ガールズ・ア・ライブ (ダイナ)
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十香トラブル1

 とある日の朝、五河家では平穏な時間が流れていた。

 士道は朝食と弁当を作りながら、時間を確認すると、七時を少し過ぎた頃だった。

 普段なら、妹である琴里がすでに起きてくる時間なのだが、今日は未だにその顔を見ていない。

 

 「寝坊か……?」

 

 そういえば、昨日は夜遅くまでテレビを観ていた気がする。確か、夜更かしすると大きくなれないぞと少しからかったら、白かったリボンが一瞬で黒くなって蹴り飛ばされたのだ。

 しょうがないなぁ、と呟くと士道は朝食と弁当作りを切りの良いところまで手早く進めた後、琴里を起こすため、琴里の部屋に向かった。

 

 

 案の定というべきか、琴里はすやすやと寝息を立てていた。あまりにも気持ちよさそうに寝ているため、起こすことに躊躇するレベルだ。

 だが、ここで起こさないと琴里が学校に遅刻してしまう。────────仮にかろうじて、間に合ったとしてもゆっくりと朝食を摂っている時間はなくなるだろう。

 よって、士道は心を鬼にする覚悟を決めて、琴里を起こしにかかった。

 

 「ほら琴里、もう七時過ぎてるぞ。そろそろ起きないと朝ごはん食べる時間なくなるぞ?」

 

 身体を揺すりながら声をかけると、目を覚ましたのか琴里は目をこすりながら起き上った。

 

 「なんなのだお兄ちゃん。私はまだ眠いぞ? つまり、もうちょっと寝かせて…くれ……なの…だ……」

 

 「だから!! 学校に遅刻するぞ!」

 

 言いながら、眠り始めた琴里を士道は慌てて起こしにかかった。

 昨日何時まで起きていたのかは分からないが、この分だと相当夜更かししたらしい。

 結局、琴里が起きるのに更に数分の時間を要した。

 

 

*  *  *

 

 

 何とか、琴里に朝食を食べさせ、玄関で見送りを済ませると、士道は手早く食器を洗ってから身支度を始めた。

 幸い、戸締りをしてから自宅を出る頃にはまだ少し時間に余裕を持つことができた。

 

 「シドー!」

 

 自宅を出てすぐ、名前を呼ばれたため振り替えると、五河家のお隣に位置するマンションの前に長い闇色の髪と手を思いっきり振りながら士道の名を呼ぶ冗談のように美しい少女がいた。

 

 「十香!」

 

 その少女─────夜刀神十香は士道の前まで来ると、笑顔で挨拶した。

 

 「おはようだ! シドー!」

 

 「あぁ、おはよう!」

 

 二人は挨拶を交わすと、一緒に学校へと向かった。

 

 

*  *  *

 

 

 「そういえば、シドー。最近、新しく遊園地ができたそうだぞ!」

 

 「あぁ、なんかテレビでやってたな」

 

 士道も詳しいことは知らないが、テレビのCMでそれらしきものを何度か観ている。

 なんでも、行ったカップルは必ず幸せになれるという伝説があるらしいが、なんで最近できた遊園地にそんな伝説があるのか士道には不思議でたまらなかった。

 

 「それでだな、シドー。もし、よかったらなんだが……一緒に行かないか?」

 

 「そうだな。新しくできたんなら、一度みんなで行ってみるか」

 

 十香の誘いを受けて、士道はすぐにそう答えた。その瞬間、十香の顔が一瞬寂しそうな、それでいて悲しそうな顔になったのを士道は気づけなかった。

 

 「う、うむ。そうだな! みんなで行けば……きっと、楽しいだろう!」

 

 士道が指すみんなとは十香と同じ精霊のみんなのことを指しているのだとすぐに十香は気づいた。だからこそ、寂しそうで悲しそうな顔は一瞬で引っ込めて笑顔になったのだ。

 みんなと行けばきっと楽しい。その言葉に嘘はないし事実、楽しいだろう。だが、この時の十香が一緒に遊園地に行きたいと思っているのは「みんな」ではなく────────。

 

 

*  *  *

 

 

 学校に着き、授業が始まっても、十香の心は晴れなかった。

 どうして、晴れないのか原因は分かっている。分かっているのだが──────分かっているだけで、解決させようという気持ちにはなれなかった。

 

 「みんな……か……」

 

 考えてみれば当然のことだ。新しい遊園地に遊びに行くのなら、みんなで行くのが一番だろう。きっと、楽しみすぎて当日寝不足になることまで予想ができる。

 だが、十香が最初に遊園地の話題を出したとき、みんなで行こうとは考えていなかった。いや、決してみんなの存在を忘れているとかそんな訳ではないのだが、CMに見たときに思ったのだ。

 

───────ここでシドーとデェトしたいなぁ、と。

 

 つまり、十香は遊園地に「みんな」と行くのではなく「士道」と行きたかった。 

 三人でも四人でも五人でもそれ以上でもなく、二人だけで行きたかったのだ。

 

 「……………はぁ」

 

 十香はそんなことを考える自分に少し嫌気を感じてきた。

 みんなで一緒に遊園地に行くことが悪いわけではないのに、ここまで悩んでしまう。

 これでは、まるで自分が嫌な奴みたいだった。

 

 

 気付いたら、授業は終わり、昼休みになっていた。

 十香は士道が作った弁当をカバンから取り出すと、すぐに士道の机に向かう。

 

 「シドー、昼餉を共にしよ───────」

 

 「士道、お弁当を作ってきた。外で一緒に食べよう」

 

 「なっ!? 鳶一折紙!?」

 

 だが、十香が士道を昼食に誘うよりも先に、白いショートカットの髪をし、表情から感情が窺えない少女─────鳶一折紙が弁当を二つ持って、士道に話しかけていた。

 

 「な、なんでお前がシドーと一緒に昼餉を一緒にするのだ!? シドーは私と一緒に昼餉を共にするのだ!」

 

 「恋人同士がお昼を一緒にするのは当然のこと。むしろ、あなたは何故邪魔をするの?」

 

 「いつ、貴様がシドーと恋人になったのだ!?」

 

 「ちょっ!? 落ち着け十香! ………弁当はみんなで食おう。な?」

 

 いつもと同じように、二人の喧嘩が始まりそうだと悟った士道はすぐに妥協案を出しながら二人をたしなめる。

 いくら、二人の口喧嘩が日常化してるといっても、やはり、士道としては良い気持ちがしないのだ。

 いつもなら、ここで仕方なく三人で食事をする。だから、士道もいつも通りそうなるのだとばかり思っていた。

 だが、現実は常に変わる。

 

 「……………みんな、か」

 

 「十香?」

 

 何故かは分からないが、十香は士道の言葉に酷く落ち込んだ。

 二人ではなく、みんだ。

 それは数時間前に十香が士道を誘った遊園地と同じような状況だ。

 

 胸が苦しくなる。

 

 自分の中で何か、悪いものが広がっていくような感覚。

 それは言い方を変えれば嫉妬。あるいは、自分だけを見てくれないことによる苛立ちだ。

 

 「………すまない、シドー。気分が悪いからちょっと、外に行ってくる。昼餉もそこで済ませるとしよう」

 

 「おい、十香!?」

 

 十香は士道の言葉を聞かず、飛び出していくかのように教室を出て行った。

 なんだか、これ以上自分の姿を士道に見てもらいたくなかったのだ。

 ───────きっと、今の自分は醜いだろうから。

 

 

*  *  *

 

 

「十香のやつ……一体どうしたんだ?」

 

 夕食の準備をしながら、士道はそう呟いた。

 先程、夕食を一緒に食べないかと誘いに行ったら拒否されてしまったのだ。十香一人を除け者にしてみんなで食事をとるのはあまり気持ちのいいものではないため、結局、今晩は琴里と二人きりで食べるつもりだ。

 別に二人だけで食べるのが嫌だという訳ではないのだが、やはり少し寂しい。

 

 

*  *  *

 

 

 「十香が? なんでよ」

 

 夕食を食べ終え、食器を洗い終えると士道はお気に入りのチュッパチャプスを口に含みながらテレビを観て寛いでいる琴里に十香のことを存在した。

 もしかしたら、同じ女性でもあり何かと鋭いところのある琴里なら何か分かるかと思ったのだ。

 

 「士道……あんた一体何をしたのよ! まさか!? 十香に何か変なことしてないでしようね?」

 

 「するわけないだろ!?」

 

 「分からないじゃない。あなたのことだから十香にキスさせろゲヘヘとか言って迫ったんじゃないの?」

 

 「酷い言いがかりだなおい!?」

 

 一瞬、琴里に相談を持ち掛けたのは失敗だったのではないかと不安になってきた士道だったが、そんな士道の反応を察知したのか琴里は軽く一度ため息をつくと、リモコンを操作してテレビを消し、改めて士道の方を向いた。

 

 「それで、本当に心当たりはないの?」

 

 「心当たりって言われてもな………」

 

 特に思い当たることはない。……が、十香が理由もなく夕食の誘いを断るとも思えないため、士道は今日十香と一緒にいた記憶を遡っていく。

 ふと、遡っていった記憶が終盤に差し掛かった時、士道の頭に何かが引っ掛かった。

 

 「どうしたのよ黙り込んじゃって。何かわかったの?」

 

 「いや、これが理由かは分からないが、今朝、十香に遊園地に行こうって誘われてさ。……そういえば、十香の様子がおかしくなったのもそれぐらいからかってな」

 

 「ふ~ん、ちなみになんて答えたの?」

 

 「いや、普通にみんなで行こうかって」

 

 「……ッ!? なるほど……そういうことね」

 

 「ん? もしかして、何かわかったのか?」

 

 琴里の様子から何かを察したと思った士道はすぐに琴里に聞いたが、琴里はすぐには返事を返さずに士道の方を睨むような視線で見つめる。──────まるで、本当に分からないのかと問いかけるかのように。

 そのような視線を向けられた士道は琴里の問いかけを察し、その時の様子を思い出しながら考えを巡らせるが、琴里の無言の問いかけに対する回答が見つからない。

 

 ─────本当にこの兄は……女心が全然分かってない!

 

 いつまでも考え続ける士道を見かねた琴里は心の中でそうぼやいた。

 

 「あのね……十香はあなたと一緒に遊園地に行きたかったのよ。他の誰かやみんなと一緒じゃなくてあなたと一緒に!」

 

 「────なッ!?」

 

 琴里の思いがけない言葉に士道は言葉を詰まらせた。

 だが、思い返してみれば昼休みにお弁当を食べようと際にも十香は『みんな』という言葉に過剰に反応していた気がする。

 

 「じゃあ………十香は………」

 

 「おそらく、みんなが一緒にいることに対して不満を感じている自分に嫌悪を感じたんでしょうね」

 

 そこまで言われてやっと士道も理解した。

 十香に遊園地に誘われた際に返した『みんなで行こう』という答え。その答え自体が間違っているとは思えないし、実際に最近は遊ぶ時にはみんなでだった。

 だが、今回に限っては十香は『みんなと』ではなく『士道と』行きたかったのだ。

 ──────ではなぜ、みんなとではダメなのか? それはきっと十香自身にも分かっていない。分かっていないからこそ、十香の様子はおかしかったのだ。

 

 「─────どちらにせよ、このまま十香を放っておくわけには行かないわね。ところで、士道。最近できた遊園地のペアチケットを手に入れる予定なんだけど、生憎その日、私用事があって……あなた、誰かと一緒に行く?」

 

 なんで、ペアチケットを手に入れる予定があるのだとか、その日とは一体いつを指しているのかとか、気になるところはあったが、そんなものは無視して士道は軽く笑みを浮かべた。

 

 「ああ、ちょうど誘いたいやつがいたんだ。今から誘ってくるよ─────ありがとな、琴里」

 

 「へえ、そうなんだ。いってらっしゃい─────どういたしまして」

 

 優秀な義妹いもうとに心の中で感謝しながら士道は自宅を出て行った。

 

 

*  *  *

 

 

 ─────私は何をしているのだろう。

 

 学校から帰り、士道からの夕飯の誘いを断ってから十香は自分の部屋のベッドの上で膝を抱えながら、ずっと同じことを考えていた。

 

 「みんなと行けば楽しい……シドーの言う通りだ。何も間違ってはいまい………間違っているのは……私だ」

 

 心の中で悪いものが広がっていく。………そんな、漠然とした不安が十香を襲っていた。

 

 みんなと遊園地へ行く────当然だが、素晴らしい考えだ。確かに、士道と二人で行くのもとても魅力的だが、みんなで行くほうがきっと賑やかだろう。

 

 みんなで遊園地へ行く様子を想像すると、すぐに楽しいという確信ができた。同時に心の中の悪いものが小さくなっていく感覚まである。

 

 ──────そうだ、いつまでも情けない姿をシドーに見せるわけにもいかない。

 

 十香はベッドから下りると、すぐに行動を開始する。そういえば、まだ夕食を食べていないことに気づいたのだ。腹が減っては戦はできぬというし、まずは夕食を食べよう。

 そして、明日からはまたいつも通り、みんなと楽しい日常を過ごす。十香の部屋に来訪者を告げるチャイムが鳴ったのはそう、心を新たにした時だった。

 

 「誰だ─────む、シドーではないか。どうしたのだ?」

 

 「十香、今朝言ってた最近できた遊園地覚えてるか?」

 

 「う、うむ。無論覚えているが……それがどうしたのだ?」

 

 今朝のことを思い出し、また、心の中の悪いものが広がっていく感覚が十香を襲うが、表情には出さずにそう答える。

 情けない姿を士道に見せるわけにはいかないと思ったばかりなのだ。何より、士道に心配をかけさせたくない。

 そう考え、十香は冷静さを失わないように心掛けながら士道の次の言葉を待った。

 

 「よかったら、次の日曜日にそこで俺とデートしないか?」

 

 「なぬッ!?」

 

 が、十香の冷静さは一瞬で吹き飛んでしまった。




 読んでくれてありがとうございます。
 せっかくの後書きなので何か書こうかと思いましたが、何も出てこないのでこの作品の説明だけします。

 この作品は基本的にヒロイン別の短編集で一つの話が大体三話で完結する予定です。

 はい、終わりです。
 では最後に一言────琴里マジ優秀!


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十香トラブル2

 「シ、シドー! ……で、デェトとは私とか?」

 

 「お前以外にいないだろ?」

 

 「だ…だが、急すぎる……何故?」

 

 顔が赤い。混乱が収まらない。

 士道が言っている言葉の意味は理解できるのに、心と頭がそれを上手く処理してくれないため、十香は混乱した状態のまま言葉を紡いでいく。

 

 「あ……あの……どうしたんですか? 二人とも?」

 

 『あ~れれ~? もしかして、よしのんたちお邪魔しちゃった?』

 

 十香が言葉にならない言葉を紡いでいくと、新たな人物が士道たちに話しかけてきた。

 水色の髪と蒼玉の瞳を持ち、左手にはコミカルなデザインのウサギのパペットをはめている少女───四糸乃はいまだに混乱状態にいる十香の方を不思議そうに見ながら、主に士道に向けて問いかけていた。

 

 「ああ、実は十香に少し用事があってな。二人はどうしたんだ?」

 

 「私はその……七罪さんの部屋で遊んでいて今、帰ってきたんです……」

 

 そう言われて、士道は十香と四糸乃の部屋がマンションの同じ階に位置していることを思い出す。

 おそらく、最上階に住む七罪の部屋から自分の部屋に戻る際に士道たちを見つけたのだろうが、中々どうしてタイミングが悪い……。

 

 『んで、士道くんったら、十香ちゃんに何しちゃったの~? 今だったら琴里ちゃんに黙っててあげるからさ。さっさと吐いちゃいなよ~』

 

 「いや、別に何かしたってわけじゃなくてだな………俺はただ……」

 

 四糸乃が左手につけているパペットである『よしのん』に言葉を返す士道だが、その言葉は途中から力を失っていく。

 士道は十香をデートに誘っていた。二人でデートをするつもりなのだ。

 なので、無用に他の人に知られるのはあまり好ましいことではないと思ったのだ。

 

 『もうはっきりしないな~。十香ちゃんはどうしたの?』

 

 「わ、私か!? う、うむ、私は士道に───────」

 

 ─────デートに誘われたのだ!

 その言葉がのど元から引っ掛かって出てこなかった。

 理由は……分かる。分かってしまう。

 ここで四糸乃や『よしのん』にデートのことを知られるのが怖いのだ。先ほど、士道から誘われたデートの誘いが『みんな』のものになるのが怖いのだ。

 

 ─────あぁ、なんて嫌な女なのだろう。

 

 これでは四糸乃たちに申し訳ない……早く、本当のことを言わねば。そう、思ったとき。

 

 「─────十香をデートに誘ってたんだ」

 

 「あ………」

 

 「そう、だったんですか」

 

 『へえ~、デートねえ~。ねえねえ、士道君! そこには四糸乃は招待されてるのかな?』

 

 「よ、よしのん……っ!!」

 

 「はは……もちろん、と言いたいけどごめんな。遊園地に行く予定なんだけど今回はペアチケットしかなくて、四人は行けないんだ。次は絶対に招待するから今回だけ見逃してくれないか?」

 

 『んもう~!! しょうがないな~!! でも、次こそはよしのんたちも誘ってよね!』

 

 「ああ、もちろん」

 

 少し申し訳ない気持ちで士道は言葉を返す。

 確かに、ペアチケットしかないのは嘘ではない。が、ラタトスクなら追加でチケットを手に入れることだって可能だろう。

 

 四糸乃は『よしのん』と士道がお喋りをしている間に、十香のことを横目で見る。

 どこか、元気がないように感じる。士道が十香をデートに誘ったのと関係があるのかもしれない。

 もしそうなら……邪魔をしてはいけないのだろう。

 

 「じゃあ、士道さん……私達は部屋に戻りますね」

 

 「ああ、気を付けて……っていっても、すぐそばか」

 

 「そうですね……では、頑張ってください」

 

 そう言って、四糸乃と『よしのん』は部屋に戻っていく。

 二人が部屋に戻るのを見届けると、士道は改めて十香と向き直る。

 

 「それで、十香……どうだ? 日曜日のデートは?」

 

 「う……うむ、もちろん良いぞ! 楽しみだな! ……本当に楽しみだ」

 

 デートの楽しみに十香の心は温かくなり、今から日曜日が楽しみになる。

 だが、四糸乃達に士道にデートに誘われたことを自分で言えなかったことが小さな棘となって、十香の心に刺さり続けていた。

 

 

*  *  *

 

 

 そして、日曜日はやってきた。

 デートの雰囲気を味わうため、待ち合わせ場所は今回のデートの場所である遊園地になっている。

 集合の時間は午前十時。その十五分前である九時四十五分に士道は遊園地のチケット売り場の前で十香を待っていた。

 

 『───今回はこちらから必要以上のサポートはしないわ。ただ、いつでも動けるようにはしてるから何かあったらそのインカムを使って連絡しなさい』

 

 「……あぁ。分かっている」

 

 『そう、じゃあ。くれぐれも十香を不機嫌にさせないようにね』

 

 そこまで言って、士道の耳につけているインカムから発せられていた琴里の声は途切れた。

 まだ、待ち合わせの時間にはあるためどうやって時間を潰そうかと、士道は考え始めるが─────その考えが本格化するまえに待ち人は来た。

 

 「シドー!! 待たせたのだ!」

 

 「おうっ! 早かったな! まだ待ち合わせには十分あるぞ?」

 

 「それならば、シドーの方が待っていたではないか」

 

 「ははは……違いない。行こうか?」

 

 「うむっ!」

 

 士道はあらかじめ琴里から貰っていたペアチケットを使用して、何の問題もなく十香とともに遊園地の中へと入っていく。

 日曜日の昼間だからか、あるいは最近できたばかりなのかは定かではないが、遊園地の中は士道の想像をはるかに超える混雑っぷりを見せていた。

 

 「どうする十香? 結構混んでるからまずは空いてるところから乗っていくか?」

 

 「……ん、そうしよう」

 

 十香からの許可も得られたので、周りを見渡して空いてるところを探していく。

 ジェットコースターといった絶叫系は流石というべきか長蛇の列が並んでいる。これは多少並ぶことは覚悟しないといけないな……と、そのことを十香に告げようとすると────

 

 「シドー! あれはなんだ?」

 

 「ん?」

 

 ────する前に、当の本人に呼ばれて指さす方向に振り向くと、そこには床と固定されて回転する馬や馬車とそれらに乗って楽しそうに笑顔を浮かべている子どもたちの姿があった。

 

 「あれは……メリーゴーランド? 十香、あれに乗りたいのか?」

 

 「うむっ! みんな楽しそうではないか!」

 

 十香の言葉に士道は右手の人差し指で自分の頬をかいた。

 楽しそうなのは確かだが、今目の前で楽しそうにしているのは主に小学生以下と思われる子どもたちばかりだ。中には恋人同士と思われる大人も乗っているが、子どもたちばかりの場所にいるその姿は正直浮いている。

 

 ────────でもまあ、悪くはないか。

 

 隣で目を輝かせながらメリーゴーランドを見ている十香を見て、そこまで深く考える必要はないと思った士道は十香の方を見ると、言葉を返した。

 

 「確かに楽しそうだな……行くか?」

 

 「うむっ!!」

 

 

*  *  *

 

 

 「は~~、少し疲れたな」

 

 「そうか? 私は楽しいが」

 

 十香の底知れない体力に苦笑しながら士道は案内された席に座って近くにあったメニューを眺め始める。

 

 メリーゴーランドに乗った後、空いてる乗り物を中心にいくつか乗っていると時間はすでに昼を超えていたため、遊園地の中にあるレストランに入って今に至るのだが────士道はここまでの経緯を思い出して、軽く笑う。

 

 「でもまさか、バイキングに三回も乗るとは思わなかったな」

 

 「何を言うシドー! あれは病みつきになるぞ!」

 

 「確かにな………あの風を切る感覚とかがジェットコースターとはまた違う面白さがあるな」

 

 「ん。やっと士道も認めたな……というわけで、昼餉を終えたらジェットコォスタァに乗るぞ」

 

 「食べてすぐに絶叫系に乗って大丈夫なのか? 少し休憩してからのほうが……」

 

 「何を言うシドー! あれだけ待ってる者たちがいるのだ。待つだけで休憩になってしまう!」

 

 「……確かに」

 

 十香の言い分に思わず納得してしまった。

 

 

*  *  *

 

 

 士道と一緒に談笑をしながら昼食を食べる。その時間はとても楽しく、間違いなく今の時間は幸せだと十香は思う。それなのに、どこか心が重い。今の状況は本当に正しいのかと不安になる。

 理由は分かっている。今、ここにいるのが『みんな』ではないことに違和感を感じているのだ。

 

 ────────私は嫌な女だ。

 

 士道にデートに誘われたときに、四糸乃にすぐにそのことを教えられなかったことを思い出す。

 あの時、どうして言えなかったのか? 『みんな』で遊ぶことが嫌なのか?

 ─────違う、そうじやない。みんなは大切な友だ。それなのに、遊ぶことが嫌なはずがない。……はずが、ないのだ。

 自分が分からない。だが、少なくとも分かることはある。それは士道に心配をかけさせないことだ。

 十香は不安定になっている心を無理やり奥底に閉じ込め、せっかくの時間を楽しむことにする。

 ──────『みんな』に対する罪悪感を感じながら。

 

 

*  *  *

 

 

 ジェットコースターは予想通り、非常に混んでいた。

 しかし、隣に誰かがいて、話をすることができるというだけで列に並んでいる間の長い時間は体感的には早く過ぎ、気づけばもう次は自分たちが乗る番になっている。

 そして、二人はジェットコースターに乗ったわけだが──────

 

 「シドー! シドー! ジェットコォスタァというのはすごい楽しいな! もう一回乗りたいぞ!」

 

 「ま、待ってくれ十香………少し、休憩させてくれ」

 

 十香の言う通り、ジェットコースターは楽しかった。士道もそう思う。しかし、猛スピードで方向を変え、宙返りを連続で三回もしてしまうこのジェットコースターは少なくとも昼食を食べたばかりの人間が乗るものではなかった。

 だが、十香はそう思わないようで少し不服そうに士道のほうを見ている。どうやら、バイキング同様ジェットコースターもお気に召したらしい。

 

 「俺はそこのベンチで休憩しているから、行って来いよ」

 

 「う……うむ。シドーは平気なのか? 少し顔色が悪いが」

 

 「大丈夫だ。十香が戻ってくるころには回復してるだろうし」

 

 「ん。では行ってくるぞ!」

 

 「おう!」

 

 十香を見送り、近くにあったベンチに腰掛けた士道は軽く深呼吸して呼吸を整えると、再びジェットコースターの列に並び始めた十香の様子を見る。

 その表情は士道を心配してか少しだけ陰りがあるが、しばらく見ていると列が進みジェットコースターの順番が近づいてきて笑顔になった。

 

 楽しそうだな───と思う。

 

 琴里は十香が自分自身に対して嫌悪感を抱いていると言っていた。だから、十香の様子がおかしかったのだと。

 

 今回のデートで、そんな自分に抱いている嫌悪感を解消してくれればと士道は心の底から思った。

 

 

*  *  *

 

 

 二度目のジェットコースターを乗り終えた十香は戻ってくると同時に三度目を乗りたいと言ったが、まだ他にも行っていないところがあるからそっちに行こうと言う士道の言葉に「ん」と頷き、二人は『ミラーハウス』に行った。

 

 「おおっ! シドーが一杯いるぞ! んん? 私もだ! っと、なんだこれは? 行き止まりか?」

 

 「気を付けろ十香! どこが行き止まりか分からないからそっと歩いたほうがいいぞ」

 

 「うむ………そうす痛っ!?」

 

 見渡す限り鏡で形成されている空間に士道も十香も苦戦し、出口に辿り着くころにはへとへとになっていた。

 そのため、ソフトクリームを買いベンチで一休みしたあとに今度はお化け屋敷へ行き、お化けに驚いた十香がお化けを殴るといったハプニングを起こした。

 

 ────────そして、気づいたら日も傾き始めてきた。

 

 「もう、こんな時間か………どうする? そろそろ帰るか?」

 

 「うむ……このパンフレットとやらを見てもほとんど遊んだみたいだな───────いや、待てシドー! 最後にあれに乗るぞ!」

 

 パンフレットを読んでいた十香は突然顔を上げると、どこかに指を指した。

 十香の指さした方向を見ると、そこにゆっくりと回転し続ける巨大な車輪が見えて士道は軽く笑う。

 確かに、デートの最後といえばあれだ。

 

 「ああ、乗るか!」

 

 「うむっ!」

 

 そう言って、二人は最後に乗るものを決めて、そこに向かう──────目の前でゆっくりと回転し続ける観覧車のもとへと。




 書きながら最近遊園地に行ってないなあとふと思ってしまう今日この頃……。
 
 
 とまあ、前置きはこれぐらいにして今回は十香の短編の中編です。
 短編集だし最初だから明るい話にしようと思ってたら何故か十香の悩みが話の中心になってしまってますが………まあきっとアレです。DEMのせいです。

 次回は十香編のラスト!


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十香トラブル3

 観覧車=デートの最後という図式でも存在するのか、観覧車を並ぶ列には恋人らしき二人組が多く見られた。

 

 「こりゃすごいな……十香、少し待ちそうだけど大丈夫か?」

 

 「う、うむ。問題ない」

 

 「……十香?」

 

 十香の反応に違和感のようなものを感じ、士道は視線を列が並ぶ前方から横の十香の方へと移すが、十香はじっと前方の恋人たちを見ている。

 その表情はどちらかというと暗く、とても目の前の光景に癒されてるとか羨んでいるという風には見えない。

 その姿を見て、士道の心は痛んだ。

 今、十香が何を考えているのかは分からない。だけど、その様子から幸せなことを考えているわけではないことは伺える。

 ────救ってやりたい。心の底からそう思う。だからこそ、士道は覚悟を決めた。

 

 

*  *  *

 

 

目の前にいる人たちは笑っている。

 考えても見れば当たり前だ。みんな、大切な人たちと同じ時間を過ごしているのだから。そう、だから、彼ら彼女らと同じように大切な人と同じ時間を共有している十香だって笑顔になってしまうぐらい楽しい。

 ──────いつもならそうなるはずなのに、今は笑顔がつくれない。

 目の前の人たちを見ると、思ってしまう。なんで、自分が士道の隣にいるのか?

 本当だったら『みんな』が正しいはずなのに、どうして、自分が?

 ──────否、理由は分かっている。

 分かっているから、心が痛い。

 

 

*  *  *

 

 

 士道と十香がそれぞれの考えを巡らせていると、気付いたら自分たちが観覧車に乗る番になっていた。

 係員の指示に従いながら、先に十香を乗せ、それから士道も乗り込む。

 

 「ほら、十香! 景色が綺麗だぞ」

 

 「っ!? う、うむ。そうだな! とてもきれいだ!」

 

 士道の言葉に十香はすぐに反応してきたが、その反応は士道が違和感を感じてしまうほどにはぎこちない。

 現に今も景色を見ているようでその目は全く違うものを見ている。

 

 士道の考える通り、十香は景色を見ているようで実際には見ておらず、ずっと観覧車に乗る前に見た恋人たちの風景を思い出していた。

 だが、ふと、ここに来たのは自分が誘ったからなのだと思いだし、十香は考えることを無理やりやめて目の前の風景を見た。

 

 「───────────ッ!!? シドー! 景色が! 景色が綺麗だぞ! なんだこれは!? とにかくすごいぞ!!」

 

 十香の瞳にはネオンサインや照明といった都会が作り出す輝きを映していた。

 おそらく、そういう景色を見られるように設計されたのだろうと士道は考えたが、目の前で小さな子どものようにはしゃぐ十香を見たらそんなことを考えるのが馬鹿らしくなった。

 

 「ああ、綺麗だな! ……本当に綺麗だ」

 

 確かに、観覧車から見える夜景は綺麗でまさに絶景と呼べた。

 だが、そんな絶景を眺めていた士道の視線はすぐに別のものへと移る。

 輝く景色を前にはしゃぐ闇色の髪の美しい少女へと──────。

 

 「………………なあ、十香?」

 

 観覧者はまだ半分も進んでいないため、まだしばらくはこの景色を楽しむことはできるだろう。

 だが、士道には景色を楽しむ前にやらないといけないことがあった。

 そのために、覚悟を決めたのだから。

 

 「どうした? シドー」

 

 「今、楽しいか?」

 

 それは十香にとって唐突な質問で、何故今それを聞くのかが分からなかった。

 だから、自分の気持ちに正直に答える。

 

 「うむ! 楽しいに決まっているだろう? ………だが、何故そんなことを聞くのだ?」

 

 「………楽しいか、よかった。でもさ、だったら──────────みんなに対して遠慮なんかしなくてもいいと思うぞ?」

 

 「─────ッ!? な、なにを……いって……?」

 

 「………このデート中、確かに十香は楽しそうに笑っていたけど、たまにすごくつらそうな表情をしていた。自分を責めていたんじゃないのか?」

 

 「そんな……ことは……ない」

 

 無理やり喉から絞り出したかのような声でそう十香は士道の言葉を否定した。

 だが、その視線は士道から逸らされており、十香が無理をしているのが一目瞭然だった。

 

 「十香」

 

 「………なんだ?」

 

 「俺は今、この時間が楽しいぞ」

 

 「ッ!?」

 

 その言葉に十香は逸らしていた視線を士道の方に戻した。

 

 「今日はみんなはいないけどさ。それでも、十香と一緒にいる。だから凄い楽しいんだ!」

 

 少し照れたように頬をかきながらそう言う士道に十香は何も言うことができなかった。

 自分と一緒にいるから楽しい。この言葉が嘘ではなく彼の本心だということぐらい十香にだって分かる。

 分かるからこそ、十香は何も言えない。

 

 『みんな』に対して罪悪感のようなものを感じている十香にとって士道の言葉はそれほど意外だった。

 

 士道の気持ちは嬉しいし、その言葉は曇っていた十香の心に晴れ間をつくりだした。

 

 「……………私も……シドーと一緒で楽しい」

 

 そう、このデートの間十香は本当に楽しかった。

 楽しかったから、考えてしまう。

 

 「────だけど、みんなとならもっと楽しいのではないか? シドーも本当は私とだけではなくみんなも一緒のほうが楽しいのではないか!?」

 

 もしかしたら、自分の我儘わがままに士道を巻き込んでしまったのではないか?

 本当はみんなと一緒に行きたかったのに、十香が不服そうにしたからこちらに合わせてくれたのではないか?

 ───────だから、本当はあまり楽しんではいないのではないだろうか?

 

 「………十香?」

 

 「思えば、今回のデートだっておかしいのだ!! 私が遊園地のことをシドーに教えたのは今朝なのに………きっと、琴里がなんとかしてくれたのだろ? …………ダメだな私は、みんなに迷惑を─────」

 

 「十香!!!」

 

 十香の言葉を士道の叫び声がかき消した。

 言葉を途中でかき消された十香は驚いたように士道を見るが、士道は叫ぶと同時に席を立っており気が付いたら両肩をつかまれていた。

 

 「さっきも言っただろ! 俺はこのデートを楽しんでいるんだ!! みんなじゃない……お前とのデートをだ!!」

 

 我慢ができなかった。

 目の前で自分を傷つける十香を見ていられなかった。

 

 「確かにみんなと遊ぶのは楽しいよ!! だけど、それは十香とのデートとは違うだろ? どっちが楽しいとかそんなの決められねえよ!! どっちも楽しいんだ!! …………だから、自分を責めなくてもいいんだよ!!!」

 

 十香は茫然と士道を見ていた。

 士道の叫びは狭い観覧車の中ではよく響き、確かな音として十香の耳に伝わっている。

 だが、伝わっているのは耳だけでは決してない。

 

 「シ…ドー…」

 

 気づいたら、自分が泣いていることに十香は気づいた。

 

 ようやく分かった。

 十香はただ士道と一緒にいたかった。

 「みんな」と一緒にいるのは楽しいが、それよりも士道と二人っきりの時間が欲しかった。

 自分だけを見てもらいたかった。

 

 「私が……馬鹿だったのだな」

 

 涙を流しながら、はにかむように笑いながら十香はそう言った。

 士道と二人っきりでいたい、自分だけを見てもらいたい。

 それらは確かに十香の望みだ。だが、それを望んでいるのは十香だけではないだろう。

 それを知っているからこそ、それを望む「みんな」に対して申し訳なかったのだ。

 

 「……シドーの言う通りだ。どっちが楽しいのかなんて決められん」

 

 士道に救われることによって十香は世界の楽しさを知った。

 自分と同じ精霊の友達も数多くいる。

 士道と二人で遊ぶのも楽しいが、それと同じぐらいこの世界でできた友達と遊ぶのも楽しい。

 どちらの方が楽しいかなど確かに決められない。

 

 「シドー!! 私はこのデェト凄く楽しかったぞ!!」

 

 「……ああ、俺もだ!」

 

 「うむっ! だから次はみんなで来よう! こんな楽しいところ、二人ではもったいない! きっと、みんなも楽しいだろう!!」

 

 「そうだな。流石にジェットコースターを連続で二回や三回乗れるやつは限られるだろうけどここ、結構アトラクションもあるからみんな楽しめると思うぞ!」

 

 「うむ! ………だが待てシドー。四糸乃や琴里たちはジェットコォスタァに乗れるだろうか?」

 

 「…………いやまあ、乗れると思うぞ」

 

 十香の言葉に苦笑混じりに答えながら、士道は密かに安心していた。

 なんとなくではあるが、いつもの十香に戻ったような気がしたのだ。

 

 「よし、今日の夕飯は十香の好きなものをつくろうか? 何か食べたいものはあるか?」

 

 「なに!? ならば、ハンバァグが食べたいぞ! シドー!」

 

 「ハンバーグか……じゃあ、帰りに材料買っていこうな」

 

 「うむっ! これは今日の夕餉は楽しみだな!」

 

 十香の明るい笑い声は観覧車が一周し、二人が降りたあとも続いていた。

 その光景を士道は隣から笑顔で見ていた。

 

 

*  *  *

 

 

 「………それで、十香の方はもう大丈夫なの?」

 

 精霊たちも呼んで、みんなで夕飯にハンバーグを食べ、食器を洗っていると琴里に後で部屋に来るように言われた士道は食器洗いが終わり次第琴里の部屋に向かった。

 そして、部屋に入った士道に向けての琴里の第一声がそれだった。

 

 「もう大丈夫だと思うぞ? 夕飯の時にはいつも通りだった気がするし」

 

 「………そう。まあ、夕飯前に〈ラタトスク〉で計測した時の十香の数値は大分安定していたから、実はもうそんなに心配はしていないんだけどね」

 

 「じゃあ、なんで俺は呼ばれたんだ………?」

 

 「あら? 明確な用事がないと呼んじゃいけないのかしら?」

 

 「いや、そういうわけじゃないけどさ」

 

 「冗談よ。あなたを呼んだのはたまには褒めてあげようと思ったからよ」

 

 「褒める?」

 

 はて? 何か琴里に褒められるようなことがあっただろうか……と士道は少し考えてみたが、記憶の中にこれといったものはない。

 じゃあ、何を褒めるというのだろう?

 

 「十香に熱く語ったんでしょ? みんなと遊ぶのは楽しいけどお前とのデートとは違うだろって────まったく、熱いわね~~~」

 

 「んなっ!?」

 

 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言ってくる琴里の言葉が終わった瞬間、士道は赤くなってたじろいだ。

 

 「あなたがハンバーグをこねている間、十香が嬉しそうに言ってたわよ。まったく、おかげで他の精霊が羨ましそうにしてたわよ?」

 

 「そ…………それは場の空気っていうか、なんというか………」

 

 「はいはい……分かった分かった。下で十香たちがテレビ観ていたはずだから一緒に観てくれば?」

 

 「あ……あぁ」

 

 士道としても、この空気は耐え難かったため、琴里の言葉に従う形で部屋を出ていく。

 なんだか、無性に喉が渇いたため、まずは冷えた麦茶でも飲もう────そんなことを考えながら、士道は階段を下りて行った。

 

 

*  *  *

 

 

 士道が部屋を出ていくと、琴里は自分が腰掛けていたベットに倒れるような形で寝転がった。

 

 先ほどの士道の顔は傑作だった。よほど恥ずかしかったのか顔は真っ赤だったし、何よりその状態で言い訳をしようとしたのも琴里の中の悪戯心を煽っていた。

 

 だから、きっと士道は気づいていない。

 十香の自慢に羨ましそうにしていた他の精霊とは『琴里から見た他の精霊』ではなく、『十香から見た他の精霊』だということに。

 ───────────つまるところ、琴里も凄く羨ましかったのだ。

 

 「…………バカ士道」

 

 少女の理不尽な罵倒は誰に聞こえるでもなく、消えていった。

 

 

*  *  *

 

 

 冷蔵庫から麦茶を取り出すと、コップに注いでそれを飲みながら士道は仲良くテレビを見ている精霊たちの様子を見た。

 画面には何やらネコ科の赤ちゃんらしき動物が映っており、その動きに反応して精霊たちも黄色い声を上げていた。

 麦茶を一気に飲むと、士道も一緒にテレビを観るべく居間へと足を進める。

 

 「むっ、シドー!! 見てみろ! 恐ろしいぐらいに可愛いぞ!!」

 

 士道の姿にいち早く気づくと、十香は目を輝かせながらそう言ってくる。

 そんな元気すぎるぐらいに元気な十香の姿に士道は心の底からよかったと思う。

 やはり、十香はこれぐらい元気な方が彼女らしいし、何よりこちらの方が十香らしい魅力に溢れている。

 

 「─────ああ、本当に可愛いな」




 士道の最後の「可愛い」は果たしてネコ科の赤ちゃんに言ったのか? それとも………?

 これにて十香編は終了です。次はみんなのオアシス!!

 最後に一言────やはり、ツンデレは正義だ!


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四糸乃プレゼント1

 また……だ。

 気づいたら、見知らぬ場所にいた。

 

 『………また、攻撃されるのかなー』

 

 少女の左手につけられたウサギのパペットはそのコミカルなデザインに合った明るい声で─────だがしかし、どこか枯れた声で少女に話しかける。

 少女は何も言わない。

 ただただ、これから起こるであろう苦しみを想像して体を震わせる。

 

 ─────怖い。誰か助けて!!

 

 ─────どうして、こんなことをするの!?

 

 かつて、こんなことを叫んだ気もするが、その叫びに対しての返答は些細な違いはあれどすべて同じだった。

 

 ────お前はこの世界にいてはいけない。

 

 それは純粋な殺意。

 少女の叫びは誰にも届かない。

 

 ふと、顔を上げると武装した多くの人間たちがこちらに飛んでくるのが見えた。

 ああ、また始まる………また、痛いことをされる。

 

 「………よろしくね……よしのん」

 

 左手のパペットにそう言うと、少女の意識はゆっくりと閉じていく。

 これからの悪夢に耐えられるように、これから自分を殺しにくるであろう少女たちを傷つけないように。

 少女は後のことは左手のパペットに任せて、心を閉ざしていく──────はずだった。

 

 「ッ!? ……? ………ッ!」

 

 少女を襲ったのは違和感だった。

 左手にいつもあるはずの温もりが突然感じられなくなったのだ。

 目を見開き、震えながら自分の左手に視線を向ける。

 

 視界に映るのは少女の左の掌。

 いつもいる、いてほしい大切な友だちは消えていた。

 

 「あ………あえ…………うっ………」

 

 首を小刻みに振りながら、少女は嗚咽を漏らす。

 

 「─────〈ハーミット〉を捕捉。これより撃退する」

 

 突然聞こえてきた声に少女が振り向くと、武装した人間たちが周りを囲むように飛んでいた。

 いつのまにか、もうすぐそこまで来ていた。

 

 「あ……あ、の────」

 

 「撃て」

 

 ───────『よしのん』を知りませんか?

 

 縋すがるように放たれるはずだった少女の言葉は無慈悲に打ち消され、代わりとでもいうべきかのように弾丸やミサイルが放たれた。

 

 「ぅ、ぇ……ぁ……ぁぁ……」

 

 しかし、弾丸やミサイルは少女に被弾するよりも先に、少女を守るかのように飛んできた氷弾にぶつかった。

 

 「何!?」

 

 「寒い──────気温が低下している!?」

 

 武装した人間たちは少女への攻撃をやめ、すぐに少女から離れていく。

 いつのまにか、ここら辺一体の気温は下がり始め、武装が凍り始めたのだ。

 

 「ぁぁぁ……ぁ、あ……あ、ああああああああああああああああああああああああああ────ッ!」

 

 少女の嗚咽は叫びとなり、それに反応するかのように気温は下がり、氷弾が少女を守るかのように飛び交う。

 

 「……〈氷結傀儡ザドキエル〉……ッ!」

 

 少女がその名を呼んだ瞬間、少女の足元から巨大な人形が出現した。

 少女を背にピッタリと張り付けた巨大な人形は頭部を天に向けると、

 

 ──クゥォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ──

 

 耳鳴りが起こるような奇妙な咆哮を上げた。

 瞬間、少女を守るように飛び交っていた氷弾はその量と速度を上げると、少女を中心とした吹雪となり、吹雪は少女を覆うように渦を巻いて少女を守る結界となった。

 

 

 

 

 

 「ぅ……っ! ぇ……っ!」

 

 吹雪の結界の中で少女は泣いていた。

 ただ、泣くことしかできなかった。

 

 いつも、自分を助けてくれた友だちはいなくなってしまった。

 また………独りになってしまったのだ。

 

 「よ、し、のん……っ……」

 

 寂しく、涙に濡れた声で友だちの名を呼んだ。

 返事はない。当たり前だ。『よしのん』はいなくなってしまったのだから─────

 

 『ダメだよー! そんなに泣いちゃあ可愛い顔が台無しだよー』

 

 ────と、思っていたら声が聞こえた。

 少女はすぐに声がした方に振り向く。

 

 「大丈夫か!? 四糸乃!」

 

 そこには一人の少年がいた。

 優しそうな顔つきの少年で、その左手には少女の友だち────『よしのん』がいた。

 

 「士、道……さんっ」

 

 「もう大丈夫だ………一緒に帰ろう」

 

 「士道……さ、ん────っ」

 

 少年の言葉に少女は涙を浮かべながら走り出し、少年のもとに駆け寄った。

 少年も身を屈めて背の小さい少女の視線に合わせる。

 駆け寄ってきた少女の頭を撫でながら少年は優しい笑みを浮かべた。

 

 「四糸乃……お前は一人じゃない。よしのんも俺もいる……他のみんなもいる」

 

 「……は、い……」

 

 「だから、泣かなくてもいいんだ………一人で、怖がらなくてもいい」

 

 「士、道……さ、ん……っ」

 

 泣かなくてもいいと言われたはずなのに少女は大粒の涙を流しながら少年に抱き着いた。

 ──────すごく恥ずかしいのに、それ以上に心が温かくなる。

 少年は頭を撫で続けながら少女にされるがままになっていた。

 やがて、少女が顔を上げると少年と目が合う。

 しばらく、お互いに見つめあった後ほぼ同時に二人は目を瞑った。

 

 二人の唇の距離は徐々に近づいていき───────すぐに、重なった。

 その瞬間、少女を外部の敵から守っていた吹雪の結界は粉々に砕け──────二人を祝福するかのように綺麗な雪が空を舞った。

 

 

*  *  *

 

 

 目を開いて最初に見えてきたのは毎朝見ている天井だった。

 寝起きでまだ頭がはっきりと動いていないが、なんだかとても幸せな夢を見ていた気がする。

 体を起こし、窓から差し込んでくる光を眺めていると意識がはっきりとしていくに連れて少女────四糸乃の頬を赤くなっていった。

 

 『おはよう、四糸乃! どうしたのー? なんだか顔が赤いけどま・さ・か士道くんに襲われる夢でも見ちゃったー?』

 

 「あ……ぅ……」

 

 朝日を浴びて寝起きの状態から脱した四糸乃は『よしのん』の言葉に頬だけでなく顔全体を真っ赤に染めた。

 決して、士道に襲われた夢を見たわけではない─────ないのだが、なぜか恥ずかしくて堪らないのだ。

 

 『あっれれー? まさか本当に襲われちゃったの? ヤダー夢の中でも四糸乃を襲っちゃうだなんて士道くんったら獣だなー!』

 

 「ち……違うよ! わ、私が見たのは…その……士道さんに襲われる……夢じゃなくて助けてもらう夢……だよっ」

 

 途中、特に『襲われる』の部分は恥ずかしくて小声になりつつも四糸乃はなんとか反論するが、『よしのん』は『ふ~ん』と何もかもを察したかのような返事を返す。

 

 そんな『よしのん』の態度に四糸乃は少しだけ怒ったような視線を『よしのん』に向けるが『よしのん』は呑気に口笛を吹いている。

 

 「……………よしのん」

 

 『分かってるよー。士道くんに助けてもらったんでしよ? 』

 

 「………うん」

 

 『夢の中でも四糸乃を助けるあたり、流石は士道くんってところだねー! まさか、本人がいなくても四糸乃を攻略してくるとは!』

 

 「…………よしのん」

 

 四糸乃は『よしのん』を自分の顔に近づけるとじっと見た。

 分かっていると言いつつ余計なことを言ってくるのだ─────特に後半はいらないと思う。

 

 『怒っちゃダメだよー四糸乃』

 

 「怒ってなんか、ないよ……」

 

 『へー………でも、よかったね』

 

 「え?」

 

 『ちょっと、恥ずかしい夢も見られるぐらい今は平和で幸せだけど、それもこれも士道くんに会ったおかげだもんね!」

 

 表情を変えることなく、明るい口調でそう言う『よしのん』の言葉に四糸乃は目を瞬かせた。

 表情も口調も変わらないが、『よしのん』の言葉はとても優しく温かった。

 

 夢の内容は士道と会う前の四糸乃と状況がそっくりだった。

 夢でも現実でも四糸乃は士道によって救われた。

 だが、士道が救ってくれる前から『よしのん』は四糸乃を守ってくれていた。

 

 ────………よろしくね……よしのん

 

 「そうだね……士道さんのおかげで今、私は幸せだよ………でもね……」

 

 色々な人が四糸乃を助けてくれている。

 怖い人から守ってくれた、住む場所をくれた、友だちになってくれた、居場所をくれた────色々なものを色々な人からもらっている。

 

 「よしのんが友だちになってくれたから私は……きっと、士道さんや……琴里さん、十香さんたちみんなと今…こうやって一緒にいられるんだと思う……だから……ありがとう、『よしのん』」

 

 笑いながら四糸乃は『よしのん』にそう言う。

 

 夢の中でも助けてくれたのは士道だけではなかった。

 ちゃんと、『よしのん』もいた。

 そのことが凄くうれしい。

 

 『……イヤだなー。改めてお礼なんか言われちゃったら照れちゃうよー。まったく……四糸乃は本当に仕方がないなー。それに、よしのんにお礼を言うよりも士道くんに言うべきだよ全く!』

 

 どこかいつもと違って慌てたように言葉を発していく友だちの姿を四糸乃は優しい笑みを浮かべながら見ていた。

 

 

*  *  *

 

 いつもよりも恥ずかしい夢を見て、いつもよりも恥ずかしい朝を過ごした後、四糸乃は朝食を済ませてのんびりとテレビを観ていた。

 画面ではニュースキャスターが今日のニュースを紹介している。

 正直、この世界で本格的に過ごし始めてからまだそう年月を経ていない四糸乃には分からない内容も多少あったが、自分が今生きている世界についてもっと知っておきたいとも思うため、所々で首を捻りながらもテレビを観続ける。

 

 ─────最近、家族や友人などに何かをしてもらう際、それが当たり前になっていて『ありがとう』と言わない若者が増えています。その背景にはインターネットの普及も要因として考えられており…………

 

 「…………ねえ、よしのん」

 

 ニュースを観ていた四糸乃はニュースキャスターの紹介した内容に一瞬驚いたように目を瞬かせると前のめりになって集中して話を聞いた。

 聞いた後、最近の自分の行動を振り返ってみる。

 

 何かをしてもらった時にお礼は言っているはずだ。それは四糸乃に限らず四糸乃の周りにいる人たちにもいえる。

 だけど、『ありがとう』とは必ずしも何かをしてもらった直後に言うものではない。

 今朝、今までの感謝を改めて『よしのん』に伝えたように日頃の感謝を込めて『ありがとう』と言ったりもする。

 

 「私……士道さんに、何かお礼がしたいな」

 

 テレビを観ながらほとんど呟くようにして四糸乃はそう言った。

 『よしのん』は口をパクパクさせながら『そっか~』と返事をする。

 

 『じゃあ、士道くんが嬉し過ぎて涙を流すぐらい素敵なお礼をしよっかー』

 

 「うん。でも、お礼って言ってもなにしよう……?」

 

 「う~ん、そうだねー。士道くんが涙を流すぐらい素敵なお礼をしたいから誰かに相談した方がいいかも……って、今はみんな学校行っちゃってるねー」

 

 「あ……それなら……」

 

 『よしのん』の言葉に四糸乃は自分の提案を伝えると『よしのん』も賛成し、行動の方針が決まるとテレビを消し、出かける準備を始めた。

 

 

*  *  *

 

 朝起きて鏡を見るたびにボサボサの髪の自分に嫌気が差すが、幸いなことに今日は特に用事があるというわけでもなかったため、少し時間をかけて髪を整え、少しだけメイクもしてみた。

 思ったよりも時間はかかったが、なんとか人に見られても笑われない程度にはなったため、簡単に朝食を済ませて、貰いものである中高生向けのファッション雑誌を読んでいると────不意に部屋のチャイムが来客を知らせてきた。

 

 「……こんな時間から誰?」

 

 今の時間、知り合いのほとんどは学校に行っているため、来客者は大分絞られる。

 さては新聞を定期的に買ってくれればお肌がつるつるになるクリームもつけますよ─────あ、でもお客さんにはいらないか。だってもう、手遅れですもんね? ははは! って誰の肌が手遅れだよ!?

 なんてことを考えていたら、霊力が体に漲みなぎってきて能力が使えそうになってきたため、ちょっとばっかし綺麗なお姉さんに変身して笑おうとする新聞勧誘を逆に笑い返してやろうと翡翠の瞳の細身の少女───七罪はドアノブに手をかけたが、

 

 「あの………七罪さん、いますか……? 四糸乃です」

 

 『よしのんもいるよー』

 

 ドア越しに天使の声が聞こえてきた瞬間、漲っていた霊力は頭を支配していた妄想とともにどこかへと消え去っていった。



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四糸乃プレゼント2

 慣れていないため、恐る恐るマンションに備え付けられている紅茶を準備するとそれを二つのカップに入れ、テーブルに持っていく。

 テーブルでは四糸乃と『よしのん』が待っていた。

 流石は我等の天使である四糸乃は待つ姿もどこか神々しい。本当にこんなお茶でいいのか? こんなのものを出したら失礼じゃあないのか? むしろ、今七罪がこの場にいることそのものが失礼ではないのだろうか。

 

 「ごめんなさい。今すぐ死んで詫びます」

 

 「七罪さんっ!?」

 

 紅茶をテーブルに置き、そのまま土下座をしようとした七罪を四糸乃は慌てて止めた。

 四糸乃を困らせるわけにはいかないため、七罪も土下座を諦めると二人は一息ついて紅茶を飲む。

 

 「あっ……おいしいですね。これ」

 

 「本当? 正直種類が多いうえに分からないから適当に選んだんだけど……」

 

 『確かにこのマンションって物が充実しているっていうか、結構充実し過ぎてるよねー』

 

 「……たまに何を使えばいいのか分からなくなっちゃいます」

 

 軽く肩をすくめて、困ったように笑う四糸乃の姿は輝いている。どれぐらいかというと、直視するには眩しくて七罪は思わず顔を背けた。

 

 「………七罪、さん?」

 

 「ごめん、なんでもない。ちょっと、光が眩し過ぎて自分の醜さに気づいたっていうか再確認されたっていうか……」

 

 「………? 七罪さんは醜くなんかないですよ。とても優しいです」

 

 「四糸乃ぉ………」

 

 七罪は目を潤ませながら四糸乃の方に振り返る。

 天使は今日も美しい。戦争やらなんやらやっている人たちは今すぐ四糸乃の言葉に耳を傾けるべきだ。銃を撃つよりも四糸乃の言葉を聞く方が何百倍も価値があるだろう。つまるところ、四糸乃は平和の象徴だ。ピース四糸乃だ。

 

 

*  *  *

 

 

四糸乃が用件を告げたのは七罪がピース四糸乃の偉大さを再確認し、温かい紅茶をのんびりと飲んで一息ついた後だった。

 

 「士道にお礼?」

 

 「……はい。その、日頃のお礼とか……そういったもののお礼がしたくて」

 

 『この時間はみんな学校だからねー。七罪ちゃんしか頼れるのがいなかったんだよー』

 

 「……一緒に考えてくれるとうれしいです」

 

 「もちろん考えるわよ! 四糸乃のためにも良いアイディアを出すように頑張る…………と、言いたいけど……」

 

 四糸乃からの要件を聞いて、七罪は珍しく明るい声を出しながら協力を申し出た──────と思われたが急速にその顔から明るさが消えると代わりに陰気な暗さのみが残る。

 四糸乃と『よしのん』から視線を逸らすように顔ごと横に向けると、七罪はぼそぼそと言葉を漏らす。

 

 「…………私がでしゃばっちゃったら、せっかくの四糸乃の計画が失敗するかも? うぅん、それ以前に天使のような四糸乃がお礼しているときに私がいたら、士道もきっとがっかりするわ」

 

 七罪の頭の中で士道が四糸乃に日頃のお礼をされて心から喜ぶ。当然だ。四糸乃からお礼をされて喜ばない人間など地球はおろか宇宙にすら存在しないのだろうから。しかし、四糸乃の背中から七罪が姿を現した瞬間状況は一変した。士道の心の底からの笑顔はたちまち固まる。どうしてお前がここにいるんだ? 口にはしなくてもその表情がそう訴えていた。七罪は必死に弁解した。私も日頃のお礼に……。それに対して士道は返答する。

 

お 前 の は い ら な い !

 

 「…………うがあああああああああああああ!!!」

 

 自分の妄想で傷ついた七罪は堪らずに叫んだ。

 突然の七罪の豹変に四糸乃は一瞬目を丸くした後、慌てて立ち上がって七罪のもとに駆け寄る。

 

 「あの……七罪さん? 大丈夫ですか?」

 

 「四糸乃ぉ……」

 

 「大丈夫ですよ。士道さんは絶対に七罪さんからお礼をしてもらってがっかりなんてしません………そんなこと、するはずありません」

 

 「そうよね………あいつ優しいし」

 

 「確かに士道さんは優しいですが……それが理由ではないと思いますよ」

 

 『七罪ちゃんが思ってるほど七罪ちゃんは嫌われてないからねー。 士道くんも四糸乃も七罪ちゃんのこと好きだし。あ、もちろんよしのんもだよー』

 

 「え?」

 

 『よしのん』の言葉に七罪は四糸乃のことを見る。

 『よしのん』の言葉が恥ずかしいのか少し頬を染めながら、それでも確かに頷いてくれた。

 

 ─────心に何か温かいものが広がっていく。

 本当は知っている。みんな同情や憐憫の目で七罪を見てなんかいないことは。ただ、自分が臆病なだけなのだと。

 

 「………やっぱり、私も考える」

 

 でも、少なくとも今は臆病になっている時ではない。

 

 「私も士道へのお礼を考える」

 

 「はい、お願いします」

 

 七罪の言葉に四糸乃は笑顔で即答した。

 

 

*  *  *

 

 「それでどうしょう……?」

 

 『七罪ちゃんの能力で大人化して士道くんを慰めるなんてどうかな? あ、もちろん慰めるってのはもがもが』

 

 『よしのん』が最後まで言い終える前に顔を真っ赤に染めた四糸乃が『よしのん』の口を塞ぎ、強制的に話を終わらせた。

 

 「よしのん……真剣に考えて」

 

 「そうよ! ………大体、私なんて大人化しても士道に喜んでもらえるはず────」

 

 「七罪さんの大人モードはとても魅力的なので大丈夫ですよ……でも、やっぱり、その、恥ずかしい……ので、よしのんの案はやめておきましょう」

 

 「……そうね」

 

 顔を真っ赤に染めた状態でも七罪のフォローをしてくれる四糸乃の優しさに七罪も思わず頬を赤く染めながら小さく頷いた。

 それから、二人と一匹は再度士道へのお礼の方法を考え始める。

 しかし、もともと内気気味な二人だからか時間ばかりが経過して具体的な案は出てこない。

 

 「………やっぱり、妥当なところだとプレゼントとかなのかな」

 

 「プレゼント……ですか?」

 

 『それって私がプレゼントよ的なむぐぐ……』

 

 余計なことを言い終える前に『よしのん』の口を封じた四糸乃の問いかけに七罪は考えが纏まりきったわけではなかったらしく、ポツリポツリと呟くように自分の考えを出していく。

 

 「……なにか士道が欲しいもの……あるいはしてほしいこととか……それだったら、士道もがっかりなんてしないだろうし」

 

 「士道さんの欲しいもの……して、ほしいこと……」

 

 二人は五河士道という青年について改めて考えてみた。

 とても優しく、彼が本気で怒ったことなんて数えるほどしか見たことがない。また、料理がとても上手で両親がいない代わりに毎日その腕を振るっている。

 料理────それは士道の趣味とまではいかないにしても、それに関連したものなら士道も喜ぶかもしれない。料理に関連するものとして二人の頭に浮かんだのは新品のフライパンだった。だが、日頃のお礼としてフライパンを渡して本当に士道は喜ぶだろうか?

 フライパンではないとしたら鍋。そういえば、最近士道は料理を振る舞う人数が増えたためかもっと大きな鍋を買おうか悩んでいたような気もする。いや、しかしフライパンがダメなのに鍋が良いのだろうか? ならばここはいっそ二人のお小遣いを総動員して高級な食材をプレゼントするというのは? 士道のことだ。きっと美味しく調理してくれるはず。でも、せっかくなら調理したらなくなってしまう食材ではなくもっと形に残るもの良いとも思っている。形に残るもの──────やはり、『よしのん』の言う通り「私がプレゼント」を実行するべきか。士道に美味しく頂かれるべきか!

 

 「……………………………………………………」

 

 「……………………………………………………」

 

 二人が五河士道という少年について改めて考え始めてから数分後、ほぼ同時にオーバーヒートした頭が二つテーブルに落ちた。

 

 なんかもう、必死に考えすぎて途中から思考が暴走していたような気がする。

 

 湯気が出てきそうなほど熱い頭をテーブルに置きながら二人は同じようなことを考えていた。

 

 『あらら~~。二人とも何考えてたのー? ねえねえ、何考えてたのー?』

 

 四糸乃の束縛から解放された『よしのん』はからかうように言葉を重ねていく。

 二人は死人のように何も語らなかった。

 

 

*  *  *

 

 結局、考えるばかりでは何も決まらない。

 そう考えた四糸乃と七罪は頭を冷ますために冷たいお茶を飲み、少しのんびりとした後外に出かけた。

 まず最初に立ち寄ったのはホームセンターの調理器具売り場。

 

 「…………なんか、やっぱりこれをプレゼントするのは何かがおかしいような気がする」

 

 「………私もです」

 

 売り場に並べられた様々なフライパンを眺めながら二人は同じ思考に辿り着いていた。

 少し歩を進めて様々な鍋も見てみたが結果は同じ。士道は優しいしまあ、使うと言えば間違いなく使うためプレゼントしたら士道は喜ぶだろう。だけど、だからといってこれをプレゼントしたいとは思えない。

 

 「どうしよう四糸乃。士道に何をプレゼントすればいいのかわからない……」

 

 「………私も、です。なんか、士道さんと出会って大分経っているのに……自分が情けないです」

 

 「四糸乃が情けなかったら私なんてもう生きる価値もなくなっちゃうよ……」

 

 二人同時にため息をつくと、ホームセンターを出た。

 特に長距離を歩いたわけではないが、主に心理面で疲れた二人はホームセンターを出た後、近くにあったドーナツ屋に寄るとそれぞれドーナツと飲み物を一つずつ買い、ドーナツ屋の奥に用意されているイートインコーナーに座った。

 そういえば、いつだか十香が疲れた時には甘いものが良いと言ったときに琴里が実はそれはあまり良くないのだと教えてくれて三人して目を丸くしたことがあったなと思い出しながら二人はドーナツを食べていく。

 

 「…………せっかく、琴里さんが教えてくれたのに気づいたら食べちゃってますね」

 

 「………仕方ないわよ。これ食べて少し休憩したら士道のプレゼント探しを再開しましょ」

 

 どこか疲れた笑みをお互いに向けると、ドーナツを完食しゆっくりと飲み物を飲みながら休憩する。

 

 体を休めながら、四糸乃は士道へのプレゼントを考えていた。

 もともとは自分が言い出して七罪に付き合ってもらっているのだから、できれば何をプレゼントするのかだけでも考えてから動き出したかった。

 

 

 ──────何をあげたら士道さんは喜んでくれるのだろう?

 

 いっそ、直接本人に聞きたい衝動に駆られたが、士道だったら絶対に笑顔で何もいらないと言うだろう。その気持ちだけで嬉しいのだと。

 士道は優しい。だけど、今はその優しさが四糸乃には辛い。

 

 「はあ~、でもやっぱり美味しいもの食べると幸せな気分になるね」

 

 「美味しい……もの……」

 

 七罪の何気ない呟きに四糸乃は反応した。

 フライパンや鍋、高級な食材はプレゼントに相応しくなかった。なんだか、感謝の気持ちがうまく伝わらない気がするからだ。

 でも………だったら………。

 

 「七罪さん……」

 

 「ん? 何?」

 

 「その……あの……」

 

 何故か変に緊張しながら四糸乃は言葉を紡いでいく。

 七罪はストローを口にくわえたまま四糸乃の言葉を待ち、『よしのん』は四糸乃がこれから何を言おうとしているのか分かっているかのように悠然と四糸乃の言葉を待つ。

 そして、四糸乃は言葉を紡ぎ終える。

 

 「三人で……士道さんに料理をつくりませんか?」

 

 「げほっ!? ごほっ! ごほっ!」

 

 「だ、大丈夫ですか?」

 

 四糸乃の言葉が意外だったのか七罪はストローから思いっきりオレンジジュースを吸い込み、せき込む。

 とりあえず、四糸乃を心配させないように手で大丈夫だと合図しながら七罪は深呼吸しながら回復に努めた。

 なんとかすぐに呼吸を整えると、七罪は不安げな表情で返答する。

 

 「でも………私が料理作ったら士道がお腹壊すかも? それだったら四糸乃とよしのんだけの方が……」

 

 「そんなことありませんっ」

 

 いつもよりも強い声でそう言うと、四糸乃は七罪の目をまっすぐに見る。

 慈愛に満ちた綺麗な瞳だなぁと七罪は思った。

 

 「七罪さんの力が必要なんですっ」

 

 「四糸乃ぉ………」

 

 やはり、四糸乃は女神だった。七罪の邪悪で汚れたものが浄化されていく気がする。

 こうして、二人と一匹の士道へのプレゼントは料理となった。



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四糸乃プレゼント3

 士道へのプレゼントは料理で決まった。

 

 だから、次は何をつくるかなのだが、それは意外にもすぐに決まる。

 

 

 

 『あの………できれば、親子丼がいいです』

 

 

 

 遠慮がちにそう言う四糸乃にときめきつつ、七罪は一応理由を聞いた。

 

 親子丼は比較的簡単な料理のためハードルが低く、あまり料理しない自分たちには助かるかもしれないが、それに比例してプレゼントにする料理に相応しいともいいがたい。

 

 もっと、ハンバーグとか手間がかかるもののほうがいいのではないかと思ったのだ。

 

 

 

 『その………士道さんが一番最初につくってくれた料理が親子丼だったんです』

 

 

 

 顔を赤らめながらその時のことを思い出してるのか、少し視線を上向きにしながらそう話す四糸乃に七罪は一瞬前の自分を叱った。

 

 

 

 親子丼がプレゼントにする料理に相応しくない? 一体何を言ってるんだか。

 

 ───────これほど、相応しい料理はない!

 

 

 

 そう、四糸乃にとって料理をプレゼントするのなら親子丼が最高だ。

 

 だからこそ、七罪は決めた。

 

 

 

 『ねえ………四糸乃』

 

 

 

 七罪の言葉に士道との思い出から帰ってきた四糸乃は七罪を見る。

 

 綺麗な瞳だ。まるで、宝石のようだ。いやまあ、四糸乃の存在そのものが宝石なんて足元にも及ばないぐらい美しいのだが。

 

 

 

 『士道にプレゼントする料理は親子丼で決まり』

 

 

 

 そして、と付け加えて七罪は続きを言う。

 

 自然と七罪は悪戯っぽいような優しいような笑みを浮かべているが、本人は気づかない。

 

 

 

 『そして、それは四糸乃が一人でつくりな』

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

 親子丼が比較的簡単な料理だとしても、四糸乃も七罪も普段は料理しないため、士道に美味しい親子丼をつくるために二人で練習することにした。

 

 だが、練習をし始めてすぐに二人は親子丼が決して簡単な料理ではないことを思い知った。

 

 

 

 「……た、卵がふわふわしてない……」

 

 

 

 「思ったよりも……難しい、ですね」

 

 

 

 確かに親子丼自体を作るのはそう難しくはなかったが、二人のつくる親子丼は士道がつくってくれたものに比べると卵や肉が固かったり少し味が薄いような気がするのだ。

 

 

 

 「レシピ通りにつくるのって……難しいんですね」

 

 

 

 四糸乃は自室のキッチンに置かれていたレシピ本を見ながらため息を吐く。

 

 いつも士道の料理を美味しいと思いながら食べていたが、その美味しいに辿り着くためには陰ながらの努力が必要なのだ。

 

 いつも自分がどれだけ士道に甘えていたかが思い知らされたような気がして四糸乃はますます落ち込む。

 

 

 

 「四糸乃………こうなったら応援を呼ぼう!」

 

 

 

 「応援……ですか?」

 

 

 

 『七罪ちゃんナイスアイディアー! このまま行き詰ってたら士道に美味しい親子丼食べさせてあげられないしねー』

 

 

 

 「呼びましょう……ッ。応援!」

 

 

 

 士道に美味しい親子丼を食べさせたい。

 

 そんな思いからいつもより強い口調でそう言った四糸乃に七罪も頷くとすぐに琴里に電話をすることにした。

 

 琴里もあまり料理する方ではないが、まさか当人である士道に親子丼の作り方を聞くわけにもいかない。

 

 それに琴里なら誰か料理が得意な人を応援に出してくれると思ったのだ。

 

 四糸乃が〈ラタトスク〉から支給されている携帯を使って琴里の携帯に電話をかけると、すぐに相手は電話に出た。

 

 

 

 『はい、もしもし? どうしたの四糸乃?』

 

 

 

 『はぁ……はぁ……ねえ、今どんなパンツ穿いてるの?』

 

 

 

 繋がった通話は一瞬で切れた。

 

 四糸乃は無言で自身の左手にいるパペットを見る。

 

 心なしか、その視線は睨んでいるようにも見える。

 

 

 

 「………よしのん?」

 

 

 

 『いやー、琴里ちゃんだったらイカした反応してくれると思ったんだけど、まさか一瞬で切るとはねー』

 

 

 

 「いやそりゃ四糸乃の携帯からそんな言葉を言われたら普通切るでしょ……」

 

 

 

 『よしのん』の暴論に七罪が呆れていると、四糸乃の携帯が着信を知らせてくる。

 

 琴里からだ。

 

 

 

 「はい、四糸乃です…」

 

 

 

 『さっきのはよしのんの悪戯だとして、何か用事があったのよね? どうしたの?』

 

 

 

 一回通話を切ったことにより冷静になったらしく、琴里はいつも通りの口調でそう言ってきた。

 

 四糸乃は今までの経緯を簡単に話しながら親子丼がつくれる人を紹介してほしいことを伝える。

 

 

 

 『……そう。士道に日頃のお礼ねー。分かったわ。じゃあ、誰か探してそっちに行ってもらうわ。場所は四糸乃の部屋?』

 

 

 

 「はい」

 

 

 

 『OK。ついでに士道の方にも今日は買い食いとかしないでさっさと帰ってこいって伝えておく』

 

 

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 

 

 『いいのよ……………うちのバカ兄貴に美味しいもの食べさせてあげてね』

 

 

 

 「はいっ」

 

 

 

 『じゃあ、またね』

 

 

 

 そこで通話は切れた。

 

 

 

 「どうだった?」

 

 

 

 「誰か探してくれるようです」

 

 

 

 「よかった~~」

 

 

 

 数分後に、四糸乃の携帯に『令音がそっちに向かう』というメールが来た。

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

 「卵は二、三回ぐらいかき混ぜたら全部は入れずに二回に分けて入れていくとふんわりするよ」

 

 

 

 「は……はい」

 

 

 

 村雨令音が四糸乃の部屋を訪れたのは琴里からメールが届いて数十分後だった。

 

 親子丼の材料が入った袋をお土産に入室すると令音は早速四糸乃と七罪に親子丼のつくりかたを教え始めていた。

 

 一応、士道が高校から帰ってくるまでにはまだ時間の余裕はあるが、のんびりとし過ぎていては後から大変になる可能性もあるからだ。

 

 実際に指導に親子丼をつくるのは四糸乃だが、七罪も今後の参考にと四糸乃と一緒に令音に親子丼の作り方を教わっている。

 

 

 

 「あの……令音さんは普段から料理をつくるんですか?」

 

 

 

 令音に教えてもらいながらつくり終えた親子丼は数十分前に自分たちだけでつくったものよりも美味しそうだ。

 

 だが、普段令音が料理をつくっている姿は見たことないし聞いたことがなかったため、少し意外でもあった。そのために出てきた質問だが、その質問に対して令音は少し考えるそぶりを見せた後

 

 

 

 「………今は料理らしい料理はあまりつくっていないが、昔はつくっていたからね………なんだかんだいって体が覚えているものだ」

 

 

 

 「なにそれ……」

 

 

 

 令音の答えに二人は首を傾げたが令音は全く気にすることなく、キッチンの引き出しからスプーンを取り出すと四糸乃のつくった親子丼を一口食べた。

 

 

 

 「ど、どうですか………?」

 

 

 

 「自分で食べてみるといい」

 

 

 

 その言葉に二人もスプーンを取り出すと、令音と同じように一口ずつ食べた。

 

 その瞬間、四糸乃は目を丸くした。

 

 

 

 「あの時と……同じ味」

 

 

 

 初めて士道に食べさせてもらった親子丼の味が脳裏に浮かぶ。

 

 卵がふわふわしていて、それでいてちゃんと味も染みている───────自分も、士道と同じように美味しい親子丼がつくれた。

 

 

 

 「令音さん………ありがとうございます」

 

 

 

 親子丼を飲み込むと、四糸乃は令音に軽く頭を下げた。

 

 隣を見ると、一瞬慌てていた七罪も四糸乃の真似をして頭を軽く下げている。

 

 その様子に令音は軽く笑うと両手を二人の頭にのせた。

 

 

 

 「せっかく頑張ったんだ。美味しい親子丼をシンに食べさせてあげよう」

 

 

 

 「はいっ!」

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

今日は何かあるのではないかと高校から自宅へと帰りながら士道は思っていた。

 

 授業中、妹ことりからメールが来たため、確認してみればそこには『今日は寄り道しないで授業が終わったら真っ直ぐ帰りなさい。寄り道したら黒歴史をネットにばらまく』なんて脅迫めいた文面が書かれていた。だが、微妙に冷蔵庫の中身に不安があったため『夕食の買い物は寄り道に入らないか?』と送ったら『入るに決まってるでしょ。買い物は私がしとくから言うとおりに真っ直ぐに帰りなさい』との返信が来た。

 

 しかたなく、言うとおりにことにして一緒に帰るべく同じクラスメイトの十香に声をかけてみるとあちらはあちらで何か用事があるらしく今日は無理だと断られた。

 

 

 

 「……………なんだろう。絶対家に帰ったら何かある気がする」

 

 

 

 そんな不安に襲われながら歩いていると、気が付いたら自宅はもう目の前だった。

 

 いつまでも気になっていても仕方がない。そう思い直すと士道は意を決して扉を開ける。

 

 そこにいたのは─────────

 

 

 

 「やあ、お帰りシン」

 

 

 

 「令音……さん?」

 

 

 

 目の下に分厚い隈が出来ている女性だった。

 

 なんでここにいるんだろうと士道が聞くよりも先に令音が行動を開始した。

 

 

 

 「二人とも、標的ターゲットが帰宅した。行動を開始してくれたまえ」

 

 

 

 令音は自身の右耳に右手を置くなりそう話した。

 

 よく目を凝らしてみればその耳には士道もよく使っているインカムがある。

 

 

 

 「あの……なんか、すげえ不穏な単語が聞こえたんですけど? 標的ってなんですか?」

 

 

 

 「気にしたら負けだよシン。ああ、早く着替えておいで」

 

 

 

 士道としては気にせずにはいられないのだが、仕方なく令音に言われるとおりに一度着替えるために自室へと行く。

 

 着替えた後に何が待っているのかを考えるとなんともいえない気持ちになるが、いつまでも部屋に閉じこもっているわけにもいかないため、着替え終えると一度深呼吸してから部屋を出てリビングへと向かう。

 

 リビングの扉を開けると案の定、令音が待っていた。

 

 

 

 「さあ、シン。もうすぐ準備が終わるからそこの椅子にでも座っててくれ」

 

 

 

 「いやいや、何の準備があるんですか?」

 

 

 

 「直に分かる。だが、誓って君が喜ぶことだ。だから、今は静かに待っててあげてくれ」

 

 

 

 「…………はぁ」

 

 

 

 そこまで言われると反論もしにくいため、士道は言われたとおりに椅子に座って待つことにした。

 

 どのぐらい待てばいいのかと少し不安になる士道だったが─────幸いにも、そう待たずして少女たちは行動を開始した。

 

 

 

 「あの、お帰りなさい……士道さん」

 

 

 

 「お帰り……」

 

 

 

 「四糸乃? 七罪? ただいま」

 

 

 

 帰宅の挨拶に返答しながら、士道は混乱していた。

 

 四糸乃と七罪は色違いのお揃いのエプロンをしながら士道のところへ来たのだ。

 

 四糸乃の手にはどんぶりと小皿が乗せられたおぼんがある。

 

 

 

 「これ…………あの………日頃のお礼に七罪さんと二人でつくりました。良かったら食べて……くれませ……んか?」 

 

 

 

 「…………私はサラダをつくっただけで、親子丼は全部四糸乃がつくったのよ」

 

 

 

 緊張のあまり、途切れ途切れに言葉を紡ぐ四糸乃に七罪が捕捉する。

 

 そこまできて、士道もようやく理解できた。

 

 ようするに、琴里が士道を早く帰らせたかったのはこのためだったのだ。

 

 

 

 『二人の美少女が士道君一人のために頑張ってつくったんだよー。興奮しながら食べちゃいなよ』

 

 

 

 「いや、興奮はしないけど…………でも、ありがたくいただくよ。お腹が空いてたんだ」

 

 

 

 四糸乃からおぼんを受け取ると、それを机の上に置く。

 

 おぼんの上には美味しそうな親子丼とサラダがあった。

 

 

 

 「すげえ、うまそうだ」

 

 

 

 「先に親子丼を食べてよ………四糸乃が頑張ったんだから」

 

 

 

 「ああ………分かった」

 

 

 

 士道の言葉に少しだけ頬を染めながらそっぽを向いた七罪は隣にいる四糸乃を一目見るとそう言った。

 

 四糸乃は下を向いて固まっている。おそらく、士道の評価が気になりすぎて士道が親子丼を食べる姿を直視できないのだろう。

 

 そんな四糸乃を早く救うためにも士道は親子丼を一口食べた。

 

 

 

 「……………うまい」

 

 

 

 その言葉は自然と出ていた。

 

 その言葉を聞いて四糸乃が顔を上げる。その顔は驚きと喜びとが入り混じったような表情をしている。

 

 

 

 「うまいよ四糸乃! ………本当にうまい。はは…………ごめんな、うまいって言葉しか出てこないわ」

 

 

 

 実際には卵の柔らかさや鶏肉にしっかりと味がしみ込んでいるなど褒めるところはいくつもある。

 

 だが、今の士道は感情が理性よりも優先されていてその言葉しか出てこなかった。

 

 そして、その言葉だけで四糸乃は十分だった。四糸乃にはその言葉がよかった。

 

 

 

 「あり……がとう………ございます」

 

 

 

 嬉しい。

 

 自分のつくった料理を「うまい」と言ってもらうことがこんなにも嬉しいことだと四糸乃は知らなかった。

 

 

 

 「四糸乃……大丈夫?」

 

 

 

 「は、い……」

 

 

 

 七罪が心配そうに四糸乃に声をかける。

 

 四糸乃は嬉しさのあまり泣いていた。

 

 

 

 士道はその姿を見て、何か声をかけるべきだとも思ったが声をかけるよりも先にもう一つの品であるサラダを食べた。

 

 キャベツがメインのそのサラダはしっかりとドレッシングが効いているが、少し薄めの味だった。おそらく、親子丼を引き立てるためだろう。

 

 

 

 「ありがとな二人とも……本当にうまい」

 

 

 

 「こちらこそ……いつもありがとうございます」

 

 

 

 「………一応、感謝してるわよ」

 

 

 

 七罪の言葉になぜかおかしくなってしまった二人は笑う。

 

 

 

 「え? なんで笑うの? ちょっと意味わかんないんだけどねえ!?」

 

 

 

 七罪は不機嫌そうに問い詰めてくるが、士道はあえて無視して食事を再開した。

 

 まさか、七罪のツンデレ的発言に笑ってしまったというわけにもいかないだろう。

 

 

 

 四糸乃も軽く笑い終えた後、食事を再開した士道を見る。

 

 すごく、平和な世界だった。

 

 こんな平和が世界がいつまでも続けばいい。

 

 四糸乃は心の底からそう思った。



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