もし万が一傷でもつけようものなら、一瞬でこのファミリアは崩壊するだろう、細心の注意を払う必要があった。なんて綱渡り……。しかも、そのレベルのアイテムがごまんと並べられているのだ。先の見えない勝負に、目が眩みそうになる。一体これはどんな罰ゲームだ。

 

(これは、見たこともない金属ですね……ですがアダマンタイトにも負けないほどの魔力を感じます。それからこれは、何でしょうか? 何かの血? 物凄く禍々しいです。そして、うそ、これはまさか、エリクサーでしょうか? それがまるでポーションの様に大量に……もうやだぁ)

 

 カウンターに置かれたアイテムを一つ一つ手に取り、念入りに鑑定していくアスフィ。見れば見るほど、常識はずれなアイテム群だ。もはや、レアアイテムのバーゲンセール状態だ。

 最後に残った、異常なまでに風属性の魔力が篭った結晶体を鑑定し終えると、アスフィは観念した。

 

 ああ駄目だ……アダマン鉱石を相手にするだけでも、一杯一杯なのに、何だこれは? こんなの相手するのは無理がある。不可能だ。もうお家に帰りたい。あ、お家はここだった。

 

「お、終わりました」もはや半べそ状態でアスフィは言った。

「おお! それでどんな感じだった??」

【楽しみです!】

 

 アスフィの異変に全く気づいていないリチャードとルララ。その言葉は、アスフィには死刑宣告のように聞こえた。

 

「し、しめて……いっ……」

「いっ!?」

「いっ、一千万……ヴァリスになります!!」

 

 言った! 言ってやった! 言ってやったぞぉおお!! さぁどうだ!!?

 

「お、おおおおおおお!!! 一千万!! 一千万ヴァリスだってよ、嬢ちゃん!! やばいぞ、大金持ちだ!!!」

【やったー!】

 

 『やったー!』のは私の方だ! やったああああああ!! 生き延びたぁあああ!!!! 勝ったぁああああああああああ!!!!

 思わず立ち上がって両手を高く掲げるアスフィ。それに釣られ、リチャードとルララも同じように両手を掲げた。YATTA! YATTA! YATTA! いや~生きてるって素晴らしい!!

 

「やべぇえ、あんな笑顔の団長みたことねぇ」

 

 その様子を、奥の作業場から見守っていたキークスは、団長の今まで見たこともない満面の笑顔を見て、そんなことを呟いていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「はい、それでは約束の一千万ヴァリスになります」

 

 その後の商談は、トントン拍子に進んでいった。アスフィはここに来てようやく、相手がド素人の“鴨”だと理解したようだ。というか、鴨どころか鴨が葱背負って鍋まで持ってきて自分で料理し始めた感じの相手だった。アスフィがしたことは、出来上がった料理を美味しく頂くだけだった。

 それならばもっと値段を下げようかとも考えたが、これ以上欲を出すのは控えることにした。下手に薮をつついて蛇でも出てきたら、大変だからだ。

 

 ファミリアの金庫から約束のヴァリスを持ってこさせ、リチャードたちの前に置くアスフィ。ドンと置かれた大量のヴァリスがカウンターの上にそびえ立つ。さっきまであった、アイテム群は既に片付けられている。

 

 こうして、積み上がったヴァリスを見ると、一千万ヴァリスというのは物凄い大金だと感じる。まあ、さっきまであったアイテム群に比べると、見劣るどころの話ではないのだが。

 

「やばいな、俺、こんなにヴァリスが積み上がっているのを見るのは初めてだぞ」

【/happy】【やったー】【ハウジング】【ください。】

 

 まあ、それでも相手が喜んでいるのだ、問題無いだろう。あんまり水を差すのも失礼だろうし……。

 

「それでは、本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

 

 この短い時間でここ数年のファミリアの収支と、ほぼ等しい額を稼いだアスフィは、ほくほく顔だ。あとは余計なことを言い出す前に、さっさとお引き取り願おう。

 

「ああ! 今日はありがとう。次があるかは、まあ、それは嬢ちゃん次第だが、こんだけ稼げたんだからまた来るだろう。な! 嬢ちゃん」

【はい、お願いします。】【また会いましょう】

 

 いえ、今日あなた達が稼いだのは本来の百分の一くらいです。でもそんなことは言いません。冒険者道は弱肉強食なのだ、慈悲はない。騙される方が悪いのです……諸行無常。

 

「はい! その時は是非、我がヘルメス・ファミリア『トリスメギストスの道具屋』へお越しください! お待ちしております」 

 

 そう心にも無い事を言うと、アスフィはリチャードたちの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。

 しばらくして、リチャードたちの姿が完全に見えなくなったのを確認すると、アスフィはようやく頭を上げた。

 

「しかし、とんでもない客でしたね……団長」そうアスフィに声をかけるのは、キークスだ。

「全くです、死ぬかと思いましたよ。もう二度とゴメンです」溜息をつきながらアスフィは、カウンターにのしかかり脱力した。

 

「ハハハ、大変でしたね」

「大変でしたねって、元はといえば、キークス、あなたのせいですよ?」

「そ、それは……でも俺のおかげでもあるんですよ? リチャードは俺の知り合いですし」

「それは、まあ、そうですが……」

「そうですよ。だからもっと俺を褒めて下さい」

「キークス……あなたという人は……まあ良いでしょう、こちらに来なさい」

 

 これは怒られるか、と思っていたキークスだったが、意外や意外、アスフィは怒るどころかキークスを褒めてくれるようだ。近づくと頭をなでなでしてくれた。

 アスフィの柔らかく、細い指がキークスの頭に添えられる。そのまま彼の頭を撫でる。あまりの気持ちよさに、キークスは目を細めた。ああ、俺、今、幸せの絶頂の中にいる……ここは天国だ……。

 

 どれくらい、そうしていただろうか……できれば一生そうしていたかったが、キークスの頭から、アスフィの手が離された。

 

「も、もういいでしょう?」恥ずかしさのあまり赤面するアスフィ。

「え、えぇ。ありがとうございました」

 

 物足りなそうにするキークス。こんな機会は滅多にないのだ、もう少し堪能していたかった。

 微妙に気まずい雰囲気があたりに立ち込める。

 

「そ、そういえば、なんというか末恐ろしい冒険者でしたね!」

 

 そんな雰囲気を打破するために、キークスは無理矢理話題を出した。

 

「え? えぇ、できることなら、一生関わりたくない相手でしたね」

 

 未だに少し、ぼーとしているアスフィは慌てて同意した。

 元々、このファミリアは、あまり目立ちたくない者たちが寄り集まってできたファミリアだ。無用な争いやトラブルはご遠慮したいのが本音だ。

 

 高レベルの冒険者なんて、いるだけでトラブルの元になる。そんなものに関わるのはご免だ。ただでさえ、自由奔放な主神に苦労しているというのに。

 ああ、主神の顔を思い出したら、なんだか余計に疲れてきた。

 

「今日はもう閉店とすることにしましょうか」急激な疲労感に見舞われたアスフィは、そう提案した。

「お! いいんですか?」キークスは嬉しそうに言う。退屈な店番をやらなくてすむなら大歓迎だ。

「私も今日は疲れましたし、それに……」そう言うとアスフィは店内を見渡した。

「見たところ客もいないようですからね」

 

 リチャードとルララが去った店内には、誰もおらず、閑古鳥が鳴いていた。見慣れた、いつも通りの、我がファミリアの日常が戻ってきていた。それが今はとても愛しく思える。

 誰もいない店内を見ると、ファミリアの財政状況が危ぶまれるが、今日来たお客のお陰で、それも、しばらく心配する必要はなさそうだ。

 

「感謝しますよ。小さな冒険者さん」

 

 アスフィの声が静かに響いた。その後待ち構えている苦難の事など知らずに……。

 

 

 




 今回出てきた『トリスメギストスの道具屋』はオリジナル設定です。


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リチャード・パテルの場合 5

 『トリスメギストスの道具屋』を出たのは、昼時を少し過ぎたぐらいの時間であった。

 

 交渉を終え、『トリスメギストスの道具屋』を後にしたリチャードたちは、西のメインストリートへと移動していた。目指す場所は『豊穣の女主人』だ。

 

 『豊穣の女主人』はドワーフ族であるミア・グランドが女将を務める、冒険者向けの酒場だ。夜には多くの冒険者で溢れる酒場であるが、昼飯時には、ダンジョンに潜らない、普通の労働者向けの食事も提供していたりする。夜間での食事の値段は、冒険者向けということもあり、少々値が張るが、日中の場合は、リーズナブルな値段で、量も多い食事が楽しめるのだ。そのため、決して、懐事情がよろしくない、労働者たちに人気となっている。

 

 冒険者と労働者の収入差は大きい。命がけで一攫千金を狙う冒険者に対して、命の危機が少ない労働者の、収入が少ないのは当然であるが、特にオラリオでは、比較的その傾向が強い。オラリオの主要産業は、ダンジョンから産出される魔石の取引であり、その魔石の生産者である冒険者たちの価値は、他の都市と比べて相対的に高くなるのは、必然であると言えた。

 

 オラリオに暮らす人々の、そのほとんどが、最初は、冒険者になることを目指すのであるが、当然のことながら、中には冒険者になれない者もいる。いや、むしろ、冒険者になれる者の方が少ないと言えるだろう。

 冒険者になれなかった者たちは、彼らが憧れた、自由で、華やかな職業の冒険者ではなく、地味で、面白みもない労働者か、もしくは、薄暗いスラム街で、違法な商売に身を費やすしかない。あるいは、自らの身体を商品にするかだ。

 

 そして、もっと悪い事に、冒険者と、一般労働者の間には、埋めることのできない大きな格差があった。恩恵(ファルナ)だ。

 神々から与えられし恩恵(ファルナ)は、与えられただけで、特に訓練などしたこともない一般人が、最弱の部類であるといえども、ゴブリンやコボルトといったモンスターを、打倒することができる程度の能力が得られてしまうのだ。また、料理人や、鍛冶師などといった技術職においてさえも、恩恵(ファルナ)の影響は絶大だ。

 

 要するに、恩恵(ファルナ)を与えられているか、いないか、というだけで、生物としての強さや、性能に大きな隔たりができてしまうのだ。ただの荷物運びだけでも恩恵(ファルナ)持ちと、そうでない者とでは、作業効率が圧倒的に違ってくる。

 

 そのため、ただの雑用や作業でも、冒険者──いや、正確には恩恵(ファルナ)持ちの人間──に依頼する場合が多く、恩恵(ファルナ)を与えられていない、本当にまっさらな人間には、碌な仕事が残っていないのだ。むしろ『恩恵(ファルナ)なし』として、差別されてもおかしくはないのが現状だ。そこら辺の事情に関しては、ギルドなどの尽力もあって、今のところ、そういった事態にはなっていないが、それでも、冒険者は、恩恵(ファルナ)を持っていない労働者を、内心では馬鹿にして見下しているし、労働者は労働者で、ほぼ特権階級に近い冒険者を羨み、妬み、疎んでいる。

 

 つまり、何が言いたいのかというと、冒険者と労働者の間には、越えることのできない、非常に大きな『壁』が存在しているということだ。それが原因であるのか、彼らは、基本的に、仲があまりよろしくない。

 そういった意味では『豊穣の女主人』はうまくやっていると言える。

 

 多くの冒険者がダンジョンに潜っている時間に、労働者向けの商売をし、多くの冒険者が酒場へと向かう時間に、冒険者向けの商売をする。需要と供給を読んだ良い商売と言えるだろう。

 そんな『豊穣の女主人』に、なぜ、冒険者であるリチャードたちが、昼間にも関わらず、向かっているのかというと、それは、まあ、当たり前のことだが、昼食をとるためだ。

 

 そもそも、リチャードがこの『豊穣の女主人』を知ったのは、半ば引退同然の状態の時に、ふらふらと街中を彷徨っている時に見つけたものだ。

 『豊穣の女主人』の存在は、噂で知っている程度であった。なにせ、この店は、オラリオでも随一のファミリアである、『ロキ・ファミリア』御用達の店だ、冒険者の間でも噂になるのもおかしくはない。可愛い給仕と美味しい食事、量も冒険者の底知れぬ食欲を十分に満たす程出てくる。だが、それに見合った恐ろしく高い値段。そんな店、リチャードには一生縁のない場所に思えた。とはいえ、気になっていたのは確かだ、特に、なんだ、そのう、可愛い給仕という部分に。

 

 そんな思いが無意識にリチャードを、この店に導いたのかもしれない、気が付くとリチャードは、『豊穣の女主人』の前に来ていた。中からは、とても美味しそうな匂いが漂ってくる。思わず店内に入ると、店内には、多くの労働者が食事をしていた。だが、意外なことであるが、夜の酒場とは違い、皆、黙々と食事をしている。お喋りに興じている者は誰一人としていない。そう、彼らには呑気にお喋りしている時間はないのだ。最低限に味わうだけで、流しこむように料理を食べる労働者たち。食べ終えると素早く席を離れ、食器を片付けるとそのまま店を出て行く。どうやら、食器などの片付けも自らでやるようだ、そのためか店内は給仕の姿は殆どない。

 

 空いた席には、案内なども特になく、労働者が座る。その手には既に料理が乗せられていた。どうやら先に注文をし、席につくシステムのようだ。料理の種類は見たところ2種類しかないようで、肉料理と魚料理しかない。どちらも40ヴァリスと、この手の店にしては、かなり安いといえる。見たところ、噂に違わぬ量であるようだ、そして、その香りから察するに、質に関しても問題無さそうであった。

 

 取りあえずリチャードは、鼻孔をピクピクさせ匂いを堪能した。少なくとも匂いはタダだ。

 そうこうしていると、どうやらリチャードの番がきたようだ。労働者たちの、突き刺さる視線でそれを感じ取ったリチャードは、前の人たちに習い、カウンターへと向かった。カウンターには店員がいた。その見た目からは、『どこにでもいる主婦が、暇な時間に仕事をしている』そういった印象を受ける。

 

 取りあえず、リチャードは肉料理を注文すると、店員は淡々と「40ヴァリス」と答えた。愛想のない対応であったが、不思議と、この場所の雰囲気にはあっているように感じた。

 40ヴァリスか……それぐらいの値段であればリチャードにだって払うことができる。懐からヴァリスを取り出すと店員に渡す。

 

 受け取った店員は、手慣れた感じで確認すると「肉料理!」と大きな声で言った。

 

 そうすると、待ち構えていたかのように、カウンターの奥から料理が運ばれてきた。

 それを受け取るとリチャードは店内を見渡し、空いている席を探す。タイミングの良いことに、丁度食事を終えた労働者が席を立った。その空いた席に流れるように座ると、早速リチャードは食事にとりかかった。

 

 その味は噂に違わぬ美味しさであった。それは、もう、今後ここに通いつめようと思うぐらいには。値段に関しても、リチャードの懐事情にいい具合にあっていた。まあ、本当のことを言えば、値段(そっち)の方が、行きつけになった主な理由であったが。

 今回の昼食はリチャードの奢りということになっている。既に大金を手にしたルララに、懐が寂しいリチャードが奢るなんて変な話だが、これは、当初から提案されていたことだ。

 

 リチャードには、どうしてもルララに聞きたいことがあるのだ。そのための昼食の誘いだ。そういった事情のため、リチャードの懐事情や、その他諸々を鑑みた結果、彼らは『豊穣の女主人』へと向かっているということだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 『豊穣の女主人』に着いたリチャードたちは、席に着くと、取りあえず、空腹を訴える胃を満たすために、食事をすることにした。話はその後でもいいだろう。

 店内は、時間も時間であるのか客の姿はまばらだ。

 

 目の前には、美味しそうな料理が置かれている。どちらも肉料理だ。香ばしい肉の香りが漂ってくるが、それを楽しむこともせずに、ガツガツと料理と食べるリチャードたち。お上品になんて言葉は、冒険者の辞書にはない。

 

 瞬く間になくなった料理に、少し物足りなさを感じるが、今日の目的は美味しい食事を楽しむことではない。

 食べ終え、空腹を満たしたリチャードたちは、早速会話を開始した。

 

「そんで、本題に入る前にあれなんだが、本当に良かったのか? 嬢ちゃん。そんな大金持ち歩くなんて、こっちは気が気でないんだが……」

 

 リチャードは本題に入る前に、まず、そのことを聞いた。

 ルララは『トリスメギストスの道具屋』で得た大金を、どこかの金庫に預けることもせず、全て持ち歩いている。それがリチャードには気になっていた。

 

 なんせ、ルララの今の所持金は、少なくとも、一千万ヴァリス以上だ。そんな大金を全て持ち歩いていると思うと、幾ら当人でないといえども、心配になるというものだ。

 リチャードは、てっきり、一度どこかの金庫に預けるのだと思っていたのだが、そういった素振りを一切ルララは見せていない。

 

 リチャードの問いかけに対し、ルララは平坦な声で【気にしないでください】と答えた。

 

「そうか……まあ、嬢ちゃんがそれで良いんなら、それで良いんだが……」

 

 そう言われてしまっては、リチャードにはもう何も言えない。気を取り直して本題に入ることにした。

 

「んじゃあ本題に入るけどな……今日、嬢ちゃんを食事に誘ったのは他でもない、あのドラゴンに関してだ」

 

 先日捕獲したドラゴンは、現在ガネーシャ・ファミリアで、厳重に捕縛されている。

 急遽、建造された特製の檻に入れられたドラゴンは、今は存外に大人しいもので、檻の中で悠々自適に過ごしている。

 

 ちなみに、ファミリアの伝統である『メインイベンターは単独で全ての準備を行う』というのは、あまりにも規格外のモンスターのため、今回ばかりは特例として免除ということになっている。このモンスターを相手にするには、ファミリア一丸となって、挑まなくては死人が出るレベルなのだ。

 今は大人しいドラゴンでも、明後日には檻から解き放たれ、その凶暴性を遺憾なく発揮するだろう。そして、それに直接対峙するのはリチャードただ一人だ。ここに関しては、当初より変わっていない。当然だがルララの助力は得られない。

 

 だからこそ、リチャードはルララに聞かなくてはならないのだ。あのドラゴンに対峙したことがあるのは、今のところ、ルララただ一人なのだから。

 

「どんなことでも構わない。嬢ちゃんが戦ったドラゴンについて聞かせてくれ」

 

 そう言うとリチャードは頭を下げた。

 

 リチャードの頼みに、ルララは少し思案すると【わかりました。】と答える。そうして、ルララによるドラゴン対策の講義が始まった。ルララの説明は、まあ、そのう、難解を極めた。

 

「そ、それはなんだ? えーっと、口からゲロ? ち、違うか……ブ、ブレス? そうかブレスか!? それが、あー? それは2か? 2種類ってことか? そうか合ってるか! つまり奴はブレスを2種類吐くんだな」

 

 現在ルララは、ドラゴンのブレスについて説明中だ。奇妙な動きで、ブレスを表現している。腕を真っ直ぐに伸ばして、ドラゴンのブレスの真似をするパターンと、腕を大きく広げてブレスを吐くパターンの2パターンをやっている。

 

「そして……ブレスは真っ直ぐのと、大きく広がるのがあるということか? 嬢ちゃん俺が喰らったのはどっちなんだ?」

 

 ルララは腕を大きく広げた。

 

「そうか、広がるやつか……そういえば俺が喰らったブレスは、床に毒沼を広げていたな。それが広がるってことか。じゃあ真っ直ぐってのはどんなんなんだ?」

 

 ルララは腕を伸ばすと、真っ直ぐ前進し、そのまま壁にぶつかるまで進んだ。

 

「あー、ずっと真っ直ぐで、ぶつかるまで直進する? それは……ブレスはずっと真っ直ぐ飛んでくってことか? そんで壁まで行く……なにか障害物に当たるまでブレスは飛んで行く? ん? ちょっと違う?」

 

 再びルララは壁へと向かって移動する、先ほどと違うのは、壁に向かって進む間ずっと腕をクロスさせている。

 

「ブレスの移動中はクロス? 違う? あーもしかしてバツか? おお合ってるか……んじゃ直進するブレスの軌道上はバツってことか? それをまとめると、直進のブレスはめっちゃ遠くまで届くし、その軌道上は全部ダメってことか。うーむ、そうなると対応策はサイドに避けるしかないってことか?」

【本当に?】

「ん? 嬢ちゃん、何かいい考えがあるのか? どれどれやってみてくれ……」

「……んなっ!? そ、それはやばくないか?」

「まじか……そうか、そうだよな……ああ、やってみるよ」

「それで、次なんだが……

 

 そんなやり取りは、店側からのやんわりとした注意喚起がくるまで続けられた。リチャードたちの行動はどう見たって営業妨害であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 店員から注意を受けた後、リチャードたちは追加の注文をしていた。

 やんわりと注意してきた店員の言葉の裏を読む限りでは「碌に注文もしないで、長々と居座るんじゃないぞ、ワレェ」であったので、その意を汲んで追加注文をすることにしたのだ。流石に、やり過ぎたという自覚はあるのだ。

 

 幸い、追加注文には困ることはなかった。

 

 既に昼時を過ぎ、今の若い女性風に言うのであれば、アフタヌーンティーの時間になっていた。

 最近のオラリオでは、午後3時頃にアフタヌーンティーの時間と称して、お菓子やお茶などを優雅に楽しむのが、女神たち、もしくは、上流階級の女性冒険者を中心にブームになっていた。

 

 そのブームの影響か、『豊穣の女主人』でも、この時間には、女性向けのデザートなども出すようになったようだ。多少値が張るが、こういった嗜好品は比較的高価になりやすいものだ。それでも、『豊穣の女主人』が提供するものは、他の専門店などに比べると、比較的安価であるため、上流階級の真似事をしたい庶民の女性を中心として、人気があるようだ。まあ、その分、優雅とは少し違う雰囲気で、アフタヌーンティーを楽しむことになるのだが。あくまでも、この店は酒場であって、冒険者や労働者を相手に商売をする店なのだ。

 

 普段であれば、こんな時間にはこの店にこないリチャードにとって、これは意外な発見であった。随分と手広くやっているのだな。

 気がつけば、リチャードたちの周りには、女性客で溢れていた。そういえば、いつの間にか給仕も可愛い女の子に代わっている。

 

 先程までは、筋骨逞しい労働者ばかりの、汗臭い男臭い雰囲気であったのに、今では、キャハハでウフフな雰囲気が形成されている。物凄い変わりようだ。

 少し居づらい雰囲気であったが、今更、外面を気にするリチャードではない、滅多にない機会だ、この際、この雰囲気を楽しもうと考えることにした。

 

 それに、別に、これといって、リチャードは甘いものは嫌いではないのだ。いや、むしろ、好きだと言える。勘違いしてほしくないのだが、決して、可愛い給仕に目がくらんだ訳ではない。

 ルララの方は……うーむ、あまり良くわからない。まあ、嫌がっている様子もないので問題無いだろう。

 

 ちなみに、支払いに関しても特に問題ない。今回の件に関しては、ファミリアから予算が出ているのだ。

『重要な情報を得るために予算が欲しい』と、ファミリアの会計係に聞いてみたところ、結構、すんなり予算が下りたのだ。

 

 晴れて、正式にメインイベンターとなったリチャードに対して、ファミリアは全面的なバックアップをすることに決めていた。なので、相当、荒唐無稽な要望でなければほとんどが通るようになっている。まあ、肝心の準備などにおける段取りは、既に、団長の方が、全て取り仕切って進めてくれているので、リチャードから要望を上げるとすれば、こういった情報収集ぐらいで、無茶な要望など上げようもないのだが。

 

 それなので、今回に関しては、本当に珍しいことであるが、金銭的な心配事はリチャードには無い。むしろ、随分と余裕がある。いつもであれば、目ん玉飛び出るぐらい高いお茶代も、全然平気だ。うん、全然平気。

 まあ、そうはいっても、ルララほど余裕はないが、それでも、この店の支払いぐらいは全く問題ない。無いったら無い。

 

「なんとも締まらない感じになっちまったな、嬢ちゃん」

 

 注文した品が届くには、少し時間がかかる様だ。

 既に、ルララからの説明は粗方終えていた。こうなってくると、特に話すこともなくなってくる。リチャードとルララは、お互い世間話に花を咲かせるような間柄ではないし、元々リチャードも話好きというわけでもない、ルララに至っては基本無言だ。

 

 リチャードの言葉を最後に沈黙が続く。

 

 なんともいえない雰囲気に、ちょっと居心地が悪くなってくるリチャード。なんだか周りから視線も、妙に感じる気がする。

 そういえば、店内にいる男はリチャードただ一人だった。

 それが、見た目幼い小人族の少女と一緒にいるのだ、悪目立ちもするだろう。良い見方をすれば『まるで親子の様ですね』と思うだろうか? だが、すこし穿った見方をすれば、今のリチャードの現状は、通報ものの状況だ。

 

 それに加え、リチャードの着ている服も、少しこの場には具合が悪かった。

 これが労働者の多い昼時であるならば、問題なかった──むしろその時間帯は、着飾った服装であるほうが問題だ──のだが、今の時間帯では、場違いもいいところだった。

 店内にいる客たちは、そんなリチャードたちを遠巻きに見つめて、ひそひそと話題にしている。

 

(ぐっ……しまった。これは……予想以上にアウェー感が強い。やはりさっさと出てしまうべきだったか?)

 

 不穏な空気を醸し出し始めた店内。

 しかし、そんな空気をぶち壊してくれるかのように、彼らに声をかける者がいた。

 

「白い髪に赤い目……その見た目は、もしかしてあなたルララちゃんじゃない!? ねー! アンー、そうでしょ? この子が噂のルララちゃんでしょ?」

「ちょっとエルザ……恥ずかしいから大きい声で呼ぶのやめて……って! ルララさん!? それに……えっとこの間の……冒険者さん!? どうしてこんなところに?」

 

 リチャードたちに声をかけてきたのは、先日リチャードにルララの情報を与えてくれた、フレイヤ・ファミリア所属の冒険者アンナ・シェーンと、その相棒、犬人(シアンスロープ)のエルザ・イディナであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 女性ばかりの店内で出会ったのは意外な知人であった。いや、知人と呼べるかも怪しい関係ではあるが、それでも、リチャードにとっては、恩人とその関係者であることに違いはなかった。

 

 どうやら、彼女たちはこの店に来たばかりのようだ。

 

 特に、何か勧めたわけではないが、アンナたちは自然とリチャードたちの席に座った。

 かなり大胆な行動であるとリチャードは思ったが、見た目麗しい子に囲まれるのは、大歓迎であったので、抗議することはしなかった。うむ、ちょっとしたハーレムを形成した気分だ。店内もちょうど女性だらけだし。ハーレム王に俺はなる!

 

 だが、そんなリチャードの内心とは違い、彼女たちの話題の中心はリチャードではなくルララであった。

 

「いやーでも、まさかこんなところで、噂のルララちゃんに会えるとは思ってもいなかったよー」

 

 そう言ったのはエルザだ。

 

 エルザは輝くようなブロンドの髪の犬人(シアンスロープ)の女性で、身長はアンナよりも少し小さいぐらいだ。犬人(シアンスロープ)特有の人懐こい笑顔は、親しみやすい印象を与え、彼女の活発さと合わさり、見るものに不思議な暖かみをもたらしていた。膝の上にはルララが乗せられていて、ちょうど彼女を抱え込むようにしている。

 

「確かにちょっと意外でした。ルララさんもこういったところに来るんですね」

 

 アンナのイメージの中では、ルララは、こういった店で働くことはあっても、食事をしに来るということはなかった。なんだかんだ言っても、ルララさんも女の子ということか。

 

「ああーそれにしても可愛いぃいいい!!」

 

 興奮しきって、ルララを撫でくりまわし始めたエルザ。過剰なスキンシップも犬人(シアンスロープ)ならではのものだ。特に、彼女の場合は、それがちょっと過激になりやすい傾向にある、特に彼女が大好きなもの──可愛いもの、美味しいもの──だと、それがより強くなる。

 よく一緒にいるアンナは、それに何度も騙され、そして悩まされた。ほんと、もう、色んな意味で。

 

「あぁ……ほんとぉ……すごーく可愛い……ハァハァ」

 

 彼女の頬が赤く上気し、瞳に正気の色が消え、息が荒くなってくる。やばい兆候だ。この万年発情犬め……油断も隙もない。

 アンナは慣れたようにエルザの耳を掴むと……「エルザ、めッ!」と叫んだ。

 

「きゃうん!!」子犬のような声を上げるエルザ。その瞳に正気が戻ってくる。

「エーールーーザー??」

 

 一体全体、どこからそんな恐ろしい声が出てくるのか。地獄の奥底にいる、悪鬼の如き声色に、底知れぬ恐怖をエルザは感じた。

 

「うわぁ! ご、ごめんよアン! でもこれは仕方がないんだ。そう本能! 犬人(シアンスロープ)の本能ってやつで……」

 

 オラリオ中の犬人(シアンスロープ)から『そんな訳あるか!』と突っ込みが入りそうな言い訳をするエルザ。

 

「ふぅぅーーん、そうなんだ色々と調べ上げる必要がありそうね」全く納得行っていない様子でアンナは言った。

「そ、そんなぁ……うぅう、助けてルララちゃん!」

「あ、ちょっと! ルララさんを盾にするなんて卑怯よエルザ!」

「なにおー! そう言うアンだってルララちゃんに守ってもらったって言ってたじゃん! だったらこれでおあいこですぅ。卑怯じゃありませんー」

「なっ! それとこれとは話は別でしょ!」

「違くないですー、一緒ですー」

「こ、の……減らず口を……」

 

 わーわーきゃーきゃー。

 

 女三人寄れば姦しいとは誰が言ったことだろうか。それが真実であったと、すっかり置いてきぼりになったリチャードは、目の前の光景を見て思った。

 まあ、その内若干一名は全く喋ってないが、それでも、なんだかんだいって楽しそうだ。

 

 そんな彼女たちを見て、もし結婚して子供が生まれたら、こんな感じになるのだろうか? そんなことを考える、アラフォー独身のリチャード君であった。

 

 

 

 *

 

 

 

「そう言えば……リチャードさん? でしたっけ、ルララちゃんとはどういった関係なんですか?」

 

 ついさっきまで、女の子同士で会話に花を咲かせていたのに、急にリチャードに話を振ってきたエルザ。女の子の会話の流れは良くわからん。

 

「ん? ああ、俺か? そうだな、嬢ちゃんとはクエストの依頼した関係でな、今日はその報酬でここに来たんだ。ちなみに、アンナちゃんに紹介して貰ったんだ」いきなり話を振られびっくりしたリチャードは早口でそう言った。

「へぇー、でもクエストの報酬をスイーツにするなんて、リチャードさん、中々に洒落てるじゃないですかー」

「そ、そうか? ハハハ、最近の子にそう言われるとなんだか照れるな……」

 

 本当はただの昼食だったのだが……まあ、それは言わないでおこう。

 それにしても、最近の子はこういったお菓子をスイーツと言うらしい。おじさんまた1つ賢くなったわ。

 

「そうですよ、私だったらスイーツを報酬にしてくれたら()()()()()しちゃいますよー」

 

 けらけらと可愛らしく笑うエルザ。その言葉に、膝の上にいるルララが一瞬反応した。

 

「ん? なになに、ルララちゃんなにか気になることでもあった?」

【気にしないでください。】

「わお!! ほんとにそんな感じで喋るんだ! 聞いていた通りすっごい抑揚のない声!」

 

 エルザという娘は、どうやら、何にでも物おじせず、正直に感じたままに言う子のようだ。しかし、彼女のもつ底抜けの明るさのお陰か、嫌な印象は受けない。

 

「そういえば、ルララさんと一緒にいるということは、上手いこと出会えたみたいですね。クエストの方は上手くいったんですか?」今度はアンナからの質問だ。

「ああ、お陰さまで上手いこといったよ。かなり大変だったけどな……まあ、色々と……」

 

 そう言うと、遠い目をするリチャード。思い出されるのは街中を走り回って、ダンジョンを駆け抜け、疾走した日々……あれ? 俺、走ることしかしてなくね?

 

「そうですか……大変だったんですね……」

 

 同じく遠い目をするアンナ。ミノタウロスに襲われ、命からがら生還したことを思い出す。今になって冷静に考えると、もうちょっと早く助けてくれても良かったのでは? と思ってしまう。もちろん、助かったのはルララのお陰だから、文句の言い様もないのだが。

 

「苦労したんだな……」

「苦労したんですね……」

 

 二人の間には奇妙な友情が芽生えようとしていた。

 

「なんか面白くなーい」

 

 なんだか良い雰囲気に、不機嫌なご様子のエルザ。

 しかし安心していい、彼らの友情は男女のキャハハウフフなものではなく、どちらかと言えば、ルララ・ルラ被害者の会、といった感じのネガティブシンキングな友情だ。もしくは傷の舐め合い。その関係に未来はない。

 

「ハハハ、まあ、安心してくれ。エルザちゃんから、アンナちゃんはとらんよ」エルザの機嫌を察してリチャードは言った。

「そうですよ! アンは私のものですから他人には渡しません!」そう言うとエルザは、これ見よがしにアンナに抱きついた。

「うわっ! ちょっと、エルザいきなり抱きしめないでよ! それに、そういうことは、変な誤解を招くから、人前で言わないでって、いつも言って……ってちょっと!? やだ、変なとこ触らないでよ! いや! っちょ……やめ! あっ」

「わふぅーーーー!!!!」

 

 エルザの勢いは留まることを知らず、大暴走をし始めたようだ。

 彼女の金色の尻尾が、猛烈な勢いでブルブルと振られている。どうやら先程、お預けになったのも、結構効いているらしい。

 

 こうなってしまっては、エルザを止められるものはどこにもいない、なんせ、止めるべき者は現在進行形で襲われ中だ。まあ、若干一名、止められそうな人物がいるが、その人物は止めるどころか『いいぞ、もっとやれ!』といった感じで二人をガン見している。全くけしからん! ああ、レズレズしい、レズレズしい。

 

(うわぁ……これが女冒険者同士のスキンシップか……噂は聞いていたが……まさかこれ程とは……うむ! 眼福、眼福、ご馳走様です!)

 

「わんわんおー! わんわんおー!!」

「あぁ! ちょっとエルザ? それは洒落になってないよ!? ちょっとやめ! やだ! アッー!」

 

 

 

 *

 

 

 

「……大変お恥ずかしいところをお見せしました……」顔を真っ赤にしながらアンナは言った。

「い、いや……そのう、け、結構なお手前……「なにか言いましたか?」……いえ何でもないです」

 

 孤立無援の状態から、なんとか自力で脱出したアンナは、乱れた着衣と呼吸を正しながら、何事もなかったかのように振る舞った。そうR18的なことは何もなかったのだ。ナニモナカッタノダ。

 

 エルザの方はというと、アンナに気絶させられて、床に倒れている。その顔は晴れやかで、心なしかすっきりしている。

 

「ア、アンナちゃん……エルザちゃんは起こさなくて……「放っておいてください、こんな駄犬」……はい、ワカリマシタ」アンナから発せられる謎の威圧に気圧され、リチャードは素直に従った。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が辺りを支配する。

 まあ、あんな光景みせられたとあっちゃ、ちょっとどうしたらいいかわからなくなるのも致し方無いだろう。

 そんな雰囲気を打ち砕いたのは意外や意外ルララであった。

 

【聞いて下さい。】【ショップ】【どうしてですか?】

「……えっと、もしかして、ここに来た理由を聞きたいんですか?」

 

 ルララの言葉を意訳してアンナは訊いた。

 アンナの問にルララは、うんうんと頷いた。どうやら合っているらしい。

 

「それはですね……「それはね! 最近噂になってた『豊穣の女主人』のスイーツを堪能しに来たんだよ!」……エルザ……あなたって人は……」いつの間にか目が覚めていたエルザが、アンナより先に答えた。

「ごめん、ごめん。悪かったよアン、その、色々とね」

「もう! そうやっていつも誤魔化すんだから……」まだまだ不満そうにアンナは言う。

「まあまあ、目が覚めたのは良かったじゃないか」慌てて、取り持つようにリチャードは言った。

「……しかし大丈夫なのか? ここはロキ・ファミリア御用達の店だろ? そんな店にフレイヤ・ファミリアの団員が来たら少々不味いんじゃないか?」

 

 話の流れを変えるため、冗談めかした調子でリチャードは言った。ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは仲が悪い、というのは結構有名な話だ。

 

「いやー流石にそんなことで、因縁つけられることはないでしょー……それに、そんなこと言うリチャードさんだって、ガネーシャ・ファミリアでしょ? いいの? こんなトコいて」

「まあ、そうなんだが……でも別に、ガネーシャ・ファミリア(うちは)、ロキ・ファミリアと仲悪いわけじゃないしな……」

「だったら問題ナッシング!! ……って言いたいところなんだけど……ね、アン」

「はい、実は我々フレイヤ・ファミリアの人間がここに来るのは少し不味いんです。ファミリア間の派閥争いの火種になりかねませんからね」少し小声になって、アンナは囁いた。

 

「仲が悪いとは聞いていたがそんなに悪いのか?」意外そうにリチャードは言う。まさか、そこまで仲が悪いとは思っていなかった。さっき言ったのは、冗談のつもりだったのに。

「お互い、最大派閥のファミリアですからね。色々と、縄張り争いとか、変なしがらみとか、派閥関係とか、プライドとか、そんな些細なことで、いざこざが起きやすいんですよ」

「全く面倒くさいよねー」エルザは心底そう思っているようだ。テーブルにうなだれてそう言った。

 

「大規模ファミリアならではの悩みってやつだな。うちも似たようなもんだが、そっち程ではないだろうな」似たような話は、ガネーシャ・ファミリアでも何回か聞いたことがある。大抵がほんの些細なことが発端だ。例えば、道を譲る、譲らないとか、蓋を開けてみたら、そんな、ほんと、どうでもいい内容だったりする。

 

「だったら、尚更まずいんじゃないか?」さっきまでの痴態を思い出し、リチャードは言った。敵地でおっ始めようとするなんて、敵さんが知ったら、気が狂いそうになるんじゃなかろうか。

 

「リチャードさんが一体、何を、考えているかわかりませんが……そうは言うものも、そんなこと、滅多に起きるものじゃないです。それでも、取りあえず、お互い面倒事を避けるために、出来るだけこういった場所は避けるようにしているんですが、実は、最近はそうでもないんです」

 

 それは痴態のことか? ついに露出に目覚めたのか? と一瞬思ったが、流石にそれは言わなかった。

 

「何かあったのか?」取りあえず、真剣そうな雰囲気を醸し出し、リチャードは訊いた。

「それがねー、どうにも最近、ロキ・ファミリアの動きが妙に少なくなっているみたいでね。そりゃ、遠征前とかになると、まあ、どこもそんな感じなんだけど……ロキ・ファミリアって、つい先週に遠征に行ったばかりなんだってー。そうすると、大遠征をするには時期尚早でしょ? それに遠征から帰ってきたばかりだって言うのに『()()()()()』だってー。ね、そうでしょ? アンナ」

 

 思っていたより結構深刻な話だった。

 

「意外ね……エルザ、あなた、ちゃんと団長の話聞いてたのね」本当に意外そうにアンナは言った。

「ぶーー! わたしだって、ちゃんと話聞く時は聞いてるんだよ? 忘れちゃうだけで!」

 

 はいはい、そうね、ちゃんと聞いているものね。エルザの抗議を軽く聞き流しつつ、興奮するエルザをなだめながら、アンナは続ける。

 

「それなので、私たちは、偵察ついでに情報収集するために、ここに来たというわけです」

「まあ、本当は、スイーツ八割、他二割だよねー。一度来てみたかったんだー!」エルザの口調は、本当に嬉しそうだ。これまで、ファミリアのしがらみで『豊穣の女主人』には、行きたくても行けていなかったのだ、嬉しさもひとしおだろう。しかし、それは失言であった。

「エールーザ?」

「わふー! ごめんなさい! ……でもアンナだって『楽しみだ』って言ってたじゃん!」

「もう、そういう余計なことは言わなくていいの!」顔を赤くしてアンナは言った。

「……」二人のやり取りを見て、なんとも言えないリチャードだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 リチャードたちが店を出たころは夕暮れ時だった。

 

 結局、アンナとエルザたちは、その後も情報収集するというよりは、ひたすらお喋りに興じていた。まあ、彼らの団長も、このうら若き乙女の冒険者に、多くを求めたりはしてないはずだ。きっと、普段頑張っている彼女たちに、色々と口実をつけて、かねてより行きたがっていた『豊穣の女主人』に行かしてあげたのだろう。これぐらいの年代の冒険者は、無理矢理にでも、あれこれ理由をつけて休ませてあげないと、どこまでも無理してしまうものだ。

 

 最終的に、アンナたちは散々楽しんだ後、思い出したかのように、通りがかった給仕に、最近のロキ・ファミリアの様子について訊いていた。訊かれた給仕は、なんといったか……確か、『シル』とかいう給仕であった。

 

 彼女は少し困った様子で『そういえば、最近来てないですね。なにかあったんでしょうか? 冒険者さん何か知りませんか?』と言っていた。逆に質問されてしまったアンナたちは、返答に窮していたが、慌てる彼女たちは、見ていて面白いものであった。情報収集慣れしてない様子から見ても、先程の考えが、正しいであろうと思われた。なんにせよ、これで、彼女たちのクエストはコンプリートということだ。

 

 ちなみに、支払いは全てリチャード持ちであった。もちろん抵抗はしたが、エルザの『ルララちゃんに出会えたのは、アンナのお陰なんですよね? じゃあその報酬ってことで!』という台詞にはぐぅの音も出なかった。

 結局、随分と余裕のあったはずの、懐は例の如く寂しいものとなってしまった。帰ったら会計係に謝らなくては……。

 

 アンナたちは、会計を済ましたリチャードを外で待ち構えていて、リチャードが出てくるのを見計らって「今日はご馳走様でした!」と礼儀正しくお礼を言ってくれた。大規模ファミリアに所属しているだけあって、そういった、礼儀はしっかりわきまえているのだ。

 

「今日は本当にありがとうございました。すみません、エルザが変なこと言っちゃって……」申し訳なさそうなアンナ。

「もう! そうやって、アンナはすぐ私のせいにするー……まあいいか。リチャードさん! ルララちゃん! 今日は楽しかったよ! また一緒に行こうねー!」対して相変わらず明るい調子なのはエルザだ。

「まあ、俺も今日は楽しかったし気にしないでくれ。それに、アンナちゃんに礼を言ってなかったも事実だしな」照れくさそうにリチャードは言った。それに、可愛い子と食事も出来たしな。

 

「じゃあ、今日はこの辺で失礼します。明後日の怪物祭、頑張って下さいね。私たちも見に行く予定ですので、応援しています」

「そうそう、頑張ってね、リチャードさん! それじゃあ、まったねー!」

 

 礼儀正しくお辞儀して去っていくアンナと、ぶんぶんと元気よく手を振りながら去っていくエルザ。随分と凸凹コンビな感じだが、今日、見た印象では、中々に良いコンビのようだ。それが少し羨ましいと思う。昔は俺も──いや、止めておこう。

 

「さて、それじゃ俺達も帰るとするか、っとその前に……」リチャードは懐を弄ると何かを探し始めた。

「ん? あれ……どこやったかな? っ! あ、あったあった。……嬢ちゃん、受け取ってくれ」

 

 リチャードから差し出されたのは、くしゃくしゃになったゴミ切れ──ではなく、チケットだった。くしゃくしゃなのは違っていなかったが。

 

【何ですか?】受け取ったルララが質問をする。

「明後日の怪物祭のチケットで、その特等席の指定券だ。ハハハ、なんだか照れくさいが、嬢ちゃんには凄く世話になったしな、是非見に来て欲しいんだ」そう、リチャードは言った。

 

 受け取ったチケットをまじまじと見つめるルララ。

 その様子を見ながら、リチャードは続ける。

 

「嬢ちゃんには本当感謝しているんだ。腐っていた俺が、ここまでこれたのは、他でもない嬢ちゃんのお陰だ。聞いてくれ嬢ちゃん、俺は昨日LV.4になったんだ」

 

 ルララとダンジョンに潜った二日間は、恩恵(ファルナ)に偉業であると認めさせる程のことであったのだ。あの二日間、特にリチャードが何かしたということはない。つまり、完全にルララのお陰で、ランクアップすることが出来たのだ。

 

「俺一人じゃ、絶対にここまで来れなかった、きっと、今頃どこかで野垂れ死んでたはずさ。ハハハ、ホント、嬢ちゃんには助けられてばかりだな……それでも明後日には、その、まじで怖いが、あのドラゴンと一対一で戦わなくちゃならん。最悪、死ぬかもしれん」

 

 そのことを想像したのか、リチャードの顔が強張る。

 

「それでも……それでも、俺はもう逃げたりしない。決めたんだ、嬢ちゃん……俺は、アンタみたいな冒険者になるって。明後日はその第一歩だ。それを嬢ちゃんに見ていて欲しい」

 

 それは、ひたすら燻っていた、リチャード・パテルという冒険者の、最後の決意表明だった。

 その決意を受けルララは微笑みながら言う。

 

【わかりました。】【あさって】【がんばって!】【楽しみです!】

 

 相変わらず感情の乗ってない台詞だが、その言葉は、他のどんな応援よりもリチャードをやる気にさせた。

 

「おっし! まあ、見ててくれ! あんなドラゴン、軽く屈服させてやるぜ!!」ハハハと、大声で笑うリチャード。その笑い声は、僅かに震えていた。これは、あれだ、武者震いってやつだ。

 

「それじゃあ、俺は帰って、今日嬢ちゃんから聞いた話を元に、対策を練るとするぜ!」そう言うと、リチャードは改めてルララと向き合う。

 

「それじゃあ、明後日楽しみにしててくれよ! じゃあな嬢ちゃん!」

【今日は楽しかったです。】【また会いましょう!】

 

 そう言って二人は別れた。

 照りつける真っ赤な太陽が、やけに綺麗だ。思わず、その太陽に向かってリチャードは駈け出した。やがてその姿はオラリオの街に消えていった。

 

 

 

 

 



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リチャード・パテルの場合 6

 夢の中で、リチャードとマンティコアが向き合っていた。

 

 マンティコアが言う「俺の左腕も欲しいか?」と。

 

 リチャードは答える「いいやその必要はないよ」と。

 

 マンティコアは少し寂しそうな顔をして、夢の中に消えた。

 

 リチャードも少し寂しそうな顔をして「さよなら」と言った。

 

 

 

 *

 

 

 

 怪物祭の当日、リチャードはいつもより少し早い時間に覚醒した。

 

 いつもであれば、このまま二度寝と洒落こむところであるが、今日ばかりはそういってもいられない。昨日までの疲れを残さないために、昨夜は早めに床についたのが良かったのか、大して苦労せず、リチャードは寝床から抜けだした。

 

 軽くストレッチを行い、身体の調子を見る。多少、筋肉が張っているが、これは起きたばかりで、身体が固くなっているためであろう。その証拠に、少し動かしただけで、固まっていた筋肉がほぐれてくる。

 

 調子は……うむ! 悪くない。

 

 昨日まで行っていた、準備やリハーサル、そしてダンジョン探索の疲労は、十分抜けたようだ。意気込むあまり、最後の最後まで訓練に勤しんで、疲労困憊で結局碌なパフォーマンスをすることができない、というのは結構ありがちな話であるが、そういった事態はなんとか回避することができたようだ。

 

 そういった調整に関しては、意外に、リチャードは上手かった。まあ、ただ単に手を抜くのが上手いともいえるが、そういった能力が、案外、こういった大舞台では重要であったりする。そういった意味では、ガネーシャの人選は最適だったといえるだろう。

 リチャードは静かに寝室から出ると外に出る。乳白色の光が、朝霧のかかるオラリオの街中を、幻想的に照らしている。その中でリチャードは一度大きく伸びをすると、歩き出した。

 

 ゆっくりと、しかし、確かな足取りで、一歩一歩噛みしめるかのように進むリチャード。特にあてもなく、気の向くまま足の向くまま歩んでいく。

 

 頭の中にあるのは、今日の怪物祭のことだ。

 

 会場となる円形闘技場、そこに至るまでの道筋。

 対峙する巨大なドラゴン、その巨体から繰り出される攻撃。

 会場一杯にいる観客、彼らから発せられる声援や歓声。

 そして、常にその中心にいる自分。

 

 今日起こるであろう、ありとあらゆることを想定し、その結果をイメージしていく。その際、なにもかもが完璧に上手くいき、理想的な結末へと至るようにイメージするようにする。

 

 ふと、ドラゴンに食い千切られ絶命する姿が頭によぎる。

 

 それを、ブンブンと頭を振って頭の中から追い出す。

 こういった日は、どうしてもネガティブなイメージが湧き上がってくるが、極力ポジティブなイメージを考えるように努める。始める前から負けていては、決して勝つことはできないのだ。

 

 不安要素や、心配事、起こりうるアクシデントなども思案し、その対応策を練り、一つ一つ潰していく。どんなに事前に完璧な準備をしていても、本番では何が起きるかわからないのだ。なにか起きた時に、精神的に動揺していては、本来の実力を十分に発揮することは出来ない。唯でさえ、リチャードの実力を100%発揮できたとしても、対応するのが難しい相手なのだ、出来る限りのことはしておく必要がある。

 

 だからといって、考え過ぎるのもいけない。肉体と一緒で、脳も使いすぎれば機能不全に陥る。結局、身体を動かすのは脳なのだ。そこが疲れていては、とっさの判断や、柔軟な対応、限界を超えた動きをすることはできない。考えるんじゃない、感じるんだ。

 この複雑なジレンマに対し、自分の中で落とし所を見つけなくてはならない。

 

 清々しい早朝の空気の中で、リチャードは上手いこと“それ”が出来たようだ。昨日までと違った、まるで別人のように凛々しくなった表情から、それが察せられる。

 ファミリアの本部に帰ってくると、リチャードは共同の浴室に行き風呂に入る。これは、昨日団員たちに断りを入れて、事前に用意しておいたものだ。

 

 いつもより熱くした湯は、リチャードの体温を急激に上昇させ、それに伴って、血管が広がり、循環する血液量が増加していく。多くの血液を得た筋肉が覚醒し始め、反応速度が上がっていくのを感じる。関節のこりがとれ、動きが滑らかになっていく。

 徐々にではあるが、確実に、リチャードの肉体は休息の状態から、戦闘態勢へと移行していった。

 

 風呂から上がると、朝食を摂った。

 

 肉や、野菜など、腹に残るものはあまり食べずに、パンや米といった、消化のいい炭水化物を中心に水分を多めに摂取する。

 食事を終えると、トイレに行きたくなってくる。消化器系が十分に機能している証拠だ。

 

 本番で緊張し、胃が痛くなるなんてことになったら目も当てられないが、この調子なら問題は無さそうだ。

 

 怪物祭は正午から始まるが、自分の出番は祭典の最後──クライマックスの時だ。まだまだ時間は十分にある。

 僅かな緊張感と、リラックスした気持ちが混ざり合い、心地良い高揚感が微かにやってくる。

 精神状態も悪くないようだ。であるのであれば、後は人事を尽くして天命を待つ──だ。

 

 大舞台を前に、リチャードの肉体も精神も最高潮に達しようとしていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 怪物祭が行われる円形闘技場の片隅に、特別に用意された控室で、ガネーシャ・ファミリア団員たちは今か今かと出番を待っていた。各々割り当てられた部屋で、各チーム、ないしは個人の最後の調整を行っている。

 

 リチャードの部屋には、彼一人しかいない。その中でリチャードは、何をするということもなく、ただ、ぼうっとしていた。

 打てる手は全て打った、後は本番に望むだけだ。今更、慌てて何かすることはない。

 なので、リチャードは本番まで脳を休ませることにしていた。そういったのは大得意だ。

 

 リチャードの服装は、昨日までとは全然違い、綺羅びやかな儀式用の服装である。これは、今日のために特別に用意された特注品だ。贅沢にかつ繊細に施された装飾や刺繍から、この服が非常に高価であることがわかる。

 生まれてこの方、こんな高価なものを着たことがないリチャードは、若干の着心地の悪さを感じていた。

 

 こんな格好俺には不釣り合いだ──そう考えるリチャードであるが、端から見れば十分に似合っていた。まさに馬子にも衣装といったところだ。

 とはいえ、そんな些細なことを気にしている場合ではない。この程度のことで心を乱してはいけない。これぐらいは想定の範囲内だ。

 

 静寂に包まれる控室。微かに聞こえる歓声をBGMに、リチャードは静かにきたるべき時に備え過ごしていた。

 

 そんな、リチャードの元に訪れるものがいる。

 軽くノックされる扉。

 団員の誰かだろうか? そう思いながらリチャードは「どうぞ」と言った。

 

「なんだ嬢ちゃんか……」

 

 中に入ってきたのは、意外や意外ルララであった。これはちょっと想定外の事態だ。だが、悪いことじゃない。一人で集中するのもいいが、誰かと会話をして、緊張をほぐすのも良いことだ。それが例え、相手が無口な冒険者であってもだ。

 

「どうしたんだ? 嬢ちゃん。まさか応援しにきてくれたのか?」朗らかに笑いながらリチャードは言った。

 

 恐らくはそうであろうとリチャードは思った。部外者であるルララが、こんなところまでくる理由は、それぐらいしか思いつかないからだ。

 ルララはうんうんと頷くとリチャードの服装を見て、クスクスと笑った。

 

「ハハハ、昨日とは見違えるだろ? どうだ? 似合ってないだろ? まるで成金みたいだ」

 

 立ち上がってルララに自らの姿を見せるリチャード。その場で一回転すると再びルララと見合った。

 ルララは頭を左右に振ると、右手を前に差し出し親指を立てた。ルララ的にはいい感じのようだ。

 

「そうか……まあ、そういって貰えると、準備した甲斐があるってもんだ」褒められて、照れくさそうに言うリチャード。

「それにしても、よくここまで来れたな……」リチャードが今いる控室は、関係者以外立入禁止になっている。部外者であるルララが、ここまで来るのは難しいはずだ。

 

 リチャードの疑問にルララは不敵な笑みで答えた。どうやら、まともな方法でここまで来たわけではないらしい。

 

「あんまり褒められたことじゃないが……それでも嬉しいぜ。嬢ちゃんがいるだけで百人力だからな」

 

 本来であれば、関係者として注意すべきなのだろう。だがそれよりも、ルララがここにいるという心強さの方が、団員としての義務感より勝った。

 

 そこからは他愛もない話をした。今日はこれまで何をしただとか、昨日のリハーサルはきつかっただとか、今日はこんな感じで戦おうと思っているだとか、そんな話だ。

 会話の殆どにおいて、リチャードが一方的に話しているだけであったが、ルララも時折頷いて相槌を打つなどして会話を楽しんだ。不安と緊張を紛らわせるかのように、リチャードは饒舌に喋った。

 

「俺はさ……昔、仲間を見捨てたことがあるんだ……」ふと、リチャードはそんなことを言った。

 

「……6年前にな、闇派閥(イヴィルス)の使徒っていう邪神を崇拝する奴らとの抗争が27階層であってな。今じゃ『27階層の悪夢』だなんて言われているが……その抗争に俺も参加していたんだ……」

 

 過去に思いを馳せるようにリチャードは語る。 

 

「その時には俺にも相棒がいてな……狼人(ウェアウルフ)の気のいいやつでな、良く一緒に馬鹿をやったもんさ……」昔を懐かしむようにリチャードは言う。

「奴らは兎に角、凄えしぶとくて、多くのファミリアが協力してなんとか奴らを追い詰めたんだが、追い詰められた奴らは、最後の悪あがきに大規模な怪物進呈(デスパレード)を仕掛けてきてな……」

 

 その時のことを思い出したのかリチャードの表情に影が射す。あの時の27階層はまさに地獄絵図といった光景だった。

 

「大量のモンスターたちに強襲を受けて仲間とは散り散りに、気づいたら周りにはモンスターだらけで、仲間は俺とあいつの他には2人の冒険者しかいなくてな……必死になって抵抗したんだが数の暴力には敵わなくて……結局、俺たちはモンスターたちから逃げ出して、なんとか凌いだんだが、逃げた先がどことも知れぬところでな」

 

 意図的に引き起こされた怪物進呈(デスパレード)は、階層内を劇的に変化させ、階層中を文字通り迷宮めいた状態にさせていた。リチャードたちが所持していた地図は全く意味をなさなくなり、縦横無尽に入り乱れる通路のせいで、今、何処にいるのか全くわからなくなっていた。持っていた食料も元々戦闘をしに来ていたのだ、ほとんど持っていない。

 

 遭難──リチャードたちは、考えうる最悪の事態に遭遇していた。

 

「最初に犠牲になったのは足を怪我した冒険者でな……次は俺たちよりレベルの低かった女冒険者……それで……次は……」

 

 リチャードがここにいて、相棒である狼人(ウェアウルフ)の冒険者はここにはいない、その事実だけで次に紡がれる言葉が察せられた。

 

「……結局生き残ったのは俺だけでな、それ以来、俺はやる気も気力もなくして……後は嬢ちゃん知っての通りさ……」

 

 リチャードが助けだされたのは、『27階層の悪夢』が発生して2週間が経ってからのことだった。助け出された時の彼は、モンスターのものなのかヒトのものなのか判別不能であったが、食い千切られた右腕と両足を抱いていたという。その様子から、彼が壮絶な体験をしたことは容易に想像できた。

 

「生き残った俺は、死んじまったあいつらのためにも精一杯生きなきゃいけなかったんだろうが、なにをやっても手につかなくてな。団員のみんなも、俺の境遇を察してくれたのか特になにも言わなくて、それで結局ずるずると惰性でここまで生きてきたってことさ、情けないことにな」自嘲気味にリチャードは言う。

「嬢ちゃんと出会う前までは、俺は生きていながらに死んでいたも同然だった。だけど、嬢ちゃんのお陰で、まあ、随分と時間が掛かっちまったが、ようやくあいつらの墓に手向けが出来そうだ」

 

 壮絶な過去の経験を話しているにも関わらず、これまで会話の間ずっとリチャードの表情はどこか晴れやかだった。今日までの体験により、彼は彼なりに過去のことを乗り越えることができたらしい。本番前にこんな話をして、精神的に不安定になる可能性があったが、問題なかったようだ。

 

「なんだが湿っぽい話になっちまったな……ただ、なんとなく嬢ちゃんに知っておいてほしいと思ってな……悪かった」

【気にしないでください。】

 

 そう微笑みながら言うルララを見てリチャードは思う──この小さな冒険者の過去にはどんなことがあったのだろうか?

 小さな身体に見合わぬ、凄まじいほどの実力。それを持つに至る道程には、一体どんなことがあったのか、リチャードには想像もつかなかった。

 

 そんなルララがリチャードに近寄り語りかける。今までこんなことはなかったので、リチャードは少し驚きながらもルララの言葉を聞いた。

 

【これをあなたにあげましょう。】

 

 

 

 *

 

 

 

 円形闘技場の地下にある大部屋には、至るところに檻が設置されていた。中には、今日この日のために用意されたモンスターたちが入れられており、来るべき出番を興奮しながら待ち構えている。

 そんな物々しい雰囲気の中に、それに似つかわしくない絶世の美女──いや美女神がいた。

 

 彼女はまるでウィンドウショッピングを楽しむかのように、モンスターたちを物色中だ。

 本来であればモンスターたちを警戒し警備すべき団員たちは、既に、彼女の異常なまでの美貌により、文字通り骨抜きにされており無力化されている。ここには彼女の行動を阻むものは一人もいない。

 一通り吟味し終えた女神──フレイヤは、あるモンスターの前で静止した。全身が真っ白な体毛で覆われ、極限まで肥大化した筋肉は圧倒的な迫力を与えてくる、その瞳は真っ赤に燃える炎の如く赤く、まるで恋い焦がれるかのようにフレイヤを見つめていた。彼女の美貌は、例えモンスターであっても有効のようだ。

 

 このモンスターに惹かれたのは、彼女が恋い焦がれる想い人と容姿が似通っていたからだろうか? 白い体毛に赤い瞳は彼女の想い人を連想させた。もっとも、彼女の想い人は全身の至るところから毛は生えていなし、筋肉もこんなゴツゴツしてないが。

 

「白い髪に赤い瞳……まるであの人のようね……いいわ、貴方に決めた」

 

 そう言うとフレイヤは手に持っていた鍵束──鍵束は警備員から奪った──から、このモンスター──シルバーパックだ──の鍵を選び出し錠を解こうとする。

 だがそれは……。

 

『このまま音もなく殺してやろうと思っていたが……気が変わった。白い髪に赤い瞳の冒険者について話してもらうぞ、神フレイヤ』

 

 突如として彼女の背後に現れた、紫の外套の仮面に阻まれた。

 

「──ッな!!」

『大人しくすることだな……少しでも不穏な動きを見せたら、その瞬間にその首を掻っ切るぞ』

 

 その声は、ありとあらゆる性別、年代の声が重なっているように聞こえた。

 フレイヤの首筋に当てられた鋭い爪が、彼女の柔肌を僅かに傷つける。そこから彼女の鮮血が流れ落ちてくる。抵抗は出来ない。

 

 オラリオに住まう神々は、本来の能力を封じられ無力な存在となっている。下界に降りて人々と暮らすために、神々自ら設けたルールだ。もちろんそれは、フレイヤにも例外なく適用されている。今の彼女はどんな冒険者よりもか弱い存在であった。

 

『それにしても不用心だったな、神フレイヤ。貴方ほどの存在が護衛も付けずにこんなところに来るなんて、些か考えなしだと言わざるをえまい』

 

 圧倒的優位立った仮面の男は、余裕の声でそう言った。

 

「あらどうかしら、貴方が思っているようにいくかしら?」それに対しフレイヤも余裕の声で答えた。

 

 彼女は無力であるが、それでも最大で最強の武器を持っていた。彼女の“美貌”だ。

 モンスターすらも魅了する彼女の美貌は、どんな存在であっても彼女の虜にする。だからこそ彼女は一人でこんなところまで来られたのだ。

 この仮面の男も例外では──。

 

『悪いが私には貴方の『魅了』は通用しないぞ? 私は既に()()()()に『魅了』されている身でね』

「なっ!?」

 

 フレイヤの『魅了』が通用しないなんて、オラリオに降り立って以来これが初めてのことだ。これが愛しき想い人であったなら感涙ものであったが、あいにく相手は、今にも彼女を刺殺しようとしている敵対者だ、とてもじゃないが歓迎できるものじゃない。

 

 このままでは彼女はさしたる抵抗も出来ずに、良いようにされてしまう。いわゆる絶体絶命のピンチというやつだ。

 

「だったら……これならどう?」

 

 しかし、そうであるならば、今の彼女にはある特例が認められる。自らの心身が危機に瀕したときに限り『神力(アルカナム)』の解放を認めるという特例が。

 フレイヤの全身が眩いばかり銀色に光輝く。本来彼女が持つ『神力(アルカナム)』が解放された証拠だ。

 

『なるほど『神力(アルカナム)』の解放か……確かに神の力を前にしては、この私といえでもひとたまりもないな……だが、残念だったな──それも想定の範囲内だ』

 

 そう言うと仮面の男はフレイヤに無理矢理、腕輪を付けた。その様子は、まるで彼女が咎人であるかのようだ。

 腕輪を付けられた瞬間、フレイヤの銀色の発光が瞬く間に消え、元の無力な存在へと戻ってしまう。

 

「え……そんな!?」

 

 想定外の事態に為す術もないフレイヤ。

 最早、奥の手すらも封じられたフレイヤに残されているのは、背後にいる仮面の男を憎々しげに睨みつけることだけだった。

 

『さて、無駄な抵抗も済んだところで本題に入ろうか? もう一度聞こう()()()()()()()()()()()について知っていることを話してもらおうか?』

「誰が貴方なんかにっ!!」

 

 フレイヤは愛と美の女神だ。そんな彼女が、自らの身の可愛さに愛する者を差し出すなんてありえない。例え命に代えてでも、彼女は愛するものを守るのだ。

 

『……なるほど、流石は愛の女神と言ったところか、その決意には敬意を払おう。残念だが、貴方の命を頂くだけでも十分過ぎる成果と言える』

 

 オラリオでも有力者であり最大規模のファミリアを有するフレイヤをここで打倒することは、彼らの積年の悲願を達成するのに大きな足がかりとなるだろう。

 先日のロキ・ファミリアといい、最近はかなりツキが向いてきているようだ。順調過ぎる現状にほくそ笑む仮面の男。

 

 気がかりがあるとしたら、やはり件の白い髪に赤い瞳の冒険者か……。

 

『さて……では、さよならだ、神フレイヤ』

 

 仮面の男はフレイヤに止めを刺すために行動した。

 

(オッタル、ファミリアのみんな……それに“あなた”……ごめんなさい……)

 

 瞳を閉じフレイヤは“その時”を待った。

 

 

 

 *

 

 

 

「リチャード出番だぞ」

 

 控室で待機していたリチャードに伝令が来た。遂に彼の出番が来たようだ。

 控室から出て、伝令に来た団員と共に会場へと向かう。

 

「そういえばリチャード、衣装はどうしたんだ? 支給された衣装はそんなんじゃなかっただろう?」

「ああ、ちょっとな……」

 

 途中、団員から衣装について聞かれたが、リチャードは曖昧な返答をした。

 

「まあ、その格好なら特に問題ないか……じゃあ頑張れよ、リチャード!」

 

 団員も集中している様子のリチャードに対し、深く追求せずリチャードを送り出した。

 リチャードの格好は大きく胸元が開かれた赤いコート姿であり、支給された衣装にも劣らないほど良い衣装であった。その手には、珍しいことに格闘武器──ナックル──が握られている。

 

 まあ、これならば問題あるまい、どうやら密かに用意していたようだ、全く憎らしい演出をする。

 

「ああ、行ってくる」静かに、呟くようにリチャードは団員に言った。

 

 さあ、リチャード・パテル一世一代の調教ショーの始まりだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 円形闘技場のアリーナ内に降り立ったリチャードを待っていたのは、割れんばかりの大歓声だった。しかし、それは一瞬にして恐怖の悲鳴へと変わった。

 

 リチャードに続いて、巨大なドラゴンがアリーナ内に現れたからだ。

 

 想像していた以上に巨大なドラゴンに、恐怖する観客たち。だが、それに立ち向かうであろう一人の調教師の勇姿を想像すると、瞬く間に恐怖の色は消え、期待と興奮が混ざりあった歓声を送った。それは、本日一番の歓声だった。

 

(勝手だな……)

 

 リチャードは勝手に盛り上がる観客に対して、随分と身勝手だが、まるで他人事のようにそう思った。

 

「ふぅううううう……はぁあああああ」

 

 一度大きく深呼吸をすると、リチャードは構えた。

 それを待ち構えていたのか、ドラゴンも大きな咆哮をあげる。

 それが合図となって、リチャードとドラゴンの戦いの火蓋は切って落とされた。 

 

 まず、最初に仕掛けたのはリチャードだ。

 

 リチャードは、持てる最大のスピードを持ってドラゴンの懐に潜り込んだ。

 巨大なドラゴンの懐に潜り込むなんて、一見無謀にも思える行為だが、圧倒的に体格で劣るリチャードに取れるベストの選択肢はこれだった。

 

 ドラゴンのアギトに魔力が集中する。ブレスの兆候だ。

 

(ここだっ!!)

 

 更に距離を詰めてドラゴンのブレスを回避する。

 そうこれだ、このための超接近戦だ。

 

 ブレスを吐き大きな隙を晒すドラゴンに、渾身の一撃を見舞うリチャード。手にしたナックルがドラゴンにめり込む。

 先日の戦いの時には全くと言って手応えのなかった攻撃は、ドラゴンの皮膚に、皮に、肉に、骨に伝わり大きなダメージを与えた。

 

「そうはいくか! ヘイヘイ! どうした、どうしたドラゴンちゃん! びびってんのか!?」

 

 それをバックステップでギリギリ回避するリチャード。発生した衝撃波によりノックバックされ、さらにドラゴンとの距離が開く。

 立て続けにブレスを吐こうとするドラゴン、だがそのブレスはあらぬ方向へと飛んでいく。

 ブレスが着弾した場所には、特別に設置された囮──木人が設置されていた。

 

(知ってる、知ってるぜ! てめえのブレスは2種類!! 一つは最大敵対者に向けて一直線に出されるものと、もう一つはそれ以外に向けて出されるやつだ!!)

 

 アリーナ内には先程と同様の木人が、多数設置されている。これらが囮となり、リチャードの代わりにブレスを受けてくれるのだ。このドラゴンの習性を利用した戦法は、どうやら上手く機能しているようだ。

 

 木人へ発射されたブレス痕には、大きな緑色の毒沼が形成されており、その沼に僅かにドラゴンが浸かっている。

 ルララ曰く、毒沼は人体には有害だが、ドラゴンには有益なものらしい。浸かっている間は無制限に回復し続けてしまうらしい。

 

(そうはいくか! ヘイヘイ! どうした、どうしたドラゴンちゃん! びびってんのか!?」

 

 そう言ってリチャードはドラゴンを挑発する。その意味を理解したのかは分からないが、ドラゴンは怒りの咆哮をあげてリチャードに突っ込んできた。

 ドラゴンから繰り出される攻撃をものともしないリチャード。だが、幾つかの直撃をもろに受け、追加効果として毒を受けるリチャード。

 

 しかし、それも対策済みだ。

 

 素早く、『トリスメギストスの道具屋』で特注した解毒薬を懐から取り出し、自身に一気にぶっ掛けるリチャード。瞬く間に解毒され万全の状態へと復帰する。

 そして、お返しとばかりにドラゴンに猛攻を仕掛けていく。リチャードの攻撃は見た目以上に重く、そして高い威力を秘めていた。

 

 ドラゴンが咆哮をあげる、ただしそれはさっきまでの怒りに満ちた咆哮でなく、苦痛に満ちた咆哮であった。

 あきらかに怯んだ相手に、しかし、リチャードは油断なく構える。今は優位に立っていても、一瞬の判断ミスで逆転しかねないのがこの戦いだ。依然として、薄氷の上を歩いていることには変わりないのだ。

 

 それにしてもLv.4にランクアップしたからといって、こんなにも優位に立てるものだろうか……いや、それはありえないだろう。

 ドラゴンの推定Lv.は4~5だ。少なく見積もってLv.4だとしても、同じLv.4であるリチャードが単独で優位に進められるはずがなかった。基本的に、同レベル帯であるならば人とモンスターでは、モンスターのほうが有利だ。ましてや今回の相手はドラゴンである。その傾向は極めて強いと言えるだろう。

 

 それでも、リチャードが優位に立っている理由。その秘密はリチャードの装備品にあった。

 

 

 

 *

 

 

 

 【これをあなたにあげましょう。】

 

 その言ったルララの声は、相も変わらず抑揚がなく無感情であった。

 差し出されたのは……何と言えばいいだろうか……ゴツゴツとした厳つい物体だった……形状から考えるにこれはナックルだろうか? 握り手があることから、それが察せられる。

 

 その他にも、胸元が大きく開いた赤いコートと、指輪などのアクセサリーが渡される。腕輪に耳飾りに首輪……指輪なんて2つもある。

 

「悪いが嬢ちゃん、その……気持ちはありがたいんだが……見ての通り、もう衣装は用意されているんだ。使えるとしたら……そうだな、このナックルぐらいだな」そう言いながらリチャードは、ナックルを装着してみせる。

 

 その瞬間──劇的な変化がリチャードを襲った。

 

 凄まじい(ステイタス)が、ナックルから流れ込んでくる。リチャードのステイタスが恐ろしいほどに急激に向上していく。

 今までに体験したことのないことに、衝撃を受けるリチャード。

 まさかと思い、恐る恐るコートを手に取り袖を通す。

 

「──ッ!!」

 

 先程と同様の現象がリチャードを襲う。

 現在、ステイタス向上がどれほど起きているのか、リチャードには見当もつかない。だが、少なくとも今神聖文字(ヒエログリフ)をみたら、度肝を抜かれるほど向上しているはずだ。

 

 ステイタスの向上は、例に漏れずアクセサリーを装着した時も起きた。普段であれば、こんな装飾品を着けるなんて、女々しくて嫌がるリチャードであったが、この現象を前にしてはそんなこと言えるわけがなかった。

 渡された装備品を、いつの間にか全て装着していたリチャード。もはや彼には、さっきまで着ていた衣装を着て出場するなんて、考えられなかった。

 

「しかし良いのか? 嬢ちゃん……これ凄え高いんじゃ?」

 

 そうだ、こんな凄まじい能力を持つ装備品が安いはずがない。リチャードだって冒険者になって長い。そんな冒険者人生のなかでステイタス向上の効果がある装備なんて一度だって聞いたことも見たこともなかった。相当なレアアイテムのはずだ。

 

 リチャードの疑問に、ルララは微笑みで答えた。どうやら良いようだ。気前良すぎて、この子の将来がちょっと心配になるが、それほどのレアアイテムを譲るのに相応しいと、ルララに思われているのだと考えれば、悪くない気分だ。

 

 あまり恐縮しても話が進まないだろう……それに今はできる限りのことをしておくべきだ。ありがたく貰っておこう。

 

「そうか……ありがとう嬢ちゃん。全く、最後の最後まで世話になりっぱなしだな」

 

 

 

 *

 

 

 

 ──これが、今のリチャードの強さの秘密だ。

 

 ルララから貰った装備品は、リチャードのステイタスをLv.5以上へと押し上げていた。

 冒険者にとってLv.1の差というものには、埋めることのできない隔絶した大きな差がある。それを埋めきるルララの装備品が、どんなに規格外が理解できるだろう。

 チートとも言えるリチャードの装備品だが、そんなもの指摘するものはどこにもいない。いるとすれば相対しているドラゴンぐらいだが、あいにくリチャードにドラゴン語の知識はない。どんなに抗議したところで馬耳東風、馬の耳に念仏だ。

 

『ギャァアアアアアアア』

 

 ドラゴンが苦し紛れにブレスを仕掛ける。

 それを敢えて、敢えて受けようとするリチャード。

 慢心や、油断ではない……余裕でもない、ただ大丈夫だ──そういった確信があった。

 

 リチャード目掛けて、一直線に向かってくるブレス。

 

 まるで何かに導かれるように、リチャードは手を前に出した。

 そのまま、感じるがまま、思うがままに、手を大きく回転させ──そして見事に“ソレ”を受け流した。

 自ら放ったブレスを回避されるどころか、受け流されたドラゴンは、最後の悪あがきにリチャードに突進する。

 

 迫り来るドラゴンを迎え撃つようにして、リチャードは渾身の正拳突きを繰り出した。

 カウンター──リチャードの一撃は見事にドラゴンに決まり、もはや打つ手がなくなったドラゴンは頭を垂れて沈黙した。

 

 沈黙したドラゴンをみとめると、リチャードは自らの懐を探った。そして取り出したのは……睡眠薬だ。本来であればモンスターの捕獲に使うはずだったもの、結局使わずじまいだったもの、それを最後の締めで使おうと決めていた。

 リチャードは睡眠薬をドラゴンに投げつけた。ドラゴンは睡眠薬が当たると、さしたる抵抗もなく眠りについた。

 

 最初から最後までイメージ通り、完全無欠の調教ショーだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 今年の怪物際も大盛況の内に終了し、特に最後のドラゴンの調教ショーは例年にないほど盛り上がりを見せた。

 そんな最大の立役者とも言えるリチャードは、一人沈みかけた夕日の中、とある場所を訪れていた。

 

「ここまで来るのに6年も掛かっちまったよ……待たせて悪かったな、ダトリー」

 

 そう言いながらリチャードは、目の前にある墓石に語りかけた。

 ここは冒険者の墓地。“あの事件”の犠牲者もここで静かに眠りについていた。

 

「あの事件以来、どうにもここには足が向かなかったが、ようやく決心がついたよ……」

「なぁダトリー、随分と時間がかかったが俺もLv.4になったよ。それにさ、今年はまさかのメインイベンターに選ばれてな……ほら、二人で良く話しただろう? そういや、それでいつも喧嘩してたっけな……」

 

 昔を懐かしみながらリチャードは語る。

 

「メインイベンターになれるのは一人だけだからな、どっちが先になれるか争ったもんだ……勝負は俺の勝ちだな」

 

 ニヤリと笑うリチャード。それに答える者はいない。

 

「お前がいなくなって、腑抜けちまったがなんとか立ち直れたよ。切掛けになったのはルララ・ルラって言う小人族の冒険者でな、俺の腰ほどもない身長のくせに、俺がびびって竦んじまってるドラゴン相手にも果敢に挑んでいてな。その姿を見たら、色んな悩みが吹っ飛んじまったよ」

「お陰でこうしてもう一回頑張れる気になれた、ついさっきもそのドラゴン相手に一戦やってきたところだ。結果はまあ、俺がここにいるんだ。それで分かるだろ?」

「まあなんだ、餞別って訳じゃないが飲んでくれ」

 

 そう言うとリチャードは、墓石に懐から出した瓶の蓋を開け、中身を墓石にかけた。

 流れ落ちる液体が墓石を伝い、地面に広がる。広がった液体からアルコール臭が漂って……来なかった。

 

「ハハハ! どうだ驚いたか? 酒かと思ったか? 残念でした! そうだよ、余った解毒薬だよ!!」

 

 なんとも罰当たりなことをするリチャードだったが、リチャードとその相棒であるダトリー・ウォトンの間柄はそんなものだった。

 ひとしきり笑い終えると、リチャードは再び墓石と向き合った。

 

「まあ冗談はこれくらいにして、本命はこっちだ」

 

 今度は、ちゃんとした上等な蒸留酒を取り出して墓石にかける。

 

「さて、俺はそろそろ行くよ。なんせこの後は後夜祭があるからな、今日の主役が遅れちゃいかんだろう? じゃあまたな」

 

 後ろを向き墓石の前から立ち去るリチャード。ふと空耳であろうか、どこかの誰かから何か言われた気がした。

 

『頑張れよ、相棒』

 

 リチャードの耳が確かなら間違いなくそう聞こえた。

 その声にリチャードは答える。

 

「ああ、頑張るよ、相棒」

 

 しばらくは悪夢を見ることもなさそうだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「それで一体何を企んでいたんだ?」

 

 アイ・アム・ガネーシャ内にあるガネーシャ専用の私室では。部屋の主人であるガネーシャと、そして美の女神フレイヤがいた。

 円形闘技場で偶然フレイヤを発見したガネーシャは、大慌てで彼女を隔離した。なんせ美の神であるフレイヤは、いるだけで人々を魅了するのだ。多くの人々が集う円形闘技場に彼女のような存在がいては、大混乱間違いなしだ。

 

 そういった混乱を未然に防ぐために『神の宴』を開いたのだ。

 

 珍しく出席したフレイヤに目を丸くしたガネーシャであったが、怪物祭に出席するか否かを聞いた際に、否と答えられたので特に今日は招待することもしなかった。言ってくれれば、特別に用意した来賓席を用意したというのに。

 ただ、ガネーシャがフレイヤを見つけた時の彼女の様子から、どうやら単純に観戦に来たわけではないようであった。

 

 となると、フレイヤはあそこに何か企みがあって来たに違いない。何かと付き合いが長いガネーシャはそう判断した。なんせ、オラリオ二大ファミリアの主神であるフレイヤとロキは、トラブルメーカーとして有名だからだ。

 

「フレイヤよ、黙っていては何もわからんぞ?」

「……ええ、その、悪かったわ。ごめんなさい」

「──ッ!!?」

 

 ガネーシャに稲妻の如く衝撃が走る。

 あのフレイヤが……あのフレイヤが! 謝った! なんということだ、天変地異の前触れか?

 

「お、お前が謝るなんて……珍しいこともあったものだな。一体何をしたのだ?」

 

 彼女は謝る程のことだ、きっととんでもないことに違いない。

 

「私だって悪いと思ったら謝ることもあるわよ……それに今回は何もしてないわ」ムッとした口調でフレイヤは言う。なんだくそう、可愛いじゃないか。

「今回は……ね。まあいい、それでは()()()()と思う理由を聞かせてもらおうか?」フレイヤに魅了されないように気を張るガネーシャ。神といえども、彼女の魅力に抗うのは難しい。

「それは……そうね、貴方の団員にも迷惑をかけてしまったから言うわ。忍び込んでモンスターを暴走させようとしたの」

「んな!? そんなことしたらお前、一大事じゃないか! もし何かあったらどうするつもりだったのだ!?」ガネーシャの声には怒気が混じっている、『群衆の主』であるガネーシャには看過せざることだ。

「ええ、だから万が一を考えてうちの子達を何人か闘技場に行かせていたわ。それに、暴走させようとしたのは一匹だけ……でも結局、そんなことしなかったわ。いえ出来なかったのよ」

 

 言葉尻が段々と弱々しくなっていくフレイヤ。こんな彼女を見るのは初めてだ。

 

「何かあったのか?」怒りを引っ込めたガネーシャが優しく問う。

 

 暫くの静寂の後、フレイヤは静かに語りだした。

 

 

 

 *

 

 

 

『さて……では、さよならだ、神フレイヤ』

 

 仮面の男はフレイヤに止めを刺すために行動した。

 彼女の生命を奪うために鋭く尖った爪が襲う。だが、その凶刃が彼女に届くことはなかった。

 その代わりにフレイヤを襲ったのは轟音と衝撃波だった。

 

「きゃあ!」思わず悲鳴を上げるフレイヤ。

 

 けたたましい音を立てて、地下の薄闇へと吹っ飛んでいく仮面の男。その男と入れ替わるかのように、現れたのは白い髪に赤い瞳をした小人族の冒険者──ルララだった。

 その姿を見たフレイヤは、仮面の男が言う『白い髪に赤い瞳の冒険者』が、彼女のことであるのを一瞬で理解した。

 フレイヤの様子を見つめるルララ。その瞳は全てを見透かすように透き通っている。

 

『なるほど、やはり神フレイヤと関係があったか。守護者を暴走させようとここまで来てみたが、寄り道はしてみるものだな、随分と収穫の多いこととなった』

 

 吹っ飛ばされた仮面の男が音もなく再びフレイヤたちの前に現れた。

 圧倒的なプレッシャーがフレイヤを襲う。さっきまでの男とは段違いの迫力に、気圧されるフレイヤ。どうやら相手は本気を出してきたようだ。

 

「お生憎様、この子とは初対面よ」フレイヤは敵対心剥きだしで気丈にもそう返した。

 

 その間にもフレイヤは、その明晰な頭脳で現状を分析し続けていた。

 こちらの戦力は神力(アルカナム)を封じられた神と、そして何やら相手と因縁がありそうな冒険者の二名。

 

 申し訳ないがフレイヤ(私は)戦力に含むことはできない。元々武闘派ではないフレイヤは、例え神力(アルカナム)が封じられてなくても碌な戦力とならないことを自分自身がよく知っていた。

 対して相手は謎の仮面の男一人。彼から発せられるプレッシャーから察するに、最低でも第1級の冒険者であることは間違いない。オッタル(オラリオ最強戦力)を身近に置くフレイヤの判断だ、かなり正確であることに疑いの余地はない。

 

 単純な人数比率ではこちらが有利だが、フレイヤの考察では若干こちらが不利であると考えられた。

 

『ほぅ初対面だったとは……まあいい。二人諸共ここで──ふぐぁあ!!』

 

 仮面の男の不穏な言葉は、ルララの持つ大斧の一撃で阻まれた。

 再び後方へ吹っ飛ばされる仮面の男。あ、これは勝敗が見えたわ。

 

『貴様! 不意打ちとは卑怯だ──ぎゃぁああああ!!』

 

 懲りもせず再び姿を現した仮面の男の言葉を、聞くこともしないで再び吹っ飛ばすルララ。その様子は少し苛立ち気味だ。

 さっきまでの緊迫した雰囲気はどこへ行ってしまったのか、恐らく仮面の男と共にどこか彼方へ吹っ飛んでいってしまったようだ。どうせなら仮面の男(あいつ)も一緒にどこかに行ってしまえばいいのに……。

 

 そう思ったフレイヤの願いが通じたのか。再々々々度姿を現した仮面の男が二の句を継げる前に、ルララの止めの()()が彼に叩きこまれた。

 何かを高速で削り取る、耳を塞ぎたくなるような嫌な音が地下室内に響き渡る。その音にはフレイヤは聞き覚えがあった。

 

 かつて神々を恐怖のどん底に突き落とした忌むべき凶器『チェーンソー』、その恐るべき武器そっくりの轟音が大斧の一撃から発せられていた。

 秘められた威力も、チェーンソー(それに)遜色ないものがあったようだ。

 

 仮面の男は、自身の生命力を大量に削りとった一撃に、生命の危険を感じとり、堪らず退却を選択する。

 

『グッ!! まさかこれ程とは……今回は退くとしよう。さらばだ神フレイヤ、白髪赤目の冒険者よ……なんだと!?』

 

 だが、そんなこと()()が許すはずがなかった。

 逃げ出そうとする仮面の男の身体に、鎖が纏わりついてきて拘束し彼の自由を奪う。

 鎖は見る見るうちにルララに引き寄せられ、仮面の男はルララの目と鼻の先まで引っ張られた。

 

 ルララの射程圏内に強引に引き寄せられた仮面の男は、自身の選択ミスを呪った。

 ああ、そうだ、彼女の実力はよく知っていたはずだった。彼女と相対した瞬間、脇目もふらず一心不乱に逃げ出すべきだったのだ。だが、しかし、もう遅い。

 

 冒険者からは逃げられない。

 

『クソォ! クソぉ! 冒険者めぇえええええ!!!』

 

 そして止めの二撃目が無慈悲に仮面の男に叩きこまれた。

 仮面の男が二回目の轟音を聞くことはなかった。それ以外の音も未来永劫聞くことはないだろう。

 

 ルララの目の前には、物言わぬ屍となった仮面の男()()()()()が横たわっている。やがてそれもモンスターが消滅するように夢のように消えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「謎の仮面の男に、神力(アルカナム)を封じる拘束具、そして白髪赤目の冒険者か……フレイヤ……君の話でなかったら信じないところだ」

 

 一部始終を静かに聞いていたガネーシャはそんなふうに言った。

 

「私もよ、ガネーシャ。当事者でなかったらこんな荒唐無稽な話、とてもじゃないけど信じられないわ。でも、私の話は本当にあったことよ、これはファミリア(私の子たち)の名に誓って言えるわ」

 

 神々にとってファミリアは自らの血を分けた同胞も同然だ。そのファミリアの名を出されてしまっては、どんな話でも信じるしかなかった。もっとも今回の話は、そんなことしなくても信じるに値するが。それほどまでに、フレイヤの様子は普段とはかけ離れていたのだ。

 

「それにしても、円形闘技場の地下でそんなことがあったとは……何者か知らんが我が領域内で好き勝手やるとは万死に値するぞ!」

 

 怒りに震えるガネーシャ。それとは反対にフレイヤは心配そうに言う。

 

「私が気になっているのはロキのところよ……あの子ファミリアができて随分と大人しくなったけど、仮面の男(ヤツ)の言葉を信じるならロキ・ファミリアにも何かあったみたいだし……このところ静かだったから気になっていたのだけれど……あの子無茶してないかしら」

 

 同じ神話体系出身のフレイヤとロキは、反目しあうファミリアとは違い、お互い厚い信頼を寄せていた。

 フレイヤにとってロキは、手のかかる可愛い妹のような存在だ。その彼女(ロキ)の身に何か起きたのかもしれない。フレイヤは気が気でなかった。それは、その、いろいろな意味で。

 

 ロキは天界にいた時は、退屈凌ぎに他の神々を扇動して殺し合いをさせようするぐらいの問題児だったのだ。そんな彼女の身に何かあったら何が起きるかわかったものじゃない。

 

「そういえば『神の宴』にも来なかったな、ロキの奴は……ヘスティアの奴が来たというのに彼奴がこないとは珍しい物だと思ったものだ」

 

 だからこそ、ガネーシャはそのことを良く覚えていた。

 

「少し本格的に調査する必要があるわね……ロキのことに関しては私の方で調べてみるわ」

 

 大規模ファミリアを預かる神らしく、カリスマを発揮しながらフレイヤは言う。

 

「であるならば俺は、ギルド──ウラノスのところか……後は()()か……」

 

 フレイヤの神力(アルカナム)を封じた腕輪──拘束具を手に取りガネーシャは言った。

 

「我々の神力(アルカナム)を封じるこれを作り出す勢力といえば──闇派閥(イヴィルス)か」

 

 六年前に滅んだとされる忌むべき勢力。その残滓がオラリオのどこかで今も蠢いている。

 

「奴らめ! どうやら完膚なきまでに叩き潰さなくては、気が済まないらしいな!!」

 

 かつての闇派閥(イヴァルス)の所業を思い出しガネーシャは言った。彼の子も散々な目にあったのだ、中には六年も引きずった者もいる。

 

「とは言え気を急いてはダメよ、ガネーシャ。相手はもしかしたら、ロキの子たちを打ち倒した可能性があるのよ」フレイヤは諭すように言う。そうだ、油断は禁物だ。

「うむ! 取りあえず拘束具(コレ)は……ヘファイストスにでも依頼するか……できれば万能者(ペルセウス)に依頼したいところだが、これは極力、人の手には渡さないほうが良いだろう。後は件の()()()()()()()()だな」

「あら? あの子は貴方のファミリアの子じゃなかったの?」フレイヤは意外そうに言った。円形闘技場の関係者以外立ち入り禁止区域内で助けられたのだ、ファミリアの人間であると考えるのは当然だった。

「ん? いや、我がファミリアにそういった風貌の冒険者はいなかったが?」ガネーシャの様子からは嘘ではないようだ。中には強力な冒険者の存在は隠そうとする神もいるのだが、彼は違うようだ。

「そうなの……私はてっきり貴方の子かと……」

「そうであるならば、この冒険者についても捜索依頼を出すか……どうやら奴らに目を付けられているようだからな。なに、かなり特徴的な風貌だからな、すぐに見つかるだろう」

 

 フレイヤの話からは件の冒険者は、闇派閥(イヴァルス)に狙われているようだ。かなり腕利きの冒険者のようだし、協力するに越したことはないだろう。

 

「い、いえ、それには及ばないわ、ガネーシャ」

 

 だが、意外にも慌てた様子でフレイヤが否定した。

 

「む! どうしてだ、フレイヤ? 君を救ったということは少なくとも味方だろう? ならば居場所ぐらい把握しておく必要があるだろう」

 

 意外な否定の言葉に、どうしてかと問うガネーシャ。

 

「えっと、……そ、そう、彼女は私を助けた後名前も告げずにどこかへ行ってしまったわ。きっと探られたくない事情があるのよ……」特に何も考えていなかったのか、慌てふためきながらフレイヤが言った。くそぅ可愛いじゃないか。

 

 やけに冒険者の肩を持つフレイヤさん。そんな彼女を若干不審に思いながらもガネーシャは納得した。決して彼女の可愛さに負けたわけじゃない。

 

「そうか……まあ、君がそう言うなら、そうしよう、確かに、何か事情があるのかも知れんしな」

「そうよ、そうに決まっているわ。そっとしておいてあげましょう」

 

 畳み掛けるようにフレイヤは言った。どうしても探られたくないらしい。

 

「それじゃあ、もう遅いし私はこれで失礼するわ。これ以上遅くなったら、うちの子たちが心配するだろうし」

 

 そう言いながらフレイヤは、そそくさと逃げ出すように退出の意を告げた。

 

「ああ、そうか、では外まで送ろう。ファミリア内で君を見たものがいたら大変だからな」

「ええ、ありがとう。でも心配いらないわ、こう見えても人影を避けるのは得意なのよ。問題無いわ」

「そうか、ならいいんだが……では気をつけろよフレイヤ」

「ふふふ、ありがとうガネーシャ。貴方も気をつけて。じゃあおやすみなさい」

 

 そう言ってフレイヤはガネーシャの私室から退出する。そんな時彼女はふとガネーシャに聞いた。

 

「そう言えば貴方、私に『魅了』された?」微笑みながらフレイヤが言う。その微笑みは、普段の妖艶な微笑みとは違い、透き通った彼女の素の微笑みのようだった。

 

「馬鹿を言うな、そんじょそこらの神ならいざしらず、このガネーシャは簡単には崩せんぞ!!」

 

 そう言いながら奇妙なポーズを決めるガネーシャ。

 

「そっか……一日で()()にも振られるなんて私もまだまだね」

 

 本当にそう思っているのか、フレイヤは自信をなくしたように笑った。

 

「ごめんなさいね、ガネーシャ。変なことを訊いたわ。それじゃ本当におやすみなさい」

「ああ、おやすみ……」

 

 そう言ってフレイヤは完全にいなくなった。

 残っているのは彼女の甘美な香りだけであった。

 その香りを肺一杯に吸い込みながらガネーシャは思った。

 

(最後の微笑み……アレはやばかった、危うく落ちるところだったぞ。それにしても、アレに抗う()がいるとは……とんでもない精神力だな)

 

 美の神と一対一で話すのはすっごく疲れる。極度の疲労を覚えながらガネーシャは寝転んだ。ああ、今日はこのまま寝てしまおう。

 闇派閥(イヴァルス)に、拘束具、白髪赤目の冒険者にロキ・ファミリア。取りあえず考えるのは明日からにしよう。そう考えながらガネーシャは眠りについた。

 

 

 

 




 今回リチャード君が装備しているのは。

 アダマンナックル、シバルリー・ストライカーコート、クリソライト系アクセです。

 なぜ彼が、レベル60でもないのに装備できるのかなどは次回で説明したいと思っています。



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幕 間
愛用の紀行録 2─1


ルララ・ルラ  光の戦士、熟練の冒険者。


 オラリオに来て、そろそろ一週間が経とうとしている。

 その間でこの都市のルールというかしきたりというか、兎に角、冒険者としての身の振り方はおおよそ理解できたつもりだ。

 やはりと言うべきか、なんと言うべきか、この都市はエオルゼアのどこの都市と比べても大きく違っていた。

 まずなんといっても『マーケットボード』が無い。

 エオルゼア全土に張り巡らされたエーテライト網を駆使して、採集、生産などのギルドや呪術士ギルドなどの魔術師集団、そして各グランドカンパニーなどが協力して築き上げられた、どの都市からでも、ありとあらゆるアイテムの売買が可能なこのシステムは、冒険者であれば、誰しもがお世話になったことがあるはずだ。

 何と言ってもこのシステムの特徴は商品の価格が隠されていない点であり、一見しただけで商品の適正価格が分かるようになっている。そのせいでエオルゼアでは日夜、クラフターやギャザラーによる血みどろの価格戦争が『マーケットボード』上で繰り広げられているが、戦闘メインの冒険者にとっては、大した知識がなくても適正価格で商品を購入することができるという訳だ。

 まあ、中には『マーケットボード』よりも店売りの方が安い商品もあるのだが、いちいちその店に行くのも面倒臭いということで、『マーケットボード』で済ましてしまう冒険者も多い。

 そんな超が付くほど便利なマーケットボードであるが、当然ルララも散々お世話になったものだ。もちろん売り手としても買い手としてもだ。だが、便利すぎるというのも考えものだ。それはオラリオに来たことで痛感することとなった。

 エオルゼアの物価の調査は、もっぱらマーケットボードを利用して行われる。なにせ、アイテムの値段はマーケットボードを見れば一発だからだ。むしろそれ以外の手段が無いと言っても良い。それぐらいマーケットボードは便利なのだ。

 ルララも物価の調査はマーケットボードを利用していた。というかそれしか知らないのだが……お陰でオラリオでの物価の調査は全然進んでいなかった。

 クラフターもギャザラーも極めたルララだが、商才は正直言ってあんまりない。エオルゼアでは未だに家無しなのがそれを物語っていた。エーテライト周辺で雨露を凌ぐのはもう慣れたものだ。ハウジング欲しい……

 それでも、エオルゼアでは冒険者ギルドから無料で提供されている宿舎があり、最悪の場合そこで寝泊まりができるので──そういえばこのところ全然行ってなかったな──まだ駆け出しの、野宿になれてない冒険者でも安心して眠ることができる。まあ、夜に寝ているようじゃ冒険者としてはまだまだだが。

 そういった施設はオラリオには無い。いや正確にはあるにはあるのだが、そういった施設を利用するには、どこでもいいのでファミリアに所属している必要があるようだ。

 そう、ファミリアだ。このオラリオで冒険者をするには、何をするにしてもファミリアを尋ねられる。

 商品の持ち込みや、倉庫の利用、各冒険者向けの施設の利用に金庫の開設、クエストの受注に至るまで、どんなことでもファミリアを聞かれる。正直に無所属であると答えると、残念そうな顔をされ、門前払いされるのがオラリオでのルララの日常だった。

 エオルゼアでも『フリーカンパニー』という似た組織があるが、ここまで必須の組織ではなかった……はずだ。所属したことないので良く知らないが……。

 そういった意味では、ダルフとの出会いは僥倖であった。

 ダンジョンでモンスターに襲われているところを助けたこの老ドワーフ──エオルゼアには見かけなかった種族だ、見た目は丁度ルガディンみたいなララフェルといった感じだ──は高齢になり冒険者を引退、そして隠居生活を送るため18階層にある『リヴェラの街』に向かっている最中だったらしい。

 隠居生活にダンジョン内を選ぶなんて隠居する気が全く無いように感じるが、モンスターに一方的に襲われていたところから、体力的に限界が近いことは間違いないようだ。なんでもモンスター──ゴライアスというらしい──との戦闘中に突如として襲ってきた激しい腰痛に、立ってもいられなくなったらしい。

 ダルフに変わってそのモンスターを返り討ちにしたら、命の恩人として感謝され、何かできることはないかと問われ、これ幸いとダルフに『リテイナー』となることを依頼した。

 『リテイナー』とは、冒険者の荷物を預かったり、先程の『マーケットボード』に冒険者の代わりに商品を出品したり、素材やアイテムを収集したりしてくれる人達のことだ。

 とはいえ本業の『リテイナー』と一緒の仕事がダルフにできるという訳ではなく、あくまで名前だけ借りたものだ。本業の『リテイナー』たちはリテイナーベルさえ鳴らせば、どこにいようが、なにをしていようが、すぐさま駆けつけてくれるが、あいにくダルフにはそこまですることはできないようだ。

 そう考えるとエオルゼアの『リテイナー』は物凄く優秀であった。着ている装備はルララのお下がりとはいえ一級品で、ルララと同レベルまで鍛え上げられたその能力は、そこら辺の冒険者よりもよっぽど高い。もし、今、エオルゼアから何か一つ持ってこれるなら、ルララは迷うことなく彼等『リテイナー』を選ぶところだ。

 なので、彼等の安否の心配は全くしていない。彼等の実力であれば何があっても生きていけるはずだ。むしろ、これを機に誰とも知らぬ冒険者に引き抜かれていないか戦々恐々している。

 ルララが雇っている『リテイナー』の内、何名かは月契約なので、帰ってみたら預けているアイテムごと何処かに消えていました、なんてことが起こりうるのだ。

 遅くとも一ヶ月ぐらいで帰還しなくては……でないと折角集めた装備やアイテムが水の泡になってしまう。

 ああ、ほりだしもの依頼を出して、満面の笑みで魚を採ってきたミコッテ族の『リテイナー』が懐かしい……それを目の前で分解し砂にしてやった時のショックを受けた顔も同じくだ。その時の恨みを覚えていなければいいが。

 そんな『リテイナー』業であるが、ダルフにそこまで求めるのは酷だろう。いずれはそうなって欲しいが、いきなりは無茶というものだ。優秀な彼等とて最初からここまでできていた訳ではない。

 なので、彼に頼んだのは荷物の保管、そして『リヴェラの街』での商品の販売だけだ。だが、それだけでもルララには十分だった。それ程までに地上では何かと制限が多い。

 クエストに関してもそうだ。

 ギルドやファミリアから出されるクエストを受注するには、これまた例の如く所属ファミリアを明記する必要がある。中には敵対するファミリア所属であるというだけで、依頼を断られることもあるようだ。そもそも受注できないルララには関係ないことであるが。

 そのため、ルララが毎日の様に引き受けているクエストはそういったクエストでなく、ファミリアに所属していない一般市民から発注されるクエストだ。それもいちいちギルドに依頼を出す程じゃないものばかりだ。つまりちょっとした手伝いや、お使いがメインということだ。

 そういったクエストとも言えないようなクエストは、意外や意外、結構街中に溢れていた。

 効率良く経験値(エクセリア)を稼いでステイタスを向上させたい冒険者としては、大してステイタスの向上に貢献しない街中の依頼は無視する傾向にあるようだ。それに、そういったクエストで貰える報酬も大したことがない。冒険者に見向きもされないのも当然だった。

 だが、既に経験値を稼ぐ必要のないルララにとってはそんなことは関係ない。報酬に関してもルララは自給自足で全く問題なく生きていけるので特に文句はない。だからといってわざわざ受注するメリットも無いのだが。

 ルララが彼等のクエストを受ける理由は、ただ単に、彼等の頭上にある黄色いクエストマークが気になるからというだけだ。

 超える力により困っている人を視覚的に理解できるルララは、冒険者となってから今まで全てのクエストマークを消してきた。その欺瞞から、クエストマークを見かけるとどうにも落ち着かなくなるのだ。

 なので、今日も今日とてルララは街中のクエストマークを虱潰しに回っていた。

 そんな、ただの欺瞞のためのクエスト受注でも、意外な出会いや思いがけない発見があったりする。

 人気のない暗い路地裏や、入り組んだ通路の奥、何も無い広場の外れに、未開発の区画、ゴミの廃棄所などなど、まるで人目を避けるかのように“それ”はあった。

 小さなエーテルの結晶体──それは、『都市内エーテライト』の様に見えた。

『都市内エーテライト』とは、都市内に構築された『都市転送網』の起点となるエーテライトのことで、通常のエーテライトと比べてサイズは小さく、また、その分ある程度自由に置き場所を選ぶことができる。

 この『都市内エーテライト』を利用することにより、都市内を一瞬で移動することができるのだ。

 大きな都市には必須であるこの『都市内エーテライト』だが、どうやらオラリオにも存在していたようだ。

 恐らく都市の設計者か誰かがこっそり設置したのだろう。明らかに人工的な造りから“それ”が人為的に用意されたものであることがわかる。なぜこんな場所に設置されているのか不思議といえば不思議だが、設置者の意図などルララには知る由もなかった。どうせならもっと便利な場所に設置すればいいのに。

 ルララにとってこれは大いに助かった。

 なにせこのオラリオ、大きさの割に交通機能はあまり良くないのだ。あるのは『タクシー』と呼ばれる、『チョコボポーター』のような移動手段があるだけで、他は全て徒歩での移動だ。

 一度、我慢できずにマウントに乗ったことがあったが、すぐさま通報されて注意を受けてしまった。どうやらマウントに乗るにも許可がいるらしく、その許可にも、もううんざりだが、所属ファミリアの登録が必要だった。まあ、マウントの使用はエオルゼアでも都市内では禁止されているので良いといえばいいのだが、その割に都市内にチョコボポーターぽいものがあるのにはちょっと納得できなかった。ああ、もういっそのことどっかの弱小ファミリアにでも名前だけ所属してしまおうか……。

 だが、この『都市内エーテライト』の発見のお陰でそんな心配も無用になった。

 多少息苦しいオラリオでの冒険者生活であるが、ルララなりに少しずつ改善を進めていた。

 そんな中で見つけたのは一風変わった男だった。まあ、正確には変わっていたのは男ではなく、クエストマークの方なのだが。

 男の頭上には普通の黄色いクエストマークでなく、ギザギザとしたメテオの様なクエストマークがあった。メインクエストであることの証拠だ。

 早速男に話しかける──事はしないで、今、受注しているクエストの消化に集中することにする。見たところ男の方も忙しそうにしているので、今はそっとしておいたほうが良いだろう。

 粗方のクエストを片付けた時はもう日が沈みそうになっていた。思っていたよりも遅くなってしまったのは、受注していたクエストの中に『隠れた子供達を見つけて欲しい』というのがあったためだ。子供達は中々に見つけられず、かなりイライラさせられることになった。あれ? なんだか、昔にも同じようなことがあった気がする……うっ頭が……だ、だれがダサい名前じゃ!

 随分と遅くなってしまったが、メインクエストの男は見つけることができた。地べたに寝そべっている様子から、どうやらかなりお疲れらしい。どこでも寝れるのは冒険者の特徴なのできっとこの男は冒険者なのだろう。

 なにやらぶつぶつと呟く男とはあまり関わりたくないので、取りあえず話しかけるのは明日にしようと華麗にスルーしようとしたが、そうはさせるかといった勢いで男から話しかけられた。

 まさかのクエスト側から話しかけるとは思ってもいなかったが、それを表に出さずに男の話を聞くことにした。

 

 

 

 



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愛用の紀行録 2─2

 メインクエストの男──リチャード・パテルの依頼はモンスターの捕獲任務だった。

 任務内容は簡単だ、ダンジョンに潜り、依頼主が気に入ったモンスターを生け捕りにする。そういった類の任務は、まだ新米の時によくこなしたものだ。

 早速、ダンジョンに赴き探索を始める。どうやら依頼主も一緒に付いて来るようだ。護衛任務も兼ねるとはなかなかに高難易度な依頼だ。やる気が出てきた。

 さて、ではどのジョブでいこうか……ソロでの探索、そして護衛任務も兼ねるのであれば、ソロ性能の高い『戦士』か『学者』が最適であろう。少しでも依頼主に安心感を与えるためにも、ここはタンクロールである『戦士』がうってつけだろう。

 アーマリーチェストから両手斧『パラシュ』を取り出し『戦士』へと着替える。見た目は復古調装備──いわゆる神話装備だが、中身は新生古典装備である。

 装備品の見た目が変わっているのは、ミラージュプリズムという、幻影魔法のお陰だ。ルララの持っている装備には、そんなミラージュプリズムが掛けられている装備が幾つかある。意外とおしゃれには拘りがあるのだ。

 クエスト中、現在のジョブが『戦士』であることもあり、ちょっとやる気を出し過ぎてしまう場面もあったが、ルララも依頼主も共に一切ダメージを受けずに最初の目的地に着くことができた。ただ、ここまでの道中は依頼主には少し刺激が強すぎたようだ。随分と体力を消耗した様で、ダルフの家に着くと泥のように眠ってしまった。

 ルララとしては、今すぐにでも出発したいところであったが、依頼主が寝てしまっていてはどうする事もできない。待つのもクエストの内ということか……中々に複雑なクエストだ。

 手持ち無沙汰になってしまったので、今日のところは大人しく眠ることにする。そういえば、ちゃんとした睡眠をとるのは久々だ。一回大きく伸びをするとルララは眠りについた。

 

 

 

 *

 

 

 

 さて朝だ。依頼主はまだ寝ている、呑気なものだ。

 起きる気配が全く無いので、適当に採集してきた食材で調理を始める。今日のメニューは……そうだな、ウォルナットブレッドにしよう。

 簡易製作による量を重視した調理であるが、これが意外にも結構人気で、前回なんとなく出品したら飛ぶように売れた。それ以来ここに来る度にこうして出品している。

 食材も18階層付近かここに来るまでに採れるものばかりで、素材の調達にも大した労力が掛からないので対費用効果としても中々に良い感じだった。

 ウォルナットブレッドの香りに誘われたのか、依頼主が起きてきた。随分と食い意地の張った依頼主である。

 採集してきた食材が、自分たちの分を除いて無くなったところで、今度は少し真面目に製作を開始する。とは言っても結構適当だ。

 インナークワイエットからのステディハンドⅡで何回か加工スキルをぶち込んで、模範作業Ⅱで一気に製作を完了させる。それをダルフと依頼主の分も含めて行い、朝食にする。

 こんがりと焼けたウォルナットブレッドを食べると、VITが4ぐらい上がった。

 ルララにとっては最早誤差の範囲のステータス上昇であるが、依頼主にとっては……まあ、無いよりかはマシなはずだ。

 朝食の後は、作戦会議となった。でも、あまり真剣に聞けなかった。

 どうにも、ルララは依頼主の話を、右から左へと聞き流してしまう悪癖があるようだ。

 ただ、心配することなかれ、重要な部分はきちんとなんとなく聞いているので大丈夫だ、多分。

 取り敢えず下層に降りて、モンスターを捕獲すればいいのだ。後は、まあ、手に持つ『マップ』に従えば万事オッケーだろう。

 ルララの手にある随分と年季の入った地図『マップ』は、クエストの目的地を赤い範囲で示してくれるとっても便利なアイテムで冒険者の必需品だ。

 稀に大雑把な範囲が掲示されて泣きを見ることもあるが、取り敢えずその付近に行けば何かしらのクエストが発生するため、何時まで経ってもルララの悪癖は直りそうもなかった。

『マップ』によればクエストの目的地は、24階層の『食料庫の広間』という所のようだ。

 移動時は昨日の様な進行をしてもいいが、流石に、二日連続は依頼主も堪えると思うので自重することにする。ルララも少しは反省するのだ。

 

「それじゃあ行くか!」

 

 依頼主の掛け声と共に、探索を開始する。24階層の赤いクエストマークを目指してずいずいと進んでいく。

 途中、目についた素材を採集していると、依頼主からクエストの報酬についての話があった。

 嬉しいことに商店を紹介してくれる様だ。素材や使い道の無いアイテムの売り場に困っていたので凄く嬉しい。思ったより良い奴だ、ちゃんと名前を覚えておこう。確か……リチャードだったかな? 確かそうだったはずだ。

 クエストマーク周辺に近づくに連れて、徐々にダンジョンの様子が変わっていく。聖モシャーヌ植物園の研究窟を彷彿とさせる樹皮状の通路から、岩や土がむき出しになった、このダンジョンで良く見かける通路へと変わっていく。徐々に赤い光が差し込み始め、大きく開かれた大広間に辿り着く。ここが『食料庫の広間』の様だ。

『食料庫の広間』の中央には巨大なクリスタルの結晶が鎮座していた。

 それは、どっからどう見てもエーテライトだった。違うのは赤く発光していることか。だが、それ以外はエーテライトそのままだった。

 都市内エーテライトはあるのに、中心となるエーテライトが無いのは不思議だったが、こんな所にあったのか。オラリオのエーテライトがダンジョン内にあるのはどうかと思うが、しかし探索には便利だ。

 早速手を翳し、交感を開始する。

 エーテライトとルララのエーテルを調和させ、馴染ませ、交感していく、交感が進んでいくに連れて、ここのエーテライトの情報がルララに流れ込んでくる。

 どうやら、このエーテライトはオラリオのエーテライトとはまた別物の様だ。

 確かに、こんな地下に都市のエーテライトがある訳ないか。流石に日常で使うのは不便すぎるしな。

 しかし、ダンジョン内にもエーテライトがあるという事は、似たようなエーテライトが他にもまだまだありそうだ。もしそうなら、かなり助かる。今の所、探索するのにいちいち上り降りをしているので、中々探索が進んでいなかったのだ。探してみる価値はあるだろう。

 マップによると『食料庫の広間』という場所は、この階層だけでも他に二箇所ある。期待はできるだろう。これで探索が捗るな。

 そんなことを思案していると、頭上から奇襲を受けた。降ってきたのは緑色の大きなドラゴンだ。

 おお! おお! 懐かしい!!

 降ってきたドラゴンは、昔、ブレイフロクスの野営地で討伐したドラゴン──アイアタル──そっくりだった。登場の仕方もそっくりだ。ああ、懐かしい……昔は大変お世話になった。

 超える力を通して見える名前も『アイアタル・シャドー』で、使ってくる攻撃はアイアタルそのままだった。

 直線範囲のドラゴンブレスに、ランダムターゲットのトキシックヴォミット、攻撃と同時に毒が付けられるサライヴォススナップなどなど、懐かしい攻撃の数々だ。初めて攻略した時はあまりに急激に上がった難易度に恐怖したものだ。

 なかなか回避できないブレスに、いつの間にか浸かっている毒沼、移動させようとしても、辺り一面毒沼だらけで逃げ場がない、スタックされていく毒に、追いつかない回復──まさに地獄絵図だった。

 それも、今となっては、ブレスは目を瞑っていても避けられるし、詠唱の短いトキシックヴォミットもスタンで止められるし、毒も大したダメージじゃないし、回復する必要もない。そう思うと随分と強くなったんだな、感慨深い。

 放たれたトキシックヴォミットをモロに受けて、それでも健気に攻撃し続けるリチャードの姿を見ると、かつての自分を思い出されるようで微笑ましくなる。そうそう、そんな感じで最初は無我夢中で攻撃してしまうよね、でも……。

 案の定、リチャードは毒の継続ダメージを受けて倒れてしまった。うむ、ルララも昔同じ失敗をした、気にするな。

 むしろ彼の装備とLv.でトキシックヴォミットの着弾ダメージを耐えただけでも、勲章ものだ。なんせ、リチャードの装備はIL1の……言っちゃなんだがクソ装備で、強さもオラリオ基準でだがLv.3だ。

 アイアタル・シャドーのレベルはアイアタルと同じ34で、このレベルはオラリオ基準だとLv.4相当になる。

 裸同然の装備でレベル差もあるとなれば、この結果は当然だった。

 生きているのは、今日朝に食べたウォルナットブレッドのお陰だと思いたい。食事効果は30分……ではなくて、大体半日くらい持つので、まだまだ十分に効果を発揮しているはずだ。

 戦闘不能になったリチャードを見て、あわやクエスト失敗かとも思ったが、どうやら依頼主の生死は、クエストの成否にあんまり関係ない様で、リスタートとはならなかった。

 結局戦闘は、バーサクからのフェルクリーヴを一回喰らわせるまでしたところで、アイアタル・シャドーは力尽きたのか大人しくなった。残念、あと二回はフェルクリーヴ撃ちたかったのに……。

 うなだれたアイアタル・シャドーを捕獲してかばんの中に仕舞う。仕舞われた“彼”はちょっぴり悲しそうだった。

 戦闘不能になったリチャードの処置には、捨てることも売ることもできなくて邪魔だった『軍用再生薬』を使う。蘇生魔法のレイズと同じ効果のある薬品だ、決してかばんの空きを増やしたかった訳ではない。

 しばらく待っても起きる気配がない。もしかしたら消費期限が切れていたのかもしれない。何時からかばんの中に入っていたかも忘れてしまうぐらい、古いものだったのでその可能性は高いだろう。帝国製も大したことないのだな。

 仕方ないのでリチャードもかばんに仕舞い、取り敢えず18階層に帰還することにする。マップが示す次なる目的地はそこなので問題無いだろう。かばんの中のリチャードは老人の顔をしていて可笑しかった。

 その後は特に何も大きな波乱は起きなかった。

 眠っていたリチャードも起きてきたし、捕まえたモンスターにもいちゃもんを付けられることもなかった。

 

「あの……ルララさん? もしかして帰りも急いで行きます?」

 

 そう言いながら、期待の眼差しで見つめてくるリチャードの気持ちに答えて、帰りは来た時よりもさらに高速で帰還することにする。

 叫びながらも、何処か楽しそうな様子で付いて来るリチャードは中々に話が分かるやつの様だ。

 リチャード・パテル──彼とは仲良くやっていけそうだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 翌日、クエスト達成の報酬に紹介された『トリスメギストスの道具屋』では、取り敢えず、製作で余ったアダマン鉱HQを鑑定してもらう事にした。

 アダマンナゲットを製作するには、アダマン鉱が三個と闇鉄鋼が一個必要だ。きっちり必要な分だけ持って製作すれば、余りも出ないのだが、オラリオに来たのは突然だったのでどうしても幾つか余ってしまったのだ。

 使い道ももう無く、かばんの肥やしになるだけのアダマン鉱HQちゃんを、泣く泣く売り出すのは……とってもすっきりした!

 エオルゼアではもう供給過多なアダマン鉱も、オラリオではまだまだ貴重品らしく、驚くことなかれ、なんと百万ヴァリスの値が付いた。

 エオルゼアだとだいたい五百ギルなので約二千倍だ。

 え? ちょっ、マジで!? 二千倍?? オラリオの物価高すぎだろう──いやいや、日用品などの値段にはそこまで差がなかったので、恐らくアダマン鉱がかなり貴重なのだろう。

 そういえば、エオルゼアでもアダマン鉱が発見されたのはつい最近の事だった──もっとも、直ぐに高レベルのギャザラー達によって大量に出回ったが──もしかしたら、オラリオでは未確認の石材なのかもしれない。それならばこんな高値でも納得できる。

 ああ、それならばもっと大量に持っておくべきだった。ルララの『リテイナー』のかばんの中にはアダマン鉱のストックが五スタック程もあったのに……。

 アダマン鉱でこれだけ高額なら他の素材はどうなってしまうのだろう? 当然の流れでルララはそう思った。

 さっそく、期待に胸を膨らませて、持っているアイテムの中でもう不要になった素材や、使い道の無いアイテムを、ここぞとばかりに出していく。

 マテリア合成で出た防風のマテリジャに、蒐集品製作の時に余った素材、いつの間にか増えているラストエリクサーに、ついでにダンジョンで収集してきた素材をどんどん机に並べていく。

 大量の汗をかく店員の顔は真剣そのものだ。うるさくして集中力を乱す訳にはいかないので、大人しく待つことにする。鬼気迫る表情の店員の邪魔はできない。

 暫くして、店員が顔を上げた。ルララを見つめる瞳は疲れのためか少し潤んでいる。泣くほど頑張ってくれたのか! 良い人だ、これからはここに通うとしよう。

 店員は震える声で、「締めて一千万ヴァリスです」と言った。

 昨日まで地道に金策していた自分とはもうおさらばだ。取り敢えずハウスだ、ハウスを買いに行こう。

 

 

 

 *

 

 

 

 かばんの中身もすっきりし、大金も手にして良い事尽くめのルララは、はやる気持ちを抑えながらリチャードのお勧めの店に向かっていた。

 一千万ヴァリスを手にしたルララはもはや無敵状態だ。

 ハウスを買うのにファミリアの登録は必要ない。でないとファミリアに所属していない一般市民が軒並み路頭に迷ってしまう。流石にLサイズなどの大きいのはファミリアじゃないと買えないかもしれないが、小さくても全然構わなかった。

 焦る必要はない。ここには、のこのこしたララフェルは自分しかいない。横から掠め取られることは無いはずだ。

 しばらくすると、店に着いた。

 リチャードのお勧めの店は、いかにも冒険者御用達といった感じの酒場で、雰囲気は南部森林のバスカロンドラザーズに似ている。ここにも酒に酔って暴れる冒険者が出るのだろうか? 妖異に侵されていなければいいのだが。

 出された料理は、美味しいが何処か物足りなかった。恐らくシャードが足らないのだろう。これじゃあバフが掛からない。

 オラリオの調理品はどれもそんな感じだった。思うに、クリスタルを利用した調理法が発展していないのだろう。なにを食べても膨れるのは腹だけで、ステータスは膨れなかった。

 一通り食べ終わると本題に入ることになった。

 その前に、リチャードに金庫にお金を預けないのかと聞かれたが、盗られることはまず無いので気にしなくていい。マーケットボードはここには無いからな。

 リチャードの本題はアイアタル・シャドーの攻略法だった。良かった、もじもじして食事に誘われた時は、こいつララコンか? と疑ったがそんな事なかったらしい。

 早速アイアタル・シャドーの攻略法についてリチャードに伝授する。定型文辞書での会話なので中々に大変だ。今後は文字の習得なども考えないといけないな……。

 アイアタル・シャドーのあらかたの攻略法を伝授し終えると、今度は別の人から声を掛けられた。

 声をかけてきたのは……知らない人だ。ミコッテ族だろうか? だがちょっと違う感じの雰囲気だ。なんというかこう、ウルフっぽい。

 まあ、女の子なら大歓迎だ。隣には、おお、アンナがいる。どうやら知り合いのようだ。

 エルザと名乗ったミコッテモドキ──犬人(シアンスロープ)というらしい──はアンナの相棒だった。彼女が話に聞いていた相方か。

 ルララを乗せた太腿は健康的に柔らかく、丁度ルララの頭部に当たっている夢と希望が詰まった()()()()はイイ感じに大きい。ほのかに漂ってくる香りはとっても良い匂いだ。臭くない。ヤ・シュトラは……うん、ノーコメントで。

 エルザとアンナは随分と仲がよろしいご様子だ。うむ! 良いことだ。仲良き事は美しき哉。

 ちょっとイケない関係にも見えるが、大いに結構。むしろもっとやって下さい。

 じゃれあう彼女達は、あわやジャスティス合体まで至るところだったが、アンナの方はまだその気になってなかった様で、合体拒否されてしまっていた。ギミックを失敗したエルザは、ペナルティを受けて気絶してしまった様で、さっきからうんともすんとも言わない。どうやらここまでみたいだ。残念もっと見ていたかった。

 ギミックを失敗したからだろうか、さっきまでのキャハハウフフな雰囲気から一変し、重苦しい雰囲気になってしまった。

 気分を変えるためにルララ自ら話題を出す。私から話題を出させるとはやりおるな君達。

 

【聞いて下さい。】【ショップ】【どうしてですか?】

 

 自分で言うのも何だが、随分と意味不明な文章だ。『なんでここに来たの?』と聞こうとしたが、語彙が少なすぎてこれぐらいしか言葉に出来ない。やはり文字の習得は必須だろう。

 そんな意味不明な文章でも、彼等には伝わるのだから脱帽だ。

 どうやら、アンナ達は『ロキ・ファミリア』とかいう、ファミリアの情報を集めに来たらしい。

 なんでも、そのロキ・ファミリアはオラリオ随一のファミリアで、積極的にダンジョン攻略、それも未到達領域の攻略を目指している、いわゆるレイドファミリアらしい。ああ、なんかこの時点で話が見えてきた……。

 そのロキ・ファミリアは最近行った遠征以降めっきり元気がなくなってしまったらしく、不審に思ったライバルファミリアのアンナ達が調査に乗り出したという事らしい。あー、ルララさんはそっとしておいた方がいいと思うな。

 大方、高難易度レイドにありがちな、あんなことや、こんなことに耐え切れなくなって、パーティーがギスギス。元からあったパーティー内の痴情の縺れや、足手まといのパーティーメンバーも出てきて主要メンバーが嫌気をさして離脱、そのまま晴れて解散と相成ったのだろう。うんうん、ドンマイ! そんな事、良くある良くある。今度は野良で頑張ろ? 慣れればちょっとしたアトラクションだと思えるようになるからさ。

 アンナ達の調査はあんまり進んでいない様だ。まあ、身内のギスギスなんてあまり詮索されたくないだろうし、言いふらすものでもないから情報が出回らないのだろう。何も知らなかった様に、振る舞ってあげるのが人情というものだ。

 結局、特にロキ・ファミリアについての情報はなかったようだ。だが別の収穫は大いにあった様だ。彼女達は『また来ようね』なんて話している。その時は是非呼んで下さい。

 アンナ達と別れると、今度はリチャードからチケットを渡された。

 どうやら怪物祭というイベントのチケットらしい。そういえば、この祭りのためにモンスターを捕まえに行ったのだった。

 渡されたくしゃくしゃのチケットを見つめていると、リチャードから『アンタみたいな冒険者になりたい』なんて事を言われた。

 私が言うのも何だが、私を目標とするのは辞めたほうが良いと思うのだが、まあ、やる気があるのは良いことだ。応援しよう。ようこそ週制限と周回の無限地獄へ。

 決意したリチャードの顔は凄く晴れ晴れとしていた。そんな顔をされると、ちょっと手助けをしたくなるじゃないか。

 このまま行くと、リチャードの生命はあと二日だ。

 アイアタル・シャドーは、幾らランクアップしたとはいえ、リチャードにはまだまだ荷が重い。

 レベル30台の格闘士一人でアイアタル相手に勝利しろ、といえば“これ”がどんなに無茶なのか良く分かるだろう。

 このままでは確実にリチャードは死ぬ。それも凄く簡単に。

 それぐらいソロでモンスター──それも今回の相手はドラゴン族だ──と戦うのは危険なことなのだ。

 ルララは今まで、リチャードがまともな装備をしていた所を見たことがない。流石に本番はちゃんとした装備で来ると思うが、少し怪しい気がする。もしもの時のために装備ぐらい用意してあげても良いだろう。都合のいい事にちょっと試してみたいこともあるし。

 ルララの事を目標にしているなんて言う冒険者は初めてだった。少なくともオラリオではそうだ。

 そんな彼を見殺しにはできない。

 ルララに決意したリチャードはもうルララの友人だ。友人を失うのは……もう嫌だ。

 ……さて、そうと決まれば早速製作の準備を開始しよう。

 今のリチャードはLv.4で、エオルゼア的にはレベル30付近のレベル帯だ。なので、適正装備もIL30辺りの装備ということになる。

 必要な素材は亜麻やボアの粗皮などになるのだが……取り敢えず、製作に必要な素材を手に入れるためにダンジョンに潜るとしよう。

 ルララは転移魔法『テレポ』を詠唱するとオラリオから姿を消した。

 

 



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愛用の紀行録 2─3

 24階層のエーテライトに転移したルララは早速素材の採集に乗り出した。

 ちなみにテレポ代は徴収されなかった。どうやらこのエーテライトはギルドの管轄外らしい。使い放題とはラッキーだ。

 料金が発生しない代わりなのだろうか、ルララを待ち受けていたのは大量のモンスター達だった。

 モンスター達はエーテライトから溢れてくる液体を美味しそうに啜っている。久々の食事なのだろうか、必死になって啜っている姿はなんだか微笑ましい。

 邪魔しちゃ可哀想なので、さっさとその場から離れることにする。

 エーテライトから離れると、アーマリーチェストから園芸道具を取り出し園芸師に着替える。

 ダンジョンでは出現するモンスターと、採集できる素材は大体同じくらいのレベルになるようだ。

 なので、必要になりそうな素材が採れるのは、Lv.4相応のモンスターが出現し始める36階層以降になる。ここよりもさらに下の階層になるので、さっさと進んでしまおう。

 36階層に着くまでの道中、立ち寄った各階層の『食料庫の広場』では、24階層と同じくエーテライトがあった。また、それを守るようにモンスターも同じく出現した。

 オラリオで転移魔法が発展していないのは、こいつ等のせいかもしれない。まあ、重要な施設にモンスターが出るのは、お約束というやつだ。先を急いでいるのでさくっとやっつける。

 不思議な事だが出てくるモンスターは全てドラゴン族で、見覚えのあるやつばかりだった。

 名称も『なんとか・シャドー』とか『ほにゃらら・レプリカ』だとかで、彼等を強く連想された。使ってくる攻撃も殆ど同じだ。まあ、お陰で楽勝だったが。

 しかし、エオルゼアから遠く離れているであろうこの地で、こうもそっくりなモンスター達を見かけると、少し怪しさを覚えてしまう。

 それでも、着々と広がっていくエーテライト網には笑みを零さずにはいられなかった。誰もいないダンジョンで、マップを見ながらほくそ笑むルララこそ誰よりも怪しい存在だった。

 まあ、ルララのこの笑みもしょうがないというものだ。

 なにせ、クエスト消化とダンジョンでの行き帰りに時間を取られていて、碌に探索も進んでいなかったのだ。これで効率良く探索が可能となれば、笑みが溢れるのも致し方無い。

 未知や刻限、伝説などの特殊な採集所の場所や時間の特定は、今後の事も考えると急務なので嬉しさはひとしおだ。流石に伝説の採集所は、この土地の伝承録を持っていないので期待できないが、それでも探す価値は十分にある。

 

 

 

 *

 

 

 

 そうこうしている内に36階層に着いた。

 この付近の探索は殆ど進んでいないが、園芸師のスキル『トライアングレート』と『アーバーコールⅠ・Ⅱ』によって採集場所はすぐに見つけることができた。良質の採集所や、最も近い採集所の位置を知ることのできるこのスキルは、採集職をする上で必須スキルだ。

 粗皮などのモンスター素材も、そこら辺にいるモンスターを適当に狩ることで簡単に集められた。

 モンスター達は無駄に固まっている事が多いし、幾ら狩っても次々に湧いてくるから尽きることはない。まさに獲り放題だ。 

 この階層までくると、あまり冒険者も来ないのか取り合いも起きなかった。

 確かにエーテライト無しでここまで来るのは骨が折れるし、移動時間なども考えるとあまり旨味がない気がする。それも、オラリオの素材が高騰する理由だろう。

 現にルララもエーテライトを見つけるまでは敬遠していた。まあ、お陰で今となっては楽に集めることができるのたが。

 モンスターの取り合いは、時に血みどろの争いになる事がある。エオルゼアでもよく見かけた。

 懐かしい……生れ出でた途端一瞬で狩られるカラクール。フリースが大量に必要になると分かって、血眼になって必死に追いかけたものだ。あの時はリテイナーもタダの荷物番で、自力で集めなくてはならなかったのだ。

 オラリオのダンジョンはエオルゼアでいうダンジョンよりかは、どちらかというとフィールドに近かった。

 エーテライトや採集場所もあるし、モンスターもダンジョンモンスターというよりはフィールドモンスターに近い性質をもっている。

 ダンジョンモンスターはレベル差がどんなにあっても問答無用で襲い掛かってくるし、何処までも追いかけてくるが、オラリオのモンスターはレベル差があるとアクティブモンスターでも襲ってこない。

 何処までも追いかけてくるという点は一緒だが、モンスター達は他パーティーになすりつけることができるみたいだ。怪物進呈(モンスターパレード)なんて言うらしい。

 折角取ったヘイトを他人に渡すなんて、なんの意味があるのか分からないが、兎に角そういったテクニックも存在する様だ。多分、無茶なまとめをした時に、そういった事をするのだろう。身の丈以上のまとめをして死にかけたなら、大人しく死んでいればいいものを、迷惑な話だ。

 そして、今ルララの目の前にいる階層主──ウダイオスもエオルゼア的に言うとモブに近い性質を持っているみたいだ。

 一度倒されてから一定周期を待たないと再出現しないところ何てそっくりといえる。

 特殊な出現条件が無いことから多分Aモブなのだろうが、強さ的にはF.A.T.E.ボスの方がより近い感じだ。そこら辺の細々とした違いは結構あった。

 下半身が地中に埋もれた巨大なスケルトンのウダイオスはやる気満々でルララを待ち構えている。希望に応え、早速戦闘に入る。

 ウダイオスが持つドでかい剣の剣戟を、軽く往なし、掻い潜りながら後ろに回り込む。

 ウダイオスは下半身が埋まってしまっているからだろうか、背面に回ると全く攻撃がこなかった。

 誰もいない場所を目掛けて、虚しく攻撃し続けるウダイオスさん。あまりにも哀れなので、さっさと片付ける事にする。

 ルララはむき出しになった弱点──淡く輝く魔石──に一撃を喰らわせると、魔石は粉々になってウダイオスは煙のように消えた。

 呆気無い、こうまで弱点がむき出しで分かり易いと、彼の今後が心配になる。

 近い将来、『ウダイオスさくっと周回。理解者のみ』なんて募集が乱立してしまわないだろうか? まあ、得られるアイテムは大したこと無いのでそんな事はないだろうが。

 ウダイオスを倒した後には、彼が使っていた大剣が残されていた。名前はそのまんまで『ウダイオスの黒剣』だ。他にも『ウダイオスの黒斧』とか『ウダイオスの黒杖』とかあるのだろうか? 意外に多彩なやつなのかもしれない。

 超える力により見えるILは38で、この37階層でとれる武器としてはそこそこだが、ルララが()()()()()()()と断じた原因がステータス欄にあった。

 何も、何も無いのだ。本来であれば、そこには装備時にどれだけステータスが上昇するか記載されているはずなのに、何も記載されていなかった。

 武器性能こそIL相応だが、これでは不良品も良いところだ。ミラプリ専用かな? でもあまりパットしない見た目だ。うーん、要らないなぁ。

 ルララは迷いなく鍛冶師の分解スキルで『ウダイオスの黒剣』を分解する。

 分解により得られたのは『ウダイオスの骨片』だった。使い道は特に無いから後でト、トリ……道具屋に売りに行こう。うん、きっと喜んでくれるはずだ。

 さて、では採集作業を再開しよう。

 

 

 

 *

 

 

 

 必要となる素材は36階層から48階層の間で大体集めきった。

 これまでの感じから言って、大体12階層ごとにベースとなるLv.が上がるみたいだ。

 この調子でいくと、アダマン鉱などの高レベル素材は、単純計算で82階層辺りから採集できるようになるはずだ。先は長い。道理で素材が高くなる訳だ。

 今の階層は48階層なので目的地までは、後、半分ぐらいになる。

 いい加減広くなってきたダンジョン内を、徒歩で歩くのがかなり億劫になってきたので、こっそりマウントを出してみる。

 都市内ではギルドの目があってできなかったが、ダンジョン内にはギルドの監視はない。言ってしまえば無法地帯で、やりたい放題し放題だった。

 呼び出すタイプの生体系マウントは、残念ながらオラリオに転移してきた時に離れ離れになってしまったが、魔導アーマーなどの非生体系マウントの方は、ガレマール帝国やガーロンド・アイアンワークス、そして悪名高き古代アラグ帝国、科学者集団『青の手』の脅威の科学力などによって、極小サイズにまで縮小されていたので未だルララの傍にあった。

 少し思案し、小さくなったマウント──騎乗システムを起動する。

 何度も何度も苦しめられた忌まわしき球体そっくりのマウントだが、それだけに手に入れた時の感動もひとしおだった。

 何人もの冒険者を血祭りにあげた末に、ようやく手に入る事もあって、ルララのお気に入りマウントの一つだ。

 マウントには、特に問題なく乗ることができた。生憎、風脈のコンパスはうんともすんともしないので風脈の泉は無いらしい。残念、飛べたらさらに色々と捗るのに。

 起動した騎乗システムに乗りかかると、ちゃっちゃと進んでいく。脳裏に流れるBGMはちょっとノスタルジーでアンニュイな感じだが、周りに『低圧電流』を撒き散らしながらノリノリで進んでいく。その勢いで49階層の片目の巨人族──バロールを打ち倒すと、50階層へと乗り込んでいった。

 そしてルララは、()()に来た意味と、そして決別した過去の因縁その残滓と遭遇する。

 彼女の迷宮冒険譚(ダンジョン・オラトリア)はここから始まる。

 

 



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愛用の紀行録 2─4

 異変は50階層に降り立った時にすぐ気がついた。

 このダンジョンで人工物を見ることは滅多にない。まるでダンジョン自体がそういったものを嫌っているかのように、全て自然のもので構成されている。

 だが、この50階層は違っていた。階層中の至る所に人工物が見受けられる。

 ただ、階層内全てが人工物で構成されている訳ではない様だ。所々あるが岩肌や灰色の木々が露出している場所がある。

 その光景は、まるで、ダンジョン内を人工物が侵食している様だ。

 嫌な予感がする──そう直感で感じたルララは騎乗システムを降りると、戦闘態勢に入る。

 今のところ敵は見当たらないが、マウントに乗っている時に攻撃されたらヘビィが掛かり極端に移動速度が落ちてしまう。今の状況ではそれは避けたい。

 この人工物にルララは見覚えがあった。

 円形、正六角形などを基本に複雑な紋様を描くデザイン。その内部を走る特徴的なエーテルラインは青く光輝き、エネルギーが流動していることを示している。

 アラガントームストーン、ラグナロク級拘束艦、クリスタルタワー、魔科学研究所、フラクタル・コンティニアム、アジス・ラー、カルテノー平原……エオルゼアの至る所で散々見てきた。嫌になるほど、呆れ返るほどこのアラガン様式を見てきた、いまさらルララが見違えるはずもない。

 アラグ文明──エオルゼアでもぶっちぎりにヤバくてイカれた文明だ。

 滅んでから五千年以上も経っているくせに、未だに現代人に迷惑をかけ続ける傍迷惑な文明が、こんな所にも残滓を遺していた。エオルゼア代表として申し訳ない気持ちだ。本当にごめんなさい。

 元々生えていたであろう灰色の木々は、外観だけを残し人工的に改造されており、本来露出したであろう地面はアラガン様式の床に覆われかつての面影を一切残していない。

 不気味な静寂が漂う階層全体を、エーテルラインの青い輝きが照らしている。

 何処かのパーティーが設置したのか、残されていた野営地もアラガン様式に入れ替えられている。これぞアラガン・キャンピンググランドってか? 笑えないわ。

 野営地に人影はない。アラグの防衛システムに襲われたか、あるいは既に逃げ出した後か……。どちらにせよ碌な目にあっていなさそうだ。

 警戒レベルを最大限に上昇させてルララは進む。

 50階層から51階層へと降りる為の通路に至るまで、特に防衛システムなどに襲われることはなかった。そのことがより一層嫌な予感を引き立てる。

 どうする? ここは一旦帰還するべきか?

 ここがもしアラグ文明関係の施設と化しているのであれば、この先どんな鬼畜なトラップやモンスターが待ち受けているか分かったものじゃない。

 エーテライトは49階層にあったので、再びここに戻ってくるのは簡単だ。

 ここは一旦体勢を建て直してから……なんて事するはずがない。

 冒険者は危険を冒してなんぼの職業だ。冒険者が冒険しないで誰が冒険するというのだ。そんな奴は冒険者なんて言わない。

 ルララは意を決して51階層へと侵攻した。

 

 

 

 *

 

 

 

 成る程。そういう事だったのか。これが、()()()理由だったのか。

 だから“私”なのか。ようやく合点がいった。

 確かにこれは私の()()だ。随分と迷惑なことだが、コイツ等をどうにかするには“私”程適任者もいないだろう。

 何処のイカレ野郎がこんなことを仕出かしたか知らないが、全く厄介なクエストを寄越してくれたものだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 51階層は異界だった。忌々しい事にルララには見慣れた光景でもあった。

 完全にアラグ様式に魔改造されたダンジョン内は、もはや本来の姿の面影を一切残していない。

 彷徨いているモンスターも、アラガンワーク・バグやナイトなどのアラグ防衛機構に、恐らく捕獲されて魔改造されたのだろう、アラグ式に改造されたモンスターばかりだった。

 徘徊するモンスター達は、これまでと比べて破格の強さを持っていた。ルララの感覚ではエオルゼアのメテオ探査坑にいたモンスターと変わらない強さだ。つまりレベル50のモンスターということだ。

 今までのモンスター達のレベルの上がり具合を考えると、この階層のベースレベルはLv.5つまりレベル40台だったはずだ。それが一段飛ばしてレベル50台つまりLv.6相当のモンスターになっている。

 いや、超える力を通して見えるレベルこそ50であるが、このレベル帯になると表記されているレベルも当てにならなくなってくる。

 戦ってみた感じから、レベル70付近、オラリオ換算ではLv.8相当の強さであると予測できた。

 49階層のモンスターはそんなことなかったので、このダンジョンが元々そういった仕様なのか、もしくはアラグ文明の影響なのだろう。恐らく後者であろうとルララは当たりをつけた。強化と改造はあの文明の十八番だ。全くもって忌々しい事だが。

 今までのモンスターと比べ物にならない程強いモンスターであったが、それでもルララの相手にはならなかった。伊達に長年冒険者をやっている訳ではないのだ。

 大した危険も無く進んでいくと、()()()()が待ち受けるフロアに着いた。今日はなんだか懐かしい顔に会うことが多い。同窓会かな? ご苦労なことだ。地獄に落ちろ。

 ()()()を見たことあるのは魔科学研究所か、東ラノシアのメテオ探査坑内だけだ。いや、正確には、魔科学研究所で見たのはハルキマスが変化した幻影で本物じゃなかった。なので、本物を見たのはメテオ探査坑だけだ。

 カドゥケウス──幾多の、身の程知らずの冒険者に、身の程を知らしめたアラグが創りだした凶悪な防衛機構(モンスター)

 落ちてきたダラガブの破片、第七霊災、それらを巡るエオルゼア最難関のダンジョン──大迷宮バハムート。その第一の関門『メテオ探査坑』にいるはずのモンスターがここにいる。

 何となく全貌が見えてきた。

 そう考えるとルララは手に持つマップを覗き見る。

 そうか“お前”か。生きていたのだな。どうやってここまで逃れてきたのかは知りもしないが、こんな遠くまで全くご苦労なことだ。

 なぁ……『蛮神バハムート』

 北ザナラーンに埋まっていたラグナロク級四番艦の最深部で、完全消滅させたはずだが、その残滓がこんな所に残っていたらしい。

 ルララが手に持つ『マップ』には現在位置がこう記されていた。

『ラグナロク級五番艦:51階層 地下1355ヤムル』

 五年前から続く因縁が再び動き出した。

 

 

 

 *

 

 

 

 51階層から52階層へ行く通路はカドゥケウスの背後しか無いようで、つまり先に進むにはコイツを倒さないといけないということだ。そういうのは実にシンプルで分かりやすい。

 かつては8人がかりで死力を尽くして討伐したカドゥケウスだが、今ならソロでも十分倒すことが可能だ。恐れることはない。

 一瞬の静寂の後、意を決したルララは待ち構えているカドゥケウスに『トマホーク』をブチかました。

  その、甲高い金属音がゴングとなって戦闘が始まった。

 ルララを脅威として認識したカドゥケウスは猛攻をしかけてくる。

 アラグ文明によって極限にまで強化されたカドゥケウスの攻撃は、凄まじい威力を秘めている。並の冒険者では一撃でやられてしまうだろう。

 だが、ルララは並の冒険者じゃない。カドゥケウスの猛攻を受けてもピンピンしていた。この程度()()()()()ない。

 そう、カドゥケウスの攻撃は()()()()()ない。むしろ、この時点でやられてしまう様では、そもそも挑戦するレベルに至っていないという証拠だ。

 だが、一撃を耐えて安心することなかれ、あの鬼畜集団であるアラグ文明の、第一の刺客がそんな生温いはずがない。

 カドゥケウスの真価は戦闘直後には発揮されない。彼の真骨頂は戦闘開始してから暫らく経ってからだ。

 カドゥケウスが甲高い咆哮をあげる。するとカドゥケウスの攻撃が一段階激しくなった。

 そう、カドゥケウスの攻撃力は時間と共にドンドン強化されるのだ。

 戦闘を継続していく内に強化されていく攻撃力は最大九段階まで強化され、そのレベルになるとルララでさえも長くは耐えられなくなる。なんて恐ろしい子なのかしらカドゥケウス。

 これにはルララも堪らない……なんて事はない。

 実は、カドゥケウスの攻撃力を制御するための安全システムも一緒に用意されているのだ──恐らく暴走した時のための装置なのだろうが、それを利用されてしまっていては本末転倒だ。

 なので、ギミックが分かってしまえば結構大したことないヤツなのだ。そのうち、意外ににょろにょろしていて可愛いと思える様になる。そこまでいったらあなたも立派な冒険者だ。

 そんな、攻略に必須とも思える安全システムだが、今回、それは使わない。

 カドゥケウスは、その他にも多種多彩な攻撃を仕掛けてくるが、今回の相手はルララ一人なので、前方範囲だろうが、後方範囲だろうが分裂しようが関係ない。

 全て受けて、アイテムレベルの暴力でどんどん削っていく。

 ある程度ダメージを与えると、カドゥケウスがその名前の通り二匹に分裂した。

 ルララも最初は知らなかったが、カドゥケウスとは『二匹の蛇』という意味らしい。まあ、正確にはちょっと違うらしいが、別にカドゥケウスの意味を議論しに“彼”と戦っている訳ではないので、どうでもいいのだが。

 本来であれば、ここから二匹を引き離し各個撃破するのがベストなのだが、当然ではあるがルララ一人ではそんなことはできない。

 二匹からの猛烈な攻撃に耐えていると、再びカドゥケウスは合体した。さあ、ここからが本番だ。

 合体したカドゥケウスは暴走モードに突入し急激に攻撃力を上昇させていく。

 強烈な攻撃は『シュトゥルムヴィント』や『原初の魂』『ブラッドバス』『エクリブリウム』『内丹』などの回復スキルや回復アビリティで耐える。

 全ての回復系アビリティを使い切ったら、今度は、明後日の方向に走りだす。

 一見したら逃げ出したかの様にも見えるが、これがルララの戦法だ。

 アラグの防衛システム達は、予めプログラミングされた決められた行動パターンの通りに動く。そして、カドゥケウスに遠距離攻撃は無い。コイツには近づいて攻撃する以外の攻撃手段が無い。つまり──

 逃げ出したルララの後を馬鹿みたいに追ってくるカドゥケウス。

 移動速度はスプリントしているルララの方が若干早い。徐々に開いていく距離。その距離を維持し続け、再度アビリティが使用可能になるまで逃げ続ける。彼等の行動パターンを、完全に熟知したルララならではの戦法だ。

 そして、再使用可能になったありったけのアビリティを駆使して、猛烈な攻撃を凌ぎながらカドゥケウスにダメージを与えていく。

 ゴリ押しもゴリ押しな攻略法だが、現状とれる手段はこれ以外ない。

 結局、カドゥケウスの死闘はそういったサイクルを4セット繰り返した末に、終わりを迎えた。

 悲痛な断末魔を上げ消滅するカドゥケウス。その叫びには抗議の色があったような気がした。まあ、全然正攻法じゃないので不満があるのもうなずける。

 一度倒した防衛システムの修復には一週間はかかるので、暫くは見ることも無いはずだ。残念、しばしのお別れだな。でも寂しがることはないよ、来週も必ず来るから。

 さて、これからがお楽しみの時間だ。

 消滅したカドゥケウスの後には、()()()()()()と指輪が残されていた。おお、まさか武器が手に入るなんて驚きだ、指輪の方は何度も見たことあるのでどうでもいいが、武器の方はこれまでに見たことがない。期待できそうだ。

 長剣の名称はアラガン・ロングソード……ではなくて、デスペレートというらしい。

 遠隔物理職のリミットブレイクと名前が似ているがこれは長剣だ。

 デスペレート──自暴自棄──とは随分と悲観的な名前じゃないか。ILはどれどれ……え? 45? 90じゃなくて? しかもステータス欄には例によって何も記載がない。こんな武器ではそりゃあ自暴自棄にもなりますわな。あー、もしかしたら、このダンジョン産の装備はみなそうなっているのかもしれない。

 エオルゼアでも似たようなエーテリアル装備というものがあるし、これがこのダンジョンの特徴なのかも。まあ、あんまりいい特徴とは言えないが。

 その証拠にこの装備ちょっと耐久値の欄が変わっている。Duranda? どういう意味だろうか? まあ、あんまり有効性がないので分解してしまおう。要らぬ。

 迷いなく、入手したデスペレートを鍛冶師のスキルで分解しようとする……が、どうやら鍛冶師の分解スキルが足りなかった様だ、分解する事ができない。

 仕方ないので、持って帰って売り飛ばすことにする。もしくはアンナにでもプレゼントしようか。彼女、剣術士の癖に一向に盾を持つ気配がないから、いっそのこと双剣士にでもなったらいいのだ。

 しかし、少し気になるのは指輪の方にはこれといって変わりが無いという点だ。

 オラリオのダンジョンを侵食してちょっと仕様が変わったのか、もしくは元々この拘束艦がそういった仕様なのだろうか? まあ、どっちでもいいか。

 手に入れた指輪はルララがよく知る『アラガンキャスターリング』そのものだった。ステータスも問題なくある。ILだって90だ。

 こちらの装備も、特に使い道はないのでちゃっちゃと分解する。彫金の分解スキルは“眼鏡”のお陰でメインに上げているので問題なく分解できる。

 スキルを発動し、分解されるアラガンキャスターリング。運の良いことに『鍛人のデミマテリダ』が入手できた。

 さてこれでここにはもう用はない、先に進むとしよう。

 

 

 *

 

 

 

 52階層への道が開かれ、さらに下層へと進んでいく。

 カドゥケウスを倒した影響だろうか、出てくるモンスターの顔ぶれも少し変わってきたようだ。

 バグやナイトなどのお馴染みの防衛機構の他に、今度は式典用装備を身に着けたクローンも出現するようになってきた。

 ララフェル族の男性を素体にしたであろう『アラガンクローンランサー』や、無駄に長い詠唱をするエルゼン族の『アラガンクローンキャスター』、素早いリュー……じゃないヒューランの『アラガンクローンセイバー』に、おー、斧を持ったドワーフ族や犬人(シアンスロープ)ぽい格闘家もいる。なかなかに多種多彩なメンツだ。みんなまとめてミンチにしてやる。

 ドワーフや犬人(シアンスロープ)がいるという事は、多分、彼等の()は、このダンジョンで調達してきたのだろうと当たりをつける。十中八九間違っていないだろう。

 それを裏付ける様に、52階層には『クローン生成培養区画』なんて場所があった。ああ、やっぱり。名も知らぬ冒険者よ、ドンマイ。安らかに眠って下さい。

 52階層から58階層まではぶち抜きになっているらしく、東ラノシアの拘束艦よろしく、アラグのジャンプ台を利用してドンドン降りていく。

 途中の階層には『クローン生成培養区画』以外にも、『エネルギー増幅炉』や『生体実験室』『機械兵器製造区画』『評価実験場』『隔離繁殖調教階層』なんてものがあった。うん、近づかないでおこう。どうせ碌なものじゃない。

 58階層に着くと、中央に大きな円形のエレベーターがあり、適当に弄ると起動した。アラグ文明はシンプルな操作性が好みだったのか、取り敢えず叩いておけばどうとでもなる、というのがルララがこの文明と付き合う上で学んだ事だ。

 エレベーターの移動中、毎度の事ながら防衛機構が起動して襲撃を受けたが、やはり、大した強さはなく、特に窮地に陥る事はなかった。忌々しい球体の防衛システムも今となってはただの光り輝く球体だ。お前をマウントにしてやろうか?

 エレベーターは60階層まで来て一旦停止した。

  長年の経験からすると、きっと何かが起きるのだろう。

 ルララの予想通り異変は起きた。

 

『よもや、各食料庫(パントリー)の守護者どころかカドゥケウスをも討伐するとは、貴様一体何者、ぶへぇ!!』

 

 そう言いながら突如として現れたのは、紫色の外套に変な仮面を付けたやつだった。どっからどうみてもアシエンだ。なら敵だ。敵なら容赦しない。

 投げつけた斧に奇声を上げてぶっ飛んでいくアシエン(仮)。

 

『グッ、いきなり奇襲とは卑怯だぞ!』

 

 マジで投げつけたのに、意外とタフなやつだ。伊達にアシエン(仮)やってないって事か。

 

『まあいい、貴様がどんなに強くてもこれ以上進んだ所で待っているのは『死』だけだ。そして“それ”に乗ってしまったからにはもう後戻りもできない。フハハハ、精々恨むんだな。ここまで来れてしまった自らの実力をな! なに、安心しろ死体は我々が有効活用してやる。フハハハハハハハハ』

 

 そう負け惜しみを言ってアシエン(仮)は消えた。

 何なんだったのだろうか、最近ああいうのが流行ってるんだろうか? アシエン達の考えは相変わらず良く分からない。

 まあいい先に進もう。少し奴の言っていた事が気になるが、所詮負け犬の遠吠えだ。

 だが、そんな甘い考えは61階層で待ち構えるモンスターを見た途端吹き飛んだ。

 アシエン(仮)が言っていたのは真実だった。コイツには勝てない。少なくともルララ一人では不可能だ。

 大きな円形状のフィールドでルララを待ち構えていたモンスターは、上半身は女性体で下半身は大蛇。腕には大きな長剣を携え、髪は怪しげに輝く瞳を持った蛇で構成されていた。

 どうみてもメリュジーヌです。お疲れ様でした。

 ルララは、二の句も告げず『デジョン』で逃亡した。メリュジーヌ相手にソロで挑むのは馬鹿げている。撤退は当然だった。

 アシエン(仮)の言葉とは裏腹にルララはきちんと後戻りできた。『デジョン』さまさまだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 ダンジョンの深層61階層で出会ったメリュジーヌはルララ一人ではどうすることもできない相手だった。ソロじゃ太刀打ち出来ない。あのメリュジーヌだけならともかく、そのお供であるルノーやその他の相手をするには一人じゃ無理だ。

 仲間だ、仲間を集うしかない。

 そう考え仲間になってくれそうな人物を思い浮かべる。

 駄目だ、誰もいない。

 ルララがこのオラリオでの知り合いの冒険者といえばアンナと、リチャード、そしてエルザだけだ。

 最悪ダルフも入れていいが、彼はもう引退している身だ。極力頭数に入れない方がいいだろう。

 数は問題ない、数は。

 最悪、仲間にするのは一人でも良い、出来ればヒーラーかタンクが好ましいがこの際、我儘は言わない。

 問題はレベルだ、レベルが足りない。

 メリュジーヌと戦うのであれば最低でもLv.6は欲しい。そう、最低でもだ。

 ルララの知り合いで一番Lv.が高いのはリチャードだ。だが、それでも所詮Lv.4だ。

 もしくはアンナか? 彼女は剣術士でタンクの経験がある。パーティーに最低限必須なのはタンクとヒーラーだ、最悪この二つが揃っていればどうにかなる。

 だが、生憎彼女はLv.2。エオルゼア基準で言ったらレベル10台の冒険者だ。致命的にレベルが足りない。

 ならエルザか? 彼女の実力は詳しく訊いてないので未知数だが、アンナの話では実力はどっこいどっこいみたいだ。うーむ困った。詰んだ。

 圧倒的、圧倒的レベル不足。

 オラリオの冒険者は高Lv.帯の冒険者がかなり少ない。エオルゼアじゃカンストした冒険者なんて、石を投げれば当たるぐらい腐るほどいるが、ここじゃそうでも無い。

 数少ない高Lv.帯の冒険者を数多く抱えるという『ロキ・ファミリア』は、まさかの現在休止中であてにならない。

 そもそも、オラリオではファミリア単位で探索を進めることが殆どらしく、合同で探索なんて殆ど無いらしい。なので、ルララの依頼を受けてくれるとは思えない。

 基本、部外者にはとことん冷たいのがファミリアという組織だ。

 冒険者=ファミリア所属が成り立つこのオラリオでは、野良の冒険者にも期待できない。

 まあ、そもそも野良の冒険者はルララしかいないので期待するだけ無駄だ。意味が無い。私が8人いればそれが一番良いんだが、流石に分身のスキルは習得していない。

 となると残された手段は一つだ。

 そう、いつだって、どこだってルララがやってきたことだ。

 無いのであれば作ればいい。弱いのであれば鍛えればいい。

 レベリング──もうすっかりご無沙汰なこの行為に、久々に手を出す時が来たようだ。それも、今回は自分ではなく他人だ。あまり経験がない。

 でも、幸いな事に他人のレベリングはここにきて一度経験した。全くの偶然だが。

 リチャード・パテルがランクアップしたのは、間違いなくルララの貢献があったからだ。

 

 あの程度の戦闘でランクアップできるなら、幾らでもやり様があるはずだ。

 そして、ルララが試そうとしている“ある”事が出来るのであれば、攻略は随分楽に進められるはずだ。

 一先ず、怪物祭へ向けてのリチャードの装備を制作しよう。彼には何がなんでも生き残ってもらわなくちゃならなくなった。なにせ現状、最有力候補は彼なのだから。

 色々とあって遅くなってしまったが、時間はまだまだある。IL30台のしょぼい装備でなく、ルララが持つ素材で作れる最もILの高い装備を用意しよう。

 ルララの考えが正しければきっと出来るはずだ。

 その後で、今回の戦利品の『デスペレート』と『ウダイオスの骨片』を売り飛ばしに行こう。そして、最悪あの店長にも手伝って貰おう。借りは多分結構ある気がするから。

 

 

 

 




 ダンまち要素一切無し!
 やってしまった感がやばいですね、ダンまちファンの人に怒られそうです(´・ω・`)
 でも、ルララさんがオラリオに来る理由ってこれしか思い浮かばなかったのでお許し下さい。


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愛用の紀行録 2─5

 エオルゼアの装備品にはステータスボーナスというものがある。

 この防具を装備するとSTRが10上がるとか、VITが5上がるとかそういったのだ。

 エオルゼアに存在する装備群の殆どが、そういったステータスを上昇させるボーナスを持っている。無いのは極々一部の例外だけだ。戦闘用じゃないおしゃれ装備や、今、ルララが着ている種族装備なんかがそうだ。

 このステータスボーナスを巡って冒険者は日夜、様々なクエストやコンテンツに命懸けで臨んでいる。

 中にはたった1のステータスボーナスの為に、何万ギルもかける冒険者だっている。ルララも、まあ、その中の一人だ。

 冒険者にとって、それほどステータスボーナスというのは重要なのだ。ほんの僅かなボーナスの差で、常日頃一喜一憂している。

 でも、それはエオルゼアでの話だ。オラリオでは違うみたいだ。

 なんとなく薄々感づいてはいたが、オラリオで取引されている装備品には、一切ステータスボーナスが付与されていない。あるのは基本性能や、防御力などだけだ。

 最初は、展示品だから複製品(レプリカ)なのだと思っていた。だから、ボーナスが付いていないのだと考えていた。

 見かけた冒険者達の装備を見ても、『そんな装備で大丈夫か?』と思うだけで特に気にはかけなかった。

 おかしいと思い始めたのは、でかいスケルトンから手に入れた黒剣を見てからだ。

 ILもそこそこあるし、おしゃれ用には見えない。なのにステータスボーナスがない。ちょっと異常だった。

 確信に変わったのは、更に下層で手に入れた『デスペレート』を道具屋で売ろうとした時だ。

 あろうことか『こんな高価な武器買い取れません』と言われて店長から突き返されてしまったのだ。

 売れなかったことは、まあ、良い。売却不可なアイテムなんてざらにあることだし、特に装備品はその傾向が強い。だから別に良い、気にしていない。

 ルララが衝撃を受けたのは店長──確かアスフィといったはずだ、覚えておこう──が言った言葉だ。

()()()()()()()()』……確かに、アスフィはそう言った。

 この、デスペレート──例によって例の如くステータスボーナスが全く付与されていない──を前にして、あのアダマン鉱を百万ヴァリスで買い取るほどの資金力を持つ道具屋が、()()()()()買い取れないと言ったのだ。メテオが降ってきて新生するぐらい衝撃を受けた。

 驚きを隠せないルララに、アスフィはこの『デスペレート』について簡単に教えてくれた。

 曰く、この武器は、第一等級武装で特殊武装(スペリオルズ)で、かの剣姫も愛用している武器だそうだ。どれも聞き覚えのない言葉であるが、兎に角凄いことらしい。

 

「その武器は剣姫アイズ・ヴァレンシュタインが愛用しているものです。まさか貴方盗んできたのですか?」

 

 アスフィから他人の武器を盗んできたのかと問いつめられた。

 これを手に入れた時、近くに蛇の死体はあっても女の死体はなかったし、間違っても誰かから奪ったものではない。

 なので、素直に拾ったものだと主張すると「……そうですか」と言いそれ以上の追求はなかった。

 まあ、見た目がそっくりな装備なんて幾らでもあるし、間違えてしまうのは仕方のない事だ。気にしていないから、そんなに怯えた顔をしないで欲しい。

 今度はルララからアスフィに問いかける。

 

「……ステイタスの向上ですか? いえ、そんな事、聞いたこともありませんが?」

 

 そんな事、聞いたこともないのか。所が変われば品変わると言うが、まさかこれほどだったとは。

 思うに、調理品と同様で、クリスタルを利用した製作法がまだ確立していないのだろう。

 冒険者が大した施設もなく、道端で、主道具と副道具だけで製作が出来るのはクリスタルのお陰だ。

 これまで、ルララは“それだけ”がクリスタルを使用する理由だと思っていたが、その他にも、クリスタルは製作品のボーナスにも関係していたということだったのだろう。

 まあ、クリスタルを使用しない製作法を知らないので、あくまでも予想だが。

 オラリオでクリスタルに相当するものといったら、やはり魔石になるだろう。

 オラリオは世界でも有数の魔石産出地で、魔石製品のメッカらしい。だから魔石を利用した装備品もあっても良さそうなものだが……本当なんでないのだろう? 謎だ。

 少し悶々としていると、ちょっと思い当たる事があった。魔石には属性がないのだ。

 クリスタルはエーテルの結晶だ、それは魔石も変わらないだろう。

 でも、クリスタルはその“場”の性質に影響されて様々な属性を得るが、魔石にはそれがない。

 無属性クリスタルとでもいえば良いだろうか、確かにそれならエオルゼアにもあった。

 製作時のクリスタルとしては使えなくて、エーテリアルホイール──簡単にいえば日常生活をちょっと便利にしてくれる代物だ──を作るのに必要になる。そう考えると、オラリオの魔石とそっくりじゃないか。

 恐らく、オラリオで採れるのはその無属性クリスタルばかりなのだろう。

 モンスターの内部にあるから属性が得られないということなのか。あれ? でも、火属性モンスターとかだったら属性付きの魔石が採れそうなものだけど……やっぱり違うのかな? うーむ、分からん。

 そういえば、魔石が採れるのもモンスターからだけだった。適当に壁を掘ったら、採れそうなものなのだが。

 エオルゼアじゃそこら辺から無尽蔵に採れるし、魚ですら分解したらクリスタルが手に入る。オラリオのエーテル不足が心配される。

 いや、結構真剣にやばい気がする。

 星の血とも言えるエーテルの結晶がモンスターからしか採れないというのは些かやばくないか? それもオラリオは世界有数の魔石産出地だ、これ以上の土地は滅多に無いのだろう。()()()()がこの程度ってこの()は大丈夫なのだろうか。

 それともエオルゼアが異常なだけなのだろうか……あー、なんだかそっちの方が有り得そうだ。

 だから、エオルゼアは『神々に愛されし土地』なんて言われているのかもしれない。道理で色々な勢力に狙われるはずだ。うん納得、納得。

 なにか、とても大事な事をスルーした気がするが、まあ、必要になったら思い出すだろう。

 そうして、ルララは『デスペレート』をかばんにしまうと、『トリスメギストスの道具屋』──長ったらしくて中々覚えられない──を後にした。

 取り敢えず“コイツ”は予定通りアンナにプレゼントしよう。凄い人が愛用しているのと同じものらしいからきっと喜ぶだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 ルララは丹精──12ターンぐらいだ──籠めて制作した『アダマンナックル』と『シバルリー・ストライカーコート』そしてクリソライトとシトリンのアクセサリー、そして適当に作ったIL30台の装備を持ってリチャードの控室に来ていた。

 道中、何人か警備員がいたが忍者の『かくれる』のスキル……ではなくて、ギャザラーの『ステルス』のスキルで難なく突破した。

 潜入するなら『かくれる』よりも『ステルス』の方がぶっちゃけ便利だ。エモートしても解除されないし、スプリントしても解除されないからな。

 隠密ジョブの名が泣きそうだが、昨今の忍びは、忍ばないのが忍びというのが流行なので大丈夫だろう。忍者のソウルクリスタルはちょっぴり湿っぽいが、まあ、気のせいだ。

 リチャードは思っていた通り、凄くお洒落な装備を着ていた。まさにおしゃれ装備ってやつだ。もちろん武器なんて持っているはずがない。こいつ死にたいのかな?

 そんな事を思っているとリチャードから、コイツまじで死ぬんじゃないのか? と思わせるような話をされた。ルララさん、そんな話されてもどうすることもできないのですが。

 ぐうの音も出ない程の話だったので、取り敢えず微笑んでおく。救出された時、持っていたのが生首じゃなくて何よりだ。

 何事も笑っていればなんとかなるのだ。ほら、笑う門には福来たるって言うし。かくいうリチャードも笑っている。

 物凄く気まずい雰囲気なので、さっさと装備を渡してしまう事にする。リチャードもさっきからニヤニヤしていてすぐにでも奇行に走りそうだし、さっさと済ませたい。

 装備品を渡すとリチャードは疑りながらも装備した。いや、装備出来た。装備制限がある装備をだ。思っていた通りだ。

 ルララは、時折見かけていたのだ、明らかに装備可能レベルに至っていないのにその装備をしている冒険者達を。

 そして思ったのだ『この人達はもしかしたら、装備制限を無視して装備出来るのかもしれない』と。

 加護(ファルナ)か、この土地の人間の特徴なのか、はたまた別の要因かは分からないが、兎に角そんな現象が起きていた。

 これは、ルララにとって都合の良いことだ。これで、『大迷宮バハムート』の攻略がかなり有利に進められる。ILの暴力は伊達じゃないのだ。

 問題はレベルと不釣り合い過ぎて、どんな不具合がでるか分からないことだが、それは、追々調べれば良いだろう。

 ルララはあの50階層以降の領域を『大迷宮バハムート』と名づけていた。まんまじゃないかとは言わないで欲しい。

 都合、四度目となる大迷宮バハムートの攻略は、差し詰め『大迷宮バハムート:復讐編』とでも呼ぼうか。“復讐”と“復習“を兼ねている中々のネーミングセンスだ。ネミングウェイ並だろう。

 思っていた通りに事が進んだことにより大笑いをするルララ。

 急激に上昇したステイタスに笑い声を上げるリチャードと合わさって、やばい雰囲気が形成されていた。彼等を止めるものは、何処にもいなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ひとしきり笑った後、ルララは控室を後にした。

 これでもう、リチャードは安心だろう。

 逆に笑いすぎて色々とヤバくなっていそうだったが、まあ、あの装備ならよっぽどの事が無い限り勝てるはずだ。所詮、アイアタルなど高ILの前では雑魚同然だ。

 控室から戻る途中『ステルス』をしていなかったせいか、警備員に呼び止められた。

 もう、既にやるべき事は終えていたので、特に抵抗もしないで出ていこうとしたが、どうやらこの警備員、何か勘違いをしているらしい。ルララの事を団員だと思ったのか、手伝いをお願いしてきた。ふむ、そういう事ならお任せ下さい。

 どうやら、彼女は祭りの裏方を仕切る班長らしい。

 なんでも、運ばれてくるはずのモンスター達が、中々運ばれて来ないので様子を見てきて欲しいそうだ。できれば自分が行きたいそうだが、かなり忙しいらしく手が離せないらしい。

 そう早口で捲し立てる『忙しそうな班長』は、確かに凄く忙しそうだ。

 オッケー任せて、行ってきます。

 

「あれ? 班長、あんな子ウチの団員にいましたっけ?」

「ああ? ……んー、まあ、そんなこといいからお前は上の奴らに伝えてこい! もうすぐモンスターが来るってな!」

「は、はいいい」

 

 

 

 *

 

 

 

 赤いクエストマークに辿り着くと、そこは闘技場の地下だった。

 薄暗く怪しい雰囲気がぷんぷんする地下室の中に入る前に、念の為戦闘職に着替える。

 暫く待って地下室へと入っていく。

 地下室には大小中の檻が設けられている、どうやらモンスター用の檻のようだ。

 だが、モンスターが入っている割には随分と静かだった。ふむふむ、流石に既に調教済みという訳か。

 薄闇の中を進んでいると『へたり込んでいる男』を見つけた。近づいて『救助』するが「ぁう……ぁ」としか言わない。寝ているようだ。こんな所で寝るなんてだらしのない男だ。

 他にも三人、同じ状況になっていた。どうやら、揃いも揃ってさぼっていたらしい。全く、こんな暗い所にいるから居眠りをしたくなってしまうのだ。

 更に奥へと進んでいくと、今度は抱き合っている男女を発見した。

 丁度、男が後ろから女を抱きしめる形になっている。こんな所で盛るとはいい度胸だ。

 なぜ、みんな寝ているのだろうかと思ったが、恐らくこの二人に一服盛られたのだろう。

 幾ら二人きりになりたいからといって、やって良いことと悪いことがある。一言二言文句を言ってやろうと近づくと……あ! 男はよく見るとこの間のアシエン(仮)じゃないか。なら敵だ、間違いない。女の方は囚われていただけのようだ。

 迷いなくアシエン(仮)に『トマホーク』をぶつけると、ヤツは地下室の奥に吹っ飛んでいった。あー、それはもう見た、何度もやらなくていい。お前の“それ”は見飽きた。

 崩れ落ちた女を守るように立ち、油断なく構える。アシエンは神出鬼没だ、どうせワープか何かで移動してくるに違いない。

 案の定、何事か言いながらアシエン(仮)は再び姿を現した。

 いちいち敵の言葉に聞く耳を貸すほど暇じゃないので、その台詞に被せるように今度は『ヘヴィスウィング』を喰らわせる。

 再度吹っ飛んでいくアシエン(仮)。どうやらそういったギミックの様だ。コンボが思うように出せなくてイライラする。流石アシエン(仮)汚い。

 この隙に『原初の直感』を使用する。これで一つ。

 またもや出現したアシエン(仮)に今度は『メイム』を繰り出す。

『メイム』の効果により、ルララの与ダメージが20%上昇する。これで二つ。

 吹っ飛んでいったアシエン(仮)が戻って来る前に下準備として『ヴェンジェンス』を使う。これで三つ。

 再度戻ってきたアシエン(仮)に仕上げの『シュトルムブレハ』をお見舞いする。斬耐性を20%減少させる効果がアシエン(仮)に付与される。これで四つ

 再びアシエン(仮)が戻ってくる前に『バーサク』を使用する。自身の与ダメージを50%上昇させる悪夢の様なこのスキルは、『戦士』の象徴とも呼べるスキルだ。これで五つ。さあ、準備はできた。

 懲りずに舞い戻ってきたアシエン(仮)に無慈悲の鉄斧を与える。

『フェルクリーヴ』

 もうお馴染みとなった『戦士』最大最強の攻撃スキルだ。

 鈍い回転音が地下室中に響き渡り、極限にまで高められた攻撃に大ダメージを受けるアシエン(仮)。

 そのまま再び吹っ飛んで行きそうになるアシエン(仮)を、強引に『ホルムギャング』で繋ぎ止める。どこへ行こうというのかね、どこにも逃げられはせんよ。

 最後のダメ押しに『ウォークライ』で一気に溜めた『アバンドンⅤ』を消費して、再び『フェルクリーヴ』をぶちかます。こっそり『マーシストローク』をするもの忘れない。んん、気持ち良い!!

 そこまでやってアシエン(仮)は断末魔を上げて消滅した。初めてですよ、私に『フェルクリーヴ』を二回、撃たせたのは。

 生憎、ここには『白聖石』が無いので完全に消滅させることは出来ないが、それでもかなり消耗したはずだ。これで、当面は大人しくしているだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 襲われそうになっていた女の人は、女神様だった。比喩ではなくて本物の女神様だ。そういえば、見るのはこれが初めてな気がする。

 一見、普通のヒューランの様にしか見えないが、腕に嵌められていた拘束具を解除すると、成る程、『蛮神』に近い気配を発する様になった。確かに神様みたいだ。

 

「あ、ありがとう、助かったわ」

 

 そう、おずおずと言う神様は『フレイヤ』と言うらしい。

 銀色の髪に銀色の瞳はエオルゼアでも中々見ない容姿で、なんとなく、イゼルを連想させられた。丁度、彼女も『蛮神』になれたしそっくりだ。懐かしいな。

 かつての旅の仲間を思い出し、少し侘びしくなる。

 フレイヤの服装は地下に来ている割には薄着だ。まったく、そんな格好しているからアシエン(仮)なんぞに襲われるのだ。

 

「……貴方も『魅了』されないのね」

 

 フレイヤは唐突にそんな事を聞いてきた。

 そんな事を聞くだなんて、私に気があるのだろうか? もしや、助けてくれたから惚れてしまったとか? 

 だが生憎、同性愛は趣味ではないのだ。見るのはいいが、やるのはご遠慮したい。

 元々、恋愛自体にあんまり興味が無いのだ。エターナルバンドにはちょっと興味あるが……二人乗りのチョコボって便利だよね。

 それに、『魅了』したいのであれば、こう、何というかこう……そう、髭、髭が足りない! 玉葱の様な立派なお髭が足りないのだ。あるいは異空間の様に暗いスカートの中身が足りない。あの中には何があるんだろう? という無限の可能性が足りない!

 それ無しで、『魅了』しようとするのは難しいというものだ。

 ルララはかつて戦った、たいそう立派なお髭を持つ『蛮神ラムウ』ちゃまを思い出した。ああ、なんという立派なお髭、流石キャベツの親玉である。ん、セイレーン? 知りませんね。

 そういえば、フレイヤも『蛮神』に近しい存在だ。やっぱり倒したら武器をドロップするのだろうか? 例えばソード・オブ・フレイヤとか。興味ある。

 ドンナ武器ヲ落トスノダロウ?

 

「ッッッ!!?」

 

 突然、圧倒的な恐怖心がフレイヤを襲った。指先までガタガタ震え。口の中が乾き切り。目の奥が熱くなる。

 ……どうやら、フレイヤは、相当アシエン(仮)に襲われたのが怖かったようだ。

 今更ながらに恐怖心が出てきたのだろう、女神様は生まれたての子鹿の様にガタガタと震え初めてしまった。もう、そんなに脅えなくていいんですよ?

 

「ヒッ!? こ、来ないで!!」

 

 安心させるために近づこうとするも、逆効果だったようだ。更に脅えさせてしまった。

 暗闇で襲われたものだから、近づくもの全てが怖いのだろう。さもありなん。大人しく引き下がることにする。ちょっと傷ついたのは内緒だ。

 

「ご、ごめんなさいね……その、と、突然だったから、驚いてしまったのよ。えっと、気を悪くしないで」

 

 まだ、震えている声でフレイヤは言った。本当に申し訳無さそうだ。逆に罪悪感を覚えてしまう。いいのよ。許してあげる。

 優しく微笑みながら、別に気にしていないことを伝える。

 

「そ、そう……それは良かったわ。……ああ! いい! いいわ! 自分で立てるから!!」

 

 未だ立ち上がれないフレイヤを、助け起こそうとしたら全力で遠慮されてしまった。ララフェルだからといって力が弱い訳ではないのに。STR6の差なんて誤差ですよ誤差。

 意外と元気に立ち上がるフレイヤ。その動きはかなり俊敏で、もう特に心配は無さそうだ。

 

「それじゃあ、私はもう行くわ。助けてくれてありがとう」

 

 そう言いつつフレイヤは地下室から出て行ってしまった。よっぽど急ぎの用事があったようだ。

 移動しながら別れの挨拶をするなんて……トイレかな? ふむふむ、神様はトイレに行くのだな。冒険者は……どうだったけ? はて、忘れた。

 良くあるクエストと同じく、一緒に行動しないで先に行ってしまったフレイヤ。どうせなら一緒に来ればいいのに。連れない神様である。

 しかし中々に愉快な神様だ。こんな地下室にいた事からして、結構お茶目さんなのだろう。表情もころころ変わって愛嬌豊かだった。また会ってみたいものである。その時は是非、ナニヲドロップスルノカ教エテ欲シイ。

 ……さて、もう、ここには用がない。さっさと依頼主の『忙しそうな班長』に報告するとしよう。

 そう考えるとルララも地下室を後にした。

『忙しそうな班長』には、変なおっさんに皆眠らされていたと報告する。

 それで起こしてきたのかと聞かれ、首を横に振ると、『だったら起こしてきて』と言われた。まさかの二度手間である。

 心なしか『忙しそうな班長』が、“あの人”の様に見えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ダンジョンの奥深く誰も知らない階層で、闇に包まれ蠢くめく者たちがいた。

 

仮面の男(あいつ)がやられたようだな……』

『ええ、でも所詮仮面の男(あいつ)は、私達、四天王の中でも……どうしましょうか?』

『……兎に角、今は大人しくしていよう。下手に刺激して勘ぐられでもしたら計劃が台無しになる。五年も待ったのだ、今更変更はご免だ。特に、あの冒険者は注意が必要だ。間違っても刺激するなよ? 仮面の男(あいつ)みたいに馬鹿な真似はするなよ? レヴィス』

『ええ、流石にあの戦いっぷりをみて、ちょっかい出そうなんて思わないわよ』

『しかし、あんな者がごろごろといるのだろう? 全くエオルゼアという所は恐ろしい所だな』

『そうだな、できれば一生関わりたくなかったが、まあ、それは向こうも同じことだろう』

『そうね、かの冒険者は、やりようによっては『敵』にも『味方』にもなるはずよ。あの冒険者のもつ()()はそういったもの、そうでしょ?』

『そうだ、あの()()を持つかの冒険者は、オラリオには決して受け入れられまい。そこを上手く利用すれば……』

『そうなれば、主様だけでなく、『光の戦士』も我々の味方というわけだな。フッ、向かうところ敵なしだな』

『そういうことだ、だからくれぐれも慎重に行動しろよ、オリヴェス』

『無論だ、ウィクトリクス。主の御心のままに』

『主様の御心のままに』

『竜神様の御心のままに』

 

 目覚めの時は近い。

 





 


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第3章
レフィーヤ・ウィリディスの場合 1


レフィーヤ・ウィリディス ロキ・ファミリア所属のエルフ族。魔法使い。



『50階層からの攻略に参加してくれる人を募集しています。特にヒーラーorキャスター募集 所属ファミリア不問 Lv.が足らない場合レベリング手伝います』 

『攻略成功時の報酬金:一千万ヴァリス 依頼主Lulala・Lula 一般居住区7-5-12』

 

 ギルドの冒険者依頼(クエスト)掲示板に、こんな依頼が貼られて三日が経とうとしていた。

 所属もLv.も人数も不問の条件指定無し(オールフリー)の依頼で、報酬金も一千万ヴァリスと破格であったが、この、サンドウォームがのたうち回った様な汚い字で書かれた頭のイカれた冒険者依頼(クエスト)は、冒険者達に見向きもされていなかった。

 ダンジョンの攻略は基本的にファミリア単位で行われる。もし、合同で行うとしても、極一部の友好的ファミリア間でしか行われない。

 簡単な探索であるならば、個人的な親交によりファミリアの垣根を越えて行う事もあるだろうが、この依頼の様な本格的な攻略の場合にはそんなことは決してありえない。

 ましてやこの依頼は回復職(ヒーラー)魔法使い(キャスター)を希望しているようだ。

 多くの冒険者が集うオラリオでも、その二つの職はとてもとても貴重だ。特に回復職(ヒーラー)など、希少すぎて、どこのファミリアでも引っ張りだこになるくらいだ。

 中には回復職(ヒーラー)の冒険者を巡って、血で血を洗う戦争遊戯(ウォーゲーム)が行われた事もあるぐらいだ。それぐらい回復職(ヒーラー)はダンジョン探索を劇的に変えてくれる。『歩くポーション』の異名は伊達じゃないのだ。

 そんな貴重な“財産”ともいえる回復職(ヒーラー)がこんな依頼にホイホイに出てくるはずがなかった。

 魔法使い(キャスター)にしても、回復職(ヒーラー)の次に少ない職だ。滅多に野良の依頼に出てくることはない。

 報酬金の一千万ヴァリスにしても、50階層以降の攻略をするのであれば少なすぎる。

 深層の攻略はファミリアの名誉と威信と財産と時間をかけて、団員一丸となって行われるものだ。一千万ヴァリスなど、装備品の修理代にすらならない。生命を懸けるにはあまりにも少なすぎる金額だ。

 そういった訳で、この冒険者もファミリアも馬鹿にしたような巫山戯た冒険者依頼(クエスト)は、完全に無視され、掲示板の片隅で今にも剥がれそうに虚しく貼られているという訳だ。破り取られ、ずたずたのぼろぼろに切り裂かれ、ブラックリスト入りし、ホームを焼き払われなかっただけマシといえる。

 そんな冒険者依頼(クエスト)を、どこか思い詰めた表情をしたエルフの少女が見つめていた。

 

 巫山戯た依頼だ──エルフの少女はそう思った。

 

 オラリオ中の冒険者とファミリアに喧嘩でも売っているのだろうか。

 あるいは冷やかしか、もしくはただのジョークか……どちらにせよこの依頼主は碌な死に方はしないだろう。

 本当に、本当に巫山戯た依頼だ。

 

 ……でも、この依頼だけ()()()

 

 この依頼だけが、彼女に希望を与えてくれた。

 主神でも、ファミリアの仲間(同胞達)でも、同族(エルフ)でもなく、この誰にも見向きもされない紙切れだけが彼女に希望を示してくれた。

 この冒険者依頼(クエスト)はまるで今の彼女の様だった。誰も彼もが諦める中、たった一人諦めずにいる彼女の様だった。

 あるいは『現実を受け入れられないのがそっくりだ』と言ったほうが適切なのかもしれない。

 あの『51階層の悪夢』からもう二週間以上経過している。もう諦めてもいい頃合いだった。

 誰かが言った『もう諦めよう』と。

 だが、どんなに説得されても、諭されても彼女は諦める気はなかった。断固として諦める訳にはいかなかった。

 彼女の脳裏には今も鮮明に繰り返されている。あの悪夢の様な51階層の戦い──いや、あれはもはや戦いと呼べるものではなかった、一方的な虐殺だった──が。

 

 意を決した少女は依頼票を掲示板から破り取ると、依頼主が待つ場所に向かった。

 目指す場所は一般居住区7-5-12。依頼主はLulala・Lula。

 彼女の名はレフィーヤ・ウィリディス。

 オラリオが誇る最強のファミリア『ロキ・ファミリア』その()()()()にして、『千の妖精(サウザンド・フェアリー)』の異名を持つ者。

 そして、彼女達を絶望の淵へと突き落とした『51階層の悪夢』唯一の生存者だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 依頼主のホームは西のメインストリートを進んだ先にあった。

 門番などは立っておらず、庭先には統一性が無く物が置かれていおり、そこには小さな石英の置物や、木でできた案山子まである。

 大きさはファミリアのホームにしてはあまりにも小さすぎる外観をしており、それが少しレフィーヤを不安にさせた。

 普通過ぎる……依頼主のホームは、どこからどう見ても普通の住宅だった。何か特殊な仕掛けがあるようにも見えない。

 とてもじゃないが『深層』クラスのダンジョンを攻略しようとしている()()()()()のホームには見えなかった。

 散らかり放題の庭を通り抜けて玄関へ進んでいく。申し訳程度に置かれているステップストーンがレフィーヤを導いてくれた。

 玄関まで至るとレフィーヤは扉を優しくノックした。

 コンコンコン、木製の扉を叩く音が静かに響く。反応は無い。聞こえなかったのだろうか?

 

「すみません! 依頼を受けに来ました!」

 

 今度は強めにノックするとレフィーヤはそう伝えた。

 

「…………」

 

 だが、反応は帰ってこない。

 

(留守なのかしら?)

 

 そう思ったレフィーヤは、なんとなくドアノブに手を伸ばした。

 すると……扉は、キィという音を立ててすんなりと開いてしまった。

 

「留守……という訳じゃないのかな?」

 

 鍵も掛けずにホームを後にするなんて、この冒険者であふれるオラリオでは考えられない行為だ。幾らここが一般居住区だからといって、不用心にも程がある。

 よって依頼主、あるいはファミリアの他の人間が中にいるはずだ。

 常識的なエルフ族であるレフィーヤがそう考えるのも無理はなかった。

 

「お、おじゃまします……」そう言いながらレフィーヤはホームの中に入る。

 

 中は不気味に静まり返り人の気配はない。

 

「あ、あの! 依頼を受けに来たのですけど!! 誰かいませんか!?」

 

 今度は家中に聞こえるように大きな声で言った。

 あまり大声を出すのは得意でないのに頑張って言ったが、その甲斐無く返事は全く無かった。

 

「本当に誰もいない?」

 

 もしそうなら、なんて不用心なファミリアなのだろうか。

 これでは、どんなに荒らされても文句の一つも言えやしない。

 最近、なし崩し的にそうなったとはいえ代行としてファミリアを任されているレフィーヤは、あまりにも杜撰な警備状況に対して小一時間問い詰めたくなった。

 このままでは、あの高級そうなソファーやテーブルがどことも知れぬ冒険者に奪われ、ひっそりと闇の中に消えてしまう。そんなのあんまりだ。

 依頼内容にしてもそうだが、この依頼主──もしくはファミリア──は相当な変人らしい。

 

(ほんと、誰かさんにそっくり……)

 

 そう思うとレフィーヤは少し寂しそうな顔をした。彼女の頭によぎったのは、彼女の主神『ロキ』だった。

 あの破天荒で、いたずら好きで、女好きで、酒癖が悪くて、スケベで、セクハラばかりして、みんなに馬鹿にされて、元気だけが取り柄だった彼女の主神『ロキ』は、あの一件以来すっかり元気をなくし塞ぎこんでしまっている。

 ロキは、今、まるで、東洋の伝説『天の岩戸』の様に部屋に閉じこもってしまい姿を見せていない。

 気持ちは分かる……なにせレフィーヤも当事者だ。ロキの気持ちは、痛いほど良く理解できた。

 

(でも……でも悲しんでいるだけでは駄目なんですよ、ロキ様!)

 

 かつて、仲間達と夢を語り合い笑い合ったあの日常は、もう戻ってこないのかもしれない。

 レフィーヤが憧れた冒険者達はもう二度と帰ってこないのかもしれない。

 でも、他でもないファミリア(私達)が彼等を諦める訳にはいかない。いけないはずだ。

 悲しんでいるだけでは何も始まらないのだ。

 動き出さなくてはいけない。それが例え、再び死地に赴く事であろうとも、前に進まなくてはいけない。

 

(そう、だから私はここまで来た)

 

 そう、誰も気に掛けなくなったクシャクシャな依頼票をもってここまで来た。

 

(今更帰らないわよ! もし、あの依頼がなにかの冗談でも、絶対に首根っこ捕まえてでも51階層まで連れて行って貰うんだから!!)

 

 静かに闘志を燃やすレフィーヤ。彼女の想いは火炎魔法(ヒュゼレイド・ファラーリカ)より熱く、防御魔法(ヴェール・ブレス)よりも硬かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 依頼主が帰還するまで居座る事に決めたレフィーヤは、備え付けてあるソファーに腰を下ろした。

 

「失礼します……」 

 

 勿論、小さな声で断るのを忘れない。例え相手がいなくとも礼を尽くすのがエルフ族の嗜みというものだ。彼女は真面目なのだ。どこかの神と違って。

 それにしても、とレフィーヤは思う。

 

(随分と高そうな調度品ですね……)

 

 目利きが良いとは間違っても言えないレフィーヤだったが、室内に置かれている家具や調度品は一目で高級品と分かる程だった。よほど腕の良い職人に頼んだようだ。

 だが、生憎それに見合った“センス”はこのホームの主には無かった様だ。

 高級な調度品は乱雑に置かれ、まるで作った先からどんどん置いていったみたいに適当だ。

 一つ一つの調度品は間違いなく一級品だが、それらが全く調和されてなく不協和音を奏でている。これでは作った職人が泣くだろう。

 レフィーヤは、汗水垂らして丹精込めて制作した調度品が、全くもって不本意な扱いを受けていると知って幻滅する職人の姿を幻視した。ああ、なんて可哀想。

 

(そういった事も含めて依頼主とは少し話さないと……)

 

 そう決意したレフィーヤの感覚に”ある”ものが引っかかった。

 

(……魔力の波動?)

 

 それと同時に僅かに外から話し声が聞こえてくる。

 

「い……たって……ナちゃん! 少し……乗りす……」

「……にしてませんよ? ……ドさんは、その……何も考え……永遠に……スター……殴って……」

「……はは……らくご機嫌斜め……。この私……間違いない!!」

 

 どうやら依頼主が戻って来たようだ。

 話し声からして複数の男女。やはり、ここはファミリアのホームだったようだ。

 

「それだけは本当にごめ……ん? ……嬢ちゃんどうやら()()()の様だぜ」

 

 入ってきたのはヒューマンの男女と犬人(シアンスロープ)の女性、そして小人族の女の子だった。

 レフィーヤは立ち上がると彼等に向き合ってこう言った。

 

「初めまして。私はエルフ族の『レフィーヤ・ウィリディス』です。訳あってファミリアは言えませんが……」

 

 瞳を閉じ、一度息を大きく吸う。想うのは仲間達(憧れの人)のこと。

 

(みんな、待ってって)

 

 瞳を開き、彼等を直視する。そして彼女の決意を伝えた。

 

「……貴方達の冒険者依頼(クエスト)、受けに来ました」

 

 

 



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レフィーヤ・ウィリディスの場合 2





『君は後ろで支援をしてくれ』

 

 この言葉が彼女の明暗を分けた。

 パーティーの中でも最もLv.が低く、しかも移動が大きく制限される魔法使い(キャスター)であったレフィーヤが後方支援に回るのは自然の流れだった。

 だから、この指示を出した彼女達の団長『フィン・ディムナ』の判断は少しも間違っていなかった。

 

 いつだってそうだった。

 

 勇者(ブレイバー)の異名を持ち、そして、それを公言して憚らない小人族の団長が下す判断は、いつだって間違っていなかった。

 彼の勇敢で冷静な判断力は、いつだって私達を正しい道へと導いてくれた。

 

 だけど……だけど、あの時ばかりは、あの時の判断だけは……()()()()()()

 

 引き返すべきだったのだ、あの時に。

 帰るべきだったのだ、51階層に降り立った時に。

 戻るべきだったのだ、異常なまでに強いモンスター達と戦った時に。

 逃げるべきだったのだ、あの“大蛇”と出会った時に。

 

 事実──これはレフィーヤがあずかり知らぬ事であったが──団長のフィンの脳裏には撤退の二文字が浮かんでいた。

 彼の『危険を教えてくれる親指』が未だかつて無い程に彼に危険を訴えていたからだ。

 だが、彼の勇者(ブレイバー)としての誇りと欺瞞が、彼が最強と信じてやまない仲間達(パーティー)への信頼が、そしてなにより未知への好奇心が彼の判断力を僅かに鈍らせた。

 

 蛮勇だった、過信だった、無謀だった。

 だがいまさら後悔しても手遅れだった。

 

 あの大蛇に挑み、堅強を誇ったガレスが一撃で倒され、立て続けに近くにいたティオネがやられ、そのまま大蛇がリヴェリアに襲いかかった頃には、もう()()()が経っていた。

 引き返そうとしても、帰ろうとしても、戻ろうとしても、逃げ出そうとしても、そして、()()()()()()()()()、もう何もかもが遅すぎた。

 決して破る事のできない不可視の壁が“全て”を拒んだ。

 

『君は後ろで支援をしてくれ』

 

 この言葉が彼女の明暗を分けた。

 この言葉がレフィーヤ・ウィリディスの明暗を分けた。

 この言葉のお陰で彼女だけが、あの大蛇から逃れることができた。

 

 

 

 *

 

 

 

 彼女は駆けた。逃げ出したんじゃない、助けを呼ぶためだ。

 50階層には彼女達のファミリアの本隊がいる。彼等に助けを求めなくては!

 Lv.はフィン達に遠く及ばない者ばかりだが、それでも“今の”レフィーヤよりはずっとマシだった。

 尊敬する、敬愛する冒険者達が何もできずに蹂躙される所を、ただ見ていることしかできなかったレフィーヤよりはずっとマシだった。

 

 彼等ならきっと助けてくれる──だが、そんな盲信ともいえる憧憬は、本隊の野営地が見えた時に無残にも打ち砕かれた。

 襲われている──フィン達がやっとの思いで倒していたモンスター達に、あの()()()()()()()()()モンスター達に襲われていた。

 その光景は、まるで天地がひっくり返り地獄(ヘルヘイム)がこの世に降臨したかの様だった。

 金属モンスター達に捕獲され、闇の中に連れ去られていく仲間達。

 いたる所から叫びが、嘆きが、怒号が、助けが、悲鳴が……断末魔が聞こえてくる。

 

 

 もはや地獄絵図とかした野営地でレフィーヤは無我夢中で駆けた。

 駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、一心不乱に()()()()()

 

 だが、逃げ出そうとする獲物(レフィーヤ)を金属モンスター達が逃がすはずがなかった。

 捕獲され、引き摺られ、泥だらけになりながら連れ去られそうになるレフィーヤ。

 嫌だ! 怖い! 助かりたい! ただその一心で藁をも掴む思いで地面をまさぐる。

 しかし、どんなに手を動かしても掴めるのは石や土や砂ばかりだ。

 

 ああ、きっとあの真っ暗な地獄の穴の底で、私も彼等と一緒の末路になる──涙と鼻水と涎で顔をグシャグシャにさせながらレフィーヤはそう絶望した。

 

 しかし、そんなレフィーヤの手に何か掴むものがあった。

 

 偶然か必然か……レフィーヤの手に握られたのは『()()()()』だった。

 オラリオでも最上級に位置する超レアアイテム。ロキ・ファミリアですら()()()()()しか所持していない超希少魔石製品。

 もし、万が一、何かがあった時、そんな時にファミリアでも()()()()()を逃がすために用意されていた物。

 

 それがレフィーヤの手に握られていた。

 

 レフィーヤは想った。助かりたい! 逃げ出したい! 帰りたい! と。

 そして、その想いを『転移魔石』は正しく認識し、そして正しく起動した。

『転移魔石』は予め設定されていた場所に、その機能通りに使用者(レフィーヤ)を……()()()()()()()()一瞬で転移させた。

 

『君は後ろで支援をしてくれ』

 

 この言葉が彼女の明暗を分けた。

 この言葉が大蛇との戦いからも野営地の戦いからも彼女を助けた。

 この言葉がレフィーヤ・ウィリディスをロキ・ファミリア唯一の生存者とさせた。

 

『君は後ろで支援をしてくれ』

 

 この言葉が彼女の明暗を分けた。

 この言葉に彼女は助けられた。

 だからこそ、彼女は再び彼の地に赴く()()がある。

 

 

 

 *

 

 

 

「……貴方達の冒険者依頼(クエスト)を受けに来ました」

 

 レフィーヤの言葉から幾ばくかの静寂が訪れた。

 沈黙に包まれる一般居住区7-5-12。それを破ったのは赤いコートを着たヒューマンの男性だった。

 

「……冒険者依頼(クエスト)? クエスト、くえすと……んっ? もしかして、ギルドに出していた“あの”冒険者依頼(クエスト)の事か!?」

 

 最年長らしきヒューマンの男性が驚きながらもそう応えた。

 彼がリーダーなのだろうか? それにしては冒険者依頼(クエスト)の事を忘れていたみたいだが……このホームの事といい彼等といい不安になる要素しかない。

 

「はい、この……依頼票を見てここに来ました。ここで間違いないですよね。依頼主のルララ・ルラさんに会いたいのですが……」

 

 不安に押しつぶされそうになりながら、レフィーヤは持っていた依頼票を彼等に渡す。

 綺麗に折りたたんでいた依頼票には、確かにルララの名前とこの場所が記載されていた。

 

「ぅゎ……まじで“あの”冒険者依頼(クエスト)だ……まさか、こんな冒険者依頼(クエスト)を受ける冒険者がいるとは……」

 

 受け取った依頼票をまじまじと見ながら男性がそう言った。男性の表情は驚きが隠せていない。心底意外そうだ。

 “こんな”ということはやはり冗談だったのだろうか? だとしたらかなり悪質なイタズラだ。然るべき報いを受けさせるべきだろうか?

 

「ちょ、ちょっと見せて下さい!」

 

 ヒューマンの女性が慌てた様子で男から依頼票を奪いとった。

 犬人(シアンスロープ)の女性と一緒に依頼票を穴が空くほど見つめてから、信じられないといった表情をするヒューマンの女性をみて、レフィーヤは益々不安になった。

 犬人(シアンスロープ)の女性がボソッと「ありえないー」と呟いたのもそれに拍車をかける。

 レフィーヤはこの時ばかりは、呟きすらも聞き逃さないエルフ族の高い聴覚を恨んだ。

 

「えっと、レフィーヤさん……ですよね?」

 

 依頼票からレフィーヤに目を移してそう言うヒューマンの女性は、まるで可哀想な子を見るかのようにレフィーヤを見つめている。

 それがレフィーヤの神経を逆なでさせた。一体お前に私の何が分かる。

 

「……そうですが、何か問題でもあるのでしょうか?」

 

 女性からの質問に応えるレフィーヤ。その口調は自分で思っていた以上に強くなっていた。

 

「問題というわけじゃ……あ、あの……考え直してみませんか? “こんな”無茶苦茶な冒険者依頼(クエスト)受ける“メリット”なんてないです」

 

 ヒューマンの女性はあろうことかそんな事を言い出した。巫山戯るな! お前達が依頼を出したんじゃないのか!?

 

「そうだぞ、エルフの嬢ちゃん! 悪いことは言わないから止めておいたほうが良い!! こんな“イカれた”冒険者依頼(クエスト)受けなくていいんだ!」

「そうそう! 絶対止めといたほうが良いよ! ほんと、“どんな目に”会うか分からないよ!?」

 

 ヒューマンの女性を皮切りにして彼等は口々にそう言い出した。

 彼等の表情は、本当にレフィーヤを心配している様だった。

 いや、きっと本当に心配しているのだろう。その口調には必死さが滲んでいる。悪戯や冗談だったらここまで必死になることは無いはずだ。

 だが、その言葉一つ一つがレフィーヤを苛立たせた。

 

『こんな』『メリット』『イカれた』『どんな目に』

 

 そんな事、そんな事百も承知だ。

 何もかも全て理解して、覚悟してここまで来たのだ。今更後戻りする気は微塵も無い。

 彼等の言葉は()()()()()()というものだ。

 

「『こんな』とはどういう意味でしょうか!? 『メリット』とはどんなことを言っているのでしょうか!? 『イカれた』とは何を指しているのでしょうか!? 『どんな目に』とはどんな目でしょうか!? そんな事、そんな事全部分かっています!!」

 

 『こんな』とは冒険者依頼(クエスト)内容の事だ。50階層以降の攻略など正気とは思えない。

 『メリット』とは報酬金の事だ。一千万ヴァリスなんてはした金だ、巫山戯てる。

 『イカれた』とはそんな冒険者依頼(クエスト)を出す依頼主の事だ。こんな冒険者依頼(クエスト)を出すルララ・ルラという人間は本当に()()()()いる。

 『どんな目に』とはそんな事レフィーヤが一番、一番理解している。51階層で、あの悪夢の様な戦いで、嫌というほど思い知らされた。

 その上で()()()決めた。

 全部、全部納得の上で行くと決めた。

 納得した上でここに来たのだ。 

 

「……全部分かっています。理解しています。理解した上でもう一度言います。『貴方達の冒険者依頼(クエスト)を受けに来ました』依頼主と話をさせて下さい……」

「「「……」」」

 

 瞳に涙を浮かべながら悲痛な表情で言うレフィーヤに、それ以上誰も何も言えなかった。

 

「……わかった」

 

 暫くして男性が言った。

 

「君の決意は理解した……その、すまなかったな。君の事を思って言ったんだが、どうやら余計なお世話だったみたいだ。気を悪くしないでくれ」

「ごめんなさい」「ごめんね」

「……いえ、私の方こそ……悪かったです」

 

 彼等の謝罪を、溜まった涙を拭きながらレフィーヤは受け入れた。

 確かにレフィーヤも感情に任せていた部分はあった。

 仲間を思うあまり感情的になっていたのは確かだった。彼等にはなんの関係も無いというのに……。だが、どうやら彼女の想いは理解して貰えたようだ。

 

 

「……それで、その“依頼主”なんだが……この子ということになる」

 

 そう言うと男性はそばにいた小人族の少女を抱きかかえレフィーヤに見せた。

 

(小さい……)

 

 彼女を見た第一印象はそれだった。

 男に抱きかかえられている少女は、小人族であると鑑みてもとても小さかった。

 レフィーヤがよく知る小人族のフィンと比べても、二回り程も小さい。もしかしたら小人族の子供なのかもしれない。だとしても、レフィーヤの決意が揺らぐことは無いが。

 雪のように真っ白な髪と、透き通ったルビーのように赤く輝く瞳が印象的な少女にレフィーヤは再度問いかける。

 彼女の言葉と瞳には、確かな想いと決意が込められていた。

 

「ルララ・ルラさん、貴方の冒険者依頼(クエスト)を受けにきました。受け入れてくれますか?」

【はい。お願いします。】

 

 さっき迄のやりとりは何だったのかと思うほどあっさりと答えは返ってきた。

 

 

 

 *

 

 

 

 その後はとんとん拍子に話が進んでいった。

 どうやら、彼等は探索──彼等が言うには『レベリング』というらしい──から帰ってきたばかりだったようだ。

 簡単な自己紹介を終えると、そこからは軽い歓迎会という流れになった。

 新しく仲間になったレフィーヤと親交を深めるということらしい。

 レフィーヤはそんな事をする気はこれっぽっちも無かったが、新しいパーティーに溶け込むのも重要な事だと、己に言い聞かして渋々参加することにした。

 

「しかし、まさかほんとに依頼を受けてくれる人が出てくるとは思ってもいなかったぜ。それもこんなに可愛いエルフの子なんてな」

 

 そう笑いながら言うのはリチャードだ。

 彼は置かれているフルーツを食べながら、上機嫌でソファーに座っている。

 そんな彼は、パーティーの前衛攻撃役(ファイター)だ。

 そのなんとも気の抜けた様子からは、とてもじゃ無いが短期間でLv.5に登り詰めた冒険者には見えない。

 

「リチャードさん、それセクハラ発言になりかねませんよ? それともあれですか? 捕まりたいんですか? だったら今すぐ死ねばいいんじゃないですかね? ……ふふふ」

 

 そんなリチャードを窘めるのはアンナだ。

 燃えるような赤毛を肩まで伸ばしたヒューマンの女性は、さっきからやたらと前衛攻撃役(リチャード)に当たりが強い。仲が悪いのだろうか?

 濁った瞳で笑いながら言う彼女は、パーティーの前衛盾役(タンク)で最近L()v().()()になったばかりらしい。

 

「あはははは、またアンの不機嫌が始まったー! いやー怖いー助けてルララちゃん!」

 

 陽気に笑う犬人(シアンスロープ)のエルザは、眩しい位に輝くブロンズの髪を揺らしながらルララに抱きついている。

 エルザは遠距離から敵を射るLv.2の後衛攻撃役(レンジャー)だ。

 無邪気に笑う今の彼女からは想像もできないが、戦いになると狙った獲物は逃さない……らしい。見たことがないので分からないが。

 

【むむむ。】

 

 感情の篭もらない声でそう言うのはこのパーティーのリーダー、ルララだ。

 彼女のポジションは……()()()()と教えられた。

 彼女曰く、前衛攻撃役(ファイター)前衛盾役(タンク)後衛攻撃役(レンジャー)魔法使い(キャスター)回復役(ヒーラー)もこなせるらしい。

 いや、それどころか、製作職(クラフター)採集職(ギャザラー)もできると豪語している。馬鹿にするのもいい加減にしてほしいと思った。

 高Lv.冒険者を何人も知っているレフィーヤは、ルララの言っている事がどんなに荒唐無稽な事かよく分かった。

 ある事を極めるのにどんなに時間が掛かるかレフィーヤはよく知っている。

 ルララは魔法使い(キャスター)であるレフィーヤが加入したので、回復役(ヒーラー)をやるそうだ。

 つまり彼女ができるのは()()()()()ということだ。レフィーヤの常識ではそういう事になる。

 

「……」

 

 そして、さっきから黙りこくっているのがレフィーヤだ。

 彼女は魔法使い(キャスター)で、このパーティーの一番の新入りということになる。

 

 そして、そして、これで以上だ。

 五人……たった五人だけだ。

 この五人だけで『深層』へと挑むらしい。なんとも馬鹿みたいな話だ。

 レフィーヤの常識ではこんな少人数では『深層』どころか、『中層』まで行くのも困難だ。

 もしかしたら泥船に乗ってしまったのかもしれない──そう思わずにはいられなかった。

 だが、そんな話を前にして彼等はそんな事を微塵も感じさせなかった。一体どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか?

 彼等は何も問題ないと言わんばかりに陽気に笑い、そして語り合っている。

 根拠の無い、理由もない自信を見せつけられて苛立ちが加速していく。

 

「どうしたぁレフィーヤちゃん、そんな浮かない顔をして! 元気が無いぞぉー!」

 

 そんなレフィーヤにずいずいと絡んでくるリチャード。

 顔は赤く染まり、アルコールの匂いをぷんぷんさせている。要するに酔っ払っていた。

 はしたなく酔っ払うリチャードに嫌そうな顔を隠そうともせずレフィーヤは言った。

 

「……放っといて下さい」

 

 ぶっきら棒にレフィーヤは突き放した。

 

「ノォオオ!! レフィーヤちゃんが冷たい! 仲間になったばかりなのに! もうダメだ、鬱だ死のう……」

 

 レフィーヤの言葉に大袈裟な反応を示すリチャード。まるで馬鹿みたいだ。

 

「あ! なんでしたら私が止めを刺しましょうか? 日頃の恨みです。一思いにヤッてあげます」

「い、いやぁあああ! 止めてぇえええ!!」

「なんだ……残念です」

 

 リチャードが零した言葉に間髪を入れず反応したアンナは、心底残念そうだった。

 もしかしたら本気で止めを刺そうとしていたのかもしれない。

 こんな事を言い合う彼等のチームワークは本当に大丈夫なのだろうか?

 レフィーヤは早くも呆れ果ててしまっていた。

 

 彼等には何一つ見当たらなかった。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 一体何が可笑しいのか、さっきから笑いっぱなしでテンションのおかしいエルザにも。

 

「もう、エルザ! あなたさっきからうるさいのよ!! いつもいつも遠くから、ぴょんぴょんぴょんぴょん攻撃して! 引き付ける側の身にもなってみなさいよ!」

 

 日頃の鬱憤を存分に叫んでいるアンナにも。

 

【むむむ。】【本当に?】【ごめんなさい】

 

 下着姿になって紳士的な踊りを踊っているルララにも。

 

「ノォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 床を転げまわりながら、顔を押さえて嗚咽を漏らしているリチャードにも。

 

 ()()()()()()()()一つも見当たらなかった。

 

 彼等の様子はとてもじゃないが『深層』へと挑もうとしている精鋭たちには見えなかった。

 レフィーヤが期待していたものじゃなかった。

 期待していたものとはほど遠かった。

 

「……もう、いい加減にしてください!!!」

 

 レフィーヤは叫んだ。あらん限りの声を張り上げて。

 さっきから醜態を晒してばかりいる、不甲斐ない仲間達(パーティー)に向かっておもいっきり叫んだ。

 

「さっきから貴方達は何なんですか!? 貴方達は50階層以降の攻略を目的にしているんじゃなかったんですか!? それだったらこんな所で馬鹿みたいな事してないで、もっと他にやることがあるじゃないんですか!? なんでそんなに脳天気でいられるんですか!? こんな事を、こんな事をしている間にも……」

 

 それ以上は続けられなかった。

 行き場のない感情が爆発して、もうどうしていいか分からなくなってしまった。

 兎に角、もうここには居られなかった。居たくなかった。

 

「私、もう帰ります! さようなら!!」

 

 己の感情に流されるままにレフィーヤはこのホームを飛び出した。

 

 

 

 *

 

 

 

「……あーこれは失敗だったか?」

 

 有無をいわさず飛び出していったレフィーヤを見てリチャードは言った。

 

「……みたいですね」

「あはは、やっちゃったね……」

「……『レフィーヤちゃんを元気づける会』は見事に失敗だな」

 

 レフィーヤの様子は最初から少しおかしかった。

 そもそもあんな条件の冒険者依頼(クエスト)を受けにくる時点でおかしいのだ。言外に『訳ありです』と言っているようなものだ。

 そして彼女のあの必死さは、確実に50階層以降に何かがあったと思わせるには十分だった。

 事情があるのは察していた、でも彼等は深くは詮索しなかった。

 何も言わないということは知られたくないのだろう。

 長いこと冒険者をやっていれば、知られたくないことの一つや二つ誰にでもあるものだ。

 余計な詮索は、無用ないざこざを招くことになる。

 これから共に命懸けで戦うことになるのだ、出来るだけトラブルは避けたかった。

 でも、だから、せめて彼女を元気づけようとして歓迎会なんてやってみたのだが……どうやら大失敗だった様だ。

 

「さて、どうしようか……?」

「もう、あまり干渉しないほうが良いですかね……」

 

 悲しそうな声でアンナは言った。

 彼等の行動は、今回、レフィーヤに関してはつくづく裏目にでてしまっている。そう、思うのも仕方がなかった。

 

「だなぁ……これ以上変なことすると益々拗れそうだ……」

「でも、レフィーヤちゃん悲しそうだったよ……放っておけないよ」

「まあ、そりゃあ、そうなんだけどな……」

 

 だからと言って、彼等がこれ以上干渉するのは、彼女の気持ちを逆なでするだけに思えた。

 

「レフィーヤさん。明日来てくれるでしょうか?」

「……来ない、かも、しれないなぁ……」

「えーそんなのやだよ! 折角仲間になったのに!」

「そうは言ってもなぁ……なぁ、嬢ちゃんどうする?」

 

 だが、そこにはルララの姿は影も形もなかった。

 それだけで、リチャード達は全てを理解した。

 

「……あー、まあ、後は我らがリーダーに任せるとしよう」

 

 

 

 *

 

 

 

 最低だ! 最低だ! 最低だ! なんて最低なんだろうか自分は!

 都市の中をどこへとも知れず走り続けるレフィーヤは、そう心の中で叫んでいた。

 

 一刻も早く50階層に行きたいのはレフィーヤの事情だ。彼女()()の事情だ。ルララ達には関係ない事だ。彼等には()()()()()()()関係ない事だったのだ。

 それなのに、それなのに勝手に憤って、苛立って、失望して、八つ当たりしてしまった。

 何もできないのは、何もできなかったのは彼等でなくレフィーヤの方だったというのに……。

 

 ルララ達は本当に50階層の攻略に乗り出そうとしている、それは会話の節々で見て取れていた。

 でも彼等はまだまだLv.不足だ、だからこそ、ゆっくりと時間を掛けてでも強くなろうとしているのだろう。

 ルララ達は焦っていない。

 彼等には今日明日にでも、攻略をしなくてはならない理由なんて無いのだ。

 だから、彼等はこう言いたかったのだろう『()()()()()()()()()()()』と。

 

 でも、でも、それではレフィーヤには遅すぎるのだ。

 もう、あの戦いから二週間経っている。“もう”二週間だ。

 幾ら加護(ファルナ)を持つ冒険者でも、二週間という時間は絶望的だ。

 

 レフィーヤにはもはや一分一秒だって惜しかった。

 

 主神はもう諦めてしまった。

 ファミリアはもう次を見据え始めた。

 ようやく見つけた冒険者依頼(希望)は遥か遠い先の話だった。

 

「ぅ……ぅ……ぅぅうう」

 

 レフィーヤの瞳に段々と涙が溜まってくる。

 駄目だ、泣いてしまっては! 泣いてしまってはもう戻れなくなる。立ち上がれなくなる。諦めてしまう。

 涙を堪えるために更に足に力を入れるレフィーヤ。

 

 走って、走って、走り続けていたら、いつの間にか見慣れた場所に辿り着いていた。

 

「……ダ、ンジョン?」

 

 ダンジョンの大穴が、まるでレフィーヤを待っていたかの様にそこにあった。

 レフィーヤにはダンジョンが囁いているように感じた──『君も早くおいで』と。

 

 ああ、それも良いかもしれない。

 

 孤独になって、絶望して、何もできない自分は、本当はきっと“あの”時死ぬべきだったのだ。

 そうだ、最初からそうしていればよかったのだ。

 

 コレで私も……。

 

 ふらふらと取り憑かれたようにダンジョンへと向かうレフィーヤ。

 だがそれは、全く感情の篭っていない声に妨げられた。

 

【ちょっといいですか?】

 

 この声には聞き覚えがあった。

 

「貴方は……ルララさん……」

 

 振り返った先には、今一番会いたくない人物筆頭のルララがいた。

 

【ちょっといいですか?】

「いえ、私はこれからダンジョンに……【ちょっといいですか?】」

「ですから私は……【ちょっといいですか?】」

「あの……【ちょっといいですか?】」

「……【ちょっといいですか?】」

【ちょっ「もう分かりました! 分かりましたからちょっとそんなに詰め寄らないで下さい!!」

 

 有無を言わさぬルララの詰め寄りに、根負けしたレフィーヤは観念してルララと向き合った。

 

「一体なんの用ですか? 申し訳ありませんが攻略の件は無かったことに……【どこに行きますか?】

「えっとそれは……見て分かりませんか? ダンジョンです」

【どうしてですか?】

 

 立て続けにルララは聞いてきた。

 

「それは貴方に関係ない……【ついていきます】……えっ!?」

 

 間髪をいれずルララは言った『私もついていく』と。

 レフィーヤを見つめる瞳が赤く燃えている。

 

「でもこれは私の問題で貴方には……【一緒にやりませんか?】……ッ!!」

【一緒にやりませんか?】

 

 迷うことなくルララは言ってきた。

 

 それは、その言葉は……誰にも……誰にも言われなかったことだ。

 

 ルララの言葉にレフィーヤの心が揺さぶられる。

 そんな心を悟られないようにレフィーヤは叫んだ。

 

「……なんで! どうしてですか!? どうしてそんな事言えるんですか!? 私には理解できません!!」

 

 レフィーヤには、なぜルララがそこまで言えるのか理解できなかった。

 会って間もない自分に、なぜそこまでできるのか理解できなかった。

 

 でも、答えは簡単だった。

 

【フレンドになってくれませんか?】

「……っえ?」

 

【フレンドになってくれませんか?】【ついていきます】【一緒にやりませんか?】

 

 ルララは当然の事の様に言った、貴方と友達になりたいと、だから自分も行くのだと。

 その瞳には全く揺らぎがない。

 

 彼女の言葉にずっと押さえ込んでいた思いが溢れそうになる。

 

「私は……私は……」

 

 レフィーヤはそれ以上何も言えなかった。

 私にはきっとその資格はない、仲間を見捨てて逃げ出した自分には……。

 

 何かを耐えるかのように俯き下を向くレフィーヤ。その体は僅かに震えている。

 それはまるで迷子の子供の様だった。助けを求める迷い子の様だった。

 

 そんなレフィーヤにルララが近づいてくる。

 

 ルララは彼女の手を取り、目を見て、そして再び聞いた。

 

【どこに行きますか?】

「……ダンジョンにです」

 

 今度は凄く素直に言えた。

 

【どうしてですか?】

「……それは……それは、仲間を……仲間を助けに……です」

 

 感情の篭もらない声が不思議と優しくて信頼できた。

 ずっと、ずっと誰にも言わなかった、言えなかった言葉が言えた。

 そして……。

 

【助けはいりますか?】

「ッッ!!!」

 

 一番聞きたかった言葉を聞けた。

 

【助けはいりますか?】

 

 その言葉に、ずっと堪えていた感情が、涙が溢れてくる。

 

 涙で目の前が見えなくなり、その場に崩れ落ちてしまう。

 崩れ落ち、嗚咽が混じりながらもレフィーヤは確かに言った。

 

「……お願いです……私を……仲間を……助けて下さい!!」

【わかりました。】

 

 その言葉を聞いた光の戦士は無敵だ。

 

 

 

 

 

 




 助けてくれ! と言われて。
 直ぐに、わかりましたと言える光の戦士に私はなりたい。


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レフィーヤ・ウィリディスの場合 3

 いつの間にかレフィーヤは抱きしめられていた。

 泣き崩れるレフィーヤに、小さな冒険者は優しく抱きしめてくれた。

 

「私、仲間を置いて逃げ出したんです!」

「51階層でも、50階層でも逃げてばかりだったんです!」

「連れて行かれる仲間を見ていることしかできなかったんです!」

「何も、何もできなかったんです!」

「だから! 私、私……ぅううああああああ」

 

 今日まで溜めに溜めた想いを吐き出すレフィーヤ。

 そんなレフィーヤの独白をルララはただ黙って聞いてくれた。

 ただ黙って抱きしめてくれた。

 それが凄く暖かくて、嬉しくて、心強くて、レフィーヤは彼女を強く抱きしめ返した。

 

 

 

 *

 

 

 

 レフィーヤは思いの丈を全て吐き出した後ルララの顔を見た。

 レフィーヤに迷うこと無く『助ける』と言ってくれた小さな冒険者は、自信満々にレフィーヤを見つめ返してくれている。

 

『もう大丈夫』『心配ない』『任せてくれ』

 

 そう言外に訴えてくるルララの顔は、レフィーヤに安らぎと信頼を与えてくれた。

 

(この人とならきっと……)

 

 なんの根拠もない、なんの理由もない、なんの証拠もないのに不思議とそう思うことができた。

 

「……なんだか、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 微笑みながらレフィーヤは言う。それに釣られルララも微笑む。

 ダンジョンの入口近く、人の往来が多い中で抱き合って見つめ合っているのは……ん? ()()()()()()()

 

「うっわ! ごご、ごめんなさい!! あの、その、私、こんな所で!!」

 

 慌ててルララから離れ、立ち上がり、真っ赤に顔を染めるレフィーヤ。

 

(ああ、私ったら何て事を!! ああ! 恥ずかしい……)

 

 さっき迄の二人の光景を思い出して益々顔を染める。

 微笑みながら、見つめ合い、抱きしめあう二人の少女は──恥ずかしいなんてものじゃなかった。顔から火が吹き出そうだ。

 

「ひゅーひゅー、お熱いねぇお二人さん」

「ちょっとリチャードさん、そういうのを藪蛇って言うんですよ!」

「うわぁ、私すっごくドキドキしたよー」

「んなっ!?」

 

 驚きの声を上げて渡りを見渡すと、そこにはパーティーの面々がいた。

 

「え? ちょっ、あれ? えぇええ!? い、一体いつからそこに……」

「ん? ああ、レフィーヤちゃんが『ダンジョンに行くんです!』って言ってた所からだな」

「え? 違うよ! 『ダンジョンです!』って言ったんだよ、レフィーヤちゃんは。ちゃんと聞いてたの?」

「あれ? そうだったか?」

「まあ、リチャードさんは人の話を聞きませんからね。一体、私が何度、何度……ブツブツ」

 

(見られていた、見られていた、見られていた、見られていた!?)

 

 一体どうやってこの場所が分かったのかは分からないが、結構最初の方から見られていた。

 

「ああ、もう、私、そんな、これは、そう、違う、違うんです! うぅうう」

 

 何が違うのかさっぱり分からないが、兎に角レフィーヤは違うと主張した。

 

「まあまあ、そんな意固地になって否定すんなって! 俺は良いと思うぞ!」

 

 リチャードがそう言って頭にぽんぽんと手を置いてくる。何が良いのかさっぱりわからない。

 

「本当にコレは違うんですよ! ぅうう恥ずかしい」

 

 長いエルフの耳の先まで真っ赤にしながら興奮気味にレフィーヤは言う。

 

「ハハハ、そんなに恥ずかしがるなって! 中々絵になっていたぞ? エルフの美少女と小人族の少女が抱きあう様は」

「ぁあぅうううううう」

 

 真っ赤に染まったエルフの耳を下に垂らして恥ずかしがるレフィーヤ。

 

「もう! リチャードさん! からかうのもそれぐらいにしてあげて下さい! 困っているじゃないですか!」

 

 見かねたアンナが助け舟を出してくれた。

 ああ、良かった貴方は味方か……。

 

「大丈夫ですか? レフィーヤさん。もう、あんな男の戯言、真に受けなくて良いんですよ?」

「あ、ありがとうございます」

「あ! でも可愛かったのは本当ですので自信持って良いんですよ?」

 

 そう笑顔で言うアンナも味方じゃなかったみたいだ……。アンナさん貴方もか……。

 しかし、いちおうアンナのお陰で落ち着きを取り戻すレフィーヤ。

 

「じゃあ一度深呼吸をして……」

「……すぅううう……」言われるがまま大きく息を吸い。

「……はぁあああ……」そして吐いた。

「……落ち着きましたか?」

 

 微笑みながらアンナが聞いてくる。

 

「えぇ、ありがとうございます」

「いえいえ、それは良かったです。もう、気をつけて下さいね。あの男はすぐに調子に乗るので」

 

 まったくもう! と呟きながアンナは言う。

 

「はい、ええっと、分かりました」

 

 アンナの言葉に一応了解するレフィーヤ。

 

「よろしい」と微かに聞こえるぐらいに小さな声で囁いたアンナは、今度はレフィーヤに聞こえる様に言った。

 

「さて、もう大丈夫みたいですし……じゃあ行くとしましょうか! レフィーヤさん!」

「……っえ? 行くって何処に……」

 

 アンナの言葉にレフィーヤは疑問を零した。

 

「何処って、ダンジョンにですよ……行くんでしょう? 私も行きますよ」

 

 さも当然の様にアンナは言った。

 そう言ってアンナはダンジョンへと歩き出した。

 

「ああ、折角帰ってきたばかりだったのにまたダンジョンかー、しかも徒歩で50階層……トホホ遠いぜ……徒歩だけに……」

「ハハハ、まあ、他にやることもないんだし良いんじゃないかな?」

 

 それに続いてリチャードとエルザもダンジョンの大穴へと向かう。

 

「……そんなどうして」

 

 震える声でレフィーヤは言った。

 それを聞いた彼等は口々に言う。

 

「ん? まあ、嬢ちゃんだけに格好いい所とられるのもあれだしな! それに……」

「またリチャードさんは……素直に『心配だ』って言えば良いんですよ。えっと、だから私は心配だからですよ、レフィーヤさん。それに……」

「そうそう! レフィーヤちゃん、すっごい悲しそうなんだもん放っておけないよ! ……それに」

「……俺達は」「……私達は」「……私達って」

「「「“仲間”だろう?」」」

 

「……ッッ!!」

 

 レフィーヤはこれまでずっと自分は孤独だと思っていた。

 もう、この世界には絶望しかいないと思っていた。

 

 でも違っていた。

 

 世界は暗い絶望になんか覆われていないし、彼女は一人ぼっちじゃなかった。

 

 簡単な事だったのだ。

 

 “天”に向かって『助けてくれ』と叫んだ所で誰も助けてくれない。

 彼女に必要だったのはそんな事じゃなかった。

 彼女と同じ“冒険者”だった、冒険者の“仲間”だったのだ。

 一人ぼっちで絶望していた彼女に、世界は絶望になんか覆われてなんかいないと答えてくれる“希望(仲間)”だったのだ。

 

【パーティーに入りませんか?】

 

 レフィーヤに差し出されるものがあった。

 それは、とても小さな、小さな手で、そして彼女の“希望”だった。

 彼女はそれを迷わず手にとった。

 

「はい、喜んで」

 

 彼女はようやく“希望”を見つけられた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……って! いやいやいやいや! それでも、今からダンジョンに行くなんて無謀すぎますよ!!」

 

 意気揚々とダンジョンに潜ろうとする仲間達の勢いに流されるまま、ダンジョンに潜ろうとしたレフィーヤはなんとか正気を取り戻してそう叫んだ。

 ダンジョンの探索は『そうだ、ダンジョンに行こう』なんて気軽に行けるものじゃないのだ。

 さっきまで行こうとしていた自分が言うのも何だが、これは明らかに自殺行為だった。

 

「あれ? でもあんまり時間がないんでしょ?」

 

 いや、まあ、確かにエルザの言う通りなのだが、こういったのは入念な準備を重ねて、しっかりとした調整を行った上で行うべきことだ。

 いや、そもそも、50階層クラスの攻略をするにはギルドへの申請が必要だったはずだ。

 大規模になりがちな『深層』への探索が、他のファミリアと被らないようにするために、そう規則で決まっていたはずだ。

 

「えっ!? マジか……そうだったのか知らなかった……まあ、でも、バレなきゃ問題ないだろう」

 

 規則なんて関係ないと言わんばかりにリチャードはニヤリと言った。

 ああ、もう、これだから冒険者は!! って、いやいや、だからそういった問題じゃないのだ。

 このままじゃ50階層に辿り着く前に“死んでしまう”と言っているのだ。

 

「でも、さっきレフィーヤさんダンジョンに行くって……」

「それは、その、えっと……と、兎に角、今日は駄目です! 絶対駄目です! ちゃんと準備してからでないと!」

 

 『深層』の攻略に必要なのは、食料に、薬品に、武器に、防具に、そしてそれの予備に、あと、えーと……兎に角色々だ! 色々!

 

「今の私達はなに一つ持ってないじゃないですか!」

 

 レフィーヤの今の装備は戦闘用ですらないただの普段着だ。杖すら持っていない。

 そんな装備でお前はダンジョンに行こうとしていたじゃないかと言われると、いや、まあ、全くその通りで何も言い返せないのだが、兎に角、こんな装備じゃ大丈夫じゃないのだ!

 

「食料だって!」

 

 レフィーヤがそう言うと、どこからともなく調理品が現れた。

 出来立ての凄く良い匂いがレフィーヤの鼻孔を刺激する。うんうん、美味しそう。

 

「薬品だって!」

 

 レフィーヤがそう叫ぶと、どこからともなく薬品が現れた。

 瓶一杯に入った液体は様々な色をしていて、数も種類もそれはもう申し分ない。あらあら、これならどんなダンジョンでも安心ね!

 

「武器だって!」

 

 レフィーヤがそう訴えると、どこからともなく武器が現れた。

 剣に、弓に、ナックルに、“本”に、そして……杖もある。そうそうこの重厚感と金属の肌触り、流れてくる魔力は……っえ゛!? ちょっと多すぎじゃないかしら?

 

「防具だって!」

 

 もうなんだか次の展開が読めてきたレフィーヤだが元気に言った。

 案の定レフィーヤの前には、たいそう立派な山繭絹でできたローブが置かれていた。

 それに袖を通すレフィーヤ……ああ、もはや何も言うまい。

 

「…………」

「「「……」」」

 

 レフィーヤの次の言葉を待っているのか、みんな黙りこくってしまう。

 沈黙が、仲間達からの視線が痛い。

 そんな中レフィーヤは一歩前にでて深呼吸をする。

 

「すぅー、はぁー」

 

 そして振り返り仲間達を見渡す。

 

「……な……」

「……何をぼさっとしているんですか!? さあ、行きますよ!! 目指す場所は51階層です!!!」

「「「オォオオオオ!!!」」」

 

 やけくそ気味にそう叫んでダンジョンに入るレフィーヤだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 天上に敷き詰められた光り輝く水晶は、ダンジョン内であるにも関わらず満天の夜空を彩っている。

 その水晶から照らしだされる輝きは湖へと降りそそぎ、まるで宝石箱をひっくり返した様に幻想的な雰囲気を創り出していた。

 そこではダンジョン内であるとは思えないほどのどかで、ゆったりとした時間が流れている。

 

 そんなリヴェラの街の近くにある湖のほとりで、レフィーヤは一人たたずんでいた。

 

 恐ろしいほどの勢いであっという間に18階層まで辿りついたレフィーヤ達パーティーは、現在は小休憩中だ。

 あまり遠くに行くのは憚られるが、レフィーヤは仲間達に断りを入れてこの湖へと来ていた。

 

 ここは、かつてファミリアの皆と共に訪れた思い出の湖だ。

 今でも瞳を閉じる事で、かつてここで見た光景を鮮明に思い起こすことができる。

 

(フィン団長、リヴェリアさん、ガレスさん、ティオネさん、ティオナさん、ベートさん、アイズさん、そしてファミリアのみんな……)

 

 彼等と共に語り合い、笑い合った日々がまるで夢物語のように浮かんでくる。

 そして、ゆっくりと瞳を開くと彼等は夢のように儚く消えた。残っているのはレフィーヤと幻想的な輝きを放つ湖だけだ。

 

 彼女の瞳に映るのは現実だけだった。

 

 そして、その現実も今ではまるで夢物語の様であった。

 

 嘆くことしかできてなくて、一向に好転しない状況に地団駄を踏むことしかできない状況からみるみるうちに一転し、彼女は今、かつての仲間を助けに行くために、新たな仲間と共にダンジョンに潜っている。

 

 これが夢物語と言わずなんと言おう。

 

 まさに怒涛の展開だった。

 目まぐるしく変わっていく現状に目眩がするほどだった。

 それはもう、ふと気が付いたらリヴェラの街に着いていたくらいだ。本当、一体いつの間に辿り着いたのだろう?

 

 でも、それでも、確実に一歩一歩進展しているんだ、という実感があってとても心地が良かった。

 

 もしかしたらこのまま51階層に辿り着いても、辛い現実を目の当たりにするだけなのかもしれない。

 当たり前の様に考えられる仲間の死(結果)をただ確認しに行くだけになるかもしれない。

 それでも不思議と不安は無かった。

 根拠は無いが、きっと“そうは”ならないだろうという確信めいた感覚がレフィーヤにはあった。

 

 ひっそりと微笑みを浮かべるレフィーヤ。

 その微笑みにはもう悲観の色は見えなかった。

 

 ゆっくりと時間だけが流れていく。

 

「こんな所にいたんですか、レフィーヤさん。探していたんですよ」

「……アンナさんですか」

 

 流れ行く時間に身を任せているとアンナが話しかけてきた。どうやらレフィーヤを探していたようだ。

 

「……何か私に用でしょうか?」

 

 レフィーヤはそっと静かに問いかける。

 

「ええ、ちょっとレフィーヤさんに渡したいものがありまして」

 

 レフィーヤの隣に座りながらアンナは優しくいった。渡したいものとはなんだろうか?

 

「……これです」

 

 そう言って差し出されたのは一振りの“剣”だ。

 その剣はとても、とても見慣れたものであった。

 

「こ、これは!!」

 

 思わず驚愕の声を上げる。

 ゆったりと流れていた時間が、急に渦を巻いて激しく流れ始めた。

 

「やっぱり、身に覚えがありましたか……」

 

 身に覚えがあるなんてものではなかった。

 彼女が間違えるはずがなかった。

 “あの人”に憧れるレフィーヤ・ウィリディスが、“この剣”を見間違えるはずがなかった。

 なぜなら、この“剣”は彼女が尊敬する“あの人”の……あのアイズ・ヴァレンシュタインの愛剣『デスペレート』だったのだから。

 

「い、一体どこでこれを!?」

 

 当然の疑問をレフィーヤは聞いた。

 一体、何処で、何故、どうして、そんな疑問が次々と浮かんでくる。

 その疑問の回答をアンナは教えてくれた。

 

「ルララさんから貰ったんですよ『これを貴方にあげます』って」

 

 アンナはルララの口調を真似ながら言った。お世辞にもあんまり似てない。

 その自覚があったのかアンナは頬を染めながら続けた。

 

「……それでルララさんは51階層で拾ったと言っていました。冗談だと思っていたのですが、レフィーヤさんの反応からして本当だったみたいですね」

 

 驚きの表情に染まるレフィーヤの顔を見てアンナは言った。

 

「……取り敢えず“それ”はお渡しします。きっと持つべきなのは私じゃなくてレフィーヤさんだと思いますので」 

 

 それに私には別の剣がありますからねー、ボソッとそう言ってアンナは微笑んだ。

 

 アンナから『デスペレート』を受け取り、大切に抱きかかえる。

 “この剣”は、“彼女”が、アイズ・ヴァレンシュタインが生きていたという確かな証だ。

 そして、今となっては唯一の証であるとも言える。

 

「……ありがとう……ありがとうございます」

 

 涙ぐみながらレフィーヤは感謝の言葉を口にした。

 そんなレフィーヤをアンナはそっと肩を近づけると、優しく語りかけるように言った。

 

「えっと、レフィーヤさん。私が言うのも何だと思いますが、レフィーヤさんの仲間は生きていると思います」

 

 アンナの口調に迷いはない。なにか確信をもってレフィーヤに語っている。

 そして、その理由が何なのか何となくレフィーヤにも分かっていた。

 

「なんの根拠もないんですが……それでも私は信じているんです。だって“あの”ルララさんが助けに行くと言ったんですよ? だったら必ずみんな生きています!」

 

 そうアンナは断言した。

 

 そう、そうなのだ。

 ルララが“助ける”と言ったのなら、その助けるべき者達は()()()()()()()()。そう思わせてくれる不思議な説得力がルララにはあった。

 

「だからレフィーヤさんも……」

「ええ、大丈夫です。私も信じていますから……」

 

 もとより彼女が信じなくて、一体、何処の誰が仲間の生存を信じるというのか。

 たとえ、ルララがいなくとも最後まで仲間の生存を信じたはずだ、最後の最後まで信じたはずだ。

 信じて、信じて、信じ抜いて……信じ抜いた末に死んでいたはずだ。

 

 そうなると思っていた。そうなると信じていた。でも現実は違った。

 

 本当は挫けそうになってしまっていた。

 何もかも諦め、自暴自棄になり、自殺まがいなことをしでかそうとしていた。

 

 それでも挫けずにここまで来ることができたのはルララのお陰だ。

 アンナにあそこまで言わしめる事といい、レフィーヤを救ってくれた事といい彼女は本当に……。

 

「……ほんと、不思議な人ですよね」

 

 レフィーヤは率直な感想をこぼした。

()()()()()』そんな言葉がルララにはぴったりだ。うん、凄くしっくりくる。

 

 本当に彼女は不思議な人だ。

 

 ルララの言葉は、行動は、不思議と安心感を与えてくれた。信じようと思わせてくれた。信頼させてくれた。

 彼女となら何処へだっていける。何だって出来る。出来ないことなんてこの世になに一つ無い。そう思わせてくれる。

 

「不思議というか……()()()の方が正しい気がしますけどね……」

 

 ははは、と乾いた笑い声をあげて、死んだ魚のように濁りきった瞳を浮かべながらアンナはそう言う。

 

 そういえば、彼女はパーティーの中でもルララとの付き合いが一番長いらしい。

 レフィーヤが知らないことも多く知っているのだろう。

 

「そうなんですか?」

 

 少し興味が湧き何となくそんな事を聞いた。

 

「そうなんですよ……レフィーヤさんはまだ経験してないですが、ルララさんはいつも、いつも常識はずれな行動を取るんですよ……きっと、あの人は常識って言葉を何処かに忘れてきてしまったのでしょうね。生きるか死ぬかのギリギリのラインでモンスターに晒されるのなんて当たり前ですし、ある時なんて単身で階層主クラスのモンスターに挑まされた事もありました……そういえば、大量に湧くモンスターの中に無理矢理放り込まれたなんて事もありましたね、ふふふ、あの時は本当に死ぬかと思いましたよ……というか何で生きてるんですかね私……あははは、生きているって素晴らしいですよね。レフィーヤさんもその内体験できますよ……それはもう嫌というほどに……楽しみデスね、うふふふふ」

 

 レフィーヤが問いかけた瞬間、暗黒の微笑みを浮かべながら矢継ぎ早に早口で喋り始めた。やっちまった! 選択ミスだった!!

 どうやら彼女は相当壮絶な経験をしたらしい。聞こえてくる言葉の中には聞こえちゃいけない台詞もあった気がする。

 やばい! 聞かなきゃ良かった。

 

「初めて出会った時も、ミノタウロスになぶり殺されそうになっている所をギリギリまで助けてくれませんでしたからね……まあ、今思えばそんなこと序の口もいいところだったんですけどね……でも、まあ、それは良いんですよ? 本当は良くないですけど、良いって無理矢理納得できます。ギリギリ……本当にギリギリになったら回復はしてくれますし、お陰で今こうしてパーティーの盾となれているのは事実ですから……」

「でも! それよりも! 私が声に大にして言いたいのは! 私の装備です! レフィーヤさん、私の装備見たでしょう? 普通あんな装備、女の子に着せますか? おかしいでしょう!!」

「えーっと、それはちょっとノーコメントです」

 

 確かに彼女の“あの”装備は、女の子がするにしては些か“華”に欠けていた。というか華なんて全く無かった。

 

 アンナがここに着くまでの道中で着ていたのは、実用性一辺倒で無骨でしかない防御力重視──というか、もはやそれしか考えていない全身を覆うヘビィアーマーだった。

 流石に今は装備していないが、ダンジョン探索中の彼女はもはや傍目からアンナであると判別出来ないほどに、頭の天辺から足の爪先まで完全に鎧に覆われている。

 

 まあ、そんな見た目なのである意味一目で判別できるのだが、いつの間にか中身が入れ替わっているなんてことがあっても気づくことはできないだろう。

 

 あの装備は、女の子が着るには尻込みする要素が多すぎた。

 とある神話に出てくる『ロボ』の様だった。

 とてもじゃないが女の子が着て良い装備じゃなかった。

 

 冒険者といえども私達は女の子なのだ。冒険の中でも少しはおしゃれをしたいのだ。ほんのちょっとでも良いから可愛くしていたいのだ。

 でもあの装備はそんな事を全否定した見た目をしていた。おしゃれ? そんなこといいから防御力だ!! って感じだ。

 

 流石にこれは、アンナの愚痴も致し方ないことだった。心中お察しします。ああ、私は可愛いローブで本当良かった。

 

「良いですよね! 他のみんなは可愛い装備が多くて。レフィーヤさんのローブだってすっごく可愛いじゃないですか! 私なんてどれも鎧、鎧、鎧、うぅうう」

 

 彼女の嘆きは止まることを知らなそうだ。

 吹き荒れる嵐のように怒涛の勢いで次から次へと止めどなく流れていく。相当普段から不満が溜まっているようであった。

 

 ああ、なんて可哀想なアンナさん、ルララさんに関わったばっかりに……あれ? だったらもしかして私もいつか彼女の様な被害に会うんだろうか? ……なんだか有り得そうだ。そう考えると途端に不安になってきた。

 

「……でも、それでも、不思議とついて行きたくなる人なんですよね……」

 

 はぁ、なんでなんでしょうかね? と溜息を付きながらアンナが言う。

 確かにルララにはそれでも一緒に付いて行きたい、と思わせてくれる不思議な魅力があった。

 

「そうなんですよね……不思議です」

 

 レフィーヤもそれに同意する。

 

 やってることは意味不明で、理解不能で、無茶苦茶だが、彼女の行動は一直線にゴールを目指している様に思えた。一直線に行き過ぎて、何もかもぶち壊して突き進んでいる様にも思えるが……まあ、何も言うまい。

 

 彼女は何事にも全力で臨んでいる。

 どんな事にも全身全霊で挑んでいる。

 手加減なんてものは全くしない。

 

 その”全力”の次元がちょっと高度すぎるだけなのだろう。きっと、そうであると思いたい。

 そして、なんやかんやいって、彼女の行動によって最終的に何事も最善の結果に帰結している。だからこそ、これほどまでに信頼を得ることが出来ているのだろう。

 

 なんだかんだグチグチ言いながらも、アンナ達がルララに協力しているのもそれが理由だろう。

 

「……あの装備も性能面だけでいったらとんでもない代物ですからね。アレのお陰で高Lv.のモンスター相手でも全然平気で対処が出来ますし……ビジュアル面は本当に最悪ですけどね、ビジュアル面は」

「ふふふ、その点、私のは可愛いので良かったです」

 

 山繭絹でできた肩から足までを覆う高性能過ぎるローブは、見た目もなかなか可愛くてパーティーのみんなにも好評だ。レフィーヤも気に入っている。

 なんでも『ヴァンヤ・キャスターローブ』というものらしい。

 その名の通り魔法使い(キャスター)専用に作られたローブらしく、着ると信じられないくらい魔力が上昇した。ヤバい。今ならリヴェリアさんにも勝てる気がする!

 

「あー! レフィーヤさんまでそういう事言う! そういうこと言う人は……こうです!」

 

 そう言ってアンナはレフィーヤの脇をくすぐり始めた。

 

「あ! ちょっと、止めて下さいよ……あはははは、もう、くすぐったいですよ」

「ふふふ、装備を自慢したバツですよ!」

「あははははは……もう、やりましたね、アンナさん! そっちがその気なら……えい!」

 

 それに負けじとレフィーヤも反撃する。

 

「きゃぁ! あははは、レフィーヤさんも中々やりますね! それじゃあ、これならどうです? そぉい!」

「あはははあっはは……それは反則! 反則ですよ! あははははは」

 

 可愛らしく戯れ合う二人は歳相応に見え、危険なダンジョンに潜る冒険者にはとても見えなかった。

 

 いい仲間(パーティー)に恵まれた。そうレフィーヤは戯れ合いながらもそう思った。

 

 

「……ッぁ!?」でも、それにしても……なんか、その……。

「っん! にゃぁ!?」さっきから彼女の手つきがなんというかこう……。

「はぅぅ!!」段々といやらしくなってきている気がする。

 

「も……もう、アンナさん! っちょ、止めて下さい! ッ! もぅ、お、怒りますよ!? ぁ!」

「ほれほれーここが良いんですか? ここが良いんですか?」

 

 まるでレフィーヤの主神『ロキ』の様にセクハラ紛いな事をし始めるアンナ。なんやかんや言って彼女も変人(ルララ)の仲間の一人という訳ッぁ!……ってなんか冗談抜きで身の危険を感じ始めたんですけど!

 

 直感で危険を察知し、抵抗を強めるレフィーヤだったが時既に遅し、彼女はもはや悪魔の掌の中だった。

 そして、その悪魔の名はアンナといった。

 

「ちょっ、ん! くぅッ……ハァ……も……ぁ! もぅ、ゃめて、下さぃ……」

 

 息も絶え絶えに懇願するレフィーヤだがそれは逆効果だった。

 頬を赤く染めて息を荒だてるレフィーヤは、こういっては何だがすっごく色っぽかった。

 

「……ゴクッ」

 

 ゴクッ! と息を飲むアンナ。

 既に彼女の目からは正気が失われ始めている。

 

「も……もう、許して……下さい」『はやくきて……じらさないで』

 

 懇願するレフィーヤの言葉が、興奮したアンナにはそう囁いているかのように思えた。

 かつての英雄ですら籠絡したこの台詞に凡人のアンナが勝てるはずがなかった。

 

 ゆっくりとレフィーヤの上に覆いかぶさろうとするアンナ。レフィーヤの純潔は風前の灯火だ。希望の灯火なんてものは何処にもない。

 

 そして、そのままアンナとレフィーヤは……。

 

「おーい!! そろそろ出発するぞぉー!!」

「ッッ!! ……残念、呼ばれてしまいましたね」

 

 かつての英雄と同じ様に仲間の声に阻まれた。

 

「はぁはぁ……な、にが、残念なんですか! 何が! ……もう! 酷いですよ!!」

 

 ようやく、解放されたレフィーヤはアンナに対して猛烈に抗議した。

 あやうく“色々”と失いかけたのだ彼女の抗議は当然だった。

 

 というかこの人そっちの気があったのか!? え!? 何それ怖い!

 この人、人畜無害そうなふりして結構やばい人だった。やっぱりこのパーティー色々とみんなおかしい!

 

「まあまあ、許してくださいレフィーヤさん。それにほら、装備品を自慢したレフィーヤさんも悪いんですよ。ちょっとしたスキンシップってやつです」

「スキンシップって……」

 

 彼女の返答は全くもって釈然としないといった感じだ。

 

「だいたい……「おーい、何やってるんだ? 早くしろよー、嬢ちゃん待ちきれなくて行っちまうぞぉー」

「はーい、分かってますよー! ちょっと待って下さいー!」

 

 レフィーヤの抗議を遮った声に、しめたとばかりに返答したアンナは、続けて「さて、では、待たしていては悪いですから行きましょう!」と言って、さっさと行ってしまった。

 

「ちょっと! まだ話は終わって……もう、全く! 勝手なんですから……」

 

 プンプンと怒りを露わにするレフィーヤ。もう、もう、全くもう!

 とはいえ何時までも怒っている訳にもいかないだろう。こういった時にはポジティブに考えるのが一番だ。

 

 先程のやり取りで、なんやかんやで親交を深められたのは確かだ。ちょっと深まり過ぎた気もしなくもないが、仲が悪いよりはずっと良いだろう。これで良かったのだ。

 

(そう、あれはスキンシップ。あくまでスキンシップなのよ、レフィーヤ。それ以上でもそれ以下でもない……うん、納得した!)

 

 そうやって自分の中で納得をつけるとレフィーヤも仲間達へと向かった。

 勿論、いつか必ず仕返ししてやろうと心に決めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アダマン鉱あるならもっと良い装備が作れるんじゃないかって?
 いいかい逆に考えるんだ。
 ロボでも良いじゃないかって考えるんだ。


 ダークライトとか新式IL70のタンク装備が結構好きな私は異端でしょうか(´・ω・`)
 あれほどタンクらしい装備は他に無いというのに……(´・ω・`)


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レフィーヤ・ウィリディスの場合 4

 無言だ……。

 無言だけがダンジョンを支配していた。

 

 レフィーヤの耳に聞こえてくるのは、一糸乱れぬ足並みでダンジョンを突き進む冒険者達の足音か、もしくは戦闘音、そして力尽きたモンスターの断末魔だけだ。

 誰も彼も、何一つ発言しない。勝利の咆哮も、安堵の声すらも上がらない。

 沈黙だ、沈黙だけがパーティーを支配していた。

 

 パーティーの先頭を行く、頭のてっぺんから足の先まで覆い尽くす金と黒の甲冑を着込んだアンナも、赤いロングコート姿のリチャードも、青いタバートを着て弓に矢を番えるエルザも、角の付いた額当てに緑色のコートを羽織って本を手に持つルララも──まあ、彼女の場合は大体いつもなのだが──無言だった。

 誰ひとりとして何も喋らない。ただただ淡々と戦闘をこなしていた。

 

 沈黙に包まれる彼等は決して仲違いをしている訳ではない。

 現に彼等はその強固なチームワークにより、驚くべき速度でダンジョンを突き進んでいた。

 

 異様な光景だ──そうレフィーヤは思った。

 

 レフィーヤの知るダンジョン攻略というものは、モンスターの咆哮が、味方への指示が、怒号が、叫びが、戦闘音が、けたたましくダンジョンに響き渡るのが通常だ。

 

 だが、このパーティーは違った。

 

 会話らしい会話があったのは最初に必要最低限あっただけだ。

 それ以降、彼等は黙々と行動している。無駄な会話は一切しない。

 己に課せられた役割(ロール)を熟知し、与えられた仕事に専念し、極限まで無駄を排除して、最大限効率を追求した動きは、最早芸術的ですらあった。

 

 ダンジョンの壁面からモンスターが生れ出でる。その数、三体だ。

 

 出現した瞬間、三体の内の真ん中のモンスターにアンナが剣を投げつけ串刺しにする。

 その勢いのままアンナは、そのモンスターに重い甲冑を着込んでいるとは思えないほど俊敏な動きで接近し、突き刺さった剣を抜き取る。

 それと同時に、アンナが一瞬、眩いばかりに発光した。

 彼女がLv.3にランクアップした際に習得した奇跡の閃光(ミラクル・フラッシュ)という魔法だ。

 煩わしい強光と、一瞬だが急激に高まった神威を放つアンナを脅威と認識したモンスター達は、一斉に彼女に襲いかかる。

 

 これがアンナの、前衛盾職(タンク)役割(ロール)だ。

 

 アンナは見事に前衛盾職(タンク)としての仕事をこなしていた。

 彼女の仕事は──()()()()()()()()()()()()──だ。

 それだけ。それだけだ。それだけが彼女に与えられた役割(ロール)だ。

 

 彼女はモンスターを()()()()()()()。倒すのは自分じゃない。モンスターを滅ぼすのは自分じゃなくていい。

 己がするべきことは敵を引き付けること、“脅威”であると主張すること、打ち倒すべき怨敵であると認識させること──それだけだ。それ以外は考えなくていい。

 彼女がモンスターを倒す必要など何処にもないのだ。

 

 だからこそ彼女は“それ”に専念できる。“それだけ”に専念できるのだ。

 

 アンナに夢中になり、気を取られたモンスター達は隙だらけだ。

 その隙だらけのモンスターの背後から、拳撃と弓撃が襲いかかる。リチャードの拳と、エルザの弓矢だ。

 

 彼等の役割(ロール)も単純だ。ひどく冒険者らしくて、分かりやすい仕事だ。

 

『敵を倒す』──それだけだ。

 

 それだけが彼等に与えられた役割(ロール)だ。

 彼等はモンスターに襲われることはない。なぜならモンスターは全てアンナが引き付けてくれているからだ。

 モンスターにアンナ以上に“脅威”であると認識されない限り、彼等に攻撃が来ることはない。

 

 がら空きになったモンスターの背面や側面から、容赦なく攻撃を叩き込んでいく。

 彼等は防御を考える必要はない。防御を考えるのは彼等じゃなくて別の人だ。

 ただ彼等は一心不乱に敵を殲滅すればいい。少しでもはやく、一秒でもはやく。全力で。

 他のことを考える必要など何処にもない。

 だからこそ彼等は“それ”に専念できる。だからこそ彼等は全身全霊で攻撃できるのだ。

 

 リチャード達はアンナが最初に剣を投げつけたモンスターから、集中的に攻撃していく。

 幾度と無く繰り返されたいつものパターンだ。

 

 三体のモンスターの内、最もアンナへの敵視が高いのは最初に攻撃を受けた真ん中のモンスターだ。

 それを優先的に攻撃することにより、アンナの敵視管理を容易にし、かつ効率を最大限に向上することが出来る。

 

 最初のうちは、敵視もクソもあるものかと、出鱈目に、適当に、好き放題、思うがままに攻撃していた彼等だが、ルララによる地獄の訓練により今ではすっかり調きょ……動きを理解している。

 

 手早く一体目を倒し切ると、二体目、三体目も同様の方法で片付けていく。

 

 それぞれの役割(ロール)を明確にし、専門化し、特化し、分担する事によって、通常では考えられないほど手際よくモンスター達を排除していく。

 その流れるような手際の良さは、感動すら覚える程だ。

 戦闘が終わるまでの間に、レフィーヤが呪文を唱える暇すらなかった。

 

「ガァアアアアア!!」

 

 そんなレフィーヤに再び壁から出現したモンスターが襲いかかる。

 

 だが、それも岩のような黄色い発光体──こう言っては何だが、大きなジャガイモの精霊みたいだ──『タイタン・エギ』が殴りつけ、一撃で魔石もろともバラバラにした。

 

 レフィーヤの身を守ってくれたこの『タイタン・エギ』は、ルララが召喚した『召喚獣』という存在だ。

 神様に似た雰囲気を放つこの不可思議な獣は、高い体力と“脅威”をもち、先程の様にアンナが引きつけられなかったモンスターを代わりに受け持ってくれている。ジャガイモみたいな見た目だが中々に頼もしいヤツだ。

 

 なんでもこの『召喚獣』よりも数倍でかい『()()』を倒したら使役出来るようになったらしい。

 またまたルララさん、ご冗談を──そう思うレフィーヤだったが、召喚獣から放たれる雰囲気が何かに似ていると思ったら、神様が放つ『神威』そっくりだったのを思い出してしまい納得がいってしまった。

 えっ!? ちょっと待って! そうなると彼女は『神殺し』ってことになっちゃうんだけど……オラリオにいて大丈夫なのかしら? ……ちょっと大丈夫じゃない気がするんですけど……。

 

 もし、この事が露見したら彼女は……喜々として神様を根こそぎ狩っているルララの姿が幻視された。うん、忘れよう。

 

 嫌な未来を想像し顔をしかめるレフィーヤ。

 だが、そんな事これっぽっちも気にしないでパーティーは再び進行を開始する。

 慌てて遅れまいと先に進むレフィーヤ。全く息をつく暇もない……。

 

 先程の戦闘でモンスターの攻撃を一身に受けていたアンナの傷は、いつの間にか完全に癒えていた。

 

 ルララの回復“魔法”のお陰だ。

 驚くべき事にルララは召喚魔法だけでなく回復魔法の使い手でもあった。それもかなり高位の使い手だ。

 

 オラリオでも希少である回復職(ヒーラー)の中でも、回復魔法の使い手は更に希少だったりする。

 回復職(ヒーラー)といっても実はその殆どは、効率良く回復薬を使用できる『スキル』や『アビリティ』などを持っているというだけの者だったりする。

 もしくは、特にやることのない低Lv.冒険者が仕方なく回復職(ヒーラー)をやる場合が殆どだ。

 専門的に回復職(ヒーラー)をしている冒険者というのはあまりいないのだ。

 

 その中でも、回復魔法を使える回復職(ヒーラー)というのは更に少ない。

 よしんば回復魔法を習得していても、総じて回復魔法というのは消費マインドが多くなりがちであるし、殆どの場合、回復量もポーション等と比べて対費用効果としてはいまいちだ。

 

 それでも回復魔法持ちは()()()に重宝される。そう()()()()だ。

 

 ダンジョン内でポーションが尽きた時などがいい例になるだろう。

 回復魔法というのは緊急時の、言ってしまえば『奥の手』として使用されるものだ。最後の手段としてとっておくべきものなのだ。

 

 また、だからこそ、回復魔法というものは上達しづらいものであった。

 回復魔法を上達させるには、当然であるが回復魔法を使う必要がある。

 そして、それは必然的に怪我した者も必要になるということだ。それも大量に。

 

 自分で自分の傷を癒やすのは無理だ。

 怪我を負っていては回復魔法に必要な集中力や、魔力の調整を正確に行うことはできない。

 回復魔法というのはとても繊細なのだ。だからこそ回復職(ヒーラー)というものはパーティーの最後尾に位置するのだが、まあ、ここでは特に関係ない。

 

 兎に角、要するに、回復魔法の練習には怪我をしている”他人”が必要不可欠という訳だ。

 

 だが、一体この世の何処に、回復魔法の修練のために大怪我を負いたいと思うものがいる? 

 いや、もしかしたら、想像や冗談で『出来る』と言える者がいるかもしれないが、じゃあ実際に本当に死ぬかもしれない大怪我させようとすると、大抵がむせび泣いて許しを請うか、怖気づいて逃げ出すかの二つだ。

 

 だって本当に治るのかどうかの保証は何処にもないのだ。

 万が一の場合、一生もののハンディを負う可能性もある。

 そんな危険な賭け、身体が資本の冒険者がするはずなかった。

 そして、そんな使い勝手が悪すぎる回復魔法を、最大たった()()しかない魔法スロットの一枠に収めるのはリスクが高過ぎるのだ。

 

 それをルララ達は完全分業制にして特化することで解決していた……と思われる。

 

 なんていったってここまで明確に役割(ロール)を分けているパーティーはこれが初めてなのだ、憶測でしか語れないのは致し方無いだろう。

 

 ルララは()()()()していればいい。

 攻撃も防御もやらなくていい。回復だけだ。

 それだけをやっていれば彼女の役割(ロール)は全うしたことになる。

 それ以外は何もやらなくていいのだ。

 攻撃も防御も他の仲間がやってくれる。

 だからこそ彼女は回復に専念できるのだ。

 だからこそ彼女はあんなに回復魔法を連発できるのであろう。

 

 だって、一回の戦闘で“三回”も回復魔法を使うなんて大盤振る舞いもいいところだ。

 戦闘はこれだけでない。こんなに乱発していては精神力(マインド)が保たないはずだ。

 それを感じさせないということは、彼女の精神力(マインド)は物凄く高いのだろう。同じ魔法職としては羨ましい限りだ。

 

 アンナが護り引きつけ、リチャードとエルザが敵を倒し、ルララが仲間を癒す。ジャガイモはそっと添えるだけ。

 

 アンナがいなければ、彼等は攻撃に、回復に、専念できないし、リチャードとエルザがいなければ、何時まで経っても敵は倒せない。

 ルララがいなければ、いずれパーティーは力尽きてしまうだろう。

 ジャガイモは……居てもいなくても良いかもしれない。よっし! 山に埋めよう! きっと来年には立派なジャガイモが収穫できるわ!

 

 この、誰ひとりとして欠かすことのできない高い連携力が、彼等のこの異常なまでの進行速度を支えていた。

 逆に言えば、誰か一人欠けただけでパーティーが崩壊するということだ。組織としては強靭だが、柔軟性が低いと言えるだろう。

 だからこそ、この方法はオラリオでは流行っていないのだろう。

 

 そんな中で、レフィーヤが出来たことは少なかった。精々が落ちていたドロップアイテムを回収する事ぐらいだ。

 なにせ魔法で攻撃しようとしても、彼女の魔法は詠唱が長すぎて唱え終わる頃には殲滅が終わっているのが殆どだったのだ。

 

 足手まとい感が半端じゃないが、これはレフィーヤが悪いのではなくてルララ達が変なのだ。

 変だ、変だ、と思っていたが、ここまで変だとは思ってもいなかった。

 そして、そんな変な集団に毒され、徐々にではあるがレフィーヤも確実に染まってきていた。

 

「グルゥァアアアア」

 

 再びモンスターが出現する。

 

 例によってアンナがそれを引き付ける。

 モンスター一体に集中攻撃を仕掛けるリチャードとエルザ。

 それに合わせレフィーヤも詠唱を開始する。

 

 ──解き放つ一条の光、聖木の弓幹──

 

 だが、今から詠唱していては()()()()()()()にはもう間に合わない。

 であるならば──。

 

 ──汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手──

 

 リチャードやエルザが()()()()()()()モンスター目掛けて……。

 

 ──穿て、必中の矢──

 

 撃てばいいだけだ!!

 

 ──『アルクス・レイ!!』──

 

 レフィーヤの持つ杖から、普段より数段強化された単射魔法(アルクス・レイ)が放たれる。

 放たれた単射魔法(アルクス・レイ)は寸分の狂いもなくモンスターに当たり、大ダメージを与える。

 だが、流石にこの階層クラスのモンスターになると一撃でとはいかなかったようだ。

 それどころか、モンスターはレフィーヤの攻撃を受けて、彼女を“脅威”だと認識したようだ。

 

 ああ! なんということでしょう! 憐れ、レフィーヤちゃんはこのままモンスターの毒牙にやられてしまうのか!?

 彼女は貧弱な魔法使い(キャスター)だ。彼女などモンスターの前では紙くず同然だ!

 一体、彼女はどうなってしまうのか!?

 

 レフィーヤ目掛けて襲いかかるモンスター。

 だが、それを待っていました! といわんばかりに『タイタン・エギ』が意気揚々と迎え撃つ。

 まるで大地の怒りを体現しているかのような『タイタン・エギ』の一撃で、モンスターは一瞬で消し飛んだ。

 レフィーヤちゃんだと思った? 残念! ジャガイモでした。

 

 事なきを得たレフィーヤだったが、その顔はほんのり赤く染まり恍惚の笑みを僅かに浮かべていた。

 別に彼女がMに目覚めたって訳じゃない。だが確実に彼女はある事に目覚め始めていた。

 

(ああ、気持ちいい……って、何を考えているんですか私は!!)

 

 レフィーヤにモンスターが襲い掛かってくるということは、それだけ彼女が脅威だったからだ。それだけ彼女の“攻撃”が脅威だったからだ。

 それは、つまり、彼女の魔法攻撃力の高さを物語っていた。すんげぇ威力が出ていた。今日一のダメージだった。

 

 自分の“火力”が思っていたより“高い”という事を実感できるこの行為に、レフィーヤは徐々に快感を覚え始めていた。

 極限まで高火力を追求するという行為に快感を覚え始めていた。

 

(ああ、でも……私……私)

 

 ──癖になりそう──

 

 徐々にだが確実に、ルララ達に毒されていくレフィーヤだった。

 

 だがしかし快感に溺れるレフィーヤは気づいていなかった。

 彼女の行為を目の当たりにし、静かに真っ黒な微笑みを浮かべる者と、不敵な笑みを浮かべる者がいた事を。

 

 レフィーヤは今後、その両者から嫌という程骨の髄までロールプレイの真髄を叩き込まれる事になる。ああ、レフィーヤちゃん合掌……。

 

 まあ、何にせよ目的の階層まであと少しだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 49階層に辿り着き、その階層にある食料庫(パントリー)の石英と交感しながらレフィーヤはふと疑問を零した。

 

「そういえば、ここに来るまでにも何度か似たような事しましたけど、これって何か意味があるんですか?」

 

 わざわざモンスターが集う食料庫(パントリー)に来てまでやることなのだ、何か意味があるのだろうが、その理由をレフィーヤは聞いていなかった。

 

「あー、何でも転移魔法を使うのに必要らしくてな、それと交感すれば、この場所まで一瞬で来れるんだ」

 

 レフィーヤの疑問に、片付けたモンスターの魔石やドロップアイテムを回収しながらリチャードが答えた。

 転移“魔法”という言葉を聞いてレフィーヤは驚きの声を上げる。『魔法』という言葉が出てきたのは由々しき事態だ。

 

「ええ!? 私もう魔法スロット3つ埋まっちゃってるんですけど? 大丈夫なんですか!?」

 

 個人が使える魔法数は最大でも三種類までだ。

 レフィーヤは既にその最大数である三種類の魔法を覚えてしまっている。

 その為、レフィーヤはこれ以上魔法を覚えることは出来ないのだ。だとしたらこれまでやってきた事は無意味なものに……。

 

「ん? ああ、心配する必要はないさ。転移魔法を使うのは俺達じゃなくて嬢ちゃんだからな。俺達はそれに便乗するだけ……ってことらしい。詳しい仕組みは俺にも良く分からん!」

「あールララさんが……成る程わかりました」

 

 投げやり気味なリチャードの返答に、レフィーヤは直ぐ様納得した。

 このパーティーにおいて、『ルララだから』というのは全てを納得できる魔法の言葉だ。光の戦士だからね仕方ないね。

 

「それにしても、その転移魔法って凄く便利な魔法ですね……これなら探索に掛かる時間を大幅に削減することが出来ます」

 

『深層』クラスの探索が難しいのはモンスターの存在よりも、そこまでに辿り着く為に掛かる時間や物資などが原因になる。

 それが丸々解決出来るとなれば探索が捗るどころの話ではないだろう。

 似たような効果を持つマジックアイテムに生命を救われたレフィーヤは、それを良く痛感している。

 

「お陰で最近はひたすら49階層でレベリング三昧だよ……私まだLv.2なのに……」

「ははは、でもエルザさんもLv.2とは思えないほどですよね。動きながら正確に矢を射るなんてそうそう出来るものじゃないですよ」

 

 時折、彼女が本当にLv.2なのか怪しく思えてしまう程だ。

 

「そう!? やっぱりそう思う? 散々練習したからね。でもルララちゃんにはまだまだ敵わないんだよねーもっと頑張らないと!」

 

 なんでもルララは、縦横無尽に移動しながらも正確無比な弓矢を雨あられの如く射ることが出来るらしい。

 後ろを向きながら弓矢を射ることなんて芸当もお茶の子さいさいとの事だ。なんじゃそりゃエスパーか何かか?

 言葉だけじゃ一体どんな動きをしているのか理解できないが、取り敢えず異次元の動きであることは分かった。いずれエルザもそんな変態移動をしながら弓を射る事になるのだろうか? そんな絵面あまり見たくはないのだが……。

 

「私も頑張らないとですね! 最後の方はなんとか魔法を撃てていましたが、最初の方は駄目駄目でしたからね……このままじゃパーティーのお荷物です」

 

 ここに来るまで大した活躍ができていないレフィーヤは奮起しながら言った。現状ではLv.2であるエルザの方がパーティーの貢献度は上だ。Lv.3としては負けていられない。

 

「あー、レフィーヤちゃんはまず基本からだな……取り敢えず俺達が殴っている奴に魔法を撃ってみよう」

 

 タゲ合わせって言うらしいぜ、とリチャードは続ける。

 

「ですがそれだと詠唱が間に合わなくて不発になってしまうんです……」

 

 レフィーヤが編み出した戦法は、ある意味苦肉の策とも言えるものだ。

 決して悪気があってやっている訳ではない。レフィーヤはパーティープレイをするのはこれが初めてなのだ。動きを理解してないのは致し方ないと言える。

 

「じゃあ! 詠唱を速くする練習からだね! うん! そうした方がいいよ!!」

「そうだな、そっち方面で頑張っていったほうが良いな! そんで、不発でも良いから俺達とターゲットは合わせような、お兄さんとの約束だ! じゃないと怖いお姉サン達ガガガガ……」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ、間違いない!」「うん、間違いないよ!」

 

 やけにレフィーヤに優しい攻撃役達。

 かつて嫌と言う程動きを理解させられた彼等は、新たに加わった仲間が意図せず地雷行為に走っている様を見ていられなかったのだ。

 このままでは彼女は地獄を見ることになる。てめえの行為は地雷行為なんだよ! このクソキャスターが、そんな杖折っちまえ! と罵られる姿を見るのは流石に忍びないのだ。

 だからこそ彼等はレフィーヤのプライドを傷つけないように、やんわりとアドバイスをしている。

 

「まあ、そうだな取り敢えず長くても3秒ぐらいで撃てるようにしたいな……」

「ちょっとそれは速すぎじゃないですかね!?」

 

 そんな彼等のアドバイスも結構高度だった。

 




 レフィーヤさんは、ロール制は初心者だからね仕方ないね! これから練習していこうね!


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レフィーヤ・ウィリディスの場合 5

 49階層までと50階層からとでは、最早異世界と言っても過言では無い程に様子が変化する。

 まあ、実際に異世界の文明により侵食されているので間違ってはいないのだが、それはレフィーヤ達が知る由もない事だ。

 

「侵食がだいぶ進んでいますね……」

 

 50階層に辿り着いたレフィーヤはそう呟いた。

 

「そうなんですか?」先頭を行くアンナがレフィーヤに聞く。

「はい、私が前に来た時はまだ露出していた部分が多かったはずですが、今では完全に覆われています……」

 

 前回50階層に来た時の光景は今でも鮮明に思い出すことができる。その時と比べ謎の幾何学模様の侵食は階層全域に至るまで進行していた。

 一体この幾何学模様の目的は何なのだろうか? もしこれがダンジョン内全域を覆ったら一体何が起きるのだろうか……。

 

 青白い輝きに満ちる階層内は、不気味な雰囲気を漂わしている。

 嫌な予感がひしひしと湧き上がってくる。

 一応この階層は安全領域ということになっているが、そんな事“あの”モンスター達には関係無いはずだ。

 

「気をつけて下さい。この階層からモンスターの強さが跳ね上がります。特に金属で出来た蜘蛛みたいなモンスターには注意して下さい」

「ですね……慎重に進んでいきましょう」

 

 レフィーヤの警告通り警戒レベルを最大限に上昇させてパーティーは進んでいく。

 

「……そういえば、皆さんはこの階層に来るのは初めてなんですね。転移魔法なんて便利なものがあるので何度も来たことがあるのかと思っていました……」

 

 警戒しつつもレフィーヤはパーティーに聞いた。49階層まで一気に転移できるのであれば、一度くらいこの階層に来たことがあってもおかしくは無いはずだ。

 レフィーヤの質問にはすぐ隣にいたリチャードが答えた。

 

「ああ、嬢ちゃんは一人で来たことがあるらしいが、俺達にはまだ早いみたいでな……この様子じゃその判断は正解だったと思うよ……」

 

 確かにその判断は正しい。碌な準備もなくこの階層に来るのは自殺行為と言っても良いだろう。それはレフィーヤが身を持って証明している。

 

「すみません……私のせいでこんな事に……」

 

 本来であればずっと後になるはずだった50階層以降の探索を、自分の都合で早めてしまったのだ、申し訳無さがこみ上げてくる。

 

「まあ、レフィーヤちゃんの件が無くてもいずれは来る予定だったんだ。それが少し早まっただけさ。気にすることないだろう。なあ? そうだろう? 嬢ちゃん」

【はい。お願いします】【気にしないでください】

「……ありがとうございます……」

 

 そうこうしていると先頭を行くアンナが静止した。

 パーティーの目の前には幾何学模様を描く大きな扉が広がっている。マップによればここから先が51階層への連絡通路だ。

 ここに来るまでモンスター達に襲われることは無かった。これは運が良いと思っていいのだろうか?

 

「さて、無事何事も無く連絡通路まで辿り着けた訳ですけど、ここで作戦タイムとしましょうか」

 

 パーティーを代表してアンナが音頭をとる。

 パーティーのメンバーは口々に了解の意を示す。

 

「異議なし!」「了解!」「わかりました」【わかりました。】

 

 パーティー全員の了解を得たらアンナは、一つ咳払いをして語りだした。

 

「ルララさんと、レフィーヤさんの証言では51階層からは本格的にモンスターが出現し始めます」

 

 恐らく、50階層にモンスターが出現するのはよっぽどのイレギュラーか、なにか目的がある場合だけなのだろう。

 その証拠にここまで戦闘は発生しなかったし、それはルララが来た時も同様だったらしい。レフィーヤの時だけが特別だったのだろう。その目的は……考えたくもない。

 

「出現するモンスターはルララさんの話ではLv.8クラスのモンスターの様です……この時点で頭がおかしいと思うのは私だけじゃないと思うのですがどうでしょう?」

 

 オラリオ最強の冒険者でもLv.7というのに、いきなりLv.8クラスとかぶっ飛び過ぎだ。

 その上、これより下層の領域にはそのLv.のモンスター達がうじゃうじゃいるらしい。マジか。

 もし万が一彼等が地上に現れでもしたら、ひとたまりもないだろう。

 

「レフィーヤさん達が来た時はどうしました?」

 

 この階層以降の経験があるのはレフィーヤとルララだけだ。取り敢えずアンナは参考になりそうなレフィーヤから意見を求めた。

 

「私達が来た時は、一体一体誘き寄せてから全員で総力を上げて攻撃しました。それでも相当苦戦したので、ルララさんが言ったLv.8クラスのモンスターというのは間違いないと思います」

 

 あの時の戦闘は、一戦一戦がまさに死闘だった。まるで神話の再現の様であった。

 七人いた第一級冒険者が死力を尽くし、総力を結集し、薬品を湯水の如く使用してようやく倒せたモンスターばかりだ。

 

 この戦いは後世にまで伝えられる英雄譚になる。今、私達は伝説の中にいる。

 そんな確信が持てる程の戦いだった……。

 だからこそ“あの時”退くに退けなくなってしまったのだが……。

 

 レフィーヤの話を聞いて一番顔色を悪くしたのはアンナだ……と思う。なんせ彼女、全身甲冑で顔が見えないし……。

 

「えっと、正直、Lv.3の私がタンクを務めるのはそろそろ限界だと思うのです。そこら辺どうでしょう? ルララさん……Lv.8相手にLv.3のタンクとか頭おかしいと思いませんか? 私、死んでしまいます!」

 

 タンク役を務めるアンナはそんな化物相手に正面切って攻撃を一身に受けなくてはならないのだ。

 Lv.1の差でも絶望的な性能差があると言われているのに、Lv.5も差があるなんて最早、夜空に輝く月に戦いを挑むのと同じだった。人はそれを無謀と言う。

 

 そんな必死なアンナの意見にルララは頷くと、どこからか大きなメッセージボードを取り出すと、何やら書きなぐり始めた。

 

 しばらく書きなぐって満足そうに頷くとそれをみんなに見せる。

 

 そのメッセージボードをじっと見つめたアンナは一度溜息をつくとエルザに向き合った。

 

「……はい! エルザ、なんて書いてあるんですか?」

 

 どうやら彼女には読めなかったようだ。というか甲冑内からだと見えたかどうかも怪しい。

 

「えーっとね! ふむふむ……ほうほう……うんうん……あーなるほど!」

 

 元気よく返事をして、エルザは早速解読に乗り出した。

 それをそっと覗き込むレフィーヤ。

 

「……あの、リチャードさん、私にはただのミミズがのたうち回った跡にしか見えないのですが……エルザさんには本当に読めているんですか?」

「まあ、エルザちゃんは唯一嬢ちゃんの文字を解読できる子だからな、きっと彼女達にしか分からないものがあるんだろう……俺にも良く分からん」

 

 ひそひそと会話をする二人。

 

「あれ? じゃあ、あの依頼票って誰が書いたんですか?」

 

 当然の疑問をレフィーヤは零した。あの依頼票の文字は汚かったがなんとか読むことは出来た。少なくとも文字であることは理解できた。

 

「それはエルザちゃんだ……代筆してあげたのさ……」

 

 遠い目をしながらリチャードは答えた。

 

「じゃ、じゃあルララさんに文字を教えているのは……」

「それもエルザちゃんだ」

「あー、だからですか……」

「ああ、だからだ……」

 

 それを聞いて妙に納得したレフィーヤであった。

 

「はい、はい、はいー! 終わったよー!」

「それで、何て書いてあるんですか?」

 

 急かすようにアンナが言った。

 

「それでは発表します! ずばり!! ルララちゃんが言いたいのは……」

 

 いつの間にか扉の前まで移動していたルララ。彼女が手を翳すと、ゆっくりと扉が開いていく。そして、自信満々な顔で振り向いた。その顔はこう言いたそうだ。

 

『後は私に任せろー!!』

 

「……だそうです! おー流石ルララちゃん頼りになるね!」

 

 ねー、ねー、ねー、ねー。

 

 エルザの言葉が階層中に木霊する……。

 しばしの静寂が周囲を包み込む……ああやってパーティーの面々は口を揃えて言った。

 

「「「おっし! 作戦タイム終了だ!」」」

 

 

 

 *

 

 

 

 51階層に降り立ち、徘徊するモンスター達を紙切れのごとく蹴散らして辿り着いたフロアに“そいつ“はいた。奴こそが……あのモンスターこそが、憎き大蛇──カドゥケウス──だ。

 

「……エルザさん、あの大蛇って、私にとっての仇敵だったんですよね……」

 

 レフィーヤは時折光り輝く床を()()()()様にしながら、直ぐ側で弓矢を射っているエルザに言った。理由は知らないが絶対に踏んではいけないらしい。理由は知らないが、駄目なのだ。深く考えてはいけない。

 レフィーヤの直感では踏んだほうが良い気がするがそれでも駄目なのだ。

 

「うん、そうだね……」

 

 絶えず攻撃しながらもそう答えるエルザ。だが彼女の努力虚しく攻撃は全く当たっていない。

 レフィーヤが声を掛けたのが原因ではない。ルララ曰く命中力が足らないらしい。命中力ってなんだ?

 

「ここに来るのにも、本当に多くの葛藤とか不安とか迷いとか色々あったんですよ……あ、床が光っていますね、移動しましょう」

「うん、そうだね……あ! 当たった! 今の見た? 当たったよ!」

 

 そう嬉しそうにエルザは言う。

 

 やりましたね、二十回くらいやってようやく一回ですから命中率5%とかですよ。

 95%当たらないって考えると意外と高いと思うかもしれませんが、成功率95%でも稀によく外すらしいですから、きっと、多分、稀によく当たるはずですよ!

 それにゼロでないのであれば結局は当たるか当たらないかの五分五分の勝負です! それなら50%です、やったね45%も増えたじゃないですか! 一体何言っているですかね、私は!

 

「……あの姿を見た時も身震いするほどの怒りとか、恐怖心とか、復讐心とか、そんな複雑でどうしようもない感情が湧き上がってきてですね……」

 

 あの大蛇に向けられていたドロドロとしたどす黒い感情も今ではすっかり収まってしまっている。ああ、一体何処に行ってしまったのだろうか……。次元の狭間にでも行ったのかな? 巡り巡って邪悪な大樹とかになっていなければいいんだけど……。

 

「そうだよね……あっ! 毒沼来たよ! 移動、移動」

「はいはい……それに、ここに来るまでの間に何度も何度もヤツとの戦いを夢想していました『必ず倒してやるんだ!』って……すっごい意気込んでいたんですよ? ……『アルクス・レイ』」

 

 そう言いながら、エルザに倣って魔法で攻撃してみるがちっとも当たらない。これじゃあ、打ち倒すどころの話ではない。下手な鉄砲を幾ら撃っても当たらなければ意味ないのだ。

 

「イメトレは重要だってリチャードさんも言ってたよ!」

 

 それは確かにそうなのだが、それにしたって当たらなくてはどうすることも出来な……あ、当たった。おー結構嬉しいものだ。

 ダメージの方は……まあ、当たっただけでも良しとしよう。

 

「でも、でも、流石に、これは……予想外ですよ!」

 

 遂に我慢できずにレフィーヤは叫んだ。

 

「エルザさん! この行き場のない私の感情はいったい何処にぶつければ良いんでしょうか! こんなのって! こんなのって! あんまりだよ!!」

「でも、あの戦いについて行けって言われても高度過ぎて無理だよ?」

 

 レフィーヤ達の前で繰り広げられている戦闘は、ある意味、高度過ぎる戦闘だった。少なくともレフィーヤにはそうだった。

 

 ルララが遠距離からひたすら魔法で攻撃して逃げまくる。

 

 言葉にすれば簡単だが、実際見るとなると何ともへんてこりんな光景だった。緊張感もクソもあったもんじゃない。

 ルララの後を追うカドゥケウスの後を、これまた必死に追いかけるリチャードとアンナがそれにより拍車をかけてくる。

 

 ルララは彼等にはカドゥケウスの後ろには絶対立つなと厳命していた。何故なのだろう、あの大蛇は殺し屋かなんかなのだろうか? それにしても、追いかけるのに後ろに立つなとは中々に無茶な要望だと思う。

 

「それは、そうなんですけど! これじゃあ、もう! 彼女一人でいいじゃないですか! 私達、完全にいらない子じゃないですか! これなら居ないほうがまだマシですよ!」

 

 この階層に来てから戦闘でまともに活躍したのはルララだけだ。

 レフィーヤがやった事といえば、さっき魔法を一回当てただけだ。後は絶対に踏むなと言われた光る床を踏まないように移動しているだけ。マジでそれだけ! レフィーヤちゃんマジ無能。やだー、てへぺろ。うるせぇ殺すぞ。

 

「で、でもほら攻撃当てたよ? 一回だけだけど……」

「一回だけですよ! たった一回! ルララさんなんてもう何十回と動きながら攻撃当ててますよ! 百発百中! それに彼女、ヒーラーなんですよ!? 最後尾に陣取っているはずの人が最前線で戦っているとか、あの人可笑しいんじゃないの!?」

 

 彼女の戦闘はもはや、ヒーラー? なにそれ美味しいの? 状態だった。

 

 ルララの戦闘は並行詠唱だとか高速詠唱だとかそんな次元を超越していた。

 確かに移動しながら詠唱する技術はあるにはあるが、あんな絶えず動き続けて行うなんてことは不可能だし、そんな状態で息をつく暇もなく魔法を撃ち続けるなんて、無茶苦茶もいいところだ。全く、彼女の精神力は底なしか!

 

 その他にも、タイタン・エギ以外の召喚獣を召喚したり、三種類の魔法を同時にそれも無詠唱で使ったり、背後に謎のドラゴンの幻影を降ろしたりとやりたい放題し放題だった。

 

 これでヒーラーとか、ハハハ、ワロス。いや、笑えねえよ巫山戯んな! こんなヒーラーいてたまるか! 魔法職舐めんな!

 

 まあ、実際に『召喚士』はヒールも出来るキャスターなので、ヒーラーという訳ではないからレフィーヤの主張はもっともなものなのだが、彼女がそれを知ることは永遠に無いだろう。

 むしろこの程度で怒っていては、真のヒーラーの性能を知ってしまった日には憤死してしまうに違いない。同じクラスだが本当のヒーラー職である『学者』とかなんて……。

 

 しかもルララは、明らかに三種類以上の魔法を使いこなしていた。レフィーヤがこれまでに見た限りでは、既に十種類以上の魔法を行使している。

 恩恵(ファルナ)のルールとか規則とか完全にシカトだ。なにそれありなの? あっていいの? 

 レフィーヤの知っている中でも最強の魔法使いであるリヴェリアでさえ、三種類の魔法を威力調整して九種類です、とかちょっと流石にそれは無理矢理過ぎでは? と思えるほど強引にかさ増ししているのに、それよりも多いとか、ハハハ、世の中って広いんですね。

 

「私、みなさんの戦い方を見て感動していたんですよ? 凄い連携だなぁって! 凄いなぁ、格好いいなぁ、憧れちゃうなぁって! 思ってたんですよ!? それがなんですか!? ぶち壊しじゃないですか!」

 

 ルララの戦闘は完全に連携とか協力とか無視したワンマンプレイで、力押しのゴリ押しプレイだった。

 ここに来るまで散々パーティープレイの重要性を見せつけておいて、これは無いよ! これじゃあパーティープレイ(笑)だよ! 何もかもぶち壊しだよ! 私の感動返してよ!

 

「おかしいなぁ、私もルララちゃんから散々“それを”教わったはずなんだけど……どうしてこうなった?」

 

 必死の形相でカドゥケウスに食らいついていくリチャードと、全身甲冑で顔が見えないがきっと同じ様な顔をしているであろうアンナはとても忙しそうだ。

 だが、レフィーヤとエルザはというと……。

 

「……暇ですね」

「……だね」

 

 そう、暇だった。

 遠距離攻撃が主体の彼女達はわざわざ絶えず動き続ける必要がないのだ。

 フロア中をぐるぐると大回りでマラソンしているルララ達をぼーっと見つめる。リチャードやアンナは肩から息をしているが、ルララは平然とした表情をしている。少しも疲れた素振りを見せない。彼女のスタミナは無尽蔵なのだろうか?

 

「……そういえばエルザさんは何でルララさんに協力を?」

 

 アンナはルララに生命を救われた、リチャードはルララに助けられた……じゃあ彼女は? そう思い疑問を投げかけてみた。

 

「ん? 私? 私は……『ギャアアアアアアアアア』

 

 だが、その言葉はカドゥケウスの断末魔によってレフィーヤに届くことはなかった。

 

 天を切り裂くような極光がカドゥケウスから立ち上り、それが止めとなったのか、力尽き、消滅していくカドゥケウス。

 いやーカドゥケウスさんは強敵でしたね! という顔をするルララ。いや、そんな風には全然見えなかったのだけど……。

 

 ああ、勝っちゃったよ……。

 勝ってしまったよ……。

 こんなにも呆気なく……。

 本当に、これで良かったのだろうか……。

 

 勝利というものはいつも虚しいものだというが、これほど虚しい勝利は他に無いだろう。

 

 レフィーヤの瞳から自然と涙が溢れてきた。

 だが、嬉しいのか、悲しいのか、よく分からない。とてつもなく複雑な感情が彼女の中で渦巻いていく。

 ただ、消えゆく大蛇がとても、とても憐れに思えてしまった。

 あれほど恨んだ怨敵だというのに同情してしまった。ああ、さようならカドゥケウスさん。キスしてグッバイしてあげる。

 

 レフィーヤは悟った、復讐なんてしても虚しいだけなのだと。

 復讐は憎しみしか生み出さないし、憎しみは悲しみしか生み出さない。そして、その後に残るのは、ぽっかりと心に空いた虚無感だけだ。

 

 その事を知って、レフィーヤはちょっぴり大人になった。

 こんな事で大人になんてなりたくもなかったがなってしまった。ああ、ヨヨさん、大人になるってこんなにも悲しいことなのね……。ヨヨさんって一体誰だ?

 出来れば永遠に子供でいたかった……さよなら、何も知らなかった愚かな私……こんにちは死んだ魚の様な目の私。この先が思いやられるわ。

 

 まあ、何にせよ、こうしてレフィーヤは憎き仇敵を討伐することに成功した。

 

 そう、一回は攻撃を当てたんだし、ファーストアタックを取ったのはパーティーのメンバーのルララだ。だから彼女も間違いなく討伐者の一員だ! そうだ! そう思うことにしよう! どんな形であれ勝利は勝利なのだ。おめでとう、レフィーヤちゃん、君も立派なカドゥケウスを屠りし者だ! そんなアチーブメント無いけどね!

 

 それに、レフィーヤの最大の目的はカドゥケウスの討伐ではない、ファミリアの仲間の救出だ。

 

 ここまで来てレフィーヤはようやくスタートラインに立ったのだ。ここからが彼女のスタートなのだ。だからここまでの過程や方法など、どうでも良いじゃないか。

 澄み渡る青空のような清々しい笑顔でレフィーヤはそう思った。

 

 

 

 *

 

 

 

 カドゥケウスを倒し、階層中を隅から隅までくまなく調べてみたが、生憎ファミリアの仲間達は見つからなかった。

 

「どうやらこの階層じゃないみたいですね……」

 

 レフィーヤは呟く。だが、その声に悲観の色はない。

 なぜならこれは想定済みの事だからだ。

 

 あの金属製のモンスター達は敵の殲滅ではなくて捕獲することを目的として行動していた。

 現にレフィーヤも後一歩という所で()()()()()()()()()。そう、殺すのではなく()()されそうになったのだ。

 彼等は彼等なりに何か目的があるのだろう。

 

 それならば、捕まえた獲物を捕らえておく場所があるはずだ。

 そして、その場所は逃げ出したり、救出しに来たりしたものを逃さないためにも、ここよりももっと奥の階層に作っているはずだ。

 それがレフィーヤの考えであった。

 

「ルララさん何か心当たりはありませんか?」

 

 ルララの話では彼女は61階層まで到達したことがあるらしい。軽く人類未到達領域に突っ込んでいるが、まあ、彼女ならやりかねないのでここはスルーだ。

 

 ルララは少し思案するとうんうんと頷いた。どうやら心当たりがあるらしい。

 

「心当たりがあるんですね? 何処ですか?」

 

 レフィーヤの質問にルララは手を差し出して答えた。彼女の右手は五本の指が大きく開かれ、左手の指は二本立てられている。

 一呼吸おいて、左手の指が二本から四本に増える。

 そこまでしてルララは手を下ろした。

 

「……5と2、そして4……。52階層と54階層ですか……」

 

 レフィーヤの言葉に肯定の意を示すルララ。

 確かに可能性としてはあり得る階層だ。

 

「それじゃあ、52階層から調べてみましょうか」

「まあ、それ一択だよな……」

 

 レフィーヤの言葉に同意を示すリチャード。

 

「問題は戦闘ですよね。さっきの大蛇みたいのがいた時の事も考えないと……と言っても結局ルララさん頼みになっちゃうんですけど……」

【気にしないでください】

 

 アンナの言葉通り52階層でも戦闘が予想される。それも51階層よりも激しい戦闘がだ。

 

 特にカドゥケウスクラスのモンスターがいた場合、まともに戦えるのはルララだけだ。

 ルララ自身は気にしないでと言ってくれているが、流石にいつまでも彼女に頼りっぱなしじゃパーティーメンバーとして立つ瀬がない。

 

 同じ魔法職で、位置取りも一番近いのはレフィーヤのはずなのだ。今は戦闘じゃまるで彼女の役に立てないが、戦闘以外でも何かできることがあるはずだ。それを必ず見つけてフォローして見せる……。果たしてルララにフォローが必要なのかというのは言わない約束だ。

 

「私も出来るだけフォローしますから頑張って下さい……」

 

 そういった決意を込めてレフィーヤはルララに言った。

 そんなレフィーヤの言葉に、ルララは一瞬きょとんとした顔をすると微笑んで頷いた。

 

 頷くルララから視線を外し、パーティー全員を見渡す。

 

「さて、では、行きましょうか」

 

 深淵のさらなる深淵へ、かつての仲間を救出するための“侵攻”が開始された。

 

 

 

 

 

 




 どんなに装備も整えても所詮彼女達はLv.3や2ですからね、仕方ないね!

 パーティーの面々は置いてきた、正直この戦いについてこれるとは思えない……でも偉業稼ぎの為に戦闘には強制参加です。


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レフィーヤ・ウィリディスの場合 6

 52階層のとある区画にそれはあった。

 その区画は不気味なまでに薄暗く、巨大なシリンダーが規則正しく整然と並べられていた。

 何かを保存しているのか、はたまた何かを培養しているのか定かではないが、シリンダーの中には人型のナニカが収められている。

 冒険者としての本能が囁く。『アレを見てはいけない、アノ中身を見てはいけない』と。

 その本能に従い、極力シリンダーの方を見ないようにして先へと進む。幸いな事に辺りは薄暗いためシリンダーの中身は良く見えない。

 

「不気味です……」

 

 そう言いながらレフィーヤは額の汗を拭いた。先程から嫌な予感がして仕方がない。

 周りを見渡すと他のパーティーメンバーも皆一様にして険しい顔をしていた。嫌な予感を感じているのはレフィーヤだけでは無いようだ。

 

 その中で唯一、平然としているのは先頭を行くルララだけだ。彼女のこういった物怖じしない所はある意味尊敬に値する。どれだけ修羅場を潜ればこんなにも図太い神経が持てるのだろう。

 

 ルララは周りの様子なんて少しも気にしないで、まるで勝手知ったる我が家といった感じでドンドンと進んでいく。

 彼女のその堂々たる態度にレフィーヤ達は大いなる頼もしさを覚えた。前を行く小さな背中が何時になく大きく感じられる。

 こんな彼女をフォローするなんて本当に出来るのだろうか……? レフィーヤの心にそんな疑問が浮かんできた。そして、直ぐさま頭を振って思い直す。

 いけない! 悲観的に考えるな! そんな事では出来るものも出来なくなる。

 

(この程度の事で怖気づいていたらルララさんを助けるなんて夢のまた夢。しっかりするのよ、レフィーヤ・ウィリディス! 彼女を助けるって決めたのでしょう?)

 

 レフィーヤはぱんぱんと自らの頬を叩き気合を入れ直すと、今一度、気持ちを新たにしルララの後を追った。

 

 

 

 *

 

 

 

 しばらくして、ルララの歩みが止まった。

 彼女の前には、沈みゆく夕陽の様に不気味に発光する球体状の物体があった。謎の怪球はピラミッド状の台座の頂上に嵌め込む様な形で置かれている。その全長は丁度レフィーヤと同じ位だ。

 球体状の物体には、幾重にもあみだ状に模様が刻まれ、それが規則正しく、かつ複雑に全体に渡って張り巡らされている。これ程までに精巧に作られた物体は、オラリオでも見ることは出来ないだろう。

 この球体……いや、50階層からここまでのありとあらゆる場所に込められている技術力は、世界でも随一を誇るオラリオの技術力すらも遥かに凌駕していた。

 

「これは、何かの装置ですかね?」

 

 専門的な知識を持たないレフィーヤは取り敢えず、この物体を何かの装置であると当たりをつけた。

 

「わかりませんが……あまり弄らない方が良いでしょうね」

 

 アンナの言葉に皆、無言で同意した。

 下手に弄って余計なトラブルを招くのは御免だ。触らぬ神に祟りなし、藪をつついて蛇を出すなんてのは、この階層に至っては冗談にもなりゃしないのだ。

 誰だってそうする、冒険者だってそうする。きっと、神々だってそうするはずだ。

 そうだ、普通の冒険者だったらそうするのが当たり前だ。

 

 だが、彼等は忘れていた。

 

 このパーティーには“神”をも“蛇”をも恐れぬ冒険者が一人いることを。恐れ知らずの冒険者がいることをレフィーヤ達は失念していた。

 

「……ってルララさん! 言ってるそばから触ったら駄目ですって!」

 

 アンナが叫んだ時にはもう遅かった。

 いいや、無理だね! 触るね! と言わんばかりにルララは勝手に装置に触れる。

 滅茶苦茶に弄くっていると突如として謎の音声が装置から発せられた。

 

『#$&%~|*`! $#%&“!=*@』

 

 今までに聞いたことのない謎の音声と共に、うぃーん、うぃーん、という起動音が区画内に鳴り響く。

 それと同時に淡く発光するだけであった物体が一際強く輝き、一回転するとあみだ模様に沿うようにして赤色の光線が走った。

 赤色の光線は球体が置かれている台座を中心にして床や壁へと駆け巡り、徐々に区画全体へと広がっていく。

 

 行き渡った光線により、薄暗かった室内が徐々に照らし出される。

 暗闇で覆われていたこの区画の全容が明らかになる。

 さっきまで見えていなかったシリンダーも今でははっきりと見ることができる。その()()までもしっかりと──。

 

 この世のものとは思えない光景がレフィーヤ達の目に入ってくる。

 

 そこには、狂気の沙汰が、神をも恐れぬ人間の所業が、禁断の技術の結晶が、狂いに狂った研究の成果が──。

 

 人が──。

 

 人間が──レフィーヤの仲間が、彼女のファミリアの同胞達が……。

 

 

 

 何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も……。

 

 

 

「イヤァアアアアアアアアア!!」

 

 切り裂かれた様な悲痛な叫び声が階層中に響き渡る。

 悲鳴が轟くこの区画の入口に、この世界では誰も読めない異世界の言葉でこう書かれていた。

 

『クローン生成培養区画』

 

 この日、この時、遂にオラリオの冒険者は知る事となる。

 異界から来たりし招かれざる文明を。落ちる所まで落ちて、狂いに狂った文明の残滓を……。

 そして、彼等の大地の奥底に一体ナニが潜んでいるのかを……。

 

 心せよ、心せよ。

 少しずつ、少しずつ。

 だが確実に、着実に……。

 

黄昏(ラグナロク)』は近づいてきている。

 

 

 

 *

 

 

 

 生きているはずがないと思っていた。

 見つけられるはずがないと思っていた。

 それでも生きていた、見つけられた。

 待ち望んでいた奇跡の様な瞬間になる……()()()()()

 

 こんな、こんな事、望んじゃいなかった!

 こんな事になるなんて思ってもいなかった!

 一体誰が、こんな、こんな……。

 

 助けに来た救いに来た仲間達の姿が今目の前にある。数えきれない程に、数えるのが億劫になる程に。

 同じ顔が全く同じ顔の人間が何人も、何人も並んでいる! なんだ、これは! 一体なんなのだこれは!

 

 理解の範疇を超えた身の毛もよだつおぞましい光景に頭が混乱する。

 目の前の現実を受け入れるのに身体が強烈な拒否反応を起こす。認められない! 認めたくない! こんな現実認めて良いはずがない!

 恐ろしい程の嫌悪感と共に、激しい嘔吐感がこみ上げてくる。

 

「……うっ!」腹の奥底から何かがせり上がってくる。堪らず、嗚咽をあげソレを吐き出す。びちゃびちゃと液体が床に落ちる音が響き、辺りに刺激臭が立ち籠める。

 

「お、おい! 大丈夫か!」

 

 その音と匂いにようやく正気を取り戻した仲間達がレフィーヤに駆け寄る。

 崩れ落ちて何度も嘔吐(えず)くレフィーヤ。その度に耳を塞ぎたくなる様な嫌な音が鼓膜を震わした。

 

「おい! しっかりしろ! くそっ、なんなんだよ、ここは!」

 

 レフィーヤの背中を擦りながらも、彼等は動揺を隠しきれていなかった。

 当たり前だ、あんな光景を目の前にして冷静にいられる人間がいる筈がない。もしいたとしたら、そんな“モノ”はまともな人間じゃない。

 自分達も彼等の様な有り様になるかもしれない。彼等と同様に捕獲され、瓶詰めにされるかもしれない。

 そんな焦りと恐怖心がパーティー達の心をかき乱していた。

 身体の震えは止まることを知らず、汗がダラダラと止めどなく流れ、目からは涙が溢れそうになる。

 彼等は本能で悟った。人を人と思わない光景を目の前にして瞬時に理解した。

 “ヤツら”の前では自分達はただの無力な実験体に過ぎないと。

 

「おい! おい! こんな所にいて大丈夫なのか!? 流石にヤバイだろう!」

「でも、その前にレフィーヤちゃんを落ち着かせないと!」

「っく! そうだな、おい! しっかりしろ! ほら、嬢ちゃん特製のポーションだ!」

 

 慌てふためきながらもレフィーヤにポーションをかける。

 だが、レフィーヤは一向に落ち着く気配がない。当然だ、彼女のこの尋常でない状態は体力の消耗が原因では無いのだから。ダメージを受けたのは、精神の、心の方だ。生憎、それを癒やす為の薬は存在していない。

 

「くそ! 効果なしか! こういった時どうすればいいんだ!?」

「そんな事! 兎に角、彼女を一度落ち着かせて……」

「そんな悠長な事言ってる場合なのか!? ああ、くそっ! どうしたら良いんだよ!!」

 

 尋常でない様子のレフィーヤを前にしてパニック状態に陥るパーティー達。

 そんな中、いまだ苦しむレフィーヤにルララが近づく。

 混乱するパーティーの視線がルララに集中する。

 いつの間に着替えたのだろうか? ルララの格好は緑色のコート姿から青いガウン姿へと変わっていた。傍らには光り輝く妖精が静かに浮遊している。

 モルタルボードに似た特徴的な帽子を被っているその様子はまるで『学者』の様だ。

 

 そんな彼女をパーティーメンバーが固唾を飲んで見守る。

 ルララが合図する様に空高く手を振り上げると、妖精が舞い上がる。

 舞い上がった光り輝く妖精が、その輝きをよりいっそう強くしたかと思うと、周囲に浄化の光が降り撒かれる。

 浄化の光により生命力が活性化され状態異常が浄化されていく。

 みるみるうちにレフィーヤの様子が落ち着き初める。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……す、すみません、ありがとうございます」息も絶え絶えといった様子だが、はっきりとレフィーヤは答えた。

「レフィーヤさん、大丈夫ですか?」

「はい、もう、大丈夫です。ルララさんの、お陰ですね……」

 

 あれだけ乱れていたレフィーヤの調子はすっかり良くなっていた。恐るべき回復の速さである。

 レフィーヤが回復した事により、パーティーにも落ち着きが戻ってくる。

 

「……それで、一体“これ”はどういう事だ?」

 

 リチャードが言う“これ”とは当然の事ながらこの部屋の事だ。

 同じ顔をした人間が何人もシリンダーの中に入れられている。

 中に入れられている者達はオラリオでも……いや、世界中何処に行っても知らぬ者はいない程有名な冒険者──ロキ・ファミリアの第1級冒険者達だ。

 そんな彼等が謎の液体が詰まったシリンダーの中で、生まれたままの姿で眠りに付いている。その姿は産声を上げる瞬間を今か今かと待っている赤子の様だ。

 

 この異様な光景を前に疑問を零さずにいられる訳がなかった。

 だが、当然の事ながら、この中に回答を持ち合わせている者はいない。

 

「わかりません……でも、碌な目的があるとは思えません」

 

 この光景を見て良い印象を受ける者がいるとしたら、それは頭のイカれた科学者か、もしくは狂気に飲まれた研究者だけだ。

 

「しかし……これは、生きているのか?」

 

 そう言いながらリチャードがシリンダーに触れる。

 中には美しいロングブロンドの女性が浮かんでいる。彼等の正気が確かなら、女性の名はアイズ・ヴァレンシュタインだった筈だ。

 その様子はまるで芸術品の様だ。もっとも、何十人と同じ顔をした人間が並べられているせいでまるで台無しだが。

 

「……実は物凄く精巧な人形ってことは……ッッ!!」

 

 そんなリチャードの『そうであったらいいなぁ』という気持ちが宿った楽観的な意見は、内部の人間の瞳が突如として開かれた事により打ち砕かれた。

 同時に区画全域からけたたましい警戒音が鳴り響き、中心にあった球体が激しく回転し発光し始める。良い兆候とは思えなかった。

 

 案の定、リチャードが触れていたシリンダーにピキピキと亀裂が入っていく。

 このシリンダーだけでなく、周りのシリンダー全てにも同様の現象が起こる。中の“モノ”が眠りから覚め、産声をあげる為に中から打ち破ろうとしているのだ。

 

「おいおい、マジか!? 冗談じゃないぞ! こっちはストリップショーなんか頼んじゃいないぞ!」

「ちょっと、リチャードさん! こんな時に最低です!!」

 

 シリンダーの亀裂がどんどん大きくなっていく。内部に詰まっていた液体が徐々に溢れてくる。“ヤツら”が解き放たれるのは時間の問題に思えた。

 

「どうするんだ!? 戦うのか!? 相手は人間だぞ!?」

 

 相手はモンスターじゃない、正真正銘人間だ。少なくとも彼等の目にはそう見えた。

 ファミリア同士の抗争や、修練等で人間同士が手合わせする事は珍しい事じゃないが、生命を賭けて、生死を賭けて戦う機会は意外な程に少ない。

 彼等が尻込みするのは当然だった。

 だが、そんな事を知ってか知らずか、シリンダー内部の“ヤツら”は何度も、何度も内壁を殴りつけてやる気満々といった感じだ。

 生気はまるで感じ無いが、驚くほど強い敵意の篭った瞳が真っ直ぐにこちらを捕らえて離さない。

 

「でも、でも、あの人達は……私の……」

 

 震えながらレフィーヤが言う。このままでは彼等と、かつての仲間と戦わなくてはならなくなる。

 

 どうする!? どうする!? どうする!? ぐるぐると思考が回転する。

 だが、迷っている時間は無かった。何故なら、“ヤツら”には待つ理由なんてこれっぽっちも無いのだから。

 内部からの衝撃に耐え切れなくなりシリンダーが打ち砕かれる。

『檻』から開放され、中の“ヤツら”が解き放たれた。

 

 

 

 *

 

 

 

 碌な装備も無く、産まれたばかりだからなのか動きも鈍い“ヤツら”は大した脅威とは言えなかった。もっとも、その言葉には一人一人だったらと付くが。

 兎にも角にも数が多かった。飢えた獣のように我先にと敵対者へ雪崩込む姿は、見ているだけでも恐怖心を煽るものがある。

 

(クソッ!)

(思うように……)

(身体が動かせない!)

 

 そして、それ以上に苦戦を強いられている理由は“ヤツら”が人間であったからだ。人間の()()()をしていたからだ。

 自分達と同じ形をした“モノ”を攻撃するという事は、思っていた以上に拒否感と嫌悪感と忌避感を感じさせるものであった。

 対人戦に不慣れで、かつ、人型の“モノ”が相手では本来の実力が発揮できないのは当然だった。良くいるアンデット等の人型のモンスターとは訳が違う。

 それが、必死になって探し求めていた人達にそっくりなら尚更だ。

 

「……んな、そんな…」

 

 愕然とした表情で呟くレフィーヤ。今の彼女はまるで隙だらけだった。

 そんな彼女を絶好の獲物と思ったのか複数の“ヤツら”が襲いかかってくる。

 “ヤツら”に対し有効的な行動を全くとれないレフィーヤ。為す術もなく呆然としている。

 そこに、彼女をかばうかの様に、ルララが飛び込んで来て瞬時にして地面から巨大な氷柱を発生させる。

 氷柱は“ヤツら”に突き刺さり動きを阻害する。”ヤツら“の襲撃は寸前の所で防がれた。

 

『……ァ……ァァ……』

 

 レフィーヤの目の前でヤツらが藻掻(もが)いている。

 レフィーヤに攻撃を加えようと必死になって虚空を掴むその姿には、知性の欠片も感じられなかった。人間らしさは微塵も感じられなかった。

 その哀れな姿に言いようのない悲しみがレフィーヤを襲う。

 

(なんで、どうして……こんな……)

 

 彼女の目に写る“ヤツら”は、レフィーヤの憧れる女性のアイズに……アイズ・ヴァレンシュタインそっくりだった……。

 

『……ァァ……ィィ…タ……ィ……』

 

 藻掻(もが)き続けるアイズ達にルララは容赦なく攻撃を加える。そこには一切の迷いが無かった。

 あらゆる毒や病気を撒き散らしヤツらの生命力を奪っていく。

 一人、また一人と力尽きていくアイズ達。ルララの周りに“ヤツら”の亡骸が死屍累々と積み上げられていく。

 

(どうして……そんな……非道いことを……)

 

 躊躇(ためら)わず戦い続けるルララを見てレフィーヤは恐怖を抱いた。襲いかかる“ヤツら”よりもルララの方が恐ろしかった。

 何故戦えるのか、何故立ち向えるのか分からなかった。理解することができなかった。

 一心不乱に戦い続ける彼女は、まるで、まるで、()()というものが欠如しているみたいだった。

 

 思えば彼女にはそんな節が幾つもあった。

 時折見せる微笑みは次の瞬間には煙の様に消え失せ、その後にはなんの感情も見せない空虚な表情に戻っていた。

 滅多に口を開かず会話をしても抑揚が全く無く、感情を微塵も感じられなかった。

 どんな強敵と相対しても、これっぽっちも恐怖を感じていない様だった。恐れを知らぬと、勇敢と、言えば聞こえが良いが、彼女の()()()異常だった。『死』ですらも彼女の前では日常の些細な出来事の様に思えた。

 まるで何度も、何度も『死んだ』経験があるみたいだった。

 彼女はまるで……まるで……。

 

 レフィーヤが恐れ慄く間にも戦いは続いていた。

 “ヤツら”はルララを最大の脅威と認識したのか、次々と彼女に襲いかかっていく。

 それを真正面から堂々と迎え討つルララ。

 ヤツらの攻撃を一身に受けながらも何度も何度も反撃を繰り返す。

 

 

(なぜ……どうして、貴女はそこまで戦える? 強いから? 恐れを知らないから? どうして……どうして……そこまでして……貴方は……)

 

 一人孤独に戦い続けるルララを見てレフィーヤはある事に気付いた。彼女が()()()()()()()()()戦っているということを……。

 一体何を? 一体誰を? それは、それは……。

 

 本当はレフィーヤも最初から気付いていた。

 彼女が、ルララがレフィーヤ達を守るように戦っている事を。

 決して彼女達が傷付かない様に戦っているという事を。

 その為に己が傷つく事になろうとも、それを厭わずに戦っている事を。

 本当は、本当は分かっていた!

 

(そうだ! そうだった! 彼女は、何時だって、どんな時だって、そうだった!)

 

 彼女を、ルララを、あんな()()にしたのは()()()()! あんな()()()にしたのは()()()()()! 

 まるで感情の無い殺戮マシーンの様に仕立てあげたのは私達だったのだ! 助けられてばかりの弱い私達だった! 私達の()()だった! 

 

 きっと誰も彼もが彼女に頼ったのだろう。どうでもいい些細な事から、世界の命運を賭けた大事まで、何もかも彼女に頼ったのだろう。頼って、頼って、頼り抜いて、頼り抜いた先に彼女が出来上がったのだろう。

 彼女はあんなふうになるしかなかった。己を殺し、感情を殺し、只々人の為に、他人の為に、世界の為に、星の為に……望まれるまま、求められるまま。

 まるで宿命づけられているかの様に、運命づけられているかの様に()()なった。そうならざるを得なかった。

 

 だから彼女にはどんな時も迷いが無かった──迷う事は許されなかったから。

 だから彼女にはどんな時も躊躇いが無かった──躊躇う事は許されなかったから。

 だから彼女にはどんな時も恐れが無かった──恐れる事は許されなかったから。

 だから彼女にはどんな時も容赦が無かった──容赦する事は許されなかったから。

 

 再び新たに産まれ出でた“ヤツら”がレフィーヤに襲いかかって来る。

 だが、それを阻むかの様に光輝く障壁がレフィーヤを包み込む。それはかつてアンナを護った障壁と似た性質を持っていた。

 障壁を突破出来ずにいる“ヤツら”が藻掻(もが)いている隙に、遠距離からルララの魔法が飛んで来る。

 レフィーヤを中心にして青いドーム状の結界が形成される。青い結界は激しく流動し“ヤツら”を蝕んでいく。

 どうやら結界内にいる存在にダメージを与え続ける魔法の様だ。不思議な事にその結界は、中心にいる筈のレフィーヤには全くの無害だった。

 それでも“ヤツら”は執拗にレフィーヤを攻撃し続ける。攻撃を加えられるごとに光り輝く障壁の輝きが減少していく。

 障壁が破壊されるのが先か、それとも結界が“ヤツら”を貪り尽くすかのが先か……答えが出るのは時間の問題に思えた。

 

『……ァァァァ!』

 

 “ヤツら”の渾身の一撃が放たれ、レフィーヤを守る障壁の輝きが消える。どうやら賭けに勝ったのは“ヤツら”の方の様だ。

 “ヤツら”は青い結界により満身創痍といった様相だが、レフィーヤ(獲物)を殺すには十分過ぎる体力が残っている。

 完全に無防備になったレフィーヤに“ヤツら”が亡者の様に襲いかかる。

 正気が無いとはいえ第一級冒険者である“ヤツら”の攻撃はレフィーヤを打ち倒すのに十分な威力を秘めていた。

 

「うぅ」ダメージを受け、うめき声をあげるレフィーヤ。

 

 だがそれすらも、いつの間にかそばにいた小さな妖精の()()()()()によって瞬時に癒やされる。

 “ヤツら“に与えられたダメージが、何事も無かったかの様に元通りに癒やされていく。

 結局“ヤツら”が出来たのはそこまでだった。青い結界からのダメージに耐えられなくなったのか、次々と力尽き崩れ落ちていく。

 

 レフィーヤを中心にして次々と倒れていく“ヤツら”はアイズそっくりだった。

 そっくりだ……。

 そっくりだった……。

 だが、違っていた。

 これは違っていた!

 

 彼女の顔には生気が感じられずまるで人形の様であった。血肉の通っていない人形の様であった。

 ()()()アイズ・ヴァレンシュタインとは似ても似つかなかった。

 優しく微笑み、勇ましく戦う憧れの冒険者とは全然違っていた。

 

(そうだ……こいつは……こいつらは、()()!)

 

 “ヤツら”はファミリアの仲間達とは違った。一緒の筈が無かった。これっぽっちも全く一緒じゃなかった。

 陽気に笑い、夢を語り、勇敢に戦うあの人達とは全く違っていた。

 どうしてもっと早く気づけなかったのか!? “ヤツら”を見て直ぐに気付けた筈だ! 同じファミリアであるからこそ誰よりも真っ先に気付けた筈だ!

 だって、“ヤツら”の背中には無いじゃないか! 

 神々の恩恵を受けた証、神聖文字(ヒエログリフ)で刻まれた眷属の証の──『ステイタス』が刻まれていないじゃないか!

 

『“ヤツら”は! “ヤツら”は()()()!!』

 

 

 

 *

 

 

 

 真実に辿り着いた途端驚くほど思考が回転を始め、視界が明確になる。

 地獄をひっくり返した様な凄惨な光景が、酷く陳腐なホラーハウスの様に見えてくる。あいつもこいつも、みんな、みんな、偽物だ!

 

 レフィーヤはルララを見た。はっきりと、真っ直ぐと、曇り無き眼で彼女を見つめた。

 彼女は戦っていた。ずっとずっと戦っていた。

 レフィーヤが絶望している時も、恐れている時も、慄いている時もずっと戦い続けていた。彼女の代わりにずっと戦い続けてくれていた。

 そんな彼女を助けたい──もう何度も何度も思ったその想いを、今まで以上に、これまで以上に強く心の底から願った。

 

 レフィーヤの中に“何か”が渦を巻いて生まれようとしている。

 

 ルララだけじゃなかった。広がった視界の中ではアンナもリチャードもエルザも戦っていた。戦い続けていた。

 彼等は苦戦していた。膠着状態に陥っていた。

 大量に雪崩れ込む“ヤツら”に対し決定打に欠けていたのだ。広範囲にわたって攻撃できる手段に欠けていたのだ。このままでは大量の物量に押し潰され蹂躙されてしまうだろう。

 広範囲の攻撃手段──この中で“それを”持っているのはレフィーヤだけだった。

 

(私が──私だけが──“ヤツら”を打ち倒せる!)

 

 “ヤツら”を打ち倒す──それは憧れの冒険者達を自らの手で滅ぼす事を意味していた。

 “ヤツら”を滅ぼす──それは、何もできなかった自分との、弱かった過去の自分との決別を意味していた。

 

 彼女には憧れの冒険者がいた。ずっと、ずっと憧れていた冒険者がいた。

 ずっと羨望の眼差しで見つめていた。見つめているだけだった。ずっとこのままでいたいとさえ思っていた。

 でもそれじゃあ駄目だった。駄目だと気付かされた。嫌という程思い知らされた。

 だからこそ彼女は前に進むと決めた。強くなろうと決めた。

 何時か彼女に助けが必要になった時、今度は自分の力で助けられる様に……そう出来るように強くなると心に決めた。

 そして何よりも絶望していた時に助けてくれた“あの人”を、“あの人達”を今度こそ助けられる様に、支えられる様に、並び立てる様に……

 

(今こそが、今こそがその時だ!)確かな決意と共に立ち上がる。

 

 ずっと戦い続けた“チカラ”の結晶がレフィーヤに宿る。

 

(“ヤツら”を打ち倒す! その為には広範囲の魔法を! 一撃で“ヤツら”を殲滅する強力な魔法を!!)

 

 レフィーヤの脳裏に自身の最高威力を誇る魔法(ヒュゼレイド・ファラーリカ)がよぎる。だが、その考えは直ぐ様捨て去る。

 “あの”魔法ではあまりにも遅すぎる。“ヤツら”を殲滅するには弱すぎる──もっと速い魔法を、もっと強い魔法を!!

 だが、既に三種類の魔法を習得しているレフィーヤが新たな魔法を覚えることはあり得ない。恩恵(ファルナ)ではそんな事あり得ない。

 

(でもそんな事! そんな事、関係ない!!)

 

 今までに散々見てきたじゃないか! 常識がぶち破られるところを! 当たり前だと思っていた事が打ち破れるところを!

 下らない固定観念や、常識など捨て去ってしまえ! 打ち破れ! 打ち砕け! 打ち倒せ!

 限界を! 

 限界を! 

 限界を!

 

『超えろ!!』

 

 想像を絶する“チカラ”の奔流がレフィーヤの中で渦巻く。

 仲間を想う心が。

 助けたいと強く願う心が。

 仲間(パーティー)との絆が──彼女の限界を突破(リミットブレイク)する!

 

 レフィーヤの脳裏に“何か”が溜まりきる謎の音が響き渡る。

 どうすれば良いのかは不思議と理解できた。自然と導かれる様に身体が動いていく。

 レフィーヤはその手に持つ杖を地面に突き刺すと、祈るように両手を大きく掲げ天を仰ぎ見た。

 パーティー全員の想いと、絆と、願いと、戦い続けた“結果”が、溜まりに溜まった“チカラ”が、限界を超越した“チカラ”が、限界を超えて顕現する。

 

『LIMIT BREAK!!!』

 

 彼女がこちらを見つめてくる。期待を込めた眼差しでこちらを見つめてくる。

 それに応えるようにレフィーヤも彼女を見返す。

 彼女と彼女の視線が交差する。

 何か言いたげなその瞳に、どう答えればいいか瞬時に理解できた。

 ありったけの思いを込めてレフィーヤは叫ぶ。

 

「いいですともー!!」

 

 巨星が──天より降りし巨星が、凄まじい轟音と共に落ちてくる。

 一人の力では到底発揮できない壮絶な魔法が“ヤツら”の頭上に落ちてくる。

 巨星が“ヤツら”をなぎ倒し、吹き飛ばし、押し潰していく。極光と土煙が上がり視界が真っ白になる。

 そのせいで結果を見る事ができないが、見るまでも無いとレフィーヤは思った。

 確信があった、勝ったという確信があったのだ。

 視界が晴れ、仲間達の無事な姿が顕になる。

 そこまで見て、限界を超えて力を発揮したレフィーヤは意識を手放した。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから……三日が経った。

 

 結局、レフィーヤが次に目覚めたのは何もかもが済んだ後だった。

 あの後、ルララ達はあの区画の最深部に進み、そこで厳重に保存してあったシリンダーを発見し、その中から冒険者達を見つけ出し無事救出したそうだ。

 それがロキ・ファミリアの冒険者であったのは言うまでもないだろう。彼等の背にはしっかりと神聖文字(ヒエログリフ)で『ステイタス』が刻まれていた。

 その話を聞いた時、レフィーヤには意外な程に驚きがなかった。不思議に思う仲間達に『きっと皆さんを信じていたからですね』と彼女は答えた。

 

 救出した冒険者達は次の日にはみんな目覚めた。特に問題は無いそうだ。

 しばらくは大事を取って活動は控えるそうだが、また直にでも活動を再開する予定だ。当面の目標はカドゥケウスへのリベンジになるみたいだ。

 血気盛んな何人かの者は直にでも出て行くと思っていたが、流石にカドゥケウス相手には実力不足だったのは痛感しているのか大人しいものだった。

 

 レフィーヤの主神『ロキ』もすっかり元気を取り戻しいつもの調子に舞い戻った。

 何人かの女性団員は、再び意気揚々とセクハラを仕掛ける様になった主神に対し終始お冠の様子だが、大人しい時の方が良かったと言われない辺り、なんだかんだで彼女こそがファミリアの中心で、そのお茶目な性格にみな惹かれているのだと改めて認識できた。

 

 ロキ・ファミリアはかつての活気溢れるファミリアに戻りつつあった。

 そんな最大の立役者ともいえるレフィーヤはファミリアの本拠地である『黄昏の館』ではなく、とある場所を目指していた。

 その場所は一般居住区7-5-12。

 

 レフィーヤの歩みが止まる。

 目の前には小さな家がある。『黄昏の館』に比べるとかなり小さくて質素な外観だ。

 だがこの家には『黄昏の館』にも負けない魅力が沢山あった。

 ここは彼女のホーム。彼等のホーム。そして彼女の第二のホームだ。

 

 前にここに来た時の事が随分昔の様に思える。実際には一週間も経っていないというのに……。

 本当に、本当に色んな事があった。

 レフィーヤの“願い”はまるで閃光の様に驚くほど速く叶えられた。

 でも、彼女のとの契約は終わっていない。彼女の“依頼”はまだ叶えられていない。深層の攻略はまだ終わっていない。

 だからこそレフィーヤは強くなる必要があった。彼女と並び立てる位に、彼女を助けられる位に……。

 

 レフィーヤは奇妙な庭具が設置されている庭中を通り抜け”ある“場所で止まった。そこには一風変わった木製の人形が置かれている。

 その木人と相対し、呪文を詠唱し始めるレフィーヤ。

 取り敢えず、まずは詠唱速度の向上からだ。

 

 

 

 







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幕 間
愛用の紀行録 3-1


 オラリオの土地はエオルゼアと比べると随分と大量に余っているらしく最近家を買った。ここに来てまだ二週間程しか経っていないにも関わらずだ。これでこの都市での大方の目的が達成されたと言えるだろう……大迷宮バハムートなんてものもあった様な気がするが、そんな遠い過去(コンテンツ)は忘れてしまいたい。

 

 エオルゼアではこう上手くはいかなかっただろう。

 冒険者居住区の土地争奪戦は新たに開放された区画が増える毎に、血で血を洗う泥沼のハウジング戦争が競売開始と共に始まり、高度な情報戦が繰り広げられ、瞬く間に売り切れになるのがエオルゼアでは常識である。

 家を……ましてや個人宅なんて物を手に入れられるのは本当に選ばれた一握りの冒険者だけなのだ。

 

 それに比べるとオラリオの住宅事情はなんと優しいことか。

 住宅購入の為に超えるべき戦争は一つもないし(エオルゼアでは最低でも二つの戦争を超えなきゃいけない)、血眼になってせっせと金策に勤しむ必要もない。あらゆる準備を重ね、それでも運悪く敗北し、物乞いの様に譲ってくれとせがむ憐れな姿を世間に晒す心配も無い。

 なんと良心的で、心優しい土地なのだろう。

 土地代も桁を間違えたかと思うほどにリーズナブルなお値段で懐にも大変優しかった。流石、神々が暮らす街である。神々に愛されし土地とはえらい違いだ。

 

 流石に大規模ファミリア御用達の居住区などは、色々な手続きや条件(そういった場所の土地はファミリアに所属していないと購入できないらしい)があって購入することは出来なかったが、一般人が多く集まる西側のメインストリートを外れた所になかなかにいい物件を見つけた。

 寂れた廃教会の向かい側にぽつんと建っているその物件は土地代併せて百万ヴァリスといったところだった。約アダマン鉱一個分だ。凄く安い。

 だが、ルララにとってはアダマン鉱一個分以上の価値があった。

 大きさはエオルゼアで言うところのMサイズの土地で、少し荒れているが簡単な修繕を行えば十分に使えるものであった。まあ、そんなことはどうでも良いのだ。外観なんてのは後からでもどうとでも出来る。

 ルララにとって決め手になったのは庭先に青い小さなクリスタル──都市内エーテライトが置かれている事だった。

 いずれ来たるべき時の為にプライベート・エーテライトを常に持ち歩くような事は、流石にしていなかったルララだが、これなら都市内エーテライトをプライベート・エーテライトとして運用しても誰も文句は言わないだろう。だって庭に置いてあるんだもの、きっと付属品に違いない。

 

 この土地を即断即決の現金一括ニコニコ払いで購入したルララは、さっそくハウジングに取り掛かった。

 外装や内装、調度品に庭具等を片っ端から製作していく。

 家具等の製作品は、防具等の製作品に比べ大量に素材を消費するので、その都度必要になった素材をダンジョン内で入手してくる。

 これまでわざわざ徒歩で行ったり来たりしていたが、ダンジョン内にエーテライトを発見しプライベート・エーテライトも入手したお陰で移動が格段に楽になった。テレポ代を払うべき相手もいないのでやりたい放題し放題だ。

 今後ダンジョン内を徒歩で行くことがあるとすれば、エーテライトを登録していない者と共に探索をする時位になるだろう。その際には必ず同行者にはエーテライトの登録を勧めようと心に決める。無駄な時間や労力は出来るだけ排除するべきなのだ。特に彼女には()()()()()が多いのだから。

 

『やるべき事』と言えばこの都市の地下にはバハムートが埋まっているのだった。いや、実際この目でバハムートそのものを見たわけではないので断言は出来ないが、拘束艦が埋まっていたという事はそういう事なのだろう。

 どうやってここまで来たのかは全くもって謎だが、大方第七霊災の次元圧壊で次元の狭間がどうのこうのなって、なんやかんやあってここまで辿り着いたのだろう。

 もしかしたら星の生命とも言える『エーテル』が、ここではかなり少ないのも何か関係しているのかもしれない。

 どちらにせよさっさと討滅するに越したことは無いだろう。

 今は何事も無いが、もしバハムートが復活したらこの街などひとたまりもないだろうし、折角手に入れたマイハウスを破壊されるのはとても癪だ。

 

 その為にも仲間を募る必要がある。

 思い立ったが吉日である。そして何よりぶっちゃけ飽きた。やってみて良く分かったのだが、ハウジングは一人でやるもんじゃない。自慢できる相手(なかま)がいてなんぼのものだこれは。

 一人孤独に齷齪(あくせく)と製作していても虚しいだけだ。そりゃあ無表情にもなるってもんである。

 

 

 

 *

 

 

 

 そんな念願であったマイホームに不法侵入者が出た。可愛らしいエレゼン族の少女だ。なんというか大歓迎である。

 これが例え、全身全裸で紳士のポーズを決めるハイランダーや、とっても大きな白いモーグリ──通称、白い妖精さん──であっても、ばっちこいの、ウエルカムなので、こんな可愛いエレゼン族の少女なら毎日きて欲しいものだ。

 

 このところ不法侵入者が出ても、『いい加減にアポロン様の言うこと聞きなさーい!』だとか『白髪赤目! 貴様がベル・クラネルかー!! 死ねぃッ!!』だとか『今日こそ言うこと聞いてもらうぞー!!』だとか奇声をあげながら問答無用で襲いかかってくる輩ばかりで、それはそれで面白いのであるが、流石に飽き飽きしてきた頃合いだったので、礼儀正しく大人しくソファーに座っていて行儀が大変よろしいこの少女には感動すら覚えた。新しい搦手だろうか? そうであったなら中々に効果は抜群だ。

 それにしてもオラリオの住宅事情は殺伐とし過ぎである。お陰で家具は散らかり放題、庭は荒れ放題だ。折角作ったのに大変遺憾である。

 

 ちなみにルララの名前は間違っても『ベル・クラネル』なんて名前じゃないし、『改名』した覚えも、『幻想』した覚えもない。

 もちろん『アポロン』とかいう人物、もしくは神様にも心当たりは全く無く。十中八九……というか間違いなく人違いである。

 

『ベル・クラネル』というのは、向かい側の廃教会の地下室を根城にしている『ヘスティア・ファミリア』に所属している冒険者の事だろう。丁度彼も白髪赤目だし、名前も確かそんなのだった筈だ。多分襲撃者達はその子と勘違いしている。

 どんな因縁があるのか知らないが、何度返り討ちにしても飽きもせずまた襲い掛かってくるので、相当恨まれているのは確実である。もしくは襲撃者達皆が揃ってドMなのかもしれない。

 どちらにせよ住所ぐらいしっかり調べてから襲ってきて欲しいものである。

 

『ベル・クラネル』自身にはあんまり会ったことはないが、その主神である『ヘスティア』とはちょっとした親交があったりする。

 ご近所付き合いも兼ねて挨拶代わりに進呈したポーションに始まり、彼女にせがまれてミスリル製の双剣(件の冒険者はナイフ使いだ)を作ったり、とある小人族が最近やたらとべたべたしていると愚痴を聞いたりとしている。

 最初はまるで殺人鬼にでもあったかの様に怯えていた(思えば神様に会う時は何時もそうだった気がする)が、ここ最近じゃそんな様子は滅多に見せなくなった。

 何にせよ、今のところ教会側から四連装対竜カノン砲なんかは向けられていないのでご近所付き合いは良好だと言える……多分。

 

 はてさてそんな友好的不法侵入者であるエレゼン族の少女であるが、どうやら随分前に出していた募集を見てここまできたそうだ。確かにそんな募集を出していた気がする。すっかり忘れていた。

 

 募集要項はエルザに書いて貰ったものだが、内容についてはルララが考えたものだ。

 ちなみにオラリオの文字は現在エルザに習っている。

 超える力による影響なのかまともな文字は全てエオルゼア文字に翻訳されてしまうので(どうにも文字であると認識すると自動的に翻訳されてしまうみたいだ)、文字なのか、それともただの複雑な線なのか区別がつかないユニークな筆跡を持つ彼女は教師としてうってつけであった。

 

 それにしてもこんなクソ汚い文字で書かれた、アホみたいな募集に乗ってくるとは、奇特な冒険者がいたものである。

 読み書きの練習と、ついでにバハムート攻略の募集を兼ねた冗談半分の募集だったのだが、正直言って驚きを隠せない。暇潰しに出した『ネタ募集』に、マジで人が来てしまった時の衝撃に似ている。申し訳ないが、この募集はネタ募集なんだ……。

 

 だが、ネタ募集とはいえ書かれている事に嘘偽りはない。

 報酬金である一千万ヴァリスも探索で入手した素材を売ったので用意出来ているし、それこそ一億ヴァリスだって簡単に稼げる方法があるので全く心配ない。

 レベリングに関しても様々な理由により、育成しきった冒険者よりも発展途上の冒険者の方が都合が良いのできちんと付き合うつもりだ。

 

 これはチャンスと言えばチャンスである。

 PTメンバーが足りていないのは言い逃れようの無い確かな事実であるし、今後の攻略の事を考慮するとキャスター枠は必須。それに何より彼女はエレゼン族の『少女』なのだ。『少女』枠はとても貴重だ。それがエレゼン族なら特に。これを逃す冒険者は冒険者とは言えない。

 それに何と言っても彼女の頭上には懐かしのメテオマークが燦々と輝いており、放置するという選択肢は元々なかった。

 

 最近じゃすっかりクエストマークも見かけなくなり、あるとすれば毎日必ず困った事が起きる『青の薬舗』の店員から発行されるクエストぐらいだ。

 幸薄そうな犬人(シアンスロープ)の女性店員の目的は『二属性回復薬(デュアルポーション)』とかいうHPとMPを回復するポーションを開発する事で、それには多くの開発費と材料が必要なんだそうだ。それってただのエリクサーじゃね? とはいってはいけない。あくまでも二属性回復薬(デュアルポーション)。エリクサーとは別物なのだ。きっと軍用蘇生薬とフェニックスの尾ぐらいの違いはあるはずだ。

 

 そんな彼女の片腕は機械仕掛けの銀製の義手になっており、その借金のせいで財政は火の車。にっちもさっちもいかなくなったので冒険者の出番、という何時ものお決まりのパターンでこのクエストは始まった。

 確かに我々冒険者は物珍しい報酬を用意すれば涎を垂らして周回する様な人種だが、残念ながら今のところ大した報酬は貰ってない。

 先日ようやく評判が『認定』に上がったが、追加されたアイテムがハイポーションだけだったのは流石にショックだった。しかも一万ヴァリスとか法外過ぎる値段で売られている……。購入する予定は今のところ全く無い。

 それでも所詮『認定』で開放されるアイテムなので、いずれ『信頼』や『誓約』まで評判が上がったら可愛らしい犬人(シアンスロープ)のミニオンや、犬型のマウントが貰える……と思う! むしろ最大の目的はそれなので、心待ちにして期待しておこう。

 

 募集の話に戻そう。

 随分と前に出したネタ募集に対し、何処かガチな雰囲気を醸し出して切羽詰まった様子でやってきた少女の姿を見ると物凄く嫌な予感しかしないが、それはそれ、これはこれである。

 目に見える地雷原を敢えて踏み抜いていくのも、それもまた冒険者道というものである。

 

 嫌な予感というものは総じて当たるものらしく、案の定、彼女──レフィーヤは折角開いた歓迎会をほっぽり出して出て行ってしまった。効率厨かッ!

 やはり募集に『ギスギス☓』を入れておくべきだっただろうか……。でもアレもアレでアレだからなぁ。

 

 飛び出していったレフィーヤは『こんな事をしている暇があるなら私は周回するッ!!』といった感じの事を言い残していった。まあ、気持ちは分からないでもない。とことん効率を重視して、徹底的に無駄を嫌悪し、足手まといを排除する。それは周回する上ではある意味正しい。

 ルララ自身もゾディアックウェポンやアニマウェポン製作時にはひたすら極限まで効率を追求し、死んだ魚の様な目でブレイフロクスの野営地やガルーダ姉さん、またはゴブリン族の機械兵器を蹂躙していったものだ。シャイニングババァありがとう!

 だがそれをライトに生きる冒険者達にも強要するのは如何なものかと思わなくもない。彼等には彼等の流儀があり、お互いに尊重しあうのが寛容だろう。

 

 とはいえ、折角入った貴重な()()キャスター枠を逃すつもりは微塵も無い。

 PTリストの中にレフィーヤの名前がいまだにしっかりと残っているので、彼女も何だかんだいって同じ気持ちみたいだ。

 まだ、レフィーヤはパーティーから抜ける気は無いらしい。

 これはいわゆる『追いかけて来て』アピールというヤツだ! そうルララは判断した。良いだろう。本気になった光の戦士から逃げられるとは思わない事だ。

 

 レフィーヤの現在位置は『マップ』によって筒抜けだった。ついでに目的地も赤い範囲で表示されている。流石にこれだけお膳立てをされて逃すような失態は犯すことはない。

 方向から察するにダンジョンに向かおうとしているみたいだ。キャスターの割に移動速度は大して速くない。スプリントは使用していないみたいだ。

 

 都市内エーテライトを駆使して先回りし、光り輝く指定場所で待機する。5秒程待つとレフィーヤがやってきた。意外に速い。ワープでもしたのだろうか?

 やってきたレフィーヤに声を掛ける。ちょっといいですか? と五回繰り返す事がこのクエストの達成条件だ。

 全く同じ質問を五回も繰り返すメリットが何処にあるのか分かりかねるが、きっと大いなる神が決めたことなのだろう。深く考えてはいけない。光の戦士は深く考えない。

 レフィーヤを引き止めるとそれ以降は『自分の思いを伝えよう!』と超える力からのお達しがあったので、その通りにする。

 

【フレンドになってくれませんか?】

 

 彼女と友人になりたいのは事実だ。エルゼン族の少女の友達なんて想像しただけでも心が踊る。彼女がキャスターだからとか、PTメンバーが足りないからとかは結構二の次でありどうでもいい。

 

【一緒にやりませんか?】

 

 仲を深めるには一緒にやるのが一番だ。なにをするにしても一人よりも二人の方が良いに決まっている。一応断っておくが決して変な意味ではない。断じて。

 

【助けはいりますか?】

 

 まだ駆け出しの冒険者だった頃、ルララにとってこの言葉は何よりも心強いものであった。

 この言葉を迷わず言える冒険者になろう。誰かを助けられる冒険者になろう。そう心に決めた。

 その決意はオラリオ(ここ)に来た今でも変わっていない。

 

「……お願いです……私を……仲間を……助けて下さい!!」

【わかりました。】

 

 何だかんだいって“その”言葉を聞くとやる気が出てきてしまう辺り、根っからの冒険者なんだなと思うルララであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 レフィーヤの説得は見事に成功し、彼女の本心を聞くことが出来た。彼女もまた大迷宮バハムートの犠牲者だったということか……。

 泣き崩れるレフィーヤを優しく抱きしめると、彼女も強く抱きしめ返してきてくれた。遂に時代が来たのかもしれない。

 レフィーヤと何だか良い雰囲気になっていると、突如として目眩に襲われ彼女の過去を覗き見る事となった。折角の良い雰囲気が台無しである。

 

 超える力による過去視で見た光景は、とあるパーティーが崩壊する場面であり、何処かで見たことのある冒険者達が必死になってカドゥケウスと戦っていて、見事なまでに返り討ちにあい全滅していた。

 初見だったのだろう。一撃でタンクらしきドワーフがやられ、その後、結局立て直せず(恐るべきことに彼等のパーティーにはヒーラーがいなかった)瞬く間に全滅と相成った。エオルゼアじゃ腐るほど良く見られる極々一般的な光景だ。流石にヒーラー無しはあまり見ないが……。

 戦闘フィールドからの締め出しとかも初歩中の初歩のミスで、クリスタルタワーやヴォイドアークで良く見られるものだ。そんな失態を演じたのがこのレフィーヤなのだろう。

 

 エオルゼアでの冒険では何がなんだか分からず、気付いた時には全滅していたなんていう場面は一度や二度あるどころの騒ぎではない。

 それどころか新たに出現した極まった蛮神や、やたらと脚色された戦闘を追体験する時なんかは二桁レベルで全滅するのが当たり前だ。もはや日常と言っても差し支えない。

 

 こんな光景は散々見るどころか、散々体験してきたので良く理解しているつもりだ。そしてこの光景を見てどうすれば良いのかも手に取るように分かった。

 要するにこの彼等を助けに行けばいいのだろう。

 以前、彼等のそっくりさんと戦闘になりまとめてミンチにした様な気がしないでもないが、世の中にはそっくりさんが三人はいると言うしきっと別人だろう。三人以上倒しただろうという突っ込みは厳禁だ。

 諸々の事情は理解したのでさっさと現実に戻して欲しい。わりと切実に。痛切に。

 

 そんな願いが通じたのか再び目眩に襲われて現実に戻ってくる。でも些かタイミングが遅すぎたようだ。

 ルララが現実に引き戻された瞬間にはレフィーヤは正気に戻っていたのかルララから離れていってしまっていた。クソがぁ。私は正気に戻った! とかいらないからぁ。

 

 その後、まるでタイミングを見計らっていたかの様に合流したPTメンバー達のせいでこの件は有耶無耶になってしまった。毎回の事ながらこういった時のタイミングの良さには唸るしか無い。クエストが終わった途端、見計らっているかの様なタイミングで合流するパターンが多いのだが、どこからか監視でもしているのだろうか。

 

 それから彼等とレフィーヤとの間で心温まるやり取りがあった様な気もするが、完全に蚊帳の外だったのでよく覚えていない。まあいいさ、何時もの事だし。

 

【パーティーに入りませんか?】

 

 それでもいちおうこのPTのリーダーなのでパーティーを代表してレフィーヤに問う。

 既にPTメンバーは入っているのでぶっちゃけ意味は無いのだが、それでも敢えて聞く。

 

「はい、喜んで」微笑みながらレフィーヤは答えた。

 

 エターナルバンドしませんか? という定型文が無かった事が非常に悔やまれる。このタイミングだったら絶対イケてた筈だ!

 

 

 

 *

 

 

 

 ロールプレイというものを知らないまっさらな若葉ちゃん達に、ロールプレイというモノの何たるかを教えるのは存外に難しい。

 敵視というものをまるで理解していないタンクに、ターゲット合わせという概念がないアタッカー。

 敵視はあっちこっちに飛び放題で、アタッカー達は好き放題自由に攻撃している。実に楽しい動物園だ。チンパンジーが沢山いる。ある意味ヒーラー冥利に尽きる状況だ。なので毛根が死滅する心配は無い。この程度は問題にもならない。

 

 彼等と共にPTを組んだ当初の戦闘はそんな感じだった。もう目も当てられない程の酷い有り様だったのは言うまでもないだろう。まあ、でも最初の内は何処もそんな感じだ。最初の内はそれで良いのだ。

 

 ルララとて最初から何もかも完璧を要求する気はなかった。

 自分だってかつては敵視の“て”の字も知らなかったし、ターゲット合わせのやり方なんて知るはずもなかった。出来た事といえば、ただあたふたと右往左往する事ぐらいだった。

 初めての集団戦の時も心臓が飛び出るほど緊張したし、初めてのダンジョンの前には何度も何度もギルドオーダーに通い詰め、訓練したものだ。中央ラノシアでくぐり抜けた集団戦は数えるのも億劫になる程にこなした。

 これは誰しもが通る道なのだ。なので、まずは微笑ましく見守る事にする。かつて自分もああであったと思い出に浸りながら。

 

 とはいえ何時までも思い出の中でじっとしている訳にもいかない。

 何時までもわちゃわちゃされていては何時まで経ってもロールプレイが身につかない。

 彼等にはいずれ、『よろおつ』だけで全てのコミュニケーションが取れるようになって貰わなければならないのだ。丁度忠義の剣、盾で会話をするナイトの様に。

 

 ある程度は放置して、死にそうになったら回復してやり、それでも分からない様だったら一旦転がし、徐々に徐々にどう自分がどう動けばいいのかを身体に叩き込んでいく。

 何が駄目で、何が良いのか、どうしたら良いのか、どうしたら駄目なのか、頭ではなく身体に理解させていく。

 パーティーの生殺与奪を握っているヒーラーに見捨てられる行為が何なのかを文字通り骨の髄まで体感させていく。

 その甲斐あってか彼等はメキメキと腕を上げていった。

 ロールプレイ自体は初めてでも似たような連携が元々あったのも大きな要因だろう。

 

 彼等は柔軟性が高い。身体が柔らかいという意味ではもちろん無い。

 思考が……というのも少し違う。冒険者として有り方が──というか恩恵(ファルナ)というものの柔軟性が高かった。

 ルララの常識では『剣を持った鍛冶師』なんていうものはあり得ない。クラフターが戦ってもあんまり意味が無いからだ。

 だがそれが、オラリオではあり得る。

『剣を持った鍛冶師』という無茶苦茶な道理が通ってしまう。それ程までに恩恵(ファルナ)というシステムの柔軟性が──自由度が高かった。装備可能レベルを無視出来るのもその力の一端だと思われる。

 

 それはありとあらゆる防具を身につけ、ありとあらゆる武器を手にし、ありとあらゆる魔法を使い、ありとあらゆるスキルを繰り出し、ありとあらゆるアビリティを駆使して戦う伝説のジョブ『すっぴん』に近い性質を持っていた。もしくは『オニオンナイト』または『たまねぎ戦士』。

 

 恩恵(ファルナ)にはありとあらゆる可能性がある。

 恐らく『肉弾戦で戦う魔法使い』なんて荒唐無稽な存在になることも出来るし、それこそ『剣で戦う鍛冶師』なんてアホみたいな存在も創り上げることが出来る。それに意味があるかどうかは分かりかねるが……。

 恩恵(ファルナ)の良いところは育成方針をある程度絞れる所にある。

 恩恵(ファルナ)は自らが経験した事や、体験した事、成し遂げた事や想った事に影響を受けてステイタスを向上させるロマンシングでサガなシステムだ。

 だからこそ目の前でひたすらピカピカと光ってみたり、無駄に強化アビリティを使ってみせたりして、彼等にこういったものがあると、こういったものが欲しいと思えるように披露していく。

 そしてそれを彼等はまるでスポンジの様にみるみる内に吸収していった。

 とはいえ流石に満面の笑みで新たに覚えたというアンナの魔法──奇跡の閃光(ミラクル・フラッシュ)を見た時は苦笑いが止まらなかったが。君はどっかの異邦の詩人の親戚か何かか?

 

 広範囲に渡る敵視上昇効果のある魔法を覚えたことにより、ある程度見られるPTになった。やはり範囲ヘイトスキルはパーティープレイには欠かすことの出来ないスキルだ。

 とはいえ、細かい事を言えばそれでもまだまだだと言えた。取り敢えず初心者は卒業かなというレベルだ。

 敵視は偶にブレるし、モンスターの殲滅も装備しているアイテムレベルにしては遅すぎる。スキル回しが上手く出来ていない証拠だ(というかスキル自体が一個か二個ぐらいしかなかった)。

 範囲殲滅と各個撃破の選択肢なんてものは無いし、パーティーのシナジー効果もいまいちだった。まだまだ課題は沢山ある。

 

 そこに新たに加わったレフィーヤであるが、どうやら彼女は結構な“アレ”であったらしい。

 ロールプレイは初めてにも関わらず自分で考えて行動したのは評価できるが、その行動は明らかな地雷プレイだった。中々に“アレ”な子だ。いわゆるHimechanというヤツだ。

 先程もわざと別のモンスターに攻撃を仕掛け敵視を奪っていた。あからさまな地雷行為である。そういう事は身内のパーティーでやってくれ……と思ったがそう言えば“ここ”が身内だった。仕方なくタイタン・エギに指示を出して迎撃させる。

 

 そのタイタン・エギこそあからさまな地雷行為じゃないかと言われると、まあその通りで反論の余地も無いのだが、ガチヒーラーでヒールすると彼等程度の体力では完全にオーバーヒールになってしまうし、いまだタンクの敵視は安定しないのでヒールヘイトでモンスターの敵視がこっちに飛んで来てしまうのだ。

 そうするとタンク(アンナ)が拗ねる(Himechanかよッ!)のでガチヒーラーでなく、セーフティとしてタイタン・エギを召喚できかつ蘇生も出来る召喚士を選択しヒーラーをしている。

 

 それにしても、この所少しいじめすぎたのかタンク(アンナ)の心の闇が広がっている様な気がしなくもない。

 アンナもアンナで一向に盾を持とうとしないので、いっそのこと暗黒騎士にでもなって貰おうかと思い、それならば都合が良いとちょっと心を鬼にして強目の対応をしている。

 クソダサいタンク装備をいちいち製作し彼女に無理矢理着させたりしているのもその一環であり、決してルララの趣味という訳ではない。ああ、早く暗黒に目覚めて欲しい。意地悪するのはとても心が痛むのだ……暗黒が高まるッ!!

 

 とはいえヒーラーからしてみれば、あの程度の攻撃で敵視を奪われるタンクもタンクだし、ちんたら詠唱しているキャスターもキャスターであり、どっちもどっちだ。アンナさん、あなたさっき一回しか光らなかったよね? ちゃんと見てましたよ?

 いずれにせよ、タンク(アンナ)から『いい加減、お前のタイタン山に捨ててこい』と言われるまでは、この地雷プレイの代表ともいえるタイタン・エギの使役を止めるつもりは少しも無い。先程の舌打ちをタイタンに向けられる様になったら君も立派なメインタンクだ。

 

 新たに加入したレフィーヤも今は絵に書いた『墨』の様な魔法使いでも、いずれは華麗に滑りながら詠唱する魔法使いになるのは確実──むしろさせるので是非とも頑張って欲しいものである。

 メリュジーヌ戦はキャスターが要なのだ。

 レフィーヤにはボスと戦いながらも雑魚を誘導し、かつ石化ビームを意識してそれを回避して貰わなくてはならない。

 前途は多難だがやりがいはあるはずだ。有り過ぎて引退者が続出したりもしたが……。

 

 そう考えている内に49階層に辿り着いた。

 前回のカドゥケウス戦からは1週間以上が経過している。そういった意味でもそろそろ良い頃合いでもあった。

 

 

 

 

 

 




奇跡の閃光(ミラクル・フラッシュ)
 魔法             
・Cast Time  Instant
・Recast Time 2.5秒

自身の神威を一時的に上昇させて、敵に『神』であると誤認させて敵視を上昇させる。
修得 アンナ・シェーン


吉田の日々赤裸々を読んでいると吉田が3人ぐらいに分身しているように思える……。


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愛用の紀行録 3-2

 数えるのも億劫に成る程こなしたカドゥケウス戦が再びやってきた。いい加減そろそろ顔パスで通して貰っても罰は当たらない気がする。

 もう少し早く来ることが出来ればこんな七面倒くさい戦闘をせずに済んだのだが、復活してしまったものは仕方がない。ドロップ目当てだと己に言い聞かし気持ちを切り替える。ポジティブ思考ホント大事。

 

 ここ最近じゃあカドゥケウスと戦う時はもっぱらソロであったが、今回は3名の初見と未クリア者1名の計4名が同行している。いわゆる出荷PTというやつだ。

 もはや雑魚と言っても過言ではないカドゥケウスだが、流石に子守をしながら戦うのは些か以上に面倒臭い。

 出来ることならば外で見学していて欲しいのだが、彼等──特にレフィーヤの強い要望によりそれは却下された。そんなに出荷が嫌なのだろうか。とっても楽で良いのに。

 恐らくだが前回の経験が効いているのだろう。締め出しとか恥ずかしくて仕方がないので気持ちは分からないでもない。

 

 それに恩恵(ファルナ)の事を考えると、こういったボスクラスのモンスターとの戦闘はランクアップに繋がるのでいい機会だとも言えた。

 恩恵(ファルナ)の成長方法はかなり独特であり、ランクアップ──つまりLv.を上げるには何らかの『偉業』を達成しないといけないのだ。

 

「俺がランクアップしたのは嬢ちゃんと最速でダンジョンを攻略したって『偉業』と、単独でドラゴンを調教したって『偉業』だな」

 

 というのがリチャードの話だ。取り敢えず何かしらの()()()をすれば『偉業』として認められるらしい。具体的に何をしろとかは無いみたいだ。そこら辺不親切極まりない。

 あの程度の事を『偉業』として認めて貰えるのであれば、適当な『偉業』をでっち上げてさっさとランクアップして貰いたいところだが、今回の様に短期間で立て続けにランクアップする事は本来あり得ない事らしい。

 何でも、ランクアップするには必要最低限のステイタスを満たしている必要があるらしく、ステイタスはランクアップしたらゼロから再び開始される為あのタイミングで必須ステイタスを満たす事は事実上不可能なんだそうだ。

 

 原因は不明だが、相対したドラゴンとの戦闘が相当高レベルで(とてもそうとは思えなかったが)急激にステイタスの向上があったのか、もしくはステータスボーナスなんてものが付いている装備品が何かしらの影響を与えているのかもしれない。

 どちらもエオルゼア由来のものなので何かしらの弊害(バグ)が発生している可能性も考えられる。

 

「お陰で二階級特進(ダブルランクアップ)なんて縁起の悪い二つ名を付けられちまったがな……ハハハ」

 

 それに関してはどうでも良い。

 

 取り敢えず検証も兼ねて、ある程度の装備で固めたアンナを単身27階層の階層主に挑ませてみたら、次の日にはきちんとランクアップして帰ってきてくれた。

 その際、満面の笑みを浮かべて報告しに来てくれたので、馬鳥の如く酷使してぺろっては起こし、ぺろっては起こし戦わせた事は忘れてくれたみたいだ。恩恵(ファルナ)のシステム上これが一番速くVIT(耐久)が上がるんだよね。良かった、良かった。

 

 アンナからは事前につい最近ランクアップしたばかりと聞いていたので必須ステイタスを満たしていた可能性は低い。倒したモンスターもオラリオ産で強さも階層相応。

 となると原因は装備品にある可能性が高い。例えば、ステータスボーナスにより向上したステイタスを恩恵(ファルナ)が誤認しているとか。何だか結構有り得そうだ。

 

 もしこの仮説が正しければ案外早く本格的な攻略に乗り出せるかもしれない。

 ランクアップするのには年単位の時間が掛かると言われた時には流石に卒倒しかけたが、これなら大丈夫だろう。

 階層主程度のモンスターでランクアップが可能ならば、カドゥケウス相手でも十分『偉業』として認められるだろう。腐ってもアラグ文明の鬼畜防衛兵器の第一の刺客。そんじょそこらのモンスターとは格が違うはずだ。

 

 そう考えると彼等をこの戦闘に参加させるのは悪い判断では無い。

 パーティーメンバーにはそこそこの装備を着させているし、最低限出来る事はして貰うので上手く行けば全員がランクアップなんて事もあるかもしれない。

 となるとリチャードなんかは三階級特進(トリプルランクアップ)という事になる。

 二階級特進(殉職)以上なんて、もはや『転生』するぐらいしか手段が無いと思うのだが、そうなったら是非とも美少女に産まれ変わってきて欲しいと切実に願うばかりである。

 

 取り敢えず必要最低限の注意事項だけを伝えて戦闘に参加させる事に決める。

 カドゥケウスの『スチールスケール』を打ち消すダークマター・スライムの運搬は、そもそも運搬している奴が途中で死ぬので今回は無し。

 背面攻撃の誘発も超える力を持たない彼等には、予兆が見えなくて死ぬのでそれもしない。

 最悪死んでも蘇生魔法(リザレク)があるので心配はいらないが、MPと迅速魔がもったいないのでそれはしないで頂きたい。

 この二つを厳命し、後は適当にちょろちょろしていて貰う。運が良ければ2,3発当ててランクアップだ。

 

「分かりましたッ!!」

 

 そう言う奴ほど分かっていなかったりするのだ。

 血走った目で息荒く返事をするレフィーヤに本当に分かっているのかと一抹の不安を覚えながらも、まだ二回目だし緊張しているのだろうとその気持ちを察してわざわざそれを言う事をせず、タイタン・エギからガルーダ・エギに切り替えて戦闘を開始した。

 

 

 

 *

 

 

 

 ソロでのカドゥケウス戦で一番能力を発揮出来るのは召喚士かもしれない。

 

 数多くのインスタンススキルを持ち、無詠唱の遠距離魔法も備え、主要ダメージソースが継続ダメージであることなどから、移動しながらの戦闘に最も向いたジョブであるからだ。

 かつてそれは吟遊詩人の専売特許であったはずだがどうしてこうなったのだろう……。

 特に一度に三種の継続魔法を付与できる『トライディザスター』と継続魔法の効果時間を15秒増やす事が出来るガルーダ・エギの『コンテージョン』のコンボは強烈で、こういった足を止める事の出来ない戦闘時には絶大なる効果を発揮してくれる。そうじゃなくても絶大なる効果を発揮してくれる。

 

 後は適当にルインラを撃って、ミアズマバーストさせて、適時トランス・バハムートからのデスフレアをブチかましていれば勝手にダメージは加速していく。

 大迷宮バハムートの攻略にバハムートの力を使うのは何とも矛盾している気がしないでもないが、そんな事は今まで散々やってきたことなので今更御託を並べるつもりは無い。

 

 戦闘は危なげもなく数分で終了した。いやーカドゥケウスさんは強敵でしたね。

 他のメンバーたちの尽力もあり、何時もより多少なりとも速く討伐出来た様な気がする。

 遠隔組の二人も、のほほんと会話をしながらも何回かは攻撃を当てていた。

 大変喜ばしいことだ。褒めてあげたい。今後、戦闘中に会話をするならPTチャットは控えたほうが良いともアドバイスしたい。丸聞こえであった。

 ちなみに戦闘が終わった後のレフィーヤはまるで憑き物が落ちた様に清々しい顔をしていた。開始前とはえらい違いだ。戦闘中になにか得られるものがあったみたいだ。

 

 カドゥケウスの亡骸の跡には、もはやお馴染みとなったアラガン製の装備品が残されていた。お待ちかねの時間である。

 今回のお品物は『ヘビィアラガンアーマー』と『アラガンストライカーガントレット』。生憎、タンク(アンナ)の装備更新を行う予定はまだ無いのでアーマーの方は分解行きにする。非常に惜しくて後ろ髪が引かれる思いだがこればかりは仕方がない。非常に残念である。ああ、アンナが装備しているのが頭胴一体型装備じゃ無かったら更新できたものを!

 

 ガントレットに関してはリチャード行きだ。

 ただ、彼が装備している腕装備の錬精度がまだ中途半端な値なので最大(マックス)になったら渡す事にする。そこそこの高IL装備なのでいつ錬精が終わるかは全くもって不明だが頑張って欲しい。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 『クローン培養生成区画』という区画は魔科学研究所の生体兵器研究塔にある培養層に良く似た構造をしていて、中央にはもはやお馴染みとなった球体『培養システム』が鎮座していた。

 その周りには大量のシリンダーが設置されているが、中身は薄暗くて良く見えない。まあ、どうせ入っているのは碌でも無いモノに決まっている。ドラゴンとか妖異とかキメラとかそんなのだろう……。

『培養システム』を適当に弄っていると上手い事いったのかすんなり起動した。

 

『警告シマス 当システムハ 関係者以外ノ使用ハ禁止サレテイマス 直チニ作業ヲ中止スルカ 認証コードヲ入力シテ下サイ』

 

 何やら不穏な台詞が懐かしい言葉で聞こえた様な気がしたが気にしたら負けだ。

『培養システム』が起動した事によりエネルギーが流動し始め、エーテルラインが発光し区画全体に広がっていた。魔科学研究所のエーテルラインは黄色だったがこちらは青色だ。

 区画全体にエネルギーが行き渡り、それに伴って照明が点灯した。これでシリンダーの中身もばっちし見える。

 

 シリンダーの中にはレフィーヤの仲間達が保管されていた。

 頭部だけとか、腕がキメラになっているとか、スライム化しているとか、全身バラバラとかになっているという訳でもなくみんな普通に五体満足で綺麗に保管されている。アラグ文明にしてはかなり大切に保管されているみたいだ。

 ドラゴン族と比べて随分対応が優しい気がする。これでは差別である。ドラゴン族からの猛抗議が心配される……。

 ただ嬉しい……屈辱的な事に揃いも揃って皆全裸であった。まあ、冒険者という人種は何かにつけて脱ぎたがる輩が多いので実に冒険者らしい処遇だとも言える。眼福である。アラグ文明良くやった。

 レフィーヤの仲間は超える力で『視た』限りでは6,7人だった筈だがいつの間にか増えていたらしくこの光景はまさに酒地肉林の如くだ。

 

「イヤァアアアアアアアアア!!」

 

 突如としてレフィーヤが奇声を上げた。

 仲間達の全裸姿を見て興ふ……動揺しているらしい。憧れの人達だったらしいのでさもありなん。

 そのままレフィーヤは座り込むと……これ以上多くは語るまい。

 

 

 

 *

 

 

 この世には嬉ションならぬ、嬉ゲロというものがあると新たに知る事が出来た。また一つ世界の真理に近づいた気がする。それ程までに全裸が嬉しかったのかレフィーヤ。

 ……と冗談でお茶を濁そうとしたが、流石に一向に止む気配のないレフィーヤのタイダルウェイブに尋常ではない気配を感じとったルララはレフィーヤの様子を伺った。

 

 あらやだこの子『嘔吐』なんてデバフが付いてるじゃない。どうやらこれは状態異常の一種らしい。こんなデバフみたことないが、よくよく周りを見てみるとパーティーメンバーも『動揺』というデバフが掛かっていた。オラリオでは良くある状態異常なのかもしれない。

 

 レフィーヤが嘔吐(えず)く度に『嘔吐』がスタックされていき、それに併せて『動揺』のデバフもスタックされていく。

 直ちに生命に影響は無さそうなので放っておけばその内なんとかなりそうだが、流石にスタック数が二桁に突入するのは居た堪れないので、学者にジョブチェンジしフェアリー・セレネの『フェイカレス』で状態異常を解除する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……す、すみません、ありがとうございます」

 

 なに気にすることはない。ヒーラーとして当然の事をしたまでだ。決してその内なんとかなるだろうとか思ってもいなかったから。

 デバフを解除され落ち着きを取り戻したパーティー達を確認すると、ルララは再び『培養システム』を弄ることにした。長年の経験からしてコイツをどうにかすれば何かしらある筈だ。

 

『警告シマス! 警告シマス! ソレ以上ノ操作ハ ラグナロク級拘束艦五番艦 『クローン生成培養区画』 使用規則二ヨリ 禁止サレテイマス 只今ヨリ 10秒以内二 認証コードノ 入力ガ無ケレバ 侵入者ト認識シ 撃退シマス!!』

 

 もちろんそんな警告シカトである。

 

「……実は物凄く精巧な人形ってことは……ッッ!!」

『エマージェンシーモード!! エマージェンシーモード!! 培養中ノクローンヲ使用シ侵入者ヲ撃退シマス』

 

 シリンダーに触れていたリチャードの台詞と共に『培養システム』が警告を発し、同時に唸りを上げて発光、回転、けたたましい警戒音が区画中に鳴り響いた。ああ、リチャードがシリンダーなんか触るからだよ……。

 

『培養システム』により目覚めさせられた冒険者達がシリンダーから飛び出して飢えた野獣の如き怒涛の勢いでこちらに向かってくる。全裸で。これが世に言うハーレム状態というものなのかもしれない。

 だが非常に口惜しい事に彼等は皆、赤ネームだった。つまり敵だ。世の中そんなに甘くないということか……。

 

 襲い掛かってくるクローン達を迎え撃つ。

 クローンを見るのは初めてだったのかは分からないがパーティーの動きは鈍い。レフィーヤなんてへたり込んで身動き一つしない。折角『フェイカレス』で『嘔吐』と『動揺』のデバフを解除したのにあまり意味が無かった様だ。

 もしかしたら珍しいデバフを受けていたので何か障害が発生しているのかもしれない。それならまあ仕方ないか……。

 

 つい先程「私も出来るだけフォローしますから頑張って下さい……」なんて自信満々に言って頼もしげだったレフィーヤは何処に行ってしまったのだろうか……あの光景が遠い昔の様に思えてくる。

 とはいえ肝心な時に役に立たないのは別にレフィーヤに限らず良くある事なので特に気にしない。むしろこういったシチュエーションは大好物だ。

 

 パーティーメンバーには期待できず、多勢に無勢。圧倒的不利な状況。

 しかもデバフの解除の為に召喚士から学者に着替えたので攻撃手段、特に範囲攻撃は限られてくる。あるのは精々ブリザラとミアズラとベインとシャドウフレア位だ。あれ? 意外に結構あるな。

 そんな中、もはや烏合の衆と化したパーティーを守りながら、攻めてくるクローン達を薙ぎ払え! しなければならない。

 それはつまり、足手まといを抱えながら回復と攻撃、両方こなさなきゃいけないという事だ。

 それはなんて、なんて……燃える戦いなんだッ! 血沸き肉踊るッ!!

 

 ルララはそういった類の敗北濃厚の戦いをとことん支え、転がっている仲間を叩き起こし、絶体絶命を切り抜けて、足手まといを抱えながら何処まで出来るかに挑戦する事に喜びを見出すタイプのヒーラーであった。

 一糸乱れぬ連携で少しのミスも波乱も無い戦闘も好きだが、エンジョイ勢や初心者冒険者と共に波乱しか無い戦闘をするのはもっと好きだった。もっとカオスを! もっとカオスをッ!!

 だからこの状況は望む所だった。むしろもっと窮地に陥ってもいいぐらいだ。具体的には自分以外死んでいるとか。

 

 ルララの意識が戦闘に集中していく。集中が深くなれば深くなるほどルララの意識は自身から離れ上へ上へと上がっていく。

 ルララは今、遥か頭上から戦場を見渡していて、戦場の端から端まで全てを把握することが出来た。

 レフィーヤに襲いかからんとしているクローンも、ぎこちない動きながらも奮闘するアンナも、必死になって矢を射るエルザも、若干前かがみになっているリチャードも全て『視る』事が出来た。

 これが何時もの感覚だ。これがルララの戦闘時の感覚だ。あまりにも広い視点なのでクローン達の細部が見えないのが大変遺憾である。

 

 レフィーヤに迫ってくるクローン達を『ブリザラ』で足止めし『鼓舞激励の策』でバリアを張る。これでレフィーヤは当面は大丈夫だろう。

 続けてフェアリー・セレネに指示を出し『フェイウインド』を発動させる。今日は機嫌が良いのかフェアリーは直ぐ様いうことを聞いてくれた。何時もこうだと良いんだけ……いいえ! 何デモナイデス妖精サン。

 

『フェイウインド』の効果によりパーティーメンバーの攻撃速度が強化されていく。続けてタンク(アンナ)に『鼓舞激励の策』と『アイ・フォー・アイ』を掛けて『展開戦術』で周りのパーティー全員に同様の魔法を展開する。運の良いことに『鼓舞激励の策』はクリティカルだ。気持ち良い。

 

 レフィーヤとアンナに掛けた『鼓舞激励の策』により区画中のクローン達の敵視が全てルララに集中し一斉にこちらに向かってくる。おっ◯いぷるんぷるん。おっ◯いぷるんぷるんッ!!

 全裸状態のクローンの攻撃はルララにかすり傷一つ付けられないが攻撃を受けたことにより『アイ・フォー・アイ』が発動、クローン達に物理攻撃力ダウンのデバフを付与していく。アイ・フォー・アイ。目には目をという事らしい。何処らへんが目には目をなのかは不明だ。

 ただでさえ低かった攻撃力が更に低くなり、これならよっぽどの事がない限り『鼓舞激励の策』のバリアは突破出来ないだろう。むしろ効果時間が先に切れてしまうと勿体無いので是非突破して欲しい。

 

 集まったクローン達を『培養システム』まで誘導していく。この区画を制御している『培養システム』を停止させない限りクローン達は無限に湧いてくる仕様みたいだ。

『培養システム』に『バイオラ』『ミアズマ』『バイオ』を掛けて『ベイン』で辺りに拡散させ、ついでに『ミアズラ』も掛けて周囲に毒と病気を撒き散らす。機械に毒や病気が意味あるのか甚だ疑問だが、アラグ文明とエーテルの力を信じろ!

 

 ルララの魔法を受けたクローン達は体力もあまり無いらしく数秒で力尽きていく。最悪クローン達は『ミアズラ』だけでもどうにかなりそうだ。

 だが『培養システム』に関してはそうでも無い。流石はアラグの機械兵器ということかまだまだ元気そうだ。もしかしたらコイツ、バハムートよりレベルが高いかもしれない。

 ただ『培養システム』は所詮、培養システムなので攻撃手段は無い。言ってしまえばただの案山子なのでその内破壊出来るだろう。

 

 順調に体力を削っていき残り50%を切ったところで、『培養システム』が激しく回転し発光すると追加のクローンが出現する。

 再び追加されたクローンの内数体がレフィーヤを襲う。毎度、毎度ピンチになる娘である。ほんとヒーラー冥利に尽きる。

 

 レフィーヤを中心にして『シャドウフレア』を設置する。これで敵視がルララに飛ぶ──と思っていたがそうは行かず、クローン達は執拗にレフィーヤに攻撃を仕掛けていた。どうやら敵視が固定されているタイプの様だ。

 とはいえ展開したバリアのお陰でクローンはレフィーヤに危害は加えられずこのままでも危険は無い。その内『シャドウフレア』が彼等を倒すだろう。

 

『鼓舞激励の策』のバリアの効果時間が切れレフィーヤが無防備になる。だがそれも想定の範囲内。

 すかさずフェアリーを操作しレフィーヤの回復に向かわせる。いけ! エオス! 君に決め……ああ! ごめんなさい、すみません、調子のってました! あの、回復お願いしますリリィベルさん……あッ! 本当ですか!? ありがとうございます!

 

 マジパネェリリィベルさんの活躍でレフィーヤの周囲のクローンは殲滅された。リリィベルさんの忠実な下僕のララフェル族もそれなりに活躍したらしい。

 妖精に使役される憐れな学者に注がれるレフィーヤの憐憫を含んだ視線が痛い。止めて、そんな目で見ないで……。

 

 

 

 *

 

 

 

 戦いは終わりに近づいてきていた。

『培養システム』の体力も残り20%を切り、残っていた全てのクローンを投入してきた。後はこれを全部倒せば終わ──『シャキーン!!』ルララの脳裏にリミットブレイクゲージが貯まる音が響く。丁度良いタイミングだ。

 これまで全く良い所の無かったレフィーヤに最後の最後で汚名を挽回する機会を与え給う……。

 そう考えレフィーヤの方に視線を向ける。

 丁度良いことにレフィーヤもこちらを見つめていた。その瞳には若干憐れみが篭っている。何故だ。

 

 レフィーヤと視線がクロスする。

 見つめ合うと素直にお喋りが出来ないなんて事は無いので安心して欲しい。通じ合えるかはまた別問題だが、このエタバン寸前の絆があれば問題ない筈だ。

 

 アイコンタクトでリミットブレイク! リミットブレイクッ!!! と必死に伝えるが何をまごついているのかレフィーヤはまごまごしていて何時まで経っても撃とうとしない。そんな馬鹿なッ!? レフィーヤ何してんの? LB遅いよ!

 もしかしたら思い出パワーとか、絆パワーとかそんな不思議パワーが足りないのかもしれない。あんなに色々あったのに!

 レフィーヤお願い! 思い出してこれまでの思い出の日々を……

 そう思いながらレフィーヤとの思い出に思いを馳せる……げろげろ……ああ! 確かに碌な思い出がない。ゲロとか嘔吐とかタイダルウェイブしかない。おかしい、もっと色々あった筈なのに!

 

 だがそんな思いが通じたのかレフィーヤは立ち上がり『リミットブレイク』の構えをとった。えぇ!? ゲロ? ゲロなの? ゲロパワーで通じ合えちゃうの!? ああ、もういいかこの際ゲロパワーでも。

 レフィーヤはその手に持つ杖を地面に突き刺すと、祈るように両手を大きく掲げ天を仰ぎ見た。

 おっし! 良いぞ!! もう一息だ!!! (ゲロ)パワーをメテオに!!

 

「いいですともー!!」一瞬、レフィーヤの姿がごっつい黒甲冑の暗黒魔道士と被った様な気がした。

 

 

『培養システム』を中心にして星が──天より降りし巨星が、凄まじい轟音と共に落ちてくる。

 巨星が“ヤツら”をなぎ倒し、吹き飛ばし、押し潰していく。極光と土煙が上がり視界が真っ白になる。

 レフィーヤのリミットブレイクによりクローン達は一掃された。

 ……そしてレフィーヤはペろった。

 見事なまでに床を舐めていた。これじゃあ汚名を挽回なん……あああ!! 

 ……うんそうだね、汚名は返上するもので挽回するものじゃないよね。ごめんね。でもリミットブレイク後の硬直で無事死亡って汚名返上できてないからね。いいよね。ファーラム。

 

 

 

 *

 

 

 

 気絶したレフィーヤはそのままかばんの中に仕舞った。

 起こそうとも思ったが、レフィーヤは特殊な状態になっていたのでどうすることも出来なかったのだ。まあ、特殊な状態なら仕方がない。

 

 無事『培養システム』とクローンを倒し、開放された区画『素体保管室』に進むとそこにはナンバリングが付けられているシリンダーがあった。

 No.1からNo.14の内1から7までのシリンダー内部にはさっきまでわらわらと湧いていたクローンと瓜二つの冒険者達が保管されている。その背中には神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれており、それが決め手となって彼等が件の冒険者という事になった。

 

「それでどうやって外に出しましょうか……あ、ルララさんはじっとしていて下さいね」

 

 まるで人をトラブルメーカーみたいに……心外である。

 

「取り敢えず適当に操作してみるか?」

 

 流石リチャード、賛成である。こういうのは適当に弄るに限る。何かあればどうにかすればいいのだ。

 

「それでどうなったか、たった今体験したのにもう忘れたんですか?」

「あーごもっともです」

「でも、操作方法なんて全然わかんないよ? 色んなスイッチ有り過ぎてどれがどれだか……」

「でも不用意に触るのは反対です……」

 

 じれったいので隙を突いて勝手に弄る。安心して欲しいこういったのはアジス・ラーで散々弄ったので慣れている。任せてくれ。

 

「ああああ! ルララさん貴方って人は!!」

 

 悪いなアンナ、このスイッチは押させてもらった。悪いとは思うが反省も後悔もしない。

 ウィーン、ウィーンという音と『No.1番カラNo.7番マデノ排出ヲ開始シマス』という音声と共にシリンダー内部の液体が排出されていく。どうやら当たりを引いたみたいだ。

 

「お願いですからこれからは一言相談してくださいねぇ」

 

 相談したところで答えは変わらないと思うが一応心に留めておく。留めておくだけだが。

 液体が完全に排出されると、シリンダーが開かれ中の冒険者達が解放された。例によって例の如く皆全裸である。

 

「ッ!! ルララさんとリチャードさんはあっち向いてて下さい!!」

「お、おう!! というかそれ結構今更だよな」

「良いから今更でもあっち向くのー!」

 

 戦闘中にそんな事気にする余裕なんてある筈無いのでガン見だったが本当に今更である。

 慌てて後ろを向くリチャード。それに併せてルララも後ろを向く。

 ヤ・シュトラの時もそうだったが同性なのになぜ駄目なのだろうか? というか男性も何人かいたと思ったがそれは良いのだろうか。

 

「脈拍は……ありますね。エルザそっちは?」

「うん、こっちもみんな大丈夫みたい」

「流石は第一級冒険者……というよりこの施設のお陰……か、あんまりこんな事言いたくないけど」

「でも無事で何よりだよ」

「そうだね、エルザ。ルララさん、リチャードさんみんな無事みたいです! ルララさん、何か被せるものはありませんか?」

 

 流石に人数分の衣類は用意していない……ので今から作る。

 

「嬢ちゃんが今から作るってよー!」

 

 裁縫師に着替え、適当なローブを簡易製作で人数分作っていく。……出来た。

 

「了解しまし……あ、もうできたんですね。ありがとうございます。あっ、こっち見ちゃ駄目ですよ?」

 

 だから何故駄目なのか!? それが分からない。

 

「ふぅ、これで良し! はい、もう大丈夫です。こっち向いて良いですよ!」

 

 振り返るとローブを着た冒険者達が横たわっていた。ふむ、これはこれでありかもしれない。

 ところでお二人さんこちらの男性のイチモツは如何でしたかな?

 

「な、なに言っているんですかッ!? そんなの分かりませんよ!!」

「えっと……小、中、大で色とりどり?」

「エルザなに言ってるのッ!?」

 

 まあいい、取り敢えず彼等をかばんに仕舞う。レフィーヤも中に入っているので同じファミリア同士仲良くしていて欲しい。

 

「やれやれ、何はともあれこれで完了だな! お疲れさん」

「本当、お疲れ様です」

「長かったー! おつかれさまー」

【お疲れ様でした!】

 

 ようやく終わった。ダンジョンに潜り、カドゥケウスを倒し、クローンをなぎ払い、冒険者を救出した。中々に骨の折れるクエストだった。

 さて、じゃあ帰ろう。荒れ放題の我が家へ。きっとアポロン・ファミリアの人達も待ち惚けしているはずだ。

 精神を集中しテレポの詠唱を開始する。帰りはテレポで一瞬なので楽ちんである。

 

「悪いがこのままおめおめと帰す訳にはいかな──」

 

 今回は長丁場だった。

 レフィーヤがやってきてから色々あったし、ここまで来るのにも色んな苦難があった。

 みんな疲れていたし、いい加減このパターンには嫌気が差していた。なんせ最近は帰ったら何時も襲撃者が待っている。

 奇襲や不意打ちは慣れっこだった。

 だからパーティーの皆の行動は迅速だった。

 不貞な輩にする事はただ一つだ。

 

「なッ!?」

 

 無粋な横槍を入れてきた謎の白い半裸の男に、剣と、拳と、矢と、魔法が襲いかかる。

 

「グァアアアアアアア」

 

 有無をいわさぬ攻撃に襲撃者は一瞬で灰燼と化した。お疲れ様を言った後に襲いかかってくる奴が悪い。

 

「あーなんかたった今、積年の敵を討った様な気がする」

「何言ってるんですか?」

「いや気にしないでくれ。やつ(オリヴァス)は五年前に死んでる筈だし。別人だろう」

「可笑しなリチャードさんー」

 

 リチャードの話は置いといて()()()()()()は放っておいて良いのだろうか? 出てくるのならさっさと出てきて欲しいのだが。

 

「……やはり気付いていたか。流石だ、光の使徒よ」

 

 そう言いながら姿を現したのは蜂蜜色の髪をした青年だった。イケメンだ。イケメンがいる。死ねば良いのに。

 

「お、おう! もう一人いたのか……」

「ッ! 気付きませんでした……ヤりますか?」

「こっちは何時でもいけるよー!」

 

 新たに現れた謎の男に素早く臨戦態勢をとるパーティー達。

 良い反応だ。急な雑魚沸きにも慌てず対処出来たし日頃の修練の賜物だろう。

 

「悪いが戦うつもりは無い……だから武器を収めてくれないか?」

 

 イケメンがそんな事を言ってくる。

 そう言うヤツは大抵油断したら不意打ちしてくるものだが気にせず武器を収める。光の戦士は話の分かる──空気の読める冒険者なのだ。

 それに光の戦士はこういった時(イベント中)には極力戦闘はしない。精々武器を構えるぐらいだから安心して欲しい。

 

「おいおい、嬢ちゃんそれで良いのかよ……」

「そうです。さっきの白い人はやる気満々でしたよ。彼はお仲間じゃないんですか?」

「そうそう『戦う気は無い』なんて言っても説得力ないよ!」

 

 一体みんないつからそんなに血気盛んな戦闘狂みたいな性格になってしまったのか……。

 誰かれ構わず攻撃するなんて駄目絶対。

 

「嬢ちゃんだけには言われたくないな……」「ルララさんだけには言われたくないです……」「ルララちゃんが言うのはちょっと違う気がする……」

 

 人をまるで誰彼構わず攻撃を仕掛けるバトルジャンキーみたいに言わないで欲しい。

 これでも線引きはしっかりしているつもりである。赤ネームは敵。それ以外は敵じゃない別の何かだ。

 

「君達に危害を加えようとした事に関しては素直に謝罪させて貰いたい。君達の実力を測るような真似をしたのは事実だ」

「それで仲間をけしかけるってのは気に入らねえな」

 

 リチャードが食って掛かる。かつて仲間を残し自分一人が生き残ったリチャードにしてみれば受け入れがたい事だろう。

 

「仲間……仲間ね……生憎、テンパードである彼とは志を共にする同志であっても仲間では無い。利用し、利用される関係さ。尤も彼はそうは思っていなかったみたいだけどね」

 

 イケメンが澄ました顔で良くいる三流悪党みたいな台詞を言う。結構様になっていて憎たらしい。

 こんな事言われたら捨て石にされた白い人も浮かばれないだろう。信じて挑んでみたら返り討ちにあったとか死んでも死に切れ無さそうだ。まあ、死んでるんだが。

 

「しかし、流石は光の使徒とその仲間達といったところか。テンパードになって強化されていたはずのオリヴァスを一瞬で倒すとは想定以上だった」

「オリヴァス? てめえ、今、オリヴァスって言ったか!? じゃあ、さっきのはオリヴァス・アクトだったのか!? あいつ生きて……いやもう死んでるか……じゃあてめえは『闇派閥』の残党か!?」

「悪いがそれも違うよ、あんな憐れな電池達(テンパード)と一緒にしないで欲しい。私は私の()()でここにいる。この意味は君なら分かるだろう? 光の使徒よ」

 

 いえ、分かりません。何故だろう? 変な性的嗜好でもあるんだろうか。キメラ趣味とか。アラグ文明に肩入れする理由はそれぐらいしか思い浮かばない。

 

「さっきから話が意味不明なんですが……」

「理解する必要は無い。所詮君達には関係の無い話だ」

 

 だったらごちゃごちゃ言わずにさっさと帰ってはどうだろうか。

 こういった黒幕ぽい奴の言っている事はいちいち意味深で分かりづらくて困る。

 もっと単刀直入に言って欲しい『私は黒幕です。私を倒せば世界は救われます』位分かりやすければ簡単で良いのに。

 

「……随分と強気ですね。貴方の方こそ今の状況理解してますか? 4対1ですよ?」

 

 アンナも少しカチンと来たのか強い口調で言った。

 

「君達こそ、()()()()()と、()()()()()で随分と良く吠える」

「てめぇッ!! 言わせておけばッ!!」

 

 怒号と共に放たれた矢の如くリチャード達がイケメンに襲い掛かっていく。

 

「やれやれ、戦いに来たのでは無いのだが……っな!」

 

 イケメンがリチャード達に手を翳すと強烈な衝撃波が放たれた。

 衝撃波をもろに受け吹っ飛ばされていくパーティーメンバー達。

 

「……流石に君は微動だにしないか」

 

 棒立ちは得意だからな。完全に傍観者だったよ。

 それよりもイケメンと二人きりになってしまった。ああ、蕁麻疹出そう。

 

「さて、戯れはこれ位にして今回はこれで退こう。目的も達したし収穫もあった。それではまたいずれ会おう光の使徒よ」

 

 そう、イケメンが仰々しく格好つけて(うそぶ)くと霞の様に姿を消した。

 ありがちなイケメン、イケメンした奴と二人きりとか拒絶反応が出てきそうだったのでほっとした。

 

「ルララさん大丈夫ですかッ!?」

 

 心配そうな口調でアンナが駆けつけてくる。

 イケメンに汚されそうになりました。その小さな胸で慰めて下さ……ああ、甲冑着てるから無理か。大丈夫だ問題ない。

 

「それで、結局あの人は何だったの?」

 

 エルザが疑問を零す。

 本当に何だったのだろう。いきなり現れて、好きなだけ喋って、名乗りもせず帰るとは自分勝手な奴である。

 

「色々と気になる事は多いが取り敢えず帰ろうぜ……また何かあったら堪ったもんじゃないぜ……」

 

 確かに考えるのは家に帰ってからでも遅くはない。

 

「ですね。帰りましょうか」

「だね、もう、つーかーれーたー」

 

 そうと決まればもうここには用は無い。

 今度こそテレポを発動しルララ達はダンジョンを後にした。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それで首尾はどうだったんだい?

 

 

 想像していた以上だったよ。光の使徒だけでなく仲間達も順調に育っていた。

 

 

 ふうん。じゃあオリヴァスを捨て石にしただけの収穫はあったんだ。

 

 

 ああ、まさか一瞬で倒されるとは思っていなかったから、少しちょっかいを出してみたが直ぐに止めて正解だった。戦っていたらきっとここには帰って来れなかっただろう。相対しただけでも彼女の強さは十分理解できた。

 

 

 星に選ばれるだけの事はあると?

 

 

 それはもう、彼女以外に適任はいない程にね。

 

 

 でも()()()もその一人だろ。

 

 

 私はあくまで進行役。憐れな狂言回しだ。彼女とは格が違いすぎる。

 

 

 そうかい。……それで、次はどうするんだい? 今度は私が捨て石かい?

 

 

 所詮、計劃の前では私も含め誰も彼もが捨て石だよ。……さて、バハムートの修復作業の進捗状況は?

 

 

 ほぼ完了。後は出来るだけ信者を増やすぐらいかね。アンタの方は?

 

 

 ラキア王国軍のテンパード化は終了した。オラリオの方も『起点』と『拘束具』の設置は完了している。後は光の使徒……だけだ。

 

 

 それも時間の問題なんだろう?

 

 

 ああ、そう遠くない時期に神々は自ら望んで光の使徒を排斥する事だろう。そうなったらもう止められる者はオラリオにはいなくなる。そうすれば『ラグナロク計劃』は完遂する。

 

『ラグナロク計劃』ね……そう上手くいくのかね。

 

 

 いかせるさ。じゃないとこの星は──

 

 

 

 

 ──お終いだ。

 

 

 

 

 

 

 



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第4章
ヘスティアの場合 1


ヘスティア   原作ヒロインの一人。ロリ巨乳。でもいうほどロリじゃない。




 西のメインストリートを少し外れた廃教会を根城とする『ヘスティア・ファミリア』は貧しいながらも充実した日々を送っていた。

 たった一人の構成員しかいない零細としたファミリアで、稼ぎは少なく、毎日の糧を得る為に主神自ら出稼ぎに出なくてはならないほど財政状況は切迫していたが、それでも細々と慎ましやかに暮らす日常は何事にも代え難いものであった。

 『ヘスティア・ファミリア』は、今日の稼ぎに一喜一憂し、明日の冒険に胸を躍らせる何処にでもいる普通のファミリアだった。

 

 そう『ヘスティア・ファミリア』は()()()()()

 唯一の構成員は何処にでもいるちょっと夢見がちな()()()()()で、主神は少しぐうたらでだらしないが誰にでも別け隔てなく愛を振りまく()()()()だった。

 

 彼等にはトラウマになるような階層不相応なモンスターに襲われた経験なんて無いし、何処かの金髪女剣士と劇的な出会いをした事も無い。

 見たこともない激レアスキルを発現したなんて事も無いし、有り得ないスピードで成長するなんて事も起きてない。

 先日行われた怪物祭でもなんのトラブルにも巻き込まれず、その日は強大なドラゴン族の見事なまでの調教ショーを観戦し無事一日を終えた。その結果、ただでさえ深かった主従関係が益々深まったのは言うまでもないだろう。

 

 まさに順風満帆なファミリア・ライフだった。

 少なくとも()()にとっては、これ以上の幸福は考えられないと断じられる位に幸せに満ち溢れる生活だった。

 大好きな眷属と一緒にいられる、それだけで十分だった。

 立派な屋敷や、綺羅びやかな服、豪華な食事に、沢山のお金、地位、名誉、名声、栄誉、そんなもの一つもいらない。

 ただ、二人でこのままずっと家族の様に、恋人の様に、夫婦の様に生きていきたい……そう願っていた。

 

 そしてそんなささやかな願いを叶える事はとても簡単に思えた。

 

 なにせ『ヘスティア・ファミリア』はこれまでどのファミリアにも迷惑なんて掛けてもいないし、当然、恨みを買うなんて事もしていない。

 弱小中の弱小──最弱とも言っても良い程に脆弱な『ヘスティア・ファミリア』にちょっかいを出すファミリアもいる筈もなく、実に平穏そのものだった。

 このファミリアは他の多くのファミリアにとってその辺の路傍の石と変わりなかった。

 そんな零細中の零細。極まりし零細ファミリア──『ヘスティア・ファミリア』にわざわざ喧嘩を仕掛けるなんて意味が無いにも程があった。

 ましてや戦争遊戯(ウォーゲーム)なんてものを挑むだなんて馬鹿らしくて有り得ない事だった。

 

 

 でも悲しいかな、そんな()()()()()()が起きた。()()()()()()()

 

 

 かくして『ヘスティア・ファミリア』のささやかで慎ましやかな生活は儚く終わりを迎え、神『ヘスティア』とその眷属『ベル・クラネル』の運命は急速に回り始めた。

 ()()ると、()()ると……。

 

 

 

 *

 

 

 

「上等だッ! 受けてやるよ! その戦争遊戯(ウォーゲーム)を!!」

 

 弓矢と太陽のエンブレムが刻まれた門を構え、周囲は鉄柵で囲まれた巨大な石造建築物──『アポロン・ファミリア』の本拠地(ホーム)──で神『ヘスティア』の怒声が鳴り響いた。

 渾身の力を込めて投げつけた手袋が彼女と対峙する神──アポロンの顔面にぶち当たる。

 

「良いだろう……諸君! ここに両者の合意はなったッ! 戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催だッ!!」

 

 鋭い目つきで睨みつけるヘスティアと、してやったりと不敵な笑みを浮かべるアポロン。

 双方の神の浮かべる表情は、まるで今後の命運を表しているかの様に対照的だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 事の始まりは怪物祭が終わって間もない頃にまで遡る。

 前回の『神の宴』からまだ二週間程しか経っていないにも関わらず、アポロンから『宴』の招待状が届いたのだ。

 

 ヘスティアにとってアポロンはいわくつきの相手だった。出来れば相手にしたくない類の手合で、ぶっちゃけ言って苦手だった。

 色恋沙汰は数知れず、気に入った者ならば老若男女、神魔人妖関係なく当たり次第に手を出す色情魔だった(まあ、神々は得てして皆そういった側面を持ってはいるのだが)そしてなんといっても……もの凄く()()()()奴だった。

 その執念深さたるや凄まじく、愛する者を手に入れる為に相手が『樹』になるまで追い続けたという逸話がある位だ。

 過去に彼の被害にあった事のあるヘスティアも、そのしつこさをよく知っていた。処女神(おとめ)であるヘスティアにとって、ずばりアポロンは相性最悪の神だった。

 

 とはいえ知らない仲ではないし(むしろ甥みたいなものと言えなくもない気がする)、不倶戴天の間柄でもない。ただ本当に苦手なだけだった。

 だから、今回の招待を断る理由は無かった。

 本音を言えば『アポロン・ファミリア』といえばオラリオでもそこそこ有名な中堅どころのファミリアなので、さぞかし豪勢な食事が食べられるだろうという打算もあった。むしろそれが大半を占めていた。

 極貧ファミリアというものは大変なのだ。育ち盛りの眷属もいるし食事代は馬鹿にならない。

 

「……という訳で今回は君も参加するんだよ、ベル君!」

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……? 僕みたいなのが『神の宴』なんかに参加しても……」

「なに言っているんだい、ベル君! いいに決まってるじゃないか! 君は僕にとって大事な大事な眷属なんだぜ? そして思う存分ご飯を食べるんだ!」

 

『神の宴』には神しか参加できない。それが通例だ。

 だが今回の『宴』はただの宴ではなく、特例として眷属一名の参加も認められていた。

 お気に入りの眷属を見せびらかせる、自慢出来る──そんな魅力的なこの『宴』に神々はこぞって参加を表明した。

 もっともヘスティアにとってはそんな事どうでも良く、普段、碌な食事を摂れていない大事な眷属に、お腹いっぱい美味しいものを食べさせてあげられるという事実の方が魅力的であった。

 

 

 

「──で、その結果がその様な訳? ヘスティア」

 

 ヘスティアの友神『ヘファイストス』が呆れ顔でそう言った。

 

「ふも、ふみゅ、むもぬも、ふみゅ、ふももももも」

「いや、飲み込んでから話しなさいよ……」

「んぐっ、んっぐっ、んんん……ぷはぁ! その様ってヘファイストス! こんな豪勢な食事を目の前にして平静でいられる筈がないだろうッ!? ハッ! ベル君、二時の方向から『増援(おかわり)』が来たぞ! ヤツらに我らの胃袋(ちから)を見せつけてやれ!」

「はい! 神様!! とぉお!!」

 

 出会いを求めて冒険者になった筈のベル・クラネルも、見た目麗しい美女や、女神なんかに目もくれず、運び込まれてきた豪勢な料理に夢中だった。花より団子だった。もう本当、なんもかんも貧乏が悪い。

 

 冒険者特有のアクロバティックな機動で、たった今運ばれてきた『増援(おかわり)』を直ちに処理していく眷属(ベル・クラネル)とその主神(ヘスティア)

 そしてここぞとばかりに余り物(ドロップアイテム)もタッパに詰め込んでいく。全く無駄の無い無駄な動きだ。

 この食事会場(戦場)において『ヘスティア・ファミリア』は最強だった。比肩するものがいない最強無比の存在であった。

 まさに独壇場だ。

 みっともなくて張り合う者がいないとも言うが。

 

「やはりこの日の為に隣人君に『お持ち帰り用タッパ』の製作を頼んでいて正解だったよ! ハハハ、アポロンよ! 食料の貯蔵は十分かッ!?」

 

 余り物をタッパに詰め込みながら高笑いをあげるヘスティア。

 そこに神の威厳は欠片もなかった。

 

「貴方、ただの隣人になんてもの作らせてんのよ……」

「何を言うか、ヘファイストス! 隣人君は何でも作ってくれる凄く良い奴なんだぞ? この間もベル君の武器製作を快く承ってくれたし、私の愚痴もずっと黙って聞いてくれる。それに彼女は凄い冒険者なんだ! 最初は滅茶苦茶怖かったと思ったけど、別にそんな事はなかったぜ!」

 

 天真爛漫。まさにその言葉が相応しいといえる程に満面の笑みでヘスティアが言う。

 

「隣人君……確か無所属の冒険者なんだっけ?」

 

 ヘファイストスも件の『隣人』の話を何度か聞いた事があった。情報源はもちろん目の前にいるアホ神(ヘスティア)だ。

 

「そうそう隣人君はここ最近オラリオに来たばかりの冒険者でね、何かと僕達の事を気に掛けてくれているんだ。まだ何処のファミリアにも所属していないみたいだったから、だったら是非とも僕のファミリアに……って思ったんだけど残念ながら振られてしまったんだよ。まあ彼女滅茶苦茶強いらしいから心配は無いだろうけどね」

 

 自分の眷属どころか、ただの隣人の脛をかじる駄女神がやたらとでかい胸を強調して偉そうに言った。

 くそぉう、でかい……揉んでやろうか……? そんな邪な思いが胸を過ぎったが、それを表情に出さず努めて冷静にヘファイストスはこう返した。

 

「……随分と高評価みたいだけど、本当にそんな“子”いるのかしら? そんな凄い“子”がいたら、もっと神々(みんな)の間で噂になっても可笑しく無いと思うんだけど……そんな噂、聞いたことも無いわよ?」

 

 そんな完璧超人みたいな冒険者がいたら瞬く間に噂になって、こぞって神々が手中に収めようとするだろう。

 だが今のところそんな噂はこれっぽっちも聞いていない。そんな冒険者がいるのなら噂になっていない方が可笑しい筈だ。

 

(もしかして、あまりの貧乏っぷりに遂に幻覚を……!?)

 

 そんな縁起でも無い想像がヘファイストスの脳裏に浮かんできた。

 長い事極貧生活にさらされて、自分達にとって都合の良い冒険者像を作り上げてしまったのかもしれない。

 そんな友神の事を思うと、ヘファイストスはなんだか居た堪れない気持ちになった。

 

「何を言っているんだい、ヘファイストス。いるに決まってるだろう? 何だったら今度見に来ると良い。ウチのベル君と一緒で白髪赤目の可愛い小人族さ! どっかのサポーター君とは大違いだ!」

「……えぇ、そう……でも折角だけど遠慮しておくわ」

 

 想像上の『隣人君』と会うなんてご遠慮願いたい、とは流石に言えなかった。それぐらいの優しさはヘファイストスにもあった。

 

「なんだい()()かい? 残念だね……」

「……()()? って事は私以外にも誰かに紹介しようとしたのかしら?」

 

 よもやそんな与太話を他の誰かにも言ったのだろうか? 嫌な予感がヘファイストスを襲う。

 

「ん? あぁ、ヘファイストス以外にも『タケミカヅチ』とか『ミアハ』とかにも紹介しようと思ったんだけどみんな断られてしまったよ。小人族に嫌な思い出でもあるのかな?」

 

 なぜこうも嫌な予感というものは的中するのかしら? ヘファイストスはそう心の中で思った。

 

「……どうかしらね、そこまでは……流石に分からないわね」

 

 おそらく自分と同じ理由だ──そう思ったが、ヘファイストスは白を切った。

 

「まあ、何にせよ気が向いたら何時でも言ってくれよ! 僕と隣人君はもはや親友(マブダチ)と言っても過言ではない間柄だからね! きっと彼女も喜ぶはずさ!」

「……えぇそうするわ」 

 

 まるで苦虫を噛み潰したかの様な顔をしながらヘファイストスは答えた。

 今後、『隣人君』の話題をヘスティアの前で出すのは控えよう……そう固くヘファイストスは決意した。

 

「神様―っ! 神様―っ! 新たな、新たな敵影が出現しました! 新手は……『最終兵器(デザート)』ですッ!! 『最終兵器(デザート)』が投入されて来ましたッ!!」

「何ぃいイイ!? よっし、ベル君! ファミリアの総力をもってヤツらを殲滅するぞッ!!! じゃあ、ヘファイストス。僕は混沌なる戦場(食事)に挑むとするよ!! じゃあね!」

「えぇ、頑張って頂戴……」

「よーっし、ベル君! 覚悟はいいか!? 僕はできているぅううう!!」

「はい! 神様! ユクゾ! ユクゾ! ユクゾ!」

 

 某一子相伝の有情な暗殺拳の如き動きをしながら『最終兵器(デザート)』に襲いかかる『ヘスティア・ファミリア』の眷属と主神。

 その動きはもはや人間を超越している様に見えた。なぜその動きを普段の戦いに活かせないのか……。

 

「はぁ、神としての威厳もクソも無い……」

 

 周囲に醜態を晒す友神に、溜息を零すヘファイストス。

 何かとヘスティアに気をかけていたヘファイストスだが、この様子じゃ彼女の気苦労は益々増える事になるだろう。なんか精神病も患ってしまった様だし……。

 

「大変そうね、ヘファイストス」

「……フレイヤ……そうね、でも楽しくやっている様で何よりだわ」

 

 声をかけてきた銀色の女神──フレイヤに乾ききった笑顔を向けるとヘファイストスはそう答えた。

 

 ヘファイストスとヘスティアは仲が良い。ヘスティアがオラリオに降臨してから暫くはタダで寝食を提供してあげる位には仲が良かった。

 だが、古来より親しき仲にも礼儀ありといわれる通り、どんな仲の良い間柄でも限度というものがある。

 ヘスティアは、甘やかせればとことん堕落する正真正銘の駄女神だった。

 

 何時まで経っても自立する気配の無いヘスティアに業を煮やしたヘファイストスが、彼女を自らの本拠地(ホーム)から追い出したのが数ヶ月前。

 その時のまるで捨てられた子犬の様に絶望していたヘスティアと比べると、今の彼女はとても活き活きとしていた。まぁ少しハッスルし過ぎの様にも思えるが。死んだ目で街内を徘徊するよりかはマシだ。

 

 何にせよ、ようやく彼女にも『大切なモノ』が出来た様だ。共にアホな事をする眷属でも、いないよりかはいる方が良いに決まっている。

 面倒見の良いヘファイストスはヘスティアの前途はそれなりに気にしていた。

 眷属と共に手当たり次第に料理をむさぼる姿を見ると、どうやら楽しくやっている様でヘファイストスはほっと胸を撫で下ろした。

 メンタルをやられてしまったかもしれない部分は見なかった事にしよう……。

 

「ところで、ヘファイストス、貴方、ロキの事、何か知らないかしら?」

 

 急にフレイヤが違う話を振ってきた。

 随分と漠然とした質問だな、っとヘファイストスは思った。

 

「ロキ? そういえばここ最近見ていないわね。前回も今回も『宴』には参加していないみたいだしどうしたのかしら? こういった催し物は彼女、好きそうだし……今回もヘスティアが出席しているからてっきり参加するものだと思っていたわ。……そういえば、前回の『宴』の時も見かけなかったわね……」

 

 ヘスティアとロキの仲の悪さは神々の間じゃ結構有名だ。

ロリ巨乳(ヘスティア)』と『ロキ無乳(ロキ)』の血で血を洗う、無益で無駄で無意味な闘争は『神の宴』の一種の名物と化していた。

 そのロキが今回の『宴』に参加していない。

 何時もの彼女なら這ってでも参加して巨乳(ヘスティア)に嫌味の一つでも言いそうなものだ。一回だけなら都合が合わなかったとも考えられるが、二回連続だと考えると少し不穏だ。

 

「……もしかして何かあった?」

「それを今、調べているところ……といったところかしら」

 

 ヘファイストスの問いにフレイヤは力なく答えた。その顔には疲労の色が見て取れる。

 

「……その、随分と疲れているみたいだけど大丈夫?」

「えぇ、つい最近うちの“子”の知り合いとちょっと色々あったのよ……そのせいで少し寝不足で」

「貴方を寝不足に追い込めるヤツがいるなんて……ちょっと信じられないわね」

 

 あの傍若無人で唯我独尊を地で行くフレイヤを、寝不足に追い込む『モノ』がこの世に存在した事にヘファイストスは驚きを隠せなかった。

 

「もし何か聞いたら教えてくれないかしら? 噂でも何でも良いから……」

 

 弱々しく言うフレイヤは、ちょっとこれまでとは別のベクトルの美しさを放っていた。

 なんというか、こう……打ち捨てられた子猫の様な可愛さだ。庇護欲を掻き立てられる。

 

「貴方がそんな事言うなんて、相当ね……良いわ、何かあったら教えてあげる」

「えぇ、よろしくお願いするわ」

「……でも、そんなに気になるなら直接会いに行けば良いんじゃないのかしら?」

「…………」

 

 フレイヤが押し黙る。理由はなんとなく理解できる。

 

「まあ、敵対するファミリア同士そうそう会いに行けるものでもない……」

「……会えなかった」

「……えっ?」

「会えなかったのよ。あの子とは……だから少し、いいえとても()()()()()()の」

 

 心底心配している様子でフレイヤが言った。こんなフレイヤの姿をヘファイストスは見た事が無かった。まるでフレイヤの皮を被った偽物の様だ。

 

(誰だこいつッ!?)あまりにも衝撃的な光景にヘファイストスはそんな事を思った。

 

 そして、少しして再びフレイヤが口を開く。

 

「兎に角、どんな些細な事でも何でも良いのよ、何かあったら教えて頂戴」

 

 そう言って、フレイヤはその場から去っていた。

 

「……えぇ……分かったわ」

 

 残されたヘファイストスはそう答える以外に選択肢は無かった。

 

 ちなみにこの後数日したらフレイヤの心労をまるで台無しにするかの如く、ロキはあっけらかんと復活する。

 その時のフレイヤの呆然とした表情は、どんな喜劇よりも面白い事になっていた。

 その顔をヘファイストスは一生忘れないだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

「随分と宴を楽しんでいるようじゃないか、ヘスティア」

 

 リスみたいに口の中一杯に料理を頬張っているヘスティアに、まるで太陽の様に光輝く金髪の男神──アポロンが声を掛けて来た。

 

「ああ、ング……アポロン……ンクゥ、この度は、むしゃむしゃ、こんな、むはむは、素敵な『宴』を開いてくれて……んぐんぐ、ぷはぁ……本当にありがとう!」

 

 口に料理を付けながら満面の笑みを浮かべてヘスティアが言う。

 本当に幸せそうだ。

 

「い、いや気に入ってくれた様で何よりだ……」

 

 そんなヘスティアの様子に若干どころではないレベルでドン引きながらもアポロンは続ける。

 

「ゴホン……それで、ヘスティア……君に話があるんだが……」

「ちょっと待ってくれ、アポロン! 今、大事なところなんだ! 後にしてくれないか!?」

 

 鬼気迫る表情でヘスティアが懇願する。小さく幼い顔の筈なのに物凄い迫力だ。

 

「あ、あぁ、そうか……ならば、少し待つことにしよう」

 

 ヘスティアの迫力に負けて、取り敢えずアポロンはその場を引いた。

 

「ありがとう、アポロン! ……ベル君! ソイツは長期保存が可能なヤツだからもっと持って帰ろう。この『お持ち帰り用のタッパHQ』を使うんだ! 何、隣人君には予備を大量に作って貰ってるから大丈夫だ! 我らのタッパは百八式まであるぞ!」

「はい! 神様! これで暫くは安泰ですね!」

「そうだよ、ベル君! これでじゃが丸くんで飢えを凌ぐ日々ともおさらばだ!」

「流石です、神様!」

 

 もしかしてこいつらはうちの食料庫を食い尽くす気じゃないだろうな? そうアポロンが思う位に『ヘスティア・ファミリア』の勢いは凄まじかった。

 

「ふぅ……それでアポロン、話ってなんだい?」

 

 ようやく気が済んだのか、ヘスティアがアポロンに声を掛けてくる。

 

「……もう良いのかい?」

「ああ、小休止というヤツだ」

「そ、そうか……小休止なのか……」

 

 まだ食う気なのか? という言葉をなんとか飲み込んでアポロンは続ける。

 

「それで、ヘスティア。君に折り入ってお願いがあるんだが……」

「なんだい? そんな改まって……ッハ! 食事代なら持ってないぞ!?」

 

 確かにやり過ぎた感は否めないが、今更出すもん出せやゴラーなんて言われても、元々出すもん持って無いので出来ないものは出来ない。極貧ファミリア舐めんな!

 

「いや、それは別に良いのだ。むしろもっと食べて貰っても良いぐらいだ……どうせ余るしね」

「それは本当かい!? ありがとう、アポロン、君って良い奴だな! 正直、君の事を手当たり次第、色んなヤツに手を出す変態だと思っていたよ! 悪かったね! ……おっし! 聞いたかい、ベル君? お許しが出たぞ、徹底的にやっておしまい!」

「はい! 神様!」

 

 興奮しすぎてとんでもなく失礼な事を口走っている事に気づかないヘスティア。

 何だかんだであれでも遠慮していたのか、主催者からも直々のお許しを得たヘスティア達はこれまでの三倍のスピードで料理を掻き込んで行く。

 

「ん? じゃあ、お願いって何なんだい? これだけ美味しいものをくれたんだ。大抵の事なら聞いてあげても良いぞ!」

 

 可愛らしい仕草で首を傾げてそんな事を口にするヘスティア。何にも考えていないのはその脳天気な顔を見れば直ぐに分かった。

 そんなヘスティアに僅かな劣情を催しながらもアポロンは答えた。

 

「それは良かった……それで、お願い何だが、ヘスティア……」

「うんうん、何だい? 何だい?」

 

 耳を傾けながら上機嫌で答えるヘスティア。

 

「……君の眷属『ベル・クラネル』を、僕にくれないか?」

「だが、断る!」

 

 それは見事なまでの手の平クルーだった。

 さっきまで笑顔だったヘスティアの表情が曇る。

 

「いちおう理由を聞いても良いかな?」

「そんなの、ベル君は僕のたった一人の眷属だからに決まってるじゃないか! いや別に一人じゃなくても手放す気はこれっぽっちもないけど兎に角駄目なものは駄目だ!!」

「……そうかい、ヘスティア……ならば仕方がない……」

 

 しかし、アポロンはまるで想定内であるといった感じで冷静答える。

 

「我が『アポロン・ファミリア』は君に『ヘスティア・ファミリア』に戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込もうッ!!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべアポロンが宣言する。

 それに対してヘスティアも声高らかに返答した。

 

「悪いがアポロン、それも答えは『Non』だ!!」

 

 

 

 *

 

 

 

 突如として告げられたアポロンの宣戦布告、当然、ヘスティアは即座に却下した。当然だ、たった一人しかいない構成員を差し出すという事は、そのファミリアの『死』を意味する。

 そうじゃなくてもヘスティアに『ベル・クラネル』を手放す気はさらさら無かった。

 なんせ彼は彼女にとって……何者にも代え難い大切なものなのだから……。

 

「どうしても戦争遊戯(ウォーゲーム)を受けないつもりかい? ヘスティア」

「くどいぞ! アポロン! 僕達にはそれを受ける義理も事情も無いッ!」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は双方の神の合意があって初めて開始される戦いだ。その開催において、変な脅迫や、工作はご法度である。

 そうでなければ、強豪ファミリアが一方的に弱小ファミリアを蹂躙出来てしまい好き放題出来てしまう。

 あくまでも戦争遊戯(ウォーゲーム)は神の遊戯(おあそび)

 神々が楽しむ為のお遊戯に、ただ一方的な蹂躙劇はふさわしくなかった。まあ、もしかしたらそんな事が好きな神もいるかも知れないが……。

 だからこそ戦争遊戯(ウォーゲーム)を開催するにあたっては、どんな弱小ファミリアでも拒否する権利がある。

 構成員一名の最弱ファミリア『ヘスティア・ファミリア』もその正当なる権利を行使した。

 

「……どうしてもかい? 後悔はしないか、ヘスティア……?」

「当然だッ! 当たり前だろ!!」

「そうか……」

 

 だがそれすらも想定内だといった表情でニヤつきながらアポロンは言った。

 ピリピリと緊張した雰囲気が両神の間に流れる。その異様な雰囲気に辺りがざわめき始める。

 その雰囲気を嫌ってヘスティアが告げる。

 

「それじゃあ、僕達はこの辺で帰らさせて貰うよ……アポロン。楽しい『宴』だったよ、ありがとう……」

「ああ、()()()残念だったが断られてしまっては仕方がない……諦めるとしよう……」

 

 そう言うアポロンの顔は少しも残念そうに見えない。

 

「……()()()……ね」

 

 去りゆくヘスティアを見つめながらアポロンは最後にそう呟いた。

 小さく呟いたその言葉はヘスティアには届かなかった。

 

 

 その日から()()()()『アポロン・ファミリア』による『ヘスティア・ファミリア』への執拗で陰湿な嫌がらせが始まった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 連日連夜繰り返される嫌がらせという名の攻撃に『ヘスティア・ファミリア』の二人は限界を迎えようとしていた。

 もはやまともな稼ぎを出すことも不可能になり、奇襲や襲撃を防ぐために碌に外出も出来なくなった。

 夜も安心して眠れなくなり、入れ代わり立ち代わりやってくる『アポロン・ファミリア』の刺客に、ただただ何も出来ずに摩耗していくばかりであった。

 

 アポロンは本気だった。

 本気で『ベル・クラネル』を奪おうとしていた。

 碌な戦力を持たないヘスティアにこれ以上の抵抗は不可能であった。

 

 所詮、規則(ルール)というものは強者が作り上げるものだ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)に双方の神の合意が必要なんて事は戯れ言だった。

 

 欲しければ奪う──そんな単純で分かりやすい規則(ルール)がこの街の根底にあった。

 結局、弱いものの末路は強いものの養分になる以外にないのだ。弱者は強者の言いなりになるしか未来は無い。

 むしろ最初に正当な交渉をしてきただけでも『アポロン・ファミリア』は有情であるとさえ言えた。

 なんて理不尽──でもそれが冒険者の、ならず者達が集う街の流儀だった。

 それが嫌だったら強者の側に回り、更なる暴力で理不尽を叩きのめすしか無い。

 

 そんな理不尽とも言える現実が『ヘスティア・ファミリア』に叩きつけられた。

 

 

 燃える……燃えている……。

 

 廃教会が……。『ヘスティア・ファミリア』の本拠地(ホーム)が……。

 

 彼等の憩の家が、彼女達の愛の巣が……。

 

 これまでの色々な思い出が詰まった我が家が……。

 

 燃えて朽ちる。

 

 

 その姿をヘスティアはただ呆然と見ている事しか出来なかった。

 

「一緒に来て貰いますよ……神ヘスティア……」

 

 『アポロン・ファミリア』の構成員だろうか、エルフ族の男性がそう冷たく告げてくる。

 何も言わず、言われるがままヘスティアはその言葉に従う。その身体は僅かに震えていた。

 

 結局、最初から抵抗は無意味だった。

 精々別れの時をほんの少し先延ばしに出来たぐらいだった。

 馬鹿みたいに意地を張らず素直に明け渡していれば良かったのだと、きっと他の者は言うだろう。

 

 でも、それでも──退かないと決めたッ!!

 どうしようも無い程ちっぽけで馬鹿な意地を最後まで貫き通すと心に決めたッ!!

 眠れない夜を迎える度に彼と一緒にそう誓いを立てた。

 

『僕は……僕は逃げたくありません……もう、どうしようも無いって事は分かっています。僕達だけの力じゃ、どうしようも出来ないって事はとっくに理解しています。お伽話や物語みたいにここから大逆転なんて万に一つも無いって事は僕にだって分かります! でもここで逃げちゃ、諦めちゃ駄目なんです! 僕は、僕は……『英雄』になりたいんですッ!!』

 

 ベル・クラネルには夢が二つ()()()

 一つは冒険者となり女の子と出会い『ハーレム』を築くこと。そして、もう一つは『英雄』になること。

 

『ハーレム』の方は冒険者になって早々に断念した。なんせちっとも出会いなんて無いし女の子にもモテない。でもそれでも構わなかった。

 ベル・クラネルには敬愛する世界一可愛い女神様がいるし、最近じゃ妹みたいな小人族のサポーターも出来た。それで十分だった。

 所詮ハーレム願望なんて、ちょっと可愛い子が周りに出来てしまえば薄れるものだったのだ。

 彼にとって『ハーレム』はその程度だった。

 

 でも英雄になる事は違う。これだけは特別だった。

 こればっかりは彼の根底に根ざした、大きな願いだった。

 これこそがベル・クラネルの原動力とも言えた。

 決して譲ることの出来ない大望だった。

 全ての願いの奥底には英雄になる事(それ)があった。

 

 新しい仲間ができた。新しい武器を貰った。新しい階層に挑戦した。新しいモンスターと戦った。

 次々とやってくる未知への挑戦にベルは夢中になった。

 

『それをこんなカタチで終わらせるなんて絶対に嫌です!!』

 

 それは彼女の眷属が零す初めての我儘だった。

 でもそれは『ヘスティア・ファミリア』じゃなくても出来るはずだ。

 僕が主でなくて良いはずだ。

 君ならそれが()()出来る。

 

『いいえ、それじゃあ駄目なんです! 僕は『ヘスティア・ファミリア』で、ヘスティア様の眷属で『英雄』になりたいんです!! 貴方でなくちゃ駄目なんです!!!』

 

 初めて見せる彼の慟哭にヘスティアの神意は決まった。

 愛する眷属の為に、理不尽に立ち向かってやると。

 愛する者の為に、勝ち目のない戦いに挑んでやると。

 愛する男の為に、全てを投げ打ってやると。

 そう決意した。ここで根性見せなきゃ神が廃るッ!

 

「上等だッ! 受けてやるよ! その戦争遊戯(ウォーゲーム)を!!」

 

 連れられた『アポロン・ファミリア』の本拠地でヘスティアは堂々たる態度でそう告げた。

 あらん限りの力を込めて、溜めに溜め込んだ思いをぶちまけた。

 

「その代わり、僕が勝ったらどんな要求でも呑んで貰うぞッ!!」

 

 その覚悟はあるのか? 燃え盛る瞳でヘスティアはそう咆哮した。

 

 我彼の戦力差は圧倒的で絶望的だ。

 勝機は万に一つも無いだろう。

 だがそれでも一柱の神として──愛する者を持つ一人の“女”として、その無茶苦茶を叶えると決めた。

 正々堂々と戦いを宣言したヘスティアの姿は、まさに『女神』だった。

 

「良いだろう、ヘスティア。……では、諸君ッ! ここに両者の合意はなったッ! 戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催だッ!!」

 

『竈の神』ヘスティア率いる『ヘスティア・ファミリア』 眷属数1名。

『太陽神』アポロン率いる『アポロン・ファミリア』 眷属数104名。

 

 かくして『史上最も戦力差のある戦争遊戯(ウォーゲーム)』と呼ばれた戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 




 隣人くん「大規模PVP!?」ガタッ!!


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ヘスティアの場合 2

 戦争遊戯(ウォーゲーム)──それは、神と神が己の威信と誇りを賭けて眷属同士を争わせる『代理戦争』

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)──それは、眷属達の実力と信仰心を試す『神の試練』であり、ファミリアの総力を結集して挑む『闘争』

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)──その勝者は全てを得て、その敗者は全てを失う。あまりにもハイリスク・ハイリターン。今まで苦心して育ててきたものが一瞬にして水泡に帰する危険過ぎる『賭け』

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)──そしてそれは娯楽に飢えた神々にとって最高の『遊戯』であった。

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の実施は即日をもってギルドに承認された。

 久方ぶりになる戦争遊戯(ウォーゲーム)開催の報せに、にわかに活気立つオラリオ。

 今、人々の間では戦争遊戯(ウォーゲーム)に出場するヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの話題で持ち切りであった。

 そんな注目度No.1であるヘスティア・ファミリアの主神ヘスティアはというと……

 

 

 現在……

 

 

 絶賛……

 

 

 土下座中だった。

 

 

 

 *

 

 

 

「頼むッ! この通りだ! 僕に、僕達に君の力を貸してくれ!!」

 

 額を床に擦りつけながら、たった今帰還したばかりである“隣人”にヘスティアは懇願した。

 同種である神でも、自身の眷属でも、ましてや他の神の“子”ですらない、神の恩恵さえも授かっていないただの一般人に神が土下座をするというのは前代未聞の行為である。

 “隣人”の背後にいた仲間達の顔が驚愕の表情に変化する。“隣人”の顔には特に変化は無い。

 

「もう僕達には頼れる人は君しかいないんだ! お願いだ、僕達を助けてくれ!」

 

 神が人に助けを乞う──これは本来であれば有るはずのない……いや、有ってはならない事であった。

 人と神との関係を覆しかねない、とんでもない行為であった。

 ヘスティアの後ろに控えているベル・クラネルが悔しそうな顔を浮かべる。

 

「自分勝手で都合の良い事だっていうのは重々承知の上だ!」

 

 そうだ、これは──戦争遊戯(ウォーゲーム)は、ヘスティア・ファミリアの問題であって“隣人”には全く関係の無い事であった。

 それを自らの我儘を押し通すために彼女を巻き込もうとしている。最悪糾弾されても文句は言えないだろう。

 

「君には散々お世話になった! 武器も防具も薬品だって全部君に作って貰った!」

 

 貧しいながらもヘスティア・ファミリアがこれまでやって来れたのは“隣人”の助けがあったからだ。

 彼女の武器は恐ろしい程切れ味があった。

 彼女の防具は驚くべき程護りが硬かった。

 彼女の薬品は信じられない程効果があった。

 それらが無かったら今頃どうなっていただろうか……。

 

「その上、本拠地(ホーム)を無くした僕達を、君は嫌な顔一つせず快く受け入れてくれたッ!」

 

 そう、本拠地(ホーム)を焼き払われて帰る家を無くしたヘスティア達は、今、“隣人”の家で雨露を凌いでいる。

 今のヘスティア・ファミリアの惨状は、住む家すらも他人の世話にならなくてはならない程に追い詰められていた。

 決して大きいとは言えない自宅に、穀潰しが二人も増えて“隣人”の負担は相当なものだろう。

 

「君の好意に甘えてばかりいる僕達が、その上こんな事を頼むだなんて虫の良すぎる話だっていうのは理解しているッ!!」

 

 “隣人”から貰った借りは数知れず、返した借りは一つもない。

 しかも更にここに来て、かつて無い程特大の借りを作ろうとしている。

 恥知らずの痴れ者め、と罵られても否定しようが無かった。

 

「おまけに僕達には碌な財産が無いッ! 君にあげられる報酬は何も無いッ!!」

 

 ヘスティア・ファミリアは貧乏だ。いっそ清々しい程に何も持って無かった。

 こつこつと貯めた僅かな財産は本拠地(ホーム)と共に先日焼き払われてしまった。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗如何ではどうなるか分からなくもないが、それを当てに出来るほど楽観的にはなれなかった。

 

「それでも……それでも、僕達はなんとしてでも勝たなくちゃならないんだ!」

 

 例え、『唯一の眷属』に醜態を晒そうとも……。

 例え、『他の神の“子”』に失態を目撃されようとも……。

 例え、『ただのヒト』に頭を下げようとも……。

 

 それで少しでも勝ち目が上がるなら、万に一つでも、億に一つでも、兆でも京でも、例え那由多の彼方でも勝率が上がるならヘスティアは構わなかった。

 その程度で勝ち目が見えるならこんな頭幾らでも下げる所存だった。

 

「お願いだ! 僕はどうなっても構わない!」

 

 ようやく見つけた大切な眷属のささやかで儚い夢を、ここで終わりにしてしまう訳にはいかなかった。

 僅かに灯った夢の灯火をこんな所で消してしまう訳にはいかなかった。

 

「僕達の……

 

(僕が出来る事は──

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)

 

 ──これくらいしかないから)

 

 ……君も参加してくれ!」

 

 更に額を床に押し付けてヘスティアは言った。

 それは神としての言葉ではなく、ファミリアの代表としての言葉でもなく、何者でもないただの“愛する者がいる女性”としての言葉だった。

 

 ヘスティアの心からの懇願に対し“隣人”──ルララ・ルラは……

 

 華麗なジャンプをして

  ──その動きに淀みはなく

 

 膝を折り曲げると

  ──その動きに迷いはなく

 

 空中で姿勢を正し

  ──その動きはまさに芸術であり

 

 そのまま着地すると

  ──その動きは華麗だった

 

 腰を折って額を床に押し付けた

  ──それはまさに土下座だった。

 

 ヘスティアの誠心誠意を込めた必死の土下座に対し、ルララは最大級の敬意を払いララフェル族伝統の土下座で応えた。

 これ以上にこの場に相応しい返答は他に存在しないだろう。

 両者の間にもはや言葉は不要だった。

 神と人、種族や身分を超えた友情が確かにここに結ばれていた。

 

 自然にどちらからという訳でもなく両名は抱き合った。

 ヘスティアは結ばれた盟約を確かめるかのように小さな冒険者を強く、強く抱きしめた。

 その時、心なしか“隣人”の顔がヘスティアの、そのたわわに実った胸に迷うこと無く向かっていた様な気がしたがきっと気のせいだろう。

 

 何はともあれ、こうしてルララ・ルラの戦争遊戯(ウォーゲーム)参戦が決定した。

 飢えた狼達の檻(ウルヴズジェイル)から1匹の獣が解き放たれるまで後少し……。

 

 

 

 *

 

 

 

 ヘスティアが藁をも掴む思いでルララに懇願したのには当然理由がある。

 

 当初はヘスティアも己のファミリアだけでなんとかしようとしていた。何もかも他人に頼るほどにはまだ落ちぶれていないつもりだった。

 

 その程度のプライドを気にするほどにはまだまだ精神的余裕があったとも言える。

 

 だが、そんなみみっちいプライドすら気にしていられないほどの事態が起きたのだ。

 

 それはヘスティアがルララに土下座した日の午前中、戦争遊戯(ウォーゲーム)の会議のために開かれた神会(デナトウス)で起きた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……一対一、一対一だ。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は一対一で決着をつけようじゃないか」

 

 摩天楼施設(バベル)三十階の神会(デナトウス)会場で、丁度正反対の場所に座しているアポロンをきつく睨みつけながらヘスティアが言う。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)には決まった形は存在しない。総力戦に、決闘方式に、トーナメントに……何でもありだ。過去には全裸の眷属達による身体能力の競い合いなんて奇抜なものも存在した。

 そんな戦争遊戯(ウォーゲーム)の方式は、神会(デナトウス)──神々による会議──によって当該派閥の主神監督の下、多くの神々の趣味や意向を織り込みながら決定される。

 

 神々は今その会議の真っ最中というわけだ。

 

 基本的に戦争遊戯(ウォーゲーム)はどちらかのファミリアが一方的に有利になるような形式では行われない。

 あくまで公平、公正。出来るだけ戦力の差が出ないようにするのが通例だ。

 でなければ今回のような弱小ファミリア対強豪ファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)が乱立し、強者が一方的に弱者を言いなりにするなんて事がまかり通ってしまう。

 そんな事、地上生活を娯楽と捉える神々には容認しがたい事だ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)──これは冷酷非道で無慈悲な戦争じゃない。あくまで遊戯(ゲーム)。弱い者も強い者も同じように楽しめなければ意味が無いのだ。

 

 だが、所詮それも()()だ。

 

 世の中いくら公平にしようとしても、圧倒的に戦力差があり、派閥勢力にも尋常で無い差がある場合、どちらか一方の意見が優先される。

 

「他の神々(みんな)も結果が見え透いた戦争遊戯(ウォーゲーム)なんて見たく無いはずさ。闘技場を貸しきっての決闘方式──これが一番盛り上がる形式だろう?」

 

 ヘスティアの明瞭な声が会場に響く。

 一騎打ちの決闘──圧倒的に戦力の劣る『ヘスティア・ファミリア』に勝ち目があるとしたら“コレ”以外に無い。

 事実、見るに耐えない程に力の差が存在するこの戦いを、なんとか見るに耐えうる戦いにするには、ヘスティアの提案した形式以外に無いだろう。

 

「……まぁ、それしか無いか」「ああ、私も賛成だ」

 

 ヘスティアの声に合わせ、幾つかの神が同意の声をあげる。だがその声はあまり大きいとは言えなかった。

 精々ヘスティアと親交のある神々が僅かに声を上げただけ。それ以外の神々は皆押し黙っている。他に積極的にヘスティアを援護する神はいないようだ。

 

 あまりにも冷たい沈黙が周囲に流れる。

 そんな中賛同を得られずにいたヘスティアに追い打ちをかけるようにアポロンが反撃に出た。

 

「……ヘスティア、君のファミリアの構成員が少ないのは君の怠慢に他ならない。君がオラリオ(この地)に降臨して一体、幾日が経った? 碌に勧誘もせず友神(ヘファイストス)のところでのうのうと過ごしていたのは一体誰だったかな?」

 

 尋問する様にアポロンが問い詰める。

 ヘスティアに神会(デナトウス)中の視線が集まり、あたかも自分が審判を待つ咎人になった様な錯覚を受けた。

 

「君がもっと本気を出していればこんな()()()()()()()()なんて目も当てられない酷い状態に陥る事は避けられたはずだ。君はその程度の“神”じゃないだろう?」

 

 確かに眷属(ベル・クラネル)と二人きりでいる為に積極的に勧誘を行なってこなかったのは事実だ。

 本気を出せばもう一人、二人眷属を増やして、眷属一人居なくなったらもうお先真っ暗なんて事態を回避することは簡単だった。

 

 でもそれをしなかった。ヘスティアの自分勝手で()()()それをしなかったのだ。

 

 ベル・クラネルと二人きり──このシチュエーションを維持したいと言う自分の欲望を優先した結果が今の有り様だ。

 結局のところヘスティア・ファミリアの現状はヘスティア自身が招いた“自業自得”であると言えた。

 

「…………ぐっ」

 

 図星を突かれて何も反論できないでいるヘスティア。

 

「……そんな君の()()()事情に、僕達が合わせなきゃいけない理由は少しも無いな」

 

 氷の様に冷たい声でアポロンが締めくくる。

 

「それもそうだな」「うむ、確かに一理ある」「アポロンの意見に一票!」

 

 アポロンの言葉に口々と神々が同調する。

 さっきまでだんまりを決め込んでいた神々がここぞとばかりに口を開いていく。

 

「やっぱ戦争遊戯(ウォーゲーム)は派手でないとだしな!」「そうそう一対一なんて見ても結果は見え見えだし……」「まあそれを言ったら集団戦でも変わらないんだけどな! ダハハハハハ」「まあ、そうなんだけどな。どっちも見え透いているならいっそ派手な方が盛り上がるだろ!」「そうだな!」「うむ、同意である」

 

 結局のところ、彼等は面白ければ何でも良いのである。

 彼等は面白そうな事の味方で、つまらなさそうな事の敵だ。

 Lv.1の冒険者の地味な決闘と、ファミリアの総力を結集した派手でドンパチな戦い……どちらが面白そうかなんて明白だった。

 

 自分勝手で自由奔放に生きる不死身の超越存在(デウスデア)に良識を求めても無駄な事だ。

『勝手気まま』──これこそが彼等の本質なのだから。

 

 所詮、彼等にとって“今回の遊戯”はどこまで行っても他人事でしか無く、結果がどう転がろうと面白ければそれで問題無いのだ。

 彼等は自分以外の誰かがどうなろうが知ったこっちゃ無かった。自分さえ楽しめればそれで万事オッケーだった。

 

 刹那的に生き、己の快楽を最優先する生き方は、まさに“神らしい”生き方と言えた。

 これこそが“神”、それでこそ“神”と胸を張って彼等も言うだろう。

 それに付き合わされる眷属達の方は堪ったものじゃないだろうが、それはある意味恩恵(ファルナ)との交換条件であると言えた。

 つまり、眷属達は恩恵(ファルナ)を得る代わりに、神々を楽しませる“責務”を負うのだ。

 

 だからこそ神々を咎める者は何処にも存在しない……当然だ。だって相手は『神』なのだ。反抗するだけ無駄というものだ。

 

「んじゃ今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は集団戦って事で良いか?」「まあ、良いんじゃねえの? 件の冒険者なんてつい最近恩恵(ファルナ)をうけたばかりなんだろう? そんなLv.1の取り合いなんてつまらんし、さっさと決めちまおうぜ」

 

 全くやる気のない声で神々が会議を踊らせる。

 神会(デナトウス)全体に弛緩した雰囲気が流れ、グタグタと盛り上がりに欠けた議論になり始める。

 

 まあそれも仕方のない事だろう。

 実のところ今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の注目度はあまり高くない。

 そりゃそうだ。

 この戦争遊戯(ウォーゲーム)はどんなに足掻こうが、喚こうが、結果はもう分かりきっていた。子供にだって一目で分かるレベルだ。

 

 アポロン・ファミリアの勝利──これで確定だ。

 

 結局のところこの会議はただのお膳立てに過ぎす、後はどう落とし所を見つけるかでしかなかった。そんな期待も興奮も無い議論が白熱しないのも当然であった。

 これで実はアポロンがヘスティアを手籠めにするための壮大な前振りであったとか、件の冒険者が実はとんでもないレアスキルを保持していたとかならまだ興奮しようもあるのだが、そんな事あるはずも無く、ただだらだらと時間を浪費するだけであった。

 

 この神会(デナトウス)に出席する神々は皆こう思った──いい加減諦めろ、ヘスティア──っと。

 ヘスティアの神友であるヘファイストスですらそう思ったのだから、もはやヘスティアの抵抗は悪足掻き以外の何者でも無かった。

 

 退屈過ぎるこの時間を一刻も早く終わらせるために、無言の圧力がヘスティアに集中する。

 孤立無援な状態に追い込まれるヘスティア。

 こんな絶体絶命の危機に、助け舟を出してくれる友好的ファミリアを作ってこなかったのも彼女自身が招いた事態だ。

 それでもなんとか反論しようと、顔を上げ、口を開こうとするヘスティア。

 

「でも……」

「だがッ──!!」

 

 しかし、ヘスティアの言葉に被せる様に再びアポロンが口を開いた。

 出鼻を挫かれたヘスティアを片手で制しながらアポロンが続ける。その仕草はどこまでも優雅で、どこまでも憎たらしかった。

 

「──だが、君の言い分も分からないでもない。一方的な遊戯(ゲーム)を見せつけられても全く美しくない……これじゃあ神々も満足しないだろう。事実先程から皆退屈そうだ……」

「……じゃあどうするって言うんだい」

 

 困惑しながらもヘスティアは問う。

 

「ヘスティア、この戦争遊戯(ウォーゲーム)は神聖不可侵にして唯一絶対な神々(我々)の戦いだ。その美しき戦いの形式を決めるのに最も相応しい方法は一つしかあるまい。それは──」

 

 それは? アポロンの言葉に興味を取り戻した神々が身を乗り出して繰り返す。

 

「──くじ引きで決めようじゃないか!」

 

 

 

 *

 

 

 

 アポロンの提案に、だらけきっていた神会(デナトウス)は活気を取り戻し彼の意見は満場一致で認められた。

 もしかしたら『僕が考えた最強の戦闘形式』が採用されるかもしれない──その事実に神々は熱狂した。

 

 いわゆる、これぞ本当の“神”頼みというやつだ。

 圧倒的戦力差のあるファミリア同士が如何に公平に戦うか──これを各々が考え投票する。戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式を決めるのに、これ程までに相応しい方法は有るだろうか。いや無い。

 まさに両者の運命は“神”のみぞ知る、だ。

 

「おーっし、じゃあみんなこの箱に投票していってくれ!!」

 

 用意の良い神により、あっという間にくじ引きの準備は完了した。

 神会(デナトウス)に出席している全ての神々が思い思いの『戦闘形式』を書いて、円卓に置かれた小さな箱に投げ込んでいく。

 

(これが最後のチャンス……お願いだ! 頼むぞ、僕の運命力!!) 

 

 当然ヘスティアも『一騎打ち』とでかでかと書いて懇願する様に投票した。神である彼女が一体誰に祈ったのか知るすべはない。

 

「くじを引くのは僕にも、君にも息のかかっていない者にしようじゃないか……そうだな()()が良いだろう──」

「同意しよう、ヘスティア。ならば、考えられるのは()()しかおるまい──」

 

 初めて両者の意見が一致した瞬間だった。

 二柱の視線がある女神に集中する。

 そして両者は同時にその女神の名を呼んだ。

 

「「フレイヤ!!」」

 

 ヘスティアとアポロン双方の要請に、この神会(デナトウス)に出席する全ての神が沈黙の下に納得する。

 確かに、この中で唯一絶対に中立と言えるのは『最強』の彼女以外に考えられない。

 彼女ほど、この神々の審判(くじ引き)の裁定者として相応しい者はいないだろう。

 誰しもが納得の行く神選(じんせん)だった。

 

 神会(デナトウス)中の期待の眼差しがフレイヤに集中する。

 それに答える様に、会議の初期から全く喋らず悠然と佇んでいた銀色の女神が初めて口を開いた。

 

「……良いでしょう」

 

 小さく、だがとても透き通った美しい声でフレイヤは短く答えた。

 それを神々は拍手をもって歓迎する。

 

「……では僭越ながら(わたくし)フレイヤが、この神会(デナトウス)に出席する全ての神の代表としてくじを引く名誉を賜ります」

 

 少し芝居がかった物言いでフレイヤがそう言う。

 彼女は静かに立ち上がると、ゆっくりと箱の前に移動し始める。

 

「……このくじ引きは数多の神々が見守る中、執り行われる神聖なもの……」

 

 まるで歌うように、語るように、フレイヤが(ささや)く。

 

「……例えどんな結果になろうとも、何者にも抗う事は許されず、何者にも否定する事は出来ない」

 

 そう、それが例え『神』であろうとも、我が“名”と“子“に誓って容認しない──そう最後に締めくくり渦中の二柱に目を配らせる。

 

「よろしいかしら? お二方?」

「ああ、勿論だとも!」「……異存は、無いッ!」

「……そう、それじゃあ……」

 

 フレイヤのその細くて、美しく、穢れ無い白魚の様な手が、そっと箱の中に入れられる。その様子を、固唾を呑んで見守る神々。

 暫しの静寂の後、フレイヤはゆっくりと一枚の羊皮紙を箱の中から取り出した。

 そして、その紙に書かれた内容を確認すると……フレイヤは舌をぺろっと出して、テヘっといった感じの表情を浮かべた。

 

「ごめんなさいね、ヘスティア……」

 

 そう言いながらフレイヤは他の神々にも見えるように高々と羊皮紙を公開した。

 多くの神々が興奮した声をあげ、アポロンが勝利を確信し、ヘスティアの顔が絶望へと変わる。

 フレイヤの手に持つ羊皮紙には、短いながらも堂々とした文字で確かにこう書かれていた。

 

 

 

『殲  滅  戦』

 

 

 

 *

 

 

 

(終わった……何もかも……おしまいだ……)

 

 公開された無慈悲な三文字にヘスティアは絶望した。

 何度も何度も確認しても『殲滅戦』の三文字に変化は無い。

 問答無用で押し付けられる理不尽な現実に、もはや何もかもを諦めて現実逃避に走る。

 ヘスティアの輝ける瞳からハイライトがみるみるうちに消えていく。

 

(うふふ、ああ、楽しかったなぁ、あの頃は……)

 

 ヘスティアの脳裏に、愛するベル・クラネルと共に過ごした日々が走馬灯のように過ぎ去っていく。

 たった二ヶ月程の期間だったけど本当に楽しくて充実した日々であった。

 

「ハハ……ハハハハ……」

 

 涙目になりながら乾いた笑いを浮かべるヘスティア。

 もはや真っ白に燃え尽きたヘスティアに声を掛ける神は誰もいない。

 流石に悲惨すぎて掛ける言葉も無いのだ。

 お気楽で脳天気で無責任に煽り立てるだけだった神々も、今回ばかりはヘスティアに同情した。だが今更変更は不可能である。慈悲はない。

 

 殲滅戦──文字通り相手か自分の眷属が一人残らず殲滅されるまで続けられる戦闘形式。

 たった一人しか眷属のいないヘスティア・ファミリアにとって、最低最悪の戦闘形式であった。

 

「ねえ、アポロン。流石にこれは酷すぎではないかしら?」

 

 見るに見かねたヘファイストスがアポロンに言う。

 これが『攻城戦』や『フラッグ戦』などの一発逆転が可能な戦闘形式であったなら静観する構えであったが、よりにもよって『殲滅戦』である。彼女の友神として動かない訳にはいかなかった。

 

「う、うむ……だがしかし決定は決定だ。神聖な儀式をやり直す……なんて事は出来ないだろう」

 

 この結果には色々と策を弄してきたアポロンも口を濁らせる。

 この神会(デナトウス)に向けて少なくない資金と神脈を使って色々と根回しして、どんな手段を使ってでもベル・クラネルを手に入れると意気込んではいたが、まさかこんなに有利な結果になるとは思いもしていなかった。

 

 せめてもの慈悲として、ヘスティアにも勝てる可能性が芽生えるかもしれない『くじ引き』なんてものをやってみたのが、これが功を奏したと言えば良いのか、はたまた裏目に出たと言えば良いのかなんとも言えなかった。

 どうやらヘスティアは相当『勝利の女神』に嫌われていたらしい。彼女達の仲がそんなに悪いとは衝撃の事実だ。全くもって現実は非情である。

 

 これには対戦相手であるはずのアポロンですら少しヘスティアに同情してしまった。もっともそれでベル・クラネルに対する情熱が衰えるなんて事は無いが。

 

「ええ、それは私も異論は無いわ。でもこれはヘスティアがあまりにも気の毒よ。どうか彼女に()()()()を与えてくれないかしら?」

 

 あくまでも戦闘形式は変えずに、何かしらヘスティアに有利になるようなルールを付け足そうと言うのだ。

 ヘファイストスの提案にアポロンは少し思案して言う。

 

「確かにこのまま勝っても勝利の美酒に酔いしれることは出来ないだろう。それではあまりにも美しくない……良いだろう! して、その“チャンス”とやらは何だね?」

 

 圧倒的有利な立場に置かれているアポロンはヘファイストスの要求を飲み、提案を聞いた。

 

「助っ人よ……殲滅戦に助っ人制度を設けるのはどうかしら?」

「ふむ……なるほど……確かに悪い考えではない……」

 

 ヘファイストスの提案を聞きアポロンは考える。

 彼女の提案は他のファミリアから協力者を募り助っ人として戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加して貰うというもの。だがそれは戦争遊戯(ウォーゲーム)の本質を覆しかねない危険な考えであった。

 そして、それ以上にアポロンには他のファミリアの協力を認められない、認めてはいけない事情があった。

 実はアポロン・ファミリア、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)開催にあたって、たった一つだが致命的でどうしようもないミスを犯してしまっていたのだ。

 

「……だが、戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加できるのはあくまで自軍のファミリア入団者のみだ。他派閥の“子”の介在は『代理戦争』の名を傷つける事になる。それは例え都市外のファミリアの“子”でも同様だ。なにがあっても他派閥の協力を認める訳にはいかないな」

 

 ヘスティア・ファミリアを追い込むために連日仕掛けた襲撃は『神の宴』から暫く経った後ではなくて、当日から開始されていた。

 そしてその襲撃は見事なまでに空振りしていて、全く関係のない冒険者の家を延々と襲撃し続けていたのだ。

 

 勘違いで襲われた冒険者は恐らく都市外のファミリアに所属する冒険者(なんせ誰も顔を見たことが無かったのだ)で、まず間違いなく第一級クラスの力を持っていた。

 意気揚々と襲撃に出かけたアポロン・ファミリアのエース『ヒュアキントス』が、ものの数秒でボコボコになって返り討ちになる位には強かった。

 

 そしてそんな不幸な勘違いは、アポロン・ファミリアの人員半数以上が戦闘不能になるまで続いた。

 最終的にあれ、もしかして俺達間違えてね? と誰かが言い出して事なきを得たが、その頃には百十数名いた団員が再起不能で辞め104名までその数を減らしていた。

 

『だから私が散々注意をしたのにッ!!』とアポロン・ファミリアでも数少ないLv.2のヒーラーちゃんが憤慨していたが、彼女は普段から妄言が絶えない子なので誰も信用していなかった(むしろ彼女のせいで気付くのが遅れた様な気もする)。

 

 そんな事があったので、件の冒険者に恨みを買っているのは容易に想像できた。

 最後の方なんてまるで勝ち目が無いので、彼女の自宅を荒らしたり家具を勝手に移動(何故か持ち出すことは出来なかった)させたりする地味な嫌がらせを繰り返していただけだが確実に恨みは積み重なっていたはずだ。

 

 他派閥冒険者の助っ人制度なんて許した日にはこの冒険者がしゃしゃり出てきて何もかも台無しにしてしまう可能性が大だ。

 散々痛めつけられてトラウマを植え付けられた団員達に、それだけは絶対に避けてくれ、と懇願されては流石のアポロンもそうするほか道は無かった。

 

「だったら!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()冒険者ならどうだい!?」

 

 さっきまで真っ白に燃え尽きていたヘスティアがいつの間にか元気を取り戻し叫ぶ様に言った。

 

「……確かにどこのファミリアにも入っていない者なら問題無いだろうが、それを認めると極論ではあるが都市の一般市民全員が参加可能になってしまう。それではあまりにも規模が大きくなり混乱を招きかねない。もし一般市民から助っ人を募るとしたら、そうだな……一人までとしようか」

 

 何だか眷属の一人に『絶対ヘスティア様に助っ人冒険者を利用させては駄目ですからねッ!? 絶対、駄目ですからねッ!!』と泣きながら言われたような気がするが、無所属冒険者に限定すれば問題無いだろうと高を括ってアポロンはヘスティアの要求を飲んだ。

 むしろ、ちゃっかり人数を一名に制限したのでナイスプレイと褒めて欲しいくらいだ。

 

 今更Lv.1でも無いただの冒険者が一人増えた所で何ができようか。

 そんなヤツ探して連れて来るよりも、素直に眷属を増やす努力をした方が何倍もマシだ。

 アポロンの言う助っ人制度は有っても無くても変わらない無意味な制度だった。

 

 それじゃあ何も意味が無いじゃないとヘファイストスが反論しようと口を開いたが、ヘスティアの「ああ、それで良いさ! それで僕は構わない!」という同意の言葉にそれ以上は何も言えなかった。

 

(ちょっとヘスティア、貴方、正気なのッ!? 恩恵(ファルナ)を授かっていない冒険者の弱さは貴方もよく知ってるでしょ? こんな制度有って無いようなものよ!?)

(……大丈夫だ、ヘファイストス! 僕にイイ考えがある!)

(いや、それって一番駄目なフラグ……)

 

 ヘスティアとヘファイストスがひそひそ話を始める中、それを無視してアポロンが宣言する。

 

「それでは一週間後……一週間後だ。戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催は一週間後としよう。お互い準備も有るだろうし、君も助っ人君を探さなくてはならないだろう? 悪い提案では無いと思うのだが?」

 

 謎の冒険者に傷めつけられた団員の回復はまだ万全ではない。

 最低でも後三日、準備なども考えれば一週間は時間が必要だった。

 

 何だかんだ言ってアポロン・ファミリアも随分余裕そうに見えたが、その実、結構薄氷の戦いだったのだ。

 主要メンバーは軒並みベッド中で療養中だし、薬品の消費も半端じゃなかった。

 これで一対一で明日決闘だ! なんて事になっていたらアポロン・ファミリアもLv.1のペーペー冒険者を出すはめになっていたかもしれない。

 そして準備期間が長いのはヘスティアにとっても好都合だった。

 

「ああ、良いだろう!!」

 

 アポロンの宣言にヘスティアがそう答えて今回の神会(デナトウス)は閉会となった。

 

 結局、今日の神会(デナトウス)は客観的に見ればアポロン・ファミリアが一方的に有利な形で終わったと言えるだろう。

 

 

 ヘスティア・ファミリア対アポロン・ファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)

 参加人数はヘスティア・ファミリア1名(+1名)に対し、アポロン・ファミリア104名。

 戦闘方式は全員参加の殲滅戦。

 

 果たして『勝利の女神』が微笑むのはどちらになるのか。

 それは“神”ですらも知らない。

 全ては一週間後に明らかになる。

 

 取り敢えずヘスティアはもう『勝利の女神』の事は信用しないで、信用に足る“隣人”に頼ることに心を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 カサンドラさん「あれだけ注意していたのに主神が助っ人を容認した件について」




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ヘスティアの場合 3

「──さぁ、ついにこの日がやって参りました! 数多くの因縁を抱えたヘスティア・ファミリアVSアポロン・ファミリア!! たった一人の眷属を賭けた戦争遊戯(ウォーゲーム)が今! 始まろうとしております!!」

 

 ギルド本部の前庭に設置された特設ステージで、褐色肌の青年が魔石製の拡張器に向かって吠えた。

 今日は戦争遊戯(ウォーゲーム)当日だ。特設ステージの前には多くの人で溢れている。

 この場所以外にもオラリオ中の至るところに人が溢れている。皆一様に今日の戦いを心待ちにしていたのだ。

 

「ご覧の通り天候は快晴で戦争遊戯(ウォーゲーム)には絶好の天候です! オラリオには両ファミリアの対戦を観戦する為に数多くの観客が訪れ、戦争遊戯(ウォーゲーム)の開始を今か今かと待ち望んでいます!」

 

 今日のオラリオは澄み渡る青空が広がる雲一つない快晴。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)を行うにはこれ以上にないコンディションだ。

 

「申し遅れましたが、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の実況を務めさせて頂くのはガネーシャ・ファミリアの喋る火炎魔法! 火炎爆炎火炎(ファイヤー・インフェルノ・フレイム)なんてアホみたいな二つ名を付けたのは一体何処の馬鹿だ!? 俺の主神だッ!! くそったれめぇッ!! イブリ・アチャーです!! 以後お見知り置きを!!」

 

 己の二つ名に不満があるのか。自分の主神への愚痴をオラリオ中に垂れ流すイブリ・アチャー。

 止めどなく流れ出る文句を聞くかぎりじゃ散々馬鹿にしているその二つ名も間違っちゃいないと思えるのが不思議である。アチャー! 

 

「そして解説には、今オラリオで最も注目されている男! 前代未聞の二階級特進(ダブルランクアップ)を達成したファミリアいちのサボり魔! ドラゴンスレイヤーとしても皆さんご存知でしょう! 一体いつの間にそんな実力を身に付けたんだ!? リチャード・パテルゥウウウウウ!!」

「……どうもリチャードです」

 

 やけにハイテンションで喋るイブリ・アチャーの隣──解説者の名札立てが置かれている席──に肩身を狭そうに座っているリチャードが言った。

 

「随分と冷静ですね、リチャードさん! 二階級特進(ダブルランクアップ)なんてしてしまうとそんな冷めた男になってしまうのでしょうか? 昔のあんたはそんなんじゃなかっただろう!! もっと、こう熱くなれよぉおおおおお!!!」

 

 イブリ・アチャーはきっと入るファミリアを間違えたのだろう。

 彼が入るべきファミリアはガネーシャ・ファミリアとかじゃなくて、マツオカとかシュウゾウとか言う太陽神のファミリアだ。

 まあ、そんな神様いないんだが。

 

「お、おう。相変わらずお前は情熱的というか熱血的というか本当に熱い男だな」

「まあ、それだけが取り柄みたいなもんですからね! 今更変える気は無いですよ!! さて、戦いが始まる前に今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)について振り返ってみましょう!」

「そうだな、ただ何となく盛り上がっているだけの人が何人かいるだろうからこれを機会に戦争遊戯(ウォーゲーム)について振り返ってみてくれ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の戦闘方式やルールは事前にギルド経由でオラリオ中……いや、世界中に通知されている。

 まぁそれでも多くの冒険者達や、一般人はそのルールを良く理解していない。

 多くの人々はノリやテンションに任せて盛り上がっているだけなのだ。

 

「今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の戦闘方式は『殲滅戦』です! これは文字通りどちらかの陣営が全員倒されるまで続けられる戦闘方式です!」

 

 そうイブリが言うと空中に巨大な鏡が出現し、両陣営の戦力図が展開された。

 ステージ以外にもオラリオ中の酒場や、宿舎、広場などにも鏡が出現する。この鏡は神の力(アルカナム)によって作られた遠見の鏡『神の鏡』だ。

 

「参加可能人数に制限が無いから戦力差が物凄いことになっているな」

「ヘスティア・ファミリア2名に対してアポロン・ファミリアが104名ですからね……戦力差は圧倒的とも言えます。そこらへんどうお思いでしょう? リチャードさん」

 

 『神の鏡』を見上げながらイブリが聞く。

 ヘスティア・ファミリア側には小さな光点が二つ点滅しており、アポロン・ファミリア側には数多くの光点が点滅している。

 一見しただけでも戦力差は圧倒的な事が分かる。

 

「現代戦において重要なのは数よりも“質”だ。ぱっと見の戦力差なんて幾らでも覆すことが可能だ」

 

 恩恵(ファルナ)を宿した冒険者は通常では考えられないほどの戦闘力を発揮する。

 たった一人の高Lv.冒険者が、精強なる軍隊を蹂躙するなんてことがこの世界では起こりうるのだ。

 戦いは“数”よりも“質”が重視されるのはもはや子供でも知っている常識だ。

 

「ええ、ですがその“質”に関してもヘスティア・ファミリアの陣営は圧倒的に不利であると言えます!」

 

 そう、その質に関してもヘスティア・ファミリアは圧倒的に敗北していた。

 ヘスティア・ファミリア唯一の眷属ベル・クラネルは未だLv.1。

 それに加え、助っ人で参加したルララ・ルラとか言う冒険者に至っては恩恵(ファルナ)すら無い一般ピーポー。

 笑っちゃうぐらいクォリティの低いラインナップだった。

 

「Lv.1の冒険者に無所属の冒険者だからな……まあ、不利っちゃあ不利だよなぁ……」

「ええそうです! それに引き換えアポロン・ファミリアの方は団長であるヒュアキントスさんのLv.4を先頭に、Lv.2が複数名と数、質ともに充実した戦力で固めてあります」

 

 それに対しアポロン・ファミリアの面々はそうそうたるメンバーであった。

 ここに来てランクアップを果たした団長のヒュアキントスを筆頭に、ヒーラーが複数名、キャスターも数を揃え、アタッカーも充実している。攻守ともに完璧な布陣だった。

 

「見ていて悲しくなるくらいの戦力差だな……色んな意味で」

 

 『神の鏡』には次々と出場する戦士のプロフィールが映し出されている。それを眺めながらリチャードは呟いた。

 ちょうど映ったルララのプロフィールには、ただ『冒険者』とだけ記載されている。

 映し出された彼女の映像は実に奇妙な仮面を付けていて、服装と合わせるとまるで狼を模している風に見える。

 

「そう言えば、ヒュアキントスさんに関してはつい最近ランクアップしたばかりのようですね。彼といい、リチャードさんといい、最近の冒険者は気軽にランクアップし過ぎでは無いでしょうか? ランクアップのバーゲンセールかよ! って感じですよ!」

「うん、まあ、そんな時もあるんじゃないのか?」

 

 ここ最近ランクアップした人間の殆どと関わりを持っているリチャードには、その原因に心当たりがありまくりであったが『実はそこに映っている子のお陰なんですよ!』なんて言っても誰も信じてくれないだろうから彼は口を噤んだ。

 

「是非とも何か秘訣があれば伺いたいところですが、今は戦争遊戯(ウォーゲーム)の方です! 『殲滅戦』などと言った大規模戦闘となればオラリオで実施するのは不可能です! ですので、今回の戦場はオラリオでは無くここから少し離れた地『シュリーム平原』で行われます。おっと、心配には及びませんよ! 遠く離れた戦場でも皆さんの前に展開されている『神の鏡』によってリアルタイムで観戦が可能です! 流石神様! 普段からダラダラしているだけの姿とは大違いだッ!」

 

 神の力(アルカナム)の行使は基本的に地上では厳禁であるが幾つかの例外がある。

 その内の一つが『神の鏡』──千里眼の能力である。

 これによって遠く離れた地で行われている戦場の一部始終を覗くことが出来るのだ。

 オラリオ以外でも世界中の至る所で今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は観戦可能だ。

 

「その他にも今回の『殲滅戦』に重要な『撃破判定』をする為の特性魔石も神の力(アルカナム)を利用しているらしいな。詳しい原理は知らないが」

 

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の様に撃破判定が重要な要素となる戦いの場合、戦闘方式に応じてそれ専用の魔石製品が各陣営に配布される。

 今回の魔石製品は何でも“上質の魔石”が多数入荷したためかなり高性能な代物になっているそうだ。

 神の力(アルカナム)との相性もすこぶる良いらしく、今回の為に用意された魔石には数多くの便利機能が付与されている。

 

「はい、なんでも今回配られた特性の魔石は所持者のステイタスから情報を読み取り、気絶するか、もしくは体力がゼロになったと判断したら自動で破裂し、所持者を登録した場所に自動転移させる機能があるそうです!」

「登録した場所ってのは各陣営のスタート地点になっている。そこには治療チームも待機しているからもし重傷を負っても死ぬ心配はないぞ」

「それ以外にも『神の鏡』と連動して戦士たちの現在位置や、残存数などが直ぐに分かるようになっています」

 

 これによって今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は過去例を見ないほどに安全性の高い状態で実施可能になっている。

 最悪、即死級の魔法や攻撃を喰らっても魔石の効果によりなんとか一命を取り留める事が可能だ。

 ぶっちゃけいって革命的発明だが、これを利用できるのは様々な理由によりこの戦争遊戯(ウォーゲーム)だけになっている。きっとエーテルとか神の力(アルカナム)とか色々理由があるのだろう。

 

「生憎、無所属であるルララさんには特性魔石は配布されていません。彼女にはステイタスが無いので持っていても意味が無いですからね。運営側は今からでもファミリアに所属することを勧めているそうですが、頑なに拒んでいるそうです。何故でしょう。意味不明です。命知らずとはまさにこの事ですね!」

 

 特性魔石はステイタスと恩恵(ファルナ)の力を利用して起動するので、恩恵(ファルナ)を受けていないルララにとっては宝の持ち腐れになっている。

 安全性を考えるなら強制してでもファミリアに所属させるべきだが、誰も強制はしなかった。

 所詮一般人に対する安全管理なんてその程度のものなのだ。

 ただの一般人が馬鹿みたいに冒険者の戦場に混じって討ち死にしようがしまいが、ぶっちゃけあまり興味は無かった。

 

「もしくは必要ないものかもしれないな……」

「もし、そう考えているならかなりの大物でしょうね。小人族なのに大物とはこれいかに!?」

 

 そう、おどけた口調でイブリが言う。

 彼等冒険者からしてみればルララの行為は自殺行為にしか見えないだろう。

 ならばせめてもの手向けとして笑い話の種にでもするのが人情というものだ。

 

 イブリのジョークにそこかしこで笑い声があがる。

 大して面白いジョークでもなかったが絶賛ハイテンション中なオラリオでは、もはやどんなジョークでも笑い飛ばされる状態にあった。

 

「ちなみにルララさんの撃破判定は彼女の生死または自己申請によって判断されるそうです。まあ、それぐらいしか判断材料無いですからね」

「願わくば無事に戻ってきて欲しいな。面白い奴等も多かったし……」

 

 しみじみといった感じでリチャードが言う。

 彼が心配しているのはヘスティア・ファミリアの事か、もしくはアポロン・ファミリアの事か……。真相は闇の中である。

 

「さて、戦場となる『シュリーム平原』についてですが、リチャードさん! 何かありますでしょうか?」

 

 話を切り替えてイブリが問う。

 真っ昼間から彼等の命運を思って黄昏れていたリチャードは解説役である自分の職務を思い出して自身の持つ知識を披露した。

 戦場や、ルールの詳細なら彼女に散々付き合わされてしっかり覚えたので抜かりはない。

 

「『シュリーム平原』はこれといった森も丘も存在しないまっ平らな平原だな。唯一あるのは中央の『シュリーム古城跡地』であとは特に大きな起伏も遮蔽物も無い。それだけ見たら数で勝るアポロン・ファミリアに有利だと言えるな」

「その『シュリーム古城跡地』を中心にして正反対の位置が各陣営のスタート地点になります。これはやはり最初は如何に古城跡地を奪うかに掛かっているのでしょうか?」

 

 戦闘開始地点は両陣営に不利有利が無いように『シュリーム古城跡地』を中心にして全く逆の位置からスタートする事になっている。

 なので、想定される戦いは『シュリーム古城跡地』を中心にして展開されると思われる。

 

「そうだな、跡地を占拠出来れば守りは堅強に出来るし持久戦に持ち込みやすくなる。遮蔽物や隠れる場所も多い。トラップを仕掛けても良いし、誘い込んでタコ殴りにしても良い。どちらにせよ戦況を優位に進められるのは間違いないだろう。屋根が“ある”ってだけでも十分なアドバンテージだ」

「成る程、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は最大で三日間続きますからね。拠点の構築も重要な要素になりそうです」

 

 あまりにも長期間戦争遊戯(ウォーゲーム)を開催することは難しい。

 その為、今回の『殲滅戦』には時間制限が設けられている。

 丸三日──その期間内に敵勢力を殲滅するか、もしくは戦闘終了時に残存戦力が多い方が勝者となる。

 

 ちなみに人数差を考慮に入れ、ヘスティア・ファミリア側は一人52ポイント、アポロン・ファミリアは一人1ポイントという形でバランスをとっている。

 なので何もしなければ自動的にアポロン・ファミリアの勝利となるなんて事にはならない。

 

 極論すればヘスティア・ファミリアがアポロン・ファミリアの戦士を一人倒し、そのまま三日間逃げ続ければ勝利することも可能であるという事だ。

 ヘスティア・ファミリアに勝ち目があるとすればそのパターン以外には考えられない。というのが観客達の総意だ。

 そういった意味でも拠点の確保は最重要事項と言えた。

 

「まあ、そんなまどろっこしい事しないで本隊に突っ込んでいけば一瞬で勝負が着きそうなもんだがな」

「ハハハ、ですよねー。戦力的にも戦場的にもルール的にも圧倒的に有利ですからね。アポロン・ファミリアの皆さんには是非とも速攻戦術で勝負を決めて欲しいものです」

 

 そして、粗方のルール説明を終えたリチャード達は最後にこう付け足した。

 

「そんでそれ以外のルールは関しては基本的に()()()()()だ」

「まあ冒険者同士の代理戦争ですからね、使用するアイテムや装備に制限はありません!」

 

『何でもあり』──その言葉を聞いた時“ある冒険者”の顔が未だかつて見たことが無いレベルで輝いたのを見たリチャードは、彼等に対して同情の念を送らずにはいられなかった。

 

「あとはまあ、“賭け”の話くらいか?」

「そうですねー皆さんも“それ”に一番興味があるんじゃないでしょうか?」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)では大抵の場合賭け事も同時に行われる。

 どちらのファミリアが勝利するのかがメインの賭博対象であるが、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は結果が見え透きまくっている為『どれだけヘスティア・ファミリアが生き残れるか?』という賭博がメインに行われていた。

 

 一日なのか、二日のなのか、三日なのか、はたまた当日なのか、もしくはもっと速いのか。

 人々はそれぞれ思い思いの『時間』を賭けていた。ちなみに一番人気なのが開始一時間で終了である。

 

「ちなみにリチャードさんはどちらに賭けたのですか?」

「ん? 俺か? 俺は……まあ、安定志向の安全第一だからな。絶対に勝つ方に賭けたよ。全財産な」

「おお! 全財産とは随分と男前な事をしますね! まあ、確かにこれ程勝負の見えた戦争遊戯(ウォーゲーム)も無いですからね。ちなみに俺も、もちろんアポロン・ファミリアに賭けましたよ!! しかも一時間コースです!!」

 

 朗らかに笑いながらイブリは言う。

 そんなイブリを残念な子を見る様にリチャードは見つめた。

 

「ああ、それは、まあ、ご愁傷様で……」

「えっ!? 今、何か言いましたか!?」

「……いや、何でもない」

 

 テンプレ的な返しをしながらリチャード、イブリの話は続く。

 

「オッズをみても圧倒的にアポロン・ファミリア有利の情勢です。というかヘスティア・ファミリアに賭けた人が少なからずいるという方が驚きです!!」

「聞いた話じゃ、フレイヤ・ファミリアとか、ロキ・ファミリアとか、ヘルメス・ファミリアとかが賭けたみたいだな」

 

 ヘスティア・ファミリアに賭けたファミリアの全てが()()()()()()()()()()()()のは全くの偶然じゃ無いだろう。

 

「おお、流石大御所ファミリアと言ったところでしょうか。他の神々たちが『流石に今回は』と敬遠する中、己を曲げぬ超大穴狙い! 博打打ちもここに極まれりと言ったところでしょうか」

「……むしろ死ぬほど堅実とも言える」

 

 真に博打打ちならきっと別の結果になったはずだ。そう思いながらリチャードは答えた。

 

「さてさて、そんな熱狂に包まれるオラリオですが戦争遊戯(ウォーゲーム)の開始は正午の鐘がなった時になります! それまでまだ時間がありますので、お次は各陣営の様子を見てみましょう! それではまずはアポロン・ファミリアのミィシャさーん!」

「はい! こちらミィシャ・フロットです! こちらでは……」

 

 映像がギルド前の特設ステージから戦士達が控える待機場所へと移動する。そこには戦いに備える戦士達が最後の準備に追われていた。

 そんな様子を見て、観客達のボルテージも高まっていく。多くの喧騒に包まれながら、かつてないほどの熱狂と興奮が世界中を渦巻いていく。

 時刻は午前11時30分。戦争遊戯(ウォーゲーム)の開始まであと僅か……。

 

 

 

 *

 

 

 

「ふん、下らん」

 

 『シュリーム平原』に設置された特設待機場で煩わしいギルド員のインタビューを適当に往なしながら、アポロン・ファミリアの団長ヒュアキントスは言った。

 

 本当にまるで下らないお遊戯だ。

 たった二人の軍勢に対しファミリア総出での出陣。弱い者いじめと揶揄されても言い訳のしようがない状況だ。

 そこまでしてアポロン様はベル・クラネルという冒険者が欲しいというのか。ヒュアキントスにはそれほどの価値がベル・クラネルにあるとは思えなかった。

 アポロンが考えている事がヒュアキントスには理解不能だった。

 

「……こんな無駄な戦い直ぐに終わらしてやる」

 

 明らかに不満一杯の表情でヒュアキントスが呟く。

 そんな彼の声が聞こえたのかある女性が声を掛けてくる。

 

「そんな事いって一人だけ突出して敵の罠に嵌まるなんて事しないでよ? ヒュアキントス」

 

 ヒュアキントスに話しかけてきた短髪の女性──ダフネ・ラウロスはこのファミリアでも上位の実力者、Lv.2の上位冒険者だ。

 

「……そんな馬鹿な真似すると思うのか?」

 

 不機嫌な顔を隠そうともせずにヒュアキントスは言う。

 

「どうだか……それで作戦はどうするの?」

「私が先行しベル・クラネルをヤる。幸い観客もそれを望んでいるようだしな」

「あのね、貴方、ついさっき私が言ったこと忘れたの? 私は『一人で突出するな』って言ったのよ」

「ふん、それは罠や伏兵が潜んでいる場合だろう。一斉に指定地点から開始される今回の戦いには関係ないことだ」

 

 ましてや相手は二人。警戒する事すら値しない手合だ。

 

「それに、足の遅い貴様らにこの私が合わせる義理は無いな」

「……あっそう。じゃあ勝手にすれば」

 

 Lv.4となったヒュアキントスと他の団員の移動速度は隔絶したものがある。

 むしろアポロン・ファミリア最強の彼が先行し、殲滅し、占拠した方が効率が良いと言えた。

 

 戦いは数よりも質なのだ。

 

 ヒュアキントスとしては他の有象無象の団員達ですら必要のないものであった。

 自分だけいればそれで十分であると言えた。

 足手まといの弱者達に合わせてノロノロと進軍する気は少しも無い。

 

「……それじゃあこっちはこっちで勝手にやらせて貰うよ」

「ああ、好きにしろ。どうせ相手は二人だけなのだ。何があっても我々の勝ちに揺るぎは無い。精々お前は無駄な心配をしているのだな」

 

 用意周到な準備とか、入念な作戦とか、情報伝達方法とか、指揮系統とか、薬品、武器の予備だとか用意するだけ無駄なことだった。

 相手は二人。そして正反対の位置に彼等がいる。

 それだけ分かっていれば十分だった。

 

「はいはい。そうしますよ」

 

 手をぷらぷらとさせてダフネはヒュアキントスと別れた。

 どうやらダフネの忠告は無駄に終わったようだ。

 でも、まあ、ヒュアキントスが負けることなんて万に一つと無いだろうから大丈夫だろう。Lv.4の名と実力は伊達じゃないのだ。

 

 それでも彼女が色々と気を揉んでいる最大の理由は──「ダ、ダフネちゃん! も、もう帰ろう? みんな死んじゃうよ……」──そんな妄言を言う親友がいるためだ。

 

「はぁ、またそれ? いい加減その妄言止めないと友達無くすわよ? カサンドラ」

「で、でも夢に、夢に見たの……彼女に……白くて赤くて“黒い”冒険者にみんな倒されちゃう」

 

 このところ、カサンドラは寝ても覚めてもそんな事ばかり言う様になってしまった。

 カサンドラは“あの冒険者“に倒されたのが恐ろしかったのだろう。まあ、確かに件の冒険者はヒーラーであるカサンドラを執拗に狙っていたのでさもありなんである。

 きっと悪夢を見るくらいトラウマになってしまったのだろう。

 

「はいはい、でも安心しなさい。あの“冒険者”は今回、出れないから怖くないわよー。本当、感謝しなさいよね。本当はオラリオ外のファミリアなら助っ人を認める予定だったのにカサンドラがどうしてもって言うから、アポロン様が気を利かせて他ファミリアの眷属はみんな出れなくしたんだから」

 

 カサンドラ的には全ての助っ人を無しにして欲しかった。

 というか一番肝心な部分が穴だらけで完全に無防備だった。

 だからほら、待機場所にもある『神の鏡』にばっちし件の冒険者──ルララ・ルラが映っている。

 

「そ、そんなの全然意味無かったよぅ……」

「何言ってるのよ、カサンドラ。恩恵(ファルナ)の無い冒険者なんて雑魚同然だって貴方も知ってるでしょう? 心配ないわよ。ヒュアキントスはムカつく奴だけど、実力は確かだから安心しなさい」

 

 そのヒュアキントスが瞬殺された光景を間近で見ていた身としては全然信用できなかった。

 むしろ何故みんなそんな脳天気でいられるのか不思議でならなかったカサンドラであった。

 

「そ、そうだ! ねぇ、ほら見てダフネちゃん! この人“あの冒険者”そっくりだよ? きっと本人だよ!! これはもう勝てないよ! 帰ろう!」

 

 カサンドラは最後の手段にして最強の切り札──『神の鏡』に映ったルララの姿──という動かぬ証拠を切り出した。

 これだけ露骨な証拠があればきっと皆も納得してくれるはずだ!

 

「あのね、カサンドラ。確かに“あの冒険者”は小人族だったけどこんな趣味の悪い変な仮面は付けていなかったし服装も全然違うわよ。それに“あの冒険者”は高Lv冒険者。この戦争遊戯(ウォーゲーム)に出れないわ。一体何回この話をするの?」

「うぅ……なんでそうなるのぉ」

 

 カサンドラは予知夢を見ることが出来る。でも代わりに、その話を誰にも信じて貰えない。

 そういったスキルを彼女は持っているのだ。

 でも、これは別に彼女の予知夢の話でもなく、動かぬ真実であるはずなのに誰にも信じて貰えなかった。

 

 それもそのはず、このところ戦争遊戯(ウォーゲーム)が近づくにつれて危険を知らせるかの様に予知夢がどんどん増えてきて、それに比例して彼女の妄言も増えていたのだ。

 だから団員達は一同にしてこう思ったのだ『ああ、またあいつの妄言が始まった』と。

 

 ああ、可哀想にカサンドラ。恨むべきは彼女の低すぎる信用度だ。

 普段から予知夢について話していたのが仇になった。

 オオカミ少女は肝心な時に誰にも信用して貰えないのである。

 

「やだ! やだ! 戦いたくないぃいいいいい」

「そんな事言ってないで行くわよ、カサンドラ。ヒーラーのあんたが行かないで誰が治療すんのよ!」

「いやぁだぁあああああ」

 

 

 カーン、カーン。

 カサンドラの絶叫と共に正午を知らせる予鈴の鐘の音が鳴る。この鐘が鳴ったということはあと五分だ。あと五分で正午となる。

 あと五分で戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始される。

 運命の時が近づいてきている。

 

「さて、ヘスティア……今ならまだ降伏の言葉を聞いてやっても良いが……どうする?」

 

 摩天楼施設(バベル)の三十階、神会(デナトウス)の会場となった場所でアポロンはヘスティアに最終通告を突き付けた。

 

「今なら泣いて許しを請えば助けてやらなくもないぞ?」

「…………」

「……なるほど、無視か。まあいいさ、どちらにせよ我々が勝利する事には変わりはない。精々つまらぬ意地でも張っているのだな、ヘスティア」

 

 アポロンはその美しく輝く金髪をかき上げながら薄ら笑いを浮かべた。

 

「どんなに粋がろうが──」

 

 そして──カーン、カーン、カーン、カーン。

 

「──足掻こうが……」

 

 遂に、運命を知らせるの鐘の音が、戦いの始まりを告げる大鐘の音が世界中に響き渡った。

 

「──この戦争遊戯(ウォーゲーム)、我々の勝利だ!!」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 流石、アポロン様! 実に優雅です!!


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ヘスティアの場合 4

 戦いの始まりを告げる鐘の音が世界中に響き渡り、それと同時に各陣営に設置されていた大門が開かれる。

 その瞬間、戦いに飢えた冒険者達が一斉に解き放たれた。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の開始である。

 

 この時を今か今かと待ち構えていた冒険者達は我先にと飛び出し平原を駆ける。

 ヘスティア陣営の大将にしてエース──ベル・クラネルも目一杯引き絞られた矢の如く飛び出し、そして()()()()

 

 “敵”の場所は見なくても分かる。

 公平性を保つため、各陣営の開始地点は『古城跡地』を中心に正反対の場所に設置されている。

 だから『古城跡地』を目指して真っ直ぐ()()()おのずと敵とぶち当たる事になる。

 

 もちろんそれは相手が馬鹿正直に『古城跡地』を目指していればの話だ。

 もしかしたら策を弄して回りこみヘスティア陣営に奇襲を掛けてくるかもしれない。はたまた幾つかの部隊に分かれて攻めてくるかもしれない。

 

 だが、これは『殲滅戦』だ。

 たった二人の“敵”を倒すのに、そんな小賢しい作戦や戦術をとる必要性は皆無。

 

 だからこそアポロン・ファミリアは一直線に『古城跡地』……いや、ヘスティア陣営を目指して来る。

 少なくとも敵の“アキレス腱”であるヒュアキントスは間違いなく最短距離でこっちを目指して来る。

 

 自分の実力に絶対の自信を持っていて、この戦争遊戯(ウォーゲーム)を下らないお遊戯だと思っているヒュアキントスなら必ず脇目もふらず突っ込んでくる──そういう確信があった。

 

 ヘスティア・ファミリアは彼がそういう性格だと知っている。そういう奴だと知っている。

 何せ実際に戦った“彼女達”からの情報だ、その正確さに疑いの余地は無い。

 

 そして、それだけわかっていれば十分だった。

 ベル・クラネルの目標(ターゲット)は最初から“彼”なのだから。

 

 

 

 *

 

 

 

 地平線の彼方まで広がる大草原を眼下に望み、空を疾走しながらベル・クラネルは思う。

 

 この戦争遊戯(ウォーゲーム)はヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦いだ。

 ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアが勝手に始めた戦争だ。

 

 この戦いに彼女はこれっぽちも関係無い。

 彼女には戦わなくてはいけない理由も、義務も、責務も、何も無かった。

 

 それなのに、こちらの勝手な都合で助けを求め巻き込んだ。

 ただ隣人であるというだけで、無関係な彼女をこの絶望的な戦争に巻き込んだのだ。

 

 それだけじゃない。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で戦うための武器も、防具も、薬品も、アイテムも、情報も、何もかも彼女から与えられた。

 今、彼を戦場へと運んでいる“翼の生えた靴”でさえも彼女が調達してきた物だ。

 

 ヘスティア・ファミリアが自力で用意できたものは何一つだって無い。

 彼女はヘスティア・ファミリアが持っていないものを、欲しくてたまらないものを何もかも持っていた。

 

 多くの人脈に、多くの仲間、高い実力に、高性能な装備品、薬品に食事、考えられる全てのものを彼女は持っていた。

 

 そして、それを言い方は悪いがヘスティア・ファミリアは“利用”した。

 

 止むに止まれぬ事情があったとはいえ、これを他の者達に知られたら恥知らずと罵られるのは間違いない。

 だが、それも覚悟の上だった。

 弱いヘスティア・ファミリアが勝つ為にはそれしか方法が無かったのだから……。

 

 

 きっと、この戦いはヘスティア・ファミリアが勝つだろう。

 オラリオに存在するどんな職人(クラフター)よりも腕が立ち、どんな冒険者よりも強い彼女が味方ならば、どんな強敵にも勝利する事は容易い事だろう。

 

 “彼女が味方している”たったこれだけの事で勝利はもう約束された様なものだった。

 何者にもこれを覆す事は不可能に思えた。神でさえも、それは不可能だろう。

 

 ただの一介の冒険者でしかないベル・クラネルが、どんなに頑張って、努力して、足掻いたところで結果は変わりはしない。

 

 極論すればベル・クラネルは戦う必要すら無かった。戦闘に参加すること自体、無意味以外の何者でも無かった。

 むしろ足手まといにならない様に、戦場の片隅に引っ込んでいた方が幾らか“マシ”であった。

 

 例えそんな無責任な事をしても、彼女は笑いながら喜々として戦場に赴くだろう。まるでそれが当然であるかの如く飄々として戦いに行ってくるだろう。

 

 だったら何もかも全て彼女に任せて、ヘスティア・ファミリアはただ見守るだけでいるのが懸命な判断に思えた。

 それが一番簡単で、確実な方法に思えた。

 事実、それが正解なのだろう。

 きっと、それが“たった一つの冴えたやり方”というやつなのだろう。

 

 でも、本当にそれで良いのだろうか?

 当事者であるヘスティア・ファミリアがそんな事で良いのだろうか?

 

 

 良いはずが無い。

 

 それで良いはずが無い。

 

 そんな事、受け入れて良いはずが無い!!

 

 

(この戦いでどんなに僕が頑張っても大勢に影響は無い──)

 

 だから、これはただの自己満足だ。

 

(例え“そう”だとしても──)

 

 これはベル・クラネルの個人的な自己満足に過ぎなかった。

 

(これは僕達が始めた戦争遊戯(ウォーゲーム)だッ──!!)

 

 英雄に憧れる少年のちっぽけな“我儘”だった。

 

(他でも無い“僕”がやらなきゃいけないんだ!!)

 

 でも、きっと、それこそが、その“我儘”こそが、英雄に至る第一歩なのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

(──見つけた)

 

 古城跡地を過ぎた辺り、はるか上空から索敵していたベル・クラネルは獲物(ターゲット)を見つけた。

 

 猛スピードで疾走する敵影は一つ。予想通りこちら目掛けて真っ直ぐに向かってきている。

 主神と似た金髪に、マントをたなびかせながら駆ける姿は間違いなくヒュアキントスその人だ。

 

 敵はまだ、こちらの存在に気付いていない。

 

 絶好の機会だ。

 奇襲するならば絶好の機会だ。

 

(……よっし“ここ”にしよう)

 

 ベル・クラネルが戦いの前に彼女から渡されていたものは幾つかある。

 

 今、頭に装備している漆黒の兜もその内の一つだ。今、その兜は視界確保のために前部が大きく開かれている。

 その漆黒の兜を目深に閉じ直すと込められた魔法が発動し、ベル・クラネルの姿が一瞬揺らぎそして瞬く間に消失した。

 

 装着者を完璧な透明状態(インビジリティ)にするこの漆黒の兜は、とある万能者(ペルセウス)が寝る間も惜しんで製作したというマジックアイテムだ。

 これ以外にも、ベルをここまで運んでくれた“翼の生えた足装備”──飛翔靴(タラリア)──も彼女の製作品らしい。

 

 漆黒の兜により完全に姿を消したベルはヒュアキントス目掛けて急速に降下する。

 

 内臓がせり上がる感覚が湧き上がる。急速に地面が迫り、伴って意識が集中していく。

 次第に落下する速度がゆっくりになる。

 スピードを落としているのではない、彼自身の集中力により極限にまで時間が引き伸ばされているのだ。

 

 そんな遅々として流れる世界の中でベル・クラネルは一度大きく深呼吸する。

 この瞬間にありったけを、この一瞬にありったけを……。

 

 敵はまだ完全に油断している。

 当然だ、Lv.1とLv.4では移動スピードは段違いだ。どんなに逆立ちしても勝るはずが無い。

 そして、この地点はまだ古城跡地(中間地点)を超えてはいない。

 敵と遭遇するにはまだ早い──そう思っているに違いなかった。

 

 だから、今まさに戦闘が開始されんとしているなんて思ってもいないはずだ。

 

 交戦にはまだ早過ぎる──そういった先入観が敵の油断を誘っていた。

 だが既に戦争遊戯(ウォーゲーム)は始まっている。()()()に油断は禁物だ。

 黄金の鉄の塊で出来たナイトだって言っていた『一瞬の油断が命取り』と。

 

 それはつまり、今こそが()()()()()()()()()()()()()()()であると言えた。

 

(だからこそこの奇襲──ッ!!)

 

 ベル・クラネルが音もなくヒュアキントスの前方に着地する。

 敵が目の前にいることに気付かず疾走するヒュアキントス。

 それを尻目に、ベルはポシェットの中に入れていた二つの薬品の内の一つ──『眼力の秘薬』を取り出す。

 

 どんな仕組みなのかは分からないがこの薬品を飲むと一時的ではあるが急激にステイタスが向上するのだ。

 薬品の効果時間は約15秒。

 

(その間にケリを着ける──!!)

 

 勢い良く『眼力の秘薬』を飲み干すベル。

 眼前にはヒュアキントスが迫っている。

 

 目と鼻の先程に接近した状態になってもヒュアキントスはベル・クラネルの存在を認識しない。

 そんな油断しきったヒュアキントスに、ベル・クラネルは容赦なく真正面から“不意打ち”を喰らわせる。

 

 下段に構えた状態から中腰に剣を突き出すようにしてすれ違いざまに自身の全開と、全力疾走する相手(ヒュアキントス)の勢いを利用した一閃をお見舞いする。

 

「ガハッ!?」

 

 完全に無防備になっていたヒュアキントスの腹部に強烈な一撃が綺麗に入る。

 

(一体何が!? 突然白い影が出て──いや、それよりも反げ!!?)

 

 何が起きたのか理解出来ず、混乱するヒュアキントスにベル・クラネルは続けざまに身体を回旋させながら追撃した。

 

「ぐぅう!」ヒュアキントスがくぐもった声で苦痛を示す。「……やるなッ! だが、私を舐める……な!」

 

 しかし、流石Lv.4と言うべきだろうか、一瞬にして意識を臨戦態勢に引き上げ反撃に打って出ようとするヒュアキントス。

 

(まだだ──ッ!)

 

 それでもベル・クラネルの追撃は止まらない。

 先程の攻撃で発生した遠心力をそのままに、風を断ち切るような鋭い斬撃を繰り出し、立て続けにヒュアキントスの喉を目掛けて一閃を叩き込む。

 

「ッく、そ……ガァッ!!」

 

 なんとか反撃をしようと体勢を立て直していたヒュアキントスであったが、喉を狙った一撃に耐え切れず一瞬動きが停止する。

 

「うぉおおおおおおおおお」

 

 その隙をベル・クラネルが逃すはずが無い。

 静止するヒュアキントスの背後から流れるような動きで旋風の如き攻撃を撃ちこみ、ダメ押しに懐から何かを抜き去る様な一撃を加えた。

 

「……ぐ、はぁ……」

 

 ベル・クラネルの攻撃をまともに受けてヒュアキントスが倒れ込む。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 ベル・クラネルの荒い息遣いが聞こえる。

 ヒュアキントスの方は倒れたまま微動だにしない。

 それでも油断なく構え、様子を伺う。

 

(やったかッ!?)

 

 全身全霊を掛けた六連撃。

 今のベル・クラネルに出せる全力全開。

 完全に意表を付いた完璧な奇襲。

 どの条件を見てもこれ以上とないダメージを与えた筈だ。

 

 これがベル・クラネルにできる最大で最高の攻撃。

 姿を隠してからの怒涛の六連撃なんて“さすが汚い”と言われても知ったことじゃない。

 

 これで駄目なら──倒れるヒュアキントスの指が僅かに鼓動した。

 

 恩恵(ファルナ)に於いて、Lv.1の“差”というものには絶望的な隔たりがある。

 たった“1”という差ではあるがエオルゼア的に見れば“十”近いレベルの差があるに等しかった。

 

 レベル一桁台の冒険者と、レベル三十台の冒険者の戦闘力にどれほど差があるかを想像して貰えれば分かりやすいだろう。

 

 どんなに装備を整えても、どんなに薬物摂取(ドーピング)でステイタスを向上させても、どんなに小細工を弄しても、越えられない『壁』というものが存在していた。

 

「……どうやってこの短時間でここまで来れたのかと思えば、なるほど飛翔靴(タラリア)か……」

 

 最高級の装備に身を固め──。

 

 ──ヒュアキントスがゆっくりと起き上がる。

 

「……さっきの連撃、中々に良い攻撃だった」

 

 不意を突き──。

 

 ──その動きは淀みなく。

 

「……Lv.1だとは思えないほど“効いた”」

 

 極限にまで高めたステイタスを持ってしてでも──。

 

 ──腰に携えた紅炎の如き波状剣を抜刀し刃先を向ける。

 

「……でも、まだ足りないな!」

 

 まだ、足りない。Lv.4を屠るにはまだ足りなかった。

 ベル・クラネルの額から汗が流れ落ちる。戦いはまだ終わりじゃなさそうだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「さあ! さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁあああああ!!! 盛り上がって参りましたッ!! これぞ戦争遊戯(ウォーゲーム)! これぞ戦い! これぞ戦争!! 何が起きるか全く予測不可能ですッ!!」

 

 決戦の地から遠く離れたオラリオでは、たった今繰り広げられた熱戦に沸きに沸いていた。

 誰もが想像だにしていなかった開幕初っ端、戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まって間もない時間帯に両陣営の大将がまさか、まさかの一騎打ち。

 そして、遥か格下の冒険者が一方的な展開を繰り広げる。

 

 これで盛り上がらないはずがなかった。

 

「ノーマークだったヘスティア陣営の冒険者ベル・クラネルがアポロン・ファミリアの団長ヒュアキントスにあわやジャイアントキリングかッ!? という所まで追い詰めました!!」

 

 ベル・クラネルの攻撃は奇襲であった事を加味してもLv.1にしては破格のものであった。

 

「それも、あの“空飛ぶ靴”や、“消える兜”のお陰の様に思えますが、解説のリチャードさんどうでしょうか?」

「なんでも、どっかの小人族が『神秘』もちの万能者(ペルセウス)()()()して作らせたとかなんとか」

 

 リチャードの発言に、オラリオの“ある道具屋”を経営するファミリアが経験した悪夢の様な日々を思い出し震え上がる。

 

「なるほどそうですか! しかし空を飛んで移動するとは全くの盲点でした。確かにナイスアイデアと言わざるを得ませんが、空を飛ぶのってそんなに簡単なものなのでしょうか?」

「だだっ広いだけの平野だったから“風”を見つけるのも楽勝だったらしい」

「なるほど! “読む”のではなく“見つける”と言うのがよく分かりませんが、とにかくなるほどです!!」

 

 実況のイブリはリチャードの解説をまるで理解していないが『なるほど』と答えた。

 リチャードの方も最初から理解されると思っていないのでそのまま流す。

 ド素人の実況と解説なんてそんなもんだった。

 

「しかし、ヘスティア・ファミリアがとった作戦は意表を突くものでしたね。確かに空を飛ぶ手段があるならばこれを利用しない手は無いでしょう」

「人間は頭上が死角と言われているぐらいだからな、奇襲や強襲にはもってこいだろう。それが消える兜付きなら尚更だ」

 

 意表を突くというか、あの“空飛ぶ靴”と“消える兜”はとあるファミリアの最終奥義とも言えるものの一つなので、こんな戦いに出そうと思う方がむしろ可笑しいのである。

 

「しかしそうなると惜しいですね。あの“空飛ぶ靴”がもう一つあればルララ選手も共に戦闘に参加できたでしょうに」

 

 流石にあんな見るからに希少そうなマジックアイテムを複数持っているはずが無いだろうと当たりを付けてイブリは言う。

 例え、無力な冒険者であっても、いないよりかはいる方がずっとマシと言える。

 なんの“力”も持たない存在とは言え、考え様によっては幾らでも使い道はある。弾除けとか身代わりとか囮とか……。

 

「あー、まぁ、そうなんだがな……」

 

 当然であるが空飛ぶ靴──飛翔靴(タラリア)はルララの分もある。

 そして、別にわざわざそれを使わなくても彼女にとって共に空を駆ける事は容易いことだ。

 でもそれは敢えてしない。他でもない“彼”の希望により“彼女”は敢えてそうしなかった。

 

 それを知っているリチャードは口を濁しながら言った。

 

「まあ、なんというか、あれだ……意地があんのさ、男の子にはよ」

 

 

 

 *

 

 

 

 鈍い金属音が鳴り響き、紅炎と双剣がぶつかり合う。その度に熱い火花が舞う。

 

 容赦なく叩き込まれるヒュアキントスの攻撃は重く、激しく、そして鋭かった。Lv.4を名乗るのに相応しい剣技であった。

 『成り立て』とは思えないほどに冴え渡った剣捌きであった。

 

「そ、れなの、にぃいいい!!」

 

 そしてその剣戟にLv.1の冒険者ベル・クラネルも……。

 

「なぜ、貴様はついてこれる!!」

 

 見事に食らいついていた。

 

 迫り来る紅炎の煌めきを三又のマインゴーシュで受け止める。

 鍔迫り合いの形になるが、ヒュアキントスは力任せに強引に押しつぶそうとする。

 

 グググっと徐々に押されていくベル・クラネル。

 

腕力(STR)はこちらが遥かに上! だが──)

 

 それを絶妙なタイミングで力を抜き、受け流し、回避するベル・クラネル。

 急に抜けた力に僅かにバランスを崩すヒュアキントス。その隙を突き、側頭部に回し蹴りが迫る。

 

器用さ(DEX)はむこうが上ッ!!)

 

 それをLv.に物を言わせて強引に回避するヒュアキントス。

 ビュウ! という風を切り裂く音が耳の直ぐ側で響き、同時に大気が流れる感触を肌で感じる。

 ベルの蹴撃はヒュアキントスの頭上僅か数センチのところを通過した。

 

「シッ!!」

 

 迫り来る蹴りを紙一重で回避したヒュアキントスは、碌に整っていない体勢から無理矢理波状剣を走らせる。

 

「っく!」

 

 ヒュアキントスの一閃はベル・クラネルを捉えたが、まともに力の込められていない一撃は大した効果は無かった。

 僅かにベルの動きを遅らせる程度に留まる。

 だが彼にとって、それで十分であった。

 

「はぁああああ!!!」

 

 ほんのすこしだけ怯んだベルの隙を逃さず、ヒュアキントスは素早く体勢を立て直し再び剣閃を煌めかせる。

 

「うぉおおおお!!!」

 

 そしてそれを次々と捌いていくベル・クラネル。

 

 Lv.1とLv.4。まさかの一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 当たり前だがベル・クラネルがヒュアキントスと互角に戦えているのには理由がある。

 例によって例の如くルララが製作した装備品に拠るものであるが、それを知らぬ者の動揺は計り知れないものがあるだろう。

 

「何をしている、ヒュアキントス!! Lv.1程度に何を手こずっているのだッ!!」

 

 中には予想外の展開に興奮し盛り上がる者もいるであろうが、絶対に勝てるであろうと碌な覚悟もなく戦いに臨んだ者の場合、精神的混乱は想像を絶するものとなる。

 

「ええい! そこだ! やれッ! いや、違う! そこじゃない! ああ、もう! 何がどうなっているのだ!?」

 

 そして、それはもちろん神であっても例外ではない。

 予想外の苦戦を開幕から見せつけられ、さっきまで余裕綽々(しゃくしゃく)であったアポロンはみっともないくらいに取り乱していた。

 

「本当に彼はLv.1なのか!? 何かの間違いではないのか!? ヘスティア!?」

「何もヘチマもあるもんか、アポロン。僕のベル君は紛うこと無くLv.1だよ。それに、ステイタス虚偽は重大な違反行為だ。それくらい君も知っているだろ?」

 

 オラリオで活動するファミリアは全てランク付けされ、そのランクに相応して税金が徴収される。

 ファミリアのランクは所属する眷属のLv.や人数、達成した依頼(クエスト)の難易度や件数、その年度の収支によって上下する。

 

 基本的に上位のランクに行けば行くほど多くの税金を徴収されるので、嘘のステイタス申請をして実力を隠そうとするファミリアが中にはいるが、当然バレたらタダじゃ済まない。

 若干一部の神が気まずそうに顔を歪ませたが、最低ランクに位置するヘスティア・ファミリアがたかが構成員一名のランクアップ申請を渋るほどのものじゃ無かった。

 

「ベル君は正真正銘Lv.1の冒険者だ。それに互角なんて、実は君の方が嘘を付いているんじゃないのか?」

「そんな事あるわけ無いだろう!!」

「だったらつべこべ言わず、自分の“子供達”を信じて黙って見ているんだな」

「ぐぬぬぬぬぬぬ」

 

 全くの正論を言われ反論できないアポロンであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 そんな盛り上がる神々をよそに、二人の戦いは続く。

 

 一撃、一撃を交わすごとに明確になっていく両者の『差』。

 動きのキレは身を潜め、技の冴えは何処かに消え失せていた。

 嘘で塗り固めたメッキが剥がれ、本来の姿が露呈する。

 戦いが長引けば長引くほどに戦況はベル・クラネルの不利に傾いていた。

 

 例え強力な装備で身を固めて、薬品に頼っても、両者の間には埋めようのない大きな『差』が存在していた。

 

 経験の『差』だ。

 

 ベル・クラネルがここまでの“力”を手にしたのは、ほんの一週間足らずの間での事だ。

 確かにこんな短期間でここまで己を高められたことは称賛に値するが、所詮それは付け焼き刃の急造品に過ぎない。

 

 それに対しヒュアキントスはもうかれこれ十数年も冒険者をやっているベテランだ。潜り抜けた修羅場の数が違う。

 

 Lv.4という境地はそんじょそこらの有象無象が辿り着ける境地じゃない。

 血反吐を吐くほどの努力と、死ぬかもしれない経験を何度もして、それに加え類まれな才能があって初めて到れる極地だ。

 

 それに至った彼と、それに至っていない彼とでは天と地ほどの差があった。

 天地の差はそう簡単に覆るものじゃない。覆っていいものじゃないのだ。

 

 そしてもう一つ、時間が掛かれば掛かるほどベル・クラネルが不利になる理由があった。

 それは──。

 

「ッ!!」

 

 ヒュアキントスの遥か後方から対峙するベル・クラネルに目掛け、弓や、魔法が飛んでくる。

 この攻撃はヒュアキントスが放ったものじゃない。彼の仲間が放ったものだ。

 

 この戦いは一対一の決闘方式じゃない。殲滅戦だ。

 ベル・クラネルにはヒュアキントス以外にも戦うべき相手があと他に103人いるのだ。

 

「増援きたぁあああああああ」

 

 ヒュアキントスから遅れること数分後、ようやく追いついた本隊が戦場に到着した。

 待ちに待ってやって来た増援にアポロンが吼える。

 

「さぁ、やれ! 押し潰せ!! 蹂躙しろぉオオオオオオ」

 

 そんな主神の願いを知ってか知らずかヒュアキントスが瞬時に動く。

 

 上下左右、あらゆる方向から剣閃が襲いかかる。

 反撃しようにも雨あられと降り注ぐ遠隔攻撃がそれを阻む。怒涛の勢いで繰り出される攻撃に防戦一方となるベル・クラネル。手も足も出ない。

 

 遂にヒュアキントスの紅炎がベル・クラネルを捉え、続けざまに渾身の力を込めて鳩尾に蹴りを入れる。

 

「がぁ!」

 

 Lv.4の脚力はそこらへんのモンスターよりも遥かに高い威力を秘めている。数M(メドル)の距離を一瞬で吹っ飛ばされて無残にも転がるベル・クラネル。

 なんとかして起き上がろうと藻掻くが、想像を絶するダメージを受けて立ち上がる事すら出来ない。

 そんな彼を無慈悲にも足で押さえつけるヒュアキントス。

 

「これで終わりだ、ベル・クラネル。せめてもの手向けだ、我が最大の奥義で止めを刺してやろう」

 

 そう言うとヒュアキントスは精神を集中し己の魔力を循環させる。

 そして紡ぐ、彼の魔法の言霊を。

 

 ──我が名は愛、光の寵児──

 

 ヒュアキントスの右腕に張り裂けんほどの魔力が集中する。

 

 ──我が太陽にこの身を捧ぐ──

 

 彼の魔法は正しく太陽、真円を描く大円輪。

 

 ──我が名は罪、風の悋気──

 

 その詠唱文は敬愛する主神への祈りであり。

 

 ──一陣の突風をこの身に呼ぶ──

 

 自身が歩んだ人生でもあった。

 

 ──放つ火輪の一投──来れ、西方の風──

 

 それを宿敵(ベル・クラネル)に向かって放つ!!

 

「『アロ・ゼフュロス』!!」

 

 顕現した日輪を大きく振りかぶって叩きつける様に投げつける。

 マウントポジションをとられ防御すらできないベル・クラネルは、その高速で回転する光円をまともに受ける。

 

「がぁあああああああああああああああ!」

 

 苦悶の表情を浮かべ苦痛に喘ぐベル。

 悲痛な叫びが平原中に轟く。

 苦痛のためか、もしくは反撃しようとしているのか、物凄い力で暴れるベル・クラネルを強引に押さえつけながら、最後の鉄槌を下す。

 

「そして、これがダメ押しと言うヤツだ!! 『赤華(ルベレ)』!!」

 

 ヒュアキントスの呪文に呼応しベル・クラネルに叩きつけられた『アロ・ゼフュロス』が極光を放ち爆散した。

 凝縮された魔力が激しく弾け飛び対象に大ダメージを与える。

 それをベル・クラネルはゼロ距離で全くの無防備な状態で受けた。

 結果がどうなったかは火を見るよりも明らかだろう。

 

「…………」

 

 あれだけ暴れていたベル・クラネルは、もうピクリとも動かなくなっていた。

 

(これで終わりか──)

 

 明らかな致命傷を受けたベル・クラネルから押さえ付けていた脚を退け、本隊がいる方へと振り返りヒュアキントスは歩き出す。

 

 この少年は強かった。

 これでLv.1であると考えると想像を絶する手強さだった。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の歴史に残る勇敢な戦士だった。

 

 だが所詮Lv.1だ。

 Lv.4のヒュアキントスに挑むのがそもそもの間違いだったのだ。

 

「おーい! ヒュアキントス! 大丈夫だった?」

 

 本隊から一人の女が手を振りながら駆け寄ってくる。ダフネだ。

 

「ああ、問題無い」

 

 これは嘘だ。

 ベル・クラネルとの戦闘でヒュアキントスは少なくないダメージを負った。

 特に最初の連撃は素晴らしく、一瞬ではあるがヒュアキントスの意識を刈り取ったほどだ。

 でもそれを気取られるのは癪に障るので言う事は無い。

 

「こっちから見たらそうでも無さそうだったけど? ほら、自慢の戦闘衣(バトル・クロス)がボロボロじゃない。だから言ったのよ、『突出して罠に嵌まるな』って」

「うるさい、結果的に私が勝ったのだ。問題あるまい」

「それはそうだけど、あんたをそこまでボロボロにするなんてどんな罠に嵌ったのよ」

「ふん、お前が知る必要など無い」

 

 真正面からまともに挑んできた、と言ったらこの女はどんな顔をするだろうか?

 きっと信じはしまい。Lv.4と互角に渡り合うLv.1が存在するなど……。

 それほどまでにベル・クラネルという冒険者は規格外だった。

 

(これで最初に戦闘したのが私でなければ──そう例えばコイツとか……)

 

 そう思考した時、ヒュアキントスの背中に冷や汗が流れた。

 動悸が徐々に激しくなる。これは先程の戦闘のせいではない。

 嫌な予感が、嫌な考えが頭を過ぎったのだ。

 

(なぜ、ベル・クラネルは私に戦いを挑んだのだ? 私以上の移動速度を持ち、姿を消せて、Lv.4と互角に戦える冒険者が何故、わざわざ私に戦いを挑んだのだ?)

 

 そんな思いに追い打ちを掛けるかのようにダフネが疑問を投げかけてきた。

 

「それで、ヒュアキントス? あんたが()()()()()()()()()()()()()?」

 

 即座に振り返る。

 

(──いないッ!)

 

 いない──そこにベル・クラネルはいなかった。

 特殊魔石によって送還されたのか? いや違う。そんな魔力の波動は感じなかった。

 ということは──。

 

 弾けるように本隊へと駆け出すヒュアキントス。

 

「あっ、ちょっと! どうしたのよ、いきなり!」

 

 ダフネが何か言っているがそれどころじゃ無かった。

 本隊への距離がとんでもなく長く感じられる。

 咄嗟にヒュアキントスは叫んだ。

 

「気をつけ──ッ!!」

「きゃぁああああああ!!」直ぐ側で待機していた本隊から悲鳴が上がった。

 

 ベル・クラネルが彼女から受け取った薬品は二つ。

 一つは『眼力の秘薬』。

 

 そしてもう一つは……。

 

『エクスポーション』

 

 ベル・クラネルが倒れていたはずの場所には空になった空き瓶が転がっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 最初に襲われたのは入ったばかりのLv.1のヒーラーだった。

 ファミリアでも特に重要なポジションでもない彼女は大した装備も身につけておらず、また守りも薄かった。

 そんな彼女がベル・クラネルの攻撃に耐えられる訳も無く、一撃で特殊魔石が起動し彼女は送還されていった。

 

 仲間がやられた……それも一撃で……こんな事、こんな事、聞いてない!!

 

『……う、うぁあああああああ』

 

 想像だにしていなかった光景を目の当たりにして大混乱に陥るアポロン・ファミリア。

 その混乱に乗じて白い襲撃者は立て続けに獲物を狩る。

 

「あがぁああ!!」

「ぐふぅうう」

「ふげぇ」

 

 Lv.4と対等に戦える存在にとってLv.1とLv.2で構成されるアポロン・ファミリアはどんな存在に映るだろうか?

 それは当のLv.4(ヒュアキントス)が知っている。

 ただの、ただの獲物にしか見えない。

 

 次々と送還される仲間達。

 それに激しく動揺し、見えない襲撃者にただただ怯える事しか出来ない団員達。

 もはや統制はとれなくなり、アポロン・ファミリアはただただパニックする烏合の衆と化していた。

 こうなってしまっては数の優位性など無意味なものだ。

 

「落ち着けッッッッッ!!!!!!!」

 

 だがそんな集団を治めるのが団長(ヒュアキントス)の役目だ。

 怒号の如き叫び声がアポロン・ファミリアを一喝する。

 

「総員密集隊形をとれッ!! Lv.の低い者を中心にして、Lv.の高い者で囲むのだ!! 隙間を作るなッ!! 敵は姿をくらますぞ!! 死にたくなければ固まるのだ!!」

 

 続けざまに飛んでくる命令にアポロン・ファミリアは混乱する思考の中で、兎に角命令に従うことで己を落ち着かせようとした。

 ヒュアキントスの命令が的確であるかどうかは誰にも分からない。

 だが、こういった場合命令の的確さよりも、速度が重要だった。

 兎に角なんでも良いから乱れた統制を正す。これが最優先事項だった。

 

 そういった意味ではヒュアキントスの命令は的確だ。

 集まれ! 固まれ! 隙間を作るな! 命令が単純であればあるほど実行は速い。

 

「みんな集まれぇええ!!」

「遠隔攻撃持ちはできるだけ中央に移動しろ!!」

「敵は死角から攻めてくるぞ! 死角を作るな! お互いをカバーしろ!」

 

 ヒュアキントスの命令に呼応し、各部隊のリーダー達が中心となって次々と指令が飛び交う。

 それに伴って次第に落ち着きを取り戻す団員達。

 アポロン・ファミリアは優秀なファミリアだ。

 最初の命令から幾ばくもしない内に密集隊形は作られた。

 

『…………』

 

 沈黙が下りる……。

 

『…………』

 

 襲撃はこない……。

 

「もしかし……」

「気を緩めるなッ!!」

 

 一瞬、緩みかけた雰囲気にすかさず喝をいれるヒュアキントス。

 

(どうした? 何故来ない? 諦めたか!? 流石に104人を倒すには──ッ!!)

 

 いや、違う! 

 この戦いは『殲滅戦』。どちらかの勢力を全滅させれば勝利だ。

 

 だが勝利条件はもう一つある。

 時間切れだ。

 三日間という時間制限がこの『殲滅戦』には存在する!

 

 この広大な平原で、姿を消す相手を探すのに百人程度ではまるで足りない。

 

(そう、ベル・クラネルが倒すのは別に何人でも良かった! 私じゃなくても、誰か()()倒せればそれで良かった)

 

 アポロン・ファミリアは既に四名の団員がヤられている。

 ポイントに換算すれば現在は104対100でアポロン・ファミリアが劣勢だ。

 彼にとってそれで十分だった。

 

 後は嫌がらせ程度に人数を減らして、姿をくらませればそれで十分だった。

 冒険者は非常に頑丈だ。

 最悪三日程度飲まず食わずでいても何も問題は無い。

 

(くっそ、やられたッ! 馬鹿か私は! 最初の襲撃は目眩ましか! 最初からこれが狙いだったのか、ベル・クラネル!!)

 

 相手の意図を瞬時に見破ったヒュアキントスは再び叫ぶ。

 

「総員直ぐ様密集隊形を解除しろッ!! 相手の狙いは逃げ切りだ!! 草の根分けてでも探しだせッ!!!」

 

 先程とは正反対の命令が飛び出し、僅かに困惑する団員達。

 そこらかしこで不満の声が上がるが彼等は直ぐ様言われた通りの行動に移った。

 不満の声はまだ聞こえるが異議を唱える者はいない。この命令が本当に正しいのか意見を言う者はいなかった。

 

 彼等の反応は当然だった。

 どんな命令だって、本当に正しいかどうかなんて誰にも分かりはしないのだから。

 

 それが分かるのは“結果”が出た時のみである。

 

 

 

 *

 

 

 

「ひ、卑怯だぞ! ヘスティア! 姿を消したり、飛んでみたり、挙句の果てに逃げ切りに走るとは、貴様、恥ずかしくないのかッ!!」

「ふん、別に消えちゃいけないだとか、飛んじゃいけないだとか、そんなルール無かったもんね。それに時間切れ狙いだってこれも立派な作戦さ」

 

 それは、まあ確かにそうだ。この戦争遊戯(ウォーゲーム)にこそんな禁止事項は存在しない。

 

「し、しかしこれは神聖なる神々の代理戦争……それを不意打ちだの、奇襲だの、卑劣な手で勝ちを得ようなどと言うのは……」

「不意打ちをしてはー、奇襲をしてはー」

 

 子供みたいな屁理屈をこねるヘスティア。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」

 

 それに子供みたいに悔しがるアポロン。

 

「ぬぁああああ!!! それにあの漆黒の兜(ハデス・ヘッド)飛翔靴(タラリア)はヘルメス・ファミリアの万能者(ペルセウス)にしか作れないはずだ! それをなぜ君達がぁ!!」

 

 あの二つのマジックアイテムはそれこそ神々の間では有名だが、冒険者の間で出回るほど数があるわけじゃ無い。そもそも作り手が物凄く人を選ぶタイプの人間だ、そうほいほい手に入るものじゃない。

 

「それは当然作って貰ったに決まってるじゃないか!」

「おい、どういうことだぁ! ヘルメスぅ!!」

「あちゃー、今まで気づかれないようにこっそりしていたのに、こっちに矛先が回って来ちまったか」

 

 これまで散々話題に出てきて、なかなか登場していなかったヘルメス・ファミリアの主神ヘルメスが苦笑いを浮かべながら答える。

 

「何故だ! 親友よ! 前に作ってくれと大枚はたいて懇願した時は梨の礫であったのにどういった風の吹き回しだ!? 胸かッ!? 胸なのかッ!!?」

「いやぁ、まぁ、こっちも止むに止まれぬ事情と言うか、なんというか、そう言ったものがあってだね……」

「クソがぁあああああああ」

 

 アポロンの怒声が響く。

 

「いい加減うるさいぞ、アポロン! 戦争遊戯(ウォーゲーム)に集中できないじゃないか!」

 

 『神の鏡』に映る戦いを見守りながらヘスティアが言う。

 

「ふ、ふん、いい気になっていられるのも今のうちだぞ、ヘスティア! どんなに隠れようとも我が眷属達は必ず見つけ出すだろう」

 

 確かにアポロンの言う通りまだ決着がついた訳ではない。

 最悪彼等はベル・クラネルを追わずに助っ人(ルララ)にターゲットを変更しても良いのだ。それは、まあ、あまりおすすめ出来ないが、そういった手段もあるだろう。

 

 だがそんな事は必要無い。

 

「……その必要はないさ、だって──」

 

 ベル・クラネルは逃げたのではないだから。

 

 

 

 

 *

 

 

 

「まさかこんな結果になろうとは誰が予想したでしょうかぁあああああ!? まさか、まさかのヘスティア・ファミリア、不意打ち、奇襲、逃げ切り上等の汚い作戦に出たぁ!! 汚いな流石ヘスティアきたない、きたない! くそぉ、金返せ! ちくしょおおおお!!」

「まぁ、でも、あり得なくはない展開だよな」

 

 むしろ制限時間ありであれば十分に考えられる展開だった。

 対策をしていなかったアポロン・ファミリアが悪い。

 

「随分と余裕ですね全財産賭けたリチャードさん! しかし、このまま勝負は決してしまうのでしょうか? そこらへんどう思います? 全財産賭けたリチャードさん!」

「その『全財産賭けた』ってやついるか? まあ、いいか、そんで、どうしたもこうしたも“このまま”って事にはならないだろうな。お互いに」

「おお、じゃあまだまだ戦況は動くと! そうですよね! まだ戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まって三十分も経ってないですし」

「まぁ、それもあるが──」

 

 英雄になりたいと豪語した少年が、このままおめおめと逃げ帰るだなんて考えられなかった。

 

「このまま逃げ出すのは英雄じゃないだろ?」

 

 *

 

 

 

 アポロン・ファミリアの団長であるヒュアキントスは、一つ大きな思い違いをしていた。

 ベル・クラネルの狙いが逃げ切りだとなんの根拠もなく勝手にそう判断したのだ。

 

 その判断には確かな妥当性があった。

 あまりも多勢に無勢なこの状況下で、ベル・クラネルがとれる最善手というは『逃げ切り』以外には存在しないのだから。

 敵勢力の完全殲滅なんて選択は、合理性に欠ける愚策でしか無い。

 

 でも、そんな愚の骨頂と言える下策が、直接戦闘したヒュアキントスが真っ先に出した答えであった。

 それこそが彼が肌で感じた生の選択肢だった。

 

 だがそれは彼の冷静なる判断で却下された。

 折角拾いかけた勝ち目をみすみす捨てるだなんて、ヒュアキントスには考えられなかったのだ。

 わざわざ危険を冒してでの『殲滅』よりも安全な『逃げ切り』。ヒュアキントスの考えは合理的に考えれば当然行き着く回答であった。

 

 だからこれはヒュアキントスの判断ミスと言うより、相手の選択が可笑しかったのだと言える。

 

 “それ”に気づけたのは全くの偶然だった。

 ただふと、彼との戦いを振り返った時に感じた違和感が切っ掛けだった。

 

 

 なぜ、ベル・クラネルは真っ先に私を狙った?

 

 

 彼ほどの実力があれば、ただの冒険者であれば一人や二人片付けることは容易だ。

 そう、それは、先程の襲撃の様にいともたやすく行えるはずだ。

 

 だから先行するヒュアキントスなんて無視して、後ろに控える本隊を襲えば良かったのだ。

 それが一番合理的。

『逃げ切り』を狙うなら一番合理的な作戦だった。

 

 じゃあなぜ、ベル・クラネルはそうしなかった?

 

 ただ単に目についたから? 何となくか? ただの目眩ましの為か?

 違う、どれも違うッ!

 

 合理的に、合理的に考えるんだ。

 (ヒュアキントス)を真っ先に狙う理由を合理的に考えるんだ。

 

 

 そして浮かび上がってくる。彼の真の目的が。

 

 

 ベル・クラネルはヒュアキントスよりも格下だ。

 どうしようもないぐらい格下な存在だ。

 

 じゃあそんな格下が格上の存在を打倒するにはどうしたら良いだろうか。

 

 簡単だ。脇目もふらず万全の状態で戦いを挑むしか無い。

 

 だからベル・クラネルもそうした。

 脇目もふらず真っ直ぐにやって来て、完全に万全の状態で戦いを挑んだのだ。

 

 それはヒュアキントス()に勝つためか? いや、違うッ!!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 何もかも全て、ベル・クラネルはこの戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝つことだけを考えて行動していた。

 それも『逃げ切り』なんて卑怯な真似じゃなく、『殲滅』という正々堂々とした方法で。

 

 

 要だ。ヒュアキントスが要だった。

 彼こそがこの戦争遊戯(ウォーゲーム)の要だった。

 彼こそがアポロン・ファミリアの弱点で、彼こそが“アキレス腱”だった。

 

 ヒュアキントスがいないアポロン・ファミリアが彼に勝利することは難しいだろう。

 ヒュアキントスがいなければアポロン・ファミリアは簡単に打壊するだろう。

 

 でも、その事に“今”気づけたのは僥倖だった。あと僅かに遅ければヒュアキントスは何も気づけずにヤられていただろう。

 

 ヒュアキントスの“背後”から白い襲撃者が迫る。

 それを僅かな大気の流れと気配で察知したヒュアキントスは反撃に出る。

 

 振り返りながら何もない空間に紅炎を走らせる。

 波状剣の軌跡の後から何もないはずの空間に綻びが生じ襲撃者──ベル・クラネルが現れる。

 

 漆黒の兜(ハデス・ヘッド)を破壊されたベル・クラネルの姿が顕になる。

 透明状態を破られたベル・クラネルだが、彼は既に攻撃のモーションに入っていた。

 

 それを迎え撃つ。

 

 双方の刃が激突し、初撃を防ぐ。

 

 そのまま腕力に物を言わせて吹き飛ばす。

 

 両者の距離が大きく開く。

 

 再び『アロ・ゼフュロス』の詠唱に入る。

 この距離ならばギリギリ詠唱は間に合う。

 

 ベル・クラネルは向かってこない。それどころか仁王立ちになり、こちらの詠唱が終わるのを待っている。

 

「ッ! 貴様、舐めるなぁあああ!! 『アロ・ゼフュロス』!!」

 

 放たれる『アロ・ゼフュロス』。それと同時にベル・クラネルが印を結ぶ。

 

『天』

 

 たったワンアクション。たったそれだけで、巨大な手裏剣が具現化された。

 出現した『風魔手裏剣』を会心の力を込めて投げ飛ばす。ヒュアキントスの最大奥義に匹敵する威力を秘めていたそれは『アロ・ゼフュロス』と相殺し消失する。

 

 双方の技の威力により激しく土埃が舞う。

 

 だがそれだけでは終わらない。

 

 土埃の中、地を這うように超スピードで強襲撃するベル・クラネル。

 目にも留まらぬ素早さで迫る彼に、魔法を放ったばかりのヒュアキントスは反応できない。

 

 ベル・クラネルの強襲撃はその速度の割には大したダメージは無い。

 だがそれでいい、この攻撃はダメージを与える為のものじゃない。敵に急接近するためのものだ。

 

 敵の懐に潜り込んだベル・クラネル。

 迷わず相手の喉を切り、動きを止める。

 

 停止するヒュアキントスの正面で、ベル・クラネルは大の字に手足を開き力を開放する。

 

 血液が沸騰し、脳内のアドレナリンが激動する。

 これまでに溜め込んだ激情がベル・クラネルの手に顕現する。

 

 それはアポロン・ファミリアと戦ったせいだろうか? 太陽の様に眩しいばかりの山吹色をした大剣であった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 咆哮と共に飛び上がりそれを振り下ろさんとした時──衝撃がベルを襲った。

 

『撃てぇえええ!!』

『相手は一人よ! 良く狙いなさい!!』

『団長を助けろッ!!』

『行け! 行け! 行け! 行けぇえ!!』

 

 あと僅かというところでベル・クラネルの『アドレナリン・ラッシュ』はアポロン・ファミリアの一斉攻撃によって阻止された。

 薄れゆく意識の中、ベル・クラネルは自身の特殊魔石が発動するのを確かに感じる。

 

 結局、ヒュアキントスとベル・クラネルの明暗を分けたのは仲間の存在の有無だった。

 

 

 

 *

 

 

 

「ふははっはっははあははははははあああああああ!!!! ひゃああああああはぁあああああ!!! 勝ったぁああああ! 勝ったぁぞおおおオオオ! 第四章完!」

 

 待ちに待った勝利の瞬間に我を忘れて雄叫びをあげるアポロン。

 

「いやぁ、終わってみれば呆気無い幕切れだったなヘスティア! 君のベル・クラネル、いや、これからは()()()()()()()()()と言うべきか……も想像以上の活躍をしたし予想以上に良い戦争遊戯(ウォーゲーム)であったな! あぁ流石、()()()()()()()()()だ!」

 

 勝利を確信し、やたらと騒ぐアポロン。

 時刻を見ると戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始されて三十分と言ったところだ。

 幾つか冷や汗をかく場面もあり、番狂わせも何度かあったが、結局、大方の予想通り決着が着きそうだ。

 

 世界中の殆どの存在がもはや勝利は決したと『神の鏡』から目を離す。

 勝敗はもう決したと世界中が確信する中──。

 

「喜んでいるところ悪いが……」

 

 ヘスティアは、いまだ『神の鏡』を見つめ続けていた。

 

「私達の戦争遊戯(ウォーゲーム)は……」

 

 その姿は、まだ戦いが終わっていないと物語っており、穿った見方をすれば、ありもしない希望に縋り付く哀れな神の姿に見えた。

 

「まだ終わっちゃいないぜ……?」

 

 そう、まだ戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わっていない。

 まだ、彼女が……ヘスティア・ファミリアには彼女が残っている。

 

 

 

 *

 

 

 

 開始地点にベル・クラネルが送還される。

 

 ここにそうやって帰ってくるということは生死に関わる重傷を負ったと言う事だ。

 直ぐ様、医療班が駆けつけて彼の治療に取り掛かる。

 

 医療班にされるがままになっているベル・クラネルは、薄れゆく意識の中で微かに言った。

 

「……後は、お願いします……ル、ララさ、ん……」

 

 霞の様に小さなその言葉に、彼女は振り返る事も、答える事もしなかった。

 だが、確かに彼女には届いていた。

 その言葉が合図となり、飢えた狼は檻から戦場へと飛び立った。

 

 

 

 *

 

 

 

「ハッ! 『戦争遊戯(ウォーゲーム)はまだ終わってない』だって? 何の力も持たない冒険者一人で一体何が出来るッ!?」

 

 それは『何でも』だ──そうヘスティアは心の中で思った。

 

 『神の鏡』には不思議な球体で空を駆る小人族と、ベル・クラネルを打倒し体勢を立て直そうとしているアポロン・ファミリアが映っている。

 

「なるほど、飛翔靴(タラリア)以外にも飛ぶ手段を用意していたとは驚きだが、それで何になる? 無力な冒険者を戦場に運んだ所で何も出来ないで死ぬのが落ちだ」

 

 高閲を垂れる様にアポロンが言う、

 

 ヘスティアには良く分からなかった。アポロンの言うことが分からなかった。

 ただ彼女の強さは良く知っていた。

 アポロンの言葉よりも、その事実の方がよっぽど信用できた。

 

「全部隊指揮官を集めろ。一度人員の把握をしておく必要があるだろう。カサンドラ! お前は私を治療しろ」

「わ、わかりました!」

 

 戦場ではヒュアキントスが指示を飛ばしている。

 指示は瞬く間にファミリア中に伝達され、団員達は迅速に行動に移っていく。

 治療を受けるヒュアキントスの周りには指揮官クラスの人間が続々と集まっている。

 

 そして、その遥か上空から、白くて赤くて黒いヤツが迫ってくる。

 その光景を見て『飛んで火に入る夏の『玉』』そんな言葉がアポロンの脳裏に浮かんだ。

 

 ストン──アポロン陣営の真っ只中に彼女が降り立った。

 

「さぁ、見ているがいい……!!」

 

 まず、アポロン・ファミリアに強烈な睡魔が襲った。

 抗いようもない呪詛(カース)の如き睡魔に人々の意識が刈り取られる。

 

「我々、アポロン・ファミリアが──」

 

 その約2秒後、一発の火球が彼等を襲った。

 

「勝利する──」

 

 火球が着弾すると同時に先程の火球よりも遥かに魔力を秘めた火属性魔法が炸裂する。

 

「瞬、間──」

 

 そして、次に放たれた魔法によりアポロン・ファミリアは炎に包まれた。

 

「──を?」

 

 僅か5秒程の出来事だった。

 

「……」

 

 彼等は抵抗する事も、逃げ出す事も、悲鳴をあげる事も、自分が倒されたと認識する事さえも許されなかった。

 

「…………」

 

『神の鏡』には焼き尽くされた眷属達が映っている。

 

「………………」

 

 あの精強を誇ったヒュアキントスを筆頭に、幹部クラスの冒険者が見るも無残な姿で転がっている。

 

「……………………」

 

 生命の危機を感じ取った特殊魔石が次々と発動し送還されていく。

 

「…………………………」

 

 残っていたのは黒い狼の衣装に身を包んで高らかと笑う冒険者だけだった。

 

 その理解不能な光景を目の当たりにしてアポロンは、大きく口を開き、目ん玉をおっ広げて、鼻水を垂らしながら……

 

 

 絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 汚い、流石忍者きたない(´・ω・`)


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ヘスティアの場合 5

 遥か昔、黒き魔女シャトトによって体系化されたその呪法は、純然たる破壊の権化であり、滅びの魔法であった。

 炎神ですら焼き尽くし、氷神でさえも凍てつかせるその魔法は『黒魔法』と呼ばれ、人々に畏れ敬われた。

 

 おおよそ千六百年前に最盛期を迎えた黒魔法は、その類まれなる破壊力と殲滅力により幾度と無く使用され暴虐の限りを尽くしていた。

 しかし黒魔法の濫用は大地を巡るエーテルの混乱を招き、その結果、世界は一度何もかも洗い流された。

 後に、第六霊災と呼ばれる大洪水が引き起こされた原因となったのも黒魔法であった。

 

 そんな破壊そのものとも言える黒魔法は、とある“呪術”を起源にしている。

 

 己を内観し、心に秘めた力を開放させ、顕現するその“呪術”は、とある“儀式”を執り行う為に発展していった。

 その儀式は多くの妖異や怪異が蔓延るエオルゼアに於いて、最も重要な儀式の一つであり、今もなお欠かすことの出来ない普遍的なものである。

 

 エオルゼアから遠く離れたこのオラリオの地でもそれに倣い、黒魔法はかつての使われた目的そのままに、その力を顕現させていた。

 

 黒魔法の起源である呪術、その最たる使用目的……。

 

 それは──『葬送』──である。

 

 

 

 *

 

 

 

 舞い降りた漆黒の魔道士、無抵抗なままの冒険者、恒星の如く燃え盛る火炎魔法、焼き尽くされる世界、送還される仲間、その中で独り嘲笑う白い悪魔。

 

 呼吸が停止し、身体がまるで金縛りにあったかの様に微動だにしない。

 たった数瞬で創り上げられた地獄絵図に茫然自失となるアポロン・ファミリア。目の前にある光景がまるで夢か幻かの様に思えてくる。

 だが、先程からひしひしと突き刺さる圧倒的な熱量が、眼前に広がる情景が幻想では無い事を執拗に訴えてくる。これは、夢幻では無い──現実だ。

 

 誰一人としてぴくりとも動けない中、彼女だけが時の呪縛から解放されているかの様に、手に持つ杖を揺らめかせる。

 その動きを見て停止していたアポロンファミリアの時間が急速に動き出す。

 これは詠唱──ッ! 魔法だ、魔法がくる!! どうする? 回避か? 防御か? 反撃か? 妨害か? どうすればいい?

 

 彼女から放たれる絶望的な死の気配により、思考が高速で回転する。

 だが、どれを選択するにしても、既にあまりにも遅すぎだ。

 

「……あ」

 

 諦めか、驚愕か、僅かに零れたその言霊が永遠に紡がれることは無かった。

 再びシュリーム平原に地獄が降臨する。

 爆炎と共に爆音と爆風が轟きアポロン・ファミリアを焼き尽くす。

 

「がぁあああああああ」

「ギャァアアアアアア」

 

 仲間達の断末魔が鼓膜を震わす。

 だが絶望している暇はない、嘆いている時間は無い。

 気を抜くな、気を緩めるな、気を許すな──少しでも油断をすれば、次に狙われるのは自分だ。

 

「ヤメろッ! ヤメろぉ!! ヤメてくれえええ!!」

「うぁあああああああああ」

 

 恐怖のあまり逃げだそうとした一団に三度、煉獄が再臨する。

 燃え盛る炎、(ほとばし)る魔力、無差別に大気を震わす圧倒的な破壊の力。

 彼女が一度杖を振るう度に、その何倍もの冒険者達が業火と共に葬送されていく。

 

「逃げろォォォォオオオ!!」

 

 堪らず、誰かがそう叫んだ。

 その言葉が契機となり、冒険者達は怒濤の勢いで我先にと逃げ出した。

 最早そこには、戦意も、誇りも、名誉もなく、憐れに逃げ惑う子羊達がいるだけだった。

 彼らは懸命に駆けた。ただただ、生き延びたい、逃げ延びたい、助かりたい、その一心でひたすら脚を動かした。

 生き延びる為に、逃げ延びる為に、あの“化物”から少しでも遠ざかる為に……。

 

 だが──

 

「ぐぁああああああああ」

 

 一体、何処に逃げるというのか?

 

「うぎゃぁあああああ」 

 

 あの化物相手に──

 

「う、あ、ひっ」

 

 最低でもあと丸三日──

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 彼女から逃げ続けなくてはならない。

 それがどんなに絶望的な事か、彼等は理性ではなく本能で理解できた。できてしまった。

 彼等の心の中に“諦め”と言った感情が渦巻いていく。

 

 そうだとしても、それであったとしても、立ち止まる訳にはいかない、生きる事を諦める訳にはいかない。

 万が一に、億が一に、助かる路が開けるかもしれない。自分だけは助かるかもしれない。

 そんなほんの僅かな霞のような希望にすがって彼等は駈け続けるしかなかった。

 

 それは奇しくも戦争遊戯(ウォーゲーム)の宣戦布告を受けた時に、ヘスティア・ファミリアが感じた気持ちと同じ感情であった。

 

 だからこそ……そんな事、彼女が許す筈がなかった。

 彼等が何処に逃げようが、関係ない。最初から逃げ場なんて何処にも無いのだ。

 

「がぁあ……あ、足が……足が動かないぃいいい!!」

「何で? 何でなのッ!?」

「ま、待ってくれぇ! 置いてかないでくれ!」

 

 彼女は冒険者達を大地もろとも凍てつかせ。

 

「く、来るなぁ! 来るなぁ! 来ないでくれぇえええええ」

「足が、足が思うように動かないんだッ!!」

「だ、誰か助け──」

 

 極限にまで冒険者の足取りを重くし。

 

「あ、れ? ……なんだか、すごく……眠、くぅ」

「お、おい寝るな! 寝たら死ぬ──」

「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ、寝たくない! 寝たくないのにぃいい!!」

 

 抗うことも出来ない久遠の眠りを誘い。

 

「雷が……雷がッ! 迫ってくるッ!!」

「ひ、ひぃいいいいい」

 

 雷神の如き雷撃をばら撒き。

 

「あ、あああ、ああああああああ」

 

 そして、太陽を顕現させた。

 

「こ、ここまでくれば──きっと安全……」

 

 彼女の魔の手から運良く逃れた冒険者がたどり着く。

 この大平原で唯一の安心できる場所──シュリーム古城跡地に辿り着く。

 

 この古城はまだ、摩天楼施設(バベル)が存在しなかった時代、ダンジョンからモンスターが溢れ放題だった時代に、モンスター達の侵攻から人々を護った堅強を誇る由緒正しき古城だ。

 その堅き護りは幾積の時を重ねようとも健在であり、黒き獣の毒牙から彼等を守護するのは容易に思えた。

 

 彼等はこの戦場で唯一無二の安息できる場所を手に入れたのだ。

 

 だが、それは大きな勘違いであった。

 そこは彼等を護る巨大な盾では無く、彼等を埋葬する大きな棺桶と変わりなかった。

 何の魔術的強化や、付与がなされていないただの建造物など、彼女にとって大きな『的』に過ぎないのだから……。

 

「な、なっな……」

「はは、あはははは」

 

 彼等の上方から、古城跡地の遥か上空から“それ”が呼び込まれる。

 “それ”は、彼等の仲間が葬られる度に蓄積された力であり、“それ”は小さな隕石の形をしていた。

 

 全てを飲み込む破壊の力が轟音と共に降り注ぐ。

 小隕石(コメテオ)は古城ごと冒険者をなぎ倒し、粉砕し、そして最後には何も残さなかった。

 

 もはやここは戦場では無く、ただただ一方的に葬送が行われる凄惨な葬式場だった。

 万物を焼き尽くし、破壊の限りを尽くした漆黒の魔法使いは焼け野原で独り嘲笑う。

 

 その姿は正に……黒き魔女だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 アポロン・ファミリア所属の小人族ルアン・エスペルはその小さな身体が現す通り、臆病者で小心者だった。

 だからこそだろう、彼は未だに生き延びていた。

 彼女の魔の手から逃れ、なんとか辛うじて生き延びていた。

 仲間達が焼かれるなか、脇目も振らず必死になって手足を動かし、あの壮絶なる葬送劇を乗り越え、命からがら逃げ延びることが出来ていた。

 

 ここに来るまでに、一体どれだけの仲間が倒されたのか見当もつかない。でもそんな事どうでもよかった。

 彼の頭の中にあったのは、彼女から逃れたい、生き延びたい、助かりたい──それだけだった。

 そんな一心で無我夢中で走っていたら、いつの間にかこんな戦場の端っこの誰も来ないような場所に来ていたのだ。

 

 彼は今、息を殺し、言葉を殺し、気配を殺し、己を殺し、ガタガタと震える身体を必死に抑え、小さな身体をより一層小さくして、ひっそりと身を潜めていた。

 

 だがそんな彼にも終わりの時が近づいて来ていた。

 破壊の化身である黒き魔女は確実に彼を追い詰めていた。

 

 ルアンが潜む付近で彼女が立ちどまる。

 彼女がいる場所からではルアンがいる場所は死角になっており、このままやり過ごせば見つかる事は無いだろう。

 

(このまま何処かにいってくれ、そうすれば──)

 

 その僅かに芽生えた小さな希望は、春の夜の夢の如く儚く消えた。

 一度彼女が耳に手をあてたと思った瞬間──彼女の醜悪なる赤き仮面がルアンを正確に捉えた。

 

「あ、ああ、あぁああ……な、なんで、どうして、ここがッ!」

 

 魔女は答えない。ただ坦々と流れ作業の様に杖を振るのみである。

 極限にまで圧縮された時間の中で、今まさに黒き魔法が放たれんとしたその時──ルアンはとある“神”を幻視した。

 それはかつて、彼の種族が信じていた、信奉していた“彼女”に──

 

「あぁぁあ、な、なんで、なんで貴女が……貴女がここに!! フィ──」

 

 そして──そこでルアンの意識は途絶えた。

 

 彼の特殊魔石が発動し、彼を送還する。

 後に残ったのは彼女だけ。

 シュリーム平原に残ったのは彼女だけとなった。

 

 こうして殲滅が終わった。

 彼がアポロン・ファミリア最後の生き残りで、彼の脱落を以って戦争遊戯(ウォーゲーム)は終演を迎えた。

 神の代理戦争が終わりを迎えた瞬間、戦場に神の眷属は誰一人として存在せず、黒き魔女だけが高らかに勝利を喜んでいた。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まって57分32秒の事だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 世界中の誰しもが言葉を失った。

 あまりにも惨たらしい殲滅劇を目の当たりにして誰も彼もが圧倒されたのだ。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わったというのに何処からも、歓声も、喝采も、称賛の声も上がらない。都市は不気味なまでに静まりかえっていた。

 ただ目の前で繰り広げられた葬送劇に息を飲むばかりである。

 

 誰一人として、こんな結末になろうだなんて想像だにしていなかった。

 陽気で能天気な神々でさえも押し黙り、向こう見ずで怖いもの知らずの冒険者達が戦慄する。

 この戦争遊戯(ウォーゲーム)を見て、世界中の全ての者が全く同じ感想を抱いた──見てはいけないものを見てしまった──と。

 

 勝敗は誰の目から見ても明らかだった。

 最後には戦場に立っていたのは神でも神の眷属でもなかったが、あの魔女はヘスティア陣営の戦士だ。

 それはつまりヘスティア・ファミリアの勝利を意味していた。

 

 議論を挟む余地も無いほどにそれは明らかだった。

 アポロン・ファミリアを殲滅し尽くしあの圧倒的な力を見せつけられては、否が応でも納得せざるを得ない。

 

 完膚無きまでに、この戦争遊戯(ウォーゲーム)はヘスティア・ファミリアの勝利だった。

 

 だが、そこまで完膚なきまでに叩きのめされても、いやこの場合完膚なきまでに叩きのめされたからこそ、往生際が悪いヤツがいた。

 

「は、反則だッ!! あ、あああああんな化物をををを使うなんて、は、ははは反則に決まってるッ!!」

 

 意地も、誇りも、欺瞞も、何もかもかなぐり捨ててアポロンは力の限り叫んだ。

 彼の端正な素顔が原型を留め無いほどに酷く歪んでいく。

 

「こ、こんな馬鹿げた話があってたまるか! わ、私の精強なる眷属達が、あ、あんな醜悪な小人族に、ままままま負けるだなんてッ!!」

 

 彼の言葉は端から見れば、ただの負け惜しみに過ぎなかった。

 

「そ、そうだ! ず、ずるをしたに決っているッ!! 恩恵を受けていないなんて嘘だったんだろう!? ヘスティア!! そうに決っているッ!!」

 

 彼は自分の栄光を、眷属達の勝利を信じて疑わなかった。

 だが、現実はどうだ? 彼の眷属は根こそぎ狩りつくされ、まともに立っているものは一人もいない。

 

 それでも、自分の敗北を認めようとしないアポロンは、どうしょうもない程に敗北者の醜態を晒していた。

 

「だ、だから、そ、そう……こ、この戦争遊戯(ウォーゲーム)は……む、無効ッ! 無効──」

「いい加減にしろよ、アポロン」

「ッッ!!」

 

 心の底まで凍てつかせる冷えきった声が女神から発せられた。

 

「彼女が本当は恩恵(ファルナ)を受けているんじゃないかだって? 馬鹿を言うな、あの“子”が恩恵を受けているか、いないかなんて、“僕達”なら直ぐに見破れるだろ?」

 

 恩恵(ファルナ)を授ける側の神々は、相手が恩恵を受けているかいないかを一目で判断する事が出来る。

 例え遠く離れた場所で、『神の鏡』越しの映像であろうともそれは変わらない。

 

 先程から『神の鏡』に映っている“彼女”からは恩恵の気配は全く感じ取れない。

 

「あ、あれが“子”? あれが“子”だと?」

 

 ルララの事を“子”と呼んだヘスティアを有り得ないものを見る様にして見つめるアポロン。

 

「あれが、あれが“子”であるはずがない! あんなものが“子”であってたまるか! あんなものを“子”と呼んでいい筈がないッ!!」

 

 あれは“子”ではなく何かもっと別のおぞましい──

 

「ヘスティアッ!! 貴様、気でも狂れたのかッ!? あんな、あんなバケモ──」

「黙れッ!!」

 

 女神の怒号が神会(デナトゥス)に木霊する。

 

「黙れ……彼女を侮辱することは許さないぞ」

 

 彼女のあの力は常識では有り得ない。恩恵も無しにあの力はあり得ない。彼女は明らかに有り得ない力を行使している。

 

 彼女は神である筈の僕達が忌避する程に美しく、輝かしく、煌めいていた。

 彼女は、“神”の子の英雄ではなく、“人”の子の英雄だった。

 それは僕達を殺す──神殺しの“力”。

 

 僕達とは決して相容れない“存在”。

 

 だから、僕達は無意識の内に彼女を避けていた。まるで禁忌であるかの様に見て見ぬふりをしていた、見ないようにしていた。

 そうでもしなきゃ恐ろしくて夜も眠れなかった。

 あの神殺しの牙がいつ突き立てられるか怖くて仕方なかったのだ。

 

 だから彼女をいない“もの”として扱った。

 

 彼女がそういった“存在”だって、知っていた、分かっていた、気付いていた。

 気付いてなお、彼女に助けを求めた。

 理不尽には理不尽で対抗するしかなかったのだ。

 

 そして、彼女は手を差し伸べてくれた。

 

 彼女は神々が思っていた存在じゃなかった。神々が感じていた存在じゃなかった。

 何処にでもいる、普通の俗物的な冒険者だった。

 

 だから──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この戦争遊戯(ウォーゲーム)……僕達の勝利だ」

「──ッ」

 

 有無を言わさぬ物言いでヘスティアは言った。

 その凄まじい迫力に気圧され押し黙るアポロン。

 アポロンの沈黙を無言の肯定とみたのかヘスティアは神会(デナトゥス)の出口へと進む。

 

「そういえばアポロン、戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ったら“何でも”言う事を聞いてくれるんだよな?」

 

 出口に差し掛かった時、ヘスティアが敗者に背を向けながら言う。

 勝利者から敗北者への問答無用の要求。それは勝者の権利、敗者の義務。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝利者は全てを得て、敗北者は全てを失う──その事実を思い出し身震いするアポロン。

 

「僕が君に要求するのはこれだけだ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──それが分かったらさっさと()()()

 

 投げ捨てる様にそう言い残し、ヘスティアはその場を後にした。

 ヘスティアの要求は彼女が受けた仕打ちに比べれば実に有情なものだった。

 もはやヘスティアにとってアポロンの処遇など、どうでもいい事だった。

 そんな事よりもヘスティアには優先すべき事があった、大切な事があった。

 

 ヘスティアはどうしようもなく愛する人に会いたかった。

 彼女の為に死力を尽くした眷属に一刻も早く会いたかった。

 

 そしてもう一つ彼女をあの場から駆り出させたものがあった。

 

『神の鏡』に映る神々の目が──彼女達の恩人を見つめるその瞳が──まるで異形の化物を見たかの様に恐怖に染まった瞳をしていたからだ。

 ヘスティアとは違っていた。彼女だけが違っていた。

 神々の瞳は、ヘスティアこそが異端であると訴えていた。

 

 だから、あんな場所にもう少しでも居たくなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 沈み行く太陽は真っ赤に燃え、都市を暖かく照らしている。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の喧騒は既に過ぎ去り、オラリオにはいつも通りの賑わいが舞い戻りつつある。

 

 そんな中、ベル・クラネルは都市の城壁の外縁部に座り込み、黄昏を見つめていた。

 目に映る太陽は憎たらしい位に燃え盛り、赤く燃える夕陽の暖かさは疲れ切った身体に優しく染み渡っていく。

 

 彼の心の中は今、無力感と倦怠感に支配されていた。

 

 思い起こされるのは戦争遊戯の、最後の一撃の場面だ。

 何故あそこで後もう少し頑張れなかったのか? なぜ後もう少し耐えられなかったのか? 

 あと少し速ければ、あと少し耐えられれば、あと少し頑張っていれば──結果はもっと違っていたはずだ。なのに、どうしてあそこで倒れてしまったのか……。

 もっと上手く出来たはずだ、もっと頑張れたはずだ、もっと、もっと、もっと──。

 

 後悔の念ばかりが浮かんで来て、その度に胸を締め付ける。

 

「ここにいたのかいベル君……」

 

 そんな彼の所に彼の主神ヘスティアがやって来る。

 一人太陽を見つめるベルの隣にヘスティアがそっと寄り添い、彼と共に黄昏を見つめる。

 二人で見つめる夕陽はまるで彼の瞳の様に赤々と輝いていた。

 

 お互い何も語らずただ赤い太陽を見つめる。

 二人の間に心地よい静寂が流れる。

 

「……頑張ったねベル君」

 

 暫くしてヘスティアがそう言った。

 

「一人で戦うベル君はすごく格好良かった……まるで英雄みたいだった」

 

 そう言いながらヘスティアはベルの肩に頭を寄せる。

 真っ白な髪と真っ黒な髪が触れ合う。

 

「でも……負けちゃったね」

 

 彼は負けた。ベル・クラネルは勝てなかった。

 結局、ヘスティア・ファミリアが勝てたのは彼女のお陰だ。

 ベル・クラネルは……あまりにも無力だった。

 

 太陽がやけに眩しい。眩しくて霞んで見えないぐらいに。

 

「僕達は……弱いね」

 

 惜しかった。あと一歩だった。あとちょっとだった。

 そんな慰めの言葉、何の意味もない。

 ベル・クラネルは……あまりにも……()()

 その事実に彼の手がきつく握り締められる。

 

 だから──。

 

「だからね、強くなろう」

 

 強くなりたい。

 

「いつか僕達が隣人くんを助けられる様に、ルララ・ルラという冒険者を支えられる様に……」

 

 いつか彼女と並び立てる様に。

 独りぼっちの英雄と共に戦える様に。

 

「だから、ベル君──」

 

 彼女は彼の主神。彼は彼女の眷属。

 

「今日ぐらいは──」

 

 その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、その命ある限り、共にあることを誓った仲だ。

 

「泣いてもいいんだよ?」

 

 少しぐらい情けない姿を見せても幻滅することなんて無い。

 

「ッッッッ!!」

 

 その優しすぎる主神の言葉に歯を食い縛りながら必死に耐える。

 泣かない、泣いてはいけない、戦いの勝者であるヘスティア・ファミリアが惨めに悔し涙を流してはいけない。

 それは勝者の責務、勝利者の義務だ。

 そして何より──彼女の前で情けない姿を晒したくなかった。

 

 そんな姿のベルを見てヘスティアは優しく言う。

 

「……そっか、ベル君は強い子だね」

 

 瞳を閉じてベルの側から離れるヘスティア。

 

「じゃあ僕は行くよ……」

 

 彼女はそれ以上何も言わずその場を後にする。

 去りゆくヘスティアにベルは──

 

「……神ざま……僕、強ぐなりまず……絶対強ぐなりまずッ!!」

 

 そう決意した。

 

(ああ、大丈夫……君ならきっと、必ず出来る)

 

 ヘスティア・ファミリア初めての勝利の味はちょっぴりしょっぱい味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 大会が終わった後の夕陽ほど切なくて眩しいものは無い。


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幕 間
愛用の紀行録 4-1


ルララ・ルラ アルファ・ウルフとかいう称号を持っているとかいないとか。


 半人半蛇の呪詛の声が響き渡り、石化ビームが乱れ飛ぶ。

 

 長年の経験から迫り来る危機を何となく察知し回避しようとする。だが、四方八方から飛んで来る味方からの無慈悲なテロに完璧に対応するのは難しく、あっと思った瞬間、まるで身体が石像にでもなったかの様にぴくりとも動かなくなった。

 ああ、これはもう駄目かもしれんね……。

 

 そんな状態になっても視線と思考は確かに生きていて、否が応でもこれから起きる惨劇を目撃しなくてはならない。

 諦めと達観が胸に去来する。

 

 ふと、同じ様にして固まる一つ目巨人が視界に入る。彼等を見ると何故だかは分からないが得体の知れない仲間意識が芽生えてくる。

 是非とも同じ石像になった同士仲良くしたいものだ。だからお願い、石化が解けてもその棍棒で殴らないで下さい……。

 

 彼等──ルノー──は予め打ち合わせして指定された場所にきちんと整然として並べられて──いるはずもなく、何の秩序もなく戦場の至る所に好き勝手並べられていた。

 これでは石化ビームが百花繚乱するのも仕方の無い事だ……そう、仕方の無い事なのだ。彼等はワザとやっている訳じゃない、決してワザとじゃ無いのだぁ。

 そう思うルララの視線の先には設置されたCマーカーが虚しく輝いていた。

 

 女性型の合成獣から火球が放たれる。

 その怨嗟の炎によって、シアンスロープ族の少女とエレゼン族の少女が焼き尽くされる。

 その姿を石の中から為す術も無く見つめる。

 何とか石化を逃れた妖精さん(本体)が個人奮闘ならぬ個『精』奮闘してくれているが、まさに焼け石に水状態だ。

 結局、二人は上手にこんがり焼けました。

 

 続いて今度は蛇女の大剣が振るわれ、更に間髪入れず尻尾がうなる。

 ヒューラン族の男女が“それ”をまともに受け、身を切り裂かれ、串刺しにされる。

 そんな悲惨な光景を『あーあ』と思いながら見つめる。

 

 そして、最後は彼女の番だ。

 

 抵抗をする事すら許されない状態のルララに、猛ダッシュする一つ目巨人と半人半蛇の怪物が迫り来る。

 一緒に石化していた仲だというのに、とんだ裏切りである。あぁ、ルノー先輩貴様もかッ!

 

 視界一杯に埋まる化け物達に蹂躙される現状をまるで他人事の様に思いながら、そして──

 

 

 

 ──彼女達は全滅した。

 

 

 

 という“夢”を見たのさ!

 

 

 

 *

 

 

 

 レフィーヤのクエスト後パーティーメンバー達の様子が明らかに変わっていた。

 

 えっ!? 君達、何時からそんなガチ勢になったの?? っと困惑するぐらいにやる気満々のレイド勢に変貌したのだ。

 信じて送り出した若葉ちゃんが死んだような目でブツブツとスキルを呟くガチ勢に変貌して帰ってきてしまった心境に似ている。

 

 前々からそれなりにやる気がある事にはあるメンバーだったが、何が切っ掛けだったのかはしらないが随分積極的に攻略に臨む様になったものである。

 

 ゆっるゆるの、キャハハ、うふふ勢のライト若葉ちゃんが一体何があったか分からないがガッチガチのレイド勢に目覚めることなんて事は稀に良くある事なので、そんなに、おおお驚かななない。光の戦士は驚かない! あわわわわ。

 

 もしかしたら前回出荷された事に対して何か思う所があったのかもしれない。とは言えこれは悪い兆候では無いので生暖かく見守ることにする。

 願わくは、これ以上ガチに傾き過ぎてあかん雰囲気を醸し出さない様にして欲しいばかりである。

 

 最近は彼等のやる気に応える様な形で、主なレベリング場が40階層クラスから50階層クラスへと移り変わった。

 基本的に拘束艦の防衛兵器達からは経験値等は得られないのだが、エオルゼアの冒険者とは少し変わった成長方法をとる彼等の場合はそんな事関係無いらしくガンガンと成長していく。

 

 拘束艦に出現する防衛兵器達は最も弱い部類でもLv.6で、これまでの階層と比べて経験値効率が段違いだ。

 特に52階層以降のいわゆる二層クラスになると出現する防衛兵器の強さももう一段階上がる。

 

 中でもクローンとか、クローンとか、クローンとかがかなり狙い目だ。

 

 前回大漁発生した培養区画では、既に中の人が不在にも関わらず有難い事に再びクローンの培養が進められていた。

 この場所ほどレベリングに適した絶好の狩り場は有るだろうか? いや、無い。

 本当、アラグの防衛兵器さまさまである。

 

 すっぽんぽんでは無く、アラグ帝国の式典用装備を身に纏って色々と培養システムに弄られまくった彼等はもしかしなくても元ネタの人よりも遥かに強化されていて些か面倒なので、出来るだけ生まれたての全裸の奴を優先的に狙っていく。

 念の為、決して性的な意味で裸の子達を狙っているという訳ではない事はここに断言しておきたい。Lv.的にはどちらも同じなので、弱い方を狙うのは当然の事なのだ。

 少し背徳的な感じがするがレベリングの為だ、致し方無し。

 

 その最中、レフィーヤの目が若干曇っていて、すわ、またゲロデバフの再来かとも思ったが、今では神か仏かと思うほどに達観した瞳をしているので問題ないだろう。

 そんなこんなを連日繰り返していく内に、気が付いたら女性陣のLv.が全員4にまでなり、彼女達の装備品の錬成度もMAXになった。

 まだLv.的には充分とは言えないが、メンバーの士気が高まっている事も相まってそろそろ本格的な攻略に乗り出しても良い頃合いかもしれない。

 哲学素材の新式装備では無く、アダマン等を使ったきちんとした装備で整えれば このLv.でもなんとか戦える筈だ。

 

 そして──そう考えて意気込んで挑んだメリュジーヌ戦であったが、結果はお察しの通り、物の見事に返り討ちにあった。

 

 どんなにLv.を上げようが、装備を整え様が容赦なく死ぬ。それがレイド攻略と言うものである。

 もう、いっその事何とかコイツをソロで倒す方法を考えた方が速いのかもしれない。

 

 

 

 *

 

 

 

 何回かメリュジーヌと戦って見て分かった事が幾つかある。

 その中で特に幸運だったのはメリュジーヌの強さが分かった事だ。

 

 この階層のメリュジーヌは、胡散臭い異邦の詩人が盛りに盛った零式メリュジーヌでも、実装したてで絶好調のメリュジーヌでもなく、拘束艦が機能停止した後に弱体化した緩和メリュジーヌと同格であった。

 前者二つに比べるとこのメリュジーヌさんは相当有情な存在である。ありがたや、ありがたや。

 

 まだ拘束艦を停止させていないのに何故こんな粗悪品とも言えるメリュジーヌさんが誕生したのか不思議だが、もしかしたらこの拘束艦にあまり余力が無いのかもしれない。

 例えばだが、バハムートの再生に多くのリソースを割いており防衛兵器に手を回す余裕が無い、だとか、この地に眠っている拘束艦はこれ一艦のみでこの艦にかかる負担が相当大きい、だとか、そんな所だろう。

 

 戦闘中、石化しても一撃死する事はないし、最強無敵生物のルノー先輩の渾身の一撃もその大きな棍棒と体格の迫力に見合わず大した威力は無い。

 ルノー先輩のあの盛り上がった逞しい筋肉は全てただの見せ筋へと劣化してしまった。

 あぁ、諸行無常。

 

 しかし、それでもあの鬼畜古代文明が生み出した狂気の防衛兵器である。腐って落ちぶれても絆クラッシャーの異名は伊達では無い。

 ちょっとでも油断をすれば一気に全滅にまっしぐらだ。

 

 彼等にとってこれが初めての本格的なレイド戦となる。

 これまでのチョコボの雛みたいに後ろからちょろちょろと付いてくるだけで良かった生温い戦闘とは全く別次元の、ワンミス即全滅という果てしない緊張感の中で戦わなくてはならないのだ。

 押し掛かる重圧(プレッシャー)は半端じゃ無いだろう。

 

 それでも、徐々にだが確実に攻略は進んでいた。

 これも何度も全滅して得られた重要な収穫だ。

 

 彼等は『超える力』を持っていない。全ての戦闘は()()()()()になっている筈だった。

 だがそれは違った。

 全ての戦闘が無予習状態からの完全初見で始まる筈であったのだが、何度か戦闘をこなしていく内に彼等が「あれ? それ、何だかさっきも同じ様な事を聞いた様な……」と朧げながら既視感を覚える様になったのだ。

 

 これは嬉しい誤算だ。

 

 『超える力』が彼等に何らかの影響を与えているのか、もしくは恩恵(ファルナ)が影響を及ぼしているのかは不明だが、これは僥倖である。

 もしかしたら、パーティーを組めばステータスにボーナスが付いたりする様に、一部『超える力』が彼等に宿っているのかもしれない。

 これで毎回一々最初から最後まで全てを説明しなくて済む。大分攻略が楽になる事は間違いないだろう。

 

 さて、かなりの収穫があった今回の攻略だが、今日はこれぐらいにした方が良いと判断する。

 

 チラっと仲間の顔を窺うと明らかに彼等の顔には疲労の色が出ていた。

 無理もない。朧げであるとはいえ何度も死闘を演じて、自分が無残に殺される所を幾度となく経験するのは相当キツイ事だろう。

 あまり無茶をさせると固定崩壊の危機なので今回はこれぐらいで切り上げる事にしよう。バイバイメリュジーヌさん。

 

【対戦を終わりにしましょう。】

「……異議なし」「了解」「お疲れ様でした」「……ゥボァー」

 

 ルララの提案(ギブアップ)は万場一致で可決された。早速攻略を終了しこの戦場から離脱する。

 レフィーヤ(キャスター)の精神力がストレスでマッハだが、この階層は彼女が要なので頑張って欲しい。

 

 

 そして、そんなこんなで家に帰ってきたら……向かいの教会が無くなっていた。

 それを見て全てを察する。

 

 気分転換に新たなクエストに挑むのも一興かもしれない。

 

 

 

 *

 

 

 

「頼むッ! この通りだ! 僕に、僕達に君の力を貸してくれ!!」

 

 アポロン・ファミリアによって住む家を無くしたヘスティア・ファミリアを居候させ初めて数日後、ヘスティアからそんな“お願い”をされた。

 たわわに育った大きな果実を、精一杯床に押し付けながら懇願する姿は全くけしからん姿である。

 

 彼女だけに限らずオラリオの多くの冒険者は発育が良い傾向にある。何を食べたらそんなに成長するのだろうか? 

 

 特にヘスティアの眷属の男の子と仲良くしている小人族の少女(確かリリカルだとかマジカルだとかそんな感じの名前だったはずだ)は顕著だ。彼女のお胸は、それはそれは立派なまでに大きく成長している。

 ララフェル族最大級の脅威の胸囲100を誇る大草原巨乳を持つルララよりも遥かに巨乳なのだから、その凄まじさが分かるだろう。もはや巨乳を超えて爆乳と呼べるレベルだ。

 あの領域に至るには怪しいお薬や、謎のMOD、古代文明による魔改造でもしなければ到達不可能だろう。

 是非ともその謎を解明したいものである。別に羨ましい訳ではない。あそこまでデカイと特殊な性癖をお持ちの一部の方にしか需要が無いだろうしな……。ララフェル族自体にニッチな需要しかない事はファミリアの皆には内緒だよ!

 

 さて、どんな内容にせよ“お願い”されてしまっては断る訳にはいかない。

 それに大事なマイホームを焼き払うとか完全に白ルガ案件なので、必ずやかの邪智暴虐なるアポロン・ファミリアを除かなくてはならないだろう。大丈夫、安心して欲しい、彼等とは何度も戦闘経験があるので大方の構成員や能力は把握出来ている。

 今から、これから一緒に殴り込みに行っても良いぐらいだ。えっ!? それは要らない? アッハイ。

 

 

 

 *

 

 

 

「それで、その戦争遊戯(ウォーゲーム)の内容何だけど……」

 

 ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦争は宣戦布告と同時に全面戦争と言う訳では無いらしい。両者の雌雄は一週間後に行われる戦争遊戯(ウォーゲーム)によって決する様だ。

 コンテンツ参加待機時間が一週間とか過っ疎過疎だと思うのだが大丈夫だろうか?

 

「戦闘形式は『殲滅戦』……」

 

 殲滅戦はカルテノー平原の戦闘訓練で散々ヤッたりヤられたりしたので良く知っている。要するに全員倒せば良いのだ。

 そういったのは得意分野なので任せて欲しい。

 

「制限時間は三日間……」

 

 雲海探索もびっくりの制限時間である。

 72時間も戦うとかそんなに暇じゃないので30分くらいで終われる様に頑張ろう。

 

「場所はシュリーム平原……」

 

 てっきり都市内で切った張ったをするものだと思っていたが、戦争遊戯(ウォーゲーム)は都市外で行うみたいだ。

 オラリオは、入るのは楽でも出るのは中々難しくて面倒だったので久々の外出に少しわくわくする。取り敢えず風脈探しをしよう。久々に空を飛びたい。

 

「……これで、以上だ」

 

 これで以上である。

 細かいルールはまだあったが主要なルールはこれで以上なのである。えっと……本当にそれで良いのか、大丈夫なのだろうか?

 念の為、個人的に気になるところをヘスティアに聞く。後でルール違反といちゃもん付けられても困るし一応確認しておく。

 

 薬品とかの制限は? 「無いよ」

 レベルシンクは? 「何だいそれは?」

 アイテムレベルシンクは? 「……それが何なのかよく分からないけど多分無いよ」

 スキルやアビリティの制限は? 「そんな事する必要あるのかい?」

 リンクシェルとかの制限は? 「えっと、リンクシェルって何だい?」

 マテリアの無効化は? 「マ、マテ……? うーん無いと思うよ」

 飛ぶのは? 「飛んじゃいけないってルールは無かったね……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………大丈夫か? この戦争遊戯(ウォーゲーム)

 

 

 

 *

 

 

 

 エオルゼアにはこんな(ことわざ)がある──狼は肉を喰らう為にはあらゆる手段を用いる──何事にも油断せず全力を尽くしなさいという有り難い諺だ。

 一端の飢えた狼達の檻(ウルヴズジェイル)の一匹狼として日夜戦いに明け暮れていたルララも、その言葉の意味と有り難みを嫌という程骨身に叩きこまれ胸に刻まれている。

 たった少しの僅かな油断や隙を突かれて、あれよあれよという間に大逆転を許すなんて事がざらにあるのが対人戦だ。

 窮鼠猫を噛む。とことん窮地に陥った者は何を仕出かすか分かったものじゃない。

 どこぞの諜報員も似たような事を言っていたが……追い詰められた“フレッシュミート”ですらジャッカルよりも凶暴なのだ。

 

 だから、ルール的に自由度が高く好き勝手できるとはいえ油断は禁物だ。

 条件は相手も全く同じ。油断や慢心で敗北するなど愚の骨頂だし、そんな事を言い訳にする気はこれっぽっちも無い。

 油断しなければ、慢心しなければ……そんなものはただの負け犬の遠吠えなのだ。そんな惨めな醜態を晒すのは御免被る。

 例えどんな者が相手でも一切の油断なく、一片の容赦無く全力で叩き潰すのが対人戦の流儀だ。

 

 だから、ルール的に許されているのであれば全力で利用するのが礼儀と言うものだろう。

 この戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝つ為に、この戦争に勝利する為に……やるべき事は沢山ある。

 戦いは、そう、既に始まっているのである。

 

 

 

 *

 

 

 

 切っ掛けは何となくクリスタルって幾らで売れるのか? っとふと思った事だった。

 

 世界で最もホットな都市オラリオで最も盛んな産業は魔石関係の産業だ。

 世界で唯一の魔石産地のダンジョンを独占しているのがオラリオなので当然ではあるが、その元手となるモンスターから得られる魔石は常に需要があり飛ぶ様に売れる。

 ギルドの魔石交換所にいけば僅か数秒で魔石を換金することが出来、その高度に発達したシステムだけ見ても魔石の需要がかなりのものである事は簡単に窺い知れるだろう。

 

 でもそんなオラリオでも属性付きの魔石は全く見ない──であるならばかばんの中に大量にあるクリスタルは一体幾らで売れるのか? 試してみる価値は十分にあった。

 思い立ったら吉日なのが光の戦士だ。早速ギルドに赴いて試してみて……それが数日前の事だ。

 

 ギルドでまるでデブチョコボかデブモーグリの様に肥え太ったデブエレゼンに接待を受けて、換金を頼み、そして、その結果どうなったのか結論から言おう──もうオラリオで金策をする必要はなくなった。

 

 クリスタルは度肝を抜かれる程に高く売れた。今までせっせと金策していたのが馬鹿らしくなる値段だ。

 シャード一個に付き百万ヴァリスの値が付いたなんて、エオルゼアの冒険者が聞いたらきっと誰も信じないだろう。

 

 ルララのかばんの中には各種シャードがそれぞれ一万個に届く程と、それよりも大きなクリスタルが数千個ずつと、更に巨大なクラスターが約千個ずつ入っている。

 

 多分このかばんの中身だけで世界が獲れるかもしれない……。

 

 

 

 *

 

 

 

 常勝無敗で最強無敵と思える『光の戦士』でも当然の事ながら負ける事がある。

 

 むしろ負けて、負けて、負け抜いて、負け続けたからこそ今の彼女が出来上がったと言えるだろう。

 彼女は勝利して英雄になったというよりも、負け続けたから英雄になれたと言うのが的確だ。

 何度も敗北し、何度も屈辱(床の味)を味わってなお、諦めずに立ち上がったからこそ彼女は英雄となったのだ。

 

 彼女はよく知っていた。

 数えきれない敗北を経験した先に、勝利と言う名の栄光が待っているという事を。ペロペロ床を舐める事は決して無駄な事じゃないと言う事を、良く理解していた。

 

 所詮、目に見える栄光などはほんの氷山の一角だ。

 輝かしい勝利の下には、それよりも遥かに巨大な屈辱(床ペロ)が沈んでいるのだ。

 だからこそ無駄な敗北というのは何一つ無い。全て敗北は全ての勝利に繋がっているのだ。

 

 そして、そうやって勝利し続けてきた彼女だからこそ知っている事がある──勝利の栄光というものもタダでは無いと言う事を。

 むしろ一時の勝利ほど面倒臭いものは無い。

 

 ちょっと色々偶然が重なってうっかり蛮神なんかに勝利してしまったのが運の尽き。

 あれよ、あれよと言う間に英雄なんて七面倒臭いものに仕立てあげられてしまったのが良い例だ。

 勝利というものには常に面倒臭い代償が付いて回るのだ。

 

 だからこそ“あの時の彼女に勝利した者達”も、その代償を支払う責務を負っていた。

 オラリオで唯一ルララに黒星を叩きつけた者達──ヘルメス・ファミリアは、あのたった一度の勝利を手にしたが為にその重すぎる責任に追われていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 かつてルララが持ち込んだレアアイテムを法外な値段で見事に買い取った者──ヘルメス・ファミリア──は現在藻掻き苦しんでいた。

 

 具体的に言うと彼等は働いていた。それも、とある回遊魚の如く()()()()()()というレベルで働いていた。

 もっと具体的に言うのであれば、彼等は死に物狂いで金策に奔走していた。団長(アスフィ)から末端の構成員に至るまで余すこと無く全員が金稼ぎに追われていたのだ。

 それも、これも、何もかも毎日途切れること無く売り込まれる超激レアアイテムを買い取る為である。

 

 “あの時”の取り引き──『トリスメギストスの道具屋』での()()()()()の取り引きで、味をしめたのは勝者である彼等だけではなかった。

 敗北者であるはずのルララも同様に味をしめていたのだ──なんて優良な商店なのだろうか──と。

 

 かつて『その時は是非、我がヘルメス・ファミリア『トリスメギストスの道具屋』へお越しください! お待ちしております』なんて言ってしまったのがいけなかった。

 彼女は連日の様にここにやって来た。まるで日課の様に、満面の笑みを浮かべ、レアアイテムを抱えながら、のこのこやって来た。

 

 最初の内は特に問題無かった。

 むしろ、また懲りずにカモがやって来たぜ! 位のノリで大歓迎だった。

 

 ヘルメス・ファミリアは慈善事業やボランティアで商売をしている訳ではない。

 碌に何も考えずに脳みそぱっぱらぱーでやって来た愚かな客に対して、搾れるだけ搾ってやろうと思うのは実に当たり前で、むしろそう思わなかったら商売人として失格であると言えるレベルであった。

 

 彼女は体のいいカモだった。

 

 だから彼等は“それ”を前回と同じ相場で買い取った。当然の行為だ。

 “彼女”との間ではそれが()()()()なのだから。何も可笑しい所は無い。

 現に彼女も大変満足気に帰っていった。

 

 そして、次の日もまた彼女はやって来た。アイテムは更に増えていた。

 “それ”を彼等は当然の事ながら彼女との間での適正価格で買い取った。

 

 そして、その次の日も彼女は再びやって来た。アイテムは更に増えていた。

 当たり前だがまた適正価格での買い取りを行なった。

 

 そして、その次の日も彼女は来た。またアイテムは増えていた。

 なんとか適正価格で買い取れた。

 

 その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も……彼女はやって来た。来る毎にアイテムは増えていた。

 

 

 金庫にはもうお金が無かった。

 

 

 ヤバイと思った時には既に遅すぎた。そう、彼等は見誤っていのだ。

 彼女はカモなんかじゃなかった。カモどころの話じゃなかった。彼女は不死鳥だった。殺しても殺しても蘇る不死鳥(フェニックス)だった。

 

 悪夢の様だった。いや、これこそがまさに悪夢と言えた。

 

 もはや彼等は“ナニ”を相手に商売をしているのか分からなくなっていた。

 自分達が相手にしているのが彼等を死地へと誘う白い死神の様に見えた。真っ白な得体の知れない悪魔に見えた。

 

 怖かった、恐ろしかった、拒絶したかった。

 でも彼等は彼女を拒絶することは出来なかった。

 

 もはや彼等は後戻りが出来ない所まで来てしまっていたのだ。

 悪魔と契約したら最後もうやり直しが出来ない様に、彼等も囚われてしまったのだ。“要らないアイテムの処分”と言う名の呪縛に。

 

 ヘルメス・ファミリアの資金力は無限ではない。

 倉庫に眠るレアアイテムは高く積み上がり、それに反比例するように金貨(ヴァリス)は確実に減っていた。

 お金とはそこら辺からぽこぽこ湧いてくるものではないのだ。

 それをまるで無限に出てくると思っているかの様に彼女は容赦なく売りに出してきた。

 

 そんなにお金に困っているのであれば買い取ったレアアイテムを売り払えばいいと思うだろう。

 確かにそうだ。

 現にヘルメス・ファミリアも最初はそうした。

 

 十分の一の値段で買い取ったレアアイテムは当たり前だが十倍の値段で売れた。

 これを続けていけば問題なく資金を増やすことが出来る。そうでなくても“資産”自体は日増しに増え続けているのだ。

 苦しいのは今のほんの一時だけで、しばらくすれば供給もストップし資金調達の余裕が出来る……はず。

 これでヘルメス・ファミリアは安泰な……はず……だった。

 

 そして、そんな『はず、はず』言っている予想が当たる()()も無く、彼等は見事なまでに裏切られた。

 

 事態は想定されていた以上のスピードで推移していた。思っていたよりも()()()()()()()。サラマンダーやサボテンダーよりもずっとだ。

 

 十倍の値段で売り払うスピードよりも、供給されるスピードの方が百倍速かった。

 明らかに供給のスピードが異常だった。

 

 元々、レアアイテム自体にそんなに需要がある訳ではない。

 深層付近のレアアイテムなんて滅多に市場に出回ることは無いし、そもそもそれが必要になる程レベルの高い冒険者が殆どいないからだ。

 あるとしたら精々が好事家か蒐集家か、あるいは暇を持て余した神々か……需要があるとしたらそこら辺だった。

 なので、売れたとしても月に一個か二個くらいで供給もその程度が関の山だった。

 

 なんせ深層クラスは行き帰りするだけでも膨大なコストが掛かるのだ。

 運送費に探索費、それに人件費やその他諸経費など考えただけでも目眩がする。

 

 故にだからこそ、その高値なのだ。

 選ばれし者だけがそのレアアイテムを入手出来るし、購入する事が出来るのだ。

 言ってしまえば持っている事自体がステータスというやつだった。

 

 そんなレアアイテムをそこら辺の小石みたいにぽんぽんと持ってこられたらどうだろうか?

 そしてそれを資金欲しさにぽんぽんと売りに出したら他のファミリアやギルドにはどう写るだろうか?

 

 控えめに見ても怪しすぎて目をつけられる事請け合いだった。

 

 限りなく黒に近いグレーな運営を行なっているヘルメス・ファミリアにとってそれは鬼門だ。

 あまり目立った行為はご法度──だったのに……まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。

 

 そんなに困っているのであれば買い取りを拒否すればいいじゃないか? そう思う者もいるだろう。

 

 そう、それで、どうなるだろうか? 買い取りを拒否された彼女は次にどうするだろうか?

 彼女ほどの行動力を持つ冒険者がそのままおめおめと諦めるだろうか? 断言できるが、そんな事無い。

 

 きっと彼女は探すだろう。

 代わりの買い取り先を。ヘルメス・ファミリアの代替品を。

 

 そしてそうなったらどうなるだろうか? まあ、まず間違いなく確実にバレるだろう。

 ヘルメス・ファミリアが彼女にしたアコギな商売が、恐らくレアアイテムを買い取れる程の資金力を持つ上級ファミリアにバレる。

 

 それがどんなにヤバイことになるかは想像するに容易い。

 

 少なくともヘルメス・ファミリアは確実にご臨終である。

 主神不在の状況下でそれだけは絶対に避けなくてはならない事象だった。

 

 だからこそ彼等は自力でどうにかするしか無かった。

 誰のからの手も借りず自分達の力でどうにかするしか無かった。

 どうにか出来ると思っていた。

 

 でもそれは過信だった。これまた完全に見誤っていた。ここに来てもアスフィ達は彼女を測りきれていなかったのだ。

 

 だが、果たしてこの世にいると思えるだろうか? 連日の様に深層付近のレアアイテムを大量に持ち帰ってくる冒険者なんて“モノ”が。

 そんな“モノ”いやしないと思うだろう。そう、それが普通だ。

 そんな“モノ”が存在すると予想するなんて、そんな事、第一級冒険者にでさえ不可能だ。

 

 だからヘルメス・ファミリアの面々もそう思ったのだ──()()()()()だと。たった一度切りの幸運なのだと。次は無いぞと。これを逃す手は無いぞと欲望に目が眩んだのだ。

 

 これがただの冒険者だったら良かったのだが、生憎なことに彼女はただの冒険者ではなかった。

 彼女は利益になるなら骨の髄までとことん貪り尽くすタイプの冒険者だった。

 

 結局、彼等はカモだと思っていたそのカモに、カモにされていたのだ。

 そして、当の本人にはまるで悪意が無かったのが余計に性質(たち)が悪かった。

 彼女からしてみればただ単に行きつけのお店に毎日通っている程度の感覚だった。

 

 もはや彼等に残された選択肢は、彼女を受け入れ続けて何時か必ず来る破綻という名の破滅まで働き続けるか、彼女を拒絶し破滅するかの二択しか無かった。

 

 因果応報、自業自得、結局彼等は自ら墓穴を掘りそして自らその墓穴に埋まったのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「……それで私に“これを”製作しろということですか……」

 

 

 目の下に大きな隈をくっきりと携え疲れきった表情の『トリスメギストスの道具屋』の主人──アスフィ・アル・アンドロメダは苦虫を噛み潰した様な渋い顔でそう言った。何か嫌な事でもあったのだろうか? 

 ここ最近来る度に顔色が悪くなっているので体調でも悪いのだろうか? 彼女曰く「このところ全然寝ていない」らしいので心配である。

 君達が倒れたら一体誰があの要らない素材達を買い取ると言うのか……少し休むことをお勧めしたい。

 

 このところ毎日アスフィが、『感謝しますよ。小さな冒険者さん』なんて巫山戯た事をぬかした過去の自分を、全力疾走でぶん殴って小一時間説教をしてやりたいというアホみたいな衝動に駆られている事など露も知らずルララは不思議そうにアスフィを見つめる。

 

「ああ、うちのリーダーたっての依頼でね。何でもアスフィさんにしか作れん物らしい……」

 

 付き人件通訳のリチャードがそう言う。

 この話は、最近ようやく盟友にまで登り詰めた『青の薬鋪』の店員から、もはやこの手のクエストではお決まりとなった彼女手作りのマメット・ミアハを買い取り、そしてフライングマウントが無い事に凄くがっかりしていた所に、そうであるならば、と教えられたものだ。

 空飛ぶサンダルのフライングマウントとか、消える兜とかとても興味があります!

 

【よろしくお願いします。】

 

 そう言いながらドンッ! と依頼品に必要と思われる素材とその報酬金が入った小袋を笑顔でカウンターに置く。

 報酬金は取り敢えず二人分で一億ヴァリス。

 もしこれで足りないようでも追加資金は腐るほどにあるので問題は無い。

 

 ごくり、その積み上がった金貨を見てアスフィが息を飲む。

 一億ヴァリス──現在金欠に喘ぐヘルメス・ファミリアには、喉から手が出るほど欲しい金額であった。そうでなくとも目眩がするほどの大金だ。

 その金欠の原因となった存在からの依頼という皮肉が利き過ぎている依頼であるが、そもそもそんな墓穴を掘った上にそこに埋まったのは自分達自身なので言い訳のしようが無い。

 

『アスフィさんにしか製作出来ない』──確かにその通りだ。

 この“依頼品”を製作できる者は世界広しといえどもアスフィ以外に存在しない。

 一体全体、何処の誰からそんな情報を入手したのか甚だ疑問だが、今それは重要ではない。

 重要なのは“彼女”たっての依頼だということだ。

 

「……分かりました」

 

 カウンターに置かれた素材と報酬金を穴が空くほど見つめながらしてアスフィは答えた。

 

 本来であればこんな依頼はにべもなく断るところである。

 この依頼品はアスフィ達の──ヘルメス・ファミリアの秘奥、奥の手同然の代物だ。

 そんな物、おいそれと気軽に製作して、しかもそれを赤の他人に渡す事なんて出来るはずがなかった。

 

 幾ら金を積まれても出来ないものは出来ない……出来ない、のだが今回の場合は話が違う。

 他でもない“彼女”からの依頼であれば話は別だ。

 この無自覚で、無遠慮で、無知識で、無所属の冒険者だったら話は変わってくるのだ。

 

 アスフィの答えは考えるまでもなく『Yes』であった。

 

「──ただ……」

 

 了解の言葉に付け足す形でアスフィは続ける。

 小袋一杯の金貨を心底()()()()に見ながらアスフィは言った。

 

「素材も……」

 

 依頼品を製作するには素材は必須だ。

 

「報酬金も……」

 

 目の前に置かれた大金も死ぬほど欲しい。

 

「必要ありません……」

 

 でもそれよりも大事なものがある。

 今この時を逃したら、きっともう“チャンス”は無いだろう。そんな確信めいた予感がアスフィにはあった。

 カウンターに置かれた素材と報酬金を手で押し返して、断腸の思いでアスフィは言い切った。

 

 今までずっとやりたくても出来なかった事をやる時が来たのだ。

 

「……代わりに一つ()()()()()()()()

【何ですか?】

 

 素材と報酬金を遠慮してまでしたい()()()とは一体なんであろうか? 世界でも救えば良いのだろうか? それでも相場は5000ギルぐらいなんですが……。

 

「それは──貴女に、『謝らせて』下さい……」

 

 それは、また随分と珍しい“お願い”である。

 

 

 

 *

 

 

 

 アスフィの話は要するにこういう事だった──貴方に嘘の金額を言って騙していました。ごめんなさい。

 死を覚悟したかの様な顔でそうアスフィが懺悔してくれた。

 

【気にしないで下さい】

 

 こちらもまさかあの金額から更に十倍の値段が付くとは想像もしていなかったし、例え一ヴァリスの捨て値でも売り払う気満々だったので特に気にしていないと笑顔で言う。それにもう金策に余り固執はしていないので無問題だ。

 むしろ他人に謝罪されるという珍しい体験が出来て嬉しい限りである。それよりも空飛ぶサンダルと消える兜の方をお願いしたい。

 

「その件は任せて下さい」

 

 まるで長期間出てなかった便秘が全部出て行ったかの様にすっきりとした顔をしてアスフィが言った。

 

 ヘルメス・ファミリアは“彼女”に勝利してしまったが故に勝者としての重い責務を負う事となった。

 具体的に言えば毎日絶えることなく運び込まれる大量の深層クラスのレアアイテムを絶対に買い取らなくてはならなくなったのだ。

 まさに地獄のような日々だった。寝ても覚めても金策に没頭した。

 

 だがそれもようやく終わりを迎えた。

 

 ついにゴールした長きに渡るデスマーチに高揚したアスフィは、ついさっきダンジョンから帰還したばかりで疲労困憊だった事も忘れて早速製作に取り掛かった。

 その姿はまるで強制労働から解放された囚人の様に晴れやかだった。

 

 でも結局ルララがこの『トリスメギストスの道具屋』にアイテムを売りに通い詰めるのは変わり無い事を彼女はすっかり忘れていた。

 

 

 

 



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愛用の紀行録 4-2

 恩恵(ファルナ)は叩いたら叩いた分だけステイタスとして返ってくる素晴らしいシステムだ。

 ひたすら攻撃を受けていればその分だけVITが上がるし、ひたすら攻撃を繰り出していればいるだけそれに対応したステイタスが上昇する。

 逆に魔法使いなのに杖でぶん殴ってSTRを伸ばす事も出来るし、鍛冶師なのに戦って戦闘能力を高める事も出来る。果たしてそれに意味があるのかは全くもって不明だが、出来る事は出来るのだ。

 もちろん、魔法使いなら魔法で攻撃して成長するのが一番で、鍛冶師ならインゴットでも作っていた方が良いに決まっているが、そもそもクラスやジョブの概念が無いオラリオでは、それに特化したレベリングをするという概念もまた存在していない。

 

 剣の道一本だけで立派な冒険者として成長するのは非常に難しい。時には槍を、時には短剣を、時には製作を、時には採集を──と、そんな感じであっちこっち回り道をしていると、アーマリーシステムやクラスチェンジが無いオラリオでは、どうしても器用貧乏的な冒険者が生まれてしまう。

「たまにはメインじゃなくてサブの練習を」なんて事ばかりしていると、最終的には微妙なステイタスになり取り返しのつかない結果になってしまうのだ。

 

 想像してみて欲しい、レベルキャップは60でレベルアップは一度きり、クラスチェンジは可能だがチェンジしてもレベルは据え置きで、覚えられるスキルや魔法は現在のクラスまたはジョブのもののみ、やり直しは一切出来ず、チャンスは一回しかない。そんな中でレベリングするのだ。

 下手をすれば回復魔法が使えない格闘スキル持ちの斧で闘う白魔道士と言う謎の存在が誕生してしまうだろう。

 特に魔法に関しては覚えられる個数の上限が決まっている関係上、尚性質が悪い。レフィーヤがメリュジーヌ戦で苦戦しているのはそこら辺も関係している。それに関しては彼女に秘策があるらしいが……。

 

 だからこそ特化させるのであればLv.が低い時期にした方が良い。

 バハムート大迷宮を攻略するのであれば、既にある程度成長仕切った第一級冒険者とか言う高Lv.冒険者よりも、まだ駆け出しで寄り道をする余裕も無い新米冒険者の方がディ・モールト良い。

 

「お願いです! 僕に特訓をつけてください!!」

 

 そして、そんな条件を満たす冒険者がやる気満々で頼んできたら断る理由は無いだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 ぽかぽか陽気の昼下がり、登山と言う名の探検中に偶然見つけた市壁内部へと侵入する方法を利用し市壁上部に移動する。

 本来では絶対に行けない筈のその場所は、まるでグリダニアの裏世界に迷い込んだかの様に誰もいない。特訓にはうってつけの場所である。早速、特訓を開始する。

 

「しかし、いくら特訓とは言え“ソレ”はどうにかならないのかい?」

 

 ちゃっかり一緒に着いてきたヘスティアがルララの姿を見て文句を言う。

 今、ルララは双剣以外の装備は全て外しているいわゆる全裸状態になっている。

 別に某彫金師の様に全裸状態がデフォルトと言うわけではない。エオルゼアの冒険者は何かしらにつけて脱ぎたがる者が多く、実はルララもその内の一人だが、だからと言って所構わず脱ぎ出すような露出狂と言うわけでもない。ちゃんと節度を持って脱いでるし、理由があって脱いでいるのである。

 

 特訓の内容は同クラス同士の一体一の決闘方式を採用している。対人戦や恩恵(ファルナ)の事を考えるとそれが一番効率の良い方法だと思われるからだ。要するに死んで覚えろ! というヤツである。

 そんな感じで意気込んで始めた記念すべき第一回目の特訓の時に、あまりの実力差の為か初撃の無双旋で一発ご臨終させてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。威力自体はそこまで高くないスキルの筈なのだけど、とんだ誤算である。

 

 噴水の様に噴き出る血飛沫。顔面蒼白で泣き叫ぶリリカル小人族。ドン引きするパーティーメンバー。白目を剥いてぶっ倒れるヘスティア。あまりにも阿鼻叫喚な光景に流石のルララもこれは猛省し、ベル・クラネルの装備を手持ちの素材で作れる最高品質の物に変えて、自らは全裸になり、武器はしょぼい某盗賊も苦笑いのNQダガーに変えた。こんなダガーじゃダガーはダガーって名乗らないぐらいにしょぼいダガーだダガー。

 

 そしてそこまでして、やっとこさ何とか特訓になるレベルまで落とすことが出来た。だからこれは絶対に必要な事なのだ。決して趣味で脱いでいる訳では断じて無い。

 だが、確かに穿った見方をすれば「大事な眷属を誰もいない場所に連れ込んで誘惑しようとしている痴女」に見えるのも致し方無いのかもしれんな。

 ベル・クラネルがララフェル族に欲情する、筋肉モリモリマッチョマンの変態だったら問題であろうが、彼の股間をさり気なく見る限りではその心配は無いだろう。成る程、大平原の巨乳の名は伊達では無い様だ。どうやら彼の好みはおっぱいが大きい女の子みたいだ。なので、ヘスティア君も脱ごう、きっと喜ぶぞ!!

 

「ほ、本当かいベル君!? も、もし君が望むなら僕は……ゴニョゴニョ」

「……そんな事よりルララさん。今日も、よろしくお願いします」

 

 妖しく腰をくねくねさせて悶える主神を華麗にスルーしてベル・クラネルが冷静に言う。確かに挨拶は大事だが、君の主神は放っておいて良いのだろうか? 「ベ、ベル君が僕を無視するだとッ!? ああ、でもなんだか新しい世界が開けそう」……成る程、これなら放置しておいても問題は無さそうだ。

 

 それにしても、ベル・クラネルの成長は眼を見張るものがある。これくらいの事ではもう動揺しなくなってしまったみたいだ。初めて彼等の前でおもむろに全裸になった時に、主従共々真っ赤になって抗議して来た頃が懐かしく思える。どうやら彼の方は着実に特訓の成果が出てきているみたいだ。主神の方は相変わらずだが。

 

 さて、挨拶をされたら挨拶を返さなくてならないだろう。それが忍者のシキタリだ。ドマ古事記にもそう書かれているらしい。

 

【よろしくお願いします。】

 

 その言葉と共に今日も特訓が始まった。ヘスティアさん家のベル・クラネル君の特訓は順調である。

 

 

 

 *

 

 

 

 オラリオの冒険者は皆ヤク中である。ベル・クラネルを瀕死に追い込む度に、未だに余っているハイエリクサーをぶっ掛けて特訓を継続している内にそれに気付いた。

 

 回復魔法が発展しなかったからヤク中になるまで薬品を飲まなくてはいけなかったのか、はたまたヤク中になってしまったから回復魔法が発展しなかったのかはさっぱり分からないが、そんな卵が先か鶏が先かなんて事はあまり重要で無いので深く考えない事にする。

 要するにオラリオでは薬品はかなり重宝されていると言う事だ。だからハイエリクサーなんてかばんの肥やしになるしか無い物でも高値で売れたのだ。

 

 オラリオの薬品需要はかなりのものである。なので、オラリオの薬品事情は物凄く進んでいる……と言う訳でもなく、むしろ極めて適当な感じであった。

 

 どれくらい適当かと言うと、例えば、ルララが知っているポーションは決まった素材と、決まったクリスタルを元に、決まった個数と効果が得られるのが普通だが、それに対しオラリオのポーションは「そんなの関係ねぇ! 俺のポーションを飲め!!」と言わんばかりに独自路線を明後日の方向に突っ走っている感じだ。

「なんだか良く分からないけど、取り敢えず身体に良さそうな物を手当たり次第にぶち込んでみました」精神で出来上がるのがオラリオのポーションだ。「所変われば品変わる」というがここまで変わるともはや別物である。正直そんな怪しいお薬を常用するのはご遠慮願いたいと思う今日このごろだ。

 

 そんな適当な製作方法なので、品質も、効果もてんでバラバラ。店ごとに違うなんて当たり前で、製作者によって違う程度ならまだ可愛い方、最悪、同製作者でも品質が安定しないなんて事はざらにあるそうだ。

 そういった事を、毎日通い詰めていた『青の薬鋪』の店員が教えてくれた。成る程、だから貴方も要求する素材が何時も適当だったのね。

「あぁ、今日は調子が良かったから良い物が出来た!」とか、「今日はなんだか気が乗らなかったからいまいちな結果でした」なんて事が日常茶飯事に起こるのがオラリオの薬品事情みたいだ。それで良いのか? オラリオ・ポーション。

 

 そんな訳で、オラリオの薬品事情はあまり信頼におけず、宜しくない。

 

 だが、それを補うかのように進んでいるものがあった。全くもって残念な事であるが、オラリオで進化したのは“物”ではなく、“人”の方であったのだ。ちょっと進化の方向性を間違えている感が否めないが、きっとそれは気のせいだと思う。そう、気のせいなのだッ! そうだ、きっと恩恵(ファルナ)のせいだ! おのれ恩恵(ファルナ)許すまじ!!

 

 そんなこんなで、オラリオの冒険者は兎に角薬品を良く飲む。何かある度に「ポーションだー、エリクサーだー」とやって命を繋いできたので当然と言えば当然だろう。

 だから、オラリオの冒険者は薬品に対しての相性が物凄く良い。

 

 ポーションであれば「HPを最大値の32%回復する(上限160) Recast Time 25秒」というのが本来の効用だが、それがオラリオの冒険者になると「HPを160回復する」となってしまう様だ。

 回復薬系最大のネックである「最大値の何%」と「Recast Time」の部分が綺麗さっぱり無くなっている。凄い。

 要するにHP最大値に関係無く決まった分だけ回復することが出来るのだ。

 

 これがポーション等の回復上限が低い薬品であると恩恵は低いが、エクス系や、エリクサー系等の薬品になると効果は絶大になってくる。

 「HPを1040回復する」とか「HPを1440 MPを430回復する」なんて薬品をノータイムで濫用していたら、ヒーラーからの猛抗議が発生し、即、ご禁制の危ないお薬として取り締まられる事間違いないだろう。

 

 薬品は用法用量を守って正しく使用しないといけない、なんて思想は残念ながらオラリオには無い。

 エオルゼアで再使用可能時間(リキャストタイム)を破ろうものなら、漆黒の雰囲気(オーラ)を纏う明らかにヤバイお兄さんに、通常じゃ絶対に行けない監獄へ強制連行され、最悪、闇の中でひっそりと幕を閉じる事間違いなしだが、オラリオにはそんな怖いお兄さん達は存在しない。

 ここまで自由だと、喩えモンスター相手であっても、錬金術ギルドが厳正に定めた再使用可能時間(リキャストタイム)を遵守し使用するエオルゼアの冒険者の品行方正ぷりを褒めて貰いたい位である。

 

 何でも大量に入る不思議かばんを持たないオラリオの冒険者では薬品類はどうしてもかさばり、戦闘時には邪魔になってしまう。だから個々で所持しているよりも、誰かがまとめて持っていた方が色々と都合が良い。そんな訳でオラリオでは回復職(ヒーラー)と言えば、主に薬品をいっぱい持っている人の事を指す事が多い。

 そしてそういった役割は大抵の場合、戦闘力の低い者に充てられる。なにせ薬品の回復量は持ち主のMNDに依存しない。その為、どんなに低Lv.の冒険者が使っても確実に一定量の回復が見込めるからだ。

 要するに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()回復職(ヒーラー)にうってつけという訳だ。

 

 さて、突然ではあるが、現在パーティーでは回復職(ヒーラー)が不足している。

 何処かにアイテムいっぱい持てて、戦闘力が低くて、Lv.が低くて、ついでにファミリアからハブにされがちで勧誘し易そうな小人族の少女は何処かにいないものだろうか……。

 

 

 

 *

 

 

 

 ソーマ・ファミリア所属の小人族リリルカ・アーデは中二……Lv.1である!

 

 所属するファミリアのあまりにもゲスいブラックぶりに嫌気が差し、遂に闇系女子に目覚めようとしていた時に、なんやかんや色々あってベル・クラネルと言う冒険者に救われ何とか暗黒面に堕ちる事を免れた、ヘスティア様なんか目じゃないくらいにボンキュッボン(ララフェル比)なロリ巨乳で、そしてLv.1である!

 

 色々あってソーマ・ファミリアからは半離脱状態のハブられ状態で、ここ最近はステイタスの更新すら出来ていない敬語系ハブられ女子で、そしてLv.1である!

 

 持っているスキルは縁下力持(アーテル・アシスト)とか言う、要するにいっぱいアイテムが持てるスキルと、シンデレ……シンダー・エラーとか言う見た目が変わるだけの変身魔法を持つ戦闘力皆無の小人族で、そしてLv.1である!

 

 リリルカ・アーデはLv.1である! それも、彼女はただのLv.1ではない。何か中二的な秘めたる力を持っているとか、実は隠された実力がどうのこうのでピンチの時に覚醒するとか、そう言う意味で「ただの」という事ではない。全く逆だ。

 

 リリルカ・アーデは物凄く弱い。一人じゃダンジョンで生きていけない位には貧弱だ。

 だからこそ身の丈を弁えて、サポーターという冒険者を支援する仕事を生業としていたりする、冒険しない系女子の冒険者だ。

 自分の実力に見合った上層付近が主な活動領域な新米冒険者を相手にして、「安くて、早くて、安心ね!」なサポーターを売りにして、希望に溢れる冒険者達をちょろまかしながらこれまで生きてきた。

 サポーターは色々と不遇で理不尽で本当にやんなっちゃう仕事だが、そんな境遇を除けばサポーター業と言うものは彼女の天職であるとさえ思えた。そんな境遇が致命的だろうって事はこの際目を瞑って欲しい。

 

 兎にも角にもリリルカ・アーデはLv.1である! 一人でダンジョンも行けないか弱いか弱い女の子なのだ!

 何度でも言おう! リリルカ・アーデはLv.1である!!

 

 だから……。

 

「ねぇ~ヴァンパイアプラント見つかった?」

 

 こんな……。

 

「いえ、こっちには無いみたいですね」

 

 高Lv.冒険者でも滅多に来ないような……。

 

「おかしいな……ルララさんの地図ではここらへんにあるらしいんですけど……」

 

 下層も下層の深層に……。

 

「どれどれちょっと見せて……あっ、これ時間指定されてるヤツじゃん! 1300時になるまで見つからないよ!」

 

 リリルカ・アーデがいるのは……

 

「……では、時間まで狩りでもしてますか」

「賛成です!! ぱぱっと焼き尽くしましょう! そうしましょう!」

「そうと決まれば……リリちゃん! 回復よろしくね!」

「……アッ、ハイ」

 

 絶対に間違っているだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 前略、天国にいるかも分からないお父様、お母様へ。

 

 ソーマ様の神酒が飲みたいがために死地へと向かい、呆気なく死んでしまって以降元気にお過ごしでしょうか? リリはなんとか元気にやっております。

 

 突然ですが、最近気になる男の子が出来ました。その子は凄く純粋で何だか放っとけない兎みたいな男の子で、リリの恩人でもあります。

 そんな恩人がこのところとっても困っているようでして、何とか力になってあげられないかと思い、何やら特訓のし過ぎでポーションが尽きそうとの事でしたので、これ幸いにと微力ながらサポーターとして協力する事となったのですが……どうしてこうなったのでしょうか?

 

 確かに打算があった事は疑いようもありません。このチャンスにベル様(気になる男の子はベル・クラネルという冒険者です)にアピールをしようと思う邪な思いがあったのは否定しようがありません。

 ですが、気になる男の子にちょっと良いところを見せようとするのはそんなにいけないことでしょうか? リリが思う限り、そこまで酷い事をしたとは思えません。なのにこの仕打ちはあんまりです。

 

 リリは今、ダンジョンにいます。1階層とか2階層とかの上層クラスじゃありません。

 リリが今いるのは45階層です。そこでポーションの材料を採集しています。何を言っているのか分からないと思いますのでもう一度言いますが、45階層でポーションの材料を採集しています。

 

 お父様とお母様が亡くなって以降劇的にLv.が上がったとかそういう事ではありません。リリは相変わらず駄目な娘で、Lv.1のままです。恐らくLv.1としては初の快挙だと思います。

 

 今、リリは45階層で、頭のおかしい冒険者達と楽しくピクニックをしています。

 アンナ様と、エルザ様と、レフィーヤ様という方達です。全員女性でちょっと安心かな? と思ったのがそもそもの間違いでした。

 にこやかに微笑む彼女達はダンジョンに入るなり豹変しました。正に修羅と言うやつです。

 

 アンナ様は頼れる前衛盾役です。上層から深層までの最短ルートを熟知し、出現するモンスターも覚えているみたいです。彼女曰く、何度も通っている内に覚えたそうです。

 ピカピカ光る彼女はやたらハイテンションで、どうやら新調した装備がロボじゃなかったのが凄く嬉しいのだそうです。頭おかしいです。

 

 エルザ様はとても優しい気の回る方です。ですが気が回り過ぎで戦闘中でも縦横無尽に移動しまくって話しかけてきます。戦闘中なので大人しくしていて欲しいのですが、それでも攻撃はきちんと当てるので頭おかしいです。

 

 レフィーヤ様は魔法使いのエルフで可愛らしい人です。ですが、ここ最近悩みがあるそうで、一つ目巨人に追われる夢を見たり、時折ファミリアの仲間が経験値に見えたりしてしまうそうです。なにそれ、頭おかしいです。

 

 ただ、アンナ様はどんなモンスターが来ても恐れず立ち向かって行ってリリ達を守ってくれますし、エルザ様とレフィーヤ様はそんなモンスター達を一瞬で蹴散らしてくれてとても頼もしいです。

 リリのお仕事はそんな彼女達にポーションをぶん投げるお仕事です。簡単に思えるかもしれませんが中々にコツが必要で、狙った場所目掛けて的確に投げるのは結構な技術が必要です。奥が深いです。頭おかしくなりそうです。

 

 レフィーヤ様はあの有名なロキ・ファミリアの冒険者で、アンナ様とエルザ様はそれと同じぐらい有名なフレイヤ・ファミリアの冒険者です。どちらも超巨大ファミリアです。数だけ多いリリのソーマ・ファミリアとは大違いです。

 

 因みにロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは仲が悪いです。

 きっとロキ・ファミリアの皆様は、フレイヤ・ファミリアの皆様に親兄弟恋人を殺されて、フレイヤ・ファミリアの皆様も、ロキ・ファミリアの皆様に親兄弟恋人を殺されたのでしょうね。不毛です。

 

 そんな犬猿の仲とも言える冒険者同士が、何故一糸乱れぬ連携で戦えるのか不思議ですが、彼女達に聞いても「なんか気付いたらそうなっていた」みたいな事を言っていたので気にするだけ無駄なのでしょうね。

 そんな事をしているからでしょうか、彼女達は最近ファミリアでもハブられ気味みたいです。きっと頭おかしいからでしょうね。不覚にもちょっと軽くシンパシーを感じてしまいました。

 

 他にも二階級特進(ダブルランクアップ)で有名なリチャード様と、ルララ様という小人族の仲間がいるそうです(今日来てないのはベル様の特訓のためと、それとはまた違う用事があるからみたいです)。

 このお二人は彼女達ほど頭のおかしい人では無い事を祈るばかりです。

 

 因みに、ここに来るまでにあった事は筆舌に尽くし難く、どうしても思い出したく無いので割愛します。ただ気付いたら深層に辿り着いていたと言えば、どれだけヤバいか分かって貰えると思います。

 

 ダンジョンに向かう際、ルララ様から大量にポーションとフェニックスの尾とか言う訳の分からない物(なんでも緊急時に使って欲しいらしいです)を持たされて、護身用の機械仕掛けの武器(銃と言うらしいです)と良く分からない謎の貝殻(リンクシェルとか言うみたいです)を渡された時点で嫌な予感はぷんぷんとしていました。

 そもそも、ポーションの素材を取りに行くのに、ポーションを持たされるってどういうことでしょうか? お陰でポーションを投げるのが上手くなってしまいました。心外です。

 

 それでも人間というのは不思議なもので、こんな状況に立たされても慣れるものは慣れる様です。

 休憩中に、こんな宛先人不在の文章を書くぐらいにはリリにも余裕が出てきました。これがリリの現実逃避で無い事を祈って下さい。

 

 そろそろ休憩も終わりそうです。名残惜しいですが、この手紙もそろそろ終わりたいと思います。

 願わくば、これが最後の手紙にならないことを祈るばかりです。

 

 

 追伸 

 次の目的は47階層(9.1 ,14.8)で獲れるオラリオミスルトゥでした。帰りはレフィーヤ様がなんとか己を騙して習得した転移魔法ですぐ帰れるそうなので楽ちんです。

 なんでも「ルララさんって耳がエルフみたいじゃないですか?」との事です。意味が分からなかったので取り敢えず笑って誤魔化しておきました 。

 

 

 

 *

 

 

 

「──という訳でリリ達はダンジョンに行ってポーションの材料の採集をしてきました」

「良い予感はしてたよ!」

「最初はなかなか上手く目的の物が見つからなかったのですが……だけど、とにかく頑張って探すことによって……その結果、見事に目的の物を見つけることが出来ました! 採取した素材は沢山あったのですが……特に目を引いたのは、一つの大きなミスルトゥでした。エルザ様がその勇気で採集すると……見たこともない高品質なミスルトゥが採集できたのです! よって今回の冒険は大成功だったと言えます!」

「次もこの調子で頑張ろー!」

「今回の冒険の報告は以上です。お疲れ様でした」

 

【お疲れ様でした。】

 

 

 

 *

 

 

 

「何かリリにも手伝える事はありませんか?」とやや緊張した面持ちでおずおずと言ってきた魔乳小人族のリリルカ・アーデに、採集の手伝いを依頼したのは大正解であった。

 

 色々と無理難題を吹っかけたのは自覚しているが、なかなかどうして上手い事いってくれたみたいだ。

 エクスポーションの素材なんて自分で採集しに行ったほうが遥かに速いし、そっちの方が大量に取って来れるが、この冒険にはそれ以上の価値があった。

 リリルカ・アーデは見事に回復職(ヒーラー)としての職務を全うし、全員無事に帰還させたのだ。ぶっちゃけ素材なんてどうでも良くて、無事、彼女達が帰還した以上に大きな収穫は無い。

 最悪、なにかあったら直ぐ様駆けつける気でいたが、何事も無く終わったようで何よりである。

 

 リリルカ・アーデは勿論の事であるが、アンナ達も随分と逞しく成長したものである。右も左も分からない新米ヒーラーを最後まで介護しきったのだから、初めて会った時のミノタウロスにボコボコにやられていた頃とは大違いだ。その頃の面影はもはや微塵も無い。

 彼女達の頑張りを無碍にしない為にもさくっとエクスポーションを製作し、ついでにドーピング……眼力の秘薬を製作する。

 そして、出来上がった薬品を疲れきって床を舐めているベル・クラネルに渡す。一度の製作で薬品は三つ作れるが、戦闘に邪魔にならない様にするため一つずつだ。

 

 薬品は揃った。

 依頼していたアスフィのアイテムも明日出来上がるそうだ。

 今は転がっているベル・クラネルも順調な仕上がりを見せている。

 新たに加入したメンバーにリンクシェルも配り終えた。

 風脈は本番前日には会場に移動できるのでその時に開放する予定だ。

 

 

 これで準備万端である。

 

 

 

 

 

 

 

 




 新生祭のバハムートくらい可愛いヤツがオラリオの地下に眠っている可能性が微レ存!?


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愛用の紀行録 4-3

 オラリオではジョブバランスとか、レベル差とかは殆ど気にされない。いっそ清々しい程にみんな無関心である。

 エオルゼアの冒険者も少しは見習うべきとも思うが、「過ぎたるは及ばざるが如し」とも言う通り、どんな事でも行き過ぎるのは考えものであると今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は教えてくれた。

 

 是非とも次回からはレベルシンクとか、アイテムレベルシンクとか、スキルの制限とか、アイテムの制限とかを、事前にちゃんと取り決めて戦争遊戯(ウォーゲーム)を行う事を神様達に進言したい。

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)では、煩わしいと思っていた規制や制限は、どんな冒険者でも大した格差なく、みんな楽しく戦闘する為に必要なものであったのだなぁと、まじまじと痛感する事となった。

 

 オラリオの殲滅戦は全くもってクソゲー(笑)である。

 

 

 

 *

 

 

 

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は殲滅戦である。

 勝利条件は相手陣営文字通りの「殲滅」である。兎にも角にも全員倒される前に、全員殺せばそれで良いのだ、オッケーなのだ。

 

 これ程、分かりやすいルールの殲滅戦は未だ嘗て無いだろう。小賢しい制限や、ややこしい規則(ルール)なんてものは存在しない実にシンプルでストレートな大規模対人戦だと言える。

 それはそれでどうなのかと小一時間問い詰めたくなる気もするが、神が定めた事なのだ、従う他無いだろう。所詮、我々は神に踊らされる哀れな冒険者でしかないのだ。是非も無い。

 

 殲滅戦というと、所属するグランドカンパニー毎の部隊に分かれて、鍛えぬかれた精鋭達が、カルテノー平原:外縁遺跡群で一堂に会して、血で血を洗う血みどろの三つ巴戦を演じる、大規模対人戦(フロントライン)の事がまず思い起こされる。

 

 なんか、古代兵器のオメガがどうのこうのと言ったヤバい理由があった様な気がするが、そんな些細な事を覚えている冒険者はもう殆どいないだろう。ぶっちゃけ、体のいい理由を並べて各国が勢力争いの為に冒険者を利用した感満載であるが、なに、気にする事は無い!

 

 殲滅戦は、他部隊の冒険者をぶち殺したり、時間経過により出現する「球」とか「塔」をぶち壊したりすると、所属する部隊に「戦術値」が加算され、その「戦術値」が最も早く規定値に達した部隊が勝者となり、獲得した「戦術値」に応じて残りの順位が決定される戦いだ。

 

 勿論、死んだら死んだでその時点で「ハイ、終了」と言う訳ではなく、何度殺されようがゾンビーの如く蘇り、戦線に復帰して、殺したり殺されたりしなくてはならない。

 基本的に戦闘が終わるまでどんな事があろうが、馬車馬の如く戦い続けなくてはいけないのだ。

 

 ちょっとでも「戦術値」が突出したら両陣営から親の仇の如く攻め込まれ、逃げ遅れたら飢えた蝗の如く喰い尽くされて、軍師同士の罵詈雑言が乱れ飛び、恨みを買おうものなら「ランディングポイント」までストーカーの如く粘着され、最後には視界を覆う程のコメテオが乱れ飛ぶ、そんなとっても素敵な大規模対人戦(フロントライン)が殲滅戦である。

 

 そんな殺伐とした大規模対人戦(フロントライン)だからこそ、選びぬかれた精鋭のみが殲滅戦に参加出来る。具体的に言うと参加できるのはレベル50以上のファイターとソーサラーのみで、それに加え、参加者は全員レベル50にシンクされ、アイテムレベルも80にシンクされてしまうのだ。

 それはそれはかなり面倒な制限が掛かっているが、そうでもしないと、50以下の低レベル冒険者は本当にただの獲物(フレッシュ・ミート)になってしまうし、逆に50以上の高レベル冒険者なんていたら、今度は50の奴等がただの獲物(フレッシュ・ミート)になってしまう。

 

 レベルやアイテムレベルの差は、エオルゼアでもオラリオでも変わらず大きいのだ。だからこれは、みんな仲良く殺し合う為に必要な措置なのである。

 

 因みにこれはエオルゼアの殲滅戦の話で、オラリオの殲滅戦はもっとカジュアルである。

 

 ファミリアに所属していれば人数制限は無いよ、いるだけ参加してね! 

 レベル制限なんてものもないから低Lv.冒険者でも気にせずドシドシ参加してね!

 折角習得したスキルに制限なんて掛けないよ!

 勿論、アイテムに制限なんて無いよ、ガンガン使ってね!

 

 これがカジュアルで無くて何がカジュアルというのか……ああ、カジュアル、カジュアル(笑)。

 

 

 

 *

 

 

 

 ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦力比は2:104でヘスティア・ファミリアが圧倒的不利である。改めて見ると、笑っちゃうぐらいの戦力差である。

 

 流石にこの戦力差はどうなのか? と冒険者専用掲示板(フォーラム)で抗議の声が上がるレベルだが、とは言えこれは「所属ファミリアの眷属のみが参加可能」という戦争遊戯(ウォーゲーム)の基本的なルールが根底にある為、変えようも無いし、文句の言い様も無い。

 むしろ、ヘスティア・ファミリアの眷属が少ないのは勧誘を怠っていたヘスティアの怠慢でヘスティアのせいとも言えるし、無所属冒険者のルララを無理矢理ねじ込めたのだから運が良かったとも言える。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は基本的に平等なのである。平等(笑)。

 

 どちらにせよ、味方が二人しかいないので単独行動なんてアホな事はせずに、一緒に行動するのがベストだと決まっているのだが、当事者の一人であるベル・クラネルが開始直前に「最初は僕、一人で戦わせて下さい」なんて、物凄い真剣な表情で言い出すものだから、この作戦はお蔵入りとなった。

 

 特訓のお陰で双剣士どころか、本来、習得にはソウルクリスタルが必須の筈の忍者スキルも幾つか習得出来たので、そんな謎の自信が湧いてくるのも分からなくも無いが、本当に大丈夫であろうか? それにしても恩恵(ファルナ)ってSUGEEEである。

 

 取り敢えず、プロテスとストンスキンを掛けてから、うんうんとうなずいて了承の意を伝えると、脇目もふらずベル・クラネルは、「では、行ってきます!」と言って一目散に飛び立って瞬く間に消えていなくなってしまった。

 流石、いつの間にか消えている事に定評のあるジョブである。速さが足りてる! まあ、黙って消えるより、堂々と宣言して消えただけまだマシであると前向きに考える事にしよう。

 

 

 こんな感じで戦争遊戯(ウォーゲーム):殲滅戦は開始された。

 

 

 

 *

 

 

 

 スタート地点にも設置されている「神の鏡」は戦場の状況や様子を逐一教えてくれる、実に便利な代物である。これで敵の現在位置もモロバレである。

 エオルゼアじゃ対人戦の様子は結構な機密事項扱いで、そうホイホイと外部の人間が見学する事は出来ないので、かなり新鮮で面白い。是が非でも、エオルゼアの方でも実現して欲しいものである。

 

「神の鏡」が伝えてくる戦いを見るに、ベル・クラネルは中々に健闘していた。

 

 単独行動をしている敵の高Lv.剣術士を的確に狙い撃ちし、善戦を繰り広げ、敵わないと思ったら僅かな隙を突いて姿をくらまし、ヒーラー含む4人の冒険者を倒して戦意高揚し、神経伝達物質(アドレナリン)を溜め、そして奇襲からのアドレナリン・ラッシュで、アポロン・ファミリアをあと一歩という所まで追い詰めていた。

 

 だが、あと僅かという所で力尽き、ベル・クラネルは敵の集中砲火を受けこの場へと帰還して来た。どんまい! 惜しかったよ! 【気にしないでください】

 

 ベル・クラネルの戦いぶりはまだまだ粗い部分も見受けられたが、対人戦初心者である事を鑑みても十分過ぎる内容であった。

 むしろ、初対人戦(PVP)の、しかも近接で、キルポイント4とか大健闘であると言わざるを得ない。実に今後が楽しみな少年である。

 

 彼の戦いぶりを視て、久々に血が疼いてきた。ルララの中の()()()が目覚める。

 

「……後は、お願いします……ル、ララさ、ん……」

 

 だから、瀕死の状態でもそう“お願い”してきた少年の期待に、バッチリ応えるのも悪く無いだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 大規模対人戦(フロントライン)200勝の記念に手に入れた騎乗システムに乗り掛かり、リラックスとした感じの姿勢をとって空高く舞い上がる。

 普通に走って移動する場合よりも、二倍以上のスピードが出るフライングマウントは瞬く間に敵の待つ戦場へとルララを運んだ。

 

 アポロン・ファミリアは大変都合の良い事に大部分の冒険者が一塊になっている。

 広い戦場でわざわざ一箇所に纏まっているなんて、言外に範囲で焼いてくれと言っている様なものだ。これは期待に応えなければ、冒険者として名が廃るだろう。

 

 フライングマウントから舞い降りながら、一番Lv.の高い集団の、その中央にいるリーダーらしい剣術士目掛けて睡眠魔法(ナイトウィンド)を掛け、それと同時に己の魔力を激成させる。

 睡眠魔法(ナイトウィンド)は剣術士のみならず、周囲にいる冒険者も巻き込んで強烈な睡眠へと(いざな)う。

 それに抗う術は無く、冒険者達は決して目覚める事の無い眠りへと就く。次に彼らが目覚めるのは全てが終わった後になるだろう。

 

 眠りこけているLv.2のヒーラーを標的にしてファイヤを詠唱する。狙われたヒラちゃんには申し訳ないが、対人戦において回復手段の豊富なヒーラーから狙うのはもはや定石なので勘弁して欲しい。

 黒髪のヒーラーに火球が迫る。見た目は小さな火球で、所詮最大火力を出すための下準備に過ぎないのだが、呆気なく彼女は送還された。

 イフリートにすらダメージを与えるファイヤを、無防備な状態で受けた彼女の今後の無事を祈るばかりである。

 

 続いてProcした無詠唱ファイガを、少し離れた場所で寂しそうに寝ている名も無き冒険者にブチかます。ファイガを放った瞬間、燃え盛る星炎(アストラルファイア)が三つ出現する。周囲を旋回する星炎に呼応するかの様にエーテルが激しく脈動する。

 

 出来ればこのままエノキアンからのファイジャと洒落込みたい所だが、今は絶賛殲滅中で範囲焼きの真っ最中だ、そこはグッと我慢して迅速魔からの範囲魔法を選択する。

 範囲焼きと言えばファイラだが、ここは盛大にフレアにする。別に格好良い所を見せたい訳じゃない! さあ、カメラは何処だッ!?

 

 気障ったらしい金髪の剣術士を中心にしてフレアが発動する。

 贅沢に10000以上のMPが込められたフレアは特別な存在であり、それを受けたアポロン・ファミリアの皆さんもまた特別な存在であるのです。フレッシュ・ミート的な意味で。

 

 そして、この程度で終わると思って貰っては困るのである。世の中そんなに甘くなく、そうは問屋が卸さないのである。そう、現実は全くもって非常なのである。

 

 私のフレアは、後二回残っているのですよ。

 

 体力(HP)変換(コンバート)して枯渇しきった魔力(MP)を回復し、戻った魔力を使い再度フレアを放ち、貴重なマキシなエーテルを盛大にがぶ飲みし三度フレアをぶっ放す。

 

 あぁ、最高に気持ちいい瞬間である。

 

 

 

 *

 

 

 

「な、何故あそこから魔法が撃てるのだ!? 明らかに魔力枯渇していただろう!! それに魔法の威力と詠唱の長さが明らかに釣り合っていないし、なんか詠唱破棄しているぞ!? 可笑しいだろう!! 常識ってものを知らないのか!? ……あぁ、そんな馬鹿な!? 急速に魔力を回復している……だと? そんなの理不尽にも程があるだろ!! ていうか三種類以上の魔法を使うのを止めろ! 常識がおかしくなる!!」

 

 次から次へと展開される魔法使いとして悪夢の様な光景に、高名なエルフであり、オラリオ最高位の魔法使いであるロキ・ファミリア所属のリヴェリア・リヨス・アールヴが吼えた。何時ものクールなキャラは見る影もない。

 錯乱する彼女の眼前では、軽くキャラ崩壊を致してしまう程に衝撃的な戦闘が映し出されている。

 今のリヴェリアはとてもじゃないが同族には「見せられないよ!」な状態だ。間違いなく見たらみんな幻滅する。

 

「レフィーヤ!? レフィーヤは何処に行ったんだ!?」

 

 何故? どうして? どうやって? 次々と湧き上がってくる疑問に堪らずリヴェリアはファミリア内で唯一事情を知る者の名を叫んだ。だが──。

 

「レフィーヤなら“いつも”のところだよー」

 

 レフィーヤは本拠地(ホーム)に居なかった。というか最近本拠地(ホーム)に殆どいない。グレた? グレたのか!? 今更ながらに反抗期なのか?

 

「……またか!? 最近のレフィーヤはフリーダム過ぎるだろう!! どうなっているんだ!?」

 

 お母さんは許しませんよっと言わんばかりにリヴェリアが怒号する。

 

「まぁまぁ、リヴェリア、そんな事言わず落ち着きなよ……」

 

 普段とは別人の様に興奮するリヴェリアを、どうどうと団長であるフィン・ディムナがなだめる。

 猛獣の如く鼻息を荒くするリヴェリアを何とかなだめながらも、ここまで興奮するリヴェリアを見たのは随分と久しぶりの事だな、っとしみじみとした表情を浮かべる。

 

 強者としてのプライドをズタズタに粉砕された“あの大蛇”との一戦以来、彼女もそうだが、ファミリアの様子も色々と激変した。

 

 少し近寄りがたい雰囲気を醸し出していたリヴェリアが歯に衣着せぬ感じになったし、若干生き急いでいる感があったアイズも、オラついていたベートも随分と大人しくなった。みんな少しずつ変わってきている。

 そしてフィン自身もきっと変わった。彼等を救った冒険者の中に小人族の少女がいると聞いて、そしてその彼女を見た時、長年背負っていた肩の荷が下りて少し心が軽くなった気がした。

 

 だから、きっとレフィーヤだって変わってきているのだ。団長としてそれは歓迎するべきであろう。

 

「……レフィーヤは僕達の命の恩人に必要とされているんだ。暖かく見守ろうじゃないか」

 

 むしろ、レフィーヤ自身も命の恩人の一人であり、彼女が日夜忙しそうにしている理由は、フィン達を救出する為に受けた冒険者依頼(クエスト)の為である。

 その事を考えると応援する事はあれど、何か意見を言う気にはなれなかった。

 

「……でも、最近付き合い悪いよな、アイツ……大丈夫なのか?」

 

 ガラの悪い狼人(ウェアウルフ)の青年ベート・ローガが柄にも無く心配そうに呟く。しかし、そんなベートの言葉は霞の様に消え、答える者は誰もいなかった。

 

 皆、戦争遊戯(ウォーゲーム)に集中している。

 

 彼等を助けた冒険者の戦いぶりを。“あの大蛇”を赤子の手を捻るかの如く倒したという冒険者の戦いぶりを。彼女の一挙一動を見逃さないように集中していた。別に経営難に悩むロキ・ファミリアの命運が掛かっているからではない。

 

「神の鏡」には小さな隕石が古城に降り注ぐ映像が映し出されていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「本当に、何度見ても反則ですよね……」

 

 多くの観客が詰め寄る豊穣の女主人で、パーティーメンバー達と「神の鏡」越しに戦いを見守っているレフィーヤは呟いた。

 現在、店内は不気味なまでに静まり返りっており、小声である筈の彼女の声は明瞭に聞こえた。他の客達は、只今発生したあまりにも凄惨な光景にドン引き中である。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は丁度コメテオが古城を押し潰したところだ。

 見た目は深層でレフィーヤが放った「メテオ」よりも小さいが威力自体はルララの「コメテオ」の方が上であった。

 五人で力を合わせて死に物狂いで放った大魔法よりも、彼女一人で放った魔法の方が威力が上だとか理不尽である。

 

「私達は魔法には疎いので良く分かりませんが、レフィーヤさんから見てもやっぱりおかしいんですか?」

「ええ、なんかもう意味不明過ぎて逆にどうでも良くなっちゃうレベルです」

 

 事の異常さを良く分かっていないのだろう。脳天気な様子で聞いてきたアンナに、レフィーヤは正直な感想を述べる。

 貴方の奇跡の発光(ミラクル・フラッシュ)という魔法も中々にイカれてますけどね、とは流石に言わないでおいた。どいつもこいつも常識外れ過ぎである。「レフィーヤ様も大概ですけどね……」そんな事は無い筈です。

 

「へぇー、何処らへんが変なの?」

 

 これまたのほほんとした雰囲気で戦いを見つめるエルザが聞いてきた。

 

「そうですね。例えば──」

 

 例えば──彼女には、魔力切れという言葉は存在しない。

 ルララ曰く、“墨”魔道士にはあるらしいが……少なくとも彼女には存在しないようであった。墨魔道士って何だ?

 

 理論上、彼女は無限に魔法を撃ち続ける事が出来る……らしい。なんか、もうこの時点で色々と出鱈目である。

 今の彼女にとって魔力の残量とは、あと何回火炎魔法(ファイア)系を撃てるかの指標に過ぎないとの事である。さっぱり分からん。

 

 魔法は、体力と対となる精神力(マインド)を削って行使される。

 威力や効果の高い魔法はそれだけ精神力(マインド)を消費し、乱発は出来ない──という常識は彼女には通用しない。

 

 レフィーヤは丁度、ルララが三連続で範囲魔法(フレア)を放ち魔力が枯渇し切った時の事を思い出した。

 

 魔力を消費し切ったルララが、しゃがみ込みながら腕を大きく回旋させる。

 すると魔法を補助する為に彼女の周囲を衛星の如く公転していた星炎の性質が反転し、霊氷へと置換された。

 その瞬間、「内」から「外」へと業火の如く燃え盛っていた彼女の魔力の波動が急速に冷やされ、「外」から「内」へと流れ込んでいく。

 

 映像越しであってもはっきりと認識できた程、急激なスピードで枯渇していた魔力が満ち満ちていく。他の魔法使いが見たら卒倒間違い無しの巫山戯た現象だ。

 

 魔力はそう安々と回復出来るものでは無い。専用の薬品か、もしくは「精癒」と呼ばれるアビリティで何とか少量ずつ回復する──その程度である。

 でも、彼女曰く、それくらいは標準装備だそうで、誰にでも出来る事じゃ無いのか? と言うことである。

 そう(のたま)った時、温厚なレフィーヤちゃんも流石にブチ切れそうになったのはここだけの秘密だ。ほんと魔法使い舐め過ぎである。

 

「……ほんと、つくづく反則です……」

 

 そう言ってレフィーヤは「おかしいのはそれだけじゃないです」と続けた。

 

 頭のイカれた魔法の中でも、特にイカれているのは先程放たれた範囲魔法だ。

 さっき彼女が放った範囲魔法は、全魔力を消費する魔法だ。これだけ聞くとまるで自爆魔法みたいである。

 全魔力、つまり全精神力(マインド)を消費する魔法の三連続行使。正直、自分でも何を言っているのか良く分からないが、三回連続で全魔力を消費する魔法を使ったのだ。

 

 もし、ただの魔法使いがそんなお馬鹿な魔法を使ったら、なんて事を想像するとゾッとしてしまう。

 

 まあ、そもそも、そんなアホみたいな魔法の行使が出来るはずも無いので検証の余地は全く無いのだが、仮定の話で、万が一出来てしまったら……間違いなく確実にお亡くなりになります。はい、残念ながらご臨終です。

 全魔力消費魔法と言うのはそれぐらいヤバいのだ。

 

 精神力(マインド)はその名の通り精神の力だ。

 それを全消費する魔法というのは、精神疲弊(マインドダウン)っていうレベルではなく精神枯渇(マインドゼロ)という事態に陥ってしまう。

 精神枯渇(マインドゼロ)とはとどのつまり精神の力を全て失うと言う事だ。精神力(マインド)の完全喪失、それは即ち精神の“死”を意味する。

 良くて廃人、もしかしなくてもかなりの高確率で死に至るだろう。精神力(マインド)全消費というのはそんな馬鹿げた魔法なのだ。うん、頭おかしい。

 

 そんな魔法、どんな高位の魔法使いでも行使する事は不可能だ。もし無理矢理にでも撃とうとしたら、まず間違いなく命と引き換えになる。撃った張本人は依然としてぴんぴんしているが、引き換えになるのである。

 

 もう、頭おかしいとかそういう次元の話じゃない。異常、異質、異物そんな言葉が陳腐に思えるぐらいに彼女の魔法はイカれている。

 実は彼女は全く別の世界から迷い込んだ、異界の魔道士だと言われた方がまだ説得力がある。

 

 だってそうだろう。

 生命を引き換えに放たれる魔法を、そんな気軽に使っちゃうレベルまでに到達させた奴なんて、頭のイカれた世界から来たに決まっている。

 

 そんな荒唐無稽な事を考えてしまうぐらいに──。

 

「──そんなぐらいに、ルララさんの魔法はおかしいんです」

「そんなに、おかしいんですね……」

「そんなに、おかしいんです」

 

 最近ようやく耐性が付いてきたレフィーヤでさえどうにかなりそうなレベルで理不尽なのに、何も知らない他の魔法使いが“これ”を見たら、気が狂う事間違い無しである。要するにオラリオ中の魔法使いが今発狂していると言う事だ。

 

 高位の魔法使いであればある程、彼女の出鱈目さが良く分かる筈だ。ルララの魔法は、いや、むしろルララ・ルラという存在は何もかもが出鱈目だった。これで同じ魔法使いを名乗っているのだから、ほんと嫌になっちゃう。

 

 今頃普段通りに本拠地(ホーム)でファミリアのみんなとこの戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦していたら、血走った目をしたオラリオ最強の魔法使いに物凄い質問攻めに遭っていた事だろう。

 そんな光景がありありとレフィーヤには想像できた。

 

「それが、ちょっと嫌でこっちに来たんですけどね……」

 

 実のところ、ここ最近ファミリアの仲間達から向けられる視線が若干冷たい気がするとレフィーヤは感じていた。なので、若干本拠地(ホーム)に居づらいのだ。

 なんと言うか、こう、疎外感というか違和感というかそんな余所余所しさを仲間達から感じてしまっている。

 

「そういえば、皆さんはどうですか? 最近のファミリアの方は? 私は……その、ちょっと良くないかもです」

 

 レフィーヤが最近本拠地(ホーム)に帰ったのはステイタス更新の為ぐらいだ。それ以外はハウスに入り浸っているか、レベリングしているか、練習しているかになってきている。

 それはファミリアの一員として明らかに失格で、このままではいけないと思いつつも、それに殆ど忌避感を感じなくなってきている自分も確かに存在していた。

 

 信仰心が薄れてきている──そう確信を持って実感出来る程にレフィーヤの心は揺らいでいた。ステイタス更新の為に本拠地(ホーム)に帰るのですら煩わしくなってきている始末だ。

 いっその事、何時もハウスにいるロリ神に鞍替えでもしようかしら、なんて邪な事を考えてしまうくらいにはレフィーヤの気持ちに変化が訪れていた。

 

「私達は元々放置気味だったから大して変わってないかな?」

 

 そんなレフィーヤの気持ちを知ってか知らずか、エルザはあっけらかんと言った。

 こういった彼女の底抜けの明るさには何時も助けられている。主に一つ目巨人と追いかけっこしている時とか重宝する。ギスギス反対ッ!

 

「えっ!? そうだったの!?」

「えっ!? 気づいてなかったの、アン? 私達もう随分前から放置プレイだよ? 本拠地(ホーム)に帰ってもやることはステイタスの更新ぐらいだったでしょ?」

 

 どうやら向こうも同じ様な状況らしい。内心ちょっと安心する。

 

「ええええ!!? そんな、「うちは少数精鋭だから自由にしてていいのよ?」て言ってたのはそういう事だったんですか、フレイヤさま!? 知らなかったぁああ!!」

 

 衝撃の事実に驚愕するアンナ。

 ガッテムッ!! と頭を抱えるアンナにリリが追い打ちをかける。

 

「……つまりリリ達はハブられ同士と言う事ですね! 仲良くしましょう!」

『……えっ!?』

 

 リリはレフィーヤ達がなんやかんや見て見ぬ振りしていた悲しい現実を無慈悲なまでに叩きつけてきた。

 彼女は小人族らしく中々に鬼畜野郎であった。誰かさんのせいで小人族のイメージが無茶苦茶である。

 

 

 

 *

 

 

 

 広大な戦場で姿をくらました敵を見つけるのは至難の業である。特にたった一人で捜索しなくてはならないとなると、見つけるのはほぼ不可能に近い。

 でも、だったら解決は簡単である。一人じゃ難しいなら、他の誰かに手伝って貰えば良いのだ。

 都合の良い事に、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)には「神の鏡」なんて逐一戦場の様子を届けてくれる便利な物がある。

 

 

[8]<Lulala Lula> 【敵】【どこですか?】

[8]<Anna Shane> シューリム平原(12.5 、30.3) ここですよー。

[8]<Lulala Lula> 【ありがとうございます。】【これから向かいます。】

[8]<Anna Shane> 頑張ってください!

[8]<Elza Idina> ファイト~!!

[8]<Lefiya Viridis> 何事も程々にしてくださいね……。

[8]<Lulala Lula> 【わかりました。】【がんばります!】

[8]<Lefiya Viridis> (あっ、これは駄目なパターンですね)

[8]<Anna Shane> (そうですね)

[8]<Elza Idina> (アポロン・ファミリアさん、どんまい!)

[8]<Liliruca Arde>  というかベル様は無事なんでしょうか? ベル様、大丈夫ですか?

[8]< Hestia> ベル君ならもう大丈夫だよ。

[8]< Bell Cranel> 僕はもう大丈夫だよ。ありがとうリリ。

[8]<Liliruca Arde> ああ、良かったですベル様! 何かあったら直ぐ駆けつけますから言ってくださいね! リリ特製のポーションで癒やしてあげます。

[8]<Richard Patel> リリ特製のポーション(Made in ルララ)

[8]<Anna Shane> 積極的にヒーラーに喧嘩売りにいきますねぇ。死にたいんでしょうか?

[8]<Liliruca Arde> ……劇毒薬投げますよ?

[8]<Richard Patel> ひぃいい、ごめんなさい。

[8]<Lefiya Viridis> ヒーラーとタンクには逆らってはいけない(戒め)

[8]<Elza Idina> (戒め)

[8]<Lulala Lula> 【見つけました!】

[8]< Hestia> あっ、アポロンが凄い顔になっている……。

[8]<Richard Patel> こっちも実況が凄い顔になってる……。

[8]<Lulala Lula> 【移動しましょう】【敵】【どこですか?】

[8]<Lefiya Viridis> もう倒したんですね(白目)

[8]< Anna Shane > シューリム平原(14.5 、12.7)そろそろ終わりですねー、あと三人です。

[8]<Elza Idina> お前の命もあと3秒だ…。

[8]<Liliruca Arde> 不吉なこと言わないで下さい!

[8]<Lulala Lula> 【見つけました!】

[8]<Richard Patel> 速い! 来た! メイン黒来た! これで勝つる!!

[8]<Lefiya Viridis> 相手にとってはとんでもないでしょうね。隠れているのに見つけられるとか。

[8]< Anna Shane > 情報筒抜けですからね……。あっ、一人魔石破壊(リタイヤ)したみたいです。次で最後ですよ。シューリム平原(40.2 、39.9)です。

[8]<Lulala Lula> 【やったー!】【これから向かいます。】

[8]<Elza Idina> やったー!

[8]<Richard Patel> やッたー!

[8]<Lefiya Viridis> まぁ、辞めたくなる気持ちも分からないでも、やったー!

[8]< Bell Cranel> やったー!

[8]< Hestia> やったー!

[8]<Liliruca Arde> やッたー!

[8]< Anna Shane > やッたー!

[8]<Lulala Lula> 【ゲーム終了】

[8]<Richard Patel> 速い! 後半は殆ど解説して無かったぜ! まあ“アレ”を解説しろとか無理な話だけどな!

[8]< Anna Shane > 何はともあれ、お疲れ様でした!

[8]<Elza Idina> おつかれー!!

[8]<Lefiya Viridis> 結局、殆ど一人で勝っちゃいましたね……。お疲れ様です。

[8]<Richard Patel> おつ!

[8]< Hestia> みんなお疲れぇええええ! 祝勝会しよぉおおお!!

[8]<Liliruca Arde> お疲れ様でした! やった! これで借金と脱退金が払えます!! ヘスティア様、後でちょっとお話が……。

[8]< Hestia> 何だい、ベル君は渡さないぞ?

[8]<Lulala Lula> 【お疲れ様でした。】【再戦を希望します。】

[8]<Lefiya Viridis> えっと、それはちょっと酷じゃないですかねぇ。

[8]< Bell Cranel> お疲れ様でした。

 

 こんな感じで情報収集をすればいい。LS使ってはいけないなんてルールは無かった。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)開始から約一時間。ルララ・ルラが戦闘開始してから約二十七分後──殲滅は終わった。

 

 

 

 *

 

 

 

「あれが光の使徒か……」

 

 誰もいないギルド本部の地下で重々しい荘厳な男神──ウラノス──の声が響く。

 彼の声に応える者は誰一人としていない筈であったが……。

 

「そうだよ、ウラノス。“アレ”が君達の『終焉』だ……」

 

 いつの間にかウラノスの傍らに現れた金髪の青年がそれに応えた。

 現れた青年にウラノスが否定する。

 

「……“アレ”が『終焉』ではないだろう? “アレ”は『希望』だ。『終焉』は地下で眠っている」

 

 他の神々にとって『終焉』かも知れないが、少なくともウラノスにとっては“彼女”は『希望』であった。星に選ばれたウラノスにとっては……。

 

「どちらにせよ大した違いは無いだろう貴方“達”にとっては……」

 

 金髪の青年の言葉に、巨大な男神は心の底まで響く深い声で「然り」と答えた。

 彼等は神と人であるが、同じ目的を持つ者、同じ星に選ばれし者だ。彼等の間に上下の関係は無い。

 

「……これで光の使徒の名は世界中に知れ渡る事になるだろう。次は何が望みだ?」

「一つ、あるファミリアをオラリオに招き入れて欲しい。きっと()()()も喜ぶ筈だ。後はそれに光の使徒を──」

「……自らの悲願を達成する為には、英雄ですら作り上げ、利用する、か」

「世界を救うためさ。利用できるものはなんでも利用するし、出来る事は何でもする。貴方もそうだろう?」

 

 そう言う青年の瞳には決意が篭っていた。

 ウラノスは青年の言葉に無言で頷く。そして彼等が作った計劃の事を思う。

 

「……ラグナロク計劃、か。“あの時”から五年か。月日が経つのは早いものだな」

 

 不変の存在である超越存在(デウスデア)であるウラノスでさえ、この五年間は激動の時間であった。彼が過ごした千年が霞むほど遥かに濃い年月であった。

 

「始めは(いが)み合っていた私達が良くここまでこれたものだ」

 

 初めて出会った時、両者は敵対関係にあった。

 だが世界を脅かす未曾有の危機に立ち向かう為、両者は協力する事になり、そして今では盟友と呼べる間柄にまでなった。

 

「不思議なものだ、ヒトと、カミと、……がこうして手を取り合う事の出来る時代が来ようとは」

「でも、それはまだ()()()()だ。依然として我々は啀み合う関係にある」

「それを是正するために我等は協力しているのだ。新たなる時代の為に」

 

 ウラノスの言葉がギルドの地下で響き渡る。

 

「あぁ、生きとし生ける全ての者の為に……って事さ。貴方達にとっては皮肉かもしれないが」

「元よりそれは承知の上。我らは一蓮托生、時代を終わらせる共犯者である。この命果てる時まで付き合おう」

 

 そう言うとウラノスは光り輝く大きなクリスタルを取り出した。

 

「……“神”にそう言われると心強いよ」

「ふん、心にも無い事を……」

 

 そして青年もウラノスと同じ様にクリスタルを差し出す。

 この淡く輝く光のクリスタルは彼等が選ばれし者であるという証。星に選ばれた者であるという証だ。

 二つのクリスタルが互いに呼応するかの様に煌めく。この輝きは、二人の意思がまだ挫けていない証拠だ。

 

『クリスタルの加護があらんこと』

 

 互いに光輝くクリスタルを確認し、そしてクリスタルをしまう。

 そして、ウラノスはここにはいないもう一体の同志の動向について言及した。

 

「……黒き竜から異端児(ゼノス)の準備は順調であると報告があった」

「……そうか。それは良かった。じゃあ後は──

「あぁ、後は──

 

 “彼女”次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5章
イシュタルの場合 1


イシュタル 女神様その1

カーリー  女神様その2


 憎い、憎い、憎い。

 

 狂おしいほどに、狂おしいばかりに、狂いそうなくらいに──。

 

 

 “アイツ”が憎い。

 

 

 

 * 

 

 

 

 かつて、多くの英雄に悲劇をもたらした様に……。

 かつて、美しいというただそれだけの理由で運命を狂わせた様に……。

 かつて、幾多の大戦争の引き金となった様に……。

 

 神の“嫉妬”ほど、厄介なものは無い。

 ましてやそれが女神の、それも『美の女神』の嫉妬ともなれば、その深淵は計り知れないものになるだろう。

 

 そしてこのオラリオでも、まるで底なし沼の様な深き嫉妬に狂う『美の女神』がいた。

 自身が支配する夜の街。その中でも最も高い宮殿の最上階で、オラリオで最も高い巨塔の最上階を睨め付けながら、今日も彼女は呪詛の言葉を吐く。

 きっと、今も“あそこ”でアイツは、あの女神(おんな)は、こっちを見下(みお)ろしている筈だ。

 

「フレイヤ……何故、私ではなくお前がそこにいる? どうしてお前が王を気取っている?」

 

 その類まれなる美しさを主張するかの様に、蠱惑的に素肌を曝け出している褐色肌の美神──イシュタル──はその眩いばかりの美貌を歪めながら言う。全くもって気に入らない!

 彼女の感情はその美しさとは裏腹に、酷く醜く渦巻いていた。

 

「クソッタレ……だが、付け上がっていられるのもこれまでだ。“切り札”は既に我等の手の中に……手札(カード)は全て揃った」

 

 神としての嫉妬。

 女としての嫉妬。

 ファミリアとしての嫉妬。

 

 様々な妬みが、恨みが、憎しみが、僻みが、女神を狂わせる。

 それは、禁断の秘術に手を染めてしまう程に。

 それは、怪しげな“女”と手を組んでしまう程に。

 

 そして──「おぉ、怖や怖や。女神の嫉妬と言うものはこうも醜いものなのか。全く()()()()と言うものは度し難いものだのぅ」

 

 闘争に狂った神の、闘争に狂った国の、闘争に狂った女達のファミリアを、オラリオに招き入れてしまう程に──彼女の嫉妬は狂っていた。

 幼子の様な神、闘争の戦神、アマゾネスの女神──カーリー──の言葉に対し、イシュタルは一笑しながら答える。

 

「ふん、なんとでも言え。あの女神を堕とせるのであれば私はなんだってやろう、なんだって犯して見せよう」

 

 狂気を孕んだイシュタルの微笑みに、カーリーもまた笑みを返す。

 

「そこまで固執する気持ちは理解出来ないが……なるほど、共感は出来る」

 

 彼女も戦に狂った神、闘争の血に飢えた女神だ。イカれた(もの)同士通じるものは確かにある。

 あるからこそ彼女達が選ばれたのだ。

 

 二柱は嘲笑う。狂った様に、イカれた様に、壊れた様に高笑う。

 そして、それを咎めるように一人の女が言う。

 

「……好き勝手絶頂するのはいいが、忘れるなよ。お前達を招き入れたのも、お前の言うその“切り札“も、その為の最新の技術も、何もかも、全て我々が用意した物だ。闘争でも戦争でも勝手にすれば良いが、“依頼”はこなして貰うぞ」

 

 人でありながら神に匹敵する程の威圧を放つ赤毛の女性──レヴィス──がそう言って二柱を睨みつける。

 有無を言わさぬ迫力がレヴィスから注がれる。

 

「安心しろ、ここまでお膳立てをしてもらったのだ、依頼はきちんとこなす。フレイヤを殺す前の試金石に丁度良い手合だ」

「妾達の目的はむしろ“そっち”だ。嫉妬に狂った女神の手伝いは、所詮()()()に過ぎん」

 

 自信満々にそう言い放つ神々を見てレヴィスは静かに言う。

 

「相手はそう易くは無いぞ?」

 

 依頼対象の強さは戦争遊戯(ウォーゲーム)を通じて良く知っている筈だ。

 相手は間違いなく第一級冒険者クラスの実力を持っている。一筋縄で済む者ではない。

 油断や慢心を指摘するレヴィスに、にやけながら余裕綽々でイシュタルが答える。

 

「所詮、タネの割れた魔法(マジック)だ。そんなものに価値も脅威も無い。魔法封じの手段なら幾らでも準備してある。それに──我等には“コレ”もある」

 

 そう言ってイシュタルは懐から、ある宝珠を取り出して見せた。

 緋色に妖しく光るその宝玉は、薄闇の中でも赤々と血の様に輝いている。

 

「貴様達に教えてもらった()()()によって、大した憂いも無く取り出す事が出来たのは幸いだったな」

 

 これで何人かの団員が抱いていた疑念を取り払う事が出来た、そうイシュタルは付け加えた。

 

「妾の方にも一つ策がある……」

 

 そう、カーリーも続けて言う。

 

「ほう、脳みそまで筋肉で出来ている戦闘狂と思っていたが、策を考える頭くらいは貴様にもあったのだな」

「……ふむ、随分と言いよるなぁ、イシュタル。何であったら、先に貴様等を血祭りに上げてもいいのじゃぞ?」

「やってみるか? 貴様のその余裕ぶった顔を歪ませてやるぞ?」

 

 一瞬即発の剣呑とした空気が両者の間に漂う。あぁ何故、こうも神々は仲良く出来ないのか。まるで子供の喧嘩だ。

 ふぅ、とレヴィスは溜息をつく。

 

 似たような肌色の、似たような髪色の、絶望的なまでに体格差のある二柱が睨み合う光景は、まるで姉妹喧嘩の様だとレヴィスは思った。

 そう考えると何だか今のこの緊迫とした雰囲気が、ほのぼのとしたどうでも良い状況に思えてしまう。

 

 いや、事実レヴィスにとって今の状況は、どうでも良い事だった。

 

 二柱とも随分と偉そうな事を言っているが、最終的に戦うのは眷属達の方であって彼女達じゃ無いのだ。

 結局、「神」は()()()()()──それがレヴィスがこの五年間で一番に学んだ事である。

 

(だが、今回ばかりはそうはいかない。計劃の為、目的の為、お前達にも矢面に立って貰うぞ)

 

 未だ睨み合いを続けるイシュタルとカーリーを見つめ、レヴィスはそう心の中で言った。

 そんな、もはやヒトデナシと化した彼女の内心を、神々が見抜く事は決して出来ないだろう。

 

「いい加減にしろ……それでカーリーその策とは何だ?」

 

 いつまでも反目し合う二柱にレヴィスは苛立ちながら言った。

 

「ふん、まぁ良い。……“ここ”には昔懐かしい()()()()がおってな、丁度ここに来たばかりの時に挨拶がてら会いに行ったのじゃ」

「貴様ッ!! 大人しくしていろとあれほど言ったのに、勝手な事をッ!!」

「何、神威は完璧に消しておったから問題無いじゃろう。誰も気付いておらぬよ」

「それとこれとは別問だ──」

「それで? それがどうしたと言うんだ、カーリー?」

 

 イシュタルの言葉を遮りレヴィスが鋭く問う。

 彼女の言葉は、これ以上話を拗れさせて、ややこしくされるのは御免だと言外に訴えていた。

 

「フフフ……言ったであろう? ()()()()というものはかくも度し難いと」

 

 それは“神”も“人”も変わらん、そう小さな女神は呟いた。

 

 久々に会った知り合いは、嫉妬に狂っていた。

 久々に会った“元”眷属は、愛する者を奪われそうになりおかしくなっていた。

 久々にあった双子の姉は、「怒り」だけじゃどうにもならない相手に自棄になっていた。

 

 だから“元”主神らしく救いの手を差し伸べたのだ。

 

「そうじゃろう? なぁ……ティオネ」

 

 

 

 *

 

 

 

 ダンジョンの奥深く。人類の未到達領域。62階層。ラグナロク拘束艦『生体管理区』。通称、侵攻2層。

 そこで決して歴史に刻まれる事の無い、神話の如き戦いが繰り広げられていた。

 

 

 先陣を切って進むアンナの大剣がメリュジーヌへと突き刺さり、それが合図となり戦闘が開始される。

 

 何時も通りの始まり。

 何時も通りの初手。

 何時も通りの開始。

 

 幾度と無く繰り返された戦いと全く一緒の始まりだ。

 だが──。

 

 Lefiya Viridis【敵】【運んで下さい】 <se.5>

 Lefiya Viridis【敵】【運んで下さい】 <se.5>

 

「レフィーヤちゃん! ポイントCにルノー誘導だよ! 頑張って!」

「分かりました!!」

 

 だが、今回の気合の入り様は、いつもとは明らかに違っていた。

 

 新たな仲間を二人迎え、“特訓”をし、新調した装備に着替え、最高級の食事を摂り、ハイエリクサーを始めとする高品質の薬品群をガンガン使っていく。

 

 

 全ては、今日、この日、メリュジーヌ(やつ)を倒す為だ。

 

 メリュジーヌの呪詛の声が響く。その度に──。

 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

 

「『声』です! 全員注意してください!!」

「俺と、アンナと、リリだ! 外に向けろ! リリはルノーだ!」

「はい!」「了解です」

 

 仲間達で注意を促し合い。

 

 メリュジーヌ 80% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 メリュジーヌ 80% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 

「アンナ様! そろそろダンサー来ます! 準備を!!」

「了解!!」

「来るぞ! ダンサーだッ!! 全力で攻撃しろ!!」

 

 管理者の危機を察知しラミア・デスダンサーが出現する。

 

 ラミア・デスダンサー【これを先にやっつけて!】 <se.2>

 ラミア・デスダンサー【これを先にやっつけて!】 <se.2>

 

 半人半蛇の踊り子が死の舞いを踊るその最中でも。

 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

 

 メリュジーヌ(彼女)の呪詛の声と、()()は止まらない。

 

「来たよ! 声と──叫び!」

 

 

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

 

「ルノーの方は準備万端です!」

「ナイスです! レフィーヤさん!」

「来るぞッ! 全員退避!!」

 

 それでも、それを見事な連携でくぐり抜け。

 

「おっし! 次だベル! エルザ! 行くぞ!」

 

 最初の死の踊り子を倒し。

 

「はい! リチャードさん!」

「いっくよー!」

 

 続いて二体目、三体目の踊り子も倒し。

 

「こいつでラストォオオ!」

 

 死の踊り子(デスダンサー)を越え、メリュジーヌの体力を削っていく。

 

 メリュジーヌ 60% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 メリュジーヌ 60% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 

 

「次はディーラーです! 来ます!」

 

 続いて四方に死の配り手が出現する。

 

【近接】【時計回り】【時計回り】 <se.8>

【近接】【時計回り】【時計回り】 <se.8>

 

「今度は時計回りです! 行きますよ! リチャードさん!」

「おうよ! ベル!」

 

 それを淀みなく流れるように倒していく。

 

【地面】【円形】【継続ダメージ】【回避して下さい!】 <se.7>

【地面】【円形】【継続ダメージ】【回避して下さい!】 <se.7>

 

 行く手を阻む毒沼の中でも。

 

「毒沼来てるよ! 注意して!」

 

 雨あられの如く降り注ぐ弓矢の中でも攻撃の手を休めず。

 

「よっし! これで止め!!」

 

 死の配り手(デスディーラー)を超える。

 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

【石化】【扇状】【気をつけて下さい。】 <se.9> 

 

 そんな中でも絶える事無く響く。

 

「あぁ、芸術なまでのルノー像……」

「見とれている場合ですか!? レフィーヤ様! 声きてますよ!」

「!!」

 

 声と。

 

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

【石化】【全体攻撃】【隠れて!】【隠れて!】 <se.4>

 

 叫びを無駄なく処理し。

 

 メリュジーヌ 35% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 メリュジーヌ 35% 【敵が近づいてます!】 <se.10>

 

 メリュジーヌを追い詰める。

 

「そろそろプロセクターです! 準備は!?」

「大丈夫です! 貯まっています!」

「来たよ! プロセクター!」

 

 メリュジーヌに匹敵する大きさの半人半蛇の解剖者(プロセクター)が現れる。

 

【後ろを向いて下さい】【後ろを向いて下さい】 <se.11>

【後ろを向いて下さい】【後ろを向いて下さい】 <se.11>

 

 出現した最後の刺客──ラミア・プロセクター──の眼光が妖しく発光する。

 その次の瞬間、石化の呪詛が込められた視線が放たれた。

 

「全員、後ろ向き!!」

 

 だが、それを──ペトリファクションを被害無しで攻略し。

 

【リミットブレイク】【リミットブレイク】<se.12>

【リミットブレイク】【リミットブレイク】<se.12>

 

「今だ! ヤれッ!ベル!!」

「うぉおおおおおおおおおお」

 

 高速で激しく結ばれる印。

 地表から彼を中心に出現するは月光の如く青白く揺らめく幾重もの忍者刀。

 真円を描いて規則正しく並ぶ月光は、プロセクターを標的に定め、解剖者(プロセクター)を幾度と無く切り刻み、血祭りにあげた。

 

『月遁血祭』

 

 最後の緊急防衛機構──ラミア・プロセクター──を越え、後は、メリュジーヌ(彼女)を残すのみ。

 

 

 あと少し──。

 

 あと僅か──。

 

 あとちょっとで──。

 

 彼女を倒せる。倒せるところまで来ている。

 

 動悸が高鳴り、心臓が激しく鼓動する。

 身体中の血液が沸騰し、興奮が最高潮に達する。

 

 ぃけ──誰かがそう呟いた。

 

 初めて挑戦した時は絶望しか無かった。

 

 いけ──次第に小さかった声が大きくなる。

 

 こんな敵、倒せるのかと疑問にさえ思っていた。

 

 いけ! ──やがてそれは大きな叫びとなってパーティー全体へと広がっていく。

 

 それでも諦めず、幾度となく挑戦し──そしてここまで辿り着いた。

 

『いけぇえええええええ!!』

 

 パーティー全員のあらん限りの叫びと共に、山吹色の一撃が放たれる。

 それはかつてベル・クラネルが戦争遊戯で見せた一閃と非常に酷似しており、仲間達の思いが凝縮されたその一撃は、かつてのものとは比べ物にならないほどの威力を秘めていた。

 

 

 リミットブレイク1(ブレイバー)は。

 

 メリュジーヌの肉を断ち。骨を砕き。魂を粉砕し。その機能を完全に停止させた。

 

 メリュジーヌが倒れる。

 半人半蛇のモンスターが崩れ落ちる。

 全ての機能を停止して、力尽き、エーテルへと還っていく。

 

 僅かな夢見心地の後。誰かが小さく、「勝った」と呟いた。

 

 

 その瞬間──声にならない歓喜の叫びが階層中に響き渡った。

 

 

 

 *

 

 

 

「……と言うわけで、念願の蛇女君討伐成功、兼みんなのランクアップ、兼なんだかんだで出来ていなかった戦争遊戯(ウォーゲーム)の祝勝会、兼サポーター君改めリリルカ・アーデ君の入団記念、その他諸々を祝して……」

 

 見事に試練を超えた冒険者達を代表して、皆の前でヘスティアが前口上を述べている。

 

「多すぎぃ!」

「多くないですか?」

「流石にいっぺんにやり過ぎじゃないのでは?」

「諸々ってなんですか!? 神様!!」

 

 それに対し、みんななんか好き放題ごちゃごちゃ言っているが、それを気にも留めずにヘスティアが音頭を取る。

 

「えぇい! とにかく、かんぱーいッ!」

『かんぱーい!』

 

 オラリオの西部、一般居住区7-5-12にある、竈の家(ヘスティア名称)で諸々の記念を祝した宴会が盛大に開かれた。

 

「フハハハハ! 皆のもの存分に喰らうが良い!! 許す! 無礼講じゃああ!」

 

 飲めや、歌えや、踊れや、食らえ。

 自らのツインテールを、まるで生きているようにブンブンと回しながらヘスティアが宣言する。

 この女神の前では常に無礼講状態の様な気がしないでもないが、兎にも角にも今日は無礼講である。

 

「居候の神様が何か言ってる件。全くいつまで居座る気なんですかねぇ」

 

 それどころか他人の家に自分のアイデンティティーの名を付ける始末である。

 この家と竈に因果関係は全く無い。むしろ竈なんて物は置いて無い。代わりに暖炉はあるが。

 

「リチャード君がすっごい辛辣! 良いもん、良いんだもん。隣人くんはずっと住んで良いって言ってくれたから! 助かってるって言ってたから! だからセーフだもん! ネーミングセンスだって、ネミングウェイ並に抜群だって言ってたもん!」

 

 実際の所は『砂』に比べりゃ何でも“マシ”と言うのがこの家の主の意見だったりする。

 

 それにヘスティアの言う通り、戦争遊戯(ウォーゲーム)後急激に増えた不法侵入者を逐一撃退するのにヘスティア・ファミリアは、特にヘスティアの存在は大いに助かっていた。

 流石の不届き者達も神の前では手を出し辛い様だ。何やかんや言って神の権威というものは偉大なのだ。

 

 なので、このロリ神、こう見えても今この時もしっかりと仕事をこなしているのだ。

 

 自宅警備員と言う名の仕事を。

 

「というか、ヘスティア様が格好つけて『お前の顔は二度と見たくない、二度と僕達に関わるな』キリッ。なんてこと言わなければ、今ごろアポロンファミリアの本拠地(ホーム)でも何でも乗っ取って、悠々自適に生活出来ていたんですけどね」

「『それが分かったらさっさと失せろ』」キリッ

 

 ついこの間、新たにヘスティア・ファミリアに加入したばかりのリリが、容赦なく突っ込み、そして悪ノリしたリチャードが更に追い打ちをかける。ヘスティアのダメージは加速した。

 

 色々あって立派に逞しく成長した今のリリは、今のところ向かうところ敵無しだ。まさに無敵状態である。

 

 もう筆舌にし難い壮絶な事が色々あって気づけばLv.3なんてものになってしまっていたが、もし、今は亡きリリの両親がこの話を聞きでもしたら、ビックリ仰天して墓場から蘇ってそのショックでまた昇天しちゃうなんて事態になること請け合いである。

 

「さ、流石にそんな鬼畜な事はしちゃ駄目だろう!」

 

 他人のホームを乗っ取るとか悪神ですらやらかさない、まさに鬼畜の所業である。

 そんな心ない事、心優しい慈愛の女神のヘスティアがするはずが無い。いいね、するはずが無いのだ。分かったね。

 

「……しかし、思えばみんな強くなったものだよねぇ」

 

 そう、しみじみとヘスティアが言う。

 

 今、ヘスティア・ファミリアには二人のLv.3が居る。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)後すぐにベルが、そして加入した直後のステイタス更新でリリが立て続けにランクアップし、そしてその後、一週間と経たずに今度はメリュジーヌとか言う謎の蛇女を討伐し二人揃ってランクアップを果たしたのだ。これで二人共仲良くLv.3だ。

 流石に二度目のランクアップの時は展開が早すぎて度肝を抜かれたりもしたが、良く良く考えてみれば周りはそんな奴等ばっかりだ。あまり深くは考える必要は無いと思われる。

 

 今にも崩れそうなボロ教会の隠し部屋から、ベルと二人でスタートしたあの時と比べると今の状況は雲泥の差である。

 まあ、若干、差があり過ぎる様なきらいもあるが、気にしたら負けだ。

 

「全く、みんなあまりにもほいほいランクアップするもんだから、ギルドの方から、『公表は控えさせて下さい』なんて言われる始末だよ!」

 

「こんな展開になろうとは、このヘスティアの目を以てしてでも見抜けぬとは!!」とでも言わんばかりにヘスティアがにやけながら言った。

 事実、ランクアップの公表をギルド側がわざわざ渋るのは異例中の異例の事態である。

 

 

「まぁ流石にやり過ぎた感は否めないな」

 

 そう呟くリチャードもメリュジーヌ戦後ランクアップし、遂にヒューマンとしては最高位のLv.6に到達していた。

 あまり実感は無いがヒューマンとしては最強と恐れられていた剣姫をも越えたのである。まさに強靭、無敵、最強となったのだ。とてもそうには見えないが。

 

 だが、リチャードの心の中に自惚れや慢心は全く無い。

 そもそも彼のリーダー曰く、これでようやくスタートラインに立ったのだと言うのだから慢心しようが無かったりする。

 

「そう言えば私も、これでLv.5か……」

 

 そう、レフィーヤが物静かに言う。

 

 Lv.5──あの憧れの冒険者達と、あの憧れの女性アイズ・ヴァレンシュタインと同じLv.だ。念願だった彼等と同じ領域(Lv.)に足を踏み入れたのである。

 何だか嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだ。

 

 ここに至るまでには多くの犠牲があった。涙なしでは語れないほどに多くの尊い犠牲があったのだ。

 

 特に特筆すべきは憧れの冒険者達が、大量の経験値に変換されて見えてしまうという、とんでもない節穴に目がなってしまった事だ。次点はファミリアの男性陣をまともに直視出来なくなってしまった事だ。団長の団長ってアレなんですね。

 

 しかし、これも強くなる為には必要な犠牲だったのだ。割り切る他、無いだろう。ありがとうクローン達。

 

「……私達、本当に勝ったんですね」

 

 そう、再確認する様に澄み切った声でレフィーヤが言う。

 

 今回の勝利は、他人におんぶに抱っこで出荷された棚から牡丹餅的な勝利では無い。自らの力で勝ち取った正真正銘の真の勝利だ。

 あの時感じた興奮は、生涯決して忘れられないだろう。

 既にあの戦いから幾日が経過しているが、あの時の熱は未だ冷めず身体の中で渦巻いている。

 

「特にレフィーヤはあの戦いは凄く頑張ったもんね。ランクアップするのも当然でしょ!」

 

 今回の戦いでレフィーヤは──ルノー誘導に神経を磨り減らし、石化ビームの処理に気を使い、定期的に飛んで来る炎にその身を焼かれ、次々と湧いてくる雑魚を倒し、その中でもメリュジーヌを攻撃すると言う難題を見事にこなしたのだ。

 あの戦いで最も負担が大きかったのは誰かと言うと、それは間違いなくレフィーヤである。

 だから、ランクアップは必然であると言えた。

 

「そうなのですが、なんだかちょっぴり複雑な気持ちです」

 

 少し納得のいっていない様子で細々とレフィーヤは呟く。

 

「それは、まぁ、その、ちょっとは分からないでもないかな」

 

 そんなレフィーヤに少し言葉を濁しながらエルザも同意する。

 

 彼女達は心に僅かな戸惑いを抱いていた。

 あまりにも早過ぎるランクアップに彼女達は戸惑いを抱いていたのだ。

 

 憧れだった冒険者に追い付いた、追い付いてしまった。

 まだ、遥か彼方の遠い場所にいると思っていた人達がすぐそばにいる、一緒に肩を並べられる所にまで来ている。確かにそれは良い事だ、決して悪い事ではない。

 そうなる事を願っていたし、目標としていた。そしてそれをいつか必ず実現すると決意していた。

 決意していたが──あまりにもこれは()()()()。このまま行くといずれ、いやむしろ既に──。

 

「私なんて、改宗(コンバート)した瞬間にランクアップして、『大丈夫、大丈夫』とか言われて無理矢理あそこに連れて行かれたと思ったらまたランクアップですよ? 確かにあそこまでの事をしたのですからランクアップぐらいしてもらわないと割りに合わないですが、今までの私の努力や苦労は何だったの? って感じです」

 

 何年も(くすぶ)って、才能が無いと嘆いてグレていたと思っていたら途端に“これ”である。マジで怒涛の展開にも程がある。

 もっとこうしっかりとした手順とか順序を経るべきでは無いだろうか。

 

 そんなリリの意見は全くもって至極当然のものであると言えた。

 

「あはは、でもそれのお陰で回復魔法も覚えれたし、リリも立派なヒーラーになれたじゃん!」

「……まぁ、そうなのですが、なんというかこう納得のいかないというか、腑に落ちないというか、そんな部分があるのですよ」

 

 そう、それは、言外にお前の努力は全て無駄な努力だったと言われているようで……そう尻窄みにリリは言った。

 そうして、気落ちしたように俯くリリ。

 あまりにも長い間ランクアップ出来ず、あまりにも短い間でランクアップをしてしまった反動が心に表れてしまっていた。

 

 重苦しい沈黙が漂う。

 そんな雰囲気を見かねてか言葉を掛ける者がいた。

 

「無駄な努力なんてものは一つも無いさ。些細な事過ぎて気付かなかったり、忘れがちになったりするかもしれんが、リリがサポーターになって、ベルと出会って、ベルを助けたいと思って、そして強くなったのは、リリの今までの努力があってこそ、だ。だから、リリがこれまで頑張ってきた事に間違いなんて無いさ。自信を持て……」

「……リチャード様」

 

 そうリリの頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でるリチャード。まるで主人公みたいである。

 

「……だから、俺がこの五年間ぐだぐだニートをしていたのも間違いではなかったのだ!」

「それは大いに間違いでしょう!?」

 

 素早いリリのツッコミに、そんなー! っと嘆くリチャード。

 最後の余計な一言さえ無ければそこそこ良い話だったのに、これでは台無しである。本当に締りの悪い男である。

 

(でも、まぁ──)

 

 彼のそんなおどけた調子のお陰で、彼女()の心が少し楽になったのもまた事実であった。

 彼が言う通り、ここに来るまでの道のりに間違いは無かったはずだ。きっと、多分、メイビー。

 

「……強くなるのは良い事さ。分不相応な強さならそれは問題だけど、君達の“ソレ”は、それだけの事をして乗り越えて来た証だ。それは君達の恩恵(ファルナ)が確かに証明してくれている。僕としては“それ”を疑って欲しくは無いかな」

 

 締めくくりに、慈愛の女神の名に恥じない微笑みでヘスティアが言う。

 その言霊には、どこかの誰かと違って妙な説得力があった。流石、神である。どっかのおっさんとは格が違う。

 

「……などと、つい最近までステイタスの隠蔽法すら知らなかった神が申しております」

「ふぁぁああああああ!?」

 

 でも、やっぱり最後の最後で台無しなった。

 だが、それもそれで実に彼等らしいとも言えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「はいはいはーい! ではでは、みんな注目、注目ぅ!」

「本日のメインイベント! 始めますよ!」

 

 アンナとエルザの言葉に、ワーワー、キャーキャー、パフパフといった歓声が上がる。

 基本的にただ飲んで食っちゃべってるだけなのが彼等の宴会だが、今回は特別に催されたイベントがあった。

 

 イベントの内容は、今回の報酬品──ドロップアイテム──の御披露目会である。

 

「さて、じゃあ、先ずはリリからだよ! みんなー! 準備は良いかな!?」

 

 ノリノリで、「いいともー」と答える観客達。

 その場のノリと宴会のノリも手伝ってテンションは最高潮だ。

 

「ではでは、どうぞー!」

 

 その言葉と共に後ろの天幕からリリが現れる。

 

 恥ずかしそうに現れたリリは赤と白を基本に黒のアクセントを入れたとあるローブに身を包んでいた。

 そのローブは、さる14番目の幻想世界に於いて、古代文明の正規軍が採用していた最新装備──通称ハイアラガンヒーラーローブ──と呼ばれた物で、一時期、エオルゼア中のHimech……凄腕のヒーラー達の心を虜にして、夢中にさせて、弄んで、そして絶望させた超曰く付きの代物である。

 でも、だからこそ物凄く可愛いのだ。それだけの為に逝く価値がある程に。

 

「うわぁ、凄く可愛いですね!」

「あぅ、あぅ、そ、そうですか?」

「えぇ! 凄く似合ってますよ!」

「ぐぬぬ、く、悔しいけどかなり似合ってる」

 

 赤と白の色調に、細部に渡って作り込まれたアラガン様式の装飾で彩られたそのローブは、愛らしい小さな身体も手伝って、とてもリリにマッチしていた。

 大きさも、まるで予め彼女のサイズを測り、専用装備として密かに作っていたんじゃないかと疑ってしまうくらいにピッタリである。

 

「あ、あの、それで、その、べ、ベル様……ベル様は、どう思いますか?」

 

 好評価であった女性陣の感想を支えに勇気を振り絞ってリリは、パーティーの中でも一番評価を聞きたい、一番感想が気になる人にどうかと聞いた。

 

「うん! 凄く可愛いよ、リリ!」

「!!」

 

 純粋無垢な笑顔でベルは思ったままの感想を述べた。

 まさに女を殺しにかかっている笑みであった。流石、原作主人公の格は違った。どっかのおっさんとは大違いだ。

 

 ベルの評価にリリは「ふぁぁあああああ」と満面の笑みで歓喜を露わにし、ヘスティアは「ぬぉおおおおおお」と嫉妬を露わにしていた。

 

「い、言っておくがリリ! 幾ら君が僕の眷属になったからと言って、僕の目が黒い内はベル君は誰にもやらないからな!」

 

 まるで箱入り娘を持った頑固親父の様な台詞を吐くヘスティア。性別が逆転している気がするが些細な事だ。少なくとも彼女達にとっては。

 

「望むところです、ヘスティア様」

 

 頑固一徹カミナリ親父と化したヘスティアに対し、リリも負けじとそう宣言した。

 ここで退くわけにはいかない。リリの『可愛い装備で気になるあの子のハートを鷲掴みにしちゃうぞ☆』計画は一応大成功に終わった、はずなのだ。

 彼女の最終目的である『気になるあの子とエタバンしちゃお!』計画はまだまだ始まったばかりだ。この程度で退くわけにはいかない。

 

「むむむ!」

「ぬぬぬ!」

 

 同ファミリアの主従間で熱い火花が弾け飛ぶ。そして、そんな最中でもお構い無しにお披露目会はどんどん進んでいく。

 

「えっと……さて、じゃあ次はリチャードさんの番なんですが、ぶっちゃけ言って、おっさんのファッションショーなんて見てもキモいだけで、需要もさっぱり無いと思うので、思い切ってカットします!」

「うおぉい!?」

 

 天幕の後ろからおっさんの叫びが聞こえた。多分きっと空耳である。あっ、叫び付いたんでそのまま隠れていて下さい。

 

「まぁどうせアクセサリーだけだし……良いよね。ね、ルララちゃん?」

【はい、お願いします。】

 

 たいして男の、それもアクセサリーのお披露目なんかに興味が微塵も無いルララは間髪入れずO.Kの許可を出した。無慈悲なまでのカットがリチャードを襲う。

 

「はい! では、以上! ドロップアイテム御披露目会でした!」

 

 という訳で終幕である。

 エルザの元気なアナウンスと共に、このイベントは終了した。天幕の後ろでスタンバっていたおっさんはもちろん放置である。

 

「えっと、因みに、強さ的には既に産廃装備と化しているので今後恐らく出番は無いよ!」

「どうしても使いたい人は、普段着とかに使って下さいね」

 

 所詮、奴など五千年前の古ぼけた骨董品である、と何処かのララフェル族が言ったとか言わなかったとか。

 

 

 

 *

 

 

 

「……さて、じゃあ俺はそろそろお(いと)するわ」

 

 ひとしきり馬鹿騒ぎをし、宴もたけなわとなった所でリチャードがそう切り出した。

 

「あ、もう帰るんですか? リチャードさんにしては珍しいですね」

 

 リチャードは普段ならこういった宴会の時は必ず最後まで残っている男だ。だからアンナは意外そうに、そう言った。

 実は最近じゃ“ここ”に住み着いている事は、神を居候扱いした手前、口が裂けても言えないだろう。

 

「いや、まあ、ちょっと野暮用がな……」

 

 言葉を濁しながらリチャードが言う。

 

「野暮用、まさか女ですかッ!? ルララさん事件です!!」

「なわけねーだろ!」

「じゃあ男ですか?」

「!?」

 

 その言葉にレフィーヤが「びくぅ」と反応する。

 ベルとの会話を楽しんでいた彼女は恐る恐る振り向き会話の様子を伺い始める。彼女の挙動からはこの話題に興味津々であるといった事が簡単に見て取れる。

 

「んな訳あるか! そこの耳年増エルフのとこの団長にちょっと呼び出しを受けてな……」

「何だ、やっぱり男じゃないですか……」

「だから、なんでそうなる……」

 

 呆れ声でうなだれながらリチャードが溜息をつく。

 それに対しエルザが「じゃあ、殴り込み?」と物騒な事を問う。

 

「お前ら二人は会う度ドンドン過激になってくのな……」

「えへへ」

「いや、誉めてないからな」

 

 取り敢えず何でもかんでも即戦闘に直結させるのは良くない。戦闘狂の悪い癖である。

 

「まあ、何にせよ、如何わしい事でも殴り込みでもねぇよ。なんでも俺に相談したい事があるらしい」

「リチャード様に相談なんてなんて命知らずな!」

「辛辣だな、オィ。小人族(お前)のとこの勇者じゃ無かったのかよ」

 

 若干悲しそうな声でリリにつっこむリチャード。

 このパーティーにおける彼のポジションは大体こんな感じである。これでも一応パーティーの№2だった筈だ。多分。

 

「団長が相談……」

 

 会話を聞き思い当たる節が無いか思考し始めるレフィーヤ。

 そんな彼女にアンナが話を振る。

 

「何か心当たりがありますか? レフィーヤさん」

「……いえ、ただ、最近ティオネさんの様子が可笑しいと言う話を、風の噂で聞いたような聞いてないようなそんな気がします」

「随分とまたあやふやですね」

 

 というか彼女のその言い様では殆ど根も葉もない噂以下の法螺話も同然だった。

 

「……何分あまりホームに行かないですからね」

 

 もしかして団長、ついにティオネさんに嫌気が差して男色にッ!? とは心で思っても口には出さないレフィーヤであった。

 

「そのティオネって人は大か? 小か? 中か?」

 

 そうリチャードが問う。

 他人からしてみれば意味不明な台詞だが、彼等の間では意味の通じる台詞だ。

 

「大の人です。と言うか結構有名人なはずですよ? 何で知らないんですか?」

「何分世俗には疎くてな、なにせサボりまくっていたし。……それにしても、あのご立派様か」

 

 この場にいる全員の脳裏に長髪で褐色肌のぷるんぷるんな女性が浮かんでは消えていった。まさに眼福といったダイナマイトボディの持ち主である。

 同じ遺伝子が流れている妹の方にも少しは分けてあげるべきではないだろうか。

 

「まあ、あまり勝手に憶測を巡らせるのは良くないと僕は思うよ! 誰にでも悩みの一つや二つあるものだしね」

 

 余計な詮索に走ろうとしていた子供達を、ヘスティアがそう優しく(たしな)める。

 相談を受ける側が、する相手に変な先入観を持つのはあまり良くないだろう。

 

「それもそうですね」

 

 ここにいる皆を代表してアンナがそう返答する。そして彼女の言葉を以て、この話題はお開きとなった。

 

「とまあ、そういう訳だからちょっくら行ってくるわ」

 

 そう言い残しリチャードはこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




 バイバイメリュジーヌさん。


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イシュタルの場合 2

 あなたと私は血肉を分けた、世界でたった二人っきりの大事な姉妹。

 

 

 あなたと私は、一心同体、一蓮托生。

 

 

 私にはあなたが何故あそこまで執着するのかはわからないけど、あなたの「怒り」は理解できる。

 

 

 だから──あなたが行くなら、()()()()

 

 

 

 *

 

 

 

 迷宮都市の片隅にある、とある人通りの少ない場所の、いかにもな感じの雰囲気が漂うとある高級店の、怪しげな空気がプンプンとするとある一室。

 照明が落とされ、薄闇が支配する部屋の中で──

 

「また、ランクアップしたわ……」

「うちもや……」

「ガネーシャはもう気にしないことにした!」

 

 神々の会合が密かに行われていた。

 ここに集う神々にある共通の悩みがあった。その為か彼等の表情は一様にして優れていない。

 

「どうしてこうなったのかしら?」

 

 ふと、暗闇の中でさえも衰える事を知らない美彩を放つ女神が疑問を零した。

 彼女の表情は暗がりに隠れ二柱からは確認することは出来ないが、その声色からは僅かな疲労と疑心が感じられた。

 

「どうしてもこうしても、なんもかんも全部“あれ”のせいやん! なんやねん、“あれ”は!?」

 

 エセ関西弁で話す一柱の神が、諸悪の権化とも言える“あれ”に対して激しく感情を露わにした。

 彼女は、自他共に認めるほど口の悪い神である。

 だが、とはいえども本来であれば、眷属達の命の恩人にして、財政難に苦しむファミリアの救世主である“あれ”に対して、こんな無礼な言い方をするほど恩知らずでもない。ないのであるが、それでも文句を言いたくなる位に“あれ”の行動は常軌を逸していた。

 

「お、落ち着け! ガネーシャは落ち着いている!」

「お前の事なんか知らんわ! これが、落ち着いていられる状況か!? ほんまなんなんやねん! こんな短期間で二回ランクアップとか、アホちゃうか!?」

 

 本来であれば、実にめでたいはずのランクアップに、彼女は不満ありありと愚痴を慟哭する。

 

「私のところは三回目だけれどね。しかも二人よ」

「ガネーシャも三回目だな! ハハハ、お前のところはまだまだだな!!」

 

 憤る神に対し、残りの二柱は自慢気に言い放った。

 それは言ってしまえば、五十歩百歩で、どんぐりの背比べで、どっちもどっちであったが、その冗談により緊迫していた空気が僅かに和らぐのを神々は感じとった。

 その代わりとある一柱の怒りのボルテージは上がっていたが。

 

「何が『ハハハ』や、回数が問題やないやろ! しかも、なんでちょっと自慢気なんや! みみっちい張り合いしとる場合かッ!」

 

 暢気な態度を示す二柱に対して、ある一部分が残念な神が憤慨する。

 

「ほんま、おかしいやろ!? どう考えても! こんな短期で連続ランクアップとか、頭おかしんちゃうか? そのせいかしらんが最近のレフィーヤたんめっちゃ冷たいやんけ!」

 

 ここ最近じゃ彼女との関係は、ただ淡々とステイタス更新をする()()の冷め切った関係になってしまっている。

 それはまるで、例えるなら、とある男女の愛情溢れた愛の営みだったはずのものが、子作りの為に致し方なく致す、無感情で無愛情なただの作業な行為と化してしまった悲しい変化に酷似している。もしくはただの欲望のはけ口でしかない割りきった関係だ。ああ、無い胸が苦しい。

 

 それどころか、彼女のファミリアの団長も最近様子が変だし、それに愛執する眷属の様子も合わせる様にしておかしい。それに加え、その妹の様子も何処かよそよそしい。

 彼女のファミリアの現状はあまり良好であるとは言えない状態にあった。そりゃあ“あれ”に怒りをぶつけたくなるもんである。

 

 ぶっちゃけ言って、“あれ”に関わって以降碌な目に会ってない気がする。

 ここまで来るとファミリアが全滅仕掛けたのも全部“あれ”の陰謀では無いのかと勘ぐってしまいたくなるぐらいだ。流石にそれは無いだろうが……。

 

「それは貴女がセクハラするからじゃないかしら?」

 

 眷属が冷たい原因が主神の性的嫌がらせにあると美貌の神が指摘した。

 

「そんな訳あるはず無いやろ~。えっ、無いよね?」

「そんな事、ガネーシャに聞かれてもな! ハハハ」

 

 恐らく一つの遠因となっているのであろうが、それでもあれは主従同士の大事なスキンシップの一つである。改める気は決してない女神であった。

 

「おっしゃッ!! だったら次はうちの事忘れへん様になるくらい可愛がってヤるわッ!!」

 

 それはまるで逆効果にしかならない選択であるように思えるが、心優しい二柱の神はその事を言うことは無かった。

 

 そんなこんなで、神々の会合は実に調子よく、踊っていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「──で、実際、“あれ”はなんなんや?」

 

 ひとしきり溜まっていたストレスを吐き出して、何処とは言わないが小さき神がそう口にした。

 

『“あれ”は何だ?』それはこの場に集う神々が同様にして抱いている疑問であった。

 

 問題の核心へと迫ろうとしている彼女の言葉により、さっきまであった弛緩した空気が一気に引き締まる。

 

「分からないわ。いえ、正確には()()()()()()()のかもしれない……」

 

 それに対しもう一方の女神が重苦しく答え、こう続けた「唯一知っていそうなのは、ヘスティアぐらいかしら?」。

 

 ヘスティアはこのオラリオで唯一“あれ”と深く関わっている神だ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)に助っ人として参加するほど近しい仲で、それだけでなく、眷属の情報ではどうやら“あれ”と同居までしている仲のようだ。

 正気とは思えない。

 

「でもなぁ、あのロリ神はなぁ、脳みそお花畑のパッパラパーで、能天気のアホやから何も考えてへんそうなのがなぁ……」

「相変わらず貴女はヘスティアに辛辣ね」

「あったり前やろ! あのロリおっぱいッ! あないな無駄にデカイだけの無駄な脂肪の塊、いつか絶対削いでやるわ!」

 

 ヘスティアとこの持たざる神との間には何かしらの因縁があるのだろう。

 彼女の言葉からはヘスティアが決して相成れない不倶戴天の敵であると感じ取ることが出来た。

 ああ何故、持つ者と持たざる者はこうも醜くいがみ合う運命なのか。かくも悲しき事実である。皆、ララフェル(無乳)になればそんな無駄な争いも無くなるというのに。

 

「『ヘスティア削乳計画』はどうでもいいとして、何時までも“あれ”を野放しにしておくのもいかんだろう。それにダンジョンの事もある」

 

 さっきまで「ガネーシャ、ガネーシャ」と連呼していたダメ神状態の時と打って変わって、超真面目紳士に変貌したこの会合唯一の男神が言う。

 正直言って変わり過ぎである。まるで夏休み明けの男子中学生みたいである。

 

「それなぁ……ほんまいつの間にあんな事になっていたんや?」

「子供達の話じゃ超古代文明の遺産みたいだけど……」

 

 恩恵(ファルナ)を通じてある程度眷属が経験した事を覗き見れる神々は、今、オラリオの地下で何が起きているのか大凡(おおよそ)の事は把握していた。

 

 ダンジョンの、それも深層の現状はもはや『異界』だ。

 

 確かに元々、『異界』と呼ぶに相応しい環境にあるダンジョンであるが、謎の古代文明に侵され、変質したダンジョンはそれこそまさに『異世界』であると言えた。

 過去、多くの冒険者が訪れ、書き記した様子とはまるでかけ離れてしまっている。

 

「あないな文明、見たことも聞いた事もあらへんぞ」

 

 永き時を生きる神々の知識を以てしても、かの文明に対する知識は存在しない。

 

「やっぱ闇派閥(イヴァルス)やろか?」

 

 顎に手を当て、思案しながら大平原と見まごうばかりの神が鋭く言う。

 闇派閥(イヴァルス)とは、かつて存在していた邪神を名乗る神を信奉する過激派集団の事だ。ギルドと各ファミリアにより六年前に滅ぼされた筈だが、その残党らしき存在が怪物祭の時に確認されている。

 

「ギルドは、ウラノスはなんて言っていたの?」

 

 女神が男神に問う。随分と前に交わした密約を確認する時が来た。

 

「相変わらずだ。何度聞いても、暖簾に腕押し、なしのつぶてだ。ウラノスとは長い付き合いだったのだがな……」

 

 はぁっと溜息を漏らし、腕を上げ、肘を曲げて、お手上げといわんばかりに男神が言った。

 

「なんや自分、ウラノスと親しかったんかい?」

 

 意外な神物(じんぶつ)から意外な神物の名前が出てきて平坦な神が驚く。

 

 ウラノスは都市の管理運営を司る『ギルド』の主神である。

 彼自身は「君臨すれども統治せず」のスタイルを貫き、全ての企画運営をギルドの眷属達に委ね、中立を主張する為に恩恵(ファルナ)も授けていないが、それでもその影響力は絶大で計り知れない。

 

「怪物祭の件で少しな、元々あれは身内向けの催しだったのだが、五年前から規模を拡大しただろう? その時に手を貸してくれたのがウラノスで、その時からな」

 

 規模の拡大を提案された時聞いた理由は様々であった。

 折角の調教ショーだからだとか、民衆のガス抜きだとか、「28階層の悪夢」で悲しむ冒険者への労りだとか、モンスターに対する恐怖心を拭い去る為だとか、都市全体を鼓舞する為だとか、色々であった。

 

「ほぅ~、怪物祭の裏にはそんな事があったんか」

「あまり他言はするなよ」

 

 ある特定のファミリアとギルドが、それもお互いの長同士が実は懇意にしているなんて事、あまり大袈裟にすべき内容では無いだろう。

『ギルド』と『ファミリア』は絶妙なバランスの上に成り立つ複雑な関係なのだ。

 中には何とかしてギルドの弱みを握り、自身を優位に立たせようと画策するファミリアもいる始末だ。夜の街を支配する“あのファミリア”も良い噂は聞かない。

 双方の為にもあまりおおっぴらにひけらかすべきものでは無い。

 

「それにしてもギルド、ギルドかぁ……」

 

 うんうんと唸りながら断崖絶壁が言う。

 

「ギルドがどうかしたか?」

 

 そんな様子を見て男神が疑問を投げ掛ける。

 

「いや、良く良く考えてみたら、ギルドもなかなか怪しいなぁって思うてな」

 

 そもそもダンジョンに異常が発生し確認が取れたら、真っ先に対策を講じるべきなのがギルドだ。

 ギルドがあの現状を知らない筈がない。少なくとも、彼女のファミリアを通して『深層』の有様はギルドも知っているはずだ。

 

 だがギルドは何もしていない。

 

『深層』だから手の出しようも無いのだろうが、それでも危険を周知させる位は行なってしかるべきだろう。

 

 だが“それ”すらもしていない。怪しいなんてものじゃ無かった。

 

「あまりギルドを疑いたくは無いのだが」

 

 そうは言うが考えてみれば考えてみるほどギルドは不審だ。

 

 やりたい放題好き放題している“アイツ”を未だに野放しにして放置しているし、むしろ援助している節さえ感じる。

 何処のファミリアにも所属していない、本来であれば迫害されてもおかしくない立場の“アイツ”を、だ。

 

 明らかにギルドは“アイツ”を贔屓している、と思われる。

 

 それにあの戦争遊戯(ウォーゲーム)を大々的に宣伝し、世界規模で配信したのも他でもないギルドだ。

 そもそもあの戦争遊戯(ウォーゲーム)は、あまりにも大きな戦力差の為に最初はあまり注目度が高く無かった。精々がオラリオの神々が密かに盛り上がるかもしれない程度のものであったのだ。

 だが、それがギルドの尽力により、注目度は無理矢理高められ、そして世界中の人々に“アイツ”の名が知れ渡る事となった。

 

 まるで、それが、それこそが本来の目的であったかの様だ。

 

「ルララ・ルラか」

 

 ダンジョン。

 冒険者。

 ギルド。

 

 ダンジョンの深層でロキ・ファミリアが全滅するのと前後して彼女が深層へと挑戦し始め。

 それと同時に彼女に関わった冒険者が急激に力を付け始め。

 それを待っていたかのようにギルドが彼女達を援助し始めた。

 

 全ての線の行き着く先に『彼女』がいる。

 全ては『彼女』を中心にして回っている。

 全ての事柄は『彼女』に向かって収束している。

 

 ならば、全ての黒幕は──

 

「あないな凄腕の冒険者一体何処から来たんや? あれほどの腕前の()()使()()なら、うちらの耳に入る事は無くても、どっかで噂になっててもおかしく無いやろうに……」

 

『彼女』はまるで、そこら辺の土からぽっと湧いて出てきたかの様に、本当に何の前触れもなく唐突にオラリオに現れた。

 まるで夢現の幻の様に“ここ”に降って湧いてきたのだ。

 

 怪しいなんてレベルじゃ無い。自ら「私が犯人です」と言っているに等しかった。

 

 だからこそ彼等は調べあげた。

 彼女の事を。彼女が何であるのかを。何者であるかを。

 

 だが、彼等の組織力を以ってしても、何も出てこなかった。

 

『ルララ・ルラは冒険者』

 

 それ以外の経歴や、それ以前の来歴も全てが闇の中。家族や出身地、年齢さえも一切不明、全てが白紙。

 

 それがより彼女の異常さを際立てる。

 まるで彼女はこの世に“存在しない存在”の様であった。

 

「……“魔法使い”じゃないわ……」

 

 まな板の様に真っ直ぐな神の発言に対し、『彼女』と──全くもって嬉しくはないが──僅かに付き合いの長い女神がそう訂正した。

 

「初めて“あれ”に会った時、“あれ”は『斧』を持っていたわ」

「はぁ? じゃあ何か? “あれ”は魔法使いな上に斧も使えると?」

 

 魔法職と物理職を両立することは普通は不可能だ。

 確かに戦闘の補助として魔法を使う剣士や、護身の為に武器を持つ魔法使いはいるにはいるが、“あれ”ほど魔法使い然とした魔法使いが、野蛮人の武器とも言える『斧』を持って戦う姿なんて事想像も出来ない。

 それに、斧を持ってガチンコ物理バトルをするには明らかに身体のサイズがちっこ過ぎる。

 

「それだけじゃないわ。貴女の子は魔法使いだから知らないのかもしれないけど、“あれ”は剣も、弓も、双剣も使えるわ」

「そういえば、リチャードの手ほどきもしているようだったな、ファルナで見た。因みにリチャードは格闘戦主体だ」

「はぁぁあ!? それじゃ何か!? “あれ”は魔法だけやなくて、剣術も、斧術も、格闘術も、双剣術も、弓術も、使えるって事かいな!? 反則やろ!!」

 

 それ以外にも多数のスキルや魔法を習得しているという事は、ここにいる神々ですら知らない。

 

「それに加え、製作や採集もできるのは貴女も知っているでしょう?」

 

 子供達が身に付けている武器や防具、冒険者装飾具(アクセサリー)は他でもない彼女が作った物だ。

 その為の素材でさえも彼女が自力で用意している。それも驚くべき速度で。

 まるで何時、何処で、何が採れるのか完全に理解しているみたいであった。

 

「あぁアレか? でも、アレの見た目はかなりの物やけど、中身はヘボいダメダメやろ? レフィーヤたんの杖をこっそり拝借してリヴェリアに使わせてみたけど、そこらへんの棒切れの方がまだマシなレベルやったぞ?」

「だから貴女はアホなのよ」

「んなっ!?」

 

 見当はずれな事を言う極一部が幼い神に、女神は「これを見て頂戴」と言って、彼女達の中央にある机に“ある物”を置いた。

 それは金属で出来た小さな輪っかであり、彼女達の指に丁度ぴったり嵌まる位の小さな穴が開いていた。

 

「これは……指輪?」

 

 どっからどう見てもなんの変哲もない指輪であった。

 

「これは、うちの『子』に頼んで作って貰った冒険者装飾具(アクセサリー)よ、カッパー製のね。『彼女』が作れる物の中では一番性能が低いものだそうよ。貴方、着けて貰える?」

 

 女神が男神に言う。

 

「……分かった」

 

 男神が指輪を手に取ると不可思議な事に指輪は形状を変化させ、男神の指にピッタリの大きさへと変貌した。

 その異様な変化に躊躇いながらも男神が指輪を装着する。

 

「ぬぉおおおお!?」

「何や? 何が起きたんや!?」

 

 急激な様子の変化に慌てふためく、持ってない神。

 

「こ、これはぁあああああ!! みなぎる! みなぎるぞぉおおお!!」

「……うわぁ」

 

 猛々しく男神が逞しい肉体を強調し咆哮する。

 知り合いで無ければちょっと近づきたくない光景だ。

 

「ステイタスが高まっているのよ……ありがとう、もう外していいわ」

 

 ドン引きしている一部分がロリの神を無視して、冷静に女神が言う。

 男神から外された指輪を受け取り、皆が見えるように手の平に置いた。

 

「コレは、所有者の魂と呼応し、それと融合することによって真価を発揮する、言わば魔道具よ。何か行動する事によって所有者の魂と融合し真の力を発揮する。だから──」

「真の力を発揮できるのは持ち主だけ、ちゅーことか……」

「えぇ、要するに専用装備と化すの」

「だから、リヴェリアには全く効果がなかったんか」

 

 おそらく、それだけのリスクを負う事によってこれだけの性能を発揮しているのだろう。

 強盗や、盗難対策には有効であろうが、使い回しが効かないと言う点を鑑みるとあまり融通の効かない装備であると言えた。

 

「ヘファイストスにも見せたのだけど……」

 

 製作に関して彼女ほど信頼できる者はいないだろう。あの『火と鍛冶の神』である彼女なら正当な評価を下してくれるはずだ。

 ステイタスを向上させる装備。そんな物を作れるのは──

 

「『こんなもの作れるのは『神』くらいだ、一体『どこの神』の作品だ?』だそうよ……」

「それって、ちょっとヤバくあらへんか?」

「えぇ、()()()()()()わ」

 

 ヘファイストスの言うことが正しいのであれば──“あれ”は、恐らく、神に等しい力を持っている。

 むしろ、“あれ”の八面六臂の活躍をみると、()()()()()といっても良いかもしれない。

 それはつまり──“あれ”は神に取って代わる存在なのかもしれない。

 

「……そういえば小人族の集団が一団となってオラリオを目指しているそうだな」

 

 そんな噂を聞いたと男神が言う。

 似たような心当たりは女神達にもあった。勇者(ブレイバー)は最近不穏だし、炎金の四戦士(ブリンガル)もそういえばどこか様子が可笑しかった。

 

 沈黙する神々。

 

 もしかしたら、もしかするかもしれない。そんな馬鹿みたいな事を思ってしまうほど“アイツ”は異常者だった。

 

「さ、流石にうちらにとって代わるなんて事は無いやろうが、どちらにせよ、警戒する必要があるやろうな!」

「えぇ、そうね」

「だな!」

 

 確かに危機感は感じるが、どの神も“アイツ”に手を出すのは躊躇っていた。

 なにせ“アイツ”の異常さは嫌というほど良く知っているのだ。藪をつついて蛇を出す程度で済めば良いが、それ以上の事態になることはありありと想像できた。

 

 誰か代わりにちょっかいを出してくれないかなぁ。そんな事を思いながら神々の会合は踊りに踊り、進まなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

「──なんて事を今頃(ロキ)達も言っているだろうね」

 

 いきつけの『豊饒の女主人』、そこにあるVIP専用の静かな個室でリチャードは出された高級酒を飲みながら対面に座るロキ・ファミリアの団長──フィン・ディムナ──がそう言うのを聞いた。

 こんな部屋がこの店にある事をリチャードは知らなかった。そしてこんな高級酒を出すなんて事も、だ。いきつけであると自称するにも関わらず、それを知らなかった。

 

 言外に格の違いを見せつけていられる様でリチャードは居心地の悪さを感じていた。

 

「……さて、さっきも言った通り、彼女の名は戦争遊戯(ウォーゲーム)以降、世界中に広まった──」

 

 フィンの言う通り、良くも悪くもあの一件以降、「ルララ・ルラ」の名は世界中に知れ渡る事となった。

 彼女は一躍時の人となったのだ。

「竈の家」には連日の様に恩恵(ファルナ)を受けし者、受けざる者を問わず。冒険者だろうが、一般人だろうが、区別なく多くの人々が集っていた。

 

 彼等の目的は、彼女を一目見るため……なんて理由だけであるはずもなく、戦争遊戯(ウォーゲーム)で絶大な力を見せた彼女にとり入って甘い汁を吸おうとする者や、打ち倒して名声を得ようとする者等、多種多様であった。

 

「特に僕達、小人族の間ではそれが顕著だ──」

 

 そう、「竈の家」に訪れる人々の中でも小人族は特に多い傾向にあった。

 活躍したのが小人族であるのだから当然であると言えば当然であるのだが、それでもその多さは異常である。

 中にはあの有名な「ガリバー兄弟」や、戦争遊戯(ウォーゲーム)で最後に倒された小人族なんかも目撃されていたりしていた。終いには小人族の集団がオラリオを目指して大移動を始めたという冗談めいた噂が実しやかに囁かる程だ。

 

「僕達の中には彼女の事をあの“フィアナ”であると言う者もいる──」

 

 そう言い出したのは「ルアン」と言う冒険者であるそうだが、彼はあの戦争遊戯(ウォーゲーム)の折に、彼女の中に神の存在を見出したのだという。

 

 通常であれば、「何を馬鹿な話を」と一笑に付して相手にもしない内容なのであるが、戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せた圧倒的なまでの力と、そして──これが最も重要なのだが──()()()()無しであの実力を持っているというその事実が、この無茶苦茶で冗談みたいな馬鹿馬鹿しい仮説に、絶大なる説得力を持たせていた。

 

 『彼女は遂に降臨した我等が神──フィアナ──である』。そう、小人族が妄信してしまうのも仕方ない事に思えた。

 

 フィアナは、まだ神々が降臨していない時代、小人族が崇拝していた()()の神だ。

 はるか昔、古代の時代に小人族だけで構成され、そして数多くの偉業を成し遂げたある騎士団が擬神化した神であり、その伝説的なまでの精強さと気高さは脆弱で非力な小人族の心の拠り所となっていた。

 だが、『古代の時代』が終わり、真の神が降臨した『神の時代』が訪れた時、その状況は一変した。

 

 降臨した神の中に、フィアナがいなかったのである。

 

 彼等が信じていたものは幻想であった、空想であった、妄想であった。

 心の拠り所がただの虚像であった事を無残にも突き付けられた小人族は、それが致命傷となって、以降、加速度的に衰退する事となり、今では世界中で見下される惨めな種族と落ちぶれてしまった。

 

 リチャードの知る小人族には、無駄に逞しく、強靭で、殺しても死ななそうな奴しかいないので、見下している奴等の気がしれないが、見下されているのである。

 

「彼女は僕達の、小人族(パルゥム)の希望だ」

 

 かつて、それは彼──勇者(ブレイバー)──の役目であった。

 落ちぶれ、腐り、腑抜けた一族を憂い、一念発起して、一族の復興の為に生涯を捧げた“フィン・ディムナ”の役目であった。

 自分こそが一族の救世主になるのだと、そう信じていた。

 

「でも、それは違った……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で苛烈に戦う彼女を見た時──いや、多分“あの大蛇”と戦い、無様に敗れ、彼女に()()()()時に、彼女こそが救世主であると、()()()()()であると、そう確信した。

 

 ()()()()()()()

 

 不思議と不満や嫉妬は無かった。むしろ、長い間のしかかっていた責務や重圧、義務から解放され、晴れやかな気分だった。

 

「世界中に知れ渡り、その実力を示した彼女(フィアナ)には……」

「ルララだ」

 

 彼女の事を『フィアナ』と言うフィンに対して、リチャードは鋭く噛みついた。

 

「嬢ちゃんの名前はルララ・ルラだ。フィアナだかフィオナだか知らないが、そんな名前じゃない」

 

 リチャードにとって、それだけは譲れないものであった。

 彼の恩人、彼の目標、彼の憧れ。彼女は……『ルララ・ルラ』は女神なんて大層な存在じゃない。ただの一介の冒険者だ。

 

 彼女と共に数多くの冒険したリチャードはそれをよく知っていた。

 

 あまり感情を露わにしないルララだが、そんな中でも彼女は嫌な事があれば普通に不満を示すし、楽しい事があれば人一倍楽しんでいた。流行にやたら敏感なのも彼女の特徴だ。

 あまりにも気薄で気付きにくいが、彼女にも確かに感情はあるのだ。とても俗物的で、人間らしい感情が。

 

 彼女は感情の無い機械でも、ましてや神の様な超越存在(デウスデア)でも無い。

 何処にでもいる普通の冒険者だ。まあ、持っている能力はちょっと普通じゃないが。

 

「……ルララ・ルラには敵が多い……」

 

 リチャードの有無を言わさぬ訂正に改めてそう言うフィン。

 

「神の嫉妬、人の嫉妬、組織の嫉妬、派閥の嫉妬……ありとあらゆる嫉妬が彼女を襲おうとしている……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)によって有名となって得たものは名声や、名誉だけでは無かった。

 嫉妬、憤怒、羨望、憎悪……そういった負の感情をも彼女は招く事となった。

 

 彼女の力、彼女の能力、彼女の実力、彼女の人気、彼女の名誉、彼女の富。

 そういったものに都市の支配者である神々でさえも嫉心を抱かざるを得なかった。

 いや、むしろ、彼女を妬む感情は彼等が一番かもしれない。何せ、これまで彼等を超える存在など存在してこなかったのだから。

 

「君にも心当たりがあるんじゃないのかい?」

 

 確かにそれは、ある。

 連日訪れる人並みの中には彼女に(あだ)なそうとする不届き者も後を絶たず、その対応にヘスティアも苦心していた。

 多くは、戦争遊戯(ウォーゲーム)によって大金を失った冒険者達の逆恨みが主であったが、何処かのファミリアの刺客らしき者も中にはいた。

 

 だが、その殆どはルララどころか、居候しているヘスティア・ファミリアによって追い返され、なんとかその障害を突破した数少ない冒険者も彼女にあっさりと返り討ちにあっていた。

 

(確か、その数少ない冒険者が“大きいヤツ”だったな)

 

 まだ記憶に新しいその一戦は、白いローブを着込んだ鬼畜小人族に、眠らされ、捕縛され、遅延され、お手玉され、頑張って攻撃を加えてもまるでノーダメージで、風と石の魔法に翻弄され、好き放題ペロペロされて、大敗していた。

 

 念の為に、彼女の名誉の為にも言っておくが、決して彼女が弱かった訳では無い。むしろ、彼女はこれまでにないほどとても強かった。

 強かったのだが、流石に今回ばかりは相手が悪過ぎた。

 悪すぎた上に、相手は模造品(クローン)とはいえ彼女とは何度も戦闘経験があったのだ。

 

 相手は万全で、彼女は初見無予習。これで負けない方がどうかしていると言えた。

 

 とはいえ、負けたからといって恋に恋する乙女が口に出すのは少々ヤバイ台詞を連呼しちゃうのはちょっとどうかと思ったが、レフィーヤの話ではどうもここ最近様子がおかしかったらしいので、さもありなん。きっと、何かにイライラとしていたのだろう。そんな時もあるさ人間だもの。

 

「彼女には『守護者』が必要だ──」

 

 思考にふけるリチャードを無視してフィンが続ける。

 

 ルララ・ルラは無所属の冒険者だ。

 要するに、オラリオで冒険者として生きるために必須事項である『ファミリア』と『恩恵(ファルナ)』を持っていないという事になる。

 

 それは、つまり、絶大なる『神の権威』からなる後ろ盾が無いと言う事だ。

 

 今日までは何とか無事であったが、このままでは最悪、他ファミリアから謂れ無き誹謗や中傷を受ける可能性もある。

 彼女の名が世界に知れ渡った今、そう画策する者達が現れないとも限らない。

 

 彼女の今の立場は非常に()()()

 

「だから、()()()()が『守護』するってか?」

 

 あの傍若無人の冒険者に対して『守護』とは大きく出たものだなっとリチャードは思った。

 

 確かに、オラリオ屈指の派閥であるロキ・ファミリアならば、そういった揉め事や厄介事は一掃出来るだろう。それに彼女が納得するかは全く別の話だが、出来る事は出来るであろう。

 だが、そもそも“あの冒険者”に守護者が必要であるとも思えないし、そんな面倒臭い事、彼女なら満面の笑顔でお断りしそうである。

 

「いや、違うよ、リチャード・パテル……彼女の『守護者』になるのは()()じゃない。()だ──」

 

 決意の色が(にじ)み出る瞳でフィンは断言した。

 

「僕が彼女の『守護者(ガード)』になる。この身を賭けて、生涯を賭して、全身全霊を以って、彼女を護ると誓おう──だからお願いだ、リチャード・パテル。僕を、彼女の、ルララ・ルラの”伴侶”として紹介してくれ」

 

 れー、れー、れー、れー、れー。

 

「は……」

「はぁあああああああ!?」

 

 

 

 *

 

 

 

 はん-りょ[伴侶]

 一緒に連れ出す者。なかま。とも。つれ。配偶者。結婚相手。出典『オラリオ広辞苑』

 

 

 

「いや……いやいやいやいや!! それは無い! それは無いだろう!?」

「そうかな、僕はそうは思わないけど?」

 

 動揺するリチャードを尻目に努めて冷静にフィンは聞いた。

 

「えっ、いや、だって、あの嬢ちゃんだぞ!? あの傍若無人で、自由奔放の鬼畜冒険者だぞ!? アンタ正気か!? 『伴侶』って言葉の意味知ってるか!?」

 

 念の為もう一度言っておくと、伴侶とは──一緒に連れ出す者。なかま。とも。つれ。配偶者。結婚相手──という意味だ。

 この場合、仲間になりたいだとか、友人になりたいだとか、そういう事じゃないだろう。まぁ、要するに結婚したいという事だ。あのルララ・ルラとである。正気とは思えない。

 

 もしかしたらこの哀れな小人族(40代男性)は一度死にかけて頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 

「勿論、承知の上だ」

 

 迷いなき決意の表情を湛えてフィンが言った。本気と書いてマジの様だ。

 

本気(マジ)かよ……」

 

 大きな溜息とともにリチャードは頭を抱えた。

 

 確かに、勇者(フィン)神の化身(ルララ)の婚姻は、これ以上となく小人族に勇気と希望を(もたら)すだろう。

 一族の復興を願うフィン・ディムナが取るべき手段としてこれ以外には存在しないように思えた。

 

「彼女は理想の“女性”だ──」

 

 テーブルに置かれている高級酒を一口飲みフィンは語った。

 

「普段は無駄口など一切叩かず、だがいざとなれば無限の如き行動力で何もかも解決し、なのに家事は万能、裁縫や調理、錬金術などの製作もこなし家具だって作れる、そして、その材料さえも自力で調達できる採集能力を持ち、膨大な資産も持っている。おまけに誰よりも強い」

 

 改めて聞いてみると、なにその完璧超人って感じだ。付け入る隙が全く無い。これで実は見た目がモンスターみたいであったら話は違ったかもしれないが、彼女は容姿もまるで作り物の人形の様に美しく均整がとれていた。

 

 それらを加味してもマイナスになってしまうほどのフリーダムさを持っているのがルララであったが、なるほど、敢えてそれを考えなければルララ・ルラはまさに理想の女性であると言えた。

 

「本来であれば派閥外の人間との結婚はご法度だが、彼女が無所属なのが今回は逆に幸いした。彼女との婚姻に対して派閥の障害は無い。たとえ有ったとしても僕は乗り越えるけどね」

 

 それはもし家族(ファミリア)恩恵(ファルナ)を捨てる事になったとしても、だ。そうフィンは断言した。

 その台詞は、並大抵の覚悟で言える言葉ではない。

 

 家族(ファミリア)恩恵(ファルナ)を捨てると言うことは、今まで築き上げてきた地位も、名誉も、権力も、能力さえも、全て捨て去るという事だ。

 

 それほどの覚悟がフィンにはあった。

 

「それだけの価値が彼女にある。一族を奮い立たせるのは()()()()()。最悪、僕は彼女の添え物でいい」

 

 そう言い切ってしまうほどに、そう言い切れてしまうほどにフィンは覚悟を決めていた。

 

「……そこまで言えるなら、直接嬢ちゃんに言えよ……」

 

 そう、そうだ。

 そこまでの事を言えるなら、ただの一介の仲間でしか無いリチャードに言うよりも本人に直接申し込むべきだろう。

 案外、あっさりと了承してくれるかもしれない。いや、むしろ結構可能性はありそうだ。

 結婚して下さい、()()()()()()! といえばホイホイ受け入れてしまいそうである。あのお人好しは。

 

「ああ、実を言うと、既に彼女には一度結婚を申し込んでいたんだけど──」

「ゴホォッ!?」

 

 突然の爆弾発言に咳き込むリチャード。一体いつの間にそんな事をしていたのか。

 

「大丈夫か? それで──彼女曰く、結婚するからには『エターナルチョコボ』が必要らしいのだが、残念な事に僕は『エターナルチョコボ』というものを用意することが出来なかった。それで【今は独りで行動したいんです】と()()されてしまったんだ」

「それって、もしかして振ら……」

()()!! されてしまったんだ」

 

 なるほど保留されてしまったそうだ。

 しかし、だったら話は早い。その『エターナルチョコボ』なるものを用意すれば良いだけである。

 

「生憎、僕には『エターナルチョコボ』なるものが何なのか全く見当もつかなかった。リチャード、君は知ってるかい?」

「悪いが、全く」

 

 名前から察するに『エターナル』つまり永遠を意味する何かである事は分かるのだが、『チョコボ』が一体なんなのか皆目見当も付かないのが現状であった。

 

(確か、昔、似たような話があったな)

 

 途切れることのない結婚の申し込みに嫌気が差した美女が、無理難題を出して結婚を回避するという物語に今の状況は酷似していた。

 

「なぁ、それってやっぱり遠回しにお断り……」

「保留だ」

 

 断固として振られたわけではないと主張するフィン。

 この諦めの悪さと執念深さ。一族の復興の為とは言え中々な根性である。そう思うと同じ未婚のおっさんとして、応援したくなる気がしてきた。

 

「あぁ、だから『守護者(ガード)』なのか」

「あぁ、だから『守護者(ガード)』なんだ」

 

 要するに、いきなり結婚は急過ぎたから取り敢えずお友達から始めましょう的な意味で守護者(ガード)という事なのだろう。多分。

 確かに、似たような感じでヒロインの心を射止めた英雄譚があった様な気がしないでもないので可能性はあるのかもしれない。

 どちらにせよ『エターナルチョコボ』を見つけない限り発展は無さそうだが、これほどの熱意だ、少しぐらい応援しても罰は当たらない気がする。

 

 これがただの野心の為の政略結婚であるならばリチャードも手伝う気は起きなかったであろうが、これまでのフィンの言動から感じられる真剣さは、野心だけから来るもので無い事をリチャードは感じ取っていた。

 

 そんな漢の愛のキューピットになるもの悪くないかもしれない。

 

「……そういえば、ティ()()? だっけか? アンタにぞっこんの子がいるんだろう? その子はどうするんだ?」

「それは多分、ティ()()だね。彼女は……大丈夫だ、安心してくれ、()()()()()()

「……そうか、アンタがそう言うなら大丈夫なんだろうな」

 

 もし、この場所にレフィーヤがいれば「何、馬鹿な事言ってんですか? 大丈夫なはずが無いでしょう」と絶対零度の瞳で言われていただろうが、生憎ここには恋愛とは無縁の人生を突き進んで来た悲しい漢達しかいなかった。

 フィンは一族の復興に必死で恋愛とは無縁で、リチャードも冒険者という名の青春を謳歌するのに夢中でそっち方面はからっきしだったのだ。

 彼等は冒険者としてはLv.6で百戦錬磨であったが、女心に関してはLv.1のダメダメであった。

 

「……だが、本当に良いのか“あれ”だぞ?」

 

 最終確認としてリチャードはフィンに聞いた。

 

 ルララ・ルラは確かに完璧だが、それを補って余りある不安要素があり過ぎる女性だ。少なくともまともな結婚生活は望めないだろう。

 

 なんだったら最近パーティーに加入した小人族の子に変更した方が良いと助言すべきかもしれない。

 彼女の方もかなりの優良物件である事には違いない。

 実力はルララほどでは無いが、献身的で優しい性格をしていて回復魔法の使い手だ。

 なんかここ最近、師匠に影響されて性格がネジ曲がってきている気がするが、まだまだ引き返す事が出来るレベルであろう。

 

 問題は彼女にも意中の男性がいると言う事だが。

 

「あぁ、僕は彼女が良いんだ」

 

 それ以上言葉にする必要は無かった。彼の覚悟は言葉ではなく心で理解した。もはや何も言うまい。

 

「……分かった。保証は出来ないが、出来る限りの事はしよう」

「ありがとう、リチャード・パテル。この恩は忘れないよ」

 

 心底安心したような、もしくは心の底から喜んでいるような笑顔でフィンは言った。

 一体、この笑顔に何人の淑女がやられたのだろうか。リチャードには見当も付かなかった。

 

「何、気にするな。それに結局はフィン、アンタの努力次第だ!」

 

 そういってリチャードはテーブルのグラスを前に出した。

 

「フィン・ディムナの未来に!」

 

 それにフィンは自らのグラスを当てた。

 

「よろしく頼むよ、リチャード・パテル」

 

 

 

 *

 

 

 

 その後、リチャードとフィンは多くの事を話した。

 ファミリアの事、仲間の事、将来の事。時間が許す限り語り尽くした。

 

 フィンとリチャードの間には奇妙な友情が芽生えていた。

 どちらも、既に中年といっていい年齢で、そしていまだ独身だったからであろう、不思議なシンパシーをお互い感じていたのだ。

 

 フィンとリチャードはこの密会で言い知れぬ満足感と充実感を得ていた。

 

 だが忘れてはいけない。

 彼等は戦闘に関しては第一級の冒険者だが、恋愛に関しては全くの初心者である事を。

 

 フィンは言った。()()()()と。

 

 それは否、全然()()()じゃ無かった。

 

「もう直ぐ、もう直ぐだ……もう直ぐ、てめぇをブチのめしてやれる。待っていろルララ」

 

 怒蛇(ヨルムガンド)はブチ切れまくっていた。

 

 

 

 

 

 

 




 14ちゃんの小説が発売されるとかしないとか……歓喜の極み。


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イシュタルの場合 3

 彼女の事を初めて見た時、バラバラに散らばっていたパズルのピースがピタリと嵌った、そんな感覚を受けた。

 

 まるで天啓の様に降り立ったその衝撃は、長いこと秘かに抱いていた焦りや不安、恐怖心を一切合切綺麗に洗い流してくれた。

 

 彼女しかいない、そう確信する事が出来た。

 

 彼女ならば、一族を救う事が出来る。

 彼女ならば、神々を理解させる事が出来る。

 彼女ならば、“彼女”を説得する事が出来る。

 彼女ならば、誰しもが納得する事が出来る。

 

 それは、きっと、そう、自分自身でさえも、そう納得させる事が出来た。

 

 

 

 *

 

 

 

 オラリオの南東部にある第四区画、通称『歓楽街』。欲望と快楽がひしめき合う淫靡の街の女王として君臨するイシュタルと、赤毛の女──レヴィス──の付き合いはそれなりに長い。より正確にはレヴィスとその背後にいる者達、とだが。彼女達の助力があったからこそイシュタルはこの街の支配者となれたのだ。

 

 イシュタルに協力する彼女達は、ただの道楽集団なのか、もしくは何か目的のある組織なのか、はたまた国家レベルの存在なのかは一切不明であるが、イシュタルにはそんな事どうでも良かった。

 

 所詮は互いに利用し利用される仲でしかない。

 何かあれば簡単に切り捨て切り捨てられる存在、その程度の間柄だ。

 

 だから、イシュタルにとって相手の正体など、()()()()()()と思っていた。

 あの女を倒せるのであれば、相手が神だろうと悪魔だろうと何であろうと、関係無かった。

 

 だが、そんなただの損得勘定だけで繋がる関係だからこそ、(ないがし)ろにしてはいけないものがある。

 

 イシュタルは彼女達に多くの『借り』がある。

 

 過去に、ギルドの弱みを握れたのは彼女達の協力があってこそであったし、今回手に入れた切り札達も彼女達の尽力に拠る所が大きい。

 

 彼女達はイシュタルに多大なる『貸し』がある。

 

 何時までも一方的に借りを作ったままにしておくのは、相手に付け入る隙を与える事になり、健全な利害関係を構築出来ているとは言い難くなるだろう。

 

 だからこそ、イシュタルは直ぐにでもこの借りを返す必要があった。

 だからこそ、イシュタルはこの冒険者依頼(クエスト)を受けたのだ。

 

 『ルララ・ルラ暗殺』という冒険者依頼(クエスト)を。

 

 

 

 *

 

 

 

 当初の予想では、ルララ・ルラの暗殺は比較的容易に達成出来ると思われていた。

 

 いくらルララ・ルラが強いとはいえども、相手は単独(ソロ)で無所属の冒険者だ。

 対してこちらは手塩にかけて育ててきた自慢の戦闘娼婦に、外部勢力であるカーリー・ファミリア、さらにはあのロキ・ファミリアのじゃじゃ馬姉妹までもが戦力に加わっている。それに加え()()()もあるのだ。たった一人の冒険者を暗殺するのには十分過ぎるほどの過剰戦力であると言えた。

 

 しかも暗殺対象は無所属の冒険者であり、ひっそりと闇の中で暗殺しても文句を言う神も、ファミリアも、眷属も、誰も存在しない社会的弱者だ。

 これほどまでに暗殺が容易い存在は他にいないだろう。

 切り札と組み合わせれば、間違いなく世界最高戦力である彼女達なら尚更そうであると言えた。

 言えたのであるが──

 

「なのに何故だ!? 何故、ヤツは未だに生きているッ!? 貴様等はちゃんとやっているのか!?」

「ふむ、妾達はちゃんとやっておるよ。悪いのはイシュタル、そなたの策ではないか?」

「何だと!?」

 

 イシュタル達は未だルララを暗殺出来ずにいた。

 カーリーが指摘する通り、これまでイシュタルがルララ暗殺の為に練りだした作戦は(ことごと)く空振りに終わっている。

 

 当たり前の事であるが、いくら相手が無所属であると言えども白昼堂々街中で暗殺する訳にはいかない。

 最終目的がそれならば手段を選ぶ必要は無いが、あくまでもこの依頼は最終目標(フレイヤ)の為の試金石だ。

 むやみに切り札を人目に晒す、そんなリスクは負う事は出来ない。

 

 暗殺は、然るべき時に、然るべき場所で、然るべき方法で行うべきであろう。

 

 そして、この都市にはそんな事をするのにうってつけの場所があった。

 神も、ギルドも、法も、秩序も手出しができないダンジョンと言う名の便利な暗殺場がこの都市の地下には埋まっているのである。

 

 暗殺するならばダンジョンの中が最も確実だ。

 ここならば、切り札を人目に晒すことは無いし、無用な疑惑を持たれる心配も無い。

 

 ダンジョンに行ったきりそのまま帰らぬ人となって、歴史の闇に葬られるなんて話は掃いて捨てるほどに存在するのだ。

 彼女もまた、その中の一員になるに過ぎない。

 

「だからこそ、ギルドや商会に根回しし、依頼を出させてダンジョンまで誘い込んで闇討ちしようとしたのだが……」

 

 冒険者をダンジョンに誘い込むのは実に簡単だ。

 ただ単に依頼を出してやればそれでいい。そうすれば、冒険者はまるで蜜に群がる蟻の如く誘われてほいほいやって来るだろう。

 

「まぁ、確かにそこまでは良かったのだがのぅ……」

 

 カーリーの言う通り、ルララ・ルラも冒険者のご多分に漏れず、見事な勢いでイシュタルの誘いに食い付いてきた。

 これで、全てはイシュタルの目論見通りにいく、そう思われた、が──

 

「じゃが、その(ことごと)くが空振りに終わるとはのぅ! ふはは、特に前回の14階層の件は傑作じゃったぞ!」

「ぐぬぬぬぬぬ」

 

 愉快、愉快と笑うカーリーと、あまりの悔しさに震えるイシュタル。この様な屈辱は初めてであった。

 まるで、煙の様に現れては煙の様に消える神出鬼没な冒険者を眷属達は全く捕捉出来ず、なのに依頼はしっかりこなされて、結局報酬金だけは奪われる。そんな日々が続いていた。

 

 万を持して挑んだ前回の『食料庫(パントリー)で待ち伏せ大作戦』も、食料庫(パントリー)に至るまでの全ルートをひたすら監視して塞いでいたにも関わらず、姿形さえ見付ける事が出来ず、それなのに気付いたら依頼はしっかり達成されていて、そんなこんなでこの作戦は無駄骨に終わってしまった。

 

 もう、ここまでくると、転移(ワープ)でもしているんじゃないのかと勘ぐってしまうほどだ。

 

「妾は先の見えぬ追いかけっこもそれはそれで悪くは無いと思っておるが、妾の娘達はそうは思ってもおらんようじゃぞ? いい加減、血に飢えておる」

 

 このままでは暴走してしまうかもしれんのぅ、そう仮面の底で狂気を孕ませながらカーリーは笑った。

 

(馬鹿を言うな、辛抱ならんのは眷属じゃなくてお前の方だろうが!)

 

 イシュタルが思った通り、その実、我慢の限界なのは眷属たちではなくカーリーの方であった。その身に纏うその禍々しい神気から、彼女の欲求が限界に近い事はありありと見て取れた。

 だから、これはカーリーなりの最後通告という事なのだろう。次は無いぞ、という彼女なりの宣言であった。

 

「ちっ、わかっておる!」

 

 焦りを隠す事も無くイシュタルは言った。

 

 イシュタル・ファミリアとカーリー・ファミリアの実力はカーリー達の方が数段上だ。

 もし、万が一反逆でもされたらイシュタル・ファミリアはひとたまりも無いだろう。そしてこの戦闘狂達は己の欲望さえ解消出来るのであれば簡単にそうする戦闘狂いだ。

 今はまだ(ルララ)がいるから大人しく従っているが、このままでは反乱するのも時間の問題であると言えた。

 

(そんな事になってしまっては、今までの苦労が水の泡だ……)

 

 内輪揉めした挙句、内部分裂して崩壊までしましたなんて話、冗談にもならない馬鹿げた話だ。それだけは絶対に避けなくてはいけない。

 今更ながらに外部戦力欲しさに、碌な連携も交流もないファミリアに助けを求めたのは失策であったと痛感するイシュタルであった。

 だが、どんなに後悔しようが既にサイは投げられ、事態は動き出している。後戻りする事は出来無い。

 

 何か、何か手段は無いか……そう思考を巡らせるイシュタル。

 だが、そう簡単に新たな策が思い付く筈が無かった。思いつく手段はもう全て試している。

 暗殺は完全に手詰まり、八方塞がりに陥っていた。

 

(このままでは埒が明かないな……)

 

 ふぅっと溜息を吐いて、これまで黙っていたレヴィスがイシュタルの前に出た。

 

 このままでは、イシュタル達は暗殺を実行するどころか、ルララに傷一つ付けられずに敗北するだろう。

 それは駄目だ。それだけは容認する事は出来ない。

 彼女達にはまだ踊って貰わなくてはならない。もっともっと踊り狂って貰わなくてはならないのだ。

 それこそ彼女達には()()()()踊り狂って貰わなくては困るのだ。

 

「仲間を奪え、人質を獲れ、友を攫え、神イシュタル。そうすればヤツは必ず動き出す」

 

 血のように赤い瞳を妖しく揺らめかせながらレヴィスはイシュタルに囁いた。

 その言葉にイシュタルは直ぐ様反応し反論する。

 

「レヴィス貴様、私がその程度の事を思い付かなかったとでも思うのか?」

 

 イシュタルは愚神では無い。

 むしろ他の多くの能天気な神々と違って、その頭脳は明晰だし明瞭だ。あるいは姑息でせこいともいうかもしれないが。兎も角、そこら辺の神とは頭の出来は違った。

 だから、その程度の誰でも思い付けそうな作戦など、とっくのとうに思い付いて既に実行し、そして失敗に終わっている。

 

 ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアの人間にちょっかいを出して主神達に勘ぐられたら本末転倒なので除外。他のガネーシャ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの人間なら大丈夫かと言えばそうでもなかった。

 

 そもそも攫うにしても何をするにしても実行するのはダンジョンでするのが一番なのだが、どうにも彼等はダンジョンに行く気がさらさら無いらしく、家からダンジョンの入り口に向かう姿は監視中一度も確認する事は出来ず、結局、人質作戦は大失敗に終わった。

 

 そんな作戦を今更提案されても、まるで己の失態を蒸し返されている様で腹が立つだけであった。

 

「ああ、勿論それは知っている、だが──」

 

 そう言ってレヴィスは『神の鏡』に酷似した謎の魔法を発動させた。

 禍々しいオーラを放つ鏡に二柱の視線が注がれる。

 そこには酔っ払った二人の男が夜の街をふらふらと歩く姿が映し出されていた。

 

「──今は違うようだぞ?」

 

 その映像を見たイシュタルの美貌は、獲物を見つけた猛獣の如く歪むこととなった。

 

 

 

 *

 

 

 

 頭部に感じるのはふんわりとした柔らかい感触、嗅覚を刺激するのは甘ったるいお香の匂い。

 安らぎを覚えるその感覚を感じながらフィンは徐々に意識を覚醒させた。

 

 朦朧とする意識の中で思考を巡らせようとする。すると、突き刺さるような激しい頭痛がフィンを襲った。

 

(ああ、くそっ! 飲み過ぎたみたいだ。久々に羽目を外しすぎたか?)

 

 フィンが意識を失うほど飲んだのは随分と久し振りの事になる。

 恐らく様々なプレッシャーから解放されたのと、色々と共感できる部分が多いリチャードとの会談であった事が効いたのだろう。歳や、立場を忘れて調子にノッた結果、珍しく限界を見誤った様だ。

 勇者(ブレイバー)としては有り得ない失態であるが、そんな痴態を犯したというのに存外に悪い気分では無いのは、やはり相当なストレスが溜まっていたからだろうとフィンは推測した。

 

 久々にやらかしたというのに、フィンの心は実に晴れやかであった。偶にはストレス解消のためにお痛をするのも悪くないかもしれない。

 

 ガンガンと響く痛みの中で思い出されるのは、リチャードと密約を結び、前途を祝って飲みあかした辺りまで。

 それ以降の記憶は全く無い。どうやら相当に飲んだようだ。

 

(記憶を失うほど酔っ払ったのはロキと出会った時と、リヴェリアやガレスと飲み比べた時以来か? それにしてもここは──)

 

 こんな娼館の様な甘い香りの香を焚く趣味はフィンには無い。恐らくリチャードにも無いだろう。

 出来ればファミリアの女性陣にも、こんな異性に挑発的な香を焚く趣味は無いと信じたい。極一部そういったことに興味がありそうな女性に心当たりがあるが、彼女で無い事を祈るばかりだ。

 下手をすれば寝ている間に()()なんて恐ろしい事になりかねない。

 

(となると、リチャードの仲間か、もしくは『豊穣の女主人』の誰かだろうか?) 

 

 リチャードの仲間達にはそういった趣味は無さそうだが、女主人の店員の方にはそういった趣味を持っている娘は何人かいそうであった。

 随分といかがわしい制服を来た見た目麗しい店員が多いので、そういったサービスが存在するなんて事が冒険者間で実しやかに囁かれる程である。

 

 だが、生憎フィンが知る限りそんなサービスは女主人には存在していなかった。

 

(とはいえ、誰かに介抱されたのは事実だ、まずは礼を──)

 

 まだ鈍い頭でそう考えて辺りを見渡すフィン。

 

 どうやら今いる部屋は極東風の内装が施された一室のようだ。

 赤色に統一された柱や梁、色とりどりの花模様が描かれた内壁に、金箔が張られた襖──一見しただけでも相当上質の部屋であることが見受けられた。

 

 この部屋の持ち主はかなり高貴な存在かもしれない。『豊穣の女主人』には、やんごとなき立場の人間も勤めていると聞いたことがあるので、そのうちの誰かなのかもしれないとあたりを付ける。

 

 そしてさっきから一番気になるのは頭部に当たる軟らかい“何か”、だ。

 どうにも気になったフィンは、ボンヤリとした思考を働かせてその“何か”に触れてみた。

 

 “何か”は、ほど良く軟らかくほど良く固く、その中でも弾力と張りを持ち合わせ、そして滑らかで瑞々しい感触をしていた。

 これまでフィンが手に入れたクッションの中でも間違いなく極上の品質の物だ。

 

 一体どんな材質で出来ているのだろうか? そう思った瞬間どこからか声が聞こえた。

 

「お気づきになられましたか?」

 

 か細い可憐な女性の声が未だ僅かに朦朧とする頭に響いた。

 

 ファミリアの団長として数多くの人と神と関わりがあるフィンであるが、この様な艶めかしい声は聞いた事もなかった。

 そして、そんな声がまさかまさかの頭上の方から聞こえた。これは、思っていたよりも由々しき事態かも知れない。最悪、色々な意味で死ぬ可能性がある。

 

 そう思ったと同時に、フィンの視界の上部から金色に輝く美髪を持った女性が現れた。

 

 あまりにも突然現れた正体不明の美女に、流石のLv.6も思考が停止する。

 同時に呼吸も止まり、身体も微動だにしなくなる。まるで時が止まったかの様だ。

 

 ただ、目は飛び出る位に大きく見開かれ、動悸はどんどん激しくなっている事から、どうやら時が止まっているという事では無い様だ。残念であるがどうやらこれは現実の様である。

 因みに、そのあまりにも強く輝ける美しさに一目惚れをして動揺した、という訳では無い。無いのだが、未だかつて無いほどにフィンは動揺していた。

 

(な、何だこれは!? 何処だここは!?)

 

 あまりにも突拍子も無い状況に柄にもなく混乱するフィン。

 

『酒』、『金髪』、『美女』、『酒』、『軟らかい“何か”』、『飛んだ記憶』、『甘い香り』、『神酒』、『頭痛』。

 

 様々なワードが頭をぐるぐると巡り、くるくると回転する。頭痛がより激しく痛みを訴えてくる。

 思考が定まらず、世界が揺らぐ。まともに思案できるコンディションとは言えない状態であった。

 

 だが、聡明な彼の頭脳はそんな状態でも的確な答えを弾きだしてみせた。

 

(寝ている僕、頭の上にいる女性、失った記憶、大量の酒、部屋に充満する香の匂い……これらが示す答えは、一つしかない!!)

 

 だが、じゃあ、つまり、まさか、そんな、ここは──ここは!! 

 嫌な予感がフィンを駆け巡る。さっきからやたらと親指が五月蝿い。

 

「お気付きになられた様で幸いです、旦那様、おはようございます。本日、旦那様の夜伽を勤めさせて頂きます、春姫(ハルヒメ)と申します。今宵はよろしくお願い致します」

 

 無慈悲にもフィンの予想を証明するかの様に、目に映る美女が朗らかに微笑んでそう告げてきた。

 

(リ、リチャードォオオオオオオオオオオオ!!)

 

 こんな状況に陥らせた、おそらく同じ様な所で同じ様な目に会っているだろう下手人に対してフィンは心の中でそう叫んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 なんとか現在自分が陥っている状況を把握したフィンは、直ぐ様体勢を立て直し飛翔するかのように素早く立ち上がった。

 鍛え上げられたLv.6の俊敏さと体術を無駄に駆使して、全く無駄のない無駄な動きで女性から離れ、距離をとり油断なく女性を観察するフィン。

 

 金色(こんじき)の長髪をなびかせ、翠色の瞳が印象的なその女性は正座の姿勢をとり、その顔は驚愕の色に染まっている。

 姿勢正しく座る女性の頭部にはその髪の色と同じ金の大きな獣耳があり、背中からは同じく金色に輝く太く長い尻尾が見え隠れしていた。どちらも驚愕のためか、ピンっと真っ直ぐ起立している。

 

(──狐人(ルナール)、か)

 

 その身体的特徴から彼女の種族を推察するフィン。

 

 狐人(ルナール)──極東の、それも極限られた地域にしか存在しない超少数種族の獣人で、彼等の中でも唯一と言ってもいい魔法種族。

 エルフ達と違い、かなり特徴的で独自色の強い魔法を使う場合が多い。

 別名『妖術師』『妖術使い』

 

 そう、自らの知識の中から狐人(ルナール)に該当する情報を引き出すフィン。

 その中でも『魔法』と『呪術』という単語に背中に汗が伝うのが感じられた。

 

(さっきまでの体勢は、僕に何か呪術めいた魔法を掛ける為のものか?)

 

 先程までフィンがとっていた体勢は、この目の前で驚きの色に染まる金髪の女性(彼女が言うには『春姫(ハルヒメ)』というらしい、おそらく偽名)の露出した太腿に仰向けになって寝ている──いわゆる『ひざ枕』──という羨まけしからん体勢であったが、もしかしたらあの体勢が魔法の発動に必要な儀式的なものだったのかもしれない。

 

 一体何がどうなってこんな事態になったのか皆目検討も付かないが、窮地に立たされている可能性は非常に高かった。

 

(取り敢えず何か武器を──)

「だ、旦那様、どうかしたのでしょうか? わ、(わたくし)、な、何か粗相を致しましたでしょうか?」

 

 自身が丸腰であると気付き使えそうなモノを物色し始めたフィンに、春姫は恐る恐る聞いた。

 彼女の言葉にフィンの警戒心が最大限に高まる。

 

(何かの発動キーか? だとしたら、ヤられる前にヤるべきか?)

 

 高位のエルフ族が身内にいるフィンは、魔法や呪術といったものの恐ろしさをよく知っていた。特に彼女はレア中のレアの魔法種族だ。最悪、術中に嵌まれば格上さえも打倒し得る可能性を秘めている。

 今のところ異常はないが、僅かでも不審な動きを見せたら喩え無手でも即攻撃に移る心構えをして、油断なく構える。

 

 だが、どんなに警戒を厳にして観察しても狐人(ルナール)はオドオドするばかりで一向に動きを見せない。

 

「……『粗相』とはどういう意味かな?」

 

 フィンは努めて冷静に、穏やかに問い詰めようとしたが想像以上に冷たい声が彼の口から躍り出た。そんな声が咄嗟に出てしまう程、どうやら追い詰められているらしい。もしかしたらこれも彼女の妖術の内なのかもしれない。

 

 しかし、どうやらそうでもないらしい。どんなに構えても妖術師は動きを見せない。

 

「あ、あ、あ……あ……」

 

 それどころか、怯えた様子で女性は震えている。

 

「あ、あの、その、も、もしかして……」

 

 いや、怯えているのでは無い。

 その証拠に、彼女の頬はほんのり赤く染まり、金色の尻尾が激しく動いている。そして、おどおどとあちらこちらに視線を移すその様子は、どう見ても羞恥に震えているだけであった。

 

 彼女の様子を見る限り、この狐人(ルナール)は相当テンパっているようだ。

 フィンの突き殺す様な冷たい声と視線を受けても気にする余裕すら無いようで、そわそわしながらも決心した様子でフィンに言ってきた。

 

「もしかして、だだだ旦那様は、しょしょしょしょしょう、娼館、娼館は……は、初めてなのでございますか!?」

 

 フィンは、顔を真っ赤にして狐人(ルナール)の言った『娼館』という言葉を脳内で何度も反芻する。併せて、彼女が最初に言った『夜伽』という単語も今更ながらに思い出す。

 フィンの知識の中でその単語が意味する事は一つしか無い。嫌な予感がひしひしと湧いてくる。

 

 額から冷や汗がダラダラと流れてくる。

 

 論理的に、論理的に考えてみよう。

 先程から、自分で言ったはずの台詞に恥ずかしがって羞恥に染まるこの狐人(ルナール)を、敵性存在として考えるにはかなり無理があるように思えてきた。

 

 酔っ払って気を失ったフィンに何かする気があれば、幾らでも出来る余裕はあった筈だ。そして、フィンにそれを防ぐ手段は無かった。なのに、彼女に何かされた様子は無いし、これから何かしようとしている様子もない。

 まあ、“ナニか”はしようとしているかもしれないが。

 

 とはいえ彼女に唯一された事と言えばひざ枕を──

 

「……そ、そうですか、旦那様。わ、分かりました……この春姫に、全てお任せください……」

 

 何も返答せず思考するフィンを見て何か勘違いをしたのだろう。春姫はどこか決心した表情を浮かべて、正座から身を起こし、身につけている着物を脱ぎ始めた。

 

「なっ!?」

 

 最初からはだけていた太腿部分から上が露わになり、彼女の肢体が晒される。

 みるみるうちに彼女の着衣は脱ぎ捨てられ、あれよあれよという間に白い襦袢(じゅぱん)姿に変貌した。

 

「ちょ、ちょっ、なんて事しているんだ!?」

 

 慌てて目線を狐人(ルナール)から逸らすフィン。

 

「だ、大丈夫、大丈夫でございます、旦那様。何もかも全て春姫にお委ね、力をお抜きください」

「いや、ちょっと、ちょっと待ってくれ!」

 

 フィンの必死の訴えも、色々と一杯一杯でギリギリの春姫には届かない様だ。

 目をぐるぐると回しながら迫る春姫を、まともに彼女を見る事が出来ないフィンは振り払う事は出来なかった。

 

 もう、ここまで来たら認めるしか無いだろう。

 彼女は娼婦で、ここは娼館。ついでにフィンはその客だ。

 多分、ここに連れてきたのはリチャードで、ぼんやりとした記憶の片隅の中では、なんとなく酔っ払って日頃の鬱憤を盛大に吐き出した後に、ノリと勢いで『漢の楽園』に向かうことに張り切って合意したような気がする。

 

 そういった場所に偏見は特に無いフィンであるが、一族の為にも清廉潔白でいる事を己に科している彼としては全く無縁のところであった。まあ、だからといって興味が無かったのかと言えば嘘になるが。

 

 兎に角ここはそういった人間の三大欲求の内の一つを解消する為に、男女と、もしくは男男と、はたまた女女がくんずほぐれつをする、アハーンでイヤーンな場所だという事だ。

 

「ほ、ほんと! 頼むからちょっと待ってくれ! 僕の純潔は神に……」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから! 全てお任せください!」

「頼むから僕の話を聞いてく──ッ!?」 

 

 そんな問答を繰り返していたら、いつの間にか彼女に押し倒されてしまったフィン。そこから、ぎこちなくもフィンの上に跨るように馬乗りになる春姫。

 恐らくなんの力も持たないただの娼婦である彼女を振り解くのは、Lv.6であるフィンには容易なことであった。

 だが、唯一この場においては流石のフィンもただの新米ド素人だ。

 

 まがいなりにも玄人(プロ)である春姫に、あれよあれよという間に追い詰められた素人(フィン)は、こういった時どうしたら良いのか分からず、もはや、されるがままになってしまった。

 

「つ、捕まえましたよ、旦那様……で、では、これから、この(わたくし)が、だ、旦那様に、ごごごごご奉仕を!」

 

 下から見上げる二つの双丘はまさに絶景かな絶景かな、と現実逃避をするフィン。そして、そのフィンの肌着に手をかける春姫。

 二人の身長差もあいまってそこはかとなく犯罪臭が漂う光景であるが、取り敢えず合法である。

 

 ふと、服を脱がされながらもフィンはある事に気が付いた。

 

 『豊穣の女主人』にいた時に着ていた服と、今の服が違っている。

 そんなマジでどうでも良い事にフィンは気付いた。そういえば、心なしかヘアスタイルも変わっている気がする。

 いつの間に着替えたのだろうか? そんな場違いな事を考えながら、着々と服が脱がされていく。

 

『天井の染みを数えていれば直ぐに終わるさ!』

 

 ふと、親指を立てサムズアップする、にやけたヒューマンの顔が思い浮かんだ。無性に腹が立って混乱していた精神が急に冷え込んでくる。

 ほぼ半裸の状態にまで脱がされたフィンは、取り敢えず、この窮地を脱したらリチャードをブン殴ることを決意した。

 

 冷静さを取り戻したフィンは伸し掛かる春姫の肩に手を置き抵抗の意を示す。

 急速に引いていく酔いと頭痛に本来の調子を取り戻したフィンは、優しく諭すように春姫に訴えようとした。

 

「すまない、春姫さん……やっぱり僕は……」

 

 だが、春姫は何を言っても反応しない。

 

「……春姫さん?」

「……とっ」

「と?」

 

 さっきまで一生懸命せっせとフィンの服を脱がしていた春姫が硬直した状態で何かを呟いた。

 彫刻の様に固まる彼女の翠色の瞳はフィンの首元部分に注がれていて、その金色の尻尾は天を衝くかの様に直立している。その真っ白な肌は真っ赤に染まり、そして──

 

「殿方の鎖骨ぅうううう~」

 

 そう叫んで、鼻血を吹き出しながら彼女はぶっ倒れた。

 

「……えぇぇぇぇえええええええ!?」

 

 気絶した春姫を受け止めながらフィンも絶叫した。

 

 

 

 *

 

 

 

「──大変、申し訳ございません、旦那様!!」

 

 春姫が意識を取り戻したのはそれから数分経ってからであった。

 覚醒した彼女はぼんやりとフィンを見つめた後、慌てて正座の姿勢をとり三つ指をついて頭を下げそう言った。

 

「あぁ、その事はもう良いから、取り敢えず、えっと、“それ”どうにかしてくれないかな?」

 

 フィンは気絶した彼女の鼻血を拭き取り、敷かれていた大きな敷き布団に寝かせはしたが、着ているものまでは流石に手は出せないでいた。

 つまり、春姫は未だ襦袢姿であり、その魅惑的な肢体をありありと晒している。正直言って目のやり場に困る。

 

「も、申し訳ございません!! 直ぐに襦袢(コレ)も……」

「いや、そうじゃない! そうじゃなくて、服を、服を()()()()!!」

「え……? で、ですが、旦那様……」

「良いから着てくれ! 頼むから!!」

 

 そう言ってフィンは春姫に背を向けた、ご丁寧にも瞳を目一杯閉じて。

 

「わ、わかりました、旦那様」

 

 暗闇に包まれる視界の中でそう言う春姫の声をフィンは聞いた。

 それからややあって、着物を着る音が聴こえてくる。

 視覚を閉じているせいか、何時もより敏感になった聴覚がしゅるしゅるという衣擦れの音をはっきりと拾い、目を閉じているものあってそれが余計に変な想像をかき立てた。

 

 思い出されるのは彼女の膨らんだ二つの──

 

「終わりました、旦那様」

 

 そこまで想像して、春姫の声が聞こえた。

 

「……そうか、じゃあ、もうそっちを見ても良いかな?」

「はい、だ、大丈夫でごさいます」

 

 そう、春姫が言うのを確認してからフィンは彼女の方を向いた。

 赤い着物を羽織った金色の狐人(ルナール)が未だ恥ずかしそうに指をいじりながらそこに立っていた。

 

「あ、あの、旦那様、ちゃ、着衣のままの“ぷれい”は、(わたくし)経験が無くて……」

 

 そして、そんな事をのたまった。

 

「いや、別にそんな事しないからね!?」

「え、……で、では、どんな“ぷれい”がご所望なのでしょうか? (わたくし)に何でもお申しつけ下さい!」

 

 私、精一杯頑張ります! そんな様子で春姫がフィンに聞いてくる。

 

「いやいやいやいや、僕は別にその“ぷれい”とか望んでいないからね!」

「えっ……で、では、もしかして、何か、何か、(わたくし)に至らない所があったのでしょうか? でしたら申し訳ございませんでした、旦那様! ですが、ですが後生ですから春姫をお捨てにならないで下さい! 何でもしますから!」 

 

 そう言って瞳を濡らしながら必死になって縋ってくる春姫。

 まるで、捨てられたくない子犬の様に必死になって迫ってくる春姫の迫力にフィンはたじろいだ。

 こう、私、肉食系です! とグイグイ来る女性をあしらうのは慣れているフィンであるが、清純派の美少女が一途になって追い迫って来るのには慣れていないのだ。

 

「え、いや、ちょっ、ちょっと、ちょっと待ってくれ! えっーと、じゃあ……あっ、そう、そうだ! 話、話をしよう!」

 

 昔、そういった女の子と一緒にお話をする()()のお店が存在する、と団員達が噂していたのをちらっと聞いたような気がする。

 

「お話ですか?」

 

 フィンの、丁度ヘソ当たりに抱きついていた春姫が、上目遣いの涙目できょとんと返してきた。

 鎖骨を見たくらいで気絶するくせに、いちいち男の劣情を刺激してくる娘である。娼婦が天職なのか、そうでないのか良く分からない()だ。

 

「ああ! 君と僕とでね、お話をしようじゃないか!」

「……えっと、だ、旦那様がそうおっしゃるのでしたら……はい、わかりました!」

 

 嬉しそうに破顔しながら尻尾を振るその姿はご馳走を目の前にした子犬の様で、大変庇護欲をそそられた。

 案外、彼女は話し好きなのかもしれない。

 

「えっと、じゃあ、まずは……」

 

 そこまで考えてフィンはとんでもない事実に気が付いた。

 やばい、一体何の話をしようか、ネタが全く無い。

 多くの社交場やパーティーの席で異性と話す機会の多いフィンではあるが、こういった場所でこういった子と話す話題なんてフィンには無かった。

 

(一体どうすれば良いんだ? この間ダンジョンに潜ってモンスターをぐちゃぐちゃにした話でもすれば良いのか?)

 

 そんな進退窮まる様子のフィンを見て、春姫が助け舟を出した。やはりこういった時は彼女の方が一枚上手の様だ。

 

「だ、旦那様の……旦那様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……フィン・ディムナだよ」

 

 そう言ってフィンは直ぐに後悔した。

 ロキ・ファミリアのフィン・ディムナと言えばオラリオでも有数の有名人だ、こんな世間知らずそうな少女でも一度は聞いたことがあるだろう。

 最悪、「えーマジ、フィン・ディムナ? あのアラフォーの? キモーイ、風俗が許されるのは10代までだよねー、キャハハハハ」なんて事を言われかねない。

 

 もし、そうなったらもう一生お婿に行けない……。

 

「え? フィン・ディムナ様? ディルムッド・オディナ様では無かったですか?」

「……そういえば、そんな名前だった」

「そ、そうでございますか」

 

 良く良く考えてみれば、こういった手合のお店に入る時には必ず名前を申告するのが普通だろう。

 それが本名であるのか偽名であるのかは問題では無いだろうが、防犯上の理由や相手をする娼婦に伝達する為等に必要な措置であると言えた。いや、詳しくは知らないが。

 

 だから彼女がフィンの名前を知っているのも不思議では無かった。

 

 酔っ払っていたにも関わらずちゃんと偽名を名乗った過去の自分を褒めてやりたい。若干、名乗った偽名から不穏な予感を覚えるが大した問題では無いだろう。何故か、サムズアップするリチャードの顔が浮かんだ。後で殴る。

 

「……そ、そういえば、君の名前は、春姫さんだったよね?」

 

 取り敢えず名前を聞かれたので、名前を聞き返してみる、という童ピー丸出しな思考パターンを繰り広げてフィンは聞いた。

 既に何度も名前を呼んで、知っているにも関わらずいちいち聞く辺りやはりピー貞臭い。

 

「はい、(わたくし)の名は春姫でございます。ですので、どうぞ春姫と呼び捨てでお呼び下さい」

 

 絶対に呼び捨てでは呼ばないぞ、と心に誓いながらフィンは続けた。

 

「えっと、その名前からして出身は極東かな?」

「……はい、そうでございます」

 

 さっきまで朗らかだった春姫の顔に少し影が差した。あまり触れてはいけない話題だったようだ。

 

 それもそうだろう。故郷から遠く離れたオラリオで冒険者ではなく娼婦としてわざわざ働いている──これの意味する所は、彼女は冒険者から都落ちした落ちこぼれか、娼婦として売り払われたかのどちらかだ。

 ぱっと見、荒療治に向いている様には見えないので、春姫の種族の事も考慮すると多分彼女は……。

 

(あまり深入りするのは得策じゃないな)

 

 それでも深く踏み込めるか否かで、主人公になれるかなれないかが決まるのだろうが、生憎フィンは主人公(ヒーロー)ではなく勇者(ブレイバー)なので深く踏み込むことは無かった。勇者なので箪笥(タンス)の中身は調べるべきかもしれないが。

 

 どちらにせよ、勝利のために後ろ向きに前進するのも勇気の内である。なので、これは撤退ではないのだ。

 

「春姫さんは、…………好きなものは何があるかな?」

 

 そんな勇者が何とか捻り出した話題がそれであった。

 

「好きなものですか? そうですね……」

 

 誰でも思いつく様な毒にも薬にもならない話題であったが、春姫はうんうんと唸りながらもしっかりと考えていた。かなり真面目な性格の様だ。

 見た目以上に幼く見えてしまうその仕草をする春姫は、そこだけ切り取って見ればただの美少女であり、とてもじゃないが娼婦には見えない。

 

「あ、あの、とてもお恥ずかしいのですが、(わたくし)、物語を偏好しておりまして……あぁ、ディルムッド様、どうか(わたくし)を子供っぽいと言ってお笑い下さい」

 

 手で顔を覆い隠して、恥ずかしさのあまりぶんぶんと身体を振る姿は端的に言ってとても可愛らしかった。一緒に揺れる大きな尻尾がそれに拍車をかける。

 

「そんな事無いさ、僕も……そうだね赤枝騎士団物語とかオシアニック物語とか大好きだよ」

「そうなのですか!? 生憎、その物語はあまり詳しくは無いのですが、キュクレインという英雄が登場するとお聞きしたことがあります」

 

 キュクレインという名前を聞いて、なぜか汚物を吐く四本足の不浄王が連想されたが、まあ、かの物語の彼もそれに近い化物具合なので特に問題はないだろう。

 

「へぇ、結構マイナーな物語なのに詳しいんだね、春姫さん。本当に物語が好きなんだね」

 

 あまりメジャーとはいえない英雄であるキュクレインの名が、春姫の口から飛び出すとはまさか思っていなかったフィンは驚きと共に感心した。

 赤枝騎士団物語と聞いてさらっとキュクレインの名が出てくるなんて彼女の物語に対する造詣(ぞうけい)はかなりのものなのかもしれない。

 

「はい、大好きです! 元々、故郷に居た頃は外の世界の事は物語の中でしか知ることが出来なかったので、凄く夢中になったものです」

 

 遠い故郷(ふるさと)を思っているのか、どこか懐かしむ瞳で遠くを見つめる春姫。

 彼女の視線の先にあるのはなんであろうか、フィンには推し量ることは出来なかった。

 

 彼女は「外の世界の事は物語の中でしか知ることが出来なかった」と言った。箱入り娘であったにも関わらず娼館(ここ)にいるという事はやはり、そういうことなのだろう。

 

「今の生活は充実しているのかい?」

 

 つい、フィンはそんな事を聞いてしまった。

 何があったのか、どうしてこうなったのか、他に聞くべき事は幾らでもあったがフィンはそれを聞こうとはしなかった。

 所詮彼女とは一夜限りの関係だ。不用意に踏み込んでも、お互いの為にならないだろう。

 

「はい、アイシャさん……私のお姉様の様なお方です、も良くしてくれていますし。同僚の方達も仲良くしてくれています。本当だったら()を亡くしていたはずの私でしたが、それも“脅威のあらぐパワー”で事なきを得ました……今は、はいとても幸せです」

 

 微笑みながら春姫は言った。どうやら、彼女も彼女で色々な事を乗り越えて来たらしい。

 彼女の境遇は他人から見れば間違っても幸福とは言えないものだろう。だが、それでも自分は幸せであると言える彼女はとても強い──そうフィンは心の中で思った。

 

「そうか、それは良かった……じゃあ、僕だけが言うのも何だし、春姫さんの好きな物語とか聞いても良いかな?」

 

 フィンは春姫の言った“脅威のあらぐパワー”がなんであるのか物凄く気になったが、何故か脳裏に“あの大蛇”が蘇ってきたので無理矢理無視した。

 

「そうですね、そうですね、好きな物語、好きな物語……うーん、あっ! 実はついこの間読んだお話で、とても素晴らしくて感動的なものがあったんですよ!」

 

 余程その物語が面白かったのだろう、春姫は彼女達娼婦特有の喋り方をするのも忘れ夢中になって答えてきた。

 

「へぇ、どういった内容だったんだい?」

「えっと、ですね──」

 

 そうして春姫は語り出した。

 

 それはそれは、遥か彼方の遠い遠い、昔々の物語。

 

「あるところに一人の王子様と一人のお姫様、そして悪い魔女とあと一人の社畜がいました──

 

 

 

 

 

 

 ──そうしてお姫様は一目惚れした王子様ではなく、一緒に苦楽を共にした社畜と結ばれ、何時までも何時までも幸せに暮らしましたとさ……」

 

 春姫が語った物語は良くある王子様とお姫様が結婚しハッピーエンドで終わる様な感じでスタートしたが、中盤からはこれまでにない、でも最近の物語にはありがちな一捻りした内容になっていた。

 お姫様は王子様とは結局結ばれず、彼女を終始支えた社畜と地位も権力も立場も何もかも捨てて結婚する。そんな物語だった。

 

 

 ──団長! だーんちょう。 団長? 団長ぉおお!! 団長──

 

 理由はさっぱり分からないが、ある黒髪のアマゾネスのことが頭に過ぎった。

 最近構ってやれていなかったが、元気でやっているのだろうか。

 

「……めでたしめでた──」

 

 そう、春姫が終わりの句を紡ごうとしたその時。

 

「でぶしゃぁぁぁあぁあ!!」

 

 ズドーンという轟音と共に、2Mを超えるヒキガエルみたいな巨体のアマゾネスが部屋の真下から大穴を開けて吹っ飛んできた。

 

「きゃあ!!」

「ッ!? フッ!」

 

 アマゾネスが飛んできた衝撃で宙に打ち上げられた春姫を華麗にキャッチするフィン。

 体格差があってどうしても、いわゆる『お姫様抱っこ』という形になってしまったが、緊急事態ゆえ致し方なし。

 

「大丈夫か?」

 

 なんの前触れもなく空を舞った事に恐怖を抱いた春姫にフィンは優しく気遣う様に声をかけた。

 春姫はぎゅっと目を閉じて、耳を垂らし、尻尾も丸まって縮こまって震えている。

 

「だ、大丈夫でございます。あ、あの、ありがとうございます」

 

 暫くそのまま動揺していた春姫だったが、少しして落ち着きを取り戻してからそう言った。

 心なしかそう言う彼女の頬が赤い気がするが、多分よほどびっくりしたのだろう。

 

「そうか、なら良かったよ……さて──」

 

 春姫の身体に異常は無さそうだったので、フィンは飛んできたアマゾネスと、彼女が空けた大穴に視線を移した。

 幾ら変態が集まるいかがわしいお店だとはいえ、こんな危ないSMプレイをする人間は存在しないだろう。

 

 だとしたら、これは下の部屋で何らかのいざこざが発生した可能性が高い。飛んできたのがとてもじゃないが娼婦に見えない女性であったが、大事な商売道具を傷つけられて娼館側も黙っていないだろう。

 最悪、大規模な抗争に発展する可能性もある。

 

 そして、その渦中のド真ん中にいるフィンと春姫もそれに巻き込まれる可能性が非常に高い。もし、万が一そうなった場合、なんの力も持たない春姫を置いていく訳にはいかないだろう。

 油断なく観察し様子を伺うフィン。

 

(さっき飛んできたヒキガエルみたいなアマゾネス……確か、彼女は男殺し(アンドロクトノス)の──)

 

 そう思考していると、さっき空いた大穴から半裸状態の一人のヒューマンが飛び込んできた。

 

「特別サービスだって聞いてドキドキして期待していたのに、散々待たされた挙句来たのが男殺し(アンドロクトノス)で物理的に襲ってくるとか、詐欺かよッ! ふざけんなッ!! 俺の純情返せよ!! ……ってなんだフィンじゃないか!? 丁度良いところにいた! 今すぐここから逃げ、ぶぅはぁ!」

 

 取り敢えずフィンはずっと心に決めていた通り、やってきたリチャードをおもいっきりぶん殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 春姫さんが魔法抜き取られたっぽいのに元気そうなのは全てアラグの仕業です。たまには奴等も良いことをするんですねぇ。


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イシュタルの場合 4

 リチャード・パテルにとって今日の一夜は全くもって災難続きの夜であった。

 

 真っ昼間から仲間達と祝杯をあげて、有名ファミリアの団長と密会し、その席で出された『sóma』とか言う酒をたらふく飲み、同年代の新たな友人を得て意気投合し、夜の街へと繰り出してナイスバディのアマゾネスに当たったまでは良かったのだが、そこからは最悪の一言だった。

 

 ボン・キュッ・ボンのお姉ちゃんがボンッ・ボンッ・ボンッのヒキガエルに変貌し、性的にではなく物理的に襲いかかられ、そのファットアマゾネスをイシュタル・ファミリアお膝元の娼館で思いっきりぶっ飛ばしてしまったのだ。

 そして終いには──

 

「──ぶぅはぁ!」

 

 新たに出来た友人に殴り飛ばされる始末である。一体全体なにがどうなってこうなったのだろう。とてつもなく理不尽である。

 

「い、一体、な、なぜ……」

 

 少なくともリチャードにはいきなりぶん殴られる心当たりは無かった。

 

 相当なまでに酔っ払っていたが娼館(ここ)に来たのは双方の合意の下であるし、未経験な若葉マークの小人族(♂)を優しく導いてあげたり、ある一部の界隈で少し話題になっていた狐人(ルナール)の少女を快く彼に譲ってあげたりもしたのだ。

 感謝される事はあれど恨まれる事は無いはずであった。

 

 もし、あるとすればそれは──そう考え、リチャードはフィンを見つめた。

 リチャードの瞳には、大変けしからんお胸の金髪美少女を大事そうに抱えているフィンが映っていた。まるでおとぎ話に出てくる王子様とお姫様の様だ。

 

 それを見てリチャードは全てを察した。これはこれはつまり()()()()事なのだろう。

 

「もしかして、()()()()の最中でしたか?」

 

 なるほど、確かに“ソレ”ならば問答無用で殴り飛ばされても文句は言えないだろう。むしろ、ここから更に土下座して地面についた頭で再び穴を作って下へ帰るべきレベルである。

 

 娼館に行くために戦闘服から私服に着替えていたとはいえ、Lv.6が殴ったにしては大した威力が無かったのは、その可憐なお姫様を抱いているせいであったのは間違いないだろう。

 それほどまでに彼女が大事という訳だ。神に身を捧げるとか意気込んでいたわりには中々どうして隅に置けない奴である。

 

「殺すぞ?」

 

 世の女性のハートを射殺しそうな微笑みを浮かべてフィンが言ってきた。同性であるリチャードには無効のはずの笑顔だが、なぜかマジに殺されそうだ。どうやら彼の憶測は見当違いであったらしい。

 

「だったら何で……」

「それよりもリチャード、()()はどういう事だ?」

 

 リチャードの追求を無視してフィンは潰れたアマゾネスガエルに目を向けた。

 歓楽街を牛耳るイシュタル・ファミリアの(見た目はどうあれ)最強の娼婦を傷物にしたのだ。このままただで済むはずは無いだろう。巻き込まれたフィンには事の顛末を聞く権利があった。

 

「いや、それが俺にも何が何だか分からん。むしろこっちが聞きたいくらいだ」

「どうせ君の事だから何か粗相をしたんじゃないのか?」

 

 短い期間であるがフィンはリチャードの人となりを性格に見抜いていた。この男は調子に乗って舞い上がると、とことん調子に乗って失敗するタイプの人間だ。

 その証拠にリチャードは「そんなはずは無い!」と自信満々に言った後に、弱々しく「……多分」と続けた。

 

 確かに、似たような経験なら幾らでもリチャードにはあった。パーティー随一の火力職(ファイター)だからといって調子こいてやらかした経験は枚挙に暇がない。

 

「大体、娼館(こんなところ)に来たのがそもそもの──」

「いやいや、歓楽街に行くのはアンタもノリノリだっただろ。そこは責任転嫁なしだぜ、このムッツリスケベ!」

「ム、ムッツリスケベ……?」

「だって、何やかんや言って結局その娘とよろしくやってたんだろ? だったら文句は言いっこなしだぜ! 俺達、同じ穴のムジナじゃないか!」

「い、いや、僕は別に、彼女とそんな事は──」

「えっ!? じゃあ据え膳食わずにそのままでいたのか!? なにそれお前童ピーかよ!!」

「ど、童ピー……」 

 

 その悪魔の言葉は、一族復興の為に清廉潔白で純潔清浄を貫いているフィン・ディムナにとって禁句の言葉であった。

 世の中にはたとえ真実であっても言って良い事と悪い事があるのだ。

 

 彼はただ、そう……一途なだけなのである。そんな純粋な彼の心を侮辱する事は断じて許されない残虐非道の鬼畜行為だ。

 

「やーいやーい、童ピー野郎! ピー貞野郎!」

 

 しかし、それを知ってか知らずかフィンをさらに煽るリチャード。

 だが、彼を責めないで欲しい。彼自身も良いところで寸止めされて色々と溜まっていたのだ。

 

 リチャードが煽る度にワナワナと震えが強まるフィン。

 そして、その震えが頂点に達したかと思うと今度は空気の抜けた風船の様に急速に(しぼ)んでいき、抱いていた春姫を優しく床に寝させるとフィンは幽鬼の様に微笑んだ。

 

「上等だッ!! 最近“Lv.6”になったからと言って調子に乗りやがって!! ぶっ飛ばしてやる!!」

「ハッ! こっちこそ、そのスカしたイケメン顔は前々から気に入らなかったんだッ!! その綺麗な顔をぶっ飛ばしてやるぜ!!」

 

 ここに来るまでにフィンにもリチャードにも言いたいことがごまんとあった。ごまんとあったのだがこの状況ではどうやっても言葉で語り尽くせそうにも無かった。

 

 そうであるならば、肉体言語で語るまでである。

 人知を超えたLv.6同士の大喧嘩がほんとしょうもない理由で始まろうとしていた。

 

「オォマァエタァチィィィィ、サッキカラアタイヲ無視シテェェェ!! 隙ダラケ──」

『っるせッ!!』

 

 一瞬即発の状態であったにも関わらず彼等は綺麗に声を合わせて、いつの間にか目覚め、金色に発光していた巨大ヒキガエルを見事な連携で返り討ちにしぶっ飛ばした。

 行き場を失っていた二人の憤怒を全力で叩き込まれたアマ(ゾネス)ガエルは、この場に来た時とは比べ物にならないスピードで今度は真横に吹っ飛んでいった。

 

 アマガエルは、とある理由のためにやたらと分厚く造られた花柄模様の壁をまるで薄い障子を突き破るかの如き勢いで何枚もぶち抜いていき、娼館の端から端まで大穴を開け最後は外へと飛び出し夜の闇へと消えていった。

 

「…………」

「…………」

 

 空いたその大穴からは隣の部屋だけでなく外の様子までもがよく見渡す事が出来た。その大穴の向こう側からは唖然とした娼婦とその客がこちらを見つめている。

 そこから吹き抜ける冷たい夜の風が彼等の頬を撫で、頭に昇っていた血を冷まし冷静さを取り戻させる。

 それと同時にリチャードとフィンの卓越した聴覚がこちらに迫りくる大量の足音を捉えた。それが、イシュタル・ファミリアが誇る戦闘娼婦達の足音である事はわざわざ確認するまでも無いだろう。

 

「…………」

「…………」

 

 ぶん殴ったモーションのまま固まっているリチャードとフィン。

 その姿勢のままお互いの視線を合わせ、大穴を見つめると再び視線を通わせお互いの目を見合った。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものであるが、彼等はお互いの意図を正確に読み取り無言で頷いた。

 

 暫しの静寂の後、ある一人の娼婦から悲鳴が上がった。

 その娼館全体に轟く悲痛な叫びが合図となり、彼等は疾風の如きスピードで駆け出し空いた大穴から夜の街へと飛び出した。

 

 もちろんその時飛び降りた先にいた潰れたカエルを、再び踏み潰したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

「──それで、どうしてこうなったんだっけ?」

 

 欲望渦巻く夜の街で、大量に湧いてくる追っ手を時には躱し時には撃退しながらフィンは聞いた。

 

「どうって、それは娼館に来た事か? それとも絶賛大量の追っかけから逃亡中の事か?」

 

 壁際に寄りかかり先の様子を窺いながらリチャードは問い返す。

 

「そうだね……取り敢えず前者の方からにしようか。僕達が追われている理由は、まあ、“モテる男は辛い”って事にしておこう」

 

 こんな事態になった原因の中でも最も重要な部分をあえて見て見ぬ振りをしてフィンは答えた。

 

「さいですか──でも、大した理由なんてないぞ? 酔っ払って、盛り上がって、その勢いのままに娼館にレッツらゴーって感じだ……回想シーンいくか?」

「いや、それはいい」

 

 キッパリとフィンは断った。どうせ碌でも無いことになっていたのは容易に想像できる。

 

「それにしても、まさかこの僕が記憶を失うほどに酔っ払うとは……」

 

 Lv.6であるフィンが我を忘れるほどに酔っ払うなんて事は通常では考えられないことだ。多くの耐異常を持ち、あらゆる毒に耐性があるフィンがただのアルコール程度でへべれけになるのは不可解だ。

 

「あー、俺の記憶が確かなら『sóma』とか言うラベルの酒を大量に飲んだ気が……回想シーンいくか?」

「いや、それはいい」

 

 そういえば戦争遊戯(ウォーゲーム)の賭けで大敗したとあるファミリアが、困窮した財政を立て直すために大量に神酒を製造し販売したという話を風の噂で聞いたことがある、とフィンは思い返した。

 それがまさか巡り巡って彼等の胃に収まるとは彼自身も予想だにしていなかったが、どうやらそういう事になったらしい。

 

 いつ、どれだけ飲んだのかは全く記憶にないが、フィン達が飲んだ酒の中にソーマ・ファミリアの主神ソーマが作った神酒(ソーマ)が紛れ込んでいたのは間違いないだろう。

 確かに、神酒(ソーマ)ならば彼等がここまで酔っ払ったのも納得がいく。

 

「……僕達の服装が変わっているのは?」

 

 いくら密会であったとはいえ、あまり面識のない相手に丸腰で会うほどフィンは無能ではない。所持していた武器類は両者とも密会前に信頼できる『豊穣の女主人』のミア女将に預けていたが、衣類などの装備に関してはそのままだったはずだ。

 

 なのに、彼等の今の服装はただの良くある庶民的な服装に変わっている。リチャードに至っては半裸だ。

 これまではあまり気にならなかったが、こと戦闘状態になったとなれば話は変わってくる。今のところステイタスの暴力でなんとかなっているが、気になるものは気になるのだ。

 

()()()()()()さんは娼館に戦闘しに行くタイプか? まあ、ある意味“戦い”にいくことには違いないが、それは野暮ってもんだろう?」

 

 高Lv.冒険者が完全武装で歓楽街に乗り込むなんて、今からそこに殴り込みに行くと宣伝している様なものだ。まあ、結果的にそれ以上の事になっているのであるが、最初からその気があった訳では無い。

 

「そのディルムッドっていうのは……」

 

 頭が頭痛で痛いといった感じで額に手を当てながらフィンは聞いた。

 

「もちろん俺が考えた偽名だ。格好いいだろ? アンタにピッタリだ、似合ってるぜ」

 

 そう言ってリチャードはフィンの背中を叩いた。

 その偽名には浅はかならぬ因縁を感じるのだが何故だろうか。似合っていると言われても全く嬉しくないのはリチャードが付けた偽名だからだと思いたい。

 

「はぁ……じゃあ僕達の装備は──」

「もちろん『豊穣の女主人』に預けてきた……そんな事まで覚えてないのか?」

「……むしろ君は良く覚えているな」

 

 嘘偽りない本心でフィンは言った。どうやら毒物(アルコール)、あるいは神の力(神酒)に対する耐性はリチャードの方が上の様だ。

 

「まぁ、鍛えているからな……それにしても、俺に比べてフィンの方は随分上手い事いったみたいだな。あのエロい姉ちゃんはお持ち帰りでもする予定だったのか?」

 

 結局置いてきちまったが、あの「お姫様抱っこ」はそういう事なんだろう? とリチャードが鼻の穴を大きくしながらニヤけながらそう言った。

 

「い、いや、あれは違うんだ! あくまで不可抗力であって、別にそんなつもりじゃ──」

「なんだなんだ、恥ずかしがるなって。良いじゃないか、それが男のサガってやつだ」

「だから違うんだ! っていうかあれは君のせいだろう!?」

「……はて、何のことやら?」

 

 なんの事かさっぱり分からないという風にリチャードは両手を上げるジェスチャーした。

 

「しかし、それに比べて今の状況といったら──」

 

 ちらりと横目に視線を移し悲しそうな表情をしてリチャードは呟いた。

 

 彼の視線の先には丁度褐色肌の女性が存在していた。

 やや薄い褐色肌と赤みがかった髪が印象的で大人しそうな女性であったが、彼等の存在を確認した途端燃えるような激しい敵意を剥き出しにしてこちらに迫って来た。

 

「見つけたわよ、リチャード・パテ──カハァッ!」

 

 そう叫ぶ女性にリチャードは目にも留まらぬスピードで接近すると、その勢いのまま鳩尾に一撃を加え気絶させた。

 自分が倒されたという事を認識する暇すら与えられずその場に崩れ落ちるアマゾネス。

 半裸状態であるとはいえLv.6であるリチャードとこの名もなきアマゾネスでは実力差は歴然であった。

 

「──これだもんなぁ」

 

 気絶したアマゾネスと自分の拳を交互に見つめながらそう言うリチャードの背中には哀愁が漂っていた。

 

「良かったじゃないか、リチャード。女性にあんな情熱的に迫られるなんてモテモテな証拠だ。いわゆる、『ハーレム』ってヤツだ」

 

 ポンと肩を叩きながらフィンが励ましてくる。

 

「こんなハーレム、望んじゃいなかった……」

 

 悲しみを背負った表情でそう言うリチャード。世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかりだ。

 これが彼の下半身のタマの中身を奪うために殺到していのであれば万事オッケーの熱烈歓迎なのだが、全力全開で(タマ)を奪いに来られては全身全霊を以ってお引き取り願う次第である。

 

 こんなハーレムなんてまっぴら御免であった。

 

「しっかし、随分としつこいな。いっそのこと全員倒しちまうか?」

「おい、バカやめろ。そんな事したら大問題になる事が分からないのか!?」

 

 これまでフィン達は極力戦闘を避けて、出来るだけ被害が出ないように逃げ回っていた。

 確かにこの窮地から脱出するため()()ならば手当たり次第にぶっ倒していくのが一番手っ取り早い解決方法なのだろうが、そうは問屋がおろさないである。

 

 彼等が所属するファミリアはオラリオでも有数の巨大勢力だ。しかも片方は“団長”という超重要ポストに就いている。

 そんな彼等がイシュタル・ファミリア勢力圏内で大それた事をすれば、更に大それた事態に発展する事は容易に想像出来た。

 

 最悪、イシュタル・ファミリアVSロキ・ガネーシャファミリア連合の全面戦争なんて悪夢の様な事態になりかねない。

 もし、そんな大戦争が勃発したら戦火は戦火を呼び、その戦いの炎は瞬く間にオラリオ中へと燃え広がり、各勢力や派閥の人間だけで無く全く無関係な人間をも巻き込む事になってしまうだろう。

 それだけは確実に避けなくてはならない。

 

 しかもその原因が娼館で起きたしょうもない小競り合いであるとか、絶対にあってはならないことだ。

 歴史に名を残す大戦争の中にはそういったアホみたいな原因で起きた戦争も意外に多くあるらしいが、そんな事で歴史に名を残すのはあまりにも情けなさ過ぎで末代までの恥である。

 

「大丈夫だ! ちゃんと偽名を使ったし変装もしていた! バレる心配はほとんど無い!!」

「じゃあ、さっきのアマゾネスがもろに君の名前を叫んでいたのはどう説明するつもりだ?」

 

 フィンの記憶が確かなら、さっき倒したばかりのアマゾネスはばっちりリチャードの名前を叫んでいたはずだ。

 彼等の──少なくともリチャードの──正体は完全にバレバレであると考えるべきであった。

 

「そ、そんな、馬鹿なッ!? うわぁ、そういえばそうだった。……なぁ、どうしようフィン?」

「はぁ、君ってやつは……」

 

 フィンはリチャードに呆れ返りながらも、この状況を打破する為の手段をその聡明な頭脳で模索した。

 だが、彼の頭脳を以てしてでもここまであからさまに敵対行動を取り、敵のホームグラウンドでの逃亡劇となっては思いつく手段は多くはなかった。

 

「……戦闘はこれまで通り極力避けていくしかないだろうね。後は、ほとぼりが冷めるまで隠れる、かな? あ、君を生け贄にするっていうのがあったね。これが一番良さそうだ。きっと誠心誠意“身”を捧げれば許して貰えるんじゃないかな?」

 

 実際には素直に捕まって全力でごめんなさいをするという選択肢もあったが、フィンはそれをあえて提案しなかった。

 

 むしろ、その選択肢こそがこれ以上の被害も禍根も出さずに綺麗にまるっと解決する最も冴えたやり方であったのだが、リチャードの言葉を信じるのであれば先に手を出したのは向こうである。

 それなのにこちらが謝ってしまっては、まるで負けを認めた様な気がしてなんだか癪であった。だからこそフィンはその選択を破棄する事に決めたのだ。

 

 なんだかんだ言ってフィン・ディムナも他の冒険者と同じで負けず嫌いな男であったのだ。

 

「最後の“ヤツ”以外ならどれでも賛成、だなッ!」

 

 再び集まってきたアマゾネスを軽くあしらいながらリチャードは自分の意思を伝えた。

 

「そうか、それは残念だな……じゃあ、取り敢えず今までどおり逃げ回って、なんとか脱出する方向でいこうか。分かっていると思うけど、できるだけ建物などには被害を出さない様にね」

「オッケー、了解だ!」

 

 既に娼館一つに大穴を何個も開けて大損害を出してしまっているが、だからといってこれ以上いたずらに被害を出す必要は存在しなかった。

 逃げ切るにしろ、捕まるにしろ、後で謝るにしろ、出した被害は少ない方が良いに決っているのだ。

 

「……じゃあ行こうか」

 

 瞬く間に集結する戦闘娼婦達をなんとか対処しながら、フィン達は再び夜の闇の中へと消え駆け出した。

 

 

 

 *

 

 

 

 複雑に入り組んだ歓楽街の中を縦横無尽に逃げ回っている内にフィン達はあることに気が付いた。

 

「……多分、誘導されているね」

「……あぁ、どうやらそうみたいだな」

 

 疾走しながらもフィン達はそう会話した。

 

「確実に『罠』だね」

「あぁ、確実に『罠』だな」

 

 フィン達を襲う戦闘娼婦達は、ある時は執拗なまでに苛烈に攻めてきて、そうだと思ったら呆気ないほどすんなり退却し、またある時はあえて逃げ道を作るなどをして、良く良く観察してみるとかなり不自然な行動をとっていた。

 それが何回か繰り返される内に、この一連の行動は全て何らかの意図があって行われている事をフィン達は読み取っていた。

 

 おそらく、いや、間違いなく“これ”は『罠』だ。

 

「やっこさん、相当に自信があるみたいだな……」

 

 顔を(いぶか)しめながらリチャードは言った。

 

 さっきまでぽこじゃかと湧いていた戦闘娼婦達は今では鳴りを潜め、辺りは静寂に包まれている。

 不気味なまでの静けさだ。それが余計に不安と不審を煽ってくる。

 

「みたいだね、僕達(Lv.6二人)相手に勝算があるみたいだ。信じられない事だけど」

 

 敵の目的は彼等を“ある”ところに誘い込むである事は間違いだろう。そこで待っているのが何であるかまでは分からないが、Lv.6二人を相手にして打倒し得る“何か”が待っているという事は簡単に推測できた。

 

 このまま進むべきか、多少の被害を出してでも強引に脱出するべきか、フィン達は選択を迫られていた。

 

「俺達の実力を見誤っている可能性は?」

 

 いくら碌な装備をしていないとはいえ、Lv.6二人に対して勝ち目があると思うのは流石に計算違いであるとしか思えない。その証拠に、彼等は初っ端からイシュタル・ファミリア最強の戦士を倒している。

 彼女以上の隠し玉がイシュタル・ファミリアにあるとは考えられない。

 

「……多分、だけど、多少は()()と思う」

 

 だからこそ、少し考えたのちフィンはそう答えた。

 

「向こうは君が『リチャード・パテル』だと知っていた。つまり、L()v().()()の冒険者だと知っていたんだ。だから同じLv.の男殺し(アンドロクトノス)を寄越したんだろうけど──今の君はL()v().()()だろう?」

 

 疑問形での発言であったがフィンはそうであると確信していた。

 

「なんでそれを──あぁ、レフィーヤか」

 

 リチャード達のランクアップは今のところ部外秘の極秘情報であるが、彼女(レフィーヤ)の団長であるフィンがその事を知っているのは不思議な事ではない。

 

「あぁ、そうだ」そう短い言葉でフィンは肯定した。

「でもそれは、イシュタル・ファミリアには知る由もない事だ、だから少なくとも相手は君の実力を──」

 

 そこまで言ってフィンは言葉に詰まった。自分で言っていてこの事態の不自然さに気が付いたのだ。

 

「どうした?」

 

 固まるフィンを不審に思ったリチャードが周りを窺いながら問いかけた。今のところ敵影は見えない。

 

「どうして、リチャードのところに()()()()()()?」

 

 そう、フィンが疑問をこぼした。その問いは隣にいるリチャードよりも己自身に向けられていた。

 

「そりゃあ、俺の溢れんばかりの魅力が──」

「いや、それは違う」

 

 フィンはリチャードの言葉を最後まで聞かずに至って真面目に一蹴した。

 

「ここは娼館だ。よっぽど特殊な性的嗜好が無い限り男殺し(アンドロクトノス)を希望する者はいない」

 

 フィン達がぶっ飛ばしたヒキガエル、もといフリュネ・ジャミールの二つ名『男殺し(アンドロクトノス)』という異名は決して比喩や例えで無く、文字通りの意味である。

 彼女は何度も言葉の通り男性を殺しているのだ。物理的にも性的にも。

 そんな男にとって見た目も性格も最悪とも言える醜悪な娼婦を、あえて好き好んで選ぶ豪の者は存在しないだろう。

 

「君も当然そうだったはずだ」

「当ったり前だ!」

 

 彼女と遭遇した時の事を思い出したのかリチャードは不快そうに言った。

 彼が、『特別サービス』と聞いて期待に胸を膨らませていた時の気持ちと、その思いを裏切られた時の心境の落差は筆舌にし難い事だろう。

 

「そう……なのにイシュタル・ファミリアは『特別サービス』だなんて言い訳をしてまで()()()彼女を君のところに寄越した。……何故だ?」

 

 イシュタル・ファミリアは少なくとも彼が『Lv.5のリチャード・パテル』だと知っていたはずだ。そして、そんな事をしてはまず間違いなく争い事に発展するというのも分かっていたはずだ。

 

 それに加え、リチャードの証言では男殺し(アンドロクトノス)は性的ではなく物理的に襲い掛かってきたらしい。

 最初から争いを引き起こすことが目的であったとしか思えない。

 

「……賠償金目的か?」

 

 考えうる可能性を考慮し、最もあり得そうな可能性を口にするリチャード。自らの支配領域で無理矢理戦闘させる目的としてはそれ位しか思いつかない。

 適当な因縁を付けて金を掠め取るには絶好の機会であったと言える。

 

「もしくは、身代金目的だ。強引に捕まえて後は煮るなり焼くなり、ってね。で、僕が思うに有り得るとしたら身代金(そっち)だ。Lv.5とLv.5なら本拠地だし何とかなると思ったんだろう、でも──」

 

 そう言って一度深呼吸するとフィンは続けた。

 

「──でも、だったらどうして“僕”じゃなくて“君”だったんだ? どちらの目的にせよ、普通だったら君じゃなくて僕の方があらゆる面で都合が良かったはずだ。君の正体がバレていたのに僕の正体がバレていなかったと考えるのは流石に無理があるだろう」

 

 高Lv.冒険者とは言え一般団員であるリチャードと、オラリオ最強の片翼であるロキ・ファミリアの団長であるフィンとでは人質の価値がまるで違う。

 身代金にしろ、賠償金にしろ、金銭目的で狙うのであればリチャードでは無くフィンの方が妥当であるはずだった。

 

 でも、それをイシュタル・ファミリアはしなかった。

 

「……あんたじゃ手に負えないと考えたのかもしれないぞ?」

 

 当然考えられる選択肢をリチャードは指摘した。

 

「その可能性は低いと思う。確かに僕達(ロキ・ファミリア)と敵対するリスクはかなり高いが、僕はここに来た時は完全に酔い潰れていて正体を無くしていた。記憶も飛んでいたから無理矢理攫うにしても監禁するにしても、君より僕の方が容易(たやす)かったはずだ。なのに──」

「フィンじゃなくて俺の所に来た。……つまり、狙いは“俺”か?」

「おそらくね」

 

 イシュタル・ファミリアの行動の意図を読めば彼女達の狙いがリチャード・パテルであると推測することが出来た。

 

「そして、多分、彼女達の目的は『金』じゃない……」

 

 フィンの言う通りイシュタル・ファミリアの目的が賠償金や身代金であるならばその行動に一貫性が無さ過ぎだ。

 金が目的であるならば狙うのはフィン一択で、それをイシュタル・ファミリアはしていない。つまり彼女達には金以外のなんらかの目的があるのだ。

 そして、目的を達成するためにリチャード・パテルが必要という事なのだろう。

 

「何やら嫌な予感がするぜ。多少、被害を出してでも無理矢理脱出するべきじゃないか?」

 

 周囲の様子を慎重に窺いながら狙われた張本人であるリチャードは提案した。

 彼の選択は“緊急脱出”だ。明らかに罠だと判断できる誘いに乗る必要は無いし、その狙いが自分というのであれば当然の選択であろう。

 

「……僕は、反対だな」

「……どうしてだ?」

 

 当然自分と同じ結論に辿り着いていると考えていたリチャードは冷静に理由を聞いた。

 脱出という選択をリチャード(自分)が考えついたのに、フィン()が考えつかなかったとは思えない。

 何か自分には考えつかなかった理由がフィンにはあるのだとリチャードは考えた。

 

「敵の目的は金銭じゃないのは確実だ。でも、なんらかの目的があるのは確かだ」

 

 でなきゃこんな大騒動を引き起こしたりしないだろう。

 最初は仲間を傷つけられた事によるちょっと過剰な報復行為であると思っていたが、そんな考えはもはや微塵も無い。

 

「敵の目的は間違いなく『君』だ。じゃあ具体的には君の何だと思う?」

 

 それは、リチャードに有ってフィンに無いものを考えれば容易に考えつく事であった。それが即ち敵の目的という事だ。

 リチャード・パテルにあって、フィン・ディムナに無いものそれは──

 

「身長かッ!?」

「……もしかして君は馬鹿なのか?」

「え、いや……じゃあ、漢としての魅力か!?」

「もしそうだとして、敵は君を捕まえてどうするつもりなんだと思う? ここまでするメリットなんて無いだろう! もっと具体的な“モノ”で考えてみろ。君が持っていて僕が持ってない“モノ”を、だ」

 

 だが、リチャードにはあらゆる面に関して自分に(まさ)っていると思っているフィンは持っていなくて、彼だけが持っている“モノ”なんて思い当たらなかった。

 地位、名誉、財産、権力、名声、どれをとってもリチャードはフィンには敵わなかった。俺が持っていてフィンが持ってないものなんてこの世に無い──そう考えていたリチャードの脳裏にある人物が浮かんできた。

 

「……もしかして嬢ちゃんか?」

 

 何時になく真剣な表情になってリチャードは言った。

 確かにルララとの関係はリチャードにはあってフィンには無いものだ。その考えに至ってみるとそれ以外の回答は考えられないと思えるほどに、謎に包まれていたパズルのピースがピッタリと嵌った感覚を受けた。

 

 リチャードとルララが仲間であることを知っている者はあまり多くは無いが、別に秘密にしているということでも無い。

 一体どこからその情報を入手してきたのかは分からないが、どうやらイシュタル・ファミリアはリチャードとルララが浅はかならぬ関係にある事を知っている様であった。

 

「多分、十中八九そうだろうね」

 

 リチャードの言葉に対しフィンはそう肯定した。

 

「おそらく、君を捕まえて彼女を誘い出そうとしているんだろう。それで何がしたいのかまでは分からないが……どうせ碌でもないことだろう」

 

 イシュタル・ファミリアの悪名はフィンもリチャードもよく知るところである。かのファミリアには黒い噂が後を絶たないし、最近注目の的であるルララ・ルラを誘い出して何か良からぬことを企んでいる事は容易に察せられた。

 

「だったら尚更さっさと離脱するべきじゃないか?」

 

 敵の真の目的がルララならば今直ぐここから脱出して彼女に危機を知らせるべきであろう。

 イシュタル・ファミリアがルララにちょっかいを出したとしても、心配するべきは彼女では無くイシュタル・ファミリアの方であるが、だからといってこのまま放置して何もしない訳にはいかない。

 悠長にこんなところでダラダラと悩んでいる暇は無さそうであった。

 

「いや、僕はむしろこのまま相手の誘いに乗るべきだと思う」

 

 だがフィンの考えはそうでは無く、リチャードとは全く逆の『前進』であった。

 何故だ、と自分とは正反対の意見を言ったフィンに対し問い詰める様な顔をして無言で睨みつけてリチャードは続きを促した。

 

「そんなに睨まないでくれ……さっきも言ったけど敵は君の実力を見誤っている。だったらこの先にある『罠』もどうにか出来る可能性が高い。しかもこの騒動は決して綿密に計画されたものではないはずだ。僕達がここに来ると決めたのはつい数時間前の事で、そこから計画されて実行された急造の作戦だ。故に万が一が起きても対処は容易いと言える。それに──」

 

 睨みつけてくるリチャードに対し、フィンはにやりと笑いドヤ顔で続けた。

 

「──彼女に危害を加えようとしている輩を未然に潰すのも守護者(ガード)としての務めではないかな?」

 

 そうニヒルに笑いながら言ったフィンを否定する要素は、そのムカつく笑顔以外にはリチャードには無さそうであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 イシュタル・ファミリアの誘いに乗ることを決めたフィン達が辿り着いたのは、人気が全くなく暗闇に包まれた歓楽街のとある一画であった。

 夜の時間こそが最も活気溢れる歓楽街内部であるにも関わらず、その場所は照明など全く無く、華やかな歓楽街には不釣り合いの無骨で荒々しい石造りの異国風の建物がそこにはそびえ立っていた。

 

 なるほど確かにこれはいかにも罠を張っていそうな感じの建物だ、とフィン達はその建物を見て感想を抱いた。

 

「テルスキュラ国の建築様式に似ているね」

 

 フィンは彼の知識の中にあるこの建物に類似した建築様式である国の名前を出した。

 この建物は彼が文献で見たテルスキュラ国にあるという闘技場に酷似していた。

 

「あの、アマゾネスの聖地って言われている国か……ある意味この街にピッタリと言えるのか?」

 

 テルスキュラ国はかなり好戦的で物騒な国である事で有名な国家だ。そしてそれと同時に、アマゾネスの、アマゾネスによる、アマゾネスだけの国である事でも超・有名であった。

 イシュタル・ファミリアに所属する戦闘娼婦の多くはアマゾネスである場合が多い。その事を考えれば確かにこういった建物がこの歓楽街にあるのは不思議では無い。

 

「テルスキュラ国のアマゾネス達は、闘技場の中で神の名の下に命を賭けて決闘と言う名の殺し合いを行うそうだよ。それを日常的に行っているそうだ。己の能力を高めるためにね」

 

 それは文献で得た知識ではなく、とあるアマゾネスから教わった知識だ。

 

「……そいつは、なんともイカれてるな」

 

 自分達も似たような方法でステイタスを上げている事を棚に上げてリチャードはそう言った。

 そして、「そんじゃあ目的地は“あそこ”で間違い無さそうだな」と続けた。

 

「そうだね。それで、武器の方だけど……君の方は心配なさそうだね」

「まぁな。久々の俺式戦闘スタイル(徒手空拳)だ……アンタの方は?」

「僕の方も……まぁ、これで良いだろう」

 

 そう言ってフィンはここに来るまでにいつの間にか入手していた木の棒をリチャードに見せた。

 フィンの身の丈以上の長さを誇るその木の棒は、彼の主武器である槍と同じくらいの丁度良い長さであった。

 

「随分とイカした武器だな。伝説の武器か何かか?」

「まぁね。その名も突き穿つ木棒の槍(ゲイ・ボルグ)ってね」

「なるほど、格好いいな」

 

 光ってないのでILは80か? と謎の電波をリチャードは受信した。

 

「まぁ、弘法は筆を選ばずってことだね」

 

 くるくるっと突き穿つ木棒の槍(ゲイ・ボルグ)を回転させながらにやりと笑うフィン。

 

「俺は筆すら持ってないけどな!」

 

 そう言って笑い返すリチャード。

 

 そうやって彼等はお互いを見合って、どちらにも碌な装備が無い事をガハハハと笑い飛ばした。

 この先にはかなりの高確率で彼等を殺しきる事のできる『罠』が待ち構えている。そうであればこんな装備じゃ心許無さ過ぎてどうにかなりそうであったが、そうだとしても彼等には一歩も退く気はなかった。

 たとえ、どんな鬼畜な罠が待ち構えていようとも、それを乗り越えてみせる自信が彼等にはあったのだ。

 

「ハハハ……さて、それじゃあ──」

「あぁ、行くとするか!」

 

 そうして彼等は自ら罠の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 


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イシュタルの場合 5

 私は 哀れな 醜い アヒルの子

 

 のぞむ姿にもなれなければ のぞむ姿に変わる気もない 哀れな 哀れな アヒルの子

 

 飛び立つ勇気もなければ あきらめる勇気もない 卑しい 卑しい アヒルの子

 

 私は 醜い 醜い アヒルの子 

 

 童話のようには羽ばたけない かわいそうな アヒルの子

 

 助けを待ってばかりじゃ羽ばたけない

 

 

 

 *

 

 

 

 闘技場の内に侵入し、暗闇に包まれる通路を抜けるとそこは石畳でできた戦場(アリーナ)であった。

 闇夜に沈むアリーナ内を、満天の夜空に浮かぶ満月と僅かに灯る篝火だけが照らしている。

 炎に照らし出されるアリーナの中央には不気味な意匠の仮面の女が四人、亡霊の様に待ち受けていた。

 

 彼女達の存在を認めた瞬間、僅かながらの動揺がフィンに走る。

 

 見覚えのある者達がいる、この場所に居るはずの無い、居て良いはずの無い者達がここに居る。いくら仮面を被っていて顔が見えないからといって、彼が彼女達の姿を見紛うはずが無い。

 幾度となく窮地をくぐり抜け、背中を預けて戦い、寝食を共にしたかけがえのない仲間達を団長(フィン)が見間違えるはずが無かった。

 

「……確か、()()()()()()()んじゃなかったっけか?」

 

 彼女達には聞こえない声量でリチャードは囁く様に言った。少しばかり責める様な口調になってしまっているのは気のせいではないだろう。

 リチャードも彼女達とは浅はかならぬ関係を持つ者だ。正確には彼女達とではなくて彼女達のコピー体とだが。だからこそ彼も彼女達の正体を一瞬で看破出来た。

 彼も彼女達がロキ・ファミリアのアマゾネス姉妹。ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテである事を瞬時に見破っていた。

 

 流石の団長も団員のあーんなところや、こーんなところは見たことは無いだろう。いや、もしかしたら彼女達は普段から裸に近い格好をしているらしいし、片方は団長にご執心らしいから有り得るかもしれないが、それでも全裸で戦う姿を見たことは無いはずだ。

 そういった意味では、リチャードは彼女達の事についてフィンよりも詳しいと言えた。

 

 ロキ・ファミリアとイシュタル・ファミリアは蜜月の関係では無い。

 どういった経緯でイシュタル・ファミリアとは全く無関係の彼女達がここにいるのかは不明だが、その原因の一端が隣の小人族(パルゥーム)に有ることぐらいはリチャードにも理解出来た。

 

「……正確には、()()()()()()だよ。過去形と未来形じゃ大違いだ」

 

 やや間を空けて、苦虫を噛み潰した様な渋い顔をしてフィンが答えた。彼にしては珍しく弱々しく愚痴を吐く様な口調であった。

 

「そうか、どちらにせよ今から説得するには骨が折れそうだな。まあ、あの様子じゃ一生かかっても納得して貰えそうに無いが……」

 

 リチャードは対面の黒髪ロングヘアの女性──ティオネ──に視線を移して言った。

 顔全体を覆う仮面のせいで表情を窺うことは出来ないが、鼻息荒く敵意を剥き出しにしているところから、相当興奮しているのが見て取れる。

 こちらの言い分を聞く耳は全く無さそうであった。隣の妹ですらそんな姉の様子に若干引いている。

 

「正直言って弁解のしようも無いよ……」

 

 言葉の説得力はその内容よりも『いつ』『どこで』と、そしてなによりも『誰』が言ったのかが重要になってくる。

 

 こっそり行った娼館で大問題を起こし、そこから哀れにも逃走し、最後に逃げ込んだ場所で言い放つ男の言葉ほど心を動かさないものは無いだろう。『時』も『場所』も『言う奴』も、もう何もかも全てが最悪であった。

 

「……でも、だからといってこのままおめおめと捕まる訳にはいかないぞ。大丈夫か?」

 

 そう、彼等の双肩には彼女の未来が懸かっているのだ。別にそんな事わざわざしなくても彼女なら何とかしそうだが、それでも彼等は相応の覚悟を持ってここへとやってきたのだ。今更妥協する訳にはいかない。

 

「あぁ、むしろ同門が加担していることが分かったんだ。尚更退くわけにはいかないよ」

 

 彼等はたとえ相手が神であろうとファミリアの仲間であろうと、立ち塞がる障害は全て排除する所存であった。

 

「……なら良いんだがな」

 

 決意を新たにすると彼等は油断無く敵の様子を観察した。

 

 相対する彼女達から放たれる突き刺さる様な鋭い雰囲気は、少しでも隙を見せれば直ぐさま八つ裂きにするぞ、という強いイメージを彼等に与えてくる。若干一名辛抱たまらんといった感じで鼻息が荒いが気にしてはいけない。心なしか妹すらも一歩退いている様な気がする。

 

 だが、突き刺さる威圧は全て本物だ。

 どうやら、彼女達全員がリチャード達を倒しうる実力を秘めているという事は、疑いの余地はなさそうである。最低でも全員がLv.5以上の実力があると見て間違いないだろう。

 

 そして気になるのはティオネ、ティオナ以外の残る二人の女性だ。

 ヒリュテ姉妹と同じ褐色肌であることからアマゾネスであることが窺い知れるが、その髪は姉妹とは違い砂の様に黄色い色をしている。発せられる雰囲気は正に強者のソレだ。

 

 オラリオではアマゾネスでヒリュテ姉妹以上の使い手は存在しない。なのに、フィン達の戦力分析が正確であるならば、この謎のアマゾネス達からはヒリュテ姉妹以上の力を感じる。

 

 ルララの様に突如現れた新鋭か、あるいは外部勢力の者か。広い情報網を持つフィンは直ぐさま彼女達の正体に当たりを付けた。

 相手に悟られない様に小声でリチャードと意思疎通を図る。

 

「気を付けろリチャード。相手は多分、テルスキュラのアマゾネスだ」

 

 この闘技場の様式や、元・同門であるヒリュテ姉妹が一緒にいる事、そして強力な外部勢力である可能性を鑑みるに、このアマゾネス達はテルスキュラ国の戦士であることは間違いないと言えた。

 そうであるならばヒリュテ姉妹が彼女達に加担するのも、ある程度は納得できる。

 

「あのイカれたシキタリのある国か……確か命懸けで決闘してるんだっけか?」

「ああ、そして噂ではつい最近Lv.6に到達した者がいるらしい」

「それが、あの金髪のどっちかって事か」

「あるいは両方共、だね」

「見た感じ、二人とも“そう”っぽいな」

 

 それはフィンも同意であった。

 どちらにせよ、少なくともあの中にLv.6が最低一人はいることは確定だろう。こちらの貧弱な装備状況を考慮すると旗色はかなり悪いと言えた。

 

「幸いなのは向こうも全員徒手空拳なところだな。黒髪姉妹の方は良いとして金髪姉妹の方が暗器使いである可能性は?」

 

 別に金髪のアマゾネス達が姉妹であることが判明したわけでは無いが、リチャードはおおざっぱに一括りするために彼女達を姉妹であると呼称した。

 

「アマゾネスという種族はそういった小細工を嫌う傾向にあるから心配無いと思うよ。まぁ、その代わり……」

「正面からのガチンコには自信ありってことか。悪くねぇな」

「そういう事。イシュタル・ファミリアの妙な自信の理由はコレだったんだね」

 

 ロキ・ファミリアのLv.6とガネーシャ・ファミリアのLv.6に対して随分と強気であったなと思っていたが、なるほどこれが根底にあったのだろう。

 

「そりゃあ、Lv.6二人に、最高位のLv.5が二人助っ人に来れば強気にもなるわな」

 

 いつ襲いかかられても良いように油断無く警戒しながらリチャード達は会話を続ける。

 

「……リチャード、君には──」

「俺は、パツキンネーチャンといちゃこらしてるわ。黒髪姉妹の方は任せた」

 

 フィンの言葉を遮り、目を金髪のアマゾネス達に向けてリチャードが言った。

 リチャードは皆まで言うなといった感じでこちらに目もくれず佇んでいる。

 

「……すまない」

「勘違いするなよ。俺の好みが黒髪じゃ無くて金髪だったってだけだ。……フィンこそ大丈夫か?」

 

 いちおう建前上は正体不明であるとはいえ、同じファミリア同士が戦うことは決して良い事では無いだろう。

 最悪、一生拭いきれない確執が残る可能性もある。出来るのであれば避けるべき戦いだ。

 

「最悪、全員俺が──」

「いや、この戦いはちょっとしたお痛をやらかしたじゃじゃ馬娘達にお灸を据えるだけの意味でしか無いよ。君が心配する事じゃ無いよ」

 

 そう言ってフィンは黒髪のアマゾネス──ヒリュテ姉妹──の方へと歩き出した。

 

「そうか……いや、残念だな。美女の熱烈な歓迎を独り占めできると思ったんだが」

 

 フィンの背中に向かってそう投げかけ、リチャードも金髪のアマゾネスへと向かう。

 

「悪いが、彼女達は譲る訳にはいかないからね。君の方こそグズグズしていると僕が全部片付けてしまうよ」

「まぁ、そうならないように祈っていてくれ」

 

 そして、それ以上の会話は無く彼等はそれぞれの相手と相対した。

 

 

 

 *

 

 

 

 怒蛇(ヨルムガンド)の異名を持つアマゾネス──ティオネ・ヒリュテ──はその二つ名が示す通り暴れ狂う大蛇の如く怒っていた。

 蛇を模した禍々しい仮面の奥底で嫉妬の炎を燃やしながら、この世の者とは思えないほどの形相をして敵対者であるフィンを凝視する。

 

 この男は彼女の心から愛する人だ。だが今は、ただの障害でしかない。あの女を排除するためのほんの小さな障害でしか無かった。

 

 こんな事になったのは何もかもあの小人族(パルゥーム)の女のせいであった。彼女の運命がこうも滅茶苦茶に狂ったのは全てあの女のせいであった。

 あの醜悪なる姿の小人族(パルゥーム)を思い出すだけで、身の毛もよだつ程に怒りが湧いてくる。

 

 彼女の恋が実らないのも、思い人の心が奪われたのも、古い過去の亡霊が彼女を惑わすのも、愛する人と戦うはめになったのも、そして彼女が一度死にかけた事さえも、きっとあの女があの人の心を奪うために仕組んだ事に違いなかった。

 全ての元凶はあの女にある。

 ならば、取り払わなくてはならない。打ち払わなくてはならない。振り払わなくてはならない。

 平穏を保つために。均衡を保つために。安泰を保つために。そうする必要があった。

 

 これはそう、神が彼女にもたらした崇高な使命であると言えた。

 

 それは全くもって言いがかりの視野狭窄な思考であったが、そんな事に気づけないほどに彼女は激怒していたのだ。

 

 とにかくティオネは怒っていた。それも未だかつて無いほどに、だ。そしてそれは彼女の持つ特有のスキルを最大限に稼働させていた。

 

憤化招乱(バーサーク)

 

 怒れば怒るほどに攻撃力を上昇させるこのスキルは今、絶頂を迎えようとしていた。

 

「さて、どうして君達がここにいるのか教えてくれないかな?」

 

 対峙する小人族(パルゥーム)が今更そんな事を(のたま)ってきた。

 何時もならその声を聞いただけで体中が熱くなり渦巻く怒りが雪の様に溶けていくのだが、今日ばかりは怒りのボルテージを引き上げるだけであった。

 

 頂点に達した憤怒に身を任せて引き絞られた弓矢の如く飛び出し一直線に突っ込んでいく。

 強靱な脚力を持って一瞬で距離を詰め、溜まりに溜まった積怒を込めて愛しい人に向けて拳を叩きつける。

 

「……返答が“ソレ”とは、随分と手荒い歓迎だね。ティオネ」

 

 スキルによって暴れ狂う大蛇の如き一撃へと強化された渾身の一撃は、ただの木の棒で流水の様に受け流されてしまった。

 怒り任せの強襲を簡単に往なされたティオネは体勢を崩し、その隙をフィンが逃すはずも無く、彼はティオネの背中目掛けて一撃を加えるとその勢いのまま彼女を転倒させた。

 

 彼女の勢いと彼の勢いをプラスされた衝撃は、強固に出来た石畳にひびを入れティオネの体に痛烈なダメージを与えた。

 

「ガハァ!」

 

 堪らず彼女の口から苦痛の声が漏れる。

 

「いくら君のスキルが『怒り』に関する事だからといって、怒りに身を任せて攻撃するのはよせと何度も教えたと思ったけど、暫く見ない内にもう忘れてしまったのかな?」

 

 諭す様な憎たらしい声が頭上から聞こえた。いちいちかんに障る甘い声だ。彼女の中で暴れ回る怒りの炎が更に激しく燃え上がる。

 それによって急上昇した力でもって直様反撃に出ようとしたが、彼女の肉体は思う様に動かなかった。的確に彼女の身体に押さえつけられる木棒によって動きが完全に制御されているのだ。

 

 その姿はまるで調教される猛獣の様だ。まるで彼は彼女の弱い所を全て知り尽くしているかの様であった。

 良い様にあしらわれていることに激しい屈辱を覚えるティオネ。怒りのボルテージが益々上がっていく。

 

「それと──」

「うぉおおおお!!」

 

 ティオネに集中しているフィンの背後から、今度は乾坤一擲の気合いをもってティオナが殴りかかってくる。

 

「──奇襲するなら、静かにかつ素早く、だ。ティオナ」

 

 フィンは死角から放たれた拳撃を華麗に回避すると、ティオネに押し付けていた木棒を一回転させた。その時なぜだか分からないがティオネは少し名残惜しい気持ちになった。

 

 木棒はまるであらかじめ決められていたかの様にティオナの下顎へと吸い込まれていき、彼女の顎を僅かに掠めると脳を揺らした。

 刹那の時間、ティオナの意識が忘却の彼方へと飛ばされる。

 その一瞬の隙を突き、フィンはティオナの足を払うと倒れゆく彼女の延髄に強烈な一撃を加え、姉と同様に大地へと叩きつけた。

 

「ぐぅう」

 

 ティオネの時と同じ様な亀裂が再び地面に走る。

 そのまま流れるようにティオナの背中を木棒で押さえつけ、ティオネを座り込んで押さえつけるとフィンは勝ち誇るように言った。

 

「少しは成長したと思っていたけど、まだまだ甘いね」

 

 強い──地面を強制的に舐めさせられたティオネ達は倒れ伏しながらもそう思った。彼女達の団長は想像以上に力を秘めていた。Lv.5としては最高峰であるヒリュテ姉妹をもってしてでも手も足も出ないほどに彼は強かった。

 

 それもそのはず。彼女達がLv.5最高峰であるならば、フィン・ディムナは世界最高峰の冒険者だ。それも長いこと修練を積んだ最高位のLv.6であり、世界最強のファミリアの団長なのだ。

 たとえ、相手がLv.5で多くの戦場を共にした身内であろうとこの程度造作も無い事であった。彼女達がかなわないのも道理であると言えた。

 

 しかも彼はまだその実力の半分も出していない。

 

 あまりにも最近ジャイアントキリングが続いているから忘れがちであるが、Lv.差というのはこれほどまでに絶対的な壁として君臨しているのだ。

 

「さて、そのままで良いから聞いて欲しいんだけど……もう一度聞こうか。君達はどうしてここにいるのかな?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、必死に藻掻いていた彼女達の動きが止まった。

 どうして……どうしてだっただろうか? どうしてこんな事になったのだろうか? そんなの、そんなの決まっている! 全ては、全てはアイツが……。

 

「テルスキュラのアマゾネスに何かされたのか?」

 

 それは確かに一番有り得そうな答えだった。

 ティオネとティオナはテルスキュラ出身のアマゾネスだ。久しぶりに会った故郷の仲間達に当てられて惑わされた可能性が高いと思うのは普通であろう。

 

 だが別にそんな事が理由では無かった。

 

 テルスキュラとは因縁はあるが確執は無い。生まれ故郷であるが執着は無かった。別に彼女達が何をしようが何処にいようが、本当に()()()()()()()()

 彼女にとって大事なのは……。

 

「……だんまりか」

 

 だが、それを言って彼が納得するとは思えなかった。だから彼女達は沈黙を貫いた。

 彼には理解出来ない。理解することが出来ない。ヒトを愛した事の無いこの男には絶対に分かって貰えない。

 愛するという事の意味を。“ソレ”を手にする為には何でも出来るという事を。時には“ソレ”が悪鬼の如き憎悪に変わるという事を。

 

 きっと彼は理解出来ないだろう。

 

「……じゃあ、()()()の目的はなんだ?」

 

 沈黙し続けるティオネ達にこのままでは埒が明かないと思ったフィンは別の質問をした。

 この時、フィンはあえて()()では無く()()()と聞いた。

 君達は無関係なのだろう? ただ協力しているだけなのだろう? と言外に伝える為だ。

 

「……これも、か」

 

 その質問も彼女達に黙殺された。

 彼女達は、一度“こう”と決めたら意地でも貫き通す頑固な姉妹だ。だから、この回答は想定内であるとフィンは己に言い聞かした。

 しかし、答えられないのには理由があったのだ。そもそもティオネ達はその答えを知らないのだ。彼女の頭にあるのはあの女を抹殺する事だけだ。それさえ出来れば他の事はどうでも良かったのだ。

 

 だが、このままではあの女を殺すどころか、相対する事すらも出来なくなってしまうだろう。

 計画の為には愛する人ですら打ち倒さなくてはならない。これも愛故に、である。

 

 ティオネとティオナは彼女達の奥の手を切ることに決めた。

 もう、今更止めることは出来ない。彼の神と密約を結び、あの煌びやかで美しい神に”魅了”された時にはもはや後戻り出来なくなってしまっていた。

 

 きっと、あの時に何もかもが()()()()()()()()()しまったのだろう。

 

「じゃあ最後に聞くけど──」

 

 フィンがそう言ったのをティオネ達はどこか遠くに聞いた。もはやフィンの声すらもどうでも良くなっていたのだ。

 

 ティオネ達は言葉を紡いだ。空に浮かぶ満月と呼応し光り輝く小さな石の欠片を持って、彼の言葉を口ずさんだ。

 それはとても小さな呟き声であったが、それだけで十分だった。

 彼女達が持つ『アラグ式殺生石』の欠片は解放され、その身に宿した魔法(ちから)を彼女達に発現させた。

 

「──これが()()を狙っての事だと知って与したのか?」

 

 その返答は金色に輝く拳であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 テルスキュラの熱く過酷な砂漠に似た髪をしたアマゾネス達は、アルガナとバーチェと言った。

 蝙蝠の様な不気味な仮面を着けた長髪のアマゾネスがアルガナで、肩まで伸びる髪を持ち蜘蛛のような禍々しい仮面を着けたのがバーチェだ。

 

 リチャードは勝手に彼女達を姉妹と呼称していたが、偶然な事に彼女達は姉妹であった。

 アルガナが姉で、バーチェが妹だ。

 

 彼女達はテルスキュラ最強の戦士であった。

 幼少の頃から強制的に恩恵(ファルナ)を授けられ、同族同士、同レベル同士で殺し合いを続け、二十を超えるまで生き残った正に戦いの化身であった。

 

 彼女達にとって戦いは生きる事と同義であった。あるいは戦う事しか知らないとも言えた。

 

 そんな彼女達に共通する認識が一つある。男という存在はか弱く情けないものだという事だ。

 テルスキュラにとって、男とはただの『種』に過ぎない。一族繁栄の為のただの道具でしか無いのだ。

 国を出てわざわざこんな辺境の地に来たのも全ては”あの女”と戦う為だ。『神の鏡』を通して見たあの凄惨な光景を作り上げた張本人と死合う為だ。

 

 男になど微塵も興味は無かった。

 

 だが、世界は思っていたよりも広大で未知に溢れていたらしい。初めて訪れた辺境の地で彼女達は思いがけない出会いをした。

 

 雄の強者だ。

 

 最初はあの女と戦う為の前段階なだけで大した事は無いだろうと期待していなかったが、中々どうして歯ごたえのある男であった。

 

 一瞬で距離を詰め懐に潜り込み強烈な一撃を喰らわせてきたり、遠距離から地を突き衝撃波を放ってきたり、羽毛の様に華麗なステップでアルガナ達の攻撃を回避したり、喰らうと動きが緩慢になる攻撃を繰り出してきたりと、アルガナ達が体験したことの無い全く未知の戦法で男は戦っていた。

 

 男の戦い方は変わっていた。特に奇妙なのはその攻撃法だ。何やらぶつぶつと謎の言葉を呟きながら無心になって攻撃してくる。ちょっとしたホラーだった。

 

「踏鳴 破砕 崩拳 崩拳 双竜 双掌 連撃 正拳 破砕 秘孔 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 破砕 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 破砕 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 破砕ッ!!」

 

 意味不明である。まるで修行僧が読む経の様だ。共通語をしゃべる事の出来ないバーチェでさえもその異様さに若干たじろいでいる。

 

 だが、その実力は確かなものであった。同族喰らいを続けLv.6へと昇華したアルガナとバーチェを相手に男は一歩も引かず激戦を繰り広げている。

 

 更に不思議なのは男の攻撃が打ち込む度に回を増すごとにドンドン重く、速くなっていく事だ。

 なんらかのスキルが働いているのは間違いなさそうであった。一定の攻撃を一定の周期で何度も繰り出してくる事からそれが発動条件なのかもしれない。

 

 アルガナやバーチェにもそういった自己を強化する魔法が存在する。

 アルガナには『カーリマ』という名の呪詛(カース)が、バーチェには『ヴェルグス』という名の付与魔法(エンチャント)がそれぞれ存在していた。

 

 アルガナの『カーリマ』は別名血潮吸収(ブラッドドレイン)と呼ばれ、恩恵(ファルナ)を持つ者の血を吸う事によって自身を際限なく強化しステイタスを高める事が出来る能力だ。

 だが、反則的効果を持つ反面その代償には大きなものがある。著しく上昇したステイタスの中で唯一耐久(まもり)だけが激減するのだ。

 

 そしてこの拮抗した戦いの中ではそれは致命傷になり得た。

 

 戦闘中に付いた傷口から血を啜り能力を発動させると、直様男はそれを察知しアルガナに執拗なまでの攻撃を仕掛けてくるのだ。

 アルガナの『カーリマ』は見た目や雰囲気に変化を及ぼすものでは無い。にも関わらずこの男はどうやってかそれを感知し(恐らく下がった耐久(まもり)すらも感知して)攻撃してくるのだ。

 

 男の攻撃は減少した耐久(まもり)で耐えられるほど生易しいものでは無い。それどころか強制的に『カーリマ』が解除されるなんていう場面もあった。

 こちらの手の内が全く通用しない。今まで経験したことの無い前代未聞のこの事態にアルガナの精神は大きく揺さぶられた。

 

 そして、バーチェの方はどうなのかと言うとこちらも効果は著しくなかった。

 

 バーチェの魔法『ヴェルグス』は猛毒の魔法だ。彼女が身体に纏う黒紫色の光膜は敵の皮を焼き、肉を腐らせ、骨を侵食する。彼女の魔法は必毒であり必殺であった。

 

 そう、そうで()()()のだ。それはもはや過去の事であった。

 

 必毒であるはずの魔法は肉どころか肌すらも焼く事が出来ず、男には大したダメージは与えられなかった。

 外の世界には耐異常というものがあるらしいが、それにしてもこれは異常だった。まるで男はもっと強烈で強力な“毒”に何度も何度も侵された経験があるかの様だ。

 

 アルガナ達はまさかの窮地に追い込まれていた。

 

「双竜 双掌 崩拳 秘孔 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 破砕 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 破砕 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 破砕 連撃 正拳 崩拳 秘孔 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 破砕 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 破砕 連撃 正拳 崩拳 双竜 双掌 崩拳 連撃 正拳 破砕──ッ!!」

 

 謎の言語を呟きながら鬼気とした表情で迫る男にアルガナ達は初めて恐怖した。己の力のみで戦えないのは癪であるが、奥の手を出す必要が有る様に思えた。

 

 アルガナ達は懐に忍ばせていた『アラグ式殺生石』を握ると呪文を紡ぎ出した。それは丁度ティオネ達が魔法の言葉を紡ぎ出したのと同時であった。

 詠唱の為に集中する必要は無い。

 これはただのキーワードであり、魔法の発動のための解除式に過ぎないのだ。

 

『――大きくなれ』

 

 風を切り、轟音を巻き上げながら迫る拳撃を紙一重で回避しながら口ずさむ。

 

『其の力に其の器。数多の財に数多の願い』

 

 共通語を喋れないバーチェもたどたどしい言葉ながら一生懸命に歌っていく。

 

『鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を』

 

 様々な思いと願いを込めて、彼の敵を打ち倒さんが為に。

 

『――大きくなれ。神撰を食らいしこの体。神に賜いしこの金光』

 

 やがて『アラグ式殺生石』が黄金色に発光し、さらに光の粒となって周囲へと行き渡る。

 

『槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を』

 

 浮遊する光粒が術者へと集中し『アラグ式殺生石』に秘められた力が顕現する。

 

『――大きくなぁれ』

 

 そして彼女達は大きくなった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

『アラグ式殺生石』から顕現した魔法は彼女達に劇的な変化をもたらした。

 

「がはっ!?」

 

 押さえつけられていた拘束を強引に振り解き──

 

「ぐはっ!」

 

 雨あられの如く降り注いでいた攻撃を掻い潜り──

 

「ごがぁあ」

「ぐふぅう」

 

 敵対者達に甚大なダメージを与えた。

 

『アラグ式殺生石』に封印されていた魔法の名は『ウチデノコヅチ』。イシュタル・ファミリアの眷属サンジョウノ・春姫が持つ超希少(レア)魔法だ。

 

 その効果は階位昇華(レベル・ブースト)。対象者のLv.をワンランクアップさせる、だ。本来であれば決して超える事の出来ないLv.の壁を突破できる奇跡の魔法である。

 

 防戦一方だったアマゾネス達から嵐の様な凄まじい反撃が繰り出される。

 

 躱され受け流されるだけであった拳撃が面白いほどに吸い込まれていく。

 怒りに身を任せるだけの力任せの攻撃も簡単に決まっていく。

 滴る血を啜っても落ちた耐久を気にする必要はもう無い。

 放たれた毒は肌を犯し、肉を冒し、骨を侵し、全身を蝕んだ。

 

 形勢は一気に逆転した。

 

 防御に使用していた木棒は数撃で粉砕され使い物にならなくなった。

 繰り出していた攻撃は一切当たらなくなり、疾風迅雷の如き勢いは失われた。

 危険を知らせる親指が激しく震え危険を知らせてくる。

 毒に冒された彼に回復手段は無かった。

 

 いわゆる絶体絶命のピンチであった。

 

「まさ、か……まだ、奥の手が、あったとは、ね」

 

 そうぶつ切りに言う小人族(パルゥーム)を、ティオネは万力の様な力で首を握り絞めて宙に浮かせた。

 手の中にいる小人族(パルゥーム)が何か言いたそうにしている。どうでも良いと思う自分と、聞く耳を持つべきだという自分がいた。

 

「ティオネ──」

 

 愛する人が自分を呼ぶ声がした。一応聞く耳を持つべきかもしれない。

 

「もう、止めるん──」

 

 でも、それは望んでいた言葉では無かった。言って欲しかったのは否定や制止の言葉では無かった。

 それは肯定だった。彼のために戦う自分を認めて欲しかった。彼を拐かす魔女を倒す為に戦う自分を承認して欲しかった。

 だから、返答の代わりに受けた仕打ちのお返しとばかりに彼を地面へと叩きつけた。

 

 轟音と共に地面に大きな亀裂が入る。ティオネ達が付けた亀裂よりも遙かに大きい亀裂だ。それは彼女の怒りの程を示していた。

 もう、小人族(パルゥーム)は動く気配が無い。呆気ない。そう蛇の仮面を被ったアマゾネスは思った。

 

「好きな男に対して、酷い事をするのな」

 

 息も絶え絶えといった様子のヒューマンの男がそう言ってくる。必死に抵抗しているが既にアルガナ達に捕らえられ羽交い締めにされている。

 強気な発言だが、情けない事この上無かった。

 

「そんなんで、男のハートを奪えると思ったら大間違いだぞ? だからアンタは()()()()()()()

 

 聞き捨てならない台詞をほざきやがった。────だがそれももうどうでも良かった。

 

「アンタみたいな怒りのままに暴れる女が男は一番嫌いなんだ。知ってるか? フィンはアンタの話を出す度に、こうやって少し困った顔をするんだ。嫌われている証拠だぜ」

 

 そう言ってリチャードはちっとも似ていない不細工な困り顔をして見せた。しかしだれも反応しない。空しい。

 いや、唯一妹の方がプスっと笑ってくれた。だが肝心の姉の方は無反応であった。

 

「あ、あと力尽くで解決しようとしている限りは、誰も振り向いちゃくれな──」

「何を期待しているのか知らぬが、無駄じゃぞ」

「……アンタは誰だ? ガキは寝る時間だぜ」

 

 突如現れた謎の少女に対してリチャードは不躾にそう言った。

 

「ほぅ貴様、“神”に対して随分な言いぐさじゃな? まぁ、良いか。妾の名はカーリー。アマゾネスの聖地、血と闘争の国テルスキュラが主神じゃ。お主の今の状況──絶体絶命──というやつじゃが怖くないのか?」

 

 リチャードの粗暴な態度にカーリーの口が三日月型に開かれる。

 

「生憎、俺は生臭でね。神様に対する尊敬なんてものは随分と前に無くしちまったよ。それに──」

 

 自分よりも遙かに高位に君臨する超越存在(デウスデア)を目の前にしても彼は躊躇無く言い放った。

 

「──悪いが、アンタ達よりかもっと怖い奴等を知ってるんだ。それに比べればアンタ達なんて路傍の石みたいなもんだな」

 

 確かにこのアマゾネス達やカーリーは只者では無かった。

 だが、ここにいる誰かもあの半身半蛇の化け物や、二股に分かれる大蛇の様な圧倒的なプレッシャーは一切感じなかった。

 それにリチャードはそんな化け物達よりも、ここにいるアマゾネス達よりも、そしてこの小さな神様よりも、もっと小さくて、強くて、恐ろしい存在を知っていた。

 それと比較すればこいつらなど恐るるに値しない。

 

 そんなリチャードの言葉を聞いてカーリーはまるで幼子の様に顔を歪ませて笑った。

 

「カッカカ! この期に及んで妾達を『石』と申すか! この戦神カーリーを前にして『ただの石ころ』とは見上げたものじゃのう! なるほど、噂に聞く二階級特進(ダブルランクアップ)という名は伊達では無いようじゃ! 命知らずとは正にこの事よな!! カーカッカッカ」

 

 超越存在(デウスデア)である神々は人の嘘を見破ることが出来る。相手が本心で言っているのか、それとも偽心を持って驕っているか瞬時に判断できるのだ。

 今のところカーリーはリチャードの言葉から疑心や疑念といった負の感情は読み取れていない。つまりこの男は心の底から本心で言っているのだ。どうやら相当なまでに死にたいらしい。

 

 神々が降臨して千数年、人々は神の恩恵を頼りにここまで生き延びてきた。そして、今や人類は神の恩恵無くしては、まともに生きていくことも出来ない程に神に依存している。

 だからこそ人々は神を畏れ、敬い、尊ぶのだ。神々を怒らせないために、逆鱗に触れないために、恩恵を授かるために。ご機嫌を取ってきた。

 そんな『神の時代』とも言えるこの時勢に、こんな神をも恐れぬ行為を行うには相当な胆力が必要になるだろう。吹けば消える様な脆弱で貧弱な、神がいなければ何も出来ない様な『種』の雄にしては、なかなかに肝の据わった奴である。

 

「だがしかし、貴様はその『石ころ』に敗北したようじゃぞ?」

 

 ひとしきり笑った後カーリーはアリーナを見渡してにこやかに言った。

 

「『石ころ』に負けた『石ころ』以下の貴様は一体何者であろうな?」

「……さぁな。少なくとも碌なもんじゃないさ──アンタ、『無駄だ』っていったな? アイツ等は洗脳でもしたのか?」

 

 アイツ等というのがティオネとティオナの事を指しているというのはカーリーには直ぐに分かった。

 

「妾じゃなくてイシュタルが、な。妾は反対したのじゃが、言う事を聞かぬじゃじゃ馬娘を制御するには魅了するのが一番早いとの事じゃ。妾としては傀儡となった人形の闘争なぞ魅力半減じゃと思うのじゃがな。不服か?」

「いや、別に……俺には関係無いしな。……それ以外にも散々小細工していみたいだが、ご苦労なこったな」

「ふむ、まぁ、ほとんどがイシュタルの奴が画策した事じゃが確かにそうじゃな。じゃが、所詮は負け犬の遠吠え。妾の心には響かんよ」

「……いや、そう言った意味で言ったんじゃないさ」

「ほぅ、だったらなんじゃと言うのだ?」

 

 神の詰問に対して不気味に笑いながらリチャードは言った。

 

「いや……随分と、()()()()()()()ってね」

「…………」

「……黙っていることからして図星か?」

「いや、ただ妾は呆れただけじゃ。お主のその脳天気さにのぅ」

「……だろうな」

 

 リチャードは神の言葉にそう応じた。

 

「……じゃが、神を愚弄した罪は重い。このまま捕らえてやろうと思っていたが、気が変わった──」

 

 カーリーがそう言うと静かに控えていた四人のアマゾネス達が前に躍り出た。

 

「──死なない程度に痛め付けよ」

 

 カーリーはリチャードに最後通牒を突きつけた。

 四人の戦士が今まさに襲いかからんとしたその時、最後の悪あがきとばかりにリチャードはカーリーを挑発してみせた。

 

「……なんだ、アンタが直接手を下すんじゃ無いんだな。こんなことまで眷属任せか? 神様はいつだってそうだな」

「……ヤれ!」

 

 闘技場に絶叫が響き渡った。

 

 

 

 *

 

 

 

 人も眠り、草木も眠り、眷属も眠り、神をも眠る時間。

 

 それでも冒険者は眠っていなかった。

 

 寝静まる住人を起こさないように静かにかつ慎重に作業を進める。冒険者としてやるべき事はいくらでも尽きない。

 眠っている暇は無いのだ。

 

 そろそろ夜が明けようとしていた時間、『竈の家』にとある娼婦が訪れた。

 金色の狐耳に簡素な服装をしたこの女性は、冒険者の街には似つかわしくない変わった見た目の少女だった。

 

 必死な様子で懇願するその少女から受け取った折れた木棒と血だらけの布きれ、そしてその言葉を聞いて、冒険者は風の様に飛び出していった。

 

 明けようとしていた“夜”が再びオラリオに訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 果たしてルララさんはパッチ4.0が来る前にエオルゼアに帰れるのか? クリスマス前には帰れると良いなぁ。


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イシュタルの場合 6

 サンジョウノ・春姫は夢を見ていた。実にリアルな夢だ。

 この世の中にはこれが夢であると分かる夢があると言うが、それが“そう”であるのかまでは春姫には分からなかった。

 だが、まるで実際に現実で起きているかの様にリアリティに溢れる夢であったのだけは確かだ。

 

 夢の中では四人の女と二人の男達が戦っていた。見知らぬ闇夜の闘技場で彼女達と彼等は闘争していた。

 その中で春姫は姉を思う妹であり、闘いを渇望する狂戦士であり、自身の半身を恐れる戦闘者であり、憤怒に燃える女であった。

 

 春姫は狂おしいほどの激情に支配されていた。

 怒りが、悲しみが、恨みが、妬みが、僻みが、餓えが、恐れが、憎悪が、ありとあらゆる負の感情が身体の中で暴れ狂っていた。

 なのに、彼女達は空っぽだった。まるで操り人形の様に空っぽで空虚な存在だった。

 

 それがとても悲しかった。

 なにも出来ない自分が無性に腹立たしかった。

 見ているだけの自分が唯々情けなかった。

 

 春姫と戦う男達は追い詰められていた。

 光の粒子に包まれる春姫達によって男達は窮地に立たされていた。

 

 この光の粒子には身に覚えがあった。それはかつて自分の中に“あった”ものだ。彼女の中で生まれ、育まれ、巣立っていった彼女だけの魔法であった。

 

 神は言った「仲間達の繁栄と栄華の為にその力が必要なのだ」と。

 春姫は答えた「仲間達の為ならばこの力、喜んで差し出しましょう」と。役立たずで足手纏いの自分にようやくやるべき事が出来たのだ。迷いなどあるはずが無かった。

 

 でも、それは間違っていた。春姫の魔法は仲間達の為に使われるどころか、他人を傷つける為に使われていたのだ。

 馬鹿みたいに浮かれて喜んでいた過去の愚かな自分を呪ってやりたい気分だった。

 

 彼等を傷つけているのは自分だ。彼等を殴りつける拳は己のものであり、彼等を蹴りつける脚は己のものであった。

 何もかも全て自分がやった事だった。女達が空っぽになったのも、男達が捕らえられたのも、みんなみんな自分のせいだった。

 何もしないでただ救いを待っていた愚痴無知な自分が仕出かした事だった。

 

 ずっと、物語のお姫様に憧れていた。お伽噺の様なお姫様に憧れていた。

 ずっと、物語の様な魔法使いが助け出してくれるのを、ただ待っているだけであった。お伽話の様な夢に見た王子様が助け出してくれるのを、ただ待っているだけであった。

 己の現状に嘆いているだけで何もしない卑しい娼婦の下に、そんなものが来る訳が無いというのに。それを知っていながら、分かっていながら、それでも尚、自分は()()()()()()()

 

 変わる勇気が無かったから。変える勇気が足りなかったから。変わろうとする勇気がまるで存在しなかったから。変わりたくない臆病者な自分に甘える事しか知らなかったから。

 

 でも、それではもはや()()だ。

 

 立ち上がらなくてはならない。立ち向かわなくてはならない。立ち(はば)めなくてはならない。

 

 彼女達を、彼等を──救わなくてはならない。

 

 それが出来るのが(わたくし)だけだ。(わたくし)だけであるならば──己自身の力で、己自身の力だけでその一歩を踏み出さなくてはならない。

 

 夢見がちな少女の時代はもう終わりだ。何も知らず、何も出来なかった少女の時代はもう終わりなのだ。

 あの時語った物語の様に、あの時勇者に詠ったお伽噺の様に、己自身の力で突き進み、救い、幸せを掴み取るのだ。

 

 そうする責任が(わたくし)にはある。あの“力”をもたらした(わたくし)にはそうすべき責任がある。

 

 春姫を突き動かしたのは勇気では無かった。確かに、勇者(ブレイバー)から貰ったほんの僅かな勇気も切っ掛けの一つではあっただろうが、真に彼女を突き動かしたのは“愛”であった。

 

 空っぽで空虚な心の中で確かに”それ”がある事を春姫は感じ取っていた。

 それはまるで小さな蛍火の様に儚く今にも消えそうなちっぽけな灯火であったが、決して消してはならない尊いものだと春姫は強く、強く思った。

 

 意識が覚醒する。

 

 そこは血の匂いが漂う闘技場では無く、暖かいベッドの中であった。さっきまでいた血生臭い闘争の地では無かった。穏やかで心安まる安息の地であった。悪夢を見て疲れ切った心を癒やすのにこれほどうってつけの場所は無いだろう。

 だが、自分がいるべき場所は()()では無い。安穏たる安らぎの場所で無く、欲望渦巻く闘争の地が自分のいるべき場所であった。

 

 春姫は駆け出した。己がいるべき場所に向かって、為すべき事を成すために。これほど懸命に走ったのは幾年ぶりだろうか。幼い頃の、あの幸せだった頃の思い出と共に彼女は疾走する。

 

 たどり着いた場所には誰もいなかった。だが、折れた木棒と血塗られてズタボロになった布きれがそこにはあった。

 夢の中で見た勇者(ブレイバー)と半裸の男が身につけていたものだ。あの夢が”夢”では無かった事が、確かな現実となって春姫に訴えてくる。

 

 そこまでいって春姫は袋小路に陥った。彼女には確固たる強い思いはあったが、それを実行する“力”が決定的に不足していたのだ。

 春姫は無力な自分を呪った。力無き己を憎んだ。結局何も出来ないままの自分自身を恥じた──でも今は、それを嘆いて泣いている場合では無い。

 

 足掻くのだ、みっともなく。

 藻掻くのだ、見苦しく。

 抗うのだ、はしたなく。

 

 今こそが──今こそがその時なのだ。

 

 そう思った瞬間、まるで閃光の様に煌めくヴィジョンが春姫を襲った。

 それは、夢の中で共にあった憤怒の戦士が見せた幻想だったのかもしれない。あるいは彼女を想う心優しき”妹”が見せた空想だったのかもしれない。もしかしたら、その小さな小さな白い冒険者は追い詰められた春姫が生み出した都合の良い妄想だったのかもしれない。

 

 でも、彼女ならば助けになってくれる。

 

 まるで根拠は無いが、なぜだか春姫はそう確信出来た。出来るほどの“輝き”を彼女は放っていた。

 

 導かれる様に春姫は再び駆け出していく。行くべき場所は不思議と理解出来ていた。やはりそれは夢の中で見た彼女達の想いがもたらした奇跡だったのかもしれないが、考えている余裕は無かった。

 

 そうしてたどり着いた場所で、彼女は”英雄”と出会った。まばゆいばかりの光を纏った”英雄”と巡りあったのだ。

 一瞬──彼女は躊躇した。自分の様な卑しい娼婦の様な存在が、この様な光り輝ける英雄に助けを求めて良いのだろうかと。彼女の放つ光に陰りを差すのでは無いかと思い悩んだ。だがそれは、ほんの些細な悩みであった。

 小さな英雄はそんな事がどうしたと露程も気にせず微笑むと、夜よりも深い”闇”となり、全てを置き去りにして朝焼けが覗く夜の街へと消えていった。

 

 その姿は正に英雄と呼ぶに相応しかった。春姫を長年悩ましていた問題を全て吹き飛ばす程に眩しかった。

 

 そして──暫く呆然と冒険者を見送っていた春姫は自分が置いてきぼりをくらった事に遅まきながら気が付いた。春姫、一生の不覚である。

 

「ふぁあああ、良く寝た。まだ誰も起きていない……よっし! これからこっそりベル君と……って、ちょっと君は誰だい!? そんな格好で一体どうしたんだい!?」

 

 だがそれが功を奏したのか、春姫は心優しき神様とその仲間達とも巡り会う事となった。

 

 

 

 *

 

 

 

 朝日が昇る夜の街に暗黒が舞い降りようとしている。

 日の出と共に伸びる影の様にゆっくりと、静かに、だが確実に歓楽街を侵食していく。

 

 それは、なんの前触れもなく突如として現れた。

 

 自ら戦端を開いた神々は用心深く、執念深く、疑り深く夜の街を監視していた。当然の事だ。既に戦いの火蓋は切られている。警戒するに超した事は無い。万全を期して闘争に臨むために、先手を打たれる訳にはいかないのだ。

 

 だが、暗闇はまるで最初から“そこに”あったかの様に、唐突に夜の街に出現し娼婦達に襲いかかった。

 命を刈り取るカタチをした大剣を携え、漆黒を纏い、影を引き連れ、暁光の中で悪夢の様な常闇を彼女達にもたらした。

 

 娼婦達は黒き魔道士の対策は万全であったが、暗き闇に包まれる暗黒の騎士に対しては無力も同然だった。

 魔法を封じても大剣で討ち払われ、武器を封じても魔法で立ち向かわれた。状態異常(アンチステイタス)など気休めにもならず、用意した対策などまるで意味を成さなかった。

 切り札であった呪詛や魔法の術者も瞬く間に発見され、執拗に追跡され、真っ先に使い物にならなくなり、闇に葬られた。そう言った意味では、たとえ相手が想定していた黒き魔道士であっても結果は同じであったと言えたが、今更どうしようも無かった。

 

 神々は驕っていた。自らが上位者であると驕っていた。

 神々は侮っていた。あの戦いで彼女の事を知った気になって侮っていた。

 神々は嘲っていた。所詮は”ヒト”であると嘲っていた。

 

 女神達は目の前にあった欲望に心を奪われ盲目となっていた。その身を愛で満たすために、その身を闘争で満たすために、神の瞳は暗闇に包まれる事になったのだ。

 

 神々は気付かない。己が犯した過ちに決して気付く事は出来ない。

 彼女達は超越存在(デウスデア)。人智を越えた超越的至高の存在だ。何人たりとも彼女達を傷つける事は許されない。

 その絶対的な不文律が、神聖不可侵な絶対的な守護が、絶対遵守の鉄の掟が、女神達を更なる慢心へと誘っていた。

 

 彼女が”何”で、”何”に手を出したのか理解せずに彼女に戦いを挑んだのだ。

 

 鉄火をもって戦いを臨む者に彼女は一切容赦しない。ヒトであろうが、モンスターであろうが、それがたとえ“神”であろうが、彼女の大剣は一切の区別無く(あまね)く全てを打ち倒す。

 それがましてや”友”を攫った相手ならば微塵も遠慮をする必要は無かった。

 

 

 あの時の様な過ちは、もう二度と繰り返す訳にはいかないのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 夜も明けたばかりの『竈の家』では慌ただしく準備が進められていた。

 

「本当によろしいんですか? ヘスティア様」

 

 仲間達の中でも最も小さい少女は聞いた。

 金色の狐人(ルナール)の言葉を信じるのであれば、これから彼女達がしようとしている事はイシュタル・ファミリアに対する敵対行為に他ならない。

 いくらヘスティア・ファミリアが新進気鋭であるとはいえ、不用意に刃向かって良い相手では無い事は明白だ。

 大問題に発展するのは間違いないと言える。

 

「かまうものか。僕達と彼女は一蓮托生。共に暮らす大事な家族だ。それに、その大事な仲間が攫われたなら、黙っている必要なんて少しも無いだろう? それともヒーラー君は違うのかい?」

「いえ、ただヘスティア様は偶に考えなしに行動する場合があるので万が一に、と思いまして」

 

 もとより少女も止める気は無かった。これは、いわゆるただの事務的な質問に過ぎなかった。

 小人族(パルゥーム)の少女に迷いは無かった。毒を食らわば皿までと言うヤツだ。それほどの事を彼等とは一緒に体験してきたのだ。今更、他ファミリアだからとか、無所属だからとかで見捨てる気はさらさら無い。それほど生易しい間柄では無いのだ。

 

 そして、それは彼女達も同じみたいであった。

 

 フレイヤ・ファミリアの剣士と弓使いも、ロキ・ファミリアの魔法使いも行く気満々であった。もちろん同じファミリアの”彼”も、だ。

 魔法使いなんて「団長、何やってんですか。それは流石にダメですよ。サイテーです」なんて言ってヤる気満々である。

 

 宴会の翌日に助けを求めに来た彼女は運が良かった。所属するファミリアの方は運が悪かったが。少なくとも彼女の声に耳を傾ける冒険者が五人もいたのは幸運だった。

 

「ど、どうして……?」

 

 助けを求めて来たはずの狐人(ルナール)が怯えた様に(いや、これは信じられないモノを見るかの様な瞳だ。少女もかつて良くした)そう言う。まぁ、分からないでも無い。いきなり来た見ず知らずの赤の他人の事を信用し、助けようとしているのだ。

 普通の人間だったら、そんな馬鹿な真似はしないだろう。

 

「何故って、そうだね……最初に君が会った子ならきっとこう言うだろう『困っている人を助けるのに理由はいるかい?』ってね。それが僕達の答えさ」

 

 そうヘスティアが言った。まるで慈愛の女神の様だ。そういえば慈愛の女神だった。

 

「困っているのを助けるのに……」

 

 そう言い切ったヘスティア達はまるで物語の様な──いや、彼女が今まで読んだどの物語に出てくる英雄達よりも──英雄だった。

 

 

 

 *

 

 

 

『昔々あるところに一人の王子様と、一人のお姫様、そして悪い魔女とあと一人の社畜がいました──』

 

 霞んだ意識の中で彼女の物語が繰り返される。

 

『──そして、お姫様は真実の愛に気付くと彼に口づけをし──』

 

 彼にとって真の愛とは、本当に愛する者とは誰だったのだろうか? 覚醒しようとしている意識の中で彼はお姫様であり、そしてその相手は──

 

 

 目覚めるとそこは埃臭く薄暗い石造りの密室だった。

 部屋には装飾など全くなく。四方は剥き出しになった石材で囲まれており、雑な作りながら頑丈な印象を放っていた。

 事実頑丈に出来ているのだろう。薄らと照らされる室内には鞭や、鎖、血糊の付いた刀剣類に、棘の付いた謎の棍棒などのいわゆる拷問器具が整然と並べられていた。

 どう見ても拷問部屋だ。あるいは監獄、もしくは牢獄、だ。どれにしても碌でもない場所であるのは間違いない。

 

 手と足の両首には大きな枷が付けられており、ご丁寧に首下にも巨大な戒めが装着され、壁に磔にされていた。この部屋には不釣り合いな青白い光線が走るこの拘束具は、彼の脳裏の中にある忌々しい記憶を想起させた。

 

 捕らえた囚人にする対応としては順当な扱いであると言える。

 

「起きたか、色男。気分はどうだ?」

 

 隣から声が聞こえた。ここ最近一番良く聞いた声だ。

 

「……最悪だ、よ!」

 

 力任せに戒めを解こうとしながらフィンは答えた。

 

「無駄だ。でなきゃこんなところに俺達を放置しないだろう?」

 

 彼の言う通り拘束具は(Lv.6)の力を以てしてでもビクともしなかった。それでも暫く悪足掻きをしてみたが結果は無駄であった様だ。

 空しく響いていた金属音も次第に小さくなっていき、やがて完全に消失した。

 

 凍える様な沈黙が密室を支配していた。どうしようもない虚無感が蔓延していた。有り得ないほどの後悔が(まみ)れていた。

 

 偉そうな事を言った結果がコレだ。馬鹿みたいに自分に酔った結末がコレだ。己の力を過信した報いがコレだ。

 油断や慢心や過信が取り返しの付かない事態を招く事なんて、”あの時”、あれほど身に染みて痛感したと言うのに。

 

「……情けないな、僕は」

 

 その姿はとてもじゃないが()()()()()には見えなかった。世界にその名を轟かす誇り高き小人族(パルゥーム)の勇者には見えなかった。

 ただの小さな哀れな男に見えた。

 

「ほんとにな……」

 

 素っ気なくリチャードは言った。

 巷ではこんなヤツがモテるらしいが、こんな男の何処が良いのかリチャードには分からなかった。

 優柔不断で、どっちつかずで、綺麗事ばかり並べて、鈍感ぶって、いい加減なこの男の何処が良いのか理解出来なかった。

 

「……だが、そんなアンタの事を大事に思っているヤツもいるんだろう?」

 

 少なくとも一人、狂おしいほどに彼を愛する者がいる事をリチャードは知っていた。狂ってしまうほどに彼に恋焦がれる者がいる事をリチャードは知っていた。

 そして、その少女は傍若無人な超越者によって空虚な操り人形になろうとしている事をリチャードは知っていた。

 

「それは……」

 

 脳裏に浮かぶのは彼女の顔。天真爛漫に微笑むアマゾネスの少女の顔。変わり果てた姿になって相対した大切なヒトの顔だった。

 蛇を模した仮面の下で彼女は一体どんな顔をしていただろうか。それを思い出す事が出来ない。当然だ。あの時の自分は彼女の事を見ようともしていなかった。

 

「最初はよ……アンタは本気で嬢ちゃんの事が好きになったんだと思っていた。本気そうだったし、真剣な眼差しだったからな。でもそれは──」

 

 まるで子供に言い聞かせるかの様に隣の男がゆっくりと語る。

 

「──でもそれは、尊敬とか崇拝とかそう言った感情だったんじゃ無いのか? アンタは……フィンは、本当はルララ・ルラの事は好きでも何でも無いんだろう?」

 

 リチャードの言葉からは責める様な感情や、怒っている様子は感じ取れない。ただ純粋に事実だけを述べている様であった。そしてそれは、今まで必死に見ない様にしていた真実であった。

 

「じゃなきゃ、守護者(ガード)だとか、仲人を頼むとか、そんな回りくどい事しないはずだ──」

 

 自他共に勇気ある者と認める彼にしては不自然すぎる行動だった。

 たとえ一度断られたとしても、入手困難なアイテムを要求されたとしても、それだけで諦めてしまうほど勇者(ブレイバー)の恋心が弱いものだとは思えなかった。

 彼の、本当の()()はその程度じゃ無いはずだ。

 

 リチャードは“彼”の気持ちを代弁するかの様に語った。

 

「アンタの本当の気持ちは──」

「だったらどうすれば良いと言うんだッ!!」

 

 思わずフィンは叫んだ。それは今まで誰にも言えなかった、ずっと溜め込んでいた、彼の心からの、フィン・ディムナの魂の慟哭だった。

 

「彼女に本当の気持ちを伝えろとでも言うのか!? 夢も、目標も、願いも捨て去って、希望も、期待も投げ捨てて、彼女と一緒になれとでも言うのかッ!? 出来る訳が、出来る訳が無いだろう!!」

 

 それは彼の悲願であった一族復興の願いを捨て去る行為と同義だった。

 

「そんな事をしたら、今まで歩んで来た道のりが何もかも無駄になってしまう! これまでの道のりが水泡に帰してしまう! それは駄目だ! それだけは駄目なんだッ!! もはやこの身は僕だけのものじゃなく、多くの同胞達が、多くの蔑まれる同胞達が僕に希望を寄せている! 僕を希望として見ている! その希望を裏切る訳にはいかない!!」

 

 それは自ら望んでそう()()()事のはずだったが、長い時間を経る事で“それは”次第に呪いとなって彼の心を縛っていた。

 

「そんな時、彼女が現れたんだ……」

 

 光り輝けるその姿を見た時、長い間秘かに抱いていた焦りや不安、恐怖心、彼を縛っていた呪いでさえも一切合切綺麗に洗い流されていった。

 

「彼女だったら、きっと一族も歓迎する、神々も理解する、“彼女”も認めてくれる、誰しもが納得する。それは、そう、自分自身でさえもそうなると信じる事が出来たんだ」

 

 そうすれば密かに抱いていた本心を偽る事が出来る。そうすればずっと押し込めていた恋心を諦める事が出来る。

 彼女は女神(フェアナ)と呼び称されるほどの英雄だ。これほどに勇者(ブレイバー)に相応しい相手はいないだろう。

 彼女であるならば()()()()()。彼女であるならば()()()()()()なんだ。そう己自身に言い聞かせて、偽って、欺いて、騙していた。他でもない己自身を。

 

「それに、彼女はアマゾネスだ。それが意味するところぐらいは君にも分かるだろう?」

 

 アマゾネスからはアマゾネスしか生まれてこない。

 一族復興の為に何としてでも小人族(パルゥーム)の子が、勇者(ブレイバー)の後継者が必要なフィンにとってそれは重大な問題であった。

 

「……分からないな」

 

 リチャードは吐き捨てる様に言った。

 

「……なんだと?」

「聞こえなかったのか? ()()()()()って言ったんだ」

 

 今度はフィンを睨みつけて言った。

 

「何が勇気だ。何が勇者(ブレイバー)だ。何が復興だ。何が希望だ。何がアマゾネスだ! 何が信じるだッ!! 思い上がるのもいい加減にしろよ! アンタのそれは嬢ちゃんを体の良い言い訳にして、現実から逃げているだけだ!!」

 

 かつて、彼もそうだった。何もかも全て世間のせいにして、言い訳をして、堕落して、諦めて、偽って、適当に生きてきた。

 でもそれじゃ駄目だと気付かされた。

 夢も、希望も、願いも、期待も、想いも、なにもかも抱え込んで突き進む冒険者を見て、それじゃ駄目だと気付かされたのだ。

 

「それは……」

 

 項垂(うなだ)れて弱々しく言うフィン。

 

「アンタがどんな思いでここまで来たのかは知らない。どんな事があったのかも俺は知らない。でも惚れた女を蔑ろにするヤツはクソだってのは知ってる! でもアンタはクソ野郎じゃ無い。アンタは英雄だ! みんなが憧れる英雄だ! 英雄だったら、好きな女くらい幸せにしてみせろよ!! 勇者(ブレイバー)!!」

 

 その言葉をフィンは心の中で何度も何度も反芻した。

 

 勇者(ブレイバー)──自ら懇願して付けたその二つ名は、彼の決意の証であり、彼の想いの象徴だった。

 いつもこの二つ名が勇気をくれた。いつもこの二つ名が奮い立たせてくれた。臆病な自分に勇ましい想いを与えてくれた。

 

「だが、だが僕には……」

 

 彼には自分を殺してでも、自分の想いを押し殺してでも成さねばならない事柄があるのだ。

 彼一人の我が儘で何もかもぶち壊す訳にはいかない。彼一人の利己的な行為で台無しにする訳にはいかないのだ。

 

「アンタはなんでもかんでも背負い込みすぎだ。アンタ一人が我が儘言って駄目になるほどアンタ達は弱くない。俺の知っている小人族(パルゥーム)はどいつもこいつも曲者ばかりだ。偶には同胞や仲間達の事を信じてやっても良いんじゃないのか? 俺はそうやってここまで来たぜ? たとえば──」

 

 リチャードがそう言った瞬間、まるで計っていたかの様に天井裏から()()()()()が舞い降りてきた。

 

「──こんな感じにな。遅かったじゃ無いか、ベル」

「すみません、リチャードさん。LSの応答が無かったので探すのに苦労しました」

「……そういえばいつの間にか無くしてたみたいだな」

「もう、大事な物なんですからなくさないで下さいよ」

 

 その透明な何かは──白い襲撃者──ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルであった。おどけた調子で言い訳をするリチャードに文句を言いながらもベル・クラネルは次々と彼等の拘束を解いていく。

 最後に首輪の拘束具を解除すると、今度はこの密室の出入り口の開放に取りかかった。

 

「内側からしか開かない構造になっているらしいです」

 

 そうベルは説明した。ややあって扉は開き外から春姫と──()()()()()が入ってきた。

 

「──ッ!? 何故ここにッ!?」

 

 あまりにも唐突な展開に動転するフィン。それに反してリチャードは余裕そうだった。

 その様子を見てベルが追加説明する。

 

「あぁ、殴らないで下さい。彼女は──

 

 イシュタルの姿が一瞬揺らめくと霧の様に四散し、その代わり現れたのは小さな小人族(パルゥーム)の少女だった。

 

 ──味方ですから」

 

 このイシュタルの正体は彼女の持つ魔法の一つ『シンダー・エラ』の能力によって姿形、声までも完璧にイシュタルに化けたリリであった。

 

「なるほど、それで”ここ”が分かったのか」

「はい、春姫さんとリリのお陰で、思っていたよりスムーズにここを発見出来ました」

「神様に化けるのは些か苦労しましたよ。主に振る舞いとか」

(わたくし)も、まるで大冒険している様でドキドキしました。『蛇男! 金属歯車を追え』みたいで──」

 

 興奮した様子で春姫が言う。

 

「君は──」

 

 まさかこんな形で再会する事になるとは思っていなかったフィンは、唖然とした表情をした。

 

「はい、春姫で御座います。ディルムッド──いえ、フィン様」

 

 春姫はフィンに向き合うとうやうやしくお辞儀をして言った。

 

「どうして君が……」

(わたくし)は、どうしても貴方様に伝えなくてはならない事があって参りました。どうしても貴方様に知って貰わなくてはならない事があって参りました」

 

 初めて会った時は弱々しかった春姫の瞳には、今では強い意志の力が宿っている。

 

「今、彼女は苦しんでいます。憤怒に燃える愛の少女は今、己を無くし彷徨っています。蛇の仮面で隠した顔の下では彼女は今、泣き叫んでいます。助けて、と。どうか、どうか、お願いです。彼女を助けて下さい。彼女を救って下さい。彼女を導いて下さい」

 

 春姫の瞳は真っ直ぐフィンを見つけ訴えていた。その真摯な眼差しに対し僕はどんな瞳をしているだろうか? ちゃんと勇者の瞳をしているだろうか?

 

「……僕に、僕に出来るだろうか」

「はい。これは貴方様にしか出来ない事です。自分を信じて下さい。勇気を出して下さい。勇者(ブレイバー)

 

 その言葉を聞いてフィンは顔を上げた。

 

 きっと、勇者(ブレイバー)の瞳をしているはずだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 こんなはずでは無かった。

 

「一体どうなっているんだッ!?」

 

 こんなはずでは無かった。

 

「相手は魔法使いだったはずだろう!? なぜ、大剣で戦っているッ!?」

 

 こんなはずでは無かった。

 

「人質はどうしたッ!! はぁ!? 逃げ出した!? 巫山戯るな!!」

 

 私の計画は完璧だったはずだ。

 

「クソッ! こんな時に新手だと!? 何故このタイミングでッ!! 何処の──ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアの冒険者、だとッ!?」

 

 完璧に用意したはずだった。万全に準備したはずだった。完全に万端にしたはずだった。

 

「何故そんな事をする! そんな命令出した覚えはないぞッ!! 何ッ? 私の偽物? 馬鹿、そいつが敵だッ!!」

 

 術者を揃え。

 魔法を取り出し。

 協力者を募り。

 罠を仕掛けた。

 

 イシュタルの計画は完璧だったはずであった。事実、これだけの戦力があれば、フレイヤ・ファミリアでさえも打倒できたはずであった。

 彼女の欲望は満たされ、美の女神としての地位は揺るぎないものになるはずであった。

 

 唯一の誤算としては──

 

「クソ、クソ、クソッ!! ルララ・ルラァァァアアア」 

 

 怨嗟の恨みを込めてイシュタルは何もかも無茶苦茶にした張本人の名を叫んだ。

 イシュタル唯一の誤算としては──彼女に手を出した事だった。

 

 大人しくコソコソと画策していればフレイヤ・ファミリアぐらいならそのうち打倒出来ていただろうが、よりにもよってそのオラリオ最強のファミリアよりも強い冒険者集団にちょっかいを出してしまったのだから、運の尽きだった。

 

 イシュタルの計画はもうおじゃんだった。ご破算だった。修復不能であった。

 彼女が支配していた夜の城はもはや墜ちた。彼女のドブ沼の様な薄汚い黒き野望は、より強い暗黒によって闇に飲まれてしまった。

 

「巫山戯るな! 巫山戯るな! 巫山戯るなぁああああああああ!! アァアアアアアアアアアア」

 

 僅かに残った最後の砦──女主の神娼殿(ペーレト・バビリ)──の最上階で狂った様に呪詛の言葉を吐く。事実狂ってしまったのだろう。

 己が築いた城を焼かれ、己が描いた野望を打ち砕かれ、己が作った街を失い……美の神は己の敗北を悟り壊れてしまった。

 

「全く、みっともないのぅ。これが嫉妬に溺れた女神の末路か。嫌じゃ、嫌じゃ、“こう”はなりたくないのぅ」

 

 その様子を見てカーリーは愉悦の笑みを浮かべながら言った。

 

「そういうあんたは、嬉しそうだな」

 

 間違いなく窮地に立たされているというのに逆に嬉々としているカーリーに対し、赤髪の女──レヴィス──は口を開いた。

 

「当然じゃ! 妾は“コレ”を見に来た! 地獄の様な”コレ”を! 悪夢の様な“コレ”を! 世界の果てから世界の中心へ! この闘争を見に来たのじゃ! これで滾らないでどうするのじゃッ!!」

 

 カーリーは嗤う──あれこそが闘争だ。これこそが闘争だ。彼女が恋してやまない、愛してやまない、欲してやまない。愛しき闘争がここにあった。

 嗤わずにはいられない。哂わずにはいられない。呵わずにはいられない。

 これこそが彼女が求めていたモノであった。

 

「カカカカ! 問題は彼奴をどうやってこちらにおびき寄せるか、じゃが……」

 

 そんな事をしなくても何れここまで来るだろうが、一刻も早くカーリーは彼女が見たかった。闘争が見たかった。コロシアイが見たかった。

 

「……だったら”コレ”を使え」

 

 そう言うとレヴィスはカーリーに向かって何かを投げた。

 

「なんじゃこれは?」

 

 それを受け取るとカーリーはまじまじと観察した。

 カーリーに投げつけられたのは小さな耳に入る位の変わった形をした貝の様なものだった。不思議な材質で出来た物体であり、金属の様でそうでない謎の物体であった。

 それはリチャードが無くしたリンクシェルの端末だった。

 

「そいつの <flag> と言う場所を押せば、ヤツをおびき寄せられるはずだ」

 

 確かにその貝殻には小さいながらも幾つかのボタンがあり、その中の一つに <flag> という文字が刻まれた部分があった。

 

「お主が寄越すモノは謎が多いが……ふむ、見たところ不審なモノではなさそうじゃのぅ──」

 

 神の観察眼をもって呪いや、罠などが仕掛けられていない事を確認したカーリーは満足そうに頷いて言った。

 

「──で、あるならばこれは有り難く使わせて貰う事にするかのぅ」

 

 そうしてカーリーは歓楽街で最も高い女主の神娼殿(ペーレト・バビリ)の最上階から姿を消すと眷属達を率いて、すっかり昇りきった朝陽の中に消えていった。

 

「イシュタルがダメになった今、アイツを打倒しうるのはあんただけだ。頼んだぞ、カーリー──」

 

 その後ろ姿に向かってレヴィスは言った。レヴィスの声が届いたのか、カーリーは手をひらひらさせるとやがて完全に見えなくなった。

 この場に残るのは哀れに嘆く美の女神と、彼女しかいない。だからこそ──

 

「──まぁ、無理だろうがな」

 

 その言葉はカーリーには届かなかった。

 そして、彼女は取り残された哀れな女神に目を向けた。

 

 やるべき事はまだ終わっていない。

 

 

 

 *

 

 

 

女主の神娼殿(ペーレト・バビリ) 別館空中庭園 (12,23)』

 

 突如としてそんな発言がLSに発信された。その発信者と座標を見た”暗黒”は、然るべき行動へと移るため、その座標を目指した。

 

 

 そして、その仲間達と、勇者(ブレイバー)も──。

 

 

 

 *

 

 

 

 イシュタル・ファミリアの本拠地(ホーム)女主の神娼殿(ペーレト・バビリ)』の別館屋上にある空中庭園は最後の闘争を行うに相応しい場所であった。

 

 真っ平らな広大な敷地には隙間無く石板が敷かれ、その四方をまるで守護するかの様に複数の塔がそびえ立っている。

 ある儀式の為に中心に設置されていた祭壇は既に不要になり撤去され、この荘厳なる庭園は見渡すばかり何も無い闘争にうってつけの戦場(フィールド)と化していた。

 

「──来たか、備えよ」

 

 カーリーの言葉と共に、付き従う四人の眷属達が光に包まれる。

 燦々と輝く光の奔流が、彼女達に纏わり付きより高い次元へと昇華させる。

 

 戦神カーリーの求めるモノは至極簡単であった。とても単純明快で、明々白々であった。

 

 闘争だ。闘争こそが彼女の求めるモノだった。

 

 闘争の行く末。生死を賭けた殺戮の行き着く先にある、その最果てにある“ナニ”かをカーリーは求めていた。

 それこそがカーリーが降臨した理由、それこそがカーリーの存在理由、それこそが”子供達”の願望。

 

 テルスキュラはカーリーが訪れる前から”ずっと”そうであった。彼女が()()()()前から”ずっと”そうであった。

 テルスキュラは、彼女達は、自ら望んで“ああ”なったのだ。

 

 神はただ、望まれた恩恵を与えたに過ぎない。

 

 だからこそ、この闘争は──言うなれば“彼女達”が望んだ事であるとも言えた。血で血を洗う、情け容赦の無い、クソの様な闘争が”彼女達”の願望であると言えた。

 闘争と殺戮の果てにある”ナニ”か──それは、カーリーの悲願であると同時に彼女達の悲願でもあったのだ。

 

 そして”ソレ”が、もうすぐここにやって来る。

 

 

 ”ソレ”は──

 

 

 死よりも冥き闇を纏い。

 

 夜よりも深き暗を従え。

 

 陰よりも濃い黒を携え。

 

 暁が昇る庭園へ黄昏を届けにやって来た。

 

 

 この日、この場にいる四人の戦士達はカーリーの最高傑作だ。

 

 永遠とも思える時を費やし、長きに渡る研鑽を重ね、止まらぬ血と涙を流し、多くの同胞の屍を超え、ようやく完成した最高傑作であった。

 彼女達はテルスキュラという蠱毒の壺で生き残った最強の蠱毒の王であった。共食いを繰り返し、同胞を喰らい続け、その果てに辿り着いた最強の毒蟲達だった。

 

 アルガナは──テルスキュラで唯一『女神の分身(カーリマ)』という異名を持つ、神をも認めた最強の戦士であった。

 

 バーチェは──死の恐怖と生への渇望、冷徹さと残忍さ、生存本能と闘争本能を見事に融合し、昇華した最も純粋な戦士であった。

 

 ティオナは──誰よりも単純で、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも無垢で、誰よりも姉を愛している、姉の為ならば誰よりも強くなれる戦士であった。

 

 ティオネは──愛に溢れる戦士だった。怒りに燃える戦士だった。もはや“それ”は弱り切って消えかかっているが、”それ”こそが彼女の原動力であり、無限とも思える力を彼女に与えていた。

 

 この中の誰しもが蠱毒の王だった。最強最悪の蠱毒の王だった。史上最高の蠱毒の王だった。

 

 剛強無双の毒蟲だった。

 万夫不当の毒蟲だった。

 完全無欠の毒蟲だった。

 

 この世にこれ以上無いほどの毒蟲だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所詮、”彼女”にとっては──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”虫螻(むしけら)”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “虫螻(むしけら)”同然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 練り上げたスキルも、鍛え上げたアビリティも、使い上げた魔法も、創り上げた呪詛も、彼女の前では虫螻(むしけら)同然だった。

 

 四方から同時に迫った蠱毒の王達は──地中から這い出た漆黒の牙に貫かれ、底なし沼の様な奈落の渦に飲まれ、大剣から放たれし暗闇に焼かれ、赤黒い暗球の棘に串刺しにされ──もの言わぬ屍となった。

 

 一瞬だった。

 一瞬でカーリーの最高傑作は敗北した。

 一瞬で世界最強の蠱毒の王達は踏み潰された。

 

 コレは闘争ですら無かった。殺戮ですら無かった。彼女が求めていたモノじゃ無かった。

 

 ただの蹂躙だった。

 

 

 “愛”の無いモノなど“暗黒”には通用しないのだ。

 

 

 そして“暗黒”は、その赤く妖しく煌めく眼光を揺らめかせると──神を捉えた。

 

 

 次はお前だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ルララさん的にはエオルゼアには"愛"が溢れているらしい(´・ω・`)

 突然だが問題だ! 目の前に明らかにやばそうな冒険者がいるがどうやって倒すか?

答え①美しいカーリーは突如反撃のアイデアが閃く。
答え②仲間がきて助けてくれる。
答え③倒せない。現実は非情である。


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イシュタルの場合 7

 女神は憎んでいた。

 

 見る目の無い人々を、見る目の無い神々を、見る目の無い世間を、地獄の業火の如く黒い炎で憎んでいた。

 あの女ばかりを称賛し、崇拝し、讚美する愚か者ばかりの世界を彼女は心底憎んでいた。どいつもこいつも言って分からぬ阿呆ばりと勝手に一人で馬鹿にして見下していた。

 だからこそ、彼女は己の美と、智と、力を世界に認めさせるために行動を起こしたのだ。

 

 全ては女神の思い通りに進んでいた。

 

 だが、直ぐに何もかも全て台無しになった。

 戯れに挑んだ哀れな下等生物(にんげん)のせいで何もかもが一切合切台無しになった。

 彼女が心血注いで育てた派閥も、眷族も、街も、切り札も、あの愚かな人間のせいで全てが灰塵に帰してしまった。

 

 イシュタルにはもう何もなかった。ただ、消えぬ怨嗟の渦に塗れながら世界を呪って絶望するだけであった。

 

「……力が欲しいか? イシュタル」

 

 そう、赤い髪のニンゲンが耳元で囁いた。

 その言葉はまるで蜜の様に甘美な誘惑であった。

 

「敵を打ち倒す力が欲しいか? 我を押し通す力が欲しいか? 己の望みを叶える力が欲しいか?」

 

 それはまるで悪魔の様に優しい声であり、悪夢の様にイシュタルを魅了した。

 もはや嫉妬の神と化し、まともじゃなくなったイシュタルに、その言葉を拒絶する力は残されていない。

 

「世界を変える力が欲しいか? ……どうなんだ? 神イシュタル」

 

 赤い悪魔がニヤリと嗤う。差し出されたその手を拒む気力は女神には無かった。

 ほんの僅かに逡巡した後、女神は恐る恐る悪魔の手を取った。

 

「ぁ──」

 

 細々と零れたその呟きが、神イシュタルの最後の言葉だった。

 

 

 

 ──そして“神”は“神”の奴隷となり果てた。

 

 

 

 *

 

 

 

 カーリーにとって明確な殺意を向けられたのはこれが初めての経験だった。

 下々の中には闘争に敗北した時に恨みや妬みを持って彼女を睨み付ける者が時偶いたが、ここまで確固たる殺意を向けてくる存在は初めての事であった。

 

 怒りも、悲しみも籠らない純粋な殺意がカーリーを蹂躙した。実に恐ろしい体験であった。

 何の感情も無くただ一方的に己の存在を否定する理由なき殺意に対し、カーリーは身体の奥底から震え上がり、その小麦色の褐色肌を真っ青にして逃げ出した。

 

 背を向け逃走する神に、暗黒が這い寄る。

 

 そんな暗闇の侵攻を阻んだのは、神の威光でも、神威でも、神への信仰心でも無く、たった一人の少女の意地と執念であった。

 それは奇跡のなせる所業なのか、それとも運命が彼女に味方したのか、あるいはその両方か──どちらにせよ、それによってカーリーは這い寄る暗闇の魔の手から辛うじて逃れる事が出来た。

 

 逃亡する神を一瞥すると、暗黒は己の行く手を阻んだ首謀者へと視線を動かした。

 

 そこには、ボロボロになって死にかけながらも、まるでゾンビーの様に彼女の足にしがみつく少女──ティオネ──がいた。

 息も絶え絶えといった状態で地べたを這いずり、朦朧としているにも関わらず、確かな意思と意志を持って、暗黒に包まれる彼女の脚部を精一杯掴み、こちらを鬼気迫る表情で睨み付けていた。

 その瞳には憎しみと恨み、妬み、そして何よりも狂おしい程の“愛”が渦巻いている。

 

 そんな痛々しい少女と暗黒の視線が交差する。

 

 暗黒にはその瞳に見覚えがあった。

 狂おしいほどの感情に支配され、あまりにも強い感情に狂ってしまったその瞳に身に覚えがあった。

 

 タムタラの仄暗い奈落の底に墜ちていった“あの女性”に似ている。

 

 暗黒は多くを救ったが当然救えなかった者もいる。

 その中で救えなかった数少ない“あの女性”と──愛に染まり、愛に惑わされ、愛に狂った”あの女性”と──そっくりな瞳を少女はしていた。嫌な思い出が暗黒の胸に去来する。

 

 少女の瞳を覗き込んでいると、少女の瞳を通して少女の想いと記憶が暗黒の中に流れ込んで来た。

 

 愛しき人への想い、愛する者への憤怒、それを奪う者への嫉妬、弱き自分への憤り、過去からの呪い、どうにもできない種族の壁──最後に残ったのはどうしようもない絶望と──それでも消えない愛の灯火だけであった。

 

 その様は本当に“あの女性”にそっくりだった。墜ちる所まで墜ちていった悲しい女性にそっくりだった。だが、あの女性とこの少女には決定的に違う所があった。

 

 少女はまだ大丈夫だ。少女はまだ取り返しが付く所にいる、少女はまだ引き返せる場所にいる。もう戻れない所までイってしまったあの女性と違って、少女はまだ後戻りが出来る場所にいる。

 

 少女も、少女の思い人もまだ死んではいない。そうであるならば、まだ引き返す事が出来るはずだ。救う事が出来るはずだ。救う事が出来るのであれば救うべきであるはずだ。それが例え敵であっても“そう”するべきなはずだ。

 

 あの時の様な過ちを、失敗を、後悔をもう二度と繰り返さない為にも──。

 

 暗黒にはそんな少女を救う手段が幾らでもあった。

 力が欲しいなら強くしよう。過去が怖いなら打ち砕こう。生まれ変わりたいならその為の幻想を与えよう。愛する者が欲しいなら用意しよう、地下に幾らでも余っているし。

 

 あの女性の時の様に、もう暗黒は弱くは無い。

 あの女性の時の様に、もう暗黒は己の事で精一杯では無い。

 あの女性の時の様に、もう暗黒は無関心では無い。

 

 仄暗い地下の奥底で狂った様に愛を囁く者は一人だけで十分だ。

 

 暗黒には少女が抱えるほぼ全ての問題を解決する力がある。それほどまでに暗黒の力は圧倒的で出鱈目で常軌を逸していた。

 やろうと思えば暗黒は直ぐにでも少女を救う事が出来た。

 

 だが、真に少女を救えるのは自分では無い事も暗黒は知っていた。暗闇では少女を救えない。闇に彷徨う少女を更なる深淵で覆っても、何も解決しない事くらい暗黒でも分かっていた。

 

 だがら暗黒には、あの時、あの場所で、“あの女性”を助けられなかった。

 

 どんなに暗黒が頑張っても“あの女性”を救えなかった様に、最後は打ち倒す事しか出来なかった様に、少女を真に救えるのは暗黒では無いのだ。

 

 少女を正しく救えるのは少女が求める、少女が最も愛する者の“愛”だけなのだ。

 

「──ティオネ!!」

 

 でも、その手助けくらいなら暗黒にも出来るだろう。そう考えて暗黒は大剣を空高く掲げた。

 

 

 

 *

 

 

 

 初めて彼女と出会った時、なんて粗暴な女性なのだろうと思った。

 初めて彼と出会った時、なんて軟弱な男なのだろうと思った。

 

 

 第一印象は最悪だった。

 第一印象は最低だった。

 

 

 その印象を拭い去るのには長い時間が掛かった。

 その印象を拭い去ったのは一瞬だった。

 

 

 運命の相手だなんて思いもしなかった。

 運命の相手だと直ぐ様思った。

 

 

 彼女の為に変わる気は無かった。

 彼の為ならば何にだって変われる気がした。

 

 

 でも、変わってしまった。

 でも、変われなかった。

 

 

 夢も希望も捨て去ってしまうほどに──

 夢も希望も捨て去ってしまうほどに──

 

 

 彼女を愛してしまった。

 彼を愛していたはずなのに。

 

 

 彼の仲間が、彼の背中を押してくれた。

 彼女の過去が、彼女の背中を引き戻した。

 

 

 その中でようやく気付いたのだ──

 その中でも決して忘れはしなかった──

 

 

()()()()()()()()()』、と。

 

 

 

 *

 

 

 

 フィン・ディムナは駆けた。

 過去最大の速度を以て愛する者の元へと疾走した。

 

 今まさに彼の愛する人は、空高く掲げられた凶刃に断罪されようとしている。

 あの彼女が敵対する相手に手心を加える様な生易しい心を持っているとは到底思えない。このままでは無慈悲に振り下ろされた大剣によって、彼の愛する者は帰らぬ者へとなってしまうだろう。

 

 それは駄目だ。それだけは駄目だ。ようやく自分の気持ちに正直になれたのに、それだけは絶対に駄目だ!

 己の手の中に彼女の大剣を防げる物は何も無い。だが、それでも構わなかった。愛する人を失う事に比べればその程度の事何でも無かった。

 

 稲妻の様な速度で暗黒と少女の間に割り込むフィン。

 

 迫り来る凶刃を瞬きもせずに真っ直ぐ見据え、フィンは少女を強く抱きしめると、その身を呈して少女をかばった。

 闇を切り裂き振り下ろされた大剣はフィンの顔面直前でピタリと静止する。フィンの額には剣撃の衝撃と、大剣の冷たい感触、そして僅かに血が滲み始めていた。

 

 フィンは暗黒を見つめた。

 己よりも小さい同族が漆黒の鎧を纏い、暗闇を引き連れ相対している。血の様に赤いその瞳が「なぜ?」とフィンに訴えかけていた。

 

「──それは、それは彼女が、僕の大切な人だから」

 

 己よりも遥かに高みに存在する、かつては憧れ、崇拝すらし、愛すると偽った女性に向かって、はっきりとした口調でフィンは宣言した。

 暗黒は彼の言葉に耳を傾け静かに佇んでいる。

 

「これだけの事をして、これだけの事に君を巻き込んで、こんな事を言うのは都合が良過ぎるのは分かっている。でもお願いだ彼女を、ティオネ達を許してくれないか。その為なら僕はどうなっても構わない」

 

 彼は──いや、彼等ロキ・ファミリアは彼女に返しきれない程の恩がある。

 

 彼女に命を救われた。

 彼女に仲間を救われた。

 彼女に家族を救われた。

 

 その恩にすら彼等はまだ報いていない。その恩ですら彼等はまだ返していない。その恩にすら彼等はまだ応えていない──にも関わらず彼等は再び彼女を巻き込み迷惑をかけた。

 

 自分達の都合で良いように利用しようとし、自分勝手に恨んで、憎んで、嫉妬して、挙げ句の果てに勝手に自滅して、また彼女の手を煩わせた。

 このまま恥知らずと断罪され、切り捨てされても致し方無い程の所業だろう。

 

「全ての責任は僕がとる。全ての罪は僕が償う。全ての罰は僕が受ける。だからどうかお願いだこの娘達だけは許してやってくれないか」

 

 暗黒は暫く考える素振りをすると、再び眼光を煌めかせ問うてきた。

 なぜそこまで出来るのか、なぜ他人の為にその身を呈して守れるのか、と。

 その問いに対し、フィンはずっと隠していた、ずっと嘘をついていた、ずっと欺いていた本心を告白した。

 

「それは──それは、()()()()()()()、だ。心から、彼女を……ティオナ・ヒリュテの事を──愛しているからだ」

 

 その言葉と共に大剣が引き戻される。

 

 そう……それだ──それこそが唯一にして絶対の答えだ。それこそが暗闇に対する答えなのだ。暗黒に対してそれ以上の回答は無いだろう。

 

「そ、れは……本当、です、か? ……団長」

 

 フィンの言葉を聞いて腕の中の少女が微かにそう言った。

 

 ずっと暗闇の中を彷徨っていた。見えない出口を探して、答えの無い回答を探して、ずっと彷徨っていた。

 欲望に支配され、嫉妬に魅了され、憤怒に狂い、自分を見失っていた。何も見えない闇の中で、一人ぼっちで泣いていた。

 でも愛が彼女を照らした。神に支配され、魅了され、狂わされても失わなかった愛が、彼の愛と呼応する様に激しく燃え上がり闇を討ち払ったのだ。

 

 ティオネは正気に戻った!

 

「あぁ、今更偽るものか。僕は君を愛している」

 

 闇の中で彷徨う迷い子を照らすのは、いつだって”愛”なのだ。

 彼女はようやく暗闇から抜け出す事が出来た。

 

「でも……団長。私、私、とんでもない事を……」

【気にしないで下さい。】

 

 今回の最大の被害者であるルララが間髪入れずに言った。これ以上話をややこしくして拗らせたくないからでは勿論無い。

 事実、この件に関してはルララは大して気にしていなかった。

 

 一々助けた相手に裏切られて恩を仇で返された事を気にしていては、彼女は彼女とたり得なかっただろう。

 それじゃアカンと内なる暗黒が憤慨しそうだが、恋愛関係のとばっちりでこの程度で済んだのだから良かった方だ。

 下手すりゃファミリア一個どころか、千年続く怨恨とか時間改変とかの遠因になって世界を滅ぼしかねないのだ。これ位で済んだのは本当に可愛い方だ。

 

「で、でも……」

【気にしないで下さい。】

 

 男女の恋愛問題ほど厄介な事は無い。だからもうこれで良いのだ。ハイ、お終い、終了。

 誰も彼もがハッピーエンドで、幸せに暮らしました。めでたしめでたし、おしまいで良いじゃ無いか。

 

 

 

 そして、そういう事になった。

 

 

 

 *

 

 

 

「なんじゃ、なんじゃ、なんなのじゃ、彼奴は!!」

 

 まるで、まるでアレは理解不能な存在だった。

 アレは、アレは神を殺そうとした。何の迷いも無く、まるで日常の如く当たり前に神を殺そうとした。神聖不可侵で絶対不可侵の神を滅ぼそうとしたのだ。

 頭がイカれているとか、頭が可笑しいとか、そんなものを超越した真性の異常者だった。

 

「どこへ行こうというのだ、カーリー?」

「貴様はッ……」

 

 そこまで言ってカーリーは口を噤んだ。この女の名前を知らなかったのだ。一緒にこの騒動を企てたあの赤毛の共犯者の名をカーリーは知ろうともしていなかった。取るに足らない存在であると気にも留めていなかったのだ。

 

「確か、お前の望みは『闘争の行く末を見守る事』じゃ無かったのか? 殺戮の果てに生まれる『最強の戦士』じゃ無かったのか? “アレ”がそうだ。何故逃げるんだ?」

 

 氷の様に冷徹な声で赤毛の女が言う。

 

「馬鹿を言うな! “アレ”が、“アレ”がそうであって堪るかッ! “アレ”が人であって堪るかッ! アレは化物だ! 狂い狂った化物だ!!」

 

 そう神が慟哭する。それに対し赤髪の女は冷たく言い捨てた。

 

「そうだ、“アレ”は化物だ。だが、それがお前の求めていたモノのはずだ。幾千幾万の戦場を越え、幾千幾万の神を打ち倒し、幾千幾万の幻想を滅ぼして成った真の『最強の戦士(バケモノ)』だ。お前が見たかったモノのはずだ。何故逃げるんだ?」

 

 アレこそが闘争の神が求めていたモノのはずだ。アレこそが戦いの神が求めていたモノのはずだ。アレこそが殺戮の神が求めていたモノのはずだ。

 

「お前は戦いに行くべきだ。神として、主神として、主として、戦場へと向かうべきだ。真の闘争は己自身が戦って得るべきもののはずだ。だから戦え、カーリー!」

「ふ、巫山戯るな! 何故、妾がそんな事をしなくてはならない!! そんな事は──」

「そんな事は眷属の仕事──だとでも?」

「そうじゃ! 「神」である妾にそんな事する必要は無い!!」

 

 これが神の言い分だ。そうだ、神は何時だってこうだった。神は何時だってみんなこうだった。

 口ばかり達者でベラベラと理想を並べて、何時も安全な場所から高みの見物を決め込んでいる愚かな存在が神の正体だった。

 己が危険に晒されるなんて事少しも考えていない。傲慢で、横暴で、無遠慮で、自分勝手な存在が彼等の本質だった。

 

 だからこそ、レヴィスは神が大嫌いだった。だからこそ、きっと“竜の神様”に選ばれたのだ。だからこそ、この世界で唯一眷属の為にその身を賭して戦った神様に選ばれたのだ。

 

「では、もう、戦う気は無い……と?」

「そうじゃ! 妾は故郷(テルスキュラ)に帰る。もう二度とここには──」

 

 カーリーが言い切る前にレヴィスは口を開いた。

 

「そうか、残念だ……じゃあ、お前はもう、()()()()

「なんじゃ──と?」

 

 その瞬間、首元から肩にかけて激痛が走った。

 

「えっ?」

 

 激痛の後、その下手人が誰であるかに気付くのにそうは掛からなかった。

 カーリーを襲ったのはイシュタルだ。彼女がカーリーの肉を喰らっている。その瞳は明らかに正気が失われていた。 

 

「なっ貴様ッ、イシュタル!? 貴様、血迷ったか!? 止めろ、離せッ!!」

 

 だが、イシュタルはカーリーの喉元に食らいついたまま掴んで離さない。そしてまるでカーリーの眷属のアルガナの様に彼女の神血を啜り始めた。

 カーリーの「神の力」が血液を通し急速に奪われていく。

 

「クソッ! 貴様、イシュタルに一体何をしたッ!? 止めさせろ! このままでは──」

「──死んでしまう? そうだ、お前はここで死ぬんだ、カーリー。英雄に倒される途もあったが、お前はここで惨めに神に喰われて死ぬんだ。死んで神の糧になるのだ。()()()()()に、もう用は無い」

 

 無慈悲にそう言い捨ててレヴィスは冷え切った視線でカーリーを見下ろした。 

 

「貴様、貴様、貴様ぁあああ!! 最初から”コレ”が目的だったなッ!? 妾達を陥れるのが目的だったなッ!? この、この、ヒトデナシめ!!」

「その通りだ、枝分かれした偽りのカミデナシめ! 全てはこの為に用意したものだ。お前達がアレに勝てるなんてハナから思っちゃいない。安心しろ、全ては計劃の為の捨て石。私もお前も、な」 

 

 全ては神を殺すため。全ては英雄に神を殺させるため。そのために用意した“罠”だ。  

 

「クソ、クソ、この妾が……至高の神であるこの妾が、こんな、とこ、ろ、で……い、いや……嫌だ、死にたく──」

 

 最後まで言い切る事無く、戦神は狂った神に喰らい尽くされこの世界から消滅した。

 

 

 そして──()()()()となって覚醒する。

 

 

 

 *

 

 

 

 懐かしい気配を感じる。かつて故郷で毎日の様に感じた気配だ。

 

 荒ぶる神の気配、怒れる神の気配、狂う神の気配──

 

 

 ──愛しき、愛しき神の気配。

 

 

 

 *

 

 

 

 異変は直ぐに始まった。

 

 最初に発生したのはむせ返る程の甘い匂いだ。それが街中に広がり、まるで蜜に群がる蟲の様に人々を魅了した。

 眷属も、冒険者も、住民も、誰も彼も関係無しに無差別に蠱惑の香りは全てを虜にした。それは夜の街だけに留まらずオラリオ全域に広がろうとしていた。

 

 紛う事なきオラリオの危機だ。今、オラリオは荒ぶる神によって前代未聞の危機に瀕していた。暴走した神による街の蹂躙という危機に瀕していた。

 

 神に魅了された者は神に支配され、彷徨う幽鬼の如き存在と成り果てて亡霊となり、神の奴隷となる。それから逃れる術は無い。誰も彼も皆逃げ出す事は出来ないのだ。

 

 彼等は皆一様にしてある場所を目指していた。神の怨敵が、神の宿敵が、憎き神の大敵がいる場所へとゾンビーの如く目指していた。

 

「ちょっと“コレ”は不味いんじゃないですか……」

 

 陽動も兼ねて別行動を取っていたアンナ達はその異常な光景を見て戦慄していた。

 

「まったく、一発団長に広範囲殲滅魔法(ヒュゼレイド・ファラーリカ)かましてやる予定でしたが、そうも言ってられないみたいですね……」

 

 やれやれといった様子でレフィーヤが言う。

 

「ねぇねぇ、ちょっとこの人達めっちゃこっち睨んでるんだけど大丈夫……って来たぁああ!! ──って、あれ? 別に大したことない」

 

 神に魅了されないアンナ達を敵性存在と認めたのか、狂信者達が一斉に襲いかかってきたが、その強さは大したものでは無かった。

 

「一般人も混じっているみたいですからね。まぁ、でも一応足止めしておきましょうか。アンナさん!」

「了解です! 『ミラクルフラッシュ』!!」

 

 鬱陶しく光り輝くアンナを煩わしく思った狂信者達は次々とアンナに襲いかかった。

 いたいけな少女に雪崩の様に群がる人々。まるで蜂球の様な団子を形成したその集団は、見ていて気持ちの良いものでは無かった。というかぶっちゃけ気持ち悪かった。

 

「……虫は香りよりも光に誘われるって言いますが、コレは流石に……」

「うわぁ、うわぁ、うわぁ」

「ちょっと、引いてないで攻撃して下さいよ! あっ! 今、誰かお尻触った! お尻触った!」

 

 どうやらどさくさに紛れてセクハラをかました信者がいる様だ。だが、レフィーヤ達は攻撃する気はさらさら無かった。

 

「いえ、私達が攻撃したら皆さん死んじゃいますので、そのままで我慢していて下さい」

「アン……どうか安らかに!」

「そ、そんなぁああああ!!」

 

 アンナは、今度コイツらは守護(まも)らないと心に誓った。

 

 

 

 *

 

 

 

 神の覚醒に真っ先に異変を示したのは、神の呪縛から解放されたばかりのティオネであった。

 

「あっ、あっ、あぁ、い、いや! いや! いやぁあああ!!」

 

 突如として頭を抱えて悶え苦しみ始めたティオネは悲痛の声を上げた。

 

「ティオネ!? どうしたんだ!? しっかりしろ!!」

 

 そんなフィンの必死な声も届くことは無く、ティオネは狂った様に叫び続ける。

 

「あぁあああああああああああぁ、ぁぁぁぁ、ぁぁ、ぁ──」

 

 そして、その叫び声は次第に小さくなり、やがて消えるとティオネは亡霊の様に立ち上がりフィン達と相対した。それと同時に周りで倒れていたアマゾネス達も復活し立ち上がる。

 彼女達は再び神の呪縛へと囚われてしまったのだ。

 

 吐き気を催すほど甘ったるい匂いが更に強くなる。

 

『愛だと恋だと言っても、私の愛に比べれば所詮はこの程度のもの。本当に、本当に下らない』

 

 天空から骨の髄まで響く声が轟いた。

 

『あなた達にも愛を捧げましょう。私の愛であなた達を満たしましょう──』

 

 空から神が舞い降りてくる。

 

『愛を知らぬ子供達に、愛を持たぬ子供達に、愛の救済を──』

 

 それは堕ちた神。

 かつて美の女神と呼ばれたもの、戦神と呼ばれたものの成れの果て。

 イシュタルとカーリーと呼ばれていた神が混ざり合ったモノ。

 竜神の信者と化した哀れな哀れなカミデナシであった。

 

『私の名は──女神。かつてイシュタルとカーリーと呼ばれていたもの。そして、世界を竜の愛で満たす者』

 

 堕天した神が降臨した。

 

 

 

 *

 

 

 

 女神の姿は、元々が美の女神であったとは到底思えないほど醜悪なものであった。

 

 浅黒い肌をして、腕は二対。それぞれに武器を持ち、牙を剥き出しにして舌を垂らしている。

 背中には同じく翼が二対。一対は羽根の生えた純白の翼で、もう一対はドラゴンの様な形をした禍々しい翼であった。

 髪は色素が抜け真っ白に染まり、その皮膚はまるで黄金の鎧の様に硬質化し女神の身を護っている。唯一露出された大きく膨らむ胸部だけがかつての女神としての面影を残していた。

 まるでドラゴンに支配された将軍と、嵐神と、蛇女をごちゃ混ぜに融合した物体の様に見える。

 

 とてもじゃないが愛し、愛されたい存在には思えない。

 

「貴様ぁああ! 良くもティオネをぉおお!!」

 

 愛する者を奪われた勇者(ブレイバー)が怒りの咆吼を上げて女神に突進する。だが──

 

「クッ──! テ、ティオネ……」

 

 それは神の奴隷と化した少女に阻まれた。そして、ティオネ以外のアマゾネス達も次々と彼等の前に立ち塞がる。

 

「どうやら、俺達の相手はコイツらみたいだな……」

「ですね……どうしますか? リチャードさん」

 

 相対するアマゾネス達を警戒しながらベルが聞いてくる。

 

「いつも通り。いつも通り、だ。いつも通り、雑魚は俺達で──」

「調子良い事言ってますが、今のリチャード様は碌な装備してない無能なんですから無理しないで下さい。回復するの誰だと思っているんですか?」

「あっ、ハイ。スミマセン」

 

 リチャードの姿は捕まっていた時から変わっていない、彼等からしてみれば全裸状態と呼ばれるものであった。ヒーラーのこめかみがピクピクするのも致し方なかった。

 

「とにかく私達は雑魚の注意を引きつけて──」 

 

 リリがそうこう言っている内に、待ちきれないとばかりに暗黒は駆け出すと、漆黒の暗球を女神にぶつけ大剣を振りかざし斬りかかった。そして、それが合図となってアマゾネス達もこちらに襲いかかってくる。

 

 その光景を見てリリは涙ながらに思った。おぉ、神よ。どうしてこう私のPTには人の話を聞かない奴が多いのでしょうか。彼女のロリ神は「ドンマイ!」とサムズアップを決めていた。リリは泣いた。

 

「──と、とにかく今は闘いましょう! ってもう闘ってますね!」

 

 空しくリリの声が戦場に響く。かくして神と人の戦いはこうして幕を開けた。 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 女神はその絶大なる力に酔いしれていた。

 

 強大なる力の奔流が女神の中で渦巻き、それをほんの少し振りかざすだけで、あれほど恐れていた暗黒が簡単に吹き飛んでいったのだ。これほど愉快な事は無いだろう。絶対無敵の全能感が女神を興奮させていた。

 この力があれば、あの女どころかこの世界を──いやこの星すらも我が物に出来る。そう思ってしまうほどに女神の力は絶頂に達していた。

 

 至高の神に対しそれでもめげずに向かってくる暗黒を、女神は煩わしいとばかりにもう一度吹き飛ばそうとした。だが、今度は瞬く間に急接近され上手く回避されてしまう。

 意外にこの生物は学習能力が高い様だ。

 

 振りかぶられる暗黒の籠った大剣を、手に持つ武器で対応していく。だが、不思議な事に暗闇の攻撃は回避も防御も無意味だった。

 まるで吸い込まれる様に寸分の狂いも無く叩き込まれる攻撃は、その度に女神に少しばかりのダメージを与えた。それでも所詮全体から見れば数パーセント程度のダメージで無視できるものだ。大したことはない。

 

 だが、神を傷つけた者は万死に値する。然るべき神の鉄槌を与えるべきであろう。

 

 女神はお返しとばかりに竜神の力を借りて天から隕石を召喚すると、暗黒に向かって降り下ろした。

 何時の間にか距離を開けていた暗黒の頭上目掛けて隕石が降り注ぐ。しかし、着地点が決まった瞬間、暗黒は素早く動き直撃を回避した。

 その異常な行動に僅かばかり動揺した女神は一瞬の隙を作り、それを暗黒が逃すはずも無く、発生した隕石の衝撃波すら躱して再び暗黒が斬り込こんでくる。

 

 同一の攻撃を何度か仕掛けてみるが、その全てが同じように防がれた。完璧だった神の構想に、微かであるが亀裂が走る音がした。

 

『少しはやる様ですね。ならば、これはどうです?』

 

 女神は翼を大きく広げ己を誇示すると、飛び上がり翻って見るもの全てを魅了した。

 

『我を見るもの、感じるものはあまねく我の虜となるのです!』

 

 だが暗黒はそれすらも回避し問答無用で攻撃してくる。

 この攻撃は女神達が、女神となって始めて繰り出す攻撃だ。種も仕掛けも一切不明の謎の攻撃。それを、こんな超至近距離でしかも完璧に回避されたという事実に、女神の精神は大きく揺さぶられた。

 

『くっ、ですが。これは序章に過ぎないのです──我が眷族達よ!』

 

 その言葉と共に先程降り注いでいた隕石が変質し、人形(ゴーレム)へと変貌していく。その姿はあの四人のアマゾネス達にそっくりの形をしていた。

 流石の暗黒もまさか隕石が動き出して攻撃してくるとは思っても──少しの迷いも無く暗黒はゴーレム達に斬りかかっていた。

 

 まずは攻撃力は一番高いが防御力が絶望的に低いゴーレムがヤられた。次に時間が経てば経つほど攻撃力が上昇するゴーレムが打ち砕かれ、続いて体力が減れば減るほど攻撃力が増すゴーレムが大剣の一撃で粉砕された。最後に残った継続ダメージが取り柄のゴーレムは、好き放題弄ばれて挙げ句魔力を搾り尽くされると暗黒に飲まれていった。

 

 女神に焦りと衝撃が走る。

 

 このゴーレム達の目的は攻撃の他にも、女神の究極履行技の為の時間稼ぎの意味も含まれていた。

 それが大した時間を稼げずに殲滅され、究極とはまるで言えないパワーしか溜める事しか出来ていない。このまま発動しても暗黒を倒す事は出来ないであろう。

 だが、技の履行の為に完全に無防備な状態を晒している現状、囮役のいなくなった状態で何時までも悠長にパワーを溜めているわけにはいかない。

 その証拠に暗黒は嬉々として女神に向かってきている。

 

 致し方なく女神は大して溜まってもいない力を解放した。

 

『我が愛にひれ伏すが良い!!』

 

 立ち昇る光の柱が戦場に召喚されるが、当たり前だが暗黒はひれ伏さなかった。

 

『ギィィッ! 憎たらしい! 憎たらしい! 憎たらしい!』

 

 究極履行技を防がれた女神は、怒りを露わにしての憤怒のままに攻め立ててくる。

 女神の攻撃は暗黒に確かにダメージを与えているが、それを上回るスピードで暗黒はダメージを回復していた。

 女神が攻撃する度に魔力が回復し、暗黒が攻撃する度に体力が回復していく。

 

 塵の様に気にも留めていなかった攻撃が積もり積もって蓄積し、無視できない領域まで女神を追い詰めていた。回復しようにも暗黒の攻撃は神のエーテルにまで届き、傷つけていた。これでは簡単には回復する事は出来ない。

 

 女神の怒りのボルテージが益々上昇していく。

 

 起死回生とばかりに渾身の力を込めた一撃も、まるで計っていたかの様に一時的に異様に堅くなったり、漆黒の足捌きで華麗に回避されたり、謎のバリアで軽減されたりした。

 女神の攻撃は、まるで最初から全て知っていたかの様に悉く完璧に対処されていた。

 

『何故、何故だ!? 何故、私の攻撃が読めるのだ!』

 

 女神には理解不能な現象だった。未来予知なんて言葉が頭をよぎったが、それにしては明らかに手慣れ過ぎている動きだった。

 まるで、何度も何度も何度も何度も繰り返し繰り返し戦って、試行錯誤し、最適化され、研究し尽くされた後の様に全く無駄の無い、迷いの無い行動である様に感じた。初めて戦った相手にそんな事あるはずも無いのに……。

 

 相対する暗黒の闇が更に深まった様に感じ、女神に根源的な恐怖を与えてくる。その恐怖を拭い去る為に女神は最後の手段に躍り出た。

 

『これにどれだけ耐えられる!?』

 

 女神は己に残る全ての力を使い、血を分け与えた眷属への恩恵を奪い返し、そして魅了した信者達の生命を結集し、世界中から愛を掻き集め始めた。

 

『集え! 我が僕達よッ──!』

 

 はち切れんばかりのエーテルが女神の中に流れ込んでいく。あまりの強大なエネルギーに周囲に衝撃波が走り暗黒を後退させる。それでも暗黒の前進を止めるには至らない。

 だが女神は恐れない。今、彼女の中には溢れんばかりの愛が満ちている。だから恐れるものなど何も無い。

 

『我が愛に応え──』

 

 女神の腕が天高く仰がれる。万感の想いを込めて、必殺の想いを込めて、その手が振り下ろされる。

 

『彼の敵を討ち滅ぼさんッ!!』

 

 そして極光が暗黒を包み込んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 それは神イシュタルと神カーリーの神力、眷属達に分け与え育まれた恩恵、信者達の生命力、そして世界の愛が籠もった女神最大最高の一撃であった。

 その光は闇をも消し去る至高の輝きであった。世界最高の愛の結晶であった。女神が導く究極の終演であった。

 

『馬鹿なッ……これすらも耐えるというのかッ!?』

 

 だが──それでも足りない。暗黒を倒すにはそれでも足りなかった。暗黒は生ける屍となって未だに女神の前に立ち塞がっていた。

 

『こんな事、こんな事、あるはずがない! こんな事、あってはならないはずだァァ!!』

 

 否定の言葉を何度も叫ぶ女神であったが、もはや力を使い果たした女神にはみっともなく悪足掻きをするくらいしか手段は残されていなかった。

 

『私は、私は至高の神になったのだ! それを貴様の様な……貴様の様なぁああああああ』

 

 女神最後の抵抗は暗黒の表面にすら届く事は無かった。最期の力を使い果たした女神の身体から光の雫が漏れ始める。

 

『何故だ、何故だ、何故だッ! 神を喰らった! 恩恵を奪った! 生命を賭した! それでも、それでも及ばぬと言うのか!? 貴様は、貴様は一体ッ──』

 

 そして女神は今まで戦っていた暗黒を仰ぎ見た。

 

 黒い、黒い影がそこにいた。得体の知れない謎の存在がそこにはいた。

 もはやそれはヒトでは無く、バケモノでも無く、カミですら無く、全てを()()()、ナニかであった。

 

『貴様は、一体、何者──』

 

 それを見た女神は絶望の深淵へと沈んでいき、光の粒子となってエーテルの藻屑となり、そして──

 

 

 

 この世界から完全に消滅した。

 

 

 

 *  

 

 

 

 戦いは終結した。

 

 女達を縛る女神の存在は暗黒によって打ち倒され、女達は愛の呪縛から解放された。

 

 立ち塞がっていたアマゾネス達も、ベル・クラネルとリリルカ・アーデの華麗な連携によって見事に返り討ちに会い打ち倒された。たとえLv.3であってもヒーラーがいればこんなもんである。

 

 再び正気を失ったティオネも、愛する者との情熱的な殺し愛によって、最後は真実の愛のキスだとか良く分からないご都合主義満載の展開で正気を取り戻した。

 

 この戦いはハッピーエンドで終結したのだ。

 

「だが、この戦いで失われたものはとても多い」

 

 誰もいない地下の暗闇で金髪の男は、赤髪の女に向かってそう言った。

 

 イシュタル・ファミリアとカーリー・ファミリアの眷属達は恩恵(ファルナ)を完全に失い、ステイタスはリセットされ、神の企てに加担したティオネ、ティオナも同じ様にステイタスを失っていた。

 夜の街の大部分は失われ、オラリオ全体にも少なくないダメージを与えていた。一部暴徒と化した信者によって街が破壊されたのが原因だ。

 女神に魅了された住人達も想像以上に多かった。

 

「だが、それでも冒険者は再び立ち上がるだろう。街は復興するだろう。住民の傷も癒えるだろう。だが──」

 

 失ったステイタスはまた鍛えれば良い。破壊された街はもう一度直せば良い。住人の治療も順調だそうだ。やはり魅了されていた時間が少なかったのが良かったらしい。 

 企てに参加した女達の償いも定められた。街の復興だ。イシュタル・ファミリアとカーリー・ファミリアの眷属達はそれに尽力している。勿論、ティオネとティオナもだ。

 

 まさにハッピーエンドだ。まるでお伽噺の様なハッピーエンドが訪れようとしていた。

 

「だが、この物語はお伽噺では無い。ハッピーエンドで終わる様なお伽噺では無いのだ──」

 

 英雄は街を救った。危機に瀕する街を救った。“神”を殺して街を救った。だがそれは冒してはならない禁忌であった。

 

「神が住み、神が暮らし、神が治めるこの土地で、女神を殺す事がどういう事であろうか。決して、決して許されざる禁忌だ──その禁忌を冒涜した者を、他でも無い神が許すだろうか? それは否だ。いくら慈愛の女神が擁護してもそれは変える事は出来ない」

 

 白昼堂々行われた神殺しは瞬く間に神々の知る所となり、緊急の神会(デナトウス)が招集され、そして──

 

「彼女はオラリオを救った。だが──」

 

 この街を救った英雄は、もうこの街にはいない。

 

「──オラリオは彼女を救わなかった。計劃通りだ。この地に英雄はもう()()()

 

 

 ルララ・ルラは全ての罪を被り、そしてオラリオを追放となった。

 

 

 

 

 

 

 斯くして新たな探求の旅が始まる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ヒカセン「これで自由だぁあああ!!」

 
 


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幕 間
愛用の紀行録 5


 良く分からん神様に誘拐されたという友人を助けに行ったと思ったら、何時ぞや喧嘩を売られた「でっかいヤツ」と、その他愉快な仲間達と何故か戦闘する事になり、それが恋愛の(もつ)れに関するあれやこれが原因である事が判明したら、これまた何時ぞや結婚(エターナルバンド)を申し込まれた「ちっこいヤツ」がやって来て、キャッキャウフフの恋愛茶番劇を演じるはめになり、そうこうしていたら荒ぶる神様が降臨し、「これは大変だー」と満面の笑みで討伐したら──

 

 街を追放された。

 

 何を言っているのか分からないと思うが、当事者本人も良く分かっていない。『イシュガルド防衛戦』戦勝祝賀会並の理不尽さを感じた。ちなみに神様は“真”なる神様だった。周回する予定は今のところ無い。多分、()()()()限り一生無いだろう。

 

 とはいえ、神様がそこら中にいる街で神様をぶっ殺しちゃったのは紛う事なき事実であるので、謂れ無き罪を擦り付けられた訳でも無く、自ら勧誘し、仲間だと思っていた人達から裏切られたり、仲間が全滅したり、友人が殺されたり、世界規模の指名手配犯にされたりなんて事は無かったので結果オーライである。

 

 よくよく考えてみればこの街で神様を殺すという事は、蛮族拠点のど真ん中で蛮神を殺すのと同義である。「何時もやっている事だろうがッ!」と言えばその通りだが、蛮族達の「目に留まったら問答無用じゃ!」な塩対応を見る限り、そりゃ追放の一つや二つされるってもんである。もっとも最近じゃ蛮族達は見て見ぬ振りをしている者もいたりするが……。

 

 むしろ親の仇の如く恨まれて、憎まれて、地獄の果てまで追跡された挙げ句、一族郎党皆殺し(BAN)されなかっただけマシであると言えた。親の仇どころか神の仇なのだからそうなっても文句は言えないだろう。勿論、そうなったら全力で抵抗する所存であるが、そう言った意味ではオラリオの住民はかなり温厚な人(神)種なのかもしれない。

 

 何はともあれ、ようやく侵入できた摩天楼施設(バベル)内部の30階──神様達が神会(デナトウス)とかいう謎の会議に使用するやたらと豪華で煌びやかな会場──でオラリオ永久追放と賠償金百億ヴァリス、そして今後一切の友人達との通信禁止の判決を言い渡された。

 百億ヴァリスは丁度全財産に等しい金額であり、リンクシェルの事も知られている様だ。ヘスティアが言ったとは思えないので、どこからか情報が漏れた様だ。こちらの懐事情を知っている他人なんて、良く取引する『ギルド』くらいなものだが……。

 

 天井を貫き、上層部まで届く巨大なクリスタルが浮かぶ摩天楼施設(バベル)30階で(ずっと探していたオラリオのエーテライト本体はこんな所にあった様だ)、急造されたらしい裁判所に召喚された時は「すわ決闘裁判か!?」と思い胸が躍ったが、生憎そんな裁判方法ではなかった様で淡々と罪状を読み上げられ、中には心当たりがあるものからさっぱりそんな覚えが無いものもあったが(都市の経済を著しく混乱させたとか、神々の権威を著しく失墜させたとか全く身に覚えが無い)特に弁明する事も無く、「最後に、異議のある者」というやたらと威厳のある老人風の男神の言葉に、その場に出席していたヘスティアが不満ありありと手を挙げ主張したが空気の如く無視され、審判は下った。

 

 問答無用で神の審判だとか聖なる審判だとかの物騒な攻撃が飛んで来なくて幸いである。

 

 ヴァリスは失ってしまったが、命よりも大切な装備や所持品は健在で、念願のマイホームもヘスティア達が管理してくれる手はずになっている。そもそも永住する気はさらさら無かったので、この機会にこのまま彼女達に譲渡してしまっても良いかもしれない。どうせ何時かはエオルゼアに帰る身であるし。

 

 リンクシェルの仲間達も、メリュジーヌ討伐以降自信を付けたのか今までの若葉じみたおどおどとした様子は抜け、瞳の死んだ堂々とした立派な廃人冒険者(ハイエンドプレイヤー)に成長したのであまり心配はしていない。

 

 ダンジョンに置きっ放しのリテイナーも、装備は充実させているし、毎日欠かさず依頼を出していたのでレベルも十分上がっている。一人で生きて行くには申し分ない能力はあるはずだ。

 

 唯一の心残りと言えば大迷宮攻略だが、メリュジーヌを討伐出来た事できりが良いし、そもそもこのパーティーはメリュジーヌ討伐の為に結成したパーティーなので、これを機に解散も視野に入れても良いかもしれない。リーダーがいなくなって自然崩壊とか良くある話だし……。

 別にそれで彼等との絆が無くなる訳では無い。むしろこのままずるずると固定を組んでいる方が、絆崩壊的にヤバいとも言える。最近忍者とヒーラーの関係が怪しいし、もう恋愛関係の問題はこりごりなのだ。

 

 どちらにせよ会おうと思えば簡単に会えるので、そんなに性急に結論を出す必要も無いだろう。

 

 オラリオからは永久追放となってしまったが、ぶっちゃけ言って侵入する方法は幾らでもあるので大して痛くは無い。テレポでも、デジョンでも、フライングでも、戦争遊戯(ウォーゲーム)で入手した消える兜でも使えば侵入するのは容易だろう。

 オラリオは入るのは簡単だが、出るのが難しい都市だ。戦力流出とか情報漏洩とかを防ぐためにそうなっているらしいが、その都市を永久追放された身としては、入るのも簡単で、出るのも簡単になったと言うだけで、むしろ自由度が上がったとさえ言える。

 

 この土地に来て直ぐにオラリオに来てしまった事で、中々外に出る事が出来なくなってしまっていた。唯一外出したのは戦争遊戯(ウォーゲーム)の時くらいだ。

 世界はとても広く、とてつもなく広大で、まだ見ぬ未知に溢れている。一つの都市、一つのダンジョンに固執する必要は無い。そんな者は冒険者とは言えない。未知を、不思議を、幻想を探求してこそ冒険者と言えるだろう。

 

 それに、いい加減オラリオにはもう()()()。新たな冒険を探しに行く良い機会だ。とりあえずオラリオ以外のエーテライトを見つけるまでは戻るつもりはない。

 

 

 

 そんな訳で──

 

 光の戦士として みずからに

 あたえられた 使命の大きさと

 まちうける はらんの運命に

 めまいさえも おぼえるのであった

 

 ──なんて事は無かったが。

 

 

 

 探求の旅は始まったのである。

 

 

 

 *

 

 

 

 当たり前であるが世界は広い。

 所詮一都市でしかないオラリオに比べればそれはそれは広大で、壮大で、膨大で、巨大で、遠大だ。

 

 西にあった港町では漁業に精を出した。

 

 神様と都市代表とギルドが仲良く殴り合いながら運営するその都市は、オラリオの玄関口として機能しているようで、物資や人の流出入が盛んで依頼に事欠かす事は無かった。

 三勢力から同時にスパイ活動じみた依頼を受けたりもして、あれよあれよという間に都市運営に関する良からぬ陰謀に巻き込まれたりもしたが、それはこの街の裏の自警団的な組織と協力して無事解決する事が出来た。何でもニョルニョルとか言う神様のファミリアが中心になって結成された組織らしい。

 港町で貿易や漁業が盛んである事といい、裏の自警団が存在している事といい、リムサ・ロミンサに似た風情がして少し懐かしい感じがした。

 

 街には小麦色に日焼けした半裸の男性と、やたらと露出の多い褐色肌の女性のカップルがやけに多く。何故かと聞いてみれば、簡単に言えば「軟弱な男になんか負けない!」からの「やっぱり逞しい男性には勝てなかったよ……」的な展開があって、そんな感じになったらしい。

 何でも彼女達の神様が何者かに殺害されてしまい、行き場を無くした結果こんな事になってしまったようだ。カーリーとかいう神様らしいが、心当たりは全くないので多分関係は無いだろう。しかし、奇遇な事もあるものである。他にも神殺しをしてた人がいたとは驚きだ。

 

 この都市で釣れる魚類たちはやたらと生命力に溢れており、「ちょっと、お前まで魚類に分類されるの?」というレベルでフリーダムなエオルゼアほどでは無いが、中々に活きの良い魚達が沢山釣れた。

 多くの魚は食用に耐えうるものでは無いそうだが、ものは試しで分解してみると細砂とシャードが入手出来た。魚類に関してはエオルゼアとそう大差は無いみたいである。そうとなれば太公望への道を目指している者としては黙っていられない。バンバン釣って、ガンガン分解するまでである。世界中のヌシ・コンプリートを目指すのも良いかもしれない。

 

 そして、結局港町にはニョルニョル・ファミリアの皆さんが「これ以上釣られると魚がいなくなるので、マジでお願いですから出て行って下さい」と言われるまで滞在する事になった。勿論、ヌシは釣りまくった。

 

 

 

 *

 

 

 

 北では山岳地帯の中にある隠れ里に訪れた。

 

 元々エルフ達が暮らしていたというこの村は、現実に絶望した者や、都市を追われた者、その身の危険から逃げ出してきた者、世を捨て隠居した者、愛の為に駆け落ちした者等々、いわゆる“普通に暮らせ無かった人達”が暮らす最後の理想郷であるという。

 基本的に自給自足で、手作り感満載の村の様子は「分かたれし者達」が集うヴァスの塚を想起させるが、村の規模や人種のごった煮感はこっちの村の方が遙かに上であった。

 

 そもそもこの村を訪れた理由は、港町のとある人物からこの村へ物資を運ぶ依頼を頼まれたからだ。何でも「病気がちの村長に“うまい魚”を食わしてやってくれ!」との事らしい。おそらく、山岳地帯の奥底にある村だから、新鮮な魚を食べる機会が少ないと考え気を利かせたのだろう。中々に粋な計らいである。

 運ぶ物資の中には『新鮮なうまい魚』が入れられていた。かばんに入れれば腐る事は無いが、もし他の人に頼んだ場合はどうするつもりだったのだろうか? 『新鮮なうまい魚』だったものが『腐ったまずい魚』になって村長さんの命が危険で危ない!

 

 村に着くと案の定村長は死にかけており、「私が村長で……ゴホォ、ガハァ、グフゥ、ゲヘェッ!」と咳き込んでいた。危なかった。もし、その台詞を最後まで言い切ったら、それが村長の最後の台詞になるところだった。

 死にかけた村長は『新鮮なうまい魚』を四匹ほど与えるとすっかり元気になった。良かった。これで一緒に世話をした孫娘が、悲しみのあまり崖から身投げして、いかだで大海原に乗り出す、なんて事態にはならずに済みそうだ。

 

 元気になった村長からはお礼として彼の自慢……もとい昔話を聞いたが、殆どが女神様との惚気話だったので話半分に聞いた。もうマジで恋愛問題はこりごりなのだ。

 適当に話を聞いていたらあからさまに残念そうな顔を村長がしてきたが、「アラアラ、おじいちゃんまたその話ぃ?」と孫娘が笑いながら呆れていたので何時もの事なのだろう。

 その後、今度は孫娘さんの方からこの村の成り立ちや風習などをしっかり教えて貰った。

 

 三大冒険者依頼、黒竜、隻眼、落ちた鱗、守護神、モンスター。そのキーワードから少しニーズヘッグ、そして、その邪竜に取り込まれた仲間の事を思い出した。その『黒竜』というのを一度見に行くのも良いかもしれない。

 

 この村は遙か昔にその竜が落としていった鱗に守られし村らしく、近々その鱗を祀る祭りが開催されるみたいだ。そして当然の如く、その準備を手伝う事になった。

 とはいえルララが出来る事と言えば製作と、採集と、狩猟くらいなのでやる事はそれくらいであった。まぁ、要するに“全部やった”、という事だ。

 祭事の為の道具や祭壇の準備から、食材の採集に料理の製作。ついでに周辺のモンスターを狩って来る等、やるべきことは枚挙に暇がなかった。

 

 村周辺に出現するモンスターはオラリオのダンジョンに比べれば遙かに弱く、もはや「指先一つどころか爪先一つでダウンさ!」なくらい楽勝だった。この程度で「かなり危険な作業」と言う住民は大丈夫なのだろうか? 

 採れる食材もそれ相応の物しか採れなかった。栽培された物より自生している物の方が遙かにレベルの高い物が採れるエオルゼアとは大きな違いである。それでも話を聞く限りじゃ、今回採れたものは例年に比べるとどれも良い物らしいから驚きである。

 

 そして、祭りは過去類を見ないほど盛大に行われたようだ。前がどうだったのかを知らないので何とも言えない。だが、月明かりの下で、炎の周りを気恥ずかしそうに踊る多くの男女を見る限りでは、大成功であったのは間違いなさそうだ。

 ルララも名前も知らない男性からダンスを誘われたが、丁重にお断りした。恋愛関係はもう(ry。

 その代わりといっては何だが、エオルゼアのバヌバヌ族という種族に伝わる伝統の踊り──『太陽の舞』──を披露して見せたところ何故か意外に好評で、最終的には村人全員で『太陽の舞』を踊る事になった。「この燃え盛る太陽の様に勇ましい踊りならば、どんなモンスターでも追い返す事が出来ましょうぞッ!」とは村長の弁である。

 斯くして村を護る鱗を祀る祭りは、誰が最も勇ましい『太陽の舞』を踊れるかを競い合うダンス祭りへと変貌していった。

 

 そして、祭りが終わった次の日にこの村を出た。

 

 

 

 *

 

 

 

 その後も様々な所を巡った。

 

 行く当ても目的も無く、ただ風の向くまま、足の向くまま、気の向くまま。風の様にふらふらと──

 

 

 とある小人族(パルゥーム)の国では演劇をした。

 

 怪我をした主役の代打で急遽、「才能を見いだした!」とか、「貴方に光り輝くものを見た!」とかいう劇団長の謎の根拠に基づく超強引な説得で、禄に練習する間も無くぶっつけ本番で劇を演じる事になったのだ。はっきり言って無謀とも言える試みに思えたが、何やかんやあって無事成功を収める事が出来た。

 劇の内容は、一人の小人族(パルゥーム)の少女が神の集う街で大活躍をし、やがて実は神様の生まれ変わりであることが判明すると、神様達はそれを恐れて少女を排斥しようとし、そして──という感じで終わりを迎えた。

 演劇の後、劇団長曰く「まるで本人の様であった」と絶賛されたが、「でも、最後のシーンで神様全員皆殺しにしちゃうのは不味いよね」と言われてしまった。だって最後のシーンはまだ完成してないからアドリブでって貴方言ったじゃない。

 その後、復活した主役にサインを貰ってこの国を後にした。風に聞いた話では、結局演劇は“あの”内容で演じているらしい。

 

 

 とあるドワーフの国では共に採掘をした。

 

 炭鉱を掘り進めていく内に古代に封じられたモンスターを復活させてしまったり、掘れども掘れども碌な鉱石が掘れないなんて事があったが、彼等が言うにはそれでも今回の成果は例年に無いほど良いものであったらしい。

 その後、遙か昔に竜に奪われた城と財宝を共に奪還しに行ったりもしたが、既に竜は城におらず、遙か昔に巣立っていて城の中はもぬけの殻だった。それでも、いまなお残る大して強くないモンスター達を蹴散らして、彼等の城と財宝は無事奪還された。ドワーフ達曰く、ダンジョン以外のモンスターと恩恵(ファルナ)の無い人間なんて、()()()()らしい。

 彼等は男女を問わず皆陽気で、大酒飲みで、ひげもじゃで、屈強で、豪快で、そして、幸いな事に白くて禿げてるヤツはいなかった。

 そして、ドワーフ達の財宝の一部──ミスリル製の武具──を受け取りこの国を後にした。彼等は今後も枯れた山々を掘り起こしていくらしい。

 

 

 とある帝国では反乱軍と協力した。

 

 圧政を敷き、民衆を虐げる皇帝相手に反旗を翻した反乱軍は「のばら」を合言葉に今日も戦っていた。何でも「のばら咲く世界を目指しているから」らしいが、敵兵士にその言葉を言うと「きさま、はんらんぐんだな!」と言って襲いかかってくるので、ここまで敵勢力に浸透している合言葉を使っている反乱軍相当にヤバい感じだ。

 むしろ合言葉以前に、だいたいほとんどの帝国兵は話しただけでまるでエスパーの様に反乱軍を見分けてくるので、反乱軍のお先は真っ暗状態である。そもそも「のばら」を合言葉にする組織に碌な思い出が無い。地下水道で亡国のお姫様なんか助けるんじゃ無かった。オイオイヨ!

 それでも何やかんやあって(反乱軍の主要メンバーが帝国将軍の子供だった事が発覚するとか、結局皇帝は将軍に裏切られ落下死、等)皇帝は倒され、帝国は共和制に移行した。ちなみに、ここまで神様の姿は影も形も無かった。

 新体制の元老院最高議長になった娘曰く、オラリオ以外ではそんなもの、みんな世界の中心に夢中、なのだそうだ。

 共和国からは光り輝く光刃を賜った。最高品質の魔石を使用しているらしいが、実戦に耐えうる物では無いそうだ。魔石のエーテル保有量がシャード以下しかなかったのが原因だと思われる。

 

 

 とあるエルフの国では魔法と機械について語り合った。

 

 閉鎖的で、排他的で、排外的で、魔法至上主義と、厳しい階級社会を形成しているこの国では、生まれながらの魔力によってその後の人生が大きく左右され、決定される厳格な国家であった。

 そこで出会ったとある貴族の長男坊は、この国の、保有する魔力量によって住む場所も、受ける教育も、就ける仕事も、結婚できる相手も全て決定される現状を憂い、それを打破するために『魔法』に代わる新たな力として、魔力の有る無しに関わらず使用できる『機械』という力に目を付け研究する夢追い人であった。

 余所者だと白い目で見る事も無く、持っていた『魔導アーマー』や『騎乗システム』を少年の様な輝く瞳で見つめる若きエルフの熱意と情熱は本物で、彼と、彼を慕う者達と協力する事によって拙いながらも『機工銃』っぽい物は完成した。

「これを応用する事によって魔力の無い者でも、火を起こし、水を生み、風を吹かせ、土を耕す事が出来るんだ」そう満面の笑みで言う長男坊から、彼の夢である『空飛ぶ機械の模型』を貰いこの国を後にした。どうやら、この世界に飛空艇などの機械技術は無いみたいだ。

 

 

 

 そして──

 

 

 

 とある獣人達の国では共に狩猟をした。獲物はモンスターよりも弱い動物だった。

 

 

 

 はるか極東にある国は遠すぎてまだ行けないみたいだ。

 

 

 

 とある魔法大国はエルフの国で誕生した『機械』という力を警戒しているらしい。

 

 

 

 とある海洋国家は神様に奪われたお姫様を今も探していると聞いた。

 

 

 

 とある王国は戦争を始めたそうだ。

 

 

 

 テルスキュラという女しかいない国は滅んだらしい。何でもとある王国に滅ぼされたそうだ。

 

 

 

 世界はとてもとても広大で、壮大で、膨大で、巨大で、遠大で、そして──何処にもエーテライトは、エーテルの溜まり場は存在していなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 これまでの道中に大した障害は無かった。何処まで行ってもモンスターも、人もまばらで、採れる素材もどれも元気が無かった。唯一元気なのは釣れる魚──それも海や、汽水湖などの海が近い場所で釣れる魚──くらいであった。

 それは、それはオラリオから遠ざかれば遠ざかるほどにより顕著に現れた。

 

「その魚は『アマゾネスフィッシュ』と言って、アマゾネスの様に暴れ回る事からそう名付けられたんだ」

 

 滅んだテルスキュラ国近くの海岸で釣りをしていると、そう明後日の方向に声をかける青年に声をかけられた。金髪のスカした笑みを浮かべている好青年風の男だ。

 確か、拘束艦のクローン生成区画であった──そう考えて『ステルス』を解除し、姿を晒す。最悪、手に持つ釣り竿で対抗するまでである。

 

「っと、そんな所にいたのか。初めまして、ではないね──マリウス・ウィクトリス・ラキア──だ。ラキア王国の第一王……いや、今では国王かな? をやっている。この間の無礼は許してくれ、光の使徒様」

 

 いくら太公望を目指しているからといって、釣り中に国王が訪ねてくるなんて事しなくても良いだろうに。絶賛戦争中の国王様が一体何の用だろうか?

 

「いや、偶々君を見つけてね。私も釣りが趣味で、ついつい声をかけてしまったんだ」

 

 直前まで発見する事も出来ていなかったくせによく言う王様である。マリウスは「失礼するよ」と断るとルララの隣に座り、海を見つめた。

 ビュンっと、ルララが釣りをする音だけがただひたすらに鳴り響く。それをじっと黙って聞いて、海を見つめるマリウス。静かな時間がゆったりと流れていく。

 

 暫ししてマリウスはゆっくりと口を開いた。

 

「……海は、生命に溢れている。それこそ君の世界に、負けないほどに──」

 

 マリウスの口調は淡々としていたがその中には確かな憎悪が渦巻いていた。

 

「モンスターが自由に闊歩する過酷な生存状況に晒された海の生命は、強く、逞しく、堅強に()()した。君達の世界と同じように──」

 

 中には禍々しい姿形に変異した魚類もいたが、それは生き残る為の生命が選んだ手段であって、どこの世界でも見られる極当たり前な現象であると言えた。

 

「モンスターという存在が彼等をそうさせた。だから海の世界には生命が溢れる事となった。より強く、より速く、より多く、繁栄する事になった。モンスターが、あの忌まわしきモンスターが生命を運び、育んだんだ──それに比べ、陸の生命(僕達)はどうだ?」

 

 その言葉はルララへ向けたものでは無く、己に問いかけているようであった。

 

「神の恩恵を受ける僕達はどうだ? 神の力に縋る僕達はどうだ? 神の奇跡に頼る僕達はどうだッ!? 君も、君も見ただろう!? 僕達は、僕達は……あまりにも──()()ッ!!」

 

 泣き崩れるような声でマリウスが言った。

 

 世界を巡り、世界を旅した。まだ見ぬ場所、まだ知らぬ場所はあるだろうが、確かにどの土地でも“そう”だった。

 人も、モンスターも、大地も、空も、生命あるものは皆脆弱だった。風は弱り、火は消えかけ、水は淀み、土は枯れかけていた。一見、姿形は問題無さそうでも、その中身はスカスカで空っぽで空虚だった。

 

 まるで()()()()が不足しているかの様に……そこにはなにもなかった。

 

「確かに君は()()。果てしなく、限りなく、際限なく、君は()()ッ! でも、それは、本来なら届かない強さじゃ無かった。君の仲間が、君の様に強くなれたように、僕達も強くなるはずだった、なれるはずだった! でも、でも僕達は果てしなく()()()()()。『神の力』に頼ったが為に、僕達は『星の力』を失った──」

 

 恩恵(ファルナ)は確かに強力だ。多くの制限から人を解放し、効率よく成長させ、強化させる。だがそれはたった一代限りの儚い力だ。

 

 恩恵(ファルナ)は消えゆく記憶を刻まない。

 恩恵(ファルナ)は鍛えた技を託さない。

 恩恵(ファルナ)は物語を語らない。

 恩恵(ファルナ)は幻想を継がない。

 

 結局、成長するのはヒトでは無く、神の恩恵なのだ。それを失った時、残るものはただの空っぽな器だけ。

 恩恵(ファルナ)は“個”を強くするが、“種”を強くする事は無かった。

 

 だから、ヒトの進化は止まった。神の力に頼り過ぎた為に思考は停止し、技術は停滞し、生命の循環は滞った。

 

「それに気付いた時はもう手遅れだった──今、この世界は死にかけている。長きに渡り蔓延る病魔によって、僕達が願った祈りによって、“この星”は死に絶えようとしている。だから星は僕を選んだ。だから星は僕達を選んだ。だから星は“アレ”を喚んで──そして、君を()()()

 

 そう、はっきりとした口調で言ったのち、マリウスは立ち上がるとルララの方を見て手を差し出した。その手の中には青く光り輝く水晶──光のクリスタル──が握られている。

 そして、マリウスは光の戦士らしく言った。

 

「──君に、()()がある」

 

 頼まれてしまったからには仕方がない。 

 

 

 

 *

 

 

 

 オラリオの地下深く。メリュジーヌ討伐後に発見したエーテライトに転移したルララは、そのまま拘束艦内を下へ下へと突き進んでいた。

 道中に出現するモンスターは一切存在しない。まるで招き入れられているかの様に沈黙を貫く拘束艦は、不気味なまでに静寂に包まれていた。

 

 マリウスの依頼は、「とある人物に会って欲しい」というものであった。そして、その人物は、この“先に”いるという。

 

 無人、無モンスターの艦体中央部を抜け、誰もいない再生制御区画を突破し、そして、拘束艦の第一艦橋へと辿り着く。それは、かつてルイゾワと相対し、フェニックスと戦った“あの場所”そっくりで、その場所で待っていたのは──

 

「よく来てくれました。光の使徒よ──」

 

 

 金色の長髪に、白い衣装を纏った女性が、そう囁く。

 

 

「私の名は、『アリア』──」

 

 

 過去にそれを見た初心で純情なベル・クラネルをして、「普通ですね」と言わしめた女性に似た『アリア』がそう、ささめく。

 

 

「かつて、人々から『聖なる精霊』と呼ばれ、そして今では『穢れた精霊』と呼ばれる──『星の代弁者』」

 

 

 ロキ・ファミリアの胸も、身長も、種族も、見た目も普通のヒューマンそっくりの女性が、そう嘯く。

 

 

「ずっと、ずっと待っていました。異なる世界の英雄よ──」

 

 

 そして、その女性の背後には──

 

 

「そして、今こそ、今こそ語りましょう。この世界の真実を──竜の神が召喚され、貴方が喚ばれた、その理由を──だからお願い。聞いて、感じて、考えて……」

 

 

 完全に修復され眠りに就く──

 

 

「全ては、千年前──人が願い、生まれた幻想から始まりました──」

 

 

 

 蛮神バハムートが存在していた。

 

 

 

 

 

 

 そして、物語は終演へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回から最終章になります。
 
 要望のあったルララ・ルラの見た目を活動報告に載せてあります。気になる方はどうぞ。


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第6章
光の戦士達の場合 1


 少年はずっと疑問に思っていた。

 なぜ、この人はこんなにも偉そうなのだろう。なぜ、この人はこんなにも我が儘なのだろう。なぜ、この人はこんなにも愚かなのに、みんな尊大に扱っているのだろうと、黄金に光輝く大きな人を見てずっと疑問に思っていた。

 

 それが、『神』と言う存在であるという事を程なくして知った。

 

 少年は神に聞いた「どうして神様はそんなに偉そうなの?」と。

 神は答えた。

 

「それは神が神であるが故に」

 

 答えになっていない答えに少年の疑問は益々膨らんだ。

 

 少年は父に聞いた「どうして神様はあんなにも偉そうなの?」と。

 父は答えた。

 

「それは神様が神様だからだよ」

 

 父の回答も少年が望んでいたものでは無かった。

 

 それから少年は母に、祖父に、祖母に、叔父に、叔母に、曽祖父に、曽祖母に、答えを聞いた。

 だが、返ってきた答えは皆同じだった。

 

『神は神であるが故に偉いのだ』

 

 皆一様に口を揃えてそう言った。

 そこまでして、少年はようやく悟った。この疑問の答えを知る者はどこにもいないのだと。

 この疑問は、あまりにも当たり前で普遍的過ぎて、誰も疑問にさえ思わなかったのだ。

 

 だが、少年は疑問に思った。世界で唯一疑問に思ってしまった。そして、その事を自覚したその日から、少年は未知への探求者となった。

 幸い少年は賢かった。父の不貞を疑われる程に、一族の中でも抜きんでた才能を秘めていた。少年のやんごとなき立場もまだ知り得ぬ知識を得るのに役に立った。

 少年は“知”も“才”も“位”も持っていたが、何よりも“運”を持っていたのだ。

 

 少年は追い求めた。疑問への回答を、未知への解答を、謎への答えを探求し続けた。

 最初はただの興味本位だった。だがそれは溢れんばかりの好奇心と探求心となって、少年を突き動かした。

 

 そして少年が青年へと成長し始めた頃、遂に一つの答えに辿り着きそして青年は──神を呪った。

 

 青年が信じていたものは、青年が尊敬していたものは、全て幻想だった、まやかしだった、偽りだった、嘘だった。

 世界の真実の一端に触れた青年に待っていたのはただの絶望だけだった。

 

 

 世界は丸いと言った学者は、神の名の下に処刑された。

 

 神からの解放を願い戦った騎士は、神の名の下に処刑された。

 

 天界など存在しないと言った思想家は、神の名の下に処刑された。

 

 怪物は悪では無いと言った冒険者は、神の名の下に処刑された。

 

 だが、神は幻想に過ぎないと気付いた青年は、生き残った。

 

 

 それはただの幸運であった。青年の地位と立場が青年を神の審判から守ったのだ。

 だから青年は世界の真実に触れても生き残ることができた。

 青年は世界の真実を知る唯一の人となったのだ。

 

 青年はこれらを『これは自らに与えられた使命』だと理解した。自分は世界に真実を伝える為に生き残ったのだとそう理解したのだ。

 

 そして、そこからは戦いの日々だった。

 

 弱き自分を強くし、無知な自分を鍛え賢くした。味方など居るはずも無く、青年は孤独で寂しい戦いを強いられた。

 そして、長く険しい戦いの末に青年は“神”と“竜”に出会った。

 

 その神は、己の存在意義に苦悩していた。

 その竜は、己の存在理由を果たせずにいた。

 

 彼等は皆孤独で寂しい戦いを強いられていた。理解者も無くずっと。

 

 だから、星に導かれて彼等が出会ったのは運命であったのかもしれない。

 あの日、星の意思と出会ったあの日、星に真実を教えられた日、星から“力”を授かった日、独りぼっちだった人と神と竜はようやく仲間を得た。

 

 それ以降、彼等の中にあるのは潰えることのない果てしない使命感と神への憎しみだけである。

 

 

 

 *

 

 

 

 彼の地から英雄が追放され数日後、照りつける太陽が地平の先に沈みゆく黄昏時。

 肥沃な大地に囲まれ、広大な領土を有する世界有数の国家──ラキア王国──で、世界の果てまで続いているのかと見紛う程の隊列の前に男が立っている。

 

「今日この日、私は、ラキア王国国王としてでは無く、また、一国家の代表としてでも無く、この世界に住む一人の人間として、ただのマリウスとして皆に語りかけている」

 

 マリウスは蜂蜜の様な金髪と、黄金に煌めく甲冑、そして、吸い込まれる様な透き通る蒼い瞳をしていた。細すぎず、太すぎず、極限にまで鍛え上げられたその雄姿は、堂々とした威厳と威光を放っていて、王としての才覚を如実に表している。

 

「遙か昔、我々の父祖達は、混沌と殺戮に支配された動乱の時代を生きてきた。強き者が、弱き者を蹂躙し、喰らい尽くす、そんな修羅の時代を生きてきたのだ。だがそれは、千年前に降臨した神々の手によって終止符を打たれた。異形の這い出る地獄の穴は、空高くそびえ立つ摩天楼によって封じられ、我々は千年続く泰平と、千年続く安泰の時代を手に入れたのだ」

 

 マリウスは語る。この世界の成り立ちを。この世界の在り方を。

 

「だが、その千年続く安らぎの時代は、同時に、堕落と没落と顛落を世界にもたらした。政は汚職に塗れ、商は腐敗に溺れ、農は退廃していた。一部の者が富を独占し、占有し、寡占し、多くの者は、持たざる者となった。富める者はより富み、貧しい者はより貧しくなる貧困の時代が訪れたのだ。地は痩せ、空は濁り、水は淀み、炎は消え去っていった」

 

 マリウスの言葉を聞く兵士の瞳はみな虚ろで虚空を見つめている。まるで狂った様に、まるで狂った信者の様にその瞳は空虚だった。

 だが、マリウスにとってはそれで構わなかった。この狂った兵士達は一度檄を飛ばせば死ぬまで戦う死兵だ。竜に魅了され、竜に支配された狂った兵隊達だった。

 だからこれは、この言葉は、彼等に向けてのものじゃない。神への、世界への、そして何より己へと向けた決意の宣誓だった。

 

「今、世界は痛んでいる、苦しんでいる、病んでいる、死にかけている。世界は今、傲慢で失楽した彼の地によって、驕慢(きょうまん)で横暴な神々によって、滅びようとしている」

 

 恐怖を抱くほど異様な静寂に包まれる隊列の前で、まるで世界中に響き渡るかの如き大声が木霊する。 

 

「彼の地は、彼の神々は、富を独占し、資源を占有し、技術を寡占している。絶える事の無い欲望と、尽きる事の無い欲求を満たす為に、我々は蔑まれ、疎まれ、利用され、食い物にされてきた」

 

 果たしてそれが真実であるかどうか誰も知らない。そんな事、ここにいる誰もが気にしていなかった。ここは狂った信者と使命に狂った男しかいない。真実などどうでもいいのだ。

 

 だが現実として彼の地には富が、資が、技が、人が、神が、集中している事は疑いようも無い事実であった。

 

「神々は口々に言う、『愛しき我が子』と。だがそれは、神々の寵愛を受ける、神々の恩恵を受ける、神に愛される、たった一握りの人間に対してだけだ。まるで愛玩されるペットの様に、まるで溺愛されるペットの様に、神に可愛がられる者達だけだ」

 

 マリウスの言葉には狂おしい程の怨恨と怨嗟が含まれていた。全てを知ったあの日から、全てを教えられたあの日から、マリウスの中には消えぬ神への憎しみと、果てしない使命感だけが渦巻いていた。

 

「神に見放された者は、国は、土地は、排斥され、排他され、排除されていった。弱き者は衰退し、醜い者は見捨てられ、美しい者と、可憐な者達だけが繁栄した。パルゥムが没落し、ドワーフが見限られ、エルフと、ヒューマンが栄えた様に。彼の英雄が、彼の地から追放された様に!」

 

 マリウスの演説がより激しく、より昂ぶっていく。

 

「彼の英雄は人を救った。街を救った。国を救った。神を救った。だが、神は、英雄を救わなかった。助けなかった、守らなかった、支えなかった。神はただ、恐怖し、憎悪し、嫉妬し、警戒し、固執し、危惧し、彼の英雄を粛清するだけだった。彼の英雄が、神の恩恵を、寵愛を、加護を、慈愛を受けていないというだけで、英雄を受け入れず、英雄を粛放した」

 

 “それ”を画策したのはマリウスであったが、それを受け入れるか、受け入れないかは神の手に委ねられていた。そして結局、神は英雄を受け入れなかった。受け入れていれば違う未来も描けたかもしれないのに……。

 

「長きに渡り栄えた故の傲慢と、横暴と、腐敗が、神々にそうさせたのだ。千年続く『神の時代』が彼の地にそうさせたのだ。虚偽で塗り固められた共栄が、欺瞞に満ちる欲望の街が、偽証で語られた神の威光が、彼等にそうさせたのだ。そして、その様が、その末路がこれだ!」

 

 マリウスの背後からくすんだ金色の神が連行されてくる。みすぼらしく汚れ、穢れ、澱み、濁ったこの国の神──アレス──。かの男神には、もはやかつて黄金獅子と呼ばれた勇ましさは見る影も無かった。

 

「見よ! これが神の正体だ! 我等を振り回し、翻弄し、惑わした者の成れの果てだ! こんなモノに、こんなモノに、我々は千年もの間、(こうべ)を垂れてきた」

 

 男は腰に帯刀していた剣を抜き、刃先で神を指し示す。無理矢理(ひざまず)けられ、剣を向けられる(アレス)は、まるで罪人の様であった。

 

「私は皆に問おう。このままでいいのか? 神に隷属され、従わされ、玩具にされる一生このままでいいのか? 神に偽られ、神の享楽に付き合わされ、神の道楽に利用される人生のままでいいのか? 尊厳も、誇りも、時代も奪われたままで、本当にいいのか? それは、否! 否だ! 断じて否、だ!! 神を殺した事が英雄の罪であるならば、神を鏖殺した事が英雄の罪であるならば、私も共に罪を犯そう! 我等も共に英雄と同じ禁忌を冒そう!」

 

 そして、マリウスは剣を高々と掲げ、神を睨みつけた。かつて憧れ、尊敬した“神”も睨み返してくる。

 

「マリウス、マリウス、貴様ァッ! 神が与えた恩を、恵みを、仇で返すつもりかッ!! この、この、裏切り者めェェェェェッ!!」

 

 地獄に住む悪鬼の様に顔を歪ませ、神が怨嗟の言葉を吐く。

 

「ああ、その通りだ、アレス。今までありがとう──」

 

 それを気にも留めず、躊躇無く断罪の剣を振り下ろす。

 

「──さよなら」

 

 神が消える。光の雫となって、エーテルの藻屑となって、世界から消滅する。神の呪縛が消え、竜の憎悪が顕現する。神が彼等の言う天界には還る事は無い。天界なんてもの、そもそもこの世界には()()()()()。それは神々が生み出した妄想だ。生命あるものはみな、母なる星へと還る。

 では、偽りの幻想である神は何処に還るのだ? それは、それは──一瞬、マリウスは遙か遠くにそびえ立つ摩天楼(バベル)を、神が居座る街(オラリオ)を見つめた。

 

 眼を瞑り、開くと再び語り出す。

 

「これが、これが罪だ! これが禁忌だ! これが悪業だ! 決して許されざる大罪を我等は犯した。だが、英雄は生きている! だが、私は生きている! だが、我等は生きている! 神殺しが神聖不可侵の罪であるならば、何故、今なお我等は生きているのだ!? それは、それは、我等が正義である事の、我等が“正”である事の証左だ! 神の威光が偽りである事の証左なのだッ!! この犠牲は始まりに過ぎない。この罪は始まりに過ぎない。この業は長く険しい道程の始まりに過ぎない! この犠牲の上に、この罪の後に、多くの神々が続いていくだろう。私が許せないのであれば神の鉄槌を下せばいい。我等が許容出来ないのであれば神の罰を与えに来ればいい。殺しにくればいい! 私は、我等は、逃げも隠れもしない!」

 

 腕を大きく広げ天に向かって咆吼する。

 

「私は不退転の決意を持ってここに宣言する。世界に遍く神を許しはしないと、世界に蔓延る神を残しはしないと。確固たる信念を持ってここに宣言する!! これより我等は奪還する。誇りを、尊厳を、土地を、国を、世界を、時代を、神々の手から取り戻すのだ! これは侵略では無い。これは侵攻では無い。これは征服では無い。戦争では無い、闘争では無い、略奪では無い、支配では無い、蹂躙では無い、殺戮では無い、侵害では無い、迫害では無い、争いでは無いッ!! これは奪還! 奪還! 奪還である!! 我等は我等の力に因って、この世界を奪還するのだ!! 奪還! 奪還! 奪還! 奪還ッ!」

 

 静まりかえっていた隊列が、マリウスの言葉に合わせて狂った様に言葉を繰り返す。奪還、奪還、と。

 

「今日この日に『神の時代』は黄昏を迎え、明日かの日に『人の時代』の暁が昇るのだッ!!  皆のもの、我と共に鬨を上げよッ! 新たな時代の幕開けである!!」

 

 狂った雄叫びが世界中に鳴り響く。

 やがてそれは世界を揺らす産声となって、狂った神殺しの軍勢が誕生する。

 

 終わりの始まり。

 神々の黄昏。

 神の時代の終わり。

 

 

 時代の終焉が始まる。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 とある王国がそんな大それた事になってるなんて露程も知らず、相も変わらずオラリオはのほほんとして平和であった。

 ぽかぽか陽気の小春日和に、鼻歌混じりに荷造りをしているのは何を隠そうヘスティアだ。

 ヘスティアにとってこうして本格的な荷造りをするのは初めての経験だ。

 ヘファイストスの所を追い出された時や、アポロンに廃教会を焼かれた時は暢気に荷造りしている暇も所持品も無かったが、こうして荷造りなんて出来るくらいにまでなったのだと思うと、何だか感慨深い気持ちになってくる。そりゃあ、鼻歌だって出ちゃうもんである。

 

「まるで、遠足にでも行くみたいね。ヘスティア」

「うひゃあ!?」

 

 完全に無防備なところに声をかけられて、ルンルン気分で荷造りしていたヘスティアは驚いてすっとんきょうな声を上げた。

 

「だだだだ誰──? ってなんだい、フレイヤじゃないか。珍しい、どうしたんだい? こんな所に」

 

 ヘスティアに声をかけたのはフレイヤであった。

 地味な衣装に身を包みながらも隠しきれない美貌を放つ女神がそこにいる。普段であれば威風堂々とした正に唯我独尊といった佇まいの女神であるが、今日は珍しく憂いを帯びた感じだ。

 

「えぇ、ただ少し、貴方に話したい事があって……入ってもいいかしら?」

 

 少し言い淀みながらフレイヤは言った。

 それにヘスティアは、「もちろんさ!」と言ってフレイヤを『竈の家』に招き入れる。

 

「しかし、君が僕に話したいことだなんて、本当に珍しいね。一体なんだい?」

 

 ヘスティアとフレイヤは決して仲の良い間柄では無い。せいぜい顔見知り程度といった関係だ。こうやって改まって話す事など滅多に無い事であった。

 フレイヤを家に入れ、ルララが残したアフタヌーンティーセットを用意する。

 スッキリとしたリンゴの香りがほんのり香るカモミールティーに、パイナップルを豪快に乗せたこんがりケーキ、それに蜂蜜入りのふわふわマフィンとどんぐり入りのさくさくクッキーが添えられた『竈の家』自慢のおもてなし用のティーセットである。

 

 オラリオの高級喫茶店顔負けの、体力と詠唱速度が向上しそうな味がするカモミールティーを一口飲むと、フレイヤは静かに切り出した。

 

「──まずは、アンナとエルザの事、どうかよろしくお願いするわ。二人とも凄く良い子だから。最近の彼女達の事は、もしかしたら貴方の方が良く知っているかもしれないけど」

 

 そう言うフレイヤの顔は、巣立ちの喜びと別れの寂しさが同居した複雑な表情をしていた。ふと、「なんだか最近、私、振られてばかりだわ」とヘスティアにすら聞こえない小さな声でぽつりとフレイヤは呟いた。

 

 ルララ・ルラがオラリオを追放され暫くしてアンナとエルザはフレイヤ・ファミリアを脱退した。何れそうなるだろうという予感は確かにあった。だが、いざ実際にそうなってしまうと思っていた以上に寂しい思いがしてくるものだ。

 

 そんなフレイヤの気持ちを知ってか知らずか、ヘスティアは至極明るい笑顔で返事をした。

 

「勿論さ! 君の大事な子供達は僕がしっかり面倒を見るよ! まあ、面倒見られるのは僕の方かもしれないけど」

 

 これまで神と言う名の自宅警備員でしかなかったヘスティアだと、そうなる可能性は非常に高いと言える。

 

「フフフ、二人ともしっかりしているから、確かにそうなるかもしれないわね」

「ちょっ、そこは神様のよしみで否定してくれよ」

「嫌よ、元・主神として、存分にのろけさせて貰うわ」

 

 不敵な笑みを浮かべてフレイヤは言った。

 

 それからヘスティアはフレイヤからアンナとエルザの事を聞いた。

 彼女達の出身、彼女達の生い立ち、彼女達の好み、彼女達の出会い、彼女達が入団した理由、彼女達の軌跡、彼女達の戦う理由。口々に語られる彼女達の事は良く彼女達と交流し、観察しないと知り得ない事ばかりだ。

 実に楽しそうに話すフレイヤを見てヘスティアは正直な感想を抱いた。

 

 フレイヤは確かに彼女達の事を──大切にしていたのだ。

 

「ハハハ。僕は何だか君の事少し、誤解していたみたいだね。本命の子以外には興味の無い、ちょっと冷たい神様だと思っていたよ」

「フフフ。どんなモノでもどんなヒトでも、気に入ったのなら私は全てを賭けて愛するわ。それが喩え、新たに愛する人が増えたとしても、その愛が潰える事はない。それが美の女神としての私の欺瞞──」

 

 そこでフレイヤは一度口を(つぐ)み、そして続けた。

 

「──それでも流石に、慈愛の女神様には敵わなかったみたいだけど」

 

 彼女の眷属も、彼女が恋い焦がれた人も、みんなみんな彼女の胸には納まらず、ヘスティアに惹かれて行ってしまった。

 これ程『愛』に関してフレイヤが完全敗北したのは初めての事であった。嫉妬も悔しさも湧いてこないほどに完膚なきまでの完敗だった。多分ヘスティアは、争っていた事も気付いていなかっただろう。

 だからフレイヤのこの言葉は、美の女神から慈愛の女神への敗北宣言であった。

 

「その、フレイヤ。すまな──」

「謝らないで。振られた女にとってそれは、死ぬほど辛いものなのよ?」

 

 謝ろうとするヘスティアに対しフレイヤはそう遮って、更に続けた。

 

「それに、謝るべきなのは私の方──」

「それは──」

 

 フレイヤが何を言いたいのかヘスティアは直ぐに察した。

 

 ヘスティア達がオラリオを出て行く切っ掛け、オラリオを捨てる理由。それを産み出したのはフレイヤを含む神々達だ。神殺しの体現者とも言える彼の冒険者を恐れ、自分達の“安心”の為に率先してルララ・ルラ追放という神罰を推し進めたのが原因だった。

 最後まで抵抗し続けていたのはヘスティアだけだった。孤立無援で戦うヘスティアをフレイヤはただ見ているだけであった。

 

 それ程までにルララ・ルラが怖かったのだ。

 

 次に、あの神をも恐れぬ暴虐の刃が向けられるのは自分かもしれない。もしそうなったら、きっとアレは一寸の迷いも無く神を殺すだろう。慈悲無く、憐れみ無く、むしろ僅かな喜びさえ浮かべて殺しに来るだろう。そう思うと、怖くて、恐ろしくて、ずっと夜も眠れなかった。

 だから他の多くの神々と同様に、フレイヤもルララ・ルラ追放を積極的に推進した。

 

 そして、実はそれはヘスティア達も良く知るところであった。だが、それを理由にフレイヤ達を恨む気はヘスティア達には無かった。

 

「きっと隣人君は、遅かれ早かれこの街を出ていっていたよ。それが早くなったか、遅くなったかの違いだけで」

 

 彼女達は良く分かっていた。

 あの冒険者はこんな小さな街で収まる器では無い事を、こんな小さな街だけで満足できる冒険者で無い事を良く理解していた。

 だから、彼女が何の文句も言わず全ての罪を被って出て行った時は、「ああ、やっぱりか」と驚きも無くすんなりと受け入れる事が出来た。

 

 そして──それに続く事に何の躊躇いも無かった。

 

「そう、それなら良いのだけれど……」

 

 少し陰りのある微笑みを浮かべてフレイヤが言う。

 

「──それでも結果的に私達は、貴方達をも追い出す形になってしまったわ」

 

 ルララ・ルラ追放から程なくしてヘスティア達はオラリオ脱退を決意した。それは神々に迫害され追い出される大罪人の様にフレイヤの目には映っていた。

 そして彼等の決意は、異端者の仲間もまた異端者であるとでも言うかの様にすんなりとギルドに受け入れられ、承認された。

 

「だとしてもそれは、僕達の子供達が自ら望んで選んだ事だ。喩え、ずっと鍛えてきた恩恵を失う事になっても、彼等はそれを選んだんだ」

 

 ヘスティア達がオラリオを出るにあたってギルドは一つだけ条件を示してきた。それは──恩恵(ファルナ)の永久破棄、並びに新たな神との再契約の禁止──それがギルドの出してきた条件だった。その条件は、正に冒険者として死刑宣告されたのと同じ事であった。

 恐らくギルド側はこれ程までに無理難題を提示すれば、彼等も諦めるだろうと思ったのだろう。既に彼等の多くは第一級冒険者以上の実力を持ち、オラリオには欠かす事の出来ない戦力として数えられていたのだから。それをみすみす手放す気なんて無かったのだろう。

 

 だが、ギルドの思惑に反して彼等は恩恵(ファルナ)を躊躇無く手放した。それ程までに堅い意思と覚悟が彼等にはあったのだ。

 

「だから、僕達神様はそれを受け入れ、尊重し、認めて、見守ってあげるべきじゃないかな?」

 

 フレイヤとは対照的な慈愛の微笑みでヘスティアは囁いた。

 

「えぇ、そうね。そう、きっと、そうだったんだわ」

 

 あの時、あの場所で、あの冒険者と出会った時、あの光の輝きに助けられた時、逃げ出さずちゃんと向き合っていれば、彼女の様に微笑む事が出来たのだろうか? 今となってはもうそれは分からない。

 

「それに僕は最近思うんだ。『僕達神様は、オラリオに固執し過ぎじゃないか?』てね。世界は広く、子供達も世界中にいる。その世界を見て回るのも、悪くないんじゃないかな?」

 

 そう言うヘスティアの瞳には、まだ見ぬ未知への期待と希望で満ち溢れていた。その瞳の輝きをフレイヤは少し羨ましいと思った。

 

「貴方は、本当に強いのね」

 

 希望に燃える幼い神を見つめて、フレイヤはそう呟いた。

 

「僕だけの力じゃないさ。僕の子供達と、その仲間、そして何よりも隣人君が、僕達を──強くしてくれたのさ」

 

 遠くを見つめてヘスティアは言った。

 

「いいえきっとそれは貴方が、貴方がそうだったからこそ、貴方はここまで来ることが出来たんだわ──多分、私には無理だった」

 

 そう、フレイヤには無理だった。

 おそらく、あの冒険者と初めて遭遇した神はきっと自分だ。でもあの時、あの場所でフレイヤは、あの世界中の光を無理矢理押し込めた様な歪な輝きを前にして、心底恐れを抱いてしまった。ヘスティアの様に微笑む事は出来なかった。

 

 きっと他のどの神々でも出来なかっただろう。

 

「そんな事ないさ! たまたま僕がそうだっただけで、フレイヤにだって出来たはずさ!」

 

 そう直に断言できる彼女だからこそ、“そう”出来たのだ。

 

「ええ、そう、そうね。そうなったら良いわね」

 

 もし、私があの冒険者を受け入れていればどうなっただろうか? 彼女の様に微笑み、彼女の様に仲間に囲まれて、彼女の様に愛する人と共に全てを捨ててオラリオを出て行ったのだろうか? 有り得たかもしれない未来を夢想しフレイヤは思った。

 

 やはり、そんな事、出来そうにも、無い。

 

「なったら良いんじゃなくて、そうなるんだよ!」

 

 それでも、底抜けに明るい笑顔でヘスティアはそう言ってくれた。きっと彼女がこうだから子供達も迷わず選択出来たのだろう。それはヘスティアにあってフレイヤには無いものであった。分け隔て無く誰にでも注がれる無窮の愛。

 世界を照らす慈愛の心は、傷心の女神ですら癒やしてくれた。

 

「本当、貴方には敵わないわね。──ちょっぴり悔しいわ」

 

 最後に呟いた嫉妬の声は、ヘスティアに聞こえない様に小さな声で呟いた。

 

「ん、何か言ったかい?」

「いいえ、何でもないわ。それよりも、荷造りしたらもう行くの?」

「あぁ、荷造りして、ウラノスに会いにいったら直ぐにでもね」

 

 ヘスティアはオラリオを出る前にという条件で、ウラノスから呼び出しを受けていた。何の用だかは知らないが、良い機会だからついでに小言の一つや二つぶつけてくる腹づもりである。

 

「そう、じゃあ私はもう行くわ。ヘスティア。貴方の旅路に幸が有らんことを」

「ありがとう、フレイヤ。君にも幸運があるように願っているよ」

「フフフ──それはまるで神様に願うように?」

 

 願いという言葉に反応して、フレイヤは流れる様にそう答えた。

 少し首を傾げて可愛らしく言うその仕草は、正に美の女神と言ったところであろうか。

 

「そりゃあ良い。恋の神様にでも願っておくよ、『女神の新たな恋が実りますように』ってね」

 

 フレイヤのジョークに対し、笑いながらヘスティアはそう返した。

 

「願われなくても、実力で実らしてみせるわ。だって私は『美の女神』ですもの」

「ハハハ、その通りだね。美の女神が相手じゃ恋の神様も形無しだ」

 

 クスクスといった二柱の笑い声が『竈の家』に響く。ややあってヘスティアがゆっくりと切り出した。

 

「それじゃあ、フレイヤ。さよならだ」

「えぇそうね、ヘスティア。さよなら」

 

 

 

 *

 

 

 

 白亜の巨塔で造られた万神殿(パンテオン)。『ギルド本部』で知られるその施設の地下には、荘厳なる雰囲気が漂う“ある神”の為の神殿があった。

 薄暗い暗黒に支配され、唯一の光源は四方にある松明のみ。正に神聖といった台詞がぴったりの地下施設で、ヘスティアは最も古い神と対峙していた。

 

 石製の巨大な神座に腰掛け、黒いローブに身を包み、彫刻の様に整った顔と巨大な体軀の男神は、老神であるにも関わらず限りない威厳を放っていた。

 

 その神──ウラノス──に対し、ヘスティアは静かに切り出す。

 

「──それで、僕に何の用だい? ウラノス」

 

 ギルドを、しいてはオラリオを影で支配する老神直々の呼び出しだ。最大限警戒しながらヘスティアはウラノスの返答を待った。

 

 暫くしてウラノスが口を開く。

 

「何、大した用ではない。ただ、少し聞きたい事があってな──」

 

 重々しい声色でウラノスが言う。

 松明の燃えるパチパチといった音以外何も聞こえないこの空間では、予想以上に体の奥底まで届いていった。

 

「それで、聞きたい事って?」

 

 そう言ってウラノスの詰問を待つヘスティア。

 重苦しい空気の中、居心地を悪く感じ始めた辺りでウラノスはようやく問うてきた。 

 

「本当に、本当に行くのだな。ヘスティア」

「……あぁ」

 

 ウラノスの質問にヘスティアは短く答えた。

 

「決意は、変わらぬか?」

 

 再度ウラノスが訪ねてくる。まるで引き止めているかの様に聞こえるが、ウラノスの表情は炎の明かりに揺らめいていて上手く読み取る事は出来ない。

 

 暫しの沈黙を自ら作り上げると、ゆっくりとヘスティアは言った。

 

「……今さら引き止めるつもりかい? すんなり申請が通ったから、ギルド側に憂いは無かったと思っていたけど?」

 

 ここまで来て意思を変える気はさらさら無いと、きっぱりとした口調でヘスティアはウラノスに突き付けた。

 

「いや、そうではない。だが、私には聞く“義務”があるのだ」

 

 ヘスティアの返答にウラノスの仰々しく答えた。これは『義務』であると。

 

「そんな習わしがあるの始めて聞いたよ」

「当然だ。これは私の()()()な責務の為に自ら課した義務だからな」

「──個人的?」

 

 ウラノスの台詞に顔を訝しめながら、ヘスティアは次の言葉を待った。

 

「そう()()()な理由だ、深い理由では無い。なので今一度問おう、ヘスティア。そなたは本当に、眷族でもないただの冒険者の為に、神の恩恵を受けぬただの冒険者の為に、神に反逆した冒険者の為に、全てを捨ててオラリオ(この街)を出るのか?」

 

 ヘスティア達の置かれている立場と現状に言及しながら、ウラノスは再三に渡って聞いた。本当に“是“であるのかと確認するかの様に念入りに。

 

「あぁ、そうだよ」

 

 古き神が三度追求しても、ヘスティアの返答は変わらなかった。

 

「そうか……そうか」

 

 ヘスティアの返答を噛みしめながら、ウラノスは体の底から声を絞り出す様に言った。

 そして、まるで長年の苦悩と苦労を吐き出す様に──

 

「──やはり、()()()であったか」

 

 と言った。

 

「? それは一体どういう──」

「ならばこれを持ってゆけ」

 

 ヘスティアの言葉を遮り、ウラノスはある物を彼女に渡した。

 それはウラノスの神力によるものなのか。静かに浮遊しながらヘスティアの手元へとゆっくり進んでくる。

 

「──これは?」

 

 ヘスティアの手に握られたもの、それは青白く光り輝く水晶の塊──クリスタル──であった。

 

「餞別だ。お守りだとでも思っておけば良い。“父”から“娘”への贈り物だとでも、な」

 

 淡く優しく輝くその光は不思議と安らぎと安心を与えてくれる。まるで母親の抱擁の様だ。

 その『クリスタル』を大事にしまうとヘスティアはウラノスに向かって言った。

 

「あ、あぁ……その、あ、ありがとう、ウラノス……」

 

 まるで長年離れ離れに暮らしていた父親と突然の再会を果たした娘の様にギクシャクとした言動で、ヘスティアは感謝の意を伝えた。

 そして、気恥ずかしさのあまり間髪を入れずヘスティアは続けた。

 

「──そ、それじゃあ僕はもう行くよ。素敵な贈り物をありがとう」

 

 そう言ってヘスティアは逃げ出す様にウラノスに背を向け、神殿を後にしようとする。そして、その去りゆく背中に向けてウラノスは声を投げかけた。

 

「ヘスティア。彼の冒険者を探すのであれば、まずメレンに居る『世捨て人風の商人』を探すと良い。どうせ最初は、メレンに向かうのだろう?」

 

 その言葉に対しヘスティアは振り返らずに答えた。

 

「……分かったよ、そうする」

 

 

 

 *

 

 

 

「しっかし、記念すべき門出の時だというのに、見送り無しとは寂しいもンだな、オイ」

 

 人の往来が全く無い、今ではすっかり廃れてしまった大門の前で、リチャードは不満ありげに愚痴っていた。

 何時までもぐちぐち言う彼に対し、女性陣は口々に言う。

 

「まぁ、ぶっちゃけ、我々は三行半突き付けて出ていくのも同然ですからね」

 

 そう言ったのはアンナで。

 

「そもそも、大々的に見送られる事を私達していないような……」

 

 そう疑問を口にしたのはエルザ。

 

「むしろ、石を投げられて「出てけッ!」と言われないだけマシでは無いでしょうか?」

 

 最後にそう指摘したのはレフィーヤであった。

 彼女達の言動を見るに、どうやら彼女達は中々ドライな思考を持っているようだ。

 

「おぉぅ、ベル君。なんか女性陣が辛辣です、慰めて!」

 

 確かに彼等が仕出かした事──夜の街とイシュタル・ファミリアの完全破壊──を考えれば、(主に夜の街の利用者達から)罵詈雑言を向けられても致し方ないような気がする。それが、こうして静かに旅立てるだけ良しとすべきなのかもしれない。

 

 でも、それにしたって少し寂しい気持ちがするのもまた事実であった。

 

「えっと。ど、どんまいです、リチャードさん!」

「おふぅ。あ、ありがとうベル君。何か、その言葉が、辛い……」

 

 ベルの励ましに何故か更にダメージを受けるリチャード。その様子を見て、やれやれといった感じでリリが助言をする。

 

「あー、ベル様。それは一番言っちゃいけない台詞です……」

「えっ、そうなの!?」

「えぇ、そうなのです。その言葉は、『全然惜しくないけどそれを言ったら雰囲気が悪くなるし、かといって何も言わないのも“アレ”だから苦し紛れに出した励ましの言葉』的なニュアンスが含まれています」

 

 人差し指をピンと伸ばしながら、『ドンマイ!』の言葉の裏に隠された意図や思いを懇切丁寧に説明するリリ。

 もちろん、全てが全てそういった訳では無く、本当に【気にしないで下さい】と思って言っている場合もあるが、まあ、大抵の場合は“コレ”であった。

 そう考えると、ルララが事あるごとに【気にしないで下さい】と言っていた裏に何があったのかと思い、リリは少し背筋が凍る感じがした。

 

「そ、そんなリチャードさん、ごめんなさいッ!!」

「だ、大丈夫だ、ベル君……これは致命傷だ……ガクッ」

「リ、リチャードさァァァァァァん!!」

 

 目の前ではそうやってお馬鹿な寸劇を演じている男性陣が戯れているが、もしかして“コレ”が原因では無いだろうか? ちょっとおつむが残念なコイツに、とうとう愛想を尽かして出て行ってしまった可能性が無きにしも非ず?

 そんな不穏な考えを、リリは(かぶり)を振って否定した。あのお節介焼きの冒険者がよりにもよってそんなしょうも無い理由で出て行くとは思えない。何か深い理由があるのだろう。多分、きっと、おそらく、メイビー。

 

 どちらにせよ答えは自分達で見つけるのだ。この旅はその答えを探す為の旅でもあった。

 

 彼女達は見捨てられたのか、或いは信用されているからこそなのか。本拠地(ホーム)を任された事から後者の可能性が高いが、どうしても会って確かめる必要があるに思えた。

 

「……全く、君達は相変わらずだね」

「あっ、団長! 来てくれたんですね」

 

 廃れた大門の前にやってきたのは最近話題の冒険者──フィン・ディムナ──であった。どうやらわざわざ見送りに来てくれたようだ。

 彼の登場にレフィーヤが嬉しそうな声を上げる。喩え、ドライで冷めていても嬉しいものは嬉しいようだ。

 

「一応、君の元・団長だし、君達には随分世話になったからね。忙しいが、見送りくらいはしないと。それに伝えておきたい事もあったからね……」

 

 あの事件以降フィンはオラリオの復興支援や、主神の消滅により混乱するイシュタル・ファミリアとカーリー・ファミリアの団員達の世話、戦いの事後処理、あと個人的な理由もあってかなり多忙な日々を送っていた。

 

「確かに、かなりお世話しました。ティオネさんともやっと婚約出来ましたね、団長」

 

 私、分かってましたよ的なオーラを発しながら生暖かい目線を送ってレフィーヤが言う。今にでも「昨日はお楽しみでしたね?」とでも言いそうな雰囲気だ。

 

「あぁ、その件に関しても感謝の言葉も無いよ……」

 

 恥ずかしさをおくびにも出さずに堂々とフィンは言った。色々と捨て去って、色々と吹っ切れたらしい。

 

「お陰様で私はリアル人間肉団子状態になりましたけどね」

「くそォ、このリア充め! 羨ましい! 何故だ、アマゾネスは負けた相手に惚れるんじゃ無かったのか!?」

 

 悔しそうにリチャードが嫉妬の声を上げる。確か俺の記憶じゃ一度は勝っていたはずだ、と女々しく言うリチャード。まるで『俺の画面では避けていた』並に理不尽な言い訳である。

 

「まあ、リチャード様は勝てずに、勝敗は結局有耶無耶になりましたからね」

 

 あの時の戦闘を遠い目で思い出しながらリリはそう言った。

 あの時の戦いは女神が恩恵(ファルナ)を奪い取った事により有耶無耶で終結している。

 とはいえ、戦闘はベルとリリとリチャードの見事なチームワークで終始有利に事を進めていたので、もしかしたらそういったアマゾネス特有の感情の動きがあったのかもしれないが、もし彼女達が惚れるとしたらそれは──

 

「でも、彼女達の熱い視線はリチャード様じゃなくて、ベル様に向かっていたような気がします」

 

 主に主体となって戦っていたベル・クラネル以外に他ならないだろう。意外なライバル出現の兆候にリリはかなり不機嫌そうな顔をしてみせた。

 

「くぅう! これが若さか? 若さが足りないというのか!?」

「それ以外にも、情熱とか、思想とか、理念とか、頭脳とか、気品とか、優雅さとか、勤勉さとかが足りない気が……」

 

 己の年齢を嘆くアラフォー冒険者のトドメを刺したのは同じ火力職のエルザであった。恩恵(ファルナ)によって老化は抑えられていたから年齢以上に若く見えるリチャードであったが、それでも足らない部分は随分と多いみたいだ。それに、今となってはもはや恩恵(ファルナ)も無い。リチャード君のモテモテ計画は前途多難であった。

 

 そんな、何時もと変わらない調子のリチャード達を見てフィンは羨ましそうに言う。

 

「──君達は、変わらないな」

 

 そう、彼等は本当に変わらなかった。恩恵(ファルナ)を捨て、力を捨て、街を捨て、ファミリアを捨てたというのに、全く何時もと変わらない様子で健在であった。

 

「まあ、元々棚から牡丹餅的に手に入れた力でしたからね」

 

 フィンの言葉を聞いたアンナがそう答える。

 

「実際、速くランクアップし過ぎて実感無かったのが良かったよね」

 

 エルザもそれに続く。

 

「お陰で、大した憂いも無く手放せました」

 

 そう、レフィーヤがまじまじと言う。

 

「まっ、結局『振り出しに戻る』ってだけだしな!」

 

 リチャードも明るく言い放す。

 

「そもそも身内で一番強い人が“アレ”でしたからね。さもありなんです」

 

 ある意味この中で一番“力”に執着していたかもしれないリリもさらりと言った。

 

「僕は、僕達は、確かに恩恵(ファルナ)を失いましたが、それでもこれまでの思い出は失っていませんから……」

 

 最後にベルがそう締めくくった。

 

「そう思えるのが、君達の強いところだね。僕にはとてもじゃないが──」

「それは違いますよ──」

 

 出来なかった、そう言おうとしたフィンを止めたのは彼の元・団員だった。

 

「──団長は、団長なんですから、それで良いんです。無責任に放り投げられたらそれこそこっちが困ります。それに、もう大事な婚約者もいるんですから──」

 

 そう、フィンには背負うべきものが多くなりすぎていた。

 神に、ファミリアに、仲間に、恋人に、街に、種族に……彼の双肩には多くのモノがのし掛かっていた。その中には彼が望んで背負ったもの、望まず背負わされたものと色々があるが、だからといって中途半端に投げ出すような無責任な人間ではフィンは無かった。

 彼等には彼等の責務があるように、フィンにはフィンの責務があるのだ。

 

「その婚約者の為に色々と放り出そうとしたけどな、そいつ」

「それとこれとは別問題です」

 

 悪魔のような天使の微笑みで睨みつけながらレフィーヤはリチャードの言葉をぶった切った。ああ、今度余計な事を言ったらその口を縫い合わせてしまおうかしら?

 レフィーヤの視線の先では、余計な一言を言ったリチャードにアンナの全力鉄拳制裁が下っている。

 恩恵(ファルナ)が消えた事により大した威力は出てないが、相手も恩恵(ファルナ)の無い人間なので十分効果はあった様だ。オウオウと頭を抱えて悶絶している。

 それを見届けたレフィーヤはフィンに向き直ると、一度「オホン」と咳をすると再び続けた。

 

「──団長がしっかりしていてくれるからこそ、私は、私達は何も気にせず出ていけるのですよ?」

 

 エルフらしい美しい笑みを浮かべて言うレフィーヤ。そして流れるように続ける。

 

「このところ蔑ろにしていたかもしれませんけど、ロキ・ファミリアは今でも私の大事な家族なんです。帰って来たら、また無くなっていたなんて事、私イヤですよ?」

 

 そう言うレフィーヤを見てフィンは、一度は死にかけて失いかけたファミリアを、一体誰が命懸けで救ったのかを思い出した。

 そうだ、彼女がいたから、彼女が頑張ったから、彼女が諦めなかったから今のロキ・ファミリアがあるのだ。もし、レフィーヤがいなかったら、頑張らなかったら、諦めていたら、今日のロキ・ファミリアは存在しえなかっただろう。

 だから、その救いの少女の期待に彼が応えないわけにはいかなかった。

 

「そうか、そうだ、そうだったね、レフィーヤ。ありがとう」

 

 彼女達が不在の間のファミリアを、そしてオラリオを守る決意をしてフィンは言った。

 

「団長こそ、頑張って下さいね、色々と。……そういえば、話したい事があるって言ってましたよね? 何ですか?」

「あぁ、頑張るよ。それで、君達に言っておきたい事なんだけど──ギルドに、特にウラノスには気を付けてくれ」

 

 さっきまでの雰囲気と打って変わって、神妙な面持ちになり周りを警戒しつつそう言うフィン。しだいに不穏な空気が辺りに流れ始める。

 

「ルララ・ルラの時といい、今回の件といい、最近のギルドの手際は良すぎる。まるで、最初からこうなる事を知っていたみたいだ」

 

 フィンのいう通り、ルララ・ルラが追放されたのも、彼等がここを出るのも、恐るべきスピードで決定し認められた事であった。高Lv.冒険者が次々とオラリオ脱退を認められるだなんて異例中の異例である。

 確実になんらかの意図が絡んでいるとフィンは推測していた。おそらくギルドの上層部、それもギルドの真の支配者──ウラノス──が噛んでいる可能性が非常に高い。

 

「一応、こっちの方で探りを入れてみるけど、本命は君達だ。道中何が起きるか分からない。くれぐれも心しておいてくれ」

 

 それがフィンの、そして彼の主神であるロキの出した答えであった。そして、それを伝える為にフィンはわざわざ多忙の中ここまで来たのだ。

 

「あぁ、了解した。わざわざありがとうな」

 

 皆を代表してリチャードが感謝を伝える。

 そして、丁度そのタイミングで彼等の主神であるヘスティアがやって来た。どうやらフィンの忠告はこれまでの様だ。

 

「やぁやぁやぁ、みんなお待たせ! いやー、遅くなってごめんよ。ジャガ丸くんのおばちゃんが中々離してくれなくてさ。おぉ! 勇者(ブレイバー)君じゃないか、見送りに来てくれたのかい?」

「ええ、そうです。神ヘスティア」

 

 ヘスティアの質問に対しフィンは(うやうや)しく頭を下げた。

 

「そうかい、そうかい、わざわざありがとう! さて、じゃあ、みんな! 準備はいいかな?」

 

 早速といった感じのヘスティアの言葉に対し、眷属達は一斉に頷く。そして、ヘスティア・ファミリアの団長であるベルが前に出て言う。

 

「何時でも行けますよ。神様!」

「よっし、じゃあ、行こうか! 勇者(ブレイバー)君も、見送りありがとう!」

「いえ、彼等には世話になりましたから。では、君達の武運を祈っているよ」

 

 フィンが別れの言葉を言うとヘスティア達は門をくぐり、そしてオラリオの外に出た。

 目の前には地平の先まで続いている大草原。空を見ると果てしなく続く青空が広がっている。

 この先に、この先の何処かに彼等の仲間が、ルララ・ルラがいるのだ。

 

「──それで、まずは何処にいきますか? 神様」

 

 初めて見る外の広大な大自然に圧倒されながらもヘスティアは答えた。

 

「まずは西へ──メレンに行こう」

 

 こうして、ヘスティア達の仲間を求めた旅が始まった。

 彼等の旅路を見守るのは燦々と輝く太陽と、一匹の白い梟だけであった。

 

 

 

 *

 

 

 

「──行ったか」

 

 ギルド本部の地下施設で紫色に輝く水晶の中には、今まさに旅立とうとしているヘスティア達が映っていた。

 それを見つめているのはウラノスと──

 

「黒竜は、ゼノス達は、受け入れてくれるかな? 彼等には何時?」

「それは、お前が判断して決めるのだ──フェルズ」

 

 黒衣に身を包んだ人物──フェルズ──だけであった。

 

「了解だ、ウラノス」

 

 そう言うとフェルズは闇の中へと溶けるように消えていった。

 後に残されたのはウラノスと水晶のみ。ウラノスはその水晶を覗き込んだ。水晶に映し出されている者達は皆、希望に満ち溢れた姿をしている。実に清々しい晴れやかな姿だ。

 

 そして、その姿にウラノスは希望を見出したのだ。

 

「いよいよ、いよいよだ。いよいよ以て、我が宿命も終焉を迎える」

 

 疲れ切った声でウラノスは呟いた。

 

「願わくば、彼等の旅路に、クリスタルの加護があらんことを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ヒカセン「それで家は!?」


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光の戦士達の場合 2

 メレンへの旅は実に順調であった。

 恩恵(ファルナ)を失った事による戦力の激減はもちろん懸念していたが、外のモンスター達はダンジョンとは比べものにならないほど弱く、また、絶対数も少ないため、大した危機も無くメレンへと辿り着くことが出来た。メレンは、オラリオから一時間も掛からない目と鼻の先にあるので、当然と言えば当然であるが。

 

 海へと続く雄大なロログ湖の湖岸にある港町──メレン──は、オラリオから南西に三K(キルロ)程行った場所に位置し、数多くの交易船や商人、異邦人達が集まる貿易港である。

 

 街には真っ白な石製の建物が軒を連ね、その白色の石壁が、照りつける太陽の日差しを眩しく反射させ、街全体に明るい印象を与えている。

 大通りには露天商や出店、屋台といった小売店がところ狭しと並び、採れたばかりの新鮮な魚介類や珍しい商品を、これでもかという勢いで、半ばやけくそになって売りさばいていた。表示されている値段も、恐ろしい程に激安である。どうやら、随分と『大漁』があったようだ。

 道行く人々の人種も種族も実に多種多様で、異国情緒溢れる雰囲気が醸し出されている。

 

「凄い……」

 

 地平の果てまで続く大洋に、つい感嘆の声を上げるヘスティア。

 記憶の中では確かに海を見た事はあるはずだが、まるで初めて見たかの様に、ヘスティアは感動を覚えていた。おそらく、この地に降臨してからこの目で海を見るのが、初めてになるからなのだろう。

 塀に囲まれたオラリオの中では、決して見ることの出来ない壮大な大自然を前にして、ヘスティアはただただ感激するばかりであった。

 

 ふと、隣を見ればベルも同じ様な瞳をしている。きっと彼も“海”を見るのは初めてなのだろう。

 見渡すばかりの圧倒的大自然を前にして、ヘスティアは『世界はこれ程までに広かったのだ』と、今更ながらに思った。それはきっと、オラリオに居ては一生抱くことの出来なかった思いである。

 

「ヘスティア様。感動しているところ悪いですが、やるべき事をやってしまいましょう」

 

 ロログ湖とその先に広がる大海原に言葉を失っているヘスティアに、リリが進言する。

 リリも初めてメレンに来たので、感動する気持ちは十分に分かるが、彼女達はここに観光しに来たのでは無いのだ。

 

「あ、ああ。そうだね、そうしよっか」

 

 リリの言葉にヘスティアは名残惜しそうに答えた。

 

「えっと、メレンに来た事のあるのは──」

 

 まだ若干惚けた声でヘスティアが言う。

 

「俺と、エルザと、あとレフィーヤだったけか?」

「はい、学生の時に友達と良く来ました」

 

 学生時代の──あの無垢だった頃の自分──を懐かしく思いながらレフィーヤが答える。

 その時一緒だった友達は、今も元気にしているだろうか。おそらく出番は一生無いだろうが、もし今のレフィーヤの現状を知ったら、きっと度肝を抜かれることだろう。

 

 リチャード、エルザ、レフィーヤ──この三人が、パーティーの中でメレンに来た事のある者の様だ。

 

「──じゃあ、三組に分かれて情報収集しようか。とりあえず、エルザ君は──」

 

 そう言うとヘスティアは眷属達の方へと目を移した。

 視線の先では、太陽に照らされて黄金色に輝く髪を盛大に揺らしながら、赤毛の少女の腕を掴み上げている犬娘が映っていた。

 盛大なエルザのアピールに、やれやれと溜息を一つ付くとヘスティアは、『分かっているよ』と心の中で頷いた。期待に胸を膨らませる少女の想いを裏切るなど、ヘスティアには出来なかった。

 

「──まぁ、アンナ君とだね」

「やったー!」

 

 両手を上げて全身で喜びを表すエルザ。

 分かりきった結果であろうとも、全力で喜びを表現する彼女の姿を見ていると、なんだか微笑ましい気分になってくる。正に可愛いは正義であった。

 とは言え、これではまるでデートに来たようである。「そんな事をしにメレンに来たんじゃ──」そう注意しようとした時、ヘスティアの脳裏に電撃が走った。

 

 熱い海、照りつける太陽、開放的になる気持ち、夕陽が沈む浜辺、良い感じになった二人の距離は自然と近づき、そして────グヘヘヘヘ、これはもしかして、もしかするとベル君と仲良くなるチャンスではないだろうか!? そんな悪魔的な閃きがヘスティアに舞い降りていた。

 

 ヘスティアは、妄想で破顔しそうになる顔を必死に堪えながら、冷静に思考を巡らせた。

 落ち着け、落ち着くんだ、ヘスティア。まだ慌てる時間じゃない。心を平静にして考えるんだ。リチャード組か、レフィーヤ組か、どちらに入るべきか、見極める必要がある……。

 

(レフィーヤ君は、今のところベル君になびいている様子は全く無い。でも、今後、天然ジゴロ体質のベル君と一緒にいたら、どうなるかは分からない。純正エルフの彼女がこの戦線に参加するのは、かなり危険だ! レフィーヤ君のあの容姿は、僕が思うにベル君のど真ん中だし。それに比べリチャード君は──)

 

 ちらりとヘスティアはリチャードを見た。

 視線を感じ、ヘスティアがこちらを見ていることに気付いたリチャードは、少し考えると、白い歯を煌めかせてサムズアップをした。流石察しの良いことに定評のある男である。

 ヘスティアは神生で初めてリチャードに感謝した。君がこのパーティーにいてくれて良かった!

 

「それじゃあ、リチャード君組には、僕とベル君が──」

「ちょうど二-三ですし、男女で別れましょうか。ね、ヘスティア様──」

 

 ヘスティアの言葉を無視し、リリが強硬に提案してきた。

 まるで名案であるかのように、にこやかに言うリリの言葉は、ヘスティアには「抜け駆けなんか許さんぞッ!」という風に聞こえた。

 突然の裏切りに激しく動揺するヘスティア。だがそれは必然の裏切りであると言えた。

 

 忘れてはならないがこの小人族(パルゥーム)。大事な眷属である前に恋の宿敵(ライバル)であるのだ。そりゃ、意中の人を独り占めしようものなら、裏切るってもんである。

 普段であれば、信頼できるパーティーの頭脳(ブレイン)だったはずだが、伏兵は意外なところに潜んでいたというわけだ。当人以外は別に意外でもなんでも無かったが。

 

 しまった、コイツそういえば恋のライバルだった! と思っても、もう手遅れである。

 言葉が詰まり、二の句を告げられないヘスティアに対し、リリは容赦無く次の句を繰り出した。

 

「まさか、ファミリアの主神様ともあろうお方が、眷属達の風紀を乱す様な男女混合チームなんて公序良俗に反したふしだらな提案、しませんよね? ね? ヘスティア様?」

 

 畳みかけるかのような正論の嵐に、ヘスティアはぐぅの音も出なかった。

 

 ヘスティアの今の気分は、まるで断頭台の前に立たされた無実の咎人の様な気分だ。

 神の審判にかけられた隣人君も、こんな気持ちだったのかな? いや、そうでもなさそうだったなぁ。等と、この場では全く無関係な事を想像し、現実逃避を始めるヘスティア。

 

(い、いや僕には最後の味方がッ!)

 

 藁をも掴む思いで、最後の望みとばかりに唯一の味方であったリチャードに目を向けるが──ササッ──目が合った瞬間そらされた。おのれ、リチャード、貴様もか! 君がパーティーにいて心底がっかりしたよ!

 

「う、うん。も、勿論そうだよ……主神である僕が、そ、そ、そんな事、提案する筈が、な、な、無いじゃないか……じゃあ、リチャード君は、ベ、ベル君とで、レフィーヤ君とは、リリルカ君と僕とで、行こう、か……は、ははは、はぁ」

 

 なんとか言葉を捻り出してヘスティアは言った。

 ヘスティアに残された選択肢はもうそれしかなかった。心の中で血涙を流しながら、断腸の思いでリリの提案を肯定する道しか……。

 

「分かりました、神様! じゃあ、早速行きましょうか、リチャードさん!」

 

 そして、その提案に真っ先にベルが応えた事で、ヘスティアの姑息な秘策は息の根を絶たれた。

 

「お、おぅ。しかし、これで良かったのか?」

 

 ヘスティアの気持ちを毛ほども気にしていなさそうな、元気一杯の返事をするベルの姿は、今のヘスティアには眩し過ぎた。ああ、もう、見てらんないって感じだ。

 颯爽と走り去るベルとリチャードを見届けると、ヘスティアの膝がガクッと折れ、地面に項垂れて、がっくりした。

 

「抜け駆けしようとしても、そうはいかないんですからね? ヘスティア様」

「ぐぬぬぬぬぬ」

 

 愕然とするヘスティアに対し、強かに勝利宣言するリリ。だが、結局どっちもベルと同じ組になれなかったので、結果はどう見ても痛み分けである。

 それに気付かず、ヘスティアは悔しがり、リリは勝ち誇っているのだ。端から見れば『どっちもどっち』の結末だと言えた。

 

 そんな、恋敵同士の斯くも低レベルな争いを横目で見ていたレフィーヤは、「この二人、本当に大丈夫かなぁ」と先行きに不安を覚えていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 レフィーヤの心配をよそに、ルララ・ルラの情報は驚くほど簡単に入手する事が出来た。

 

 何だかんだ言っても一緒の釜の飯を食べる者同士であり、同じ人を好いている同志である両者は、直ぐに何時もの調子を取り戻し、仲直りをした。

 その後、女三人寄れば姦しいという諺の通り、頻繁に観光と言う名の寄り道を敢行しながらも、順調にルララの情報を集めていくレフィーヤ一行。

 と言うか特に意識しなくても、ルララの情報はスポンジの様にドンドン吸い込まれてきた。これは別に、レフィーヤ達が何か特殊な能力に目覚めた訳では無い。

 

 どうやらルララはこの街でもその傍若無人っぷりを遺憾無く発揮していたようで、「ねぇねぇ、白髪赤目の小人族(パルゥーム)って知ってる?」と聞けば、十人中十二人が、「あぁ、あの自由奔放で、超ゴーイングマイウェイの冒険者でしょ! 知っているわ!」と返事をしてきたのだ。

 

 因みに十人中十二人とは、話を聞いた十人の内、十人がそう答えて、聞いてもいないのに話して来たのが二人いた、という意味だ。

 

 聞けば、「道行く人々の悩みを片っ端から解決した」、「街を乗っ取ろうとした海賊団を一夜にして殲滅した」、「その裏で一心不乱に釣りをしていた」、「そのせいで街の経済が一時的に混乱した」、「でも、湖に住むヌシを釣り上げたから逆に魚の量が増えた」、「お陰で結婚ラッシュな今は助かっている」、「だけど魚は腐るほど余っているので、あんた等も何か買ってくれ」等と、実にやりたい放題、好き放題やっていたそうだ。

 

 道理で道の露天商達が半ば投げやりになって、嘆く様に客引きをしていた訳だ。

 

「あ、相変わらず壮健そうですね。ルララさんは……」

 

 若干引きつった顔を浮かべながらレフィーヤは言った。ルララ・ルラの無茶苦茶ぶりは、外に出た今でも健在の様だ。

 むしろ、解き放たれた猛獣の如く暴れ回っている印象すらある。

 

「『昼夜を問わず出没し続ける』、『あらゆる職業を使いこなす』、『やたら無感情』、『ほとんど喋らない』等の特徴から、まずルララ様で間違いないでしょうね」

 

 集まった情報からは件の冒険者の名前までは判明しなかったが(本人があまり名乗ろうとしなかったらしい)、その特徴的過ぎる容姿と、無尽蔵の行動力を持つこの謎の冒険者は、ルララ・ルラと見て間違いだろう。

 こんな自由すぎる冒険者が彼女以外に存在していたら、それこそ世界の終わりである。

 

「まるで竜巻の様だね……」

「あるいは、(イナゴ)の大群、ですかね」

 

 通った後にペンペン草も残らないという意味では、どちらの喩えも正しいと言えた。

 

「目的である『世捨て人風の商人』さんも、直ぐ見つかりましたしね……」

 

 レフィーヤの言う通り、探し人である『世捨て人風の商人』も、捜索を開始し程なくして直ぐに見つかった。

 発見しづらい街の片隅で住む、正に『世捨て人風の』といった感じの商人であったが、レフィーヤとリリの「あれ? 何となくこっちの方じゃない?」という謎電波の活躍もあって、大した苦労も無く発見出来た。

 聞けば、彼女達の前にも二人組の男女が、彼のところに訪れていたらしい。どうやら他の二組も、ここまで辿り着けていた様だ。

 

「ベオル山地の隠れ里──エダス村──か……」

 

 ヘスティアは商人から入手した情報を反芻する。

 

 ベオル山地はオラクルの北部に高々とそびえる山脈地帯だ。

 古代の時代、オラリオから這い出たモンスター達がそこに棲みつき、今では魑魅魍魎が蠢く魔境と化した危険地帯であるとも知られている。

 

 何でも商人は、その昔、近道をするためにベオル山地に入り込み、そしてお約束通り道に迷うと、これまたお約束通りモンスターに襲われ、最後もお約束通りその村の住人に助けられたそうだ。

 それ以降、商人はその恩に報いるために、エダス村に新鮮な魚介類を届ける──という仕事を請け負っているらしい。

 しかし、近年、高齢のためか足腰を悪くし、思うように身体が動かなくなってきて困っていたところ、丁度良いタイミングでルララが現れ、【わかりました。】と代行を請け負ってくれたという事だ。

 

「その情報提供の為に、隣人君と同じ『新鮮なうまい魚を村に届ける』なんて依頼を引き受ける事になったのは、都合が良かったかな?」

「まぁ、『その情報が欲しけりゃ、いったん村に魚を運んで報告しに帰ってきて貰おうか?』なんて、二度手間でしかない理不尽な事言われなかっただけ、マシだったと思いますよ」

 

 レフィーヤの言葉にヘスティアは「なんじゃそりゃ、それは流石に理不尽過ぎでしょ」と笑い飛ばした。更に、「でも、そんな依頼でもルララさんならやりそうですよね」と言うレフィーヤの台詞に、「確かにやりかねないね、隣人君なら」とお腹を抱えて笑い飛ばす。

 

 事実あの冒険者なら、物凄く嫌そうな顔をしながらも、せっせと依頼をこなしそうであった。

 

「兎に角、一度戻りましょうか。目的は、もう果たせましたし」

 

 リリの提案に異を唱える者は誰もいなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

「青い空、白い雲、眩しい太陽、輝く砂浜。そして、目の前には──」

 

 燦々と照りつける太陽光を手で遮りながら、リチャードは思った。オラリオを、ガネーシャ・ファミリアを抜けてここまで来て良かった、と。

 我ながらアラフォー冒険者にしては、中々に思い切った決断をしたというのが正直な感想だ。

 実の事を言えば、ノリと勢いで決めた感が否めないのが本当のところだが、この光景を見られただけでも、その価値があったと断言できるだろう。

 

 それは正に、地上の楽園とも言える光景だった。

 

 予想以上の早さで情報収集を終えたヘスティア達御一行は、当然の事ながら、暇を持て余す事になった。良い感じの流れだ。

 

 今の時間は午後二時──宿泊する予定の宿は、午後四時にならないと入室出来ない仕組みになっている。随分と不便なシステムで、本来であれば文句の一つでも言いたいところだが、今回に限ってはグッジョブと言わざるを得ないだろう。正に追い風が吹いているというやつだ。ありがとう高級宿屋のポリシー。

 

 極めつけは受付の、「お時間があるのでしたら、当店自慢のプライベートビーチで暫く過ごすのは如何でしょうか?」の一言だ。これぞ、理想的な展開と言える。

 しかも「水着が無い」と断ろうとする女性陣に対し、「勿論、水着の貸し出しも行っていますよ」と先んじて言う用意周到ぶりだ。なんでも、やたらと魚を釣り上げる冒険者から大量に買い取ったらしい。

 これぞ完璧対応(パーフェクト・コミュニケーション)。この店員にMIPを一票!

 

 そんな訳でヘスティア達は時間が来るまで、ビーチへと繰り出す事になったのだ!

 

 寄せては返すさざ波に、滴る水と流れる汗、下着程の守備範囲しかない水着からはあられもなく肌が露出され、彼女達が激しく動く度に、そのこぼれ落ちそうなたわわな果実も激しく揺れた。

 

 小っこいくせに無駄にデカい神様に、小さな身体にしては破格のボディを持つ小人族(パルゥーム)の美少女。

 エルフのくせに無防備な肢体を晒す美少女と、恥じらいなど無く天真爛漫にはしゃぐ犬人(シアンスロープ)の美少女、そして、それと戯れるいたいけなヒューマンの美少女。

 

「右を見ても美少女、左を見ても美少女……美少女よ、あぁ美少女よ、美少女よ──」

 

 おもむろに偏光グラスを取り外す。

 照りつける太陽が直接瞳にそそがれ、思わず目を細める。

 

「──って、子供(ガキ)しかいねェェェェェッ!!」

 

 憎たらしく輝く太陽に向かって、リチャードは今の気持ちを叫んだ。

 噂に聞いていた大量のアマゾネスは何処行ったの!? 俺の純真な気持ちを返せ!! と言わんばかりの咆吼である。

 

 確かに彼女達は美形だ。神が認めた美しさを持っていると言っても過言では無い。

 だが、流石のリチャード君も一回り以上歳の離れた、ともすれば「娘」とも言える年齢の子達に対してよこしまな思いを抱くような、世間的に見れば変質者と言われる危険人物じゃ無かった。

 

 そうでもなきゃ、彼がこのパーティーでここまでやってくる事は不可能だっただろう。或いは“そう”調教されたのかもしれない。真相は闇の中である。

 

 それに彼の好みは、彼女達のようなちょっと幼さが残る女性というより、いわゆる大人のお姉さん的な妖艶な色気を持つ女性であった。ちんちくりんな小娘など、お呼びじゃないのだ。

 それを察しているからこそ、女性陣も無防備というか無遠慮な態度で、彼と接する事が出来ているので、結果オーライであると言えばそうなのであるが。

 

 彼のパーティー内ポジションとは、俗に言う「ウザいお父さん」であった。

 

 楽しそうに遊ぶ娘達を見ていると、まるで家族に連れられてバカンスに来たお父さんになった気分になる。

 この宿の宿泊費は、戦争遊戯(ウォーゲーム)で儲けた彼の財布から出しているので、余計にそんな心境だ。

 ファミリアは家族だと良く言われるが、もし結婚して、子供がいたら、こんな感じだったのだろうか? 楽しそうと言うか大変そうというか、そんな複雑な思いが湧き上がってくる。

 

 ふと、リチャードは女ばかりの家族(ファミリア)の中で、唯一の男の子であるベルの方に目を向けた。

 リチャードと同じ様に砂浜に腰掛け女性陣が遊んでいるところを見ているが、リチャードとは違ってその顔はほんのり赤く染まり、視線はキョロキョロとしチラチラと彼女達を視姦している。

 どうやらウチの大将は年相応に思春期真っ盛りの様だ。どっかの物語の主人公みたいに、性欲が消滅していないようで大変喜ばしい、とリチャードはベルの様子を見て思った。

 

 少年らしい若々しさに微笑ましい気持ちになるリチャード。そんな少年を少しからかってやるのも良いかもしれない。

 

「なぁ、ベル……」

「な、なんですかリチャードさん」

 

 突然声をかけられてドギマギとするベル。

 あたふたとするベルを見てリチャードは益々微笑ましい気持ちになった。

 

「パーティーの中だと、誰が好みだ?」

 

 鼻の穴を膨らませながらリチャードが下品に聞いた。

 

「えっ、え、えっ、えッ? エェェェェェェ!?」

 

 思いもかけなかった下世話な質問に、ベルは赤かった顔を更に赤く染め動揺する。

 慌てふためくベルを気にせずリチャードは強引に話を進めた。

 

「アンナか? エルザか? レフィーヤか? リリか? それとも──」

 

 指で女性達を指し示しながらリチャードが言う。それにつられベルの視線も移ろう。

 

 長身でスレンダーなアンナ。

 豊満で魅惑的なエルザ。

 白い肌を惜しげも無く晒しているレフィーヤ。

 小さいながらもしっかり自己主張した肉体のリリ。

 

 そして……。

 

「──ヘスティアか?」

 

 リチャードがそう言った瞬間、ベルの顔面赤面度が過去最高に達した。

 カァァっと顔を染める初々しい反応だけで、全てを察せられる程にあからさまに分かりやすい態度であった。

 

「なるほど、ベルのタイプは「ロリ巨乳」か」

 

 うんうん、悪くないぞぉ、と頷くリチャード。

 

 小さな身体に、パーティー随一のたわわなお胸。幼い雰囲気の中にでも無限の母性を醸し出す処女神は、なるほど確かに初心な少年にはドストライクだったのだろう。

 献身的で、慈悲深く、愛嬌に満ち溢れて、心優しい、そんな理想の女性とも言える女神と数ヶ月一緒に暮らしていたのだから、まだ無垢な少年である彼が骨抜きにされてしまうのも無理もない事だった。

 

 聞けば毎日のように同衾していたらしいから、むしろよくぞ今日まで耐えきったと褒め称えたいくらいだ。

 そんな事を日常的にヤっていたのなら、もっと退廃的で自堕落的な関係になっていても可笑しくは無かった。

 両者の、高いんだか低いんだか良く分からないモラルに乾杯である。

 

「べ、別に僕はそんなつもりは……」

 

 何やら納得した様子のリチャードに、慌てて否定の言葉を口にするベル。

 

「まあまあ、そんなに恥ずかしがることでもないだろう。むしろ、ベルくらいの年頃なら普通の事だ」

 

 リチャードもベルくらいの歳の頃には、ちょっと一緒に冒険したりダンジョンに潜ったりしただけで誰かを好きになっていたものだ。年上のお姉さんから、年下の女の子まで手当たり次第に恋をした。思春期特有の無限の欲望に従うがままに。

 結果的に、その全てが叶わなかった訳だが、それも今となっては良い思い出である。

 

「喩え相手が誰であろうとも、怖じ気づく事は無いさ。先人からのアドバイスだ。当たって砕けるがいい、若人よ。ウジウジしていても始まらんぞ?」

「そ、そうなんでしょうか……」

 

 やや困惑した様子でベルは言った。

 

 当たって砕けてはダメな様な気がするが、倍以上歳の離れたこの男の言うことは、不思議とベルの心の中に溶け込んでいった。

 ベルが抱いているこの気持ちが、果たして恋心なのか、それてもただの尊敬や敬愛の念なのかはまだ分からない。

 それでもベルは、芽生え始めたこの気持ちを大切にしたいと心から思った。

 

「──そういえば、リチャードさんはどうして冒険者に?」

 

 ベルには無い不思議な魅力と経験を持つ歳の離れた友人の事を、ベルはあまり良く知らなかった。

 冒険者同士のシキタリで『過去の事はあまり深く詮索しない』という暗黙の了解があるが、彼等はもう家族(ファミリア)だ。少しくらい踏み込んでみても、バチは当たらないだろう。

 ベルの言葉に、一瞬きょとんとするリチャード。しかし直ぐに気を取り直して朗らかに答えた。

 

「そりゃあ、決まっているだろう──」

 

 ベルの突然の質問に対し、不敵な笑みを浮かべる。

 

「──モテるため、だ」

 

 リチャードの答えは至極単純であった。

 所詮、男なんてそのために生きているようなものだ、と言わんばかりに清々しい解答であった。

 分かりやすく、実にリチャードらしい理由であった。

 

「……プッ、プハハハハハ」

 

 リチャードの返事に思わず笑うベル。

 それは、その答えは──。

 

「ちょっ、そんなに笑うことないだろう、ベルぅ」

「い、いえ……フフフ、すみません。ただ──『一緒だな』って思いまして」

 

 ──僕と一緒だ

 

 リチャードの理由は、ベルがオラリオに来た理由と一緒だった。

 世界の中心で、世界中のありとあらゆるものが集うあの街に、ベルがやって来た理由と全く同じだった。

 ハーレムを作るなどと言うしょうも無い理由と一緒だった。

 

 ベルは、幼い頃、祖父に聞かされた物語に憧れて、祖父が言った「男だったらハーレムだ!」の言葉を胸に抱いてオラリオを訪れていた。

 結局のところ、ベルの動機はそんなしょうも無いものであった。

 ずっと他の人は崇高な使命や目標があって、オラリオを訪れていると思っていた。だけど、本当はみんな誰しもが、そんな『しょうも無い理由』でオラリオを訪れていたのだろう。

 

 ベルも、リチャードも、そして多分、彼女も──。

 

「僕も……僕も、リチャードさんと一緒です。女の子にモテたいから、モテモテになりたいから、オラリオに来たんです」

 

 オラリオに行けば何かが変わると思っていた。

 多くの英雄が集い、生まれたあの街の空気を吸えば何かが変わると思っていた。

 神の恩恵を受ければ英雄になれると思っていた。

 

 でもそれは違っていた。

 

 オラリオに着いても何も変わらず、英雄と同じ空気を吸っても強くはならず、神様に会っても弱いままだった。

 

 それを変えたのは小さな冒険者と、きっと自分自身の“意思”だった。

 大切なのは、『どうなりたい』かじゃなくて、『どうしたい』かという己自身の意思だったのだ。あの時、本拠地(ホーム)を焼き払われた時、『勝ちたい』と思ったように。

 だからベルは自らの意思で神の恩恵を捨て、オラリオを出る決意をしたのだ。確固たる自身の決意で以て、英雄と同じ道を歩むために。 

 

「んじゃあ、家族(ファミリア)くらいは守れるようにならんとだな。女ってのは、守ってくれる男にキュンとくるらしいぜ?」

 

 リチャードの視線の先には楽しそうに遊ぶ、彼等の大事な仲間達が映っていた。

 それにつられ、ベルも彼女達の方へと視線を動かす。

 ヒューマンの女性に、シアンスロープの女性、エルフの女性に、パルゥムの女性。そして──

 

(神様……)

 

 ヘスティアは超越存在(デウスデア)だ。

 本来では絶大な力を持っているとされているが、今の彼女は全くの無力な存在になっている。

 冒険者であるアンナ達とは違って、正真正銘の『力の無い』存在であった。誰よりもか弱く、誰よりも儚い存在。それがヘスティアだった。

 

 そんなヘスティアを、ベルは命に代えてでも守りたいと密かに思った。

 

 独りぼっちで途方に暮れていたベルを見つけてくれた女神様を、街を出る事を心優しく受け入れてくれて、何も言わず付いてきてくれた愛しの女神様を──必ず守ってみせると。

 

「お~い、二人とも~、座ってないで一緒に遊ぼうぜ!」

 

 ベル達の視線に気付いたヘスティアがそう声をかけてくる。相も変わらずも元気な神様だ。

 ブンブンと振られる腕に合わせて、彼女の黒髪と、ある大きな一部分が激しく揺さぶられる。

 恥ずかしそうに物凄い勢いで目をそらすベルと、これ見よがしに凝視するリチャード。あんな話の直後だったせいで、ベルはかなり意識してしまっている様だ。

 

「どうしたんだーい、ベル君? そんなに顔を染めて……あっ、さてはリチャード君。また、ベル君に何か変な事を言ったな!?」

 

 そんな何時もとは違った大袈裟なベルの反応に頭を傾げるヘスティア。

 

「またって……まぁ、間違っていないのが、なんだか無性に空しいな……」

「な、なんかすみません、リチャードさん……」

 

 赤くなり始めた太陽の方を見て、リチャードは悲しんだ。

 

「……まっ、気にするな、何時もの事さ。それに、『命短し恋せよ少年』ってな。悩め、悩め、そして、煩悩に支配されるがいい、うら若き少年よ!」

「煩悩に支配されたら駄目な気がしますが……頑張ります──神様、大丈夫です! 変な話なんてしてませんよ」

 

 そして、ベルは「本当かーい?」心配そうにするヘスティアに、「本当ですよー、今そっちに行きますね!」と言って立ち上がった。それに合わせてリチャードも立ち上がる。彼等の先に待っているのは、愛しき“神”と大切な“娘”達。

 

 そんな優しい光景を前にしてリチャードが言う。

 

「次の目的地は「北」──ベオル山地──、だ」

 

 彼等はもはや恩恵(ファルナ)を持たないただの人間だ、そんな彼等が目指すベオルの山々は、古代のモンスター達が蠢く超危険地帯。

 これまでの彼等であれば屁でも無い場所であっただろうが、今の彼等では命懸けの場所になるのは間違いない。

 仲間を探す為の旅で、仲間を失うわけにはいかない。

 

「俺達が頑張らなくっちゃ、だな」

「……そうですね」

 

 赤く燃える夕陽に彼等は誓った。

 

 

 

 *

 

 

 

 隊列が行進する──女ばかりの国を。

 

 戦列が進軍する──神に愛される街に向かって。

 

 兵隊が蹂躙する──魔術の神が治める魔法の国を。

 

 戦士が暗躍する──無力な神の寝首を狙って。

 

 ただの「人」だと侮る神々を、狂おしい程の信仰心と圧倒的武力で以て飲み込んでいく。

 

 山を越え、谷を越え、砂漠を越え、森を越え──世界の中心へ、世界の大穴へ、ただひたすらに。

 

 

 

 *

 

 

 

 ラキア王国国王の、神アレス殺害という凄惨な宣戦布告から数日後、それに対するオラリオは直ぐさま神会(デナトゥス)を招集、巨大な水晶の光で照らし出される神会(デナトウス)会場では、連日のように対策会議が行われていた。

 自国の神を殺害し、全世界の神々へ行われたと言っても過言では無い、前代未聞の宣戦布告をしたラキア王国に対し神々は──

 

「いや、今回も適当でいいでしょ」

「そうそう、相手は恩恵(ファルナ)無しの一般ピーポーだぜ? そんなん楽勝でしょ」

「だなだな」

「それにしても、戦争するのに(アレス)を殺すとか、新しい王はイカれなのか? 正気とは思えんのだが」

「まぁ『神の支配から脱却』とか意味不明なお題目で攻めてくるみたいだから、当然まともじゃないのだろう」

「すげー演説だったらしいな。俺達言われたい放題だったらしいぜ?」

「なにそれ、ちょーウケる」

「でもなんか一応、テルスキュラには勝ったらしいぞ」

「何それ、テルスキュラって超ド田舎じゃん。そこに勝っても全然威張れねぇし。それにそれって、カーリーが死んだ直後だったんだろ? 結局空き巣狙いとか、大したことないじゃん」

「まぁ、それもそうだな」

「まっ、今回もちょちょいってやって、パパッで終わりでしょ。なんせあれだろ?」

「だなー」

「そうだなー」

「そうなんだよなー」 

「「「『恩恵(ファルナ)無し』なんだもんなぁ」」」

 

 ──碌な対策を講じていなかった。

 

「というかさ、いっその事賭けでもしねぇ? そうでもしなきゃ盛り上がらんでしょ」

「おっ、良いね。やろうぜ、やろうぜ」

 

 それどころか、やる気もなさげに駄弁りながら、どのファミリアが一番戦果を上げられるか賭けを始める始末である。どの神も緊張感は全く無く、危機感なんて毛ほども感じられない。自分達の勝利を少しも疑っていないようであった。

 

 しかし、それも当然の事であろう。

 

 過去五度行われたラキア・オラリオ侵略戦争は、その全てがオラリオ側の完全勝利で終わっている。喩え、大陸随一の大国ラキア王国であろうとも、世界の中心であり、世界最高の戦力を有するオラリオ相手では、結果は火を見るよりも明らかであった。

 しかも、それが恩恵(ファルナ)なしの軍隊とくれば、尚の事そうであると言えた。

 

 ラキア王国の総人口と総兵力数は、オラリオよりも極めて多い。だが、それでも万に一つにも勝ち目は無い。

 戦いはもはや『量』よりも『質』の時代になったのだ。いくら『一』を集めて『万』としても、神に祝福を受けた『一』の豪傑を打ち倒す事は出来ない。

 それが神々が作り上げた、世界の摂理であると言えた。

 

 だから、その“当事者”である彼等が勝利を確信するのも致し方ない事なのである。

 

 神々は皆一様に思った。今回の戦い()我々の大勝利で終わると、今回()オラリオと神々の名声は世界に轟くと、彼等は疑いもしていなかった。

 オラリオ最強のファミリアを持つ二柱の神でさえも、そう思っていた。

 

 息を切らしながら摩天楼施設(バベル)を必死の形相で駆ける者がいる。届けられた伝令を神々に伝える為に、有り得ない凶報を神々に知らせるために。

 それが、唯一この会場に入室を許された“彼”の使命であった。大した実力も無く、ただ真面目だけが取り柄の名も無き伝令である彼は、その与えられた仕事を実直に遂行しようとしたのだ。

 

 息も絶え絶えでようやく辿り着いた神聖な扉を前にして、それを迷うこと無く開け放ち、伝令役の男は叫んだ。

 

「も、申し上げます!」

 

 楽勝ムードが漂う神会(デナトゥス)会場に、男の声が響く。

 騒がしかった神々が一斉に静まり返り、男の方に視線を送った。

 男から見える神々の表情は様々だ。不機嫌な者、驚きに染まる者、好奇の顔をする者──様々であった。

 その集められた視線に物怖じせず、男は精一杯の声を張り上げて叫んだ。

 

「魔法大国がッ!! アルテナがッ──!!」

 

 一度息を溜めて男は吼える。

 

「──オーディンが、墜ちましたッ!!」

 

 その瞬間、摩天楼施設(バベル)の中枢から、世界の隅々まで鳴り響く角笛の音色が響き渡った。

 まるで世界の終末を知らせるようなホルンの響きは、戦士達を呼び覚まし、神々に古き盟約を思い出させる。 

 それは太古に交わされた神のみぞが知る古き盟約。名前すら無く、記録さえもされていない、彼等の記憶と本能の中にのみ存在する最古の約束。

 

 それは──神族集結の知らせ、神族団結の知らせ、神族招集の知らせ、神族進軍の知らせ──全ての神族の結集を意味する『大号令』。

 

 

 

 最終戦争(ラグナロク)の時を伝えるギャラルホルンの旋律が、世界中の神々へと轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 因みにこの小説は、ヘスティアさん×ベル君 をメインに据えています(´・ω・`) 
 リリルカさんには申し訳ない。


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光の戦士達の場合 3

 メレンで一夜を明かした翌日、朝早くから商人に『新鮮なうまい魚』とエダス村への地図を受け取ると、早速、街を出発した。

 

 オラリオへと続く街道を、朝霧がかかる中物資を運ぶ行商人達と共に都市へと向かう。

 一時間もしない内にオラリオに辿り着くと、市壁の中に消えていく商人達を見送り、そして、巨壁の奥に望む摩天楼施設(バベル)を横目に、更に北を目指して歩いていく。

 

 巨大な市壁と、そびえ立つ摩天楼施設(バベル)を見ても、これといった感慨も、望郷の念も湧いて来なかったのは、オラリオを出たのがまだ昨日の今日の事だったからだろう。

 

 オラリオの北方には見渡すばかりの草原と、それを二つに縦断する街道があり、その先にうっすらと木々が密集しているのが見え、それを悠然とそびえる山峰(さんぽう)が見下ろしていた。

 

 その街道を、オラリオへと向かう人波に逆らう様に、あるいはオラリオから出て行く人と物資に流される様に、北へ北へと歩んでいく。

 街道にひしめきあう程にいた人通りは、街道の分岐点に差し掛かる度に少なくなっていき、ベオル山地の麓にある『ベオル樹海』へと辿り着く頃になると、人影はヘスティア達以外全く見当たらなくなってしまった。

 

 もはや獣道と言っても過言では無い森への入り口を見つめながら、ぽつんと立つヘスティア一行。眼前には目を覆うばかりの木々が生い茂っている。

 

 迷宮都市の直ぐそばにあるこの森々と山々は、『古代』に地上へと進出したモンスター達が棲みつき、今尚根付く太古の魔窟だ。

 天を切り裂き折り重なるようにして伸びる山嶺(さんれい)と、迷路のように複雑に入り組んだ無数の悪路は、オラリオの冒険者でさえも手を焼き、周囲に広がる深き森は太陽の光でさえも拒み、不気味な雰囲気を森と山全体に蔓延させている。

 

 迷宮都市に程近いにも関わらず録な探索や調査が行われていない、魔物達の領域(モンスターゾーン)。『ベオル樹海』を含む『ベオル山地』は、正に秘境と呼ぶに相応しい場所と言えた。

 

「さて、ここから先は『魔物達の領域(モンスターゾーン)』だ。覚悟はいいかい?」 

 

 ヘスティアの言葉に対し、パーティーの面々は無言で頷くと各々の武器を構える。

 

 剣、弓、手甲、呪杖、双剣、幻具。

 

 どれもルララから譲り受け、身体どころか“魂”に馴染むまで使い込んだ愛用の武器達だ。もちろん、着込んでいる防具も同様にである。

 恩恵(ファルナ)を失った今となっては、本来の性能を十全に発揮する事は出来なくなってしまったようだが、それでも全幅の信頼をおける大切な半身と言える武具達であった。

 

 意気揚々と頷いたパーティーに満足そうに顔を綻ばせると、ヘスティアは言った。

 

「──それじゃあ、行こうか」

 

 恩恵(ファルナ)を捨てた冒険者達の、初めての冒険が始まる。

 

 

 

 *

 

 

 

 昼間だというのに薄暗く静まり返る樹海は、領域を侵す者達に敏感に反応した。

 

 己の縄張りを侵略せんとする侵入者に対して、次々と襲いかかってくるモンスター達。

 大中小を問わず、古代の時代から脈々と受け継がれてきた闘争本能に従い、邪魔者を排除せんと己の牙を剥く。

 

 その猛然たる勢いは、まるで久々の獲物に歓喜する獣達の様であった。

 

 ダンジョン内の個体に比べ遥かに能力の劣るモンスター達であるが、恩恵(ファルナ)を無くしたばかりのヘスティア達にとって、かなりの脅威──でも無かった。

 

「おっし、これでラストォ!」

 

 襲いかかってくるモンスター達に俊敏に反応し、冷静に対応していくパーティー達。

 

 盾役(アンナ)が引きつけ、攻撃役(ベル達)がダメージを与え、回復役(リリ)が癒やす。いつも通りの、いつもと変わらない戦法だ。

 

 喩え、恩恵(ファルナ)を無くしたと言っても、それまで死に物狂い──むしろ、文字通り死んで──で覚えたパーティープレイは、未だに彼等の中に確かに健在であった。

 

 飽くほどに繰り返したこのお決まりの戦術は、もはや彼等の脳どころか血肉にまで刻まれていたようで、無意識の内に彼等の手足を突き動かしていた。

『能力を失っても思い出までは失っていない』と言ったベルの言葉は、どうやら真実であった様だ。あまり思い出したくない思い出ではあるが。

 

「思っていたより、楽勝だな」

 

 なるほど、経験が生きたのだなと言わんばかりにリチャードは(うそぶ)く。

 事前に仕入れた情報では、ここはかなりの難所であると聞いていて非常に警戒していたが、どうやらそうでも無かった様だ。

 

 再びモンスターが出現する。

 

 現れたモンスターに目を向けながら、リチャードの言葉に同意する形でベルが言った。

 

「そうですね、それに──」

 

 再び出現したモンスターに、いの一番に突貫するアンナ。

 引き絞られた矢のように突っ込んでいったアンナは、一団となっているモンスター達の中央で一端静止すると、一瞬──()()()()()()()()()()()

 

「──(スキル)を思い出してきたのが、大きいですね」

 

 強烈な閃光に目を焼かれ、強い敵視を抱いたモンスター達は、脅威度が急激に上昇したアンナ目掛けて猛進する。そして、その全てをその身一つで受け止めるアンナ。

 四方八方から縦横無断に繰り出される猛攻に、アンナの体力はみるみる内に削られていく。

 

 そんな傷ついたアンナの体に、癒しの光が降り注ぐ。

 優しく抱きしめる様な淡い光は、まるで逆再生を見ているかの様に瞬く間にアンナの傷を癒やしていく。幾ばくもしない内に、アンナが受けたダメージは完全に回復した。

 

 自分達の猛攻が無駄に終わったことに、本能のまま戦うモンスター達は気付く事が出来ない。背後の警戒が疎かになって、背中ががら空きだ。

 その隙を突いてベル達が背面や側面から攻撃を加え、一体一体丁寧にモンスター達を貪っていく。

 

 正確無比な弓撃、疾風迅雷の如き拳撃、燃え盛る火炎、風を切り裂く双撃。

 

 かつて、彼女から教えられ、彼女と共に鍛えた──そして、恩恵(ファルナ)を失うと同時に無くした──技の数々を、モンスター達へと叩き込んでいく。

 複数いたモンスター達は瞬く間に滅ぼされ、核である魔石を殺して完全に消失していった。

 

 彼等は何も、最初からスキルが使えた訳では無い。

 

 だが、戦いを繰り返していくうちに、経験を積み重ねていくうちに、まるで喪失していた記憶を取り戻すかのように、もしくは、忘れていた思い出を思い出すかのように、本当に徐々にではあるが、彼等は一度身に付けたスキルを、再び修得していっていた。

 

 不思議なのは、再び使えるようになったのはルララから教えられた技ばかりで、リリの変身魔法(シンダーエラ)や、レフィーヤの単射魔法(アスク・レイ)等は、再び使えるようになる気配が無い、ということだ。

 

「──どういった原理なんだろ?」

 

 恩恵(ファルナ)を授ける側であるヘスティアは、次々とスキルを再修得していく眷属達を見て、つい疑問を零した。

 ルララから教えられたスキルや魔法と、それ以外のもの。両者の間にはどんな違いがあるのだろうか?

 

 おそらく、前者は恩恵(ファルナ)のバックアップがそれほど必要で無く、後者は全面的なバックアップが必要なのだろう。

 両者の間にどういった明確な差があるのか正確には分からないが、まがりなりにも神の一員であるヘスティアはそう考察した。

 

 本来一つのスキルを修得するには運と年単位の積み重ねが必要不可欠であるのに、前者の場合はそれを無視して面白い様にポンポン修得出来た事から、当たらずとも遠からずと言ったところだろう。

 

 元々あまり『神の力』に頼らない技術だったのかもしれない。

 それは正に、“人”が“人”の為に編み出した“人”の為の技術だと言えた。

 

 神の力によって得た技ではなく、人の力によって身に付けた技を思い出していく子供達の様子に、親離れというか子離れというか、そんな、巣立ちの時が迫っている事を感じさせられる。

 少しずつ、だが確実に、彼等は“神”を必要としなくなってきている。それを喜べば良いのか、悲しめば良いのか、ヘスティアは良く分からないでいた。

 

 ただ、ヘスティアの目には、彼等はオラリオにいた頃よりも一回り以上に大きく見え、頼もしく映っていた。

 成長出来るのだ。神の恩恵など無くても、「人」は成長する事が出来る。

 神の出現以来忘れ去られていた事実を、ヘスティアは今更ながらに思い出していた。

 

(なんだか、神様としてはちょっと寂しい気もするけど、でも──今は歓迎するべき事だね)

 

 ヘスティアの思いは別にしても、これでパーティーの最大懸念事項が取り払われたのは、疑いようも無い事実であると言える。

 ずっと、このまま恩恵(ファルナ)抜きで旅を続け、もし万が一の事が起きたらどうしよう──そんな事を常々考えていたヘスティアだったが、その悩みはこれで払拭されそうだった。

 

 戦闘に関しては──というか他の殆どの場面において──役立たずで、足手纏いにしかなれないヘスティアは、原因は不明であるとは言えパーティー全体の能力が向上する事は大手を振って歓迎する所存であった。

 みんなの主神であるはずなのに、ヘスティアに出来る事と言ったら地図を読む事か、みんなを鼓舞する事ぐらいしかない。いくら『神の戒律』に縛られている身とは言え、ちょっと肩身が狭いといったどころじゃなかった。

 

 とは言え、戦闘に関してヘスティアは無力であったが、足を引っ張る事は無かった。

 

 ダンジョンに棲むモンスターは往々にして神族に対し猛烈な執念や怨念を燃やしており、目に入るものなら真っ先に神様を狙うものであったが、どうやら地上のモンスター達は“神”にそれほど興味が無いようで、まるで最初から存在を認識していないかの様に完全に無視してきた。

 

 どうやらダンジョンと地上では、モンスターの習性に関してもかなり勝手が違うらしい。

 

 物凄く緊張し、警戒していたのにも関わらず初めから存在しない者みたいに扱われて、拍子抜けというか、それはそれでちょっと釈然としない気持ちもあったが、無力なヘスティアが最優先で狙われない事は喜ばしい事であろう。

 これで、パーティーのみんなが思いっきり戦闘する事が出来ると、前向きにヘスティアは考える様にしていた。

 

 この現象は、疑問に思うことはあれど、歓迎すべき現象であるのだ。

 

 そんな幸運に恵まれたヘスティア達の前では、太古の昔より人(神)類の侵略を拒んでいた『ベオル山地』も大した障害で無く、怒濤の勢いで攻略は進んでいた。

 

「──さて、あの渓谷を抜ければ、もう直ぐ『エダスの村』だよ!」

 

 騒々しかったモンスターの絶叫が綺麗に消え失せ、川のせせらぎが僅かに聞こえ始めた頃、地図と睨み合いを続けていたヘスティアが、顔を上げてそう言った。

 

 次なる目的地『エダスの村』はもう直ぐそこだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「順調そうだな……ウラノスのクリスタルも、上手く機能しているみたいだ」

 

 ベオル山地の遥か上空。使い魔の白梟から送られてくる映像を視認しながらフェルズは呟いた。

 

「……だが、まだ十全では無い──か。ならば、どうする? 黒竜」

 

 ベオル山地よりも更に北方──強力なエーテル力場と雲海に囲まれた理想郷を見つめ、そう囁く。

 幾ばくかして、フェルズの言葉に答えるように、彼の耳に竜の咆哮が響き渡った。

 

「──そうか、だったら、光の使徒に奪還されたばかりの、君の『古巣』なんてどうだ?」

 

 そう言うとフェルズは北から東へと視線を動かした。

 彼の目線の先には、灰色に渇れた山脈と黒鉄に染まった連山、そしてそこから大きく孤立した“はなれ山”が見える。

 

 ややあって、再び竜の雄叫びが聞こえた。

 それに対しフェルズは無言で頷くと、眼下のヘスティア達を見直った。

 

「──光の使徒の旅路もまもなく終わる。急ぐことだ、()()()()()()()()よ……」

 

 黒き衣を纏いし愚者の声は、虚空へと消えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 入り組んだ山奥の更に奥底──人目を避ける様な山間部──にその村はあった。

 

 周囲を断崖絶壁で囲まれ、まるで隠れ潜む様にひっそりと存在するエダスの村は、そういった隠れ里特有の余所者に冷たい雰囲気なんて全くなく、突然訪れたヘスティア達を心温かく受け入れ、歓迎してくれた──

 

 

 謎のダンスを踊って。

 

 

 村人一丸一心不乱になって、太陽の如く猛々しく勇ましく踊る姿を見て、ヘスティア達の心は完全に一致した。

 

 あぁ、ここでも()()()()()()()

 

 何でも、この踊りはモンスター達を追い払う魔除けの効果があると同時に、村へ訪れた客人を歓迎する意味があるらしい。

 風の様にふらっと現れた『新鮮でうまい魚』を大量に持った謎の冒険者にそう教わったのだ、と村人が豪語してくれた。

 

 それ以外にも、病に冒され死にかけていた村長を危篤から救ったり、最近めっきり見なくなっていた『良木』を瞬く間に見つけたり、祭りに必要な祭壇や祭具を一瞬で製作したり、貴重な食材を大量に採集し見事な腕前で調理してくれたり、村の平和を脅かす凶暴なモンスター達を指先一つで蹴散らしたり、正に八面六臂の大活躍であったと村人達は口々に語る。

 

 それはまるで、ベオルの山々を隅々まで喰らい尽くさんとする程の怒濤の勢いであったそうだ。

 言葉始めに必ず『私が、村長です』と付ける、やたらと昔話をしたがる変わった村長──ではなく、それを笑いながら片手であしらう彼の孫娘がそう教えてくれた。

 

 より詳しい話を彼女から聞くと、件の冒険者は結局、自分の名前も名乗らずある日煙のように消え去ってしまったそうだ。

 後に残ったのは大量に納品された食材と、製作した祭具などの道具、そして、討伐したモンスターから入手した素材だけであったらしい。

 

「──でも、その白い髪と赤い瞳の小さな冒険者は、忘れたくても忘れられない、私達の大切な恩人になりました」

 

 その冒険者は突風のように村に現れ、嵐の様に村を掻き乱し、そして過ぎ去った後は──清々しい晴天を村にもたらしてくれた。

 

「私達は、世界に絶望し、希望を捨て、人生を失い、死ぬために生きる死人でした。夢も希望も無く、ただ寄り添い合って、傷を舐め合って、慰め合って。でも、あの冒険者様が来て、少しずつ変わっていったんです──」

 

 ヘスティア達が件の冒険者の関係者だと知った村人達は、ささやかながら歓迎の宴を催してくれた。

 もちろん、ヘスティア達は遠慮しようとしたが、村人達の「色々と無駄に余っているから……」の言葉の前には、流石にそれ以上何も言うことは出来なかった。

 

 その宴の席で、孫娘は静かに語る。

 ヘスティアはその言葉をずっと黙って聞いていた。

 

「──あの冒険者様は正に嵐の様な人でした。この村の誰よりも小さいくて可愛いのに、誰よりも常識外れで、唯我独尊で、無茶苦茶で、それでいて、誰よりも優しく、強く、逞しく、まるで光の様な人で、死を待つだけの私達に、生きる意味と、希望を教えてくれました──」

 

 孫娘が、宴の中央で燃え盛る炎の方を見つめた。

 それにつられ、ヘスティアも視線を動かす。そこには村人達の太陽の如き舞に対抗し、紳士的な舞を披露する眷属達がいた。

 

 我が子供達ながら、実に珍妙な光景である。

 それが可笑しくて、孫娘とヘスティアは笑みを浮かべた。

 

「あの踊り、『澄み切った青空に燦々と輝く太陽の様な踊り』だから『太陽の舞』と言うそうです。ふふふ、正直、変な踊りですが、あの踊りが私達に“立ち向かう勇気”を与えてくれたのも、また事実です。そう考えると、本当に太陽の様な踊りですね」

 

 彼の冒険者は、常にモンスターの脅威に怯える村に、モンスターの残した遺物に頼らず、自らの手と足で村を守る意味を、理由を、方法を、勇気を教えてくれた。

 

「神に見捨てられ、竜の権威に縋るこの村は、ただ死を待つだけの終の住処だとずっと思っていました。でも、そうでは無かった様です──」

 

 周囲をモンスターの巣で囲まれるエダスの村は、砂上の楼閣とも言える非常に不安定な情勢の村だ。

 

 村を一歩でも出ればモンスターに狙われ襲われるために、碌な産業や工業が発達せず、代わりに狭い安全地帯の中で細々と農業や畜産を行っているが、それも村全体の需要を補うには全く不足していた。

 危険を冒して狩りや採集に赴く者も中にはいるが、恩恵(ファルナ)を持たない彼等にとってそれは常に命の危機と隣り合わせな危険な行為であり、狩りに出かけてそのまま帰らぬ者になる者も多い。

 

 他の荒れ果てた山や、枯れた森と比べればまだ緑が溢れていてマシであるそうだが、そういった地区ではモンスターもいないので、地獄と煉獄どちらがマシか、といった具合にどっちもどっちであった。

 それにこの辺りも、昔に比べれば木々が減ってきている。何れ枯れ果てるのは目に見えていると言えた。

 今は外部の協力者によってなんとか持ちこたえてはいるが、それも時間の問題であった。

 

 エダスの村は、ゆったりと滅びに突き進んでいる死の蔓延する村であったと孫娘は言う。生きる目的を失った者達が集う村なのだから、そうなるのは必然であるとも言えるが。

 

 でもそれが、あの冒険者によって大きく変貌した。

 

 ただ終わりを待つのでは無く、自分達の力で力強く生へと進み続ける大切さを、村の住民達は思い出したのだ。

 

「──だから、今日を生き、明日を生き抜くため、私達は今日も踊るのです……貴方もどうですか? ヘスティアさん」

 

 そう言って孫娘は立ち上がると、舞い踊る集団の中へ消えていった。

 

 彼女の踊りは実に猛々しく、それでいて淑女的で、そして何よりも美しかった。人生の喜びに満ち溢れた、村一番の舞であった。

 

「……『()()()()()()()()』、か。その神様の前で良く言ってくれる……」

 

 全身で生きる喜びを表現する踊り子を見つめながら、ヘスティアはそっと呟いた。

 

『エダスの村』なんていう村の存在、ヘスティアは知らなかった。いや、きっとオラリオの誰しもが、この村の存在を知らなかっただろう。

 

 直ぐ間近にあると言うのに、存在すら認識していなかった見捨てられた村──エダスの村──神に見捨てられし終わりの村。

 モンスターが我が物顔で闊歩し蹂躙するベオル山地で、孤立するように存在する、世捨て人達が最後に辿り着く終焉の地。

 

 こんな近くにあった筈なのに、誰からも知られず、忘れ去られた場所。

 

(そもそもどうして──僕達は、ずっとベオル山地を放置していたんだろう?) 

 

 オラリオから目と鼻の先にあるというのに。

 モンスター達が好き放題のさばっているというのに。

 ダンジョンに比べれば遙かに格下のモンスターしかいないというのに。

 

 そうと知っていながら、オラリオはベオル山地をずっとそのままにしてきた。

 難易度が高いと言い訳をして、禄に調査も探索もせずずっと放置してきた。

 

 恩恵(ファルナ)の無いヘスティア達が踏破できる程に難易度の低い土地を、難易度が高いと偽って見て見ぬ振りをしてきたのだ。

 オラリオならばやろうと思えば一週間と掛からずにモンスター達を殲滅出来るだろうに、ずっとそれをしてこなかったのだ。

 

 やるメリットが無かったからだろうか? それは、確かに十分有り得る話だ。そして多分、それが真理であった。

 

(神々は、僕達は……ベオルに、いや、『外の世界』に、()()()()()

 

 人と神との不倶戴天の敵であるモンスターが蔓延る土地に、神は興味が無かった。

 神の期待を裏切り逃げ出した人々に、神は興味が無かった。

 世界の中心(オラリオ)に夢中で、神はそれ以外にまるで興味が無かった。

 

 だから、まるで隔離するかの様な巨壁に囲まれて暮らしていても、都市を出る自由を奪われていても、手に入れた遊戯に満足して、何一つ文句も言わずその街に留まっていたのだ。

 

(その事を、オラリオを出てから痛感する事になるだなんてね……もし──)

 

 あの冒険者と出会わず、あのままオラリオで暮らしていたらどうなっていただろうか? そうヘスティアは心の中で思った。

 

 何かの拍子でエダスの村に訪れて、この村の現状を知ったところで何かしたのだろうか? 何か思っただろうか? 

 きっと、きっと何もしなかっただろう。悲惨な現状に嘆くことはあれど、改善しようとは思わなかっただろう。

 

 それは多分、本質的には興味を持てないからだ。

 

 他者の、それも神の下から逃げ出した弱い人間の未来など……神にとってどうでも良い事だった。

 不変で不滅である超越存在(デウスデア)にとって、ヒトの代わりなど幾らでもいるのだから……。

 

(僕達は、僕が思っていた以上に、無慈悲で、無感情で、非情で、冷たかった……)

 

 見たいものだけを見て、知りたいものだけを知ってきた。

 温室の様に整えられた環境に満足し、お気に入りだけが集められた都市でぬくぬくと生活していた。

 

 その結果がこの様だ。神は、神が思っていた以上に思い上がり、神が思っていた以上に堕落していた。

 

 あの街にいたままでは、その事に気付く事は出来なかっただろう。

 

 世界は想像していた以上に広大で、壮大で、膨大で、巨大で、遠大で、そして──神はそれに気が付かない程に、愚かだった。

 世界は神であるヘスティアですらも知らない事ばかりに満ち溢れていたのだ。

 

(オラリオを──都市を出て、本当に良かった……)

 

 炎の周りで楽しそうに踊る人々を見て、心の底からヘスティアはそう思った。

 

 ふと、上を向けば、空には満天の星々が輝いている。

 オラリオの空よりもずっと近いこの星空も、あの都市にいては見ることの出来なかったものの一つだ。

 

 物思いにふけるヘスティアに、空に輝く月光が注がれる。その先では、炎の温もりに暖められている人間達がいる。

 炎の光に照らされる「人」と、月の光に照らされる「神」──そして、その狭間にある漆黒。

 

 その神秘的な光景は、両者の間には超える事の出来ない大きな隔たりが存在している事を暗示している様であった。

 

 その情景を見たヘスティアに、この世界で独りぼっちになったかの様な言いようのない孤独感が襲う。

 

『ヒトとカミは違う』

 

 寿命も、能力も、在り方も、生きる意味も、目的も、その何もかもが違っていた。

 どんなに大事に思っていても、どんなに大切に思っていても、必ず”人”は“神”を置いていなくなる。

 

 分かっていたことの筈なのに、覚悟していたことの筈なのに、それが無性に寂しくて、怖くて、恐ろしかった。

 それが世界の理だと分かっていても、何れ来る別れの時を、何れ来る見送りの時を思うと、とてつもなくいたたまれない気持ちになり、胸が張り裂けそうになった。

 

 でも、それでも──

 

「神様、そんなところに一人でいないで、一緒に踊りませんか?」

 

 一人で佇んでいたヘスティアを見かねて、ベルが手を出し声をかけてくる。

 

(それでも──僕は君を、君達を、好きになって……愛してしまってもいいのだろうか?)

 

 答えは出てこない。ただ、彼女の最も愛しいヒトは、笑顔で手を差し伸べてくれた。

 

「……良いのかな? 僕が、踊っても……」

 

 その手を取るのが少し怖くて、恐ろしくて、ヘスティアは細々と言った。

 人の宴に神が参加する事は、許されるのだろうか? 許されて良いのだろうか?

 

「何言っているんですか、神様。もちろん良いに決まっています! さぁ、行きましょう!」

 

 そんな、ヘスティアの悩みも恐怖も全て吹き飛ばすように、ベルは優しい笑みを浮かべて彼女の手を取り引いた。

 

(あぁ、これだ──これこそが僕が、僕達が、君に、君達に惹かれた理由)

 

 不変である神が持たない、持つことの出来ない、想像を超えるヒトの可能性。

 つい、この間まで神の後ろをおっかなびっくり歩いていた筈の子が、今では神の手を引き前を歩くまでに成長する。

 神を置き去りにするほどのヒトの成長の力。神には無いヒトの可能性の力。

 

 それが美しくて、羨ましくて、輝かしくて、だから──

 

(だから、きっと、僕らはそれを真似て、奪ったんだ……)

 

 神の恩恵が無くても人は暮らしていける、命を紡いでいくことが出来る。人は神などいなくても、生きていく事が出来るのだ。

 それはこの村の人々が、そして何よりも彼女の眷属達がそれを証明してくれている。

 

 何時かきっと、彼等の様に神の力が必要とされなくなる時代が必ず訪れるだろう。

 

 でもその時、悲しむのではなく、恐れるのではなく、憤るのではなく、暖かく微笑み、抱きしめながら受け入れ、人の成長を喜べる神様になりたいと、ヘスティアは最愛の人に手を引かれながらそう思った。

 

「そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ、ベル君。僕は、まだ、自分の力で歩けるから……」

 

 ヘスティアは、少し名残惜しいなと思いながらもベルの手を優しく振り解くと、彼の隣に並び立って明るくそう囁く。

 何れその時が来るのだとしても、今はまだ、君達の隣で、君達と共に──そう願わずにはいられないヘスティアであった。

 

 そして、“人”の宴に“女神”が参列する。

 

 ちなみに、『新鮮なうまい魚』は『腐ったまずい魚』になっていて、食えたもんじゃなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 宴も終わり、草木も、人も、神も寝静まった宵の時間。

 

「人と、神の恋路か──」

 

 夜の帳が完全に下りたエダスの村に舞い降りるのは、漆黒の衣に身を包んだ愚者。

 

「去り行く者を思うのはいいが──」

 

 愚者が見つめるのは女神が御座した場所。

 そこには、枯れ果てて、萎れた一輪の花が佇んでいた。

 それを掴み取り、愚者は言った。

 

「いずれにせよ、時間は余りないぞ、神ヘスティア──それは、人よりも、神である貴方の方が……」

 

 僅かに暁が昇り始めた東の果てには、目を覆う程の大軍が蠢いていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 戦いの知らせが鳴り響いた翌日。

 

 古き盟約に従いオラリオの神々は、世界中の同族達へ向かって正式に勅令を伝達。

 それに神族達が応える形で、神聖オラリオ同盟軍は結成された。

 

 それと同じくして、ギルド長である大神ウラノスは、オラリオに住む全ての非戦闘員及び一般市民の避難命令を発令。都市機能に必要な最低限の人員を残し、多くの神々が反対する中、これを強行に敢行した。

 

 続々と集まる神と神の眷属達に比例して、街からは安穏した雰囲気が消え、代わりに物々しい雰囲気が漂い始めている。

 

 

 

 対するラキア王国軍は、オラリオへの道すがら、道行く神々を次々と飲み込み勢力を拡大。更に──

 

 その神滅討伐の旗印に同調した、帝国改め共和国軍。

 聖地巡礼途中であった小人族(パルゥーム)の一団、通称『フィアナ騎士団』

 テルスキュラのアマゾネス軍。

 魔法大国(アルテナ)の魔法騎士団『エインヘルヤル』

 奇跡の奪還を果たしたドワーフの国(エレボーレ)の『髭長騎士団』

 機械という新技術を発明したエルフ集団。

 

 ──等も戦列に加え、着々と西へ西へと進軍していた。偽りと不浄が渦巻く欲望の地を目指して……。

 

 

 

 斯くして──

 

 過去五度行われたラキア王国オラリオ侵攻は、生きとし生けるもの、死に行く全てのものを巻き込んだ神対人の『神人戦争』と発展し、有史以来最大規模となって開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 『腐ったまずい魚』は後でスタッフが美味しく頂きました ( ゜ω゜) 


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光の戦士達の場合 4

「怪しい、怪しすぎるでぇぇぇ、ウラノスゥゥゥ」

 

 ロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)『黄昏の館』で、道化師の神が不審を口にしている。

 常よりも人影が少なくなった館の中は、驚くほど閑静とし非常に良く神の声が通った。

 

「百歩譲って神を集めんのはええで? アレが鳴るちゅーことは“そういうこと”やからな。それはウチがよー知っとる。でも、住民を退去させんのはやり過ぎやろ! あからさまに何か企んでるって言っとる様なもんやないか!」

 

 側にあったゴブレットを手荒く掴み、ガブ飲みするロキ。

 ウラノスが取った処置は、一見住民の為を思っての様に思えるが、それにしては即断即決で独断的過ぎた。

 これではまるで『これからオラリオ内が戦場になりますよ』と宣言しているようなものだ。

 

「──で、それを探るために、僕をオラリオに残したんだろう?」

 

 神座の前にぶっきらぼうに立ちながら、フィンはやれやれといった雰囲気で言った。

 

「せや、流石に同盟の指揮官をやりながら、密偵するのは無理があるやろ? それに相手は大神(ウラノス)や。半端なヤツじゃ荷が重い」

 

 確かに、ロキ・ファミリアには他にも強力な団員が何人かいるが、どれも密偵向きとは言えなかった。

 

「それに関しては同意するよ。それで、実際どう思う、ロキ?」

 

 顔を訝しめながらフィンはロキに聞いた。

 

「十中八九、ウラノスはラキアの倅と繋がっとると思う。色々とタイミングが良すぎるからな。でも──」

 

 一度、ロキはゴブレットの中身を見つめる。

 

「──でも、分からんのはその目的や、神と人の戦争を煽って、アイツに何の得があんねん」

 

 強力な冒険者を手放してオラリオの戦力を削り、人側に協力をしていると思いきや、オラリオに神を集め戦力を増強する。

 ウラノスの行動は支離滅裂で不可解であった。

 

「オラリオの支配──は無いか、現状でも十分過ぎる程に影響力はある……」

 

 ギルドの影の支配者であるウラノスは、同時にオラリオの支配者であるとも言える。

 その権力をこれまであまり行使してこなかったというだけで、都市に対する影響力は十二分に持っていた。

 

「ウラノスのヤツ、最近は、なりふり構わんちゅー感じでガンガンきとる、せやから──」

「大神の目的。それを調べろっという事だろう?」

「──そういう事や」

 

 思う通りの返答が来た事に、満足そうに笑みを浮かべ、ロキは言った。

 

「でも、調べて、どうするんだい? 妨害でもすればいいのかい?」

「いいや、好きにさせとけばええ……これまで通り好きにやらして、そんで──」

 

 ロキは、自身の悪神としての性質を惜しげも無くさらけ出して、満面の笑みを浮かべた。

 

「──最後の最後で、()()()()してやればええ」

 

 

 

 

 

 

 たった独り家の中で皆の帰りを待っている時ほど、心細いものは無い。

 

 誰もいなくなった部屋の中はやけに閑散として、静かで、寂しくて、空しくて、恐ろしかった。

 何時帰って来るかも分からない子供達をただ待っているだけの生活は、苦痛以外の何者でも無かった。

 

 中には、『帰りを待つのも神の醍醐味の一つだ』と言う神もいるが、ヘスティアには賛同しかねた。

 ただ待っているだけの神様なんて真っ平ごめんだった。ステイタス更新時に起きる経験の追体験なんか、気休めにもならない。出来る事ならば、皆と一緒に“冒険”がしたかった。

 

 共に苦楽を共有したかった。

 共に痛みを分け合いたかった。

 共に喜びを分かち合いたかった。

 

 それが出来る子供達が、羨ましかった。

 

 だから、何もかもが満たされる街を出て、自らの手で掴み、自らの足で進み、子供達と共に歩む旅は、辛く、険しく、苦しかったけれども、それ以上に充実していて楽しかった。

 

 朝陽が昇るのと同時に目を覚まし、薪を集め、火を起こし、水を汲み、保存してあった食料を調理し、足らない物は魔を狩り、獣を狩り、草木を刈り、皆で協力して食した。

 調味料なんて塩ぐらいしか無い味気ない食事であったが、それでも自らの力のみで作り上げたものは、思いの外美味しかった。

 

 前に進む為に使えるものは己の足だけであった。

 起伏の多い山道、背高く生い茂る草道、ゴツゴツして滑りやすい岩道、狭く視界の悪い獣道──人並みの体力と身体能力しか持たないヘスティアにとって、それ等を踏破するのは困難を極めたが、それを乗り越えられた時は、襲い来る疲労に苛まれながらも心地良く眠れた。

 

 日が沈むと共に歩みを止めると、焚き火を皆で囲い物語を語った。

 最古参のベルでさえも、たった数ヶ月程の付き合いしかないヘスティア・ファミリアには、語るべき物語は数多くあった。

 

 何故、冒険者になったのか。

 何故、オラリオに来たのか。

 何故、オラリオを出たのか。

 

「僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()、と気付いたからなんだと思います──」

 

 揺らめく炎を見つめながら、ベルがオラリオを出た理由を語った。

 

 オラリオを、迷宮(ダンジョン)を題材にした英雄譚は非常に多い。

 だがそれ以上に、世界を旅する、世界を巡る英雄譚の方が遙かに多く存在していた。

 神の時代よりも遙か昔。古代の時代、自らの力と技だけで困難に立ち向かい勝利を収めた冒険者達──そんな英雄達の勇姿に、少年は憧れを抱いたはずだったのだ。

 

「──ルララさんも、オラリオに来る前は、こういう風に旅をしていたんでしょうか?」

 

 夜空に煌めく星々を眺め、ベルは呟いた。

 

 それは……それについては、良く分からなかった。

 彼女の過去について、ヘスティア達はあまりにも無知であった。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 彼女の過去だけじゃ無く、彼女の現在も、未来も、ヘスティア達は恐ろしいほどに何も知らなかった。

 

 ルララは自分を語らない。彼女は、己の過去も、現在も、未来も、多くは語らなかった。

 何処から来て、何処へ行きたくて、何処へ行くのか、それさえもヘスティア達は知らなかった。

 

 だからきっと、その答えを求めて、その答えを知りたいから、ヘスティア達は旅立ったのだ。

 謎に包まれた冒険者の“真実”を知るために。

 

「それは、今の僕達には分からない。でも──」

 

 ベルの言葉にヘスティアは正直に答えた。

 

「──でも、今はきっと、彼女も僕達と同じ様に、同じ夜空の下で、星を眺めているはずさ」

 

 そう言って見つめるその先には、満天の星空が輝いていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 たった一人の冒険者の追放を切っ掛けに始まった動乱は、瞬く間に世界中へと燃え広がり、人々を戦乱の渦へと巻き込んでいった。

 次にヘスティア達が訪れた小人族(パルゥム)の国──美と芸術の国──『エリン』でもそれは変わらず、住民はにわかに殺気立ち、戦いの始まりを今か今かと待ち構えていた。

 

 何もかもが小さく作られた街は、ピリピリとした剣呑な雰囲気に包まれ、来訪者に冷たく接してきた。

 他の種族とはサイズ感が違う、小人族(パルゥム)ばかりが住むこの国は、あまり他種族が訪れる事が無く、その為、部外者に対し冷ややかに接するという風習があるのだ。

 それに、戦争が近いとなれば、それがより露骨に現れると言うものだ。

 

 詳しい事情を知らないヘスティア達は困惑するが、それは一人の小人族(パルゥム)の少女によって救われることになる。

 その少女は平均的な小人族よりもやや小柄で、その髪は雪のように真っ白な色をしていた。

 

「もしかして、何か、お困りですか?」

 

 親切そうな微笑みを浮かべて、感情豊かに優しくそう聞いてくる小人族の少女は、ヘスティア達に物凄い既視感と違和感を抱かせた。

 

 似ている、あのルララ・ルラに。

 

 あのルララ・ルラが──

 あの無口なルララ・ルラが──

 たまに口を開いても感情の籠らない言葉しか発しないあのルララ・ルラが──

 

 まるで穢れを知らぬ可憐な乙女の様な微笑みを浮かべて、感情を込めて流暢に話している。

 

 ヘスティア達にはこの小人族(パルゥム)の少女が喋る姿が、そういう風に見えていた。

 

 天地が崩壊しそうな衝撃の事態に、茫然自失となっているヘスティア達を見て、小人族(パルゥム)の少女は慌てて弁解してくる。

 

「あっ、すみません、いきなり声を掛けてしまって……実は私、とある劇団の役者をしていまして、役作りの為に、こうして時々人助けをして回っているのです──」

 

 ルララ・ルラそっくりの見た目で礼儀正しく言うその様子は、もはや違和感を超越して異物感しか感じられない。

 そんな、役者を名乗る謎の少女が更に続ける。

 

「──どうやら、私の演じている『フィアナ様』は、人助けばかりする変わった方だったみたいで……」

 

 そう可愛らしく言う小人族(パルゥム)の言葉に、ヘスティア達は反応すら出来ないほどに衝撃を受けていた。

 

 『エリン』は、小人族(パルゥム)の──力弱き代わりに美術や芸術が発展した──美と芸術の国だ。

 そんな『エリン』で、今、最もブームとなっているのは、とある冒険者を題材にした演劇であるらしい。

 

 それは、神の暮らす街に突如現れた冒険者の物語。

 人を助け、神を助け、街を救った英雄の物語。

 神に裏切られ、反逆した、彼等の神──フィアナ──の物語。

 

 その英雄譚の主役を、彼女は演じているというのだ。

 

「元々、流れてきた噂話や風説、それから巡礼者さん達に聞いた話を下地に作った物語なので、主人公の人物像が曖昧でして、彼女の心情を理解する為に、こうして人助けをしているんです」

 

 見れば見るほどルララにそっくりな小人族(パルゥム)の演者が、そう懇切丁寧に説明してくれる。

 

「髪は白く染めているんですよ、瞳の色は、流石にどうしようも無かったですが……」

 

 そう言う彼女の瞳は確かに赤では無く、透き通る様な翠色であった。

 それ以外にもよく見れば、身長はルララに比べればやや大きく、胸も僅かではあるが膨らんでいるなど、細々とした差異はある。

 もっとも、最大の違いであるその感受性豊かな振る舞いから、この人物がルララとは別人であることは嫌でも分かるのだが。それを抜きにしても、二人はまるで姉妹の様にそっくりであった。

 

「ふふふ、そう言って頂けると、役者冥利に尽きます。ですが、実はもっとそっくりな人が前にいたんですよ」

 

 そのそっくりさんは、彼女が稽古中に怪我をした時に、ふらっと現れて、ふらっと消えていったそうだ。

 

 第一回公演直前の大事な時に怪我をしてしまった彼女の代打で急遽出演する事になったにも関わらず、まるで生き写しであるかのように完璧に役を演じきり、さらに白紙状態だったクライマックスに、誰しもが考えつかなかった結末を用意したという、名も無き演劇者。

 

「その人に比べれば私なんてまだまだで、全く役を理解出来ていないも同然です」

 

 むしろその人の気持ちを完璧に理解出来てしまったら、大変な事になりそうなんだけど──そう思いながらもヘスティア達は何も言えなかった。

 自分達も似たような事を追い求めて、こうして旅をして回っているのだから、人の事は言えないのである。

 

「でも、こうして人助けをしている内に、最初は全く理解出来なかったフィアナの心情が、少しだけ分かった様な気がするんです」

 

 そう語るこの演者は、並々ならぬ情熱を演技に費やしているようだ。主役とは言え、普段の生活から役になりきろうとするだなんて、並大抵の覚悟では出来ない努力である。

 そんな演者が演じる劇にヘスティア達は興味を抱いた。それに彼女が描いたという結末も気にはなる。

 

「それは丁度良かった! 今日は必勝祈願の特別公演があるのです。もし、良かったら是非見に来て下さいね!」

 

 そう無垢な笑顔で言う演者の顔は、ルララには似ても似つかなかった。勿論それは良い方の意味で、である。

 そんな彼女が演じる劇の内容を今から期待するヘスティア達であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 小人族(パルゥム)は神から見限られた──あるいは、彼等が神を見限ったとも言える──人間族の代表的な種族だ。

 

 神に否定された『存在しない神(フィアナ)』を妄信し、力が弱いくせに強い者を妬み、羨み、嫉妬する、器も身体も小さき人々。

 神の祝福を拒絶し、自らの信仰に固執し、その結果落ちぶれ、没落した哀れな種族──それが、小人族(パルゥム)という種族だ。

 

 そんな彼等が熱狂し熱中する演劇のクライマックスは、想像を絶する内容だった。ある意味期待以上だったとも言えるだろう。

 

 それは、あまりにも凄惨で悲惨な物語であった。

 

 都市から追放した主役に次々と滅ぼされる神々達。

 ある者は見窄らしく、ある者は哀れな醜態を晒し、どの神もが大袈裟に命乞いをして、自らの行いを後悔しながら滅せられていった。

 

 神々が倒される度に観客は興奮し、歓喜の声を上げる。

 

 それは、信仰すべき神がいない種族が、力無き者達が、密かに切望し待望していた驚異の結末。

 神の前では決して見せることのない、彼等の悪意と狂気、そして真の願い。 

 それは、弱き小人族(パルゥム)達が漏らす、嘘偽らずの本音であった。

 

 神様なんていなくなってしまえ──そんな願いに応えるように、また一柱、神が滅ぼされる。

 

 無残にも貪られる神々を見て、観客は嘲笑い、悦楽に浸るように歓びの叫びを上げた。

 最後のクライマックスに向けて、会場の熱気と歓声は最高潮に到達しようとしている。

 

「──おぉ、何故だ、フィアナよ! 何故、そなたは我等に仇成すのだ! そんなに、そんなに我等が憎いのかッ!?」

 

 最後に生き残った老神が、そう彼女に向かって糾弾した。

 

「…………」

 

 だが、主人公は答えない。ただ、感情の籠もらない翠色の瞳で、黙って神を見下ろしていた。

 押し黙る主人公の代わりに観客が、自らの望みを叫ぶ。『殺せ、殺せ、殺せ』と。

 

 そして、彼女はその望まれた結末に向かって突き進み──叫喚は喝采へと変わった。

 

 

 

 *

 

 

 

 人々の悦びの歓声が頭から離れない。神を倒し、愉悦に歪む人々の顔が、頭からこびれついて離れない。

 

 得体の知れない感情の渦に苛まれ、眠れずにいたヘスティアは、小さな小さな宿屋から抜け出して、夜の闇の中を一人歩いていた。

 

 神への反抗心を隠そうともしないこの街の中を、一人で歩くことに危機感はあまり無い。

 何故だかは分からないがこの国の住人はヘスティアを「神」として扱わない。それが、喜ぶべき事なのか、嘆くべき事なのかは考えたくも無いが、“そう”であることは事実であった。

 

「子供達があんなに熱狂するのは初めて見た……」

 

 リチャードが活躍したあの怪物祭でも、あれほどの熱狂は感じられなかった。

 

「神への反逆か……」

 

 暗い夜の中で、同じ様に暗い表情をしてヘスティアは呟いた。

 

 あの、狂奔の体現とも言える狂気の演劇は、ヘスティアに大きな衝撃を与えていた。

 人はずっと神を愛していて、神はずっと人を愛していると思っていた。

 でも、それは小さな都市の中での常識で、外の世界ではそんな常識、存在しなかった。

 

 しかし、それも当たり前だ、人の愛も、神の愛も、無限では無い。

 小さな楽園の中ではそう出来るのかも知れないが、世界はあまりにも広すぎた。

 

「これは、思っていたよりも……堪えるなぁ」

 

 あそこまで正直に嫌悪をぶつけられるのは初めてだった。

 

 人は思っていた以上に神を憎んでいて、きっと神もそんな人間を憎んでいた。

 そうでもなければ、ここまでの怨嗟が生まれる事は無かっただろう。

 ヘスティアは、ここまで神が人に憎まれているとは夢にも思っていなかった。

 

 あの村と一緒だ──そう、ヘスティアは思った。

 

 これはエダスの村と一緒だった。

 きっと神々は、あの村も、この国の事も、興味が無かった。

 

 何処か遠いところで、小人族(パルゥム)が落ちぶれていて、衰退しているとは知っていた。知っていながらも、多分、どうでも良いと思っていた。

 

 勇者(ブレイバー)の努力も願望も知っていた。でも、それでも、心の片隅ではどうでも良いと思っていた。それはきっとヘスティアだけでなく、他の神々もそうだった。

 だから、あれだけの結果と成果を勇者(ブレイバー)が出しても、肝心な小人族(パルゥム)の情勢は全く改善されず、結局、以前と何も変わらずにいたのだ。

 

 神にとって重要だったのは勇者(ブレイバー)の活躍であって、小人族(パルゥム)の復興じゃ無かったのだ。

 

 それを薄々感じ取っていたからこそ、彼等はここまで怨嗟の念を溜め込んできたのだろう。

 聞き心地の良い言葉を並べて、救済や祝福を謳いながら、期待させるだけさせておいて、結局何もしない。

 

 それは言ってしまえば、ただの逆恨み以外の何者でも無かったが、とある切っ掛けで、その不平や不満が爆発する事になっただろう。

 

 遂に現れた救世主を、神の化身を、結局最後は神も勇者も見捨てた。それが、タガが外れる切っ掛けだった。

 これまで心の何処かで拠り所にしていた、「神」と「勇者」への期待や信頼は、それで完全に打ち砕かれることになった。

 

 それによって、勇者(ブレイバー)の大願であった小人族(パルゥム)の自立が成ったのは、皮肉と言えるだろう。

 

「神様は、僕達が思っていたような存在じゃ無かったのかな?」

 

 誰からも愛されて、誰からも尊敬される、それが「神」という存在であると、勝手にそう思っていた。

 

 でも、それは果たして本当にそうだったのだろうか? 

 

 誰よりも欲望に正直で、欲求に忠実な神々は、本当に敬い尊ぶに値する存在だったのだろうか? 

 この世界を遊戯の盤上に見立てて、「人」という名の駒で遊ぶ僕達は、果たして本当に愛に値する「神」と言えるのだろうか?

 人が傷つき、苦しむ姿を見て愉悦に浸る神々は、本当に「神」と呼べる存在なのだろうか?

 

「分からない……分からないよぉ」

 

 嘘を見抜ける「神」であるはずなのに、人智を越えた「神」であるはずなのに、今のヘスティアには「人」の心が理解出来なかった。

 

 人の心が恐ろしかった。

 分からないことが怖かった。

 理解出来ない事が恐怖だった。

 

 そして何よりも──

 

「“アレ”を考えたのが“君”だなんて……“君”は、あの時、本当は、何も出来なかった僕を、僕達を憎んでいたのかい?」

 

 何よりも、“アレ”を考えたのがルララであるというのが、とてつもなく恐ろしかった。

 

 彼女もこの国も住人の様に、神々を憎んでいるのだろうか? 

 いつかあの感情の籠もらない瞳で、僕達を殺しに来るのだろうか?

 この国で生まれた巡礼者達の騎士団の様に、戦争に参列するのだろうか?

 

 次々と沸いてくる疑問や疑念に答えは出ない。

 

「大丈夫ですか? ヘスティア様」

 

 ヘスティアの背後から声を掛ける者がいる。

 驚きはあまり無い。良く聞き慣れた声だからだ。

 生意気で、恋の宿敵(ライバル)で、彼女の大事な眷属──。 

 

「──リリルカ君、君も起きていたのかい?」

 

 心配させないように、出来るだけ明るい声でヘスティアは言った。

 

「えぇ、あんなものを見た後ですから、私もあまり寝付けなくて……」

 

 少し、影のある笑みを浮かべてリリが囁く。

 

 神に対してどこか斜に構えているリリでさえも、あの公演は衝撃的だった。

 前の主神とは決して上手くいっているとは言えなかったし、むしろ今でも恨んでいるといっても過言では無いので、人が神に憎しみを抱くことはあまり不思議ではなかった。

 そういった者達が少なからずいるという事を、リリは経験則から良く知っていたのだ。

 

 だが、あそこまで神に対し露骨に憎悪を露わにするのを見たのは、生まれて初めての事であった。

 同じ小人族(パルゥム)である自分でさえも恐ろしいと思ったのだ、当人である神のヘスティアがどんなに恐れたか、リリには推し量る事は出来なかった。

 

「それで、ヘスティア様? 大丈夫ですか?」

 

 心配そうな瞳をして、気遣うように再びリリが口を開く。

 皮肉屋で、シニカルな考えばかりをする彼女であるが、こういった人を気遣う優しさは、人一倍持っていた。

 

「──大丈夫……じゃない、かも」

 

 ヘスティアにとって、リリはある意味本音を言える相手だった。

 きっと、恋のライバルとして己の本性を見破られ、そして、さらけ出しているからだろう。

 

「……本当は正直、結構参っているんだ。あんな風に人に憎まれているだなんて、思ってもいなかったから……」

 

 ポツポツとヘスティアは本心を語った。

 

 もちろん、あの公演を見ていた全ての者達が、ヘスティアに恨みを持っているということは無いだろう。それは、ヘスティアにも良く分かっていた。

 むしろあの中で、少しでもヘスティアに憎しみを抱いている者などいやしなかった。彼女は神にしては珍しく、慈愛に溢れた神なのだから。

 

 だが、それでもあの者達が、「神」に憎悪しているのは疑いようも無い事実であった。

 

 同じ神族であるが故に、同族であるが故に、あの憎悪が自分へも向けられている感覚をヘスティアは感じていた。

 何もしなかったお前も、同罪であると、責め立てられているようで。

 

「それにさ、もしかしたら、隣人君も──」

「これはあくまで私の()()()な、意見なのですが!」

 

 弱音を吐こうとするヘスティアを塞き止める様に、リリが被せて早口で言う。

 

「──あれは、ルララ様の意思というか意見というか何というか、兎に角そういったものでは無いと、リリは思うのです」

 

 ルララ・ルラは確かに神をも畏れぬ人間であるが、無闇矢鱈に暴力を振るう人間では無い。

 敵対する者や、行く手を阻む者には容赦はしないが、基本的に温厚で善人なのが彼女だ。

 

 何の理由も無く、神を滅ぼすような人では無い。逆を言えば、理由さえあれば神さえも滅ぼす者であるとも言えるが。

 

 事実、あの時は直ぐさま解決されて事なきを得たが、彼女が女神を倒していなかったら、戦争云々の前にオラリオが滅んでいるところだったのだ。

 

 多少、やることが破天荒すぎて理解不能なのが玉に瑕だが、よっぽどの事が無ければ、いわゆる良い人であるのがルララ・ルラという人物だった。

 

「そんな、良い人であるルララ様ですが、時折、彼女はまるで、誰かにそう望まれた様に行動する時があります」

 

 アンナの剣を直した時も、リチャードとモンスターを捕獲しに行った時も、レフィーヤが助けを求めた時も、ヘスティア達が協力を求めた時も、誰かに望まれて、誰かに望まれた通りの行動を取っていた。

 まるで他者の願望を映し出すかのように、まるで他人の望みを映し出す鏡の様に、そういう風に彼女は行動する事があった。

 

「だから、おそらく、“アレ”は、ルララ様が望んだものじゃ無くて、誰かが、多分、見ていた観客だと思いますが、それが望んだ結末だったのだと思います」

 

 小人族(パルゥム)達の願い。それを感じ取って、ルララはあのような結末を演じた──それが、リリの考えであった。

 

「だから、ヘスティア様。あまり気に病む必要は無いのですよ。それに、ルララ様でしたら、特に理由も無しに『面白そうだったから!』というだけで、あんな事をやらかしそうですし」

 

 むしろ、その可能性が一番高そうなのが、ルララがルララであるところの所以である。

 

「そう、なのかな……」

 

 外の世界に出て、神と人との在り方に色々と思うところが出てきているヘスティアは、曖昧な口調で答えた。

 

「そうです、最近のヘスティア様は、ちょっと物事を重く考えすぎなのです」

 

 精一杯元気付けられる様に、極力明るい声を出すリリ。

 だがその励ましも、あまり効果は無かった様だ。

 

「重くもなるさ……だって、戦争なんだよ……」

 

 顔を俯いてヘスティアは震えながら言った。

 

 戦争──たった二文字のその言葉は、前向きに明るく考えるには、あまりにも重たすぎる言葉だった。

 ただの戦争であればまだ良かった。でもこれは、人と神との全面戦争だ。

 どんなに明るく取り繕っても、それは変えようのない事実として、現実に引き起こされようとしている。

 

 千年続いた「人」と「神」との蜜月の関係が、音を立てて崩れ去ろうとしている。

 重たく考えるには、十分すぎる要因だった。

 

 それでも、古き約束を知らせるホルンの音色は、未だヘスティアには聞こえてこない。

 まだ、その時では無いのか、あるいは、もはや自分は神の一員として数えられていないのか。

 

 どうすれば良いのか、分からなかった。

 標が、無かった。進むべき道を指し示す、道標が。

 

「僕は、僕達はどうすれば良いのだろうか?」

 

 助けを求める様に、俯いたままヘスティアが口を零した。

 

「それは──」

 

 ヘスティアの問いに、リリは言葉が詰まった。

 それはあまりにも難しく、不透明な問題だった。

 きっとどれを選んでも正解で、きっとどれを選んでも間違いであった。

 

 答えてはいけない、答えられない質問に、リリは押し黙り沈黙が長く続く。

 

 永遠に続くのかと思われた静寂の中、ふとリリは『こういった時、ルララ様だったらどう考えるのだろうか?』と思った。

 

 彼女だったら、きっと迷わないだろう。

 戻るにしろ、進むにしろ、立ち止まるにしろ、迷わず選択し、そしてそれが正解となるに決まっている。

 喩え、それが間違った道であったとしても、自らの行動で正しい道へと作り変えていく事が出来る──それが彼女の強さ、彼女達が憧れた、彼女の輝き……

 

 だからリリは、ルララの様に考えてみる事にした。己の望みに忠実に、理想の己を思い浮かべて、己の選択を迷い無く……

 

 リリの心の中に、僅かな光が宿りはじめる。

 

「──私は、オラリオに未練はありません、人と神様の戦いに興味もありません。ただ──この旅の行き着く先は、知りたいと思っています」

 

 そうでなければ、わざわざここまで着いてくる事は無かった。

 折角手にした恩恵(ファルナ)を捨てて、冒険の旅に出る必要は無かった。

 

「私達の旅は、まだ途中です。途中下車は出来ないはずですよ?」

 

 夜の闇の中であるにも関わらず、そう言ったリリの姿はとても輝いて見えた。

 その輝きは、怒りや、憎しみ、恐怖、と言った暗闇に囚われるヘスティアを、明るく照らし、優しく包み込んでくれた。

 

 人は成長する。この瞬間、瞬きをする間にも、絶え間なく、絶える事無く、前へと進んでいく。

 そう、この旅の中で何度も感じた事を、再びヘスティアは感じた。

 

(もしかしたら本当に、この世界には、もう神は不要なのかも知れない。でも、もし、もし、そうだとしても、僕は、君達の成長を、最後まで──)

 

 今、この瞬間にも、目の前で大きく成長したリリを見て、そう思わずにはいられないヘスティアであった。

 

 

 

 そして、次の日──

 

 

 

 朝早くに起きたヘスティアは、彼女の答えを待つパーティーに向かって言った。

 

「進もう、僕達の旅は、まだ途中なはずだから──」

 

 もとより、戻る気も立ち止まる気も無かったパーティーに、否は無かった。

 そんなパーティーが向かう先には、灰色の山脈と黒金の山地、そしてそこから僅かに“はなれた山”がそびえ立っていた。

 

 

 

* 

 

 

 

 数多の人種が、多種多様な種族が、様々な部族が、数多くの兵士が、幾千幾万の戦士が集結している。

 神伐討滅を旗印に、神の時代を終わらせるために、西の果ての忌まわしき地を目指して進軍している。

 

 その壮絶な光景を見て赤髪の女──レヴィス──は呟いた。

 

「壮観だね……」

 

 当初はラキア王国軍しか存在しなかった軍勢は、オラリオに近づくにつれ膨れ上がり、今では視界を覆うほどの大軍と化している。

 参列する人種も種族も多岐に渡り、正に汎人類連合軍とも言える顔ぶれになっていた。

 

「それで──コイツらは、みんな信者(テンパード)にすればいいのか?」

 

 そう、レヴィスは隣にいる金髪の男──マリウス──に聞いた。

 マリウスは、自らが率いる軍団を一度見つめて答える。

 

「いや、それは我々ラキア軍と、一部の反抗的な異教徒達だけで十分だ。自らの意思で、自らこの戦いに参画した者達には、必要無い」

「──それで、オラリオの神に勝てるとは思えないが、本当に良いのか?」

 

 念を押すように、レヴィスは再度問う。

 

 竜神の加護無しで、あの神々と眷属達に勝ち目があるとは、レヴィスには到底思えなかった。

 魔法大国(アルテナ)や、他の神々に勝てたのも、それがあったからだ。

 

「構わないさ、言っただろう? 『所詮は捨て駒だ』と、私も、お前も、もちろん、この軍勢も……安心しろ、どうせ最後には我々が勝利する。これまで通り、これまでと変わらず、な」

 

 不適な笑みを浮かべて、狂気が滲み出る表情を称えてマリウスは言った。

 

「……そう、だったら良いんだけどね」

 

 少し押し黙った後、レヴィスは絞り出すようにして、そう返答した。

 

 そして、それ以上会話は続かず、両者の間に沈黙が流れる。

 

 暫くして、再びゆっくりとマリウスが口を開いた。

 

「人は立ち上がり、神は集結した、機はまもなく熟す。だが、まだ十分ではない。やるべき事は残っている。まだ、まだ黄昏時では無い──であるならば。レヴィス、一旦進軍を停止させるぞ、あと、私は暫くいなくなるから、後は頼んだぞ──直ぐ戻る」

 

 次々とレヴィスにむけて指示を出し、言うか早いかマリウスは空間を“超えて”姿を消した。

 

「は? えっ、ちょっ!? 待ッ!」

 

 神の地を目指す人類の最前線で、レヴィスの嘆きが空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 もうすぐ、15ちゃんの発売日じゃん! やらなきゃ(使命感)


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光の戦士達の場合 5

 人とは、一体なんなのだろうか?

 

 憐れな子羊か? 迷える旅人か? 罪深き咎人か? 愛しき我が子か? か弱い生物か?

 

 ずっと、“そう”であると思っていた。

 この旅に出るまで、人というのものは“そう”いうものだと思っていた。

 でもそれは違った。ヘスティアがその目で見た人間の姿は、違っていた。

 

 人は、神々が思っていた様な存在じゃなかった。

 人は、神が想像していた以上の存在だった。

 

 神の恩恵が無くとも生きて行ける程に、神の存在が不要に思える程に、人は強く、逞しく、美しく、輝きを放っていた。

 

 その輝きをヘスティアは、絶やしてはならないかけがえのないものだと、感じていた。

 愛おしいと、素晴らしいと、命に代えてでも守りたいと、強く強く思っていた。

 

 それだけの価値を、ヘスティアは人に見いだしたのだ。

 

 対して、神とは一体、なんなのだろうか?

 

 超越存在だろうか? 完璧な存在だろうか? 万能の存在だろうか? 不滅の存在だろうか? 永劫の存在だろうか?

 

 ずっと“そう”であると、思っていた。

 だがそれも、違っていた。

 

 神は神が思っている以上に超越的でもないし、完璧でもなかった。

 万能でもない、不滅でもない、もちろん永劫でもなかった。

 

 ただ、少しばかり力の強い“一種族”に過ぎないと、この旅を通じてヘスティアは感じ始めていた。

 

 そして、その思想は、神の存在を根底から脅かす、危険な思想だった。

 

 だがしかし、ヘスティアはそう思わずにはいられなかった。

 

 本当に神が超越的であるならば、神に見捨てられた者が存在するのだろうか?

 本当に神が完璧な存在であるならば、神を憎む者達が存在しうるのだろうか?

 本当に神が万能であるならば、なぜ、世界はこんなにも退廃しているのだろうか?

 

 オラリオから出てかの地から遠ざかる程に、大地は枯れ、水は濁り、風は淀み、炎は消えかけていた。

 

 まるで神の威光が有限である事を示すかのように、あるいは、オラリオが生命を吸いとっているかの様に、彼の地から遠ざかれば遠ざかる程、世界は衰退し、命は廃退していった。

 

 オラリオのあの栄華と繁栄は、神々のあの栄光と繁盛は、世界の破滅と摩耗と引き換えに成されている様であった。

 それはまるで、神が生命を喰らう化け物であると、訴えているようであった。

 

 僕達は、本当に「神」なのか。それとも──「神」のふりをした、ただの化け物なのだろうか?

 

 人とは、神とは、一体なんなのだろうか?

 そして──それらを憎むモンスターとは、ダンジョンとは、一体なんなのだろうか?

 

 その答えはこの先のはなれ山で、ドワーフ族の王国で、山の下の国で、そして──竜から奪還され、再び黒き竜に奪われた王国で、知ることになる。

 

 人の幻想、神の正体、魔の真実、そして世界の──星の真相を。

 

 

 

 *

 

 

 

 灰色山脈と黒鉄連山、そしてその先にある『はなれ山』は、ドワーフ達の領域である。

 

 かつてはミスリル等に代表される良質な鉱石を多数排出する、世界でも有数の名鉱山として名を馳せていたが、今となってはどの山も採掘し尽くされ、過去の栄光は見る影もない。

 

 唯一、現在でも採掘可能なのはドワーフ達の聖地──はなれ山──だけである。

 

 そんな、はなれ山に対する竜の襲撃は、なんの前触れもなく突如として始まった。

 

 神族排斥の戦に赴く騎士団の出兵を、まるで待ち構えていたかのように開始された竜の強襲は、主力である『髭長騎士団』が不在であった事もあり、ドワーフ族はなすすべもなく蹂躙され、騎士団と一人の冒険者により奪還されたばかりのはなれ山は、再び竜によって奪われる事になった。

 

 ドワーフ族にとって、これ以上に屈辱的な事は無かっただろう。

 奪い返したばかりの祖国を、間髪を入れず再び奪われたのだから当然だ。

 

 竜の猛攻に対し、ドワーフ族は激しく抵抗した。

 

 喩え、屈強な戦士達が不在であろうとも。

 喩え、負けると分かっていても。

 喩え、相手が“竜”であろうとも。

 

 力の限り、命ある限り、死力を尽くして、王国を守ろうとした。

 

 戦えるものはみな戦った。

 立ち向かえる者はみな立ち向かった。

 逃げ出すものなど一人もいなかった。

 ドワーフ族はその意地と誇りを賭けて最後まで勇敢に、壮絶に、戦い抜いたのだ。

 

 それでも、竜の攻撃は圧倒的であった。

 

 いかにドワーフ族が勇猛果敢に戦おうとも、いかに戦士達が孤軍奮闘しようとも、人智を超越した暴力の前では、ただの紙切れ同然だった。

 

 壮絶な戦いの末に、ドワーフ達は敗北した。

 

 山脈、連山まで撤退を余儀なくされたドワーフ族は、傷つき、消耗し、疲弊しきっていた。

 怪我を負っていない者など一人もいない、血を流していない者など一人もいない、苦しんでいない者など一人もいない。

 

 だが、それでも、依然として彼等の闘志は萎えることは無かった。

 

 諦めず戦い続けることで道が拓けるのだと、ある冒険者に教えられたからだ。

 そういう風に戦っていた冒険者を、ドワーフ達は知っていたからだ。

 

 だからきっと、その魂が枯れ果てるまで、その命が燃え尽きるまで、ドワーフ達は戦い続けるだろう。

 最後のドワーフ族が死に絶える、その瞬間まで。

 

「──でも私は、そうなって欲しくない」

 

 憂いを帯びた表情でそう呟くドワーフの娘も、全身傷だらけでボロボロになっていた。

 相当な激戦を切り抜けてきた事が、それだけで察せられる。

 

「──やけっぱちになって命を投げ捨てるのは馬鹿のする事だ、勝機を見いださずに突っ込むのは愚か者がする事だ」

 

 ドワーフを救った冒険者の生き様から、何より彼女はそれを学んでいた。

 用意周到に準備し、入念に調査し分析する大切さを、あの冒険者は教えてくれたのだ。

 

「──残念だが、私達じゃどう足掻いても“アレ”には勝てない」

 

 誰も言い出さないだけで、端から見てもそれは明らかであった。

 このままではドワーフ族は破滅に向かってまっしぐらだった。

 勝ち目も無く竜に挑み、誰も彼もが戦って死んでいくだろう。

 

 それだけは避けなくてはならない。

 一族を救ってくれた冒険者に報いるためにも、全滅する事は許されなかった。

 

 でなければ、報いるために戦に向かった騎士団達に顔向けできない。

 

「勝手な事だってのは重々承知している。だがそれでもお願いだ、どうか、どうか──」

 

 この冒険者達には面影があった。あの冒険者に似た面影があった。

 

 だからこそ、このドワーフの娘はそれに賭けてみることにしたのだ。

 小さな冒険者に希望を見出だした、父と同じ様に──。

 

「──どうか、私達を、()()()()()()()()?」

 

 彼の冒険者なら何度も聞いたであろうその言葉が、ヘスティア達の鼓膜に向けて初めて響き渡った。

 

 

 *

 

 

 

 その依頼は、お世辞にも良い依頼であるとは言えなかった。

 ヘスティア達にとって、全く利の無い最悪の依頼であると言っても良いくらいだ。

 

 報酬は二束三文すら無く、得られるのはほんの僅かな雀の涙程の名声と、自己満足のみ。

 それに対し、賭けるものは自分の命に等しい膨大なものなのだというのだから、当たり前だ。

 

 縁も所縁もないただの他人に、そこまでする義理など、ヘスティア達には欠片もなかった。ドワーフ族がこの世界の何処かで勝手に野垂れ死のうが、玉砕しようが、冒険者達には全く関係の無い事だった。

 

 この依頼は、命を賭けるに値しない依頼だった、請け負う必要の無い依頼だった。

 むしろ、断るべき部類の依頼だった。

 

 その実、依頼した当人でさえも請け負って貰えるとは微塵も思ってもいなかった。

 こんな「利」も「得」も「益」も無い馬鹿みたいな依頼を請けるのは、よっぽどのお人好しか狂人以外いないと分かっていたからだ。

 やけになって、藁をも掴む思いで出した依頼であると言っても過言では無かった。

 

 だから、この依頼は拒否するべき依頼だった。

 それが、(まさ)しく正解で、正しい正道であると言えた。

 だから、それ以外の解答は有り得なかった。

 

 返答に困り、押し黙る冒険者達を見てドワーフの娘もそう思った。

 永遠とも思える沈黙が暫く続く。

 

 そんな中、冒険者達の脳裏に、もし、“彼女”だったら、どうしていただろうか? そんな言葉が浮かび上がってきた。

 

 躊躇無く冒険者達を助けた“彼女”だったらどうしていただろうか?

 逡巡無く冒険者達を救った“彼女”だったらどうしていただろうか?

 

 彼女だったらきっと迷わなかっただろう。

 彼女だったらきっと躊躇わなかっただろう。

 

 喩え、利がなくとも。

 喩え、得がなくとも。

 喩え、益がなくとも。

 

 それが喩え、自己満足以外の何者でも無かったとしても。

 

 理屈を越えて、迷いを捨てて、真っ直ぐに──こう言っただろう。

 

「わかりました」

 

 誰が最初にそう言ったのかはわからなかった。

 だが、それがパーティーの総意である事に疑いは無かった。

 全員が全員、同時にそう言ったからだ。

 

 少しずつ、だが確実に、冒険者達の心の中に、彼の冒険者と同じ「光」が宿り始めていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 はなれ山の山中にあるドワーフ族の国──山の下の国──は恐ろしいほどに静まり返っていた。

 

 静寂に包まれる国内を進むパーティーの中に、ヘスティアの姿は無い。この依頼を遂行するにあたって、ヘスティアの存在は不要であると、眷属達に説き伏せられたからだ。

 眷族達から下された無慈悲な戦力外通告に、当初は難色を示していたヘスティアであったが、足手まといなのは百も承知なので、最後にはその決定に頷く以外に無かった。

 

「──だったのですが、この分だと、その必要も無かったかもしれませんね」

 

 パーティーの最後尾で油断無く杖を構えながらリリが言った。

 

 国中の至る所に激しい戦闘痕や、崩れた塔や柱、焦げ付いた壁面などが見受けられ、ここで行われた戦闘が壮絶なものであった事を物語っている。

 竜に奪われたからなのかチラホラとモンスターも出現するが、彼等にとって危険と言えるものでは無かった。

 

「出現するモンスターも、そんなに強くないですからね……」

 

 リリの直ぐ側にいたレフィーヤが同意するように答える。

 はなれ山のモンスター達はお世辞にも強いとは言えず、この程度ならば、ベオル山地のモンスターの方が手強かったと言えるくらいだ。

 

「オラリオから離れれば離れるほどモンスターも弱体化してるみたいだから、ヘスティアちゃんがいても大丈夫だったかもねー」

「オラリオは世界の中心であると同時に、モンスターを生み出すメッカでもありますから、そこから離れればモンスターも弱くなるのは必然なのでしょう」

「この様子だと、もしかしたら目的の“竜”もあまり強くは無いかもですね……」

 

 レフィーヤの言う通りその可能性は高かった。

 

 基本的に、モンスターの強さやレベルは地域や場所によって一定である。

 中には強力なモンスターが低級のモンスターを率いて群れをなす場合もあるにはあるが、それは例外中の例外であり、オラリオのダンジョンであればその例外も良く見受けられたりするが、外の世界でそういった現象を見かけた事や噂に聞いた事は未だに無い。

 

「もし、この“竜”がその例外中の例外だとしても、徘徊しているモンスターを見る限りだと、トップもたかが知れてるからね……」

 

 群れを率いるモンスターであっても、従えるモンスターと隔絶した強さを持っている事は殆ど無い。せいぜいが冒険者基準でLv.1くらいの差があるくらいである。

 それはそれで十分差があるとも言えるのが、はなれ山のモンスターを見れば、その頂点にいるであろう“竜”のレベルも大体推し量る事が出来た。

 

「あるいは、ここにはもう“竜”はいないという可能性もありますね……」

 

 レフィーヤが言った可能性に、リリが他の可能性を提示した。

 

 確かに、その可能性も十分に有り得る事である。

 

 気まぐれに国を襲い、人を傷つけた“竜”は、暫くして満足すると、また別の何処かへと旅立ち、その空いた縄張りに新たなモンスター達が棲みついた、という事だ。

 かつて、はなれ山自体がそういった経緯でモンスターに支配されていた事を考えると、これも決して有り得ない話では無い。

 

「どちらにせよ、ここら辺一帯のモンスター達は掃討しておいちゃいましょうか」

 

 力を取り戻しつつある冒険者達にとっては問題にもならないが、ドワーフ族にとってはかなりの脅威であるのは間違いないだろう。

 でなければ、何年もの間奪われたままという事は無かったはずだ。

 

 竜の存在の有無を確認し、安全を確保した上で報告すれば依頼主も喜ぶだろう。それで、このクエストは達成である。

 思っていた以上に簡単に終わりそうな依頼に安堵しながらも、早速、冒険者達はモンスターの殲滅に取りかかった。

 

 この程度のモンスターなら歯牙にも掛けない程に、冒険者達は強くなっていた。

 今の彼等なら“竜”ですら恐ろしくないと思える程に、冒険者達は力を付けていた。

 

 だから、誰も口にはしなかったが冒険者達の間にこういった考えが蔓延していた。

 

『“竜”は、我々に恐れをなして逃げ出したのかもしれない』

 

 そう考えてしまう程に、彼等の実力は外の世界では隔絶するほどに高くなっていたのだ。

 

 だが、その自信とも慢心ともとれる思考は、次の瞬間鳴り響いた咆吼と、舞い下りてきた黒き巨体によって打ち砕かれる事になる。

 

 身体の芯まで震える怒号と、空間を切り裂く程の猛烈な勢いで冒険者達の前に顕現したのは、黒き漆黒の巨竜。

 

 先人達が残した三大冒険者依頼の最後の一つ。

 人類の悲願、人類の念願、人類の宿願──人類の宿敵。

 

 世界最強のモンスター『黒竜』が、彼等の眼前に降臨した。

 

 

 

 *

 

 

 

 冒険者達が世界最強のモンスターと邂逅している時、ヘスティアは一人、眷属達の安否を案じていた。

 

 結局、どんなに思っていても、どんなに考えを新たにしても、ヘスティアが「神」であり、足手纏いである事は変わらなかった。

 偉そうに守りたいだの、見届けたいだの言っていた癖に、何も出来ずにただ待っているだけの存在である事に、変わりはなかったのだ。

 

 何も出来ない自分自身に悶々とし、鬱々としながらも、一人パーティーを心配するヘスティア。

 

「そうやって、ただ心配しているだけなのか? 神ヘスティア」

「ッ!? き、君は……」

 

 突如としてヘスティアに声を掛けたのは、黒き衣を纏った謎の人物であった。

 顔を覆うフードの奥で怪しく煌めく眼光が、ギラリとヘスティアを捉える。まるでヘスティアの心情を見透かすように見つめながら漆黒の人物が問いかける。

 

「『神』だからと言って、他の神と同様に何もしないのか? 無力だからといって、また何もしないで待っているだけなのか? 足手纏いだからといって、何時までそのままでいるつもりなのだ? これを、見るといい──」

 

 黒き衣の男が手を翻すと、そこに「神の鏡」に似た魔法が展開された。

 その魔法の中には炎を吐く漆黒の竜と、それと懸命に戦う冒険者達が映し出されている。

 

 映像の中の冒険者達は、皆、竜の炎に焼かれ傷ついている。どう見ても劣勢で絶体絶命の状態であった。

 

「ベル君!? みんな!!」

 

 思わず映像に駆け寄るヘスティア。

 それを寸前のところで塞き止めると、黒き衣の男が続けた。

 

「お前も見ただろう? 今この瞬間でも戦士達は傷つき、戦っているというのに、神であるお前はここで何をしているのだ? ただ祈っているだけか? ただ待っているだけか? お前のこれまでの意志は、決意はどうしたのというのだ!?」

「そ、それは……」

 

 見守りたいと思った。

 見届けたいと思った。

 

 共に歩んでいくと、そう決意した筈だった。

 

 なのに、未だに眷属達に甘え、ただ何もせず待っているだけの存在から何も変わっていなかった。

 

「神の戒律が邪魔をするのか? 神が定めた規律が、お前の意志を阻むのか──?」

 

 神はこの地上でその力を行使することは出来ない。

 幾つかの例外を除き、それは絶対の掟として神々を縛っていた。それはオラリオを離れたヘスティアとて例外では無い。

 もし、それを破ろうものなら、問答無用で天界に送還される事になる。

 

 だから、『神の力』は使う事は出来ない。

 それが、ヘスティアの意志を縛るものの正体だった。

 

 そんなヘスティアの思いを見透かすように、黒き衣の男が畳み掛ける。

 

「お前の眷属は、子供達は、思い人はッ!! お前にとって()()()()の者だったのか!? お前達が勝手に定めた戒律に負けるほど、お前の決意は弱いものだったのかッ!?」

 

 男が言葉を重ねるごとに、男の叫びがドンドン大きくなっていく。

 鬼気迫る男の言葉がヘスティアの心の中で反響する。

 

「──所詮、貴様も他の「神」と同じ、泡のように生まれては消えていく人間などどうでもいい、己の身が可愛いだけの存在だったのか!?」

「違うッ!!」

 

 男の言葉にヘスティアは思わず叫んだ。

 

「それは違う! 絶対に違う! でも、でも……僕は、僕には……どうしたら良いのか……どうすれば良いのか……分からないんだ……」

 

 変わる意志はあった。

 変わっていく決意はあった。

 

 だが、ヘスティアにはそれにはどうすれば良いのか分からなかった。

 

 不変で不滅である「神」が変わる事が出来るのだろうか? 

 永久で永劫である「神」が成長する事が出来るのだろうか?

 

 それは「神」には出来ない人間の特権だった筈だ。

 

「それには、己の意志に従うんだ、神ヘスティア。くだらない規律や常識など捨て去ってしまえ。お前はお前の意志で、決意で、立ち上がるのだ……」

「僕の、意志……」

 

 神が命をかけて人を助ける意味はあるのだろうか、その価値はあるのだろうか。

 他の神々がどう思うのかは分からない、だが、ヘスティアはこの旅を通して、その意味が、価値がある事を確信していた。

 

 この旅路の中で宿った“光の意思”が、今ここでヘスティアの中で光り輝こうとしている。

 

「僕は……僕は、()()()()! 傷ついた子供達を……いや! 今も戦っている仲間達の事を!! 共に戦場に立ち、共に力を合わせて戦いたいッ!!」

 

 ヘスティアの想いと意思、そしてその言葉に呼応するかの様に、彼女の持つ『光のクリスタル』が激しく発光した。

 その輝きと光の意思と共に、ヘスティアは星の使徒として覚醒する。

 

「そう、それで良いのだ、ヘスティア。さぁ、行くがいい。お前の光の意思と共に、お前を待つ仲間達の下へと!」

 

 ようやく覚醒したヘスティアに、満足そうに頷くと黒き衣の男がそう言う。

 その言葉を聞くのと同時に、ヘスティアが青白い強光に包まれる。

 その眩いばかりの光の力によってありとあらゆる束縛から解放された彼女は、彗星の様な光の矢となって仲間達の下へと飛び立っていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 人と竜との戦闘は、竜側の勝利で終わろうとしていた。

 

 力尽き、倒れ伏す冒険者達を見て黒竜は思った──やはり、この程度でしかないのか──と。

 

 確かに彼等は他の人間に比べれば強かった、だが、黒竜が期待していた程では無かった。

 彼等の剣は拳は弓矢は魔法は、彼の鱗を傷付けることすら出来ていなかった。

 この程度で驕り昂って慢心しているようでは、この先もたかが知れていた。

 

 所詮、彼等もあの髭もじゃの人間達と一緒だった。

 光に導かれ、光に群がる、弱き虫けら。

 自ら輝くことの出来ない貧弱な生物──それがこの冒険者達の限界だった。

 

 この程度であるならば、存在するだけ無駄でしかない。

 このままならば計劃の邪魔になるだけだ。

 

 ウラノスやマリウスは随分彼等を買っているようであるが、黒竜は違った。

 

 彼はモンスターの王だ。

 

 弱き生物を排斥し、強き生物を育むための使命を帯びた、星の尖兵達の王だった。

 

「人」や「神」の様に人間という生物に特別な思い入れがある訳では無かった。

 むしろ、その弱さ故に幻想に縋った人間を、嫌悪すらしていた。

 

 偽りの神の力を使って彼の同胞が倒された時も、人の成長を喜ぶどころか憤怒しか沸いてこなかった。

 数千年ぶりに現れた自らの力のみで彼に立ち向かう人間達に、僅かに希望を見出だしはしたが、結果はご覧の有り様だ。

 

 誰も彼もが無様に力尽き、最期の時を黙って待っている。

 その光景を見て、黒竜にはもはや失望しか沸いてこなかった。

 

 所詮は()()()()()()()()、か──心の中で黒竜は失意を露にした。

 

 黒竜に対し殆ど何も出来なかった冒険者達を、これ以上試す必要は無い。

 止めを刺してやるべきであろう。

 

 黒竜は一度大きく息を吸い込むと、内在する膨大なエーテルの炎と共にその全てを吐き出した。

 

 万象を焼き尽くす暴虐の火炎が、冒険者達に迫る。

 なすすべもなく冒険者を消し炭にするかに思われた黒竜のブレスは、突如として乱入した光の矢によって防がれた。

 

 乱入した光の矢は瞬く間に冒険者を守護する光の障壁として形を変え、無慈悲な吐息から冒険者を守り抜く。

 

 冒険者を守るようにして立ち塞がったその輝きを見て、盟友であるウラノスと同じ気配を感じ取った黒竜は、「愚者」は上手くやったのだと確信した。

 

 そうであるならば──終わりは近い。

 

 光輝く女神の姿を見て、黒竜は終焉の到来を予感していた。

 

 

 

 

 *

 

 

 世界最古にして世界最強のモンスターの攻撃は苛烈を極めた。

 ヘスティアの光の障壁によってなんとか持ちこたえているが、それも時間の問題に思えた。

 

 絶え間なく注がれるおびただしい魔力の奔流に、次第に圧され出すヘスティア。

 

「うぐぐぐぐぐぐ」

 

 苦しみの呻き声を上げながらも、ヘスティアは懸命に仲間達を護っていた。

 必死に、命懸けで、一心不乱に……。

 

 ヘスティアの力は守護の、守りの力だった。

 仲間を守る事は出来るが、敵を打ち倒すことは出来ない。

 

 でもそれで構わないのだ。

 

 ヘスティアは仲間を守るためにここにいるのだ。

 敵を打ち倒すのは、ヘスティアじゃ無くてもいい。

 彼女は一人じゃない。ここには彼女の家族(ファミリア)が、仲間達がいる!

 

 勇敢に立ち塞がるヘスティアの姿を見て、倒れ伏していた冒険者達に戦う力が戻ってくる。

 

 最初に立ち上がったのは、赤い髪をした剣士だった。

 

 彼女はパーティーの盾だ。

 彼女の背中の後ろには、彼女の大切な仲間達が控えている。

 彼女が倒れる時は、それはパーティーが崩壊する時だ。

 だからこそ、どんな事があろうとも、決して最後まで倒れてはならないと、彼女はあの冒険者から教えられていた。

 

 まだ、仲間が立っているのであれば、他でもない彼女が、倒れている訳にはいかない。

 

 立ち上がり、その手に持つボロボロになって折れた剣を見て、アンナは少し懐かしい思いを感じた。

 あの時の様に、剣を直してくれる冒険者はもういない。

 だが、それでも関係無い。

 あの時のように絶望したままでいる訳にはいかなかった。

 まだ、戦う意思を持つ者がいる。

 そうであるならば、それを守るのがアンナの使命だった。

 彼女は仲間を守る「ナイト」なのだから!

 

 次に立ち上がったのは、小人族の癒しの幻術士だった。

 

 彼女が癒し、治さなければ、仲間達は瞬く間に倒され命を散らすだろう。

 彼女の双肩には彼女と彼女の仲間達の命が懸かっていた。

 彼女の魔法が途絶えた時、その時が彼女達の命運が尽きる時である。

 だからこそ、他に立ち上がる者がいるのであれば、癒しを必要とする者がいるのであれば、何がなんでも癒さなくてはならないと、そう彼女はあの冒険者から教えられた。

 

 弱く、卑屈になって、いじけていたリリに、戦う方法を教えてくれた冒険者はもういない。

 供に仲間を癒し、戦った冒険者はもうここにはいなかった。

 それでも、諦める訳にはいかなかった。

 リリは仲間を癒す「白魔道士」なのだから!

 

 生命の鼓動を感じさせる幻想的な癒しの魔法がパーティーに降り注ぐ。

 その癒やしの極光によって、冒険者達が蘇生される。

 

 長身の格闘士の男性が起き上がる。

 金髪の弓術士の犬人が立ち上がる。

 金色のエルフの呪術士が再起する

 白と赤の双剣士の少年が復活する。

 

 彼等の使命は敵を打ち倒す事だった。

 如何に「盾」が奮闘し、「癒し」が奮起しても、彼等が使命を果たさなければ敵に打ち勝つことは不可能だった。

 彼等の両腕にはパーティーの未来が懸かっていた。

 彼等が遅れれば遅れるほど、「盾」は傷付き、「癒し」は疲弊していく。

 だからこそ、一秒でも速く、一手でも多く敵に攻撃を叩き込み、勝利へと突き進む必要があった。

 そうすべきであると、彼等はあの冒険者から教えられたのだ。

 

 彼が落ちぶれていた時に助けてくれた冒険者はもういない。

 彼女が行き詰まっていた時に手を引いてくれた冒険者はもういない。

 彼女が絶望していた時に希望を与えてくれた冒険者はもういない。

 少年が憧れた冒険者はもう彼等を救ってはくれない。

 

 それでも、それでも、困難に立ち向かわなければならない。

 彼は敵を撃ち砕く「モンク」であり、彼女は歌い射る「吟遊詩人」であり、彼女は破壊の化身「黒魔道士」であり、少年は暗闇に煌めく「忍者」であるのだから!

 

 遂に光の意志を宿した冒険者達の前に、星のクリスタルが出現する。

 眩く光る水晶の輝きは冒険者達の身体を包み込み、新たな力となって顕現していく。

 

 ボロボロになった鎧は白銀の甲冑になり──

 

 汚れた法衣は純白のローブへと変わり──

 

 ズタズタになった衣装は紅蓮の如き闘衣へと進化し──

 

 傷ついた装束は深紅の外套へと変貌し──

 

 魔力の枯渇した呪衣は漆黒の魔衣へと変化し──

 

 切り刻まれた戦闘衣は伊賀の装束へと移り変わっていた。

 

 冒険者達に戦う力が舞い戻ってくる。

 もはや、星の加護を得た彼等には恐れるものなど存在しない。

 

 新たに手にした盾で黒竜のブレスを防ぎ。

 新たに手にした片手剣と鉄甲、弓矢と黒の魔法、双剣と白き魔法で黒竜へと迫っていく。

 

 永きに渡り世界に脅威を振り撒いていた魔の王に、人の力と技が到達しようとしている。

 数千年もの間、誰もが届き得なかった竜の肉体に冒険者達の一撃が加えられた。

 それは、一度は彼等に失望した黒竜を認めさせるのに、十分な成果であった。

 

『我が肉体を傷つけるとは……見事だ、光に導かれし者達……いや、()()()()()よ──』

 

 そして、「人」と「神」を同胞として認める「魔」の咆吼が、天空へ向けて放たれた。 

 

 

 

 *

 

 

 

 咆吼と共に直接脳裏に響いた竜の深い声を聞いて、光の戦士として覚醒したばかりのヘスティア達は驚きの表情を浮かべた。

 その様子を見た黒竜が、嬉しそうな声色で再び語る。

 

『どうした? モンスターが会話をするのがそんなに意外だったか?』

 

 先ほどのまで黒竜から放たれていた突き刺さる様な圧倒的重圧は、いつの間にか綺麗さっぱり四散し、安穏とした雰囲気が周囲に立ち籠めていた。

 穏やかな竜の囁き声が、やけに脳裏に木霊している。

 

「い、いや、意外というか、何というか……」

 

 すっかり毒気を抜かれたヘスティアが、未だに動揺から抜け出せない仲間達に代わり返答をする。

 ここに至るまで様々な常識を打ち砕かれたヘスティア達であったが、今回の“コレ”はその中でも最大級の驚きであった。

 意思も無く、ただ世界に脅威を振りまくだけだと思っていたモンスターが、人語を解し、会話をしている。それだけで驚愕するに値する事だ。

 

「君達の常識ではモンスターとは、ただの意思無き暴力の塊だったからね、無理もないだろう」

「!! 君はさっきの──」

「フェルズ、だ、ヘスティア。そして初めまして、光の戦士達よ」

 

 黒き衣を纏った愚者──フェルズ──がヘスティア達を見回しながら、簡潔にそう自己紹介をした。

 やっとの事で星の戦士として覚醒したヘスティア達一行を、一人一人誇らしげに眺めていたフェルズは、黒竜へと視線を移し弾むように言う。

 

「首尾は上手くいった様だね、黒竜。人の持つ意志の力も、そう捨てたものでは無かっただろう?」

『一時はどうなる事かと思ったがな。お前達の言う通り、意志の力と言うものも中々に侮れなかった様だ』 

 

 何やら和やかな雰囲気で語り合う両者を見て、更に混乱の極みに陥るヘスティア達。

 戦闘して、全滅しかけて、何とか奮起して、何かに覚醒したと思ったら、長閑な雰囲気になって、それで──目まぐるしく変貌していく状況に、正直頭がついて行けない。

 

「ちょっ、ちょっと! 全然、話について行けないんだけど! 誰か説明してくれないか!?」

 

 何やらとんでもない陰謀に巻き込まれたらしいのは、何となく察せられた。

 だからこそ、何も知らずに流されたままでいるのは真っ平ご免だった。

 

「そう慌てるな……と言いたいところだけど、時間も余りない。君達はようやく星に選ばれ、こうして竜にも認められた……だから、君達には知る権利がある──」

 

 弛緩していた空気が一変し、再びピリピリと緊迫した空気が漂ってくる。

 ただし、愚者と黒竜から敵意は感じられない。再度、敵対する意思は無いようであった。

 

『──だが、ここから先を知ればもはや後戻りは許されない。どんな絶望が待っていようとも、どんな悲劇が待っていようとも。全てを受け入れ、立ち向かわなければならない。それでも尚、知りたいか? 良く考えるがいい──』

 

 父親の様な深き慈愛の籠もった囁き声に、ヘスティア達は真摯に向き合った。

 向き合った上で、各々の答えを正直に提示した。

 

「私は、大丈夫です」

 

 白銀のナイトが答える。

 

「俺も、ここまできて後戻りなんかしないさ」

 

 紅蓮のモンクが己の意思を示す。

 

「みんなと一緒なら何処までも行くよ!」

 

 深紅の吟遊詩人がそう唄う。

 

「私も、もう、現実から目を背けたくはありません」

 

 漆黒の黒魔道士が決意を伝える。

 

「その真実を知るために僕達はここまできました。今更、迷いはありません」

 

 闇夜の忍者が返答する。

 

「私の旅も、ここが終着駅じゃないです。ですので、リリはまだ降りたりしません」

 

 純白の白魔道士がそう応答する。

 

「僕も……もう何も知らずにいるのは、嫌だから──だから教えてくれ、黒竜」

 

 最後に彼等の女神がそう答え、意思は決まった。

 

『そうか……ならば、まず我が背中に乗り、我らが理想郷に来るといい。そこで教えよう、人が生み出した幻想が何なのか、神の正体とは、我ら魔の者が何なのか。そして……この世界の真の姿を──』

 

 彼等にそれを伝えるのを世界へと知らせる様に、再び竜の雄叫びが鳴り響いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 遙か遠い空の彼方から、竜の咆吼が聞こえる。

 それは全ての準備が整った証だった。

 光に導かれし者達は自らの足で歩み出し、無事、星に選ばれた様だ。

 

 そして、別の世界の光の戦士もこれで──

 

 闘国(テルスキュラ)近くの海岸で彼女と再び出会った時、マリウスはどうしようも無い程の助力の念に駆られていた。

 

 たった一言彼女に救いを求めれば、何もかも全てが解決する。

 それこそが彼女の強さであり、そう思わせてしまう事が彼女の真の力だった。

 

 だが、それでは駄目なのだ。

 幻想を打ち消すのに、この星を救うのに、別の世界の力を請うわけにはいかない。

 神を打ち倒すのは、この世界を救済するのは、この世界の戦士に課された使命だった。

 

 だからこそ、マリウスは僅かに芽生えた邪念を振り払い、光の戦士を星の代弁者の所へと向かわせたのだ。

 後はそこにいる「アリア」が、彼女を押し止めてくれる。

 

 最後の準備を終えたマリウスが、再び戦列へと舞い戻る。

 そこは既にオラリオと目と鼻の先であり、見渡すばかりの大平原であった。

 

 そこはかつて光の戦士が、その実力と能力を世界に示した因縁の場所『シュリーム平原』だ。

 その場所は、その大平原は、世界の運命を決するには打って付けの戦場だった。

 

 その地で並び立つおびただしい数の自軍と、それよりも遙かに劣る数しかいない敵軍を見て、マリウスは決意を新たに微笑んだ。

 

 神を倒すだけならば、こんな舞台を用意する必要は無かった。

 彼等にはあの狂った文明の先兵と、憎しみに染まる竜神をどうにかする必要があった。

 世界中の戦士と神々が集う今こそが、その時だった。

 

 これでようやく、ようやく始まる。

 五年前に始まった計劃が、千年前から続く幻想の終焉が──

 

 彼等の『神々の黄昏(ラグナロク)計劃』の最終章が、ようやく開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最近全くルララさんの出番がありませんが、仕様です ( ゜ω゜) 


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光の戦士達の場合 6

 ベオル山地より遥か北。

 山嶺を越え、暴風を越え、雷雲を越え、その先に──天を覆う雲海が広がるその先に──それはあった。

 

『ここは、我らモンスター達の楽園。その名も──『理想郷(アヴァロン)』』

 

 理想郷(アヴァロン)は迷宮で産まれ、育ったモンスターが羨望し憧憬した空と雲と太陽が、世界で一番近い場所にあり、世界の敵であると認識される彼等が唯一安息を得られる場所であった。

 

「す、凄い……」

 

 これまで見た事の無い光景に、思わず驚嘆の言葉を漏らすヘスティア達。

 いたる所から巨大な魔石が生え、空中だというのに清水が沸き出る理想郷(アヴァロン)は、溢れんばかりの大自然に満ち満ちていた。

 まるで、ダンジョンをそのまま掘り出し、宙に浮かせたかのように荘厳な光景だ。あちらこちらに生息しているモンスターが、それにより拍車をかけてくる。

 

「一体、どうやって……?」

 

 理想郷(アヴァロン)には外の世界では考えられない程に、実に多種多様なモンスター達が棲息していた。それこそここがダンジョンの内部であると錯覚してしまうほどに、だ。

 

 モンスターの群れの中には、深層でなければ出現しないような強力なモンスターも含まれている。 

 自然とここまでモンスターが集うとは考えられない。明らかに人為的な介入が行われたのは間違いなかった。

 

「もしかして、これは君達が……?」

「──その通り、彼等は我々が保護し、集め、育てたものだ。もちろん、ただ闇雲に集めた訳ではない。彼等には、ある共通点があるんだ」

「共通点?」

「そう、共通点。彼等は皆、君達と同じ、星の使命を授かった者達だ。説明するよりも、見て貰った方が早いだろう──リド!」

 

 フェルズがそう言うと、一匹のリザードマンがこっちを振り向き、のしのしと歩いて来る。

 そしてヘスティア達の前に立つとこう言った。

 

「ゲギャギャギャギヤ! アンタ達が人間の使徒かッ! すげぇぜ、マジに人間だッ! フェルズやマリウス以外の人間がここを訪れる日が来るなんて、世も末だな! オレっちはリドってんだ、ヨロシクな!」

 

 早口で滑らかに人語を話すリザードマンを見て、ヘスティア達に強烈な衝撃が走る。

 流暢な共通語を喋って差し出された掌を、ヘスティア達は茫然と見つめていた。

 彼の掌の中には魔石──それも恐らく彼自身の──が握られている。

 

 それが意味する所をヘスティア達が理解出来ない訳では無かった。

 完全に無防備になった自身の核を、他人に曝け出す事の意味を理解出来ないはずが無かった。

 そこまで彼等は常識知らずでは無いのだ。

 

 差し出された掌、そして魔石──これは明らかに友好を示す行為だ。

 

 世界の敵であるモンスターからの歩みより──それはある意味では人類の待ち望んでいた大望であると言えた。

 だが、だからといってこれまで血で血を洗う戦いを演じていた不倶戴天の敵と、今更通じ合えるのか? 彼等の中にはそんな戸惑いがあった。

 

 その迷いを断ち切ったのは、彼等の持つ光のクリスタルであった。

 クリスタルは静かに淡く光輝くと、リドの持つ魔石と共鳴し始め、少しばかりの知識と勇気を彼等に与えてくれた。

 彼等が如何にして生まれ、如何にしてここに至ったのか──それは、ヘスティア達と一緒だった。姿形は違えども同じだった。同じ使命を授かり、同じ意志を持つ星の戦士だった。

 

 彼等からは敵意も害意も全く感じられない。そうであるならば、ヘスティア達が応えない訳にはいかないだろう。

 

「あ、あぁ、よろしく、だね、リド君」

 

 仲間達を代表してヘスティアがリドの手を取り、魔石を包み込むようにして握手をする。

 ゴツゴツとした固い鱗と案外柔らかい掌が印象的な手、そして暖かい生命の温もり──それを、ヘスティアは感じとった。

 

「ああ! よろしくな!! ……って何だ、アンタ神族なのか! 触るまで気付かなかったぜッ! 神様がここに来るなんて初めての事だ! ウラノスですら、ここには来たことが無いんだぜッ!」

 

 握られた手から何かを感じ取ったのか、ヘスティアの顔を覗き見ながらリドがそう捲し立てた。

 非常に興奮しているのか鼻息が荒く、その長い尻尾をブンブンと振り回している。

 

『神族がここに来るのは『場』に悪影響を及ぼし、危険だからな。だからこそ、ウラノスはここに来る事は無かったし、そなたにそのクリスタルを託したのだろう』

「それは、どういう……」

 

 黒竜の言葉に反応し、ヘスティアが尋ねる。

 

『ウラノスのクリスタルには神の力を覆い隠し、制御する『力』があるのだ。身に覚えは無いか? 人の嘘を見破れなかったり、人に神として扱われなかったり、そういった事は?』

「それは、そういえば、ある……かも……」

 

 これまであまり気にしてこなかったが、そう言われてみれば確かに思い当たる節は幾つかあった。

 エダス村の孫娘の対応や、エリン国での主役の態度は、神に対してするには随分とくだけたものであった様な気がする。

 

『ならば、ウラノスに感謝すると良い。そなたが無事旅を続けられたのは、そのクリスタルの賜物だ』

 

 そうでなければ、神への憎悪に燃える人間達に迫害され、ヘスティアは最悪、殺されていた可能性もあったのだ。

 それに、『神』のままでは、人々の持つ真の本音も、偽らざる心の声も、聞くことは叶わなかっただろう。

 

「──ウラノスも、君達に協力をしていたのかい?」

『そうだ。むしろ、その件はウラノスが主になって企んだと言っても良いだろう』

 

 ヘスティア達を都市から送り出し、世界の真実を見せ、光の戦士に覚醒させたのは全て大神の思惑だった。

 それは、年老いた老神の代わりに、若き慈愛の女神へと使命を託す儀式でもあった。

 

「そうだったのか。でも、どうしてウラノスはそんな事を……」

『それは……それが、奴の使()()であるとしか言えぬ。『偽りの神』であるのに、世界の真実に気づいてしまった悲しき老神の、な』

 

 憐憫の籠った声色で、黒竜が語る。

 使命、偽りの神、世界の真実……含みを持たせる黒竜の言葉に、ヘスティアは遂に核心へと迫る言霊を口にした。

 

「君は、君達は、一体何をしようとしているんだ? 僕達をここに導いて、モンスター達を集めて、何を仕出かそうとしているんだ? 教えてくれないか? 黒竜──」

 

 ヘスティアの言葉に黒竜は一度低く唸ると、重く震える声でゆっくりと語り出した。

 

『無論だ、託されし者よ。その為にそなた達をここまで招いたのだ。もはや隠すべき時は過ぎ去り、真実を語る時が来た。今こそ語ろう、我等の秘事を、我等の企みを……全ては五年前、異界より来たりし竜の神と、狂った人の文明が召喚された時から始まった──』

 

 

 

 *

 

 

 

 黒き竜が世界で最も高い場所で世界の真実を語っている頃、世界で最も深い場所でも同じ真実が語られようとしていた。

 

「全ては、千年前──人が願い、生まれた幻想から始まりました──」

 

 星の代弁者のその台詞から始まった星の物語に、ルララ・ルラは沈黙を守り耳を傾けていた。

 それは、どこにでもあるありふれた幻想の物語。人の願いと望みが生み出した夢想のお伽噺。千年続く偽りの神の歴史。星の怠慢と、魔の傲慢が招いた悲劇のストーリー。

 

「──そして五年前、ある星の世界で、激しい次元の圧壊が起きました……」

 

 エーテルの揺蕩(たゆた)う星の海で、星の代弁者は異世界の戦士へと物語る。

 

「次元の壁を崩壊させる程の力の奔流は、次元の均衡をも崩し、ある一つの世界を終焉へと導きました──」

 

 悲痛な顔で語る代弁者を見つめながら、光の戦士はあるヴィジョンを見ていた。

 あの時の、あの世界の終焉の、あのカルテノーの戦いの時のヴィジョンだ。

 

「私はその光景を、遠く遠い次元から見つめていました……そして、崩壊しゆく次元を見つめた時、あるものを見つけたのです──」

 

 それはとても小さな命の雫。

 次元に零れた僅かな残り香、次元を崩壊させた『力』の残滓、蛮神バハムートのエーテルの雫だった。

 

「私はその『雫』を掬い取り、自らの世界へと導きました。次元を圧壊させる程の力なら、あの『神』を倒せると思ったからです──」

 

 星の命を蝕む幻想を、人の願いから生まれたあの『神』を、この『力』なら打ち倒せる──そう星は考えたのだ。

 

「あの『神』が生まれ、存在し続けたのは、私の怠慢以外の何物でもありません。私の甘さと弱さが招いた愚行だったのは否定しようがありません。ですが、その過ちに気付いた時にはもう既に手遅れでした。私の力はすっかり消耗し、代わりに『神』は力を付けていたのです……」

 

 それはもはや、この世界の『力』だけでどうにか出来る領域を遙かに越えていた。

 千年に及ぶ幻想は星の力を凌駕し、星に取って代わり敬われ、単独ではどうにもならないレベルにまで達していたのだ。

 

「人の、『脅威から身を守りたい』という願いから生まれた、貴方達の世界では『蛮神』と呼ばれる存在は、人にそう望まれた通りに世界の“穴”を塞ぎ、恩恵という“力”を与えました」

 

 想いは願いを呼び、願いは幻想を呼び、幻想は『蛮神』を喚ぶ。

 

 きっとあの時、誰かがそう想ったのだろう。

 千年前のあの日、世界の脅威が溢れ出す大穴を見て、きっと誰かがそう願ったのだろう。

 

 『あの穴を塞ぎたい』と。

 『あの穴に負けない力が欲しい』と。

 

 強く強く、想い願ったのだろう。

 

 そしてその願いはやがて幻想となり、血肉を得て、生命を宿し、意思を持って、この世界に顕現した。

 

 それが、『神』の正体だ。

 

 彼等は天界から舞い降りた超越存在(デウスデア)などでは無く、人の願いから生まれた幻想だったのだ。

 

「ですが『神』は、貴方も知っているように、命を食らい、生命を貪る幻想です。神の恩恵によって人は強くなりましたが、溢れるべき生命は『神』によって塞き止められ、満ちるべき命は『神』によって吸われていきました」

 

 ダンジョンとは、星の生命を育む母なる『子宮』だ。

 

 だからこそダンジョンの中は恐ろしい程に超自然的で、多種多様な命に溢れ、まるで世界をダンジョンの中に押し込めたように、様々な顔を見せるのだ。

 そこで生まれた命はやがて母なる子宮から旅立ち、世界を巡り、世界を育て、世界を潤わせ、世界を生命で溢れさせる──筈だった。

 

「ある世界ではそれは『クリスタル』と呼ばれ、ある世界では『マナ』と呼ばれ、ある世界では『ライフストリーム』と呼ばれ、ある世界では『幻光虫』、またある世界では『ミスト』、貴女の世界では『エーテル』、そしてこの世界では『魔石』と呼ばれる生命の力。その循環が、貴方達がモンスターと呼ぶ“命の運び手”が、バベルによって阻まれる事になったのです」

 

 モンスターとは星の命に手足を生やし、血肉を宿らせ、生命を運ぶ小さな方舟だった。

 命を運び、命を巡り、命を鍛え、やがて朽ち果て、そこで更に新たな命を育む──星の生命循環の、星の命のシステムの一部であった。

 

 それが生まれ出ずる命の穴を、人と神は塞いでしまった。

 その結果、巡るべき命が巡らず、満ちるべき命が満ちず、代わりにダンジョンは命で一杯になり、世界の命は荒廃していったのだ。

 

 星の命が限界を迎えるほどに……。

 

「だから私の“闇”の部分が、異なる次元の力を利用することを閃きました。それが貴女の世界の『力』──次元を圧壊させるほどの、竜の力でした」

 

 だが、それは大いなる間違いだった。

 世界に招いた竜の神は、星が想像していた以上の力を持ち、竜を追ってやってきた文明は、星が思っていた以上に異常だった。

 

「何よりも私は、私の世界を、私の戦士達を裏切ってしまった。人の戦士を信用せず、魔の戦士を信頼せず、神の戦士を信託せず、異界の竜神と、そして貴方に頼ってしまった……それが、私の犯した罪……」

 

 それを知ったこの世界の光の戦士達の失望と失意は、計り知れないものだっただろう。

 だからこそ、彼等は彼女の出現を契機に、長く暖めていた計画を実行に移したのだ。

 異界の神と戦士の力でなく、自らの力でこの世界を救うために。

 

「彼等を裏切ってしまった私に、彼等を止める権利はありません。彼等を信じ、貴方を止める事が、私に残された唯一の戦士達への手向け、罪滅ぼしなのです──」

 

 星の代弁者から静かな敵意が放たれ、きらびやかに煌めいた星の海が徐々に漆黒の闇に包まれていく。

 

「ハイデリンの使徒よ……我が子等の悲願のため、我が子等の願いのため……貴方にはあるべき世界へと、あるべき場所へと還って貰います……」

 

 そして、星の『闇』がルララ・ルラを飲み込んでいった。

 

 

 

 *

 

 

 

『──それが、この世界の真実だ。『神』は打ち倒すべき存在であり、それを成すために我等とそなた等は選ばれたのだ……』

 

 遂に暴かれ真実に、戦士達は言葉を失っていた。

 昨日まで信じていた常識が、さっきまで疑いもしていなかった真実が、ガラガラと音を立てて脆くも崩れ去っていく。

 この旅路の中で何度も常識が崩壊するところを経験したが、これほどまでに常識を根底から覆す真実が暴かれた事は無かった。

 嘘であると思いたかったが、彼等に宿った光のクリスタルの輝きが、黒竜の言葉が真実であるとひたすらに訴えてくる。

 

 暗く沈む戦士達には、明らかな疲弊の様子が見て取れた。

 それを感じ取った黒竜はゆっくりと囁く。

 

『多くを知り、皆、思うところがあるだろう。語るべき真実は語り終えた。今日はゆっくり疲れをとるが良い。寝床は用意してある。そして、我が言った事を良く聞き、良く感じ、良く考えるのだ……自らが取るべき選択を。戦いは既に始まっている……』

 

 

 黒竜の言葉を茫然とした表情で聞くと、ヘスティア達はすっかり焦燥し疲れきった顔で寝床へと向かっていった。

 

「──大丈夫なンか? アイツ等は……」

 

 とぼとぼと移動する戦士達の背中を見て、リドは心配そうな声を上げた。

 

『真実を知り、戦いを恐れるのならばそれでも良い。むしろ、逃げ出しても構わないのだ。星に選ばれたとはいえ、この戦いは強要すべき戦いではない。自らが選び、立ち向かわなければ意味が無いのだ。いずれにせよ、彼等が来なくとも我等は行く。戦いの關は切られた。後は、駆け抜けるのみだ……』

 

 遥か遠く南の空を見つめて黒竜は言った。

 彼の視線のその先で、彼の同胞がきっと懸命に戦っている。

 何時までも待たせておく訳にはいかない。

 

『──ただ、願わくば、彼等が皆、再び立ち上がり、共に戦える事を……』

「きっと、きっと大丈夫さ──」

 

 黒竜の願いに、今度はフェルズがはっきりとそう答えた。

 

「彼等は光の戦士だ。多くの困難を乗り越えてきた彼等なら、きっと、きっと大丈夫さ」

 

 それは、神であるヘスティアもそうである筈だ。

 ずっと彼等を見てきたフェルズだからこそ、そう確信して言えた。

 

 この戦いで最も不安を抱いているのは、葛藤しているのは、間違いなくヘスティアだろう。

 

 それはフェルズには痛いほどに理解できた。

 彼の主もそれに悩み、苦しんできたのだから。

 

 己の存在意義と、世界の存亡を天秤にかけるなんて、想像を絶する苦悩だろう。

 世界を蝕む神であるにも関わらず、世界を救う戦士になった『神』の“ソレ”は、形容し難い程に壮絶なものであるはずだ。

 

『だと良いのだがな──だが、己の存在ほど重いものもあるまい……』

 

 余す事無く『神』を消し去る──それがこの戦いの最大の目的、それがこの戦いの最大の意味。

 星に巣食う神々を、一切合切一掃するのがこの戦いの最大の目標だった。

 味方であるヘスティアもウラノスも、『神』であるならば例外ではない。

 

 つまり、この戦いが終われば『神』であるヘスティアは、夢幻の如く()()するという事だ。 

 

「それでも、それでも彼女なら、ヘスティアなら、答えを見つけられるはずさ──」

 

 フェルズの呟きは、すっかり日の落ちた星空へと消えていった。

 

 流れ落ちる星を見つめフェルズは静かに願う。『どうか、人と神の恋が悲哀で終わりませんように』と──。

 

 喩えそれが実現不可能な事であろうとも、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ずっと、一緒にいられると思っていた。

 ずっと、見守っていけると思っていた。

 少なくとも、彼等の生き様は、彼等の行く末は、最後まで見届けられると思っていた。

 

 神は永劫で、人は儚いものなのだから。

 自分には時間は幾らでもあるのだから。

 神である自分には、無限の時間があるのだから。

 

「──でも、“そう”じゃなかった」

 

 理想郷(アヴァロン)の端っこで、広大な宵の雲海を眼下に見つめながら、ヘスティアは小さく呟いた。

 

 時間が無いのは自分だった。

 儚いのは自分だった。

 有限なのは自分だった。

 

 まるで、人が夢見た幻想の様に消え去っていくのは、自分の方だった。

 

 黒竜から告げられた真実を、ヘスティアは否定することは出来なかった。

 否定しようにも分かってしまったのだ、理解できてしまったのだ。

 星から教えられなくとも、竜に諭されなくても、人に慰められなくても、ヘスティアはこれまでの旅路の中で抱いていた疑問や猜疑心から、自然と答えを導きだしてしまっていたのだ。

 

 神が人の生み出した幻想で、星の命を吸って行き長らえる存在であるのなら、全ての事に納得がいった。

 

 神がモンスターに憎まれるのも。

 神がオラリオに固執するのも。

 神が人に恩恵を捧げるのも。

 神が縋らない人に興味が持てないのも。

 神が人の信仰を集めるようとするのも。

 

 全ての事に辻褄があった。

 

「僕は、僕達は、世界の敵だった。生きることは望まれず、存在する事すら許されない。星を蝕む病魔だった……」

 

 ヘスティアは、ウラノスから譲り受けたクリスタルを、そっとその身から外し地面に置くと、そこから僅かに遠ざかった。

 すると、クリスタルの抑制が無くなった神の肉体は、瞬く間に周囲の生命を吸いとり命を枯らす。

 それを確認するとヘスティアは素早く再びクリスタルを身に付ける。

 するとその現象は、まるで風の様に綺麗に消え去った。

 

 この現象が、自分が、ヘスティアが、神という存在が、命を喰らう化け物であると、否が応にも突き付けてくる。

 

「これは、思っていた以上に……クるなぁ……」

 

 零れそうになる涙の代わりに、弱音を溢すヘスティア。

 己が否定されるべき忌まわしき存在であるという事もそうであるが、それよりも愛しき仲間達の道程を最後まで見届けられない事実の方が、遙かに辛く苦しい事だった。

 

 自分がどうすれば良いのかは、頭も心も理解している。でも、それでも心残りは確かにあった。

 あの時、大好きな少年と夕日に向かって誓った事はまだ達成出来ていなかったから……。

 

「こんなところにいたんですね。神様……」

 

 そんなヘスティアの背後から声が聞こえてくる。

 その声はヘスティアが最も大好きで、今は最も聞きたくない音色をしていた。

 

「ベル君……」

 

 ヘスティアがそう答えると、ベルは彼女の隣に寄り添った。

 あの時、あの戦いの後で、ヘスティアがベルにしてあげた様に……。

 

 ヘスティアとベルはお互い寄り添って、夜の帳が降りる雲海を静かに見つめた。

 少しして、ヘスティアの頭がベルの肩に触れる。

 一瞬、ビクッと緊張するベルであったが、直ぐにほぐれ、ヘスティアを受け入れた。

 

(昔のベル君じゃ、とても出来なかっただろうな……)

 

 そんなちょっとした事でもベルの成長を感じ取れて、ヘスティアは嬉しさのあまり微笑みを浮かべた。

 

(そう、そうだ……ベル君はもう──)

 

 二人の間に言葉はいらない。

 口に出さなくても通じ合える程に、ヘスティアとベルの間には固い絆が結ばれているのだ。

 

 どこか憂いと哀愁、そして強い決意を宿したベルの顔を見て、ヘスティアは全てを悟った。

 後は、彼がそれを、決意の言葉を発するだけだ。

 

 それが重要なのだ。喩え、通じ合えていたとしても、言葉に出し、誓いを立てる事が、人と神との間には大切な事なのだから……。

 

 暫くの間、心地良い沈黙が流れていく。ゆったりと過ぎていく時間と、雲海の流れに身を任せながら、ヘスティアはベルの言葉を待った。

 そして、幾ばくかの静寂の後に、ベルはゆっくりと切り出した。

 

「僕は、僕達は、明日戦いに行きます──」

 

 その言葉をヘスティアは、振り向かずに黙って聞いた。

 

 ベルなら、ベル達なら、そう選択すると分かっていた、信じていた。

 

 もはや『神』は世界の敵だ。それは疑いようもない事実であり、神であるヘスティアでさえも、倒すべき存在であると思っていた。

 だからこそベル達が取った選択を誇ることは有れど、失望することも、戸惑う事も無かった。

 

 それでも、僅かな寂しさと悲しみが浮かんできてしまったの己の心が、どうしようもなく悔しかった。

 

「星に選ばれたとか、使命がどうとか、世界がどうとか、ルララさんだったらどうするだとか、そんな理由で行くんじゃありません。僕達は、僕達なりに答えを見つけて、僕達の意思で戦いに行きます。だから、僕は……僕は……僕はッ──」

 

 言葉に詰まるベルを、ヘスティアは思わず優しく抱きしめた。

 

 その決意を揺るがせないために。

 その勇気を認めるために。

 愛する者の意思を尊重するために。

 

 母親のような慈愛を籠めて、ヘスティアは優しくベル・クラネルを抱擁した。

 

 痛々しく苦しむかけがえのない我が子の姿を見て、女神の決意も決まったのだ。

 もはや母を名乗る資格すら無いと分かっていても、それが偽りの幻想だと理解していても、この少年はヘスティアの大事な我が子だった。

 

 その子の未来に『神』が不要であるならば、この身を捧げる価値はある。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、ベル君。君の決意を、君達の意思を、僕に教えてくれ……」

「僕は、僕達はッ……貴方を、神様をッ……倒しますッ!」

 

 ヘスティアの腕の中で、泣き震えながらベルが咆哮した。

 

 そう、それで良いんだ。

 

 それでこそ、僕の眷族だ。

 それでこそ、僕が愛した者達だ。

 それでこそ、僕の大好きなベル・クラネルだ。

 

 愛する者に、愛する者達に殺される運命ならば、それも悪くない運命だった。

 夢の終わりに、幻想の終演には悪くない幕引きだった。

 

 雲海の果てから闇を切り払う様に、静かに暁が昇ってくる。

 

 これに似た光景を、ヘスティアは見たことがあった。

 あの時は、黄昏時で、市壁の上だったが、それでも昇ってきた太陽の輝きは一緒だった。

 

「ベル君。君はとても強くなった。誰がなんと言おうとも、君は()()になった」

 

 あの時誓った言葉の通り、少年は強くなった。

 あの時叫んだ言葉の通り、少年は英雄になった。

 

 少なくともヘスティアにとっては、ベルは世界一の英雄になった。

 その姿を見れたならば、もう思い残す事は何も無い。

 

「その姿を見れて、僕は満足だ……だから、一緒に行こう、千年続く幻想を終わらせに……」

 

 ヘスティアの終演はまだここでは無い。

 神であるのに星に選ばれたヘスティアには使命があった。

 神である彼女にしかできない、大切な使命が。

 

「喩え、その使命の果てにあるのが“死”であろうとも、消え去ることになろうとも、ベル君。君となら、君達のためならば、僕はどこまでも行ける! だから、僕と一緒に行こう、()()!!」

 

 君のその勇気が僕に勇気を与えてくれる。だから怖がらずに戦いに行ける。

 君のその決意が僕の背中を押してくれる。だから恐れずに立ち向かって行ける。

 君のその慈愛が僕を起ち上がらせてくれる。だからどんな苦境でも乗り越えて行ける。

 

 君が支えて、励ましてくれるから……僕は強くなれた。それは君が思っている以上に、君が感じている以上に、僕に力をくれた。

 喩え、君がいなくなっても、それは決して変わらない。

 

 その想いに応えるために、その想いを伝えるために、少年は答えた。

 

「はい! 一緒に行こう、()()()()()!」

 

 

 

 *

 

 

 

 朝日が登り、地平の果てまで続く大草原の真ん中で、人の兵士と神の戦士の戦争が始まった。

 至るところから雄叫びと土煙が上がり、剣戟の音が響き渡る。

 

 人の兵士は圧倒的な『数』の暴力で、神の戦士は脅威的な『質』の暴力で──死闘を繰り広げていた。

 

 神の戦士が腕を一振りする度に、その数倍の兵士が宙を舞い、更にその数倍の兵士が戦士へと飛び掛かっていく。

 圧倒的な『数』の暴力と、脅威的な『質』の暴力の衝突──その激戦を、マリウスは満足そうに見つめていた。

 

 戦況は全くもって互角だ。

 

 敵陣の遥か後方に構える豪華絢爛な天幕にいるであろう神々の大方の予想を覆し、両軍一歩も引かぬ一進一退の激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 神の出現により、戦いは量よりも質の時代となった。それは疑いようもない真実だ。

 

 神の恩恵を受けた者は岩よりも硬く、風よりも速く、雷の如き力を身に付ける。

 神の恩恵を極めた究極の『一』は、『万』の数に等しい能力を持つのだ。

 彼等は一騎当千の天下無双の絶対的存在として、戦場に暴君の様に君臨する──それが、神の恩恵を受けた冒険者の戦闘力だった。

 

 だがそれは、あくまでも机上の空論での話であり、時と場合によっては幾らでも覆る酷く脆い理論であった。

 それは、あくまでも『ステイタス換算でどれだけの性能差があるのか』を示しているに過ぎないのだ。

 

 戦場において、自軍を勝利へ導くものは、何も自軍の戦闘力だけではない。むしろそれは、数多くある要素の中の、極々一部に過ぎないのだ。

 

「例えば地形だ──」

 

 人の兵士と神の戦士の戦闘を、どこか他人事の様に眺めながらマリウスは言った。

 

 遮蔽物も障害物も無い見渡すばかり大草原の『シュリーム平原』の地形は、守るべき都市と神がいるオラリオ軍に不利に働いていた。

 北も東も南も大平原に囲まれたオラリオの立地は、少数精鋭で防衛戦を行うには最悪の立地だった。

 

「そして、情報──」

 

 神の自尊心と顕示欲を満足させるために、その眷族である戦士達は有名人が多い。

 そのため、彼等の情報は幾らでも簡単に手に入った。

 もちろん、特に重要な情報は厳重に秘匿されていたが、その情報を一括管理する“ギルドの神”にかかればそんな情報、漏洩し放題だ。

 

「士気も低く──」

 

 神々の都合で急遽結ばれた急造の同盟は、戦争をするにはあまりにも弱い仲間意識と団結心しか与えなかった。

 士気も、戦意も、団結も、神聖オラリオ同盟軍は圧倒的に低い。

 彼等にとってみれば、大した大義も名分も無いこの戦争は、命を懸けるに値しない無意味な戦争だった。

 

「練度も低い──」

 

 同盟軍は連携も、協調も有ったものでなく、神の尖兵は好き勝手目の前の敵と戦うだけだった。

 如何に俊敏で強靭な戦士であろうとも、それではただの有象無象に過ぎない。

 

 確かに彼等は一騎当千の猛者だろう。そんな相手と馬鹿正直に真っ正面から張り合っても、勝ち目なんて万に一つも無いのは自明の理だ。

 だが、自らの神の為に武功を上げようとする彼等は、邪魔者を排除するために味方の足を引っ張り、出し抜き、突出し、猛進し、突っ走った。

 

 そんな馬鹿みたいに突出する猪共を、罠に嵌め、命を掠め取るのは実に容易い事であった。

 

「経験も浅く──」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)などというお遊戯で満足していた『神』と『神の戦士達』では、好き放題暴れる有象無象達を、強烈な意思の下纏め上げるのは、実質、不可能と言うものだった。

 

 戦陣の真っ只中で必死に檄を飛ばす女エルフは、指揮も、命令も、統率も、全てがお遊戯レベル。

 これでは彼女──リヴェリア──の、悪夢の様な殲滅力を無駄にしているようなものだ。

 

 彼女は冒険者としてのLv.は高いのだろうが、指揮官としてのLv.は素人同然だった。

 

「後方支援も貧弱──」

 

 巨大な壁を作り、自ら進んで孤立し、塀の中に閉じ籠り外部との接触を極力避けてきたオラリオには、圧倒的に後方支援が不足していた。

 

 確かにダンジョンは膨大な生命を排出するが、ダンジョンは彼等の“味方”では無い。

 虎視眈々と神と都市の命を狙う、危険な同居人であった。

 

 そんな存在から支援を得ようとするのは、危険過ぎる選択であった。

 つまり、オラリオは必要最低限の人員と、僅かな土地と農場で、冒険者全てを養わなければならないのである。

 

 外部からの補給は望めない。

 どっしりと王者の様に敵を待ち構えていたのが仇になった。

 

 補給線は既に封鎖され、オラリオ包囲網はもうとっくに完了している。

 そうで無くとも、オラリオに補給が来るのは望み薄だった。

 

「オラリオは、我々以外の潜在敵が多い──」

 

 オラリオには敵が多い。

 

 世界の富と資源と人を独占し、外の世界に放出しようとしない神の都市に、潜在的な敵意と悪意を持つ者は世界中にいた。

 彼等は己の利益に正直だ。

 ある程度、勝機と商機をチラつかせてやれば、彼等は面白いほどに掌を返してきた。

 

「高Lv.冒険者は、リスクやコストもバカ高く──」

 

 神の戦士はその高い『質』が故に、替えがききにくく、また消耗や損失に脆弱だった。

 幾ら人智を越えた力を持とうとも、無限に、永遠に、補給も無しで戦闘をし続けることなど不可能だった。

 

 じわじわと削られ、じりじりと消耗し、ずるずると疲弊し、摩耗しても、質が高い反面数が少ないが故に、代わりは殆どいない。

 そのため、彼等は休み無く戦い続けなくては戦線を維持出来ず、少しでも隙を見せれば瞬く間に防御線を突破され、都市は襲われてしまうだろう。

 

「対して我々はどうだ? 我々は、死を恐れず、命令は絶対の狂信者(テンパード)と、神伐討滅という強力な大義の下に集った同志の集団だ。地形は我々に有利で、情報収集は完璧。士気は旺盛。練度は上々。連携はそこそこ。経験は豊富。支援は潤沢。潜在敵は少数。リスクは低く。コストは安い──兵士の品質以外は我々の勝ちだ。戦いは量より質の時代になったが、だからといって、質だけで決まる訳では無いのだ──」

 

 マリウスがとった作戦は、実に単純だった。

 古今東西、数で勝る軍勢が取るべき戦法なんて一つしか無い。

 

 数と補給で勝るからと言って、戦力の逐次投下なんて馬鹿な真似はしない。

 地理と情報が勝っているからと言って、戦力を分断するだなんて阿呆な真似もしない。

 

 ただ単純なシンプルな戦法──『()()()()』だ。

 

 全軍の戦力を一点に集中し、圧倒的な数の暴力に物を言わせ、全速力で雪崩のごとく押し潰す──この作戦こそが、マリウスがとれる唯一無二の正解だった。

 

「しかし、それでも届かない──それだけやっても、神の軍勢には遠く及ばない」

 

 喩え、情報で敗北していても。

 喩え、経験で敗北していても。

 喩え、補給で敗北していても。

 

 それでも、確実に神の軍勢の方が有利だった。

 

 神々の恩恵はそれほどまでに圧倒的で、脅威的で、無敵で、馬鹿馬鹿しかった。

 だからこそ、何に於いても『質』こそが世界で一番重要であると、世界は嘯いたのだ。

 

「だが、それで良い──」

 

 それでも人の兵士は良く奮闘し、良く戦っていた。

 神々が僅かに備えていた予備戦力を投入しなければならない程に、オラリオを空っぽにしてでも戦いに赴いかなければならない程に──戦況は拮抗していた。

 決して侮れず、無視出来ない程に人の軍団も精強だったのだ。

 

 神々が、神の軍勢が、人の軍団が、この『シュリームの戦い』に夢中になるほどに──。

 

「それだけ出来ていれば、充分過ぎる──」

 

 それは、でかければでかいほど、目立つのであれば目立つほど、注意を引くなら引くほど、無視できないのならできないほど、都合が良かった。

 神の“目”を欺くのには、丁度良かった。

 

 最初から、マリウスにとってこの戦争の勝敗がどうなろうともどうでも良い事だった。

 神が、世界がこの戦いに注目さえすれば……。

 

「所詮、神の同盟も、人の連合も、捨て石に過ぎない。この戦争は、この闘争は、ようするに、その為に用意したのだ。これは、この戦場は……ただの巨大な、『囮』に過ぎないのだ」

 

 この戦いが、この戦い自体が大きな“罠”だった。

 神をこの手で滅ぼすためにマリウスが仕掛けた、強大な落とし穴だったのだ。

 

「そして……これで()()()()。レヴィス、行くぞ──」

「あぁ、これでようやく終わりだ……」

 

 マリウスが詠唱を開始する。

 約3秒間の詠唱を終えると、マリウスとレヴィスそして側に控えていた六名の精鋭はエーテルの粒子になり、戦場から姿を消した。

 

 昇っていた太陽は沈み始め、黄昏時が近づこうとしている。

 

 

 

 

 

 

 エーテルの地脈を遡り、標を目指して突き進む。

 何度も確認し、何度も訓練した通り、マリウス達は()()()()()()()()()()()へと転移した。

 

 誰もいない、誰も通らない、誰も知らない秘密の場所──ギルド本部の地下、ウラノスの神殿の更に隠された場所──に鎮座している()()()()()()()()()()()で待ち構えていたのは彼等の仲間、老神ウラノスであった。

 

「来たか……これが地図と、経路だ──武運を祈る」

「ありがとう、ウラノス──貴方も武運を……」

 

 生涯最後となるであろう親友と会話を僅かわし、マリウスは侵入経路が描かれた地図を受け取るとレヴィスに指示を出した。

 

「レヴィスはダンジョンだ、念のため三人連れていけ──後は、()()()()()()()?」

「あぁ、大丈夫だ──お前とお前とお前、私と一緒に来いッ! 行くぞ!」

 

 転移魔法を唱え消え去ったレヴィスを見て、マリウスと残りの三人の精鋭達は。それぞれがやるべき事を果たすため動き出す。

 ほぼ無人となったオラリオを疾走し、ウラノスが示した通りの経路を突き進んでいくマリウス。

 

(この時を、何度も、何度も、夢想した──)

 

 外の戦争に夢中で空っぽになった都市内を、蹂躙するようにマリウスは駆け抜けていく。

 ただでさえ人気の無い都市内で、ウラノスが指示した経路は更に人気が無かった。

 

 敵に会う事は確実に無い。

 

 それでも、それでも、はやる気持ちを抑えきれず、全速力で都市を駆けていく。

 

(この日の事を、何度も、何度も、イメージした)

 

 ウラノスから渡された地図は確かに意味のあるものだったが、ある意味ではマリウスには必要の無いものでもあった。

 マリウスの頭の中にはオラリオの全構造が入っている。喩え目隠しされていても、目的の場所へと辿り着ける自信がマリウスにはあった。

 

 それ程までにこの瞬間を何度も夢想しイメージしてきたのだ。

 

 都市の中心──ダンジョンの大穴──へと辿り着く。だが、彼の目的はダンジョンでは無い。

 

 マリウスはダンジョンへの入り口を一瞥すると、その上にある塔を、摩天楼施設(バベル)を登り始めた。

 忌まわしき『神の塔』を、愚かしい世界の蓋を征服するように……。

 

(この塔を登る瞬間を、何度も、何度も、夢に見た)

 

 昇降機(エレベーター)は停止し、塔を昇るには自らの脚で駆け上がる必要があった。

 だが、それも想定通りだ。

 摩天楼施設(バベル)内の螺旋階段を、一段飛ばしで猛然と突っ走っていく。

 

 沈み始めた太陽が摩天楼施設(バベル)を赤く染める。

 その赤き光に照らされながら、一心不乱に脚を動かす。

 

 動悸が高鳴り、鼓動が激しく高鳴る。

 呼吸が荒くなり、汗が全身を伝う。

 筋肉が焼けるように熱くなり、鋭い痛みが襲ってくる。

 

 だが、それでも休む気は無かった。

 

 全身の細胞が、全身の血肉が、マリウスの全身全霊が、それを拒否していたからだ。

 待望の、念願の瞬間はもうすぐそこなのだ、今更休むなんて行為、愚の骨頂以外の何物でも無い。

 

(これで、これで、ようやく終わる。計劃は、使命は完遂される……)

 

 斯くして、マリウスは辿り着く。

 神が集う場所、英雄が断罪された場所、摩天楼施設三十階──神会(デナトウス)が行われるその階層に……。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 忌々しい程に豪華絢爛な扉の前でマリウスは息を整えると、万感の想いを籠めて扉に手を掛けた。

 

 ここに来るまでに様々な事があった。

 ここに至るまでに多くの犠牲があった。

 

 父を殺し、神を殺し、同志を殺し、部下を殺し、連合を犠牲にして、ようやくここまでやって来た。

 

 血塗られた存在である自分がここまでこれたのは、同じ使命を持つ仲間と、そして、やはりあの異世界の冒険者のお陰だった。

 

 彼等と彼女の存在が無ければ、ここまで来る事は出来なかっただろう。

 異界の光の戦士はあんなにも強いのだと知る事が出来なければ、ここまでする事は出来なかっただろう。

 

 それも、この扉を開ければ全てが成就する。

 神の時代は黄昏を迎え、終焉を迎える。

 他でも無い、人の──マリウスの──手に因って……。

 

 そして、マリウスは腕に力を込めて、一気に扉を開けた。 

 

「神々よ、これでお前達の負け──」

 

 マリウスはその言葉を最後まで言う事が出来なかった。

 扉の先にある光景をみて言葉を失ったからだ。

 

 そして沈黙するマリウスの代わりに、()()()()()()()()()を代表してロキが宣言する。

 

「残念やったな……この戦い()()()()()()()や──」

 

 そして、神々から光弾が放たれた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 クライマックスに強制BANされそうになる主人公がいるらしい…… ( ゜ω゜) 


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光の戦士達の場合 7

 光弾が迫ってくる。

 幾重にも折り重なった神の弾丸が、侵入者を打ち倒さんと迫ってくる。

 

 それを避ける事も防ぐ事も出来ずまともに受けたマリウスは、消え去りそうになる意識を懸命に保ち、崩れ落ちながらも冷静に現状を把握した。

 

 随伴していた精鋭──確か、ビックスとウェッジ、それからジェシーといった筈だ──は、神々の攻撃にやられ戦闘不能……自分が無事であるのは、間違いなく()()()な事だろう。

 

 血が滲み出る唇を、マリウスはきつく噛み締める。

 

 神々は()()()をしていた。

 神々の討伐を謳い、神に反逆した首謀者に対して、あろうことか手心を加えたのだ。

 ビックスとウェッジが戦闘不能になっているのに、マリウスがなっていないことがそれを証明している。

 

 果たしてそれは余裕からくるものなのか、あるいは慈悲深さからくるものなのか、はたまた傲慢さからくるものなのか──マリウスは別に知りたくも無かったが、酷く屈辱的であったのは間違いなかった。

 

 全身の隅々が激痛を訴えてくる。たが、意識を失うほどじゃない。

 忌々しいことだが神々の攻撃は、マリウスが意識を保てるギリギリの威力で調整されて放たれていた。

 わざわざそれをした訳は、どうせ碌でもない理由に違いない。

 

 マリウスは屈辱と激痛で顔を歪ませながら、ひっそりとほくそ笑んだ。

 

 無駄に高レベルな調整力を見せる神々は憎たらしく忌まわしいことこの上無いが、相変わらず、最後の詰めが甘いのは変わりがないようだった。

 

 無駄な手加減などせず一思いに皆殺しにしてしまえば、まだ違ったかもしれないというのに……。

 

 マリウスは、その神々の余裕ぶりと傲慢さを心の中で嘲笑いながら、激痛から身を屈める演技をし、項垂れ、自身の指に嵌めている指輪と、その先端に付けられている魔石に手を添える。

 そして、魔石を摘まむ様に僅かに力を込めた。

 外部から圧力を掛けられた、一瞬発光し、秘められた効果を発現させる。

 同種同様の効果を持つ魔石が、同じようにウラノスとレヴィスの指に嵌めていた魔石が、同調するように音を立てて破裂した。

 

 それを己の神座で見た老神(ウラノス)は顔を強ばらせ、太古の拘束艦艦橋で見た竜の巫女(レヴィス)は、深い笑みを浮かべた……。

 

 

 

 *

 

 

 

 かつて無いほどに険しい顔をして、一筋の汗水さえも流しながら、ウラノスは己の中指を見つめていた。

 そこには真鍮製の指輪が嵌まっている。その先端に装着されているべき魔石は、もう既に無い。

 つい先程砕け散り、霧散したばかりだ。

 

 これが砕け散ったと言うことは、そういうことなのだろう──そうウラノスが思考した途端、彼の全身に緊張が走り、指先がカタカタと震え始めた。

 ウラノスは震える指先を強ばった表情のまま見つめると、もう片方の腕で強く握りしめ、深く息を吸いそして吐いた。

 

「企みが失敗して、神々に自分の秘め事がバレるのが恐いのかい? 大神ウラノス……」

「その声は……勇者(ブレイバー)、か……」

 

 神座に座り声の方向に一瞥すら加えずに、ウラノスは声の主を言い当てた。

 

「コソコソと嗅ぎ回っていたのは、そなただったか……」

「あぁ、ロキの指示でね。ずっと君達の事を探っていたんだ……」

 

 大神ウラノスの御前であっても物怖じせず、堂々とした態度を見せるフィン。

 フィンは、この態度こそがウラノスに、この裏切り者に、相応しい態度だと思っていた。

 この神は、もはや敬うべき神じゃ無い。オラリオ転覆を企んだ反逆者だ。そんな神に払うべき敬意を、フィンは持ち合わせていない。

 

「そなたが、ここに現れたと言う事は……」

 

 フィンの態度を全く気にせずに、まるで空気の様に扱いながら、押さえつけていた己の指を凝視して言うウラノス。

 そのフィンの存在を少しも意に介していないウラノスの様子に、フィンは訝しんだ表情を浮かべ、途切れたウラノスの言葉を引き継いだ。

 

「そうだ、君達の企みは()()()()

 

 フィンがウラノスの前に姿を現したという事は、そういう事だった。

 隠れ潜んでいた刺客が姿を見せるという事は、己が勝利を掴んだ時以外に無い。

 

「そうか、我々は()()()()のか……」

 

 驚くべきほどにあっさりとした単調な口調で、ウラノスはそう答えた。

 やけに諦めの早い大神の様子に不穏な空気を感じ取ったフィンは、念を押すように付け加える。

 

「君の共謀者、マリウス・ウィクトリクス・ラキアのところには、神々が待ち構えている。もう、君達の負けは確定的だ……」

「そうか……マリウスのところには、()()()()()()()()()()のか……」

 

 まるで壊れたレコーダーの様にフィンの言葉を繰り返すウラノス。

 そして、ずっと見つめていた指を下ろし、初めてフィンへと視線を向けると、老神らしい威厳を放って続けた。

 

「──なるほど、それは実に()()()()

 

 

 

 *

 

 

 

 シュリーム平原で戦いが行われている。

 赤く燃える太陽の下で、『人の子』と『神の子』の意地と誇りを懸けた戦争が繰り広げられている。

 そして、黄昏が差し込む神会(デナトウス)会場では、『星の戦士』と『星を蝕む者』の争いが終わりを迎えようとしていた。

 

「実際のとこ、最後まであんた等の企みの全貌はよう分からんままだったんや……」

 

 頭を垂れ押し黙るマリウスに対し、神々の中心で王者の様に座すロキは、勝ち誇った顔をして話し始めた。

 

「──いっくら探っても、調べても、捜しても、ちっとも尻尾を出さりゃへん。もう完全お手上げ状態の手詰まり状態や。せやけど、あんた等が怪しい事だけは間違いなかった。それだけは分かっとった。せやからウチ等は一つ、賭けに出たんや」

 

 そこまで言ってロキは一度、マリウスの方を見た。

 血反吐を吐き、己の敗北に絶望し、己の失敗に挫折している哀れな王が、神の前にひれ伏している。

 どちらが勝者でどちらが敗者であるか、それを見れば一目瞭然だった。

 

「そんで……まぁ、結果をみれば分かる通り、賭けはウチ等の勝ちって事みたいやな……」

 

 あそこまであからさまな大戦争(デコイ)に、他の神々であるならばいざ知らず、稀代の策略家であるロキの目は欺く事は出来なかった。

 あの戦いは、争い好きの『神』を誘い出すための巨大な『囮』だ。

 神を陥れ、欺き、罠に嵌め、死に誘う、陰湿なトラップだった。

 

「我が儘な神共を説得すんのは、“アレ”のお陰で楽勝だったわ……」

 

 顎をクイッと動かし、ロキは彼女の言う“アレ”を指し示した。

 ロキの言葉にマリウスは震えながら顔を上げると、その場所に視線を動かす。

 

「『神の鏡』、か──」

「せや、ウラノスにバレんように用意すんのはかなり骨が折れたが、ウチ等を集める為に、“ホルン”を鳴らしたんのは失敗やったな……」

 

 ギャラルホルンは神々の最終戦争を告げる笛の音だ。

 それは神々の集結もそうだが、同時に、神に課されていた制限を緩和する合図の意味も含まれていた。

『神の鏡』に代表される千里眼の力も、その一つである。

 

 つまり、戦場の様子も、戦況の推移も、マリウスの行動も、ウラノスの動向も、ここにいる神々には全て、お見通しだったと言うわけだ。

 

「全て、筒抜けだったという訳か……」

「せや……でも、あんた等を監視できても、あんた等の目的まではよー分からんままやった。結局、あんた等は何がしたかったんや?」

 

 神々はマリウス達の企みを見抜いたが、未だその目的までは解明出来ずにいた。

 わざわざマリウスを生かしたのは、それを聞くだけのためだ。

 愚かな人間と愚かな老神が仕組んだ謀の答え合わせほど、興味深いものは無い。

 

「まるで裁判でも始めるみたいだな……」

 

 失意からか顔を俯いた状態で、愚かな人の王がそう言った。

 

 その様子からロキは、この場所で同じ様に神が裁いた英雄の事をふと思い出した。

 完膚なきなでに敗北した哀れな青年と、神殺しの英雄の姿が一瞬ダブって見える。

 途端に襲ってくる畏怖の念を下唇を噛みしめて堪えると、ロキは一切の感情を押し隠して言った。

 

「そうや……これは、ウチ等があんた等にする『神の裁判』や。勝者が敗者に課す『聖なる審判』や。ウチ等には聞く権利がある。せやから、吐けや──」

 

 ロキの審問が神会(デナトウス)中に木霊する。

 不気味な程に静まり返った摩天楼施設(バベル)三十階で、人と、神と、魔と、星の、隠されてきた秘密が暴かれようとしていた。

 

 顔を伏せ震えるマリウスが、ゆっくりと声を発する。

 

「お前達を……いや……()()を滅ぼす為だ、神よ……」

 

 それは差し詰め、決して開けてはならない、決して明かしてはならない、禁断のパンドラの匵だった。

 

 知ってはいけない秘密。

 分かってしまってはいけない秘密。

 

 ひとたび知ってしまえばもはや希望さえも残されず、世界に絶望がばら撒かれる禁忌の回答。

 

「ロキ……君は……私の、私達の策略を見抜いたが、計劃までは分かっていなかった……」

 

 追い詰められていたはずのマリウスから、とてつもない気配が放たれる。

 それは絶望的に強く、恐ろしい程に暗い底知れぬ、果ての無い、神への、人の、人間の悪意の塊だった。

 

「“お前”を倒すのに……神を殺すのに……何故、私がここを目指したのか、何故ここに私が来たのか、分からなかったのか?」

 

 マリウスは人とは思えぬ邪悪な笑みを浮かべると、顔を上げ、そして()()

 恐怖の色に染まる神々と、動揺の色に染まる神々がいる、その先を……神会(デナトウス)会場の中央に鎮座する巨大な水晶を……仰ぎ見た。

 

「私はここに辿り着けさえすれば良かった。ここに来るだけで良かった……“お前”は()()()()そこにいて、私こそが()()なのだから……」

 

 マリウスがダンジョンの最奥、大迷宮バハムート、竜神が眠る場所、竜の神域に思いを馳せる。

 ダンジョンの奥深く、バハムート大迷宮ラグナロク級五番艦:88階層 地下8610ヤムルで、竜の神の最後の枷が外されようとしていた。

 

 竜の巫女は幸せだった。

 彼女は星の戦士では無い、竜の巫女だ。

 唯一無二の主の為に、星の戦士とこれまで協力してきたが、彼女の最大の使命は主の復活だった。

 それ以外に必要なものなど、何もなかった。だって彼女は神の狂信者だから。

 与えられた使命が、ようやく果たされようとしている。

 

 忌まわしき竜の最後の拘束を、巫女は解く。

 

 深き封印から覚醒した竜の神は巫女を見ると、もはや用済みであると言わんばかりに彼女のエーテルを喰らった。

 それでも巫女は幸せだった。愛する神と遂に一心同体になれるのだから……。

 

 命を吸われ、消えかける巫女は、最後の瞬間、あの時、あの男が言った言葉の意味を、ようやく理解した。

 

『所詮、計劃の前では私も含め、誰も彼もが捨て石──』その言葉の本当の意味を……。

 

 真実を理解した竜の巫女は、最後の瞬間、静かに微笑んだ。

 そして、誰にも見送られる事なく巫女は消滅し、竜の巫女と地上で戦っている二万人の信者の命を生け贄に捧げ、暴虐の竜の神が再臨する──。

 

 世界が脅威で震えだす。

 異界の神の覚醒を恐れて、異界の竜の復活を畏れて、世界が震撼する。

 

「な、なんや?? これは!? 何が起きとるんや!? あ、あかん! みんな逃げ──」

 

 存続の危機を感じ取った神々が、神の力を使い逃走しようとする。

 だが、そんな事は分かりきっていた事だ。

 

「……無駄だ」

 

 マリウスがそう言うのと同時に、都市の八方から青白い光線が放たれる。

 それは、神を拘束し制御する魔科学の力。

 異世界の文明の、古代アラグ文明の叡智の力。

 

「──なッ!? 神の力(アルカナム)が!?」

 

 それは人と神が仕掛けた最後の罠。

 都市に密かに設置されていた『神の拘束具』。

 神を拘束し、ただの無力な存在へと突き落とす人類が生み出した狂気の産物。

 

 都市に密かに設置されていたアラグ式拘束具が、その機能を十全に発現させた。

 

「何故、私があんなにも簡単にベラベラと計劃の内容を吐いたと思う?」

 

 マリウスは神々にでは無く、中央に座している巨大な水晶に向かって言った。

 その大きなエーテルの結晶は──。

 

 都市のエーテライトなどはなく。

 巨大な水晶の塊でもなく。

 神の栄華と栄光を示すシンボルでもなく。

 

 神の……『心核』だった。

 

「お前達が何処にいようが、何をしていようが、計劃には何ら支障は無いんだ。“お前”がそこにいて、そこにあった時点で、勝敗は既に決していたのだから……」

 

 それは、千年続く神の幻影。

 それは、生命の穴を塞ぐ不浄の塔。

 それは、人が願い夢見た──『()()()()()

 

 そして、その幻想の真の名は……。

 

 

 ──蛮神『バベル』──

 

 

「神よ、蛮神バベルよ、オマエの負けだ……計画は既に完遂している。三分五十秒前に、竜の神はもう()()()()()()……」

 

 地の底からやって来る根源的な恐怖を感じ、神々の顔が絶望に染まった。

 

 

 

 

 

 

 テラフレア詠唱完了まで……。

 

 

 

 

 

 

 ──10──

 

 

 

 

 

 

 世界中のエーテルが燃え盛り、竜の神に収束する。

 忌まわしき塔を消し去るために、神話に語られるように滅ぼすために……。

 

 

 

 

 

 ──5──

 

 

 出来る事ならば、この手で“神”を葬ってやりたかった……。

 

 

 ──4──

 

 

 でも、それはもう出来ない……。

 

 

 ──3──

 

 

 だが……お前達の……その絶望に染まる顔を見られただけで、満足だ……。

 

 

 ──2──

 

 

 後は……頼んだぞ……ウラノス……黒竜……光の戦士達……そして──。

 

 

 ──1──

 

 

 “黄昏”が沈みゆき、太陽は地平に消え、世界に“夜”が舞い降りる。

 

 

 

 

 

 

 そして……この日、幻想は終焉した。

 

 

 

 

 

 

 




 『バベル』って名前が悪い。



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光の戦士達の場合 8

 極光が──蛮神バハムートのテラフレアが、世界を貪り、焼き尽くす。

 星の中枢から放たれた竜神の閃光は、地を切り裂き、迷宮を粉砕し、摩天楼を消し去り、天を貫いた。

 

 灰塵が舞い上がる中、かつて、天より降りし竜の神が、地より這いで生まれ出る。

 

 生きとし生ける全てのものが、その咆哮を聞いた。

 死にゆく死せる全てのものが、その脅威を感じた。

 

 人の兵士も、神の戦士も、誰も彼もが戦いを止め、目を見開き、その竜の姿を見る。

 

 世界に審判の時が来た。

 想像を超えた異界の力が、理解を超えた竜の力が、世界に破壊の炎を撒き散らす。

 

 太古の昔、希望に欺かれた竜の叫びが世界を揺るがしていく。

 

 心を弄ばれた嘆きは世界を轟かし。

 肉が腐り、魂が擦り切れようとも利用され続けた怨念は絶叫を上げ。

 五千年の永きに渡る憎悪と怨嗟の想いを籠めて、メラシディアの竜神が世界を蹂躙する。

 

 もはや世界は燃え盛る地獄と化し、地は砕け、空は焼け、命は噛み千切られた。

 

 栄光は悲劇へと変わり、雄叫びは悲鳴へと変貌し、希望は絶望へと移り変わる。

 

 世界が「死」で満たされていく。

 

 恩恵も、希望も、願望も。

 愛も、絆も、憎しみも。

 文字も、絵も、音も。

 

 この煉獄では意味を無くし、何にもならない。

 

 世界にあまねく全てを飲み込んで、終焉をもたらすために竜と炎が疾走する。

 現世は絶望という名の闇に堕ち、希望の灯火は輝きを失った。

 

 老神は、瞳を閉じ問う。

 

 この苦しみに意味はあるのか?

 この嘆きに意味はあるのか?

 この痛みに意味はあるのか?

 疲れ果て倒れそうになっても、抗う意味はあるのか?

 世界を救う意味はあるのか?

 

 その答え(answer)は──。

 

 崩壊した都市で、大神が神座から立ち上がる。

 

 喩え、己が心核が砕けようとも。

 喩え、人の幻想が打ち砕かれようとも。

 

 我が意思が輝き、我が意志が挫けていないのであれば。

 己が使命を全うするため、我が存在が許されるのであれば。

 この生命が燃え尽き消え去るその最期の瞬間まで、全身全霊全てを懸けて戦う意味は、確かにある!

 

 ウラノスにエーテルが集中する。

 それは神々を、蛮神バベルを形作っていたエーテルの残り香。

 偽りの神が残した最後の幻想。

 

 この為に枝分かれした神々達(バベル・エギ)は集められ、その為に(バベル)は打ち砕かれた。

 最も古き神に、残る全ての力を結集する為に──。

 

 集束する力の波動を、竜神が察知する。

 瞬間──放たれる暴虐の流星。

 それを、青く光る障壁で受け止める。

 しかし、神智を超えた竜の閃光の前に、神の障壁は脆くも砕け散り、崩れ去った。

 圧倒的な竜の暴力に、老神は顔をしかめ暴君をにらめつけ、古き神の眼前に、竜の神が降臨する。

 

 その場所は、かつて偽りの神があった場所。

 蛮神バベルが顕現していた場所。

『人』と『神』の“罠”が残る、神の残滓に満ちる場所。

 彼の使命を果たすには、絶好の場所。

 

 異界より来たりし太古の竜神に、異界より来たりし叡智の結晶が注がれる。

 

 それは、元々その為に造られた。

 竜の神を捕らえるために。

 異界の神を拘束するために。

 その為に用意されたものだった。

 

 オラリオに設置されていた拘束具が、その全能を発揮し、竜神を拘束する。

 

 この時のために、これまで生きてきた。

 この時のために、あの時、命を受けた。

 

 この生と命は、今この瞬間、死ぬためにだけに与えられたのか?

 

 ──違うッ!──

 

 この命は。

 この使命は。

 今この瞬間に、抗い、抵抗し、戦うために与えられたのだ!

 

 竜神の周囲にエーテルが収束する。

 怒り狂う荒神を鎮め、再び封印するために。

 

 世界が目撃する。

 

 それは──。

 

『象の仮面』

 

『戦乙女の側面像』

 

『道化師の肖像』

 

『双頭の蛇と杖』

 

『太陽と弓矢』

 

『娼婦の肢体』

 

『女戦士の闘姿』

 

『鎧と豪傑』

 

『星と天空』

 

 ──全ての神々を象徴する、神のファミリアのエンブレム。

 

 紋章は旋回し、竜の蛮神を取り囲んでいく。

 エーテルが煌めき、線を描き、姿を成し、幻想を紡いでいく。

 

 消え行く人の幻想を。

 終わり行く最後の神話を。

 千年続いた神の写し身を。

 

 今ここに顕現し、再び召喚する!

 

 エーテルが塔の形となり、荒神を取り込み、神話を再現していく。

 千年蓄積し、人に分け与えられ、鍛えあげられてきたエーテルの結晶は、強固な檻となり竜の神を捕らえる。

 

 だが、蛮神バベルの召喚が完成する目前、突如として神の塔は膨張し破裂した。

 

 千年かけて蓄えた神力も。

 千年かけて鍛えた恩恵も。

 

 五千年の憎悪と怨念を鎮める事は叶わなかった。

 

 粉砕され、再びエーテルの粒子へと還った幻想をウラノスは見つめた。

 

 こうなることは分かっていた。

 神の力では『神』に勝てないと、そんな事はずっと昔に理解していた。

 

 でも、それで良いのだ。

 

 これで、消え去るべき幻想の使命は果たされた。

 これで、終わるべき神話の最期の務めは遂行された。

 

 千年続いた神の力を使い、僅かでも竜の神の力を削れれば、それだけで十分だった。

 消え行く定めの神の幻が、後の人の世の礎となれればそれで──。

 

 深い達成感と満足感の輝きに包まれる。

 その中で、母なる生命へと虚ろいで行くウラノスは、最期の瞬間──深い微笑みを浮かべた。

 

「後は頼んだぞ、我が友、黒竜。そして……星の子達よ──」

 

 使命を果たした老神の幻想もまた、星へと還った。

 

 

 

 *

 

 

 

 竜神が吼える。

 

 勝利の雄叫びをあげるように、己の存在を示すように。

 世界に竜の咆哮が轟く。

 

 絶望で世界が赤く染まる。

 

 神の塔が崩れ、再臨した幻想さえも打ち砕かれた光景を見て、人々は不可避の破滅を予感した。

 この日、この世界は終焉し、もはや抗う術は無いのだと、そう絶望の中で悟ったのだ。

 

 それを肯定するように、再び竜の咆哮が轟く。

 

 それに呼応するかのように、今度は北の空から竜の遠吠えが響き渡った。

 ややあって、北方より巨大な黒き竜と、それに付き従う様に竜の大群が出現する。

 

 翼をはためかせ、猛然とした勢いでオラリオへと迫ってくるドラゴン達。

 それ以外にも翼を持ち、飛行できる様々なモンスター達が空を飛び、その背にモンスターを乗せて飛翔してくる。

 

 そして、更に追い討ちをかけるように、神の塔から解放された命の大穴から、異世界の尖兵が這い出てきた。

 

 伝説の中で語られる黒竜と、空を覆うほどのモンスターの大群、そして、狂気の文明の尖兵と、圧倒的な存在感を示す異界の竜神。

 

 神の恩恵を失い、戦う力も気力も無くした人々は、その脅威達を前にして、暗い絶望へと突き堕ちていった。

 

 誰も彼もが竦み上がり、涙を浮かべ、生を諦めた。

 大神の守護によりなんとか生きながらえた勇者ですら、その光景に恐怖を抱かざるを得なかった。

 

 だが、希望はまだ失われていない。

 星の使命を背負いし戦士達の戦いは、まだこれからなのだから……。

 

 深きドン底の絶望を消し飛ばす様に、壮絶な勢いで黒竜が竜の神へと突っ込んでいく。

 群れをなして迫ってくるモンスター達が、人間達には目もくれず異界の尖兵達へと突撃していく。

 そして──モンスターの背に乗っていた人の戦士達が、戦場へと舞い降りる。

 

 人々は見た。

 

 友の仇を取らんが為に、世界に仇なす神を滅ぼさんが為に、抗い吼える竜の姿を。

 人を守り、脅威と戦うモンスター達を。

 彼等と肩を並べ、絶望に立ち向かう戦士達の勇姿を。

 人と魔が──不倶戴天の敵同士が──手を取り合い、力を合わせ、破滅と戦う希望の光景を。

 

 絶望に染まる人々の中に、新たなる希望が芽生え初める。

 迷いは確かにあった。だが、その困惑と混乱は、モンスターと共に戦う戦士達が打ち消してくれた。

 

 彼等の輝きに導かれるように、一人、また一人と、再び武器を手に取り脅威へと立ち向かっていく。

 必死に戦うモンスター達と戦士達と共に、星の破滅へと抗うために。

 

『そうだ、人の子達よ──』

 

 竜神に挑む黒竜が、戦いながらも高らかに吼える。

 脳裏に直接轟くその叫び声は、戦場にいる全ての者達に響き渡った。

 

『そなた達の神が滅び、恩恵が失われようとも、そなた達の経験は、人生は、灰塵になど還っていない──』

 

 竜の咆哮に、人々の戦う『力』が舞い戻ってくる。

 

『そなた達がこれまで受けた痛みは、悲しみは、喜びは、願いは、想いは、幻想では無かったはずだ──!』

 

 それは神の恩でも恵でもなく。 

 

『思い出せッ! そなた達の歴史を、鍛えた力を、これまでの戦いの日々をッ!!』

 

 人類が戦いの中で、歴史の中で勝ち取った『人の力』であり、『人の技術』であった。

 

 人の兵士と、神の戦士が再び立ち上がる。

 もはやこの戦場で、戦っていない者などいない。

 

 星の使徒も、人の兵士も、神の戦士も、魔の者モンスターも、この星に生きる全ての者達が、同じ意志の下、絶望に抗っていく。

 

 この世界の異物である竜の神と狂気の文明を、打ち倒すために。

 この世界を脅かす異界の脅威を消し去るために。

 

 この星に生きとし生ける全ての生命が。

 この日、この時、この世界の存亡を賭けて。

 星の歴史上初めて、“命”が団結した──。

 

 

 

 

 

 

 人類は『怨念』に強く抵抗した。

 モンスターは『狂気』に強固に抗った。

 黒き竜は『憎悪』と懸命に戦った。

 

 星の生命達は眩しく煌めき、絶望という名の暗闇を振り払うため、必死に奮闘していた。

 

 その光景を、ルララ・ルラは星の闇の中で、見て、感じて、考えていた。

 

 彼等はとても強くなった。

 初めて会った頃に比べると、驚くべく程に強者となった。

 

 人も、モンスターも、誰しもが、強く強く輝き勇敢に戦っている。

 絶望を消し去るために、暗闇を切り裂くために、その生命が続く限り、必死に抗っている。

 

 だが、それでも。

 竜の神の怨念と異界の文明の狂気には敵わない。

 

 竜神の『力』はあまりにも巨大で、強大で、絶対で、圧倒的で、絶望的だった。

 異界の『狂気』はあまりにも深く、暗く、無限で、底なし過ぎた。

 

 一つ、また一つと希望は絶望に飲まれ、暗闇が光を侵食していく。

 

 光は陰り、命は消え、生命が飲み込まれる。

 人は傷つき、魔は倒れ、そして──黒き竜も……。

 

 伝説が堕ちる。

 空の王者と畏怖される魔の王が、竜の神に屈服し地へと堕ちていく。

 全身のいたるとこから血が噴き出し、生命が流れ落ち、黒き竜が墜落する。

 

 神を殺し、世界を破壊し、拘束され、封印されかけ、再臨した幻想を打ち倒し、竜と死闘を演じても尚──竜の神は依然として健在で、その暴威を世界に振り撒いていた。

 

『まだだ! まだ戦いは終わっていない。諦めるなッ!! 終焉はまだ訪れていないッ!!』

 

 黒き竜がそう咆吼する。

 だが、確かに闇は光を蝕んでいた。

 世界の終焉は確実に近い。

 

 声が……聞こえる。

 

 人の嘆きの声が。

 魔の悲しみの声が。

 命の痛みの声が。

 竜の苦しみの声が。

 

 そして……()()を求める生命の声が──。

 

 星の闇の中から“光”が生まれる。

 漆黒に包まれていた星の海が、極光に包まれていく。

 

「な、なぜ──」

 

 星の闇を討ち祓うほど強い光の輝きに、星の代弁者は驚愕の声を漏らした。 

 その疑問に対し、ルララ・ルラは黙して語らない。だがその顔は戦う“意思”と“意志”を雄弁に物語っていた。

 

 彼女の助けを求める者がいる。

 彼女の力を必要としている者達がいる。

 

 そうならば……。

 

 彼女の仲間が戦っている。

 彼女の仲間達が願っている。

 

 そうであるならば……。

 

 彼等を助ける。

 世界の敵と戦う。

 世界を救う。

 

 その必要があるのだと……。

 

「どうして、そこまで──」

 

 喩え、全く関係の無い世界だとしても。

 喩え、雀の涙ほどの報酬でしかなかったとしても。

 喩え、ただの自己満足でしかなかったとしても。

 

 誰かを助けられる力を持っているのに、助けないでいるのは怠慢だ。

 

 この世界で、多くの友を得た。

 この世界で、多くの仲間を得た。

 この世界で、多くの知り合いを得た。 

 この世界で、多くの“誰か”を得た。 

 

 旅した世界は広大で。

 訪れた世界は遠大で。

 招かれた世界は痛んでいて、苦しんでいて、病んでいて。

 

 それでも尚──世界は()()()()()

 

 その世界を守るため、この世界を助けるため。

 大事な友を守るため、大事な仲間を助けるため。

 多くの知り合いを守るため、多くの“誰か”を助けるため。

 

 光の戦士が戦うのは間違っているだろうか?

 

「それは……」

 

 返答に窮する代弁者にルララ・ルラは優しく微笑む。

 そして、徐に詠唱を開始すると、光の粒子となって星の海から姿を消した。

 

 別に、答えは聞いていない。

 

 

 

 

 

 

 『光』がやって来る──。

 

 世界中の願いと想いに応える様に。

 世界で最も眩いものがこの地にやって来る。

 

 そう、蛮神バハムートは感じ取った。

 

 それは憎悪に塗れる神と同じ存在。

 同じ星に生まれ、同じ星に喚ばれ、同じ星に疎まれた、彼とは違う希望に塗れた存在。

 終焉をもたらす存在に、終焉をもたらせるこの世界で唯一の存在。

 

 その存在がまもなくやって来る。

 

 バハムートは歓喜と憎悪にうち震え、咆吼を上げた。

 

 

 彼女が帰ってくる。

 

 

 

 

 

 オラリオは破壊し尽くされたというのに、そこは、まるで何事も無かったかの様に無事だった。

 

 一般居住区7-5-12。

 ルララ・ルラのマイホーム。

 通称『竈の家』。

 

 周囲はがれきの山に埋もれ、元の形を保っている建物など何一つ無い。

 しかし、『竈の家』だけは、まるでそこだけが異次元になっているかの様に、以前のままにそこにあった。

 

 ルララが空を仰ぎ見る。

 空は暗闇に包まれ、暗黒に沈んでいた。

 

 あの時の空と一緒だ。

 五年前にあの地で見た、あの終焉の空と──。

 

 荒ぶる神の咆吼が轟く。

 ルララはその方向を見定めると、その叫びの下へとゆっくり歩き出した。

 

 異界の神を打ち倒すために、異界の狂気を討ち祓うために、異界の光の戦士が悠然と突き進んでいく。

 

 その光景を、星の使徒も、命の方舟も、人の兵士も、神の戦士も刮目して見た。

 

 光が闇を切り裂いていく。 

 絶望が希望に満ちていく。

 恐怖が勇気で溢れていく。

 

『来たか……来てしまったか……異世界の光の戦士よ……』

 

 堕ちた黒き竜が、血塗れになりながら言った。

 傷だらけになり、力を使い果たしても、それでもその瞳に宿る意志の炎は少しも揺らいでいない。

 

 黒竜は自らに与えられた『異界の脅威の排除』という使命は果たせなかった。

 三人で計劃し、マリウスが準備し、黒竜が生み出し、ウラノスが結集し、力を合わせて『竜神』に挑んでも、この世界の力だけで脅威を除くという使命は果たされなかった。

 

『我々では()()()()()()……戦士を増やし、魔を集め、人を集め、神を集め、敵の力を削ぎ、抗っても、我々では勝てなかった……強すぎる異界の神には勝てなかった……だが──』

 

 だが、『計劃』は終わっていない。

 世界を救う三人の『計劃』は、まだ失敗などしていなかった。

 

『そなたなら……光と希望の結晶であるそなたなら……世界の願いと想いを一身に背負うそなたなら……それが出来るはずだ……そのための時間くらいは、我が稼ぐッ!!』

 

 生命の源である魔石の力を振り絞り、黒竜が再び飛翔しバハムートに特攻する。

 

 その黒竜の後から、一つ『光』が舞い降りてきた。

 その光は地上に降り立つと、次第に人の形をとり、やがて女神の姿となる。

 

 その身に課せられた使命を果たすために、最後の女神が光の戦士の前に降臨した。

 

「久しぶりだね……隣人君」

 

 この世界で最後の女神となったヘスティアが、照れくさそうにルララにそう言う。

 

【こんばんは。】

「ははは、君は変わらないな……」

 

 こんな緊迫した状況だと言うのに、相変わらずな棒読み具合で暢気に挨拶をしてくる小さな冒険者に、ヘスティアは何だか可笑しくて微笑みを浮かべた。

 

 久しぶりに会うと言うのに、この冒険者は変わらない。

 

 ルララ・ルラはヘスティアの記憶通り、相も変わらず無愛想で、無感情で、でも何故か暖かくて、優しくて、ヘスティアに安らぎと勇気を与えてくれた。

 

 己の存在も、己の『光のクリスタル』も、何もかも全てを懸けた、彼女にしか出来ない、彼女だけの使命を全うする為の勇気と安らぎを……。

 

「ずっと、ずっと、君の事を探していたんだ……そして、君を探し求めているうちに色々な事があった……」

 

 ルララ・ルラは変わっていなかったが、ヘスティア達は大きく変わった。

 星の使命に目覚め、真実を知り、絶望に抗い、そして──今、『闇』に敗北しようとしている。

 

「僕達は少しでも君に近づけたかな? 僕達は少しでも君の様に強くなれたかな?」

 

 俯きながらヘスティアが聞いてくる。

 ヘスティアの言葉をルララはうんうんと頷きながら肯定した。

 

 ヘスティア達はとても強くなった。

 使命を背負う程に、真実に負けない程に、だが……。

 

「でも、僕達は今、大いなる絶望に負けようとしている。僕達の『光』では、あの竜の『闇』を討ち祓うことが出来ない、だから──」

 

 ヘスティアは前を向きルララを見た。

 誰よりも小さくて、誰よりも強くて、誰よりも優しくて、それ故に──誰よりも孤独な冒険者がそこにはいた。

 

 彼女は誰にでも手を差し伸べる。

 彼女は誰でも助けてしまう。

 彼女は誰でも受け入れてしまう。

 

 そんな彼女でも唯一受け入れなかった事──それを願うために、きっとヘスティアは彼女と出会ったのだ。

 

「だから──僕の……僕達の……」

 

 慈愛の女神であるヘスティアだからこそ、それが出来た。

 神殺しの力を持つ冒険者を拒絶せず、神が畏れる冒険者を受け入れて、彼女と親愛を結ぶ事が出来た。

 

 だから、彼女に助けを求める事が出来た。

 だから、彼女を追う為に都市を捨てる事が出来た。

 だから、世界の真実に気付く事が出来た。

 だから、星の使命をヘスティアは授かった。

 

 だから──ヘスティアは、この世界で()()()()()になる事が出来た。

 

 人の願いと想いを集め、星の命と生命を集め、戦士に分け与える事の出来る最後の『神』に……。

 

 その為にここに神は集められ、その為にここに人々が集められ、その為にここに命の方舟が集められたのだ。

 世界の命が溢れるこの場所で、世界の生命が集まるこの場所で、光の戦士にこの世界の命の輝きを授ける為に。

 

 ヘスティアに、最後の女神に、世界のエーテルが収束する。

 

 光の戦士達のクリスタルから光粒が流れ出て。

 モンスターの魔石から命の力が注がれ。

 人々の身体から願いと想いが伝わる。

 

 バハムートと死闘を演じていた黒竜が遂に、力尽き墜落する。

 だがもはや、時間稼ぎは不要だった。

 幻想はまもなく結ばれる。 

 

『……わ、我が、魂も……そなた等の……この星の、ために……』

 

 黒竜の強大な魔石が砕かれる。

 星が生まれ、その次に生まれた星の守護者が、星へと還っていく。

 彼の同胞が待つ、母なる星の海へと。

 

 女神は竜の命の輝きを受け取ると、言葉を紡いだ。

 

「僕達の……」 

 

 それは、太古から人と神との間で交わされ続けてきた古の契約。

 

 無垢なる盟約。

 神の恩と恵を授ける、人の信と仰を捧げる無窮の契り。

 世界の希望と願いの結晶。

 女神が与える最後の幻想。

 

「この世界の──」

 

 そのための誓いの言葉を。

 そのために祈りの言葉を。

 そのための約束の言葉を。

 

 ヘスティアは紡いだ。

 

「──ファミリアになってくれないか?」

 

 その言葉にルララ・ルラは微笑みを浮かべて答えた。

 

【わかりました。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ここぞというところでチート技を使うスタイル ( ゜ω゜) 
 次回、感動? の最終回!(になる予定……)


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光の戦士達の場合 9

 伝わる。

 

 世界の想いが、願いが、祈りが、希望が──。

 

 女神を通して、光の戦士へと伝わっていく。

 

 人の幻想も、神の残滓も、魔の意思も、星の使命も、全てを束ね、その身に与え刻んでいく。

 

 人と神との盟約の証を。

 幻想がもたらす恩と恵を。

 星の無垢なる力、無窮なる命の煌めき、純粋なるエーテルの輝きを。

 

 この世界の光の力を……彼女に授けていく。

 

 

 光の戦士の中に流れ込んでくる。

 

 

 人々の願いが。

 魔物達の望みが。

 

 青年の輝きが。

 老神の祈りが。

 黒き竜の生命が。

 

 赤毛の少女の意思が。

 熱き男性の猛りが。

 犬耳の少女の歌声が。

 金色のエルフの波動が。

 白き少年の想いが。

 小さき少女の優しさが。

 最後の女神の慈愛が。

 

 

 その身に流れ込んでくる。

 

 

 それは、彼女の中に吸い込まれる様に溶け込んでいき……もう一つの『究極の幻想』を紡いでいく。

 

 世界の光を束ねた女神の恩恵が、()()()いく。

 

 あらゆる制限から。

 あらゆる呪縛から。

 あらゆる制約から。

 

 彼女を縛るあらゆる枷から彼女を解き放つために、神の恩恵を超え、星の加護を超え、世界の力が光の戦士に集まっていく。

 

 彼女のその身に宿るのは──。

 

 白銀の剣士の『意思』であり。

 原初の戦士の『霊魂』であり。

 暗黒の騎士の『愛情』であり。

 

 蒼き竜騎士の『血脈』であり。

 紅き修道士の『闘志』であり。

 黒き暗殺者の『忍耐』であり。

 

 太古の詩人の『旋律』であり。

 新しき機工の『脈動』であり。

 

 漆黒の魔道士の『破壊』であり。

 深淵の召喚師の『叡知』であり。

 

 白き道士の『癒し』であり。

 賢き学者の『知識』であり。

 煌めく星の『輝き』であり。

 

 

 彼女がその手に持つのは──。

 

 

『剣』と『盾』であり。

『戦斧』であり。

『大剣』であり。

『槍』であり。

『手甲』であり。

『双剣』であり。

『弓矢』であり。

『銃』であり。

『呪具』であり。

『魔道書』であり。

『幻具』であり。

『戦学書』であり。

『天球儀』であり。

 

 

 彼女の持つ『光の力』であった。

 

 

 世界を滅ぼす破滅の焔が再び放たれようとしている。

 次元を震わせ、星を揺るがし、世界を震撼させて、竜の憎悪が集まっていく。

 神の塔を貫いた暴虐の閃光が、終焉に導く終末の息吹が、今、解き放たれる。

 

 それに対するは──。

 

 堅強なる最後の要塞。

 誇り高き原初の大地。

 深く優しき暗闇の波動。

 

 ──全てを守る守護の力。

 

 世界が極光で満ち、生命が鼓動し、妖精が舞い踊り、天翔る星天が開門する。

 

 傷つき倒れた者達が。

 打ち倒され散り行く者達が。

 死に絶え、星に還る者達が。

 

 全てを癒やす力に包まれる。

 

 戦士達が立ち上がる。

 

 傷ついた者達も。

 力尽き、倒れた者達も。

 燃え尽き、死に行く者達も。

 

 戦う力を取り戻し、立ち上がる。

 

 彼等を後押しするのは──。

 

 星々の加護であり。

 戦場に響く旋律であり。

 機工による支援であり。

 

 彼等を癒やすのは──。

 

 白き魔法の治癒であり。

 妖精の囁き声であり。

 運命の占う星の力であった。

 

 異界の竜の神と、異界の光の戦士の戦いが始まる。

 

 蒼き竜の血潮が沸騰する。

 竜の如き飛翔と刺突が顕現し、彼女が手に持つ槍は竜の牙と爪と尾を幻視させ、桜の花を狂い咲かせた。

 

 紅蓮の闘気が燃え上がる。

 絶えることなく繰り出される彼女の拳は、暴嵐の如き疾風と稲妻の如き迅雷となり、敵を打ち砕いていく。

 

 黒き忍びの刃が闇夜に煌めく。

 次々と結ばれる天と地と人の印が、夢幻の術技となり竜の神を貪っていく。

 

 古の旋律が鳴り響く。

 天空の矢が乱れ飛び、回転する鮮血の矢が敵を穿ち、毒と風の矢が切り裂き弾け飛ぶ。

 

 新たな技術の結晶が律動する。

 幾度となく撃ち込まれた弾丸は蓄積し、暴れ狂う火炎となって炸裂する。

 

 全てを燃やす破壊の力が顕現する。

 恒星を凌駕する炎の魔法と、太陽の如き殲滅の魔法が竜神を燃やし尽くす。

 

 神を宿した古代の叡知が招来する。

 炎神を喚び、岩神を喚び、風神を喚び、竜神をその身に宿す魔人が、三つの厄災と死の息吹を振り撒いていく。

 

 光が闇を押し返し、竜の神が悲鳴を上げる。

 だが、この程度では怨嗟に染まる竜神は止まらない。

 この程度では五千年の彼方より続く怨恨は潰えはしない。

 

 まだ、終わるわけにはいかない。

 まだ、消え去るわけにはいかない。

 

 あの世界を焼き尽くすその日まで。

 あの憎き帝国を滅ぼすその日まで。

 

 竜の幻想は終わらない。

 終わらせてはならない。

 

 竜神より死の輪(アク・モーン)が紡がれる。

 

 それは憎悪に塗れた死の螺旋。

 終わり無き悪夢に嘆く哀しみの咆哮。

 

 それは……彼等の、メラシディアの、ドラゴン族の──最期の竜詩。

 

 

 極光が昇り、歌が聞こえる。

 

 

 それは──。

 

 ──『苦しみ』──

 

 白銀の剣士が輝く奇跡に包まれる。

 

 ──『屈辱』──

 

 原初の戦士の鉄鎖が命を繋ぎ止める。

 

 ──『決断』──

 

 暗黒の騎士が生ける屍となる。

 

 ──『隷属』──

 

 白き魔法が傷を癒し。

 

 ──『藻掻き』──

 

 学術と妖精が破滅を防ぎ。

 

 ──『混迷』──

 

 星の煌めきが守護する。

 

 ──『願い』──

 

 それは──。

 共に探した彼等の応え。

 竜神とその眷族が導き出した命の答え。

 

 その答えは知っている。

 その答えを知っている。

 

 五年前、メテオが降り注いだあの日に。

 邂逅し、侵攻し、真成したあの日に。

 滅び去った魔の大陸に降り立ったあの日に。

 

 あなたが存在した意味を、私は知って、見て、聞いて、感じて、考えて、答えを出した。

 

 かの文明は遥か昔に滅び去り。

 かの一族は遥か昔に潰え。

 五千年続く怨恨と憎悪の輪廻は……五千年前に彼等が懐いた幻想と絶望は……。

 

 五千年前にもう()()()()()()

 

 あなたが存在していた意味は、私が知っている。

 あなたが存在していた意味は、私が伝えていく。

 

 だから……もう……この物語は終わりにしよう。

 叶えるべき願いも、望みも、幻想も、もう無いのだから……。

 

 竜神が咆哮を上げ、戦士が光に包まれる。

 

 世界は見た。

 

 それは──。

 

 天より降り注ぐ無数の光の矢であり。

 

 巨大な兵器の一閃であり。

 

 破壊を振り撒く隕石であり。

 

 終焉の炎と等しき閃光であり。

 

 月光に煌めく夢幻の刃であり。

 

 最後の楽園へ誘う光の柱であり。

 

 蒼き竜が飛翔する姿であった──。

 

 

 光の戦士が放った幾多の輝きは……。

 竜神の肉を切り、骨を断ち、霊を祓い、魂を砕き。

 そして──竜の『心核』を貫いた。

 

 

 闇が打ち払われ、世界に光が射し込んでくる。

 

 

 幻想が終わる……。

 

 

 彼女一人の力ではここまで到達することは出来なかった。

 

 人の戦士が集め。

 神の戦士が挑み。

 魔の戦士が抗ったからこそ。

 

 生きとし生ける全てのものが、そう想ったからこそ。

 死に行く死せる全てのものが、そう望んだからこそ。

 

 そして……きっと『彼』がそう願ったからこそ。

 

 太古より続く竜の幻想は終わりを迎えたのだ。

 

 古き時代の竜神が消えて行く。

 五千年の呪怨からようやく解放され、消滅していく。

 

 星を蝕む人の幻想も、千年続いた神の時代も終焉した。

 世界が新たな時代へと新生していく。

 

 そして──光の戦士の戦いも終わった。

 この世界で果たすべき彼女の役目は終わった。

 

 だから──。

 

 世界の異物であるルララ・ルラもまた……次元を超え、この世界から消え去って行く。

 

 星の光が彼女を導いていく。

 

 彼女があるべき世界へと。

 彼女がいるべき次元へと。

 彼女が還るべき物語へと。

 

 戦士が還っていく。

 

 その時、彼女は星の声を聞いた。

 

『ありがとう……』

 

 その声に、ルララ・ルラは満足そうに頷いた。

 

 

 黄昏は過ぎ去り、常闇は終わり、暁が明ける。

 

 

 幻想は終った。

 

 

 

 *

 

 

 

 世界に命の雫が舞い降りてくる。

 

 神を形作っていた幻想が。

 竜神を構成していた生命の結晶が。

 光の戦士に捧げられた星の力が。

 

 エーテルの粒子となって、雪の様に降ってくる。

 

 命の灯火は煌めき、傷付いた大地に染み渡っていく。

 星の命は崩壊した世界を巡り、痛みは癒され、緑が蘇る。

 

 幻想が還っていく。

 

 生命の円環の中に。

 母なる命の循環の中に。

 最後に残った女神もまた──星へと還っていく。

 

 深々と舞い散る命の雫の中で、ヘスティアは己の光のクリスタルを見つめた。

 

 淡く発光していたクリスタルから少しずつ輝きが失われ、消えかかっていく。

 クリスタルは力を使い果たし、その役割を全うしたのだ。

 彼女の存在を保っていたその輝きが失われるにつれ、彼女の存在もまた徐々に虚ろいでいく。

 

 少しずつ揺らいでいく己の掌に、哀しみと寂しさが入り混じった微笑みをヘスティアは浮かべた。

 

 刻々と終わりの時が近づいてきている。

 女神の使命は果たされ、人の自立は成り、星は救われ、神は不要となった。

 やるべき事はやり、成すべき事は成した。

 

 もう幾ばくもしない内に、己は消滅する。

 極光と共に消え去った神々と同じように、この世から消え去っていく。

 

 これは最初から定められていた運命。

 これは初めから決められていた宿命。

 誰にも抗うことは出来ない。

 

 それでも、女神は、子供達が勇敢に戦う姿を見る事が出来た。

 子供達が成長し巣立っていく姿を見る事が出来た。

 

 世界を救う一役を、最期まで全うする事が出来た。

 光の戦士の戦いを、最後まで見届ける事が出来た。

 

 だから、もう満足だった。

 

 だから……。

 もう、後悔なんてあるわけ無い。

 もう、思い残す事なんか何も無い。

 

 そう思っていた……。

 

「ヘスティア……」

 

 少年の声が聞こえる。

 愛しき英雄の声が。

 彼女の大好きな人の声が。

 哀しみに満ち、震える囁き声が。

 

「ベル……」

 

 ヘスティアは振り向いて言った。

 

 その顔を悲しみで歪ませない為に。

 その目に溜まる涙を流させない為に。

 

 ヘスティアは精一杯の笑顔を浮かべて伝えた、彼女が語る最後の想いを。

 

「そんなに悲しそうな顔をしないで、ベル。僕達は、戦いに勝ったんだよ」

 

 出来る事ならば、もっと一緒にいたかった。

 

「英雄は絶望に打ち勝ち、世界は救われた──」

 

 もっと一緒に世界を巡りたかった。

 

「だから、これは……これは、()()()()()なんだ──」

 

 もっと、ずっと君のそばにいたかった。

 もっと、君と触れ合っていたかった。

 もっと、君を感じていたかった。

 もっと、もっと、もっと──色々な事がしたかった。

 

『愛している』と伝えたかった。どんなに愛しく想っていたか、伝えたかった。

 

 作っていた笑顔から涙が零れてくる。

 

 元気付けないといけないのに。

 勇気付けてあげないといけないのに。

 笑顔でさよならを言わないといけないのに。

 

 涙が溢れて止まらない。

 

「僕も……僕も、みんなのところに帰らなくちゃ。これからは……これからは、君の事を、みんなの事を……天界(そら)から見守って──」

 

 ヘスティアが言い終わる前に、彼女の下へとベルが駆け寄ってくる。

 

 彼女を無くさないために。

 彼女を離さないために。

 彼女を失わないために。

 

 それを、優しく受け止めようとするヘスティア。

 

 だが──消え行く幻想にはそれすら許されなかった。

 

「ッッッ!」

 

 まるで霞を掴むようにベルの手がヘスティアを通り過ぎていく。

 

 もう、大好きだった人を抱き締める事すら許されない。

 もう、愛する人に触れることすら許されない。

 もう、大切な人と触れ合うことすら許されない。

 

 そんな存在に女神はなってしまった。

 

 たゆたう幻想の中で、ヘスティアはその事を悟った。

 

 少年の嗚咽の声が聞こえる。

 悲しみに泣き崩れ、涙を流す少年の嘆き声が聞こえる。

 

 悲哀にうちひしがれるベルの事を、ヘスティアは後ろから優しく包み込んだ。

 

 喩え、触れることが出来なくても。

 喩え、抱き締める事が出来なくても。

 

 あなたの存在は感じることは出来る。

 わたしの想いは伝える事は出来る。

 

 消え行く幻想は、英雄の耳元でそっと囁いた。

 まるで母親の様な慈愛と、恋人の様な愛情を籠めて。

 

 

 ねぇ、ベル……

 

 

 君は気付いていなかったかもしれないけど

 

 

 僕は君が大好きだったんだよ?

 

 

 君と初めて会った時から、今日のこの日まで……

 

 

 ずっと、ずっと、君の事を愛していた

 

 

 世界中の誰よりも、君の事を愛しく思っていた

 

 

 君に迷惑になると思って……

 

 

 君に拒絶されるのが怖くて……

 

 

 ずっと言えなかったけど……

 

 

 やっと言える

 

 

 僕は、君の事が大好きだ

 

 

 誰よりも君の事を……

 

 

 愛している

 

 

 だから……

 

 

「僕も……僕も、あなたの事が、ヘスティアの事が好きでした。ずっと、ずっと、大好きでした。だから──」

 

 

 ありがとう

 

 

 直ぐそばにいるヘスティアの顔を見て、ベルはそう伝えた。

 

 

 二人の視線が交差する。

 しだいにお互いの距離は近づき。

 そして、自然とヘスティアとベルの唇は重なり合った。

 

 確かに感じる互いの温もり。

 確かに伝わる互いの想い。

 

 ようやく実った愛情を深く確かめ合う様に、二人は長く愛の証を示し続けた。

 

 朝日が昇り、光が差し込んで来る。

 神の時代が終り、人の時代の暁が昇ってくる。

 そしてそれは、最後の別れを告げる陽光でもあった。

 

 その荘厳な情景を見て、ヘスティアはとても美しいと感じた。

 

 

 これからは……君達の時代だ……

 

 

 暁の光が女神を照らし、最後の幻想が消えて行く。

 

 最期の瞬間……ヘスティアは、極光の中で佇む青年と、老神、黒き竜、そして、星の化身の姿を見た。

 星の化身は一度微笑むと、ヘスティアの方へ手を差し伸べ──ヘスティアの胸に、光を失ったクリスタルを抱きしめた。

 

 女神のクリスタルが砕け散る。

 

 そして──世界に残った最後の神もまた、幻想へと消えていった。

 最後に僅かな“奇跡”を残して……。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──あれから、五年の月日が流れました。

 

 オラリオはすっかり元通り……なんて事があるはずもなく、ぽっかり開いた大空洞と、溢れ出す異形達との戦いで、今も変わらずてんやわんやしてます。

 

 それでもそこは、異形との戦いの最前線なので、かつての賑わいも少しずつですが、取り戻してきたりしています。

 

 あの戦いの後、人類と獣人族(異端児(ゼノス)の事をそう呼ぶ事になりました)は、手を取り合い、共に戦うことになりました。

 

 命の大穴とも言えるダンジョンが、あの日を境に世界中に誕生した事もそうですが、あの時の戦いで倒しきれなかった異形達が各地に散らばり、未だに討伐しきれていないからです。

 

『この星に生きるものとして、互いに最期まで協力しあうのだ……』

 

 黒竜様の最期の言葉はそう言ったものだったらしいです。

 なので、その遺言に従ったという事でもありますね。

 

 でも、その代表をあのリチャード様が担っているというのだから驚きです。

 

 なんでも、人とモンスターの架け橋としてうってつけだったらしいですよ。

 

 あのぐうたらでだらしのないリチャード様が、全人類と全獣人族の代表を務めるだなんて、今でも考えられませんよね。

 でも、適当で面倒臭がりなところは相変わらずらしく、脇を固めるフィン様は再会するたびに愚痴を溢しています。

 

「あいつは、気の合うリドとばかり意気投合するんだ」

 

 元・調教師として、何か通じるものがあったのかもしれませんね。

 可愛い娘様と奥様方も同時に構わなくてはいけないフィン様の気苦労は、これからも尽きなさそうです。

 

 あなたがいなくなって、あの戦いが終わって、少しずつですが私達はそれぞれの道を歩み始めました。

 

 アンナさんとエルザさんはあなたを探すという建前で、自由気ままに世界を放浪しています。

 

 旅行く先々で、あなたの様に人々を助けて回っている様で、よく彼女達の噂を耳にします。

 赤毛の自由騎士と金髪の吟遊詩人の冒険譚は、今ではちょっとした流行にもなっているんですよ。

 

 私も少しだけ彼女達と冒険に繰り出しましたが。

 彼女達の、まぁなんというか、固い絆というか、熱い友情というか、立入不可な雰囲気に参ってしまい、あまり長続きはしませんでした。

 

 盾役であるアンナさんは私の離脱に大変名残惜しそうにしていましたが、暫くして新たな回復魔法を会得したらしく、その憂いも消え去って元気にやっているみたいです。

 

 それでも危ない時は時々呼び出されたりもしますが、あなたが残してくれたリンクシェルのお陰で連絡は楽チンです。

 ある意味ではそのせいで苦労もあったりしますけどね(ヒーラーの苦労話はあなたが一番良く知っていると思いますが)。

 

 レフィーヤ(彼女にそう呼べと言われたんですよ!)は、魔法の研究と探究の為に、これまた世界を旅しています。

 

 私は詳しい事は良く分かりませんが「神時代において好き勝手習得されてきた魔法や魔術を体系化し、誰でも使える様にしたい」のだそうです。

 

 その為にはまず世界を巡り、様々な魔法や魔術を見る必要があるみたいです。

 私の回復魔法も研究対象らしく、良く彼女に連れられ冒険に出ています。

 体の良いことを言って、回復役を確保している感は否めませんが、何だかんだ言って冒険は楽しいので、あまり文句は無かったりします。

 

 実を言うと、今も彼女と一緒に冒険の真っ最中だったりします。

 

 私とレフィーヤ、それからもう一人……覚えてるでしょうか? あの歓楽街に攻め込んだ切っ掛けとなった狐人(ルナール)の女性──ハルヒメさん──と、三人で仲良く旅をしています。

 

 物語が好きな彼女はどうやら読むだけでなく、書く側に回った様で、私達だけでなく、アンナさん達の方にもちょくちょく同行したりしているみたいです。

 

 ハルヒメさんの今の題材は、何を隠そう、あなただそうですよ。

 

 あなたが消えて、私達の記憶の中からあなたという存在が、まるで掠れきった文字の様に少しずつ薄れていきました。

 

 今ではもう、あなたの名前を呼ぼうとしても日に焼けた書物の如く、読みあげる事が出来ません。

 今ではもう、あなたのその顔を思いだそうとしても、強烈な日差しの中にある影のように見えなくて、思い出す事が出来ません。

 

 でも、あなたがこの世界にいたことは確かに覚えています。

 あなたがしてくれた事、あなたが与えてくれた事、あなたが教えてくれた事。それは……私達は決して忘れません。

 

 それでも、少しずつ世界はあなたの事を忘れようとしています。

 だから、きっと、ハルヒメさんは消え行くあなたの足跡を、なんとか残そうとしてくれているのだと思います。

 

 それに感化されて、私もこんな宛先不明の手紙をしたためてみたしだいです。

 届かぬはずの無い手紙が、あなたに届くと信じて(まぁ、実を言うともう一つ理由があったりしますがね!)。

 

 私達はもうバラバラになってしまったけど、あなたがくれた絆と友情は終わったりしていません。

 

 今、私達は古代の魔法が眠ると言われている『忘らるる都』という所から、オラリオへと向かっています。

 

 きっと今頃、アンナさん達も向かっているはずですよ。

 もちろん、多忙な日々を怠惰に過ごしているリチャード様も同様です。

 

 巨大な竜の咆哮によってオラリオは壊滅してしまいましたが、何故だかは知りませんがあなたのマイホームだけは全くの無事でした。

 

 一般居住区7-5-12。

 私達の本拠地(ホーム)

 通称『竈の家』。

 

 そこから世界の再建は始まり、人類の復興は始まりました。

 

 今でもそこは、“彼”と“彼女”がしっかり守っています。

 彼女ったら、どうやらあなたとの約束をすっかり忘れて、ほっぽりだしていたのを相当気にしていたみたいですよ。

 

 あなたの大事な家は随分と様変わりしてしまいましたが、あれから五年も経っているんです。少しぐらい見逃して下さいね。

 

 私達は今、そこを目指して旅を続けています。

 

 その場所に、これからどんな用事があるかですって?

 それから、言及していない“彼”と“彼女”の事については何か無いのかですって?

 

 それは同封する招待状で察して下さい。

 

 幻想は終わり、神が消え去っても、奇跡は残っていた。

 時にはお伽噺のように「神」が「人」になる事もある……という事だけは伝えておきます。

 

 何にせよ、私達はあなたの帰りをずっと待っています。

 

 あなたが残してくれた場所を大切に守り、あなたがくれた場所でずっと待ち続けています。

 

 だってあそこは、バラバラになった私達が……。

 いなくなってしまったあなたが……。

 

 

 

 いつか帰るところだから。

 

 

 

 *

 

 

 ルララ・ルラという名の冒険者が、歴史の中に登場する期間は、あまりにも短い。

 

 現代においてその名を唯一確認可能なのは、作者不明の書物『迷宮冒険憚』の僅かな記述の中にのみである。

 

 かの存在について判明している事柄はあまりにも少なく、現在でも盛んに議論が行われ、研究が進められているが、依然としてその正体は不明のままだ。

 

 最新の研究によれば、かの冒険者が活動していたのは僅か3ヶ月半程度と、極めて短い期間でしかなかったと考えられている。

 

 この冒険者が何者で、何処から来て、何処へ行ったのか。

 種族は、年齢は、性別は、何であったのか、全く以て謎に包まれている。

 

 一説によれば……。

 

 この冒険者が出現した前後に『神の時代』が終わり、『人と獣人の時代』が始まったという事実から、この冒険者こそが全ての元凶であり、全ての原因なのだそうだ。

 

 また、別の説によれば……。

 

 かの存在とされる者の足跡が、同時期、世界中の様々な場所から見られることから、かの冒険者は実は複数であり、数多の伝説や伝承が織り混ざって誕生した偶像であるとする考えもある。

 

 何れにせよ、ルララ・ルラと呼ばれた存在がこの世界に存在し、多大なる影響と変化をもたらした事は事実であった様だ。

 

 かの存在を書き記した『迷宮冒険憚』の最後の一節を借りるならば、ルララ・ルラという冒険者が、この世界にいたことは間違いないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて──。

 

 

 

 世界が暗闇に覆われ、絶望に沈んだ終焉の時代があった。

 

 

 

 幻想が崩れ、狂気が氾濫し、死が蔓延する混沌と破壊の中で、それでも勇敢に戦い、人々を導き、救った戦士達がいたという。

 

 

 

 その戦士達は皆、胸に一つの石を抱き、輝ける光を宿して闇に立ち向かった。

 

 

 

 その眩き光の中に、一際強く煌めく小さな光の輝きがあったという。

 

 

 

 その強く暖かい輝きは……。

 

 

 

 恐怖に震える人々に勇気を与え。

 

 

 

 絶望に嘆く人々に希望を授け。

 

 

 

 闇に染まる世界に光を照らし出した。

 

 

 

 極光の中に佇むその戦士の姿は、もはや霞んでしまって思い出す事が出来ないが……。

 

 

 

 眩い輝きの中にいるその英雄の名は、影の様に虚ろいでしまって見ることが出来ないが……。

 

 

 

 私達は知っている。

 

 

 

 暗闇に包まれる世界の中で、最後まで勇敢に戦った冒険者がいた事を……。

 

 

 

 私達は覚えている。

 

 

 

 絶望の中で最後まで希望を示し続けてくれた英雄がいた事を……。

 

 

 

 私達は忘れない。 

 

 

 

 この世界の為に戦ってくれた戦士がいた事を……。

 

 

 

 もはや記憶の中から消え去ってしまって、その者の名は言う事が出来ず、その者の姿は思い出す事は出来ないが、その代わり人々はその英雄の事を……。

 

 

 

 尊敬と感謝の気持ちを籠めて……。

 

 

 

 憧れと栄誉の想いを籠めて……。

 

 

 

 こう呼び讃えたという。

 

 

 

 

 

 

 ──『光の戦士』──と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 完

 




「やあ、どうだったかな? 君から聞いたとおりに詠ってみたんだが……ちゃんと再現できていたかい? 大衆好みに、少しばかり脚色してみたけれど……控えめになってしまうよりは、いいんじゃないかな。そうだ、この詩を胸に、かの地をまた訪れてみるといい。詩というのは、世界の見え方を変えるものだ。きっと君も、「新たな景色」が見えるはずさ……」



 幻想はまだ終わらない……。


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あとがき
あとがき


※注意 これはあとがきと言う名の駄文、駄文と言う名の蛇足、蛇足と言う名のあとがきです。特になんの意味も無い文章が軒を連ねているだけですので興味ない方は注意して下さい。


 少し下の方から始まります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説の中で何処が一番好きかい? と聞かれて、私は多分『あとがき』だと答える人間です。それは作者の心情や解説、小説を書くに至った経緯、ネタバレ、裏話などが読めるからです。

 今回初めて小説を書くに至った私の最大の目的も、このあとがきを書くためであったと言っても過言ではなりません。なので、ここからは私がこの小説を書くに至った経緯や、登場人物達のネタバレ、各章の裏話などを雑多に、かつ完結させた勢いのまま、思いのままに書き連ねていこうかと思います。なので、おそらく誤字脱字が多いと思いますが、ご容赦を……。

 もちろん、この種のあとがきを蛇足だと考える人もいると思いますので、そういった方はここから先は読まれない事をお勧めします。どうせとりとめのない適当な事しか書いていないので、問題はない筈です。

 またここから先は私の、悪い言い方をすれば自己満足の領域でしか無いので読まれるかたは十分にご注意下さい。

 

 

 

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『書き始めた頃の話』

 

 私がこの小説を書き始めるのを決意したのは、年が明けたばかりの頃でした。

 その頃はFF14の小説など片手で数える程しか無く、また、あったとしてもオルシュファンとイチャイチャする所謂ホモホモしい小説ばかりで、私のフラストレーションは溜まる一方でした。

 結構題材的に『光の戦士』という存在は扱いやすそうな感じですのに増える気配は一向になく、LSやFCの知り合いに強引に小説を書く事を勧めてもなしのつぶてで、そんな悶々とした状態を新生当初から引きずっていた私は、遂にある日、無いのであれば作れば良いじゃ無い! と、今思えば無謀な事を思いついたのです。

 とは言え、直ぐに衝動に身を任せ書き始めた訳では無く、FF14の小説を書くとしたらどういった話にしよう? と妄想に励むばかりでした。妄想するだけならタダですからね。

 実は言うと当初の想定ではクロス先はダンまち世界ではなくゼロの使い魔の世界で、主人公像もOPのヒューラン男性(いわゆる『ひろし』と呼ばれるキャラ)でした(因みに似たような設定の小説が後に出現した事もあって私は大満足です)。

 暇を持て余した光の戦士がルイズに召喚されてそれで……という感じの正にテンプレ的な内容で妄想していたのですが、一晩妄想しただけで行き詰まりました。

 あまりにも光の戦士が便利で自由過ぎるのと、FF14とゼロの使い魔の親和性があまりよろしくなく、話が展開しづらいのが原因だったのだと思います。

 なので、ゼロの使い魔は泣く泣く断念。次は当時はまっていた『灰と幻想のグリムガル』に学者本のAWがやってきてマナトに拾われるという妄想をしたのですが、大体マナトを救った辺りで展開に行き詰まりました(その後のハルヒロ達の心情を考えるとマナトの死って必要不可欠なものなんですよね……)。

 妄想に限界を感じ始めていた私にインスピレーションを与えてくれたのは、ランキングに乗っていた某ダンまちとFFキャラのクロス作品でした。

 その世界にはレベルという概念があり、ダンジョンがあり、冒険者がいて、神がいる。読めば読むほどにFF14との親和性が高い事が分かり、みるみる内に妄想が膨らんでいきました。

 直ぐさま私は無料で見る事の出来るアニメ第一話(まさか一話切りしたアニメだったとは思いませんでした)と小説の冒頭を読み(大体ミノタウロスと戦ってギルドに行く辺りまで)、ネットで調べ(知っての通り多くはWikipediaと某ダンまちのファンサイトで)、そして決意しました。

 この原作で小説を書いていこう、と。

 早速、原作を大人買いし(その為にKindleも買いました)、アニメも借りてきて、ネットで見られる漫画も読破し、構想を練りました。

 設定の擦り合わせや、主人公の目的、クロスする理由、妄想するだけなら簡単だったので、次々とアイディアが生まれてきました(それにこの後、苦しめられる事になるんですがね)。

 最初と最後と、その前の前ぐらいまでの章のプロットを簡単に作り上げると、私の(当初は三ヶ月くらいで終わると思っていた)一年に渡る戦いが始まったのです。

 

 

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『主人公の話』

 

 さて、各章の話をする前に語るべきなのはやはり主人公についてでしょう。

 簡単な主人公像はLSのフレンドと一緒に考えました。

 原作の光の戦士同様に「」で話す事は無く、必要な会話は全て定型文辞書で、性格は穏やかだが効率重視の廃人タイプ、当然全ジョブ全クラスはカンスト済み、意外と俗物的、といった感じで作り上げました。

 見た目も読者がイメージしやすいようにヒューランの男性にし物語を組み立てていきます。

 ただし、結局はララフェル族の女性に変更しました。それは物語の展開上大きな問題にぶち当たったからです。

 お話の展開上、主人公は色々な人物を助けて行くのですが、それに伴って主人公が物凄くモテてしまったのです(分かり易く考えて貰うなら、この小説の主要な女性はみんなハーレム要員になりました)。

 私は光の戦士つぇえええがやりたいが為に小説を書き始めたのですが、別に光の戦士がモテモテになるのを見たくはありませんでしたので(むしろ光の戦士がモテるところが想像出来ない)、見た目上侮られ易く、恋愛にも発展しづらいララフェル族の女性を主人公に変更し、名前もララフェル族の『ラ』と『ル』を使って命名規則に則って名付けました(ララル・ラルかルララ・ルラでかなり迷った記憶があります)。

 見た目も二次創作の主人公らしく中二病的な白髪赤目にし(なのでベル君と一致したのはただの偶然だったりします)、身長は最小、髪型も良くいるテンプレ的なものにし、出来る限り違和感なく受け入れられるようにしたのです。

 

 

 

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『第1章あるいはアンナ・シェーンの話』

 

 光の戦士をダンまち世界にクロスさせるにあたって、まずダンまち世界の水先案内人が必要になりました。いきなり光の戦士視点で始まっても良かったのでしょうが、どちらかと言えば第三者視点で光の戦士の異常さを面白可笑しく描写したいのが私のやりたいことでしたので、ダンまちを知らないFF14プレイヤーに簡単な世界設定を語る為にも現地に生きる冒険者が必要であったのです。出来るだけ普通の冒険者で、普通の見た目、普通の実力に、普通の常識、何もかもが普通の何処にでもいそうな冒険者。

 それがアンナ・シェーンです。

 殆ど再登場の予定も無い使い捨ての一発キャラとして考えていたので名前も適当で、赤毛が良いなと思ったので『赤毛のアン』からとってアンナと名付け、シェーンは語感から本当適当に着けました(ちなみに相棒のエルザはもっと適当で、某ありのままのアニメの主人公がア(ン)ナだったので、それにあやかって名付けています)。

 そんなこんなで小説を書き始めたのですが、第一話に今も残っているように最悪第一話で終わらせる心算でありました。

 折角買った小説やアニメは無駄になってしまいますが、ぶっちゃけ第一話を書き終えてある程度の満足感を得られていたので、FF14という(おそらく)ニッチな需要しか無いこの小説は、誰にも読まれずひっそりと闇の中で消えていくんだろうなと思っていたからです。

 ですが私の予想に反してこの小説は読まれ、お気に入りが付き、感想が書かれました。正に天にも昇る気分だったのは言うまでも無いでしょう。

 こんな趣味丸出しの小説を面白いと言ってくれる同志とも言える人達が、こんなにも沢山居る!!(お気に入り1のUV547の時)と感動に打ち震えた私は、取りあえず第一章(確か当時は~章とかも無かった筈です)を書き上げる事にしたのです。

 

 

 

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『第二章あるいはリチャード・パテルの話』

 

 第一章を完成させ、書きたかった愛用の紀行録も書き上げた私は、今後どうしていこうかと悩んでいました。思っていた以上に小説を書くというのはしんどいものだったのです。仕事をしつつ、ゲームもして、趣味のスポーツもやり、小説も書く、今考えても良くやろうと思ったなと思います。なので、一応の完結を見て、一番新しい趣味の小説はここいらで止めようかなと思っていたのですが、意外や意外そこそこの(本当にそこそこ)の人気が出てきてしまったものだから、続けていく欲求が出てきてしまったのです。そして続けるからにはしっかりと最後まで完結させようと決心し、幾つかの決まり事を自分に課しました。特に用事が無い場合は週一で更新する事や、土曜日は必ず執筆する事、Lv.とレベルを使い分ける(Lv.がダンまち側、レベルがエオルゼア側)感想返しは絶対する事、後は何が何でも完結させる事だったと思います。

 そんな決心で書き始めたのが第二章『リチャード・パテルの場合』だったりします(第一章の時なぜ適当に題名を付けたのかつくづく後悔しました。FF14全然関係無いやん)。第二章自体は特にプロットに乗って無い章であったのですが、一応最後まで書く決意をしたので最終章に至る為の設定を各所に散りばめて、原作一巻と外伝三巻の裏話的な内容で物語を構成していきました。

 登場人物は前章が女の子だったので反対におっさんにし、落ちこぼれのダメダメ人間にしたのですが存外に良い奴に仕上がってしまい、後々とある重要場面で活躍させようと密かに考えていました。

 リチャードの名前はこれまた適当にニュアンスで決め、前章の登場人物達が小説や映画から取ったものだったので『リチャード・パーカー』という虎がでてくる某映画の主人公のファミリーネームがパテルさんだったので、二つを融合してその名を名付けました(この章に度々出てくる悪夢はその映画が元ネタです)。

 第二章で未だに心残りなのは、この章で登場させたリテイナー『ダルフ・ウォールケン』さんで、当初の予定ではこの人は最終章で神々に捕まった主人公一行を救い出し、最後のタンク枠に収まる予定でした(その名残が愛用の紀行録 5のルララさんの言及だったりします)。それじゃ今じゃ見る影も無いですね。おそらくダルフさんはバハムートのテラフレアに焼かれたか、リテイナーパワーで何とかなったのだと思います。

 第二章は全体として世界設定の説明と原作との差異、主人公の目的や行動原理を描写する章だったと思います。特に個人的には早い段階で主人公の最終目的を判明させ、バハムートを登場させたのは、物語を転がす上で非常にやりやすかったです。でもまぁ、そのせいで次章は苦労する嵌めになるのですが……。

 何だかんだで再登場したアンナさん(まさかのネタキャラになるとは……)や、そもそも登場する予定すら無かったエルザさん(なので彼女は未だに作者の私にも良く分からん子です)が、本格的に本筋に絡んできたのも章からでしたね。

 

 

 

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『第三章あるいはレフィーヤ・ウィルディスの話』

 

 通称『調子こいてやらかした設定に苦しんだで賞』第一弾の章です。

 アラグ文明の脅威を描写する為にノリで全滅させたロキ・ファミリアをどうにかするのと同時に、面白半分でぶち込んだメリュジーヌさん倒せない問題を何とかするために開始されたのがこの章です。

 本格的な原作キャラが主人公と絡んだ初の章でもありますね。

 とは言え外伝キャラのそれも準主人公クラスの人物だったので、結構好き勝手やらせて貰いました。そういえばこの頃から各章ごとにテーマを決めて、それに沿った内容の小説を意識し始めたんだと思います。ちなみにこの章のテーマはズバリ『PTプレイ』です。

 自分でやらかした設定をなんとかするために始めた章だったのですが、なかなかどうして上手い具合に展開できたなと思っています。特に定型文辞書でレフィーヤと会話した部分は今でもお気に入りの場面です。

 この頃なると使い捨てだと思っていたキャラ達に段々と愛着が湧いてきて、当初のプロットでは誰の助けも無く主人公がバハムートを倒す予定だったのですが、彼女達を光の戦士に仕立て上げ、力を合わせて戦う事も視野に入れ始めました(最終的にはその半々な感じに収まった感じですね)。多分、ヘスティアを介して最後に恩恵(ファルナ)を主人公に授ける展開もここら辺で思いついた筈です。

 全体的にスムーズにいったと思う章だったのですが、最後の回でLBを決めて、その後(作者が)力尽きたのは今でも心残りだったりします(その内加筆修正したいですね……)。

 この頃からノリと勢いで作った設定に、最後の方で苦しめられるというパターンが多くなってきたと思います。風呂敷を広げるのは簡単ですが、畳むのって大変なんですね……。

 

 

 

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『第四章あるいはヘスティアの話』

 

 満を持して登場させた原作主人公勢の章!(でも原作主人公の影は薄い)。というのも実は、元々プロットでは第四章と第五章は同じ章で構成されていて、主人公の力を狙ったイシュタル・ファミリアが無所属の主人公に戦争遊戯(ウォーゲーム)をふっかけて、返り討ちにあい、挙げ句神様まで討伐されちゃったみたいな感じになる予定の章でした。

 それが前述した通りラスボス戦直前にヘスティアから主人公に恩恵(ファルナ)を授けるという展開がしたいがために変更し、主人公と関係を持たすため、原作でもヘスティア・ファミリアが窮地に陥ったアポロン・ファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)を描写する事にしたのです。

 また、諸々の理由から原作より弱体化しているベル君を強化する為と、メリュジーヌさん倒せない問題を解決するためのヒーラー枠としてリリを加入させる意味合いもありました。ちなみにこの章のテーマはもうお分かりだと思いますが『PVP』だったりします。

 この章は回を増すごとに段々と一話が長くなって行くのと、狙ってもいないのに毎回6話で収まる各章をなんとか打開するために挑戦した章でもありました。なので、この章だけ全5話で構成されています。その変わり一話が長いですが……(あまり意味が無い!)。

 人気原作の主人公登場回だった事もあり、結構その扱いは慎重でした(そのせいでベル君があまり喋らない子に……)。

 元々アイズ派というよりヘスティアあるいはリリ派だったので、いっその事ヘスティアとベル君を思いっきりイチャイチャさせようと発起したのもこの章からだった筈です。この頃はヘスティアはガチで死ぬ予定だったので(代わりにベルと結ばれるのはリリ。彼女の手紙がエピローグで出てくるのはその名残だったりします)思い残す事の無いように出来るだけヘスティアさんを優遇していきました。後半はある意味もう一人の主人公状態でしたね、ヘスティアさんは。

 そんな思惑もあり、ヘスティアさんと主人公は仲良くなり、そして当初の予定から大分変わった最終章でヘスティアさんが散々悩む事となったのです。FF10的な関係にヘスティアさんとベル君がなる事も、この頃に決めた筈です。

 

 

 

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『第五章あるいはリチャード君、フィン君の話』

 

『調子こいてやらかした設定に苦しんだで賞』第二弾の章!! 

 イシュタル・ファミリアだけでなく、新設定が出たからってカーリー・ファミリアとロキ・ファミリアまで絡ませて泣きを見たのは何処の誰だい!? 私だよ!!

 実に語るべき事が多いこの章ですがなんといっても言いたいのは、実はこの章でリチャード君はオルシュファンよろしく死ぬ予定だったということですね。

 というのもこの章のテーマは『討伐・討滅戦』で、今後の展開の為にも一度主人公には神様を殺して貰う必要があり、それでもなんの理由も無しに神様を殺してしまってはただの破壊者ですから、一応英雄として角の立たない理由が主人公には必要だったのです。それがリチャード君の死であり、原作キャラを死亡させるのにオリキャラを死なすのはフィフティ・フィフティーで良い感じかなと考えていたのです。やたらとリチャード君が活躍し、目立っているのはそのためだったりします。

 まあ、結果を見れば結局リチャード君は死なず(当初の予定ではリチャード君は闘技場でイシュタル達に殺される予定でした)、イシュタルさんどころかカーリーさんまで死んじゃったのですけどね……。

 なので『イシュタルの場合』なんて題名になってますけど、実質予定では『リチャード・パテルの場合Ⅱ』であり、気付いたら『フィン・ディムナの場合』になっていました。この章が今までに無く長くなったのは、フィンさんを出したがためだったと思います。本当、面白半分でフィンの婚活再現なんてするもんじゃ無かったですね。

 この章を書いていてつくづく思ったのは、恋愛話は書くのも読むのも自分は苦手なんだなということです(あと風呂敷は畳む時の事を考えて広げるべきである)。

 あと、この章だけ愛用の紀行録が無いんですよね、それぽっいのは一応書いたのですけど結局物語を進めるためにボツにしました。何故かというと、この頃から年内完結を意識し始めたからです。

 

 

 

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『第六章あるいはマリウス、ウラノス、黒竜、ヘスティアの話』

 

 ようやくこぎつけた最終章でしたが、当初のプロットからは大分変わった部分が多くなってきていました。

 ちなみに当時書いたプロットはこれです。

 

『異端児からの救援要請がある。

 ダンジョン内に異変、特に深層付近で。まるで何かを恐れるように逃げ出そうとするモンスター達。バハムートの覚醒が近い。

 地下第88階層から、地上へ侵攻してくるバハムート。

 異端児からの要請を受け、深層へ進行する冒険者達。そこで修復するバハムートを発見する? もしくはその確たる証拠を掴む。

 バハムートの目的は、人間たちへの復讐。ドラゴン族の怨念とダンジョンの怨念によって正気を失っている。あるのは狂おしいほどの人への怨念。

 バハムートの正体は、5年前ルイゾワに倒された「蛮神バハムート」の残留エーテルが、あの異常なエーテル場の影響(第七霊災によって次元圧壊が発生した影響もある)で次元の壁を超えオラリオの地下ダンジョンに召喚されたため。

 ダンジョンに召喚されたのは、大量のエーテル力場があったため(エオルゼアとオラリオが繋がりやすい状態になっていた)。

 召喚されたのは僅かな、バハムートの残留エーテルだったが、ダンジョン内のモンスターや魔石を喰らうことで修復していた。

 ダンジョンは自らの頭上にある蓋を破壊するための力を欲していた。

 最終話は蛮神バハムート戦。ルララが召喚された理由はバハムートを討伐せし者だから。バハムートに対抗するために星が召喚した(一時的にハイデリンから借用した?)光の戦士使いが荒いのはどの星でも同じらしい。

 最終決戦は「地上バベル跡地」光の戦士対バハムート、内容は真成4層のオマージュ。

 バベル崩壊、メガフレアで。神話の様に崩れ去るバベル。それを見て心が折れる人と神。

 圧倒的な力を見せるバハムートに、恐怖する人々と神々、冒険者。その中で果敢に挑むルララ。その姿は正に英雄だった。

 一度は敗北しそうになるルララ。ここでAnswer。

 しかし「超える力」発動。かつて共に戦った冒険者の幻影が現れる。

 最終的に討伐成功し、エーテルへと帰るバハムート。その中で光の戦士もエーテル海へと帰る。勤めを果たし、役割を終えた冒険者はもうオラリオに必要ない。行き過ぎた力は無用な争いを招くからだ。

 最後は、復興するオラリオでお終い』

 

 大分変わっていますね。

 特にこのプロットではマリウス君もウラノスさんも黒竜さんも(異端児は辛うじていますけど……)ヘスティアさんも影も形も無いです。

 それが書いていく内にドンドン変わって行ったのですから面白いものです。

 ちなみにそれぞれのキャラのモデルは、マリウス君がウォッチメンのオジマンディアス。ウラノスさんがルイゾワ。黒竜さんがニーズヘッグとフレーズヴェルグを足して二で割った感じです。

 それぞれの確固たる設定が確立し最終決戦に参戦が決まったのは、マリウス君が第三章あたり(確か書いていてコイツを光の戦士にしたら面白いんじゃないか? と思ったんです)、ウラノスさんは第四章(言うまでも無くルイゾワ要員)、黒竜さんが第五章序盤あたり(当時、竜詩戦争がクライマックスだったのです)だったと思います。なので、第二章のマリウス君と第三章以降のマリウス君とでは結構キャラが違っていて笑えます。

 とはいえ最終決戦の展開は随分と前に練り固めてあり、カルテノーの戦いオマージュや、蛮神バベルのネタばらしの展開、ウラノスのルイゾワスマイル、主人公の戦い、ヘスティアの消滅、エピローグに、エンディングと想像していた通りの展開を書けて大満足だったりします(バハムート対黒竜戦が結構適当なのは一番最近に考えたからですねきっと)。

 しかし、そこまでに至る伏線をはり、はった伏線を回収し、ヘスティアから主人公に恩恵(ファルナ)を与えるために光の戦士にして(お陰でPT全員が光の戦士になっちゃったよ……)、戦う理由を与えるのは結構大変でした……。お陰でぶっちぎりで長い章になりましたね。正直、最後の一文である『光の戦士』を書くためにここまで苦労するとは思ってもいませんでした。

 ちなみに最終話だけはおすすめする(というかそれをイメージして書いていました)BGMがあるのですが、バハムート戦は『Answer』、ヘスティア消滅が『FF10のED』、リリの手紙が『FF12のED』、最後のエンディングが『FINAL FANTASY』です。もし気が向けばこれを聞きながら読んでみて下さい。

 最後に、消滅するはずだった(本当に消滅する予定だったのですよ!)ヘスティアがなぜ生き残る事が出来たのかというと、切っ掛けはとある感想だったりします。これ以外にも感想や評価文に影響を受けて展開を変更し、結果的によりよい小説を作り上げる事が出来たと思います。本当にありがとうございました。

 

 

 

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『まとめ』

 

 取り敢えず、今書きたい事を勢いのままに書き連ねてきましたが、他に何か聞きたい事や知りたい事があれば気軽に聞いて下さい。感想などで聞いてくれれば出来る限り返答したいと思います。

 さて、このあとがきを書いている時点(2016/12/23 18:29現在)で我が小説は……。

 

 UA242,264

 お気に入り1,725件

 感想505件

 評価数110件

 誤字報告123件

 

 となっています。

 なんの経験も技量もないド素人が初めて書いた処女作でしたが、こんなにも沢山の人に見て貰えて本当に感無量です。

 特に感想に関しては他の作品に比べて抜きんでた数の投稿があり、挫けそうになったり、止めたくなったり、諦めたくなったりした時に凄く励みになりました。この場を借りて感謝申し上げます。

 それから、誤字報告に関しても基本投稿したらしっぱなしの私なので、死ぬほど有り難かったです。重ね重ね感謝申し上げるしだいであります。

 後はこの小説を書くにあたって色々と相談に乗ってくれたFCマスター、それからフレンドの皆さんには感謝をしてもしきれないです、本当にありがとうございました。

 当初の目的であるFF14の小説も意外に増え、ファンフェス前に完結出来たので(本当は書籍化して吉Pに渡したかった……)、もうやり残した事はもう無さそうです。

 今後は一度自分の作品を見直しし加筆修正などをしていきたいと思います。なので、おそらく続編は無いと思います。

 

 さて気付けば最終話よりも長くなってしまったあとがきですが、そろそろ飽きてきたのでここらで終わりにしたいと思います。

 

 では、今度はエオルゼアで会いましょう!

 

 

 

 

 




 あっその前にFF15やらなくちゃ!


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