闇を統べる吸収者の少女は友達を欲す (ささんさ)
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1 『一つの終わり、二つの別れ』

 ──世界の終わりを、黒い少女は無感動な瞳で眺めていた。

 

 一面に広がる大森林が見渡せる、切り立った崖からは崩壊の様子を良く窺えた。

 空は黒紫の雲が渦を巻き、雷鳴を轟かせ、時折稲妻が走る。

 地表から塊が宙へと舞い上がり、まるで世界が端から消えていくよう。

 文字通りの世界の終わりの所以は一つ。

 

 今日を以って、【デザイア・オブ・エターナル】のサービス終了日を迎えたからだ。

 

 【デザイア・オブ・エターナル】は、ダークファンタジーを根底にした雰囲気とキャラクターを売りに発売されたMMORPGだ。

 電波としか形容出来ないストーリー、ナチュラルなキャラクターの残虐性や、何処か影のある世界観は当初こそ話題になったものの、今となっては閑散とした物だった。

 陰惨な世界観だけの魅力では、新しく参入する人間は殆どいないのだから。

 

 開発陣の粋な計らいでか、静かに幕を下ろすはずの世界が崩壊する演出をしていた。

 このゲームのメインストーリーの最終局面の展開……この世界の住人は欲望の化身を倒すことも叶わず、悪辣な魔術師達の禁忌の魔法により世界は滅亡する……と同期させているのだろう。

 ご都合バッドエンドも良いところだ。

 けれども派手に消え去っていく様相には、それなりの開放感と、言い知れぬ哀愁を覚える。

 

 過疎と化していた【デザイア・オブ・エターナル】の廃虚街も、いつ以来かのお祭り騒ぎで非常に賑やかだった。

 それを他所に、少女は静謐な崖にいるが。

 

 ──今日で、終わり。私が生きてきたゲームの世界はおしまい。名残り惜しいけれど、『マカロニサラダ』ともお別れ、かぁ。

 

「なんだか、淋しいな」

 

 少女はポツリと呟いた。

 『マカロニサラダ』とは少女を造形し、少女を操って世界を股に掛けた冒険を繰り広げた、プレイヤーの名称だ。

 こちらの世界ではありふれた妙な名前。

 食べ物の名前らしいが、自分を操作していたのはヒトでなく食べ物だったのだろうか……とも疑問符を浮かべることもあった。

 

 マカロニサラダは、【デザイア・オブ・エターナル】でも凄腕のソロプレイヤーとして良く通った名前だ。

 ギルドに所属もせず、況してパーティも組まずに、ふらりと現れてボスを狩っていく。

 餌の横取りと批判されることもしばしばだったが、他のプレイヤー間では都市伝説や制作側のプレイヤーキャラとも認識されていた。

 その理由は、所詮はロマンスキルである【剥離し掌握する吸収者】を十全に扱い──ボスを吸収し(・・・)、配下に加えるという偉業を幾度となく繰り返したからだ。

 【剥離し掌握する吸収者】は他のキャラクター、エネミーからHP、もしくは経験値を奪い取る凶悪な効果を持つ。または、エネミーを吸収して撃破した場合、エネミーを自らが使役することも可能になる。

 しかし、ロマンにはデメリットが付き物だ。

 

 使用の場合には武器、鎧等の防具を携帯してはならず、更にはエネミーのHPの半分以上を吸収しなければ使役能力も付かず、そもそも吸収速度が遅々たるもの。

 そのため少女は設定上全裸であり、黒いワンピースに見える服装も少女の操る『影』だった。

 滅多に取得出来ないレアスキルでありながら、使い勝手は非常に悪い。

 だが制限を意にも介さず、彼は単身ボスへと挑み、そして勝利を収めてきた。

 

 そんなマカロニサラダは孤独を好んだ。

 伝説的存在の彼には、当然パーティへの誘いは百や二百届いたものの全て跳ね除けた。

 弱者とは群れたくない、と。

 そう突っ撥ねて、やはり反感を買っていた。

 

 しかし少女はマカロニサラダの気持ちが、端々とは言え伝わってくる。

 一匹狼を気取る彼は、

 単に彼は、人と付き合うのが下手なのだ。

 仲間になることを忌避していたのでなく、自らが関わったせいで他人を傷付けてしまうのが、怖かったのだろう。

 あまりにも臆病で神経質な彼は、心の奥底では仲間を望もうとも、決して誰とも会話しようともしなかった。

 だから少女には、生まれてこのかた、まともな知り合いがいない。

 

 

 この紛い物(バーチャル)の世界ですらそうなら、彼が生きる世界では一体どれほど生きにくいのだろうか。

 それは、箱庭でしか生きていない少女には分からない。

 

「マカロニサラダ、あなたに仲間ができるのを待ってたんだけれど……その前にこうなったのは、本当に残念」

 

 今、彼は少女を操作していない。

 慣れない喧騒を避け、着々とした世界の崩壊を見ると、名残惜しむ暇もなく早々にログアウトしてしまった。

 ──最後に、一人きりで終焉を見た彼が何を思ったのか、少女には知る由もない。

 

 遂に、崩壊は足元まで迫り──少女は無抵抗に破滅の足音に飲まれた。

 視界は徐々に真白く塗り潰されていき、最終的には意識ごとホワイトアウト。

 最後に少女が思ったのは、ほんの些細な事。

 

 願わくば、長年連れ添ったマカロニサラダに、無二の誰かが訪れますように。

 

 そして、出来るならば、生涯孤独だった私に沢山の友達を──と。

 

 

 こうして少女はゼロとイチに還元され、淡い願いも、積み重ねた時間も、端正な顔立ちも、全てが等しく情報の瀑布に消え去る。

 

 そのはず、だった。



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2  『召喚』

「……そ、そこを動くな、魔種めが!」

「何時の間に現れたのだ!?」

「聖者様の代わりに召喚されるとは、どういうことだ……!

「この禍々しさ、上級魔種……!?」

 

「────え?」

 

 終わったはずの視界。

 見えないはずの明かり。

 あの世界観には似つかわしくない、汚れも埃も舞っていない荘厳で煌びやかな神殿。

 そして何より、少女を取り囲む十数の兵達。

 

 覚醒した少女が目の当たりにしたのは、そういう有り得ぬ(・・・・)状況だった。

 足元の青白く発光する六芒星の上で、少女は呆然と立ち竦んだ。

 

 ──私、なんで生きてるの? そもそも、ここどこ?

 

 先ほど確かに、自らの意識も存在も消失したはずだ。

 ゲーム世界で生きていたとは言えども、単なる情報の羅列でしかない自分に死後の世界があるとも思えない。

 天国でも地獄でもないならば、一体ここは如何なる場所なのか。

 疑問が噴出して、ぐわんぐわんと当惑が強く少女を揺さぶり動けない。

 今までマカロニサラダに操作されてきたため、自らで行動することに慣れていないのもあっただろう。

 だから安易に力を用いて、他の意見を欲してしまった。

 

フィッツ(・・・・)、いる?」

 

「──御身の前に、確と」

 

 ワンピースの形を取っていた影が揺らめき、少女の側に影が長身の男を形作る。

 そしてその男は、恭しく平伏した姿勢で固まっていた。

 ……スキルは使えるのね。

 

 突如にして姿を見せたその男に、少女を取り囲む兵隊姿の者達は一様に度肝を抜かれたようだ。

 脈絡もなく現れた男から迸る『圧』に、彼らは危機を感じているらしい。

 

「な、な、な」

「──何をしている! 早く殺せ!」

「お、おおお」

 

 激しく狼狽した様子の彼らは、一刻も早く眼前の存在を討たねばと──一斉に手に持つ長物を突き出してくる。

 何やら武器が仄かに発光しているのは、何らかの魔術を帯びているせいだろうか。

 突きの速度が凄まじい。

 一本であっても避けるには超人的な身体能力、動体視力が要求されるだろう。

 それが、数十の数であれば尚更。

 百八十度から迫る、高速の一突きに──。

 

「穏やかじゃないな、塵共が。誰の許しを得て、無粋なモノを突きつける?」

 

 ──そして、その悉くが中途で叩き折られる。

 

 男のパッシブスキルである【遍く弱者は地を舐めろ】は、彼以下のレベルを持つ者の敵対行動を無力化するのだ。

 無力化の効果は状況によって様々なのが厄介だが。

 飛来する銃弾を潰し、斬撃を途中で静止させ、今回は一瞬のうちに武具を壊し、無力にさせたようだ。

 

 傅いたまま、膨大な殺気を放つ男は奇妙な格好をしていた。

 ツバの大きな黒色の帽子、燕尾服の上から革のコートを羽織った、身長百九十を超える黒一色の男。

 ちぐはぐさを覚える彼の服装は、しかし初見では気にかかることはあるまい。

 ……彼の顔を覆う、模様のない真紅の仮面に目が向いてしまうからだ。

 視界を確保する穴も開いておらず、その美醜も判然としない。

 

「フィッツ、威圧、自制して」

「はっ、申し訳御座いません」

 

 彼は少女の眷属であり、【デザイア・オブ・エターナル】のボスの一体──吸血鬼、真祖フィッツ・アハト・ヘルムリッヒだ。

 【デザイア・オブ・エターナル】における東の『ユーノイドの禁じられた森』を超えた先に広がるユーノイド地方。彼はそこに聳える、鮮血に彩られた尖塔に発生(ポップ)するボスだった。

 ユーノイド地方の領主である彼は、領民の血を啜り、女子供を嬲り、拷問と人の悲鳴を聴くのが趣味。

 悪趣味な設定なのは、【デザイア・オブ・エターナル】のテーマ故、仕方ないところか。

 

 困惑した表情で少女は、臆する気配も見せずにその彼を見上げると。

 

「これは、どういうこと?」

「異世界召喚、周囲の塵共はそう言ってるようですが……」

「異世界?」

「別の世界──です。あの最高に『終わってた』世界から、また別の世界に移動してしまったんではないかでしょう」

 

 ツバを白の手袋で触りながら、フィッツは畏まった様子で少女に応じた。

 吸血鬼らしく貴族風に丁寧な喋り方をするものの、実は粗野で育ちが悪いためボロが出ている。

 彼が兵達を蔑視するような色は微塵も感じられない。寧ろ彼なりの敬意と親愛も込められていた。

 少し彼の言う意味を咀嚼してから、少女はきょとんとしながら口にする。

 

「それじゃあ……私は命を取り留めていたって考えていいの? あの『終わり』の後のエピローグがあった。そういうこと?」

「恐らくは。御身の願いが天に届いたのやも知れません」

 

 少女はフィッツの言葉に軽く頷く。

 彼の言葉尻から、彼が溢れんばかりの喜びを噛み締めているのをひしひしと感じた。

 

 ──何の因果か私は命を取り留めた。……けれど、マカロニサラダとの繋がりは感じない。彼とは一緒じゃない。私は自由(・・)になってしまったみたいね。

 

 マカロニサラダによって造形されて、少女には幾許の時も自由な時間はなかった。

 身体を繰り、冒険するのは自分ではなくプレイヤーだ。

 

 しかし後悔はない。自らを生み出して、様々な経験を成した彼には、感謝と慈愛以外覚えやしなかった。

 瞼を下せば、あの荒廃した世界を駆け抜けた思い出が頭を過る。

 

 自分の生きていた時間。

 マカロニサラダと駆け抜けた日々は、まるで昨日のことのように鮮明だった。

 世界の終焉も甘んじて受け入れるほど、充実していた生涯に翳は殆どない。

 

 ただし一点、叶わなかった物は。

 世界の創造主とは違った意味での神が与えた、気紛れの褒美だったとしたなら。

 ──私がこの世界に望むモノは。

 

「ねぇ、フィッツ。私、穏便に済またいの」

「……手を出すな、と?」

「私は、前の世界とは別の物(・・・)が欲しいの。血や臓物はもう見飽きたわ」

「畏まりました──しかし、御身に仇為す者は」

「構わないわ。そういう人は、きっと私の望む関係にはなれないもの」

「御意に」

 

 少女は頭を垂れるフィッツを諌めた。

 眷属は少女に打倒され吸収されたボスだが、理由は様々だが従順な下僕と化している。

 フィッツは──確か、何だったか。

 

 とりあえず事態の把握に努めよう。

 フィッツから放出されていた莫大な殺気で、強張って微動だにしない周りの兵達へと呼び掛ける。

 言葉が通じないかもしれなかったが、あちらの交わす内容は解せるのだ。

 ──多分大丈夫よね、多分。

 

「私を召喚した術士は誰? それとも術士はいらないのかしら?」

 

 詰問調だった訳ではないのだが、ビクリと大の男達は肩を震わせるのみ。

 情けないことに、少女とまともな受け答えが出来るようには見えなかった。

 心臓を握り潰そうと言わんばかりの殺気を出したのだから、仕方ない話かもしれない。

 

 敵意が未だに滲み出ているフィッツの存在が大きいのか──と彼を影に戻したものの、全く空気が弛緩しなかった。

 不可解げに内心首を傾げる少女。

 ……他者からすれば、あどけない少女が圧倒的強さを示した大男を使役する姿は、酷くミスマッチだ。

 そこが少女に対する恐怖を加速させた原因だろう。

 そもそも最初から少女には、格下が気圧されるだけの格を備えているけれども。

 

「あの、誰か──」

 

「わ、私です!」

「ラ、ラガナル殿!」

「わ、私が! あなたを召喚した……召喚士、です」

 

 兵の人垣の向こうから挙手したのは、トライコーン帽子じみた被り物をした女性だ。

 白を基調とした制服姿で、踵の高いブーツを履いている。帽子とブーツを身長に含めなければ、きっと少女と然程変わらない体格かもしれない。

 推測を裏付けるように、繊細な金髪の彼女の面は幼く、翠の瞳は怯えの色が強い。

 

 彼女は額に冷や汗を浮かべ、黒い少女が目を向けると表情を引き攣らせる。

 

 ……そんなに怖い顔はしてないと思うのだけれど。

 

 しょんぼりとする黒い少女を他所に、ラナガルと呼ばれた女性は、悲壮な決意を露わにする。

 少女の前まで走り寄ってくると、即座に跪いた。

 

「わたしが罰でも何でも受けます! ですのでこの方達の無事は、どうか、どうか……!」

「ラナガル様! 我々が貴女を見捨てるなど有り得ませぬ!」

「止めて下さい! わたしの失敗です! 召喚士だからこそのわたしの存在価値だったのに、失敗したばかりかこのような者を王国の中枢に──贄にでも餌にでも、煮るなり焼くなり、構いませんがっ……」

 

 ──私、そんな酷いことしないのに。

 

 口を尖らせる黒い少女は、萎縮するラナガルの側へ近寄った。

 

 

「面を上げなさい、別に取って食べようという訳ではないわ。まずは説明をお願い。ここはどこで、あなた達は何者なの?」

 

 

 ※※※※※※※※※※

 

 

 【デザイア・オブ・エターナル】の世界と同様に、異世界にもスキルな魔術などの概念が存在するらしい。

 ダークファンタジーの世界観を舞台にしたMMORPGから、異世界ファンタジーへと転移してきたということだろうか。

 それも所詮はアバターである少女が。

 

 ──死後の世界がここ、な訳ではなさそうよね。

 

 少女を呼び出したのは、異世界召喚を行おうとした『召喚士』。

 この世界には、そう呼称される者達が少数いるという話だ。

 

 異世界から強者──この地方では聖者と呼ばれる──を召喚するという、凄まじいスキルを所持しているらしい。

 聖者は数多くの国で兵器運用される程に、強靭な肉体を、もしくは強大なスキルを授けられて召喚される。しかも『魂塊(こんかい)』という玉で、絶対遵守の命令を下せるようだ。

 御し易い強大な人材を得られる異世界召喚は、この世界でも重大な位置付けだ。

 

 聖者の有無が国の趨勢と格付けを決定づけると言っても過言ではない。

 この度、このイシュリーン王国でも他国への示威と戦争の抑止に異世界召喚する予定であったようだ。

 

 しかし召喚されたのは──本能的に危機を察知出来るほどの妖気と瘴気を纏った、上級魔種の如き小さな少女。

 

 魔種とは、どうにも人類種と国交を開いた七種以外の総称のようだ。

 古代の人部族が他の人種をバルバロイと呼んだのと同じだろう。

 【デザイア・オブ・エターナル】でも、そういう定着した差別の設定は作られていたため、少女も理解出来た。

 

 さて、ここで少女の扱いに困る訳だ。

 一般人には人類種に見えるだろうが、雰囲気もスキルも人類種のそれではない。

 魔種を起用してると他国、いや自国の民にも露見したならば争いの火種になる。

 これでは聖者で示威など以ての外だ。

 本懐を遂げることは出来ず、新たな厄介事を抱えてしまった王国は──少女をどうするか。

 殺してしまうのが最も楽だが、先刻の件を見るにそれも難しそうだ。

 実力の底が見えない少女と安易に敵対行動を取る愚を犯すとも思えない。

 第二の案として、どこかに幽閉して存在をなかったことにする方法があるのだが。

 

「……大人しくは、して頂けませんよね」

「当たり前ね。でも、それなら私を『魂塊』? で従わせれば良いのではないの?」

「ええ、と。それが、その……」

 

 視線を彷徨わせラナガルは言葉を濁すものの、言外にそういう事情にないのだと雄弁に語っているようなものだ。

 つまり安全装置も働かない、自立型の兵器を起動させてしまったと。

 ──失礼よね。

 

「私は色々と例外って訳ね」

「あ、はい……そうですね……」

 

 しゅんとラナガルは悄気たように眉尻を下げる。

 少女とラナガルの対話を見つめる兵達は、ハラハラと見守っていた。

 王族を呼びに行かせた者が帰るまでに、何か問題を起こしてくれるなと凝視してくる。

 取り囲んでの滅多刺し、という問題以外なりそうにない無礼を仕出かしているのだが。

 

 ──まあ私は目的もあるから、皆殺しなんて嫌われるようなことはしないのだけれど。

 

 少女はここで、一本指を立てる。

 

「でもね──一つ、私の些細なお願いを聞いてくれるなら、暴れないであげる」

「ほ、ほ、本当ですかッ!」

 

 突如としてラナガルが食い付いた。

 目を見開き、一筋の光明を逃すまいと身を乗り出してくる。

 ……結構、押しが強いのね。

 

「私が望むのは一つだけ、私が欲するのもまた一つだけよ」

「それは、一体……?」

 

 頬を少し綻ばせる。

 本来なら叶わぬ願いを、果たす可能性が生まれたのだから。

 嬉しくて堪らず、胸を弾ませて。

 

 

「────ねぇ、あなた。私と、友達になってくれる?」

 

 

「…………へ?」

 

 余程意外な台詞だったのか、間の抜けた表情を隠さないラナガル。

 更に少女は言葉を続ける。

 望む物をただただ楽しげに、直接伝えた。

 

 

「私、友達が沢山欲しいの。だから私を自由にさせてくれないかしら? それだったら、あなたの神にでも誓ってあげるわ。決して暴れないって、ね」

 



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3 『友達は冒険者の中で』

 振り返れば、重圧な音を立てて城の門扉が閉まったところだった。

 まるで化け物を見るかのように視線を背ける門兵数人を、拍子抜けた心地で一瞥する。

 

 ──本当に私の言うことを聞いちゃうなんて。ここの王様も相当抜けてるわ。『ギュランホルン』ほどではないけれど。

 

 ギュランホルンとは、【デザイア・オブ・エターナル】の初期位置にあたる搾取と貧困の国ハーマトリアの王だ。

 政に関心も持たず、ただ腐敗し切った上級貴族の操り人形に終始し、プレイヤーに追い詰められれば命乞いを始め、己の潔白を命尽きるまで喚き散らした暗君。

 その命乞いの最中に靴を舐め始めることから、プレイヤー間で『靴磨きの人』と揶揄される会話を聞いたことがある。

 

 ──髪も、変えちゃって、変な感じ。

 

 少女の艶やかな黒髪は、彼女自身の影を操るスキルで紅色の影に染まっていた。

 どうにも黒髪は異世界人の最たる特徴であり、この世界では警戒心を持たれてしまうらしい。

 よって王国で出歩く際には、被り物を着用するよう控え目に厳命された。

 しかも友達作りには当然、警戒されるのはNGのはずだろう。

 そのための染髪だったが……見慣れた自分の髪が火焔の色に変化すると落ち着かない。

 

 ──それにしても、どうしたものかしら。もうマカロニサラダが操ってはくれないし、行動も自分で決めなきゃ。……とりあえず日陰へ移動しましょうか。

 

 灼熱の太陽が少女の身を焦がす。

 深黒の影のワンピースが怯えたように揺らめかせ、陶器のような白雪のような肌にも痛みを覚えた。

 決して吸血鬼ではないのだが、陽光に身体が慣れていないのである。

 

 【デザイア・オブ・エターナル】の空はいつも分厚い黒雲で蓋をされ、灰燼が舞い上がり、夜が支配した世界だったのだ。

 ある日を境に、太陽が死んでしまった。

 人伝てに他人事みたいな話を聞くだけだ。

 

 だから少女が太陽という概念を目にするのはこれが初めて。

 直視を拒ませる眩い光の塊は、少女に感慨を抱かせるに足るものだ。

 

 影を濃くする輝き。

 炎とは異なる温かみを与える存在。

 

「これが『タイヨウ』……暑いわ」

 

 風情も何もをあったものではない率直な感想を零すと、近くの建物の影に飛び込む。

 影の中に溶け込みたい、とも考えたが思い直す。

 

 ──どれほどの間抜けでも、私を放置するものか。現に私を監視してる者はいる。いや、いた(・・)

 

 横目で睨む先には、誰か待ち人がいるように装う中年の草臥れた男。

 身なりは泥臭く薄汚れており、一見には王国の監視役と看破出来ない。

 けれども時折、こちらへと真っ直ぐに視線を向けてくる。少女の一挙一動に瞳孔が動いているようで、偶然とは考えづらい。

 何となく手を振ってみると、男は愕然と目を露骨に見開いていた。

 

 ──なら、あまり不審な行為はしないであげた方がいい。なにか勘違いされたら、堪ったものじゃないわ。

 

「……さて、これからだけれど。私の経験で進むなら」

 

 【デザイア・オブ・エターナル】のセオリー通りに進むなら、冒険者ギルドに登録するのだろう。

 好みの職業ギルドに入団し、近場のエネミーの傾向、弱点を突くノウハウを習得し、レベルを上げていく──のだと思う。

 生憎とマカロニサラダは型破りにもギルドに入団することなく、独自の方法で着々とレベル上げを積み重ねたため、誰かしらから聞き伝えられただけなのだが。

 だから少女はギルドにおける決まりじみた物を知らない。

 

 ──まあ、叶わなかったことを体験してみるのも良いわね。友達作りにも、ギルドは重要。みんな、わいわいあそこで楽しんでた。友達作りなら、まずそこね。

 

 ギルドの場所は通行人に尋ねれば、すぐだろう。

 路銀も少なからず王国から分け与えられている。

 相場など知りもしないが、多分そこまで心配することもあるまい。

 

 こうして、昇る陽を忌々しげに睨み付けながら少女は城下町へと繰り出した。

 

 

 ※※※※※※※※※※

 

 

 想像通り、そう時間も掛からずに『冒険者ギルド』なる建物へと辿り着く。

 木造建築の三階建ては記憶にある同様の物よりも大きく、看板には特徴的な冒険者ギルドの印が描かれていた。

 交差するツルハシと剣を模した絵の意図は分からないものの、通行人に聞いた『冒険者ギルド』と同一だ。

 

 ──私の『威圧』が自由にオンオフできてよかった。元の世界じゃあ、解除したことなんてなかったから。

 

 王国の人間には伝えなかったが、格下へ威圧を与えるスキルは切り替えることが出来るのだ。

 今『威圧』を切った少女は、他人からは単なるか弱い少女としか認識されないだろう。

 

 ……一応、あとから思い出したから……でも、あとから教えなくちゃかな。それにしても暑いわ……。

 

 そろそろ向かわねばなるまい、炎天下に屯する趣味もない。

 ちょうど、屈強な男が出入りした入り口へと足を向けた。

 

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ。……あら」

 

 

 少女を、受付からの鈴のような声が出迎えた。

 

 徐に出入り口を潜ると、酒場特有の鼻奥を刺激するアルコールの臭いが漂ってくる。

 少女の知る【デザイア・オブ・エターナル】と同様に、ギルドは酒場も兼ねているようだった。

 二十ほどのテーブルには、空きが目立つものの、十人ほどの装備を整えた者達が歓談や酒を煽っている。

 仕事終わりか──いや、時刻は未だ午前のはずだ。

 となれば、朝からの呑んだくれ共もやはりいるらしい。

 

 仄かに汗の臭気も混じり、更に好奇の視線が集中したことに眉根を顰める少女は、早々と勝手口正面の受付へと向かう。

 そこには粗野な印象とは裏腹の、巻き髪の快活そうな女性が立っている。二十台前半だろうか、若々しさが溢れていた。

 微笑みを浮かべながらも、心配そうに目線を合わせて、

 

「お嬢ちゃん、どうしたの?  親御さんは近くにいるの?」

 

「冒険者の登録に来たのよ。ここで、できるって聞いたの」

 

 平然と返すと、困惑したような半ば唖然とした様子で受付の女性は固まった。

 一瞬、ギルド内が静まり返り。

 

 

「ハハハハハ!  寝言はお家に帰ってから言えよクソガキ!  怪我したくなきゃ、さっさと出ていった方が良いぜ!」

 

「翻訳、子どもがするような仕事ではないので大人しく帰ってほしい──です」

 

「俺のイカす言葉を勝手にナンセンスに翻訳してんじゃねぇ!」

 

「まあ無謀な行為は止した方が良いだろう」

 

「でも、あの子。なんか……おかしくないか?」

 

「気のせいだろ。面は上等かもしれねぇけど、ただのガキにしか見えねぇーよ」

 

 

「皆さん、この子怖がってるので大声禁止ですよ!」

 

 

 野次がテーブルから飛び、受付の女性が取りなすものの、ざわめきが止む気配はない。

 

 年端も行かない少女が冒険に出る。

 この国の常識では、あまりに滑稽な話だ。

 義勇兵を募るほど緊迫した状況下でもなく、子どもに対しての風当たりも弱い。

 そのため、危険と隣り合わせの冒険者の職業に就かせようとはしないだろう。

 

 ──おかしいわね。前の世界なら、この程度のことで、こんなことなかったのに。

 

 少女にしてみれば不可解だった。

 【デザイア・オブ・エターナル】では大人子ども関係なしに、ギルド登録出来たように思う。全てが自己責任。死んでも憐れむ心を持つ者はごく少なく、肉盾に利用されることも多いくらいだったのである。

 世界観の殺伐さの違いは常識の差異だ。

 ただ一つ、状況が上手く飲み込めない少女は首を傾いで。

 

「ダメ、なの?」

「……お嬢ちゃんが、見た目と同じ力ならダメだけど……」

 

 言い淀む受付嬢は、二の句を継ぐ。

 

「ステータス表示、見せてくれる? 分かるかな? 念じると出てくる……こんなものなのだけど」

 

 そう告げた受付嬢が人差し指で宙をタップすると、とある情報が視界に入ってきた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ナターレ・カターナ Lv9

 年齢:21

 種別:人類種

 

 HP(体力):196/200

 MP(魔力量):153/170

 

 STR(筋力):35

 DEF(防御力):53

 INT(知力):40

 AGI(敏捷):65

 DEX(器用):62/100

 LUK(幸運):43/100

 

 《魔術》

 【────】

 

 《パッシブスキル》

 【────】

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ナターレ・カターナ。私の名前と、ステータス……私の基準の強さを表したものかな。スキル欄は見せてくれないでいいよ。……人によっては、踏み込んじゃいけないところまで書かれてるし」

 

 ステータス表示が突然滑り込んできて驚きはしたものの、元いた世界がMMORPGだったため理解は容易かった。

 文字通りのステータスの数値。

 魔術欄は名の通り、習得した魔術の表示欄なのだろう。

 スキル欄も簡素だ。

 用語を起動して発動する能力がアクティブスキル、自動的に発動するのがパッシブスキルだろう。

 

 元の世界でも存在したが、この世界でもステータス表示なる物があるらしい。

 しかも空中に表示され、自由に他人へ見せることも出来るようだ。

 受付嬢ナターレ曰く、都合の悪い部分も隠せるらしい。

 

 ……特殊な操作とか道具は不必要なのね。随分便利な世界じゃない。情報得るために、裏切りとか横流しとか横行してたあの世界とは大違い。……ともかく、私も出さないと。

 

 言われるままに少女は念じてみると──情報の羅列が眼前に現れた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ────── Lv236

 年齢:9

 種別:魔種

 

 HP(体力):2000/2000

 MP(魔力量):3220/3240

 

 STR(筋力):836

 DEF(防御力):1675

 INT(知力):8550

 AGI(敏捷):6800

 DEX(器用):28/100

 LUK(幸運):76/100

 

 《アクティブスキル》

 【剥離させ掌握する吸収者】 射程:近〜中距離 魔力消費:80

 支配と同化の効果を持つ、欲望のチカラ。

 認識した生者のHP、MP、経験値を吸収する。

 吸収速度は距離に比例する。

 最速は使用者の身体に接触した状態である。

 又、対象者の半分以上のHPをこのスキルで吸収し、対象者のHPを零にした場合は対象者を眷属化する。

 

 【絶対者の威圧】 射程:── 魔力消費:──

 此のスキルの所有者の三分の二のレベルに満たぬ者に、心理的圧迫感を与える。

 効力は所有者とのレベル差に比例し、十倍以上のレベル差が有れば気絶に至るだろう。

 尚、このスキルに発声は不要。

 王者たる者、風格で雑兵を去なすのだ。

 

 《パッシブスキル》

 【汝は影、影は汝】

 自由に認識した影を操作、また接触している影に身体を溶かし一体化する事も出来る。

 魔力消費も無く、宛ら手足の如く影を操る様は闇すら手中に収めたようだ。

 

 【遍く闇を司りし、此の世全ての敵対者】

 原生生物でも異世界人でも無い、異世界人に溢れた此の世に於いてすら異質の存在。

 今代の異邦人であり、全ての敵対者。

 このスキルを他者に認知された場合、所有者は心底からの敵愾心を向けられるだろう。

 

 【言語翻訳C】

 世界を移動する際に自動付与されるスキル。

 他世界の標準言語を、──が認識できる言語に自動翻訳する。 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ──この世全ての、()…………?

 

 

 

 



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4 『友達はいざこざを経て得る』

 ──前の世界では、こんなスキルなかったのに……【言語翻訳C】もそうだけれど。私の友達作りの邪魔にしかならないわよね。今、ナターレにこれを見せたらダメ。

 

 パッシブスキル欄にある【遍く闇を司りし、此の世全ての敵対者】の説明を鵜呑みにすると、非常に碌でもない代物と一目で判る。

 このスキルが見つかれば、誰と如何ほどの信頼を築いたところで水の泡になるのだ。

 はっきりと負の意味しかないスキルは、存在価値を疑う他ない。

 

 そうこう熟考していると、視線が集まってくるのを感じる。

 ふと見ると、正面の心配げなナターレだけではなく、背後から思い思いの感想を好き勝手に漏らしていた冒険者達も注目していた。

 どうにも、年少の見習いの力量の具合が気になるようだ。

 少女は複数の不躾な視線に慣れていたものの、あまり気分の良いものではない。

 拙いながらも手早く操作し、スキル欄、念のため種族名を隠して、ナターレへとステータス表示を滑らせる。

 

 

「……これが、私のステータスよ」

 

「はい、承りまし────…………ッ!?」

 

 

 受付嬢のナターレは、確認した瞬間に息を呑んだ。

 目を瞬いて、声を失いながら視線は表示されたステータスの数値を辿っていた。

 それを内心はらはらと見守る少女。

 

 ……たぶん、大丈夫よね。ちゃんと隠したし。登録は出来るはず……種族隠したこと、疑われるかな。

 

 少女には、一応自らが強者の自覚はある。

 マカロニサラダは【デザイア・オブ・エターナル】で名を轟かせるプレイヤーだったのだ。終始ソロで数々の強敵を屠ることが、どれほど異常か──それは少女も薄々分かっている。

 けれども他人にステータスを見せる経験がなかったため、こういう場合の配慮が出来ない。

 一種のコミュニケーション障害というのも過言ではないほどに、少女は世間知らずだった。

 

 数秒間、彼女が静止したままなのを見かねて少女はつい急かしてしまう。

 

「で、どうなの? 問題ある?」

「っ!? げほっ、ゴホッ! ごへはっ、あ、あの。こ、このステータス……」

「……大丈夫?」

 

 快活な受付嬢の面影もなく咽せるナターレは、屈み込んでしまったのか受付窓口の机に隠れてしまった。

 尋常な様子ではないナターレに、受付後方にいる他の受付嬢、そして酒場でテーブルについていた冒険者達が血相を変えて向かってくる。

 それでも少女は冷静に思考を巡らせた。

 

 

 ──バッドステータス? もしかして、スキル欄隠しても【遍く闇を司りし、此の世全ての敵対者】の影響、あるのかしら。

 

 

「この餓鬼ッ、カターナさんに何しやがったッ!」

 

 駆けつけてきた冒険者のうち、大剣を背負った大柄な男が拳を振りかざして襲い掛かってきた。

 傍目から見れば、確かに少女が何かしたように思うだろう。

 だが濡れ衣を被るほど少女は殊勝な性格ではない。

 

 感情を露わにして殴り掛かる大男は、振りが大きく、胴体ががら空きだ。

 大方、咄嗟のことと相手が子供のため無意識的に侮っているのだろうが──容赦は考えなかった。

 【デザイア・オブ・エターナル】の世界において、穏便な話し合いなど成立しなかったのだ。NPCの大半は謀反スキルを常備しており、対等の立場になった途端に裏切られる仕様になっている。

 話を聞くならば金か力を示す他なく、支配か従属かの二択が突きつけられる世界だった。

 だからこそプレイヤー達は比較的信頼出来る仲間をプレイヤー間に作るのだ。

 

 ──落ち着かせないと。

 

 故に少女の常識は、そんな疑心に満ちた世界に則った物となる。

 話を聞かせるならば、先ず力を示せ。

 

 眼前に広がる男の胴体。

 小柄な体躯の少女からすれば、ご馳走を差し出されたような物だ。

 

 影を操るまでもない。

 消し飛ばすのは駄目なのは理解出来ているため、余程の手加減をせねばなるまいが。

 判断は一瞬。

 

 即座に少女は腰を落とす。

 右脚を素早く踏み出して、か細く白い握り拳を脇腹に叩き込んだ。

 刹那、その箇所から鈍い音が響く。

 

「な、がぁッ……!?」

「誤解よ。私は、単純にステータスを見せただけ」

 

 二メートルほど吹き飛ばされ床に転がった男は呻きを零し、対して少女は憮然と声を返す。

 周囲は一斉に静まり返る──一瞬の反撃と予測とは真逆の結果に、皆が硬直してしまったのだろう。

 その後に、数人の勘が鋭い者達が少女の存在を『善くないモノ』と悟ったらしい。

 じりじりと構えをとりながら、詠唱を始める魔術師もちらほらと見掛けた。

 ギルド内に緊張が満ちる。

 不穏な周囲を見渡しても、少女は特に行動を起こそうとはしなかった。

 いざとなれば影を膜に変えれば、大概の攻撃は防御出来るだろう。

 

 ……この世界の攻撃がどのくらいが基準か分からないけれど。

 

 出来得る限り、力を用いたくはない。

 おそらく敵視された状態は、友達作りに不適だろうから──害される場合も我慢しようと覚悟していた。

 そのときだ。

 

「皆さん落ち着いて下さい! ……平気です。私は、平気です、か──ごゔぁ!?」

「カターナさん!」

 

 立ち上がったナターレが騒ぎを鎮めようとしたようだが、口を抑えた両手から血が漏れている。

 どうにも彼女は驚きのあまりに吐血したようだ。

 随分、精神面が心配な女性だった。

 

 それからナターレ自身が──血反吐を吐きながら──取り成して、冒険者達は矛を収めることと相成った。

 ただ敵意の滲んだ視線は向け続けられている。

 酒場の方へと引っ込んだとは言え、殺気を飛ばしてくる彼らを気にも留めず、少女はナターレの体調を気遣った。

 確か少女の記憶によれば、元のゲームでのプレイヤー達は逐一、体調を気にしていたと思う。多分。

 こういう行為は真似していきたい。

 

「本当に、大丈夫?」

「だ、だ、大丈夫ですから……。ええ、と。冒険者ギルドにおける……規約は、この通りです……」

 

 顔面蒼白のナターレは、震える手で書類を渡してくる。

 この状況下で話を続けるのか……と思わないでもないが、そこに受付魂を見た気がしたため突っ込まないことにした。

 少女は紙面へと視線を向ける。

 

 『規約』

 ・冒険者同士の諍いにギルドは関与しない。ただしギルドに不利益を齎さない場合に限る。

 ・ランクの詐称は除名処分も含む厳罰対象。

 ・ギルド長には絶対服従。

 

「この三つの大原則さえ遵守して頂ければ、大事には至らないと思います……細かな規則が気になるのでしたら──」

「いや、いいわ」

 

 怯えたような視線でナターレは説明を続けた。

 明らかに恐れられている。

 

 ──スキルの効果かしら? むむ、見分けがつかないわ……。

 

 また他の説明として──冒険者のランクは十八もの階級が存在するようだ。

 最下級がE級、次がEE級、EEE級、そしてD級へと続いて最高級がSSS級である。

 ちなみにSSS級は現状一人のみらしい。

 

 冒険者になりたての新人は、無論E級からのスタート。

 またギルド内の掲示板に張り出される依頼にもランクがあり、同様にE級〜SSS級に分けられている。

 実力に見合った依頼を受けさせ死亡率を減らすため、冒険者は自らのランクが二以上離れた依頼を受領することは出来ないようになっているようだ。

 

 ひよっこのEEE級の依頼までは簡単な採集任務しかなく、D級からようやくモンスターの討伐任務が出てくる。

 

 ──つまり最初は採集任務から始めないといけないのね。

 

「で、でも貴女のステータス値なら……昇格試験を受けてD級になることが可能ですよ?」

「……昇格試験?」

「はい。冒険者になる人の中には、初心者だけでなく、今まで登録してこなかっただけの強者もいます。その方達まで最低ランクから始めるのは、冒険者のランク分けで行った力量の住み分けが崩壊してしまいます。ですので、強者の方々、もしくは強者と自称する方々には、特別に昇格試験を受けてもらっています」

 

 ただD級より上になると実力以外にも冒険者への信頼性等の要因もありますので、これ以上の飛び級は認められていませんが──とナターレは付け加えた。

 可能とは言うものの、ステータスが高い者は強制的に試験を受けさせられるようだ。

 思えば、冒険者登録の際にステータス確認をされたのも昇格試験を受けさせる者を見分けるためだったのだろう。

 しかし強者を分けるだけならば試験をせずとも、ステータスの値を見てD級に振り分ければ良いのではないだろうか。

 その疑問にナターレは「い、いいえ」と恐怖に歪んだ顔で、どもりながら答える。

 

「ステータスはあくまでも基準の値で、本人の実力を明確に示したものではありません。どれだけ力が強く、速く動ける身体能力があったところで『強者』と安易に決められませんから。技量や特異なスキルを使ってこその方々もいます」

 

 成る程と、少女は得心した。

 【デザイア・オブ・エターナル】の少女自身──いや、マカロニサラダも己の技量を以ってして数多の強敵を屠ってきたのだ。

 確かにあれはステータスに表れない強さだった。

 ならば異論を挟む理由もない。

 

「そうなのね。じゃあ、今から昇格試験を受けるわ。内容は何なの?」

「それは──」

 

「俺を倒したら、だ。嬢ちゃん」

 

 突如上がったその声は、ギルドの出入り口に仁王立ちする男の物だった。

 見るからに人類種ならば四十代前半にあたる外見年齢で、身長は百八十半ばほど、浅く刈り上げた青髪、歴戦の猛者を想像させる額の切り傷が特徴的だろうか。

 少女は彼の腰に帯剣した直剣を注視する。

 刃渡りはそう長くない、だが柄に手が掛かっていて実に油断ならない。

 

「俺の名前はバルド・シューリマン。バルドで良い。元B級冒険者の訓練官だ、試験は模擬せ────ごぶぁぎゃ!?」

 

 悠然と自己紹介していたバルドは少女から発された影に突かれ、短い悲鳴と共に吹き飛んだ。

 豪速でギルド内の壁に激突し、地面に頽れると動かなくなる。

 白目を剥いて、口から唾液が垂れていた。

 観察すると少し痙攣はしているため、生きてはいるらしい。

 ……あら? 試験、とても簡単ね。倒せだなんて試験内容で、不意打ちは警戒してないなんて……やっぱり、試験は名ばかりのものなのかしら。

 

「これでD級になれるのね? ……ナターレ?」

 

 受付へと振り返ると、ナターレの姿はそこになかった。

 

「ごゔぁっ!?」

「ナターレさぁぁん!」

 

 床に倒れていたらしいナターレは吐血し、ギルドには他の冒険者の悲痛な叫びが響いた。

 



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