Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S (オールドタイプ)
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9月26日
Mission report01 AM12:00i


 1998年9月。夏の余韻を残す蒸し暑さの中、私の元に『U.B.C.S.本部』から緊急呼集が届いた。

 呼集事態は物珍しくもない日頃の業務連絡と何ら変わりのないもの。"問題"が起きたときの"解決"の為の仲裁者であるU.B.C.Sの唯一の仕事として赴くだけである。

 

 『U.B.C.S.』本部に帰還したとき、本部が妙に慌ただしかったのを覚えている。

 

 自分が配属されているA小隊C分隊の人間だけが呼び戻されたのかと思っていたが、そうではなかった。

 

 メインゲートを潜った中央窓口には他の分隊員全員が押し寄せていた。この時点で「従来の業務ではない」と弱卒ながら直感していた。

 

 本来ならば必要最低限の人員のみが投入される業務において、全ての人間が同時に呼集されることなど一度もなかった。

 

 私は目の前にいた同僚に「何事なんだ?」と声を掛けた。

 

「さぁな。大規模な作戦が展開されるみたいだけどな」

 

 肩を竦めながら返事をする同僚。アンブレラ本社のお偉いさんの地方巡りのお守りにこれ程の人材を割く筈がない。かといって"掃除"にしても人が多すぎる。

 

 U.B.C.S.。それはアンブレラコーポレーションによって非公式の司法取引等によって集められた元軍人、ゲリラ、戦争犯罪者といったならず者達で編成されている。飛びっきりのろくでなしがこぞって集められ日夜訓練と仕事に追われている。

 基本的に私達が出張るのは、アンブレラという巨大な製薬会社としてのメディアへの目を考えて、表沙汰に出来ないことへの対処に当たることが殆ど。自社社員を使うよりも好きな時に何時でも切り捨てられる傭兵である私達の方が使い勝手が良い上に損失も少ないからである。

 此方にしても、重罪による重い刑罰を課せられ、本来なら外に出ることなど不可能に近かったのを取り消し、自由を与え、生きるチャンスをくれた。しかも報酬も悪くない。

 

 アンブレラにとって金など吐いて捨てるほどに有り余っているため金で釣ることなど容易いのだ。

 

 それによって両者にとってwin-winの関係が確立されているとも言える。

 

 しかし残念なことに金による関係は永くも続かない上に簡単に脆く崩れ落ちる。それが偶々この日だった。

 

 何も分からないまま装備品庫に保管されている装備品を身に纏い、出撃の準備を着々と進めていた。

 

 アンブレラ社制式貸与のアーマーベストにはアンブレラ社のロゴマークでもある赤と白の傘マークがペイントされている。

 各ポーチにはそれぞれの弾薬、コルトM4カービンライフルの弾倉が4つとSIG220拳銃の弾倉4つ。手榴弾ポーチには手榴弾が3つ。後は非常用のバヨネットナイフが1本。ニーパットに携帯医療パックにはファーストエイドキット。通信連絡手段に無線とヘッドセット。それが私の装備。

 

 総重量にして20kgは固い。アーマープレートだけでも実に約8kg。それに付け加え銃に弾倉といった携行品をぶら下げればこの重量は避けれない。

 

 自分の命と仲間の命を守る道具なのだから軽くては困るのも事実。

 

 私自身も軍人であったため、このような装備品を身に纏っての訓練は数多く積んできた。時には今以上の装備をつけてのレンジャー訓練もしてきた。

 

 少なからず自分の能力は一定は満たしていると自負はしている。

 

 それは私だけではなく他の同僚もそうだ。ここいるのは戦場を食い物に修羅場を演じてきた者達ばかり。皆自分の能力を出し惜しみせず今日まで生き残ってきた。

 

 出撃前だというのに呑気に談笑に浸る者もいる。

 

 精神安定剤だと称して酒を煽る者。

 

 愛人にラブコールを送る者。

 

 国籍も違えば人種も宗教も主義も違う。私達に共通しているのは今日を凌ぐ金と明日を手に入れるために銃を取ることだけである。

 

 所詮は同じ穴のムジナ。類は友を呼ぶ。ならず者同士が絆を深めるのにはそう時間は掛からなかった。

 

 出撃前の最後の装備の点検。銃の機能を確認し、互いに装備品の不具合を確認。弾倉を詰め、コッキングレバーを戻し薬室に弾を装填。同様に拳銃もスライドレールを戻し装填が完了。全ての確認が済み我らが隊長に合図を送る。

 ヘリへの搭乗が令され、C分隊総勢10名がUH-60通称ブラックホークに搭乗。

 エンジンの暖気運転が終了し、パイロットによる機内のチェックも終了。異常なしが確認されたところで離陸開始。僅かに開いている後部ハッチから離れていく地上の景色が見える。

 

 小さな窓には他の分隊員を乗せたブラックホークが一列になって目的地に向かっている。

 

 出撃前に伝えられた今回の作戦の内容は『市民の救出及び治安維持』とのこと。最底辺軍人であった私達に市民の救出を命じるとはなんとも皮肉なものである。

 

 既に日は沈み掛け。見慣れた夕暮れに染まる空の景色だと言うのに何故か安らぎを覚える。

 

 安らぎを覚える傍らで私は今回の作戦に対しての疑問が頭の片隅から離れなかった。

 

 何故市民の救出にここまでの重装備なのか。治安維持にしても些か余剰火力であることは否まれない。

 目的地である『ラクーンシティ』で起きている事態は我々の想像を絶するものなのか? と

 

 一抹の不安を拭えぬまま私は作戦領域である『ラクーンシティ』へと辿り着いていた。

 

 そして、ここは地獄すら生温い目示録的な世界が広がっていた。

 

 あぁ、この時ばかりは自分自身の運命を呪った。U.B.C.S.に身を落とさなければ、こんな目に会うことは一先ずは無かったのかもしれない。

 

    ◆ ◆ ◆ 

 

 ヘリの下では質の悪いB級のホラー映画が繰り広げられている。

 

 逃げ惑う民間人とそれを追う人間の姿を模した化け物共。只の市民の救出だとたかをくくっていたのに全く最悪な1日になりそうだ。

 

「降下予定ポイントに感染者が多数いる。ポイントを変更して降下させる」

「降下用意!」

 

 片道切符にならないことを祈りながらラペリング降下用意を始める。エイト環にラペリングロープを通し、左右同時に地上10mの高さから降下。ラクーン病院前に降下し、ダウンウォッシュの影響を受けながらも展開。仲間が降りてくるのを待つ。

 

 ライフルのアイアンサイトを覗き込みながら街の状態を確認。至るところから火の手が上がっており、逃げ惑う市民の悲鳴と警官隊による銃声がしきりなしに耳に入る。

 

 今なら何でU.B.C.S.全部隊が召集されたのか解る。一筋縄ではいかない。俺のこれまでの過去の経験なんて比べ物にならない惨事だ。

 

「よし! 行くぞ!」

 

 隊長の号令に従い隊列を組ながら先を走るチーム員の背後を追う。

 

 "感染者"だとか言う連中に遭遇したときときたら。肝っ玉が冷えるってレベルじゃなかった。今まで怖いもの知らずで生きてきた俺がブルッちまっている。

 

 考えるよりも先に引き金を引く指が動く。雄叫びと一緒に打ち出される5.56m弾が化け物共の身体を抉るが、気にする素振りもせずに連中はにじりよってくる。

 一心不乱にライフルを連射。銃声が声をかき消し、排出される薬莢が視界から消えていく。火薬の臭いと連中の肉と血の臭いが俺を更に興奮状態にさせる。

 

 撃っても撃っても進んでくる上にどんどん数が増えていく。

 

 生きた人間の血肉を貪る連中の餌さなんかになってたまるか!

 

 片っ端からぶっ殺してやる!

 

     ◆ ◆ ◆

 

 最悪だ......部隊とはぐれた上に噛まれた傷口の血が止まらない。衛生兵ではないが、ある程度の処置は軍で一通り習った。ガーゼで傷口を圧迫止血しているが一向に血が止まらない。

 ガーゼが血で染まり止血帯に変えても同じだ。左腕の二頭筋をかなり深く食いちぎられた。犬に噛まれる以上の鋭痛だ。

 

 噛まれた直後から嫌な汗も止まらない。喉もカラカラだ。一先ずは落ち着ける場所を探してそこから部隊に連絡をしよう。他にも展開している仲間がいるはずだ。最悪はそこの部隊と合流しよう。

 

 この場を離れるために銃を杖がわりにして、重い腰を持ち上げ、傷口を庇いながらガソリンスタンドを後にする。

 

       ◆ ◆ ◆

 

 畜生、民間人が邪魔で全く狙えない。警察署近くまで来たはいいものの、避難の為に押し寄せている車や人で状況が混乱。警察も事の大きさに処理が追い付いていない。

 

 人が大勢集まるのを感知出来るのか、"ゾンビ"共が角や通りの先から集まってきてやがる。

 

 市民を掻き分けゾンビ共の進行を食い止める為に廃棄された車の車体に身を乗り出して防衛線を形成。警官を呼び合同で制圧をするが、警官共もビビって弾がゾンビ共を掠めるだけだ。

 

 足を撃ち抜き転倒させるも直ぐに立ち上がって来やがる。

 

「手榴弾!」

 

 見かねた仲間が手榴弾を投擲。投擲された手榴弾は近くの車を何台か巻き込み大爆発。爆発に巻き込まれたゾンビの何体かは動かなくなったが、それでもまだまだ数がいる。

 

 市民の救助の前にてめぇの身を守るので精一杯だな。

 

      ◆ ◆ ◆

 

 降りた途端にこれかよ。

 

 市庁舎前に降下してきたが、ここはもう奴等の巣窟と化している。降下直後に襲われ早くも部隊は散りじり。

 

 息も絶え絶えになるが走る足を止めるわけにもいかない。安全な場所があるかどうかは分からないが取り敢えず奴等から逃げる為に走らないとな。

 

 それにしても生存者を余り見かけないな。ここにはもう生存者はいないのか?

 

      ◆ ◆ ◆

 

 クソ、予想以上に感染者の数が多いな。データを収集しようにも余り役に立たない連中だ。データを収集しても私が死んだところで意味がない。

 

 こんな連中だが、生き残る為にも最大限利用しなければな。コイツらもコイツらで生き残るために必死。必死になれば必死になるほどコイツらの兵士としての力が発揮されれば、それだけB.O.Wとの戦闘データーの採取が望める。

 

 まぁ、精々頑張ってくれたまえ諸君。

 

       ◆ ◆ ◆

 

「クリア。一先ずは安心だな」

 

 安全とおぼわしき場所に辿り着いた私と部下は室内の敵を一掃し、情況整理も兼ね一旦休んでいる。

 

 部下達の顔色は良くない。街に降下してまだ3時間しか経っていないが、部下達の精神的疲労は計り知れない

 作戦の進行も芳しくない。市民を市庁舎に集めて迎えのヘリが来るのは3日後。それまでに可能な限りの市民を救出したいが、果たして上手くいくかどうか。

 

『全隊へ報告! 全隊へ報告! 市庁舎近辺は化け物共で溢れ返っている! 市民の集結場所を変更する要あり!』

 

 事態が発生してからまだ初日だぞ。初日でここまで規模が拡大するとは。これは只のバイオハザードではないな。

 

『下がれ! 一時撤退だ!』

 

 ヘッドセットを通して市庁舎に展開している仲間の怒号と銃声と奴等のうめき声が嫌というほど伝わってくる。

 

 こうして私達がうかうかしていられるのも今だけかもしれない。次は我が身。長居は無用。青ざめる部下を激励しながら私の隊は次なる場所を、市民が収容出来る広さで厳重なバリケードを築ける場所を目指して移動する。

 

 ここからだと学校が近いな。

 

      ◆ ◆ ◆

 

 帰ったら死ぬほど酒を浴びて干からびるまで女とヤってやる!

 

 非常食を貪りながら悪態をつく。デパートの食品売り場でライフラインとなる水や食糧を確保しにきたのだ。長丁場が予想されるため、自前の携帯簡易食糧だけじゃ足りないからだ。

 

 既に俺の小隊は民間人を何人か囲っている。途中の銃器店で配られた武器を頼りに生き残っていた連中なため、足手まといにはならずに済みそうだ。

 

 かといって戦力になるわけでもない。武器を持っていても民間人。戦場とは無縁な連中だ。いつ壊れてもおかしくはない。俺達でも気がおかしくなりそうなのに民間人が堪えれるわけがない。

 

「あの金髪の姉ちゃんいい体していたな。生き残ったらヤらせてくれねぇかな?」

「馬鹿なこと言ってないで作業を進めろ」

 

 人間窮地に追い込まれると種を残したいという本能が強くなるっての本当のこと。そんなことをヤってきたせいでこんなところにいる羽目になっちまったんだけどな。

 

 戦場で気が狂いそうなのを抑えるためだったし、そのお陰で正気でいられて生き残れてきたんだ。悪いとは思ったが後悔はしてない。

 

 今回もそれでいきたいところだ。

 

 

        ◆ ◆ ◆

 

 地獄の前触れとも言える事態に誰もが気付けなかった。ラクーンシティ郊外アークレイ山地での事件が始まりであり、ラクーンシティ内でも猟奇殺人が起きていたが、市民の誰もが何れは解決する自分には余り関係のない出来事だと認識していた。

 

 いつものように新聞を片手にコーヒーをすすっては、出社するサラリーマン。

 

 子供の通学を見届け、テレビの前でエクササイズを始める主婦。 

 

 スクールバスで週末の予定などを交わす学生。

 

 趣味のランニングに汗を流す中年男性。

 

 いつもと変わりのない日常。当たり前であり、当たり前のように過ぎ去っていくだろうと誰しもが"日常"を流してきた。

 

 だからこそ市民は当たり前だった日常が何故こうも簡単に崩れ落ちたのか理解出来なかった。当たり前を当たり前のように享受していた市民が異変に気付き当たり前ではなくなっていると少しでも感じていたら少しは違ったのかもしれない。

 

 昨日まで普通だった隣人や家族が今では自分に襲い掛かってくる。そんな現実を受け止めきれずに今でも部屋の片隅で身を小さくしながら怯える市民達。

 

 街を出ることさえ恐怖で足がすくみ実行出来ていない者が大半。何とかして逃げようと外に出ては事故や怪我で動けなくなり、襲われる者が大半。火事場泥棒で金品を漁るものが少数。

 

 惨劇が起きてから数時間。そんな市民達の救世主として街に降り立った兵士の姿を目の当たりにした市民の中に僅かな希望が生まれたのは言うまでもない。

 

 



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Mission report02 PM18:00i

 

 投入から既に2時間が経とうとしている。スーパー内のゾンビを駆逐した私と小隊は貪るようにしてスーパー内の食品を漁っていた。

 人が人を食い殺すような猟奇的な光景を目の当たりにしていながらも、軍人としての気質なのか食への意欲が削がれることがなかった。

 現実離れしている事態に瀕して、通常の戦闘行為よりを遥かに凌駕する精神的ストレス並びにエネルギー消費。カロリーを補給し戦闘行為を継続させるためにもエネルギーの確保は最優先された。

 

 私はレンジャー部隊出身が功をなしているからなのか、精神的には他の同僚よりも安定していると自覚している。

 

 限られた食料と水、重い装備を背負いながら地図とコンパスを頼りに険しいジャングルや山道を進んでいくレンジャー教育も地獄だった。

 しかし、ここはそこよりも更に地獄だ。ある意味では狂えればどれだけ楽なことか。ここに来るまでに何名かの生存者だったとおぼしき死体を発見した。

 噛まれた痕や体が食いちぎられたような痕跡がなく、何かの鈍器で撲殺されたような痕が至るところにあった。

 再び蘇らないように処置をして死体の検索を行った。死体の女性の格好はジーパンにTシャツと非常に軽装な格好であり、所持品も見られなかった。

 

 正確に言えば所持品は持っていたが、私達が見つけたときには持っていなかったと言える。

 

 火事場泥棒。

 

 有事の際、暴徒と化した民衆が働く代表的な行動。秩序が崩壊していく中で尤も厄介な相手。此方の話に耳を傾けることなく野蛮に向かってくる。始末に負えない。

 通りで見掛けた女性の遺体は、そんな連中の中でも更に質が悪い集団の毒牙にあったのであろう。

 動く死体の相手も生理的嫌悪感を抱かずにはいられないが、生きている"人間"よりかはましなのかもしれない。

 

 生きている人間が一番怖い。そんな言葉をよく耳にする。なまじ知能が高いが故に、追い込まれた猿以上に何をしでかすか分からない。

 

 火事場の馬鹿力により思わぬ力を発揮する。

 

 私達は動く死体だけでなく、この先は生きている人間にも脅威を感じなければならない。

 

 通りで教われた女性から相手はこの近辺に潜伏しているに違いない。その上で獲物を見定め、テリトリーに侵入したところで襲う。

 辛うじて女性だと判別出来る程の体の欠損状態からも、集団であることが伺え、それだけ派手にしているにも関わらず周辺には凶器等も見られず、死後そこまで時間も経ってはいなかった。

 

「よし、引き上げるぞ」

 

 あらかた食糧を手に入れた私の隊は、安全な場所を目指し、再び死者の行き交う街の中を進まなければならない。

 元々安全と見定めていた場所も、ゾンビ共が雪崩のように押し掛けてきたことで、安全ではなくなってしまった。退却の際の戦闘で仲間を一人失った。

 

「おっと、そうはいかないぜ」

 

 この街に降り立ってからもそうだが、私達にとっては日常的に聞き慣れた空を裂く発火音。死臭が立ち込める街の中であってもその臭いは容易にかぎ分けることが出来る。

 隊長の足元、アスファルトに火花が弾け飛ぶ。跳弾する銃弾。

 銃声の方向に対して私達は一斉に銃を構える。

 

「兵隊さん達よお、誰の許可を貰って食料を漁ってんだ?」

 

 銃口の先にはTシャツにジーンズといったラフな服装をした、年若い6名程の青年達が、スーパーの反対側のアパート前から拳銃を構えて立っていた。

 短く刈り揃えられた短髪の白人の青年。両腕に彫られた天使と悪魔の刺青が印象的だ。

 恐らくこの集団のリーダーなのだろう。地元の青年グループといったところだろう。

 

「こんな非常時に縄張りなど気にしているのか?」

「質問をしているのはこっちだ」

 

 構えている拳銃を突き出す青年グループ。

 

 構え方を見て素人なのはよくわかる。一体何処で拳銃など手に入れたのか。

 普段扱わない強力な武器を手にしたことで、増長しているのだろう。

 

「我々はU.B.C.S。アンブレ社のバイオハザード対策部隊だ。市民救出の為に街にやって来た。食料は生存者や我々の為に必要なもの。許可など取っている場合ではない」

 

 相手がチンピラだろうと私達は気を抜かない。銃を所持しているのもそうだが、この街ではどんな些細なことだろうと、一辺たりとも気を抜けないからだ。相手が人間だろうがバケモノだろうが変わらない。

 

「おいおい、みんな聞いたかよ。俺達を助けに来たってよ」

「マッポですら怖じ気付いて逃げ出すのにご苦労なこった」

 

 何が可笑しいのか。ゲラゲラと笑い出す青年グループ。

 

 状況がわかっていないのか?

 

「君達も立派な生存者だ。我々が争う理由は何処にもない。大人しく銃を下ろしてくれ」

「状況が分かってないみたいだなオッサン」

 

 青年が右腕を上げた瞬間に、アパートやビルといった建物から複数の銃が私達に向けられる。

 

 油断していたわけではない。ここは青年達のテリトリー。ずっと気配を消して此方を伺っていたのだろう。

 

「こういうこった。大人しく銃を下ろすのはどうやらそっちの方だな」

 

 隊長が私達にアイコンタクトを送り、言う通りに銃を下ろせとの合図を出してくる。

 人数も武器の数も此方が不利。仮に戦うとしてもここは身を隠すような遮蔽物や場所が何処にもない。後方のスーパーに隠れたとしても袋小路。

 スーパーの裏口から逃げるのも手段としてはあるが、複数の相手に背中を向けるのは得策ではない。援護しながらでも無理がある。その間に撃たれないとも限らない。

 

 大人しく銃を下ろし地面に置く私達。両手も上げる。

 

「よし、銃を回収しろ」

 

 拳銃を構えながら私達に近づくチンピラ達。目は大きく見開かれ額には皺が寄ってる。

 ずっと私達の方を見ながら、足元に置かれた銃を取り上げていく。呼吸も若干荒く、緊張しているのが伝わってくる。

 

「俺達のアジトに案内してやるぜ。歩きな」

 

 グループの内の2人が私達の後方、少し離れた位置に立つ。

 拳銃と小銃は青年達に取り上げられた。ナイフが胸のポーチに納められているが、それだけで反抗する気はおきない。一先ずチャンスが来るまで言いなりになるしかないのだ。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

「ようこそ、俺達のマイホームへ」

 

 連れてこられたのは、スーパーから大分離れた町外れにある寂れた工場。幾つもの車や溶接機、整備道具といった物が置いてあることから中古車の修理や改造等を手掛けているのだろう。

 

「この工場の持ち主は?」

「親父が経営してんだ。今は俺の所有物だけどな」

 

 整備道具が乱雑に置かれているテーブルに銃を置き、パイプ椅子に腰掛ける青年。

 

「何故俺達をここに連れてきた?」

 

 私達の所持品が目的ならば奪う物だけ奪って逃げればよかったはず。けど、彼らはそうしなかった。

 

「あんたら軍人なんだろ? なら脱出ようのヘリか何かがあるだろ? それの場所を聞きたくてな」

 

 脱出が目的か。ならばこんなことをせずに素直に私達と共に行動すれば良いものを。

 

「我々の目的は一致している。こんなことをする必要がどこにある」

 

 今の私達は両手に手錠を掛けられ、残ったナイフも取り上げられてしまっている。両手を塞がれ武器も何もない完全な丸腰。

 

「脱出するのは俺達だけで十分だ」

「何をバカなことを」

「あんたらにはその為の道案内をしてもらう。最悪な場合、あんた達を囮にすれば俺達は助かるしな」

 

 ここに置いていかれるのならば、此処等にある物で手錠を外すといったことが出来るが、連れられて移動となると下手な動きは見せられない。

 

「諸々の準備があるから少しだけ待ってな」

 

 銃を取り工場の奥へと歩いていく青年。私達の頭部に突き付けられている銃はそのままだ。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「待たせたな」

 

 工場の中心に続々と集まってくる青年の仲間達。私達を襲撃した時よりも多いな。20人前後のグループをまとめ上げるこの青年の力量なのか、生き残れるだけのサバイバル能力は十分評価できる。

 街の惨劇は私達が投入される前から起きていた。既に街の機能はダウン。生存者も決して多くはない。それでも彼等は生き残っている。私達に協力的ならば頼もしい限りなのに。

 

「カーク! ヤバイぜ! 化け物共が集まってきてやがる!」

 

 

 工場の二階窓際で外の警戒をしている青年の一人がそう叫んだ。

 カークと呼ばれたリーダーの青年とその仲間達が、ガラス窓から外の様子を伺う。

 私達も青年達の後ろから外を覗く。覗いた先にあったのは無数の化け物達がヨタヨタと歩きながら此方に向かってくる景色だった。

 何処からやってきたのか。何故ここに真っ直ぐに迫ってくるのか。

 連れてこられる前の銃声に誘き寄せられたのか? それとも私達が一ヶ所にここに集まっているのを察知したからなのか? どちらにせよピンチなのは変わらない。

 

「ダメだ! 囲まれている!」

 

 反対側の窓から警戒している青年の声が震えている。どうやら工場は連中によって囲まれてしまっているようだ。

 

「車は使えないのか!?」

「修理用のパーツが足らなくて、まだ動かないんだよ!」

 

 どんどんと近づく化け物の群れ。ここで防衛戦を展開すれば殲滅出来ないこともないかもしれないが、弾薬は限られている。この先連中の襲撃に合わないとも言い切れない。補給が望めない状況で無闇矢鱈に弾をばらまく訳にもいかない。

 だが、車は使えない。走って逃げ切るには数が多すぎる。戦闘は免れない。

 

「冗談じゃないぜ、こんなところで喰われてたまるか!」

 

 青年カークの拳銃が火を噴く。それを合図に青年達は一斉に発砲。

 一人、また一人と化け物共は倒れていくが、一向に数が減る気配がしない。

 青年達が撃つ弾に比べて倒れる化け物の数が釣り合っていない。化け物共の弱点、頭部への着弾が少ないからだ。

 私達も戦闘により、化け物共が頭部に弾を受ければ倒れることには気づいた。しかしながら、近距離でもない相手に正確に頭部を撃ち抜くには、一定の技量がなければ難しい。恐怖で体が萎縮していれば尚更のこと。

 

「ちくしょう! どんどん来やがる!」

 

 減らない数。寧ろ増えていっているようにも思える化け物共に青年達の顔がみるみると青ざめていく。

 

 かなり派手に、窓ガラスが割れる音が随所から上がる。

 

 工場の奥、南側の方から窓が割れる音と扉が壊される音が同時に鳴り響いた。

 銃声と恐怖で神経が敏感になっている私達の耳にそれはよく届いた。出来ることなら届いて欲しくはなかった。恐怖を更に扇ぐだけだからだ。

 

「侵入されたか......」

 

 距離が縮まるにつれて青年達と私達は窓から徐々に離れ、工場の中心で輪を描くように、それぞれがそれぞれの方向に銃を向けるようにして集まる。二階にいる青年達は二階からまだ射撃を続けている。

 

「俺達の手錠を外せ」

 

 このままでは全員お陀仏。青年達に最早手に終える数ではない。

 

「ふざけんな、誰が外すものか」

 

 こんな状況でも意地を張る青年カーク。手錠を外して主導権が私達に移ることを恐れている。 危機が差し迫る中で私達はそんなことは考えていない。今をどう切り抜けるかしか考えていない。

 

「このままではここで全員死ぬぞ! 嫌なら早く手錠を外せ!」

 

 化け物共が本格的に工場に侵入した。二階にいる青年達も逃げようとするが、それよりも早く階段を昇る化け物共に捕まれ、悲鳴を上げる間もなくその場で捕食されてしまう。

 

「早く外せ!」

 

 仲間が惨殺されるのは目の当たりにし、隊長の気迫に負けた青年は手錠の鍵を取りだし私達の手錠を外していく。

 

「銃も返せ!」

 

 青年達から取り上げられた銃を取り返し、私達は化け物共に銃を指向する。

 

「お前達も協力しろ。協力なければここを切り抜けるのは不可能だ」

 

 民間人との共闘。救助対象である民間の手を借りるのはやむを得ない。それは今回だけではなく、脱出までに何度もあるだろう。

 

 濁った白目、傷だらけのボロボロ体で両手を突き出しながら、呻き声を上げ迫る死体。腐臭と死臭が青年達やU.B.C.S.のメンバー達に不快感を催させる。

 

 彼等にとって第一の正念場。彼等は無事に切り抜けられるのか。



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Mission report03 PM19:00i

 

 これで20......いや30か?

 

 額から入っていく弾丸が化け物後頭部から突き抜け、弾の威力によって、射出口となる後頭部が大きく弾け飛ぶ。

 元々死んでいる為、死臭も半端ないが、脳ミソをぶちまけた後の臭いは、体から発せられる臭いよりも酷いものだ。

 鼻がひんまがりそうだ。顔を歪めながらも集団に対しての照準は外さない。

 

「そうだ。頭だ頭だけを狙え。距離がある奴に無理に狙おうとするな。近いやつから片付けていけ。ライフルも拳銃もそれは変わらない。有効射程は10程度だと思え」

 

 円を組むようにして連中を迎え撃つ私達。恐怖から狙いすぎて逆に当たらないもの。また、逆に一定の緊張感と恐怖によってよく当たるものがいる。

 倒せない相手では絶対にない。倫理や道徳に外れ、生物系の輪の中から外れていても、一応は"生物"。兵器であるが生物として活動をしているため、殺せる。尤も既に死んでいるのだが。

 

「へいへい、兵隊さんよぉ、何時まで続ける気だ! キリがねぇよ。このままじり貧を続けてたら......弾だって限りがあるんだろ!?」

 

 空になった弾倉を抜きながら隊長の方を向く。青年の言う通り、ここで連中を相手し続ける必要はない。今はまだ弾があるが、応戦を続ければものの数分で残弾が0になるだろう。

 

 青年の言葉を聞きながら隊長は首を回し、何やら周囲を観察しているようだ。

 

「東側の扉......そこから外に出れるか!?」

 

 隊長がある一ヶ所に視線を釘付けにさせる。そこは他の場所よりも比較的、奴等が闊歩している数が少ない。

 

「工場の反対側、路地裏に続いている!」

「道案内を頼めるか!?」

 

 悠長に話しているように思えるかもしれないが、こうしている間にも銃撃は継続している。

 銃声に声がかきけされる為、隊長は近くにいる青年に近寄り、耳元で大声を出して何かを伝えている。残念なことに私は距離が離れているため、隊長と青年が何を話しているのかは不明だ。

 

「他の連中にも移動することを伝えろ!」

 

 会話を終えた黒人の青年が、生き残っている他の青年達に伝言を回していく。

 

「回したぞ!」

「全員一斉射撃!」

 

 これ以上ない怒号を浴びせる隊長。弾倉が丸々1つ無くなるまで射撃を行う。

 それまで精密に行っていた射撃ではなく、あくまでも合図。"敵"を倒すためのものではなく、後退、逃げるための攻撃。足止めさえ、時間さえ稼げればいい。

 耳が張り裂ける勢いの銃声。奴等のうめき声も、私達の声も何も聞こえない。聞こえるのは銃声。そう、銃声だけだ。

 その銃声もいつしか聞こえなくなる。射撃が止んだからではない。いつしか無声映画を見ているかのように只映像だけが過ぎていく。

 にじりよる死者が力なく崩れ落ちる。ピクピクと痙攣。そして再び立ち上がる。そんな死者もいれば二度と動かなくなる死者もいる。何もかもが只の映像に成り下がる。

 

「よし! 行くぞ!」

 

 弾が切れたことを私は開放されたままの薬室を見て初めて気づく。それでめ指は引き金にかかりっぱなしだ。

 先程よりも光景がスローモーションに映る。直ぐ真横にいた仲間を見ると私に向かって何かを叫んでいる。

 だが、声が聞こえない口がパクパクとしか動いていない。

 その仲間の更に後ろを走り去っていく青年達。そこで初めて私は撤退を開始したことに気づいた。見れば私以外が全員脱出口に向かっている。

 

「早くこい!」

 

 しかめっ面に大きく開かれた口。右手を大きく仰ぎ急かしている。

 弾が切れたM4A1を手離す。スリングに繋がれた武器は私の体に密着するようにぶら下がる。

 何も聞こえない。全てがスローモーションに見えるなかで私は同僚の元まで走る。

 レッグホルスターに納められた拳銃を抜き、視界に入る、掴みかかろうとする死体に向かって発砲。

 糸の切れた人形のように倒れる死体。その濁った白い目が私をじっと見つめているのが見えた。

 

 私が来たことを確認した同僚が先を走る。

 

 隊長や青年達はその前にいる。青年の一人が死体に首もとを噛み付かれた。

 前を走る同僚が青年に噛み付いた死体を、拳銃で撃ち抜くが手遅れだった。

 辛うじて息がある青年。しかし、噛み付かれた首もとから夥しい量の出血。

 泣きそうな青年が私に何かを懇願してくる。しかし、私はその声を聞き取れない。先程の銃撃で耳でもやられたのかもしれない。

 私は半泣きになる青年の額を拳銃で撃っていた。しかし、私は青年に対して何も感じていなかった。哀れみも何も。

 

 出口が見えてきた。外では、他の仲間が私達の撤退を援護するために、弾倉を交換したライフルを構えている。

 頭を下げ、姿勢を低くしながら出口に向かって走る。

 仲間のライフルのマズルフラッシュが目を眩ませる。

 後方を少し覗いて見た。そこには蟻のように際限なく沸いている死体の群れがあった。そこから私はもう後ろを振り返らなかった。

 

 出口を抜けた。仲間が出口の扉を閉め南京錠で施錠する。だが、直ぐに破られるであろう。

 出口抜けた先はフェンスに囲まれた廃車の山だった。

 フェンスの一部をナイフでくりぬく青年達。外に繋がる道が出来ると私達は我武者らに、何処へ行くのか宛もなく走った。

 

 走って、走って、走り続けた。ふと気が付いた時には私の瞳に映る光景は元に戻り、音も聞こえるようになっていた。一目散に走り去るブーツが地面を蹴る音が。

 あの奇妙な感覚、現象は何だったのだろうか。私にそれを探る術は無かった。

 

     ◆ ◆ ◆

 

PM20:00 south street westerntheater.

 

 ある1つの劇場に十数名の兵士が集結していた。皆疲弊しきった疲れを隠せないでいる。

 市民救出部隊の内の3チーム内の生き残り達であった。人の多いと思われる大通りに降下した彼等を待っていたのは市民ではなく、変わり果てた姿の者達だった。

 運良く逃れた彼等。体勢を立て直す為の算段を考えている最中である。

 

「地図上ではここは市庁舎から南西に15kmの位置だな」

「迎えのヘリは任務終了までの3日の内、定時の9時と12時と15時と18時と21時の5便が来ることになっている」

「あと一時間後に今日の最後の一便か」

「だが、市庁舎周辺は化け物で溢れているのだろ?」

「あぁ、だがしかし、無線が逃げるときにか、破損してしまった。本部との交信が不能。ヘリの要請場所を変えることは出来ない」

 

 各部隊に1人通信員として無線を装備しているのだが、この集団の通信員は1人だけ。他の2チームの通信員は途中で死んでいた。残った無線も破損したため、手詰まり。

 劇場のロビーで今後の方針を考える兵士達。思いもよらない事態にも冷静を何とか保つ彼等。

 ラクーンシティ全体図を広げ議論を交わすが、中々方針が定まらない。市民の救出を第一にしているが、その市民達がどの辺りにいるのかも見当がつかない。

 建物を一件一件捜索している暇はない。移動手段もない彼等は、ある一定のポイント毎に市民の救出に当たっている。人が集まりそうなところを指定して。

 しかし、それが思うようにいかず行き詰まっている。人が多く集まるところには常に死体が闊歩。今のところ彼等は市民と遭遇していない。

 

「次の便には間に合わない。一晩ここで過ごして改めて市民の捜索を行おう」

 

 一番最年長と思われる白髪混じりの男性兵士の言葉に頷く一同。どうやら彼がこの集団を引っ張っているようだ。

 一先ずこの劇場で過ごすことが決定した彼等は、ほっと束の間の休息に胸を下ろす。

 そんな彼等が気を抜いた瞬間、銃声が劇場内に響いた。単発の一際デカイ音。それは外から、劇場の屋上から聞こえるものだった。

 

「誰か見張りに言ってこい。無闇矢鱈に発砲するなと」

 

 呆れ返る白髪の男性。そんなことを気にする素振りも見せずに屋上にいる兵士は発砲後の狙撃銃のコッキングレバーを引き、薬莢を排出し、酒を口にしている。

 気晴らしのためか、ラジオからは音楽が流れている。

 見張りの兵士は劇場の外でうろうろしていた感染者を狙撃。頭部が吹き飛んだ死体が転がるが、それは1つではなく、幾つもの死体が同じように転がっていた。

 

「どっからでも来な化け物共。弾はまだまだあるぜ」

 

 銃声が彼等を引き付けるのだが、彼はそんなことは気にしてはいなかった。感染者を殺すことで精神の安定をはかっている。

 だが、彼の放った銃弾が引き寄せたのは感染者ではなく、もっと違った別の"ナニか"だった。

 

 影が見えた見張りの兵士は狙撃銃のスコープを覗く。そして、そこに映ったモノを見て目が点になっていた。

 

「何だよ......アイツは......」

 

 ボソッと口から溢れた彼の言葉。彼が見たモノは感染者よりも一回りも大きく、全身が黒コートような物を纏った生物だった。

 

「何だあれは?」

 

 それは劇場内にいた兵士達も気づいていた。ゆっくりと近づくソレの胸に穴が空いた。

 僅かに血を流しただけで、止まることなく、変わらない速度で近づいてくる。

 

 屋上の兵士は苛ついていた。それまでほぼ一撃で仕留めていた彼。様子見の為に、足止めの為に胸に狙撃したが謎の生物は気にも止めていない。

 続けて二発目。今度は致命傷となる頭部への狙撃。完全に脳髄を捉え、手応えを感じたが、その生物は足こそ止めたものの、倒れることはなかった。

 その事実に彼は生物に対する睨みを強くした。

 謎の生物と目があった彼。謎の生物の顔は人間のような皮膚をしているが、鼻や唇というものがなかった。剥き出しの歯茎に、膨れ上がった皮膚が目元を覆い、細く鋭い眼光が屋上の彼を捉えていた。

 

「ウグゥァァァァ!」

 

 感染者よりも低いうめき声を上げた生物は、屋上の彼に向かって右手の武器を、ロケットランチャーを構える。

 屋上の彼は目を見開くが退避行動が取れない。謎の生物の武器は狙撃越しに見えていたが、頭を撃てば死ぬと考えていた彼は、対して脅威を感じてはいなかったのだ。

 

 その誤った判断が彼の動きを鈍らせた。

 

 ロケット弾は屋上を簡単に炎上させる。直撃を受けた彼は当然粉々に、跡形もなく吹き飛ぶ。

 劇場全体が大きく震動。謎の生物を脅威として見定めた彼等の動きは早かった。

 

「展開して防衛体形をとれ。奴を殺せ」

 

 次々と外に展開する兵士達。柱や看板等の遮蔽物に身を隠しながら銃口を向ける。彼等は逃げるよりも戦うことを選んだ。

 

「撃て!」

 

 謎の生物に対して複数の銃口が一斉に火を吹く。5.56mm弾が次々に謎の生物の体に命中。しかし、全くダメージが無いのか、怯む様子がない。

 

「頭を狙え」

 

 頭部に命中する銃弾は胴体よりはましなのか、たじろぐ謎の生物。だが、やはり、倒れることはない。

 

「撃ち続けろ!」

 

 後先考えず撃ち続ける兵士達。半ばやけくそのようになっている。

 謎の生物の左手がゆっくりと上がる。その手には小型のガトリングガンが握られている。

 自分達に銃が向けられているのが見えていないのか、兵士達は一心不乱に弾をばら蒔き続ける。

 謎の生物の人差し指が、ガトリングガンの引き金に添えられる。

 引かれる引き金。歯止めが効くことなく、兵士達を何千もの弾が襲い掛かる。反動に全く影響を受けることなく安定した姿勢で、薙ぐようにガトリングガンが振られる。

 被弾した兵士達の体が引き裂かれる。叫び声を上げながら1人、また1人と無情な暴力によって散っていく兵士達。

 引き金を引いたまま倒れる兵士達。被弾の衝撃でライフルに掛かった指が引き金を強く引くのだ。

 弾が切れた後も引き金から指は離れない。

 

 劇場にいた十数名の兵士は誰1人と、生き残ることなく、その全員が一瞬で絶命することとなった。

 動かなくなった彼等を一瞥すると、謎の生物はその場から静かに離れていった。

 

     ◆ ◆ ◆

 

PM20:30 underground serverroom.

 

 済まないな諸君。私はこんなところで死ぬわけにはいかないのだよ。手にいれた戦闘データーをクライアントに渡すまではね。

 部下の1人の足を拳銃で撃ち抜く。悶える部下と私を追う残りの二人。だが、一歩遅かったな。

 オートロックの扉を閉める。外からしか解錠できない扉。中の部下達は閉じ込められる。

 もう少し生き残らせる予定だったが、少々感染者の数が多すぎた。手に余る。だから部下を囮にすることにした。

 ここまで共にした同胞を犠牲にするのは心苦しいが、致し方あるまい。

 扉を越えた私は一先ず落ち着く為に安全な場所を目指す。勿論私個人の為だ。市民などどうでもよい。

 

 影に隠れながら感染者達をやり過ごす。いかに私といえど、大勢の感染者の相手をするのは骨が折れる。

 

 幾つもの扉を越えて私は地下の配管整備場に出た先に蠢く影が7。そこにいた影の正体は感染者ではない。見覚えのある黒装束に見慣れたロゴマーク。彼は彼らが誰なのか一瞬で判断する。

 

「待て、銃を下ろせ。彼はU.B.C.S.よ」

 

 ほほぉ、これはこれは。まさかこんなところでU.S.S.とお会いするとは。

 

 どうやら会社は本腰を入れて情報の隠蔽に出てきたようだな。早い段階で事態の収拾が不可能と判断。これは近い内にB.O.Wも投入されるだろう。

 

 表向きは市民救出の為の兵士だが、私には"監視員"という裏のもう1つの顔がある。これは会社と、私と同じ監視員しか知り得ないことだ。無論目の前の彼等も私の正体は知らされてないだろう。監視員が何をすることなのも含めて。

 

「こんなところで何をしている」

「既に街は大勢の感染者で溢れている。私は一先ず安全な場所を探していたところだ」

 

 裏の顔をまだ出す必要はない。コイツらは使えるかもしれないからな。ここは一旦平凡で従順なアンブレラの兵士として振る舞おうじゃないか。

 

「安全な場所など何処にもない」

「君達が来たということは会社も相当焦っているようだな」

「答える義理はない」

 

 そうだろうな。我々U.B.C.S.とU.S.S.は水と油のようなもの。考えていることも違えば、忠誠を誓う相手も違う。尤も私に忠誠を誓う相手などいないがね。クライアントと言えど、只の商売相手。

 

「どうする? ここでやっちまうか?」

「始末した方がいい」

 

 どうするかは構わんよ。この場を切り抜ける方法など幾らでもある。

 

「その必要ない。どうせ1人では生き残れない」

「弾も無駄だ」

 

 私の横を通りすぎていくU.S.Sの面々。彼等は情報の隠蔽を図っている。ゆくゆくは私の邪魔ともなろう。その時は此方から始末させてもらう。それまでは精々私の目的の役に立って貰うとしよう。

 

「諸君に幸あれ」

 

 彼等に背を向ける私だが、笑いが止まらなさそうだ。つくづく私は運が良い。

 

 U.B.C.S.生存者85名。死亡者35名。

 

 

     



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Mission report 04 PM18:00i City Hall

『被告に判決を言い渡す』

 

 手錠を嵌められ法廷に立つ私に下される判決。

 

 終身刑。当然と言えば当然。妥当な判決だ。それだけの事を私はしてきた。

 

 極めて簡単な話だ。戦場帰りの帰還兵。祖国の為に命を削り懸命に戦い抜いてきた。何人もの同僚の死を看取り、何人ものゲリラや敵兵士を殺してきた。

 後悔も罪悪感もない。兵士として当然の義務を果たしてきただけのこと。

 義務を果たしてきた。ただそれだけのことなのに、帰国した私を待っていたのは勲章でも祝福でもなかった。

 ある作戦中に、負傷し帰国した私を祖国は温かく迎えてはくれなかった。まるで腫れ物を、犯罪者を見るような目で国民たちから見られた。

 謂れのない罵声。隣人達からは白い目で見られ、退役金もまともに貰えなかった。福利厚生の保険は半分以下にまでカット。年金の受給さえも減らされた。

 作戦中に受けた傷が深く、一旦軍を離れリハビリをしてから復員する筈だった。

 しかし、国は私を一方的に切り捨て、復員させてはくれなかった。

 

 職も失い、家族も失った。再就職しようにも、何処にでも軍人としての名誉ではなく、汚名が付きまとった。まともな職にすらつけず、その日暮らしが何日も続いた。

 

 その際、同じ苦しみを持つ同僚から"仕事"の誘いが来た。

 

 私に選択する余裕はなかった。喜んで返事をした私に、次の日から仕事が回ってきた。

 

 "粉"を捌くだけの簡単な仕事。邪魔者は消していった。

 

 国も周りの人間も誰も助けてはくれなかった。一体今まで私は何のために、誰のために戦っていたのか。

 

 いつしか、私の中に愛国心というものは無くなっていた。

 

 入隊当時の私は金に思い入れなどなく、ただ、国の為に戦えればそれで良いと考えていた。

 だが、年を重ねるにつれ、危険を重ねるにつれ、金の必要性を見出だしてきた。そのぐらいから家族も出来た。尚更金は必要になった。

 

 私はボランティアなどではない。

 

 私は売人ではない。ブツを仕入れ、それを売人に渡すだけだった。こそこそと嗅ぎ回る連中はその都度消した。

 

 法廷で散々問われた。

 

『薬の被害にあった者たちへの罪悪感はあるのかと』

 

 そんなことは私は知らん。強制的に薬を投与されたならまだしも、大半の人間が自らの欲のために、自ら選んだことだ。

 考える脳を持ちながら自ら滅ぶ道を選んだ。私と違い、幾らでも道があるにも関わらず。そんな者達に思うことなど何もない。自業自得だ。

 

『命を落とした犠牲者に、残された遺族のことを考えたことはあるのか』

 

 ならば私はどうなのだ? 誰か私の家族について考えたことはあったのか?

 

 関係のない家族を巻き込み、私の家庭を滅茶苦茶にしたことを国や周りは少しでも考えたことはあるのか?

 

 私が好きでこの道を選んだと思うのか? 軍への信頼は落ちた。しかし、その軍が私達に何をしてくれたのか。一方的に切り捨てておきながら、いざ、自分達に非難の矛先が向いた途端にこれか。

 

 私にはもうこれしかなかった。離ればなれになった家族へ、子供達の養育費のためにも。国は何も動いてはくれなかった。

 私だけではない。私以外の大勢の退役軍人達は苦しんでいる。何度訴えても世論、政治は動かなかった。

 唯一後悔しているのは、離ればなれになった家族へ私の行いで更に苦しめてしまうことだ。

 私は家族さえいてくれれば、幸せであってくれたらそれで良かった。聞けば、私と離れてからの家族は苦難の連続だった。苦しむ家族に対してなにもしてやれないのが我慢出来なかった。

 その結果、更に家族を苦しめてしまった。

 

 退役軍人達にも少なくとも迷惑をかけてしまうことは悪いとは思う。

 

 私は獄中で家族宛に手紙を毎日書いた。謝罪と家族の様子を訪ねるものだった。

 

 毎日送る手紙に、家族は定期的に返事を返してくれた。妻や子供の私を励ます言葉だ。

 私は泣きながら手紙を読んでは、次の手紙に言葉を綴っていった。

 服役について1年。始めは返事をくれた手紙も、いつしか返事が来なくなっていった。それでも私は手紙を書き続けた。

 そして、ある日を境に、家族は手紙を受け取ってくれなくなった。

 何通も何通も送っても手紙は私のところに戻ってきた。

 

 刑を受けて3年目。家族との最後の繋がりが絶たれ、消沈する私に更なる追い討ちをかける事態が起きた。

 

 妻が亡くなった。病死だった。

 

 手紙を受け取らなくなる少し前から家庭は今まで以上に厳しくなっていたのだ。私の一件から妻は遂に職を失い、収入源がなくなった。祖父母も亡くなっており、親戚達も私達に関わろうとはしなかった。

 生活支給も儘ならなくなり、養育費も払えなくなり、学校にも通わせれなくなった。

 なんとか生活していくために、妻は体を売り、なんとか生計を立てていた。その折りに病を患ってしまった。それでも働き続けたために妻は死んだ。

 

 残された子供達は施設に預けられることになった。

 

 私は一晩中泣いた。自分の愚かな行為を、自分自身を呪いながら。

 

 失墜の私。ある時とある"会社"が私に鶴の一声をかけた。会社との契約内容を聞き、私は子供達のこれからの必要経費を稼ぐためにも、喜んで返事をした。それから私は子供達への贖罪の為の、第2の人生を歩み始めた。

 

      ◆ ◆ ◆

 

 俺は自分の行いを後悔していない。たった一人の唯一残っていた弟を殺したギャング共を、クズ共を殺したことを何故悔いなければならないのか。

 

 祖国に寄生する害虫。それがあいつらだ。国外ではなく、敵は国内にもいる。

 

 海兵隊の誓いに則って俺は遂行したまで。例えそれが許されざる行為であれ。

 

 仲間や警察は慰めの言葉を掛けるが、何の役にも立たない。口先だけの愛国心と同じことだ。

 

 殺された弟の無念を肉親以外の誰が晴らす?

 

 第三者の手で裁かれるのは納得いかない。俺がけりをつける必要があった。

 

 全てを、仇を討った俺は達成感に浸っていた。最早思い残すことなどないと。

 

 判決は当然死刑。

 

 軍法会議の結果満場一致で死刑が言い渡され、銃殺を待つだけの余生。

 

 そこに"会社"からスカウトされた。

 

 あろうことか、俺は牢獄の外に出れることになった。会社が何処まで根回しすればこんなことが出来るのか.....しかし、その様な些細なことは直ぐに頭から消えていった。

 

 二度と拝めないであろう裟婆からの太陽と、自然の空気。牢獄のむさ苦しい集団の空気とは大違いだった。

 

 一度は捨てた命。以前の俺は死んだも同然だった。外に出たところで思うこともなければ、やりたいこともない。会社の犬にでも何にでもなってやる。

 

 そして俺はU.B.C.S.の隊員となった。

 

 

      ◆ ◆ ◆

 

 妻がゲリラだったことは以前から知っていた。東欧の民族解放。ソ連時代に占領していた地域の解放運動と称して、妻の組織はゲリラ行為を続けていた。

 ゲリラだろうが何であろうが、私は彼女に心から惚れ、彼女を心から愛した。

 ソ連が崩壊後は、妻に誘われ、私もゲリラ組織の一員になった。ソ連崩壊後は、各地で戦火の火種が燻っていた。妻の組織はそこに乱入する形でゲリラ活動を開始。

 

 私も一部隊を率いて活動を行った。

 

 今は亡きソ連のKGBの後身となる、ロシア連邦軍参謀本部情報総局。

 

 とある地域で活動中の私の部隊の情報がそこに洩れていた。ゲリラ行為はテロリストと同定義と見なされている。待ち伏せに合う形で私の部隊は拿捕されることになった。

 情状酌量の余地なしと、私の部隊は軍法会議に法廷に立つ間もなく、捕虜として扱われることもなく射殺されるところであった。

 そこに偶然居合わせた"彼等"。彼等は私に一つの道を提示した。

 

 "私が私兵部隊に加わること"

 

 彼等の提示する道の中に部下の名は無かった。私は彼等に条件の訂正を願い出た。

 

 "私が君らの私兵になる代わりに部下を解放してくれ"と。

 

 彼等は私の申し出を呑んでくれた。

 

 その日を境に私は企業の私兵となった。妻は別の地域で活動中に戦死。私の所属したゲリラ組織がその後どうなったのかは取り上げられていない。

 

 私はソ連時代の功績から部隊の長として、個性的な癖のある隊員達を取り纏めることとなった。

 

 幾つもの死線を乗り越え、チーム員の信頼は確固たるものとなっていた。

 

      ◆ ◆ ◆

 

26th September. 18:00 City hall neighborhood.

 

「こちら各チーム市庁舎近辺に降下した。無線の感度はどうだ?」

 

『良好だ』

 

『問題ない』

 

「此方も良好」

 

 ヘリから市庁舎周辺に別々にラペリング降下した3個小隊。降下直後に各チームは円を形成。周囲の警戒を取るように陣形を組む。その中心に各チームリーダーが集まり今後の行動を軽く打ち合わす。他の隊員は全周囲の警戒。

 

 最初の被害はフットボールスタジアム。観客の一人が発現し、ねずみ算式に町中に被害が拡散していったわけだが、ものの半日で既に街は壊滅の危機に瀕している。

 

「民間人を市庁舎の中に集める。E(エコー)チームとF(フォックスロット)チームで周辺の無力化と近隣の住人の確保だ。D(デルタ)チームはこの場所の安全を確保する」

 

 各チームの隊長が自分達のチームを呼び寄せ指示を出す。俺の小隊は市庁舎近辺の掃討と、住人の確保を任された。

 

 市庁舎に沿う大通りには大勢の人が揉みくちゃになりながら行き交っている。人と人が接触し転倒したり、荷物が散乱したり、家族ではぐれたりと、取り乱しようが半端ではない。

 治安維持の為に警察が出動しているようだが、警察だけでは既に収拾は困難となっているようだ。

 行き交っている人々の集団の中にソイツラはいる。ヨロヨロとよろめきながら歩く人の形をした別のモノ。死体に群がり死肉を貪る様はハイエナより質が悪く見える。

 

「攻撃開始だ」

 

 円弧上になり近場の連中から掃討していく。夢中で死肉を貪る連中は鉛弾をものともしない。

 銃声にひきつられ、通りを闊歩する"ゾンビ"共の注意がこっちに寄せられる。

 

 ターゲットを俺達に切り替えたゾンビ。動きが鈍く、体の欠損も激しい個体もいるため識別は苦ではない。こちらの有効射程圏内に入ると同時に発砲。

 胴体に弾を受けてもよろめくだけで、倒れはしない。胴体には通用しないとわかったのならば狙うところは一つしかない。

 

 額を撃ち抜かれたゾンビは仰向けに倒れる。

 

 俺達はお互いの顔を見合せ肩を竦める。そこから俺達は何体倒したか分からない程のゾンビを掃討。一段落がついた。

 

「よし、これで市庁舎近辺は安全だな」

 

 チームは別々に別れて、反対側のゾンビ共も掃討。市庁舎近辺の安全を確保する。

 

『こちらD(デルタ)屋上見張り組配置についた』

 

 後ろを振り向くとデルタチームの中の4人が市庁舎の屋上に上がっている。長距離射撃用のスコープをマウントレールに取り付け、スコープから遠方を覗いている。

 俺は見張りの一人にサムズアップする。それに気づいた見張りが同じくサムズアップをしてくる。

 

「団体客のお出ましだ」

 

 仲間の一人が遠方からこちらに向かって走ってくる集団を確認した。無我夢中で、全速力で走る様子から市民がどれだけ危機迫っているのか伝わってくる。

 

「ちょっと待て.....様子が変だ」

 

 徐々に近づいてくる集団。目を凝らすと、彼等は何かから必死に逃げているようだ。ゾンビ共から逃げるのに必死にならないわけがないのだが、逃げる目標が、遥か遠方のものではないように見える。

 

「おいおいおいおい! 嘘だろ!?」

 

 開けた大通り。障害物もあまりなく、見張らしも良い。そんな大通りに詰め掛けてくる市民。その市民の集団の中に"走ってくるゾンビ"を確認したのは、市民との距離が大分近づいてからだ。

 

「構えろ!」

 

 集団の数は数えきれない。走ってくるゾンビ共も何体いるのかわからない。逃げ惑う市民の一人が倒れ、それに群がること個体がいることで、ようやくゾンビと認識できる。

 走るゾンビ共は体の欠損があまり見られない。傷も深くかない。それが市民とゾンビ共の区別がつかないりゆうであった。

 

「ダメだ識別できない!」

 

「どれが市民でどれがゾンビ共なんだ!」

 

 俺達の小隊が市民の波に飲まれる。通りすぎていく市民。状況は混乱。誰がどうなっているのか全く分からん。

 

 市民の波の中から一体のゾンビがつかみかかってきた。とてつもない腕力と握力だ。このままでは腕が潰されてしまう。

 俺はホルスターから拳銃を抜き顎先に銃口を突き付け引き金を引いた。顔に付着した返り血を拭う暇もない。

 

「.....やむ終えん。識別は不要だ! 全て撃て!」

 

 最早救助どころではなかった。唇を噛み締めながら俺達は無差別に、無慈悲に引き金を引いていく。

 バタバタと倒れていく市民。既に重度のパニックに陥っているからなのか、銃声にびびらない。そればかりか、俺達にすがることもなく、どこへとなく走り去っていく。

 

「ゾンビ共だ.....! た、助けてくれ!」

 

 仲間の一人が市民に紛れ込んだゾンビに食い付かれる。必死にもがく仲間だが、ゾンビ共は何処からともなく沸いて出てきて仲間を押し倒していく。

 

E(エコー)チーム、F(フォックスロット)チーム何事だ!?』

 

「大量のゾンビ共に襲われている! ゾンビの集団の中に走ってくる個体がいる! 援護してくれ」

 

 逃げ惑う市民の数は無差別射殺によって減っていったが、ゾンビ共の数は減っていない。寧ろ増えていってる気がする。

 後退しながら、射撃を継続。走ってくるゾンビ共の動きはゾンビと思えないほど機敏だ。只でさえ、銃に恐れることなく、死への恐怖を感じることなく迫ってくるゾンビに、敏捷性が加わるほど厄介なものはない。

 一度は安全を確保した市庁舎近辺だったが、銃声に引き寄せられたのか、次々と至るところからやって来る。

 屋上の見張り組が遠距離から援護してくれるが、気休め程度にしかなっていない。

 

『チクショウ! コイツらどっから来やがった!』

 

『ダメです隊長! 中に侵入されました!』

 

 無線越しにD(デルタ)チームの様子が伺える。どうやら市庁舎内にゾンビの侵入を許してしまったようだ。

 

「全隊へ報告! 全隊へ報告! 市庁舎近辺は化け物共で溢れ返っている! 市民の集結場所を変更する要あり!」

 

 こんなところで市民の救出なんて出来るわけがない。ここは最早安全区域ではなく、ただのキルゾーンに成り果てた。

 

E(エコー)F(フォックスロット)チームに告ぐ! 持ち場を放棄して各個に撤退せよ!』

 

 しきりなしに聞こえる銃声が神経を刺激する。過度なストレスにより活発に作用する交感神経。発狂できたらどれだけ楽なことか。

 

「下がれ! 一時撤退だ!」

 

 蜘蛛の子を散らすようにバラバラに俺達は逃げてしまった。

 

「撃て! 撃つんだ! .....よせ、分断されるな!」

 

 バラバラに逃げる俺達をバラバラに追うゾンビ共。死に物狂いで路地裏や道路を走った。振り向き様に何発も撃った。

 足が縺れそうになろうが、つりそうになろうが足を止めなかった。

 追ってくるゾンビ共だけでなく、逃げる先々でもゾンビ共と遭遇した。

 市庁舎からも、仲間からも随分と離れてしまった。逃げるのに必死で無線からの声が耳に入ってこない。ここが何処なのかも見当もつかない。

 他の仲間は無事に逃げ切れたのか。そればかりが気になって仕方がないのだが、今はこの修羅場を潜り抜けなければならない。

 

 俺は完全に孤立してしまった。

 

 弾を撃ちきった小銃は捨ててしまった。残っているのは拳銃とナイフだけしかない。

 

 しつこく、走って追ってくるゾンビ共は俺のことを考えてはくれない。

 

 拳銃のスライドレールが開放された状態でストッパーが掛かった。弾詰まりでない。

 

 撃ちきった拳銃をゾンビの頭部に目掛けて投げつける。鈍い音がなっただけでゾンビにダメージはない。

 

 最悪の結果が頭を過る。そればかりか、俺には最悪の結果しか見えていない。体力も無限にあるわけではない。いつかは底を尽きる。

 ポジティブな考えなどこの状況で持つことなど出来ない。かといって、ネガティブなことばかりを考えて絶望したくもない。

 

 そして俺は考えるのを止めた。

 

 



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Mission report 05 PM21:00i R.P.D

26th(26日) September(9月). 21:00 in the police station(警察署内).

 

  作戦開始から3時間。最後に仲間から通信が入ったのが作戦開始直後。それを境に、通信は届かなくなった。

 殺られたのか。はたまたは、通信をする余裕がないほど切羽詰まっているのか。どちらにせよ我々は市民と同様に孤立してしまっている。

 ラクーンシティ警察の動きは遅くは無かったが、早いともいえなかった。事態が発生してから本格的に鎮圧に乗り出したのもほんの数時間前。

 署長のブライアンズが何故か出動に難色を示していたのだ。その署長の行方は現在不明。痺れを切らした警官が独断で行動。一部の精鋭部隊が鎮圧に向かった。

 だが、誰一人として帰ってきていないようだ。

 

「やはり誰も戻ってこないか」

 

 我々の部隊も通りで警官隊と鎮圧に奮闘したが、結果は無惨なものだった。僅かに生き残った警官と生存者で署内に立て籠り。今は状況を打破すべく会議室内で作戦会議をしているところだ。

 

「輸送車は部隊の出動で全て引き払ってしまいました。まさか、誰も帰らないとは.....」

「ブライアンズ署長も依然として行方知れずです」

 

 たった1日の出来事であったが、我々も警官も酷く疲弊している。頼るべき警官が混乱しているため市民も困惑。我々としても一刻も早くこの街から脱出すべきなのだが、迎えのヘリは翌日以降となる。何よりもここから市庁舎まで行くにはかなりの距離。

 

 会議室内は酷く散らかっている。書類は散乱し、無造作にひっくり返えされた椅子と机。大勢の人間が会議室内を入れ替わりで立ち入り、無意味な衝突を繰り広げていた光景が目に浮かぶ。

 大人数を収容するその会議室内も、今や我々含めたたったの10人しかいない。警官の生き残りは5人。"黒人の年輩の警官"が指揮を執っている。

 収容した市民は別室にて待機させている。

 今こうしている間にも外では奴等の呻き声と、バリケードを叩く音が聞こえる。

 恐らくここも長くはもたいだろう。だが、思うような良い案は未だに出てこない。

 

「保存食は何とか余裕がありますが、警察署そのものが安全ではありません。一刻の猶予もないので私は無理を承知で通りを抜けることを提案します」

 

 一人の若い警官が意見を挙げた。若い警官が挙げた意見は誰もが一度は思ったことだが、それは、あまりにも危険すぎる。バリケードとして築いた車の壁は突破されている。そのバリケードが今度は我々の動きを制限している。

 それに、こちらは市民を連れての大人数。いかに我々と言えどその全員を護りながら通りを突破することは不可能に近い。準備も万全とは言えない。長距離を動くにしては不安要素が多すぎる。

 

「私は有志を募って出動した部隊の輸送車をここに持ってくるべきかと」

 

 次に声を挙げたのは三十路近い婦警だった。

 

 婦警の案が一番理想的だと言えるかもしれない。輸送車トラックならば大人数を一度に収容可能。多少の障害物であれば強引に突破することも出来る。市庁舎までの道のりを比較的安全に進める。

 

「軍人のあんたらにも意見を聞きたい」

 

 警官の中でその案に異論を唱えるものはいないようだ。

 黒人の指揮官が我々にも意見を求めると、我々の中の一人が文句ではないが、アドバイスの一つを発言する。

 

「この暗闇を進むよりも次の日の出を待った方が良いかもしない。無理に夜道を歩くよりも明るい方がよっぽど安全だ。それよりもこの警察署のバリケードは完全ではない。先ずはそっちが優先だ」

 

 夜のラクーンシティ。街灯も看板のネオンも消えてはいないが、それでも外は暗い。季節なのもあるが、街の住人のほとんどがゾンビに変わり果てた。灯りをつける人間が少ない。奴等は視力があるのか、灯りにも引き付けられている。

 警察署周辺に彷徨くゾンビ共がそうだ。一向に立ち去ろうとしない。

 

「バリケード強化と車両の確保を同時にしたらどうだ?」

「もっと大人数ならそれでもいいが、今は人員を割いている余裕はない。ひとつのことに集中して取り組むべきだ。いざというときに戦える人間が少ないんじゃ、どうしようもないからな」

 

 警察署は他の住宅地等に比べれば安全と言えるだろう。広い敷地に強靭な造り。武器も食料もある。

 ただ、それだけ広い敷地となると、全ての場所を見張ることは難しい。常識が通用しない相手。何処から侵入してくるはわからない。

 本来このような事態は想定されていない。となれば、このような事態に対して、警察署という一見安全な場所にも穴となるものは出てくる。

 全てを未然に防ぐことは出来ない。何処が抜けているのか、また、どのようなことが穴となるのかは誰であろうと完璧に見透かすことはできない。

 出来るのは最善を尽くすことだけ。我々は軍人としての経験。警官は内部に詳しいという利点。それらを併せるしかない。

 

「今の意見に対して何か言うことがある者は?」

 

 誰一人として声を挙げることはなかった。

 

「では、明日の明朝に脱出用の車両の確保に出る。最後に車両の確保の人員を決めたい。誰が行く?」

「此方からは二人を選出する」

 

 警官と我々U.B.C.S.内で人員の選出を行うことになった。グループに別れ話し合いを開始する。

 我々は5人。3人も残れば十分。人数が多すぎても行動の制限となる可能性もある。二人というのは妥当な数字だろう。

 

「こっちは決まった。そっちはどうだ?」

「此方からはこの二人が行く」

 

 名乗り出たのは20代後半の我々の部隊の中でも比較的若い二人だ。一人は身長が180cm超えの、ラガーマンのような体型をしている。

 方や、もう一人は身長が160cm代の陸上選手のようなやや小柄な体型。

 体型が真逆の凸凹コンビだが、我々の隊の中で同年齢、出身国が同じということもあり、コンビネーションに長けている。

 

「我々警察からは3人を出す。一人は大型免許を所持し、大型車の運転が得意だ。二人目は交通課の者で道には詳しい。最後の一人は残った私達の中でも射撃が得意な者だ」

「宜しくな」

 

 メンバー同士で握手を交わす。明日の車両の確保は我々の今後を左右する重要な任務だ。彼等の腕に我々の未来が掛かっている。

 

「よし、このあとはバリケードの強化だ。市民を呼び手を貸してもらう」

 

 黒人の警官が市民を呼ぶために会議室の外に出る。残った我々は倉庫に足を運び、ベニヤ板や、インパクトドライバー、釘を会議室内に運び込む。

 会議室を出て、直ぐの通路の一画に倉庫があったため、道具の確保は容易だった。しかしながら、道具の数は限られており、全ての区画のバリケードを強化することは不可能であった。おそらく、前以て設置されていたバリケードに道具を殆ど費やしてしまったのだろう。

 

「市民の協力を得れた」

 

 会議室に戻ってきた黒人の警官。その後ろには生き残った市民5名が立っていた。市民といえど、このような非常時には人手が多い方が助かる。協力してくれて何よりだ。

 

「道具の数があまりありません」

「立て籠る範囲を狭めて、限られた範囲内だけを強化した方がいい」

 

 警察署の出入り口から、会議室までの通路と、暗室のある区画から二階の奥の区画を残し、後は厳重に封鎖することで決まった。

 警察署の奥には武器庫や貯蔵庫等があるが、ここに長く立て籠ることもない。武器も警察隊の出動によって殆ど残っていない。利用することがないため、そこまでに続く通路を封鎖することになった。

 

「バリケードの強化は必ず二人以上で行うんだ。決して単独では行動するな。何かあったら直ぐに助けを呼ぶんだ。以上だ」

 

 ここまで全て黒人の警官の指揮の元に我々も動いている。それは、この警察署内を熟知しているだけでなく、警官のリーダーになっている、彼だからこそだ。

 郷に入れば郷に従え。我々が生き残るためには両者の協力が欠かせない。軍人だからと言って無駄に主張を強くして揉める訳にはいかない。彼等の職場で彼等の街なのだから我々が従う理由としては充分だ。

 

 工具を手にしそれぞれがバリケードの強化の為に散っていく。

 

 任務は3日間。濃い1日だったが、まだ初日。今日生き残れたが、明日はどうかはわからない。常に最善の選択を選ばなければならない。それは戦場でも同じこと。ただ、相手が人間か、そうではないかの違いでしかない。

 

 窓の隙間から月が見える。街のことも我々のことも何も知らずに暢気に昇っている満月。

 

 明日も拝みたいものだ。

 

 .....それにしても、この警察署の異様な仕掛けは何なのだ?

 

       ◆ ◆ ◆

 

26th September 23:00 Raccon hospital(ラクーン病院).

 

「よし、しっかり抑えろ!」

 

 患者を運ぶ台の上に押さえ付けられているゾンビと、それを押さえるU.B.C.S.隊員。

 四肢を両腕で確り拘束し、鎖をつけ手摺に固定するとゾンビから離れる。

 

「猿轡をつけろ、油断するなよ!」

 

 影から現れたナースが持ってきた猿轡が一人の隊員に手渡される。隊員は猿轡を慎重に、手を噛まれないようにゆっくり近づけ、タイミングよく猿轡をゾンビに付ける。

 

「よし、これで安全だ」

 

 猿轡が外れないよう拘縛されたことを確認した他の隊員は胸を撫で下ろす。

 

「手術室に運ぶぞ」

 

 ラクーンシティ病院の二階の手術室にゾンビを運んでいく隊員。

 

 病院の廊下は至るところに血がこびりついている。電気は切れていないため、視界は良好。よく見えるからこそ、病院内の惨劇後の光景が目につく。

 荒らされた病室。ベッドはひっくり返り、タンス等には引っ掻き傷などがある。

 こびりついている血の割合に比べて死体がほとんどない。それは死した者達が甦り、病室中をさ迷い歩いていることを示している。

 

 手術中の赤いランプが点灯する手術室にゾンビを運んだ隊員。中にはオペの格好をした一人の医師と、助手を務める看護師がいる。

 

「それが次の被験体か」

「あぁ、そうだ」

「ならば直ぐに取り掛かろう」

 

 手術道具一式と、採血用の注射器とシリンダー、各種薬剤が並べられている台から注射器とシリンダーを取る医師。

 

「先ずは採血から行う」

 

 手慣れた手付きで注射器をゾンビの左腕に差し込んでいく。シリンダーがゾンビの血液で満たされていく。

 人間の真っ赤な血と比べ、ゾンビの血液はドロドロで、黒茶色に濁っている。

 

「よし、次は体を裂いていく。メス」

 

 看護師からメスを受け取り、胸元から腹部まで縦一直線に、滑らかにメスを走らせていく。

 深々と切り込まれたメスの傷口から先程の濁った血が溢れてくる。

 必死にもがくゾンビ。しかし、それは痛みによるものではなく、目の前の獲物に対して、空腹からくる悶えである。

 ゾンビの血液が体に入り込まないように、感染防護をした手でゾンビの体を裂いていく医師。

 割かれたゾンビの体。内部は鼻がひんまがりそうな悪臭を放っており、臓器と思われる器官は腐っている。特に胃の腐りは異常である。常に空腹なのは胃が満たされないことからきている。

 

「やはりこの個体も痛みの反応もない。臓器も腐っている。なのに骨は異常に丈夫だ」

 

 臓器が腐っても骨だけは残っている。そればかりか、人間の骨の何倍もの強度がある。ゾンビが何故歩けるのか。その理由がこれかもしれない。

 

「痛みの反応がない。神経が通っていない。痛覚だけではなく、他の神経も。胃が腐っているだけではなく、感覚がないことが、彼等が常に空腹である理由なのかもしれない。食べたということが脳に送られていない可能性もある」

 

 手術台のライトでゾンビの内部を事細かに見ていた医師。時折触れてみたり、ピンセットで一部を取り除いてみたりもしていた。

 一旦マスクと手袋を外しU.B.C.S.隊員に経過を報告する医師。

 

「脳からの信号は受け取っているが、脳が他から信号を受け取ってはいないのかもしれない。ウイルスの作用や、感染者の症状は狂犬病にも似ている」

「先生、俺達はそんなことを聞きたい訳じゃない。コイツらの体からワクチンが作れるのかどうなのかが知りたい。でなければ犠牲になった仲間が報われない」

 

 医者が言うのはあくまでも推測に過ぎない。それを元にある程度の推察、考察は可能。

 それ故に医者も医者で、全てのことをたらればの話にするしかなかった。可能性の一部であって、それが決定的なものであると断言するには、まだ材料が足らない。

 

 ゾンビのことを彼等と呼ぶ医者。それは心の何処かで、ゾンビになった市民を救う方法がある。人間として見ることを捨てきれないでいる気持ちの表れかもしれない。

 

 運び込まれた患者達を救えなかった医者達はやりきれない気持ちで一杯だ。

 しかし、兵士であるU.B.C.S.隊員はそんなことはどうでも良かった。犠牲者に同情こそするものの、医者達のように引きずることはない。彼等の任務は市民の救出であるからだ。

 

 病院にいるのはU.B.C.S.のG(ゴルフ)チーム。命からがらに彼等が辿り着いたのがこのラクーンシティ病院。

 逃げ込んで早々、彼等はゾンビに埋め尽くされた病院内を逃げ回る羽目になった。

 その際に、生き残っていた医者や看護師、ナースの助けを受けて今に至る。

 生き残っていた医者達は、ゾンビを捕獲してその体から抗体を、ワクチンを造り出そうとしていた。

 病院に運び込まれる患者から医者達は、この症状を何らかのウイルスが作用していることを突き止めた。ところが、肝心のワクチンを精製する前に被害が悪化。まともに調べることが出来ないでいた。

 そのため、危険を犯してまでゾンビの捕獲をしていたのだ。その折に、Gチームが病院に逃げ込んできた。医者達は彼等にワクチン精製の為の素体の確保を頼んだのだ。

 

 そんな彼等だが、煮え切らなくなりつつあった。それもその筈。医者達の言う通りにしても、何の進展にも繋がっていないからだ。時間と弾薬と仲間だけを消耗している。

 

「それに関しても進めている。この症状は何かのウイルスが原因であることは掴んでいる。有効な薬剤でも見つかれば彼等を安全に倒すことが出来るかもしれない」

「どちらにせよ頼むぜ先生。俺達はまた部屋で休む。この臭いには堪えられないからな」

 

 顔を歪め鼻を摘まむ隊員達。医者達は職業柄慣れているのか、あまり辛そうにはしていない。

 

 ストレスによる苛々を静める為に隊員達は、ポーチの中の煙草を取りだし、それをくわえ始める。医者達はそれを止めようとはしない。

 

 そして次々と手術室から出る隊員。手術室は三階にあり、三階と四階はシャッターで隔離されており、非常階段にも鍵が掛けられ、エレベーターでしか三階と四階には来れない。

 ゾンビを捕獲する時はそれ以外の階まで行かなければならない。彼等が助かったのは偶然医者達がゾンビの捕獲の為に一階のフロアーにいたからである。

 

 隊員達が去った後、医者達は再び作業を再開。ゾンビの体を隅々まで調べたり、あらゆる薬品を投与したりする。

 

U.B.C.S.生存者40名。死亡者80名。

 



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9月27日
Mission report 06 AM08:00i Expectance


 ラクーンシティにおけるU.B.C.S.の救助活動は建前である。

 アンブレラとの繋がりが根強いラクーンシティ。アンブレラは事件が本格化する際に、警察消防関係各所に「私設部隊の導入」を伝えていた。

 全ての原因、元凶は明るみに出ていない。アンブレラとしては事件以後のイメージダウンを避ける名目としてU.B.C.S.を派遣。

 しかしかながら、アンブレラ上層部ですら事態の深刻化は予見できていなかった。

 事態の収拾が早期に困難と判断したアンブレラ上層部は全てに見切りを付けた。そしてラクーンシティを一つの実験施設として見ることにした。

 

 『B.O.W』の投入並びにU.S.S.による証拠の消去と隠蔽。

 

 B.O.W。バイオ・オーガニック・ウェポンの略称であり、アンブレラが研究開発した生物兵器である。

 

 表向きは大企業の製薬会社。健康食品、美容品、医薬品の中にアンブレラのロゴマークが無いものはないほど、内外に絶大なシェアを誇る。

 だが、それも表の顔。アンブレラ創始者は表の顔ではなく、生物兵器の研究を主軸に置いた裏の顔をメインとしていた。

 内外に絶大なシェアを誇る大企業。そんな大企業が裏で生物兵器等を研究開発しているなど誰も思わない。その為の隠れ蓑として、世界のアンブレラは必要であった。

 更にアンブレラは政府との癒着も根強かった。裏で行っている実験、研究を政府は黙認していたのだ。その見返りとしてアンブレラは政府に自らの研究成果を送っていた。

 世界の警察としてアメリカは常に他国よりも有利に立つ必要があった。

 

 生物兵器。人知を越えた兵器はアメリカに取っては喉から手が出るほどの代物。

 

 しかし、アンブレラは株式から成り立つ企業。常に利益を求めている。一定の顧客よりも、大多数の市場を求めていた。

 アンブレラの株を握る人間は世界中にいる。その中には良からぬことを考える人間も当然いる。アンブレラとしては"そちら側"の人間の方が望ましい。

 

       ◆ ◆ ◆

 

27th September.08:00 Umbrella(アンブレラ) corporation(コーポレーション) head office(本社).

 

 アンブレラ本社。経営権を握る筆頭株主を始めとし、各部署のトップを朝早くから召集し、緊急の株主総会が開かれていた。

 彼等はこの先の会社の方針並びに事件の全貌を机上で見据えようとしていた。

 

「既に承知のことかと知れませんが、ラクーンシティは既に機能を失っている。投入したU.B.C.S.では事態の解決は不可能」

 

「全く.....先の洋館といい、今回といい面倒事ばかり起こる」

 

 ラクーン事件が起きる少し前からラクーンシティでは奇妙な事件が頻発していた。10人前後のグループが民家に押し入り人を食い殺す猟奇殺人。

 犯人の身元、詳細全てが謎の事件。その他にもアークレイ山地と呼ばれるラクーンシティに近接する山道でも行方不明者が続出していた。

 ラクーン市警は二つの事件に繋がりを見出だせていなかったが、アンブレラ上層部は二つの事件を繋げていた。

 

 ラクーン市警特殊部隊。通称"S.T.A.R.S"の投入に際して、アンブレラは以前から潜ませていた工作員を使い、アンブレラの研究所の一つでもあった"洋館"の捜査を指示し、裏で支援もしていた。

 

 だが、その結果はアンブレラの思い通りにはいかなかった。

 

 工作員が失敗しただけではなく、洋館の全貌とアンブレラの事情を知った生存者を出してしまったのだ。

 

 洋館は自爆装置により跡形もなく消え去り、物的証拠は全て消えたが、生存者を出してしまったことに上層部は懸念を抱ていた。

 

 その後、生存者達は各地方に飛び、独自にアンブレラの調査を始めていた。小さな小蝿だが、アンブレラとしては不穏因子を孕んだ生存者の存在は疎ましかった。

 

 その内の二人がラクーンシティに残っていることを掴んだ上層部は二人の始末を次いでに計ることにした。

 

「この二人が街に残っているとの情報がある。全ての生存者を始末する余裕はないが、この二人だけは何としてでも始末しなければならない」

 

 ホワイトボードに大きくアップされた二枚のの写真が貼られる。二人の男女は洋館を生き残ったS.T.A.S.の隊員である。

 二人の写真が貼られた途端に、会議室内の全員の顔が曇る。

 

「そこで我々はB.O.Wの投入を決定した」

 

 二人の生存者を始末する為に、上層部は投入可能な限りのB.O.Wを投入し、抹殺を計ることにした。

 

「U.S.Sはアンブレラ施設の証拠の隠蔽と街の機能を混乱させる裏工作を指示している」

 

 ラクーンシティにもアンブレラの研究施設は幾つもある。だが、どの施設とも音信が不通である。当然研究施設には知られたくない情報の宝の山となっている。その施設の処遇について迷うことはない。

 

 街にはU.B.C.S.とは別の集団が別のタイミングで投入されている。

 

 アンブレラ・セキュリティ・サービス。略してU.S.S。

 

 U.B.C.S.をバイトと称するならば、U.S.S.は正社員と言える。U.B.C.S.とは違い、U.S.S.は常に会社を第一とし、その活動内容もU.B.C.S.と似て非なるものである。

 

「生き残っているU.B.C.S.はどうする?」

 

「放っておけ。所詮はならず者。死んだところで誰も悲しまない。安い命だ」

 

 人命軽視。非人道的な実験も数多く行っているアンブレラにとって命の価値は非常に低い。アンブレラの実験対象となるのは金に釣られた人間や、アンブレラにとって邪魔となった人間や、社会的地位の低い者で占められている。

 そのようなもの達は、アンブレラにとっても非常に都合がよいと言える。誰にも気にされることもなく、知らぬまま、闇へと葬られる。

 

「だが、只で散らすには惜しい。どうせ散らすならば、少しは此方の役に立って貰おう」

 

「U.B.C.S.にもB.O.Wをぶつけるのか?」

 

「少しでも研究の役には立つだろう。何よりもならず者集団が誰かの役に立つのだ。感謝してもらいたいものだ」

 

 B.O.Wの投入はU.B.C.S.隊員は勿論、U.S.S.隊員にも知らされていない。これは上層部による独断である。彼等にとってU.S.SだろうがU.B.C.S.だろうが関係は無かったのだ。

 

「せめてU.S.S.には報せてやっても良かろうに」

 

「そんなことはどうでもいいことだ。重要なのは今後のアンブレラだ」

 

 会社と自らの保身に走る彼等は企業の上層部の器に相応しい。いつの世も自らの保身と他者に容赦しない人間だけが、上へと上り詰める。当然ながらそんな者達の最期はそんな者達に相応しいが。

 

「そのことだが、おそらくアンブレラはここまでかもしれない」

「何だとっ!」

 

 声を荒々しくし、机を叩きつける一人の重役。長くアンブレラに貢献してきた古手の一人だ。彼にとって会社は命と同等であるのだ。

 

「事件の全てを隠しきれない。U.S.S.からは政府の部隊と思える集団の目撃情報もある。我々としては会社の存続ではなく、我々がどう生き残るかを検討した方がいい」

 

 アメリカ政府は事件の規模に鑑みて、アンブレラと縁を切ることにしたのだ。その上で事件の全責任をアンブレラへと押し付け、政府はこれまでのアンブレラとの繋がりを否定する気であるのだ。

 

「最悪の事態は、事件の全貌が明るみに出て、我々も消されることだ」

 

 今アンブレラ上層部内では意見が二つに割れている。重役達の"アンブレラ存続"派と株主達からなる"アンブレラ切り捨て"派。

 

 株主達はこの場に召集され、事件の説明を受けた段階でアンブレラを切り捨てることを思い付いていた。

  アンブレラの実態が暴かれれば彼等の持つ株は只の紙切れとなる。事件の規模が規模である。到底隠しきれるものではない。

 株を売却するのもそうだが、彼等は少しでも手元に残るモノが欲しかった。

 

「ラクーンシティ内の監視カメラの映像をハッキングさせてある。B.O.Wの映像を顧客達に見せつける。前々からB.O.Wを欲しがる客は多い。映像を見せ、有用性を示した上で、逃げ道とするべきだ」

 

 株主の一人はハッキングに長けている者を抱き込み、ラクーンシティの監視カメラを掌握し、その映像を獲得。それらをB.O.Wを欲しがる者達にリークする準備をしていた。

 全ての元凶である"T-ウィルス"がもたらすモノだけでさえ、欲しい者達からすれば莫大な価値のものとなる。その上オマケしてB.O.Wが付くのだ。欲しがる者達は益々釘付けになる。

 

「迷っている暇はない。今は一度身を引き改めて再建すべきだ」

 

 株主達の主張に重役達も揺れ動いている。株主達が態々そんなことを言うのは、利益のためだけである。アンブレラのためではない。

 現物を握っているのはアンブレラであり、それらの研究をしているのもアンブレラ。利益を生み出すためにも彼等は株主達には必要であるのだ。

 

「反対するものがいなければこれで決まりですな。私はさっさと帰らせて貰う。仕事があるのでね」

 

 真っ先に会議室を去る30台半ばの男性。黒色のスーツ姿にオールバックに固められた金髪。つり目に角が丸い黒眼鏡をかけ、知的な雰囲気を出しつつ、やり手のイメージも抱かせる。

 この人物が切り捨て派の代表であり、株主達は彼を主体としていた。

 若くして経営コンサルタントとして手腕を発揮し、多くの企業の経営を起動に乗せ、資産を気づきあげてきた。そんな彼が目をつけたのがアンブレラであった。彼の手によりアンブレラは市場を拡大することも出来た。

 

「.....私だ」

 

 迎えの車に座る彼の携帯に着信が届く。画面を開き通話ボタンを押す。携帯の先から怒鳴り声が響く。

 

『おい! 金なんかどうでもいいから俺をとっととここから出せ!』

 

 怒鳴ってはいるが、声からは焦りと恐怖が滲み出ている。男は動じることなく、平常心で受け答えを始める。

 

「何を今さら。前金は十分に払った。報酬も魅力的だといったのはあなたの方だ。それをみすみす捨てると?」

『ふざけんじゃねぇ! こんなことだと知っていたら誰が首を振ったものか!』

「それは事態の予測が出来なかったあなたの思慮の浅さが原因。私のせいではない」

 

 通話の相手はU.B.C.S.の監視員の一人である。彼はU.B.C.S.の監視員を買収し、彼等が集めた戦闘データーを会社とは別に独自で集めることにしていたのである。

 

 ハイウェイを静かに走る車。車内も広々とし、ゆったりとした空間となっている。ラクーン事件の中心にいるU.B.C.S.とは違う。

 男は機械的に淡々と会話を続ける。その言葉には監視員への情は見られない。

 

「良いですか、これはビジネスです。あなたは十分に納得し、私も十分に説明した。途中での放棄は出来ないと予め伝えてもいましたよ」

『ご託はいい! 早く出しやがれ!』

 

 バカの一つ覚えのように駄々をこねるように街からの脱出を望む画面の先の監視員。そんな監視員に男は内心呆れていた。

 

「金に目が眩み、軍人としての生き方をすて、傭兵へと身を落としたにも関わらず、その金さえも捨て、傭兵としての生き方まで捨てるとは.....」

 

 通話をしながら男は自前のパソコンを開き、ある画面を映し出す。その画面には異形の姿をした、多くのB.O.Wの詳細なデーターが乗せられている。

 

「あなたはまだほんの序の口しか見ていない。本番はこれからだと言うのに」

『ヘリを寄越せと言ってるんだ!』

「画面の奥から怒鳴られても何の脅しにもなりませんよ」

『ならば私が引き継ごうではないか』

 

 携帯の先からは聞こえたのは会話相手の監視員の声ではなく、別の何者かの声だった。

 

『.....っ! 貴様.....一体なにし.....ぐぁっ!』

 

 一発の銃声と監視員の悲鳴が男の耳に入る。暫くの間無言が続いた。そして、銃声を放ったであろう男が言葉を発する。

 

『あいつは腑抜けだった。あいつが集めたデーターは私が引き継ぐ。異論はないな』

「あなたですか.....仲間にも容赦はしない。噂通りですね」

 

 男は先程の監視員の男以外の監視員と契約していた。男だけではなく、他の株主も同様に監視員を買収している。

 

『返答を聞きたいのだが?』

「えぇ、構いませんよ。相手が誰であれ目的さえ果たしてくれれば私は一向に構いません」

 

 戦闘データーさえ手元にくれば、誰が持ち帰ったとしても男にとっては些細なことでしかない。正直なところ男は駄々をこねる監視員をどうしようか悩んでもいた。見捨てるのは簡単だが、監視員の男が集めたデーターを惜しいからである。

 その矢先に別の監視員が現れ、彼を始末し、そのデーターを引き継いだ。男としてはそのことが有り難かった。

 

『それと提案なのだが、他の監視員ともあんたは契約しているのだろ? その監視員を始末し、そのデーターを私が回収。他の連中に支払う筈だった金を私が頂くというのはどうだ?』

 

 常人からすれば悪魔のような提案だが、別の監視員の男の提案は株主の男の心を掴んだ。他者を平気で蹴落とす。協力しなけらば生き残れない惨劇の最中でそんなことが平気で言える監視員の男。

 

「構いませんよ。あなたが望む見返りを用意しておきます。あなたが私に相応のモノを渡せばね」

『契約成立だな』

 

「あぁ、あとそれからそちらに送る写真の人物を始末したら追加の報酬も支払いますよ」

 

 株主の男は先程の会議でも話題に上がった二人の人間の写真を転送。洋館の生存者は株主の男にとっても邪魔者でしかない。

 

『了解した』

 

 通話が途切れる。

 

 その時を境に、ある監視員による監視員殺しが始まったのである。

 

U.B.C.S.生存者39名。死亡者81名。

 



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Mission report 07 AM08:00i Racoon mall

 September 27th. AM0800 Raccon mall(ラクーンモール).

 

 事件発生から一夜明けた9月27日。舞台はラクーンシティ内のモールへと移る。

 

 ラクーンモール。本来のあるべき姿は家族連れや、色恋馳せるカップルで賑わう場所である。

 種類豊富な、市民のニーズに答えるべく完成されたばかりのモールでは連日、多数の顧客で埋め尽くされていた。そう、事件当日も。

 天井から地上まで吹き抜けになっているモール。各階ごとに店舗の系統が異なり、一階は主に食品群。二階~4階までは女性服。五階から六階は男性、紳士服。7階~八階はレストラン。

 ラクーン市街の中腹部に位置するモールの立地条件は恵まれていた。また、近年稀に見るラクーンシティの発展に際して、市外からも多くの店舗がラクーンシティに進出していた。

 

 開店初日から大いに賑わっていたモールは幸先の良いスタートを切ったと言えよう。収益は常に黒字。年間の売り上げは街の発展へと繋がる。一、二年経ってもそれは変わらなかった。

 そんなモールの最初にして最後の不幸が、今回の事件である。

 

 ガラス張りの奥に陳列されているはずの商品棚。そこにあるのは乱暴に、滅茶苦茶に荒らされた商品が転がっている。

 破壊された窓ガラス。破壊痕には血糊がこびり着いており、それは至る店舗にも見受けられる。

 無惨に砕け散ったガラスの破片を掃除する者は誰もいない。荒らされた店内には"人影"もない。

 それでも、店そのものは開店時間から変わらない。今も館内アナウンスとBGMが淡々と流れ続ける。

 

 人の代わりにモール内を闊歩するのは人ならざるモノ達であった。

 

 血肉を求め、いつまでもさ迷い続ける。決して満たされることのない欲求に付き従い続ける。何時までも.....何時までも.....

 

 そんな異形のモノ達を除き、閑散としたモール内で活動する者達がやってきたのは、事件から数時間経った前日の事だった。

 

 変わり果てた、市民の憩いの地にショックを受ける生存者達。モール内を蠢くモノ達にしろ、モールその物にしろ、生存者達の存在はそれはそれは大歓迎するべき存在であった。

 

 逃げ込んだ先が安全とはかけ離れた危険な場所であるにも関わらず、生存者達がモールから逃げ出さなかったのは、外がそれ以上に危険であったからである。

 

 死人とは別の"恐るべき存在"。そんなモノが野放しにされている外よりも、建物に閉じ籠る方が余程安全だと思ったのであろう。ここは、他に比べれば、幾分も隠れる場所も、水や食料もある。籠城するにはうってつけだったのだ。

 

 迷い混んだ生存者は、顔見知りであるものもいれば、全くの他人であるものもいる。どちらかと言えば、そのほとんどが初対面である。

 偶然逃げ込んだ先で鉢合わせた生存者達。それぞれが、それぞれの思想や価値観を持っているため、意見の不一致や、衝突は致し方がないこと。

 

 しかし、不条理の現実が生存者達を結託させる。一人一人が力を合わせ、懸命に生き残るべく協力をするようになった。

 

 スポーツ用品店や工具点から道具を拝借し、極力危険を避けながら生存者達は一階から7階まで移動し、その階全体を避難場所として確保していたのだ。

 

 7階に居座る先客を排除した生存者達は7階に続く階段のシャッターを閉鎖し、完全に孤立させる。

 

 十数名の少人数であれば、七階一つだけでも広すぎるスペースである。足りない物品等はその都度シャッターを上げ、その階に赴き、物品を頂戴し、また七階に戻ってくる。そうしながら、生存者達は初日を凌いだのだ。

 

「~~~♪」

 

 the force floor toy department(4階玩具売り場).

 

 現状の惨劇に似合わない鼻唄を交じえながら、キックボードを走らせるのは10歳ぐらいの年齢の少女。

 少女は玩具売り場の隅から隅まで、空いたスペース上を思う存分にキックボードを走らせている。

 既にこのフロアは生存者達によって安全が担保されており、少女の遊び場として機能していた。

 少女が走らせるキックボードは売り物であるが、少女を咎める大人は誰一人としていない。

 

「サラ、そろそろ戻るぞ」

 

 玩具売り場の入り口から少女に声を掛ける一人の男性。少し腹が出ているのが特徴な男性は両手に衣類を入れた袋をぶら下げている。

 

 サラと呼ばれた少女は床を蹴る足を止め、声を掛けてきた男性の元に駆け寄る。

 

 朝日に照らされる通路を歩く少女と男性。安全が確保されたとはいえ、ここは惨劇の最中にあった場所であり、その時の惨状を物語る血痕等は残されている。

 

 生存者達の手により、遺体等は極力丁重に扱われたが、全てを綺麗にすることは叶わない。

 

 何かを思い伏せる気難しい、思い詰めるような表情をする男性。少女も男性の太股付近にしがみつき未だに怯える姿を見せる。

 

「俺だ、開けてくれ」

 

 上階に続く階段の前に着いた二人は、固く閉ざされたシャッターの前で立ち止まる。男性が軽くシャッターを小突きながら声を上げると、ゆっくりとシャッターが内側から上げられていく。

 

「無事か?」

 

 シャッターの奥には小銃を構える二人の男性がいた。一人はチェック柄の服に身を包んだ30代後半の眼鏡を掛けた男性。もう一人は帽子を深く被り、黒色のTシャツに緑色の迷彩ズボンを履いた日系の若者である。

 

「必要なモノは持ってきた。俺もサラも異常はない。だから銃を下ろしてくれ」

 

 顔を見合せ銃を下ろす二人。二人の間をすり抜け男性と少女は階段を上がっていく。その二人を追うようにして銃を持つ二人も階段を上がっていく。上がる前にチェック柄の服を着た男性が、再びシャッターを下ろし、道を封鎖する。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 the seventh floor restaurant area(7階レストランエリア).

 

 戻ってきた4人はある一つのファミリーレストランの中に入っていく。

 室内は当初の面影を残すことなく改造されており、一軒家のリビングのようになっている。

 家電販売店から借用したテレビと電線ケーブル。長く添長された電線ケーブルに繋げられるテレビ。その画面に映るのは、愛くるしい姿をした動物のキャラクター。

 悪戯好きのネズミを追い掛けるネコのアニメ。国内でも有名なアニメである。

 それを映し出すテレビに釘付けにされているのは当然幼い子供だ。

 先程の少女よりも幼い男児と女児。幼いが故に事件の全体図が把握出来ていないのか、映し出される映像を前にキャッキャしている。或いは、幼いが故の幸いなのかもしれない。

 

「戻ったぞ」

 

 戻ってきた4人に反応するテレビの前の子供達。少女がテレビ画面に気づく。少女も映し出されるアニメのファンである。

 

「ずるい!」

 

 一目散にテレビの前に居座る少女。その両脇を挟むようにして二人の子供もテレビへと視線を戻す。

 微笑ましそうに子供達を見る男性。彼はしばらくもしない内にレストランの奥へと、厨房へと足を運ぶ。

 奥に居たのは、毛布の上に寝かせられた手足を怪我した兵士達と、その看病をする年老いた男性と女性達であった。

 

「薬はあったかね?」

 

 初老の男性が小太りの男性に歩み寄る。小太りの男性は厨房のテーブルにぶら下げた袋を置き、中身を無造作に広げる。

 

「市販の薬だが、無いよりはましだろう」

 

 衣類の他にも男性は医薬品を集めていた。負傷した兵士達の治療の為に。

 

「あぁ、充分だ」

 

 広げられた医薬品の中から消毒液と包帯を持ち出し、慣れた手付きで巻かれている包帯を変えていく。

 初老の男性の趣味は登山。その一環で応急処置の講座を受講していたのだ。

 

「命に別状はないのだが、血が止まらない。傷も深くないから出血も浅いが、一刻も早く血を止めなければ命に関わってくる」

 

 応急処置の知識はあっても、詳しい医学の知識はないため、簡単な処置しか出来ない。残念なことに生存者の中に医者はいない。

 

「すまない.....助ける側が助けられる側に回るとは.....」

 

 手当てを受ける兵士の一人がそう呟いた。

 

 彼等は深夜になってこのモールへとやって来たのだ。その時既に手傷は追っていたものの、何とかここまでやって来れたのである。

 それよりも前にやって来ていた生存者達の手助けを得て初日を乗り越えることが叶った。

 

「こんな非常事態だ、気にすることはない」

 

 作戦開始から休む暇もなく行動していたU.B.C.S.にとって、僅ながらであるが、休息を取れるのは願ってもいないことだった。

 

「困ったことがあれば何時でも頼ってくれればいい」

 

 正直なところU.B.C.S.の隊員達は市民の生存に対して絶望的に捉えていた。まともな訓練を受けてきた自分達でさえ、危機的状況に陥らざる得ないでいる。となれば、軍事的な訓練を何一つ受けたことのない一市民が生き残れているはずがないと。

 しかしながら、現実に市民達は少数であるが生き残っている。もしかすれば、ここにいる者達と同様に生き残っている市民が多数いるのかもしれない。

 どちらにせよ、彼等は類い希な市民の生存能力を高く評価している。

 

「ふん、そいつらの言う通りだ。私達を助けに来た軍隊がこの体たらくでどうする。こいつらも余り期待できないな」

 

 生き残るためには協力しなければならない。しかし、中には余り協力的でもない者も存在する。隊員や他の生存者と同じく厨房に居合わせていた老人がU.B.C.S.の隊員に対して軽口を叩く。

 

「じいさん止めろ。こんな非常事態に場を乱すような軽率な発言は止してくれ」

「いや、そこの老人の言う通りだ。我々は失態を重ねた。信用出来なくて当然だ」

 

 自らを自虐する隊長格の隊員。彼の部隊は彼を含めた3名しか残っていなかった。

 その上、部下が死んでいくのを自分のせいだと思い詰めているのだ。

 

『なぜヘリを戻さん!』

『これ以上は無理だ! 諦めろ!』

『隊長.....私達は見捨てられたのですね.....』

 

 そこまで思い詰めるのには理由がある。

 

 それはかつて、その隊長自身が経験した苦い過去が原因なのだ。

 ベトナム戦争後期。とある作戦に従事していた彼は、戦闘地域から脱出するためにヘリを要請するするべく、通信可能地域に数名の部下と行動。他に行動していた部下は安全なエリアで待機させていた。

 戦闘地域近辺であることから、大人数での行動は控え、少人数で行動する必要があった。

 そして到着したヘリに乗り、護衛のヘリと共に仲間を迎えにいく算段だった。ところが、現実は違った。

 彼の部下が待つ目的地周辺にゲリラが多数移動していた。そのことを掴んだ軍の上層部により、全員ではなく、その場での可能な限りの人員のみを脱出させることにしたのだ。

 結果、不本意とはいえ、彼は部下を置き去りにすることになってしまった。残された部下の結末は見るも無残。彼の中で、最悪な出来事として刻み込まれてしまった。

 

 今回のラクーン事件でもそうである。彼は傷ついた仲間を置き去りにしていた。それは部下の方から「自分は足手まといになるから置いていってくれ」と懇願されたのだ。

 

 まだ健在な仲間もいた。苦渋の決断だった。

 

 彼は部下を置き去りにした。

 

 だが、結局のところ部隊は壊滅。自身も傷つくことになる。しかし、彼は現在手厚い扱いを受けている。その事がより一層彼を苦しめる。

 

 "決して救えなかったわけではない。自分は救おうとしなかっただけである"

 

 当時、彼の中に渦巻く心情はそれだけだった。

 

 そして、それはこの街でも再び起こってしまった結果であった。

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

  .....悲鳴と銃声の音が減ってきている。恐らくこの街にもう安全な場所はほとんど残ってはいないのかもしれない。

 

 私は"あの日"以来忠告し続けた。だけど、誰も"私達"の言葉に耳を傾ける者はいなかった。まとめ上げた書類も署長に棄却された。

 

 ラクーンシティはアンブレラと共に繁栄した街。運命共同体とも言えるアンブレラに不利になることを取り上げられるのは目に見えていた。

 

 この街での新たな調査が望めなくなった仲間達は、それぞれ、アンブレラと所縁のある地へと旅立ち独自に調査を始めた。

 

 そんな中、私ともう一人の仲間はこの街に残り続けている。残念ながらもう一人の仲間は調査目的ではなく、あの日の出来事を忘れたくて仕方がなく、残る理由も安全でいたいからである。

 

 だが、この街は安全ではなくなくった。事が大きくなる前からそれは解りきっていたこと。その仲間も当然その事は解っていた。けれども、彼はすっかり臆病になっていた。メンバーの中でも気が弱い方ではあったが、あの日がそれを更に増進させた。結果、彼は踏ん切りが着かずに街から逃げそびれてしまった。

 

 

 直接的ではないとはいえ、"あの体験"をした彼が易々と死ぬとは思えない。きっと今も生き残っているはず。

 

 

 私達との関わりを絶った為、連絡手段はないが、私はそう信じている。

 

 ではなぜ、私がこの街にしがみ続けているのか....勿論アンブレラの調査の為ではあるが、自分が生まれ育った街に差し迫る脅威を無視して脱出することが出来なかった。調査を続ける中で一人でも多くの人に真実を訴え、街から脱出させたかった。

 

 しかし、それも叶わぬ夢と化した。

 

 そして、調査を続ける私達に署長は事前通告無しの調査取り止めと、休暇の下令を下した。

 

 メンバーのほとんどが"あの日"の"あの洋館"で死去したため、チームは解散。生き残った私達は別の科へと配属された。科の仕事をこなしながら独自に調査をしていたわけだが、とうとうそれも出来なくなってしまった。

 

 休暇とは名ばかり。事実上の停職。それも無期限の。大方アンブレラからの指示であろう。それを証拠に見張りらしき者達が私の下宿周りを彷徨いていた。

 

 だが、今はもういない。状況が状況なだけに、私の見張りどころではなくなったのだ。

 

 

 普通の限られた生活の中でも私は僅かな手掛かりを求めた。国際ニュースや医療雑誌。はたまたは政治までに。

 

 その中で私はアンブレラとのパイプの幅広さを突き付けられた。政治家の議員の中にはアンブレラの株式を保有する者がいた。医療関係は言わずもがな、軍事においてもアンブレラの息は掛かっていた。個人装備品の医療器具をはじめとした武器の研究。

 

 私は改めて自分が相手にしている敵の強大さを痛感した。世界を取り巻くアンブレラを数名の個人が歯向かうのは正に自殺行為である。

 

 だけど、私は、勿論仲間達も諦める訳にはいかない。例え敵がどれほど強大であれど、戦い続ける覚悟は出来ている。死んでいった仲間や、これまでに犠牲になった者達の為にも。

 

 

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

  September 27th. Racoon Park(多目的公園)

 

 ラクーンシティ中心街に位置する公園。付近のラクーン動物園近辺にあることから、カップルや親子連れ、老夫婦など幅広い年齢層が利用する。公園の北側には穏やかな河川と桟橋が掛かっており、川に生息する水性生物や水鳥等が見られる。南側にはアスレチック遊具などの子供に人気の遊び場。西側にはローラースケートや、スケートボード用のエリアがある。そして東側には種類豊富な花等の植物が生い茂っている。

 

 現在の利用者が口にするのは、ランチバスケットの中のサンドイッチではなく、人間だったであろう肉塊。

 

 一心不乱に死体に群がっては生肉を貪る死者達。

 

 そんな数体の死者の頭にできる風穴。痛みを感じることもなく、死の恐怖を感じることなく、死者は死体の上に重なるようにして倒れる。

 

「.....今ので弾が切れた」

 

 スリングに繋がれた小銃M16を芝生へと捨てるU.B.C.S隊員。

 

 弾が無ければ銃は只の鉄の塊でしかない。訓練を積んだ彼ならば銃床打撃による接近戦は容易であるが、死者相手にその効果は薄い。

 

「もう何体殺したかわからん」

「スコアは同点といったところか?」

 

 スコア稼ぎ。作戦を続ける中で次第に焦燥しきった彼らはそう称して死者を葬る遊戯に更けていた。

 

 たった、2日であるが、最早彼らにとって『死』はありきたりの日常と化していたのであった。それは兵士として戦場にいたときよりも。

 

 そんな日常に慣れた彼らであっても、やはり生きた人間。知らぬ内に疲労は蓄積されている。

 

「結局たどり着けたのは俺とお前だけか」

 

 彼らの小隊は市庁舎近辺に降下。ところが予想外の死者の群れに部隊は散り散りに。最後に無線で通信した際に小隊はこの公園に後日集合する予定となっていた。

 

 その集合時間を過ぎても他の隊員が現れない。つまりはそういうことなのだ。

 

「......どうする?」

「ダメ元で仲間に呼び掛けてみるか?」

 

 何度無線での通信を試みても、誰からの応答がない。単なる無線の故障ではない。U.S.Sによる妨害工作。生存者の脱出させるつもりなどないアンブレラ側による工作である。

 当初の予定よりもU.B.C.Sが生き残っていることに驚いたアンブレラ上層部の策。

 

「結果は変わらんさ」

 

 チェストリグのポーチから取り出した煙草で一服する隊員。無線を持つ隊員は溜め息をつきながら通信を試みるのであった。

 

「『こちら市庁舎降下チームE小隊の生き残りだ。現在公園にて休息中。付近に生存者がいれば合流されたし、オーバー』」

 

 暫くの間無言で交信を待つが、やはり無線機からは返事が返ってこない。肩透かしを受けた隊員は無線を定所のポーチに格納。もう一人の隊員はケースから新たに取り出した煙草に火を着けるのであった。

 

「『......ちら......小......。無線を......確......た』」

 

 煙草を吹かす隊員が無線を持つ隊員の元に飛び付いたのは言うまでもない。

 

「繋がったぞ!」

「あぁ! どうやら他にも生存者はいるようだ」

 

 生存者の仲間の存在を確認できただけでも、僅かながらも二人に希望の兆しが見えてきたのである。

 

「『感度不良。再送願う。オーバー」』

「『此方は現在3人だ。現在地はラクーン大学近辺だ。そちらからどれぐらいの位置かは不明だ』」

 

 二人は観光案内所で入手したラクーンシティの全体図を広げ無線越しの仲間の位置を特定する。確認が取れた所でお互いの位置をペンでマーキングし、進路を幾つかピックアップする。

 幸運なことにラクーン大学から二人のいる公園までは10km圏内の位置であり、徒歩での合流はそう難しくはない。

 

「『此方は二人だ。ほんの数分前まではもう一人いたがな。お前達のいるところから、約8km程度の距離だ。大学を出たら南東に真っ直ぐ向かえばいい。途中で障害が発生したら言ってくれ、此方でナビする』」

「『準備が整い次第そちらに合流する。それまで無事でいろ』」

「『期待して待ってる』」

 

 通信終えた二人の前に、通信中の声に呼び寄せらた死者が集まりつつあった。仲間の生存という希望を得た二人にとって、10弱の集団は大した障害ではないと言えよう。

 小銃を失った隊員はホルスターからCZ75を抜きスライドレールを引く。もう一人の隊員もG3小銃の古いマガジンを抜き、新しいマガジンへと入れ換えるタクティカルロードを済ませる。

 

「仲間を迎える前の掃除といくか」

 

 わかっていることかもしれないが、この無線の交信は偶然ではない。行われるべくして行われた必然。彼らは気づいていない。公園内に設置されている監視カメラに自分達が映されていることを。また、映されているモノを誰が見ているのかを。

 

 

 コーヒーを啜りながら大画面に映し出される映像を見つめるアンブレラ上層部の重役達。映し出さている映像は公園内のU.B.C.S.隊員だけではない。街全体......今現在の判る範囲の全ての生存者の動向が彼らの瞳に写り込んでいる。

 彼らは今後投入されるB.O.Wの性能及びデータ採取の為に生き残っているU.B.C.S.を集結させようと目論んでいた。生き残っているU.B.C.S.隊員の戦闘力を基準とする実地テスト。それだけ生き残りの隊員の戦闘力は十分であるということである。

 

 

 そんな彼らは、さも映画鑑賞のように、高見の見物というわけだ。フィクションではない本物の生死を賭けた攻防、逃走劇。フィクションであったとしても常人にしてみれば質の悪い内容。それを平然と見続ける重役達はラクーンシティの死者達以上の怪物とも言える。

 更に質が悪いのは、この映像元のラクーンシティにはアンブレラの工作員が何名も潜り込んでいる。その気になれば、彼らが気に入らなければいつでも遠巻きから介入することが出来るのだ。

 何もかもがアンブレラの掌の出来事。主導権を掴み続けるアンブレラにしてみれば何もかもが問題なく、滞なく進むはずであった。

 

 

 だが、彼らには先の"洋館事件"がある。そして、その生存者が未だにこのラクーンシティ内にいるのである。

 伊達に洋館から生存したわけではない。今も尚平然と一人であろうが生き延びている。早めに手を打つべきだったと内心後悔しているが、アンブレラには幾つもの切り札があり、既にそれは投入が決定されていた。

 そんな安心感を得ながらも、彼らは一抹の不安を拭いきれずにいた。

 しかしながら、アンブレラ上層部は見逃していた。洋館の生存者以外にもアンブレラの存続を脅かしかねない複数の生存者達の存在を。

 だが、その本人達も自分達がそのような存在になるとはいざ知れず、ラクーンシティでのサバイバルに明け暮れている。

 

 

U.B.C.S.生存者30名 死亡者90名



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Mission report 08 AM08:30i

 事件が発生してから丸一日弱。混乱に乗じて発生する火災も、道路上での事故を取り締まる法的機関の機能は完全に停止していた。機能を失ってもなお職務を全うしようとする者も少なくはない。しかしながら孤立無援に等しい状態での活動期間は長くはない。

 

 アンブレラの上層部は早くも焦りを抱いていた。会社の社運を掛けたU.B.C.S.・U.S.S.両チームの投入。それらによる証拠の隠蔽が思うように進んでいない。今回の件はアンブレラは関与していない。アンブレラの目的はそれしかなかった。既に多くの生存者が街からの脱出を果たしていた。自力で脱出した者達にはついては、最早アンブレラの手の届かないこととなった。

 

 今回の事件が世の明るみに出ることは避けようがない。しかし、そうであったとしても、証拠さえなければ世間はアンブレラとの関与を否定せざるえない。

 

 U.S.S.の活動は決して遅いわけではない。ましてや停滞しているわけでもない。ただただ、アンブレラの上層部が過剰なまでに焦っているだけであった。

 

 そして、この焦りから来る今後の不安から上層部は暴挙に出てしまう。それは奇しくも、前回の会議で方針が別れた株主側の意向に沿うものとなってしまうこととなった。

 

 

 

「『ラクーンシティ上空に到着しました』」

「よし......『B.O.Wハンター』を投下しろ」

 

 アンブレラ社のマークが入ったヘリから次々と投下される1m強のカプセル型のコンテナ。コンテナの正面、僅かな隙間、ガラス越に中の光が漏れている。

 ライトグリーンの明かり。コンテナの中は透明の液体で満たされており、その液体に全身が浸かった状態で、緑色の、人間とは思えない発達した鋭利な爪。背部のほとんどはワニのような鱗に覆われ、顔面は押し潰されたように平べったくなっている。

 

【B.O.W.TYPE_HUNTER】

 

 コンテナにはそう記されていた。

 

 投下された複数のコンテナは地上に落下すると、落下地点のアスファルトは砕かれ、砂埃が舞い、数秒間の間落下地点周辺の視界を遮断。

 すると、粉塵の中からコンテナの一部が飛び出す。それは扉であり、近くの建物にぶつかる。それから遅れて影も飛び出してくる。

 その影の持ち主は地面に着地すると周囲を見回すように首を動かす。

 やがて影達は一目散にその場を後にした。草食動物を思わせる軽快な跳躍力と脚力。爬虫類に似た瞳は辺りを群がるゾンビを捉えている。

 その内の一体が近くのゾンビの首を撥ね飛ばす。10m程離れた位置からの一瞬の出来事。

 首を撥ね飛ばされたことに気付いていないゾンビは数歩歩いていたが、ようやく生命活動を終えたことに気付きその場に崩れる。

 

 ゾンビを葬った個体は、おぞましい雄叫びを上げる。

 

 ハンター。

 

 その個体名が指す通り、獲物を狩る狩人の意味を持つ。アンブレラが誇る成功体であり、幾つもの品種改良型が存在する。

 この個体は、T兵器の中でも成功体と呼ぶに相応しく、簡単な命令であれば、それを遂行するだけの知能を有している。

 簡単であれば簡単なほど、ハンターのもたらす成果は絶大である。

 

 そして、今回投入された個体は至極単純な命令が与えられていた。

 

『動くモノ。視界に入ったモノは全て攻撃せよ』

 

 形振り構っていられなくなったアンブレラの焦りとも取れるこの命令。

 

 しかし、ハンターはベースが人間とは言え命令に対する自己の思考は持ち合わせていない。

 

 ただただ命令を遂行するだけのハンター。

 

 ラクーンシティの生存者達は、これがまだ始まりに過ぎないことを知らない。真の絶望とは認知することが出来ない外側からひっそりとやってくるものである。

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 AM08:00 Racoon mole

 

 

 14時間前。

 

 ラクーンモールに逃げ込んだU.B.C.S.の隊員の一人は同じく逃げおおせていた市民の看護の元、次第に回復していた。

 隊員は感謝の気持ちで一杯である。あのまま一人きりであったのならば、隊員は確実にこの世にはいないであろう。

 幸いにもここはモール。医薬品や食料は充実しており、警備員用のシャワールームも完備されており、衛生的にも万全であった。

 

 そんな隊員の元に食事が配られてくる。生存者達は全員協力的であり、隊員にも分け隔てることなく接している。

 

 続々と家具販売ブースに入ってくる生存者達。皆、朝食を待ちどうしかったようだ。

 

「お腹空いたー」

 

 ブース内を子供達が駆ける。少数ながら子供の生存者もいる。

 

 それぞれ、椅子や空いたスペースに腰を下ろす。程なくして配膳が始まる。

 

 スープが入ったカップを受け取ると隊員は無言で啜る。青果コーナーに並べられていたトマトを煮込んだトマトスープ。

 

 今作戦において、U.B.C.S.はまともに食料と水を用意していない。当初の予定ではこのような結果になるはずではなかったのだ。

 

「味はどう?」

「......最高だ」

 

 あっという間にスープを飲み干す隊員。思えばこうして一息つくのは作戦が始まって以来初のことかもしれない。落ち着く暇もなく次から次へと絶え間なく迫り来るゾンビ。

 逃げた先でまた逃げてと繰り返すばかり。セーフティーゾーンにたどり着けただけ、彼は幸運。

 他の隊員はこのような一時の安らぎを得れてはいない。それは一般市民も同様。

 

「それは良かった」

 

 調理を担当する女性は優しく微笑む。その笑顔からは女性が持つ特有の包容力を感じ取ることができると言えよう。

 程好く付いた肉。少し前まで少女であった女性。垢が抜け年相応の落ち着きを得たことが見て取れる。セミロングのストロベリーブロンドの髪をまくる仕草を一つをするにしても、少女時代とは違った印象を他者に与える。

 

「女の色気に鼻の下を伸ばしおって」

 

 女性に目を奪われる生存者達と隊員だが、この老人だけはそんな素振りを見せることはなく、清々とした態度を崩さない。

 

 頑固オヤジ。それが生存者グループ内に映る老人の姿。主にそれは男性陣だけであるが。

 

 何かしらに付けて老人はこうした発言をすることがある。

 

 独り暮らしの老人の気難しさは中々理解しがたいものである。

 

「ワシは自分の部屋に戻る」

 

 スープ以外の食事、スクランブルエッグとトーストとサラダを早々に平らげると、老人はそれぞれに割り振られた、モールの店舗の生活ブースへと戻っていく。

 

 老人も協力することはするのだが、こうした食事での団欒等の憩いの時間においては、単独行動することが多い。

 これが平時ならば、恐らく老人は誰にも相手にはされないであろう。現にグループ内でも老人を放っておけという声も挙がっており、孤立化寸前なのだ。

 しかしながら、全員が全員そうではないため、一部がそう言っていても、またもう一部が老人の面倒を献身的に見ようとする。

 その都度年寄り扱いしないでくれと当の本人からはあしらわれる。

 

「悪く思わないで下さい。あの人実はここ数年で立て続けに家族を失っているんです。一人息子さんをベトナムで、奥さんを病気で、そして息子さんのご家族も今回のことで......」

 

 老人の後ろ姿を見ながら女性はこの場にいる全員に聞こえるように語りだした。

 

 女性は老人の家のご近所らしく、老人の家庭環境も深くはないが大まかに把握していたのである。女性曰く、老人があんな風になってしまったのもそれらが原因だと。

 

「本当は言わない方が良かったのかもしれないけど、この中でのあの人を見る皆の目が辛辣になっていくのが耐えられなかったのよ」

 

 そう告げる女性。それによって、老人への不満を募らせていた生存者グループも、老人に対する認識が同情を含めた別のものへとなりつつあった。

 心なしか、老人の後ろ姿も哀愁が漂うように見えてくる。

 

「ベトナム......」

 

 あの老人も苦しんだのか。

 

 隊員は更に別の思いがわいていた。同じベトナムの苦しみを持つ者同士。立場は違えど、あの戦争によって付いた傷は当人や親族で何ら変わりはない。

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 同時刻abandoned factory(廃工場)

 

 カーク率いる不良少年グループとU.B.C.S.C小隊A分隊の生存者一向は廃工場内を拠点とし、脱出に向けて準備をしていた。

 

「たったこれだけかよ?」

 

 U.B.C.S.の隊員達がかき集めた工具や使えそうな部品を見て不満そうにする少年達。

 少年達は車上荒らしや盗難等を平気でしてきたため、U.B.C.S.の隊員達よりも機会弄り、こと車両関係には詳しかった。

 

「ここにあるポンコツどもはスクラップを待つだけのガラクタなんだぜ? それを動かすってことは一から部品を作り直すようなもの。それをこれだけのモノでやれってか? むちゃ言うなよ」

 

 集まったモノは大したものではない。一般的なモンキーやスパナといった工具に、一部拝借したバッテリー液、とオイルフィルターいったもののみ。

 

「旋盤もなければ溶接機もない。研磨するにもサンダーもない。ベアリングとカムとシャフトもイカれてる。シリンダーやバルブも使い物にならない。挙げ出したらキリがないぜ」

 

 得意気に語る少年カーク。父親が整備士だけあって作業に明け暮れる父の背中を見て育った経歴を持つ。今や非行に走るようになってしまっているものの、幼少期から身近にあった機械関連。ただの不良少年も時と場合においては非常に頼りになるものだ。

 

「具体的には、あとどうすればいいのだ?」

 

 一回りも下の少年達に下手に出る隊員達。大人のプライドを捨て、少年達の手足になって作業にあたる。

 

「......いいか? 俺達は今ここにいる。周辺での物資の確保は粗方済んじまった。足りない分は、ここから北東5km進んだ『ウォーマット』の店がある。そこに行けば大抵のものが手に入るはずだ」

 

「足りないもの全てか?」

「ウォーマットは盗難車から中々手に入らない裏ものまでありとあらゆるものを仕入れては商いをしている。俺達アウトサイダー御用達の店さ。表向きは単なる質屋だが、メインは地下に隠してある。だが、今回はメインではなく通常のブツなだけに、貸しコンテナの中にあるはずだ。どれに入ってるかはわからないけどな」

「そいつの店まで行って火事場泥棒をするわけだな」

「しょっぴくサツもいない上に、今やこの街全体は無法地帯。あんな化け物共さえいなければ大歓迎するのにな」

 

 隊員達も少年達と同様のアウトサイダー。彼等の気持ちは誰よりもよくわかる。喧嘩早く、誰の手にも負えず、軍からも除け者にされた者。

 少年達と隊員達とでは住む世界が違うが、本質的に同じ気質の人間同士が心を通わせるのは時間は掛からなかった。

 

「......良いだろう。一仕事してやる。サービス残業はとっくに始まってるからな」

「道案内にブレッドとジョージも行かせる」

「も?」

「当然俺も行くさ」

 

 自ら案内人に名乗り出る青年。リーダーである彼が前に出ることに内心戸惑っていた。

 

「意外だな。てっきりここに残るものだと」

「ウォーマットとはダチなんだ。もし奴が生きていたらスムーズに事が進むだろ? 何より生きていたらウォーマットも連れて来てぇんだ」

「......わかったが、武器は渡せないぞ?」

「いらねぇ心配だな」

 

 青年が顎を横に振ると、機械の上に乗っていた少年二人もカーク青年の横に立つ。その手に握られていたのは拳銃であった。

 

「どこで手にいれた?」

 

 その内の一挺、トカレフTT-33が青年の手に渡される。

 

 ここまで来る途中で銃器が手に入るような場所に立ち寄ってはおらず、青年達は何も所持してはいなかった。しかし、現に銃は握られていた。

 

「言ったろ? ウォーマットの店では何でも取り扱ってるてな。この街は銃の規制にうるさいからな。何かあった時のための護身用さ」

 

 工作機をずらし、改造した床下から武器弾薬を取り出す。その一部を隊員達にも配る。

 

 各州ごとによって銃の規制はまちまちであるが、どうやらラクーンシティでは許可された者以外は銃を手に入れることが難しいようだ。

 

「どういった風の吹き回しだ?」

 

 手渡された弾薬を受け取る。残念なことに小銃用の弾薬はない。仕方なく隊員達は小銃の弾薬を弾倉から抜き取り、総数を数え、均等に弾を再配布する。

 

「いがみ合うのやめだ。共存といこうや。あんたらに死なれても困るし、俺達が死んでも困るだろ?」

「いいだろう」

 

 成り行きで行動を共にしていた隊員と青年達。隙を見てどちらかを蹴落とそうとしていたのだが、どうやらもうその心配をする必要はないみたいだ。

 

「見ろよ! S&W M27 6インチモデルだぜ? おたくらの貧相な拳銃とは大違いだ!」

 

 子供のように銃を手に取りはしゃぐブレッドと呼ばれた青年。しかし、所詮はチンピラ。トリガーガードに指が添えられた状態な上に、銃口で仲間や隊員達を切っている。銃の基本的な取り扱いを知らない青年達。

 ここが軍隊ならば、彼らは鉄拳制裁の後に罰直が待っていたであろう。

 

「サタデーナイトスペシャルのほうがお似合いだな」

 

 暴発や不時発射、ブルーオンブルーの不安が一気に頭を過る。だが、今は一人でも多くの人手が欲しいため、不安全であっても背に腹は変えられない。

 

「さっきまでは逃げるのに必死だったが、もう平気だ」

「一度人を撃ってみたかったんだ」

 

 意気揚々とする二人の青年。

 

「ガキのお守りは苦手だぞ」

「オッサン共の相手は親やサツで慣れてる」

 

 青年達もこの現場に慣れたのか、出会った当初のような必要以上の恐怖は感じられない。

 はっきりと言えば少年達は足手まといでしかなく、宛にするつもりなどなかった。

 車両を修理する者。物資の確保に出るもの。見張りを行うもの。自らの役割を一人一人が理解している。

 隊員達は薄々であるが、そういう意味では青年達を高く評価していた。勇敢な青年達を自分達と同等の戦士として認めつつある。

 

 作戦の内容を打ち合わせするブリーフィングが行われる。今回の行動の目的との確認。不測のが生起した場合はセーフティーエリアとして道中に確保したエリアにまで後退。様子見をし、行動可能な場合は再開。不可能な場合、又はメンバーの30%が喪失した場合は撤退。

 物資は全て人力で運ばなければならない。それを数回往復する必要がある。そのため戦闘は極力避けなければならない。音でゾンビ達が寄ってくるのは判明済み。

 そして万が一分断されてしまっても、設けたセーフティーエリアに合流する手筈になっている。

 

 頭合わせを確実に行い、全員が全員内容を理解するまで説明を続ける。

 

 ブリーフィングが終了すると、作戦に向けて各個人装備の最終確認を行う。

 

 銃点検。銃本体の部品に異常と破損がないことを確認。その後銃の機能点検を行う。安全装置の確認、単発機能、連発機能が作動するかどうかを確かめる。

 

 全ての確認がとれたところで、弾倉を挿入しチャージングハンドルを前進させ、薬室に弾を装填。その際に装填不良による不完全閉鎖が起きてないことも確認。

 

 出撃の準備が整ったようだ。

 

「口だけでないことを祈ろう」

「そっちもしっかりとついてこいよ」

「善処しよう」

「あと、後ろから「ズドンッ!」だけは勘弁してくれ」

「安心しろ。殺すのは死んだ時だけにしてやる」

 

 軽口を互いに叩きながら彼等は再び街へと姿を消していく。

 

 だが、彼等はまだ知らない。いや、彼等だけではなく全ての生存者はここまでのことが序の口であることを、『バイオハザード』の本当の恐怖はここから始まることをまだ知らない。

 

 そう、彼等の脅威はゾンビだけではないのだ。

 



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Mission report 09 AM10:00i

『ご機嫌如何かな? 栄えある監視員諸君。今日は君達に重大なお知らせがあるのだよ』

 

 監視者専用の通信機に奴から通信が入る。つい先日に見つけたもう一人のクライアント。まぁ、一種の保険みたいなものだ。

 私のクライアントが万一にも金を払わなくとも構わないようにな。

 

 その男もU.B.C.S.の中に紛れ込む監視員の一人。だが、彼だけは他の隊員のように集団で行動することはない。否、行動はしていたのだが、【今は】彼一人だけである。

 

『会社は正式にB.O.W.の投入を決定した。既に遭遇している者もいるかもしれないが、そんな偶発的なものではなく、意図的にだ』

 

 どうやら会社は完全に株主側にコントロールされたようだ。面倒なことになった。状況が状況なだけに少々分が悪いな。

 

 彼自身何体かのB.O.W.とは交戦済み。だが、それらは今回のアウトブレイクが生んだ代物に過ぎない。そのため、対処法などは決まっておらず、撃退できるかは個人の力量に左右される。

 

『戦闘レベルは最高で調整されている』

 

 Чёрт!

 

 つまり、研究所とラクーン大学に存在する【あの個体】も動くということか。ますます面倒だ。この程度の装備で奴らと遭遇すると流石の私でも対応しきれない。

 

 あの個体。それはアンブレラが誇る最強の生物兵器。人間が素体ではあるが、度重なる実験により、T-ウイルスに強い免疫を持つ人間を選別し、手を加え完成させたもの。

 一体を生み出すのに掛かるコストが莫大なものであるため、大量生産は叶わないが、あのハンターをも凌ぐ知能を持ちながら戦闘力は他の追従を許さない。

 一体で軍の師団とも渡り合えるとも言われている。それらが投入及び、始動したのは信じ難いことであった。

 

 あの個体のデーターは最高の価値で売れるが、私自身の命の保証もしかねる。どうにかして手を打たねばならないな。

 

 彼は迷っていた。その個体のデータを入手するか、このままちまちまと雑魚のデータ回収して脱出するかを。

 

『まぁ、この通信を聞いている監視員がどれだけ残っているかは分かりませんが、特にあの個体のデータを持ち帰った者には更に特別報酬を支払います』

 

 特別報酬。その言葉を聞き彼は決心した。

 

 そうだ。まだこの街には【奴等】がいるではないか。あの洋館を脱出したあの人間ならば投入されるB.O.W.とも互角に渡り合えるだろう。

 

 つくづく私はついている。

 

 私の周りにはこんなにも金に成る木が生え揃っているではないか。

 

『それでは健闘を祈りますよ』

 

 彼にとって生存者は戦闘データを計る道具でしかないのだ。U.B.C.S.であってもU.S.S.であっても同じ道具にしか見えていないのだ。

 

 すると、彼が立つステージの向かいのステージの扉が勢いよく開かれた。中に入ってきたのは以前に出会ったU.S.S.のメンバーであった。

 

「あはははははは!」

 

 これが笑わずにいられるものか! 金は全て私のものだ。

 

「貴様っ! 何故自分のチームメンバーを殺した!」

 

 嘲笑う彼の姿を見たU.S.S.は彼にそう問いかけた。その言葉には怒りが込められている。

 

「奴らは実に役に立った! 奴らのお陰でデータ回収が捗った!」

「そんなことのために殺したのか!」

 

 頭上で何かが、無数の何かが蠢く音に彼は気がついた。U.S.S.のメンバーの怒号がそれらを呼び寄せたようである。

 

 役者は揃ったようだな。観客である私はステージ外から安全に眺めさせてもらおうか。

 

「お前達もそうさ!」

 

 奴らの足元に向かって私は拳銃を発砲する。傷付いたメンバーを護りながら戦う姿を見るのも余興としては素晴らしいことだが、悠長に構えてはいられないのでね。

 

 まぁ、遊びの道具はいくらでもある。

 

 拳銃の発砲を皮切りに、天井を蠢いていた音の持ち主達が一斉に通気孔から現れる。

 

 姿を現したそれらは、この世のモノとは思えない世にもおぞましき容姿であった。

 剥き出しの脳。異常に発達した爪。時折口元から伸びる驚異的な長さの舌。顔に眼はないが、それらはステージに立つU.S.S.のメンバーを確かに感知し、獲物を前にした肉食動物のように舌なめずりをする。

 

「それでは健闘を祈るよ」

 

 彼は静かにその場を立ち去る。

 

 ここで死ぬようなら所詮はその程度の実力。だから簡単にくたばらないでくれよ。まだまだ君達には私の役に立ってもらうのだから。

 

 それはそうとして、彼女とも接近しておく必要があるな。つい最近まで警官だった彼女の行き先は恐らく警察署。

 今の私の現在地からはかなり離れているが、致し方ない。回収のまでまだ時間はある。半日もすれば警察署付近には辿り着けるであろう。

 

 そうと決まると彼は足早に警察署へと向かい始める。

 

 お目当ての人物にも賞金が掛かっており、彼女の賞金と戦闘データによる報酬も全てを手に入れるつもりなのだ。

 

 ......銃声が止んだな。

 

 彼は足を止める。先程まで銃声がしきりなしだったが、今はもう聞こえてこない。U.S.S.達が死んだ若しくは出現したB.O.W.を全て撃退したのどちらか。

 

 早いな。流石は精鋭のU.S.S.。道具を仕掛けておくか。

 

 私は無人のトラックに詰め込んでいたバックを引き摺り出し、中身を取り出す。

 バックの中身は私自作の小型の簡易爆弾。一定の時間が立ったり、衝撃が加わると爆発する仕掛けだ。

 顔が綻ぶのを止められない。奴等は任務を遂行しつつ私のことも追ってくるだろう。

 

 このまま進めば奴等は病院につくだろう。ラクーンシティにある病院の内、最大規模の中央病院に次ぐ大きさの病院。

 

 そこに仕掛させてもらおう。

 

 バックを背負い、私は寄り道のため進路を変更し、第2病院へと向かう。病院付近は、幾つもの救急車両が潰れた状態であった。恐らく事件当初に搬送に駆り出されたのだが、中で感染者が暴れたのだろう。

 

 ......それだけではないか。

 

 救急車両の他にも乗用車も何台か見受けられる。救急車両を待ちきれずに病院へ家族や恋人等を運ぼうとしたのであろう。

 

 病院前に着いた私は、一先ず外回りの安全確認する。仕掛けをしている最中に大勢押し掛けられのであってはたまらないからな。

 

 外回りの安全が確保されると、彼はゆっくりと入り口に近づき、壁にもたれかかると、ポーチからマグライトを取り出す。

 室内を少し確認し、流れるように病院内へと突入。ローライトテクニックをを駆使し、ロビーを見回す。

 

 荒れてるな。これだけの荒れようを見ればここでどんな悲惨なことが起きたのかは一目瞭然。

 

 割れたテレビ。無造作に倒れている棚やテーブル。不規則に点灯する蛍光灯。至るところに転がる死体。欠損が激しく、食い荒らされた跡は痛々しい。

 

 グジュ......グジュ......。

 

 私から見て左手の方向。受付の中から聞き慣れた音が耳に入る。

 

 肉を引きちぎる音とそれを噛み砕き租借する音。死臭とうめき声と共に音はやってくる。

 

「ふん......」

 

 拳銃とライトを構えながら足音を立てないようにゆっくりと近づく。

 

 受付の中を除いてみると案の定、ゾンビ共が死体に群がり一心不乱に肉にありついていた。

 

 食われているのは恐らく若いナースであろう。恐らくというのは、年齢が分からないほど食い荒らされているが、残った皮膚の肌の質から見てそう見えただけのこと。

 

 ナースの死体は手足が千切られており、腹部は捌かれ内蔵が露出。はだけた胸元から乳房も見えているが、片方は食い千切られている。

 ナースの周りにいるゾンビは5体。肉に夢中になっているのか、彼の存在には気付いていない。

 

「不愉快だな」

 

 ゾンビの頭を銃口でなぞりながら射殺していく。撃ち抜かれた脳は射出口から飛散しながら飛び出す。床にぶちまけられた脳將は腐りかけなのか酷い臭いだ。

 しかし、悲鳴の一つも挙げないとは。やはり死体を嬲ってもつまらんな。ソ連時代にしていた拷問のほうが遥かにましだ。

 

 ウー......。

 

 またあのうめき声だ。銃声に引き寄せられたか。振り替えると、診察室、ロビーに横たわっていた死体や病院の奥からもゾンビ共が此方によろよろと近づいてきている。

 

 マグライトをポーチにしまい、代わりにサバイバルナイフを抜く。ソ連時代から使い込み、多くの人間の血を吸ってきたナイフ。

 

 手始めに一番距離が近かったゾンビに接近し、顎からナイフをつく。ただの人間相手ならば、何度も小刻みに切りつけた後に急所をつくのだが、回避動作をとらないゾンビには不要。

 

 力一杯突き刺したナイフを抜き取ると、血がゆっくりと流れ落ち、膝から崩れたゾンビは起き上がることはなかった。

 

 病院の奥へ奥へと走り出す。通り過ぎざまにゾンビ共が掴みかかろうとするが、私のスピードの方が遥かに速く、掴みかかる手は何も掴めず空をきる。

 

 全てを相手にしていたはキリがない。進路の邪魔をするヤツだけ始末する。

 

 拳銃とナイフの両方の武器を使い分けながら、彼はゾンビの大群の中央を突破していく。

 

 その動きに恐れや迷いはない。

 

 彼は一つの扉の前で立ち止まる。扉を開き次の部屋に侵入。彼を追ったゾンビ達は閉められた扉を何度も叩くが、頑丈な扉は破壊されることも開かれることもない。次第に諦め散っていくゾンビを達。

 

 彼が侵入した扉ら診察室に続く通路になっていた。やはりここにも死体は幾つも転がっていた。この病院には生存者はどうやら皆無のようだ。

 

 先ずはここだな。

 

 私は一旦銃とナイフをホルスターに収め、背負っていたバックを下ろし、爆弾を目の前の死体に仕掛ける。

 

 ゾンビに襲われ死んだ人間がゾンビ化するのは個人差がある。早い者は死んですぐにゾンビ化する。外傷がなくとも空気感染や汚染された水場にいても感染し、ゾンビ化する。

 空気感染者の変異は共通して遅い。もっとも初めから死んでいたり、よっぽど死にかけていなければゾンビ化はしない。もし、健常者が空気感染するのならば、私もとっくにゾンビ化している。

 

 この場所であらかた仕掛けが済むと、彼は次の部屋へと進む。

 

 奴等がどのうな反応をするのか楽しみだな。仕掛けた中には子供の死体もあった。目の前で見てみたかったが、あくまでも寄り道。

 

 最後の爆弾を仕掛け終えると私は奴等が来たときにアナウンス出来るよう、ナースセンターへと向かう。

 

 室内は荒れてはいるものの、ゾンビの姿はなく、死体もない。

 

 アナウンス用のマイクの前に仲間から剥ぎ取った無線機の一つを置く。周波数は変えてある。

 

 さて、これで全ての準備が終わったな。屋上で奴らが来るのを待つこととしよう。

 

 病院内の地図を頼りに前に進む。ある程度進み非常階段を発見。階段から屋上へと外へと出る。

 外は天候が悪化し、雲がかってきた。期限まであと1日と少しか。

 

「動くな!」

 

 病院の屋上にある貯水タンクの影から、黒いつなぎにタクティカルベストを着用した男が一人現れる。手に持つのはMP5短機関拳銃。

 

 銃を構え、近寄る男。その傍らには狙撃銃が置かれていた。

 

「その格好......貴様はU.B.C.S.だな?」

「そちらはU.S.S.と見受ける。こんなところで何を?」

「その質問に答える必要はないな。貴様こそここに何のようだ?」

 

 どうやら私はあまり人に好かれる質ではないようだ。初対面だというのに冷たいものだ。

 

 彼は自然に振る舞っているが、その眼は狂気に満ちており、U.S.S.の隊員に気付かれぬよう、いつでもナイフを抜ける準備をしている。

 

「チームが全滅してしまってな。生存者がいそうなところをしらみ潰しに回っているのだ」

「ここに生存者はいない。とっとと去れ」

 

 何かの任務中であるようだな。何にせよ、U.S.S.にこそこそ動かれても今度は此方が動きづらくなる。

 

「あぁ、そのようだな」

『こちらヘリパイロット。病院が見えてきた。間もなくそちらにつく。D(デルタ)チームは到着したか?』

 

 無線の通信に気をとられたU.S.S.の男の一瞬の隙を私は見逃さなかった。即座にナイフを抜き、投剣術でナイフを投擲。コンマ何秒の出来事に男は対応できない。

 

 ナイフが喉元に刺さり、短いうめき声を挙げ、棒のように前方に倒れると男は動かなくなった。

 

「確かに生存者はだれもいないな。私を除き」

 

 私は倒れた男に近づき死んでることを確認。その後、使えそうな装備を剥ぎ取る。

 

『どうした? 応答せよ』

 

 無線機を奪い、死んだ男の代わりに応答する。

 

「配置に着いた。問題ない」

 

 返答すると同時に銃声が鳴り響く。どうやら何事もなくたどり着けたいたみたいだな。奴等がヘリから何を受け取るかは知らないが、プレゼントは受け取れないだろうな。

 

『お忙しいところすいません。少しよろしいでしょうか?』

 

 あの男から再び通信が入った。

 

「何のようだ?」

『あなたは現在ラクーンシティ第2病院にいますね?』

「なぜわかる?」

『街の監視カメラからあなたがたの位置は把握済みですよ』

 

 私を見張るつもりか。見くびられたものだ。

 

 病院の屋上の監視カメラは確かに作動しており、ずっとこちらを捉えている。

 

「それで用件は?」

 

『今U.S.Sが街の通信機能をダウンさせるための任務で動いています。そしてその病院のヘリポートでEMP装置を輸送ヘリから受け取ることになっています。しかし、私達からすれば彼等の任務が成功してしまうと困ってしまうのですよ。あなた達の監視は勿論のこと、各施設で眠るB.O.W.が全て解き放たれてしまう』

「B.O.W.は全て投入するのではなかったのか?」

『全てではないですよ。一部のB.O.W.をこんなところで使い捨てるわけないじゃないですか。B.O.W.の回収のための別動隊もそろそろ到着するはずです。なのであなたにはU.S.S.の行動を妨害してもらいたいのです。勿論この件にも謝礼は出しますよ』

「その言葉を忘れるなよ」

 

 奴からの通信が切れる。私は頃合いを見計らい、携帯で爆弾を起動させる。

 

「こんにちわ。U.S.Sの諸君。私を覚えているかね?」

 

 所持している無線機のスイッチを押し、送話を開始する。生憎、送話専用であるため、向こうの言葉は聞こえてこない。

 

「不運なことに私のクライアントは君達に計画を邪魔されることをご所望ではないようだ」

 

 送話を続けながら私は、男が用意していた狙撃銃に弾を装填し、スコープ越しにヘリを捜索する。

 

「私が直接相手をしてあげたいのだが、私にも色々あってね。代わりと言ってはなんだが、ちょっとしたオモチャを用意させてもらった。存分に楽しんでくれたまえ」

 

 見つけた......

 

 間違いない。あれがEMP装置を積んだヘリだろう。ご丁寧にアンブレラのロゴマークが付いている。しかし、まだかなりの距離がある。もう少し引き付ける必要がある。

 

 私は更に狙いやすい位置に移動すべく、隣のビルへと飛び移った。幸いにもビルどうしの距離があまり離れていないこともあり、上手く飛び移れた。

 

 その際に邪魔になった余った爆弾のバックは置いてきた。あれも、いいタイミングで爆発させればU.S.S.の妨害となろう。

 

 狙撃銃の二脚を広げ、ビルの縁に立て射撃姿勢を取る。勘で大まかな距離を計り、スコープを3クリックほど右に回し、像を移動させる。

 

 安全装置を解除し、ゆっくりと引き金に指をかける。

 

 12.7mm弾の発砲の衝撃がストックを通して私の体に掛かってくる。衝撃緩和材が組み込まれているとはいえ、ある程度の衝撃は体にくる。

 膨大な発射ガスはピストン環を通り遊底を後退させ、マガジン内の弾はバネの力で薬室に送られ、後退した遊底のバネの戻る力で薬室に装填される。

 

 ヘビーバレル内から発射された弾はライフリングしながらヘリに着弾。そのまま操縦席のガラスを突き抜け、パイロットに命中。パイロットを失ったヘリは回転しながら街の中に墜落。

 

 ヘリの爆発を目視で確認すると私は、残った爆弾のスイッチを入れ爆弾を起動させた。火柱が上がり、病院の屋上が崩れていく。

 

 それを見届けながら私はヘリの墜落現場へと向かうこととした。



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Mission report10 AM10:30i Racoon museum

 Racoon museum(ラクーン美術館)

 

 歴史的にも高価で価値のある絵画や出土品等が展示されていたこの美術館は、地元の学生の教育資料としても愛されていた。

 

 しかし、それも今となっては遠い過去のような話。明らかに、人為的に破壊されたショーウィンドウ。保存状態の悪い出土品の破片。荒れた館内。美術館の館長は、ラクーン市長と同様に、これらの物をあっさりと見捨て、早々に街から脱出してしまっていた。

 

 警備職につく者達も命を掛けて美術品を守る義理はない。

 

「ガラクタばかりで金目のものなんか、ほとんどねぇな」

 

 散らばる美術品を拾い上げては投げ捨てるの繰り返し。目ざといモノは'先客'によってあらかた回収がされている。

 

「あ~あ、折角やってきたのに収穫はほぼゼロかよ。銀行も同じだったしよ」

 

『U.B.C.S. F(フォックスロット)小隊E(エコー)分隊』の生き残りの4人組は生存者救出よりも、火事場泥棒に専念していた。

 尤も、この者達も当初は真面目に任務にあたっていたのだが、時間を追う毎に消えていく仲間や、民間人を前に次第に任務遂行の意欲が冷めていたのである。

 

「あのパツキン姉ちゃんも早々に死んじまったし、はぁ、ヤりてぇな」

 

 頭を掻きむしりながらぼやく隊員達。既にこの隊員達の精神はギリギリに近い。

 

 訓練された兵士だからこそ耐えれるものもあるが、それ以上に生存者達の存在が大きかったのである。短時間の仲でも、互いに手を取り合う関係にまで発展していった生存者達を失うことは想像以上に堪えるようだ。

 

 大口を叩くことで、喪失感の誤魔化を担っている。

 

「ヒュー、最高だったぜあの女」

 

 緩まった迷彩服のベルトを締めながら、個室から隊員が一人出てくる。

 開かれた扉の奥には、絨毯の上で俯せの状態の、全裸の女性がいる。部屋は薄暗く、部屋全体の詳細は不明。それなりの広さはあるということだけが分かる。

 

 その部屋に対して右手の親指を指す隊員。

 

「次は俺だな」

 

 笑いながら立ち上がり、部屋へと入っていく別の隊員。部屋に入ると扉を静かに閉める。

 

 全裸の女性に、やけに上機嫌な男性隊員。室内には二人以外誰もいない。これから二人で何が行われるのかは敢えて言う必要はないだろう。

 

 だが、全裸の女性なのだが、少々普通とは言い難い状態である。

 

 手足は手錠で身動きが取れないように、抵抗......いや、『襲われないように』とでも言うべきか。

 

 女性の口には猿轡がされており、『噛めない』ように施されている。そして、その女性の体を良く見てみれば、比較的外傷は少ないが、至るところに引っ掻き傷があり、化膿している箇所もある。

 

 当然隊員達はそんなことは承知している。承知の上で『お楽しみ』しているのだ。

 

「普通の女と何ら変わらない。いや、寧ろ普通の女とは違った楽しみ方ができる。しっかり処置はしてるが、いつ破られるか分からない。いつ食いちぎられるか分からないギリギリの緊張感が最高にハイにしてくれる!」

 

 得意気に、自慢気に誇らしく語る『経験者』になった隊員。勿論粘膜から感染しないようしなければならないが。

 

 そんな隊員の話を、話し半分にしか聞いていない他の隊員。自分以外の人間が楽しんだ話を聞いても自分達は1mmも得しないからである。

 

 そんな彼らは地べたに座りながら成果の確認を行っている。持っていけるものとそうでないものの振り分けである。欲張り過ぎて体が重くなっても困る。

 

「次は日本人、お前がヤってこいよ」

 

 数少ないU.B.C.S.の日本人隊員。この場においてただ、一人略奪行為といった、倫理的、道徳に背いっていなかった。数少ないまともな傭兵である。

 まともといってもそれはU.B.C.S.内で話。彼も日本人でありながら、『平和』な国を離れて敢えて危険な道を突き進むあたり、まともではないだろう。

 

 彼が傭兵となった経緯は大したものではない。

 

『戦いたかった』だけである。所謂戦闘マニアだった。

 

 マニアだったが、その系統の訓練に関しては成績も優秀であり、真面目に取り組んでいた。

 

 国を守るといったことに熱心だったわけではない。だが、そうすることで結果的に国防の役に立っていたのも事実。

 

 いつしか物足りなくなった彼が、国外に進出するのはそう時間は掛からなかった。

 

「興味ない」

 

 感染者との戦闘を楽しんでいるだけでその他のことに興味はなかった。

 

「けっ、つまらない野郎だ」

 

 そんなこんなしている間に、先程部屋に入った隊員が出てきた。ご満悦といった表情である。

 

「じゃ、次は俺」

 

 待ちきれなかったと言わんばかりに、勢い良く立ち上がる別の隊員。だが、彼の欲望が叶うことはない。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 彼の体にまとわりついていく白い糸。それは天井から、大きく空いた天井の穴から伸びていた。何重にも巻かれる糸。そして彼は糸が伸びている天井へと吸い込まれていく。

 

「ちくしょう! なんなんだ!」

 

 取り乱す隊員。どれだけもがいても糸が解けることはなく、穴に吸い込まれていった彼の姿は完全に見えなくなってしまった。

 

 そんな穴に集まり見上げる隊員達。全員銃を構え警戒する。

 

 少ししてから消えた隊員の悲鳴が挙がり、悲鳴と共に夥しい量の血が零れ落ちてきた。

 

「撃て!」

 

 天井に向かって銃撃。しかし、どれだけ撃っても死体はおろか、何も落ちてこない。

 

「はぁはぁはぁ......」

 

 一瞬で緊張感を取り戻し、臨戦体制を取るあたり腐っても兵士。

 そんな兵士達が内心異様に困惑している。それは街に降り立って最初に遭遇した感染者達の時以上のものを感じている。

 

 彼らにとって未知の存在、未知の脅威が差し迫っている。

 

「今のは何だったんだ!」

 

「ゾンビ以外にあんなのいるのかよ!」

「ここにいては不味い! 早く逃げるぞ!」

 

 ここにいては不味いと、誰もが思った。一刻も早く逃げなければならない。そうする以外彼らに手段はない。

 

 素早く盗品や必要な物をまとめ、美術館入り口まで急ぐ彼らの前に、『それ』が降りてきた。自然界にはまず存在しない大きさの『それ』は幾つもの眼で獲物である彼らを捉える。

 異常に発達した胴体からは8本の足が生え、ゆっくりと近づいてくる。足の先は鋭い針のようになっており、全身の体毛はまるで刺であり、それがワナワナと震えている。

 

 突如降ってきた『それ』こそ、彼らは襲った脅威の正体こそ、ゾンビとは別の存在。B.O.W.その内の一体である。

 

 type【ウェブスナー】

 

 アンブレラがT-ウイルスを研究する上で初期から対象として選ばれていた蜘蛛のB.O.W.である。

 ウイルスへの適応が他の生物よりも適していな理由から世界中の様々な蜘蛛が研究された。

 

 大きさが巨大になるといったこと以外ウイルスの恩恵は得られなかったが、生物として既に優れた生態を持っているため、人間からすれば脅威度は計り知れない。

 

 しかし、元が昆虫であるため、知能はたかが知れている。そういう意味でアンブレラは兵器として蜘蛛の開発は中止している。

 

 つまり、ここにいるウェブスナーはウイルス流出による二次感染体。

 

 そんなウェブスナーは獲物のである彼らに向かって牙を噛み鳴らす。

 

 ウェブスナーと遭遇したこともなければ、存在すら知らなかったU.B.C.S.隊員達はその体躯から激しい嫌悪感を抱く。

 

 しかもウェブスナーは一体だけではない。彼らの後方にもウェブスナーが二体現れる。三体のウェブスナーは緩慢な動きから一転。蜘蛛らしい速度をもって迫ってくるのであった。

 

 五人改め、四人の隊員達は一斉に左右に飛び退くことで突進を回避する。壁や机などの物体に激突。ぶつけた体の一部を痛がる暇もなく、素早く立ち上がらなければならない。

 蜘蛛は複数の眼をもっているため、突然視界から消えても獲物の姿は見失ってはいない。

 向きを変え、改めて向きなおすウェブスナー。おしりから糸が噴出される。

 

 ウイルスの影響で巨大化したことで糸はとてつもなく強靭なものとなり、人間の力一人では切ることは不可能であろう。

 

 捕らわれたら一貫の終わり。

 

 先程餌食にされた隊員からそれを学んだ隊員達は、遮蔽物等に姿を隠しやり過ごす。

 

 やられっぱなしのままではいかない。隊員達も平常心を取り戻すと遮蔽を利用しながら応戦する。

 

 5.45mm弾を受けるが一撃では死なないウェブスナー。傷を受けたことで怒ったのか、更に体を震えさせ、威嚇する。

 

 隊員達はウェブスナーを倒すことは考えていない。逃げるための離脱戦闘であり、あわよくば倒せればいい程度の考えである。

 壁や天井等を、縦横無尽に動き回れるウェブスナー。室内で戦うのは不利なのだ。

 更にウェブスナーの放出される糸も問題だ。糸は外れても壁や床などに粘着して残る。その糸に触れれば動きは止まってしまう。

 

 細心の注意を払いながら、糸に触れないように後退する。

 

 だが、隊員の一人が片足を糸に取られてしまった。床に付着した糸に体制を崩された隊員はその場に倒れる。

 

 それに気付いた別の隊員が救出に戻るが、ウェブスナーの方が一歩早かった。

 

 倒れた隊員の腹部に鋭利な足が突き刺さる。苦痛に顔を歪める隊員にウェブスナーの牙が迫る。首を噛まれまいと、体を捻る。

 

 ウェブスナーは隊員の肩に食らいついた。

 

 深々と食い込むウェブスナーの牙。ウェブスナーは毒も保有しているため、牙から隊員に毒が注がれる。

 

 神経を麻痺させる毒は微量であっても獲物を弱らせ、体の自由を奪う。

 

 そこに、救出に戻った隊員がライフルをウェブスナーの口内に突き刺す。そのまま口内で引き金を引き、フルオートに切り替えられた銃は、弾倉内の弾を撃ち尽くすまで弾を出し続ける。

 

 外皮が丈夫でも内部はそうでもないようである。

 

 ライフルの弾の威力と発射による衝撃がウェブスナーを内部から破裂させる。

 

 ぐったりと倒れたウェブスナーの足と牙を抜き、負傷した隊員を肩に抱える。

 

 極少量の毒しか体内に入っていないためか、少し動ける隊員。しかし、毒以外の傷が酷く腹部の傷を押さえるだけで精一杯。

 

 仲間が死んでも一切歯牙にかけず、弱った獲物への追撃に集中する残ったウェブスナー。

 

 ちなみにではあるが、彼らが慰み物にしていた感染者は、後からきたウェブスナーによって、四肢を食いちぎられ、そのまま貪られていた。

 

 入り口までまだ距離があった。

 

 脱出を急ぐ彼らを更なる絶望が襲う。

 

 入り口と繋がるホールにやってきた彼等に写った光景は、無数のウェブスナーによって、巨大な蜘蛛の巣となった美術館のホールであった。

 

「ここからは逃げられない」

 

 足を止めるしかなかった。別の逃げ道を探す必要がある。彼らは必死で周囲を見渡し、逃げ道を探す。

 

 そんな彼らに気付いたウェブスナーの群れが一斉に向かってくる。

 

 彼らは咄嗟に目にはいった別の道へと避難する。だが、全員一緒ではない。半々に別れ、別々の通路に避難したのである。

 

「くそっ!」

 

 一方は負傷者を抱えている。行動が制限されているなかで、この数から逃げることも戦うことも厳しい。

 

「退きやがれ!」

 

 銃を乱射し、合流しようとするが、合流することできない。

 

「今は退くぞ!」

 

 泣く泣くその場から後退。曲がり角に入ってしまったため、負傷者した仲間達の姿は見えなくなった。

 

 仲間を助けるためにも、自分が死ぬわけにはいかない。二人の無事を願いながら二人も必死に逃げる。

 

 方や負傷者を抱えた側は、通路から一室に逃げ込み籠城していた。

 

 入り口を本棚や机で塞ぎ、侵入されそうな箇所を見渡し警戒する。

 

 この部屋は物置のようであり、出入り口は一つしかなく、その扉は既に使えない。

 

 だが、ここから逃げる手段は他にもある。人がギリギリ通れそうな通気ダクトがあるのだ。

 しかしながら、そこを通ろうとしないのは、負傷者した隊員は自分の力では動けず、引っ張る必要があるのだが、狭い通気口内でそうすることは難しい。

 

 置いていかなければならない。

 

 通気口を使用するとなるとそうしなければならない。

 

 ところが彼はそうしない。別れた仲間が助けに来ることを信じて待つことを選んだのだ。

 

「もういい......置いていけ」

 

「俺にポーカーでの貸しがあるだろ。それを貰うまでは見捨てるわけにはいかない」

 

 一度だけこの日本人隊員は仲間に誘われ賭けポーカーをしたことがあった。そのポーカーは、日本人の一人勝ち

 という結果である。

 

 弾薬も残り少なく、はっきり言えば、このまま残ればたちまち二人はウェブスナーに補食されるであろう。

 

 別の二人がこの場所を見つけるのは簡単ではない。

 

「あれの、......貸しだった......ら俺のワインを......ダ......メにした......件でチャラ......だろ」?

 

 負傷者した隊員の顔色がみるみる悪くなっていく。腹部の傷が思ったよりも深く、内臓まで達していたようである。

 

 遅かれ早かれこの隊員は助からない。本人も、もう一人の隊員も重々承知している。

 

 それでも隊員は頑なに見捨てようとしない。

 

「こんな街からおさらばして報酬で豪遊するんだろ」

 

 必死に励まし続ける。認めたくないのだ彼の運命を。

 

「死ぬとき......は女に抱かれ......ながらと......決めていたのにな......」

 

 木製の扉の一部が破られる。直にバリケードは突破され室内の侵入を許すだろう。

 

「決めているならそれを実行するまで死ぬなよ」

 

 破られた一部からウェブスナーの顔が覗かせる。それに向かって、隊員はL85A1を撃ち込む。

 

「くそ、弾切れだ」

 

 ライフルを捨て、拳銃に持ち替える。

 

「俺のを持っていけ......」

 

 負傷者した隊員は自身のAK74を弾倉と共に差し出す。

 

「縁起が悪いようなものを寄越すな。自分で持って自分で使え。形見なんか受け取らねぇよ」

 

 とうとう扉は破られ、無数のウェブスナーが室内に入り込む。

 

「行け......!」

 

 隊員を逃がすために、脅しとして拳銃を抜き顔の横の壁を撃つ。

 

 そんな彼の左足にウェブスナーの糸が絡み付く。抵抗する力がないため、為す術もなく、無慈悲に隊員はウェブスナーに引き寄せられる。

 

「......っ! 済まない!」

 

 床に置かれたAKと弾を拾い通気口内に入り込む。

 

 捕獲された隊員が最後の力を振り絞り、拳銃で抵抗をしていたことと、ウェブスナーが食事に夢中になったことで暫くの間、隊員はウェブスナーの追跡から逃れられることができた。

 

 通気口内から通路に出た隊員は、先程分断された二人と合流を果たす。

 

「無事だったか!」

「奴らがいない逃げ道を見つけた。そこから脱出するぞ」

「......アイツはどうした?」

「やられた......」

「そうか......」

 

 悲しみに包まれるが、悲しむのはあと。

 

「お前の責任ではない日本人」

 

 そう言われるが、日本人隊員は自責の念に駆られていた。あの時、自分が別の通路に逃げなければと。

 

「くそ、また来やがった」

 

 更に別の個体が三人を発見。

 

 彼らは盗品を捨て必死に走った。裏口から外に出たあとも必死に、必死に走った。

 

 美術館の外でもウェブスナーは追ってきた。執拗に追ってくるウェブスナーの群れに三人は休む暇はなかった。

 

 その結果、彼らは追い詰められた。逃げ場のない路地。完全に囲まれた彼らはとうとう観念した。

 

「ここまでか......」

「食われてしぬなんてな」

 

 ようやく食事にありつけると歓喜するかの如く飛び掛かるウェブスナー。

 

 ウェブスナーの群れに覆い尽くされ、体を食いちぎられながら、日本人の隊員は死への恐怖ではなく、故郷日本の古里を想っていた。

 

 実家の両親のことが心残りであったのである。

 

 だが、そんなことを心配する必要はない。もうすぐ、彼という意思は消え失せるのだから。

 

 

 

 

 

 



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Mission report11 AM09:00i

 September 27 days Street.

 

 警察署から6km程離れた大通り。事件発生当初、大勢の警官隊が出動し、治安維持のための、感染者の侵攻を防ぐための決戦の場であった。

 選りすぐりの精鋭。S.T.A.R.S.に負けず劣らずの者達で編成された部隊であったが、出動初日で一人の生存者を出すことなく全滅。大通りには彼らの一部の死体と武器並びに車輌が残されているだけであった。

 

 感染者側はかなりの数たったらしく、警官隊が倒したであろう感染者が十数名ほど同じように倒れている。完全に活動を停止しているらしく、起き上がる気配はない。

 

 そんな大通りを角から角へと警戒しながら移動する集団の姿がある。

 

 昨日、生き残った警察と合流したU.B.C.S.隊員二名と、警察の二名からなるチーム。

 彼らの目的は警官隊が出動に使用した大型輸送トラックを警察署まで持ち帰ることである。

 少数ながら警察署にはU.B.C.S.警察、民間人の生存者が肩を寄せあっている。バリケードを設置し、安全なエリアと化した警察署であったが、警察署近辺を彷徨く感染者の数が増大していることと、バリケードそのものが破られ、侵入を許してしまった経緯から警察署は安全と呼べなくなってしまった。

 

 結果生存者全員で警察署から脱出し、生存者の回収地点へと向かうことにしたのだ。

 

 そのためにも輸送トラックは必要不可欠である。防弾仕様な上に、障害物等の中を平気で走行できるよう頑丈に作られているトラックならば、事故車や感染者で溢れた街中を安全に移動することができる。

 

 大人数で動けばその分気付かれやすい。それが少数で動く理由である。

 

「あった、あれだわ」

 

 通りの中央、一際目立つ位置でトラックは停まっていた。

 

 周囲に展開している無人のパトカーの間を通りながらトラックへと近づく。万が一に備え、死体の警戒は外さない。その過程で警官隊が装備していた武器は拾得。警察組織の銃器は基本、軍属とは違い制圧確保を第一にしてるため、MP5が中心となっている。

 

「クリア」

「車輌周辺は今のところ安全だな」

 

 乗り捨てられたトラックのエンジンを始動させ、燃料の確認を行うと同時に、車底部やその他の箇所に故障が無いことの確認も行う。

 

「ラジエーターやバッテリー、大元のエンジンにも問題はないな」

「あとは、中身をスマートにさせるだけだな」

 

 特殊部隊の運用のための車輌であるため、トラック内部には指揮車輌としての運用も兼ね備えているため、コンソール等の通信機器が設備されている。

 脱出用の車輌とするにはスペースを無駄に取っている邪魔な設備。それらをこの場で取り外し、生存者全員が収用できるだけのスペースを確保しなければならない。

 

 当然、周囲が安全とはいえ、外は危険と隣り合わせ。全て取り外ししている暇はない。最低限の作業だけ実施する予定。

 

 警察署に戻ってから実施すれば良いのかもしれないが、トラックの移動に感染者が引き寄せられる可能性も否定できない。何よりも、警察署周辺そのものの安全が確保されていない。

 始めの内は掃討を実施していたのだが、どれだけ掃討しても次から次へと湧いて出てくるためキリがなく、無駄であることが判明してしまったのだ。

 

「工具」

「ほらよ」

 

 バックパックから持参した工具を取りだしトラック内の警官に手渡す。婦警が作業。男性警官は取り外した設備の撤去。U.B.C.S.の隊員で作業終了までの警護。

 

「どれぐらいかかる?」

「30分もあれば十分なスペースは確保できる」

「長いな。20分で終わらせろ」

「.了解」

 

 彼らにしてみれば20分でも長い方なのだ。だが、切り詰め過ぎても杜撰な作業になってしまう。求められるのは迅速かつ確実な仕事。

 

 他人にそれだけを要求するのだから、彼らもプロとして確実に警官を守る義務がある。

 

 二人で護衛を務める関係上、個々に分かれる必要があった。しかし、こうした活動において単独はタブー。前後に配置につくが、お互いの状態の確認をするため時折顔を見せ合う方法を取る。

 

 そして10分が経過した。トラックの側に積まれる数々の部品。コンソールのような大型の設備は運ぶことはおろか、取り外しも容易ではないためそのままである。

 

 恐ろしいぐらいに閑静な大通り。ゾンビの呻き声、徘徊する足音、自分達以外何者も存在しないのかと錯覚してしまうほど何もない。

 それが逆にU.B.C.S.に警戒心を募らせる。何もかもが予定通り過ぎる。何かしらの予兆、嵐の前の静けさ。大通りは何kmも先まで続いている。警察車輌以外にもトラックの先には数え切れなき程の事故車の山がある。

 

 にも関わらず、何もいないのだ。

 

「.もういい、作業を打ち切り帰投するぞ」

 

 二人のU.B.C.S.は肌で何かを察知していた。僅かな空気の変化。二人は見逃していなかった。

 

 何かが来る。ゾンビではない何かが。

 

 二人に緊張が走る。心拍数は徐々に上がり、体が強張る。呼吸数は上げない。冷静な判断、適切な対処を求められるのため、冷静でなければならない。

 

 そんな四人をじっと見つめる複数の影があった。建物内、路地裏、四人のいる場所から遠方の通り。

 何もいないわけではなかったのだ。それらが気配を上手く隠し、ずっと伺っていたのだ獲物を。

 まるで野性動物のように。ここは彼らの狩場。集団で移動しながら狩りをしていたのだ。そして運悪く彼らは彼らの狩場に入り込んだ。通りに来た時からずっと狙われていたのだ。

 

 よくよく注意していれば気付けた。通りの途中に放棄された車輌の中に、【警察犬】を運ぶ車があったことを。その檻はもぬけの殻で、檻が内側から破られていたのを。

 

 地面には建物や路地裏に引き摺られていった血の痕があったのを。

 

「まだ半分程度だぞ?」

 

 警察の二人はU.B.C.S.のように何かを感じ取れてはいない様子。

 

「いいから急げ!」

 

 二人の剣幕に圧倒、感化され、警察の二人もただ事ではないと察する。しかし、遅かった。

 

【6匹】の影が一斉に駆け出す。その影に四人はまだ気づいていなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「何をしている?」

 

 警察署のオフィスで、専用の個室のデスクで書き物をする警官。

 

「報告書だ。救出した民間人の中に宝石泥棒がいたのでな」

 

 関心にも警官はこんな状況下でも職務を全うしていた。既に市民救出のため身を粉にして働いているため今更感はあるが。

 

「その宝石は?」

「ロッカーの中に一時的に保管している」

 

 ダイヤルロック式のロッカーに保管されているようだ。

「間違っても変な気は起こすなよ。俺は最後まで警官でいるつもりだからな」

「関心だな。だが、生憎と、今更宝石の一つや二つじゃ割りに合わないな」

 

 街に投入される前に報酬金の半分は前払いされていた。残りの半分は帰還後に支払われる。しかしながら、銀行振込な上に、滅多に外に出られないため、前払い金も使う暇はなかったのだ。

 はなっからアンブレラは金を払うつもりなどなかったのかもしれない。

 

 だが、今は金よりも生き残ることのほうが先決。下手な強欲で身を滅ぼすのは真っ平ゴメンだ。

 

 数多い隊員の中にも比較的まともな人間はいる。自らの利に走り、非行を行おうとする隊員は少なくともこの警察署にはいなかった。

 

「.本当に警察は全滅したのか?」

「.鎮圧に出た警官は全員な。他にも各地域で市民の救出や誘導に当たっている者もいるが、ここには戻ってこない。各人の判断で街から脱出させるよう指示をした」

「投げやりだな」

「ここの警官は全員優秀だ。俺はあいつらを信じてそう指示したのだ。一番危険な中心街のこの付近に集めるよりも脱出の可能性は高いしな」

 

 ラクーンスタジアムでの暴動への鎮圧及び、大通りでのゾンビの対応時に出た警官隊は一人残らず全滅。

 しかし、通信が途絶えた直後に巡回中の警官に全員に上記の指示を出した結果、各地で生存者を集結させているとの情報が入っていた。

 

 しかしながら、その後の情報は何一つ入ってきてはいない。

 

「俺達U.B.C.S.も街中に展開している。纏まった生存者を見たと言う連絡は来てないが、アイツらなきっとうまくやっているだろう」

「俺達もあんたら警察と同じさ。だが今は自分が助かることが優先だ。あんたもいつまでも他人の心配ではなく自分の心配をすることだな」

 

 既にU.B.C.S.はほぼ壊滅状態。生存者は少なからず存在するが、お互いの生死を確認する手段がない。

 何故かは不明である。突如として装備されていた無線機が交信不能となっていたのだ。街に降りてから1日と少しは使えた。バッテリー切れも疑えるが、どうにもバッテリー切れのそれとは違う感じがしてならない。

 

 定期的に監視員には本部を通してアンブレラ本社からの情報提供がなされていたからである。まだ世間一般には浸透してない小型のデバイスを通しての。しかし、それも今はなされていない。

 

 これが意味するのはアンブレラにとって彼等が必要では無くなったことを意味しているのではないだろうか。

 

「ところでだ、署長はどうした?」

「いきなりなんだ?」

「ここのトップがずっと姿を見せないのは不自然だ。現場に出ることもないのにな」

 

 この街で市長に次ぐ二番目の権力者でもあり、R.P.Dの統括でもある『ブライアンズ署長』その人のことである。

 本来ならば彼の立場上このような災害に見舞われた際には、全体の指揮に当たるべき人物。

 

「署長は行方知れずだ。本来ならばこのようなNBC攻撃に際して、地方公共団体や州軍、医療関係、消防、保健所といった組織と連携するために指揮をとらなければならない人だが災害が起きてから一向に消息が掴めない」

 

 この場にいるU.B.C.S.の隊長は署長がどんな人物なのか把握済みである。その裏の顔のことも。それはU.B.C.S.所属でありながら、友人であるアンブレラ幹部から幾つかの情報がリークされているからである。

 

「.あんたは署長のことを何処まで知ってる?」

「アンブレラコーポレーションとのコネがあるぐらいだ」

「.そうか」

 

 この場で全てを打ち明けてもよいのかもしれないが、士気の低下と更なる混乱を招きかねない爆弾をわざわざ投下する必要ない。

 

「意味深なことを聞く。一介の兵士であるあんたが何故そんなことを?」

「兵士であるが故にだ。このような事態に陥った時の訓練は正規軍時代によくこなした。だからこそ街がこのような事態になっていながら各組織と連携が全くとれていないことに疑問を感じたのだ」

 

 自然な振る舞いでやり過ごせたのかもしれない。警官は何かに引っ掛かりつつも、U.B.C.S.隊長の言葉はでたらめではなく、正論であるため、それ以上追及してくることはなかった。

 

 二人の会話を割くように、突如警察署二階の窓ガラスが割れる音がする。

 二人の他の警官達も一斉に二階を見上げる。そして辺りに緊張感が走る。今現在二階には誰もいないのだ。生存者達は直ぐに脱出できるように、警官の目が行き届くように一階に移していた。

 

 誰も言わずとも答えは分かっている。ナニかが侵入してきたのだ。人間以外のナニかが。

 

「確認に向かうぞ。二名を残し後は私に続け」

 

 黒人の警官を筆頭にゾロゾロと二階へ向かう警官。その後をU.B.C.S.隊員も追う。

 

「民間人の皆さんは部屋から出ないように」

 

 先程の音には民間人も気付いたようで、部屋から出て不安そうに警官と二階を見つめている。

 

 子供を抱き抱える母親、祈りを捧げる老夫婦、ただただ呆然とする男性、部屋の片隅で怯える小太りの中年男性

 

 その中で一人だけ異質な者がいた。椅子に深く腰掛けタバコを吹かすその男性はR.P.Dのロゴが入った制服とベストを着用していた。

 

「何を寛いでいる。お前も来るんだ」

 

 この男性は民間人を引き連れ警察署までたどり着いた外からの生存者。愛用の45口径を片手に生存者を引き連れここまでたどり着いたことから高い能力があることは察することが出来る。

 

 それもそのはず、彼はラクーン警察の中でも射撃の腕は随一の実力があり、何度も大会で優勝している。その腕前を売りに『S.T.A.R.S』の選抜試験を二度受けているのだが、二回とも落ちている。

 

「一仕事前の一服ですよ」

 

 現在の状況から喫煙所は外ではなく室内であり、その場所というのも生存者達が集められている部屋。

 元々休憩所でもあったこの部屋。生存者用の部屋になってからは喫煙するものは気を遣ってか、一人もいなかったが、この男性だけは別であった。

 

 煙たがる生存者に謝ることはあっても止めることはなかった。

 

 本人の性格は楽観的であり、遅刻や欠勤もざらであり、能力は高いが性格上の問題があって選抜試験が受からないのである。

 

「いい加減にその楽観的な考えを直せ。非常事態だぞ」

「非常事態だからこそ自分のスタイルを貫き平静を保つんですよ。だからこそ生き残れた」

 

 灰皿にタバコを入れ、斥候の警官達の列に加わる。

 

「時にそれが命取りになるかもしれないぞ」

「その時は腹をくくるさ」

 

 薄ら笑いをする警官。軽口を叩いてはいるが、内心彼も一定の緊張感と集中力は持ち合わせている。

 

 黒人の警官も彼がその辺りのことを確りとしているため、注意こそするが、決して批判的にはならない。

 それは彼の態度こそ褒められたものではないが、能力に関しては認めているからである。もし、彼に能力もなければ対応もまた変わってくるであろう。

 

「ここか.」

 

 二階へと上がった彼等は音の出所を探った。

 

 二階通路、S.T.A.R.Sオフィスに繋がる扉付近の窓ガラスが割られているのを発見。

 

 割られた窓から侵入してきたモノは人間並のサイズであることが判明。天井の通気口が床に落ちていることから侵入者は、警察署内を天井を使って徘徊しているようだ。

 

「.入って来たのはゾンビではないな」

 

 それまでゾンビとしか遭遇してきてない警官にとって、この侵入者は全くの未知の存在。得体の知れない存在に一人一人が恐怖する。

 

「どうしますか?」

「入ってきたモノを捜索し排除する」

 

 黒人の警官はどうやら侵入者を排除する考えのようである。

 

「しかし、脱出までもう少しなのですからわざわざ危険を犯さなくても」

 

 当然周囲からは反対の声が上がる。

 

「気持ちはわかる。だが、脱出を目前に未確認の脅威をのさばらしにしておくわけにもいかない。脱出までの安全を確立させるためにも侵入者は対処しなければならない」

 

 黒人の警官はあくまでも脱出前の安全を確保するための行動らしく、無茶をするつもりはないとのこと。故に捜索範囲もオフィスから会議室周辺までに限定し、捜索メンバーも今の人員を半々にして、極力少数にならないようにするとのこと。

 

 ここまで生き残れてきたのも、黒人の警官の適切な指揮の元であったがために、警官達は直ぐに納得してしまった。

 

 U.B.C.Sの隊員達は乗り気ではないが、意見を違えて揉める時間も惜しいため顔や声には出さないが渋々追従することとした。

 

「捜索の前に一度オフィスに戻るぞ。そこで各員に無線を配る。何か見つけたら逐一報告するんだ」

 

 一行は一旦オフィスに戻り無線機を装備する。その途中で民間人の護衛に務めていた警官と民間人にもそのことを説明。

 ここで民間人にも説明したのは無駄に隠して余計な不安を与えることが望ましくないからである。

 

「脱出までもう少しだ。皆ここが踏ん張りどころだ」

 

 侵入してきたものが何であれ、対処できると黒人の警官は自負していた。それはここまで生き残ってきたことによる自信。

 

 だが、その自信が彼等を更に窮地に追いやってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Mission report12 PM15:00i

 U.B.C.S.本部

 

 作戦開始から二日。初日の回収便には誰一人生存者は現れなかった。いや、現れることができなかった。

 

 市庁舎近辺にたどり着いたヘリのパイロットの報告では、大量の感染者がたむろしていたと聞く。つまり、当初の予定であった市庁舎の確保は失敗に終わったということ。

 

 あれほど本部に出入りしていたアンブレラ本社の人間も、僅か一日でその姿を見せなくなった。

 

 どうやらアンブレラ本社は、投入された隊員達を見捨てることにしたようだ。しかしながら我々はそう簡単に見捨てるわけにはいかない。

 

 腐っても我々は仲間である。どれぐらいの隊員が生き残っているかはわからないが、最後まで任務に従事し、市庁舎に現れる者もいるかもしれない。

 だからこそ我々も、任務の最終日まで辛抱強くしなければならない。

 

 現地の隊員達と通信が不能なのは恐らく、アンブレラ側による工作活動であろう。ただ見捨てるだけではなく、完全に退路を絶ちにきている。

 

 今どれぐらいの隊員が生き残っているのか、街の状況、任務の遂行の有無、生存者の数、何もかもが闇へと消えてしまった。

 

 二日目の朝を迎えたが、本部は今も待機状態でいる。本社の風向きが変わり、増援の要望が上がった時と、回収時間での救出に向けて。

 そんな願いが通じたのか、本社から新たに人員の派出命令が出た。新たに小隊を陸路から街へと進出させる。不透明な状況から未知の脅威に備えて装備はより強力なものへと改めている。

 

「あんたがここの責任者か?」

 

 出発に向けて慌ただしくなっている本部に一人の男が私の元に訪ねてきた。眼鏡をかけ、弱々しく映る白い肌と華奢な風貌からして本社の人間、それも科学者のようだ。

 

 この場所に出入りするのは、新たにU.B.C.S.に加入したものか、アンブレラの人間しかいない。前者は体つきを見れば一目でわかる。後者も中には武闘派を思わせる者もいるが、大抵は目の前の男のような者達ばかりである。

 

「一体どういったご用件ですかな? 見ての通り我々は準備に忙しいのです」

 

 一応は、雇い主であり、部隊を指揮する我々を統括する側の者であるため、ある程度は腰を低くしなければならない。

 

「チームを1チーム借りさせて貰う」

 

「ご冗談を。今からのチームは街に降りた部隊の増援です。故に人員を割く余裕はありません」

 

 会社の困るところは常に作戦内容や命令そのものが変更されることだ。臨機応変に隊員達は対応するが、少しは考えてからものを言ってもらいたい。

 

「いや、行き先はラクーンシティに変わりはない」

「まさか、貴方もラクーンシティに向かわれると?」

 

 尚更理解が出来ない。どう見ても戦えるような人間でもないこの男が街に行ったところで直ぐに死ぬのがオチだ。

 そんな自殺志願者のために隊員達の命を掛けさせたくない。それが本音であるが、雇い主であるアンブレラからの遣いの指示を無視することも出来ない。

 

 私に出来るのは交渉だけだ。

 

「小隊をお貸しすることは出来ませんが、1分隊でしたらご同行させることは出来ます」

「寧ろ少人数の方が有難い。大勢で移動しては感染者共に気づかれる。そもそも私の仕事はラクーンシティの外れに位置するところに潜伏している研究員の捜索だ」

 

 なにやらまたきな臭いことを。アンブレラも一枚岩でわないことは承知しているが、少しばかり度が過ぎる。

 つい先日もアンブレラの人間が部隊と共に街に降りた。まるでアトラクション感覚。スーツ組の幹部の考えていることは理解できん。

 

「その研究員の詳細は?」

 

 同行させる部隊のためにも、事細かな内容を聞く必要がある。何も知らずに投入するのはもう沢山だ。

 

「T-ウイルスを発展させた新型のウイルスを研究していた科学者だ。彼女とは事件が起きる前から音信が途絶えた。"自己復元機能"を持つ新しいウィルスに、本社の何人かは彼女の研究員に注目していた。だから捜索に向かうのだ」

「そこに貴方が同行する必要はあるのですか?」

 

 内容は納得したが、この男がついていく必要はあるのだろうか。

 

「彼女の研究所は街の外れにある。研究所に入るにはパスコードが必要だ。パスコードは彼女が知っているが、私ならそのコードを破れる」

「もし研究所にドクターがいなければどうする気だ?」

「これがあれば居所は掴める」

 

 男は懐から小型の装置を取り出した。見る限り追跡装置のようである。

 

「彼女の持つIDをコイツで追えば何処に潜もうが必ず見つけられる」

 

 手掛かりはその装置一つか。あの危険な場所で捜索活動を行うとすると確実性がなく不安だ。せめて、向こうから救難信号の一つぐらいあればまだましなのだが。

 

 折角人員を割いてまで送り込んでおきながら全くの無駄足では彼に限らず誰もが思いやられるであろう。ましてや、本部は派遣した部隊の生存が絶望的なのであるから余計に。

 

「......わかりました。部隊を手配しましょう」

 

 そう告げると、男は何かを思い出したかのように「それと」と言葉を口にした。

 

 やはりと言うべきか、こちらの要望がすんなりと通るはずはないと、何かしらの条件を出してくるだろうと踏んでいたが、予想通りだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 PM1300 Racoon city highway.

 

 支援、増援部隊として新たに派遣されたU.B.C.S.2個小隊を乗せた輸送トラックはラクーンシティへと続くハイウェイにいた。

 

 街へと続く唯一の一歩道であるハイウェイは既に州軍によって封鎖され、街へ入ることも出ることも叶わなくなっている。

 しかし、アンブレラ幹部及び株主側には政界と太いパイプを持つ者がおり、その者達の裏工作によってU.B.C.S.は特別な許可の元街へと入ることが許されていた。

 

 アメリカ政府は一連の騒動をアンブレラが根底にあることを掴んではいるが、決定的な証拠及び、政界との繋がりが大きすぎるため完全に排斥しきれていないのだ。

 

「これよりラクーンシティに突入する」

 

 州軍の検問所を抜けた一団は装備の確認を行う。

 

「我々の任務はB.O.Wの回収である。研究施設のB.O.Wを運び回収ヘリに引き渡す。第一目標はB.O.Wであるため、市民及び救出チームは無視しろ。例外は無しだ」

 

 当初の目的であったチームへの増援ではなく、ラクーンシティ内に残置されているB.O.Wの回収へと切り替わっていた。

 アンブレラの研究員が本部から受けていた指示とはこのことであったのだ。

 

「目標を達成したら後は好きにしていいんだな」

「そういうことだ」

 

 送り込まれたメンバーの大半は仲間の救出に尽力するつもりであった。傭兵とはいえ、共に汗を流し、同じ釜の飯を食した者同士の仲間意識は強い。戦場を経験している者達だからこそ、仲間の絆を大切にする。

 

「これが回収リストだ」

 

 手渡されたリストには各研究所に保管されているB.O.Wの詳細が事細かに記されていた。

 

「中でもこの2体は最重要目標だ。優先的に回収する」

 

『type nexes』

 

『type T-103 tanatos』

 

 しかしながら、リストには個体名が記載されているのみ。どういった個体なのか、詳細については意図的に隠されている。

 

 彼等はただ、ターゲットさえ回収すればそれでよい。

 

 その他余計なことは知る必要がないのである。

 

「各人思うところはあるやもしれぬが、今は抑えておけ」

『まもなくラクーンシティに到着します』

「よし、状況開始!」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 しがない一記者でしかなかった俺にまたとないチャンスが訪れたのはここ最近のことだった。

 

 とある筋から入手した極秘のたれ込み。初めは荒唐無稽な話で信用などしていなかった。

 だが、情報筋は幾つものネタを俺に渡してきた。俺自身も話し半分だった"ソレ"を事の大きさから探ってみることにしていた。

 そのかいもあってか、次第に信憑性が増してきた。しかし、俺はペンを動かし続け幾つかのメモにまとめていた。

 

 けど、俺がそれを出版社に持ち込むことはなかった。

 

 たれ込みを働く人物は流した情報の衆知を急いでいた。時間がかかればかかるほど自分の命の危険性が増すことを併せて伝えられた。

 

 そんな中でも俺は彼の希望を飲むことはなかった。ジャーナリストととしての知的好奇心が更なる情報を求めた。

 ジャーナリストとしての性分だけが原因ではない。何よりも達成感、計り知れない名誉を求めた。

 

 世界が誇る一つの分野をひっくり返す可能性を秘めた"コイツ"を上手く起爆させれば俺はかつてない賞賛を得ることが出来るであろうと。淡い期待を抱いていた。

 

 名前を売るためではなく。あくまでも俺がもたらした確かな事実が語り継がれること。それがジャーナリスト冥利に尽きるものであると結論付けていた。

 

 しかし、それも最早過去の話。今では恐怖に怯えなが残された時間を過ごす毎日。

 

 いらない欲をかいたがためにこのようなことになってしまった。あの時彼の言った通り直ぐにリークしていれば......

 

 ある日のことだった。時間を流してくれていた人物と連絡が途絶えた。かなり危険を犯しての行動であったが故に、連絡を取り合ったり密会は頻繁には行われず、連絡がつかないことも何度もあった。

 

 だが、1ヶ月近くも音信不通になることはなかった。

 

 そこで初めて自分もこのヤマに深入りし、かなりの危険を犯していることを自覚した。

 

 彼は常々『自分は疑われている。命の保証がない。一刻も早くこのことを知らしめ、司法機関に取り次ぎ身の保証をしてくれ!』と。

 

 彼が命がけなのはわかっていた。だが自分までもが危険を犯しているとは思いもしなかった。

 

 よくよく考えてみれば、情報で"企業"が非人道的な実験を繰り返していたことを鑑みれば簡単に分かるべきことだった。

 

 彼と連絡が途絶えて1ヶ月と少し。俺の住むマンション周辺を何者かが張っていた。俺が行く先々で何者かが後を付け回していた。

 

 身の危険を感じた俺は一旦ラクーンシティを離れ、知り合いの家に避難した。

 

 "彼女"の家で俺は奴等の目を欺き続けた。彼女は情報元の恋人で、彼女を介して情報の受け渡しも行った。

 

 彼女の存在は奴等も知らないらしく比較的安全に避難生活を送ることができた。

 

 そんな彼女もしきりに俺が持つ情報について知りたがっていたが、敢えて何も話さなかった。

 

 元々、口で伝えきれるほどの内容ではない。同時に恋人の所在についても濁した。

 

 これ以上は迷惑になると思い、ある程度時間が経ってから彼女の家を後にした。

 

 そして俺はラクーンシティに戻ってきた。

 

 

 ◆◆◆

 

 街に戻って直ぐに自宅に向かったが酷い有り様だった。無茶苦茶に荒らされた部屋。書き記したもの全てが破棄されていた。

 

 だが、万が一のことを考えて隠していたものはバレていなかった。

 

 洗面所の鏡の裏の本命を持ち、俺はマンションを後にした。

 

 その時からか、街に化け物が現れるようになったのは。そしてあれだけ嗅ぎ回っていた連中も姿を見せなくなった。

 

 逃げ回っている内に辿り着いたのがここよ。

 

 地下の独房で囚人になった気分だかこの際どうだっていい。流石にあんな化け物共の相手はゴメンだ。

 

 何やら警察が脱出に向けて準備しているようだが、脱出が可能となってから出させてもらうとするか。

 

 少なくとも"アレ"が彷徨いているのに警察署内を移動したくはない。

 

 事前に知っていればこんなところには逃げてこなかったが。

 

「どうだ? 協力してくれる気にはなっか?」

「何度も言ってるだろ。あの化け物がいる限りここから出たくはないって。脱出の手筈が整ってからだったら考えてやるが」

「お前のいう化け物とやらは確認できていない。脱出したくば手を貸すのだな。また来る。その気になったらいつでも言え」

 

 牢の前の警官はそう言い残し背を向ける。

 

「あんたもお人好しだな。放っておけばいいのにな」

「善良な市民だそうもいかん」

「あんた運がいいな。他の所だったらとっくに追い出されてるぜ」

 

 食事の入ったトレイを差し出し、もう一人の警官が嫌味を吐く。パンの乗った皿を取り一心不乱にかぶり付く。腹が減っていたため、警官の嫌味などあまり気にはならない。

 

「あんたのことなら知ってるぜ? 勤務態度最悪の不良警官。S.T.A.R.S.の選考試験を二度落ちたことで有名だからな」

 

「たく、どこで調べたんだか......」

「身辺を洗うのもジャーナリストの仕事なのでね」

 

 フフフ、と顔を綻ばせる二人。

 

 安心できるのは束の間。底知れぬ悪意を孕んだ邪悪なモノ達は人知れず常闇に生存者達は誘う。それは人智を越えた生物達だけではない。

 

 人間の敵はどこまでいっても人間だけでしかない......

 

 

 ◆◆◆

 

 死者の街を我が物顔のように闊歩する集団。全身を黒を基調とした服装に身を包むその者達は、全員が顔をマスクで隠し素顔はうかがえない。

 

 見慣れない装備を持つ彼らは、現在激しい銃撃戦を繰り広げている。

 

 市内を駆け巡りながら標的を追い続ける。逃亡者達も逃走を図りながら応戦するが、追っ手はものともしない。

 

 逃走する二人の警官の内の一人が足を負傷する。

 

 右足ふくらはぎにできた銃創。負傷した警官は痛みに悶え苦しむ。

 

 建物屋上を走るNVGを装備した黒装束の一員が警官を狙撃したのだ。

 

 健在の警官は、負傷した警官を置き去りにその場から離れようとするが、直後に彼は跡形もなく吹き飛んだ。

 

 轟音と火の手が周囲を襲う。負傷した警官にも破片と熱傷の被害が出る。

 

 赤外線による感応式の爆弾。

 

 人並み外れた巨漢の人物が逃亡先を見越して回り道をし、予め仕掛けられていたのだ。

 

 逃げる気力を失った警官は足を押さえながら近づいてくる集団に対して「何故だ?」と問い掛ける。

 

 返答がくることはなく、警官は一団の中でもリーダー格とおぼしき金髪の女性に踏みつけられる。

 

 警官と女を中心に集団が集合すると、リーダー格の女は全員にアイコンタクトを送ると拳銃を抜くと、悶える警官の頭部に2発発砲。

 

「これで20......」

 

 小さく呟くと足を警官から下ろす。

 

「ここから近い場所で生存者が集まりそうなのは?」

「警察署が近いな」

「丁度いい......署長の持つ情報の廃棄の序でに生存者を狩るぞ」

 

 新たな目標を見定めると、一団は隊列を組み全周を警戒しながら街中へと消えていく。

 



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9月28日
Mission report13 PM16:00i


「本当にこんなところに博士はいるのか?」

「装置に反応がある。以上確認する必要がある」

「ここなら食い物には困らない。隠れるなら絶好の場所だな」

「もしかしたらドクターを食っちまったゾンビがIDをぶら下げているのかもな」

「どちらにせよご対面といきたいところだね」

 

 

 よりによってこの私が何故このようなことに.くそっ! 

 

 ラクーンシティ。とある区画のとある倉庫。一台のジープと5人の男達がそこにいた。

 

 U.B.C.S.隊員4名と眼鏡をかけた線の細い学者タイプの男。その男は手に握られている装置を見ながらU.B.C.S.の隊員達に確信を持って発言している。

 彼等の目的はただひとつ。ラクーンシティ内で行方不明となった研究員とその実験サンプル。

 ラクーンシティの外れに位置するこの場所は、他の場所に比べ感染者の数が少ない。

 

 スッ.

 

 ベレー帽を被ったチームのリーダーは、ベストに取り付けられているクロスドローホルスターからP220拳銃をぬきとり、左手で両引き戸の倉庫の入り口に2名着くようハンドサインを送る。

 

 サイン通り配置に着いた2名はノッドでタイミングを合わせ、勢いよく倉庫の扉を開き、そのままコーナークリアを行う。

 

 倉庫一帯は明かりがなく、薄暗い。作業の途中だったのか、フォークリフトが無造作に放置されている。穴の空いた天井から差す僅かな陽の光と銃につけられたライトが頼り。

 

「散開して周囲の捜索にあたれ」

 

 缶詰や果物といったものの出荷前の保存倉庫のようであり、幾つかの段ボールは地面に落下しており、中身が飛び出している。それに群がる形で蛆やゴキブリといった虫も足元を徘徊している。

 

 積み上げられた段ボールの山の隙間を通り、区画内の探知を行うU.B.C.S.隊員。ファイヤリングラインを意識しながら同一に進んでいく。射線による銃口管理を行うことでブルーオンブルー防止に繋がるためである。

 

 薄暗い室内をローライトテクニックを駆使し奥へ奥へと進み続ける。その際、ライトを点灯させながら進む。こうすることで人数の撹乱及び位置の撹乱をすることができる。

 

 ライトを点けるのは短時間。その間に視界内をサーチ。ライトが消えている間に速やかに移動することで、相手を錯覚させる。

 訓練に訓練重ねることで、チームは均一の移動速度を維持しつつ、アイコンタクト、ボイスコンタクトをすることなく意志疎通も図れる。

 

「臭いな.何の臭いだ?」

 

 ある隊員が耐え難い異臭を感じ取る。それは人間の腐った臭いと、夏場等ではよく起こり得る食品の腐った臭いが混ざり合った悪臭。

 この時点で異臭の報告をチーム内に挙げていれば、もう少し長生き出来たのかもしれない。チームでの行動はほんの僅かな異変でも報告を挙げるのが常。それを怠ることは致命的なミスになりかねない。

 

 悪臭の方へと足音を立てないように近づく隊員。その先にはフォークリフトが止まっており、運転席には一人の男性の死体があった。その死体は動き出す素振りはない。

 

 隊員は悪臭の発生元は死体ではなく、その先にあると感じ更に先へと単独で進む。

 そこで積み上げられた段ボールの内の一つが閉じられていないことに気付き、中身を確認する。

 梱包されかけた段ボール内にはオレンジが詰められている。悪臭の発生元はこのオレンジからだと確信した隊員は段ボールに顔を近づけ、オレンジを1つ取ろうとする。

 

 そして.

 

「ぐぁぁぁぁぁ!」

 

 突如、段ボールの中から3本のワインレッドの触手が隊員の顔面を貫く。圧倒的な触手の力に貫かれたまま持ち上げられる隊員。2本の触手は隊員の額と右目から脳を貫いており、残りの1本は口内から後頭部を貫いている。

 

 これだけの致命傷を受けても即死ではなく、隊員は声にならない苦痛を伴った悲鳴をあげる。握られているM16A1ライフルで抵抗することも叶わず、体を捩らせるだけである。

 

 徐々に声が小さくなっていく。段ボールの下から3M近い巨体の化け物が姿を見せる。全身が触手と同じ色、全身が触手で覆われているような姿をしている。

 

 隊員の滴る血液量が手遅れであることを告げる。倉庫の端に投げ飛ばされる隊員。

 

「な、なんだコイツは.!?」

 

 な、なんだこのB.O.Wは! こんな奴本社のデータにもなかったぞ! キャメロンのウイルスか? それとも偶発的な二次災害か? 

 

 眼鏡をかけた男は脳内で幾つもの可能性を交差させる。願わくばサンプルを確保したいと欲が顔を見せるが、そんな状況ではないと冷静になる。

 

 そんなことを考える男性とは別に、2発チームのリーダーが頭部に射撃するが、まるで効かない。

 

「どいてろ! このザリガニ野郎!」

 

 遅れてやってきた二人の隊員の内のもう一人が、M16A1に装着されたM203グレネードランチャーを発射。円軌道を描く榴弾は化け物の腹部に直撃すると、呆気なくバラバラに霧散。

 

 榴弾の破裂の衝撃は他の隊員達にも伝わる。衝撃に戦き尻餅をついた眼鏡の男性。落とした追跡装置を拾い上げると、反応が移動していることを確認した。

 

「反応が移動している。まだ近くにいる」

 

 これ以上何処かに行くなよ.こんなところ早く出たいのだから.

 

「中はこんな有り様だ車で移動した方がいい。車に戻るぞ」

 

 あんな化け物がいるって知った以上私もこれ以上危険を犯したくはない。

 

 一同は倉庫を後にし、ジープへと戻る。そんな彼等の会話を聞いている存在がいることも知らずに。

 

 その二匹はそれぞれ違う視点から彼等の姿を捉えている。1つは足元から。もう1つは段ボールの陰から。

 

 しかし、その視点の持ち主は1つである。彼等の声を聞き、何処へ行くのかどうやって移動するのか。それは既に"彼女"の手の内である。

 

 1匹は倉庫のマンホールから地下へ。もう1匹は彼等の後を追い動向を監視。ともに小さな体で手足を思うように動かすこともできない不便さがあるが、気づかれることはない。

 

「俺達はあんな化け物がいるなんて話は聞いていなかったがな」

 

 すると、倉庫の1匹が眼鏡の男性とチームのリーダーが揉めているのを目撃する。それを段ボールにしがみつきながら観察する。

 

「やめろ.私には任務がある。私には関係ない」

 

「本社のお偉いさんかなんか知らないが、口の聞き方には気を付けることだな。こっちは部下を殺されて気が立っているのでな」

 

 そんなことこっちだってそうだ。"ゴードン"め.こんな役回りを私に押し付けて.自分の部下の尻拭いぐらい自分でしろよな! 

 

 内心毒づく彼だが、本性はただの小心者であるため、面と向かって感情を表すこと、本心を伝えることができない。

 

 一通りやり取りを見終えた1匹は再び動き出す。そこへ、ネズミが1匹、"彼女"の前に現れる。"彼女"は新しい体を見つけるや否や直ぐに入れ換えを始めた。

 

 まず、自身をネズミに食させることで体内組織に侵入し、細胞レベルで全てを乗っ取る。

 

 体の隅々まで行き渡ると、意識を呼び出す。更に俊敏になったことで着々と近づいていく。そして車に最後に乗ろうとする人物に噛みつこうとするが、タッチの差で車に乗る方が早く、新たに体を移すことができなかった。

 

 しかし、まだチャンスは残されていた。彼等が気まぐれで撃ったカラスにまだ息が残っていたのだから。

 

 ネズミを見つけたカラスは体を震わせながら鳴き声をあげる。見計らって彼女はネズミの口から触手をカラスの嘴から体内へと伸ばす。

 

 触手が脈打ちながらカラスの中にウイルスをおくりこむ。カラスの意識はやがて彼女の意識へと移り変わる。

 

 羽を手にした彼女は飛び方を理解すると、直ぐに彼等の後を追跡。

 

 もし、ここでカラスが息絶えていたのならば、彼女は彼等を追跡することは不可能であった。彼女の乗り移りは、"生きている生物にしか作用しない"。だからこそ、彼女はゾンビではなく、昆虫や小動物だけに宿っているのだ。

 

「待て、反応がここで止まっている」

「鬼ごっこもここまでですね」

「鬼が三人も捕まえに行くんだ.必ず捕まえるさ」

 

 街の一角で止まるジープ。マンホールを開け地下へと降りていく彼等。ここまで彼女の予定通り。鬼だと思い込んでいる者達は、自分達が追い詰められている側だとは到底理解し得ないであろう。

 

 標識の上で出入口を見張る隊員を見つめながら鳴く彼女。

 

 ふふふ、ありがたい。新鮮なカラダを残してくれて.これでまた一歩人間に戻ることに近づける.

 

 彼女は三人が地下に行ったことを確認すると、出入口を見張る隊員にしかける。

 

 突然の奇襲に不意をつかれる隊員。銃を乱射するが狙いが定まらない。

 

 それもそのはず。何故ならば.

 

 な、なんだこれは! 

 

 カラダがおかしく.気持ち悪い.

 

 ナニかが俺のカラダ二ハイッテクル。

 

 ジブンガジブンデハナクナルカンカクガ.イヤダ。シニタクナイ。キエタクナイ! 

 

 "もう.あなたのカラダはワタシのもの."

 

 "逃れることはできないわ。さぁ、そのカラダを頂くわ。"

 

 彼女は啄むと同時に、隊員にウイルスを注入し体の自由を奪っていっていたのである。徐々に彼女に浸食される隊員は思い通りに動けない。

 

 ただただ彼女に乗っ取られるのを待つだけ。

 

 "あと二人."

 

 

 "私は人間に戻る研究を続ける。アンブレラにこのデータは渡さない"

 

 彼女の目的は人間に戻ること。その為にはどんなものも利用し、どんな手段でもとる。残りの二人も時間の問題でしかなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「見えた.あれがウォーマットの店だ」

 

 誰一人として欠けることなく目的地に辿り着けた。ここに来るまでに何体かの生物兵器に遭遇したが、何とか退けてきた。

 

 まさか、生物兵器と遭遇するとは思いもよらなかったが、この青年達の協力のお陰か。こうして生きている。

 

 アンブレラ本社からのB.O.Wと、元々研究用に保存されていたB.O.Wが野に放たれられて既に数時間。この他の生存者達もゆくゆくは、B.O.Wとの遭遇は余儀なくされるであろう。

 

「みすぼらしい店だな」

 

 遠目からでもわかるみすぼらしい店。汚れた看板に、ボロい木材の家屋。事件発生前でもゾンビが出没しそうである。

 店内は見た目に反して小綺麗.といかず、見た目通りの小汚なさ。おまけに妙な臭いもある。ゾンビや死体の臭いとは別の。

 

「ゾンビのマイホームかここは?」

「お前のアソコより酷い臭いだ」

 

 登山用品店で拝借したザックを下ろし、目的のブツの回収を始める。

 

「ははは、見ろよこれ。年代物だぜ。うーん、うまい!」

 

 青年達の言った通り、この店からは何でも出てきた。

 

 銃にドラッグに酒にポルノに人間の臓器まで。床下や天井裏、机の二重底の下といった至るところから何から何まで。

 

 何処からこれだけのモノを収集したのか。舌を巻く一方である。

 

「ウォーマット! いねぇのか? ウォーマット!」

 

 物色する私たちとは反対に、青年はずっと店主を呼び掛けていた。昔からの付き合いか心底心配しているようだ。この仲間意識の高さ、仲間の気遣い、状況への順応力、将来有望だな。

 

「ここにねぇものは裏のコンテナの下にあるはずだ。俺はウォーマットを探す。アイツが簡単にくたばるはずがねぇ」

 

 我々の返答を待たずに青年は1人店の奥へと消えていった。単独行動は危険であるため、私は部下に後を追うように指示。

 

 その間に私は他の青年達と回収作業を続ける。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ウォーマット! こんなところにいたのか.いるなら返事ぐらいしろよな」

 

 青年は店主を2階の店主の自室で発見した。店主は部屋の角に膝をつき頭を垂れた状態である。両手は口元である。

 

「ゥ.」

 

 何かを発しているが、細い声であるため聞き取れない。どちらかというと、喉を鳴らす音、何かを飲み込む音の方が大きかった。

 

「何してんだ? ウォーマット。おまえを迎えに来たんだ。こんなところさっさとおさらばしようぜ?」

 

 青年の声には反応せず、相変わらず「ゥゥゥ.」といった小さな声と食事の音しか返ってこない。

 誰がどう見ても彼は人間だった店主ではなく、変わり果てた姿になってしまっている。しかし、青年は呼び掛け続けた。

 

「無視すんなよウォーマット。なぁ」

 

 たまらず彼は店主の肩を掴み無理やり振り向かせる。

 

 青年は信じたくなかった。この目で見るまで店主が店主でなくなったことを認めたくなかった。

 

 もしかすれば.

 

 そんな希望は所詮は希望でしかなかった。どれだけ否定しても、どれだけ認めたくなくても事実は何一つ変わることはない。

 

「ウォーマット.」

 

 振り向かせた彼の顔を見た青年は、あまりにも無惨に変わり果てた店主の顔にショックを隠しきれず、その場にへたりこんでしまった。

 

 青白く血の気も生気もない顔。食いちぎられた部分からは生肉と血管が見え、目は茶色く濁っている。口元には何かの臓器だったモノらしい肉片が食べかすとしてこびりついていた。

 

 食事に夢中だったようで、本当に青年の存在に気づいていなかった元店主。

 無理矢理振り向かせられたことで、元店主は青年に気づくことができた。手に持った肉塊をその場に落とし、右手を伸ばし、青年を掴もうとする。

 

 青年は後退りし、その手から逃れる。空を切った元店主はその場にうつ伏せに倒れる。「ゥゥゥ.」と又もや細い呻き声をあげ、その場に立ち上がる。

 

「よせ.よせよウォーマット!」

 

 両手を伸ばしながらにじりよる元店主。尻餅をついたまま後退りする青年。部屋の角に追い詰められ、逃げ場をなくす。

 

 そんな青年に覆い被さる元店主。肩を掴み食いつこうとするが、青年も必死に抵抗する。しかし、青年が元店主を右手で持つ銃で撃とうとはしない。

 

「よせよブラザー!」

 

 揉みくちゃになりながら部屋中で転がり回る二人。腹部を足裏で蹴り押すことで組みつきから青年は逃れる。

 

 青年は立ち上がり銃をようやく指向する。その手は小刻みに震えている。恐怖にではなく、元店主を撃ちたくないという悲しみに震えている。

 

 そんな状況に駆けつけるU.B.C.S.の隊員。元店主を確認するとホルスターから拳銃を抜き頭部に照準を合わせ、シングルアクションにし、引き金に指をかけるが、青年に発砲は静止される。

 

「.待ってくれ。ウォーマットは俺が撃つ」

 

 U.B.C.S.隊員には目もくれず、青年に向かう元店主。隊員も青年の意思を汲み、ディコック後銃をホルスターに戻す。

 

「恨むなよウォーマット!」

 

 青年と元店主の顔が1mまで近づいたところで元店主の額は45口径の弾丸に貫かれる。弾の衝撃は射出口を大きく広げ、脳漿が床にぶちまけられる。

 

 再びその場に座りこむ青年。ゆっくりと引き金から指を離す。

 

「やっちまった.この手でウォーマットを.!」

 

 悲痛にうちひしがれる青年は頭を抱え込む。そんな青年に近寄り促すU.B.C.S.隊員。仲間を友を撃ってしまった時の苦しみは彼らも重々承知している。

 

 青年を立たせ、背を軽く叩く隊員。悲しんでいる暇はないと現実に戻させる。

 

 先程の銃声を聞き付けた集団が店に集まりつつあった。

 

 チームは合流を果たすと、来た道を真っ直ぐに戻り始める。

 

「ブレイクコンタクト!」

 

 号令に即応し、U.B.C.S.隊員達は援護射撃と後退を交互に繰り返し、ゾンビの集団を撃退していく。

 

 逃亡劇の中、友を撃った青年はまだ見ぬ、このようなことになった原因に怒りを覚え、仇を討つという新たな決意を見いだしていた。

 



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Mission report14 PM17:00i

 27days.1600 Racoon Park.

 

 無線の呼び掛けにより合流した隊員達述べ8名は、公園内の物置小屋の暖炉の奥の隠し部屋で今後について話し合っていた。

 

「これだけしか残らなかったのか?」

「そのようだな」

 

 夥しい数の感染者。迫り来る生物兵器。それらを退けながら今日まで生き延びてきた者達も既に満身創痍。

 作戦は遥か前から破綻。彼等には最早作戦を継続するだけの気力も、体力もなかった。

 

「とてもじゃないが任務を遂行できる状態じゃない」

「ヘリのピックアップによる脱出は考え直した方が良さそうだな」

 

 街からの脱出はヘリ以外にも幾つか方法がある。作戦開始前のブリーフィングでは副案として地上から車輌を確保しての脱出。街に流れる川を下っての脱出。街の外に繋がっている地下鉄からの脱出等がある。

 

 地下鉄からの脱出はアンブレラの研究施設から進出が可能であり、生存者の救出にはアンブレラの職員も混ざっていたため、そのような施設を使用することが想定されていたのである。

 

 街中に点在するアンブレラ施設のどこからでも繋がっており、こういった有事の際に施設職員が安全に脱出するための配慮なのだ。

 

 そのため、この手段は希望が非常に薄い。事態を察知した職員によって既に使用済みの可能性があるからである。足を運ぶだけ運んで肝心のものがなければ無駄足でしかない。

 

 本来ならば往復の便を出しての脱出なのだが、この規模のバイオハザードでは街と外の行き来はないと見て間違いはないであろう。

 

「突然で悪いがこの中に監視員はいるか?」

 

 白髪交じりの隊員が小さく呟いた。重苦しい空気の中での発言であるため、低い声が余計に重く感じる。

 

 声の持ち主は、壁にもたれ右肩に銃のハンドガードを乗せうつむいたままである。元からそういう顔なのか、今回の件でなのか、窶れた顔をしている。

 

「誰も監視員ではないのか?」

 

 彼の問いかけに答える人物はいない。

 

 それもそのはず、監視員とは本来の任務とは別の任務も請け負った人物であり、その任務内容は他の隊員とB.O.Wの戦闘データを収集するものであり、最優先事項である。監視員の存在は全隊員に衆知されていることではないが、これまでの任務等で決まって"派遣されては必ず生還"してくる人物もいたため、隊員内で"そういった人間"が存在するのではないのかと囁かれることになった。

 

 そして、監視員は特定の雇い主と契約を結ぶ。その期間はその雇用主ごとによるため、不定期であり、契約内容といった詳しい詳細も不明。

 ただ、隊員であれば誰が監視員になっても不思議ではなく、現にこの中にも監視員を務めた人物も存在する。

 

「......俺は監視員だ」

 

 このように自ら監視員であることを告げるものは今日まで皆無であった。監視員の悪い噂を知らぬ監視員はいない。監視員であることを明かすというのは良い判断であるとは言えない。信頼されることはなく、生存者の中で孤立する可能性が大きい。寝首をかかれたりしても文句は言えない。

 

「監視員のことをよくは知らなくとも黒い噂は知っているだろう。若干の語弊はあるかもしれないが、まぁ、概ねその通りだ」

 

 個人単位の話では良い判断であるとは言えないのかもしれないが、集団目線で言えばこの隊員の行動は良い方向に働いているであろう。

 

 ここまで生き残ることが出来たのは、個人個人の能力のところがほとんどであろう。しかし、監視員は生き残るために仲間を蹴落とした可能性がある。

 つまり、生き残っているのは個人の能力だけではなく、そういった行動を働いたのではないのかという疑念が隊員の中に存在するのだ。

 

 ここまで生き残った仲間を疑いたくはない隊員達だが、万が一自分が監視員によって蹴落とされる側になった時は......という猜疑心を捨てきれないでもいる。

 

 ほんの僅かな疑念が綻びを招き、様々なことが重なり集団が崩壊することはざらにある。

 

 この隊員はそれを防止するために声を上げたのかどうかは不明だが、当面の間集団に亀裂が生じることはないだろう。

 

 監視員であることを独白した隊員一人を"悪者"にすればよいだけだから。

 

 声を上げた隊員は外に投げ出されることも視野に入れ覚悟は決まっている様子。

 

「突然こんなことを言ったのは、監視員が持つ情報を共有したいからだ」

 

 情報を共有したいという隊員であるが、突然すぎるカミングアウトだけでなく、監視員という存在の実態を知っている隊員にとってこの人物は信用できなくなってくる。

 

 仲間を騙し、陥れ、切り捨てる。それが監視員のやり方。

 

「もちろん俺も情報は持っている。この街から脱出するためのな」

 

 街からの脱出。隊員達にとってこれほど渇望することはない。次々と傷付き倒れる仲間達。次に倒れるのは自分?

 

 死のイメージが頭から離れず、死に脅かされ満足に仮眠もとることが出来ない彼らは、現実と虚構の区別がつきづらくなっている。

 

 限界はとっくに越えている。後は限界の先がいつまでもつか、時間との勝負である。

 

「その情報とは何だ?」

 

 それでも隊員達は毅然とした態度で振る舞い続ける。自らの弱いところを、弱っているところをさらけ出すことは死に直結することを知っているからである。

 

「この街の地下にはハイヴと呼ばれる研究施設がある。その研究所に行くには、二つのルートがある。街の地下から直接行くのと、街の外れにある館から列車を使うかだ」

 

 ハイヴ。

 

 ラクーンシティに数多く存在するアンブレラコーポレーションの研究施設の1つ。街の10分の1の市民が働く職場でもある。

 他の施設に比べ、地下深くに位置し、研究内容も職員の一部しか知らされていない。一般の職員は事務的な業務がメイン。

 

「何でそんなこと知ってる」

「俺を雇ったクライアントが、ハイヴ内のモノを持ち帰るよう命じたからだ。そのためのルートと脱出法も」

「自分一人だけ脱出するきだったんだな」

「仲間達と行くはずだった。だが、仲間は道中で全員Type-103α型ネメシスに殺された」

「それで一人おめおめと逃げおおせたってわけだ」

 

 この場にいる全員が同じ境遇である。彼への暴言ではなく自分自身に言い聞かせているのかもしれない。

 

「ちょっとまて、Type-103って言ったな何だそれは?」

「人間をベースにした現段階では最強のB.O.Wだ。T-ウイルスによる強靭な肉体と桁違いの戦闘力を誇る。俺がいた小隊はソイツ一体に全滅させられた」

 

 説明中の彼は唇と体を若干震わせている。恐怖と怒り。その両方の感情によって。

 

「一個小隊を全滅させるほどのやつなのか!?」

 

 タイラントタイプのB.O.Wの存在を知らない隊員達はどよめく。

 彼らの知る知能を持ったB.O.Wはハンタータイプがほとんど。そして、そのどれもが訓練された一個小隊を全滅させるだけの力がないのも知っている。

 

 彼の話を聞き頭の中で比較することで容易にタイラントタイプの危険性を理解することができる。

 

「そんなのが街の中に彷徨いてるのかよ」

「出会わなかくて良かったぜ」

 

 タイラントタイプなるものが闊歩していることを知った隊員達は、出会わなかった幸運を喜ぶが、この先街で活動することに対して尻込みする。

 

「ソイツと遭遇したらどうする?」

「まともに戦って勝てる相手ではない。見たら逃げるしかない。と、話が少し逸れたな。ハイヴの場所だがアンブレラ支社ビルから入れる。ラクーン大学の直ぐ側だ」

 

 本社からの指示によって街を裏から支配するアンブレラの支社。早くから状況を察知したことにより、既にビルはもぬけの殻に近い。

 

「来た道をUターンか」

「直ぐ出発するか?」

 

 まもなく二日目の夜を迎えようとしている。夜道を出歩くのは得策ではないが、タイラントタイプをはじめとした多くのB.O.Wと、まだ見ぬ未確認の脅威のことを考えれば、悠長にしている暇はないであろう。

 

「もちろんだ」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 4人一組のスタックを二つ形成し、一同は夜の影が迫るラクーンシティ内を進行する。

 

 隊の違う者同士、初めてチームを組んでいるが、そこは訓練された兵士であるため、即興のチームであっても連携は完璧であり、動きは非常にスムーズである。

 

 周囲の感染者に気づかれぬよう、チームはサイレント主体で動く。多くの装備を身にまといながらも、無駄な音は一切出していない。足音さえ。

 

 移動中は会話することなく、アイコンタクトと手先信号のみ。それぞれがそれぞれの役割を理解しているからこそできる。

 

 戦闘を避けられない状況にあっては、死角からのナイフで一瞬で対処。音だけではなく、光といった視覚情報も感染者達は認識するため、自ら明かりを使うこともない。

 

 奇跡的に感染者としか遭遇しなかった一同は誰一人欠けることなくビルへとたどり着く。ラクーンシティでも一、二位を争うサイズのビルは恐ろしく生物の気配がしない。

 

 正面入り口の両サイドについた隊員達。両スタックのポイントマンが意思を合わせ、クロス突入を行う。後続の隊員もそれに合わせビルへと侵入していく。

 

 受付のある一階ロビーは整った状態を保っていた。血痕や死体といったものが見受けられない。感染者も。

 

『アンブレラ社へようこそ。アンブレラ社は全世界に向けた製薬製造のみならず、様々な分野で皆さんの生活をサポートしています』

 

「不気味なぐらい静かだ......」

 

 その空間は正に異質そのもの。まるで、この場所だけ何事もなかったかのように。

 

 "何もない"社内に響き渡るアナウンスがそれを物語る。本来なら多くの職員と来訪者で会社は賑わいを見せていたであろう。

 

「恐らく全員地下から早々に脱出したのだろう。証拠と共に」

 

 ロビーは一般見学者用と、職員用で入り口が異なっている。社員データを照合して開く扉の先が社員の職場。そのためのコンピューターは粉々に破壊されている。

 

「社員のデータまで隠す必要があるのか?」

「事後検証の際、政府の手が入り職員に繋がる。そこから情報が漏れることを恐れているのだろう」

 

 (監視員)は扉の横の僅かな窪みを引っ張り壁の一部を開く。中には手動入力の数字入力タイプの機械が埋め込まれている。

 

「何をしてる?」

「扉を開くためのもう1つの手段としてのパスコードだ」

「社員データ整合のくせして、番号入力で開く扉とかセキュリティ緩いな」

「普通だったら警備員が常に扉を見張っている上に、あくまでも非常手段だからな」

 

 手慣れた手付きで番号を入力していく。『番号確認......ロック解除』という文字が映し出され、カチッという音と共に扉のロックが外れる。

 

「それも雇い主からか?」

「ハイヴに入るための手段は作戦前から知らされていた。コードが変えられていないことを祈っていたが、通じたみたいだ」

 

 (監視員)を先頭に奥へと進む。彼を警戒してか、先程から事あるごとに先頭へと立たせている。

 それ自体は口頭で伝えられたものではなく、そういった空気からなっている。彼もその事を感じ取り、何も文句を言わずにそれにしたがっている。

 

「ここからエレベーターで移動する」

 

 エレベーターのボタンを押しエレベーターを呼び寄せる。少し狭めのエレベーターは大の男8人が詰め寄るとギリギリの広さ。

 

 ここで再び(監視員)は窪みを引きパスコードを入力する。

 

 それはハイヴへと続かせるためのコードであり、通常ハイヴまで続く階のボタンは存在しない。

 

 入力を終えるとエレベーターは地下20階へと静かに動き出す。移動の間暫しの沈黙が訪れる。

 

 静寂を破ったのは黒人の8人の中でも一際大柄な隊員である。

 

「あんたの雇い主はあんたにハイヴで何をするよう指示していたんだ?」

 

「なぜそんなことを?」

「ただの脱出方法のために連中が秘匿する情報を教えるはずがない。何らかの特別な理由がないわけがない」

 

 それを聞き(監視員)は黒人の隊員の顔を見ると、小さく何度か頷く。そして再び正面を向き口を開く。

 

「受けた指示はハイヴ内のあるものの回収だ。詳細は不明だが、ハイヴの奥にあるソレを街の外に持ち出すよう言われた」

「監視員なのにか?」

「俺も疑問に思った。監視員の仕事ではないからな。他の監視員に比べ俺は監視員としては従順ではなかったからかもな」

「得体の知れないことによく乗ったな」

 

 (黒人)を皮切りに、それまで沈黙していた隊員達も話に加わる。

 

「あとは見返りが良かったからだな。たったそれだけで連中は20万$支払うと言ってきた」

「作戦の成功報酬丸々の金額だ」

「俺達の倍貰えるとしても俺はごめんだな」

 

 談笑混じりの会話に8人間の空気が少し和らいだ感じとなる。元々仲間同士であり、こうして生き残り合流したのも何かの縁。歪み合う必要などどこにもない。

 

「......そろそろ着くな」

 

 階の表示はBF20階を示す。エレベーターはピタリと泊まり、静かに扉が開かれる。

 

 開かれた扉の先の光景に一同は息を飲んだ。

 

 扉の先には死体の山が築かれていた。スーツ姿の者。白衣の者。警備服の者と。死屍累々。エレベーターの前から目に入る至るところに。

 

 慌てふためいてハイヴに流れ込んだ様子というよりは、"意図的に集められた"ように見える死体の山。

 

 全ての死体に総じて言えることは、身体中を引き裂かれ、一部を大きく食いちぎられている。今のところ起き上がる気配はしないが、この中を歩く気にはなれない。

 

「これは一体どういう状況なんだ......」

「ハイヴの職員も、会社の連中も皆いるんじゃないのか?」

「この中を進みたくはないぜ......」

 

 全員が後戻りを考えた矢先に異変は起こる。

 

「な、何だ!?」

 

 大きなは地響きと共に、その場に立っていられないほどの揺れが起こる。揺れの影響かエレベーターの上方が落盤し、岩石とともにエレベーターの天井が落ちてくる。

 

 8人はそれに気づくと速やかにエレベーターの外に出た。

 

「全員無事か?」

 

 負傷者を出すことはなかったが、落盤によりエレベーターは二度と使えなくなった。

 

「......どうやら進むしかなさそうだ」

 

 8人は死体の山道の方に向き直す。地上から遠く離れた地下へと閉じ込められた8人。彼らの進む先には果たして、"何があって何がいるのか。"

 



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Mission report15 PM18:00i

Mission start from two days later&six hours.

The U.B.C.S. members Breach the HIVE.




 27days 17:30

 

「これで前に進むしかなくなったな」

 

 落盤に巻き込まれたエレベーターを見て諦めたように首を横に振る。

 

 落盤が起きたのはエレベーター付近のみであり、死体の山が広がるエレベーターホールは健在。ひび割れ等は見当たらず今のところ崩落する危険性はなさそうである。

 

 積み重なる死体の傷口は、どれも自然に出来たものではない。かといって感染者や既存のB.O.Wとも思えない。もっと大きな別のナニか。

 

「コイツらが起き上がる前に安全な場所を見つけた方が良さそうだな」

 

 現状で死体が動き出す素振りはないが、これまでの活動において死体の再活動には個人差があることは、既に判明している。

 自分達が目撃した限りでは少なくとも死後3時間以内には成り果てた姿のモノになっていた。ここにある死体は血液の完全な凝固状態からしてそれ以上の時間が経っている。

 

「ルート案内は任せる」

 

 今は収まっている地盤の崩落も、いつ再開されるかわからない。後戻り出来なくなった以上この場に留まる理由もない。

 

「内部の構造が情報通りなら、素直に下に進んでいけば地下プラットホームまでたどり着ける」

 

 (監視員)は、何事も無かったかのように平然と歩き出す。後に続くU.B.C.S.隊員達の顔を汗が伝う。冷静さを平常心を装ってはいるが、身体は正直なのだ。

 

「それにしたってこの死体の山一体何なんだ? 自然に集まったわけがないよな?」

「まるで何かのエサ場だ」

 

 墓場ではなくエサ場と表現されるエレベーターホール。無造作に積み重ねられた死体の見方によっては確かにエサ場。食料の保存庫である。

 

「それに関しては未知の領域だ。既存のB.O.Wに死体を一ヶ所に集める性質を持った個体はいない。偶発的な二次災害だろう」

 

 時折U.B.C.S.内でも二次災害については幾つかの報告例があった。その場所その地域に生息する生物が何らかの形で感染し、大きな被害をもたらしてきた。

 

 B.O.Wの一体、リッカーがそれに近い。元々は感染者の突然変異体。当時のアンブレラも予期していないことであり、リッカー発生当初は、研究が確立されるまで猛威を振るった。

 

 しかし、二次災害が後々の研究に貢献していたのも事実。

 

 リッカーを人為的に造り出す動きを見せたほか、植物にも作用することを掴んだアンブレラが、他の生物と植物を融合させたという話も聞きしに及んでいる。

 

「この崩落も恐らく自然に起きたものではない。一体どんな個体かは知らないが、ソイツの仕業だろう」

 

 一連のことをUNKNOWN個体の仕業であると結論付ける彼。その顔は他の隊員達のような生理的反応もなく、心理的にはとても落ち着いている。

 

「随分と落ち着いているな」

 

 他の隊員からすればこのような異常事態に、なに一つ揺るぐことのない彼は少しは異常に見えるのだろう。

 

 どれだけ訓練されていても、精神的ショックや動揺等は必ず出てくる。一握りの特殊部隊員も例外ではない。彼らはそこから這い上がる逆境や、踏ん張る力が一般兵士よりあるだけである。技能もそうだが、精神面が常軌を逸脱しているのが特殊部隊に求められる素養なのだ。

 

 そういった意味では、生き残っていながら自分を保ち続けている彼らもその領域に達していると言える。

 

「監視員をやっていればこういった事態に遭遇することはよくある」

 

 U.B.C.S.設立当初から所属する古株の彼は、何度もこう言ったことに遭遇しているのだろう。未知の存在への対処が彼をここまでのものにした。

 

「だからといって慢心しているわけじゃない。こっからは常識が更に通用しなくなる。ソイツらを退けるには、自分の知識技能は勿論だが、臨機応変の対応が必要以上に求められる。今日までの経験なんて宛にならないぐらいにな」

 

 それが出来るからといって生き残れる訳でもない。現に彼は部隊をネメシスに全滅させられている。出来ることをやったからといってそれが全て最良の結果に繋がるとは限らない。

 

「この扉を越えた先からは頭を真っ白に、一度リセットしないといけないってことだな」

 

 エレベーターホールの奥、ハイヴ内部に繋がる金属製の扉の前で立ち止まる一同。

 

 ハイヴ内部に突入する前に一同はACEリポートをし、装備に異常がないかを調べ、弾薬を均等に再分配する。

 

「開けるぞ......」

 

 扉は電子ロック式になっており、彼がコードを入力していく。

 

 金属製にしてはやけに軽い音と共に扉が開かれる。

 

 開かれた扉に対して、ハイローポジションをとるなどして一同は警戒体勢をとる。

 

 扉の先は会社の一室を思わせるような、デスクトップが幾つも設置されている部屋になっていた。どうやら、数ある研究内の職場における事務室的な場所のようだ。

 

 書類や椅子や机といったものが転倒しているが、それ以外を除き比較的部屋の状態そのものは良好のようだ。

 

 血糊や死体等も見当たらない。

 

 ここで安心しきって殺られた者達も数多く、自分達も仲間がそうなったことを、その目で確かめてきたこともあり、室内に突入後彼らは隅々まで室内を検索した。

 

 人が入れなさそうな隙間から引き出しや冷蔵庫の中身まで何から何を。

 

「セーフティエリアとして設定出来そうだ」

 

 隈無く検索が終了したことで一同は部屋の中心に集まった。

 

「ここを一先ず拠点としよう」

 

 室内に突入した際、最後尾の者が扉が閉まるのを確認したのち、電子ロックを銃床部で何度も殴打し、向こうから扉が万が一開くことのないように処置をした。

 

「これがハイヴの地図だ」

 

 彼が部屋にあったハイヴの全体図を床に広げる。

 

「ここが俺達のいる現在地。各層ごとに別れており、それぞれLevel1~5になっている。下に行くに連れて研究内容の機密性が上がっているようだ。このLevel1フロアは全体的にハイヴ全体的の事務処理を担っているみたいだな」

 

 Level1 Office&Security area.

 

 Level2 Storage area.

 

 Level3 Experiment areaⅠ.

 

 Level4 Experiment areaⅡ.

 

 Level5 Experiment areaⅢ.

 

 このように分けられているハイヴの内部。逆三角形のような内部構造であり、各層ごとの詳細は表記されてある通り。それぞれ10を越える部屋がある。

 

 下に降りるには道が1つしかない一本道となっている。

 

「ここからツーブロック先の部屋から下に降りれるわけだな」

「目的のプラットホームは最下層なのか?」

「あぁ、平時では各層での研究成果を運び出す役割をしている。表では人目につくためらしい」

 

 地下研究所で製作されたものは最重要機密であり、人目につくのは避けたいアンブレラ側の計らいのようだ。何かにつけてアンブレラの不祥事を掴もうとする輩が後を立たないため。

 

 急成長した企業には何かと黒い噂等が絶えない。そういったものを食い物とする記者も大勢おり、アンブレラも例外ではなかった。ライバル企業等からの産業スパイも危険だ。

 

「ただ、1つ面倒な事がある」

「何だ?」

「下に降りる為の道はエスカレーターのようになっているらしいのだが、そこに行くためにはパスコードがいる」

「雇い主からの情報があるだろ?」

「ハイヴの機密性を保持するためコードは毎日数時間起きに更新される。そのコードも指定された部屋のみでしか手に入らず、コードの入力は各部屋から送信しなければならないようだ」

 

 このような設備は今に始まったことではなく、アンブレラの息の掛かる各施設においても同様の面倒な仕様が取り組まれている。

 

「毎日出勤するのも一苦労なんだな」

「それだけ外部に漏らしたくないことがあるのだろう」

 

 機密面ではそれなりに気を張り巡らしているアンブレラだが、どこかその方向がおかしい気がするのは恐らく間違ってはいないであろう。

 

「何人かに別れて別行動をとるか?」

 

 8人とキリの良い人数であるため、余りが出ることはない。

 

「部屋の数も多い。二人一組を四つに分けてそれぞれ各部屋の捜索に当たろう」

 

 安全性よりもスピードを求め、二人一組に分かれる隊員達。

 

「警備室に丁度人数分の無線もあった。何かあれば各自無線で報せろ」

 

 チョッキのモールに無線を引っ掛け感度確認を行った後、各バディは別々の部屋に繋がる扉へと向かった。

 

「ここまで来たんだ誰1人欠けることなく脱出しようぜ」

「パスコードを入力したら直ぐにこの場に戻って来るんだ」

 

 あと一息。誰もが脱出が手の届く範囲になったことに喜ぶ。しかし、焦りは禁物。脱出が目の前になったことで心に焦りが生じる可能性がある。

 

 焦りは綻びを生み、綻びは死となる。

 

 深呼吸をし、心を落ち着かせる。体はホットに頭はクールに。

 

「よし、散開!」

 

 一斉に別々の部屋の進んでいく隊員達。果たして何人が生きこることができるのだろうか......

 

 

 U.B.C.S生存者20名。死者100名。

 

 

 

 




ちょっと短めです。

ここからはゲーム視点のような一人称メインで行こうかと思います。

アウトブレイクのキャラがU.B.C.S.になったようなイメージです。ただ、モブとかはバディ以外いなかったり。

前書きは本編バイオのような表記を意識したのですが、英語全く出来ないから言い回しとか何も出来ない。ただ単語並べただけです。


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Mission report16 PM18:00i

「これでもないか......」

 

 顕微鏡から眼を離し頭を悩ませる生き残ったただ一人の医師。彼を除く古手の、ベテラン医師達はこぞって医療の現場で殉職した。皆職務を全うすべく、一人でも多くの人命を救おうと尽力したが志し半ばであった。

 

 大学を卒業したばかりである彼は、そんな現場においてはサポートする立場であった。研修を終えていない彼に現場を任せるには荷が重すぎた。

 

 それ故に生き残ることができたのかもしれない。

 

 急患で運ばれてきた患者達が、次々とゾンビとして病院への脅威となったのは彼が薬品を取りに倉庫に行っている間であった。

 

 何が起きたのか状況を確かめる暇もなく、病院は死者の巣窟となった。

 

 次々と餌食になっていく同僚や先輩医師達を目の当たりにし、彼は自然と足がすくんでしまいその場で踞ってしまった。

 

 どれぐらい時間が経ったのか分からないほど小さくなりながら恐怖に震えていた。

 

「見つからないでくれ」と何度も何度も願かけていた。

 

 騒動がある程度、ほとぼりが冷めた頃を見計らって彼は倉庫から警備室へと移動した。そして再び部屋に閉じ籠った。

 

 時たま生存者が病院を訪ねてきてはゾンビに襲われる現場を何度もカメラ越しに見ていた。見ていたが彼は何もすることはなかった。

 

 その時彼は心の中で「自分でなくて良かった」と思っていた。

 

 人を救うべき立場の自分が、こんなことを思ってしまったという事実に自己嫌悪を抱くが、直ぐにそれは失せてしまった。自分にはどうすることも出来ないと。仕方のないことだと。自分に言い聞かせていたからである。

 

 そんな彼が医者を志したのも大した理由も大義もなかった。

 

 昔から勉強ができ、常に周りから一歩抜き出た存在であった。親も自慢の息子だと周りに言い張り、学校でも誉められなかったことがなかった。

 

 常に名声がついて回った彼は、より多くの人間からの称賛の声を受けるべく、医者という道に進み始めた。

 

 当然周りからの反対もなく、志望校にも満点合格という何もかも順風満帆に進んでいた。

 

 そして研修医として配属された矢先に今回の一件である。

 

 器の小さい自己陶酔に浸りたいがために医者となった彼が、現場で役に立つはずもなく、今日までに至っている。

 

 自分より成績が劣っていた同期の研修医達は、皆医者として最期まで現場で働いていた。最も期待されていた彼は自ら現場ではなくサポート側に雑用に回っていた。

 

「先生、あまり無理をなさらないように」

 

 頭を悩ませる研究員に優しく接する若い看護師。彼女も研修医とほぼ同時期に配属された人物。

 

「止めてくれ。俺は医者でも何でもない。ただの学生さ」

 

 これまでの自らの立ち振舞い等から研修医ですらなく、所詮自分は学生止まり。「周りからちやほやされたいだけの子供でしかない」と卑屈になる。

 

「いいえ、こうしてワクチンの開発に尽力している貴方は一人の立派な医者です」

 

 そんな研修医の気持ちも知らずに労いの言葉を掛け続ける看護師。

 

「俺が同期や先輩医師達を見捨てこそこそと隠れていたとしてもか? 子犬のように惨めに怯えていたとしても医師として見れるのか?」

 

 疲労と後悔から自虐に走る。今の彼は労いの言葉を掛けられるよりも自分を責めてくれる相手を求めている。

 

「たとえそうだとしても、それは誰にも責めることはできません。私も貴方も一人の人間です。職務を全うしなければならないかもしれませんが、それが自分を犠牲にしていい理由にはなりません。だからといって亡くなった先生達の行動を非難するつもりもありません」

「大衆はそうは見てはくれない。研修医であっても応召義務云々を問われるさ。それに俺は持ち場を放棄したのだから」

 

 医療従事者や軍人といった人種は、どうしても非常時に際し、自己よりも第三者を優先する必要がある。

 こうした事態において、専門的知識を有する立場の者は、そういったモノを持たない者達を救助するのは当然なようになっている。

 

「過去を変えることはできません。私達に今できることは最善を尽くすことです。それに私は、本当に貴方がどうしようもない人でしたらこうしてワクチン開発に尽力するとは思えませんから」

 

 研修医にとってワクチンの開発など気紛れ。罪滅ぼしぐらいにしか思っていない。

 

 ここ数時間で死への恐怖、自らが死に近づいていると感じている彼は、死の前に僅かながらでも罪を軽減できないかと考え行動に至っていた。

 

「お取り込み中だったか? 悪いが直ぐに来てくれ」

 

 研究室の扉を勢いよく開けたのはU.B.C.S.の隊員。銃を携行し少し慌てたようにしてる様から何かあったことは間違いないだろう。

 

「どうしたんですか?」

「部屋の窓から外を眺めていたら生存者の一向がこっちに向かってきてな。問題はお連れが大分いることだ」

 

 彼の言うお連れとはゾンビ共のことを指しているのだろう。研修医はこれ以上人員を増やすのは気乗りではない。蓄えていた非常食も残りが少なく、余裕がないからである。

 

 しかし、U.B.C.S.と看護師は救出に乗り気であった。

 

「手を貸してくれ。裏口から彼らを中に入れる」

 

 物資の調達用に確保した裏口。既にゾンビ共は掃除されており安全である。

 

「彼らが中に入るまで俺達が連中の相手をする。あんた達は全員中に入るまで出入り口を確保しておいてくれ」

 

 裏口に向かいながら一連の流れを説明する隊員。出入り口の確保を任された看護師と研修医に拳銃と弾倉を手渡す。

 

「いいか。合図をしたら扉を開けてくれ」

 

 裏口までたどり着いた彼ら。二人はU.B.C.S.からの合図を待つ。外では生存者による発砲音がしている。丸腰の手ぶらというわけではないようだ。

 

「よし、行くぞ」

 

 研修医と看護師が両開き扉を開け外に出ていく4人の隊員。正面入り口に向かう。正面から裏口には迂回しての移動となるため、道中の脅威を排除していく。

 

「こっちだ!」

 

 俊敏な動きで正面まで回り、生存者達の誘導を開始する。突如現れた兵士に戸惑うも、生存者達は直ぐ様彼らの誘導に従う。

 

 二人が生存者達の後方を継続的な射撃で安全を確保。一人が合流地点で手を振り続け、残りの一人が来た経路を、リア警戒にあたる。

 

「お前で最後だな」

 

 生存者の最後尾に対して最後であるかどうかの確認を行う。

 

「はい!」

 

 確認が取れたところでリア警戒をしていた隊員がポイントマン、先頭員となり、合流地点にいた隊員が生存者達の後方の安全を確保していた二人にスクイーズを送る。

 

 後退しながらも継続的に射撃を行い、裏口にゾンビ共が押し寄せてこないようにする。

 

 絶え間ない射撃音に緊張する看護師と研修医。そのため物陰の奥からゾンビが接近していることに気づいていなかった。

 

「先生危ない!」

 

 手と手が触れる位置に来てはじめてゾンビの存在に気づいた二人。

 

 ゾンビは研修医に襲い掛かろうとするが、その前に動いた看護師が研修医をはね除けることど研修医は無事であった。

 

 だが、はね除けた看護師が代わりにゾンビに押し倒されてしまった。必死に押し退けようとするがゾンビの方が力が勝っており、看護師は首筋を噛まれてしまう。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 研修医はどうすること出来ず看護師が首を噛み千切られる光景を眺めていた。

 

 裏口に戻ってきたU.B.C.S.が二人の異変に気づいたときは既に遅かった。直ぐ様AR-15でゾンビの頭を撃ち抜いたが看護師は右総頸動脈をやられ危険な状態だった。

 

 動脈をやられたことで血圧に合わせて血が流れ出る。

 

「何してる! あんたが止血しろ!」

 

 隊員はポーチからエマージェンシーバンテージを取り出し座り込む研修医に指示する。

 

 隊員が止血をしないのは現場の安全化がなされていないからである。

 

 戦闘中の医療行動の基本は脅威の排除である。

 

 隊員の怒号に近い指示を受け研修医は圧迫止血を開始する。

 

 看護師の左腕を上げ、バンテージを当て、左脇から背中を通るように、コンプレッションバーに通し、折り返し、グルグルと徐々にきつく巻いていく。

 

 最後はクロージャーバーで包帯を止め、上げていた腕を下ろし自分の力で圧迫させる。

 

 しかし血は止まらず流れ続ける。次第に出血量は減少するが、それは循環に必要な血液が不足し血圧が低下しているからである。それによってショック状態に陥る。

 

「ダメだ......喀血している上に呼吸も浅く早くなっている。脈も触知できなくなってきた。気道も確保できない。バンテージの袋を使って空気塞栓は防いだが、血腫や血液が気管内に入って気道閉塞を引き起こしたかもしれない」

「何とかするんだ!」

「どうしたんだ!?」

 

 残りの隊員達も直ぐに看護師の異変に気づいた。

 

「噛まれたのか!?」

「エアウェイとか持ってないのか?」

「そんないいもんは支給されていない」

「ここにはバッグマスクもない......急いで手術室に運ばなければ!」

 

 最後の隊員が中に入り急いで扉を閉める。ある程度ゾンビは排除さたことにより裏口に押し寄せてくることはないだろう。

 

「急いで運ぶぞ!」

 

 一人がファイアマンズキャリーで看護師を運び、残りの隊員達が避難してきた生存者達を誘導する。

 

「急いでいるところ申し訳ありませんが、私は別の病院で外科医をしているものです。そちらの看護師さんの治療を任せては貰えないでしょうか?」

 

 30代後半の男性が搬送中の隊員に声をかける。

 

「責任者は俺じゃないそっちの先生だ。先生! こっちの生存者が外科医で治療したいそうだ!」

「外科医なら願ったりだ! 是非とも頼みます!」

 

 階段を上りながらやり取りをする二人の医者達。話の内容が内容なだけにU.B.C.S.隊員達はさっぱり理解できない。

 

 理解できているのは看護師が緊急をようする事態(ロード&ゴー)であることだけである。

 

「気道閉塞を起こしているなら直ぐに処置しなければ......。輸液と輪状甲状靭帯穿刺の準備を直ぐに! 3mLの無菌生理用食塩水を入れた10mLのシリンジを14~16ゲージの静脈内カテーテルをつけて下さい! ジェット換気装置とヨード剤を含んだ消毒液を忘れずに!」

 

 移動しながらも外科医と名乗った生存者は研修医に的確に指示を出していく。その間研修医は「これが本物か」と惚れ惚れしていた。自分が目指すべき姿がそこにあった。

 

「大勢を助けるために一人を犠牲にしちゃ後味が悪すぎる」

「先生方頼むぜ!」

 

 手術室に看護師を運び終えた隊員達も外科医の指示の下サポートを始める。

 

 彼らはゾンビに噛まれたらどうなるのか知っているが、それでも彼女を救おうとするのであった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 同時刻。Front street of R.P.D

 

 輸送車両の確保に来ていた4人は思わぬ襲撃により、近くの建物内に避難していた。

 

「なんたる仕打ちだ! 犬好きの俺に犬を殺させるとは!」

 

 襲撃者の正体は感染した警察犬、ドーベルマンであった。しかし、咄嗟に襲撃者を感知した隊員によって全員無事であった。

 

「なら犬にムシャムシャされたかったか?」

「あれを犬と思えるのがスゴいな」

 

 感染したドーベルマンは本来の姿とは掛け離れている。皮膚はただれ落ち所々骨が剥き出しになっており、白濁した眼はゾンビ達と同じである。

 

 感染したことにより、より獰猛で攻撃的になっているため、再調教は不可能であろう。

 

「これからどうするの? 車両の周辺には犬が溢れているわ」

 

 感染したことによって嗅覚を失ったのか。獲物を見失った犬は車両の周囲を徘徊している。それを彼らはスーパー内で見つめる。襲撃してきた個体はその場で倒したが、どんどん数が増え、今では10頭近くいる。

 

「さっきの狂暴性から見るに、あれを10頭まとめて相手にするのは厳しいな」

 

 何か方法はないのかと考える彼らの背後から物音がした。音源はカウンターの奥。小さな何かが動いた音だが極度の緊張状態の彼らはその音を聞き逃さなかった。

 

 瞬時に音のした方向に銃を構えゆっくりと近づいていく。

 

 カウンターの奥に続く扉は閉まっており確認するには扉を開ける必要があった。

 

「開けた方がいいか?」

「ゾンビと犬の挟み撃ちはごめんだ」

 

 男性警官が引き扉のドアノブに手をかける。背の高い方のU.B.C.S.隊員が頷き警官が扉を開ける。

 

「まっ、待ってくれ! 撃たないでくれ!」

 

 扉の奥から現れたのは一人の小太りした警官であった。

 

「ハリー! 生きていたのね! エリックとエリオットは?」

 

 婦警が現れたハリーという名の警官の元に寄る。残りの三人も警戒体勢を解いた。

 

「二人ともダメだったよ。準備は上手くいったんだが、最後の最後で二人とも......」

「お前はエリオットと一緒にエリックの護衛についていたんじゃないのか?」

 

 男性警官が詰め寄る。小太りした警官に詰め寄る。気が弱いのか、詰め寄られた警官はぶつぶつと、うつむきながら答える。

 

「予想以上に数が多過ぎてどうしようもできなかったんだよ......」

「じゃあ、爆破は失敗に終わったのか......。くそ! レイモンド達の動向も気になるのに」

 

 小さく舌打ちし不満をこぼす男性警官。どうやら小太りした警官は何かの作戦に従事していたがそれが失敗に終わったようだ。

 

「身内話はそこまでにして、一人増えたってことは余計に行動に影響が出るってことだ」

 

 ここまで少数で行動してきた彼ら。彼らの立てたプランはあくまでも彼らだけの内容であり、ここにきて人員が増えることは予想などしておらず、彼をどうするの考える必要が出てしまった。

 

 この作戦に役に立つかどうか。

 

「見ての通り気の弱い警官だ。警官になれたのが信じられないくらいにな」

「そんなこと言う必要はないでしょ」

「こいつはエリックとエリオットを見捨てずっと隠れていたんだぞ!」

「彼は無理やり作戦に加えられたのよ」

 

 ここにきて警官達は口論を始める。今そんなことをしている場合ではないというのに。

 

「喧嘩は止めろ」

 

 隊員二人が間に入って仲裁を行うが、男性警官は腹の虫が収まらないようだ。

 

「兵隊さん、こいつは足手まといになるだけだ。ここに置いて行こう」

「ローズ!」

 

 彼らの口論は予想以上に大きな声で行われていることに誰一人気づいていない。その大きな声が外にいるモノ達の耳に入っていたことも。

 

 黒い影がスーパーの窓ガラスを突き破ってきた音で5人は我に帰った。

 

「最悪だ」

 

 背の低い方の隊員が呟いた。窓ガラスを突き破ってきたのは先程自分達を襲ったドーベルマンであった。

 

 ドーベルマンは彼らを見つけると低い唸り声をあげ彼らに向かって突進しだす。

 

「な、なんだよあれ!」

 

 小太りした警官ははじめて遭遇したゾンビ犬の姿を見て悲鳴を上げる。

 

 一匹の突進を皮切りに次々とスーパーに突入してくる犬の集団。何匹かは勢いあまって商品棚に激突し棚と陳列されていたパン等の商品を転倒させる。

 

「奥に行くんだ!」

 

 背の高い隊員が叫ぶ。全員が一斉にスーパーの奥へ急ぐ。

 

「俺は大人しい犬が好きなんだ!」

 

 背の低い隊員が持っていたAK-47の銃床で飛び掛かるゾンビ犬を横から殴り付ける。

 

 キャンと犬らしい鳴き声を上げ吹き飛ぶ。しかし致命傷ではないため直ぐに立ち上がる。

 

「くそったれ!」

 

 奥の部屋に入り扉を閉める。閉められた扉に寄りかかるゾンビ犬。口から出される白い息と涎。見た目と相まってその醜態に気分が悪くなる。

 

「今のうちに車両に行くぞ!」

 

 奥の部屋に窓を開けそこから外へと出る5人。駆け足で車両に向かうも、5人が外に出たことに気づいたゾンビ犬達も後を追う。

 

 ゾンビ犬へと成り果てたとはいえ、犬本来の脚力は失っておらず、距離はあっという間に詰められる。

 

 5人の中でも婦警と小太りした警官は足がかなり遅かった。ゾンビ犬達は先ずはじめに二人をターゲットにした。

 

「もっと早く走れ!」

 

 前を行く三人はチラチラと後ろを気にしながら走る。そして二人が追い付かれことを目にする。

 

「先に行け!」

 

 男性警官と背の低い隊員にそう告げた背の高い隊員は、その場でニーリングの姿勢をとりゾンビ犬に照準する。

 

「も、もうだめだ」

 

 転んだ小太りした警官に飛び掛かるゾンビ犬だが、背の高い隊員が発砲したことにより、ゾンビ犬は食いつくことなく小太りした警官の上で絶命。

 

 だが第二、第三のゾンビ犬が迫り来る。

 

「死に物狂いで走れ!」

 

 照準を保ちながら大声を出す隊員。次は婦警に接近するゾンビ犬に対して射撃を行う。

 

 猛スピードで走るゾンビ犬の頭部を的確に撃ち抜いていく。

 

 二人は隊員の行動によって命を助けられる。そんな二人もようやくニーリングする隊員の横を通過した。

 

 隊員は二人とゾンビ犬の距離を稼ぐためその場に残りながら射撃を継続する。

 

 先程までは二人に目掛けて飛び掛かった目標であったため、精密射撃(アイボールシューティング)できたが今は残りの8匹が自分に向かってきているため概略照準射撃(フラッシュサイトシューティング)に切り替える。

 

 文字の通り概略照準による急射であるため命中率はあまりよくない。当たったとしても足や胴体といった一時的に動きを止める程度であった。

 

「そろそろヤバイな」

 

 ゾンビ犬と自分との距離が縮まってきため、隊員は立ち上がり銃口を上向きにするレディガンの姿勢をとり、4人の後を追う。

 

 先に走っていた二人は輸送車両に到着残りの3人を待ちながら車両周辺のゾンビを撃退していく。

 

「おいあんた車両のエンジンを入れてきてくれ!」

 

 男性警官にトラックをいつでも動かせるように、準備するように指示を出す隊員。

 

「あぁ......くそっ! キーがない!」

 

 しかし、男性警官は腰につけていた車両のキーがないことに気づく。

 

「何してんだ! どこにやった!?」

 

 ポケットの中等を手探りで探すがキーを出てこない。どうやら走っている最中に落としたようだ。

 

「おい! お前達そこら辺に車のキーが落ちてないか!?」

 

 二人に聞こえるように声を張り上げキーを探すように伝える。

 

「なんだって?!」

「車のキーが落ちてないか見てくれだって」

 

 その場に立ち止まる二人。

 

「あ、あれのことか?」

 

 小太りした警官が指差す方向、前方3mぐらいのところに銀色に光る鍵らしきものがあった。

 

「きっとあれよ」

 

 鍵を見つけると再び走り出す。

 

「俺が拾うからリタは先に行って」

 

 婦警を先に行かせ鍵を拾う小太りした警官。拾った鍵を落とさないようにギュッと握りしめる。

 

「キーは?」

「ハリーが拾ってくれたわ」

「あんたは先に乗れ」

 

 先にたどり着いた婦警を車両の中へと入れるべく、引き戸を開ける。

 

「ノー! ジョンソン!」

 

 遅れてくる隊員の援護をしていた隊員が叫んだ。

 

 ほんの一瞬目を離した時のこと、車両周辺のゾンビを撃退した後のことだった。

 

 婦警と小太りした警官を先に行かせるために残った隊員の脹ら脛をゾンビ犬の牙が捕らえた。

 

 痛みでその場に転倒した隊員の体に食いつくゾンビ犬。両手、両足、脇腹を頸部に牙が食い込む。抵抗のため転げ回るがゾンビ犬は牙を離さない。

 

 やがてもがく動作が弱くなってくる。そして遂に隊員は動かなくなった。

 

「そんな......」

 

 助けられた婦警も隊員の死にショックを受ける。残された隊員もふつふつと込み上げる怒りと悲しみを感じていた。しかし感傷には浸らず直ぐに車両に乗り込む。

 

「ハリーまだエンジンは掛からないのか!?」

「それが全然掛からないんだよ!、クラッチを踏んでも何をしても!」

 

 キキキと音は鳴るがエンジンがかかる気配はしない。更に銃声がより多くのゾンビを車両周辺に集めることになっていた。

 

「まずいわ。どんどん集まってくる」

 

 車窓から見えるゾンビの集団が運転席の警官を余計に焦らせる。

 

 このままではトラックの中で孤立無縁状態になってしまう。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

 銃を置き外に出る隊員。両手で車両の後部を押し出す。それを見た男性警官も隊員と同じようにトラックを押す。

 

「リタは中にいろ」

 

 婦警も外に出て一緒に車両を押そうとするが男性警官に制止させられる。

 

 火事場の馬鹿力。

 

 緊急事態に際して二人の力は常時を越えたものを発揮。それによって1トンを越える車両は動き始めた。それと同時に掛からなかったエンジンも掛かった。

 

「やった! エンジンが掛かったよ!」

 

 エンジンが掛かったことに喜ぶ小太りの警官。しかし、後ろに乗っていた婦警は喜んでいなかった。

 

「ローズ! キースさん! 後ろ!」

 

 車両を押し出していた二人の背後には、銃声に呼び寄せられたゾンビの姿があった。既に二人とも肩を掴まれていた。

 

「立ち止まるなよ! そのまま行け!」

 

 開いていた車両の扉を閉める。最後に婦警が見た二人の姿は、大勢のゾンビに噛みつかれながらも車両を押し続けるといった凄惨なものであった。

 

 




外科医の人が出てきましたが、私は医療関連の知識が無いので資料を参考にしながら描写したのでかなり間違っているところもあるかもです。

あと後半の方でちらっと名前を出しましたが一部はオリキャラですので。


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Mission report17 PM19:00i

 三人の殉職者を出すも無事に窮地を乗り越え、脱出用の車両を入手した生存者達。

 

 しかしながら、ほんの数分前まで何気なく会話を交わしていた人物が突然この世から去るという事実は、生存者達にとって耐えかねないほど辛い現実であり、受け入れるにはある程度の時間を要する必要があった。

 

「ところでこの車はどこに走らせればいいの?」

 

 ゾンビとゾンビ犬の集団から大分離れた位置で車両は一時停止。運転席にいた小太りの警官が、運転席の後方車窓から車両後部に佇む婦警に問いかける。

 

「......」

 

 しかし、婦警は呆然と閉められた扉を眺め続け声に反応しない。

 

 特別親しい間柄ではなかったにしろ、同じ職場の同僚で今日まで生き残り手を取り合ってきた仲間の死が、残酷な現実として重くのし掛かっていたのだ。

 

 解りきっていたこと。そうなる可能性がなかったわけではない。そう認識していたはずなのに受け止めきれていない。

 

 考えるだけと実際に体験するのでは天と地程の差があるのだと改めて実感。

 

「あと、二人はどうしたんだい?」

 

 運転席で車両の始動にばかり気を取られていた警官は、二人の身に何が起きたのか知るよしもなかった。

 

「......警察所よ。そこで私達の帰りを待っている人達がいるわ」

 

 扉を眺めながらようやく返事をする婦警。そこに二人に対する返答はない。

 

「......そうか」

 

 哀愁が含まれた小さな声と、二人に対する問い掛けの返答が無いことに全てを察した運転席の警官。それ以上彼が後部に座る婦警に声を掛けることはなかった。

 

 二人の警官の心中は様々である。

 

 停めていた車両を再び走らせ、警察署へと向かう最中の運転席の警官は、「自分のせいではない」と必死に自分に言い聞かせていた。

 

 あの場で自分に何ができた? あのときもそうだ。二人が懸命に爆破の準備をしてやられた時も。

 

 自分は射撃が得意ではない。小太りで運動も得意ではない。だけど、あの作戦に無理矢理参加させられたけど、心のどこかで自分も活躍出来るのではないのかと思っていた。

 

 冴えない警官の自分が英雄的な活躍ができのかもと、自分に期待していた。

 

 けどやっぱり出来なかった。僕が活躍できるわけがなかったんだ。あの大群のゾンビを前に何も出来なかった。結局自分の容量を越えることは出来ないのだと悟った。

 

 今回もそうだ。二人が死んだのは決して僕のせいではない。だからといって二人の死を嘲笑いはしない。二人は僕と違って英雄的な行動で命を落とした。それは誇られることであって卑下にされるものではない。

 

 僕は臆病で弱虫でひ弱だ。僕にそんなことは出来ない。なら、僕は僕の出来ることをする。車両を走らせ警察署に向かうだけの簡単んなことかもしれない。けど僕はそれでいいんだ。

 

 彼は彼なりのやるべきことを、出来ることを見出だし、割りきった感じを見せる。一方で婦警は未だに割りきれていない、納得がいかない様子だ。

 

 いつもそうだった。何かある度に女だから、現場の危険な状況から外されていた。覚悟を決め警察になったのに。一番悔しいのは誰かが傷つき倒れた時にその場に私がいれないこと。苦楽を共にするはずの仲間から外されることだった。

 だから車両の件を任された時は嬉しかった。初めて皆の為に役に立てる時が来たのだと。私だって戦えるのだと証明できるのだと。

 

 なのに......ローズ、キースさん。何故なの? 何故私に頼もうと手助けを求めなかったの? そんなに私は皆の足手まといなの? 自分一人だけ助かるぐらいなら私は......

 

 片や、自分と見つめあい自分を知ることで、自分が成せることだけを追求する者。

 

 片や、自分の成すべきことより仲間と運命を共にすることを追求する破滅的な願望をもつ者。

 

 両者とも自身の胸の内を明かすことはない。

 

 どちらが正しいのか。それは当人にも第三者にも解り得ないこと。結果に基づき過程は評価される。最善と思えたことが最良で無いことなど多々ある。

 

 彼らには、この先も辛く厳しい現実が待っているであろう。困難な現実にどう立ち向かっていくのか。彼らの選択の結果は果たして......

 

 

 ◆◆◆

 

 時は少し遡り、警察署内。

 

 4人を送り出し、彼等の帰りを待つ残りの生存者達は「まだか......まだか......」と心待にしていた。

 彼等だけが脱出の要であり、こうしている間にも、生者を求めて警察署に詰めかける死者の軍勢。

 まるで、命に引き寄せられるかのようにどこからともなく現れるそれらに対して、生存者達は身を寄せ合い震えることしかできない。

 

「奴ら獣並の嗅覚でもしてるのか? 次から次へと......」

 

 木材を組み合わせ、封鎖された窓の隙間から外の様子を伺う警官が吐露する。

 見た目も損傷が激しく、五感のおおよそが機能していないであろうゾンビ達が、生存者を探知することに対する正直な感想である。

 

「ここ数時間発砲はしていない。少なくとも銃声で集まっていることはなさそうだ」

「生前の記憶でもあるんじゃないか?」

 

 一人、また一人と口々に呟き始める。

 

 警察署に立て籠りはや二日。厳重に封鎖したとはいえ、無数のゾンビの軍勢に、バリケードはいずれ破られるのではないのかという不安が沸き上がる。

 

「連絡はまだなのか?」

「あぁ、音沙汰ない。」

 

 無線を握りしめる黒人の警官も、連絡の遅さに最悪の事態を考えられずにはいられなかった。腕を組み、目を瞑りながら頭の中で考える。

 もしもの場合の脱出の方法を再度検討する必要があるため、これ以上連絡がなければ四人のことは諦めるつもりでいる。

 

「市民もそろそろ限界かもしれない。別の案を考えましょう」

 

 数が増える度に増すゾンビの呻き声の声量。生存者達が恐怖からいつ飛び出すかわからない。

 

「......もう少しだけ待とうと思う」

 

 悩みに悩んだ末、彼はもう少しだけ待つことにしたようだ。

 

「慌てたところで何も始まらない。四人を信じて待つしかない」

「俺も同意見だ」

 

 残った二人の隊員も、もうしばらく待つことに賛成のようである。彼らも彼らで信じて送り出した仲間がそう簡単には殺られたりはしないと思っているようだ。

 

「私はしばらく外にいる。もしかしたら室内で無線が届いていないのかもしれない」

 

 外は室内に比べ危険だ。柵があるとはいえ周囲はゾンビに囲まれており、いつ、どこで突破してくるかわからない。

 しかし彼は、危険なことは承知の上で外に出ると進言している。車両の音、ライトの光。無線連絡以外でも車両の接近を感じることはできるため、いち早い脱出を促すために外で待機するつもりのようだ。

 

「各員は引き続き各所にて待機、警戒にあたってくれ車両の存在を確認次第、暑内マイクで伝える」

 

 そう言い残し彼は、正面入り口へと歩き出す。残りの人員も彼が去ってからそれぞれ思う場所に配置へ着く。

 ただ一人、不良警官の彼だけは定所ではなく、警察署内を巡回する形となっている。彼も彼で"犬舎"へと向かった警官のことが気がかりになっており、途中で様子を見に行くようである。

 

 U.B.C.S.については一名が、民間人達が集う場所にて彼等の警護についている。もう一名は黒人の警官の後を追い正面入り口に立っている。

 

「心配せずともあいつらはきっと来るさ」

 

 彼の隣に立ち正面を向いたまま話しかける。二人の視線の先には、外柵から此方に向かって手を伸ばしながら呻き続ける死者の群れの姿がある。

 外柵を揺らしたり叩いたりするような仕草から、ある程度の知能は残されていることを理解することができる。

 そしてそんな様子から、外柵も長くはもたないことも同時に理解する。それでも彼らは取り乱すことなく比較的落ち着いた様子で会話をする。

 

「少し思い込みが激しいところがあるが、彼女は優秀だ。同行した彼もそうだ。責任感が強く常に職務を全うしてきた。そんな彼らが失敗するはずがない」

「お互い希望的観測が過ぎるな。こっちも長く組んだ間柄ではないが、互いを補いながら生き残った信頼できる仲間だ」

 

 両者共に頬を緩ませ笑みをこぼす。隊員はポーチから煙草を取り出し火を点けそれを吸い出す。

 

「吸うか?」

 

 彼にも一本差し出す。

 

「止めていたがこういう時ぐらいいいだろう」

 

 差し出された一本を受け取り口に加える。加えたのを確認した隊員はそっとライターで火を点ける。

 深く吸い込み空を仰ぎながらゆっくりと息と煙を吐き出す。

 

「久しく忘れていた味だ」

「禁煙なんて長くは続かない。好きなものは好きなだけしたほうが良い。後悔しないようにな」

 

 彼はふと隊員の方に顔を向け、素朴な疑問をぶつける。

 

「なぜ俺達に協力してくれた? あんたらなら自力で脱出することもできるだろうに」

 

 隊員達が正規軍ではなく、アンブレラ社に雇われている傭兵であることは以前に聞いていた。市民救助名目で街に降り立ったとはいえ、彼らにとってはこの街は縁も所縁も何もない。市民の中に旧知の中の者がいるわけでもない。

 

 それでも彼らは今も生存者達に協力している。彼は彼らが単に生き残るためだけの行動とは思えていないよう

 だ。

 

「金だよ金。金を受け取っている以上最後まで任務を全うするだけだ。傭兵となった俺達を繋いでいるのは金。それすらも放棄しては俺達は完全な無となる」

 

 あくまでも金と言い張る隊員。しかし彼は警官で何人もの荒くれ者達を目にしてきた。それこそ金のためならばどんなことでも平気でする輩もいた。

 だが、目の前の彼とその仲間達にはそんな犯罪者達とは少し違う印象がある。

 

「嘘とは言わないがそれだけではないだろう」

「......強いて言うなれば、俺達はどこで道を間違えてしまったのか。こうなるはずではなかった」

 

 愚痴にも聞こえるその言葉には彼の様々な思いが込められている。彼は隊員達の過去については聞かされていない。何故彼らが傭兵に身を落とすことになったのか。彼等の素振りから正規軍時代も優秀であったことは簡単に想像できる。

 

「全員が全員どうしようもない奴ばかりではないということさ」

「あんた達がまともなのはここにいる誰もが知っているさ」

 

 二人の会話を割くように正面入り口の扉が内側から開かれる。現れたのは不良警官。普段からポーカーフェイスを崩さない彼だが、ほんの少しそれが崩れていた。

 

「ここにいたのか」

「何かあったのか?」

 

 不良警官に気づいた二人は彼の方を向く。ごく僅かな彼の表情の崩れに隊員は気づかないが、上司でもある黒人の警官はその変化に気づいていた。

 

「ここはもう限界のようだ。ゾンビ共がバリケードを破り中に入ってきていた。このままじゃ内と外からの挟み撃ちだ。あと......トニーが殺られていた」

 

 良くない報せに現実に戻される。悠長に話をしている暇は最早どこにも無いようだ。

 彼の話を聞いてはじめて警察署内が突破されつつあることもそこで知る。

 

「そうか......良い警官だった」

「あぁ」

 

 仲間の更なる殉職による二人の精神的ダメージは大きい。

 

『"マービン"! マービン!』

 

 そんな時、生存者達の願いが届いたのか、外に派出していた婦警から無線連絡が入った。

 

「無事だったのか!」

 

 直ぐ様応答。それまで不安にしていた顔も今ではすっかり晴れている。

 

『今そっちに向かっているから正面玄関に皆を待たせておいて』

 

「急いでくれ。こっちはもう限界に近い」

 

『わかったわ』

 

「聞いての通りだ。まもなくリタ達が戻ってくる。それまでに全員をここに集めるぞ」

 

 

 ◆◆◆

 

 警察官と兵隊さんに助けられて2日がたった。僕のパパは怖い人達に連れて行かれた。ママは泣きながらいつか帰って来るって言っていたけどまだ帰ってこない。

 

 大人は皆災害で安全になってから帰れるとも言っているけど、まだかなぁ。早く家に帰りたいなぁ。

 

「ねぇ! ラクーン・シャークスのゲイリー選手でしょ!」

「あぁ、そうだが」

「やっぱり! ずっと気になっていたんだ! 皆忙しそうだったから聞けなかったんだ!」

 

 皆怖い顔して嫌な雰囲気だったけど、そんなのどうでもよくなっちゃった。まさかこんなところでゲイリー選手に会えるなんて!

 

「ママ! やっぱりそうだったよ! シャークスの不動のエースのゲイリー・オールドマンだよ!」

 

 こんな幸運に喜ばずになんかいられないよ!

 

「そ、そう......良かったわね」

 

 なんか反応がイマイチだな。つまんないの。

 

「ゲイリー選手! 僕ずっとファンだったんだ! この前の試合もスタジアムまで見に行ったんだ! あの時最後の逆転トライを決めてた時なんか最高にカッコよかったよ!」

「こんなに喜ばれたら選手冥利に尽きるな。まぁ俺はスーパースターだからな。あれぐらい余裕余裕」

「ねぇ! サイン貰ってもいい!」

「あぁ! 良いぜ」

 

 ゲイリー選手は僕が手渡したシャークスの帽子にサインをしてくれた。何度かサインを求めたけど今日まで一回もサインは貰えなかった。

 だけど今日貰うことができた。これで夢が一つ叶った!

 

「ママ! ママ! 見てよ! 本物のゲイリー選手のサインだよ!」

「すいません......うちの子がワガママを」

「良いんですよ。ファンの要望に応えるのもスターの役目ですから」

「僕一生の宝物にする!」

 

 僕がサインを貰っておおはしゃぎしている時だった。避難している人達の部屋が勢いよく開けられた。開けたのは兵隊さん。大きな声で僕たちに何か伝えてきた。

 

「もうじき脱出用の車両が到着する! 全員こっちの指示に従い速やかに正面玄関まで移動するんだ!」

 

 また何処かに移動するのかな? ここでの避難も折角落ち着いてきたのに。

 

「ママ、今度はどこに行くの?」

「ここよりもっと安全なところよ」

 

 よくわかんないや。けどこんなに移動ばかりだと疲れちゃうよ。

 

「さぁ急ぐんだ!」

 

 荷物の片付けも済んでないのに皆駆け足で外に出ていく。鞄やバックなんかも置いて。

 

 ママも僕の手を掴んで走り出す。強く握ってくるから手が痛いよ。

 

「あ......」

 

 浅く被っていたせいか、サインを貰った帽子を落としちゃった!

 

「ママ! サイン入りの帽子が!」

 

 割れた窓の隙間から吹く風に乗って帽子がどんどん転がっていく。折角手に入れた宝物を無くしたくない。

 

「帽子のことは諦めなさい」

「嫌だ!」

 

 引っ張り続けるママの手を振り払って僕は飛んでいった帽子を追いかける。

 

「ダメよ! 待ちなさい!」

 

 角を曲がりどんどん警察署の中を転がっていく。後ろからママが叫んでいるけどまずは帽子を拾わなきゃ。

 

「もぉ、転がり過ぎだよ......」

 

 ようやく止まった帽子を拾い上げる。ちょっとホコリとか着いちゃったけど。

 

 ホコリを払い帽子を今度は飛ばないように深く被る。

 

 そんな僕の目の前に誰かが立っている。上を見るとおじさんが一人よろよろとこっちに向かって歩いている。

 

「うわぁ!」

 

 よろよろと歩くおじさんの顔を見て思わず尻餅を着いた。怪我というレベルではないほど酷い顔をしたおじさん。「逃げなきゃ」と思っているのに怖くて足が動かない。

 

 その時、大きな音が僕の後ろからした。あまりの大きさに目を瞑る。音が止んでから目を開けると、ボロボロのおじさんが倒れていた。

 

「ボウズ、勝手に離れるな」

 

 後ろにいたのは緑色の服を着た兵隊さんだった。

 

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 

 ママが泣きながらやって来た。ママに心配をかけちゃった。

 

「こうすればもうどこにも行かないだろう」

 

 兵隊さんが僕を肩に担いだ。ママよりも強くて太い腕でがっつり挟まれて少し苦しい。

 

 そして凄い速さで走り出した。途中途中でさっきのおじさんのようなボロボロの大人と何人も擦れ違った。

 

「最後か......?」

 

 開いている正面玄関の外にはトラックが後ろ向きで停まっていた。中には他の人達が座っている。

 玄関の入り口付近で、話しかけてきた黒人の警察官の人が、右肩を押さえながら苦しそうにしている。

 

 外では別の兵隊さんやもう一人のおじさんの警察官がボロボロの人達に向けて鉄砲を撃っていた。ゲイリー選手もタックルをして倒したりしている。

 

「俺達で最後だ」

 

 そう言って僕達もトラックに乗った。その後にゲイリー選手と警察官、兵隊さんもトラックに乗った。だけどあの警察官だけ入り口でずっと立っている。

 

「これで全員?」

 

 綺麗な警察官のお姉さんが僕たちを見てそう呟いた。10人ぐらいしか乗っていないことを不思議に思ったんだと思う。ほんの少し前までもう少し人がいたけど、先に外に出たってママが言ってたっけ?

 

「何しているのマービン!」

「俺に構わず早く行け!」

「バカなこと言わないで! あなたを置いて行けないわ!」

 

 お姉さんと黒人の警察官が言い合っている。どうしたんだろう?

 

「ケビン! 離して!」

 

 トラックを降りようとするお姉さんを、もう一人のおじさん警察官が引き留めた。

 

「よせ、行ってどうするんだ?」

 

 ぞろぞろと、黒人の警察官の人の後ろにボロボロのおじさん達が集まってきていた。中には同じ警察官の格好をした人もいるみたいだけど。

 

「マービン......良いんだな?」

「早くいけ......」

 

 兵隊さんが、何かを確認するように警察官の人に聞いている。警察官の人が答えるのと同時にトラックが動き出した。

 

「マービン!」

 

 走り出したトラックの座席に座ったお姉さんが泣いている。何で泣いているんだろう。何であの警察官の人は一緒に来なかったんだろう?

 

 僕の中で沢山の疑問が出てきた。だけど誰も答えてくれない。

 

「心配するな......あいつは根っからの警官だ。あんな程度でくたばるもんかよ」

 

 泣き続けるお姉さんをママやおばあさん達がなだめる。

 

「ナマイキな新人共のシゴきも終わってねぇしさ......そうだろ? マービン」

 

 だけど僕はあの警察官の人の顔を忘れることはないだろう。







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Mission report18 PM19:30i

 10数名の生存者を乗せた車両は警察署から無事に脱出。その現場を、建物や残骸と化した車両の影から目撃する8名程のグループ。マスクの奥の眼光が捉える車両には感情がなく、淡々と眺めているだけである。

 

「デルタチームから指令部へ、警察署から逃亡する車両を視認。生存者と思われる」

 

 チームリーダーである女性が無線を通して何処かへと報告。やはりその声も事務的な無感情さが表れている。

 

『指令部からデルタチームへ。優先すべきは、署内に保管されているアンブレラに関する機密文書の破棄だ。生存者の始末は後回しにし、任務をこなせ。これ以上の任務の失敗は許されない』

 

 一方的に通信を断つ指令部。どうやら彼女達はまた別の任務を与えられているようだ。

 街へ降りた当初から裏で工作活動に励んでいたが、予期せぬ妨害により思うように任務が進んでいなかった。

 

「チームリーダー了解。......行くぞ」

 

「任務失敗」という言葉を聞いた瞬間、僅かだがチーム全員の顔が不機嫌そうに眉をしかめた。まるで言いがかりとでも言いたげな表情でもあった。

 

「全て俺達が悪いような言い方だな」

「この街に来たときからそうだ。今回の事件は全て我々の責任にでもするつもりなのだろう」

 

 物陰から静かに姿を見せる面々。一同の目には、先ほどの騒動により、ゾンビの集団で溢れかえる警察署が、彼らを迎え入れんと佇んでいる。

 風に乗せられ流れてくるゾンビ達の呻き声が、より一層恐怖を駆り立ててくる。しかし、既に彼等にとってそれは恐怖を感じるようなことではなかった。

 

「今は任務を完遂することだけ考えましょう。濡れ衣を晴らすのは脱出した後でいい」

 

 ウイルスが街に流出する切っ掛けを、不本意ながらも作ってしまったことを自覚しているが、防ぐことのできなちあくまでも『事故』でしかない。

 あの場で誰が予期することが出来たのか。アルファチームもデルタチームもあの場から離脱することに精一杯だった。

 

 豹変したあの『怪物』を相手に生きて帰り、報告できただけでも御の字。

 

 しかしながら、上層部は報告を受けて益々『G』への期待と、手中に納めることに渇望した。アルファチームのリーダーは、あれ以降音信が途絶えているが、上層部もデルタチームも、彼の死には否定的である。

 誰よりも生存を信じて止まないのが『日本人』である彼。彼はアンブレラが所有するヨーロッパの、絶海の孤島の訓練施設で彼から手ほどきを受けていた。彼のことを『マスター』と呼び慕い、時には自身のチームリーダーに反してまで彼の『教え』を貫き通していた。

 

 狂信的なまでの羨望。チームの和を乱すことはあまりしないが、もし彼がチーム内での意見の不一致から対立することになったときは、『教え』に従っているということであろう。

 

「先ずは『S.T.A.R.S.』オフィスの『隊長』のデスクだ。その後で署長のところに向かう」

 

 事前の情報から警察署の間取り図を入手し、全員頭に入れてあるため、打ち合わせなどは特に行われずグループは真っ直ぐに目的地へと向かう。

 

「弾の無駄だ。感染者共は放っておけ」

 

 長期の任務を与えられているため、弾薬は多めに携行してきてはいるものの、律儀に相手をしていれば、たちまち弾薬はすぐに底が尽きてしまうため、必要最低限の戦闘行為しか彼らはしない。

 

「警官にしては頑張ったほうだな」

 

 正面玄関を抜けロビーに来た彼らの目の前には、床に倒れている感染者達がいた。頭部は正確に撃ち抜かれているため今一度起き上がってくることはないであろう。

 

「負傷者がいるな」

 

 この感染者達を倒した者のであろう血液が、床に滴った後が、血痕が残されていた。血痕はロビーの先、次の部屋まで伸びている。

 警察署から脱出した車両を目撃していた彼らは、この血痕の持ち主が置いていかれたのか、はたまたは自ら残ったのかそのどちらかであることを理解する。

 

「ロビーのパソコンには何かあるか?」

 

 木でできた円形状のデスクのようなものの中には、パチンコ一台置かれている。金髪に防毒マスクで顔全体を隠している女性が、調べるように指示を出す。

 

「各フロアのロックといった管理ができるようね」

 

 それに対し、日系の小柄な女性が対応。慣れた手つきでパソコンを操作していく。

 

「セキュリティも大したことはない。アクセスは容易ね。......署長の部屋に続くまでのフロアを開錠したわ」

 

 衛生員兼研究員でもある彼女は、日夜デスクに向かうことも多くPC関連の知識にも精通している。他者と違うのは自ら現場に赴きサンプルに触れるということ。本人曰く、「現場で生きたサンプルを触るほうが捗る」とのこと。そのためには他者の犠牲も厭わない冷酷さが備えられている。

 

「署長は自らここに閉じ籠ったのか?」

「ここはアンブレラの手が加わった特殊な警察署。構造と仕掛けに熟知している者なら身を潜めるにはうってつけ。何よりここの署長はアンブレラ側が任命している。後はわかるわよね」

 

 署長がアンブレラとどういう関係であるのかは、明言せずとも理解するのは困難ではないであろう。

 

「それでも薄情な野郎だぜ。長く生活を共にした部下に情の一つも沸かないのか」

 

 一際大柄な男性が苦言を溢す。彼もまた頭部をマスクで覆っておりどのような顔であるのかはわからない。

 どのような経緯で失ったのかは不明だが、右足が義足であるため、時折金属の軋むような音が鳴り渡る。見かけによらず、以外と手先が器用なため工作が得意である。頭も悪くないため爆発物も取り扱う。

 冷淡なメンバーの中でも人情に厚いのは元軍人であるが故にか。彼が軍人であることが伺えるのは、仲間思いであるこことと規律を重んじることだけで十分であろう。

 

「署長という役職についているだけで、実力も何もない奴だ。逆らえばろくなことにならないことで人望も皆無に等しい」

 

 内情に詳しそうに話す日系の彼女だが、表情は無表情のまま、まるで興味なしの姿勢。やはり彼女が興味をそそられるのはウイルス関係だけなのかもしれない。

 

「署長そのものはどうでもいいことだ。邪魔をするなら文書諸とも始末するまで」

 

 アンブレラにとって最早署長の存在はどうでもよいものとなっていた。寧ろ彼の存在が不利に働く不穏因子、有害であるものとしてとらえられていると言えよう。

 

「立ち話が過ぎたな......作戦に戻るぞ」

 

 一同はロビーの左奥の扉へと足を運ぶ。扉の先は警官の事務室。事態の混乱さを体現するような荒れ具合は変わらないまま。 やはりこの場所も脱出を果たした者達の手によって倒されたゾンビ達が転がっていた。そのほとんどは警官である。

 

「掃除する手間が省けたな」

「おい、見てみろよ」

 

 室内を物色する彼らの一人が、瀕死の重傷で壁にもたれかかる警官を一人見つける。手傷を負い警察署に残ると決めた"マービン"であった。ロビーの血痕は彼の元まで続いており、血痕の持ち主はマービンであった。

 噛まれた首筋の傷が痛々しい。深く噛み千切られた部分からは、値が絶え間なく流れ続けている。

 瀕死の重傷であるためか、彼の目は閉じられたまま。呼吸は微弱ながらもされているため死んではいないことはわかる。彼らの存在に彼が気付いているのかはわからない。

 

「......この傷では恐らく長くない。負傷してから時間が経ちすぎている。設備のないこの場所で今さら止血等処置をしたところで無駄だ」

 

 金髪の女性が彼を見てそう発言する。

 

 彼女の元々の職業は看護師であった。そのため負傷者の状況を見てある程度のことは判断することができる。その彼女が長くないというのだから彼が助かることはないであろう。

 そんな彼女がアンブレラに渡った経緯は単純なものだった。患者に処置をするのに"麻酔を使用しない"。初めは麻酔が不足した事態に対応するための苦肉の策だった。しかし患者が麻酔をしない治療で痛み苦しむ様に、心が踊ることを知ってしまった。それ以降その様子を楽しみたいがためにそうしていると同僚の告発を受け、病院を解雇された。アンブレラが医療スタッフを募集していたことをたまたま知り、面接にて彼女の内心に潜むものを見抜いたアンブレラ職員によって雇用されたというものだ。雇用後戦闘員としての適正を見いだされ、今に至る。

 

「先に進むぞ」

 

 この部屋に機密文書なるものがないことがわかった一同は、彼に何の興味も抱かず次の部屋へと進む。「まだ死ねん......」と、か弱い声で呟く彼の声に彼らは気づかない。彼自身も無意識に近い内に呟いているため他意はないだろう。

 

「あー、ここはゴミ掃除が必要なのか」

 

 保管庫を抜け、二階に続く階段のある通路に進出。そこには10体程度のゾンビが健在している。あまり広くない通路のため戦闘は避けられないだろう。

 

「私が片付ける」

 

 ポイントマンについていたチームリーダーの女性が、銃を背中に回しナイフを取り出す。そしてゆっくりとゾンビに近づき背を向けるゾンビの頭を左手で掴む。そして、頭部を掴んだまま首を真っ二つに切り裂く。彼女の左手にはゾンビの生首。ゾンビの顔を見ると首を小さく横に振り、それをゾンビ達の方に投げつける。

 バスケットボールが落ちた時のような小さな音がなる。音に気づいたゾンビ達が彼女達の存在に気づく。ゾンビ達が動きだすよりも先に女性が動く。

 先程までの緩慢な動作ではなく機敏になる。掴みかかろうとするゾンビの手を払いのけ、顎からナイフを突き刺す。一瞬の動作でナイフを突き刺すと即座にナイフを抜き取り、動きが止まったゾンビの右脇から背後に回り、後頭部から再びナイフを刺す。

 

 彼女の目には座したゾンビではなく、自分に接近する次なるゾンビを捉えていた。

 

 ナイフを何度も振り、態勢を崩しよろめいたゾンビに前蹴りをし、倒れたゾンビの頭部を容赦なく踏み潰す。ブーツがゾンビの血糊で赤く染まるが彼女は気にしない。

 

 左手からゾンビが更に接近。ゾンビの右手を掴み右回転するように体を捻る。するとゾンビが力なく振り回される。力の方向、人体の構造を利用した技はゾンビといえど通用することは変わらない。倒れたゾンビの手を離さず引きずるようにし、そのままゾンビの手を背中に回し関節を決める。彼女がゾンビの首と肩甲骨付近に膝を立てゾンビが動けないように固定。もがくゾンビの頭部に振りかぶられたナイフが突き立てられる。

 

 一連の動作は洗練されたものであり、高い戦闘能力を見せつける彼女だが、彼女は元々はただの一般人。それも二児の母である。

 そんな彼女が何故これほどまでの戦闘力を有するのか。それは天性のものであるが、彼女の過去が関係していた。

 

 彼女はフランス人である。一般的な結婚を果たし、子宝にも恵まれ、一般的な家庭を築き上げた。しかし、彼女の旦那がDVを働くようになると彼女は一方的に痛みつけられた。耐えきれなくなった彼女はその手で旦那を半殺しにしてしまう。その時自分の天性の才に気づいたのだ。

 

 その後家庭裁判を経て旦那と別れた彼女は子供を引き取り、養うために仕事を探した。そこでアンブレラと出会った。はじめは事務員として従事していだが、旦那の件で格闘に興味をもった彼女はジムに通いだす。そこで、たまたま居合わせた戦闘インストラクターをしていたアンブレラ職員の目に止まり、戦闘員として従事するようになった。事務をしていた時よりも給料が良いため快く引き受けた。はじめは慣れない彼女だが、子供のためと心を鬼にし従事していくことで、非道なことに対する耐性が養われた。

 

 気がつけばゾンビは彼女一人によって駆逐されていた。警察やU.B.C.S.が手こずるゾンビを彼女は庭の雑草を刈るように摘み取っていった。

 

 彼女に限らず彼らは既にゾンビ程度ではものともしない。ゾンビ以外のB.O.Wとの戦闘もそうだが、それを越える化け物と先日戦ったばかりであるからであろう。

 

「道は開けたな」

 

 ゾンビを撃退した彼らは足を進める。階段に差し掛かると上階を見つめる。二階は不気味な雰囲気は変わらず静かなままである。

 

「先に偵察に行こう。上の様子を見てくる」

 

 細身のゴーグルをした男性が前に出る。偵察兵である彼は足音を立てないように階段を上っていく。

 

 彼の喋る英語は少しロシア訛りがある。彼の出身は訛りの通りのロシア。それもソ連のスペツナズの一つに所属していた彼はそこでも偵察兵を務めていた。ソ連崩壊後、新しい体制に馴染めなかった彼は軍と国を離れた。優秀な兵のヘッドハンティングをしていたアンブレラの目に止まったのは言うまでもない。時期的に言えばU.B.C.S.に所属するロシア出身達と同期である。だが、彼自身は彼らと面識がないため、「そうなのか」程度の認識である。しかし、ソ連時代からU.B.C.S.に所属する一人の元スペツナズの黒い噂は耳にしていた。初めて対面したとき真っ先に突っかかったのはそのせいであろう。現に彼によって彼らは妨害を受け、黒い噂が事実であったということも彼は知ることができた。

 

「大丈夫だ。何もいない」

 

 通路を一通り確認した彼が戻ってくる。彼らは悠々と二階に上がり通路を抜け目的地の一つである『S.T.A.R.S.オフィス』へと辿り着く。

 

 S.T.A.R.S.の隊長はアンブレラと繋がる人物の一人であったため、アンブレラに関する情報が残されている可能性が高いため確認する必要があった。

『先の洋館』の生存者は4人。その中にS.T.A.R.S.隊長は含まれていない。彼が死亡したため情報が残されていれば破棄しなければならない。

 

「S.T.A.R.S.ってのは結構な権限が与えられていたみたいだな」

 

 室内は一階のオフィスに比べ荒れてはおらず、綺麗に整っていた。オフィスには独自の通信機、独自のパソコンにデスク、私物の装備品といったものが溢れている。これだけ設備が整っているのも流石は特殊部隊と言えよう。

 

「メンバーの写真か?」

 

 写真立てにはS.T.A.R.S.のメンバーの写真が納められていた。その中で女性は二人のみ。

 

「5人だけが生き残って後は全滅か」

「生存者の内二人はこの街にいるという情報があったがどうする?」

「いずれけりはつくだろう」

 

 アンブレラとしては洋館の一件を知る生存者達は疎ましいが、「少人数の生存者で何ができる」とたかを括っているため、あまり重要視していない。他の3人は国外で活動しているようだが、小蝿が飛び回っている程度の認識。

 

「どうだ?」

 

 オフィスの奥に隊長のデスクとパソコンがあり、再び日系の女性がパソコンを操作している。

 

「......妙だ。アクセスできない。これは外部からの妨害? それだけではない中のデータが吸い出されていく。くそっ! ダメだ!」

 

 女性がデスクを叩く。どうやら中の情報が何者かによって奪われてしまったようだ。

 

「何者かが情報を全て抜き去っていった......」

「デルタチームから司令部へ。S.T.A.R.S.隊長のデスクを漁ったが、パソコンの中の情報が何者かによって奪われた」

『何だと? ......S.T.A.R.S.の隊長アルバート・ウェスカーはウィリアム・バーキンと結託し何かを企んでいた痕跡が見つかった。外部勢力と繋がっていた可能性がある。この件はこちらで調査する。お前達は任務を継続しろ』

「チームリーダー了解」

 

 一連の詳細を司令部に報告。司令部は何か知っているようだが必要以上に彼女らに伝えることはなかった。

 

「もうこの部屋に用はない。次だ」

 

 用が済んだ彼女らはもう一つの目的地署長室を目指す。部屋から出ていく彼女達を通路の奥の陰から眺める小さな影があった。ゾンビやB.O.Wではなく人間のそれも子供のような影はじっと彼女達を見つめるとそのまま警察署の奥へと姿を消していった。

 



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Mission report19 PM19:30i

 地べたを這いずり回る羽虫。弱々しいながらも健気に視界の片隅で飛び回る、走り回る光景に気を取られることは度々あるであろう。

 普段なら気にも止めないそれに、ふとした時煩わしく、鬱陶しくなることもまた度々あるであろう。

 補食するモノは補食されるモノのことを気に病んだりもしなければ、記憶に留めることもない。食欲を満たすためだけの存在に何を抱けというのか。

 

 生物は自らがそちら側に立たされて初めて気づく。「自分と言う存在の脆さ、小さ」を。

 

 血肉を求めるだけの彼らと、殺戮するためだけのモノ達。

 

 大の大人が。屈強な兵士、統率された警官、体力自慢の若者。誰もが淵に立ってようやく気づくことができた。

 

 愚かだった。自惚れていた。自分の力など脆弱極まりないものだった。

 

 どことも言えない街の一角で彼は倒れていた。意識は鮮明、今自分が「何をされているのか」さえ冷静に、客観的に見ることができる。

 

「何かを千切る音」「何かが滴る音」今まで聞いてきたどんな音よりも脳に刻み込まれる。むしろそれしか耳に入ってこない。

 例え静寂であろうがもっと聞こえてくるものがあってもおかしくはない。だが何も聞こえない。

 

 仰向けになっている自分。視界に映るのは、切れかれた電灯、ただの鉄屑となったビル群。それと自分を見下すようにして昇っている月だけ。

 

 そんな自分と月を遮るように「それ」が視界に入った。

 

 赤い液体は水水しく、乾ききっておらずそれを濡らしている。塊であるそれを掴みあげる醜いモノが塊にかぶり付いた。

 

 一口では食べきれないのか、何度も噛み千切っては飲み込み、噛み千切っては飲み込みを繰り返す。赤い液体とは別に、噛み千切られた塊から何かが零れ落ちる。

 

 泥のような滑り気で茶褐色のそれを見て、醜いモノがかぶり付いているのが「自分の腸」であると気づく。下を見ると確かに自分の下腹部から伸びきっているものがある。

 少しづつ手繰るようにして引っ張り出している。よく見れば腸以外にも自分の臓器が引き摺り出されているのがわかる。空洞のように大きく空いた穴。自分の足元で集団で群がる奴ら。

 

 改めて自分が「食われている」ことを実感する。しかし、不自然なことに痛みはない。ただ不快感があるだけ。音の正体は自分を食する音なのであると同時に理解した。

 

 目線を足元から再び正面に戻した。

 

 相も変わらず月はきらびやかに光っていた。

 

 こうして月に見下されるのは何度目だろうか。スラム街の道端で夜な夜な空を見上げていた若かりし日が懐かしい。

 自我を持つ頃には道端に転がっていた。身寄りの無いガキが悪事に手を染めては何度ボコられただろうか。その都度世界を恨んでは羨んだ。何故自分なのだろうか。何故中心街で歩く親子が自分ではないのだろうか。

 毎日のように感傷に浸っていた。その日の仕事が上手くいっても、上手くいかなくてもだ。

 

 気がつけばヤマが大きくなり、扱うモノも多くなった。15を越える頃には人も普通に殺していた。少しヤバくなって生まれ故郷を出た。良い思いでも何もなかったから後悔もしてない。

 

 たまたま紛争地域で傭兵をしてた時だ。一方の国での活躍がたまたま崇められてちょっとした英雄になった。人々から称賛を受けたことがない自分が初めて受けた人の温もりだった。

 しかし、傭兵は正規軍でない。傭兵の戦闘行為はれっきとした犯罪行為。直ぐにぶちこまれた。その時も月が昇っていた。何かあるたび常に月がそこにあった。太陽を目にした時の方が少ない。どこにでもまとわりつく。日の光を拝ませてはくれない。

 

 結局最後の最後まで「太陽」には手が届かなかった。自分には暗い陰の世界の住人のままだった。

 

 自分の隊は壊滅。近場で同じように転がっているのが自分の隊の人間。こんな街の外れでは、生き残っている他の隊の人間も助けにはこれまい。

 

 もう自分の力で自分を終わらせることさえ叶わない。

 

 銃を握っていた左手が引きちぎられている。驚異的な腕力だ。いとも簡単に人間の腕を......バリケードや障害物を容易に突破してくるわけだ。

 

 もう、このまま頭のてっぺんから足の先まで食われるのを待つしかない。早いところ終わらせてくれとしか思うことがない。

 

 夜は早く寝るに限る。夜が明けて目を覚ませば朝がくる。「太陽」はそこにある。だからもう「寝る」ことにした。俺でも寝て、目を覚ませば「太陽」を拝められるだろう。

 

 そうさ。俺の「悪夢、夜」はここで終わるんだ。

 

 

 ◆◆◆

 

「逃げなさい。......他の人の言うことを信じてはダメ。ママの言うことだけを信じなさい」

 

 そういってママは電話を切った。ママの言った通り警察署に来たけど、警察署は成り果てた人達で一杯だった。

 私はママと一緒に居たかったけどママは「ママはパパを探してくるから」といってどこかにいってしまった。

 逃げながら色んな人が死んでいくのを沢山見てきた。

 

 もしかしたら、パパとママももう......

 

 その少女はこの広い街で独りっちであった。誰も頼らずに生き延びるのは不可能に近い。だが、少女は生きている。

 

 少女の格好は、短パンにセーラー服を思わせる純白の服に、青いスカーフのような襟がついている。それと胸元に金色のペンダントををぶら下げている。

 

 どうやって来たのかはもう覚えてないけど、警察署の中にいた。そこで怖い人達を見かけた。ママの言っていた「黒い格好のこのマークを持っている人達」だった。悪い人だから着いていってはダメって言っていた。ママの言った通り怖くて近づきたくなかった。

 

 少女は物陰に隠れながら署内を物色する彼等を見ていた。必死に何かを探す彼ら。立ちはだかる障害には容赦がない。そんな彼らの姿を子供心から素直に怖いと感じていたのだ。

 

 少しの間彼等をつけていた少女だが、彼らに見つかる前につけるのを止めた。そして再び警察署内を逃げ回ることになる。

 

 女の人だ。だけどあの人も怖い人かもしれない。

 

 少女は逃げ回る最中、一人の"女子大生"を見かける。しかし、大人を他人を信用してはダメという母親からの言いつけと、蛮行を働く者達の姿から自然と彼女から逃げ出す。

 

 ......あの人追いかけてくるやっぱり怖い人なんだ。

 

 少女に気づいた彼女は「女の子!? 何で」という声と共に後ろから追いかけてくる。しかし少女は警察署内にできた小さな隙間を、子供の体格を活かして通り抜けていく。成熟した大人がそこを通るのは無理がある。

 

 後ろで「......! 女の子がいたわ!」って誰かと話してる。怖い人と連絡をとってるかもしれない。

 

 少女を見失った彼女は何者かと連絡を取り合っているようである。連絡先の者は彼女に対して「こっちでも捜索する」と短く返事を返す。

 

 また怖い人達だ!

 

 逃げる先で黒ずくめの集団を再度目撃する少女は、一目散に通路の一角の柱の陰に身を潜ませる。隠れながら少女は彼らが何かを話しているのを耳にする。

 

 "娘"、"確保しろ"と聞いた少女は、目をつぶり、拳を握り締め、小さな体を震わせる。彼らは少女を探すまいと、辺りを調べ始める。

 

 やっぱり私を捕まえようとしている。逃げないと。

 

 少女を探す足音が遠ざかっていく。離れていったとほっと胸を撫で下ろす。目を開け動き出そうとする。しかし、目を開けた先、黒のブーツが目に止まった。徐々に上を見上げると、少女が怖いと畏怖していた人物達が少女を見下ろしていた。

 

 遠ざかったふりをしていだけで、とっくに少女のことには気付いていたようだ。「こんばんわ、お嬢ちゃん」と彼らの一人が低い声でそう口にした。

 

 その場を離れようと慌てて立ち上がるが、背後も彼らの仲間に塞がれており、大柄な男が襟を掴み軽々しく少女を持ち上げる。

 

 目元まで少女を持ち上げた男。マスクによって顔は隠されているが、マスクの奥の瞳は少女をじっと見つめていた。数秒間見つめると、視線を少女からリーダーと思わしき人物へと移す。

 

 彼は「こいつか?」と訪ねる。

 

 小さく頷く女性。少女は逃れようと、じたばたもがくが小さな手足は男には届かない。

 

 少女をからかうように男が体を振ってリアクションをとる。自分の無力さと何をされるのか分からない恐怖から少女の目には次第に涙が溜まっていく。

 

 泣きいりそうな少女を見て男は気が滅入ったのか、少女をからかうのを止める。そんな一連のやりとりを見ながらリーダーの女性はまた誰かと連絡を取り合う。

 

「確保した」と告げる女性。無線の先の人物は少女を連れて来るよう命じる。

 

 命令を受け「了解」と返事を返す。残りのメンバーにも同じ内容を告げると、男は少女を肩で担ぎはじめる。大の大男と小さな少女では力の差がありすぎる。肩をいくら叩こうが男はびくともしない。

 

 目的を果たした彼らは警察署を後にしようとする。すると、彼らの背後、足元に銃弾が一発着弾する。

 

 銃声に対して一斉に振り替える彼ら。

 

 背後から彼等を発砲したのは、少女が先ほど目撃した"女子大生"であった。

 

 赤いジャケットにデニムのショートパンツを着た女子大生が握る拳銃は、少女を担ぐ男に向けられていた。

 

「その子を離しなさい」

 

 女子大生の目には、彼らに対する明確な敵意があった。彼らが少女を無理やり連れてこうとするのと、彼らそのものの格好がただの民間人ではなさそうなところから、ただ事ではないと直感したのである。

 

 リーダーの女性は「生存者か」と冷たく言い放った。

 

「あなた達は何者? その子をどうしようっての?」

 

 数的にも、持っている武器にしても女子大生は不利である。それでも女子大生は物怖じない。

 

「その子を離しなさい。次は当てるわよ」

 

 拳銃を横になぞりながら彼ら"5"人に照準する。彼らの中から不気味な笑みが沸き起こる。素顔がほとんど見えないだけに、より不気味に映る。

 

「何がおかしいの?」

 

 怪訝の表情を浮かべる女子大生。その顔に銃が突きつけられるまで、彼らが笑っている理由が理解できていなかった。

 女子大生の側面は何もない、誰もいない空間、背景であった。だが、そこに今は男が一人銃を構えながら立っている。余りの突然の出来事に何が起きたのか、女子大生は理解が追い付かない。

 

 彼の着る特殊なスーツは、背景と一体化することで自分の姿を偽装する謂わば光学迷彩である。しかしながらそんな技術は世界のどの機関も確立していない。だが彼らの所属する組織はあらゆる分野にも力を入れており、門外不出の技術も存在する。彼のスーツもその一つだ。

 

「残念だったな」

 

 ただでさえ不利な女子大生は、更なる不利な状況に陥ってしまう。

 

「悪いが生存者も消せという命令でな。ここで消えてもらう。......やれ」

 

 冷酷な指示がリーダーの女性から出される。女子大生に銃を突きつける男性は右手の人差し指に力を入れ、引き金を引く。

 

 撃鉄が倒れ、遊底内の撃針を押し出す。押し出された撃針はリムと一体化している薬莢の雷菅を叩き、その衝撃に反応した火薬が弾頭をガス圧で銃口から発射させる。線条痕が、弾頭を回転させ空気抵抗を少なくするライフリングをしながら進んでいく。

 

 だが、発射された弾は女子大生に命中はしなかった。

 

 男が引き金を引き、弾が発射されるほんの僅かな間隔。そんな刹那の世界で、女子大生はその場にかがむことで銃弾を回避したのだ。

 

 にわかに信じられない身体能力である。

 

 これには余裕を浮かべていた彼らも言葉を失う。

 

 更に女子大生は、その一瞬の回避から急かさず左足で、男性の右足を内側から足払いする。

 

 接近戦に重点を置き訓練してきた男性も、よもや一介の女子大生このような動きを取れるとは思ってもいなかったようで、体勢を崩してしまう。

 

 他の者達も、いつまでもただ黙って見ているわけではなく、女子大生の反撃に合わせ一斉に射撃を開始する。これに対しても女子大生は飛び込み前転をし、隣の部屋に隠れる。

 

 その部屋目掛けて一斉掃射が行われる。部屋中に銃弾が飛び交う。体を小さく低くし銃弾から身を守る。

 

 女子大生に反撃の隙を与えないように続けざまに掃射を行う。女子大生は物陰から銃声方向に射撃をするが、彼らも壁や扉の陰といった遮蔽物にいるため弾が当たることはない。

 

「今のうちに行くぞ」

 

 3人が女子大生の相手をしている間に、少女を連れた3人が警察署を出ようと先に進む。

 

「待ちなさい!」

 

 隙間から走って去っていく3人を見た女子大生が叫ぶが、銃声に阻まれ届くことはない。

 

 この騒動に少女は目を閉じ、両手で耳を塞いでいる。か弱い少女に、彼らの戦闘行為は刺激が強すぎるようだ。視覚と聴覚を閉じる中、少女は心の中で助けを求めていた。

 

「助けてパパ! ママ!」と。

 

 そんな少女の祈りが通じたのか、獣に似た雄叫びが銃声よりも大きな音として彼らの聴覚を刺激する。

 

 女子大生にとっては得体の知れない何か。彼らにとってそれは、聞き覚えのある忌々しい相手の肉声であった。

 

 両者は一旦動きを止める。銃声が止み、静まり返る警察署内。直後、少女を連れた3人の右手の通路の壁に皹が入る。

 

 皹は大きな振動と共に大きくなっていく。外側からナニかが叩いているようだ。

 

 壁が崩れ、埃がまみれた土煙が立ち込める。土煙の中に1つのシルエットが浮かび上がる。

 

 異常に発達した右手と爪。その右手と同じように、全身がワインレッド色に変色しており、明らかに生物としておかしい巨大な目が右肩と胴体の中心にある。僅かながら、人間であったことを思わせる男の顔が胴体の目の隣にある。それだけで元は誰なのか判別することは不可能。

 

 その異形の生物を見た女子大生は生理的嫌悪感を抱く。黒ずくめの彼らも、声に聞き覚えはあったが、その姿は彼らの知る"ヤツ"ではなかった。

 

 銃声とは別の巨大な音に少女もそちらに目を向けていた。その生物を見るや否や、少女も女子大生と同じ感情を抱く。

 

「"シェリー"!!」

 

 担がれる少女を見て乱入してきた生物はそう雄叫びを上げた。

 

 

 



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Mission report20 PM20:00i

「シェリー!!」

 

 重厚なコンクリートの壁を突き破り乱入してきたソレは、2m近い筋肉が剥き出しになったかのような毒々しい皮膚をしている。猛禽類の足爪を思わせるように反りたつ鍵爪。二つの巨大な目は爬虫類のように鋭く、白目部分は黄色に染まっている。

 おおよそ、生物学上類を見ることのない生物が目の前に立っている。上半身に比べ、下半身が些か華奢であるが、通常の成人男性程の体格である。

 

 少女を見つけた怪物は、何者にも目をくれず、真っ直ぐ少女の方へと駆け出す。

 

 少女を担いでいる男は少女を担いだまま。片手でレミントンM870ショットガンを怪物の右肩の目に向けて発砲する。

 だが、怪物は目をガードするように右手をかざしているため目に弾が命中することはない。

 発達した筋肉の鎧の前にはショットガンの散弾程度では効果が薄いようである。

 

 男の仲間達も男をカバーするため怪物を背後から攻撃するが、やはりダメージはほとんどない。怪物は怪物で後ろからの攻撃をものともせず、また見向きもせず少女に向かい続ける。

 そのひた向きな姿勢は怪物の"意思"というよりは"本能的"な行動であるのではないだろうか。しかし、怪物の本能がどういったものであるかまでは解りかねない。

 

「くそ! 学習しているだけでなくあの時よりも固くなってやがる!」

 

 ジリジリと後退しながら射撃を継続するが怪物は怯みすらしない。7発装填されていたシェルも切れ、スライドが解放状態でロックされる。

 

 壁際に追い詰められた男。怪物は少女を手にいれるために邪魔な男を排除しようと右腕を振りかぶる。巨大に発達した鍵爪は当たりやすく、掠り傷一つでも重傷に成りかねない。

 

 焦る男に隙が生じる。がっつり固定されていた少女は男の力が緩んだことに気がつくと全身を使いもがくことで、ようやく男の拘束から解放され、少女は男の足元に落ちる。

 少女が自分の手から離れたことに気をとられてしまった男は、怪物の攻撃を避けるのにワンテンポ遅れてしまう。そのため、横に大きく飛び退いてしまった。

 

 男と少女のの間に怪物が立つ。男は尻餅をつきながら後退りし、ショットガンに弾を急いで装填する。セカンダリとして拳銃を持っているが、怪物相手には意味をなさない。

 

「くそ! バーキンの娘が!」

 

 女子大生を相手にしていた3人も、敵意を女子大生から怪物に移す。女子大生は3人が銃口を怪物に向けたことを確認してその場から退避し、通路の陰から怪物と、少女、謎の集団を見る。

 

 怪物は少女の正面に立ち、見下ろしていた。今度はその爪を少女に向ける。

 

「逃げて!」

 

 女子大生の叫びに少女は反応するが、目の前の怪物を前にし、恐怖で体が硬直してしまっているようだ。

 

「っ! こんなときに......」

 

 少女を援護しようと拳銃を向けようとするが、右肩に痛みが走り照準が上手く出来ない。

 どうやら謎の集団との攻防で肩を銃弾が掠めていたようだ。興奮状態であったため、痛みに気づいていなかったが、怪物が乱入してきたことにより一度興奮状態が冷めたらしい。

 

 近づけられる怪物の爪。謎の集団も少女を失うわけにはいかないと、怪物に攻撃を浴びせ続けるが、結果は変わらない。

 

 恐怖に怯える少女の目の前、丁度鼻先に爪が当たる。少女は自然と怪物の顔を......胴体に埋まった顔を目にする。

 

「パ......パ......?」

 

 無意識に少女から声が出た。目の前に立つ怪物を父親と呼ぶ。胴体に埋まった顔は酷く腫れ上がっているため判別が難しい。

 それを裏付けるかのように、怪物の動きは男の時とは比べものにならないほど緩慢であった。そこに害意はなくむしろ、穏やかさが見てとれた。

 それは、子を思う親の、子に優しく触れようとする親の心の現れのようであった。

 

 気のせいか、怪物の表情もどこか安らぎのようなものがある。

 

 だが、それもほんのいとっときのことであった。穏やかな態度から一変。怪物は苦しみ出す。

 

「......!!」

 

 うめき声を上げよがり狂う怪物。両手で頭を抱え、自分の中の"ナニか"と戦っているように感じる。

 

「に......げろ......シェ......リー......」

 

 蚊の羽音のような小さな警告。他の誰にも聞こえてはいないが少女だけには聞こえていた。少女の耳は確実にそう聞き取っていた。

 

 どうやら怪物は本当に少女の父親なのかもしれない。しかし、少女には父親がなぜこのような姿になってしまったのかはわからない。

 

 一歩、二歩と少女から下がった怪物。苦しみが収まると、また少女に近づく。その姿、その表情には先程までの"父親らしさ"はどこにもない。

 

 怪物が少女を掴み上げる。何かを確認するように少女の体を舐め回すように見ている。まるで"品定め"だ。

 一通り確認して満足したのか、怪物はそのまま何処かへと立ち去ろうとする。逃がすまいと謎の集団が後を追おうとするが、彼らの接近を許さんと、警察署の壁に爪を差し込み、彼らに向かって腕を振る。

 警察署の壁が崩れ、瓦礫のボールのような塊が彼らに向かっていく。1m程の塊、当たればただでは済まないであろう。

 

 その場に伏せる、飛び退く、体を反らす、それぞれ思うように瓦礫を回避。幸いにもこの攻撃で負傷者は出なかったが、これでは思うように近づくことができないであろう。

 

 彼らは少女を傷つけることなく取り戻したい。よって銃を使うことは出来ない。無闇に発砲し、少女に当たってしまってはどうしようもない。だからといって怪物と肉弾戦をするのも困難。

 

 女子大生は女子大生で、レベルの違う攻防戦に指を加えて見ているしかない。女子大生は現時点ではただの一般人。家庭の事情から戦闘訓練は受けていても、初心者に毛が生えた程度でしかない。

 

 女子大生と謎の集団。両方とも少女が目的だが、彼らだけではどうすることもできなかった。そう"彼ら"だけでは。

 

 少女を取り戻す算段を考える彼らの間を一人の男性が駆け抜けていく。金髪に『RPD』のロゴが入ったベストを着た男性の右手にはナイフが握られている。

 再度接近する障害に対して怪物が反撃に出るが、男性は怪物の攻撃をギリギリで避けると、ジャンプし、警察署の壁を蹴り、怪物の頭上に飛び上がり怪物に背後から張り付き、右肩の目にナイフを深々と突き刺す。

 

 弱点に予想外な攻撃を受けた怪物は悲鳴を上げる。

 

 ダメージに仰け反る怪物が少女を落とす。落下する少女を先ほどの警官が受け止める。

 

「"レオン"!」

「"クレア"! 目を瞑れ!」

 

 "レオン"と呼ばれた警官が女子大生、"クレア"に指示を出す。警官の手には閃光手榴弾が握られており、そのピンが今抜かれた。

 フラッシュバンは謎の集団達の足元に転がる。警官は少女の目を両手で塞ぎ、自身もフラッシュバンから顔を反らす。

 足元に転がってから1秒もしないうちにフラッシュバンが破裂。一瞬の強烈な光と音が、フラッシュバンを受けた者の平衡感覚を鈍らせる。

 警官は少女を抱き抱え、女子大生が隠れているところまで走り出す。

 

 全てが一瞬の出来ごとだった。颯爽と現れた警官が事態を何の不具合もなく収拾してしまった。

 

「大丈夫かクレア?」

 

 肩を押さえる女子大生に警官が包帯を手渡す。手渡された包帯を受け取った女子大生は、慣れた手つきで傷を手当てする。

 

「よく来てくれたわレオン」

「それよりあれは何なんだ?」

 

 改めて怪物を確認する警官。目の前で苦しむ怪物は女子大生と警官がこれまでに遭遇してきたどの化け物よりも化け物であった。

 

「分からないわ。突然現れてこの子を狙っていたの。あの連中も」

 

 怪物と謎の集団。3人にとってそれらは得体の知れないモノ達。詳しい事情は不明だが、警官は何をするべきなのかを一瞬で判断した。

 

「クレア、その子を連れてこの場を離れろ。ここは俺に任せろ」

「わかったわ。......気をつけて」

 

少女の手を掴み立ち去る女子大生。連れられていく中少女は、怪物の方を振り向く。幼いながらも複雑な心情を抱かずにはいれない少女。

 

 ホルスターから拳銃を抜き2人の前に立つ警官。怪物は目に刺さっていたナイフを抜き取り、少女を奪われたことに怒りが心頭を。殺気に満ちた表情を警官に向けている。

 謎の集団もフラッシュバンの効果が無くなったことにより平衡感覚を取り戻す。そして怪物と警官。両者を一瞥する。

 

「くそっ! ガキが連中のところに! どうするんだ?」

「......一先ず退却だ。当初の目的は達した。ここで無理に消耗する必要はない。バーキンの相手は奴にしてもらうさ。"ベルトウェイ"、"フォーアイズ"、"バーサ"、"スペクター"、"ベクター"行くぞ」

 

 謎の集団は引き際を見極め、スモークグレネードを2個程投げ捨て、煙が充満している間にその場から速やかに離脱。

 

 残ったのは怪物と警官。怪物は逃げていった彼らに興味を向けず、警官だけを睨んでいる。

 

「こい!」

 

 警官が声を上げたと同時に怪物がそれまで以上の速度で、警官に向かって走り出す。

 

 ◆◆◆

 

 September,27days.Racoon City hall(市庁舎周辺)PM20:00

 

 

 26日作戦開始日にU.B.C.Sが確保した市庁舎周辺は現在は放棄され、市民の回収ポイントとしての機能も事実上放棄されることとなった。

 

 あの日以来分隊員からの通信連絡はない。各々バラバラに逃げることとなったが、結局ここに戻ってくることになった。

 土地勘もないまま変に逃げ回るより、ある程度撒いてから元の場所に戻るのが得策......他の連中もそうであって欲しかったが、そうはいかなかったようだ。

 

「よし、出てこい」

 

 民家と民家の陰から手信号を送り、後ろにいる"女子大生"を側に来させる。

 

 逃げる途中で見つけた生存者。地元の大学に通う生徒らしく、友達や家族と一緒だったらしいが、俺が見つけた時にはもう一人だった。

 

 見つけた時は俺を見るや、泣き叫びながら拒絶してきた。ゾンビと見間違えたらしく、友達や家族を失ったことによる悲しみと憎しみからそうしたようだ。

 

 必死に宥め、味方で救出に来たことを何度も説明して、今は大分落ち付いている。ただ、トラウマ、ショックから失語症に陥ったらしく、言葉を話せない。

 ことばは交わせなくても、ジェスチャーや表情からなんとか意思疏通ができるだけ、ゾンビと共よりはましだ。

 

「今から市庁舎に突入する。今まで同様俺の後をついてくるんだ。途中もし俺に何かあっても迷わず逃げろ」

 

 市庁舎に突入する前に女子大生に改めてプランを説明する。プランといっても俺一人な上に、いつも通りの俺が斥候をするだかだがな。

 

 説明をする中で女子大生の目がうるうるとしだし、表情の雲行きが悪くなり、俺にしがみつく。

 

 これもショックの後遺症なのか、俺に対して異様なまでに執着を持つようになった、俺が危険を犯すことが分かるとこうしてしがみついて行かせてくれない。

 

「悪かった悪かった。俺は大丈夫。何処にも行ったりしない。君を一人にはしない」

 

 彼女の目を見て語りかける。

 

 青く澄んだ瞳は美しく、波風立たない水面のようだ。その水面は今嵐でざわめいている。嵐が止むのを待たなければならない。

 

 数秒間無言で目を見続けると、彼女は落ち着きを取り戻し、表情も明るくなる。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 自然に綻ぶ彼女に合わせて俺も微笑む。そして市庁舎方向に向き、銃を構え前進する。なるべく足音を立てず静かに迅速に。

 

 夜ということもあり、周囲が見えずらいが、市庁舎に降りた際に大体の地形は把握した。近づくのはさほど困難ではない。

 俺の後を彼女が同じようについてくる。通りを横切り、市庁舎の入り口に張り付いた。

 

 呼吸を整え市庁舎の非常口を開け、中に突入する。正面ロビーは夥しい数のゾンビで埋め尽くされているため、非常口、裏口を使わなければならない。

 

「......クリア」

 

 突入と同時に室内の確認をする。照準をしながら上下左右を。化け物共の中には天井に張り付いていたりするやつらもいるから油断はできない。

 

 彼女を落ち着かせたのはいいが、今度は俺が緊張で落ち着けない。セーフティーエリアだったここが瞬く間にデンジャラスエリアに変わってしまった。

 どこから現れたのかは分からなかった。気づいたら侵入を許していた。

 

 ふと、視線を下ろすと、強張る俺の表情を見た彼女がまた不安そうに俺を見ていた。

 

 俺がビビってどうする。俺が確りしなくちゃいけない。部隊が壊滅した今、誰も助けてはくれない。生存者の希望でなくてはならない。

 

 今思えば俺は必要以上に肩に力が入ってたのかもしれない。使命感に駆られ、周りが良く見えて無かったのかもしれない。

 

「先に進もう」

 

 救助ヘリが来るまでまだ時間はあった。出入り口は一番危険な場所。時間が来るまでここよりも安全な場所を求め俺達は前に進んだ。

 

 途中何度か蜘蛛やゾンビ、四つん這いの気味の悪い化け物とも戦った。彼女を守りながら。

 

 勝つ度に俺は彼女に笑顔を送った。彼女も笑顔を返してくれた。それを何度か繰り返している内に俺達は化け物共が全くいない部屋にたどり着いた。そこで時間まで過ごすことにした。

 

「俺がずっと守ってやるよ」

 

 室内の壁にもたれ掛かる俺の左肩に頭を乗せる彼女。そんな彼女に対してそう言った。その時は彼女の顔を見ていなかったから彼女がどんな表情をしていたのかはわからない。

 

 こんな告白紛いなことを俺なんかから言われて戸惑わないわけがない。

 

 目付きも悪く、強面でお世辞にも容姿が良いとは言えない。

 

 変に拒絶されるのが怖かったから顔を見なかった。一番の理由は恥ずかしかったからだ。自分の容姿なんて嫌と言うほど目にしてきた。それを理由に断られてもなんとも思わない。

 ただ、こんな俺が生まれて初めて告白したという事実が後になって盛大な羞恥となった。同じ部隊の奴等がいたら大笑いされていただろうな。

 

 彼女にいつから惚れたのかはわからない。気がついたらそうなっていた。

 

 けど、彼女は俺の肩に頭を乗せたままでいてくれた。言葉を失っている彼女の心情はわからない。距離を置かないということは受け入れてくれたという現れかもしれないし、ただ単に彼女に聞こえていなかっただけかもしれない。

 

 自分本意で物事を進めてしまって、取り返しのつかないことにさせてしまったこともあるため、ある程度時間が経つと俺はそのことを考えなくなった。

 

 ジャパンの言葉で褌を閉め直すという言葉がある。その続きは脱出したあとにして、今は脱出までこの命を守ることだけに専念することにした。

 

 ヘリまでの時間は1時間を切っていた。

 

 あと1時間で全てが終わる。そう思っていた。彼女が異常に咳き込んでいることの理由を知るまで。

 

 

 

 

 

 



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Mission report21 PM20:30i





「あと30分か......」

 

 腕時計の針は20:30を示している。次の定期便の21:00までもう少しだ。

 あれから30分経つがやはり誰も戻ってこない。無線で何度呼び掛けても応答もない。全員殺られたと見て間違いないだろう。

 恐らくこの街で生存者は俺達だけ。これだけの街で人間は俺達だけ。まるで神話の世界だ。

 

「......大丈夫か?」

 

 俺の隣で激しく咳き込む彼女。彼女の様子がおかしくなったのはここに辿り着いて直ぐだった。風邪のような症状が出始めた。咳と体の震えが止まらない。水筒の水もレーションも口にしない。これだけの災害で睡眠と食欲には素直だったのに。

 俺が心配そうに頭を擦ると決まってニコッと笑う。平気そうに振る舞っているが明らかに無理をしている。ここを出たら直ぐに病院に連れてく必要がある。

 

「もう少しだ。ここを出たら先ずは病院に行こう」

 

 そう。本当にあと少し。もう少しの辛抱なんだ。この症状もきっと大したことはない。直ぐに良くなるはずなんだ。

 

 この時から俺は彼女の症状に疑いを持っていた。だけど敢えて知らない振りをした。認めたくなかった。ここまで来て、こんなところで終わらせたくなかった。彼女はまだ若い。これからが人生だというのに。

 

 時刻が20:30になったのを境に彼女の容態は急変しだしていく。

 

 顔色は青ざめていき、汗が止まらない。呼吸も早く過呼吸になる。胃液を吐き出し、苦しそうに頭を抱える。体温も下がっている。

 

 寒さに震える彼女をそっと抱き寄せ体を密着させる。抱き寄せることで彼女の体温が体に直に伝わる。明らかに異常なのは症状を見て手に取るようにわかる。

 彼女も自分の体の異常には気づいているはず。耐え難い苦痛であるはずなのに、笑顔は絶やさない。こんな少女のどこにそれだけの力があるのか。俺なんかよりもよっぽど強い子だ。

 

 俺はずっと、ずっと彼女に囁き続けた。「大丈夫だ。俺達は助かるんだ」と。

 

 安息を迎えようとする俺達に、ゾンビ共は無慈悲にやって来る。セーフティーエリアだったこの場所も放棄し、更に奥へ行く必要が出てきた。

 足が覚束ない彼女に肩を貸し、先に進む。どこもかしこもゾンビで埋め尽くされている市庁舎。弾薬も心許なく、継戦は厳しいものだ。

 

 腰で構える小銃が火を吹く度に彼女の体が力なく揺れる。最早自分の体を支えることさえできていない。

 

 彼女を見捨てれば俺だけは助かるであろう。そうしないのはやはり惚れているだけではない。もしここで彼女を見捨てるようなことがあれば、俺は最後の最後で真人間になるチャンスを捨てることになる。

 どんな悪人もやはり死ぬ前は怖くなる。生前の行いから地獄での苦しみを考え、最後の最後で善行をする奴も少なくない。俺もその一人なだけ。

 下心満載だが、下心無くして人間とは言えない。俺は生きたままゾンビになりたくはない。

 

 弾が切れた小銃は捨てる。短時間だが、命を預け時間を共にした相棒を捨てるのは心が痛むが、彼女のためだ。

 

「あばよ相棒」

 

 相棒に別れを告げ、空いた手で彼女を抱え込む。激しかった動悸も小さくなり、咳も収まっているが、変わりに彼女の命が弱くなっている。

 

「......行こう」

 

 結末は変えれないのか。俺にはどうすることもできないのか。

 例え人為的なモノによることでも命のメカニズムは人間の手ではどうすることもできない。助命、延命をしても長くない。人間の尊厳を保ったまま最期を迎えさせる。そのためにはここは相応しくない。

 

 一階、二階、三階......どれほど階段を上ったのかも数えてない。ただ先へ、ただ上へ進んだ。彼女が安らかに眠れるように落ち着いた場所を求め。

 

 そして辿り着いた。荒れてもいないゾンビもいない静かな場所に。ここがどこでどんな場所なのかはわからないし、今の俺にはどうでもいいことだ。

 

「さぁ、ここでゆっくり休もう」

 

 抱えた彼女をそっと床に下ろす。絨毯がひかれた部屋だから床も冷たくなく、座り心地も、寝心地も悪くないだろう。

 

「疲れただろ? ゆっくり休め。もう無理をする必要はないんだ」

 

 さらさらの金色の髪をそっと撫でる。そっと撫でただけなのに髪が何本か抜け落ちる。もう時間の問題か。

 

 横たわる彼女はじっと青い目でこっちを見ている。徐々に白く濁り出す瞳だが、美しさは変わらない。

 こんな理不尽な目にあったにも関わらず、彼女の目には恨みや、未練といったものが宿っていない。何もかもを受け入れている目だ。

 戦場で死に行く者達の目はほとんどが、味方も敵も何かしらの恨みを抱いていた。死の間際未練を口にしなかったものはいなかった。

 言葉を失っているからではない。彼女は例え喋れても恨み事は一切言わないであろう。

 

「寝ていいぞ。俺は側にいるから」

 

 相変わらず俺の言葉には笑顔を返す彼女。今まで一番短い微笑みだが、一番可愛らしかった。

 静かに、寝息を立てずに彼女は目を閉じた。そしてその目が開かれることも、俺に笑顔を向けてくれることも二度となかった。

 

 PM20:50、彼女は息を引き取った。

 

 名前も知らない彼女。最後まで声を聞くことがなかった彼女。

 これほどまで感情が込み上げてくることはあっただろうか。たった2日の短い期間でこれほどいとおしくなることがあるのだろうか。

 俺は泣かなかった。折角彼女が笑ってくれたのだから俺が泣くわけにはいかない。

 

 死化粧をしなくても美しい顔を眺め続ける。死んでいるとは到底思えない。

 命を奪う側であり続けた俺が、小さな命が消えただけのことでこうも感傷に浸るとはな。人生とは面白いものだ。

 

「大丈夫だ。お前一人を置いて行きはしない」

 

 横たわる彼女のそっと口づけする。意識がないところにするのは許してほしい。

 

「どうせ俺も長くはないからな......」

 

 ベスト等の装備を脱ぎ捨てる。その下のシャツには何かに引っ掛かれたような破れた傷跡があった。傷は小さいが出血はしている。

 ここに来るまでに遭遇した化け物達との戦闘で不覚にも手傷を負ってしまった。掠り傷だけでも感染する。感染したら最後だ。

 彼女の体には傷がないためその他の方法で感染したのだろう。今となっては手傷を負って良かったのかもしれない。このまま彼女と共にできるのだから。

 

 もし、彼女が感染していなかったら彼女だけをヘリに乗せるつもりだった。多分ごねるだろうが。

 

 もしかしたら彼女は俺が感染したことに気付いていたのかもしれないな。気付いていたからこそ一緒にいれると笑顔をかけていたのかもしれないな。

 何を考えていたのかは分からず仕舞いだが、こんな最期も悪くないだろう。

 

 彼女の横に俺もぐったりと横たわる。

 

「月曜に生まれ、火曜日に洗礼を受け、水曜日に結婚し、木曜日に病気になり、金曜日にそれが悪化、土曜日に死に、日曜日に埋められる」

 

 現在地獄20:55。俺と彼女が発病するまであとどれぐらいなのだろうか。感染から発病までは個人差がある。出来れば二人一緒にが望ましいな。

 

 ......欲張り過ぎか。

 

 まぁ......も......多く......まない......。......緒......にいれ......け......足。寝......か。

 

 ◆◆◆

 

『こちら定期便。救助ヘリだ。誰かいないのか? 市庁舎上空にいる。いたら返事や合図をしてくれ。降下する』

 

 定期回収の時刻になり、U.B.C.S.本部からヘリが来るまでラクーンシティにやって来た。今日に至るまで、この救助ヘリで脱出した民間人、U.B.C.S.隊員は皆無であった。

 当初回収ポイントの変更を進言されたが、それ以来交信がなく、本部は通常通り市庁舎周辺で彼らを待ち続けていた。帰還の燃料がギリギリになるまで仲間を待ち続けた。

 

『ダメだ......今回も誰も来ない』

『誰でもいい応答してくれ! こちらヘリパイロット。U.B.C.S.全部隊聞こえるか?』

 

 どれだけ待っても応答が返ってくることはない。"返ってこないように"第三者が手を加えているとは知らずにパイロットは呼び掛け続ける。

 

『おい、誰か出てきたぞ!』

 

 そんな時、ヘリに搭乗する援護兵、スナイパーが市庁舎の屋上に"二人組の男女"が姿を見せるのを確認。報告を受け、ヘリは出てきた者達がよく確認出来るように高度を下げる。

 

『どうだ?』

 

 パイロットがスナイパーに問いかける。スナイパーは狙撃銃のスコープ越しに彼らの様子を伺う。

 

『ダメだ。あれは感染者だ』

 

 スコープから目を離し首を振る隊員。屋上に現れたのは感染者であり生存者ではなかった。

 

『それに......あれは"仲間"だ』

 

 出てきた二人組の内の男性の方は、U.B.C.S.で貸与されたシャツを着ていたため、識別が容易であった。もう一人の女性については不明だが。

 

『あと、奇妙なことに"手を繋いでいる"ぞ』

 

 スナイパーの報告にヘリのパイロットも目を凝らし、二人の姿を良く見る。確かにそこにいる感染者は手を繋いでいるように見えるが、手と手が単に触れあっているだけなのかもしれない。

 

『どうする?』

『眠らせてやってくれ』

 

 何かを察したのか、ヘリのパイロットは二人の狙撃を要求。狙撃兵もこれに黙って従う。仲間が無惨な姿に成り果ててしまったことに対する同情、救済なのかそれとも......

 

 ホバリングをするヘリから7.62mmの銃弾が発射される。ヘリからの射撃は正確であり、的確に二人の脳を狙撃。その場に向かい合うように倒れる二人の感染者。

 

『2名射殺』

 

 銃声とヘリの音に引き寄せられたのか、感染者達がぞろぞろと屋上に出てくる。

 

『......市庁舎はもうだめだな』

 

 数分もしない内に市庁舎の屋上は感染者で一杯になる。感染者全員がヘリに向かって手を招いているが、見方を変えれば感染者達が救助を求めているように見えなくもない。

 

『......もうここでの救助は諦めよう』

 

 スナイパーからの進言と目の前の感染者達を見てパイロットも決心するしかなかった。

 実のところ本部からは既に市庁舎での救助は失敗に終わり、別の手段を考えているところだった。それをヘリのパイロットが無理を承知で、ほぼ独断に近い行動で時刻通りラクーンシティに来ていた。

 本部も勝手な行動であるが、パイロットの仲間を想う気持ちに心が撃たれ、行くなとは言えなかったのである。

 だが、パイロットの想いは儚くも叶うことはなく、残酷な現実を見せるだけである。

 

『......ラクーンシティには時計台があっただろ?』

『それがどうかしたのか?』

 

 何を思い始めたのかパイロットは時計台の存在を口にした。

 

『紙を蒔くんだ。無線が通じなければ紙で報せるんだ。俺達がいることと、次の救出は時計台を利用することを』

 

 彼の考えは時計台の"鐘を鳴らし"それを合図に救出するというものだった。彼の要望に応えるようにスナイパーがありったけの用紙にその旨を綴っていく。

 

『......上手くいくのか?』

『誰か生存者は必ずいるはずだ。濃い面子のアイツらがそう簡単にくたばるわけないだろ?』

『それもそうだな』

 

 今回の救出は打ち切り、ヘリは一旦本部へと戻っていく。その道中で用紙を町中にばら蒔く。一人でも多く、誰かの目に入るように。その日、ラクーンシティに何百枚もの紙が雪のように舞い降りた。

 その何枚かを、彼らのメッセージを受け取った一部の生存者がいるのは、彼らが去った少し後のことである。

 

『時間は次の夜だ』

 

 



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Mission report22 PM22:00i

 上層部と株主達との間で食い違いが生じるようになつてしばらく。

 事態の収拾は極めて困難と判断を下したのは時期早々と奔走する上層部と株主達が襟を分かつのも無理はない。目的のためならばどんな犠牲も厭わず、使い捨ての駒としか見なされない我ら。現にAチームのことを上層部は気にも止めなかった。そればかりか、ラクーンの責任をA,Dチームに擦り付けようとさえしていた。

 

「予定ポイントに到着した。このままデルタチーム待つ」

『......いや、作戦変更だ。デルタの回収をする必要はない。放っておけ。変わりにお前はある"ブツ"の回収をして帰還しろ』

 

 U.B.C.S.所属のヘリでも政府のヘリでもない、黒塗りのチヌークが一機警察署付近を滞空している。ヘリにはパイロットが一名乗っているだけ。黒いツナギに黒の防弾ベスト。U.B.C.S.のようなロゴマークはなく、黒のサングラスをかけており、全身が黒ずくめ。鼻の下の髭は綺麗に整えられている。

 

「本部、聞き間違えかもしれないためもう一度確認する。デルタチームをどうしろと?」

 

 交信先の司令部からの命令に耳を疑った。当初の任務内容は現場で工作に当たるメンバー達の回収。残ったチームは残置させられ、この街でサービス残業に励んでいる。

 残業の理由(わけ)も今回の事態を引き起こしてしまった責任の後始末という名目であるが、不可抗力であることは明白。しかしながら、そうは問屋が卸さないのが上層部であった。同じ組織に籍を置く彼としては、彼らには同情するところがあった。

 

『何度も言わせるな。デルタのことは忘れ別の任務を果たせ。場所はこれから示す。以上だ』

「待て、司令部話はまだ......くそっ!」

 

 一方的に交信が切られ、癇癪で計器を壊れない程度の力で叩きつける。既に彼らは、上層部からの無茶に近い命令を忠実に実行してきた。にもかかわらず、上層部の対応は彼らを一方的に切り捨てるもの。理由は告げられずに。

 この時をもって、私の中の疑念が確信へと変わった。都合が悪くなれば誰であっても切り捨てる上層部のやり方に最早従うことできない。

 

「......私だ」

『待っていましたよ。ようやくこちらの申し出に答える気になったのですね』

 

 懐から無線機を取り出し、相手を呼び出す男。どうやら任務とは関係のない別の無線機、個人的に持ち込まれたものであるようだ。

 

「話を持ちかけてきたときは、馬鹿馬鹿しく思えたがお前達の言うとおりになった。こうなることは予測済みだったのか?」

『投資家たるもの、常に二手も三手も先を読むもの。あなた方はいわば保険。会社がこうなることも、洋館事件が起きたことでーーの前の養成所所長の粛清の段階で可能性の一つとして危惧はしていました』

 

 養成所所長の粛清? 何の話だ? 確か、あそこの所長は事故により亡くなったと聞く。そもそも何故この女が幹部養成所所長の件を知っている。いくら株主、投資家とは言え、内部事情に精通している? 表向きは失脚、配置替えとして処理されていた。

 いや、その処理そのものも今思えば不自然だった。何も事件性も、秘匿性もなければそのような処理はしない。やはり何か裏があったのか。

 

『と、与太話が過ぎましたね。回答を聞いていませんでしたがいかがされますか? 会社に付き従い会社と共に朽ち果てるか、彼等のように見捨てられこの街で最期を迎えるか、私達の手を取るか。3つから選ぶだけです』

 

 何も迷うことはなかった。U.B.C.S.並びに投入されたU.S.S.への仕打ちから奴等の手を取ることなんて。あの女に連絡を取った時点で回答が決まっていることなんて、女も百も承知のはず。

 

「ーーーこちらの要望は2つ。無事に街から脱出させることと、今後の会社からの安全の保証だ」

『お安いご用です。今回の件が片付いた後のアンブレラに果たしてそれだけの余力があるとは思いませんが』

 

 奴の申し出を呑んだ私は、一先ず、命令に従順なふりをしてこの場を飛び立つ。女の要望は会社と同じモノ。回収できたのならば、それを女が指定するところまで運ぶのだ。

 女ーーを含めた会社に見切りをつけた者達は、会社の遺産を自らの手中に納めようと、打算的に、それぞれが動いているらしい。

 

 男が知らないところで多くの人物が、既に他方向からのヘッドハンティング及び、パイプを形成し動いていた。ある工作員は洋館事件直後から別の組織、ある研究員は自らの保身と研究のため政府に、ある傭兵はより多額の報酬のための別の投資家に。

 

 後方180°に旋回したヘリは上層部から新たに示されたポイントに向かって飛び出す。ヘリが飛び去って直ぐに予定地点に表れた集団には気づかずに。

 

 操縦席から街を見渡すが、この下では今も修羅場を演じてる人間がいるのかと思うとやりきれない。そこに私の仲間もいるとならば余計に。

 U.B.C.S.とは所属も命令系統も違うが、同じ企業に雇われた身である以上私達は仲間であることに違いはない。向こうがこちらのことをどう受け取っているかは不明だが。

 

 指定された地点であるラクーン大学に到着。大学の敷地には既に搬出準備が完了後の、例の"ブツ"が入ったコンテナが置かれていた。中身については詳しくは知らされていない。研究中のB.O.Wとしか認識してない。あらゆる薬品による休眠状態らしく、目覚めると、本体の不安定性と狂暴性から回収が困難になるようだ。

 コイツを手にいれて奴は何を考えているのか正直想像ができない。

 一説にはコイツは"T"を既存生物のように増大させた"T"そのものであると指摘もされている。誰が何のためにそんなことを目論んだのかは研究員ですらわからないそうだ。

 

「あなたがこれの運び屋?」

 

 コンテナ付近に立っていた研究員のアフリカ系の職員が男に話しかける。この男同様に、コンテナ周辺に集まっている研究員は全員、アンブレラから離反を示した者達。

 

「そうだ。準備が出来次第直ぐに離陸する」

「少し待ってはもらえないかしら?」

 

 やり残したことがあるのだろうか。女性は脱出に待ったをかける。サングラスで目元は隠されているが、男は「何を言っている」と言わんばかりの、気難しそうに顔を歪める。

 

「理由を聞かせてくれ」

 

 理由もなくこの場に留まるほど、男もお人好しではない。相応の理由が必要なのだ。

 だが、そう問いかける男の目は、男が今まで見てきた多くの研究員にあった瞳の奥の濁りが存在していないように映った。目の前の女性研究員は何か使命感を灯していると感じる。

 

「Tウィルスに対する特効薬のデイライトの試薬がこの研究所にあるのよ。それを完成させれば今回のような事件が起きてもここまでの惨事にはならない。これは私達が研究していたものによって引き起こされたことに対する償い、使命なのよ」

 

 真っ直ぐ男を捉えながら話す女性研究員の言葉は、男が抱いた感じと寸分も狂うことなく一致している。女性研究員の情熱に胸をうたれたのか、男も相応に応える。

 

「......最長で二時間だ。それ以上は無理だ。最悪置いて行くことになる」

「ありがとう。感謝するわ」

 

 満面の笑みで喜ぶ女性研究員。彼女は離れたところで待機している同僚の男性研究員に一連の結果を伝える。男性研究員の方もどうやら彼女と共に研究所に引き返すようだが、U.S.S.の男はその男性研究員に女性とは違う、従来の研究員と同じ濁りが映っていた。しかし、それを直接口にすることはない。

 

「私からも一ついいかしら? なぜ貴方は裏切ったの? U.S.S.であるあなたがなぜ?」

 

「何故裏切ったのか?」そう問いかけてきた職員の女性への回答は先の通りだが、そのことに対しても男は直接口にすることはなかった。真相は男の心の内に留めておくだけ。そんな男の内心に女性が気付くことはない。

 

 遅かれ早かれ確実に男の裏切りは会社に露呈することになるであろう。会社が男の裏切りに気づく頃にはブツもデイライトも喪失しているはずだ。

 会社の失敗は外だけではなく、内側からも離反者、敵を多く作り出してしまったこと。もし、仮に会社が内外に置いて人的財産を丁重に扱い、内部の不満に対して耳を傾けていれば、存続が危ぶまれる程の危機を乗り越えれたであろう。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

 HIVE Level2 floor.

 

 地下プラットホームを目指し、アンブレラ地下施設深部へ足を進めるU.B.C.S.生存者達。彼らがこの街から脱出するための手段は既に1つしか残っていなかった。

 奥へ、奥へと進もうとする彼等の前に立ちはだかる人間の成れの果て。白衣姿に胸のネームプレートが、彼らがこの場所でつい先日まで、変わらぬ日常として勤務に明け暮れていたことを告げている。

 日の光が当たらない地中深い施設であり、どの部屋も空調設備の完備により室温、湿度の調整がなされており、死体の腐乱等が外に比べればましと言える。

 更に、この施設内をたむろする感染者達は致命傷と見られる外傷を負っているものが少ないだけではなく、血液感染と見られるような傷もない。このことからこの施設の職員は汚染物質の経口、吸入による感染であることが伺える。

 

 "Tウイルスは通常液状のウイルスで、揮発性が高く、僅かな量でも常温でたちまち気化することで高い即効性を発揮する。その分残留性は低く、エアゾル状で僅かながらも滞留したりするが、散布直後よりも効果が薄く、持続性は低い。継続的に暴露されていなければ直ちに影響はない。

 その分環境に応じた形へとウイルスが変異するため、あらゆる物質を汚染し完全除染するまで強い感染力をもったウイルスが残り続ける。そのため水等を酷く汚染し、それらを口にした者は、潜伏期間に個人差が存在するが先天的に耐性がない者を除き感染は免れない。"

 

「『T』、どうやらそいつが原因らしいな」

 

 報告書のような紙の束の中から、数枚を抜き出し眺めていた隊員の横から別の隊員が口を挟む。

 資料室のような室内には、似たような書類がファイリングされ、識別しやすいようにナンバリングされている。『Tが及ぼす生体への影響、哺乳類』を初めとしたものが複数。

 どういったものが、どのようにして、といった過程について隊員達は詳しくは知らされていない。アンブレラが悪事に手を染めていることは、前々から睨んではいたが、まさかここまで大規模且つ、深々と浸透していたとは彼らは読めていなかった。

 

「『特殊な環境下での実験を試みるため、南米や南極等の厳酷な自然環境下に研究所を設立することを上申したい』」

 

 雇い主でもあるアンブレラのことについて良くしろうとすれば、本社の人間から『口止め』が入ることが多々ある。実際に彼も一連の過程と結果を見てきた。

 

「『ハイヴ現場責任者ミシェール・K・レディウス』から『ビンセント・ゴールドマンへ』。どの資料にも同じ名前が記載されている。かなりの大物なのだろうな」

「だとしたらこのえげつない実験の数々を、コイツは目の前で見ておきながら平気でいたってわけだな。クレイジーだぜ。コイツだけでなく、ここの連中は」

 

 読むのもおぞましい実験の数々を、隊員達は資料を通して知ることができた。実際の実験を目にした訳ではないが、非常に生々しいそれは容易に想像がついてしまうのだ。

 

「『被験者女性に感染させた昆虫のDNAを組み込んだ受精卵を外科的に組み込む』なんてどこのクソが考えたんだ?」

 

 被験者となった女性の経過、過程もただの記録としてしか綴られていない。

 

『とある研究員の手記』

 

 経過3ヶ月で女性の下腹部は膨れ上がり始める。5ヶ月で更に大きく。それまで順調であった赤子の成長も、6ヶ月が経つ頃には異変が起き始めていた。

 尋常ではない下腹部の膨れ上がりはじめた。次第に胎内の赤子が、胎動を始める。いたる角度から女性の下腹部を突き破ろうとせんと激しく蠢いていた。流石に女性も自分が身籠っているものへの疑心が激痛と共に生じることになった。

 激痛と得体の知れないモノへの恐怖は増す一方。日に日に、もがき苦しむ被験者女性。自分の体に何をしたのか。研究者とアンブレラお抱えの医師達に怨み言を吐き散らす。

 絶食、自傷行為で命を断とうとするため、女性が暴れないようストレッチャーにこれでもかという程鎖、ベルト、手錠、あらゆるものを使用して自由を奪っていく。

 すでにある程度中身が成長をしたため、絶食による栄養素の未摂取はさして問題ではないのだろう。脈動が力強いものになっていっているのがわかる。

 

 7ヶ月を迎える前に新たな研究成果は産声を上げた。

 

 頬骨が浮き出るほど痩せ細せたやつれきった顔の女性。暴れる意欲も話す意欲も失ったと思われていたが、彼女に一時の「生」が与えられた。

 それは絶叫と呼ぶには弱々しかった。家畜が絞められる時の姿が相応しい。血走った眼が私を捉えていたことが頭から離れない。パクパクと動くだけの口が何を伝えようとしていたのかはわからない。

 そんな彼女だが生気を取り戻したかと思えば、ただちに元に、いや、それ以下の容態に急変していった。

 バイタルサインが危険数値(低下状態)を越えはじめた。おどなくして被験者女性は死を迎えた。彼女が死んだのと同時にソイツは現れた。

 女性の腹を食い破るようにして、人間サイズの体毛にまみれた昆虫独特の手足が出てきた。

 

 開発されていたB.O.Wと、開発への経緯が無造作に綴られている。ページを捲る度にシルエットと共にそのB.O.Wがについての知識を隊員達は強制的に得るであろう。

 人間が人間にするようなことではないおぞましさに、正気を失いかねない。なぜこのようなことが平然とできるのか。自分達でさえ、ここまで残虐非道なことを行える自信はない。戦場でまだ敵を殺している方が幾ばくもましである。

 

 このような下劣な行為と比較すれば、誰もが彼らはまだまともであると、口を揃えるであろう。

 医学会が人類の進歩のため、突然訪れる理不尽で困難な現実の解消のために行われるような動物実験等はまだ正当性が感じられる。しかし、ここで行われていることに関しては正当性が毛の先ほどにも感じられないはずだ。100歩譲ってこれらの実験が、ウィルスが今後の人類の糧となり得るものとしても、やり方というものがあるのではないだろうか。おおよそ実験計画を立案しても計画段階でまともな人間ならば頓挫、躊躇、否定する。いや、するべきである。

 

 研究者の飽くなき知的好奇心は性で、その甘味な誘惑には抗えるものではないが、常人思考の彼らを含めた不特定多数の人種には理解できない。

 人間を人間と見てはいない。アンブレラの研究者にとって、人間は人間という一つの単位でしかないという証拠である。

 

「この街の住人も奴等の実験動物だったわけか」

 

 被検体となる人物達は世界中から集められていた。戦争孤児、誘拐、借金のカタ、大金に寄せられてなどなど。割合の多くは身寄りがない者や金銭に困っている者達。一部では、アンブレラにとって不利益になりうる人物の親族を誘拐もあるが、そういった者達は通常とは別の特殊な実験に回されている。

 世界中の国家の中枢とのコネクションを持つアンブレラは、文字通り人材には困らないのである。

 それらの事件の揉み消し、抑圧に駆り出されていたのが他でもない彼らU.B.C.S.であった。どちらかと言えば抑圧に関与してきた彼ら。小さな繋がりであるが、彼らもアンブレラの非道に関与してないとは言えないのだった。

 

「......俺達が東欧の国でデモ鎮圧に行ったときのことを覚えているか?」

「アンブレラの薬品で健康被害を訴えた集団のデモだったな。それがどうかしたか?」

 

 一冊のスクラップブックの、とあるページを仲間に見せる。ペンで国名と日付が書かれたそのページには年齢がバラバラな男女の写真が貼り付けられている。

 

「ばかな......こんなことって......」

 

 貼り付けられている写真の中には見知った顔がいくつもあった。そう、それは自分達が今まで鎮圧してきたデモ参加者達。確保しU.S.S.に引き渡した者達は全て各地の研究所にて非合法な研究の実験体にされていた。その事実に兵士は多少の精神的ショックを受けるであろう。

 

 悪に手を染めてきた兵士達にも、自分達の宗教観、忌むべきこととそうでないことのボーダーラインは設けられていた。実験に関する内容は彼等の許容範囲を大きく超えている。その片棒を担いでいたのは他でもない自分達だった事実による受けた精神的ショックは、兵士の精神を限界まですり減らしていた。

 

 異形の存在だけが精神を疲弊させるわけではない。人間の本性と悪意が人間の心を蝕み、やがて自滅の道を歩ませる。たとえ今日まで生き残った兵士達であっても簡単に壊れるほどに。

 

 



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Mission report23 PM22:30i

 この部屋に入らなければ、いや、彼らが興味本意で資料の読み込むということをしなければ、到底知ることはなかったであろう事実。

 望んでもいない悪事への無自覚な片棒担ぎ。少し考えれば分かったはずだ。これまでの"仕事"のその後を。過剰なまでの企業側の対応について。

 おそらく彼らも薄々分かっていたのかもしれない。分かっていたが、自分達には関係のないことだと。他人事であり、自分達には何の不利益にはならないことだと。

 結局のところ全て自分達の身に、かつてないほどの狂気を孕んだ形として返ってきてしまっている。

 元々そうなる運命だったのかもしれない。この世に生を受け、これまでの成長過程での自らの行い。全てがU.B.C.S.という結果に辿り着くまで予定調和。U.B.C.S.に辿り着いた先に待つものがこれである。

 

 やることなす事全てが無駄どころかマイナスにしか働いていない。地獄に際限などなく、ひたすらに報いを受け続けるしかない。これまでの行いを思い返し、自らへ報いとして返ってきた事実に兵士は激しい自己嫌悪と、精神的披露の蓄積がピークに達しようとしていた。

 

 そんな彼らを見つめる影が一つ、天井の廃棄ダクトの狭い空間に。姿形は見えないが、恐ろしい殺気と邪気を纏うそれは迷い込んだ獲物二体の品定めをするかのようにじっくりと眺めている。

 

 しかし、そこは訓練された兵士達。精神的にも肉体的にも限界に達していようが、それらの気配を肌で感じとっていた。頭を切り替え臨戦体制に入る。

 

 潜むモノも兵士達の空気が変わったことを感じ取ったのか、それとも空腹に耐えきれなくなったのか身を潜めていたダクトから飛び出す。

 その際の音は兵士達に確かな位置を知らせ武器を向けさせることとなる。

 兵士達は自分達を狙う捕食者の姿を見て更なる嫌悪感を抱く。戦闘体制をとることではっきりと見てしまった。その捕食者の姿を。

 

 その捕食者の姿はぱっと見のシルエットは人間と同じである。人間とは明らかに違う爪と体毛、裂けた口元を除けば。

 兵士達にとってゾンビに次ぐ果てしなく人間に近しい存在。ゾンビとは言え心理的に人間の形をしたものに対する攻撃は多少の躊躇いを生じさせる。しかし、目の前の生物はシルエットこそ人間だが、人間とは別の生物的特徴を持つため、戦闘という面では比較的ましであるかもしれない。

 

 だが彼らは別だ。彼らは読んでしまっているのだから。その生物についての資料と、その生物が生み出されるまでの過程を。

 

 にわかに信じがたい実験の産物が自分達の目の前に捕食者として現れる。兵士の一人は空に近い胃袋から何かが込み上げてくるのを、嗚咽を必死に押さえ込む。

 

 鳴き声なのかはわからない音を口から発しながら、嗚咽を押さえ込む隊員にのし掛かるソレ。

 

 速い。

 

 もう一人の兵士が次にソレの姿を捉えたときは既に隣の隊員にのし掛かった直後である。目を離したわけではない。ただ、反応が追い付かない速度でソレが動いただけだ。決して目で追えない速度ではなかった。体が追い付かなかっただけのこと。

 

「ちくしょう! 離しやがれ!」

 

 のし掛かれた隊員は、自分に噛み付こうとするソレの両腕を押し退けながら噛み付かれまいと抵抗する。

 そんな仲間を助けようともう一人の兵士は、銃床部を槍のように突くように打撃を与える。腰を入れ、当たる直前に力を込め確実なダメージが入るように繰り出された打撃。

 ソレの顔面に直撃し、仲間のマウントを解除させることに成功するが、まるで効いてないかのように平然と立ち上がる。その落ち着きようが昆虫のようであり、不気味さを際立てる。

 

「くたばれバケモノ!」

 

 仰向けに倒れている兵士はホルスターから拳銃を抜き、胸部から上だけを起こし、引き金を弾倉が空になるまで引き金を引く。

 ところが、ソレは拳銃の弾が見えているのか、素早い動きで空気のように弾丸を避けていく。縦横無尽に室内を駆け回るソレ。移動する先々に対して兵士が発砲するため、天井や床、壁、机や棚等至るところに弾が当たり、室内に跳弾が舞うこととなる。

 

「くそ、くそ、何で当たらねぇんだ!」

 

 鼻息が荒く、呼吸もはやい。酷い興奮状態の兵士。

 

 それも無理はない。それまで遭遇してきたどの生物ともソレは違った。ゾンビは言わずともながな、ゾンビ犬であっても動きこそは素早いが、直線的な単純な動きしか出来ず、目の前のソレのような縦横無尽な3次元的な動きはしてこなかった。

 木々を移動する猿でさえもう少し規則的な動きをとる。何を考えているのかも分からず、どのように動くかも予測がつかない。ただ本能的に避けているだけ。

 

 よく、昆虫が人間サイズになったらというたられば話で決して敵うことはないと聞くが、それを認めざるえないであろう。

 

「無駄撃ちするな!」

 

 近くの机に身を屈め、跳弾をやり過ごす兵士が拳銃を乱射する兵士に怒鳴る。そんな兵士も変則的なソレの動きに翻弄され照準が出来ない状態である。

 

 攻撃してこない?

 

 身を隠しつつソレの様子を伺う兵士は、ソレが避けることに集中するあまり、こちらへの反撃を意識していないことに気づく。

 

 まさか、アレは単純な一つだけの動作しか出来ないのか?

 

 だが、そう結論付けるにはまだ早く、可能性の一つの段階でしかない。

 

「落ち着け!」

 

 スライドが開放状態となっても焦ってからか、引き金を引き続ける兵士。耐え難いショックの連続で既に冷静さを失っているのだろう。

 仲間が近寄り肩を叩くことでようやく発砲動作を止める兵士。近づいてきた仲間の顔を見上げ徐々に落ち着きを取り戻す。

 

 銃声が止んでしばらく。

 

 室内は辺り一面弾痕だらけで、ソレが駆け回ったことで倒れた棚や机と研究飼料が散乱している。だが、ソレの姿はない。異常なまでの存在感を示したソレがどこにもいなかった。

 おそらく一時的に退散したのであろう。二人の兵士は先程までの邪気と殺気は感じてはいない。

 

「見たか......あいつの顔。口は裂けてやがるが目は違った。目だけは人間みたいだったんだよ......ゾンビどもの白目とは違う。瞳孔のような小さいけど黒い点が確かにあったんだ......それと俺は目が合った......おぞましいなんてもんじゃねぇ......」

 

 仲間に手を借り、近くの棚にもたれかかる兵士。どうやら腰が抜けているようだ。上体だけを起こす兵士が口を震わせながらそう呟く。

 

「ヤツはもういねぇ。一先ずは安全だ。ゆっくり呼吸を戻せ」

 

 思いがけない捕食者に、予想外の被害を被った兵士達。仲間の兵士は、怯える兵士がもう限界を超えていることを嫌でも理解してしまう。

 平静さを取り戻したかのように装うが、仲間の兵士は目の前の兵士が、おそらく次に背けたくなる恐怖が襲いかかってきたら目の前の兵士は壊れてしまうだろうということも併せて。

 

 資料室でするべきことはもう何もないため、二人はパスコード捜索に戻る。

 

 内部の通路は電纜だけではなく、通気孔が至るところにあり、先程の生物はこの中を伝って移動しているようである。つまりは、ハイヴ全体が生物のテリトリー。何処にでも潜めて何処からでも襲ってくる可能性があるということでもある。

 

 次はどこから来るのか? 上か? それとも下からか? もしくはゾンビ共のように扉から急にか?

 

 あらゆる方向が脅威となり、全体に注意を払うことで個々の注意力が散漫になりがちになってしまう。しかも、あの生物は全身が体毛で覆われているのだからか、足音といった動きを伴う時に発する音が極端に小さい。

 

 おそらく足の裏にまで生えている細い幾つもの毛が靴や、クッションの役割を果たし、皮膚が壁や地面に接地しないからかもしれない。

 もし、それが本当であるならあのB.O.Wは他のB.O.Wにはない室内戦における大きなアドバンテージを得ていることになる。ただし、兵士が気づき、立てた仮説が正しければ兵器としては大きな欠点をもつ。

 

「All station,All station. 調査班デルタだ。資料室で未知の敵と遭遇した。これから特徴を伝える、注意されたし」

 

 同じくパスコードを捜索する別動隊に、自分達が遭遇した敵に対して情報の共有を図る。知っているのと知らないのでは、対応までのプロセスが大きく異なってくる。

 

「大きさは人間の成人と変わらないが、全身に体毛が生えており、見た目が昆虫のようになっている。口が裂けており、手足、顎も昆虫のように発達している。狭い空間に潜り込むことができ、奇襲を仕掛けてくる。身体能力も高く、室内といった閉所では3次元的な動きをしてくる強敵だ」

 

 無線越しに、仲間が固唾を飲む様子が思い浮かべられる。その姿の醜悪さを目の当たりにすれば、それ以上に嫌悪するだろう。

 もたらされた情報が、マイナスに作用する悪い報せだけでは士気が傾く。そうはさせまいと、兵士は自身の仮説についても述べる。

 

「ただ、ヤツは知能が低いのかこちらからの攻撃に対して、避けることはピカ一だが、反撃をしてくる様子がない。一つ一つの動作しか実行できないようだ」

 

 出鱈目な情報に踊らされ、危険な目に合うことは少なくない。

 

『そんなの、お前の短い時間での主観だろ?』

 

 初日の彼らがそうだったように。事前に知らされていた内容からは大きく剥離。偏見、思い込みによる人為的生物への驕り。身をもって経験積みだ。

 当然、彼の言う仮説は今日までの街での経験と照らし合わせるところの思い込みでしかない。両者との違いは前向きか、後ろ向きかだけである。その前向きさが時には大きなヒント、助けになることも生き残った兵士達は理解している。同時に一歩間違えば大きな思い込みとして真逆の結果になることも知っている。彼らがこの仮説をどう思うかは、彼ら次第だが、ここで助け船が入る。

 

『いや、その仮説はおそらく正しいだろう』

 

 監視員。どうやら彼はキメラについての情報も握っているようだ。

 

『アンブレラは昆虫の能力の高さに以前から目をつけていた。神経節にあの小ささでの驚異的な能力と、それらを制御する脳を。昆虫の中には音を認識したり、記憶を持つもの味覚を持つものもいる。その能力を人型で制御しようとした初の試みがキメラだった』

 

 監視員は自身が知る限りの情報を語り始める。

 

『ハエは繁殖力も高く、ほとんどの環境に学習し、適合できる昆虫。その中でもショウジョウバエは、場所も記憶することができ、脳の造りの一部は人間や他の生物に類似している。目論みどおりハエと人間の合成は形にはなった』

 

 ここまで聞く限りでは、キメラはアンブレラの傑作ハンターに次ぐ傑作に成やも知れぬ可能性を秘めていたことがうかがえる。

 

『しかし、予想外の事実が発覚した。Tウィルスは多種属との混成を可能とするが、二種族以上の交配は安定性が極端に低い。人間をベースとした場合、大脳皮質への侵食が酷く知能が大きく低下する。そのため、昆虫類のような習性、機能を残したままそれを制御させ、兵器化させることには失敗した。だからこそ一つ一つの動作しか出来ず、その能力を持て余している』

 

 ハンターが成功作となったのは、ハンターを制作するに当たって、爬虫類の習性や個々の能力の付与は考えていなかったからである。純粋な身体の強化と必要最低限の知能だけの確保に研究をシフトしたからである。

 

『だが、気を付けなければならないのが、二次災害で報告されている昆虫類B.O.Wの先祖返りだ。キメラに当てはまるかどうかは正直データーがなく不明だが、偶発的な事故で昆虫が予期せぬ変化をもたらしたことから昆虫ベースなため充分にあり得る』

 

 かつての洋館では、脱走したウェブスピナーが突然変異を起こした結果ブラックタイガーと呼ばれる個体となった。従来のウェブスピナーは糸を出すことは不可能だったが、ブラックタイガーは先祖返りの結果、糸を出す能力を取り戻している。

 

『今後キメラに遭遇した場合は室内では戦うな。戦うなら通路にするんだ。遮蔽物や奴等が逃げ込めそうな空間がないところにおびき寄せて。大概、奴等はエサを見つけたらそれに対して真っ直ぐだ。だが、狭い通路だけなら持ち前の機動性は無意味だ』

 

 監視員の情報全てを一度に吸収することは出来ないが、兵士達にとって彼の情報と助言は聞くに値するものはわかり。他分隊で面識もない彼に兵士達は、彼に対して安心と信頼感を持つようになる。

 

『もし、キメラに関して私が述べたこと以外の奇妙な動き等があれば報告してくれ。私のもつ情報と照らし合わせ、私なりに推察しアドバイスする。勿論他のB.O.Wに関してもだ』

 

 彼の言うとおりにしていれば間違いない。彼の助言は自分達を助けてくれる。自分達を生き長らえさせてくれる。監視員である彼の下、一団が彼に傾倒していくこととなる。

 

 そこから彼らは無事にパスコードを入手し、誰一人欠けることなく、次のフロアへ向かうことができるエスカレーター前に戻ってくることができた。

 その途中、何度もB.O.Wと遭遇した。キメラ、ウェブスピナー、ゾンビ、リッカー、ハンターと。だが、それらを全て監視員の助言の元、傷一つ負うことなく撃退。全員戻ってきたとき、兵士達の監視員を見る目が変わっていた。

 

「これで下に進めるな」

「あんたのお陰だ」

「あんたが入れば全員で脱出できるな」

「この後も頼むぜ」

 

 口々に監視員に称賛と賛辞が与えられる。それに対して監視員は狼狽することなく、クールにそれらを受け止める。「当然のことをしたまででのこと」と。

 彼らは更にハイヴの深部へと進んでいくが、まだ見ぬ深部には何が待ち構えているのか、このまま彼らは無事に脱出することが出来るのか。

 

 ◆◆◆

 

 兵士達が下のフロアへ進んでからしばらく。彼らが通過した後の通路、部屋には無数のB.O.Wの死体があり、それを監視カメラが捉えている。

 死体の一部にキメラが何体か群がっている。死体に覆い被さるようにして何かをしている。一体何をしているのか。

 数分もしないうちにキメラは死体から離れ、どこか別の場所に移動する。死体に目に見える大きな変化はない。群がれる死体もハンター、ゾンビ、ウェブスピナー、はたまたはリッカーと種類もバラバラである。

 更に数分の時間が経ち、キメラが群がっていた死体に変化が現れる。

 死体の皮膚を何かが突き破る。爪のようなものだ。一部分だけではなく、腕、腹部、大腿部、至るところから。内側から突き破られる爪はキメラの持つもののように見えるが、先程までのキメラよりも更に鋭利になっている。

 

 やがて爪の持ち主が死体の内側完全に突き破り姿を見せる。その姿はキメラに非常に酷似している。しかし、爪のように一部が発達、変化している。目の部分は完全に従来のハエのような複眼になっていたりする。

 キメラが群がっていた死体全てから同じような個体が続々と現れる。そして、生後間もないキメラはそのまま何処かへと姿を消す。

 

 非常時はパスコードを通して昇降しなければ、別のフロアには行くことはできないが、それはあくまでも人間だけの話である。

 

 監視員は一つ大きな見過ごしがあった。キメラ生成に使われたハエの個体は一種類だけではなかったということを。

 

 



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Mission report24 PM23:00i

 September 28th PM23:00 Racoon hospital(ラクーン病院)

 

 

 このワクチンが生存者の誰かの役に立てること、または立つことを望んで遺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲運な事故から数時間。重症を負った彼女だが、今は容態は安定している。だが、いつ私達を襲ってくるかわからない。既に彼女は感染してしまっている。他の患者や外を歩き回る連中のように、手の尽くしようがない。負傷時は或いはと思い処置を行ったが、結果的に感染は免れなかった。それを証拠に、彼女の爪は剥がれ落ち、髪も頭皮ごとずり落ち始めている。

 

 変異の兆候が現れ始めても彼女は未だにこちらを襲っては来ない。変異までの個人差なのか、彼女自身が未知の病原菌、ウイルスに抗っているのかはわからない。

 感染の防護と治療の為に彼女を被献体として調査するべきなのかもしれないが、私の中の医者としての良心が、彼女をまだ人間だと認識しており、手をつけることができない。

 

 せめて彼女の意識が戻り、同意を得ることができれば。

 

「先生よぉ、いつまで堂々巡りしてるつもりだ? もうわかっているだろ。あの看護師は手遅れだ。そうなる前に処理するか、あんたの研究の為に手を尽くすかのどちらかを選んでくれよ」

 

 兵士達には何度も助けられている。病院に侵入してくる彼らを何度も退け、研究のための被献体を確保してきれくれている。

 彼らも心身ともに限界が来ているのは私もわかる。急かす理由も、病院が彼らの集団で囲まれており、民間人を含め、脱出のためには無傷では済まない。特効薬、治療薬が何としても必要なのだ。

 

「もう弾もないぜ」

「銃身に一発と弾倉が一本だけだ」

 

 遅くても今日中には完成の目処を立たせなければ、脱出どころか完全に孤立してしまう。

 もう時間がない。やはり彼女に手を出すしかないのか。今までの被献体は全身が犯されており、病状の進行のメカニズムも、体内の細胞がウイルスに抵抗するところが確認できていないため、治療薬を造りようもない。感染初期の彼女なら現在進行でウイルスに対して体内の免疫力が働いているはず。血液サンプルをとり、進行のメカニズムと、ウイルスに対して抗力もつ薬品を見つけれれば治療薬を作ることができる。

 

「迷ってる暇はないはずだ先生」

 

 避難してきた民間人の中には幼子もいる。全員の命運は私次第か。

 

 ラクーンシティ病院内で奮闘を続ける生存者達は追い詰められていた。兵士達の火器は弾薬が底を尽きはじめ鈍器寸前。感染者は減ることなく、食料と気力だけが減り続ける。

 

 病院に立て籠るのは限界。直ぐにでも脱出する必要があるが、無傷では済まない事情から治療薬が欠かせない。傷を負った者を見殺しにすることが出来れば簡単なのだが、苦難を乗り越え、寝食を共にした者達がそう簡単にお互いを切り捨てることはできない。

 生存者の数が多ければ多いほど、支えにもなるが、それは同時に情が湧き、足枷ともなる。兵士達も民間人を見捨てると言う選択肢は持ち合わせていない。

 

「割り切れないなら、あの看護師を処理し、必要な器材等を持ってここから脱出するぞ。こんだけデカい街なら病院も一つだけじゃない。続きはそこでもできる。今なら弾も残っている」

 

 それが最善なのだろう。階層ごと厳重に隔てられ、石垣の上の城のように、侵入者を拒む堅牢なこの病院、この階層にも、いつ何時、感染者がなだれ込んでくるのか。籠城戦における敵を撃退、追い返しするためのものは、有限なれど無限に等しき数の暴力の前に為す術がない状況に追い込まれている。

 

 このまま落城という血塗られた運命の前に没するか。

 

 兵士達の話では、市庁舎に脱出するための定期便なるものが用意されていた。何度か上空をヘリのローターが空を裂く轟音を耳にしてはいた。だが、一昨日の交信を最後に、以降は音信不通であった。

 彼らは市庁舎から来ていた。安全を確保する前に大群よ襲撃にあい、やむ無く退却。彼らの仲間からの最後のやりとりから、市庁舎は完全に放棄されたとのこと。

 

 駆け込んできた民間人達の目には、駆け込んできた時以上の曇りがあった。まるで全てを諦めているかのような淀みだ。

 兵士達の窶れもかなり増している。必死に抑え込んではいるが、気が気でないことが表情からはっきり伝わってくる。妙なことをしでかす可能性が極めて高い。

 

 私の優柔不断さ、決断力の無さが招いている。事後の良心の呵責を恐れ、目の前の命に対する配慮が足りていない。

 

 割り切れ。神も彼女も私の行動を赦してくれるはず。

 

 この時大きく深呼吸し、覚悟を決めたことを覚えてもいるし、誇りにさえ思っている。結果的にこの決断が今後に役立つであろう結果に繋がったのだから。

 

「手を貸してくれ。すぐに取りかかる」

 

 私の目を見た兵士達が、私の覚悟を受け取ってくれたことを同様に目で語っていた。兵士だけではなく、生存者の一団の中で、同じ医者であるジョージという者も手を貸すと申し出てくれた。

 

 民間人を部屋に下がらせ、オペに取り掛かった。手術台に横たわる彼女の血色が誰の目にも明らかなぐらい青ざめている。脈は貧脈で一定ではない。意識もない。血圧も、体温も低い。

 本来ならここから救命処置、ショック状態を管理、安定させるのだが、敢えてこの状態の彼女に手を加えていく。

 

 神経幹細胞、免疫細胞等のあらゆるモノを採取していく。麻酔もせず脳を裂き、開腹、開胸とあらゆる箇所にメスを走らせる。

 

 死ぬ前、ウイルスが体内を支配する前に採った新鮮な細胞だ。必ず免疫効果が働き、ウイルスと戦っているはず。経過を観察し、どの免疫力がどれだけ抗えるか、そこに何を加えれば完璧にさせれるのか。可能な限りそれを調べる。

 

 一つ採取しては観察を繰り返す。このウイルスは恐ろしく感染力が高く、進行も早い。長期の細胞の保存は不可能。採取した細胞も直ぐにウイルスに犯され壊死していく。

 少しでも免疫に拮抗等が見られれば、過去のあらゆる伝染病に対しての血清、抗体を加えていく。かつて大流行した病も、医師達の絶え間ない努力により、その殆どが不治の病から治せる病となっていった。

 

 必ずワクチンが造れるはずだ。

 

 根拠のない自信で一杯であった。しかし、不思議と不可能ではない気がしていた。

 

 作業開始から更に数時間が経過した。提供者の看護師が亡くなったのは程なくしてだ。私達は彼女が再び苦しむ運命を辿らないように処置をし、祈りを捧げた。

 

 彼女は勇敢だった。正に医療従事者の鏡。私なんかよりもずっと。その彼女に兵士達がそれぞれの母国の最高勲章を、あるものを使って簡単ではあるが、作成し、彼女の胸に置いていく。

 

 自らの危険を省みず、困難に立ち向かい戦った彼女のことを兵士達は自分達と同じ戦士として認め、戦士に相応しい勲章を送ったのだ。

 

 彼女の遺体は別室の仮の安置所に置かれた。他の者達と同部屋であるから死しても一人ではない。

 

 それから更に数時間。作業は難航していた。新鮮なDNA細胞が必要だったが、兵士達が自ら採血に名乗りを挙げた。彼らの血を使い何度も何度も同じ作業を繰り返す。そして遂に大きな一歩となる変化が見られた。

 

 ウイルスの変化が比較的穏やかになる結果が見られた。ある病原菌の抗体と、別の生物の免疫細胞を混ぜたモノを加えてみた結果だ。

 完全な抗体ではないが、進行を遅らせることに成功したのだ。これを更に改良すればワクチンの開発に繋がる。

 

 希望が見えた瞬間だった。

 

「やったぞ! ここまで来ればあと一息だ!」

 

 曇っていた彼らの顔にも明るさが戻ってきた。これが完成すれば致命傷を負わない限り、傷つくことを恐れる必要がない。感染している者ならば救う手立てへとなる。

 

 ところが、その先が大きな壁となっていた。はじめにぶつかった壁と同じように、ベースとなるモノは出来たが、それを完成させるモノが見つからなかった。幾度となく試薬に手を加えたが、完成には至らずじまい。

 造り上げた試薬にも限りがあり、残りは僅か。無駄遣いは出来なかった。

 

 そして、私は最初に立ち返る。この試薬を作るためにしたことを。そう、感染した被験者を利用したこと。しかし、再び感染した者を利用しても、感染者となる結果は変わらず、ワクチン開発には繋がらない。

 そこで、感染者ではなく、似たようなモノを使うことを思い付いた。感染者とは別のウイルスに犯された生物達を。

 この病院にもおぞましき生物達が何回も襲撃してきた。その見た目から察するに、ウイルスによって変貌した生物達。人間とは別の結果に至ったあの生物達なら恐らくは。と私は兵士達にも提案した。

 

 兵士達もここまで来て諦めるわけにはいかなかったようで、快く引き受けてくれた。

 

 そして、私達は獲物となる異形の生物達を探した。

 

 白羽の矢が立ったのは、爬虫類のような見た目をした人型の生物であった。

 病院近くの路地にいたそれは、それまでに目撃したモノとは違い、緑色ではなく、青色に近い体表に目と爪がない生物。

 捕獲に取りかかるために、ありったけの麻酔と刺す又を用意した。傷つけずに生け捕りにするためだ。

 

 兵士の一人が囮で一匹ずつ惹き付け、物陰に隠れた二人の兵士が生物の足と上半身に刺す又で圧を加え倒し、私とジョージで麻酔を注入して眠らせた。

 

 二匹を捕獲し、地下へと運ぶ。病院の地下施設には何に使うかわからない、用途不明な装置、機器類が多く、院長と一部の医師しか立ち寄らない施設だった。

 

 ただし、何もかも順調だったわけでもない。

 

 生物を地下に搬送する途中で兵士の一人が感染者の手に掛かった。地上の階層だけではなく、予測だが、地下の存在を知っていた者達が逃げ込んでいたが、その内の何名かほどが感染しており、逃げ場が少ない地下でもパンデミックが起きたのだろう。

 

 そのモノ達を掃討している途中での出来事だった。

 

 倒れ、死んでいたと誤認していたモノが彼の足に噛みつき、痛みに気を取られ、数体の感染者の集団に全身を噛まれた。

 仲間の兵士達が早期に感染者達を取り払い、処理したことで命を落とすことは無かったが、彼も手傷を負うことで感染してしまったのだ。

 

 感染した自分は長くない。壁際に座り込み、そう悟った彼は私の手を握り近くに引き寄せるとこう呟いた。

 

「必ず、必ず完成させてくれ」

 

 今でも脳裏に焼き付いている。力強い彼の目と言葉。信念を持って助力してくれた彼の生き様を。

 

「自分の始末くらい自分でする」

 

 最期にそう言い残し、拳銃を口に咥え、自らを撃ち抜いた。壮絶であった。

 

 病院に逃げ込んできた彼らとは何度も会話をした。その上で彼らは自身の身上も包み隠さず話してくれた。

 

 自害した彼はオーストリアのリンツという都市の出らしく、両親は音楽家で、若かりし頃は両親からの音楽面での英才教育が嫌で、反発から軍に入ったと言っていた。

 

 更に親元から離れるために軍を抜け、傭兵稼業としてユーゴスラビア等を渡り歩いたそうだ。その頃現在の組織にヘッドハンティングされ今に至ったらしい。

 

 彼は28歳で、親に反発ばかりして飛び出したことを後悔していたが、その間の生活も悪くなかったと打ち明けてもくれた。

 

 彼だけではない。彼の仲間も同じように暴露話をしてくれた。上官の娘に手を出し軍を追われた者、スラム出身でまともに文字も読めず、書くこともままならないもの。ジェノサイドに成り行きで加担した罪悪感から、以降聖職者のように聖書を形見も離さず、毎時祷りを捧げるもの。

 

 一人一人、国も宗教も肌の色さえも違うが、誰よりも強く、仲間意識が高かった。話を聞く中で、とても道を踏み外した者達には私は思えなかった。

 

 家族や親友ではなかった彼らが、傷つき倒れていくのが堪らなく悲しく感じる。

 

 生物を巨大なカプセルに収用し、生物から細胞を抽出した培養液を精製する頃には、兵士はたったの一人だった。そんな彼も傷を負ってしまっていた。

 

 無傷なのは私とジョージだけ。

 

「どうやら俺もここまでのようだ」

「何を言っているんですか、今日中に、いや、数時間後にでもワクチンを開発すれば助かります」

「俺にそんな時間は残されていない」

 

 ぐったりとする彼を、二人で支え懸命に励ますが、彼は頑なに首を横に振り続ける。

 

「あんた達はここを離れろ。もうワクチンは諦めて脱出しろ。あんた達を守ってやれる奴等はもういない。地下にはまだ化け物共がうじゃうじゃいる。生き残った連中を連れて一刻も早く」

 

 彼の言葉の後、感染者のうめき声と、異形な生物の鳴き声が耳に入る。

 

「しかし、一体どこへ」

 

 彼は懐から一枚の紙をジョージに渡した。そこに書かれていたのは、この病院の地下水路から外へ脱出するまでの経路。

 

「これは?」

「あんた達には隠していたが、実は俺達で勝手に病院からの脱出ルートを調べていたんだ。万が一はそこから脱出って予定だったんだが、あんた達を見てたらとても自分達だけで脱出する気にはなれなかった」

 

 それと同時に上に上がるエレベーターが到着し、扉が開く。彼は私達をエレベーター内に押し込み、居住していた階層のボタンを押した。

 

「俺達の死を無駄にするな。絶対に生き残れ。地下通路まで安全に行けるよう、道は開いといてやる」

 

 扉が閉まり、上へと上がっていくエレベーター。彼の姿が視界から消えていく。腰元付近、右手でサムズアップしたのが彼の最後の姿。

 

 居住階層に戻った私達は事の顛末、彼らの死を生存者に伝えた。生存者達も彼らの死を悲しんでいた。ジョージは彼から託された脱出ルートを教え生存者達一行は真っ直ぐ病院の下水道に繋がる地下通路を目指す。

 彼の言葉通り、地下通路までの道は安全だった。彼が倒したであろう感染者や生物達の死骸が転がっていた。

 

 地下水路に入る前のダビットにはボートが係留されていた。しかしながら全員乗れる余裕はない。

 

「一人定員オーバーだ。誰が残る?」

 

 生存者の一人が細い声で呟いた。誰もが口をつむぎ、下を向く。当然だ。誰も残りたがるはずがない。

 

「私が残ろう」

 

 けど、私は違った。私には使命が残されていた。やらなければならない使命が。それを達成するまで、この病院を離れるわけにはいかなかった。

 

「......いいのですか?」

 

 ジョージが私に訊ねて来るが、私の決意に揺るぎはない。

 

「彼女と彼らとも一度は約束したのだ。必ずワクチンを完成させると。後は頼んだよ」

 

 ジョージは何も言わずただ頷き、聞き受けてくれた。生存者達も一人、また一人と私と抱き合いボートへと乗り込む。ジョージとは力強く握手を交わし、その後抱き合う。「残念です」と耳打ちをしてきた。

 

 それに私は返事はしなかった。

 

 ボートが動き始めると、私は無言で彼らを見送った。ボートが見えなくなるまでずっとだ。

 

 そして再び私は地下の培養室に戻り生物から抽出した適合細胞の培養液の完成を待った。この培養液と私が造った試薬を混ぜれば私の立てた仮説、理論通りならワクチンは完成する。

 

「たったの一つだけかもしれないが、このワクチンが誰かの役に立つことを願う」

 

 それと、この病院に来る者達。全身がヒルに覆われている生物には気を付けろ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 September 28th. PM23:00 Wilderness(荒野)

 

 ラクーンシティの県境付近の荒野。舗装された道路があるだけのこの道端に乗り捨てられた車輌が一台。

 

 ハンヴィーの中は血溜まりと、血潮で赤く染め上げられている。そのハンヴィーの運転席には一人のU.B.C.S.の死体が残置されていた。両目を何かでくり貫かれ、苦悶の表情を遺すその死体。その隣の助手席にはどこにでもある帽子だけが不自然に置かれていた。帽子は隊員の被り物ではない。しかし、帽子の持ち主はどこにもいない。

 

 放置されたハンヴィーから数キロ離れた道路を、街に向かって歩く人物が一人。照明もない暗い道を緩慢に歩く。

 

「やはり、この数だけではダメね。それもただの生身では足りない。もっと数と強い個体でなければ」

 

 その者は独り言をぶつぶつと呟く。

 

「自己復元で体は戻りつつあるけど不完全」

 

 首や体を動かしながら歩く女。体を動かす度に体の中を何かが這うように波打つ。生身の人間には決して見られない現象。

 体は女のだが、格好がまるで男のようである。緑のシャツに弾倉ポーチが着いたジャケットにジーンズ。女がするような格好には思えない。背も高く、体格も着てる物よりもやや細身で異なる。まるで"体だけが女になった"ような不自然さ。

 

「そうよ。あの街にはアレがあるじゃない」

 

 女は、キツイ目をしてるが、決して不細工ではなく、鼻は高く、肌は艶と張りがあり若々しい。唇は触れたら弾むような弾力性があり、魅力的だ。顔も小顔で知的なキャリアウーマンを思わせる女は、モデル顔負けの笑みを見せる。が、その笑みは内に潜む心の醜悪さが滲んでもいる。風に靡く茶髪の長い紙が女の顔の前に流れ、目元を隠し、口元だけが露出し、そのままの状態でこう呟いた。

 

「待っていなさい、ウィリアム」と。

 

 

 U.B.C.S.生存者20名。死者100名。

 

 

 



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9月29日
Mission report25 AM07:00i


 September 29th PM07:00

 

 作戦開始から3日目。銃声、サイレン、悲鳴。そのどれもがめっきりしなくなった。生存者が全滅したか、抵抗、移動を止め物陰の隙間に身を寄せる羽虫と化したかのどちらか。或いは奇跡を信じ行動した結果、街を離れることが叶ったか。

 しかし、街からの脱出は文字通りの奇跡。よほどの運の持ち主でなければ引き寄せれない。空路、陸路、水路。脱出する手段は幾つかあるが、怪物達との戦闘遭遇は避けられない。運だけではなく戦闘力も欠かせない。

 何人もの生存者が脱出を目指した。だが、結末は無情そのもの。その結末によって、脱出路のほとんどが、行動の結果成り果てた者達によって更なる脱出の壁、障害となってしまっているのは皮肉なものだ。

 

 それでも脱出を考える者はゼロではない。

 

 卓越した能力と、それらがもたらした運命力が彼らを生かし続ける。彼らは知っている。何もせず、時間が何もかも、全てを解決することがないことを。

 待っていれば救援、援軍が来るなんていう都合のいい事態は決して起きない。

 

『隊長! 朗報です! 脱出できる可能性が見つかりました!」

 

 希望を信じ続ければ活路が開ける。行動せぬ者に未来は来ない。

 

『内容は?』

『救助用のヘリからこんなメモ書きがありました』

 

 "誰か生き残っている隊員がいるなら時計塔を目指せ。鐘を合図とすれば回収に向かう。燃料は29日の夜まで持つ。時間がない。諸君の無事を祈る。U.B.C.S.ヘリパイロットより。"

 

 ただし、その未来が明るいかどうかは別である。希望を信じたものが必ずしも報われるとは限らない。希望が絶望へと変わることは多いが、逆の現象は少ない。

 

『時計塔ならここからそう遠くはありませんね』

『これが最後のチャンスかと』

『隊長、ご決断を』

 

 彼らの目を見てみよ。皆、希望に満ちた恐ろしい顔をしている。人が持つ期待値が大きい時ほど恐ろしいことはない。しかし、人というものはその恐ろしさには気づけぬ。気づけても認めようとはしない。

 

『装備を確認次第すぐに出発だ。夜まで待つのなら時間は十分だ』

 

 U.B.C.S.の生存者でも、分隊員全員が生存していることは極めて珍しいこと。大抵の場合、隊が壊滅し個々に生き残っていることがほとんど。それを防ぐことができるほどの指揮と技能を持つのがらこのロシア人の隊長なのだろう。

 

 隊でも随一を誇る結束力もつ分隊。どんなに危険な任務も負傷者を出すことなく生還し続けてきた。

 

 当然のことながら、時計塔を目指すのは彼らだけではない。各地に散る隊員達の中で明確な脱出手段を持たないまたは、見つけれない隊員達にとっても朗報。

 

『時計塔か』

『時計塔に!』

『時計塔を目指すぞ!』

『神も捨てたもんじゃないな!』

 

 一番遠い者で10km以上離れている。紙を拾った者の中には一般人も含まれ、籠城を決め込んでいた市民が、身近な物で身を固め街道に繰り出す。

 ここにも奇跡を信じる者達が残っていたのだ。時計塔を目指す市民の心中は「脱出できるだけではなく、もしかすれば同じように時計塔を目指す者と合流し、心強い味方ができるのでは?」というものである。待てど暮らせど、救出が来ず、備品等を自ら調達していた図太い神経の持ち主達であればこその行動。もちろん、そのような市民ばかりではなく、変わらず籠城をする者、そもそも外に出てないため、その情報すら知らない者もいる。

 

 "時計塔......一同がそこを目指せば自然とデータ収集の材料が揃う。他の監視員もそう考えるだろう。ならば私のとる行動は......"

 

 そんな中でも"異物"はまとわりつく。邪推を覚える輩は健全な目的の裏に目をつけ、隙に漬け込む。

 

『隊長、13時の方向から敵です』

『数が多い。交戦は避けられないな。いつものように切り抜けるぞ』

 

 拠点としていた住居を離れた分隊は、住宅地で早くもゾンビの集団と遭遇。彼らの言う「いつものように」とは横隊で進行し、それぞれが必要最低限の発砲だけし、動きの鈍いゾンビの脇や横をすり抜けていくというもの。相手が道具を使う人間ではなく、動きの俊敏な肉食動物でもないが故にできる行動である。それでもゾンビの存在に動じず、ゾンビの行動を見切っていなければできぬこと。

 

 この分隊にとって、ゾンビは脅威となるものでは既に無く、動く障害物程度にしかなっていない。その証拠に彼らは発砲すらせずに、銃床部や弾倉部付近、はたまたは素手でゾンビの頭部といった箇所に打撃を与え、怯ませている。

 銃を撃つだけが銃の使い方ではない。接近時における小銃の運用は打撃による効果が高い。近代において銃格闘をする機会が少ないためそこまで力を入れていないだけで、重要な戦闘手段。それに加え、日々の訓練の中で素手での格闘訓練もしているため、プロボクサーには及ばないが、彼らの拳は十分に人を殺せる。

 耐久力が上がっているとはいえ、ゾンビは生身。殺せはせずとも、怯ませ通り抜けるのならこれ以上ない選択肢である。

 

『道中がゾンビだけなら楽勝ですね』

『ヘンテコな爬虫類、犬、脳ミソ剥き出し野郎と、障害は多いけどな』

『よほどの大群でない限りソイツらでも怖くはないね』

 

 軽口を叩く余裕があるほど、彼らにはゾンビが障害物とすら認識されないでいるのだろう。

 

『気抜いてると足元掬われるぞ』

『ゾンビになったら真っ先に殺してやるから安心しろよな』

『冗談はほどほどにしておけ』

 

 中央を歩く隊長が一喝、隊員達もそれ以降は一言も茶々を入れることなく黙々と行進。

 

 結果、この道に置いても彼らは無傷であった。

 

 後方から通り抜けた彼らを、執拗にゾンビ達が重い足取りで後を追う。そんなゾンビに目をくれることなく、分隊は住宅地を後に市街地へと戻っていく。

 

 自分達の先は明るい。自惚れでも過信でもない実力の現れから分隊の隊長ですら、自分達のことの今後についてそう思っていた。

 

 そんな彼らに暗雲が差し込むのはそれから数時間もしない時のことである。

 

『やっぱり楽勝でしたね』

 

 市街地へと戻った彼らは一息つくために、細い路地に腰を下ろしていた。リミットが近いが、急いでいるからこそ適度に体を休め、万全の状態を維持する必要があった。この休息のお陰で隊長は常に隊員の状態と装備を把握し、状況を冷静に判断することができた。それは分隊員にもいえた。

 ゾンビや化け物が彷徨く市内で安全な場所を確保するのは難しい。休息を得るために躍起になってしまってはかえって、冷静な判断力を失い窮地に陥ることもなくはない。

 隊長が恐れているのは分隊の分断。一人でも欠けることによる、分隊の崩壊の起因を作りたくはないからである。仲間を失うことによる精神的ダメージや負担の増加は、ソ連時代とゲリラ時代に何度も経験してる彼だからこその恐怖心と言えよう。

 

 しかし、この時ばかりは先を急ぐべきだったが、それは結果論でしかないのかもしれない。

 

『......え?』

 

 セレクトショップの壁にもたれる隊員の腹部に違和感が走る。生暖かいナニかとそこから垂れる液体が迷彩服に染み渡る。

 

『なんだよこれ?』

 

 彼の前に座る隊員が、彼の異変に気付き小さく悲鳴をあげることで周囲も、彼の異変に気がつく。

 染み渡るものは当然血液であり、彼の腹部から20cmほど突き抜けているのは、ピンク色に近い赤色の触手のようなものであり、それが生き物のようにうねっている。

 

 隊員の腹部に現れた触手は、その顔を引っ込める。やがて、鼻と口からも血を流す隊員はそのまま地面に横倒れとなった。彼の背後の壁には触手と同じ大きさの穴が空いており、触手は壁の向こうから現れたようだ。

 

 触手が消えたその直後、セレクトショップの壁にヒビが入る。そして壁を破壊し2m近い人型の生物が姿を見せた。

 

 皮膚は爛れ、意図的に縫い合わせらた爛れた皮膚が右目を隠し、左目は白く濁り、唇は焼かれたのか存在せず、上下の歯茎が剥き出しになっている。特性のトレンチコートのようなスーツが身を守る生物。

 

 B.O.W.103型通称追跡者のネメシスが彼らに牙を剥いたのだ。

 

 別の指令を与えられているネメシスだが、他のタイラントと同様に生存者や邪魔物は始末するように最重要目的とは別に指令が予めインプットされている。

 

『スタァーズ』

 

 低い声で独特なダミ声を挙げるネメシスは、横たわる隊員の頭部を踏み潰す。抵抗するまもなく死亡する隊員。

 

 予想だにしてないB.O.W.の遭遇に分隊の動きが固まる。もっとも早く動いた、殺された隊員の横にいた隊員は、殺された仲間の仇を撃とうと小銃を構え、引き金に指をかけるが、ネメシスの右手から伸ばされた触手が隊員の右腕を貫く。直後、ネメシスが右腕を上へ挙げると触手も連動し上に上がる。下部から上部へと腕部が裂け、隊員の右腕が千切れ落ちる。

 タイミングが悪いことに、引き金に指をかけていたため、腕が千切れる時には引き金が引かれており、落ちた腕が握る小銃は引き金が引かれ続ける。だが、それを制御する体はなく、弾が発砲される度に銃と弾、腕が地面で暴れる。

 

 暴れた銃弾が別の2名の隊員に命中する。その隊員達は頭部や胴体至るところに弾丸が命中しており、即死。

 

 腕が千切れ悶える隊員にも、ネメシスの容赦ない追い討ちがかかる。

 

 Tウィルスと、あらゆる薬物による限界までに増強された筋力による右ストレートが隊員の頬をとらえ、首が飛ぶ。飛んだ首が分隊長の足元に転がる。

 

 わずか1分未満の出来事。そのわずかな時間で4名の隊員が命を落とした。

 

 仲間の死を悲しむよりも先に、生き残った隊員達は路地をから大通りにへと待避。その間際に路地に5人は手榴弾を転がす。

 5つの手榴弾による爆発は破片による殺傷だけでなく、爆風による殺傷能力も増している。これがゾンビや他のB.O.W.であるなら決着はついていたであろう。

 

 爆煙の中から再び触手が伸ばされる。左胸部を貫かれた分隊長。小さくこもった悲鳴をあげ、その場に膝をつく。そんな彼に寄り添い肩を貸す隊員達。

 

 手榴弾の爆発をものともせず、ネメシスは路地からゆっくりと大通りに歩を進める。

 

 手榴弾の爆発と隊員の銃声がゾンビ達を呼び寄せてしまう。

 

 ネメシスとゾンビに囲まれる形となった分隊は苦戦を強いることとなる。

 

 ゾンビとネメシス。この両者の挟撃は隊員達に余裕を見せる隙を与えない。どちらかに気をとられればどちらかの接近を許す。固まっていた分隊も徐々に分断されていく。

 

『撃て、撃つんだ! よせ! 分断されるな!』

 

 負傷しながらも抵抗する分隊長。しかし、そんな彼の叫びも空しく、分隊は散り散りになる。負傷した隊長を連れ共に残った1名の隊員は、追撃のネメシスとゾンビをかわしながら前に進む。

 急所に近い部位を負傷し、出血も酷いため、意識を失いつつある分隊長。霞む意識の中、彼が記憶しているのは懸命に励ます隊員の声と、ゾンビ達の醜い顔。

 

 隊員は通りの中心で乗り捨てられた路面電車を発見する。車内には何もなく、負傷した分隊長を座席に寝かすと、運転席へと急ぎ無我夢中で操作を始める。

 

 発進を始めた路面電車は何処へ向かうかわからない。隊員は一刻も早くこの場から離れることばかり考えていた。分断された仲間のことは「あいつらなら大丈夫だ」と自分に言い聞かせ、自分を納得させていた。

 

 あてもなく走る路面電車は終点と思わしき場所へとたどり着いた。それは警察署があるエリアであった。

 

 従来の速度を越える猛スピードを出した路面電車は、終点前でブレーキを効かせるが、スピードを出し過ぎたため、速度を殺しきれず、若干勢い余って終点場所の金具へと激突。車内が大きく揺れる。

 

 座席に寝かせた分隊長の様子を見にいく隊員。先程の衝撃で床に落ちてしまっていた。すぐさま座席にあげ、観察を始める。

 観察の結果、思わしくない傷を処置するため、一人残すことに不安を覚えつつも、電車を降りて、医療品を探しに出る。

 

 ところが、この隊員がここに戻ってくることは二度となかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 September 29th 16:00 Tram(路面電車)

 

 列車のような駆動音と衝撃音がある隊員の耳に入る。

 

 隊員は音の方向へと進むと、路面電車が止まっているのを発見する。拳銃を抜き警戒しながら車内に入ると、負傷者を発見。横たわる負傷者の体をなめ回すように見る。

 

 隊員は記憶を辿り負傷者の情報を引き出す。別の分隊で分隊長を務めていた男であることを思い出す。更には面識は無いが、同郷で同じ組織に属していたことも思い出す。

 

 負傷者の状態は一目で思わしくないことがわかり、適切な処置を施さなければ長くないこともわかる。

 だが、隊員にとって彼の生死はどうでもいいこと。彼が気にすべき事項は別にあった。

 

 負傷者した者の傷口が従来のB.O.W.とは別であることだ。ゾンビやリッカー等とは違う生物の手に掛かったことが、彼のデータ収集の目的の目にかかったのだ。

 

 これがゾンビ等に襲われていたのならばすぐに処理していたであろう。

 

 手持ちの端末に彼の状態のデータを入力する作業の中、路面電車の扉が開く音がした。

 

 作業を中断し、後ろを振り向くとまた別の隊員が立っていた。他の生存者が彼と同じように音の出所に向かっていたのであろう。

 

「誰だ?」

 

 一応の警戒で銃を向ける隊員。

 

「銃を下ろしてくれ。俺は仲間で負傷もしてない」

 

 見たところ20代半ばの比較的若い隊員のようだ。だが、これといって思い当たる人物はいない。一般の隊員なのだろう。警戒するような奴ではなさそうだ。

 

 銃を納める隊員。部隊の長として振る舞えば害になることはなく、自らが切り捨てた部下のように、使いようによってはデータ回収の手駒、もしくは万が一の囮になるとしか見ていない。

 

 対照的に若い隊員は、ようやく生きている仲間に会えた嬉しさ、喜びが見え隠れしている。

 

「コイツは酷い」

 

 横たわる負傷者に気づいた若い隊員が詰め寄り、同じように状態を観察する。

 

「一体ナニに?」

「私も今しがたここに来て同じことを思った。ナニがしたのかは不明だ。今まで遭遇した化け物達の傷とは思えない」

 

 彼は嘘をついている。負傷者がナニにやられたのか。その情報を全て網羅しておきながら、若い隊員に話を合わせる。

 

「これを頼りにしていれば仲間と合流できると考えていたが、その内の一人とはこんな再会になるとは」

 

 ばつが悪そうに首を横に振る。手遅れとまではいかないが、負傷者を連れて行けるほど生易しいものではなく、できれば出会いたくなかった一人であるからだ。

 

「あんたもそうだろ?」

 

 時計塔のことが記されたメモを見せる。「そうだ」と言い、隊員も同じものを見せる。

 

「だが見捨てるわけにもいかん」

「あぁ」

 

 それっぽい発言をすることで信頼を勝ち取ろうとしている。信じきるものを利用することが一番楽であるからだ。

 

「ここは一先ず安全のようだ。ここを拠点に生存者と医療品の確保をするぞ」

「この辺の捜索は俺がしよう」

「ならば私はこの車内を調べる。彼を一人にするわけにもいかないからな」

 

 若い隊員は仲間であるということだけで隊員を信用しきっている。同じ組織に所属はしているものの、隊員は仲間と呼べるようなものではなく、彼に仲間意識など存在しない。利用できるものは利用し、そうでなくなったもの、不利益となるものはことごとく切り捨てるそういう人間なのだ。

 

 こうして3人は邂逅を迎えた。今後加わる彼女の存在が彼らの運命に関わってくるのはもう少し後の話である。

 

 ◆◆◆

 

 仲間を喪ったのはこれで何度目だ。最初に喪ったのはアフガニスタン。同僚と部下、分隊員を全員一斉に。目の前で為す術なく。自分がそれまでしてきたこと全てが否定された瞬間。かつて無いほどの無力感と虚無感。何より自分にも、無謀な命令を出した国にも何度も怒りで我を失いかけた。

 

 また俺は繰り返してしまった。二度と味わいまいと固く決心したはずだったのに。

 

 気が弱く、周りに流されがちで何故軍やU.B.C.S.に入隊できたのかさえ不思議だった"デリー"。

 

 差別主義者で白人以外を認めようとせず、ことあるごとに有色人種達とトラブルを引き起こし続けた"タンバリン"。

 

 力は強く勇敢で逆境を楽しむ前向きな性格だが、少々獅子のような蛮勇さも目立つ危うい"カイゼル"。

 

 分隊一のワルでヤク中で、更正の余地はない。だが、仲間意識が強く、誰よりも仲間思いな"シーザー"。

 

 女に目がなく、刺されかけたことは数知れず。U.B.C.S.でも1、2を争う美青年の"ベルモンド"。

 

 U.B.C.S.でも数少ない汚職に手を染めず、高額な報酬で入隊を決意した3児の子の父親で、私の次に年齢が高い"ジェイ"。

 

 戦争中毒で、戦闘が無くては生きていけなくなってしまった戦闘被害者、悲しき兵士"フィガルロ"。

 

 人格者で部隊を纏めるのにも尽力してくれ、かつプライベートでも交遊もあったドイツ人の"リカルド"。

 

 みんな......すまない。



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Mission report26 PM22:00i

 September 29th PM22:00

 

 警察署を脱出した生存者達が乗る輸送トラック。街中に築かれたバリケードにより、思うように市外から離れれないでいる。

 迂回に迂回を重ねる途中で、何人かの生存者を発見。トラックの搭乗人数にまだ余裕が残っていたため、生存者を発見する都度、救出を行っていた。

 

 憧れの上司の死に涙を浮かべていた婦警。同僚に励まされることで少し落ち着きを取り戻していた。

 

 そんな彼が常々部下や周囲に豪語していた意気込み、言葉がある。"常に正しくかつ、危険を恐れることなかれ。"

 

『警官に恥じることがないよう、正義の為に行動せよ。危険を省みないことは、命を粗末にすることではない。だからといって責務から逃げるのも違う』

 

 彼女が新米として配属されて初の強盗事件にあたっていた時のことである。配属初日の上司の言葉を行動で示そうとした際、怪我を負い、一足先に帰還。

 事件解決後、凹んでいた彼女に改めて上司はアドバイスを送る。

 

『新人、事件に対する姿勢と熱意は認めよう。だが、自分の力を見誤るな。自分にはどれだけの力があり、何ができるか冷静に判断しろ』

 

『この先お前は警官として多くの現場を経験し、多くの失敗を積むだろう。その失敗を忘れるな。胸に刻め。そして学べ』

 

 亡き上司の言葉と思い出。二度叱責されることはなく、良き指標にもなり得たアドバイスを聴くことももうできない。

 警官としてだけではなく、人間として彼女はこの事件を契機に一皮剥けるだろう。このような絶望的な状況において、常に正しくあろうとする者が成長しないはずがない。

 

 "マービン"、私は負けません。

 

 泣き虫でひ弱だった女性の姿はそこになかった。

 

 視点は変わり、警察署から共に脱出した隊員達。車内で二人の仲間の最期を女性から耳にしていた。驚く様子も悲しむ素振りも見せなかった。

 

 過酷な戦場で仲間が死ぬことは、彼らにしてみれば日常と何ら変わらないものであるからである。何時誰が死んでもおかしくはない。その都度感傷に浸っている暇もなければ、そこまでか弱くもない。

 

 ここまで見れば冷酷なリアリストに映るであろう。兵士の性分からすれば、そうでなくてはならないのかもしれない。

 警察署で散っていった勇敢な警察官達が、女性達に思いを託したが、二名の兵士が残った彼らに託したものはない。

 

 あいつらは負けた、死んだ。それだけでしかない。

 

 だが、二人の最期は聞いている。トラックを動かすため自らを犠牲にしたと。トラックを奪還すること、それが二人に与えた任務。任務を達成することにおいて、成すべきことは幾つかある。時には任務の為に危険を省みず、また命を投げることになることもある。

 命を賭して任務を全うした心意気、判断、精神は称えるに値する。

 

「二人に」

 

 酒の代わりに食糧品の中にあったペプシを開け、二人で乾杯する。俺達なりの流儀で二人を送る。

 

「あー、酒が恋しい」

 

 缶のペプシを一気飲みし、空になった缶を投げ捨て同僚がもの恋しそうに呟く。

 10代を最後に飲んでいなかったが、当時飲めてたことが不思議なくらい飲みにくい。甘さもそうだが、ビールとは違う炭酸がきつさを物語る。兵士にはジュースではなく酒だな。

 

「感傷に浸っているところ悪いが、お二人さんこの後のプランはどうするんだ?」

 

 座席に浅く腰を掛けてる男性警官が案を伺う。警察署から離れ、街の郊外に向かう通りの傍らのこじんまりとした空き地にトラックは一旦停車している。当初の予定ではこのまま郊外を突っ切って脱出であるが、予想以上に進路に障害物が多く迂回することを余儀なくされていた。

 

 窮地を脱してからノンストップだったため、ドライバーの休憩と市民の脱力の為にも停車は必要だった。事故を起こされても困るからな。

 

 ドライバーを含めた警官が3名と、U.B.C.S隊員が2名、そして市民10名ほどを乗せたトラックが警察署を出て1時間。間もなく日を跨ぐ。ラクーンシティ最後の時間まで間もなくであるが、彼らはそのことを知らない。ここまで来ればおおよそ関係はないことではあるが。

 

「ここに来るまでに何人かの生存者を拾ってきた。おそらくまだこの先も取り残されている、籠城している市民がいるだろう。出来る限りの市民を回収する。目指すところは変わらない」

 

 座り心地の悪いトラックから続々と市民が外に出て体を伸ばす。状況によってはしばらくどこかに身を寄せることも考え、食糧品も可能な限り積んできた。

 一息のつきかたはそれぞれだが、ようやく安心できたことで顔の緊張が解れている。油断すればそのまま地面に横になり寝落ちするぐらいに。

 

「これ以上市民を乗せるのは厳しいかもな。かなり席を積め座ってギリギリだったからな」

 

 空になったトラックの座席を見ながら警官が答える。

 

 たしかにかなり窮屈になりながらここまできた。おそらくあと乗せれて2、3人。もう1台車両があればいいのだが。

 

「最悪食糧品をここに捨てていけばもう少しゆとりは出来るかもな。席ではなく床に直接座る形になるが」

「そうだな。休憩はここが最後で食糧品も捨てていこう。この分なら日出前には街から出れそうだからな」

「郊外を抜ければ一本道。その先は舗装された山道とトンネルが1つあるだけで障害となることもおそらくないと思います」

「後はゾンビがいないことを祈るしかないよ」

 

 俺達の輪の外にドライバーの警官と婦警が近寄る。目で見て分かる程の疲労感を出すドライバーとは対照的に気持ちを持ち直し、顔に張りが戻り、有り余る活力と頼もしさを見せる婦警。性格の違いなのだろう。しかし、よくここまで頑張ってくれた。目の前の彼もそうだが、我々二人だけでは無理があった。

 市民の目線からしても、身近なのは警察であり、警察署からの仲のため我々にも心を開いているが、身の回りの世話やさりげない気さくな会話といった、場を和ませることにおいて、彼らを我々は越えれない。

 

「物理的に排除できる障害なら、これが最後だから全弾置き土産としてくれてやるさ」

 

 警察の彼らだけではない。たったの数日間とはいえ我々を支えてくれた最も偉大な友。故障や変形は見られないが、随所に擦った絆や打撃時の返り血が固まった痕跡で良い具合に傷ついている。

 今一度自分の体を見てみても、汗なのか血なのかはたまたは、チビったものによるものなのか、わからない具合に湿った後が残る戦闘服。

 

 酷い臭いなのだろうな。

 

「よーし、ボチボチ出発といこう。お互いに装備を確認して車両も良ければ出発だ。市民にも伝えてくれ」

 

 座席に座っていた3人も外に出て、警官、隊員が輪を作り装備を確認する。数は少ないが街を出るには充分な弾薬があることを再確認し、車両もエンジンの不調や燃料漏れといった不具合がないことも確認できた一向。

 

 話の通り食糧品はこの場に捨てていくようだ。市民も協力して、座席奥から食糧品が詰まった箱を外に出していく。箱が詰め込まれていた空間が空いたことで、その場に積めて座れば座席の残り僅かな空間を、更に密着することであと5人は座れるようになった。

 

 トラックが空き地を出てからしばらく。中心部から離れ街の外が近いことを意味しているのか、ビルや商業店といったものが少なくなってきている。

 彼らが言っていた通り、なるべく多くの市民を連れていけるように、生存者の合図を見失わないように徐行よりもやや早いスピードで街を走るトラック。

 

 住宅であれば、要所要所にベッドのシーツや窓に直接スプレーで救助を求めるサインが描かれたものがある。それ以外の場所、ものであれば人為的に点滅させられた光源といったものがある。

 

 それらを見つけ近場であれば、その都度確認に向かう一向。実際に確認に行くのは二人。常に兵士と警官がセット。トラックのエンジンは切らずに直ぐに動けるようにしている。余程大群に囲まれたりしなければトラックが身動きを取れなくなることはないだろう。

 しかしながら、万全を期してゾンビがある程度集まるようであれば直ぐに確認者達は引き返しその場を後にすることになっている。

 

 もし、生存者が残っていれば見捨てる歯がゆいことになるが、現にいる生存者達を擬声にするわけにもいかないためであった。それに、ここまで何軒かを確認していた彼らは既に手遅れか、もぬけの殻のどちらかがほとんどであったため、期待薄でいるのも正直なところである。

 

 空振りが続く中、あるところから発光信号のようなものが送られていた。

 

「車を止めろ」

 

 助手席に座る隊員が車を止めさせる。双眼鏡を取り出し光源を見つめる。

 

「また蛍光の点滅とかじゃない?」

 

 光源の空振りのほとんどが、蛍光灯やランプの切れかけの点滅なため、今回もそうだろうとドライバーが口を挟む。

 

「いや、明らかにタイミングをずらして送っている。生存者だ」

 

 間隔もバラバラかつ、信号として送られている光を見つけた隊員は生存者であると確信。運転席の中心部の小さな引き戸を開き、後部座席の仲間に生存者がいることを伝える。

 

「たしかか?」

「あぁ」

 

 サイドミラーを確認し、助手席後方付近にゾンビがいないことを確認すると、車を降り、左半分を確認すると反対側の確認を行う。ドライバーも隊員が反対側に回る前に、運転手側のミラーで右半分を確認する。

 やがてトラックの全周を確認し終えると、ドライバーに合図を送り、ドライバーが後部座席の乗員に安全の合図を伝える。

 

 外の隊員は左半分、ドライバーは前方を6割右半分を4割とした最低人員での警戒を続ける。合図を受け取った座席側の隊員と男性警官は顔を見合せ、同時に一回頷き勢いよく座席の扉を開けると同時に銃を構え、後方の警戒をする。

 

 隊員、警官の順に外に出ると残った婦警と市民が座席の扉を閉める。

 

「場所は?」

 

 警官と隊員は直ぐに発見者の隊員のところに駆け寄る。

 

「あの建物だ。距離は直線距離で200mといったところだ」

 

 光源を見つけた隊員が指差す方向は、いりくんだ路地のようなところに位置するマンション。とてもトラックで近くまで行けるようなところではなかった。

 

 駆け寄った隊員も双眼鏡を受け取り光源を確認する。

 

「間違いないだろう」

「行くのか?」

「あぁ」

 

 周囲を確認しながら警官が訪ね、それに間髪いれずに答える隊員。

 

「それなら早いとこ向かうぞ」

 

 場所を確認した隊員は双眼鏡を返し、警官と一緒に目的に向かって走り出す。残った隊員は引き続き外で警戒を続ける。

 

 決めつけとして、万が一警官がドライバーに10分おきに連絡をしてすることになっている。それが二回遅れたり、ドライバー側から呼び掛けて返事がなければ彼らを諦めることになっている。

 

「道はわかるのか」

「ここら辺はよく知っている。街が発展する前の最初期の風景が残る場所だ」

 

 アンブレラが支援を行う前のラクーンシティの面影が残る景色。お世辞にも綺麗な場所とは言えない。家と家の距離も近く道も狭い。

 

「ここはラクーンの中でも取り残された感じの場所だ。発展に馴染めず、ここに慣れた年配者が多い。"こちらケビンだ、予定通り進んでいる"」

『信号は引き続き送られているよ』

 

 道を駆けながら話す警官。お互いに距離を空け前後互い違いになる形で進んでいく。つきあたりのL字であれば左右それぞれの進行方向を壁際から銃と体を一直線にし確認し、もう一人が後方を警戒。T字路であれば左右を同時に展開警戒、スラロームのように続く道であれば、膨らみながら進行するといった、息の合った形でスムーズに二人は進む。

 

 そして薄汚れたマンションにたどり着いた二人は、信号のあった5階まで非常階段を登りながら進む。

 

「大丈夫だ気付かれてない」

 

 各階層でゾンビが彷徨いているが、幸い二人に気づく様子はない。通りを抜けたときとは変わってふたりは足音を立てないように慎重に階を登っている。

 

「よし、この階だ」

 

 5階にたどり着くと、素早くその階にいるゾンビの対処にあたる。

 

 隊員が横たわる死体を貪るゾンビ2体を一体ずつナイフで速やかに処理し、死体にもナイフを突き立てる。警官は二人に背を向けて歩くゾンビの首の左半分を右手で掴み左手で顎を固定し、勢いよく反対に回し頸を折る。

 

 ゾンビを処理した二人は信号を送る部屋の扉を何度かノックする。

 

 何度かノックを続けること1分。ようやく扉が開かれる。扉はチェーンロックで半分も開かない状態で開かれ、奥に若い男が立っている。

 

「ラクーン市警と市民救助部隊だ助けに来た」

「やっと来てくれた」

 

 チェーンロックを外し、ドアを全開にすると二人は直ぐに室内に入る。ドアは閉めるときに音がならないように静かに閉める。

 

「君一人か?」

「奥に妻と娘と祖母がいる。祖母が怪我をしていて思うように動けなかったんだ」

 

 怪我をしている。男がそういった瞬間に二人は前後で顔を合わせる。嫌な予感がしていた。

 

「3人とも喜べ。ようやく助けが来た」

 

 寝室と思われる部屋に女性が二人と子供が一人いる。彼の言っていた妻と娘と祖母である。祖母はベッドに横になって男の妻が介抱し、娘は其の傍らで立っている。

 部屋に入った二人を三人が見る。祖母の方は明らかに弱っており、顔色も良くない。

 

「ばあさんの傷を見せてくれ」

 

 警官を拳銃をホルスターに、隊員はライフルを壁に立て掛けると傷の具合を確認するためベッドに近づく。

 

「飼い猫に噛まれたんだ」

 

 ベッドの毛布を捲ると、右足首付近に噛み傷が確認できた。傷口からは今も出血が続き化膿と紫色に腫れ上がり、血管が怒張している。

 

「噛んだ猫は?」

「外に放り出した」

「いつ噛まれた?」

「一昨日だ」

 

 怪我の具合と老婆の容態からして、二人は老婆が感染していることを理解する。それも手遅れな状態で。

 

「暴動が起きてから独り暮らしの祖母が心配で、家に来てみれば気づけばこうなっていた。頼む手を貸してくれ。俺一人ではどうしようもできなかったんだ」

 

 二人にしてみれば、あまり思いたくもなかったことが起きてしまっていた。万が一生存者がいても感染してる可能性があること。そして感染者は連れていけない。ここで処理するか見捨てるかしかない。

 

 隊員は傷を確認し終えると毛布を戻し、警官に耳打ちする。

 

「感染している」

「いつ発症するかわからないまで進行してるな」

 

 家族に聞かれないようにひそひそ話をする二人。

 

「どうする?」

「処理するのが一番だが子供もいる。何より銃を使えば外に音が出て気づかれる恐れがある」

 

 生きている感染者にナイフで介錯するつもりは彼にはなかった。そうするしかないのだが、彼の良心がそれを止めている。銃とナイフ、やることは変わらないのだが、印象と手軽さの差。

 

 銃は簡単だ。ナイフと違いほぼ一瞬。ナイフは僅かながらその瞬間に痛みが走る。

 

 市民救助という人道的な活動をすることで、隊員は小さくなっていた良心が大きくなり、それが冷酷になることへの妨げとなっていた。

 

「君の名前は?」

 

 短時間の間だが、考えいた隊員は家長の男に質問をする。

 

「"カーティス"だ」

「よく聞けカーティス。彼女は感染している一緒には連れていけない」

 

 カーティスと名乗った男も、老婆の状態に薄々と気づいてはいたようだが、改めて告げられることに抵抗を見せる。

 

「母さんをどうするんだ、殺すのか?」

 

 唇を震わせながら隊員達に訪ねる。

 

「……音を立てるわけにはいかない。だけどナイフで苦しませたくもない。このまま置いていく」

 

 古いマンションだ。防音設備もおそらく完全ではないだろう。

 

「……そんなことを言わずに頼む。一緒に連れていってくれ」

 

 悲痛な声と顔で訴えかけるが、隊員は諭すように言葉を続ける。

 

「こうなっては手遅れだ。どうなるかわかるだろ。君と君の家族を守るためだ」

 

 男は振り返り家族と老婆を見比べる。まだふんぎりがつかないようだ。無理もない。救助者からそんなことを告げられてはな。

 

「いいのよカーティス」

 

 今まで沈黙を続けていた老婆が口を開く。状態とは裏腹に声に力はある。残る力を振り絞っているのかもしれない。

 

「母さん……」

「こっちへいらっしゃい」

 

 母親に呼ばれた男は老婆の顔に自分の顔を近づける。最期のメッセージを伝えるのだろう。男の妻と子供が側を離れる。

 

「お前は強い子だよ。少し臆病なところもあるけど正義感があって家族思いで自慢の息子だ。私はこうなるより前からもうすぐだと思っていた。良い機会だ。私は気にせず行きなさい。こんな老いぼれよりも自分の家族を大切にしなさい」

「…………母さん」

 

 静かに老婆の胸元に顔を沈める男。声を出さずに涙を流しているのがわかる。

 

『"ケビン"聞こえるかい?』

「どうした"ハリー"」

『ゾンビの群れがこっちに近づいてきてるよ!』

 

 警官は無線の先、トラックに危険が迫っていることを受ける。どうやら余り時間は残されていないようだ。無線の先から銃声が響いている。交戦しなければならない程のことなのもわかってしまう。

 

「時間がない、行こう」

 

 なおも顔を沈めている男の肩に手を置き急がなければならないことを伝える。目を赤く腫らしながらも顔を上げ決意を決めた男は、自身の妻と子供の手を引き玄関に向かう。

 

「息子夫婦を頼みます」

 

 ライフルを広い軽く頷く隊員。

 

 これで託されたのは何度目だろうか。誰にも悟られないよう自問自答する隊員。託すものもいれば託されるものもいる。

 

 託したものの思いとは別の形で何かを成し遂げてしまうこともある。思いとはかくも儚いものである。

 

 



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Mission report27 PM23:00i

 三人の生存者を連れ出した二人はトラックへ急ぐ。ゾンビの集団がトラックを嗅ぎ付け、接近中であるという連絡を受けたからである。やむ得ず置き去りにされることもなくもない。リミットは10分も無いだろう。

 

「真っ直ぐ前だけ見て走れ」

 

 警官が先頭を走り、列の最後尾を隊員が警戒しながら後を追う。男性は妻の手を引きながら娘を抱き抱えている。警官はそんな後方から離れすぎないよう適度な速度に調整しながら先導する。

 来たときはゾンビの影も無かったが、どうやらマンションに滞在してる僅かな時間で徘徊から戻ってきたのだろう。建物の影、車両の隙間、ガラス窓を突き破る形で続々と集まり出す。

 手持ちの弾薬で全てを倒す余裕など到底ない。ましてや非戦闘員を連れての行動。戦闘は避けるべきだが、連れを安全に進めるためには目の前のゾンビは倒していかなければならない。だが、その行動によって更に別のゾンビをおびき寄せることにもなってしまっている。

 

「走れ、走れ!」

 

 けつ持ちする隊員は後方、左右と前方の生存者の状態の確認もするという大変な作業をしながらも、的確に脅威を排除していく。

 何度か掴まれ噛まれそうになるが、体をひねり無理やり引き剥がしながら手傷をおうこと(ちめいしょう)を回避する。

 

 時にはタックルや拳骨がうなり、時にはライフルで盾を形成しながらホルスターの拳銃が火を吹く。

 

「あと少しだ! 頑張れ!」

 

 警官も走りながらも拳銃を外さない、ゾンビを寄せ付けない射撃の腕を光らせる。しっかりと照準しながらも、両目で視野を広くもち、這いつくばるゾンビも見落とさない。

 

『早くしてくれ! 弾がもたない!』

 

 ところ変わって、トラック側。

 

 トラックと合流する時はギリギリのタイミングであろう。ドライバーの警官と座席待機していた婦警も外にでて、残った隊員と共同でゾンビの掃討についている。

 

「くそ、弾切れだ」

 

 弾が尽きたライフルをゾンビに投げつけ、拳銃に切り替える隊員。

 

「最後の弾倉よ」

「こっちもだ」

 

 手持ちの弾薬は間もなく尽きる。この弾が尽きた時彼らは生存者を連れた者達を見捨てなくてはならない。

 ジリジリとトラックに背を近づける3人。走って来る個体や、迫り来るのがゾンビだけであるからまだもっているのだ。これがゾンビ犬やリッカーやハンターといった個体がいれば、彼らは時期尚早にこの場を発っていたはずだ。

 

 トラックを囲もうとするゾンビは、ゆうに30に迫ろうとしている。

 

 そして場面は戻り、生存者一向。

 

 こちらでも隊員が弾が切れたライフルを手放している。一心同体でもあった相棒に別れを告げる暇もない。

 

 マンションから走りっぱなしであったため、普段鍛えてる訳でもないものであれば、一息ついてしまうのは至って普通のことである。

 

 男に手を引かれる男の妻が、息切れのため足を止めてしまう。その時丁度先導する警官は前のゾンビに、後方の隊員は左右のゾンビに対応している時であった。

 

 ほんの一瞬、一息をついた瞬間、立ち止まった妻に振り替える男性のタイミングと重なって、パトカーの下の隙間から這い出たゾンビが、彼女の左足首に歯を食い込ませる。

 短い唸るような悲鳴を上げた妻に食いつくゾンビ。男は子供を一旦下ろし、食いつくゾンビに近くにあった木の角材で何度も殴打を始める。

 

「畜生! こいつめ!」

 

 怨みのこもった容赦ない殴打を繰り返し、ゾンビの頭部は豆腐のように頭頂部と即答部が砕ける。彼女の足首から歯が離れる。かなり深く食い付かれたため、出血が酷く、歯が骨まで達しているかもしれない。

 男が妻の救出にあたっている間に別のゾンビが、下ろした子供の右肩付近に噛みついた。こちらも一瞬の出来事であった。

 子供特有の鳴き声でようやく気づいた男と警官と隊員。警官が直ぐにゾンビを射殺するが、もう遅かった。

 

 妻と娘は噛まれてしまい、感染したであろう。大泣きする子供に寄り添う男と妻。3人とも泣いている。二人を守れなかった自責の念が男に強く生まれた。自分が娘を下ろさなければ、足が止まった妻をそのまま引っ張っていればと。

 

「くそ! なんてことだ!」

 

 決して二人の不注意だったわけではないが、二人もせめてあと一人だけでも連れてくれば良かったと後悔していた。

 噛まれた二人をどうするか、マンションの時のように話し合う暇はない。すぐに答えを出さなければならない。

 しかし、二人が答えを出すよりも先に男の妻が動いた。意を決したように立ち上がり泣きじゃくる子供を抱き抱えると、走り出す。男も急な動きに対応が追い付かなかった。勿論二人も。

 そして、男の津摩は近くにあった鍵の掛かってない家へと入り鍵を閉めてしまった。

 

「何をしてる! 何でそんなことろに入るんだ! 早く出てくるんだ!」

 

 男が彼女達が入り込んだ家の戸を叩きながら叫ぶ。男にゾンビが近づくが二度とあんなことが起きないように二人がゾンビを射殺していく。しかし、男は自分の足元に倒れるゾンビに気にもくずに繰り返し戸を叩く。

 

「感染してないかもしれない! まだ助かる! お願いだ出てきてくれ……」

 

 男の悲痛な訴えに妻は返事を返さない。静かに戸を固く閉ざすまま。

 

「気の毒だが……」

 

 隊員が男を連れていこうと腕を掴むがそれを男が振り払う。

 

「二人を置いていかない。俺も残る」

 

 自分だけ助かるつもりはなく家族と運命を共にしようとするが、そんな男の言葉にも彼女は反応せず、扉も開かれない。会話してる余裕もないため、戸が開かないというのはそういうことなのであろう。

 別れの言葉も男に伝えられない。無念さは計り知れない。そして二人はそんな彼女の意思を無視せずに汲むこととした。

 

「許せ」

 

 おそらく梃子でも動かない男の顎に、隊員が右ストレートを与え失神させる。気を失った男を担ぎ再び道を走る。

 

 悲しみと最後の生存者を背負いながら、トラックが止まっていた通りに戻ってくると、今にもトラックを取り囲もうとするゾンビの集団が目に入る。既にドライバーは対抗を止め車を走らせる準備に入っていた。

 戻ってきた二人に気づいた婦警が手を振り急ぐように合図する。

 

「戻ってきたわ!」

 

 近くのゾンビを倒した婦警は急いで座席の扉を開け受け入れ準備をする。婦警の言葉で気づいた隊員はトラックの左側から後部に移動し、二人の援護に回りつつ、収容の妨げになりそうなゾンビを排除していく。

 二人も進路上に立つゾンビを蹴散らしながらトラックに近づく。トラック後方のゾンビを退けながら何とか男を座席床に寝かせる。

 続いて婦警が乗り込み、救出に向かった隊員と警官、最後にトラックを護衛していた隊員が乗り込み、座席扉を閉めるが、ゾンビが一体扉を閉める前に体を入り込ませる。

 

 扉に挟まれながらも中に入り込もうとするゾンビ。

 

「これで撃ち終わりだ」

 

 男性警官の愛用の45口径の最後の一発が、撃ち下ろすようにゾンビの脳天を撃ち抜く。

 挟まっているゾンビを足蹴りし、ゾンビが取り除かれることで扉は完全に閉められる。

 

 ドライバーがトラックを走らせる。

 

 男はまだ気を失っている。意識が戻ったとき男は自傷行動に走るかもしれない。それか二人の誹謗中傷を働くかもしれないし、その両方を行うかもしれない。ただし、二人は男の中傷を受け入れるつもりでいる。もとより受け入れるしかない。無事な命を助けたことに後悔はないのはずだが、男の気持ちも理解できないことではなく、彼女の意思を汲んだとはいえ、それが正しかったのかはわからない。

 

 その後二人は大まかな概略を全員に話し、共有化する。

 

「生存者を一人でも多く救出しようとした結果がこれか」

 

 少し落ち込む隊員。第一に発見し、救出に向かうよう仕向けたことが結果的に悲しみを背負い、他の市民を危険に晒してしまった。

 "欲を出しすぎた"。人名救助において本来なら耳にすることも、表現されることではないが、半ば現実的ではない理想を求め、強引さが際立つ行動を言い表すなら、これほど的確なものはない。

 

 ハイリスク、ハイリターン。

 

 リスクが高いということは、それだけ失敗する可能性そのものも高いということ。起こり得る被害を前に、作戦そのものの成功率を考えてなかったわけではないかもしれないが、それなりに救助してきたという結果からの慢心がこのような苦い結果に繋がったのだろう。

 

 初日に部隊が壊滅したことを俺は忘れていたのか? 

 

 自信満々、意気揚々として臨んだ任務を完膚なきまでに叩きのめされ、蹂躙された時も似たような心情だった。何も恐れることはない。市民救助するだけの簡単な仕事だ。訓練されたゲリラも、命知らずの少年兵もここにはいない。直ぐ帰って冷えたビールで祝勝会。降下前のヘリでチームと揚々してた。

 

 嫌なことは忘れることはないが、それを挽回するような成功を納め続けた時、それはなりをひそめる。JAPANの言葉で「勝って兜の緒を閉める」なる言葉がある。勝利した時こそ気を緩めるなという意味らしいが、当たり前だった教訓、マインドがそれまでの現場を離れ、勝手が違う現場に変わっただけで、失せてしまっては歴戦の兵士とは言えない。

 

「やっと、街の出口だ」

 

 トラックを停車させるとそこには、街を抜ける一本道と、周辺には草木一本もない景色が広がっていた。

「ようこそラクーンシティへ」という看板と共にフードコートと案内所があるだけで、そこを境目にしてくっきりと外界と隔たっているようにラクーンシティは存在している。

 こうして見ると、まるでラクーンシティが一つのドームのように、箱庭のようにしてあらゆる建築物が建てられていることがわかる。

 周囲を山岳地に囲まれ、陸路での街の出入口はこのハイウェイ一本。そこから近くの街までは山を一つ越えなければならない。そう、意図的に陸の孤島として位置付けられているようである。

 

「あとはこのハイウェイを抜けてトンネルを越えれば近くの街にまで出れる。助かったんだ!」

 

 はしゃぐドライバーの横で隊員は、気難しそうに顔を強張らせていた。何かに納得しないようにも見え、かなり深刻な考えを内に秘めている様子だ。

 

 そして、ドライバーには何も告げず静かにトラックの助手席から降りる隊員。

 無言のまま、突然助手席から降りる隊員に、ドライバーが気づかないわけがない。当然声かけをする。

 

「どうしたんだ? 後はこのまま一本道を抜けるだけだろ? どうして車から降りる」

 

 隊員の突然の行動に理解できないドライバー。

 

「俺には気にせずこのまま行け」

 

 トラックを背に隊員は、そう返事をし、再び街へと戻ろうと足を進めている。

 

「どうしたんだ、一体? 何で街に戻るのさ!」

 

 ドライバーも度重なる隊員の不審な行動に、運転席から降り理由を聞こうと隊員に詰め寄る。一本道を走らせるだけで脱出が叶う、その直前に街へ戻ろうとする行動は誰にも理解することができないだろう。

 しばらくトラックが停車してることを、不審がる後部座席に座る警官達もこぞって降りてくる。

 微かだが、隊員とドライバーのやり取りが耳に入ったようだ。警官達は同じように隊員に問いかける。

 

「まさか、さっきの一件で責任を感じて……」

 

 婦警がそう問い詰める。自身も警察署で信頼を寄せてた良き理解者でもある上司を失ったとき、思い伏せていたので、自分と同じ心境なのでは? と隊員に聞かずにはいられなかった。

 

「勘違いするな。あれしきのことで精神的に負い目を感じて、へばるようなやわではない」

「じゃあ、何でだ?」

 

 しかし、隊員の返事は婦警が思っていることとは別のようだ。警官達に振り返り返答する隊員が嘘をついているようには見えなかったからだ。

 

 そして、もう1人の男性警官が再度聞き直す。

 

「まだ任務が終わっていないからな。さっきの一件もそうだが、まだかなりの市民が街に残っているはずだ。俺達の任務は市民を街から救出することだ。任務を果たすただそれだけだ」

 

 隊員達の当初の任務は、隊員が言うように市民を街から避難させることであり、まだ生存者が多数取り残されていると考える隊員は任務を継続しようというのだ。

 

「そんな無謀だよ! 街は化け物で溢れ、あんた達の部隊も壊滅して、装備もほとんどないのに任務を続けるなんて……きっと同じように仲間がここに市民を連れて脱出してくるはずだから、何も今から戻らなくても」

 

 ドライバーが言うことは尤もなこと。隊員の申し出は無謀のほか言いようがない、現実的ではないこと。既に部隊が壊滅し、任務継続どころの話ではない。だが、隊員は退くつもりはないようだ。

 

「無謀でもなんでも任務だからな」

 

 任務だから。職業軍人の性なのか任務を忠実にこなそうとする姿は端から見れば、異常者そのもの。しかしながら、彼らはその為に生きているといっても過言ではない。彼らには軍人というアイデンティティーを消失させないためにも任務が必要ということなのだ。

 

「わかったら行け」

 

 警官達の目に映る隊員は、凛とした佇まいと、落ち込んでいるような精神的なダメージも責任からの引け目もなにもない。あのとき、重症を負いながらも自分達を逃がした上司の姿と重なって見えている。

 

「……わかった」

「いいのケビン!?」

 

 彼が先にトラックに向かって歩きだす。肯定の返事だけを返し、それ以上は何も言わずその後ろ姿、背中も何かを語る様子はない。彼の決意を目で受け取ったことに、余計な返事も、背中で何かを語るのも野暮だろうと判断した故のことと思われる。

 

「……あなたは最高の軍人です。ここまでの恩は決して忘れません」

 

 続いて婦警が感謝の辞を表明し、敬礼をする。隊員から答礼がされてから敬礼を直り、先を歩く警官の後を追う。1人残されたドライバーはまだ迷っているようだ。本来なら自分は彼らには助けられていなければ、今もびくびくと、怯えながら立て込もり、そのまま誰にも知られずひっそりと死んでいたのかもしれないということから、彼らに人一倍感謝していたからである。

 

 臆病で小心者の彼は、たった一言の感謝の言葉さえも、上手く言い出すことができていなかった。ここを脱出してから改めて礼を言おうとしていた矢先のこと。

 

「安心しろ、お前の気持ちは分かっている。ここまで泣き言を言いながらもついてこれたお前は臆病でも、小心者でもない。1人の立派な警官だ。警官のお前にはまだやるべきことがあるだろ? 俺達は俺達のやることをやるだけだ」

 

 力強い励ましを受けた警官はぽろっと一滴の涙を流す。周囲からバカにされ、宛にもされてなかった彼が、上司以外の数少ない称賛だった。

 涙を惜しみながら、ドライバーも制帽を整え婦警と同じように隊員に敬礼する。答礼を受けドライバーは駆け足で運転席へと駆け足で進む。

 

 去っていく三人に背を向け隊員は1人市街地へと続く道を歩き始める。

 

 武器弾薬はほぼゼロ。装備を整えながら市街地を進み同じように市民を救助するのは蛇の道。限りなく0であろう。だが、彼には任務の成功率が絶望的であろうが、実行することに躊躇はない。

 

 市街地へと戻る為には足が必要だ。歩いて市街地に行くには骨が折れるどころの話ではない。

 手当たり次第、放置されている車を物色し、動くかどうか確認をし続ける。

 やがて、一台のカローラがエンジンの唸り声を上げる。たまたまキーが刺さりぱなしかつ、ガソリンもほぼ満タン。

 

「よし」

 

 シートベルトを閉めギアを切り替え、アクセルを吹かし発進しようとした時、助手席が開けられ、別れたはずの仲間の隊員が席に座り込んでくる。

 警官達とのやり取りの際、彼は座席に座り続け4人を眺めていたため、直接彼らのやりとりは耳にはしていない。そして、彼が街へと歩き始めた時こっそりと後をつけていたのである。

 

 すれ違い様の警官達との別れは敬礼と答礼だけで、言葉はなかった。座席にいた市民達も全員がその場で街に向かう二人に対して敬礼した。背を向けた隊員達から答礼がされるわけもなく、市民達はバラバラに直り、丁度良く扉が閉められトラックは街から走り去っていた。

 

「ついてきていたのか」

「迷ったよ。あのまま行けばこんな街とおさらばできたからな」

 

 シートベルトを閉め軽く一息つく仲間の隊員。

 

 ギアをNにし一旦エンジンを切り、アクセルからも足を離す隊員。しばらく両者の間に沈黙が訪れる。

 

「今ならまだ引き返せるぞ」

「そんなみっともない真似できるかよ」

 

 沈黙も破り、今ならまだ間に合うと催促させるが、仲間はそれを断る。

 

「ついてこれるか?」

「当然だ、バディだからな」

 

 両者共に顔を見合せ、軽く笑って見せると、運転席の隊員は再度エンジンをかけ、手慣れた操作で車を急発進させる。

 

 こうして二人の隊員の功績によって市民と警官述べ10数人がラクーンシティから脱出。

 

 現時刻9月30日PM0:00

 

 ラクーンシティ消滅まで残り2日

 

 

 



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Mission report28 PM18:00i

 September 29th PM17:00 Street car(路面電車)

 

「ここは、俺は一体……」

 

 無人となった路面電車の座席に、1人静かに横たわっていた隊員が目を覚ます。意識が戻ったことにより、傷の痛みも甦り苦悶に喘ぎながらその場に立ち上がる。

 

「部隊はどうなった?」

 

 自分がどのようにしてここまで来たのか、誰が手当てをしてくれたのか、必死に気を失う前の記憶を辿る。

 

 ダメだ、奇妙な怪物に襲われて触手に腹部を貫かれたところまでは覚えている。その時部外が1人死んだことも。だが、そこからどうやってここまで来たのかがわからない。ここがどの辺りなのかも。

 

 男の部隊は市庁舎近辺に降下して活動を続けていたが、路面電車がある場所は市庁舎からかなり離れたダウンタウンの警察署近辺である。彼が部下と分断されてる地点から遠く離れているため、合流は不可能だろう。

 

「外に出て状況を確認せねば」

 

 腹部の止血は完全ではないため、少し動くだけで患部から血が流れ包帯に滲む。大量出血は起こしていないが、外科手術による措置を受けなければ、血圧の低下によるショック状態に陥るだろう。

 

 手足の感覚が鈍い、それに悪寒も走る。思ったよりも傷は深いのだろう。だがまだ動ける。

 

 患部の左下腹部を庇おうとするため、不自然に体重が右に片寄る。のそのそと緩慢に動くさまはゾンビと変わらない。奴等の仲間になった気分だ。

 

 負傷による影響だけではなく、高濃度のTによる感染もしているため、彼の感じている気分はあながち間違いではない。感染の自覚があるかどうかは別であるが。

 

「くそ、胃のあたりがやられてるのかもしれない、下手したら小腸や肝臓、横隔膜も」

 

 歯を食いしばりながら車両を移動し、1車両目の出入口まで進み、右手で電車のドアを引いて開ける。大して力を入れているわけでもないのに、彼の患部から更に血が滴る。外傷性の空気を含まない鮮血。恐らく腹腔内でも内出血が起きているだろう。内蔵脱出が起きてない、今のところ起きそうにないのが救いである。しかしながら、腹腔内の出血は概ね1500~3000mLであるため、10分から20分で死を迎えてしまうであろう。

 

 今度気を失えばそのまま逝ってしまうだろう。さっきよりも呼吸が荒くなっているのが自分でもわかる。脈拍も早くなっている。

 

 自らが重篤な状態であるにも関わらず、彼自身を動かす動機は罪悪感であろう。戦場であれば、後送も治療も望めない手の施しようがない者は諦められるのが常。戦線復帰も望めない者は後回しが常識。なのに俺は身を助けられここにいる。無事な者を犠牲にして。

 

 こんな状態であっても彼は、冷静に物事を判断することに長けていた。自分の置かれている状況から察して、何が起きたのかをその豊富な経験に基づいて理解してしまうのだ。

 

「不甲斐ない!」

 

 何とか外に出てみたのはいいが、そこで彼は痛みと進行する体内の変容のあまりに、その場にへたりこんでしまう。

 

 さっきよりも感覚が鈍い。握っているはずの右手の銃の感覚が感じられない。まずい。こんな状態で命を拾おうとは思わないが、何もなせないまま、むざむざと死ぬのか。

 

 どんどんネガティブな思考に陥る彼の前に、数体のゾンビが路面電車の発着場の通りのL字の角から姿を見せる。警察の制服を着たゾンビとTシャツにジャージといった市民の格好をしたゾンビ。

 

 荒い呼吸と覚束無い手足、薄れる意識の最中で彼はゾンビの姿を見て自分を奮い立たせる。悲鳴を上げる体を酷使し無理矢理立ち上がると、握っていたライフルを向け一心不乱に引き金を引く。痛みや意識の低下といったものや感覚の鈍化がその瞬間は消え去っていた。

 

 しかし、それは彼の思い込みであり、体は正直だ。低下した身体ではまともに銃を扱えない。弾はゾンビの側を通過するだけの、全くの無駄遣い。1弾倉の半分が空を切り、残りの半分近くが当たりこそするが、腹部や手足といったダメージを与える箇所ではなかった。

 進行を止めないゾンビを見れば、自分が使っている弾は無意味であることは誰でも理解できる。彼は悪態を着きながら、側に転がっていたドラム缶を蹴飛ばし、ゾンビの足元までやると、ドラム缶に残りの弾を浴びせる。中に入っていた燃料系に反応したのか、ドラム缶が爆発すると、ゾンビ達も同時に吹き飛ぶ。

 

 再度地べたに座り込む隊員。そこに銃声と爆発を聞き付けた女性が駆けつける。

 

「何をしてるの。そんな体でこんな無茶を」

 

 女性は男が目を覚まし、行動を起こすことは無いだろうと踏んでいたため、驚愕すると同時に酷く呆れていた。本来なら動いていい状態ではなく、無理に動かれると返って手が掛かってしまう。

 

「黙って寝ているわけにもいかない。何よりコイツらのせいで、部隊は壊滅したんだ」

 

 地べたに座りながら男は怨み言を口にする。戦闘だけでなく、怨み言を口にする余力があるという精神力の強さは脱帽ものである。

 

「彼らも犠牲者なのよ」

 

 宥めるように女性が男に反論する。それに対して男は何も言えない、いや、ついに言うことができなくなってしまったのだろう。意識はあるが、言葉を口にする力は今は無くしてしまったのだ。

 

「"ジル"!」

 

 二人がやりとりを終えた直後に、若い隊員が路面電車に戻ってくる。どうやら彼も路面電車方面からの銃声に駆けつけたようだ。

 

「"カルロス"」

 

 ジルと呼ばれた女性が、若い隊員のことをカルロスと呼びお互いに向き合う。

 

「銃声がしたから駆けつけてみれば、なぜ隊長がここに?」

「目を覚まし自力で動こうとしたのよ」

 

 カルロスと呼ばれた隊員は二人に近づき事の顛末、経緯について女性に聞き込む。

 

 そんな二人の背には、何やら道具が詰められた袋が背負われている。

 

「何て無茶を。それで隊長の様子は?」

「見ての通り、無理をしたから、また意識を失いかけてる」

 

 彼女は腰を下げ男を抱き起こすと、ポーチから薬品をいくつか男に処方する。モルヒネなのか、男は少し呼吸が落ちつき苦痛も和らいでいるみたいだ。

 

「首尾はどうだ?」

 

 首尾と聞かれた女性は、担いでいた袋を若い隊員に見せる。それを見た隊員は小さく頷く。

 

「急ごう」

 

 達成感に浸る暇もなく、二人は男を抱え路面電車へと入っていく。男を再度後部車両に寝かせると、女性は持っていた袋を若い隊員に渡し、座席へと向かう。

 

「準備でき次第すぐに出発する」

 

 荷物を受け取った隊員は中身を確認し、それらを路面電車の抜けている部分に繋げたり、補充したりという作業を始める。どうやら路面電車を動かすための部品のようだ。

 作業時間はそこまで必要ではないようだ。手際よく作業をする隊員は女性に背を向けながら出発について告げた。

 それに対して女性は特に返事をしないが、代わりにある事を告げる。

 

「それと、"ニコライ"は戻らないわ」

 

 ニコライは戻らない。それを聞いた隊員も手を止め振り替えることなく、そのまま「あぁ」と小さく呟く。目的を共にした同志を喪ったことが残念なのだろう。男を発見したのは若い隊員と彼であり、目的地である時計塔までの移動手段、プランを提示したのも彼であり、隊は違えど、よき上司として映ってもいたのだろう。

 

 後部車両に寝かされた男は半覚醒状態であった。しかし、不快感はなく麻酔作用が効いているのか心も安らいでいた。そして自身の先程の発言と行いを思慮が浅いものだと悔いていた。

 

 俺はまだ生きている。何のために部下達に生かされたのか。それを見つけなければ。

 

 男はこの街での活動に新たな目的を加え混んだ。

 

 程なくして列車が動き始める。小さく揺れる車内。その揺れがまた心地よさを与えてくるため、少しばかり眠ろうと男が瞼を閉じた時だった。

 

 列車が動く揺れとは別の、桁違いな振動を耳と肌で感じた男は反射的に飛び上がる。先程投与された薬品が効いているのか、反射的に飛び上がっても痛みは感じなかった。

 それよりも震動の正体が気になった。まるで大きな物体と衝突したような揺れの正体は、何か落下物であった。男の数メートル先に落下したそれは列車の床を凹ませた。

 

 後ろを向いていた。そしてその後ろ姿と全体像には見覚えがあった。

 

 獣のような雄叫びを上げたそれは、自分の部下を襲撃したモノであった。

 

 列車の異変に女性も駆けつける。女性も振動の正体を見て絶句し、体を固める。彼女にとっても忘れることのできない、仇でもあるが一番遭遇したくない相手だった。

 

「ジル! この車両から出るんだ!」

 

 男にとって憎むべき相手だが、男に私怨の感情は無かった。たたただ、目の前の脅威に対して誰かを逃がすための人柱として、身を捧げる覚悟ができていただけである。

 

 男は直ぐに女性を前方の車両に押しやった。そして車両の扉が開かないようにロックをかける。

 

「"ミハイル"!」

 

 扉の覗き窓から女性が、男の名を叫びながら扉を叩いている。男は一瞬彼女の目を見つめ、すぐに乱入してきたネメシスに向かい直す。

 

 傷を負った俺が生き延びた理由はこの時のためだったんだな。

 

 

 September 29th PM21:00

 

 

「これがラストチャンスだろう」

 

 ヘリの操縦席に座りながら、痺れを切らすようにそわそわと、落ち着つかない様子で体を揺らす男。チラチラと右手首に巻かれた腕時計と、操縦席の窓から外のある一ヶ所の様子を交互に見ている。何かを待っているようだ。

 

 ヘリは市内のある建築途中のビルの上で待機していた。ここがヘリを停めれるだけのスペースと、街を見渡せる一定の高度を持っていた。

 

 地上から18階相当の高さのビルのなりかけは、最近まで作業が実施されていたことを思わせる足場や、機材、木材が隅に残置されている。外側にはクレーンが再開されることのない作業を首を伸ばして待っている。

 更に高層まで建てていくつもりだったのだろう。マストクライミング方式のクレーンのつなぎ材も放置されている。

 

「辺り一面人が生きている気配もなかれば、合図も送られてこない。昨晩から根気よく待機していたが、やはり予想していた通りだ」

 

 パイロットとは別の男が、開かれた状態の後部搭乗口からヘリに乗り込み、パイロットが座る座席と反対の左座席その両方に両手を乗せながら、中央の空いたスペースから顔を出し、パイロットを軽く見下ろす。

 

 U.B.C.Sが任務開始した日より、避難民搬送の任を受けていた二人は初日から次々と音信不通となった仲間と、避難民のために今日までラクーンシティに残り続けていた。燃料の補給が望めないため、早々にこの場所を確保し、こうしてずっと待ちながらヘリで市内を旋回しては生存者達を探していた。

 彼らが活動していることは、ヘリのローター音から生存者達は早くも知っていたが、ヘリと連絡を取る手段もなく、動くに動けないだけではなく、ヘリ側も生存者達の存在に気づくことができていなかった。街中で燻る火の手とその白煙、黒煙から狼煙が上がっても見分けがつかず、発煙筒の灯りと煙もタイミングが悪く、ヘリの死角に入り気づかれることがなかった。

 

「そもそも無茶だったんだ。古びた時計塔の鐘を鳴らさせるなんて。一般人は元より、俺達であっても困難を極める」

 

 ヘリの搭乗員兼狙撃手の男がぼやく。彼の方は生存者の存在と救助については絶望的であり、何も望めないといった様子である。

 

「燃料も残り僅か。万が一合図が送られて救助したとしても、市外まで出れるかギリギリ。市庁舎が陥落した時点で基地に戻るべきだったんだ」

 

 当初の予定であった救助地点は、早くからのゾンビの侵入によりあっという間に占領され、放棄する他なかった。

 救助地点を失ったことにより、新たな地点の設定をする必要があった。白羽の矢が立ったのが街のシンボルであり、その真下付近には開けた広場、公園のようなものになっている時計塔であった。

 ところが、地上で任務にあたる隊員達と突然交信が途絶え、連絡がつかなくなっていた。そこで彼らはありったけの雑用紙に鐘を鳴らせば時計塔にヘリを降下させる旨の書留をヘリから街にばら蒔いた。何枚何百枚ものメモが街に降ったが、それを何人の生存者が受け取ったのかは彼らは知らない。思い付きの行動であったため、鐘を鳴らすことも、メモがどれだけの生存者の目に入るかも深くは考慮していなかった。今になって現実的ではないと思い知ったのだ。

 

「矢は放たれたんだ。もう待つだけしかない」

 

 限界の限界まで待つ考えを改めようとしないパイロット。人一倍仲間思いであることは容易に理解することができるだろう。

 

 そんな仲間思いな彼の願掛けが通じたのか、甲高い教会等で聞く音色のいい鐘の音が街に響く。当然ヘリの中にいた二人もそれを耳にする。

 

 互いに顔を見合せ、聞き間違いでないかの確認で静かに何度か鐘の音を耳にする。聞き間違いではなかった。半ば諦めかけていた合図が送られてきた。誰かが時計塔にたどり着きやったのだ。

 

「生存者だ!」

 

 パイロットは直ぐにベルトを締め、ヘリのエンジンを起動するとメインローターに動力が伝わり、回転を始める。計器や燃料といった機器の確認を済ませ、時計塔に急ぐ。

 

 時計塔の鐘はかつて街のシンボルとして、市民に安寧を音色を聞かせていた、かつての音色のまた鳴り続いている。

 

 10分もしない内に、ヘリは時計塔の側の庭園に到着する。捜索用のライトを照らしながら慎重に降下地点を見ながら生存者の姿を探す。

 

「誰か見えるか!」

 

 イヤマフと一体化されたヘッドセットを着けながら、パイロットの声を耳にしながら、搭乗員も開かれた後部の搭乗口から時計塔付近を見渡す。

 

「誰もいない!」

「よく探せ!」

 

 老朽化して修理中だった鐘がなったということは、人が手を加えたほかならない。必ずいるはずなんだ生存者が。

 

 生存者の存在は確信的である。ただそれが単独なのか複数なのかの違いであり、単独なら時計塔から降りてくるまでの時間、複数ならどこか安全な場所に隠れているだけか。

 

「女が1人出てきた!」

 

 搭乗員が、時計塔と連接されている教会の入り口から女性を発見する。

 

「1人だけか、仲間は!?」

「他はいなさそうだ!」

 

 教会から出てきた女性はヘリに向かって手を降りながら、ヘリに近づく。ヘリも高度を下げ着陸の準備をしていた。

 

「降下して待っていれば他もいつか来るだろう!」

 

 ただ、残念なことが1つある。鐘を合図として生存者をピックアップするということは、その鐘の音に引き寄せられる存在を失念しているということだ。鐘は色んな意味での合図であり、位置を知らせてしまう道具である。

 

 パイロットが着陸地点を見ながら降下している時、どうしても視線と意識はそちらにいってしまう。着陸する場所の地形やその時の風向き等で着陸の難易度が変わるからである。したがってパイロットが異変に気づかないのも無理はない話である。

 

 ふと、視線を正面に戻したとき、パイロットとヘリの前にそれがいた。

 

 黒いコートを着た人型の醜い怪物が。それは携行火器としては最大の威力はあるであろう、ミサイルランチャーをヘリに向かって構えていた。

 

「何かに狙われてる! しがみつけ!」

 

 パイロットの怒号が搭乗員の耳を荒々しく襲う。パイロットが叫ぶタイミングと同時期にランチャーからミサイルが発射されていた。

 

「ダメだ! 間に合わない!」

 

 アラートが危険を報せる。咄嗟に回避運動を取り、ミサイルをかわそうと機体を反らせたが機体の後部側面に直撃してしまう。

 爆発の衝撃は大きく、機体は火を吹きながら安定性を失い墜落していく。搭乗員は直撃した近くにいたため、そのまま即死してしまった。

 

「くそー!」

 

 パイロットは最後の力を振り絞り、生存者がいない地点に墜落させようと、操縦を続ける。

 

「済まない、後は自力で何とかしてくれ。健闘を祈る」

 

 聞こえるはずがないが、生存者の今後を祈らずにはいられないパイロット。

 

 ヘリは反時計回りに回転しながら、時計塔の向かいのマンションへと墜落する。頼みの綱の1つであったヘリを失った。ヘリの墜落を、離れたところから眺めることしかできなかった生存者達は、更に絶望のドン底へと容赦なく突き落とされる。

 



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Mission report29 PM19:00i

 September 29th 1300i HIVI Under3 flare leve 3 area.

 

 キメラが徘徊するエリアから更に深部、第3エリア、Practical testing区域へと足を踏み込む一同。先程のエリアは次期B.O.W開発における研究部門であった。そこで研究開発されたB.O.Wがこのエリアで実用に足りるかどうかをテストするのがこのエリアである。

 B.O.W同士による戦闘も行われることもあり、各B.O.Wの欠点や相性としたもののリサーチが主目的だが、研究目的というよりは、それぞれの研究員の自信作の御披露目場、開発したB.O.W同士による戦闘を余興とした意味合いが昨今では強かった。

 先程のエリアよりも、横に長い長方形のこのエリアには、区画そのものがB.O.Wの保管庫しての機能もあり、種類ごとに区分けさた檻が区画の至るところに間隔を置いて置かれている。人型から動植物型、爬虫類、両生類といった、ラクーンシティを徘徊する全てのB.O.Wが納められていた。檻には高圧電流が流れ、逃亡抑止化がなされている。

 B.O.W同士を戦わせるときは、その檻を昇降させ、このエリアと同等の広さの下部空間で戦わせることになっている。それらの観戦は、このエリアのコントロールルーム、区画に降りて直ぐ右隣の部屋からできる。この部屋では、他にも区画の空調、照明、発電器や、檻に備え付けられている外部コントロールによる鎮静剤の投与設備といった機器の制御ができる。万が一の時は、保守設備として銃火器も用意されている。

 

 一行は直ぐにコントロールルームで、弾薬の調達を行う。そして、区画の調査にあたる。

 

「どういうことだ? なぜB.O.Wが全くといっていいほど姿を消しているのだ?」

 

 誰よりもハイヴのことを知らされていた監視員の彼は、ハイヴを進む上で大きな障害となるこのエリアを一番警戒し、万が一、B.O.W達が脱走していれば、それこそチーム内の半数が生き残れるかどうかも危うい程の危険エリアとみなしていた。そのエリアが、まるで空き家のようにもぬけの殻となっている現状に理解が及ばなかった。

 外部から持ち出されたにしては、檻や拘束具が綺麗に地べたに安直され、破壊された形跡も、内側から破られた形跡もなく、綺麗に保たれていることが更に不自然さを際立てる。

 

「あり得ない。そもそもハイヴは外部と隔離されていた。B.O.Wが自力で外に出る筈もない。我々以外にここに立ち入った者の痕跡もない。どうなっている」

 

 近辺の檻を二列の縦隊で確認しながら、独り言をぶつくさ言い続ける監視員。他の隊員達は心底震え上がっていた。膨大な数の保管庫につい最近まで、化け物共が閉じ込められていたであろう事実と、現在進行形で、その場を探索している自分達が、理解を拒むことが不可能な恐怖の空間に存在していることに。

 

「ん? 檻の中に穴が空いているぜ」

 

 隊員の一人が、檻のおそらくB.O.Wが立っていたであろう場所に穴が空いていることに気づく。それは一つだけではなく、よく見れば全ての檻に穴は存在していた。

 

 直径2,3mほどだろうか。奇怪な現象に囚われるあまり、それほどの異変を見落としていたのであろう。檻の外からしか穴の存在を認識できないため、その穴の深さ、どこに繋がっているのかは把握することができない。

 

「この穴は一体」

 

 必死に自分が持ちうるB.O.Wの知識を手繰り寄せるが、これほどまでの穴を掘る習性を持つB.O.Wは、彼が知る限り存在しない。

 

 ハイヴ内で新種のB.O.Wを生み出していたのか? この穴を作った存在がB.O.W達の姿を消させたのかもしれない。いや、そうとしか考えられない。

 

 考えたくも、当たっていて欲しくもない一つの答えが導き出される。直接は確認したことはないが、二次災害による意図しないB.O.Wの誕生が起きてしまったのか? 

 

 研究員の数多くの報告書の中に、ごく稀にだが、二次災害による未知の生物の存在が挙げられていた。主に昆虫類や、およそ兵器として利用は考えられない生物によるものだ。

 大抵の場合、ウィルスの作用による急激な進化、成長に耐えきれずすぐに死ぬが、さらに稀なケースで生き残るモノもいるらしい。

 もし、この穴の作製者が、稀なケースで生き残り急激に成長し、凶暴化してるとしたらかなり不味い。何もデータがない上に、対処法はおろか何の生物かもわからない。しかも、このハイヴの鋼鉄製の床を突き破る程の力を持ち、地下に潜っているとなると、足が着くところ全てが危険なエリアということ。

 

 監視員の冷や汗が止まらない。脱出の為の地下列車でも襲われる可能性もあるだろうし、既に列車が破壊されているかもしれない。だからと言って地上に戻ることもできない。上のエリアには凶暴なキメラも多数いる。

 

「これから更に慎重に進むぞ。足元にも注意しろ」

 

 動悸が早くなり、声も若干震えている。全て計算外である。そんなことを考慮しているわけがない。

 

「ここに入った時、地震のようなモノが起きたよな?」

「死体が山積みにもされていたしな。人間や今までの化け物共の仕業じゃないのは何となくわかっていたが」

 

 監視員の注意換気に、それぞれが事態を察して顔が青ざめている。ここはヤバいと。

 

 地震のような地鳴り、死体の山、餌場。まさか。

 

 監視員の頭の中に、ある生物のシルエットが浮かび上がる。しかし、今までの報告にあった昆虫や他の動植物に該当したことはない。あれだけの穴が作れるということはかなりの大きさになっているということだ。しかも一匹とは限らない。

 

 警戒の視線がやや足元に落ちた、彼らの進行ルートに、檻の陰からぬるりと、あるB.O.Wが歩み寄ってくる。

 

 特徴的な濃いめの橙色の皮膚。中でも目を見張るのが、肥大化した右腕部分。鋭利な爪を携え、怒張した血管と筋骨粒々なその腕は、リッカーのそれを更に力強くさせたもののように感じさせる。その逆に左腕部分は腕と呼べるほどのモノがなく、肉芽のようなものがほんの僅かに延びているだけで姿形はかなりアンバランス。

 

「バカな。バンダースナッチだと?! しかし、アイツはラクーンには存在しないはずだ!」

 

 アンブレラの傑作とも言える、ハンターを凌ぐ性能持つ究極のB.O.W「タイラント」をコストダウンし、量産化を図った廉価版がバンダースナッチと呼ばれるB.O.Wである。

 タイラントの更なる量産化を目指して、作製されたのだが、コストダウンに重点を置くあまり、知能が低いことと、適性のあるクローンを用いず、従来のハンターのように普通の人間をベースに開発された。

 その過程で、適性がない人間にT-ウィルスを投与すれば、ワクチン無しではゾンビ化するのが常なため、かつてのリサ・トレヴァーのように適量を投与させていた。そして、人体解剖によって、急激な新陳代謝による細胞の作り替えを制御し、細胞が壊死してゾンビ化が起こる前にそれらを取り除く措置がされた。

 しかし、それによって大部分の細胞、脳機能を取り除くことになってしまい、ある程度の戦闘能力も遺すため、全体の強化では制御が追い付かず、泣く泣く部分的な戦闘能力の強化となってしまった。その結果が右腕であり、左腕である。

 右腕のみに戦闘能力が依存してしまう、予期せぬ結果であったが、当初の予定であった、タイラントのコストダウンそのものは成功し、右腕の筋力はタイラントにひけをとらない。その上、この右腕は伸縮性があり、不意討ち攻撃として腕を伸ばして攻撃することも可能である。

 

 残念なのは、この出来に、アンブレラ上層部は不満であった。タイラントの量産型としては能力の偏りが大きく、タイラントの名に傷がつき、製品価値を下げてしまう恐れがあったからである。そのため、何体かの作製に留まり、本格的な生産は見送られていた。

 

「気を付けろ! ヤツは腕を伸ばして攻撃してくる! 10m以上絶対に距離をとれ!」

 

 チームの戦闘を歩く二人の隊員が、3番目をある監視員のその言葉を聞き即座にバンダースナッチとの間隔を開くべく後退する。それに合わせて後ろに連なるチームも下がる。

 

 野獣のような声を挙げつつ、バンダースナッチはその大きな右腕を上に振り上げ、一気に右腕を伸ばしてくる。即座に下がった隊員の内の一人の、鼻先をあわやバンダースナッチの爪が掠める。掠めるといってもギリギリ触れていないため、傷もなく、感染もしていないだろう。

 

「あぶねぇ!」

 

 腕を伸ばしきったバンダースナッチは、腕を戻す動作が伸ばすときよりも遅く、その間は何もできず、タイムラグも弱点である。

 

 前衛二人はバンダースナッチの腕を中心にお互いに左右に半円を描くように短く、瞬時に移動し射線を確保する。巨大な右腕を避けて攻撃するためである。その二人の後ろにいた別の二人も、ニーリングの姿勢を取り、バンダースナッチの腕の下から、下半身を狙う。

 

 彼らのM4カービンが短連射される。半円を描いた二人の何発かは巨大な右腕に阻まれるが、4人の弾はバンダースナッチの頭部から下半身までを捉える。

 ところが、流石はタイラントの量産化を目指しただけはある。5.56mを40発ほど受けてもものともしていない。

 

 やがて伸ばした腕を収縮させ、ゾンビのようなゆったりとした足並みで隊員達に近づく。

 

「くそ、犬や脳ミソ剥き出し野郎なら今ので終わっていたぞ!」

「偉く硬いな!」

 

 マガジンの3分の1程度では効かないことがわかったため、出し惜しみしても仕方がないと、セレクターをフルオートに切り替える。

「補給してもこんな奴等がまだいるんじゃ、弾も足りねぇ」

 

 チームは再び二列の縦隊となる。足早に後退しながらフルオート射撃をする戦闘の二人。その後ろ以外の隊員は後方と、左右の警戒に当たっている。

 マガジンが空になったところで、後ろの隊員と交代し、前の二人はそのままチームの最後尾に回り、弾倉を交換する。

 

 交代して最前列にきた二人も残りの20発を全て撃ち込む。合計にした100発近い弾がバンダースナッチに浴びせられる。流石にそれだけの弾を受けたバンダースナッチは、野獣のような短く低い雄叫びを挙げると、仰向けに倒れる。しばらくチームはその場で待機し、バンダースナッチが起き上がらないことを1,2分待って確認する。

 

「どうやら全てのB.O.Wが、姿を消したわけではないみたいだな」

 

 倒れたバンダースナッチが動かないことを再度、足蹴りで確認しながら、左右を通りすぎていく。

 

「不意討ちと耐久力に気を付ければどうってことはないが、挟み撃ちにされたらキツいな」

「こうした通路では会いたくない相手だ」

 

 もし仮に通路で挟み撃ちにされた場合は、二人一組の上下の射線による一斉射で倒すしかないだろう。交代もおそらくできないだろうから、拳銃に切り替えて継戦するしかない。

 

「上層部は当てにならんな。バンダースナッチがいるとは」

 

 未知のB.O.Wに、いる筈がないB.O.W。悩みの種が増えてしまった。

 

「銃声を聞き付けた他の化け物がくるかもしれない。さっさと下の階層に行こうぜ」

 

 上のエリアから、このエリアに進むためにはパスコードが必要だったが、このエリアから先にはそれがなく、エリアの端の、緩やかな傾斜の道を進んでいくのみ。

 途中下車がきかない、地獄への片道列車に乗り合わせ、払い戻しのきかない切符を掴まされている一行。

 

 足を止めたくば、死ぬしかない。死にたくなければ地獄へと突き進むのだ。

 

 最終階層へ至る通路の中腹で、一行は壁際で一組の死体を発見する。南米系なのだろうか、浅黒い肌が特徴的で、二人寄り添うように、肩を抱き合いながら事切れている死体はどうやらアンブレラの研究員のようだ。白衣にアンブレラのロゴ入りのネームバッジと、一目で判断できる。

 そんな一組の死体の、女性の方の胸元のポケットに一枚の紙切れが忍ばされている。

 隊員の一人がそれを手に取り、紙切れに記載されている文を読み上げていく。

 

『愛しのメラへ。あぁ、私たちのメラ。愛しいメラ。こんな愚かな両親を許してちょうだい。あなたを置いて二人でこの街に来た私たちが間違っていたわ。

 あなたの生活や進学の為とはいえ、あなたの父と母は大きな過ちに荷担してしまった。

 ここで行われているのは数々の非人道的な実験。それに関与してしまった私たちがこんな目に合うのは当然のこと。最期にあなたに会うことも、言葉を掛けて挙げることもできないのは、神様が与えた私たちの当然の罰。

 私たちがここで死ぬのも然るべきこと。私たちは私たちがしてきたことの報いを受ける。ただ、最期にあなたに対する思いだけはここに記しておきたい。こんな私たちだけど、私たちの娘として産まれてきてくれたことを感謝するわ。願わくば、あなたが、私たちのようなことにならないことと、このようなことに関与することがないことを祈るわ。

 さよなら、愛しのメラ。私たちはいつまでもあなたを愛して見守っているわ。ビジー夫妻』

 

 故郷の家族に宛てたメッセージだろう。誰の目に入ることも、本人が目にすることもないだろうが、文言からひしひしと娘に対する思いが伝わってくるのを読み上げた隊員は感じたであろう。

 目立った外傷がないため、二人の死因は何なのか特定はできないが、最期まで脱出を諦めずここまで辿り着けたのは娘への思いからなるものだろう。

 

 彼らではないが、隊員は街ですれ違ってきた仲間や、市民を連想する。このように紙に思いを遺すことは稀だが、皆何かしらの思いを残し、志半ばで果てていった。

 

 もし、自分も道中で果てるのなら、何かしらのメモやメッセージを仲間に遺そうと、メモを読み上げた隊員は強く決心したであろう。

 

 読み上げたメモを胸元に戻し、十字を切り隊員達は地下列車が待ち構えている最終階層にようやくたどり着く。後は列車に乗り込み、地下道を通り郊外まで脱出するのみだ。



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Extra Edition

 September 26 PM1600i Main street burger Sam

 

 ラクーン市警所属のトニーはこの日の午後は少し不機嫌だった。

 

 20代後半、30代が目前に控え、少しお腹回りが気になり出す年代。中年の仲間入りが控えた彼は、カウンターに乗せた左手で頬杖を付きながら、人差し指を小まめに刻みよく頬に当てる。

 チラチラと時計を見ながら、注文した品をまだかまだかと世話しなく待つ様子は店内で食事をする客達には馴染みのある光景だった。

 厨房で注文の品を包装する店主やスタッフも彼の苛つき具合には馴れていた。

 

 またいつものことかと。

 

「20ドルだ」

 

 ダブルベーコンチーズにチリソースとマスタードが和えられたホットドッグに、LLサイズのコーラとポテトが二つづつ包まれた袋を受けとると、彼は財布を開き乱暴にカウンターに紙幣を出す。

 

「最近遅くないか?」

「いや、いつも通りだが?」

 

「そうか」と乱暴に紙袋を受け取り、小言を言うと出入り口に向かう。その背中からもひしひしと、不機嫌なオーラが視認できるかのような苛つきようだ。

 

「またフラれたのか?」

 

 からかうようにして店主のサムが投げ掛ける。店主のサムらネイビーカットに、整えられた金色口ひげと肩回りがやや肥大かしてるナイスガイだ。日々鍛えているのだろう。

 

「懲りないな」

 

 フラれることが日常茶飯事かつ、懲りもしないトニーに、サムはやれやれといった感じで呆れる。フラれる度にこうも不機嫌になっては、お得意様とはいえ、店側も困るのだろう。

 

「余計なお世話だ」

 

 戸口をくぐり、石段を降りた先、広い道幅の道路で路駐している同僚が待つパトカーに乗り込む。相棒のルーカスは背もたれを倒し、両手を頭に組ながら彼の帰りを待っていた。

 茶髪混じりの坊主頭で、同年代かつ同期の彼はトニーの悪癖に毎度付き合わされていた。苛ついたらバーガーを無心に食す。暴飲暴食しないだけましだが、巡回中に何度も同じ味のバーガーを食べれば飽きもする。彼のようにお腹回りは気にはなっていないが、これに付き合い続けたら自分もいずれはと最近思うようになっていた。

 

「買ってきたぞ」

 

 紙袋からバーガーとホットドッグを手渡す。

 

「買ってきたぞじゃねぇよ。お前が食いたいだけだろ」

 

 とは言いつつも、何だかんだで自分の分の食事も奢ってくれている彼には感謝している。ルーカスもルーカスで遊びに熱心するあまり、金回りが悪く、食事に困ることもややある。

 今月も負けが嵩んでどうやりくりしようか悩んでいたようだ。

 

「んで、いつまでアタックするんだよ?」

 

 受け取ったバーガーとホットドッグを、ホットドッグから口にしながら彼は訪ねる。

 

「何度でもだ」

 

 トニーはトニーで、ビッグサイズのバーガーを一口二口と、立て続けに口に運び、マフィンのように軽く食していく。人目を憚らずに貪るバーガーのケチャップが口回りに付着するが気にする素振りはない。

 

「いい加減諦めろよ。シンディは看板娘だ。お前が相手にされるわけないだろ」

 

 彼を降った相手は小さなバーの看板娘。しかし、店には連日人がやってくる。看板娘のシンディは市内でも人気だが、ラクーン市警の大半の警官が彼女目当てで行くこともあるぐらい人気がある。

 

「そう簡単に諦めれるなら苦労はしない」

 

 あっという間にバーガーを平らげ、ホットドッグを口にするトニー。ホットドッグもものの数分も掛からず平らげるだろう。

 

「R.P.D勤めじゃなければ、留置書に送られてもおかしくはないくらいの固執ようだな」

 

 100人切りのトニー。R.P.D内ではそんなあだ名も持っていた。もっとも、100人ではなく一人の女性にのべ100回切られているのだから、100人切りではないのだが、同僚達が面白半分にそう命名していた。

 短気なところが災いしてるのもそうだが、人当たりがいいシンディの性格上、はっきりと拒絶されてない上に、その優しさを理解してしまっているため、トニー自身もかなり複雑な思いを抱いている。それを上回るぐらい惚れ込んでいるのだからつける薬がない。

 

 これが他の一般女性なら問答無用のストーカー扱い。トニーも警官なため、ストーカーにならない程度に配慮はしている。声をかけるときも仕事が手空きになったときと、散歩してるときだけで、ショッピングや友人との食事といった行動の妨げはしていない。

 

「30になる前になんとか振り向かせてみせるさ」

「気楽に待つことだな」

 

 簡単な軽食を挟み、食後のコーラを啜ると、二人を乗せたパトカーはバーガーショップを離れ、ラクーン市内の通りのパトロールを再開する。

 無線が聞き取れる程度の音量で、ラジオを流しながら市内を回る彼ら。市内は学校帰りや、仕事終わりのリーマンが、行きつけの店に足を運ぶ姿が目に入る。

 

「いつも通り平和だな」

 

 食事をとったことで、イライラが解消されたのか、悲壮感が漂っていた男の背中は存在しない。至って平均的なアメリカ人の姿しかない。

 

「最近市内で持ちきりだった異常者も見当たらないな」

 

 ラクーン市内で、夏頃からちらほらと耳にする人を襲う異常者や化け物の話である。誰が流したのか不明だが、実際猟奇的な殺害方法の被害者が出ているため、警察もパトロールの数を増やしたり、市民に警戒を喚起してはいたが、精神異常者の犯行というのが警察の考えで、巷で騒がれている異形の化け物のことなど誰も本気にしてはいない。

 夏のホラー特集と併せて、猟奇殺人をそういう風に見てる市民の過剰な反応だろう。

 目撃者も何人かいるみたいだが、どれも現実離れした特徴かつ、証言者の状態軽度なパニック状態で宛にならない。

 悲惨な事故や現場を目撃した人達は、そうした反応になることが多い。自分を守るための防衛本能らしい。だからショックが強すぎてそんな現実離れした証言になるのだろう。

 

「化け物といえば、S.T.A.R.Sの隊員達も言ってたな。アンブレラの実験による産物だって」

「不運な事故で隊員の大半が死んでしまったのだからな。そんなショックによる妄想が出てもおかしくはない」

 

 この時の誰もがS.T.A.R.Sの証言を気に止めてもいなかった。アイアンズだけでなく末端の警官達もそうだ。むしろ、アイアンズよりも彼らの方がS.T.A.R.Sを哀れんだ扱いのもと、適当に流していた。

 

 そんな彼らの元にR.P.Dより無線が入る。

 

『ラクーンスタジアムにて暴動が発生、近辺の警官は直ちに現場に急行せよ、繰り返す……』

 

「暴動とはおっかないな」

 

 ラクーンスタジアムは、メインストリート、商業区の隣、大学やアミューズメントといったエリアに位置している。彼らが乗るパトカーはちょうど、その方面に向かっていたところだ。

 

 すかさず、トニーが無線を返す。

 

「こちら、トニーとルーカス。これより現場に向かう」

 

 女にフラれ苛ついていた情けない警官から、頼りがいのある警官に変貌しているトニー。この姿を常に見せていれば結果は違ったかもしれないが、お調子者なとこもろあるため上手くいかない。

 

『マーヴィンだ。トニーとルーカスどれぐらいで着きそうだ?』

「10分もしないうちにだ」

 

 サイレンのスイッチを入れ、けたたましくサイレンを鳴り響かせ、アクセルを上げ緊急車両として他の車に進路を開けさせ、道路を爆走していく。

 

『急いでくれ、911への通報者はかなりパニクっていた。かなり酷いことになってるかもしれん。現場は現在警備員達で対処に当たっている。合流したら現地の現場責任者と共同であたってくれ』

「了解。アウト」

 

 無線の交信が終わったところで、流しているラジオにも、速報としてラクーンスタジアムのことが報じられる。

 

 概要としては、ファンの一人が突然発作をお越し、直後に暴れたそうだ。

 

 贔屓のチームが負けそうになって苛つき、急な発作を経て冷静になるどころか、逆上して暴れたのだろう。かなり酒を飲んでいるか、危険ドラッグの常習犯かもしれない。

 逮捕術には自身がある二人とはいえ、シャブ中を相手にするのは骨が折れる話。

 奴等はこちらの指示に従わないならまだしも、リミッターが外れ痛みも恐怖も構いなしに突っ込んできたりする。

 そうした危険で過酷な現場に心を病む警官もいるぐらいだ。心してかかる必要がある。

 

September 26th PM1630i Raccoon stadium

 

「着いたぞ」

 

 スタジアムの駐車場は満車に近いほど、観客の車で一杯で、パトカーを止めるスペースがないほどだ。

 

 仕方がなく、駐車場からやや離れた交差点付近でパトカーを止め、パトカーを降りてスタジアムに入っていく。普段ならチケット確認者やインフォメーションで案内をするスタッフがいたりするが、今は空だ。暴動の対応に当たっているのか。

 変わりに観客席に続く階段を慌てて掛け降りてくる、多数の市民とすれ違う。

 

「ラクーン市警です。皆さん慌てずに落ち着いて」

 

 あまりの慌てように落ち着きを促すが、ほとんどは聞いていない。

 観客が掛け降りてくる階段を登り、観客席に行くと、一人の男に何人かの人間が覆い被さるようにして押さえつけていた。見れば何人かの観客にも同様のことが行われている。警備服を来た警備員だけではなく、案内係や売り子まで総動員だ。

 

「ラクーン市警です。通報を聞きやってきました」

 

 一番近くで押さえ込みをしている集団に近づき声をかける。その途中で押さえ込まれている人間を見てみると、真っ赤に充血した血走った目でこちらを睨み、逃れようと暴れている姿が印象的だ。

 状態を未る限り9割がた薬物がらみだろう。事件そのものは珍しくはないが、現場や中毒者が一斉に訴え、暴れるのは普通ではないな。

 

「警備主任のラッセルだ」

 

 暴徒の一人をおさつけていた警備員が、二人の前に名乗り出てきた。少し小太り気味だが、佇まいや赤髪のツーブロックの厳つい顔立ちといい、元軍人か何かだろう。隙がないように振る舞う。

 

「状況は? 一体何事なんだ?」

「観客が一人、発作を起こし倒れたと思ったら次の瞬間に他の客に襲い掛かったんだ。それも一人ではなく、別の席でも起こり、ソイツはピッチに乱入したんだ」

 

 彼らの遥か下方のピッチにも、観客席と同じように押さえ込まれている男と、集団の姿があった。

 薬物の集団発作が過るがそれにしては狂暴性が高い。目につくだけでも、5つの集団だ。これだけの同時案件は例がない。

 

「薬物だろうが、なんの薬物か見当がつかないな」

 

 押さえ込まれている男の顔を、覗き込むようにしてしゃがみ、観察するが、アンフェタミン系のアッパーやヘロインではなさそうだ。

 

「俺達も薬物がらみだと思ったが、それにしては狂暴性が高すぎる。それに注入器も薬も持っていない。痕もない」

「家で吸入して時間差で発症したんじゃないのか?」

「その線もあるが、今は何とも言えん。一先ずコイツらを拘束して病院送りにしないとな」

 

 二、三人の複数で押さえているが、今にも払いのけて再び暴れかけないほど、興奮している。大の大人がこれだけ押さえて抵抗できるほど地力があるとは思えない。

 

 負傷者もいることから、レスキュー要請もしてるらしく、コイツらを拘束してから負傷者に話を聞く必要がある。

 

「気を付けろ油断してると噛み付いてくるぞ」

 

 先ずは足を手錠で不自由にさせ、地べたにつけている両手を強引に背に回し、手錠をかけ、噛みつくということから手拭いで猿轡をし、その場に立たせ、両脇を抱え込みながらスタジアム入口まで移動させる。

 その後適度な柱に縄でくくりつける。これだけ拘束すればそう簡単に身動きはとれず、他者が傷つくこともないだろう。

 残りの暴徒も、警備員、スタッフと協力して入口まで運んだ。暴徒の他にも負傷した観客が入口付近で、スタッフに手当てを受けながら座っている。

 傷口は皆、暴徒に噛まれたようだ。痛々しく歯形が残り、肉が抉れている。

 

「噂にあった異常者達か?」

 

 パトカー内での会話を思い出す。ここ最近現れた人を無差別に襲う異常者と化け物。

 

 まさかな。と、一瞬考えるが直ぐにそんなわけないと頭を切り替える。しかし、生気のないやつれた青い顔と、血走ったような目と狂暴性を見ると疑いたくもなる。

 

「コイツらの犯罪歴、薬物歴を洗おう。R.P.D内のデータベースに前科者なら記録があるはず」

 

 例え前科者でないにしても、マークされている人物ならその情報もあるはず。

 

 拘束した一人から財布を抜き取り、免許証といった個人証明証から名前と顔を見る。パトカーに戻り無線で署に確認をとる。暴徒達はルーカスに見張らせてる。

 

「トニーだ、マーヴィン。男を調べてもらいたい」

 

 マーヴィンは直ぐに応答した。

 

『トニー、現場の状況は?』

「見るからに薬物をやってるような、異常者の集団による犯行だ。全員拘束してるその内の一人を調べて貰いたいんだ。前科者や要注意者なら情報があるはずだ。名前は、メイクイーン=プラーナ。35歳」

『わかった。直ぐに調べる。トニー、くれぐれも注意してくれ。そこ以外にも似たような通報がしきりなしに掛かってきてる。全部そっちと似たような案件だ』

 

 これまた妙な話だ。他の現場でも同じことが起きている? ドラッグパーティーを開いたにしても規模が大きすぎる話だ。

 

「何件きてるんだ?」

『9件……いや、今10件目になった。かなり狂暴性が高く人手が必要らしく、非番の人間も出動させた。そっちにも応援が間もなく着くだろう』

 

 ここでまた、パトカー内の話が喉まで上がってくる。マーヴィンにも確認したいといことは、自分の中で無意識とはいえ、今回の件はその事なのではと認めているということだろう。或いは、自分の思い過ごしをルーカス以外にも求めているということか。

 

 無線交信を続ける二人の間を裂くような、甲高い明らかな悲鳴が上がる。声の質的にも男だ。しかも聞き馴染んだ相棒のルーカスの声だ。

 

『どうしたトニー?』

「マーヴィン、わかったら個別で連絡してくれ、どうやら問題が起きたらしい」

『わかった。こっちは任せろ』

 

 無線を切り、駆け足でスタジアム入口に戻るトニー。階段を掛け登りエントランスに入ると、そこには、がっちり固定していたはずの暴徒が、拘束を破り佇んでいた。

 スタジアムを支えている12本の太い支柱の側に、右手を押さえながら座り込むルーカスの姿があった。

 押さえられている腕からは血が吹き出るように出ていた。深く食いちぎられたようだ。

 

「ばかな、あれだけ拘束して自力で脱出できるわけがない」

 

 手の手錠は人間の力で簡単に引きちぎれるものでもない。ヤツと柱を繋いでいた縄も、頑丈に縛り上げていた、あり得ない。

 

「大丈夫かルーカス」

「くそ、突然拘束を破ったと思えば、肉を食い千切りやがった」

 

 薬物乱用に、傷害、公務執行妨害、10年くらい刑務所にぶちこんでやる。

 

「無駄な抵抗は止めて大人しくしろ!」

 

 強めの口調で相手を威圧する。しかし、全く動じない。それどころか、言葉が理解できてるのか、耳に届いているのかも定かではない。

 

 生気をさらに失った顔と、血走った目から白濁した目に変わった暴徒は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。足の手錠は外してないからか、引きずるようにして近づいていく。

 

 そんな異様な姿に本能的に恐怖を感じた俺は、ホルスターからベレッタM9拳銃を抜いて、再び警告した。

 

「動くな、動くんじゃない! それ以上近づいたら撃つぞ! 本気だぞ!」

 

 それでも全く止まる気配がない。

 

「仕方がない」

 

 一発ヤツの脛部に向かって発砲する。異常者に警告射撃は無駄だろうから、段階を飛ばして行動力を奪う。

 

 しかし。

 

「なに……?!」

 

 薬物をやってハイになってる人間は、銃弾を受けてもものともしないと聞くが、目の前でそれが起きたら流石に戸惑う。

 続けざまにもう一発反対側に撃ち込む。しかし、これも無反応である。

 やむを得ずバイタルゾーンの胸部付近に3発撃ち込む。完全な危害射撃。命を奪う行為だが、ヤツへの本能的な恐怖が俺にそれを実行させた。

 それでも直ぐには倒れず、少し歩いてからうつむせに倒れた。受け身も取ることなく顔面から床に倒れた。

 

「5発も撃って、何で立っていられたんだ」

 

 手当てを受けていた負傷者や、警備主任や他の警備員も固唾を飲んで状況を見ていた。

 

「流石にもう立てないだろ」

 

 俺は直ぐに別の暴徒を見てみたが、幸いまだ他の暴徒は拘束されたままだ。しかし、さっきのヤツのようにいつ破られるかわからない。縄ではなく、鎖といったものを巻き付ける必要があるな。

 

「トニー! 後ろだ!」

 

 ルーカスの叫びに反応して振り替えると、倒れたはずの男が立ち上がろうと動き始めていた。

 

 なぜ生きている!? 

 

 そして何事もなかったように立ち上がると、再び距離を詰めようとゆっくりと近づいてくる。誰もが目を疑った。常識的ではないこの現象に。

 

 ヤツは最早人間のそれではない。もっと違うナニかだ。

 

 この瞬間、俺の中で化け物の話が確信に変わった。目撃者達はコイツのようなものを見たのだろうと。

 

 ラクーンシティ崩壊の現場はこうして発生し、広がっていった

 

 



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