おじぎ (いつかこう)
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おじぎ

書籍版6~7巻あたりの話です。
BD特典小説は読んでいないので、アルベドの気持ちがどれくらいあれで
どのくらいあれについて語られたのかは感想ブログからの推測です。

原作的にも7巻のあの会話シーンは重要な部分でしょうから
これから意味が明らかになっていくでしょうが、
さりげなく‥でもわざわざ2回表現されたアルベドのあの行為に
妄想が止まらなくって待ちきれずついつい書いてしまいました。

突っ込みどころは多いでしょうが、書籍版に近い
パラレルワールドのエピソードとして読んでいただけたら幸いです。

※4/11 ラスト近くに4行ほど追加しました。
※7/24 読みやすいように文章を整理しました。内容は同じです。


「ではお願いね、デミウルゴス。」

「畏まりました、守護者統括殿。アインズ様のご尊顔に泥を塗った無礼な者達には、それにふさわしい罰を与えねばね。」

「ええそうね、全くだわ。」

「……少し元気が無いように見受けられますが……なにかありましたか?」

「そう? 気のせいだと思うけど。」

「……そうですか、私の勘違いだったようです。失礼しました、アルベド。」

「いいえ、気にしないでデミウルゴス。」

 

 アインズの(めい)による人間(ツアレ)救出と王都襲撃作戦のための部隊を編成しデミウルゴスに一任したアルベドは、彼が立ち去ってしばらく待ち、戻って来ない事を確認してからフウとため息をつき、指でこめかみを軽くマッサージした。

 

 鋭い男だ。あっさりと引き下がりそれ以上の追求はしてこなかったが、おそらくアルベドの言葉をそのまま信じてはいないだろう。

 こういった腹芸は味方であったとしても知恵者同士では良く起こる事だ。

 他の守護者達に対するのとは違う、特別な間合いがある。

 

 それに比すれば、シャルティアとの丁々発止など息抜きの児戯のようなものだ。

 コキュートスが理解出来ればその知の達人同士でしか通じない微妙な言葉のやりとりを武人の立ち会いに見立て感動するだろうが、あいにく無骨にして単純な彼にはただ発した言葉そのものとしてしか受け取れないだろう。

 階層守護者でその空気をいくらかでも感じ取れるのはマーレぐらいか。──あの子はああ見えて鋭いから。

 

 デミウルゴスが感じたアルベドの雰囲気はさきほどのアインズの憤怒……それは彼女自身に向けられたものでは無いが……がもたらしたものだ。

 肉弾戦では当のアインズも完全なる戦士(パーフェクト・ウォーリアー)の魔法を使い神器級(ゴッズ)アイテムでフル装備すればまだしも……通常時ではまるで問題にならない力を持つ彼女ですら震える、絶対の支配者の威圧感。

 その力を感じる事は至上の喜びであるが、同時に究極の恐怖でもある。

 自分達は生殺与奪すべてを(あるじ)に握られたシモベであり奴隷である。それを心底から実感する瞬間だ。

 その動揺が、今も糸を引いている。

 

 しかし……。

 

『分かるな?分かるよな!?それはこの、皆で付けた名前を侮っているということ。たとえ、知らなかったといえども許されるはずがない!!』

 

「……分からないわ……。アインズ様、分かりません。」

 

 ……分からない……のだ。アルベドには、分からない。

 なぜあの素晴らしい名を捨てて、その名を名乗ったのか。

 いや、理屈では分かる。しかし、分からない。

 

 ……分かりたく、ない。

 

 ──アインズ・ウール・ゴウン──

 

 それは本来ギルド名であって、あの方の名では無い。

 もちろん御自らその名を名乗った以上、シモベである自分が異議を唱えるはずもなく、さっきのようにただ一人ハーレム部屋で愛しの君の映し身……抱きまくらや編みぐるみなどを作っている時にも、その名を呼ぶ。

 あの方が、そう呼べと命じたのだから。

 

 それでも……

 

 心の奥底でジクジクと疼く思いは消えない。その名はアルベドにとって、憎悪と侮蔑の対象でもある。

 何があったのか、NPCである自分は知らない。だが、捨てられた事は知っている。

 

 そして捨てられたのは、自分達だけでは無い。それをアルベドは、分かっている。

 

 だから、分からない。

 

「……いけないわね。思考が空転しちゃって。」

 

 ……少し時間がある。部屋に戻って再び英気を養おう。

 今にして思えば、守護者達も毎日休息を取るようにとの命令は的確だった。

 体の疲労はマジックアイテムで無効に出来ても、心の疲労は別だ。自分もデミウルゴスもセバスも、誰も気づかなかった事をアインズは気づいていた。

 

『本当にあの方は、何でも見通していらっしゃる。』

 

 ナザリックで一二を争う智者である自分を軽く凌駕する、神の叡智の持ち主。だからこそ、もどかしい。

 

 

◇◆◇

 

 

 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

 

 ハーレム部屋で、気持ちを落ち着けるためアインズの勇姿が描かれたペナントを刺繍しながら、アルベドは口の中で再び呟く。

 

「……分からないわ」

 

 なぜアインズは、それほどまでに他の至高の面々を、そしてギルドの名を大事にするのだろう。

 理屈で説明がついても、どうしても感情がそれを否定し言葉に出てしまう。

 

 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

 

「お優しい方……」

 

 愛しげに呟く。

 シャルティアの、コキュートスの、そしてセバスの……御身からすれば虫けらに等しい守護者達の度重なる失態を、何一つ責めず許してくれる、大きく包み込むような慈愛に満ちた態度。

 その器の大きさは、まさしく至高の四十一人のまとめ役にふさわしい。

 だからこそ、ナザリックを捨てたはずの仲間がこの地に来ている事を望んでいるのだろうか。

 そしてもし再会すればただ喜んで、ただ1人で守り続けたナザリックを分け与えるのだろうか。

 なんのわだかまりもなく。

 

「本当に……そうなのかしら。」

 

 ……他の守護者達は自分を見捨てた創造主に一言の恨み言も言っていない。

 あのデミウルゴスもまた、ウルベルトの事を話す時にはただひたすら敬愛の念しかこもっていない。

 

 ならば、自分はなぜなのだろう。この思いはどこから来るのだろう。

 自身の創造主であるタブラ・スマラグディナを、他の至高の面々を思い浮かべる時の掻き毟らんばかりの怒りと憎悪、侮蔑、虚無感、やるせなさ。

 もちろん、その感情は他の守護者達にも一切見せていない。ただひたすらに至高の41人全員への敬慕の念だけを表現し続けている。

 あのデミウルゴスにすら、見破られていない自信はある。

 ……その自分の思いを知るとすればただ一人……あの男だけだ。

 

 なぜ自分だけがこうなのか。どう考えても、理由は一つしか思い浮かばない。

 

 ──アインズ(モモンガ)によって設定を書き変えられたから。──

 

 アインズ(モモンガ)を愛しているというその文言によって、歪みが生じたから。直接の創造主を超える、愛する人が出来たから。

 そして恐らくその書き換えの時に、アインズの無意識下の憤り、怒り、憎悪が流れこんだから。

 もちろん他の至高の面々への思慕の念は、決して偽りでは無いだろう。

 しかし同時に、心の底の底では自分一人を置いてナザリックを捨てた事を恨んでいるのだ。

 

『それを貴方様ご自身気づいていらっしゃらないのですね。あるいは……無意識に目を背けていらっしゃる。表の意識では他の至高の方々がこの世界に来ている事を望んでいらっしゃる。だからアインズ・ウール・ゴウンを名乗られた。それも本心だから。でもこのアルベドには分かります。貴方様の怒り、憎しみ、……哀しみ。すべてのNPCの中で私だけ……いいえ、悔しいけれどもう一人いたわね……でも愛する女の立場としては私だけ……です。貴方様の心の奥底に潜む、悲痛な叫びを知る者は。』

 

「お可哀想に……」

 

 あれほど強大な魔力と智謀を持ち支配者として圧倒的なカリスマを有しながら、そこだけはまるで捨てられた幼子のように危なっかしい。

 

『ああ……愛おしい。 愛おしい。 愛おしい。私が守って差し上げねば。ガラスのように脆く繊細な魂を、優しく包み込んであげたい。』

 

 ……ふと、そこからさらに妄想が湧き上がっていく。

 

 もしもアインズが、弱かったなら。もしもアインズが、愚かであったなら。

 

 膨大な魔力を持ち、智謀知略に優れ、決断力に富み、シャルティアとの戦闘で明らかになったように実戦にも長けた、完璧なる偉大な(あるじ)

 例え自分達守護者がいなくても問題なくナザリックを統治し、世界を征服するだろう死の支配者(オーバーロード)

 時に守護者達の存在意義にも関わり複雑な心境になるが、まさに自分達がかしずくに足り、仕える喜びで胸が一杯になる至高の御方。

 

 だがもし、そうで無かったのなら。

 

 ……例えそうであったとしても、自分達の忠誠に一点の曇りも揺るぎも無い事は断言出来る。

 正直な所、もしアインズがもっと無力であったのなら各守護者達は自己の重要さを実感でき、なお一層張り切る事だろう。

 

 主を守る喜び。自分がいなければという思い。それはそれで、蕩けるような快楽をもたらしてくれるだろう。

 

 アルベドはふと、自分の下腹部に手をやった。

 

 ……無力なあの方を、私の子宮に仕舞いこんでしまえるなら……

 

 永遠に一体化出来るのなら、なんという至福だろうか。

 

 《守護》はアルベドに刻まれた本能だ。

 すべての守護者中最強の防御力は、その証。愛しい方を守る事こそが自分の至上。

 その方を、自身の中で永遠に守護出来るのなら。

 

 他の守護者達もNPCも……ナザリックも、何もいらない。

 すべての煩わしい邪魔者が消え去り、ただ二人だけで世界が完結するのならば。

 それに勝る幸福などあり得ない、究極の望み。

 

 軽く頭を振ると、アルベドは裁縫を再開した。

 

 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

 

 必死に手を動かし、妄想を止めようとする。あまりに不敬過ぎる考えでは無いか。

 

 ……現実のアインズは強大なる絶対者だ。自分など、冷たい言葉一つでかき消せるほどの偉大な存在。

 ならばその力を、偉大さを、ナザリックの威光を、あまねく世界に轟かせる事こそが自分の役割。

 

 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

 

 ……傍らに立ち、物理的にも精神的にも盾となって守護し続けよう。御身の名を知らしめよう。それこそが自分の存在理由だ。

 

 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

 

 ……それを阻む邪魔者は、すべて消えなければならない。

 

 チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

 

 ……そう、例えそれが……。

 

 チクチクチクチクチクチクチクチ……

 

「殺さなきゃ。」

 

 手をピタリと止めてアルベドは呟いた。針が、人差し指に突き刺さっている。もちろん全く痛みもなく、血も流れていない。

 上位物理無効化が働いている身に針のダメージが通るはずがないが、だがまるでそれに呼応するかのようにアルベドの心に針が突き立った。

 

 決意という名の鋭い針が。

 

 ―邪魔をする者―

 

 アインズの存在を、地位を、最も貶めるのは何か? 周辺諸国? ドラゴン? 存在の兆しが見える他ギルドのプレイヤー?

 

 違う。

 

 分かりきった答えだ。 それは以前から知っていた。だが今、それが明確な決心となってアルベドの心に形作られた。

 もちろんまだ、この世界に来ているかは分からない。

 いないならばそれに越した事は無いが、可能性がある以上、後手に回る訳にはいかない。

 アインズが出会ってしまえば、取り返しがつかなくなる。早急に調査しなければ。

 そして当然、他の守護者達には絶対に知られてはならない。

 そのために、アインズにどう願い出るのが良いか。注意深く、さりげなくやっていかなければ。

 

 長い長い堂々巡りから解き放たれ、やるべき事が次から次へと頭に浮かんでくる。

 

『……ご自身も気づかれていない思い、私には分かります。私だけが分かります。ご安心ください。未練を断ち切って差し上げます。貴方様はナザリックの絶対者。対等の者などいない、存在してはならないのです。そしてその傍らには、私だけがいれば良いのです。』

 

 ああ、それにしても……こうして決心出来たのも、アインズの憤怒があったからこそだ。

 

「ああアインズ様、あなた様はいつも……私を正しい方へ導いてくださるのですね。愛しい方……ああ……愛しい……愛しい方……愛してます愛してます。愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛して……」

 

 延々と呟くアルベドの顔は純粋な狂気に彩られ……凄惨な美しさに輝いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 その夜

 

 アルベドは指輪……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い、宝物殿へと転移した。

 

 カツン カツン カツン カツン……

 

 シン……っと静まり返った宝物殿にハイヒールの音が鳴り響く。アインズに連れられ初めて訪れた時から、かなりの時が経っている。

 

 あの時、今歩いている廊下ではなく、霊廟……言葉にしたくない響きだが……で、足元にひれ伏し血を吐くような思いで懇願する自分に、あの方はなんと優しかった事か。

 そして単騎でシャルティアを倒すと宣言したあの方の、なんと雄々しかった事か。

 

『シャルティア……』

 

 ふとシャルティアの事を思う。正妃を賭けたライバル。

 だが本来、自分とはアインズにかける想いの次元が違うのだ。

 

 あの戦闘中シャルティアは、ペロロンチーノをアインズより上に見ていることをハッキリと告白した。不完全な洗脳中であるからこそ漏れ出た本音だ。

 それを責める気は無い。アインズが至高の41人の統括とはいえ、創造された者にとって自身の創造主こそが第一なのは当然だ。

 

 もしペロロンチーノがアインズと戦うように命じたならば、シャルティアは躊躇なくそれに従うだろう。

 

 ……だが私は逆らえる。

 

 他の守護者たちのアインズによせる忠誠心は本物だ。

 だが、もし自らの創造主が目の前に現れ二者択一を迫られる事態になった時、シャルティアでなくとも各守護者達がどちらを選ぶかは分かりきっている。

 彼らの愛と忠誠はしょせん代用、二番手に過ぎないのだ。

 

 だが私は違う。

 

 ……私は殺せる。 あの方を殺せる。アインズ様のために、ためらいなく殺せる。

 

『シャルティア、あなたとは、アインズ様への愛の深さが違うの。でもそれはあなたのせいでは無いわ。私と貴方では、初めからステージが違うの。それだけよ。』

 

 すべてのNPCの中で自分だけなのだ。

 自分の創造主を超えた愛と忠節をアインズに捧げているのは。

 アインズが直接創造したパンドラズ・アクターも、自身の創造主を至高とするポジションは他のNPCと同じに過ぎない。

 

 自分だけなのだ。 そうでないのは。

 それは誰にも気づかれてはならない。

 他の守護者にも、愛しの君にも。

 

 タブラ・スマラグディナによって全NPCの中で最も細かく設定されたアルベド。

 だがたった一行の改変が、創造主によるすべての設定を上回った。最後の一行、設定の締めに刻まれたがゆえに。

 それは祝福され、呪われた愛。 それをアルベドは、歓喜している。

 捨てられた事を自覚したのも、それあっての事だ。

 創造者への、絶対の忠誠が裏返った憎悪。それ故に、その憎悪に底はない。

 

 他の守護者たちはそれが無いゆえに、目が曇っている。

 アルベドの、胸をかきむしらんばかりのタブラへの憎悪は、状況をクリアにしてくれた。

 自分達は捨てられたのだ。皆はその事に気づかないか、無意識に考えないようにしている。

 あるいは、都合の良い解釈で自分をごまかしている。だが他の理由など無い。

 

 捨てられたのだ。

 

 お前達はいらない、っと、ゴミのように捨てられたのだ。

 寄る辺なき者たちが、ただ一人残ってくれたアインズに、火に引き寄せられる蛾のように群がった。それだけだけなのだ。

 あのデミウルゴスですら、その事実から目を逸らしている。

 

 ──ウルベルト様はもう貴方を愛してなどいないのよ。あなたも、あなたの階層のすべても、いらなくなったから捨てただけ。ウルベルト様にとっては、ただのゴミの塊なの。──

 

 そう真実を告げたなら、あのアインズとシャルティア戦で見せた殺意など優しいそよ風だったと感じるほどに、デミウルゴスは怒り狂うだろう。

 あの理性的な男が、直接戦闘で勝てない事も忘れ、アルベドを滅する殺意の塊となって無策で挑んでくるだろう。

 

 ……哀れな男

 

 自分と同等の知性を持ちながら、その曇りは決して宝石の瞳から拭う事は出来ないのだ。

 

 自分は違う。耐え難い苦痛と引き換えに、真実を知った。

 

 だからタブラ・スマラグディナに深い感謝と、それに勝る憎しみを。

 アインズには深い感謝と、それに勝る愛を。

 

 愛しの主に決して知られてはならない後ろ暗さは、これからずっと自分につきまとう。

 アインズからどんな寵愛を賜りどれほど歓喜に打ち震えても、心の片隅から決して消えない闇。

 アインズに自分のすべてをさらけ出せる事は永遠に無くなり、演技し続けなければならないのだ。

 愛する男を騙し続ける演技を。

 

 良いだろう。

 

 アインズは自分の魂に愛の刻印をしてくれた。今度は自ら望んで、自身の魂に血塗られた刻印をしよう。

 至高殺しという刻印を。

 それが自分の、アインズへの絶対の愛の誓い。

 

 目的地が近づく。

 

 ──今思えば、パンドラズ・アクターは試していたのだ。

 直接会う前に、どうやってかは知らずアルベドの設定改変を感知し、それが心理にどういう影響を与えたのか知るために。

 だからあの姿をとった。

 

 例え偽物と分かっていようと、アルベドが自身の創造主の映し身を躊躇いなく攻撃出来るかを。

 そして、その意図は……。

 

『他の至高の方々に戦いを挑めと言われても、それを迷いなく実行するでしょう!』

 主人との内緒話のはずなのに、それが自分にまで届く力強い声だったのは、なぜか。

 

 ……彼はアルベドに、メッセージを送ったのだ。

 

 あの道化じみた態度からは想像もつかないが彼は自分やデミウルゴスと同等の知能、智謀知略の持ち主なのだ。

 ひょうげた姿は真実であり、また偽装である。

 ドッペルゲンガーであるがゆえにその実態はホログラムのように揺らぎ、掴みどころが無い。

 

 同じドッペルゲンガーであるナーベラルが攻撃魔法に特化して能力を割り振られたがゆえに一形態しか取る事が出来ず、ある意味種族としてのアイデンティティを失っているのとは違う。

 彼と相対するには、その立居振舞に誤魔化されずデミウルゴスに対するのと同じ……あるいはそれ以上の警戒レベルが必要なのだ。

 

 ──いいだろう、道化た、だが本性は稀代のアクターが誘う舞台に乗ろうではないか。けれど主役は私がとる。──

 

 ゆらり、っと影が立った。まるで知っていたかのように……いや、当然気づいていたのだろう。

 ここは彼の領域なのだから。待っていたに違いない。……ずっと前から。

 ──アルベドが来るのを。──

 

 そして彼が自分を誘ったという事実が、アルベドの推測を裏付けていた。

 

 なぜ彼もまた、他の至高を滅するという決意をしたのか。見捨てられたという、どす黒い憎悪と絶望に染まった心は誰のものか。

 パンドラズ・アクターは何に従おうとしているか。

 

 ……だが同じ目的を持っていたとしても決して心を許してはならない。

 ドッペルゲンガーの最高レベル。アインズが創造したNPC。演技という嘘をつく事こそが本質であるアクター。

 

 懸念があるのだ。

 もし実際に他の至高が見つかった時に、パンドラズ・アクターがどのような反応を示すのか。

 自分と違い設定の書き換えによる歪みが無い存在。

 もしも、出会った途端に憎悪が霧散したら?

 その時は、『こうやって歪んだNPCを釣りだすのが目的だったんですよ!動かぬ証拠と共にね!』っと豹変する可能性も無いとはいえない。

 自分自身、堅くそう信じて。──あり得ない話ではない。

 アインズの、仲間に会いたいという気持ちもまた、偽りのない真実なのだから。

 

 ──許せるものか。長らくナザリックを捨てたものが、たまたまの気まぐれで転移したばかりに、ヌクヌクと元の鞘に納まるなど。

 

 けれど私は負けない。どのような事態になろうとも、必ず目的を果たして見せる。

 

「おお!これはこれは美しいお嬢さん!我が領域へようこそ!突然のご来訪、不調法な我が身には驚き焦るばかりでございます。いえいえもちろん構いませんとも。麗しき守護者統括殿ならばいついかなる時にいらっしゃろうとも歓!迎!いたしますとも!ええ、もちろん!……もっとも、逢引の場所の提供……などというお話ならご遠慮願いますが。」

 

 初めて出会った時と同じように、仰々しくわざとらしいポーズと、大げさな口調でキャラクターを演じる。

 素顔でなく、素顔であり、仮面であり、仮面でない。設定通りであり、だから設定通りではない。

 ドッペルゲンガー。虚構の存在。存在自体が嘘。自身ですら自分の素顔を知らない者。

 

 相手にとって不足は無い。

 さあ、こちらも演技を始めよう。最高のアクトレスとして。

 

「あらご挨拶ね、パンドラズ・アクター。」

 

 ──アルベドは親しげな笑みを浮かべた。──

 

 

◇◆◇

 

 

「──正論だ。よかろう、アルベド。お前の望むとおりにしよう。」

「ありがとうございます!アインズ様!」

 

 許可はもらった。至高の御方々の探索という名目で、パンドラズ・アクターを副官とする秘密特別部隊の結成。

 あの愚かな侵入者達は、話を切り出す実に良い機会を与えてくれた。

 

 リーダーと思しき男が至高の御方の存在を匂わせた時には思わず殺気をぶつけてしまったが、その虚偽に気を取られていたアインズやアウラには気づかれなかったようだ。

 貴賓席にいたシャルティア達も…恐らく大丈夫だろう。

 

 アルベドははずんだ声で礼を言い、深々と頭を下げる。

「決してアインズ様を後悔させるような事はございません。」

 

 絶対にアインズに見せられない表情がその美しいおもてに浮かんだが、それはつややかな(あおぐろ)いベールに隠された。

 髪の長さに感謝をしなければならない。

 

 ──この外観の設定も、貴方様が創造してくださったものですわね──

 

 そういえば、真なる無(ギンヌンガガプ)を預けたのはどういう心づもりだったのでしょう。

 餞別ですか? 貴方様にとっては、ゴミにゴミを与えただけの事でしょうに。

 ですが今は感謝いたします。ええ、大変有効に活用出来るでしょうとも。

 

 皮肉と嘲笑を込めて心の中で語りかける相手は、無論アインズではない。

 

 自分は今、どんな表情をしているだろうか。

 決意と歓喜。後ろ暗さ。深い秘密。業を背負う覚悟。

 

「はははは―!」

「アインズ様!」

「いや、うん。面白かったぞ。そうか。ならばお前の妹だ。」

 

 最強のチームを作りたいという、アルベドの一見無邪気な願いはうまくアインズの琴線に触れたらしく、一旦却下されたルベドの指揮権も得る事が出来た。

 

 ナザリック最強の個であり、妹であるルベドの存在はとてつもなく大きい。

 ニグレドと同じく、アルベドのような設定の改変は受けていないが、特殊な創造のされ方をしたルベド。

 自分ならうまく目的に叶うよう使えるだろう。

 

 アインズの優しさにつけこむ罪悪感もあるが、それも嘘と言う訳ではない。

 自身の願いのためには、そうで無ければならないのは事実だからだ。

 

 ふと、ニグレドの言葉が思い出される。 『──絶対にスピネルはナザリックに大いなる災厄をもたらすことになるわ。 賭けてもいい。』

 

 そう、ある意味、その予言は当たる。

 もっとも騙すのは、私の方という事になるのかもしれないけれども。

 

 そしてこれほどの無茶を聞いてもらえるのも、自分がアインズから深く信頼され、愛されている証だ。

 その事実だけでも、アルベドの体内を歓喜の渦が駆け巡る。

 

 ああ、この喜びを、永遠のものに。

 

 自分になら出来る。自分にしか出来ない。

 アインズを同格の存在のいない、名実ともに唯一無二の至高の存在にする事は。

 

「──もしかすると今後、そのチームで別件にも力を発揮してもらうかもしれないわけだしな。」

「ありがとうございます、アインズ様!」

 

 (あおぐろ)い長髪のベールにその凄惨な笑みを隠し、心からの愛と忠誠を込めながらアインズに……本当に呼びたい名を心の中で呟きながら、アルベドはもう一度……

 

 

 深々とおじぎをした。

 

 

 



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