ARIA The SUBMARINER (ルナ中尉)
しおりを挟む

プロローグ ~その、突然の命令は~

時間系列としては、灯里がARIAカンパニーにやってるくる2週間ほど前でしょうか。


---今となっては遠い記憶だが、子供の頃、ずっと映像で見ていた覚えがある。

 

 

 

今の地球とは、何もかもが異なっている、地表の9割以上が海に覆われた水の惑星、「AQUA」。

 

 

 

 

美しくて、自然に溢れていて、争い事など起こりはしない、優しさに満ち溢れた星。子供の頃、大好きで大好きで、よく火星の旅行番組を見ていたものだ。まるで時間が中世で止まったかのような建築物。人もゆったりと過ごしている。そして、何よりも、活き活きと生命に満ちている、美しい海----

 

 

 

この俺、天城火星(あまぎあくあ)の名前は、この星から取られた……ようだ。

 

 

あの星の人々のように、いやあの星そのもののように、優しさに満ち溢れる人間になって欲しいとの親の願いからだ。今となってはバカバカしい。その願いを託せる名前の候補は、他にも沢山あっただろうに。どこにアクア、なんていう名前を付ける親がいる?それも男に。

 

俺はこの名前が歳を取るごとに嫌いになっていった。いや正確には、相応しくないと思う様になった。

 

俺の職業は海軍軍人だ。子供の頃大好きだった海も、今の俺にとっては戦場でしかない。俺は物心ついたころから、海への情熱が海を守る軍人へと傾いたのだ。そんな俺がアクアなんて名前をしているのだから、甚だ滑稽だ。

理想を追い求めるだけなら簡単だ。だか俺は現実を知ってしまった。

 

アクアのような星では争い事など起こらないのかもしれないが、ここマンホーム、地球では訳が違う。常に海上で武装勢力がウヨウヨとしていて、国民の生活を脅かしている。

 

かつて大昔の地球も水の惑星などと呼ばれていたようだが、今となっては全世界の海域が、特に日本近海に至っては殆どが人の立ち入る事の出来ない海域になってしまった。……武装勢力、《秩序を乱すもの》(デス・オーダー)によって。

 

この《秩序を乱すもの》が生まれたのは今から150年ほど前。

 

約150年前、アクアのテラフォーミング計画が遂行される中、地球では起こってはいけない最悪の事態が起こってしまった。

 

 

 

 

第三次世界大戦である。

 

 

 

 

新しい惑星そのものをテラフォーミングし、大量の人間が入植するにあたって、愚かなことに人間は火星での権利のことばかりに頭が働き、挙句にその権利を無理やり奪う為に武力を行使した。超大国同士での戦争が切っ掛けとなり日本も巻き込まれたが、国防軍の必死の外交、防衛行動もあり、なんとか被害を最小限に食い止めることができたのだった。

 

数多の宇宙兵器、そして数発だけではあったが大国同士の核兵器の攻撃の所為もあって、戦争は1ヶ月程で終結した。が、何処の国が勝ったとも言えず、そして何処の国も疲弊しきっていた。そして科学技術の副産物の所為で、海は完全に汚染されていた。

 

しかしこの戦争は、一つだけ、後にいい結果をもたらした。それは、火星に国を作る暁には、絶対に武力を持たず、行使せず、平和を保ち、火星で戦争を起こさせない掟作るというものであった。

 

そして火星のテラフォーミングが終わってみれば、地表の9割もが海で覆われてしまったため、残された陸地に入植者の国の伝統を活かした文化村を作ることとなり、先述の掟も相まって、国境すらほとんど存在しない、平和な星が誕生することとなった。

 

そんな第三次世界大戦の最中、どさくさに紛れて誕生した武装勢力。それが《秩序を乱すもの》だった。

 

奴らはまず東南アジア一帯を支配し、更には北へ北へと領地を拡大していった。

 

奴らの目的は、おそらく地球の海全てを支配する事-----そして、ゆくゆくは陸へと進出し、領地を増やすこと。

 

第三次世界大戦から約150年。戦争の経験から、急速に軍縮が進む中、《秩序を乱すもの》は未だに少しずつではあるが勢力を拡大させ、世の中の海を荒らしまくっている。そして今でも、度重なる戦闘で海は汚染され続けているのだ。

 

当然奴等の勢力拡大の矛先は、本拠地から近い日本にも向く。150年間ずっと、日本の海は奴等の脅威にさらされているのだ。

 

俺はそんな奴等を絶対に許したくは無かった。せっかく世界が本当に平和に向けて進んでいるのに、これ以上争いを起こさせたくはない。軍人として、海を守りたい。例え大好きだった海を人の血で染めることになったとしても…。

 

俺はその一心で義務教育を終えてすぐに江田島の海軍士官学校へ入学した。死に物狂いで勉強した甲斐もあり次席で卒業。潜水艦乗りとして修行を積み、今は大尉の階級を授かり小さな潜水艦だが艦長も務めている。

 

それが俺の全て。穏やかな海を夢見て生きてきた、天城火星の全てなのだ。

 

「俺は………国を…海を守る。そして、穏やかな海を取り戻す……アクアにある海のような…美しくて平穏な海を………必ず…!」

 

俺はうわ言のように呟いていた。奴等にこれ以上この海で暴れさせはしない。そう強く念じた、次の瞬間、

 

「んちょう…かんちょう……!!艦長ッッッッ!!!!!!」

俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

「ハッ!しまっ…!」

 

我に帰る。一瞬ではあったが完全に意識が違うところに飛んでいた。昔の事など思い出している場合ではない、そんな場合ではないのに!!

 

 

「艦長!!!方位210より魚雷接近!30本以上接近してきます!迎撃の機会を失いました!防ぎきれません!!!」

 

「総員対ショック姿勢を取れ!!FOバリアを展開させろ!!!両舷停止!!!エンジンの全エネルギーをバリアにつぎ込め!!何が何でも防ぎきるんだ!!!」

 

「わ、分かりました!」

 

レーダーに映っていたおびただしい数の魚雷が吸い込まれるかのように潜水艦、蒼龍に命中する。FOバリアは、受けた衝撃波を吸収し後ろから放出する事ができるバリアだ。しかし一度に受け切れる数には限度というものが存在する。30本もの魚雷を受け切れるかどうか、エンジンの全出力を回したとしても確信は持てない。

 

まるで大地震にあったかのような衝撃。

 

「うわあああああああ!!!!」

 

「きゃああああああ!!!!」

 

 

各区間から悲鳴が聞こえる。…全ては、俺の判断が遅かった所為……!

 

 

「皆頑張れ!!!耐えるんだ!!!!!!」

 

 

凄まじい揺れの中、皆に必死に訴える。こんな所でくたばる訳にはいかない。皆を死なせる訳にはいかない。大事な舶を沈ませる訳にはいかない!

 

 

次第に揺れが収まる。どうやら凌ぎきる事が出来たらしい。

 

 

「艦長!防ぎきる事が出来ました!敵艦ロックオンしています!攻撃を終え回避行動を取ろうとしてる今がチャンスかと!」

 

 

「…レーザーを使う。一発で沈めるぞ。レーザー用意!サブエンジン出力全開!!」

 

 

「了解!レーザー用意!…レーザー発射準備完了!」

 

 

「…撃て!!!」

 

 

紫の閃光が、潜水艦から一直線に敵艦へ向かう。閃光が当たったかと思うと、大爆発を起こした。撃沈は確実だろう。

 

 

「…艦長、撃沈を確認しました。我々の勝利です。…しかし危なかったですね。本艦のダメージ蓄積率は60%。満足な勝利とは決して言えないですよ。

 

 

「当たり前だろうが。まともに食らっちまったんだぞ相手の全魚雷を。……俺の所為でな。俺がボサッとしていたから。その一瞬の気の緩みがお前らを危険に晒す羽目になっちまった。本当にすまない。艦長失格だな、俺は。」

 

 

「お気になさらず。艦長。我々は敵の攻撃を防ぎきり戦いに勝利しました。それでいいではありませんか。」

 

 

「いやまともに攻撃喰らってる時点で良くはないけども…でもまぁ、ありがとう。純一。」

 

 

俺に優しく話しかけてくれているのは、この艦の副長にして、兵学校の後輩にあたる真田純一だ。どんな時も常に支えてきてくれた、俺の右腕。性格は俺と真逆だが。

 

 

「こちら発令所。対潜戦闘用具納め。各区間、怪我人はいないか?」

 

 

「いません!全員無事です!」

 

 

「同じく、全員無事です!」

 

 

「何よりだ…よかった。本艦はこれより当海域を離脱。呉へと帰投する!帰ろう。母港へ。」

 

 

 

皆の喜ぶ声を背に、蒼龍は呉へと針路を向けたのであった。

 

 

 

 

「全くやってくれたな。お前は。」

 

 

 

「はっ。申し訳ございませんでした。どんな罰でも受ける覚悟です。」

 

広島県、呉市。かつて東洋一の軍港・日本一の工廠の地と言われ、俺達の母港があるこの呉で、俺は今、呉鎮守府司令長官に全力で頭を下げていた。無理もない。大事な軍の潜水艦に大量のダメージを受けて帰ってきたのだ。説教を喰らうのは当然だろう。

 

 

「何も避けれない攻撃を受けてしまってダメージを負ったのならば何も言わんよ。しかし貴様、回避迎撃できる攻撃を喰らったな?たるみ過ぎではないのか最近。これではいつか部下からの信頼を失うぞ。」

 

 

「…はっ。真に、申し訳ございませんでした!」

 

 

「はぁ…まぁ兵学校出てからこの方、ロクに休むこともなく突っ走ってきたものな。貴様は。それはよーく知っているよ。そろそろ、精神も限界なのかもしれんな。」

 

 

「いえそんなことは!!まだまだやれます!!確かに最近は意識が急に飛ぶことが多いのですが…でも医療班に見てもらいましたが脳に異常はないし、俺はまだ22です!全然やれます!!」

 

 

「分かっておるわ。一旦己を見つめ直してリセットする必要があると言っとるんだ。精神的なもんだよ。人間は機械ではない。突っ走っていると、必ずガタがくる。誰だってそうだ。俺だってそうだ。だから貴様に………任務を言い渡す。」

 

 

「は、はっ。任務でありますか。何なりと、お申し付けください!」

 

 

「ああ………アクアへ行け。」

 

 

「……は?」

 

 

「聞こえなかったか?火星へ行け。そしてそこで、軍人としての職を一時的に離れ、火星の雰囲気を存分に味わって来るといい。まぁ要は長期休暇だな。貴様にくれてやると言っているのだ。ありがたく思え。」

 

 

「えぇ……。」

 

 

予想だにしていなかった発言に、言葉がでてこない。どんな任務かと思えば。休暇を取れ?しかも火星で?

 

 

「あ、あのお言葉ですが長官。なぜ火星なのでしょうか…?地球でも十分に休暇は取れると思うのですが…。」

 

 

「ダメだ。貴様どうせ地球にいたら《秩序を乱すもの》の事で頭がいっぱいになって休めないだろ。ん?ちゃんと火星の、本物の海を見て来るんだ。そして叩き込んでこい。地球で取り戻す海は、ここと同じものなんだと。しっかりと本物を見て来るんだ。貴様が、いや。地球人が取り戻すべき海を見れて、リフレッシュもできて、一石二鳥だろう?貴様は、何よりも火星に行くべきなんだよ。」

 

 

「………」

 

 

長官の仰る事は一理あった。俺は美しい海を取り戻したいとは言っているものの、その理想の海は、映像の中でしか見た事がないのだから。俺は、《秩序を乱すもの》で溢れかえり、ひどく化学物質で汚染された海しか、知らないのだ。

 

 

「ちなみに、火星の中でも貴様が行くのはネオ・ヴェネツィアだ。異論は認めん。他に色々と観光するにしても、最初は必ずそこへ降り立て。いいな?」

 

 

 

「…それは、長官命令ですか?」

 

 

 

「そうだ。命令だ。反論する事は認めん。」

 

 

 

 

「…わかりました。長官の御命令とあらば、喜んで。ありがたく休暇を頂戴致します。」

 

 

 

 

 

かくして、俺の地球での生活は一択幕を閉じ----

 

 

 

 

子供の頃、大好きだった、自分と同じ名をした星に向かう事になったのであった。




一応主人公のプロフィール載せておきますネ

天城 火星(あまぎ あくあ)
年齢 22歳。
職業 日本国国防海軍大尉。潜水艦蒼龍艦長。
身長 186cm
性格 短気。非常に仲間思い。
好物 タバコ、(1日に2箱)酒、辛いもの、海。
苦手 甘いもの
趣味 ライター集め、ギャンブル

ではではm(__)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 〜その、偶然の予約は〜

一番好きな軍人は山口多聞司令官です。


「なるほど、休暇を取れ、か。長官も困った事を仰る。ただでさえ人手が足りないというのに。」

 

「は。申し訳ありません。しかし長官直々の命令ですので、背く訳にも…。」

 

「分かってるよ。冗談だゆっくりと休んでこい。どうせ蒼龍は修理の為にドック入り、内部も補修しなければいけないからな。」

 

呉鎮守府長官と話をした後、火星は自分の属する第1潜水隊群の直属の上官、山口政宗司令官に面会していた。

優しく言葉を発しながらも、何処か氷のような冷たさを感じささる容姿。

齢30にして階級は大佐。海軍士官学校を首席で卒業し前線で実戦を積んだ後、若くして防衛省の幕僚として抜擢され今は潜水隊群の司令官という異例の経歴を持つ男である。

 

火星は、このエリート街道を突っ走ってきた海軍一筋の男にある種の憧れの感情を抱いていた。周りの人間を無意識に威嚇するこの氷の様な雰囲気も、軍人として本当は火星も身につけたいと思っているものであった。

 

「で、どれ程の間休暇を頂くことになった?長官から直々に頂けるのだろう。出来るだけ多く頂いたんだろうな?」

 

ニヤッと口角をあげそう言った山口は、ポケットからタバコを出すと、口にくわえ火をつけ一服----

 

煙の臭いが、部屋に充満する。

 

「は。それが…。2ヶ月ほど、ゆっくりしてこいとのことで…。」

 

その発言に山口はブホッ!とタバコを吐き出した。カーペットの上をタバコが転がる。ハッキリ言って危ない。

 

火星は今までしっかりとした休暇を取った事がない。他の皆が休暇を取っている間も、基地に残り1人仕事をするような人間だった。

 

「2ヶ月!?長期休暇にしても長過ぎるだろ!?………なるほど。今まで貴様が取ってこなかった休暇を一度に全て取らせるつもりか。2ヶ月もいないとなるともはやこっちにとっては除隊レベルだが……。まぁ、仕方がない。ドック入りの後蒼龍には潜水艦艦長経験者から艦長代理を立てる。本当は許されん事だがな。特例中の特例だ。長官の御命令ならな…。貴様、しっかりバーチャルシステム使って訓練だけはしておけよ。」

 

「………存外、すんなりと認めて下さるのですね。」

 

「当たり前だ!鎮守府の長官が下した命令に、意見なんざできるか!………それに、長官は本当に貴様の事を心配なさっているからそれだけの休暇を与えたのだ。貴様、本当に思いつめた面をしていたからな。その休暇は本当は直属の上官である俺が与えるべきなのだろうが、それ程の休暇を与える権限は俺には無かった。俺も責任を感じてるんだ。だから少しホッとしてるんだよ。お前に休ませる事が出来るようになってな。…気に病むな。ゆっくりしてこい。」

 

山口は、一瞬氷のような雰囲気を溶かしたかと思うと、普段より優しい口調で火星にそう語りながら、新しいタバコに火をつけた。ああ、本当にいい上官に恵まれたのだな、俺は----

火星は込み上げてくる感情をグッと抑えながら深々と一礼し、司令官室を去った。

 

 

 

 

火星が山口の部屋を去った後、山口は先ほどまで火星に見せていた優しさを含んだ表情を消し、外の景色を睨むように眺めていた。

 

「長官直々に、2ヶ月の休暇命令…。いくらあいつが今までまとまった休暇を取った事が無かったとしても、一度に取らす休暇にしては余りにも長過ぎる……。」

 

月に照らされ妖しく光る海面を睨みながら、山口はある確信を抱こうとしていた。

 

「長官の意図には、何か裏がある。」

 

誰もいない閑散とした部屋で、山口は微かに抱いた確信を呟いたのであった。

 

 

 

「ふぅ〜〜〜〜〜…。はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜…。疲れた…。」

 

そう漏らすのは他でもない、天城火星だ。火星は山口の部屋を後にしてから4本目となる煙草に火をつけ、1人そうボヤいていたのであった。

 

「長官と司令官、連続で面会だぜ…2時間も経ってんじゃねぇか…気が狂いそうになるっつーの…。」

 

火星は極度のヘビースモーカーだ。山口も煙草を嗜みはするが、火星程ではない。火星は1日に2箱近く吸う。煙草を吸う時だけが、火星にとっての何よりのリラックスタイムなのであった。

 

「お疲れ様です。艦長。聞きましたよ。2ヶ月も休暇を頂けるの事になったとか。」

 

ボヤく火星に後ろから声をかけたのは、潜水艦蒼龍副長にして火星の一つ後輩の真田純一である。真田は風呂上がりなのか、タオルを首から下げていた。軍装も解いている。

 

「おう純一。風呂上がりか?だったら一緒にビール飲もうぜビール。俺ももう腹減って死にそうなんだよ。折角の上陸初日だ。パーっと外に飲みに行こうぜ。姉ちゃんいるとこにでもさ。」

 

「ご一緒したいところですが、ダメです。飲むなら後で部屋で飲みましょう。艦長は明日からアクア行きでしょう?準備も沢山あるではないですか。」

 

「えーーーー。つれねぇなぁ。いいじゃねーか別によぉ。」

 

「ダメです。明日になってバタバタする事のないように、しっかりと準備をしてから飲んで下さい!!そうしたら付き合いますから。」

 

純一はメガネをクイっと上げながら厳しい口調でそう言った。その仕草野郎がやっても全然可愛くねぇからな?女がやるから可愛いんだよ。

 

「あーーわあったわあった。はいはい。言う通りにしますよ言う通りに。んじゃあ準備できたら呼ぶから酒持ってちゃんと来いよな。

 

「分かりました。約束です。…ところで艦長。アクアのネオ・ベネツィアに行かれるんですよね?街の案内をどの《水先案内人》(ウンディーネ)に頼むか、もう決められましたか?」

 

「はぁ?うどん?」

 

「ウンディーネ、ですよ!厳しすぎますよそのギャグ。ご存知でしょう?ネオ・ベネツィアのアイドル業とも言われるウンディーネ。折角ネオ・ベネツィアに行くのに、案内してもらわないと損ですよ。」

 

「ああ知ってるよ。可愛いネーチャンに街案内してもらえるんだろ?そりゃ一回は経験しとかないと損だわな。後で適当に選んで予約入れとくわ。」

 

火星は吸っていた煙草を灰皿にねじ込み、そう言い残してその場を去っていった。残った濃い煙が純一の鼻に入り、純一は顔をしかめる。純一自身、喫煙者ではないため、この臭いはどうしても苦手だ。

 

「適当にやって、予約するの忘れちゃダメですよーーー!!!」

 

去り際の火星にそう告げ、純一もその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

「えーーと。服は入れた。財布も入れた。通信機器類も入れた、と。」

 

火星はアクアに行くための準備の最終チェックをしていた。さすがに2ヶ月間宿泊するともなると、荷物もそれなりの量になる。

 

「服、結構持って行っとかないとな。あっちには四季があるんだもんな。体調崩しそうだぜ。」

 

地球は、完全に気候が自動調整されているため、年中住みやすい気温だ。そのため服も厚着薄着をする必要がないのだが…。

アクアは逆に自動調整はされておらず、従って四季がある。それが観光の売りにもなっている。しかしあまりに地球の環境に慣れた人間が行くと、体調を崩す事も起きてくるだろう。服は多めに持って行って損は無かった。

 

「あ…軍服は……。いらねぇわな。着る機会なんてないし。…反感買うのもゴメンだし。」

 

第3次世界大戦の結果、地球-火星間の検問を最大限に厳しくする代わりに、アクアに軍隊を置かない事になっている。従って、地球の軍人が軍服を着てアクアの街を歩くと、不思議な目で見る人も存在するだろう。本当の意味で平和な場所へ、わざわざ軍服など着ていく必要性などないのだ。

 

「さて、準備は大体できたか…。後は、なんだっけ。アレだ。ウンディーネ。ウンディーネの予約。ウンディーネの予約だけしとかないとだな。」

 

宿の予約は先ほど済ましていたが、ウンディーネの予約を未だ済ませていなかった火星は、パソコンへと向かう。

 

「えーっとウンディーネ、ウンディーネ…。へぇ、色々な会社があるんだなぁ。正味どこでもいいんだけど………。水の三大妖精?俺らで言う英雄みたいなものかい。こんなのもあるんだな…。ほー。確かに3人ともべっぴんさんだわ。」

 

ブツブツと独り言を呟きながらパソコンを弄る間も、煙草を吸うのを忘れない。

 

「姫屋とおれんじぷらねっととか言うところは明日ほとんど埋まってるしなぁ。折角ならその三大妖精に案内してもらいたいものだが…ん?」

 

火星は、他のページで見ていた会社の予約ページに変化が訪れた事を見落とさなかった。

 

「ARIAカンパニー…お、明日キャンセル出てんじゃねぇか!アリシア・フローレンス…三大妖精の1人だよな…よっしゃ。ここにすっかな。キャンセル見つけたのも何かの縁だし。」

 

火星は煙草を灰皿でもみ消すと同時にARIAカンパニーに予約を入れてパソコンを消した。

 

「さーて寝よ寝よ。明日は5時起きだし…おやすみっと。」

 

そう呟きベットにダイブする火星。《秩序を乱すもの》に汚されていない海。子供の頃、何処よりも憧れてた、星、アクア。夢の中に落ちていきながら、未だ見ぬアクアの地に火星は思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長、絶対僕との約束、忘れてますよね…。」

 

 

 

 

 

 




一番好きなタバコはロングピースです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 〜その、偶然(?)の出会いは〜

1年、あれから1年ですか。早いですね。こんにちは。


夢を見ていた。

 

あれは4年程前、俺が少尉だった頃--

 

「おい黒乃!黒乃!!もうダメだ、脱出するぞ!!」

 

「わかってる!わかってるけど、今艦のコントロールを放棄するわけにはいかない!それこそ悪夢だ!」

 

「コントロール!?んなもんもうどうでもいいだろう!総員上甲板の命令が出てんだぞ!もう沈んじまう!急がねぇと!」

 

「そういうわけにはいかないだろう!敵の攻撃は艦の心臓部のすぐ横に直撃してる!このままコントロールを放棄すれば辺り一帯が放射能に汚染されてしまう!それだけはダメだ!君だけでも先に行ってくれ!その怪我じゃ、急がないと逃げきれなくなるぞ!…私は最悪、艦と一緒に沈むよ。君だけでも助かるんだ!」

 

「少尉、脱出しましょう!魁少尉なら絶対大丈夫です!少尉は大怪我をされているのですから早く脱出を!!」

 

「おい馬鹿野郎離せクソッ!黒乃、黒乃!!テメェ死んだら承知しねぇからな!!必ず戻ってこいよおい!分かってんだろうな!!」

 

「ふふ…今までありがとう火星。…………さようなら。」

 

「お、おい。黒乃!黒乃!!!」

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

「黒乃!!!…………はっ!?」

 

自分が発した大声と共に、天城火星は目を覚ます。

地球と同じく、管理された綺麗すぎる空気の味、耳に響くエンジン音、不審がる周りの人の目…地球と火星を結ぶ宇宙船の中だ。

 

「お客様、大丈夫ですか?お具合がよろしくないのであれば、お薬をご用意致しますが…。」

 

「いや、大丈夫だ。少し変な夢を見ただけだから…。かわりに熱いコーヒーを一杯貰えるかな。」

 

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」

 

去っていく乗務員の姿を見ながら、火星は現状を確認する。

火星は、司令部の長官から長期の休暇を貰い、はるばる地球から火星へと向かっている最中なのだ。

 

「しっかし…よりにもよってあいつの夢か…嫌な夢みたなぁ…。」

 

4年前、国防海軍の観艦式の最中、火星の乗っていた艦は《秩序を乱すもの》に襲撃され、撃沈されたのである。

 

その時に負った腹部の傷の痛みが、嫌な記憶と共に蘇った。

 

「あの時、無理矢理にでもお前を連れ出しておけば良かったな、黒乃。」

 

魁黒乃。

海軍兵学校の同期であり、女の身でありながら首席卒業者。次席卒業である火星が唯一成績で勝つ事の出来なかった人間だ。

黒乃は結局、あの後艦と運命を共にした。撃沈されることにより、核燃料を動力とする艦の心臓部から放射能が出ないように最後の最後まで奮迅したのだ。

 

「お客様、お待たせ致しました。コーヒーでございます。」

 

「ああ、すまない、ありがとう。」

 

1人昔の記憶に浸る火星の元に、乗務員がコーヒーを持ってくる。そのコーヒーに口をつけ、火星は窓の外を眺めた。

眼下には、水で覆われた美しい星が光り輝いている。

 

「あれが…アクア…。美しい星だ、映像の中で見たものよりも、何倍も…。」

 

『本日は、太陽系航宙をご利用いただきまして、誠に有難うこざいます。当機はまもなく、惑星アクアの大気圏に突入致します。』

 

アナウンスが流れ、火星の乗る機体は大気圏を抜けて行く。

 

『この惑星が、テラフォーミングされてから150年。極冠部の氷が予想以上に融解し海が出来たことにより、地表の9割以上が海に覆われた惑星。それがアクア。ここは水の惑星として、今日は親しまれております。』

 

どんどんと、アクアの海が目の前に迫ってくる。

 

「いよいよ惑星アクア、か。この星はどんな体験を俺にさせてくれるのか…。」

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

マルコポーロ国際宇宙港。

惑星地球の宇宙港と、惑星アクアのネオ・ヴェネツィアを結ぶ、ネオ・ヴェネツィアの玄関口である。観光都市であるネオ・ヴェネツィアにあるこの国際宇宙港には、毎日沢山の人間が出入りしている。

その中に、天城火星の姿もあった。

 

「ん、んーーー。あー疲れた。思ったより長旅になったな…。ここがネオ・ヴェネツィアか…。」

 

燦々と輝く太陽、そしてその太陽の光を浴びキラキラと光る運河。植物の光合成のおかげか、とても心地の良い空気。どれをとっても、確かに地球ではもう味わえないものなのかもしれない。火星は、ふと目を閉じ、この星からの自然の贈り物を全身で感じた。

 

「うん…確かに気持ちいい…。これは地球じゃ味わえねぇな。体が芯から温まる。」

 

アクアの季節はちょうど初夏、1番太陽の恵みを浴びることのできる時期である。

 

自然の恵みを全身で感じた火星は、次に大好きなタバコで一服しようとして、喫煙所を探す為にマップを開いた。もっとも、幾ら体に良い空気や良い光を浴びたところで、タバコを吸えば全部オシャカになってしまうのだが。

 

「やっぱり少ないな…喫煙所。」

 

時代が進み、ガンも完璧に完治できる技術は存在しているが、それでも毒の塊であるタバコを吸う人はもうほとんどいないと言っても過言ではない。それを考慮すれば当然の結果であった。敷地の中であれば、ある程度自由に吸うことができるが、公共の場所になるとそうはいかない。

 

「まぁ仕方ないな…。とりあえず1番近い喫煙所は……空港のすぐ横だな。ウンディーネとの待ち合わせまでまだ時間あるし、ここで時間潰すか…。」

 

ポケットからタバコを取り出し火をつけ、紫煙を吐き出す。この瞬間が、火星の何よりも好きな時間だった。

 

タバコを吸いながら、改めて目の前に広がる景色を眺める。

左手に見える橋は…スカルツィ橋だろうか。ヴェネツィアのカナルグランデに架かる4つの橋のうちの1つだ。カナルグランデを越えて向こう岸には、地球では決して見ることのできない建造物がそびえ立っている。長い年月を歩んで来たのだろう、傷んでいる部分、剥げてきている部分も確認できる。だが不思議なことに、そういった部分も含めて、この街が成り立っている要因なんだなとすんなりと理解できる。初めて生で見る光景なのに、どこか懐かしさすら感じさせた。

 

火星はもう一度スカルツィ橋に目を向ける。地元の人、観光客、子供、大人、男性、女性、犬猫まで、皆楽しそうな顔をして渡っている。

 

「あんな笑顔、地球でもそうそう見ないぞ。ここがいかに治安がいい場所かってのがよく分かるな。」

 

地球全土の治安が悪いという訳ではないが、小規模な紛争は未だ何処の地域でも発生している。国防海軍の士官として最前線で戦っている火星の周りでは、もはや見ることのないような笑顔だ。

 

10分くらいタバコを吸っていただろうか。まるで自分の周りだけ時が止まっているような、そんな感覚を火星は味わっていた。地球での暮らしのような、目まぐるしい早さで時間は駆け抜けていかない。本当に、ゆっくり、ゆっくりと、流れていく。

 

そろそろ待ち合わせ時間かなと時計を見ようとした火星は、ある事に気付く。

 

「あん…?何してんだあのガキ」

 

視線を正面に移すと、スカルツィ橋の柵から身を乗り出している少年がいた。恐らく、ゴンドラや運搬船が橋から出てくる瞬間を見ようとしているのだろう。気持ちは分かるが、相当身を乗り出していて、いつ落っこちてもおかしくはない。

 

「…やらかしそうだな。」

 

これはマズそうだとカンで判断した火星は、待ち合わせ場所もすぐ目の前なので、橋に近付くことにした。

 

少年はついに、身を乗り出し、足をぶらぶらし始めた。非常に危険である。

 

「周り、誰か注意してやれよ…ったく…」

 

見てられなくなり、一言声をかけてやろうとさらに近付いた、その瞬間、

 

「あっ!!」

 

小さな声が聞こえたと同時に、少年が海に落ちた。

 

「言わんこっちゃねぇ!!!」

 

火星は一気に体のギアを切り替え、凄まじい速さで少年の元へ向かう。少年は泳げないらしく、水の中で激しくもがいている。服も靴も着けた状態では、非常に危険だ、一刻を争う。周りの人間もようやく事態に気付き、騒ぎ始める。しかし誰も助けに行こうとしない。当然だ。素人が飛び込んで助けに行くなど言語道断。二重事故を招きかねない最も愚かで危険な行為である。

 

橋の側に到達し、上着だけを脱ぎ捨て、飛び込もうとした瞬間、

 

「これに掴まって!早く!!」

 

火星の耳に、驚くほど美しい、女性の声が入ってきた。

 

顔はよく見えないが、美しい、長い長いブロンドの髪。こんな事態だというのに、思わず火星は見惚れる。火星は髪が長い女が好きなのだ。今までこんなに髪の長い女を見たことがなかった。

 

少年がその女性の持っていたオールを掴む。これで助かるかもしれない、周りがそれに安堵した時だった。

 

「きゃっ!?」

 

ざばん!!!と、新たな水飛沫がまう。ブロンドの女性が、オールごと少年に引きずり込まれたのだ。

無理もない、少年は泳げなく、パニック状態になっている、水の中でパニック状態になっている人間は、大人でも何をしでかすかわからない。海軍軍人である火星は、その事をよくわかっていた。

 

「やれやだぜ!待ってろよ!!!」

 

叫ぶと火星は、ブロンドの女性と少年目掛けて一気に飛び込む。周りが目をみはるほどの恐るべきスピードで2人の元に到達する。少年が女性の体を掴んでもがいていた。一番危険な状態だ。最悪、ブロンドの女性を巻き込み、2人とも溺死しかねない。そういった二重事故は水難事故でよく起こるケースだ。

 

「おいあんた!!!とりあえず船の上に上がれ!!!このままだと巻き込まれんぞ!!!」

 

火星はまず、ブロンドの女と少年を、力尽くで無理矢理引き離す。そして、一瞬で側にあった船の上にブロンドの女を投げ入れる。

 

「わ、私よりその子を!」

 

「分かってる。任しとけ。」

 

少年の元に向かうと、少年はどんどん沈み始めていた。そろそろ体力も限界が近いのだろう。

 

だが逆にこれはチャンスでもあった。体力の限界が近いという事は、もう暴れる力が残っていないという事。つまりかなり救助しやすい状況とも言える。

 

火星はタイミングを計らい、少年を掴むと一気に先程と同じように船の上に投げ入れた。そして火星も、船の上に乗り込む。周りから拍手が起こっているが、まずは少年の状態を確認するのが先だ。

 

「ごほっ!!がはっ!!!」

 

少年は相当体力を消費しただろうが、沈む寸前だった事もあり、意識もある。海水も飲んではいるだろうが多量ではないはずだ。

 

「おい坊主。大丈夫か?俺の顔が見えるか?」

 

「かはっ、かはっ!は、はい。」

 

「俺の指を見ろ、これは何本だ?」

 

「はぁ、はぁ…さ、3本です…。」

 

「よし、まぁ大丈夫だろ。意識もはっきりしてるようだしな。おい坊主。あんなに身を乗り出したら危ないだろう。自分を危険にさらす事になるし、周りにも迷惑を掛ける。よく考えて行動する事だな。」

 

「ぐす…ごめんなさい…ごめんなさい…悪気は無かったんです…本当にごめんなさい…。」

 

「あーーーーもう。泣くな泣くな!男だろ!男がギャンギャン泣くもんじゃあない。1度分かったら、もう同じ過ちを繰り返す事はないだろう?ならそれでいい。1度目は勉強だ。何事もな。しっかりと覚えとけ。いいな?」

 

「はい…本当にごめんなさい…。」

 

なんだかそんなに泣かれては説教しているこっちが負い目を感じてくる。本人は本当に悪気は無かったのだろう。とても反省している様子だった。

 

「あらあら、うふふ♪」

 

ふとその声で存在を思い出す。視線を右にやると、さっきのブロンドの女が天使の様な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

改めて顔を見る。透き通るサファイアの様な蒼い瞳、人形の様に整った顔、雪の様に白い肌、そしてなにより、腰まである長い金髪のブロンド。とてつもなく可愛い。というか、好みだ。

 

「あんたは余裕そうだな。大丈夫だったか?」

 

「ええ、貴方が助けに来てくれたおかげで。最初は怖かったけど、とても頼もしかったから、安心してみていることができました。」

 

そう言って微笑む顔は、なるほど、一体今まで何人の男を虜にしてきたのだろうか。本人にそんな気はサラサラないだろうが、立派な凶器だ。それほどまでに可愛かった。

 

「お姉さん…ごめんなさい…本当にごめんなさい…。」

 

ブロンドの女に対しても少年は泣いて謝る。あーーーもうだから泣くなっつってんだろ!

 

「この坊主もパニックになってたんだ。許してやってくれねぇか。」

 

火星がそう言うと、ブロンドの女が少年に手を伸ばす。その手は少年の頭に置かれ、優しく、撫でる。

 

「よしよし。怖かったわね。でも、助かった。もう大丈夫よ。もう大丈夫。安心していいからね。」

 

どんだけ優しい女なんだこいつは。優しさの塊みたいな女だ。

吹っ切れたのか、少年は大泣きしながら女に抱きついた。こんのクソガキ調子のってんじゃねぇぞ!!!羨ましい!!!

そう思う心をなんとか胸に押し込み、火星はタバコを口に咥え、火をつける。濡れていたが、これはこれで乙なものがある。

 

「しっかしお前、よっぽど船が好きなんだな。あんなに身を乗り出して船見てるなんてよ。」

 

紫煙をくゆらせながら火星が少年に対して問いかける。少年は船のどこを見ていたのだろうか。火星としても少し興味があった。

 

「あ…違うんです。僕は、船を見ていた訳じゃないんです。」

 

「あん?船じゃなかったら何見てたってんだ?魚なんて見えやしねーだろ。」

 

「僕は……その…おかしいと思われるかもしれませんけど、水を見ていただけなんです。海の水を、波を、船と船が行き交う中で起こる白波を、日の光を浴びてキラキラ光る水面を、本当に綺麗だなぁと思って、見ていただけなんです。」

 

ああ、と。火星は納得した。この少年は自分と同じなのだ。心の底から、海が好きなのだ。火星もかつて、バーチャルの中で見た海に憧れた。火星の海軍軍人になりたいという願いは、そこから始まったのだ。大いなる海、母なる海。どんなものよりも魅力を秘めていて、吸い込まれる。少年の言ったように怪しく揺れる水面が、自分をずっと虜にしていた。火星は、その海への情熱が、軍人へと傾いただけなのだ。

 

「坊主、お前本当に海が好きなんだな。俺と一緒だ。」

 

そう言うと少年は嬉しそうに、

 

「…はい!!大好きなんです!だから僕は、将来この海に携わる仕事がしたいんです!!」

 

真っ直ぐで眩しくて。

ああかつて、俺にも、

こんな時が、あったなぁ。

 

「このネオ・ヴェネツィアに住んでいる人々は…」

 

俺たちのやり取りを見ていたブロンドの女が口を開く。

 

「子供も、大人も、お年寄りも、皆、海が大好きなんです。だって皆、このネオ・ヴェネツィアの海と共に、大きくなって、生きてきましたから。」

 

「…ふん、なるほどな。確かにいい場所だ。」

 

「はい!とーっても、いい場所なんですよ♪」

 

随分と単純で幸せな考えだとは思うが、あながち間違いではないのかもしれない。火星がネオ・ヴェネツィアに着いた時、周りの人々の笑顔を見て、どうしてそんなに笑顔なのだろうと思った。それが、このネオ・ヴェネツィアという美しい街と、この美しい海のせいだというなら…まぁ、納得がいく。それだけの力が、やはりこの地にはあるのだ。言葉に出来ないような力が。

 

ふと視線を前にやると、血相を変えてこちらを見ている女性がいた。恐らくは少年の母親だろうか。こっちの仕事は終わった。早く会わせてあげねば。

 

「おい坊主、お迎えが来たようだぜ。」

 

「あ、お母さん、お母さん!!」

 

少年の嬉しそうな顔に、俺とブロンドの女は顔を見合わせ、ふっと、笑う。ブロンドの女が船を漕ぎ出し、船が陸へと向かう。

 

「お母さん、おかあさーーーん!!!」

 

「ルナ!!!ルナ、ルナ、良かった、良かった…無事で…。本当に良かった…。」

 

少年の母親は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら少年を抱きしめる。感動の再会ってやつだな。一件落着一件落着。

 

「あの、息子を助けて下さったというのは、あなた方ですね!?本当に、本当にありがとうございました!!!あなた方がいなかったら、どうなっていたことか…本当にありがとうございました!!もう2度と、このようなことがないように言い聞かせますので…。」

 

物凄い勢いで頭を下げてくる母親。いい人なんだろうな、この人も。

 

「大丈夫ですよ。その子も無事で良かった。…坊主、お前、ルナっていう名前なのか。いい名前だな。」

 

「うん!僕も気に入ってるんだ!!お兄さんの名前は?」

 

「俺か?俺は、アクアだ。火星と書いて、アクア。」

 

「アクア…凄い!この星と同じ名前だ!!」

 

「別に何もすごかねーよ。でも、ルナとアクア、どっちも星の名前だ。互いに海が好きだし、似た者同士かもな、俺ら。」

 

「うん!!そうだね!!!僕も、お兄さんみたいに強くて逞しくて、カッコイイ男の人になれるように頑張る!!!」

 

「おう!!頑張れよ!!」

 

火星はルナの頭をガジガジと撫でる。嬉しそうにしているルナ、それを笑顔を浮かべて見ているブロンドの女、ルナの母親、どうやらこの星では優しい空気が充満しているらしい。いいことだ。

 

「あの、何か御礼をさせて下さい。息子の命を助けて貰ったのに、何も御礼をしないというわけにはいきません!!」

 

「それには及びませんよ。私は地球で水上警察の様な仕事をしているので、水難事故の対応はしょっちゅうです。お気持ちだけで十分ですよ。」

 

この星で、出来るだけ軍人だという事を言いたくはない。地球ではもうほとんど機能していない組織だが、水上警察というのがギリギリつける嘘のラインだった。

 

「いえ、そういうわけには!ああそうだ。私は家族でレストランを経営しているんです。なのでいつでもいらして下さったら、なんでも無料で提供させて頂きます!」

 

「そうですか。わかりました。そこまで仰るのなら、また伺わせて頂きましょう。楽しみにしています。」

 

そういうと、ルナの母親も納得したのか、ありがとうございますと笑顔で頭を下げた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

笑顔で手を振るルナとその母親をブロンドの女と共に見送る。また近々会う事になるだろう。そんな予感を感じながら。

 

「アクア…さん…。」

 

ブロンドの女がボソッと俺の名を呼ぶ。

 

「本当に、いい名前…。」

 

そう言うとブロンドの女は俺の顔をじっと見つめてくる。…おいおい本気で可愛いぞこいつ。久しぶりにドキがムネムネしてきたゾ。

 

「そ、そうか?俺はあんまり好かなかったんだがな。今はそれなりに気に入ってるけど。…ところで、あんたの名前は?まだ聞いてなかったな。」

 

「あらあら、私としたことが自己紹介がまだでした。申し遅れました。私、ARIAカンパニーの、アリシア・フローレンスと申します。」

 

「アリシア…あの、3大妖精の…。」

 

 

 

 

これが、火星とアリシアとの、初めての出会い。

そしてこのアリシアが、後に火星の人生を、大きく、大きく、変えていく事になるのだが、2人は当然、まだそんな事は知らない。

 

 

続く(多分)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




海や川で遊ぶ時は本当に気をつけましょう。何かあれば適切な対応をしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。