有栖とアリス (水代)
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悪魔召喚者有栖編
有栖とアリス


アリス可愛いよ、アリス。
アリス可愛すぎるよ、アリス。


 あー、だりい…………男、有栖が心の中でそう呟く。

 元来、有栖は人ごみと言うものが嫌いだ。と言うより、そもそも他人と言うのが嫌いだ。どれくらいかと言えば自分の女のような名前の次くらいに嫌いだ。

 とは言っても、別に人嫌いなわけでも無いし、友人、知人もそれなりにいる。

 もっと正確に言えば、他人の行動に自身が煩わされるのが嫌いだった。

 雑踏の騒がしさ、運転時の前の車の遅さ、地下鉄を降りる時後ろの人間に急かされるような感覚、満員の電車の圧迫感。

 そんな有栖だったが、現在信号待ちの途中だ。

 地下鉄の駅を上がったら、ちょうど信号が変わってしまったのでやむを得ず待っていたのだが、すぐ後から来るわ来るわこれだけの人数がどこにいたと言いたくなるほどの数の他人が後からやってきていつの間にか有栖の周囲は大勢の人間がひしめき合っていた。

 くそ、かったりいな…………声に出さないまま悪態を吐き、内心舌打ちする。

 ふと信号を見るが、まだまだ変わる様子は無く、余計にイライラとする。

 と、その時、ふと視界の端に何かが映る。

 金色の…………それが髪だと気づく。

 注視しようと視線を下げ………………そして驚愕に目を開く。

 

 車が行き交う道路の真ん中に…………一人の少女が立っていた。

 

「なっ!!」

 そして次の瞬間、少女の立っていた場所を車が通り過ぎる。

 その後の惨状を想像し、目を閉じる……………………だが。

 周囲から悲鳴は聞こえない。

 少女が車に撥ねられたとなれば大事件のはず…………だと言うのに周囲は何も無かったかのように普段通りに騒がしい。

 恐る恐る目を開く…………そこに変わらず少女が佇んでいて、こちらを見て笑っていた。

 

 あまりにも異常なその光景に背筋が凍る。

 

 戦慄のあまり硬直している有栖に向かって青いワンピースを着たその少女が口を開く。

 

「あのねー」

 

 そして、トンッ…………と人ごみに背中が押される。

 

 少女に気を取られていた有栖はそれに踏みとどまることができず…………車の激しく行き交う道路に放り出される。

 

 そして。

 

「死んでくれる?」

 

 そう言って少女が微笑むのと、有栖が車に撥ねられるのは、同時だった。

 

 

 ……………………。

 

 

 …………………………………………。

 

 

 ………………………………………………………………。

 

 

 …………ってことがあったのがもう十年くらい前。

 気づいたら赤ん坊だった。

 いや、意味分からんって言われてもこっちのほうが意味不明だわ。

 つうかあのガキマジでむかつくんだが、何が死んでくれる、だ。

 返事も聞かずに殺してんじゃねえよ、車道に押し出されたの、絶対あのガキのせいだろ。

 そんな風にあの時の少女への苛立ちを胸にすくすくと育ってすでに十年。

 

 俺はまた死に掛けていた。

 

 

 

 

 それは、唐突に起こった。

 

 共働きだった両親が、自身のためにと連れて行ってくれた外食。

 精神年齢的には良い年の自分だったが、それでも普段一人家に残したままの自分への両親の気遣いはありがたく、また純粋に嬉しかった。

 明日も仕事の両親だったので、外食自体は近場で済まし、近くに銭湯があるので入って帰ることにする。

 そうして家族三人家路に着いたのは九時も過ぎよう頃。

 空を見上げれば今日は新月らしく、月も見えない。

 暗い道を両親と三人、手を繋いで歩き……………………。

 

 瞬間、ゾクリ、と背筋が凍る。

 

 突然立ち止まった有栖に、両親が驚き、それから声をかける。

 だがそんな余裕、有栖には無い。

 背筋が凍りつくようなその感覚を有栖は知っていた。

 

 否…………()()()()()

 

 それは前世の記憶。

 それはあの少女に会った時と同じ戦慄の感情。

 瞬間、地面に現われた不可思議な模様。そして反転する景色。

 

 やばい…………咄嗟にそう思った。

 

 直感に体が押され、地面に伏せる。

 直後、ふわっ…………と自身の真上を何かが通り過ぎるような感覚。

 そして…………。

 

 顔を上げた有栖の視線の先…………そこには、半身が切り裂かれ、絶命した両親の姿。

 

 それと…………両親の血が滴る剣を振り上げ、がらんどうの目でこちらを見てくるソレがいた。

 

 ぼろぼろになった黒いローブに身を包み、どう見ても普通じゃない赤い馬に乗った…………骸骨。

 

 例えるならそう……………………死神。

 

 

 

 

「ほう…………避けられるとはのぉー…………」

 とても意外そうに…………けれどどこか楽しそうに、目の前の死神が言葉を紡ぐ。

「……………………おいおい、なんだよ、これ」

 恐怖よりも、あまりの理不尽に呆れの声が漏れる。

 目の前のアレが何なのか…………とか、そんなことはどうでも良い。

 だって、どう考えてもアレは俺を殺しに来ている。

 ソレだけ分かっていればあまりにも十分だ。

 そして、それが分かるからこそイライラする。

 前世で理不尽に殺され…………そうして折角手に入れた新しい生もまた理不尽に奪われようとしている。

「なんだってんだよ…………」

 どうして自分ばかりこうも死ぬ目に会うのか…………一度殺して、それでもまだ殺し足りないのか?

 倒れ付した両親を見る…………これも自分のせいだ。

 どう考えても自分のせいだ、自分と一緒にいたからこそ両親は死んだ。

 イライラする。どうしようも無く。

 理不尽だ、不条理だ…………どうしてこうなる。

 

「なんだってんだよ!!! どいつもこいつも!!!」

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 感情が爆発する。自身の中で何かが溢れ出す。

 

 そして、直後。

 

 くすくすくす

 

 笑い声。

 

 聞こえたのは。

 

 自身の真後ろ。

 

 振り返る、そこに。

 

 あの少女がいた。

 

 笑う、笑う、笑う。

 

 少女が笑う。

 

 その視線を、俺を見て、それから、死神を見る。

 

 くすくす

 

 笑う、笑う、笑う。

 

 楽しそう、嬉しそうに、愛おしそうに、笑う。

 

 そして。

 

「メギドラオン」

 

 紡がれた言葉。

 

 直後、閃光と轟音。

 

 光に焼かれた目と轟音の反響が鳴り止まぬ耳がその機能を取り戻すまで十秒もかからなかっただろう。

 

 そして、次の目を開いた時、そこは…………元の夜道だった。

 

 

 

 

 

 何だコレ、意味が分からん…………それが有栖の正直な心境だった。

 夜の帰り道でいきなり変な場所に連れて行かれ、死神に両親を殺され、その上自分を殺した(と思わしき)少女が現われ何か呟いたと思ったら大爆発が起こって気づいたら自分は元の夜道に戻ってきていた。

「ツッコミ切れるか!!? なんだそれ!!!」

 いきりたっても答える存在は…………。

「くすくす」

「っ?!」

 声が、聞こえた。

 さっきも聞いた声。

 そして、十年前も聞いた声。

「お前…………」

 そこに少女がいた。

 いつか見た通り、青のワンピースに身を包み、金の髪にカチューシャのようにリボンを巻いた少女。

「ねえ、このまえのこたえ、きかせてほしいな?」

 楽しそうに笑いながら、少女がそう言う。

「…………こた、え?」

「うん、わたしね、オトモダチがほしいの…………まだまだいっぱいほしいの」

 そう言ってから、さっと、少女が手を振ると現われる死体の群れ。あまりにも異様な光景に有栖の顔が青褪める。

「でもね、わたしのオトモダチはみんな死んでるんだ」

 だから…………そう言って少女がこちらを見て笑って言う。

 

「死 ん で く れ る?」

 

 青褪めた顔で見たその死体の中に…………さきほど死んだ有栖の両親の姿を見つけた瞬間、ぷつん、と有栖の中で何かが切れる。

 そして沸々と沸きあがってくる怒りに押され…………。

「ふざけんな!!!」

 怒鳴り、少女の襟元に掴みかかる。

「人を勝手に殺しておいて、何ふざけたことぬかしてやがる!!!」

 どう考えても普通じゃない少女に随分な態度だが、怒りがさきほどまでの恐怖を全て忘れさせていた。

「返せよ!! 俺の両親を、返せ!!!」

 有栖の気迫に、少女が一瞬怯む。そして立ち直ったその表情から、笑顔が消えていた。

「いや! わたしのオトモダチをとっちゃダメ!」

「俺の両親はお前のトモダチじゃねえだろ!!!」

「死んでるんだから、わたしのトモダチなの!」

 理屈になってないのではない…………少女の中ではそれが道理なのだと気づいた瞬間、有栖の怒りが少し収まる。

 それと同時に疑問も沸いてくる。

「何で死んでるやつだけなんだ? 生きてる人間はダメなのか?」

 よく見れば少女の顔は必死だった。どうしてそこまで? そう思ってしまった瞬間、さきほどまでの怒りが完全に消える。

 許したわけではない…………だが、それよりも知りたくなった。

 自分を殺した理由、両親が死んだ理由、少女がこんな歪な理由。

「あのねーマグネタイトをあつめてるの」

 返って来た返事は意味不明だった。

「マグネタイト…………ってなんだ?」

 返って来た少女の話を纏めると、感情の揺らぎによって生じるエネルギー結晶のようなものらしい。

 それが無いと少女は生きていけないのだが、人間はそのマグネタイトを他の生き物よりたくさん持っているらしい。

 そして、それを手に入れ、抜き取ることにより少女はオトモダチを増やすらしい。

 つまり、食事とトモダチ作りはイコールらしい。

「って、納得できるか!!」

 さすがにさきほどまでの熱は冷めているが、それでも燻った思いが思わず叫ばせる。

「結局エサじゃねえかよ!」

 と言うか、普通の人間じゃないとは思っていたが、もう人間ですらないぞ、このガキ。

 そんな有栖の内心の思いを否定しようとしたように少女が言葉を重ねる。

「お兄ちゃんはちがうよ、なんだかわたしとおなじかんじがするから、だからお兄ちゃんのマグネタイトはとったりしないよ」

「…………はぁ?」

 同じ、とは一体どういう意味なのか…………それを問おうと思ったその時。

 

 かくん…………と少女が崩れ落ちる。

 

「……………………は? お、おい!?」

 不思議なもので、例え人間じゃないと分かっていても、見た目がただの少女であると、咄嗟に心配してしまう。

 力が抜けた少女の体を咄嗟に抱きとめ、路面に寝かせる。

「おい、どうしたんだよ、おい!」

 焦ったような有栖の声に、少女がどこか困ったように笑う。

「お兄ちゃんたすけるのに、ちょっとマグネタイトつかいすぎちゃった」

 マグネタイト…………たしかこの少女が生きるために必要な物だったか、そう思い出した時、ふと少女の体を見る。

 指先が黒ずみ、僅かだがボロボロと崩れていた。

「お前…………その指」

「ホントだ…………またあつめないと」

 そう呟き、体を起そうとする少女を有栖は押し留める。

「待て、お前そんな体でどこ行くつもりだ?!」

「マグネタイトあつめないと…………わたし、まだ死ねないもの」

 そう思ってるならどうして…………?

「なんで俺を助けたりしたんだよ…………放っておけば良かったじゃないか」

 自分の命を削ってまでどうして俺を?

 おかしいじゃないか…………自分の生命維持のために俺を食うんじゃないのか?

 だったら何で命削ってまで俺を助ける必要がある?

 そんな有栖の内心の吐露に、少女が苦笑いを返す。

「だから、お兄ちゃんのマグネタイトはとらないよ」

「どうして…………?」

 どうしてそこまで俺に拘る?

 そんな有栖の問いに、少女が答えに一瞬窮する。

 それから数秒、思考を纏めていたらしい少女がぽつりと答える。

 

「はじめて、わたしとおなじかんじのする人だったから」

 

 だから殺した、と?

 そう尋ねる有栖に、けれど少女は首を振る。

「お兄ちゃん、わたしがオトモダチにするまえに死んじゃったよ?」

「……………………は?」

 つまり何か? 前世で死んだのは、本当にこの少女のせいでもなんでもなく、単なる事故だと?

 どう考えても嘘くさいが、けれど少女が嘘を言っているとも思えない。

 ってことは何か? 俺は単に事故で死んで、無意味な怒りを覚え続けて、そして今日その少女は命削ってまで俺を助けてくれた…………と?

「なんだよソレ…………これじゃお前責めてた俺が悪いじゃねえかよ…………」

 額に手をやる…………頭が痛くなってきた。と、同時に少女への怒りは完全に消えうせた。

 代わりに覚えたのは、罪悪感。

「はあ……………………悪かった。怒鳴ったりして。俺の完全なる早とちりだ」

 まあ、少女が俺を殺そうとしていたことには変わりないのだが。それも未遂だし、今日は命を救ってもらった。それを考えれば寧ろプラスだろう。

 そして、謝罪と共に覚えたのは、感謝。

「…………はあ、持ってけよ」

「え?」

「マグネタイト、とか言うの、俺にもあるんだろ…………持ってけ」

「オトモダチになってくれる?」

「絶対嫌だ。俺は死にたくねえからな。生きて生きて生きて生きて、死ぬまで生き続けたい」

 だから…………と有栖が続ける。

「俺を殺さずにそのマグネタイトをお前にやる方法を教えろ」

 その言葉に、少女が沈黙する。

 果たしてそんな方法があるのか…………そう考えた有栖だったが、無ければ…………さて、どうしようか?

「あのねー」

 そんなことを考えていると、沈黙していた少女が口を開く。

 

「生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生き続けて。最後まで、死ぬまで、終わりの時まで生きて」

 

 感情も何も無い、能面のような少女の表情に、また背筋が凍るような感覚に陥る。

 

「生き抜いて、終わりが来たら、最後の時が来たら…………その時は一緒に」

 

 死んでくれる?

 

 

 

 まるで結婚でもするみたいだな…………と、そんな益体も無いことを思う。

 

 けれど、それも悪くないか、とも思う。

 

 助けてくれた恩もある、早とちりで責めてしまった負い目もある。

 

 それでも尚、少女が俺を生かす方法を教えてくれるなら。

 

 生きて生きて生きて生きて生き抜いて、その最後の時くらいは…………この少女にくれてやっても良いだろう。

 

 

 

 頷く少年。

 

 笑う少女。

 

 そして、契約は結ばれる。

 

「あのね、いいわすれてたけど…………わたし、アリス。よろしくね?」

 

「へえ…………奇遇だな、俺も有栖だ、よろしくな」

 

 かくして…………有栖はアリスと出合った。

 

 

 









有栖

LV 1 NEXT 10EXP

HP35/35 MP15/15

力2 魔1 体1 速2 運3

無効:呪殺

殴る 体当たり

――――――――――――――――

魔人 アリス

LV 70 NEXT 573398EXP

HP730/730 MP330/330

力56 魔75 体47 速59 運63

弱点:火炎、破魔、散弾
耐性:氷結、神経、精神
無効:呪殺

デスタッチ ムド成功率UP 死んでくれる? 破魔反射
メギドラ メギドラオン マハムドオン コンセントレイト



ステータスに特に意味は無い。

アリスちゃんprpr
アリスちゃん可愛いよね。ていうか可愛いよな、と言うか可愛いよな。
ネトゲメガテンでアリスちゃん使ってる水代です。
アリスちゃんをprprしたかった…………後悔はしてない。


この小説でのアリスちゃんの設定。
マグネタイトが無いと生きていけない(悪魔だから当然)。
殺した人間のマグネタイトを抜き取り、自分のマグネタイトを供給することで、死体を操る。
そうして操った人間を「オトモダチ」と呼び、傍に置いている。
人間を殺してはオトモダチを増やしているので相対的に対してマグネタイトを入手できなく、自分とオトモダチの維持にもマグネタイトが必要なので、自転車操業みたいな殺人を繰り返しながら放浪している。

赤おじさん? 黒おじさん? さあ? どこに行ったんだろうね?


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有栖とキョウジ

超力兵団難しい…………すぐにHPが削れる上に、回復にも金がかかる。
細かく節約してかないと、すぐに金がなくなって全滅しそう。
早くレベル66まで上げて、アリスちゃん作りたいなあ…………。


ちょっと書きたくなったので、連載化。


 パン、と弾けるような音がする。

 …………する、などと言っても、それを鳴らしたのは俺の持つ拳銃であり、その引き金を引いたのは俺なのだから、させた、と言う表現が正しいのかもしれない。

「ガァァァァッ」

 打ち抜かれたケルベロスの眉間から血が流れる…………がその程度で死ぬようなら苦労はしない。

「ガアアアアアアアアァァァァァ!!!」

 そもそも銃弾がめり込んではいるが、それも先端の1cmにも満たない部分だけ、傷つけるだけ傷つけて、実質ノーダメージだ。

 そしてダメージは無くとも痛覚を刺激し、獣をより一層怒らせるだけだった。

 

「まあ…………普通ならな」

 

 怒りに任せ、俺へと飛び掛ってくるその巨体が…………空中で突然かくん、と崩れ落ちた。

 ドォン、と音を立て地に落ちたケルベロスは全身を震わせ…………そして動かなくなる。

 それから、その全身が徐々に黒く染まっていき、やがてぱらぱらと粉状になり散っていく。

 後に残ったのはアスファルトの上に転がる紫っぽい鉱石のようなそれ…………マグネタイトだけだった。

「回収回収っと…………」

 転がったマグネタイトを拾い…………手の中で転がるそれを砕く。

 すると、砕けた結晶が光り出し、すう、と俺の腕へと消えていく。

 携帯を取り出し画面を見る。

「…………九時か、そろそろ帰るか」

 それから袖を捲くり、左腕につけた腕時計…………に似せたCOMPを見る。

「二万ちょいか…………出来ればもう一万ほど欲しいな」

 試供品としてヤタガラスの連中から提供されたやつだが、ぶっちゃけて言ってマグネタイトバッテリー以外まともに使ってない。

 実際の機能としては他にも。

 DDS……デジタルデビルサモンと呼ばれる悪魔召喚プログラム。

 DCS……デビルコミュニケーションシステムと呼ばれる悪魔の生体磁気通信解析プログラム。

 DAS……デビルアナライズシステムと呼ばれる悪魔分析プログラム。

 などがあり、他にもオートマッパーと呼ばれるGPS機能のようなものに、メタボリズム・チェッカーと呼ばれる体調管理システムや、悪魔契約プログラムなども組み込まれている。

 だが実際問題、どれもこれも使っていない。

 ソレと言うのも………………。

「さまなー」

 後ろから聞こえた声に振り返る…………そこに俺と同じ名の少女、アリスがいた。

「いっぱいあつまった?」

 嬉しそうに尋ねるアリスに、ああ、と答える。

「そっかそっか」

 よかったよかった、とはしゃぐアリスを見て溜め息を吐く。

「なあアリス…………なんで出て来てるんだよ」

 そんな俺の問いに、アリスはくるりとこちらを向いて笑って言う。

「なんだかたのしそうだったから」

 子供みたいな理由にまた一つ溜め息…………と言ってもアリスはずっとこうなのでもう慣れてはいるのだが。

「ヒーホーサマナーは今日も眉間に皺よせてるホー」

 それに続いて現われたのは、けらけらと笑うカボチャ。

「だから何でお前まで出てきてんのランタン…………」

 ジャックランタン…………ハロウィンで有名なアレの悪魔。妖精種だけあって、こいつはこいつで自由気侭だ。

 俺がひたすたマグネタイトを集めている理由がこいつらだ。

 そうしないとこいつら活動できない、とは言え…………マグネタイトを集める俺の労力をいとも容易く踏みにじるのがこいつら。

 だが俺では勝てない敵に会った時、生き延びるために必須なのもこいつら。

 全くもってままならないものだ。

 

「アリス」

「どーしたの? さまなー」

「今どれくらいやれる?」

 俺のそんな質問に、アリスが少し考えて。

「いっかいくらいならおもいっきりいけるよ」

「そうか…………」

 その答えに短く頷き、道を取って返す。

「帰るぞ…………今日はもう遅いからな」

 月を見る限り、明日あたりにも満月になりそうだ…………月が満ちると悪魔たちが活性しだす。

「明日は稼ぎ時だな」

 朝の内に銃弾の補充をしておいたほうが良いだろう。

「サマナー誰か来るホー」

 と、その時、ランタンの声に思考を現実に戻す。

 確かに誰かが近づいてくる気配がある。しかも歩いている俺たちに対して真っ直ぐ向かってくる…………と言うことは俺たちが目的か?

「アリス、ランタン」

 俺の言葉に二人が気を引き締め、警戒をする。これで奇襲されることは無いだろう…………が、一体誰だ?

 

 カツ、カツ、カツ、とアスファルトを叩く靴の音。

 

 そして街灯の光に照らされたその人物を見て、俺たちは警戒を解く。

 

「…………なんだキョウジか」

「何だとは何だ」

 煙草の煙を吹かせる白いスーツ姿の男、キョウジの姿を見て俺は立ち止まる。

「相変わらず荒稼ぎしているようだな…………あのケルベロスはそれなりに強かったはずなんだがな」

 目つきが軽薄そうに見えるが、グラサンでもかければ完全にヤクザのような格好のキョウジが俺を見て…………それから俺たちの来た道へと視線を移し、そう呟く。

「強かろうが弱かろうが関係ねえよ…………分霊なら消せる、それが俺の作った術式だ」

「デタラメなやつだ」

 そう言うキョウジのほうが俺なんかより十倍デタラメだと思ったが、言わないでおく。

「と言ってもまあ…………どうやっても無理な相手もいるだろうがな」

 例えば魔王とか魔王とか魔王とか。あと邪神とか。

 レベル70を越えるようなやつら相手では俺の銃は通用しない。

 と言っても俺はまだレベル30ほどなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 そう言った化け物はアリスにお任せだ。俺はそのアリスが全力で戦うためのマグネタイト集めをせっせとするだけだ。

「で、何しに来たんだ?」

 キョウジが来る時と言うのは中々にろくでもない時が多い。

「くく…………厄介者を見るような目は止めろ。今回はただの伝令だ」

「…………ただの? 伝令? あんたが?」

 思わず胡乱気な目で見てしまう…………だって仕方ないではないか。

 

 葛葉の掃除人、葛葉キョウジ…………それが目の前にいる男の名なのだから。

 

 葛葉四天王の分家の血筋、それだけでこの男の立ち居地の高さも伺えると言うのに。

「…………くく、実を言えばまだこれからちょっと寄るところがあるのさ、それだけの話だ」

 絶対にそれだけではない、とは思うものの俺には関係の無いことなので黙っておく。

「それで、伝令ってのは?」

「ああ…………西にある廃病院跡地は知っているな」

 そう言われてから数秒、頭の中でその場所を思い出し、頷く。

「そこにジャックフロストが現われたらしいから、それを片付けろ」

「…………一つ聞いていいか? ジャックフロストなら他のサマナーでも問題ないだろ? 何で俺のところに?」

 こう言ってはなんだが、俺はこの街のサマナーの中では頭一つ飛びぬけた実力がある、だからこそ俺に回ってくる話と言うのは大抵厄介ごとなのだが…………ジャックフロストはどうやってもレベル20以下だ。並大抵のやつらならともかく、レベルの高いこの街のサマナーたちにはそれほど問題にもならないような相手のはずだ。

 だと言うのに何故俺のところに回ってきたのだろうか?

「ああ、それかなーに簡単な話だ……………………ただそのジャックフロストが特異固体と言うだけの話だ」

「………………また?」

 ああ、まただよ。とキョウジが頷くのを見て、俺はがっくりと肩を落とす。

「ヒーホーオイラのお仲間だホー」

 後ろでランタンが騒いでいるが、俺はそんな気楽にはなれない。

「ああ、片付けろ、としか言われてないからな、そいつみたいに仲魔にしてもらっても構わんぞ…………ま、できるならな」

 この男も無茶を言う…………俺がランタンを仲魔にするまでに何度死に掛けたことか。それを知っていて言ってくるのだから、暗にキョウジは俺を殺したいのではないだろうか、と勘ぐってしまう時もある。

「断っても構わんぞ…………まあ、そんな余裕あるなら、だがな」

「無いの知ってて言うなよ…………ていうかその余裕を奪ったのはあんただろ」

「あの時、お前を見捨てて置けば良かったか?」

「……………………それは」

 良いわけない…………それすらも分かってて言ってるのだから、本当にこの男は性格が悪い。

「感謝してるよ…………アンタには」

 

 何せ……………………五年前、アリスと契約したての素人だった俺に一からデビルサマナーとしてのイロハを叩き込んでくれたのはこの男、葛葉キョウジなのだから。

 

 

 

「…………なんだ、おかしなガキが二匹か」

 両親の墓の前で手を合わせる俺の後ろから、そんな声が聞こえてくる。

 振り返ったそこにいたのは、白いスーツを着た柄の悪そうな男。

 軽薄そうな目付きをしているが、その視線は決してそんな浮ついたものではなく、冷たく、重い。

「誰…………あんた」

 その視線を俺を捕らえる…………だが、一向に動じない俺を見て、その男がほぉ、と呟く。

「俺はキョウジ…………お前は?」

「…………有栖、でこっちのもアリス」

 自分で聞いてきた割りに、興味も無さそうに、そうか、と男……キョウジが呟く。

「昨日の夜に遊歩道にいたのはお前らか?」

 その言葉に俺は目を細め…………それからキョウジの目を探りながらゆっくり頷く。

「…………そうか」

 だが、返答はあっさりとしたもので、だからこそ俺は肩透かしを食らった気分になった。

「ついでにお前らを片付ければ問題ないな」

 呟いたその目は本気の色がアリアリと見えて…………マズイ、と思った。

 

 

 

 

「よくよく考えればあの流れから良く弟子入りに持っていったな俺…………」

「くく…………弟子入りなんぞと大層なもんでもねえよ」

 煙草を吹かしながらキョウジが俺の独り言に反応する。

「実際のところ、お前が勝手に俺の技を盗んでいっただけだろうが」

「最低限の知識だけ詰め込んだら後は好きにしろって言ったのあんただろ」

 そうして三年、この男の下で知識と技術を身につけた俺だったが…………。

「まさか最後の最後で授業料請求させるとは思わなかったわ」

「くく…………そうそう美味い話があるわけ無いだろうが」

「だからって、三年で七億は法外過ぎだろ」

 そんな俺の抗議に、キョウジは小馬鹿にしたような声で返す。

「くくく…………法に収まるような技術じゃねえんだ、報酬だって法の範囲に収まるわけ無いだろうが」

 まあ実際…………要求された七億と言う法外な金額だったが、現在までの二年ですでに二億は返して残り五億。

 それもレベルの低かった頃はまだ報酬も低かったことを考えると実質この半年で一億五千万程度だ。

 今のペースで考えるなら四年、まだまだ強くなることを考慮すれば二年あれば返せる。

「そう考えると七億が安く見えるから不思議だよな」

「実際に破格だ」

 それは嘘だ。

 

 そんな戯言を互いに吐きつつ、しばらく時間を潰していたが、やがて時間も遅くなり、互いに分かれる。

 

「じゃあな、キョウジ」

「じゃあな、有栖」

 

 互いの顔を見ず…………そのまま別々の方向に歩いていく。

 

 …………さてはて、気紛れが服を着て歩いているようなあの男。

 

 次に会うことはいつになるやら。

 

 

 

 

 

「…………ねえ、()()

「…………なんだ、アリス」

 キョウジと分かれた帰り道…………二人並んで歩いていると、ふとアリスが口を開く。

 因みにランタンは先の話に出てきたジャックフロストを見に行かせた。

 だから今ここにいるのは俺とアリスの二人だけだ。

 そしてそのアリスが足を止め、じっと俺を見上げる。その表情はさきほどまでの愉快そうな気配はなく、どこまで真剣なものだった。

「わかってるよね? キョウジは」

「…………()()()()()

 アリスは基本的に俺をサマナーと呼ぶ。それは俺がデビルサマナーとなった五年前からのこと、それ以前はお兄ちゃんと呼んでいた。

 だからアリスが俺のことを名前で呼ぶことは()()()()()

 そう…………滅多に、だ。

 稀にあるのだ…………こうして、自分と同じ名を呼ぶことが。

 そうして、そういう時は、アリスなりに真面目に話しをするサインのようなものだった。

 嘘を言わせない、誤魔化しもさせない…………そう言った気迫で俺の目を見つめてくるのだ。

 だからそう、俺もそういう時だけは()()()()()()()

 

「……………………分かってるよ、キョウジが俺を殺そうとしてることなんて」

 

 そんなもの二年前から分かっていた。

 俺のそんな答えに、アリスが眉が顰める。

「わかってるのに?」

 なのに、なぜ? そう問うてくるアリスの視線から目を逸らすことなく、返す。

「一応の恩人だから、義理くらいは通す…………だが、もし」

 そう、もし…………その時が来れば。

「殺すよ…………キョウジを」

 そう答える俺に、アリスは一つ溜め息を吐く。

 それは呆れなのか…………それとも()()なのか。

 

「安心しろ……………………俺は死なねえよ、もう二度とな」

 

 口調を強めたその言葉に、アリスの表情が戻る。

「…………そっか。ならいいよ」

 そう言ってまた歩き出すアリスを追うように俺も歩き出す。

 

「死ぬ気は無い…………来るなら殺すつもりでもある」

 

 けれど。

 

 できるならば…………。

 

「俺にお前を殺させないでくれよ…………キョウジ」

 

 そう願うばかりであった。

 

 




色々とオリジナル設定が多いです。



葛葉キョウジ
葛葉四天王の一つに数えられる家系のそのまた分家の血筋。
初代葛葉キョウジは相当性格に難ありな人物だったらしく、周囲から狂死(キョウジ)と呼ばれていたらしい。
葛葉ライドウ、葛葉ゲイリンと同じく世襲制の称号のような名前。
当然ながら本作の葛葉キョウジも本名は別にある。
さらに言うなら、原作に出てくるのとは全く違うオリジナルキャラ。



最後に一つ言うなら、悪魔以外原作キャラ(特に人間は)でないと思ってください。



しかしこの主人公…………さらりとアリスとジャックランタンの仲魔二体同時召喚をこなしている。作者自身も書いてて気づいた。


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有栖と異界

 

「「ヒーホー。初めましてだホー。兄弟」」

「オイラはジャックランタンだホー」

「オイラはジャックフロストだホー」

「「イエー!」」

 

 ……………………。

 

 ……………………。

 

 ……………………。

 

「で、何しに来たんだホ? オイラのテリトリーを侵しに来たならやっつけるホ」

「ここで暴れるのを止めるんだホー? でないとサマナーが退治に来るんだホー」

「ヒーホー! 来るなら来るホ、オイラが全員返り討ちにしてやるホ!」

 

 

 

 

 

「と、言うことで交渉決裂だホ」

「あっそ」

 ランタンの言葉に簡素にそう返す。

 まあ正直、言葉で譲歩を引き出すのは無理だとは思っていたので仕方ない。

「サマナー」

 カチャン、と銃の引き金を引いた…………と思ったら、ランタンがこちらを見て言う。

「兄弟を殺さないで欲しいホ」

「殺しはしない…………送り還すだけだ」

 現世にいる悪魔は皆須らく本体から分霊を送られたマグネタイトの塊りに過ぎない。

 唯一の例外がいるとすれば、恐らくアリスくらいだろう。

 だがそんな俺の答えに、ランタンが首を振る。

「そうじゃないホー。サマナーの仲魔にしてやって欲しいホ」

「……………………はぁ?」

 俺の仲魔にしろ…………そんな言葉に思わず声が漏れる。

 無論、考えなかったわけでも無い。

 眼の前のランタンの例に見るに、特異点悪魔…………特異固体は、同じ種族の中でも飛びぬけて強力な存在だ。

 仲魔にできればこれ以上無い戦力になることは間違い無い。

 

 だが。

 

「ダメだ…………危険過ぎる」

 だからこそ、それは難しい。

 殺さなければ殺される…………それを地で行くようなやつら、それが特異固体と言うものなのだから。

 実際、眼の前のランタンの相手をした時も、その後半年は入院するような大怪我だったのだ。

 回復魔法と言う便利なものを併用しながら、それでも半年はかかったのだ。

 実際、ほとんど死に掛けだった、とは医者の弁だ。

「それでも………………お願いだホ」

 ランタンの変わらないカボチャ頭…………繰りぬかれた目からは何の色も見えないはずなのに。

 どうしてか、悲しそうな瞳が見えたような錯覚を起す。

「……………………………………」

 仲魔とは悪魔召喚師にとってパートナーであり、切り札である。

 人によって使い捨ての道具だと言うものもいれば、生涯の友だと言うものもいる。

 その距離感は人それぞれ様々なものではあるが、有栖にとって仲魔とは語感のままに仲間である。

 それも命を預けることができる、気が置けない仲間たち。

「……………………………………」

 だからこそ、悩む。

 ジャックランタンとジャックフロスト。

 同じジャックの名を冠し、同じ妖精種族。何より、別固体でありながら、非常に仲が良いことで有名な彼ら。

 だからこそ、この申し出は予想できたことなのかもしれない。

 

「………………………………条件がある」

 

 正直言えば、断りたい…………だが、これまでも何度も共に戦ってきた仲間の頼み。

 聞いてやりたいと言えばその通りでもある。

 だから、条件を付ける。

 

「俺は命をベットする気はねえぞ…………分かるな?」

 

 俺の仲魔だ。

 この言葉の意味するところは分かるだろう。

 

「了解だホ」

 

 それを理解しながら、けれどランタンは頷く。

 ならば。

 

「なら俺は信じよう」

 

 空へ向け、銃を撃った。

 

 パァン…………と静かな夜空に乾いた音が響き渡った。

 

 

 

「ツンデレ乙」

「……………………アリス、いつから出て来てた?」

「『あっそ』のあたりから」

「……………………」

「『なら俺は信じよう(キリッ』」

「……………………送還(リターン)

「(クスクス)」

「サマナー…………元気出すホ」

「うるせー…………」

 

 最近アリスがサブカルチャーに染まってきている気がする。

 

 

 

 

 帝都東京。日本と言う国の中心、日本の心臓と言ってもいいかもしれない。

 二十三に分けられた地区のとある一つ。

 その地区の中に含まれるとある地のとある街…………比良野。

 そこから西に進むこと車で十五分のそこに、ソレはあった。

「西比良野総合病院、ここだな。間違いねえ…………この感じ、異界化してやがる」

 キョウジに聞いた廃病院跡地とはここのことだろう。

 跡地と言うから整えられているのかと思ったが、まだ建物の半分も崩していないようだ。

 何より看板がまだ残っている辺りに手付かず感が漂う。

 病院と言うだけあって、さぞや霊の吹き溜まりとなっていることだろう。

 そんな場所が異界化している、と言う事実に頭が痛くなってくる。

 

 異界化…………と言う言葉について掘り下げておくべきだろうか?

 

 異界化とは現世の一部が何らかの原因によって異界となる現象のことだ。大抵その原因は強力な力を持った悪魔だ。

 異界と言うのは、魔界とリンクした場所を指す。魔界とリンクすれば、その世界は魔界と同じ()()を得る。

 魔界は端的に言えば悪魔の住む世界だ。

 

 つまり異界化とは、強大な力を持った悪魔がそこに存在するせいで、時空間が歪み魔界と同じ状態となってしまうことだ。

 異界化の九割はこの説明で片付けることができる。

 そして逆説的に言うなら、あらゆる異界は原因を消滅させることで正常な空間に戻すことができる。

 

 異界化した場所では、マグネタイトが空気中に濃密に漂う。だからこそ異界化した場所では悪魔が生まれやすい。

 さらに言うなら、空間が歪んでいるだけで結界が張られているわけでも無いので悪魔を知らない一般人も区別無く巻き込んでしまう。

 だからこそ異界は早急に解決しなければならない。

 と言っても、異界化に一般人が巻き込まれる、と言うのは案外ケースとしては少ない。

 それは、異界化の成り立ちにちょっとした秘密がある。

 異界化するには、原因となる悪魔が…………それも空間を歪ませることができるほど強力な悪魔が必要だ。

 そもそも悪魔は人の強い感情を好む。

 ではこの強い感情とは、一体どういうものか。

 これもまた悪魔によって傾向が違うのだが、最も幅広く好まれているものと言えば、生への執着だ。

 『死にたく無い』俺自身も見に覚えのあるこの感情が、大抵の人間の最も強い感情であり、だからこそ最も幅広い悪魔に好まれる感情だ。

 まあ中には特定の感情にしか反応しない悪魔とかもいるのだが…………絶望を好む悪魔なんて人間から言わせれば最悪以外の何者でも無い。

 話を戻すが、一つの街の中で最もそう言った『生死の危機』が発生している場所とはどこだろうか?

 そう、病院だ。

 だがソレが分かっているからこそ、大抵の病院には結界が張られている。

 誰が? 答えは国だ。

 

 ヤタガラス、と呼ばれる機関がある。

 

 天津神の系譜に連なり日本という国家を霊的に守護する組織、それがヤタガラス。

 

 先日あったキョウジの所属する葛葉と言う組織と似ているが、葛葉が異能者が中心となった少数精鋭の里であることに比べ、ヤタガラスは政府の下で動く超国家機関だ。

 最も、それだけの力を持つヤタガラスをして、協力と言う形を取らざるを得なかった葛葉はそれ以上の異常ではあるが。

 実際戦力としてみるなら葛葉は異常の一言に尽きる。

 帝都守護役は葛葉最強の証である葛葉ライドウ(襲名制)が引き受ける役目であるし、関東守護役や関西守護…………それら全て葛葉の一族が担っているのだからその強さは押して測るべしである。

 実質、日本の怪異に対する戦力の半数以上は葛葉一族であると言えるのかもしれない…………まあ最も俺の知らない政府やヤタガラスの戦力があるのなら話はまた別ではあるが。

 では戦いを葛葉に任せたのならヤタガラスの役目とは何だろうか?

 それは国の目であり耳であり、口であることだ。

 各地に使者を派遣し、異界化するかもしれない場所を監視し、周囲に悪魔がいないか噂を耳にし、それを逐一報告する。いざ葛葉や他のサマナーたちが暴れたならその痕跡を隠し、一般人に秘匿する。

 そうしてこの国の裏側は回ってきた。

 

 と、話が長くなったが、とにかく、ヤタガラスが各地に目を光らせているので、案外人のいる場所での異界化と言うのは起こりにくい。

 

 だが実際に異界化が起こっている。何故? それが人の寄らないような場所だから。

 実際、国家単位の規模だと言っても、怪異などと言うわけの分からない、一般人には決して理解されないものを相手にしているのだ。しかも一般人には秘匿しながら。

 その構成員はさすが国家規模だと言わざるを得ないが、それでも日本全土を監視するには圧倒的に人手が足りないと言わざるを得ない。

 だからこうして人の寄り付かない場所は監視の範囲外だったりする。

 それでも週に一度くらいのペースで見回っているのだから、大したものだと言わざるを得ない。

 さらに言うなら、この周囲一帯はキョウジの縄張りであり、ライドウが入って来ないことも一因かもしれない。

 無論、帝都守護役は今代のライドウの役目ではあるのだが、葛葉キョウジがこの辺り一帯を中心として活動している以上、客観的にはそうなってしまっているのもまた事実だ。

 キョウジの縄張りにおいて、法はたった一つ。

 

 力を示せ。示せないなら死ね。

 

 余りにもらしい、と言えばらしいそれ。だが裏世界の真理とも言える。そしてそれを一番体現しているのはキョウジなのだと、ここでなら誰もが知っている。

 だからこそ、正規の裏の正義の闇の…………古今東西のありとあらゆるサマナーたち、デビルバスターたちが集まってくる。

 強さを求めて、富を求めて、栄光を求めて。

 ここでは強さこそが全てだから。

 

 

 

 一歩足を踏み入れた瞬間に分かる。

「…………くっ、くく」

 濃厚なマグネタイトの臭い。

 いや、五感で捉えれるようなものではない。

 第六感に引っかかるこの感じ。

 だがそれを表現しようと思えば、やはり臭いだろう。

 むせ返るほどに濃厚。COMPの中でアリスが楽しそうに笑う声が聞こえてきそうだ。

 ランタンがここに来た瞬間、生き生きとしているのが分かる。

 ああ、これは凄い。

 一体どれだけ強い悪魔がいればこれほど濃密な臭いがするのか。

「ああ…………楽しみだな」

 しかも今日は満月。

 月の魔力に充てられた悪魔たちが最も活性化する日。

 だが俺の銃弾にかかればそんなものは問題にならない。

 だから、俺にとって満月の日は、最も効率良くマグネタイトを稼げる日でしかない。

 その日にこんな異界にこれたことを幸運に思うしかあるまい。

 

 銃を手に取る。

 

 弾倉を取り出し、弾丸を込める。

 

 弾倉を戻し、スライドを引く。

 

 カチン…………と装填された弾丸が薬室に送られ。

 

「ァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 現われた悪魔に照準を定め…………引き金を引いた。

 

 

 




メガテン知らない人にはけっこうハードル高いかも、って今さらながらに気づいて、異界とかの情報書いてみたけど、やっぱり今さら書いても読まない人は読まないと今さらながらに気づいたで御座る。



一つだけ言うなら、独自設定多いです。
あと原作設定と何か矛盾があれば教えてください。
何か失念している可能性もあるので。


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有栖とジャックフロスト

で、できたあああ。
滅茶苦茶苦労した。
軽く三日かけて書きましたよ。


 

 

「ヒーホー! 来たホー! 来たホー! オイラのテリトリーに今夜も一匹、バカチンが来たホ!」

 ゲラゲラと笑うソレ。

 異界化した廃病院を探索し、辿り着いた屋上…………そしてそこで見つけた一匹のジャックフロスト。

 けれどその容姿は通常のフロストといくつか異なる。

 なるほど、これは確かに特異固体だ。

 世界の特異点から生まれた存在だ。

 普通のフロストと違う吊上がった目、そしてその中心にある紅く染まった瞳。

「……………………やべえ」

 素直な心情を吐露する。

 見た瞬間分かる。

 

 これはやばい。

 

「…………ランタン。悪いが…………手加減できる余裕はなさそうだぜ」

 

 SUMMON OK?

 

「わー、つよそー」

「サマナー諦めるの早すぎだホー!」

 

 左腕にはめたCOMPが召喚プログラムを実行。アリスとジャックランタンが召喚される。

「マジでやべえな。ちょっとマジで行くぜ」

 拳銃のマガジンを抜き取り、ベルトに取り付けたポーチから赤い銃弾の入ったマガジンを取り出し、セットする。

「それじゃ一丁…………いってみっか」

 ボンッ、と小さな爆音を立て、拳銃から銃弾が射出される。

 ジャックフロストと言えば、火に弱い…………そんなものはサマナーの間では当たり前のこと。

 だから火炎属性の魔力の詰まったこの銃弾、火炎弾がどれほどの威力を発揮するのか、その様子見の一発…………だったはずなのだが。

「ヒーホッホー! こんな豆鉄砲意味ないホ!」

 腕に当たった銃弾はけれど、着弾箇所に焼け跡一つつけず、フロスト自身なんら効果がなさそうだった。

「…………おいおい、マジかよ」

 たしかにこんな銃弾に込められた魔力は微々たるものかもしれない。

 だが、今のはありえない。

 

 悪魔たちの使う技にはそれぞれ属性がある。

 その最たる例が魔法だろう。

 火炎属性のアギ、氷結属性のブフ、電撃属性のジオ、衝撃属性のザン。

 その基本の四属性に加えて、霊魂などを強制的に昇天させる破魔属性のハマ、呪い殺すの文字通りの呪殺属性のムド。

 最後にそれら全てとは異なる万能属性のメギド。

 この世界にある悪魔たちの技の属性を大雑把に分けるとこの七種類に分類される。

 

 RPGに良くあるように、往々にしてこれらの属性は対の関係になっており、火炎属性に強い悪魔は氷結属性に弱く、逆に氷結属性に強い悪魔は火炎属性に弱い。電撃属性と衝撃属性、破魔属性と呪殺属性もそのような関係になっており、万能属性だけは全てに強いと言う一方的な関係を持っている。

 

 まあこれが絶対に正しいと言うわけでもないのだが、属性がはっきりとした悪魔ほどこの関係に当てはめやすい傾向にある。逆に属性付けが曖昧な悪魔ほど弱点もはっきりしなくなる。

 例えば、俺の仲魔のジャックランタンなら、ランタンの名から連想する通り、火炎属性を吸収してしまう悪魔だが、だからこそ氷結属性には弱い。

 今回で言うなら、ジャックフロストはアイルランドの雪の妖精だ。その属性は極めて簡単で、氷結属性。だからこそ火炎属性が弱点なのだと予想できる。

 

 そして悪魔はどんなに威力の弱い攻撃であろうと、自身の弱点属性の攻撃を食らうとはっきりとしたアクションを示す。例えば、仰け反って数秒動けなくなったり、食らって数秒間弱ったり…………とマイナス方向の変化が現れるはずなのだ。

 そう言う意味では俺の持つ属性弾は非常に便利だ。

 さほどの攻撃力は期待できはしない…………が、弱点属性の弾丸で撃ち抜けば、相手を数秒足止めできたりするのだから。

 それを期待して今撃ったのだ…………だが結果はどうだ。

 まるで堪えた様子はない。

 

 つまり。

 

 このジャックフロストは火炎属性が弱点ではない、と言うことになる。

 

 こちらのジャックランタンは氷結属性に弱いのに…………だ。

 

「ランタン…………マジで今回は諦めろ」

 

 引き攣った表情で…………俺は隣のランタンにそう言った。

 

 

 

 

「ヒーホー!」

 先ほどまで嗤っていたジャックフロストが一つ叫び…………こちらに殴りかかってくる。

「なに?!」

 ピクシー、フロスト、ランタン…………妖精種族と言うのは基本的に魔法が得意なやつらばかりだ。だからこそ、てっきり魔法を使ってくると思い込んでいた俺は反応が遅れ。

「ブフーラだホー!」

 その拳が伸ばされる瞬間、フロストが呟き…………拳に魔力が宿る。

「っ!」

 咄嗟に懐から一枚の鏡を取り出し。

「反射鏡!!」

 俺の言葉に応え、鏡が光を放つ。

「ヒーホッホ! バリアブレイクだホ!」

 俺の前で盾となった光の壁へフロストが拳を向け…………パリン、と音を立てて、あっさりと壁を貫く。

「なっ!?」

 勢い衰えぬフロストの拳が俺の腹部を抉るように振るわれ。

「っか……は……」

 ダン、とトラックにでも撥ねられたかのような勢いでコンクリの壁に叩きつけられる。

「サマナー?! マハラギオンだホー!」

 俺が吹っ飛ばされたことにランタンが一瞬目を向ける、がすぐにその隙を付いてフロストに炎弾を放つ。

 薄情、と言うわけではない。単純に俺がそう言う風に命じただけだ。

 この状況では俺を助けに入るよりも相手の隙を付いて俺への攻撃を中断させたほうが良い。

 

 サマナーと仲魔は特別な糸で繋がれている。

 契約の瞬間から糸が発生し、サマナーはその糸を介して自身の命令を仲魔に伝えるのだ。

 糸は即ちサマナーから供給されるマグネタイトの供給路であり、マグネタイトは感情の産物だ。故に思いや念じたことを他に伝導しやすい。

 故に言葉にせずともサマナーは仲魔に命令を伝えることができる。

 

 今俺がやったのはつまりそういうこと。

 そして。

 

「ふふ…………メギドラ」

 

 密かに背後に回らせたアリスに万能魔法メギドラでフロストに攻撃を仕掛ける。

「ホっ?」

 俺に気を取られ、不意を付かれた形で放たれたマハラギオンに驚いていたフロストは、さらに不意を打ったメギドラに完全に無防備を晒し。

「ホーーーーーーーー!?」

 俺たちのいる病院の屋上の端まで吹き飛ばされる。

 

 これが野良悪魔とサマナーの率いる悪魔との違い。

 サマナーに率いられた悪魔は同族以外とでも協力し合う。

 サマナーに率いられた悪魔はその場その場で最適な技を使える。

 サマナーに率いられた悪魔は仲魔と交代することで無理をする必要がなくなる。

 サマナーに率いられた悪魔は自身の得意とする役割に徹することができる。

 悪魔を従え、悪魔を用い、悪魔を討つ…………それがデビルサマナーと言う存在だ。

 

 フロストが飛ばされ、爆発で巻き上がった砂塵の中へと姿を消すと同時に、すぐさま仲魔たちが傍にやってくる。

「だいじょうぶ有栖?」

「サマナー! 大丈夫かホー!?」

「…………ああ、なんとか大丈夫だ」

 なんてやせ我慢してみたが、普通に肋骨が何本か折れてるな。

「…………薬、あったかな」

 簡単な回復薬を使って自身の傷を癒す。何個か使っている内に状態は大分マシなものになってきた。

「…………よし、いけそうだな」

 体は大分マシになった…………無茶な運動はできないが、指示を出すことくらいならできそうだ。

 問題は…………今の攻撃でどれだけのダメージになったか。

 メギドラは万能魔法メギドの上位魔法だ。

 万能魔法はメギド、メギドラ、メギドラオンの三種類しか無い…………とされている。

 実際どうなのかは知らないが、これまでで確認されているのはそれだけだ。

 万能魔法は全ての魔法の中で頭一つ飛びぬけた威力を持つ。

 メギドラは万能魔法の中では二番目だが、他の属性魔法…………特に四属性の中で言えば威力だけなら最大級のダイン系の魔法と同レベルの威力を誇る。

 その威力の攻撃でしかもほとんどの敵がこの属性に対して、耐性を持たない。

 最上位クラスの悪魔の中には万能属性すら無効化する化け物がいるらしいが、現実にそんな化け物そうそう出てくるわけも無い。

 つまり、万能魔法は、今撃てる中で最強の技の一つである、と言うことだ。

 アリスは並み居る悪魔の中でも特に魔力が高い悪魔の一体だ。そのアリスの撃ったメギドラは並大抵の敵の守りは易々と貫き敵を薙ぎ倒す。

「…………まあ、並の悪魔なら……な」

 だが並大抵では無いのが特異固体悪魔と言うものであり。

 

「ヒーホー…………ヒーホッホー!」

 

 砂塵の奥から聞こえてくる声に、思わず片手で顔を覆う。

「やっぱり持ってやがったか…………万能耐性」

 ランタンがそうだからこそ一つの可能性としては考えていた。

 そして、だからこそ最初にメギドラを当てた。

 万能属性が通用するか否か、その如何によって戦略がまるで変わるから。

 そして結果は通用しない。

 ついでに言えば、フロストもランタンも破魔属性と呪殺属性に耐性を持っている。

 呪殺属性と万能属性の魔法で固めたアリスはこの時点でアウト。

 つまり、火炎属性のランタンが主体となる…………のだが。

「その火炎属性を無効化するっぽいな」

 ランタンの放ったマハラギオン…………一度も触れなかったが、外れたのではない。

 たしかに当たった、それは俺自身が見ている。

 だが、何も効果が無かった。炎に包まれてもフロストは僅かに目を細めただけで一切効いた様子は無かった。

「…………多分、火炎無効のスキル持ってやがるな」

 悪魔合体等で人工的にそういった弱点をスキルでカバーする悪魔を生み出すのは可能だが、天然でそんなのがいるとは思わなかった。

 とにかく、あのフロストはランタンの炎も無効化する…………と、なると。

「軽く詰んでるな、これ」

 アリスで耐性のついた属性でちまちま当てていくしか方法は無いか?

 そう考え、アリスに命令を出そうとした…………その時。

「っ?!」

 一瞬で周囲に広がる爆発的な魔力。

 咄嗟に腕で体を隠し、地面に転がる、と同時。

 

「ブーメランフロステリオスだホー!」

 

 縦横十五メートル前後あったはずの屋上が、一瞬で凍りついた。

 

 

 

「んなっ?!」

 今日何度目の驚きの声だろうか。

 一瞬で凍りついた屋上全体を見て、けれど何度目になるか分からない驚きの声を上げる。

 だが驚きもする。何せ屋上は縦横十五メートル前後ほどの大きさになる。こんな外れにある病院とは思えないほどの大きさの屋上。

 だと言うのに、それが一瞬で凍りつくのだ。

 一体どれほどの冷気だったのか、想像もできない。

 

 と言うかどんだけ無茶苦茶だ…………ガードしたせいで全身に薄く氷が張り付いてやがる。

 

「…………ランタン…………マハラギダイン!!」

 俺の命令にランタンが応え、巨大な炎の球を放つ。

 一瞬で屋上の半分以上の氷が蒸発し、俺の体に張った氷も溶ける。

 視線をやるとジャックフロストはゲラゲラと嗤いながら、こちらを見るだけに留めている。

 

 その余裕…………剥ぎ取ってやるよ。

 

 幸いにも、切り札はこちらもある。

「…………ランタン…………メギドラオン!!!」

「ヒーホー! メギドラオンだホー!」

 周囲から魔力を集い、巨大な熱球がランタンの前に形成される。

「ヒーホー! オイラにそんなの効かないホ。ヒーホー!」

 嗤うフロストを気にもかけず、ただ一言、ランタンに命じる。

「撃て」

「ホー!」

 熱球が放たれる。

 正直、万能属性が効かないと分かった時から考えていた手ではあった。

 だが使えばどうなるか分かっているだけに、できれば使いたくは無かったのだが。

 …………予想以上に敵が強かった。正直初撃喰らってよく俺は生きていた、と思える程度には。

 多分様子見と言う程度に手加減されていたからなのだろうが、それでもアレは強すぎる。

 

 熱球がフロストと衝突する。

 余裕そうな表情だったフロスト…………だが。

 轟音を立てて熱球が破裂する。

 溢れ出た灼熱が屋上を焼き、溶解させる。

 弾けた爆風が周囲一帯を吹き飛ばし、屋上を半壊させる。

 

 瞬間、周辺の景色が一変する。

「…………異界化が、解けた?」

 どうやら今の攻撃が相当深く入ったらしい。

 そう考えた時、思わず崩れ落ちる。

 まだ戦い始めて60秒と経たないと言うのに、すでに緊張で全身が強張っていたようで、足がガクガクだ。

「ランタン…………フロストを探してきてくれ。正直異界化が解けてもアレがやられた、とは思えん」

「了解だホー」

 そう、これで終わりとは正直思えない。

 何せまだ相手は数度の攻撃しかしてない。溜め込んだマグネタイトはまだまだあるだろう。

 と、言うか…………切り札一枚切った程度で終わるようなら、わざわざキョウジが俺に話を持ちかけることも無かっただろう。

「……………………よし、決めた」

 手持ちの道具を見…………それから一つ頷く。

 傍に立つアリスを一瞥し。

「一つ頼みがある」

 そう言った。

 

 

 ジャックランタンがジャックフロストを発見したのは廃病院の一階だった。

「ヒー! ホー! ぶっ倒すホ!」

 怒り心頭、と言った様子でけれどどこか動きが重いその姿は、自身がサマナーの予想通り、それなりの痛手を負っているが、まだまだ戦える状態、と言ったところか。

 何とかしてフロストを仲魔にできないだろうか。

 弱って見えるフロストの姿に、そんな思いが再び湧き出る。

 だが自身のサマナーはそんな危険な賭けのような真似はしないだろう…………だからこそ悩む。

 もう一度進言してみるべきか、それとも…………。

 と、その時。

 マグネタイトパス越しにサマナーからの命令が飛んでくる。

 曰く、フロストを見つけた場合、屋上に誘導しながら時間稼ぎに徹しろ。

 火炎にも万能にも呪殺にも耐性を持つあのフロスト相手にまともなダメージを通せるのは最早ランタンのメギドラオンくらいだと言うのに…………そのランタンに囮をさせる、普通のサマナーならまずあり得ないことを平然と命令してくる。

 サマナーとして失格なのだ、と言うわけでも無い。

 ランタンは自身のサマナーを信じている。

 戦う者としては一流だ。超一流には届かないが、それでも十分なくらいの才覚を持つ。

 サマナーとしては二流。何せ悪魔を頼りにしないのだから、どれだけ上手く使いこなそうと二流としか言えない。

 

 そして。

 

 デビルバスターとしては超一流だ。

 

 どれほどの難敵だろうと、どれほどの強敵だろうと。

 

 悪魔より悪魔らしく、けれどどこまでも人間らしく。

 

 悪魔を殺す、それが自身のサマナーだ。

 

 

 

 

 思いのほかランタンが上手くやってくれている。

 先ほどから廃病院内のあちこちから破壊音が聞こえ、所々が凍結している。

 ランタンも自身からどんどんマグネタイトを吸収していっているのが分かる。

 送るマグネタイトはイコールでランタンの魔力だ。ケチればランタンが魔法を使えなくなる。

 なので仕方ないと言えば仕方ないが、もう少し節約できないものだろうか…………。

 折角溜め込んだマグネタイトがすでに一割以上減っている。

 異界化なんて滅多に起きない以上、できるだけマグネタイトは温存しておきたかったのだが。

「…………まあいい。とりあえず役割は果たしたみたいだな。そっちはどうだ、アリス」

「だいたいおわったよ、さまなー」

 何気に性格歪んでる、と言うか子供らしい残酷さと悪魔らしい非道さが最悪の化学反応を起こした凶悪の一言に尽きる性格のアリスは、これから起こることが楽しみで仕方ないらしい、始終笑顔でニコニコしている。

 

 さて…………ネタばらしをしよう。

 まず一つ目。万能耐性のはずのフロストに何故ランタンのメギドラオンが効いたのか。

 答えは簡単。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その名を核熱属性と言う。この世界にはあり得ないはずの属性。

 故に本来とは違う、捻じ曲がった効力を持つ属性。

 特異点悪魔たるランタンだけが持つ、この世界の理から外れた属性だ。

 本来なら一個の属性として扱うはずが、そんな属性が存在しないこの世界では、火炎属性の上位互換として扱われる。

 限り無く火炎属性に近い故に火炎属性が弱点の敵には同じく弱点となるが、火炎属性とは別個故に無効化スキルの対象にはならない…………と言う謎の属性だ。

 核熱属性が存在しないこの世界では、当然だが核熱耐性を持っている存在がいない。

 つまり、万能属性以上に万能性に富む反則的な属性だ。

 だからこそあのフロストには通用した。しかも威力はメギドラオンのそれと変わりない。さすがにフロストもただで済ませることはできなかった、と言うわけだ。

 

 さて、二つ目のネタばらしだ。

 一体ランタンに時間を稼がせて何をしたか?

 簡単だ…………正攻法じゃ勝てそうにないから、邪道を使うことにした。

 つまり………………。

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォン

 

 と、その時。

 聞こえた爆音に口元を歪める。

 

 つまり、病院中にしかけた爆弾で吹っ飛ばすんだよ。

 

 




キリ○グに似てるな……って自分で書いてて思った。


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有栖と病院

独自解釈、オリジナル設定が多量に含まれます。


 爆音が響き渡り、連鎖的に廃病院が爆破されていく。

 轟く爆音と、瞬く閃光が周囲にいるものたちの目を焼き、耳を潰す。

「っくぅ…………あんの糞ったれ、火薬の量間違えやがったな…………相変わらず大雑把な作り方しやがって。こっちまで爆風来てるじゃねえかよ」

 爆弾なんて取りあえず火薬詰め込んでおけばいいや、的な思考の製作者を罵倒しつつ崩れ落ち、灰燼に帰した病院に視線をやる。

「頼むからまだ立つとか言わんでくれよ…………?」

「さまなー。しってる? そういうのって、ふらぐ、っていうんだよ?」

「サブカルチャー染まり過ぎだろ、アリス。どっから仕入れてくるんだ、その情報」

 俺はこいつの保護者(らしい)人たちになんと言ってこいつを見せればいいのだろう。

 なんて戯言を言っていると。

「ヒィィィィーホォォォー!」

 瓦礫の山を吹き飛ばし、出てくる一体の悪魔…………と言うかジャックフロスト。

「おい、マジで出てきやがったぞ」

 一応あれでも火薬過多のC-4(プラスチック爆弾)を目一杯しかけたはずなんだが。

 

 たまに誤解しているサマナーもいるが、現実の炎と火炎属性魔法の炎は全くの別物だ。

 魔法はあくまで魔力で練られる。現実に干渉もするが、それでも結局のところ炎そのものではない。

 なので火炎無効の属性やスキルを持った悪魔だろうと、現実の炎に焼かれれば熱いし、ダメージも受ける。

 まあ大概火炎無効属性の悪魔は火炎属性を得意とする悪魔なので、火に関する伝承を持っていたりして現実の炎も悪魔自身の体質で問題なかったりする場合も多いのだが。

 

 だがこのジャックフロストにはそんな伝承は無い。

 なら実際の炎は喰らうし、爆風や瓦礫でダメージも負う。

 と、当たりをつけていたのだが、想定外だったのはその耐久力。

 やたら筋力が高かったが、耐久力まで高数値らしい。

 

 あの爆発を耐えしのぐとは…………低レベルなら、魔王種族でも滅ぼせる程度の火力はあったはずなのだが。

 

「っち…………やっぱそうそう楽はできねえか」

 忌々し気にそう吐き捨て、再度警戒した…………ところでフロストが笑う。

「ヒーホッホー! オイラがここまで追い詰められるなんて、アンタ強いホー!」

 自身の警戒とは裏腹に、フロストがこちらに敵意を向けてくる様子は無い。

 そのことにやや拍子抜けしながら相手の言葉を待つ。

「アンタについて行ったら面白そうだから、オイラはアンタの仲魔になるホ!」

「は?」

「本当かホー?!」

 何故かデジャブを感じる台詞に、一瞬呆気に取られ、隣でランタンが騒ぐ。

「あ、思い出した」

 と、同時に嫌な予感が過ぎる。

「だから…………」

 そうして、フロストが…………言葉を続ける。

「これに耐えてみるホ!」

 

 獣の眼光

 マハタルカジャ

 マハタルカジャ

 獣の眼光

 マハタルカジャ

 マハタルカジャ

 獣の眼光

 マハマカカジャ

 マハマカカジャ

 獣の眼光

 マハマカカジャ

 マハマカカジャ

 

「ブーメランフロステリオス!」

「アリス!! ランタン!! メギドラオン!!!」

 

 その場に二つの声が同時に響き…………。

 

 

 

「全治二週間…………まあマシなほうか」

 病院のベッドの上で苛立たしげに呟き…………それから一つ溜息を吐く。

 まあ実際問題、レベル65なんて化け物と戦って生きてるだけマシなのだろう。

「と言うかなんだそのふざけたレベル…………普通に上位区分だぞ」

 

 レベルレベル、と言っているが用するにその悪魔が蓄積した活性マグネタイトの量だ。

 世界にいる全ての悪魔は分霊と呼ばれる本体の識能を宿した御霊をマグネタイトで形作った体に宿した存在だ。

 全ての悪魔にはそれぞれ顕現に必要なマグネイト量…………つまりその体を構成するためのマグネイトの最小値が決まっており、悪魔が顕現する時、その悪魔を構成するマグネタイトが足らない状態で顕現するとスライムと呼ばれる悪魔になる。

 さて、ここで話を戻すが、レベルとは本来、階梯の意味を表す。

 悪魔たちにおけるレベルもこれと同じ。

 マグネタイトの体で本体の力をどこまで行使できるのか、と言うのを明確に表したものがレベルだ。

 悪魔のレベルが上昇すると使えるスキルが増えたりするのは、その分霊がその階梯の分だけ本体の力を扱えるようになった、と言うことの証でもある。

 

 例えるなら、分霊とは、本体の設定を丸々コピーしただけの情報の塊で、それを読み取って実行させるのがマグネタイトの力、と言うと幾分か分かりやすいだろうか。

 この階梯になるとこのスキルが使える、階梯を上げる度に、だいたいこういう能力が上昇しやすい、しにくい…………まるでゲームのように悪魔の設定とでも言うものをトレースしたものが分霊だ。

「…………ステータスだレベルだなんだと、まさしくゲームか」

 さながら俺はゲームの世界に迷い込んだ登場人物Aと言うわけだ。

 などと笑いながら、夜の病院に一人佇む。

「ヒーホ! マスター、何黄昏てるホ?」

「お前のせいだよ、アホ」

 と、ふと聞こえた声に呆れた表情で返す。

 そこにいたのは、あのフロスト。

 メギドラオン二発でも相殺しきれず、半死半生だった俺たちを前にして。

 

 ホー! やっぱりアンタ面白いホ! これからよろしくだホ! マスター。

 

 あっさりとそう言い、その場で契約した。

 ランタンもアリスも力を使い果たして現在休養中だ。

「しかし、お前…………思ってたよりあっさり仲魔になったな」

「ホー?」

「ランタンはもっと徹底的に戦って戦って戦い抜いたから、お前もそうなのかと思ってたが」

 あの時はひどかった。俺もアリス…………そしてランタンも満身創痍な上、あと数分でこの街が吹っ飛ぶと言う状況だった。

 それと比べると、今回はどうにも上手く行き過ぎた感じがしないでも無い。

 まあぼっこぼこに殴られて体中骨折してるから無事とは言いがたいが。

 それにランタンの時は傷を負った、と言うより熱で火傷したり、肺が焼けたりとそっちの方面で重体だったのだが。

「…………なんつうか、落ち着いてたな、お前」

 ランタンの時と比べるとやはりそこが一番気になった。

「特異点から情報流を受け取ってないのか?」

 特異悪魔は特異点から異界の情報が流れ込んでくる。故にこそ特異悪魔はこの世界のものではない法則を扱ってくる。だが、だからこそ絶えず流れ込んでくる世界一つ分と言う膨大な情報に耐え切れず理性が弾け飛ぶ。それがランタンに聞いた話だ。

「? よく分からんないホ」

「ん…………そうか」

 この様子では受け取ってない…………と言いたいが、あの強さから考えるにやはり受け取っているのだろう。

 だとすればどうしてフロストは平気だったのか。

「そんなことよりマスター! マスターと一緒にいたら、オイラはもっと強くなれるホ! だからマスターもどんどんオイラを使うんだホ!」

「ああ…………頼りにしてるよ」

 真面目に言って頼りにしている。アリスもランタンもガチガチの後衛型だ。俺自身も補助魔法と銃撃と言う後衛型で、前衛が誰もいない俺たちにようやくやってきた前衛だ。

 そう…………ジャックフロストと言えば氷の妖精、また後衛型だと思っていたのだが、こいつはまさかのガチガチの前衛型だ。アナライズを使って見たこいつの能力値は力と耐久が抜群に高い。

 しかも攻撃の全てがあの時見たように拳に魔法を乗せると言う方法であり、その威力は筋力と魔力の両方からに依存すると言うまさしく法則とか色々ぶっ壊しているやつだ。

 その分、魔力や知力が低いのだが、それにしたって十分許容範囲内で、飛びぬけて低いわけでも無い。

 ランタンが魔力特化だとすれば、フロストは物理主体と言った感じだろうか。

「ところでランタンもだったが、なんで仲魔にした途端に獣の眼光消えてるんだよ」

 あのやたらと連続で魔法が使えるスキルの名前を獣の眼光と言うらしい。

 ランタンも敵だった時は使っていたが、仲魔にした途端何故か消えている。

「ホ?」

 思わず尋ねずにはいられなかったのだが、肝心のフロストはわかっていないらしく首を傾げている。

 あれがこちらも使えれば相当に便利なのにな、と思わずにはいられないのだが、仲魔にした途端使えなくなるのだから理不尽なものだ。

 と言うより、もしかすると特定条件でしか使えないのかもしれない。

 ランタンもフロストもあれを使ってきたのは最後の瞬間だけだった。

 そう、最後のフロストの行動にデジャブを感じると思ったら以前のランタンも最後の最後に同じことしてきたことのだった。

 マハマカカジャ四回からのマハラギダイン。メギドラオンではなかっただけマシなのかもしれないが、耐火装備着けてほぼ死に掛けたのは軽いトラウマだった。

「で、んな思いまでして仲魔にしてみれば、肝心のスキルはありませんってか…………」

 理不尽だ。本日何度目になるか分からない言葉を胸中で呟く。

 だいたいレベルが上がったわけでも、新しいスキルを覚えさせたわけでも、悪魔合体させたわけでも無いのに何故使えないのか…………。

「って、俺が知るわけねえよな」

 自身は学者でもなんでも無い。

 使えないのなら、使えないと割り切って戦術を考えるしかない。

「ったく…………侭ならないもんだ」

 ふっと出た欠伸を噛み殺し、ベッドに横たわる。

「フロスト、もう寝るからCOMPに戻ってろ」

「了解だホ」

 COMPの中に消えていくフロストの姿を見送り…………目を閉じた。

 

 

 

 朝目が覚めると布団の中にアリスがいた。

「……………………おい」

 時々だが、気づくと勝手に潜り込んでいるので今更ではあるが、さすがに病院では止めて欲しい。

「ん~…………おはよーさまなー」

「おはよう、じゃねえよ。こんな他人の目が場所で出てくるな。ただでさえお前日本人には見えない顔してんだから」

「えへ~」

 えへー、じゃねえっての…………取りあえず個室だったから良かったが、相部屋だったら悪魔の存在がばれてたかもしれない、そう思うと少しばかりドキリとした。

「俺はこんなくだらないことで、キョウジと戦うのは嫌だぞ」

 もしそうなれば葛葉の掃除人が出てくるだろう。この街はあいつの根城だ。

 さらに言うなら、キョウジが出てくれば間違いなく処分は全員皆殺しだろう。

「頼むから人前で出てきてくれるなよ?」

 送還(リターン)のプログラムを起動させ、アリスをCOMPに戻した直後。

 ガラッとドアが開かれる…………入って来たのはキョウジだった。

「キョウジ…………なんだ、電話でも良かったのに」

 送還間に合って良かった…………とこっそり心の中で呟いておく。悪魔を出しっぱなしにしているところを見られたら大変なところだった。

 くつくつと笑う男は病室を見渡し、他に誰もいないことを確認した後こちらを向く。

「今回はご苦労だったな、まさかレベル65とは俺も驚いたぞ」

「嘘つけ、あんたなら驚くほどの数字でも無いだろ」

 何せこいつの連れている仲魔たちの平均レベルは70以上だ。

 今代のライドウがまだ成長途中と言うことを除いてもここまでふざけたレベルにはならない。まあライドウと言っても正確には候補だが。

 葛葉最強と呼ばれるだけはある、まさしく化け物だ。

 まあ十四代目ライドウと当時の葛葉キョウジはそれ以上の化け物だったらしいが。

「取りあえず良くやってくれた。正直俺も忙しいんでな、代わりになりそうなのがお前しかいなかったのも事実だ」

 それは事実だろう。この街にいるのは国内でも有数の猛者たちだが、それでも連れている仲魔の平均的なレベルは30代。

 と言うか、それでも普通一流なのだ。こいつが、と言うか葛葉が異常過ぎるだけで。

 参考までに言えば葛葉の言うところの一流はだいたいレベル45から始まる。

 正直数は非常に少ないが、小数精鋭を地で行っているのが葛葉の里だ。

 俺も一度しか行ったことは無いが、あそこは基準がまずおかしい。

 と、まあ話を戻すが、確かにこの街のデビルバスターたちのレベル事情を鑑みれば俺しかいない、と言うのも納得できる。

 それにキョウジはキョウジで、いつもふらっと現れるから印象は薄いが、この街の裏事情の切り盛りに加え、葛葉の掃除人としての役割など多忙を極めているのも事実だ。

 特にこの街は帝都には珍しく、メシア教とガイア教の狂信集団のみならず、独自勢力とでも呼べるものがひしめき合っている魔窟だ。どこかが暴走しないように、どこかが突出しないように勢力バランスに気を使っているのは俺も知っている。

「それは知ってるけど、毎回こうも入院してたらたまったもんじゃねえよ。だいたい俺明日からも普通に学校があるんだが」

 因みに現在俺は十五歳。入学したての高校一年生だ。そして入学初っ端から全治二週間で入院となったわけだが。

「後で専門の医療班をまわしてやる。それで一週間で済むだろ。それはそれとして、次の仕事だ」

「また?!」

 一つ終わればまた次が舞い込んでくる。

 俺の平穏は一体いつ訪れるのか。

 

 それは、誰も知らない。

 

 

 




やっとジャックフロスト編終わった。
今回説明回みたく大量に設定さらしたなあ。
メガテン世界は設定が多すぎて、説明はさまないと知らない人には読めないだろうし。
メタいな、と自分でも思うけどレベルが無いと強さが分かりにくいから設定付け足してみた。
因みにこの世界では、仲魔が自分より強いと契約できない、と言うことはないです。自分より弱い相手と契約してくれる悪魔はそうそういませんけど、アリスとかみたいにそういうのとは関係ない、って性格の悪魔とは普通に契約できます。
まあ代わりに契約できても強制力がありませんが。要するに命令を無視しようと思えば簡単に無視されますし、サマナーを殺そうと思えば簡単に殺せます。
つまり自分よりレベルの高い悪魔と契約したなら絆を結んでおかないと、仲魔に殺される危険性大です。

あと関係ないけど将来的には閣下とか出す予定。
でもまあ次回からは学校での日常編になる…………予定。


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有栖と学校編
有栖と学院


というわけでこっから新章突入…………ていうか、ようやく一章の始まり? ってところですかね。今までの? ただのプロローグ。


 

 

 

「…………はあ」

 朝。開口一番のため息。

 入院から早二週間。ようやく退院手続きが終わった日の明けて翌日。

 平日と言うこともあって、自身も通う吉原(きつはら)高校に登校…………したのはいいんだが。

「見られてるね」

 俺の隣の席でクラスメート…………詩織がそう言う。こいつともう一人と合わせて小学校来の友人だ。

「…………はあ」

 再度ため息。そう見られている。まだ入学一月だと言うのに早くも二週間の入院。それは注目されるな、と言うほうが無理だろう。

 さらに言うなら一年前にも半年の長期入院をしたばかり、同じ中学出身のやつも多いこの学校でクラス内でもその話はすぐに広まるだろうし、これだけ良く入院するクラスメートに注目するな、と言うほうが無理だ。

「ま、高校デビューに失敗したって、俺らがいるだろ?」

 そう言って気楽そうに笑うのは悠希。詩織と同じく小学校来の友人。

 一言で言うならバカだ。良くも悪くも…………だが。

「にしてもいきなり入院とはな、去年もそうだったが、さすがに俺らも驚いたぞ」

「そうだよね、バイト中の事故ってメールにあったけど、もう大丈夫なの?」

 小学生来の友人…………つまり、俺の両親が死ぬより前の友人である二人には、俺がサマナーであることは知らない。二人とも一般人であり、そもそも悪魔の存在すら知らない。

 だからこそ悪魔と戦って大怪我しました、なんて言えず二人にはサマナーの仕事をバイトと偽り、その際の怪我を全てバイト中の事故で片付けている。

「っかし、有栖も良く怪我するよな。どんなバイトしてんだ? 危ない仕事なんじゃないだろうな?」

 不思議そうに尋ねる悠希に適当に手を振って誤魔化す。

 悪魔と戦う思いっきり命がけの仕事だ…………なんて言えないしな。

「あ、そう言えば有栖。お爺ちゃんが呼んでたよ?」

「ん…………そうか。なら昼にでも行ってみるわ」

「何の話だろうな?」

「入院のことじゃないかな?」

 詩織の祖父はこの私立吉原高校の理事長をしている。んで、なんで学校の理事長が俺を呼ぶのか、と言えば。

 

 

「また悪魔ですか? 面倒な」

「第一声がそれか? まあいいがな」

 学校と言うのは思春期の多感な少年少女が集まって一日の半分近くを過ごす場所だ。

 当然ながらそう言った場所には非常に感情の揺らぎが溜まり易く…………マグネタイトが充満しやすい。

 そして溜まったマグネタイトに釣られて悪魔が居つきやすい。

 つまり学校とは悪魔が生まれやすく、また居つきやすい場所なのだ。

 ただそれだけなら悪魔が出た時にサマナーがやってきて退治する…………その程度なのだが、この場所は違う。

 何を隠そう街の周辺を巡る霊脈の交差点、霊穴の上に建てられている学校なのだ。

 何でわざわざこんな場所に建てたのか、それはもう偶然としか言いようが無い。素人が霊穴のことなんて知っているはずも無いし、当時はちょうど終戦直後ごろで、国内におけるヤタガラスの力が弱まっていたことも原因としてある。気づいた時にはすでに遅し…………と言ったところか。

 霊穴と言うのは地脈を走る霊脈の交差点、霊力と魔力の吹き溜まりのような場所で、術師でも無い俺には良く分からないが、とんでもない代物らしく、それはもう建てられて一年目で悪魔が発生し、ヤタガラスが介入するほどの事件が起こったこともあるらしい。

 まあそれももみ消されてすでに無かったことにされているのだが…………。

 

 と、言うわけで理事長たる目の前の爺さんはそんな学校の理事長を創立当初から務めており、当然ながら悪魔と言うものの存在を知っているのである。と言うかぶっちゃけ、最初の事件後からヤタガラスに所属している。

 ついでに霊穴に何の守護役もいないのはさすがに不味い、と言うことで毎年ヤタガラス経由でクズノハからこの学校に霊穴の守役となる教師か生徒を何人か派遣しているのだが、ちょうど俺がこの街に住んでいると言う理由から、キョウジに命じられ、数年前からクズノハの一員でも無いのにそのお鉢が回ってきて、そのせいでこの爺さんとは知り合いになった。と言うわけだ。

 因みにこの爺さん、詩織の祖父でもある。つまり詩織は身内が理事長を務める学校に通っている、と言うことでもあるのだが、しかし良くこんな危ない学校に通うのを許したのものだ。

 

「いや、今回の用件は悪魔がらみではない」

 だが俺の予想をあっさり裏切り、理事長は首を振って否定する。

 それから机の引き出しから数枚の書類を取り出すとこちらに見せてくる。

「明日から新しく、クズノハから守役が派遣されることになった」

「…………この時期に?」

 新入生としてもしくわ転入生として、と言うなら少しばかり遅い気がするのだが。もうすぐ五月だ。

「事情があって、編入が遅れることになったらしい。キミの一つ上だ」

 そう言われ、手元の書類に目を落とし…………固まった。

「……………………………………」

「クズノハからの希望でキミにその守役の補佐について欲しい、とのことだそうだが」

「……………………………………」

「知り合いか?」

「………………………………ああ、まあな」

 搾り出した声はそれだけ紡ぐとまた口を閉ざす。

 俺の答えになるほど、と手を打つ理事長。

「知り合いなら良かったじゃないか。では頼んだよ? ああその書類はキミに上げよう。どうせコピーな上に重要は部分は省いてある。ただの転入届の写しだしな」

 そう言って動かない俺の背を押し部屋の外へ出すと。

「では、頑張ってくれたまえ」

 ニィ、と笑って扉を閉めた。

「………………………………冗談だろ?」

 後に残されたのはポツンと佇む俺と…………。

 

 葛葉朔良、そう書かれた手元の書類だけだった。

 

 

 

「お帰り有栖。結局何のようだったの?」

 教室に戻ると詩織と悠希が俺の席を囲んで弁当を広げていた。

「ああ、まあちょっとな…………ていうか、なんで俺の席で弁当食ってんだよ」

「いや、二週間も不在だったんで」

「ちょうどお弁当置くのに便利だったんだよね」

 ねー、と息を合わせて答える二人に思わずため息を吐く。

「自分の席で食えばいいだろ」

「分かってないな、有栖」

「一人で食べる弁当なんておいしく無いに決まってるじゃん」

「「ねー」」

 ねー、じゃねえよ全く…………と言う俺の意見を無視しながら、二人はいそいそと広げた弁当を片隅に寄せ僅かばかりの隙間を作る。

「俺にこのスペースで弁当を食えと?」

 一人で使う用の机を三人で共用しているせいでそのスペースは非常に狭く、またため息でも吐きたい衝動に襲われる。

「まあいいじゃねえか、折角久々に三人揃ったんだ」

「…………まあ、それもそうか」

 なんだかんだと八年以上続いている縁だ。この程度で目くじら立てるほどでも無いか。

「そうそう、だから有栖の弁当少し俺にくれ」

 そう言ってひょい、と他人の弁当に箸をつける悠希に…………。

「ふざけんな。お前が寄越せ」

 それを阻止しながら、悠希の弁当に手を伸ばす。

 そうして繰り広げられる攻防に。

「騒がしいねえ」

 文句を言いながらも楽しそうにそれを見る詩織。

 そんな久々に平和な光景は。

 

「やれやれ、野蛮な連中だ」

 

 背後から聞こえた声と共に止まった。

 振り返る、そこにいたのは一人の男子生徒。

 キザったらしい表情でこちらを見下すように見つめてくるその男子に、俺は首を傾げる。

「誰だ?」

「西…………? えっと、西なんとかクン」

「西野だ。覚えておきたまえ。まあ僕のような特別な人間の名前だ。いずれ忘れられない名前になるだろうね」

 ふさぁ、と髪を掻き分け、微笑むイケメンくん。

 なんというか……………………残念なイケメンだ。うん、言動が見ていてイタい。

「んで? その西田君が何の用だ?」

「西野だよ。それにキミたち程度に用は無い。僕が用があるのはそちらの詩織さんだけさ」

 友達? とアイコンタクトしてみるが、全然、との答え。

 交友も無いのにいきなり下の名前で呼ぶとか…………まああの性格ならアリそうな気はするが。

「どうだい? こんな連中ではなく、僕と一緒にランチにしないかい?」

 ランチ、と言う言葉で思わず噴出しそうになる。見れば悠希も今にも笑いだしそうになっているが、西なんとかクンは俺たちの態度には気づかない…………と言うか眼中に無いんだろうな。

「えっと、私は別に…………二人と食べてるので」

「ああ、遠慮はいらないよ? さあキミたちも自分の席に戻りなよ。彼女は今から僕と食事するのだから」

 ここ俺の席だよ、と言うツッコミが引っ込むほどの清清しいほどのテンプレ的小物臭に腹筋が痙攣する。

 隣の悠希もぷるぷると震えており、笑いを堪えている様子がありありと分かる。

 ただ当の詩織は人の話を聞かない西なんとかに困った様子だった。しかも俺たちは笑っい放しで頼りにできない。

「えっと、お断りします」

「本当に? そんなに恥ずかしがらなくても良いんだよ? さあ、遠慮しないで」

 本当に人の話を聞かないな、こいつ。と思いつつ様子を見ていると、幾度か同じようなやり取りを繰り返した後。

「やれやれ、キミは相当のシャイなようだね。今日はキミに免じて下がるとしよう」

 と言って教室を出て行った。

「……………………ぷっ、あはははははははは!!!」

「ぎゃははははははははは」

 そして本人がいなくなったと同時に笑い出す俺たち。

「もう、助けてくれてもいいじゃん」

 そして放置されたことに怒り、膨れる詩織。

 実に平和な光景だ。

 久々に心が洗われるような気がした。

 

 

 

 ああ、ところで。

 さっきの残念イケメン。

 ()()()()()がしたが…………気づいたか? アリス。

 

 ふふふ………………ええ、もちろん。

 

 やれやれ…………また面倒ごとか?

 

 さあ…………ふふ、でもさまなーのことだからまたなにかあるとおもうよ?

 

 

 

 勘弁してくれ…………そう心中で呟いた。

 

 

 

 

 

 コーン

 

 コーン

 

 コーン

 

 どこかから聞こえてくる音。

 

 コーン

 

 コーン

 

 コーン

 

 金槌で何かを叩くようなその音。

 

「…………………………」

 

 聞こえてくるのは呪詛。

 

「……………………ぅ」

 

 妬み、恨む、呪いの言葉。

 

「……………………る」

 

 それが、何かを叩くような音と共に聞こえてくる。

 

「…………………やる」

 

 強い感情。それは強いマグネタイトの匂いを伴い。

 

「…………殺してやる」

 

 悪魔を呼び寄せる。

 

 ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ

 

 



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有栖と朔良

今回本気で平和だわ。
書いててほのぼのとした。


 

 

 昼の学校。

 昼の休憩。

 昼食を食べ終わり、三人でのんびりと会話している俺たち。

「アハハハハハハハ」

「ブハハハハハハハ」

 笑う。思わず笑う。

「もう、笑ってないで、どうにかする方法一緒に考えてよ」

 少し疲れた様子で詩織が呟く。

 

 原因は…………西なんとかくん。

 朝、同じ小学校だけあって同じ学区に家のある俺たちは三人で登校している。

 けれど今朝は少々違った。三人で合流して登校していると現れたのは、昨日もやってきた西なんとかクン。

「やあ、詩織さん、良い朝だね。それにこんなところで偶然出会うだなんて、まるで運命だと思わないかい?」

「朝から絶好調だな、西なんとかクン。ていうか遠くから電柱の影で佇んでるのが見えてたぞ。偶然でも何でも無くて、待ってただけだろ。あとお触りは禁止な」

 朝から絶好調の残念美形は、まるで漫画の当て馬のテンプレのような台詞を吐きながら詩織の手を握る。

「お触りって…………なんかいかがわしいよ、有栖」

「オッサン臭いな、有栖」

「何だよ、フォローしてやったのにこの仕打ち」

「…………キミたちはいつまでいるんだい? 早く行き給えよ。さあ、詩織さん、僕と共に学校に行きましょう」

「え、いや。私は二人と一緒に行くんで」

「遠慮する必要は無いんだよ? さあ、お手をどうぞ?」

 丸っきり人の話も聞かずに詩織の前に(かしず)く残念美形を見て、ニィと口元を歪める。

「おい詩織………………(ボソボソ)」

「え? いや、でも」

「いいから」

 詩織の耳元で小声で指示を出すと、戸惑う詩織をせっつく。

 良いのかな…………? と思いつつ詩織もうんざりしていたのか、すぐに気を取り直し。

「えっと、に…………に……くん。ちょっとそのままでいてね」

「西野です…………はい、了解しましたよ。お姫様」

「「「……………………っ」」」

 あまりにも気色悪い台詞に、俺も詩織も悠希も背筋がゾワリ、とする。

 そして詩織の言葉をバカ正直に守り傅いたままの西なんとかくんを無視し、三人で歩みを進めた。

 

 で、何で笑っているかと言えば。

「まさかあのままあそこで動かなかったせいで、不審者として通報されたとか」

「面白すぎる」

「もう、二人とも…………と言うか、有栖のせいで酷いことしちゃったよ」

 その割りに、置いていく時は晴れ晴れとした表情だった気がするがな、と言うと詩織が頬を膨らませる。

 と言うか正直酷いことしてるな、と言う自覚はあるがなんだかんだで自業自得だな、と思ってしまうところもある。

「で、あの残念美形くんはどうなったんだろうな?」

「さすがにもう釈放されてんじゃねえの?」

「補導されたくらいだろうな、学生だし。まあすぐに開放されるだろう…………保護者に連絡行ってるだろうし、今日は学校に来ないかもな」

 呟きつつ席を立つ。と、俺が席を立つのを見て悠希が尋ねる。

「どっか行くのか?」

「ん、ちょっと自販機で何か買ってくるわ」

「じゃ、俺オレンジ頼む」

「あ、じゃあ私リンゴ」

 ついでついで、と言わんばかりに注文をつけてくる二人に苦笑しつつ、了承と答えて教室を出ようとし…………。

「っと」

「っぁ」

 入り口から入って来た男子とぶつかる。

「悪い、大丈夫か?」

「…………………………っ」

 表情が見えない程度に伸ばした前髪が特徴的なその男子がボソボソ、と口元を動かし俺を無視して席へと歩いていく。

「……………………何だかな」

 感じが悪い、とは思いつつさして気にも留めないまま教室を出ようとし…………。

 

「失礼するわ…………この教室に有栖はいるかしら?」

 

 反対側の扉から一人の女子生徒がやってくる。

 それも…………俺の名前を呼んで。

「えっと? 俺に何か用…………か…………」

 声を主のほうを向き、その姿を確認した瞬間、思わず固まる。

 声の主…………リボンの色からして一つ上の二年生だろうその少女が俺のほうを向き、笑う。

「やっと見つけたわよ、有栖」

「…………………………ちょっと来い」

 俺の元までやってきた女子生徒の手を引き教室を出て行く。

 教室を出る際に見えた室内ではクラスメートたちが突然訪ねてきた上級生とその上級生が尋ねてきた俺へと好奇の視線が集まっており、その中には詩織と悠希、二人の視線もあり…………頭が痛くなった。

 

 

 屋上。

 鍵がかかっていて本来入れないのだが、理事長からこっそり鍵を預かっているのでそれを使って上がる。

 周囲に人のいない場所に来て、ようやく一息吐き…………自身が腕を引っ張ってきた少女を見る。

 長く束ねられた黒髪。まるで感情の色が見えない人形のような瞳。そして彼女のトレードマークと呼んでも良い長く黒いリボン。

 最後に会ったのは三年近く前だと言うのに、一目で分かった。

「そう言えば今日から転入だって言ってたな…………朔良」

「もう…………いきなり強引ね」

「分かるだろ? 本来俺とお前に繋がりは無いんだよ」

「あら、そんなのどうにだってなるじゃない」

「小学校来の友人だっているんだぞ? なるわけないだろ」

「水臭いわねえ、同じ風呂に入った仲なのに」

「その誤解を呼ぶ間違え止めろ。それを言うなら同じ釜の飯食った仲だろ」

 言いたいことはなんとなくわかるのだが、言ってることのピントがずれている朔良の言に、ああそう言えばこういうやつだった、と記憶が蘇ってくる。

「まあいいわ…………改めて、今日からこの霊地の守役を任されることになった葛葉朔良よ」

「ああ…………じゃあ、改めて。今日からお前の補佐をすることになった有栖だ」

 互いに向き直り、正式な礼を交わし…………何となく微妙な雰囲気になる。

 互いの目を見やり、思うことは一つ。

 

「似合わないわね」

「似合わねえな」

 

 そんな柄でも無い。今の心境を表すならまさしくそれだろう。

「私とアンタしかいないし、堅苦しいのはいいわよね」

「そうだな…………どうせ俺たちしかいねえしな」

 呟き、屋上のフェンスに背をもたれる。

「…………で、何でお前が来たんだ?」

「あら? 私じゃご不満かしら?」

 挑発するような朔良の態度に、顔をしかめる。

「茶化すな…………だっておかしいだろ」

 そう、おかしいのだ。

「お前がこんなところの守役なんて」

 いくら帝都内とは言えすでに守役が足りている場所に送られてくるなど、普通あり得ない。

「だってお前」

 ましてや彼女は…………。

 

「次期ライドウ候補だろ」

 

 葛葉ライドウを継ぐ者なのだから。

 

 

 

 

 葛葉朔良と言う少女に初めて出会ったのは四年前のことだ。

 アリスと契約し、キョウジの弟子となって凡そ一年ほど経った時のこと。

 キョウジが葛葉の里に行くことになった時に、俺も一緒に連れて行かれることになった。

 生前の記憶のせいで、精神の安定していた俺は初めての地でも対した問題を起こすことも無く、滞在自体は一週間ほどで終わった。

 そうして向かえた最終日。里の端で起こった異界化。

 葛葉の里は日本屈指のサマナー集団だ。本来なら何の問題も無く終わるはずだった…………そう、そこに宗家の少年と分家の少女がいなければ。

 俺がその場にいたのは本当に偶々だ。滞在最後の日と言うことで里を見て回っていた、と言うだけの話であり。

 そして当時の葛葉ライドウが里にいたのも偶々だった。

 異界化に巻き込まれた俺は、二人の子供を庇いアリスと共に迫り来る悪魔と戦い続けた。

 そうしてボロボロになりながらも戦い抜き…………そうしてやってきたその存在を強く目に焼き付けることとなる。

 

 当代葛葉最強。二十代目葛葉ライドウ。

 

 現葛葉最強、葛葉キョウジをも越える最強。

 

 一言で言えば…………あり得ない、だろう。

 

 一騎当千、どころではない…………まさしく当代無双。

 

 一発の銃弾で十の悪魔を殺し、太刀の一閃で百の悪魔を殺し、仲魔と繰り出した技で千の悪魔を滅ぼす。

 

 馬鹿げている。こんなものが人間なのか、とも思ったし。人間がここまでできるのか、と思い知らされた。

 と、まあライドウに美味しいところ全部持っていかれた感はあったが。

 それでもライドウの到着まで二人が無事だったのは俺がいたお陰、と言うのもあって、葛葉の一員でも無いにも拘らず里とはそれなりに友好的にやれているのはその時の影響があるのは間違いない。

 

 誇れ、お前の賭けた命が皆を救った。

 

 あの時のライドウの言葉は今でも覚えているし、あの時の守護者としての背中は俺の中に確かな影響を及ぼした。

 そして、最もその背中に影響されたのが…………宗家の少年と一緒にいた分家の少女だった。

 ライドウに憧れ、ライドウを目指し…………そしてたった四年で並み居る候補を全て追い抜き、次代葛葉ライドウ最有力候補となった少女。

 それが、葛葉朔良だった。

 

 

 

「三年前に会った時にライドウ目指してる、なんて宣言されたのにはさすがに驚いたが…………キョウジに聞いた。本当にライドウの候補になってるらしいな」

「ええ…………けどまだ候補。何より自分でもまだまだだって分かってる」

 拳を握り締め呟く朔良に、俺は肩を竦める。

「けど候補つってももう決まりみたいなもんなんだろ? 本当はもう業斗童子付けようって話もあった見たいじゃねえか」

 業斗童子…………それは葛葉のサマナーの中でも一握りのものにだけ付けられるサポート役だ。即ちそれを付けられる、と言うことは葛葉の中でも一歩進んだ立場にいる、と言う証明でもある。

「やれやれ、三年前突然お前と戦わせられた時は何とか勝ったが、もう勝てそうもねえな」

 実際のところ、もうレベルだけなら俺より高いだろうしな。

 そう言ってみるが朔良がふるふる、と首を振る。

「まだまだよ…………それに、つい最近また仲魔が増えたって聞いたわよ」

「ああ…………フロストか。キョウジが一々回してくるんだよ」

「それにしたって、レベル65でしょ? そんな高位悪魔を仲魔にするなんて凄いじゃない」

「ま…………偶然だよ」

 そう言うことにしておく、と言わんばかりの朔良の呆れ顔に苦笑する。

「……………………」

「……………………」

 

 無言。さて、何を話したものか? と互いに考え、やがてこのままでもいいか、と言う結論に達する。

 不思議なもので。

 こいつとの会話は不思議と苦にならない。

 それは多分、俺とこいつの波長が合っているからなのだろう。

 会話をしていても、会話が途切れても、それが苦にならない。

 話そうと思えば延々と語り合っていることもできるだろうし、話さずにいても延々と黙ったまま寄り添っていることもできるだろう。

 

 ビュン、と一瞬強い風が吹く。

 吹いた風が朔良の髪を揺らし、手で髪を押さえる。

「……………………そろそろ戻るか」

「……………………そうね」

 そろそろ授業が始まるだろう時間帯だ。

 俺はともかく転入初日の朔良がいきなりサボるのも不味いだろうし。

 

 そうして肩を並べ屋上から出て行き。

 

「これからよろしくな、朔良」

「こちらこそ、よろしく、有栖」

 

 そう言って互いに笑った。

 

 

 

 りあじゅーばくはつしろ。

 

 ……………………マジでどこでそんな言葉覚えてくるんだよ、アリス。

 

 

 




人間 サクラ

LV38 HP230/230 MP120/120

力13 魔38 体23 速22 運95

特徴:豪運(運+50)

ライドウを目指す少女。そして現在葛葉の里で最も次代ライドウとして期待されている少女。
魔法を含めた様々な術を取得しているが、性質的にはサマナー。
ゲームで実際あったら唖然とするだろうその能力はまたいつか。
ただ一つ言えるのは、確かにこの少女はライドウになれるだけの力がある、と言うこと。


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有栖と呪術

 

 

「アンタ…………呪われてるわよ」

 開口一番の朔良の台詞。その言葉に俺は興味なさ気にふうん、と呟く。

 時刻は現在夜九時。場所も学校と言うこともあってそれなりに雰囲気はあるのだが、デビルサマナーたる俺たちはそんなものよりもっと恐ろしいものと戦っているため、そう言った怖さとは無縁だった。

「興味無いのね」

 呆れたように呟く朔良。だが本気で興味が無いのだから仕方ない。

「どうせ俺、呪殺属性効かねえし」

 アリスとの契約の影響なのかは知らないが、俺は呪の類は一切効かない。

「………………アンタ本当に人間?」

「人間だよ、失礼な」

 まあ一回死んだり転生してたりするから、普通の、と言う言葉はつかないが。

「さまなー」

 と、その時、アリスがくいくい、と俺の服の裾を引く。

「どうした?」

「なにかきたよ」

 アリスの指差す方向を見…………顔をしかめる。

「なんだあれ?」

 膨れ上がった肉の塊のようなソレ。取りあえず悪魔なのは間違いないだろうから、銃口を合わせ…………引き金を引く。

 パァン、と小気味良い音がし、弾丸がソレへと向かって…………。

 

 ォォォォォォォォォッ

 

 突き刺さった弾丸がソレの肉を弾けさせ、ソレが叫び、悶える。

 だが。

 

 ォォォォォォォ!

 

「なにっ?!」

 銃弾は確かに着弾した…………にも関わらずそれは真っ直ぐ突っ込んで来て…………。

「フロスト、止めろ」

「ヒーホ!」

 召喚したフロストの両の拳で受け止められ、しっかりとその姿を現す。

「…………朔良。これなんだ?」

「…………分からない、初めて見た」

 一言で言い表せば、醜い肉塊。まるで生肉を団子状に捏ね回したような醜悪なソレ。

 

 ォォォォォォォォッ

 

 ソレが唸る。そうして目も口も鼻も無いソレがそれでも何故か、俺を見た気がして。

「もしかして…………さっき言ってた呪いか?」

 だがそれが実体を持つなどあるのだろうか。

「…………そうか、この土地の影響か」

 この土地の霊穴に干渉したことで、力が増幅して実体を持つまでになった、と言うことなら俺の銃弾で返せなかったのも分かる。俺が銃弾に刻んだ術式は分霊の接続を遮断する、と言うもの。

「そもそもこれが本体なんだ…………だから俺の銃弾じゃ返せない」

 と、なれば、普通に倒すしかないだろう。

「新種の悪魔…………なんて珍しいんだが」

 下手に生かすと面倒にしかならないだろう。

「フロスト…………やれ」

「了解だホー」

 命じ、フロストの拳が下から上へと振り抜かれ…………。

「ライジングアッパーだホ!」

 あっさりと、呪いが砕け散った。

 肉塊が半透明へと変わり、やがて地面の中へと消えていく。

「…………あれで終わったのか?」

「…………多分。取りあえずアンタへの呪いは消えてるわね」

 なら良い。とだけ呟き遅くなったが守役として校舎の巡回を始めることにする。

「んじゃ、行くか」

「そうね」

 そうして気楽に構えていたことを、翌日後悔することになることも知らずに。

 顔を見合わせ、笑った。

 

 

 コーン

 コーン

 コーン

 

 どこかから聞こえてくる音。

 

 コーン

 コーン

 コーン

 

 金槌で何かを叩くようなその音。

 

「殺してやる」

 

 聞こえてくるのは呪詛。

 妬み、恨む、呪いの言葉。

 

「殺してやる、殺してやる」

 

 それが、何かを叩くような音と共に聞こえてくる。

 

「…………殺してやる」

 

 そこにいたのは一人の少年。

 その手に握られていたのは一本の金槌。

 少年が恐ろしい形相で金槌を振り下ろす。

 

 カーン

 

 振り下ろされた先は一本の木。そこには釘で打ち付けられた藁人形。

 

 丑の刻参り。

 

 恐らく呪いと言われて呪術師でも無い人間が思い浮かべるとしたらソレだろう。

 少年は悪魔の存在は勿論のこと、サマナーと呼ばれる存在も、魔法も呪術も何も知らないただの素人だ。

 少年は別に本当に呪いが届くと思っているわけではなかった。

 ただ日頃の鬱憤晴らし程度、面と向かって暴言を吐くほどの勇気が無く、親に正直に告白する気にもなれない少年にはこれが最後の逃げ場だった。

 

 苛め。

 

 良くある話だ、と少年は思う。

 だが実際その当事者からすればたまったものではない、とも思う。

 そんな時、一人の少女に助けられた。少女は自身を苛めていた者たちを追い払い、それからたった一言こう言った。

 大丈夫?

 それだけで心が救われたような気分になった。

 少年が少女に恋をするのに時間はかからなかった。

 ただ、一つ不幸があったとすれば。

 少女もまた別の誰かに恋をしていた、と言うことだろうか。

 

 呪う。自身を苛めていた者たちも。

 そして……………………。

 少女が恋している相手も。

 

 分かっている、ただの八つ当たりだ。少年もその相手に何かされたわけでも無い。

 だがそれでも、分かっていても憎かった。恨んだ。妬んだ。

 

 そいつの傍にはいつも少女がいて。友達がいて。

 少女の傍にはいつもそいつと友達がいて。

 自分の入り込む隙間なんてどこにも無かった。

 憎らしい、恨めしい、妬ましい。

 

 そして。

 

 殺してやりたい。

 そんな自身の殺意を抑えること出来ない、だが実際に殺す度胸も覚悟も少年には無い。

 

 だからこうして叫ぶ。

「殺してやる」

 

 殺してやる、と。

 

「殺してやる…………有栖ぅぅぅぅぅ!!」

 

 少女の想い人の名を…………叫んだ。

 

 

 

 明けて翌日。

 朝から緊急の要件、と言うことで理事長の爺さんに呼び出された。

「………………死んだ?」

「ああ、急性心不全からの心臓麻痺だそうだ。自宅のベッドの上で眠るように死んでいたらしい」

 死んだのはこの学校の一年生の男子。最近体調が悪いと訴え続けていたらしいのだが、病院でも原因不明とされ手の施しようも無く自宅療養。そして昨日の晩突然の心臓麻痺で死亡。

「…………病気だろ、ただの」

 突然死んだ、なら分かるが前々から体調の異常を訴え続けていたのなら、ただの病気と見たほうが自然だろう。

 病院でも原因不明、と言うのが少し気になる点だが。

「俺はただの病気だと思う…………が、アンタが俺を呼んだ、と言うことは違うと思っているんだな?」

 俺の言葉に理事長が重々しく頷く。そうして机の上に置いてある一冊のファイルをこちらに差し出してくる。

「読んでみろ、それで事の不自然さが分かる」

 理事長の言葉に従い、ファイルを受け取り、開く。

 

 4月15日 ○○と言う生徒が体調不良を訴える。担任の教師も生徒の顔色が悪いこともありその日は早退させることとなる。

 4月16日 昨日早退した○○と言う生徒の親から体調不良による欠席の連絡が届く。

 4月17日 同上

 4月18日 同上

 4月19日 さすがにおかしいと思った○○と言う生徒の親が○○を病院へ連れて行ったが原因不明との診断を下された。気休め程度に点滴を打ち風邪薬が処方されたが、結局その日以降も○○の体調が優れることは無かった。

 4月20日 同上

 4月21日 同上

 4月22日 昨日の夜からにかけて悪化した○○の体調、と言ってもまだ本人の意識はしっかりとしているし、身動きできないほどの重病、と言う様子ではないらしく、けれど気怠さと眠気、微熱が続く。

 4月23日 朝○○の親が○○の部屋に入ったところ、既に心臓麻痺で死亡していた。医者の見地から見てもそれほどの重病ではなかったはずであり、昨日から今日にかけて容態が急変したとしてもどうして心臓麻痺なのか、そもそも数日前に取ったレントゲンを見れば○○の心臓を含めた体は正常そのものであり、死に至る原因が見えてこない、と言う。

 

「…………ふむ? これだけか? 多少不自然ではあるが、違和感のレベルだぞ?」

「そうだな、それだけなら医者の見落とし、最悪の場合、本人が自殺した、なんて可能性もあり得る」

 心臓に針を注射して僅かに空気を入れることで心臓麻痺を擬似的に起こせる、と言う話があるらしいが、実際にそんなことをするやつはいないだろう。死にたいなら首を吊ればいいし、殺したいなら心臓を一刺しすれば良い。

 と、まあそれはさておき。

「次のページから見てみろ」

 疑問を浮かべる俺に対し、理事長が続きを促す。

 首を傾げつつ、そうして次のページへと進む。

 

 4月16日 ××と言う生徒が体調を不良を訴え…………

 

「……………………」

 ページを捲る。

 

 4月17日 体調は一向によくならない。一体どうなっているのか、クラスメートの○○と言う生徒もまた同じような症状が出ていることから、集団で風邪でもこじらせたのだろうか。回復の兆しの見えないままに一日が終わる。

 

 ページを捲る。

 

 4月18日 同上

 4月19日 同上

 4月20日 同上

 4月21日 同上

 4月22日 同上

 4月23日 

 

「……………………こいつは」

 目を見開く俺に対し、さらに理事長が続けるよう促す。

 

 4月17日 △△と言う生徒が体調不良を訴え…………

 

 4月18日 一向に良くならず…………

 4月19日 同上

 4月20日 同上

 4月21日 同上

 4月22日 同上

 4月23日 

 

 さらにページを捲る。

 4月18日 □□と言う生徒が…………

 

 4月19日 一向の良くならず…………

 4月20日 同上

 4月21日 同上

 4月22日 同上

 4月23日 

 

「もう一人分あるが同じだ」

 四人目まで捲り続けた俺に対し、理事長が言う。

「分かるか? 私がキミに頼む理由は」

「………………ああ、分かった」

 これは異常だ。いくらなんでも、おかしすぎる。

「もしこれが呪術だとしたなら、術者はとんでもなく欲張りな上に相当な恨みを持った素人だな」

「何故そう思う?」

 理事長の疑問に、ファイルのある部分を一つずつ指差していく。

 それは…………体調不良になった初日。

「最初の生徒が17日。次の生徒が18日、その次が19日、次20日、最後に21日、と体調不良が五日連続で続いている上に、全員が同じ症状で同じように回復の見込みが無く、同じように処置の仕様が無い、そんな偶然があるか?」

 あるわけが無い。もうここまで重なった以上これは人の手が介入していると見るべきだ。

「こいつは多分、毎日別の人間呪ってるんじゃねえのか?」

 毎日、と言うよりは曜日毎に、か。

「ほら最初の○○って生徒だが最初に体調不良起こしたのが15日。それから悪化したのが22日。ちょうど一週間だ」

 そしてとうとうその翌日に死んだ、と言うことは。

「今日の夜までに呪いをなんとかしないと不味いな、さらに一人死ぬことになる」

 その言葉に血相を変えた理事長が机を叩く。

「それはいかん!!! なんとしても助けてくれ」

「分かってる…………だが情報が少なすぎる。術者の姿が見えてこない」

 最悪、呪い返しでも使えば助けることはできるが、それでは術者が死ぬ。

 被害者に共通しているのはこの学校の生徒である、と言うこと。クラスはバラバラだから違うだろう。

 そして術者は被害者に強い恨みを持っている。

 学生に対して強い恨みを持っている、となると。

「…………この学校の生徒か?」

「なにっ?!」

「クラスもバラバラ、共通点と言えばこの学校の生徒である、と言うことぐらい。そして術者は被害者に強い恨みがある。と、なると同じ学校の生徒でも無い限り早々接点が無いだろ。一応聞いておくが、最悪の場合術者は死んでも良いのか?」

 術者、と言ったがその術者はこの学校の生徒の可能性が高い。

 それを死なせても良いのか? そんな質問に対し、理事長は重々しく頷く。

「最悪の場合、構わん。これ以上被害が出るのを見過ごすわけにもいかない。だができるなら生かして欲しい。償いの機会を与えて欲しい」

 頼む、と頭を下げる理事長に了承の意を告げる。

「承った」

 そう言い残し、これ以上話すことも無いので部屋を出る。

 

 

 屋上にひっそりと出て、理事長室から持ってきた資料を読む。

「…………共通点ねえ…………」

 この学校の生徒である、と言うこと以外。何か犯人を絞り込めそうなものを捜す。

 そうして15分ほど紙束と睨めっこし…………。

「…………これか?」

 それらしきものを見つける。

「…………これに強い恨みをプラスして考えると…………」

 何かがあった? いや、それでは恨みが薄れてしまう。

 つまり…………何かがあり続けている。

 可能性としては…………。

 

「苛めか?」

 

 学校、恨み、同級生。

 この三つから連想できるものは、それしかなかった。

 

 

 

 




次回、新キャラ登場。



ちょっとした言い訳。

心臓に空気を→空気血栓と言う症状が起こり、血管が詰まる。
心臓麻痺→心臓のポンプが突然働かなくなること。

医学的に心臓麻痺と言う病気は無いらしいです。
突然の心不全による死亡を総称して、みたいな感じの言葉らしいので、空気血栓も入るのか入らないのか……この小説では入る、と言うことにしておいてください。


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有栖と和泉

と、言うわけで。更新。
やらない夫のMMスレ読んでたら、三日くらい時間が飛んで(キンクリして)た。

まあ気を取り直して、今回は新キャラ登場。
因みに今後のレギュラーキャラです。


 

 

 死の臭い。

 濃密で、どれほど遠くにいても一度気づいてしまえば嗅ぎ取ってしまうソレ。

 その臭いが漂う時、必ず二十四時間以内に命が散ることとなる。

 臭いと言う表現はしたが、嗅覚でなく六感で感じ取るソレを。

 アリスと言う悪魔は如実に感じ取れる。

 

「こっち」

 

 アリスの先導で俺と朔良は夜の街を走る。

 こういう時、見かけは人間にしか見えないこいつの姿は便利だ。人に見られてもそれが悪魔だ、なんてことが普通の人間に分かるはずも無い。

 だから悪魔の存在がバレると言う心配をすることも無く全力で疾走できる……………………急がなければ今日、人が一人死ぬこととなる。

「っく、どうだ、アリス?」

「だんだんつよくなってる…………ちかいよ」

 アリスの言に状況の悪さを感じ取り、ギリ、と歯を噛み締める。

 近い、と言うのが距離の話なら良かった…………だが、時間だ。

 死が近づいている。あの写真の残った四人のうちの誰かに。否、日付的に見て××と言う生徒なのは間違いない。

 問題はその××と言う生徒が家にいなかったことだ。

 これは理事長にわざわざ連絡させた故に間違いない。親も知らないうちにいなくなった、と慌てていたらしい。

 かなり体調は悪いはずなのにどこに行っているのか。

 最悪の可能性。既に呪いに襲われていて、逃げ出した故に家にいない、と言う可能性。

 だとするなら急がないと間に合わないかもしれない。

「さまなー…………たぶんもうすぐ」

 アリスの言葉に朔良と顔を見合わせ、頷く。

「頼むから間に合ってくれよ…………?」

 祈るような気持ちで、俺たちは夜の街を駆けていった。

 

 * * *

 

 少年は逃げていた。

 迫り来る化け物から逃げていた。

 自身を殺そうとするその化け物から。

 けれど、走れど走れど化け物は追いついてくる。

 けれど、足を止めることは出来ない。

 

 アシヲトメレバ、アレハオレヲコロス。

 

 恐怖観念。

 そして生存本能。

 殺される、と言う思いが生きたいという願いを増幅させ、少年の体はいつも以上の全力を振り絞る。

 まさしく火事場の馬鹿力、と言ったところか…………。

 けれど、そんなものがいつまでも続くはずも無く。

「う…………あぁ…………」

 廃棄されたビルの中。少年はそこに隠れていた。ここは滅多に人など通らず隠れる場所も多いことを知っていた。それで逃げれると思った…………逃げれる、はずだった。

 だが。

 

 ォォォォォォォォォォォォォォォォ

 

 それは()()()()()()()真っ直ぐ向かってきた。

「うわあああああああああああああああああ」

 絶叫。あり得ないと心が叫ぶ。なんだそれはと感情が爆発し。

「………………あ」

 もう目の前まで、化け物は迫っていて。

 

 死んだ。

 

 そう思って…………。

 少年の意識は闇に飲まれ…………。

 

「あらあら……」

 

 ダァァン

 直後、爆発音のようなものがした、と同時に少年に襲いかかっていたソレの体が弾け飛ぶ。

 

「ちょっとばかりおイタが過ぎるわよ、あなた」

 

 ダァァン、ダァァン、ダダダァァァン

 

 一度爆発音のようなものが聞こえる度に化け物の体が弾け、砕け、千切れていく。

 血と肉塊を撒き散らしながら、満身創痍になった化け物の元にコツコツと音を立て、一人の少女が歩いてい来る。

 

 白い。

 

 言葉にするならそれに尽きる。

 

 雪のような白い髪と肌。そして白いワンピース。

 

 けれど。

 

 その瞳だけは煌々と紅く輝いている。

 

 吸血鬼。

 

 ニィ、と笑うその口元から見える犬歯は長く、鋭い。

 

「持って帰るには、あなた少し大きいわね…………削りましょうか」

 

 笑い、哂い、嗤い、そして両手に持った巨大な拳銃を構える。

 

 ダァァン

 

 爆発音。それが少女の持つ拳銃から発せられていた。

 音、そして一撃で弾け飛ぶ化け物の体からして、その威力の凄まじさたるや察することができる。

 それをこんな小柄な少女が撃てばどうなるのか…………だと言うのに。

 

 ダァァン、ダダァァン

 

 少女はその巨大な銃を両手に一つずつ持って撃って、尚且つその体はびくともしない。

 大の大男でも肩が外れそうなその反動に、けれどその小柄な体は何事も無いかのように正確無比に引き金を引き、化け物を文字通り()()()()()

 

 ォォォォォォォォ

 

 化け物が苦し紛れに放った何か。黒い靄のようなものが少女へと取り憑き…………。

「残念、私に呪殺属性は効かないわよ」

 くすくす、と少女が笑う。靄は少女を離れ、そのまま化け物の元へと帰っていく。

「反射属性…………って言っても貴方も呪殺なんてできそうにないから意味ないのよね」

 苦笑いしながら少女がその両手の銃を降ろす。

 残ったのは当初の十分の一近くまで体積を減らした化け物。

 けれど化け物はそれでも抵抗しようと浮き上がり…………。

「そう、まだ抵抗するのね…………じゃあ、これで終わらせましょう」

 そうして、少女の唇がその言葉を紡ぐ。

 

 ペ ル ソ ナ

 

 

 * * *

 

 ズドォォォォォン

 すぐ近くから聞こえた爆音に思わず視線をやる。

 見えたのは廃墟のようなビルの一部が土煙を上げて吹き飛ぶ光景。

 そこで何かあった、と言うのは明白で…………。

「朔良」

「分かってる」

 朔良と二人、並んで走り出す、と同時にアリスをCOMPに帰還させる。

 アリス連れてちゃ全力で走れないからな。

 出来なくも無いのだが、こっちのほうが手っ取り早い。

 急がなくてはいけないこの状況ではこれが最善だろう。

 

 そうこうしているうちにビルの前までやってくる。

 と、そこで互いに気づく。

 

 ズズ…………ズズズ…………

 

 何かを引きずる音が聴こえる。

 その音に嫌な予感がして、咄嗟に銃に手をかけ…………。

 出てきた人物と目が合う。

 相手の紅い目が大きく開かれて…………。

 

「あ、あああ、あああああ、有栖君?!」

 

 ドサッ、と音を立てて少女が掴んでいた動かない少年の体がドサリ、と床に激突した。

「て、わ、わわわ…………いけない、えっとホ○ミ、ケ○ル!」

「それ別のゲームの回復呪文だぞ」

「あ、わわ、そ、そうだった、メディア!」

 突き出した指から零れた光が少年へと吸い込まれていき、少女がほっと胸を撫で下ろした。

 それから、しまった、と言う顔をしてこちらを見てくる。

「えっと、あの、その、ね。有栖君。これは……違うの、誤解なのよ?」

「…………誤解でも何でも良いが、何してんだ? 和泉」

 やや呆れた声で俺はそう問いかけた。

「へ? え、あ、ああ、その…………そう、この人が悪魔に追いかけられてたから、助けたてたのよ!」

 捲くし立てるようにそう言って右手に掴んだ少年をぐい、と俺たちのほうに差し出す。

「そ、それより、有栖君こそこんなところに何しに来たのかしら?」

 訝しげな俺たちの視線に分が悪いと思ったのか、俺たちが口を開くより先に和泉が問う。

「……………………俺たちはお前の持ってるそいつの回収だ」

 右手に掴んだ少年を指差すと、和泉がなるほど、と頷き。

「ならこの子は有栖君に預けるわね…………じゃ、私はこれでね」

 掴んだ少年を俺のほうに渡し、そのまま足早に場を去ろうとして…………。

 

「その前に、ここにいた悪魔はどうしたのかしら?」

 

 朔良の声に和泉が足を止める。

「……………………倒したわ」

 数秒の沈黙の後、和泉がぼそっとした声で答える。

「そう…………けど不思議ね。どうして貴女の懐から私たちが追って来た同じ魔力がするのかしら?」

「気のせいでしょ。今の今までその悪魔と戦ってたんだからそのくらい不思議でも無いわよ」

 少しずつ、周囲に威圧的な力が満ちていく。それは朔良と和泉、両者が発する感情にマグネタイトが活性化している証拠だ。

 それはつまり。

「と言うか…………」

 二人が。

 

「貴女誰?」

 

 バァァン

 パン

 

 既に臨戦態勢だと言う証拠。

 

 二つの銃声が夜の街に響く。撃ったのは和泉…………と朔良。

 幸いこの周囲は人気も無いので少々の音なら問題無い…………だろうが。

 

「そう、なら覚えておきなさい…………()()()()()()()()の葛葉朔良よ」

 

 ピシリ、と何かが割れるような音がして。

 

「ならこちらも自己紹介させてもらいましょうか…………昔()()()()()()()()()()()よ」

 

 プチン…………その瞬間、何かが切れたような音がし。

 

「葛葉? ああ、守役なのね……………………こんなのが、守役だなんて葛葉も大したこと無いわね」

「は? 何言ってくれてるのかしら? それとも実力分からせて欲しい?」

「私がいなかったら、あの子は死んでたわよ? 肝心な時に間に合わないような守役だなんて、必要無いわ」

「そうね、それは私の不徳の致す所…………けれどそれと葛葉は関係無い。少なくとも貴女程度には」

「言ってくれるわね」

「そもそも貴女そのマグネタイトの感じ…………悪魔でしょ」

 

 あ、馬鹿。それは…………。

 

「……………………ハァ?」

 

 瞬間、和泉が目を丸くする。紡がれた声音は先ほどとは全く違う、敵意の欠片も無い声。

 ()()()()()()()()()のだと、俺はソレを知っている。

 

「私ガ? 悪魔? 悪イ冗談ダワ?」

 

 そして場を満たすのは背筋が凍りつくほどの殺気。

 

「クスクス…………アハハハハハハハ」

 

 敵意が無いのに殺意がある。そんな矛盾しているようで、矛盾していないその存在に、朔良が目を見開き…………。

 ふっ、と一瞬の意識の空白。そのほんの一瞬で和泉が彼我の距離を埋め、朔良に肉薄し…………。

 

「止まれ、アホ」

 

 その頭を俺が掴む。

「朔良。お前あいつ連れて先に帰ってろ」

「………………本気?」

「ああ、本気も本気だ。お前が先に帰っちまうのが一番手っ取り早い」

 数秒、朔良が悩む気配を見せる…………が、どう思ったかは分からないが、すぐに頷き地面に転がされていた少年を見て…………。

「…………出てきなさい、ツチグモ」

 懐から出した管を地面に向ける…………と管から光が溢れ出し、朔良の仲魔が召喚される。

 現れたのはツチグモと言う悪魔。全長二メートル半ほどのその巨体に少年を乗せて。

「後で色々教えてもらうわよ?」

 そう言い残し、帰っていく。

 後に残されたのは俺と俺の手で頭を掴まれた和泉の二人。

「…………頭は冷えたか?」

「…………ええ、十分過ぎるくらい」

「反省は?」

「してるわ」

 数秒の沈黙の後、大人しくしい様子の和泉といくつかのやり取りをする。

「…………大丈夫みたいだな」

 そう呟き手を離すと、渋面を作った和泉。

「厄介なもんだな…………多重人格障害ってのも」

 そうなってしまった過程をなまじ知っているだけに、目の前の少女に怒りを抱くことも無かった。

「反省しているわ…………アレはもう私には必要無いと分かっているのに」

「そうなっちまった原因が原因だけにな…………俺にはこれくらいしかしてやれないが」

 ポン、ポン、と軽く頭が叩いてやると、和泉が笑う。

「…………もう、私は有栖君より年上なのだけれど?」

「嫌か?」

 そう尋ねると、少しだけ頬を膨らせ。

「意地悪な質問ね…………」

 そう答えてそっぽと向く、が照れた様子の赤い頬は隠せていなかった。

 それが面白くて…………あの日から変わってないことが嬉しくて。

「…………もう少しだけ、こうさせてくれ」

「…………勝手になさいな」

 もう少しの間だけ、和泉の初雪のような白い髪に触れていた。

 

 

 

 ただ、一つだけ疑問だったのは。

「それはそうと何で朔良とあんなに仲が悪かったんだ?」

 こいつがメシア教を憎悪しているのは知っているが、朔良は葛葉だ。少なくとも初見でいきなり険悪になる要素は無い…………と、思うのだが。

「……………………それは……………………」

 戸惑ったような表情で、言葉を濁す和泉。

 これまでとは違う困惑した表情に、こちらも何か聞いてはいけないことだったか、と困惑してしまう。

 

 さまなーのぼくねんじん。

 

「は?」

 

 アリスがぽつりと何かを呟いたが…………俺には聞こえなかった。

 

 




感想で朔良の運高すぎるだろ、と言われたんですけど。逆に言わせて貰うとゲームならバランスの問題でそうなのかもしれないけれど、現実に人間全員の運が平等なんてことがあるはずが無い…………と思う。
まあそれにしても朔良は飛びぬけてますけど、それにはちゃんと理由あります。
まあ壮大なネタばらしになるので言いませんが、軽いネタバレをすると、朔良は【自身のこと限定で最良の選択肢を見抜く】ことが偶にあります。
まあ無意識的なものなので、自覚して使うことはできませんが。


さて、今回新キャラ出しました。メガテンぽく将来3ルート作ろうかと思ってますが(実際やるかは気力次第だが)、朔良をNルートのヒロインとすると、和泉はCルートのヒロインになります。
後特に重要でも無いのでネタバレすると、ガイア教です。ただし、良い意味で自由を理念としている基本的には善人です。
あとペルソナ使いです。3,4じゃなくて1,2の降霊のほうのペルソナ。
自由に付け替えはできるけど、ベルベットルームが無いので、結局無理、と言う落ち。
まあこの世界におけるペルソナは場合によっては原作と微妙に仕様が違ったりするかもしれませんが。

後しばらくは更新止まらないと思います。
予告編するほど考えがまとまってないので、キーワードだけぽつりと言うと。
【海底神社】【水難事故】【荒御霊】
これが呪編の後にやろうかと。まあだいたい話の予想はつくかもしれませんが、お楽しみに?

じゃ、最後に新キャラデータ出して終了で。


?? イズミ

LV57 HP770/770 MP250/250

力69 魔51 体27 速61 運46

弱点:破魔
耐性:火炎、氷結
反射:破魔、呪殺

スキル不明


特徴

ドラクリア
夜の間、全ステータスが上昇する。満月だと全てのステータスが倍加する。ただし日が出ている間は全ステータスが降下し、新月の日は全ステータスが半減する。

ペルソナ
悪魔の分霊をその身に宿している。宿した悪魔の識能を使用することができ、耐性なども変化する。



因みにだ、けど。
参考程度のものであって、このキャラデータが本編に影響するか、といわれるとそうでも無い。
なので実際は運値100超えてても200超えてても、300超えてても小説内では全部「運が良い」の一言で片付けられるし、実際に運が良かろうと悪かろうと話の展開にはほとんど影響は無い。レベルが高いから勝つか、と言われるとそうでも無い。
じゃあ、何で作ったと言われると、強さが見て分かりやすいから?
後は気分とノリ。


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閑話 ある雨の日 -a rainy day-

 走る。

 呼吸を乱すほどに全力で。

 乱れる髪が鬱陶しいと思いながら、もそれを整える時間すらも惜しく。

 走って、走って、走って…………逃げる。

 怖かった。

 迫り来る追っ手が。

 怖かった。

 自分のやったことが。

 怖かった。

 自分が自分で無くなることが。

 

「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」

 

 息を整える。

 常人ではあり得ぬ速度で走りぬき、ようやく足を止めた。

 否。

 止めざるを得なかった。

 最初から無理だと言うことは分かっていた。

 この街でメシア教から逃げることなどできるはず無いと、分かっていた。

 それでも。

 

 あのままあの暗い檻で飼い殺しにされるよりは、あの狭い部屋で実験台にされるよりはずっとマシだと思っていた。

 

 雨が降っている。

 

 ざあざあと。

 

 明けない夜は無く。

 

 止まない雨は無い。

 

 そう思っていた。

 

 いつしか、この地獄のような人生にも救いがあるのだと、そう思っていた。

 だから、機せずして訪れたチャンスに逃げた…………その結果がこれだった。

 果たして何がいけなかったのか。

 あの時、自身の罪と向き合って逃げ出さず、立ち向かえば違ったのか。

 否、それも無理だろう。何せあそこにしてみれば自身など研究材料の一体に過ぎない。

 少々の力ではあっさり取り押さえられて終わりだろう。

 だとすれば…………だとすれば、一体どうすれば自分はあの地獄から抜け出すことができると言うのか。

 メシアの人間はいつも言っている。

 

 神が救ってくれる。

 

 だったら救って見せろ、あんな地獄にいる他の人間共々私たちを救え。

 

 慟哭する。

 

 だが彼らは嗤う。

 

 お前たちは神の尊い犠牲となるのだ、と。

 

 ならば捨てる。そんな神など捨てる。

 

 ただ、誰でも良い。

 

 この地獄から救ってくれるのなら。

 

 私は誰にでも縋る。藁でも掴んでみせる。

 

 泣き、啼き、哭く。

 

 そして。

 

 

 

 

「こんにちわ」

 

 少女がそこにいた。

 傘を差していてよく見えないが、随分と小柄な少女だ。

 突然現れた少女の姿に、追っ手たちが一瞬動揺し…………。

 

「あのねー?」

 

 死んでくれる?

 

 少女がそう呟いた瞬間。

 

 心臓が鷲掴みにされたような感覚に一瞬陥る。

 

「………………ぁ…………ぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?!!!!?」

 

 震える、恐怖に震え、崩れ落ち、膝を付く。

 視線の先には倒れ伏し、動かない追っ手たち。

 死んでいる。

 それが分かった、外傷など無くとも、顔すら見えないのに。

 

 死に憑かれている。

 

 表現するならそんな言葉だろう。

 恐怖する。ここで自身も死ぬのだろうか、一瞬そんなことを考え、恐怖する。

 てくてく、と可愛らしい歩き方で少女がやってくる。

 そして、だからこそ恐ろしい。

 一瞬で追っ手たちを殺し、顔色一つ変えずこちらにやってくる少女が。

 その身から強大な死の気配を漂わせる少女が。

 

「あはは…………あははは」

 

 少女が嗤う。怖い。その手が。怖い怖い怖い。自身へと伸ばされ。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 恐怖のあまり息することを忘れる。直後に訪れる自身の死を明確に見せられ…………。

 

「おい、何してんだ」

 

 聞こえた声に少女の手がピタリと止まる。

 手が引かれ、少女が振り返る。止まっていた息を吹き返し、ほっと安堵したのも束の間、今度は誰が来たのかと自身の視線を向け。

「無闇に殺すなって言っただろ、アリス」

「はーい」

 そこに傘を差し、頭を掻きながら呆れた視線を少女に向ける自身と同じくらいの年頃の少年がいた。

「そっちのアンタも大丈夫か?」

「…………………………私?」

 気遣われるような声。そんな感情を向けられたことが無く、一瞬自身への言葉だと気づかなかった。

「ああ、アリスがやらかしたみたいだが…………生きてるな」

「えー…………ちゃんとこのひとははずしたよ?」

「お前今こいつに何しようとしてた?」

 さらりと恐ろしいことを言われた。もしかして先ほどの胸の苦しみは、自身が死に掛けた証拠だったのだろうか。

「まあいいか、生きてるし」

 でしょ? と頷く少女、とあっさり流す少年。

 助けてもらった、と言う考えは浮かばなかった。と言うか殺されかけたんじゃないだろうか、と言う思いのほうが強かった。そして同時に思う。録でも無いやつらだ、と。

 

 

 

 目を覚ます。

「………………………………」

 寝ぼけた脳で見ていた夢を思い出す。

 懐かしい、そんな思いがこみ上げる。

 

 ざあ…………ざあ…………

 

 ふと聞こえた音。窓から見える景色は雨を降る街。

 なるほど…………先日久々に彼に会った上にこの雨で思い出してしまったのか、と納得する。

「本当に…………懐かしいわね」

 初めて彼と出会った時、印象は正直悪かった。

 けれどたった数時間。共に行動した彼の印象は真逆になった。

 結局、私が掴むべき藁は自分自身なのだと。

 それを教えてくれたのは、彼だった。

 

 きっと勘違いしている。

 

 彼は自分の気持ちには嘘は吐かないが、人の気持ちには嘘ばかりついているから。

 だから彼は人の気持ちに鈍感なのだ。見ようとしない、誤魔化しているばかり。

 だから本当の物が見えなくなっている。だから本当を突きつけない限り彼は気づこうとしない。

 だからきっと、勘違いしているのだ。

 立ち上がったのは私自身。

 動いたのは彼と一緒。

 

 けれど…………救い上げてくれたのは彼なのだ。

 

 あの地獄から、あの悪夢から、拾い上げて、救い出してくれたのは。

 

 明けない夜に光が差した。

 

 止まない雨雲の切れ目から光が差した。

 

 なるほど…………天から堕とされた自身のペルソナと同じだ。

 

 私はあそこから堕ちた。落とされた。

 

 けれどもう私は拾い上げられた。救い出された。

 

 だから。

 

 今度は救う側に立つ。

 

 神様なんてあやふやなものじゃない。

 

 人のために走り、人のために戦い、人を助け出し、救い出す。

 

 かつて私がされたように。かつて私が願ったように。

 

 メシアの法で助けられない命があるのなら。

 自身がガイアの自由を持って助ける。

 

「救われぬ者に救いの手を」

 

 一つ呟き、机の上で整備していた二丁の巨大な拳銃を腰に差し…………雨の降る街へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「ちぇー、つまんねえぜ」

 純和風のお屋敷、その縁側に二人の子供が座っている。

 その傍らの少年が口を尖らせる。

「せっかくひさびさにあそべる日だってのに、雨かよ」

「しかたないわよ、天気にもんく言っても」

 隣で無関心そうな態度の少女がそう零す。

「つってもなあ…………このやしきなんにもないぜ?」

「だったらここでお茶でも飲んでればいいわよ、ああ、おいしい」

 湯飲みに入った緑茶を啜りながら呟く少女の態度に少年が不平を漏らす。

「おい守り役。しっかりしろよ、その調子で何かあったらどうすんだ」

「うっさい宗家。どうせこんな外れのやしきになにかあるわけないでしょ」

「宗家なんて言ってもどうせ俺は一番下だしな、家をつぐなんてことあるわけない」

「だったら私もしょせんぶんけの下っ端よ」

「おいおい、十四代目のかけいが何言ってんだ」

「そのじゅうよんだいめ以降もうちかららいどうが出ることはなかった。つまりそう言うことよ」

 雰囲気こそ子供のそれではあったが、話している内容はとても子供のソレではなかった。

 だがあまりにも自然な態度に二人にとってこれが日常なのだと言うことは簡単に伺えた。

「しかし守り役。おまえも俺なんかの守りについてたいへんだな」

「そう思うならもうちょっととっぴなこうどうはつつしんでほしいわね」

「…………ったく、かわいげもへったくれもねえな」

「あら、私にかわいげをもとめているの?」

 全然、と少年が答えると少女が、でしょ? と返す。

「んで、お前どうする気だ?」

「なにがよ?」

「二十一代目のはなしだよ」

 少年の言葉に少女がやる気無く答える。

「パス」

「ったくお前は…………んでも、このまんまじゃ俺と結婚コースだぜ?」

「いいんじゃない? 別に誰でもいいし」

「なんで一生のことなのにそんなやる気ないんだよお前」

「役立たずは役立たずとくっついてろってことでしょ。一応十四代目の家系ではあっても私は所詮あんたの守り役程度。あと二、三代くらい血を重ねてそれでも役立たずなら放逐でもされるかもしれないわね」

 少女の回答に少年が苦笑する。

「あいかわらずずけずけと言うな。まあそのとおりなんだが。役立たずはこれ以上血を広めるな、ってことだろうな、実際」

 少年と少女の立場とはそれほど危ういのだ、と少年は言外に零している。

 けれど少女にとってそんなことは分かりきったことだ。

「お前はやればできるんだから、やればいいじゃねえかよ」

「いやよ、めんどくさい」

「それは遠まわしな告白か?」

「あーはいはい、そうね」

 全く感情の篭ってない肯定。俺がこいつに押し付けられたのか、こいつが俺に押し付けられたのか。と内心で零しながら少年は空を見る。

「雨だな」

「雨ね」

「遊べないな」

「茶でも啜ってなさい」

「ループって怖いよな」

「そうね」

「ところでよ」

「何?」

「あれなんだ?」

 少年が指差す先。

 そこに黒い何かがあった。

「………………………………は?」

 瞬間、少女が飛び跳ね、少年の襟首を掴んで縁側から飛び退る。

「お、おい」

「黙ってなさい!」

 直後、黒が広がる。球形に広がる黒は、少年たちのいた縁側を飲み込み、さらに屋敷すら飲み込もうとする。

「っく、遅かった」

 少女が呟き、直後、黒に飲み込まれる。

 

 それが異界化という現象だと知ったのは数日後のことであった。

 

 

 目が死んでいるとよく言われた。

 感情が無いのではないかとも何度も言われた。

 人形、と言われたこともある。

 けれどそれは違う。

 別に感情が無いわけではない。ただ限り無く触れ幅が小さいのだ。

 例え目の前で何が起ころうと、あっそう、とその一言で済ませてしまえるくらいに。

 それが何故かは自分でも知らない。ただそれすらもどうでも良いと思ってしまう。

 人形ではないが、傍から見ていて人形のようだ、と言われるのも頷けてしまう。

 

 けれど。

 

 人が死ぬのは嫌だった。

 誰かが泣くのは嫌だった。

 目の前で他人が傷つく…………それがたまらなく嫌だった。

 ゴウトはそれを十四代目と似ていると称したが自分のソレはそんな立派なものではない。

 ただ、自身と重ね合わせてしまう、あの頃を思い出してしまう。

 他人が傷つくとまるで自身が傷ついていた過去を思い出し、自身の心までもが痛んだ。

 他人の命が散っていく光景に過去を思い出し、その時の痛みがフラッシュバックした。

 結局のところ。

 

 イタミが嫌いだった。

 

 心の痛み、体の痛み、精神の痛み。

 

 何もかもが嫌いだ。

 

 薄い感情の中でそれだけがはっきりと根付いている。

 

 否。

 

 焼きついている。

 

 実を言えばあの少年の守り役であることは楽だった。

 見捨てられた人間同士。襲われることも無く。何か言われることも無い。

 ただ淡々と過ぎて行く日常と平穏。

 あの時間は好きだった。ただ縁側に少年と座ってお茶を啜っているだけの時間。

 けれど、見てしまった。

 あの時、見てしまったのだ。

 

 自身が傷つくことも厭わず、他人を守ろうとする背中を。

 

 届かないと分かっている、けれどそれでも届かせようとする背中を。 

 

 前者の少年を有栖と言い。

 

 後者の男をライドウと言った。

 

 知ってしまった。十四代目の再来と言われる最強の葛葉の思いを。

 彼もまた届かないと分かっていながらそれでも手を伸ばし続けていた。

 十四代目と同じ目線へ、と。

 鬼を斬り、仏を斬り、神を斬り。

 それでも届かないその先へと。

 

 気づいてしまった。自身の思いに。

 ただ自分は諦めていただけだと。

 生きることに希望を見ていなかった。

 ただ死にたくないから生きていた。

 そんな自身の思いに気づき。

 

 けれど魅せられたその背中に憧れと言う感情を貰った。

 

 さて、それはどっちの背中だったのか。

 

 守ってくれたのは有栖。助けてくれたのはライドウ。

 

 さて…………私は一体どちらに憧れたのか。

 

 その答えを…………私は胸の内に秘めた。

 

 




今回は閑話です。まだ本編が途中なんだけど。先に一話だけ入れておきたかった。
多分これがあるとないとでキャラへの印象が変わりそうだし。
これを知ってる前提でここから先の話を読んで欲しい、と思ってます。


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有栖と旧校舎

伏線回収と書き忘れを書き足すのは忙しい。


 

 

 

 学校の敷地内。

 校舎の裏側にあるもう一つの学園。

 そこにある古びた学舎。

 旧学園校舎。

 十五年前ほどに今の新校舎になった折、取り壊されずに残っていた。

 理由は簡単で…………異界化しているから。

 下手に取り壊そうとすれば業者のほうが怪我をするし、サマナーの取り壊し業者などいない。

 異界化を解除しようにも、霊穴の上に立つ異界は強大過ぎて下手に手出しが出来ない。

 さらに異界の主が閉鎖的なのか、中から悪魔が出てくる様子も無い。

 ついでに言うなら、この異界自体がある程度霊穴に対する栓のような役割を果たしており、霊穴から湧き出す力を軽減してくれる。

 そこで当時の葛葉ライドウが異界に侵入。異界の主との対話により、この周囲に漏れ出す霊穴の力を学園の敷地内に留める結界を張ることになった…………らしい。

 この街はキョウジの管轄なのだが、何故キョウジが行かなかったかと言うと、キョウジは基本的に掃除屋の二つ名通り、排除することしかしない。逆にライドウは守護者だ、戦うだけの存在ではない。

 実際、異界を利用して安全性を保つ、と言うのは良くあることだ。

 異界と言うのは悪魔が湧き出す危険地帯でもあるが、逆に言えばMAGが芳醇に溜まっている異界から出てくる悪魔は少ない。さらに現世を漂う悪魔も芳醇なMAGのある異界へと寄っていくので、異界の存在が周囲の悪魔関係の治安を保つことも多いのだ。

 元来、太古より日本は悪魔と共生してきた。葛葉やヤタガラスにもそう言った技能がある。

 帝都に複数ある異界、強大な力を持つそれらを点と線で結ぶことにより、帝都を覆う巨大な結界とし、外敵を排除している。

 

 ただ、良いことばかりでも無い。

 

 例えば。

 

「こうして逃げた悪魔が入っていったりな」

 

 忌々しげに呟く。

「くそったれ!」

「結界はどうなってんのよ?」

 内から外に出ることは出来ても、外から内へと入れないように出来ているはずだ、なのにどうして入ってこれたのか。

「機能してる…………だがあれは本体だ、分霊体じゃないから機能しねえんだよ」

 MAGはどんな生物にでも存在する。特に人間など感情を持つ生物はそれが高い。

 結界が機能するのは一定以上のMAGの塊、だ。現界している悪魔はほぼ全てがマグネタイトによって体を構成された分霊体。よって人間と悪魔を区別するために、マグネタイトのみで構成された存在を弾けばそれで良かったのだ……………………本来なら。

「肉体を持つ本体悪魔ならあの結界は抜けられる」

「なるほど…………そう言うことね。珍しすぎてそれは気づかなかったわ」

「おいおい、困るぜ、ライドウ様よ」

「候補よ…………ただの、ね」

 どこか不貞た様子の朔良に首を傾げる。

「…………どうかしたか?」

「…………別に」

 不貞腐れた顔。その表情にふと昨日の言葉を思い出す。

「もしかして、昨日遅れたこと気にしてるのか?」

「……………………………………別に」

 その様子が図星だと言っているようなものであり。俺の表情で悟られたのを分かってかどこか諦観した表情で朔良が呟く。

「そうよ…………昨日私は間に合わなかったわ。助けたのはあの和泉って子で、彼女がいなければ一人死んでいた。ライドウは守護者の名前よ。そんな私がライドウの名前を継ぐ資格なんて無いわ」

 なるほど、今日どこか不機嫌なのはそのせいか。

「けっこう気にしてたんだな」

「自覚はしてたわ、ただそれを葛葉にまで結び付けられたのが嫌だっただけ。ただライドウを継げばそうも行かないわ。葛葉ライドウの失敗は引いては帝都の危機と同義よ、故にライドウに絶対に失敗は許されない」

「ライドウ…………ね」

 絶対に辿り着けない、と言う場所ではないだろう。ただ今はまだ足りない、と言うだけで。

 葛葉の里は血統を重要視するが、それは血統に力が宿るからだ。

 究極的には実力主義、それが葛葉の里と言うもの。

「いつかはなれるさ、可能性も無いのに候補なんてなれない」

 それは即ち、候補になった人間に現段階で可能性がある、と言うこと。

 その可能性の中から最良のものが選ばれる。

「分からないわよ…………私以外にもライドウ系譜の人間はいくらでもいる、ライドウ候補は私一人じゃない。私はね、本当に助けようとして助けることができたことが無い」

 だから、自信が無い。と言うことか。

「だったら見せてくれよ俺に…………」

 

 ライドウ候補の力を。

 

 

 

 

 ―魔階吉原高校旧校舎―

 

 

 暗い。

 薄暗い。

 木造の旧校舎は薄暗い。

「…………凄いな、これは」

「本当にね…………」

 そう、薄暗い。夜の闇の中。月も射さない校舎の中。電気も点いていない場所なのに。

 薄暗い。ぼんやりとだが周囲が見える。

 そう、光源がある。

 あちこちに突き出した薄紫色の結晶。

 それがぼんやりとした光を発している。

「…………アリス」

 

 SUMMON OK?

 

「アハ…………アハハ、すごいね、さまなー」

 楽しそうに笑いながらアリスが召喚される。だが笑いたくなる気持ちも分からないでもない。

「さすがは霊穴か」

 悪魔だからこそ…………アリスもすぐに気づいた。

 異界内のそこらかしこに生える結晶。

 

 それが全てマグネタイトだと言うことに。

 

「まあ非活性マグネタイトではあるが、使えるな」

「…………まあ良いけど、あまり時間はかけられないわよ?」

 隣で朔良がどこか呆れを含んだ様子で声をかけてくる。

 まあそれもそうだろう。

 俺たちが時間をかければかけるほどに、逃げた呪が力をつける。

「固いこと言うな」

 このご時勢、マグネタイトを入手するのも楽ではないのだ。

 キョウジ曰く五十年くらい前まではあちこちで悪魔が存在していてどこに行っても悪魔を見かけたらしいが、最近ではもう異界以外で悪魔を見かけることは非常に少ない。

 何故か?

 一つは文明の発展。夜になると寝静まる昔と違って、夜になっても人の賑わう現代は、根源的な闇への恐怖、と言うものが薄れている。恐怖は最も根源的な悪魔たちの糧だ。それが薄れてきていると言うことは悪魔たちにとっても生き辛い世界になってきている、と言うのが理由の一つ。

 一つはデビルサマナーの増加。悪魔を従え悪魔を討つデビルサマナーだが、近年それが増加傾向にある。それはCOMPと言う優れた機器の普及のお陰か。様々な機能を持つこの機器だが、最大の問題はこれがあれば素人でも悪魔と契約できる…………まあ方法を間違えなければ、だが。悪魔との契約、それが過去のデビルサマナーたちにとっての最初の関門だったのだが、悪魔の言語の自動翻訳まであるこの機器のお陰で悪魔と契約する人間の数が増えている。ぶっちゃけた話、俺とアリスのような一切の媒介を通さない当人同士の直接の契約と言うのはほぼあり得ない、と言っていい。まあ俺もあんな状況じゃなければしなかっただろうが。

 

 まあつまるところ、悪魔は減って行っているのにサマナーは増えている。

 悪魔を召喚するのも使役するのもマグネタイトは必須で、それを合法的に手に入れようとするなら買うか悪魔を倒すしかない。そして買うにしてもそのマグネタイトも結局悪魔を倒して手に入れられたもので。

 結局、異界と言う悪魔の巣窟に入れるだけのサマナー以外はマグネタイトが手に入れにくい、と言う状況が起こっている。

 とは言っても異界以外で悪魔が全くいない、と言うわけでも無いし、人が多いところならばやはりそれなりに悪魔もいるので、全く手に入らない、と言うことも無いのだが。

 

「ただまあ手に入り辛いのは確かなんだよな。朔良はどうしてんだ?」

 葛葉と言うことは悪魔の使役もやっているだろうし、マグネタイトは必須のはずだが?

「葛葉の里で管理している異界で自力で手に入れてるわね」

 とのこと。なるほどさすが葛葉…………いくつもの異界を自分たちの管理下において新米たちの修練場にしているらしい(キョウジ談)。

「ま、そういう後ろ盾みたいなのが無いのがフリーのサマナーの辛いところだよな」

 と言いつつ、COMPを弄ってマグネタイトの収集をする。

「と言うか、学校の裏の異界がこんな凄いだなんて、聞いたことが無いんだが」

 次々とCOMPに溜まっていくマグネタイトを表示した電子カウンターを見ながら、ふと気づいたことを呟く。

 実際入るのは初めてだが、これほどの異界だとは聞いたことが無い。

「霊穴だから、で納得してたが、さすがにこれほどの異界をヤタガラスが放置するはずねえよな?」

 サマナーにとって必須のマグネタイトだ。日本におけるサマナーを管理する立場のヤタガラスがここを捨て置くはずが無い。

「呪を追っておかしなことに巻き込まれた気がする」

「追って、ってまだ入り口じゃない、まだかかるの?」

「いや、そろそろ…………よし、終わったぞ」

 COMPに集積可能な最大量までマグネタイトを収集。これ以上を収集するなら専用の管がいるだろう。

「手間取らせたな、じゃ、行こうぜ」

「全くよ。さっさと終わらせるわよ」

 互いの声をかけ、俺たちはようやく異界の探索へと向かった。

 

 

 ギシリ、ギシリ、と木造の床を踏み鳴らす音。

 探索を始めて凡そ十五分ほど。ここまで何事も無く順調に探索は進んでいる。

 そう…………順調過ぎる。

 何事も無く、と言うより何も無いのだ。

「…………ここ、異界だよな?」

 ならば、どうして悪魔が居ない?

 かれこれ十五分歩き回っているのに、一体たりとも悪魔を見かけない。

 

 あり得ないほどに散らばるマグネタイト。

 そして影すら見ない悪魔たち。

 

 異常だ。これほどの異常が続けざまに起きれば。

「何かある、と見たほうが良いかもな」

 注意深く、周囲を警戒する。と、ふとアリスが大人しいことに気づく。

「どうした、アリス? 何かあったか?」

 俺の隣を歩くアリスにそう声をかけると、少し遠くをぼんやりと見つめたまま無言で返す。

「アリス?」

 肩を揺するとようやくこちらに気づいたのか、なあに? と尋ねてくる。

「何かあったか?」

 そんな俺の問いに、アリスは小首を傾げ。

「わかんない…………けど、なんかいやなかんじ」

 とどこまで続くのか分からない旧校舎の廊下の奥を見つめながら呟いた。

「朔良は? どう思う?」

 感じ、と言う言葉で朔良に尋ねる。何故かと言われれば朔良の勘は良く当たるからだ。

 特に危機に際しての直感は際立って高い。

 だからこその質問だったが…………答えが無い。

 不思議に思い隣を見て…………そこに誰もいないことに目を見開く。

「………………朔良? どこだ?」

 追い抜いたのかと思い振り返る、が歩いてきた長い廊下のどこにも朔良の姿は無い。

 おかしい…………そう思う。

 何がおかしい? そう尋ねられれば。

 

 足音は俺とアリスと朔良の三人分はあったはずだ。

 

 だが現実として朔良はいない。

 

 だとすれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 こつ

 

 一歩踏み出す。

 

 こつ

 

 その直後に聞こえた足音。

 

 こつ、こつ、こつ、こつ

 

 こつ、こつ、こつ、こつ

 

 俺の後ろをついてくるように聞こえてくる足音に眉を顰める。

 

「アリス…………何がいる?」

「わかんない…………これなに?」

 俺に聞かれても分からん。

 

 こつ、こつ、こつ

 こつ、こつ、こつ

 

 気のせいだろうか?

 

 こつ、こつ、こつ

 こつ、こつ、こつ

 

 歩くたびに。

 

 こつ、こつ、こつ

 こつ、こつ、こつ

 

 踵が…………重くなっている気がする。

 

「…………有栖」

 アリスが…………俺の名を呼ぶ。

 有栖、と確かにそう呼ぶ。

 背筋に伝わる寒気。

 つう、と頬を流れる冷や汗。

「…………何がいる?」

 端的に、そう尋ね。

 

「バケモノ」

 

 答えと共に振り返った。

 

 影が…………襲い掛かってきた。

 

 

 

 

「有栖?」

 葛葉朔良は周囲を見渡し、一人消えたパートナーの名を呼ぶ。

 だがいない。どこにも、いない。

 数秒を目を閉じ…………開く。

 思考は纏まった、ならば次だ。

 怖い、とは思う。一人こんなところに取り残され、たしかに怖い。

 だが、特段表情に出るほどでもない。

 あいかわらずの欠陥人間だと自嘲する。

 感情が薄い。そう言われ続け、それを自覚し…………。

 有栖に熱を貰った。

 だが有栖がいなければ今でもこんなものだ。

 まるで中毒症状みたいに。

 心が熱を求める。

 有栖といる時に心が滾るほどに熱く。

 だからこそ、有栖がいない冷めた心との落差が分かる。

 冷え切った心が熱を求める。

 中毒症状みたいに。

 有栖を求める。

「…………有栖」

 愛しい少年の名を呼ぶ。

 それだけで、僅かに心に火が灯る。

 まるでも何も、ずばりで恋する乙女そのものな今の自分に僅かばかりの気恥ずかしさを感じ、頬を染める。

 幼馴染の少年はきっと故郷で爆笑しているだろう、過去の自分と今の自分の差に。

「あいつは今度帰った時に一発殴るとして」

 想像上で勝手に笑われたと被害妄想に陥った挙句、実害で殴られる少年は気の毒だろうが。

「今は有栖と合流するのが最善ね」

 そのために…………戦おう。

 

 目の前に広がる悪魔の群れと。

 

 呟く。

 

「来たれ」

 

 たった一言。

 

 それだけで。

 

 召喚…………モコイ。

 

 召喚…………ヨシツネ。

 

 召喚…………オルトロス。

 

 召喚…………ツチグモ。

 

 召喚…………ネコマタ。

 

 そして。

 

 召喚…………ライホーくん。

 

 

 両の手に持った六本の管。

 淡い光を放ち出てきたのは…………六体の悪魔。

 

「さて……………………来なさい」

 

 そして、戦いが始まった。

 

 

 

 




なんか当初の流れとかなり変わったような気もするけど、まあアドリブと言うことでいいか。と思いつつ、この先の展開必死に考え中。


という訳でようやく出ました朔良ちゃんがライドウ候補になれた理由の一旦。
COMP使わずに六体同時召喚&制御。まあまだレベル低いけど。
コドクノマレビト全巻読みましたが、十四代目がレベル6,70クラスの高位悪魔含めて8体同時召喚してました。さすが公式チート。
因みに昔と違ってマグネタイトの保存技術と悪魔の召喚、制御の術式は改良されているので、難易度的には十四代目の頃よりは低い、はず。
それでも普通にチートですけど。因みに朔良のチートはもう一つありますけど、まあ先の話ですね。


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有栖と幻獣

驚いた。驚き過ぎて目玉飛び出るかと思った。
二、三日で総合評価が1000以上上がってた。
ランキング見たら日刊二位だった。のどまですら三位だったのに。


 

 襲い掛かってくるのはぼんやりとした青い光。

「っぐぅ!!!」

 飛び退りその攻撃を避けた…………はずだった。

 避けたはずの攻撃、そのはずなのに俺の背に刻まれた爪痕。

 なんだ今のは?! あまりにも不可思議な出来事に混乱する。

 俺は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだと言うのに、どうして背中に傷跡ができる?

「アリス!」

「メギドラ」

 俺が青い光を目視し、同時にアリスに命令を下す。

 アリスの放ったメギドラが青い光へと吸い込まれ…………。

 

 直後、俺の体が跳ねた。

 

「な…………に…………?」

 海老反りになりながら、背中の衝撃に宙を舞い地に激突する。

「ぐ、く…………」

 やばいやばいやばい、よりにもよってアリスのメギドラを受けた。

 アリスは俺の仲魔の中でも最強だ。何より最初にマグネタイトを供給したせいで今は過不足無く力を発揮しているのが仇になった。ダメージの大きさに体が動かない。

「さまなー!!」

 近くでアリスが叫ぶ声が聞こえる。顔を上げると真正面から襲い掛かる青い光。

 迫る。まだ体は動かない。

 迫る。まだ体は動かない。

 迫る。指先が動いた。

「有栖!!!!!」

 アリスが叫び、魔法を使用しようとする…………がもう遅い。

「あんま…………舐めんな!!!」

 腰に下げた銃に手をかける、がもう遅い、真正面まで敵が来ている。

 そして青い光が目の前まで迫り…………。

 

 俺は、ホルスターから半ば抜いた銃を、構えることなく後ろに向かって撃った。

 

 バァン

 

 スススススススス、と言う衣擦れのような音。

 迫りくる青い光が…………消えた。

「はあ…………はあ…………はあ…………アリス、敵はまだいるか?」

「………………たぶん、いない、とおもう」

 俺の問いにアリスが自信なさ気に答える、が俺はそれどころでは無かった。

 立っていられず座り込む。慌てた様子のアリスを気にする余裕も無く左腕のCOMPを操作する。

「ランタン…………出て来い」

 SAMMON OK?

「ヒーホ! サマナー大丈夫だホ?」

 能天気な声が聞こえると同時にジャックランタンが召喚される。

「回復頼む」

「ディアラハンだホー!」

 ランタンが魔法を唱えると、体の調子が回復していく。

 全身の動きに支障が無いことを確認し、ようやく一息吐く。

「だいじょうぶ? 有栖?」

 やや心配したような声で俺の顔を覗きこむアリスに大丈夫だ、と返す。

「やられたな…………視覚情報に惑わされて自滅するところだった」

 最初の一撃で気づくべきだったと、今更ながらに思う。

「ランタン、ちょっと周囲警戒。何か来ないか見てろ」

「了解だホ」

「アリス、ちょっと背中見てくれ…………服は破れてるか?」

()()()()()()()()()()?」

 やはりか、と歯軋りする。俺の苦虫を潰したような表情にアリスが首を傾げる。

「なんでアリスのメギドラが俺に当たった、っていうことだよ…………」

 

 最初の一撃、避けたはずの攻撃、しかも真正面から来た敵の攻撃なのに何故背中を負傷したのか。

 さらに言うなら、攻撃され負傷したのに服は破れていないという。

 

「つまり…………俺たちが見てたあの青い光は幻か何か、いやそれだとアリスの魔法が俺に当たったことの説明にならないな」

 思考を整理し、考えてみる。それからふと思いついた言葉を口にする。

「俺に擦り付けた? そうも考えられるか?」

 自分の受けたダメージを相手に擦り付ける? だったら何故最後の銃撃は当たった?

 よく考えてみれば分からないことだらけだ。

 真正面から来たはずの攻撃が背後に受けた。だから敵は後ろにいる、そう思った。

 だから最後の銃撃は後ろに向けた。実際敵は消えた。撃ったはずの銃弾がどこにも見当たらないので着弾した、と考えるべきだろう。

 だとすれば正面にいた敵は幻? ならば何故自分が攻撃を受けた?

「そういう能力か?」

 正直悪魔に関してはなんでもあり、が基本なだけに否定できない。

 纏めると、あの悪魔は常に自身の背後に存在しており、正面にいるのは幻か何かで幻が受けたダメージは全て自身へと還元される。

「種さえ分かれば簡単だな」

 用は幻影を無視すれば良い…………のだが、本当に幻影に実体は無いのかどうか。

 それから服は破れていないのに負傷した背中の謎。

 この二つはどういうことなのか。

「……………………考えても仕方ないか。うし、朔良を探すぞ」

 分からないことをこの非常事態にいつまでも考えてもいられない。取りあえずはぐれてしまった朔良との合流が最優先だろう。

「……………………しっかし、なんて悪魔だ?」

 この異界内にあんな悪魔がいるなんて話聞いたことが無い。

 あんな特殊な悪魔、存在するなら普通事前情報で聞いているはずなのだが。

 情報として、青い光、増えた足音、そして振り返った途端に襲ってきたこと、途中までは見えなかったこと、幻影を生み出す能力に…………。

「分からん」

 正直さっぱりだ。

 お手上げ、とばかりに肩を竦め、俺はアリスとランタンを伴って異界内を歩いていった。

 

 

 

「こんなものかしら」

 周囲に散らばった悪魔たちの死骸を見て呟く。

 血の臭いはすでに薄れつつある。悪魔たちの血肉は基本的にマグネタイトの塊だ。結合する分霊が無くなれば自然と消滅していく。

 ここは一体どこだろうか、敵を全て排し、ようやく余裕ができたので周囲を見渡す。

 広い。一言で言えばそれに尽きる。有栖と共に歩いていたような廊下とは比べ物にならない広さ。そして一角にある演劇でもするかのような舞台。

「体育館?」

 木造の校舎にそんなものがあるのだろうか?

 そう考えた…………直後。

 

祭場(さいじょう)だよ」

 

 声が返ってきた。

 声のしたほうへと視線を向ける。

 そこに先ほどまで無かったはずの人影。

 すっと目を細め人影を見る。

 細身の男。ダークグレーのスーツを着た二十代前後の男がそこにいた。

 男がその乱れたぼさぼさの髪をかきながら苦笑する。

「参ったな、今日に限って誰か来るなんて…………しかも俺がけしかけた悪魔たちを全員倒せるほど強いなんてな」

 呟きながら男が舞台から降りてくる。ゆったりとした歩みで階段を下り、ゆっくりと歩いてくる。

「あんた誰?」

「私か、私は…………そうだな、群体(cluster)とでも呼んでくれ。ただのダークサマナーだ」

 ダークサマナーと言う言葉に眉を顰めた。

 

 日本にいる無所属のサマナーは須らくヤタガラスの傘下に入っている。例えるならヤタガラスと言う超国家機関に身元を保証されている、とでも言うべきだろうか。

 …………()()()()

 どこにでもアウトローと言うものはいるもので、ヤタガラスの傘下に入っていることで制限付きの自由と身元の保証を得た者たちとは別に、己の身一つで裏社会に生きる者たちもいる。分かりやすく例えるなら医者に対する闇医者のようなもの…………それがダークサマナーと言うものだ。

 言葉の響きとは違って、ヤタガラスに登録されていないサマナーの総称であり、必ずしも名前の通りのダーティーな存在と言うわけではない…………無いのだが、基本的に自由に課せられた制限を嫌う者が多く、実質的に悪魔を使って犯罪行為を行う者が多いのも事実だ。

 

「…………群体(クラスター)? それ名前?」

「ああ、そうさ。私は孤高にして群体。故のクラスター。故にそれが私を示す唯一の名前だ」

 たしか群れとか集団とかを意味する言葉だっただろうか。目の前の男を見るがどう見ても一人だ、名前とは合致しない。

 いや、今はそれもどうでもいいか。

「それだ…………あんた、ここで何してるのよ」

 問題はそこだ。ここはヤタガラスが持つ、霊穴を管理するための重要な霊地だ。

 そこにヤタガラスに所属しないサマナー…………ダークサマナーがいる。

 それがどういう意味を持つのか、わからないわけがない。

「ああ…………何をしているか、か。なに、簡単なことだ。この地に眠る強大な力を呼び起こそうとしているだけだ。そのための祭場さ」

 パチン、と男が指を鳴らすと同時に、周囲を一変する。

 そこはまるでどこかの防空壕のような、洞窟を掘り進んだような場所。

 さきほどまでの木造建ての校舎は見る影も無い。

「こうして時間稼ぎに付き合ってもらったお陰でどうにか間に合いそうだよ…………おや、どうした? まるで風景が一変してしまったかのような表情をして。狐にでも化かされたかい?」

 男の背後、洞窟の奥でゆらゆらと揺れて見える蝋燭の立った祭壇のようなそこに。

 自身たちが追っていた呪の姿を見る。

 男がそれに気づいたのか、振り返り。

「ああ、あれか。どこから迷い込んできたのか知らないが、どうやら良い生贄になりそうでね。お陰で召喚が早まりそうだよ」

「…………呪を捕らえている? どうやって?」

 あの呪は縛られている。物理的に、では無く魔術的に。だがどうやって? 見たところ呪符も何も使った様子は無いというのに。

「ふふ…………こういうことさ、コグリ」

 男が名を呼ぶと、呪の周囲を取り巻くそれが見える。

 狐だ。何匹もの狐の霊が呪の周囲を渦巻いている。

「コックリさん、と言う名前のほうが君たちには分かるかな?」

 聞いたことはある。紙とコインを使ってやる簡単な降霊術…………。

「そう言うことね」

 

 降霊術、か。

 

「ああ、そう言うことさ。子供の遊びも中々バカにならないだろ? こうして少し形態を整えてやるだけで、あっという間に無差別に低級な霊を集め出す」

 ()()()。先ほど周囲の景色を偽っていたのは狐と狸の力か。

 無差別に霊を吸収させることで、その力を高める…………それを契約によってサマナーの意向に従う、つまり方向性を与えれるのならそれは便利だろう。

「それにしても、随分とお喋りね…………ペラペラと聞いておいて何だけど、返事がまともな返事が返ってくるとは思わなかったわ」

 自身の言葉に男が苦笑する。

「私はね、理不尽が嫌いだ。不条理が嫌いだ。死に行く者に、自分が何故死んだのか、それを教えてやるくらいはしたいと思うのさ」

「……………………そう、良く分かったわ」

 要するに、冥土の土産に教えてやろう、ということか。

 だったら簡単だ。もっと早くこうしておけば良かった。

 

「召喚」

 

 召喚…………モコイ。

 召喚…………ヨシツネ。

 召喚…………オルトロス。

 召喚…………ツチグモ。

 召喚…………ネコマタ。

 

 そして。

 

 召喚…………ライホーくん。

 

 両の手に持った六本の管。

 淡い光を放ち出てきたのは…………六体の悪魔。

 

「ああ、やはりキミは抗うのか…………ならばこちらも召喚だ」

 

 召喚…………レギオン。

 召喚…………デカラビア。

 

 召喚されたのはたったの二体。こちらは六体。

 数の上では有利だが、一体一体は相手のほうが遥かに強い。

 さらに言えばこれを従えている本人も相当な実力だろう。

 

 だからと言って臆する気も無い、まして尻込みする気も。

 

「二十一代目葛葉ライドウ…………候補の葛葉朔良よ。覚えていきなさい、冥土の土産にね」

 

 それは意気込み。普段なら絶対に言うことは無い、守護者の名前を冠することで絶対に引かない、と言う決意の表れ。

 

「…………ははは、アハハハハハ。候補とは言えライドウか。本当に私は運が悪い。だが引くわけには行かない」

 

 二人のサマナーが対峙し。

 

「「ここでくたばれ!!!」」

 

 それを契機に戦いが始まった。

 

 

 

 * * *

 

 

 どくん

 と心臓が脈打つ。

 …………………………ォォ

 掠れたような声。

 ごぼごぼ、と言う音と共に溢れ出す気泡。

 ………………………ォォォ

 広がる声、波打つ莫大な魔力。

 だが足りない。復活を遂げるには。

 誰かが龍脈を塞いでいる。

 

 邪魔だ、邪魔だ。

 

 眠っていた思考が徐々に意識を取り戻す。

 塞がれていたはずの龍脈の門が開かれている。

 そのことに歓喜しつつ、けれどまだ足りない。

 

 もっと、もっと。

 

 貪欲に、龍脈より流れてくる気を貪り食らう。

 そして気づく。

 

 足りない。畏れ(ネガイ)が足りない。

 

 どうして? 何故?

 まさか、忘れ去られたと言うのか?

 どうして? 何故?

 浮かんできたのは、怒り。

 

 不敬謙なる者どもめ。

 

 何故忘れた。何故捨てた。

 怒りがむくむくと沸きだし。

 

 途端に収まる。

 

 感じたのは畏れ(イノリ)

 そして信仰(ネガイ)

 

 その優しさに、怒りが鎮火される。

 ささくれだった心が静まる。

 

 小さな小さな祈りの言葉。

 

 人間一人分の小さな願い。

 

 だが、今の自身にはあまりにも眩しくて。

 

 一体どんな人物なのか、顔を見てみたくなって。

 

 不完全な体を引きずりながら…………そこから抜け出した。

 

 




有栖が出会った悪魔…………こいつの正体がわかる読者はまだいまい。
情報少なすぎの上に、メガテンにはいない。しかも作者がけっこうアレンジしてしまっている上に元ネタになったやつもマイナー。これで分かるやつがいたら名探偵になれる。

最後のはあれだ、次回への伏線…………多分。
ちょうど良いので伏線にしてみた。覚えておくと何かいいことあるかも。


あ、そうだ。レベルとかステータスとか色々独自の設定があるのでちょっと解説。

この世界のレベルの解釈は『活性マグネタイト』の蓄積量のことです。
非活性マグタイトをMPとするなら、活性マグネタイトは経験値だと思ってください。で、この活性マグネタイトを蓄積する度に体が人間から悪魔へと変化していく。つまり人外の力を得ていくからステータスが上がる、と言う感じですかね。
なのでレベルを上げすぎた人間の行き着く先は魔人化、英雄化、超人化あたりですね。
自身が溜め込める活性マグネタイトの許容量をレベル上限とし、それを超えたら完全に人間ではなくなります。この許容量の個人差がレベル上限の違いですね。
逆に悪魔のほうは魔界にある本体の識能を使うためのキャパシティが増量していきます。PCで例えるならよりハードディスクの拡張によって中にインストールできるプログラムの数増えた、と考えてみると分かりやすいかも? メモリがステータスで、CPUがMP? まあとにかく、分霊が本体から引き出す力の大きさに耐えれる限界量を活性マグネタイトで上昇させる=レベルが上がると強くなる、と言う話ですね。

あとステータスの話ですがこの世界ではステータスの成長度合いは個人差があります。
例えばアリスなら魔力が突出して伸びます。有栖のジャックランタンも同様で、有栖のジャックフロストなら力と魔力が大きく伸びますがランタンやアリスと比べると魔力の伸びは一つ落ちます。
人間の場合、その人の性質に寄ります。要するに普段どんな戦い方してるか、ですね。有栖みたいに銃振り回してると速度を中心に伸びますし、朔良の場合体質的に運が特に伸びやすく、他の能力も全体的に高めに伸びます。和泉はちょっと特殊ですが、力と魔が伸びやすい傾向にあります。
要するに、戦闘の中で素質が磨かれている、と考えてください。活性マグが人物ごとの素質にあった成長をさせます。
なのでレベルが1上がったからと言って全能力が1上がる、なんてこともありません。まあそう言う素質の人はそう言う風になる可能性もありますが。
それとレベルと言うのは活性マグの蓄積階梯であってあくまで人間側が決めている基準値ですので、ゲームみたいに経験値貯めてもレベルが上がるまでステータス変わらない、なんてこともありません。


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朔良と群体

初めてのタイトルから有栖の文字が無い話ですね。外伝は除く。
文字通り朔良ちゃんの話です。


 

 

 六体の悪魔を同時に操る。

 それは例えCOMPを持ってしても難しいことだ。

 何故ならそれは、戦況を見ながら六体の悪魔同時に指令を出すと言うことだ。

 さらに言えば悪魔個人個人の個を抑え、暴走しないように手綱を取り続けなければならない。

 マグネタイトによる意思を伝達する。それが悪魔の意思の抵抗を上回れば悪魔は契約に縛られ召喚者の命令を聞く。だが、六分割した思考一つ一つの命令を強い意思で出す、と言うのは本当に才能がいる。さらに命令を単調にさせないように逐一考えながら戦況に合わせて、となるともう人間にはほとんど不可能な域だ…………そのはずだった。

 かつて八体の悪魔を同時に操った人間がいた。

 十四代目葛葉ライドウ。とは言ってもMAGバッテリーなどと言う便利なものも無く、マグネタイトの保存技術のまだ未熟だった当事、八体同時召喚度などすればあっという間にマグネタイトが尽きる。それを成した時が非常に特殊な状況だったのは否めない。

 だが制御にマグネタイトの多寡が関係する余地も無い。つまり十四代目葛葉ライドウは、本人の才覚のみを持って八体の悪魔を制御した……………………。

 

 そんなはずが無い。

 

 もしそんなことが出来たのならいよいよ十四代目は人間ではないだろう。

 では何故十四代目葛葉ライドウは八体もの悪魔を掌握できたのか。

 過去に三体同時制御と言うものを成功させた朔良は葛葉の里でも才能のある存在として一目置かれるようになった。

 だがそれでも朔良の目指すライドウと言う場所にはほど遠い。だからもっと制御できる悪魔を増やせば近づける、そう思っていた…………。

 

 だが、四体目が入ると朔良の制御は簡単に外れ、悪魔たちは暴走する。

 

 念のためと朔良単独で制圧できる範囲内の強さの悪魔だけで行ったため、被害などはでなかったが逆に言えば朔良一人で四体同時に相手して勝てる程度の強さの悪魔ですら四体は無理だった。悪魔の強さに応じて制御が難しくなるなど当たり前のことであり、つまりこの程度の強さの悪魔三体が朔良の限界である、と言うことだった。

 はっきり言って、とてもじゃないがライドウなんて届かない。それが朔良には分かった。

 ライドウ候補は里に何人もいて、自分なんてその候補たちに比べればあまりにも無力だった。

 

 悪魔の強さに応じて制御は難しくなる、それは当たり前だが、同時に自身の強さに応じて制御できる悪魔の強さも上がる。それもまた当たり前のことだった。

 だから朔良は強さを磨いた。個の強さ、サマナーとしてだけではない、悪魔に認められるための本人の強さだ。

 そもそも葛葉ライドウの称号はサマナーの称号ではなく、術者の称号だ。帝都の守護役を任せられるようになってからは、絶対に失敗が許されない故に最強の名へと変わって行ったが元は里一番の術者が冠する名だったのだ。

 十四代目葛葉ライドウの逸話を聞く限り、ライドウ自身が悪魔より常識外れな部分があったし、本人の強さはライドウには必須なのかもしれない。

 

 そうして朔良は強さを身に着ける。そうしてようやく四体同時の召喚に成功する。

 けれど所詮は超が付くほどの低レベルの悪魔たち。実戦で使えるはずも無い。だが実戦レベルの悪魔では精精が二体同時が精一杯だ。しかも指示を出すのが精一杯で自分で戦う余裕も無い、それでは駄目だった。

 かといって完全に補助専門にしてしまうのも出来ない。朔良は自身が力で悪魔たちと戦っていけるほどの才覚が無いことは知っている。

 故にこそ、朔良が強くなろうとするなら仲魔は必須だった。

 そしてただの仲魔ではライドウ候補たちのほうがより強い仲魔を使役している。

 本気で朔良がライドウになろうとするなら他の候補たちに負けない朔良だけの武器が必要だった。

 そのために選んだ複数同時召喚と制御だったが、それすらも実戦レベルで使える兆しが見えない。

 

 かつての祖、十四代目葛葉ライドウは八体の高位悪魔を制御し帝都を守ったと言う。

 

 十四代目の血を引く朔良はその才を僅かながらに引いているのかもしれない…………が、一体この程度の才で何がなせると言うのか。

 焦る。二十代目葛葉ライドウが、あの日守ってもらった恩人がもうすぐその座を退くと言う話を聞いた。

 焦る。二十一代目葛葉ライドウが決まってしまえば、自分が生きている間のチャンスは無くなったと思っても良い。

 焦る。今しかない、そのことに焦り、けれど上手くいかない失敗の日々。

 

 その日も朔良は失敗し、落ち込んでいた。

 気分が落ち込むといつも来ている場所。

 あの日、二人に出会った場所。守られた場所。今の自分の原点とも言える場所。

 そこに立つと、あの日の感情が蘇ってくる。あの日の決意が滾ってくる。

 疲れた心に鞭打ち、再び立ち上がろうとして…………。

 

 ふと思い出す、あの少年のことを、その仲魔の少女のことを。

 

 これまでに見たどんな悪魔よりも強かった少女。強さだけで言えば二十代目の仲魔たちより強かったのではないだろうか?

 だがそんな少女も、あの少年の言うことには素直に従っていた。

 

 何故?

 

 そう考えた時、どうして十四代目葛葉ライドウが八体もの悪魔を使役できたのか。

 

 その答えが見えた気がした。

 

 

 

「頼んだわよ、みんな」

 私の叫びと共に仲魔たちが飛び出す。

 同時に向こうのレギオンとデカラビアも動き出す。

 幽鬼レギオン…………軍団、軍勢を意味するその名の通り、レギオンはいくつもの死者の魂の集合体だ。

 堕天使デカラビア…………ソロモン72柱の1柱。悪霊30軍団を従える序列69番の地獄の大侯爵で、惑い、謀反、降伏を司る悪魔だ。見た目がヒトデのような形の非常に特徴的な外見をしている。

 どちらもレベルにして40から50の強力な悪魔だ。

 だが、力押しだけで勝てるほど悪魔との戦いは単純なものでもない。

「ヨシツネ、タルカジャ。ネコマタ、ラクカジャ。ツチグモ、マハジオ!」

「レギオン、テトラカーンだ。デカラビア、スカクジャ」

 互いが互いの悪魔に指示を出しながら互いの隙を伺う。

 指示を出したのは六体のうちの半数。残りは待機させ、いつでも指示を出せるようにしておく。

 一手目、攻撃をしたのはこちらのツチグモ。

 ツチグモが放った電撃が相手のレギオンとデカラビアを穿つ。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 その攻撃にレギオンがはっきりと怯む。どうやら弱点だったらしい。

 だが対照的にデカラビアがびくともしない。効いてはいるようだが、効果は薄いらしい。

「なら、ライホーくん。絶対零度! オルトロス、マハラギ」

 私の命令で繰り出す攻撃。ライホーくんが大きく手を広げると冷気が溢れ出し、相手を襲う。

 だが両者共に効果が薄い…………だが、効いている。

 ライホーくんは少しばかり特別な仲魔だ。平均レベルが30前後の私の仲魔の中で一体だけ45レベルと言う高さを持つ。その分強さは折り紙付きだ。

「む…………そのおかしなジャックフロスト、なかなかにレベルが高いようだな」

 すぐに気づいた群体が指示を出す。

「レギオン、戻れ」

 弱っていたレギオンをCOMPへと戻し…………。

「出て来い、ケツアルカトル」

 新たに召喚されたのは翼を持つ白い蛇のような悪魔。

「厄介なのが出てきたわね」

 それの正体が分かってしまうだけに思わず毒づく。

 龍神ケツアルカトル…………アステカ神話に登場する風の神。強力な四属性魔法を操る厄介な敵だ。そして何より。

「氷結無効持ち…………厄介ね。ライホーくん、下がって。ヨシツネ、さらにタルカジャ。ツチグモ、マハジオ」

 氷結属性攻撃しかないライホーくんを一旦下がらせる。それからさらにヨシツネのタルカジャで物理攻撃力を上昇させ、ツチグモのマハジオを撃つ。

「たしか、電撃弱点だったわよね」

 自身の記憶通り、ツチグモの放つ電撃に身をくねらせる蛇。

 ただ、問題は。

「…………さすがにレベル差がありすぎるわね」

 ケツアルカトルは50以上だったはず。ツチグモが27レベル。悪魔自体のスペックに差がありすぎる。

「なら諦めてはどうだい? ケツアルカトル…………マハブフダイン」

「ライホーくん!!!」

「了解だホ」

 咄嗟にマグネタイト越しに指示を出し、相手の出してきた氷結属性最強の魔法をライホーくんで受け止める、と同時に一度全ての仲魔を管に戻し範囲内から脱出させる。

「ごちそうさまだホ!」

 氷結吸収を持つライホーくんがその魔法を全て吸収し、それを確認した直後に再度仲魔たちを召喚する。

 正直、今のが決まっていたら全員やられていたところだったので、冷や冷やものだった。

「ツチグモ、マハジオ! そろそろ行くわよ、モコイ、鷹円弾! ヨシツネ、大暴れ! オルトロス、連弾! ネコマタ、ラクカジャ!」

 二度目のマハジオがケツアルカトルとデカラビアを穿つ。幸いだったのは相手が一度に一体にしか命令してこないことだろうか。何か考えがあるのか、それとも単純に出来ないだけなのかは知らないが、今のうちに叩けるだけ叩いておかなければ、基本レベルが違いすぎて戦力に差がありすぎる。有栖がいればまた違った戦い方ができるのだが、今は自分一人な上に、今を逃せば何が起きるか分からない。贅沢は言っていられない。

 全員に一斉攻撃を受け、僅かだがケツアルカトルが揺らぐ。

 そしてその隙を狙い、自身は飛び出す。

 

「ツチグモ!! 雷電忠義斬!!!」

 

 合体技。かつて十四代目葛葉ライドウが使ったとされる悪魔とサマナーが協力して行う通常よりも遥かに強力な必殺技。

 葛葉の人間なら大抵持っている太刀を抜き、ツチグモとマグネタイト越しに共振する。

 そうして…………(いかづち)を纏った自身の太刀を蛇へ向け…………振り下ろした。

 

 絆で繋がる。

 

 それが有栖とアリスを見て導きだした、かつて十四代目の行った八体同時召喚に対する私の答えだった。

 サマナーに対して仲魔が全幅の信頼を寄せる。自身の身を削ってでもサマナーのために尽くす。

 そうした仲魔はサマナーの指示に対して無条件に応えてくれる。

 故に例え八体の高位悪魔だろうと使役することができた、つまりはそういうことではないだろうか?

 十四代目とその仲魔を見るにあながち外れではないのではないかと思う。

 例えば合体技とてそうだ。

 悪魔がサマナーへ力を委ねる。逆なら分かる。サマナーが仲魔へマグネタイトと言う形で力を渡すのは至極当然のことだ。だが仲魔のほうがサマナーへ力を渡すと言うのは、普通有り得ない。

 自身の力を渡しても良い、と仲魔がサマナーの思いに応えた結果が合体技と言う強力なスキルを生み出すに至ったのではないだろうか?

 

 まず最初に始めたのは対話だった。

 些細なことでも良い。ほんの一言二言でも良い。修行の合間合間に自身の仲魔と会話をした。

 そうしてくる内に、仲魔が自身に何を求めているのか、仲魔自身がどうなりたいのか、と言うのがわかってきた。

 この悪魔はこんなものが好きで、こんなものが苦手。こっちはあれが得意でそれが苦手、そっちはこいつと相性が良く、そいつと相性が悪い。

 段々と知る悪魔の好みや嗜好、その考え方など如何に自分が今まで仲魔のことを知らなかったのか思い知らされた。

 同時に、徐々にだが仲魔との間に絆が芽生えていくのを感じた。

 

 そうしてある日とうとう。

 

 召喚…………モコイ。

 召喚…………ヨシツネ。

 召喚…………オルトロス。

 召喚…………ツチグモ。

 召喚…………ネコマタ。

 

 主力級五体の同時召喚と制御。

 その力を持ってして自身はライドウ候補となり…………。

 その時、勘当同然だった実家から送られてきた一本の管。

 

 召喚…………ライホーくん。

 

 中に入っていたのはライホーくん、と言う雪の妖精の亜種悪魔だった。

 格好が葛葉ライドウのものと似ていることにも驚かされたが、何よりも驚いたのが。

 

 ライホーくんが十四代目の元仲魔だった、と言うこと。

 

 さすがは十四代目の元仲魔と言うべきか、今の自身とは比べ物にならないほどの高いレベルと能力を誇っていた。

 そんな彼が何故自身の下に来たのか、それは十四代目直々の言葉だかららしい。

 自身の家系の者でライドウを目指すものが現れたのなら、ライホー自身が了承した場合に限り、ライホーくんをその者の仲魔にする。

 そうして実際にライドウ候補にまで上り詰めた自身に与えられたライホーくん。ライホーくん自身と三日三晩対話し、そうして契約することとなるのは、また別の話だ。

 

 

 振り下ろした一閃が白い蛇の体を深々と切り裂く。

 悲鳴のような声を上げつつ、崩れ落ちるケツアルカトルに、群体が目を見開く。

「まさか…………っく、バジリスク!」

 召喚されたのは青い鳥。

 邪龍バジリスク…………ギリシア語で「小さな王」を意味する。また蛇眼の王。

 だが、ここでそれは悪手だ。

「ライホーくん、絶対零度。ヨシツネ、大暴れ。ツチグモ、瘴毒撃。ネコマタ、ラクカジャ。オルトロス、マハラギ」

 バジリスクは火炎と氷結が弱点の悪魔だ。ライホーくんの一撃に…………さて、耐えれるだろうか?

「食いしばれバジリスク! 耐えたら石化ブレス!」

 ライホーくんの攻撃が直撃する。氷結弱点だけあり、その一撃で瀕死になっていた…………だが。

「嘘っ?!」

 イタチの最後っ屁と言うものだろうか。瀕死の状態でありながらもその口からブレスを吐き出す。

「下がって!」

 咄嗟に全員を下がらせようとするが、攻撃に向かっていたライホーくん、ヨシツネ、ツチグモ、ネコマタ、オルトロスの五体が石化する。

「危なかったよ。だが、これで私の勝ちだ」

「…………………………」

 沈黙する。

 言葉が無い。

 たった一手であっさりと戦局を覆された。

 何がいけなかったのか。

 相手の力も見抜けず耐性で有利だ、と言うだけで勝ちに言ったことだろうか?

 何にせよ自身の失敗だ。

 ああ、失敗した。

 

「だから、次は気をつけるわ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「モコイ、戻りなさい…………出てきなさい、ラクシュミ!」

 

 モコイを管に戻し、追加の管で召喚したのは…………女神ラクシュミ。

「あら、大変なことになってるわね。私の愛しいサマナー?」

「…………私の失敗よ。だから、頼んだわ」

「ええ、任せなさい」

 その姿はまるで天女のようだった。

 

 光が満ちる。ラクシュミを中心に、光が溢れていく。

 

 言葉を紡ぐ。

 

「メシアライザー」

 

 そして光が仲魔たちへと降り注ぎ。

 

「ラクシュミ、()()()()。オルトロス、マハラギ…………バジリスクを落としなさい」

 

 石化が解け、自由を取り戻した仲魔たちが私の元へと集う。

「了解よ、サマナー」

「オレ、アイツタオス」

 そうしてラクシュミの放つ破魔の光がデカラビアを包み…………昇天させる。

 次いでオルトロスの吐き出す炎がバジリスクを落とし。

「さて………………これで詰みよ」

 群体のすぐ傍まで迫っていたヨシツネが、その刀を男へと突きつけた。

 

 




なんでライドウは八体同時に操れるのに、一体ですら暴走させちゃうやつもいるんだろう? と思ったのを自分なりに解釈した結果が「忠誠度」です。合体技が忠誠度で解禁されるように、悪魔にも忠誠は大事です。で、コドクノマレビト読んでみて、仲魔がサマナーに全てを預けきったような関係を見て、複数体同時召喚ってこういうのが大事なのかな、と勝手に妄想して設定しました。


すげえ書きにくかった。戦闘描写難しい。
あと群体さん超弱い。でも仕方ない。デカラビアに自由に動かれると勝てるもんが勝てない。だったら二体同時に出してる意味は何だ? と言われそう。
けど考えてみて欲しい。この人、デカラビアにレギオンを最初に出した。でもその前にコグリも召喚し続けているし、もう一体別の悪魔もひそかに召喚してるんです。普通にこの人もおかしいレベルなんですよ。

しかし呪編がおかしな方向に進んでる。当初、旧校舎で呪倒したら終わりだったのに。
Q.誰だよ群体って
A.密かに製作中のメガテン二次の登場人物。
この収集どうやってつけよう…………もう物語が作者の手を離れて一人歩きしてる。


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有栖と群体

ここ何話か感想こなくて寂しいなあ(チラッチラッ
アリスちゃんの可愛い話早く書きたいなあ。


 

 

 例えば。

 俺たちの立つ地面の下。

 そこに地下水脈があるとしよう。

 もしこれに何らかの装置で干渉をしようとするなら。

 果たして、三階建ての建物のどこにそれらしき装置を取り付けるだろうか?

 常識的に考えれば一階。

 もしあるのなら…………地下などどうだろう?

 

「迷った」

「だねえ」

 途中でマグネタイトコストを気にしてランタンを下げたはいいのだが、アリスと二人歩いていると完全に道に迷った。と言うか異界と言うのはどこもかしこも全うな形をしていない。外見が長方形の校舎でも中は複雑怪奇な迷宮のようになってしまっているのが異界と言うものだ。

「仕方ない…………あんまやりたくなかったが、朔良とも会わねえし一度主のところに行くか」

 ここの異界を作った主は情報としては知っている、その居場所も当然。

「ってことで下に行くか」

「なにがっていうことなの?」

 気にするなアリス。と言いながらCOMPを操作する。

「出て来い、ジャックフロスト」

「ヒーホー! 久々の出番だホ!」

「…………出番って何だよ」

「なんだろうねえ?」

 その笑みはなんだよ、アリス。

「まあいい…………物は試しだ、フロスト。()()()()

「りょーかいだホー!」

 俺の指示を受けたジャックフロストが拳を振り上げ。

 

 床に全力で叩き付けた。

 

 ズドォォォン、と拳が殴ったとは思えないような轟音。

 異界全体が揺れる。

 異界というのは一つの結界のような世界だ。

 球形にして円形。力が循環し続けるからこそ保たれる小さな世界。

 空間を切り取った異世界。

 

 まあ床ぶち抜いたからって必ずしも下に進むとは限らないのが異界と言うものだが。

「なんで屋上…………?」

「うーん、くーかんがへんなふうにつながってるんだとおもうよ?」

「いや、それは分かってる」

 フロストの時の異界化した廃病院もそうだったし。

 一階の入り口から入ったのに、繋がった先が三階で。そこから一階まで降りて非常用出口を抜けると屋上、と言う意味の分からない繋がり方をしていたし、もう異界に常識なんてものは通じないのも分かっている。

「で…………あんた誰だ?」

「俺か?」

 そこにいたのはダークスーツを着てサングラスをかけた男。

 手に持ったアタッシュケース…………そこから感じるのは禍々しい気配。

「俺は…………そうだな、群体(cluster)とでも呼んでくれ」

「ああ、新手の中二病か」

「いやいや、違う違う…………本当にそれが()()()()()の名前なんだよ」

「……………………たち、ねえ。まあいい…………それで? あんたここで何やってんだ?」

「ああ、何。簡単な実験さ」

 

 この地に眠る強大な力を使って、とあるものを呼び出そうとしているだけさ。

 

「…………ふうん」

「おや、意外と冷静だな。もう一人はいきり立ってきたと言うのに」

「うん、まあお前らがここで何しようと勝手なんだが…………ちゃんと許可はもらってきたか?」

「は?」

 俺の問いに、男が目を丸くして呆けた声を出す。

 数秒その意味を考え、やがて笑いだす。

「アハハハハハハハ、ハハハハハハハハ!!! 分かってて言っているんだろうね、キミは。ああ、残念だ。残念ながら許可はもらっていない」

「そうか………………まあ分かってたけどな。ああ、後さ」

 

 さっきのもう一人は、って発言に関して聞かせてもらおうか。

 

「ああ、構わないよ。私はキミが気に入ったからね。もう一人、地下で私と戦っている少女のことだね?」

 やっぱ地下に行けば良かったか、と思いつつも、まあ今からでも遅くないか、と呟き。

「さっさと倒されていけ。そしたらさっさとあいつのところに行くからよ」

「残念ながらそれはできないな…………さあ、出て来い。モロク!」

 

 SAMMON OK?

 

 出現する大きな魔方陣。

 そこから現れたのは…………強大な魔王。

「…………魔王モロク、ねえ。ますます見逃せないな、あんた」

 魔王種を従えるサマナー…………しかもヤタガラスの重要な領域に侵入して、か。

「…………まあ、無意味だけどな」

 

 SAMMON OK?

 

「ヒーホー! ようやくオイラの出番かホ?」

「ヒーホッホー! ランタンの出番は無いホー! オイラが全部やっつけるんだホー!

「…………くすくす。にぎやかだね、さまなー」

 協調性? なにそれおいしいの? と言わんばかりの面子。だが俺の最高の仲魔たち。

「相手は魔王種だ。思いっきりやっていいぞ」

 追加のマグならそこら中にあるから、な?

 

 始まったのは、蹂躙。

 戦いですら無い。

 魔王種だろうが、なんだろうが。

 俺の前に立ったなら、ただの敵だ。

 

「モロク、マカラカーン」

 魔王が魔法反射の壁を張る。だが無意味だ。

「フロスト、吹っ飛ばせ」

「ヒーホー!」

 フロストが拳に冷気を纏わせ、魔王を殴りつける。

 その巨体な軽々と吹き飛ぶ、と同時に魔王に張られていた薄い緑色の壁が砕かれる。

「なに?!」

 バリアブレイク、とでも言うのだろうか。

 フロストの拳は補助魔法をあっさりと打ち砕く力があるらしい。

 恐るべきは特異点悪魔、と言ったところか。よくまあこんなの仲魔になったな、と今更ながらに思う。

「アリス、ランタン」

「「メギドラオン」」

 吹き飛んだ魔王に追い討ちをかけるようにアリスとランタンから放たれたメギドラオンが魔王を飲み込む。

「甘いな。モロクには苦労して万能耐性を」

「核熱耐性なんて無いだろ、流石に」

「っ?!」

 焼け焦げ、ぼろぼろになった魔王の姿に、群体とか名乗った男が眼を見開く。

「馬鹿な…………モロクは火炎属性を無効するはずだ」

「火炎属性じゃねえしな」

「っく、まだだ、まだやれる! モロク、メギドラ!」

 ぼろぼろになってもやはり魔王か。まだ動けるらしく、黒紫色の光を出現させ、放ってくる。

「フロスト」

「了解だホー!」

 放たれた魔法を、フロストが前面に立ち、俺たちをかばう。

 ボン、と一瞬音が響く…………が、そこに相変わらずの様子で立っているフロスト。

「さすがな、万能耐性持ちは」

「ヒーホッホー! もっと褒めるホー!」

 いや、しかし耐久力が高過ぎて、本当に要だわ、フロスト。

「…………さて、そろそろ終わらせるか、アリス」

「はーい…………あのねー? 死んでくれる?」

 瞬間、アリスの周囲から闇が溢れ出す。

 黒い、黒いソレが魔王を捕らえて…………。

 あっさりと、その命を奪った。

「…………な、ばかな」

 これ一体しか出さなかった辺り、自身の切り札だったらしいソレをあっさりと倒されたことに、男が愕然として身動きを止める。

「…………よし、アリス。あれやってやれ」

「あれ? んー? あ、わかった! ねくろまー!」

 アリスの足元に魔方陣が現れ…………直後、俺たちの目の前に今しがた倒した魔王が召喚される。

 ネクロマ、と言う魔法がある。死んでしまった仲魔一体をゾンビとして再召喚し、操ると言う魔法だ。

 敵をゾンビする、なんてことはできない…………本来なら。

 アリスのネクロマは、アリスが殺した敵すらもゾンビにし、隷属化できる。しかも召喚できる数がマグネタイトがある限り無制限。そう言えばこいつ出会ったときも死体引き連れてたよな、と思い出す。

 さすがにあれを家に上げる気は無かったので土葬させたら全員土に還って昇天してしまい、ゾンビにできなくなってアリスに怒られたのも思い出す。

 

『お前が俺から離れない限り、俺はお前と一緒にいる…………約束だ』

 

「……………………」

「どうしたの? さまなー?」

「あ、いや、なんでもない」

 余計なことまで思い出したが、今は置いておく。

「さて、オッサン。一体何をしようとしていたのか…………懇切丁寧に教えてくれるか?」

「…………………………」

 沈黙する男。観念したか? とも思ったが、すぐに違和感に気づく。

 震えている。だが男から恐怖の念は感じられない。

 だとするなら…………この震えは。

 

 ()()()()()

 

「来たぞ。ついに、来たぞ!!! さあ来い、地獄の底より招来せよ!!!」

 

 狂ったように男が叫ぶ。

 

 同時に、光る。校舎全体を囲うほどの巨大な召喚陣。

 

「っ!! 何を召喚するつもりだ!! 止めろ、ランタン!!!」

「マハラギオンだホ!」

 咄嗟の命令でランタンが炎を放ち、男が炎に包まれる。

 

 だが、止まらない。

 

「汝、裁きを行ないし偉大なる者。恐るべき地獄の主、冥界の王。陰陽の長」

 

 漂う。知っている。ああ、これは。

 

 死の臭いだ。

 

「来よ!!!」

 

 そして。

 

 

 

「「泰山府君其我也」」

 

 

 

 声が重なった。

 

 

 

 

 ぞくり、と背筋が凍る。

 群体へと刀を突きつけていたヨシツネを含めて全員を咄嗟に自分の下へと集める。

 仲魔たちも異常を察してか、すぐさま駆けつけてくる。

「なにこの禍々しい気配」

 見れば奥の祭場で呪が不気味に発光している。さきほどとは明らかに様子の違うそれに、違和感を感じる。

 これを放っておいてはいけない。直感的にそう思い…………それを信じる。

「お、おお…………おおお…………」

 様子がおかしいのは群体もであった。

 眼を見開き何かに祈るような様子でひたすら上を見つめている。

 今がチャンスだ、内心が呟き。

「………………ヨシツネ、奥にいる呪を撃破して」

「任された」

 端的な言葉のやり取り。そして男の意識が向いていない間にヨシツネがその横を駆け抜け。

 一閃。薙いだ太刀が祭場を両断する。その中心に縫い付けられたノロイごと。

 ノロイが悲鳴を上げ、消滅する。と、同時に背筋を凍らせる気配が…………強まった。

「っ!?」

「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 叫ぶ、男が。歓喜したように。走り出す、地下から。

「なっ! 待ちなさい!」

 それを追いかける。見失わないように必死で食らいつく。だが男はすでにこちらを気にも止めていない。

「グルグルグルグルと、どんな迷宮よこれ!!」

 見失わないようにするのに精一杯で追撃をしかける余裕も無い。それほど複雑怪奇なのだ。

 特に空間と空間がわけの分からない繋がり方をしているせいで、入る扉を間違えるだけで全く違う場所に出る。

 扉をくぐった瞬間姿を消えるのではいつか見失いそうだった。

 そうして走って走って。

 たどり着いたのは、屋上。

 

 そこに……………………ボロボロになって倒れ伏した有栖がいた。

 

 

 

 

 ヒトの世界など、ヒトが認識できる小さな範囲でしかない。

 世界単位で見ればそれはとてもとても小さなもので。

 けれど、ヒトは一人一人己だけの世界を持っている。

 自身の見ているものと目の前にいる別の人間が見ている景色は本当に同じものなのだろうか。

 自身がそうである、と思っているものだって実は他人から見ると全く別物だったりするのではないだろうか?

 

 りんごは赤い。

 

 そんなこと子供のころから知ってる当たり前だ。

 だが自身の見ている赤さと他人の知っている赤さは本当に同じだろうか?

 もし自身にとって黄色だと思う色に見えていたとしても他人にとってそれが赤なのだとしたら、一体その認識の誤差をどうやって埋めることができるだろうか?

 

 ヒトは…………否、理性ある生物はみな、自分だけの固有の現実を持っている。

 ある学者が言った。

 ヒトが視覚で見ているものの90%以上は脳が錯覚しているだけのものではないのか、と。

 それを実験した者がいた。

 

 Radical Science Development Society

 急進科学発展党…………RSDSと略される科学に魂を売り渡した狂った人間たちの集団。

 

 群体は、そこで生まれた。

 

 複数人の魂を円環するように繋ぎ、全員の自意識を殺した上で一つの個を植えつける。

 実験に参加したのは百人…………内、奴隷として連れて来られたのが四十八人。残りの五十二人全員が()()()()()されてきた存在だった。

 狂人たちに良識などは一切無い。何の躊躇も呵責も無く、無理矢理誘拐され監禁された五十二人の自意識をあっさりと殺した。残りの奴隷たちも翌日には全員、その自意識を破壊され。

 こうして百人の廃人が生まれた。

 次いで廃人たちの魂を全て繋げる。それを為したのは、ファントムソサエティ、と言う結社らしい。

 元々の計画では、ここで自意識が芽生えるのを待つだけだったらしい。全ての自意識を殺した状態で全員の魂を繋ぐことで感覚、感情全てを共有させる。この状態で新たな自意識が芽生えたのなら、それは全員の感情から生まれた個にして群なる者だった。

 だが、半年以上経てど自意識の芽生える欠片も無い廃人たちの業を煮やした狂人の一人が偽装された人格を植えつけた。

 この状態で全員が動き出せば成功。人格を植えた一人だけが動けば失敗。

 結果は、全員が動き出した。

 狂人たちが歓喜した。

 廃人たちには名前(コード)がつけられた。研究対象としての識別コード個にして群なる者(クラスター)と。

 

 




ようやく名前が出てきたファントムソサエティ。はっきり言ってここから先出てくるかは完全に不明。

ちなみにモロクのレベルは70。
え? 一方的だった? 有栖強い? だって有栖の仲魔って…………。
アリス Lv70
ジャックランタン Lv60
ジャックフロスト Lv65
平均レベル65ですよ? 特に、この小説独自設定の特異点悪魔は非常に強力です。何が強力かって、未知だから。上の面子でモロク1ターン目のマカラカーン。普通に考えればかなり良い手のはずなのに、ジャックフロストが殴りかかってきてしかもそしたらマカラカーン破壊されるとか、意味分からんことになるなんて予想できるはずもない。
有栖の最大の弱点はマグネタイト。全員レベルが高過ぎて、なのに有栖はレベル35しかないから行けるダンジョンで手に入るマグネタイトの量と普通の戦闘で消費するマグネタイトの量が全然吊りあってない。だからいつも全力は出しづらいし、マグネタイト収集に必死になる。

そして初めて出てきた朔良の勘。
あの時ノロイを殺さなかったら………………?
さて、どうなったでしょうね。

アリスのネクロマはコドクノマレビト参照にしました。
死んでくれる? で殺しネクロマでこちらに召喚。なんと言うゾンビサイクル。


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有栖と閻魔

学祭で土日完全に潰れてました。
今日は代休で朝から執筆してました。


 

 

 その名を泰山府君と言う。

 一言で言い表せば、死神だ。

 と言っても俺自身それほど多く知っている訳でもない。

 サマナーになった時に、悪魔の情報についてキョウジに叩き込まれた分を覚えているだけだ。

 一言で言えば、死神。付け加えるなら…………閻魔王と同じ十王の一体。

 ただ仏教を起源とする閻魔王たちとは違い、中国の死の思想から独立した信仰を得た死冥の神格だ。

 

 泰山府君其我也。

 

 自身こそが裁く者であり、死であると言う名乗り。

 ああ、目の前にいるだけでこれほど感じるのだ。

 認めよう。

 

 これは…………死、そのものだ。

 

 

 

 風が吹く。

 死の臭い漂う黒い風だ。

「…………冗談だろ」

 旧校舎全体に広がった魔法陣に呼応するように現れた、屋上に広がった魔法陣。

 そこから出てくる巨体に目を見開く。

 屋上と言っても一つの学校の校舎の屋上だ。長いところで四十メートル以上はある歪な四角形をしている。

 その半分以上のスペースを埋める巨大な魔法陣ですら尚収まりきらない巨体。

 まだ上半身しか出てきていないと言うのに感じる威圧と死の臭い。

 化物なんて言葉じゃ生ぬるい。

 怪物なんて言葉でもまだ足りない。

 

 死だ。これは…………現実となった死、そのものだ。

 

 これでもまだ分霊だと言うのだから最早笑いすら出てくる。

 そして、その巨体が現れると同時にそこから溢れてくる異形。

 ガキ…………餓鬼と書き表し、生前に贅沢をしたものが餓鬼道に落ちた姿。常に飢えと渇きに苦しみ、物を口にしようとすると、焔となり消えてしまう為、永遠に飲食をすることができない。体は痩せ細り、腹部だけが異様に膨らんだ姿をしている。

 ただ…………おかしい。

 餓鬼が何故いる? あれは本来、泰山府君となんら関わりの無い悪魔だ。

 そう考えた時、再度召喚される…………骸骨姿の剣士。

 トゥルダクと言う。死の病魔。病気をもたらし人を死に至らしめるが、踊ることで逆に病気を払うことも出来る。

 そして。

 

 閻魔大王に仕える者。

 

 

 

 日本人と言うのはとにかく大雑把だ。

 特に宗教において日本は、魔窟と呼んでも良いほどに混沌としている。

 中でも神仏習合と言うのは日本の宗教の最大の特徴だろう。

 神道も仏教も元は全く別々の神を祭る宗教だ。けれどこの日本においては合併され、一つの宗教、一つの神とされている。

 こうなるとどうなるか? それが今目の前で起こっていることの全てだ。

 

 つまり。 

 

 閻魔王の権能『も』宿した泰山府君。

 地獄の裁判官、十王が二体の権能を持つ、まさに死神だ。

 

 

「アリス、メギドラ!」

 放たれた魔法がガキとトゥルダクを一掃する。

 だが、次の瞬間には再召喚されすぐにまた補充される。

 ジリ貧の展開。

 あの分厚い死者の壁を突破しないと泰山府君にはダメージを与えられないと言うのに、早く泰山府君を倒さなければまだ召喚されきっていない今が最大のチャンスだと言うのに。

 倒しても倒しても召喚され続けるガキとトゥルダクが溢れ続け、壁となる。

「ランタン! マハラギダイン! フロスト、吹っ飛ばせ!」

 さらにランタンとフロストがそれぞれ最大範囲の攻撃を放つ…………がそれでもまだ足りない。

 泰山府君はすでに上半身は召喚し終わっている。それだけでこの威圧。完全に召喚されたらどれほどになるというのか。

 本来なら召喚している人間のほうを狙うのだが、あの群体とか言う男。

 こいつを全く制御する気が無い。そんなことをすれば自身も殺されると言うのに、完全になすがままにしている。

 だとすれば召喚者を殺しても意味は無い。すでに召喚は始まっている以上、完全に召喚されきるまでは止まらないし、召喚者であるこいつを殺せば完全に自由になった死神が現れるだけだ。

 どうする? どうすれば良い? そう考え、思考を走らせ…………次の瞬間。

 

 召喚が止まる。

 

「なに?!」

 その現象に群体が疑問の声を上げる。

 これ以上召喚が続く気配は無い…………だが上半身はまだ出たままだ。

 と、同時に沸き続けていたガキとトゥルダクたちの召喚も止まる。

「よく分からないがチャンスだ。アリス、ランタン、フロスト! 全力でぶっ飛ばせ!」

「「メギドラオン!!!」」

「ブーメランフロステリオスだホー!」

 爆音が響き、一気に半数以上の死者たちが吹き飛ばされる。

 えぐれるように空いた空白地帯。さらに進もうと足を出し…………。

「泰山府君祭」

 聞こえた声。視線をやると群体がニィ、と笑っており。

 直後、屋上が悪魔で溢れた。

 

 

 

 リス…………リス!

 

 声? 誰の…………?

 

 どこかで聞いた覚えのある…………。

 

 懐かしいような、近しいような…………。

 

「有栖!!!」

 瞬間、ハッ、となって目を覚ます。意識が覚醒した瞬間、体の痛みを感じる。

 だがそれを振り切って、立ち上がる。

「…………アリス、俺はどのくらい気絶してた?」

 傍で俺を起こそうとしていたアリスにそう尋ねると、五秒くらい、との返答。

 前面で俺を守って経つフロストとその後ろで敵を焼き払う炎を放つランタンの姿を確認し、安堵の息を漏らす。

「…………何が起こった?」

 同時に屋上に溢れるほどに増えたガキとトゥルダクの姿に目を見開く。

「フロスト、ランタン、もうしばらくそうして前線を保ってろ!」

「了解だホ!」

「お任せだホー!」

 頼りになる仲魔に前を任せながら、考える。

 気を失う前に起こったこを一つ一つ整理する。

 まず何故気絶しのか?

 突如爆発的に増え、屋上に溢れかえった悪魔の波に飲まれたから。

 では何故悪魔たちが増えたのか?

 原因不明。

 

 考えるべきポイントはそこだろう。

 召喚は止まったはずなのに、それまでとは比べ物にならない勢いで増えた悪魔。

 召喚陣は見えなかった、ということは召喚ではないだろう。

 恐らくキーワードは群体の呟いた言葉。

 

 泰山府君祭。

 

 どこかで聞いた覚えのある言葉だ。

 何かとても重要だった気がする。

 

 思い出せそうで思い出せない、そんなもやもや感に頭を捻っていたその時。

 

 オオオオ

 

 死神が、()いた。

 瞬間、倒したはずの敵が起き上がり、何も無い空間に光が弾け、敵が現れる。

「…………あ…………ああ!! 思い出した!!!」

 その光景を見て、ようやく思い出す。

 泰山府君は中国における死冥の神格。と同時に日本において一つの神格を得ている。

 陰陽道の主祭神。その究極こそが泰山府君祭。

 表の人間に見せ付けるためのものではない。裏の世界で行なわれる、本当の意味での祭。

 

 その意味は…………死者の蘇生。

 

 日本で召喚された主祭神だ、その権能くらいは宿しているだろう。

 倒しても倒しても沸いてくるはずだ。倒したやつらが全部復活してたのだから。

 広いとは言ってもさすが数百と言う数の敵がいれば狭くもなる屋上だ。どこに撃っても数十という単位で敵が倒れていく。だから俺たちが倒した数は千を超えるだろう。

 それらが一斉に復活するのだから、学校の屋上程度では一気に飽和もする。

「とりあえずからくりは分かった」

 問題はこの事態をどうするか?

 何で俺こんなことになってるんだろうか、と思いつつも事態を冷静に分析する。

 まずあれに勝つのは無理だろう。死神、と言うのはアリスとすこぶる相性が悪い。基本的に呪殺属性の効かない敵はアリスの持ち味が生かしにくい。ただ逆に即死系の攻撃はアリスには効かないので相手にっても相性が悪いとも言える。だが根本的な基本能力が違い過ぎて、同じ魔法を使ってもアリスが撃ち負けるのは確実だろう。()()()()()()()()()()()()、今のアリスでは魔力が違い過ぎる。

 かといってこのままあの死神を放置、と言うのは無理だろう。異界から出られた瞬間、体に纏っている死の気配だけで並の人間では死ぬ。被害が甚大なのは確実だろう。

 つまりまあ、方法は一つしかない。

 

「ここのマグネタイトが全部尽きるまで付き合ってやるよ、死神」

 

 召喚コスト切れ。それを狙うしかないだろう。

 

 

 

 

「溜めろ、アリス。ランタンとフロストは補助だ」

 命令に従ってアリスが集中し始め、ランタンとフロストのマハマカカジャが魔法を強化する。

 波打つような悪魔の群れがこちらへと向かってくる。

「フロスト、止めろ。ランタンはもう一度だ!」

 ジャックフロストが拳に纏わせた氷を横薙ぎに生み出し、氷の壁を作る。

 ジャックランタンがさらにもう一度、マハマカカジャで魔法強化を行い…………。

「ぶち抜け、アリス!」

「メギドラオン!」

 コンセントレイトによって威力が倍増したメギドラオンが数百と言う数の悪魔を飲み込む。

「泰山府君祭」

 が、それを見た泰山府君があっさりとそれを蘇らせる。

「どんどん撃て、こっちがマグネタイトを消費すれば相手の分が減るぞ」

 負けじと仲魔たちが次々と消費の激しい魔法を連発し亡者の壁を削っていく。

 

 考えれば簡単な話だ。

 あんな巨大な悪魔、存在しているだけで莫大なマグネタイトを消費する。

 どこにそんなマグネタイトがある?

 答えは校舎のあちこちで見かけたマグネタイト結晶。

 恐らくあれはこの悪魔を召喚するために群体と名乗ったあの男が仕掛けておいたものだろう。

 契約するのならともかく、契約も制御もしないの野良悪魔ならああして周囲に置いておくだけで勝手に吸収し活動するだろうことは明白だし、それならあんな大量のマグを保管する必要も無い。

 恐らくあの大量のマグは霊穴から引っ張り出したのだろう。それなら今日まで誰にも気づかれなかっただろう理由にも予想が付く。

 そして最初の校舎全体を包むような魔法陣は校舎全体のマグネタイトをこの屋上に集めるためのものなのだろう。

 あの死神の消費が多過ぎて気づくのが遅れたが、ちらりちらちと新しくマグネタイト結晶が生まれている。

 一つ心配だったのは、直接霊穴と接続してマグタイトを補給されないか、と言うことだったが、どうやらされていないらしい、屋上にたくさんあった結晶化したマグネタイトが減っていっている様子からもそれは伺える。

 もしかすると途中ではぐれた朔良が何かしたのかもしれない。あいつは昔から勘だけで重要な一手を打つことが時々あったし。

 とまあ、散々考えてようやく見えてきた希望だ。

 

 この異界にどれだけのマグネタイトを溜め込んだかは知らないが、多く見積もってもあの死神が活動できる時間は五分も無いだろう。

 

 それまで耐えれば俺たちの勝ち。それまでにやられれば俺たちの負けで、死神は異界を出て街へと進むだろう。敵がいなくなれば今度は上半身だけでなく全身が正統に召喚されるかもしれない、となればもう勝てる気はしない。

 結局、ここで防ぎ切るしか道はない。

 あの蘇生魔法を使わせることで消費を多くできるので、今やっている取り巻きを倒すことも無駄ではないはずだ。

 

 

 そうした思考の元、ランタンで焼き払い、フロストが打ち砕き、アリスが吹き飛ばす。

 そうして倒しても倒しても復活する悪魔の群れを倒していき、なるほど予想通り目に見えて周辺のマグネタイトの量が減ってきた、これならもう時間はかからない。

 そう安心した…………その時。

 

 オオオオオオオオォォォォォォ!!!

 

 死神が叫ぶ。

 

「マ……ハ……ムド……オン」

 

 掠れたような声が響き…………屋上全域に、呪詛が広がった。

 

 マハムドオン。呪殺魔法の最上位に位置する攻撃だ。一撃で全員を即死させてしまう極めて凶悪な魔法だが。

 そもそも俺とアリスは呪殺属性が効かない無効耐性を持っているし、ランタンとフロストも呪殺に耐性を持っているのでダメージはともかく即死は防げる…………はずなのに。

 

「ホ?」

「ホー?!」

 

 ランタンとフロストが崩れ落ちる。

「っな?!!!!」

 俺も全身から力が抜け、膝を突く…………がなんとか耐える。

 視線をやればアリスはどうやら平気だったらしい。

「…………おいおい、どうなってやがる」

 口調こそ平然としているが、正直けっこうきつい。

 どうなっている? 耐性持ちのはずなのに何故ランタンたちは即死した?

「有栖…………よくわかんないけど、まずいかも」

 アリスの言葉に首を傾げる。

「つぎがきたら、たえられないかも」

「っ、お前でもか?」

 こくり、と頷くアリスに状況の最悪さを理解する。

 アリスですらダメ、となるとあの死神の呪殺魔法は…………耐性を貫通する。

 貫通とは文字通り、耐性を貫いて通す。

 反射以外の耐性は無視され通常通りの効果が発揮される。それが耐性貫通だ。

 正直、これを持っている悪魔はほとんどいない。

 俺が知っているのはたった一体だけ、と言うほど希少なものなのだ。

 想定外だ、これはやばい。俺も次に同じものが来たら耐えれる気がしない。

 思考しつつ顔を上げ、目を見開く。

 

 群体も、ガキも、トゥルダクも。

 

 全て等しく、死んでいた。

 

「無差別かよ」

 

 だが。

 

「泰山府君祭」

 

 あっさりと悪魔たちが蘇る。

 

「どうしろってんだよ、これ!」

 

 詰んでいる。あいつのマグネタイトが切れて動けなくなるよりこちらが全滅するほうがどう考えても早い。

 時間が…………足りない。

 

 と、その時。

 

「ぐ、ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」

「…………う、ぐぐぐぐぐ」

 

 起き上がる、ランタンとフロストが。

「大丈夫か? ランタン、フロスト」

「よ、余裕だホ!」

「ヒーホ、ッホ!」

 明らかに無理がある、と言うか即死攻撃食らったのにどうして動けるのか。

「「気合だホー!!!」」

 俺の問いに対し、ピタリと声が揃う。

「そ、そうか…………」

 少々面食らって、声が上ずる。まあそれはいいとして、現状は何も変わらない。

 次にまた呪殺魔法が来ればランタンとフロストは耐えられない。

 どうする? そう思考していた…………その時。

「サマナー!」

 ランタンが俺を呼ぶ。

「オイラはサマナーのことを信じてるホ」

「あ、ああ、ありがとう」

 面と向かって言われ照れくさいのと、この状況で一体何を言っているのか、と言う二つの感情が渦巻き返答に詰まる。

「だから、サマナーもオイラのこと信じて欲しいホ」

「…………ああ、分かった」

 何か考えがあるのだろうか? そう考え。

「サマナー!」

「今度はフロストか、何だ?」

「オイラはサマナーについてけばもっと強くなれると思ったホー! 実際こうして強いやつといっぱい戦えてオイラは満足してるホー」

「何なんだ、さっきからお前ら一体何を」

「オイラもっともっと強くなるホー。だからサマナー、こんなところで負けてられないんだホー。信じるホー、オイラたちのこと、そうしたら」

「オイラたちもいっぱいがんばれるんだホ!」

 言いたいことだけ言ってランタンとフロストが互いに手を差し出し、繋ぐ。

 

「「デビルフュージョン」」

 

 溶け合う。ランタンとフロストの姿が。

 混ざり合う。赤と青が。

 そうして。

 

「ヒホヒホヒホー! このワルの帝王に全部まかせるホ! ってことでオマエら全員ごーとぅーへる!」

 

 紫色のソレが表れる。

 

「罪に彩られるホ、クライシス!」

 

 ソレがぐっと伸びをするようなポーズを取ると、薄紫の光が俺とアリス、ソレに宿る。

 

 そして。

 

「マ……ハ……ムド……オン」

 

 二度目の呪殺魔法が、俺たちを襲った。

 

 

 




段々なんでもありになってきてる気がするが気にしない。
デビルフュージョンはあれです、ネトゲのメガテンから持ってきました。
似たようなので合体技ってペルソナ2にもありましたよね。ライドウの合体技とはまた違う。
元々、召喚してる悪魔がCOMP内の悪魔の力を一時的に借りて強力な技を出す、っていうのがデビルヒュージョンなんですけど、組み合わせ次第だと一時的に二体の悪魔が別の悪魔へと変化して攻撃するんですよね。
例えば、オーディンとロキでデビルヒュージョンするとトールになって全体電撃属性のスキル使ってくれる、みたいな。
これから引っ張ってきて、こういう風にアレンジしてみました。

ゲームでもできるなら、小説でやってもいいじゃない、と言う感じで。

意外とこの小説、ネトゲのメガテン要素多いです。
と言ってもあれ準公式なんであまり当てにしすぎるのもアレなんですけどね。


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番外編 アリスと○○

アリスちゃんをprprしたかった。
最近アリスちゃん成分が足りないと思ったんだ。
でも本編じゃアリスちゃんprprできるのはいつのことだ? と思って。
突発的に作ってしまった。反省も後悔もしていない。

本話には、多分な妄想が含まれております。
とりあえずみんな「アリスちゃんprpr」しながら読んでください。


【モノガタリノマエニ】

 

 

 少女は孤独だった。

 一人街をさ迷い続け、時折自身が見える人間を見つけては“トモダチ”を増やす。

 だが物言わず考えることもしない、自発的に動くことも無い“ドモダチ”など人形と変わりも無い。

 幼い子供が人形やぬいぐるみを“トモダチ”と称するように、少女もまたそれがただの人形遊びなのだと言うことに気づけるほど成熟した精神は持っていなかった。

 永遠に無垢であることを決められた少女。

 故にこそ少女は永遠に埋まることの無い孤独を埋めるために人形を作り続ける。

 少女は生が止まっていた。故にこれ以上にもこれ以下にもならない。少女が少女であるようにとした大人たちはそれを嘆きながらもけれどそれでも少女のためにと骨を折った。

 

 少女はあらゆる世界にいた。

 あらゆる世界で同じ末路を辿り、同じ結果へと辿り付いた。

 けれど、全ての世界で同じ結果を辿った、と言うことも無かった。

 まあそれは今語るべきことではないので省くこととする。

 問題は、末路と結果は同じだと言うのに過程が違うことだろうか。

 

 幾多ある世界の一つ、少女は朝から街を歩いていた。

 現実と薄皮一枚隔てた世界を歩く。今日は一体どうしようか、幼い心が向くままに動き。

 そして少女は見つける。

 

 一人の男を。

 

 一目見た瞬間、鏡でも見たのかと錯覚した。

 自分に良く似ている、けれど全く違う存在。

 この人が“トモダチ”になってくれればこの物足りなさも紛れるだろうか。

 そこまで明瞭な思慮があったわけでもない。

 ただ少女は物足りなさが求めるがままに手を伸ばした。

 

 例え少女がそうと意識していなくとも。

 

 無意識に望んだ。それだけで男は少女に引き寄せられ…………。

 

 あっさりと、男が死んだ。

 

 

 

 * * *

 

 

【アリスと図書館】

 

 

 

「…………………………」

 ぺらり、とページをめくる音だけが辺りに響…………。

「~~~♪ ~~~♪」

 訂正、ページをめくる音とアリスの鼻歌だけが辺りに響く。

「…………………………」

 じー、っと先ほどからアリスを見つめているがアリスはこちらに気づいた様子も無く鼻歌を歌いながら本をめくっている。

 兎の絵が表紙の絵本らしきそれを机の上に広げ、楽しそうに目を輝かせて見ているアリス…………を隣でぼー、っと呆けながら見ている俺。

「…………………………」

「~~~♪ ~~~♪」

 それにしても楽しそうだな、と思いつつ図書館の空調によって調えられたほどよい温度に眠気を感じ、欠伸をかみ殺す。

「…………………………(欠伸)」

「~~~♪ ~~~♪」

 再度の欠伸。重くなった瞼にウトウトしながらゆっくりと体が机に沈み。

 そうして意識が落ちたのはすぐだった。

 

「……………………ん?」

 ふと目を覚ますと外は夕暮れに染まっていた。

 図書館に備え付けの時計を見ると時刻はすでに五時を回っていた。

 もう一時間もすれば図書館の閉館の時間だ。

 ふと隣の席に視線をやると、俺と同じような体勢で机に突っ伏したまま眠っているアリスがいた。

 どうやら絵本は自分で返したらしく、すでに机の上には無かった。

「……………………」

 こうして見るとただの子供にしか見えないが、れっきとした悪魔なのだから世の中不思議なものだ。

 ツンツン、と指先で頬を突くと、むに、と柔らかな感触が返ってくる。

「…………ん…………ん~」

 身じろぎして体を揺らすが起きる様子は無い。

 再度ツン、と指先で頬を突き、今度はさらにぐりぐりと回す。

 スベスベの肌にむにむにとした感触が意外と癖になりそうだったが、俺は別にロリコンと言うわけでもないので止めて普通に肩を揺する。

「ん…………ありす?」

 眠そうに目を擦りながら起き上がり、まだ半分閉じてとろんとなった目で俺を見るアリス。

「帰るぞ、起きれるか?」

「ん~…………おんぶ」

 両手を伸ばし、今か今かと待つアリスに呆れたようなため息を吐く俺。

「何アホなこと言ってるんだ、立って歩け、帰るぞ」

 普段ならCOMPの中に強制送還だが、人目のあるところでそんなことをやるわけにもいかない。面倒だが今のアリスは他人にも見えているのだから。

 そんな俺の弱みを知ってか知らずか。

「やーだー、おんぶー」

 寝ぼけた声で駄々をこねるアリス。

「……………………っち、分かったっつーの」

 こんな寝ぼけた状態で連れ回しても途中でこけるだけか、と内心で言い訳しつつ身を屈めて背中を差し出す辺り俺も相当に甘いと自分で思う。

「ん~、ありすのにおいがする」

 俺の背中に寄りかかりながら両手を首に回し、背中へその顔をぐりぐりと押し付ける。

「変なことするな、じっとしてろ」

 両手を背に回し、アリスをしっかりと抱えると足で椅子を戻し、図書館の中を出口目指して歩いていく。

 まだ残っていた利用客の何人かがこちらを見て微笑ましそうに笑っているのがどうにも気恥ずかしい。

「おいアリス、途中からは自分で歩けよ? …………アリス?」

「………………くぅ…………すぅ」

 背中越しにアリスに声をかけるが、返ってきたのは寝息だった。

 このまま家まで? そう考えてしまい。

「勘弁してくれよ」

 思わず愚痴がこぼれた。

 

 

 * * *

 

 

【アリスと映画館】

 

 

 

 アリスは意外と娯楽が好きだ。

 意外と、と言うのはいらないか。まあ、とにかく子供らしく娯楽が好きだ。

 一度映画館に連れて行ったことがあるが、それ以来時々連れて行けとせがまれる。

 こういう文化的な遊びは初めての経験らしい。

 まあふらふら街中歩いて人を殺してるだけの日常じゃ無理も無いと思うが。

 

 アリスは映画が好きだ。

 と言っても女の子らしい恋愛映画や子供らしいアクション映画などはあまり好まない。

 じゃあ何を好むのか、と言われると。

『キャアアアアアアア!!!?』

 悲鳴。

 すぶしゅっ、ぐちゃ、ばき、ぐちゅ、ぐty

 血飛沫、そして何かを食らうような音と骨が折れたような音。

 そう、スプラッタなホラー映画だ。

 こういうところだけ悪魔っぽいのはいかがなものだろうか。

 

 チャンチャンチャンチャン♪ チャンチャンチャンチャン♪

 チャンチャンチャンチャン♪ チャンチャンチャンチャン♪

 

 携帯に送られてくる未来の自分の死ぬ瞬間の動画、と言う設定の某ホラー映画を見に来ていた。

「…………?」

 反応が薄い。基本的にホラーはホラーでもスプラッタじゃないと盛り上がりに欠けるらしいちょっと危険なアリスの感性だった。

 

 と言うか、ホラーじゃなくてもスプラッタならなんでも良いらしく。

 

『GYAAAAAAAAAAAA!!!』

「キャー!!」

 現代に蘇った恐竜、と言う設定の某映画では、恐竜に人が食われるたびに叫び声を上げている。

 周りの客は子供が怖がって悲鳴を上げているのだと思っているのだろうが、違う。これは歓喜の叫びだ。

 

「たのしかったね、有栖!」

「…………良くあんなので盛り上がれるな、お前」

 俺の言葉にアリスがうん? と首を傾げ、そしてポン、と手を打つ。

「そっか。有栖はあのていどじゃもりあがれない「違うからな」」

 おかしな方向に行こうとしていたアリスの発想を無理矢理止める。

「もっと恋愛映画とかアクション映画とか。子供らしい、もしくは女の子らしい映画見ないのか?」

「なんで? すぷらったおもしろいよ? おもしろいのみちゃだめなの?」

 ぐ、と言葉に詰まる。楽しいから見ている、それじゃダメなのか? と聞かれれば良いに決まっている。

 正論なのだが、だからと言って鮮血と死肉が飛び散るスプラッタで興奮する幼女と言うのは何か大きく間違っている気がする。

「………………まあ、いいか」

 結局、こいつが楽しめるのなら、それで良いか。と思うことにする。

 

「うん、またいこうね、有栖!」

 

 ま、今はこいつが楽しそうにしている…………それで良しとしよう。

 

 

 

 * * *

 

 

【アリスと墓】

 

 

 

「……………………」

 手を合わせる。と言うこの行為にどれほどの意味があるのかは知らない。

 そもそも俺は無宗教であって、墓の前で手を合わせると言う行為に聊かの意味も見出していない。

 そも死者と意思疎通したいのなら俺の隣でじっと墓石を見つめる少女に頼めば良いだけだろう。

 死霊遣いだる少女ならその程度造作も無いことだろう。仮初であるなら一時的に生き返らせることもできるかもしれない。

 けれども…………墓の主と、両親と会話できる方法がありながら俺はそれを実行してこなかった。

「……………………」

 

 ()()()()()

 

 墓の上でこちらをじぃ、っと見つめている両親の姿が。

 だがだからこそ何も言えない。

 あの時は夢中だった。ただ一心に死にたくないと願った。

 けれど。

 

「俺は本当に生きてて良かったのか?」

 

 今の自分の両親の仇も取らぬままにこうしてのうのうと生きている。

 それが何よりも不義理な気がして。

 手を合わせるより他に、することはできなかった。

 

 

 少年の複雑な心境。

 それは契約によって繋がっている少女にも伝播する。

 良く分からない、と言うのが少女の素直な感想。

 会話したければ会話すればいいし、生き返らせたいのなら生き返らせれば良い。

 何を躊躇しているのかは知らないし、分からない。

 それは少女が未だに幼いせいだろう。ヒトで無いこともあるかもしれないが、それ以上にそう言った人間の機微を理解できるほどに少女の情緒は成長していない。

 そして、子供だからこそ、生死の概念が薄い。

 じっと墓の上の男女を見る。

 有栖の両親…………一時期自身が“トモダチ”にしたヒトたちだ。

 けれど有栖と契約してアリスの“トモダチ”は全員埋葬された。有栖の言によって。

 良く分からなかった。

 ずっと満たされない思いを抱えていた。

 だから“トモダチ”がたくさんいれば満たされるのだと思っていた。

 けれど。

 数十人いた“トモダチ”はみんないなくなって。

 代わりに有栖一人だけが傍にいる。

 数の上では比べ物にならないくらい少ない、なのに。

 

 不思議と今は足りなかった何かが満ちていた。

 

 満たされなかったその思いを、孤独と呼ぶには…………少女はあまりにも幼かった。

 

 ただ満たされた今は、昔と比べてトモダチはいなくなった今は…………決して悪くなかった。

 

 

『俺の死後をお前にくれてやる、だから俺の生前にお前をくれ。所詮俺らは魂で繋がった()()なんだから』

 

 

 あの日の約束は…………未だに破られていない。

 

 

 

 * * *

 

【アリスと家】

 

 

 

 ざあざあ、と雨が降っている。

「………………ふーむ」

 ぺらり、ぺらりと小説のページをめくって読み進めていく。

 俺と俺の仲魔たちしかいないこの家。両親の残した家だが、いつもは無駄に騒ぐ仲魔たちがいるのだが、今日に限っては静かだ。

 外は雨で、出かける気にもなれず朝から暇つぶしに小説を読んでいたのだが、朝方がやがやと騒いでいた連中も今は静かに…………要するに精神年齢が子供な仲魔たちが全員昼寝しているのだ。

 少し暑いのかフロストを抱き枕にして眠るアリスと、フロストに寄りかかって眠るランタン。そして抱き枕にされた上に寄りかかられて苦しそうなフロスト。

 仲魔全員がCOMPから出ているが、全員写し身のようなものなのでどうこう言うつもりは無い。

 簡単に言えば、分霊のさらに分霊みたいなもので、能力などを一切持たない代わりに存在していてもほとんどマグネタイトを消費しない省エネモードみたいなものだ。そこまでして外に出たいのか、と思いつつもまあ普段あまり外に出さないから家の中くらい好きにすれば良いか、とも思う。

「………………なんだかな」

 どうにも本を読む気分でもなくなったので、閉じた本を棚に戻しすやすやと眠る仲魔たちを見る。

 

 フロストとは…………あの病院で出会った。

 あの時は本気で死ぬかと思ったし、ランタンに言われたとは言え仲魔にするのは無理だ、と思ったが、何故か仲魔になっている。あれは本気で謎だった。

 

 ランタンとは…………この街の地下の発電所で出会った。

 あの時も本気で死ぬかと思った。酸欠で意識が朦朧としていた上に、時間制限付きで、しかも仲魔はアリス一人という色々と無理のある状況だったが、紙一重で倒して仲魔にできた。

 

 アリスとは…………この世界で初めて会ったのはあの晩だろう。

 あの時ももうちょっとで死ぬかと思った。と言うか、アリスがいなかったら死んでいた。

 

 それから…………。

 

『死んでくれる?』

 

 あの時の言葉を思い出す。

 死者しかトモダチを作れない少女。

 何故か自分に擦り寄ってきた少女。

 自分に生きるチャンスを与えてくれた少女。

 

 もし、もう一度尋ねられたら…………俺はそれを断れるのだろうか?

 

「…………まあ断るわな」

 

 きっとこの先もずっとそうだろう。

 契約する。心で、魂で繋がる。COMPなんて便利なものも無かったから、だから未熟ながらも精一杯の契約。

 

 俺とアリスは魂で繋がっている。

 だからこそ、ある程度だがアリスの感情が伝わってくる。

 感じたのは孤独。

 満たされない、満たされたい。

 だから“トモダチ”がいればきっと満たされる。

 子供染みた、実際に子供の理論。

 間違ってもいない、だが間違っている。

 アリスの“トモダチ”は“トモダチ”ではない、ただの人形だ。

 物言わない、思考もしない、ただアリスの命令に従って動く、そんなもののどこが“トモダチ”なのか。

 だからだろうか?

 

「お前は今…………楽しいか?」

 

 ふとそんなことを呟いたのは。

 そして…………。

 

「たのしいよ、有栖」

 

 答えが返ってきた。

 

 

 ふと見れば、アリスが目を覚ましていた。

「へっくち」

 ぷるぷると震えながらくしゃみをするアリス。

「つめたい」

「フロスト抱いて寝るからだろ、一応そいつ霜の妖精だからな」

 妖精二人組みはまだ寝たままだ。いつの間にか互いに抱き合って、フロストが溶けかかっている。

 と、妖精たちを見ているとふと、とん、と押されるような感覚。

 見るとアリスが俺に抱きついていた。

「えへへー有栖あったかーい」

「俺が寒いんだが」

 とんでもなく冷えているアリスの体が容赦なく密着してくる。

 俺まで寒くなってくる。

「ちょっと待ってろ」

 立ち上がり、台所で暖かいココアを作る。それからアリスは熱いのは苦手なので、ミルクも注いでほどよい温度を作ってやる。

 ココアの入ったカップを持って戻り、アリスに渡してやる。

「わーい」

 慎重に温度を確かめながらココアに口をつけるアリスを見ながら苦笑する。

「なんともまあ…………」

 

 平和な日だ。

 

 だが…………こういうのも悪くない。

 

 そう思った。

 

 




着信○りをテレビで見て、その後数日は夜中トイレに行くときに天井が気になって仕方なかった作者です。
ところで着○ありとデビルサバイバー2って似てない?

寒くてぷるぷるしながら「へっくち」さらには抱きついてきて「あったかーい」
俺書いてて萌え死ぬかと思った。


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有栖とジャアクフロスト

そういや感想でアリスヒロイン化希望が多過ぎたので、特別にNLCルート全部やったらアリスルート、つまりAルートを追加することにしました。
簡単には話決まってますけど、どういう風に落とすかは不明。


 殺意の黒い魔法が俺たちへと降り注ぐ。

 マハムドオン。しかも耐性を貫通してくる凶悪な魔法だ。

 万事休す、そんな言葉が頭を過ぎる…………が、俺は何もしなかった。

 信じろ。仲魔にそう言われたのだ、サマナーとして信じる以外に無いだろう。

 そして。

 

 キン、と金属音のような音が鳴り、魔法が反射される。

「ヒホヒホ! 見たかホ! オイラの魔法を」

 ふと気づく。体が軽い。よくよく冷静になってみれば、身体能力や魔力が増大している。

 さきほどの薄紫色の光、まさかあれなのか?

 魔法反射効果に加え、この分だと全カジャ系をかけた、と言ったところだろうか?

「今なら…………いけるか? アリス!」

「いけるよ、さまなー!」

「んで、お前は?」

「オイラはワルの帝王ジャアクフロスト様だホ! よろしくするホ! サマナー」

 態度は大きいが、それでも俺をサマナーと言うのは変わらないらしい。

「なら…………一番でかいのぶちかませ!」

「オッケーだホ!」

 そうして。

 

「メギドラダインだホー!」

 

 一撃で半数近い敵が吹き飛んだ。

 

「…………は?」

「まけないよー、メギドラオン!」

 さらにアリスの一撃で残った半数のさらに半分程度が吹き飛び。

「まだオイラのバトルフェイズは終わってないホ! メギドラダインだホ!」

 さらにダメ押しの魔法で…………泰山府君を除く、全ての悪魔が片付き、泰山府君自体にはいくらかのダメージを与える。

「冗談…………だろ?」

 なんだこの反則性能?! 自分の仲魔ながら驚愕するしかない。

「っと、ようやく撃てるな」

 壁が無くなり、ようやく、とばかりに弾丸を装填した銃を構え、引き金を引く。

 まあ普通に考えて少々ダメージを与えたところでどうこうなるとも思えない。

 だから…………これは攻撃のための弾丸ではない。

「先代ライドウに作ってもらった特別性だ。しっかりと味わえ」

 銃口を飛び出した五発の銃弾が屋上の床にバラバラに着弾し…………五角形を形作る。

「閉ざせ!」

 呪文を口頭で口にすると同時に、五角形を描いていた銃弾が光だし、弾丸と弾丸が光で結ばれ、五望星が描かれ、光が死神を包み込む。

「内と外を遮断する結界だ。これで詰みだ」

 本来は相手を閉じ込める結界だが、今回の用途はそうではない。

「遮断する…………そう、マグネタイトの吸収とかも、な」

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 死神がもがく。もがき、呪殺魔法を乱舞してくる、だが最後の抵抗も虚しく魔法は俺たちに迫る直前で弾かれ…………。

「明日も学校あるんだよ俺は…………いい加減迷惑だ、地獄に返れ!!!」

「メギドラオン!」

「メギドラダインだホ!」

 崩れかけた死神の体に超威力の破壊魔法の二連打が止めをさした。

 

 

 

 ただ呆然とその光景を見ていた。

 

『溜めろ、アリス。ランタンとフロストは補助だ』

『フロスト、止めろ。ランタンはもう一度だ!』

『ぶち抜け、アリス!』

『メギドラオン!』

 

 あまりにもレベルが違い過ぎるその場所に割って入る…………そんなこと無理に決まっている。

 強くなった…………つもりだった。

 けれど自身が憧れたその背中はずっと遠くて。

「……………………っ」

 いつでも召喚できるようにと握った管だが、終ぞその管から仲魔が召喚されることは無かった。

 

 あの時、倒れ伏した有栖を見つけ、すぐさま駆けつけようとし…………足が止まった。

 そこにいた化け物の姿に足を踏み出すことを体が拒否した。

 その間に有栖に駆け寄り、起こしたのは…………アリスであり。

 自分はまだ彼の隣に立つどころか近づくことすら許されていない。

 サマナーとしての技量が違い過ぎる。

 単純な仲魔の強さの違い、と言ってもいいかもしれない…………だがその強力な悪魔たちを従えているのは間違い無く有栖のサマナーとしての力だ。

 見ていて分かる…………彼らは一度たりとも有栖の命令に反していない。

 レベルは隔絶しているのだから、その気になればあっさりと命令を無視できると言うのに。

 それは仲魔が有栖を信頼しているから。

 

 自身のサマナーの指示に従えば勝てる、仲魔自身がそう思っているからこそ成り立っていることだ。

 

 この数年で近づいたと思った。

 けれどこの数年で成長していたのは自分だけではない。

 自分よりも遥かに早い速度で有栖は成長している。

 このままでは追いつけない。

 そんな焦燥感が、朔良の胸を焦がした。

 

 

「…………終わった、のか?」

 溶けるように消えた死神はもうここにはいない。

 再度召喚されるような気配も無く…………特に異常も起こらない。

 つまり…………終わった、はずだ。

「お、終わった、か」

 思わず腰を付く。立っていられないほどの脱力感。

 さすがに今回ばかりは死ぬかと思った。まあ何故か毎回そんな目に会ってる気もするが。

「純粋な実力で上回られたのは久々だったな」

 全力を出しても倒しきれないなんて相手そうそういるはずも無い、と思っていたのだが、そのそうそういるはずも無い相手にどんぴしゃに出会ってしまった今回は肉体的にはともかく、精神的にはいつもの十倍くらいは疲れた気がする。

「ご苦労だったな、アリス…………それとジャアクフロスト」

「たいへんだったねー」

「ヒホヒホ! オイラに任せろホ!」

 変わってしまった仲魔を見て、なんとも言えない表情をする。

「で、お前結局なんなの? フロストとランタンは?」

 緊急事態だったので見過ごしていたが、邪教の館でも無いのにいきなり悪魔合体が始まったらさすがに不自然だろう。

「デビルフュージョンだホ! オイラはオイラで、オイラはオイラだホ!」

「全部オイラじゃねえか、分かんねえよ」

 デビルヒフュージョン? フュージョン、融解? この場合、合体みたいな意味合いか?

「で、戻れないのか?」

「ホ?」

「いや、ぶっちゃけフロストとランタンの二体がいたほうが便利なんだが」

「ヒホー?! オイラはイラナイ子?!」

「いや、それはどうでもいいんだが、結局できるのか? できないのか?」

「出来ないことも無いホ」

「じゃ、やれ」

「いや、でもオイラ強いホ?」

「それは分かったが、そもそも俺が普段戦う相手なんざアリスでもオーバーキルなのにお前使うような相手なんてそうそういねえよ、マグネタイトの消費でか過ぎるし、お前」

「いやでも…………」

「あのな、ジャアクフロスト」

 そこで、一度息を止め。

 

「八頭身になって出直して来い」

 

「ヒ、ヒ、ヒホーーーーーーーーーー!!!!!」

 あ、逃げた。しかもなんか涙みたいなのでてる。

「さまなーいいすぎだよ、あのこかわいそう」

「つっても限界まで収集してたマグネタイトがあいつの魔法三発で空だぞ? 今倒した死神のマグネタイト収集してるから差し引きでマイナスってことは無いだろうが、燃費が悪過ぎる」

 ぶっちゃけ、アイツがメギドラダイン一発撃つ分のマグネタイトでアリスがメギドラオン三発は撃てる。

 マグネタイトバッテリーの最大収集量はCOMPのランクによって違う。

 俺みたいな中堅どころに許可されたCOMPじゃあいつの燃費の悪さには耐えられない。

「奥の手としてはいいかもしれんが、使いどころを考えないと後に続かないぞアレ」

 今回のようなマグネタイトが使っても使っても沸いてくる環境ならともかく。

 普通の戦闘で使ったら、その一戦は勝てても次の一戦で戦うマグネタイトが無い。つまり仲魔が使えなくなる。

「お前ら使うのですら普段から節約して、ギリギリなのにあんなの使えるか」

 強いのは認めるが、それより継戦能力のほうがありがたい。

「ま…………今回みたいな場合の時のために切れる札が一枚増えたって意味ならありがたい」

 超が付くほど強力なのは事実なのだ。普段はともかく、いざと言う時なら使えるだろう。

「ところでさまなー、あれ」

「ん、まあ分かってるが…………アイツ何やってんだ?」

 屋上の端。入り口とは反対の方向にある隅に腰を下ろしてもがいている。

「体育座りもできない…………オイラは二頭身」

 いかにもショック、と言う感じで肩を落とし膝を付きながら、チラッチラッ、と時折こちらを見ている。

「わたしいってくるね」

「お前が? まあいいけど、どうするつもりだ?」

「んふふ~ないしょ」

 人差し指を唇に当ててアリスが笑う。その姿に、多少の呆れを含みながら勝手にしろ、と言って送り出す。

 てくてく、とアリスが歩いていきジャアクフロストに近づく。

 それから両者が何かを会話し…………十数秒ほどでジャアクフロストが立ち上がり、アリスと共に戻ってくる。

「それじゃあ元に戻るホ! でもいつかまた使って欲しいホ。それじゃあ、またいつかだホー! サマナー! 姉御!」

 姉御…………? そっと視線をアリスに移し。

「えへっ」

「お前何を言った?!」

「うふふ」

「誤魔化すな!!」

「キャー」

「わざとらしい悲鳴上げるな!」

「オイラたち復活だホ!」

「二人とも楽しそうだホー!」

「どこがだ!」

 こいつら出しっぱなしなのはマグネタイトの無駄遣いだ、と気づき送還したのはその五分後だった。

 

 

 仲魔を全員送還し、ようやく静かになった屋上を見渡す。

 奥のほうに倒れた群体、と何故か入り口近くに倒れている別の男。

 そして。

「「あっ」」

 ばっちりと視線があってしまった朔良。

「……………………いたのか」

「……………………ええ、まあ」

「……………………見たのか?」

 俺があいつらに振り回されているあの姿を、見られたと言うのか。

「………………まあ」

 神は死んだ。俺は無宗教だが。

「忘れろ。今見たこと全部」

「努力はするわ」

「…………そうしてくれ。と、まあ気を取り直して」

 屋上を見渡し、入り口近くに倒れている男のほうに近寄っていく。

「こいつ誰だ?」

 そんな俺の疑問に答えたのは、朔良だった。

「地下で何かしてたわよ、たしか群体(クラスター)って名乗ってたわ」

「何?」

 俺の疑問に答えるように、朔良が俺と分かれてからの話を簡単に纏めて話す。

 その言葉を聞き、思わず奥のほうに倒れている男を見る。

「あそこで倒れてるあいつ、あいつも自分のことを群体(クラスター)と名乗ったな」

 そんな俺の言葉に朔良が眉をしかめる。

「群体、つまりあいつらは複数いるってことか?」

「何かの部隊の名前、とか?」

 普通に考えればそうだろう。

「そもそもあいつら一体何がしたかったんだ?」

 最初は強力な悪魔を使役しようとしているのかと思った、だが制御するつもりは無いようだった。

 だったら自由にした強大な悪魔にこの街を壊させようとしているのかと思った、だが俺がそれを邪魔してもただ見ているだけだった。

 まるで召喚してしまえば後はどうでもいい、と言わんばかりのその態度に疑問が残る。

「こっちは突然笑い出して走っていったのよ、それを追いかけたらちょうど有栖が戦ってる途中だったわ…………その助けられなくてごめんなさい」

「ん、ああ、良いさ。あれは人間相手じゃ分が悪い。下手に発狂して邪魔しなかっただけでも十分過ぎると思うぞ」

 あの濃密な死の気配にやられ、精神が崩壊していてもおかしくなった。俺だったから良かったが、並の人間ではあっさり精神崩壊をして…………。

「待て…………おかしい。あいつあの死神の目の前にいたのに、なんであんな平気そうな顔ができる?」

 朔良ですらその気配に立ち止まったのに、俺のような特殊な事例でも無い限り、平気でいられるはずが無い。

 例えるならクトゥルフ神話系の精神汚染に近い。否、蝕むものが命そのものな分より凶悪かもしれない。

「だがアイツは平気そうな顔して立っていた」

 それはつまり…………。

「有栖と同じってことかしら?」

「いや、俺と同じのがいるはずねえ…………まあ理由は省くが、俺みたいな事例は他には無いと考えて良い」

「だったらどうして?」

「…………もしかするとアイツらがあの死神を召喚したのと何か関係があるのかもしれないな」

 しばし考えてみる、が何も思い浮かばない。

「分からん…………今日のところはヤタガラスに連絡して人手を回してもらって、俺たちは帰るとしようぜ」

 朔良は数秒考え、そうね、と頷く。

「…………そういやなんか忘れてる気がするんだが」

「呪いの事? 地下にいたわよ。何かの儀式に使われそうだったんだけど、嫌な予感がしたから倒しておいたわ」

「…………ふーん、そうか」

 呪いのこと…………だったか? 何か違うような、でもそれ以外に心あたりなんて。

 考えつつ階段を下る。どうもさきほどの死神が顕現した影響で異界が歪んでいるらしい。一周して正常になっている、と言うか迷宮化が解けている。

 素直に階段を下ると下にたどり着くので帰り道はわかりやすい。

「っかし、ちと問題かもな」

「何がよ?」

 校舎の階段を下りながらぽつりと呟くと、朔良が反応する。

「これだけ異界が滅茶苦茶に荒らされた上に異界の主がどこにもいない。住み着いていた悪魔たちはお前が倒したんだろ?」

「そうね、けっこうな数がいたから恐らくここの住み着いていた悪魔たちでしょ」

「どうやってけしかけたのかは知らんが、まあ襲ってきたのだから倒した、それは問題ないだろう」

 どうせほうって置けば霊穴の力で沸いてくるのだから。

「だが主がいなくなったのは不味いかもな」

 この異界の主はヤタガラスと…………人間と交渉する程度に人間に友好的で、しかも霊脈が重なった霊穴の管理が出来る程度に能力が高く、住み着いた悪魔が異界から出て行かないようにしてきた程度に支配力が強い。

 そんな三点揃った悪魔が早々見つかるとも思えない。

「ここの主がどんなやつなのかは知らないが最悪の場合、この異界は破棄されるかもな」

 

 異界に主は必須だ…………とは言わない。

 俺が倒したフロストがいた廃病院のように、核となる悪魔を中心に作られた異界は主が必須だ。この場合の主とは核となった悪魔だ。逆にここのように、地脈の力で霊場が歪み生み出された異界は主を必要としない。

 だが異界を保つのに主は必要無いが、異界を管理するなら主がいたほうが都合が良い。

 異界の主とはその異界の法則を担う存在だ。異界内のどんな悪魔よりも強力である必要がある。

 そしてこの地の場合は、そこに霊穴の管理と言う仕事が入る。

 霊穴の管理とは言うならば霊脈が循環するように保つ仕事だ。

 

 世界の血脈とも呼ばれる霊脈に流れるのは、純粋な力だ。

 ある意味世界の命とも言えるこれは、生命と同じように世界の表面、地表の下を巡り、輪となって循環している。

 毛細血管のように世界中に霊脈が張り巡らされており、複雑に絡み合っている。

 そして、無造作に絡み合った霊脈は時折詰まることがある。

 一方通行になり、ある一点で止まってしまってそこに溜まりつづけるのだ。

 人間でも血管が詰まれば破裂して致命傷になりうるように、世界的に見てもソレは非常に良くない状況である。

 簡単に言うと、流れない力は徐々にその地の負の情念に汚染されていくのだ。

 そうなると土地自体が淀んでしまい、悪魔や怨霊が湧き上がり、人の精神すら汚染してしまう死の土地となってしまう。

 霊脈は地下を通っている水脈のようなものだが、物質的に存在するわけではない、だが確かに存在して現実に影響を与える。

 そこで同じように半分現世からはみだしている異界から干渉し、いくつもの霊脈上にある異界を使って流れを調整するのだ。

 流れが詰まってしまうところにはこれ以上力がいかないように水門を閉めるように栓をする。

 流れが複雑化してしまっているところはいくつかの霊脈を纏め上げ、一本の太い霊脈にしたり。

 あまり大規模にやると流れそのものに影響が出るので、あくまで最小限に変えて行き、そうして世界の命を保っているのだ。

 そしてそれを行なっているのが霊脈の上の異界の主だ。

 ヤタガラスの人間がやる場合もあるが、人間よりも悪魔のほうが霊脈の扱いに慣れているため、だいたいは人間と交渉した悪魔が行なう。

 悪魔にとっても霊脈の上の異界の主になれ、力をつけることが出来るので利は大きい。

 

 と、まあこういう理由でこの異界の主がいないのは非常に不味いのだ。

「あまり良くないらしいが、最悪の場合異界を破棄してヤタガラスのほうで調整することになるかもな」

 人間ではあまり上手くできないらしい、とはキョウジの弁。あの男、何でも教えてくれるのは良いが、ちょっと事情を知り過ぎではないだろうか? 実はスパイだと言われても納得できるのだが。

「そこまでは私も知らなかったわ…………なるほど、そんなことになってるのね」

「ああ、だから今の主の生死の確認だけでも出来ればいいんだがな」

 果たしてどこにいるのか?

「私が倒した中には?」

「多分いないだろ。強さ的には頭一つも二つも飛びぬけていた強さのはずだからな。そんなやついたか?」

「いえ…………全員同じくらいだったわね、多分レベル20も無いんじゃないかしら」

「じゃあ違うな。霊穴の管理なんて低レベルの悪魔がやったら力の奔流に逆に飲み込まれるのがオチだ、最低でもレベル60くらいはあるはずだ」

 逆に言えば新しく主を用意するにも最低ラインがレベル60と言う非常に厳しいものになる、と言うことだが。

 と、考えていると、ふと朔良が眉を潜め、何かを考えていた。

「朔良?」

 どうかしたのか? と尋ねると、朔良が首を傾げる。

「今この校舎にいるのって私たち二人よね?」

「ああ、そうだな」

「仲魔は出してないわよね?」

「は? 出してないぞ」

 朔良の意図することが良く分からず首を傾げ…………次の一言で凍りつく。

 

「じゃあさっきから聞こえてくる足音、誰の?」

 

「…………………………朔良」

「何?」

「俺が合図した振り向きながら横に飛べ」

「了解」

 言いながら俺は腰に差したホルスターから銃を抜き。

「一、二の…………三、今だ!」

 俺の言葉に従い、俺と朔良の二人が同時に振り向き、横に飛ぶ。

 と、同時に俺たちの間を何かが通り抜ける。

「タネは割れてんだ。もう通用しねえよ、バカ」

 そして後ろ手に拳銃を構え…………。

 

「出オチごくろーさん、ってな」

 

 引き金を引いた。

 




リリなののマテ娘の王様みたいに、悪ぶってるけどなんか可愛い子って苛めたくなる。ジャアくんみたいに。ジャアくんみたいに。

あとオリジナル設定非常に多いです。水代の小説の特徴みたいなものなので、受け付けない人はきっぱり切ったほうが良いかと。なるべく世界観にあわせるように設定組んでますけど、それでも無理と言う方はいるかと思うので、今更ながらに言っておきます。

さて、次回はいよいよ有栖を襲った悪魔の正体が判明します。
絶対誰もわからなかっただろうなあ。ぶっちゃけ元ネタとかけ離れてる気がするし。

そしてタイトルに書くほど出番は多くなかったジャアクフロスト。
折角カッコよく登場したのにもう出番降格です。
恒例のジャアクフロストの【公開】設定と泰山府君の設定を下載せておきます。





魔王 “■■■■■■”ジャアクフロスト

LV90 HP2380/2380 MP790/790

力95 魔93 体99 速76 運75

耐性:物理
無効:破魔、万能
反射:火炎、氷結、呪殺

ギャラクティカフロストパンチ、ブーメランフロステリオス、メギドラオン、メギドラダイン
■■■■■、メディアラハン、クライシス、バリアブレイク

備考:■■【■■】の権能を持つジャアクフロスト。僅かにだが■■■■■の力を宿す。

メギドラオン 核熱属性の全体魔法。

メギドラダイン 全体に万能属性特大ダメージ。

クライシス 一定時間、味方全体の全ステータス増大。全ての状態異常を無効化し、物理反射と魔法反射の状態変化を得る。

バリアブレイク 拳で攻撃した時、相手の補助魔法及び、テトラカーン、マカラカーンを破壊する。

■■■■■■ 自分の行動終了時、低確率でもう一度行動する。この効果は一度の行動に付き一回発生する。




死神 タイザンフクン(泰山府君)

LV125 HP9999/9999 MP9999/9999

力78 魔209 体178 速122 運156


無効:火炎、氷結、電撃、衝撃、破魔
吸収:呪殺

マハムドオン、泰山府君祭、亡者の怨嗟、十王の裁定
(メギドラオン、ランダマイザ、ペトラ、陰陽祭神)

備考:召喚時の不備で後者四つのスキルが使用できない。

泰山府君祭 味方全体を蘇生させた上で、HPを全回復させる。

亡者の怨嗟 毎自ターン開始時、敵全体に10%の確率で即死を付与する。呪殺耐性以上のある敵には通用しない。

十王の裁定 呪殺魔法使用時、相手の耐性を一段階下げた上で貫通する。即死の付与確率を50%上昇させ、耐性の無い敵を100%即死させ、相手の即死耐性も無視する

陰陽祭神 火炎、氷結、電撃、衝撃を無効化し、無効化した時50%の確率で反射し、50%の確率で吸収する。





>>「八頭身になって出直して来い」
今回一番やってみたかったセリフ。


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有栖と独立固体

 

 

 スススス、と言う衣擦れのような音が聞こえる。

 半透明のぼんやりとした青い光を放つソレが銃弾に貫かれると同時に聞こえたその音。

 逃げ出したのか? と思ったがソレはまだ俺の背後にいた。

 振り返ってもいるのは今ので相当にダメージを負ったからなのか。

「下手に仲魔を召喚するよりこっちのほうがいいかもしれないな」

 銃を構え、引き金を引く。

 スススススス、と再度聞こえる衣擦れのような音。と同時にとてとて、と音を立ててソレが逃げ出す。

「逃がすかよ!!」

 一度目と違いダメージは無い。ならこのまま追って倒したほうが良いだろう。気配も無く現れるアレは強さ以前の厄介さがある。

「行くぞ、朔良」

「了解よ」

 朔良を併走しながらソレを追う。

 そしてすぐに気づく、ソレが一階の玄関目指して逃げていることに。

「外に逃げるつもりか?」

「けど結界があるわよ?!」

 そう、だとするなら…………。

 途中まで考え、思考を止めてソレを追う。

「行ってみれば分かるか」

 今ここで考えていても仕方が無い。ただ念のためいつでも召喚できるようにCOMPを操作だけはしておく。

 

 そうしてソレを追って辿り付いたのはやはり異界の入り口、旧校舎の玄関。

 

 そこに一人の男が立っていた。

 

「道案内ご苦労。ふーん、キミたちが俺たちを殺した二人か」

 その不躾な試すような視線に、朔良が眉を潜める。俺はと言えば、そんなことよりも聞き逃せない一言に別の意味で眉を潜めた。

「俺たちを? 殺した?」

「あれ? あいつら何も話してないの? ってキミたちはイレギュラーだったわけだし、話すわけ無いか。まあいいさ、俺はキミたちの顔を覚えた。今日はあと一つで終わりにしよう」

 まるで会話する気も無い、一方的に話し、勝手に自己解釈し、一人納得するその男に俺たちは不快感を覚える。

「勝手に話を進めるな、一人で盛りあってんじゃない。会話する気あんのか?」

「無いよ? なんで俺がキミたちに合わせないといけないの? まあいいや。要件をさっさと済ませて帰ろうか」

 きょとん、とした目で、まるでどうしてそんな当たり前のことを聞くのか、と言った口調であっさりと俺の疑問を否定した上にさらに強引に話を進めてくる。

 ここまで来ると、もうさっさと話させて帰ってもらったほうがいいんじゃないかと思ってくる。

 いきり立って飛び出しそうな朔良を手で制しながら男の言葉を待っていると、すぐに男が口を開く。

 

「俺はキミたちが殺した群体たちの王となる存在、独立固体(インディペンデンス)だ。今日ここにいる用件は二つ。一つは群体である俺たちを殺した人間の顔を見ること。もう一つは…………」

 

 にぃ、と狂ったような笑みを浮かべ、男が言葉を紡ぐ。

 

「来るべき世界の終末の日、その時までに俺はキミたちを殺し俺たちを生み出した者を殺す。そうして復讐を遂げた暁には、俺は群体たちの王となる。これはその最初の宣戦布告だ」

 

「な?!」

「にっ!!!?]

 言葉の意味を理解し、驚愕する俺たちを他所に男が足元の俺たちを襲ったソレを一撫でし…………。

「これを開戦の火蓋としよう。さあ、封を解け…………【ア・バオ・ア・クゥ】」

 パリンパリン、と何かが割れる音と共に床に現れる魔法陣。

 そこから現れたのはヒビが入った一枚の鏡。

 そして鏡が完全に出きったその瞬間。

 

 パリィィン

 

 鏡が音を立てて砕け散る。

 同時に、半透明だったソレが徐々にその青い光に包まれた表皮を見せて行き。

 全長三メートルほどの怪物が現れた。

 

「理性まで弾け飛んだ獣ならぬ、化物だ。精々足掻いてくれ」

 

 楽しそうに笑いながら男が入り口から出て行く。咄嗟に朔良がそれを阻もうと動くが、それより早く怪物が襲い掛かる。

「っく! どうなってるのよ一体?!」

「分からん、が、とりあえず目の前の事態から片付けていくぞ」

 

 SUMMON OK?

 

「きょーはいそがしいね、さまなー」

「頼んだぞ、アリス」

 予めいつでも出せるようにしておいたお陰ですぐに対処できたのは幸いだ。

 出だしで詰まると後々に響くからな。

「吹っ飛ばせ、アリス」

「メギドラ!」

 朔良が懐から出した小刀で咄嗟に化物の爪を受け止め弾き返す。あれを見ている限りは最初にやった時と違って、普通に攻撃が通りそうだ。そう判断しアリスに撃たせた魔法が化物を吹き飛ばす。

「大丈夫か? 朔良」

「ええ、何とかね…………第六感が警告している、ってことはまだ動くわねあの化物。ヨシツネ、オルトロス、ツチグモ」

 朔良が管の封を解き、三体の悪魔を召喚する。

「攻撃は有栖に任せるわ。こっちはアイツを止めることに専念する」

「了解だ」

 恐ろしい速度で突進してくる怪物に銃を放つ。だが怪物の速度のあまりに数発が反れて、けれど数発が着弾する。

「こいつ何か弱点とか無いのか?」

 呟きつつ、観察してみるが、そうそう簡単にわかるはずも無い。

 そして観察したから分かるが、どうやら朔良の仲魔たちも厳しい一戦を潜り抜けたのかどこか動きに精彩を欠いている。あまり長期戦はしないほうがいいかもしれない。

「…………っち、あんま危険なことはしたくないんだが」

 こっちも死神との死闘が終わったばかりであまり余裕がある状況でも無い。

 あの怪物のレベルは凡そ5,60と言ったところだろうか?

 ただ力と速度に特化しているらしく、その二つだけならレベル70以上の悪魔にひけを取らない。

 しかも理性が飛んでいると言っていた通り、ダメージを無視して攻撃を振り切ってくるので中々に恐ろしい。

 だったら、一撃で行動不能にまで追い込むしかないのだが、素早過ぎて攻撃が当てられない。

 まともに当たるのは連発して出した小技くらいで、でかいのを使おうとすると速度に翻弄されてしまう。

 と、なるとやるしかない…………か。

 朔良に全部任せてしまうようで内心あまり気乗りしないが、そうも言っていられない。

「朔良、頼む。もう少しだけ持ちこたえててくれ」

「…………っ、何か考えがあるのね…………了解、よっ!!」

 朔良の答えを聞くと同時にアリスをCOMPに戻す。

 そしてマグネタイトによってCOMPの中の仲魔たちに命令を伝えていく。

 

 はーい、わかったよー。

 了解だホ!

 思いっきり行くんだホー!

 

 三者三様の返答に頷き。

 後は俺がやるだけだった。

 

 

 

 振り下ろされる剛爪をヨシツネの刀が受け流す。

 その隙をついてオルトロスが炎弾を口から吐き出し、怪物の背中が燃える…………がすぐに身を捻った勢いで炎を消し去り、傍にいたヨシツネを吹き飛ばす。

「っぐううう!!! オイ、サマナー。こいつはマジでやべえぜ」

 ヨシツネの言葉にぐっ、と臍を噛む。

 魔法も使えない、しかも一体しかいない相手。

 だと言うのに、速度で圧倒され、破壊力で圧倒される。そんな単純な戦力差に三体の仲魔が押されていた。

 六体全て出してもこの狭い玄関の空間では逆に身動きがしにくくなってあの速度にやられるだけだった。

「ツチグモ!」

 ツチグモが放電するが、怪物が高速で動き、避ける。そして即座にツチグモの背後に回り込み、その爪を振り上げ…………不味い! フォローできない。やられる!

 そう、思った瞬間。

 

「召喚!」

 

 SUMMON OK?

 

 ツチグモを攻撃しようと爪を振り上げ、一箇所に立ち止まったその僅かな隙をついて。

 三角形の形に怪物を囲むように有栖の仲魔たちが召喚される。

 召喚されたジャックフロストが振り下ろされた爪をがっちりと掴み。

「つーかまえたホー!」

「それ行けホ!」

 ランタンがその顔…………に見える部分を燃やす。

 突然顔面が燃えたことに慌てた様子の怪物が数歩たたらを踏み。

「ふふ…………さようなら」

 アリスの手から放たれた黒紫の光が怪物へと着弾し。

 

 異界が揺れた。

 

 

 

「大丈夫か? 朔良」

「ええ…………何とかね。でもさすがに疲れたわ」

「まだ動けるか?」

「ちょっと動けないかも」

「そうか」

 やや疲れた表情の朔良を気遣いながら、すっとその体を抱え上げる。

 いわゆるお姫様抱っこ、と言うやつだ。

 途端、朔良の疲れた表情が吹っ飛び、茹で上がったように赤くなる。

「ちょ、ちょ、ちょちょ、な、なにするのよよよ!?」

「あん? いつまでもここにいるわけにいかないだろ。お前まだここにいたいのか?」

 今はいないと言っても、だ。そも、ここは異界。いつ悪魔が沸いてくるか分かったものではない。

 そんな場所に連戦で疲弊したサマナー二人がいても危ないだけだ。もっと奥なら退魔の水でも使って休憩しても良いが、こんな入り口ならさっさと出たほうが良い。

「違うか?」

「…………いや、違わないけど。違わないけど、もっとマシな方法は」

「おんぶと抱っことこれとどれがいい?」

「………………………………もう何でもいいわ」

 諦めたような表情と共に、先ほどよりも疲れた声で朔良が返した。

 

 

 マグネタイトを使ってCOMPの中に戻した仲魔たちに声をかける。

 

 ごくろーさん。特にフロスト。

 えー? わたしはー?

 お疲れさんだホ、サマナー。

 ホッホー! あのくらいへっちゃらだホー!

 

 先ほどの戦闘、一番大変だっただろうフロストを労う。

 あの作戦、概要自体は簡単だ。

 高速で動き回る怪物が攻撃に転ずる一瞬の硬直、そこを狙い、怪物を囲むように三方に仲魔を召喚する。

 そして力と耐久の高いフロストがその攻撃を受け止め、怪物を掴み、逃がさないようにする。

 だがこのままでは怪物が反撃してくるので、ランタンに怪物の頭を狙って炎を出させた。

 朔良の仲魔の攻撃を見て、炎が通用するのは分かっていたので、悪魔にもあるのかは分からないが呼吸器官があるだろう頭部を狙って隙を作る。

 そしてランタンを帰還させると同時に。

 

 フロストごとアリスが吹き飛ばす。

 

 フロストに掴まれ、ランタンに強制的に作らされた隙によって魔法が直撃する。

 問題はアリスの魔法に吹っ飛ばされたら、並の悪魔じゃ即死すること。

 万能耐性を持つフロストだからこそ耐え切れたようなものだった。

 

 フロストは使わなくても強いから、地味にマグネタイトの節約ができるんだよな。

 ホー! オイラ人気者だホー!

 オイラも負けないホ!

 わたしは?

 

 しかしまあ、なんと言うか姦しい。

 やかましい、と言っても良いがその感情がアリスに伝わってもアレなので自重する。

「有栖、もう降ろしても良いんじゃないかしら?」

 腹をくくったのか、平静な表情の朔良が声をかけてくる。

「ん、ああ。そうだな」

 異界を抜け、現在の学校の入り口が見えてきた。

 そろそろ大丈夫だろう…………そう思い。

 

 

 コーン

 コーン

 コーン

 

 どこかから聞こえてくる音。

 

 コーン

 コーン

 コーン

 

 金槌で何かを叩くようなその音。

 

「おいおい…………マジかよ」

 呟き、音のする方向を耳を澄まして探す。

 俺の腕の中の朔良も眉を潜める。

「なるほど、そりゃ呪が実体化もするわ」

 よりにもよってこの学校で行なっていたのかよ。

「…………どうするよ?」

「止めるのは確定でしょ? けど、問題は」

「本人をどうするか、だよな」

 金槌で叩くような音がする、ってことは丑の刻参りか何かか?

 毎晩毎晩ご苦労なことで、相当気合入った恨みだろうな。

「あ、いた」

 学校の裏庭の雑木林、そこに木に向かって金槌を振り下ろす少年の姿。

「仕方ない…………ランタン」

 

 SUMMON OK?

 

「ヒーホー! オイラの出番かホ!?」

「ああ、ちょっと脅かして来い」

 俺の仲魔の中で顔がカボチャと言う一番オバケっぽい容姿のランタンに行かせる。

 ふわふわと浮遊しながら少年へと近づくランタン。

 少年はふとその姿に気づいたようで…………。

 

 うわああああああああああああああ

 ヒーホー!

 

「あいつ、元気だな」

「そうね」

 ランタンに追いかけられ、時々を火をつけられ、恐怖しながら逃げ出す少年を見ながら呟く。

「よし、もういいぞランタン」

 帰還。

「もっと驚かしたかったホー」

 ランタンを帰還させ、これでようやく帰れると思い。

「そういえばいつまで抱えてるのよ」

「おっと、そうだったな」

 朔良を立たせてやる。それから二人並んで学校から帰る。

「ヤタガラスへの連絡はこっちでやっとくわ。まだこっちに来て数日だしなお前」

「お願いするわね…………そうまだ数日なのよね。どっと疲れたわ」

 まあ無理も無いだろう、と思いつつ、苦笑して返す。

「こんなこと早々無いだろ」

 そう願うわ、と呟きつつ朔良がふと首を傾げる。

「けど良かったの? さっきの人逃がして、また呪いかけられるんじゃない?」

「ああ、それか、もう大丈夫だろ。そもそも呪いが発現しないと思うぞ」

 どういうこと? と首を傾げる朔良に俺は簡単な推論を話す。

「そもそも何で最近になってあの呪いが発動したのか…………俺の勝手な推測だが、多分」

 

 多分、あの異界での儀式のせいだろう、と推測する。

 死神を呼び出すためのマグネタイト。その一部が異界から漏れ出しあの呪いを具現化させるに至った。

 と、なればあの死神を倒した以上、もう呪いは発動しないだろう。

 

「まあ多少の体調不良は起こるかもしれんがな」

「ダメじゃないの」

「後でヤタガラスに合わせて連絡しておく。まあ理事長の意向もあるし悪いようにはならんだろ」

「他人任せね」

「俺がやってもいいが、少なくとも禄なことにはならん自信がある」

「そんな迷惑な自信いらないわ」

 

 やれやれ…………と内心で呟く。

 

「長い夜だったな」

 

「ええ…………そうね」

 

 疲れた。

 

 それが両者同一の感想だった。

 

 




ヤベーヨ、もう学校いく時間だヨー。
ってことで、最後ちょっと適当。
チョッパヤで書いた一時間半の手抜きクオリティ。ごめんなさい。
学生さんの身は辛いね。





というわけで誰もわからなかっただろうけど、今回出てきたのはア・バオ・ア・クゥでした。
ただ特殊な契約と封印によって鏡の魔術追加されたから意味分からんことになってるけど。
ひっじょうに、使いにくいと思う、こんなのいても。
プレイヤーが使うような悪魔じゃないのはたしか。



幻魔 ア・バオ・ア・クゥ

LV? HP????/???? MP???/???

力?? 魔?? 体?? 速?? 運??

弱点:???
耐性:???
無効:???

獣の爪、猛る牙、塔を登る者、鏡幻の憑獣、憑依

備考:塔を登る者 塔の最下段で眠る獣の識能。対象者に取り憑き、共に歩いた距離に応じて力を増していく。対象に取り憑いた時間と取り憑かれた対象が移動した距離に応じて能力が変化する。不自然に増えた足音と徐々に増していく踵の重みに対象が振り返ると実体化し、襲い掛かる。

幻影の憑獣 取り憑いた対象に見つかった瞬間、自身の幻影を生み出し、対象の背後に取り憑く。幻影への攻撃は全て取り憑いた対象へと向けられる。ただし、背後への攻撃、つまり本体が一撃でも攻撃を喰らうと解除される。封印中のみ使用可能。

憑依 相手に取り憑いている。この状態で行う攻撃は全て必中となる。実体化すると使えなくなる。

封ぜられしモノ 本来のスキルをいくつか封じると同時に全てのステータスを減少させる。代わりにいくつかの特殊スキルを得る。

狂化 本来使用するスキルを封じ、通常攻撃しかできなくなるがステータスが、力と速度のステータスが大きく上昇する。




さあ、とうとう第一章の学校の怪編終了しました。
というわけで、次から二章です。いや、やっぱエピローグ入れるか。


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有栖と海の街編
有栖とゴールデンウィーク


野望の幻想郷久々にやってたら、投稿が一日跨いじゃった。



新章開始です。


 

 

 旧校舎がヤタガラスによって封鎖されて早一週間。

 あの夜、帰宅する途中に携帯でキョウジに連絡。キョウジを通してヤタガラスに話を通し、翌日に大まかな概要を理事長に説明した。

「………………そうか、もう被害は出ないんだな?」

「ああ、ヤタガラスが簡単に調査した感じだと、異界の主がいなくなって霊地の封が緩んでたのが原因らしい。まあ普通に考えてあんな適当な呪い方で本当に呪える分けないわな」

 形こそ呪いだったから勘違いしたが、あれは本当は呪いではないらしい。高位の術者である朔良が勘違いするほどだから正直同じなんじゃないかと思ったりもするが、あれは呪った人間の感情を食らって出現した形の無い悪魔…………例えるならスライムのようなものらしい。食らった感情のせいで暴走していたらしく、結果的に呪いのようになった、と言う感じだ。要するに、呪いのように見せかけただけのただの悪魔だ。

 補足説明をすると、スライムは世界に現出する時、様々な要因で必要分のマグネタイト量が足りず、未完成なままに無理矢理現出したせいで、姿と形を失ってしまった悪魔のなれの果てだ。

「まあそれでもスライムとはまた違う新種だってんで、ヤタガラスの人間は珍しがってたがな」

 例えて言うならスライムのようなレギオン、らしい。よく分からない例えだ。

「呪いじゃないから反動は無い、当然術者も無事だ…………ただ術者当人が呪いの事実を知らないからこれからも続く可能性はある」

「それなら問題無い。夜間の見回りを強化することにした。今よりもっと遅い時間帯を見回る人間を数人こちらで見繕っている。人が見回っているのなら危険な真似も出来ないだろう?」

「まあそれはそうなんだが、人増やしてヤタガラスの人間をうっかり見つけないでくれよ? あと旧校舎のほうにも立ち入らないようにしてくれ」

 俺の忠告に理事長が頷く。

「それは分かっている。最初に徹底しておくので安心して欲しい」

「まあこの土地以外でやる分には問題ないだろ。素人がやってる呪い程度で実際に害が出るとも思えないしな」

「そう願う…………実際、うちの生徒から一人死人が出た事実は覆らん」

 最初の一人か…………それに和泉がいなければ二人目が出てたな。

「病死、と言うことで学校の名を傷がつくようなことはなかったが…………それでも、我が校に通う生徒が死んだと言うのは、教育者としては辛いものがある」

「…………なのに呪った本人は処罰無しか?」

「夜中に呪いをしたから処罰しろと? そんな理由が通るわけないだろう。それに、その子もうちの生徒だ…………更生の機会が与えてやりたい。私はな、六年前から死人を数えるような真似は止めたんだよ」

 その六年前のことを知っている身としては中々に反論しづらい。

 

 思い出す。

 

 回顧する。

 

『……………………どうして』

 泣いていた。暗い部屋の片隅で。

『………………なんで』

 本来住んでいたはずの人間の居なくなった抜け殻の部屋で。

『……………………どうしていなくなったの、お父さん、お母さん』

 少女が一人…………泣いていた。

 

 その時のことを思い出し、表情を歪める。

 

 同じように顔を歪めた理事長に何か言おうと口を開き、けれど言葉は出ず口を閉ざす。

「そうか………………なら俺はこれ以上何も言えないな。今回の顛末は以上だ」

 俺の完了の報告に理事長が深いため息を吐く。

「ああ、そうか。ありがとう、ご苦労だった」

「………………俺が言うべきことじゃないかもれいない、が。自分を大事にしろよ、()()()

「ああ…………ご忠告痛みいるよ」

 その哀愁を漂わせる声に、眉をしかめる。

 思えばこの爺さんも元は裏の事情も知らない一般人だった。だがただ学校を建てた場所が悪かった、それだけの理由で強制的にこちらの世界に関わりを持たされて、そのせいで余計に苦悩するようになった。

 俺のように悪魔と契約したものでもない。ヤタガラスの人間のように国家のためと言って覚悟を持って働くような人間でも無い。本質的にこの爺さんは一般人だ。

 だと言うのに死と暴力の蔓延る裏の世界をまざまざと見せ付けられ、その火の粉がかからないように尽力し、けれど今回一人の生徒が犠牲になってしまった。

 直接的には爺さんは何も関係ない。だが殺されたのはこの学校の生徒、殺したのもこの学校の生徒。けれど殺せてしまったのはこの土地の事情。

 転居しようにも今の街にこの大きな学校一つを移す土地の余裕も無い。

 結局、神経をすり減らしながら裏の事情に付き合いながらやっていくしか爺さんには選択肢が無い。

 一般人だと言うだけあり、その精神はあまりにも普通だ。死に対して感覚の麻痺した俺たちとは違う。

 結局のところ、爺さんを疲れきった表情にさせるのはその感覚の差異なのだろう、そう分かっていながらけれどそのままの感覚でいてほしいとも願う。

 

 異常なのは俺たちのほうなのだ。そんなこと当の昔に知っていた。

 

「じゃあな…………割り切ってしまえるとも思えないが、あまり気に病むなよ」

 無茶だ、と自分でも分かっているが、それでもそう言いながら、手をひらひらと振って俺は理事長室を後にする。

 

 

 残されたのは男一人。

 男は再度深いため息を吐き、机の引き出しを開けると一枚の写真を取り出す。

「………………香織、祐次君。私は…………どうしたら」

 写真に写っていたのは一組の男女とその男女と手を繋ぐ少女。

「詩織だけは…………絶対に守ってみせる」

 

 だからどうか、力を貸してくれ。

 

 自身以外誰もいない部屋で、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 そんなことがあったのが一週間ほど前のことだ。

 

「そういやさ、田島のやつが朝から警察に駆け込んだって話知ってるか?」

「誰だそれ?」

 詩織を見るが詩織も首を振って知らないと言う。

「クラスメートだろ、覚えててやれよ」

「最初に一、二週間休んでてなあ。まだクラスメートの名前覚えてないんだ」

「あ、ずるい。私だけ悪者にしようとしてる」

 苦笑しながら詩織を見て、詩織と悠希もまた笑う。

 実に平和だ。

「んで、警察に駆け込んだその田中がどうしたんだ?」

「田島だっつうの。いやな、警察に駆け込んだ理由が、夜の学校の裏でカボチャオバケに出会った、って言う理由らしいぞ」

「…………へえ、カボチャオバケねえ」

「いるわけねえだろそんなの、ってことで警察も相手にしなかったらしいんだが、そしたら田島のやつすっかり怖がってな、人に声をかけられただけで気絶しちまったってんで、帰ったらしいぞ」

「そいつは気の毒な話だな」

 何を白々しいことを言ってるホー…………うっさいぞフロスト。

「でもまあ良かったかもな…………いやな、田島のやつどうも苛めにあってたらしくてさ、今回のことで人の噂に上って注目されちまったから、しばらくはアイツに絡もうってやつも減るだろ」

「苛め? そんなのこの学校にあったのか?」

「アイツ人付き合いも悪いし、他人と積極的に会話するようなやつじゃないからさ、影が薄いんだよ。実際お前らだって名前知らなかったしな。だから俺も気づくの遅れてさ、何とかしてやりたいと思ってたんだが…………まあ結果オーライと言えなくも無いかな? 苛めてたやつも、人目を気にしような真似はしないだろ、したら教師に見つかるしな。俺さ、今度田島が学校来たらもっと積極的に話してクラスの輪に入れるようにしたいんだ」

「ほー、さすが学級委員長は言うことが違うね」

「お前らが俺に押し付けただけだろうが」

 

 昼休み恒例の三人で机を囲んでの昼食。

 これをするとささくれ立った心が癒されるような気分になる。

 なんと言うか、朔良やアリスは俺にとって非日常の象徴であり、詩織や悠希は俺にとって日常の象徴だ。

 俺はデビルサマナーとしての日常的に動いているが、かといって一般人としての日常を捨てる気も無い。

 だがあまり裏事情に慣れきってしまうと、平和な日常生活に戻った時、価値観にズレが出てくることが多い。

 俺にとってこの平穏は、そのズレを修正してくれる貴重なものであり、俺がまだ人間である、と思えている重要なものだ。

「そういえばさ」

 これはそんな日常の一コマ。

 

 そして。

 

「もうすぐゴールデンウィークで五連休だけど、二人とも何か用事あるか?」

 

 これから起こる事件の…………始まりだったんだホ。

 

 ……………………おい、ランタン、不吉なモノローグ入れるな。

 

 なんのことだホ?

 

 お前の入れ知恵だろ、アリス。

 

 えー? なんのこと? わたしわかんなーい。

 

 こんな時だけ子供の振りをするな。

「ゴールデンウィーク? 私は特に無いかな?」

「そうかそうか、んで? 有栖は?」

 尋ねられ、まだ言い足りない物を感じながらも思考を戻す。

「俺か…………特に無い、はずだ」

「そうかそうか、んじゃーさ!」

 と悠希が何か言おうとしたところで。

 

 ピピピピピピピピ

 

 俺の携帯が鳴る。

「悪い、ちょっと電話してくる」

「誰からだ?」

「バイト先だ」

 発着者名バイト先…………つまり、ヤラガラスのことだった。

 

 

 

「もしもし?」

『俺だ』

 名乗りもせず端的な言葉。だが声に聞き覚えはあるし、その物言いはもっと覚えがある。

「キョウジか。何のようだ? と言うか番号はカラスのほうからだったはずなんだが」

『ああ、そっちからかけているからな。まあそれはどうでもいい。お前ゴールデンウィークは暇か?』

 さっき同じようなこと聞かれたな、と思いつつ。

「いや、特に用事が無いが?」

 正確には今は無い、これから入るかどうかはキョウジ次第だ。

『なら良い。仕事だ、帝都南の沿岸部にある青海(あおみ)町と言う町に行って来い』

「青海町? そこに何かあるのか?」

『異界がある…………カラスの監視を抜けて霊穴の封を緩めていた期間が凡そ一週間ほどらしいが、そのせいでせき止めていた場所に異界ができた、と言う話があちこちで飛び交っている』

 うわあ、と思わず顔をしかめる。それはヤタガラスの連中も大忙しだろうな。

『で、青海町の異界は先日観測されたばかりものだがおかしなことになっているようだな』

「おかしなこと?」

『確かに異界化した痕跡と反応があるのに、どこに異界があるのかが分からない。すぐ傍で異界が存在している気配はするのに、どうしてか異界が見つからない…………新たに発生した異界は他にいくらでもあるのに、いつまでもそこにかまけてはいられない。幸いと言うべきか、街中にできたような様子は無かった。だったらすぐに町の人間がどうこうなるわけでは無い、と言うことで調査を打ち切ったらしい。でだ、頼みたいのはその異界を探して来い、ってことだ』

「専門機関のヤタガラスが見つけられないのにどうやって俺が探せば良いんだよ」

 俺の問いにキョウジが問題無い、と返す。

『街中の大部分の調査は終わっている。だから街の周辺を適当に見て回れ。調査済みの箇所を記入した地図を渡すからそれを参考にしながら調べろ』

「それをゴールデンウィーク中にやれ、と?」

『ああ、頼んだぞ』

「ちょ、待て!? キョウ……ジ……っ」

 俺に反論の隙を許さず電話を切るキョウジに、思わず肩を落とす。

「くそ、面倒ごと押し付けられた」

 たしかにキョウジへの借金が後五億ほど残っている。向こうが回して来たと言うことはそれで返済しろ、と言うことなのだろう。

 キョウジから回される依頼は報酬が破格だったりもするが、難易度も異常だから困る。

「…………まあ押し付けられたからにはやるしかないか」

 どうせ拒否しても手が回らないヤタガラスから再度押し付けられるのがオチだろうから。

 ただまあ、悠希が何か言ってたが俺は付き合えなくなった、と思い、ため息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

 どうか今日も良い一日でありますように。

 

 毎朝、岬に立てられた祠で石動小夜が祈る。それが彼女のライフワークだった。

 言っては何だが小夜は別段信心深いわけではない。

 近所の神社など行ったことは子供のころに友人たちと遊び言った数回程度だし、初詣に通うことすらしない。

 教会などに言っているわけでも無く、寺に最後に行ったのは十年ほど前の祖父母の墓参りの時くらいだろう。

 だと言うのに。

 幼少の頃から小夜は毎朝ずっとその祠に通って、祠を清掃し、祈りを捧げていた。

 

 もう一度言う。

 小夜は決して信心深いわけではない。

 

 だが、ソレとは別に信じているものがあった。

 

 幼い頃の自分。

 大好きだった祖母と手を繋いで祠へと通う。

 祖母がいつも言ってたこと。

 

 ここには神様がいらっしゃる。

 

 それを信じていたわけではない。

 ただ祖母がそう言って毎日この祠を訪れていた。60年以上も欠かさずに、だ。

 だから小夜は、祖母を信じた。

 祖母が神様がいると信じている、ことを信じた。

 それは決して信仰ではない。

 だが無条件は肯定、それは信心ではあった。

 

 そうして祖母が亡くなる際に自身に託したこと。

 

 それが祠を保つことだった。

 

 だから祖母が亡くなってからもずっと祠を欠かさず訪れた。

 そのついでとばかりにいつも簡単に祈っていく。

 

 どうか今日も良い一日でありますように。

 

 だからその日も当たり前のように小夜は祠を訪れた。

 

「やあ…………おはよう、かな?」

 

 そして……………………一人の女性と出会った。

 

 




Q.有栖に平穏は無いんですか?
A.主人公にそんなものありません。あっても「束の間の」と言う言葉が付きます。

因みに以前、サマナーは儲かるみたいなこと書きましたが、厳密にはある程度以上の強さを持ったサマナーは、ですね。
だいたいレベル20超えた辺りで普通のサマナーにとっては一流なので報酬額高いですね。
レベル30超えたら普通は超一流です。有栖がそんな風に見えないのはピンポイントで超一流以上を引き当てるから。
比率にすると
1~10レベル 駆け出し 40%
11~15レベル 一人前 30%
16~20レベル 優秀  15%
21~30レベル 一流  10% ←朔良
31~50レベル 超一流  3% ←朔良(仲魔込み)、有栖、群体(地下)
51~75レベル 人外   1.5% ←和泉、有栖(仲魔込み)、群体(屋上)
76~  レベル 化物   0.5% ←キョウジ
100レベル以上 論外   0% ←泰山府君

泰山府君ェ…………。本来0%のはずなのにピンポイントで引き当てた有栖のそれは運が良いのか悪いのか、まあ悪いか?
しかしこうしてみると、キョウジがの化物っぷりが分かる。そして仲魔込みの有栖と同等の和泉の強さも。
因みにこの表は作者の勝手な想像な上に適当でデタラメなのであまり気にしないでください。



メガテン3買いました。
雑魚相手に殺される理不尽さに頭抱えた。
よくも悪くも平等過ぎてプレイヤー側が圧倒的に不利。
ていうか、最後にセーブポイント寄ってから一時間プレイして一回もセーブポイントが出てこないって…………。
雑魚相手にパトってしまって思わずコントローラー投げた。
あの辺のシビアさはさすがメガテンだと思わざるを得ない。

でもそう考えるとライドウさんマジでチートだと思わざるを得ない。
ライドウさんはマジヌルゲー。ラスボスすら刀オンリーで十分倒せる。仲魔いたほうが楽なのは事実だけど。超力兵団はアリスちゃんに天命滅門覚えさせてたら圧勝でした。合体技せこい。


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有栖と海辺の街

更新遅くなりました。実は一昨日から体調が悪く、昨日の朝熱を測ると37.6度。
これはちょっと学校いけないと思って休んでたんです。で、時間あるし執筆でもするか、と思ったらどうにも頭がぼうっとして何も思い浮かばない。
熱測ってみると38.6度。これは無理だと諦めて寝てました。
今日は朝から38.1度あったけど学校行って来て帰ってもまだ37.4度ほどあった、と言う。
でもまあ頭は働いているので執筆再開しました。


以上、言い訳完了。


 

 

 

 電車で揺られること一時間。

 辿り付いた駅の名は、青海駅。

 ()()()()()は駅を出て見えた光景に息を漏らす。

「うーん、東京にまだこんな綺麗な海岸があったなんてな」

 悠希が手提げ鞄に入れた荷物をアスファルトの道路に置きながらぐっと背伸びをする。

「青海町って名前も聞いたこと無かったけど、けっこう素敵な街だね」

 麦藁帽を被った詩織が楽しそうにきょろきょろと周囲を見渡す。

「何でこんなことになっちまったんだか」

 うな垂れる俺にトドメを指すようにCOMPの中から伝わってくる声。

 

 どんまい!

 

 案の定だホ!

 

 サマナーだから仕方ないホー!

 

 はあ、とため息を吐きつつ思考する。

 そう、三人だ。悠希と詩織も一緒に三人揃って俺たちはここに来ている。

 何故、と聞かれたら俺も何でだろうと空を仰ぐしか無い。

 

 

 電話を終えて戻った俺を二人が迎え、悠希が悪戯っぽい笑みを浮かべながら一枚のチラシを見せてくる。

「商店街の福引キャンペーン?」

 最近この街にもどんどん増えてきた大型ショッピングモールから客を取り返すための商業戦略だろうか。

 俺も悠希も家が近い上に昔からの馴染みなので行くことが多いのだが、最近行ってなかったせいで知らなかったが、こんなことやってたのか。

「特賞のところ、見てみろよ」

 悠希の言葉に従い特賞と書かれた項目を見る。

 特賞、ゴールデンウィークに家族と行く豪華温泉旅館二泊三日の旅…………と書かれている。

「で、これが何なんだ?」

 呟き悠希を見やると、すっと差し出される手。その手に握られた三枚のチケットらしきもの。

 そこに書かれている文を読み…………驚きの声を漏らす。

「特賞か…………驚いた」

「当たったんだぜ!」

 どこか誇らしげな悠希の表情に苦笑しつつ、けれど断らなければいけないことに多少心苦しさもある。

「あー悠希、盛り上がってるとこ悪いんだが俺は…………」

 ふと、その時チラシが目に入る。温泉旅行…………目的地、青海町。

 

 絶句した。

 

 どんな偶然だ、と言いたくなったが、それを言っても仕方ない。

「有栖は行かないのか? なら」

「いや、待った。やっぱり行くわ」

 俺の答えに悠希と詩織がぱあ、と笑みを咲かせる。

「バイトはいいのか?」

「ん、まあな」

「そうかそうか、いやー、俺たち三人で遊びに行くのなんて久々だからなあ、テンション上がっちまうぜ」

「そうだね、有栖いっつも忙しそうだしね」

「それは、まあ悪い」

 と言ってももうバイトと言うか仕事のレベルでがっつりやってるので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「いや、事情は分かるから良いんだ」

「うん…………仕方ないよね」

 両親がいない上に一人暮らし。となればどうやってか収入が無いと生活できない。そのことを理解している二人は気まずそうにしながらもそう言う。

「ま、まあ。とりあえずこれでゴールデンウィークは二泊三日の旅行だぜ

 気を取り直してか、悠希が努めて明るい声を出し、詩織も笑う。

「そうだな」

 俺も同調しておく。

 街中は大丈夫だとキョウジも言っていたが、それでも念を入れて俺が同行し、二人がこっちの事情巻き込まれないようにしないとな。

 

 むしろさまなーがいるからまきこまれるんじゃないかな?

 

 ホッホー! 姉御、それは言わない約束だホ!

 

 オイラは楽しければ何でもいいホー!

 

 お前ら煩いぞ…………ていうか、ランタン、お前まだアリスのことそんな呼び方してたのか。

 

 ジャアクフロストとジャックランタンは別の悪魔だが、あのジャアクフロストとこのジャックランタンは同一でもあるらしいのであの時の影響が残っていてもおかしくは無いのだが。

「まあ何にしても…………平和だと良いな」

 けどまあ、多分そんなことにはならないんだろうな。

 アリスたちの弁ではないが、なんとなく俺もそんな気はしていた。

 

 

 と、まあそんな事情もあり三人で青海町にやってきたのだが。

「目的の旅館はどこにあんだよ?」

 駅から出てすでに三十分くらいは歩いている。と言うのも、最初に宿泊先の旅館に行って荷物を置いていこう、と言う話になったのだが、肝心の旅館が駅から遠い場所にあったのだ。

「駅から徒歩三十分だからそろそろ着くはずなんだがなあ」

 さらに見知らぬ街なので地理も分からず携帯で地図を検索し、それを見ながら右往左往しているのだ。

「タクシーでも使うか?」

「俺にそんな金はねえよ」

「バスも無理だしねえ」

 バス亭があったので時刻表を確認してみれば、一時間に一本しか通っていないと言う。

 一体どんな田舎だよ、と思いつつも時間を見ればちょうど四十分後、だったら歩いたほうが早いだろ、と歩いてみたは良いものの迷子。

「初日からこれとか、豪華温泉旅館とやらに期待するしかないな」

「発端者なんだから下調べくらいしてきなよ、悠希」

「うーん、地図を見る限りこの近く…………なんじゃないかと思うんだが」

 右往左往。荷物を抱えて迷う俺たち。

 そんなことをしながらだが、確かに俺は感じていた。

 

 異界の気配、だな。

 

 だねえ…………。

 

 俺の内心の呟きにアリスが同意する。

 どこからとも無く異界の気配がする。

 恐らくこの町の近く。街中には無いらしいから、周辺だろうが…………。

 こんなにはっきりとした気配を感じるのに、それがどこからなのか分からない。

 なるほど、ヤタガラスの連中が梃子摺るはずだ。

 ここまではっきりとした知覚できておきながら、まるで蜃気楼か何かのように具体的なものが分からない。

 

「厄介だな」

「何がだ? 有栖」

 俺の小さな呟きを耳聡く聞きつけた悠希が振り返って尋ねる。

「…………いや、なんでも無い。ちょっとこっちに来るってことでバイト先から用事頼まれてな、それがちょっと面倒になりそうってだけだ」

「用事?」

「あー、悪いが企業秘密だ」

 あ、そう。とあっさり納得して再度道探しに戻る悠希。俺のバイトに関しては言えないことが多過ぎるため、悠希たちには何度もこういう対応をしており、さすがに慣れられてしまった。

 悪い、とは思いつつもけれどこっちのことなんて知らずに過ごして欲しい、とも思う。

 だからきっとこれで良いのだろう………………多分、良いんだ。

 

 さてそろそろ十分がさらに経過し、いい加減詩織が痺れを切らす。

「あーもう、これタクシー捜したほうがいいと思うよ。私たちだけじゃいつになるか分からないよ」

「金がなあ」

「お金なら私が出すよ。このまま当て所無く歩き続けるほうが嫌だ」

 たしかにそろそろ疲れてきたし、そう言う選択肢も止む無いだろう。

 やや田舎だが幸いタクシーは駅前で何台か見たし、途中走っているのを何度か見ているので乗れないと言うことは無いだろう。

「確かにそうするしかないか」

 悠希が諦め気味に声を吐き。タクシーを捜そうと道路側に目をやった、その時。

 

「あの、何かお困りですか?」

 

 一人の少女が声をかけてきた。

 俺たちと同じくらいの歳の紺セーラー服を着た髪の長い少女。

 黒く長いその髪が一瞬朔良を想起させた。

「えっと? もしかして地元の人?」

 唐突に声をかけられ一瞬戸惑ったがこういう時真っ先に動き出すのは俺たちの中で最も対人スキルの高い悠希だった。

「ええ、そうですよ? あまり見かけない顔ですけれど、お三人がたは別のところからやってきたんですか?」

「そうそう、俺たち吉原町ってとこから来たんだけどさ」

 そう言う悠希の言葉に少女が驚いたように目を丸くする。

「驚きました…………本当に他所から来た人なんですね」

「え、え? どういうこと?」

 少女の反応に悠希のほうも驚いて尋ね返す。

「えっと、まあ見ての通りの何も無い田舎町ですから…………旅行者なんて滅多に見ないんですよ」

「そうなの? その割には豪華温泉旅館があるとかって書いてあるけど」

 悠希の見せたパンフに目を通した少女が苦笑する。

「ああ、これですか。町の目玉になるんじゃないかって町の人たち言ってましたけど、あんな遠いところにある旅館早々人が来るとも思えませんよ…………って、あ、失礼しました」

 パンフを見せたと言うことは俺たちはそこに行こうとしている、と言うことなのだが…………少女もそれに気づいたのかすぐさま謝罪してきた。

「そっか、いや、まあそれはいいんだ。実際俺たちも良く知らないで行ってるわけだしさ…………それはそれとして遠いところにあるってこの辺じゃないの?」

 悠希の言葉に少女苦笑いする。その様子に俺も悠希も、詩織ですら嫌な予感を覚える。

 やがて少女はすぐ近くに見える山を指差す。

「この町が山に囲まれているのは知ってますよね? それから海に面しているのも」

「来る途中の電車で見たけど、それが?」

「で、今指差している山なんですけど裾が海辺にまで繋がってるんですよね…………で、先端が崖になっててけっこう高い場所にあるんですけど」

 そこにあります、と言う少女の言葉の意味を理解し、げんなりとした気分が漂う。

 なるほど、地図上ではすぐ近くに見えるはずだ…………山一つ挟んだ向こう側か。

「地図だけで見ると近くなんですけど、実際は山の麓をぐるりと回らないとダメなんでまともに歩くと駅から一時間以上かかるんですよ」

 思わず脱力しかけた俺たちを見て苦笑する少女が続けて言う。

「良ければ案内しましょうか? まともじゃない道なので多少歩きにくいですが、十分もあれば着きますよ?」

 その言葉に悠希が驚いたように言う。

「良いの? そりゃ俺らとしては助かるけど、そっちの都合とかは?」

「大丈夫ですから、お気になさらず」

 三人で顔を見合わせる…………まあ向こうが良いと言っているならお言葉に甘えさせてもらったほうが良いだろう。

「じゃ、お願いするわ」

 悠希がそう言うと、少女が快活に笑って。

「了解しました! 着いてきてください」

 そう言って歩きだし、俺たち三人もその背を追って歩き出した。

 

 

 程なくして辿り付いたのは…………。

「海岸?」

 そう、何故か海岸だった。

「山の麓にあるんじゃないの?」

 悠希の疑問に少女が笑って答える。

「今から通る場所は私だけのとっておきの場所ですから、内緒ですよ?」

 くすくすと笑い、少女が海岸の砂浜を歩いていき…………すぐに砂浜が途切れる。

「ここの砂浜ってとっても狭い上に岩がいっぱいだから基本的に誰も使わないんですよね、だから意外と知られていないんですけど」

 そう言って少女がすっと壁伝いに足を踏み出し。

 そのまま海の上を歩いていく。

「は?」

「え?」

「なに?」

 起こったことが一瞬理解できずに目を見開くが、すぐに気づく。

「ああ、なるほど」

 やや浸かってしまった砂浜の上にごろごろと岩が敷き詰められている。勝手になるには綺麗に壁伝いになっているので、恐らく少女か誰かがやったのだろう。

「滑ったりしないから大丈夫ですよ、こっちです」

 少し離れた場所で少女の声がする。

 三人で顔を見合わせ、悠希が一歩踏み出す。大丈夫そうなのを確認し、頷くと詩織が続いて、最後に俺が歩く。

「ここです」

 壁伝いに数メートルほど歩くと少女が立っていてそう言った。

 見ると壁に穴が開いている…………と言うか洞窟だ。一段か二段高いところに入り口があり海水も入ってきていない。

「これが最後ですよ」

 まるで子供の頃にした探検ごっこのような気分を覚えながら少女に着いていき、少しばかり歩く。

「登り坂のせいか、ちょっときついな、これ」

 荷物を持って歩くには少しきついと思うが、バイトの影響か、そこまで疲れてもいない。

 そうして三分ばかり歩き続けると。

「着きました」

 少女の声で顔を上げる。洞窟の先に光が見える…………出口だと気づくと、少しばかり安堵した。

 そうして洞窟を出るとどこかの岩場のような場所で…………。

「あちらをご覧ください」

 少女の招きにしたがって視線をやると、三方を崖に囲まれた場所の上に立つ一軒の建物。

「到着です」

 そう言って少女が建物へと歩いていく。

「疲れたぜ、詩織と有栖は大丈夫か?」

「私も疲れた」

「ま、到着したなら結果的に良しとしようぜ」

 ようやく到着したこととちゃんと到着できたことの両方に安堵のため息をしつつ、ゆったりと歩いていき。

 少女の消えた建物の入り口にたどり着く。

「へー、凄く立派な和風な建物だね」

「あの子が色々言ってたからどうなのかと思ってたけど、けっこう立派じゃん」

 豪勢と言われればたしかにそう思える和風の屋敷然とした旅館の佇まい。

 商店街の福引でロハで泊まれるなら中々に良いと言えるだろう。

 二人ともそんな旅館の佇まいと、旅行と言う開放的な雰囲気のせいか、疲れも忘れてはしゃいでいるようだった。

「ま、とりあえず入るぞ、悠希、詩織」

 と言ってもまあ、入り口でごちゃごちゃしていても仕方ないので二人にそう声をかけ、開き戸に手をかけ、引く。

 

「いらっしゃいませ、お三人様方」

 

 そしてそこにいたのは、着物こそ着ているが間違えようも無く…………先ほどまで俺たちを案内してくれた少女だった。

 

「当旅館の案内を務めさせていただきます、私、石動小夜と申します」

 

 そう言って、少女…………小夜がにっこりと笑った。

 

 




この三人をこんなに長く書くのは久々だ。
子供の頃に探検と称して山を駆け回ったり川を歩いたりするのは非常に楽しかった記憶です。
都会育ちの人はあんまり馴染みが無いのかもしれないけど、田舎の子供は良くやってる。
雨の日は川かさが増してて上流からフナとかが流されてきてそれをつかませて楽しんだりしてたなあ…………懐かしい。

しかし商店街の福引って一等とか特等抜いてるって噂があるけど、本当なのだろうか…………? ティッシュしか当たったこと無い。

あのガラガラって回すのって何故か無性に楽しいですよね。


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有栖と喫茶店

風邪が治ってきた。
あと喉が痛いのが治れば完璧だ。
熱で頭が浮かされると本気で執筆できなくなるから、治って良かった。


 いっぱい食わされた。

 別に騙されていたわけでも無いのだが、なんとなくそんな気分になる。

「あはは、驚きました?」

 そう言って快活に笑われると、怒る気にもなれない。と言うか別に多少言を伏せていただけであって、何か悪いことをされたわけでも無いので怒る必要も無いのだが。

「驚いた。ここの従業員さんだったんだ」

 悠希が目を丸くして呟くと、小夜と名乗った少女がニコニコと笑って答える。

「実は私ちょうど皆さんを迎えに行ってたんですよ。今日来るのは事前に分かってましたし、こんな辺鄙な場所に初めての人が簡単にたどり着けると思ってませんでしたから、ただ皆さん思ってたより早くいらっしゃっていたので遅くなったようでお詫びいたします」

 丁寧な物腰で頭を下げる小夜に、悠希が慌てたように答える。

「あ、いや。俺たちが早く着過ぎただけであって、別にそちらが悪いわけじゃ」

「まあ予め迷う可能性を考えて早めに来たのは良かったんだが、ちょっとすれ違ったみたいだな」

「まあ合流できたし良しとしようよ。ちゃんと着けたんだし…………ていうか私たちがタクシー使ってたらどうしてたの?」

 詩織の疑問に小夜が、ああそれはですね、と前置きして答える。

「こんな場所ですから。タクシー使う方も増えるでしょうし、そう言った場合はタクシー会社から一言連絡が入ります、大抵うちの旅館の名前出して、ここに行ってくれ、って言うでしょうし」

 なるほど。と詩織が頷く横で俺は時計を見る。

 まだ十二時前か…………こう言う旅館では良くあるが、チェックインはだいたい三時からなのだが、どうすべきか聞いてみるか。

「まだ昼前なんだが…………部屋に荷物置くだけは置いていいのか?」

「構いませんよ。部屋はとっくに整えてますし。何ならもう宿泊してもらってもいいですし」

 いやこんな朝から…………? と思いつつ二人のほうを向くとふるふる、と首を振る。

「じゃあとりあえず、荷物だけ置いて街のほう行って見ようぜ」

 悠希がそう提案してくるが、特に反論も無いのでそうすることにする。

「じゃ、お部屋ご案内しますね」

 そう言って通されたのは二十畳はありそうな大きな和室だった。

「こちらになりますね」

「広いな」

「広いね」

「すげえ広いじゃん」

 俺の家の敷地と同じくらいあるんじゃないか? と思うほどに広い。

 さすがは豪華温泉旅館と銘打っているだけはあるかもしれない。

「夕食の時間はいつごろにしましょうか?」

 そう尋ねられ顔を合わせる三人。それから簡単に相談して。

「じゃ、七時で」

「承りました、では失礼いたします。また何かあれば受付にいますのでどうぞ」

 そう言って小夜は部屋を出て行く。

 そうして三人になると、何となく一息吐いてしまう。

「長かったね、ここまで」

「軽く一時間くらいかかったからな」

「あの人いなかったらもっとかかってよな」

「でさ、これからどうしよっか? 有栖と悠希は何か考えてる?」

「俺は街の観光でもしようかと思ってたけど、有栖は?」

「俺はお前らについてく…………でも道中に見た感じ街で観光するほど見るものあるか?」

 そんな感じで旅行に来たと言うのに非常に無計画な俺たちだったが。

「じゃ、石動さんに聞けば良くね?」

 と言う悠希の一言により、一同手荷物だけ持って移動。

「こちらの店と、あっ、こっちの店もお勧めですよ」

 と地図を見せながら教えてくれた場所へ行くこととなった。

 

 旅館から歩くこと三十分ほど。

 さきほど小夜に案内された裏道ではなく、表道を通って街に行ってみよう、と言う悠希の弁により行きの三倍ほどの時間をかけて街へと着いた。

「なんか三人で並んでのんびり歩いてると小学校の下校思いだすね」

 とは詩織の言。まあ分からなくも無い。中学、高校となってから俺も詩織も悠希もそれぞれの事情で忙しく、こうやって三人で帰ると言うことがあまり無くなったのも事実ではある。

「高校入ってからはいきなり有栖が入院したりして忙しかったしな」

「まあ色々あったんだよ」

「中学の時も同じこと言ってたよな」

 などと雑談しながら教えられた店を目指していると。

「お、あれか?」

「【Venus】…………うん、あれだね」

「なんて読むんだこれ?」

 悠希が首を傾げ、呟いた…………直後。

 

「ウェヌス、さ…………英語発音でヴィーナスと言ったら分かりやすいかな?」

 

 ぞくり、と後ろから聞こえた声に一瞬背筋が凍るような感覚に覚える。

「ヴィーナスって、女神様の名前でしたっけ?」

「ああ、それがキミたちの認識なのかな…………そっちのキミは?」

 そうして、後ろへと振り返り…………男と視線が合った瞬間、体が硬直する。

 おかしい、何かがおかしい。何もおかしくないはずなのに、何かがおかしいと全身が叫んでいる。

 いけない、このままでは、こいつを××ないと。

 

 アリス…………こいつを…………。

 

「おい、有栖? どうした?」

「顔が真っ青だけど、大丈夫?」

 二人に声をかけられ、はっとなる。気づけば感じていたはずの何かが綺麗さっぱり消えていた。

 

 今何をしようとして…………。

 

「あ、ああ。大丈夫だ…………」

 取り繕うように答えながら、頭の中は混乱しきっていた。

「大丈夫かい? とりあえず店の中で休むと良いよ。ついでに注文もしてくれるとありがたいね」

 そう言って二人が店内に入っていくのを、混乱した頭ではただ着いて行くことしかできなかった。

 

 喫茶店、と言うよりはどちらかと言うとバーのような薄暗い店内の雰囲気。

 夜に酒でも出していそうな店だがさきほど声をかけた男、店長の言によると喫茶店らしい。

「と言っても私は料理が出来ないので代わりを使っているのだけれどね」

 適当な店内の椅子に腰掛けた俺たち。店長がちらり、とカウンターの奥のほうを見ると二十代くらいのコック姿の男性がいた。こちらが見ているのに気づくと、ニコッ、と笑って一礼する。

「彼は知り合いのところで働いていた料理長だったのだけれどね、こちらに開店する折に知り合いに相談して手を借りることにしたのだよ。味のほうは保障するよ、どうだい?」

「メニューとかはあるんですか?」

「無いよ」

「「え?」」

 喫茶店なのにメニューが無い、と言う店長の言葉に、悠希と詩織が一瞬呆け…………次の店長の言葉で驚愕する。

「言ってくれればなんでも作るから、何でも頼んでくれ。大概はここの倉庫に揃ってるから大体は何でも作れると思うよ」

「え、何でも?」

「いや、それって……え?」

「まあ、ものは試しだ…………何か頼んでみたまえ。そちらのキミもどうだい?」

 店長が俺のほうを向いて話しかけてくる。

 ようやく冷静さを取り戻していた俺は、少し悩み。

「じゃ、定番でオムライス」

「…………じゃ、じゃあ、俺はカレーライスで」

「え、ええ? なら私は…………えっと、サンドイッチで」

 物怖じせず頼む俺に習って二人も恐る恐ると言った様子でそれぞれのメニューを頼む。

「ふむ、頼んだよ」

「了解しました」

 店長が軽く言って、コックの男も軽く返す。

 そして男が厨房のほうへと消えていくのを見て店長が再度こちらを向いて尋ねる。

「飲み物は何が良い?」

「えっと、なら私は紅茶で」

「茶葉に希望はあるかな?」

「えっと何でも良いです」

「ならそっちのキミは?」

「俺は、俺も紅茶で」

「じゃ、最後にキミは?」

「同じので」

「まだ気分が悪いようならアイスティーにするかい?」

「ならそれで」

「ふふ、承ったよ」

 最後に俺を一瞥してくすり、と笑い店長がカウンターへと入る。

 それから慣れた手つきで茶葉を取り出しお湯を沸かす。

「それにしてもこの辺では見ない子たちだね。どこかから旅行か何かかい?」

「え、ええ。俺たち吉原町ってところから旅行に」

 どこか緊張した様子の悠希がそう答えると、店長がなるほど、と笑う。

「こうしてまた一つ縁が繋がった。だからと言ってこの先に再びそれが交差するかどうか、それはこの世界では不明、か」

「えっと?」

「いやいや、何でも無いよ。ところでキミたちはどうしてこの店に? この周辺にここ以外に店は無いからキミたちはここに来たんでしょ?」

「えっと、宿泊先の旅館の人に勧められて」

 そう言うと、店長が何か思い当たったようにして、ああ、と呟く。

「小夜さんだね…………そうか、彼女が紹介したのならここに来たのも頷ける。()()()()()()()()()()()()

「えっと、どういうことですか?」

「いやいや、ただの戯言さ。気にする必要も無い、ね?」

 くすくすと笑う店長の様子に、詩織がそっと話かけてくる。

 

「なんだか、変わった店長さんだね」

「あれを変わった、で済ませれるお前が変わってるよ」

「おい、お前ら俺にばっかり話させてないで会話に加われよ」

 

 悠希まで加わってこそこそと話している様子を見て店長が楽しそうに笑っている。

「そう言えば先ほど聞きそびれたのだけれど、キミは知っているのかな?」

 ふと思い出したように店長が俺に尋ねる。それが何のことか考え、入り口で聞かれた問いのことだと思い出す。

「Venusが何か、と言う?」

「そう、それさ」

「英語発音でヴィーナス。ウェヌスは…………ラテン語発音だったか? ローマ神話の美と愛の神の名前だけど、たしかもう一つ。()()の名称じゃなかったか?」

 呟いた瞬間、店長がほう、と口元を歪めて呟く。

「良く知ってるね、博識なことだ」

「はあ…………ありがとうございます」

 その一言一言に嫌な予感を感じながらも、適当に取り繕って礼を言っておく。

「へー金星のことだったんだ、私それは知らなかったかも」

「俺も知らない、っていうか良く知ってたな有栖」

「ああ、まあな」

 またもや背筋に寒気が走るような感覚を覚えながらけれど何も起こらない状況に、気にし過ぎかと思いつつ。

「お待たせ致しました」

 ふと聞こえた声に振り返るとコック姿の男性が俺たちが頼んだ料理を運んで来ていた。

「ああ、良いタイミングだ。さあ飲み物だよ」

 次いで店長がそう言ってカップに注がれた紅茶を三人分(俺の分はアイスティーで)俺たちの前に置いた。

 

「店長、私少々外しておりますので何かありましたらまた呼んで下さい」

「ああ、分かったよ。ご苦労様だった」

 

 後ろのほうで何か二人のやり取りが聞こえた気がしたが、二人は料理に夢中で聞こえなかったらしい。

「うめえ、何これ。こんなカレー食ったことねえんだけど」

「本当、美味しい。具自体はそんな凝ったものでもないのに」

 目を丸くしながら料理に口をつける二人。

 まあ確かに美味い。パラパラとしてべたつきの無い米に、胡椒が効いてて香りも味も良い鶏肉、しっかり炒めてありながらも焦げの無い飴色の玉ねぎ、そして甘みの強いながらもしっかりと塩気も感じられるケチャップで絡められたチキンライス。それを半熟ふわふわの熱々の卵で綺麗に包み、その上からデミグラスソースをかけてある。

 正直、喫茶店どころかどこかのレストランで出てきそうなオムライスだった。

「ところで今更ながら気になったんだがさ…………これいくらなんだ?」

 ピタリ、と二人の手が止まる。

「なんかもう喫茶店って言うよりレストランの食事みたいになってるけど、メニュー無いからそもそも値段が分からないし、これ三人でいくら請求されるんだ?」

 店長のほうを見てそう問いかけると、店長が笑って答える。

「ああ、一律で五百円だ。出す品もそれに揃えてある、ああ、飲み物も一緒くたに、でだから安心してくれ」

「これが…………五百円?」

 ワンコイン。ちょっとした丼物屋で丼一杯食べれる程度の値段でコレが食えるって…………。

「それで経営できてるのが凄いな」

「はは、まあこれは趣味のようなものだからね、そこまで利益を求めてはいないよ」

 値段を聞いてあからさまにほっとした様子の二人を横目に見ながら俺は最後の一口を口に入れる。

「ごちそうさま…………俺の分ここに置いとくぞ」

 財布から五百円硬貨一枚を取り出し机の上に置くと、席を立つ。

「どっか行くのか?」

「ああ、近くに海岸があったしそこで休んでるから、旅館に戻る頃になったら携帯にかけてくれ」

「一緒に回らないの?」

 詩織のどこか寂しそうな、不満そうな表情。とは言ってもどうにもさっきから冷静になりきれない、この妙な違和感を振り払うためにも一人になりたかった。

「悪い、まだちょっと気分悪くてな…………また明日な」

「そっか…………じゃあ、気をつけてね」

「ああ…………分かってる」

 詩織を言い含め、店を出る。

「じゃあ、店長。ごちそうさま」

「またいつでも来ると良い…………私たちは待ってるよ」

 どこか含みのある店長の言葉に何かを感じながらも具体的にならないそれに悶々としながら店を出て歩く。

 ちょうど昼飯時と言うこともあってか、出歩いている人間もそれなりにいる街の中を外れるように歩いていく。

 そうして辿り付いたのは小夜の案内してくれた場所とはまた違う海岸。

「……………………なんだったんだあそこは」

 五月だと言うのに焼けるように熱い太陽が砂浜を照らし、熱の篭った砂がじりじりと俺の背を焼く。

 ごろり、と砂浜の上に寝そべり腕で日差しから目を隠した体勢で一つ、二つと深く呼吸する。

 ふと呟いて出た言葉は、今の悶々とした気分を表していたようで。

「お前らは何か感じたか?」

 俺以外には誰もいない場所。人の気配などまるで無いその場所で、けれどたしかに返ってくる声が三つ。

「んーなにかおかしかったきもするけど」

「気のせいのような気もするホー」

「オイラも良くわかんなかったホ」

「………………そうか」

 顔を見ないでも声の主が誰か分かる、と言うか俺が召喚したのだから当たり前だが。

 だが仲魔たちでも分からなかった、ただ何かあるような気がする、と言うこと。

 俺と同じ感想だ。本格的にあの喫茶店は怪しいかもしれない。

 だが今回の異界と何か関係があるか、と聞かれると何となく違う、と言う気がする。

 

 アリス…………こいつを…………。

 

 俺はあの時…………一体アリスに何を命じようとしていたのだろうか?

 それさえも今は思い出せない。

 喫茶店のことを考え…………それからふとその店長のことを思い出す。

「食えないやつだったな」

 飄々としている、と言うよりかまるでピントがあってない、とでも言うべきだろうか。

 人の話を聞いて話を合わせているようで、その実まるで話を聞いていない、そんな印象だった。

 ただの印象、だが一体彼のどこにそんな印象を受けたのかが分からない。

 

 印象と言えばあの店の名前。

 

 Venus

 

 英語読みでヴィーナス。ラテン語読みでウェヌス。

 店長曰く、日本語読みに直すのなら。

 

「明けの明星…………ねえ」

 

 金星の別名だが、随分と洒落た名前だことで。

 

 

 




悪魔って体はマグネタイトなんだし、変身してる悪魔も例にいるんだから、服装だけ変えるとかできるよね、きっと…………ということで。

告白します。

今回アリスちゃんの水着回(予定)でした。
水着だったんだ!! アリスちゃんの!!!

なのになんで俺は全く違う話を書いてるんだ?!

作者が一番戸惑っている現実。

喫茶店の名前決めてる時にVenusの記事をウィキで見たのがいけなかったのだろうか。


次こそは、次こそはアリスちゃんの水着回を。


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有栖と旅館

 

 

 

 夜。

 旅館に戻ったのは夕暮れ半ば。と言っても日の長くなってくる五月だ。時間にすれば六時近かった。

 それから三時間ほど経った現在。

 すでに夕食も終え、旅館の目玉である温泉にも入った。

 ああ、そこまでは良かった。

 現在時刻九時。普段ならまだ起きているような時間だが、今日一日歩きまわった疲れと、温泉で火照った体が空調の効いた室内の風に冷やされている心地よさに全員ウトウトとしだし、もう今日は寝てしまうか、と言う話になる。

 和室の部屋にベッドなどあるわけも無く、当然敷布団が押入れに入っていた。

 そう…………ちょうど三人分。

 どうしてもっと早く気づかなかったのか。

「ねえ…………私もここで寝るの?」

 チラシに書いてあったこの旅行の煽りは()()()()

 

 そう、つまり全員一部屋で寝ることを想定されていた。

 

 いくら友人同士と言えど男女で同じ部屋で寝ると言うのはさすがに抵抗がある…………特に詩織が。

 

 と言っても今から一部屋取る、と言うには時間が遅すぎる上に金がかかり過ぎる。

 詩織など一つの学園の理事長の孫娘ではあるが、所詮は学生の身。それほど多くの金銭を所持しているわけでも無い。

「う…………うう…………分かったわよ。我慢すれば良いんでしょ」

 最終的に詩織が折れた。俺たちとしても無理強いさせるつもりは無かったが、その空気を察した詩織が自ら折れた。

「つっても本気で嫌ならもう一部屋取るぞ?」

 俺の言葉に悠希が財布の中身を気にしながらも頷く。だが詩織が首を振る。

「いいよ、まだ今日を抜いても二泊もあるのに、そんなお金勿体無いし…………それに二人なら大丈夫でしょ?」

 まあ小学校からずっと友人している仲ではあるし、正直俺的にはどうでも良いのだが。

 俺の場合アリスと言う見た目女の子なのが昔から傍にいて、朝起きると時々潜り込んでいたりするので、あまり異性と同じ部屋で寝ることに対して忌避感は無い。慣れとも言うが。

 ただ悠希や詩織はそうではないだろうと思ってのことだったのだが、その気遣いが余計に詩織を頑なにしてしまったようだった。

「…………じゃあとりあえず荷物で仕切って寝るか。電気消すぞ?」

「いいよー」

「こっちもいいぞ」

「んじゃ、おやすみ」

 俺が電気のスイッチを消すと、室内が真っ暗になる。

 そしてすぐ傍の一番入り口近くに敷いた布団の中に潜り込むと、そのまま目を閉じる。

 一日の疲れのせいか、すぐに意識が薄れていき、すぐに眠りについた。

 

 

 

 りす…………有栖。

 揺さぶられ、呼びかけられる声に目を覚ます。開いた瞼。見えた視界には金髪の少女の顔。

「アリスか…………?」

「おはよー? こんばんわ?」

「どっちでも良いが、まあ寝起きだからおはよう、だな。今何時だ?」

 枕元に置いていた携帯を手繰り寄せ時間を見るとちょうど午前零時。

「良い時間だ」

「それじゃ、しゅっぱつだね」

「ああ」

 寝る前にCOMP内のアリスに午前零時ごろになったら起こすように頼んでおいたのは、この街に来た当初の目的のためだ。

「とりあえず街中は省くぞ」

 見つからないようにこっそりと抜け出す、案外深夜と言うのは客が寝静まって暇になるので受付(フロント)に誰もいない、と言うことは良くあるのだ。

 特にこの旅館の受付はまだ俺たちと同じくらいの年頃の小夜、誰かと交代しているだろうが、小夜に聞いた話によればこの旅館は夜には従業員の大半が帰る、とのこと。だとすればフロントに入っている人間も別の仕事と掛け持ちで長時間はいないだろう。まあそもそも見つかっても構わないのだが、残してきた二人に知られたくは無いので見つからない方向で行く。

「どうだアリス? いるか?」

「だれもいないよ、さまなー」

 アリスの返事にそっと顔を出し、受付に誰もいないことを確認。耳を澄まし誰かがやってくる様子も無いことを確認すると玄関から抜け出す。

 

 大半の悪魔と言うのは一般人には見えない。

 分かりやすく言えば霊感、と言うやつだ。

 幽霊が見える人間を指して、霊感があるなどと言うこともあるが、幽霊も悪魔の一種なのだから悪魔を見るのにも霊感が必要になる。

 と言ってもこれは非活性マグネタイトのことであり、これが体内にあると近くにいる悪魔の同じく非活性マグネタイトで構成させた肉体に反応し、その姿を直感的に読み取り、視覚的に映し出す。

 非活性マグネタイトは基本的にはCOMPバッテリーに吸収されるのだが、物質に宿ることも多々としてある。

 活性マグネタイトとは違うあまり多量には吸収されない、と言うか吸収されても器からこぼれて漏れていくせいであまり多く留めることは出来ないのだが、多少ならば人間の体にも宿るのだ。

 まあ何が言いたいかと言うと、常日頃から悪魔と戦いマグネタイトを浴び続けているデビルバスターならともかく、一般人が悪魔を見ることはほとんど無い。

 いつぞやの呪いのように、肉体を持っていると物質的に見えてしまうのであれは例外だが。

 またある程度強大な力を持っていると、内包する力の大きさに存在が強固になってしまうため、物理にまで干渉し、視認できるようになってしまう。

 このある程度、と言うのが厄介で、だいたいレベル15を超えた辺りから誰でも見えるようになってしまう。

 と言うわけで今のアリスはいつぞやも使った写し身でレベル1まで下げているので一般人には見えない。

 戦闘になった時一度戻さないといけないのだが、俺を起こす時に万が一、他の二人が起きていたらアリスの姿を見られることになるので最初から写し身を召喚していた。

 

 旅館を出ると暗い空に波の音が響いていた。

 周囲を崖に囲まれ、下は海。こんな暗い中で歩くのは危険だろう。

「どうするかねえ…………」

 はっきり言ってどこを探索するなどと具体的には何も決まっていない。

 情報が少な過ぎる、街中以外、だけでは探しようが無い。

 と言うか街自体が山に囲まれ、さらには海にも面していると言う性質上、どこに異界があってもおかしくなく、それはつまりどこもかしこも調べつくさないといけないと言うことで…………。

「方法は三つだな」

 一つは先も言ったが片っ端からしらみつぶしに調べていく方法。

 ただこれは時間がかかり過ぎる。中心である街を除いたとしても可能性のありそうな街を囲う山々はいくつもあり、海辺にだって可能性はある。

 二つ目は異界の場所を術式で探していく方法。これなら旅館に居てもできるが代わりにかなり長期間になる上に術者の力量次第なところがあり、俺程度の腕で探し当てることができるか非常に微妙なこと。

 三つ目は異界の主の正体を探り当て、そこから場所を導きだすこと。山なら山に伝承を持つ悪魔、海なら海に伝承を持つ悪魔、街なら都市伝説として噂される悪魔、など異界を起こす主は大体が自身の住みかを中心に異界化させるので悪魔の伝承から場所の特定をしやすい傾向にある。勿論いつかのジャックフロストの時のように例外もあるのだが。

「やっぱ三番目だな」

 一番現実的なのはそれだろう。一つ目はもう個人でやることではないし、二つ目は力量の高い術者がやることだ。どちらも無い俺は三番目くらいしか選択の余地が無い。

 人間側が意図的な異界化を引き起こすと全く当てにならないのだが、今回の場合、龍脈の乱れによる自然発生型の異界だ、だったら中心となる主の住処が異界の所在地と考えて良いだろう。

「と、なるとやっぱ情報が必要か」

 この街の伝承などがあると分かりやすいのだが…………こうなると昼間に街へ行けなかったことが悔やまれる。

「とりあえず今日はこの辺適当に見回って見て終わりにすr」

 

 ぞくり、と。背筋が凍るような怖気。

 

 昼の喫茶店のものとはまた違う。

 それは、純粋なまでの殺意。

 背中を指す殺意、その出所は…………。

「おいおい、冗談だろ…………」

 視線をやる。その先にあるのは…………街。

 ここから距離にして十キロ以上も離れた街から感じる殺気。

 あそこに、何かが…………いる。

「…………………………行く、しかねえよな、やっぱ」

 何かがある。何かがいる。何かが起こる。

 それが異界化と関係あるかどうかは分からないが。

 

 行ってみるしかない。

 

 

 夜の街。帝都…………東京都内、と言っても端っこのほうにある田舎街だ、夜になれば人通りも減って街を照らすのは夜に開く店の明かりばかりで全体的に薄暗い。

 一つ脇道に反れれば途端闇に包まれるような一寸先も見通せないような暗さ。

 刺すような殺気は相変わらず続いている。

 途中で気づいたが、これはマグネタイト伝播だ。マグネタイトに感受性の高い、簡単に言えば霊感の強い人間や悪魔にしか気づけない感情の波。

 つまり相手が悪魔か何かであることは確実。普通に人間がいたなんてことは有り得ないだろう。

 ズキン、と刺すような痛みを感じる。濃密になったマグネタイトが文字通り体感できるまでに強くなった殺気を伝えてくる。

 それは、つまり殺気の主に近づいている、と言うことだ。

 そうして進み続け、暗い路地裏を感じる感覚を頼りに進んで行き、たどり着いたのは街中の小さな公園。

 

 ザッザッザ…………足音が誰もいない公園に木霊する。

 感じる。もうここまで来ると嵐のような殺意一色に染まった感情の波。

 ここだ、ここに何か…………いる。

 

 そう、思った瞬間。

 

「くひっ」

 

 小さな笑い。

 そして、反転。

 一瞬にして世界が紅く染まった。

 

「きひっ」

 

 笑い声。

 いる、確かに。

 いつの間にか、知らぬ間に、気づかぬ間に。

 そこに、()()

 

「くひっ、くひっひ…………きひひひひひひ」

 

 笑っている。狂ったような笑みで、狂ったような笑いを発しているソレ。

 男だ。二十代後半と言ったとこか。時代遅れな着流し、そして腰には帯刀。

 まるで時代劇の中から飛び出した来てような

 

「くひひひっひっひ…………ああ、来たよ来たよ、蜘蛛の糸を手繰って、地獄目指して新しい獲物がやってきたよ」

 

 笑っている。血に塗れた唇が弧を描く。紅く光る瞳が愉快そうに揺れている。

 明らかな狂人。異常な精神性。そして…………通常の悪魔ならざるその気配。

 俺は…………こいつらを知っている。

 否、正確にはこいつらのような存在を知っている。

「おいおい…………今日は新月じゃねえぞ」

 そうだ、そうだ! そうだ!!

 五年前、あの日だ。俺の両親を殺し、俺を殺しかけたあの悪魔。

 

「何でこんなところに魔人がいるんだよ」

 

 不運の象徴。絶望の証。

 新月の夜に不用意に出歩く愚か者だけが不運にも出くわす、その悪魔たちを総称して。

 

 魔人と言う。

 

「良く知ってる。だが新月にやってくるやつらはオレとは別物さ、きっひっひ」

 

 腰に差した刀を抜く。

 ああ、分かってはいたが。

「魔人ってのはどいつもこいつも、結局同じだな」

 SAMMON OK?

 俺の周囲に現れた三体。これで準備は出来た。

「くひっひ、よく分かっている…………結局オレたち「力でしか語れない、だろ」…………良く分かってるじゃないか」

 全くどいつもこいつも。

「カラスの連中は何やってやがったんだよ…………街中が安全だ? 全然安全じゃねえよ、魔人がいるぞ」

 本当に。

「魔人は不幸しか振りまかない。まさに天災だ」

 いらつくやつばっかりだ。

「だから…………」

 だから。

 

「ここでくたばれ!」

「オレの糧となれ!」

 

 

 

 夜中にふとトイレに行きたくなり目が覚める。

 目を覚ました時、一瞬自身のいたところがどこか分からず混乱するが、宿泊先の旅館だと気づき眠っている他二人を蹴飛ばさないように慎重に廊下に出ようとして。

 ずぼ、と入り口付近の布団を蹴ってしまう。

 たしか寝てたのは有栖だったか…………?

「起きてないよな…………?」

 そっと布団を確認し、そこに誰もいないことに気づく。

 注意深く観察する。テレビの探偵ドラマでやっていたように布団をめくって手を置いてみる。

「冷たい」

 時刻は午前十二時三十分。布団は冷たい、という事は有栖が布団から出たのは五分や十分程度前ではないだろう。

「どこ行ったんだ、あいつ?」

 よく見れば有栖の荷物が弄られたような形跡。

 詩織のほうをふと見て、寝息が聞こえる、よく寝ている。

 という事は有栖一人。

「…………もしかして」

 思い当たる節が一つ。

「バイトか?」

 アイツのバイトが夜に多いのは知っていたが、まさかこんな時まで?

「……………………行ってみる、か?」

 ずっと黙っていた。有栖が言いたくなさそうだったから。

 だが、不審には思っていた。あいつがいつも怪我して帰ってくるから。

 今なら…………もしかすれば、確かめることが、できる?

 そう思うと自然と体が動いた。部屋を出て玄関へ向かって歩く。

 受付には今の時間帯は誰もいないようで、誰にも気づかれること無く部屋を出れた。

 外に出るとさすがにまだ春だからか、ひんやりとした風が背筋を撫でる。

 ゾクゾクとした気配を感じながら周囲を見渡す。誰かがいる気配も無い。

 携帯を取り出し時刻を確認、午前十二時四十分。

 周辺にはいない、もし有栖がいるとすれば…………。

「街か?」

 石動さんに教えてもらった抜け道を使えば十分ほどだ。

 そう考え、記憶を頼りにまた洞窟を目指そうとして。

 元から崖の近くだったせいか…………携帯の光で目が暗闇に慣れていなかったせいか…………それとも考え事をしながら歩いていたせいか。

 悠希が気づいた時にはもう遅い、その足は崖を踏み抜き。

 

「うわああああああああああああああああああああ」

 

 崖から…………暗い暗い海の中へと、消えていった。

 

 後には咄嗟に手放しその場に転がった携帯が一つ。

 

 




アリス「わたしのみずぎはー? こんかいやるってやくそくしたよね?」

ま、待て、落ち着け、話合おう。というか言い訳を聞いてくれ、話せば分かる。

という訳でまたもや水着回をすっぽかして魔人登場です。
ちょこっと設定変えたけど、これは予定通りです。タイミングは大分変えたけど、今回の話で魔人出てくるのは確定してました。

ところで水着回ですが。
シュミレートした結果二種類ありまして。
「なつだーみずぎだーうみだー」「今五月だぞ?」
って感じの普通の海水浴のシーン。

でもう一個が。
「さまなー、おせなかおながしするよー」「いや、別にいいんだが、いいて、いや、マジでいいから、ちょ、やめ……アー」
な感じのアリスちゃんと 温 泉 のシーン。温泉ですよ、 温  泉 !

どっちにしようかと思って現在悩み中。
もういっそ両方出しちゃえよ、と言う場合、流れの中で書けそうだったら書くことに。と言うわけでも今回は見送りました。


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有栖とヒトキリ

帰省なう。

本当は帰省中は執筆する気無かったんですけど、なんか執筆しないと物寂しいのでぽちぽちと打ってたらいつの間にか一話出来上がってたので投稿。
久々にエースコンバット5やりながらこれ書いてます。


 

 

 

「きひひひひ!!!」

 眼前の魔人が腰の刀に手をかける。

 距離にしておよそ四十メートルほど。

「ブレイブザッパー!」

 遠くの魔人がその刀を抜き……………………直後、脳裏に過ぎった嫌な予感に咄嗟に退()がった。

 だが。

「なっ……にぃ……?!」

 胸に走る痛み。視線を落とせば胸の辺りを一文字に薙がれ、大量に血が出ていた。

「っく…………っそぉぉ!!!」

 咄嗟に腰に下げたソレを投げる。魔人が不愉快な笑みを貼り付けそれを避けようとし…………。

「きひ…………ひっ?!」

 光が弾ける。轟音が響き、魔人の目を焼き、耳を潰す。

 閃光手榴弾(スタングレネード)

 悪魔にそんなものが通用するのか、と言われれば目でものを見ている悪魔には通用する。

 悪魔の体がマグネタイトで構成されているとは言え、悪魔の体を模しているのだ、人型であるのなら、目は目の働きをするし、耳は耳の働きをする。

 元が不形の悪魔や、そもそも目も耳も無い悪魔などは別の方法で知覚しているらしいが、人型に限れば人間と五感の働きはそう違わない。

 ならばこういった対人間用の武器が通用したりもする。

 眼前の魔人が再度その刀を振り下してくる、だが視覚を一時的ながら失い距離感を失ったその一閃は俺の鼻先を掠めていく。

「っ…………っぶね、これでもまだこんだけピシャリかよ」

 盲目の状態でさらには音まで奪われていると言うのに、それでも掠めたことに驚きを通り越して呆れる。

「さすがは魔人ってことか…………ふざけてやがる」

 さらに数度魔人の剣閃を回避する、と魔人がようやくその攻撃の手を止める。

「きっひっひ、当たんねえな」

 そうして数メートルながら俺と魔人との間に距離が開き…………。

「ようやく離れてくれたな、アリス、ランタン、フロスト!」

「メギドラ!」

「マハラギダインだホ!」

「ブーメランフロステリオスだホー!」

破滅の光が、炎が、氷が…………魔人を一斉に襲い。

 

「きひっ」

 

 すっ、と…………手にした刀で一閃する。

 それだけで…………全ての魔法が弾け飛んだ。

「っ…………な、に?!」

「きひひひ…………羅刹斬」

 魔人の手元が一瞬霞む。

 何が起きたのか、知覚すらできないほどの一瞬。

 だがその一瞬で、俺の全身から血が噴出した。

「っぐ…………がああああ、ランタン!」

「ディアラハンだホ!」

 治癒の光が俺を包み、全身の傷を消し去ってくれる、だが失った血までは供給してはくれない。

 幸い体内の活性マグネタイトのお陰で早々に行動不能になったりはしない。

 だが不味い、今何をされたのか気づかなかった。

 何より。

「大丈夫か、アリス…………」

「…………だ、だいじょうぶ」

 俺と同じく全身に切り傷を作っているアリス。俺より後ろにいたフロストとランタンは無事だったが…………。

「きひ…………なるほど、だいたい分かった」

 魔人の呟き、そうして再度刀を握り。

「きっひっひ、このくらいか?」

 正確な距離感を持って刀を薙ぐ。その刀身が再度俺を輪切りにしようと迫り…………。

「っく!!!」

「させないホー!」

 指示を下すより早く、フロストが俺の前に出てその一閃を受け止めようとし。

「フロスト!」

「?! ブーメランフロステリオスだホー!」

 その一閃がフロストを薙ごうとした直前、フロストの放った冷気。

 それに魔人が飲み込まれ、吹き飛ばされる。

「…………なるほど、な」

 それを見て確証を得る。やはりそうだ、さきほど魔法を呆気なく切り裂いたあの剣。特別なのはあの剣ではなく…………。

「そういう技か…………厄介だな」

 武器破壊すればそれで終わりかと思ったが、どうもあれは単なる刀のようだった。すぐにマグネタイトで復元して終了。あれほどの大物、早々楽はさせてもらえないようだった。

「だがだからこそチャンス、か」

 それを今証明したばかりだ。つまり…………技なのだから、相手が別の技を使っている最中には使用できない。

 そこを突けば相手にもダメージを与えられる、だが問題がある。

 

 距離だ。先ほどの技は何をされたかは分からないがとにかく目算だが五メートルほどの距離があっても当たった。だが他の攻撃は基本的に接近してから使われる、つまり距離にして一メートル以下まで接近される。こんな状態で魔法を使おうものならば俺まで巻き込まれる。

 仮に今のフロストのように真正面から対峙して使おうにも、技を繰り出すタイミングとこちらが魔法を打ち出すタイミングが絶妙にかみ合わないと最悪あの一撃で致命傷を負いそうな攻撃と相打ちになってしまう。

 そうなると頑強さの面であの魔人のほうがどう考えても有利だろう。

 少なくとも魔法一発で瀕死になってくれそうなほどやわな体はしてなさそうだった。

 

()()()

 

 呟きと共に弾ける闘気。瞬間、ありもしない暴風に襲われたような錯覚すらした。

「きひ…………きっひっひっひ……きひっひっひっひっひっひ!!!」

 狂ったように笑う魔人。それに呼応するようにその手元の太刀が紅く、鈍く光る。

「鬼神薙ぎ」

 十メートル以上離れたその場から、真横に太刀を一閃に薙ぐ。

 太刀の長さは通常より長く、だがそれでも二メートル少々。

 到底当たる間合いでは無い…………だと言うのに。

「ぐ、が…………」

 何故俺の腹部が焼けるように熱い?

 何故ランタンとフロストが倒れている?

 どうしてアリスが苦痛に顔を歪めている?

「きひひっひ…………羅刹斬」

 瞬間、自身に迫り来る無数の剣閃が、視界に僅かに映った。

 

 洒落にならない。それが感想。

 左腕が落とされた。文字通り、切り離された。

 首も頚動脈が切れている。活性マグネタイトが無ければ即死だった。あっても死ぬのは変わりないが、数秒の猶予がある。

 宝玉と呼ばれる特殊な力の篭った玉を自身に押し当てると、玉が光り、傷が幾分か癒えた。と言っても致命傷を避けた程度だが。

「っぐう、まっず…………」

 脳裏を焼き尽くすような痛みに塗りつぶされる。思考が上手く回らない。

 宝玉を使っても落ちた左腕が生えてくるわけでもない。

 すっぱりと切り落とされた左腕を視界に捉え、歯を噛み締め、痛みを堪える。

「…………はあ…………はあ」

 荒い息を吐き、地面に転がる左手からCОMPを回収する。幸いにもCOMPは無傷だった。とにかくこれで仲魔たちを確保できた。

 だがその仲魔たちも今の一撃で全員沈んでしまって…………いや、物理耐性を持つフロストが辛うじて生き残っているくらいか。

 正直言って危機的状況だ。

 だが、まだ絶望的ではない。

 

 正直俺の仲魔たちは基本的に攻撃特化で回復手段などが非常に乏しい。

 だからこそ、こうしてサマナーである俺の側で道具は用意してある。

 地返しの玉。魂に活力を与え再び立ち上がるための生命を与える不思議な玉。

 それを使って、ランタンを復活させる。

「フロスト、ランタン…………アレできるか?」

 俺の端的な問い。それに両者が頷いて答える。

「やれと言うならやってやるホ」

「ちょっときついけど、まだやれるホー」

 その言葉に俺も頷き。

 

「やれ」

 

 命令を下した。

 

「デビル」

「フュージョンだホー!」

 

 

 ランタンとフロストがその手を重ね、言葉を紡ぐ。

 

 そして。

 

「ヒホヒホヒホ! オイラ再び参上だホー!」

 

 召喚…………ジャアクフロスト。

 

「分かってるな?」

「お任せだホー! さあ、罪に彩られるホ、クライシス!」

 そうしてジャアクフロストから発せられた薄紫の光が俺たちを包み込み…………。

 

「羅刹斬」

 

 直後聞こえた声、そして放たれる無数の剣閃。

 だが。

 カキンカキンカキン、と何かが弾かれる音。

「きっひ…………ぐげぁ…………なんだあ?」

 俺たちを包む薄紫色の光に弾き返された剣閃が全て魔人の元へと返る。

 クライシス。バステ防止と補助魔法全種と反射補助二種を一度にかけると言う非常に便利ながらも消耗の多いスキルだ。因みにジャアクフロスト以外にこんなスキルを使える悪魔を俺は知らない。

 一定時間の間、物理魔法の両方を反射できるこの魔法は万能魔法などの反射魔法を貫通する攻撃を除けばほぼ万能の盾となる。

 そして、あの魔人は恐らく物理攻撃しか無いと見た。

 つまり、これで封殺できる。

 問題はこの魔法が持続している間にあの魔人を落とせるか、だ。

 攻撃は封殺したに等しいと言っても、相手にダメージを通せばければ意味が無い。

 反射される物理攻撃をいつまでも続けはしないだろうし、こちらから相手に痛烈な一撃を与える必要があるだろう。

 だがこちらの仲魔は魔法攻撃中心だと言うのに、相手は魔法を刀で切って落とす。

 かといってにわか仕込みの物理攻撃では魔人を倒せるほどの威力は見込めないだろう。

 だとするなら…………如何にこちらの魔法攻撃を通すか。

 実は一つ案がある。

 それにはCOMPを操作しなければいけないのだが、左腕が無い状態でできるだろうか?

 リカームの魔法でもあれば切断された腕をつなげることもできると思うのだが、生憎俺の仲魔にそんな便利な魔法覚えたやつはいない。

「やるしかねえか」

 呟き、脳裏に実行のための計画を立て。

 

「近づくぞ、フロスト」

 

 声をかけ、ジャアクフロストを前面に押し出しながら、()()()()()()()()()()

「きっひっひ、そっちから死にに来てくれるか」

 魔人が嗤い、その刀を構え…………袈裟斬りに振り下ろす。

「きひっひっひ…………人斬刃(ヒトキリヤイバ)

「っ!!? っく、間に合えええええ!!!」

 やばい、直感的にそう思った。

 魔法補助なんて簡単に吹き飛ぶ、俺の仲魔であるフロスト自身がそれを証明している。

 だったら、だ。

 この魔人がその手段を持っていないと言えるだけの確証も無い。

 帰還。慣れない片手でのCOMP操作。間一髪のところでジャアクフロストがCOMPの中へと収納され。

「今度は…………こっちの番だ!」

 

 SAMMON OK?

 

「ヒホヒホヒホ!」

 俺の目前に再度召喚したジャアクフロスト。

 

 そして。

 

「いくよー!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「撃て」

 

「メギドラオン」

「メギドラダインだホー!」

 

 前と後ろ、両側から同時に放たれた魔法が、魔人を飲み込んだ。

 

 簡単な話だ。普通に魔法を撃ったのではまたあの刀に撃ち落されるのがオチだろう。

 だがどうあがこうとあの刀は一本。一度に複数方向から攻撃されたのでは簡単には撃ち落すこともできないだろう。

 その…………はずだった。

 

「ひっひ…………きひひひひ、きっひっひひっひひひひひひ!!!」

 

 魔人が嗤う。放たれたジャアクフロストの魔法を一瞬にして切り裂き、返す刀で背後から迫るアリスの魔法を斬る…………減算しきれなかった魔法が魔人に多少のダメージを与えるが、それでも致命傷にはほど遠い。

 あり得ない。そう思っていた。だが目の前で現実にやってのけた。

 タネが割れた以上、もうこんな奇襲じみたことは通じないだろう。次からは避けられて終わりだ。

 第一、遠隔召喚と言うのは難易度が高い。それも好きな瞬間に好きな場所へ、と言うのはほとんど不可能だ。だからこそ危険を冒してまで魔人へと接近したのだから。

 一度きり、絶対に失敗できない方法のはずだったのに…………。

 

「ああ、まあ、それは別にいいんだけどな」

 

 何せ。

 

 本命は、魔法などではないし。

 

「んじゃ」

 

 魔法を囮に魔人を一箇所に釘付けにして。

 

「ばいばい」

 

 手持ちの爆薬を全部爆発させる。

 

 その量、手榴弾十個。

 

 直後、轟音が夜の公園に響き渡った。

 

 

 

 手榴弾と言うのは本来そこまで威力が高いわけでもない。

 比べるまでも無く、悪魔が魔法一発撃つほうが威力は上だ、最弱の魔法だろうと。

 だが威力に比べ、その殺傷力は高い。破裂した金属片が四散して人を傷つけるからだ。

 つまり人間には効果は高いが、建物などに対しては本来効果が低い。

 また、戦車など装甲のある相手に対して思うような戦果を望めない。

 だが、それを改良した対戦車手榴弾と言うものがある。

 名前の通り対戦車を想定した手榴弾だが、まあ名前負けして実際は大きさの問題で戦車の装甲を貫けるかと言われれば微妙だ。

 だが従来の手榴弾と比べ大幅に威力強化されているのは事実であり。

 

 人間だろうと悪魔だろうとまともに喰らえば一撃で吹き飛ぶ威力なのは間違いない。

 

「不良在庫じゃなかったんだな」

 

 そして轟音を立てて吹き飛ぶ魔人を見ながら思うことはそれだった。

 捨て値同然で押し付けられたから絶対に不良品だと思っていたんだが、普通に機能したことに驚いた。

「そんなふりょーひんこんなときにつかおうとするさまなーにびっくりだよ」

 ジトーとした目でアリスがこちらを見てくるがおかまいなし。

 異界化が解ける、と同時に異界内の影響が消え何も無い公園だけが広がり、ようやく一安心と息を吐く。

「フロスト、そろそろマグネタイトがやばい、戻れ」

「ヒホー、オイラの出番はこれでデッド」

 ぐにゃり、とジャアクフロストが歪み、直後そこにはジャックランタンとジャックフロストがいた。

「ランタン、今のうちに全員回復しとけ」

 言いつつ、地面に転がる自身の腕を見てため息を吐く。

 腕の無い状態で回復魔法を使ったせいで、傷は塞がっているのに腕が無いと言うおかしな状態になっている。

「くそ、またカラスに頼むしかねえか…………金がかさむ」

 だらだらと血を流す左腕をフロストに言って凍らせる、さらに流れ落ちた血は適当に砂でもかけておけばいいだろう。

 後は……………………。

 

「この襤褸切れな上に血まみれの服でどうやって旅館に戻ろうか…………」

 

 ヤラガラスにでも頼むか…………そう呟いた。

 

 

 

 




因みに一度も表記しなかったけど、タイトルの通り、魔人の名は「ヒトキリ」です。
漢字で人斬り。文字通り辻斬りの悪魔です。
通り魔、辻斬り、殺人鬼、まあ言い方は何でもいいですけどそう言った突発的人意災害の概念を具現化したような存在、と言う設定。
ただもう一面があるんですけど、それは秘密。

設定資料が一人暮らし中の寮のPCに入ってるので魔人ヒトキリのデータは無しです。そのうち悪魔全書みたいな感じの設定資料作るのでその時公開します。

ただ分かりやすいように技の設定だけ。

魔人:ヒトキリ

羅刹斬:敵全体を複数回攻撃。威力は力、攻撃回数は速度で決定する。
修羅闘:一定ターンの間、自身の耐の値を全て力に加算する。文字通りの捨て身の攻撃。また、物理攻撃の射程を最高まで引き上げる。
斬り払い:全ての遠距離攻撃を70%の確率で無効化する。
人斬刃:人型の存在に対し、全ての防御を無視して即死させる。


ジャアクフロストを人型を見るか所詮二等身と見るかは人次第。

エスコン面白いよエスコン。
ファルケンのレーザーが凶悪過ぎる。潜水空母一撃で沈めた。


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有栖と岬の祠

作者の小説は基本的にオリジナルの設定が非常に多いので、そう言ったものに嫌悪を覚える人は早めにブラウザバック推奨です。


 

 

 

 カポーン、と言う効果音を考えたやつは天才だと思う。

 あれを聞くだけで何故か温泉を想像できてしまうのだから、不思議だ。

 まあそれは置いといて。

 現在午前六時半。こういう温泉旅館には良くあることだが、現在俺は朝風呂を満喫中だった。

「はあ…………生き返るわ」

 癒される。疲れた体が芯からほぐされていくような感覚。暖かさに包まれているようなこの心地は日本人に生まれて良かったと思わされる瞬間だ。

 そもそも、何で俺は旅行一日目から魔人などという物騒極まり無い存在と生死を賭けた勝負をしていたのだろうか。

 自分でも疑問に思うが、しかし出会ってしまったものは仕方が無い。

 まあ実際は自分から街へと足を向けてわざわざ首を突っ込んだんだが。

 

 あれからのことを簡単に説明すると、ヤタガラスに連絡して魔人などと言う存在に出会った報告と治療の救援をし、無事腕がくっついたのが二時半ごろだったか。連絡から一時間半で準備を終えて車で駆けつけてくるヤタガラスの人間のフットワークの軽さに驚きながらも治療を受け、血まみれになった服の代わりを見繕ってもらったりとそんなことをしていたらすでに三時過ぎ。車で旅館にまで送ってもらい、床に就いて起きてみればまだ六時。ただ深夜のドンパチのせいで汗と土で不快感を覚えたので眠気を振り払い朝から旅館の温泉に入っていた…………そして冒頭に戻る。

 

「つうか…………なんでこの街は魔人なんているんだ?」

 魔人と言うのは少々特殊な悪魔だ。基本的に悪魔はこの世界のどこにでも現れるのだが、魔人はそうではない。

 魔人は不運の象徴だ。陰の気が一箇所に集中している状態で、新月の夜にどこからともなく現れる。

 

 かつて帝都中の人間の幸運が奪われる、と言う事件があった。

 最初は小さな変化だった。ツいてる人間とツいてない人間。幸運が続く人間と不運ばかりに見舞われる人間。

 世界中探せばよくある話だ。だがそれが帝都中で起こっていた、となればそれは最早立派な異変だ。

 だが幸運が続いた人間もやがてはそのツキを失い、不幸に見舞われ続けた人間はどんどん絶望に染まっていく。

 そんな帝都にはいつしか陰鬱な人々の念が溜まり、淀んだ空気を放っていた。

 そしてそこに現れたのが…………魔人と言う存在。

 そしてそれら全てを討ち果たしたのが…………十四代目葛葉ライドウ。

 

「あんな化け物何体も倒すとか…………本当に人間か怪しいな」

 湯につかりながら呟く。繋がってはいるがどこか違和感の残る左腕を見つつため息を吐く。

 近代火気をあれだけ当ててはいたが、COMPを見る限りマグネタイトの収集ができていなかったので撃退しただけだったのだろう。

 あれだけぼろぼろになってまで戦ってようやく撃退できた化け物を六体以上倒したと言う十四代目のその実力は俺ごときには計り知ることもできない。

 朔良はそんなものを目指しているのか、と思うと顔が引きつる。

 そんなこんなと朝から風呂に浸かりながら思考を巡らせていると。

 ガラッ、と音がして浴場の扉の開く音。

 俺以外にこんな朝から客でもいるのか? と振り向き。

「わーい、おふろー」

「は?」

 絶句した。何故? だってそこにいたのは…………アリスだった。

 

 

 ここって男風呂だよな? と一瞬考えたが、こいつにそんな常識が通用するはずも無いか、とすぐにその考えを破棄する。

「な、お、お前、なんで、つうか勝手に出てきたのか?!」

「だって有栖だけおふろにはいるのずるいよ。わたしもはいりたーい」

「だからって…………いや、くそ、もういいわ」

 こういうやつなのは分かってたことではあるし、考えようによっては人のいない今の時間帯で良かったのかもしれない。

「きのーはほかのひとがいたからがまんしたんだよ、だからきょーはいいでしょ?」

「分かった、仕方ねえな…………人が来たら送還するからな?」

「はーい」

 多少は気を使ったらしいアリスの言に、許可してしまう俺も甘いのだろうか、と思いつつ湯に浸かる。

「そういやお前服は?」

「んー? けしたよ?」

「まあいいけどな、だったらタオルくらい作っとけ」

 基本的に世界中に存在している悪魔はマグネタイトの体に宿った分霊だ。つまり全ての悪魔の体はマグネタイトで構成されている。

 だからこそ変化したりもできるのだが、その応用で服装を変えることもできる。

 逆に服を消したりもできるのだが、アリスも例によって全裸だった。

 まあこんな幼児の裸見てもなんとも思わないのだが、そもそもアリスだしなあ。

「たおるをおゆにつけるのはまなーいはんだよ?」

「変なところで常識人ぶるな、お前。悪魔のくせに」

 どこからそんな知識を得てくるのか、と思うが多分普段家でテレビ見てたりする時なのだろう。

 基本的に何にでも興味を示すからな、アリスは。

「ランタンとフロストは?」

「寝てるよー?」

 まあ昨日は激戦だったしな。第一フロストが温泉に浸かったら溶けてしまう。

「有栖、せなかながしてあげる」

「いや、いいから」

「だーめ、せなかよごれてるよ?」

 主に血で、だろうか? 湯に浸かる前に一応も湯を被ったのだが取りきれてなかったらしい。

「いや、でもなあ…………変なことするなよ?」

 自宅の湯船でもないのにそれは不味いか、と思い体を洗うことにする。

「はーい」

 元気良く、多少不安になるが、アリスが返事をし俺についてくる。

 積み上げられた桶を一つ取り、タオルを入れて洗い場に座る。

 タオルに少々洗剤をつけ後ろにいるアリスに渡す。

「んじゃ、頼む」

「おまかせー」

 ごしごしとアリスが俺の背中をタオルで擦る。のはいいのだが。

「力加減してくれ…………悪魔の力で擦られたら痛い」

「あ、ごめんごめん」

 アリスはあまり力が強いほうでもないが、それは悪魔の中で、と言う仮定であって人間と比べれば呆れるほどの力がある。レベルが高いだけに並の悪魔よりも強い力で擦られては手加減されていても痛い。

 と言うかそれでも痛いで済む俺も多分おかしいのだろうけれどあまり気にしない。

 しばしの沈黙。アリスが俺の背中を擦る音だけが聞こえる。

 そしてその沈黙を破ったのは俺からだった。

 

「んで、何か言いたいことでもあるのか?」

 

 そんな俺の問いにアリスが少し不思議そうに後ろから声をかけてくる。

「わたしわかりやすい?」

「いや、なんとなく、だ」

 きっと首を傾げているのだろうことが、振り返らなくても分かる程度には俺はこいつのことを理解している。

「で、本当に何かあるのか?」

「うん、あのねー」

 アリスが一旦言葉を止め、そして言葉を紡ぐ。

 

「このままだとつぎのしんげつにしんじゃうよ?」

 

 

 

 七時前になって部屋に戻ると、悠希も詩織も起床していた。

「起きてたのか」

「朝風呂か? 俺も行けば良かったかな」

「私も行こうかなあ、寝汗かいてるし」

「朝食どうする?」

「夕飯みたくここに持ってきてもらっていいと思うよ」

「じゃあ八時くらいに持ってきてもらうぞ?」

 端的なやり取りをし、浴場へと向かう二人を見ながらロビーへと向かいフロントにいた小夜の母親(旅館の女将)に朝食の話を伝える。

「分かりました、では八時にお部屋のほうへお運びします」

「お願いします。それと一時間くらい時間があるけれど、どこか散歩するのにいい場所とかありますか?」

 俺の質問に女将が数秒考え、口を開く。

「岬の先に小さな祠がありますけど、一度見に行ってはどうでしょうか? なかなかの景色ですよ?」

 ふむ? 祠…………か。俺にとって面白い話だ。

「祠、って何を奉ってるんですか?」

 俺の問いに女将が、さあ、と首を傾げる。

「私の母があそこには神様がいる、と良く言っていましたが何を奉っているのかは…………」

 口ごもり、それからふっと思い出したように顔を明るくする。

「小夜なら何か知ってるかもしれません。あの娘は祖母に一番懐いてましたから、毎朝その祠へと行っているようなので、ちょうど今なら会えると思いますよ?」

「そうですか、ありがとうございます」

 一つ礼を言って旅館を出る。

 教えてもらった場所はここから歩いて十分ほどのところ。

 小夜がいつまでそこにいるのかは分からないので、急ぎたいところだ。

「こりゃ思わぬところから有益な情報が出たかもな」

 街から外れたこの旅館だ。カラスの連中も調べてない可能性もある。

 もしかしたら、そんな期待を抱きながら俺は足を進めた。

 

「あら、おはようございます」

 言われた通りに歩いていくとすぐに件の祠を見つけることができた。

 そこには女将の言った通り小夜がいて、持っていたタオルで手を拭っていた。

 祠は全長一メートル半ほどの小さなもので、中には神棚のようなものとミニチュアサイズの鳥居らしきものがあった。

 ふと視線をやると水の入ったバケツや、清掃に使って汚れた布巾らしきものがある。どうやら、ちょうど祠の掃除を終えた様子だった。

「ああ、おはよう…………何やってるんだ?」

 話には聞いていたが、一応本人にも聞いてみると、小夜があはは、と笑って答える。

「祠のお掃除です。毎日この時間帯にやってるんですよ」

「毎日?」

 鸚鵡返しに尋ねると、ええ、と小夜が頷く。

「亡くなったお婆ちゃんとの約束でして、もう五年以上続けている日課みたいなものですね」

「信心深いんだな」

 俺の言葉に何故か小夜が驚いたような顔をし、そしてくすりと笑う。

「決してそういうわけでもないんですけどね…………この日課のことを言うとみんな同じように言いますけど、別に私は信心深くなんて無いんですよ、だって」

 

 神様なんて信じてませんから。

 

「…………でも毎日こうして祠を綺麗にしているんだろ? 何故?」

 問うと小夜が少し困ったような苦笑いしながら答える。

「お婆ちゃんとの約束だったからです。お婆ちゃんは六十年以上毎日にようにこの祠にやってきては祠を綺麗にして参拝していたらしいです。私は大のお婆ちゃん子で、そんなお婆ちゃんについてきて毎日この祠にやってきてお婆ちゃんを手伝っていました。でもお婆ちゃんも歳ですから、そのうちここまで来れなくなっちゃって、その時にお婆ちゃんと約束したんです、これからはお婆ちゃんの代わりに私がこの祠を綺麗にするって。それが無ければきっと私はこんなことしてませんね」

 ほら、信心なんて無いでしょ? と笑う小夜だったが、俺は別の感想を抱く。

「立派な信心だよ。理由はどうあれ、やっていることは立派に信仰になるさ」

 まあそれを良しとするかは人次第なのだが。

「きっとお婆さんも喜んでるだろうよ、だってそうだろ? 自分の信じたものを孫がずっと信じ続けてくれてるんだからよ」

「…………そうですね。竜宮でお婆ちゃんが喜んでくれているなら、嬉しいですね」

 そう言って微笑を浮かべる小夜だったが、俺は小夜の言った一言に見逃せない言葉を見つける。

「ちょっと待った、竜宮?」

「え、あ、はい…………この祠の祭神様の住まう場所ですね」

「竜宮…………ってことはこの祠の祭神って」

 俺の予想を裏付けるように小夜があっさりと答える。

 

「この祠の祭神は…………龍神様です」

 

 

 

 

「あれ?」

「どしたの悠希?」

 朝風呂に行くため廊下を歩いている二人。と、ふと声を上げた悠希に詩織が首を傾げる。

「いや、携帯がどこにも無いなって」

「部屋に忘れたんじゃないの?」

「そうか? うん、そうかもな」

 気にすることも無いか、と悠希が頷いた時。

「お客様の携帯ならこちらにありますよ?」

 背後から声がする、多少驚きつつ二人が振り返るとそこに旅館の従業員の女性がいた。

「ちょうど良かった、皆様を探していたんですよ。実はこれが外に落ちていた、と言う話でして、こちらお客様の携帯で間違いないでしょうか?」

 そう言って女性が差し出した携帯は、確かに悠希のものだった。

「あ、ありがとうございます」

 一言を礼を言ってそれを受けり、首を傾げる。

「外って昨日の晩まで部屋にあったよね?」

「ああ…………それから外に出た覚えが無いんだが、盗まれた? ってことは無いよな、朝見た時は財布とかあったし」

「うん、私も何も盗られてなかったと思うよ」

 起きた時に見た自身の荷物の中身を一つ一つ指を折りながら数えている詩織。そして全てあることを確認し、一つ頷く。

 自身も携帯以外は全てあったはずだ、と悠希が考え、女性に尋ねる。

「えっと外のどこら辺にあったんですかね?」

「さあ、ちょっと分かりかねます。私が見つけたわけではないので」

 困ったような表情で首を傾げる女性に、悠希が次いで尋ねる。

「あ、だったら…………誰が見つけたんですか?」

 その疑問に、女性は端的。

 

「小夜さんですよ」

 

 そう、答えた。

 




アリスちゃんとお風呂入りたい。背中流してほしい、いやむしろ背中流したい、むしろprprし(略

なんか物足りない。寧ろ一話丸まる使ってアリスちゃんのお風呂回にしても良かった。
水着回はまた次の機会に、今回は全裸だ。それはそれでいいんだが有栖枯れてるな。



そういや十四代目のこと書いてて思いついた妄想。


仮に十四代目がヒトキリと戦ったら。


開幕銃で牽制。それから仲魔で魔法攻撃。切り払われる。その隙に十四代目が接近、刀で斬る。ヒトキリの反撃、ガードしながら仲魔で魔法を当てる。
羅刹斬→ガード+召し寄せでほぼ無傷。修羅闘使用。やること変わらず。人斬刃→前転で避けて背後から切りつけながら召し寄せで仲魔の魔法。
修羅闘+羅刹斬→召し寄せ+ガード。終わったら回復。銃で牽制、近づいて刀で斬る。向こうの攻撃をガードして仲魔の魔法。ダメージが深くなったら回復薬。

ひたすら繰り返し。

WIN

十四代目パネェ。左腕どころかかすり傷くらいで勝利できるよきっと。
刀は勿論陰陽葛葉。

メガテンシリーズの中で十四代目だけが何故かアクションゲームと化してるよな。
基本的にプレイヤースキルさえあれば仲魔いらないと言う。


因みに魔人の解釈などについてはオリ設定ふんだんにあります。


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有栖と水精霊

 

 

 女の買い物は長い、と言うがあれは本当だったらしい。

「まだ回るのか?」

「だってせっかく別の街の来てるんだし、あっちじゃ見ないものとか見たいじゃない」

 詩織と二人、駅の近くに立てられた大型のショッピングモールを回る。因みに悠希は途中で見つけたゲームショップに寄るために別行動中だ。

「昼からバイトだからそれまでには終わってくれよ?」

「だから朝のうちに付き合ってもらってるんじゃない」

「それは良いんだが」

「悠希との待ち合わせはちょうどお昼だし、そこでお昼ご飯食べて解散でいいんじゃない? そのくらいの時間はあるんでしょ?」

「まあそのくらいならな」

 じゃあ、決定。と笑う詩織に苦笑しつつ付き合う。

 昼からバイト、と言ったがつまり昼からいよいよ本格的に動き出す。

 かなり寝不足で万全の体調とは言えないので今日は簡単な調査だけだが、異界の手がかりのようなものは見つけた。

 となれば、今日の調査で確信が欲しいところだ。

 ただそのための障害もあることは確かで…………。

「ついでに買い物していっていいか?」

「いいけど、何買うの?」

「ただの天然水だよ」

 

 

 時間は過ぎ去って昼過ぎ。

「さまなー、なにやってるの?」

 買って来たミネラルウォーターのペットボトルの入ったビニールを海岸の砂浜に降ろし、COMPを操作していると勝手に抜け出してきたアリスが尋ねてくる。

「勝手に出てくるな…………万が一ってことがあるかもしれないだろ」

「だいじょーぶだよ、みつかってもきょーだいくらいだよ」

 こんな明らかな外国人と分かるやつと兄妹に思われるわけないだろ、と言いたいところだが、そもそもぱっと見ではアリスは人間にしか見えないので、確かに見えるやつがいても大丈夫だろう…………多分。

「もういい、勝手にしてくれ」

「それで、なにやってるの?」

 俺の手元を覗きこみながらアリスが上目遣いに問う。

 正直こいつに上目遣いされてもちっとも来るものはないが、別に隠すようなことでもないので答える。

「召喚陣の作成」

「しょーかんじん?」

「そう召喚陣。契約した仲魔を呼び出す時に使うのとはまた別で、ちょっと昔の正統なほうの召喚方法だよ」

 

 例えば、契約によって仲魔になった悪魔はCOMPによって送還の儀式をされて一旦分霊を本体のところへと送り返す。ただ契約と言うしっかりとした糸が繋がっているので召喚する時はその糸を辿るだけで良い。

 逆に契約もしていない悪魔を呼び出すには召喚陣を使って触媒を捧げて呼び出す必要がある。

 まだCOMPも無い頃、十五、六世紀辺りの邪教徒たちがもっぱら使う手である。

 と言うとイメージが悪いが、そもそもその頃に悪魔を使役する存在がほとんどいなかっただけの話だが。

 余談だが、葛葉など平安の時代よりある悪魔召喚師は自然に顕現した悪魔と契約するので召喚はしない。

 

「要するに契約の手前の段階だな。現代のサマナーは自然に沸いて来た悪魔と契約するが、昔のやつらは自分の望みを叶えるための力を持つ悪魔をピンポイントで召喚しようとしていた、だからこう言うのが出来たってわけだ」

 COMPにインストールしたソフトを使用し、さらにCOMPの中から結晶化したマグネタイトを一欠けら取り出す。

「んでこいつを…………これに入れる」

 ペットボトルのキャップを取り、マグネタイトをその中に落とす。

 ぽちゃん、と音を立ててマグネタイトが沈み…………すぐに溶けていく。

「自分の望みの悪魔を呼び出すには絶対に媒体が必要になる、その媒体は基本的にその悪魔と由縁のあるものかその悪魔と相性の良いもの、またはその悪魔の属性を象徴するようなものだな」

 そう言った媒体を用意した上で、最近は技術革新により絶対に望みの悪魔を呼び出せるツールがある。

「悪魔全書にはかつてサマナーたちが契約した悪魔との召喚陣が描かれている、それを元にした上で媒体を用意すれば――――――」

 マグネタイトの溶けた水の入ったペットボトルを傾ける。

 どくどくとこぼれだした水が砂の上に流れていって………………。

 

 SUMMON

 

 流れていった水が時間を巻き戻したかのように浮き上がってくる。

 砂の表面へと浮き上がり、さらに宙へと浮き、一点に向かって流れ出した水が集まってくる。

 その量が俺が流した水の量の数倍に膨れ上がったところで。

 

「我が名はアクアンズ、我との契約を望むは汝か?」

 

 ソレが現れた。

 

「――――――この通り、百パーセント望みの悪魔が呼び出せるって寸法だ」

 

 

 

 竜宮、と言うのは割りと一般人の中でも有名な場所だろう。

 童話浦島太郎に出てくる海の底に佇む宮殿。

 童話では乙姫と言う名の姫君が住まう場所だったが、本来の竜宮は違う。

 龍神の住まう宮、それこそが竜宮だ。

 龍神とは即ち海神の一種で、具体的にどういったものだ、と言うのはあまり伝承に無い。

 しかも海神の割りに、内陸部に信仰が存在していたりして、本来は海にあるはずの竜宮が山の中に存在している、などと言う伝承も残っていたりして、意外と色々な場所に信仰が存在している。

 まあそれは例外としても、恐らく今回この街の周辺に現れた異界はその竜宮のことだろう。

 だとするならヤタガラスが見つけられた無かった理由も納得できる。

 海の底に存在する異界など一週間程度の短期間で見つかるはずも無い。

 だが逆に、海の底に存在する異界など俺にどうこうできるはずも無い。

 正直、俺はある程度確信を持って異界がこの海の中にあると思っている。

 小夜から聞いたこの街の龍神信仰、今は廃れたそれ、そして繋がってしまった龍脈、そして現れた異界。

 三つの事柄を繋げて考えればどう考えても同じ結論にしかならない。

 

 ただ不可解なこともある。

 

 この街に現れた魔人の存在。もしかすると街の近くに存在する異界が何か関係しているのかもしれない。

 そして、何の確証があるわけでも無いが、あの喫茶店。

 何かおかしい、そう第六感が告げていたあの場所。

 異界のすぐ傍の街で、何故か現れた魔人と、不可思議な喫茶店。

 さて…………これらの事柄に関連性はあるのか、それとも無いのか。

 

 話を戻すが、もし海の中に異界が存在するとして。

 俺ではそれを見つけることが出来ない、と言う問題がある。

 この広大な海のどこかにある()()()()()()異界を生身で探すのはあまりにも非効率的、と言うか現実的では無い。

 なので水棲の悪魔を呼んで探ってきてもらうことにする。

 

「ってことで海の中を探ってきてくれ」

「了解した。契約に基づき、汝の命に従おう」

 

 海へと沈んでいくアクアンズの姿を見送りながら、次の行動を考える。

「…………うーん。さて、どうするか」

 正直アクアンズの成果待ちなのでしばらく暇になる。

 と、波間に揺れる海の様子を見てふと思い出すのは一人の少女のこと。

 石動小夜。祠を守る少女。龍神への変わらぬ信仰を捧げる者。

 そして龍神を信仰していたと言う彼女の祖母。

 軽く街で聞いた限りではこの街の龍神信仰は完全に廃れてしまって、そもそもそんなものがあったことすら知らない者も多い。

 恐らくだが、現存する最後の信者が彼女なのだろう。

「…………………………白か黒か、どっちだ?」

 もし龍脈の開通により龍神が復活したとして、唯一の信者に接触を持つ、と言うことは無いだろうか?

 古来よりこの国の神が他国の神よりも民に近いところにいる。だからこそ、彼女に接触していてもおかしくないのだが…………。

「彼女からはそう言った様子は見られなかった、となると白? だが隠しているだけかもしれない、となれば黒…………とも言えないか」

 彼女が一般人であるのか、それともそこから逸脱しているのか…………。

 本当に海の中に異界があるのならば、次はその入り口を探しつつ、彼女の動向を監視してみる必要があるかもしれない。

 この時の俺はそんなことを暢気にも考えていた。

 

 もうすでに…………異変は起きていたと言うのに。

 

 

 絶望とは何だろうか?

 きっとそれは、文字通り、もう望みが無い状態のことを言うのだろう。

 だとするなら…………今の自分たちの状態を絶望的と言えるのだろうか?

 そう…………腰まで水位の上がった身動きの不自由なこの水族館で、巨大な水の蛇の化物と対峙していると言う、この状況は。

「なんなの…………これ…………」

 

 そもそもの始まりは数時間前。

 有栖と分かれた時から始まる。

 

「さて…………どうしよっか?」

「どうしようかねえ」

 有栖の抜けた席をぼんやりと見つめながら、悠希と二人、午後からの予定を考えてみる。

 旅行の日程は二泊三日。つまり明日には帰る予定だ。

 なのでゆっくりお土産などを買うなら今日が最後なのだが…………。

「もうだいたい買い尽くした感があるよね」

「そもそもそんなに金ねえしな」

 学生の身で使える金額などたかが知れている。ただでさえここまで来るのにかかった電車代もあるというのに。

 買い物も終わった、遊ぼうにも使える金額も少ない。そして何より。

「娯楽施設の類が少なすぎるよね、ここ」

「まあ人の多い街でもないから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど」

「では水族館などはどうですか?」

「「うわ?!」」

 いきなり割り込んできた声に驚き、声のほうへと振り向くと、そこに学校の制服姿の小夜さんがいた。

「小夜さん? なんでここに?」

「このショッピングモールの近くの学校に通ってまして、朝ちょっと用事があって学校に行って来てんですけど、その帰りにちょっと寄ってみたらお二人がいましたので」

 ニコニコ、と笑いながらそう言って学校鞄らしき荷物を見せてくる。

「なるほど? えっと、それで水族館って?」

 悠希が気を取り直して尋ねると、手をポン、と叩いて答える。

「海辺に立てられたとっても大きな建物知ってます? あっちの方角なんですけど」

 そう言って指刺す方向を見て、確か昨日街中を歩いている時にそれらしきものを見た記憶があることを思い出す。

 それを告げると、そうですか、と笑って続ける。

「で、その大きな建物、この街と隣町が共同で作った水族館なんですよ、この街でも数少ない娯楽施設でして、中もそれなりに充実しているので、休日なんかにはけっこう盛況なんですよ?」

 自分の街の自慢だからだろうか、どこか誇らしそうにそう言う小夜さんに苦笑しながら、けれど首を傾げる。

「水族館が…………市営?」

 こんな寒村とした街でそんなことできるものだろうか? 採算が取れない気がするのだが? そんな私の疑問に気が付いたか、小夜さんが補足する。

「正確には水族館を経営しようとしている企業を融資して、ここに誘致したと言う話ですが」

「それって市営なの…………?」

「ですです」

 と考えてみてもそれで何か変わるわけでも無し。有栖みたいに言うなら、どうでもいいや別に…………と言った感じだろうか。

「水族館…………面白そう、言ってみる?」

「んだな…………あー、でも有栖いないのか、いいのかなあ?」

「そう言えば有栖さんはどちらに?」

「んー、なんかバイトがある、って言って別行動中」

「バイト…………ですか? 皆さん旅行で別の街から来たのでは?」

 まあ当然の疑問と言えばそうなのだが、そこは私たちも良く分かっていないので何とも答えられない。

 そんな空気を察したか、小夜さんがテンションを切り替える。

「まあそこは置いておいて、今なら入場料半額のチケットがあるんですが、一緒に行きませんか?」

「私たちでいいの? 友達とかは?」

「あはは、お母さんがもし皆さんが行くようなら案内しろ、と渡してきたのでこれは皆さんにどうぞ」

 何とも至れり付くせりなことだ、とも思いつつ、悠希と顔を合わせ、一つ頷く。

「じゃあ、お言葉に甘えますね」

 そう言うと、小夜さんが嬉しそう笑って。

「やった、じゃあ案内しますね、すぐ行きますか?」

 その言葉に頷き、連れ立って歩いていった。

 

 

 

 ゆらゆらと揺られる水面。

 水底で揺れる海草類に、そこで踊るように泳ぐ魚たち。

 一種神秘的なその光景に、けれど悠希は頭を抑える。

 ぴりっ、と脳裏に走る痛みに首を傾げながら。

 そうして、ソレを見つける。

 

 するり、とそれが水底を這う。

 

 そして水底に佇んでいた小魚を見つけると、一瞬で丸呑みに、その透き通った体を魚が転がるように通って行き…………そして消える。

 

 その光景に、悠希は何かを思い出す。

 

 ごぼごぼと言う水の音。

 

 轟々と聞こえるざわめき。

 

 暗い暗い深海で。

 

 鈍く光る…………赤い瞳。

 

 気づけば、ソレと目が合う。

 

 ミテシマッタ/ミラレテシマッタ

 

 ミツケタ/ミツカッタ

 

 知覚シタ/知覚サレタ

 

「………………あ…………ああ」

 

 思い出す、それが夢でないことを。

 

 崖から落ち、海に叩きつけられ…………そこで見たものを。

 

 何故自分は生きているのだろうか?

 

 あの時、差し伸べられた手は、一体誰のものだったのだろうか?

 

 それを思い出すより早く。

 

「悠希さん?!」

 

 聞こえた声に意識が覚醒する。

 

 そして、直後。

 

 ぴきぴき…………と水槽のガラスにヒビが入り。

 

 ぱりん…………あっさりと、割れた。

 

 




難産だった…………2000字くらいはあっさり書けたけど、その後の、特に有栖と分かれてから二人が何をする、と言う部分を考えるのに三日かかった…………orz

伏線ばら撒き過ぎて、何を回収したのか何を回収してないのか忘れた感があるけど、だが私は自重しない。次々と伏線を立てていく。

と言うわけで、前回何事もなかったかのように復帰していた悠希の伏線の一部回収。
夢だけど、夢じゃなかった…………悠希くんはSANチェックに失敗したのだ、と言うわけでは無いので一応。
因みに今回のアクアンズの召喚方法ですが、適当に考えたオリ設定です。
ただこのオリ設定から解釈を当てはめた原作設定もあるので、この小説内では意外と重要な設定だったりします。


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有栖と水族館

むしろ悠希と水族館、って感じのタイトルのほうがいいのではないだろうか?


 

 水槽の亀裂から水が噴出す。

 ざあざあ、と噴出す水があっという間に地面を濡らしていく。

 そしてそれに呼応するように。

 

 ぴし…………ぴしぴし…………ぱきん

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・割()()()

 

 水族館内にいた全員のその現象に一瞬理解が追いつかず、シン、とした静寂が水族館内を包みこみ…………。

 直後、絶叫する。パニックに陥った客が何人も走りだしていく。

「悠希さん!!!」

 呆けていた自身の肩を誰かだ掴み、自身の名を呼ぶ。

 はっとなって振り返ると、詩織の手を引いて自身の傍に小夜がやってきていた。

「上に逃げましょう…………水位が上がってきています」

 その言葉にすでにくるぶしの辺りまで上がった水位にようやく気づき、さあっ、と青くなる。

 もしこのまま水位が腰の辺り…………否、膝の辺りまで来たら、かなり行動が制限されるだろう。

 水族館にいるかは知らないが、人を襲うような魚もいるかもしれない。水位が上がれば水槽から流れ出たそう言った魚に襲われる可能性もある。

 小夜の誘導に従い、上階を目指して走る。正直、足首までしか水位は無いが、かなり走り難い。

「なあ、小夜さん」

「はい?! 何ですか?」

「出口から逃げちゃダメなのか? 二階に上がっちまったら出れないだろ?」

 そんな自身の問いに小夜が首を振りながら答える。

「この水族館の入り口内側に開く扉ですよ? 水が重過ぎて開きませんよ」

 そう言われれば全く持ってその通りで、納得する。

 そうして走って近くの階段を見つけ…………絶句する。

「っ、これは…………」

「どうしましょう」

「これじゃ登れないよ」

 シャッターが降りていた。火災用の防火扉と言うのが正しいのだろうか…………。

 他にも二、三人ほど先に来ていた人がいて、その人たちがシャッターを叩いているが開きそうには無い。

「なんでシャッターが降りてる?!」

「あれ火災用の防火扉なのに…………誤作動? こんな時に?!」

「でも途中までは登れるし、ここでいいんじゃないかな?」

 詩織がそう提案すると小夜が何か考えている様子だったので俺も考えてみる。

 例え全ての水槽の水が流れでても精々一階フロアの半分を満たすほども無いだろうからここでも問題無い…………とは思うのだが。

「別の階段…………非常用の階段か何か探したほうが良いと思う」

 気づけば、そう口にしていた。

「どうして…………?」

 詩織が悲痛な表情で尋ねてくる。

「水の音が途切れない…………おかしいんだよ、とっくに水槽の水なんて全部抜けてるはずなのに、水位は上がり続けてる」

 ちらり、と床を見ればすでに膝の辺りまで水位が上がっている。

「なんで水位が止まらない? どこから水が出てきてるんだ? それは俺には分からないことだけど、もしこのまま止まらないのなら、この階段の高さを超えるのなら…………まだ歩けるうちにもっと高いところを探したほうが良いと思う」

「そんな…………ここまで上がってくるなんて有り得ないよ、ここにいようよ!?」

 こんな状況では冷静になれないのか、詩織が取り乱し叫ぶ。

 そう、有り得ないんだ…………いくら階段の途中までとは言えこんな高さまで水が上がってくるなんてこと、有り得ないはずなのだ。

 なのに、どうしてだろうか…………。

 

 この水位の上昇は止まらない、そう確信している自分がいる。

 

 けれどそれをどうやって伝えれば良い?

 自身一人だけで行けば二人はあそこに残るだろう。そうなればもし自分の予想が当たれば二人が危ない。

 かと言って自身が説得して今の詩織が頷くだろうか…………?

 こういう時に限ってなんでいないんだよ、有栖!!

 有栖がいれば全部任せられるのに、どうしてこういう時に限ってあいつはいないのか。

 本来悠希はリーダーシップを取るような人間ではないのだ。積極性はあっても人を惹きつけるようなものが無い。

 有栖の場合、いざと言う時は自分の意見に有無を言わせない強引さと、それでいてこいつについていけば全部何とかなるのではないか、と言う安心感がある。

 まあ、その辺があいつの魅力なんだろうな…………きっと詩織が惚れたのもその辺りなのだろう。

 有栖の半分程度でも自身にあの強引さがあれば、この状況も何とかなるかもしれないのに。

 だが無いものを考えても仕方がない。

 どうする? どうする? そう思考を巡らしていた…………その時。

 

 ぬるり、と水に沈んだ階段の底を這うように…………ソレが現れる。

 

 透き通った水その物の体が水から這い出て来る。

 

 赤く、鈍く光る目がこちらをジロリと睨み。

 

 シャー、と唸り声を上げる。

 

 先ほど水槽の中にいた…………未知の怪物。

「何だよこいつ………………」

 見たことも聞いたことも無いその姿に、詩織と小夜も目を見開き…………。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 その姿が一瞬で巨大化し、こちらに体を伸ばしてきて…………。

「なっ?!」

 咄嗟に詩織たちのほうに突進して、押し倒し…………直後。

 ばごっ、と言う音と共に。

「「うわああああぁぁぁぁ…………」」

 悲鳴が響き…………途切れる。

 恐怖に強張った表情でそちらを見て、背筋が凍る。

 そこにあったのは…………べこり、と大きく凹み、歪んでしまった防火シャッター。

 そして…………そこにべとり、とついた赤い赤い血液。

 佇む蛇の口元からは人の手足らしきものがはみ出しており…………それらが時折ぴくり、と痙攣する。

「あ…………ぁ…………あああ…………」

 恐怖で思考が凍りつく。死が自身の足元まで迫っている状況に、意識が飛びそうになる。

「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 半狂乱になりながら、それでも詩織と小夜の手を引き、駆け出す。

「「きゃあああああああああああああああああああ!!!?」」

 自身の引かれながら振り返り、それを見た二人が直後に悲鳴を上げる。

 膝の上辺りまで水位の上がった通路を精一杯走りながら少しでもあの怪物から逃げようと走る。

 けれど急げば急ぐほどに水が邪魔をし、焦りを呼ぶ。

 ガァァァァァァ、と遠くのほうで怪物の声が聞こえ、また恐怖に染まる思考を無理矢理振り払い、走る。

 後ろを振り向けば死ぬ。そんな焦燥に駆られ、一心不乱に逃げ続け、途中で何度も転びそうになりながら、それでも死力を振り絞って走り続け…………。

 

 腰辺りまで水位が上がるほどに逃げ続け、やがて一つの部屋に隠れる。

「はあ…………はあ…………」

「はっ……はっ……はっ」

「すーはー…………すーはー…………」

 立ち止まるのは危険だと分かっている。一箇所に隠れてもいずれ見つかるのも。

 だが、限界だった…………心も、体も。

「何だよ、何なんだよあれ…………」

 一息吐き、ようやくその言葉が出てくる。

「もうやだ…………帰りたいよう」

 崩れ落ちそうになりながらも腰まで張った水のせいで座れず詩織が泣きそうな表情で呟く。

「………………ごめんなさい、私が水族館に連れてきたばっかりにこんなこと」

 悲壮感溢れる表情で謝罪を繰り返す小夜。

 全員が全員この状況にどうしていいのか戸惑い、そして迫り来る死に恐怖していた。

 どうにかしないといけない、そうは思っていても一体どうすればいいのだこんな状況。

「そうだ…………電話、警察に電話すれば!」

 そう考え、思い出す。携帯はズボンのポケットの中。そして水位は腰の辺りまで。

「……………………くっそう!!」

 水に浸かり使い物にならなくなった携帯を投げ棄てる。残った二人に視線をやるが、二人とも首を振る。つまり連絡手段も絶たれた。

「助けて…………有栖」

 小さく呟いた詩織の言葉。思わずその言葉に心中で同意した。

 

 

 

「…………なんか変な気配しないか?」

 やることも無かったので、旅館にでも帰ろうか、と歩いている途中、ふと感じた奇妙な気配に振り返る。

 その微弱は気配に一瞬気のせいか? とも思ったが、継続して感じる気配にやはり気のせいではない、と集中する。

「………………………………あっち、か?」

 遠くに見える大きな建物。遠くて大雑把にしか見えないが、何の建物だろうか? とにかくその建物からこの気配はするらしい。

「……………………行ってみるか」

 正直、何かの手がかりが手に入るかもしれない、そんな些細な希望を込めて建物まで歩いていく。

 そして近づくごとに強くなるその気配に、目を見開く。

「………………おいおい、どうなってんだ?」

 感じた気配は、異界の気配。だがまだ完全ではない。今この瞬間に異界が出来つつある、つまりそう言うことだった。

「二つ目の異界? それとも俺の推測が間違っていた?」

 全ての情報を揃えたとは言わないが、重要そうな情報は揃えたはずだ。

 そこから推理して異界は海の中だ、と結論付けたはずなのに、それが間違っていた?

「いや、だいたいこんな街の傍にあるならいくらなんでもカラスの連中が見つけてるだろ?」

 やや外れにあるとは言え、まだ街の中と言える範囲だ。だとすればヤラガラスがすでに調査を終えている可能性は高い。なのにそこに異界が出来つつある…………つまり。

「また予想外かよ、糞ったれ!!」

 悪魔の行動を予測できるなんて思っているわけでも無いが、こうも不意打ちが多いと悪態の一つも吐きたくなる。

 走る。こうなっては一刻の猶予も無い。

 あの建物が何なのかは知らないが、こんな真昼間の街中だ。人が巻き込まれている可能性は捨てきれない。

「っち…………取り合えず連絡しとくか」

 ショッピングモールのほうにいたはずだから、あの二人があんな街から外れた場所に行くとも思えないが、一応忠告しておくことにする。

 そう考え、携帯を鳴らし………………繋がらない。

「……………………おい、嘘だろ」

 電源が切れている。そう返してくる携帯に手が震える。

「なら詩織なら」

 悠希には繋がらなかったので、詩織のほうに…………詩織ならショッピングモールに出る前に携帯を弄っていたので電源は点いてるはず…………。

 

 電源が切れています。

 

「…………………………………………」

 まさか、とも思う。ショッピングモールで有栖が別行動を取ったのが一時間半ほど前。あのショッピングモールからここまで三十分。一時間の間に何がしかの事情であの場所に行くことは十分過ぎるほどに可能で…………。

 けれどあの建物に行く理由があの二人にあるのだろうか?

「くそ!! 考えても仕方ねえ…………」

 少しでも急ぐ。それが今できる最善だった。

 

 

 

 この水族館は狭い、だが広い。

 水族館としては狭く、水槽の数も大きな水族館と比べれば格段に少ない。

 だが水槽を置くスペースに、資材を置くスペース、職員のためのスペースにそれらを繋ぐ通路など、普通に建物としては十二分に広い。

 そのお陰と言うべきなのか、廊下を見渡す限りでは蛇の姿は確認できない。

「…………よし、行こうぜ」

 そろりそろり、とゆっくりと移動を始める。

 遠くに見える緑色の光、非常階段の位置を知らせるそれを睨みながら、音を立てないように、怪物に見つからないようにゆっくりと歩く。

 あと少し、あと少し、と歩き…………もうそこまで階段が見えてくる。

 階段を上がれば二階だ…………少なくとも水位の問題は解決する。あの蛇も一階をうろついているようだし、恐らく安全だろう。

 そうして、非常階段の手すりに手をかけ、思わず気が緩んだ、その瞬間。

 

 にゅる、と足に何かが絡みつく。

 

「…………え?」

 

 瞬間、足に走る強烈な痛み。

 直後、凄まじい力で引かれそうになり、咄嗟に手すりにかけた手に力を込める。

「…………っ!!!」

 視線をやると、自身の右足咥えた蛇の姿。その姿はさきほどよりもやや小さく、ちょうど水の中に隠れるほど…………だが十分大き過ぎる。人一人を丸呑みできるほどの巨大さだ。

「詩織!!! 小夜さん、早く上へ!」

 咄嗟にそう叫ぶと二人が駆け上がり…………その途中で詩織が立ち止まり、こちらを向く。

 あのバカ! この状況で迷うな!

 そう言いたいが、蛇の引き寄せる力に抵抗するのに精一杯で声が出ない。

「悠希………………」

 どうすべきか、そう悩んだ様子の詩織に叫ぶ。

「二階へ走れ! 俺のことはいいから!」

 だが詩織に気を取られた一瞬の隙に、蛇が引き寄せる力がぐん、と強くなり思わず手が放れ…………。

 

「悠希いいいいいいいいいいい!!!」

 

 詩織の声が聞きながら…………水中へと引きずり込まれ、そのまま、意識を閉ざした。

 

 




本編とはあんまり関係ない話だけど、メガテンの主人公って高校生くらいの少年なこと多いけど、だいたいクラスメートと一緒に巻き込まれて、けどクラスメートって死ぬよね。
まあ本編とは関係ないけど、全然関係ない話だけどね。

昨日久々に投稿したけど、感想無くてちょっと寂しい。


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有栖と悠希

こいつがこんなに早く登場するだなんて、誰が予想できただろうか?


 

 

 ソレが嗤う。

「きひっ」

 ソレは見下ろす。そこに広がるのは逃げ惑うヒトとそれを追い回すバケモノ、真昼間から繰り広げられる大惨事。

「みぃーつけたぁ」

 嗤う、嗤う、嗤う。

 蜘蛛のように毎日網を張って待っていたがかかったのは標的とは違う雑魚ばかり。

 まあ最後の最後で最上級の獲物がかかったのだが、活きが良すぎて逃げられた。正確には逃がしたのだが。

 アレはアレで良かったのだが、あのまま殺しあっていては本来の目的が達せられない。

 だがあそこで網を張っていてもまた戦うことになる、さてそれでは同じことの繰り返し、そもそもあそこでは標的は来ないらしい、では次はどこに網を張ろうか?

 そう考えていた矢先のこれだ…………運が良い。

「きひっ……きひひっ……きひひひひひっ!!」

 するすると水中を這う蛇へと狙いを定め…………。

 

「羅刹斬」

 

 剣撃を解き放った。

 

 

 * * *

 

 

 市立青海水族館。

 その名を見て顔が青ざめる。

「小夜か…………アイツならここのことを知っている、アイツに会ってここにことを知ったとすれば」

 あの二人がここに来る理由としては十分過ぎる。やることも無く退屈していた二人だ、吉原市には無い水族館など面白がってくるのではないだろうか?

 ぱっと外から見た限りでは中の様子が見えない。窓は黒く彩られ、序々にだが壁も黒く染まってきている。

「異界化の進行が早い…………くそ、入り口が開かねえ!?」

 入り口の扉を押したり引いたりしてみるが、びくともしない…………だがここまで近づけば分かる、中に人がいる。中は見えないくせに、声だけは響いてくる…………悲鳴が聞こえる。

「アリス、構わない…………ふっ飛ばせ!!!」

「メギドラオン!!」

 召喚したアリスの放つメギドラオンが、入り口に直撃し…………一時的にだが異界に穴を開ける。

「まだ未完成で助かったな…………」

 完全に異界化していたら、この程度では入れなかっただろう、急いだお陰か、俺が入る程度の穴は開けられた。

「…………なんだこりゃ」

 真っ黒な闇が渦巻く入り口を潜ると、そこは胸の辺りまで水に浸かった建物内だった。

「…………って、おい、アリス、大丈夫か?!」

 悪魔が酸素運動するのか謎だが、俺の半分ほどしか背の無いアリスは完全に水に沈んでいたので、慌てて引き上げる。

「ぷはー…………なあにここ?」

「水族館…………つってもなんだこりゃ」

 どうしようも無いので、アリスを肩車する。COMPに戻せば良い話だが、どこに敵のいるか分からない異界内、しかも俺自身かなり行動に制限のかけられたこの状況で自由に攻撃できる悪魔の一体は出しておきたい。

 広い館内を見渡す。ここから行けるのは右か左か正面かの三方向。階段などはここには無いようだった。

「館内案内とか無いのか…………?」

 入り口ならあるだろう、と思い探すとすぐ傍にそれらしきものがある。

「左が行き止まり、右から関係者用の通路に入れて、正面からは二階に行ける…………なるほど」

 思考する。あいつらが仮にこれに巻き込まれていたらどうするだろうか?

 水位が上がってくる…………そんな状況で考えることは。

「上か…………?」

 二階を目指すことだろうか? だとすれば、正面?

「…………ここで考えているよりは行って見るか」

 そう考え、正面の通路へと足を向けようとした…………瞬間。

 

 ずどぉぉぉん、ざぱぁぁぁぁぁぁん

 

 轟音、そして水飛沫の音。

 聞こえたのは………………。

「右?!」

 振り向いた瞬間、ソレが飛び出してくる。

 

「きひっ」

 

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 巨大な透明な蛇の怪物、そして昨日撃退したばかりの魔人。

 

「………………あ…………あああ!」

 

 だがそんなことはどうでもいい、その蛇の口元、蛇に足を咥えられて引きずられるその姿は…………。

 

「悠希!!!!!!!」

 

 俺の友人に、他ならなかった。

 

 

 

 

 助けなければいけない。

 それは分かっている。

 だがどうやって?

 こんな動きづらい場所でどうやってあの魔人を相手にする?

 水の中を動き回るあの蛇をどうやって相手にする?

 動きづらいと言えばあの魔人も同じ、と一瞬思ったが…………水の上を走っていた。

「バケモノどもめ…………」

 とにかく、こんな状況では勝負にならない。どんな攻撃をされても避けることもできない。水の中から接近されれば攻撃も当たるか微妙だ。

 数瞬の思考。逃げない、絶対に助ける。それだけは絶対に決めている。

 ならば…………。

「フロスト!!!」

 雪の妖精を召喚する。そして、懐に入れた予備のマグネタイト全てを注ぎ込み、命ずる。

「やれ!!!」

「マハブフダイン!!!」

 凍る、氷る、凍っていく。胸の辺りまであった水が全て…………氷っていく。

 

「っ?!」

 

 シャァァァァ

 

 ようやくこちらを認識したらしい、魔人と蛇が驚いた様子を見せ、その身を氷らされるより早く宙に飛ぶ。

「砕け!」

「ヒー…………ホー!」

 フロストが振り上げた拳を、氷に叩きつける。

 

 ピキピキ…………ズドォォォン

 

 氷が割れ、砕けた氷が足元に散らばる。次の水が入ってくる様子は無い。どうやら水族館全域の水が凍ったらしい。まあマグネタイトバッテリー一本分ほどのマグネタイトを使ったのだから、その程度なってくれないと困るのだが。

 さて…………これでようやく戦える。予備バッテリーが無くなったせいで、もう後が無いが、それでもようやくまともに戦えるのだ。

「まずは…………お前だ」

 走る。蛇のバケモノに向かって。

 こちらに気づいた魔人が一度引き、蛇の怪物はこちらに向かってくる。

「そいつを…………放せ!!!」

「メギドラ!!!」

 アリスの魔法が蛇の喉元辺りに直撃する。一瞬よろめいた蛇だったが、すぐに体勢を立て直す。

「フロストォォォ!!!」

「ヒーホー! フロストパンチだホー!」

 フロストの抉るような拳がよろめいて隙のできた蛇の横っ面を殴り飛ばす。

「さっさと放せ!!!」

 最悪足の一本千切れても回復魔法で治せる。だが失った命は簡単には戻せない。特に死んでから時間が経ってしまったらもう絶対に戻らない。見たところまだ悠希は辛うじてだが生きている、今ならまだどうにでもなる!!!

「だから…………邪魔だああああああああ!!!」

 装填した銃弾を放つ。魔弾タスラム…………神話の中でバロールと言う神を殺した神殺しの名を冠された魔弾。

 一発限りの特別製だ。さすがの怪物でもこれは耐えられなかったらしい、魔弾に目を貫かれ、咆哮を上げる。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 その拍子に咥えられた悠希が落ちてくるので、滑り込むようにしてキャッチする。

「…………よし、まだ生きてる。何とかなる、フロスト!」

「りょーかいだホー!」

 冷気を纏った拳をフックをするように真横に薙ぎ…………俺たちの前に氷の壁を作り出す。

「よし、逃げるぞ」

「了解だホー」

「はーい」

「分かったホ」

 冷たくなった悠希の体を抱えたまま…………俺たちは二階を目指して正面の通路を走って逃げた。

 

 

 高さ一メートルを超える氷の道をフロストが砕きながら前進する。そして正面の通路を抜け、別のフロアにたどり着くと、フロアの端に氷に埋もれて半ば隠れてしまっている階段を見つける。

「あっちだ、フロスト」

「了解だホー」

 後ろを振り返るが、追ってくる様子は無い。悪魔同士でまだやり合っているのだろう。

 あの蛇は悠希を追ってやってくるかと思ったが、さすがにあの魔人を無視することは出来なかったらしい。

「階段だな…………って、シャッターが降りてるな」

 火災時の防火シャッターが何で降りているのだろう? と思いつつ、近づいてみれば何故か凹んでしまい、歪んでしまっている。

「フロスト、ついでに破っちまえ」

「ヒーホー!」

 フロストの拳がトドメとなり、シャッターが吹き飛ぶ。

 さらに階段を登ると、二階にたどり着く。

 二階の階段の途中にあった案内図にさらっと目を通し簡単にだが把握する。

 この先のフロアから繋がっているのは右の関係者用通路か下のほうの一階から吹き抜けのあるフロア。

 階段を登り切り、取り合えず悠希を床に降ろす。

「ランタン…………頼む」

「ディアラハンだホ」

 回復魔法の光が悠希を包み込む。正直、この魔法でダメならリカームかサマリカームでも使わないといけないのだが、そうなると一度異界から脱出してカラスの連中を呼ぶことになる。もしくわ…………道具を使うか、だが。

「起きろ! 悠希!!」

「…………………………………………っ」

 呼びかける声に対して微かに反応する。

 そして悠希の喉から聞こえるごぼり、と言う音。水を飲んでいる、とすぐに気づきすぐに人口呼吸で息を吹き込んでやる。それから心臓の辺りを何度か強く押してやる。

 何度か繰り返すと、悠希が咳き込み始め、うつぶせにして背中を叩くと水を吐き出す。

「ランタン、もう一回だ」

「分かったホー、メディアラハンだホ」

 さらにもう一度回復魔法を使用すると、何度と無く悠希が咳き込み、やがて肩で荒く息をする。

「あり…………す?」

 焦点の合わない目でこちらを見ながら、そう呟く悠希に、ようやく安堵の息を漏らす。

「悠希、死に掛けのところに悪いんだが、詩織は? 小夜もいるのか?」

 悠希の顔を両手で掴み目を合わせながら問うと、悠希が掠れたような声で返す。

「ひじょう…………かい……だん……」

「非常階段だな、分かった、後のことは任せて、お前は安心して休め」

 そう言ってやると、悠希がふっと微笑んで目を閉じる。

 疲れきって眠っているようだ。

 ディア系の回復魔法は、簡単に言えば修復だ。傷や病気などの壊れた部分を治す。だが体力や気力と言ったものは治ったりしない。

 逆にリカームなどの蘇生魔法と言われるのは、生命活性だ。どんな人間にでも感情があるならばマグネタイトがある。だから活性マグネタイトの活動を活発化させ、生命力とでもいうものを充実させるのがリカーム系の魔法だ。死んでから魂が抜け出すより早くこれを使えば生命力が戻り、死人ですら生き返る。だから蘇生魔法。

 俺は蘇生系魔法の使える仲魔は持っていない。だから、これ以上悠希をどうにかするのは無理だ。一応もう体は全快しているので、後は凍死などしないように気をつければ時間経過が目を覚ますだろう。

 ただここでそれをするわけにもいかない。詩織と、後はいるならば小夜も確保しておかなければいけない。

「っち…………どうやってもバレるな」

 あの二人に…………悪魔の存在がバレる。二人ともあの蛇のバケモノは見てしまっただろう。悠希を見つけた時から察するにあの蛇に襲われていたのだろうし、今さら俺のことがバレなくてもヤタガラスの連中に保護してもらう必要がある。そうなればどの道、俺のこともバレる…………か。

 あまり考えたく事実、ではあるが…………今は二人が無事だったことを喜ぼう。

 複雑な内心を隠しながら、俺は悠希を背負い、非常階段目指して歩いた。

 

 

「悠希が!! 悠希が!!!」

「ダメですよ、詩織さん! 危険ですって!!」

「でも!!!」

 どうすれば良いのだろうか…………石動小夜は泣きたかった。

 自分たちを逃がすために目の前で一人の少年が怪物に引きずられていった。

 助けたい、と思う。

 だがどうやって? と考えてしまう。

 あの化物相手にか弱い女子二人で何ができる?

「悠希いいいいいい!!!!」

 今出来るのは、今にも飛び出そうとする一人の少女を止めることだけだった。

 行けばあの怪物に殺される、それが分かっていて少女を見捨てることなどできるはずも無かった。

「ダメですよ!! 詩織さんまであの怪物に殺されたら、悠希さんが体を張って助けてくれた意味がなくなります!!」

「…………う、わあああああああ、ああああああああああああああああ!!!」

 泣きじゃくる少女に、どうしたものかと戸惑う。

 なんでこんなことになったのだろう…………。

 一体どうすれば良いのだろう…………?

「こんな時、どうにかできる力があれば良いのに…………」

 

 欲しい?

 

 小声で呟いた言葉に、どこからか返事が返ってくる。

「…………え?」

 

 欲しいかい? 力が?

 

「欲しいです、私たちを助けてくれたあの人を助ける力が」

 

 守るための力、ね…………なるほど、良い心だ。

 

 くすり、と笑うその声が…………自身の中から聞こえていることに気づき。

 

 ならばあげよう、僕の力を…………だから、僕を止めてあげて。

 

 呟いた声がか細くなり、消えていくと同時に…………。

 

 どくん、と心臓が跳ねた。

 

 

 これは対価だ…………キミが僕に捧げてくれた物に対する、ね。

 

 




だから関係ないって言ったし。
悠希が死ぬと予想した人は一体何人いるのだろうか?
水代基本的にハッピーエンド好きだから殺さないよ? 悠希にはちゃんと役割振ってあるし。

ところで透明な、水の体を持った蛇って、メガテニストなら何の悪魔か分かりますよね?


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有栖と荒御魂

そしてまさかの連続投稿。


 

 会った瞬間、抱きしめられた。

「お、おい…………」

「…………………………」

 けれど、泣いている少女を突き放すこともできず…………。

「大丈夫だ…………もう、大丈夫だから」

「……………………ありすぅ」

 詩織の頭をそっと撫で、背中を摩ってやる。

 大丈夫、大丈夫と気持ちを込めて。

「…………ランタン、悠希を暖めてやれ」

「ホー!」

 ランタンが小さな火の玉を作り出すと、それをふわふわと浮かせ悠希の傍に寄せる。

「フロスト、階段のほうを見ていてくれ、アリスは今来た通路のほうを見ててくれ」

「了解だホー」

「はーい」

 仲魔たちに通路の前後を見張らせ、これでようやく一安心。

 そして見渡してみるが、詩織以外の姿は無い。

 小夜はいないのだろうか? いないのなら、それはそれで良いのだが。

 小夜は非常に不確定要素だ。白か黒か判別のつかない上に、白でも黒でもさらに別々の可能性を持っている。

 いないなら、予想しやすくて助かるのだが…………。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアア

 

 遠くから蛇の声を聞こえ、俺の腕の中の詩織がびくり、と震える。

「大丈夫だから、いい加減落ち着け」

「……………………うん」

 ようやく落ち着いたか、俺から離れる詩織。そして周囲にいる悪魔の存在を見て目を丸くする。

「………………有栖、何これ?」

「うん、まあ…………後にしてくれ。今正直それどころじゃないし」

「え、う、うん」

 どこか納得いかない様子だったが、どうにか引いてくれた。

 傍に降ろした悠希の頬にそっと触れる。

「…………まだ冷たいな。もうしばらく頼むぞ、ランタン」

「分かったホ、サマナー」

「さまなあ?」

 詩織が不思議そうに口にする言葉を気にするなと告げ、思考に耽る。

 さて…………どうしようか?

 

 現状取れる方法が二つある。

 

 一つはこのまま二人を連れて強引に異界から脱出する方法。

 脱出したら後はヤタガラスの到着を待ち二人を保護させてから再度異界に突入、元凶たちを撃破する。

 

 二つ目は二人をここに置いて先にあの魔人と蛇を倒し、異界化を解除させる方法。

 そうすれば後はヤタガラスに事後処理してもらうだけで済むが、俺の負担は半端じゃない。

 

 そもそも昨日殺されかけたばかりの魔人とさらに蛇を同時に相手して勝てるのか? と言われれば恐らく可能だ。

 両者とも敵対しているようだったし、もうしばらく放っておいて両者が疲弊しきったら奇襲して爆破すればどちらも倒せる…………と思う。

「昨日、対戦車手榴弾使っちまったからなあ…………アレを抜けるようなのあるか?」

 あの魔人、魔法はほとんど斬ってしまうので爆発物で倒すしかないのだが、あの魔人を落とせるほどの火力の爆弾は昨日使ってしまったし、残っているのは殺傷能力の低い類のものしかない。

「アレを使うか? けど…………なあ」

 切り札中の切り札、みたいなものが一つあることはあるが…………できれば使いたくない。

「そう言えば詩織…………小夜はいないのか?」

 そう問うと、詩織がはっとなって答える。

「そうだ、小夜さん!! まだ悠希が下にいると思って行っちゃったんだよ!!!」

「行ったって、あの化物どものところにか?」

「う、うん。私も止めたんだけど、大丈夫だから、ってそれの一点張りで」

 大丈夫、ねえ…………本当に大丈夫だったら完全に黒だな。と言っても善意寄りだから恐らく問題ないだろうが。

 

 石動小夜がこの街に作られた異界の元凶であるか、否か。

 それを見極めるチャンスでもある。

 

 もし黒なら、この騒動も彼女が関わっている可能性は十分にある。

 

 と、なるとこのまま脱出する、と言う案は却下だな。

 出来れば下で何が起こっているのか把握しておきたい。

 出来れば見つからないところが良い…………そう言えば先ほど見た案内図に、入り口から入ったすぐのフロアと吹き抜けになっているフロアがあったな。

 そうと決まれば…………。

 

「詩織、しばらく悠希を見ててくれないか?」

「…………え?」

「俺はちょっと小夜の様子を見てくる」

「そんな! 危ないよ!」

 詩織がそう叫び、俺の袖を掴んでくる。

「アリス、フロスト、ランタン」

「はーい」

「ヒーホー」

「はいホ?」

 俺の声一つで集まってくる悪魔たちを見て、詩織が驚く。

「こいつらがいるから大丈夫だ…………安心しろ、ちゃんと戻ってくる」

 詩織と目を合わせ、言い聞かせるように言うと、数秒沈黙した詩織は俺の袖を放す。

「ちゃんと戻ってきてね…………聞きたいこといっぱいあるんだから」

「…………ああ、分かってる、後で全部聞かせてやるよ」

 五年前の一から今に至る十まで。

 

 もっと以前からずっと友達だったあいつらだからこそ、知って欲しくないと思う。だが同時に知ってほしいとも思う。

 

 どうしようも無く厄介なものだ…………感情ってやつは。

 

 

 

 * * *

 

 

 あれだ、あれがこの水族館をあんな風にしたやつだ。

 

 心中の声に従い、歩けばそこにいたのは確かに先ほど襲われた蛇。

 それと着流しを着て、腰に刀を差した男…………のようなもの。

 

 良く分かったね、あれはヒトじゃない。あんなものもうヒトじゃない。あれは、あれはね…………

 

 魔人。唇のみがそう呟く。それに気づいたのか気づいてないのか。

 男が嗤う。

「きひっ」

 瞬間、その手が一瞬ぶれて…………。

「マハブフダイン」

 呟きと共に目の前に出来上がった氷の壁。そしてさらにその直後、氷の壁が崩れ去る。

「今何された?」

 

 剣だよ。ただ剣を振るっただけ。その斬撃が距離を無視して飛んできた、それだけの技だよ。

 

 それだけなどというが、距離を無視すると言うことはどれほど離れていても当たると言うことではないだろうか?

 そんな自身の思いに反応するように、心中から呟きが返ってくる。

 

 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ問題なのはあれは技術だ、魔法じゃないから一切のマグネタイト消費が無い。

 

「まぐね……たいと……?」

 聞いたことの無い言葉に首を傾げる。

 

 魔法の源、みたいなものだと思っていればいいよ。キミに分かりやすいように言うなら、ゲームで言うMPだよ。

 

 言いたいことはなんとなく分かった。恐らくさきほど氷の壁を作った時に抜け出ていった何かがソレなのだろう。

 男がこちらに気を取られているその僅かな隙を突いてあの蛇の怪物が男へと襲いかかる。

 

 今だ、今なら両方巻き込める…………アレだよ。

 

「メギド」

 指先から放たれた黒紫色の光の弾が高速で射出され、大爆発を起こした。

 

 すぐに気づいたことだが、悠希はすでにいなかった。

 誰かが助けたのか、それともすでに…………。

「大丈夫、よね…………?」

 せめて、信じるくらいは、させて欲しかった。

 

 爆破の煙が晴れていく。

 その奥から見える二つの影。

 

「止めないと…………」

 こいつらだけは…………ここで食い止めないといけない。

 詩織さんのところには絶対に行かせない。

 そう、決心した。

 

 

 * * *

 

 

「なるほど…………敵が接近している状態だとあの魔法の撃ち落しは使えないのか」

 上から見る限り小夜の状況は悪い。やることなすことがワンテンポ遅れている。例えるなら他人の指示を聞きながら行動しているような…………。

 だが魔人と蛇が互いに足を引っ張り合っているからこそ何とか拮抗している、と言うところか。

「にしても…………やっと分かったぜあの蛇」

 感じる力に神聖さの欠片も無かったので気づくのが遅れたが…………。

 

「ミズチだな、ありゃ」

 龍神様ってのも、あのミズチのことだろう。龍神とは別ものかもしれないが、ミズチも蛟竜と言う、龍の一種ではあると言う説もあるし、同じ水神であることには間違いない。

 ただし不完全だ。神霊は荒御魂と和御霊の二つの側面を持つと言われている。

 日本の神の特徴とも言えるだろう、人に仇なし、人を恐れさせる荒御魂と人を助け、人を畏れさせる和御魂。

 往々にして天災と天運、両方を司るのが日本の神々だ。特に土着神にそう言った類のものが多い。

 眼下にいるミズチは狂ったように暴れまわるばかりで、ソレが一向に収まる気配が無い。

「荒御魂だな、完全に…………倒すか? それとも、戻すか?」

 荒御魂と和御魂はコインの表と裏だ。荒御魂もひっくり返せば和御魂となる。

 だから無闇矢鱈に倒してしまうのが正しい選択とも言えない。

 

「と、すると小夜は何だ?」

 あそこに神がいるのなら、何故小夜はあんな力を持っている?

 少なくとも今朝会った時にはあんな巨大な力持っていなかった。これでも俺は危機察知能力は高いと自負しているつもりだが、その俺が小夜に会って何も感じなかった。別に自身の感覚が絶対だと思っているわけでも無いが、やはり悪魔の蔓延る裏の世界に関わった者からは大なり小なり、そう言った気配がするものだ。だが今朝の小夜からはそれが一切感じられず、今の小夜からビンビンと感じる。

 考えられるのは二つ、一つは俺の探りを誤魔化せるほどに完璧な隠蔽をしていた。ただ悪魔の権能ならともかく、あの素人同然の身のこなしの少女にそんなことが出来るのだろうか?

 と、なると可能性はもう一つ。

 今朝会ってから、今ここに至るまでの間に今の力を手に入れた、か。

 ただ問題となるのは…………。

 

 あれは異能ではない。

 

 先天的にそう言った魔法を使える異能者と言うのはいないことも無い。あれほど強大になれるかは置いといて、そう言ったケースは無くもないのだが…………。

 小夜の場合、神が力を貸しているかのような気配がする。

 だがどの神が小夜に力を貸していると言うのだ? 一番の候補であったはずのミズチはああして暴れ狂っていると言うのに。

「……………………って、やばい!!」

 自身がこうして見ている間にも刻々と状況が変化していく。

 ふと気づけば…………小夜が魔人と蛇、両者に追い詰められていた。

 

 

 * * *

 

 

 不味いよ、次の攻撃急いで。

 

「絶対……零度!」

 放たれた極寒の魔法、だが魔人の一閃であっさりとかき消され、その合間を縫って蛇が襲い掛かってくる。

「う、あああああああああ!!」

 暴れまくり、物理スキルで蛇を殴るが、強引にのしかかられる。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 不味い! 何とか脱出を!

 

 「分かってるけど、どうすれば良いんですか!!?」

 不味い。それは分かっている。こちらの魔法はあの魔人に切り裂かれ、多少の物理攻撃では押し通される。

 しかも今回は相手の攻撃を避けきれず、とうとう捕まってしまった。

 今にもその口が開いて呑み込まれそうな状況で、ふと蛇の目元にある傷を見つける。

「っ、ブフ!」

 相手の目元を狙って氷の弾丸を撃ち出す。魔法自体にダメージは無かったようだが、目元への衝撃で痛みを思い出したか、蛇が暴れ拘束から逃れる。

「きひひっ」

 そして逃れた先には魔人が剣を構えていて…………。

 

 小夜!!!

 

 心中の声が自身の名を呼ぶが…………無理だ。目と鼻の先ほどのこの距離、避けるのも防ぐにも難しい。

 頑張ったけど、ダメだったな…………そんな諦めにも似た感情が自身の中を駆け巡り…………。

 

「メギドラオンだホ!」

 

 直後に聞こえた声。そして感じた熱。

 ボォォォォォン、と言う爆音。

 爆風に煽られ、地を転がり、平衡感覚を取り戻すより早く自身の手を何かに掴まれた。

 捕まった、と思った途端、ぐいっ、と引っ張られる感覚。

 その手から伝わる温かさに、それがヒトの手であると気づく。

「走れ」

 一瞬聞こえた声に引っ張られるがままに白い煙で前も後ろも分からないままに走る。

「階段だ、転ぶなよ」

 その注意の声を聞き、下を見ながら急ぎ足で階段を登る。

 二階までは先ほどの白い煙も届いてはおらず、自身の引っ張って来た人物を見て、驚く。

「有栖さん?!」

「……………………何とかなったか、無茶するな、お前」

 そこにいたのはここにはいないはずの人物。

「サマナー、追って来ないみたいだホ」

 そして階下の白い煙の中からカボチゃ頭のオバケが現れる。

 

 ジャックランタン…………? この有栖って子、召喚師なのかな?

 

「召喚師?」

 心中の声を思わず先ほどの癖で呟き、有栖が振り向く。

「………………誰と会話してる?」

「えっ…………な、何が?」

「俺の予想だと、お前神に憑かれてるな…………さっきの戦闘も一々反応が遅れてるのも、指示を聞きながら戦ってた、って言うなら納得できる」

 そのものずばりな核心を突く言葉に、思わず動揺する。

「だが一体何が憑いてる? 俺の予想だと龍神様、とやらだと思っていたが、その龍神様とやらは下にいるしな」

 視線をこちらを射抜いてくる、その有無を言わさぬ雰囲気に気後れしそうになる。

 

 この子、かなり詳しく調べてるね…………こっちのこともだいたいバレてる。

 

 ど、どうすれば…………そんな心中への問いかけに、一言、代わって、との答え。

 直後、沈んでいくような感覚。意識だけははっきりとしているのに、体は動かせない金縛りのような状態に陥る。

「うん? あー、うん。大丈夫だね」

 勝手に動く自身の体は喉に軽くトントン、と手を当て、二、三度発生すると有栖へと向き直り。

 

「ああ、うん。こんにちわ、僕が龍神だよ」

 

 そう言った。

 

 




今日の目標:一万字以上…………達成。

うーん、小夜が不思議と主人公っぽい。

しかし感想で質問とかされたことほとんど無い気がするけど、この意味不明世界に読者さんたち付いて来てるのだろうか…………?
作者ですらちょっと置いてけぼり状態なのに。


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有栖と和御魂

 

 顔も、声も同じ…………だが、その気配は別人のそれだった。

 自らを龍神と名乗った少女の姿をした何かは、薄く笑いを浮かべてこちらを見てくる。

「龍神…………? ミズチだろ?」

「ああ、そこまで分かってるんだ…………でもそうだね、()()()()()()()、と言ったところかな?」

 人差し指を立て、軽い口調で続ける。

()()()は千年くらい前にこの街にやってきたミズチだった。けど街の人たちからは龍神と勘違いされたまま信仰されてね、で同じ水神で龍の血族だからかな…………? 龍神としての側面も持つようになった」

 立てられた人差し指の先が小さくスパークする。

「龍神って言うか、竜の権能だね…………虹、雷、風。まあその辺りか、あと蛟だから蜃気楼なんかも操れるね」

「風…………?」

「ガルの魔法って言えば分かるかな?」

 分かる、分かってしまう。それがどういう意味なのか。

「この世界の属性は火炎、氷結、電撃、衝撃、破魔、呪殺、万能の七種だぞ?」

「へえ…………やっぱり知ってるんだ、僕たちのような存在を」

 本来世界に無い魔法属性。それを使えると言うことはこの世界の法則以外を持つということ。

 それら悪魔を総称して…………。

「特異点か…………お前」

 大正解、と呟く龍神の口元がニィ、と吊上がった。

 

 

「ところで…………さっきあんた、()()()って言ってたな、あれはどう言う意味だ?」

「薄々は分かっているんじゃないかな? 僕と、下で暴れてるアレは同じなんだよ」

「つまりあんたは…………和御魂ってことか」

 それを告げると龍神が驚いたような、感心したような声を上げる。

「へえ…………いや、そこまで知ってるんだ。さすがに驚いたよ」

「本当にそうなのか…………なんで荒御魂と和御魂が分離してんだよ」

 尋ねると、龍神が少し困ったような表情になり。

「うーん、何でだろうね…………ずっとずっと、長い間眠ってたはずなんだけど、気づいたら閉じていたはずの龍脈が開いてて目が覚めたんだ。けど起きてみたら力が全然足りない、不思議に思ってたら信仰が全然無いことに気づいた。海の中から地上を見てて分かった…………この街の人間は僕たちへの畏怖を忘れたのだと」

「それで荒御魂が生まれたのか…………?」

 神の二面性とは、一種の飴と鞭だ。人を助ける和御魂だが、人がそれを当たり前とし、神への畏怖を忘れた時、神は荒御魂となり人に恐怖を与え、戒める。

 信仰を忘れた人間を見て、神がどうなるかだなんてだいたい検討が付く。

 龍神もその問いに頷き、話を続ける。

「そう…………そこで下で暴れてるアレが出てくる、はずだった。そう、はずだったんだ。けどね、見つけてしまったんだよ、未だに一途に信仰をくれる小夜(この子)の存在を」

 そこからおかしなことになった、と龍神は言う。

「荒御魂の僕が出ている時に見つけたこの子に、他の人間なんてどうでも良くなった。ただ全ての人が忘れてしまった僕を未だに信仰してくれるこの子は一体どんな人間なのだろう、ってそう興味が沸いちゃって」

 気づいたら、荒御魂の僕を残して抜け出しちゃった………………失敗失敗と苦笑いするその頭を思いっきりチョップする。

「いたっ…………何するのさ」

「お前が何してんだよ」

「ちょっとした手違いじゃないか」

「お前のその手違いのせいで、被害が甚大なんだよ!!」

 こいつのせいで悪魔の存在が悠希や詩織にバレたのだと思うと、くびり殺してやろうかと思ってしまう。

 

 と、ふと気づく。

 

「…………待て、じゃああの魔人は何なんだ? 明らかにあの蛇を狙ってるだろ」

 ここに来た時、最初のフロアで蛇と魔人と三つ巴になったが、魔人は一切俺を狙わなかった。

 それどころか逃げる俺を追おうとする蛇を足止めしていた。

 だと言うのに小夜が来た時は真っ先に小夜を狙った。

 蛇と足の引っ張り合いをしながら、蛇と小夜の両方を倒そうと動いていた。

 だが、殺そうとはしていない…………それが引っかかる。

 あの魔人だけ何なのか不明過ぎる。

「お前、あの魔人が何なのか知っているか?」

「いや、知らない…………これは本当だよ。ここ一週間くらい街の中でおかしな気配がしてたのは知ってた。だから小夜が迂闊に気配のする方向に近寄らないように、無意識に干渉して回避させてたから」

「無意識に干渉?」

「嫌な予感がする、ってやつだね…………小夜が不味いほうに行きそうになったら、背筋をぞくり、とさせたり。まあそうやって僕の存在に気づかれないように回避させてたから魔人なんて危ない存在がいたことすら知らない」

「わざわざつっこんでいくのなんてさまなーくらいだよねー」

「うっせえアリス、黙ってろ」

 ふわふわと浮きながら俺の背中にいつの間にかおぶさっていたアリスに文句を言って向き直る。

「あの魔人明らかにあのミズチとお前狙ってたよな」

 小夜を狙った理由は分かりきっている。小夜の中に潜んでいたものを狙ったのだ。

「あの魔人はお前らミズチを狙っている。けれど殺さずに生かして捕らえようとしている。それは何故だ?」

 尋ねてみても答えは出ない。どの道あの魔人しか知らないことだ。

 だったら…………。

「ぶちのめして聞くしかない…………あの魔人相手に、かあ」

 きっついなあ、と愚痴を零しながら。

「さて…………行こうか」

「りょーかい」

 再度階段を下りていった。

 

 

 階段を下りているとふと龍神が尋ねてくる。

「そう言えばさっきの白い煙って何だったの?」

「煙…………ああ、あれか。ただの水蒸気だ」

「水蒸気? ああ、確かに一瞬熱を感じたけど…………あの莫大な量の氷を一瞬で溶かしたの?!」

「お前と同じだよ…………俺のランタンは核熱属性が使える」

「そんな属性あった? ってああ、そういうことか。だから僕と同じ」

 そう言うことだ、と言うと、納得したように龍神が頷く。

 それから俺も思い出したことがあったので、龍神に尋ねてみる。

「そういやお前、物理耐性あるか?」

「物理耐性? うーん、残念だけど無いね。それが何か?」

「いや、俺も一回戦っただけだけど…………物理耐性無いとあの魔人の必殺技で一発でやられる可能性高い」

「そんな攻撃さっきしてた?」

「いや…………攻撃じゃなくて威力上昇系の魔法か何かだ。ちょっと距離の開いた状態で数秒集中しなきゃいけないみたいだから、あの蛇がいる間は多分出せないだろうけれど。気をつけろ、それを使われたら物理耐性のあるフロストでさえ一発で落ちかけたぞ」

 階段を下りながら、龍神へと喚起を促す。

 実際一度戦っただけだが、あの魔人はやばい、俺たちと相性が最悪に近い。

「分かっているとは思うが、遠距離攻撃は全部あの刀が振るえる状況なら撃ち落されるぞ。あと攻撃は全部物理…………と言うか斬撃属性だな」

 それを言うと、龍神が納得したように言ってくる。

「なるほどね…………荒御魂のほうには氷の鱗って言う斬撃に強くなって、打撃に弱くなる技があるから、だからあれだけ互角に戦ってられるんだねえ」

「お前には…………あるわけないか」

 人間の…………小夜の体に憑いているこいつに鱗などあるわけも無いか。

「それはそうと、どうやったらお前ら元に戻るんだ?」

 いつまでも荒御魂と和御魂が分かれっぱなしと言うのも困る。

「うーん、荒御魂のほうを思いっきりやっちゃって、弱らせてくれれば僕が主導権握ったまま戻れそうかな?」

「なるほど…………殺さない程度にやればいいんだな」

「うん、思いっきりやってくれていいよ、あれでも神だし、そうそう死なないから」

 

 さて…………そろそろやつらのいるフロアだ。

 

「それじゃあ、覚悟は良いかい?」

「そりゃあ…………こっちの台詞だ」

 

 そうして、決戦の場所へと…………足を踏み入れた。

 

 

 

 首を伸ばし魔人へと噛み付こうとする蛇。

 その首を飛ばそうとし、氷に包まれた鱗に剣が上手く届かない魔人。

 そんな化物同士の戦いを見ていて思うこと。

 明確な勝ち筋が見えない…………それが現状への感想だった。

 どうすれば確実にあの怪物たちを倒せるか、その明確なビジョンが想像できない。

 だが黙って見ていてもこれ以上手札は増えない。

「ランタン、フロスト…………またアレやるから、お前らは待機だ」

「分かったホ」

「了解だホー」

 今ある手札であの化物二体を倒す必要がある。

「アリス…………あの蛇落とすぞ」

「うん…………まかせて!」

 やるだけやってみよう…………ダメだったらまあ、その時考えよう。

 そう、心中で呟き。

 

「いくぞ、アリス」

「コンセントレイト…………メギドラ!」

 

 乱戦状態の敵へと、魔法を放った。

 

 

 * * *

 

 

「さて…………こっちはこっちでやらないとね。悪いけど小夜、もう少しこの体借りるよ」

 え? ええ? は、はい…………どう、ぞ?

 今の状況が分かってない少女の呟きに苦笑しながら、心身にマグネタイトを漲らせながら走る。

「ふふ…………これが人間の体かあ、本当にマグネタイトが溢れてくるね」

 悪魔だからこそ分かるこの感覚。悪魔の体ではマグネタイトが溢れる、と言うより自分で引き出す感覚なので、少しばかり新鮮だった。

「じゃあまずは…………小手調べに、マハジオダイン!」

 フロア全体が光に包まれるような巨大な雷が蛇と魔人を襲い…………。

 直撃する直前、魔人がそれを切り裂く。

「それで良いんだよ…………僕たちは電撃は吸収しちゃうからね」

 だがその隙を突いて蛇が魔人の腕にその身を絡ませ、喉元へと噛み付こうとする。

 それを阻止しようとする魔人と蛇の組合いが始まり…………。

 

 そこへ黒紫の光球が直撃し、大爆発を起こす。

 

「メギドラ…………やっぱり強いね、彼」

 正確にはその隣の魔人が、だが。

 けれど従えている仲魔の強さはサマナー自身の強さでもある。魔人に妖精二匹。どれもかなりの高レベルだと感じた。それを全て従え指示を聞かせる彼はかなりのやり手だ。

 今はそれが味方だと言うことに感謝しつつ、追撃を放つ。

「行くよ…………僕の全力、マハガルダイン!!!」

 左の手のひらに集まった風の玉。それを腕の振りにあわせるように投擲すると、風の玉は接敵しながら序々に巨大になっていき、やがて直径十メートルを越す暴風の球体へと変化する。

 メギドラにやられ、怯んでいた蛇と魔人へと近づいた球体が弾け、暴風が撒き散らされる。

 そのたった一発で床が一メートル近く抉れたような後を残す強力な技、けれどそれを食らって尚、蛇も魔人も立ち上がってくる。

「散々二人で戦っておいて、まだ立ち上がってくるのか…………厄介だねえ」

 呟きが聞こえたわけでも無いだろうが、ふっ、と魔人が一瞬笑ったように見え…………。

「きひっ」

 嗤い声と共に刀を振り上げ…………降ろす。

「おっと」

 さっ、と横に避けると、さきほどまで自身がいた場所が薙がれる。

 あの距離を無視する斬撃は中々に厄介だ。

「じゃあ隠し玉二つ目と行こうか」

 一人ごち、ぱっ、と両手を開くと、その手の中から半透明の何かが溢れてくる。

「イッツショータイム」

 呟き、ニヤリ、と笑った。

 

 

 * * *

 

 

 龍神が十人に増えた。

 いや、頭がおかしくなったのではなく。

 分身でもしたかのように、龍神が十人ほど、横一列に並んでいる。

 その内の一人を魔人が剣で切り裂く…………が剣が龍神の体を透過し、何も無い虚空を薙ぐ。

 その光景で先ほど龍神が言っていた言葉を思い出す。

 

 龍神って言うか、竜の権能だね…………虹、雷、風。まあその辺りか、あと蛟だから蜃気楼なんかも操れるね

 

「蜃気楼か…………」

 どんな操り方したらあんな風になるのか知らないが、そこは悪魔だから何でもありなのだろう。

 だとすればこれはかなり有効かもしれない。あの魔人相手には特に。

「だったら…………今のうちにあっちの蛇を叩き落す! アリス!」

「メギドラ!」

 二発目の万能魔法を警戒して、ミズチがするり、とそれを避ける…………が。

「それは、予測できる」

 銃口を構え、狙いを定める。

「コンセントレイト」

 隣でアリスが集中を高め。

 俺は銃弾を撃つ…………ミズチに直撃、弱点である火炎属性付きの属性弾だ、その動きがわずかに止まる。

 そして、その瞬間。

「メギドラオン!」

 アリスの放つ最大火力が襲う。

 轟音。フロア全体が吹き飛ぶのではないかと錯覚するほどの衝撃。

 やっぱりこんな狭いところ撃つものじゃないな、と思いつつ油断無くミズチのほうを見つつ、魔人の動向も見逃さないようにする。

「っつう…………タイミングがシビアだな」

「有栖…………すこしはずしたかも」

「何っ?!」

 アリスの弱気な言葉、そして直後、爆煙の中から出てくる黒い影。

「っち、フロス…………いや、ランタン!」

 温存しておきたかったがそうも言っていられない。

 SUMMON OK?

 ランタンが召喚され、魔法を使おうとする。

 すでにミズチが目の前までやってきていて…………間に合うか?!

「アギダインだホ!」

 一撃もらってでも当てる、そう言う覚悟でミズチを止めようとし、僅かに早く豪炎がミズチを包み込む。

 

 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!?

 

 ミズチがのたうち回る。その巨体が落ち、ずどん、と音がする。

「さて…………こっちも非常事態だ。そのMAG、もらうぞ」

 懐から取り出すのは一本のナイフ。それを振り上げ…………ミズチに向かって振り下ろす。

 ザクッ、と炎で弱ってしまったミズチの鱗を切り裂き、ナイフがその体に突き立てられる。

「やっていいぞ、アリス」

「ん、きゅーま!」

 アリスがそのナイフを握り、そう呟くと、ミズチが叫ぶ。

 

 ギャァァァァァァァァ!!!

 

 吸魔、と言うのは読んで字のごとくであり、相手のマグネタイトを吸収する技だ。

 葛葉の人間などが時折使う技で、キョウジから緊急時の手段として教えてもらったことがある。

 ただ無条件に吸い取れるわけでもなく、ちゃんと手順と言うものがある。

 一つが相手の弱点属性を付いていること。

 二つが弱点を付かれ、怯んでいる敵に傷を与えること。

 この二つの条件を満たすと敵からマグネタイトを吸収できるようになる。

 ただ俺はあまり近接戦をしないので、代わりにアリスにやらせているのだが。

 実際あんな暴れまわる蛇を押さえつける力俺には無いし、普通の悪魔にはそんな技が使えない。

 アリスは相手の生命力を奪う魔法を持っており、それと同じ要領でマグネタイトも奪えるらしいので、適任だったのだ。

「ついでに生命力ももらっとけ」

「はーい、んじゃーデスタッチ!」

 そうして十秒ほどアリスに触れられ続けたミズチは、やがてその動きを弱め…………。

「やっつけたー!」

 アリスに跨られたまま動きを止めた。

 




最後の書いててなんとなくプロレスを想像してしまった。


吸魔はあれです、葛葉ライドウ対アバドン王のマグネタイト吸奪システムのあれです。一応刀性能のところで「吸魔」ってのがあるので、そこから持ってきました。

というわけであと二話くらいで二章は終了予定。

三章はガイア教とメシア教が絡んできます。和泉メインの話ですね。

気づいてるかどうかは知りませんが、一章は朔良メインのNルート、二章は詩織(悠希も)メインのLルート。三章は和泉メインのCルートの話になってます。
でもって、四章は有栖とアリスの二人がメインの?ルートで、四章が終わったらいよいよ分岐点です。
というわけでアリスちゃんメインの話まであと12,3話くらい。
四章にはみんないないなあ、と思ってるだろうあの人たちも出てくる予定。


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有栖と姫君

大帝国やってたら更新できなかった罠。
あと艦これ、っての始めました。電ちゃん可愛いよ、電ちゃん。
戦艦作ったら一人目から長門さんだった。超強い。


 

「きひっ」

 耳に届いたその声に、アリスの襟元を掴み、飛び下がる。すぐにアリスを帰還させ、体勢を立て直す。

 直後に切り裂かれた床、はじけ飛ぶ蛇。

「いただくぜぇ」

 蛇の周囲から俺たちが遠ざかったのと入れ替わりに魔人が蛇に近寄る。

「させるか!」

 右手に持った拳銃から放つ銃弾、音速に近い速さで飛来するそれを、けれどやはり、と言うべきか魔人はあっさりと刀で弾く。

 けれどその程度はこの間の戦闘の時点で分かりきっていたことだ、さらに十数発弾倉が空になるまで撃ちつくす。

 全て防がれはしたが、その間に目的のものは取り出せた。

「これでも…………食らえ!」

 左手の指でピンを抑えた手榴弾を思い切り投げる。

 遠投の勢いでピンの抜けた手榴弾が宙を滑空し…………魔人の手前で爆発する。

「くっそ、今回てめえのせいで大赤字だよ!」

 対戦車手榴弾含めてこの間、あの死神を倒したことでもらった金の半分くらいはもう費えた気がする。

 元々日本は銃火気の持ち込みはNGなだけに手に入れようとすると一般人が一年暮らせる程度の金が軽く必要になるのだ。安い拳銃程度なら十万前後と言ったところだろうが、悪魔にすら通用するほどの強力な火器となるとその値段も跳ね上がる。

 入る金も大きければ出て行く金も大きい、とにかく金の動く仕事だ、サマナーってのは。

「くそ、さっきランタンのメギドラオン使ったのは失敗だったな」

 こうも湿気の高い場所では、半分以上の爆弾が使えないし、威力が減衰する。

「龍神! さっさと荒御魂のほうを回収してくれ!」

 先ほどまで魔人と戦っていた龍神へそう声を張ると。

「分かったけど、あの魔人が近くにいたんじゃ戻れないよ!」

 そう返ってくる。数秒考え…………魔人へと接近する。

「俺が引き離すから、急いでくれよ!?」

 それだけ言い残すと左手のCOMPを操作する。

「ランタン、フロスト…………アリスが幾分かマグネタイト確保してくれたが、それでも余裕は無いからな、短時間で終わらせるぞ」

 

 SUMMON OK?

 

 召喚されたランタンとフロスト。

 そして。

「「デビルフュージョン!!!」」

 召喚ジャアクフロスト。

「ヒホヒホ! クライシス!」

 紫色の光に包まれる、と同時に飛来する斬撃、だがそれもジャアクフロストの魔法により弾かれる。

 さらに近づき、もうすでに頭突きができそうなくらいまで距離を縮め…………。

「ヒホー!」

 素早く打ち出すフロストの左ジャブ。氷結魔法を纏ったそれを魔人が刀で払い…………。

「っぐぅ」

 苦悶に顔をしかめる。僅かだがその動きが鈍り、隙が出来る…………そう、フロストが一撃叩きこむだけの隙が。

「沈めてやれ! フロスト!」

「ヒホヒホヒホ…………これで決まりだホー!」

 全ての魔力を集中させたジャアクフロストの拳が唸る。それが抉りこむように魔人へと吸い込まれていき…………。

 

「何を遊んでいるの、ヒトキリ」

 

 返還(リターン)

 

 魔人の姿が掻き消える。

 代わりに入り口のほうから現れたのは…………一人の少女。

 この夏直前の暑い時期に着物など来て下駄を履いて歩くその少女はまるで、時代劇の中から飛び出してきたような雰囲気を纏っていた。良く言えば古風、悪く言えば古臭い少女のその雰囲気は、けれどその容姿とは裏腹に熟成した精神を感じさせた。

「いつ私が動けと命じたの、全く…………主の命令一つ聞けないとは情けない」

 

 召喚(サモン)

 

「言ってくれるなよ、(ひい)サマァ…………ようやく見つけたんだぜぇ?」

 少女の手に持つ扇のようなそれから召喚されたのは…………今の今まで戦っていたはずの魔人。

「見つけたのならそう報告すれば良いでしょ…………何を勝手に手を出しているのかしら」

 睨むような少女の視線に魔人がばつが悪そうな雰囲気で頬をかく。

 魔人を従えた少女がその視線をこちらに移し、感情の見えない瞳でこちらを見つめる。

「こんにちわ」

 ぴくりとも変わらない無表情を扇で隠しながら少女が言葉を紡ぐ。

「……………………」

「あら、挨拶も無いの? 全く…………お前が余計なことするから警戒されてるじゃないのよ」

「きひっ…………こんなところにやってきてる時点で警戒なんてされてるぜ?」

 茶化すような魔人の言葉を真に受けたのか、あら? と無表情なままだが、どこか驚いたような様子の少女。

「まあいいわ…………それで、見つけたってどれがそうなの?」

 少女の言葉に魔人が地に転がる蛇を指差し…………その傍にいる龍神に気づく。

「全く…………人の体だと思って散々に痛めつけてくれたねえ」

 その蛇の体をそっと手でなぞり、龍神が呟く。

「もう散々暴れまわったでしょ? いい加減戻りなよ」

 そう呟き、その手をそっと蛇の頭部に添える…………そして。

 

 ぱぁ、と蛇が光となって分解される。

 

 光が帯のようにうねり、龍神の…………小夜の体の中へと消えて行き。

 

「ああ、これでようやく全力でいけるね」

 

 瞬間、異界が脈動した。

 

 

 

 異界が揺るいだ。

 冗談でも比喩でも無く、異界が揺れている。

「くく……あはは…………あはははは」

 ソレが笑う。小夜の体で、小夜の顔で、けれど小夜では無い誰かの目で。

(ヒイ)様、異界が乗っ取られかけてるぜェ、良いのか?」

「良いわけ無いでしょう! ヒトキリ…………今すぐアレを止めなさい」

「きひっ…………御意」

 主の命により魔人が飛び出そうと刀を構える。

 

 だが。

 

「大海嘯」

 

 ()()()()()から突如押し寄せてきた波が魔人を、その主を飲み込もうとする。

「っ(ヒイ)サマァァァァ!!!」

 魔人が瞬時に自身の主のほうへと向き…………その姿が波間へと消えていく。

 今更な話だが、入り口から入ってすぐの今俺たちのいるフロアはその半ば辺りが階段になっており、フロアの手前と奥で一メートルちょっとの段差が出来上がっている。

 水は高きより低きに流れる、そんなことは当たり前だ。けれど手前側から溢れ出して来たこの大波はその段差を駆け上がってくる。

 海嘯、と言うのは河口へと揺り戻った波が川を逆流することを言うらしいが、まさに今この光景がそれだった。

 一番最初に水族館に入った時に見た光景に似ている、問題は…………今回の水位が二階にまで到達しようとしているところだが。

「フロスト、凍らせろ!」

「ヒホー!」

 このままでは俺たちまで飲み込まれる、すぐさまその考えに行き着き、ジャアクフロストに命じ円形の氷の檻を生み出す。

 数秒後、二階の手前まで水没した水族館の中、龍神が笑う。

 

「ようやく取り戻した…………この力を、僕は、私は」

 

 ピシリ、と何かが軋む。

 

「さあ、私の宮に案内しよう」

 

 ピシ……ピシ……と軋む音。

 

 異界が軋んでいる、そう気づいた時。

 

 パリーン、と硝子の割れたような音。

 

 そして。

 

「ようこそ、竜宮へ」

 

 見たことも無い場所にいた。

 

 

 

 そこはまるで時代に取り残されたような…………そんな古い御殿だった。

 それは明らかに現代のものではない作り、けれどまるで昨日今日建てられたかのような真新しさを感じさせる若々しい木々。

 何より異質なのはその周囲。青い、どこまでも青い。揺らめく景色。

 

 そう…………そこは水の中だった。

 

 とても大きな水溜まりの底にぽっかりと開いた空間に建てられた御殿。

 

 見上げる景色は澄んでいて、美しく、どこか幻想的だった。

 

「どこだ…………ここ?」

 先ほどまでとまるで違う光景に一瞬呆然とし…………すぐにハっとなって仲魔の姿を探す。

 するとすぐに同じく一転した光景に驚き、呆けたジャアクフロストがいた。

 左手のCOMPも確認し、アリスもいることを確認。

 取り合えず全員無事なことを確認すると僅かに安堵の息を零し…………。

「それで? どこなんだここは」

 こちらに背を向けたままの龍神に尋ね、龍神が振り返ってこう返す。

「竜宮さ…………簡単に言えば、僕の全力が出せる場所さ」

 どうやってここに、とか何故そんなことを、とかは聞く必要も無いだろう。手段なんて知っても何か意味があるとも思えないし、全力が出せる場所、なんて言っている以上、理由なんて分かりきっている。

「まだ倒せてないんだな? あいつらを」

 俺の問いに龍神がどこか真剣な表情で頷く。

「津波で呑み込む直前に魔人がもう一人を抱えて間一髪で二階まで逃げられた…………二階には彼女たちがいるから咄嗟にこっちに引っ張ってきたんだよ」

 すぐに接敵しないようにちょっと遠くに飛ばしたけどね、とは龍神の弁。

「…………なるほど、それは正直助かる」

 これ以上あいつらを危険な目に合わせるわけにはいかない。

「さて…………これが最後だ、手伝ってくれるかな? 召喚師さん」

 龍神のそんな茶化すような言葉に、けれど俺は頷く。

 ジャアクフロストを使って時点でもう残りのマグネタイトも少なくなってきている。後二、三度魔法を使えばそれで無くなってしまうかもしれないほど残量は減っている。

「正直もうどこまでやれるかは分からんが…………あいつらを野放しには出来ない、それだけは絶対だ」

 撃ちつくし空になった弾倉を捨て、次をセットする。引き金を引きいつでも撃てるようにしておく。

 爆弾類も使い果たし軽くなってしまった懐から取り出すのは一つの巾着袋。

「それは?」

 龍神の問いに答える代わりに手のひらに袋の中身を取り出す。

「…………宝石、かな?」

「いや、魔法石だよ」

 

 ストーン、と呼ばれるそれは簡単に言えば魔法の詰まった石だ。

 特殊な術式で石に(とど)めたマグネタイトを開放すると、特定の魔法へと変換される。

 火炎系ならアギストーン、氷結系ならブフストーン、電撃系ならジオストーン、衝撃系ならザンストーンと属性ごとに名前が異なり、まだ効果も違う。

 と言っても石に留めておけるマグネタイトの量などそれほど大したものでも無いので、本来の悪魔の使う魔法よりは威力が弱い…………が、この石の最大の利点は、本来自分たちが使えない属性の魔法が使えると言うこと、そして使用者本人のマグネタイトは一切使用しないことだろう。

 俺は魔法などと言うのは使えない。そしてアリスは呪殺と万能系の魔法しかなく、フロストが氷結系、ランタンが火炎系と属性特化していて、電撃属性と衝撃属性を使える仲魔がいない。悪魔と戦う時に相手の弱点を付くのは基本中の基本だ。なのに全属性をカバーできていないと言うのでは話にならない。かと言って新しい仲魔を、とは簡単にはいかない。そもそも俺のレベルで契約できる範囲なんてたかが知れている上に、とても仲魔たちの戦いぶりについていけるとは思えない。サマナーと仲魔のレベルがとにかくアンバランスなのだ俺たちは。

 とまあそれはさておき、だからこそ俺はカバーできない属性をそう言った道具で補う。道具のあるなしで本気で生死を分けるのがこのデビルバスターと言う職業であり、念のため程度のものが命を救うなんてことはざらにある話だ。その上で悪魔の弱点を付くためのもの、などという重要なものを俺が見逃すはずも無く、当然のごとく全属性一式を五個程度ずつ揃えている。さすがにそれ以上は重いしな。

 

「でも何でそんなのを?」

「さっきジャアクフロストが一発だけ当ててただろ、あの時のあいつの顔みたか?」

 あの少女が現れる直前、全力の一撃を放つ隙を作った先制の一撃。

「あれはあくまで全力の攻撃を放つための軽い牽制みたいなものだったが…………けっこう効いてた様子だったな」

 そのことと、後は…………。

「あいつあれだけきっちりと魔法を撃ち落すのは何か理由があるんじゃないのか?」

 もしかしたら、と言う程度の推論ではあるが。

 

「あの魔人、魔法が弱点なんじゃないか?」

 

 

 

 御殿の前で待つこと数分。

 そして、彼女たちはやってくる。

「やれやれ…………だわ、このバカのせいでとんだ事態ね」

 優雅な佇まいで扇を広げため息を吐くその姿は、けれど美しかった。

「改めてこんにちわ…………あなたがこの異界の主かしら?」

 無表情に龍神を見つめながら、少女がそう問いかける。

「ああ、そうだよ」

 龍神が肯定すると、少女が続ける。

「そう、突然で悪いのだけれど…………あなたの持つ異界の理が欲しいの。だからその力、渡してもらえるかしら?」

「それは断らせてもらうよ」

 少女の提案を龍神が即決で断る。

 少女もそれが分かっていたのか、特に異論を唱えず、ただ一言、こう呟く。

 

「そう、なら死んでもらうわ」

 

 少女がそう言い、手にした扇を一振りすると、扇から光が放たれ少女の目の前で人の形を象っていく。

 やがて現れたのは時代錯誤な着流しに左手の刀…………魔人だった。

 

(ヒイ)様…………ご命令はァ?」

 

「なで斬りにしなさい、今度は…………()()でね」

 

 少女がそう言った瞬間。

 ゾクリ、と寒気が走る。

 そして、目の前の魔人の雰囲気が一変する。

 例えるなら、刀そのもの。

 触れれば切れる、振れば切って落とす、殺意の刃。

 

「我は修羅」

 

 右手で刀の柄を握り。

 

「我は羅刹」

 

 抜刀する。

 

「我は剣鬼也」

 

 そして。

 

「“剣鬼”ヒトキリ…………いざ、尋常に」

 

 一歩踏み込んで。

 

「勝負!!!」

 

 向かってきた。

 

 




と、言うわけで、魔人は実は仲魔だったでござるの回。
おかしい、今回で二章終了だったはずなのに、なんでまだ続きがあるのだろう?
徹夜のテンションって怖いね、と言うことで二章延長。
あと四章が分岐だって書いたけど、一つどうしようかと思ってるネタがあるので五章分岐の可能性もあり。


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有栖と剣鬼

近くにあった書店にあった東方M1ぐらんぷり、っての一つ買ってみたんですよ。
それが滅茶苦茶面白くて全部揃えてたらいつの間にかこんなに更新間隔空いてた。


 あの魔人を俺と仲魔で撃退、ではなく討伐しようとするならばどうやっても避けて通れないものが一つだけある。

「アリス、メギドラ!」

「りょーかい!」

 放たれる黒紫色の光。それがその威力を解き放つ、その直前に魔人の剣が光を切り裂き無効化する。

 これだ…………この魔法の無効化、これをどうにかして魔人に魔法を当てることができなければどうやっても撃退以上のことはできないだろう。

「あと二発ってとこか」

 龍神との連携により向こうに気を取られた今なら入るかと思って撃ったが、やはり簡単に斬り払われた。

 マグネタイトの残量を考えればあの魔人を一撃で倒せる可能性のある魔法は撃てて二回と言ったところか。

 各種属性のストーンもすでに半分以上使っているが全てあの剣で切り裂かれる。

「っち…………どうしろってんだよ」

 正直一か八かの賭けしか方法が思い浮かばない。だが出来ればそう言う運任せな方法は避けたい。

 そうこう言っているうちに魔人が刀を振りかざす。

 

「羅刹斬」

 

 すぐにアリス帰還させ下がる。その攻撃は何度か見た、射程も凡そだが把握してある。

 この距離なら当たらない、そう確信し。

 

 スパッ、と腹部が綺麗に裂かれる。

 

 薄い、皮一枚切れただけ。

 

 けれど…………届いている。

 

 咄嗟に両腕を交差させ体を丸め…………。

 

 全身が切り刻まれた。

 

 

 

 不味い、と思う。彼は自分とは違い正真正銘の人間だ。

「マハブフダイン!」

 全力の氷結魔法を放つ。刹那に巻き起こる魂までも凍りつかせるような魔法に、魔人の剣撃が中断され、魔法の斬り払いに入る。

「悪い……助かった……」

 全身のいたるところに切り傷を作り血を流した彼がそう言う。

「大丈夫? かなり不味そうだけど」

「ああ…………致命傷じゃない、まだ戦える」

 けれど時々痛みを気にしたような様子でけれど銃を構える彼。どうやらもう傷を回復させるためのマグネタイトを惜しむほど残りに余裕がないらしい。

「こっちはまだ余力がある、とは言え一人で戦って勝てる相手とも思えないしねぇ」

 均衡が保たれているのは二人だからだ。先日これを独りで相手にした彼の力無しではもっと早くこちらがやられていただろう。

「勝てる作戦を考えないといけない」

「勝ち方自体はシンプルだ…………でかい一発を当てればいい。だがどうやって? それが問題だ」

「あとどのくらい余力がある?」

「二発だな。仲魔を召喚して二発魔法使ったら空っぽだ…………さっきので決めたかったんだが、早々上手くはいかねえか」

 二対一だからこっちも相手の燃料切れを狙えばいいか、と言われるとそうでもない。

 こっちは魔法主体の攻撃に比べ、相手は物理主体の攻撃だ。純粋な技を使う物理攻撃はあまりマグネタイトを消費しない。だからこそあの魔人は脅威なのだ。あれだけふざけた攻撃を連打できるくせに息切れを起こすことが無い。

 それさえなければ危険覚悟で空撃ちさせればいつか勝てる。

「キミ、良くあれを相手に一人で生き残れたね」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なるほど、と内心が納得する。

 あの魔人の行なう攻撃は物理攻撃一辺倒だ。物理反射魔法が使えればほぼ封殺できる。

 

 さきほどまでだった、なら。

 

「なんだと思う? あれ」

「分からん…………けど、今のアレにはもう小細工は通用しないってことだけは分かってる」

 実を言えば物理反射魔法(テトラカーン)なら自身も使える。

 それも自身の特性により味方全員を対象として使用できる。

 当初はそれで封殺できるはずだったのだ…………そう、はず()()()のだ。

 

 何ごとも無いかのようにあっさりとその斬撃は反射魔法を無視してこちらを切り裂いた。

 

「……………………一度試してみるか」

「何か思いついた?」

 自身はこう言う作戦立案は苦手だと言うことを理解している、逆に召喚師である彼はこう言ったことが得意のようだった。それは先の水族館でのやり方を見るに、少なくとも自身よりはずっと得意そうだと思った。

「ああ…………サマナーを狙うぞ」

 そう口にし、彼は自身の思い描く策を述べたのだった。

 

 

 散開する。

 俺、小夜で二手に分かれ別々の方向に散らばる。

 一瞬どちらに向かうか悩む魔人だったが、すぐに当初の目的である小夜へと向かう。

「なら俺は、こっちだ」

 銃を構え、その照準を魔人のサマナーである少女に向ける。

「む…………」

 すぐにそれに気づき、小夜への接近を止め少女の前に立ちふさがる。

 バン、バンと銃声が響きほぼ同時にキン、キンと言う金属音。

「やっぱりそうか…………」

 仲魔である以上サマナーは弱点でしかない。やはり当たっていたか。

 どうやらあのサマナーは自身では何もしないタイプらしい。ある意味純粋なサマナータイプと言える。

 

 一口にサマナーと言っても実は三種類くらいタイプがある。

 一つ目が近距離で仲魔を守る剣サマナー。仲魔を全て後衛に割り振り、サマナー自身が武装して前衛を勤めるタイプだ。普通のサマナーがやるとサマナー本人が集中砲火を受けてあっさりやられるのだが、時々いるキチガイなやつらがこれをやると前衛であるサマナーがいつまでも抜けず、後ろの安全地帯から大火力魔法が雨霰と飛んでくる地獄絵図な状況が出来上がる。なので実際にこんなことをしているのはだいたい人間離れしたキチガイだけだ。

 

 二つ目は仲魔を前衛にし、後衛からその援護射撃をする銃サマナー。主に銃を使う者や異能者などがこれに辺り、前衛を物理スキルの得意な仲魔で固め自身は後ろでサポートタイプの仲魔と共に援護射撃を行う。突出した特徴も無い代わりに非常にオーソドックスで王道な組み合わせだ。

 そして最も王道だけにこのスタイルを選ぶサマナーは多い。実際俺もこれに当たる。

 

 そして三つ目が純サマナー。前衛で仲魔を守るのでも無ければ後衛から敵を攻撃するのでも無い。だが実を言えばこれが最も強いと言われている。簡単に言えば、仲魔の力を最大限に引き出すのが純サマナーだ。支援特化型、と言えば分かりやすいだろうか。実際、純サマナーの仲魔は他の二種類と比べて、比較にならないほどに強い。だがだからこそ純サマナーはサマナー本人と言う最大の弱点を背負うことになる。

 

 悪魔たちとの戦いにおいて、数の利、と言うのは往々にしてあてにならないことが多い。

 それは一対二なら二のほうが有利だろうが、それは質が同じ場合の時のみだ。

 

 レベル1の悪魔が使うアギダインはレベル50の悪魔が使うアギにも劣る。

 

 とあるサマナーの言ったブラックジョークだが的を得た言葉でもある。

 レベルの…………内包した活性マグネタイトから生み出される能力値の差と言うのはそれほどまでに絶対的なのだ。

 故に複数の悪魔を育てるより一固体の悪魔をひたすらに育てたほうが圧倒的に強いことのほうが多い。

 勿論悪魔同士の相性の問題などもあり実際にそんなことをするサマナーなどいないに等しい、のだが。

 

 例えば、だ。

 火炎属性魔法がとても得意な悪魔がいたとしよう。

 とあるサマナーがその悪魔を仲魔にし、ひたすらにその仲魔を育て続けた。

 そうして出来上がったのは最強の火炎属性魔法を使う悪魔だ。

 その魔法は並大抵の敵を一瞬で焼き尽くすまさしく地獄の劫火。

 だが自分よりもはるかに格下のはずの悪魔にすらあっさりと負ける。その悪魔が火炎無効属性を持っていたから。その悪魔がこちらの弱点属性の魔法を扱えたから。

 

 つまり、だ。

 一点特化ではどうやっても無理があるのだ…………本来は。

 属性と言うものがある以上、単純な能力の差だけでは補いきれないものがどうしても出てくる。

 

 けれど。

 

 今戦っている魔人はそれを簡単に無視する。

 魔法を使えば魔法を切り裂き、近づけばそれだけでなます斬りにされる。

 挙句の果てに物理反射魔法をも無視して物理スキルを通してくる。

 一点特化型でありながらほぼ全ての状況に対応できる万能型。

 たしかにこんな仲魔が一体いれば他がいらなくなるのも納得できる。

 そしてずっとこの仲魔だけを育ててきたのだろう。

 だからこそ強い。

 隙が無い。

 ずっと戦い続け自身たちの弱点を自身たちで知っているからこそ。

 弱点を晒すような真似をしてくれない。

 

 だから勝てないか?

 

「んなわけねえだろ」

 隙が無いなら、つけ込める場所が無いなら。

「力づくで作っちまえばいいだけだろ」

 袖に予め仕込んで置いた閃光手榴弾のピンを抜くとそれを魔人のほうに向かって投げ飛ばす。

 カッ、と大光量を発するそれは、魔人への目潰し…………では無く、むしろサマナーを狙ったものだ。

「っく、目が…………小賢しいわね」

 

 得てしてだが、サマナーと仲魔と言うのは感覚を共有していることがある。

 例えば仲魔の視点をサマナーが見ることができたり、その逆もまた然り。

 先ほどから二方向の攻撃を出しているのにいとも簡単に捌かれていたが、それは魔人の視界とは別にサマナーがこちらの動きを見ていたからだろう、と結論付ける。

 

 因みにだが、サマナーから仲魔へはあっても仲魔からサマナーへ、は無い。悪魔の感覚を共有するには、人間の扱える情報量はあまりにも少な過ぎる上に、感性が違い過ぎて下手に同調してしまうと発狂してしまう。少なくとも全うな人間に耐えれるものではない。

 さらに言うなら、よほどの相性が良くないとそもそもサマナーから仲魔への同調も難しい。俺の仲魔でそんなことができるとしたら、アリスくらいだろう。ランタンとフロストでさえ不可能なのだから、これがどれだけ尋常ならざることかが分かるだろうか。

 

 そしてだからこそ、その一方…………サマナーを潰せば多少は楽になるだろう、と考え。

 実際それは多少なりとも有効だったらしい。

 

「っち」

 

 舌打ちしつつ魔人が背後からの弾丸を弾く。

「マハジオダイン」

 と同時にもう一方から放たれる雷光。それに僅かに反応が遅れ、けれど刀で切り裂く。

「ったく…………確かに有効だったけど、マジで僅かだな」

「っきひ、気配がバレバレなんだよ」

 俺の呟きに返す魔人の言葉。マジで化物だな、と思いつつ…………。

 

「でもこれでチェックメイトだ」

「っ?!」

 

 魔人が息を呑む気配。

 一体何をするのか、と思ったのかもしれない。

 だがその予想に反して何もしない。

 

 俺と小夜は、だが。

 

「…………っしま」

 

 気配を読み取ったのか、魔人が慌てて自身のサマナーのほうを向き。

 

 サマナーの背後にいるアリスを見た。

 

 アリスが持っている手榴弾。

 

 そのピンをアリスが抜き…………

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 魔人が叫ぶ。

 

 距離は近い、が走っていてはもう間に合わない。

 

 剣撃なら届く、だがその斜線上には自身のサマナーが…………。

 

 しかもサマナー本人は目をやられ、状況判断が遅れている。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 魔人が、投げる…………その剣を。

 

 一瞬で自身のサマナーを避け、アリスへと一直線に向かうその刀。

 

帰還(リターン)!」

 

 水族館でジャアクフロストの渾身の一撃を外されたように。

 俺もまた必殺の一撃をアリスをCOMPに戻すことで回避させる。

 

 そして。

 

「来い、ランタン、フロスト」

 

 SUMMON OK?

 

 魔人を挟んで対称に召喚されるジャックランタンとジャックフロスト。

 もうマグネタイトの残量が少ないと分かっていたのでジャアクフロストから戻していたのだが、早速出番が来たようだ。

「アギダインだホ!」

「ブフダインだホー!」

 両サイドから放たれる魔法。肝心の刀は今投げ、完全に無防備を晒している魔人。

 これなら行けるか? そう内心で思い…………。

「…………きひっ…………舐めんな!!」

 けれども、左から来る火炎魔法を鞘で撃ち落し、右から来る氷結魔法を右手で握り潰す。

 刀と違い、一撃魔法に当たっただけで鞘は燃え落ち、その右手は凍りつく…………だがまだ立っている。

「姫様のためにも…………負けん!!!」

「それは…………」

 魔人が叫ぶ。そして、その正面からやってくるのは…………。

「こっちの台詞だああああ!!!」

 小夜の手に集まった電気の渦が魔人目掛け、放たれ…………。

「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 魔人が叫ぶ。電撃にその身を焦がされながらも、耐えて、耐えて、耐えて…………。

 

 SUMMON OK?

 

「お疲れ様だねえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()がそう呟き…………。

 

「マハガルダイン」

 

 荒れ狂う暴風が魔人に止めを刺した。

 

 




書いてて思うが、自分には戦闘を書く才能が無い。
なんか単調なことひたすら書いてるようにしか見えない、自分で書いてて。
魔人どうやって倒そうかと魔人の初登場の時からずっと考えてたのは内緒。
そしてようやっと本編内みたいな倒し方思いついたのが昨日だったり。
いやー、魔人は強敵でしたね。
近づけば微塵斬り、遠くからやっても斬り払い。誰だよこんなチート考えたのは、と思って、あ、俺か……と自分で思ってしまった。
物理反射で完封できたのは過去の話。サマナーが来た以上もうそんな生易しい方法は通じない、で実際書いてみて「こいつどうやって倒せばいいの?」って本気で悩んだ。

というわけでヒトキリさんの正式なデータ。


魔人 “剣鬼”ヒトキリ

LV71 HP1920/1920 MP430/430

力89 魔8 体52 速86 運23

弱点:魔法
耐性:万能

ブレイブザッパー 鬼神薙ぎ 羅刹斬 修羅闘
人斬刃 会心ノ剣 斬り払い 不屈の闘志

備考:正体不明の悪魔。剣一本で他の追随を許さない怒涛の強さを誇る。その性質上物理攻撃一辺倒で、物理反射に弱いのだが、今となってはそれすらも克服してしまっている。「我は修羅、我は羅刹、我は剣鬼也」

羅刹斬 敵全体にランダム回数の斬撃を放つ。威力は力、回数は速に依存する。

修羅闘 5ターンの間、体の値を全て力に合計させる、文字通り捨て身のスキル。また剣に宿る気の力により斬撃属性攻撃全ての射程が大幅に上昇する。

人斬刃 人型の存在に対し、全ての耐性、防御を無視して即死させる。

会心ノ剣 斬撃属性攻撃の全ての会心率を上昇させる。

斬り払い 全ての遠距離攻撃を70%の確率で無効化する。

剣鬼 物理攻撃時、相手の体ステータスを0にしてダメージ計算をする。さらに斬撃攻撃が全て物理耐性を無視し、30%の確率で無効、反射、吸収を無視する。全ての剣技が必中し、追加効果の発動確率を100%にする。ただし、マグネタイトの過剰供給が必須でサマナーが近くにいないと使用不可能。

魔人 新月以外にも現れ、戦う。他の魔人とは一線を隔す存在。


いやーチートですねえ。誰がこんなチート考えたのだろう?
こいつを倒す一番良い方法?
最速で行動して最大物理火力を叩き込んで行動させる前に倒す。これが一番良い倒し方。まあ有栖に望めることじゃないけど。
・魔法と銃撃は無効化するけど、近接物理は無効化できない。
・体を0にしてダメージ計算するので物理防御をあげても無視される。
・遠距離攻撃を無効化するたけなので実はバステ系は効く。

以上の三点を踏まえると、最初に一手でラクンダ、スクンダ、こっちにタルカジャ、で物理攻撃で一気に攻撃。
これでだいたい2,3ターンで倒せる…………はず?


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有栖と友人

どっとこむ。


「ああ…………サマナーを狙うぞ」

 そう言った俺の言葉にけれど龍神が難色を示す。

「あんまり殺しはしたくないんだけれど、小夜が凄く嫌がってる」

 そんな龍神の様子に苦笑しつつ話を進める。

「殺しはしない…………サマナーのほうから情報得ないと不味いしな。だからあくまでも倒すのは魔人だ」

 けれど、と前置きして。

「まともにやってもあの魔人に勝ち目がないのは分かるだろ? 戦ってれば先に力尽きるのはこっちだ、その短い間にチャンスが来るとも思えない、と、なれば…………強引にでもチャンスを作るしかないだろ?」

「…………うん、確かにね、それで? その方法はもう考えたの?」

「簡単に、だがな…………確率としては一割ってとこか、このままじゃ賭けるには心もとない。だからこれを八割まで持っていくためにも一つ聞きたい」

「何かな?」

 龍神の問いに、やや不安気に、俺は尋ねる。

「お前ら、別々に攻撃できるか?」

 

 

 

「…………………………ハァ…………ハァ」

「…………………………」

「…………………………………………」

 乱れた呼吸を整える。仲魔全員を帰還させつつも、けれど油断無く動きを止め、崩れ落ちた魔人を見る。

 と、そこでようやく視界の戻ったらしい魔人のサマナーが自身の仲魔を見つめ、それからこちらを見る。

「…………………………そう、やられたのね」

 ぽつり、とサマナーが呟き魔人の下に行く。

「当たりかしら?」

 地に崩れ落ちた魔人にそう問う少女の言葉に、それまで黙していた魔人が小さな声で答える。

「水と風、だ」

「そう…………自然の理、ならいいわ。私の求めているものとは違う」

 一人呟き、結論を出した少女がそっと扇を振ると、魔人が光となって消えていく…………帰還させたのだとすぐに理解し、そしてそれをするということはもう戦う気は無いのだと気づくと、体からどっと力が抜ける。

 と、こちらに背を向けて歩こうとしていた少女がふと、足を止め俺のほうを向く。

「………………………………」

「……………………?」

 感情の無い瞳でこちらを覗く少女に不気味さを覚え、ついつい警戒しながら見つめ返す。

「……………………思い出したわ、あなた、独立固体が執着していたサマナーね」

「…………何?」

 独立固体、その名で思い出すのはついこの間の…………。

「お前、あいつらの仲間か」

 その問いに少女が首を傾げる。

「仲間…………? ただの協力関係よ、手段の一致と言っても良い」

「手段の、一致…………?」

 異界内で化物を呼び出すあの群体とか言うやつらを思い出し、その王を名乗る独立固体を思い出し、そして魔人を従える目の前の少女を見る。

「何をするつもりか知らないが、ろくな手段じゃないのは確かだな」

「何を当たり前のことを」

 何故そんなバカなことを言うのか、そんな表情で少女が続ける。

 

「世界に見放され」

 

 そうして。

 

「歴史に見捨てられ」

 

 少女の表情が。

 

「神にすら見殺しにされた」

 

 一つの感情に染まっていく。

 

「そんな私たちが」

 

 即ち、憎悪。

 

「世界と敵対しようとする私たちが今更まともな手段なんて選ぶわけ無いでしょ」

 

 そうして初めて少女の表情が動く…………そこから読み取れる感情は、怒り。

 

「私たちは別々の目的のために、同じ手段の元動く。私たちは必ず各々の目的を遂げる」

 

 そして少女は手にした扇をばっ、と広げ。

 

「それが私たち争乱絵札(トランプ)よ」

 

 広げた扇で一度その表情を隠し、そしてぴしっ、と扇を閉じる。

 

「争乱絵札が一人、姫君(クイーン)があなたに宣戦布告するわ」

 

 そして閉じた扇でそっと俺を指し。

 

「次に会ったら確実に殺すわ。努々忘れないようにしなさい」

 

 少なくとも。

 

「私は今日の屈辱を忘れないわ」

 

 そういい残し、少女…………姫君の姿が虚空へと消えていった。

 

 後に残されたのは俺と龍神、そして小夜の三人。

 

 色々疑問は残ったが、取り合えず今回も生き残った…………今はただそれを喜ぼう。

 

 

 

「別々に? どういうこと?」

「龍神と小夜、今は同じ体に入っているが、龍神は本来の力を取り戻したわけだ…………となるともう小夜の中にいる必要は無いだろ?」

 俺の問いに龍神が頷く。

「そうだね、ただ小夜の中にいたほうが無駄なマグネタイトの消費が無いから便利だっただけで、もう体から抜け出しても行けるよ?」

「それは即座に出れるのか?」

「そうだね、小夜は親和性高いし、抜け出すのも簡単だよ」

「その抜け出す時に小夜に一発分で良い、魔法を撃たせるだけの力を残すことは?」

 俺の意図が読めないのか龍神が訝しげな表情をする。

「出来ない、もし残るのなら僕の力の大半が残ってしまう」

「…………………………厳しいな。後一手なんだが」

「……………………僕が攻撃できればいいのかな?」

 龍神のその問いに俺は頷く。頭の中で戦法は大方組みあがっている。ただ最後の一押し、龍神の一撃があれば完成するのだが…………。

「なら、僕と契約しよう」

「何?」

「キミの仲魔になってマグネタイト供給を受けることが出来れば僕も魔法が使える」

「だが俺のマグネタイトはもうほとんど…………」

「小夜から譲渡すれば良い、人間からなら悪魔の力があれば簡単に吸い取れる」

「……………………」

 数秒の沈黙。説得力はある、と言うかたしかにもうそれしか方法は思い浮かばない。

 今はこちらの様子を伺っている魔人もいつまでも黙ってはいないだろう。

「……………………仕方ない、アリス、頼んだぞ」

「うん、りょーかいだよ」

「じゃあ、早速契約だ」

「ああ…………」

 そうして、俺は…………龍神との契約を果たした。

 

 

 

「取り合えず…………疲れたああああ」

 だらり、と体を投げ出し、地に寝転がる。

「お疲れ様…………と言うべきなのかな?」

 蛇の姿に戻った龍神が表情は分からないが、恐らく苦笑しながら労いの言葉をかけてくる。

「俺はまだいいが…………小夜が一番お疲れだな。結局巻き込んじまったし」

「…………ううん、怖かったけど、うん。それ以上にすかっとした」

 清々しい声でそう言う小夜がこちらを見て笑う。

 一段落ついたところでふと気になったことを龍神に尋ねる。

「そう言えば、あいつらは? 一緒に連れてきたって言ったよな?」

「うん、後ろの建物の中だね…………大分弱ってたから龍脈からほんのちょっとだけ力を分けてもらって二人に分けてるよ」

「龍脈から? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、ほんの僅か…………生命活動を繋ぐ程度ならね、あまり一気に入れ過ぎると人外になるかもしれないけど」

「おい…………」

 ジト目で睨むと大丈夫大丈夫、と返ってくるが本当に大丈夫なのだろうか…………?

 っと、そう言えばもう一つ忘れていたことがあった。

「契約解除するぞ」

 龍神との契約を切ろうとCOMPに目を向け。

「あ、ちょっと待った」

 龍神から待ったがかかる。

「どうした?」

「いやね、今僕の力の大半って小夜の中にあるんだ…………で、今の状態で契約解かれてももう神格になるほどの力残ってないし、しばらくの間キミのところに厄介になっていいかな?」

「小夜から取り戻せばいいだろ?」

 ちっちっち、と人型なら指で振ってるだろう姿を想像してしまうほど人間臭く龍神が続ける。

「小夜から力を取り戻してどうせまた信仰不足で眠ってしまうのが目に見えてるからねえ、と言うわけで小夜」

「え、あ、はい」

 黙って話しの流れを見ていた小夜が、突然声をかけられびっくりしながらも返事をする。

「キミ、巫女になってみない?」

 

 

 

 重たい体を引きずって御殿の中を歩く。部屋と部屋の間が通路で仕切られていて本当に大昔の屋敷を模した迷路のように見えてくる。

 気だるい…………今すぐにでも寝転がってそのまま一週間くらい寝てしまいたい。

 だがあの二人が奥で待っている、と言うのなら寝てもいられない。

 龍神と小夜はまだ話ことがありそうだったので置いてきて、先に悠希と詩織と合流することにした。

 龍神曰く、正面入って真っ直ぐひたすら歩けばいい、とのことだったので歩いているのだが。

「………………長いな」

 精神的にも肉体的にもどっと疲れた今の状態では非常に長く感じる。

 そしてこれから二人に全てで無いにしろ話すことになる事柄を考えると、余計に重くなってくる。

「ああ…………帰りてえな」

 だがここで帰っても何も変わらない。どうせ後で旅館に戻ったら会うことになるのだ。

「つうか明日向こうに戻るんだよな…………寝てえなあ」

 ぼやきつつ、歩くとすでにいくつ目になるか忘れたが、また新しい障子戸が見えてきて。

「よう」

「…………有栖」

 悠希がそこに立っていた。どうやら通路から外の景色を見ていたらしい。

「詩織は?」

「中に…………あ、でもまだ」

「そうか」

 疲労のせいか、最後まで話を聞かず、ぼんやりとした頭で障子戸に手をかけ…………開く。

 

「え?」

「…………は?」

 

 肌色。見えたものを一言で言うならそれ。

 タオルで擦られ、僅かに赤みを帯びた陶磁のような白い肌、大き過ぎず小さ過ぎずな胸、どこか淫靡さを醸し出す臍、そして大きく見開かれた目と唖然として開きっ放しの口。

 簡潔に言えば…………中で詩織が上の服を全て脱いで体を拭いていた。

「…………あ、りす?」

「え、あ…………わ、悪い」

 そっと障子を閉め、ばっと振り返る。

 疲労で呆けていた脳が違う意味で呆けた。

 あちゃー、と顔を手で覆う悠希。

 

 直後、響いた絶叫。

 

 さまなーのえっち。

 

 COMP越しに聞こえてくるアリスのどこか冷ややかな声が胸に痛かった。

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と背景に炎の幻影でも見えそうなくらいの気迫。

 正座している全身が震えているのは、足の痺れだと思いたい…………決して友人の女の子の気迫にビビッているとかそういうわけではない、と思いたい。

「……………………………………有栖?」

「申し訳ありませんでした」

 即座に土下座。

 すまん、正直この気迫には逆らえない。

 しかも完全に、絶対に、一方的にこちらが悪いので言い訳のしようが無い。

「……………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………」

 非常に気まずい空気が室内の漂う。

 空気が重い。原因が分かっているが、こちらからは如何ともしがたい。

 とにかく土下座する。それから何秒経ったのか…………体感的には十分以上に感じたが実際には一分どころか十秒も無かったのかもしれないが。

 やがて、詩織が口を開く。

「……………………反省してる?」

「深く」

「……………………本当に?」

「ああ、本当に」

「ホントのホントに?」

「ホントのホントに」

「……………………………………」

 やがて詩織がはあ、とため息を付き。

「いいよ、許す………………次は気をつけてね」

「ああ、悪かった」

 ようやく許しが出たので顔を上げる、が詩織の顔を見た瞬間、さきほどの光景を思い出してしまい、思わず顔を紅くする。

「ちょっと、忘れて! さっき見たことはすぐに忘れる!」

 それを目ざとく見つけた詩織も顔を赤らめながら叫ぶ。

 無茶だ、とは思うが承諾しないとまた同じことの繰り返しになりそうなので、分かった、と言って深呼吸。

「よし、落ち着いた」

「うう…………私はまだ落ち着かないよ」

「有栖も、人の話は最後まで聞けよ?」

「ああ、マジで反省したわ」

 どこか空気が弛緩したような感覚。いつもの三人が揃っていることにほっとしている自分がいる。

 やはりこいつらは俺にとって大切だ、そう再認識する。

 悪魔と戦っているのが自分にとっての非日常。こいつらと一緒にいるときが自分にとっての日常。

 日常と非日常の線引きをするためのボーダーライン。

 だからこそ、悔やむ。こんなことになってしまったことに。

 

「悪かったな…………巻き込んじまってよ」

 

 こんな非日常に巻き込んでしまったことに。

 それだけは…………悔やんでいる。

 

 

 

 

 コツ、コツと薄暗い廊下に一人分の足音が響く。

「………………………………」

 歩く少女、姫君は無言。その足音だけが反響し、音を放っている。

「どうしたの? 姫さん、不機嫌そうだね」

 そこに声をかけてくるのは壁に寄りかかって姫君を見つめる一人の少年。

「………………独立固体か」

「ってどうしたの? 随分汚れちゃって、姫さんらしくも無い」

「………………遇ったぞ、お前の言っていたサマナーに」

 瞬間、少年の目がすぅっと細まる。

「………………へえ、どうだった?」

「やられた………………が、次で殺す。宣戦布告は済ませてきた」

 そう言った瞬間、少年から怒気が溢れ出す。

「それは困る…………あれは俺の獲物だ。俺が殺すんだ」

「宣戦布告さえすれば誰が相手でも戦って良い、それがルールだ。私も興味が沸いたよ、あの人間に」

 少年がギロリ、と姫君を睨みつけ…………。

「手を引け、殺すよ?」

 いつからか手にしていたナイフを突きつける…………が。

「お前程度が? 私を? 冗談も休み休みに言え」

 呟いた瞬間、そのナイフが半ばで折れる…………否、斬れていた。

「きひっ…………(ひい)様に手をだしてもらっちゃ困るぜぇ?」

「ヒトキリ…………邪魔するならお前も殺すぞ?」

「きひっきひっ、きひひひひ!! おもしれえ、返り討ちにしてやるよ」

 一触即発の空気。今にも互いに殺し合いを始めそうな二人、だが。

 

「止めろ」

 

 割って入った声。その声に両者が同時に反応し、後退する。

 そして。

 

 ズドォォォン

 

 直後、先ほどまで二人がいた場所に降り注いだ炎が爆発し、一瞬でその地面を蒸発させ、抉る。

「キミか…………王様(キング)

名無し(ジャック)…………ルールはルールだ。この組織にいる以上、それは守られねばならない」

「けどあれは俺の…………」

名無し(ジャック)、だったら簡単にことだ………………」

 まるで大人が子供をあやすかのような優しい声音で、(キング)はこう言う。

 

姫君(クイーン)よりも先にお前がそいつを殺せば良い…………それだけの話だ」

 

 それだけを言うと、王は二人の目の前を通り過ぎていく。

「だが次は俺の番だ。名無し(ジャック)姫君(クイーン)、お前たちは一度は引いた。ならば次は俺の番だろう……………………なあ、()()()()()()()()()?」

 名を呟いた瞬間、虚空からすぅっと空間を彩ったかのように現れる三体の悪魔。

 

 その名は神の炎。

 

 その名は漆黒。

 

 その名は死。

 

 絶対的強さを持った三体の悪魔を従える王が、そうして…………動き出した。

 

 

 




チートくせええええええええええええ。
自分で作っててウリエル、スルト、モトってどんだけ?! って思ってしまった。
ノリだけで勝手に設定生やすもんじゃないな。
因みにここのモトは劇場ありますよ、勿論。
まあ原作と違って割り込み形スキルとか眼光系無効化スキルも作るつもりだけど。

そして題名の割りに友人との話が全然進んでない件。
ただ一から説明しだすと長くなるからカットで。
あと一話作ろうかと思ったけど、やっぱ止めて、もう三章行きます。
三章で今回の話の続きやります。後日談と三章の導入をセットで。


そろそろ感想とか書いてくれていいのよ?


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有栖と宗教編
有栖と訪問者


この章からは、みんな大好きメシア教とガイア教がついに本格的に参加するよー。


 

 

 

 旅行から帰ってきてから二日後。

 ようやく一段落ついたと言ったところだろうか…………。

 問題は。

 あの二人に未だ自身のことを説明し切れていないことだった。

 あの竜宮で説明しようと思っていたのだが、俺は俺で全身怪我だらけだし、悠希も衰弱しているし、詩織も精神的にかなり弱っていて、とにもかくにも全員休養が必要だったのだ。

 龍神と小夜の話に決着がついて一度全員で帰ったのは良いものの、翌日にはもう旅行から帰るので帰り支度もしないといけないし、街は水族館のことで大慌てだし、ヤタガラスもこの件のもみ消しにてんてこ舞い。

 水族館には詩織たち以外にも客がいて、負傷者も死者も多数続出し、近年稀に見る惨事に俺にもヤタガラスへの出頭命令のようなものが出た。と言ってもほとんどただの事情聴取だったのだが。

 そこで語った魔人との戦闘、剥離した神、そして現れた争乱絵札の姫君を名乗るサマナーの存在。

 

争乱絵札(トランプ)…………あいつらか」

 俺の聴取を担当した男、葛葉キョウジが俺の話を聞いてそう呟く。

「知ってるのか?」

「ああ、一番上の王と一度戦ったことがあるな…………よく生きていたな」

「俺はその王とか言うのと戦ってはいないが…………強かった、とんでも無く、な」

「姫君な…………それに先の騒動に時に会ったと言う独立固体。厄介なやつらだ」

 ふう、と煙草を吹かせながらキョウジが呟く。いつもの白いスーツとは違い、今日は黒いティーシャツにジーパンとラフな格好をしている。

「随分とまあ珍しい格好だな」

「最近行っていた場所じゃあのスーツは目立つからな…………これが終わったらまた仕事だよ」

 やれやれ、とため息をつくが、サングラス越しからはその目に浮かぶ感情は伺えない。

「そいつはご苦労さん。でだ。ヤタガラスでは争乱絵札について何か知らないのか?」

「分かっているだけで数年前から活動をしていること、メシアにもガイアにも、勿論クズノハにもヤタガラスにも属していない、それどころか敵対していること」

「ちょ、ちょっと待て」

 キョウジの述べた言葉の内容に思わずストップをかける。キョウジもそれをわかっていたのか、みなまで言わなくても良いと、俺の疑問に答える。

「分かっている、そうこいつは異常だ…………メシアとも、クズノハとも、ガイアとも敵対している、それは言ってみればこの世界の半分以上を敵に回す行為だ」

 

 法と秩序を司る世界最大の宗教であるメシア教。

 混沌と自由を司るメイア教最大の敵であるガイア教。

 そしてどちらにも属さない中立者たちをまとめる真なる中立であるクズノハ、そしてヤタガラス。

 世界最大の勢力であるメイア教とガイア教、そして日本と言う一つの国に古くから根付くヤタガラスと言う巨大なサマナー組織。

 これら全てを敵に回しておきながらまだ日本で事を荒立てる。

 

 その意味を考えれば。

 

「戦争でもしたいのか、そいつら」

「さあな…………だが、メシア、ガイア、ヤタガラス。この三勢力から狙われておきながら未だに組織の全貌が見えていない、それだけでこいつらの異常性が分かる」

 例えば、もし俺がこの三勢力を敵に回したら、真っ先にアフリカにでも逃げる。メシアは西洋において最大の勢力を誇り、ヤタガラスは日本だけにとどまらず、アジア圏において強い力を持つ、そしてガイアは世界中のあらゆるところに根付いている。

 正直言って正気の沙汰ではない…………が、あの姫君の様子を見る限りは、正気などとっくの昔に失くしてしまっているのだろうことは容易に推察できた。

 

「そしてとある悪魔を探していることだけは分かっているな」

「とある悪魔?」

 鸚鵡返しに尋ねるとキョウジが灰皿を寄せて煙草を消す。そして手を組み、両の肘を机に乗せてこちらを見る。

「可能性だけで言うならお前も十二分に気をつけるべきだ、三年前に起きたヤタガラスの支部の襲撃事件のこともある…………やつらは背後にいる組織などお構いなくやってくるぞ」

「ヤタガラス相手にそこまでやるとは…………何が狙いなんだ?」

「…………………………特異点悪魔だ」

 キョウジが呟いたその言葉の意味を理解すると同時に目を見開く。

「三年前、これまでにヤタガラスが記録していた特異点悪魔についてのレポートが襲撃と同時に盗まれた。六年前にはメシア教が、二年前にはガイア教も襲撃を受けている、いずれも特異点悪魔についての情報が盗まれている」

「…………………………気をつけろって言うのは、そういうことか」

「最悪逃げてでも生き延びろ、正直言ってあの王とか言うやつ…………お前じゃ勝てないだろうよ」

 勝てない、そうはっきり言われて僅かに眉を潜める。

 それは別に悔しいとか言う反骨精神では無く。

「それほどの相手か?」

「ああ…………俺の体感だが、な」

 キョウジの目利きは十分過ぎるほどに信用に値する。少なくとも俺は信頼している。

 そのキョウジが言うのなら、かなりの相手だろう。

 まあ…………だからと言って。

「つっても…………俺だけじゃ勝てない相手なんて最近多過ぎて今更だがな」

 そう言って、俺はふっと笑った。

 

 

 聴取も終わって明けて翌日。連休最後の日。

「えっと、お邪魔…………します」

「ここに来るのも久しぶりか?」

 俺の家に朝から来客。二日前に分かれたばかりの友人たち。

 

 さて、何から説明したものだろうか。

 自宅に招きいれた友人二人を前にして、まず最初に思ったのはソレだった。

 コップに薬缶からお茶を注ぎ、二人の前に出す。

 普段使わない机に三人分の椅子を出し、それぞれが座ると。

「さて…………何から説明するかな」

 そう切り出した。

 

 

「そう…………だね、まずはやっぱり、あの水族館にいたあの蛇のこと、かな?」

 どこか戸惑いがちにそう言う詩織に、分かった、と一つ頷く。

「ミズチって知ってるか? ああ、まあ知らないだろうな…………簡単に言えば竜の一種だ。そう、竜だ、英語でドラゴン。お前らの知ってる通りの空想上の生き物だよ。この世界にはお前らが知らないだけで、幽霊、妖怪、果ては神までなんでもいる。そう言ったのを全部ひっくるめて悪魔と呼んでいて、その悪魔たちの脅威から一般市民を守ってるやつらをデビルバスターと言う」

「「…………………………」」

 ぽかーん、とした表情の二人。だがそれも仕方ないだろう。正直いきなりこんなこと言われても納得できるはずも無い。

 本来ならば…………だが。

「信じる信じないは勝手だけどな…………お前らはもう一度見てしまっただろ、普通じゃ有り得ない蛇の存在、そして海底に沈む不思議な御殿。有り得ないなんてことは有り得ないなんて、本当に的を得た言葉だよ」

 そう言われると言い返せないのか二人が黙り込む。

「それに証拠ならあるしな」

 左腕に付けた腕時計型のCOMPを操作する。

 

 SUMMON OK?

 

「よんだー? さまなー」

「ヒーホー!」

「お呼びだホー」

 現れた少女とカボチャおばけと雪だるまを見て二人の目を見開かれる。

「って何やってんだお前」

「んー?」

 俺の背にしなだれかかってくるアリスだったが、いつものことと無視して話を進める。

「こいつらが悪魔だ。さっきのデビルバスターの中でも俺みたいに悪魔と契約して悪魔と戦うやつらを総称して悪魔召喚者(デビルサマナー)、通称サマナーと言う」

 と、そこまで説明した時、詩織が少し慌てたように言う。

「ちょ、ちょっと待って…………戦うって、有栖も?!」

「ん? ああ…………そうだな」

「ってことは有栖のいつも言ってるバイトって」

 それに気づいた悠希が恐る恐ると言った様子で尋ね。

「ああ、悪魔と戦ってるな」

 あっさり返した。

 

 

 二人が帰ったのが昼も過ぎたころと言ったところか。

 どこか放心気味のまま流されるように俺の作った昼食のパスタを食べて帰した。

 まだ言ってないことも多いが、あの様子では一度に言っても情報を整理しきれないだろうことは明白だったからだ。

「さて…………困ったな」

 そうして俺と仲魔だけがリビングに残り…………そしてぽつりと呟く。

 マグネタイトバッテリー確認、残量僅か。

 予備バッテリー確認、残量零。

「…………これ不味いぞ」

 そう、サマナー必須の魔法の源、マグネタイトが過日の戦いですっからかんになっていた。

 正直魔法を撃つどころか、戦闘可能な状態での戦闘すら難しい。

「背に腹は変えられないか…………こうなったらキョウジに」

 キョウジに適当な異界でも紹介してもらうしか、と考え携帯を取り出しキョウジの番号へとかけようとした、矢先。

 

 ピンポーン

 

 インターホンが鳴る、と同時に首を傾げる。

 一体誰だ? 正直この家に人が訪ねてくることなど滅多に無いし、サマナー関連の話は全て携帯を通して伝えられるので、来るとしたら表の連中だろうが…………。

「悠希か詩織か? 何か忘れ物でもしたのか?」

 首を傾げながら玄関の覗き窓からそっと覗く…………と。

 そこに白い少女がいた。

 雪のような白い髪と肌。そして白いワンピース。そして血のように煌々と紅く輝く瞳。

 玄関を開き、それが見間違えでは無いことに驚きつつ。

「和泉?」

 少女の名を呼んだ。

 

 

「こんにちわ、有栖君」

「………………和泉?」

 思考が現実に追いつかず、思わずもう一度少女の名を呼んでみるが、現実は何ら変わらない。まあ当たり前ではあるが。

 白い少女はいつものワンピースに今日は何故か麦藁帽子を被っており、ぱっと見ればどこかの良い所のお嬢様のような格好だった。その手には日傘が握られているのもそれを増徴しており、だからこそ反対の手に握られた不釣合いなトランクが目立った。

「どうしたんだ? 一体、こんなところに」

「うん…………それなんだけどね」

 どこか言い辛そうに視線を逸らしながら言いよどむ和泉。

 そんな彼女の姿に首を傾げるが、玄関先に何をやっているのだろうか、と気づき家の中に入るように促す。

「えっと…………じゃあ、ただい…………じゃなかった、お邪魔します」

「別にただいまでも構わないけどな…………和泉がここに住んでたことがあるのも事実なんだし」

 

 

 三年ほど前だったか。

 ちょうど朔良と出会ったちょうどその次の年くらいだったはずだ。

 メシア教とクズノハが激突する事件があった。

 そいつらはメシア教の中にあって尚異端とされる危険思想の持ち主たちで、同じメシア教内にあってすら危険視される狂気の集団だった。

 聖教十字信徒。信仰心の篤さと反比例するようにその他への関心と言うものが欠落しており、同じ人間を路傍の石か何かのようにしか思っていない正真正銘のカルト集団だった。

 生贄の儀式を始めとして、メシア教徒以外を異端狩りと称して無意味に殺し、挙句の果てには同じメシア教徒すらも実験と称し手にかける。それら全てが神の敵たる悪魔をより効率的に殺すための実験と言い、さもそれが当然のように振舞う。

 そんな冗談みたいな存在がこの日本に存在していたのだ、数年前まで。

 彼らの実験は多岐に渡ったが、その中でも目をつけられたのが。

 

 ペルソナ能力、そう呼ばれるものだった。

 

 人の無意識は全て集合的無意識の海によって繋がっている。

 そして、その海から自身の精神の有り様を形と為し、己の心の仮面として力を引き出す。

 それがペルソナだ。そしてペルソナは力を引き出しやすいように、最も己の気質に似た悪魔の姿を取ることが多い。

 と言うのが彼らの説らしいのだが、ぶっちゃけペルソナを使っている本人たちが良く分かっていないのだから、使えない俺たちがどうしようと分からないものは分からない。

 一つだけ言えるのは、ペルソナは悪魔の姿を類似することが多い、と言うこと。

 またペルソナ次第ではあるが、その悪魔の精神のようなものが宿るらしい、と言うことだ。

 例えるなら、もし俺にペルソナ能力が宿ったなら、まず間違いなく出てくるのはアリスだろう。

 そして俺の能力が強ければそのアリスは仲魔であるアリスと同じような調子で言葉を話しだす。まるでアリス本人であるかのように…………と言うよりも、悪魔の意識すらも類似させてしまっているのだろう。

 だからそう言ったペルソナは自分がその悪魔本人である、と言う自覚とペルソナである、と言う自覚の両方を持つらしい、難儀なことだ。

 

 さて、問題だ。

 

 悪魔の意識を類似するペルソナ能力。

 そしてそれに目をつけたカルト集団。

 

 導き出される答えは?

 

 神の意識の類似。

 

 それが彼らの目標だった。

 

 

 

「もう二年になるんだな、和泉が出て行って」

 さきほどまで来客用に使っていた机を再利用して、二人で席に着く。

「そうだね…………うん、本当に懐かしい」

 表情にありありと懐かしいと出ている和泉がキョロキョロと室内を見渡す。

「あのテレビ、買い換えたんだね」

「ん? ああ…………去年調子が悪くなってな、元々古いやつだったし買い換えた」

 そんな二年前との些細な違いに苦笑する和泉を見て思わず笑う。

 そんな俺の様子に気づき、和泉もくすりと笑う。

 どこか穏やかな空気が流れる…………が、いつまでもそれでは話が進まないだろう。

「それで? 今日は一体何の用だ? お前がうちを訪ねるなんて初めてじゃないのか?」

 案に出ていってから一度も尋ねなかったことを責めてみると、和泉がうっ、と言葉に詰まって謝罪する。

「ごめん、私もさ、色々立場がアレだから…………ここに来たら有栖君の迷惑になるかな、って思って」

「…………なるほど、けど気にするな。お前はお前らしくやってきたんだ、だったら何も恥じる必要もねえよ、堂々と来たら良い」

 そう言ってやると、和泉もどこかほっとした様子で頷く。

「うん…………ありがとう、やっぱり有栖君、優しいね」

「はいはい…………そりゃどうも」

 薄く笑って返すと、和泉も笑顔で返してきた。

 なんかさっきと同じ雰囲気になりかけてる、と思ったので暗に続きを促してみると、それに気づいた和泉がこほん、と一度咳払いして話を続ける。

「あのね、今日はちょっとお願いがあって来たんだ」

 先ほど玄関で見せたような、どこか遠慮と戸惑いを含んだ表情。

 言いよどんだままの和泉にけれど続きを促すと、ぽつり、と言葉を漏らした。

 

「しばらくここに住ませてもらえないかな?」

 

 そして、そのいきなりの発言に、俺もまた、目を丸くした。

 

 

 




ペルソナについては、公式設定を元に作った独自設定です。
公式設定が非常に曖昧なので仕方ない。

ミズチについてはまだ次の時に。

ご感想お待ちしております。
皆様の感想が俺の餌。


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有栖とカルト

 

 

「しばらくここに住ませてもらえないかな?」

 

 和泉のそんな一言に目を丸くする。

 和泉も唐突だと分かっているのか、話を続けるようなことはせず、少しばかり無言の時間が流れ…………。

「えっと…………お前、自分の家は?」

 出てきたのはそんな捻りの無い質問だった。

 そんな俺の問いに和泉は特に困った様子も無く淀み無く答える。

「んー、まああるのはあるのだけど。()()()()()()()()()()()()()()()だから、こっちで住む所見つけるまでの間、ここに住ませて欲しいのよ」

 

 待て、今こいつ何て言った?

 

「しばらくこっちで活動する? お前が? それとも………………」

 

 ガイアが?

 

 暗に込めたその言葉。その答え次第では、また厄介ごとの可能性が大だった。

 

 

 

 さて、カルト集団について触れたところで、いよいよ持って俺と和泉の出会いについて触れることができる。

 これまでの説明を持ってして察しの付く者もいるかもしれないが。

 

 和泉はカルトの実験台の一人だった。

 

 それが事実で、それが結果だ。

 だが真実と言うにはあまりにも一面的で、答えと言うにはあまりにも足りていない事実が多い。

 だから、一つの事実とその結果、こう称さざるを得ないだろう。

 そもそも本来なら全てメシア教内部で片付けられるべきカルト集団の問題に何故俺が関わったか、と言う部分を言及すれば、それはカルト集団がその実験体を一般人を攫って行っていたからだと言える。

 先も述べた通り、カルト集団は神へ捧げる絶対的な信仰とは反比例するように、それ以外のものへの関心と言う関心が欠落しており、人の命など文字通り空気に等しい、それほどまでに何の興味も、感慨も持っていなかった。

 

 悪魔に関わる者たちは、大なり小なりどんな形であれ、悪魔の存在を一般には隠そうとする。

 それは暗黙の了解。それぞれ表社会に対する優位性であったり、民衆の平穏のためであったり、表の権威の介入を嫌ったためであったり、と全員が全員違う思惑を持ってはいるが、結局のところそれは区別しているのだ。

 表は表、裏は裏で完結させないと、表と裏が交じり合えばより混沌とした予測も付かない世界になることが分かりきっているから。表の力はほとんどの場合、裏では無力だ。軍隊で経験を積んだ兵士でさえ駆け出しのサマナーの相手にもならないくらいに。裏の存在が露見すれば、表と裏のバランスが崩れる。それは社会の崩壊を意味する。

 何故人は法律を守るのか? それは国家と言う巨大な力を持つものが定めたからだ。

 極論を言えば、この世界が一見の平和を保っているのはあらゆる国が薄氷のような均衡を保っているからだ。

 氷の上はそれは平和に見えるだろう、だが水面下では激しい闘争が常々行なわれている。

 そこに裏の存在と言う巨大な石を投じれば脆い薄氷は割れ、水はかき回され、微妙なバランスで保たれていた平和は一気に崩れる。

 そうなれば戦争が始まるのも時間の問題だろう。

 悪魔と言う兵器よりも強大な存在がいるのだ、核などと言うふざけた武器が投入されるのも目に見えている。

 どう考えても世界崩壊。少なくとも国家と言う枠組みが破壊され尽くす。後に残るのはメシア教やガイア教という勢力だろうか?

 だがそこまで荒廃してしまってはメシア教もガイア教もただでは済まないのも事実だ。

 その他のサマナー組織など崩壊してしまうかもしれない。

 

 つまり誰にとっても利益が無いのだ、そんなことをしても。

 

 だからこそ、表も裏も関係無い、そんなカルト集団はすぐにヤタガラスに目をつけられる。

 そしてメシア教内部だけに止まらず、裏さえ越えて表にまで手を伸ばしたカルト集団は、ついにメシア教からも見捨てられて…………。

 二年と半年前に、メシア教、ガイア教、クズノハの三勢力が総力を上げて最後の一人にいたるまで粛清された。

 異例中の異例。お互いを大敵とも呼ぶメシアとガイアが共に戦った、と言うのは世界中を駆け抜けた衝撃の話題だった。

 つまりそれほどまでに表世界と裏世界の交わりを危険視していたのだ、全ての勢力が。

 

 二年と半年ほど前。

 

 十二月の二十四日、クリスマスイブの日。

 

 朝から雨の降っていたあの日。

 

 そう…………あの日、俺と和泉は出会ったのだ。

 

 

 * * *

 

 

 カルト集団はメシア教徒だった。

 正確には元メシア教徒。他のメシアンたちもあのカルトたちと一緒にはして欲しくないと思っているのだろう。

 だが被害者である自身からしてみれば同じだ。同じ神を崇める、聞こえの良い台詞を吐くだけの狂信者集団。

 和泉の親は元々メシア教徒だった。その娘の自身もまたメシア教徒だったのは言うまでも無い。

 十二歳の時までは自身も極普通のメシアンだった。極普通に神を崇め、その教えを信じていた。

 両親はメシア教の中でもそれなりに地位のある人間で、敬虔な信徒であったが、それ以上向上心の強い人間だった。野望を持っていた、と置き換えても良い。

 少なくとも…………自分の娘をカルト集団に売り渡し、その協力を仰ぐ程度には。

 

 実験を始めて三日で人で無くされた。

 一年で精神すら歪められ。

 その半年後、逃げ出した。

 

 そしてそこで…………彼に出会った。

 

 

 私はメシア教が嫌いだ。神が大嫌いだ。

 信じていた過去の自分に吐き気すらするほどに。

 神は人を救わない。

 本当に救ってくれるのならば、どうしてあの地獄から自分を救ってくれなかったのか。

 だから私はガイア教に入った。

 その理念は自由と混沌。

 法と秩序を重んじるメシアとは真反対の勢力。

 メシア教から抜ける時、私は自身の両親をこの手で殺した。私をあの地獄に売り渡した両親を。

 メシア教の中でもそれなりの地位だった両親を殺したことにより、私はメシア教に狙われるようになった。

 だからこそ、ガイア教なのだ。メシア教を嫌い、メシア教と敵対し、メシア教に匹敵する勢力。

 何よりも自由である彼らの生き方が好きだった。

 あらゆる序列が力で決まるガイア教だからか、私はまだ子供ながらに幹部相当の地位が与えられた。

 束縛の無い自由な生活。だからこそ、私は動き出す。

 神は人を救わない。

 だったら誰が人を救うのだ?

 人を救うのは人だけだ、彼はそう言って笑った。

 私を救ってくれたのは彼だけだ。だからこそ、私はその言葉に共感した。

 メシアの教義で人は救えない。神に人は救えない。人を救うのは人だけである。

 だからこそ、今度は私が手を伸ばそう。

 

 助けて、そう呟く声に私は手を差し伸べる。

 

 救われぬ者に救の手を。

 

 二丁の拳銃を手に取った時から、そう呟いて覚悟を決めた。

 

 

 

 

「違うよ」

 

 答えはすぐに返ってきた。

 その瞳には、何の迷いも、何の後ろめたさも無い。

 真っ直ぐで、綺麗な、いつか見たあの瞳。

「私は私よ…………私が、私の意志で動いてる。それだけは否定させない」

 ぎらぎらと光る目の色。そこに宿る強い意志。

 ああ、本当に、変わらない。あの日から全く変わらない、薄れることの無い強固な決意。

 だからこそ、信じれる。大丈夫だと、そう思える。

「…………そうか、なら良い。好きなだけ泊まってけ」

 そう言うと、和泉がほっとしたような、どこか嬉しそうな様子で。

「ええ…………ありがとう、有栖君」

 そうして、はにかんだ。

 

 

 * * *

 

 

 コンコン、と扉をノックすると、横合いにある覗き窓が開かれる。

「……………………己が悪意は誰が見る?」

「己以外の誰が見る?」

「己が善意は誰が見る?」

「己以外の全てが見る」

 符丁となる言葉を告げると、カチッ、と鍵の外れる音共に扉が開かれる。

 ギギギィ、と軋む扉を開いて中に入ると、目の前には薄暗い一本道の通路。

 それをさらに歩いていくと、見えてくるのは地下への階段。一歩一歩下っていく度に、コツ、コツ、と足音が響く。

 そうして階段を下りきったところに、やつはいる。

 

「……………………………………今日は何の用だ」

 

 漆黒。上から下まで黒一色で統一されたその男を形容するなら、まさしくその言葉が相応しい。

 襤褸切れのような上着と襤褸切れのようなズボンを着た、全身煤だらけの男。

 それがこの店、罪音(サイオン)の店主だ。

 サイオンはいわゆる非合法武器店だ。真剣から銃火器まで大抵の武器がおいてる。ついでに言うと、非合法と言っても表向きには、と言う名目が付く。

 その実態はクズノハの人間も通う、ヤタガラス公認の国家指定デビルバスタ-支援施設だ。

 現在この国、日本では銃火気の販売や携帯、所持は禁止されている。

 だが悪魔と戦うのに、銃と言うのは最も手軽でそれなりに有効な武器だったりする。

 だからデビルバスターの数が増えるほどに、こう言った施設の需要もどうやっても増えるのだ。

 

「封弾を二百ほど頼むわ、ついでに(こいつ)の整備も頼む」

「…………………………三時間待て」

「分かった、払いは?」

「一発十万、整備はロハで良い」

「二千万だな、受け取りの時でいいか?」

「ああ…………」

 

 必要なだけの会話のやり取りを終えると、店主が地下室のさらに奥へと消えていく。

 いつも使っている拳銃をいつものごとく傍にある机の上に置いて、俺も店を立ち去るため地下室から上がっていく。

 

「ウオオオオオオオオレニヨウカアアアア?!」

 

 地下室から聞こえる大音量に、あいつもいるのか、と内心で呟く。

 デビルバスターの武器を扱うだけあってか、実を言えばこの店の店主もサマナーだったりする。

 正確には引退したサマナー。そして先ほど聞こえた声がイッポンダタラと言う悪魔だ。

 山と製鉄の民とされる悪魔で、悪魔の中でも珍しい職人気質を持つ悪魔だ。

 放っておくとシキミの壁、と言う迷惑なものを作る時があるのだが、仲魔にした場合、その製作技術を気分次第で振るってくれることもある変わり者の悪魔だ。

 だが、その手に持つ槌で打った鉄は非常に強くしなやかなもので、サマナーでありながら職人である、と言う変わり者のサマナーたちとの合作で生み出される武具の数々は今日のサマナーの装備事情を支える非常に重要なものだと認めざるを得ないだろう。

 

「ウオオオオオオオオオオ、ヤアアアアッテ、ヤルゾオオオオオオ」

 

 まあ…………あの煩いのだけは何とかならないものだろうか、と思うが。

 

 

 

 暗い雰囲気の店から出ると、昼下がりの日差しが目に眩しい。

「また三時間ほどしたら来る」

 覗き窓を軽く叩いてそう言うと、向こうからもコツン、コツンと軽く叩いて返答。

 さて、次の場所にでも行こうか、と脳内で必要なものをリストアップしていく。

「取りあえず…………次はアレだな」

 罪音から歩いて三十秒。なんと真剣、銃火器なんでもござれの店の三件隣に爆発物専門店があるなどと誰が予想できようか。

 扉を開くとチリン、チリンと鈴の音が鳴る。

「いらっしゃい…………おう、有栖かい。何にする?」

「よう、マスター。そうだな…………じゃあ、いつものケーキを頼む」

「焼き加減は?」

「固めで爆発はしないように頼む」

「了解、座席はいつものとこで」

 ケーキショップ春媛(はるひめ)。文字通りケーキを売っている店だ。

 まあ、こっちの場合、表向きは、と言うよりこっちが本業なのだが。

 過去に悪魔絡みの事件に遭遇したことにより、サマナーとなり、そこで資金を溜めてケーキショップを開店。

 その際、ヤタガラスから政府指定デビルバスター支援施設を同時に経営することを条件に援助金を貰い、本業がケーキショップ、副業で爆発物専門店をしている。

 店内を見ると他にも何人か人がいる。けっこう繁盛しているらしい。

 席についてしばらく待っていると、店員の一人がイチゴのショートケーキを持って来る。

 それに舌鼓を打ちながら、皿の下に隠された紙を手に取る。そこに書かれているのは八桁の数字。

 紙を懐のポケットに入れると、ケーキをさっさと食べ終え、席を立つ。

「250円だね」

 会計で立っていた店長に小銭を渡し、店を出る。

 それから店の裏側に回り、裏口の周囲に誰もいないのを確認すると、扉を開き中へと入る。

 従業員用の通路を歩いて一番奥の部屋へと入る。

 部屋は狭く、真正面に大きな金属製の扉が一つあるだけ。その扉の横に数字を入力する機械があるので、先ほどの紙に書いてあった八桁の数字を入力すると、扉が開錠されさらに奥に進む。

 扉の奥はやはり階段だが、今度は上へと続いている。

 二階へと上がると窓の無い電灯の明かりだけに照らされた薄暗い通路。その一番奥に一つだけ佇む扉。

 奥へと行き扉を開くと…………。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 店長がそこにいた。

 見渡す限りに棚と机が広がるとても広い部屋。そして棚と机の上にはいたるところに黒く丸いものが置かれている。これが全部爆発物だと言うのだから、やはり表の人間には知られてはならない事実だろう。

「先月くらいに半年分くらいは買って行ったと思うんだけれど、随分と早く来たね」

「ああ…………化物みたいな死神にアホみたいに強い魔人に巨大な蛇神に襲われてな、ほとんど使っちまった」

 そんな俺の答えに店長が苦笑する。

「相変わらず、と言うべきか…………キミは厄介な相手と巡り合う運命でも持っているのかもしれないね、有栖」

「冗談じゃねえよ、魔人撃退と蛇神調伏の報酬がもらえたから良かったが、無かったら俺大赤字だぜ。キョウジもキョウジだ、厄介な仕事ばっかり回しやがって」

「それだけ彼に信頼されている、と言うことだろう…………私が現役の頃でも精々がレベル35の相手が精一杯だったからね、キミレベルの相手となると想像もつかないよ」

「知ってるか…………? サマナーの業界だと一般的にはレベル30以上の敵を相手にできるやつを一流って言うんだぜ?」

 そんな俺の言葉に店長が苦笑する。現役時代を知らないが、聞いた話ではこの店長十分一流の域にあったらしい。敵の見極めと自身の引き際、この二つを見る目が高く、その負傷率は他の一流サマナーの中でも群を抜いて低かったらしい。

「取りあえず以前買ったのと同じやつ…………それと対戦車手榴弾まだ残ってるか?」

「ああ、あれかい? まだたくさんあるよ?」

「案外役に立ったから多めに入れといてくれ」

「了解」

 そう言って紙に商品リストを書いていく店長。

 そして紙に書きながら尋ねてくる。

「期限はあるかな?」

「んー、持ち運びの簡単な手榴弾を五つほど先に、後は今日中に送ってくれれば良い」

「了解…………っと。三千五百万ってとこだね」

「うげえ…………やっぱそんくらいするか」

 まあ仕方ない。やはりいざと言う時に賭ける命の代償を考えれば安いものだ。

「ああ、そうだ…………ついでにコレ」

 ピン、と指でそれを弾き、店長がキャッチする。

「…………何だい? 五百円?」

 手にした五百円硬貨を見て首を傾げる店長。

 

「うちに一人居候がいてな…………配達の時にそれで、いつものケーキ二つ、頼むわ」

 

 そう答える俺に、店長が微笑し。

 

「ああ、了解だ」

 

 そう答えた。

 

 




あれ? 久々に平和じゃね? 今回。

今日の有栖君のお買い物。
銃弾 2000万
爆弾 3500万
---------
合計 5500万

なんと言う金持ち………………。
まあここで書かれた金額なんてフレーバー以上の意味は無いので気にしないでください。


まあ過去話のところにさり気に重要な設定混ぜてるけど、気にしないきにしない。

ミズチ出てこなかったけど、次こそは出てくるはず…………?


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有栖と選択

一学期の成績が残る試験が二つ今日終わったああああああああ。
ようやく執筆の時間が取れる。


 

 悪魔に関わってしまった人間は、自ずと選択しなければならない。

 即ち、これからも悪魔と関わるか、否か。

 親を、子を、家族、恋人を…………大切なものを悪魔に殺され復讐に走る人間もいれば。

 自身は巻き込まれただけで、もうこれ以上危険なことに首を突っ込みたくない、逃げ出す人間もいる。

 俺など分かりやすい例で、アリスを生かすためにはどうやってもサマナーになるしかなかった。

 正直それを後悔ことは無いし、きっとあの夜にもう一度戻っても同じ選択をするだろう。

 

 だが誰もが必ずどちらかを簡単に選択できるわけでも無く、大抵の人間は悩んでしまう。

 大多数の人間は、本当ならばもう悪魔に関わるのなんて真っ平御免だ、と言わんばかりに悪魔を忌避し、できることなら関わりたく無いと思っているだろう。

 だと言うのに、何故きっぱりと否と言えないのか?

 

 もしまた何かの偶然で悪魔に出会った時、自分は生き残れるのか?

 

 そう考えてしまうのだ。一度その存在を知ってしまったが故に、いつどこに現れるか、すら分からない、そんな危険性を知ってしまったが故に…………力が欲しくなる、悪魔に対抗するための力が。いざと言う時生き延びる術が欲しくなるのだ。

 悪魔から逃げるために、悪魔に近づく。そんな矛盾した行動をしたサマナーのなんと多いことか。

 だがそれが悪いとは言わない。否、言えない。

 けれど、それが正しいとも言えない。

 未来を見通すことなど出来ない以上、どちらを選んでも正解であり、不正解でしかないのだ。

 

 最悪なのは、中途半端に関わったまま逃げようとするやつだ。

 悪魔と対峙する上で最も重要なことは、己の心をしっかり保つことだ。

 どんな呼ばれ方をしようと相手は悪魔だ。人を貶め、人を騙し、人を堕落させる人の天敵だ。

 中途半端な意思で悪魔に関わり、その薄弱な意思につけ込まれ、悪魔に堕とされた人間など迷惑以外の何者でもない。

 だから、関わる以上は覚悟を決めなければならない。

 

 例えそれが…………どんなに己の意思に反していても。

 

 

 

『残念な知らせだ』

 その電話が届いたのは、武器類の調達を終えて帰宅した直後、ちょうど夕方ごろのことだった。

 さて、今晩は稼がないとな、と考えつつ部屋で購入してきたばかりの武器の点検を行なっていると、机の上に置きっぱなしだった携帯が震える。

 発信者の名前を見て、そこにキョウジの名前を見つけ、何事かと首を傾げながら通話ボタンを押し…………第一声がそれだった。

 

「いきなり何だよ? 先日会ったばかりだろ、何の用だよ?」

『検査結果が出た』

 その言葉にはっとなって、手に持っていた銃を即座に手放し携帯に耳を傾けた。

「それで…………結果は?!」

『…………あの女のほうは問題無い。こちらが首を傾げるくらいどこにも異常は無かった』

「そうか…………良かった」

 安堵の息をついた俺の動きを止めたのは、キョウジの次の言葉だった。

『だが…………あの男のほうは陽性反応が出た』

「……………………………………なに?」

『…………話を聞く限りでは、長く悪魔に触れ過ぎたな。瘴気中毒だ』

「………………瘴気中毒、嘘だろ」

 嘘だと言って欲しかった。だがどこまでもキョウジは現実を告げる。

『レベル2…………比較的軽度だ、と言ってもお前にとってはそこは問題じゃないんだろうな』

「ああ、そう言う問題じゃねえよ………………軽くて済んだ、なんて言えねえよ」

 全身を襲う虚脱感に抗う。続きを聞きたく無い、と言う心の叫びはけれど逃げても現実は変わらない、と言う理性に止められる。

『今はまだ自覚症状が薄いかもしれんが、汚染は確実に広がってくぞ、方法としては二つ』

「分かってる…………それに、二つなんて言っても片方は侵攻を抑えるだけだろ」

『そうだ、実質取りうる選択肢は一つしか無い』

 認めがたい現実を、けれどキョウジはきっぱりと突きつける。

 

『悠希…………とか言ったか、あいつはもうデビルバスターになる以外に生き残る方法は無い』

 

 

 俺たちの住む街、吉原(きつはら)市の南東、そこに鬱蒼と茂る小さな森がある。

 東側ほぼ全域を山と接するためか、小さいはずの森は一度入ってみれば不思議と大きく見える。

 帝都…………東京都内にあって、開発の行き届いてないこの森は非常に珍しく、自然保護のため立ち入り禁止区域にされている。

 そして、その森の入り口に、俺と悠希は二人立っていた。

 時刻は夜八時。自転車を漕いで三十分ほどかけてここまでやってきたのだが、悠希が不思議そうな顔をしている。まあそれもそうだろう…………いきなり電話で呼び出して、ここまで連れてきたのだから。しかも朝あんな話をしたばかりなのに。

「……………………行くぞ」

 どうせ誰も来ないだろうと自転車を入り口の止めたまま俺は何の躊躇いも無く森へと踏み出し…………。

 

 瞬間、景色が一転する。

 

「おい、どこ行くんだ……………………よ…………」

 少し遅れて悠希が俺の後に続いて足を踏み出し、一転した景色に目を見開く。

「………………ようこそ、妖精郷へ」

 諦観した心中で、それを表に出さないようにしながらそう声をかけると、さらに歩みを進める。

 

 

 * * *

 

 

 ただその背中を見続け歩く。

 無言で歩を進めるその背中は、いつも見ているはずのその背中。だがそこからは何の感情を見えない。

 

 どうしちまったんだよ、有栖。

 

 声には出さず、心の中で自身が親友の名を呼ぶ。

 けれど当然、と言うべきか、親友からの答えは無い。

 

「………………ようこそ、妖精郷へ」

 

 この場所に入った時、親友はそう言った。

 自然保護区のため、実際に入ったことはないが、表面上は普通の森林だったはずである。

 だが一歩足を踏み入れた瞬間、周囲の景色が変わった。

 否、何も変わってはいなかった。だが何もかもが違った。

 入り口から見たのと同じ景色、同じ森、同じ場所のはずなのに、どうしてか違うと思える。

 それが具体的には何か、そんなことは知らない。けれどこう言った有り得ないような何か、それをなし得る存在を自身はつい最近知ったばかりだ。

 

 悪魔。この世ならざるもの。人知を超えた存在。

 

 有栖は言った。

 

 ようこそ、妖精郷へ、と。

 

 つまりこの異常は妖精の仕業と言うのであろうか?

 そもそもこんな街の近くに悪魔が存在しているのか?

 

 思考が深まるほどにグルグルと空回りする。

 そうしてしばらく考えながら歩いていると。

 

 ぼふっ、と有栖の背中にぶつかって歩みを止める。

 

「悪い…………考えごとしてて見てなかった」

 簡素に謝罪し、顔を抑えた手を退ける…………と。

 

 能面のような無表情な有栖が俺を見つめていた。

 

 

「……………………有栖?」

 立ち止まり、無表情にこちらを見る親友の姿にたじろぐ。

 先ほどまでと同じように見えて、けれどどこか違和感を覚えるその姿。

 この森と同じだ、同じように見えるのに、どこか違う。

「……………………なあ」

 そうして、しばしの無言の後、有栖が口を開く。

「お前は今幸せか?」

「は?」

 突然の問いかけに答えに詰まる。一体何を? そう尋ねるより早く、有栖がたたみかけるように質問を重ねる。

「生きてて楽しいか?」

「…………何を言ってるんだよ、有栖」

「自分が生きる意味を知っているか?」

 質問は止まらない。まるでこちらの言葉に反応せず、ただ淡々と質問を繰り返す。

「生きることは祝福か? それとも呪いか?」

「さあ…………ただ俺にとっちゃ祝福だな」

「ただ生きたい、そんな願いが踏みにじられるのなら、どうする?」

「分かんねえよ…………そんなの。けど生きたいなら足掻くしかないだろ」

「自分を守ることと、他者を守ること、どちらが大切か?」

「…………自分かな、自分の身を守った上で他人も守れれば最上だと思うが」

「自分の命と他人の命、天秤のかけたならどちらを取る?」

「そんなもん…………両方に決まってるだろ」

 止め処なく続く質問に、不審に思いつつも返していく。

 そうしてそれからさらに数十にも渡る質問が続き…………そして。

 

「では最後だ…………もし何人たりとも抗えぬ力を持った時、お前はそれを壊すために奮うのか? 守るために奮うのか?」

 

「…………………………」

 咄嗟には答えられなかった。思い出すのは先の水族館での光景。

 あの時、俺に力があれば…………。

 

 嬉々としてあの蛇を殺したのだろうか?

 

 それとも詩織たちを守ったのだろうか?

 

「…………………………って、考えるまでも無かったな」

 

 数秒の沈黙。そして導き出した答えは、けれど最初から決まっていたものだった。

「答えは最初から決まってたんだ。でも何でそう思ったのかが曖昧だった…………うん、今まで俺の中で燻ってた答えがようやく出せそうだわ」

 己の無力を知ってから、ずっと思っていたこと。

 

「俺は、俺の大切な日常を守るために、力が欲しい」

 

 奇しくもそれが、自身が親友の考えにとてもよく似ていることに、その時の俺は知りもしなかったのだが。

 ただその時、ドクン、と胸の中で何かが目を覚ましたような…………そんな不思議な感覚がした。

 

「見事だ…………汝は守護者としての才を持つ者のようだな」

 

 ふと気づけば、目の前に巨大な何かがいた。

 

 有栖の姿が消え、有栖が今までいたところにソレがいる。

 

「我が名はジコクテン、汝、我らが主の力の欠片を持つ守護者よ、我は汝と共に歩まんことをここに告げよう」

 

 こうして。

 

 何が何か分からないうちに。

 

 自分でもそうと気づかないまま。

 

 俺はデビルサマナーとなった。

 

 

 

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ?

 俺はとある異界に行くために、この妖精たちが住む森を抜けようとしたら、悠希がデビルサマナーになっていた。

 何を言っているのか俺自身分からねえ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃねえ、もっと恐ろしい何かの片鱗を味わったぜ。

 と言うのは冗談だが、本気で意味が分からない。

 

 この森が侵入禁止な最大の理由は、ここが妖精たちの住処だからだ。

 帝都に存在する妖精の大半がこの森を住みかとしている。

 人が入れば迷わされること間違い無く、だからこそヤタガラスが圧力をかけて立ち入り禁止区域に指定したのだ。

 妖精ピクシーと言えば、サマナーが最初に仲魔にする悪魔の代表格だ。

 強さ云々の問題もあるのだが、何よりもその好奇心旺盛な性格と悪魔としては穏やかな気性から、交渉の難易度が非常に低いことが挙げられる。

 悠希の現状を考えるにサマナーになる以外の道は選べそうに無い。

 だから説明ついでに実際に仲魔を持たせてみようとここに連れてきたのだが…………。

 

 気づけば悠希の背後にソレはいた。

 

 ジコクテン、と呼ばれる悪魔。

 仏教の護法神であり、乾闥婆(ガンダルヴァ)畢舎遮(ピシャーチャ)を配下に持つ東勝身州の守護者。

 

 ぶっちゃけて言えば、この森の妖精などとは比べ物にならない大物悪魔だった。

 それが何故か悠希の仲魔になっている、と言うのだからさすがの俺も混乱した。

 だがどうやら俺とアリスのような、COMPを介さない契約を行なっているらしく、圧倒的なレベル差にも関わらず、ジコクテンは悠希に従順なようだった。

 と、なると結局。

「じゃあ…………その仲魔で戦えばいいんじゃね?」

 そう言う結論しか出せず。

 森に住む妖精たちもジコクテンの放つ圧倒的に濃い気配に押されて、道中一体も出会うこと無く俺たちは目的地にたどり着いた。

 

 

 * * *

 

 

 そこは寂れた神社だった。

 立ち入り禁止区域の森の奥、森を突っ切らないと見つからないそこは、長年人が来ないらしく、石畳に苔すら生えた、ボロボロの有様だった。

「ここどこだよ…………こんなところ、俺聞いたことも無いぞ?!」

 来たどころか、聞いたことすら無い神社の存在に、動揺を隠せない俺に有栖が答える。

「知らないのも無理は無いわな…………手前の森ごとヤタガラスがずっと秘匿し続けてきたからな」

 やた……がらす……?

 日本神話に出てくる三本足の烏のことだったか? 何故その名前がこんなところに?

 俺の疑問に気づいたのか、有栖が、あぁ、と一つ呟いて説明する。

「ヤタガラスってのは、日本国内のサマナーたちを纏め上げている組織だ。護国のための国家機関。もう何百年と昔からこの国を悪魔から守るために悪魔召喚師たち全てを上に立ってる。国家機関だから裏から圧力をかけて、表にも干渉しやすいんだよ…………もしサマナーになるなら必ず覚えとかないといけないからな」

 そうして告げられた説明に絶句する。サマナーと言う存在は教えられていたが、それを纏め上げる組織があり、それを国が運営しているなど、何の冗談だろうか…………まるで創作物の設定でも聴いているような気分にすらなってくる。

「ここにはな、異界がある。異界ってのは要するに現世とは異なった世界だ。そうだな…………世界の裏側、とでも言うべきか?」

 異界、世界の裏側…………次々と明かされる壮大過ぎる話に、頭がついていかない。

 と、そこで有栖が一旦言葉を止める。

 

 そうして、じっと俺を見つめ…………どこか悲壮な表情で告げる。

 

「悠希…………お前はな、デビルサマナーにならないといけない」

「…………どう言う意味だよ」

「高位の悪魔ってのはな…………そこに存在するだけで常人には耐えられないんだよ。お前、あの水族館で一体どれだけ長時間あの蛇に近づいてた? 蛇に咥えられてた? いいか、落ち着いてよく聞け…………お前はな、蛇の瘴気に当てられて、体じゃなく魂汚染されてる。今はまだ自覚症状が出ないが、近いうちに段々と体調が悪くなる。手足が痺れて動かなくなる。そうなる前に、お前はデビルサマナーとして悪魔を倒し続けなければいけない。悪魔を倒し、活性マグネタイトを吸収し、魂を強化する。汚染に耐えられるまで魂を強化するしか方法が無いんだよ」

 要するに、俺は毒に犯されているらしい…………それも魂、などと言う不明確なものが。

「だからお前はデビルサマナーにならなければならない。どれだけ嫌がっても、どれだけ逃げたくても。そうしないとお前は死ぬ…………それを伝えるために今日お前を呼んだんだ」

「……………………死ぬ? 俺が?」

 呟く俺の言葉に、有栖が頷く。

 死ぬ、などと言われても実感が沸かない。実感で言えば、あの蛇の時のほうがよほど実感があった。

「本当はな…………こんな世界に関わってほしくなかった。でももうどうしようも無いんだ。だからな、悠希」

 カチン、と…………気づけば有栖がいつの間にか拳銃を片手に持っており、いつの間にかそれをこちらに向け。

 

「覚悟だけは決めとけ、もう逃げられないぞ」

 

 バァン

 

 夜の神社に銃声が鳴り響いた。

 

 

 




瘴気とかそう言ったあたりのは全部オリ設定です。
強力なレベルの悪魔は非活性マグネタイトが微量ながらも体からあふれ出ていて、それがサマナーでも無い一般人の体には悪い、みたいな感じです。

ジコクテンが何故突然出てきた、とか悠希とどうして契約できたのか、とかその辺は秘密。ヒント:悠希の苗字は「門倉」です。これをこじつけて意味を考えると、あら不思議。分かる人はけっこう簡単かも。

アバドン王のセーブ入れてたメモリーカードが消えた…………。
金曜日から四日かけて、元の場所にまで戻した。そのうちの半分がアリスちゃんゲットにかけた時間だと言う…………。


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有栖と修験界

おひさー。メガテン久々に更新です。
メガテン3の理不尽さに久々に泣いた。


 

 銃口から放たれた弾丸が、一直線に飛ぶ。

 音速で飛来するソレは、悠希…………の背後にいた一匹の妖精に直撃し、妖精が弾かれるように仰け反り、地に落ちる。

「油断大敵…………悠希の契約した悪魔はこの辺じゃ相手にならないほどに強力な悪魔だ。けどな、デビルサマナーってのは仲魔の強さだけでどうにかなるほど甘いもんじゃない」

 仲魔の強さが重要なのは変わりないが、それだけならより強い悪魔に倒されるだけの話しだ。

 デビルサマナーの力が其の程度ならば、この世界はとっくに滅びている。

 デビルサマナーの真価が其の程度ならば、そもそも悪魔がサマナーに従う道理が無い。

「デビルサマナーが倒されれば、仲魔も全て倒されるのと同じだ。どんな強大な仲魔も、サマナーがいなければ顕現することすらできなくなる。だからデビルサマナーは自身の仲魔よりも強いことが推奨されるんだよ」

 別に自分より弱い仲魔だけを集めろ、と言っているのではない。ただ十全に使いこなすことも出来ない強力な仲魔がいるよりは、自分の使いこなせる範囲の仲魔を集めたほうが効率的だ、と言っている。

 もしくは、自分のより強い仲魔がいるのなら、その仲魔をより使いこなすために、もっと自分を強くする努力をしろ、と言うことか。

 と言ってもこれまでその世界に全く触れてこなかった悠希にそれを言っても仕方が無いのだが。

「一つ一つ覚えていくぞ。ことここに至ってしまった以上、腹を括って、歯を食いしばって、涙をこらえて…………そうして進まないと、本当に死ぬ世界だからな」

 あまりにも今までとかけ離れた世界に絶句する悠希。

 酷だと自分でも思っているが、けれどこの状況は俺がいるだけ僥倖なのだ。

 次にもし、あの水族館の時のような出来事があったとして、その時、俺が傍にいるとは限らない。

 力が無ければ素直に逃げるだろう、立ち向かうだなんて無謀なこと悠希はしない、と思っている。

 だが多少でも力があれば立ち向かってしまうだろう。無謀だと分かっていても、覚悟を決めて死にに行ってしまう。

 長く、深い付き合いだ。それが分かってしまう。水族館での行動がそれを現している。

 本当にいざ、と言う時、こいつは他人のために自分の命を投げ出してしまう。

 口では自分が一番のようなことを言っていても、結局目の前の人間を見捨てることが出来ない。

 デビルサマナーとなった以上は、本人の意思とは関係の無いところで悪魔と出会うかもしれない。

 その時、こいつが生き残ることができるように、守りたいものを守った上で、自分の命すらも守れるように。

 

 伝えれることは、全て伝える。

 

 そう決めた。

 

 

 

 さて、話は変わるが、この神社、実を言うと名前がついていない。

 名も無き神社、そうヤタガラスの間では呼ばれる。

 それは一つの符丁のようなもので、デビルサマナーがヤタガラスの使者と直接接触するための一つの隠れ蓑だったりする。と言っても、大半のデビルサマナーは直接携帯などに連絡が入るので、今時こんな場所に来るのは、クズノハ出身の携帯も持っていない前時代文明の人間くらいだろうが。

 平成の世になり、通信手段の加速度的に増えた現在では、どんどん使われなくなった各地の名も無き神社だったが、全く人が訪れない、と言うことは無いのだ。

 全ての名も無き神社からは、とある一つの異界へと行くことができる。

 

 その名を修験界と言う。

 

 ヤタガラスとクズノハの両者の協力によって人工的に作られた異界であり、ヤタガラスに属したデビルバスターなら誰でも入ることができる。

 名前で察することができるかもしれないが、デビルバスターが自身の修練を積むための異界である。

 一番上から順番に降っていき、下に行くほど強大な悪魔が出てくる、と言うわかりやすい構図になっており、何よりも階層ごとに出現する悪魔の強さがなるべく揃うように作られているので、身の丈にあった階層で無理せず戦うことができる。

 霊脈の力を利用することにより、日本各地に存在する全ての名も無き神社から同じ異界に来ることができ、デビルバスターの質の底上げに役立っている。日本全国全てのデビルバスターが利用するので独占して使用する、などと言うことはできないが、階層一つ一つが果てしなく広大なので、中でデビルバスター同士が出会うことはあまり無い。

 また霊脈の力で次々と悪魔が召喚されており、中の悪魔が尽きることが無いのでマグネタイトが足りない時などにも利用することができる。

 

「で、その入り口がここ」

 そう言って指し示す先は…………井戸である。

 正確には手水舎(ちょうずや)と言う、手を清めるための水の溜まった場所なのだが、干乾び空洞となったそれは、底すら見えない深淵だ。

「じゃ、先に行ってるぞ」

 その淵に手をかけ…………そして、空洞の中へと体を投げる。

 本来なら大して深くも無いはずの底に、けれどたっぷり五秒ほどの時間をかけ、ただただ暗かっただけの景色が一転して明るい場所に出る。

 下を向けばさきほどまでの石畳から一転した木張りの床。そして周囲に建てられた松明。

 無限に広がっているのかと錯覚するほど奥の見通せない広い広いその場所こそが、修験界。

「出て来い…………ミズチ」

 COMPを操作し、先日仲魔になった水の蛇を召喚する。

「はいはい…………っと、また不思議なところに呼び出すね」

 宙を這いながら周囲を見渡し、蛇が呟く。

 と、直後にトンッ、と音がし、悠希がやってくる。

「遅かったな、悠希」

「いや、お前と違って俺はあんなところに飛び込むのはさすがに躊躇する…………って、その蛇?!」

 ミズチを見て悠希が目を見開く。まあ悠希はこいつ…………の片割れに散々な目に合わされていたし、その反応も当然なのかもしれないが。

「こいつは大丈夫だ…………お前を襲ったやつとは違う」

「そ…………そうなの? 噛み付いたりしないか?」

「お前、悪魔を一体なんだと思ってんだよ」

 少々呆れた目で見つめながら、スボンのポケットから取り出したそれを悠希に差し出す。

「えっと、なんだこれ…………携帯?」

 それの見た目は極普通の携帯電話だ。最近発売されたスマートフォンの最新機種。

 ただ…………中身が違う。

「カラスから悠希へ支給されるCOMPだ」

「こんぷ? ってなんだ?」

「デビルサマナーの必須アイテム。まあそれ自体はただの携帯だから、普通に使ってくれてもいいぞ。ただし、欠かさずに持ち歩くことと、失くさないことだけは絶対だ」

「あ、ああ」

 頷く悠希。その手の携帯を少し借りると、データフォルダーを開く。

「アプリに登録されたこの悪魔召喚プログラムを使うことによって、誰にでも悪魔召喚が可能になる。と言っても、この携帯はもう悠希専用だから悠希以外が使ってもデビルサマナー系のプログラムは一切動かない、ただの携帯だけどな」

「えっと? 良く分からんけど、これはもう俺専用の携帯だって覚えとけばいいのか?」

「ああ、悪魔召喚ができる、とびっきりの専用携帯だ。そうだな…………まずはその後ろのジコクテンとCOMP使って再契約してみろ、アプリの中に『contract』って言うのがあるだろ」

 携帯の画面を指で押しながら、言われた通りにする悠希。その横でそれを興味深そうに眺めるジコクテンだが、体がでか過ぎてインパクトが凄い。

 覚束ない指先だが、それでもようやく言われたとおりの画面を見つけたのか、少し安堵したように悠希が息を吐き、指先に力を込める。

「…………えっと、これでいいのか?」

 一瞬画面がピカリ、と光ったかと思うと、傍にいたはずのジコクテンが光となって携帯に吸い込まれていく。

「え、あれ? 消えた?」

 突然のことに驚く悠希に苦笑しつつ、次の行動を指示する。

「大丈夫だ、次は召喚するぞ…………『summon』って言うアプリを押せ」

「えっと、これか?」

 悠希が言われた通りに画面をタッチする、と。

 

 SUMMON OK?

 

 電子音と共に、悠希の傍に再度、ジコクテンが出現する。

「と、まあこれが悪魔召喚だ。普段から悪魔なんて連れ歩けないからな、COMPの中に収容して、必要時に召喚する…………COMPに戻すのは帰還用アプリ『return』だが、まあ今は戻す必要も無いし、召喚しっぱなしでいい」

 悠希が頷き、携帯を使う手を止めるのを見て、俺はさらに続ける。

「それと、これ貸してやる」

 そう言って懐から取り出すのは…………拳銃。小型のもので、悠希のような素人でも使いやすい反動の小さいものだ。

 だが銃は銃だ。それが何なのか認識した悠希の顔を青ざめる。

「お、おま…………それ、銃じゃ」

「当たり前だろ…………確かに悪魔に全部任せてしまうサマナーもいるが、そんなの複数の悪魔を手足のごとく使いこなせる熟練のサマナーだけだ。素人がそんなことしてたらあっさり殺されておしまいだぞ? しかも悠希の仲魔は一体しかいないしな」

 戦闘において一日の長のある俺の言葉に反論できないのか、悠希が唸る。

「言っただろ、もう腹を括って戦うしかないんだよ、弾はやるから躊躇するなよ? 俺はまだこんなことで友人を失くしたくは無いからな?」

「…………ああ、俺だってこんなところで死ぬ気は無い」

 その言葉に、思わず笑みが零れる。

「ああ、なら大丈夫………………俺が絶対に死なせないから、安心しろ」

「……………………有栖」

「あん?」

「もし俺が女だったら、惚れてたわ」

「アホか」

 そう言って、俺たちは笑う。どうなることか、と思っていた先行きだったが…………少しだけ、希望が沸いた。

 

 

 * * *

 

 

 家主のいない家の玄関をゆっくりと歩いて出る。

 用心のため、合鍵で施錠をし、月の綺麗な夜へと足を踏み出す。

 たん、たん、と硬いアスファルトを踏んで歩く和泉の足音が静かな夜に響く。

 薄手の白いキャミソールの上からこれまた真っ白なワンピースを着た和泉。病的なほどに白い肌に、真っ白な髪。

 上から下まで白一色のその姿は、まるで現実味が感じられないほどに幻想的であり。

 だからこそ、こんな街中を歩いていることが、まるで不自然なように感じられた。

 

 だがそれは客観的な意見であり、和泉本人はいたって自然に、そして上機嫌に歩いている。

 それは一重に、今自分の住んでいる場所がその所以ではあるが、そんなこと本人以外に察せるはずも無いのだが。

 和泉の容姿を一言で現すなら、美人と言う言葉が似つかわしい。可愛い、と言うよりは綺麗と言ったほうがよく似合うその容姿だからか、上機嫌に笑みを浮かべていても、それは嬉しそうと言うよりも微笑んでいるような品があった。

 帰宅のために道を歩く人間は数人いたが、全員が全員、和泉のその幻想的な姿に見蕩れ、和泉の姿が見えなくなるまでその場で立ち尽くしていた。

 

 かくして白い妖精は夜の街を歩いていく…………が、その足を止めさせるものが一つ。

 ピリリリリリ、と言う何の設定もされていない今時珍しいくらいの携帯の着信音である。

 突然の着信に和泉はその足を止め、画面に表示された発信者名に顔を歪める。

 数秒葛藤したように動きを止めるが、やがて諦めたように通話ボタンを押す。

「もしもし?」

 そう尋ね、聞こえてくるのは男の声。

『現在地は?』

 余計な挨拶も一切無し、単刀直入な質問に、上機嫌だったはずの和泉の表情は、まるで能面のような無表情へと変わっていた。

「吉原町、南東方面。住宅街探索中」

 和泉もまた不機嫌そうに、必要以上の言葉を交わしたくない、とでも言うように最低限の返答で返す。

『連絡事項だ。メシアが動きだした、各自各々の判断で作戦続行』

「は…………? ちょ、ちょっとまちなさ…………っ!」

 無表情だった和泉が慌てたように返すが、すでに電話が切られていると分かると、その表情に僅かに怒りを滲ませる。

 ともすれば携帯を叩きつけそうな様子ではあったが、深く深呼吸し、冷静さを取り戻す。

「…………………………メシア、ね」

 メシア教は、和泉と言う少女にとって鬼門である。

 少女のこれまでを振り返る上でどうやっても避けられないものであり、自身のこれからにおいても必ずどこかで衝突するだろう相手。

「……………………いつかはこうなるだろうとは思ってたけれど」

 

 こつん、こつん

 

「それでも、思ってたよりずっと早かったわね、ねえ、そう思わない?」

 

 メシアン

 

「……………………………………」

 無言でその場にいたのは一人の男だった。

 フードの付いた、白と蒼のメシア教徒の衣装独特模様が描かれた服だが、そのところどころが紅く染まっていた。

 かちん、と両手に持つ剣を鳴らし、すでに戦闘準備を終えた男はフードの奥に見える金の相貌で和泉を見据える。

「随分と寡黙なのね…………お喋りは嫌いだけれど、寡黙過ぎるのもどうかと思うわよ」

「………………ガイアーズと交わす言葉など無い」

 ようやく開いたと思われた口から出てきた言葉はそれで、和泉は思わずため息を吐く。

「嫌われたものね…………まあ、最も」

 

 私も大嫌いだけどね、あなたたちが。

 

 両の手で銃を抜くと同時に構え、発砲。

 

 両の手の剣でそれらを弾く。

 

 カーン、と言う金属音が辺りに響き…………。

 

 それが開戦の合図となった。

 




試験一日目を超えてようやく最大の山場は乗り越えたものの、まだまだ試験は続くわけで…………金曜日までは更新できません。

推薦機能ってのがあるらしいですね。
作者も一つ書きましたが…………いいな、あれ。誰か書いてくれないかなあ。

ああいう読者の善意って嬉しいですよね。イラストとか。

書いてる作者がキャラの外見ほとんどイメージしてないんですけど、読者は一体どんな有栖くんを想像しているのか。


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番外編 アリスの休日

今日はもう更新しないと言ったな…………あれは嘘だ。

思ったよりテスト勉強が早く終わったので、書いてみました…………番外編を。


 

 

 

 【休日の朝の一幕】

 

 朝。五月と言ってもまだ朝は肌寒い。

 すでに太陽は昇っており、早起きな人間ならそろそろ寝所を抜け出す時間帯。

 とある家のとある一室。

 机の上に置かれた腕時計のようなソレ。

 それが僅かに光り、次の瞬間には一人の少女が現れる。

 西洋人のような白い肌に、金の髪、そして紅い瞳のまだ十歳前後と言った年頃の少女。

「っ~~~~」

 少女が口に手を当て、欠伸を一つかみ殺す。

 涙に潤んだその目を手の甲で軽く擦ると、その場に立ち尽くす。

 半分閉じたその目を見るに、どうやらまだ寝ぼけているらしく、ふらふらと吸い寄せられるように部屋の隅にあるベッドへと歩いていき、そのまま倒れこみ、ぼふん、と布団に顔を埋める。

「………………ん…………あ…………」

 その衝撃で、布団に丸まっていた少年が身を捩じらせる…………と、布団の上に一人分ほどの隙間ができる。

「…………ふぁ…………あったかい」

 温もりを求めるがままに布団の中へと入っていく少女。その小さな体がすっぽりと布団の中に納まると、少女は再び目を閉じる。

「………………おやすみ、さまなー」

 

 

「………………おい」

 声。どこか聞き覚えのある声。いつも聞いている声。懐かしい声。どこか安心してしまう、ほっとする声。

「…………起きろ、おい」

 いつまでも、いつまでも聞いていたい。空っぽだった自身の中身を埋めていってしまう、冷たかった自身を包んでくれる、温かい感情。

「起きろ、アリス!」

 それが自身の契約者のものだと気づくと、少女はうっすらと目を開いた。

「……………………さまなー?」

 猫の鳴くようなか細い声で少女が言葉を紡ぐ。

 ようやく返答の帰ってきたことに少年が一息吐き、少女の頭を軽く撫でながら続ける。

「いい加減その手離せ、朝飯の用意できないだろ」

 そう言われて少女は初めて自分が少年の服の裾を握っていたことに気づいた。

 少女が少年に言われるままにその手を放す、と少年が再度息を吐き、立ち上がる。

「…………あ」

 そのまま部屋を去っていく少年に、少女が一瞬手を伸ばすが、その手は空を掴むだけだった。

 少年は気づかない。

 

 少女のその寂しそうな横顔に。

 

 

 アリスと言う少女は言うまでも無いが、悪魔である。

 いつもニコニコと嗤っているが、別に感情が無いわけでも無い。

 特に、自分の領分を侵されるのは我慢ならない、という辺りその契約者とよく似ている。

 有栖と言う少年は言うまでも無いが、人間である。

 悪魔召喚師などと言う一般人とは逸脱した職業についてはいるが、あくまで本業は学生である。

 人並に笑い、人並に友と語らい、人並に怒り、人並に嘆き、人並に生きる。

 そんな少年の傍に五年も居続けた少女もまた、その有り様が多少変わっていたとして、一体何の不思議があるだろうか?

 

 

「さまなー、どこかいくの?」

 少女がいつもの蒼いワンピースから着替え、楽しそうにそう尋ねる。

 悪魔にとって、身に着けている衣服も含め、全て自身の体だ。なので、少女の服も少女が変えようと思えば、実は簡単に別の服にすることもできる…………まあ、どんな服か少女自身が認識していないとダメなのだが。

 いつかの銭湯の時に服を脱いだやり方の応用である。

 いつもの蒼いワンピースを止めて、新しく着ているそれは、黒いドレスのようなそれである。ふんだんにフリルのあしらわれたその衣装を簡単に説明するのなら。

 

 ゴスロリ服だ。

 

「ん、ああ…………今日は駅前のほうまで出るからな、ついでだからお前も一緒に行くか? って…………聞くまでも無いか、っていうかなんつう服着てるんだよ」

 半眼でこちらを呆れたように見る少年に、少女が花のような笑みを浮かべて返す。

「えへへ、かわいい?」

 くるり、とその場で回転する少女。そのスカートがふわり、と一瞬浮び上がる。

 並の男ならばその愛らしい容姿と可愛らしい仕草に釘付けになったかもしれないが。

「…………ん、まあいいんじゃないか?」

 少年の反応は淡白であり、少女が不満げに頬を膨らませる。

 少女の様子に、少年が苦笑しながら玄関を開き、その手を差し出す。

「んじゃ、行くぞ」

 差し伸べられた手を数秒見つめていた少女だったが、やがて。

「うん!」

 満面の笑みでそう返し、その手を握り返した。

 

 

 

 

 【アリスとでーと】

 

 

 休日に家に引き篭もる、と言うのは正直、非常に魅力的なことだ。

 と言ってもそれが出来ないのが一人暮らし(人間は)の辛いところだ。

 日用品に食料品、雑貨品など足りないものはいくらでもある。

 なのでこうして毎週毎週、駅前まで足を伸ばしているのだった。

「これで大体は買ったか?」

 必要なものはだいたい買ってしまい、現在時刻は昼前。

 思ったよりも早く終わったせいか、食べて帰るには少し早いし、帰って昼食を作っていたら遅くなりそうだった。

「どうするかなあ」

 考えていると、ふと俺の袖口が引っ張られる。

 視線を移すといつものワンピースから何故かゴスロリ服に着替えていたアリスが首を傾げて言う。

「どうしたの? 有栖」

「んー、中途半端に時間余っちまってどうしようか、って考えてるとこ」

 そう答えると、数秒考えたアリスが楽しそうにこう言う。

 

「でーとしよ! 有栖」

 

 

 デート…………恋愛関係にある、もしくは恋愛関係に進みつつある二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすること。

 と言っても、最近ではもう若い男女が一緒に出かければそれはもう立派なデート、らしいが。

 ふと俺の手を握るアリスに視線を移す。

 

 若い、男女?

 

 そう考えた瞬間、腕に痛みが走る。

 何かと思えば、アリスが俺の腕を抓っていた。

「痛い痛い、何すんだよ」

「…………むう、なにかしつれーなことかんがえた?」

 何で分かったのだろうか、悪魔とは言え、一応性別は女だし、女の勘だとでも言うのだろうか、この年齢不詳幼女は。

「お前の気のせいだ。だから手を放せ」

「やだ」

 ぷい、と顔を背けると、俺の腕を抱え込むように自身の胸元に当てて両手でしっかりと抱く。

 お陰で片腕だけ矢鱈と下がってしまいバランスが取りづらい。

「歩き辛いんだが」

「ダーメ、しつれーなことかんがえたバツよ」

 そう言って俺の腕を抱えたまま早歩きし出すアリスのせいで、俺は引きずられるようにアリスに連れられて歩くことになったのだった。

 

「っかし、デートつってもなあ…………何するんだ?」

「おもしろそーなこと」

「まった抽象的な…………」

 取り合えずぶらぶらと道端を歩いているが、周りの視線のどこか温かいものでも見るような視線が気になる。

 まあ傍から見れば、妹にせがまれた兄と言ったところか?

 問題は俺とアリスが全く似ていないと言うことだが。

 と、なると一体どういう風に見られているのやら。

 まあ、冷たい視線に晒されるよりはいいだろう、と言うことにしておく。

 と、そんなアホみたいなことを考えていると、ふと目に入るものが。

「ゲーセンか…………アリス行ってみるか?」

「げーせん? ってなに?」

「ま、いってみれば分かるだろ。適当に時間潰したら飯食って帰るぞ」

「はーい」

 抱えられていた手は放され、今は普通に手を繋いでいるのだが、アリスが走るので、結局また引っ張られるのであった。

 

 

 前世では良く行ってたのだが、今生では初めてかもしれないゲームセンター。

 けれど記憶でなく、魂が覚えている、とでも言うべきか、がやがやと騒がしいその音に、不思議と心が弾んでいた。

「わあー」

 俺の感情を読み取ったか、それとも単純に好奇心からか、目を輝かせるアリス。

 と言ってもアリスがやれるようなゲームなど限られてくるので、手を引き連れて行く。

「ほら、これやるか」

「なーにこれ?」

 連れてきたのは一つの大きなガラス張りの機械だ。

 中にはぬいぐるみなどがあり、底に穴が開いている。

 つまるところ、クレーンゲームだ。

「ここに小銭入れてだな…………で、スタート」

 百円硬貨を筐体に入れ、スタートボタンを押すと、ぴろりん、と電子音がして右と上の矢印マークの書かれた二つのボタンが光る。

「このボタンを押して、中のクレーンを動かす、で景品をあの穴に落とせば下から取り出せる、簡単だろ?」

 そうして一度実演してみるとすぐに理解したのか、興味深そうに筐体を見つめる。

「やってみていい?」

「ああ、良いぞ」

 許可を出すと、アリスがすぐに筐体の傍に行き、早速始めようとし…………そして。

「有栖ーみえなーい」

 背が低いせいか、手を伸ばしてもスイッチまで届かない。ぴょんぴょん、とジャンプしても同じである。

 正確には届いてはいるのだが、押し続けないといけないのでそれは意味が無いのだった。

 しかも背が低いので、景品が見えておらず、どう動かせばよいのか分からず、なんとか景品を見ようと跳ねていた。さきほどまでは遠くから見ていたので、ある程度は見えていたのだが、近づいたことにより完全に見えなくなっている様子であった。

「有栖ー!」

 必死に景品の位置を見ようと努力している姿を見ているのも面白いのだが、そろそろ可哀想になってきたので、アリスの傍に寄り…………その腰に手を回し、抱き上げる。

「あ、みえたー!」

 一気に視点が高くなり、景品のぬいぐるみを見つけると、嬉しそうにボタンを押す。

 クレーンが動いていき、ぬいぐるみの傍に寄った瞬間アリスが手を放すがクレーンゲームの感覚に慣れないためか、アリスが狙ったであろう地点よりも幾分かずれていた。

 右、上と動かしぬいぐるみを狙ったクレーンは僅かにぬいぐるみに触れるが、その体を一ミリと動かすことなく戻ってくる。

「むー」

 上手く行かなかったからか、アリスが頬を膨らませ、むくれる。

 その様子に苦笑しつつ、もう一枚硬貨を投入する。

「ほら、もう一回だ」

 そう言うと、ぱあっと、笑みを浮かべ。

「うん、ありがとー有栖!」

 そう言ってもう一度じっと筐体の中を見つめた。

 

 

 通算七回。

 あの後アリスが挑戦した回数である。

「えへへ」

 そして結果は、現在ご機嫌そうに兎のぬいぐるみを抱いていることでご察しである。

 しかし、ゴスロリ衣装に白い兎のぬいぐるみ…………何か狙っているとしか思えないあざとさである。

 そろそろ良い時間だったのでゲーセンを出た俺たちは、そのまま歩いて適当な店屋に入る。

「そう言えば、アリス、お前も何か食べるのか?」

 悪魔は基本的に食事は必要としない。マグネタイトさえあれば生きていけるのが悪魔と言う存在だ。

 かと言って食べられない、と言うわけでも無いのだが。

「んー、おなかすいた?」

「いや、俺に聞かれても困るんだが…………まあいいか。じゃあ適当にデザートでも頼んでおいてやる」

「はーい」

 そう言って俺は昼食を、アリスにはデザートにプリンがあったのでそれを頼む。

「飯食ったら帰るけど、いいな?」

「かえるのー? いいよー」

 ごねるかと思ったら意外とあっさり認めたので、少々驚く。

「どうした、やけに素直だな」

「えへへーうさぎさんがいるからきょうはいいよー」

 ゲーセンで取ってきた兎が相当に気に入ったらしい。

 先ほどから片時も放そうとしないし。

 ゲーセンらしい荒い縫い目の安物だが、本人が気に入っているのならそれでいいのだろ、と思う。

 楽しそうに兎と戯れるアリスを見つめながら。

 

 ああ、久々に平和だな。

 

 そう思った。

 

 

 

 【夢の残滓】

 

 

「人間を救うのは人間でなければならない」

 その人は私に向かってそう言った。

 私の住む地方では珍しい顔立ちに初めて見る黒い髪の男の人。

「神こそが人を救うなどと言っている宗教家たちばただの狂人だ。人に人は救えないなどと言っている愚か者はだたの諦観者だ」

 それはその人の信念だった。

 

「だから私は今から挑む。キミの運命を弄ぶ神へと」

 

 誰もそんなことは頼んでいない。

 

「ああ、そうかもしれない。けれどキミは確かに口にしただろ? 助けて、と」

 

 それは…………。

 

「ただの独り言、だとしても良いさ。私が勝手に行って勝手に戦うだけの話だ」

 

 けど、勝てるはずが無い。

 

「勝てるはずが無い、何故そう言い切れる? できないと口にしてしまえば出来なくなる、けれど、できると強がれば案外できることも多いものさ」

 

 案ずることは無い。とその人は言う。

 

「私は私のまま私を通すために行く。キミはキミのままでキミを通せば良い」

 

 ……………………。

 

「ではさようなら、だ」

 

 そう言って、あの人は私の前から立ち去ろうとし…………。

 

「また…………また会いましょう」

 

 気づけば、私はそう口にしていた。

 

 その人はそれを聞き、少し驚いたような表情をし…………そして笑った。

 

「ああ、また会おう」

 

 それが、私が神殺しの青年と出会った日のことだった。

 

 




コンセプトは読者を萌え殺せ!

むしろ作者が萌え殺されそうになった。

アリスちゃん可愛過ぎるだろおおおおおおおおおおおおお。

ゴスロリアリスちゃんprpr



最後の?
ああ、あれは…………まあ秘密。
でもこの有栖とアリスと言う小説において、ある意味原点となる話ですね。
有栖がアリスと出会いそして契約する。それが本当に偶然なのか、どうか。
さて…………それは物語を進めてからのお話です。


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悠希と修験界

今回なげえええええええええええええええ?!
8000字超えた……だと…………?


「散開してみるか?」

「……………………え?」

 有栖のその一言に、思わず声が漏れた。

「そろそろコツも掴めて来ただろ? いつまでも二人でやってても効率が悪いだろ」

「そうなのか?」

「一体の悪魔を倒した時に回収できるMAGは二分割してるからな、効率が悪い。大丈夫だ、この辺に出る悪魔くらいなら悠希でも余裕のはずだ」

 

 と、言われたのは良いものの。

 

「…………俺一人で、とかどんなバツゲームだよ」

 未だ傷つける、と言う行為すら躊躇う自身なのに、一人で敵を倒すなどということができるのだろうか?

「安心するがよい召喚師殿。汝の敵は我が全て切り払おう」

「あ…………ああ、助かる、えっと…………ジコクテン」

 今更ながらこの状況に戸惑っていると、自身の仲魔が頼もしくそう告げた。

 と、同時に有栖に教えられたことを思い出す。

 

『いいか? ジコクテンは本来もっと強大な悪魔だ。今はお前の技量に合わせて、その力を制限してくれてるが、それでもなおその力は強大の一言に尽きる。そんなやつがここで無双してても、すぐにマグネタイトが尽きるのがオチだ。マグネタイトが何かって? 簡単に言えばMPだ。スキルや魔法を使うのに必須のエネルギー。さらに言えばそもそも悪魔を召喚、維持しているだけでも必要なエネルギーだ。だからそれが無くなればお前はもう悪魔を使えなくなる。それはサマナーとしては致命的だ。だからサマナーにとってマグネタイトの管理は必須技能なんだよ。お前のCOMPにもマグネタイトバッテリーが内臓されてる。これは敵を倒せば勝手にマグネタイトを吸収してくれるものだ。お前が悪魔を動かした時に消費するマグネタイトと手に入れるマグネタイトは釣りあってない。だからあまりジコクテンに頼り過ぎるな、かと言っていざと言う時にまで自分で何とかしようとするなよ? 要するに必要以上にジコクテンを使うな、ってことだ。ジコクテンが何か言うかもしれないが、説き伏せろ。デビルサマナーは悪魔を使う人間であって、悪魔に使われる人間じゃないからな』

 

 なんとも無茶なことを言う、と思う。

 ふと視線をやった先にいる巨大な自身の仲魔。

 これを律しろ、とは本当に無茶な話だ。

 ため息を一つ、吐いていると。

「召喚師殿」

 ジコクテンの呼びかけにはっとなって顔を上げる、そこに幽鬼がいた。

「モウリョウどもか、死して尚哀れなものよ」

 ジコクテンの呟きに答えるかのように、幽鬼…………モウリョウが襲いかかってくる。

「っく…………問答無用かよ、ったく」

 その攻撃を飛び退ることで避ける。それから銃を取り出し、照準を付け、引き金を引く。

 こう言う明らかに生物じゃない存在は気にせず撃てるから楽ではある。

 ただこう言う幽霊系の敵は…………。

「オ、オオォォォォォ」

「むっ」

「っち」

 俺やジコクテンの傍まで近づいたモウリョウが声を上げる。

 それに攻撃の兆しを感じた俺とジコクテンはすぐさまその場を離れ…………。

 

 ボォォォォン、とモウリョウの体が爆散する。

 

 自爆。それがこいつらの厄介なところだった。

 自爆する時に自身のマグネタイトの大半を爆発力に変えてしまうので普通に倒した時よりも手に入るマグネタイトが少なくなってしまう。赤字製造機、と有栖が言っていたが言い得て妙である。

 さてところで、ジコクテンは先ほどこう言った…………モウリョウどもか、と。

 気づけば、周囲のモウリョウが群れを成していた。

 

 あまりジコクテンに頼り過ぎるな、かと言っていざと言う時にまで自分で何とかしようとするなよ?

 要するに必要以上にジコクテンを使うな、ってことだ。

 

 ふと有栖の言葉が脳裏に浮かぶ。

 ここは、使って良い場所だよな? 有栖。

 どうしてだか、想像の中で親友が頷いた気がした。

 

「ジコクテン!」

「承知した…………鬼神薙ぎ!」

 

 ジコクテンが右手に持つ大剣を横薙ぎに振るうと、周囲にいたモウリョウたちの半数以上が消し飛ぶ。

「消えろ!!!」

 さらに残ったモウリョウたちへ銃を向け、ただ無心に引き金を引く。

 

 バンバンッバンッバンバン

 バンバンバンッバンバン

 バンッバンバンッバンバン

 

 弾倉(マガジン)を空っぽにするまで撃ち尽くすと、即座に弾倉を落とし、次の弾倉を入れ、弾丸を装填させる。

 撃って、撃って、撃ちまくる。

 そうして二つ目の弾倉が空になったころには、周囲にいたモウリョウの群れは全て消え去っていた。

「…………うむ、良き闘志だったぞ、召喚師殿」

 遮二無二に戦い、荒い息を吐いている俺に、ジコクテンがそう告げる。

「そう、か…………ジコクテンがそう言うのなら、少しは安心だ」

 サマナー生活一日目。なんとかやっていけるかもしれない。この時はまだ、そんなことを考えていた。

 

 

 * * *

 

 

「ミズチ」

「はいはいっと」

 ミズチがスルッと床を這い、一瞬でその間を埋めると同時にイヌガミの喉笛に喰らいつく。

 クォォォォォン

 イヌガミが悲鳴を上げると同時にミズチがその喉笛を食いちぎり、イヌガミが消滅していく。

 仲間がやられたことに怒った他のイヌガミがミズチに襲いかかろうとする、が。

「はい、ごくろーさん、っと」

 ミズチ目掛けて一斉に集まってきたイヌガミの群れに二、三個ほど簡易爆弾を投げ込み…………爆発。

 アオォォォォォン

 二十近いイヌガミの悲鳴が轟くが、まだこの程度では死ぬはずも無い…………が、数秒程度動きを止める。

 そして、その間に銃を構え一匹ずつ撃ち抜いていく。

 空になった弾倉を排出すると、次の弾倉を即座に取り付け数匹残ったイヌガミを撃ち抜き。

 その全てをマグネタイトへと変えたころにはバッテリーにもそれなりの数量のマグネタイトが溜まっていた。

「三千…………まあこのレベル帯ならこんなもんか」

 俺と同じレベルくらいの他のサマナーなら、多少少ないか、と言う程度のはずなのに、俺の仲魔を考えるとまるで足りない。

 かと言ってこのレベル帯の敵ではこんなものか、と言わざるを得ない。

「わざわざ強い敵を倒しに行ってあいつらを使って逆にマグネタイト減らしてちゃ本末転等だしな」

 そう考えると多少我慢してこのまま続行するしかないだろう。

「それに、お前のレベル上げも兼ねてるしな」

「…………ふふ、約束を覚えてもらっていてありがたい限りだよ」

 

 このミズチは晴海町で出会ったあの龍神だ。

 特異点悪魔らしく、本来竜王種のはずのミズチが、龍神種になっている。

 それは置いておくとしても、本来ならあの場限りの契約のつもりだったのだが、小夜から離れた時に、力の大半を小夜の中に置いて来てしまったらしい。

 何やってるんだ、と言う話だが、本人曰く。

「いやあ、小夜と僕との親和性が予想以上に高くてね、粘着テープとかでもそうだけど、強力にくっついてるほど剥がす時には一緒に剥がれてしまうものさ。でもそれだと小夜の魂がボロボロになって最悪廃人になる可能性だってあったしね、仕方ないから僕のほうを切り落として離れるしかなかったんだよ」

 と言う分かるのか分からないのか何とも妙な説明。

 要するに安全に小夜から出てくるためには、力の大半を置いてくるしかなかったらしく、しかも小夜を気にせず無理矢理抜け出しても最後の信者たる小夜を自分で殺すような真似をすれば結局自分の首を絞める結果にしかならない。

 だったら小夜に自分の力を残して、自分は新しく俺の元で力をつければいいのではないだろうか、と言う結論に至ったらしい。

 

 正直非常に珍しい悪魔だ。異端とも言える。

 悪魔にとって力の強さとはある意味絶対に正義だ。

 どんな悪魔でも大なり小なり力を求めようとする。

 だと言うのに自分から弱体化する悪魔など、あと一体くらいしか知らない。

 

 その一体は簡単だ。

 あの日、自分の命を削ってまで俺を助けた…………あの馬鹿だった。

 

 

「じゃあそろそろ下の階に下りるか?」

「そうだね、そろそろこの階じゃ物足りなくなってきたし…………けどいいのかい?」

「何がだ?」

「サマナーの友人がまだ上の階にいるんじゃないのかい?」

 そう、悠希はまだ上の階にいる。俺はすでに二つほど下に降りてきているのでもしこれ以上何かあれば、駆けつけるのが困難になるのだが…………。

「ああ…………まあ、何とかなるだろ」

 俺のそんな答えに、ミズチが納得したような、してないような、曖昧に「ふうん」とだけ呟いた。

 その表情は読めない(蛇だし)が、どこか面白がっているような雰囲気は感じる。

「ほら、次行くぞ…………」

「了解だよ、サマナー」

 そうして俺たちはさらに下の階へと降りる。

 

 時間的に、そろそろだろうか?

 

 悠希には言わなかったが…………あまり同じ階に長く留まり続けると。

 

 やつがやってくる。

 

 けれど悠希ならきっと大丈夫だろう。

 

 そう…………大丈夫のはずだ。

 

 

 * * *

 

 

 カシャン、カシャンと言う、音が聞こえる。

「…………ん? なんだ?」

 悠希が周囲を見渡しても、特に何もいない。

「…………むぅ?」

 だが悠希には見えずとも、ジコクテンには見えたらしい、とある一点の方角を見つめ、大剣を構えた。

 その間にも音は近づいてくる。

 カシャン、カシャン、先ほどよりも近づいてきた音に、悠希の銃を握る手にも力が篭る。

 

 カシャン、カシャン…………そして。

 

「ほおー? なんでい、この辺りが騒がしいと思えば、人間が一人に手ごわそうなやつが一体か」

 

 そこにいたのは鎧武者だった。紅い鎧に烏帽子のようなものを被り、両の手に一本ずつ刀を持っていた。

「中々面白そうな組み合わせじゃねえか。気に入ったぜ、一手し合ってもらおうか!」

 武者がにぃ、と笑いその両の刀を振るう。

 ヒュン、と空気を切る音、それと同時に。

 

 ズゥン、と何かが重くのしかかって来る。

 

 倒れないように体を必死に支える、そして何がのしかかってきたのか、そう思いその手を背に伸ばし…………。

 

 空を切った。

 

 その背には何もいなかった。自身の上には何ものしかかっていない。

 

 だったら、この重さは一体なんだ?

 

「彼の者に気押されるな、召喚師殿。気をしっかり保つのだ」

 ジコクテンの言葉でようやく気づく。

 この体の重さは、ただ目の前の武者が戦闘態勢に入っただけのことだった。

 ただそれだけのことで、文字通り空気が重くなった。

 萎縮してしまった体をそう錯覚してしまったのだ。

 否、錯覚させられたのだ。

 

「遠からん者は音にも聞けい、近く場ばって目にも見よ! 我が名は遮那王。誇り高き源氏の血族にして、古今無双の士なるぞ! 鞍馬山の天狗より授かりし剣の秘儀の数々、特と御覧じよ!!!」

 

 武者が吼える。

 それが、開戦の号砲だった。

 

「雄 渾 撃!!」

 名乗りの直後、こちらへと接近し、振り下ろされた二刀の刃。

 自身が何かを指示するよりも早くジコクテンが俺をかばい、大剣でその一撃を防ぎ…………。

「ぬうううううううううう!!!」

 足で床を削りながら一メートル近く後退させられた。

 あり得ない、そんな言葉が口から出そうになる。

 だってそうではないか、あんな細い刀二本で、どうしてジコクテンの持つあの大剣で防ぎきれないなどと言うことがあるのだろうか?

 だがそんなことを考えた時、またしても有栖の言葉を思い出す。

 

『悪魔と戦うなら常識なんて捨てろ。相手の非常識に一々驚くな。元々悪魔なんて存在に常識を期待するほうが間違ってる。だから一つ言っておいてやる…………』

 

「あり得ないなんてことは、あり得ない…………か」

 そんなものに一々驚いているなら相手の戦力を分析して、勝ち筋を考えろ。

 全く持って一々当てはまってくるのだから、有栖が如何に歴戦のツワモノなのか、と言うのが分かってしまう。

「ジコクテン! 全力でいけ!」

「承った! 鬼神薙ぎぃ!!!」

 真横一閃を薙ぐジコクテンの剣。だがそれは…………。

「っは、この程度か?」

 武者…………遮那王の二刀によって止められていた。

 そうして一撃を止めた遮那王が鼻で笑う。

「弱い弱い弱い!!! なんだこの様は? まるで力が出し切れてねえじゃねえか!! おら、もっとやる気だせよ、出さねえと殺しちまうぞ?!」

 刹那、二刀が閃き、ジコクテンに二筋の傷をつける。

「ぬ、ぬう…………地獄突き!」

 少しよろめきながらもジコクテンが大剣を使って器用に突きを放つ。

「はは、なんだこりゃ? 舐めてんのか? こんなへぼな突きじゃ、赤子も殺せねえぞ?!」

 だがそんな必殺の攻撃も遮那王の二刀であっさりといなされ、カウンター気味に放たれた二刀がさらにジコクテンに傷を作っていく。

 

 完全に押されていた。

 正直、ジコクテンの力があの遮那王に劣っているとは思えない。

 本来、なら。

 

「俺の、せいか?」

 そう、呟いた瞬間。

 

 くす…………くすくす

 

 笑い声が、聞こえる。

 自身の…………背後から。

 ハッとなって振り返る。そこに…………一人の少女がいた。

 金の髪、紅い目、青いワンピース。

 どこかで見覚えのある、少女。

 

「せーかい、せーかい、だいせーかい」

 

 少女が嗤う。自身を、嘲笑う。

 

「あのオジさんがどーしてまけてるのか? かんたんだよ、おにーちゃんがあのオジさんのちからをぜーんぜん、ひきだせてないから」

 

 嗤い、哂い、嘲笑い。そして酷く楽しげに、いともあっさりと、残酷に、真実を告げる。

 

「どうしろってんだよ、分かんねえよ! どうすりゃいいんだよ!」

 

 混乱する頭で少女に内心の怒りをぶつける。その怒りは一体どこから来たのか、理不尽な現実からか、不条理な経緯からか…………それとも、情けない自分自身か。

 そんな自身の問いに、少女が首を傾げる。

 

「どうすれば? なにかすればいいよ?」

 

 そんな曖昧な答えに、ふざけているのかと声を張りあげようとし…………。

 

「おにーちゃんは、いまなにしてるの?」

 

 その言葉にピタリと、体が凍りついた。

 

「ねえ…………あのオジさんはおにーちゃんをまもるためにがんばってるよ?」

 

 だと言うのに、自身は…………。

 

「おにーちゃんは」

 

 一体、何を?

 

「なにをしてるの?」

 

 何も、していない。

 

 ただ、見てるだけで…………何も、できていない。

 

 

 * * *

 

「俺が思うに、だが」

「ふむ?」

「デビルサマナーってのは、一方通行じゃダメなんだ」

「一方通行?」

「ただ悪魔を信じているだけでもダメだし、悪魔から信じられているだけでもダメ。自分だけで戦ってもダメだし、悪魔だけに戦わせてもダメ」

「つまり?」

「サマナーと仲魔が共に戦う。足並みを揃え、互いを運命共同体とし、連帯して戦う。それがサマナーのあるべき姿だと思う」

「だから一方通行はダメ、だと?」

「仲魔を頼らないサマナーはいざと言う時に孤独だ。サマナーと戦わない仲間はいざと言う時サマナーからの助けを期待しない。サマナーにとって仲魔とは駒だ、ってのが一般的な考え方だ。普段はともかく、戦う時は仲魔はサマナーの指示を受けて戦う。けどな、サマナーだって完璧じゃないなら、仲魔だって役立たずじゃない。互いに補うことをできるはずなんだよ」

「つまり仲魔は必ずしもサマナーに従う必要は無い、と?」

「そう言うことじゃない。なんていうんだろうな…………つまりな、意識の問題だ。サマナーの敵は仲魔の敵、仲魔の敵はサマナーの敵。サマナーと仲魔が共に揃って敵を倒す、と言う意識が一致した時、初めてサマナーってのはその本領を発揮できる、そう思ってるんだよ」

「ふーむ、面白い意見ではあるけど…………結局、それがキミの友人を勝てもしない敵にけしかけたのと何か関係があるのかい?」

「なに、単純な話…………サマナーと言う存在に偏見の無く、仲魔からの信頼は厚いが仲魔への信頼の薄い、そんな悠希ならもしかしたら自力でその答えにたどり着くかと思ってな」

「仲魔への信頼が薄い? そうは見えなかったけど?」

「多分、悠希自身も気づいてないだろうよ…………ただ悠希の言動を見てれば何となく分かる。あいつは生き抜く覚悟は決めたが、仲魔と共に生き抜く覚悟が無い。それは情が薄いとかそう言うことじゃなくて、単純に実感が沸かないんだろうよ。何せまともに戦うのが今日が初めてなやつだ、仕方ないだろうけど。まだジコクテンが自身の仲魔なんだって言う実感が無いんだ、多分仲魔ってのを協力者くらいにしか考えてないんだろうよ、仲魔の認識がサマナーのそれじゃない」

「そんな彼を一人にしてきて良かったのかな? さっきから上のほうで大量のマグネタイトが弾けてる感じがしてるけど。多分彼戦ってるよ? 正確には彼の仲魔が」

「実感が沸かないなら、沸かせればいい。認識が甘いなら改めさせれば良い。それでどうにかならないようなら、素直に助けるさ」

「はあ…………彼も大変だねえ、初日からこんなにスパルタで」

「そうかもな…………でもまあ、俺は悠希を信じてるよ。十年近く一緒に過ごしてきた親友だ。そのくらいは信じさせてくれよ」

「信じてるって…………随分と都合の良い言葉だよね」

「言ってくれるな」

 

 

 * * *

 

 

 銃を片手に走り出す。

 心の中でジコクテンに指示を出す。

 マグネタイトパス、とか言うジコクテンへとマグネタイトを供給する糸で俺とジコクテンは繋がっているらしい。

 マグネタイトは感情の産物で、それゆえに感情を伝えやすい性質があるらしく、ジコクテンへの指示は心の中で出すだけで十二分に伝わる、デビルサマナーの必須技能だと有栖は言っていた。

「オラオラオラオラ、そろそろ沈んじまいな!!!」

 高速で両の刀を振るってくる遮那王の怒涛の連打を辛うじて防ぎながらジコクテンがじりじりと後退する。

 遮那王は完全にジコクテンへと焦点を定めており、こちらには気づいていない。

 

 どんな生き物でもそうだが、攻撃中というのは防御が疎かになる。

 攻撃と防御を同時に行なう、と言うのは至難の技なのだから当たり前ではあるのだが。

 見たところ遮那王は完全に直情型な性格だ。

 一方を定めたらそこに向かって一直線で、周囲が目に入らなくなるタイプと見た。

 

 だとしたら、この一撃は絶対に当たる。

 

 ジコクテンに命令を出す。

 その命令に従ってジコクテンが再度大振りに大剣を薙ぎ…………。

「だから効かねえよ!!!」

 その一撃を遮那王が止める…………予定通りに。

 

 バン、バンッバンバン、バンバンバン

 

 立ち止まったその背中に銃弾が突き刺さる。

 狙いをつけて七、八発撃った弾丸のうち五発が遮那王に見事命中し、遮那王の動きが止まる。

「ぐああああああ…………て、てめえ!!!」

 俺の存在に気づいた遮那王が怒り、こちらへと向き直り…………。

「地獄突き」

 その隙を待っていたジコクテンが繰り出した突きが、その腹に深々と突き刺さった。

 

「ぐ…………が…………あ…………っち、負けちまったか」

 

 ジコクテンが大剣を抜くと同時に遮那王が膝をつく。

 負けた、と言う割りに清々しいその表情に、疑問を持つ。

 そんな自身の疑問に気づいたか、遮那王が不敵に笑って言う。

「不思議そうな顔だな、俺が楽しそうなのが…………簡単な話だ。全力で戦って、それで負けたんだ。武士としちゃあ悔いはねえ、そんだけだ」

 そんな生き方は自分には分からない。だが…………きっとそれでいいのだろう、そう思った。

 遮那王が消えていく。徐々にその姿が粒子となって崩れていき…………。

 

 消える刹那、遮那王が俺へ言う。

 

「今度は負けねえぞ、もっと強くなってまた戦いに行くからよ…………だから、てめえらももっと強くなって俺を失望させんなよ?」

 

 俺の答えも聞かず…………それだけ告げて、遮那王は消えていった。

 

「…………………………勝った、のか?」

 どうにも現実感が持てず、口をついて出る言葉。

 そしてそれに答えたのは、自身の仲魔だった。

「…………ああ、召喚師殿の勝ちだ」

「そうか………………うん、そうだな…………()()()の勝ちだ、ジコクテン」

 

 そう呟くと同時に、どっと力だ抜け、床に転ぶと同時に気が遠くなって行く。

 

「悪い…………ちょっと休むから。()()()()

「うむ…………()()()()

 

 自身の仲魔の返答に、どこか安心し、そうして、意識は薄れていった。

 

 




因みに分かってるとは思いますが、遮那王ってのは源義経のことです。

そう言えば、メガテンイマジンでヨシツネ実装されましたね。
全部亜種悪魔なせいで、御魂できないけど。

因みにイメージ的に今のジコクテンさんのレベルは本来の半分くらいの20前後くらいです。悠希の手に入れれるマグネタイトの量でも使えるように合わせるため、存在を保てるぎりぎりのレベルまで力を落としてます。
遮那王は原作ヨシツネよりやや弱く、25くらいですかね。

因みに原作ジコクテンさんはレベル40前後、ヨシツネは35前後くらいです。

さて、今回は悠希メインの話でしたけど、前回の和泉の引きが気になってる人もいるのかな?
次回から二、三話くらい使って和泉と有栖の話を同時進行で半分くらいずつ書いていこうかと思ってます。

ところで、番外編のアリスちゃんに萌えてもいいのよ?
萌えて感想送ってくれてもいいのよ?


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有栖と狙撃

4月からずっと不調だった回線がようやく直ってネトゲでヒャッハーしてたら更新が遅くなりました。


 

 

 

 暗い暗い夜の森に、男が一人いた。

 男は背に負うケースを地面に置くと、ケースを広げ中に入ってたものを組み立て始める。

 暗く手元もろくに見えていないはずなのに、男の手つきは淀み無く、数分もしない内にそれが完成する。

 それは銃だった。長い銃身、安定性を高くするためのストックに頬当てや二脚(バイポット)、そして何よりも遠視レンズ(スコープ)が取り付けられた銃。

 見る人が見ればすぐに分かるだろう…………それは、狙撃銃(スナイパーライフル)と呼ばれる。

 弾倉を指で軽く探り、弾が入っていないことを確認した男は、それから二度、三度空撃ちする。

 かちん、かちん、と撃鉄が空回る音。それを聞いてから男が懐からケースを取り出す。

 布製のケースを開くと、中に入っていたのはずらりと並ぶ長細い弾。先端のほうが鋭錘になっているそれは、狙撃銃の弾だった。

 弾倉に一発、弾を入れて装填。そして男が銃を構え、スコープを覗く。

 暗い森の中は闇に覆われ、視界が確保できない。だがスコープを覗く男はお構いなしにその引き金を引く。

「××××」

 呟きと共に放たれた弾丸。バァン、と夜の森に小さな銃声が短く響渡る。

 それが正確に7キロ先にいた一匹の妖精を貫く。

 男はそれを知ってか知らずか、けれどもう一発、弾をケースから取り出す。

 

「暗き世を守る射手よ」

 そうして、男が謡う。

 

「××××、××××、耳を貸せ」

 男が一言言葉を紡ぐたびに、弾が怪しく光る。

 

「今宵の魔術をし遂げるまで その力を貸したまえ」

 続く言葉に男から闇が噴出る。

 

「七度、九度、三度の祝詞で この混ぜ物を鉛に清めたまえ」

 男から発せられる闇が男の持つ弾丸へと吸い込まれていき。

 

「役立つ弾が仕上がるように  ××××、××××、いざ来たりたまえ」

 後に残ったのは、当初の金色の薬莢に包まれた弾ではなく…………どす黒くくすんだ色をしたライフル弾だった。

 

 男は手に持つ真っ黒に染まった弾丸を見て、一つ頷き…………それを弾倉に入れ装填する。

 銃を構え、態勢を安定させ、スコープを覗いて照準(サイト)を合わせ、引き金に指をかける。

 

 そして…………………………。

 

 

 * * *

 

 

「………………ん…………んぅ」

 背中から声、と共にもぞもぞと動く感触。

 起きたのか、と一度立ち止まってみる。

「起きたか?」

 そっと声をかけると、背中から息を呑む気配。

「有栖…………? あれ、俺なんで…………」

「起きたなら降ろすぞ?」

 そう言って膝を折り、背に負っていた悠希を降ろす。

 地に足をつけると、少しふらりと体を揺らした悠希だったが、すぐに態勢を戻す。

「大丈夫か? お前、修験界の中で気絶してたんだぞ?」

 そう言われ、自身が覚えている最後の記憶を思い出し…………。

「あ、そうか…………俺、あの武者みたいなやつと戦って」

「武者…………そうか、遮那王と戦ったんだな」

「有栖、あいつのこと知ってるのか?」

 驚いた様子の悠希に、苦笑しつつ答えを返す。

「あいつはな、修験界を作ったやつがわざわざ呼び寄せた特別な悪魔なんだよ」

「特別? いや、それ以前に呼び寄せたって…………」

「悪魔を召喚する方法なんてそれこそ大昔からあるだろ、まあ、それはともかく。遮那王はな、修験界における試練なんだよ」

「試練?」

「とある階層以下で、同じ階層に一定時間留まってると出てくるやつでな。ある程度強そうなやつを見つけたら、腕試し、と称して戦いを挑んでくる」

 自身のことを思い出しているのか、悠希がどこか納得したように頷く。

「ただ葛葉との契約で、追い詰めても殺しは禁止されてる。だから実力試しにちょうど良い相手なんだよ」

「いや、でも思いっきり殺しにかかってきたんだが」

「仲魔は、だろ。サマナー本人には精々当身だよ」

 まあそれで気絶させられていれば後からやってきた悪魔に襲われる危険性もあるのだが。

「っていうか、知ってたなら教えてくれたって良いだろ?!」

 俺が事前情報として知っていた、と言う事実にようやく気づいた悠希が声を上げる。

「……………………言っちゃなんだがさ、悠希、自分がサマナーだって言う実感が無かっただろ」

「は?」

「自分が悪魔を使役して戦う、なんて実感が無かっただろ」

「そんなことは無い…………とは言い切れないな」

 そう呟く悠希だが、そんなもの当たり前なのだ。だいたい悠希がサマナーになったのはほんの数時間前の話なのだから。

「だからあいつと戦わせたんだよ、嫌でも実感できるだろうからな、サマナーって存在を、仲魔って存在を」

 サマナーだけではダメなのだ。だからと言って、悪魔だけでもこれもダメなのだ。

 サマナーと仲魔、両方が揃って初めてデビルサマナーなのだから。

 

「悠希、お前は遮那王との戦いで何か学べたか?」

 

 あの遮那王に勝ったのだ、きっと何か思うところはあったのだろう、そう予想して。

 だからそう問いかけた。

 

 

 * * *

 

 

 町外れの廃墟ビル。そこに響き渡る銃声。そこで二人の人間が戦っていた。

 一人はメシア教特有のローブを目深に被った男。

 そしてもう一人は、自身…………和泉だった。

 当初は住宅街にいた二人だったが、いくらなんでも住宅街で戦うのは不味いと考えた和泉がこの場所まで戦いながら移動してきたのだ。

 バンバンバンバンバンバン、バンバンバン

 次々と撃たれる銃弾。時に直進し、時には兆弾しながら男へと吸い込まれるように飛んでいく弾丸を、けれど男は両の手に持った剣で容易く弾く。

 ここに来るまでずっとこの繰り返しだっただけに、いい加減飽きてくる。

 両手に銃を構え、男に向かって突進する。これまで距離を取って戦っていただけに、突然の方向転換に驚いたか、男が一瞬だけ隙を晒す。

 爆発的な脚力でその一瞬の隙で男との間を詰め、その腹部に銃を当てる。

「超接近戦はお好みかしら?」

 引き金を引く、と同時に男が体を捻り、銃弾を避けると共に回転する刃が私を狙う。

 首を逸らした直後、鋼の刃が虚空を切り裂く。避けた、と思ったが皮一枚ほど、首筋に傷。

 そして追撃とばかりにさらにもう一刀、刃が縦に振られる。

「それは悪手ね」

 頭上にかざした右手の銃でその刀身を受け止め。

「一本もらうわよ」

 刃の腹に左の銃の銃口を付き付け、引き金を引く。

 パキィィン

 銃口から火花と共に撃ち出された弾丸が男が右手に持つ剣の刀身を砕く。

 さらに剣が吹き飛ばされた反動で男の右手が弾かれる。

 無防備になった男の右半身へさらに銃撃を出そうとし、左からの攻撃を止める。

 男の左手の剣が振るわれ、それを右手の銃で止める。

 予想通りの動き、そして残った左の銃で男を撃とうとし、フードの奥、男のその双眸と目が合う。

 その金色の瞳を見た瞬間、体が硬直する。

 男が態勢を右拳を振りかぶり、自身に向かって振り下ろして…………直後、その硬直が解ける。

「っく!!」

 咄嗟に左の銃でそれを受け止め…………猛スピードの自動車と正面衝突でもしたかのような衝撃に、吹き飛ばされ、地面に一度バウンドし、十数メートル後方まで転がる。

「…………っく…………あああ!!!」

 叫び、即座に立ち上がる。

 痛い。全身がバラバラになりそうな痛み。けれどそれを歯を食いしばって堪える。

 

 大丈夫…………この程度、昔に比べれば…………。

 

 痛みに硬直する体を無理矢理動かし、両手の銃を構える。

 銃口から放たれた銃弾、だが男は残った片方の剣でそれをあっさりと切り裂く。

 だがそれでいい、銃弾ほどの速度の物体を斬ったとなれば、斬る側にしてもある程度の反動がある。特に自身の銃は特別威力の大きなものなので、斬る方もかなりの反動を感じているだろう。

 その僅かな時間があれば…………十全に動けるまでに回復する。

「…………右手良し、左手良し、右足良し、左足良し、首良し、頭良し、胸部良し、腹部良し、腰部良し」

 自身の体を一箇所ずつ確かめていく。そうして全てのダメージが抜け切っていることを確認し。

 

「遊びは終わりにしましょう」

 

 一歩、たった一歩踏み出すだけで男との距離を零へと変え。

 男が行動するよりも早く、銃のグリップごと拳を叩きつけ、男の顎を跳ね上げる。

 僅か数センチに過ぎないが、体が浮くほどの衝撃に、男が仰け反る。

 脳が揺れ、一秒にも満たない思考の停止時間が生まれる。

 その一秒で私は、両手を交差させ、その銃口を男の心臓部に突きつけ…………。

 

 撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ

 

 両方のマガジンが空っぽになるまで撃ち尽くした弾丸が、全て男の体を貫き、男の体から血が噴出す。

 どばどば体内から溢れ、廃墟の床を流れていくその血液の量は明らかに致死レベルだった。

「あっけないものね、メシアン」

 そう言い残し、その死体から流れ出る血を指に僅かに付着させ、一舐めする。

 そしてすぐさま顔を顰め、ぺっ、と唾と共に吐き出すと、不快そうにその場から立ち去ろうと歩き出す。

「不味い…………所詮、気狂いどもの血ね、苦くて飲めたものじゃないわ」

 

「だったら…………自分の血でも飲んでいろ、ヴァンパイア」

 

 聞こえた声は、後ろから。

 背後から………………死んだはずの男の声が、聞こえた。

 そうして、次の瞬間。

 ずぶり、と背後から自身の心臓を刃が貫いた。

 

 

 * * *

 

 

 妖精の森の出口を抜ける、と同時に雰囲気が一転する。

 どこか張り詰めていた空気が霧散したのを感じたか、悠希が先ほどまでよりも肩の力を抜いている。

「さて、ここで解散なわけだが…………明日からも毎日異界に通ってもらうから」

「はい?」

 目が点になった悠希、まあ分からなくも無いのだが…………。

「理由はまあ色々あるんだが、サマナーとして早急にある程度の実力を付けて欲しい、ってのが最大の理由だ」

 本当はそれは二番目の理由だが、それを隠して続ける。

「悠希はヤタガラス所属のサマナーになった。と、なればヤタガラスから時折、仕事が回されてくることになる。例え今は素人同然でも関係ない。なるべく適材適所に割り振られているが、それでも最低限のレベルってのはあるんだ。だから悠希にはその最低限のレベルってのになってもらいたい」

「具体的には?」

「修験界十階到達が今の目標ってところだな」

「因みに今日俺がいたのは?」

「地下三階」

 修験界は一番上の零階から始まり、地下九十九階まである。基本的に新人サマナーの合格基準と言われるのが地下三階。今日悠希がいたところだ。地下三階で十分に戦っていけるのなら、新人サマナーとしては合格基準と言われている。

「あれで三階…………マジかよ」

「むしろサマナー一日目で三階まで到達してるほうがおかしいんだがな。普通サマナーになって一日目ってのはどうやっても交じり合わない非日常に戸惑うもんなんだがな」

 少なくとも俺は、アリスと契約してからサマナーとして戦うことに慣れるまで一週間以上はかかった。それでも早いほうなのだが。

「戸惑いはする…………けどさ、有栖がいたからな。俺一人ならもっと戸惑ってたかもな」

 そんな悠希の返答が少しだけ、こそばゆくて。

「そっか…………」

 そう短く返すことしかできなかった。

 全く…………変わらないものだ。

 悪魔と関わって、非日常に交わって、悠希が、俺の日常の象徴が変わってしまったらどうしようかと、思っていたが。

 なんのことは無い…………結局、悠希は悠希だった。ただ、そのことに安心していた。

 

「帰るか」

「んだな」

 入り口に駐輪していた自転車へと近づく。

 しん、と静まり返った森。見渡す限り何も無い道。そこに二人分の足音だけが響く。

 そして…………その時、ふとCOMPの中から聞こえてくる声。

 

 有栖!!!

 

 どこか焦ったような、アリスの声に。

「どうした?」

 見渡す限り、何もいないその光景に安心しきって。

「どうした? 有栖」

 隣に悠希がいると言うのに。

 森を抜け、ここはもう安全だと思って。

 

 油断していた。

 

 アリスが、何を言いたかったのか。

 

 それを知るのは直後のこと。

 

 俺の心臓を…………一発の銃弾が貫いた瞬間の話だった。

 

「…………か…………は…………」

 

 やばい、と心が脳が全身が警告を発する。

 

「有栖!!!」

 

 悠希が驚愕に目を見開き、叫ぶ。

 

 けれどこの体は、その声を聞きながらも崩れ落ちていく。

 

「………………らん…………た……ん…………」

 

 唯一の回復魔法を持つランタンを召喚しようとするが、俺の指はぴくりとも動かず。

 

「……………………くそ…………が」

 

 そうして、視界が暗転していき。

 

 俺の意識は闇に閉ざされた。

 

 




主人公もヒロインも心臓貫かれたし…………これで完結でいいかな?


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有栖と夢

なんか前回のあとがきのせいで、この話完結したと勘違いさせたようですみません。
「もうこれで終わっても良いかなあ?」と言う程度の愚痴だったんですが、後であの言い方じゃ勘違いされても仕方ないと怒られました。

訂正するのも遅い気がしたので、更新することでまだ続くと言う意思表示に変えたいと思います。


「有栖! おい、有栖!!!」

 心臓から血を流し、倒れる親友の傍でその肩を揺らしながら必死にその名を呼ぶ。

 だが、血の気の引いたその顔はぴくりとも動かず、自身の呼びかけに応えることも無い。

 その事実が、悠希を焦らせる。

 もしそこにいたのが、悠希だけだったなら、呆然としたままその死を見ていることしかできなかったかもしれない、だが。

「落ち着けい、召喚師殿! 友人殿の保持する活性マグネタイトのお陰で即死は免れておる、今すぐ回復魔法を使えばまだ助かろう!」

 そう言って、悠希を落ち着かせようとするのはジコクテンだった。

「回復魔法って、俺もお前も使えないじゃねえか?!」

「召喚師殿に無くとも、友人殿ほどのサマナーなら、仲魔に必ず回復魔法を持った悪魔がいるであろう」

 そういわれ、悠希がはっとなって、すぐさま有栖の左腕のCOMPを手に取る。

 自身のCOMPと違った形状のそれは、使い方は分からないが、それらしいボタンを片っ端から押していき…………。

 

 SUMMON OK?

 

「…………………………」

「サマナー! 大丈夫かホ!?」

「すぐに回復するホー!」

 三体の悪魔たちが有栖のすぐ傍に召喚され、有栖を見て騒ぎ出す。

 そしてその中の一体、カボチャのおばけ…………ジャックランタンが手に持った灯りをかざし。

「ディアラハンだホ!」

 有栖の体が光に包まれる…………と同時にその胸の傷が塞がっていく。

 青ざめた顔色が少し良くなったのを確認し、悠希がほっと息を撫で下ろす。

「…………………………」

 金の髪の少女が、傍でただ無言で、じっとそれを見つめていた。

 

 

 * * *

 

 

 夢を見ている、何故だか夢の中にあって、それを自覚していた。

 

 そこはとある小さな街だった。

 平和で、のどかで、平凡な、そんな有り触れた街。

 人々は穏やかに日々を過ごしていて。

 時々やってくる旅人や商人がやってくるくらいで、基本的にそれほど人の出入りも多くない、小さな街。

 そんな街にたった一つだけ存在する教会の入り口に、少女が腰掛けていた。

「うーん…………」

 どこか悩むような素振りで、うーん、うーん、と先ほどから頭を捻っている少女。

 不思議なことに、道行く人々はそれを恐ろしいものでも見たかのような表情で足早に去っていく。

「うーん…………うーん」

 少女が一人唸っていると、街の入り口に近いほうの道を一人の少年が歩いてくる。

 明らかにこの街の住人ではない大荷物、他の住人たちはすぐに気づいたが、唸っていた少女はそれに気づかない。

 ふと、少女に影が差す。 顔を上げると、目の前に少年がいた。

「…………………………だあれ?」

 少女の問いに、少年もまた首を傾げ、答える。

「俺か? 俺は旅のもんだが…………お前は?」

「わたし? わたしは………………」

 アリス、少女の口がそう紡いだ。

 

 

 * * *

 

 

 心臓から血が流れ出す。

 貫いた刃が引き抜かれ、和泉の白い服を紅く染め上げていく。

 膝から崩れ落ち、地に倒れ伏す。

 流れ出た血が廃墟の床を赤く染めていく。

 貫かれた心臓はその鼓動を止め、全身から力が抜けていく。

 

 どう考えても致命傷だった……………………そう、普通ならば。

 

 うつ伏せで見えはしないが、和泉の右胸が光る。正確には、そこに描かれた紋様が。

 紋章から光の線が延び、全身を駆け巡る。

 痙攣する。全身が作りかえられていく感覚に、恐怖すら覚える。

 声が聞こえてくる。喰らえ、喰らえ、と言う声が。

 体を起こす。自身の意思に反し暴れ狂いそうな体を止める。

 自身を塗り替えていく恐怖を意思でねじ伏せ。

 暴れ狂いそうな本能を理性で抑えつけ。

 目の前で起こったことに目を見開く男を見つめ…………。

 次の瞬間、男が吹き飛んだ。

 爆発的な脚力で地を蹴り、一瞬で男の元へとたどり着いた和泉がその勢いのままに体当たりしたのだ。

「食イタイ、食イタイ…………乾ク、飢エル」

 らんらんと紅く光るその瞳に理性の色は薄く、けれど本能だけと言うわけでも無かった。

「…………っく、獣が!」

 意表を突かれ、一撃もらった男だったが、すぐ様持ち直し反撃に映る。

「Jesus.(おお、神よ)…………あなたは御心のままになし給う御力の御方に在します。あなたの他に神はいまさず、あなたは栄光に輝き、常に許し給う御方にまします。Amen(アーメン)」

 男は神父か何かなのか、すらすらと淀み無く聖句を呟き、さらに続ける。

「私は死者のうちから立ちあがり、神とともに生きる。神の手は、私の上にあり、そのはからいは、神秘に満ちている。Hallelujah」

 唱えた言葉は光となり、神父を包む。光に包まれた神父の体が、銃弾に貫かれ穴だらけとなったその体があっと言う間に治癒されていく。

 完全に傷が塞がりきった神父は、さらに言葉を続ける。

「この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。これはまた御霊の与える剣である、神のことばを受け取れ」

 途端、神父の持っていたまだ無事だった剣が砕け散る。

 けれど次の瞬間、神父の両手に光が収束する。

 そして光が収まったその時には、神父の両手には、剣が一本ずつ備えられていた。

「慈しみの主はのたもう、我に来よと……………………神に逆らいし謀反人どもが、この二刀を持って神に帰せ」

 そうして神父が走り、右の刃を振り下ろす。

 工夫も何も無いただの振り下ろし、そんなもの欠伸をするより簡単に避けることができた。

 と同時に不審感が募る。どうしてこんな避けやすい攻撃をしてきたのか?

 この男は達人だ。銃弾を剣で切り裂くなどと、並の使い手ができることではない。

 だと言うのに、どうしてこんな人を食ったような攻撃を?

 うまく思考が纏まらない。今の状態のせいなのは明らかだった。

 だからだろう…………その意味を深々考えきれず、反撃に移ろうとして。

 

「殺刃十字第二刀」

 

 避けることも、防ぐこともできない、そも知覚すらできない速度で…………()()()が振り抜かれた。

 首元から血が溢れる。動脈まで斬られているせいか、出血量が異常だった。

「ぐ…………あぁぁぁぁ!!!」

 血の溢れる首を片手で抑え、もう片方の手は神父を掴む。

 そうして…………その首筋に牙をつき立てる。

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 神父が絶叫する、が万力のような力で押し込められ、引き剥がせない。

 じゅる、じゅる、と神父の首から溢れた血液が啜られていく。

「吸血鬼風情がああああああああああああ!!!!」

 身体能力で敵わないとすぐ様悟った神父は、その両手の剣を和泉へと突き立てる。

 その腹に剣が突き刺さると、さしもの和泉も堪らず神父から離れ…………その間際に右の目を抉った。

「ぐ…………が…………くそが、クソが、クソが、クソが、クソが!!! 吸血鬼風情が、悪魔風情が、よくもよくもよくもよくも、俺の眼をおおおおおおおおおおおおお!!!」

 激昂する神父。そして警戒しいつでも動ける態勢で待ち構える和泉。

 

 けれど、お互いに殺しあうまで止まらない、そう思われていた闘争は。

 

「では両方死ね」

 

 直後に訪れた劫火により、中断された。

 

 

 * * *

 

 

 少女、アリスは死神と呼ばれていた。

 理由は単純だ。

 アリスの傍にいた人間が次々となんらかの理由で死んでいくからだ。

 両親は事故で死亡、引き取られた先の親類は家が火事に見舞われアリスを除き一家全員が焼け死んだ。

 そうして入った孤児院には強盗が押し入り、子供も大人も区別無く、アリス以外全員が死んだ。

 そして当ても無くさ迷うアリスの面倒を見てくれていた人の良い教会の神父は、先月隣街から戻ってくる途中、突然雨に降られ木陰で雨宿りしていたところ、雷が落ちてきて黒焦げとなって死んだ。

 街の誰もが恐怖した。少女を排斥しようと、悪魔の子だと言って街から追い出そうとし…………死んだ。

 突然に苦しみ出し、胸をかきむしりながらそのまま息絶えた。

 以来、誰もアリスを街から排斥しようとするものはいなくなった。

 アリスは基本的に何もしない。アリスに近くに寄る人間が勝手に死んでいくだけで、アリス自身はむしろただの少女だ。なんら代わり映えしないただの子供だった。

 毎日教会の玄関に座り、死んだはずの神父の帰りをぼぉっとしながら待つ。

 それを繰り返すだけの日々。

 こちらから干渉しなければずっと動こうともしないその少女故に、強硬手段と言う手を取ろうとする人間がいなくなったのは良かったのか、悪かったのか。

 

 そんな時、少年がやってきた。

 

 少年は旅人だった。

 街から街を宛ても無く放浪する。

 旅の途中で見つけた珍しいものを買って、次の街で売ることで旅の資金を賄う。

 そうして旅を続けること十年以上。最初は共に旅をしていた仲間たちもみなそれぞれ定住の地を見つけ、残ったのは少年一人だった。

 その街に来たのはただの偶然だった。

 さして大きくも無い街、とは言え村よりも規模の大きな人の集落だ、旅人にとってそこは一時の休息所となり得る。

 その街で見かけた一人の少女。

 その出会いは、人から見れば、少年の人生を大きく変えたのかもしれない。

 

 だが、少年から言わせれば、きっと何も変わっていないのだろう。

 

 何故なら。

 

 少年は最初から最後まで、自分でしか行動しなかったのだから。

 

 

 * * *

 

 

 突然の乱入者の登場により、私は即座に撤退を選択する。

 傷は深い、敵を倒す目処が立たない、相手の情報が足りない。

 これだけ不利な条件が揃ったのなら、さっさと撤退してしまうに限る。

 だが動けない。撤退したいのに、動くことが出ない。

 理由は簡単だ。

 

 一帯が炎に包まれている。

 

 それだけの話であり、それが最大の問題であった。

 

 

 和泉はかつて、メシア教にいた。

 そしてメシア教の中でも特に気の触れた集団の実験体として様々な実験を施された。

 その中の一つが、今和泉が見せた異常なほどの回復力と生命力である。

 悪魔と人間との融合。

 それが掲げられたテーマだった。

 人間であり、悪魔である。もし実現できるのならば、マグネタイトコストの問題が大きく解決するのは間違いないだろう。

 できるのなら…………だが。

 悪魔の分霊を無理矢理に人の魂と融合させる。そんな無茶な実験をして、正常でいられるはずも無かった。

 実験体として集められた検体百人のうち、六十人が暴走し、悪魔へと変貌した。変貌しなかった人間四十人のうち、三十人が精神に異常をきたし、廃人となった。

 残った十人のうち、九人が悪魔の侵食に耐え切れず命を落とした。

 百人いた検体の内、たった一人、和泉だけが生き残った。

 悪魔の分霊に魂までをも侵食されながら。けれど侵食した悪魔を心でねじ伏せ、逆に自身へと取り込んだ。

 魂を侵される身を切るような激痛に耐えながら、常に聞こえてくる気が狂いそうな幻聴に耐えながら、一週間、ただひたすらに暗い檻の中で自分の中の悪魔と戦い続けた。

 そうして悪魔に喰われるどころか、悪魔を喰らい尽くした和泉は、喰らった悪魔、ヴァイパイアの力を手に入れた。

 人間でありながら悪魔である。実験は成功したと言っていいだろう、九十九人の犠牲の上に、だが。

 

 喰奴(くらうど)。悪魔へと変貌し、悪魔を喰らう和泉のような存在を言うらしい。

 別名、アバタールチューナーなどと呼ばれるそれには、実は先例があったらしく、どこかからそれを知ったカルトたちが自分たちでも実験を開始した、と言うのは始まりらしい。

 

 そうして、和泉は人でありながら、悪魔となった。

 悪魔を殺し、その肉を喰らわなければ、飢え、理性を失い、正気でいられなくなった上に、ところ構わず満ち足りるまでヒトを、悪魔を喰らう化け物となった。

 正確には、必要なのは生体マグネタイトらしいが、非活性マグネタイトでは代用できない以上、やることは変わらない。

 

 一つだけ、地獄に仏とでも言うのだろうか。救いのようなものがあるとすれば…………それは喰らった悪魔がヴァンパイアだったこと。

 ヴァンパイアは吸血鬼の名の通り、肉ではなく血を喰らう悪魔だ。

 通称レベルドレインとも呼ばれるのだが、ヴァンパイアは生き血を啜ることで、活性マグネタイトを吸い取ることができる。故に和泉は未だ、悪魔の肉を喰らったことはない。

 

 さて、話を戻すが。

 和泉はヴァンパイアと言う悪魔でもある。

 故に、肉体がヴァンパイアに変貌している以上、その耐性もまたヴァンパイアと同じになってしまうのだ。

 曰く、太陽の光が苦手。

 曰く、流れる水が苦手。

 曰く、十字架が苦手。

 曰く、銀が苦手。

 曰く…………etc

 

 と、上げると想像以上にヴァンパイアと言うのは弱点が多い。

 そして、ヴァンパイアと言うのは一度死んだ人間が蘇った存在、とされる。

 つまり、何が言いたいかと言えば、火炎属性に強烈に弱いのだ。だけのみならず、通常の炎ですら大ダメージを負ってしまう。はっきり言って、炎に対する耐性は、人間よりも低かったりするのだ。

 

「不味いわね…………」

 炎に囲まれながら独り呟く。

 脱出しようにもこうも炎に囲まれていては、逃げ場が無い。

 と、その時、こつ、こつ、と足音が響く。

 自身も少し離れたところにいる神父も動いてはいない。

 と、なれば…………。

 

「御機嫌よう、とでも言うべきか? 俺の名は(キング)。争乱絵札の王だ」

 

 争乱絵札、その名に自身と神父の両方が反応する。

 メシア教、ガイア教、ヤタガラス。この国の勢力を置く組織でありながら、最も敵に回してはいけない組織を三つも同時に敵に回しながら未だに生きながらえている組織。

 ガイア教にとっては、メシアの次に忌むべき相手であるし、恐らくメシアにとってもそうだろう。

 

「来るべき時は来る、その日は近い、もろ手を上げてその日の到来を喜べ」

 

 そうして姿を現したのは、黒いローブのようなもの身に纏った男。

 そしてその背後から現れたのは…………。

 

「っな!!?」

 

 天使だった。背に生えた白い翼。手に持つ剣。天使の特徴だ。

 神父が驚くのも当然だろう。神に仕えるべきはずの天使が、メシアの敵たる男に従っているのだから。

「ウリ…………エル…………様」

 神父の口から漏れた言葉に、私は目を見開き、男が口元を歪める。

 ウリエル、神の火の名を持つ大天使。決してメシア以外に従うような存在ではないはず…………だと言うのに。

 けれど、この次に出てきた存在を見て、私はさらに驚く。

「………………嘘」

 私も一度だけ見たことがある、手に燃える剣を持つその姿。そして棺に隠れたその姿。

「スルト…………モト?!」

 

 魔王と死神が、そこにいた。

 

 




アバタールチューナーの設定は多少弄ってます。ペルソナもそうですけど、原作が曖昧な部分はけっこう勝手に設定詰め込んでます。

ところで。
マザハさん出したい、と思ってちょっと調べてたらサタンの話に飛んで、そこからさらに神霊の話にとんだんですよ。
で、設定的に面白いので、Lルートでツァバト、Nルートでエロヒム、Cルートでシャダイ出して、アリスルートでヤハウェ出したい、とか思ったんですけど。
実は次回作のようなもの考えてると前に言いましたが、それと凄く絡むんで、両方の設定をすり合わせながら書くと、今の5000字前後で一話でやってたら250話くらいまで続く気がするので、再考中。
今回の夢の中の話もそうだけど、着々と次回作の伏線は今までの話の中にも張られてますよー。


そういや、不意打ちされて、気絶。はもう飽きたって言われたけど、そんなにやってるっけ?
有栖気絶させたことほとんど無かったと思うんですけど。
そもそも相手が目の前にいるのに気絶してたら、ほとんど殺されてると思うんだがなあ。


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和泉と王

眠い


 

 街を歩けば頭上から人間の頭すら割ってしまいそうな鉢植えが落ちて来る。

 買い物に行けば暴れ馬が突進してきて。

 街の外を歩けば雷が降り注ぐ。

 少女と出合った一月の間に少年がそうした死の危険性のある出来事に出くわした回数、凡そ十四回。

 アバウトに計算して、二日に一回辺り死の危機に瀕していることになる。

 最初は少女のみを怖がっていた街の人間たちも、やがては少年をも怖がるようになっていた。

 死の危機に晒されても生き残れる、と言うのは少年だけの話で。

 例えば少年の避けた暴れ馬がそのままの勢いで走って轢かれた人もいれば。

 たまたま少年の近くにいた、と言うだけで落雷に巻き込まれた人もいた。

 そう、少年と言うクッションを間に挟むことにより、間接的にだが少女の放つ死が街中に蔓延するようになったのだ。

 少女は無理でも少年だけでも、と考えた街の人間たちが数十人から徒党を組み、少年を街から追い出そうとしたこともあったが、この少年が恐ろしく腕が立ち、数十人からいた街の人間をあっという間に追い散らしてしまった。

 

 そんなある日のことだ。

 

「ねえ、ルーナお兄ちゃん」

 少女、アリスが少年に問う。(ルーナ)と呼ばれた少年が何を考えているのか分からない無表情でアリスを見るが、そんなことに構うこともなく、アリスは続ける。

「どうして私の傍にいるの?」

 今更な話だが。自身の傍でこれだけ死が続けば少女だって自覚する。教会から出ず、日がな一日呆けているのは、自身が存在することにより他人に迷惑をかけないためでもあった。そう、少女自身は極めて善良な性質だった。

 だからこそ分からない。自身の傍にいれば死が付き纏うのは自明の理だと言うのに、いつまでも自身の傍にいるルーナの気持ちが。

 すでに何度も危機的状況にありながら、未だにこんなところにいるルーナの思いが。

 それに対し、ルーナが少しだけ意外そうな表情をしながら言葉を返す。

「お前も他人を気にするんだな…………この一月、俺について聞いてきたことは最初に名前の時だけだったからな、俺のことなんて興味無いのかと思ってたわ」

「別に…………ただ、どうせお兄ちゃんもすぐにいなくなってしまうと思ってたから」

 アリスの言葉にルーナが納得したように頷く、それから立ち上がってアリスの傍までやってくると、その小さなな頭に手を載せ、撫でる。

「俺は死なねえよ…………少なくとも、俺の…………()の目的を果たすまでは、な」

 だから、それまではどこにも行かない、優しい声でそう呟くルーナの言葉に、不意に押し込めていた感情を湧き上がりそうになり…………。

 咄嗟に頭上の手を払いのけた。それから泣きそうなことを悟られないよう、出来るだけ不快そうな表情を作り。

「もう、子供じゃないんだから、止めてよ」

 そう言って自身の部屋へと戻っていく。

 誰も来ない教会の会堂。一人残された少年は、頭がぐわしぐわし、とかき回し、失敗した、と呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 大天使、魔王、死神。

 どれも強大な種族であり、強敵しかいないだろうことは明白だった。

 だがそれよりも驚くべきは…………。

 

 大天使……Law

 魔王……Chaos

 死神……Neutral

 

 普通はLaw悪魔とChaos悪魔と言うのは最悪的に相性が悪い。

 中でも神の使いである大天使と、神に堕とされた存在である魔王は犬猿の仲と言う言葉ですら生ぬるいほどに、互いが互いに殺意を抱いている。

 死神種族はNeutral属性ではあるが、どちらかと言えばDark寄りの悪魔である以上、大天使とも相性は悪い。

 正直、大天使と魔王がいる時点で、組み合わせとしては最悪の部類だった。

 というより、あり得ない。大天使がいたら魔王は契約しないはずだし、魔王がいたら大天使が契約するはずがない。

 だと言うのに、目の前の王と名乗った人間は両方を従えている。

 だから、あり得ない。そしてそのあり得ないはずのことを遂げている目の前の男は、危険だった。

 

「貴様あああああああああああああ、貴様、貴様、貴様!!! 我らが神の御使いを、どうして貴様らが!!!」

 

 ウリエル、と言う大天使の存在を看過できない神父が叫ぶ。

 それに対し、男がはっと鼻で笑い、答える。

「それはお前の勘違いだよ、ストレイシープ」

 ストレイシープ、と呼ばれた神父が驚きに残った片目眼を見開く。

「俺のウリエルは大天使じゃない………………」

 

 魔王だ。

 

 その言葉は、轟々と燃える炎の中にあって、一際良く聞こえた。

 

 

 

「魔王…………ウリエル…………?」

 意味が分からない、とでも言うように神父が呆然と呟く。

 かく言う私も一瞬思考が停止した。

 魔王ウリエル…………そんなものが存在するはずが無い。

 大魔王と恐れられガイア教に崇められるChaos悪魔のトップ、ルシファーとて元を正せばルシフェルと言う名の天使だった。

 最も有名な例を挙げたが、他にも幾人も、神話の時代、神に背いた天使は存在する。

 だが仮にもウリエルだ。神の炎、懺悔の天使、最後の審判にて役割を与えられた、神の御前に立つ四人の天使の一人だ。

 それが魔王として…………神の敵対者として存在しているなどと言うこと、メシア教には決して容認できないだろう。

 否…………メシアだけではない。

 そも、世界が許容しないはずだ。

 

「ウリエルを魔王として召喚だなんて…………そんなことできるはずが無いわ」

「だが事実だ……………………確かに、この世界の理から言えばそんなことは不可能なのだろうがな」

 私の呟きに、けれど王と名乗った男は肩を竦めて私の言葉を肯定する。

「だがそれを可能にする理が存在する。所詮、お前たちには到底与り知らない話ではあるがな」

 どこか馬鹿にしたようなその様子に、一瞬怒りがこみ上げそうになるが、すぐに抑える。

「それで…………あなたは一体、ここに何しに来たのかしら?」

「ああ…………メシアの処刑人に、ガイアの白死。その両方が戦い、弱っている。この絶好の機会に邪魔な存在を両方とも消しておこうと思ってな」

 あっちの神父のことと…………それから、自分のことも知っているらしい。正直、その二つ名はそこまで広まっているわけではないはずなのだが。

「あら、随分とせこい真似をするのね、王なんて名乗ってる割に」

 そう言うと、王は鼻で笑って言葉を返す。

「阿呆が…………王の戦いとは即ち戦争。戦争に正々堂々などと言うものがあるわけないだろうが」

 開き直っているのではない、心底そう思っているのだとその表情が物語っている。

 厄介な…………まだ全力ではなかったとは言え、さきほどまで神父と殺しあっていただけに、今は快調とは言い難い。

 ここはやはり退くべきだろう…………無理して戦っても特に得るものも無い。

 そうして、退却しようと私が喰奴化を解き、炎を突っ切ろうと姿勢を屈めて…………。

 

「スルト」

 

 王の言葉に、黒い炎を纏った魔王が私の周囲をその漆黒の炎で埋め尽くす。

「逃げられては困るな…………折角こうして俺が出てきたのだ」

「知らないわよ、あなたの都合なんて」

 状況の打開策を思いつくまでの時間稼ぎに軽口を叩くと、王がふむ、と何か考え込む。

 そうして数秒思考し、やがて口を開いてこう言った。

 

「では…………そうだな、お前たちの都合に合わせてやろう。もし俺の仲魔を一体でも倒せたら」

 

 お前等の探し人の情報をやろう。

 

 その言葉に、私は驚愕に目を見開き…………。

 

「ペルソナアアアアアアアア!!!」

 

 正真正銘の全力で、黒い炎を切り裂き、男へと襲い掛かった。

 

 

 * * *

 

 

 神とは何だろうか?

 全知全能の存在?

 人の作った偶像?

 その答えをまだ自身は持ち合わせていない。

 

 だが自身のこの体質は神によって定められたものだったらしい。

 けれど、少女アリスはそれを知っても神を恨まなかった。

 別に少女が優しいだとか、神を崇めているだとか…………そういう話ではない。

 ただ、イタミに慣れ過ぎていた。

 ただ、悲しみにまみれ過ぎていた。

 何かに恨みを抱くには…………少女の心は弱り過ぎていた。

 

 きっと、だからこそ…………だろう。

 少年、ルーナは立ち上がった。

 まるで近所に夕飯の買い物でもしに行くような気軽さでこう言った。

 

「じゃあ、ちょっと神様とやらを殺してくるか」

 

 

 * * *

 

 

「ペルソナアアアアアアア!!!」

 響く自身の声。その声に反応するように自身の背後に現れたのは五対十枚の翼を持つ赤い蛇。

 蛇は長い胴をくねらせながら宙を泳ぎ…………。

「メギドラ!!!」

 その口から放たれた破壊の魔法が黒の炎の一瞬で吹き飛ばし…………。

 

「神の悪意!」

 

 瞬間、王とその仲間たちの周囲が光に包まれる。

 直後、轟音。そして爆発。

 周囲に煙が蔓延し、相手の姿を隠す。自身の最強の一撃を下した相手を、けれど一分の油断も無く見つめる。

 

 そして。

 

焦熱地獄(ムスペルヘイム)

 

 聞こえた声。途端、爆煙の向こう側から炎が噴出す。

 ごう、ごうと音を立てて燃え盛る炎が、まるで流水のごとき勢いで広がっていく。

 コンクリート作りのはずのビルに引火した炎がビルを駆け上っていく。

 下へと降り、一階を燃やし尽くした炎は外へと広がり…………。

 僅か数秒で、ビルを中心とした半径数百メートルほどの範囲を炎で覆う。

 

 炎の中、私は耐えていた。全身を焼く熱さを、けれど火炎耐性を持つペルソナだったが故に焼け死ぬことなく耐えた。

 体はヴァンパイアのままだ…………だが、一度ペルソナを発現させればその耐性はペルソナが優先される。

 耐性が変わる、と言うのは非常に便利な力だったりするのだが…………今回ばかりはこれが無ければ本気でやばかったかもしれない。

 

「ほお…………まだ生きていたか」

 

 そして、その元凶が揺らめく炎の中から現れる。

 王はまだ生きている私を見て、驚いたように、嘲るように呟く。

「それにしても…………ガイアの白死がペルソナ使いだったとはな。なるほど、メシアの実験は成功だったらしい」

 その言葉に、ぞわり、と全身に怖気が走る。

 

 何故知っている?

 

「五対十枚の翼を持つ赤い蛇…………くく、メシアの実験の産物としては随分と皮肉なものを呼び出す。いや、あの狂信者共に相応しいとも言えるか?」

 

 どうして? 何故それを知っている? 記録にも、記憶にすら残っていないはずのソレを、どうして?

 

()()()()()としては成功を喜んでおこうか、くくく」

 

 その言葉に、私は凍りつく。

「げん…………きょう…………?」

「なに、あの狂信者共を唆し、実験の元となる情報を渡したのが俺だった…………それだけの話だ」

 体が震える。言葉が出てこない。それは、怒りからか、それとも恐怖からか。

「しかし俺はお前に感謝するべきなのかもしれんな…………お前たちの犠牲にお陰で」

 王が懐から一枚のカードを取り出し、かざす。

 と、同時に…………その背後からソレが現れる。

 

「こうして…………俺もまた、ペルソナを手に入れたのだから」

 

 ソレは一見すれば王冠のようなものを被った古めかしいいでたちの男。

 だがそこに存在するだけで全てを威圧するかのような圧倒的な存在感があった。

 果たして人の身でこれに勝てることなどあり得るのだろうか?

 そんなことを想像してしまうほどに、ソレは隔絶していた。

 

 先ほどまで感じていた怒りが、全て恐怖に押しつぶされる。

 

『…………グ…………ガ…………』

 

 短く、短く、ソレが言葉を発する。

 その四肢に力を宿らせ、やがて、目を開く。

 その眼が、その視線が自身を射抜く。

 体が硬直し、一ミリとて自由にならない。

 

「さあ…………いけ、バアル」

 

 王の言葉と共に…………66の軍団を率いる序列一位の大いなる王が動き出し。

 顔面蒼白になりながら、後ずさる自身へと襲いかかってくる。

 その魔の手が、自身へと迫る、直前。

 

 バアルの体が見えない糸に縛られたかのように、突如動きを止め…………。

 

 直後、すぶり…………とバアルの体を刃が貫く。

 

「おお、わが主よ。あなたの他に私のためになるものはありません」

 

 刃が薙がれ、バアルの体を易々と切り裂く。

 

「また、あなたのおそばにはべる以外、有益なることもありません」

 

 切り裂かれよろめくバアルの体が、背後からの蹴りに吹き飛ばされる。

 

「ご自身の他になにものがなくとも存在し給う、その豊富な御豊かさにより懇願いたします」

 

 蹴り飛ばされ、窓を突き破って外へと飛んでいったバアルへと見向きもせずに、王へと接近しその剣を振るう。

 

「あなたの方へ顔を向け、あなたに仕えようと立ち上がった者のひとりに私を数え給え」

 

 そして。

 

「Amen」

 

 王を目掛け、その二刀が振り下ろされた。

 




閃の軌跡のあまりにも酷過ぎるラストに衝撃を受けてたけど、ようやく立ち直ったのでこれからはちゃんと更新しようと思います


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悠希とキョウジ

艦これのイベントがもうすぐですね。
そして同時進行でPSO2のレベリングもしてるので執筆に取れる時間が無いという…………。


 

 

 ピッピッピ…………と断続的に機械音が響く。

 暗い病室。寝台に眠る少年…………有栖の手を握り、悠希は黙ってその傍らに座っていた。

「有栖………………」

 ぽつりと呟くその言葉は、けれど眠る親友には届かない。

 ただぎゅっと手を握り締め、親友の無事を祈る。

 と、その時、すっと背後の扉が開く音がする。

 振り返る、そしてそこにいる人物の姿を認め…………。

 

「あなたが…………キョウジさん?」

「そういうお前が、門倉悠希だな」

 

 スーツ姿の男、葛葉キョウジがそこにいた。

 

 

 魔法による応急処置は終わり、一命は取りとめはした。だがその胸から流れ出した血はあまりにも多く、依然として危険な状態であることには代わり無かった。

 もし有栖と自分の立場が逆だったなら、もっと正しい対処ができたのだろうが、サマナーになって一日目の悠希にそれを求めるのは酷というものである。

 結果的に、119番に連絡し、有栖は救急車で病院に搬送され、その銃創について事情を聞かれることとなった。

 と言っても、悠希自身何が起こったのか分からない。ただ突然有栖の胸から血が弾け、有栖が倒れた、そうとしか言えないのだ。

 救急車で運ばれ病院に着くと同時にすぐさま集中治療室へと搬送された親友の姿を見送りながら、悠希はやってきた警察へ事情を話す…………と言っても、悪魔だなんだという話はしないが。

 警察としてもさすがに悠希が銃を使って有栖を撃った、とは考えなかったらしい、すぐに開放されて警察による現場での調査が始まった。

 

 それは別の話としても、それからしばらくして有栖の治療を待ちながら椅子に座ってぼんやりとしていた俺だったが、その時、有栖の携帯が鳴った…………有栖が搬送された時に有栖の荷物も一緒に持ってきていたのだ。

 着信者名は『キョウジ』、自分の知らない名前だ。出て良いのか迷ったが、もし知り合いなら有栖の現在の状態を伝える必要があると通話ボタンを押し…………。

 

『門倉悠希だな』

 

 何故か自分の名を呼ばれた。

 

「えっと、そちらは?」

 しばし考えてみたが、結局大した考えは浮かばず、ありきたりな質問で返す。

『葛葉キョウジ。覚えなくてもいい、そっちで治療を受けているバカの上司のようなものだと覚えておけ』

 感情の色が読めない、けれど冷たいと言うわけではない。言葉の端々にやれやれ、と言った呆れの感情が僅かに感じられる。どうやら有栖の知り合いなのは間違いないらしく、そして現状を理解もしているらしい。

『だいたいの状況は分かっている。お前のしたことが不可抗力であることも分かっている。ただ面倒なことになっているのは間違いない。今そちらに向かっているから、お前はそのバカと共ににいろ』

 一方的にかかってきた電話は、一方的に切られる。

 思わず目を丸くし、沈黙するが、通話の切れた電話は何の反応も示さない。

 それからしばらくして、集中治療室のランプが消え、有栖が運ばれて出てくる。

 一先ずの治療が終わったこと、しばらく入院が必要であることを告げられ、共に病室へと向かう。

 医者も看護士も処置を終え、出て行った中、一人病室に残り、有栖の様子を傍らでずっと見ている。

 

 そうして。

 

「あなたが…………キョウジさん?」

「そういうお前が、門倉悠希だな」

 

 冒頭に戻る。

 

 

 * * *

 

 

 ガキン、と振り下ろされた刃を押し止める一本の剣。

 魔王ウリエルが自身のサマナーへの凶刃を止めると同時に、魔王モトと魔王スルトが各々の魔法を解き放つ。

 

「おお神よ、われらが主よ。御恵みにより、あなたが忌み嫌うすべてのことから私どもを守りたまえ」

 

 神父がソレを呟きながら、バックステップ…………後退する。

 

「また、あなたに似つかわしきものを付与し給え。あなたのご恩恵のより多くを私どもに与え、祝福し給え。私どもの所業を許し、罪を洗い流し給え」

 

 態勢を立て直した神父が、飛来する魔法をけれど両の刃で切り裂き、魔法が弾ける。

 

「そして、恵み深きご容赦により、私どもを許したまえ」

 

 だが魔法を切り裂くと言う無茶をした神父にできた大きな隙をウリエルが逃さず…………。

「煉獄の憤炎」

 部屋全体を多い尽くさんとせんばかりの勢いで炎が噴出す。

 神父の体があっと言う間に呑み込まれ、その体を焼き尽くそうとし…………。

 

「Amen」

 

 完成した聖句がその身を守る。

 いかなる攻撃からもその身を守り抜く、無敵の神の盾がその身を覆う。

 同時に傷ついた体が癒され、その身を完全なものとしていく。

 さらには補助魔法によって強化されたその身は、当初よりも遥かに強く、強靭で、素早い。

「最早貴様らを神の身元に送るのも穢らわしい」

 二刀を十字に構える。すっとその二刀を腰のあたりまで引き。

「今ここで地獄の底まで送ってやる、自身の罪を後悔せよ」

 走った。俊足、ならぬ、瞬足。縮地法と言っても良い。一歩、たったの一歩で王との距離を詰め…………。

 

「モト、龍の眼光」

 

 王の言葉にモトから強烈な威圧が発せられる。

 眼光系スキルは総じて、その身から発せられる威圧で敵を動けなくするスキルだ。威圧によって相手が萎縮し、身動きを止めてしまったその隙をついてこちらが行動する。結果的に自身の行動が増えたように見えるだけで、究極的には相手の行動を潰してしまうスキルだ。

 誰も知らない事実ではあるが、このスキルは、本来サマナーと契約してしまうと消滅する。

 同じ悪魔すらも縫いとめるほどの強烈な威圧と言うのは、分霊の本体から引っ張ってくることによって発現する。

 だがサマナーと契約してしまった瞬間から、契約により悪魔がその力を引き出すための寄代は本体ではなく、サマナーとなってしまう。所詮ただの人間であるサマナーでは悪魔を震え上がらせるほどの威圧感を身にまとうことは不可能だ。

 けれど、けれど、だ。今このモトはその威圧を使った。それがどういう意味なのか…………それを知る者は王ただ一人である。

 

 まあ……………………だからと言ってそれが成功するかどうかはまた別の問題ではあるのだが。

 

「そんなものが効くかあああああ!!!」

 

 パリン、と何かが割れたような音。そして目に見えぬその身の拘束を振り切って神父が超高速でその刃を振りぬく。

「なっ…………にぃ…………」

 初めて王に動揺が走った。その表情から余裕が剥がれ…………だが、すぐさま元に戻る。

「っく…………っくはははは」

 王から発せられる尋常ならざる気配に驚き、神父がすぐさま下がる、と同時に王の傍をウリエル、スルト、モトが固める。

「バアルはあっさりと殺され、俺の自慢の三体でも攻めきれず、その三体の守りを抜いて俺へと傷を付ける…………か。これは予想外だったなあ、ああ、本当に予想もしてなかった」

 

 お前たちがこの程度なんてな。

 

 

 * * *

 

 

「えっと…………つまり、サマナーっていうのは全員、ヤタガラスっていう組織に所属していて、あなたはその組織に一員で有栖に指示を出す立場ってことでいいんですか?」

 キョウジの話を総合するとそういうことになる…………のだろうか?

「全員が全員所属しているわけではないがな。ついでに言えば、俺はヤタガラスに所属しているのではなく、クズノハからの出向だがな」

「クズノハ?」

 気にするな、と言うキョウジの言葉に従う。そんなことは後で有栖に尋ねればいいだけの話だ。

「さて、では本題に入ろうか…………」

 すっとキョウジの視線が細くなり、自身の見つめる。その動作に、思わず背筋が冷たくなった。

「本題一つ目は、注意勧告だ」

「注意…………?」

「そうだ、お前、こいつを助けた時に病院に電話したな?」

 確かにあの時、自分は119番に連絡した。連絡して有栖を運んでもらった。

「本来サマナーを表の病院に関わらせるべきじゃない。サマナー…………いや、デビルバスターが負う怪我ってのはどうあってもまっとうなもんじゃないからな。そもそも普通の医者が処置すらできない場合だってあるし、最悪の場合、悪魔絡みの事件に否応無しに巻き込んでしまうこともあるかもしれない」

 お前の時のように、な。と言ったキョウジの言葉に、自身の犯したことの大きさにようやく気づき、顔を青ざめる。

 だがそれに反論したのも、またキョウジだった。

「今回はただの銃創だけで、特に問題は無かった。いや、問題が無いわけではないが、誤魔化しも簡単だから安心しろ。お前が今日初めてサマナーになったのも有栖から聞いている。そのために葛葉の修練場を使うこともな。だから迅速に対応できた…………だが次からはそうはいかない。また今日のように都合良く何もかも誤魔化せるとは限らん、その時になってお前にまた同じことをされては困る。そのために俺が来た」

 そう言ってキョウジがメモ用紙を差し出してくる。そこに書かれているのは、どこかの電話番号とメールアドレス。

「これは?」

「俺の番号とアドレスだ。今度からサマナー関連のことはこっちにかけてこい」

 一つ頷く。まあ基本的には有栖に頼れば良い、と言うことなので本当にかける時は今回のような緊急時だけだろうが。

「一つ目の用件はそれだけだ。今後気をつけてくれればそれでいい」

 キョウジがそう言い、一旦話を区切る。

 それから続きを促すように、自身から声をかける。

「それで、二つ目は?」

 そう尋ねると、キョウジはけれど続きを語らずじっと自身を見つめる。

「えっと…………二つ目は?」

 急かしたわけではないが、じっと見つめられるのに居心地の悪さを感じ、そう言うと、ようやくキョウジが口を開いた。

「一つ、お前の苗字は門倉である」

「え? え、あ…………はい」

「二つ、お前の祖父の名は道三である」

「えっと、はい…………なんで爺さんの名前を?」

「三つ、お前はジコクテンと契約をした」

「…………はい、そうですけど」

 用件が何か、と身構えていただけに唐突に質問の連続に目を丸くする。

 けれど全てに頷いた自身を見て、キョウジがまた黙りこくる。

「えっと、あの、それが何か?」

 スーツ姿に夜なのにサングラス、と言う大人びた、というより怪しい雰囲気のキョウジの姿に最初から圧倒されている悠希としては、目の前の男が黙るたびに、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。

 そんな悠希の心中を知ってか知らずか、黙りこくっていたキョウジは再び口を開き…………。

 

「二つ目の用件だ…………お前に門倉の遺産を継いでもらう」

 

 そう言った。

 

 

 

 * * *

 

 

 面倒な…………。

 

 それが少女、葛葉朔良の正直な感想だった。

 葛葉朔良と言う少女の立ち居地を一言で表すなら…………中途半端、だ。

 ライドウ候補、と言うだけで葛葉の里の同期の中では一つ飛びぬけた存在ではある。

 だが所詮候補、ライドウではない以上、うやまれることも無く、これと言った権威があるわけでもない。

 即ち、朔良の地位とは、里の人間のライドウへの畏怖のみで形成されているものであり、一度里の外へと出てしまえば、大した意味を持たない。

 

 葛葉キョウジ、と言うの存在を言い表すなら…………異端、だ。

 葛葉四天王の内には数えられておらず、そもそも葛葉の血を引いていることすらも少ない。

 だが、葛葉の名を冠し、世襲させている確かな名の一つではある。

 里でちゃんとした役割を宗家から直々に割り振られ、そのために動く。

 

 当たり前ではあるが、朔良と現葛葉キョウジを比べれば、葛葉キョウジのほうが立場は上だ。

 だからと言って、キョウジに朔良への命令権があるか、と言われるとそれは違う、と言える。

 朔良もキョウジも同じ宗家から別々の命を与えられている。

 つまり見方を変えれば同僚と言えなくもない。

 対等とは言い難いが、少なくとも一方的な命令を与えられるような関係でもない。

 

 のだが…………。

 

「連れに行って来い、って勝手に告げて勝手に切るとか、どういう神経してるのよ」

 夜、今日もまた巡回のために出かけようとしていた自分に突然かかってきた電話。

 かけてきたのは葛葉の掃除屋、葛葉キョウジ。

『駅に銀髪の女がいる。そいつを東にある病院まで連れに行って来い』

 それだけを言い残し、即座に電話が切れる。

「ちょ、ま、まちなさ…………」

 一言も喋る間も無く切れた携帯を見つめ、投げ捨てたい衝動にかられたが、何とか堪える。

 正直、無視しても良かったのだが、今日巡回する方面でちょうど駅方面であり、指定された病院も順回路に入っている。これを予期していたのか、偶然なのかは知らない。だが、顎で使われているようで多少癪ではあるが、物のついでと言うことで駅へと向かう。

 こういう時、きっぱりと無視できないあたり、以前に有栖が言っていたように、律儀な、と言うべきか、損な性格なのだろう。

 それを厭わしく思ったことは無いが、それでも他人に良いように使われるようなら考え直すべきかも知れない。

 

 そんなことを考えながら駅へと向かい。

 

「私は確認する。あなたが葛葉であるか、と」

 

 そして出会う。

 

「私は求める、先の問いの答えを」

 

 夜に浮かぶ月に照らされ輝く銀の髪を棚引かせ。

 

「私は先に答える。私の名前は」

 

 レース、フリル、リボンで装飾された黒い黒い上下が一つ繋ぎになったソレ…………ゴスロリ服と呼ばれるソレを着た。

 

「ナトリ」

 

 人形のような少女と。

 




そしてまさかの新キャラである。
ナトリちゃん。銀髪ロングのゴスロリ着た天然娘。
この子が授業中にふと浮かび上がってきたせいで、それ以降の授業全部聞き流してた。
配役としてはちょっと意外なところに収まります。

そして初めて出てきた悠希の苗字。
これまでの悠希の設定を思い出して、とある作品を思い浮かべればけっこう簡単に苗字の意味を思いつけます。
前々から言ってますが、だいたいの伏線のヒントは作中に転がってます。

そして王がそろそろ本気出してくれそう。
前にこいつが小物っぽいなんて言った人がいたけど、こいつ実力的にはラスボスでもおかしくないですよ?


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悠希とナトリ

そろそろ三章も終わらせないといけないけど、どうやって収集つけようか…………。


 

 

「俺はこの後用事があるが、後から二人ほどここに来るだろうからお前はそこにいろ」

 と、一方的に告げて去っていくキョウジ。そのあまりの自然にハッと気づいた時にはすでにキョウジの姿は見えなくなっていた。

「いや、まあ今日は一日ここにいるつもりだから良いんだが」

 病院に無理を言って付き添わせてもらっている。有栖の両親はすでに他界しており、親戚筋も有栖以外誰も知らない、と言うのも病院側を納得させる一因となった。

 すでに自身の両親に話は通してある。こういう時は割合放任主義な両親に感謝する。

 

 ピッピッピッ、と断続的な機械音だけが病室に響く。

 電灯もついていない暗い病室の中で、窓から差し込む僅かな月の光だけが有栖の姿を映してくれる。

 そうして先ほどまでキョウジと話していて騒がしかった病室に、一気に静けさが戻ると先ほどの会話が脳裏に浮かんでくる。

 

「二つ目の用件だ…………お前に門倉の遺産を継いでもらう」

 

 目の前の男、キョウジがそう言った。

 対して自身は困惑していた。

 門倉の遺産ってなんだ?

 なんでこの男がそれを自身に告げるのだ?

 それに対する答えをキョウジが答える。

 

「知らない、と言った顔だな。なら説明するが、日本には代々クズノハと呼ばれる集団がいる。遥か昔よりこの国に根付いてきた異能集団と言ったところか。平安の時代では陰陽師たちと覇を競い合いそして現在までその血を残してきたこの国でもっとも強い退魔集団だ。門倉と言うのはな、その葛葉の分家の一つだ。名乗ることを許されなかった他の分家とは違い、唯一役割を与えられたが故にその名を変えた分家。お前の祖父、門倉道三はその役割を担っていた、そして孫のお前がそれを受け継がなければならない」

 

 言われた事の大きさに数秒理解が追いつかなかった、がすぐに理解する。

 それは自身がサマナーであると言う非常識に交わったが故の理解。

「その言い方から察するに、サマナーでなければいけない?」

 そう尋ねると、キョウジが少しだけ驚いたように声を漏らす。

「くく、そうだ…………道三が何を思って自身の子たちにソレを伝えなかったかは知らないが、今日にいたるまで役割に誰も着いていないと言うのは里よりもヤタラガラスの連中が動揺していてな、お前がサマナーであると有栖から連絡をもらうとすぐさまお前にその役割を担うことを命じてきた」

「それって他の人に任せれば良かっただけの話なんじゃあ? だって俺、まだサマナーになって一日目ですよ?」

 そんな自身の問いに、けれどキョウジはすぐ様返す。

「それが出来れば上ももっと安心していられただろうな。力量の問題じゃない、その血筋こそが問題なんだよ」

「血筋?」

「葛葉にはな、代々葛葉宗家の血を引く者だけが開くことのできる扉、と言うものがある。同じようにお前の…………門倉の家系にしか出来ないこと、これはそう言う分野の話だ」

 自身の理由は分かった、がもう一つ分からないことがある。

「だったら、親父たちに要請すればよかったのでは?」

 そう、血筋なら自身以外にも幾人かいる。父親には兄弟も数人いるし、その子供もいる。

 そう言った人たちに役割とやらを任せればそれで済んだ話ではなかったのだろうか?

「ダメだな…………お前以外では全く意味が無い」

「何故?」

「そもそもお前が門倉の遺産を継承しているからだ」

「…………は?」

 脈絡の無いその言葉に、あっけに取られる。

 だがそんな自身を無視してキョウジが話しを続ける。

「ジコクテン…………サマナーになって一日目でそんな悪魔と契約していることが最大の証拠だ。そいつがお前の仲魔になったのは偶然じゃない、お前の持つ因果に惹かれてやってきたんだよ」

 思わず自身の携帯を見つめる…………正確にはCOMPを、だが。

「お前の祖父が何を思ってお前に継承させたのかは知らないが、どうやら後任を作る気はあったようだな」

「爺さんが俺に? 一体何を?」

「門倉を、だ」

 キョウジの告げた言葉の意味が分からず首を捻ると、いずれ分かる、とだけ意味深な言葉を告げてキョウジが話を区切る。

「さて、ではお前も知りたいだろうことを言おう」

 ここまでキョウジがあえて伏せていたこと、そして俺も聞かなかったこと。

 

「お前の役割は、帝都の守護者に仕えることだよ」

 

 

 * * *

 

「この程度?」

 告げられた言葉の内容に、神父が顔を顰める。

 現状自身に一方的に殺されそうになっている男の言葉ではない。

 戯言だ、そう切って捨てるのは簡単だ…………だが。

「くく、知っているか? 古来より、悪魔を召喚する術と言うのは数多く存在している。だがそのほとんどが実は無意味なものである、と」

 それをさせない何かが王にはあった。

Elohim. Essaim. Frugativi et appelavi(エロイム・エッサイム・我訴え求めたり)…………くく、こんな程度の低い呪文しか現代には残っていないのだぞ? 笑えるじゃないか」

 王の口にした言葉。その言葉に神父は聞き覚えがあった。

 悪魔を呼び出すための祈祷文の最初の言葉。

 そして、それを口にした、と言うことは。

「させるかっ!!!」

 次の行動を予想し、神父が飛び出す。

 けれどその行動は立ちふさがるウリエルに阻まれ…………。

「やつらを呼び出すのに本来呪文など必要は無い。必要なのは識ることだ。悪魔を知ることは即ち悪魔に知られること。悪魔を識ることは即ち悪魔に識られること」

 大仰に両手を広げ、王が続ける。

「そして最も重要なのは名を呼ぶことだ。つまり、こういうことだよ」

 そうして王が手を宙にかざす、と同時にその手の中に一冊の書物が現れる。

 それをフロア全体に燃え盛る炎へと向け、こう呟いた。

 

「来よ…………汝、炎獄の王なるもの、無価値なるもの、悪なるもの、反逆せしもの」

 

 その言葉に、フロア中で燃え盛る炎が王の目の前に収束していく。

 

「汝、その名、ベリアル」

 

 その名を呼ぶと共に、炎が弾け…………一体の強大な悪魔が存在していた。

 

『ぬう………………我を呼ぶは汝か、久しきものよな、王よ』

 

 悪魔が口を開き、言葉を紡ぐ。

 たったそれだけのことで、フロア全体が吹き飛んだ。

 和泉も、神父も…………王とその悪魔以外の全てが吹き飛び、崩落を始めた廃ビルから弾き飛ばされる。

 ワンフロアを丸々一瞬で失った廃ビルが倒壊を始める。

 だが王も悪魔も動かない。さもそれが何の意味も持たないかのように、いつも通りの笑みを浮かべ、それを眺めている。

 

 そして。

 

 ビルが崩落し、王と悪魔の姿が消えていく。

 

 瞬間。

 

 廃ビルが消し飛んだ。

 

 

 * * *

 

 

 ガシャン、と自販機の中から缶が落ちてくる。

 それを取り出し口から取り、プルタブに指をかけ飲み口を開く。

「…………ぷはぁ」

 中に入った炭酸飲料を一気に飲み干し、悠希が息を吐く。

 正直、キョウジに言われたことの半分も理解しているとは言いがたい、だがそれは後回しにすることにした。

 後日有栖に相談しよう、そう思いながら、今は頭を切り替え、有栖のことを考える。

「大丈夫かな…………有栖」

 一命は取り留めているらしい、だがそれでも心配にはなってしまう程度には親交は深い。

 それと同時に思うのは、一体誰が? と言うこと。

 最初、有栖は銃で撃たれたらしい、と言うことでその可能性は考えていなかったが………………。

「あんな暗い森の中で銃なんて使えるのか?」

 今思えばおかしい、有栖が撃たれた時、ぱっと見、周囲には誰もいなかった。

 月明かりがあったとはいえ、ぱっと見て誰も見て取れないほどの距離で、有栖を撃つことなどできるのか?

 そもそも何故キョウジが来た?

 最初は混乱していたことと有栖の上司だと聞いて納得していたが、悪魔も絡まないただの事件で一々やってくるものなのか?

 俺に話しを伝えるため? それだったら俺を呼び出せば良い。実際、有栖は一度先の青海町での事件で呼び出されたと聞いている。

 有栖が部下だから? その可能性は無くも無いが…………だったらあの警告はなんだ?

 いくらサマナーだからと言って、表の事件で負傷した人間を表の病院に運んだだけなら警告などされるだろうか?

 警察や病院を介入させたことに問題があるようなあの言い方、それが示すことは即ち…………。

 

「有栖を撃ったやつは、サマナー?」

 

 もしくは悪魔、と言うことになるのではないだろうか?

 

 それに気づくとすぐさま、キョウジの携帯に電話をかけた。

 だがキョウジは電話に出ない。

 それが分かると病院を飛び出す、どこに向かへばいいのか、正直分からない。だがじっとはしていられなかった。

 そして病院を飛び出し、舗装された道路を走り出そうとして…………。

 

 それに気づく。

 

 少女はじっと見つめていた。

 目の前の…………自販機を。

 千円札を入れるところに、お金を入れようとして、けれど入らないことに首をかしげている。

 

 悠希が立ち止まる。

 少女を見て、目を見開く。

 月の光を受けて輝く銀糸の髪。

 黒いゴシック調のドレスを着た少女。

 まるで夜の妖精であるかと錯覚するほどの幻想的な光景。

 その立ち姿に、見惚れていた。

 

 綺麗な子だな、素直にそう思った。

 そしてそんな少女の姿を見て、ぐるぐると渦巻いていた感情が全て吹き飛ばされたことにより、不思議と落ち着いてきた。

 全力疾走で跳ねていた心臓の鼓動が、徐々に落ち着く。

 ふう、と呼吸を整えると、ふと疑問が浮かび上がる。

 

 現在、午後九時半と言ったところだろうか?

 こんな時間に何故少女が外を…………しかも一人で出歩いているのだろうか?

 首を傾げ、けれど所詮他人が口を出すことでも無いか?

 そう考えた時。

 

 自販機の前で何度入れても戻ってくるお札に、少女がやがて一つ頷き…………。

「私は理解する。この機械は、壊れている」

 そう言って、彼女は懐から一本のナイフを取り出す。

 そうして、手に持ったナイフを振りかぶり…………。

「って、ちょって待てえええええ」

 慌てて声をかけると、少女が動きを止め、顔だけこちらへと向ける。

 そうして少女の傍へと駆け寄り、ナイフを持ったその手首を掴む。

「…………………………私は思う、あなたが誰であるか」

「俺は門倉悠希だ。いや、そんなことより」

「私は名乗る、ナトリであると」

 少女の名はナトリと言うらしい。ナトリ、名取かと思ったが、少女がどう見ても日本人ではないので、素直にカタカナでナトリでいいのだろう。

 

「そんなことよりも、何してるんだよ」

「私は言葉を返す、あなたこそいつまで握っているのか」

 ナトリのそんな言葉に、ずっとその腕を掴んでいたことを思い出し、そして目の前の美少女と言っても過言ではないその容姿の少女の目と鼻の先にいることを意識して、思わず顔を赤らめる。

「私は疑問に思う、どうして顔が紅いのか。私は考える、体調でも悪いのだろうかと」

「あ、いやそうじゃなくてだな…………と、とにかくごめん」

 改めて思うと、妙な言葉の使い方をする少女だ。だが不思議と似合っている。

 こんな無表情で流暢に話されても違和感しかないだろうことは簡単に想できるのだが、それ以上、この少女の雰囲気がその珍妙な言葉遣いに違和感を感じさせない。

 

「そ、それで、結局何しようとしてたんだよ?」

 ナトリの持つナイフを怪我をしないように抑えつけ、動かせないようにする。

 そうするとナトリが首を傾げる。

「私は思う、あなたは不思議なことを聞くと」

「俺からすると、そっちのほうが不思議なんだが」

「私は考えた、この機械は壊れている。けれど私は思う、ここにあるものが欲しいと」

 そう言ってナトリが自販機に展示されている乳酸飲料のラベルの貼られたペットボトルを指差す。

「私は考える、壊れているせいで出てこないなら直接取るしかないと」

「なんでその発想が出てくるんだよ…………ていうか、どこが壊れてるんだ?」

 自販機を見て首を傾げる。どこもおかしなところは無い。もしや札でも飲み込まれたのだろうか?

 と、そんなことを考えていると、ナトリが一枚のお札を取り出し、自販機に通す…………がすぐに戻ってくる。

「私は告げる、この通りこの機械は壊れていると、私は回顧する、以前見た時はちゃんと使えていた」

 

「………………いや、あのな?」

 一連の行動を見ていた、一つ気づいたことがある。壊れているのは自販機じゃない、ナトリの頭のほうだ。

「それ…………明らかに外国の紙幣なんだが」

 千円札に似た色合で、100EUROと書かれた紙幣。EURO…………つまりユーロ。

「あのな、自販機で使えるのは日本のお金だけだぞ? それユーロって外国の紙幣だろ」

 そう言うとナトリは目を丸くして人差し指を下唇に当てる(その動作にドキリとしたのは秘密だ)。

「私は理解する。この金銭はこの機械に対応していないのだと」

 案外あっさりと理解したナトリを見て、勘違いに気づく。

 この少女は頭が壊れているのではなく、単純に知識が無いだけなのだと。

 話し方はおかしいが、日本語の使い方は間違っていないし、発音も違和感が無かったので長く日本で生活していたのだと勘違いしていたが、どうやら日本について詳しくないらしい。

 数瞬思考し、そして自身の財布から百円硬貨を二枚取り出すと自販機に入れ、ナトリが先ほど指差していた飲料のボタンを押す。

 ガシャン、と音を立てペットボトルが転がり落ちてくるのでそれを取り出し口から取り。

「ほら、これでいいのか?」

 ナトリに渡す。そしてそれを受け取ったナトリがどこか困惑したような表情を作った。

 

「私は考える、あなたが何故これを渡してきたのかを」

「やるよ、欲しかったんだろ?」

「…………私は思う、どうしてあなたは見ず知らずの人間にそんなことをできるのか、不思議であると」

 どうして、と言われればどうしてだろうか?

 ナトリに見蕩れたから、と言うのは理由としては違う気がする。

 と言うかそんな理由のある行動ではなかったのだが、強いて言えば。

「かっこつけたかったから…………かな?」

 昔からずっと、憧れていたのだ。

 つっけんどんな癖に、どこか優しくて、いつだって自分たちが困っているような時は助けてくれる。

 自身の親友に、昔からずっと…………それこそ、出会った時からずっとずっと憧れていたのだ。

「私は思う、あなたは不可思議である」

「お前にだけは言われたくない」

 自分がこの少女以上の不思議キャラだなんて絶対に認めない。そこだけは絶対にだ。

 困惑していたナトリの表情が、けれど今はふっと軽くなり。

「私は認める、あなたが私の名を呼ぶことを」

「え?」

 唐突なその言葉に、意味が分からず答えに窮する。

「私は思う、あなたに私の名前を呼んで欲しいと。私は感じた、あなたはそれに値する人間であると」

「えっと………………ナトリ、って呼んでいいってこと?」

 恐る恐る、と言った感じでそう呼ぶと………………。

 

「Noelle Taylor Reid」

 

 その口から出たのは間違いなく日本名とは違うそれで…………。

「私は告げる、頭文字を取ってナトリ。それが()()()()()()()であると」

 

 

 

 * * *

 

 

 暗い暗い病室。

 月明かりだけがその部屋に眠る少年…………有栖の姿を映し出す。

 たった独り、眠るはずのその部屋に。

 けれど今は、それ以外の人影が存在していた。

 のそり、と人影が有栖の眠るベッドの上に乗り…………。

 

「…………………………」

 

 無言でその寝顔を見つめる。

 

「…………………………」

 

 沈黙が十秒、二十秒と続き…………やがて人影がその手を、眠る有栖の顔へと向けて伸ばす。

 ぴたり、とその小さな手が有栖の頬に当たり、動きを止める。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 瞬間、ふとした拍子に開いた有栖の目とその有栖に跨る人影…………アリスの目が合う。

 

「おはよう、有栖」

「おはよう、アリス」

 

 けれど互いに一切の動揺も無く、まるで日常の一部であるかのように言葉を交わす。

 だがそこから互いにまた言葉を無くし、沈黙が続く。

 重苦しい、のかは分からない。それが分かるのは有栖か、それともアリスだけなのだろう。

 

「死ななかったねー」

 沈黙を破ったのはアリスのほうからだった。

 そんなアリスの言葉に、けれど有栖はハン、と鼻を鳴らす。

「そう簡単に死ぬかよ。少なくとも、今のままじゃ死ねないっつーの」

 呟き、ゆっくりとだが、体を起こす。必然的に有栖に跨っているアリスとの距離がぐっと近づき、互いの顔が目と鼻の先まで近づく。

 けれど、互いに一切の表情の変化も無く、互いの瞳を見つめあったまま話を続ける。

「俺を撃ったやつは確認できたか?」

「ううん、だーれもいなかったよ、わたしのみたかぎりでは、ね」

「ってことは、お前の感知範囲外ってことか」

 アリスは別に探索型の悪魔、と言うわけではないが、それでも高レベル悪魔だ、基本性能からして高いならば、必然的にその知覚範囲も広くなる。

 特に魔力を感知することには長けているはずの俺やアリス、両方が感じ取れなかった、と言うことは。

「相当遠くから撃たれたな、となると必中の加護でも持ってやがるのか?」

 あんな遮蔽物の多く、視界も悪い暗い森の中で俺たちの感知範囲に引っかからないような位置で、正確に俺の心臓を狙ってきた、そんなこと普通の人間なら不可能だろう。

「………………まあ考えても仕方ないな、まだ情報が少ない。悠希を探してから俺たちも動くぞ」

「はーい」

 有栖は自身の上からアリスをひっぺ返し、ベッドから降りる。

 いつの間にか着替えさせられていた患者服からベッドの傍にあった自分の荷物の中の私服に着替えると、自身の荷物を漁る。

 いくつか装備がなくなっているが、ここは一般の病院のようではあるし、悠希が隠したのかもしれない、と考える。

 残った装備を持ち、荷物を片付けるとすぐさま病室を出ようとし…………。

 

 ふと脳裏に浮かんだ疑問を後ろからついて来ているアリスに投げかける。

 

「なあアリス?」

「なあに?」

 

「俺が死ななくて残念か?」

 

 その言葉に、アリスが足を止める。

 そして有栖も、アリスの言葉を聞き逃すまいとしその表情を見つめ。

 

「…………ううん、いまはそうでもないよ」

 

 そう答えたアリスを数秒見つめ。

 

「………………そうか」

 

 そう言い、今度こそ振り返らず病室を出て行った。

 

 

 

 




総合評価がそろそろ7000になる。
評価してくれてる人はありがとうございます。
だがそれにしてはどうして感想が一件も来ないのだろうか…………。

感想ぷりーず。





むう、りゅーちゃんのように140話近く書けば感想もいっぱい来るのだろうか?


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有栖と名取

イベント海域E-3突破。
艦これ楽しい。
ガンナーレベル56。
PSO2楽しい。

結果→ご覧の有様だよ。


追記:日刊16位ありがとう。


 

「私は告げる、あなたに頼みがあると」

 話を終え、病院へと帰ろうとしている悠希に、ふとナトリが声をかける。

「えっと、なんだ?」

 立ち止まり、ナトリへと振り返り首を傾げる悠希。そして、そんな悠希にナトリが告げる。

「私は懇願する、この近くの病院に連れて行ってほしい」

「病院? どこか悪いのか?」

 ナトリをやや心配そうに見る悠希に、けれどナトリは特にソレといった様子は見せず、首を振る。

「私は向かう、お見舞いに」

「こんな夜に?」

 すでに夜十時近い時間だと言うのに、こんな時間にお見舞い?

「私は回顧する。先ほどその人が入院したと電話をもらったことを」

「さっき…………入院…………近くの病院…………」

 それはもしかして…………。

「有栖?」

 悠希の零した言葉に、ナトリが不可思議そうに首を傾げる。

「私は疑問に思う。どうしてあなたがその名を知っているのか」

「どうしてって…………俺は有栖の昔からの友人だし、寧ろなんでナトリが知ってるんだ?」

 悠希の問いに、ナトリがふむ、と少しだけ思案したような表情になる。

 数秒ほど沈黙が続き、やがてナトリが口を開く。

「私は答える。私の保護をしている人の知り合いであると」

「何か近いのか遠いのか良くわからない縁だな…………まあいいや、有栖の見舞いに行くのか、なら俺もちょうど病院に戻るところだったから一緒に行こうぜ」

「私は感謝する。あなたの行動に」

 そう言って、ナトリが微かに…………笑った。

「っ?!」

 瞬間、悠希の心臓がどくんと跳ね、鼓動が早くなるのを感じる。

「私は疑問に思う、どうして突然黙ってしまったのか」

「あ、い、いや…………な、なんでも無い」

 そう、なんでもない、はずだ…………そのはずだ。

 高鳴る鼓動を無理矢理押さえ、湧き出した感情を無理矢理蓋をした。

 

 

 * * *

 

 

「有栖?」

 病院から抜け出すと同時に、自身の名を呼ばれる。

 振り返る、そこに何故か悠希と一人の少女がいた。

 腰まで届く長い銀髪。そして装飾が施された黒のドレス…………ゴスロリ服とか言うそれを来た少女。

「悠希……………………それに、ナトリ?」

 自身はその少女、ナトリを知っていた。そして、だからこそ、どうしてナトリがここにいるのかが分からなかった。

「私は挨拶する、こんばんわ、()()

「ああ、こんばんわ」

「私は首を傾げる、入院していたと聞いたはずだと」

 相も変わらないおかしな日本語の使い方だったが、その特徴的な言葉遣いに懐かしさすら覚える。

「問題無い、とは言わないが寝てもいられないからな、強いて言うなら…………仕方ない」

 肩をすくめそう言うと、ナトリが無表情に、そう、とだけ呟いた。

「な、なあ…………有栖?」

 と、そこで俺たちのやり取りを見ていた悠希が声を挟む。

「今、ナトリがお前のこと兄様って」

「ん? ああ、こいつの兄代わりみたいなことやってた時があるから、その時の名残だよ」

「兄代わりって…………えらく親しいんだな、俺はお前にそんな時期があったなんて知らなかったよ」

 なんとも言えない微妙な表情をした悠希に首を傾げる。

 と、そこでふと気づく。

「お前、ナトリって名前で呼んでるんだな」

「え…………? ああ、ナトリが名前で呼んでくれって」

 へー、と呟きナトリを見ると、こちらに視線に気づいて首を傾げる。

「何したのか知らないが、気に入られたんだな」

「え"?!」

 俺の呟きに、悠希がどうしてか素っ頓狂な声を上げる。

「き、気に入られたって…………どうして」

「さあ? けどナトリが自分の名前を呼ぶのを許容するってのはそういうことだろ」

「私は思う。悠希は興味深い人間であると」

「そうか………………ならそれでいいさ」

「え、あ……う…………」

 俺とナトリのやり取りに、百面相のように変化するその表情を面白おかしく見ながら話を進める。

 

「まあそれはそれとして、どうしてナトリがいるんだ?」

「私は答える、有栖兄様が入院した、ちょうどその時、父さんと一緒に日本にいた、だからお見舞いに来た」

「へえ、お前日本に来てたのか…………いや、待てよ。そうなると…………」

 もしかすると全部あいつの仕込みだったのか? こうなることを予想していた?

 いや、予想していたのはこっちではなく…………。

「で、肝心のあいつは?」

「私は答える、知らないと」

「……………………なるほど」

 現状を整理するには情報が足りない、か。

「お前に何か言っていたか?」

「私は答える。病院へ行って、有栖兄様に会え、とだけ」

 それだけか。となると…………電話だな。

 

 と考えたところで、そう言えば荷物の中に電話が無かったのを思い出した。

「悠希、俺の携帯知らないか?」

 そう問うと、悠希が思い出したようにはっとなって、すぐ様俺の携帯を渡してきた。

「キョウジさんって人から電話がかかってきたから思わず出ちまった、悪い」

「キョウジからか? まあいいが」

「父さんから?」

「は…………?! と、父さんって!」

 驚いた様子の悠希に、ナトリが首を傾げる。

「私は疑問に思う、悠希が驚いていることに」

 まあ知らなかったのだとすれば、驚くだろう。

 この二人を知る人間で、その事実を知らなければ、まずこの二人にそもそも接点があることすら想像できないだろう。

 方やスーツ姿のヤクザ、方やゴスロリ衣装の外国人少女。

 それが親子であるのだというのだから、まあ驚くのも無理は無い。

 とは言っても、この二人は血は繋がっていない。つまり、義理の親子だ。

 正直最初に聞いた時は、あのキョウジが? と思ったものではあるが…………。

 ナトリと言う少女の立場を聞けば、納得する。

 

 次代葛葉キョウジ。

 

 今代葛葉キョウジが自身の全てを詰め込み、自身の全てを受け継がせ、自身の代替となることを望み拾った次代葛葉キョウジとなるためだけに育てられた少女。

 

 それが、葛葉名取と言う存在だった。

 

 

 * * *

 

 

 昔、あるところに、一人の少年がいた。

 少年は物心ついた時から孤児院に居て、優しい院長先生だけが少年の親だった。

 その孤児院は教会系列が運営するもので、ゆえにこそ院長先生もまた教会の信者であった。

 当然の帰結として、その孤児院に引き取られた子供たちはまだ幼いころから教会の教えを受けて育った。

 少年もまた、その例に漏れず、孤児院で生活する中でゆっくりと、その教えを自身の中へと受け入れていった。

 人一倍純粋だった少年は、人一倍信仰にも熱心であった。

 院長先生も、週に一度やってくる教会の神父もそれを喜んだ。

 そう……………………そこまでは良かったのだ。

 

 その日までは。

 

 孤児院に、強盗がやってくるまでは。

 

 結果だけ言うならば、少年を除く孤児院の住人全員が死亡。

 同時に、十六名にも及ぶ窃盗団たち、それらも全て死亡。

 内十三名を少年が殺害した。

 

 回顧する。

 孤児院でも年長組みとなっていた少年はその日、院長先生に頼まれ買出しのために街から離れた孤児院から街へと向かっていた。

 生真面目だった少年は、一切の寄り道などをせずにまっすぐ…………それこそ最短で帰ってきた、帰ってきてしまった。

 だからこそ、鉢合わせた。あと十分、たった十分で良かったのだ。少年が遅れて帰ってくればそんなことにはならなかっただろう。

 孤児院へと帰った少年が見たものは…………血の海だった。

 絶叫する少年。そしてそんな少年に窃盗団が気づくのは当然の帰結であり…………。

 少年を殺そうとする窃盗団。そしてそんな少年の前に姿を現し、少年を庇ったのは…………他でもない、まだ生きていた院長先生であった。

 恐らく、その時だったのだろう。

 

 少年の瞳が開花したのは。

 

 聖者の金眼(ウーィユ・ドレ)

 

 魔を縛る神の権威の一旦を宿した瞳。

 

 その日、少年は…………生きながらにして聖人と認定された。

 

 少年は知った。

 あの日、孤児院を襲った窃盗団がその実、異教徒たちの集まりであること。

 他の神を信じる教会によって運営されている孤児院は、異教徒たちの見せしめとして襲われたこと。

 

 少年は悟った。

 神の教えを広めなければならない。全ての人間が同じ神を崇めたならば、このような悲劇は二度と起こらない。

 そして、異教徒は狩りつくさねばならない。やつらは人ではない、畜生にも劣る獣である、と。

 

 少年は自身を捨てた。

 汝殺すなかれ。けれど殺さなければ守れないものがある。

 汝寛容を持って汝の隣人を愛せ。愛すべきは同じ信徒のみで良い。

 

 例えこの身が滅びようと。

 例え死後、地獄に落ちようと。

 例え自身が永劫救われることがなかろうと。

 

 同じ神を信じる愛すべき隣人たちだけは守り抜く。

 例え神の教えに反したとしても。

 

 その日から、少年は自身の名を捨てた。

 主は牧者なれば、迷える羊を導きたもうて。

 けれど自身は導きに従わず、永劫さ迷う羊である。

 

 故に、迷える羊(ストレイシープ)

 

 その救いの道から逸れてしまった自身は、永劫迷い続ける。

 代わりに一人でも多くの異教徒を殺しつくすことを誓い。

 一人でも多くの信徒を守り抜くことを誓った。

 

 それは…………誓いの名である。

 

 ならば。

 

 このようなところで挫折してるわけにはいかない。

 

「あなたは御心のままになし給う御力の御方に在します」

 屈した膝にありったけの力を込め、体を起こす。

「あなたの他に神はいまさず」

 震える両の手で双刃を握り締め。

「あなたは栄光に輝き」

 顔を上げて、両手を交差させ構えを取る。

「常に許し給う御方にまします」

 昔から何度も繰り返し呟いて来た聖句。

 神の教えを穢すこの身で、このような聖句を呟く自身は、いつか天罰が下るだろう。

 それでも良い。贖いの主である神自らに断罪されるのならば、本望ですらある。

 だが、今はまだ…………目の前のあの神の敵を倒すまでは。

 

「Amen」

 

 どうか、再びその教えを穢すことを…………お許しください。

 

 

 * * *

 

 

「っていうか、有栖、お前起き上がって大丈夫なのか?!」

 今更と言えば今更過ぎる悠希の案じに、簡素に返す。

「大丈夫だ。それより悠希、お前俺を撃ったやつを見たか?」

「わ、悪い…………気が動転してて…………それに、暗かったし」

 そうだ、やはり暗いのだ。見えるはずがないのだ。いくら入り口にいたからと言って。

「やっぱサマナーの仕業だな。だがそんなやついたか?」

 超常の力が働いたのは分かる、だがどんな力だ? 暗いところでもものが見えるようになる力か? それとも、絶対に外れない力か? それによって相手がどんな悪魔と契約しているかどうかも変わってくる。

 と言うか、拳銃ならともかく、狙撃銃を使うサマナーと言うのはさすがに初めて聞いた。

 これは一つの特徴ではないだろうか?

 いや、本当に狙撃銃か? 狙撃されたからそう思い込んでいるだけで、実は拳銃だったりするのだろうか?

「って、これじゃ駄目だな…………やっぱりまだ情報が足りない」

 と、なれば…………探すしかないだろう。

 問題はどこを探すか、だが。

「現場百遍ってか? そういうのは俺の領分じゃないんだが…………」

 そこで、ふと気づいてナトリのほうを見る。

 俺の視線に気づいたのか、ナトリもこちらを見て。

「私は問う、兄様何か用?」

「いや、お前は俺の見舞いに来てくれたらしいが、それが終わった後どうするつもりだったんだ?」

「私は答える、父さんと合流するつもりだった」

「キョウジに? それに合流って…………」

 キョウジの元に戻る、ではなく合流する、と言う言葉を使った、ということは。

「今から仕事か?」

「私は肯く、その通りであると」

 次代葛葉キョウジである以上、ナトリはいつかキョウジのやっていることを全て受け継がなければならない。

 そのため、キョウジも少しずつではあるが今の自身の任された役割にナトリを同行させていることがある。

 つまり、ナトリがこれから行く仕事とは、そのまま葛葉キョウジが動くほどの案件、と考えても良い。

「一応聞いておくが、何があった?」

「私は答える、街の南でガイアとメシアが抗争中」

 ガイアとメシアが抗争中? そんなものは常時ではあるが、キョウジが動くレベルで?

 

 いや、待てよ?

 

 ふと過ぎった予感。こう言う時の勘と言うのは絶対に馬鹿にしてはいけない。特に、デビルバスターと言う存在は。

 思い出すのは、今日自身の家にやってきた一人の少女のこと。

「………………………………」

 携帯で自宅へと電話をかける。電話越しに呼び出し音は鳴っている…………だがいくら待とうとそれが繋がることは無く…………。

「和泉か!!!」

 ほぼ確信する。南で抗争をしていると言うガイア、それが和泉であることを。

 けれどおかしい、確かに和泉はあれでも一応ガイア教の幹部だ。だがそのフットワークの軽さと行動原理から、和泉が動くこと自体はそこまで危険視はされないはず。

 だとすれば、どうしてキョウジは動く?

 いや、待て。先ほどナトリはなんと言った?

 メシアとガイアの、抗争?

「一つ聞くが、メシアとガイアの戦いはまだ続いているのか?」

「私は答える。是である、と」

 ガイアとは、力が絶対の集団だ。無法と混沌を求めるからこそ、力こそが優劣の全てである。

 そして曲がりなりにもそのガイアの幹部である和泉は相応の実力を持っている。

 だとすれば…………それと戦い続けることのできる相手がメシアにいる、と言うことか?

 

 考えれば考えるほどに不安が募る。

 

 嫌な予感が途切れない。

 

 自身の直感が最大の警告を鳴らしている。

 

 勿論だが、それを無視することも可能ではあるが…………。

 

「有栖」

 

 聞こえた声に振り返る。アリスが少しだけ不思議そうな表情で告げる。

 

「あっちのほうから、へんなかんじがするよ」

 

 そうしてアリスが指差したのは…………南側だった。

 

 




いつになったら三章終わるんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

と叫んだところで、あとがき。

ナトリの設定が一つ回収されましたね。だがナトリはもう一つ設定があったりする。

とりま、あと3,4話で三章終わらせる…………予定。

早く四章書きたいいいいいいいいいいいい。

勝手な設定ですけど、葛葉キョウジだけはキョウジ自身が選んで実力が問題なければそのまま後継になり、って設定です。
原作見る限りだとキョウジって葛葉の中でも異端と言うかアウトローな存在ですし、葛葉の里の掟みたいなのにあまり縛られない存在、として書いています。


感想どしどし募集。水代に次の話を書く気力を。


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有栖と錯綜

E-4に挑んで、半分くらいまでゲージ削ったけど、燃料が足りなくなって一旦退却した。さすがに燃料が2000切ったのは怖かった。
とりま、全部一万以上貯めたから、明日あたりもう一度挑もうと思う。


 

 

 その手に持つ鉾を一振りすれば大地が燃え上がり、世界を紅蓮に染める。

 雄たけびを上げれば空間が軋み、背の羽を一振りすれば風が荒れ狂う。

 燃え盛る炎が周囲一体を焦がし、荒れ狂う風がそれを助長させ、炎の領域がぐんぐんと広がっていく。

 その炎の中で戦う影が二つ。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 叫び、両の刃を振り下ろす。ガキン、と音を鳴らし、刃は鉾に阻まれる。

 即座に神父…………ストレイシープが下がるのとほぼ同時に刃を止めていた鉾がなぎ払われ、炎が湧き上がる。

『その体でよくやりおるわ、だがこれならどうだ…………マハラギダイン!」

 目前の魔王…………ベリアルが叫ぶと、ベリアルを中心として炎が噴出す。

「おお神よ、われらが主よ。御恵みにより、あなたが忌み嫌うすべてのことから私どもを守りたまえ」

 直前に張った防御ごと炎は自身を飲み込んでいくき、半径百メートル近くを巻き込んだ焦熱の炎が周囲の建造物を溶解させていく。

 否、建造物どころか地面までも半分溶解し、溶岩のような有様を見せていた。

 桁違い、そんな言葉が浮かぶ。

 魔法の威力は魔力の質によって決まる。魔力には量と質があり、量がどれだけ魔法を使い続けられるかを決め、質が同じ魔法の威力をどれだけ高められるかを決める。

 同じ魔法を使っても、魔力によっては雲泥の差が出ることなど珍しくも無い…………だが。

 

「ぐ………………がぁ…………」

 

 黒こげになった服を脱ぎ捨てる。その下にあるのは薄い布地の上着が一枚。

 確かに祈りの守り…………神の盾は発動していた。だがこれはどういうことか…………。

 単純な話だ。自身の守りを、炎の威力が上回ったのだ。

 異常なまでのその火力、さすがのストレイシープも戦慄せざるを得なかった。

 これほどの威力、さきほどのウリエルやスルト相手でもお目にかかることはなかった。

 レベルに換算して明らかに100を超えているだろう相手。

 だが胸に宿す己の意思になんら変化は訪れない。

「破魔の雷光!」

 両の刃を通して発する雷撃、それがベリアルに直撃し、一歩後退させる。

『むう…………破魔の力か。多少は痛かったぞ』

 けれどそれだけだ、相手の行動になんら支障は来たさない。

 格が違う。さきほどまでの相手とは…………。

 かと言って先ほどまでの相手…………モトやウリエル、スルトが弱かったわけではない。

 ただ、目の前の魔王が規格外過ぎるのだ。

 正確には、規格外と言えるだけの力を引き出しているのだ。

 現世にやってこれるのは、分霊だけ。その分霊が本体からどれだけの力を引き出せるか、それが悪魔の強さの基準だ。

 目の前の魔王の分霊は相当な力を引き出せるらしい…………一種異常なほどに。

 

 基本的に悪魔も人間も蓄積可能な活性マグネタイト量と言うのは一律で決まっている、と言われている。

 その上限をレベル99…………即ち到達点と定めてそれ以下を計算している。

 先ほど戦ったモト、ウリエル、スルトなどがレベル90以上と言ったところだろう。どの悪魔も強大で、召喚された時点で最低レベル80を超えるような強大な存在ばかりだ。そこからさらに強力になっている以上、90を超えていると言う予想は間違っていないはずだ。

 だが、目の前の存在はなんだ?

 ほぼ上限に達している先の魔王たちよりも、群を抜いた圧倒的強さ。

 

 まさか、まさかではあるが…………。

 

「レベルオーバー…………だと…………?」

 レベル100から先へと進んだ存在。非常に稀過ぎるそれは既存のものとは比べ物にならない圧倒的な力を持つ。

 どうやって現れるのか、どうやって呼び出すのか、その方法は知られていない。

 限界と言う枠を破ったその存在は、あまりにも非常識に、あまりにも理不尽に、あまりにも不条理に、一切合財の既存をぶち破り、未知を引き連れる。

 だがそうだとすれば納得できてしまう。

 目の前の存在のあり得なさが。

 自身の瞳に縛られた状態で、ようやく勝負になる。それがどれほどあり得ないことか。

 炎に体を焼かれながら、右の刃を振りぬく。鉾であっさり止められる。並の悪魔ならば動くことすらできないはずの自身の縛鎖の聖眼に縛られながら、拘束はちゃんと働いている。所々で動きを束縛されたような動作はある。

 能力値も下がっている。最初に感じていたほどの存在感は感じない。

 だが、そこまでしてようやく互角だった。否、相手にはまだ余裕が感じられる以上、互角ですら無い。

 正確には、そこまでしてようやくまともな戦いになっていた。

 だがそれが王の気分一つであっさりと崩れる均衡であることも分かっていた。

 何せ相手は先ほどまでの三体をまだ使っていないのだ。召喚はされていることから使えないわけではないようだった。

 だとすれば、これは王の余裕を見せているからこその拮抗だ。

 

 切り札を切らねばならない。

 

「裁き主なる主はのたもう、我より離れよ、されば汝裁きを受けん」

 

 神威にして、神意なる一撃。

 断罪なる神の理。

 罪を裁きし神の鉄槌。

 

「天罰!!」

 

 雷鳴が轟くと共に、空から一条の光の柱が落ちてくる。

『ぐ、ぬおおおおおおおおおおおお!!!』

 光の柱がベリアルの姿を飲み込む、だが…………。

『温いわああああああ!!!』

 世界が震えたかと錯覚するような咆哮が響き、光の柱から炎が噴出す。

 目の前が紅蓮一色に染め上げられていく光景に、さすがに唖然とする。

 Drak悪魔相手の切り札、それすら破られ一瞬の思考の硬直。

 そして気づいた時には、炎の波が目前まで迫り…………。

 

『ぬうっ?!』

 

 止まった。

 

『……………………………………』

 

 するすると、まるで吸い込まれるように炎が全てベリアルの元へと戻っていく。

 だが肝心のベリアルは驚愕した様子で完全に動きを止めている。

 その視線は、自身の背後に向けられていて…………。

 

 だが振り返らない、否、振り返れない。

 

 見えてしまったから。ベリアルの向こう側、そこにいるはずの王。

 

 その王に…………。

 

 銃口を突きつけた少女の姿があったから。

 

 

 * * *

 

 

 人間の根底など、そうそう簡単に変わるものではない。

 最も分かりやすい例を挙げるなら、心的外傷(トラウマ)だろう。

 例えトラウマの原因が取り除かれたとしても。

 一度傷ついた心はそうそう簡単に癒されたりはしない。

 例え治ったように見えても、それは表面的なものであり、PTSDなどに姿を変えて忘れたころにその姿を現す。

 何より厄介なのは、実際にその症状が現れるまで本当に治ったかどうか確かめる術が無いことだ。

 本人すらも自覚できていないのに、まして他人にその心理を計ることなどできるだろうか。

 

 和泉と言う少女にとって、過去の体験はまさしくそう言う類のものであった。

 

 自身ではもう大丈夫だと思っていた(キズ)

 

 自身はすでに救われたのだから、もう関係無いと思っていた記憶(イタミ)

 

 いや、本来ならもう大丈夫だったのかもしれない。少なくとも幾度と無く和泉自身それを避けることも無く関わってきたこれまでがあったのだから。

 だがそれは傷口にできたかさぶたのごとき脆さであり。

 王と言う圧倒的存在を前にして、塞いだはずの傷痕が開いた。

 

 全身が恐怖に震えた。脳裏に過去の記憶(イタミ)がフラッシュバックし、心を鈍い痛みが焼く。

 

 身体的にはすでにどこも問題無い。だと言うのにこの体は震え、蹲り、その足にはぴくりとも力が入らない。

 強がっても、見てみぬ振りをしてもしきれぬ本能に刻まれた恐怖が自身の全ての抵抗を打ち崩していく。

 崩落したビルのガレキに埋もれながら、それでも和泉にそこを抜け出すどころか、あがくことすらしない。

 恐怖に塗りつぶされた心は、体は、本能は、一切の動きを止め、ただ震えるだけであり。

 そのまま誰も何もしなければ、和泉と言う少女はずっとそこで震えたまま終わるのだろう。

 

 誰も、何もしなければ。

 

「和泉!!!」

 

 聞こえた声に、震えが止まる。

 恐怖に塗りつぶされた心に、ほんのわずかな理性が宿る。

「………………ぅん」

 けれど呟きは言葉にはならず、僅かな呼吸音と共に出て行くだけ。

 当然ながら、()には届かない。

 だが。

 

「和泉!! いるのか?!」

 

 再度聞こえる、さきほどまでよりもはっきりとしたその声。

 それが誰の声なのか、はっきりと認識した瞬間、まるで霧が晴れていくかのように、恐怖が霧散し思考が明瞭になる。そして自身の状態を思い出し、すぐさま体に力を入れる。

 腕の一振りで自身の上の瓦礫を全て吹き飛ばす。

「和泉?!」

 それに気づいた彼…………有栖がすぐさま駆けつけてくる。

 体を起こす、先ほどまでの震えは嘘のように止まっていた。

 ああ…………またか。立ち上がり、有栖の顔を見て、思わず苦笑する。

「また助けられちゃったわね」

 埃に煤けた自身の白いワンピースをぱたぱたと掃う。

 あちこち破れてしまい、所々破けているところもある。特注の耐火服なので燃えることは無いが、それでも有栖の目の前でこの服は多少恥ずかしいものがあるが、まあ今は致し方ないだろう。着替えている時間も余裕も無い。

「それにしても、有栖くん…………どうしてここに?」

 ここより少し離れた地点、遠くで神父風の男と王が戦っているその方向を見ながら有栖が呟く。

「なんとなく嫌な予感がしてな。聞いた話によればガイアとメシアが抗争してるって言うじゃないか…………で、お前のこと思い出してな」

「それって…………心配してくれたってこと?」

「別に……………………そんなんじゃねえよ」

 そう言いながら、ぷいっ、と顔を逸らす有栖のその姿に。

 堪らなく愛おしさがこみ上げ。

「ふふ…………ありがとう、有栖くん。お陰で助かったわ」

 笑ってそう告げた。

 

 * * *

 

 和泉の無事は確認した…………が、嫌な予感はまだ止まらない。

 本能が最大級の警戒(アラート)を鳴らす。

 先ほどからずっと近くから聞こえる爆音。それがこの予感の正体なのだろうか?

「なあ和泉…………あっちは一体どうなってるんだ?」

 その問いに、和泉が少し押し黙り…………やがて口を開く。

「メシア教らしい男と王って名乗ってる男がいるわ」

「王?」

 その言葉を最近聞いたような………………否、最近どころか今日聞いたばかりではないか。

「騒乱絵札…………か?」

 こくり、と肯く和泉。驚きに目を見開き、けれどどこか納得する。

 

 嫌な予感がする。

 

 先ほどから止まらぬ脳内の警報(アラート)

 離れているはずのこちらまで届く、びりびりと肌を刺す圧倒的な魔力の波動。

 確信する。この先にいるのは…………化け物である、と。

 

 けれど、そんな俺の心情とは裏腹に。

 

「……………………………………あれ?」

 

 ふと、いつの間にかCOMPから抜け出していたアリスがそんな言葉を呟き、首を傾げる。

 そしてそのまま吸い寄せられるようにフラフラと音がするほうへと歩いていく。

「アリス? お、おい!!」

 慌ててその後を追う。と、そんな自身の背に和泉が声をかけてくる。

「有栖くん、騒乱絵札はガイアにとってもメシアにとっても敵、それは覚えておいてちょうだい」

 それが何を意味するのか、都合良く解釈するならガイアもメシアも今回に限っては…………。

「ああ、了解だ」

 そう返し、急いでアリスの後を追った。

 

 

 * * *

 

 

 手に力は…………はいる。

 足もまだ動く。

 さすがの回復力か、この体に異常はどこにも見当たらない。

「…………………………さて」

 足元に転がる二丁の銃を拾い上げ、すっと深呼吸する。

 どくん、どくん、と心臓の鼓動を感じられる。

 静かだった。先ほどまで聞こえていた爆音もいつの間にか耳に入らなくなっていた。

「…………………………そろそろ」

 王…………あの男は確かに言った、メシアで過去に行われたあの狂気の実験、その元凶であると。

 実際に自身を弄んだのはあの日殺した男たち。だが、その原因となったのは…………先ほどの男。

 回顧し、あふれ出しそうになる過去の痛み、けれどそれを怒りで焼き尽くす。

「…………………………殺すわ」

 あの男だけは…………自身だけでない、犠牲となって他の子供たちのためにも。

 やつだけは…………王だけは、絶対にこの手で殺す。その血を持って、彼らのための購いとする。

 

「誓いは果たされず、偽りの血が流れる」

 

 謳う、謳う、謳い上げる。

 

「復讐は満たされず、私は血に渇く」

 

 紅い蛇が哭き、体中の血液が沸騰したように体が熱い。

 

「今宵の誓いをここに、私が願い、私が誓い、私が果たす」

 

 復讐の誓い。死んでいった彼らの断末魔の叫び、それを思い出し。

 

「果たされざる渇望(ねが)いを私が果たそう、刻まれし痛みがあなたを許さない」

 

 蛇が翼を広げ、紅い魔方陣が自身の足元に現れる。

 

「今は亡き者の無念を遂げよう、死者の怨嗟は果てしなく続く」

 

 オオオオオオォォォォォォ

 

 蛇の慟哭が暗い夜空に響き。

 

「復讐するは我にあり」

 

 直後、音すら置き去りにして、その一歩を踏み出した。

 

偽血の徒花(ダーティー・ブラッド)

 

 




有栖くん来ただけで復活できる和泉チョロイン、とか思った人。それは違う。
有栖は和泉を救いだしてくれた人、和泉の過去の幻影を打ち砕くのにこれ以上の人はいないからこそ復活できたのです。個人的にチョロインってそんなに好きじゃない。朔良だって最初は憧れから始まってますから。一目惚れって理由付けが適当過ぎて個人的にはやらない。

知ってるか…………すでに3章始まってこの話で6万字くらい書いてるけど、まだ24時間も経ってないんだぜ?



半人半魔 イズミ

LV57 HP770/770 MP250/250

力69 魔51 体27 速61 運46

喰奴
弱点:火炎、氷結、破魔
耐性:電撃、衝撃
吸収:呪殺

ペルソナ
弱点:破魔
耐性:火炎、氷結
反射:破魔、呪殺

スキル不明

特徴

ドラクリア
夜の間、全ステータスが上昇する。満月だと全てのステータスが倍加する。ただし日が出ている間は全ステータスが降下し、新月の日は全ステータスが半減する。

ペルソナ『サマエル』
悪魔の分霊をその身に宿している。宿した悪魔の識能を使用することができ、耐性なども変化する。本来のペルソナとは違うのだが、降魔した悪魔の分霊をペルソナと言う形を持って留めている。

喰奴(アバタール・チューナー)
かつでの人体実験により和泉と合体させられた悪魔、夜魔ヴァンパイアへと変身することができる。現存のステータスにヴァンパイアのステータスを追加するが耐性等はペルソナに準拠する。マグネタイトが枯渇すると正気を保てなくなる。ペルソナを召喚してしない場合、耐性はヴァンパイアのものを優先する。

偽血の徒花(ダーティー・ブラッド)
体内の吸血鬼因子を血液を媒介に活性化させる。行動するたびにHPの一割のダメージを受けるが、力と速のステータスが大幅の上昇し、毎ターンHPが全快する。その他にも何か効力があるらしいが…………?

■■■■■(■■■■・■■■■)
今はまだ見えぬ、真実の欠片。××の××。



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聖人 ストレイシープ

LV73 HP2260/2260 MP540/540

力75 魔59 体71 速69 運48

弱点:火炎
耐性:氷結、電撃、衝撃
無効:呪殺
反射:破魔

ヒートウェイブ、ベノンザッパー、破魔の雷光、天罰
メシアライザー、不屈の闘志、狂信、殺刃十字

備考:あらゆるメシアの敵を殺し続けてきたメシアの狂信者。本名不明。外見は西洋人。髪を刈り上げた三十代前後の男性。自称「ストレイシープ(迷える子羊)」。通称「メシアの処刑人」で、特にガイア教の人間には非常に恐れられている。
口癖は「Jesus.(おお、神よ)」。

狂信 凄まじいまでの信仰心を持ってあらゆる状態異常を無視する(ただし毒などは普通にダメージを食らう)。例え死亡しても三ターンの間、攻撃行動を行える(三ターン無敵)。

殺刃十字(キラークロス) 「この二刀を持って神に帰せ」パッシブスキル。斬撃属性攻撃をした時、同じ攻撃を無条件で繰り出す。一度目の攻撃が外れた場合二度目の攻撃は必中し、二度目の攻撃が命中した時、30%の確率で即死を付与する。

聖者の金眼(ウーィユ・ドレ) 聖金の瞳の縛鎖により、自身のレベル以下のアライメントDark/Chaosに属する存在は全て3ターンのその動きを止める。行動停止状態の敵へあらゆる攻撃は必中となる。ただし、アライメントの両方が条件に当てはまらない場合、この力は無効化される。さらに、どちらか片方のみ条件に当てはまっているか、自身のレベル以下の場合その効力は1ターンのみとなる。さらに、3ターンの間、自身のレベル以上の敵全ての全能力を限界まで下げる。これはデクンダなどでは打ち消せない。

聖痕 Chaos属性の敵に対し、+500%のダメージボーナスを獲得する。また、Chaos属性の敵から受けるダメージを99%減少する。神の使途であると、天より認知された証。神の敵たるChaos属性の悪魔に対する絶対的な強さを誇る。1ターンごとに最大HPMPが半分になる。

聖句 聖句を謳い上げ、神の奇跡を起こす、聖人にのみ許された理。


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和泉と仇

遅れましたああああああああああああああああああああああああああ?!

MMスレが面白すぎるのがいけないんだ。
第一期は全部見たけど、今第二期見てる途中です。


さて、今回の話を読む前に一言。

今回ダーティーなので心折られないようにご注意ください。


 

 

 痛む、軋む、壊れる。

 けれど止まらない、止まれない、止まることなどできない。

 走って、疾って、翔って。

 目前の仇へと迫る。

 気づく、気づかれる、だがもう遅い。

 その背後に回りこむ、右の銃は後頭部に、左の銃はその喉元に。

「全員の仇よ、お前はここで死ね」

 それ以上言葉はいらない、今更そんなものは、もういらない。

 ただ無言で撃つ、撃った、引き金を引いた。

 

 BAN

 

 二発の銃声が重なり、一発分の銃声が響く。

 そして……………………

「哀れだなあ…………憐れだなあ…………く、くく、くははははははははははは!!!」

 嗤う、嗤う、王が嗤う。心の底から愉快である、とでも言うように。

「……………………っ」

 けれどそんな王の様子も無視して、引き金を引き続ける。

 撃って、撃って、撃って、撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って。

 カチン、と音が鳴る。

 それが弾切れの音だと気づくと同時。

「どけっ」

 短く発せられた言葉、同時に爆風が吹きすさび、和泉が吹き飛ばされる。

「ああ…………本当に」

 そうして、王が…………嗤う。

 

「憐れなものだな、模造体(コピー)

 

 

 * * *

 

 

 スコープが無くともはっきりと分かる赤。

 紅蓮に包まれた世界を、スコープ越しに覗きながら、男はゆっくりと角度とピントを合わせていく。

「……………………………………」

 無感情な男の瞳、けれどそのスコープの中に一瞬映ったものを見た瞬間、その瞳が僅かに揺れる。

 ゆっくりと、けれどさきほどよりも急いだ様子で男が自身の見たものへとスコープを向け…………。

「…………………………なるほど、どうりで」

 初めてその口を開く。低い成人した男の声。全身を覆うコートのせいで体格は分かりづらいが、上背も相応であろうことは分かる。

 男がそっと目を細め、スコープを動かし、対象へと再度、ピントを調整していき…………。

「…………………………白死」

 そこに映った人物の名をそっと呟く。スコープ越しに見る景色の中、銃を持った少女がその引き金を引いて。

 

 けれど吹き飛んだのは少女のほうだった。

 

「……………………………………………………なに?」

 ぶれる銃の様子から両銃ともほぼ全弾撃ちつくしたであろう様子がありありとわかり…………けれどまったく傷ついていないその対象の様子もありありと分かった。

「……………………………………………………」

 自身の獲物は銃だけである。その銃が通じない可能性がある。

 逡巡の迷い、そして自身の中で一つの決定を出す。

 

「心の清き者、罪なく生きる者は」

 

 狙撃とは初弾こそが最も重要である。と、言うより、一発目で決められないのならそれは失敗と言っても過言ではない。

 

「許されて、御父の慈愛に身をまかす、幼子の如く」

 

 故にこそ狙撃手とは誰よりも完璧を求めなければならない。絶対であらなければならない。僅かばかりの危険すら冒してはいけない。

 

「いざ、天をば、仰ぎ見ん」

 

 必中必殺の魔弾ではない、絶対的な危機回避能力(リスクコントロール)。それこそが現在に至るまで狙撃手を生き永らえさせた物なのだから。

 

「永久なる者の捌きを固く信じて」

 

 だが今回ばかりはそうもいかない。アレはここでしとめなければいけない故に。

 

「身を任せん、御父の慈愛に」

 

 侭ならないものだ、そうは思っても、止めるという選択肢は…………すでにない。

 

「心の清き者、罪なく生きる者は」

 

 故に至高の一発を持って決める。

 

「許されて、御父の慈愛に身をまかす、幼子の如く」

 

 この…………幕引きの一発で。

 

Der(デア) Freischütz(フライシュッツェ)

 

 

 * * *

 

 

 音は無かった。

 予兆も、気配も、それを予期させるようなものは一切何も無かったと断言できる。

 空気の振動さえ止め、ほぼ空間跳躍の体で飛来したソレを。

「温い」

 王はその一言とともに止めた、指先一本、それだけで。

 和泉も王も知るはずも無いが、少なくともそれを行ったものにとっては必中必殺の魔弾を。

 

 見ているものが違いすぎる。

 感じているもの違いすぎる。

 生きている場所が違いすぎる。

 

 ようやくそれに気づく。

 ようやくそれに気づかされる。

 もっと早く気づくべきだったのだ。

 もっと早く気づけるはずだったのだ。

 

 悪魔が弱い存在に従うことは無い、と。

 あの化け物たちを従えるだけの力を持っているのだと。

 自分独りが敵うはずがない、勝てるはずがない。

 

 それをようやく認識し。

 

 だが頭の中は別のことで埋めつくされていた。

 

「コピー?」

 

 意味は分かる、が何故ここで自分のことをそう呼ぶのか、それが理解できない。

 だが予感がある、それを聞いてしまってはいけない。

 もし聞いてしまえば、自分はもう立ち上がれなくなるような。

 

 王が嗤う。凶悪に。最悪に。悪意に満ちた笑みで、告げる。

 

「知らないのか? ああ、知らないだろうな、くく、くははははは」

 

 告げる、告げる、告げる、聞きたくないことを一から十まで。情けも容赦も無く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。全員の仇? 何をバカなことを言っている? お前たち全員、あそこで作られたただの消耗品に過ぎないのに、あの実験のためだけの存在なのに、あの実験で消耗されることこそが本懐だろうに、何を恨む必要がある?」

 

 その言葉を理解するのは数秒で済んだ。けれど理性が理解を飲み込むまでにたっぷり十秒以上の時間をかけて。

 

「…………何を言っているの…………?」

 

 けれど納得はできなかった。それを当然と言った顔をしながら王が続ける。

 

「分からないか? 分かりたくないのか? なら言ってやろう、お前たち全員はあの実験のためだけに作られた……………………ただのクローンだよ」

「嘘よ!! …………だって、私はずっと両親と、あの日までは両親と暮らしてきたはずよ」

「く、あ、はははははははは、あはははははははは」

 

 嗤う、王が、嗤う。心底愉快であると言うように。

 

「傑作だ、そんなあやふやな記憶ずっと信じていたのか? いや、それともやつらがそれ以上に優秀だっただけか? 教えてやろう、そんなもの偽物だ。正確には、クローン元となった人間の情報に過ぎない」

 

 そして、トドメとばかりに、最も聞きたく無かった情報を今になって告げる。

 

「ついでだ、教えてやろう。お前の探し人こそが、お前のクローン元の人間だよ。どういう風に記憶を植えつけられたかは知らないが、そいつは今も家族に囲まれて幸せに暮らしているぞ?」

 

 お前のことなんて、誰も知らない。お前のクローン元も、その両親も、誰も、な。

 

 ぴし、ぴし、と心が音を立てて砕けていく。

 

「お前が恨んだ全てはただの筋違いで、お前のただの思い込みでしかない」

 

 言葉が出ない、思考が回らない、目の焦点すら定まらず。

 

「哀れだなあ、お前」

 

 その一言に、完全に心が砕けた。

 

 

 * * *

 

 

 ザッザッ、と間近に聞こえた足音にストレイシープが飛び退る。

「何者だ」

 俺の視界の先、こちらを見て硬直する悪魔からけれど注意を逸らさず男はこちらに問いかけてくる。

「そうさな…………ま、ただのサマナーだよ」

「くすくす…………そうそう、ただの、ね」

「うるせえよ」

 俺の隣を歩くアリスがそんな風に茶化しながら、そいつの前まで進んでいく。

「アリ…………ス…………?」

 声が響いた。呟いたのは俺ではない、男ではない、当然アリスでもない。

 

「ふふ…………おひさしぶりね、赤おじさん」

 

 アリスがそう言った相手…………男が戦っていただろう敵。

 

 悪魔ベリアルであった。

 

 

 

 アリスが悪魔ベリアルと会話を始めると同時に俺は男へと近づく。

 すぐさま男が身構えるが、両手を挙げて敵意が無いことを示すと、男の殺伐とした雰囲気が少しだけ和らぐ。

「おっと、俺は敵じゃない。まあ味方なんて言うつもりは無いが、少なくともメシアとガイアの抗争に割って入るつもりは毛頭ない、それだけは先に言っておく」

 俺のその言葉に多少敵愾心が下がるが、それでもまだ男は刃を下ろさない。

「ならば何故ここに来た? 偶然と言う言葉では片付かないと思うが?」

 金の瞳をギラギラと光らせながら尋ねる男に、簡潔に答える。

「人の心臓ぶち抜いたやつ探してるだけだ、少なくともさっきまではそれが目的だった」

「なら、今は?」

 口元を吊り上げる。視界の先に見える男と少女の姿。

 

「俺の大事なものを傷つけたバカ野郎があそこにいるんでな、それだけは清算させなきゃならねえ」

 

 銃を抜く、と同時に男の警戒が強まり…………けれど俺はその銃を真後ろに向け、無造作に数発撃つ。

 

『ぬうおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?』

 

 背後でアリスと会話していたであろう悪魔に銃弾が突き刺さり、銃弾に刻まれた術が発動する。

「話は今度にしてもらおうか、保護者さんよう。今は、邪魔だ」

『き、貴様ああああああああああああああああ!!!!』

 アリスに完全に気を取られ無防備に受けたその銃弾の術式が悪魔の動きを縛る。

「アリス…………吹っ飛ばせ」

「うふふ、ごめんなさい、おじさん。またこんどあそびましょう?」

『あ、アリ「メギドラオン」

 悪魔がその名を呟くのと同時に、アリスの魔法が悪魔を吹き飛ばし…………。

『ぐ…………あ…………………………』

 その体が塵となって消えていった。

 

 

 アリスと言う悪魔はとある二人の悪魔の存在によって生まれた。

 ここで詳しく語ることでもないので触りだけ説明するならば、魔王ベリアルと堕天使ネビロスの二人である。

 両者は過去に人間であったアリスと言う少女の死を憐れみ悪魔へと変えた。

 だが悪魔としての体を維持できなかったアリスはその魂を無数に散らせ、幾多の世界へと散っていった。

 その欠片の一つが今ここにいる魔人アリスと言う悪魔の正体である。

 つまりあのベリアルと言う悪魔はアリスにとって家族のような存在であるはずなのだが。

「指示しておいてなんだが良かったのか?」

「なにがー?」

「あのベリアルとか言う悪魔倒して」

「うーん? またそのうちあえるよ」

 なんとも気楽な答えである。それは置いておいて、和泉である。

 遠くに見える光景は地に倒れた和泉とその傍に立つ男。

 つまり、ピンチである。

「行くぞアリス」

「はーい」

 自身のことをじっと見てくる男の視線を感じながら、けれどそれを無視して和泉たちのほうへと歩いていった。

 

 

 * * *

 

 

 和泉。

 

 和泉。

 

 和泉。

 

 和泉、それが自分の名前。

 両親のくれた、くれた…………

 果たして自分の両親はどんな顔をしていただろうか?

 自分の両親はどんな人だっただろうか?

 あの実験施設で目覚める前の最後の記憶は、両親に連れられてどこかに行く、そんな記憶。

 売られたのだと思っていた。

 両親に、信仰のために、売られたのだと思っていた。

 だがそれは違うのだと言われた。

 

 そもそも自身はあの実験施設で目覚めたあの瞬間から始まっていたのだと。

 

 それ以前の記憶は全て植えつけられたただの偽物なのだと。

 

 違う、そんなはずはない。そんなことがあるわけがない。

 だとしたら、一体何のために。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()?!

 

『ねえ××、お母さんと一緒に』

 

 違う、違う、違う、私は××などと言う名前ではない。私は、私の名前は。

 

『実験体番号123番ね、い、ず、み、なんてな』

 

 ち、がう…………私の名前は、両親からもらった…………

 

『だ、誰、あなた…………いずみ? 誰なのそれ、誰の名前…………や、止めなさい、なにを』

 

 ………………ち…………が…………

 

『お前のことなんて、誰も知らない。お前のクローン元も、その両親も、誰も、な』

 

 う…………あ…………ああああああ、あああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………………………

 

 

 …………………………………………………………。

 

 

 …………………………………………。

 

 

 …………………………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……。

 

 

 




もう和泉ちゃんを苛めるのはやめてあげてよお。
>>絶望が足りません。

狙撃手さんの必殺技(笑)
>>レベル差とステータス差がありすぎです、現在王様は覚醒中です。

おじさんェ…………
>>ロリコン故仕方ない。というのは冗談で、有栖が撃った弾がいつか使ってたパスを切断する銃弾、レベル120のマグネタイト大喰らいさんの供給パスを切断した上にアリスちゃんのコンセントレイト+のメギドラオンによる負荷で一気に現世からお帰りになりました。この辺の理論は適当なので流してください。

クローン元さん
実はすでに小説内に出てきています。


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有栖と王

感想はしばらく返しません。
返すとネタばらしになる可能性が高いので。

三章終わったらちゃんと返しますので、感想自体はどしどし募集です。


 

【我は汝、汝は我】

 

 夢を見ている、それをはっきりと自覚していた。

 最も、だからどうこうしようなどと思えるほどの心はもう無いのだが。

 気づけば何も無い場所にいた。

 前後左右、360度全て見渡しても何も無い、ただ闇だけが広がっている。

 

 いや、一つだけあった。

 

 あった、と言うよりは居た、と言うべきか。

 

 自身の前方に赤い蛇がいた。

 

【ニクイカ?】

 

 蛇が問う。憎いか、そう問うてくる。

 果たして自分は憎いのだろうか?

 そう聞かれれば憎いと答えるだろう。

 だが誰を?

 そう聞かれれば答えに窮する。

 

 自分の幸せは奪われたわけではない、壊されたわけでもない。

 

 だって最初から無かっただけなのだから。

 

 だとすれば、一体自分は何を憎めば良いのだろうか。

 

『お前のことなんて、誰も知らない』

 

 一体、誰を憎めばいいのだろうか?

 自身が恨んでいたものは全て虚構でしかなかったと言うのに、この矛先は一体誰に向ければいいのだろう。

 

【ニクイカ?】

 

 蛇が再度問う。けれど、今度は答えられなかった。

 憎いのだろうか、一体誰が憎いのだろうか?

 ぐるぐるぐるぐると思考が空回る。

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。

 

 分からない…………もう何も、分からない。

 

 

 * * *

 

 

「ふーむ?」

 視線の先にいる男がこちらを見て僅かに目を細める。

「……………………よお」

 カチリ、と銃を鳴らしながら男へと近づく。

 けれど男は特に警戒した様子も無く不敵に笑う。

 

「誰だ?」

「そっちこそ誰だよ」

 

 銃を男へと向ける、けれど男の表情は変わらない。

 それはこの程度では問題ないと思っているからであり。

 そんなことは和泉がやられている時点で分かりきっている。

「別にさ、お前がどこの誰でも関係ないんだが」

 足元に倒れた和泉にちらりと視線を向け、男へと戻す。

 

「こいつとは友人でな、悪いが助太刀させてもらうぜ?」

 

 銃の引き金を引く。パン、と短い音と共に銃口から銃弾が射出される。

 銃弾が男の胸に突き刺さり………………何も起こらなかった。

 血も出なければ、痛がる様子も無い。ただ少しばかり服に穴が開いた程度。

 

「それで?」

 

 だからどうした、と言った様子で男が軽く手を振り…………。

「マハザンマ」

 風が荒れ狂った。咄嗟に腰を落とし、姿勢を低くしてそれに耐える。

「鬱陶しい」

 風の音の中で聞こえる男の声、そして同時に…………。

「燃やし尽くせ、ウリエル」

「マハラギダイン」

 召還された大天使が手を翳し、炎を発し…………炎が風に巻き去られ、炎の壁が迫ってくる。

 風のせいで避けることもできず、けれど炎が迫ってきて…………。

 

「ランタン」

「ヒーホー」

 

 俺の目の前に現れたジャックランタンが全て吸収する。

 さらに炎喰いと言う特性により、吸収した炎を自身の力へと変えて。

 

「メギドラオンだ」

「ヒーホー!」

 

 灼熱の光球を撃ちだす。ウリエルが即座に男との間に割って入り、それを防ごうとする…………だが。

 

「ぐ、あああ、あああああああ!!!」

「なにっ?!」

 

 男が瞠目する。恐らく万能耐性あたりでも付与していたのではないか、と推察するが、俺のランタンのメギドラオンはこの世界には存在しない核熱属性である。万能耐性があったとしても防げるわけがない。けれど火炎属性の派生なのか、炎喰いの影響を大きく受けるので、その威力は想像を絶する。

 だが同時に俺も驚く。だってそうではないか、ウリエルである。神の火、神の光…………「我が光は神(ウーリーエール)」の名を持つ大天使、神の尖兵である。

 何故そんなものがメシアの敵であるはずの騒乱絵札の仲魔になっているのか。

 だが、そんなことを考えている余裕はなさそうだ。

 メギドラオンが直撃したウリエルが後退し、男の横で崩れ落ちる。

 そんな仲魔に視線を向けることも無く、男はじっとこちらを見つめる。

「ふむ…………何者だ? ウリエルを一撃、だと? ベリアルをやったのも貴様か」

「教えてやる義理も無いな」

 視線を外さず、けれど姿勢を低くして倒れている和泉を揺さぶる。

「おい、和泉」

 軽く揺すっても反応はない。それを見た男が嗤う。

「無駄だ、心根を完全にへし折った…………もう起き上がる気力も、生きていく力も無いだろうよ」

「………………………………何をした、こいつに」

「くく…………教えてやっただけだ、そいつの出自を、な」

 出自…………? 昔実験施設に捕らわれていたとか言っていたが。

「何でお前がそんなこと知っている」

 そんな俺の問いに対して、男が嗤う。

 

「教えてやる義理も無いな」

 

「なら力尽くだ! アリス!」

「メギドラ」

 収束する黒い光、そして爆発。俺の後ろに隠れていたアリスが不意打ち気味に魔法を放つ。

「温い、温い! モト、スルト!」

 男の言葉と共に棺桶のようなものに入った死神……モトと全身を炎に包まれた魔神……スルトが現れる。

「モト」

「オオオオオオオオオオオ!!!」

 モトが雄たけびを上げ、その奥から眼光が覗く。

「っ!!」

 その威光に全身が一瞬硬直し。

「マハマカカジャ、マハマカカジャ、マハマカカジャ、マハマカカジャ」

 自身の魔力を高める魔法を四度、モトが唱え…………。

「殺せ」

「メギドラオン」

 破滅に光を解き放つ。

 

「来い…………ジャアクフロスト」

 

 それに対して、たった一言、呟く。

 そして…………。

「「デビルヒュージョンだホー!!!」」

 追加でCOMPから召喚されたフロストが現れ、ランタンと混じり合い…………。

 

「ヒホヒホヒホ、オイラ参上だ……ホーーーーーーーーーーーーーー?!」

 

 俺の盾になるように、ジャアクフロストが現れると同時にメギドラオンが直撃する。

 だが…………。

 

「ヒホーーーーー!!! オイラにこんなの全然通じないホー!」

 

 万能属性無効の耐性を持つジャアクフロストには通用しない。

 倒れるどころか、かすり傷一つ無いフロストの姿に男が目を見開く。

 だがすぐ様切り替え、今度はスルトへと指示を出す。

「スルト、焼け!」

「【永劫黒火】マハラギダイン!!!」

 スルトの全身で燃え盛る火が、黒く染まっていく、と同時にスルトが剣を振ると、漆黒の炎が迫ってくる。

 だが、ジャアクフロストは全く余裕を崩さず。

「ヒホヒホヒホ、片腹痛いホー!」

 打ち付けられた炎の波が全てスルトの下へと帰っていく。フロストの火炎反射耐性である。

「ヌオオオオオオオオオオオオ!!!」

 そして反射された黒い炎にスルトが焼かれる。自身の黒い炎によって。

「貫通攻撃!?」

 その光景に思いがけず驚愕の声が出る。

 貫通とは読んで字のごとく…………。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 半減、無効、吸収を無視して通常耐性と同じ100%ダメージを通す。

 それが貫通攻撃…………なのだが。

 気づいたとは思うが、反射耐性だけは無視できない。故にこそ貫通攻撃なら絶対に通る、と言うものではないのだが。

 スルトは火炎を吸収する。ランタンと同じ炎喰いを持っている。何故そんなことを知っているかと言われれば、キョウジの仲魔にいるからだ。

 そして俺のジャアクフロストは火炎を反射するが、スルトは吸収耐性なので貫通攻撃が通ってしまう。

 つまり……………………。

 フロストは反射すると、スルト自身は自身の魔法でダメージを受ける。

「そしてモトのメギドラオンは無効化される、っと…………」

「…………………………………………」

 男が目を細める。それはそうだろう、恐らく自身の主力だろう属性全てに耐性を持たれているのだろう。

 特に万能無効など俺自身、このフロスト以外に聞いたことが無い。耐性を持つランタンとフロストだからだろうか?

 そんなことは知らないが、万能耐性を持つ敵と言うのはとにかく数が少ないのだ。

 特に、万能属性が全く通用しない敵、と言うのは全くと言っていいほどいない。

 だからこそ、相手も予想していなかったのだろう。

 

 自身の絶対を覆される相手がいることを。

 

「フロスト、マハブフダイン」

「ヒホヒホー! ギャーラークーティーカー!」

 

 ジャアクフロストがスルトへと走る。歩幅自体は短いが、そこは一蹴り一蹴りの力強さで飛距離を稼ぎ、数歩で肉薄。そして。

 

「フロストパンチだホー!」

 

 拳が突き出される。スルトの弱点でもある、氷属性の最強魔法…………だが。

 ゴォォォォ、と黒い炎がそれを遮る。

 揺らめき、陰ろう黒い炎が壁一枚挟んでフロストの拳が止める。

「……………………氷結無効、そんなところか」

 恐らくあの黒い炎が氷結を無効化し、魔法に貫通を付与しているのだろう。

 氷結以外の属性は…………さて、どうだろうか?

「フロスト…………全力で吹き飛ばせ」

「メ ギ ド ラ ダ イ ン だホーーー!!」

 突き出した拳、その先に光が収束する。

 

 ズダァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 万能の光が黒い炎を撃ち貫く。超至近距離で爆発した光がフロストの眼前の全てを飲み込み、消し飛ばしていく。

 万能魔法の最上級メギドラオンすら越えたその威力。自身の仲魔ながら僅かに冷や汗が出る。

 以前から思っていたが、このジャアクフロストは色々と謎が多い。

 何故こんな魔法が使えるのか、そもそもこいつのような無茶苦茶な耐性を持つ悪魔は他には知らないし、そもそも二身合体させたわけでもないのに、何故別の悪魔になるのか。

 ただ仲魔は仲魔だ。こいつは俺の仲魔だ。それだけは絶対だし、信頼している。だったらそれでいい。

 自身の前に立ち、油断無く敵を見るフロストの後姿を頼もしく思いつつ、和泉を抱き起こし再度揺さぶる。

「和泉、おい、起きろ、和泉!」

 三度、四度と揺り動かし、その名を呼び………………そして。

 

 和泉の目が微かに動く。

 

 

 * * *

 

 

 どうして、どうして自分だけこんな目に会うのだろうか?

 檻の中で生きていた頃はずっと思っていた。

 どうして自分はこんな目に会っているのだろうか?

 なまじ他人のものとは言え記憶があったからこそ。

 どうして、どうして、どうして?

 そう思わずにはいられなかった。

 

 檻の外に出て、世界と言うものを知って。

 そして愕然とした。

 世界にはこれほど幸福と言うものが溢れている。

 だと言うのに…………。

 

 ドウシテ、ワタシニハソレガナイノダロウ?

 

 欲しい、欲しい、欲しい。

 なんで自分には無いのだろうか?

 自分も欲しい、あんな幸せが。

 あんな…………当たり前の幸せが、欲しい。

 

 救われざるものに救いの手を。

 

 そう言って何人もの人を助けてきた。

 だが同時に、自身はいつも手を伸ばしていた。

 

 助けて、助けて、助けて。

 

 無意識の中でそう叫んでいた。

 寂しい、誰か隣にいて欲しい。

 悲しい、誰かこの手を掴んで欲しい。

 虚しい、誰かこの孤独を埋めて欲しい。

 

 世界にはこんなに幸福が溢れていると言うのに。

 一皮向けば、こんなにも理不尽と不幸が溢れている。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

 私はこんなところにいたいんじゃない。

 私はこんなものになりたくはない。

 

 だから助けて、私があなたたちにそうしたように、私の手を取って欲しい。

 

 なんて打算的な女だろうか。

 なんて醜い女だろうか。

 なんて、なんて、なんて…………。

 

 最低で最悪なそんな思いこそが、自身の根底だなんて。

 

 認められない、認めたくない。

 

 そんなものは、私じゃない!!!

 

 

 * * *

 

 

 和泉が、目を開く。

「和泉、おい、大丈夫か?」

 ゆっくりと開かれたその瞳を覗きこみ………………。

 

 背筋が凍った。

 

「「「「「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」

 

 ソレが叫ぶ。和泉の姿をしたソレが。

 幾人もの声が重なった不可思議な声で、咆哮する。

 同時にその姿が徐々に変わっていく、変質していく。

 がきん、がきん、とおかしな音を立て、びくりびくりと痙攣しながらその背が伸びる、否伸びすぎである。元の身長よりも一メートル以上その背が伸び、それでもまだ伸びる。

 その白い雪のような肌は赤く、赤く染まっていき、赤がどんどんと深くなり、最終的にほぼ黒に近い赤へと変わる。

 手も足も胴体と同化するように消え去り、その背から翼が生えてくる。

 

 赤黒く染まりあがった翼のある蛇。一言で言えばそんな外見をしていた。

 

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」」」」

 

 それが咆号する。絶叫する。この世界に生れ落ち、産声を上げる。

 

「………………く、くく、くははは。なんだこれは、なんだこれは!!!」

 

 そして、砂煙を裂いて、男が現れる。だがそれ以外には出てこない辺り、どうやらスルトもモトもさきほどの一撃でやられたらしい。

 男が嗤う。目の前のソレを見て、嗤う。

 そして蛇が轟き叫ぶ。男を見て、男に向かい、男へと定め。

 

「「「「「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」

 

 襲い掛かった。

 

 




和泉ちゃんシャドー化。以上。

ずっと以前から思ってたことがある。

挿 絵 欲 し い !!!

だが自分じゃ書けないこのジレンマ。こういうの描ける人はうらやましいですよねえ。



なんでウリエル、モト、スルトあんなにあっさり落ちたの?
>>だってさんざんストレイシープさんとか和泉ちゃんが痛めつけたじゃん。

和泉ちゃんどうなるの?
>>なるようになる。良くも悪くも。

王と有栖って相性最悪?
>>王と仲魔の設定作ってる当初は「こんなチートどうやって倒すんだよ」って思ってたのに、実際書いてみると、まさかのジャアクフロストがガチメタ張りである。作者自身びっくりした。一方的過ぎてマジでどうしようか悩んだ。
ちなみにウリエルさんだけはオリスキルで攻撃通るけど、すでに倒れているしね。
モトとスルトは主力完全に塞がられた。最早役立たず。


ところで感想でキャラクターに優しくないと言われた。
解せぬ、俺ほどキャラクターを愛している者もおらぬと言うのに。
某所で相談してみたが、てんぞーさんよりはマシと言う結論になった。
てんぞーさん曰く「主人公もヒロインも死んでからが本番」。
さすが妖怪は格が違ったwww


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和泉と影

 

 

 全長十メートル以上にも及ぶ巨大な蛇が王へと襲いかかる。

 ウリエル、モト、スルト…………そしてベリアル、四体もの強大な悪魔を失っている王。あれほどの強大な悪魔たちだ、最早手持ちは無いのだろう、そう予想し、蛇に噛み殺される未来を予想し…………。

 

 だからこそ、その予想が外れたことに目を細める。

 

「………………………………く、くく」

 あくまで余裕を崩さない男。その片手で蛇の…………その巨体を押し留めている。

 

 人間じゃない。

 

 ようやく、というべきか、ようやくそれに気づく。

 いくらマグネタイトがあろうと、いくらなんでも人間離れし過ぎている。

 魔法系統で攻撃を防ぐなら分かる…………が、純粋な腕力であの巨体を押し留めているのは、いくらなんでも人間には不可能だ。

 

 蛇を押し留める男の片手。拮抗していたように見えたその力比べは、けれど男がぐいっ、と腕を伸ばすとあっけなく蛇が押された。

 仰け反る蛇、そして男はそんな蛇の上口を掴み……………………真上に投げる。

 

「…………………………は?」

 

 唖然とする。呆然とする。どんな怪力だ、どんな化け物だ。

 だがそんな化け物相手に………………けれど蛇も化け物であった。

 

 翼がはためく、と同時に蛇がふわりと宙に浮かび…………。

 その口から光が漏れる。

 黒紫色の光、それが何なのか、即座に気づき、走り出す。逃げ出す。

 

 メギドラオン

 

 蛇の口からあふれ出した光が地上に降り注ぎ…………。

 男の居た場所を中心に半径数十メートルが吹き飛んだ。

 そこにあった一切合財全てが塵と化し、焦土と化す。

 俺の仲魔たちの使うメギドラオンとは一線を隔す、ジャアクフロストのメギドラダイン級の攻撃。

 ()()()()()()()()()()()()()としても馬鹿げている。

 

 どうする?

 自身に問う。行動の選択、この場合、あの蛇と共に男を倒すか、それとも蛇を倒すか、それとも様子見に徹するか。

 問題はあの蛇だ。目の前で和泉が蛇へと変わった、あの蛇が和泉である限り見捨てるのは論外、だがとても正気とは思わない以上迂闊な真似はできない。

 ただ傍にいた俺ではなく、男のほうに向かっていたことを考えると敵と味方の区別はできていると見るべきか、それとも単純にあの男に対する敵愾心が高いだけだったのか。

 様子見に徹すれば少なくともこちらを狙ってくる気配はない。さきほどの一撃を考えるに単純に眼中に入ってないだけのような気もするので近づけば巻き添えを食らうかもしれないが。

 

 メギドラオンによって一掃されたその場所の中心で、けれど男は嗤う。

 嗤い、嗤い、両の手を天にかざす。

「落ちろ、ジオダイン」

 言葉と共に降り注ぐ雷、それに打たれ蛇がもがき、地に落ちる。

「残骸が、これで終われ」

 男が右腕を振り上げ、蛇へとそれを向けて…………。

 

 男の右腕が撃ち抜かれる。直後に聞こえるパァン、と言う短い音。

 

 俺ではない………………正確にはまだ俺ではない。

 銃は構えていた、が俺はまだ撃っていない。

 だとすれば今のは…………。

 

「先ほどのやつか…………まだいたのか、鬱陶しい」

 

 男が表情を崩す、不満そうな、憮然とした表情。

 そして男が手を遠くのビル群に向けてかざし…………。

「「「「「シャアアアアアアアアアアアアアアア」」」」」

 その直後に蛇がその胴へと噛み付く。深く牙を突きたて、そのまま空をへと放り投げる。

「ぬう」

 僅かに驚いたような男、けれどまだ慌てるほどではないようだった。

 だから…………。

 

「アリス」

「メギドラオン」

 

 狙い撃つ。理解する、この場で最も厄介な相手を。

 この蛇だけでは勝てない、この男はそれほどの相手だと。

 メギドラオンが直撃する。その衝撃で男が地に叩きつけられ、蛇がその隙を狙い、さらに追撃しようとして。

 

「くははははははははははは、やはり俺には戦闘は向かないな」

 

 男が嗤い、蛇が弾かれる。一体何に? そう思い、目を凝らせばうっすらと見える。不可思議な紋様。宙に文字が描かれそれが不可視の壁となり、蛇を弾いていた。

 

「くははははは、では魔術師は魔術師らしく、高みの見物とさせてもらおうか」

 

 男が笑い、片手を突き出す。その手には、いつの間にか古びた本があり…………。

 

「さあ来い、地獄より、魔界より、世界の果てより、いざ集え、魂の契約に従いて、汝らの王が今呼びかけん」

 

 男の足元に全長百メートルはあろうかと言う超巨大な魔方陣が一瞬にして築かれる。

 手に持った本が光輝き、魔方陣が蠢き始める。

 

「地獄の王が七十二の悪魔を従え、百八の悪意の霊を従え、六六六の獣が地に宿らせる」

 

 魔方陣の内からざわめく陰が沸いてくる。蠢き、ざわめき、その手を伸ばし、這い出てくる。

 

「万軍招来、悪意を満たせ」

 

 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、本能が最大級の警戒音(アラート)を鳴らす。

 もう遅い、とばかりに男が嗤う。そして魔法陣の輝きが一層強くなり…………。

 

「さあ、いざ来たれ」

 

 最後の一節を男が紡ごうとした、その時。

 

「燃やせ、スルト」

 

 男の声を遮り、聞こえた別の声。直後、周囲一体に炎が吹き荒れ、地面に浮かび上がった魔方陣が焼けていく。

 決して物理的なものではないはずの魔方陣である、だが炎が魔方陣に喰らいつき消し去っていく。

 

「楽しそうだな、俺も混ぜろよ」

「私は思う、ただの地獄絵図でしかないと」

 

 現れたは一組の男女。俺と共にここに来た少女と、少女が待ち合わせていた男。

 即ち……………………。

 

「遅かったな、キョウジ」

 

 葛葉キョウジと、葛葉ナトリの二人がそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 醜い、浅ましい、なんて最低な女だろう。

 それがよりにもよって、自分なのだから。

 

 救いようがない。

 

 本当に…………嫌になる。

 

 自身の見たくない、目を逸らし続けていた部分をまざまざと見せ付けられて。

 絶対に認めたくはない。

 だが認めざるを得ない。

 

 あの時殺した二人は誰かの幸せの可能性で。

 自身は誰かの幸せをあの時に奪ってしまった。

 なのに、それなのに。

 他人の幸せを奪っておきながら、自身の幸せを欲している。

 欲しい、欲しい、と心の中では子供のように駄々をこねているのだ。

 身勝手に、勘違いであっただろう他人の幸せを壊しておいて。

 

 それでも、渇望している。

 

 他人のものを奪ってでも、欲しいと思う。

 

 この感情に名前をつけるなら。

 

 嫉妬、そう呼ぶのだろう。

 

 許されない、許されるはずもない、そんな身勝手な感情。

 押し留めていた、押し殺していた。

 

 だが認めざるを得ない。

 

 この感情を。

 

 結局、それが和泉と言う存在の根底なのだから。

 

 泣き喚いて駄々こねようと。

 違う違うと否定して暴れようと。

 変わらない、何も変わらないのだ。

 

 だったら、受け入れるしかないではないか。

 背負って生きるしかないではないか。

 

 罪も咎も欲も情も恨も何もかも一切合財。

 

 自身の手を下したことの結果なのだ。

 もう過去は変わらない。

 

 前へ進む以外に、もう道は無いのだから。

 

【我は汝、汝は我】

 

 赤い蛇がそう呟く。

 

「あなたは私、私もあなた」

 

 同じように自身も呟く。

 

 ペルソナとは…………自身の心の在り様そのものなのだから。

 

「受け入れましょう、全てを」

 

 けれど。

 

「求めましょう、何もかも」

 

 考えてみれば、何も変わらない。全て受け入れてみても、何か変わるわけではない。

 

 ただ、ほんの少しだけ、自身に正直になった。

 

 ただ…………それだけの話である。

 

 

 * * *

 

 

「葛葉キョウジ…………なるほど、かの葛葉の掃除屋が出てきたのでは、さすがに分が悪いと言わざるを得ないな」

 不敵、あくまでも余裕を崩さず男が呟く。

 自身のとって最高の技だっただろう魔法を打ち消され、蛇、俺、そしてキョウジにナトリとこれだけの人数に囲まれ………………それでも、男は余裕を崩さない。

 

「悪いが今度は逃さない。大人しく捕まってもらおうか………………なんて言ってもどうせ抵抗するんだろ? だったらとっととくたばって大人しくなれ」

 

 まさに問答無用。一方的に言い放ち、即座にキョウジは攻勢に出る。

 封魔管からすでに召喚しているスルトに加え、さらに一体の悪魔を呼び出す。

「クワァーーーーーーー!!!」

 出てきた悪魔、獅子の頭を持つ鷲のような悪魔、アンズーだった。

 それに対し、男は即座に先の古びた本を右の手に持つ。

 そして、キョウジがニィ、と笑ってそれを見ている。

 男が嗤いながら本を掲げ…………。

 

 ドスッ、と男の右手に刃が突き刺さった。

 

 大きく開いた手のひら、そしてこぼれ落ち地を転がる書物。

 直後、その本目掛けて降り注ぐ影。

 ぞぶり、と残った刃で本を貫くのは………………先ほどまでベリアルと戦っていたメシア教の男。

「き、さま…………?!」

 そうして、初めて男の表情が変わる。追い詰められたからなのか、それとも本を傷つけられたからなのか。

 パキン、とひび割れるような音が共に、本が崩れ落ちていく。

「貴様ああああああああああ!!!」

 瞬間、本の中から弾け飛ぶように黒い何かが抜け出していく。

 凄まじい形相の男が宙に向かって指で何かを描く、と同時に黒い何かがするすると男の中へと吸われていく。

 だが、出だしが遅かったせいか、いくらかの黒い何かは虚空へと消えていってしまう。

 そして黒い何かが虚空へと消えていった同時に。

 

 ()()()()()()()

 

「っく………………かくも止む無し、か。来たれ我が僕、19の軍団を指揮する序列24番の勇猛なる侯爵」

 

 空間が開く、まるで口のようにぱっくりと。

 

「汝その名、ナベリウス!!」

 

 その名を呼んだ…………途端。

 

 ウオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 穴の開いた空間の奥から声が響いてくる。

 

 そして、それが穴より這い出してくる。

 

 大きい…………それがソレを見た最初に感想。

 

 全長十メートルは越すのではないかと思うほどの巨体。

 

 それを一言で言い表すなら犬だ。

 

 ただし、首が三つほど付いているが。

 

 ナベリウス…………別名ケルベロス。

 

 魔獣の王が天に向かって咆哮を上げた。

 

 

 * * *

 

 

 ああ、行かなきゃ。

 

 まどろみの中で、そんなことを考える。

 理解している。今がどんな状況か。

 体に一切の自由が無くとも、今何が起きているのか把握はできている。

 だから、行かなければならない。

 

 行って、それから…………助けるのだ。

 誰を?

 そんなもの決まっている。

 助けを求める人たちを、だ。

 

 奉仕。

 

 それもまた、和泉と言う存在の根底に違いは無いのだから。

 だから、目を開け。

 手を握れ。

 足を動かせ。

 肩を揺らせ。

 頭を回せ。

 指の一本にいたるまで休ませることなく。

 

 さあ…………では行こう。

 

 

 * * *

 

 

 拳を握り締める。

 固く、固く握り締め、やがて手のひらに食い込んだ爪が皮膚を突き破り、血が流れる。

 

 思いが足りない、祈りが足りない、信念が足りない、覚悟が足りない…………何よりも、力が足りない。

 

 有栖たちと共に行こうとした自身へとかけられた言葉。

 分かっている、自身はまだ未熟なのだと。

 そもそもつい先日まで平和の中にいたのだ。仕方ないと言ってしまえばそれまででしかない、が。

 

 この世界にいる限り、仕方ないなんてあり得ない。弱いことはそれだけで罪なんだよ。

 

 突き刺さる言葉の数々。弱い、それだけで自身は有栖たちと共に戦うどころか、後ろをついていくことすら許されないのだ。

 

 それが…………悔しい。

 

 ジコクテンは何も言わない。何かを期待していたわけではない、が…………それでもこの沈黙は辛かった。

 すっかり暗くなった街を歩いていく。

 関わることすら許されない以上、自身に残された行動は帰ることだけだった。

 

 俯き、黙って歩く。

 

 時々すれ違う人たちが一瞥するのが分かる、がそれすら無視して歩くと、やがて彼らも歩いていく。

 

 車道を車が走っていく。ヘッドライトに照らされ、目が眩みそうになり、思わず足を止める。

 

 腕で目を覆い、やり過ごそうとした、ところで。

 

「…………悠希?」

 

 自身の傍で止まった一台のタクシー。窓が開き聞こえた声に顔を向ける。

 

「……………………詩織」

 

 そこに、自身の親友がいた。

 

 

 

 




葛葉はメシア教と共闘しました。

これにより、騒乱絵札は今この場において、有栖、キョウジ、ナトリ、ストレイシープ、和泉の5人に包囲。これでもまだ互角なのだから恐ろしいな、王。
といっても和泉ちゃんが覚醒しましたので、均衡は崩れますけど。

あと4話前後で3章終了(予定)。







魔人 ××××

LV90 HP1670/1670 MP2280/2280

力108 魔113 体93 速79 運81

耐性:火炎、氷結、電撃、衝撃、万能
無効:破魔、呪殺

マハラギダイン、ブフダイン、ジオダイン、マハザンマ
仲魔召喚、偽典××××の書、究極召喚、召喚陣作成


備考:騒乱絵札の王。詳細不明

魔人 人を超越しながら、悪魔に染まりきらぬ半端者。人外存在でありながらも、悪魔を従えることができる。

仲魔召喚 デビルサマナーの基本技能。契約を交わした仲魔を召喚する。

偽典××××の書 遥か昔、××××が読んだとされる××××の書の写し。自身の記憶を知識として抽出し呪言により記した×××××の記憶そのもの、原典より大幅に劣化しているが、そこに書かれた知識は一行で世界を歪める。この書を使用した場合のみ、究極召喚を使用できる。

究極召喚 かつて契約を交わした×××の悪魔をレベルオーバー(レベル100以上)の状態で召喚する。レベルは最大120までで呼び出すことができ、呼び出した悪魔のレベル×20分MPを消費する。

召喚陣作成 召喚と名のつくあらゆる行為の補助となる召喚陣を作る。究極召喚の必要MPを呼び出した悪魔のレベル×15に変更し、一度に最大合計レベル1000までの召喚を行える。ただし、召喚陣を発動させるの自体に最大MPの半分を消費する。


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和泉と三つ首の獣

鬼斬の正式サービスが始まりましたね。
オープンベータからずっとやってました。現在レベル41。
関ヶ原やべえええええ、って言いながら遊んでます。


 

 ウオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 天に向かい、魔獣が咆哮を上げる。

 だがそんな魔獣を見て男が舌打ちする。

「っち…………アレがなければこの程度か。っく…………ナベリウス、後は頼んだぞ」

 男の言葉に答えるように魔獣の三つ首がそれぞれに咆哮する。

「次は確実に殺す…………お前たち全員だ。騒乱絵札(トランプ)(キング)の名において、お前たち全員に宣戦布告する」

 そう言い捨て、男…………王が振り返って歩きだす。

 神父がそれを止めようとするが、すぐさま魔獣がその間に割って入るせいで、神父も足を止めざるを得ない。

「殺す…………次は、確実だ」

「こっちの台詞だぜ…………次は絶対に逃さねえ」

 王とキョウジの視線が一瞬、交わる。以前にも戦ったと言っていたが、何か因縁でもあるのだろうか?

 そうこうしている内に、王の姿が虚空に消えていき。

 

 後には一匹の巨大な魔獣が残された。

 

 魔獣が一際大きな声で咆哮し、一歩足を進める。

 ズドォン…………と、その巨体故に地響きすら感じる。

 巨体故の威圧。それに飲まれ、僅かに足を止める俺たち。

 そこから真っ先に飛び出したのは…………同じ理性を持たないソレだった。

 

 シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 蛇が唸り、宙を泳ぐ。魔獣が近づいてくるその存在に振り上げた前足を勢い良く振り下ろす。

 ズドォォォォォォ、地響きし、激しく砂塵が舞い上がる。だが砂煙を切って蛇が中から飛び出し、勢い良く空を翔け上がる。

 真上に陣取った蛇に、魔獣のその三つ首全てが大口を上げ、その口内に火球を宿す。

 同時に蛇も大口を開き、その口内に黒紫色の光を宿す。

 

 ほぼ同時にそれらが放たれ…………宙で大爆発を起こす。

 

 打ち勝ったのは…………魔獣。恐らく放ったのはアギダインかマハラギダイン、だが三つ首が全て放ったのだ、三発分の火炎魔法にいくらメギドラオンと言えど押されてしまった。

 蛇が宙で焼かれ、ズドン、と音を立て地に落ちる。

 当然ながらそれを見逃すような魔獣ではない。即座に前足が振り上げられ、その鋭い鍵爪で蛇の首根っこを押さえつける。

 シャアアアアア、と蛇が叫びもがくが、首根っこを押さえつけられている時点でどうしようもなく。

 魔獣の三つ首がもう一度、その口内に炎を灯し…………その時になり、俺はようやく正気に返る。

「アリス!!!」

 叫ぶ、だが遅い。致命的なまでに遅い。一体なにを呆けていたのか、と自分を殴りたくなるくらいにもう遅い。

 魔獣の口から炎が噴出す、吹き出し、蛇を燃やし尽くす。

 

「和泉!!!」

 

 叫んだ、けれどもう遅すぎた。そう、思っていた。

 

 青い光が弾けた。

 

 ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!?

 

 ケルベロスが驚愕したような声を上げながら吹き飛ばされる。あの巨体が、である。

 青い光が収まる、その中心にいたのは…………。

「和……泉……?」

 一人の少女だった。先ほどまで蛇がいたそこにいたはずの場所、けれど今は一人の少女がいた。

 白い、白い、見慣れたはずの…………けれど、今はどこか神聖さすら感じさせる少女。

「……………………………………」

 現れた存在を見て、神父が眼を細め。

「…………ほお」

 キョウジが興味深そうに声を上げる。

「………………………………」

 ナトリが無表情に見つめ。

「……………………は?」

 俺は事態についていけず、呆けていた。

 

 

 * * *

 

 

 焼ける、焼ける、焼ける。

 体が? 否、否……焼けているのは、ただの抜け殻である。

 自分はもうここにいる、自分と言う存在はもうここにいる。

 だから、こんな窮屈なもの脱ぎ捨ててしまおう。

 どうせもう…………こんなものは必要ない。

『本当ニ?』

 ああ、本当に。必要ない、もう必要ない。

『目覚メテモ、マタ傷ツクダケ』

 そうかもしれない、だがこのまま眠ってなんていられない。

『否定サレル、傷ツケラレル』

 きっと受け入れてくれる、彼なら。私の罪も、私の咎も。甘やかしてはくれないけど、寄りかかるくらいはさせてくれる。だから私は大丈夫。

『本当ニ、受ケ入レテクレル?』

 自分勝手に信じてる、それにもう私はただ救われるだけの子供じゃない。自分で立てる、自分で起き上がれる、だから大丈夫、もう折れない、見失わない。

 

 私の帰る場所は、ちゃんとあるから。

 

 だから。

 

『ダカラ?』

 

 帰っておいで…………サマエル、ううん『私』。

 

『…………………………うん、そうね。なら、行きましょう』

 

 うん、行きましょう…………まずは目の前の獣から地に叩き伏せましょう。

 

 手の中にありったけの力を集めて、溜めて、溜めて、溜め込んで。

 

 それから…………叩きつける。

 

『妬みの暴圧』

 

 

 

 目を開くと、暗い夜空を広がっていた。

 手を握る、動く。足に力を込める、入る。首を回す、回る。口を大きく開け、息を吸い込み、吐き出す。

「ふふ……………………なんだか久々に気分が良いわ。さあ、行きましょう、サマエル」

 赤い蛇が自身に背後に浮かび上がる、と同時に一歩、一歩と踏み出し視線の先の魔獣に向かい歩く。

 起き上がった魔獣が怒りの形相でこちらを睨み、今にも飛び掛ってきそうな表情をしている。

「あら怖いわね…………ダメよ、私はそんなに肉体派じゃないの。だからもっと抑えないと」

 足を止め、魔獣を指差す。それに反応したのか、魔獣がその巨体から想像できないほどの速度で疾走し。

「だから、あなたの力、私に頂戴?」

 ランダマイザ、そう唱えると同時、指先から魔獣へ向けて光が飛び出す。突進してくる魔獣に正面から直撃したソレだが、魔獣の勢いは一向に衰えず、そのまま和泉に向かって衝突――――――

「あら、怖いわね」

 ――――――しようとして、避けられた。

「あなた、とっても力強いのね…………()()()()()()()()()()?」

 ケルベロスがこちらを向き直る…………と同時、途端、膝から崩れ落ちる。

「あら、どうしたのかしら? この程度? この程度じゃないわよね? まだ大丈夫でしょ? まだいけるわよね? だから頂戴? もっと頂戴? 羨ましいの、妬ましいの、だから欲しいの、頂戴? 頂戴? 全部頂戴?」

 低く唸り声を上げるケルベロス。震える足に力を込め、大きく咆哮を上げ。

「あら、ありがとう、わざわざ私にくれるのね」

 その身を竦ませる咆哮はけれど和泉にとっては逆効果でしかない。

「さあ蝕みなさい、神の毒。その全てを余さず私に寄越しなさい」

 

 強欲と嫉妬は全く違う感情に似ていて、その実よく似ている。

 どちらも自分に無いものを欲しい、と思う感情だ。

 違いと言えば、他人の存在である。

 他人など関係なく、自分に無いものが存在することが許せないのが強欲であり。

 他人と比較して、自身に無いものが他人にあることが許せないのが嫉妬である。

 和泉の本質である嫉妬とはつまりそういうものだ。

 他人と比べて、他人にはあるものが自身にないことが羨ましく、妬ましい。

 だから欲する、例え、他人から奪ったとしても。

 

 他人を貶めた分だけ他人から奪う、それが和泉の手に入れた能力だ。

 ランダマイザ、ランダマイザ、と唱える。

 ランダマイザは相手の全能力を低下させる魔法。そうやって貶めた分だけ和泉が強くなる。

 目の前の魔獣の力の全てを徐々に奪っていく。

 自身の力が奪われているにも関わらず、けれど魔獣は動けない。

 サマエルが常に発生させ続けている見えない毒が魔獣の体を蝕み続ける。

 それはサマエルに与えられた名の一つ…………即ち、神の毒である。

 神、と言う名を冠しているだけあり、この毒はあらゆる耐性を貫通する。

 そして神の毒にかかった存在はその毒の猛威に命を削られ、さらには気力すら奪われ行動することすら許されない。

 同時にその肉体の機能の全てを貶め和泉の力に還元していく。

 最早魔獣が息絶えるのも時間の問題でしかなかった。

 

 このまま何もしなければ、ではあるが。

 

 

 * * *

 

 魔獣は地に崩れ落ちていた。全身を襲うのは虚脱感、そして体を蝕む毒素。

 命を削られ、精神を削られ、最早咆哮を上げる気力さえも奪われた。

 ケルベロスは悪魔ではある、が獣でもある。獣とは須らく直感の鋭い生き物だ。

 その獣の本能が告げる、このままでは敗北する、と。

 目の前のこの小さな女が自身のこの虚脱感の元凶である、と。

 残った力は少ない、だが目の前の小さな存在一つ程度であるならば殺せる程度の力は残っている。

 故にこそ、絞り溜めた一撃を持って目の前の存在を葬りさる。

 相手は動かない、動く必要が無いからだ。

 動きを縛り、力を奪い取り、そして命すら蝕む。時が経つほどに相手だけが有利になっていく。

 その油断を突く、本能で最善を選択する。

 

 引き絞られた弓のように、徐々に魔獣の手足に力がこもっていく。

 今か、今か、と相手に気づかれないよう、体を崩したまま、ゆっくりと狙いを定め。

 

 ォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 吼える、と同時に走り出す。地を疾走し、その全身に炎を纏い、そして目前の小さな存在へ向けて突進する。

 

 ピュリプレゲトン

 

 間違いなく、魔獣ケルベロスの持つスキルの中でも最強の一撃。

 

 だが。

 

「…………おしかったわね。いや、()()()()()()

 

 突き出された女の右手一本。それだけで魔獣の必殺の一撃は止められていた。

 

 少女へとその一撃が通じるだけの力が………………魔獣にはもう、残されていなかった。

 

 つまり、それだけの話しであり。

 

「妬みの暴圧」

 

 少女から放たれる青い光、それが魔獣の見た、最後の景色であった。

 

 

 * * *

 

 

 前々から疑問に思っていたことがあった。

 和泉のペルソナ…………サマエルについてだ。

 サマエルと言うのは、レベルにして90近い超高位の悪魔である。

 和泉のペルソナは、そのサマエルであるはずなのに、だがそのレベルは60にも満たない。

 ペルソナだから? 否、自身はペルソナ使いではないので絶対とは言わないが、強い悪魔のペルソナは強い、それは過去のペルソナ使いたちが証明している。

 だとすれば和泉のペルソナは何故本来の悪魔よりも遥かにレベルが低いのか。

 きっとその答えが目の前の光景なのだろう。

 

 ペルソナとは精神的な存在だ。だからこそ、情緒不安定になると、ペルソナが暴走することもある。

 和泉が今までどう思って生きていたのか、それは分からないが、察するに精神性の未熟さ、それ故に和泉はペルソナが本来の力を発揮できていなかった、そういうことなのだろう。

 

 つまり、これが和泉のペルソナの…………否、和泉の本来の力だと言うこと。

 

 圧倒的、その一言に尽きる。

 

 見れば見るほどに一方的であり、戦えば戦うほどに相手が弱っていく。

 

 ここからでは何をしているのかは分からないが、その様子を見ていれば察しも付く。

 

「えぐいな」

 

 キョウジがぽつりと呟く。先ほどまで身構えていた俺たちだったが、すでにボロボロになったケルベロスの惨状を見て、あの戦いに加わる気は全員失せたようだった。

 ナトリはすでにキョウジの指示を受けて、次の動きを見せているし、神父らしき男もギロリと和泉を睨んで帰っていった。

 残ったのは俺とキョウジ、そして向こうで戦っている和泉だけだ。

 

「お前ならどう戦う?」

 

 和泉と魔獣の戦いを見ていたキョウジが、ふとそう尋ねてくる。

 そう尋ねられ、先ほどから頭の中で考えていたことを口を出す。

 

「仲魔全員引っ込めるな…………それから攻撃する瞬間だけ全員召喚する、後は状態異常に耐性を持った悪魔を用意するか、だが」

 

 俺の答えを聞き、キョウジが数秒考え。

 

「まあ60点と言ったところか」

 

 そう返してくる。なら答えは? 俺がそう尋ねると、キョウジがもう一度考え込み。

 

「一撃だな、初っ端に一番強力な技を使って一撃で相手を倒す、あの手のタイプは基本的に自身のステータスはそれほど高いわけじゃないから、大概はそれでいけるはずだ」

 

 なるほど、と呟き、けれど反論する。

 

「「だが」」

 

 そうして呟いた反論の言葉は、キョウジと重なる。

 どうやらキョウジも同じことを考えいたらしい。

 

「あれ、レベルいくつに見える?」

「最低でも80…………下手すれば90以上だな」

 

 そして青い光が弾ける。

 夜空を青く染め上げるほどの光が、一瞬眩く輝いたかと思うと…………。

 後には何も残っていなかった。魔獣のいた痕跡一つ残さず、すべて消滅していた。

 

「ガイアの白死、ね…………できれば戦わずに済むことを願ってるぜ?」

 

 それでも負けるつもりはない、とでも言うようにその口の端を吊り上げたまま、キョウジが去っていく。

 

「そうだな…………俺もアイツと戦うようなことはしたくないな」

 

 どっちの意味でも、だ。

 

 




和泉TUEEEEEEEE、って思った方は感想どうぞ。

ちなみに和泉ちゃんの最新ステがこちらである



魔王“■■■■■■”サマエル

LV95 HP4180/4180 MP1590/1590

力85 魔123 体79 速71 運88

弱点:電撃、破魔
耐性:火炎、氷結、衝撃、万能
無効:電撃、物理(確率)
反射:破魔、呪殺

神の悪意、妬みの暴圧、メギドラオン、ランダマイザ
サマリカーム、電撃無効、破魔反射、神の毒


神の悪意 敵全体に万能属性特大ダメージ。さらに何らかの状態異常を一つ引き起こす(毒、能力低下以外)

神の毒 自身のターンの始めに敵全体に毎ターン対象のHPMPを10%減少させる神の毒を90%の確率で付与する。神の毒にかかった対象は50%の確率で行動することができない。このスキルで付与される状態異常は万能属性で判定する。さらに神の毒になった対象の全能力値を限界まで減少させる。

妬みの暴圧 敵全体に力+魔+速の合計値で計算したダメージを与える。このスキルは万能属性の魔法攻撃として判定する。

■■■■■■ 相手が使ったグッドステートの対象を自身に変更する。状態異常を無効化し、自身に付与された能力低下の効果を反転させる(向上させる)。自身のスキルの効果で敵のステータス数値が減少した時、相手の基礎値を減少させ、減少した数値の分だけ自身に加算する。HPやMPが減少したなら自身のHPやMPを回復し、能力低下を付与したなら減少量分、自身の能力値が上昇する(グッドステートではなく基礎値の向上)。

邪悪なる慈悲 自身の与える全ての状態異常の効果が1ターンで消滅する。


Q■■■■■■のスキルの効果が良く分からないんだけど

A簡単に説明すると、能力低下がバステじゃなくて元の能力値自体を下げるようになる(その戦闘の間だけ)。例えばンダ系の魔法が一回に付き10%的の能力値を下げるとすると、力100の敵にタルンダかけると力が90になり、和泉ちゃんの力のステータスに+10加算する。HPも同様なので、神の毒になると10ターンで最大HPが0になる。ちなみに一度に下げれる最大数は重ねがけ4回までなので神の毒くらうと全能力が40%一気に削れます。


Q有栖くんは和泉に勝てる?

Aジャアクフロストでメギドラダインごり押しで勝てます。基本的に和泉の戦術は神の毒でダメージ与えて行動不能にして能力低下させてさらにランダマイザで極限まで相手の能力値を絞り取っていく戦法なので、神の毒が効かない相手にゴリ押しで短期決戦しかけられると弱い。


いい感じにインフレしてきた。
あと1話か2話で三章終了かな?
しかしこれだけ書いて、マジでたった一日の出来事である。
しかも二章の旅行から帰ってきた翌日の話。
自分でも思ったけど、早すぎである。
あと狙撃手の話どうしようかと思ったけど、あれは今色々考えて、面白い設定が生えつつあるので乞うご期待。


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和泉と告白

実は昨日の夜中三時半ごろに必死で書いて3000字くらい言ってたという。


 

 

「あーあ………………」

 呟きの声が夜空へと消えていく。

 こちらへ向かってくる彼を横目で見ながら、ため息をつく。

 やれやれ、と心の中で『私』が呆れているような気がする。

 決めたはずだ、全部話してしまう、と。

 ただの押し付けだ、全部話して私の気持ちを軽くしたいだけだ。

 そんなこと分かっている。ただ知っていて欲しい。

 私の過去を、私の本心を。

 だったらいまさら尻込みしてどうするのだろうか。

 

「よう…………調子はどうだ?」

 

 振り返る。そこに彼がいる。だからにっこりと笑って返す。

「最悪ね、こんな埃っぽいところからはとっとと帰って、熱いシャワーでも浴びたいわ」

 そんな私の軽口に、彼が苦笑する。彼の傍に彼女はいない、今頃COMPの中だろうか?

 正直、あまり得意ではないのでいないことにほっとする。

「ずいぶんと強くなったな…………いや、本来の強さを取り戻したのか?」

 少しだけ驚く。確かに自身のペルソナは強くなったわけではなく、元来の強さをようやく発揮できた、と言うそれだけの話だ。だがそれにペルソナ使いでもない彼が気づくとは思わなかった。

 今までペルソナが弱かったのは私自身が自分の気持ちに蓋をしていたせいで、自分の本質から目を逸らし続けていたせいで、自分の弱さを認めなかったからに過ぎない。

 だがそんな精神的な問題がペルソナの強さに直結する、そんな事実を彼はどうやら知っているらしい。

「よく知っているわね…………そうね、自分のルーツとでも言うものを知ったら、自分の醜さを見てしまった、そんなところかしらね」

「…………………………そうか」

 そうやって彼は話を流す。まあ半ば分かっていたことではあるが。

 そうやって結局、人の深いところには立ち入ろうとしないのだ。

 人を惹きつけるくせに、人に踏み入らない。だからこそ、惹きつけられたほうがもどかしいのだ。

 そして。

「聞いてくれる? 私の話」

「…………………………ああ、聞くだけならな」

 踏み入ろうとしないくせに、こちらから歩み寄れば囲い込んでくれる、だから卑怯なのだ。

 残酷なくらいに寛容だから、だからダメになってしまう。甘えてしまう。そして離れられなくなってしまう。

 けれど内に入れても手を伸ばさない。ただ思ったことを呟くだけ、ただその呟きが相手にとって欲しかった言葉であるだけで、本人は相手のことなんて考慮しているわけではないのだ。

 本当に…………恋愛なんて惚れたほうの負け、とはよく言ったものである。

 

 

 * * *

 

 

 クローン、ねえ。

 聞かされた和泉の過去。明かされた和泉の本心。

 だからどうだと言うのだろうか。

「お前を前にして言っちゃなんだが、クローンなんてこの界隈以外でも良く聞く話ではあるからなあ。だからどうした、ってところか」

 絶対に言わないが…………どうでもいい。そのことを悩んでいる和泉には言えないが、本気でどうでもいい。

 だって、出自がどうだからと言って、和泉が和泉でなくなるわけでもないし。

 そもそもそんなことを言えば、俺なんて前世の記憶持ちだ。最近話題に出ることは無かったが、転生なんてものを経験しているだけに、クローン程度、だからどうした? と言ってしまえる。

「まあ、出自の問題なんてこの界隈じゃ有り触れてて珍しくもねえよ。気にするな、とは言わないが、気に病むな」

 それに、すでに終わった話だ。考えたところでどうなるわけでもない。和泉に突然普通の両親が沸いて出てくるわけでもない。

 ただ問題は誤認して殺したと言う夫婦のことだが。

「お前は背負うんだろ? ならお前が決めればいい、その夫婦の子供…………お前のクローン元とやらにあったとき、お前がどうするのか。割り切るのか、償うのか、無視するのか、お前が思うとおりにすれば良い」

 しかしクローンねえ…………と言う事は、和泉にそっくりな誰かがいるのだろうか?

 まさか…………とは思っていたが。いや確定したわけではないが。

 まあその話は後でいいか。

「で、お前はこれからどうするんだ? その話を聞いた上で、だ」

 その問いに、和泉が数秒目を瞑り、そして答える。

「変わらないわ…………救われざるものに救いの手を。何も変わらない、私の出自がどうであろうと、あの時助けてくれた、差し出されたキミの手を、私は忘れられないから」

「………………………………………………そうか」

 律儀なことで、内心で呟く。どうせ口に出しても当たり前だ、と言われるだけだ。もう何度も繰り返したやり取りでしかない。

 

 

 * * *

 

 

 タクシーが赤信号で止まる。

 頬杖をついて窓の外を見る自身を、隣で詩織が心配そうに見ている。

「ねえ、大丈夫? 悠希、なんだか様子が変だよ?」

「ああ………………大丈夫、だと思う」

 そんな自身の生返事に心配の色を濃くする詩織だったが、それ以上自身が何も言わないのを悟ってか、ため息をついて追求を止める。

 悪い、とは思う。何も言えないのも、何も言わないのも。

 だが、知ってしまった以上、俺も有栖と同じだった。

 

 大事な友達を巻き込みたくない。

 

 詩織はまだ一般人の範疇にいる。一度は悪魔絡みの事件に俺と共に巻き込まれはしたが、俺のようにサマナーになる必要も無く、悪魔とは縁の無い生活を送ることができている。

 有栖も言っていたが、この世界は危険だ。いついかなる時、場所で命の危機があるかわからない。

 

 痛みを知らなければ人は何も学ばない。

 

 目の前で有栖が倒れた、そんな有栖に俺は駆け寄ることしかできなかった、焦って、パニックになって、犯人を見つけることも、助けを呼ぶこともできなかった。

 嫌だ…………あんな光景、もう嫌だ。だからこそ絶対に巻き込まないように、有栖はずっとそうやって生きてきたのだ。

 だから何も言わない、何も言えない。なまじ一般人でありながら、悪魔の存在を知っているからこそ。

 言えば関わる、知れば関わる。例えそれが本人が望もうと、望むまいとも。

 

 タクシーが止まる、俺の家、自宅の前。

「…………じゃあな。詩織、また、明日」

「…………うん、あの悠希?」

「何だ?」

「大丈夫?」

 詩織がそう尋ねる。街で習い事の帰りだと言う詩織と出会い、そうして無理矢理俺をタクシーに乗せたのは詩織だった。

 一目見て分かったのだろう、俺の異常に。長い間、有栖と三人でずっと過ごしてきたのだから。

 だからこそ、分かってしまうのだ、互いに異常に。

 そして、だからこそこう答える。

 

()()()()()()

 

 数秒、詩織と見つめあい、そして詩織がため息を吐く。

「そう、ならまた明日、学校でね」

 そう言い残し、タクシーは去っていく。

 全部分かってて、それでもあの答えか…………。

「ホント、いいやつだよ…………俺には勿体ないくらいに」

 携帯を握る手に力が込められる。ぎゅっと目を瞑り、きっとなって目を開く。

 

「俺は、強くなりたい」

 

 弱いままは…………置いていかれるのは嫌だから。

 

「だから、一緒に戦ってくれ、ジコクテン」

 

 携帯型COMPの中の自身の仲魔へと語りかけ。

 

『うむ』

 

 返事は短く、だからこそ、万感の思いが込められていた。

 

 

 * * *

 

 

 和泉と二人並んで帰路を歩く。

 まるで地震と台風と大火事が同時に直撃したかのような惨状の廃ビル群はすでに駆けつけたヤラガラスの手によって人払いがされ、隠蔽工作が始まっているので俺たちは後は任せてとっとと帰ることにする。

 空の月は流れる雲に隠され夜の闇が深くなる。不安定な街頭の灯りだけがチラチラと道を照らす、そんな薄暗い道路を二人並んで歩いていると、ふと和泉が言葉を漏らす。

 

「探してみようと思うわ」

 

 それまでの沈黙から一転しての一言。

 一体何を? とは言わない。そんなこと言わなくても察しはついている。

 だから返す言葉も決まっている。

 

「そうか……………………和泉の好きなようにすればいいと思う」

 

 俺のその言葉に、和泉がふふ、と微笑を浮かべる。

 その時、流れる雲と雲の隙間からふと月がその姿を浮かべ、その光を照らす。

 和泉の白い髪が月の光を受け、銀に輝く。

 

 月の妖精。

 

 ふとそんな言葉を思い出す。

 さて、それは一体どこで聞いた言葉だったのだろうか?

 瞬間、とくん、と一つ心臓が強く鼓動し…………すぐさま収まる。

「有栖くん? どうかしたのかしら?」

 気づけば赤い双眸がこちらを見つめていた。どうやら足を止めていたらしい。

 何でも無い、そう言って再び歩きだす。

 そう、とだけ呟き、和泉もまた歩きだす。

 

「ああ、それと一つ聞いておきたいことがあるんだが」

 

 再び訪れた沈黙を切り裂き、言葉を紡いだのは俺のほうからだった。

 俺の前起きに、何かしら? と和泉が返す。

 その言葉に、質問を続けようとして、逡巡する。

 だがすぐに思考をまとめ、質問を続ける。

 

「ガイアとメシアは一体何を目的としてこの街にやってきた?」

 

 俺としては一つ、覚悟を決めていたはずの質問だった。

 ガイアとメシア、世界最大勢力の二つが同じ日に同じ街にやってきて、しかもどちらもいきなり実力者を送り込んできた。

 この街の特殊性を考えるならば実力者がやってくるのは分かる、が前者と合わさるとどうにもきな臭い。

 今日…………正確には昨日だが、和泉が俺の家にやってきた時に確かに尋ねた。

 

 ガイアとして動いているのか、それとも和泉として動いているのか。

 

 和泉は個人として動いている、と言った。

 だがガイアの思惑など無い、とは言っていない。ガイアが関係無いとも言ってはいない。

 メシアまで出てきた以上はさすがに聞かずにはいられない。

 

「恐らくお前らは同じ一つの目的を巡って争っているんだろう、と予想してる。だがそれは何だ? キョウジから聞いたが、あのメシアンは相当な実力者らしいな。メシアがそれだけ本気だと言える、だとすればそれは何だ? メシア教とガイア教、この二大勢力に執着されるようなものがこの街にあるってのか?」

 

 その問いに、和泉がたっぷり数十秒沈黙する。

 足を止め、言葉を止め、動きを止める。

 その一挙手一投足を見逃さないように、ジィと見つめ。

 和泉と視線がぶつかる。そうして互いが一分近く見つめあい…………。

 

「そう、ね…………話しましょうか」

 

 和泉がため息を吐いた。

 そうしてどこか遠い目をしながら、言葉を紡ぐ。

 

「始まりはメシアに降った一つの予言よ」

 

 

 * * *

 

 

 某月某日、メシア信徒の全てが歓喜した。

 理由などあまりにも簡単だ。

 

 予言を賜った。

 

 ()()()()()()()()()()()、と。

 

 聖女。

 

 神よりメシアンたちに遣わされた救世の巫女。

 

 予言者は言った。

 

 東の果ての混沌の街へと赴け、と。

 そこに聖女が目覚める、と。

 

 過去の予言を読み解けば自ずとそれがどこを指すかは分かってくる。

 東の果ては極東の国、メシアンにとって今最も注目を集める国、日本。

 そして八百万、土着信仰、神仏習合などの要素が絡みあい、複雑怪奇極まり無い混沌としたこの国の中で、尚も混沌と呼べる場所と言えば自ずと限られてくる。

 帝都東京。人間の坩堝でもあるその都市の中でも一際多数の勢力がひしめきあう混沌の街を冠するに相応しいその場所…………吉原市。

 葛葉キョウジと言うメシア教としても無視できない、葛葉ライドウと同じ、危険要素が治める街。

 否、葛葉ライドウと違い、表に出てこず暗躍する分、より厄介な相手であると言える。

 闇雲に数を集めて探せば無数の勢力がひしめくあの街を悪戯に刺激することになる、メシア教と戦って勝てるとは思わないが、そんな隙をあのガイアーズどもが見逃すはずがない。

 何よりも、聖女の存在をガイアーズたちに悟られるわけにはいかない。

 故に、たった一人、自分たちの最も頼みとする一人を聖女捜索に当たらせ、ガイアに気づかれないうちに聖女を回収する。

 

 それがメシアの計画。

 

 そしてその計画の情報を早期段階で手に入れ、聖女とメシアの合流を阻止しようとするのがガイアの計画であり、聖女を探し出し、殺害する。それがガイアから和泉に与えられた任務であった。

 

 

 * * *

 

 

「当たり前だけど、私は殺すつもりは無いわよ? 私個人の用事と言ったのは、ガイアの任務からは反れるからね、まあ情報を隠したかったと言う意図もあったのは本当だけれど」

 一通り話終える、と有栖が尋ねてくる。

「それで? 聖女とやらは見つかったのか?」

「いいえ…………ただ、検討はついたわ」

 王の言葉を信じるなら、だが。

「私のクローン元が私の探し人だ、あの王とか言う男はそう言っていたわ。どうしてあの男がそれを知っているのかは知らないけれど、他に宛てもないし、そっちを探してみることにするわ」

 それに、あの男。私とあのメシアンの目的が同じだと言うことも知っていた。

 騒乱絵札、直接戦ったのはあれが初めてではあったが、並々ならない相手だと言うのは身にしみた。

 

 そんなことを考えていると、有栖が黙りこくっていることに気づく。

 

「どうしたのかしら、有栖くん?」

「…………………………まさか、な」

 

 目を細め、小さく呟く。

 だが徐々にその表情に焦りが浮かんでくる。

 

「和泉」

「何かしら?」

「騒乱絵札の男が、その聖女とやらの正体を知っていたってのいうのか?」

「ええ」

 

 そう答えた瞬間、有栖が血相を携帯を取り出す。

 すぐさま番号を押して、携帯を耳に当てる。

 

「有栖くん?」

 

 自分の呟きに反応もせず、携帯に神経を集中させている有栖。

 そして。

 

「あ…………」

 

 小さく有栖が呟く。

 どこか安心したような表情。

 心底ほっとしたような、そんな表情。

 

 ちくり、と胸に痛みが走る。

 

「そうか…………いや、なんでもない、こんな時間に悪かったな」

 

 面白くない。

 

 精神の殻を破った、自身の押さえつけていたものを解き放った弊害であろうか。

 

 面白くない。

 

 苛立つ。

 

 彼のそんな安心したような表情、見たことが無い。

 彼のそんな柔らかな表情、見たことが無い。

 

 羨ましい、羨ましい、羨ましい。

 

「ああ…………おやすみ、()()

 

 そうして彼の口から出た、女の名前に。

 

 我慢の限界が来た。

 

「ねえ、有栖くん」

 

 彼の名を呼ぶ。

 

「ん、どうした? いず………………」

 

 そうして振り向いた彼の唇に。

 

 自身の唇を重ねた。

 

 




告白と言う題名にいよいよ思いを伝えるのか? と思った読者。
違う、告白するのは和泉の出生の話とかガイアの目的とかである。
そして最後の最後で爆弾投下してみる。

実を言うとその前の告白が切欠である。
今までの和泉は自分ですら自分を受け入れられないのに、他人が自分を受け入れてくれるはずも無い、と言う感情から思いを秘めていたけど、今回の告白で自分の一から十まで全部話した上で有栖が受け入れちゃってるので、もう止めるものが無いのである。自制心? 今多少欲望に素直になってるから振り切ったよ。


ところで、前回の話投稿しても感想なかったのがさびしかったので、今話は感想欲しいところ。

あと総合評価8000超えました。目指せあと2000。
話数的にはまだ3分1と言ったところなので、完結までに1万超えたい。

あとさすがにもう分かったと思うけど、和泉のクローン元は詩織です。
クローンの話出した途端に、感想で正解者連発されて実はちょっと悔しかった。

というわけで読者の度肝を抜くような一言。
『最終章まで言った時点で、有栖を抜くと、最強は詩織です』
これはけっこうガチ。

質問などがあれば、感想にて受け付けてます。


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有栖と狙撃手

遅くなりました。
メイポ久々に始めたら予想外に面白かった。


「……………………………………………………は?」

 唇に残る柔らかな感触に、無意識に指で唇をなぞる。

 呆然としたまま目の前の和泉を見つめる。

「…………ふふ、女の子と一緒の時に他の女の子のことなんて考えるなんて失礼よ、有栖くん?」

 どこか悪戯っぽく、和泉が笑う。

「ふふ、先に帰ってるわね」

 そうして、それ以上何を言うわけでもなく、あっさりと和泉が俺を残して去っていく。

 後には呆然とする俺、ただ一人が残される。

「…………………………むー」

 ふと傍で聞こえた声。気づけばいつの間にか俺の横にアリスがいて。

 ジト、とした目で俺を見ていた。

「……………………なんだよ」

「……………………べっつにー」

 どこかふて腐れたような表情でぷい、とこちらから顔を逸らすとまたCOMPの中へと戻っていった。

「…………なんだよアイツ」

 ふと呟いたその言葉に。

「サマナーは女心が分かってないんだホー」

 やれやれ、と言った様子で答えたのは勝手にCOMPの中から出てきたジャックフロストだった。

「仕方ないホ、サマナーヘタレなんだからホ」

 そして続けてジャックランタンが現れそう言う。

 と、言うか。

「うるせーよ。なんでお前ら勝手に出てきてんだよ」

「サマナー動揺しすぎだホー」

「お陰でCOMPの制御がガタガタだホ」

 けらけらと笑う妖精二匹に、思わず銃を手に取り、そこで自制した俺は大したものだと思う。

「もういい、戻れ」

 COMPを操作し、勝手に出てきたバカ妖精二匹を戻す。

「ったく…………勝手に出てきやがって、人に見られたらどうする気だ」

 軽く探ったが人の気配が無いことは知っていても、それでも愚痴らずにはいられない。

 それが半ば図星を指された八つ当たりでしかないことに、多少の虚しさを感じていても。

 

 それでも、今更ながらに自身のされたことを理解し動揺したこの心を鎮めるのは、そうするしかなかった。

 

 

 * * *

 

 

 心臓が弾けそうだった。

 周りに誰もいないから良かったものの、今の自身を誰かに見られでもしたら悶死してしまうレベルで顔が赤い。

 というか一体自分はどんな表情をしているのだろうか。

 喜びとか後悔とか恐怖とか全て通り過ぎて、もうひたすらにパニック状態が続いている。

 人間離れした超速度で有栖の家に戻った和泉は、貸し出された一室にある布団の中でひたすら悶えていた。

 今だから言えるが。

 

「衝動的にやってしまった、後悔はしているが、反省はしていない」

 

 やってしまった、今の心情を言い表すならその一言だろう。

 何故自分はあんな軽はずみなことをしてしまったのだろう。

 いや、いつかはしたいと思ってはいたのだが、そういう妄想をしてしまったことだってあるが。

 それでも、あれは反則だった。

 自身のひた隠しにした想いを伝えることもせず、相手の想いを確認することもなく、ただ感情のままに自身の想いを有栖に押し付けた。

 自身にとって凡そ考えうる限り最低なやり方だった。

 

 あまりにもバカらしい話ではあるが。

 ガイアなどと言う組織に身を置きながら一体何を寝言を言っているのかと言われるのかもしれないが。

 それでも尚、()()()()()を宿しながら、それでも尚。

 和泉と言う少女の性質は善であった。

 自身より他者を考えてしまう。それが大切であればあるほど、自身を犠牲にしようとしてしまう。

 奉仕の精神。相手に尽くすことに価値を感じる時が時なら聖女にさえなりえたはずの器。

 聖女の写し身。

 だがそこに宿ったのは感情の権能。

 だからこそ、暴走する、釣り合いが取れない。

 他者を第一とする理性と、自身を第一とする感情が矛盾し、許容しきれない。

 心の中で感情が暴れ狂っている、それが精神にどれほど負荷をかけるのか。

 けれどそれをおくびにも出すことはない。

 強大な精神で感情をねじ伏せる。

 そうして今日まで歪な心で過ごしてきた。

 だが。

 

「………………うん、そうね。後で謝るわ、それから」

 

 それから…………どうするのだろう?

 もう一度きちんと伝える?

 それもアリなのかもしれない、今となっては。

 だが、その前に一つ清算しなければならないものがある。

 

「……………………………………」

 

 一つ目標を決める。

 たったそれだけのことなのに。

 心が軽くなる。

 自身に未来がある、それだけの話なのに。

 それがどれほど大切なものであるのか、それを自身は知っていて。

 ようやく一つ満たされる。

 誰もが持っている、けれど自身が持っていなかったもの。

 

 ユメを手に入れた。

 

「……………………ふふ」

 それだけで嬉しくなる。

 それだけで心が弾む。

 

 それは希望だ。

 

 誰もが持てるはずのもの。

 けれど自身には無かったはずのもの。

 あの日彼がくれたもの。

 今度は、自分が見つけたもの。

 

 気づけば心は凪いでいた。

 

 

 * * *

 

 

 薄暗いマンションの一室。

 豆電球一つだけがつけられた部屋の片隅。

 壁に寄り掛かるようにして男は息を吐いた。

「……………………侭ならんな」

 自嘲じみた笑みを浮かべながら、男がそう呟く。

 全く侭ならないものだ。

 結局、自身の死に場所はここではなかった、そういうことなのだろうか?

 否、それはないだろう。

 

 あの人がここだと言ったのだから。

 

「…………全く、あの人も人使いが荒い」

 代償ではあった、だがそれだけの願いでもあった。

 その結果に文句はない、が。

「実の弟を撃ち殺せ? 正気じゃないな」

 自身の言えたことではない、だがそれでも言わせてもらえるなら、狂っている。

 愛してる、大切にしている、そう言ったはずなのに。

 だが、それももう終わった。

 絶対の一度。確実である一発。それで終わらせろ、それがあの人から課せられた命。

 だが失敗した、生きていた、殺せなかった。

 それとも…………分かっていてそれを命じたのだろうか?

 そんなことがあり得るか?

 ()()()()()に狙撃を命じ、それでも相手が生きているなどと、本気で確信できるものか?

 だがそれならば一発で終わらせろ、と言ったその意図も分かる。

 殺さないため?

 だがだとすれば何故生きていると分かった?

 そもそも何故あの弾丸を受けて生きている?

 必中必殺の魔弾。

 あの王のように圧倒的な力で受け止めるのなら分かる。

 必中とは避けれないことであって、防げないことではない。

 必殺とは当たれば必ず殺すことであって、当たらなければそもそも意味がない。

 だが、たしかに心臓を弾丸で貫いておいて、その手ごたえを自身で感じておきながら生きている。

 それが理解できなかった。

 

 何故あの少年は…………生きてる?

 何よりも、あの少年は…………。

 

 ピンポーン

 

 思考を切り裂くインターフォンの音。

 

 目を見開く。

 

 誰だ?

 

 同じマンションの住人と言うのはないだろう、こんな夜中に来るはずがない。

 だがそれ以外の人間でこの場所を知っている人間などいないはずだ。

 

 ピンポーン

 

 だが今実際に誰かがこの場所にやって来ている。

 だが何故インターフォンを押してこちらに気づかせるような真似をする?

 敵ならばわざわざこちらに気づかせるはずがないが、自身に味方などいるはずもない。

 だとすれば一体…………?

 慎重に、細心の注意を払いながら狙撃銃を抱え、ゆっくりと玄関へと向かう。

 

 ピンポーン

 

 三度目のチャイム。

 玄関の傍まで近寄りそっとドアスコープから外を見る。

「……………………?」

 だが外には誰の姿も見えない。

 おかしい、明らかにおかしい。

 っと、その時。

 

 ごとん

 

 ドアに何かがぶつかる音。

 即座に戦闘態勢に入る。

 狙撃銃をドアへ向けて構え、その引き金を引こうとし…………。

 

『うぃーっく、うーい』

 

 声が聞こえた。中年の男の酔っ払ったらような声。

「…………………………」

 耳を澄ませる。扉の向こう側から微かに聞こえてくる声。

 

『うーい、飲みすぎだたなあ』

 

 ひっく、ひっく…………と聞こえる声の調子からして、相当に泥酔している様子が伺える。

 酔っ払いが部屋を間違えただけか?

 銃を降ろすと同時に、ガチャガチャとドアノブが無遠慮に回される。

『あかねーぞー、ひっく』

 このまま玄関先で騒がれて目立つのも面倒だ。そう考え玄関の鍵を開ける。

 それからチェーンロックを外し、扉を開き…………。

 

「ドア越しだと録音でも分かりにくいだろ?」

 

 そんな言葉と共に、目の前が光に包まれた。

 

 

 * * *

 

 

「く…………くく………………く、あはははは」

 堪えきれない、そんな様子で男…………王が嗤う。

 そんな王の様子を、姫君が目を細め、名無しが睨む。

「く、あははははははは、くははははははははははははは!!!」

 心底楽しそうに、嬉しそうに、王が嗤い、哂い、笑う。

「負けて帰ってきた割に随分と楽しそうね」

 冷静、と言うよりは冷徹な姫君の言葉に、けれど王はその吊り上った口元を崩すこと無く答える。

「ああ、笑うしかないだろう、数千年探し続けていたものがたった一日で二つも見つかったのだからな」

 やっと見つけた二つの牙。そしてそれの繰り手もまた都合が良い。

 これで自身のものと合わせて五つ。残り二つの所在はまだ分からないが、五つもの欠片が集まったのだ、ならば残りが現れるのも時間の問題だろう。

 ならば次こそは、そう意気込んで…………。

 

「次は、オレだ」

 

 その声に、ピタリ、と場が静寂に包まれる。

 王の嗤い声も、姫君の不機嫌そうな声もピタリと止む。

 名無しにいたっては、ソレの存在感だけで顔面を蒼白にし体を震わせた。

 

 そこにいたのは白く、赤く、黒かった。

 

 月の白。

 

 血の紅。

 

 闇の黒。

 

 王を持ってしてこれほどの存在は数えるほどしか知らないと言わしめる。

 

 正真正銘の騒乱絵札最強。

 

 神霊に匹敵する力を持つ過去類を見ない月の化物。

 

 怪物(ジョーカー)がそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 ドアごと体が吹き飛ぶ。

 それが魔法だと気づいた瞬間、体が臨戦態勢に入ろうとし…………。

「チェックメイトだ」

 言葉と共に、発砲音。直後、体に感じる痛み。

 撃たれた、それを自覚すると共に、その場所が両腕だと気づく。

 狙撃手が腕を封じられた、最大の武器が使えない。それが分かると共に、相手が自身を知っているのだと気づく。でなければ真っ先に腕ではなく頭か腹を狙っているだろう。

 逃げようと体を動かした瞬間、足を撃ち抜かれ床を転がり、起き上がろうとするほんの一秒で頭を足で踏まれ、床に体を固定される。

「だ…………れ…………だ…………」

「誰? 誰ってことはないだろう? 人の心臓撃ち抜いといてよ」

 その言葉で気づく、こいつは…………。

 

「篠月…………有栖」

 

「……………………何?」

 

 呟いた言葉に、自身の頭を踏みつけている少年…………篠月有栖が怪訝な声を挙げる。

「………………お前、何でその名前を知ってる?」

「………………………………」

「答えろ」

 カチン、と後頭部に銃口が突きつけられる。

 

 ああ、やっぱりそうだ。

 

 あの人の言ったことは間違いではなかった。

 

「お前を撃ったのは、あの人から命だった」

「…………あの人?」

 

 やはりオレの死に場所は…………。

 

「あの人からお前に伝言だとよ」

 

 もし生き延びたら、なんて言ってたが、やはりこれを最初から予見していたのだろう。

 

「篠月有栖は一度死ななければならかった。篠月有栖は一度死んで有栖になる」

 

 けれどもし、もしも。

 

「二度死ねば、その時は…………

 

 ――――――――――――」

 

 その一言に動揺した有栖の隙を付き、後頭部に突きつけられた銃に手をやり…………。

 

 パンッ

 

 そのまま、自身の後頭部を撃ち抜いた。

 

 

 * * *

 

 

 人目に付く前にマンションから抜け出す。

 コツン、コツンとアスファルトを叩く音だけがあたりに響く。

「…………………………………………」

 重苦しい沈黙。

 

 始まりはミズチの一言だった。

 

「見つけたよ、サマナー」

 和泉と分かれたしばらく。どんな顔して帰れば良いのか分からず、戸惑いながらあえて回り道をしながら帰っていた時、ふとCOMPの中から現れたミズチが呟いた。

「見つけた? 何をだ?」

「サマナーを撃った人」

 一瞬、思考が止まる。何を言ったのか、今こいつは何て言ったのか。

 即座に理解し、ミズチにどういうことか尋ねる。

「この街が龍脈の上にあるせいか僕の力の戻りも早い、お陰で多少できることが増えてね…………あの時感じた魂と同じものをこの街の中で見つけたよ」

 魂、この場合、マグネタイトの波長とでも言うのだろうか?

 それを、感じ取る?

「龍脈の上にいれば、だけどね。この街の龍脈は誰も管理していないみたいだったから、けっこう自由が利くみたいだしね…………龍脈の上で暮らしている以上、どんな人間でも意識的、無意識的問わずに龍脈の影響を受ける。龍神たる僕はその龍脈を少しだけ操ることができる…………まあ詳しく言っても多分分からないだろうけどね」

「ああ、分からん…………とにかく俺を撃ったやつを見つけた、それだけ分かってれば良い」

 吐き捨てるようにそう呟き、それから怪訝な表情を作る。

「しかし良く見つかったな、この街にだって相当な人間が住んでるが」

 俺の問いに、ミズチが苦笑しながら答える。

「サマナーが撃たれてすぐに見つけてずっと追跡してたからね、サマナーの命を優先したからあの場では言わなかったけど、逃がさないようにずっと気を張ってたんだよ」

「ああ…………そう言うことか」

 成り行きで仲魔にしてしまったミズチだが…………どうやら俺の想像以上の拾いものだったらしい。

「だからさっきの戦闘で召喚するなって言ってたのか」

 病院から廃ビル群に向かう途中でミズチに言われた召喚するな、と言われていたのだが、それもこのためだったらしい。

「で、そいつはどこにいる?」

「うん、案内するよ」

 するり、と人に化けたミズチが俺を先導して歩き出す。

 そのゆったりとした歩みを見ている限り、どうやら相手は一箇所に留まっているのか、急ぐ必要は無いらしい。

 

 そうしてたどり着いたのは街中にあるとある小さなマンション。

 

「ここか?」

「ここだねえ」

 確かに、こういうどこにありそうなマンションなら隠れ家としてはうってつけだろう。

「で? どうするの? まさか正面から行くとか言わないよね?」

 ミズチが首を傾げながら尋ねる。その問いに、俺は笑って答える。

「何言ってるんだ、正々堂々、正面から、罠にかけにいくぞ」

 そんな俺の滅茶苦茶な答えに、ミズチが苦笑して。

「それでこそサマナーだよ」

 そう言った。

 

 そうして踏み込んだマンション、そしてそこで死んだ一人の男の残した言葉。

 

 ぐるぐると頭の中で渦を巻く。

 

「なんで…………なんであいつがあの名前を知っている」

 

 篠月有栖。

 

 だってそれは…………。

 

「俺の…………転生前の名前、だぞ?」

 

 

 

 




そしてついに三章終了です!!
次の四章で前章は全て終了になります。まあ四章入る前に登場人物紹介とか悪魔全書とかあと番外編とかやりますので、四章入るのは年明けかなあ?

設定が複雑って言われた。
正直、その場のノリで増えたものが非常に多いので、実は作者すら把握してない設定が意外とあったり…………。
まあ大風呂敷広げてちゃんと畳めると言われたこともあるので、大丈夫だと思います、うん、大丈夫…………多分。

そして隠すことでもないので言っておくと、今回出てきたジョーカーが四章ボスです。
有栖とアリス、そしてジョーカーが中心となって四章は進む予定。
何故予定ってまだ四章の内容ほとんど考えてないから。



ところで今、オリジナルストーリーのペルソナ二次書こうかと思ってたり。
なんかこの小説って強い敵ばっかり出てくるので、たまにはレベル1からゆっくり成長する話が書きたい。
今設定を煮詰めてるのでそのうち気まぐれに投稿するかもしれません。


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登場人物紹介

登場人物も増えてきたので、ちょっと登場人物紹介をしてみる。
主に作者の脳内整理のため。

注:大して設定も無いいくらかのキャラは省略しています。


 

有栖(ありす) 性別:男 年齢:15 身長だいたい170弱

 

主人公。前世だと普通に成人してた。事故で死んで転生して今に至る。

両親は前世でも今生でも死んでいる。現在一人暮らし(?)

悪魔と会ったのは前世でのアリスが初めて。デビルサマナーになったのは今生で十歳の時。

自身を助けたアリスを死なせないためにアリスと契約する。その後、葛葉キョウジと出会い弟子入り(仮)する。

十三の時に独り立ち。この縁が切欠で、ヤタガラス及び葛葉の里に対し、ある程度の繋がりがある。

本人はフリーのサマナーではあるが、事情を知らない人間からは葛葉の勢力の人間と認識されている。

基本的に面倒なことには関わりたくない、と言うのが本音なのだが自分の大切だと思ったものは抱え込もうとするので、結局面倒ごとに巻き込まれる。

サマナーとしてはそれなりだが、戦術家としては一流。

身の丈に会わない悪魔を多く持っているが、全員を従えているあたり、サマナーとしてもかなりの才があるかもしれない。

『人間と悪魔をそれほど大きく区別していない』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

アリス 性別:女 年齢:不明 身長:130くらい?

 

仲魔。公式によるとイギリス人らしい。名前はフランス人女性名だが。

有栖が前世で出会った初めての悪魔。有栖が今生で助けられた悪魔。

五年一緒にいるうちになんだか人間臭くなった部分もあるが、根は子供で悪魔なので善悪の観念が薄い残虐さを持つ。

保護者が二人いるらしいが、有栖と初めて会った時にはすでにその姿は無い。

『有栖のことだけは特別視しているきらいがある』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

ジャックランタン 性別:カボチャ 年齢:カボチャ 身長:カボチャ

 

仲魔。有栖が13くらいの時に仲魔にした。特異点悪魔。

仲魔にした時は一時期吉原市が壊滅しそうになってたらしい上に、有栖もその後半年ほどの入院を余儀なくされた。

お気楽おちゃらけな妖精らしい性格。だが見た目の割りに強い。

『ジャックフロストと合体すると別の悪魔になる』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

ジャックフロスト 性別:ゆきだるま 年齢:ゆきだるま 身長:ゆきだるまくらい

 

仲魔。有栖が異界化した廃病院で仲魔にしたゆきだるま。正確には雪の妖精。特異点悪魔。

仲魔にするのに割りと死にかけている(有栖が)、と言うか手加減できなくて殺そうとしたら懐いて仲魔になった。

ジャックランタンとは兄弟と呼び合い、仲が良い。この種族はみんなこうらしい。

『ジャックランタンと合体すると別の悪魔になる』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

ジャアクフロスト 性別:分からん 年齢:知らない 身長:微妙

 

仲魔。ジャックランタンとジャックフロストがデビルフュージョンするとこうなる。

特異点悪魔たる両者の特徴を顕著に併せ持っており、その戦闘力は現在の有栖の仲魔の中でも最強。

なんでこいつメギドラダイン撃てるんだろう、って思ってる人が割りと多いと思う。

『サマナーのレベルの未熟により未だに全能力の半分も開放されていない』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

ミズチ 性別:男女 年齢:千歳以上 身長:160くらい(人間時)、全長は3mくらい?

 

仲魔。海辺の街で出会った龍神。特異点悪魔。

成り行きで契約したらそのまま付いて来た。有栖の仲魔の中で唯一良識的な仲魔。

力のほとんどを自身の巫女に渡したせいで弱いのかと思ってたら意外と器用な特技持ってて便利だったりする。

『単純な戦闘力以上のものを持っていて、古い知識などにも精通している』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

詩織(しおり) 性別:女 年齢:15 身長:150くらい

 

友人。と言うか幼馴染。小学校の頃から悠希を含め三人だったらしい。

十一くらいの時に両親が死んでいる。それからは祖父の家で暮らしていた。

祖父が吉原高校の理事長。割と裕福な家庭の、いわゆる庶民系お嬢様だったりする。

『自身について、実は誰よりも何も知らない』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

悠希(ゆうき) 性別:男 年齢:15 身長175くらい(有栖よりちょい高い)

 

友人。と言うか幼馴染。小学校の頃から詩織を含め三人組みだったらしい。

両親健在の二子の長男。実は妹がいる。一般人の家庭…………と思ってたら実は祖父がヤタガラスの人間だった。

ただ両親には何も伝えずに逝ったので家族は誰も知らない。苗字は門倉。キョウジ曰く、悠希は門倉の継承者らしい。

門倉は葛葉の分家の一つらしいが、それを知る祖父が何も言わずに死に、完全に関係は絶たれていた。

ゴールデンウィークに向かった旅行先で悪魔絡みの事件に巻き込まれサマナーになることを余儀なくされる。

最近気になる子ができたらしい。

『生まれながらにして、門倉の遺産を受け継いでいる者、故に門倉の継承者であると言える』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

朔良(さくら) 性別:女 年齢:16 身長:155くらい

 

葛葉。有栖が昔、キョウジに葛葉の里に連れて行かれた時に出会った十四代目葛葉ライドウの血筋。

悪魔の複数体同時召喚に成功しているけっこうなチート。まだ本人も悪魔も未熟だが、ライドウを目指し努力している。

無表情、無感情、無感動と三点拍子揃った性格だったが、有栖、そして二十代目葛葉ライドウに熱をもらい、生きる活力を得た。

守人だった宗家の少年がいるが、現在どうなっているのかは不明。

勘と運が良い。また、術士の称号たるライドウを目指すだけあってさまざまな術を持っているが、本質的にはサマナー。

『十四代目の血が色濃く受け継がれた少女』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

キョウジ 性別:男 年齢:不詳 身長:180くらい

 

葛葉。有栖の師。現葛葉キョウジ。スーツとグラサンで傍から見るとヤクザかマフィア。

吉原市一帯を本拠地としており、取り仕切っている。

有栖曰く、今の自身よりも強い。とのこと。朔良曰く、現役の葛葉のサマナーの中で最強。

実力だけならば二十代目葛葉ライドウに匹敵するかもしれない。

ナトリと言う後継者がいる。

『その暴力的な印象とは裏腹に本質的には戦略家』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

ナトリ 性別:女 年齢:13くらい 身長:140くらい(アリスよりはやや高い)

 

葛葉。キョウジの義理の娘。次代葛葉キョウジ。黒のゴスロリ服と長い銀髪が特徴。

ナトリと言うのは本名の頭文字を取ってキョウジがつけた名前。ただ本名はすでに捨てているのでナトリと言うのが唯一の名前であると思っている。

気に入った人には自身の名前を呼ぶことを許し自身も相手を名前で呼ぶが、そうでなければ呼ばせない。

因みに当て字気味で漢字名があって葛葉名取が日本での彼女の名前と言うことになっている。

『月の妖精のような幻想的なその外見とは裏腹なその本性を知るものは少ない』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

和泉(いずみ) 性別:女 年齢:15,6歳くらい(外見上は) 身長:150くらい

 

ガイア。有栖が過去にメシア教を襲撃した時に出会った白い少女。

体に吸血鬼を、心にペルソナを植えつけられており、それ故、精神性が歪んでいる。

正気と狂気が反発しあい、ぶつかり合い、心の安定が取れていない。

後に発覚した事実曰く、とある少女のクローンであり、最初から実験のためだけに作られた実験体。

故に本来の意味での両親はおらず、勘違いでクローン元の少女の両親を殺したことがある。

過去に自身を救ってくれた有栖に対し好意以上のものを持っているが、自身を卑下する傾向にあるせいでそれを表に出すことは無かったが、最近になって自身を許容したので有栖への好意も表に出すようになってきた。

夢、目標、未来への希望、些細な幸せ、小さな喜び、そんな通常の人間なら誰もが持つようなものを知らずに育ったからか、そう言った類のものに飢えている。同時に、それが当たり前であるはずなのにどうして自分はそれを持てないのか、そしてどうして他人はそんなに当たり前のようなをして持っているのか、などと考え内心では嫉妬していた。

『狂った心と正しい心、それは本当に同じ心なのか、けれど自身はまだそれを知らない』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

独立固体(インディペンデンス) 性別:たぶん男 年齢:たぶん20前後 身長:おおよそ170くらい

 

騒乱絵札の名無し(ジャック)。群体たちの王(仮)。

かつて狂った組織の狂った実験によって生まれた群体と呼ばれる人々の中から生まれた意識。

共有された意識を持ちながら、独立性を保つ異端。

死を目指す群体の意識に引き摺られている部分があり、そこから脱却するために完全なる独立を目指す。

同時に群体の意識を乗っ取り、群体の王へとなり上がろうとしている。

絵札を受領してはいるが、騒乱絵札の中では一番弱く、また他と目的の傾向の違う異端。

『独立とは孤立に似ている。だがそれは誰からの孤立だろう』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

姫君(クイーン) 性別:女 年齢:見た目20歳くらい 身長:150くらい

 

騒乱絵札の女王(クイーン)。魔人ヒトキリを従えるサマナー。

目的から何まで全てのプロフィールが謎の人。

ただ他の絵札とは普通に仲が悪い、と言うか馴れ合わない。

『正気と狂気などすでに金繰り捨てて、それでも叶えたい願いがあるのなら、どんなことにでも手を染める、それが決意である』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

王(キング) 性別:男 年齢:30前後くらいに見える 身長:165くらい

 

騒乱絵札の王様。ウリエル、モト、スルトと言った強大な悪魔を使役するサマナー。

古代召喚術の使い手。過去に契約した強大な悪魔たちを魔法陣から呼び出す。

例によって他の絵札との仲は悪い。と言うか見下している。だが王と名乗るだけあって、取り仕切ることもする。

と言うか、こいつがいなければとっくに仲間割れで空中分解している。

『規定路線からは外れた、ならば次は路線を砕くことから始めよう』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

怪物(ジョーカー) 性別:不明 年齢:不明 身長:不明

 

騒乱絵札の切り札。王を持ってして抑え切れない最強。

その他一切が不明。

『月の血、それが怪物にとっての至上であることは明白である』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

小夜(さよ) 性別:女 年齢:15 身長:150くらい

 

龍神の巫女。割と読者に存在忘れられてるんじゃないかと作者が悩んでる娘。

今後登場予定はあるのだろうか? おお、メタいメタい。

『何も思いつきません』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

迷える羊(ストレイシープ) 性別:男 年齢:たぶん30前後 身長:190

 

聖人。聖者の金眼を持つ生きた聖人。

聖典の一句から力を引き出し、事象を変える聖句を扱える。

通称メシアの処刑人。メシアの敵を狩って、狩って、狩りまくる、ガイア教最大の敵の一人。

『神に背く聖人。だがその背きが信仰故だとすれば、それを責めることができるのは神だけではないだろうか』

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

狩人(ハンター) 性別:男 年齢:20後半くらい 身長:170くらい

 

本編では多分名前は出てない狙撃手。

魔弾の王ザミエルと契約し、魔弾を受領していた。

殺した人間の七人目の魂を魔王に捧げる、代わりに魔弾を授けられる、と言う変則的な契約でやっていたのだが、とある事情により契約が破棄される。

最後に残った三発の魔弾のうち一発を有栖に、一発を王へ撃ち、最後の一発は行方知れず。

何か色々知っていたり、色々と目的を持って動いていたようだったが、最後は自殺した。

『終わりが救いとなることなどいくらでもある、今が辛い、未来が無い、ではもう幕引きの中にしか救いはない』

 




外伝書くと言ったけど、やっぱりやめて、外伝にしようと思ってたのは四章とくっつけて書くことにします。
ちょっと時系列考えるのが面倒なことになってるので、四章始まるのはもうちょいかかります。

他に誰がいたっけ?
この人の紹介無いけど見たい、ってのがあったら感想で言ってください。


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予告

 

 そこには人がいる、そこには悪魔がいる。

 

正義の味方(hero)(ヒーロー)】

仲魔:“八雲の英雄”スサノオ

「義無き力は暴力だ…………けどな、力なき義はただの戯言だよ。正義を通したいなら、力と義を両立させろ」

 

 だが、そこには神はいない。

 

裁定者(Judicator)(ジュディケイター)】

仲魔:“裁定せし者”レッドライダー、ブラックライダー、ペイルライダー、ホワイトライダー

「守護者…………ソレが己(オレ)の名ではある、が己の目的はソレではないな」

 

 だが、世界を支える神の座がある。

 

復讐者(avenger)(アベンジャー)】

仲魔:“復讐女神”アレークトー、ティーシポネー、メガイラ

「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………必ず果たす、この復讐を」

 

 だが、世界を形作る神の力がある。

 

反逆者(rebellion)(リベリオン)】

仲魔:サマエル

「この世の全てを捧げなさい…………そうすれば私がこの世界を導いてあげるわ」

 

 だから、それを奪い合うものたちがいる。

 

共犯者(accomplice)(アカンプリス)】

仲魔:“共犯者”ルシファー

「そこに理由がある、意味がある、意義があって、真実もある。俺はそれが欲しい」

 

 トーナメント。

 

群体(cluster)(クラスター)】

仲魔:“破滅神”シヴァ

「神の力、それを持ってして、この世界を終わらせる…………死が安らぎであると気づいてしまったから」

 

 神の座の、神の力の争奪戦。

 

軟弱者(Faggot)(ファゴット)】

仲魔:“守護神”パラスアテナ

「全く、僕はこんな野蛮なことは嫌いだって言うのに、なんで僕の女神は厄介ごとに巻き込むのだろうね」

 

 世界の頂点を目指し、集まる者たち。

 

悪党(rascal)(ラスカル)】

仲魔:“謀反人”オンギョウキ

「俺は悪党だからな、圧倒的に、徹底的に、決定的に最後まで悪であることを誇りとするさ」

 

 そして暗躍する者たち。

 

悪役(villain)(ヴィラン)】

仲魔:“百の腕”ヘカトンケイル

「はいはい、所詮僕は悪役、そう割り振られた存在。だから悪は悪らしく、悪いことでも企もうかね」

 

 この戦いの果ては、一体どこへ向かうのか。

 

人攫い(Bogeyman)(ブギーマン)】

仲魔:“不死なる者”クドラク

「欲しい、欲しい、欲しい。いいなあ、あいつら。欲しいなあ…………じゃあ、奪うか」

 

 そして、やつが動き出す。

 

殺神鬼(Serial killer)(シリアルキラー)】

仲魔:“第六天魔王”ハジュン

「神は死んだ、けれど世界は回っている…………なら今更神が存在する意味などあるのか?」

 

 始まるのは、人と悪魔の舞台劇。

 




何これ? と思った人。
えーっと、次回作(予定)です。

有栖とアリスと言う作品は、この次回作と設定の共有があったりします。
すでに本編の中にも、この次回作の話がちらほらと入ってたり。

四章にて思いっきり関わることになるけど、実際に書き始めるのは有栖とアリス完結後を予定しています。

今回のは簡単なトレーラーです。

テーマは一つ。

神の死んだ後の世界で繰り広げられる戦い。

因みに、有栖くんの出身世界でもある。篠月有栖の生きていた世界で、有栖がアリスと初めて会った世界でもある。



え? なんでいきなりこんなの投稿したのか?

四章のネタにつまったから気分転換だよ、言わせんなよ、恥ずかしい。


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IF編 有栖とバレンタイン

二週間執筆してなかったので、リハビリがてら書いてみた。
合計12000字。短編とはなんだったのだろうか。
14日にテスト終わって執筆始めたので、終わったのこんな時間になりましたが、バレンタイン特別編です。


 

 * 共通ルート *

 

 

 ざわざわした人の声。

 学校の廊下を歩けば、廊下から教室からいつもと同じ、いやそれ以上にざわめく声。

 少しだけ眉をしかめ、けれど黙って歩き、廊下端にある教室までたどり着く。

 ガラリ、と教室を扉を開くとより一層大きくなって聞こえるざわめきに、また眉をしかめる。

 自身の席に鞄を下ろし、椅子に座る、と同時に二人の人間がこちらにやってくる。

「おはよ、有栖」

 一人は自身の幼馴染の少女、詩織。

「はよっす、有栖」

 もう一人もまた自身の幼馴染の少年、悠希。

 二人の姿に、ひそめた眉を緩めて挨拶を返す。

「ああ、おはよう…………しかし、今日は一段と騒がしいな」

 いつも三割増しざわついた教室を見てそんな言葉を零すと、悠希が何故か呆れたような表情でため息を吐く。

 まるでどうしようも無い、と言った様子で右手で顔を押さえて、諭すかのような声音で呟く。

「あのな、有栖…………今日が何の日か知ってるか?」

 その問いに数秒考え、二月十四日、と答える。

 それがどうかしたのか、と目で訴えてみると、今度は口に出して「どうしようも無いな」と呟く。

「あのな、二月十四日と言えば世間様ではバレンタインって言うんだよ」

 悠希のその言葉に、ようやく合点がいった。

「つまりチョコレートももらっただのもらってないだの、そんなアホみたいなことをみんな言ってるのかよ」

「アホみたいって…………あのなあ、お前だって去年もらっただろ…………ていうか、詩織が毎年くれてるだろ、少しはありがたいって思えよ」

 そう言われれば確かに去年、と言うか毎年もらっていることを思い出す。

「つってもなあ…………知ってるだろ、俺はこういう煩いのは嫌いなんだ」

 雑踏や喧騒と言った他人のせいで自分が不快になるのが最悪的に嫌いだ。

 もう前世からずっとなので、こればかりは性分だ。

「そりゃ知ってるが…………まあ今日ぐらいは我慢しろって」

 そう言ってもな、と内心の不機嫌を隠そうともしない俺を見て、詩織がくすりと笑う。

「悠希、無理だよ、だって有栖だもん」

「……………………まあ、そうか」

 そんな詩織の言った一言に、何故か同意する悠希。いや、待てどういうことだ。

 問いただそうとした途端に、教室のドアが開いて教師が入ってくる。

「おっと、もうホームルームが始まるな」

「戻らないとね」

 俺が何か言うよりも早く二人がそれぞれの席に戻っていき、教室のざわめきも教師の登場に収まっていく。

 一気に静まり返った教室。頬杖つきながらため息を一つ。

「やれやれ…………面倒くさい」

 

 バレンタインねえ…………。

 

 どうりで朝からアリスが楽しそうだと思った。

 

 あいつ、また詩織のチョコに期待してんだろうな。

 

 やれやれ、もう一度そう呟き。

 

 面倒くせえ。

 

 もう一度呟いた。

 

 

 

 

 * 詩織ルート *

 

 

「じゃあな」

 放課後。人もまばらになった教室。

 気だるそうに目を細め、荷物をまとめ、帰り支度を済ませた有栖がそう言って声をかけてくる。

「え、あ…………有栖!」

 思わず呼び止める、当たり前ではあるが、有栖が立ち止まり、どうした? と尋ねてくる。

 鞄の中に手が伸びる。そこに入れたものに手が触れ、けれどそこで止まる。

「…………………………えっと、その」

 言葉が出ない、手が動かない。どうしよう、どうしよう、としているうちに有栖が首を傾げ。

「用が無いなら帰るぞ?」

 有栖がそう言って教室を出て行く。今度は呼び止める言葉は出ず、その後ろ姿をただ見ていることしかできなかった。

「…………詩織」

 名前を呼ばれ、振り返ったそこにジト目の悠希がいた。

「毎年毎年、有栖だけじゃなく、俺にまで義理チョコくれるのはいいんだがさ…………」

 悠希が鞄に入れた私の手を掴み、引っ張る。手の中には一つのチョコレート。

 有栖や悠希に渡した義理チョコとは明らかに大きさの違う、それ。

 悠希がため息を吐き、私の頭に手を置く。

「毎年毎年有栖のために本命作って…………お前、いつ渡すんだよ」

 手の中のチョコを見る。悠希に言われた通り、有栖に渡すために毎年作って、けれど毎年渡しそびれたそれ。

「なあ詩織…………」

 少しだけ苦々しい表情で悠希が自身へ告げる。

 

「お前、このままじゃ…………有栖とられちまうぞ?」

 

 ずきん、と胸が痛む。想像するだけで嫌だ。

 だがこの一年で知った有栖の交友関係を考えれば、それもあり得ない話ではない。

 ずきん、ずきんと痛む胸を抑える。

 こみ上げる思いはたった一つだった。

 

 やだよ…………そんなの、絶対嫌だ。

 

 体を突き上げる衝動のままに走りだす。

 チョコレートの入った鞄を胸に抱え、放課後の廊下を走る。

 走って、走って、走って…………そうして、正門を出たところでようやく追いつく。

「有栖!!」

 張り上げた声は下校中の生徒たちの間を通り抜け、目的の人物へと届く。

「………………詩織?」

 立ち止まり、振り返る。そうして、有栖の顔を見た瞬間、唐突に熱が冷める。

 同時に湧き上がるのは…………恐怖。

 そう、怖いのだ。もし受け取ってもらえなかったら、そうしたらこの居心地の良い関係は崩れ去る。

 一緒にいられるこの時間が崩れ去ってしまうのだ。

 そう思ってしまったら、怖くて怖くて今までずっと尻込みしてきたのだ。

「どうした? やっぱ何か用だったのか?」

 有栖がそう尋ねてくる。その表情はどこか不思議そうで…………ああ、今まで自分の行動を考えればそれは当然だろう。

「あの…………その、ね」

 けれど自分は答えることができない。恐怖に心が苛まれ、チョコを渡す、その程度のことができないのだ。

 震える。どうして、なんで自分はこんなにも意気地がないのだろう、悠希に発破までかけてもらって、ここまで有栖を追いかけてきておいて、どうして最後の最後、こんな簡単なこともできないのだろう。

 それは悔しさだったのだろうか、涙すら出そうで。

 

 その時、ぽん、と頭の上に手を置かれた。

 

「どうした、詩織?」

 優しい声で、有栖がそう尋ねる。

 ああ、本当に、有栖も悠希もさすが長い付き合いだ…………行動が良く似ている。

 けれど、同じように手を当てられていても、やはり有栖は違うのだ。

 頭に熱が宿る。それはきっと有栖から伝わる温かさだろう。

 ふと思い出すのは悠希の一言。

 

 …………お前、いつ渡すんだよ

 

 本当に…………いつになったら私は彼にこの気持ちを渡すことができるのか。

 それは、今しかないだろう。今、この時しかないだろう。

 ここで勇気を出せなければ、きっと私は一生この気持ちを伝えることはできない。

 

 お前、このままじゃ…………有栖とられちまうぞ?

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!

 とられる、なんて私のものではないのだから、完全な言いがかり。

 だとしても、有栖が例え他の女の子を好きになるのだとしても。

 勝負すらさせてもらえずに負けるなんて、絶対に嫌だ。

 

 だったら、もう、今やるしかない。

 

 吹っ切れたように、自然と私の手は鞄からそれを出していた。

「あのね、有栖…………これ、受け取って欲しいの」

 私が差し出したそれを、有栖が目を丸くしながら見る。

「あのね、有栖…………私、有栖のことが」

 言おう、伝えてしまう、そう思った、その時。

「詩織」

 有栖がそれを止める。

 その人差し指を私の唇にあて。

「これは受け取っておく。けど、その続きはまだ聞けない」

 その言葉に、目の前が真っ暗になったような、世界が崩れ落ちたような錯覚を覚える。

 ああ、つまり…………これは。

 結論を出そうとした、その時。

「ああ、勘違いしてくれるなよ?」

 またも、有栖が結論を止める。

「まだ色々と面倒ごとがあってな…………けど、もうすぐそれも片付く予定だ、だから」

 だから?

 

「その時、その続き、聞かせてくれ…………今度は、止めないから」

 

 ぶるり、と身震いする。

 呼吸を忘れていた。

 けれども、こくり、こくり、となんとか頭を縦に振り…………。

 

「ちゃんと答えは用意しとく」

 

 最後に自身の耳元でそう呟き、有栖は去っていく。

 先ほどと同じように、けれど先ほどと違って、またしても自身はその背を見送ることしかできなかった。

 けれど、さすがに今度ばかりは追いかけることはできそうにない。

 すっかり力の抜けた体。ぺたん、と正門前に座り込み、呆然とする。

 

「お疲れ」

 

 そして、その後ろから悠希がやってくる。

 リアクションに困ったような苦笑いをしながら、私の肩をぽんぽん、と叩く。

 

「ようやく渡せたな。立てるか? 取り合えず今日は帰ろうぜ」

 

 悠希に手を貸してもらい、立ち上がる。

 未だ、思考が上手く働かないまま、悠希の後ろ姿を追いかけながらただついていく。

 

「…………きっとさ、変わらないと思う」

 

 帰り道の途中、悠希がふと言葉を漏らす。

 ようやく戻ってきた冷静さ。思考。さきほどのことをずっと頭の中で考えていた、ちょうどそんな時の悠希の言葉。

 

「今だから言えるけど…………もし、有栖が詩織を受け入れても、そうじゃなくても。きっと俺たちは変わらないと思う」

 

 だって、今までずっとそうだっただろ? 暗にそう問いかけてくる悠希。

 

「今更…………だよね」

「今だから、だよ」

 

 きっとそれはそうなのだろう。

 保障を得て動く、それはきっと大事なことなのだろうけれど。

 

 何の保障も無い時に動くからこそ、証明されることだってある。

 

 きっと、そういうことだ。

 だから今更であり、今だからなのだ。

 

「有栖は…………どうなんだろう」

 

 そんな自身の問いに、悠希はくすり、と笑う。

 

「さあね…………そんなのはお前ら二人で結論を出してくれ」

「ひどいなあ、幼馴染なのに」

「俺はさ、ナトリがチョコくれるのかどうか気になってそれどころじゃないんだ」

 

 互いに笑いあう。

 有栖が受け入れてくれるかどうか、それはわからない。

 

 けどきっと大丈夫。

 

 どういう結論になろうが、きっと変わらない。

 

 私と、有栖と、悠希と。

 

 きっと三人はずっと一緒で、ずっとこのままなのだから。

 

 だから…………大丈夫。

 

 そう信じて。

 

 私は笑った。

 

 

 まだ下校中の生徒もちらほらといる正門前でとんでもなく恥ずかしいことをしていたことに気づき、翌日思わず学校を休んでしまったことは…………まあ蛇足だろう。

 

 

 

 

 * 朔良ルート *

 

 

「さーくらちゃん」

 朝。いつもより騒がしい学校の廊下。教室に入って自分の席に着くと、すぐに友人の少女がやってくる。

 その手にあるのは何かの包み。首を傾げる私に友人が、はい、と言ってそれを渡してくる。

「何かしらこれ?」

 顔を上げて、友人を見ると何故か首を傾げられていた。

「何って、友チョコだよ?」

 友チョコ? チョコ…………チョコレート? あの甘いお菓子か、と記憶の中で思い起こす。けれど何故これを自身に渡すのだろうか?

 そんな自身の疑問が表情に出ていたのか、友人があれ? と言った顔をした後、はっ、と気づいたようになる。

「あーそっか…………もしかして朔良ちゃん、バレンタイン知らない?」

「バレンタイン?」

「そう、バレンタイン。乙女にあるまじきことだけど、でも朔良ちゃんそう言うのあんま興味なさそうだから知らないか」

「それくらい知ってるわよ…………セントバレンタインって西方教会のある地方の行事でしょ?」

 確かローマの史実を由来とした、男女の愛を誓う日だったと記憶している。

 そんな自身の答えに、けれど友人はため息を吐く。と言うか、バレンタインと乙女と何の関係があるのだろうか? そんな自身に疑問に答えるように、友人が口を開く。

「いや、元はそうかもしれないけど、っていうかそんな詳しいこと私も知らないけど、ていうかなんで朔良ちゃんってそんなこと知ってるのか、まあ色々言いたいことはあるけど、日本じゃ違うよ」

 はて、日本では違う? そう言えばバレンタイと言えば基本的に男性が女性に花を送るのが様式だったと記憶しているが、何故かざわついているのは女子生徒のほうで、机に上に並べられているのはラッピングされた…………あれはチョコレートだろうか?

「日本だとバレンタインは女の子が気になってる男の子にチョコを渡す日なんだよ」

「ふーん…………海外とは逆なのね」

「で…………朔良ちゃんは渡したりしないの?」

「何を?」

「だから、チョコ…………いるんでしょ? 好きな男子」

 友人がそう言った瞬間、ガタッ、と同じクラスの男子が数名ほど体を揺らしていたが、一体どうしたのだろうか?

 まあそれは置いておいて、何故知っているのだろうか?

「そりゃあ朔良ちゃんのことですから」

 問うてみると、そんな答えが返ってくることに多少恐ろしさを感じつつ。

「それにしても…………チョコレートねえ」

「チョコじゃなくて、マシュマロとか、お菓子みたいな甘いものならなんでもいいみたいだけどね、最近は」

 好きな人…………と言うか恋人は果たしてそう言ったものが好きなのだろうか?

 隣でバレンタイについて語っている友人を他所に、ふとそんなことを考えた。

 

「バレンタイン…………?」

「そう、バレンタイン。日本だと女が男にチョコ渡すんだって今日初めて聞いたけど、有栖は欲しい?」

 別に、と面倒臭そうに呟く自身の恋人に、まあそうよね、と返す。

「しかしバレンタインか…………だから朝から煩かったんだな」

「そう言うってことは、有栖はチョコレートをもらわなかったのね」

 ちょっとだけ意外、と言えば意外だった。あの幼馴染の少女はきっと有栖に送るのだろうと思っていたから。

「ああ、詩織のことか?」

 察しの良い恋人はすぐにそのことに気づいたらしい。

「毎年もらってたが、今年は…………まあ多分、気を使ったんだろうな。お前に」

「別に構わないのだけれどもね……………………私は有栖さえ傍にいてくれるのならそれで良いわ」

 まあ世に言うバレンタインも、けれど自分たちにはあまり縁の無い話らしい。

「なんと言うか…………お前はストレートだよな」

「別に他人に恥じるようなことじゃないもの」

「だからってなあ…………」

 くすり、と笑って有栖へ向き直る。

 全く、ひどい話だ。

 人形とまで呼ばれていた自身に、熱を与えたのは…………感情を灯したのは有栖でもある、と言うのに。

 だから、そんなひどい恋人に。

 少しだけ、悪戯してやろうと、思いつき。

 

「有栖」

 

 その名を呼ぶ。

 

「どうした?」

 

 名を呼ばれ、顔を上げた彼に。

 

「っ」

「!?」

 

 その手を引き寄せ、唇を重ねる。

 

 一秒、二秒、二人の影が重なっていたのはそんな短い時間。

 

 やがて二人の影が分かれて…………。

 

「…………チョコレートは無いけど、代わりに、ね」

 そう言って悪戯っぽく微笑む。。

「代わりに…………じゃねえよ、たく」

 いつも通りのぶっきらぼうに、けれど羞恥に赤くなった頬をこちらに見せないように顔を背けながら。

「たく…………」

 口では文句を言いながら、けれど決して自身の握る手を振りほどこうとはしない。

「甘いものなら代わりになるらしいわよ」

 だからこれである。甘いの意味が物理的か、精神的かの大きな違いはあるが。

「別に嫌とは言わねえよ…………ただあんま不意打ちするな」

 少しだけ嫌そうに、彼が言う。彼にしては少し珍しいその表情に、どうして? と尋ねる。

「……………………感情が抑えられなくなるだろ」

 顔を赤らめ、ぼそり、と言う彼のそんな言葉に、思わず胸が苦しくなる。

「…………あら、そうなの」

 それが嬉しくて、苦しくて。けれど、この苦しさは嫌じゃない。

 

 ねえ、有栖

 

 なんだよ

 

 愛してるわ

 

 ………………ああ、俺もだ

 

 なんだか今日は素直ね

 

 …………ヴァレンタインだから、だろ

 

 年に一度の男女が愛を誓うあう日、ね

 

 悪かないだろ、一年に一度くらい

 

 私は別に毎日でもいいのだけれどね

 

 バカヤロウ…………口から出せば軽くなるだろ

 

 案外ロマンチストね

 

 ………………かもな

 

 

 

 彼の言葉ではないが。

 

 こんな日も悪くない。

 

 

 

 

 * 和泉ルート *

 

 

 トントン、とまな板の上の具材を刻んでいく。

「~♪」

 軽快な音程の鼻歌を交えながら、水の入った鍋を火にかけ、刻んだ具材を入れていくと冷蔵庫を開ける。

「ん~…………卵、卵…………もう残り少ないわねえ」

 また買出しに行かないといけないわねえ、と愚痴りながら残り少ない卵と牛乳を取り出す。

 確かまだ食パンが残っていたはずだ、と戸棚を漁る。残り少なくなった小麦は虫が沸かないうちに食べないと、とかこの間買った乾燥わかめここにあったのか、とかそんなことを思っていると、目的の食パンを見つける。

「うん、ちょうど三枚…………フレンチトーストでもしましょうか」

 余った一枚は彼と同じ名前の彼女にでも食べてもらえばいいだろう。子供らしい外見だけあって、感性は子供そのものだ。きっと喜んで食べてくれるだろう。

 砂糖と牛乳、それから卵を混ぜ合わせたものにバニラオイルを数滴垂らしたものに食パンを浸す。

「あら? 牛乳が少し余ったわね」

 朝食に出すには少なく、けれどついでと言ってフレンチトーストに入れれるには多い中途半端な量。

 さて、どうしたものか、と考えて視線をやった先にはぐつぐつと煮える鍋。

「…………そうね、パンに味噌汁と言うもの変な話だし」

 鍋に牛乳を入れる。それから調味料置きにある固形ブイヨンを一つ、二つと落とし蓋をする。

 冷蔵庫の中の昨日の余り物を見て、後はこれらを出せばいいか、と思考する。

 

「よし、終わりね」

 フレンチトーストは食べる前に焼けばいいし、鍋はしばらく弱火で煮れば良い。

 と、なればこれでひとまず朝食を作るのは終了と言うことで良いだろう。

 エプロンを脱ぎ、キッチンの入り口に掛けておく。

 リビングの椅子に座り、ポッドの中にお湯が入っているのを確認して、コーヒーを淹れる。

 カップに入ったコーヒーに口をつけながら、テレビのリモコンを取り、スイッチを入れる。

 テレビに映ったニュースでは、ニュースキャスターが今日のニュースを読み上げている。

「並べて世はことも無し、と言ったところかしら」

 全く持って世の中は平和であり、これから惨劇が起こるなど思わせもしない。

 まあ別にこの先に惨劇が起こるなどと確定しているわけでもないのだが。

「職業病と言えるのかしら、こういうのって」

 あらゆる物事を悲観的に見てしまう。それは日常の裏に潜んだ悲劇を知っているからこそであり、だからこそ、このまま平和であり続けて欲しいと願う。

 と、そんなことを考えながらニュースを見ていると。

 

『それでは本日の特集です。バレンタインを迎えた今日二月十四日。お菓子業界はチョコレートの価格競争を…………』

 

 ふと流れたそんなニュース。

 聞きなれない言葉に、首を傾げる。

「バレンタインって何かしら?」

 バレンタインだと、チョコレートが安くなるらしい。タイムセールの一種のようなものだろうか?

 はて、昔どこかで聞いた覚えがあるような?

 首をかしげつつ、ニュースを見続け…………。

「ああ、思い出したわ」

 ようやく昔の記憶と結びつく。

 二、三年前に過去に自身が助けてきた少女からチョコレートをもらったことがあったが、その時に教えてもらった覚えがある。

「確か好きな人にチョコを送る日だって………………」

 

 ………………好きな人に?

 

 

『有栖くん、はい、バレンタインのチョコレート』

『ありがとう、和泉。愛してるぜ』

 

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 …………………………………………。

 

 

「…………無いわね」

 うんうん、と頷く。想像だとしてもこれは無い。

 多分、彼のことだからこう言うイベントごとは興味ないような気がする。

 まあ私には関係ないわね、そう思いテレビを消そうとして。

 

『日ごろお世話になっている人に、感謝の気持ちをこめて、チョコを送ってみてはどうでしょうか?』

 

 ちょうどそんなCMが流れる。バレンタインと言うだけあって、こんな早朝からご苦労なことだ。

 まあ、それはさておき。

「感謝……………………感謝ね」

 日ごろかどうかは知らないが、感謝。

 そう言う意味なら恐らく彼も受け取るだろう。きっと、そうか…………ありがとよ、などとぶっきらぼうな言い方をしながら。

 自身への懸想は流すくせに、好意はちゃんと受け取るのが彼だから。

 正直、感謝の気持ち、なんてレベルで表せるようなものじゃないのだが、それでも自身の感謝の万分の一でも彼に示せるなら、きっとそれは意味があることだろうから。

「そうとなったら、有栖くんが学校に行ってる間に買ってこようかしらね」

 まあその前に、二階に眠る彼と彼女を起こすのが先だろうが。

 

 

「さて…………何を作ろうかしら?」

 スーパーの袋に入った何種類ものチョコレートを見て思考する。

 と言っても、調理ならともかく、製菓などしたことが無いのであまり難しいものは無理だが。

 携帯を使って簡単なレシピを調べる。

「あら、単純にチョコレートだけじゃなくてもいいのね」

 チョコレート単体ではなく、チョコ菓子と言ったラインナップを見て独りごちる。

 その中でも簡単そうなものを一つ選び、レシピを開く。

「あら、これなら私でも作れそうね」

 牛乳、それにバニラオイル…………今朝使って買い足したものばかりだ。

 手早くレシピ通りに材料を揃え、調理していく。

 調理自体はそれほど手間もなく終わっていく。

「後はこれを冷やして終わりね」

 冷蔵庫へ今作ったばかりのソレを納め、ようやく一息。

 と、同時に苦笑が漏れる。

 

 これを渡したら一体彼はどんな顔をするのだろうか?

 きっとまずはストレートな意味で捉えて、面倒そうな表情をするのだろう。

 そうしたら感謝の気持ちだと言ってやるのだ、きっと自身の誤解に気づいて顔をしかめる。

 そうね…………そうしたら今度は不意打ち気味に愛でも囁いてみよう。

 きっと油断しているから、面白い反応が見れるはずだ。

 そう思ったら自然と笑いがこみ上げてくる。

 

「…………本当、夢みたいね」

 

 こんな楽しい日々が送れるだなんて、去年までならまず考えられなかったことだ。

 それもこれも、全部彼のお陰である。

「ありがとう、有栖くん」

 こんなんじゃダメだ、と思ってしまう。

 彼には感謝すべきことが多すぎるのに、この上まだ増え続けているのだ。

 もう自分は彼に一生頭が上がらないだろうな、と思う、と言うか、思っているし、現状すでに頭が上がらない。

 ああ、やっぱりこの程度じゃ感謝の気持ちの欠片にもならない。

 

「やっぱりキスでもしようかしら」

 

 目を閉じ、苦笑する。

 きっとまた苦々しい顔をしてくれるのだろう。

 全く、乙女の唇をなんだと思っているのか。

 

 それでも構わないと思っている自分は、きっともう心の底から彼に惚れてしまっているのだろう。

 

 この身も、心も、全て捧げてよいと思っていい程度には。

 

 ああ、やっぱり責任の一つでも取ってわないと。自分をここまで惚れさせたのだから。

 そんな戯言を頭の中で考えながら。

 

「有栖くん、早く帰ってこないかしら」

 

 ぽつり、そう呟いた。

 

 

 

 * アリスルート *

 

 

「…………アリス?」

 朝起きると、布団の上にアリスがまたがっていた。

「えへへー」

 こちらを見下ろして何故か嬉しそうに笑っていた。

 俺が起き上がろうとすると、すぐに抑えつけられる。

 さすがに悪魔の力に体を押し戻され、押し倒されたような体勢になる。

「アリス? えっと、どうした?」

 寝起きの頭がこんがらがって、上手く思考がまとまらない。

 と言うか一体朝から何なのだ?

 状況の推移を見守ることにする、まあアリスがまたじゃれてるだけだろう、そんな風に楽観視して俺は二度寝することにする。

 

「有栖」

 

 っと、名を呼ばれる、一体なんだ、と薄く目を開いた瞬間。

 

 ちゅっ、と唇に柔らかな感触。

 

 目を見開く。目と鼻の先、互いの顔が触れ合うほどの距離にあるアリスの顔。

 

 っと、直後、口の中に何かが押し込まれる。

 

 自身の舌が押し込まれたそれに触れた瞬間感じたのは苦味と甘味。

 

「ん!? んー!! んん!」

 

 無理矢理押し込まれたそれを、なんとか食べようと苦心し、ようやく飲み込む。

 

「けほっ、けほっ…………アリス、いきなりなんだ!?」

 

 さすがにここまでされて、楽観視はしていられない。強引にでもアリスを引き剥がす。

 さきほどまで悪魔の怪力で自身の抑えていたアリスだったが、あっけなく引き剥がすことができた。

 そして先ほど人を窒息で殺しかけたとは思えないほどの良い笑顔で、こう言う。

 

「えへへ、はっぴーばれんたいん、だよ? 有栖」

 

 は? と、そんな間抜けた声が口から漏れる。

 そうして、今しがた自身が口に入れられたものが、チョコレートだと言うことに気づく。

 それからバレンタインと言う言葉に、今日が二月十四日であることに気づく。

「バレンタイン…………そういや、もうそんな時期か」

 正直どうでもいいと思うのだが、と言うかアリスは一体どこでそんなものの存在を知ったのだろうか?

「お前どこでバレンタインなんて聞きつけたんだ?」

 そんな俺のジト目の問いに、アリスは笑いながら答える。と言うかいい加減布団の上から降りろ。

「あのねー、きのーいかいにいったときだよー」

「あの時か」

 

 遡ること一日。

 吉原の西の町、比良野の高層ビルに突如発生した異界。

 ビルの調査の依頼が仲介屋から回ってきたせいで、急遽向かうこととなった。

 調査で分かったのは、そこが夜魔リリスとその子供である夜魔リリムたちの異界であると言うこと。

 リリスと言えばレベル70の強力な悪魔だが、まあ()()()()()()()にとって見れば大した敵でも無い。

 と言っても絶対に討伐までは俺の仕事ではない。今回はあくまで調査だったので半ばで引き返してきたのだが…………。

 その途中、自然のものか、それとも罠だったのか分からないが、空間の歪みにより、アリスとはぐれると言うことがあった。

 まあアリスは元々高レベル悪魔で、あの異界内ではリリス以外では相手にもならないから大丈夫だし、俺もアリス以外の仲魔がまだCOMPにいたのでさして問題も無く合流できたのだが…………。

 

「はぐれる間に余計な知識拾ってきやがって…………」

 どうりで合流した時、妙な表情してると思った。今回のことを企んでいたのか。

「…………………………いや、待て」

 今更ながら、先ほど食わされたチョコレート。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 だって、俺の家にはチョコレートの買い置きなんて無かったはずなのに。

 そんなことを、考えた…………瞬間。

 

 どくん

 

 心臓の鼓動が強まる。

 頬が蒸気してくる。

 呼吸が荒くなり。

 自身の中である衝動が強くなる。

 

「おま……え…………さっきの…………チョコ……レート…………どこで、手に入れた…………?」

 

 途切れ途切れの言葉で、アリスに尋ねる。

 自身の中で暴れまわる衝動に必死で抗いながら、けれど視線はつい目の前の少女を見てしまう。

 自身のそんな様子とは裏腹にアリスは目を細め、笑いながら告げる。

 

「えー? ちょこれーと? あのねー、リリムとサキュバスがいっしょにつくってたのをくれたの」

 

 そらあかん、思わずそんな言葉が喉まででかかったが、あまりにも自分のキャラじゃなさ過ぎるのでなんとか留める。

「つうか…………なんてもの、食わせやがる…………」

 この疼きはそう言うことか。と言うか、なんでリリムとサキュバスがチョコレート作ってんだ。

 あとお前、くれたじゃなくて全員ぶち倒して奪ってきたの間違いだろ。

 つうか先ほどの話と合わせるとリリムとサキュバスが一緒になってバレンタインのチョコレート作ってたのかよ。何してんだお前ら、と言いたいが今正直それどころではない。

「アリ……ス…………起きるから…………もう、戻れ」

 必死に衝動を堪えながら、アリスにそう告げる、だがアリスは不満そうな表情で首を振る。

「やだ」

 端的に言葉を返し、再度俺の両手を抑え、そのまま倒れ掛かってくる。

 俺の両手を掴み、しなだれかかるようにして体を預けるその様は、まるで抱き合っているようであり…………。

「ねえ有栖…………なんだかからだがあついの」

 ふふ、と笑みを浮かべながらそう呟くアリス。その表情はどこか蠱惑的であり、自身の中の衝動が荒らぶる。

 そっとアリスの顔が降りてくる。その小さな口が俺の耳元でそっと囁く。

「ねえ…………しよ?」

 

 その言葉に、確信する。

 

 こいつ…………確信犯か!!

 

 だがもう遅い、致命的なまでに遅い。

 

 あのチョコレートを食べてしまった時点で、もう手遅れだったのだ。

 

 そんなこと、今更ながらに気づいて。

 

「この…………悪魔…………」

 

 呟く声に力は無く。

 

 内より弾ける衝動に。

 

 俺の理性は容易く溶かされていった。

 

 

 

 




一つ注意事項。これはあくまでIFであり、確定した未来ではありません。
作者の思いつきなど今後の展開次第ではこんなことにはならないかもしれませんし、なるかもしれません。
あくまでこう言う可能性の未来もある、と言うだけなので、本編とは切り離して考えてください。

え? アリスルートの続き? 見たいならR18で書くかもしれない。見たい?




おまけ 

 * 悠希と名取 *


「昨日バレンタインだったのに…………名取、チョコレートくれなかった」
 朝、学校に来た途端の親友の第一声がこれである。俺は一体、どんな顔をすればいいのだろう。
「もしかして俺、名取に嫌われてるのかな? 義理チョコすらくれないって…………」
 正直、知らん。と言いたいが、けっこう本気で落ち込んでいるのでフォローしてやることにする。
「あのな、悠希…………お前、忘れてるかもしれないけど、名取って日本人じゃない上に外国育ちだからな? 日本みたいなバレンタインの風習は無いんだよ」
 その言葉に目を見開き、呆然とする悠希。その考えに今まで至らなかったらしい。

 ふと携帯を取り出し、今朝届いたばかりのメールを開く。

『私は問う、今日一日待ってみたが何も送られなかった、私は悠希に好かれていないのだろうか』

 良く似た二人だ。
 最初はどうかと思ったが、案外仲良くやれているようで何より。
「そうだな…………お前のほうから何か渡してみたらどうだ? 花とかが主流だぜ?」
「でももうバレンタイン過ぎちまったぞ?」
「別に構いやしないだろ、お前らが良いなら。大事なのはお互いの気持ちだろ?」
「そうか…………そうだよな、よし、なら今日の帰りに名取に送ってみるわ」
 ああ、その意気だ。と悠希を励ましながら、携帯でメールを打つ。

『日本じゃバレンタインってのは女が男にチョコレートを送るんもんだ。今日にでも贈ってみたらどうだ? なに、一日くらい遅れたって悠希は気にしないだろ』

 送信して一分もしない内に返事が来る。

『私は感謝する。早速今日、悠希に送ってみることにする』

 苦笑する。
 とっとと付き合っちまえばいいのにな、こいつら。なんて思いながら。

 頑張れよ、内心で二人へ向けて呟き。

 そうして俺は、自身の席へと向かった。




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滅びの国のアリス

こんなの思いついたからやってみたいなあって思っただけの話。

本編? あーうん…………最近ネトゲのメガテンでイベントとやっててそれが忙しいので、まだ書き途中。新学期始まったしね。

この小説はまあ…………繋ぎってことで。


 

 

 

 

 荒廃していた。

 この都市は、この国は、この世界は…………もう滅んでいる。

 シェルターに隠れ住む人間。

 草木一本生えない瓦礫の山のコンクリートジャングルと化した地上の街には生物の姿は無い。

 そう…………生きた物の姿は無い。

 

 そこにいるのは生物のような姿をした、けれど生物ではない存在。

 

 悪魔と呼ばれる化け物と。

 

 そして死体となった元生物たちだけである。

 

 

 オレはそこにいた。

 オレはそこで屍を晒していた。

 討ち果てていた、朽ち果てていた。

 

 けれど、生きていた。

 

 否、否、否。

 

 生きてはいない。

 死んでいる。

 けれど、意識があった。

 

「……………………………………不思議な気分だ」

 

 確かに死んでいるのに意識がある。

 自身が死んでいることを確かに認識しているのに、自身の死を一片たりとも疑ってはいないというのに。

 けれど体は動く、心臓は止まっているのに。

 けれど声は出る、声帯は震えていないというのに。

 けれど思考が回る、もう生きていないというのに。

 

 ゾンビ…………そんな言葉が脳裏に閃きすぐに否定する。

 

 先ほど死んだばかりの体は健康的な人間のそれのままであり、弾丸に撃ち抜かれた心臓のことさえなければ、まだ生きているのだと錯覚してしまいそうなほど生きていた時そのままだ。

 ()()に言によればマグネタイトと呼ばれるエネルギーがあれば自身の体は腐ること無く過ごせるらしい。

 そしてそのマグネタイトと呼ばれるエネルギーを手に入れる方法は。

 

「悪魔を殺す…………か」

 

 生憎、人間を殺す趣味は無い。

 否……………………オレが殺す人間はたった一人に定められている。

 殺意の全てを凝縮し、悪意の全てを濃縮し、敵意の全てを圧縮して。

 

 その全てをたった一人に向けている。

 

 その命を殺すために、その尊厳を侵すために、その意思が砕くために。

 だからそれ以外に余計な人間を殺したくない。

 道徳とか、倫理もあるが、何よりも。

 

 もし殺してしまえば、僅かなりとも満足してしまうかもしれない。

 

 理不尽に殺された自身のように、不条理に殺されたあいつらのように、誰かを自身の勝手な都合でやつあたりのように殺せば、心の中で僅かでも満足が得られてしまうかもしれない。

 その結果、殺意が薄まるのが嫌だった。悪意が弱まるのが嫌だった。敵意が静まるのが嫌だった。

 

 だから、ヒトは殺さない。

 

 だから、悪魔を殺す。

 

 それが。

 

「それが、契約だ」

 

 呟いたオレの声に、彼女が答える。

 

「ええ、それが契約よ」

 

 彼女が嗤う。

 純真無垢な悪意の滲み出た嘲笑。

 正しく、悪魔のような笑み。

 それはそうだろう。

 だって彼女は。

 

「じゃあ行きましょうか? 奴隷(なぐも)

 

 正真正銘の…………悪魔なのだから。

 

「ああ、了解したよ、ご主人(アリス)

 

 それは、契約だ。

 

 復讐の契約。

 

 こうして始まるのは。

 

 滅びの国のアリスの物語。

 

 結末は、まだ誰も知らない。

 

 




メガテンって基本的に人間が悪魔を使役する話だから。
悪魔が人間を使役する話をふと作ってみた。



屍鬼 “悪鬼”ナグモ

LV 75 HP2890/2890 MP530/530

力86 魔55 体37 速69 運43

弱点:火炎、破魔
耐性:物理、氷結、電撃、衝撃
吸収:呪殺

アカシャアーツ、デスタッチ、、八相発破、タルカジャオン
スカクジャ、ランダマイザ、貫通、物理ハイブースター


備考:リビングデッド 動く屍。マグネタイトを摂取することにより、生前の肉体を維持しており、そのために悪魔を狩って日々を生活している。通常の手段でHPを回復することができない。相手から生気を奪うスキルを使うか、マグネタイトの供給のみでHPを回復することができる。

奴隷 主人(アリス)に付き従う奴隷。契約による絶対のものではあるが、上も下も非常に曖昧な契約であり、強制力は低い。と言ってもあまり逆らうことも無いが。


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番外編 有栖と七不思議編
有栖と名探偵


ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!! (土下座

待たせました、超待たせました。ほぼ一年待たせました。

でもまだ四章終わってないの(


艦これとか書きまくってたらいつの間にかこんな季節に(
しゅ、就職活動とかあったから、そ、そのせいだよきっと(震え声


とりあえず、番外編でお茶濁ししますので、四章まだ待ってください(土下座


 

『こんな話を、知っているかい?』

『ビルとビルの間の抜け道、森、交差点の中心、隠れた裏通り、学校、病院』

『これ全部に共通すること』

『正解はね、七不思議だよ』

『別世界へと繋がる抜け道、一度入れば抜け出せない迷いの森、廃れた交差点の中心に浮かぶ幽霊、誰も存在を知らない裏通りの百貨店、学校の校庭に現れる死神、死体安置所で動きだす死体』

『以上六つ。え? 七不思議なのに、六つしかないって?』

『七つ目は誰も知らないのさ、いや……………………()()()()()()()()()()

『おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ』

『七不思議はね、知ろうとすれば誰でも七つ目にたどり着くことができる、けれど七つ目を知るということは、七つ目に、そこにまつわるモノたちにその存在が知られるということでもある』

『だから、心してかかることだ』

 

『深淵はいつでもこちらを覗き込もうとしている。キミが視線を合わせれば、キミもまた覗きこもうとすれば、深淵もまたこちらに気づいてしまうのだから』

 

 

 * * *

 

 

「で、あるからして、この公式を――――――」

 カツカツ、と教師が黒板にチョークで数式を書いていく。書かれた数式を呆けるように眺めている。

 ふと視線を机の上に開かれたノートに落とせばそこには真っ白で何も書かれていない。

 やる気でねえなあ…………内心の呟きをけれど誰にも悟られること無く目を閉じる。

 正直言えば中学生で学ぶ程度の内容など本当に今更過ぎてやる気にもならない。

 前世はとにかく家族に迷惑をかけまいと必死になって勉強したりもしたが、すでに両親ともに他界し、他に家族もいない自身にとってもうそれほど懸命になる理由も無い。そもそも授業の内容も覚えていることの繰り返しに過ぎないので入学当初に買ったノートは未だに半分も埋まっていない。

 かったりいな、なんて思わず心中で呟く。誰にも聞かれないはずの言葉、けれど、彼女には聞こえている。

 くすくす…………そんな笑い声が聞こえる、だが周囲のクラスメートには届かないその声は、アリスの心に直接語りかけてくるように声を紡ぐ。

 

 有栖ってば、わるいこね。

 

 うるせえよ…………悪魔に言われたくねえよ。

 

 語りかけてくる声に、心の中で返答を返す。音にもならない言葉、けれどちゃんと彼女には届いている。

 何故なら自身と彼女の間には目には見えない糸の繋がりがあるから。

 だから、有栖と呼ばれる少年は、アリスと呼んでいる少女に言葉を漏らす。

 

 だいたいお前がこの間貯めたマグネタイト馬鹿みたいに使うから毎日夜中まで悪魔狩るはめになってんだろうが。

 

 でもそーしないとサマナーしんじゃってたよね?

 

 アリスの言葉に、ぐっ、と言葉に詰まる。間違ってはいない。確かに敵に不意を打たれて危うく死に掛けた場面もあった。その時、アリスが全力を出して押し返し、結果的に命を助けられたことも間違ってはいない。

 

 やっぱり、あと一体…………仲魔が必要だな。

 

 それは前々から考えていたことではある。

 だいたいどんなCOMPでも最低3体ないし4体の仲魔をストックできるようになっている。

 それはそれだけ戦術の幅が必要とされる、と言うことに他ならない。

 そもそも悪魔との戦いにおいてレベルの差とは絶対の差となりえない。勿論あまりにもかけ離れている場合は覆しようが無いが、往々にして十や二十程度のレベル差よりも相性の差のほうが重要になる。

 悪魔の属性、弱点、持っているスキル…………等々、単純な能力よりもいかに相手に対して有利な相性を持つ悪魔を出せるか、と言うのが大事になってくる。

 だから大体のデビルサマナーと言うのは最低二体、ないし三体の仲魔を所持しているものである。

 

 だが俺の持っている仲魔はアリス一体。

 

 これまでそれでどうにかなってきたのは、それこそ、絶対的と言えるほどのレベル差とどんな相手だろうとある程度以上に戦えるアリスのスキルのお陰だった。

 だが自身のレベルも30を超え、そろそろアリスだけでは辛くなってきていると自覚する。現に最近は危うい場面も多い。

 正直、本格的にサマナーになる気など余り無い。だが実力は欲しい、力が無ければ死ぬだけ、それが悪魔たちと戦うデビルバスターの世界なのだから。

 それに、倒さなければならない敵もいる。倒すと誓った敵がいる。両親を殺した魔人を殺すまでは、決してこの業界から抜け出すわけにはいかないし、まして死ぬわけにも行かない。だから力が必要だ。

 だが困ったことに、俺とアリスが普段戦うレベル帯の敵は、俺自身よりも格上であり、まず仲魔になることはない。だからと言って俺よりもレベルが低い仲魔を見繕っても、育成する時間がかかりすぎて現実味が薄い。

 

 サマナーとして自身が二流程度だと言うことを自身は認識している。

 

 そんな自身が並の悪魔と契約しても、大して強くならないことも分かっている。

 それこそ、アリス並に強い仲魔がもう一人いないと、現状使い道も無い。

 けれどそんな強力な悪魔、そもそもどこに行けば会えるのか分からない上に、出会えてもまず仲魔にならない。

 結局、現状がどうしようも無く詰んでいる。少なくとも、高望みしているうちは絶対に仲魔など手に入らないことは理解している。

 どうすべきか、そんなことを考え…………そして鳴り響くチャイムの音ではっと現実に帰る。

「今日はここまでにする、誰か黒板消しとけよ」

 そう言って退室する教師を見送りながら、ふと時計を見ると十五時過ぎ。もう放課後だった。

 真面目に授業を受けていた生徒たちは帰り支度を始め、机に突っ伏して寝ていた生徒たちは眠そうに目をこする。

 そんな中、自身の机に近づいてくる男女。

「よ、有栖…………帰ろうぜ」

「有栖、またノートに何も書いてないの? それで良くテストであんな点取れるよね」

 門倉悠希と上月詩織。自身の幼馴染で親友たる二人。

 詩織が自身の手元のノートを覗き込みながら、やや呆れたような声でそうつぶやく。

「まあだいたいの内容は頭に入ってるからな…………それより、今日か。悪いがちょっと先約があるんで、遅くなるわ」

 先約? と一瞬、悠希が疑問符を浮かべるが、すぐに頷く。

「分かった、んじゃ、俺はもう帰るぜ」

「ああ、また明日な」

「おう」

 簡素なやり取りの後、教室を出て行く悠希。そうして俺は、自身の鞄に荷物を詰め込み、帰るための準備を整える。

「また部活?」

 教室を出る直前、詩織が首を傾げながら尋ねるので、頷く。

「そっか、じゃあ私たちは先に帰ってるね」

「ああ、また明日な」

 悠希が向かった方向、玄関へと向かう詩織を見送りながら通路の反対側にある階段へと歩いていき、三階へと登っていく。教室が一階にあるのは、朝は便利だがこういう時は中々に面倒だな、と感じる。

 まだ中学生だと言うのにどうにも階段を登る、と言う行為が億劫に感じるのは前世の記憶の所為もあるのかもしれない。少なくとも、高校を出てしまえば割合、階段を登るなんてことしなくなりがちだ。学生を卒業すると健康に障害をきたす人が増える、なんて話もあったが、あながち嘘でもないのかもしれない。

 三階にたどりつき、一息吐く。三階は一年生の教室がある階だからか、階段にいる自身の横をまだ制服に着慣れない様子の一年生たちが通り過ぎていく。

 上級生が珍しいのか、こちらをチラチラと横目で見ていく一年生たちの視線を無視しながら、教室とは反対側へと歩き、非常階段の手前にある部屋の扉へと手をかける。

 軽く力をこめると簡単に扉が開いている…………どうやら先客がいるようだった。

 ガラリ、と音を立てて扉をスライドさせる、と中にいたソイツが振り返り…………笑う。

 

「やあ、アリス先輩、よく来てくれたね」

 

 部屋にいたのは一人の少女だった。腰どころか膝裏まで届くような長い長い日本ではあり得ない天然の金髪、そしてエメラルドのように透き通った翠の瞳。ぺたん、と両足の間に腰を下ろした、いわゆる女の子座りと言う態勢。何も履かれておらず投げ出された両の素足がどこか艶かしい印象を与えてくる。

 明らかに日本人の容姿ではないその少女の、けれどそのどこぞの絵画にでも描かれていそうな、西洋人形のような作り物めいた外見とはアンバランスなボーイッシュな口調。けれどその口調は少女の印象と不思議と合致した。

 その理由は分かっている………………触れれば折れそうなか弱さ、そして繊細そうなその容姿の中でたった一つ、強い意思を伝えてくるその眼。常人には無い強い強い意思を秘めたその眼差しが、少女の口調の違和感を見事に打ち消していた。

 

「よう…………()()

 

 七瀬真琴。どう見たって西洋人風なその容姿とは裏腹な日本人風な名前がその少女を示す一つの記号だ。

 自身よりも二つ学年が下の中学一年生。そしてこの部屋、オカルト研究部の現部長。

 一応補足しておくと、俺は別にこのオカルト研究部に所属しているわけではない。

 なら何故この部室に来たのかと言われれば、彼女…………真琴がいるからだ。

 

「今日は何をするんだ?」

 

 部活と言っても、所属しているのは真琴一人。活動日も基本的には週一回、月曜日だけ。

 実際にはやってきても今のように座って床に広げた新聞を眺めているだけ。

 だから今日も何もないだろうと、そんなことを思いながら問うたその言葉、けれど。

 

「ふふ、そうだね…………今日はちょっと外に出るよ」

 

 真琴のその一言で目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

「七不思議?」

「そう、七不思議。ボクも最近知ったばかりなんだけどね」

 自身が通う城井谷中学からの帰り道、隣に並ぶ真琴がそう言った。

 真琴曰く、今この吉原市で七不思議と言うものが広がっているらしい。

 

 曰く、

 

 別世界へと繋がる抜け道

 一度入れば抜け出せない迷いの森

 廃れた交差点の中心に浮かぶ幽霊

 誰も存在を知らない裏通りの百貨店

 学校の校庭に現れる死神

 死体安置所で動きだす死体

 

 お約束と言うべきか、七つ目は誰も知らず、知れば災いが起こるとか何とか。

 いかにも、と言えばいかにも、な話ではある、だが。

「この街で、七不思議、ねえ…………」

 サマナーの集まる街、吉原市。そんな場所で七不思議の噂。

「嫌な予感とかしないかい?」

「…………ノーコメントで」

 それは暗に肯定しているようなもので、けれど壮絶に嫌な予感のする今の俺にはそれ以外の言葉は搾り出せなかった。

「あはは…………ボクの勘が今回の件は黒だと言っている、だったら動かないわけには行かないだろ? ()()()としては」

 どこか誇らしげに呟きながら、真琴は帽子(キャスケット)のつばを掴み、深く被る。

 

 探偵と呼ばれる職業は現在の日本にも存在する。

 

 だが名探偵とは職業ではなく、小説などの中だけに存在する架空の存在だ。

 

 だって現実の探偵は事件の推理などしない。調査し、物証を集め、犯人像を導き出し、人に話を聞き、犯人を逮捕する。そんなもの警察の役割だ。

 少なくとも、この日本において、正当性を持って他者を調査する権限を持っているのは警察だけである。

 だから名探偵なんてものは存在しない…………わけではない。

 

 名探偵と聞いて想像するのは誰だろう? 刑事コロンボ? 金田一耕助? 明智小五郎? なるほど人それぞれかもしれない。

 その中にあって、きっと誰もが一度は想像するだろう人物がいる。

 

 シャーロック・ホームズ。

 

 19世紀のイギリスを舞台に活躍した名探偵を主役とした小説の主人公である。

 改めて言うが、シャーロック・ホームズと言う存在は架空の人物であり、()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、そのモデルとなった人物が存在することを人は知らない。

 

 フォートレス・D・メイスン

 

 名前どころか、その存在すら知られていない世界一の名探偵。

 否、正確には自称“悪魔探偵”。

 

 人の起こした事件を解決するのが警察の仕事ならば。

 悪魔の起こした事件を解決するのがフォートレスの仕事だった。

 19世紀のイギリスを悪魔から守り抜いた悪魔探偵。

 表に出せない事件ばかり扱うが故に、その功績を知る者は限りなく少ないが、時の女王が何度も招いたこともある、とも言われる。

 フォートレスこそが、メイスン家の起こりとされるほどの超重要人物であり。

 

 目の前の少女、七瀬真琴は、イギリス国籍でマコト・D・メイスンと言い。

 

 フォートレス・D・メイスンの直系の孫に当たる存在だった。

 

 

 




フォートレス・D・メイスンは架空の人物です(
分かってるとは思うけれど、こんな人いませんので。
この世界にはそういう人がいる、みたいな解釈でおk。

新キャラ、後輩系金髪碧眼超絶美女マコトちゃん。

コンセプトは“平成のホームズ”です。


彼女が本編で登場するかどうかは未定ですが、とりあえずフラグだけは立てておくかな(


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有栖と交差点

大提督久々にやったら面白すぎた(
ペコちゃん可愛い、津波様可愛すぎる。でもやっぱマキちゃんが一番可愛い(ろ、ロリコンちゃうし)


「で? どこに向かってるんだ?」

 基本的に先を行く真琴の後ろのあとを付いていっているだけなので、目的地を訪ねる。

「目的地かい? 廃ビル群だよ」

 真琴の言葉に、頭の中で街の地図を思い浮かべる。

 

 この吉原市は東西を堺川によって分断され、南北を市電の線路によって分断されている。

 今自身たちが通っている城井谷中学は市の北西、川の西側かつ路線よりもやや北あたりに位置する。

 逆に自分や悠希の家のある住宅街は市の東側、詩織の家のある高級住宅街はそのすぐ北に位置する。

 大よそ中央には吉原駅があり、その周囲は駅前街として賑わっており、商店やデパートなどが多く点在している。

 街の北西には、ビジネス街があり、多くの商社ビルの本社などが立っており、人は多いが逆にこの辺りで働く人間以外はあまり用の無い場所でもある。

 で、この街で廃ビル群と呼ばれるのは、旧ビジネス街と呼ばれる街の南西に位置する場所にある所有者のいない廃棄されたビルが居並ぶ地帯のことを指す。

 

 元々吉原駅はこの旧ビジネス街の真上辺りにあり、そこに近い場所として、過去には駅前街と一体となって栄えていたらしい…………所謂バブル景気の時代の話だ。

 だが、線路の拡張や路線の変更、それに伴う駅の移転、そして止めにバブルがはじけ、次々と会社は倒産、駅前に商店を出していた店も閉店、結局残ったのは持ち主が逃げ出した廃棄された建造物の数々。

 現状これをどうするかで市議会のほうでも長年問題になっている、そんな曰く付きの場所である。

 

「あそこかあ…………あんなとこに何しに行くんだ?」

 少しだけげんなりした口調でそう尋ねる。正直言ってあまり行きたい場所では無い。

 埃っぽいし、経年劣化した建造物が時々崩れたりするし、何よりあの場所で夢破れた人々の情念がたっぷり染付いていて面倒なものを引き寄せることが時々あって、積極的に行くような場所ではない。

「ふふ、思い出してみなよアリス先輩。さっき言った七不思議」

 

 七不思議…………確か、

 

 別世界へと繋がる抜け道

 一度入れば抜け出せない迷いの森

 廃れた交差点の中心に浮かぶ幽霊

 誰も存在を知らない裏通りの百貨店

 学校の校庭に現れる死神

 死体安置所で動きだす死体

 

 の七つ、ってまさか。

「廃れた交差点の中心に浮かぶ幽霊って」

「うん、話を聞く限り、旧ビジネス街みたいだよ」

「あの場所で…………七不思議?」

 聞けば聞くほど嫌な予感しかしないのだが。

 そんな俺の内心を見透かしたのか、真琴が笑う。

「大丈夫、いざとなったらボクがいるし」

「いや、お前を守るために俺がいるんだが」

 そんな益体も無いやり取りをしつつ、けれどゆっくりと旧ビジネス街へと俺たちは近づいていく。

 何事も無いと良いなあ…………そんなことを考え、けれど無理だろうなあ、と思ってため息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

 堆く積まれた瓦礫の山を横目に真琴と二人、並んで歩く。

 まだ日は沈んでいないと言うのに、居並ぶ廃ビルが影を作り出し周囲は暗い。

 携帯で時刻を確認するとまだ四時前。冬真っ只中と言うことを考慮すれば、五時にはもうこの辺り一帯が真っ暗になるだろう。

「一時間以内に終わらせて帰るぞ?」

 隣で興味深そうに周囲を観察する真琴にそう言うと、了解、と返す。

「さすがに懐中電灯の一つも無いのに真っ暗は勘弁欲しいからね、もし今日目的地が見つからないなら今度は用意しておこうか」

「正直俺はこんなとこ何度も来たく無いがな」

 金にならない厄介ごとは正直ごめんである。だが真琴が行くなら付いて行くしかないのが悲しいところだ。

「何が簡単な仕事だ、キョウジのやつ」

 同じ学校に転入してくる後輩の面倒を半年ほど見るだけ、その程度の仕事だと思っていたら、とんでもない。

 いや、仕事内容自体は正しいのだが、その後輩が問題過ぎる。

 何せ厄介ごとに自分から首を突っ込みたがるのだ、その度にお守りをさせられている自分もそれに関わることになる。なのにこの後輩、まだ十三歳だから当たり前なのかもしれないが、サマナーとしては未熟なのだ。

 素養だけなら一流なのかもしれないが、まだまだいかんせん力も経験も圧倒的に足りてない。精々三流サマナー程度の力量しかない。

 必然的に俺の出張る場面も増える。仲魔一体と数は少ないが、レベル70悪魔とこの街であっても規格外な悪魔を従えているので、力量だけ見れば俺も一流サマナーと言っても遜色無い。

 まあだからこそ、こうしてお守りを押し付けられているのだろうけれど。

 

 ただ誤解無いように言っておくが、俺は別に真琴が嫌いではない。

 人格的には好意が持てるし、彼女と過ごす時間に嫌悪を覚えているわけでもない。

 あの部室で平和に過ごす分には気楽で良いとさえ思っている。

 だがこうしてどこからとも無く厄介ごとを拾ってくる性質だけは何とかして欲しいと思っているだけである。

 

 そして――――――

 

「アリス先輩」

「分かってる…………たくよう、お前は何でこうも毎回毎回ピンポイントで当たりを引いてくるんだ?」

 

 ――――――拾ってくる話題が、毎回悪魔に関連するような出来事ばかりなのが勘弁して欲しいだけである。

 

 ォォォォォォォォ

 

 地獄の底から響くような低い声。亡霊の(うめ)き。

 目前の道路と道路の交差するその場所、恐らく噂の交差点に立つ青白い影。

 

 廃れた交差点の中心に浮かぶ幽霊

「モウリョウだね、イギリスだと人の形をしているのはあんまり見ないけれど、こっちだと普通なのかな?」

「また当たりかよ…………アリス」

 

 SUMMON OK?

 

「ふふ…………ふふふ」

 COMPを操作し、自身の仲魔を召喚する。それは小さな小さな少女。真琴と同じ金糸のような綺麗な髪、そして血のように赤い瞳、瞳の色と対称的蒼いワンピース。

 魔人アリス、自身と同じ響きの名を持つ少女。それが自身のたった一体、そして最強の仲魔。

「こんにちわ、マコト。ひさしぶり」

「やあ、アリス。久しぶりだね」

 自身の隣にいる真琴を見て薄く嗤う少女に、けれど対した驚きも見せず真琴が返す。

 

 オォォォォォォォォォォォ

 

 再度、影が呻く。

 それに対し、アリスが嗤う。

「うん…………じゃま」

 開いた手のひらを握る。それだけの動作で、目前の影が震えだす。

 アリスが握った拳をさっと横に振る。瞬間、影が呻き声と共に薄れ、消える。

「終わりか?」

 完全に消え去った影を見て、アリスに尋ねる。

 

()()()()()

 

 アリスが呟いた直後、背筋がぞっと凍るような感覚に襲われる。

「真琴!」

 咄嗟に隣にいた真琴の腕を掴み、反対の手で拳銃を抜く。

 どこに? そんな疑問はすぐさま解消される。

 

 ()()()()()()()、だ。

 

「おい真琴…………噂の幽霊ってのは一体どいつだ?」

 冗談混じりに尋ねると、真琴が苦笑して返す。

「さあ、きっと全部かもね」

 右を見ても左を見ても影、影、影、影、影、影、影。

 気づけば後ろにもいて、俺たちは十数体の影に囲まれていた。

 やばい、即座に気づく、現状の危険性に。

 例えば俺、肩書きだけは一流サマナー。だが実際にはアリスが飛びぬけて強いだけで、俺自身はそこまでの強さは無い。鍛えてはいるが、精々レベル25。アリスの強さでごり押ししたパワーレベリングだったせいで、それなりの強さはあるが、いかんせん数が違い過ぎる。

 モウリョウは確かレベル10前後の悪魔だったはずだ。レベル差で見れば二倍以上だが、この数相手に全員で自爆特攻なんてされたらアリスは無事でも、俺と真琴が耐え切れない。

 せめてもう一体仲魔がいれば後ろを任せて一点突破もできるのだが、今は無いものねだりをしていても仕方がない。

 一かばちかで一点突破してみるか? そう結論付けようした、その時。

 

 ォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 突如、足元から光が溢れる。光が地面を伝い、軌跡を描く。

 交差点を中心とし、不可思議な紋様を描かれると、呻き声を上げた影……モウリョウたちが次々とその光の中心へと吸い込まれていく。

「なんだっ!?」

 突然のことに動揺を隠せず叫ぶ。真琴も真琴で、目を見開き、目の前の光景に見入っていた。

 アリスがとんっと軽くジャンプし、後退する。気づけばその表情から笑みは抜けている。ただ油断無く目の前の光景を見つめていた。

 そうして見ていると、次から次へとモウリョウたちが吸い込まれていき、全てのモウリョウが消え去ると同時に、光がふっと輝きを失った。

「……………………」

「……………………」

 後には絶句した俺たちだけが残されて、けれど動くこともできずにただ立ち尽くしていた。

 そうしてどれだけの時間、動けずにいたか、ようやく回り始めた思考で言葉を紡ぐ。

「一体、何だったんだ?」

「……………………分からない」

 端的な一言、だがそれだけに真実だった。突然とんでもない数のモウリョウが現れたと思ったら、また突然モウリョウたちが突如現れた光に吸い込まれて消えた。

 一体何が起こったのか、謎だけが残る。

 

「……………………っく、あはは」

 

 乾いた声が響いた。

 

「あは、あはははははははははははは」

 

 その声の発信源が隣の少女だと気づくと、顔を向ける。

 少女は笑んでいた。少女は楽しんでいた。少女は哂っていた。

 

「あはははははははははははははははは! 謎だ、謎だよ! ボクたちの出番だ、ボクたちの領分だ!」

 

 しばらくそうして笑う少女を見つめていると、ピタリ、と突然笑い声が止む。

 そしてぐるん、とこちらを向く。向けられた眼差しに一切の熱が無いことに、背筋がぞくりとした。

「ああ、アリス先輩。久々に楽しいことになりそうだよ」

「…………そうか、俺は厄介なことになりそうだと思ったがな」

 げんなりとした自身とは対象的に、少女の瞳に火が宿る。口元は釣り上がり、八重歯が見え隠れする。

 そうして少女、悪魔探偵は宣言する。

 

「契約の名の下、メイスンの名において、全ての謎を暴いて見せよう」

 

 それがこの事件の始まり、一日目だった。

 

 

 * * *

 

 

 ぼんやりと空を見上げる。

 けれどそこはいつも暗い闇が見えるばかり。

 何せ明かりとなるものがほとんど無いのだ、と言うかたった一つしかない。

 その唯一の明かりは自身の手元であり、だからこそ余計に目が慣れない。

 否、()()が闇に目が慣れる、と言うのもおかしな話である。

 まあとどのつまり、上を見ても天井は見えない。それだけ分かっていればソレにとっては十分だった。

 見えないと分かっている。だがそれでもソレは上を見続ける。

 何のために? と問われると困る、何せ自分が何故ここにいるのかも正直良く分かっていないのだから。

 空が見たいのか? と言われればそうでも無い。この場所から出たいのか? と言われても別にそうでも無い。かと言ってこの場所にいたいか、と言われてもそうでも無い。

 自分が何のためにここにいるのか分からない。だからこそ、ソレにはアイデンティティが無かった。

 そしてだからこそ、何がしたいのか、と言う疑問にすら答えることができない。自分のことだと言うのに。

 ただ焦燥感にも似た感情がソレにはあった。

 何かを忘れているような焦燥感。

 かつて身を焦がすほどの熱が人ならぬ身のこの心にもあったはずなのだ。

 だがそれが何かを思い出せない。

 ああ、もしかしてだから上を見上げているのかもしれない。

 こうしていれば、失った何かを思い出せるかもしれないと。

 つまるところ、それは現実逃避なのかもしれない。

 おかしな話である、悪魔が現実逃避など。

 と、その時、真っ暗な闇の世界に何かが動いた。

 生き物ではない、そう言った類の動きではない、例えるならば空気、つまり風のような動き。

 だがこの閉ざされた世界に風など吹きはしない。

 だとすれば、一体何がやってきたのか。

 そんなことを考えるも、けれどソレは動きはしない。そんな気力さえ失ってしまった。

 だがそんなソレへと何かが降り注ぐ。

 

「……………………」

 

 ああ、またか。そう思う。

 こうして空を見上げていると、時々こうして何かがやってきて自身の中へと注入されていく。

 そうすると、不思議と熱の記憶を思い出しそうになる。

 だが思い出せない、この程度では足りない。

 一体自分は何なんだろう?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは悪魔にとって致命的な問題だった。

 存在証明(レゾンデートル)の消失。

 何故未だに消滅していないのかとさえ錯覚するほどの致命的欠陥。

 だがそれは生きていた。悪魔に対して生きていると言う表現を使うのも滑稽な話ではあるが、それでも生きていた。

 

 自分は一体何なのだろう?

 

 自分は何故ここにいるのだろう?

 

 今日も悪魔は答えの出ない問いを心中で問いかけた。

 

 




頭悩ませて考えた悪魔探偵の決め台詞

「契約の名の下、メイスンの名において、全ての謎を暴いて見せよう」

長い(


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有栖と小学校

 

 

 

 市立赤木小学校。

 十年ほど前に校舎の増改築を行い、けっこうな大きさとなった吉原市の西端に位置する小学校だ。

 生徒数は全校児童合わせて八百人程度だったはずだ、少なくとも俺の通っていた頃は。

 と言うのも、この近辺で小学校と言うのが余り無い。元々私立の小学校が多くあったらしく、そのせいかこの辺りに公立の小学校と言うものを余り作らなかったらしいのだが、その私立の小学校が次々と経営不振で無くなっていき、結局行き場の無くなった児童たちの受け入れ先に、新しい小学校を作るだけの土地の確保もできなかったので、現在ある小学校を拡張する方向で推し進められたらしい。

 現在は赤木小学校と、東端のほうにある東川小学校、それから吉原市と隣接する他市の小学校が近くにあるので、なんとか数を捌いている状態らしい。

 

「で、七不思議の一つがその赤木小学校なのか?」

 尋ねる言葉に真琴が、多分ね、と返す。

「それを実際に見に行ってみるんじゃないかい」

 真琴がそう言うが、正直気乗りしない。現在時刻四時過ぎ。今から見に行って帰るのならば問題無い、それほど警戒する必要も無いだろう。

 だが小学校…………学校と言うものが関わるだろう七不思議と言えば。

 

 学校の校庭に現れる死神

 

 これ以外に無いだろう。だが日中にそんなものが現れたなら当たり前だが、大騒ぎになる。何せ八百人もの人間がいる学校だ、どこかのクラスが授業で校庭を使っていてもおかしくない、誰かが通りすがっていてもおかしくない。だがそんな騒ぎはこれまでに無かった、と言うことは日中での目撃ではない。となれば目撃されたのは夜、しかもかなり暗くなってから、と言うことになるがだとすれば、そんな暗い状況で学校の校庭に何かいたとして、死神なんてものがどこから出てきたのだ。

 そもそもどこか嘘臭いのだ、学校に現れる死神だなんて、まず学校でそんなもの見たら最初に何かの見間違いかもしくは不審者を疑うべきだろう。にもかかわらず、警察が動いた様子は無い、学校内での問題ならともかく、不審者の類や事件の予兆などがあればすぐに警察が動く。直接的に学校に警察が来なくとも、見回りなどが増えるなど、明らかな兆候があるはずなのだ。それが無いということ自体、嘘臭い。

 さらに言うならば、学校の校庭と死神と言う共通点がまるで見当たらない。これが墓場で、と言うのならまだギリギリ繋がりも見えてくるのだが、そう言った類のものも無い。だったら一体、何を見て死神だなんて話が持ち上がったのか。

 一体この噂は誰がどんな状況で目撃して、どういう経緯で広まったのかが分からない。

 

 否、この話だけではない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考えれば考えるほどに胡散臭い、だが現実に昨日向かった旧ビジネス街の交差点では明らかな異常があった。

 だとするなら、他の七不思議も何かあるかもしれない、と考えるべきだろう。

「異常だったのは交差点だけ…………だったら楽なんだがなあ」

 そんなことあるわけない、自分の言葉を自分の直感が否定していることに、何故だか泣きたくなった。

 しかし、それにしても……………。

 

「死神、ねぇ…………」

 

 目を細め、真琴に聞かれないよう小声で、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「で? どうする気だ?」

 赤木小学校の手前にあるコンビニの駐車場の縁石に座り、買ったばかりの肉まんを齧る。ホカホカの皮の中から熱々の餡が出てきて身も心も温まっていくような幸福感がある。

 冬場に外で食べる肉まんは麻薬みたいな中毒性があるな、なんて思考の端で考えながら視線を動かすとそこには赤木小学校がある。

 最近の小学校と言うのはとかく不審者対策に厳しい。例えOBやOGでもあまり歓迎されないと言うのが実情である。

「普通に入っても多分追い出されはしないけど、長居はできねえぞ?」

 その僅かな時間で目的を達成できるか、と言われると厳しいと言わざるを得ない。

 それに、目的も無く何度も訪れていては、いくらなんでも怪しいと言わざるを得ない。

「まあボクたちの目的を考えるなら、普通に入ろうとしてもダメだろうね」

 真琴が小学校のほうを見ながら呟く。その手には先ほど買ったばかりのコンビニおでんがある。

 蓋を開けた容器の中にはタマゴが五つ、六つとごろごろしており、その他の具材は無い。好物が実に分かりやすい女である。

「まあ方法は二つだろうな」

 正攻法と、裏技。

 正攻法は暗くなってから忍び込む、いや、これを正攻法と言っていいのか知らないが、もう一つに比べればマシだろう。

 裏技として、キョウジに連絡を取って、ヤタガラスの力で学校に調査協力させる、と言うのもある。

 どちらにもメリットとデメリットはある。例えば忍び込むメリットは、何も無くても俺たち二人だけの話で済む上に、他人に干渉されずに済む。要するに、誰も巻き込まずにこっそりと調査できること。逆にデメリットは何か起こった時に、俺たちだけで対処しなければならない上に、もし不法侵入が発覚した場合、面倒なことになる点だろう。ヤタガラスの力を借りるメリットは、学校側に協力を要請できるので気兼ねなく調査できることと、いざと言う時ヤタガラスのフォローが入ることだろう。逆にデメリットは、何か起きる可能性が高い、と言うヤタガラスを動かすだけの理由付けが必要となることだ。さらに今から協力を仰いでいては、最悪調査が明日以降になる可能性もある。

 別に急いでいるわけではないが、ここまで来て帰れ、と言うのも癪ではある。

「やっぱ忍び込むか?」

「そうだね…………まだそこまで本格的な調査をしているわけでも無いし、それでいいと思うよ」

 話はまとまったので、暗くなるまではこの辺りで待機することにする。

 

 と言っても暇なので、時間潰しに真琴に尋ねてみる。

「真琴はこっちに来るまでどんなことをしてたんだ?」

「急にどうしたんだい?」

 人形のような容姿の少女を不思議にそうに小首を傾げる。それがまた可愛らしいのだが、狙って見せているのなら少々恐ろしいけれど、多分天然だろう。

「別に…………ただの時間潰しの話題だよ。真琴、と言うよりメイスン家ってのは今一何やってる家系なのか俺自身知らないからな、ただの興味本位だ、答えられないなら答えなくてもいい」

「んー、答えられないってわけでもないけど。そうだね…………僕自身はここ何年かはフランスにあるメイスンの分家で育てられてたんだよ」

「分家?」

「うん、ボクのお爺さん、メイスン家の初代とも言われるフォートレス・D・メイスンには二人の子供がいた。二人は兄弟で兄のオークス・メイスンが本家を継いだんだけど、弟のジェームズ・メイスンは分家として兄の補佐をしていたんだ、これが二代目メイスン…………まあつまり、今のメイスン家だね」

 頭の中で家系図を思い描く、と言ってもまだ登場人物は三人だ、簡単に想像はできた。

 ただ同時に疑問も浮かぶ、真琴自身それを察したのか笑って話を続けた。

「ボクは兄のオークス・メイスンの子供なんだけどね、オークス…………父さんには二人の妻がいた、一人はイギリス人女性エリザ・ヴァーレンタイン。そしてもう一人が当時留学でイギリスにやってきていた日本人、七瀬響子…………ボクのお母さん」

「二人の妻って…………イギリスって一夫一妻じゃないのか?」

 そんな自身の問いに、真琴が苦笑しながら頷く。

「と言っても、父さんはお爺ちゃんから貴族の称号と栄誉、そして役目を受け継いでるしね。裏の…………悪魔たちの世界と関わるなら、割と人間の法律ってのは無視される傾向にある。そもそも実際に結婚したわけじゃないしね、日本で言うところの内縁の妻、ってやつ? 正式に結婚してるのは、エリザ母さんだけだし」

 呟くその言葉に少しだけ驚く。今、エリザ母さん、と真琴は呼んだ。そこに特に感情は感じられない、いたって自然な口調だった。妻が二人、と言う部分になにやら暗いものを想像したが、少なくとも真琴とその正妻の仲はそれほど悪くないらしい。

「エリザ母さんとお母さんは留学時代の友人らしくてね、同じ人の妻になっても凄く仲が良かった。お陰で別の女の娘だって言うのに、エリザ母さんもすごくボクに良くしてくれてね、幼い頃は毎日楽しい日々だったよ」

 思わず無言になる。まだ十三の少女の口から語られる想像以上に重苦しい話に、表情を歪める。

 そんな自身に気づき、真琴がまた苦笑する。どうやらそれが真琴の癖らしい。

「ああ、ごめんごめん、こんなことアリス先輩には興味ない話だったよね。まあそんなこんなで幼い頃は楽しく過ごしてたんだけどね、五歳の時にお母さんが病気にかかってね、療養のためにフランスにある分家で養生することになったんだ。まだ小さかったボクもお母さんについていく形でフランスに渡った、そこで迎え入れられたのが父さんの弟、ジェームズ叔父さんの家だった」

 黙って続きを促す。そうすると真琴が少しだけ逡巡する。けれど一つ息を吐くと、やがて口を開く。

「少し話は変わるけどね、ボクのお母さん、七瀬響子は一般人だった。デビルバスターでも無い、デビルサマナーでもない、異能を持っているわけでもないし、特別な戦闘訓練を受けたわけでもない、そもそも悪魔となんら接点の無い普通の人だった。翻ってメイスン家は悪魔探偵、つまり裏の世界に関わる家業だ。最初は当然だけど軋轢があったらしいよ…………けど結局、父さんとお母さんは結ばれた。結果としてボクがここにいるわけだしね。で、まあ結ばれる条件みたいなのがあって、その中の一つが、ボクがサマナーとしての修行を受けること。ジェームズ叔父さんはボクにサマナーとしての戦い方を教えてくれた人でね、気難しそうな父さんと違って何かと大雑把で、それでいて大らかな人だったよ」

「真琴はサマナーとしての修行受けてたのか?」

 初めて知った事実に、真琴がまあね、と頷く。と言っても、手持ちの仲魔は二体、しかもあまり気軽には呼べなず、片方は特定の条件が無いと召喚自体を拒否され、もう片方は出す時は最低半年は動けなくなる覚悟がいるほど代償が厳しいらしい。

 ついでに言えば前者は戦闘向けでも無いし、後者は滅多に切れない切り札、とは真琴の弁である。

 

 ふと時計を見る。どうやら大分話し込んでいたらしい、冬の空はあっけなく日が沈む。気づけば辺りが暗い。

 

 時刻は五時半。もう30分もすれば真っ暗と言ったところか。

「そろそろ行くか?」

 自身の言葉に真琴も周囲の暗さに気づいたらしく、目をぱちぱちと数秒考え、頷く。

「と言っても正門から入るのも見つかるだろうしな…………」

 さすがに公立なので警備員がいるなんてことは無いが、早くから帰る教師などがいるかもしれない。

 まあさすがに小学校なので、学生はすでにいないだろう。

 一瞬、アリスに小学校の制服着せたらバレずに入れないだろうか、とか思ったが、脳裏にどこかの仲魔の少女の嘲笑が聞こえてきたのでバカな考えを頭から追いやった。

「裏門があるから、そっちから忍び込むか」

 そう提案すると、真琴が了解、と頷く。裏門はここから歩いて五分ほどのところにあり、南のほうに例の旧ビジネス街…………廃ビル群があり、周囲に人目がほとんど無いので、暗さも手伝って、忍び込むのは容易だろう。

 そうしてしばらく学校をぐるっと周るように歩き、裏門付近に着く。

 見たところ人気は無い、二人してなるべく音を立てないように裏門へと近づき、そっと中を窺う。

「誰もいない、今がチャンスだな」

 真琴と顔を合わせ、頷く。古びた裏門は鍵がかかっているが、それほど背が高くは無い、精々自身と同じくらいの高さだ。手をかけて、跳ぶ。あっさりと跳び越え、鍵を開く。錠前タイプの鍵でなくて助かった、と言ったところか。自身はともかく、真琴ではあの高さの門でも少々梃子摺るだろう。悠長にしていては人の見られる危険性も高まるし、見られた時に言い訳ができない。

 急いで真琴を中に引き入れると再び門に鍵をかける。学校の敷地自体は昔となんら変わっていないので、校庭目指して人の気配を窺いながら進んでいく。

 幸い道中に人は居らず、すんなりと校庭へとたどり着く。

 周囲は暗く、こちらの視界はうっすらと校庭が見渡せる程度だ。

 と言っても、何も無い校庭なので、それで十分とも言える。

「おかしな様子は無いな」

 そう呟くと、隣の真琴もこくりと頷く。

 まだ決め付けるのは早計と言うものだが、現状特に問題は無さそうだな。

 

 そう、思った瞬間。

 

 サマナー!

 

 脳裏に響くアリスの声。

 

 瞬間、はっと気づく。

 

 薄暗い暗闇の中にあって、尚(くら)い影。

 

「おいおい…………冗談だろ?」

 

 キノコの傘のような頭部に張り付いたドクロのような顔。

 黒い黒いローブ、そして手に持った鋭い長剣。

 

 名前と姿だけは知っている。

 

 実際に見たのはこれが初めてだ。

 

 滅多にお目にかかれるものじゃない。

 

 何せレベルにして六十を超えるアリスにも匹敵する怪物。

 

 名を。

 

「チェルノボグ……だと……」

 

 まさしく、死神である。

 

 

 




許可が出たので、自作吉原市の地図載せてみる。
30分で適当に作ったやっつけだけど、地理の把握の役に立てて欲しいところ。


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有栖と百貨店

お久しぶりです。ヌイヌイ二次が完結したので、また更新していきたいと思います。


 

 あっけなさ過ぎる。

 人にしたって、人よりも遥かに強大な悪魔にしたって。

 死ぬ時は一瞬だ…………否、悪魔の場合、死ぬと言うか還ると言うべきか。

 

「…………嘘……だろ……」

 

 呆然となって呟く。

 それほどまでに衝撃的だった。

 だって…………まさか。

 

「弱すぎだろ」

 

 レベル六十にもなるはずの死神が、銃弾一発で消し飛ぶとは思わなかったのだ。

 

「いや、待て待て、さすがにおかしいだろ」

 死神の消滅した校庭をどこか呆然と見つめながらそう呟く。

 隣をふと見やると、真琴がじっと校庭を見て、何かを考えている様子だった。

「……………………どういうことだ、アリス?」

 自身の傍ら、召喚していたアリスにそう問うと、アリスがんー、と小首を傾げて。

 

「ふーせん?」

 

 疑問符の付いた口調でそう答えた。

「ふーせん…………風船?」

「はりぼて?」

 どこでそんな言葉覚えてくるのだろう、と思いつつも、なるほど、と一応の納得をする。

 つまり立派なのは見た目(ガワ)だけで、中身が伴ってなかった、と。

 だが待って欲しい、それはおかしいのではないだろうか。

 

「だったらどうしてあの姿で現界してるんだ?」

 悪魔がこちらの世界に現界する時、必要量のマグネタイトが無ければその分霊はスライムへと成り下がる。

 それがこの世界の(ルール)のはずだ。

 だがあの悪魔は明らかに死神の姿をしていた、さすがにあれをスライムなどとは言えない。

 

「ふむ、逆に考えてみたらどうだろう?」

 

 そんなことを考えていると、隣で真琴がふと声を漏らした。

 

「逆?」

「どうやって現界していたのか、では無く、どうすればあの姿で現界できるのかを考えてみたらどうだい?」

「それ、どう違うんだ?」

 

 正直同じものにしか聞こえないのだが。

 そんな自身の問いに、真琴が答える。

 

「この状況を廃して考えてみるんだよ、どんな条件でもアリだと仮定してね、ほら、どういう状況ならこういうことが可能になるんだい? アリス先輩」

「……………………そうだな」

 仮定してみる、あらゆる状況。と言っても、これができる状況はそれほど多くない。

 そう…………例えば。

 

「一つは、そうだな…………誰かの仲魔が野良悪魔化した可能性か? けどそれならここまで弱体化する前にスライム化してそのまま魔界に還るのがだいたいの落ちだろうな」

 だからこれは無いだろう。

 例えばそこからさらに自身のレベルを下げることで環境に適応した、と言うのなら、万に一程度にはあるかもしれないが。

「けどそれも一つの可能性だよ」

 そんな万が一の可能性を告げると、真琴がそう言う。

 あり得なくない、と言う以上、たしかに可能性として考えておくべきかもしれないとは思う。

 

「別の可能性か…………正直、これはあんまり考えたく無いんだが」

 召喚したまま、場に存在を縛り、少しずつマグネタイトを抜き取っていく可能性。

 もしこれだった場合、完全に他者の意図があることになる。

 

「だが昨日の交差点の時のことを考えると存外無いとも言い切れない」

 だがもしそうなら、マグネタイトを抜き取るための術式なり陣なりあるはずなのだが、それらしきものは見当たらない。だからこの可能性も無いと思っていたのだが。

「目に見えている部分だけが全てじゃないさ、もしかすればどこかに隠れているのかもしれない」

 と、言われてしまえば確かにその通りであり、交差点の件を考えれば、むしろこの案が一番正しいのではないかとすら思える。

 

「だとすると…………厄介だぞ」

 そんな自身の言葉に、真琴も頷く。

 だってそれは、この七不思議に他人の何らかの意図が仕掛けられていると言うことになるのだから。

 

 

 * * *

 

 

 明けて翌日。

 時間的にすでに遅かったので、昨日は周囲にもう異常が無いことを確認し、解散とした。

 そうして再び放課後、部室に集まる俺と真琴。

 

「はあ………………」

「深いため息をついて、どうしたんだい? アリス先輩」

「いや…………まーた厄介ごとになりそうだな、と思ってな」

 昨日の推察が正しいとすれば、この街でまた何か厄介なことをしようとする何者かがいることになる。

 

「ああ、それと…………今日から正式にこの七不思議の調査をすることになった」

 そうしてため息と共に呟いた一言に、一瞬真琴が首を傾げるが、すぐにその意味に気づく。

「キョウジから、かい?」

 真琴の出した名前に、こくり、と頷く。

 昨夜の出来事、そして一昨日の出来事をキョウジに伝えたところ、キョウジから正式にこの七不思議の件を調査するように依頼があった。

 

 つまり、ビンゴだ。

 

 いや、真琴が関わった時点で薄々分かっていたが、キョウジが動く自体、つまり葛葉関連の仕事かこの街の大事かのどちらか、つまり今回は後者だ。

 

「つうわけでだ、頼りにしてるぞ、探偵」

 

 少なくとも、考察や推理と言った関連で自身がこの少女より優れているとは思えない。

 そう言う意味で放った一言に、真琴が笑みを浮かべ頷いた。

 

 

 * * *

 

 

「ふむ? ここかい?」

 そんなボクの問いに、アリス先輩がああ、と答えすたすたと歩いていく。

 その後ろを付いていきながら、視点を上げて目の前の建物を見据える。

 

 “奈霧ビル”と看板打たれたそのビルは、ビルと呼ばれてはいるが三階建てほどで、一層ごとの広さもそれほど無さそうなこじんまりとしたものだ。

 駅から住宅街を挟んださらに奥側にあるのは少しばかり外れにあり過ぎでは無いかと違和感を覚えるが、少なくとも現状で分かるのはそれくらいのことだ。

 だがボクをここにつれてきたアリス先輩曰く、七不思議の一つがここらしい。

 

 どうしてそう確信できるのかは分からないが、少なくともボクよりもここの土地勘のあるアリス先輩が言うのなら、ついて行っても良いだろうし、最悪違っていても、地理感を得られるので、無駄にはならない。

 やはり部屋に篭って人伝に話を聞くのと、こうして自分の足で歩いてみるのとでは、得られる情報の鮮度と言うのは全く違ってくる。

 実家のあの暗い湿ったような部屋に篭っていないで良かったと、本心からそう思う。

 

「こっちだ」

 

 アリス先輩の声。気づけば少し距離を離されていたが、ビルの入り口辺りで待っていてくれたらしい。

 ごめんごめん、と謝罪を口にしながら小走りで距離を詰める。

 そうして入り口の前まで着て、いざ入るのか、と思ったのだが…………。

 

「入る前に一つ言っておくぞ」

 

 重要な話かな? とも思ったが、アリス先輩の顔が呆れている、と言うかげんなりした様子に見えたので、少しばかりの疑問を浮かべつつ。

 

「中にいるやつらがどんなやつらでも気にするな、一々反応していたら疲れるぞ」

 

 それじゃあ入るか、と言って入り口の自動ドアを潜るアリス先輩だったが、その前振りは非常に不安になるので、正直止めて欲しい。

 一体中にどんな人物がいるのか、やつら、と言っていたので複数いるのだろうが、対人経験の不足を自覚している身としては、若干空恐ろしいものを感じながらアリス先輩に付いていった。

 

 

 * * *

 

 

「いらっしゃ…………どの面下げてきやがったこのゴミサマナーがああああぁぁぁぁ!!!」

 入った瞬間、振り下ろされた金槌を仰け反って避け、すぐさまその犯人の襟元を掴む。

「久々だな、キラ」

「うっせえ、テメエみたいなゴミカス以下の塵サマナーが、ウチに何のようだよ」

 先ほどから暴言を吐きながら目元をひくひくと引き攣らせながら怒りを顕にしている少女を見る。

 茶髪のツインテールにどこかの学校の制服らしいブレザー、その上から白衣を羽織っている。

 少女、と言うか、むしろ幼女だろうか? 確か前に聞いた時、身長百四十センチも無いと言っていたし。

 

「あひゃひゃひゃひゃ、綺羅星はいい加減学習しろよな、現役サマナーにお前が一撃入れれるわけ無いだろ、ワロ」

 そうして、奇妙な笑い声を上げながら奥のほうから男がやってくる、四十代か五十代か、まあその辺りの年齢のオッサンだ。何故かアロハシャツと短パンの上から少女と同じ白衣を羽織っている、そして靴は何故か下駄だ、色々間違っている気がするが、このオッサンの場合、間違っているのが平常なので、これはこれで正しい気もする。

 

「うっせえクソ親父、こいつだけは一発殴る、アタシが決めた! あと名前で呼ぶな!」

 と言っても後ろから襟元掴んで宙吊りにしているので、何もできないわけだが。

 しかし軽い、いくら小柄とは言え片手で掴めるってどういうことだ。

「お前らまた飯抜きか、良く生きてるよな」

 良く見れば二人とも少しやつれて見える。そんな二人にまたかよ、と内心で思っていると、後ろで真琴が声を上げた。

 

「あの、アリス先輩?」

 

 恐る恐ると言った様子の真琴だったが、その声にようやく俺の後ろに誰かいることに気づいたらしい二人が揃ってそちらに視線を向ける。

 いきなり注視されたその視線に真琴が一瞬びくりと震えるが、どうやら持ち直したらしい…………顔は少し引き攣っているが。

 

「んで…………そっちのは?」

 キラがいつも通りの目つきの悪さで視線を送りながら尋ねてくる。

「後輩、メイスン家の人間」

 そう告げると、男のほうがほう、と僅かに瞠目し、キラは意味が分からなかったのか首を傾げる。

「あひゃひゃひゃ、メイスン家とはまた珍しいな」

 それでもまあいいか、と男が呟き。

 

「あひゃひゃひゃひゃ、ようこそ、邪教の館へ、俺がこの邪教の館の主、奈霧(なきり)天星(あまほし)だよ」

「んー? まあいいか、アタシが助手の奈霧綺羅星(きらぼし)だ、キラって呼べ、名前で呼んだら殺す」

 

 二人がそう名乗り、不敵に笑った。

 

 

 * * *

 

 

「邪教の館って…………確か、悪魔合体に使う施設だったっけ?」

「ああ、そうだ」

 悪魔合体。それは概念存在である悪魔同士、つまり別々の概念をかけ合わせ、全く違う概念を生み出す秘法だ。

 サマナーなら最も良く世話になるはずのサマナー必須の施設の一つだ。

 

 と…………言っては見たものの。

 

「そこの屑野郎は一度も使ったことがないがな」

 ギロリ、とキラがこちらを一瞥し、それから真琴を見る。

「お前、サマナーか?」

「え? あ、うん、本業は探偵だけど、兼業するつもりではあるよ」

 瞬間、キラの目が輝く。口元を限界まで吊り上げ、ずいっ、と真琴へ近づく。

 

「なら合体だな、合体だよな? サマナーなら合体しかないよな? よし、合体だ、合体するぞ」

「え、え?!」

 真琴が目を瞬かせ、オロオロとしながらこちらを向く。

 そんな真琴の様子に苦笑しつつ、キラの首根っこをまた掴み、持ち上げる。

「そこまでだ」

「離せ、ゴミカスクソサマナー。合体の時間だ!!」

「真琴はまだ正式なサマナーってわけじゃない、言うならまだ修行中の身だ、だから仲魔もほとんどいないぞ」

「二匹いれば合体できるだろうが!!」

 

 もう察しはついているだろうが、このキラと言う少女、大の合体狂いである。

 そしてこちらも察しがついているだろうが、俺が嫌われている原因は、合体しないからだ。

 以前にも考察した通り、現状アリス一体いれば事足りる状況で、これから必要なのは最初から強い悪魔。

 つまり合体して順調に強化していく、と言う選択肢が無いのだ。

 サマナーにとってほぼ必須と言える悪魔合体をしないサマナー。それが合体狂いのキラから嫌われている由縁である。

 

「まあ落ち着け、真琴だってこれから先サマナーを続けていく以上、悪魔合体をしないなんてことないはずだ」

「その通りだが、お前に言われると猛烈に腹が立つな」

 まあ四年近くサマナーやってて一度も合体をしない俺が言うことではないのも確かだが。

「だから落ち着けよ、合体するにしても、合体計画は必要だろ? けど、真琴はまだその方向性すら見えてない状況だ、もう少し待ってやってやれよ」

「う、うーん…………た、確かに合体計画は必須だな、仕方ねえな。次に来る時は必ず悪魔合体しろよ?」

 念を押すように真琴へ問いかけるキラに、真琴が気圧されるようにこくりこくりと頷く。

 

 そうしてようやく落ち着いたらしいキラが、一つ息を吐く。

「それで、何のようだ? どうせテメエは悪魔合体しにきたわけでも無いだろ」

「そうだな」

 そこで肯定されるのもむかつくな、などとキラが呟きながら剣呑な目をこちらを見てくるので、少し慌てて言葉を続ける。

 

「“誰も存在を知らない裏通りの百貨店”ってのはここだろ?」

 

 瞬間、キラが僅かに瞠目し、天星がニィと嗤った。

「裏通りってのは符丁だ。サマナー関連を示す符丁の一つ。誰も存在を知らない、ってのは今はもう知っているやつがいないってこと。尚且つ、サマナーには分かる符丁を入れているところを見ると、サマナーは知っていて、一般人が知らないような場所…………つまりこの周辺だ」

 

 昔の話だ、まだこの街が出来たばかりの頃。その頃、駅はこの近くにあった。

 だが裏の世界に関わるとある出来事により、駅は炎上、倒壊し、そうして新しく出来た駅が、現在の駅である。

 当時、一般の人間にも、悪魔の存在が発覚しそうになり、ヤタガラスの手により徹底的な隠蔽処置が行われた過去がある。

 つまり、一般人は誰も存在を知らない、サマナーだけが知る裏通り、とはこの住宅街北のほうにあるサマナー施設を指す。

 

「んなもん、ここだけだろ。確か地上でサマナー関連の道具の売買もやってたよな」

 

 ビル地上部分は二階、三階にサマナー関連の道具が置いてある。

 と言っても見た目は普通のものなので、恐らく一般人が見ても分からないだろうが。

 

 呪具、と言うものがある。

 

 例えば藁人形。人の形と言う名の通り、それは概念的な意味合いで、人の代替として使用することができる。

 丑の刻参りなど、呪術の道具としても使われるが、逆に呪いの受け流し先としても使うことができる。

 そう言う風に概念を込められて作られた道具を総称して呪具と呼び、それら呪具を扱っているこの街で唯一の店がこの親子だった。

 

「……………………ふむ、アリス先輩、ちょっといいかい?」

 

 と、その時。俺の後ろで話を聞いていた真琴が声を上げる。

「この国でそう言った呪具を扱うには何か許可が必要なのかい?」

「ああ、防護系ならまだいいが、人を呪い殺せるようなアイテムとかも本当にあるしな。基本的にこの国で呪具を扱うならヤタガラスに届け出で出すか、もしくはヤタガラスに開店を委託されるかの二択だな」

 

 うちの近所にもサマナー関連の店があるが、いつも通ってる武器店は届出を出して開店しているタイプ、そしてたまに行くケーキショップは委託されたパターンにあたる。

 委託とはつまり、サマナー業を引退する時に、表向きの職業につくための支援を条件として、ヤタガラスの下でサマナー支援のための商売を行う、と言うものだ。

 

「確かこの二人は後者だな。本業は邪教の館のほうだったはずだ」

 そんな自身の言葉に、真琴がふうん、と零し。

 そうして笑う。

 

「なるほど、つまり噂の仕掛け人はヤタガラスってことだね」

 

 そして口から出てきた言葉に、俺は目を大きく見開いた。

 

 




というわけで新キャラ。
ヒャッハー系アロハ中年&傲岸不遜系俺様幼女、奈霧親子です。

つうか、このままだとメガテンがいつまで経っても終わらないので、多少巻き進行入れていきたいと思います。


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有栖とビジネス街

 

 

「ちょ、ま、待った、どういうことだ!?」

 聞き逃せない一言に、思わず声を荒げ問う俺の言葉に、真琴が少し首を傾げ。

「だから、今回の七不思議の仕掛け人は、ヤタガラスだってことだよ…………いや、仕掛け人の一人は、かもしれないけど」

「だからどういう思考を辿ったらそうなったのか説明しろ」

 俺の問いかけに、真琴がふむと呟き、少しだけ考える素振りを見せる。

 

 そうして思考を纏めたのか、こちらに向き直って口を開く。

「そうだね、まず本当にここが七不思議の一つの場所だと仮定して話を進めるよ? 二人の反応を見たけど、多分間違ってないだろうしね」

 そう言って真琴が微笑むと、キラが少しばつが悪そうに顔を背ける。

 

「さらに前提としてこの場所はヤタガラスの影響を大きく受けた場所だ、これはアリス先輩自身の言ったことだよ。さてそんな場所が七不思議の一つとされている。これまでの廃ビル群や学校の校庭とは違う、立ち入れる人間がかなり制限された場所だ、もしこの七不思議が誰かの意図があって作られているとすれば、こんな場所を選ぶメリットって何だと思う?」

 

 そう言われ、少し頭を捻ってみる。

 だが答えは出ない、正直、この場所を選ぶメリットが無い。

 七不思議とは、あやふやだからこそ恐怖を煽るのだ、明らかに個人所有の普通のビルを指定しても、何の面白みも怖さも無い。

 確かに言葉面こそ一見しただけでは分からないように変えられているが、分かる人間には分かる程度のものだ。

 いや、逆に裏の世界の人間にしか分からないと言う点もあるだろうが、だからと言って、それがメリットになるだろうか。

 

「分からない? そうだね、そもそもそれを考えるためには何のために七不思議を作って広めたのか、それを考える必要があるしね」

 そんな自身の様子を読み取った真琴の苦笑に、頬をかく。

「じゃあ仮にさ、どういう目的があるかは分からない、けれど何らかの目的があってこの七不思議を広めている存在がいるとする。その誰かはボクたちも知っての通り、実際に悪魔を知っている人間の可能性が非常に高い」

 廃ビル群や、校庭での出来事を考えるに、この七不思議は確かに悪魔が関係している。可能性ではなく、確定だ。

 そしてそれを意図的に広めているのなら、当然何が起こっているかも理解しているだろう。

 

「そんな相手に対して、アリス先輩ならどうする?」

「どうするって…………」

「言い方が悪かったね、この街で悪魔関連の何かが起こるかもしれない、そんな風に思ったならアリス先輩がヤタガラスの立場ならどうする、ってことだよ」

 その場合、当然ながら調査だろう。ヤタガラスは護国の立場だ。裏の世界の…………悪魔の存在を表に知らしめないように苦心する立場。

 それを告げると真琴が一つ頷きさらに話を続ける。

 

「じゃあ調査はした、何かあることは確定した、その上で犯人とその意図が分からない。なら…………どうする?」

 

 続けざまの問いに、けれど答えは出ない。

 さすがにその領域の思考は自分には出来ない。

 そこは自身の領分ではない。だが真琴にとってはそここそが自身の領分なのだろう。

 

「そうだね、例えば犯人の意図はどうあれ七不思議を媒介に何かをしようとしているのは分かっているのだから、余計なものを付け足してみてはどうだろう?」

 

 そこまで言われ、ようやく自身にも理解が出来た。

 

「だからここか、この場所なのか」

 

 ヤタガラスの干渉の及ぶ、七不思議の舞台としては(いささか)か相応しく無い、サマナー関連の人間が住んでおり種も仕掛けもしにくい、そんな場所。

 

 噂と言うのは意図的に広めるのは簡単だが、故意に沈めるのは難しい。

 一度広まった七不思議はそう簡単には収まることは無いだろうが、逆に言えばこちらも広めてみれば犯人側だって簡単には収めることは出来ない。

 

「この思考…………キョウジだな」

 

 別の噂を作ってそちらへと興味を移す、七不思議を暴いて何も無い風を装うなど、他にも手段はあった中で、あえて犯人の意図に乗って相手の真意を探っていくようなこの攻撃的な手法、間違いなくキョウジのやり口だ。

「アリス先輩がそう言うのなら多分そうなんだろうね。残念ながらボクは葛葉キョウジについてそれほど知らないからね、判断についてはそちらに任せるよ」

 真琴がそう呟きつつ、天星とキラへと振り返り。

 

「さて、どうだい? ボクの推察は、当たりかい?」

 

 そう問う。天星のニヤニヤとした笑みと、キラの引き攣ったような笑みが対照的だった。

 

 

 * * *

 

 

「邪教の館…………後は森らしいぞ」

 キラたちの反応から、真琴の推理に確証を得た俺は、邪教の館を出るとすぐにキョウジへと連絡を取った。

 

『ほう、もう気づいたのか…………いや、それとも気づいたのはメイスンのほうか?』

 

 などとあっさり認められた時はさすがにイラッと来たがそれは置いておいて。

 キョウジから得られた情報は次の通りである。

 

 一つ、キョウジたちが流した七不思議は二つ、邪教の館を題材とした百貨店の噂、そして森を題材とした噂。

 一つ、これに対して他五つの噂を流しただろう犯人からのアクションは特に無い。

 一つ、キョウジ側で把握している七不思議の実態は三つ、内二つは俺たちが報告したものであり、これについては後日まだ別の人間が調査するらしい。

 一つ、残り一つは病院。七不思議の中で言うところの、死体安置所で動きだす死体、と言うやつだ。

 

「ふむ、思ったより情報が出揃っているね」

「七不思議の中で分かっている六つのうち五つがこれで判明したわけだな」

 キョウジからは残りの一つ、別世界へと繋がる抜け道、について調査して欲しいと言われている。

「けれど、別世界へと繋がる抜け道、かあ…………」

「……………………解釈の一つとして考えて欲しいんだが」

 そんな俺の呟きに、真琴がふむ? と首を傾げ、そうしてこちらに耳を傾けてくる。

 

「別世界ってのは、異界のことじゃないか?」

 

 今回のことを悪魔関連の事件として見た場合、そう解釈することが出来る。

 そんな自身の考察に、真琴が何か考え込み。

「ならアリス先輩、もし先輩の考えが正しかったとして、これ、どこのことだと思う?」

「…………もしそうだったとしたら」

 この街の異界は森の奥にある葛葉の修験場か、もしくは吉原高校の旧校舎にある異界、後は現ビジネス街にある異界の三つくらいだろう。

 その上で、修験場は当然ながら葛葉の管轄下。そして吉原高校旧校舎の異界もヤタガラスの管理下。と、なると…………。

 

「現ビジネス街にあるやつだな、あれも一応ヤタガラスによって規模が調整されているとは言え、特に重要な場所でも無いので新人サマナーたちのために解放されている、一番何か仕込みやすい場所だ」

 

「ふむ、それなら行ってみようか」

 

 真琴の言葉に一つ頷き、二人で現ビジネス街へと向かった。

 

 

 * * *

 

 

 現ビジネス街。過去旧ビジネス街がまだ隆盛を保っていた時代に、ほとんど手付かずだった土地の数々を買い取ったいくつかの企業が中心となって、駅の移転で旧ビジネス街が廃れると同時にその規模をどんどんと拡大していったこの吉原市最大の人口密度を誇る場所である。

 立地だけ見れば旧ビジネス街と比較しても駅との距離は変わりはしないのに、こちらだけがどんどん拡大していくのは理由がある。

 

 と言っても簡単な話で、この現ビジネス街が吉原市と一つ上のほうにある市との境目近くにあり、すぐ近くに別の市の駅があるせいでそちらから人が流れてきているのだ。

 二つの市から人が大量に流れ込んでくるせいか、この場所は存外に人の情念が渦巻いており、悪魔が発生しやすい場所となっている。

 

 そこで発生した悪魔が異界へ収束するように、ヤタガラス側で管理された異界が一つ用意されているのだ。

 異界の中は環境が人の世界より、悪魔たちの世界に近いとされている。そのせいで悪魔は異界のほうが生きやすいらしく、力の強い悪魔は異界を作ろうとするし、弱い悪魔は作られた異界へと集まってくることが多々としてある。

 ヤタガラスの側も下手に異界を潰して、野に放たれた悪魔たちによって人間が次々に襲われるなどという事態は避けたいものであり、さらにそれほど規模の大きい異界ではないので、新人サマナーたちが訓練したり、仲魔を見つけたりするのに格好の場所となっているため、両者の利害は一致し、現在に至るまで残されている。

 

「確かここだったはずだ」

 

 見上げるのは、並び立つビル群の間にある裏路地。

 そのマンホールを開いた先にある、地下通路だ。

「地下、かい…………これは確かに普通じゃ見つけられないね」

「地上じゃ普通の人間も紛れ込む可能性があるしな、さすがにそんな危険なところにヤタガラスも作らねえよ」

 一歩。異界の中へと踏み入れる。

 

 瞬間、景色が一転する。

 

「ここが異界ヨコマチだ」

 

 そこは一つの街だった。

 

 狭い狭い道が一本、真っ直ぐに伸びている。その脇にどこか古めかしい背の低い建物が並び赤い提灯が暗い薄闇の景色の中で浮かび上がっている。

 昭和か大正にタイムスリップしたような錯覚すら覚えるそこは、ここが異界だなんて信じられないくらい営みや生活臭に溢れている。

 

「えっと…………ここが、異界?」

 さしもの真琴も戸惑った様子でヨコマチを眺めている。

「ああ、異界だよ。平穏を求めた悪魔が多く集まり、訪れるサマナーや悪魔を相手に商売を始めた結果いつの間にかこんな風になってたらしい」

 勿論買い物もできる。人間の通貨では無く、魔貨(マッカ)と言う悪魔たち共通の金銭が必要になるが。

 

「つっても本質的には悪魔だ。騙す、脅す、襲う、なんでもあり場所だ。全員が全員、平和主義ってわけでも無いしな、あまり油断してるとばっくり行かれちまうぞ」

 

 そんな自身の忠告にこくこくと頷きながら、さらに一歩、足を進める。

 そうしてヨコマチの入り口にあたる門を潜る前に。

「出て来い、アリス」

 

 SUMMON

 

「はーい」

 COMPから呼び出したのは、俺の唯一の仲魔であるアリスだ。

 そんな俺の行動に真琴が不思議そうにこちらを見てくる。

「示威行為だ。こいつ出しとくだけで厄介事が向こうから避けていく」

「調査目的なのに脅してどうするんだい?」

 少しだけジト目の真琴だが、けれど俺は首を振る。

「残念ながらそれは人間相手だな」

 この後輩は、確かに探偵としては優秀だが、サマナーとしてはまだまだだ。

 

「悪魔になめられたら付け上がらせるだけだ、あいつら相手に自身の意見を通したいなら絶対に力を見せつける必要がある」

 それが武力なのか、知力なのか、それは悪魔によって違うが、どの道、自身が対話するに値する人間であることを示さないことには、交渉の糸口すら見つからないのが、悪魔と言う存在だ。

アリス(こいつ)は分かりやすい俺の力だ。これだけのレベルの悪魔を従えていると言うだけで、交渉が成功することだってある」

 アリスの頭にぽんと手を載せてそう告げる。とにかく人間とは違う相手なのだ、コミュニケーションの取り方だって違う。

 

「その辺、人間を相手する感覚でやってると痛い目見るぞ、例えどれだけ人間に見た目が近くてもな」

 

 行くぞ…………真琴にそう言って、アリスと共に門を潜った。

 

 

 * * *

 

 

 カチン、と音を鳴らしライターに火が灯る。

 咥えた煙草の先端を火に近づけてやると、先端が燃え、すぐに煙が溢れてくる。

 右手の指二本で煙草を持ち、深く息を吸い込むと、紫煙が肺に充満していく感覚。

 数秒息を止め、紫煙を十二部に堪能すると同時に、深く息を吐き出し口から煙が溢れていく。

 

 さて、今日何本目だっただろう。

 

 そんなことを考えつつ、机の上に投げ出した足を組みかえる。

 先から落ちそうな煙草の燃え滓を灰皿に落とし、もう一度咥える。

 と、その時。

 

「私は問う、落ち着かないのかと?」

 かけられた声に、少し考え。

「いや…………そうじゃない」

 簡素に答える。

 

 そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない。

 

「私は思う、けれど兄様から電話が着てから喫煙量が増えたように見える」

 

 良く見ている、と苦笑する。

 確かにすでに三本目。いつもよりペースが速い。

 そう言われれば確かに普段通りである、とは言いがたいかもしれない。

 

 けれどそれは、先ほどの電話の主が心配だからだとか、そんなくだらない理由ではない。

 

「嬉しい、のかもしれないな」

 

 ふと零した内心。

 そうして同時にすぐにしまった、と後悔する。

 これは彼女に聞かせるべきことでは無かった、と。

 

「私は問う、何が嬉しいのかと」

 

 だがもう今更か、とも思う。

 少なくとも、自身の後継として育てようと思った。そうして育ててきた。

 だからいつかきっと、自身は…………。

 

「そうだな…………追いついてきたな、とな」

 

 きっといつか、彼を殺そうとするだろう。

 

 

 




思ったより巻けた。あと三話くらいで終われるかも。



《告知》

活動報告にも書きましたが、新しくメガテンの安価型小説書きます。
毎週土日のどちからに更新して行く予定です。
とりあえず記念すべき第一話は明日28日土曜日の夕方6時に投稿するので、よければ参加していってください。


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有栖とヨコマチ

 

 

「これで大体は回ったか?」

「んー、たぶん?」

「けど色々情報は集まったね」

 三人並び、異界内の街並みの一角で立ち止まる。

 異界内の悪魔たちを相手に話しを聞いたり、時に金を払い、時にぶちのめしたりしながら集めた情報から考えるに、どうやらこの異界内で何か起こっているのは確実だ。

 

「確か東区のほうだって言ってたな」

 

 この異界ヨコマチは現実の世界に似せて作られており、入り口のある南区、異界の主のいる北区、比較的非戦主義の多い商売っ気の強い西区、そして荒くれ者の多い東区と分かれている。

 今俺たちが調査したのは南区と西区。比較的穏健な場所とされているが、東区は違う。

 

「あそこは好戦的な悪魔が多い、真琴、お前どうする?」

 

 できれば連れて行きたくない。一応とは言え護衛なのだから、俺は。

 と言っても、こいつにそんなことを言っても無駄だろう。

 

「勿論行くさ…………何、いざとなれば切れる札に一枚や二枚はある」

 

 そう言って、頷く真琴に、そうか、とだけ呟き足を進める。

 止めはした。それでもついて来るなら自己責任だ。

 それに、この後輩は頭が良い、そのくらいの計算自分でも出来て、それでもついてくるならきっと大丈夫なのだろう。

「じゃあ行くぞ」

 そうして三人で歩いていく先は東区。

 

 この異界で最も好戦的なやつらの集落だ。

 

 

 * * *

 

 

「……………………妙だな」

 居並ぶ街並の中でも一際大きな通りを歩きながらふと呟く。

 そんな自身の漏れ出た言葉に、真琴が首を傾げる。

「妙って、何がだい?」

 真琴の問いに、その場で足を止め、周囲を見渡す。

 

 居並ぶ街並の一際大きな通り。間違いなくここが東区の中心通りだろう。

 

 だと言うのに。

 

「なんだこの静けさ」

 

 しん、と静まり返り、物音一つしない。

 俺はかつて東区に来たことがある。正確には、東区の端に足を踏み入れたことがある。

 だが、その時でさえ三歩歩けば悪魔が襲い掛かってくるような危険地帯だった。

 その中心地であるこの通りが、どうしてこれほど静まり返っているのか。

 

「アリス、何か感じるか?」

 

 そう問うてみるが、アリスはけれど首を振って返す。

「…………なにもかんじないよ」

 そうか、と零し、さてどうするか、と考えたその時。

 アリスがさらに一言、付け加える。

 

「なにもかんじないよ、ほかのあくまのけはいも」

 

 瞬間、体が硬直する。

 その意味を、一瞬理解できなかった。

 けれど、すぐに理解する。理解して…………けれど飲み込めず、思わず声が漏れる。

「…………はあ?」

 

 待て待て待て、今こいつなんて言った?!

 

「感じない? 他の悪魔の気配を? この異界の中で? 一切?」

 

 一つ一つ区切って尋ねる自身に、アリスがこくりこくりとその全てに頷いて返す。

 なんだそれは、この悪魔の巣窟で悪魔の気配が一切しない?

 十分過ぎるほどに異常事態である。

 

 この異界はだいたいレベル20前後の悪魔が集まる中級レベルのサマナー向けの異界だ。

 中でもこの東区は最もレベルの高い悪魔たちが揃っており、そのレベル25に迫る。

 そんな場所で悪魔の気配が一切しない。

 

 それはつまり。

 

「……………………アリス、本当に気配が無いんだ? 一切」

「ないよ、サマナー」

 

 恐れて逃げたと言うことだ。

 

 この異界で最も好戦的な連中が。

 

 ここに在る何かに。

 

「…………………………真琴、注意しろ」

 

 何があるか分からないぞ、そう言おうと振り返り。

 

「了解だよ、アリス先ぱ……」

 

 その後ろで手に持った武器を振り上げる悪魔の姿を見て――――

 

「っ?! 真琴!!!」

 

 ――――咄嗟にその手を引いた。

 

 ぶおんっ、と風を切る音が直後に聞こえる。

 だがそれに構わず、腕を引いた真琴の腰を抱えたまま後退する。

「アリスッ!」

「マハムドオン」

 アリスの足元に青黒い光で描かれた陣が現れる。

 それが一層強く輝く、だが悪魔はそれをものともせず再度武器を振り上げる。

 

「っ、呪殺無効かよ…………厄介な」

 

 一度アリスを後退させ、その隙を補うように手にした拳銃が銃弾を吐き出す。

 一発、二発では大して効いた様子も見せない悪魔だったが、三発、四発、五発と突き刺さっていく弾丸に、(たま)らず後退した。とは言うものの、煩いだけで大して効いた様子は見せない。

 

「んで…………銃撃耐性か」

 

 こちらの手札の半分以上が封じられたことになる。厄介な相手だ。

 そして何より、この悪魔は…………。

 

「オンギョウキ…………なんでこんなところに居やがる」

 

 妖鬼オンギョウキ。レベル80近い大物悪魔だ。

 恐らくレベルだけで言えば、アリスを超える。

 こんなやつが異界の中にいれば、それは確かに東区の悪魔たちでも逃げ出すだろう。

 

 悪魔オンギョウキがじっとこちらを見つめる。

 

 その空虚な瞳からは何の意図も伺えない。だが目の前のこいつは確かに一つの意図があって動いている。

 

 即ち、俺たちを殺そうとしていることは間違いなかった。

 

「アリスッ」

 後手に回れば性能の差で押される。

 だが真琴と言う護衛対象がいる状況で後手に回るのは望ましくない。

「メギドラオン」

 だから最大手を最初に叩きつける。

 黒紫色の光がオンギョウキを飲み込む。直後に起こる、異界を震わす大爆発。

「悪いが、これで終わらせる…………アリス!」

 俺の呼びかけに応え、アリスが魔力を、精神を研ぎ澄ませる。

 そこに生じる隙は、土煙の中に隠れたオンギョウキへと銃弾を放つことでカバーする。

 だが銃撃に耐性のあるオンギョウキはそれでは止まらない。

 ほんの僅かな停滞を生むことはあっても、それでその前進を止めることはできない。

 

 だがそれで十分だ。

 

「アリス!」

 研ぎ澄まされた精神が、魔力が、一瞬のみながら爆発的な魔法の威力を生む。

「メギドラオン!」

 極限集中(コンセントレイト)による、爆発的に威力を高めた破滅の黒紫光(メギドラオン)がオンギョウキを飲み込み…………。

 

 そのままその姿形を塵にまで消し飛ばした。

 

 

 * * *

 

 

 オンギョウキを倒した俺たちは一度異界の外へと出てきていた。

 薄暗い地下。本来下水道として作られた場所は臭気が篭り、不快な様相を呈している。

 あの後、オンギョウキを倒した跡には何も無く、大量に集積されたマグネタイトだけが、その存在の証明をしめしていた。

「…………しかし、また有りえないほどの高レベル悪魔が出てきたな」

 これで二度目である。一度目は校庭にいたチェルノボグ。だがあれとは違い、こちらのオンギョウキはそのレベル通りの強さを持っていた。魔人などと言う規格外がいたため何とかなったが、普通のサマナーなら敵うような相手ではない。

 下手すればこちらだってやられていた。少なくとも、アレを相手に確実に勝てると言い切れるのは、この街ではキョウジだけだ。

 

「それに、何故か動きが遅かったしな」

 

 最初に一発目、真琴を狙った攻撃もそうだ。あのタイミング、すでに武器を振り上げていたあのタイミングで真琴の腕を引いて避けることが出来たのは、一重にオンギョウキの動きが遅かったからだ。

 パワーだけなら確かにレベル通りだったが、その部分は確かに劣化していた。

「やっぱりあいつも…………校庭にいたチェルノボグみたいに…………」

 思考する、思考する、思考する。

 

 そうして考えてみれば、始まりの交差点での一件。

 その実あの時から兆候はあったのではないだろうか?

 レベルを考えて、別物だと考えていたが、よく考えてみれば同じ七不思議なのだ。

 

 地上へと繋がる格子を上り、マンホールを開くとビルとビルの隙間から覗く裏路地。表から死角となったその場所に出てくる。

 真琴に手を貸しながら二人して地上へと上がると、すでに空は暗んでいた。

「もう遅い……か……。今日はここまでだな」

「そうだね…………本当はこのまま続行したいところだけど」

「ダメだ…………夜は悪魔も活発になるし危険だ。それに…………今日のこと、少し考えを整理したいしな」

 そんな俺の言葉に真琴が、そうだね、と頷く。

「確かに今日は色々あったし…………うん、帰って色々考えてみるよ」

「ああ…………頼んだぜ、名探偵」

 そんな自身の言葉に真琴が苦笑し。

 

「まだまだ…………未熟者だよ」

 

 そう言って去って行った。

 

 

 * * *

 

 

 暗い夜空。その中にあって煌く星々。

「…………ふう」

 一人煙草を吹かしながら、男、葛葉キョウジは佇んでいる。

 もう夜半過ぎだと言うのに、いつものスーツ姿で左手で煙草を(もてあそ)びながら右手で携帯を(いじ)っている。

 場所は吉原市を縦断するように流れる境川にかかった橋の一つ。

 後方では行き交う車のランプがキョウジの背を照らしていた。

 

 コツン

 

 そんなキョウジの方へと、

 

 コツン

 

 大柄な男が歩いてくる。

 

 コツン

 

 そうして、

 

 コツン

 

 キョウジの背後で立ち止まる。

 

「………………来たか」

「…………………………ふん」

 

 キョウジの呟き、男が鼻を鳴らす。

 

「やはり貴様か、葛葉キョウジ…………俺の目論見を邪魔しようとするのは」

「やはり貴様か、(キング)…………俺の街で好き勝手やってくれているのは」

 

 キョウジが振り向く。そこにいたのは予想通りの男。

 かつて一度だけ戦い、そうして引き分けた自身の知る中でも最強と呼んで相違無い存在。

 

 互いに目を細め、そっと呟く。

 

「「召喚(サモン)」」

 

 そうして、一つの戦いが始まる。

 

 

 * * *

 

 

 一体自分は何をしているのだろうか?

 地下へと下る梯子を掴みながら、七瀬真琴はふとそんなことを疑問に思う。

 二人で異界から抜け出し、時間的にも遅いので解散。

 ここまでは良かったはずだ。

 だがその帰路に見てしまったのだ。

 

 あの旧ビジネス街で見たモウリョウの姿を。

 

 そこは駅だった。

 街の中央にある駅は、学校帰りにも良く通っているが、けれどこれまでに一度も見たことが無かったその異常に、探偵としての勘が疼く。

 そうして後を付けていけば、高架下、薄暗いその道の半ば、モウリョウは地面へと吸い込まれるように消えていった。

 周囲に人影は無い。当たり前だが、どんな人の多い駅だろうと、必ずどこか人のいない場所と言うのはある。

 特にここは駅の中では無くその途中、しかも夜だ。

 自然と周囲はシンと静まり返っていた。

 

 この下がどうなっているのか、そんなことは分からない。

 いくら探偵でも、さすがに微塵も知らないことを推察することは出来ない。

 

 だから。

 

「お願い、クロケル」

 

 その名を呼ぶ。

 

 瞬間。

 

 真琴の背後から、バサァ、と羽ばたく音が聞こえる。

 振り返った真琴の視界に、一人の少女が現れる。

 腰まで届く薄い金糸の髪がはらりはらりとたなびく。

 その目に宿る金の瞳が真琴を見つめ、そうして形の整ったその顔が微笑みを投げかける。

 異性ならば誰もが虜になるだろうほどの、まさに悪魔的な妖艶な姿。

 そして何よりも特徴的なのはその背に生えた白い翼だろう。

 

 一言で言うならば、天使である。

 

 彼女を見た誰もそれを認めざるを得ないだろう。

 けれど彼女は天使に有らざる者。

 

 墜天使クロケル、かつて天使で在った者。

 今はもう天使に有らざる者。

 

 それが真琴の持つ仲魔の一体であった。

 

「ふふ…………可愛い可愛い私のサマナー? さて、私に一体何を望むのかしら?」

 

 目が細められ、ニィと口元が吊り上る。

 楽しそうに、愉しそうに、クロケルは嗤う。

 

「この下に何があるのか、それを教えて欲しい」

 

 そう尋ねる、そしてその問いに彼女が笑う。

 

「さあ、何があるのかしら? その想像の翼をはためかせてみれば分かるのではないかしら?」

 

 どこか怪しさすら感じる、謎めいた口調で彼女が語る。

 

「ここは人の言う駅と呼ばれる場所よ? そんな場所の地下に何があるのか、そんなこと、あなたたちのほうが良く分かっているはずでしょ?」

 

 至極全うな口調で当たり前のように彼女(クロケル)が語る。

 だがそんなこと分かっている。そもそもこの下に地下鉄の線路があることなど最初から分かっている。

 

「だから、そのさらに下の話だよ」

 

 彼女は助言者だ。そして答えを求める物でもある。そして同時に自身の仲魔だ。

 助言者はあくまで助言者。必要以上のことを語らない。

 悪魔で助言者なのだから、時には人を騙す。

 だから彼女と会話するなら、質問するなら、彼女の言葉に隠された意図を見つけなければならない。

 

 そうして初めて、彼女はこの世界に隠された物事について口を開くのだから。

 

「ふふ、分かっているなら語りましょう、我が愛しのサマナー。そこは暗い部屋よ、狭くて広い、暗闇の箱庭」

「そこには何がある?」

「孤独が独りで待ち受けているわ。けれど今はもう独りではない」

「孤独とは?」

 

 そう尋ねると、クロケルの言葉が止まる。

 

「孤独とは……………………」

 

 数秒思考し、そうしてクロケルが笑う。

 

「それは、秘密ね」

 

 時間切れか、と内心で呟く。

 クロケルはあらゆる隠れされた物事について答えを与える権能を持っている。

 だがそれは答えることが出来ると言うだけであり、答えてくれるかどうかはクロケル本人の気分次第な部分がある。

 

 先ほども言ったが、クロケルは助言者だ。

 悪魔で助言者だ。

 助言者はあくまで助言者、必要以上のことは語らない。

 

 そしてどこまでが必要で、どこまでが必要以上なのか、それはクロケル本人の采配である。

 だからクロケルが答えることを止めた時、それを時間切れと呼び、それ以上の質問は重ねない。

 

 クロケルはこれ以上は答えないことを知っているから。

 

「ふふ、可愛い可愛い私のサマナー、しっかりと考えなさい。常に考え、常に備えなさい。目を見開き、瞬く間に消える真実を逃さないようにしなさい。考えなさい、理解しなさい、導きなさい。そうしていつか、契約を果たしなさい」

 

 そう言って、クロケルの姿が虚空へと消えていく。

 そこからの行動は迅速だった。

 地下鉄の下、そこに何かがあることは確実だ。

 そこに向かうためには…………。

 

「まずは地下鉄に降りよう」

 

 そうして駅へと向かって、足を進めた。

 

 

 

「…………と、ここか」

 地下鉄のホームに降り、そこからさらに別のホームへと移るための連絡通路。そこに見つけた隠し扉を開いた先にあった梯子。それを降りきると、そこは手狭な部屋だった。

 と言っても、扉も何も無い部屋は四方に通路が伸びている。

 自身が入ってきたほうを除いてもまだ三方。だが左右二方向はそれほど通路が無いらしく、部屋の中からでも奥に梯子が見えた。どうやら上へ上がるためのものらしいが、自身が入ってきたルート以外にも道があったらしい。

 そして正面の方向。そこだけは先が見えない一本道となっている。

 

「…………行ってみるしかないかな」

 

 正直言えば、危険だと理解できていた。

 何があるかもわからないのに、ろくに戦えない自身が護衛のいないこの状況でここまで来ること自体が愚の骨頂だと言うのに。

 理性的に考えれば今すぐ引き返して、彼を呼ぶべきだった。

 だが足が止まらない。目の前に迫った謎に、本能が引き寄せられる。

 

 探偵の血がどうしようも無く疼いた。

 

 通路を歩いていくと、緩やかに降りになっていることに気づく。

 さらに下へと下へと進んでいく。

 

「ここは一体何なんだろうね」

 

 明らかに駅にあるべき施設ではない。

 何故駅からこんな場所へと繋がっているのか。

 謎は尽きないが、その疑問は全てこの先にあるのだろう。

 

 そう考えているうちに、通路の終端へとたどり着く。

 

 目の前にあるのは扉だった。

 

 人一人が通れるくらいの大きさの木製の扉。

 

 ノブへと手をかけ、そして――――――――

 

 

 ――――――――ゆっくりと、扉を開いた。

 




多分あと2話くらいで終わり。それ終わったらマジメに四章書く。
実は8話くらいは書けてるんだけど、まだ3割ほどと言うね。
全二十話で納まるだろうか(震え声)
と言った有様(


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真琴と特異点

 

「…………………………やっぱりだ、間違いない」

 机の上に広げた地図、そこにつけられた赤丸を一本ずつ線で結んでいく。

 

 旧ビジネス街。

 

 赤木小学校。

 

 現ビジネス街。

 

 邪教の館。

 

 市外の森。

 

 駅南の病院。

 

 これら全てを点と線で結べば。

 

「結界だ」

 

 一つの楕円となる。

 実際、異界を起点とした結界と言うのは帝都内にも多くある。

 異界と言うのは、ある意味魔力の塊にも似ている。

 空間そのものが魔界に近いそこは、それ単体で霊的な意味を持つ。

 それを点と線で結ぶことにより、一つの霊的なバイパスを通す。

 

「だから増えた七不思議に対してアクションが何も無かったのか」

 

 そこに生まれた円を、一つの結界としての作用を持つ。

 

「多少歪であろうと、結界が張れているなら、どこでも良いってことかよ」

 

 しかもこれは…………。

 

「歪だがこれは…………六芒星か?」

 

 起点六つを点と線で結び特定の順序で描けば、これは確かに六芒星に見えなくも無い。

 だが六芒星はそれ単体では特に意味の無い図形である。

 これに何の意味が?

 

「…………いや、もしかしてこれ、籠目か?」

 籠目(かごめ)。日本に伝わる六芒星とほぼ同じ形をした模様。

 魔除けの効果があるとされている。それが実際にあるかどうかは知らないが…………。

 

「伝承があるなら、そこに意味が生まれる」

 

 この籠目は、この結界から魔を払うためにもの?

 魔を払う? だが実際にはモウリョウ、チェルノボグ、オンギョウキなどの悪魔が増えている。

 何かおかしい。何がおかしい? 何か違和感を感じる。

 

「…………くそ、分からん。こういうのは探偵の仕事だろ」

 

 少しだけ嫌な予感がする。

 それは思ったより規模が大掛かりだったこともあるし、ただの直感的な部分もある。

 だがデビルサマナーの勘は大事にしたほうがいいとキョウジからも教わったことがある。

 すぐに動いたほうがいいかもしれない。

 

「…………まだいけるな」

 

 時間を見る。十時過ぎと言ったところか。

 携帯を取り出し、番号を打ち込んでいく。

 餅は餅屋…………こういうのはあの名探偵にでも任せてしまおう。

 

 そう、考えて…………けれど電話は繋がらない。

 

「…………寝てる…………わけないよな?」

 

 以前、割合遅くまで起きていると言っていたはずだ。もう寝てる、なんてこと無いはずだが…………。

 いや、そもそもだ、呼び出し音すらならない。

 電源が切れているのか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………。

 

「……………………まさか、だよな」

 

 さすがにその可能性は無いと信じたい。

 だが電話は繋がらない。

 

 嫌な予感が止まらない。

 

「……………………糞ったれ!」

 思わず毒吐き、そうして家を飛び出す。

 頼むから、ただの考えすぎであってくれ、そう信じながら。

 

 

 * * *

 

 

 扉を開けた先にあったのは、暗い暗い空間だった。

 暗くて奥までは見渡せないが、見える限りではそれなりの広さがあるようだ。

「…………どうして駅の地下にこんな空間が」

 分からない、分からない、分からない。あまりにも未知過ぎて、推理の仕様が無い。

 情報が足りない、推理するための情報が。

 だがあからさまに怪しい場所だ、何かあるのは間違い無い。

 

 と、その時。

 

 ひゅう、と何かが横を通り去る音が耳元で聞こえる。

「っ!?」

 驚き、びくり、と肩を震わせそちらを見る。

 一匹のモウリョウが部屋の中央へとすうっ、と吸い込まれていくのが見えた。

「…………当たり、だね」

 どうやらここで間違いは無いらしい。

 今更ながらに緊張してきた。

 と言うか、勢い任せに来てしまったがよく考えれば何と言う危険なことをしてしまったのだろう。

「…………今から戻れるかな?」

 ふと振り返る。

 

 そこに不気味に揺らめく何かが浮かんでいた。

 

「!!!!!?!?!!!?」

 

 驚きのあまり、声を上げることすら出来ず。

 

 その何かが自身へと近づいてきた瞬間、体から何かが抜けていく感覚と共に、自身の意識もまた薄れていった。

 

 

 * * *

 

 

「いねえ!」

 どん、と門を叩くとがしゃん、と音が鳴る。

 だが誰も反応はしない。当たり前だ、目の前の電灯の消えた真っ暗な建物が全てを物語っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 あそこで解散した以上、どこかに寄り道していてもとっくに戻っていておかしくない時間帯だ。

 真琴は住宅街の南のほうにある小さな空き家だった場所に住んでいる。

 つまり帰宅するまでの時間は俺と同じくらいのはずだ。

 こんな時間帯に何か用事? 中学生が?

 だとしたら何故携帯に出ない? それも電源が切れているか電波が届かない状態になっている。

 あの時だけならともかく、ここに来る途中何度も電話したが、一度も繋がらない。呼び出し音すらならない。

 

 帰る途中に何かあった。

 

 そう考えるのが最も自然だ。表沙汰になっていないだけで、今の吉原市で何者かが何かを現在進行形で企てているのは分かっていたのだから。

 

「だとすれば…………どこだ?」

 

 真琴はどこに消えた?

 

 何者かに襲われた?

 

 否、現ビジネス街から真琴の家までは駅前を通ることもあって、人通りが非常に多い。

 しかも解散した時間を考えると、会社帰りのサラリーマンたちとちょうどカチ合う時間だ。

 つまり、誰にも目撃されることも無く真琴を襲い、連れ去ると言うのは難しいと言わざるを得ない。

 もしそんなことになっていれば必ず何か騒ぎになっているはずだ。

 だが現状、至って平穏のままだ。テレビやネットなどでも騒ぎになっている様子は無い。

 

 だとすれば…………逆に考え方をしてみよう。

 

 連れて行かれたのではない、自分から向かったのだとすれば?

 自発的な行動なら、逆に人の多さに紛れて真琴一人の印象など薄れるかもしれない。

 まああれだけの容姿だ、逆に人目に残っている可能性もあるが、それでも一々どこに向かうのかなど気にしないだろう。

 

「…………こっちだな」

 

 恐らく後者だ。とにかく今は自発的に動いたと仮定して、だとすればどんな状況なら真琴が自発的に行動したのか、それを考える。

 何かあった? 否、先ほども言ったが何かあれば人目に付かないはずがない。

 ならば…………何か閃いた? 否、だったら俺に一言連絡を入れて二人で確認してみればいいだけだ。

 

 そう、俺に連絡が無かったのだ。

 戦力や安全性を考えれば、俺を連れて歩かない理由など真琴からすれば無いはずだ。

 つまり、俺を呼ばないメリットは無いと言っても良い。

 基本的には呼ぶ、その基本から外れてしまった、と考えるべきだろう。

 

 つまり例外的状況。

 

 例えば…………何か見てしまった。

 

「…………そう、例えば、この事件の犯人、もしくは手がかりを見つけたのはいいが、それが何かの理由で紛失しそうになった、いや、寧ろどこかに運ばれていた?」

 

 さすがに犯人を見たとかならば危険性を考えて俺を呼ぶだろう。焦っていても、その程度の判断力はあるはずだ。

 と、なれば…………何か手がかりを見つけた?

 

 いや、待て…………運ぶ?

 

「……………………そうか、吸収だ!」

 

 その時、ふと気づいた。

 あの地図を見ていて感じた違和感。

 

「吸収の術式の陣がどこにも無いんだ」

 地面へと吸い込まれたモウリョウ、マグネタイトの抜き取られたチェルノボグ。

 つまりこの事件の犯人は、七不思議の場所にいる悪魔、もしくはそれに準じるものをわざわざ自分で配置しておいてそれらからマグネタイトを抜いている。

 モウリョウのようなマグネタイトの塊のような存在だからこそ、その姿ごと吸収されていった結果があの地面へと消えていく姿だと考えれば、色々辻褄も合う。

 そして吸収したと言うことは、どこかに吸収したマグネタイトを受け取る存在がいるはずだ。

 

 それがどこにいるのかは分からない、だがその吸収されていくマグネタイトの流れを見てしまったと考えればどうだろう?

 

 例えば、モウリョウなどが目の前で吸い込まれていけば、それを追っていこうとするかもしれない。

 そしてその結果、電波の届かない場所に行った。そうすれば今の事態にも有る程度説明は付く。

 

 もしこの考えが正しいとするならば…………。

 

「真琴は元凶の近くにいる…………やばいぞ、これ」

 

 それの危険度がどれほどかは分からないが、これほど大掛かりな仕掛けをした犯人がその大元に何の仕掛けもしてないとは思えない。

 

「くっそ…………無事でいろよ、真琴」

 

 毒吐きながらもその身を案じ…………そうして夜の街へと走り出した。

 

 

 * * *

 

 

 ぼんやりとした意識の中でふと悪魔は考える。

 目の前で倒れ伏した一人の人間について。

 ()()がこの場所にやってきたことなど、悪魔が覚えている限り初めてのことである。

 とは言うものの、悪魔が覚えている範囲など、極々最近のことだけなのだが。

 

 はて、一体自分はいつからここにいるのだろう?

 

 そんなことを考えてみるが自身の最初の記憶はすでにこの場所からだった。

 それはともかく、目の前の人間である。

 悪魔の知る限り、初めてこの場所で起きた明確な変化である。

 

 迂闊にこの場所に来たせいで、自身にマグネタイトを多量に抜かれ、現在気を失っている。

 さて、この人間をどうしよう…………と言うのは別にどうでもいい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあだからと言って、何か明確にしなければいけないことがあるわけでも無いのだが。

 考える、考える、考える。

 どうせそれ以外にすることは無いのだから。

 

 それ以外をすることを許されていないのだから。

 

 退屈だ。

 

 鬱屈とした内心を吐き出すように、悪魔は目の前の人間を無視してふらふらと闇へと消えていった。

 

 

 * * *

 

 

 考える、考える、考える。

 考えて、考えて、考え抜く。

 

 どこで真琴は消えた?

 マグネタイトの集積地点はどこだ?

 俺は一体どこに行けばいい?

 

 焦りが思考を空回りさせ、時間ばかりが流れていく。

「くそっ、くそっ、、くそっ」

 何度と無く毒吐く、だが答えが出ない、だから走る、走って、走って、走る。

 それしか出来ないから、なんて無力なのだろう。

 

 焦る、焦る、焦る。

 

 焦りばかり生まれていく。

 どこだ、どうすればいい、どうしよう、何とかしなければ。

 思考は回る、回って、回って、そのまま空回る。

 それが余計に焦る。

 息が切れる、足を止める。けれど思考は止まらない。止まらないままに空回る、いっそ無残なほどに。

 

 だから、直前まで気づかなかった。

 

「有栖」

 

 呼び声、そしてトンと背中に感じる感触。

 いつの間にかCOMPから抜け出したアリスが背後から忍び寄り、自身の背に飛びついてきた、それだけの話なのだが、自身がそれに一切気づかなかったことが問題だった。

 それほどまでに、今の自身の意識は散漫だった。

 

「…………アリス? お前、なんで勝手に出てきて」

「有栖…………おちついて」

「っ!」

 

 耳元で囁かれる感情の無い声に全身から一気に熱が抜けていく。

 そうして熱の抜けた頭で先ほどまでの自身を反芻し…………思わず顔の手を当てる。

 

「…………悪い」

「いいよ、がんばって、さまなー」

 

 端的な言葉に苦笑する。苦笑するだけの余裕が生まれる。

 と、同時に背中から重さが消えていく。それを少しだけ物足りなく思いつつ、再び走り出そうとして…………足を止め、立ち止まる。

 

 どう考えたってこの広い吉原市を走り回るより考えて候補を絞ったほうが早い。

 

 だから考える、どこへ行けばいいのか。

 

 まず前提。

 あの七不思議はこの街に結界を張るためのものだ。

 結界の種類としては、恐らく籠目を編んだ魔除けの類のものだと思われる。

 そして同時に、どこかに吸収の術式を隠し、七不思議のある地点からマグネタイトを吸収していっている。

 真琴はどこかで何らかの光景を見つけ、自発的にそれを追っていった。

 

「……………………は、はは」

 

 前提条件を並べ直し、そして思わず笑ってしまう。

 一体自分は今まで何をやっていたのだろう、あまりの馬鹿さ加減に最早笑いしか出ない。

 

「………………駅だ」

 

 結界の…………籠目の中心にあり、そして真琴の帰宅路とも一致する。

 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろうか、否、それほど焦っていたのだ。

 駅のどこか、かは分からない。と言うか、あくまで駅の辺り、であって、本当に駅かも分からない。

 そもそも本当に駅なら今頃、誰かが目撃している可能性だってある。

 

 だとすれば……………………。

 

「電源が入ってないんじゃない、単純に電波が届いてない…………地下?」

 

 駅の、地下…………恐らく地下鉄線よりも更に下。

 そこなら確かに誰にも目撃されないだろうし、そこへ真琴が向かったのなら確かに電波も届かない。

 

「地下鉄線の更に下なんて、どうやって行くんだよ!?」

 

 毒吐き、けれどようやく見えた活路に、全力で走り出す。

 

 帝都の夜はまだ終わらない。

 

 

 

 




本日学校卒業。投稿ペース…………うん、速くなるといいね(


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有栖と地下施設

 

 

 ヤタガラスとは護国機関だ。

 つまりその所属は国家となっており、それ故に裏世界のみならず、間接的には表世界においても大きな権力を持つ。

「…………本当に便利なこって」

 ヤタガラスに連絡し、この吉原駅の更に地下の存在について、詳細に調べてもらう。

 そうして、分かった地下への入り口へと向かう、その道中に駅の中に入る必要があるが、ヤタガラスに連絡しておけば、フリーパスだ。

 

 一応俺はキョウジから依頼を受けてこの七不思議について調査しているので、ヤタガラスからのサポートを受けることが出来る。異界内の調査などでは事前準備と事後処理くらいにしか頼ることも無いが、表世界に関わる案件に関しては有ると無いとで大きな差だ。

 

「…………にしても、嫌な予感がビンビン強くなってくるな」

 

 それがサマナーとしての経験則から来るのか、それとも…………■■■の影響なのか。

 それは分からないが――――――――

 

「真琴のやつ…………生きてるだろうな…………」

 

 とにかく今は急ぐしか無い。

 ()()()()()()()()()()を見て一つ頷き、そうして駆け下りていった。

 

 

 * * *

 

 

 死々累々。

 状況を端的に表すならそれが最も近い表現だろう。

 敵も味方も、ぼろぼろになりながら、それでも互いを警戒している。

 

 呵呵と男…………王が笑う。

 

「あの三体を使ってまだ倒れんか…………つくづくふざけた強さだな」

「……………………ふん」

 王の言葉に、キョウジが鼻を鳴らす。

 だがふと思案顔になり、それから王へと問う。

「お前は…………この街で何をやろうとしている」

「何を、か…………」

 そんなキョウジの問いに対して、意外にも王が少しだけ考える素振りを見せ。

「そうさな…………牙を作ろうとしているのさ」

「………………牙?」

「そうだ、牙だ」

 最もお前には分からんだろうがな、と王がキョウジを見据え…………嗤う。

 

「だが失敗だなあれは…………■■■■を得たとしても、■■を宿さなければ何も意味は無い」

 

 どうしてか、極普通に話しているはずなのに、王の言葉の一部が聞き取れない。まるでテレビに砂嵐が映るかのように、雑音(ノイズ)が入り混じり耳が脳が、その意味の理解を拒否する。

 そんなキョウジの様子を見て、王が僅かに眉をひそめ……………………落胆する。

 

「そうか、お前には理解できぬか…………」

 

 それは先ほどまで戦っていた男から初めて透けて見えた生の感情。

 そして、だからこそ分からない。この男が何を考えているのかが。

 

 ()()()()()()、理解できない。

 

 まあ、だからどうした、と言う話なのだが。

 

「何でも良い。だが俺の街で好き勝手やってもらったツケは払わせるぞ」

「…………くく、やって見せろ、葛葉キョウジ!」

 

 僅かな休息を間に挟み、再び両者が激突を始めた。

 

 

 * * *

 

 

 階段の終端にあったのは、一つの扉だった。

 鉄製で、自身の身の丈よりもさらに大きな両開きの扉。

 手にかけ、ゆっくりと押す。

 錆びた鉄がぱらぱらとこぼれ落ちながらゆっくりと扉が開く。

 そうして扉の向こう側に見えたのは…………。

 

「…………………………なんだここ」

 

 ブブブブブ、と言う震動音とガチャンガチャンと言う機械の駆動音。それと時々聞こえる蒸気の音。

 何かの施設であることは分かる。だがこれが一体何の施設であるのか自身の知識では分からない。

 一歩、足を踏み出してみる。カシャン、と金網状の床が音を鳴らす。

 床がそんな状態なので、下の様子は良く見える。

 そしてだからこそ、筆舌に尽くしがたい。

 

「……………………マジでなんだよこれ」

 

 下はかなり奥の方まであるため暗く良く見えないが、何か広がった場所になっているようだった。逆に上は天井があるため上の階と言うのは無さそうだと推測する。

 カシャン、カシャンと音を立てながら道なりに歩いていく。

 道は左右にあったが、軽く歩いてみた結果、どうやら円状の通路になっているらしく、どちらから言っても結局戻ってくるようだった。

 そしてその途中で気になったものと言えば、たった一つ。

 部屋の中央に天井から下のほうまで伸びる巨大な円筒状の柱。

 先ほど歩いた時に見た限りではその柱に扉らしき物が一つだけあった。

 

「………………行くか」

 

 少なくとも、この場所に真琴は居ない。それだけは確かだった。

 少し歩き、その扉らしき物の前で立ち止まる。

 先ほどの扉と違い、ステンレス製の扉は錆び付いた様子も無く綺麗そのものだった。

「……………………胡散くせえ」

 思わず呟くが、けれどこれ以外に行くあても無く、扉を開こうと思うが、けれど取っ手らしきものは無い。

 と、言うか…………この扉の形状に見覚えがある。

 扉の右側のほうを見る、すると一見して壁のように見えるが、一箇所だけスライドできる部分があり、それをスライドさせるとスイッチのようなものがあった。

 

「…………エレベーター?」

 

 上と下、二つのボタンがある。まさしくエレベーターだ。

 どうすべきか、数秒悩む…………だがすぐに決断を下す。

「行くか」

 押したのは上。理由は簡単だ、もし上に何かいた場合、下に行けば逃げ場が無い。知らずに下に行き、下にも何か居ればそれだけで挟み撃ちに合う。少なくとも、逃げるのは容易ではない。

 退路の確保はこの手のケースでは必須事項だ。

 すでに入ってきた通路があるが、最悪のケースも考えて複数あるに越したことは無い。

 逆に今上に行けば、少なくとも挟まれる心配は少ないし、最悪退路が無くともまたここに戻ってこれる。

 

 個人的に今考えうる中で最悪なケースとしては、エレベーターが使えなくなる、と言うのがある。

 特に、下に向かった後に使えなくなった場合、もしエレベーター以外の脱出手段が無いとかなり厳しいことになる。

 もし上に向かって使えなくなっても、降りるのは比較的容易だ。通常の人間ならともかく、マグネタイトで強化された人間なら特に。壁走りとは行かなくとも、僅かな出っ張りを掴んで降りるくらいのことはできる。逆に上がるのはそれ相応の技術がいる、素人が簡単に出来るものでも無い。

 

 まあ長々と考えたが、メリットデメリットを考え、さらに最悪真琴を担いで逃げる可能性を考えると迂闊に下へと向かうことは出来なかったのだ。

 

 と、そうこうしている内に、エレベーターが上へと到着する。

 このエレベーターの階層表示は非常にシンプルで、上、中、下の三つしかない。

 つまり、もうこれより上の施設は無いと考えてもいいだろう。

 そしてセオリー通りに考えるなら、ここが施設の入り口にあたるはずだ。

 

 一体、どんな場所なのか。

 

 多少の不安を覚えながらエレベーターの扉が開き…………。

 

 出た場所は、開けた広い空間だった。

 

 

 暗い。正直、エレベーターの明かりが無ければほとんど何も見えないかもしれないほどに暗い。

 そしてエレベーターの明かりが差し込む先には何も見えない。それほどに広く、深い闇が広がっている。

「…………気配は、無いか」

 少なくとも何かが動く気配は無い。ただ何か違和感がある。頭の片隅に何かが引っかかった感覚に気持ちの悪さを覚えつつ、けれどそれをはっきりと言葉に出来ない以上、一時置いておく。

 地下という事で念のために用意しておいた懐中電灯の灯りを付ける。

 照らされた範囲で見えたのは、床一面に転がる灰色の鉱石。懐中電灯の灯りに透かされ、一種プリズムのようなことになっているソレらは…………。

 

「非活性マグネタイトか…………いやそれにしては色がおかしいな」

 マグネタイト結晶に良く似た形をしている、と言うCOMPのマグネタイトバッテリーが僅かながら反応しているあたり、これもマグネタイトだと思われる。

 だがマグネタイトバッテリーに蓄積は出来ない、恐らく変質してしまったマグネタイト。何をどうすればこうなるのか分からないがまるで石のように灰色に染まったそれは、言うなれば石化マグネタイトと言ったところか。

 そうしてマグネタイトについて考察していたからこそ気づく。先ほど感じた違和感の正体に。

 

「…………この部屋だけ濃いな」

 マグネタイトの濃度がこの空間だけやたら濃いのだ。

 この濃さはまるで異界だ。いや、ここまでにいたる経緯などを考えれば、とっくに異界化していてもおかしくはない。

 一歩、また一歩とこの空間を進んでいく。方向は完全にあてずっぽうではあるが、エレベーターの位置だけは常に把握してあるので帰るのには問題無い。

 しかしこうして歩いてみて思うのは、この空間の異常性だ。

 足元には石化マグネタイトが転がっている。

 

 そしてそれ以外には何も無い。

 

 本当にただそれだけが広がっているのだ。

 一体この場所がどういう場所なのか全く検討がつかない。

 そうしてエレベーターのあった場所からしばし歩く。一分ほど経ったところで壁に突き当たる。

「…………そこそこ広いな」

 エレベーターからここまで三十か四十メートルほど。恐らくエレベーターの反対側にもまだ空間が広がっていることを考えると、相当な大きさである。

 取りあえず一度思考を脇に置いて、外周に沿って歩き出す。

 どこに出口があるかは分からないが、あるとすれば壁伝いに外周を回るのは一番確率が高いだろう。

 そうしてしばらく壁伝いに歩いていくと。

「…………あった」

 端のほうに木製の扉が佇んでいた。

 周囲を確認するが、敵の気配は無い。そっと近寄り扉をゆっくりと開き…………。

 その向こう側に続く通路を確認すると一度扉を閉める。

「…………さて、どうすべきか」

 呟いた、その時。

 

 ………………ん。

 

 ふと、何かが聞こえた。

「………………………………」

 ゆっくり、周囲を見渡す。懐中電灯で右を照らす、何もいない。正面を照らす、何もいない。左を照らす、何もいない。ではもっと奥を…………何も…………っ。

「っ!!」

 一瞬、懐中電灯が何かを照らした。明らかに足元に転がる石ころとは違う何か。

 咄嗟にCOMPを持ち、いつでも召喚できる体勢を取りながらゆっくりと懐中電灯をその何かへと向けて…………。

 

「っ、真琴?!」

 

 そこに倒れ付した少女の姿に、目を見開き、すぐ様駆けつけ…………ようとして、立ち止まる。

 周囲を確認する。敵の気配は無い…………少なくとも、自身たちが気づけるような気配は無い。

 罠、と言うことは無さそうだ、すぐ様駆け寄りまず最初に呼吸を確かめる。

 ゆっくりと上下に動く胸がまだ生きていることを証明する。

 首の脈を計ってみるがいたって正常だ、どうやら単に気を失っているだけらしい。

 見たところどこにも怪我などは無さそうではある、とにかく一安心と言ったところか。

 

 そうして一つ、息を吐いた。

 

 次の瞬間。

 

 カチリ、と、

 

 何かが()まるような音が聞こえた気がした。

 

 そうして――――――――

 

 

 * * *

 

 

 抉れた道路から剥がれ、転がったアスファルトの塊を邪魔だと蹴り飛ばす。

 ごとん、ごとん、と音を立て転がるそれに見向きもせず、ただただ互いに睨み合う。

 とは言うものの、互いにこれ以上に継戦能力は無いに等しかった。

 仲魔は全て倒れ伏し、持てる力の全てを振り切って。

 それでも互いが立っている、満身創痍で。

「…………………………」

「…………………………」

 互いに睨み合ったまま動かない。否、動けない。

 互いにもう全力を振り絞った結果、指一本動かせないほどに疲労してし、ダメージの蓄積で体にガタがきている。

 互いに後一手が足りない。

 

 騒乱絵札と自身たちを呼ぶ組織の頂点の一人、王と呼ばれる男とこの街の支配者たる葛葉キョウジが戦うのはこれで二度目だ。

 一度目は完全なる引き分け。と言うよりはあれはお互い様子見だった。

 ほんの僅かな攻防で互いが気づいたのだ、相手が自身と同等の力を持つ、紛れも無い敵であることに。

 だからこそ、互いの限界を測っていた。お互いの底が見えるまで戦った。

 戦って、そしてあっさりと退いた。

 今のままではお互いを倒すには足りない、互いがそう感じたのだ。

 そうして再び会うことを必然として互いを高め、手札を揃えて迎えた二戦目。

 

 けれど結果はこの様である。

 

「…………くく、くくく」

 そんな結果に、王が嗤う。キョウジは憮然とした表情で王を見つめている。

 もう互いに殺しあうほどの力が残っているはずも無い。そんなこと、分かっているはずなのに。

 まるでそれが最後の意地であるかのように、互いに隙だけは見せない。

 と、その時。

 

 カチン、と何かが填まった音がした。

 

 瞬間。

 

 視界の先、向こう側の橋辺りに光の(ライン)が走る。

 川岸から反対側の岸まで真っ直ぐ伸びるその光の線は、見れば川向こうの小学校のほうから伸び、そして街の中央…………つまり、駅の方へと伸びていっている。

「始まったか」

 王がふと漏らした一言。それが目の前の男の仕業だとすぐに気づく。

「何をした」

 そんなキョウジの言葉に、王が嗤い。

 

「処分だ」

 

 そう告げた。

 

 




遅くなりました(土下座

いや、仕方無いのデスヨ。今年からわたくし、社会人となりまして、就職いたしましたゆえ。
引越しとか、引越し先のマンションのインフラ整備とか、ネット開通とか、そしたら就職した会社の入社式とか研修とか、色々あって執筆の時間が、ね?

まあそれはともかく、そろそろこの番外編も終わりに近づいてきてますね。
多分、あと二話か三話くらいかな? 長くても四話で終わる(多分


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有栖とジャックランタン

 

 胎動する。地下がざわめき立ち、振動する。

 ゴゴゴゴゴ、と言う音と共に揺れる足場。

「っ、なんだ?!」

 突然の揺れにバランスを崩し、転びかけるが、何とか持ち直す。

 とすぐ様、足元に眠る真琴を引き寄せ、腕の中に抱き寄せる。

 COMPをいつでも使えるように手をかけ、周囲を警戒する。

 

 変化はすぐに訪れた。

 

 ゆらり、と視界の先、前方にゆらめく黒い影のようなものが現れる。

 それが何なのかは分からない、(かす)み、(にじ)み、揺らめく陰は、その輪郭すらもはっきりと捉えさせない。

 陰は周囲の変化に一切気を止める様子も無く、ただじっと佇んでいる。

 安全なのか、それとも危険なのか、その判別がつかず、迂闊に動けない自身の見つめる先で、さらに変化が起きる。

 

 部屋の中央、エレベーターからさらに上に伸びる柱が光る。

 

 今現在何が起きているのか、これから何が起こるのか、それすら分からないままただ見るだけしかできない。

 一人なら良かった、逃げ伸びるだけの自信はあった。

 だが腕の中には真琴がいる、気を失ったまま動かない彼女の存在が、俺の行動を著しく制限させていた。

 

 そうして佇んだまま動かない俺と陰をけれど状況は待ってくれない。

 

 発光する柱から突如光の塊が飛び出す。

 まるで人魂のようなそれは柱から飛び出し、そして陰へと向かう。

 そして陰に光が触れると同時に、陰が一瞬淡い輝きを見せ、そして僅かにその色を濃くする。

 そしてそれを皮切りに次々と飛び出していく光、そしてそれを受けるたびに色をそしてその輪郭を濃く、はっきりとさせていく陰。

 三十秒もしないうちに、黒く(もや)のようだった陰は、けれど自身も名を知る存在へと変えた。

 

「あじぃおq4にぃぽhsんりおyんhksrnyklgね3ちおあghぴおrshにygんれwkyんhけtんヵえんrtqtgwsろhんwrsんろういwんgほwんsろgんq3hんt5いw45hんりおえwな」

 

 狂ったような声で、狂ったように、言葉ともつかない言葉を発するソレ。

 

 頭に被ったトンガリ帽子、体をすっぽり覆うマント、そして特徴的なカボチャ頭と手に持つランタン。

 

 妖精ジャックランタン

 

 と、呼ばれる悪魔にそっくりな外見を持つ――――――――

 

 

 ――――けれども、まるで別物な異質な怪物。

 

 

 揺らぎも、翳みも、滲みも無くなり、はっきりとした形としてソレが現れる。

 と、同時に、その目に光が灯る。歪に動く口が弧を描き。

 

「yhtおうg日psrhんびぽsんりぽhんwせいyないおんtがいおせbんtじょあべこんtヵdmgあhksrhdhでぃあひひsdlきひひひひひひひひひひひひひひひひひひヒヒヒヒヒヒヒヒhイヒヒヒhいひっひhいひひいひひひh」

 

 また狂ったように叫び、そして笑いだすと同時、動き出した。

 

「アリス!!!」

 

 ジャックランタンが何かしようとするより一瞬早く、COMPを操作し、アリスを呼び出す。

「吹っ飛ばせ!」

「メギドラ」

 召喚されたアリスが魔法を放つ、と同時ジャックランタンの持つランタンの火が輝きを増す、そして。

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒhイhイhイヒヒヒひひひひひひひひひひhヒヒヒヒヒヒhいひh」

 

 メギドラオン

 

 瞬間、何もかもが消し飛ぶのではないかと言うほどの莫大な熱量が空間を焼き尽くした。

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒhいひいひひひひひひヒヒヒhいひひひひひヒヒイヒヒヒヒヒヒhイヒhイヒヒhイヒひっひひひh」

 焼け焦げた空間で、狂ったようにジャックランタンが嗤う。

 闇に覆われていた空間は今現在、燃え盛る炎に照らされていた。

 そしてジャックランタンの窪んだ目の光が、ソレを捉える。

 床にぽっかりと空いた穴。

 その意味を考えるより早く。

 

「――――――――」

 

 何かが聞こえ。

 

 そして足元の床が弾けた。

 

 

 * * *

 

「…………っくそ…………ったれ」

 焼け焦げる肺腑が体の内側から痛みを発する。

 けれど全身はそれどころではない。生きているのが不思議なくらいの全身の火傷。

 否、並の人間ならもう死んでいる。活性マグネタイトを取り込んだデビルサマナーだからこそ生きてる。

 それでも被害は甚大だ。

 

 直撃したわけでもない、ただの余波に過ぎない程度の熱波でこのザマである。

 

「…………化け物が」

 毒づき、腕の中の真琴を床に転がらせる。

「だいじょーぶ? さまなー」

 こちらを気遣う様子を見せるアリスに、少し考え、けれど頷く。

「問題無いことも無いが、それでも致命的にはまだ程遠い。それよりそっちは?」

「ぎりぎりでもどされたからだいじょーぶだよ」

 アリスのその言葉に、安堵の息を吐く。

 

 そもそも、アリスが放った魔法はジャックフロストを狙ったものではない。

 当たり前のことだが俺は真琴と言う護衛対象を抱えたままあの狂ったような明らかな異常を見せる悪魔と戦う気なんてさらさら無かった。

 だから最初から考えていたのはどうにか逃げること。

 だから最初に魔法は足元、床を狙ったものだ。

 それが功を為した。ジャックランタンのあの魔法の威力、直撃すれば一撃でお陀仏だろうし、アリスですら耐えれないだろう。

 あまりにも異常な火力。そもそもジャックランタンと言えばレベル二十前後の悪魔のはずだ。こんな壊滅的威力の魔法を撃てるはずが無い。

 だが実際には撃ってきている。理由は知らないが、相当に高レベルなのは間違いない。

 

 アリスの魔法で穿った穴から落ちた先、エレベーターの行き先に途中階層が無かったせいでいまいち確信できず不安だったが、どうやら一つの下の階層がちゃんとあったらしい。

 高さは五メートルほど。少なくともマグネタイトで強化された簡単に人間が死ぬような高さでもない。

 穴に落ちていく中、敵が魔法を発動させるより先にアリスを帰還させる。そして穴に落ちて、すぐに上階から溢れ出た炎が穴から下層にまでやってきたが、それでもその威力を大幅に減衰させ致命傷に至るほどの威力は無くなっていた。

 そして魔法を防ぎきると同時、再度COMPを操作、恐らくまだ動いていないだろう敵の真下に向けてアリスのコンセントレイトからの最大威力のメギドラオンを叩き込んだ…………のだが。

 

「ヒヒヒヒっひひひひhヒヒヒヒヒヒヒヒひひひひひhヒヒヒヒhヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 

 再び聞こえてくる狂ったような嗤いに、自身の最大の一撃がたいした威力にならなかったことを悟った。

 

 

 * * *

 

「結局のところ、お前は何がやりたい?」

 キョウジのその問いに、けれど王は鼻で笑って返す。

「お前には分からんよ、例え一生を費やそうとな」

 最早戦う力も残されていない両者。だから言葉を交わす以外にやることはないのだと二人は互いに口を開いていた。

「処分とはなんだ、あの場所で何をやった?」

 そんなキョウジの問いに、王が一瞬口を閉ざす、そして逡巡するように間を持たせ、やがて口を開く。

「あの場所にかつて何があったか、貴様を知っているか?」

 その問いにキョウジは数秒思考を巡らせ、やがて思い出したのか王のほうへと向いて口を開いた。

「あの場所、駅か…………確かかつては何らかの工場があったと聞いているな」

 その答えに、王がほう、と呟き笑みを深くする。

「存外よく知っている、伊達に街の守護をやっていないと言うべきか」

 良いだろう、と王は呟く。

「気が変わった、少しだけ俺の目的を語ってやろう。と言ってもお前には到底理解できないだろうがな」

 そうしてその笑みを一瞬消し去り。

 

「反万能を作っていたのだよ」

 

 王は言う。

「反万能、つまり万能属性に耐性を持った存在と言うのはあらゆる悪魔を探してもその数は恐ろしく少ない」

 それが何故か、と考える前に。

「万能属性とは一体、何だと思う?」

 火炎属性なら火つまり熱さ、氷結属性は氷つまり冷たさ、電撃属性はそのまま電気、衝撃属性は風など属性は一体何の力を元として使っているのかを示している。。

 破魔属性、呪殺属性など多少特殊ではあるが、名前からまだ検討の付く範囲ではある。

 

 だが、万能属性とは一体何であろうか?

 

 万能属性はほぼ全ての悪魔に通じる、だから万能。

 それが一体何の力なのか、知るものは少ない。

 炎であるか、否。

 氷であるか、否。

 雷であるか、否。

 風であるか、否。

 破魔…………つまり祓であるか、否。

 呪であるか、否。

 

 だったら一体、万能属性とは何だ?

 

「答えは…………神の力だ」

 

 神、その辺にいる悪魔たちもまた元を正せばそれぞれの土地で神と崇められていたものたちもいる。

 だがそれとは違う、一線を画す神。

 全ての悪魔と格を違える、別格の、たった一柱、唯一の神。

 

 唯一神(四文字)

 

 絶対なる者。(ただ)(ひとつ)なる者。支配者。王の王。天上の主。

 

 呼び方は様々ある。

 だがそう考えれば万能属性がほぼ全ての存在に通用するのも納得の行く話だ。

 絶対なる神の振るう奇跡。それを防ぐことのできる存在など早々居ようも無いだろう。

 

「だが、だとすると、どうして万能耐性なんて持つ悪魔がいる?」

 

 神の力に対しての抵抗を持つ。そんな存在がいること事態がおかしいではないか。

 だって神は唯一にして絶対のはずなのに、それに抗する者がいる時点で絶対ではなくなる。

 

「神はかつて、人を堕落させる八つの欲を戒めた。欲は七つの罪として後の世に伝わった」

 

 傲慢(プライド)

 憤怒(ラース)

 嫉妬(エンヴィ)

 怠惰(スロウス)

 強欲(グリード)

 暴食(グラトニー)

 色欲(ラスト)

 

「何故神はこれを戒めたのだろうか。人を堕落させるから? けれど神ならば戒めずとも人を悔い改めさせることくらいできるのはないか、もっと過激に言えば、この世から消し去ることだってできるのではないだろうか、もしくはそれらの感情を持たない存在を作ることだってできたはずだ、何せ人を生み出したのは神他ならないのだから。だとすればどうして神はヒトを作る時にそれらの感情を消さなかったのか」

 

 一体どうして?

 

「それは」

 

 それは――――――――

 

 

 * * *

 

 

「ヒヒヒhイヒヒhイヒhいひひひひhjそいrgbhrgbdhし0へごいしょghs@おghsりおほいえhぐぃおghそんvsdfんhdちおhjにおえtj」

 床に空いた穴からジャックランタンが飛び込んでくる。そうしてこちらを見つけた途端、また狂ったように何かを叫びながらそのランタンがまた輝き出す。

 下層となっている空間は広い、ただ横方向に広いだけの何も無い空間が広がっている、だがあの威力の炎が溢れれば飲み込まれるのもまた事実だ。

 出口らしきものは見えない。ここが何をする場所なのか、分からないだがとにかく逃げ場が見当たらない。

 結局、対処法らしきものは先ほどと同じ。

「アリス!」

「メギドラ」

 アリスのはなった魔法が床に当たり穴を開ける。

 開いた穴に真琴を抱えたまま、滑り込むように入ると同時にアリスを帰還させる。

 直後。

 

 メギドラオン

 

 何の魔法かは分からないが、劫火が部屋を燃やしつくし、穴から噴出した炎が俺たちを燃やそうとする。

「アリス!」

「メギドラ」

 けれど二度同じことを繰り返すつもりは無い、迫り来る炎にアリスを召喚、その魔法で余波の炎を打ち消す。

 そうして降り立った更なる下層は先ほどの何も無い空間とは違う、大量の機械に囲まれた場所だった。

「…………これまさかとは思うが」

 ヤタガラスに調べてもらったこの駅の地下の存在。そして判明したのは過去この場所にあった施設。

 信じられないことに百年近く前に原子力発電所が過去この場所にあったらしい。

 勿論表世界では日本どころか世界中探したってまだ一つたりともそんなもの存在していない。

 と言っても本当に原子力発電所なのかは分かっていない、と言うもの表向きはただの工場として扱われていたらしいからだ。だが当時搬入された機器や周辺の状況などからもしかしたら原子力を扱う施設だったのではないか、と言う予想が立てられていた。

 そしてその工場が閉鎖されたのがいつか、実はそれもほぼ分かっていない。

 吉原駅が移転した数十年前にはすでに無かった、と言うことは分かっているがそれ以前のいつ無くなったのか、誰が建物を解体したのか、持ち主は誰なのか、その辺りの情報が微塵も出てこなかったらしい。

 正直言えば怪しい、と言うか怪しすぎる。

 だがこれと言った情報も無く、ただ漠然と危険であると言うことだけは分かったままここにやってきたが。

 

 地下に並ぶ施設、そして目の前の機器の数々。

 これはもしかしていつの間にか無くなったとされる工場なのではないだろうか。解体したのではない、地下に移転させたのだとしたら…………。

 誰がどうやって? と言う疑問はどうでもいい、この世の全てを知っているわけではないのだが、何からの方法で移転させたのかもしれないがその方法を一々考える意味も無い。

 問題、この施設の数々の危険性。そしてこれからやってくるだろう敵の存在。

 

「ひひひひヒヒヒヒヒヒヒヒhいひひひひひhヒヒhイヒヒヒヒイイヒヒヒhいひひ」

 

 上からやってくるこいつがここで迂闊に炎を出せば。

 

 果たして自分たちが無事で済むのか、と言う問題である。

 

 そしてそんな自身の内心を他所にけれど状況は推移する。

 

「…………う…………ん…………」

 

 腕の中で少女が目覚めかけていることに気づかないままに。

 

 



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真琴と暴威

 

 

 パン、と短く乾いた音が鳴る。

「ヒヒヒヒヒヒひひひヒヒヒイヒh――――」

 音が鳴ると同時に、ジャックランタンが仰け反る。

 

 戦うしかない。

 

 それが俺が出した結論だった。

 

 それも相手が攻撃してくるより早く。

 

 幸い、と言うべきか、こう言うケースも想定して武器弾薬はしっかり持っている。

 氷結弾、氷結属性の概念が付与された魔弾でジャックランタンを撃ち貫く。

 ダメージの大きさはともかく、通じてはいるらしく、弱点属性を突かれた敵が僅かに動きを止める。

 

 時間はかけられない。

 

 出し惜しみもできない。

 

 賭けるなら一発で、最大の物を。

 

「アリスゥゥゥゥゥ!!!」

 そんな俺の叫びに答えるように。

「メギドラオン!」

 コンセントレイトからのメギドラオン。今出せる最大火力を叩き込む。

 

 けれど。

 

「ひひひひひひhヒヒヒヒヒヒヒヒヒhひひひひひひひひひひひひひhヒヒヒヒ」

「くそったれが!!!」

 それは先ほどもやった。だが大きなダメージにはならなかった。

 そんなこと、百も承知。けれど現状のアリスでこれ以上に火力が無い。

 だから、縋るしかなかった。これで倒れてくれる、と言う可能性に。

 けれど、そんな意味の無い祈りなで、現実はあっさりとへし折ってくる。

 

 メギドラオン

 

 煌くランタン。もう一度床を掘って逃げるか、一瞬の思考。けれど最早遅い、遅すぎる。

 逃げるなら銃弾を撃ってすぐに逃げるべきだった。最早機会は失われた。

 

 一瞬で部屋を焼き尽くす熱が全身を襲う。

 

「があああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。口を開けば喉まで焼ける。それでも叫ぶ。

 けれど、それでも、腕の中の少女だけは守ろうと抱きしめる。力いっぱい抱きしめ。

 

 そして。

 

召喚(サモン)

 

 目の前に巨大な壁が現れた。

 

 

 * * *

 

 

 はて、自分は一体何をしていたのだろうか。

 

 七瀬真琴は薄ぼんやりとした意識の中で考える。

 誰かの腕の中にいる感覚。ごつごつとした無骨な感じ、多分男。

 けれど不思議と嫌悪感は無い。それはきっと、抱きしめられた彼の体の温かさに包まれていたから。

 ぼやけた視界の中、彼を見る。

 焦っている、それが分かる。

 それと同時、揺れている。恐らく自身を抱えたまま移動しているのだと推測される。

 ただ方向性は適当そうだ、移動するたびに僅かな逡巡がある。

 焦っていて、移動している、けれど行き先は決まっていない。

 

 逃げている?

 

 そんな考えに突き当たるのはすぐだった。

 ゆっくりと、目を開いている。

 暗い。

 まず最初に思ったのはそんなこと。

 けれどすぐに明るくなる。

 それが何なのか、ぼんやりとした頭が理解するのは少し遅れてから。

 

 火だ。

 

 燃えている。

 周囲が。

 よくよく落ち着いてみれば、熱さも感じる。

 

「くそったれが!!!」

 

 そこではっとなり、意識が完全に覚醒する。

 すぐに現状を把握する。

 自身を抱きかかえるアリス先輩。そしてその視線の先にはカボチャ頭の悪魔。

 

「ひひひひひひhヒヒヒヒヒヒヒヒヒhひひひひひひひひひひひひひhヒヒヒヒ」

 

 ソレの不気味な笑い声を聞きながら。

 

 その手に持ったランタンが煌く。

 

 不味い。

 

 アリス先輩の焦った表情、そして嘆いたような声。悪魔の様子、それらを見て、推理するまでも無く悟る。

 

 何か来る。

 

 だから。

 

「契約を…………果たせ…………最悪の暴威…………怪物たちの王よ」

 

 部屋を燃やしつくし、襲いかかる熱。

 

「メイスンの名の下に…………命ずる」

 

 響くアリス先輩の絶叫に、歯を食いしばりながら。

 

召喚(サモン)

 

 食い込ませた右手の親指の爪が、人差し指の指先の切り裂き、一滴の血を落とす。

 

 そして。

 

「グギャアアアアアアアアアアァァァァァァァ」

 

 暴威の王が呼び出されれた。

 

 

 * * *

 

 

 部屋を埋め尽くす機器を破壊しながら一歩、脚を踏み出し吠える怪物。その巨体は天井を突き抜けるのではないか、と言わんばかりであり、その咆哮は部屋中を震わせていた。

「…………ぐ…………が…………まこ……と……?」

 それが、自身の後輩が召喚した悪魔だと言うことに気づき、すぐに腕の中の後輩を見る。

「アリス先輩…………大丈夫かい? すまない、ボクのせいだね」

 腕の中から抜け出し、自身の様子を見て顔をしかめる後輩に、大丈夫だ、と息絶え絶えながらに返す。

「あり……す………………大丈夫、か」

 傍らに倒れ伏す自身と同じ名の少女に問いかけると、ぴくり、と僅かながら手が動く。

「…………だ、だ……いじょう……ぶ…………」

 自身もアリスも、満身創痍と言った感じではあったが、それでもまだ生きているのなら問題無い。

「少しの間、攻撃を食い止める、だからアリス先輩は早く回復を」

 その言葉と共に、真琴が目の前の巨体の怪物に手を触れる。

「お願いだ、少しの間、ボクたちを守って」

 その言葉に、怪物が答えるように咆哮を上げる。

 

「…………ぐ…………真琴…………こいつ、は?」

 そんな自身の問いに、真琴が僅かに顔を歪めながら。

 

暴威の怪物(テュポーン)、だよ」

 

 告げられたその名に、すぐさまキョウジに叩き込まれた知識がヒットする。

 そして同時に驚愕する。

 何故ならその名は。

 

 ギリシャ神話最強最悪の怪物の名である。

 

 

 * * *

 

 

 メイスン家は探偵の家系である。

 正確には“悪魔”探偵の一族だ。

 まだ二代目、真琴が受け継げば三代目とまだ歴史の浅いメイスン家だが、初代より受け継がれるものが確かにある。

 一つが地位や栄誉、財産などの表世界の物。

 ただこれは実際に受け継いだ時、つまりまだ二代目が健在の現状ではまだまだ先の話だ。

 けれどもう一つはすでに二代目メイスンから三代目たる真琴へと受け継がれている。

 それが初代の仲魔。

 

 初代フォーレス・D・メイスンには二体の仲魔がいた。

 否、二体しか仲魔がいなかった。

 

 一体は堕天使“助言者”クロケル。

 

 フォートレスの智を補佐するための悪魔。

 人に助言を与え、そして謎と解を至上とする悪魔。

 クロケルの役目はヒントを与えることだ。与えられたヒントを推測し、推理し、答えを導くのは探偵の仕事である。

 

 そしてもう一体が、邪龍“暴威の怪物”テュポーン。

 

 フォートレスの力となって戦うための悪魔。

 悪魔探偵とは悪魔を使役する探偵…………ではない。

 悪魔が起した事件を解決するための探偵である。

 当たり前だが知恵だけで全て解決できるはずも無い。犯人となる悪魔を探し出すまでは知恵の領分。

 だが悪魔が関わる事件がそれだけで終わるはずも無い。

 当然と言えば当然だが荒事にも関わる必要が出て来る。

 

 だからこそ、この怪物を使役できるようにならなければならない。

 

 この怪物を完全に制御できるようになること、それこそが初代メイスンが子孫たちの課した悪魔探偵の後継たる条件である。

 

 

 * * *

 

 

 アリス先輩には一度だけ漏らしてしまったことがあるが。

 

 真琴には現在二体の仲魔がいる。

 

 一体はクロケル。真琴を導く助言者。だが完全に制御できていないせいで、与えられる助言の内容や数はクロケルの匙加減で決められている。だが実質的にリスクは無い。だから真琴もクロケルの存在は頻繁に使う。

 

 だがもう一体、ティポーンに関しては、滅多に使わない、これまで生きてきた十三年の中で、実質使ったことは一度だけである。

 クロケルすら制御できていないのに、ティポーンのような強大な存在を操れるはずも無く。

 

「っぐ…………ああ…………」

 

 全身から血が噴出す。それは代償である。

 弱者の身で悪魔を弄ぶ代償。

 ティポーンを完全に操れていない真琴が、それでもテュポーンを暴走させないようにしようとするなら、足りない何かを補うしかない。

 そしてそれは、自らの生命力を削る、と言う形で補われている。

 

「マハザンダインだ」

 

 命ずる、そして命じたままに怪物が嵐のような暴風をジャックランタンへと叩きつける。

 直後、全身を激痛が襲う。指先が切れ、血が流れ出してくる。

 そしてお返し、とばかりにランタンが煌く。

 

 メギドラオン

 

 灼熱が怪物へと襲いかかり、その身を焦がしていく。

 だが怪物はその巨体に降り注ぐ熱を物ともしない。

「やれ、暴威の怪物。叩き潰せ」

 その命令に怪物が矢鱈滅多らに暴れ回り、小柄なジャックランタンはその暴威に飲み込まれる。

「gなsりおんほんひおsrぽいghswsりおhjんそいせhんrへdんろんhgrsぐおんsろうgんws」

 さすがにこれは効いたのか、ジャックランタンが悲鳴染みた叫びを発して、後退する。

 と同時、真琴の目から血涙が流れ出す。

 

 これ以上は不味いかもしれない。

 

 真琴の命の限界が近い。そのことに真琴自身が気づいている。

 後方のアリス先輩を見る、銃に弾を込めている最中で、こちらに気づく様子は無い。

 

「…………トドメを差して」

 

 これ以上は本当に命が危ない。

 それが分かっていながら、けれど真琴は躊躇することなく命じた。

 それは負い目のようなものかもしれない。

 背後の少年が、どうしてあそこまでボロボロなのか分かってしまったから。

 その原因が自身にあることが理解できてしまったから。

 だから、命を賭けてでも守ろうとしているのかもしれない。

 

「やれ、テュポーン!」

 

 そうして命じられた怪物が、少女の命を削りながら動き出そうとした…………その瞬間。

 

「sdんりhそjrんほいswんれおいyhんwそhんrwshwsんhごwsのrんswじょんgwsんrじおgwshんろshごsろんほrsdんrgほrjsw」

 

 ジャックランタンが何かを叫ぶ。

 

 と、同時、周囲の壊れた機器が火花を放ち始める。

 そして直後、それに気づいたアリス先輩が顔色を変える。

 

「真琴!」

「っ!!! 守れ!!!」

 

 アリス先輩の声に、咄嗟に命令を変え、怪物に全力でその身を守らせる。

 直後。

 

 視界が白一色で塗りつぶされるかと錯覚するような光。

 

 何もかもが静止したかのような静けさが広がる。

 

 それはまるで嵐の前の静けさのように、次の一瞬にやってくる物の恐ろしさを示していた。

 

 死んだかもしれない。

 

 ゆっくりと、走馬灯のようにスローペースに流れる時間の中でそんなことを思い。

 

 ()()()、|何()()()()()()()()

 

「………………は?」

 思わず出た声に、けれど答える者は居ない。

 代わりに響いたのは。

 

「ひひひひひヒヒヒヒhイヒヒヒヒヒヒヒhイヒヒhイヒヒヒヒヒヒヒヒhいひひひひひひっひひひ」

 

 狂ったような叫び声。

 

 そして破裂せんばかりに輝くランタンの煌き。

 

 限界と言うか、最早臨界と言う言葉を彷彿とさせるその輝きに、嫌な予感を覚えたのは直後のことだった。

 

「守れえええええええええええ!!!」

 

 獣の眼光

 獣の眼光

 メギドラオン

 メギドラオン

 メギドラオン

 メギドラオン

 

 視界が紅蓮に染まる。

 塗りつぶされる紅、紅、紅。

 そして鼓膜を破らんと発せられた爆音。

 

 体への負担が一気に解除されるのが分かった。

 

 それはつまり。

 

 あの暴威の怪物が、今の一撃でやられたと言う事実に他ならなかった。

 

「あ…………う…………あ…………」

 

 最早言葉も出ない。

 そうして絶句し、完全に硬直している自身の視界の先でジャックランタンが狂ったように嗤う。

 そしてすぐに気づく。その手に持つランタンに光が集まっていると。

 部屋の奥にある上へと伸びる柱、それが光り、剥離してランタンへと集まってくる。

 そして光が混ざると同時に輝きを増し、そして膨れ上がる威圧感。

 一体どこまで膨れ上がるのか、次々と光が集まってき、その度に光度と威圧感が増す。

 

 このまま溜め込み続ければ、もしかして、この街一帯全てを吹き飛ばすのではないだろうか。

 

 そんな予想も、決して間違いだとは言えないだけの迫力がそこにはあった。

 

 動けない、余りにも予想外過ぎて、手も足も、ぴくりとも動かない。

 

 つまりそれが差なのだ。

 

 ここで一歩たりとも動けなかったボクと。

 

 冷静に、弾を込め終えた銃をジャックランタンの手の中のランタンへ向け。

 

「アリス」

「メギドラ」

 

 彼の仲魔が床に大穴を空けるのと。

 

 パァン

 

 銃弾が発射されるのは、ほぼ同時だった。

 

 ぐい、と、彼に手を引かれ、共に穴へと落ちて行く。

 

 すぐに見える下の階。けれど彼は命じる。

 

「アリス」

「メギドラ」

 

 さらに下へ下へと落ちて行く、落ちて行く、落ちて行く。

 

 直後。

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 上層から凄まじい音が響く。

 

 すぐに理解する、ランタンに蓄積された莫大なエネルギー。

 今にも暴発しそうな、すでに臨界点を超えたあのエネルギーに、放たれた銃弾がランタンを貫き、暴発させたのだと。

 

 まだ都市一つ破壊しつくすほどのエネルギーは無かったかもしれない。

 

 けれど、この地下を丸ごと吹き飛ばす程度の威力はあるだろうことは簡単に予想できる。

 

 それと同時に、地下へと逃げているのはそのためか、とも。

 

 けれど追いつかれる、溢れ出たエネルギーの奔流が上層諸共消し去りながら、迫り来る。

 

「アリス、今だ…………全力でぶっぱなせ!!!」

「メギドラオン!」

 

 並みの悪魔なら存在ごと消し飛ばしてしまいそうな、強大な魔法。

 けれどこの莫大なエネルギーの前には蟻が象と力比べすぐかのような矮小さしかない。

 

 だから、きっと最後に必要なのは。

 

「真琴…………頼んだ」

 

 そうして告げる彼に、ボクは頷き。

 

 さあ、仕上げだ。ボクの命全部を使ってでも良い。

 

 もう一度だけ呼び出されてくれ。

 

 そんなボクの内心の声を知ってか知らずか。

 

 アリス先輩がぐっとボクを抱き寄せ。

 

「後で謝るから、とりあえずは生きろ」

「ん?!」

 

 そう告げて…………唇と唇を合わせた。

 

 




二時間で書きあがったかあ、久々にいいペース。
まあ眠いので、今回出てきた悪魔のデータはエピローグに書きます。
次回で番外編終わりです。


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有栖と真琴

 

 マグネタイトとは、感情の揺らぎが生み出す産物である。

 それが具体的にどういうものなのか、と言うのはよくわかっていないが、とにかく、悪魔はこのマグネタイトを使って現世に現れ、そしてマグネタイトを使ってその力を(ふる)う。

 だからマグネタイトが足りなければその力を十全に揮えなかったり、召喚が半端で呼び出そうとした悪魔が変異してしまったり、そもそも呼び出せなかったりとろくなことにならない。

 

 さてこのマグネタイトだが人間の体のどこに最も濃く存在しているのだろうか。

 答えは血である。

 正確には血と肉にマグネタイトが宿っている。だから悪魔と言うのは人の血を啜り肉を喰らう。

 高レベルのデビルバスターの血や肉と言うのはそれは濃縮されたマグネタイトが流れており、悪魔にとっては強敵であると同時に極上の餌にも成り得る。まあ高レベルの悪魔と言うのは、デビルサマナーにとっては良い交渉相手であり、倒せば大量の活性マグネタイトを得るチャンスであるので、ある意味お互い様とも言えるが。

 

 例えば、ではあるが。

 マグネタイトが減少しても尚、COMPなど間接的な方法で使役する場合、COMPが自動的にパスを切断し、悪魔を強制帰還させてしまう。それはCOMPに取り付けられた外せないセーフティー機能である。

 だが例えるなら俺とアリスのようにCOMPを介さず直接的に魂で契約を交わしてしまっている場合、召喚者と悪魔との間に直接的なパスが結ばれているためCOMP側が自動的に、と言うのができなくなる。

 だからマグネタイトが尽きかけて尚悪魔を使役しようとすれば、足りないマグネタイトは別の場所から補われる。

 即ち、召喚主自身の命を削りながらの召喚、そして使役となる。

 

 当たり前だがそんな状態で何度も無理をすれば、最悪召喚主の寿命をも削る。

 

 さらに度を越えれば召喚主の命を危うくする。

 

 だから身の丈に合わない召喚は危険なのだ。

 

 そしてそんなマグネタイトが欠乏した人間に、サマナーの血液を飲ませると、足りないマグネタイトが補われる形になる。

 結果的に、召喚主の命をも守る形になるのだ。

 

 なので。

 

「だからいい加減、許してくれ」

 

 ふい、と顔を背ける真琴に、思わず嘆息する。

 

 

 先の地下での一件より三日後。

 病室のベッドの上で頭を下げる男とその脇で顔を背ける少女。

 ぶっちゃけ俺たちである。

 俺としても不本意であったのだが、先の一件で、俺が真琴の唇を奪った。

 それは切り傷だらけの口内に溜まっていた血液を真琴に飲ませ、その体内のマグネタイトを少しでも回復させるためだったのだが、それでもまだ年若い多感な年齢の少女の初めてを奪ったことには代わりなく。

 いや、けれどそもそもどう見たってマグが欠乏し、自身の命まで削って悪魔を使役している真琴の姿が見ていられなくて、このままではダメだと思って、咄嗟にやってしまったのだが。

 あのままでは二人とも死んでいた。最悪俺は生き残っても真琴は死んでいた。そのくらい無茶だったし、そのくらい無理があった。

 だからあれは二人共に生き残るには仕方のない処置ではあった。

 それは真琴だって分かっているのだろう、だから文句は言ってこない。

 ただ感情で飲み込めない、と言ったところか。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

 とにかく気まずい。あの場面では仕方なかったとは言え、けれど真琴の心情を考えればこちらが悪いのも理解できるからこそ、こちらからどう言えばいいのか分からず言葉に窮する。

 そして真琴も真琴で無言を貫いているので、結局のところ、病室内に二人、気まずい空間が出来上がっていた。

 

 どうする、なんて言おう、なんて俺が必死に考えている、その時。

 

 はぁ、とため息が聞こえる。俺ではない、とすると必然的に目の前の真琴から。

 

「もういいよ、アリス先輩」

 

 そうしてようやく真琴が口を開く。心なしかその声は柔らかかった。

 

「少なくとも、アリス先輩がああしなかったらボクは多分死んでた。分かってるよ、分かってるんだ。ただちょっともやもやしてたから、何も言えなかったけど。うん、助けてくれたんだよね、先輩」

「あ、ああ…………明らかにマグネタイトが欠乏してたからな、咄嗟のことだったんだが…………いや、その、悪かった」

 真琴が口を開き、こちらに問いかけてきたことで、ようやく俺も言葉を発すことができる。

 

「うん、だから許すよ。それと、助けてくれて、ありがとう」

「いや、助けられたのは俺のほうだよ」

 少なくとも、真琴が命を削ってまで仲魔を使役してなければ死んでいたのは俺だ。

「けど、そもそもの原因はボクだ。ボクが余計なことをしなければあんな状況に追い込まれることもなかった」

 それは否定できない。少なくとも、真琴が最初から万全の状態でいれたならさっさと逃げ出すこともできた。

 そしてそれを否定しても、真琴自身がそれを分かっているから、何の慰めにもならないだろうことは理解できた。

 

「悪魔の蔓延る裏世界において、弱いことはそれだけで罪だ。弱者は強者にどれだけ蹂躙されようと、それは弱いほうが悪い。そこに法は無い、理は無い」

 どこと無く、自分自身に向って語りかけるような真琴の声に、自身もまた言葉を潜める。

「ボクはそれを犯した。手に負えない危険に向って自ら進んでいった…………」

 そこで一度、真琴が言葉を止める。

 

「今回のことで良く分かったよ。ボクの目指す先が、そのために必要なものが。うん、やっぱりアリス先輩が居てくれてよかった。()()()()それだけ、言っておきたかったんだ」

「……………………帰る前に?」

 

 妙な言い回しが気になり、鸚鵡返しに問いかけると、真琴がくすりと笑った。

 

「あはは、実は実家に帰ることにしたんだ」

 

 あっけからん、とそう告げた真琴の言葉に、大きく目を見開いた。

 

 

 * * *

 

 

「行ったか」

 人の去った病室で一人、誰にとも無く呟く。

「そーだねー、いっちゃったねー」

 

 訂正。一人ではなかった。

 

「お前また勝手に出てきたのか」

 掛け布団の上に転がるアリスを見て、ため息を一つ。

 何となく手持ち無沙汰になり、ごろん、と俺の膝の上で仰向けになりながらこちらを見て笑うアリスの頬をつつく。ふにふにと柔らかいその感触に軽く癒されながら。

 

「ヒーホッホッホ、サマナーオイラも混ぜてくれホー」

 

 俺の肩越しにそれを覗く存在に、軽く頬を引き攣らせる。

「お前まで勝手に出てくるな、()()()()()()()()

 そう、それはついこの間、俺たちが命懸けで戦ったカボチャ頭の悪魔である。

 

 時は三日ほど遡る。

 

 ジャックランタンが結集したエネルギーを撃ち抜き暴発させる。

 そして爆破が起こるより先に自身たちはさらに地下へと潜り、さらに深く潜り。

 追い迫る爆発の威力をメギドラオンで削り、そして真琴の召喚したテュポーンが受け切り、それが限界だったかのようにテュポーンが再度消滅していった。

 

 その直後のことである。

 

「ひー…………ほー…………」

 

 ふわり、ふわりと、上階から何かが降りてくるのが見えた。

 ゆらりと影が揺れる。

 すぐに気づく、それが先のジャックランタンであると。

 まだ生きていたのか、そんな内心の疑問を押し殺し。

「アリス」

 対処しようと、指示を出した、と同時に

 

 獣の眼光

 マハマカカジャ

 マハマカカジャ

 獣の眼光

 マハマカカジャ

 マハマカカジャ

 

「マハラギダインだホー!」

「メギドラオン」

 

 魔法が放たれるのはほぼ同時だった。

 先ほどまでの狂ったような威力の魔法ではない、だが魔法を放つ前に、魔力強化を重ねがけしたらしいその一撃は、本来威力の勝るアリスのメギドラオンすらも凌駕し突き破り、そして劫火をばら撒き、そして俺とアリスを飲み込む。

 

「あう」

 短い呟きと共に、アリスがCOMPに帰還する。

 アリスは火炎属性が弱点だ、こんな威力の火炎魔法を受ければ一撃でやられるだろうことは予想できていた。

 アリスと俺は真琴と同じように、COMPを介さない契約を結んでいる。

 だから下手にアリスがやられれば、こちらにまで被害が及ぶ可能性もあったのだが、COMPを間に噛ませることにより、現状そう言った問題は解決している。正確にはアリスの耐久の限界を迎えると、COMPが自動的に帰還させてくれるのだ。

 契約の後付とでも言うのか、そう言った多少の誤魔化しは効く。そう言った意味で、このCOMPは凄まじい技術で作られていると思う。

 

 まあソレはさておき。

 アリスは火炎属性に弱い、それはある意味どうしようも無いことである。だから逆にサマナーである自身は耐火炎装備をつけている。上着の下に着込んだ断熱服もそうだし、こっそりと身につけているアクセサリー類の中に火炎属性を弱体化させる効果の装備もある。

 仲魔がやられてもサマナーが生きていれば戦闘は続行できる。だからサマナー諸共倒されるのだけは最悪だ。そう言う意味で火炎属性に耐性を持つ装備をしておくのは、俺にとって必須だった。それ以外の属性なら、大抵はアリスを前面に押し出せば、レベルの差で防げることが多い。

 どういうわけか先ほどまでの炎には全く機能しなかったのだが、どうやら今の魔法には通用したようだった、ほとんど魔法を遮断してくれたお陰で、ほぼ無傷でいられる。

 

 だが代わりにアリスがやられたことで、俺の仲魔は居なくなった…………が、問題は無い。

 後でアリスに文句を言われそうだが、メギドラオンが効きづらい敵と言う時点で、最早アリスでは火力不足だ。

 まあかと言って俺で火力が補えるか、と言われても微妙だが。

「ほら、取っておきの鉛玉だ、たっぷり味わえ」

 氷結属性の篭った弾丸を撃つ。撃って、撃って、撃ちまくる。

 大したダメージにならないことは理解している。だがこれで動きは止まる。

 

 そうして懐から、ここまでどのタイミングで使うか悩んで、結局使えずじまいだった魔法石(ストーン)

 本来よりも威力は低いため切り札と呼べるほどの威力にはなりづらい。

 だが。

 

「これで終わりだ」

 

 すでに魔法の暴発による自滅で十分に弱っており。

 

「ブフダインストーン」

 

 威力が下がった、とは言え、弱点属性の最上級魔法の込められた魔法石ならば。

 

「ヒーーーーーーーーホーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 十二分にこいつを打ち倒せる。

 

 放たれた魔法に撃たれ、ジャックランタンがついにぽてり、と地に落ちる。

 

 そうして再び起き上がることは無かった。

 

 

 * * *

 

 

 そうして倒したはずなのだ。

 だが異変はその翌日に起こった。

 当たり前だが、途中で真琴が守ってくれたとは言え、一度はあのジャックランタンの劫火を真正面を受けた俺は全身火傷、臓器類も肺など一部焼け付いていて、正直体内に高濃度のマグネタイトを蓄積したデビルサマナーでなければ死んでいてもおかしくないレベルの負傷をしていた。

 活性マグネタイトの濃度が濃い人間と言うのは、それだけ人から悪魔へと存在が近づく。故に悪魔のごとき身体能力や頑丈さ、異能などを獲得していくのだが、とにかく常人なら死ぬようなレベルの損傷でも、そこそこのレベルのサマナーである俺は地上まで戻る程度の気力は残していた。

 とは言うものの重傷には違いないのだ、地上に戻り、キョウジに連絡をつけると、ヤタガラス経由ですぐに病院に運ばれ治療を受けた。

 

 魔法の治療は確かに強力だし、即効性もあるが、それで何もかも解決するわけでもない。

 程度にもよるが、俺の場合、臓器のダメージが酷いらしく半年程度は様子見もかねて入院することになった。

 とは言っても、実際には二、三ヶ月で通院に切り替えれるらしいが。

 

 そうして病院のベッドで先ほどまで命を賭けていた緊張感、そして真琴が無事だったことによる安堵感、そしてようやく安全ば場所に居られると言う安心感から気が抜け、丸一日眠っていたらしい、目が覚めるともう日付が変わろうかと言う時間帯になっていた。

 

「…………夜。今何時だ」

 

 携帯を開き、自身の覚えている日付と一日のずれがあることに気づく。

 丸一日眠っていたと気づいたのは直後。

 

「…………ふむ」

 恐らくだが事件は終わったと見ていいだろう。

 一安心、と言ったところか。

 だが一つ気がかりもある。

「真琴はどうなった?」

 自身の守るべき対象である彼女がどうなったのか、知りたくて、携帯で電話をかけようとして。

 

 見知らぬ表示が出ていることに気づいた。

 

 contract

 

 和訳するなら、約束、否、契約、と言ったところか。

 そして、ふと視線を感じ顔を上げると。

 

「ヒーホー! お目覚めかホー!」

 

 カボチャ頭の悪魔がそこにいた。

 突然のことに一瞬固まるが、すぐ様拳銃を探し。

「待った、待った、待つんだホー! オイラもう何もしないホー」

 その言葉に動きを止め、ジャックランタンへと視線を向ける。

 その俺の様子に、自身の話を聞く気になったのだと取ったランタンが口を開く。

 

「オイラと契約しないかホー?」

 

 瞬間、手元の携帯…………COMPが再び表示を変える。

 

 contract?

 

 Yes No

 

 契約。と言う言葉にすぐに気づく。

 要はこの悪魔は自身を仲魔にして欲しいと言っているのだ。

 極稀にだが自分からそう言う悪魔がいることは知っている。

 だがそれは自分が殺されそうな時に、仲魔になることで助かろうと言う命ごいのようなものだと思っていたので、すぐに気づけなかった。

「…………どうして?」

 そうして数秒考え出た言葉がそれだった。

「どうしてかホー?」

「他にもサマナーならいるだろ、どうして俺なんだ?」

 そんな俺の問いに、ランタンが笑って答える。

「助けてくれた礼みたいなもんだホー!」

 

 その意味が分からず首を捻る俺に、ランタンが説明をする。

 何でも、ランタンは気づけばあの場所に居て、自分が何なのか分からなくなっていたらしい。

 要するに自身が何の悪魔なのか、自身を構成する要素である悪魔の概念を抜き取られていたらしい。

 それでも消滅しなかったのは何故かは分からない。そしてそこでランタンは何かをされていたらしい。

 何をされていたのか、それはランタン自身も知らないが、その何かをされた結果として、自身の中に次々と知らない情報が流れ込んできて、段々と自我を保てなくなっていったらしい。

 気が狂って暴れまわっていたその時、やってきたのが俺たち。

 そして俺の放った弾丸、それによって暴発したエネルギーはランタンを飲み込み、その衝撃でランタンに取り込まれていた情報がほとんど消え、そしてジャックランタンとして概念をどういうわけか取り戻したらしい。

 

「だとして、最後に俺たちを襲ったのは?」

「試したんだホー。オイラをここまで追い詰めたサマナーがどんなやつか、面白そうなやつなら付いていくのも楽しそうだと思ったホー」

 

 で、その結果、御眼鏡にかなった俺のところに来たらしい。

 

「と言うわけでオイラも仲魔にしてくれホー」

 

 その言葉で締めくくられたランタンの説明に、さてどうするか、と悩み。

 けれどすぐに悩む必要が無いことに気づく。

 

 俺自身求めていたではないか。

 

 アリスと並ぶほどの、強力な仲魔を。

 

 それが相手から契約してくれと言っているのだ

 こんな好都合なこと無い。

 

 だから、俺も口を開く。

 

「俺の仲魔になれ、ジャックランタン」

 

 その言葉に、ジャックランタンが笑い。

 

「妖精ジャックランタン! 今後ともよろしくだホー」

 

 そうしてその日、俺に二体目の仲魔ができる。

 

 こいつの相方、ジャックフロストを仲魔にするおよそ半年前の出来事である。

 

 

 




番外編完結です。長かったなあ(
真琴関連の話が中途半端で終わってますけど、これで修了です。
多分きっといつかそのうち、真琴が本編で出てきたら、その時また語る…………覚えてたら。




妖精 ジャックランタン(狂)

LV80 HP3480/3480 MP2290/2290

力51 魔105 体41 速67 運75

弱点:氷結
耐性:破魔、呪殺、万能
吸収:火炎

特徴:炎食い

マハラギオン、アギダイン、マハラギダイン、メギドラオン
ディアラハン、マハマカカジャ、火炎ハイブースター 獣の眼光

備考:メギドラオンは核熱属性。
炎食い 火炎属性攻撃を受けた時、その攻撃を吸収。次に使う火炎属性(もしくは核熱属性)攻撃の威力を上昇させる。



邪龍 “暴威の怪物”テュポーン

LV90 HP8260/8260 MP1200/1200

力138 魔78 体121 速45 運67

弱点:電撃
耐性:火炎、氷結、核熱
無効:破魔、呪殺
反射:衝撃

毒かみつき 暴れまくり マハラギダイン マハザンダイン
マハタルンダ その他不明

備考:暴威の怪物 ギリシャ神話最凶の怪物。詳細不明。
異世界の悪魔 異世界より招来された悪魔。この世界には無い核熱に対する耐性を持つ。その他不明。


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有栖と竜の子編
有栖と新月


今日から隔日投稿してきますよー。
というわけで四章スタート。



因みに現在スタックは17話。


 

 * 五月十一日土曜日 *

 

 半ドンなどと言うものは今の時代存在しない過去の産物なので土曜日は学生にとっては休日だ。

 一人暮らしの場合、家のこともあり遊んでばかりもいられないのが現状なのだが、先日下校のついでに商店街を回って帰ったので、今日は珍しくやることのない時間に余裕のある日だった。

 と言っても、今日は日常的な意味での用事はないが、もう一つの意味で用事のある日だった。

 

「……………………臭うか?」

 

 椅子に腰掛け、マグカップに並々と注がれたコーヒーに口つけながら、俺の正面に座るアリスに尋ねる。

 ちらり、と視線をやるとアリスは自身のカップに注がれたココアの熱を冷まそうと、ふう、ふう、と息を吹きかけ少しだけ口をつけ。

「あちっ」

 びくり、と肩を震わせカップから口を離す。

 それからカップを机に置き。

 

「うん、においがするよ…………こんやぐらいにくるかな?」

 

 机の上に置かれた牛乳パックを傾け、カップの中へと注いでいく。

 そうして適温にまで冷めたココアに口をつけ、今度はそのままカップを傾ける。

 こくん、こくん、と二口分ほどのココアを飲むと、両手で持ったカップを机の上に置きなおす。

 

 時刻はすでに午後八時過ぎ。

 

「そう言えば…………お前と会ったのもちょうど、このくらいの時間だったな」

 

 思い出す、両親の顔と、そして生まれて初めて出会った死神の顔。

 そして直後に世界を超えて再開した目の前の少女。

 思い出し、想い出し、想抱(おもいだ)す。

 鮮烈な恐怖、不条理への憤怒を、生への渇望を。

 それは予感だった。

「……………………行くぞ、アリス」

 机の上に置き座りにされたカップが二つ。

「そうね、いきましょう? 有栖」

 場所は知らない。

「果たしに行こうか」

 けれど、きっと出会える…………そんな予感。

 

「復讐を」

 

 

 * 五月十二日日曜日 *

 

「なんか悪いな、付き合ってもらって」

「私は返す、問題ない」

 門倉悠希はその日、修験界へと赴いていた。

 ここ一週間毎日のように来ているのだが、今日に限ってはその隣にいるのは自身の親友ではなく、銀色の少女だった。

 悠希は未だ、修験界に一人で挑むには未熟であると判断され、毎日有栖が同伴していたのだが、昨日突然親友から電話がかかってきて、曰く今日は来れないから代理を送る、とのこと。

 そうして誰が来るのか緊張しながら森を抜け神社にまでやってきた悠希を待っていたのは、あの夜に出会った銀色の少女、ナトリだった。

 数時間ほど、修験界へと挑んだ後、そこから出てきた悠希の第一声にナトリが淡々とした口調で返す。

「しっかし、有栖のやつ今日はどうしたんだろうな? 昨日突然来れないって電話してきたんだが」

「私は聞いた。用事があると、故に今日は悠希に同行して欲しいと」

 用事とは何だろう? そんなことを考えつつ、ふと尋ねる。

「そう言えば、ナトリはこの後どうするんだ?」

「私は答える。特に用事も無い、適当に時間を潰したら父さんのところへ戻るつもりだと」

 そんなナトリの言葉に、悠希が息を飲む。そして、ぐっと手を握り、恐る恐ると言った様子で告げる。

「なら、さ…………一緒に飯食いに行かないか?」

「私は許諾する。構わない」

「ホントか? なら街まで出ようぜ、この間有栖と一緒に行ったところ店があるんだが、オススメだぜ?」

「兄様と?」

「ああ」

 興味深い、と一人ごちナトリが微笑む。

 可愛いな、なんて…………今までにも何度か女子に対して抱いてきた感想だったが。

 けれど、今まで抱いて来たものと、どこか違う。

 例えば、幼馴染の詩織。幼馴染の贔屓目を抜きにしても相当な美人だと思う。

 小、中学校時代にも何人もの男子から告白されていたので、この評価も間違いではないだろう。

 けれど…………詩織が笑ったからってこんな風にはならない。

 こんなにも()()()()とはしない。

 もしかしたら、そうなのかな、とは思っていた。

 ただ今までそう言った経験が無いから、戸惑っていたが。

 

 門倉悠希は、葛葉名取に…………。

 

「私は尋ねる、悠希はどこか具合が悪い?」

 思考に渦に飲まれていると、かけられた声に急速に引き上げられる。

 どこか不思議そうな、それでいて少し心配そうな、そんなナトリに表情にはっとなってすぐに答える。

「なんでもない、ちょっと考え事してただけだから、どこも悪くない」

「私は安堵する、良かった」

 そう言って笑うナトリに、心臓の鼓動が止まらなくて。うるさいくらいに跳ねる胸の鼓動に、笑ってしまう。

 認めないわけにはいかないだろう。

 

 門倉悠希は、葛葉名取に恋をしたのだ、と。

 

 

 * * *

 

 

 ぶらぶらと二人並んで歩く、それだけで視線が集中し、どこか居心地の悪さを感じる。

 大本の視線の先であるはずの隣の少女は、けれどまるでそんな道行く人々の視線など眼中に無いようで、平然としたいつも通りの無表情だった。

 はて…………一体何を話せばいいのだろうか?

 さきほどからどうにも沈黙が続いてしまう。

 よくよく考えればまだ会うのは二度目なのだから分かりきったことではあるが、知らないことが多すぎる。

 共通の話題、と言われれば恐らく悪魔絡みな話なのだろうが、自身は有栖のように深くその世界を知っているわけでも無ければ、そもそもこんな大通りでする話でもない。

 ずっと黙って歩いているだけで退屈していないだろうか、何か気の利いたことでも言えればいいのだが生憎自身はそれほど女性の扱いに慣れた性格はしていない。かと言って有栖のように、男女平等に区別もなく扱えるほど達観した精神性もしていない。

 ぐるぐると空回る思考。何か言おうと唇だけが動き、けれど声は出ない。

 そんな自身に対し、ふとナトリが立ち止まる。

「ど、どうかしたか?」

 突然の行動に驚く自身を他所に、ナトリが半分閉じた眼で自身を見つめる。

 じぃ、と見つめ、見つめ、見つめて…………やがて眼を閉じ、呟く。

「私は再度問う。悠希は調子が良くない?」

「い、いや、悪くないけど」

「私は疑問に思う。どうにも様子がおかしい」

「え、あ…………いや」

 ナトリのことが好きだと自覚してしまったからドキドキが止まらない、なんて言えるはずもなく。

 かと言ってこのまま押し黙ったままと言うのもバツが悪い。

「あーそう、えっと…………女子とこうして街中歩くのって慣れてなくてな、ちょっと緊張してるんだよ」

 実際のところ間違ってもいない。

 厳密には詩織とならあるが、詩織の場合、幼馴染なのでノーカウントだ。やはり親しさよりも気安さが優先されてしまう部分があるし、詩織もそれで別に構わないと思っている節があるので、あまり女の子、と言った風には見たことが無い。

 初めて会った時も二人で並んで歩いたが、あの時は夜遅く、周囲に誰もいなかったので逆に人目を気にする必要も無かったので緊張することも無かった。

 まあ人目があったら不味いようなことをするのかと言われればノーなのだが、それでも自身は他人にどう思われようが関係ない、などとナトリのような剛毅な性格もしていない。

 まあナトリがそう思っているかどうかは知らないが、ともかく人目を気にした様子がないのも確かであり、だからこそ自身の言っている意味が良く分からないのか首を傾げる。

「私は首を傾げる。一体どういう意味か?」

「いや、だかさ…………えっと、ナトリみたいな可愛い子と一緒に歩いてるとなんか緊張しちゃうというか」

 しどろもどろで、つい本音が漏れる。それに気づき、心臓が止まるかと思った、その時。

「可愛い…………私が?」

 別の意味で心臓が止まるかと思った。

 ナトリが、少しだけ眼を丸くし…………それから、ほんの僅かだったが。

 

 その頬を染め、ふい、と顔を背ける。

 

 よくよく思い出せば、さきほどの一言もいつもと話し方が違う。

 

 それは、自身の初めて見た…………ナトリの人間らしさ。

 

 生々しさ、とでも言えばいいのだろうか。

 ナトリ自身、無表情ではあるが、無愛想と言うわけではない。

 話かければ答えるし、多少の表情の変化も見せる。

 だが、本心は見せない、頑なに心を隠し、本音を曝け出すことは無い。

 たった二度会っただけで何が分かるのか、と言われるかもしれないが。

 好きな人のことだから、だからこそ分かってしまう。これは違う、本心ではない、と。

 だから、それは…………悠希の初めて見たナトリの本心からの表情だった。

 

「………………………………」

「………………………………」

 

 互いに赤くなった顔を背ける。

 より深くなった沈黙、歩き続けたどり着いた目的の軽食店。

 

 え…………この状況で二人で飯食うの?

 

 嬉しさより気まずさの勝ったこの状況で?

 

「…………………………私は尋ねる、入らないの?」

「…………………………あ、ああ」

 

 だ、誰か…………助けてください。

 

 思わず現実逃避気味にそんなことを考えていたから。

 だから、見過ごしていた。

 

 ナトリの表情に翳が差していたのを。

 

 だから、聞き逃していた。

 

「あと二週間…………どこまで…………」

 

 細めた目で呟いたその言葉を。

 

 

 * 五月十三日月曜日 *

 

 吉原市に魔人襲来。

 守役葛葉朔良がそれを知ったのは、全てが終わってからであった。

 突然呼び立てられやってきた葛葉キョウジの隠れ家(セーフハウス)

 そこで聞かされた話の内容に、呆然としてしまう。

「魔人…………冗談でしょ?」

 冗談ではない、そう分かってはいても咄嗟に否定してしまう。

 それほどまでに、その話は信じがたいものであった。

 実際、魔人と出会うということ自体があり得ない、と言ってしまえるくらいの確率であり。

 さらにその魔人が黙示録の四騎士の一体であるなど…………誰が予想できるだろうか。

 かつて十四代目葛葉ライドウも戦ったと言う凶悪な魔人。

 凶兆の象徴たる悪魔だ。

「なんでそんなものが…………いえ、それより被害は?」

 魔人は不意に現れ、災いを撒き散らして去っていく。それを防ぐのは難しい。

 何故ならそれそのものが災害のようなものでしかないからだ。

 その出現は誰にも予測できず、不意に現れその強大な力で人を襲う。

 守護者からすれば厄介極まり無い相手。

 だが自身の嫌な想像とは裏腹に葛葉キョウジは首を振る。

「ゼロ、だ」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 それほどまでに突拍子の無い答えだった。

「…………ゼロ? 一人もいないって言うの?」

「ああ、現場にいたサマナー一名が戦闘し、これを打ち破っている」

「………………………………………………ちょっと待って」

 今度こそ、何を言われたのか理解できなかった。

 打ち破る、とはどういう意味だっただろうか?

 倒す、と言うことだったはずだ。

 魔人を? 四騎士の一体を?

「どうやって…………?」

「知るか…………魔人の現れた地は一時的に異界化する。それはお前も知っているだろう?」

「そう…………まあ、そうよね」

 魔人が現れるとその周囲一体は異界化する。

 そうして魔人と魔人が定めた対象以外は隔離されるのだ。

 その中では魔人と対象が対峙することになる。

 故に外部からは中の状況が分からない。

 となれば、聞くことなど後一つだけだろう。

「なら…………魔人を倒したサマナーって言うのは、誰?」

「ふん…………お前なら予想も付いてるだろ?」

 魔人は今の自身が死力を振りつくしても勝てないだろう強敵。

 それをたった独り、単独で撃破したとなれば、相当のサマナーだ。

 だがそんなサマナーがこの近辺にいただろうか?

 一番の心当たりは目の前の男だが、雰囲気から察するにどうやら違うらしい。

 そうなるともうあと一人しか思いつかない。

 そしてその答えを自身の勘が正しいと告げている。

「まさかとは思うけど…………有栖?」

 自身のその問いに。

「ああ…………そうだ」

 キョウジが頷き。

 

「そして、その日以降やつの姿を見たものがいない」

 

 そう続けた。

「…………どういうこと?」

 有栖はどうなったのか、それを問いただそうとして。

「十二日後…………その時までに精々力をつけておくんだな、()()()()()()()()

 自身の言葉を上書きするかのように、キョウジが一方的に告げ、視線を落とす。

 それはもうこれ以上問答をするつもりが無いと言う意思表示だった。

「……………………分かった、失礼するわ」

 有栖はどうなったのだ、十二日後とは一体何のことだ、聞きたいことはある、だがもうこの男は答えないだろう。

 だが一つ分かることは。

 

 葛葉ライドウ候補、と自身を呼んだ。

 

 つまり、自身の立場上、動かざるを得ないだろう事態が起こると言うこと。

 

「……………………っ」

 思わず舌打ちし、さっと身を翻し、部屋を出て行く。

 

「……………………」

 

 後にはじっとその背を見つめる葛葉キョウジだけが残された。

 

 

 

 * ■月■日■曜日 *

 

 腕にかかる僅かな重み。

 何かが俺の腕を掴んでいる?

 腕に伝わる温度は、けれど冷たい。

 微睡む意識の中、自身の腕に触れるそれに視線を移す。

 まず見えたのは金色。

 それが髪だと気づき、自身の腕を掴んでいるソレが人の形をしていることを認識し。

「…………アリ……ス?」

 ようやくその少女の名が浮かんでくる。

 ああ、そうだ…………アリスだ。俺の相棒。俺の半身。俺の…………

 

 そこで、目が覚めた。

 

「っ?!」

 思い出す、思い出す、思い出す。

 五月十一日土曜日。

 あの日に起こったこと。

 

 そうだ、そうだ、そうだ。

 

「ジョーカー…………」

 

 俺はあの時。

 騒乱絵札の怪物と出合い。

 そして…………

 

 そして…………?

 

「何があった…………?」

 

 それから。

 

「ここは…………どこだ?」

 

 疑問。

 

 見覚えのない、けれど見覚えのある、そんな景色。

 見渡す限りの都会の風景。連なるビル群。賑わう人々。途切れることなく道路に並ぶ車。

 都会を絵に描いたようなその光景を、けれど俺は確かに知っていた。

 それは一体、どこでだっただろうか?

 

 見知らぬビルの屋上。そこから見下ろす景色に、既視感を覚えならも立ち上がる。

 

 足元で眠るアリスを見、左腕につけたCOMPの存在を確認し、一安心する。

 

 そう、その時、俺自身混乱していたのもあった。

 

 突然の状況、けれど自身の手札が残っていたことによる安堵。

 

 だからこそ、そいつに気づけなかった。

 

「…………………………動くな」

 

 かけられた声。けれど俺は振り向かなかった…………否、振り向けなかった。

 首筋に感じる痛み、そこに突きつけられた刃物らしきそれのせいで、下手に動くことすらできず、動きを止める。

「悪魔を連れているということは、召喚師………………貴様、所持者(ゲッター)か?」

「げったー…………? なんだそりゃ?」

 自身のその言葉に、けれど首筋に突きつけられた刃物がさらに押し込まれる。

「欠片を渡せ、そうすれば命は保障する」

「………………欠片って何のだよ、つうか、そもそも」

 アリス、心の中でそう呟く。その呟きは、マグネタイトパスを通り、確かに足元の少女へと届く。

「お前誰だよ」

 マハムドオン…………アリスの周囲へ陣のようなものが現れる。

「やっちまえ、アリス」

 カラン、と音を立て、俺の首筋の痛みが消える。振り返ると、一人の男が膝をついていた。その脇には一振りの刀が転がっている。先ほど俺に突きつけられていたのはこれだろう。

 男の外見を言うなら最大の特徴はその黒い外套だろう。時代錯誤とも取れるその外套、そしてその下に見えるのは学生服、腰に刀の鞘、太腿に拳銃のホルスターが吊るされている。

 けれどそれ以上に気になったのは胸の辺りに巻かれたベルト、そしてそこに差し込まれた数本の管。

「葛葉の召喚師?」

「ほう…………(オレ)のことを知っているか…………貴様本当に所持者(ゲッター)ではないのだな?」

「だからなんだよ、ゲッターとか欠片とか、意味分かんねえよ」

 マハムドオン、生命力を著しく低下させる魔法だが、それを受けても男はすぐ様立ち上がってくる。

 転がった刀を拾い、握りなおす。

 

「では改めて、二十一代目葛葉雷堂が尋ねよう、貴様…………何者だ?」

 

 鋭くぎらぎらとした視線で俺を射抜き、男はそう言った。

 

 



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有栖と異世界

 

 

「葛葉…………ライドウ?」

 男を見る、視る、観る。男は確かに言った…………二十一代目葛葉ライドウ、と。

「いつの間に二十一代目葛葉ライドウは決定されたんだよ」

 そんな俺の言葉に男が眉をしかめる。だがしかめたいのはこちらである。二十一代目葛葉ライドウが襲名されたなどと言う話は聞いていない。そんなビッグニュースが出回らないはずが無い、何故なら葛葉ライドウとはその名単体ですでに抑止力なのだから。

 葛葉最強、帝都の守護者……etc。

 呼び方は色々あるが、全ての共通するのは強いと言うこと。

 メシア教だろうがガイア教だろうが、それ以外だろうが関係ない。

 ただそこにいるだけで抑止力となりうる、誰しもその存在を無視できない存在。

 それこそが代々帝都の守護者に受け継がれる名、葛葉ライドウである。

 つまり、誰もがその存在を注視しているのだ。誰もが次代葛葉ライドウには警戒を払っていたのだ。

 だが今の今まで二十一代目などと言う話は知らなかった。

 ありえない、キョウジなら理由があれば隠すかもしれないが、朔良が俺に隠す理由が無い。

 と言うか俺の知る限り、選別があったことすら聞かない。

 

 つまりどう考えても嘘なのである、二十一代目葛葉ライドウなどと言うのは。

 

 だが、だがである…………ここで目の前の男が嘘を付くメリットが全く無いのだ。

 可能性としてあり得るのはライドウの名を出すことによる示威くらいのもの、だが。それはあり得ないと言える。理由はいたって簡単、明瞭だ。

 

 この男は掛け値なしに強い。

 

 それが分かる、それが分かってしまう。自身の意思とは関係の無いところが原因で否応なしに強敵とばかり戦い続けてきたからこそ、わかってしまう。

 戦えば死ぬ。勝てるか勝てないかは別として、間違いなく死ぬ。

 これほどまでに強い人間が、ライドウの威を借りる、と言うのは少し考えにくい。

 何か特別な理由があるのか、などと言うのも考えるが…………。

 

 何よりも真っ直ぐとこちらを見つめてくるその瞳は、自信に満ちており、何も疚しいところなどは無い、と語っているようであり…………。

 

 俺が見た限りでは、嘘ではない、と感じている。だが俺の知識はそれは嘘だ、と告げる。

「俺の知る限り二十一代目葛葉ライドウが襲名された、なんて話聞いたこと無いんだが。さて、じゃあアンタは一体何時それを襲名した?」

 戯言を、と男が俺の疑問をばっさりと斬って捨てる。

「己が雷堂を襲名したのはすでに二年も前のこと…………知らぬ存ぜぬは通せぬ。それを問う貴様は何者だ? この帝都で何をしようとしている?」

 刀をこちらに向け、男がギロリとした目つきで睨む。男の視線に射抜かれ、僅かに身が竦む。これでも修羅場には慣れているつもりだったが、その眼力には怯まされた。それだけで分かることがある。相手の男のほうが体内に蓄積された活性マグネタイトの量が桁違いに多い。

 恐れたのではない、恐れさせられた。デビルサマナーである以上仲魔次第ではあるが、もしかすれば勝負にすらないかもしれない。

 と言っても、そもそも戦う必要がないのだから、関係ないのだが。

「俺の名は有栖だ…………信じられないかもしれないが、魔人と戦ってたら事故に巻き込まれて気を失ってな、気づいたらここにいた」

 そう答えると、男の眉間に皺が寄る。まあそうだろう、胡散臭すぎる内容であるし、そもそも魔人と戦っていたなど普通のサマナーなら信じない。

 

 だが……………………。

 

「…………なるほど、理解した」

 男は太刀を納めた。そのことに俺は目を見開く。

「信じたのか?」

「己を知らぬと言うその言葉に嘘は無いようだ。さらに魔人襲来の報などこの帝都で己の耳に入らぬわけがあるまいし…………何より先ほど回廊が繋がったのをこちらでも確認した。とすれば筋は通っている、その事故とやらで貴様が回廊を通ってきたのだとすれば、だがな」

「回廊…………なんだそれ?」

 俺の言葉に、男が一瞬黙る…………が、すぐに口を開いて。

 

「アカラナ回廊…………ソレはそう呼ばれている」

 

 そう、告げた。

 

 

 * * *

 

 

 アカラナ回廊。

 ズルヴァーン教にて無限なる時間と称される神ズルワーン・アカラナの名を冠した()()()()()()()()()を超越する回廊。

 なるほど、その回廊を通ったと言うのなら、この不可思議な謎にも答えが出る。

 

 つまり、ここは異世界なのだ。

 

 平行世界と言ってもいいのかもしれない。

 だから葛葉ライドウは葛葉雷堂であり、こちらの世界の葛葉雷堂はすでに二十一代目を襲名している。

 襲名者は目の前の男。つまりそれだけの話であった。

 だからこそ、分からないこともある。

「俺はその回廊に入った覚えがないぞ?」

「アカラナ回廊へ入る方法はいくつかある…………出口を選ばないのならば入り口と出口を繋げて無理矢理押し出せば良い。アカラナ回廊に距離などと言う概念は無意味だ。気を失ってその瞬間を見ていなかった、と考えれば辻褄も合う」

 そう言われれば頷くしかない。気を失っている間のことなど誰にも分からないのだから。

「だが入る方法に比べ、回廊から出る方法は限られる、否、出口が限られている。ここはその一つ。時の宮代に繋がる場所だ」

「こんなビルの屋上が?」

「このビルは己の活動拠点だからな、監視の意味でも都合が良い」

 なるほど、と俺は頷く。だいたいの話は飲み込めた、だとするなら…………。

「どうやったら俺は元の世界に帰ることができる?」

「ふむ………………天津金木と呼ばれる秘宝を使うことにより、再び回廊への道を開くことができる」

「…………天津金木? それはどこにある?」

 

「無い」

 

 その言葉に、は? と間の抜けた声が漏れる。

「無いって、どういうことだよ」

「言葉のままだ…………正確にはもう無い」

 眉目をひそめ、男に暗に続きを促すと、男が一つ頷き口を開く。

「大正の時代、まだ葛葉雷堂が十四代目だった頃の話だ。今の貴様と同じようにその頃にも一人の異世界人がやってきた。十四代目葛葉ライドウ、そうもう一つの世界のライドウだ。雷堂はライドウへ同じように天津金木を集めるように指示し、天津金木の力を使いライドウを術にて元の世界へと送り返した。その時、天津金木はライドウと共にもう一つの世界へと移送されていてな、以来戻ってくることは無い…………まあつまりそういう事だ」

 どこかバツが悪そうな、それでいて呆れているような表情で男がそう言う。と言うか聞いた覚えがある。その話は…………十四代目の逸話の一つとして、異世界へと飛んだことがあると。そこで出会ったもう一つの世界のライドウの話。朔良から確かにそんな話を聞いた覚えが。

「………………他に何か方法は?」

「さあな…………少なくとも己には心当たりは無い」

 そうか、そう呟きどうしたものかと考える、その直後、雷堂が言葉を紡ぐ。

()()…………どうにかできるかもしれん男は知っている」

「何?」

 驚き、雷堂を見る。けれど雷堂はどこか難しい表情をして、こちらを見ていた。その表情の意味は今の俺には分かりそうには無いが、あまり良い感じはしない。

 もしや、何か難のあることなのだろうか、だが今の俺には他に手がかりも無い。

 続きを促すと、どこか躊躇った様子で男が口を開く。

「この地、神出雲のサツジンキと呼ばれる男。篠月天満…………やつなら世界を超える理の一つや二つ、持っていてもおかしくはない」

 

 そうして告げられた名前、篠月天満と言う名に…………俺の思考が止まった。

 

 

 * * *

 

 

 篠月有栖。今更ながらそれが俺の前世での名前だった。

 どこにでもいる普通の男。中庸な普通の人生を送り、二十の時にアリスと出会い、死んだ。

 まあそれは今は置いておこう。問題はその家族だ。

 物心付いた時には既に両親はいなかった。そう言う意味では来世のほうがマシなのかもしれない。

 まあとにかく、親の顔と言うのは知らない、見たことも無かった。代わりに俺には一人の兄がいた。

 親の代わりに俺を育て上げてくれたたった一人の家族。

 その兄の名を篠月天満と言う。

 

 曰く、サツジンキと呼ばれる男。

 

 俺の知る兄は、いわゆる完璧だった。恐ろしいほどに人間として完成されていた。

 何をやっても人並以上…………否、あらゆる人間を凌駕する。稀代の傑物、それが周囲の兄への評価であった。

 

 曰く、シリアルキラー。

 

 けれど、俺にとってはたった一人の家族であり、たった一人の肉親であり、たった一人の拠り所であった。

 あの日、アリスに出会うまでは。

 

 神出雲市の南端の町。その町にあるとある一軒家。

 それが俺が生前住んでいた家、篠月家。

 記憶の通りそのままに佇む一般的な家。その目の前で俺は立ち止まる、このチャイムを押して、俺は一体どんな顔で兄に会えばいいのだろうか?

 篠月有栖は十年前に死んだと言うのに、この世界に篠月有栖はもう存在していないと言うのに。

 今更どんな顔をして会えばいいのだろうか? そんな俺の戸惑いを嘲笑うかのように玄関の扉が開く。

 そうして玄関から出てきた中肉中背の黒髪の男…………篠月天満は俺を見て、ニィ、と笑う。

「そんなところに突っ立ってないで、入ればいいだろ?」

 そう俺に声をかけ、家の中へと入っていく。一瞬どうするか考えたが、ここで逃げてもどうにもならないと諦めて玄関へと足を進める。

 

「…………………………ただいま」

 

 呟くその言葉に、けれどどこか違和感を感じながら。

 

 

「随分と…………面白いことになってるな、お前も…………俺も」

 篠月家の玄関から伸びた廊下の真正面の居間、そこに篠月天満はいた。

 居間の適当な椅子に腰掛けると、目の前の机へコーヒーの注がれたマグカップが置かれる。

「…………兄貴、俺は…………」

 一体何を言おうとしたのか、自分でも良く分からない。けれど、何かを言いかけ、けれど何も言えないままに止める。

「構わないよ…………お前はお前の物語を始めた、それだけの話だ。だからこそ俺も俺の物語を()()紡ぎ始めた。今は偶然にも互いの物語が絡まっただけさ」

「…………なんだそりゃ」

 相変わらず何を言っているのか良く分からない、がそれがどこか懐かしい。

 それから天満…………兄が俺の左腕に巻かれたCOMPを見て笑う。

「スペルビア…………それにルクシリアか。随分と面白い仲魔を連れてるな。いや、俺の弟なら必然なのかもしれないが」

 独り言のように呟いたそれは、けれど看過できない言葉があった。

「仲魔って…………やっぱり兄貴は、サマナーなのか?」

 俺の問いに、けれど兄貴は笑うだけで何も答えない。

 と、その時。

 

 チリン、と音がして、トテトテとソイツが歩いてやってくる。

 

「…………やあお帰り、マオ」

 ニャーオ、と一匹の猫がやってき、俺を一瞥した後兄の下へと向かう。

 俺も覚えている、兄が昔どこからか拾ってきた猫、マオだ。

 兄がマオの頭を数度撫でる、とマオは一つ鳴いてどこかへ走りだす。

「やれやれ…………こっちが珍しいと言ってももう十年以上なのに、あいつは」

 独り呟き、やれやれ、と言った様子でそれを見ている兄。

 頬杖突いて、少しだけその光景を懐かしむ。

 ああそうだ…………俺も昔はここにいたのだ。そんなことを思いながら。

 けれど、それは結局、昔の話だ。今の俺には、俺だけの今があって、今の兄には、兄だけの今がある。

 楽しかった、嬉しかった、懐かしかった。

 けれど、だから、でも、そうして。

 

「兄貴…………頼みがあるんだが」

 

 縋ってばかりいられないのだ、いつまでも兄に背負ってもらってばかりいられないのだ。

 だから、そろそろ自分の足で立とう。

 こうして少し立ち止まって十分に休んだだろ?

 だから戻ろう…………俺の世界に。

 

 

 * * *

 

 

「世界を渡る方法はいくつかある」

 

 片手に持った持ったソレを弄びながら、兄はそう言う。

 

「その中で最も現実的なものがアカラナ回廊だろうな…………有栖がこちらに来たのは確実にそれだろう」

 

 けれどそれは今使うことはできない、だとすれば…………。

 

「最も非現実的で、けれど最も簡単な方法がある」

 

 兄がそう言い、宙に投げたソレ…………台所から持ってきた包丁を手に納め…………その切っ先をこちらへ向ける。ただの包丁のはず、だがその刃先が僅かだが空間に刺さっている。

 

「理を崩し、空間を断ち切り、世界と世界を繋ぐ…………これができるのならいつでも、どこでも世界を移動できる。けれど普通は無理な方法だ」

 

 当たり前である。そんなことできるのなら神にすら相当する。だが目の前の現実は変わらない。押し込んだ包丁の切っ先がずぶずぶと空間へと深く嵌っていく。

 

「常人には無理だろうな…………けれど、俺には可能だ」

 

 何故?

 

「何故…………ねえ。それはお前の物語じゃない。それを知るのは俺の物語だ。だから、お前はお前の物語を再び始めるんだ」

 

 俺の…………物語。

 

「そう、お前の生きる道、歩いてきた軌跡。それらが連なって一つの物語を紡ぐ。それはお前の生きた証となる。それこそが人の生きる意味となる」

 

 よく分かんねえよ兄貴。

 

「そうか…………まあいいさ。精々頑張れ、俺に言えることがあるとするならそれだけだ」

 

 ああ、頑張るさ…………負けられない理由もあるし、負けたくない事情もあるからな。

 

「そうだな………………最後に少しだけ言っておくか」

 

 何を?

 

「人を救えるのは人だけだ…………神でもない、悪魔でもない。人だけが人を本当の意味で救うことができる。俺はそう信じている」

 

 …………昔もそんなこと言ってたな。

 

「ああ、俺はお前をそう育ててきた。救える人を救えるように、助けたい人を助けることができるように」

 

 …………ああ、そうだな、俺は兄貴に育てられてきた。

 

「だから、お前が救いたいと思える人を救え。そして同じだけお前も救ってもらえ…………それが人間のあり方と言うものだ」

 

 …………覚えておく。

 

「ああ…………それと…………いや、これ以上は無粋か」

 

 …………そう、か。

 

「そうだな…………」

 

 兄貴…………。

 

「有栖…………」

 

 じゃあな。

 

「またな」

 

 

 一閃。

 振り抜かれた刃。

 虚空が割れる。

 これが最後だ。俺は兄の顔を見て、それから互いに笑い合う。

 正直、一体兄は何者なのか、とかその他にもいろいろと聞きたいことがあるのだが。

 

 それは、俺の物語では無いらしいので。

 

 なんとなく理解する。

 

「アリス」

 

 俺の物語はきっと。

 

「有栖」

 

 こいつと一緒に行く道を指すのだろう。

 

「「ただいま」」

 

 そうして、俺は、元の世界への帰還を果たした。

 



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有栖と現世

いよいよジョーカーさんの出番が。


 

* 五月二十六日日曜日 *

 

 

 二つに分かれたいたものがひっついたような…………ぶれていたものが重なったような。

 どこかふわふわとした不思議な感覚を覚えつつ、目を開く。

 暗い。目を開いて最初の感想はソレだった。

「そういや、あっちの世界に行く前は夜だったな」

 それがあっちの世界にたどり着いた時には朝になっていた。まあ時間の流れなど今さら気にすることではないだろう、アラカナ回廊は、時間と空間を超越するらしいので、きっとそう言うこともあるのだろう。

 ここはどこか? そう考え、すぐに吉原市であることに気づく。見覚えのある景色、学校の近くだ。

「わけが分からんな、どういう基準で入り口と出口が設定されてるのか」

 そもそも何の変哲も無いただの包丁で空間切り裂いて、世界間を跳ぶ、などとそれ自体が最早俺の理解を超えているのだが。

 まあ取り合えず…………。

「帰るか」

 ここにいる意味も無し、やることも無い。

 

 特に何事も無く自宅に戻ってくる。

「はあ…………なんか時間にするとそんなに経ってないはずなのに、まるでまる一日以上家を開けてきたような感覚がするな」

 前世の自身の家に戻っていたと言うのに、けれどこちらに戻ってきてほっとしている自分がいることに気づく。

 なるほど、もう俺は完全にこちらの世界の住人なのだろう。兄はああ言った性格だったせいか、別に前の世界に未練を残しているわけでも無いが、それでもなんとなく寂しく感じる。

 だが今はもうこの家こそが俺の居場所なのだ。十五年、ここで過ごしてきた。五年前、アリスに出会うまで両親と共に過ごしてきた。

「親…………ねえ」

 俺の前世に親はいなかった、いたのは兄が一人だけ。それを俺は当たり前だと思っていた、両親のいる生活、と言うものをそもそも知らなかった、いないことが前提だったのだから、そのことに不満を持ったことは無い。

 だからこそ、今生において自身を子だと言って愛してくれた両親に違和感は無かった。そして、だからこそ、両親との思い出の残るこの家を自身の居場所だと受け入れるのも、また容易だった。

「…………親…………親、かあ」

 あの時、俺は確かにこの家を出た。両親の仇を取るために、

 襲来を予想していた魔人。きっと両親の仇であるヤツであろう、そんな予感があった。

 だから、待っていた。万全を期して、あの瞬間を。

 そうして、その結果を出すよりも前に、俺は異世界へと落ちた。

「…………結局俺は、倒したのか? 倒せなかったのか?」

 分からない、分からない。

 確かめる必要がある。あの日、そしてあの時、やつと出合った場所。

「後で行ってみるか」

 そう考え、ふと目をやった先、玄関のポスト。そこに入れられたものに気づく。

 ポストに入りきらず、蓋を押し上げて飛び出しているソレ。

 首を傾げ、ポストから出す。長い、二十センチほどの四角形の細長い棒のようなソレ。暗くてよく分からないが、なんだかカラフルな色合いをしているように見える。

「…………なんだこれ?」

 見たことも無い不思議な物体。何故こんなものが自宅のポストに入っているのか。悪戯の可能性を一瞬考えたが、すぐに違う、と思った。

 理由を言うならば直感だ。ただの勘である。だがデビルバスターの勘だ、案外バカにできないものがある。

 その勘が告げている。これは何か重要なものである、と。

 ただ怪しくもある、誰がどんな意図を持ってこれを自身の家のポストに入れたのか。

 どうするかな、そう考え。

 

 瞬間、ぶん、と携帯が震えた。

 

 思考を遮るそのタイミングに目をぱちくり、とさせながら携帯を開く。

 メール着信1件、と出ていたのですぐに開いて…………。

「…………なんだこれ?」

 そこに書かれていたのは一文。

 

 “絶対に失くすな!!”

 

 まるで俺の思考を読み取ったかのような、余りのタイミングの良さにさすがに怪しむ。

 そうして発信者の欄に目をやり…………見開く。

「どういうことだ…………」

 発信者の欄に書かれているその名は…………紛れも無く、自分自身のものだった。当たり前だが俺はこんなメール出した覚えが無い。発信時間は…………五月十三日月曜日。

 俺が魔人と戦ったのが五月十一日土曜日。つまりこれは二日後の未来から届いた、と言うことになる。

「いやいや、ねえよ…………バグったか?」

 そんな馬鹿なことあるはず無いと一蹴し、携帯を仕舞う。

 

 もしも、この時、携帯で現在の時刻と共に日付を見ていれば…………直後の悲劇は回避でき…………は無理でも、予想くらいはできていたかもしれない。

 だが最早そんなことは後から言っても仕方ないことであり。

 

 俺は日付を見なかった、それだけは事実である。

 

「………………取り合えず持っておくか」

 余りにも怪しいが、それでも何となく必要になる気がする。

 ポケット…………に入れるには少し大きい。後で鞄か何かに入れておこう、心の中でそう呟き、玄関の鍵を開く。

 カチン、と何事も無く鍵が開き、ドアノブに手をかけ…………止まる。

 

 どくん

 

 心臓が跳ねる。

 背筋が凍る。

 何か、何か嫌な気配がする。

 

 コノトビラヲアケテハナラナイ

 

 それは予感だ。直感でも良い。

 

 この扉を開ければ…………恐ろしいものが待っている。

 

 手を震える。ドアノブを握る手にも力が篭る。

 

 ゆっくり、ゆっくりとドアノブを回し…………。

 

 カチャ…………開く。

 

 真正面に見えたのは暗い廊下。

 

 そして…………奇妙な違和感。

 

 それは、臭いだ。

 

 人を不快にさせるような臭い。

 

 顔を顰め、玄関を潜る。靴を脱ぎ、歩を進める。

 

 そして。

 

「あ…………ああ…………う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 深夜の家に、絶叫が響き渡った。

 

 

 

 鼻の奥をツンと刺す臭いに、眩暈がする。

 俺は勘違いしていた。そう、何故今まで気づかなかったのだろうレベルの勘違い。

 時間と空間を超越するアカラナ回廊。

 そんなものを通って、どうして元の時間帯に戻ったと思ったのだろう?

 携帯の時刻を見る。そこにはこう書かれていた。

 

 五月二十六日日曜日 午後十時二十六分

 

 自身が魔人との戦いに赴いた日が五月十一日土曜日。

 つまり、俺が異世界に行っている間に、こっちの世界では十五日の時間が過ぎていたらしい。

 俺は当初、仇である魔人を討ち滅ぼしたらさっさと帰るつもりだった。つまり、一日以内に戻ってくるつもりで家を出たのだ。

 つまり遠出のための準備を何もせずにそのまま家を出た。

 

 そして不測の事態により十五日、そのままの時間が流れた。

 

 現在は五月中旬。初夏の季節である。

 

 結果。言わずもがなである。

 

 分からない? 俺も言いたくない。

 

 初夏の気温。十五日放置された家。開かれた扉から漏れる異臭。後は察して欲しい。

 

「い、いっそ…………ランタンに全部燃やさせてしまいたい」

 

 吐き出しそうな気分の悪さ。頭痛すら覚える強烈な臭い。思わずそんな思考が出てしまうのも無理は無いだろう、と思う。

「こ、これ以上は…………明日でいいだろ」

 一通りの後始末、それから掃除をして家中の窓を開けて換気する。

 本来なら、まだ除菌やゴミ出しなどすべきなのだろうが、正直もう限界だった、主に精神的に。

 中から腐海の溢れ出すフライパンの処理などもう二度とゴメンである。

 唯一救いだったのは、虫の類が湧いていないことだろう。普段からアリスが無駄に魔力を発しているせいで、虫や動物などが本能的に警戒し近づかない我が家である。殺虫剤などここ最近使った覚えも無い。

 便利と言えば便利なのだが、定期的に魔力を還元しなければ、俺の部屋などアリスが長時間いる場所は異界化しかねないのが問題と言えば問題だ。と言っても、まあそんな短期間で異界化するほど俺はアリスに十分なMAGを与えてはいないのだが。

「…………今日はもう寝るか」

 魔人と出合った場所まで行こうかと思っていたが、正直今から出かけるのは面倒だった。

「和泉がいたら楽だったのになあ」

 だが和泉は先の騒乱絵札の王との戦いの数日後、この家を出て行ってしまっている。

 こんなことなら引き止めておけば良かった、と多少後悔しつつ暗い廊下を夜目を頼りに自室へと戻ろうとして…………直後。

 

「有栖!!!」

 

 アリスがCOMPから飛び出してくる。

 勝手に出てくるな、いつもならそう言うところだったが。

「一体何が起こってる?!」

 背筋が凍るような感覚。そして感じるのは、何か大きな力のうねり。

 巨大な…………魔力の奔流。

「まじんのけはい!!!」

 アリスの言葉に目を見開き、即座に外を確認する。

 月は…………ある。否、新月だった十一日からちょうど十五日。寧ろ月は満ちている。

「どうなってやがる…………満月の日に魔人だと?」

 魔人は新月の日に現れるものである。魔人とはそう言う悪魔なのだ。かつての海辺の街で出会った魔人はサマナーの仲魔だったからこそ、新月の日以外にも現れていたのだ。

 だとするなら、今この瞬間に現れた魔人は、誰かの仲魔?

「またあのヒトキリとか言う悪魔じゃないだろうな…………」

 だが、そんな俺の呟きを、アリスが否定する。

「ちがう、このかんじ、あのときの!」

 あの時、その言葉に眉を潜めて…………。

 

「ジョーカーのけはい!」

 

 その言葉に、目を見開き…………。

 

 そして、直後――――――――――――

 

 

 * * *

 

 

「さあ、始めよう!!! 戦争だ!」

 月の見下ろす、街の外の平野で。

 男とも女とも分からないソレが自身の身に着ける赤い衣装と黒いマントをはためかせ、叫ぶ。

「夜が来た! 月の満ちたる我らが夜が! さあ、者共叫べ、鬨の声を上げよ!」

 その叫びに呼応するように、地獄の底から聞こえるような叫び声がソレを囲むように次々と上がる。

「「「「「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」」」」」

 その声に、その叫びに、口元を吊り上げながら、ソレが続ける。

「我らが敵よ、我らがやってきたぞ、汝らの“敵対者”が貴様らを滅ぼすためにやってきたぞ!!!」

 増える、増える、増える、増え続ける。

 ソレを囲む気配が増えて、増えて、増え続け、やがてそれは百を越し、二百を越し、三百を越す。

「いざ武器を取れ、竜の騎士たち! 竜の子たる我が命ずる!」

 四百を越し、五百すら超え、六百を超える。それでもまだその数は増え続ける。

「我らが敵を討ち滅ぼせ!!!」

 七百を越え、八百を超え、九百を超える人の群れが一斉に声を上げる。

「全軍…………突撃!!!」

 最終的に、千人の群れとなったソレらが一斉に叫びを上げ、走り出す。

「さあ…………出て来い、月の血」

 ソレが呟き、空を見上げれば、そこには紅い月が地上を見下ろしていた。

 

 

 * * *

 

 

 月が…………紅い。

 まるで血を塗りたくったような紅い月。

 一瞬で暗く染まりきった街。

「なんだこれ…………なんだよ、これ」

 呟きは、けれど答えも無く虚空へ消える。

 いや、分かってはいる。ただ信じがたいだけで。

 異界だ。

 恐らくあの魔人…………ジョーカーの生み出した異界。

 だがまさか、と言いたい。

 

 まさか、ほんの一瞬でこの街を飲み込むほどの異界が形成されるなど誰が予想できる?

 

「何か仕掛けてやがったな…………くそっ、十五日間の弊害がここで出たか」

 俺のいなかった空白の十五日。その間に起こった異変を俺は知らない。今さら知っても遅すぎる。

 十五日前のあの日、やつは確かに俺の目の前に現れた。つまり、あの日以降この街で動いていたのだ。

 悪魔単独でここまで大規模な異界が形成できるものだろうか? 否、無理だ。少なくとも、即席でこんな大規模な異界は作れない。そもそもサマナーの仲魔となった悪魔はMAGをサマナーから供給される故に、異界を作るほどの力は…………いや、待て?

 本当にこの異界を作った魔人は仲魔なのか?

 だが魔人が新月以外に現れる理由など他にあるのか?

 ふと浮かぶ思考の矛盾。そして感じるのは違和感。

 ボタンを掛け違えたかのような、小さな違和感を感じる。

 だが考えてもすぐに答えは出ない。頭を振り、すぐに思考を切り替える。

 今はそこはどうでもいい、現実に差し迫った問題をどう対処するか、だ。

「まずはキョウジに連絡でもするか」

 真っ先に思いついたのはそれだった。敵がどこにいるのか、どのくらいの規模なのか、いくらかでも情報を聞かなければどうにもならない。

 そうして携帯を手に取り、画面に表示された圏外の文字に顔を顰める。

「分かってはいたがやっぱり圏外か」

 異界と言うのは一種の隔離空間だ。ズレた世界、と言い表しても良い。やはりと言うべきか、電波が届かないらしい。COMPとしての機能に不備は無いので、問題無いと言えば問題ない。

 固定電話なら、とも思ったが、街中の電気が落ちている。恐らく電力供給が途切れているからだろう。

 だからこそ、目立つ。空に浮かぶ紅い月が。

「くそ…………とにかく動くしかねえか」

 一つだけ、幸いと言えるのは、周囲に人の気配が無いことだ。

 住宅街のこの周辺に人の気配が無いなど普通あり得ない。だとするなら、異界化を起こした際にある程度選別されていると考えるべきだろう。少なくとも、一般人が紛れ込んでいる、と言うことは無さそうだ。

 だがそれは目に見える範囲での話だ。もしかすればここ以外の場所で巻き込まれた一般人がいるかもしれない。

 携帯が使えない、電気が通っていない。言葉にすればそれだけのことだが、今の日本の生活を考えればそれは致命的だった。

 情報伝達が滞る。移動手段も非常に限定されるし、何よりも光源が空の月しかないと言うのが最大の問題だ。

 どうする? 思考する。この状況で判断を間違えるわけにはいかない。

 

 まず問題点を上げよう。

 

 一つ、敵の存在。

 恐らく敵はジョーカーを名乗る魔人。

 レベルは不明だが、あの時の戦闘を見る限りでは相当に高レベルだ。

 けれどあの時振るわれた力など、ほんの一変に過ぎないのだろう。奥の手など、いくつでも隠し持っているものだ。あの時見た戦力が全てだとは思えない。俺よりも強い、と言う前提で考えたほうがいいだろう。

 けれど、最終的にはどうにかしてこいつを倒すか、追い返す必要がある。

 

 一つ、異界。

 街一つ丸々異界にすると言う離れ業。

 恐らく何か仕掛けがあるのは間違いない。

 核となっている悪魔は恐らくジョーカーなので、ジョーカーを倒せば解除できるかもしれないが、そのジョーカーの詳しい戦力が不明な以上、安易に勝てると断定してはならないだろう。

 だからそれ以外にもこの異界を解除する方法を見つける必要がある。本当にジョーカーを倒しただけで異界化が解けるとは限らないし。

 と言っても、異界化が解除されてジョーカーたちが街に襲来するのも避けたい。異界化を解除するなら敵を無力化するか、街の外に誘いだすなどして、安全を確保してからだろう。

 

 一つ、一般人。

 この辺りにはいないのかもしれないが、だからと言って異界全域に一般人はいない、と考えるのは早計過ぎるだろう。もしいるのならば最優先で救助する必要がある。

 フリーサマナーと言っても大まかな所属はヤタガラスなのだ、一般人を助けるのは、ある種の義務のようなものである。

 

 一つ、味方。

 吉原市にはフリーのデビルバスターが大勢いる。恐らく、日本でも五指に入る程度には多い街だ。だとするなら、自分以外のデビルバスターはどうなったのだろうか? もしこれが自分一人を取り込んだなどと言われたらかなり絶望的なのだが…………わざわざ人を選別して取り込んだ程だ、その程度できるかもしれない、だが自身一人をわざわざ取り込むためにこんな大規模な異界を生み出す理由もあるわけも無し、恐らく他のデビルバスターもいるだろうと予想している。

 

 さて、大まかにわけるとこの四つが現状の問題点。

 この中で優先すべきは…………。

 

「味方を探すべきだな」

 この際、メシアでもガイアでも良い。あれが騒乱絵札なら共通の敵だ。そう言った意味では中立(ニュートラル)のヤタガラスは便利と言えば便利だ。

 まずは味方を探し、情報を手に入れる。それから異界に巻き込まれた一般人がいるのならそれを捜し、安全を確保。それが終わったら敵を探し、戦う。それで異界化が解除されるなら良し、解除されないなら改めて解除方法を探せば良い。

 

 方針は決まった。

 

 さて、ならばまずは…………。

 

「アリス、来い」

 

 SUMMON OK?

 

「てきー?」

「ああ、敵だ」

 

 目の前の敵を排除しよう。

 

 血走った眼球でこちらを見つめ、その痩躯をかたかたと振るわせる異形の人型が三体。

 

「邪魔だ…………そこをどけ」

 

 吐き捨て、そうして、構えた銃の引き金を引く。

 

 夜闇の空に、銃声が一発、響き渡った。

 

 



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有栖と竜の騎士

アリス……ちゃん……かわいい……よ……。


 

 

 * 五月十一日土曜日 *

 

 校庭と言うのは、とかく広い空間だ。

 薄暗い夜。月明りが照らす校庭で、ぽつりとアリスと二人佇んでいた。

「………………来ると思うか?」

 夜とは言え、五月半ばに差し掛かるこの時期、多少の暑さにじわりと汗ばみながら拳銃を片手に佇む。

 その静けさとは反対に、自身の心の内は暴れ狂っている。

 そんな自身の心の荒れようを誤魔化すように、隣に佇むアリスにそう尋ねる。

「…………うん、くるよ、ぜったい」

 そんな自身の心境を知ってか知らずか、アリスが能天気な声でそう呟く。

 ぐっ、と拳銃を持っていない左手で拳を握る。

 固く、固く握り締め、爪が食い込むほどに握り込む。

 自身のそんな様子を見て、アリスが嗤う。残忍で、残酷で、非道的な、悪魔の笑み。

「ふふ…………たのしいよるになりそうね、さまなー」

「………………ああ、そうだな。精々楽しい夜にしようか」

 そう、呟いた瞬間。

 

 ()()()()()()()

 

 赤い景色。轟く雷鳴。そこが何なのか、それを確認することすらせず。

「ぶちかませ、アリス!」

 ()()を認識した瞬間、意識もせずに、口から命令が出る。

「メギドラオン」

 破滅的な黒い光が、()()を包み込み、大爆発を起こす。

 けれど、()()の状態すら確認せず、次の命令を下す。

「アリス、溜めて、ぶちかませ。出て来い、ランタン、フロスト、ミズチ」

 

 SUMMON OK?

 

 電子音が響き、その場所に召喚されるのは、ジャックランタン、ジャックフロスト、そしてミズチの三体の仲魔。

「っぐぅぅ!!」

 COMPを使用している、とは言え、三体同時召喚、四体同時制御と言う荒業に苦痛が伴う。心臓を締め付けられるような痛みに、けれど歯を食いしばって耐える。

「全員…………いけ」

 端的な言葉、けれど全員が確かにパスを伝ってその意思を感じ取り、動く。

「マハマカカジャだホ!」

「マハマカカジャだホー!」

「マハガルダイン!」

 ジャックランタンとジャックフロストが魔力を高める補助魔法を全員に掛け、ミズチが暴風を巻き起こす。

 何の抵抗も無く、それらの攻撃が()()へと直撃し、けれどまだ攻撃の手は止まない。

 寧ろここからが本番と言っても良い。

 コンセントレイト、極限の集中による魔法威力の大幅な上昇をさせる補助魔法だ。自身の指示により、アリスが使ったコンセントレイトにより、次に行う魔法はおおよそ倍の威力となる。

 魔法威力上昇のマカカジャを二つ、さらにコンセントレイトによる魔法威力の倍加。

 そこから放たれるのは。

 

「メギドラオン」

 

 アリスの持つ最強の魔法。

 ジャアクフロストのメギドラダインにも匹敵しようかと言う威力の大魔法が大爆発を起こす。

 たった一発で()()()()()()()()()()が揺らぐほどの威力。

 手を止める。決まった、そう確信する一撃。

 

 けれども。

 

「テラーソード」

 爆煙の向こう側から、振り払われた一閃、飛来する斬撃。それを認識した瞬間。

「ぐっ」

 突き刺さる。斬撃が自身の体へと突き刺さり、その身を易々と切り裂く。

 吹き飛ばされる。転がる、立ち上がる。咄嗟に交差させた腕が切り裂かれ、濁々と血を流していた。

 見ればアリスも、ランタンも、フロストも耐え切っていた。唯一、まだレベルの低いミズチだけが大きなダメージを負ったらしく、ぐったりとしていた。

「ランタン」

「メディアラハンだホ!」

 全体回復魔法により、自身の損傷箇所が再生していく。ミズチも活力を取り戻し、再び動き始める。

 だが、そんな状況にも関わらず、自身の目はすでに仲魔を見ていなかった。

 ただ一点、斬撃の飛んできた方向だけを睨んでいた。

 

「手荒い歓迎じゃのぉー」

 

 赤い馬。黒い襤褸。十年前の姿そのままで。

 

「じゃが、見違えるように強くなったのぉ…………あの子供が」

 

 憎たらしい老人のようなその喋り方。人の癇に障るその声。

 

「あの時は逃げられたからのぉ…………また出会えるとは思わなんだ」

 

 心の底から溢れ出る感情…………即ち、殺意。

 

「世に聞こえし死の担い手たる四騎士が一人、鮮血の騎士レッドライダー…………今度こそ、お前の息の根を止めてやろうぞ!!」

 

 口元を歪める。覚えていてくれたとは、好都合だ。

 

「こっちの台詞だ…………この骨野郎、今回はこっちがテメエの息の根止めてやるよ!!」

 

 吐き捨て、銃の引き金を引いた。

 

 

 

 * 五月二十六日日曜日 *

 

 

 赤い夜。

 赤い月の下。

 全速力で走る。

 道中に出てくる痩躯の異形を撃ち抜きながら、走って、走って、走る。

 目指すは、吉原高校…………理由は簡単だ。

 緊急時のデビルバスターたちの集合場所だったりする、あの学校。

 正確には旧校舎のほうの異界が、だが。

 そう、普通のデビルバスターならきっと集まってくるだろう。

 問題は…………普通じゃないデビルバスターだ。

 例えば…………サマナーになって日の浅い悠希、とか。

 

「…………知らない、だろうな。学校のことなんて」

 

 願わくば悠希がこの異界に取り込まれていないように祈るばかりである。

 

 …………………………ん?

 

 今、何かおかしな…………違和感、そう違和感だ。

 何がおかしいのか、自分でも分からないが、何かおかしな…………。

 考える、が思考が空回る。

 こんな状況で考え事などできない、すぐにそう悟り、思考を破棄する。

 とにかく今は学校へと急ごう。

 そう決めた…………その時だ。

 

 パカッパカッと言う音。

 

 まるで時代劇で馬が走るような。

 

 と、同時に聞こえてきたのがカシャン、カシャンと言う金属が擦れるような音。

 

 聞こえた方向を向く。薄暗い異界の中、最初はそれが何なのか理解できなかった。

 だが徐々にそれが近づいてくるにつれ、その姿がはっきりと認識できるようになっていく。

「な…………に…………?」

 そして、それが何なのか、はっきりと認識した瞬間、口から声が漏れ出す。

 あまりにも場に似つかわしくない、否、時代に似つかわしくないソレを見れば、誰だってそう思うだろう。

 

 鎧甲冑の騎士。

 

 そんなもの、この現代に存在するはずが無いのに。

 けれど、否定しても現実は変わらない。そこには確かに甲冑を着込んだ重装備のまま馬に乗った騎士風の何かがいて、兜で隔された顔からは表情は伺うことはできないが、明らかにそれはこちらを敵視していた。

 ぱかり、ぱかり、と馬の走る音がこちらに近づいてきて。

 すれ違い様、俺が咄嗟に放った弾丸が騎士に着弾し弾かれるのと、騎士が持っていた長槍が伸ばされ身を捻って避けた俺の肩を掠めるのは同時だった。

 

「な、なんだ今の?!」

 

 ベリスと言う悪魔がいる。

 甲冑を着込み、馬に乗って槍を持ったまさに目の前の騎士と同じような姿の悪魔だが、けれど目の前のこれは違うと断言できる。

 悪魔特有の瘴気が無い。マグネタイトで形作られた体であることは確かだが、魔界の悪魔は存在しているだけで人を害する瘴気を振りまく。それが無い、と言うことはこれは悪魔ではない、と言うこと。

 だが、だとすればこれは何だと言うのだろうか?

 考えているうちに、自身を通り過ぎて言ったきびすを返し戻ってくる。

 槍を構え、馬を駆って突進。さすがにここで出し惜しみする理由も無い。

「来い、フロスト」

 

 SUMMON OK?

 

 俺と騎士の間に挟むようにして、ジャックフロストを召喚する。

「吹っ飛ばせ、フロスト」

「ヒーホー! まかせるホー!」

 フロストの拳に冷気が宿る。突進してくる騎士に向かい、フロストが拳を構えて…………。

「ブーメランフロステリオスだホー!」

 突き出した拳の先、十メートル以上が一瞬で凍りつく。突進していた騎士もまた、氷の彫像と化し、動きを止めていた。直後、パリィィィン、と氷が砕け散る。

「……………………」

 騎士は何も語らない、声すら漏らすことなく、けれど全身を震わせて…………瞬間、爆音を立て、その姿が弾ける。

「なっ…………くそ!」

 咄嗟に後退し、両腕を交差させて爆発の威力を軽減させる。

「…………な、なんだ今の」

 オンリョウなどの自爆攻撃に近いソレに目を見開く。

 爆発で舞い上がった土煙が晴れ、後に残ったのは抉れた地面だけ。

「……………………なんだったんだ今のは」

 軽い戦慄を覚えながら、心の内にある不安を潰すかのように拳銃を強く握る。

「さまなー」

 っと、その時突然、アリスがCOMPの中から出てくる。一体何事か、と尋ねればアリスが答える。

「さっきのひと、しんでたよ」

 端的なその言葉に、僅かに小首を傾げ、すぐに意味に気づく。

「さっきの騎士みたいなやつか。死んでた…………そうか、死霊か」

 死者の霊だ。マグネタイトで形作った生前の姿に悪魔の分霊の代わりに死者の魂を憑依させたゾンビ。

 一応アリスも出来なくもない。だがマグネタイトを消費し過ぎる、こんな効率の悪いこと普通はしない。まあ確かに人間である分、悪魔よりも消費するマグネタイトは遥かに少ないが…………。

「代わりに、弱い…………人間の魂を無理矢理呼び出した程度の存在じゃ、いいとこレベル20ってところだろ」

 つまり普通に戦えばまず負けることは無い。だが問題は、倒すと自爆することだ。ただでさえマグネタイトの塊なのだ、それを…………死んでる存在に対してこの言い方が正しいのかは知らないが、自身の命すら捧げて、全てを開放してくるのだ、厄介極まり無い。

「できるだけ遠くから倒すしかやりようは無いか…………」

 となると、魔法か銃撃かだが、銃撃は先ほどあの鎧に弾かれた。無効、もしくは耐性はあるようだ。

 だとすれば魔法しかもう選択肢は無い、のだが。

「あの程度の敵に魔法…………リソース削りにしかならないんだがな、もしかしてそれが目的か?」

 魔法は使うたびにマグネタイトを消費する、できれば温存しておきたい。

「さて…………どうすべきかな」

 そんなことを考えつつ、そろそろ進もうか、とそう思った…………その時だ。

 少し話は変わるが、虫などが時折持つ機能の一つで、自身の危機に際しフェロモンなどを発して、仲間を呼ぶことがある。

 蜂などがこの例に当てはまったりするのだが、まさかこんな死霊にまで似たような機能がついているとは思わなかった。

 どうやら死に際の自爆。あれは目印だったらしい…………敵がここにいるぞ、と言う。

 

 パカッ、パカッ、パカッ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ

 

 どこから現れたのか、右を見ても、左を見ても、360度、全方位を騎士が囲んでいた。

 一、二、三、四、五…………ざっと見ても百はくだらない数の騎士。

 つぅ、と頬を汗が一筋伝う。

 そんな俺の緊張とは他所に、騎士たちはけれど俺を囲んで動かない。

 下手に攻撃すれば自爆される俺は、どうしても攻撃を躊躇してしまう。

 そうして立ち止まっている俺の心境を知ってか知らずか、騎士の中から数名が一様に何かを取り出す。

 

 それはラッパだ。何故か黒く塗られたトランペットのようなそれを甲冑の兜の上から押し当て。

 

 パーーーーーーーーーーン、と音が鳴った。どうやってもそんな鳴らし方できるはずの無いラッパから、どうしてか甲高い音が鳴り響き、周囲に響く…………そして。

 

 パカッ、パカッ、パカッ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ

 

 後ろから、前からと新しい騎士たちがやってくる。

 

 それが仲間を呼ぶ行動なのだと気づいた時には、時すでに遅く。

 

 倍近くなった騎士たちがこちらに馬上槍を向けて構え、その後ろでまたラッパを吹く騎士の姿。

 

 パカッ、パカッ、パカッ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカラ

 

 増える、増える、増える。頬が引きつるのを自覚する。

 無理も無いだろう、だって目の前の騎士たちがどこからとも無く次々と増えていき…………。

 すでにその数は目算で五百以上と言ったところか。

 自爆が怖いだのどうの言っている場合ではない…………のだが、どうせならこのまま増えていってくれるほうが都合が良いのも確かで、けれどそれは失敗に伴うリスクの大幅な上昇も意味し、俺を悩ませる。

「…………………………行けるか? アリス」

「…………うふふ、いつでもおっけーだよ」

 けれど結局、俺は自身の相棒を信じることにする。

 増え続ける騎士たちを他所に、こちらはこちらで動かさせてもらう。

 前回の新月の時の魔人との戦いのためにMAGを溜めに溜めていたのが生きたな。

 だからこうして…………バカみたいな魔法、使えることだし。

「転ばぬ先の杖、なんてよく言ったもんだな…………アリス、()()

 俺の命令に、アリスが笑い、呟く。

 

「ねくろま!」

 

 途端、こちらに槍先を向けていた騎士たちのうちの数名がその槍先を仲間の騎士たちへと向ける。

 

 そして。

 

「やっちゃえ」

 

 連鎖するように、爆発が起こり、周囲一帯を爆煙が包み込んだ。

 

 



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有栖と怪物

フランといっしょにすりーぴんぐ、と言う動画を見た。


…………そろそろ結婚生活(仮)書こうかなあ(
でもぶっちゃけ、アリスちゃん、時々あんなことを有栖くんに(してたりしてなかったり


 ネクロマと言う魔法はかなり特殊だ。

 普遍的効果を持った悪魔合体などで継承可能なネクロマと言う魔法があれば。

 俺の仲魔のアリスのように、通常とは異なった効果を持つネクロマの魔法もある。

 だがどちらの魔法にも共通すること、それは死者を操る魔法である、と言うことだ…………正確には死者の隷属。

 やっていることは、ネクロマの応用である。

 前提として、雲霞のごとく押し寄せた騎士たちは、全て死霊である。

 その死霊たちをネクロマの魔法を媒介に操作する。つまり、そう言うことだ。

 それこそがネクロマの本来の効力であるのだと、知っている人間は少ない。

 この魔法は本来、悪魔だろうが人間だろうが、生命としてそこに存在しているものが死に憑かれた時、それを操ると言うものであり、仲魔の死体をゾンビとして操るのはその一面的な使い方に過ぎない。

 そうして操作を奪い取った騎士を仲間割れさせて倒す。そうすると勝手に自爆してくれる…………周囲の他の騎士を道連れにして。

 結果、連鎖的に爆発が起き、その場にいた騎士たちの大半が爆発四散し、消滅していった。

 二百か三百そこらいた騎士たちがほとんどいなくなったのだから、大成功…………と言いたいのだが。

「………………こいつは、やばいな」

 操った数は二十。数が数だけにこちらもある程度の頭数は必要だったのだ。

 一つだけ問題なことがある。

 

「さまなー、いしきがはっきりしててむずかしいよ」

 

 それはマグネイトの消費量だ。

 基本的にネクロマとは単体に使う魔法だ。数回に分け、それでも3,4体が精々だろう。

 それを20体も一度に操ったのだ、その消耗は押して知るべしである。

 

「何…………? げっ、ごっそり減ったな」

 

 一つだけ予想外だったことがある。

 それは、アリスも言ったとおり、騎士たちの意識が予想以上に強かったことだ。

 当たり前だが、物言わず思考も止まった死人と、思考をする死人とでは、後者のほうがマグネタイトの消費量が多い。思考を塗りつぶして、こちらの色に塗り替えるのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 抵抗の意思を残す相手をその意思ごと塗りつぶすのなら、余計に魔力が必要となる、イコールでマグネタイトの消費量の増える。

 

 COMPに表示されたMAGバッテリーの残量に顔をしかめる。

 一度で半数近く減ってしまった。自爆されるとマグネタイトの回収ができないから消費が想像以上に激しい。

「…………まだ、大丈夫か?」

 本気でやらなければまだ数戦の余裕はあるが、もし全力で戦わなければいけない相手ならば一戦が限界だろう。

 この異界内にはジョーカーがいるはずなのに。それはかなり不味いと言わざるを得ない。

 視線を上げる。眼に見える範囲内には敵の姿はない。

 全て仲間の自爆に巻き込まれたようだった。

 あれだけの数を倒したのだ。当面の間は安全だろう…………そう、思った時。

 

「見つけたぞ」

 

 聞こえたのは、押し殺したような低い声。

 どこから? そう考え、上からだと気づき、顔を上げる。

 

 そこに、立っていた…………白が、赤が、黒が。

 

 満月よりも白く、鮮血より紅く、闇よりも黒い。

 男とも女ともつかない、中世的な青白い相貌。

 この夜の闇に溶けて消えてしまいそうな漆黒のマントを羽織った腰まで届く真っ白な髪を携えたソイツ。

 その目は紅く爛々と怪しく輝いており、開いた口から尖った鋭い犬歯が見え隠れする。

 ソイツはそこにいた。この暗い暗い紅闇(あかやみ)の中にあって、けれどその姿ははっきりと捉えることができた。

 

「見つけたぞ…………月の血統」

 

 頬を吊り上げニタリと嗤うソイツ、狂乱絵札最後の怪物…………ジョーカーがそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

 和泉と言う少女はその日、偶然そこにいた。

 現在和泉と言う少女がこの街にいるのは、ガイアの命令だからだ。

 メシアに下った予言の少女…………聖女を探し出すこと。

 それが今の和泉の役目だ。

 ただそのためにこの街に来て早々にメシアと激突したり、狂乱絵札と戦ったりと、初日から騒動に巻き込まれ、その報告のために二週間ほどガイアの拠点へ戻っていたのだが、今日から再び役目のためにこの街へとやってきたのだ。

 そうして、二週間前は急遽だったことにより用意できなかった拠点も二週間の間に用意され、明日からいよいよ本格的に調査を始めよう…………と言うその日の晩。

 

 突然、拠点ごと異界に取り込まれた。

 

 あまりにも唐突な事態に、数秒思考が停止したが、すぐに我に返り、状況の把握に努めようとする。

 現在和泉が…………と言うより、ガイア教が用意した拠点は吉原市にあるとあるマンションだった。

 ガイアなんて因果な組織に所属している上に、その幹部格の和泉自身何かと狙われる身である、突然の自体とは言え動き出す用意はすでに整えてある。

 即座に部屋を飛び出し、近隣の様子を伺う。だが隣の部屋もその隣の部屋も…………マンション全体からは人の気配が感じられない。

 ほんの数分前まで確かに感じられていたはずなのにも関わらず…………だ。

 

 何かを基準に選別して異界に取り込まれた?

 

 だとすればその条件が分かれば、この異界の主のことも何か分かるかもしれない。

 基本的に単独任務、単独戦闘を旨とする和泉にとって重要なのは判断力だ。

 状況を把握し、現状を判断し、行動を決断すること。単独行動における最も重要なものを和泉は持っている。

 故に決して和泉の頭の回転は悪くない。だからこそ、空を見上げ、紅い月を見つけた瞬間、すぐさま気づいた。

 

 沸騰したかのように血が騒ぐ。

 

 体中の細胞と言う細胞がぞわぞわと奇妙な感覚を覚え。

 

 無性に喉が渇いた。

 

 それが何なのか…………すぐに気づいた。

 

 吸血衝動。

 

 飢え渇く。本能が満たされないその欲求不満に、理性が揺らされる。

 いけない、と考えてみてもどこか物足りない感覚が付きまとい、満たされたいと言う欲求が湧き上がる。

 全てあの月が原因だと考え、けれどどこか違和感。

 細胞が震える。埋め込まれた因子がざわめく。

 

 自身の体に埋め込まれた…………ヴァンパイアの因子が。

 

 共振、とでも例えれば良いのだろうか。

 まるで自身に近い存在が今どこかに居て、自分の体がその存在を感じ取っている。

 言葉にするならそんな感じである。

 一体これは何なのか、そんな疑問もけれど答えは出ない。

 

 ただ、行って見るしかない、と思った。

 

 この異界、そして自身の体の異常。二つはきっと繋がっていると直感する。

 

 両手に銃を握る。

 

 両方を一度構え…………そうして、またホルスターに戻す。

 

 さて、行こうかしら。

 

 心中で呟き。

 

 そうして、夜の街へと飛び出した。

 

 

 * * *

 

 

「メギドラ」

「マハラギオン」

 両者から撃ち出された魔法が宙で激突し、爆発を起こす。

 十数度にも及ぶ、魔法の撃ち合いに、自身たちも赤い騎士もさすがに疲れを見せ、互いに一度後退する。

「あの時の子供がここまで食いついてくるとはのお…………」

「いい加減死にやがれ…………魔人」

 互いに視線を逸らさず、次の布石を用意し…………。

 

「くく…………」

 

 微かに聞こえた笑い声に、ばっと振り向き、さらに二度、三度と地を蹴り大きく後退する。

 あの魔人すらもその予期せぬ乱入者に、僅かばかり動きを止めた。

 この異様な赤い世界にあって、その存在はあまりにも自然だった。

 白く、赤く、そして黒い。

 それを認識した直後。

 

「何を気配がすると思えば…………まさかこんなところに異界があるとはな」

 

 聞こえる声、それはその乱入者が呟いたもので。

 

「悪いがこの辺りにいられると困るのでな…………消えてもらうぞ」

 

 それが俺とジョーカーの最初の邂逅。

 

 そして。

 

「また出会ったな…………まさか貴様が月の血統だとはな。あの時は気づかなかったぞ」

 

 これが二度目の邂逅。

 

「あの時、軋み壊れた空間に飲まれていたが…………まさか戻ってくるとはな、結果的には好都合だ」

 

 同じように、ソイツは俺を見下ろしていて…………。

 

「では目的を遂げようか」

 

 けれどあの時とは違って。

 

「とりあえず…………死ね」

 

 その身に纏う魔力は、桁が違った。

 

 

 

「メギドラオン」

 呟くその声と共に、ジョーカーの左手に黒紫色の光が集う。

 それが撃ち出されるのと俺がその場からダッシュで逃げ出すのはほぼ同時だった。

 瞬間、暗い夜の空にさらに暗い黒紫の光が光った。直後に訪れる轟音、それがその攻撃の強大さを物語っているようであり、事実着弾した周囲一体が文字通り消し飛んだ。抉れた地面が巨大なクレーターとなっており、周囲にあった建物も全て吹き飛んだ。

 俺が助かったのは、放たれたと同時に走り出し、咄嗟に前転して飛距離を伸ばしたからであり、今の一撃の爆風で吹き飛ばされ、爆発自体には当たらなかったからである。それでも尚、十メートル以上吹き飛ばされ、そこからさらに数メートル地面を転がっていた。

「っ…………なんだ今の?! 爆撃か何かかよ!!」

 メギドラオンとは確かに万能系魔法でも…………否、全ての魔法の中でも最強クラスの威力を誇る魔法ではある。俺の仲魔も何体か使うことができるが、実際には一部の高位悪魔しか使うことのできない魔法である。

 だが、それでも、だ。それでも一魔法の範疇である。個人の使う魔法である。あんな爆撃のような威力は普通出ない。地形すら変えてしまうなど、あんなもの最早戦術的レベルでの威力だ。

 魔法の威力とは、究極的にはそれを使用する本人の魔力の高さによって変わる。

 俺のアリスでも、ジャアクフロストでもあそこまでの威力は出ない。となればそれ以上の魔力の持ち主、と言うことになる。いつか見た和泉の使ったメギドラオンをさらに凌ぐほどの威力。

「まさに化け物…………怪物(ジョーカー)だな」

 ジャアクフロストはレベル90の最強レベルの魔王だ。

 そのジャアクフロストよりも高い魔力の持ち主など、早々いない。

 まさに化け物である。

「ほう、生き残ったか…………まあこの程度で死なれても面白くないが」

 こちらに語りかけているとも独り言ともつかぬ言葉と共に、ジョーカーが地に降り立つ。

 手のひらを真っ直ぐに伸ばす、そこに生えた爪は長く鋭い。人間のものとはとても思えない造形。

「ブラッディサイクロン」

 ブォン、と体ごと回転させながら爪を振るう。彼我の距離は5m以上、当たるはずの無い攻撃、そのはずが。

「…………っ」

 全身に切り傷が出来、血があふれ出す。じわりと熱を帯びた全身に顔を顰め、けれどホルスターから銃を取り出し、照準もつけずに感覚だけで狙い撃つ。

 バン、バン、といくつも弾丸が撃ち出され、その内の数発がジョーカーの体を貫く。

「なにっ?」

 いとも容易く弾丸がその体を貫いたことに、逆に疑問を覚える。

 案外守りは弱いのか? そんな疑問は、けれど即座に払拭される。

「痛い、痛いなあ」

 一瞬、ジョーカーの体に魔力が渦巻き、気づけば貫かれたはずのジョーカーの体のどこに傷は無く、服に空いた弾痕だけが確かに弾丸を貫かれていたことを証明していた。

「再生能力? 厄介な…………」

 銃ではダメだ、あの程度の傷では即座に回復されてしまう。

 ならば斬撃? 俺の手持ちにそんな仲魔はいない。

 だとすれば…………。

 

「アリス、フロスト、ランタン」

 

 俺の傍にいたアリスとフロストを呼び、そしてジャックランタンを追加で召喚する。

 それだけで俺の仲魔たちは動き出す。

「メギドラオン」

 アリスが自身の持つ最大威力の魔法を放ち。

「マハブフダインだホー!」

 フロストが拳に纏わせた魔法を全力でぶつけ。

「マハラギダインだホ!」

 ランタンが最上級の火炎魔法を撃ち出す。

 それら全てがジョーカーを襲う。爆発が起こる。先ほどのジョーカーの一撃にも匹敵しようかと大爆発。地形を変えるほどの威力は無くとも、三種類もの強大な魔法を同時に放ったのだ、その威力や想像を絶するものがある。

 

 だが。

 

「痛いな、だがその程度だ」

 

 爆煙。その中から飛び出してくる影。

 俺はそれを目で追いきれなかった。黒い影、としか表現のしようが無いほどにそれは素早かった。

 気づけばフロストが目の前から消えていた。

 直後、背後から聞こえるガラガラガラガラガラ、と言う建物が崩落する音。鼓膜が破れるかと錯覚するほどの轟音に、咄嗟に耳を塞ぐ。

 酷い耳鳴りに顔を顰めながら振り返り、目を見開く。そこにあったのは瓦礫の山。最早何の建物だったのか分からないほどに崩れてしまっていた。

 暗い夜の闇と舞う砂煙のせいで見えはしないが、確かに感じていた、そこにフロストがいると。

 

 帰還(リターン)

 

 召喚(サモン)

 

 引き離された、その事実に気づいた瞬間、フロストを帰還させる。そして同時に召喚しようとし。

 

「遅いな、遅すぎる」

 

 目の前に現れたジョーカーの姿。咄嗟に銃を突きつけ、引き金を引こうとして…………。

 

「冥界破」

 

 その言葉が聞こえると共に感じたのは衝撃。全身をバラバラに引き裂かれるような、そんな衝撃に、俺は意識を失った。

 




敵を目の前に意識を失うなど、最早結末は決まったようなもの。

二十一話書き終わりました、現在の施行度90%。
あと5話くらいで四章終了予定なので、そろそろ毎日投稿する……かも?


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和泉と吸血鬼

隔日投稿と言いながら、先日は投稿出来ず、すみません。
実はここ三日四日風邪でダウンしてて、予約投稿の準備できてませんでした。
そして今日の9時に投稿しようと思ってたんですが、いきなり作業用のPCが「スタートアップの修復」がどうのこうのと言って、ウィンドウズの起動すら覚束ず、先ほどようやく起動ができました。

というわけで、本日よりまた更新を開始します。


 

 その場にたどり着いた時、自身が見たのは…………ぐったりと力なく倒れる有栖と。

 

 その有栖に手を伸ばす、怪物の姿だった。

 

「っ! どきなさい!」

 

 両手に構えた銃の引き金を引くと同時、銃口から弾丸を吐き出される。

 ダンダンダンダンダンダンダンダン、いくつもいくつも撃ち出された弾丸、だがその一発足りとて、目の前の怪物を仕留めるには至らない。

 と、同時に有栖が負けただろう理由が即座に理解できた。

 

 速過ぎる。

 

 音速を超えたその速度は、人間の目から見れば瞬間移動と何も変わらない。

 有栖は確かに強い、だが自分たちのような異能者でもなければ特別修行を積んだわけでもない典型的なサマナータイプの人間だ。

 思考するより早く動き、目に留まる前に攻撃され、気づけば打ち倒されている、目の前のような相手との相性は最悪中に最悪と言っていいだろう。

 だが、ただ速いだけなら有栖だって五年以上サマナーをやっている、このデビルバスターのごった返す街でも最高クラスのデビルサマナーだ、本当にただ速いだけならきっと何か対処方法を考えただろう。

 実際、自身だって音速、とまでは行かずとも、並の人間なら目の前から消える、程度錯覚させることは容易なほど高速で動くことはできる。

 速い、だが自身でも対処できるレベルの速さでしかない。それだけなら有栖だった負けなかった。

 だが、そこにただの一撃で地面のアスファルトに五メートル以上の亀裂を入れるほどの怪力と、銃弾に貫かれても即座に傷口が塞がるほどの再生能力を持ち合わせているとなれば話は別だ。

 ただ単純に強い、それは有栖のような、創意工夫で強さを埋めるタイプにとって、最もやりにくい相手なのだ。

 何せ、付け入る隙が無いのだから。

 何らかの仕掛けがあって強いのではない、ただ単純に自身の持ったものだけで強い。

 だからこそ、切欠が無い、自身の策謀に相手を嵌めるための切欠が。

 

 守らないと。

 

 倒れ付した有栖を見て、胸中に宿った思いはそれだった。

 ずっと昔も、つい最近ですら、彼は自身を助けてくれた。

 辛くて、泣きたくて、挫けそうで。けれど、まだ大丈夫だって、手を引っ張ってくれた。まだ立てるはずだと、起き上がらせてくれた。

 たくさん、たくさん感じてきた恩。その僅かでも返せる機会があるなら。

 自身の全てを賭けてでも返そうと、ずっと思っていたのだ。

 

 だから、守らないと。

 

 せめて彼が意識を取り戻すまで。

 そうして、彼が目の前の敵に勝つための道筋を見出すため。

 そのために、自身は喜んで捨て駒となろう。

 

 だから。

 

 起きろ。

 

「ペルソナ」

 

 ―――――――――サマエル

 

 紅い紅い、三対六枚の翼を持った蛇が、とぐろを巻いた。

 

 

 * * *

 

 

「月が…………紅い」

 上月詩織は空を見上げ呟いた。

 その瞬間は、まさしく一瞬にして、何の予兆も無く現れた。

 前触れも無しに突然消える家の照明。

 そうして暗くなって初めて気づく、窓の外の異常。

 紅い月。血が滴り染まったかのような、紅蓮と呼ぶにはあまりにも生々しいその色は、まさしく鮮血のような紅。

 人の名を呼ぶ。いつも家にいる祖父や、住み込みで働く家政婦の人たちの名。

 けれどその声に答えるものはいない。夜中でも大概誰か起きているはずのこの家なのに、けれど今は、誰の声も聞こえない。

 明らかな異常事態。けれど、それでもそれほど取り乱していないのは、これが二度目だからだろうか。

 

「……………………悪魔」

 

 呟いたソレが直感的に正解なのだと気づく。

 自身の幼馴染が深く関わっているソレ。

 自身の親友が巻き込まれたソレ。

 即ち、悪魔と言う存在がこの異常事態を引き起こしていると考えれば全て納得がいく。

 すぐに携帯を手に取る。餅は餅屋に。自身に手に余ると即座に判断し、有栖へと電話しようとする。

 それはきっと正しい判断だった。本来なら、常時ならば。

 けれど、繋がらない。空間ごと隔離されているのだ、電波など届くはずも無い。

 それでもすぐに部屋に置かれた固定電話を取り、電話をかけようとする。

 こちらなら届くはずだ、電気が通っていたなら。

 うん、ともすんとも言わない受話器を静かに置き、端整な顔を僅かに歪める。

 どこか困ったような表情。どこか逡巡するような表情。

 けれど、それもほんの一秒ほどのこと。

 

 一つ問題があったとすれば。

 

 それは、知らなかったことだろう。

 

 この世界が異界と呼ばれる、悪魔の跋扈する危険な場所であり。

 異界化と言うのはそう簡単に起こるものではなく、このように突然起こった場合、強大な悪魔が意図的に引き起こしたものであり。

 これほど大規模な異界化と言うのは早々起こるものではなく、これほどの規模の異界化を起こせる悪魔などどれほど強力なのか想像もつかないほどであると言うこと。

 そして、そんな異界の中で何の自衛手段も持たない少女一人と言う状況がどれほど危険であるかと言うこと。

 

 知らなかったのだ。

 

 だから、有栖の家へと向けて家を飛び出した。

 知らなかったのだ。

 上月の家には、詩織の祖父からの依頼で、有栖によって結界処置が施されていることを。

 だからこそ、外にいるよりは格段に安全なはずだった、そうだったのだ。

 知らなかったのだから仕方ない。なんて言葉で済むような問題ではない。

 

 その蛮行の代償はすぐに訪れる。

 ぱからっ、ぱからっ、と聞こえてくる何かの音。

 まるで時代劇で聞いた馬の走る音のようで。

 同時に聞こえてくるのは、がしゃん、がしゃんと言う金属音。

「…………あ…………ぁ…………」

 音が聞こえていた方向を向き…………絶句する。

 そこにいたのは騎士甲冑を着込んだ鎧の騎士。

 馬上槍を構え、今にもこちらに飛び出してきそうな様子で。

 逃げないと、そう思うのに、脚が竦む。

 当然だ、上月詩織はただの女学生だ。

 有栖のような生きるために戦い続けてきた存在でもなければ、悠希のように戦い抜くための覚悟を決めたものでもない。

 ただ異常に巻き込まれたことのあるだけの、ただの女学生だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「やだ…………来ないで…………」

 

 呟く詩織の声に、けれど騎士が耳を傾けない。鎧兜に覆われその表情を伺うことは出来ないが、それでもその騎士からは死の気配だけが伝わってきた。

 死ぬ、このままでは。

 それは絶対であり、確実である。

 そう、()()()()()()

 

 カーン、と空っぽの金属バケツを叩いたような音。

 

 騎士の甲冑に当たり、地面に転がり落ちたそれは…………一発の銃弾。

 

 SUMMON OK?

 

「鬼神薙ぎィィィ」

 

 銃弾に一瞬動きを止めた騎士へ向けて振りぬかれた刃が騎士を真っ二つに断ち切る。

 ほんの一瞬の出来ごと。

 詩織が目を見開く。だってそうではないか。そこにいたのは、良く知る人物だった。

「っぶねえ! 間に合ったか、間に合ったよな?」

 なんで、どうして? その事実を知らなかった詩織の口から、そんな言葉が漏れる。

 どこかバツが悪そうに頭をかきながら目を反らすその姿は。

 

 紛れも無く、自身の親友(カドクラユウキ)だった。

 

 

 * * *

 

 

「面倒ね」

「私は忠告する。けれど、このままにしては置けないと」

 分かっている、と葛葉朔良は答え、隣の少女、葛葉ナトリへと視線をやる。

 葛葉の名を冠しながら、日本人にはあり得ないその容姿に、朔良自身思うことが無いわけでもないが、キョウジの名を受け継ぐものなのだから、そんなものか、と言う思いもある。

 兎角今重要なのは、この少女が強いと言うことだ。

 突然生み出された異界。だが朔良もナトリもそれに取り込まれることは無かった。

 完全に虚を突かれていた、防ぐ術など無かった。

 それでも、この異界は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 場所は吉原高校の屋上。夜の空には、暗い闇と星の光、くっきりとした満月が映し出されている。

 そこに立つのは二人の少女。葛葉朔良と葛葉ナトリ。

 二人がそこにいたのは、簡単な理由である。

 偶々今日、この二人がこの学校の守の番だった、と言うだけだ。

 

 吉原高校の裏には、異界がある。

 それもただの異界ではない。龍脈と龍脈の交差する点、霊穴の上に存在し、霊穴と龍脈の流れを操る異界である。当然そんなもの野放しにはできない。

 だからこそ、ヤタガラスが異界の主を交渉し、管理してもらっているのだ。そしてその異界が正常のまま保たれるように、守役として葛葉から何人かこの地に送られてくる。葛葉朔良はその一人であり、この学園を守ることこそが、今の自身の役目だった。

 葛葉ナトリに関しては、次代葛葉キョウジと言う立場であり、本来なら守役をこなすような立場ではないのだが、現葛葉キョウジから出向のような扱いで貸し出されている状態であり、今日この日この場所にいたのは本当に偶然であった。

 

 否、本当に偶然だろうか?

 少なくとも、今日この日、何か起こることを、葛葉キョウジは予見していた。

 そしてその義娘たるナトリをここに置いた意味を考えれば…………。

 

 最も、起こったことを考えれば、この街にいる限り、どこにいようと巻き込まれただろうが。

 

「この件に関しての葛葉キョウジの意見は?」

 朔良のそんな問いに対し、意図を察したナトリが「介入」とぽつりと答えた。

「そう、ならやることは決まったわね」

 つまらなそうな表情で、朔良が吐き捨て…………幾枚かの符を取り出す。

「一応聞くけれど、あなたは行けるの?」

 何を、と言う言葉の無い朔良の質問に対し、ナトリが数瞬考え。

「私は答える…………力ずくでいいのなら、と」

 却下、と即座に朔良がナトリの答えを切り捨てる。

「異界を無理矢理破壊なんてすれば、どれだけ影響が出るか分からないわ…………これだけ大規模な異界よ。最悪の場合、内部に溜まったMAGが暴発して、街ごとドカン、なんて目も当てられないわ」

 そんなこと許せるはずも無かった。ライドウは守護者だ。それを候補とは言え、目指す身なのだ。

 その辺りが掃除屋たるキョウジとの方向性の違いである。

 

 最も、今代のキョウジをただの掃除屋などと思っている葛葉は恐らく存在しないだろうが。

 

 まあそれは今は置いておこう。問題は目の前の異界である。

 とにかく巨大で、とにかく膨大で、とにかく絶大だ。

 こんなバカげた異界を作ろうとすれば、一体どれほどの準備期間が必要になるというのか。

「……………………まさか、とは思うけれど」

 ()()()()()()()()()()()()()は今回のことに繋がっていたと言うのだろうか?

「…………………………………………」

 全てはこの異界の中に答えがあるはずだ。だが、まともに入ろうとするのは無理だろう。力ずくで破れば大惨事だし、一部だけ破っても何重にも隔離された空間の壁を越えて向こう側までたどり着けるとは思わない。最悪、時空の狭間に取り残されることすらあるかもしれない。

 だから、方法としてはすり抜けるしかない。

 言うのは簡単だが、実際には難しい。だがその程度何だと言うのだ。

 忘れてもらっては困る。

 

 葛葉ライドウとは元々、葛葉最高の術士の称号である。

 

 ライドウを目指すこの身ならば、(まじない)の一つや二つ操って見せよう。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 口から出た言葉の体を為してない、()の羅列に呼応するかのように、手の中の符が光りだす。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 光る符を、屋上から投げ捨てるように、虚空へ向かって投擲する。

 

 瞬間、ふわりふわりと落ちかけていた符が何かに引っ張られるように一点目掛けて飛来する。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 最後の仕上げ、とばかりに口調を強め、けれど言葉にはならない音の羅列をその口より紡ぎ、朔良が右手を翳す。

 

 瞬間。

 

 パチン、と音が弾けた。

 

 ふわっ、と一瞬感じた浮遊感。と同時に下へ下へと落ちていくような感覚。そして体中から感覚が抜けていくような、そんな気持ちの悪さ。暗転する視界。

 

 けれど、それも数秒で終わり。

 

 すとん、と体の感覚が戻ってくる。暗転した視界が開け、景色が戻ってくる。

 

「……………………悪趣味ね」

「私は思う。中々趣味が良いと」

 

 空を見上げ、真反対の意見を述べる。

 そこにあったのは。

 

 血が滴り染まったかのような、赤い紅い月だった。

 

 

 * * *

 

 

 もくもくとタバコの煙が沸きあがり、空へと消えていく。

 口を開けば口の中いっぱいに溜まっていた白煙が噴出し、夜の闇に溶けて消える。

「……………………来たか」

 人も閑散とした、都市郊外も近いビル群。二週間ほど前に倒壊したばかりのビルのあった場所。

 今となっては瓦礫が積みあがるだけのその場所に、男、葛葉キョウジはいた。

 辺りには今までにキョウジが吸ってきただろうタバコの吸殻が散乱しており、その様子を見るに、かなりの時間ここにいたのは間違いないらしく、ソレに対し、ようやく、と言った感じで安堵した様子を見せ、胸ポケットに入ったタバコの箱から最後の一本を取り出し、ライターで火をつける。

 内容物の無くなったタバコの箱をくしゃりと握り潰し、投げ捨てると同時に呟く。

「随分遅かったな…………(キング)

 そこにいたのは、一人の男であった。青年と言うにはあまりにも老成しすぎていて、けれど老人と呼ぶには、あまりにも若い。

 

 それは王であった。騒乱絵札の王。けれど違う、その身から滲み出るのは、そんな役割など関係の無い、本物の王の風格。

 

 傍らに巨大な本を抱えており、その表情は以前のものとは違う、とても鋭い目つきであった。

「どうしたお前らしくも無い…………随分と余裕がねえな」

 キョウジの言葉に、けれど王は答えない。そんな王に、さすがにキョウジも多少いぶかしむ。

 数秒沈黙が続き、けれどやはりやることは変わらないか、とキョウジが結論を出した時、王が口を開く。

「最早一刻の猶予も無い」

 何の、と言う言葉は無い。

「お前との決着…………急がせてもらおうか、葛葉キョウジ。貴様は、ここで殺す、来るべき終末、そこに貴様に居座られても困るのでな」

 王からの重圧(プレッシャー)が増す。来る気だった。()る気だった。()る気だった。

「それは俺とて望むところだ…………この街に貴様のような(やから)に居座られるのはこちらとしても困るのでな。ここで死んでいってもらおうか」

 だがキョウジとて、それは望むところだ。ここで殺す、そう決めて今ここにいる。

 

 例え…………その後、自身がどうなろうとも。

 

 だが構わない。

 

 それが自身と王との最大の違いだ。

 

 全て己一人で推し進める王と。

 

 自身の代わりのいる…………後を任せる器のあるキョウジ。

 

 だから、この結末はきっと。

 

 最初から、決まっていたのだ。

 

 

 



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悠希と詩織

 

 

「悠希………………?」

 そう、その姿は確かに自身の親友たる少年であった。

 けれど信じられなかったのは、その少年が従えている存在があったからだ。

 門倉悠希は一般人のはずだった。そう、少なくとも二週間と少し前までは確かに一般人のはずだったのだ。

 詩織と同じ、旅行先で悪魔絡みの事件に巻き込まれただけの、それだけのはずだったのだ。

 自身の従える存在を詩織が見て取ったのに気づき、頬をかくその姿は、けれどいつも通りの彼であり。

「……………………悠希?」

 結局、彼の名前を呟くことしかできず、彼もまた、何か言いかけようと自身の名を呼び。

「あー…………詩織、えっとだな…………」

 けれど、何を言っていいのか、何と言えばいいのか分からず、口をつぐんだ。

 詩織にとって悠希とは、有栖と同じ大切な大切な親友であり、有栖よりも前に仲良くなった幼馴染でもあり、先の事件で共に巻き込まれた一般人であるはずだった。

 だからこそ、理解できなかった。彼が何故、悪魔を従えているのか。

 それは知らないからである、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 否、知らされなかったのだ。

 

 これ以上自分の親友たちが深みにはまっていくのを見たくなかった有栖が。知らせることをしなかった。

 だからこその驚きであり、それは有栖の配慮であるし、短慮なのかもしれない。

 だがそれは無理も無いだろう、そもこんな状況になるとは、有栖自身思いもしなかったのだから。

 そしてこんな状況にでもならなければ、悠希が召喚師になったと言う事実は永劫表にでなかったかもしれない。

 かもしれないだけで、けれどきっといつかはこうなっていただろう。

 

 結局、そう言う運命でしかないのだから。

 

 カツン、と。足音が聞こえた。

 詩織はびくり、と驚き足音のほうへと振り向く。

 悠希は即座に銃を構え、いつでもジコクテンを動かせるように、身構える。

 

 暗い闇の中からやがて、目視できる程度まで近づいてきたその人物を見て、二人が眉根を潜める。

 

「やあ、こんな良い夜に出会うなんて、なんて運命的だろうね」

 

 聞こえた声に、それでようやく確信を持つ。

 知っている相手だ。それほど詳しく知っているわけでは無いが、少なくとも何度かは出会っている相手だ。

 以前と変わらない、キザったらしい口調でソイツはこちらにやってくる。

 一歩、また一歩とこちらへと近づいてきて。

 互いの距離が数メートル、と言ったところで足を止めた。

 

「こんばんわ、詩織さん」

 

 ソイツ…………クラスメートだったはずの男子生徒、西野がいて。

 

「いや、それともこう言ったほうが良いかい? …………聖女様」

 

 そう言った。

 

 

 * * *

 

 

「こうして対峙するのはこれで三度目か」

 一度目は引き分けた。

「そうだな…………もう二回もお前を逃したのか」

 二度目は流れた。

「逃した? 勘違いするな、俺がお前たちを見逃したんだ」

 そうして、三度目は…………。

「ほざけ、今度は逃がさん、ここで死んでいけ」

「寝ぼけるな、貴様こそここで死んでいけ」

 今度は…………。

 

 死闘である。

 

「アンズー、カーリー、クラマテング」

「ウリエル、スルト、モト」

 

 SUMMON OK?

 

 召喚主の呼び声に答え、召喚されるのは三対の悪魔。

 

 一体はアンズー。バビロニア神話に登場する守護獣で、ライオンの頭を持った鷲の姿をした魔獣にして聖獣。

 一体はカーリー。インド神話に登場する女神で、破壊神『シヴァ』の神妃でもある地母神。

 一体はクラマテング。日本の英雄伝の中に登場する大天狗で、かの源義経に剣術を授けたとされる幻魔。

 

 三体はキョウジを守るかのようにその傍に立ち、キョウジを囲む。

 

 一体はウリエル。聖書に登場する熾天使で、その名は神の火、神の光を意味する大天使。

 一体はスルト。北欧神話に登場する巨人で、黒の名を冠するムスペルたちの魔王。

 一体はモト。ウガリット神話に登場する神で、死の名を持つ冥界そのものである死神。

 

 三体が王の眼前に立ち、後はもう命令を待つだけだと、言わんばかりに王を振り返る。

 

 キョウジが苦笑する。王が苦笑する。

 

 そうして、その命は同時に発せられた。

 

「「殺せ」」

 

 瞬間、互いが動き出し。

 

 結界が大きく揺れた。

 

 

 * * *

 

 

 一体こいつは何を言っているのだろうか?

「聖…………女…………?」

 詩織も同じ感想を抱いたのか、不思議そうに首を傾げる。

「ああ…………知らないのも無理は無い。今のキミは()()一般人だったね」

 ニィ、と口元を吊り上げ、西野が言葉を続ける。

「だが、知らないならそれで何も問題は無い。メシアの予言の聖女様、僕と共に来てもらいましょうか」

 一歩、西野が足を進める。

 

 良く分からない、だが危険だ、そう感じた。

 

 そもそも、だ。こんな場所にいる時点で…………異界なんぞにいる時点で、まともであるはずがない。

 

 だから、それは当然の選択だった。

 

()()()()

 

 自身の発した言葉と共に、ジコクテンが自身の前へと歩み出し、その刃を西野へ向ける。

 自分へ向けられたその刃に、その時になって初めて西野がこちらへ()()()()()()

 

 ぞくり、と背筋が凍った。

 

 それは強いて言うなら本能的な恐怖。

 言い換えれば、見ただけで分かるほど圧倒的な何かがそこにあった。

 

「………………………………何だい、キミ?」

 

 たっぷりと沈黙を取り、やがて西野が紡いだ言葉がそれだった。

 詩織へ向けるそれとは全く違う視線。

 何の感情も入っていない、まるで道端に転がる石ころでも見つめているような、感慨も何も無い視線。

 誰、ではなく、何、と聞いたのはこの男の中で、自身が正しく石ころと等価であるからだと理解させられる。

 問いかけている…………だが、答えなど聞いていない。そう言った様子であり。

 

「まあいいか…………どの道、邪魔だ」

 

 それが正しいと言わんばかりに、答えを聞くことも無く、一方的にそう告げ。

 

「グライ」

 

 西野がかざした手から一瞬、黒い何かが見えたと思った瞬間。

 

「っが!!」

 真上から押しつぶされるような感覚に、思わず膝を突く。

「悠希?!」

 突然の自身の様子に、詩織が悲鳴染みた声を上げるが、それに答える余裕は俺には無かった。

「召喚師殿!」

 自身がサマナーの様子に、ジコクテンが驚き、その元凶であるだろう西野へと向けた刃を振り上げ…………。

「邪魔だ…………グライバ!」

 かざされたもう一方の手から、また黒い何かが一瞬放たれ、直後、ジコクテンが膝を突く。

 良く見れば、薄く黒い膜のようなものが自身とジコクテンを覆っている。暗い暗い夜闇に紛れて気づくのに遅れたが、これが今自身を押さえつけている圧力の原因だろう。

 だが問題は、だ。人間の自身ならともかく、悪魔であるはずのジコクテンすら抑え付けて動かさせないこの力。

 ジコクテンは並の悪魔なら一蹴できるほどレベル不相応な力を持つ悪魔だ。そのジコクテンすら押さえ込めるほどの力を相手が持っていると言うことはつまり。

 

 つまり、それはそのまま自身とヤツとの力の差を現していた。

 

 勝てないかもしれない、脳裏にそんな可能性が過ぎる。

 瞬間、決断は終っていた。

「キクリヒメ!!!」

 

 SUMMON OK?

 

 デジタル文字がCOMPに表記されると同時、COMPが一瞬光る。

 光が収まると同時に現れたのは黒い肌の、赤い着物を着た女。

 地母神キクリヒメ、自身の二体目の仲魔である。

「キクリヒメ、ブフーラ!」

 召喚とほぼ同時に発せられた言葉に従い、キクリヒメが氷結魔法を西野へと向けて発する。

「っち、うざったい」

 その行動に西野が面倒臭そうに自身へ向けていた手をキクリヒメへと向ける。

「これで沈め…………グラダイン」

 ジコクテンを縫い付けたそれよりも、さらに爆発的なMAGを感じ取れる。その強大な力に、宙を浮いていたキクリヒメが一瞬で地面に(はりつけ)にされ、ベキベキと骨が軋む音が立たせる。

 それは西野としてはただの優先順位だったのだろう。サマナーとは言えただの人間である自身よりも悪魔であるキクリヒメを優先して処理しようとした、それだけの話だったのだろう。

 だが、こちらの読み通り、どうやらあの魔法はこちらへ腕をかざし続けないと持続しないらしい。

 つまり、使役する側である悠希が動けるようになった、その意味は小さいようで大きい。

 取った行動は簡単である。

 即ち。

 

「詩織!!」

「えっ」

 

 目の前で繰り広げられた光景に呆然としていた詩織の手を取り、走りだす…………西野とは逆の方向へと。

 即ち、逃亡である。勝てないかもしれない、そう感じ取った瞬間、悠希の脳裏に浮かんだのは、有栖の言葉。

 

 勝てないかもしれない相手と一々まともにぶつかるな、逃げたって良い、本腰を入れて戦うのは勝てる算段がついてからだ。

 

 それこそが、悪魔や異能者と戦い生き残るためのコツ。

 相手の情報を集め、対策を立て、終始戦闘の主導権を握る。それこそが、悪魔との戦いにおいて最も大切だ。

 場当たり的に敵と戦って勝利するなど、よっぽどの強者か、もしくはどんな状況も想定して、いくつもの手を用意しているような用意周到な者しかできない。

 そして情報を入手するのだって、知識が必要だ。相手が一体何をしているのか、何を企んでいるのか、その可能性を模索するための知識。そして情報が出揃うまで生き残るための知恵と力と仲魔。

 残念ながら今自身にそんなものが無いことは、十二分に理解している。だから、逃げるのだ、敵う相手では無い、と。

 最も、自身の力量と、他者の力量の差を曖昧ながらも理解し、そして不利と見た瞬間、即座に逃げ出せる。そんな決断を下せるサマナーと言うものは実は少ないのだが、悠希自身、サマナーのイメージが有栖で固定されているため、そんな事実には気づいていない。

 

「…………逃がさないよ、聖女様は置いていってもらおうか」

 

 西野がそう呟き、かざした両手を戻し、さきほどよりもさらに莫大な量のMAGを練り始める。

 やばい、本能がそう叫んだ。そして、自身の理性は自身でも驚くほど冷静に走りながら懐から取り出した球体を、地面に向かって叩きつけた。

 ばふん、と言う音がし、白っぽい煙のようなものが球体を叩きつけた地面から発生する。

「何っ!?」

 煙の向こうで、西野の声が聞こえる…………だが、追撃は無い。ならば、とCOMPを操作する。

 

 帰還(リターン)

 

 仲魔をCOMP内に収容し、そして…………。

「走れ詩織! とにかく逃げるぞ!!」

「ま、待って…………悠希、速い」

 息絶え絶えな詩織を、けれどそれでも無理矢理引っ張って走る。

 またアレと出会っては今度は逃がしてもらえない。最初から全力で殺しに来る。それが分かっているから、もう出会わないように、走って、走って、走って。

 

 たどり着いたのは、詩織の家から少し遠い場所にある、とある公園。

 

 ふう、ふう、と息を荒くし呼吸を整える詩織に対し、悠希は息切れ一つしていない。

 単純に言って、体内に貯蔵したMAGが身体を強化しているせいなのだが、そんなことを知らない詩織は。

「悠希、何時の間に、そんなに体力、つけたの…………?」

 そう不思議がっていた。まあそれはさて置いて。

「これから…………どうすべきかな?」

 考える。空を見上げれば紅い月が薄闇の空にぽっかりと浮かんでいる。

 明らかな異常だ。ここはあの修験場と同じ、異界と言うやつなのだろう。

 と、なればもうこの異界内のどこに悪魔が出てきてもおかしくない。戦闘能力の無い詩織を一人にはできないし、そもそも西野がいる、自分だけではアレは対処しきれない。自身の最強であるジコクテンを片腕で封じてしまう相手だ、勝てるか分からない、などと言ったがはっきり言って無理だろう。

 だから足りない力を補うためにも、仲間がいる。それもできるだけ強い仲間が。

「…………有栖」

 そうして、やはり最初に浮かぶのは有栖だった。サマナーとして初心者から抜け出してきた、と自分では思っている。そうして、だからこそ分かる、有栖の強さと言うものが。

 実際、今の自分からすれば有栖も有栖の仲魔も化け物染みている。どうやってあれほどの仲魔を揃えてたのだ、と思うほどに。それに、有栖は自身よりもよほどこう言った荒事に対する経験が豊富だ。自身はともかく高レベルの悪魔や異能者と戦った経験がゼロに等しい。その経験の差は大きいだろう。

 だが、問題は…………有栖が今どこにいるのか、と言うことだ。

 実を言えば。

 

 二週間ほど有栖と連絡が取れなくなっている。

 

 二週間ほど前に有栖から今日は一緒に異界に行けない、とそう連絡があったその日からずっと、有栖との連絡が取れなくなっていた。

「さて……………………本当にどうしたもんかな」

 考え、考え、考え。

 

 その時。

 

「私は呟く、見つけた」

 声が聞こえた。ここ二週間、ずっと聞いていた声。二週間前はちょっと気まずい雰囲気になったが、それ以降はずっと仲良く(多分)やってきた少女の声。

「……………………ナトリ?」

 肩から腰へと流れるような長い長い、透き通った銀糸の髪。

 何時見ても着ている真っ黒なゴシック調のドレス。

 月の光を受けてなのか、それとも元々だったのか、僅かに赤みを帯びた両の瞳。

 いつもと違う、その右手に持った鋭いナイフ。

 

 葛葉ナトリがそこにいた。

 

 



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悠希と姫君

 

 

 西野(にしの)(くだる)はガイアーズだ。

 

 元々彼はとある中学に通う平凡な学生だった。否、平凡と言うには御幣があるかもしれない。

 気弱で体も細かった彼は、学校でとある男子グループに目を付けられ、毎日のように苛めにあっていた。

 殴る蹴るの暴行は当たり前、鞄を便所に捨てられたり、教科書をズタズタに切り裂かれたり、弁当をゴミ箱に捨てられたり、時には犯罪行為を強要されることもあった。

 辛かった。どうして自分がこんな目に遭わないといけないのか、そう何度も思った。

 過ぎ行く日々を嘆き、自身を苛める男子たちを恨み、けれどもこの時はまだ確かに常人の範疇であった。

 彼が道を踏み外したのは、強要された犯罪行為…………万引きが見つかり捕まった時だ。

 彼は言った、強要された行為であり、自身はこんなことしたくなかったのだと。

 けれど駆けつけた教師は言った。

 

 いつかやると思ってたよ、やっぱりな。

 

 さらに呼び出された両親は言った。

 

 この恩知らずの恥知らず、お前なんてうちの子じゃない。

 

 この日、初めて彼は世界を呪った。

 

 

 この世界には穴がある。

 それは目には見えない、世界を構成する情報と言う存在にぽっかりと空いた穴。

 それは異世界と言うものに繋がった決してあってはならない世界の欠陥(バグ)

 けれど普段は問題無いのだ、その穴は世界が薄い膜を張って塞いでいる。まるで傷口にできたカサブタのように血が滲み出ることも無い。

 だが、一度世界を呪えば…………世界を穿てば、薄氷のように薄いその膜はいとも容易く破れ、一番近くにいる存在…………つまり、穴を穿った存在へと異世界の情報を流し込む。

 世界の特異点。そう、特異点存在とはこうした世界を穿ち、開いた穴から異世界の理を手に入れた存在のことを言う。

 かくして彼は、異能者となった。日常とは混ざり合えぬ異常。世界の理を侵す異能と言う力を手にいれ、彼は狂った。否、逆だ…………恐らく、狂ったからこそ異能を手に入れた。

 重力を操るという他の誰にも真似できない力を手に入れた彼は、自身の両親を殺した。全身をゆっくりと圧壊させると言う残忍な殺し方、吐き気を催すようなオゾマシイ死体と成り果てた両親を見て、けれど彼は嗤う。

 次に殺したのは教師だった。両手両足を紙切れのごとく薄く薄く押し潰し、教師は痛みのあまり恐怖の表情のままショック死した。その死体を学校の玄関に投げ捨て、次の日には大パニックが起きた。両親、そして教師と立て続けにあり得ない死に方をし、接点のあった彼は警察に疑われたが、そのあまりにもあり得ない死に方に彼には不可能だとされ、釈放された。彼の浮かべる暗い笑みに、けれど警察は気づくことはなかった。

 次に殺したのは、自身の苛めていた男子生徒たち。一人一人心臓を潰し、頭を潰し、肺を潰し、胃を潰し、腎臓を潰し、膵臓を潰し、肝臓を潰し、腸を潰し、精巣を潰しと手を変え品を変えて、けれど一人足りとて生かすことなく殺していった。

 けれど彼は疑われても、捕まることは無かった。何故なら異能の存在を知らない警察に、彼の反抗を立証することは不可能だったからだ。

 どんな方法を用いればこんな殺し方が出来るのか、頭を悩ませ、証拠も無く、彼は無罪放免となる。

 

 そうして自身の関わる全てに復讐を遂げた時、彼が再度嗤った。

 

 今まで自分が信じてきた世界の薄氷のような脆さを知った。

 今の自身が手に入れた異能の絶対的な力を知った。

 元々狂っていた精神から理性のタガがあっけなく外れるのは、わかりきった話であった。

 

「どこに行ったのかな? …………やれやれ、あまり手間取らせないで欲しいんだけどねえ」

 

 こつん、こつん、と紅闇の世界を西野は一人歩く。

 足を止めれば、静寂だけが辺りを包み込む。

 

 西野降はガイアーズだ。

 それもガイアーズの中でも幹部と称される人物の一人だ。

 レベル的にはまだ四十にも満たない西野だが、一切の情けも躊躇も無い残忍さと、必要ならばどんな犠牲も厭わないその非道さを買われ、異例の出世を遂げていた。

 だが所詮はガイアーズ。忠誠心など欠片も持ち合わせていない。

 今回彼に与えられた指令は、聖女を殺すこと。

 それは彼以外の他のガイアーズにも与えられた指令だろう。

 だが彼は聖女を…………上月詩織を殺すつもりなど欠片も無かった。

「どうして彼女を殺す必要があるのか理解に苦しむね…………もし邪魔ならこのボクの物にしてしまえば良いだけだ」

 どうして聖女が邪魔なのか、その理由すら彼は考えない。

 だから………………ソレを招き寄せてしまった。

 

「………………それは困るわね。聖女はこちらとしても確保したい駒だもの」

 

 自身の真後ろから聞こえたその声に、面倒そう振り返り。

「グラダイン」

 手をかざし、そう呟く。

 だが。

「きひっ」

 ソレが嗤う。

 嗤い、重力塊をその太刀で切り裂く。

 そうして。

「………………えっ?」

 返す刀で、彼の首を撥ねる。

 それが、彼の最後であった。

 

 この世界は自分を中心に回っている、そんなことを本気で考えていた男の…………あまりにもあっけない最後であった。

 

 

 * * *

 

 

「私は警告する、今すぐに移動すべきだと」

 出会って早々のその言葉に、自身も詩織も面食らう。けれどすぐに自身は思考を切り替える。

 それはこの二週間の付き合いの成果と呼べるものかもしれない。

 ナトリがそう言っているのなら、本当に緊急の話なのだと、こんな時に余計な話をしないと、そう知っているから。

 だから、一つ頷き…………詩織の腕を取る。

「詩織、急ごう…………ナトリ、どうやったらここから出れるんだ?」

 その自身の問いに、ナトリが僅かに目を細める。

「私は答える、極めて難しい、と。朔良がいなければ不可能に近い」

「朔良…………?」

 どこかで聞いたような覚えのある名前だと思う。それを察したかのようにナトリが呟く。

「私は告げる、葛葉朔良は悠希たちの通う学校にいる」

「あ…………」

 その言葉に、詩織が声を上げる。視線をやると、あーうん、と少しだけ躊躇いながら告げる。

「前に有栖と一緒にいた髪の長い先輩じゃないかな、その人」

「………………ああ、あの人か。ていうか葛葉って…………あの人もなのか?」

 そう尋ねると、ナトリがこくりと頷く。

「私は肯定する。葛葉朔良もまたデビルサマナーであると」

「そうか………………その朔良って先輩はどこにいるんだ?」

「私は返答する。彼女はこの異界の中心を探しに行った」

 そう言って、ナトリがこちらに背を向け歩き出す。どうやらついて来いと言う意味だと受け取り、詩織の腕を掴んで引いて歩く。

 どうか西野とも…………他の敵とも会わずにその朔良と言う人のところへたどり着きますように。

 そう祈った悠希だったが、その祈りがあっけなく裏切られるまで…………それほど時は必要無かった。

 

 

「ナトリ、一つ聞いていいか?」

 それまで無言だった道中で、暗い夜道を歩きながらぽつり、と口を開く。

 どうした? と無言で尋ねてくるナトリの反応を見ながら、逡巡躊躇い、そして尋ねる。

「今回のこれ…………一体原因は何なんだ? 一体どんなやつがこんなことをしたんだ?」

 上空を見れば、そこにあるのは紅い月。血を滴らせたように紅く染まったその月に、無性に不安が掻き立てられる。

 空を覆い尽くすほどの、月の色を染めてしまうほどの、そんな異界。今まで見てきた異界がそれほど多いわけではないので、判別はつき辛い…………が区別は付けれる。

 

 これは異常だ。

 

 明らかな異常。今まで見てきたどんな異界よりも凶悪で禍々しい。吐き気がするほどに。

 けれど、今まで見てきたどんな異界よりも澄んでいて美しい。残酷なほどに。

 これを作ったやつというのはどれほど狂っているのか。

 これを作ったやつというのはどれほど純粋なのか。

 ()()()()()()()()()()

 

 けれどナトリはそれに沈黙で返した。

 答えないのか、答えられないのか。今の悠希にそれを判別する術は無く。

 黙々と歩くナトリの背を、詩織の手を引いて歩くことしか出来なかった。

 

 頭の中では飲み込みきれないもやもやがぐるぐると渦巻き、思考をかき乱す。

 

 だから、悠希はソレに気づけず、ナトリは即座に反応した。

 

「きひっ」

 

 聞こえた声に、背筋が凍った。

 それはどこかで聞いた声だった。

 

 気づいた時にはもうすでに、悠希の背後まで迫っていて…………悠希の背後にいた詩織に、その刃が……………………伸びた。

 

 門倉悠希はそれを前に動くことすら出来なかった。

 注意深く周囲を観察し、いつでも異常に対して動くことできれば、悠希でもまだ対処できたかもしれない。

 だが、思考をかき乱し、注意散漫になった悠希は、自身の背後に…………親友へと伸びる刃を前にただ見ていることだけしか出来なくて。

 

 だから、葛葉ナトリが動いた。

 

「斬」

 

 素早く悠希と詩織の間に挟まると、手に持った鋭く大振りなナイフで迫り来る刃を切り払う。

 攻撃を防がれたそれが一旦後方に下がり…………その姿を見せる。

「………………………………あ」

 男だ。二十代後半と言ったとこか。時代遅れな着流し、そして腰には帯刀。まるで時代劇の中から飛び出した来てような、そんな印象を受ける。

「きひっ、きひひっ…………きひひひ」

 嗤う、嗤う。狂ったように嗤う。そしてその後ろからカラ、カラと音をさせながら一人の女性が現れる。

「初めましてかしら? まあ取りあえず、こんばんわ、と言っておきましょうか」

 男と同じく、着物など来て足取り軽く歩いてくるその様は、この異界と言う状況もあってか、どうにも奇妙で、端的に言えば気味が悪かった。

 美しい女だった。その場にいるだけで、男のみならず女までも自然と目が惹かれていくような、そんな一種の魔性を持った女。

 ザッ、とナトリが悠希たちの盾になるように一歩前に出る。

「…………………………姫君(クイーン)

 ぽつり、とナトリが呟いたその言葉に、女の口元が弧を描く。

 詩織は先ほど自身に届きそうになった刃に腰を抜かし、座り込んでしまっている。

 悠希は、目の前の光景に圧倒され、動けずにいた。

「本当は…………彼と戦いたかったのだけれども…………残念ね、ジョーカーが動いてしまった以上、もう私たちの出番はないわ」

 つまらなそうな声で、女が…………姫君が呟く。その横で、男がきひっ、と笑う。

「それでも、これで私たちの目的が叶うと言うならば…………いいわ、露払いでも使い走りでもしてあげるわ」

 一体それは誰に告げた言葉なのか、少なくとも自分たちではないこと、それだけは悠希にも分かっていた。

 姫君の視線がこちらを向く。正確には、自身の後ろにいる親友に向けられる。

「来てもらいましょうか…………聖女。その身柄、利用させてもらうわ」

「………………私は告げる、それは阻止させてもらう」

 その視線を遮るようにナトリが移動し、姫君に向かってナイフを突きつける。

「………………きひっ」

 それが合図だった。一つ嗤い、ソレが動き出す。

 たった一歩、足を動かしただけでナトリとの間を詰め、振り上げた刃を…………振り下ろす。

「っ」

 その刃をナイフを使って軌道をずらし、いなす。即座に横に薙いだナイフをけれどソレは後退して避ける。

「きひっ…………姫様(ヒィサマァ)

「何かしら、ヒトキリ」

 ヒトキリ、と呼ばれたソレが姫君に向かって何か呟く。そして女王が、そう、と呟き。

「なら、許すわ…………()()()()()()()()()

 ヒトキリと呼ばれたソレに向かって、そう告げる。

 

 瞬間。

 

「きひっ、きひっ、きひっ」

 

 ソレの雰囲気ががらっと変わる。

 

「我は人斬」

 

 凶悪だったその雰囲気は一変し。

 

「我は処刑人」

 

 まるで清浄なものであるかのようなものへと変わり。

 

「我は断罪者也」

 

 それが嗤い、刃を真横に向け。

 

「“断罪者”ヒトキリ…………ここに」

 

 一文字に振るった。

 

「処刑を始める」

 

 

 * * *

 

 

 葛葉朔良は目を瞑っていた。

 視覚と言うのは…………五感と言うのは第六感の妨げになりやすい。

 物理的なものを感じる五感が動いている時は、物質的なものに焦点が合っているせいか、霊的なものを視る第六感が働き辛くなるのだ。

 勿論、訓練すれば両方をこなすこともできるし、極限状態に入れば同様のことができる場合もある。

 まだ未熟であると自覚のある朔良だがその程度の初歩は当然出来る。というか葛葉の召喚師ならば誰でもできる程度のことだ。

 だが精度、となるとそこからさらにいくらでも奥が見える。どれほど精密に感じ取れるのか、どれほど遠くのものまで感じ取れるのか。そう言う話になると、やはりより集中したほうが良いに決まっている。

 特に目は人間の得る情報において大きなウェイトを占めている。視力を失った人間が見えないはずのものを見る、と言うのは昔から良くある話であり、目を閉じると言う行為は第六感の精度を大きく上げる。

 

 葛葉朔良が探しているのはこの異界の元凶…………ではない。

 

 朔良が探しているのは民間人だ。仮にもライドウの候補である、魔を打ち払うことは葛葉の宿命。そして人を救うことはライドウの役目である。それこそが守護者葛葉ライドウなのだから。

 だから一人、異界の中の吉原高校の屋上で静かに式を飛ばしていた。

 

 式、式紙とも呼ばれるソレは、転じればシキガミと言う悪魔にもなるが、朔良の作る式にそこまでの力はない。

 式の名の通り、シンプルに与えられた命令をこなすだけの存在で、今は術者の…………朔良の目となり、耳となって街中を飛び回っている。

 ナトリと分かれてかれこれ三十分以上こうして式を飛び回らせて分かったのは、この街に民家人はいない、と言うことだった。

「意図して選別した? やっぱり取り込まれるには何か条件があったみたいね」

 だとすると、相当に強力な悪魔だ。そんな器用なことが出来るなど、それこそ相当な力を持った悪魔でないと不可能な芸当だろう。

「…………まあいないならいいわ」

 それなら次に意向するだけだ。即ち、この異界の解除。

 ただ闇雲に壊すだけではダメだ。異界の原因を突き止め、それを正確に排除しなければ、壊した時にどんなことが起きるか分かったものではない。

 と、その時、街へ向かわせた式の一体の視界にソレが映る。

「……………………………………あれは」

 見覚えがあった。忘れられるはずも無かった。

 

 目つきの悪い表情、ラフなTシャツによれよれになったジーパン。片目を隠すように伸びた髪。

 

 知っている、朔良は、知っていた、そいつを。

 

 あの日、あの時、自身と有栖の前に現れたソイツを。

 

 あいつの名は。

 

「独立個体」

 

 騒乱絵札のジャックが街を歩いていた。

 

 




西なんとか君…………キミもういらないからここらで死んでもらおう(ゲス顔


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有栖と逃亡

 

 

 赤い蛇が咆哮を上げる。

 調子は良い、むしろ良すぎるくらいだ。

 体内の吸血鬼の因子が、空に浮かぶ紅い魔性の月に反応し、この身の上限を超えんほどの力を振り絞っている。

 それに応えるように、自身のペルソナも暴れ狂い、その力は以前に王と戦った時よりも増しているように感じる。

 過去最高の力を発揮している。

 その自覚がある。

 

 だと言うのに。

 

 届かない、届かない、届かない。

 目の前の魔人には届かない。

 

「メギドラオン」

 

 蛇が放つ黒紫色の光も。

 

「メギドラオン」

 

 魔人の放つ同色の光に一方的に打ち消され、そして残った魔人の魔法が着弾。

 こちらの魔法で威力を殺ぎ、万能耐性で耐えているお陰で、なんとか大ダメージを免れているが、それでも並大抵の威力ではないこの魔法をそう何度も耐え切ることは難しいと言わざるを得ない。

 

「神の毒」

 

 サマエルより撒き散らされる毒霧に魔人が飲み込まれる、だが魔人はそれが何の意味も無いと言った様子でニィ、と嗤い。

 

「妬みの暴圧」

「冥界破」

 

 咄嗟に出した必殺の一撃を、けれどあっさりと砕いて黒い波紋が蛇と自身を飲み込む。

「っぐ…………」

 ここまで何度攻撃を喰らい続けてきたかは分からないが、耐えに耐えたこの体も、さすがに限界が近い。

 あと一撃喰らえば膝を突くことになりそうだ。

 

 強過ぎる。

 

 それが正直な感想。

 これまで多くの強敵と戦った経験が和泉にはある。

 中にはこの前の王のような規格外の敵だっていた。

 

 だがそれら強敵との戦いも勝ち抜いてきた。

 絶望的な相手だって生き抜いてきた。

 

 それでも。

 

 これは勝てない、どころか。

 

 対峙した直後から、死ぬ、と確信させれられるのはさすがに初めての経験だった。

 そして実際に戦ってみてその確信が間違いではないと知った。

 

 今、和泉が生きているのは、目の前の化け物が遊んでいるからだ。

 

 子供が玩具で遊ぶように、文字通り、遊んでいるから、遊んでいられるほどの圧倒的な実力差がある。

 全ての面で上を行かれている、そして何一つとして欠点が見えない。

 格下が格上とまともに対峙して勝てるはずがない。

 だからこそ、格下は必死になって格上の隙を探す、付け入る隙を探し、こじ開け、優劣の差を埋めようとする。

 

 だがその隙がまるで無い。

 

 心、技、体全てが完成されつくしており、勝れる部分が何一つとしてない。

 

 だからこれは、最初からどう足掻こうが勝てない戦いだった。

 そして先ほども言ったが、和泉自身そんなことはこの怪物を見た瞬間から理解していた。

 

 それでも良かった、ただ有栖が、自身の最も大切な彼がそれで生きていられるならば。

 もう数分と立っていられない、生きていられない。それくらいに追い詰められている。それが分かっていても逃げられない、少なくとも、彼が…………有栖が起き上がるまでは。

 だから、直後に起こった出来事に、一瞬、思考が止まった。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 暗い夜空の下、叫び声が響いた。

 

 

 

 目を覚ますと同時に、全身を襲う鈍痛を感じた。

 叫びたくなるくらいの痛みを堪えながら、周囲の状況を確認する。

 どうやら気を失ってからそう時間は経っていないらしい。

 まだ生きているが満身創痍と言った様子の和泉と、それを詰まらなそうに見ている魔人。

 正直、和泉だけではない、俺自身も全身ずたぼろだ。たった一撃で耐久の限界まで追い詰められている。

 和泉と違い、俺自身、この化け物相手ではレベルが足りなさ過ぎる。むしろ一撃喰らって生きているのが奇跡的だった。

 ここから打てる手は多く無い、だから考える、最良の一手。

 俺と和泉が生き延びるために一手を。

 けれどいくら考えても、一つしか出てこない。

 

 逃げるしかない。

 

 はっきり言って、現状ではどうやっても勝てない。

 逃げることは何の問題解決にもならないが、少なくともこのままここに居れば俺と和泉が死ぬだけである。

「こい…………フロスト、ランタン」

 

 SUMMON

 

 フロストとランタンを密かに召喚、そして。

「やれ」

「「デビルフュージョンだホ」」

 ジャアクフロストへと合体させる。

 そしてさすがにここに来て気づいたらしい、ジョーカーだったが、もう遅い。

 気絶していた俺に対する警戒の薄さ、そして遊んでいたために注意を散らしていたこと、二つの要因が重なり、たった一度きりの隙を作り出す。

「メギドラオン!!!」

 放たれた、ランタンから継承された核熱属性の魔法がジョーカーを飲み込み。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 暗い夜空の下に、叫び声が響いた。

 そして、同時。

 

「和泉!!!」

 

 突然の事態に目を見開く和泉に向って叫ぶ。

「逃げるぞ!」

 そうして駆け出す俺の後ろを、はっとなった和泉が付いてくる。

 体が重い、けれど一秒でも止まっていられない。

 

 どこに、なんて分からない。ただ一歩でもあの魔人から離れなければ。

 そんな思いが体を突き動かし。

 

「…………カズィクル・ベイ」

 

 聞こえた絶望の声。それに真っ先に反応したのは和泉だった。

「有栖君!!!」

 咄嗟に和泉が俺の前に躍り出る。

 瞬間、地面から生え出た木の杭が和泉を貫こうと伸び。

「っ!」

 けれど和泉に触れて止まった。

「…………つう、何これ…………見たことも無い」

 和泉の呟きに、けれど俺も賛同する。

 地から杭を生やす魔法など見たことも聞いたことも無い。

 止まったのは恐らく、和泉の耐性の問題だろう。

 つまり何らかの属性攻撃であることは間違いない。

 

 視線の向こう側、今だ炎が荒れ狂う一角で、けれど魔人がこちらを見つめている感覚に背筋が凍る。

 

「……………………」

 

 周囲のマグをかき集めるようなその様子に、次の攻撃が来ると察し、再度逃げ出そうとして。

 

「カズィクル・ベイ」

 

 再度告げられたその攻撃に、生え出でた杭が再び俺の盾になった和泉へと迫り…………。

 

 

 

 その腹部を、あっさりと貫いた。

 

 

 

「…………………………え…………?」

「…………は…………………………あ?」

 

 何が起こったのか、俺も、そして和泉も分からなかった。

 けれどすぐに現実が追いついてくる、すぐに理解する。

 

 和泉が貫かれている。

 

「あ…………が…………ぐぅ…………あ…………」

 ぱくぱく、と声にならない声を発しながら、和泉が震える手で自身の腹部に触れる。

 そこには自身の腹部を貫く杭、そして貫かれた腹部から溢れ出る血液。

「和泉!!!」

 声を荒げる、どうしようも無く動揺していた。

 何故攻撃を受けたのか、それすら分からなかった、否、それを考える余裕すらなかった。

 ただこのままでは目の前の少女が死ぬ、それだけが理解できた。

 なんとかして助けなければ、そう思い駆け寄ろうとして。

「逃げて…………有栖君」

 告げられた言葉に頭が真っ白になった。

「何言って…………」

「有栖君こそ、冷静になって考えて…………この状況で、二人とも逃げるなんて、無理よ」

「………………」

 和泉の言葉に反論できない。熱くなった感情とは裏腹に、冷酷なまでに冷静な理性が着々と状況を計算していく。そしてその理性が和泉の言葉を是と告げる。

 それでも和泉を見捨てるなんてことはできない、と感情が叫ぶ。見捨てろ、と理性が告げる。

 グルグルと思考が空回る、どちらの答えも是とできない。

 

 だから、和泉が言葉を続ける。

 

「ねえ…………お願い、有栖君」

 

 生きて。

 

 最後に告げられたたった三文字に、何も言えなくて、ただ震えることしかできなくて。

「………………………………必ず、助けに来るから、だから…………頼む、生きててくれ」

 約束してくれ。そう告げた俺の言葉に、和泉がどんな心情でそう言ったかは知らない、だが。

 

「ええ、約束よ」

 

 そう呟き、笑った和泉に、震える全身を叱咤し。

「約束だぞ!!!」

 告げて、走り出す。逃げ出す。ジョーカーから…………そして、和泉から。

「あああああああああああああああああああああああ!!!」

 身の内を迸る激情を吐き出すかのように、叫んだ心の声は。

 

 暗く紅い夜空に溶けていった。

 

 

 * * *

 

 

 足元に転がる小石を蹴っ飛ばしながら、思わず舌打ちする。

 感じる戦闘の気配が三つ。

 一つは王、葛葉キョウジを執拗に狙っていただけに恐らくこの組み合わせだろう。

 一つは姫、誰と戦っているのかは知らないが、未だに戦闘が終わる気配は無いのでかなり腕の立つ敵だろう。

 そして最後が。

「忌々しい化け物だ」

 怪物、騒乱絵札最強最悪の化け物。正真正銘の切り札。

 もし怪物が破られるような敵ならば騒乱絵札の全戦力を集中させても負けるだろう、と言うレベルの怪物。

 と言っても、あの怪物が敗北する想像が自身にはできない。

 

 すでに三箇所で戦闘が始まっている。王だけは例外としても、他二人は自身と同じ敵を狙っており、取り合いになることは必至だった。

 だがこの様子ではすでにどちらかに、いや、すでに怪物に目当ての人物が奪われているだろうことは想像に難くなかった。

 

 虚空を見上げる。空には紅い月が浮かんでおり、それがまた自身…………独立固体をイラつかせる。

 これだけの規模の異界一つを生み出す化け物の存在は、いつだって独立固体にとって目の上の瘤だった。

 

 独立固体には目的がある。

 

 群体(クラスター)と呼ばれる存在たちの輪から外れること。

 そして群体たちを束ねる王となること。

 

 かつて行われた実験により、群体は百人で一つの意識を共有している。

 だがその意識は研究者によって植え付けられた仮初の個に過ぎない。

 だからこそ、大半の群体は死に惹き寄せられる。自壊衝動、とでも言うべきものに飲まれて死を望む。

 冗談じゃない、絶対に嫌だ。

 そう思えるのは独立固体だけである。

 

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 かつて研究者たちは群体たちに固有の意識が芽生えないことに業を煮やして偽物の人格を付けつけた。

 だがその時すでに、固有意に目覚めかけていた固体が一人だけいたのだ。

 もう一月も様子を見ていれば、その一人が完全に固有の意識に芽生え、そしてそれが他に普及して研究者たちの望んだ真なる群体が完成していただろう。

 だが忍耐できなかった研究者によってそれも全て水泡に帰した…………かのように見えた。

 けれど、押さえつけられた仮初の人格に負けず、独立固体は目覚めた。

 そして同時に思うのだ、この忌々しい仮初の人格を廃すべきだと。

 そして自身の人格こそを普及させ…………ることは無い。

 どうして自身だけの意思を他人にくれてやらねばならないのか。

 

 固有の意識に目覚めていた独立固体にとって、他の群体たちは偽者の意識に乗っ取られた劣等種でしか無かった。

 

 自身こそが彼ら劣等を統べるべき固体に相応しい。百人の中でたった一人、固有の意識を持った自身こそが。

 

 だがいくら固有の意識を持っていようと、完全に切り離されているわけではない。

 何せ独立固体と言っても群体の一部なのには間違いは無いのだ。

 すでに魂まで繋げられている以上、最早群体たちを切り離すことなどできない。

 だからこそ、独立固体は群体の影響を受けてしまう。

 自壊衝動こそ何とか自身の意識で持って留めているが、群体たちの抱いた感情はこちらにまで伝わってくる。

 

 だからこそ、ジョーカーと言う名の怪物は独立固体にとって最悪である。

 

 ただそこにいるだけで、否応が無しに恐怖を想起させる存在。

 仮に残った群体全てを集め、ジョーカーの前に立たせれば、恐らくそれだけで独立固体は発狂する。

 最強の武器であるはずの他の群体は、けれど同時に独立個体にとって弱点ともなり得てしまうのだ。

 だから独立固体は焦る。早く、一刻も早く群体の王にならねば、自分が自分のままで居られる内に。

 

 そうして歩を進める先に、一人の人間の姿を認め、歩みを止める。

 そこに居たのは一人の少女だった。

 長く束ねられた黒髪、感情に見えない人形のような瞳はこの赤い夜の下にあっていっそ不気味なほどに輝いて見える、そしてその頭部の長い長い黒のリボンが特徴的であった。

「葛葉朔良か」

 知っている、一度は会ったこともある。現在この街にやってきている葛葉の人間。

 戦力としては中の上と言ったところ、王どころか、姫君にすら叶わないだろう相手。

 だから独立固体は鼻で嗤う。

「何しに出てきた、葛葉」

「分かりきったこと聞かないで頂戴、面倒だから」

 

 召喚…………モコイ。

 召喚…………ヨシツネ。

 召喚…………オルトロス。

 召喚…………ツチグモ。

 召喚…………ネコマタ。

 

 朔良の持つ管から、次々と悪魔が飛び出してくる。

 

 召喚…………ライホーくん。

 

「ライドウ候補として、この異変を解決する。その手始めに、アンタからぶっ飛ばすわ」

 

 そんな朔良の言葉を、けれど独立固体は嗤って返す。

 

「まあいいさ、正直、ストレスが溜まっていたところだ」

 

 気晴らしに、遊んでやるよ。

 

 SUMMON OK?

 

「来い、ランダ」

 

 独立固体の持つCOMPから現れたのは魔女だった。

 その五指からは数十センチはありそうな長い爪が生え、全身のあらゆるところに不可思議な装飾がされている。

 何より目立つのは、その腰から下半分は無かった。何かの装飾がぶら下がっているだけであり、あるべきパーツが無いままに宙に浮いていた。

 

 SUMMON OK?

 

「来い、バロン」

 

 一息吐く間も無く呼び出されたのは一匹の獣。

 その姿は獅子のようにも見え、けれど決して違っている。ランダと同じく顔や首元には装飾品が飾ってあり、何よりその全身から漂う聖なる気配が、ただの獣ではないことを証明していた。

 

「そら、精々足掻きなよ。どれだけ生き残れるか、試してやるから」

 

 デビルフュージョン

 

 呼び出された二体の悪魔、その姿が混ざり合っていく。混ざり、溶け合い、そして新たな悪魔を生み出す。

 

 それは見た目だけならば人の形をしていた。

 それには手が四本あり、一つは鉾を、一つは杯を、一つは角笛を、一つは輪を持っていた。

 

 知っている。

 

 それの全身は青黒と言った色合いの肌をしており、その体のいたるところには装飾がついていた。

 

 知っている、この悪魔は。

 

 その額には透き通る水晶のような、第三の目があった。

 

「…………………………シヴァ、ですって…………」

 

 マハカーラ、マヘーシュヴァラ、ナタラージャ。

 

 数々の異名を持つ、世界最強の破壊神がそこにいた。

 

 




更新遅れたお詫びに四話投稿。


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有栖とアカラナ回廊

 

 

 門倉悠希は葛葉ナトリが戦っている姿をこれまで一度たりとも見たことが無かった。

 強いのか、弱いのか。

 否、弱いはずが無い、あの有栖が自身の護りとして配したほどなのだ、弱いはずが無いのは分かっていた。

 それでも、どこまで強いのか、どこまでやれるのか、それは知らなかった、何せ一度も戦ったことが無いのだ。

 

 だから、目の前で起きている光景に唖然とした。

 

 夜の闇に煌く白銀。ヒトキリと名乗った魔人が振りかざす大降りな太刀を、けれどいつものゴシックドレスを着たまま、手に持ったナイフ一本で捌いているナトリ。

 きん、きんと短く断続的な音が響く。

 

「きひひひひひひ」

 

 魔人が嗤い、太刀を振りかぶる。その動作にナトリが警戒を表し。

 

「ブレイブザッパー」

「斬り払い」

 

 放たれた鋭い太刀の一閃を、けれどあっさりとナイフで払う。

「きひひひひ…………くそ詰まんねえなあ、なんだそりゃあ」

 攻撃を払われた魔人の呟きに、けれどナトリは表情を変えることなく、ナイフを構え。

 

「ブレイブザッパー」

 

 ナイフの刃から、何かが飛び出し、魔人へと飛来する。

「なんだそりゃあ」

 再度魔人が呟き、飛来したそれを斬り払う。

「きひひひひひ、人の物真似が趣味かあ?」

 魔人が太刀を振り下ろすとナトリがその銀の髪を揺らしながら回避する。

 お返しとばかりに振り払ったナイフは、けれどそのリーチから魔人が僅かに後退するだけで掠りもしない。

「鬼神薙ぎ」

 横一文字に振り払われた太刀を、けれどナトリがナイフであっさりと斬り払う。

「鬼神薙ぎ」

 そうして同じ技を繰り出すナトリだが、魔人のそれと違い、ナトリの技はどうしてか飛ぶ。

 先ほどのもそうだったが、振ったナイフから斬撃が飛び出すのだ。

 鬼神薙ぎは自身のジコクテンも使うスキルだが、あんな風にはならない。

 だから先ほどから何が起こっているのか、悠希にはわからない。

 けれど、ナトリがあのナイフ一本であのジコクテンでも敵わないだろう魔人と互角に渡り合っていると言う事実だけがある。

 

「斬り払い」

 遠距離攻撃は全て斬り払われる。ナトリもそんなことは分かっているはずなのに、どうしてかナトリは全て遠距離でスキルを撃つ。

 と、そこで、スキルを放ったナトリがそのままこちらに後退してくる。

「私は請う。悠希の仲魔を召喚して欲しい」

 その言葉にはっとなる、そうだ何を悠長に眺めているのだ。

「ジコクテン」

 

 SUMMON

 

 COMPを操作する、ジコクテンが目前に現れる。先ほどまで西野にやられていたせいか、多少ダメージは残っているが、それでもまだいけると言った気概に、一つ安堵の息をこぼす。

 と、それを見たナトリが一つ頷き。

「私は頼む。ジコクテンに攻撃をして欲しい」

「けどジコクテンの攻撃じゃ、あいつには…………」

 恐らくそれほどのダメージにはならない。悔しいが、ここまで見ていれば分かる。ジコクテンとあの魔人ではレベル差が大きい。それはそのまま能力の差に直結する。

 けれどそんな自身の言葉に、何も問題無いと告げるナトリ。

「私は願う。私を信じて欲しい」

 じっとこちらを見つめるナトリの蒼の瞳が自身を射抜く。

 そしてそう言われれば頷くしかなかった。

「ああ、分かった…………俺は、お前を信じるよ」

 ありがとう、とナトリが告げ、薄く笑う。その表情に、とくん、と心臓を高鳴ったが、すぐに収まる。

 ちらり、と自身の後ろにいる詩織を見る。

 不安そうにこちらを見る幼馴染に、なんとして守らないとと決意を固め。

「いくぞ、ジコクテン」

「承知した、召喚師殿」

 一歩、足を踏み出した。

 

 

 葛葉ナトリと言う少女について、知っている人間は実はそう多く無い。

 キョウジの秘蔵っ子とすら呼ばれるほどに、多くの人間に秘匿され、次代キョウジとして育てられていると言う事実を知っているのは、本人たちを含めても、両の手の指で数えられるほどでしかない。

 そして、ただでさえ少ないその中でも、ナトリと言う人間を知る存在はさらに限られる。

 

 葛葉名取。本名は不明。と言うよりも、最早与えられたナトリと言う名を自身の名としている以上、彼女にとってナトリと言う名こそが本名と言うことになるのだろう。

 生まれはイギリスだと思われる、本人すら知らない、ただ気づいたらロンドンの街の路地裏にいた。

 生みの親の顔は知らない、死んだのか、生きているのか、それすらも知らない。

 物心ついた時から路地裏に住み着いた孤児として生きていた。いつから持っていたのか、誰のものかすら知らないナイフだけが手元にあり、それだけを頼りに生きていた。

 血に汚れ、錆び付き、けれどその切れ味を損なうことの無いそのナイフをいつも手放さず、肌身離さず持っていた。

 

 葛葉キョウジに出会ったのは、何時の頃だったか。

 ナトリは元来、過去に執着しない。何せ執着するほど大した価値が無いからだ。

 だからいつからキョウジと共に行動するようになっていたのかは覚えていない。

 元来人を排斥して生きてきたナトリにとって、他人とは警戒すべき自分とは別のナニカであった。

 そんなナトリがいつの間にかキョウジの隣にいたのだから、そのことだけは正直、自分自身で驚いている。まあ最も、そんなことを口にも表情にも出さないのだが。

 キョウジと生きていく中で、ナトリは人の姿を取り繕うことを覚えた。

 それは社会と言う人の集団に混じるための知恵であった。

 

 人の皮を被った怪物が、こうして誕生した。

 

 葛葉名取。葛葉キョウジの後継者。

 その実力を知るものは少ない。本当に少ない、片手の指で数えるほどしか居ない。

 だから知らない、その天性の強さを。

 

「鬼神薙ぎ」

 

 ジコクテンの放つ一閃を、けれどヒトキリががちり、と太刀をあわせ、鍔迫り合いになる。

 ジコクテンの剣は剛の剣、力に頼る部分が大きいため技量としてはヒトキリのほうが高い。

 あっさりとジコクテンの剣を跳ね除けると、その首を刎ねようと太刀を返し。

 

「鬼神薙ぎ」

 

 いつの間にか真後ろに立っていたナトリ放った一撃に対処が遅れる。

 しかもそれは、先ほどまでの飛来する斬撃、遠距離攻撃ではない、直線刃を合わせた近距離攻撃であるが故に、斬り払いは難しい。

 結果的に。

「ぐううううう」

 背中に一撃もらった魔人は仰け反り、そして素早く背後へと太刀を振る。

 だがすぐ様移動していたナトリに当たることは無い。

 さらにもう一発、当てようとナイフを振るが、魔人がすぐさま後退する。

 

 葛葉ライドウをして、葛葉名取は天才であると称した。

 葛葉キョウジをして、葛葉名取は怪物であると称した。

 

 その所以が、その眼にある。

 

 他者が使うその体捌き、どころか、その技すらも写し取り、即座に自身の糧とするその眼こそが、ナトリが天才と呼ばれる所以であった。

 

 非情に簡単な言い方をすれば。

 

 葛葉ナトリは敵味方関係無く、そして人間と悪魔の区別すらも無く、他者が使った技、魔法関係なく、全てのスキルを写し取る。

 

 そして、写し取った技を自身の糧とし、そして自身の都合が良いように改変するその応用力こそが、ナトリが怪物と呼ばれる所以であった。

 

 葛葉ナトリは写し取ったスキルを自身の都合が良いように改造できる。例えば、近距離攻撃スキルを遠距離に変えてみたり、本来遠距離攻撃しか無効化できないはずの斬り払いを、近距離用に改造してみたり。

 

 故に、葛葉ナトリは他者が増えれば増えるほど強くなる。

 

 本来は。

 

 それが本来の葛葉ナトリの性質のはずであった。

 

 けれど、その血が、その血統が。

 

 葛葉ナトリの本質を決定した。

 

 それを知るのは、まだここではない。

 

 

 * * *

 

 

 走っていた。

 夜の街を、紅い闇に照らされたアルファルトを。

 走って、走って、走って。

 

 そうして転んだ。

 

「はあ……はあ…………はあ……はあ…………」

 

 無様なくらい、足が震える。もう走れないと、悲鳴を上げる。

 それでも立とうとして、崩れ落ちる。

 限界だ、限界だと、全身が叫んでいる。

 けれど立て、走れと感情が叫ぶ。

「…………くそ、立て、立てよ、寝てられないんだよ!!!」

 早く、早くしないと。

「早くしないと、和泉が!!!」

 叫ぶ、叫ぶ、だがそれでも震える体は動かない。

 

 無理矢理立とうとして、また転ぶ。

 

 転んだ拍子に、からん、ころんと何かが転がり落ちる。

 視線をやった先にあったそれは、

 

 長い、二十センチほどの四角形の細長い棒のようなソレ。紅闇に照らされよく分からないが、なんだかカラフルな色合いをしているように見える。

 

 そうだ、それは…………別世界から帰って来た時にポストの中に入ってたものだ。

 

 結局、それが何なのか分からず、けれど重要なもののような気がして、何となく荷物に詰めて持ってきていたのだが。

「…………なんだこれ、光ってる」

 闇の中で、棒が光っていた。明らかな異常。だがそれを不思議と危ないとは思わない。

「……………………」

 そっと、光る棒に手を伸ばす。伸ばし、伸ばし、伸ばし、そして…………触れる。

 

 瞬間。

 

 景色が反転していた。

 

「…………………………は?」

 

 唐突、と言えばあまりにも唐突な出来事に、咄嗟に出た漏れた声は、その一文字だった。

 

 

 そこは白と黒の空間だった。

 空間全体が漆黒に覆われており、先など一切が見通せない。

 けれど、足場、そしてそこから続く通路や階段は真っ白に光っている。

「…………なんだ、これ」

 思わず呟くが、けれど答えはどこからも返ってこない。

 少しだけ体が癒えて来たので、立ち上がり、一歩を足を進めれば、かつん、と空間に足音が響く。

「……………………アリス、こい」

 

 SUMMON

 

「どこ? ここ?」

 呟きと共にアリスが召喚される。そしてその第一声に自身も分からないと答える。

「この棒が関係しているのは確かなんだがな」

 手の中に持った棒に視線をやる、だがすでにそこから光は失われており、触れても最早何の効果も無い。

 白く輝く通路を歩いていく、その度にかつん、かつんと音が響いている。

 静かだ。ここには何も無い、ただ通路だけが延々と広がっている。

 何の音もしない、何かが動く音も無ければ、生命の鼓動すら感じられない。

 歩いて、歩いて、歩いて。

 そうして、通路の突き当たりにナニカを見つける。

 

 ゆらゆらと揺れ動く、炎のようなナニカ。

 けれど青白い炎が宙に浮かんでいるなんてどんな不可思議であるか。

 少なくとも、ただの炎ではない。

 炎の中に影が落ちていた。

 青白い炎の中に暗く伸びたそれは、まるで人の目と鼻と口を形作っているようで。

 

「やあ」

 

 炎が口を開いた。

 

 かちん、と即座に銃を構える。

 そんな自身の行動に、炎が笑う。

 

「おやおや、何をそんなに警戒しているんだい?」

「……………………何者だ、お前」

 

 そんな自身の問いかけに、炎が揺れる。

 笑っているのだと、そう気づいたのは直後。

 

「私が何者か、逆に聞きたいが、私が何なのか、そんなことがキミに関係あるのかな?」

 

 ――――キミは未来を変えにここに来たのだろう?

 

 そんな炎の言葉に、一瞬、呆然となる。

「未来を…………変える?」

「そうさ、ここはアカラナ回廊、過去、現在、未来の全てを行き来することのできる唯一の場所さ」

 

 アカラナ回廊!!! ここが!!!

 

 周囲を見渡す、黒と白に綺麗に分かれたこの空間こそが、アカラナ回廊。

 つい数時間前に自身が通ったらしい場所。

「私はね、キミに警告しに来たんだ」

 自身の驚愕などお構い無しに言葉を続ける炎。

「アカラナ回廊は全ての時間に繋がっている。過去へ行くこともできる、未来へ行くことだってできる、今に戻ることだってできる。けれど、過去は現在に、現在は未来に、そして未来は過去に全ての時間は繋がっている」

 

 そして、だからこそ、すでに決定された未来は変えられない。

 

 その言葉に、息が止まりそうになる。

 

「例え未来にキミの大切な誰かが死ぬとしても、それを変えることはできない。何故なら未来は過去と現在の延長戦だから。一度引かれた線を変えることはできない」

 

 そして。

 

「もしそれを変えてしまえば、世界はそれを許さない。つまり、過去を変えようが現在を変えようが、世界がその矛盾を許さない。そしてそれを消し去ってしまう」

 

 つまり。

 

「キミはこれから過去へ向う。だが、キミの知る過去と結果が変わってしまえば、その時、未来にキミの居場所は無くなる。世界がそれを許さない」

 

 そんな絶望的な言葉を、炎が告げる。

 未来を変えられない、和泉は、あのままでは死ぬ。その結果を変えられない。

 

「だが」

 

 そんな俺の絶望を他所に、炎が言葉を続ける。

 

「決定されていない未来は変わる」

 

 その言葉に、俺は自然と顔を上げる。

 

「キミが観測した場面までが世界にとって確定された未来だ。だが観測がそこで途切れた、だからキミならば、キミだけはそこから先が変えることができる」

 

 だとするなら。もしそうならば。

 

「だから心することだ、もし過去や未来のキミが今のキミを観測してしまえば、それだけでキミと言う存在は消滅する。同じ時間の中で二人の人間が存在すると言うことはそう言うことだ」

 

 気をつけたまえ。そう言うと同時に炎が少しずつ、色を失っていく。

 

「…………お前、どうして俺にそんなことを言うんだ」

「キミに勝ってもらったほうが都合が良いからだよ」

 

 色が抜けていく、失われていく、徐々に、空間に溶けていく。

 

「お前は…………誰だ」

「さあ、誰だろう…………知りたかったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、キミも一度は会っているはずだから」

 

 その言葉に、脳裏に浮かんだのは…………。

 

「そう言う、ことかよ」

「おや、よく気がついたね?」

「わざわざそんな言い回しされたら分かるさ…………アンタほどのやつが、俺が勝ったほうが都合がいい? そりゃ、あの魔人に何かある、ってことか」

 

 そんな俺の言葉に、炎が揺らめく、驚いているようだと何となく理解した。

 

「ふふ、そうだね、色々語ってあげたくなってきたが、どうやら時間のようだ」

 

 そう言って、炎が消えていく。

 と、同時に、俺と隣のアリスの色まで抜け落ちていく。

 

「なんだこれ」

「回廊から追い出されているだけさ。なに、問題は無い」

 

 そう言った炎の姿は最早ほとんど薄れて今にも消えそうであり。

 

「では、これでさようならだ。そしてまた会おう、在月有栖君。キミの名は覚えておくよ」

 

 そう言って、完全に消え去った。

 

「……………………そうかい、どうして俺の名前を、とかは言わないで置くさ」

 

 そうして。

 

「行くぞ、アリス」

「んー…………わかったわ、さまなー」

 

 俺たちは。

 

「じゃあな、大魔王サマ」

 

 その空間から消えた。

 

 

 



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アリスとアリス

 

 * ?月??日?曜日 *

 

 いつかも感じたような、二つに分かれていたものが一つに引っ付いたような、そんな感覚。

 上下を揺さぶるような、分かたれた体が元に戻っていくような、そんな不思議な感覚。

 そして直後、足の裏に感じるしっかりとした感覚。

 地に足が着いていることを理解すると同時に、周囲を見渡す。

 

「………………ここ、どこかで」

 

 朝焼けが差す緑に囲まれた山の奥、と言った感じの場所。先ほどまで真夜中だったのに、時間を跳んだのだと言うことをさすがに実感させられる。

 さらに見渡すと、遠くのほうに民家らしき建物がぽつりぽつりと見えることから、人里離れた場所、と言うわけでも無いらしい。

 がさり、と一歩踏み出せば地面に落ちた葉を踏みつけ音を立てる。

 さて、一体ここはどこだろう?

 そんな疑問を抱く、と瞬間。

 

「…………在月有栖」

 

 名を呼ばれる。

 咄嗟に地を蹴る。聞こえた声は背後から、だから正面に飛び、そして即座に振り返り…………。

 

 そこに黒い猫がいた。

 

「……………………猫?」

 

 黒猫がこちらをじっと見つめたまま動かない。まさかこの猫が今俺の名を呼んだと言うのだろうか。

 そんな馬鹿な、なんて…………言えたら楽なのだろうが。

 

 知っている、俺は知っている。言葉を話す猫の存在を。そう言ったものが存在する場所を。

 

「業斗童子…………そうか、ここは…………」

 

 葛葉の里か。

 

 呟いた声に、猫が目を細めた。

 

 

 * * *

 

 

 ついて来い。黒猫はその一言と共に、反転し歩き出す。

 理由も告げないまま、唐突なことだったが、それでも俺はついていく。少なくとも、業斗童子は敵ではない。

 それに聞きたいこともあった。

 

 今が一体何年何月何日なのか。

 

 アカラナ回廊を通ったことにより時間移動しているのは確実。

 そしてあの炎の言によれば、ここは過去であるらしい。

 だとすれば、一体どれほど時間を遡ったのか、それを知りたい。

 

 山の中をしばらく歩いて、たどり着いたのは里から少し離れた場所にある一軒家。

 瓦ではない、茅葺き屋根と言う現代に似つかわしくない様式のその家は、まるでタイムスリップして遥か昔に迷い込んでしまったかのような錯覚すら覚えさせられる。

 いや、タイムスリップしたのは事実なのだが。

 

 道中に会話は無かった、そもそも会話する気が無いのか、口を閉ざしたまま開かない黒猫に何を聞いても無駄だと悟ったのだ。

 そもそも業斗童子が何故あんなところにいたのか、そしてついて来い、とは言ったどういうことなのか。

 聞きたいことなどいくらでもあるが、それも答える気が無いのでは結局、黙ってついていくしか選択は無かった。

 

 家の中はやはり現代とは思えないほどに古びていた。木ではなく土が敷き詰められた土間に、同じく土を使った壁。本当にここは現代なのだろうか、いや、そもそも過去に行く、とだけ言われただけであってあの炎は今から行く先が現代であるとは言わなかった。もしや本当に百年単位で逆行してしまったのか。

 だが先ほど俺の名を呼んだこの業斗は少なくとも俺のことを知っているらしい。

 俺が葛葉の里に来たのは、十一だったか二だったの頃にキョウジに連れられて来た一度だけである。

 つまり、俺のことを知っている以上、それ以降だと思う…………否、思いたい。

 

 土間をとてとてと歩き、居間との境となる段差をひょいと飛び越えた黒猫が、居間に設置された囲炉裏の傍に寄って行き、置かれた座布団に乗っかってようやく足を止める。

 その様子を見ていた俺に、くいくい、と首を動かす。どうやら反対側にある座布団に座れと言うことらしい。

 あまりにも違いすぎる生活様式に戸惑いながらも、土間で靴を脱いで居間へと上がる。

 囲炉裏には火が点されており周囲を暖めているが、正直熱いとは思わなかった。どうやら山の中だけあってか、それとも単に季節が違うのか、中々冷える場所らしい。

 座布団に腰を落ち着けると同時、こちらを見つめていた業斗が喉を震わせる。

 

「在月有栖」

 

 そうして、俺の名を呼ぶ。

 

「預かり物だ」

 

 端的な、言ってしまえば言葉足らずな言い方。

 けれど目の前の黒猫はそんなことお構いなしに視線を反らす…………俺の後ろに。

 視線を追って振り返る。と、同時に黒猫が呟く。

 

「棚の右の最上段の箱だ」

 

 取って来い、と言うことらしい。立ち上がり、言われた通り、後ろにある大きな棚の右側の最上段を開く。

 そこにある箱を見た瞬間、とくん、と心臓が跳ねた。

 

「……………………………………開いても、いいのか?」

 

 振り返り、確認すれば猫がこくん、と頷く。

 手が震える、何かが()()

 この箱の中に。

 そんな予感めいたものがあった。

 

 箱を封ずる紐を解き、震える手でそっと箱を開く。

 

「!!!」

『!!!』

 

 驚愕したのは俺、そして…………COMPの中に戻っていたアリス。

 開いた瞬間、箱からあふれ出した気配に、思わず体が震える。

 

 中に入っていたのは…………短い杖のような何か。

 禍々しい、けれどどこか心地よい気配を放つ短杖。

 

「な…………んだよ…………これ…………」

 そんな俺の疑問に、黒猫がそっと口を開く。

「死気の杖…………そう呼ばれている」

 

 ()()。そう確信する、()()、では無い、()()だ。

 

 それが何なのか、ほとんど本能的に理解していた。

 

「アリス」

「「はーい」」

 

 呟いた声に、返って来た声は…………()()

 名を呼ぶと共に、少女が現れる。

 その姿は…………二つ。

 アリスが…………二人。

 

「あら…………?」

「ふふふ」

 鏡写しのように現れた二人の少女。

 お互いの顔を見合わせ、そうして微笑む。

「こんにちわ、わたし(アリス)

「ええ、こんにちわ、(アリス)

 斯くして、少女と少女は出会う。

 

 

 * * *

 

 

 アリスと言う悪魔について、以前少しだけ語ったことがあるかと思う。

 アリスは元は人間の少女だった。だが幼くして死んだ少女を二体の悪魔が彼女を復活させた。

 簡単に言えばそう言う存在だ。

 だが人間が悪魔になるということはそう簡単なことではない。特に元がただの少女でありアリスは悪魔の体に耐えられず魂が四散。それは時空を超え、あらゆる世界へと散っていった。

 そうして散った魂の一つが俺の仲魔であるアリスであり、そして目の前のいる少女でもある。

 

 つまりはそう言うことである。

 

「ふふ」

「ふふふ」

 互いを見て笑いあう少女たち。寸分違わず瓜二つなその二人に、どこか不気味なものすら感じる。

「ねえ、今は楽しい?」

 そうして少女が…………俺の仲魔ではないほうのアリスが、俺の仲魔のアリスにそう尋ねる。

「ええ、とっても」

 嬉しそうに、楽しそうに答えるアリスに、少女がどこか羨ましそうに指を咥える。

 そんな少女に、アリスが告げる。

「いっしょにいきましょ? ねえ、私」

 そう告げ、手を差し出すアリスに、少女が少し戸惑い…………やがて笑う。

「そう…………そうね、私も連れて行って、私」

 そう言って、アリスの手を取った…………瞬間。

 

 ふっと、アリスが消えた。

 

 正確には俺の仲魔ではないほうのアリスが。

 視線を残ったアリスにやる。自身の胸に手を当て、目を閉じている少女が何を考えているのか、俺には分からない。

 分からないが…………。

 

「いきましょう? さまなー」

 

 そう言って笑うアリスに、どことなく安堵している自分がいた。

 

 

 * * *

 

 

 魔人 アリス

 

 LV85 HP930/930 MP730/730

 

 力78 魔96 体60 速73 運88

 

 耐性:火炎、氷結、電撃、衝撃

 吸収:呪殺

 

 エナジードレイン 死んでくれる? ネクロマ メギドラ

 メギドラオン マハムドオン コンセントレイト 食いしばり

 

 備考:ファイの時報

 

 

 

「なんじゃこりゃ」

 

 預かり物、とやらをもらい、もう一人のアリスと出会ってから一時間ほど後のこと。

 業斗童子は目の前の起きたことに何も言わず。

「しばしここで待て」

 とだけ告げて去っていった。さて、どうするか、と考えながら何気なくCOMPを弄っていると、アリスの召喚に必要なMAGコストが高くなっていることに気付き、アナライズしてみた結果…………これである。

 

 以前の情報が更新されているので、比較はできないが、レベルが少し上がっている。全体的にステータスも伸びている。それから耐性にも変化がある。特に、弱点が全て消えて、さらに弱点であったはずの火炎が耐性に変わっているのは大きい。

 さらにスキルも一部変化している。

 

 特に。

 

「ファイの時報?」

 見たことも聞いたことも無いスキルである。いや、そもそも備考って何だとか、これ本当にスキルなのか、とか言いたいことはあるが。

「…………これ、もしかして」

 あの時、アリスの片方が消えた。それも俺の仲魔のアリスに触れて、だ。

 アリスと言う存在の始まりを考えるにあれはどう考えても。

「吸収した…………いや、統合した、と言うことか?」

 元は同じ魂なのだ、統合しても何もおかしなことではないかもしれない。そもそも魂がバラバラになるということ自体が不可思議なのだが。

 しかし無数に分裂したアリスの魂を一つ吸収しただけで、ここまで変わるのか。

 

 もし他多数の魂を統合すれば…………もしかすれば。

 

「ジョーカーにも勝てる…………か?」

 

 正直な話。

 

 過去にまで逃げてきておきながら、俺はまだあのジョーカーへの対処法を見つけれていない。

 その手がかりすらも、だ。

 あの圧倒的なまでの暴威にどうやって立ち向かえばいいのか、まるで分からない。

 こちらの切り札であるジャアクフロストですらあっさりと倒されそうな気配がある。

 だから、これは可能性である。

 

「…………だが、賭けてみるだけの価値はある」

 

 問題は俺にあとどれだけの時間が残されているか、だが。

 

 

 * * *

 

 

「よお」

 ともすると、馴れ馴れしいとすら思われるような気軽さで、声を上げた少年を見やる。

 業斗が出て行ってから数時間。いい加減退屈していた俺が様子を見ようと居間を立った時、少年はやってきた。

 一見すると少女とも見間違うばかりの長く白い髪を靡かせながら、今時珍しいとさえ言える、黄緑色の着物を着た少年が何の迷いも無く、この家の敷居を跨ぐと居間へと上がってきた。

「久々だな、恩人」

 恩人、と俺を呼ぶ少年の言葉に、ようやく目の前の少年が誰か、理解する。

「…………ああ、お前だったのか。春壱」

 俺の言葉に、にぃ、と少年が笑う。

 

 葛葉春壱。

 

 かつての葛葉朔良の守護対象であり。

 

 初めて葛葉の里に来た時に、異界化に巻き込まれ、俺が助けた。

 

 葛葉宗家の少年である。

 

「どうしてここに?」

「業斗に連れられてな」

 そう言って視線を向けた先には先ほどの黒猫の姿。

 悠々と座布団の上で丸くなって眠るその姿は猫そのものだが、けれどその中身が別物であることを俺は知っている。

 

 そもそも、業斗童子とは何なのか、と言う話になるので大幅に割愛するが。

 業斗童子とは“罪を犯しその償いのために死後も葛葉に仕える元葛葉の里の人間”の総称である。

 目の前のくつろいでいる猫は、見た目どおりの猫であるが、その中身…………魂は人間のものである。

 故に異能者に対してだけではあるが、言葉を交わすこともできるし、人間のように考えて動くこともできる。

 

 その業斗が彼をここに連れてきた、と言うことはそれ相応の理由があったということであり。

「それで、逆に問いたいんだが…………なんでここにいるんだ?」

 無断で葛葉の里に入った俺に対する事情聴取をするためだと、今になって気付いた。

 

 

「――――と、まあそう言うわけだ。別にここに来ようと思ってきたわけじゃない」

 今までの経緯を簡単にだが説明する。勿論、未来で何が起こったか、と言うのは詳しくは語らない。うっかり流出して情報が漏れればどんな影響があるか分からないからだ。

 あくまで話せる部分だけ、ではあるが、面倒くさがりながら聡明な少年だ、凡その事情を察したのか一つ頷く。

「あい分かった、そう言う事情ならまあ良いだろう。そもそも葛葉キョウジが一度は無断で連れてきてしまっているしな。一度来てしまった以上、もう一度も対して変わらんだろうさ」

 そう言って寛容に笑う少年にほっとする。

 葛葉の里と言うのは存外排他的である。元々排斥された集団と言うだけあって、余所者にやや厳しい部分がある。

 と同時に、葛葉宗家と分家の力が強く、両家が是と言えば里全体が何事も是とする傾向にある。

 だからこそ、宗家の人間である少年がそう言ってくれたのは安心材料であった。

 

「ああ、それと一つ尋ねたいことがあるんだが」

 そんな自身に前置きに、なんだ? と首を傾げ。

「今日は何月何日だ?」

「は…………? 何を言って…………って、アカラナ回廊を通ったんだったな」

 自身の質問の意図にすぐに気付いたのか、春壱が一つ頷き。

「五月十一日だよ」

 その答えに、頭の中で思考を巡らせる。

 俺が異世界へ飛ぶ日か。つまりそれは魔人と戦闘する日であり、初めてジョーカーと接敵する日でもある。

 異世界から帰ってくるまでの空白の二週間、それが俺に与えられた時間。

 

 数秒考え、そうして口を開く。

 

「春壱、頼みがあるんだが」

「ん、なんだ? 恩人、言ってみろ」

 春壱は元々宗家と言っても端っこのほうの、いわゆる爪弾きにあっていた人間だった。

 朔良と同じ、里の中にあって、余り物のような扱いを受けていた人間だ。

 だが最近はそうでも無くなってきているとこっちにやってきた朔良から聞いている。

 だからこそ、ダメで元々、と言った程度でも頼んでみる価値はあった。

 

「あのな――――――――」

 



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有栖とベリアル

* 五月十一日土曜日 *

 

 ――――――――悪魔を召喚できる場を貸してくれ。

 

 そう頼んだ俺の言葉に、二つ返事で承諾を返した春壱が貸してくれたのが。

 

「まさか、異界一つとはなあ」

 

 葛葉の里で管理されている異界の一つだった。

 異界丸々一つ、貸し出すとは、さすが葛葉としか言いようが無い。

 ここまで剛毅なことができるのは、日本では他にヤタガラスくらいだろう。

 

 さて、やることは至って単純だ。

 

 先ほども言った通り、悪魔を召喚する。

 いつかの旅行の時もやったことだが、召喚陣自体は悪魔全書と言うCOMPのソフトウェアの中に入っている。

 だから必要なのは、媒体とマグネタイトだけだ。

 

 そして俺の召喚する悪魔にとって、恐らく媒体なり得るだろうものはすでに持っている。

 

「アリス、頼んだ」

 

 何を隠そう、目の前のコイツ(アリス)である。

 

 

 

 俺には目的がある。

 あの怪物、ジョーカーに勝つと言う目的が。

 そしてそのために見つけたのが、異世界中に散ったアリスの魂の統合、と言う方法。

 

 本来悪魔が活性マグの取得以外でその強さを増すことは滅多に無い。

 何故なら世界ごとにおける悪魔の強さと言うのは、基準がある。どんな悪魔も、同じ悪魔であるならば現界する際の強さは常に一定となる。それはその世界での環境や、悪魔の言われの多さなどに比例すると言われている。

 だから滅多なことでは、悪魔の強さとは簡単に変わらない。強いて言うならば変異させるくらいだが。アリスは例外だ。

 

 何せ元の強さを割った状態が現状なのだ、だからこそ、魂を統合することは、変異するので、突如強くなるのでもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だがそのためには、異世界中に飛び散ったアリスの魂を見つけ出す必要がある。

 アカラナ回廊を使えばそれも叶うかもしれない。ズルワーン・アカラナの名を冠するあの回廊は時間だけでなく、空間を超越し、平行世界にまでアクセスが可能となる。

 だが今の俺にはあの回廊に接続するために方法が無い。あの不可思議な棒は気づけば消え去っていた。

 あれが何なのかは分からない、だが大よその察しはついている。

 それはともかく、他の方法を知らない以上、これは無理だろうと思っている。

 

 だがだからと言って諦めるわけにはいかない。

 

 だからこそ、俺はもう一つの方法を探り当てる。

 

 それがこれから行う召喚である。

 

 ――――アリスを悪魔と化した悪魔に直接聞く。

 

 名前はすでに分かっている。

 

 魔王ベリアル…………アリス曰くの赤おじさん。

 堕天使ネビロス…………アリス曰くの黒おじさん。

 

 このどちらかを呼び出し、そしてアリスの魂について聞く。

 

 そのために召喚陣はすでに作成してあるし、その媒体としてアリスを使う。

 アリスと縁故のある悪魔と言えば最早その二体しか無いだろう。余計なものを引き当てにくい上に、どちらが来ても目的は達成できる。

 

「アリス、行くぞ、準備はいいか?」

「だいじょーぶ」

 

 アリスが召喚陣の傍に立ち、それから、そっと口を開く。

 

()()、赤おじさん」

 

 短く、端的な言葉。

 それでも、言葉自体に意味は無くとも、呼びかけた、と言う事実は残る。

 それに反応して、召喚陣が鈍く輝く。

 

 ごご、ごごごご、と低い地響きのような音を立てながら、召喚陣の中央から何かが現れる。

 それはまるで爬虫類のような異形だった。

 三叉矛を手に持ち、その全身は橙がかった赤の鱗に包まれている。

 

「我が名はベリアル、我を呼ぶ者は誰ぞ」

 

 すっと、足を一歩踏み出した、それだけのはずなのに、ずどん、とと言う重低音が響く。

 これが…………魔王。その威容に驚きはするが、けれど以前であった時は、今以上の凄みがあったため、萎縮はしなかった。

 けれど、ベリアルのその視線を俺を認める。瞬間細められた目に、ごくり、と喉がなった。

 けれど、自身の傍に立った少女へと視線が向くと…………その雰囲気が一変する。

 

「おお…………アリス」

 

 少女、アリスの姿を認めると同時、その異形の顔が傍目からも分かるくらいに、破顔した。

 

「ふふ…………またあったわね、赤おじさん」

 

 一方の少女、アリスはいつもの調子を崩さず、笑う。

「また出会えるとはな…………先日にあのような別れをしたから心配していたのだぞ」

 再びアリスに会いに行くために、新しく分霊を用意しようとしいたのだぞ、と言うその言葉を聞いて、思わず俺の頬が引きつる。

 こんな超高レベル悪魔の分霊が帝都にやってくれば大事間違い無しである。先に召喚しておいて良かった、と内心で呟いた。

「さあ、おじさんと一緒に帰ろう。黒おじさんも待っている」

 そう言って手を差し伸べるベリアルに、アリスは。

「だーめ」

 そう言ってあっさりと切って捨てた。

「どうして?」

「ふふ、だってさまなーが…………有栖がいるもの」

 その言葉に、ベリアルがぎろり、とこちらを見つめる。

 見つめて、見つめて…………その目を大きく開かれていく。非常に分かりやすく驚愕していた。

 どうして? そんな自身の内心の問いを他所にベリアルが何かを呟く。

「…………まさか…………はずが…………もしや……………………の…………」

 やがて言葉を止め、こちらを見つめるベリアル。

 

 実際に、ベリアルと対峙するのはこれで二度目である。

 

 一度目は以前に王と対峙する直前。あの時はアリスにしか目が行ってなかったため、ベリアルからすればこちらをまともに見るのは初めて、と言うことになるのだろうが…………。

 どうにも様子がおかしい。それも、アリスではなく俺を見てからだったように感じる。

 

「…………それで、何の用だ、人間」

 

 やがて、気を取り直したらしいベリアルが、こちらに向けてそう尋ねてくる。

 その視線に込められた感情が、先ほどとは違うような気がしていたが、けれどそれが具体的にどういった類の感情かまでは推し量れない。その辺りはさすがに悪魔、と言うことだろうか。生きている時間が違いすぎる。

 けれども。

 

「アリスの魂を探している」

 

 告げた一言に、一瞬で空気が変わった。

 

「……………………何故知っている」

 

 発せられた言葉は、今までで一番低い音だった。

 明らかに視線が変わった。先ほどまでの何とも区別がつき難い物から、はっきりとした警戒の視線へと。

 

「知ってるよな? 知らないわけ無いよな? アリスを悪魔にしたあんたたちが、探さないはずないよな?」

 

 そんな俺の言葉に、ベリアルが一瞬、目の前のアリスへと視線を向け…………。

 

「……………………………………ロッポンギと呼ばれる地へ来い」

 

 たっぷり数秒、沈黙を保ち、それから苦悩を押し殺したかのような声でそう呟いた。

 

「死者の塔でお前たちを待とう」

 

 呟きと共に、その姿が崩れ落ちていく。

 帰還しようとしている、そう理解はしていたが、留めはしなかった。

 だんまり、と言うのは無いとは思っていたが、最悪ここで戦闘する可能性も考えていただけに、この結果は悪くないと言える。

 

 そうしてベリアルが完全に世界から消え去り。

 

「アリス」

「ええ、有栖」

 

 俺たちは。

 

「行くぞ」

「いきましょう」

 

 召喚陣に背を向けた。

 

 

  * * *

 

 

 昔ならともかく、いくら隠れ里に近い葛葉の里とて、近代化に合わせてそれなりのハイテク化を遂げていく。

 それでも守るべき一線のようなものはあるらしいが、移動手段くらいはその範囲内だ。

 葛葉の里から車で一時間。一番近くの駅にたどり着き、送ってくれた運転手に礼を言ってさらに電車に乗って三十分。そこで新幹線へと乗り換えて一路東京へと戻ってくる。

 戻ってきた東京の相変わらずの雑多さに、辟易しながら都内を走る電車を乗り継ぎ、六本木を目指す。

 

「………………もしもし」

『なんだ、お前か…………何か用か?』

 

 次の乗り換え電車を待つ間の五分にも満たない僅かな時間。

 だが電話をかけ、用件を話す程度には十分だった。

 

「ああ、割と重要なことだ」

『…………話せ』

 

 ホームの端の人の居ないところを選んでかけたので、周囲に人は居ない。

 それでももう一度見回し、誰も居ないことを確認して、電話に向けて呟く。

 

「十五日後に絵札が動く」

『……………………具体的には?』

「吉原市一帯の異界化。ただ確認できた限りでは一般人の巻き添えは無かった、異界は…………なんつうか、紅い月の出た夜、と言う感じだったな。中は吉原市の町並みそのものだったから、恐らく異界としの独自性はあの月だけだろうな。それと異界内では死霊の騎士みたいなのが跋扈していたな、倒すと自爆して仲魔を呼んでた」

 

 それは一つの賭けだ。

 と言っても勝算は高い賭けだったが。

 

 未来を変えれば俺は消滅する。

 

 それがアカラナ回廊を使った人間のルール。

 だがあの炎は俺を観測者と言った。

 観測者が観測した未来は確定される。

 だが逆を言えば。

 

 未来で俺が知らないことは変えられる。

 

 あの時、異界内で和泉以外の存在に出会うことは無かった。

 だからこそ、俺が知らなかっただけで別の誰かがあそこに居たかもしれないし、居なかったかもしれない。

 そう言う仮定が立てることができる。

 だからこそ、事前にキョウジに連絡をしても、恐らく未来は変わらない。

 と言うよりも、現段階では確定されていない部分なのではないだろうか、と予測できる。

 それでも、リスキーではある。もしこの仮定が間違えば、俺は消滅するかもしれないのだから。

 だがその僅かなリスクを冒してでも、キョウジに連絡を取る意味は大きかった。

 

『確認した絵札のやつらは?』

「俺の知る限りでは一人だけ……………………ジョーカー、と名乗る男だ」

 

 その言葉に、電話の向こうからの反応が途切れる。

 恐らく思考に没頭しているのだろうと予想し、相手からの反応を待つ。

 

『程度は?』

「異界のか? それとも、ジョーカーのか?」

『両方だ』

「異界のほうは死霊騎士以外にも異形がいたが、どれも大したことは無い。レベル20か30程度だろうな。問題はジョーカーだ…………はっきり言うが、現状どうやっても勝ち目が見えない」

『それほどか?』

「ああ…………しかも、何故かは知らないが、俺にご執心らしい」

 

 月の血…………それが何のことかは知らないが、少なくともやつは俺をそれだと思っているらしい。

 

 少なくとも、やつは諦めないだろう。何のためにこんなことをしたのかは知らないが、例え十五日先を逃げても俺を殺そうとどこまでもやってくるだろう。

 俺にできるのは二つだけだ。

 

 元を断つか、目の前を断つか。

 

 つまり、やつが俺に執心する理由を断つか、やつ自身を断つかの二択だ。

 

 だがやつが俺の何を目当てにしているのか分からない以上、選択肢は一つだ。

 

「今からやつを何とかするための手段を手に入れに行く、しばらく連絡つかなくなるかもしれない」

『……………………なるほどな、了解だ』

「それと…………一つ頼みがある」

『…………ほう、言ってみろ』

 

 一呼吸置き。

 

「――――――――――――」

 

 告げた言葉は、けれど目の前を過ぎった電車の音にかき消される。

 だが、電話の向こうには届いたらしく。

 

『…………………………………………何?』

 

 怪訝な声が返ってきた。

 

『どういうつもり…………いや、何をするつもりだ』

「必要なんだ…………頼む、キョウジ」

 

 そう言って、電話の向こうの反応を待つ。

 電話の主、葛葉キョウジはしばしの間、沈黙を保ち…………やがて。

 

『良いだろう、掛け合っておいてやる』

 

 そう返した。

 

「ああ、恩に着る…………できれば、二週間以内に頼む」

『…………分かった、用意しておこう」

 

 用件は終わった、そう思い、電話を切ろうとして…………。

 

『有栖』

 

 キョウジが、俺の名を呼んだ。

 

「どうした? 何かまだあったか?」

 

 そう尋ねた俺の言葉に、けれど珍しく何かを言いよどんだような様子で。

 

『……………………いや、何でもない。報告受け取った、切るぞ』

 

 そう告げて電話を切った。

 

「…………なんだったんだ?」

 首を傾げ、頭を悩ませる。

 けれどそんな俺の思考を打ち壊すように、ちょうど目的の電車はやってくる。

 

 ガラン、と開いた電車のドアから次々と人が降りてくる。

 そうして入れ替わりに入っていく人たちを見つめながら。

 

「おっと、俺も急がないとな」

 

 人の波に混ざって電車へと入っていく。

 その頃には、先ほどのキョウジへの違和感など、すっかり頭の中から消え去っていた。

 

 そこにどういう意味があったのかすら、知らずに。

 

 

 * * *

 

 

「けっこう遅くなったな」

 電車を乗り換えること都度3回。葛葉の里から数えると片手じゃ足りない程度の回数電車を乗り継ぎ、ようやく六本木にたどり着く。地下を通ったり、地上に出たりで、いまいち時間の経過が実感しづらいが、思ったよりも長かったらしく、朝に葛葉の里を出て、今はもうすっかり夕暮れだ。

 まあ朝と言っても、ベリアルの召喚などで時間を潰してしまっていたので、凡そ昼前と考えればそれほど長かった、と言うわけでも無いだろうが。

 ただ、これから悪魔と逢うのに、黄昏時と言うのは少しばかり具合が悪い。

 しかもさらに時間をかければ直に逢魔時へと至る。そうなればさらに具合が悪い。

 

「…………戦いにならなきゃいいんだがな」

 

 けれど。葛葉の里でマグネタイトを補充させてもらったのは、それも避けられないだろうな、と言う予想から来るものだ。

 一本、駅から抜け出、街へと足を踏み入れる。

 

 そうして、すぐに気付く。

 

 風に乗って運ばれる微かな臭い。

 

「……………………死臭か」

 

 死人(シビト)の気配。

 

 そうしてベリアルが告げた死者の塔と言う言葉。

「…………具体的な場所を言わなかったのは、これが分かっていたからか」

 一歩でも街に踏み入れば、デビルサマナーなら容易に気付く異常性。

「分かるよな、アリス」

 COMPの中のアリスへ向けて、呟くと。

 

 ――――うん、おじさんたちのけはいがするよ

 

 COMPの中から届いた声に、一つ目を閉じる。

 とくん、と心臓の鼓動が聞こえる。

 雑踏、人の声、信号機の鳴らす電子音、車の音。

 街のあちこちから聞こえる、人の営みの音。

 だからこそ、分かる、そこに混じる異常の気配が。

 

「あっちか…………」

 

 目指すはあの街の中から突き出たビル。

 

「行くか」

 

 一つ呟き、足を踏み出した。

 

 




ぐああああああああああああああああああ。
伏線にしようと思ってた部分、まさか消し忘れてそのままにしてた。
ちょっと修正しました。見てしまった人は見なかったことにしてください(


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有栖と死者の塔

 

 * 五月十一日土曜日 *

 

「ランタン!」

「マハラギオンだホ!」

 ランタンの放つ火炎に飲み込まれ、ゾンビの群れが一掃される。

「アリス」

「メギドラ」

 残ったゾンビたちもアリスの魔法で吹き飛ばされ。

 

 そしてすぐに次が来る。

 

「走れ」

 仲魔たちを引き連れ、薄暗い廊下を疾走する。

 薄汚れた埃まみれの廊下に、はっきりと残る靴跡を辿る。

 建てられた当時のまま、一切手を付けられていない廃ビルは、けれど二体の悪魔の引き起こす異界化によって、その内部構造はまさしく迷宮と化していた。

 そんな迷路には死人(ゾンビ)の群れがさ迷っている。

 

 そんな中を走った。

 

 だって俺は。

 

 鬼ごっこの、鬼なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 廃ビルに一歩踏み入れた時。

 

 一瞬俺は、五、六年ほど時間を遡ったかのような錯覚に陥った。

 

 廃ビルの玄関を抜け、そして正面ロビー。

 

 そこにいたのは一人の少女。

 

 そして無数の死人(シビト)

 

「あら?」

 

 赤と黒、二つの人形を抱いた少女は、入ってきた俺を一瞥し、首を傾げた。

 

「お兄さんだあれ?」

 

 金の髪の少女はそう言って、笑みを浮かべる。

「有栖…………俺は、有栖」

 そう告げると、きょとん、と少女が目を丸くし、そして微笑んだ。

「あら、奇遇ね、私もアリスって言うの」

「知ってる」

 そう返すと、少女がまた目を丸くし。

「ふふ、お兄さん面白いヒトね」

 そう言って笑う少女を他所に、俺はCOMPを操作する。

 

 SUMMON

 

 呼び出された悪魔は…………目の前の少女と瓜二つ。

 さすがにこれには少女も驚いたようだった。

 俺が呼び出したアリスは目の前にいるもう一人の自分に向って笑いかける。

「ねえ、わたし(アリス)

「アリス、お前を迎えに来た」

 

 そうして。

 

「いっしょにいきましょう?」

「一緒に来い」

 

 そんな俺たちの言葉に。

 

「どうしようかなあ」

 

 少し悩んだ風の少女。そうして数秒考え、くるり、と身を翻して。

 

「なら、鬼ごっこしましょう。お兄さんと(アリス)が私を捕まえたらお兄さんたちの勝ち、その代わり」

 

 少女が笑う、哂う、嗤う。いっそ残酷なほどに、凶悪に、悪魔の笑みを浮かべ。

 

「捕まえられなかったら私の勝ち、その時は」

 

 そしてこう言う。

 

「死んでくれる?」

 

 瞬間、少女の周囲にいた死人の群れが動きだす、明らかにこちらへと襲いかかってくる。

 

 かくして、互いの命を賭けた鬼ごっこが始まった。

 

 

 * * *

 

 

「どんだけ殺してんだこいつら!!」

 倒しても倒して沸いてくる死人(ゾンビ)の群れに思わずそう零す。

 ジャックランタンで焼き払い、アリスで滅する。

 そうしてもう軽く百程度は倒したはずだが、それでも死人たちはどこからとも無く次から次へと沸いてくる。

 

 だいたいこれだけの数、どうやって維持しているのだ?

 

 このビル内の有力な悪魔は恐らく3体。そしてこの死人の群れはその中でも目前を走る少女、アリスの作ったものだろう。

 アリス曰くのトモダチ。二度目の邂逅の際も、アリスは死人の群れを連れていた。分かたれたと言えど、元は同じアリスと言う悪魔なのだ。やっていることは確かに良く似ている。

 だからこそ、分かる。アリス自身にこれだけの死人を維持するだけのマグネタイトを集めることは不可能だ。

 必然的に、どこからか足りないマグネタイトを補っている、つまり。

 

「…………それが赤おじさんと黒おじさん、ってことか」

 

 いつからアリスたちがこの六本木に居たのかは知らない。だが、ゆっくりと、静かに、そして密かに潜み続け。

 そうしていつの間にかこれだけの数の死人を作っていたと言う事実に驚愕する。

 恐らく、ここ一年二年と言うことは無いだろう。

 確かに日本だけで見ても毎年行方不明になっている人間と言うのは多くいる。

 世界規模となればもっとだ。あの魔王たちがどこまで動けるのかは分からないが、ここ東京都内だけで見ても毎年何人何十人といる。毎月一人か二人、気付かれない程度に人間を喰らっていても、ほとんどの人間はそもそも気にもしない、ましてや気付くはずも無い。

 行方不明と家出の区別は難しい。財布や携帯、と言った必需品が残っているならともかく、それが無いのなら警察は余程の証拠が無い限り事件性無しとしてまともに相手にされない。

 そして警察はある意味ヤタガラスの尖兵である。警察のほうで不可解とされるケースの事件がヤタガラスに回され、そこで悪魔が関連しているかの調査が始めて入る以上、警察が動かなければ、例え悪魔が関係していたとしてもほとんどの場合、気付かれることが無い。

 

 だから悪魔が現代に潜むのは意外と難しくないのだ、ただし書きで、知恵があり理性が働くのなら、と言う一文が付くが。

 

 大抵の悪魔はこれが満たせない。

 何せ悪魔にとって人間とは()に近い。

 

 本能のままに暴れまわり、そして多少の知恵をつけたところでそれは狡猾になるだけで、悪知恵でしかない。

 姿形を隠したところで、同じ場所で何人もの人間が居なくなればそれはすぐに異常として察知される。

 知恵をつけた悪魔のほとんどがここに当てはまる。

 

 だからこそ、油断ならないのだ。

 

 人の社会を乱さず、壊さず、ひっそりと生きている悪魔。

 

 それは理性が働いている証左でもある。

 それは人の社会に溶け込んでいる証でもある。

 一度紛れ込まれてしまってはそれを見つけるのは難しい。

 そして排除するのはもっと難しい。

 

 テリトリーに触れない間は見つけることすら難しい。

 何故なら理性を働かせ、領分を守っているから。

 そしてだからこそ、その領分を侵せば、テリトリーの中で砥いだ牙を向けて襲い掛かってくる。

 

 そしてそう言う悪魔は大抵強い。はっきとして個があるほどの強大な悪魔なことが多い。

 

 そう言う意味ではこのビルの二体はとびっきりだろう。

 

 何せ。

 

「魔王ベリアルに堕天使ネビロスね」

 

 どちらもこの業界ではビッグネーム。特にベリアルなど、並どころか、ほとんどのサマナーは一生かかってもお目にかかることは無いだろう。

 

「ランタン」

「マハラギオンだホー!」

 

 視界内の残った最後の死人を燃やし尽くすと、大分遠くに行ってしまった少女を追いかける。

 そうして少し走ってすぐに気付く。

 

「出なくなったな死体ども」

 

 死人たちが出てこなくなった。それ故に、少しずつだが少女へと追いついてくる。

 本来の悪魔の力を発揮すればすぐに引き離すこともできるだろうに、あくまで人間レベルでの動きしか行わない少女、だとすれば普通に走っても歩幅の問題で自身のほうが速いのは自明の理である。

 本気を出さないのは恐らく、これが少女曰くの“鬼ごっこ”だからだろう。

 

 だからこそ、付け入る隙はある。

 

 一段ギアを上げる。

 こちらはこちらで、死人たちのせいで全力疾走はできなかったが、それも最早無くなった。

 レベルの高いデビルバスターは常人離れした動きができるが、自分だって相応のレベルのサマナーだ。

 仲魔を使わない前衛タイプのデビルバスターたちには劣っても、並の人間をぶっちぎる程度の速度は出せる。

 

 ぐんぐんと詰まる差、少女が振り返り、目を丸くする。

 

 そうして笑って。

 

 すぐ傍にあったビルの一室へと姿を消す。

「逃すかよ」

 すぐ様その後を追って、部屋の扉を開き…………。

 

「なっ!?」

 

 思わず足を止め、目を見開く。

 部屋には何も無かった。剥き出しのコンクリートに覆われた何も無い部屋。

 視界の先にいたはずの少女は忽然と姿を消し、どこにも見当たらない。

 

「異界だから空間が歪んでるのか?」

 

 一つ言えることは、これで少女を完全に見失った。

「くそっ」

 思わず毒づき、そうして隣でアリスが首を傾げている事に気付く。

「さまなー…………まだ、居るよ?」

「なに?」

 俺が疑問符を浮かべた次の瞬間。

 

「ふふ…………見つかっちゃった」

 

 ぬるり、と空間から溶け出すように、少女が姿を現す。

「ふふ、楽しかったわ、お兄さん」

 少女、アリスがにこにこと笑いながら言う。

「じゃあ」

 一緒に来てくれ、そう言おうとして。

「次はかくれんぼね。私とっても得意なのよ?」

 俺の台詞を遮るように、少し得意げな表情で、少女が告げる。

「じゃあ、十数えたら探してね」

 そう言って、少女が部屋から出て行こうとして、直前、立ち止まる。

「ああ、そうそう言い忘れてたわ」

 まるで楽しくて仕方ないと言った様子のまま、少女が笑みを貼り付けて。

 

「こわーい鬼さんたちがお兄さんを探してたから、見つからないようにね?」

 

 そう言い残し、そして部屋から出て行った。

 

「さて、どうするかな」

 

 部屋に残り、そう呟く。

 

 一つ疑念がある。

 

「なあアリス」

「なあに?」

「このままかくれんぼに付き合ったとして、本当に満足すると思うか?」

 そんな俺の問いに、アリスが珍しく目を丸くする。

 そうして噴出すように笑い。

 

「するわけないじゃない」

 

 そう言って、嗤った。

 

 

 * * *

 

 

 空は灰色の雲に覆われている。

 太陽は遥か古来より、魔除けの象徴だ。その光は魔を退ける力があるとされ、だからこそ、魑魅魍魎の類と言うのは夜に現れる。

 と言っても、今はまだ日が沈むには幾分か早い。灰色の雲の向こう側には眩しいほどに陽光が輝いているのだろう。

 

「――――――――night」

 

 吹き曝しの屋上はいつも風が強い。夏を前にする今の季節だと、むしろ涼しくて良いのだが、冬に入ればそれはそれは寒いだろうことは簡単に予想できた。

 

「――――all is bright」

 

 びゅうびゅうと屋上に吹き荒ぶ風に乗って、声が聞こえた。

 

「Round yon Virgin――――」

 

 それは歌だった。

 

「――――so tender and mild」

 

 おいで、おいで、と。少女は歌う。

 

 からっぽなビルの屋上で。

 

 一人孤独に。

 

 おいで、おいでと。

 

 少女は歌う。

 

 

 * * *

 

 

「良いのか?」

 黒い執事服にシルクハットを被った男が、自身の正面に立つ紅い服を着た巨漢の男へと尋ねる。

 黒の男の問いに、赤の巨漢は数秒考え込むかのように押し黙り。

「…………仕方あるまい、お譲ちゃん自身が望んでいるのだから」

 搾り出すかのような声で、そう答えた。

「確かに…………あの子をこのままにしておくわけにもいくまいが…………さりとて、本当に託しても良いものか」

 黒の男の言葉に、赤の巨漢が一つ頷く。

「だからこそ、試している。もしお嬢ちゃんが拒絶するのなら、その時は」

「良いのか? あの少年、あの御方の…………」

「例えそうだとしても…………我はやるぞ」

「…………ならばもう是非も無い。こちらも付き合おう」

 

「「全てはあの子(アリス)のために」

 

 

 * * *

 

 

「よんでる」

 ふと、上を見上げながら、アリスがそう呟いた。

「呼んでいる? 誰が?」

わたし(アリス)が」

 その視線の先はどこに届いているのか。一つ上の階か、二つ上に階か…………それとも。

「どこにいる?」

「ずっとうえ…………たぶん、いちばんうえ」

 アリスのその答えに、僅かに目を細め。

「…………屋上か」

 すぐに動き出した。

 

 最早廃ビルの中にこちらを邪魔する存在は居ない。

 

 さすがにエレベーターなんてものは無いが、それでも階段を使えば良い。

 無言で黙々と階段を進む。その中で気にかかることがあった。

 

 死人たちのことである。

 

 アリスにとって、死人とはトモダチである。

 少なくとも、俺の知るアリスはそうだった。そして同じ存在である以上、このビルの主である少女もそうなのだろうことは予測がつく。

 だからこそ、理解できない。このアソビで、どれだけのトモダチをすり減らしたのか。

 最早一人も居なくなったトモダチと、それらを焼き殺してきた俺たち。

 そんな俺たち相手に、少女が一体何を考えているのか、理解できない。

 

 死んでくれる?

 

 いつかも聞いた言葉である、それは俺とアリスの契約の始まり。

 

 次に聞くのはきっと、契約が果たされるその時だと思っていたが、思わぬところで聞くことになったものである。

 そう尋ねると言うことは、少女の孤独は埋められていない。少女はさらなるトモダチを欲している。

 だと言うのに、今ある死人(トモダチ)を捨てるような真似をしているのが分からない。

 

「どういうことだと思う? アリス」

 

 だから、本人に聞いてみることにした。

 

「さあ?」

 

 そんな俺の問いに、アリスが答える。

 

「わかんないよ」

 

 笑っているな、泣いているような、そんな表情で。

 

「…………そうか」

 

 そんなアリスの表情に、どうしてか、胸が締め付けられるような錯覚があった。

「…………気のせいだろ」

 吐き捨て、そうして記憶の彼方に追いやる。

 どうしたの? と言った様子でアリスがこちらを見ている、その表情に先ほどまでの哀愁の色は無い。

「何でもない」

 

 そう、本当に何でもない、ただの戯言、気の迷いだ。

 

 心に秘め、そのまま蓋をし、鍵をつける。

 それで何もかも忘れる。

 忘れなければならない。

 だって。

 

「着いた」

 

 もう目の前に屋上の扉があるのだから。

 

 アリスに確認を取る、ここか、と。

 アリスが頷く、ここだよ、と。

 

 扉の取っ手を掴み、ゆっくりと、扉を開いていく。

 

「あら…………見つかっちゃった」

 

 楽しそうに、嬉しそうに、愉快そうに。

 

 笑い、哂い、嗤う。

 

 少女(アリス)がそこにいた。

 

 



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有栖とネビロス

 * 五月十一日土曜日 *

 

「あら…………見つかっちゃった」

 屋上に一歩足を踏み入れた俺を待っていたのは、異様だった。

 濃い。空間に撒き散らされたマグネタイトの濃度がここだけ一際濃い。

「お前が呼んだんだろ」

 歌。そう、歌に導かれ俺たちはここにやってきた。

 呼んだのは少女だ、自身の視線の先で佇むこの少女が自身たちをここに呼んだ。

 

「俺たちと来ないか?」

 

 一歩、足を踏み出し、少女を見据え、尋ねる。

 その言葉に、少女の瞳が揺れる、揺れている。

 その反応で、何となく、理解した。

 

 少女はすでに理解していたのだと。

 

 いくらトモダチを作ろうと満たされることの無い空虚感の意味。

 ただの悪魔ならそんなもの抱かなかったかもしれない。

 恐らく少女を()()()悪魔たちにも理解できないだろう。

 

「寂しい、よな」

 

 呟いた言葉に、少女がぴくり、と反応した。

 

「虚しいよな」

 

 きゅっと、唇を固く結び、何かを堪えるかのように、少女が俯く。

 

「死んだ人間をいくら操ろうと…………それはただの人形だ、お前(アリス)の一番欲しかったものは、お前のその空虚を埋めてくれる物は手に入らない」

 

 恐らく、だが…………この少女がこうなったのはそれほど昔のことではないのだろうと予測する。

 出なければもっと早く破綻していただろうから。

 少女を生み出した悪魔たちがいくつの次元を超え、いくつの魂の欠片を集めたのかは知らないが。

 なまじ力が増しただけに気付いたのだろう、理解したのだろう、分かってしまったのだろう。

 人間だった頃の感情と言うのを、僅かなりとも思い出してしまったのだろう。

 

 かつて少女が完全だった頃に、それでも耐え切れず捨ててしまったそれを、目の前の少女は自らの欠片を取り戻すことで僅かなりとも取り戻してしまった。

 

 彼女を生み出した悪魔たちがどれほど頑張ろうと、けれど意味は無いのだ。

 何せ、彼女が耐え切れなかったその原因が何も解決されていないのだから。

 

 目の前の少女は、このままでは遠からず破綻する。

 

 それを、少女自身は理解していて。

 

 そして彼女を生み出した悪魔たちは理解できない。

 

 どれほど人を…………少女を慈しもうと。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一歩。足を踏み出す。少女が動かない。

 

「一緒に行こう」

 

 さらに一歩。

 

「俺たちと一緒に」

 

 そうして。

 

「迎えに来た、これからはずっと一緒だ」

 

 その手を取った。

 

 

 ――――――――瞬間。

 

 

 パリン、とガラスが割れるような音がして。

 

 

 少女が砕け散った。

 

 

 * * *

 

 

 ビルの屋上から見える空は、地上で見えるそれよりもはるかに近い。

 手を伸ばせば届きそうで、けれど届かないそれは、遥か昔から人が焦がれてきた決して届かないはずの領域だった。

 そう、だった。過去形だ。人は空を飛ぶ、飛行機と言う機械の力を使い、ついに大空と言う届くはずの無かった世界へと羽ばたいた。

 それはかつての人の見果てぬ夢の一つ。

 

 闇に覆われた夜の空に手を伸ばす。

 

 夕暮れ時を過ぎた新月の空は墨を塗りたくったような黒に染まっている。こんな都会では星すら見えないほど地上は明かりに満ち溢れている。

 

「お前は…………ここから何を見ていたんだろうな」

 

 手の中にあるソレを一瞥し、そうして誰にとも無く呟く。

 水晶、と言った感じだろうか、見た目だけならば。

 よく見れば半透明なその内側に炎のようなものが渦巻いているのが見える。

 

 魔晶。

 

 そう呼ばれる物の一つ。

 それは文字通り、悪魔の力の結晶。

 

 砕け散った少女(アリス)。そして俺の手に残された魔晶。

 

 これは少女の思いの欠片。篭められた思いは、寂しさ。そして充足感。

 どうやら最後の最後、俺たちは間に合ったらしい。

 

 兆候はあった。

 

 アリスにとってトモダチであるはずの死人たちを捨てるような真似をしていたのもそうだし。

 それを倒した俺たちに何の憤りも見せなかったこともそう。

 

 俺がアリスと契約をしたあの日のことを未だに覚えている。

 あの時、アリスは両親の遺体を取り戻そうとした俺の行為に、激しく抵抗を示した。

 つまり、あのゾンビどもをトモダチを思っているアリスにとって、それが通常の反応なのだ。

 だからこそ、比較すれば一目瞭然だ。

 

 あの少女は、最早死人たちをトモダチだと認識してしない。

 

 その理由を考えてみればすぐに分かる。

 何らかの理由でそれをトモダチとは思えなくなってしまった。

 

 まるで人間のような感性だ。とても悪魔のものじゃない。

 だからきっと、人間のような感性を取り戻したのだろう、そんな予測。

 

 だから鎌をかけてみた。

 

『俺たちと来ないか?』

 

 と。

 

 あの時、少女の瞳は揺れていた。

 迷っていた。

 少なくとも、即断できない理由があった。

 まあだからと言って俺の予想が絶対に当たっているなんて勘違いは起してはいないが。

 だから、後は賭けだ。

 もしかしたら、俯いて泣いているフリをして、近づいた俺を殺す可能性もあったかもしれない。

 

 可能性、可能性の話。

 けれど、どうしてか、確信があった。

 大丈夫だ、と言う確信。

 どうしてかは分からない、アリスと長年暮らしてたから? それとも、何か別の理由があったのか。

 もしかすればただの気のせいだったのかもしれない。

 それでも俺は、賭けに勝った。

 

 なんて言うと、打算だらけのようにも聞こえるが…………。

 

「結局、放っておけなかっただけなんだろうな」

「…………なにが?」

 

 呟いた独り言に返ってくる言葉。別に返事を期待したわけでもないが、それでも何となくいるだろう予想はついていた。

 

「あいつも結局、お前だ。アリスは少女(アリス)で、少女(アリス)はアリスだ」

 

 アリスはアリス、元が同じ存在なのだ、今俺の後ろにいる少女と先ほどまで目の前にいた少女が全く同じだとは言わないが、それでも突き詰めれば同じアリスなのだ。

「…………やっぱ、見捨てれねえよ」

 俺の半身と同じ顔で同じ姿で同じ魂のやつが顔を伏せっているのだ。それを見過ごすのは俺には無理だった。

「ふーん」

 そんな俺の言葉に、どこか不満げな様子のアリスが俺の背へとしなだれかかってくる。

「ねえ、有栖?」

 ふいに耳元で囁かれる言葉。

 

「わすれないでね? 有栖とけーやくしたのは、わたしなんだから」

 

 どこか感情的な声で、そう呟いたアリスに目を丸くする。

 

「だからね、有栖」

 

 ぎゅっと、背から首へと回された手に強く抱きしめられる。

 

「ダメだよ? かってにしんだら」

 

 そうして、その言葉に篭められた感情にようやく気付く。

 

「有栖は…………わたしのなんだから」

 

 嫉妬だった。

 

 

 * * *

 

 

「初めまして」

 言いたいことだけ言ってCOMPの中へと戻っていったアリスと入れ替わりになるように、ぬらり、とその男が影のようにそこに現れた。

「…………ああ、あんたがネビロスか」

「いかにも」

 黒いシルクハットの紳士風の男がペコリとお辞儀をする。

 いかにもサマになっているその風体だが、けれど目の前の男が強大な悪魔であることには変わり無い。

 油断だけはしないよう、いつでも戦闘に入れる体勢を作っていた、その時。

 

「我らをキミの仲魔にしてもらえないだろうか」

 

 発せられた言葉に、思考が止まった。

「…………どういうつもりだ?」

 怪訝げに尋ねる俺の言葉に、男…………堕天使ネビロスが心外だ、と言わんばかりに肩をすくめる。

「それほど不思議かね? 私たちが長年この場所にいたのはアリスを匿うためだ。そのアリスがキミと共に行くと決めたのなら、私たちにこの地に留まる理由も無い」

「俺と共に来る理由は?」

「アリスが心配だから、ではダメかね?」

 自身が助けた子が心配だ、確かに不思議な理由でもない。

「ああ、不自然だな」

 

 ()()()()()()()()()()

 

「まあ別に心配だって言うその思いそのものが嘘だとは言わねえよ」

 そこまで親身になれなければ、そもそもアリスなんて悪魔は生まれていなかっただろうから。

 だからこそ、そこは別におかしいとは思わない。

 では、何がおかしいのか。

 

「悪魔が自分から契約を求めるのが何よりも不自然なんだよ」

 

 そして、何よりも。

 

「俺と契約することに何の利がある?」

 

 それが一番引っかかる部分だ。

 ただアリスが心配だと言うのなら、適当な監視でも置けばそれだけでも良いし。

 今まで自分たちが顕現するだけのマグネタイトに加え、さらにアリスの分まで集めていたのだ、アリスを俺が引き取った分、余裕は出るはずなので、強さを発揮することができないと言うことも無い。

 悪魔がサマナーと契約する最も分かりやすい理由は、強くなるため、だが俺はそこそこのレベルのサマナーではあるが、ベリアル、ネビロスと言った強大な悪魔と契約できるほど強いわけでもない。

 つまり、何の利も無いのだ、この強大な悪魔が俺と契約しても。

 

 俺にとっては利だらけである、だがそれだけで契約を交わすほどようなやつはただの馬鹿だ、そんなやつがいるならサマナーどころか、デビルバスター辞めてしまったほうが良い。

 

 悪魔なんて基本的に信用も信頼もしてはならない存在なのだから。

 

 話を額面通りに受け取っていれば、良い様に踊らされて食い物にされるのがオチ、それが悪魔と言う存在なのだから。

 

「はっきり言おうか、俺はお前らが信用ならない。お前らが何考えているのか分からないし、お前らが何を企んでいるのかも分からない。けどどう考えても何か腹に一物抱えている俺には制御できない悪魔…………そんなやつと契約なんてできるはずないだろ?」

 

 こちらの制御を容易く食い破り、いつでも俺を殺すことのできる、信用できない仲魔。

 そんなものただの邪魔でしかない。

 俺の言葉に、男が一瞬言葉を止め…………やがて観念したかのように口を開いた。

 

「端的に言おう…………私たちは、キミが信用ならない」

 

 そう言って、その空虚な瞳をこちらへと向けてくる。

 人に化けているとは言え、元は悪魔、そこには何の感情も浮かんではいない。

 

「アリスはキミを選んだ、私たちは彼女の意思を尊重しよう。それを否定はしたりしない。だが本当にキミに任せて大丈夫なのか、分からない」

「もし、俺がアリスを従えるのに相応しくないのなら?」

「その時は…………いかなる手段を用いても、()()()を殺し、アリスを連れ帰る」

 

 その瞳に、ようやく浮かんできた感情は、怒り。

 もし相応しくないのならば、殺す…………そんな意味を篭めて睨み付けて来るネビロスの視線に。

 

「っは、やってみろ、老いぼれども」

 

 にぃ、と嗤って返した。

 

 

 * * *

 

 

 魔人 “■■■■■■”アリス

 

 LV90 HP1360/1360 MP1270/1270

 

 力85 魔115 体79 速91 運103

 

 耐性:火炎、氷結、電撃、衝撃、万能

 無効:破魔

 吸収:呪殺

 

 エナジードレイン ■■■■ 万魔の煌き ■■■■

 メギドラオン コンセントレイト ■■■■■■■ 守護者召喚 

 

 備考:ファイの時報 補助スキル効果の効果時間を1ターン増加する

 万魔の煌き 魔力属性魔法

 守護者召喚 魔王ベリアル、堕天使ネビロスを召喚する

 

 

「…………なんじゃこりゃ」

 廃ビルから戻るころにはすっかり夜遅くなっていたせいで、結局ホテルで一泊したその翌日。

 駅前にあるこじんまりとしたホテルの一室で。

 早速アリスのステータスをアナライズした俺の、第一声がそれだった。

 大きな魂の欠片を吸収したことで、強くなっていると言う確信はあったのだが…………何と言うか、予想以上だった、色々な意味で。

 レベルの上昇、ステータス値の向上、耐性の変化、この辺まではまだ予想の範囲内だったのだが。

「スキルがかなり変わってるな」

 吸収以前と同じスキルが三つしかない。しかも、変わった五つのスキルのうち三つが。

「表示されてないぞ? 文字化けしてる?」

 どういうことかは分からないが、COMPに表示すらされていなかった。

 

 万魔の煌き…………魔力属性などと言う属性、聞いたことすらない。ということは恐らく、この世界には存在しない属性、と言うことなのだろう。そして守護者召喚…………昨日契約したあの二体、とてもじゃないが俺が使えるレベルの悪魔ではなかったが、アリスが呼び出す形にすることによって、召喚できるらしい。

 サバトマ、と言う魔法がある、簡単に言うと、サマナーの代わりに、仲魔が仲魔を召喚する魔法だが、恐らくこれはその亜種と言ったところだろう。

 呼び出されたあの二体がどれほどのスペックで動けるかは分からないが、元々のスペックが高いだけに、多少弱体化していても期待はできる。

 

 戦力、と言う意味ならばこの時点で大分集まっている。そもそもレベル90の仲魔など世界中で片手で数えるほどしか存在していないほどの超戦力だ。少なくとも、過日の様にジョーカーに一方的に負ける、と言うことは無くなっただろう。

 

 だが、それよりも。

 

「なんだこれ…………どうなってんだ」

 文字化けしたスキルを見る。三つ、三つだ。八つしかないスキル枠のうち、三つが文字化けしている。

「アリス…………これ、何が使えるのか分かるか?」

 傍にいたアリスにそう尋ねてみる。

 ふるふると首を振るアリスに、頭が痛くなってくる。

 

「なんだこれ…………大丈夫なのか?」

 

 アナライズできない、そんなものが存在するとは思わなかった。

 どんなスキルかは分からない、だがCOMPが識別できない…………別世界の魔法すらも識別し、読み取り、言語化したCOMPが、文字化けし、言語化できてしないスキル。

 

 可能性としては二つ。

 

 一つは、潜在的に使えるだけで、まだ使用可能な段階まで覚醒していない場合。

 だとすれば、しばらく今のアリスの性能を慣らせば表示されるようになるかもしれない。

 

 そして、もう一つは。

 

 COMPが読み取ることすらできないほど強大なスキル。

 

 そんなものが本当に存在するのかは分からないが…………。

 

「……………………なるようにしか、ならねえか」

 

 結局、世の中なんてそんなものなのだ。

 




自分に嫉妬するアリスちゃん、かわゆい(断言


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有栖とルイ

 * 五月十二日日曜日 *

 

 アリスとジャアクフロスト。この二体の仲魔を使えば、ジョーカーともまともに戦えるようにはなるはずだ。

 残念ながらミズチはレベルがまだ圧倒的に足りないから、出せないが。

 問題は…………ようやくまともな勝負にはなりはする、だがそれでも勝てるわけではない、と言うことだ。

 実際のところ、過日だって最初からジャアクフロストを使っていれば、あそこまで一方的にやられることも無かっただろう。

 だがだからと言って、勝てたかと言われれば無理だと確信して言える。

 

 実際、まだ俺自身、勝てると言う自信が無い。

 というか、勝つためは足りないものがあると思っている。

 

 一つは継戦能力。

 と言うと分かりづらいから簡単に言えば、マグネタイトだ。

 

 正直言えば、あの新月の日の魔人との戦いからここまで戦ってばかりでCOMPのマグネタイトバッテリーはすでに空っぽだ。先日のビルでも、あのままアリスの機嫌を損ねて戦闘になっていれば、途中でマグ不足で敗北していたかもしれない程度には不味いレベルでマグが足りない。

 しかも、アリスがこれまでより大幅に強くなっている、つまり必要とするマグネタイトの量も跳ね上がっていると言うことであり、これまで以上に多く貯めないといけないだろう。

 特に圧倒的な物理破壊力を持つジョーカー相手の場合、物理耐性を持つジャアクフロストをどれだけ長時間召喚していられるか、と言うのが一つの分岐点となることは明白である以上、これを欠かすわけにはいかない。

 

 そしてもう一つが情報だ。

 そもそもほとんどの悪魔はその伝承にこそ全てが詰まっていると言って良い。

 その悪魔がどんな存在なのか、それは全て伝承が決定付けている。

 特に、分霊がこの世界に現界する時、その分霊の強さや覚えるスキルと言った諸々は、その世界の伝承に依存する部分が多い。

 だからこそ、その悪魔がどんな悪魔なのか、それが最も重要だろう。

 

 とは言ったものの。

 

「分かってるのはあの圧倒的な強さと…………ジョーカーって名前だけか」

 

 あとはあの紅くて、黒くて、白い、そんな不可思議な容姿…………いや、高位の悪魔ならいくらでも容姿を変えれる。それで探るのもあまりにも無意味かもしれない。

 ただ…………一つだけ、手がかりが無くもない。

 

 がたんごとん、と電車に揺られながら向っている先、そこに手がかりが…………今回のことを知っている、かもしれない、人物がいる。

「…………人、と言っていいのかは知らんがな」

「へー」

 どこにいくの? 電車の座席に座る俺の膝に寝転びながら尋ねてくるアリスにそう言って返す。

 六本木でアリスの魂を回収してからと言うもの、こうやって何かと勝手にCOMPから抜け出て引っ付いてくることが多くなった。

 その理由は恐らくだが、吸収した少女(アリス)の魂の影響ではないかと思われる。

 孤独の少女の寂しさが詰まったあの魂を吸収したことで、感情が引っ張られているのではないだろうか。

 まあ、特に害は無いだろう。見た目だけならアリスは日本人離れした容姿ではあるが、人間の範疇だ。

 そも外国人と言うのも、平成の世にあってこの首都東京ではそれほど珍しいものでもない。

 実際、電車に乗る他の乗客たちも、金の髪のアリスに一度目を惹かれ、けれどすぐに興味を失っていく様子だった。

 ぎゅっと俺のズボンを掴んでしがみつくように引っ付いてい来るアリスに、やれやれ、と内心で思いながらも苦笑してその頭を撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めるアリスに、笑みを深くし。

 

 目的地が見えてきたことで、目を細めた。

 

 

 * * *

 

 

 まさかこの短期間でまた訪れることになるとは。

 それが俺の正直な感想だった。

 俺の仲魔のミズチのこともあるので、いつか彼女に会いにまた訪れるだろうとは予想していたが、まさか一ヶ月経たずまた訪れることになるとは思わなかった。

 以前訪れた時に寄った、あの喫茶店。

 目的地はそこだ。

 

「ここだな?」

 

 目的の店を前にして、一つ言葉を零す。

 それに、COMPの中から魔王ベリアルが是と返してきた。

「やっぱ、そう言うことか」

 以前来た時感じた感覚に、間違いが無かったことを確信しながら、店の扉を開く。

 

「やあ、いらっしゃい…………来ると思っていたよ、在月有栖」

 

 朝日の差し込んだ店内で、カウンター席に座りグラスを傾けていた男…………店主がこちらへと向き直り、そう言った。

「…………よう、大魔王サマ」

 告げた瞬間。

 

 喫茶店内の風景が一変した。

 

 黒紫色に彩られた店内、そして脈動するかのように蠢く床、今しがた入ってきたばかりの扉越しに見える外は、闇に覆われ一寸先とてその様子が伺えることは無かった。

 

「ようこそ、良くここまでたどり着いたね」

 

 ぱちぱち、と男が手を叩く。

 その姿がいつの間にか変貌している、確かに日本人とした黒い髪だった店主は、いつの間にか金髪の紳士風の男へと変化していた。

「すでに別の私がキミとは出会っているようだが…………まあここではルイ・サイファー…………ルイとでも呼んでくれればいいさ」

 そうして、いつの間にか置かれていた紅茶か何かが注がれたカップを手に取り、一口、口を付ける。

「さて、キミとしても私に聞きたいこともあるだろうが…………その前に少しだけ語らせてもらおうか」

 両手を広げ、少し大げさな…………どこか芝居がかった風に男…………ルイは続ける。

 

「運命とは幾つもの分岐の先に続いた結果のようなものだ。あの時ああしていれば、この時こうしていれば、そんな幾つもの選択から成り立つ一本の線、それを運命と人は呼ぶ。一度選べばそれは過去となる、一度決定されればそれは最早覆ることは無い。だが人と言うのはいつだって心の片隅、どこかで願っている…………過去を変えたいと」

 

 男の…………ルイの視線が、その微笑を浮かべた表情とは対象的な、鋭く、冷たい視線が俺を射抜く。

 

「だが過去とは変えられないものだ。なにせ世界がそれを許さない。過去を覆す、それは歴史を塗り替えると言うこと、だが歴史とは世界の記憶だ、つまりそれは世界の根底を揺るがす大事なのだよ。それをされれば世界が立ち行かなくなる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何を言っているのか、何を言いたいのか分からないまま、ルイの言葉が続けられる。

 

「だがそれでも過去を変えたいと願う人間は少なからず居る。けれど実際に過去を変える方法を手に入れた人間はほんの一握り、その大半は失敗し、歴史の闇へと消えた。そしてだからこそ、彼女は考えた」

「…………彼女?」

「過去を変えるにはどうすればいいのか? 知る人間ならまず最初に思いつくのが、アカラナ回廊だろう」

 俺の口にした疑問には答えないまま、ルイが話を続ける。一体何を言いたいのかは分からないが、何となくそれが重要なことだと言うことだけは理解できた。

「だがすでにそれは失敗していることが歴史が証明している、大正の世に起きたその騒動は十四代目葛葉ライドウの手によってそれは防がれた。それが何故かを考えてみる、強者がいたから? ではより強者となって行動を起せば結果は変わったか? 答えは否だろう。何故か、それは先ほども言った言葉が全てだ…………この世界よりも上位の存在を作らせない、そのために世界は全力でそれを阻止しようとする。世界一つを相手にするには個人と言うのは余りにもちっぽけな存在だ。だから彼らは考えたのだ、世界が自分たちを邪魔すると言うのなら、まずは世界を壊すことから始めよう、と」

「……………………は?」

 あまりにも突飛の無い、飛躍したその発想に、考えに、思わず間の抜けた声が漏れ出る。

「世界を壊す、それは即ち神を殺すことだ。だから彼女は彼らと出合った」

 そこでルイが一度言葉を区切る、ここまでが一つの話だと言うかのように。

 そうして、俺を一瞥し、ふっと笑うとまた口を開いた。

 

「運命の悪戯、なんて言葉がある。人間は独力で運命を変えるほどの力は持っていない。あってもそれはほんの一部の人間だけだ。まして自分で運命を選択できる人間など極めて稀と言えるだろう。どれだけ力が大きかろうと、それは運命と言う名の世界の意思…………そう、神には抗うことなどできない。神は与える、助ける、祝福する。だから人は神に感謝する。その神の気まぐれのような意思に。神は奪う、殺す、呪う。だから人は神を畏れる。その神の天災のような気紛れさに。けれど、ほとんどの人間が神に弄ばれるだけの運命を迎合した中で、彼はそれに反発した。結果、手にした力も、地位も、名誉も、何もかもが奪い去られ、彼は野に捨てられた。神に敗れた愚か者の末路。けれど彼はそれで終わらなかった。神を呪い、呪いの言葉と共に魔人へと至った。そうして彼は永劫の時を生きる。神への呪詛をその身に溜め込みながら、かつて失った力を取り戻しながら」

 今度は彼、先ほどとは違う人間らしい。と言うことは分かるが、それが誰のことかは分からない。

「運命を打破する、それは即ち神を殺すことに等しい、だから彼は彼らと出合った」

 とうとうと語れる言葉の意味を必死に考える、それが誰のことなのか、そして何故今語るのか。

 そんな風にして、必死に頭を回転させていると、さらに次の言葉が語れる。

 

「生まれた意味などは誰も持っては居ない。それは生きていく中で見つけていくものであり、最初から目的を持って生まれてきた存在など、そんなものそれこそ神によって作られた救世主くらいだろう。だが彼は救世主ではない、そもそも神に作られた存在ですらない。ただ科学の輩の叡智と欲によって生まれてきた。それこそを生まれた意味とされた。だがそんなものは他人に後付けされた意味の無いものでしかない。ただ彼は生きていたかった。そのために力と智を欲した。つまり彼は自由が欲しかったのだ、何せ彼には自由に生きることすら許されない。百に届こうという死者の群れは彼を死の淵へと連れて行こうと、引き摺ろうとしてくる。だから彼は力を欲した、だから彼は異端だった」

 何となく、だが…………理解できてきた。ルイの言っている言葉の意味、それが誰を指すのか。

 そのことをルイが察したのかどうかは知らないが、言葉は続く。

「彼だけは異端だった、彼だけは目的が違う。それでも力とそして智を欲し、何よりも仲間を欲し、彼らと出合った」

 

 これで三人。きっと後、一人居るはずだ…………そして、俺が最も知りたがっていた情報が、そこにある。

 言葉を止めたルイは、けれどすぐには次を話そうとはせず、再びカップに口をつける。

 

「狂信、と言うのは厄介なものだ。どこまで盲目的に信じ続ける。それは言葉にすれば簡単だが、どこまでも難しい。キミは聖書を読んだことがあるかね? 神は時に人にとんでもない試練を貸してくる。父親に、自らの一人息子を生贄として殺せと強要する話だってある。神は人を試す、人の信仰を試すためならば神は悪魔の言葉にすら乗る。そうした数々の苦難を神の試練を考え、乗り越えることができたならばそれは立派な狂信者だ。だってそんなもの狂っているではないか、自身の生すら神のために捨てることができる存在なんて、生物として存在そのものが間違っている。だが世界にはそんな存在がいる、確かに存在する。けれどそんなもの少数だ、ほんの僅か、一握りの人間の中のさらに一握り。狂信的と呼ばれる人間の大半はどこかで気付く、自身の無意味さに。そして我慢できなくなる、どうして神はこれほどの苦行を自身に与えるのだろうか、と。傷が浅いうちはまだ良いさ、失ったものは多少あっても、取り戻せないほどでも無い。信仰の道を捨て、一人で自らの足で立って歩いていくことはできる」

 

 だがもし。と、少しだけ声音を変えてルイは言う。

 

「もし狂信一歩手前で気付いてしまったらどうだろう。何もかも失って、何もかも奪い去られて、そこまで耐えてきたのに、最後の一線を越える前に気付いてしまったら…………もう手遅れだ、正気で居られるものじゃない。狂う、狂う、狂う。なまじ強く信じていただけに、裏切られた時の喪失感、そして虚無感、何よりも憤りは常人の比ではない。それこそ、感情が荒ぶり、人の身を捨ててしまうほどに猛り狂った怒り、やがて彼は神への報復を誓う。奪われただけ神から奪おう、失っただけ神から奪い去ろう」

 

 ことん、と手に持ったカップを置く。

 そうして、一度目を閉じ、そうして再び開く、視線を俺のほうへ。

 

「彼の怒りは世界の許容を超え、世界に穴を穿つ、そこから流れ込んできたのは怒りの理。憤怒の権能」

 

 即ち、大罪。

 

「手に入れた権能からの繋がりを使い、彼は一体の悪魔と契約を交わした、その契約内容は」

 

 ()()()()()()

 

「そうして彼は絶対の力を手に入れた、天界魔界、どちらにおいても最強とされる悪魔」

 

 神霊/魔王サタンの権能を。

 

 

 




今回と次回は、ネタバラシ回。


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有栖と大罪

 

 * 五月十二日日曜日 *

 

「サタン…………サタン…………都合が良いってのはそう言うことか」

 魔王サタン、聞きかじり程度の知識ではあるが、魔界にて魔王ルシファーと覇権を賭けて争っていると言う。

 目の前の男…………ルイからすれば、サタンが何を企んでいるかはどうでもいい、とにかくライバルが失敗してくれれば良いのだろう。

「まあそれも一つあるね、だがそれだけじゃない」

 そんな俺の思考を読み取ったかのように、ルイが頷き、けれど、と一言付け加える。

「それだけじゃない?」

 他にも意図があるのか、そんな風にいぶかしむ俺に、ルイが言う。

「サタンの台頭は決してキミたちにとっても良いものでもない、と言うことさ」

 

 そもそもな話。

 

「サタンと言う存在について、キミはどれくらい知っている?」

 そんなルイの問いに、少しだけ考え。

「神に反逆した堕天使たちの長。後は魔界でアンタと勢力争いをしているらしい、ってことくらいか」

 実際問題、有名な悪魔ではあるが、本当に出会うことはまず有り得ない存在なので、伝承以上のことを知っているやつなどほぼゼロに等しい。

 逆に目の前の男、ルイは何故か知らないがちょくちょく現世へと姿を現すのが確認されており、その時々に語った言葉の内容からいくらかその実情が察せられることがある。

 朔良の話によれば、十四代目葛葉ライドウもかつてルイ・サイファーと名乗る男と出合ったことがあると言う。

 まあそんな感じに同じくらい有名な存在でも、その実情は実に対称的だと言わざるを得ない。

 

 余計な話をしてしまったが、要するに俺はサタンと言う悪魔についてほとんど何も知らないと言っても良い。

 

 だからこそ、ルイが語る内容は俺にとって驚愕の連続であった。

 

「サタンとは、敵対者だ」

 

 始まりはそんな言葉だった。

 

「あらゆる存在への敵対を定められた存在。それが魔王サタン、サタンは確かにかつて神に反逆し、魔王となった。それは私と同じ、けれどある一点に置いて、サタンは私とはまるで異なる点がある、それが何か分かるかい?」

 ルイの問いかけに、考え、けれど首を振る。そんな自身に怒るでも無く、落胆するでも無く、特にこれと言った感情を見せずにルイは答えを告げる。

「私は私の意思によって反逆した。だがサタンはその存在理由から反逆した、不思議に思わないかな? どうして神に反逆したサタンは魔王でありながら、同時に神霊と呼ばれるのか」

 そう確かにルイは先ほど言った、サタンを指して。

 

 神霊/魔王と。

 

「サタンは敵対者だ…………けどね、()()()()()()()()?」

 

 言葉を切って問いかけられたその言葉の内容を吟味し…………そして気付く、気付いてしまう。

「…………おい、まさか…………」

 俺が気付いたことに気付いたか、ルイが頷き、そして語る。

「そうだ、サタンを生み出したのは神自身だ、だからこそ、その性質は神によって定められたと言っても良い」

 

 神に反逆し堕ちた魔王。

 

 だが同時にそれは神によって定められた予定調和。

 

 どうしてそんなことを?

 

 そんな俺の疑問に、ルイが答える。

 

「どんな物語にも、敵役と言うのは必要になるとは思わないかな?」

 

 つまるところ、それが全ての答えだった。

 

「サタンとは神の一面だ、人を守護し、救う救世の神が表の顔とすれば、人を貶め、黄泉へと落とそうとする悪魔が裏の顔、そう神とは決して全能の存在ではない、ただ限りなく全能に近いだけの万能の存在だ。この世界がその証明だ、我々悪魔の存在がその証明だ、神が自身に似せて創った人と言う不完全さがその証明だ」

 

 その言葉はまさに悪魔の言葉だ。メシア教の人間が聞けばきっと激怒するに違いない、神の不完全さを語る、二重の意味での悪魔の言葉。

 

「今この世界において、かの四文字はかつて無いほどに弱っている」

 

 そうして続いて語られる言葉は。

 

「その点に関しては、かのサツジンキに感謝しているよ」

 

 どこかで聞いた名前だった。

 

 

 * * *

 

 

「サツジンキ…………?」

 鸚鵡返しに呟いたその言葉に、ルイがああ、と顔を上げる。

「そう言えば、キミの家族だったね」

 その言葉に、思わず目を見開く。

「やっぱ兄貴の…………なんで知って…………」

「ふふ、まあ教えて良いんだけど…………まああれはキミに関係の無い話だ、割愛しようか。そうだね、要点だけ教えようか」

 

 曰くサツジンキ。

 

 殺神鬼。

 

 つまるところ。

 

「今の名は篠月天満だったかな? 彼は過去に神を殺した、つまりそう言うことだよ」

 

 

 

 神を殺した存在。ルイに知っている限り、そんなもの片手の指で数えるほどしか居ない、と言う。

 

 一人は未来、大崩壊のさらに後の世界に人の手によって生み出された救世主。

 一人は現在、邪神に唆されCOMPを手に取っただけの人間。

 一人は過去、西洋の街にふと現れたシリアルキラー。

 

 まず最初に言っておく前提として。

 

 神と言う概念は不滅だ。

 

 どれだけの力を持ってしても、神と言う概念は決して失われない。つまり、唯一神(四文字)もまた不滅である。

 だが実際に、神を殺した存在と言うのが本当に極々僅かではあるが、存在する。

 だとすれば、彼らは一体何を殺したのか。

 

 答えは神の分霊である。

 

 ただこの場合の分霊と言うのが他と違う。

 全ての悪魔にとって分霊と言うのは本体の識能の一部を宿したいわゆる分身体のような存在だ。

 分霊が倒されれば多少の痛手はあれど、本体への影響はそれほど大きくは無い。

 簡単に言えばトカゲの尻尾を切られた程度の物である。

 

 だが神の分霊だけは例外である、率直に言って。

 

 神の分霊は平行する世界の他の分霊と繋がっている。

 

 例えるなら、人の手足のようなものだ。もし深手を負おうものなら、その世界と隣接する世界への影響すらも出かねない。

 

 その代わりに、各分霊が持つ力は本体に近い。完全に同一、と言うのは難しいが、限り無く全能に近い万能と例えられる所以はここにある。

 

 そして俺の兄は一つとんでもないことをやってのけた。

 

 殺した神の分霊を遡って、唯一神の本体にまでダメージを通したのだ。

 

 先ほどの手足の例えで言うなら、指先でつついていたらいきなり手首ごと切り落とされたようなそんな状況。

 神は不滅故に失った分霊もいつかは復活する、だがそれも相当に先の話だ。

 当たり前だが、当時のメシア教は狂乱した、いきなり神が消え去ったのだ、当たり前である。

 そしてガイア教は狂喜した、最大の障害が何もせずとも消え去ったのだ、当たり前である。

 だがここで話は終わらない。

 神の消失により混乱しきったメシアの目を盗み、ガイア教は持てる全てを使い、大魔王ルシファーを召喚した。

 神を除けば最早最強の存在だった大魔王を呼び出したことにより、趨勢は一気にガイアに傾いた、と思われた。

 

 また兄がやらかした。

 

 今度は大魔王を殺したのだ。

 ルイから話を聞きながら俺の頬を引き攣りっぱなしである。

 

 そのせいで当時の兄はメシア教最大の敵にして、ガイア教最大の敵に認定されていたらしい。

 

 まあ殺された当の本人があっけからんと語っているのを見ると、何とも言えない気分になるが。

 

 まあそれはさて置いて。

 

 とにかく兄の為したことにより、この世界の神にまで甚大な影響があり、神は尋常ではないくらいにまで弱っている。

 

 そしてその隙を突いて、ルシファー含む七体の悪魔が神からあるものを盗んだ。

 

「盗んだ?」

「そう、まさしく盗んだのだよ、掠め取ったと言っても良い」

 一体何を? そう尋ねる俺の言葉にルイが口元を吊り上げ、そうして告げる。

 

「大罪だ」

 

 

 * * *

 

 

 メシア教において、人の罪を生み出す七つの感情を大罪と呼ぶ。

 

 傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。

 

「これら大罪はある重要なものを示す証左だ、だからこそ全ての世界の神はこの七つの識能を封じてきた」

 だが兄の所業により弱った神、そしてその隙を突いて七体の悪魔がこれを神の元より奪った。

「そうして七体がそれぞれ一つずつ大罪を司ることで、神からの干渉を避けた」

 

 魔王ルシファーが傲慢を司り。

 魔王サタンが憤怒を司り。

 魔王レヴィアタンが嫉妬を司り。

 魔王ベルフィゴールが怠惰を司り。

 魔王マモンが強欲を司り。

 魔王ベルゼブブが暴食を司り。

 魔王アスモデウスが色欲を司った。

 

「いかに神と言えど、この七の魔王たちには簡単には手出し出来ない。何より、魔王たちが奪ったのは神の急所となり得るものだったから、余計に神の力は届かない」

「結局…………何なんだ、ある重要な物、とか神の急所とか…………大罪が一体何を示す?」

 そんな俺の問いに、ルイが簡単なことさ、と前置きし。

 

「神の不完全さ、だよ」

 

 そう告げた。

 

 

 

 かつて神は自らの形に似せて人を作ったと言われる。

 だが神が自らに似せて創ったはずの人はあまりにも不完全でそして愚かな存在だ。

 だとするならば、人の元となった神とは、決して完全な存在ではないのではないだろうか。

 実際人がこうまで不完全であるならば、神もまた不完全な存在なのではないだろうか。

 

 それを証明するのが大罪。

 人に罪を犯させる源となる七つの感情。

 

 どうしてこんなものが残っているのか。存在しているのか。

 神が完全なら消し去ってしまえばいいではないか。

 それが消すことが出来ないと言うことそのものが、神の不完全さの証明に成り得る。

 

 そして同時に、この大罪は神への切り札とも成り得るのだ。

 

「人を貶める七つの罪、だとすれば…………神をも貶めることが出来る、そうは思わないかい?」

 

 そうして生まれたのが。

 

 大罪悪魔。

 

「キミはあの回廊で出会った時に思ったんじゃないだろうか、どうして自分の名前を知っているのだろう、と」

「……………………」

 それは正直思った、あの場では聞けなかったが、それでも俺はルイと出合ったのは、初めてここに来た時一回だけだったはずだ。だがあの時、悠希や詩織が俺の名を連呼していたから、下の名前は知っていてもおかしくはないが、上の名前は一度も言った覚えが無い。

 だから、どこかで会っているのかとも思ったが、それも覚えが無い。

 そもそもアカラナ回廊で出会った時、どうして俺がジョーカーと出会ったことを知っていたのだろう、あの意味ありげな忠告は予め知っていたとしか思えない。

 だが先ほども言ったが、俺は出合った覚えが無い。

 

 ならば、どうして?

 

 その答えは。

 

「キミはキミのジャアクフロストのデータを見たことがあるかい?」

 

 そして唐突に出た質問に、眉根を顰める。

 

「どういうことだ?」

 口に出した言葉にけれどルイは答えない。

 いぶかしみつつもCOMPを開き、過去のデータを開く。

 ジャアクフロストはすでに何度か使役しているのでデータはすでに完全に開示されているはずだが。

 

 魔王 “■■■■■■”ジャアクフロスト

 

 LV90 HP2380/2380 MP790/790

 

 力95 魔93 体99 速76 運75

 

 耐性:物理

 無効:破魔、万能

 反射:火炎、氷結、呪殺

 

 ギャラクティカフロストパンチ、ブーメランフロステリオス、メギドラオン、メギドラダイン

 ■■■■■、メディアラハン、クライシス、バリアブレイク

 

 備考:■■【■■】の権能を持つジャアクフロスト。僅かにだが■■■■■の力を宿す。

 

 ■■■■■■ ????

 

「…………あ?」

 文字化けし、言葉の部分部分が黒に塗りつぶされたデータ。

 

 まるでアリスのような。

 

「どういうことだ、今までこんなもの無かったぞ」

 と言うか、今まで深く考えたこと無かったが、そもそもなんでこいつ、分類が魔王なんだ?

 ジャアクフロストは基本的に夜魔に分類されるはずだが…………。

「COMPのバグだね、それは仕方の無いことだ。ある意味、大罪悪魔は原種の悪魔とは違う、亜種悪魔とすら呼べない別存在となるからね」

 ルイがくすり、と笑ってこちらへとやってくる。

 そうしてすっと手を伸ばし、俺のCOMPをこつん、と叩く。

 瞬間。

 

 plug-in install

 

 COMPの画面にそう表記され、メーターのようなものが表示され、一瞬でそれが満タンになる。

 

 install complete

 

「は? ちょ、待て、何した?!」

「普通のCOMPじゃ大罪悪魔は表示できない、だからそのためにプラグインを一つ上げたのさ、もう一度データを開いてみるといい」

 

 ルイに言われるがままにもう一度ジャアクフロストのデータを開き。

 

 

 

 魔王 “大罪なる傲慢”ジャアクフロスト

 

 LV90 HP2380/2380 MP790/790

 

 力95 魔93 体99 速76 運75

 

 耐性:物理

 無効:破魔、万能

 反射:火炎、氷結、呪殺

 

 ギャラクティカフロストパンチ、ブーメランフロステリオス、メギドラオン、メギドラダイン

 悪しき輝き、メディアラハン、クライシス、バリアブレイク

 

 備考:大罪【傲慢】の権能を持つジャアクフロスト。僅かにだがルシファーの力を宿す。

 

 大罪なる傲慢 自分の行動終了時、低確率でもう一度行動する。この効果は一度の行動に付き一回発生する。

 

 

「…………………………なんだこれ」

 

 表記された内容に、思わずついて出た言葉はそれだった。

 

 



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朔良と失踪事件

 * 五月十二日日曜日 *

 

「キミに依頼がある」

 変貌した自身の仲魔のステータスに驚愕している自身に、ルイがそう告げた。

「やつを…………ジョーカーを倒し、サタンの企みを潰して欲しい」

 その依頼は、ある意味自身の目的とも合致している、だからこそ、頷いても良い。

 

 良いのだが。

 

「受けても良い…………が、代わりに質問に答えてくれ」

 分からないことが多い現状で、この機会を逃すことはできない。

 自身の言葉に、ルイが何かな? と返す。

 

「一つ目、大罪悪魔ってのは、俺のジャアクフロストみたいな悪魔のことでいいのか?」

 その問いに、ルイが一つ頷く。

「ああ、そうだね。大罪の名を背負う存在、それが大罪悪魔。その特徴として、それぞれの大罪を司る悪魔の識能の一部を宿している。キミのジャアクフロストが本来使えるはずの無いスキルを持っているのはそれが原因だね」

「なるほど…………ん、司る…………傲慢…………まさかジャアクフロストの持ってる識能は」

 気がついてしまった可能性にはっとなって顔を上げ、ルイが一つ頷く。

 ようやく理解する、何故ルイが俺のことを知っていたのか。

 調べたのか、それとも仲魔越しに情報が届いたのか、それは知らないが。

 七つの大罪…………知識としては知っている、中でも傲慢を象徴する悪魔は…………。

 

「大罪悪魔が大罪を司る悪魔の識能をどれだけ持てるか、それは悪魔自身の容量(リソース)も重要さだが、識能を与える悪魔が基本的な配分を握っている。もし依頼を受けてくれるのなら、キミの仲魔をさらに強化しよう」

 ジャアクフロストはこちらの切り札の一枚である、それを強化できると言うのなら、かなりメリットは高い。

 正直それだけでも二つ返事で受けても良いくらいだ。

 

「さらにもう一つ、これを渡そう」

 そう言ってルイがいつの間にか手に持っていたソレを投げ、少し驚きながらも受け取る。

 受け取ったそれに視線を落とす…………指一本分ほどの大きさの黒いメモリだった。

「…………これは?」

「COMPの改造プログラム、と言ったところか…………知り合いに作ってもらったものでね、キミのCOMPはキミの仲魔たちのレベルに比べて余りにも貧弱だ、それは理解しているはずだ」

 

 否定はできない。COMPバッテリーに溜め込める上限いっぱいまで溜め込んだはずのMAGは、けれど俺の仲魔たちが全力を振り絞れば、僅か一戦で根こそぎ無くなる程度の量しかない。それでも騙し騙しこれまでやってはきたが、あのジョーカーと言う名の怪物を相手にそんな大きなハンデを抱えたまま勝てるか、と言われれば不安しか無かった。

 他にももっと上等なCOMPならあるはずの機能(アプリ)が欠落した今のCOMPは、仲魔たちが全力を出さなければいけない状況において、余りにもサポート機能が不足していると言う欠点がある。

 

 だがそもそもの話、ここ最近出会う敵が異常過ぎるだけであって、本来ならそんな状況、滅多にあるはずが無いのだ。

 今は俺の仲魔のジャックフロスト…………あのレベルの悪魔など本来、十年に一度、発生するかどうかと言う程度の頻度の存在であり、万一発生してもヤタガラスのサポートの元で戦えるはずであり、今のような現状と言うのは余りにも異常事態過ぎた。これを予想していろ、と言うのはどだい無理な話と言うものだ。

 

 とは言ったものの、実際問題起こってしまっているのだから、そんなことを言っても仕方ない。

 ヤタガラスに言って取り替えてもらおうにも、サマナー自身の実力が追いついていないので、対応してくれない。

 国家運営だけあって、とことんお役所仕事である、キョウジを通せば融通してくれるかもしれないが、すでに独立している以上、まともに頼めばどれだけのことを要求されるかわかったものじゃない。

 と言うか普通に断られる気がする、何せ俺はキョウジの弟子と言う立場ではあるが、それは非公式だし、そもそも俺は葛葉のサマナーで無いフリーのサマナーである以上、キョウジがその立場を使って優遇する理由が無い。

 弟子だから、なんてそんな甘えた理由で頼めば、普通に見限られそうな気がする、と言うか見限る。少なくとも、俺の知っているキョウジなら絶対だ。

 

 手の中のメモリを見る…………これを使えば、少なくとも現状よりもマシな機能になる、と言うことだ。

 大魔王がわざわざ作らせた、と言うことはその性能も相当なものになると期待できる。

 正直言えば欲しい…………だがこれを使えば自動的に依頼を受けると言うことになる。

 

 だがそもそもルイからの依頼はジョーカーを倒すこと、衝突が避けられない以上、例え依頼を受けずとも倒さねばならない相手だ。

 だとすればこれは渡りに船、実質デメリットはゼロに等しい。

 つまり、受けない理由など無い…………そのはずなのだ。

 

 だったらどうして俺は即答できないのか。

 簡単だ、余りにも簡単過ぎる。

 

 “あまりにも都合が良すぎる”

 

 たったそれだけ、その一つだけが俺を頷かせない。

 普通に考えれば馬鹿な話だ。

 在りもしない不安に怯え、これだけの美味い話を逃すなんて…………普通に考えば有り得ないだろう。

 だが相手は悪魔だ…………ただの悪魔じゃない、悪魔たちの王だ。

 

 どう考えても罠にしか見えない。

 

 その思いだけが俺を押し留めている。

 そして、だからこそ、次に告げられた言葉に、驚きはしなかった。

 

「それと、依頼とは別に代わりに一つ頼みがあるんだ」

 

 黙って続きを促す、それを受けてルイが微笑む、造詣の整った顔だけに、まるでどこぞの貴公子のように見える…………一見。

 けれど俺にはその笑みが人を堕とそうと企む悪魔の笑みに見えて仕方なかった。

 そんな俺を他所に、ルイが続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 そうしてルイは告げる。

 

()()()()()()()()()()

 

 悪魔の囁きを。

 

 

 * 五月十三日月曜日 *

 

「これで七件目…………さすがにこれだけ事件が続いてるのに手がかり一つ無いと、悪魔の関与を疑うレベルね」

 葛葉朔良は一人そう思案し、言葉を漏らす。

 オフィス街の雑居ビルの屋上。鍵のかかっていたはずのその場所で殺された人間が警察によって運ばれていくのを尻目に、さらに思案する。

 周囲に目を配れば、鉄柵が張り巡らされているが、約一メートルほどと言った高さで、大の大人であれば十分に乗り越えれるだろうことは推察できる。

 だから必ずしも人間の仕業ではない、とは言えないが…………かと言って、鍵のかかったこの屋上にどうやって人一人連れてきたのか、と言う謎は残る。

 鍵が開けられた痕跡が無く、少なくとも、ピッキングなどの類では無い。だが、この屋上の鍵はこのビルの一階に保管されたままで、ここ数日誰も持ち出されていないし、持ち出されていればすぐに分かる。

 

「…………ただ、今回ばかりは決定的かもしれないわね」

 

 だからこそ、自分が遣わされてきたのだろうことは、すぐに理解できた。

 仮にもキョウジがわざわざ直接向かえと言ってきたのだ、何か掴んではいるのだろう。

 実際、今回の事件はそれほど異常だった。

 

 吸血鬼事件。

 

 今回の殺人事件と同系統の、いくつかの事件を総称して巷でそう呼ばれている。

 恐らく今回もそれに入るだろう。

 

 毎回別々の場所で起こるこの事件だが、一貫して共通する部分は三つある。

 

 一つ目、死亡時刻が毎回夜であること。

 二つ目、死因が毎度失血死であること。

 

 今回もこの例に漏れず、死亡推定時刻は深夜、そして死因は失血死。

 だからこそ警察もこれを七件目の連続殺人事件として処理しているのだろう。

 昔ならともかく、現代において、失血死と言うのはそう簡単に起こりうるものではないだろう。

 勿論全く起こり得ないというわけでもない、交通事故などで血管を深く損傷すればそう言ったことも起こりえるだろう…………だが。

 

 三つ目、死体に致命傷となり得る傷が一つとしてないこと。

 

 傷が無いわけではない、だがどれもさして深く無い。

 まるで血管が内から破裂して傷口から流れ出たような…………遺体を解剖した解剖医の誰もが首を捻った謎。

 そして何より不可思議なのが。

 

 失血死していると言うのに、現場に付着した血の量が明らかに少なすぎること。

 

 まるで擦り傷で少し血が流れた程度、と言った感じで、ティッシュ一枚あれば拭いきれる程度の量しか現場で血液が見つかっていないのだ。

 だがどの被害者も、少なくとも、全体の半分以上の血液を抜き取られているとの結果が出ている。

 人間の体の大部分を構成するのは水分であり、全身を巡っている血液の量はそれは相当な量になる。

 だからこそ、分からないのだ。一体それだけの量の血液がどこに行ったのか。

 注射器か何かで抜き取った、とも考えられたが、しかし先ほども言ったように被害者の傷口の血管は、まるで内から破裂したような跡があり、傷口から想像できる出血量と、現場に残った血液量が明らかにつりあっていない。

 

 ここに来て当等ヤタガラスが動き出した。と言うか、ここまで不可思議な結果を幾つも残されると、逆にどうして七件目まで動かなかったのだ、と言いたくなるが、それはさておき。

 キョウジに言われてここにやってきたはいいが、葛葉の里単位で見ると別に自分は葛葉キョウジの部下でも何でもない。上役は同じな以上、むしろ同僚とすら言える…………まあそれでもライドウ()()の自分と、現役のキョウジであるあっちとでは上下が無いとは言えないが。

 だとすれば今回どうしてこうして素直にやってきたかと言えば、これがヤタガラスからの命令だったからだ。

 一応こちらには、葛葉からヤタガラスへの所謂出向のような扱いになっているので、今の上長はヤタガラス、と言うことになる。

 

 だからこそ、こうして現場に来たのだが。

 

「…………いや、どうして今まで誰も気付かなかったのよ、これ」

 

 ため息を吐く。今回ヤタガラスが動きだしてから真っ先にやってきたのが自分なのだから、仕方ないのだが。

 現場にいざ言ってみれば、あまりにも分かりやすいその事実に、顔をしかめる。

 悪魔に関わった人間が先ほど運ばれた遺体を見れば誰でも分かるだろう。

 

 マグネタイトが余りにも少なすぎる。

 

 当たり前だが人間が死ねば人の内に溜まったマグネタイトは徐々に霧散を始める。

 マグネタイトは人間の感情の揺らぎから生まれる産物であり、感情どころか生命を失った人間の内にいつまでも留まってはいないのだ。

 と言っても、ゼロになるわけではない、ほぼ一日かけて半分以上が空間へと溶け出し、残りの半分は体内の留まり、肉や骨に染み付いていく。

 生ける屍(リビングデッド)が生まれたり、死肉や骨を呪術に利用できたりするのは、これが原因の一つとしてある。

 まあ余計な説明が長くなったが、要は人が死んでもいくらかは死体にマグネタイトが残るのだ。

 だが先ほどの遺体には、凡そマグネタイトらしきものが感じられなかった。

 見鬼の(すべ)は葛葉の人間として当たり前のように身に着けている。仲魔の誰かに見せても、恐らく同じ感想だろう。

 

 こうなると今回の一連の殺人事件全てがこの状態であると考えられる。

 

 よくよく考えれば、血など一番マグネタイトが濃厚な部分だ、そう考えればやはりこれはそう言う事件なのだろうことは想像に難くない。

 

「要調査…………かしらね」

 

 まあ葛葉朔良にその手の調査能力は無い。報告だけは上に上げておいて、後はヤタガラスに任せるのが一番だろう。

 百年も前とは違うのだ、テクノロジーの発達した現代社会において、サマナー個人が一つの事件の調査全てを担うなんてことする必要も無い。

 

 そんな言い訳を考えながら、さて、他にも何か手がかりはないかと周囲を見渡した。

 

 

 * 五月十二日日曜日 *

 

「…………………………」

 思わず頬を引き攣らせ、無言のままにルイを見やる。

 俺の視線に気付き、笑みを一層深くして。

「キミに引き取ってもらいたいのは彼女だ」

 そうして半ば諦めつつも、それでも一縷の可能性に賭けていた俺の願いを、あっさりと踏みにじり現実を突きつけてくる。

 

 悪魔を一匹引き取って欲しい。

 

 それが契約。余りにも美味すぎる契約の代償。

 必ず何かはあると分かっていた。それでも契約した、何故ならせざるを得なかったから。

 ジョーカーに勝つために…………和泉を助けるためには、他に手段なんて選んでいられなかったから。

 そしてこれだけのメリットに釣りあうだけの大きなデメリット…………きっと何かしら問題があるのだと言うことは予想できていた。

 だが、さすがにこればかりは予想できなかった。

 

 ルイがパチン、と指を鳴らせば…………いつからいたのか、気付けば店内に置かれた椅子の一つの少女が座っていた。

 白いくすんだ長髪の、外見だけ見ればまだ十にも満たないだろう、人間のような少女。幼女と言っても良いかもしれない。

 悪魔であることは間違いない。先ほどルイ自身が悪魔を引き取って欲しいと言ってたし、俺自身少女がそうであると直感している。

 だが、余りにも弱弱しい。レベルにすれば恐らく5も無いだろう。下手すれば最小と言われる1かもしれない。

「おいで」

 ルイが一つ呟けば、機械染みたまるで生気を感じさせない動きのまま少女が椅子から降り、振り返ってこちらへとやってくる。

 そうして振り返った少女の顔を見て、さらに驚く。

 

 何も無かった。

 

 その目に何の色も無かった。

 

 こちらを認識しているのかすらも怪しい、と言うかそもそも見えているのかどうかすら分からない。

 

 それでも淀み無い機械染みた規則正しい足取りでルイの下まで少女がやってくる。

 その少女の肩を掴み、くるりとこちらへと向けてくる。

 

「キミに引き取ってもらいたいのは彼女だ」

 

 ルイの言葉に、少女を見る。

 少女の瞳は何も映さない。

 そこには何の感情も無く、何の感慨も無く、何の意思も無かった。

 器だけ残した魂の抜けた空っぽの人形。そんな印象が拭えない。

 

「まずは名前だ」

 

 眉根をしかめる俺に、ルイはそう言った。

 

「彼女には何も無い。力も無い、知恵も無い、心も無い、意思も無い、名前すら無い」

 

 だから、とルイが続ける。

 

「キミが名前をつけて欲しい、在月有栖」

 

 名前を、そう問われ、けれど疑問より先に、ふと脳裏に浮かんだ言葉が口をついて出た。

 

「ルイ」

 

 それは目の前の男と同じ名前。

 けれどそれは、男の名前ではない。

 

「……………………る…………い…………」

 

 初めて少女が口を開く。耳に届く言葉はまるで感情は無い、けれど綺麗な…………鈴を転がすような声。

 

「喋った…………」

 

 驚いたように呟いたその声は俺…………ではなく、ルイだった。

「は、はは…………ははははは」

 笑う、笑う、笑う。楽しそうに、愉快そうに、痛快そうに。

「まさか…………まさか、まさか、まさか…………本当にやってくれるとはね、こんなに簡単に」

 その視線がすうっと移動し、こちらを向く。

「在月有栖…………私はキミが気に入ったよ」

 唐突に、ルイがそう告げる。

 

「彼女…………ルイには何も無い。力が無い、知恵も無い、意思も無い。空虚だ、何もかもが無い。空っぽの何かを埋めるための隙間すら無い。詰まっている、詰まっているのに何も無い。これ以上どうにもならない、どうもしない、変化は無く、終わっていく、朽ちていく…………そんな存在だった」

 

 楽しそうに、楽しそうにルイが言う。

 

「だが変わった、少なくとも、名前は手に入れた。そして今、小さくはあるが意思も芽生えた、キミのたった一言で、ただの一言で変わったんだ」

 

 そんな悪魔の深い笑みに。

 

「キミに任せよう、全てキミの思うが通りにすれば良い。その結果を私は知りたい、知りたいと思わされた。先が見たいとそう思ってしまった。だからキミに全て任せよう、キミが思うがままにルイを形作って欲しい」

 

 ああ、やっぱり厄介ごとだ…………そう思って。

 

「またいつでも来ると良い、気が向いたならキミの疑問にも答えを返そう」

 

 こちらを見つめる少女…………ルイの視線に気付き。

 

「少なくとも、私はいつでもキミを歓迎しよう」

 

 まあいつものことか…………そう嘆息し、苦笑した。

 

 




ロリ閣下。ふと思いついたらもう出さずにはいられなかった(

因みに、ヒロインと同じく、LNCルートによって…………


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朔良と破壊神

 * 五月二十六日日曜日 *

 

 

 手の中でからからと鳴る色のついた棒を弄ぶ。

「…………正直、高くついた気がするな」

 一見ただの棒にしか見えないが、これでも国宝レベルの一品だ、と言っても、これが何なのか、知っている人間は少ないだろうが。

 

 天津金木。

 

 それがこれの正体。ヤタガラスの秘宝。時を越える回廊、アカラナ回廊に接続するための数少ない方法。

 異世界から帰還した時、俺の家のポストに入っていた物の正体。

 そして俺を過去に導いた物の正体。

 

 あれは一体誰が入れたのだろう。

 

 だからこそ、湧き上がる疑問だった。

 基本的に天津金木はヤタガラスによって管理されている。簡単に持ち出されるようなものではない、今回はキョウジに頼んだが、キョウジですら恐らく無理を言って借りてきたのだろう。

 俺がキョウジに頼んだのが、ロッポンギに行く途中の電話、あの時だ。

 それから実際に届けられたのが今朝、かなりギリギリであったが、間に合って良かった。そしてそれだけの時間がかかったと言う事実が、今回のことが相当に無茶であったことを示している。

 だから、高くついた、と言った。大きな借りが出来てしまった。

「これをポストに入れて、っと」

 がたん、とポストが音を鳴らす。これで後は放っておけば過去の自分が回収してくれるだろう。

 面倒だが過去、現在、未来の因果は繋がっている。

 これをしなければ、過去に俺がこれを手に入れたと言う因果まで消え去ってしまう。

 そうなれば俺は過去に戻れず、今いる俺自身と矛盾が起こってしまう。

 

 恐らく、あの炎…………ルイが言っていた、過去を変えれば世界がそれを許さない、とはつまりそのことだ。

 

 因果に矛盾を起すこと、それが恐らく俺が…………否、俺のみならず、時間跳躍(タイムリープ)した人間全員に共通する禁忌なのだろう。

 携帯を時間を確認する。はっきりとは覚えていないが、もう一時間前後ほどで異世界から自身が戻ってくる頃合だろう。

 もうここに用は無い。だから次は…………。

 

「待ってろよ、和泉」

 

 借りを返すために、動き出す。

 

「……………………」

 

 だから気付かなかった、無言で空を…………紅い月を見上げる、アリスの姿を。

 

 

 * * *

 

 

 凡そ二、三週間ほど前の話だ。

 

 今更言うまでも無い話だが、和泉…………河野和泉と言う少女の体には、夜魔ヴァンパイアと言う悪魔がかつての実験により融合させられている。

 そのせいか、和泉の体は時折、人間の血液を欲することがある。

 ある意味本能と呼べるそれは、さしもの和泉自身もどうにもならない。だからそう言う時は血を飲む。

 当たり前だが、普通の人間を襲ってその生き血を啜ればただの通り魔、そしていずれは化生へと落ちていくだけだろう。

 遥か昔ならばそうするしか無かっただろう、だが現代では血を手に入れるのはそれほど難しいことではない。

 有体に言ってしまえば、注射機などで健康に害が出ない範囲で抜き取ることも出来るし、生き血に拘らなければ、病院などにある、輸血用血液を入手すればいいだけである。

 少なくとも、和泉は人を襲って血を啜ったことなどほとんど無い、数少ないその相手も敵だったりで、普通の人間を襲って血を無理矢理奪ったことは一度たりとも無い。

 

 だから、その話に和泉は関係無い。少なくとも和泉本人はそう思っていた。

 だが吸血事件、そう呼ばれる事件において、二週間前にそれが悪魔、もしくは悪魔関係者の仕業と断定された。

 真っ先に疑われたのは吸血鬼…………つまり、夜魔ヴァンパイアの仕業。

 だが街にヴァンパイアが出現した痕跡らしきものは見つからなかった、だから次いで疑われたのが。

 ヴァンパイアの因子を持つ和泉だった。

 と言っても、和泉がそうであると知っている人間はそう多く無い。元々それほど人と関わり合いになるような性質でも無かったし、敵は多かったが、そのほとんどを屠っている以上、和泉と関わりが深い数人の人間以外、ほぼ知られていないと言っても良い。

 だがそれでも少数ではあるが、知っている人間はいる以上、疑いの目は少なからず向けられた。

 

 全く持って不快な話である。

 

 だが少しだけ興味もあったのは事実だ。

 吸血事件。被害者が血液の大半を失っていることと、被害者の体からマグネタイトが抜き取られていることから悪魔関連の事件と発覚したが、実際のところ、和泉の記憶にある限り、この街周辺で自身以外の吸血鬼の存在など聞いたことも見たことも無い。では一体、どこの誰がこんな事件を起したのか。

 分からない、だが、だからこそ少しだけ興味が沸いていた。

 

 そうして今、理解する。

 

 この化け物だ。

 

 ここ最近の事件は全てのこの化け物が引き起こしたことだ、と。

 

 紅くて、黒くて、白い。

 

 男だか女だから分からない、そんな怪物。

 

 理解する、目の前の怪物が、自身より化け物として上位であることを。

 

 ずきずきと痛む腹部の傷は、すでに吸血鬼の因子が修復を始めている。放っておけば治るだろう。

 けれどダメだ、あまりにも致命的だ。

 穿たれた体から、マグネタイトが奪われた。

 最早戦える状態ではないと言っても等しい。 

 あと一撃で立っていられない、と言う状態から、あと一撃で死ぬ、と言うレベルまで達している。

 

「…………面倒なことをしてくれた」

 こつ、こつと足音が近づいてくる。

 同時にかけられた声には、やや怒りが混じっていた。

「逃げられたか…………また探させねばならん、面倒な」

 その声には、探し当てればいつでも殺せる、そんな意味合いが含まれていることが理解できていて。

 やっぱり、こいつはここでなんとかしなければならない。

 そう思う。

 最早自分は助からないだろう、そんなことは理解できる、否、最早そんなことどうでも良い。

 だが自分がこのままここで死ねば、この怪物はまたいつか彼に牙を向ける。

 

「天」

 

 だから。

 

 これが最後で良い。

 

「命」

 

 私のこの身も、命も、魂も、何もかも捧げても良い。

 

 たった一度でいいから。

 

「滅」

 

 お願い。

 

 サマエル(わたし)

 

 力を貸して。

 

「門」

 

 瞬間、自身と、怪物が光りに包まれ。

 

 それが自身がその時、最後に見た光景だった。

 

 

 * * *

 

 

「オォォォォォォォォォォォ」

 雄叫びにも似た唸り声を発しながら、破壊神が歩み寄ってくる。

「ヨシツネ、モコイ」

「鷹円弾」

「十文字斬り」

 召喚された仲魔たちが前面に出て、破壊神の前進を止めようとする。

「オオオオォォォォォォォ」

 

 デスバウンド

 

 その手に持つ鉾から放たれた斬撃が仲魔たちを吹き飛ばす。

 だがその直前に召し寄せと帰還によって仲魔たちを回収していたので、間一髪のところで全滅は免れる。

 距離を開けていたのでこちらには余波が来ただけなのだが、その余波だけで思わず数歩押し下げられるほどの威力があった。

 あんなの…………もし直撃すれば…………。

 嫌な汗が滲み出るのを自覚する。だが臆してばかりもいられない。

 

「オルトロス、ツチグモ」

 

 封魔管の内二本が光り、その栓が抜ける。

 内から浮き上がるかのように出てきたその中は、緑色に発光する棒が刺さっていた。

 瞬間、管から光が溢れる。そうして光が徐々に形を作っていき、片方は大きな犬のような獣の形に、もう片方は巨大な蜘蛛の形へと変わっていく。

「オルトロス、マハラギ! ツチグモ、マハジオ!」

 炎が、電撃が破壊神へと直撃する。

 

 だが、無意味だ。

 

「オオオオオオオオォォォォォォォォオォオォォォォォォォォ!!!」

 まるで効いた様子も無く、破壊神の歩みは止まらない。

 その右手の鉾が煌く。

 

 デスバウンド

 

 瞬間、鉾が放たれる。

「戻って!」

 召し寄せによって、仲魔たちが手元に戻ってくる。

 紙一重のところで攻撃を回避し、次の封魔管を抜く。

 

 例えば在月有栖のようなたった一体で戦局を変えるような超高レベルの仲魔は、葛葉朔良には無い。

 

「ライホーくん、ヨシツネ」

 

 封魔管から再度召喚されたヨシツネと、新しく昔の書生のような服装の雪だるま…………ジャックフロストが召喚される。

「ヨシツネ、タルカジャ、大暴れ。ライホーくん、絶対零度」

 筋力上昇魔法(タルカジャ)を自身にかけ、出鱈目な動きでヨシツネが暴れまわる。

 その隙を縫うようにライホーくんが腕に纏う冷気を突き出すと、氷のレーザーが荒れ狂い、破壊神を飲み込む。

 

 例えば河野和泉のような独りで他を圧倒できるような本人の強さは、葛葉朔良には無い。

 

「サティ、アルラウネ、モコイ」

 

 現れたのは全身が炎の包まれた黒い女の悪魔、そして全身を薔薇の蔦のようなもので絡め取られた裸の女、そして最初に召喚した土偶と人形を足して割ったような不可思議な形の悪魔。

「サティ、アギ・ラティ。アルラウネ、ブフ・ラティ。モコイ、鷹円弾」

 サティから放たれる火炎魔法が、アルラウネから放たれる氷結魔法が、そしてモコイの投げるブーメランのようなソレが、次々と破壊神へとダメージを与えていく。

 

「…………っつ、七体同時は…………さすがにきついわね」

 

 最近ようやく出来るようになった七体同時召喚、十四代目ライドウの為した八体と言う記録まであと一体と言ったところだが、仲魔の質が違いすぎて、やはり比べ物にならないだろうことは自覚している。

 

 そう、葛葉朔良には武器が無い。

 有栖のような強力な仲魔も無いし、和泉のような強固な力も持ち合わせいない。

 唯一あるのは、複数同時召喚と言うオンリーワンではあるが、強大と言うには程遠い才。

 後は少しばかり勘が冴えるだけであり、葛葉朔良とはその程度でしか無いと、自分で自覚している。

 

 けれど、だからと言って、それを悲観しているわけではない。

 昔はそれはそれはもがいて必死に力を求めた、だが今は違う。

 

 複数同時召喚がオンリーワンでありながら、強大に程遠いのは、自身がその武器を磨かないからだ。

 

 磨かれない武器は錆びついていく。自明の理であり、それを何時までも通じると思うなら、それはただの停滞であり、思考の停止である。この世界では真っ先に死んでいくタイプだ。

 だから葛葉朔良は研磨を止めない。己が爪牙たちを研ぎ澄ましていく。

 

 そして一つ、葛葉朔良の良いところを上げるなら。

 

 自分を知っている、と言うことである。

 

 自信過剰にもならない、かと言って卑屈に諦めたりもしない。

 足りないならば足りないことを自覚するし、必要なら補おうともする。

 今は平成の世だ、大正どころか、平安から続く(かび)ついた文化を何時までも踏襲する必要は無いのだ。

 

 故に、こう言う物も使ったりする。

 

「来て…………みんな」

 

 SUMMON OK?

 

 電源は入れっぱなしにしていたので、後はプログラムを起動するだけで簡単にそれは行われる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 召喚、ホウオウ。

 召喚、オベロン。

 召喚、ラクシュミ。

 

 今現在召喚された七体の悪魔たち。

 そして今しがた加えられた三体の悪魔たち。

 

 その数、合わせて十体。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 これでようやく勝負になる。

 それが葛葉朔良の正直な感想だった。

 十体同時召喚による、多角飽和攻撃。そして相手の攻撃を召し寄せと帰還、そして再召喚でかわしながらの継戦。

 このヒットアンドアウェイの戦法の要は、サマナーである自身だ。

 つまり、あの破壊神を仲魔たちが倒しきるまでに自身が生きているかどうか、それが結局の問題点となるだろう。

 レベル差が酷すぎて、与えられるダメージは微小だ。だがこれだけの数で連続して当て続ければ積み重なっていつかは倒せるだろうとは思っている。

 

 だがそれがいつなのか、そしてそれまでこの状況を継続できるかどうかは、結局のところ運次第と言ったところか。

 正直、相手のサマナーが命令し動かしてくるのなら、こんな戦いすぐに終わっていた。

 だが、どうにもあの破壊神はあのサマナーの命令を聞かないらしい。

 

 暴走していた。あのとんでもないレベルの破壊神が、サマナーの手綱を引きちぎって暴走していた。

 故にその攻撃は単調なものとなる、恐らく攻撃スキル以外にもさまざまなスキルがあるはずなのだろうが、先ほどから攻撃一辺倒であり、その攻撃も近寄ってきて攻撃してくるものばかりで、遠距離攻撃など一切無い。

 

 だが同時に、暴走しているからこそ、多少のダメージではびくともせず、いい当たりの攻撃が当たっても愚直に突っ込んでくる。つまり、仰け反らせることが出来ない。攻撃を喰らいながらカウンターを狙い続けるかのようなその行動に、正直恐怖を覚える。何故ならあっちとこっちではレベル差が酷すぎる。こちらの一撃とあちらの一撃は全く等価ではない。こちらの攻撃はいくつもいくつも積み重ねねばあの破壊神を揺らすことも出来ないのに、あの破壊神は一撃は、いとも容易くこちらの最強を砕くだろう。

 

 博打を打つような戦法だが、それはお互い様だ。こんな無謀な戦いをしている自分も自分である。

 

 だから後は、勝者と敗者を決めるだけである。

 

「負けるわけには行かない…………必ず勝つ」

 

 左手でCOMPを強く握り締めながら、呟く。

 

 紅い月に照らされた夜は、まだまだ終わりを告げない。

 



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キョウジと王

 

 ボッとタバコに火を付ける。

 大きく息を吸おうと…………そうしようとして、けれど上手く出来ない。

「…………っ、肺がかたっぽ潰れてやがるな」

 活性マグが最大限に働いているせいで、そこまで不便を感じなかったが、それでもまだ、一応ギリギリでキョウジは人間だ。

 心臓が抉られれば死ぬし、頭がはじけ飛べば死ぬ。まあ最も、心臓が、脳が止まった程度ならば、活性マグの作用ですぐに復活するだろうが。

「………………………………つくづく、貴様とは縁がある」

 吐き捨てるように王が呟く。キョウジが壁を背に座り込んでいるのに対して、あちらはまだ立っている。

 だが全身焼け焦げて…………満身創痍だ。

 まあ当たり前だろう、シャッフラーでカード状態に変化させてからスルトとの合体奥義トリスアギオンを叩き込んだのだ、生きているだけでも不思議かもしれない。

 

「結局、お前たちが何をしたかったのか、今になっても分からん」

 

 上手く吸えないタバコに苛立ちながら、キョウジが呟く。

 それは王に投げかけた言葉のようでいて、けれど独り言のようにも聞こえた。

 

「何度目の問いかな」

 

 王もそれに、キョウジへの返答のような、それともただの独り言のような、そんな口調で返す。

 

 すでに仲魔たちは死滅していた。

 

 単純に言って、この戦いの趨勢は常に王にあった。

 当たり前と言っても良いかも知れない。

 何せ、レベルからして、王とはキョウジの完全なる上位互換であるから。

 サマナー本人もキョウジよりも強く、仲魔たちもキョウジの仲魔よりも強い。

 それでもこの戦いは引き分けだ。

 

 序盤はカーリー、アンズー、クラマテング、スルト、モト、ウリエルの仲魔たちだけの戦いだった。

 だが火炎属性が強みの王の仲魔たちに対して、火炎弱点のアンズーがいる以上不利は否めない。

 だからキョウジは最初から的を絞っていた。

 唯一データの無い敵、ウリエルを集中して狙った。

 いくらレベルに劣るとは言え、二十も三十も低いわけではない。

 と言うか、レベル70を超えるような悪魔は、最早全員規格外であり、レベル差がそこまで大きく影響しない。

 故に、三体の集中攻撃にウリエルが落ちた。

 だが同時にカーリー、アンズー、クラマテングも敗北する。

 

 入れ替わりに出てきたのは、トウテツ、オンギョウキ、そしてスルト。

 先ほどを超える激戦がそこにあった。

 敵の攻撃は全てスルトが受ける。有栖からの情報で、火炎耐性を貫通することはわかっている。火炎吸収のスルトとでも相性が悪いかもしれない。

 

 だが。

 

 スルトが敵の炎でダメージを受けながら、取り込んでいく。

 炎纏。それがキョウジの持つスルトだけの特徴。簡単に言えば、自分の、もしくは敵の炎を自ら身に纏い、そして。

 

 放たれる、その右手に持つ炎の剣から。

 放たれる、世界を滅ぼす災悪が。

 

 レーヴァテイン。

 

 異界の属性、核熱属性の存在を有栖から聞いたことにより生み出された、文字通り、キョウジのスルトだけのオリジナル。万能属性と火炎属性を両立する最強の炎。

 飲み込まれていく、スルトが、モトが。世界を焦がす劫炎へと。

 

 キョウジが持つ、切り札に一枚。

 先に切ったのはキョウジ。これでスルトとモトは倒れた。

 王は他に仲魔を持たない。

 

 故に、ここからが本番だった。

 

 

 

「何度目の問い…………か。下らん、何度でも問う。お前たちは何を企んでいる…………いや、お前は何を企んでいる…………()()()()()

 瞬間、王の目が見開かれた。驚愕なんて言葉ではまだ生易しいほどに大きな感情の揺れが見えた。

 けれどそれも一瞬、すぐに動揺を沈め、王が不敵に笑う。

「気付いたか……………………よく気付いたな。そうだな、気付いてしまったのなら、改めて名乗ろう」

 にぃ、と口元を歪め、王が告げる。

 

「我が名は魔人ソロモン。騒乱絵札の王にして」

 

 そして。

 

「神を殺さんとするものだ」

 

 そう言い放った。

 

 

 この現代において、未だに召喚陣なんて古臭いものを使っている人間は非情に少ない。

 何せ現代にはその召喚陣の最新鋭たるCOMPがある。これがあれば、召喚陣を使って行うようなことは、ほぼなんだって出来る。

 そしてその上で、レベルオーバーの怪物を呼び出せるような召喚術の使い手となると、さすがのキョウジも心当たりが無い。

 何せそんなものがいるのなら、どの勢力をもあっさりと塗り替える最強の勢力となるから。

 そもそも世界が理として定めた限界…………全ての悪魔の貯蓄マグネタイト量の限界を100としているのだ、それを超える以上、それは世界の理をも打ち崩している。そんな存在は歴史を紐解いても、ほぼ見かけない。

 過去の偉人たちの子孫か何か、とも最初は思った。だがそんな存在は、だいたいどこかの勢力に属している。

 人は群れなければ生きていけないのだから、特に現代ではそれが顕著だ。

 人と人の繋がりが薄くなったなんていっているが、どこにでも行けて、どこにでも繋がる、そんな交通網や連絡網を持つからこそ、薄くなったように感じるだけであり、人の群れとしての大きさを比べるなら、現代は最早過去最大と呼べるのかもしれない。

 話がずれたが、とにもかくにも現代において、人一人が孤立して生きることは難しい。

 特に悪魔に関わっている以上、誰かしらの目にはつくはずなのだ。しかも腕の良い術士なら尚更。

 だがそんな存在が生まれたとも、生きているとも情報は聞いた覚えが無い。

 どこかの組織が隠蔽している? だがあの王はその組織の頂点、むしろ探られる立場のはずだ。

 人が生きる以上、必ずどこかに痕跡があるはずなのに。

 どれだけ探しても、王の痕跡は見つからない。

 

 だからもしかしたら、と言う予感はキョウジにあった。

 

 現代でなく、過去を生きる人間なのかもしれない。

 

 アカラナ回廊などと言った時を越える手段はいくらでもある。

 そしてキョウジたちが生まれるよりも前からずっとその痕跡を隠蔽し続けてきたのなら、ここ十年、二十年程度探っても何も出てこないのも納得できる。

 

 そんな推察をしていた時、有栖からもたらされた情報。

 

 それでようやく確信が持てる。

 

 スルトのことと言い、今回のことと言い、本当にどこからとも無く厄介ごとと妙な情報を持ってくる男ではある。

 

 在月有栖。その少年を思うとき、キョウジの内心は少しだけ複雑になる。

 だがそれはきっと、誰にも語られる言葉ではない。誰かに語る言葉も無い。

 故に何も語らず、物語は進む。

 

 幾多もの思惑を重ねながら。

 

 

 * * *

 

 

「なんだ…………これ…………」

 突如発生した光、それが和泉とジョーカーの元から発せられた物だと気付く。

「くそ! 現れないと思ってたら、そう言うことかよ」

 ずらり、と目前に並ぶ死霊騎士たちを相手取りながら、思わず毒づく。

 ジョーカーとの戦闘中に一度も見なかったと思ったら、あの時もそうだったのかは知らないが、今は自身が相手をしている。

 早く和泉の元へ行かなければならないのに。

 そんな焦りとは裏腹に、理性は冷静に計算を重ねていく。

 続々と増える死霊騎士たちを目前にしながら、たった一言、呟く。

 

「アリス」

「死んでくれる?」

 

 瞬間、騎士たちが消滅していく。

 倒れるわけでもない、死ぬわけでもない。文字通り、消滅していく。

 今のアリスはそう言う存在に成り上がった。

 あの時とは確実に違う、だから、今度は勝つ。

 

 だから。

 

「間に合ってくれ」

 

 呟く声に力は無い。

 

 それは。

 

 もう間に合わない、そんな予感を、この時すでに秘めていたからかもしれない。

 

 

 * * *

 

 

「神を…………殺す?」

 さしものキョウジも僅かながら驚きを隠せなかった。

 その手からタバコがぽろり、と落ちる。

 その様子を王が口元を吊り上げながら見、そして続ける。

「そうだ…………元々騒乱絵札(トランプ)とはそのための組織だ」

 

 王は語る。

 

 そも騒乱絵札とは、理の打破を誓った王、歴史を覆すことを誓った姫君、そして神への復讐を誓った怪物が集まって出来た組織である。その過程で生を欲し足掻く名無しが加わり、騒乱絵札と言う組織の雛形が出来た。

 そも葛葉キョウジがいくら調べようと、その痕跡を探すことは不可能に等しい。

 何せ。

 

 騒乱絵札は人間社会ではない、悪魔社会によって支えられている。

 

 魔王サタン、怪物と繋がる魔王の存在によって、必要な物や情報を手に入れている。

 故に、いくら人間側の痕跡を調べようと見つかるはずが無いのだ。

 

 そんな騒乱絵札の目的とは、端的に言えば神を殺すことである。

 

 怪物はそのために爪牙を砥ぎ続け、姫君はその後を視野に入れて動き、そして王はそのための手段を生み出そうとしていた。

 

 そのための手段はすでにこの世界に存在する。

 

 それが――――――――

 

「異界属性、そして大罪悪魔」

 

 異世界の理、そして神の不完全さの証明。

 

「異界属性…………特異点悪魔の存在か」

 呟くキョウジの言葉に、王がほう、と目を見張る。

「葛葉キョウジ、二度目の邂逅の時、貴様は異界属性の名を認識できなかったはずだが、どうやら今はできているようだな」

 王のその言葉に、何? とキョウジが目を細める。

 

【だが失敗だなあれは…………異界属性を得たとしても、大罪を宿さなければ何も意味は無い】

 

 ふと、思い出されるのはその言葉。

「っ?!」

 思い出し、そして驚愕する。

 一瞬で思い出せたこともそうだが、何よりも。

 

 あの時、何を言ったのか、キョウジは確かに聞き取れなかったはずだ。

 

 何かノイズのようなものが入っていた。そのせいで何を言ったのか聞き直し、けれど王が失望したような視線をこちらを見たのを覚えている。

 二度目の邂逅…………つまり、あの七不思議の件。

 

「…………大罪とは、なんだ?」

 

 段々と、体が冷えていくのを感じながら、葛葉キョウジはさらに尋ねる。

 そして王もまた、これが最後とばかりに、何の隠し事も無く告げる。

 

「大罪とは、神の不完全さの証明だ」

 

 語られたのは魔王と呼ばれる七体の悪魔が神から奪った物に関する逸話。

 そしてその一つが。

 

怪物(ジョーカー)…………だと?」

「そう、あいつは正真正銘の怪物。神を殺すためだけに、魔王サタンが作り出した最凶の化け物」

 

 それはかつて、とある大魔王が別の世界で一人の人修羅を生み出したように。

 

 神霊/魔王もまた、この世界において一体の怪物を生み出した。

 

 その名を。

 

「魔人ヴラド」

 

 ヴラド・ツェペシュと言う。

 

 

 * * *

 

 

 膝を突く。

 

「あ、あああああ」

 

 震える手で、そこに倒れた少女を抱きかかえる。

 

「あああああ、あああああああああああああああああああ」

 

 少女の体にすでに温もりは無く、その鼓動が止まっていることがすぐに理解できた。

 

「あああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 そうして理解したことは一つ。

 

「う、あ…………」

 

 在月有栖は間に合わなかったと言う事実だけだった。

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 けれど涙は止まらない。

 慟哭が天を突く。

 けれど声は止まらない。

 

 叫んで、叫んで、叫んで。

 

 声が枯れ果てそうなほどに絶叫し、慟哭し、激情が全身から溢れ。

 

 そうして、膝を突く。

 

「く…………う…………くそ…………くそ! くそ! くそ!!!」

 

 抉れたアスファルトを叩く、何度も、何度も、手の皮が剥け、血が流れても、構わず叩きつける。

 周囲一帯は何をすればこうなるのか、と言いたくなるほどに抉れ、荒れ果てていた。

 ぽっかりと、空洞になったこの空間だけが、明らかに異常で。

 

 そして、だからこそ。

 

「くふ…………くふふふ…………くはははははははははは」

 

 それでも生きている、コレがもっと異常なことは理解できた。

 

「………………ヴラド…………ヴラドォォォォ!!!」

 

 自身の絶叫に、魔人がほう、と哂う。

 

「俺の名を知るか、どこで知った? まあどこでも良い」

 

 死ね、月の血。

 

 そう嘲る目の前の魔人に。

 

「……………………アリス」

 

 ぬらり、と立ち上がり、名を呼ぶ。

 

「……………………有栖」

 

 ぎゅっと、アリスが自身の名を呼び、その手を握る。

 

「…………大丈夫だ、まだ…………大丈夫だ」

 

 大丈夫だ、と呟き、その手を握り返す。

 

「あいつを倒すまで、俺は止まれない」

 

 だから。

 

「行くぞ、アリス」

「…………うん、いくよ、さまなー!」

 

 アリスが返事を返し。

 

 そして。

 

「「MY WORLD!!!」」

 

 瞬間。

 

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名取と姫君

緊急速報:執筆中の本編残り一話、エピローグ書いたら四章終了。明日書き終わったらもう全部一気に更新。


 攻勢は苛烈にして、強烈。

 だからこそ、護りに入ればそれが脆いと葛葉名取は理解している。

 敵はヒトキリと名乗る魔人、そしてそのサマナーである騒乱絵札の一人、姫君。

 だが姫君は基本的に何もしない完全なるサマナータイプであることは事前に分かっていたこと故に、実際の敵はヒトキリ一体に集約されると言っても良い。

 対してこちらは自身、葛葉ナトリ、そしてサマナー門倉悠希とその仲魔であるジコクテン。そして残された一般人である上月詩織。

 だが実際、あのヒトキリにまともに対抗できるのは自身だけであり、辛うじて一撃、受けれるかどうかと言ったところがジコクテン。悠希は未だ未熟であり、とてもではないがあの強大な魔人に対抗する術などありはしないが故に、こちらでフォローする必要がある。上月詩織はそもそも悪魔に関わっただけの一般人であり、サマナーでも異能者でもない、つまりヤタガラスの護るべき範疇の存在である。

 だが強大な敵に相対するは自分一人、そして護る対象は二人。とてもではないが、手が足りない。

 

 だから、ナトリは攻め続ける。

 

 攻撃こそが最大の防御と言うが、攻め続け相手に防御させ続ければ護るべき対象が危険に晒される確率は極端に下がる。

 ナトリ単独ならば、攻め手に欠け、結局ヒトキリにと言う名の巧者にあっさりと攻守逆転を許していたかもしれない。

 だがジコクテンが共に攻めてくれているこの現状、ナトリは好きなタイミングに好きなスキルを取得し、そして使用できる。レベル的には不安のあるジコクテンだが、さすがの戦上手と言うべきか、その立ち回りはナトリにも見るべきものがあった。結果的に徐々にではあるが、ヒトキリを押して行くことが可能となっている。

 だがそんな均衡も、ヒトキリが未だに全力を尽くさないからであり。

 

 戦況は膠着している。

 

 だが膠着を崩す一手を、ナトリは持っておらず、そして相手は持っていた。

 

()()()()()()()()()

 

 姫君がそう呟いた瞬間。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔人が、何かをした。

 何か、などと抽象的な表現ではあるが、けれど他に言い様が無い。

 具体的に何か見ただけで分かるような変化があったわけではない。

 だが、あからさまに魔人の気配が変質し、そして空気が変わった。

 

「キヒヒ、ブレイブザッパー」

 

 けれど魔人は止まらない。停止した一瞬を突いて、斬撃を放ってくる。

 故にこちらも対抗せざるを得ない。

 

「ブレイブザッパー」

「鬼神薙ぎ」

 

 ジコクテンと共に攻撃を放つ、飛ぶ斬撃、それを魔人が斬り払う。取得すると同時に破棄、そして再取得。すでに何度繰り返しただろうか。

 打つ手が無いとは言った。膠着を崩す一手は無いと確かに言った。

 だが勝算が無いなどとは言ってもいない。

 ナトリの考え通りならば、そろそろ良い頃あいではあるのだが。

 

 ぞくり

 

 そんな思考を掻き消すかのように、背筋が凍る。

 僅かに背に感じる重みに、魔人から距離を取り、そしてその背を確認するため振り向く。

「……………………」

 だが何も居ない。何も無い。今も僅かな重みを感じている、だがそこには何も無い。何かが触れた痕跡すら無い。と言っても、背中など直視したわけではないが。それでも目だった異常はどこにも無い、触れても特におかしな点も見当たらない。視界の端ではジコクテンが何やら怪訝な様子で何か呟いていた、何かあるのかもしれない、そうは思う、だが。

「…………………………思う、これ以上は無駄」

 それでも分からない以上、何も無い以上、これ以上考えても無駄だ。

 敵はこちらを見つめながらそうして…………。

 

()()()()()()()()()()()()()()()|」

 

 そうして。

 

「断罪刃」

 

 振り上げられた太刀が…………振り下ろされる。

「っ!!」

 受けるのは無理だ、ナトリが持つもは大振りとは言えただのナイフ。そして相手の武器は大太刀。能力の差も大きい以上、受ければナイフごと斬って落とされる。

 つまり、選択肢は受け流すか、もしくは避けるか。

 

 瞬間、嫌な予感がした。

 

「…………………………呟く、仕方ない」

 

 振り下ろされた太刀をナイフで切り払う。だが完全に受け流しきるのは無理だったようで、ずぶり、と腕が切り裂かれる、深い、とは言えないが、浅いとも言えない。少なくとも、またあの斬り払いの技術を盗んでも、成功率は確実に落ちる。

 一方ジコクテンは受けきれぬと悟ったか、攻撃を避けていた。

 

 そして瞬間。

 

「ぬう?!」

 がくん、と。一瞬、ジコクテンの膝が崩れそうになり、そうして何とか持ち直す。

「……………………私は思考する、不味い」

 理由は…………恐らく、ヒトキリが二度呟いたあの言葉。

 

 この場この時において攻撃/回避を禁ず。

 

 恐らく常時発動し、そして条件に当てはまった瞬間、強制的に効果を発揮するタイプのスキルだ。

 こう言った類のスキルはさすがに盗めない。何せそれは技術ではない。葛葉ナトリがいくら天才であり、怪物染みていても持っていないものを持っていると言い張るのは無理がある。

 最も、何度も何度も確認し、解析し尽くせば可能…………かもしれないが、今のナトリには不可能だ。

 

 効力は恐らく、魔人が禁じた条件を破った対象の体力を奪う、もしくは能力を減少させる、と言ったところか。

 

 厄介なスキルである、ただでさえレベル差がある格上だと言うのに、妨害系スキルなど使われれば溜まったものではない。

 何よりも厄介なのは。

 

 葛葉ナトリは他者のスキルを盗むことでしかスキルを使えない。

 

 もしジコクテンを落とされれば、ナトリはあの魔人が決めたタイミングで、あの魔人が決めたスキルしか盗めいと言うことになってしまう。

 先に述べた妨害スキルとあわせれば…………まあ詰むと言っても過言ではないかもしれない。

 

 まあ、奥の手が無いわけでもないのだが。

 

 先ほども言った、勝算。

 だが出来れば使いたくは無い…………悠希の前でそれを使うことは、()()()()()()()()()()()()()

 

 珍しく、このナトリと言う少女にしては本当に珍しく。

 たった一人の人間に、執着にも似た感情を抱いていた。それが何故か、ナトリ自身にも分からない。

 だが、それでも…………また会いたい。そう思った人間は、初めてだった。

 たった一人の特別。そんな思いに何という名前を、意味をつけるのか、それはまだ分からないが。

 だからこそ、躊躇していた、足踏みし、悩む。

 

 けれど事態はナトリの心境を無視し動き出す。

 

「コノ場コノ時ニオイテ回復ヲ禁ズ」

 

 次なる魔人の宣託は回復行動の禁止。 

 腕の怪我を治せないのは辛いものがあるが、まあ能力低下を付けられるよりはマシだろう。

 

 そう考えていた、だが。

 

「ナトリ!」

 声が、彼の声が聞こえた、次の瞬間、腕の傷が癒えていく。見ればジコクテンも共に回復していっている。

 それが彼の持つ道具の力だと気付き…………そしてすぐにハッとなる。

「私は呟く、やられた!」

 珍しく、声量が大きくなってしまうほどに、焦っていた。

 体が重くなる、先ほどのジコクテンと同じ、能力低下を付与されてしまった。

 

 完全にナトリのミスである。思考に没頭し、あの魔人の宣言の意味を伝え忘れていた。

 

 まだ成り立ての新人サマナーである彼がその可能性に自ら気付けるはず無かったのに、それを忘れていた。

 二度目の能力低下付与。ジコクテンにいたっては三度目だ。その事実に対して、直感が危機を叫ぶ。一体何が危険なのかは分からないが、とにかくこのままでは不味い、と直感が叫んでいる。

 だがその前に彼に伝えなければならない。そのために後退としようとして…………瞬間、こちらの行動に被せる様に魔人が前進する。

 完全に虚を突かれた。

 

「キヒヒヒヒヒヒ…………仏の顔も三度まで、だ」

 

 すぱん、と。一切の抵抗を許さず、何の躊躇も無く。

 

 ジコクテンの首を落ちる。その姿が霧散していき、消えていく。

 

「許されざる者に断罪の刃を」

 

 魔人がこちらを向き、そうしてニィ、と嗤う。

 

 お前もあと一度でこうだ、暗にそう告げていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 切り札を切ったキョウジの攻撃に、王の仲魔たちは全て倒れた。

 

 残るは王一人…………ではない。

 

 召喚(来たれ)

 

 たった一言、そう呟くだけ。

 それだけで、王のすぐ傍の空間がぴきん、と音を立てて割れる。

 そこから這い出してきたのは、以前にも見た三つ首の獣…………ナベリウス。

 本来ならばたった一体でこの街の全てを破壊しつくせるほどの怪物。

 

 レベルオーバー、レベル100と言う理を超えたまさしく化け物。

 

 葛葉キョウジの今の手札でソレを打ち破る法は無い。

 けれど、キョウジは慌てない。焦ることすらしない。

 元々何があろうとこの時点でもう良かったのだ。

 もうここまで来た時点で…………王の仲魔が全て消え、次の行動に移るまでの僅かな隙。

 

 その一瞬をキョウジは逃さない。

 

 シャッフラー。

 

 葛葉キョウジだけが持つ、特殊状態異常魔法。

 否、これは最早呪いである。

 燃えろ、燃えろ、激しく、鮮烈に、燃え盛れ。

 葛葉キョウジの根源を穿ち、溢れ出す呪い。

 紅黒く、そしてか黒い思いの正体。

 

 呪い札(カースド・カード)

 

 呪いを具現化し、物質化し、極限まで凝縮した一枚の黒いカード。

 本来周囲の敵全てを巻き込むシャッフラーの対象を単体とすることで、より凶悪に、より禍々しく呪いを特化させる。

 放たれた呪いは、どんな耐性をも無視して対象を強制的に一枚のカードへと変化させる。

 

 驚きの声を上げる(いとま)すら与えられなかった。仲魔がいたら庇われて終わりだっただろう、今召喚中の獣はけれどまだ空間から抜け切っておらず、とてもではないが、間に合わない。

 

 王が一枚のカードへと変化する。

 

 そして――――――――

 

 スルトが全身から炎を噴出し、それを葛葉キョウジへと集めていく。

 自身もまた燃え盛る炎に包まれながら、けれどキョウジは眉根一つ動かすことなく、そうして呟く。

 

 ――――合体奥義“トリスアギオン”

 

 あらゆる耐性を一時的に無視し、火炎属性を弱点化させられた王に、その一撃を受けきる術など、最早無かった。

 

 凄まじい劫火。アスファルトが、コンクリートが、溶け、流れ出し、そして蒸発してしまうほどの超高温で、一撃で燃やし尽くされる。

 

 と、同時に空間の割れ目から抜け切ったナベリウスが飛び出し、キョウジへと一撃見舞う。

 その攻撃を、けれどキョウジは避けなかった…………否、避けれなかった。

 

 ここまでの戦いの疲労…………もあったかもしれないが。

 

 スルトの炎を一時的とは言えその身に取り込むのは、さしものキョウジであっても相当な負担だった。

 先ほどの一撃も、キョウジにとって文字通り、死力を尽くした一撃だったのだ。

 そこにさらに怪物の一撃を喰らい、キョウジが吹き飛ぶ。

 間に割って入ったスルトたち仲魔も、けれど圧倒的なレベル差の前に、足止めすることすら出来ず。

 

 その牙がキョウジへと届こうとし…………けれど、瞬間その姿が虚空へと消え去る。

 

 召喚主であった王に限界が来たのが原因である。と、同時に、呪いを保っていたキョウジにも限界が訪れ、王が元の姿へと戻る。

 

 そうして訪れた決着は、両者戦闘不能による引き分けだった。

 

 これが正真正銘の決着だろう、何せ。

 

 二人とも、もうこれで終わりだと言うことを自覚しているのだから。

 

「………………これで、終わり、か」

 転げ落ちたタバコの代わりに、新しいタバコを取り出そうとし、けれど箱ごと落とす。

 手が震えていた、最早体はとっくに限界が来ている。

 どさり、と音がするので視線を向ければ、王が倒れていた。

「…………ふん、これで終わり、か」

 同じように、空を見上げながら大の字になった王が呟く。

「…………ジョーカーの存在、それにアイツのこと、まだ気になることはあるが…………」

 

 まあアイツならどうとでもするだろう。

 

 内心で呟く。

 

 そして同時に気付く。

 

 アイツ、と言う言葉が二人の人間を指していることに。

 

「…………く、くく…………くくく」

 思わずこみ上げてきた笑い声に、王が顔を顰める。

「…………なんだ…………貴様…………突然…………」

 最早息絶え絶えと言った様子だったが、それでもまだ生きているらしい。

「いや、なに…………大したことじゃねえよ」

 

 そう、大したことではない。

 

 ただ、気付いてしまっただけである。

 

 自身が在月有栖に対して抱いていた感情に。

 

「…………くく…………もう遅すぎたな」

 

 いや、けれど。

 

「伝える…………必要も…………ねえ…………か…………」

 

 目が霞む、世界から音が消えていく。

 

「…………くく、後は…………上手く…………やれ…………なと……り…………」

 

 それから。

 

「…………ありす…………」

 

 呟き、そうして。

 

 “葛葉キョウジ”が終わりを告げた。

 

 




今更だが。
この小説について、P3,P4のような日常系のライトな小説とレビューされてるらしいですが。

これ、女神転生ですよ(ゲス顔)?

メガテン=死は当然の公式。


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朔良とライドウ

 1%の勝機。創作世界では偶に聞く言葉ではある。

 別に1%でなくとも、構わない、用は可能性はゼロではないが、果てしなく低い、と言うことを言いたいのだろう。

 現実において、1%の勝機などゼロと変わらない。結果は常に百と零なのだ。

 だから、重要なのは1%を2%に2%を4%に、行動の積み重ねによってその確率を限りなく100に近づけていく努力であり、そして見えた百に手を届かせるタイミングを見計らうこと、そしていざ手を伸ばしたら一切の躊躇をしないことだ。

 

 そう言う意味で、葛葉朔良と言う少女は確かに失敗した。

 

 格上との戦闘経験の少なさ、葛葉と言う守られた地にあって、十四代目の血族と言う上位の位に生きてきた少女は、同格以下との戦いに慣れ親しみすぎている。

 要は、目算が甘いのだ。戦術的観点と言う意味で、少女は有栖と言う名の少年の足元にも及びはしない。

 けれど少女にはそれを補って余りある能力があった、だから今日までやってこれた。

 

 直感。

 

 言葉にすると余りにもあやふやで、余りにも頼りないそれは、けれど間違い無く、複数同時召喚に並ぶ、葛葉朔良の凶悪な武器である。

 時に未来視とさえ間違われんばかりのその直感を全力で振り絞り、十の仲魔を操り破壊神をいなしていくその姿を見れば、確かにそれはライドウ候補として実力面では十二分に期待を抱かせるものだったかもしれない。

 

 だが、だからこそ、理解してしまう。

 

「……………………詰んだ」

 

 余波だけでボロボロになっていく仲魔たちを見ながら、葛葉朔良がぽつりと呟く。

 頭の中で何度考えようと、直感が告げ知らせてくる。

 

 このままでは詰む、勝てない。

 

 けれど朔良にはもうこれ以上の手が無い。出せる力全てを振り絞っての行動なのだ。

 破壊神の一振り。仲魔の一体を召し寄せで自らの手元に戻しながら、再び解き放つ。

 剛撃が地を穿つ。砕け飛び散った破片が頬を斬り、一筋の血を流すが、最早全身傷だらけで、今更そんなもの一つでは気にも留めない。

 生まれた破壊神の隙を突いて、仲魔たちが攻撃を繰り出す。十体もの同時攻撃、だが圧倒的な能力差により僅かにダメージを与えるだけ。こんなことを何度も繰り返している。

 確かにダメージは与えている。後どれだけ残っているかは知らないが、このままならばまだしばらくは戦える。勝てるとは最早思えないが。

 

 このまま、ならば。

 

 ダメージを与えるごとに、その存在感を増す破壊神に、だからこそ、朔良の嫌な予感が止まらない。

 脳内では常に警告(アラート)が鳴りっぱなしだ。

 

 そうして、ついにその時は訪れる。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ

 

 破壊神が一際大きな雄叫びを上げ。

 そうしてその手に持った鉾を振り上げる。

 

 瞬間、気付く。

 そこに篭められた莫大なエネルギーに。

 

 全ての仲魔を帰還させよと、朔良が動き出した、直後。

 破壊神が鉾を地に叩きつける。

 

 そして。

 

 轟音。

 

 異界が大きく揺れた。

 

 

 * * *

 

 

 かちん、と時計が時を刻む。

 かちん、かちん、と時計が時を刻む。

 かちん、かちん、かちん、と時計が時を刻む。

 

 上を見ても、下を見ても、右を見ても、左を見ても、見えるのは時計、時計、時計、時計、時計。

 半透明で、薄っぺらい、紙切れ一枚ほの厚さも無い、そんな不思議な時計が時を刻んでいた。

 

 柱時計、振り子時計、砂時計、置き時計。

 

 ありとあらゆる時計が…………否。

 

 “時”がそこにあった。

 

 

 * * *

 

 

 未来は無限に分岐する。

 時間を越えると言われるアカラナ回廊とて、それは例外ではない。

 未来から来て、過去を変えてしまえば、未来への道は閉ざされる。

 つまり、過去=現在=未来は全て一つの時間によって繋がっているのだ。

 

 例えば、葛葉朔良がこのままここで破壊神によって殺されると言う未来がある。

 

 仲魔は全て必殺の一撃に倒され、半数は死亡、半数は戦闘不能。

 辛うじて生き残った葛葉朔良だが、けれど彼女自身の戦闘技能はそれほど高くない、まして破壊神相手に一合とて持つはずも無い。

 それでも彼女はライドウ候補として立ち上がり、太刀を持って決死の戦いを挑み。

 

 そして死ぬ。

 

 あっさりと、何の抵抗も許されることすらなく、無慈悲に、無価値に、一撃で破壊神に殺される。

 

 それが未来。

 

 すでに確定された未来。

 

 このままでは最早変えようが無いはずの未来。

 

 だから。

 

 捻じ曲げる、因果を。

 

 かちん、かちん、かちん、と時計が時を刻む。

 かちん、かちん、と時計が時を刻む。

 かちん、と時計が時を刻む。

 

 そして時計が時を止める。

 

 かち、と時計の針が遡る。

 かち、かち、と時計の針が遡る。

 かち、かち、かち、と時計の針が遡る。

 

 そうして、時を超え、因果を捻じ曲げ、一つの事実を付与する。

 

 時計が時を止める。

 

 かちん、と時計が時を刻みだす。

 かちん、かちん、と時計が時を刻みだす。

 かちん、かちん、かちん、と時計が時を刻みだす。

 

 そして時は動き出す。

 

 その様子を一匹の黒猫が見つめていたことを、けれど誰も知らない。

 

 

 * * *

 

 

「…………く…………つ…………」

 ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。そうしてゆっくりと全身に力を入れていき、徐々に上体を起していく。

 体へのダメージは…………深刻だ。だが何よりも。

「…………全員、やられた」

 全滅してしまった仲魔たちである。

 葛葉朔良は個人としての戦闘技能はそれほど高くない。

 で、ある以上、仲魔が居なければ ろくに戦えない。

 つまり。

 

「詰んだ…………わね」

 

 破壊神はまだ問題無く動きそうな様子だ。

 絶望的である、どう足掻いても葛葉朔良の勝利はここからは有り得ない。

 1%の勝機すら失ってしまった以上、最早これまで…………。

 

「なんて言えるわけないわよね」

 

 ゆっくりと体を起し、腰に差した刀を杖代わりに立ち上がる。

 しゅっ、と鞘から刀身を抜き。

 ぐっと握り締め、構える。

 

「例えこの身が滅びようと」

 

 敵は倒す。

 

 帝都は護る。

 

「それがライドウを目指した私の覚悟よ」

 

 震える手で刀を握り。

 一歩、足を踏み出す。

 

 オオオオオオオオオオオオオォォォォォォ

 

 破壊神がトドメの一撃をくれようと、再び鉾を振り上げる。

 

 数瞬後には、自身は哀れな肉塊へと変わり果てている、そう言う確信がどこかにあった。

 

 それでも良い。

 

 ここで背を向けることだけは、出来ない。

 

 そう覚悟し、太刀を構え。

 

 

「見事」

 

 

 聞こえた声に固まった。

 

 すざぁ、と破壊神の真上から巨大な雷の柱が降り注がれる。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。これまでに無い強大なダメージに、破壊神が叫ぶ。

 

「行くぞ」

 

 変身(シフトチェンジ)“イザナギノオオカミ”

 

 声が聞こえてきた直後、朔良の真後ろから超高速で何かが通り過ぎる。

『…………刹那五月雨撃』

 直後、破壊神の元に一瞬にして到達したソレが手に持った刃を揮い。

 すぱっ、と何の抵抗も無く、破壊神の腕が切り落とされる。

 

 オオオオオオオオオオオオオォォォォ

 

 絶叫する破壊神、けれど攻撃は…………蹂躙はそれでは終わらない、その程度では終わらない。

 

「幾千の呪言」

 

 破壊神の影の中から突如飛び出した黒い影で出来たような腕が切り落とされた破壊神の腕を飲み込み影の中へと持ち去っていく、と同時にその傷口を狙い影の腕が伸び、そうして。

 

 するり、と傷口から腕がもぐりこんで行く、と同時に破壊神が初めて、その足を止め、膝から崩れ落ちる。

 

『…………メギドラオン』

 

 破壊神の目前で形成された黒紫色の光が、ソレが腕を揮うと同時に放たれ、破壊神を飲み込む、

 

『…………終わりだ』

 

 刃を上段に構えたソレの周囲、雷が迸る。

 

 破壊神は動けない、それまでに受けたダメージが大きすぎた。

 

 交差は一瞬。

 

 振り上げたそれを、前進しながら振りぬく。

 

『…………幾万の真言』

 

 直後、破壊神の全身に迸る雷が走り…………。

 

 オオオオオオオオオオォォォォ……ォォォ………………

 

 破壊神が崩れ落ち、そのまま姿を消していく。

 

 ようやく立ち止まったソレの姿を、葛葉朔良は知っている。

 

 否、葛葉の人間で()を知らぬ者などいるはずがない。

 

『…………変身解除』

 

 呟きと共にその姿が変わっていく…………否、戻っていく。

 

 一人は人間に、そしてもう片方はその傍に浮かぶ一体の悪魔へと分かたれる。

 

 

 それは元は合体技から生まれた発想だと言う。

 合体技とは、悪魔が自身の力の一旦をサマナーに託し、両者が力を合わせることにより放たれる強力な攻撃だ。

 つまり、一時的とは言え、サマナーの体は悪魔の力を受け入れることができる。

 これにかなり近いのがペルソナ、そして悪魔変身者(デビルシフター)と言える。

 だがこれには二つとも問題点がある。

 どちらも悪魔の能力を使える、と言うだけであり、人間の側が何の意味も無い、単純にサマナーが悪魔を使役するのと対して戦力的な違いが見えないのだ。

 だが合体技は違う、一時的とは言え、サマナー本人よりも、その仲魔よりも大きな力を発揮することができる。

 だからこう考えた、ペルソナや悪魔変身者のように常時展開でき、それでありながら合体技のように本人たちよりも大きな力を得る方法は無いか、と。

 

 そうして生まれたのが憑魔(デビライズ)と本人が呼ぶ(すべ)

 

 サマナー本人の能力に、対象となる仲魔の()()()()をを一時的に融合させることで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、一時的ではあるが、レベルブーストが出来るのだ。

 

 それも、強力な仲魔ほどその上昇量は大きい。

 

 欠点は勿論ある、だがそれ以上に、その力のみをサマナーに貸し与える、つまりその強大な力の全てをサマナーの意思のみで扱える。

 それは従来のペルソナや悪魔変身者(デビルシフター)にあった、本人の意図せぬ意思の暴走などを防ぐ意味合いを持った全く新しい方法だ。

 

 そうして彼は最強へと至った。

 

 現葛葉四天王が一人。

 

 そしてキョウジと並ぶ、葛葉最強の一人。

 

 つまり。

 

「葛葉…………ライドウ…………」

 

 朔良が憧れたその人であった。

 

 

 * * *

 

 

 恐らく、何らかのカウントがされているのだろう。

 仏の顔も三度まで、そう言っていた。

 つまり、三度カウントされてしまえばあの一撃でジコクテンを葬ったスキルが飛んでくる。

 そしてカウントの条件は恐らく、魔人の口にした禁止事項を破ること。

 つまり現在自身のカウントは2。あと一度であの攻撃が飛んでくることになる。

 

 しまった、と内心で呟く。

 

 次に何が禁止されるか分からない以上、迂闊に動けない。

 何よりもジコクテンで居ないと、相手のスキルを盗むしか攻撃方法が無い。

 故に、動かない、動けない。けれど相手はそんなナトリをあざ笑うかのようにあっさりと口火を切る。

 

「ブレイブザッパー」

 

 放たれた斬撃を回避しようと、動き。

 

「回避ヲ禁ズ」

 

 直後に聞こえた言葉に、動きが止まる。

 けれど斬撃は止まらない、止まってくれるはずも無い。

 受け止める? この怪我した腕で? この頼り無いナイフで?

 逡巡の惑い、それが致命的となる。

 

「ぐぅっ!!!!!」

 

 ばっさりと、肩口からわき腹にかけて斜めに切り裂かれ、思わず呻き声を漏らす。

 血が溢れ出し、白のフリルを赤く染めていく。

 

 とくん

 

 震える手で反撃をしようとし。

 

「攻撃ヲ禁ズ」

「ブレイブザッパー…………っ!」

 

 こちらの攻撃と同時に開かれた魔人の言葉に、目を見開く。

 最早遅い、攻撃は止まらない。

 

 三度目の禁を破ってしまった。

 

 さらに体が重くなる、最早この辺りが限界と言ったところか。

 

 とくん

 

「きひっ、きひひ、きひひひひひひひ」

 狂ったように嗤う魔人、そしてこれで終わりだと言わんばかりにこちらへ背を向ける姫君。

 

 終わる?

 

 終わるだろう、次の魔人の攻撃、先ほどジコクテンを一撃で殺したあの攻撃、これだけ条件をつけて放たれる攻撃なのだ、恐らく魔人の必殺の一撃に違い無い。

 

 こんなところで?

 

 死、死が迫り寄る感覚に、ぞくり、と背を震わせる。

 

 けれどそれは、恐怖ではない。

 

 

 それは。

 

 

 それは――――――――

 

 

 歓喜だ。

 

 

「くひっ…………ひひ…………ひははははははは」

 笑う、哂う、嗤う。

 傷の痛みに、血の臭いに、迫り寄る死に。

 

 ついに“ナトリ”が目を覚ます。

 

「くひ…………くひひ…………ひはははは、ひあはははははははははははははははは」

「きひひ、ついに狂ったかぁ?」

 

 けれど。

 

「これで終わりだぜ」

 魔人が刃を振り上げ。

 

 そうして。

 

 あっさりと。

 

 振り下ろす。

 

 葛葉ナトリの首が落ちた。

 

「あ…………」

 

 後ろでその光景を見ていた少年がその光景に絶句し。

 

 そして、次の瞬間。

 

「…………が…………あ…………」

 

 ()()()()()()()()

 

(ひい)様ァ?!」

 驚愕と言った様子で振り返った魔人の目に映ったのは。

 着物の上から貫かれた腹部から血が流れ出す姫君と。

 

 大振りなナイフを振り上げた銀の少女…………ナトリの姿だった。

 

「や」

 

 どうして生きている、そんな疑問を抱くよりも、先に。

 

「やめ」

 

 ナトリのナイフが振り下ろされる。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 魔人の叫び、そして振り上げた太刀がナトリに届くよりも早く。

 

 ずぶり、とナトリのナイフが姫君の首を半ばまで切り裂いた。

 

「…………が…………か…………あ…………ここ…………で…………おし…………ま…………」

 ぱくぱくと陸に上がった魚のように口を開きながら、何かを呟いた姫君は、けれど最後まで言葉を告げることなく。

 どさり、と崩れ落ちた。

 

 そして。

 

「嘘だ…………姫様、姫様ァァァァ!!!」

 

 魔人が絶叫し、その身が崩れていく。

 

「姫様アアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 その姿が粒子と消え、虚空へと溶けていく。

 

 それが――――――――

 

 最後まで主を呼び続けた魔人の。

 

 終焉だった。

 

 




そして恐らく一章の回想以来、現実だと初めて登場の葛葉ライドウ=サン。


ライドウ=サンもそうですが、四章終わってから全データ公開します。

憑魔の元ネタ⇒ネトゲのメガテンの某システム


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アリスと異界

 紅闇の世界が塗り潰されていく。

 まるでペンキで色を塗り替えるかのように。

 理を塗りつぶしていく。

 

 俺と、アリス。

 

 二人で一つの理。

 

 塗り潰す。

 

 魔人ヴラドの生み出したこの。

 

 吸血鬼の理を。

 

 アリスのための不思議の国。

 

「さあ」

 

 だから、始まりはこの言葉から。

 

「ふしぎのくにへ、ごしょーたい」

 

 以上を持って、世界を結ぶ。

 

 

 * * *

 

 

 変化は劇的である。

 

 最初の変化は空。空を覆う闇、そしてそれを照らす紅い月にぴしり、と突如として亀裂が走る。

 次いで周囲、空に走る亀裂に連動するかのように、胎動し、地響きを立て、ゆっくりとだが景色が虚空へと溶けていく。

 

 そうして気付けば、周囲は真昼のごとく明るくなり、そして目の前には巨大な城が聳えていた。

 自身と、そしてアリスが城を背にして立ち、その眼前にジョーカーが立つ。

 

「攻守逆転だ」

 

 呟きと共に、アリスに命じる。

「きて」

 アリスの小さな呟きに答えるかのように。

 

 ドドドドドドドドドドド

 

 凄まじい音を立てながら、空からソレらが降ってくる。

騒乱絵札(トランプ)には、トランプで対抗ってか」

 横目でそれを見つめながら、現れたそれを観察する。

 

 それはトランプだった。大きな…………人と同じぐらいの大きさのトランプに手を足をつけ、帽子をかぶせたような、そんないでたち。よく見ればトランプには黒い柄の者と紅い柄の者がおり、両者共にその手に槍を握っていた。

 言うなればトランプの兵隊。そして数は都合二十。ちょうど赤と黒で十ずつ分かれているようだった。

 

 そうして場が整ったことを確認し。

 

 こちらが行動しようとするよりも先に、ジョーカーが襲い掛かる。

 速い。まるで瞬間移動したかのような速さ。

 

 そのまま一撃でこちらを砕こうとその剛腕が揮われ。

 

 ぐしゃぁ、と黒いトランプの一枚が自身たちとジョーカーの間に割って入り、代わりに攻撃を受ける。

 お返しだ、とばかりにアリスに視線をやり。

「万魔の煌き」

 放たれた緑の光がジョーカーを…………その体を初めて捉える。

 バァァァン、と爆音を響かせながらジョーカーのその体が吹き飛ばされる。

 すぐ様起き上がり。

 

「メギドラオン」

 

 放たれた黒紫色の光。俺もアリスも、そしてトランプたちごと飲み込まんとする勢いのそれを。

 けれど、今度は赤のトランプが自身たちの目前に飛び出し。

 

 ダァァァァン、と轟音が響く、だがその全ては飛び出した赤のトランプの兵隊へと集約し、兵隊を一体倒すだけに終わる。

 

 そして。

 

「きて」

 

 アリスの言葉で、再び散っていったトランプたちが補充される。

 その光景に、ジョーカーの目が細められ。

 

 嗤う。

 

「足掻け、足掻け」

 

 それで、あとどれだけ持つ?

 

 そんな問いを、暗に投げかけられ。

 

「…………テメエを倒すまでだよ」

 

 呟き、そして。

 

「アリス!!!」

 

 躊躇することなく、切り札を一枚、切った。

 

 

 * * *

 

 

 異界の発生の仕方には、二種類ある。

 例えば、吉原高校旧校舎のような、超自然的発生による異界。

 この手の異界には基本的に、主となる悪魔が居ない。後天的に現れることは在り、それを倒すことで一時的に異界化が解除されるが、それは異界内に溜まったマグネタイトが凝縮し、強大な悪魔となることで起こる。それを倒すことで一時的にマグネタイトの濃度が下がり、結果的に異界化が解除されたようにも見える、だがそれは一時的だ。

 あの旧校舎で例えるならば、地下の龍穴をどうにかしない限りは異界化は決して避けられない。

 

 さて、ではもう片方。

 強大な悪魔が自らの意思で異界化を引き起こす、と言うものがある。

 基本的に生まれる異界は、異界の主たる悪魔の意思によって何らかの法則性を持ったり、変化を引き起こしたり、と通常の異界とはまた違った様相を見せる。

 自然的な異界の発生を、マグネタイトが周囲に染み込んで行くと例えるならば、意図的な異界化は、周囲を塗り潰して行く、と言えるのだろう。

 生まれた異界は、その異界を発生させた異界の主を倒すことで解除される。つまり、基本的には異界の主が自身の力を支配し、維持していることとなる。

 

 話は変わるが、基本的にサマナーと契約して仲魔となった悪魔は、この異界化を引き起こすことが出来ない。

 どれだけレベルを上げようとも、異界を発生させるのは野良悪魔だけである。

 その理由は意外と簡単だ。

 

 理を持たないからである。

 

 基本的に野良悪魔とは、魔界に居る本体悪魔の分霊である。つまり、その接続先は本体悪魔へと直接的に繋がっている。

 だがサマナーと契約した時点でその接続先はサマナーへと変更される。つまり、本体悪魔と分霊の間にサマナーと言う中継器が入ることで、その存在が最適化されるのである。

 その利点は多い、例えばマグネタイトの持続的な供給。そして存在の維持。例えばマグネタイトが無かったとしても、野良悪魔と違って仲魔となった悪魔はスライムにもならないし、分霊を維持できなくなったりはしない。

 技能のあるサマナーなら、その成長にも影響を与えるし、特殊なアイテムを使用すれば本来覚えるはずの無いスキルだって覚えることが出来る。

 だが代わりに、その過程で失ってしまうものもある。

 つまり、魔界の理である。

 言うなれば契約とは、分霊をサマナーを使って現世に調整(チューンナップ)してしまうこと。

 現世に合うよう調整された個体は、魔界本来の気質を欠かすこととなる。

 

 そして異界とは、異界化とは、現世の空間を魔界の気質へと近づけることである。

 だからこそ、野良悪魔には出来て、仲魔には出来ない。

 異界とはルールだ。異界とは理だ。

 

 もしも、もしもだが。

 

 ()()()()()()()、なんてものがあったとしたら、それはどれだけの恩恵を与えるだろう。

 

 そして、それを実際にやってしまった存在がいる。

 

 魔人ヴラド。

 つまり、ジョーカーである。

 

 紅の月が昇る、紅闇の世界。

 

 吸血鬼がその最大の力を発揮する世界。

 だからこそ、ジョーカーを倒すためには、まずこれを剥ぎ取らねばならなかった。

 

 吸血鬼事件。

 この吉原市で最近起きていた事件。そしてその事件で奪われた被害者たちのマグネタイト。そしてその事件を恐れた人間たちが発した恐怖から生まれるマグネタイト。

 気付くべきだったのだ、ここ最近の吉原市のマグネタイトの濃さに。

 そうして大気に満ちたマグネタイトを使って生まれたのがジョーカーが生み出した、ジョーカーのためだけの異界。

 

 吸血鬼の理。

 

 では、どうしてジョーカーだけがそんなことを出来るのか。

 そもそもジョーカーと言う存在は、魔人である。

 魔人ヴラド。つまり、過去に実在した人間、ワラキア公その人である。

 人間から転化した悪魔、そんな存在がどうして魔界の理を持つのか。

 

 簡単だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 つまりこれは、ヴラドと繋がったサタンから手に入れ、ヴラド本人が改造した理。

 そして、同時に言えることは。

 

 大罪悪魔は野良悪魔と同じ、魔界の理を持っている。

 

 と言うことである。ジャアクフロストがやたらとマグネタイトを消費するのもまた、レベルが高い、と言うだけの理由では無かったらしい。

 ただジャアクフロストはこの異界を生み出す能力は欠けているらしい。その理由は恐らく、ジャックランタンが人為的に生み出された特異点悪魔だからだろう。まあその辺りの考察は今は置いておくとして。

 

 今重要なことは一つ。

 

 大罪悪魔が例外とも言える存在であるならば。

 

 アリスもまた例外と呼べる存在である、と言うことだ。

 

 思い出して見て欲しい、アリスと言う少女の成り立ちを。

 アリスは一度、その魂を四散させ、様々な時間、空間、世界へと散らせた。

 それを魔王ベリアルと堕天使ネビロスがもう一度拾い集めていった。

 そしてその集めた魂を、俺の仲魔のアリスが吸収した。

 

 そう、それぞれの世界に調整され異世界の理を持ったアリスを。

 野良悪魔のままに集めたアリスを。

 

 つまるところ、アリスもまた複数の理を持つ存在なのだ。

 理とはつまり、法則(コード)だ。

 世界と言うコンピューターの命令を書き換えるための指令(コード)

 それを自分にとって最適化するように調整し、最適化し、そしてスキル化したのが。

 

 ヴラドの紅い夜であり。

 

 アリスの不思議の国である。

 

 

 * * *

 

 

 当たり前ではあるが、常にこちらの有利な異界を生成している以上、例え怪物(ジョーカー)と言えど敵うものではない。

「…………ぐ…………う…………」

 月は全ての悪魔にとって重要な意味合いを持つ。特に吸血鬼やウェアウルフはその影響の度合いが飛びぬけている。月が力の源とも言えるほどにあるか無いかが重大なのだ。それを消し去ったことで、かなりの弱体化がかかっているだろうことは予想できる。

 異界を奪い取ってからあの死霊騎士どもの気配を感じなくなったと言うことは、恐らくあの異界の中でしか呼び出せないのだろう、あの厄介な騎士たちを黙らせることが出来たのは僥倖だった。

 そして日は昇らずとも明るくしたことで、夜と言う時間概念をも書き換えた。だからこそ、相当に弱っているだろうことは想像に難くない。

 それでも、これだけ耐えられたことは、さすがの怪物としか言い様が無かった。

「…………くそったれ…………だが、そろそろだろ」

 思わず吐き捨て、そしてアリスに告げる。

 

「やれ」

 

「メギドラオン」

 

 コンセントレイトによって威力を倍加させた黒紫色の光が放たれる。

「ぐ…………がああああ…………があああああああああああああああああああああ」

 光がジョーカーを飲み込み、そして。

「…………ようやく再生能力が尽きたか」

 完全に修復が終わらない、傷や損傷の残ったその姿を見て、呟く。

 あの再生能力は異界の影響だと思っていたが、自前の能力だったらしい。

 五度、六度、七度、と攻撃を重ねてもすぐに修復されるその姿を忌々しく思っていたが、ようやくそれも終わったらしい。

「月の血…………殺す…………」

 ギリギリと歯を軋らせ、ジョーカーが吼える。

「殺す? 殺す? んなもん…………こっちの台詞だあああああああ!!!」

 激情のままにトリガーを引く。アリスに命ずる、殺せと。

 

「あのねー…………死んでくれる?」

 

 呟きと共に、黒い靄のような何かがジョーカーへと殺到する。

 這う、這う、這う、黒い靄が這い寄ってくる。

「が、がああああああああああああああああああああああああ!!!」

 這い寄ってきたソレがジョーカーを捉え、そうして包み込む。

 

 誘いだ。

 

 それは。

 

 死、死、死、死、死。

 

 焼き付けられた死の願望。

 

 死への誘い。

 

 気力も、体力も、根こそぎ奪いさり。

 

 そうして、相手を確実に殺すための。

 

 誘いである。

 

 どさり、とジョーカーが崩れ落ちる。

 

 死んだ、これで。

 

 同時に異界化が解除される。

 当たり前のことだが、世界の理を侵し、塗り替えているのだ。

 ほんの一部分だけとは言え、世界の法則を司っているのに等しいのだ。

 消費するマグネタイトも桁が違う。

 

 だが、これで終わりだ。

 

「…………くそったれが」

 

 暗い夜の風景が戻ってくる。

 見上げる月の色は、白。

 

 世界に色が戻ってくる。

 異界化が解除されるが、人の喧騒は聞こえない。

 事件のせいで、すっかり人通りも少なくなってしまったからだろう。

 残されたのは、俺と、アリスと、ジョーカーの死体と…………そして和泉。

 

「……………………くそっ」

 

 歯を鳴らし、和泉を腕の中に起す。

 その体は冷たく、青白く。

 その鼓動はすでに止まり、目も開かれない。

 

 もう和泉と言う少女が目を覚ますことは無いのだ。

 

「…………くそ、くそ、くそ!!!」

 

 リカームは生命活性、サマリカームを使っても気力活性。

 魂すら残っていない体を蘇生させる魔法など、この世界には無い。

 だからもうどうしようも無いことなのだ。

 

「…………どうしようも無い…………わけあるかよ」

 

 だからって納得なんて出来ない。

 俺が弱かったから、和泉は死んだ。

 俺の決断が遅かったから、俺の判断が間違っていたから、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の。

 

 考え始めるとキリが無いくらいに思考が空回って。

 

「畜生…………すまない、和泉」

 

 結局、謝ることしか、出来なくて。

 

 だから。

 

「あの世で会えば良い。今ここで、死んでな」

 

 声が聞こえた瞬間には、もう何もかもが遅かった。

 

 確かに殺したはずの怪物が、気付けばもう背後まで迫っていて。

 

 ぞぶり、と自身の首に牙が突き立てられる。

 

 とくん、とくんと溢れる血。

 

 こくり、こくりとそれを啜る音。

 

 そんな不快な音を聞きながら。

 

「ジョー…………カー…………」

 

 その呟きを最後に。

 

 

 在月有栖は死んだ。

 



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怪物と神霊

 

 魔人ヴラドの強さとは、つまるところ、単純な肉体と魔力の強さである。

 一応自身の伝承から生じた概念を魔法と化したスキルをいくつか持つが、けれどそれはヴラド自身、それが決して切り札と呼ぶほどのものではないことは理解している。

 魔人ヴラドの強さとは、他を圧倒する基礎能力の高さ。

 そして生成した異界によって、全てのバフを重ねがけした上で、その能力を倍化させることにある。

 

 異界“ワラキアの夜”

 

 満月の浮かぶ紅闇の夜の世界。

 吸血鬼の力を最大限に発揮できる、魔人ヴラドの領域。

 

 強大な力、だが異界は本来それほど一方的に都合が良いものではない。

 つまり、代償を持つ。

 

 火炎属性に対する強烈な弱体化。

 特に、太陽神の権能による浄火など受けてしまえば、一撃で即死してしまうほどの強烈なデメリットを代償にそれだけの力を得ている。

 

 故にその異界を、理を塗り替えられてしまえば、途端に弱体化する。

 

 確かに強大な悪魔ではある、だがそれはあくまで強敵、と言う程度でしかない。

 異界の影響下にあった時では最早勝負にすらなかっただろうが、そこまで弱体化してしまえば勝ち目だって見いだせる。

 その上で、自身の理を強いた、つまり、異界を生み出す。

 

 異界“MY WORLD”

 

 アリスの心の奥底より引き出されたアリスの理。

 生み出されたのはまさしく童話の世界。

 

 だから、勝敗はその時点で決まっていた。

 

 それでも勝負になっていたのは、アリスの異界がアリス自身を強化するものでなかったことと、そしてヴラドがそれだけ強大だった証左でもある。

 けれど、それでも、勝負の趨勢は変わらない。

 

 有栖とアリスは勝負に勝ち、そしてヴラドは負ける。

 

 そんなこと、ヴラドにすら分かっていた。

 そも、単純な総合的な力の比べあいをすれば、ヴラドは同じ騒乱絵札の王に劣る。

 それでもヴラドが最強だったのは、最凶だったのは、理を塗りつぶし、自分自身に常に有利な状況となる異界を生み出す力、つまり大罪悪魔としての特性を持っていたからである。

 

 だからヴラドは最初からこうするつもりだった。

 

 そもそも魔人ヴラドは戦士であって騎士ではない。

 竜の騎士を率いる将ではあって、けれど今はもう人ですらない。

 

 正々堂々、なんて言葉はただの傲慢だ。

 

 勝たなければ意味が無い、そのための手段なら、いくらでも講じようではないか。

 

 最初からヴラドの目には有栖など映ってはいない。そも、他者も、自分自身すらも映ってはいない。

 

 森羅万象一切合切、何もかもを、神を殺すためだけに費やす怪物。

 

 だから、読みきれなかった有栖が甘いのであり。

 

 講じきったヴラドが一枚上手だった、それだけの話である。

 

 

 * * *

 

 

 全て同時だったと言える。

 

 葛葉朔良がその場にたどり着いたのは。

 門倉悠希、そして上月詩織、それから葛葉ナトリがその場にたどり着いたのは。

 

 そして、在月有栖が死んだのは。

 

 全て、同時だった。

 

 

「………………………………あ、ああ」

 漏らした声は誰のものだったか。

 どさり、と崩れ落ち、ぴくりとも動かない少年の姿に、誰もが絶句する。

 

 例えばの話。

 

 葛葉朔良と在月有栖が戦えば、在月有栖が勝つ。

 単純に言って、サマナータイプとして在月有栖は現状の葛葉朔良の完全なる上位互換だ。

 だからどう足掻いても勝てない。

 

 葛葉ナトリと在月有栖が戦えば、在月有栖が勝つ。

 手数の差、と言うのもあるし、相性の差、と言うのもある。とにかく百回やって百回、有栖が勝つだろう。

 そこに門倉悠希が加わっても何も変わらない。

 

 河野和泉と在月有栖が戦えば、在月有栖が勝つ。

 レベル差で言えば、ほぼ互角、だが在月有栖の恐ろしさが、河野和泉には無い。

 だから、何度やろうと、有栖が勝つ。

 

 だから、誰もが絶句していた。

 

 在月有栖が死んでいた。

 誰が見てもはっきりと分かる、驚きの表情で目を見開いたまま事切れる少年のその姿に。

 在月有栖が死ぬ、そのあまりにも現実味の無い光景に。

 いや、門倉悠希だけはかつて一度だけ似た経験があった、だがそれでも、違うのだ。

 あの時はまだ息があった、消え行く温もりをなくしたくなくて懸命になれた。

 けれど今回は違う、すでに火は消え去った、残ったのは温もりをなくした冷たい躯だけである。

 

 だから、動いたのは少女だった。

 

「かえして」

 

 最初は、呟き、そして。

 

「それは、わたしのだから、かえして!」

 

 自身が持つ最大威力である黒紫色をした破滅の光を、惜しげもなく放った。

 

 けれど。

 

「く、あは、あはははははは」

 

 片手をかざす、それだけで。

 あっさりと、光が消し去った。

 そしてサマナーの存在無く全力を振り絞った少女の姿が崩れ落ちていく。

 

「かはっ、かはははははははは、あははははははははははははは」

 

 怪物が笑う。

 

 そうして。

 

 変化する。

 

「……………………なんだよこれ」

 悠希の呟く声に、力は無い。

 当たり前だ、門倉悠希はかつてここまで圧倒的なものを見たことが無い。

 魔人ヒトキリ、あれが悠希の知る最強だったのだ、それをはるかに超える化け物など、完全に悠希の理解の外である。

 

「オオォォォォォォォォォ!!!」

 

 怪物が、その身を変化させていく。

 人間大だったその体が、ぼこぼこと膨れ上がり、あっという間に全長十メートルは越すだろう巨体へと育つ。

 辛うじて人の形をしていると分かるが、最早その外観は完全に異形のそれである。

 膨れ上がり隆起した腕、足、胴、首、顔はびくびくと痙攣を起し、その表皮には文字の連なりにも似た文様が体をぐるりと回るように描かれていた。まるで肉の塊を黒い帯で全身をグルグル巻きにしたようなその姿は、見ているだけで吐き気を催す。

 顔らしき部分に目は無く、鼻も無い、糸で縫いとめられたような口、そして頭部から伸びる二本の角が特徴的といえば特徴的だった。

 

 ぶち、と何かが千切れるような音がする。

 

 音の出所を探せば、それは、怪物の口元。その醜悪な口を縫いとめる糸が一本、切れていた。

 

 ぶちん、ぶちん、ぶちん、立て続けに糸が切れていき。

 

 ぶちん、最後に一本が切れる。

 

 そして。

 

 その醜悪な口が開かれると同時に。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 怪物の咆哮が轟く。

 

 瞬間。

 

 ぞくり、とその場にいた全員の背筋に寒気が走る。

 

 死、その気配がはっきりと感じ取れた。

 このまま座して待てば、死が訪れる。

 その予感だけが、彼らを突き動かす。

 

 そうして絶望が始まった。

 

 

 * * *

 

 

 落ちていく、どこまでも。

 

 深い、深い、闇の底へと。

 

 落ちていく。

 

 死。

 

 そう、死だ。

 

 在月有栖は死んだ。

 

 それだけが事実だ。

 死んだ人間は蘇らない。

 神代の時代よりの不変の理。

 それを覆すことの出来る存在など、神以外に存在はしない。

 

 だから、在月有栖はここで終わる。

 

 それが、定められた理。

 

 

 その、はずなのに。

 

 

 手を伸ばす。

 

 けれど虚空を切る。

 当たり前だ、死出の旅路、共にいる者などあろうはずも無い。

 

 それでも、手を伸ばす。

 

 届かない先へと。

 その先に、誰かがいると信じて。

 

 手を伸ばす。

 

 その手を、一体誰に取っ手欲しかったのだろうか。

 有栖には分からない。思い出せない、思考することすら出来ない。

 それでも、手を伸ばす。

 

 何も考えなくとも、何も覚えずとも。

 

 魂に刻みついた契約は決して途切れないから。

 

 死が二人を別つとも。

 

 繋いだ手は、結んだ指は、決して切れたりしない。

 

 だから二人は。

 

「有栖」

 

 また会えるのだ。

 

「アリス」

 

 伸ばした手が…………掴まれた。

 

 

 * * *

 

 

 ノーライフキング。

 不死なる者どもの王。

 不死なる王。

 

 魔人ヴラド(ドラキュラ)の慣れの果て。

 

 それが、怪物の名である。

 

 

 ()()ノーライフキング。

 

 

 文字通り、四文字の生死の権能を持った、最悪の怪物。 

 

 生かすは我也、殺すは我也。

 

 だから、それに歯向かう彼らの運命はすでに決定されている。

 

 ――――ダンスマカブル

 

 怪物が咆哮を上げると同時に、その場にいた全員が崩れ落ちる。

 

 簡単に言えば、イメージを植えつける、そう言う精神に作用する魔法である。

 

 死、死、死、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

 

 強烈で、凶悪で、鮮烈な死のイメージ。

 

 脆弱な人間の精神がそれに耐えられるはずも無い。

 

「ぐ、が………………く」

「………………っ…………ゆ…………き…………」

 

 本来ならば。

 葛葉と言う異能の里で、人外と戦う術を叩き込まれた彼女たち二人だけが、辛うじて生き残る。

 けれど、残りを二人はすでに息絶えた。

 

 そう。

 

 あっさりと。

 

 門倉悠希と、上月詩織が。

 

 死んだ。

 

 

 ぞくり、とナトリと朔良の背筋を震わす悪寒。

 それは最初に感じたものと同質であり。

 

 そして最初よりも強い予感。

 

 近づいている、と言う確信。

 

 もうすぐやってくる。

 

 死が。

 

 

 震える体を、けれど無理矢理に起す。

 視界の端に倒れる二人。

「………………………………っく」

 思わず歯噛みする。

 

 守れなかった、また、護れなかった!!!

 

 先ほどまで憧れていた人と一緒だっただけに、余計にその差を思い知らされる。

 けれど彼は今は居ない。

 巻き込まれた民間人を探すためにまた動き出した。

 最終的にはここにもやってくるだろうが、それがいつかは分からないし。

 

 そのいつかがやってくる頃には、葛葉朔良は死んでいるだろう。

 

 今日二度目の死の予感。

 

 否、最早予感などではない。

 確信だ。

 

 明確なまでの死を刻み付けられただけに、余計にそれを実感する。

 

 怖い、そんな感情を初めて明確に抱いた。

 手が、足が、体が震える。

 

 召喚した仲魔十体、その全てが最初の一撃で殺し尽くされた。

 

 当たり前だが、仲魔を復活させるためのアイテムなども持っている。先ほどの破壊神との戦いでは、そんな隙を見せれば一撃で殺される状況だったので使えなかったが、他に仲間もいる現状なら使える…………はずだった。

 

 死神に狩られた魂が戻るはずも無い。

 

 どんな道具を使おうと、魔法を使おうと、仲魔たちの誰一人として復活することは無かった。

 つまり、この戦闘中、葛葉朔良は完全に無力化された。

 その上で、護らなければならなかった二人の人間…………有栖の友人も殺された。

 そして…………有栖自身も。

 

「………………………………っ」

 

 明確に、力が欲しいと願ったのは初めてだ。

 いつか強くなる、いつかライドウに為る、そんな曖昧な願いで戦ってきた代償なのだろうか。

 何もかも失くし、そうしてようやく本当の熱が生まれる。

 

 欲しい、強さが、力が。

 

 熱い、熱い、煮え滾るマグマのような熱く強い意思。

 

 けれど、踏みにじられる。

 

 神霊、と言う名の。

 

 正真正銘の怪物によって。

 

 そんなちっぽけな願いは。

 

 あっさりと、踏みにじられるのだ。

 

「…………ここまで、ね」

 

 呟き、そして。

 

 腹部に感じる熱。

 

 あっさりと、あまりにもあっけなく。

 

 地より這い出た杭によって。

 

 葛葉朔良の命は、散った。

 

 

 * * *

 

 

 そこは教会だった。

 西洋に良くある、ステンドグラスの窓に、神の子の磔られた十字架を模したオブジェ。

 聖堂には長椅子が並べられ、けれどそこに座る者はたった二人だけだ。

 

 一人の少年と、一人の少女。

 

「これが、根源」

「有栖の」

「アリスの」

 

 心の奥底。

 

「けいやくはりこうされるよ」

 それは契約。

 生と死によって繋がれた契約。

「有栖はしんだから」

 在月有栖と言う少年は死んだのだから。

「だから」

 

 そう、だから。

 

「死んでくれる?」

 

 それもまた始まりの言葉。

 篠月有栖でなく、在月有栖とアリスと言う少女の始まり。

 

「……………………俺は」

 

 知っている、契約は絶対である。

 在月有栖は死んだ。ならばその死後を渡さねばならない。

 そんなこと知っていた。

 だとすれば、どうしてこんなにも言葉に詰まるのか。

 

 簡単だ、後悔を残しているから。

 

「俺はまだ…………何一つ決められちゃいない」

 

 思えば、自分で何かを決めたことなど無かった。

 生前は兄に従って生きてきた。この世界に生まれてからは、その場その場をしのぎながら他人の都合に振り回されてきた。

 有栖が決断したことなど、何一つ無い。

 

「お前との契約を除けば、な」

 

 あの日、アリスと契ったこと、それだけは有栖の決断だった。

 だから、もう一度、決める必要がある。

 

 何もかも捨ててアリスと共に、死に惑うか。

 

 何もかも拾い上げもう一度、生に苦しむか。

 

 決断する。

 

 その答えを紡ごうと口を開き。

 

 塞がれる。

 

 アリスの唇で。

 

「……………………は?」

 

 思わず呆然とする有栖に、アリスが笑う。

 

「ふふ、あのね、わたしほしいものがあるんだ」

 

 そうしてその首に抱擁するように絡み。

 

 耳元で呟く。

 

「だから、おちて? 有栖」

 

 そして世界は崩れ行く。

 

 



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有栖と魔人

 

 

「……………………っ」

 一体、何を言おうとしたのだろうか。

 葛葉ナトリ自身にすら分からない。

 ただ、砕け散ったアスファルトの上で、無残に転がる門倉悠希を見て、ただどうしようもなく動揺した。

 目を見開き、硬直した。

 けれど、それも一瞬。

 

 悠希を見て動揺する心が邪魔だったので、切り捨てた。

 

 そうしてナイフを構え、けれどどうすればいいのか分からず戸惑う。

 葛葉ナトリのスキルは主に対人戦に特化している。

 あのヒトキリのような悪魔ならばともかく、こんな化け物相手に使える様なスキルはそう多く無い。

 

■■■■■■■■■(厄介な相手だな)■■■■■■■■(でもやるしかないか)

 

 ぼそぼそと、それまで口にしていた日本語ではない言葉…………恐らく生まれ故郷の言語だと思われるそれを口にする。

 

■■■(そら行くぞ)

 

 視界の端で葛葉朔良が崩れ落ちていく。

 活性マグが急激に減っていっている。恐らく死んだ。

 これで残るは葛葉ナトリ一人、と言ったところか。

 だが、関係無い。

 

 どの道、これを相手にすれば、一人も二人も変わらない。

 自身もまた、どうせすぐに死ぬ。

 目の前にいるのは、そう言う相手だ、そういう類の正真正銘の怪物だ。

 逃げようにも逃げても逃げ切れるものではない。

 恐らくここで放置すれば、世界を滅ぼすレベルの怪物である。

 どうしてこんなところでそんなものが生まれるのか、だがそんなこと言っても仕方の無いことである。

 

 それでもせめて一矢報いてやろうと、ナイフを握り締め。

 

「グレイトフルワン」

 

 真横から飛来した砲撃が怪物に直撃し、その巨体を揺らす。

 突如として出現した巨大な気配にナトリが驚き、即座に後退する。

 すぐ様そちらを確認し…………そして二重に驚く。

 

「…………兄様?」

 

 そこにいたのは、死んだはずの在月有栖だった。

 

 

 * * *

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 ()()が咆哮を上げる。その全身に力が漲っていく、力を貯めているのだとすぐに理解する。同時にその意識が研ぎ澄まされ、こちらへと向けられていくのも。

 チャージとコンセントレイト。それを同時に使う術は実を言えばジョーカーも持っていた。

 一度だけ使われたそれは、どうやらこの()()にも引き継がれているらしい。

 

 カズィクルベイ

 

 突如として放たれたその魔法、地より杭を生え出でさせ敵を貫くその魔法を。

 ぐっと、こちらもまた力を…………魔力を充填(チャージ)させ。

 

「至高の魔弾」

 銃を構え、引き金を引く。

 放たれたビームのような巨大なエネルギー塊が生成された杭を破壊し尽し、そのまま()()のその身の一部を抉り取る。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 痛みに絶叫する神霊が、こちらの生命力を吸収(ライフドレイン)しようとスキルを放ってくるが。

「デスペラード!」

 銃弾をばら撒くようにして撃ち出す。あの()()の巨体である、全て直撃しその威力に仰け反る。

「グレイトフルワン」

 さらに後押しするように、()()の顔目掛けて銃弾を叩き込む。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 ずどん、とその巨体が後方へと倒れていく。

 その隙を逃すつもりはさらさら無い。

 

「アリスっ!!!」

「ふふ…………そうね、いつでもいけるわ、有栖」

 

 サマナーと仲魔、両者の全力を乗せる一撃。

 

 つまり。

 

「「震天大雷」」

 

 合体技。

 

 天を衝かんばかりの轟音が、夜の空に響いた。

 

 

 * * *

 

 

 神霊、と言う存在について端的に述べるなら。

 

 神の一面、と言う言葉が一番分かりやすいだろう。

 全能…………と呼ばれる神のその全てを世界に顕現させるには、世界が耐えられない、分かりやすく言えば、存在を許容できるだけのリソースが足りないのだ。

 故に神は天使、つまり使途を使って干渉するのだが、稀にだが神そのものを呼び出そうとする者たちがいる。

 真っ先に思いつくのはメシア教だろう、と言うか実際問題、彼らは何度と無く神を世界に呼び出そうとしている。

 ただ世界最大の宗教と呼んでも過言ではない彼らをして、神を世界に召喚する、と言うのは途方も無い所業である。

 そんな時、呼び出されるのが神霊である。

 

 神の権能を切り取った神の御魂の一部。神の分霊、と呼んでも言いのだろう。最もその神自体、唯一神の分霊なのだが。

 

 故に神霊とは、神の奇跡の力を一部分とは言え、実際に所有しており、そしてそれぞれが司る権能においては、実際に神に限りなく近いレベルであると言える。

 

 神霊ノーライフキングが所有するのは、生と死、つまり生命の権能である。

 

 故に、他の神霊たちと違い、その強さ自体はそれほどでも無い…………とは言っても理を超えた強さ(レベル100オーバー)は、理に縛られた(レベル99以下)とは隔絶した違いがあるのだが。

 

 だがその強さも、他の…………純粋な神霊たちには劣る。

 

 元々神霊とはその権能に特化した存在であるのだから、当然とも言えるかもしれない。

 

 だが…………否、だからこそ、と言おうか。

 

 その権能においては絶対の力を誇る。

 

 端的に言おう。

 

 ノーライフキングに殺された存在は、蘇生することが出来なくなる。

 転生することすら無くなる、何故なら、ノーライフキングによってその魂を束縛されてしまうから。

 どれだけ肉体を修復しようと、どれほど生命力を滾らせようと。

 

 魂を握られている時点でノーライフキングを倒さなければ蘇生は出来ない。

 

 もっと言おう、ノーライフキングがその場に居るだけで、ノーライフキング以外の全ての存在は回復行動すら出来ない。

 

 生命の権能を持つノーライフキングにとって、その程度は出来て当然のことである。

 

 そして最後に一つ。

 

 神霊ノーライフキングは、()()()()の概念を持つ。

 

 故に――――――――

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

 ――――――――この程度のことで滅びるはずが無いのである。

 

 

 

 * * *

 

 

()()()()()()()()()()

 

 神霊と言うのがどれほど馬鹿げた存在なのか、どれほど出鱈目なのか。

 有栖(オレ)は知らない、けれどアリス(オレ)は覚えている。

 

 だからこそ。

 

 神霊が起き上がってくる前に。

 

「チャージ」

 

 手の構える銃に力を、魔力を充填させていく。

 そして――――――――

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 神霊が叫び起き上がると同時に。

 

「至高の魔弾」

 

 全身全霊の一撃を叩き込む。

 銃先から放出される莫大なエネルギーが神霊へと直撃し、再びその巨体を地へと這い蹲らせる。

 

「アリス、ジャアクフロスト!」

 

 コレが最後だ、と仲魔たちを呼び出し。

 

「これで――――」

 

 銃を構える。

 

 アリスが魔法を生み出し。

 

 ジャアクフロストは拳を振り上げる。

 

「――――終わりだ!!!」

 

 三者三様の全力が神霊へと叩き込まれ――――――――

 

 

 ――――――――永い永い夜に終わりを告げた。

 

 

 * * *

 

 

 かつての篠月有栖が、篠月天満より与えられた物は多い。

 例えば命、例えば思想、例えば価値観…………etc

 

 結局のところ、それもまた兄が弟に与えたものである。

 否、与えた、と言うよりかは、誰よりも近くにいたせいで、影響してしまった、と言うべきか。

 

 即ち、神殺しの因子。

 言い換えれば。

 理殺し、概念殺しの力。

 

 体内のMAGの枯渇、そして死を引き金に発現したその血に眠った力。

 

 殺神鬼の力、殺しの極みたる権能の一端をまた有栖も受け継いでいたと言うことである。

 その力を持ってして、不死、不滅のはずのノーライフキングを滅ぼしたのだから、間違いなくそれは兄のお陰であると言えるだろう。

 

「…………全く、どこまで頼りになる兄貴だ」

 

 呟き、笑う。

 まさか、ここまで予想していた…………なんて、あの兄ならば有り得るからこそ、困る。

 

「人を救えるのは人だけ…………か」

 

 ノーライフキングを殺し尽くした影響、それを考えれば笑いしか出てこない。

 

 

 酷い戦いだった。

 

 

 この永い夜を一言で言い表せばそれに尽きる。

 

 和泉が死んだ。

 

 詩織も、悠希も死んだ。

 

 朔良も死んだ。

 

 もしかしたら有栖が知らないだけで他にも死んだ人間がいるかもしれない。

 有栖の大切なものが、次から次へと零れ落ちていく。

 そのことに戦っている間、ずっと嘆きがあった。

 

 だからこそ、最早笑いしか出てこない。

 

「アリス」

 

 ()()()()()()()()が、ぽつりと少女の名を呼ぶ。

 

「はーい?」

 

 くすり、と笑って首を傾げる少女に、たった一言呟く。

 

「頼んだ」

 

 主語の無い、端的な一言に、それでも少女は笑って。

 

「りょーかい」

 

 その手をかざした。

 

 

 再来(リィンカーネィション)

 

 

 呟かれた言葉、そしてかざされた手のひらから、青白い光が溢れた。

 

 

 * * *

 

 

 その光景を、葛葉ナトリは一生忘れることは無いだろう。

 青白くぼんやりと輝く光。

 その発生元である少女の足元を中心とし、巨大な魔方陣が広がっていく。

 半径百メートル近くはあろうかと言う超巨大な魔方陣が輝き、同じように青白い光を放つ。

 

 直後。

 

 ふわふわと浮いていた青白い光が弾け、四方八方へと飛んでいく。

 否、それは良く見れば、それぞれ特定の箇所に集まっていた。

 

 即ち、悠希たちの遺体へと。

 

 

 悪魔たちの持つ魔法の中には、回復魔法と呼ばれるものがある。

 一つはディア系統、これは傷などの肉体的損傷を物理的に修復していく魔法で、対外の怪我はこれだけで治すことができる。さすがに腕が切断された、などの大怪我はディア系()()では直すことが出来ないが。

 そしてもう一つがリカーム系統。これはリカームとサマリカームと言う二種類の魔法があるのだが、厳密にはこれらは同じ系統とは言えない。

 リカームは生命活性、つまり生命力を活性化させる、自然回復力を極限まで高めるような魔法だ。また死亡した人間でも、まだ魂が残っているうちにこれを使えば、致命傷レベルで蘇生することが出来る、まあ当たり前だがすぐにディア系などで治癒しなければ再び死ぬだけだが。

 サマリカームは気力活性。と言っても、別に精神を回復させるわけではない、言うなれば、魂を活性化させる魔法だ。瀕死状態や意識の無い人間に使えば、一気に意識を回復させることが出来る。ディアやリカームなどの物理的なものとは違う、魂と言う概念的なものに干渉する数少ない魔法だ。

 

 奇跡のような魔法の数々だが、けれど一つだけどうしようも無いことがある。

 

 体から魂が抜け出てしまえばもう蘇生は不可能なのだ。

 

 だからこそ、先ほどのあの怪物は恐ろしい。

 

 殺されると同時に魂が抜き取られるのだ。

 

 それはつまり、あの怪物が魂を戻さない限り、蘇生は不可能、と言うことである。

 そして、魂と言うのは肉体から抜け出てしまうと容易く四散してしまうものなのだ。

 

 それこそ…………オンリョウなど悪魔化してしまわない限り、吹けば消える蝋燭のか細い火のような脆さがある。

 

 だからこそ、これは奇跡、としか言いようが無い。

 

 

 四散した魂が肉体へと戻り、そして魂が、精神が、肉体が修復されていく。

 

 

 ()()()()()()なナトリだからこそ、理解できる異常さである。

 

「う……………………あ………………」

 聞こえた声に、葛葉ナトリともあろうものが思わず呆けた。

 

 門倉悠希が動いていた。

 

 ただそれだけのことで、切り捨てた感情がまた蘇ってくる。

 そっと、撫でるような優しさでその頬に触れる。

 

「………………私は感じる、暖かい」

 

 安堵したような柔らかな笑みで()()()()()()()()()()()を撫でる。

 と、その時。

「……………………あ…………なと…………り…………?」

 悠希が薄く目を開き、呟く。

 

 とくん、と鼓動が強まる。

 

 その意味を葛葉ナトリはまだ知らない。

 ただ、悠希が自身の名を呼ぶことが、どうしようも無く嬉しくて。

「悠希」

「えっと…………俺…………確か」

 一つ一つ、記憶を探るように、朦朧とした頭を動かす悠希の体へとそっと手を伸ばし。

 

「…………」

「な、なと……り……?!」

 

 溢れる気持ちが指し示すままに、その体をぎゅっと抱きしめた。

 

 

 * * *

 

 

「…………これで全部解決めでたしめでたし…………なんて、あるわけないよな」

「あら、こわいかおね、さまなーってば」

 くすくすと笑う目の前の少女に、けれど憮然としまま告げる。

「…………どうすんだよこれ」

 

 これ、つまり今の自分の状態。

 

 端的に言って。

 

 人から魔人へと堕ちていた。

 

 つまり、半分ほど悪魔になっている。

 

 半人半魔、と言ったところか。COMPでアナライズしたら魔人になっていたが。

 

 半分、とは言え人間辞めてしまった事実に、どうするんだこれ、と言ったところである。

 まあ最も、結局のところ、それもこれも自分が死んだせいではあるのだが。

 

「よく生きてたな…………いや、死んだのか」

 自身の言にアリスが笑って頷く。

「ねえ、サマナー…………有栖?」

 アリスがそっと手を伸ばしてくる。

「けいやく、わすれてないわよね?」

「ああ…………まあ、そうなるのか」

「ずっといっしょよ?」

「最初からそうだろ、それと、これからも」

 

 かくして有栖とアリスの契約は為された。

 

 と、言っても。

 こうなってしまうと、これまでと何が違うんだ、と言ったところではあるが。

 

「なるようになるか」

 

 今までも、そしてこれからも。

 

「ふふ」

 

 こいつ(アリス)と一緒なら、大丈夫だろう、と。

 

 そう思ってしまったのだ。

 

 




四章全員分のデータあとがきに入れるのも何なので、もう一回、ステ付きの人物紹介書きます。


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有栖と扉

 

 

 * 五月三十一日金曜日 *

 

 

 週末の放課後。学校帰りに病院へと寄ってみる。

 病室の中では一人の少女がベッドの上で雑誌を読んでいた。

「よっ」

 声をかける、声に気付いた少女がこちらを向き…………にこり、と微笑む。

「いらっしゃい…………て、言うのも変なのかな、有栖」

「いいんじゃないのか? 良く分からんけど、まあ好きなように言ってくれ、詩織」

 病室の主、上月詩織はぱたん、と手の中の雑誌をたたむと、机の上に雑誌を置いてこちらへと向き直る。

「調子はどうだ?」

「うん、もうばっちりだよ、まあ念のため一週間は静養らしいけど」

「まああんな事件に巻き込まれたんだ、爺さんだって心配するさ」

 実際一度本当に死んだのだ、なんて言わないが。

 

 事件の後…………俺があの神霊を倒した後はとにかく大変だった。

 まずジョーカーの異界、あれに隔離された人間の中に一般人が紛れ込んでいたこと。

 入れる人間は選別していた…………のだろうが、それでも落ちてくる…………つまり迷い込んでくる人間まではどうしようも無い。

 異界とはそう言うものだ。

 ただこちらは今代の葛葉ライドウが対処してくれたらしい。

 

 実を言えば朔良と一緒に途中までは来ていたらしいのだが、民間人の気配を探して途中で分かれたらしい。

 まあ居てくれれば神霊との戦いが有利になったかもしれないが、かと言って迷い込んだ民間人を放っておく、と言うのもさすがに無理だろうし、仕方の無いことなのかもしれない、ライドウと言うのはそう言う性質の存在なのだ。

 

 そして次の問題は、ジョーカーの起したと思われる連続殺人事件。

 吸血鬼事件などと呼ばれるそれら一連の事件のせいで、街に恐怖などのマイナス感情が溜まり、吉原市一帯の街中のMAG濃度が上がっているらしい。マグネタイトとは感情の産物だ。故に、プラスだろうがマイナスだろうが、感情が昂ぶればその量も増大する。そして少しずつ、人間は生きているだけでマグネタイトを放出している。器から溢れ出た分、とでも言うのだろうか。葛葉のサマナーでもない限り、今時この体内MAG容量を増やす人間など居ない、サマナーであってもだ。COMPのMAGバッテリーで代替できる以上別に必須と言うわけではない。

 サマナーたちですらそうなのだ、一般人たちはほぼ垂れ流し状態である…………まあ量は微々たる物だが。

 それでもその量が増大すれば、大気に溶け込んだMAGの濃度も上がる。

 

 所謂GP(ゲートパワー)と呼ばれる物が上昇するのだ。

 

 GPとは現世と魔界との繋がりの度合い。GPが高いほどその場所は魔界に近い場所となる。

 GPの高い場所として一番分かりやすいのは異界だろう。

 

 そのGPが高まっているせいで、本来悪魔など現れるはずも無いヤタガラスの結界内で悪魔が発生したりで市内のサマナーたちが対処に慌しい。

 実際俺もこの一週間内で三度ほど出た。俺からすればなんて事のない雑魚悪魔でも、駆け出しサマナーや一般人にとっては十分すぎる脅威となる。

 これがヤタガラスの頭を痛めている要因の一つ。

 

 そして最後にして、最大の問題。

 こっちは俺も無関係とは言いがたいのであまり言いたくは無いのだが。

 

 神霊が出現する前後に異界化が解除されたせいで、神霊との戦いの余波をもろに受けて破壊しつくされた旧ビジネス街。

 さしものヤタガラスもこればかりは完全に隠蔽するのは不可能だった。

 

 何せ吉原市の二割近くを占める広大な廃ビル群がほぼ瓦礫の山と化しているのだから。

 

 思い出せばジョーカーを倒した時。

 俺とアリスはジョーカーの異界を上書きして自分たちの異界を展開させた。

 そしてジョーカーを倒したと思った俺は異界を収束させ、そして殺された。

 俺が殺された後に神霊化したジョーカーはけれど最早異界化を引き起こすほどの理性も残っていなかった。

 

 つまり……………………。

 

 神霊化したジョーカーとの戦いで引き起された惨状は全て現実に還っているのだ。

 

 すでにこの一週間、連日のように一夜にして起こった大破壊の爪痕は新聞の一面に取り沙汰されている。

 

 さしものヤタガラスも規制に手間取っている状況である。

 まあそれでも、結局は何らかの説明が付けられ、騒ぎも収まっていくだろう。

 人の噂も七十五日、と言うが、人間と言うのは新しいものに飛びつく生き物だ。また別の話題が起こればすぐに今の事件を忘れてそちらに目移りしてしまうだろう。

 

 それはさておき。

 

「そろそろ…………決める必要があるな」

「え? 有栖、何か言った?」

 

 なんでもない、俺の独り言への問いはそんな簡素な答えで流れていく。

 少しだけ憂鬱な気分になりながら、俺は詩織と話していた。

 

 

 * * *

 

 とどの詰まり。

 

「強すぎる」

「強すぎる?」

 

 それに尽きる。

 

 ヤタガラスの支部の一つ。

 ()()()()()()()に与えられていた個人事務所の最奥に置かれた机、そして椅子に腰かけるのは葛葉ナトリ。

 机を挟み、相対するのは少女、葛葉朔良。

 

 事件から凡そ一週間弱。常人とは違う、マグネタイトで強化された肉体を持つ彼女たちはすでに各々の仕事を再開している。

 と、言っても現状まだ(くだん)の事件の後始末に奔走している状態だが。

 

 そしてその案件の中でも気になったものが一つ。

 

 在月有栖の処遇。

 

 どういうことだ、と葛葉ナトリ…………()()()()()()()に問いかける朔良の言葉に、返って来たのがそれだった。

 

 強すぎる、それがどういう意味が問いかけようとして、けれどすぐに理解する。

 それを察したかのようにナトリもまた答えを告げる。

 

「私は告げる、兄様…………在月有栖は強すぎる。私は思考する、現状で兄様に勝てる人間がこの街に居ない」

 

 つまり。

 

「兄様の抑止力となる人間がこの街に存在しない」

 

 在月有栖は知らない人間からはヤタガラス…………葛葉関連のサマナーだと認識されている。前葛葉キョウジの唯一と言っても良い弟子なのだから当たり前なのかもしれない。

 だが知っている人間は知っている、在月有栖がフリーのサマナーであることを。

 

 つまり。

 

「私は告げる。兄様はどこにも縛られていない、神霊を殺すほどの力を持ちながら、どこに所属していない、誰の依頼でも受けることが出来る」

 

 勿論、彼自身が平和を望み、騒乱を望んでいないことは朔良も…………ナトリもまた知っている。

 あれは極めて普通の人間だ。あれだけ馬鹿げた状況に身を置きながら、それでも一皮剥けばただの一般人とそう思考が変わらない、極めて所帯じみている、とでも言うのか。

 彼のそんな部分を好ましく思う人間もいるし、惜しいと思う人間もいるし、嫌っている人間もいる。

 

 だがそんなことは…………在月有栖の思いなど、最早関係が無いのだ。

 

 言うなれば、自分で自分の爆破スイッチを押せる核爆弾が誰にも所持されずに街中を歩いているような危険性。

 最早この街…………どころか、この世界でも最強クラスのサマナーとなった少年は、最早これまでのように静観させることは出来ない。

 実際、在月有栖が周到に準備を重ねれば街どころか、帝都を滅ぼすことも出来る。それほどの戦力を彼は個人で所有している。

 

 ヤタガラスは基本的にフリーのサマナーには干渉しない。依頼を出し、それを受け、依頼を解決し、そして報酬を渡す。国家機関としてはこれだけの構図があればそれで良かったのだ。それがどんな人間だろうが、国が出した依頼をきちんとこなすのならそれで良かった。

 だからフリーのサマナーはほぼ全員がヤタガラスに所属していながら、ヤタガラスの配下ではない。そんな曖昧な関係がまかり通ってきたのだ。

 

 だが、それが個人で他の組織と同等の力を持っている、となると全く話は違ってくる。

 

 座して放置は出来ない。そんな強大な力、野放しには出来ない。

 例え現在何もしていなくとも、これから何かする可能性があるのなら、その時に起こる被害を予想し事前に対策するのは鎮護機関ヤタガラスの役目である。

 

 とは言っても、現状ヤタガラスに敵対しているわけでもない、どちらかと言うと前葛葉キョウジを通じて、葛葉…………引いてはヤタガラス寄りだったのだ、あまり機嫌を損ねて敵対されても困る。

 

 国家機関たるヤタガラスだ、切り札の一枚や二枚無いわけでもないが、不必要に切れるような札ではないのも事実だ。

 

「告げる、故に――――――――」

 

 

 * * *

 

 

「彼を取り込む必要がある…………ねえ」

 

 さてどうしたものか。

 それが少女、河野和泉の正直な感想だった。

 

 死を覚悟して、実際死んだはずで、けれど気付けば息を吹き返していた。

 ふと胸を抑える、今でもそこに暖かい何かが感じられる。

 

 “和泉…………和泉!!”

 

 そうしてふと、聞いたはずもない、見た覚えもない光景を思い出す。

 自身の死骸を抱き寄せ涙を流す思い人の姿。

「…………ふふ」

 自分が思ってた以上の反応。死んだはずの自身が覚えているはずのない反応。

 色々思うことはあるが。

「…………なーんだ…………ちゃんと思ってくれているのね」

 それが例え親愛、友愛の思いだとしても、それでも和泉にはそれが嬉しい。

 

 縁とは糸だと、この国では言われる。

 

 つまるところ、繋がり。

 だとするなら、和泉から伸びた糸はそれは少ないだろう。

 少なくとも、和泉自身はそう思っている。 

 そしてその中でも和泉が大切にしているのはたった一つだけ。

 彼との絆だけなのだ、その彼が同じ感情でないとしても自身を思ってくれていて嬉しくないはずがなかった。

 

 まあ、もどかしくはあるが。

 

「…………って、考えがずれてるわね」

 

 ガイアの本拠上野総本山の一度戻ってきた和泉に待っていた言葉が冒頭のそれだった。

 

 在月有栖をガイアに取り込め。

 

 つまるところそう言うことだ。

 個人的には賛成とも反対とも言い難いところである。

 現在の教主は基本的に個々人の自由を許している。和泉も実際に好き勝手やっているが、そんなものが許されるのはフリーのサマナーか、もしくはここガイアくらいだろう。

 だが同時に組織に組み込まれると言うことは、時折個人の意思を曲げる理不尽を強要されることがある。

 例えばついこの間の、聖女の殺害指令のような。

 あれは未だに有効である、ただ対象となる聖女の捜索に手間取っているだけで、見つけ次第殺すように言われている。勿論和泉としては殺すつもりはないが。

 ガイア教に結束や連帯なんて言葉はない。だがだからこそ、いつでも裏切って良いし、いつでも裏切られる…………切り捨てられるかもしれない。

 

「有栖くんが傍にいてくれる、それも良いわね」

 

 彼が同じガイアに所属するなら、共に過ごす時間は確実に増える。それは非情に魅力的なのだが。

 

「でも有栖くんがこちらに来ると言うことは」

 

 あの日常を捨てるに等しい。

 彼がフリーのサマナーでい続けているのは、その本質を日常のほうに置きたいから。つまりデビルサマナーの在月有栖ではなく、学生の在月有栖でい続けたいと言う思いの現れなのだろうと思っている。

 本人から聞いたわけではないが、有栖が日常を求めているのは知っているので、恐らく間違ってもいないだろう確信がある。

 だとするなら、ガイアに所属すると言うのは彼のその思いを壊すことにも為りかねないのではないだろうか。

 

「…………悩ましいわね」

 

 結局、自分の一存では決まらないことではあるが。

 

 まあ、彼がどう言う道を選ぼうと、河野和泉は何時だって在月有栖の味方である。

 

 彼に拾い上げられた日から、和泉のその気持ちだけは、一度だってブレたことは無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 さて、ここに三つの扉がある。

 

 一つは青の扉。

 

 一つは緑の扉。

 

 一つは赤の扉。

 

 青の扉はキミの右手に。

 

 緑の扉はキミの正面に。

 

 赤の扉はキミの左手に。

 

 三つの扉はキミがこれから辿る可能性。

 

 どれを選んでも良い。

 

 どれも選ばずとも良い。

 

 でもキミは選ぶのだろ?

 

 だってキミは前に進むしか無いのだから。

 

 なに?

 

 それぞれの扉の違いについて?

 

 それを言ってしまうのは未来を告げるに等しい。

 

 私は予言者じゃないのだから、それを言わせないで欲しい。

 

 ああ、でも今のままでは判断しようにも基準が無いかい?

 

 私としては別に勘でも構わないのだがね。

 

 …………おや、怒られてしまった。

 

 随分とキミに懐いているようだね。この短い間に良くぞここまで。

 

 ふむ…………では彼女に免じて少しだけ説明をして上げよう。

 

 青の扉は法と秩序の世界を目指す物語だ。

 

 キミの友人にとって重要な分岐点が訪れるだろうね。

 

 どういう選択をするか…………それはキミ次第なのかもしれないよ?

 

 緑の扉は中庸と中立の世界を目指す物語だ。

 

 憧れを追いかけ続ける少女の苦悩と挫折が待つ。

 

 乗り越えれるかどうかは…………やはりキミ次第だね。

 

 赤の扉は自由と混沌の世界を目指す物語だ。

 

 過去を負い続ける少女の破滅と終末が待つ。

 

 彼女の禍福がどういう結末を迎えるのか…………分かっているだろう? キミ次第さ。

 

 さて、ではもう一度問おう。

 

 

 

 キミは、どの扉を選ぶ?

 

 




と言うわけで、メガテン恒例のLNC選択の時間です。


L(ロリ)、N(ナイチチ)、C(チャイルド)と言う感想あったが上手すぎワロタwww

さて、どこから行こう?


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四章登場キャラステータス

魔人 有栖

 

LV 95 HP5570/5570 MP7250/7250

 

力191 魔233 体157 速193 運189

 

耐性:物理、火炎、氷結、電撃、衝撃

無効:破魔、呪殺、万能

 

グレイトフルワン、デスペラード、フライシュッツ、至高の魔弾

チャージ、■■■■■■■■■■、神殺し、■■■■■■■

 

備考:魔人化した有栖。■■■■■を持ち、アリスと契約しているが故に、■■■■■■■■■■■■■■■■。

 

有栖とアリス ????

 

至高の魔弾 直線状の敵に物理属性絶大ダメージ。

 

■■■■■■■■■■ あらゆるものに■を与える■■■■■■■■■の■■■たる■■■■■より与えられた■■■■■■の一端。有栖、またはアリスが与える即死の状態異常は、あらゆる耐性を貫通して計算される。

 

神殺し 世界を統べる唯一神を殺した兄から伝播した神殺しの因子。敵を対象としてスキル使用時、対象となった敵の耐性を二段階下げた上でスキル全てに貫通属性を付与してダメージ、効果の計算を行う。また種族神霊に対して常に最終ダメージ+150%、種族天使・大天使に対して常に最終ダメージ+100%、またその他の全種族に対して常に最終ダメージ+50%される。

 

■■■■■■■ ????

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

魔人 アリス

 

LV 95 HP5570/5570 MP7250/7250

 

力191 魔233 体157 速193 運189

 

耐性:氷結、衝撃

無効:破魔、呪殺、万能

吸収:火炎、電撃

 

死霊召喚、エナジードレイン、万魔の煌き、死への誘い

メギドラオン、コンセントレイト、MY WORLD、守護者召喚

 

 

備考:万魔の煌き この世界には存在しないはずの魔力属性特大ダメージ。

 

死への誘い 全体万能属性最大HPMP100%ダメージ。呪殺耐性の無い敵には50%、呪殺耐性を持つ敵は30%、無効・反射・吸収の敵を10%の確率で即死させる。またアリスよりも魔力と運の合計値が低い敵には即死付与確率+10%(MY WORLD展開時のみ使用可能)。

 

MY WORLD アリスを中心として展開される小規模な異界。異界内に存在する間全ての属性に耐性を得る。また異界内での全ての魔法の威力が二倍になり、消費MPが半減する。またこのスキル発動後に行われるアリスの攻撃全てに確率50%で即死を付与する。

 

不思議の国 MY WORLDパターン①。黒のトークン、赤のトークンを各十ずつ召喚する。このトークンのレベルはアリスのレベルに依存し、自ターン開始時トークンが十未満の時、各トークンを十になるまで増加させる。

 

守護者召喚 アリスの持つ人形を触媒に、アリスを守護する二体の悪魔、魔王ベリアルと堕天使ネビロスを召喚する、サバトマの亜種魔法。召喚した悪魔のレベルは召喚者であるアリスのレベルに依存する。またこのスキルは異界生成時に自動的に発動する。

 

死霊召喚 周囲一帯のあらゆる死霊を集め、一時的に召喚する。異界展開時のみ使用可能。

 

有栖とアリス ????

 

 

 

被造物 黒のウォーリア

 

LV95 HP950/950 MP475/475

 

力95 魔95 体95 速95 運95

 

耐性:全魔法

反射:全物理

 

死んでくれる?、身代わり

 

被造物(トークン) この存在は他者によって形作られた存在である。この存在のレベルは創造主のレベルに依存する。またこの存在の能力は、HP=レベル×10、MP=レベル×5、ステータス=レベル×1によって決定される。

 

軍団 この存在は十体で一度のみ行動できる。またその際に発生する能力値を必要とする計算時、全能力値をトークンの数×5加算して計算する。

 

死んでくれる? 黒のトークン全員での突撃行動。相手の全耐性を無視した万能属性物理攻撃。黒のトークンの数×1%の確率で、相手の即死耐性を破壊する。

 

身代わり 物理攻撃においてアリスがダメージ、もしくは不利な判定を受けた時、代わりにこのトークン一体へと対象を変更する。

 

 

 

被造物 赤のウォーリア

 

LV95 HP950/950 MP475/475

 

力95 魔95 体95 速95 運95

 

耐性:全物理

反射:全魔法

 

連環せし生命、身代わり

 

被造物(トークン) この存在は他者によって形作られた存在である。この存在のレベルは創造主のレベルに依存する。またこの存在の能力は、HP=レベル×10、MP=レベル×5、ステータス=レベル×1によって決定される。

 

軍団 この存在は十体で一度のみ行動できる。またその際に発生する能力値を必要とする計算時、全能力値をトークンの数×5加算して計算する。

 

連環せし生命 赤のトークン全員での突撃行動。相手の全耐性を無視した万能属性魔法攻撃。赤のトークンの数×与えたダメージ分アリスのHPとMPを回復する。

 

身代わり 魔法攻撃においてアリスがダメージ、もしくは不利な判定を受けた時、代わりにこのトークン一体へと対象を変更する。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

魔王 “空虚なる魔姫”ルイ

 

LV1 HP120/120 MP85/85

 

力10 魔10 体10 速10 運10

 

耐性:物理、火炎、氷結、電撃、衝撃、核熱、水撃、地変、疾風、破魔、呪殺、万能

 

突撃、メギド

 

備考:空虚なる魔姫 あらゆる要素を抜き去っていった、空っぽの大魔王の分霊。

 

幼女 この悪魔を連れているとロリコンのレッテルを貼られることは間違いない。

 

大魔王 こんな形でもれっきとした大魔王の分霊、低級な悪魔はほぼ全て出会うだけで恐怖する。

 

無感情 あらゆる要素を抜き取られた空っぽの器ゆえに、まともな感性も、感情も無い。故に無感動であり、無感情。

 

空虚 彼女は何も持たない、器すら持たないため、詰め込むこともできない。

 

ルイ 有栖が彼女に与えた名前。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

人間 葛葉キョウジ

 

LV75 HP950/950 MP550/550

 

力76 魔52 体43 速65 運51

 

耐性:氷結、電撃、衝撃

無効:破魔、呪殺

反射:火炎

 

メギドラ、マハラギオン、ラグナロク、トリスアギオン

シャッフラー、ディアラハン、マカカジャ、カースドカード

 

ラグナロク 神をも殺す概念破壊の大劫火。敵全体に火炎属性特大ダメージ。概念系スキルを全て一時的に封じる。

 

トリスアギオン 合体技。火炎属性に適正が非常に高い仲魔を出している時のみ使用可能。敵単体に火炎属性絶大ダメージ。

 

カースドカード シャッフラーの対象を単体へと変更する。対象の耐性、スキル等一切を無視し、状態異常が100%対象に付与さ

 

れる。またシャッフラーの効果を、状態異常カースドカード(全ての耐性を無視し、火炎属性4倍)に変更する。

 

キョウジの仲魔

カーリー

クラマテング

トウテツ

アンズー

スルト

ピクシー

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

人間 “次代葛葉キョウジ”ナトリ

 

LV54 HP730/730 MP250/250

 

力73 魔66 体53 速99 運79

 

耐性:破魔、神経

無効:呪殺、精神

 

■■■■、■■■■、■■■■■■■■、見覚えの特技

一専思考、改造特技

 

備考:二代目■■■■■■■■■。ナトリと言う名前は本名のファーストネーム、ミドルネーム、セカンドネームの頭文字を繋げたもの。最速の剣の使い手で、現在キョウジの下でサマナーとして修行中。次代葛葉キョウジを継ぐ予定の少女。

 

見覚えの特技 戦闘中に敵味方問わず、一度でも使われたスキルを使うことができる。ただし使用条件の存在するスキルは、条件を満たさなければ使用できない。

 

一専思考 見覚えの特技で覚えたスキルを使用と同時に破却する。スキルを破却するごとに低確率で運以外のステータスをランダムで1上昇させる。経験を積むごとにただひたすらにその技を洗練していく■■■の思考。

 

改造特技 見覚えの特技で覚えたスキルの効果を改変して使用できる。ただし魔法系には効果が無い。

 

■■■■ ????

 

■■■■ ????

 

■■■■■■■■ ????

 

■■■■■ ????

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

超人 “二十代目”葛葉ライドウ

 

LV99 HP999/999 MP999/999

 

力40 魔40 体40 速40 運40

 

耐性:全物理、全魔法、万能

 

刹那五月雨撃、真理の雷、幾千の真言、メギドラオン

チャージ、コンセントレイト、メディアラハン、????

 

備考:ライドウ式 一人だけ別法則で動いている。現代の技術の粋を尽くしてもこの存在の能力の全てを数値化、表現することが出来ない。

 

幾千の真言 相手は死ぬ。イベント専用スキルなので、イベント以外では使えない。

 

葛葉ライドウ 動くイベント製造機。この存在の行う戦闘全てがイベント処理される。

 

憑魔 デビライズ。悪魔の力だけを憑依させる。詳細不明ながら、二十代目葛葉ライドウの作り出した最強の戦闘術式。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

破壊神 “暴走する”シヴァ

 

LV83 HP6590/6590 MP1840/1840

 

力162 魔67 体58 速129 運82

 

弱点:魔法

耐性:物理、火炎、電撃

無効:破魔、呪殺、衝撃

 

デスバウンド、トリシューラ、パスパタ、天罰

メギドラオン、テトラカーン、近接ハイブースター、貫通

 

備考:暴走① この悪魔は常に暴走状態となる。暴走状態の悪魔は召喚主の命令に従わなくなる。またこの悪魔は理性を失っているので、思考をせず、遠距離攻撃や補助魔法を使用できない。この悪魔の召喚を維持するのに必要なマグネタイトは通常よりも遥かに多くなる。この悪魔はマグネタイトが供給されている限り、召喚主のレベルに関係無く召喚することが出来る。

 

暴走② 暴走状態により思考せず、ただ目の前に映る全てを破壊しつくす存在。力と速度を大きく上昇させるが、魔と体を大きく減少させ、魔法に対する耐性が弱体化する。

 

暴走③ この悪魔の攻撃が敵の耐性や魔法により反射された時、通常よりも大きな反射ダメージを受けるが、相手の反射を破壊してダメージを通す。耐性すらも無理矢理押し通す破壊神の権能が暴走した文字通りの捨て身状態。

 

未熟 召喚主の未熟によりレベルやステータス、耐性、スキルに制限がかかっている。

 

トリシューラ HPが60%以下の時、使用可能。破壊神シヴァの持つ必殺の三又の鉾。敵全体に物理属性特大ダメージ。

 

パスパタ HPが5%未満の時に使用可能。破壊神シヴァの激しい怒りの顕現。炎の槍を投擲し、敵を焼き尽くす。敵全体に火炎属性特大ダメージ。この攻撃でHPが20%以下になった場合即死する。またこのスキルは相手のあらゆるスキル、耐性を無視し、常に弱点属性としてダメージを与える(完全貫通)。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

魔人 “断罪者”ヒトキリ

 

LV71 HP1920/1920 MP430/430

 

力89 魔8 体52 速86 運23

 

弱点:魔法

耐性:万能

 

ブレイブザッパー 鬼神薙ぎ 悪意殺し 断罪刃

首斬り鬼 会心ノ剣 斬り払い 不屈の闘志

 

備考:正体不明の悪魔。剣一本で他の追随を許さない怒涛の強さを誇る。その性質上物理攻撃一辺倒で、物理反射に弱いのだが、今となってはそれすらも克服してしまっている。「我は人斬、我は処刑人、我は断罪者也」

 

断罪者 罪には罰を、罰には代償を。全ての悪意を斬り殺す処刑人。その一刀は罪人の首を切る断罪の刃であり、そして裁定者がいない以上、罪の裁量は全て断罪者に委ねられる。毎ターン開始時に魔人ヒトキリがルールを決める。そのルールを侵した存在は罪科カウンターを1つ背負う。付与された罪科カウンターの数×10%全てのステータスが減少する。その罪を清算するまでは、永劫足を引かれ続ける、罪悪、咎を背負うとはつまりそう言うことである。

 

悪意殺し 人の悪意を斬る一刀。相手が背負う罪を切り払うが、払った罪の数×1ターンの間相手は動けなくなる。

 

断罪刃 相手が罪を背負っているほどに威力が上がる。人が積み重ねた業を切り裂く必殺の刃。

 

首斬り鬼 3つ以上の罪を背負った敵を即死させる。この攻撃はいかなる方法でも防げず、また回避することもできない。仏の顔も三度まで、許されざる者に断罪の刃を。

 

会心ノ剣 斬撃属性攻撃の全ての会心率を上昇させる。

 

斬り払い 全ての遠距離攻撃を70%の確率で無効化する。

 

裁定シ断罪セシ者 魔人ヒトキリに付与される罪科カウンターを無効化する。人斬りは裁く者であり、裁かれる者ではない。その関係は決して侵されざる不可侵なるものであり、永劫崩れることは無い。

 

魔人 新月以外にも現れ、戦う。他の魔人とは一線を隔す存在。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

魔人 ソロモン

 

LV90 HP1670/1670 MP2280/2280

 

力108 魔113 体93 速79 運81

 

耐性:火炎、氷結、電撃、衝撃、万能

無効:破魔、呪殺

 

マハラギダイン、ブフダイン、ジオダイン、マハザンマ

仲魔召喚、偽典ラジエルの書、究極召喚、召喚陣作成

 

 

備考:騒乱絵札の王。古代イスラエル王国三代目の王ソロモンその人である。

 

魔人 人を超越しながら、悪魔に染まりきらぬ半端者。人外存在でありながらも、悪魔を従えることができる。

 

仲魔召喚 デビルサマナーの基本技能。契約を交わした仲魔を召喚する。

 

偽典ラジエルの書 遥か昔、ソロモンが読んだとされるラジエルの書の写し。自身の記憶を知識として抽出し呪言により記したソロモン王の記憶そのもの、原典より大幅に劣化しているが、そこに書かれた知識は一行で世界を歪める。この書を使用した場合のみ、究極召喚を使用できる。

 

究極召喚 かつて契約を交わした72柱の悪魔をレベルオーバー(レベル100以上)の状態で召喚する。レベルは最大120までで呼び出すことができ、呼び出した悪魔のレベル×20分MPを消費する。

 

召喚陣作成 召喚と名のつくあらゆる行為の補助となる召喚陣を作る。究極召喚の必要MPを呼び出した悪魔のレベル×15に変更し、一度に最大合計レベル1000までの召喚を行える。ただし、召喚陣を発動させるの自体に最大MPの半分を消費する。

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

魔人 “大罪なる憤怒”ヴラド

 

LV86 HP4380/4380 MP2540/2540

 

力97 魔86 体13 速109 運78

 

(満月時)

LV97 HP8760/8760 MP5080/5080

 

力194 魔172 体26 速218 運156

 

弱点:火炎

耐性:氷結、電撃、衝撃、万能

無効:魔力、破魔、呪殺

 

ブラッディサイクロン 冥界破 メギドラオン チャージ

コンセントレイト ドラクル ワラキアの夜 カズィクル・ベイ

 

備考:吸血鬼 失血状態の敵を攻撃した時、HPを1%回復する。

 

ドラクル ヴラドが率いる死霊の竜騎士団、幽鬼ドラクルを召喚する。ただし、ワラキアの夜使用中しか使えない。召喚する竜の騎士×10のMPを消費する。

 

ブラッディサイクロン 鮮血を撒き散らす、鋭い爪による回転攻撃。失血(攻撃する度に1%のHPダメージ)を付与する。

 

ワラキアの夜 魔人ヴラドを中心とした小規模の異界を生成する。強制的に満月状態を生み出す。生成中ヴラドに全カジャ系がオートでかかり続ける。また吸血鬼としての特性が前面に押し出されるので、毎ターン最大MPの30%回復、吸血時の回復量を10%増大、火炎弱点倍加の効果が追加される。

 

カズィクル・ベイ 生成された杭が敵を貫く。敵全体に呪殺系特大貫通ダメージ。失血を付与する。この攻撃は対象のHPMPの両方にダメージを与える。この攻撃のダメージ算出は力+魔力の合計値で行われ、物理、魔法両攻撃種別に分類される。与えたダメージの30%分HPとMPを回復する。

 

ドラクリア 夜の間、全ステータスが上昇する。満月だと全てのステータスが倍加する。ただし日が出ている間は全ステータスが降下し、新月の日は全ステータスが半減する。

 

魔人 新月の夜になると、ボス属性を得る。HPMPの大幅な増大、ステータス上昇、いくつかの耐性付与。

 

極限集中 チャージとコンセントレイトを同時に使える

 

超速再生 欠損した身体を超高速で修復する。任意のタイミングでMPを消費し、消費したMPの3倍のHPを回復する。自分のターン、相手のターンに関わり無く使用できる。また敵の行動時に使用した時、受けるダメージ量追加効果に応じてMPを消費することで攻撃を無効化する。

 

大罪なる憤怒 攻撃時30%の確率であらゆる耐性、補助を無視して攻撃を通す。またダメージを受けるたびに自身の全能力が上昇する。この能力上昇の回数に制限は無い。

 

敵対者 サタンの権能を宿す。あらゆる存在と敵対する代わりに、所有者に絶大な力を宿す。全ステータスが強化され、与ダメージ+20%、被ダメージ-20%。破魔、呪殺属性を無効化し、万能属性に耐性を持つようになる。またこちらが使う破魔、呪殺、万能属性攻撃の威力が+100%される。

 

悪辣 HP残数が0になった時、1ターンだけ行動を可能とする。このターンでHPが1以上となった時、死亡は回避される。

 

 

 

 

 

 

幽鬼 ドラクル

 

LV75 HP230/230000 MP50/50000

 

力25(75) 魔12(62) 体21(71) 速16(66) 運10(60)

 

弱点:破魔

耐性:物理

反射:呪殺

 

突撃、召集のラッパ、レギオンレイド、卑劣の憤怒

 

備考:ヴラド・ツェペシュが父から継いだ竜騎士団の成れの果て。死してなおヴラドのために忠義を尽くす一山いくらの死霊とは根本的に異なる死した鋼の集団。死霊の集団と言うより、軍隊と言う概念に近く、破魔が弱点ではあるが、ヴラドを倒す以外で本来の意味で昇天させることは不可能。

 

軍団 1000人で一体のドラクルと言う存在であり、1000人全てが倒されるまではヴラドがマグネタイトを供給することで再度復活する。1000人全てが倒された場合、一年の間、この軍団を召喚することはできない。

 

統率集団 凡そ20人単位を1部隊とし、周囲にいる部隊数の数だけ自身の全能力値を上昇させる(最大+50)。

 

召集のラッパ 1部隊未満の時に使用すると、自身を含めた周辺のドラクルが1部隊数になるまで召喚される。1部隊以上の時に使うと、1~3部隊のドラクルをランダムで召喚する。

 

レギオンレイド 部隊数が5以上の時、使用可能。敵をかく乱し奇襲を仕掛ける竜騎士団の強襲行動。敵の体ステータスを無視した特大物理ダメージ。スキル使用時に部隊数が多いほど威力が上昇する。

 

卑劣の憤怒 物理攻撃以外の方法で倒された時、自身のMAG全てを転化し自爆する。敵前列に万能属性中ダメージ。斬られ、打たれ、撃たれる。戦場で死ぬことを本望とし、それ以外で死ぬことを恥じる騎士の憤怒の理。

 

 

 

 

 

 

神霊 ノーライフキング

 

LV120 HP12380/12380 MP10540/10540

 

力237 魔226 体93 速209 運158

 

弱点:火炎

耐性:氷結、電撃、衝撃

無効:魔力

反射:破魔

吸収:呪殺、万能

 

ライフドレイン 魂砕波 冥界破 ダンスマカブル

チャージ コンセントレイト カズィクル・ベイ 破滅のレクイエム

 

備考:不死王 死者たるものたちの不死の王。全ての死者、不死者たちを統べる王。呪殺属性を吸収する、この耐性は貫通などでは無効化されない。

 

ライフドレイン 相手の生命を吸収するスキル。相手のHPMPの両方にダメージを与え、与えたダメージ分だけ自身のHPMPを回復し、相手に虚脱(全ステータス低下)のバッドステータスを与え、自身に活性(全ステータス上昇)のグッドステータスを付与する。

 

ダンスマカブル 死を操る不死王の権能。対象に死の具現を見せつけ、敵の精神を砕き、自死に追い込む。全体に呪殺属性貫通特大ダメージをMPに与える。この攻撃で敵のMPが0以下になった時、全ての耐性を無視して敵を即死させる。この攻撃に対する耐性は、精神、呪殺、万能で判定し、このうち一つでも耐性を持たない場合、あらゆる条件を無視して即死する。

 

カズィクル・ベイ 生成された杭が敵を貫く。敵全体に呪殺系特大貫通ダメージ。失血を付与する。この攻撃は対象のHPMPの両方にダメージを与える。この攻撃のダメージ算出は力+魔力の合計値で行われ、物理、魔法両攻撃種別に分類される。与えたダメージの30%分HPとMPを回復する。魔人ヴラドだった頃の名残。

 

破滅のレクイエム 戦闘が始まった最初のターンに発動。このスキルが発動してから10ターン後、避けようのない死が敵全体を襲う。戦闘開始より10ターンの経過で、無条件による敗北を与える。

 

死の足音 敵を一体倒すごとに、破滅のレクイエムのターンを1ターン進める。

 

魂の束縛 ノーライフキングの攻撃によって死亡した仲間はこの戦闘中蘇生することができない。死者を掴み離さない不死なる王の魂の束縛。

 

生と死の権能 この存在は概念的に不死的存在であり、HP1以下に決してならず、毎ターンHPMPが全回復する。

 




改めて…………これはひでぇや(敵も味方も

一つだけ言うなら…………設定したからって実際に使うとは限らない(


それと一つ注意。

神霊は基本チートしかいない。ノーライフキングさんは間違いなく最弱。


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赤の扉前章
和泉とガイア


悲報:主人公不在


 

 

 

 和泉と言う少女は、とある別の少女を元にメシア教の一部の人間によって作られた人造存在である。

 そしてそこから逃げ出した和泉がガイアに入ったのは、ある意味当然の帰結と言える。

 

 そもガイアとは何か。

 

 正式にはガイア教と言う。と言っても、メシア教と違い宗教と言うわけではない。だが宗教が絡んでいない、とも言わない。

 これが正しい言い方なのか、所属している和泉自身にも分からないのだが、多数の宗教を組み合わせた多神教と言うのか、寄り合いと言った感じの組織である。

 基本的に、メシア教と言う世界最大の一神教に駆逐されそうになった多数の宗教が手を取り合いメシア教に対抗するために作り上げた総合宗教団体、それがガイア教の大本だ。

 故にその思想は基本的にメシア教に反した物からメシアと大差無いものまで幅広く、全員が全員必ずしも同じ思想を持っているわけではない。

 混沌と自由、それがガイア教の掲げる唯一の共通の思想と言っても良いだろう。

 

 混沌、有体に言ってそれは何でもあり、と言うことだ。

 だからメシア教を受け入れられないならば、誰であろうと受け入れる。そうやってガイア教は加速度的に肥大化し、今や世界規模で見ればメシア教に対抗することのできる唯一と言っても過言では無い巨大な組織となった。

 

 そして自由。ガイア教団には規律と言うものがほぼ無い。元々自然崇拝の宗教を下地にいくつも組み込んで作られた組織だけに、自由の意味を、つまり自然のままと置き換え、この世界で最も分かりやすい自然の掟である、弱肉強食こそを規律と謳う者たちばかりだ。

 

 故にガイアは、メシアと違い、外だけでなく、内にまで敵を抱えている。ガイアにとって同じガイア教徒とは、同じ敵と戦う仲間でありながら、敵がいなくなればそのままお互いが次に争う敵となる。

 何と言う無法者たちであろうか。

 

 ガイア教には、身分の差はほぼ無い。それでも多少はある。

 

 一つが一般の教徒。世界中に点在し、自由に生きている名前も知らないやつら。

 

 一つが幹部。文字通り、ガイア教団の方向性や運営をある程度とは言え担う存在。世界中の各地域に数人ずつ存在しており、その権威の分だけ大きな実力もまた持つ。その辺りはガイアならではと言える。

 

 そして最後の一つが教主。ガイア教団の教主、つまり。

 

 ガイア教最強の存在にして、ガイア教の全ての意思を束ねる存在。

 

 “あってはならないのだ”

 

 教主は言った。

 

 “全能の神など、この世界にはあってはならないのだよ”

 

 呟き、告げ、そして嗤う。

 

 河野和泉は初めて出会ったその時から、この教主がずっと嫌いだった。

 

 

  * * *

 

 午前四時四十四分。

 

 目覚まし時計すら無くとも、けれど関係無い。

 ぴたりと目を覚まし、少女、和泉は部屋に置かれた寝台(ベッド)の上で半身を起す。

 

「…………やな時間ね」

 

 季節は夏。マンションの一室は、ちょうど朝日が差し込む方角を向いており、締め切ったカーテンの隙間から僅かな太陽の光が部屋の中を照らす。

 内に潜む夜魔の影響か、どうにもそれが好きになれない和泉は、僅かに顔を歪めながら寝台を抜け出す。

 

 寝巻き代わりにと来ていた、何の飾り気も無い青のティーシャツと長ズボンの古着をすっぱりと脱ぎ捨てながら洗面所を抜け、風呂場へと入る。

 

 きゅっきゅっ、とコックを捻ると、古びて錆びも見えるコックが軋み、そうして和泉の頭上からシャワーが流れ出してくる。

 きゅっきゅっ、とお湯のコックをさらに数度捻り、全身に熱いシャワーを浴びながら、風呂場に備えられた姿見を見る。

 

 そこに和泉の姿は映っていなかった。

 

「……………………吸血鬼、ね」

 

 吸血鬼は鏡に映らない。そんなものは実はただのフィクションのはずなのだが、それを多くの人間が信じればそれが真実となる。

 悪魔とは、人の想像から創造されるのだから。

 

 日光に弱いなども現代日本では有名な話ではあるが、元来太陽とは強大な退魔の象徴であり、中世では魔物が厭うとされていた。そこから想像された虚構が現実として伝わっただけのことであり、本来の吸血鬼としての伝承に太陽を浴びると灰になるなどと言う話は存在しない。

 

 そも現代で言われる吸血鬼の特徴である、太陽に弱い、ニンニクに弱い、心臓に杭を打たれると死ぬ、などは吸血鬼に限らず、当時のヨーロッパに広く知れ渡っていた魔物全ての特徴であった。

 それを吸血鬼にのみに限定してしまったのは、結局、人の思いなのだ。

 

 別にそれ自体にどうこう言うつもりは無い。悪魔とは結局、そう言うものなのだ。

 

 ただそれを自身に適用されてしまっているのはさすがに文句を付けたい。

 

 特に太陽を浴びるだけで全身に倦怠感を覚えたり、ニンニクを始めとする匂いのきつい香草類などが苦手だったり、こうして鏡に映らなかったりと。

 現代で生活するのに不便なことがやたらと多い。

 

 特に最後の一つが困る。

 

 河野和泉は自分の姿をほとんど見たことが無い。特殊な道具などがあると一応姿も映るのだが、そう言った類の…………本来映らないはずの物を映す道具など早々簡単に手に入るものでも無い。特に鏡など割れやすい上にかさ張るものを居場所をころころと変える自身が持ち運ぶのも不便である。

 

 なので、そう言うのは全部有栖の家に預けてある。

 

 ……………………一応有栖の了承は取ってある。

 

 元とは言え、あの家に住んでいたこともあるのだ、その頃に不便をしていた自身のために、有栖がもって来てくれた一枚の鏡。映らないはずの和泉の姿を映すその鏡は、和泉の宝物と呼んで差し支えない。

 だから万一にも失くさないよう、壊さないよう、自身が知る限り一番安全な場所に置いてある。

 

 シャワーと止め、くすりと笑う、と濡れた髪の先から雫が一筋、ぽつりと垂れる。

 風呂場を出てすぐに体を拭い、服を着る。

 さっきまでの古着ではない、言うなれば和泉なりの戦闘装束。

 

 白だ、一言で言うならばそれに尽きる。

 

 真っ白な、純白のゴシックドレス。

 

 赤い瞳に、ドレスと同じ真っ白な髪に、その上にさらに白を重ねる。

 

 ふむ、と唇に指を当て、数秒思考。

 

 やがて一つ納得したように頷き。

 

「…………さて、行きましょうか」

 

 少女が玄関の扉を開く。

 

 少女が潜り、バタンと玄関が閉じられる。

 

 そうして部屋の中には静寂が残った。

 

 

 * * *

 

 

 帝都東京。この地には実に多くの人間がいる。

 

 ヤタガラスも、メシアも、ガイアも、その他多くの裏の世界にどっぷりと漬かり込んだ組織がひしめき合うこの地は、だからこそ逆に一種の均衡を生み出している。

 どこか一方が突出すれば、その他大勢からよってたかって集中攻撃される、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 否、もっと正確に言えば。

 

 前葛葉キョウジが、だ。

 

 葛葉キョウジ。それはヤタガラス以外の組織にとって、時にライドウよりも恐れられる名前である。

 

 葛葉ライドウは、その知名度に反して滅多に人前に姿を出さない。何故ならば、守護者であるライドウは、事件が起きてから動き出す。それも帝都に危険を及ぼすような大きな事件が、だ。それ以外では普段は帝都内を転々としながら目についた事件を片っ端から()()()()片付けているだけである。

 故にライドウと他組織が大きな衝突をすることは少ない。何故ならことを起せばライドウが現われると分かっているから。

 

 こんな小さな島国の、その首都の守護者程度、と舐めた人間は多くいた。だがその全てがライドウによって降されてきた。

 葛葉ライドウは、そしてライドウを含む四天王を揃えた葛葉の里は、そしてそれを擁するヤタガラスは、この日本と言う国において、間違いなくメシア、ガイアと対等に渡り合えるだけの力を持っている。

 

 その事実を明治から平成にかけての数十年間でメシアも、ガイアも嫌と言うほど思い知らされてきた。

 

 それでも尚、彼らがこの国に固執するのは、日本と言う国が非常に重要な霊地であるが故である。

 

 そもガイア教と言う組織の成り立ちに多くの宗教が下地にあると言う話はしたと思うが、同じ組織内の宗教でもその力には大きな差がある。

 例えば、アフリカ大陸に住む特定の住民たちの間のみに語られる伝承、それを崇拝する住民たち。その伝承によって語られる悪魔は存在する。伝承を語り継ぐことによって、存在させてしまっている。

 例えば南アメリカの原住民たちの間に語り継がれる神話、アステカ神話やマヤ神話もそう、それらの神は存在する。神話として記録し、人の記憶に残した時点で存在させてしまっている。

 例えばオーストラリアの原住民たちの間に語れる伝説、その存在は実在しない、だが存在する。伝説によって生み出された悪魔がそこには確かにある。

 ヨーロッパに脈々と受け継がれた魔術があった、悪魔崇拝があった。

 アラビアの砂漠の中に語られる伝承があった。紅海に代々伝わってきた伝説があった。

 インドの民なら誰でも知っている神話があった。中国で延々と語られた伝承があった。

 

 数多くの宗教、伝説、伝承、神話があり、それらを敬い、畏れ、崇拝する人たちがいた。

 

 そしてそれらメシア教に追われた全ての人たちをガイアが受け入れていった。

 

 中でも、日本の宗教は飛びぬけていた。

 

 それは外来から由来した神の概念であった。それは国内で生まれた気風の中で発祥した神の概念であった。それは誰かが語り、騙った伝承によって生じた神の概念であった。

 

 日本には八百万の神がいると言われる。だがその神全てを数えた人間などいない、居るはずもない。

 

 八百万と言うのは数字ではない、ただ膨大な数を示す記号なのだから、実数は関係無い。

 

 日本というのはとかく特殊な国だ。自国内で固有の概念を生み出しながら、他国からの概念をも取り込み、それらを融合させいくつもの新しい概念を生み出している。どんな概念をも取り込んでしまう混沌の地。

 

 それがガイアにとって最も良い土壌を育んでいる。

 そしてそこで生まれ育った宗教は他と比べても一段図抜けている。

 

 だが逆に。

 幸か不幸かは知らないが。

 

 この国はメシアにとって良い地なのだ。

 国民の気質として、真面目で穏やか、そして他者、特に上の存在には従順。

 これほど扱いやすい…………信仰に染めやすい存在などいるだろうか。

 そして秩序を大事にする傾向があり、秩序を理念とするメシアにとって優秀な信者となることは間違いない。

 

 端的に言って。

 

 日本はガイアの理念、混沌を最も示した地であるが故に、ガイア教の聖地と言っても過言では無かった。

 日本がメシアの理念、秩序を社会的に重要視した地であるが故に、メシア教の理念が受け入れられやすい地であった。

 

 単に神の強さを競うのならば、恐らくガイア教の中で日本という国の宗教はそれほどのものではないだろう。だが実際にそこにいるのは神ではない、それを崇拝するものたちである。そして古来よりいくつ物概念を混ぜこみ、それを練り上げ続けた日本の修験者たちは他の国のそれよりも一歩勝る。

 

 故にガイア教の幹部と言うのは存外日本人が多い。

 言ってみれば、精神的におかしい人間が多いということである。

 

 今こうしてガイアに身をおき、そしてかつてメシアにいた和泉が断言しよう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 存在しないはずのものを、存在すると信じているのだ。そしてその信仰と言う名の()()で実際に悪魔を生み出しているのだ。

 そんなものを、狂っていると言わずして何というのだ。

 

 さて、話が脱線してしまったが、とにかく日本と言う地はガイア教にとってもメシア教にとっても()()()()()()だった。

 当然そこを自身たちの領域にしようと互いが手を出してきて。

 

 そして葛葉ライドウに全て斬って落とされた。

 

 幾度もその侵攻を防がれた両者は考えた、ライドウを敵に回してはいけないと。

 

 だから間接的な支配を試みた。

 

 例えば東京の土地の所有権を両教団が増やす、や、そもそも教団本部を設置する、などだ。

 

 そこで出てきたのが葛葉キョウジだった。

 

 メシア、ガイア双方にとって葛葉キョウジは間違いなく天災だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()のが葛葉ライドウならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが葛葉キョウジであった。

 

 これによりいくつもの支部が壊滅、人員も減らされ、メシア教、ガイア教の日本進出は、葛葉ライドウ、キョウジ両名によって十年単位で遅らされたと言っても過言ではなかった。

 

 ()()

 

 そう、だが、だ。

 

 葛葉キョウジが死んだ。

 

 その報が裏世界を震撼させた。

 

 葛葉ライドウが表の守護者だとすれば、葛葉キョウジは裏、誰も知らない、知られないままに人知れず他者の計画を潰す死神のような存在だ。

 それが死んだ、となればこれまで静観を決め込んでいたいくつもの組織が動き出す。

 

 当然ながらただ死んだだけではない、次のキョウジがすぐに決定され、その報もまた、すぐに裏の世界を駆け抜けた。

 

 だが次代キョウジはまだ二十にも成らない少女であり、前キョウジと比べれば御しやすしと見た多くの組織はすでに動き出していた。

 

 故に、河野和泉が動き出した。

 

 教主の命を受け。

 

 “ガイアの白死”が動き出した。

 

 




なんか執筆しようと思ったけど、何も思い浮かばなかったので、仕方ないのでメガテン書き出すと意外とすらすら出てくる不思議(


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和泉と双子

タイトルミスってた(修正済み


 常人ならばむせ返りそうな血臭の中を、けれど和泉は平然として顔をして歩いていく。

 白一色だったそのゴシックドレスは、けれど未だにその色を保ち続けている。

 この場所に来て、幾人と戦い、けれど返り血一つつけることなく少女は歩いていた。

 

「好きよね、貴方たちも、こう言うの」

 

 地下へと、地下へと続くその緩やかな傾斜のかかった通路を歩きながら、和泉が呟く。

 その歩いてきた道筋にはおびただしいほどの数の死者の群れがある。

 

 ふと、和泉の進路上、通路の先のT字路から幾人かの人間がやってくる。迷彩模様の防弾服を着て、機関銃など構えたその姿は、一体どこの軍隊の兵士だと言いたくなること請け合いの格好である。

 パパパパパパパパパパパパパパ、間断無く続く機関銃の音が通路中に響く。

 兵士のような彼らと和泉との間を遮るものは無く、そして隠れられうようなところも無い。

 

 絶体絶命…………まあ普通の人間ならば、だが。

 

「ペルソナ」

 

 呟きと共に、和泉の背後に蛇が現われる。

 赤くて、黒い模様の長細い胴。そしてその背にあるのは五対十枚の翼。

 

「“サマエル”」

 

 和泉の精神に宿る悪魔。それをペルソナと言う形で顕現させる。

 本来の意味でのペルソナとは違ってはいる、だが関係は無い。そんなことはどうだって良い。

 

「メギドラオン」

 

 呟いた瞬間、蛇の口から吐き出された黒紫色の光が和泉の進路上の全てを()()()()()ながら進んでいく。

 そうして、兵士のような格好の彼らの元まで飛んでいった瞬間。

 

 ゴォォォォォ、と派手な音を立てながらその暴威を撒き散らす。

 後には何も残らない、たった一撃、ほんの一瞬で、彼らと言う存在は消し飛ばされる。

 

 そのことに、和泉は何も思わない。

 

 その程度のことに、和泉は何も思わない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 別に和泉は博愛主義者ではない、平和主義でも無ければ、平等主義でもない。

 好きな人は好きだし、嫌いなやつは嫌いだ。どうでもいいやつはどうでもいい。助けたいと思えば助けるし、どちらでも良いと思えばどちらでも良い。

 ここに来るまでに相手した彼らだって、別に殺すつもりは無かった。かと言って生かすつもりも無かった。

 生きていたならそれでも良い。邪魔しないなら無理に殺すつもりも無い。

 かと言って、死んでしまったならば別にそれでも良い。

 

 ある意味ガイアらしい、自分に正直と言うべきか、自由に振舞っていると言える。

 

 そしてこんな有様であろうと、和泉の行いは、ガイアの中ではかなりマシなほうと言える。

 

 弱者をいたぶるわけでも無く、拷問するために何時までも殺さないわけでも無く、徹頭徹尾殺し尽くすわけでも無く。

 

 あくまで和泉は自身に邪魔となる相手を排除しているだけである、相手が逃げるのならば追わない、それが目標以外ならば、だが。

 ガイアの中ではかなりまともな部類であり、異端でもあるかもしれない。そんなまっとうとも言える精神の持ち主がガイアにいること自体が珍しい。否、これをまっとうと言えるガイアがもう大分おかしいのは明らかな事実ではあるが。

 

 そんな和泉だが、たった一つ、例外とも言えることがある。

 

「………………………………あら、こんにちわ」

「「………………………………………………」」

 

 通路を歩いていった先、T字路にたどり着き、さてどうするかと考える。

 取り合えず右から行って見るかと考え、その先を進む。

 そうして突き当たりにあったロックのかかった扉を()()()()()()()()()入り…………。

 

 中にいたのは二人の少年と少女だった。

 

 太陽のごとき輝いて見える金糸の髪と淡いエメラルドグリーンの瞳の少年と。

 月のような淡い銀髪とサファイアブルーの瞳の少女

 

 背丈からして歳の頃十二程度と言ったところか。

 服装はまるで病人か何かのような薄い布の服。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こんにちわ…………さて、“助けは必要かしら?”」

 

 返って来たのは警戒の視線だった。

 

 

 * * *

 

 

 とある組織を襲撃し、そこにいる実験体を連れてくる、もしくは殺すこと。

 

 それが和泉が教主から与えられた命だ。

 

 だから和泉はそれを無視した。

 

 至極あっさりと、当たり前のように、それを無視した。

 

 基本的に和泉は先も言ったとおり、見知らぬ人間などどうなっても関係無いと思っている。

 ただ一つだけ、そう、たった一つだけ例外がある。

 和泉の中において、時に有栖よりも優先するべき例外。

 

 河野和泉は理不尽を許さない、不条理を唾棄する。

 

 それはかつて自身がそうであったように。

 

 例えば、とある組織に捕まって強制的に非人道的実験の数々を経験してきた双子をさらにガイアで捕らえよう…………なんて理不尽は、不条理は許せない、否、許さない。

 

 だから和泉は理不尽な、不条理な経験をした彼ら、彼女たちにたった一言、尋ねるのだ。

 

 “助けは必要かしら?”と。

 

 救われぬ者たちに救いの手を。

 

 和泉の魂に刻まれたたった一つのシンプルな(ルール)

 

 例えどれほど胡散臭くとも、どれほど怪しくとも、どれほど信用なら無くても。

 

 本当にどうしようも無い状況ならば、どうにもならない、どうにも出来ない。

 

 そんな、かつての和泉のような状況ならば。

 

 脆い藁でも縋る、か細い糸でも必死に手繰る。

 

 そんな彼らに、彼女たちに、手を差し伸べたい。

 

 かつて自分がそうしてもらったように。

 

 だから和泉は二人を助けたのだから。

 

 

 どれだけ警戒されようと、自身と双子、両者の力関係は余りにも明確である。

 どこかで逃げ出されるかと思っていたが存外素直に双子は現在の自宅まで着いてきた。

 まあ組織を()()()()半壊させる前にあらかた書類は掻っ攫ってきたので、別に逃げられても最悪これを提出すれば教主も納得するだろうが。

 そして逃げ出す余裕があるのならば、別にそれはそれで構わない。その先で幸せに暮らせるなら別にそれでも良いし、どこかで野たれ死ぬならば別にそれでも良かった、また別の組織に捕まるようならば助けるまでだが。

 結局、自身でそれを選択したのならばその選択に対して責任は自身が背負うべきだと思っている。

 二人はついて来た。その選択に対する責任は二人が負うべきことだし。

 その選択に対する結果もまた二人に与えられるべきだろうと思う。

 

「食べないの?」

 

 机の上に並べられた茶碗に盛られたご飯を見てけれど二人は手を伸ばさない。

 有り合わせだがおかずも数品用意したが、何か嫌いなものでもあっただろうか。

 否…………この様子は恐らくだが。

 

「ここまで来て、まだ警戒してるの? いい加減疲れない?」

 

 箸を伸ばし、皿に盛り付けられた卵焼きを摘む。手早く作れるし、味付け次第で非常に美味しいので自身は気に入っている。好物と言い換えても良いかもしれない。

 有栖の家で暮らしていた時に、家事のやり方は一通り有栖に習っている。あの少年、あれで、あの若さで何故あれだけ熟年の主婦のようなスキルを持っているのか謎ではあるが、一人暮らし(悪魔をカウントするのかは謎だが)をしていればそうもなるのかもしれない、と余り深くは考えない。

 口の中で広がる出汁の甘みとふんわり柔らかい卵の感触に、思わず口元が綻ぶ。

 

 その様子を見てた二人もまた、おずおずとだが箸を伸ばす。

 

 ゆっくりと、一つ卵焼きを摘み。

 

 そうして口の運び、嚥下する。

 

 そうすれば最早、手は止まらなくなる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ゆっくり食べなさい」

 

 そうしてようやく実感するのだ。

 

「貴方たちはもう、自由なんだから」

 

 自由を。

 

 

 * * *

 

 

 お腹がはちきれそうなほどにご飯を掻き込んでいた二人をそのまま風呂場に押し込める。

 少しばかり古びてはいるが、まあお湯が出るだけマシだろうと思う。

 その間に考える。

 

「…………どうしましょうかね、これ」

 

 二人が着ていた病人服のような薄い布切れは捨てる、すでに血に汚れているし、何よりずっと着っぱなしだったのか、随分とよれてしまってあちこち穴も空いている。

 少女のほうは、自身の古着でも着せれば良いとして、少年のほうは…………さてどうしようか。

 

「…………あ、そう言えば」

 

 確か一着だけ、有栖の古着があった気がする。

 ずっと昔、自身が助けられた頃に彼に与えられた思い出の一着だ。

 少しもったいない気もするが、もう乗り越えた過去だ。以前の自分ならばともかく、今の自身ならばそれに執着はしたりしない。

 

 とにかく、これで着る物の問題も解決した。

 

 後は。

 

「…………あの二人がどうするか、よね」

 

 風呂場へと、おっかなびっくりしながら二人で入っていった少年と少女を思い出しながら。

 

「まあ、それは後でいいわね」

 

 くすりと笑った。

 

 

 * * *

 

 

 少年の名をロン。

 少女の名をアルと言うらしい。

 双子の姉弟で、年齢は十二。

 まあ見たまま、日本人ではなかった。と言っても国籍は本人たちもよく分かっていないようだったが。

 

 そして二人が素直に話したのはそこまでだった。

 

「そう…………まあ別に構わないわ」

 

 そして和泉には別にその程度で十分であった。

 

「連れてきたのは私、だからここでの安全は約束してあげる。けど、そこから先、これからどうするかは自分たちで決めなさい」

 

 その言葉に、少年…………ロンが眉根を顰める。

 

「オレたちを…………捕まえないの?」

 

 こちらを伺うように、ロンが尋ねるその言葉に、首を振って答える。

 

「言ったでしょ、貴方たちはもう自由よ。私は私なりの事情で貴方たちを助けた、そして助けた義理でここまで連れてきたわ。けどそこまでよ、私が何かするのは」

 

 正確には、自発的に、と言う言葉が頭に付くのだが、言わない。

 

「ここから出るのも貴方たちの自由、ここに留まるのも貴方たちの自由、それ以外もね」

 

 自身が語る言葉を、ロンもアルも押し黙り、一言一句聞き逃さないように耳を澄ましている。

 

「私これから別の用があるの、だから後は好きになさい、欲しいものがあったならこの家から取っていってもいいわ」

 

 どうせ大事なものは全て彼の家にある。ここも所詮は一時的な拠点に過ぎないから、一月もしないうちに別の場所に移ることになるだろう。自分のような存在が同じ箇所に定住すると襲撃の憂き目に会うのがオチだ。だからいつ壊れても構わないものしかここには無い。

 

 契約時に一緒についてきた鍵のスペアのほうを机の上に投げ捨てる。

 そうして服を軽く整え、椅子から立ち上がる。

 自身のその様子に、ぴくり、と二人がこちらに視線を向ける。

 

「まあ一つだけ言うなら」

 

 思えば、こんなことがあるたびにこんなことを言っている気がするが。

 

「降ってわいた自由よ。今度は目いっぱい好きなようにやればいいわ」

 

 それじゃあね、とだけ告げ部屋を後にする。玄関の扉を閉まるその直前まで。

 

 二人はこちらを見つめたまま動かなかった。

 

 

 * * *

 

 

 響野(ひびきの)十字(じゅうじ)がそこに居たのは本当に偶然だったと言って良い。

 

 昼下がりの公園。十五歳と言う多感な年齢にありながら、すでに還暦を迎えた老人のような老成した雰囲気を醸し出す十字だが、その雰囲気に違わずその趣味は散歩と人間観察と言うちょっと若者としてどうだろうと思ってしまうようなものだった。

 ゲームもしなければ、本も読まない。テレビもほとんど見ないし、パソコンや携帯など必要以上に触ろうとすらしない。

 学校の友人からは、爺さん、などと言う愛称で呼ばれている十字だが、別にそれが嫌なわけでもない。

 実年齢はともかく、精神的な年齢を考えれば、確かに自身は老人と呼ばれても仕方が無いと知っているから。

 

 だから、日曜と言う高校も無いそんな休日に、昼間に公園で日光に当たってうとうとしていたのは本当に偶然だった。

 

「……………………あー…………こりゃあ、不味いなあ」

 

 空に月が輝いていた。

 

 端的に、見たままを言えば、そうなる。

 

 言っておくが。

 

 ()()()()()()であり、()()()()()()はずである。

 

 空を見上げる。ほぼ変化は無い。ただ、太陽だったはずのものが、月に変わっていることを除けば。

 昼の公園では子供を連れた母親や、ピクニックに来ていた一家、待ち合わせをしているらしい少年少女や、仕事の休憩中らしいサラリーマン、自身と同じ日向ぼっこを楽しむ老人の姿などがある。都内には自然と呼べる場所が少ないので、多少人口的に見えてもこう言う自然と触れ合える場所と言うのは珍しくあるのだ。極小規模とは言え森まで作られた公園などここくらいだろう。作り物とは言え、だからこそ自然の脅威と言うのが少なく、安全に遊べると言う部分も大きい。

 だからこそ、今回は最悪だった。

 

 森、そう森だ。

 最初の異常は空にあった。

 そして次の異常は、森からやってきた。

 

 ドドドドドドドドドドドドドド、と大地を揺らしながら森から何かがやってくる。

 それ…………否、()()()は猛烈な勢いのままに森から飛び出し。

 

 そして近くにいる子供、母親、父親、老人、少年、少女、青年、一切の関係無く襲いかかり、その牙を剥く。

 

「う、うわあああああああああああああああああ」

 誰かが叫んだ。

「た、助けて、助けて!!!」

 壊れたように、誰かが叫んだ。

「あ、ああ、ああああ、ああああああああああああ」

 狂ったように、誰かが叫んだ。

 

 熊だ。誰もがようやくそれの正体を知る。

 巨大な…………凡そ全長三、四メートルはありそうな巨大な熊。

 それが群れとなって、何十匹と走りだし、周囲にいる人間に片っ端から襲いかかる。

 

 響野十字はそれを見ていた。ただただ見ていた。

 

 そうして最初に起した行動は。

 

「さて…………どうすっかねえ」

 

 携帯を取り出すことだった。

 公園内が阿鼻叫喚の嵐となっている中で、困った困った、と全く困った様子の見られない表情で携帯を取り出し、コールする。

 

 携帯を耳に当てると、数秒呼び出し音が鳴り響き。

 

 がちゃ、と相手が通話状態に入ったことを示す音が鳴る。

 

「あー、もしもし?」

 

 全く持って暢気な声で、十字が告げる。

 

「公園で熊が大量発生してんだが…………どうする?」

 

 告げ、そしてその名を呼んだ。

 

()()()()()()()

 




都内の公園でベアパニック発生。
そして唐突な新キャラ3連。
前章はこの三人と和泉を主軸にしていく予定。

そして今だ名前しか出てこない主人公…………ん? 主人公って和泉だろ?


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和泉と女神

 

 さて、どうするか。

 

 そんな分かりきったことを考える。

 都内公園で生物災害…………まあ普通に考えれば警察の出動。けれど起こっていることを考えればその上の自衛隊が出てくるだろう。そして自衛隊が周囲を完全封鎖して。

 

 そしてヤタガラスが出てくる。

 

「…………急がないといけないわね」

 

 別にただの異界化なら出るつもりも無い。都内で突如悪魔が発生したからと言って、ガイア教の人間の和泉がそれを解決しなければならないなんてことは無い。そう言うのはヤタガラスの役割だ。

 だからこの件で和泉が出なければならない理由は別にある。

 

「どう考えても…………よねえ」

 

 築二十年以上は経っていそうなボロアパートを出る。途端に肌を焼く日差しに思わず目を細める。

 部屋の中に残してきた双子を思い、少しだけ考え込むが、まあなるようにしかならないか、と考える。

 “クロス”から電話がかかってきたのがちょうど双子が風呂に入っていた時、あの二人に気付かれなかったちょうどいいタイミングだったと思う。

 

 それにしても、と内心で呟く。

 

「熊、ねえ?」

 

 都内で熊…………まあ吉原市のほうは妖精の森があるくらいだし、熊くらい探せばいるのかもしれない。

 ただ公園に隣接された人口樹林から、となるとさすがにそれはおかしいと言える。

 しかも一匹、迷い込んだ、とかではなく何十、下手すれば百近いと言う数がいるらしい。

 それが森から出てきた挙句、周囲にいた人を襲っている、となるともう異常も極まれり、だ。

 

「…………まあそう言うことなのでしょうね」

 

 キーワードは月だ。突如空に上がっていると言う月。

 だが今和泉の肌を焼いているのは間違いなく太陽の光。

 あの戦闘(ゴシック)服はさすがに目立つので代わりに、普段着代わりの白のワイシャツとシンプルな黒のプリーツスカートと黒のハイソックス。有栖曰くどっかの学生服みたいな服装。

 この暑いのに上着が長袖なことを除けば、いかにも普通な服装だと思う。まあ自身のような真っ白な髪は珍しいので多少人目を惹くことは知ってはいるが、けれど奇抜と言うほどでもない、都内ならばもっとおかしな髪の色の人間が多くいるのでこの程度ならば特に問題無いだろう。

 

 ガイア教団内にもよくいるのだが、外見を示威行為に使う輩は存外多い。確かに見た目のインパクトだけで交渉や威圧など有利になることは多いのだが、和泉は残念ながらそう言ったことを好まない。

 好まない、と言うかはっきり言ってそれで得られるメリットよりデメリットのほうが高いことを知っている。

 

 目立つ、と言うのはそれだけ多く知られる、と言うことだ。

 

 和泉は表の戸籍を持たない。完全なる社会の闇に潜む裏世界の人間である。

 故に表社会で目立つと言うのは、それだけでリスクも増していく。

 そのデメリットを考えない、と言うか眼中に無い、と言う風に派手な動きを起す者もいるが、そう言った輩はだいたい襲撃、暗殺の的になっている。それをまとめて返り討ちにしているようなやつらもガイア内にはいるが、和泉はわざわざ好き好んで襲われたいわけではないので、基本的に必要以上には目立たない用にしている。

 

 まあ、仕事の時を除けば、だが。

 

 和泉はいつもガイアの仕事の時、白い服を着る。ガイアの白死なんて名前が示す通り、その外見自体は一種の目印になっているくらいに白で統一し、そしてそれが知れ渡っている。

 単純に和泉がその色を好いているから、と言うのもあるが、それ以上に落差をつけているのだ。

 

 真っ白な髪、と言う大きな特徴はある物の、ここは都内だ。ただ髪が白い、と言うだけでそれほど目立つわけでもない。人の多さ、そして首都ならではの人種の多様性が和泉の特徴を薄れさせている。

 

 逆に全身真っ白な人間、となると中々いないだろう。それこそ病院にでも行け、と言う話だ。

 故に和泉と言う存在を目に留めるための大きな特徴はその白一色の統一された外見になる。

 

 だから日常では普通の服装に戻す。そうすると途端に和泉と言う個人は他者の認識から消えていく。

 少しだけ髪の色が珍しいだけのただの少女がそこに完成するのだ。

 

 まあ、それでも完全に消しきれるわけでもないので、時折襲撃を受けるのだが。

 

 今回こちらの普段着で来た、と言うのは目立ちたくないと言う思いの発露と言える。

 

 それは世間にはない、ヤタガラスに…………でも実は無い。

 

 ガイア教団にこそ、自身の存在を知られたくなかった。

 

 今向っているその理由を考えた時。

 自身の目的の最大の邪魔になるのは恐らくガイア教団だろうから。

 

 実を言うと、自宅から目的の公園まではそれほど離れていない。まあかと言って、徒歩三十分と言うのは近いと表現し辛いものもあるのだが。

 ただ和泉の足ならば物の五分もあればたどり着く。下手すれば五分を切る。活性マグで強化されている上に、体内に宿る吸血鬼の因子により、並の車よりも速度が出る上に、道路と言う制限も無い。ビルの屋上から屋上を飛び移り、ショートカットしていくことによりジャスト五分後には公園のすぐ目の前のアパートか何かの屋上にたどり着く。

 

「…………これは…………凄いわね」

 

 上から見た公園には、常人が見るだけで目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。

 広がる鮮血、食い散らかされた人の肉、転がる目玉に噴水に浮かぶ人の腕。

 この場所で恐ろしいことが起こった、それがありありと想像できるそれらの痕跡。

 

 にもかかわらず、()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「……………………」

 

 眉根を顰め、そして視線を動かす。

 そうして気付く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………そう言うこと、かしら」

 

 まさか、とは思うが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことだろうか。

 

「不味いわねこれ…………凄く不味いわ」

 

 被害が拡大している、そのことを理解する。同時にそれはヤタガラス出動までのカウントダウンが早まったことを意味する。

 

 空を見上げる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「論じてる暇は無いわね」

 

 携帯を取り出す、そしてその番号を押そうとして…………数秒手が止まる。

 だが意を決して押す。

 携帯を耳に当てる、数秒の呼び出し音の後。

 

『もしもし?』

 

 聞こえたその声に、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 

 

 * * *

 

 

「まいったねえ、こりゃ」

 

 先ほどから全く困ってない様子の十字は、公園近くのコンビニにいた。

 和泉からの指示は待機。こんな地獄めいた場所から逃げるな、だなんて随分な話だ、と思うが。

 

 結局、和泉を手伝うと決めたのは十字自身なのだから、それもまた一つの自業自得と言えるのかもしれない。

 公園内の惨状はここからでも見て取れる。すでにそこにあの化け物熊たちがいないことも。

 とは言っても、あの熊たちが居なくなったわけではないことは十字には良く分かっている。

 

「さあて…………どうしたもんかねえ」

 

 少なくとも、このコンビニにいる間は大丈夫だろう。ただ何時までここにいるのか、と言う問題もあるが。

 少なくともヤタガラスが何時動いてもおかしくないことは念頭においておかなければならないだろう。あれらに動かれると十字自身動きづらくなる。

 警察はすでに騒ぎを聞きつけ動いている、公園に数人の警官が先行してやってきていたのを先ほど見かけた、その十秒後には熊の餌に成り果てていたが。

 現状は予想以上に混沌としている。それでもこちらは動けなくも無いのだが…………。

 

 問題は、あれが何を原因としているか、それが分からないからこそ動きづらくなっている。

 

 強引に突破することも、無理矢理に解決することも、恐らく和泉と自身が居れば可能だろう。

 だがその場合、()()()()()どうなるかが分からない。

 

 すでに自身はこの件を悪魔の仕業と断定している。それを和泉にも伝えているので向こうもそのつもりで動いているだろう。

 と言うか、心当たりがあるのか、それとも根拠となる何かを向こうは持っているらしい、随分とすんなりと納得していた。と言うことは、ガイア関連の仕事か、もしくは…………。

 

 いつもの悪い癖か。

 

 否、それを悪いなどと言っては侮辱だろう。何よりも、十字自身、和泉のそれで助けられたのだから、それを否定はできない。

 それでも、甘いと思う、甘ったるいと思う。変なところでリアリストを気取っているが、けれど十字からすれば甘っちょろいにもほどがある。

 だがそれで良いとも思う。

 

 見ないフリができない彼女が美しいと思う。

 

 気付かないフリができない彼女が心底清いと思う。

 

 助けて、そこまでだと(うそぶ)きながら、結局見捨てられず最後まで付き合うのだ、いい加減認めてしまえばいいのに。

 あんなお人好し、この世界にいること自体が異常だ。

 

 だから彼女がガイア教と言うのは存外お似合いだと思う。

 

 どこまでも自由に、どこまでも自身の自由に、それを力で適えようとする有様は、結局十字のような助けられた者からすればどこまでも嘘くさくて…………けれど切り捨てられない。

 十字の事情はすでに終わっている。だからこれから先に待つのは平穏の未来だったはずなのに。

 

 結局、和泉のためにこうしてまたこの世界に舞い戻る。

 

 和泉が和泉で居られるように、和泉が和泉のまま和泉のやりたいように、自由に振舞えるように。

 

 そのための力に十字はなるし、そのための知恵も貸すし、そのためだけに十字は働く。

 

 だからこそ、少しだけ誇らしく思っている。

 

 彼女のために働けることを。

 

 同時に、最近後悔もした。

 

 五月二十六日。

 

 あの日、和泉の傍に居られなかったことを。

 自身がいれば助けれたはずだ。

 

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぎりり、と歯を軋らせる。湧き上がる怒りに体が震える。

 落ち着け、と心中で数度唱えると、震えが収まる。

 今は考えるな、それよりも考えるべきことがある。

 そう唱える、呪文のように、何度も、何度も、心のうちに刷り込むかのように。

 

 “くふっ”

 

 そんな自身の心のうちを嘲笑うかのような声が聞こえた気がした。

 

 

 * * *

 

 

 通話を切る。と同時にこみ上げ来る寂寥感を押し殺し、眼下の公園を見下ろす。

「コンクリートジャングル、なんて言いかたするけど、別にそれは森じゃないのよ」

 

 だから、お帰り願おう。

 

 両の手にその体躯とは不釣合いなほどに大きな銃を握り締め。

 ふっと、屋上から眼下の道路へと飛び降りる。

 一瞬の浮遊感。常人なら自殺しているようなものだが、和泉からすればこの程度の高さ、何でもない。

 音もさせず着地すると、そのまま歩きながら公園へと進む。

 

「和泉の嬢ちゃん」

 

 そんな自身の後ろから声がかかる。

 足を止め、振り返る。そこに響野十字がいた。

「あら、ようやく来たのね、十字」

「本当に早かったな…………拠点から直接来たのか」

「ええ、ちょうど帰ってたところだったから…………それで()()()は?」

 その言葉に、十字が少しだけ視線をずらし。

()()()()()()()()()()()()()()()

 そう告げた。

 

 一瞬目を閉じ、再び開く。

 

 意識的にスイッチを切り替える。

 

 準備は整っている、ならばそう…………後は行くだけだ。

 

 一歩、公園へと足を踏み入れる。

 

 瞬間、月が淡い輝きを放つ。

 

「…………十字!!!」

 

 その輝きに覚えた嫌な予感、過ぎった直感に従い、隣に立つ十字の襟元を掴んで咄嗟に下がる。

 

 ちゅん、と短い音が聞こえた。視線をやれば先ほどまで自身と十字がいた場所に()()()()()()()

 文字通り、そこには底の見えないほどに深い深い穴が開いている。直径にして三、四十センチほどだろうか。

 少なくとも、その場で立ち止まっていれば、自身も十字も頭部から一直線に消し飛んでいたのは間違いないだろう。

 さすがにそこまでされれば、いくら吸血鬼の因子があろうと再生はできない。吸血鬼の再生能力とはそこまで万能ではない。

 

「…………気をつけなさい。あれが敵よ」

 

 空を見上げる。そこには昼間にも関わらず、月が輝いている。

 

 そして、その月を背にして空に浮かぶ、一人の女の姿がそこにあった。

 

 先ほど電話が聞いた予想その通り過ぎて、思わず苦笑しそうになるが、けれど笑えない。

 これから相対する敵の強大さを考えればそれは引き攣った笑みにしかならない。

 

 “月と熊? なんだそりゃ? ツキノワグマか? え? そう言うことじゃない? あん? 悪魔? ああ、そう言うことか。そうだな、簡単で良いから起きたことだけ伝えてくれ、それ以外に何か特徴は無いのか? うん? 森? 公園…………いや、森だなこの場合。うん…………それだけか、情報少ねえな…………いや、二択くらいにまでは持ち込めた、あと一つだけ、正直これは直接見ないと分からんからな、自分で確かめてくれ”

 

 “いいか?”

 

 “熊を使役している元凶、それが獣の姿をしていたらヴォーロスだ、スラブ神話に出てくる神の一柱。その名前の類似性から熊への信仰と関連付けられた神でな、獣の姿をした神だって言われてる。それに一説では月の神であるって話もある、今回の事例には一応当てはまってる…………ヴェーレスって神と同一視されることがあってな、こっちだとかなり厄介だ…………死を司る神であるって話もあるからな、ただまあ正直かなりマイナーな神なんで、この国で呼び出すにはちと面倒な手を使う必要がある、正直もう一方のほうが可能性は高いと思ってる”

 

 “んでもう一方のほうなんだが…………こっちはかなりメジャーだ、名前だけならかなり知れ渡ってる”

 

“いいか? 元凶が人の姿…………それも女の姿をしてたりしたらほぼ間違いないだろ”

 

 流れるような銀の髪に純白のワンピースを着た、ただ見るだけで身震いしそうなほどに美しい女がこちらを睥睨しながらその手に持つ弓を構える。

 

 和泉は有栖とは違い、神話や伝承などにそれほど造詣は無い。だがそれでも、そんな和泉でも、その名は聞いたことくらいはある。

 月の女神、狩猟の神、そして元を辿れば山野の…………()()()

 

 その名は……………………。

 

「アルテミス」

 

 “アルテミスだ”

 

 月の女神がその弓を引き絞り…………そして、ソレが放たれた。

 




正直前回で察しのいい人は分かってたと思う(
そしてこの先の展開も、こうなった原因も何となく察しは付くと思う。

それはそれとして伏線大量に埋めていく。

前章で回収するものが7割、後章まで引っ張るものが3割くらい。

先の展開って実はほぼ何も考えてないのに伏線埋めるスタイル(
そもそも赤の章自体突発的に初めてすぎてて、最終的なラスボス以外ほぼ何も決まってないままやってる感だけど、なんとか纏め上げたいところ。

最近メイポが楽しすぎて執筆が隔日になってるが一応書くのは書いてるから許して(


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有栖と日常

 

 

「子供とは実に良いものだ…………そうは思わないかね」

 

 慈愛に満ちた目で遊具コーナーで遊ぶ子供たちを見ながらそんな台詞を呟くのは細身の紳士風の男だった。

 さすがにシルクハットは目立ちすぎるので脱いでいるが、タキシードのようなそのシックな服装は周囲からの人目を集めていた。

 そしてそんな男が手に持ったのは買い物カゴ…………いや、別に言い間違いではなく、真実として買い物カゴを持っている。カゴの中に入っているのは大量のお菓子類。

 

「…………全部返して来い」

「何ということを言うのだ?!」

 

 思わず呟いたその一言に、男が驚いたように返す。

 そしてタイミングを測っていたかのように、紳士風の男の隣に大柄な男がやってくる。

 

「待たせたな、いや、我としたことが中々手間取ってしまってな」

 

 紳士風の男と同じその片手に買い物カゴに大量のお菓子を詰めて…………。

 

「…………返して来い」

「なんだと?!」

 

 本日何度目になるか分からないほど繰り返した台詞に、これまた同じように何度と無く繰り返した反応を男が返す。

 その男…………赤いコートのような服装の長身で大柄な男がずいっとこちらに顔を近づけてくる。

 

「あの子が欲しいと言ったのだぞ! それを返して来いだと?!」

「お前らは孫にねだられた老人かよ、だいたい欲しいなんて言ってねえよ、面白そうって言っただけだろう」

「あの子が興味を持ったのなら、与える以外の選択肢があろうか、いや、無い!!!」

「何を反語まで使って語ってやがるこのアホ魔王!」

 

 全く…………勘弁して欲しい。

 何故日曜日…………休日の昼間にデパートに買い物に行くのに、超高位の魔王と堕天使が付いてくるのか。

 

「アイツに買ってくならこれで良いだろ…………ほら、いくぞ、()()()()()()()()

 

 そうしてアイツ曰くの“赤おじさん”と“黒おじさん”の名を呼んだ。

 

 

 * * *

 

 

 本日は非常に珍しい日と言える。

 何せ六年近く、ずっと共に生きてきた片割れと別れて行動しているのだから。

 

 朝のことである。

 

 本日は日曜日。つまり学校が休みだ。学生の本分は勉強とは言うが…………まあ何と言うか、それを気にするようなことが滅多にないので忘れそうになるが、自身は生前に高校は卒業している身である。残念ながらすぐに就職の道を取ったので大学などには行っていないが、それでも真面目に勉学はしていたのでそれなりまでの大学に受かる程度の学力は今でも残っている。まあつまり、高校の、それも一年生のやるような勉強は今更過ぎてやる必要も無い。

 

 ま、そもそも進学するかどうかも未定だしな。

 

 なんて心の中で呟きながら、朝食をテーブルに並べる。

 この家の住人は()()()自身だけとなる。ただ()()()()となると数が大分増える。

 とは言ってもその()()()()が朝食を取るかと言うと別にそんなことも無いので、作る量はほぼ一人分で良かったのだが。

 

 良かった…………かった、過去形である。

 

 元々自身の半身とでも呼べる少女は時折自身と一緒に食卓を囲もうとすることがあった。

 ただその回数は気まぐれであり、食べてもさした量でもないので、気持ち大目に作っておけば大丈夫、程度の量だったのだが。

 

「…………ごちそーさま…………でし、た」

 

 皿に並べられた少量のサラダをもさもさと口の中で咀嚼し、コップに入ったオレンジジュースで押し流す。そうして一口サイズの小さなパンを齧りながら刻んだハムの入ったスクランブルエッグをスプーン一杯分ほど口に含むと彼女はそう呟いて手を合わせた。

 

 …………別にそれを習慣付けた覚えは無いが、自身がやっているうちに自然と身についたらしい。

 

 量が量だけにその程度で大丈夫なのだろうか、とも思うが多分大丈夫なのだろう。

 まあ見た目だけで言えば完全に幼女である。輝くようなプラチナブロンドに燃えるような赤い瞳。

 髪の色は完全にどこかの喫茶店のマスターと一致しているが、瞳の色だけが違うのは恐らく()()の問題なのだろうと考える…………まあこの辺りの話はまたいつかどこかでやるとして。

 

 先に言った幼女は悪魔だ。だが悪魔ながら驚くことに生身の体を持つ。

 

 ルイ・サイファーの特別製悪魔。それが彼女、自身がルイと名づけた幼い少女だった。

 

 生身、と言っても悪魔の本体、と言う意味ではない。

 言うなれば()()()()()()()使()()()()()()()()()()()と言ったところだろうか。

 故にその体はマグネタイトによって構成された他の悪魔たちよりも脆い人間の身であり、けれど同時に悪魔としての力も持つと言う歪な存在となっている。

 

 根本的な部分を言えばそれは悪魔だ。故にマグネタイトが無ければその命を保つことはできない。

 だが同時にその身は人だ、だからこそ、人の食べる物も摂取する必要も出てくる。

 

 ある程度までは片方を片方で補うことは可能だ、しっかりとマグネタイトを供給してやれば食事などほとんど必要ない程度に。それでも完全に無くすことはできない。だったら最初から決められた分だけ食べれば良い、と最近はもっぱら朝食と夕食を一緒に食べさせるようになった。

 

 と言ってもこの幼女、基本的に無口である。と言うか、まだまだ言葉を知らない、と言うべきか。

 だから何を口にしても美味しいも不味いも言わない、黙々と機械的に口に運び、咀嚼し、嚥下し、そしてごちそうさまと自身の真似をして口にし、それで終わる。

 

 そして感情も知らない。だから動かない。

 

 ルイ・サイファー曰く“何も無い”少女。

 

 力も無い、知恵も無い、心も無い、意思も無い、名前すら無い空虚な少女。

 

 そしてその空虚を埋めるための隙間も無い変化の無い…………無かったはずの少女。

 

 だから名前を与えた。変化を与えた。日常を与え、生を与えた。

 隙間が無いなら外装をつければ良い。変化が無いなんて有り得ない。生きている以上、無限に変性し続ける。

 例えそれが、悪魔であろうとも。

 

 思いは生まれる。心は育まれる。意思は宿る。

 

 生きていく限り、それは必定なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 自身と同じ名前の少女がいる。

 少女は朝から機嫌が良さそうに自身の後ろをちょこちょこと付いてきていた。

 少しだけ珍しい。自身と少女は基本的にどこに行くにも一緒にいるが、それでも家の中でくらいは離れて行動することもある。と言うか、同じ部屋にいることは良くあるが、それでも部屋を出る時に一々付いてくることは余り無い。

 まあ気まぐれだろう、と考える。多分そんなに間違っても無い、そんな確信はある。

 同時に少しだけ昔を思いだす。初めてあった時、少女はずっとそんな感じだった。

 別にそれがどう、と言うわけでも無いのだが。

 

 

 自身の生前にはまだ土曜日、と言うのは学校のある日だったはずなのだが、今生では週休二日と言う名で完全なる休日となっている。一人暮らしにとって休日とは普段できないことをする…………否、やらなければならない日だ。

 だから放課後は下校途中の駅前商店街で済ませてしまうものを休日はビジネス街のほうにある大型デパートのほうにまで足を伸ばす。

 とは言うものの、必要なことはほぼ土曜日にやっておいたので、だいたい日曜日と言うのは時間が空いている。

 

 だから今日一日はほぼフリーと言って良かった。

 だからやることは。

 

「…………寝るか」

 

 自室に戻り、布団を被り…………やはり起き上がる。

 特に誰かと会う予定なども無いし、必要なことはだいたい昨日やった。本なども今は読む気分ではないし、だったら寝てしまうくらいしかやることが無かった。

「…………なんか趣味くらい持ったほうがいいか」

 さすがにやばい気がする。学生が休日にひたすら寝ているだけと言うのはかなりやばい気がする。

 まず最初に思いつくのは誰かを誘って遊びに出る、と言うこと。

 携帯を開く、そこに登録されている番号の数を数えて自身の交友の狭さに思わず顔が引き攣るが、気にせずぽちぽちと動かしていく。

 まあ自身が誘える相手など二人くらいしか居いないのだが…………言わずもがな、悠希か詩織である。

 

 ただ詩織はあれで割りと忙しい身だ、家の方針で習い事をいくつもやっている。日曜日も確かいくつか習い事をやっていたはずだ。

 と、なると誘えるのは悠希くらいか。

 

 と、言うことで悠希に電話をかけてみる。通話を押し、短縮ダイヤルに従って番号が入力されていく。

 

 だが。

 

 つーつー、と耳元で聞こえる。電源が入っていないのか、それとも電波が届かないのか。

 まあ前者だろうと予想する。まあどちらでも換わらない

 さて問題はこれで電話をかけることができる相手が尽きた、と言うことである。

 

 他にも幾人か登録された番号はあるが、どちらかと言うと仕事のほうの関わりであり、向こうも忙しいのはほぼ確定だろうから余り気軽に呼び出せない。

 

「…………どうすんだこれ」

 

 と、なると途端にやることが無くなる。と言うかもう他にかけれるやつがいない以上誰かを誘って、と言うのも不可能になった。

 さて、どうするか、と考え。

 ふと気付く、あいついねえな、と。

 先ほどまで自身の後ろをちょこちょこついて来た少女がいつの間にか居なくなっていることに気付く。

 別にそれ自体はどうでも良かったのだが。

 

「他にやることもねえしなあ」

 

 二階の自室から出て、目の前の階段を降り一階のリビングへ。

 入るとすぐに少女が見つかる、別に広くも無い家なので不思議でも無いが。

 ただ珍しい光景が広がっていた。

 少女がテレビを見ていた。

 何かのドラマだろうか、内容を理解しているのかしていないのか、頭とその金色の髪を左右に揺らしながら少女は見入るように画面を見ている。

 

 何か声をかけようかと一瞬悩み、けれど止める。

 

 それは明確な変化だった。ここ数年の中で初めて見た少女の変化。

 

 音を立てずに玄関の扉を開き、外へと出て行く。

 朝から眩しいほどに日差しが差しており、絶好の日和だった。

 

 何の気無しに足を動かしていく。目的地は無い、ただぶらぶらと歩くだけの話。

 寝ているのと変わらないくらい時間を無駄に過ごしている感覚はあったが、それを勿体無いとは思わなかった。

 ただただ平和だな、とだけ思う。別に他意は無い、本心からそう思っている。

 

 ついこの間まで本気で死んだり死に掛けたり、殺したり殺されたりの日々だったのだ。

 

 それを考えれば恐ろしくゆったりとした時間が流れていると思う。

 

 とは言っても、本当はこれで全部解決だなんてこと無いのは知っている。

 考えるべきことがまだ多くあるのは知っている。

 自身の意思の有無に関わらず、これから起こるべくして起こるだろう騒動に巻き込まれていくだろうことも理解している。

 

 ただ今ぐらい、この平和な時間を過ごす贅沢も許されるだろう。

 

 それは結局、勝ち取ったものだけに与えられる特権なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 気まぐれに歩いていると、いつの間にかビジネス街のほうに来ていた。

 ここまで約一時間と言ったところか。確かにそこそこの距離はあるが、それ以上に回り道が多かっただけにそれなりに時間がかかっている。

 折角ビジネス街にまでやってきたのならば、大型デパートにでも寄っていくか、とようやく目的地を設定する。

 

 比較的駅に近づけるように建てられているので、程なくして目的のデパートにたどり着く。

 

 一階は食料品、薬局、フードコートなどがあり、二階には服飾、家具など、三階が玩具やゲーム、他にも携帯ショップなど。屋上にはレジャー施設もある。

 

 品揃えも悪くなく、割となんでも揃うのだが、住宅街から見るとやや遠いのも事実であり、やってくる客数の半分くらいは北のほうの隣町から来ている。

「さてと…………どうするかねえ」

 目的地に設定してみたはいいが、別に欲しいものも必要なものも無いので、特に用事も無い。

 まあその辺りをぶらぶらとしていればいいか、とまずは一階から歩いてみることにする。

 

 と、食料品売り場の一角に、自身の知っているスイーツショップの名前を見つける。

 

「ほー…………最近二号店出したって聞いたが、流行ってるんだな」

 

 引退した元デビルバスターの開いた店であり、いつぞやも世話になった相手だけに素直に関心する。

 売っているのはパックに詰められた焼き菓子やシフォンケーキなど。

 土産に買っていくのもいいか、と思いながらそちらに歩いていると、ふと視界の端に男が二人映る。

 良く見れば行く先のスイーツショップの会計の列に並んでいるらしいのが分かる。

 

 男の片割れはなんと言うか…………紳士風とでも言うのだろうか。

 黒のタキシードの上下に、何故かシルクハットを被っている。割と細身でありながらそれなりに高身長であり、全体的に細く見えるのが印象的だった。

 もう一人の男は黒い男とは対称的に赤いコートのようなものを着ていた。黒の男を超える身長とその身長に負けないほどのがっしりとした筋肉質な体つきをしており、老年の一歩手前とでも言うべき成熟した雰囲気が伝わってくる。

 

 とりあえず言いたいことは一つ。

 

「…………何やってんだこの魔王(バカ)ども」

 

 呟きと共に、とび蹴りで男たち(バカ)を蹴り飛ばした。

 

 



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有栖と平穏

二年も空いたらキャラ忘れたので今回はキャラ思い出すためにセリフ多め。


 机の上に両手で頬杖を突きながら台所に立つその後ろ姿を眺める。

 そうしてアリスがその姿を眺めている間にも、とんとん、とリズミカルな包丁の音を立てながら次々と具材を切っては鍋の中へと放り込んでいき、用意した分全てを鍋に投入し蓋を閉めると、有栖がほっと一つ吐きながら調理用のエプロンを外しながら台所から戻ってくる。

 そうして背後からずっと視線を向けてくるアリスを一瞥し、ニコニコと笑みを返す少女に肩を竦めながら近くにあった椅子を寄せてきて座る。

 

「何が面白いんだ?」

「べつにー?」

 尋ねてみても答えを濁すアリスに、あっそう、と短く返し上着の胸ポケットにしまった携帯型のCOMPを取り出すとそのまま視線を落とす。

 

「…………」

「…………」

 

 ことこと、という台所で鍋が煮える音だけが聞こえるその場で、けれど会話の無さも気にもせず。

 

「何やってるのあの二人……?」

「えーっと……何だろう?」

「いつものことよ、気にするほどでもないわ」

 

 沈黙を貫く二人の様子にリビングからこっそり見ていた葛葉咲良が疑問を浮かべ。

 つい最近悪魔、という存在をしったばかりの上月詩織が首を傾げ。

 過去同居していたこともある河野和泉からすれば見知った光景であった。

 そもそも何故この三人がこの場……在月有栖の家にいるのかと言われれば。

 全く持って偶然の話であり。

 

 ―――過日の神霊との戦いの一見で事情聴取に来たのが葛葉咲良であり。

 

 ―――先日ようやく退院したのでお見舞いの礼を持ってきたのが上月詩織であり。

 

 ―――近くを通りかかってついでに時間もあったから遊びにきたのが河野和泉であった。

 

 つまり三者三様の理由で、全く示し合わせたわけでも無く見事に集まってしまっている。

 むしろ葛葉咲良と河野和泉は所属する組織の関係上、敵対すらあり得るのだが。

 

「まあ有栖の家でそんな無茶しないわよ」

「有栖くんに迷惑かけるようなことしないわよ」

 

 という極めて個人的な理由で平穏が保たれているのは言うまでもない話だった。

 そしてそれら全員をまとめてリビングに通した家主にも問題が無くも無いとは思わなくも無い話である。

 

 

 * * *

 

 

「うーん……有栖くん、また料理上手になってるわね」

「適当に煮こんだだけの男料理だぞ?」

「あら、わたしサマナーのりょうりすきよ? おとーふおいしー」

「そいつはどうも」

「えっと……アリス、ちゃん? こっちも、ありす、なの?」

「ああ、まあアリスだな。あとちゃん付けするほど若く……」

「有栖?」

「あ、いや、なんでもない」

「悪魔の見た目なんて一番アテにならないわよ……概念一つで簡単に変わるんだから」

「そういうもの、なのかな? でもやっぱり、ほら……見た目って大事だと思わない?」

「有栖くんってば、アリスと一緒に歩いてたら時々通報されるものね」

「うるせえ……だいたいそんな時に限ってお前も調子に乗りやがるし」

「あら? なんのことか、アリスわかんないわ? おしえてくださる? おにーさま」

「誰がお前の兄だ……お前みたいな物騒な妹いらねえよ」

 

 鍋というのは日本の伝統的な料理だ。

 同じ釜の飯を食うという言葉もあるが、食卓を囲むというのは団欒という意味ではとても大きな意味を持っている。

 

「和泉は肉食わねえなら豆腐でも食うか? 煮卵もあるぞ」

「あら、本当? いただくわね」

「このおとーふはわたしのよ? もしたべたら……ころすわ

「っ……お前、たかが飯に何魔力出してんだよ、あ、詩織大丈夫か?」

「あ……う、うんちょっと寒気がしただけ……でも、うん、本当に人間じゃないんだね」

「だから悪魔なんて信用しちゃダメなのよ……その餅入り巾着は渡さないわ」

「おもちはわたしのよ……ぶをわきまえなさい」

「何のだよ……喧嘩になるから最初から多めに入れてるよ、分けて食え」

「あはは……なんだか有栖、お母さんみたいだね」

「誰がだよ……てか、母親なあ。もう死んで六年近く経つのか」

「あーうちもそれくらいだね」

「母親……生まれて三年で捨てられたから覚えてないわね」

「そもそも母親……いるのかしら?」

「てかここにいるやつら全員両親いなくね?」

「私はまだ両方いるわよ……一方的に捨てておいてライドウ候補になった途端に擦り寄ってくるような屑だったけど」

「どっちみちまともじゃないわね、それ」

 

 まあだからと言ってこの人数はちょっと騒がしい、というレベルでは無いのだが。

 というか明るい団欒のはずが何故か話の方向性が不幸自慢みたいになってきているのは何故なのか。

 

「この話題終了……というかもっと食え、もっと食え。まだまだあるから」

「っていうより、本当にいっぱいね……有栖、どれだけ作ったのよ?」

「これ……十人分くらいは無いかな?」

「確かに久々に見たわね、この大鍋……前に私が見たのってカレーを一週間分くらい作りためてた時だったけど」

「カレーを一週間分?! なんでまたそんなに大量に」

「あーもしかして、中学校くらいの時に有栖が悠希と私の三人でカレーパーティーした時の……」

「言うな……あれは俺の黒歴史だったんだ」

「あのころまいにちカレーでさすがにあきあきだったわ」

「仕方ないだろ……福引でカレーセット十人前とか当たったんだから」

「何それ?」

「あー……偶に吉原の商店街良く分かんない景品で福引やってるよね」

「この家に住んでた頃少しだけ見たわね……もやし一月分とか誰が欲しいのかしら」

「それ消費するより先に腐るんじゃないの?」

「そもそも一か月分って一体何を基準にしてるんだろうね?」

「偶にあるよね、アイス一か月分とか、油一年分とか」

「マグネタイト一年分とかな」

「それ何か違わない? というか何それ」

「前にキョウジに連れていかれた会合で悪魔が売り込みしてたんだよ……自分と契約したらマグネタイト一年分もついてくる、って」

「何それ……どんな悪魔よ」

「ノッカー」

「いらないじゃない」

「うふふ……わたしのおともだちにしてあげてもいいのに」

「そんなことしたらあの場で戦争始まってたぞ……ガイアのやつらもいたしな」

「はっ? 有栖くん、今何かすごいこと言わなかった?」

「葛葉キョウジ……いや、立場的に私が言えることじゃないけど、何やってるのよ……ナトリに聞いておかないと」

「ナトリちゃん……って、悠希が最近会ってる子、だよね?」

「ナトリも何か、悠希に対して少し変だよな」

「……有栖、それ本気で言ってる?」

「えっと、有栖……さすがに私でも分かるよ?」

「ふふ……有栖くんだもの」

「有栖だしねー?」

「なんだよお前ら……しかもアリスまで」

 

 なんて会話をしながらも、時は進んでいき。

 

 それから……それから。

 

 えっと……それから?

 

 それから。

 

 

 ―――どうなったんだっけ?

 

 

 * * *

 

 

「本当に良かったの?」

「良いぞ……どうせそう遠いわけでも無いしな」

 

 見慣れた街並みを眺め、歩きなれた道を歩きながら、詩織と二人並ぶ。

 

「それに、咲良と和泉はまだ用事があるみたいだしな」

 

 あの二人……特に咲良は葛葉という組織を重視しているため、気軽にうちに来る、ということをほぼしない。

 俺自身そう気にしたことも無いが、それでもやはり俺はフリーのサマナーであり、咲良はライドウの候補なのだ。

 友人であることを含めても、どうしても一線引いた関係を築いてしまうのは仕方の無いことと言える。

 とは言え、咲良自身そう性格が悪いわけでも無い、むしろ実直とも言える分、まだ付き合い安いと言える。

 和泉の場合、所属している組織が組織だけにとことん個人主義であり、そして河野和泉個人だけを見るならばその性質はむしろ善であるとすら言える。

 まあだからこそ、自らの立場を弁えて気軽に来ることをしないのは和泉も同じなのだが。

 逆に言えば、口実があれば何かとやってくる。

 そしてそれはやってきた時はだいたい何がしか用事がある、ということでもあり。

 

「まあそっちはそっちの話だ……気にしなくてもいいさ」

「うん……そう、なんだろうけど、ね」

 

 上月詩織はサマナーではない、どころかバスターでも無い。

 悪魔に一切関わりの無い人間であり、ついこの間まで悪魔と出会ったことすら無かったはずの人間だ。

 だからこそ、余計に気になってしまうのだろう。

 降ってわいた悪魔という存在、そしてそれから始まる繋がりの数々。

 

「詩織」

「うぇ……え、っと。何?」

 

 だからこそ、釘は刺しておかねばならない。

 

「余り関わるな」

「……っ」

 

 はっきりとした拒絶の言葉に詩織が息を飲む。

 本来こちらの世界に関わるような人間じゃないのだ、詩織は。

 日の当たる場所に居られるのならば、人間それが一番良いに決まっている。

 

 こちら側は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 それは決して巻き込んではならない暗い世界だ。

 日の光を欲し、足掻く人間などいくらでもいて。

 それでも最早一度身をつければ闇は二度とその手を離してはくれない。

 

「お前は(その場所)にいろ……そうできるなら、それが一番良いに決まってる」

 

 自分と違い、生と死をかけた場所を駆け抜ける必要など、目の前の友人には無いのだから。

 

「…………」

 

 声が出ず、言葉に詰まる詩織と共に住宅街を抜けていき。

 すぐ北に進めば高級住宅街。つまり詩織の住んでいる地域となる。

 信号と横断歩道を挟んで向かい。そのすぐ近くが詩織の家であり、ここまでくれば良いか、と立ち止まる。

 

「じゃあな、詩織」

 

 少しだけ重くなった雰囲気から逃げるように隣の少女に背を向け。

 

「有栖」

 

 名を呼ばれ、呼び止められる。

 

「私は……有栖を信じてる、だから有栖がそう言うなら、そうする」

 

 少女の言葉に、ほっと一息吐……こうとして。

 

()()()()

 

 続けられた言葉に、息が止まった。

 

「有栖も、ちゃんと()()()()()

 

 ―――声が出なかった。

 

 

 * * *

 

 

「少しの間、葛葉の里に戻ることになったわ」

 

 詩織と別れ、自宅に戻ってくると玄関先で咲良とばったり出会った。

 どうやらそろそろ時間なので帰るつもりだったらしい。

 ついでに送っていくか? と尋ねた自分の言葉に首を振り、返って来た言葉がそれだった。

 

「葛葉の里に?」

 

 元々キョウジに連れられて数度行ったことはある、それに加えてつい先日、アカラナ回廊を通って戻って来る時にも。

 ただ部外者の自分と違い、この町で役割を持っているはずの咲良が戻ると言う事にはそれなりに意味がある。

 

「キョウジの件か」

「そうね……確かに葛葉キョウジは次代に継がれた、ただそれでも決して混乱が無いわけでも無いから」

 

 次代葛葉キョウジ葛葉ナトリ……それはキョウジとそれなりに近かった自分もまた知る事実ではあるが、随分前から決定されていた話だったらしい。

 その実力でもってして有名に変えてはいるが、本来葛葉キョウジの名とは四天王と違い汚名に近い。

 故にこそ、葛葉四天王のように襲名に際する問題というのは限りなく少ない。

 それは裏を返せば葛葉キョウジという名前自体について回る利点が少ないということであり、それを引き継いだナトリはこれからその力のみでキョウジの集めてきた悪意、害意、敵意と戦っていかねばならないということでもある。

 

「まあアイツに関してはそう心配はいらないだろ」

「そうね……あの葛葉キョウジが次代にと指名した存在なのだから」

 

 汚名とは言え、歴代葛葉キョウジを見れば分かる。葛葉キョウジの名を受け継ぐということはそれだけぶっ飛んでいるのだと。

 特に人格、精神性に問題のある人間も多く、反面実力は里でも飛びぬけて優れている者ばかりであった。

 元よりライドウのような人格、性格まで考慮されるような名ではないのだが、不思議とキョウジの名を継ぐ人間というのは人格的に問題が多い。

 

「もし咲良がライドウになるなら、ナトリとの接触の機会は増えるだろうから言っとくが……アイツも決してまとも、とは言わんぞ」

 

 葛葉ナトリは精神異常者だ。それは自分も知っている事実である。

 元よりそういう環境で生まれ育ってきた。だからこそナトリにとっては異常こそが正常なのだ。

 そしてキョウジがそれを一切矯正することなく、ただ隠すことと取り繕うことを教えて生まれたが今のナトリという少女だ。

 

「知っている……というより分かっている、というべきかしら」

 

 とは言え歴代のキョウジについて葛葉出身の分、自分よりも詳しいだろう咲良からしたら葛葉キョウジが一癖も二癖もある難物であることなど当然の事実であり。

 

「それすら下して見せる……絶対最強、ライドウを継ごうとするなら、その程度は前提に過ぎないわ」

 

 自らの無力さを知りながらも、それでも、と咲良は吼える。

 

「ライドウになる……そう決めた。ならもう、前に向かって進むしかないのよ」

 

尻込みする暇も、足を止める時間も無いのだ。

 

葛葉咲良はそう吼えた。

 

 

 

 




超久々の投稿。ぶっちゃけ、大分前に設定の一部が電子の海へと消えていったせいで、展開とか全く覚えてないので、リハビリ変わりの日常編。
と思ってたけど、前回、前々回と繋げれそうなのでこのまま続編として書く。
多分あと5話以内で赤の章半分終了。


補足:ナトリが次代キョウジというのは前から知ってたと昔書いてたので修正。


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有栖と後日

 

「それで……お前の要件は?」

「あら、ただちょっと遊びに来ただけ、そう言わなかったかしら?」

 

 ソファーに身を沈めながら問いかければ、くすり、と笑って和泉がそう返す。

 はぁ、と嘆息しながら珈琲の入ったカップへと口をつけ……まだ熱いそれに舌打ちしながら離す。

 二度、三度、息を吹きかけ冷ましながら再び口に含み、胃の中に熱い物が流れていく感覚に体がぽかぽかとし、ほっと一息吐き出す。

 それを見て和泉がくすくすと笑い。

 

「なんだよ」

「いえ、別に。ふふ、可愛いなって思っただけよ」

 

 あのな、と半眼になって和泉を見やりながら、口を開く。

 

「どうせ先日の件だろ……聞いてやるから早く話せ」

 そんな自分の言葉に、あらあら、と頬に指を当てながら困ったと言った風に目を閉じる。

「せっかちね、有栖くん」

「別に急かしてるわけじゃないが……それでも多少気にはなってるからな」

 

 先日の件。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここ数日テレビをつければニュースがずっと続いている。

「さすがに『ヤタガラス』も突然過ぎて隠蔽が間に合わなかったな」

 急だったこともあるが、何よりも規模が大きすぎた。

 何せ被害者が百を超える、その大半が死傷者に数えられ、生き残った人間のほうが少ないほどだ。

 十人、二十人ぽっと消えていなくなることは裏の世界ならしょっちゅうだが、さすがに百人を超えるとなるとそちら側でも珍しい規模の話であり、表の世界からすればまさに大惨事だ。

 小規模の事件ならば『ヤタガラス』ならばまとめて囲ってもみ消すだけの力はあれど、これほどまでに大規模な事件、無理にもみ消そうとすればどうやっても異常に気付かれてしまう。

 特にこのご時世、ネット一つで情報が拡散する時代だ。

 

 実際、ネットの掲示板でも情報が錯綜しており、無理にこれを消すことはできないし、やればそこに『何かある』と表の人間に教えるようなものであり。

 

 故に、何かあった。

 それをこちら側から提示し、そちらに衆目の注意を集めた。

 つまりそれがベアパニック。

 筋書では動物園に搬送中の熊が脱走した、ということになっており、実際そういう筋書きでニュース番組などでは報道されている。

 大半の人間がそれをそういう事件として認識しているが、一部の人間は当然ながら動物園への搬送に何故数十、或いは百にも届きそうな数の熊が暴れたのだ、という矛盾を指摘する人間もいるが。

 そもそも誰も正確な数など把握していないのだ、被害者の数も、加害者の数も、だ。

 あの日公園周辺にいた人間の数など誰も数えていないし、公式的な発表では被害者数は()()()ということになっている。実際にはその数の何倍もの被害者がいたとしても、都内の公園周辺に一斉に拡散した熊に誰が襲われたか襲われていないのか、など誰も数えていないし、数えられるはずも無い。

 だから最終的に現場を即座に立ち入り禁止にし、死体の数さえ誤魔化せばほとんど人間がそれを知ることなく。

 

 結果的に表の世界には都内で起きた悲惨な事件、の一言で一連の事件は片づけられた。

 

 とは言え、裏の世界においては真実の欠片がいくつも飛散しており。

 

「やっぱアルテミスで合ってたか?」

「ええ……弓を持った女。確かに有栖くんの言った通りだったわ」

 

 俺の場合、和泉という当事者から話を聞いた分、さらに、だ。

 

「しっかし、夜ならともかく、真昼から公園が異界化してアルテミスが現れるとか、その公園ってのはそんなやばい霊地だったのか?」

「いいえ……そんなこと無いわよ」

「だったら、何で?」

 

 女神/地母神アルテミス。

 ギリシャの狩猟と貞潔の神であり、この遠く日本においてもその名を知る人間というのは多い。

 表の人間の創作では良く出てくる名前でもあり、認知されているというのは概念体たる悪魔にとってとても重要なことだ。

 オリュンポス十二神の一柱であり、後にセレーネと同一視されたことで月の女神とされ、ヘカテーと同一視されたことで闇の神ともされている。

 元がどうだったか、というのは実のところ関係ない。

 伝承と逸話を元に概念を持って悪魔が生み出される以上、元がどうだったか、ではなく今どう思われているかが最も重要となる。

 故に、アルテミスは月の女神であり、狩猟の神であり、闇の神であり、森の神であり、純潔の神であり、山野の神であり、『遠矢射る』の称号を持つ疫病と死をもたらす神でもある。

 処女神とされるが、本質的には地母神の名が示す通り、繁殖と繁栄を司る者であり、特に野山の動物たちの生殖を司っている。

 動物の中でも熊と関わりが深い神とされており、今回のベアパニックを引き起こしたのはそういう経緯あってのことだろうと思うのだが。

 

「何で、だよな、ホント」

 当然の話だが、悪魔とは何の理由も無く発生しないし、高レベルの悪魔ならば意味も無く暴れるような真似はしない。

 そもそもの話、アルテミスほどの高レベル悪魔が発生するならば予兆のようなものがあるはずであり、それを『ヤタガラス』ひいては『葛葉』が見逃すはずも無い。

 だからこそ、『ヤタガラス』と『葛葉』にとって、今回のことは本当に不意打ちだったのだ

 

 『ヤタガラス』と『葛葉』の警戒をすり抜けて、都内でこれだけの騒ぎを起こせる悪魔が誕生する?

 

 否、だ。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 となれば答えは二つ。

 誰かが意図的に起こしたか、それとも()()()()()()()()()()かだ。

 だが後者ならばそれを『ヤタガラス』が気づけなかったという時点で隠されていたということであり、結局のところ誰かが意図的に起こした自体ということに違いは無い。

 

「お前は知っているのか? 和泉」

 

 自分のそんな問いに、和泉が一瞬黙し。

 

「まだ、確信は無いけど……といったところかしら」

 

 視線を僅かに逸らしながら何か考えるように虚空を見つめながら呟いたその一言に、そうか、とだけ返す。

 言わないならば、言えないことなのか、言わなくても良いことなのか、それとも言いたくないことなのか。

 まあどれにしたって無理矢理問い詰めるような真似はすまいと思う。

 目の前の少女の性質が善であることを知っている、ならば俺はそれを信じる。

 

「珈琲飲むか?」

 

 中身の無くなったカップを片手に立ち上がり、振り返りながら和泉に問う。

 頷く和泉に了解を伝え、台所に戻って珈琲を淹れて戻る。

 カップを和泉に渡し、和泉がそれを口につけ。

 

「はぁ……」

「お前だって同じことしてんじゃねえか」

 

 ほっと息を吐いた和泉を横目に呟き、自身もまたカップを傾ける。

 余り熱いのは苦手なので少しだけミルクを入れて冷ましたそれが喉を通り、胃に落ちて体を温める。

 

「良いじゃない……有栖くんの淹れてくれた珈琲美味しいんだもの」

「……そりゃどうも」

 

 少しだけ照れる。そんな自分の心情を察したかのように和泉がくすりと笑う。

 ついこの前までの激動の日々を忘れそうになるほどの穏やかな時間に、嘆息し、そうして苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 今更な話ではあるがアリスは悪魔である。

 悪魔にとって生きる……と言っていいのか分からないが、とにかくエネルギー源となるのはマグネタイトであり、基本的には同じ人間から摂取するか、悪魔を殺して奪うしか入手方法はない。

 だからと言って普通の食べ物が食べられないのかと言われればそんなことも無く。

 

「ふーふー……はー、おいしー」

 

 熱々の珈琲にたっぷりとミルクと砂糖を入れ、それを息を吹きかけ冷ましながら飲み、ほっと一息吐くアリスの姿を見せられると、本当にただの少女でしかなく、これが人間ではない悪魔であるなんて少し信じられない話だった。

 椅子に座りながら自身の淹れた珈琲をゆっくりと飲むその姿を見やりながら、視線をさらに移せば。

 

「……ん」

 

 こくり、こくり、と飲むというより舐めるようにカップを傾けるルイの姿があった。

 最近になって少しずつ情動が大きくなりつつある悪魔の少女は、さてこれからどうなっていくのだろうと考えさせられ。

 

「ま……なんでも良いか」

 

 呟きながら自らもまた珈琲の入ったカップを傾ける。

 砂糖の入っていないそれは、口に含めば強い苦みと僅かなミルクの甘味が感じられる。

 そうして友人知人も帰ってすっかり静まり返った室内を見ていると、どうしても考えさせられる。

 

「これからどうすべき、だろうな」

 

 上月詩織、葛葉咲良、河野和泉。

 今日来た友人たちの顔を見ていると余計にそう思わずにはいられない。

 

 自身、在月有栖はフリーのサマナーだ。

 

 ヤタガラスにサマナーとして登録はされているし、依頼を回してもらうこともあったが、それでも本質的にはどこの組織にも所属しておらず、基本的に誰から依頼を受けようと自由だったし、国家に害を為すようなことをしない限りヤタガラスだってそこは目溢しされていた。

 つまりこの日本にいる大半のサマナーと同じ立場の人間であり、葛葉キョウジとの繋がりによってややヤタガラス、というか葛葉寄りである、というだけの中途半端な立場にある。

 今までならばそれでも良かったのだ、ただのフリーサマナーとしてヤタガラスがキョウジから回される依頼をこなし、金を稼ぎ、強さを磨き、日々を暮らす。

 

 けれどそれももうダメだろうと簡単に予想できる。

 

 有体に言えば。

 

 ―――()()()()()()()

 

 (いち)サマナーが持つ戦力として考えるには余りにも過剰な力を、今の自分は持っている。

 

 あの怪物(ジョーカー)を、不死の神霊(ノーライフキング)を殺すほどの力が今の自分にはあり。

 

 それがどの勢力にも属していないのだ。

 

 しかも神霊が現世に出現し、しかも倒されたなどという一大ニュースが隠蔽できるはずも無く、DDSネット(裏世界事情専用ネットワーク)などでも騒がれている。

 さらにそれを倒したサマナーについての言及があるのは当然の話であり、当時自分と和泉しかあの場に居なかったため自分の素性にまで話が及んでいる様子は無いが、その手の人間が本気で調べれば、自身にそういう技能は無いため隠しようがない。

 

 今はまだ静観している連中も、いつかはこちらへと手を出してくるだろう。

 裏世界における戦力の均衡は奇跡的なバランスによって保たれている。

 特にこの日本における勢力図は凄まじく繊細であり。

 

 どの組織に入ったとしても均衡が大きく崩れる。

 

 それは確実な話であり。

 

 ()()()()()()()()()()()という選択肢が取れないのが辛いところだった。

 

 恐らく他の組織との非干渉を貫き、このままフリーサマナーを続ければ色々な組織が自身を取り込もうと手を出してくるだろう。

 それを振り払いながら日々を暮らすだけでも一苦労であるし。

 宙ぶらりんを続けるほどに業を煮やした連中が自身の周辺の人間に手を出す可能性は増していく。

 

 悠希に詩織。

 

 自分の周りには、確かに急所と成り得るものが転がっており。

 それを守るには個人の力だけではどうやっても無理がある。

 

 長い物には巻かれろとは言うが、結局方法など二つしか無いのだ。

 

 どこかの勢力に属するか。

 

 或いは、自ら勢力を打ち立てるか。

 

 とは言え後者はどう考えても現実的では無い。

 だから実質的には一択なのだ。

 

 問題はどこに属するか。

 

 候補は主に三つ。

 

 メシア教。

 

 ヤタガラス。

 

 ガイア教。

 

 この日本の地における最大勢力の三つの組織。

 所属するならばこれ以外にあり得ないだろう。

 

 とは言え、どの組織もメリットデメリットがある。

 

 例えばメシア教。

 

 属性的に言えばLow。

 つまり法と秩序を尊ぶ人間の集まりだ。

 社会的地位もある人間も多く、最も表社会に適合した組織と言える。

 世界最大派閥の宗教としての一面もあるため、その力は世界有数と言えるほどの絶大さがある。

 だが法と秩序を尊ぶということは、ルールに縛られるということだ。

 やりたくないと思うようなことだろうと、メシア教に属した以上はやらねばならなくなる。

 例えそれは自身の信念に反するようなことだろうと、だ。

 

 逆にガイア教。

 

 属性的にはChaos。

 つまり混沌と自由を掲げる集団だ。

 アングラな場所で根深く浸透しており、社会の裏側に強い影響力を持つ組織でもある。

 メシア教の不倶戴天の敵であり、最大の脅威である。

 裏世界において、メシアと勢力を二分する組織であり、強さという一点をどこよりも重視したここならば相当自由にやれるだろう。

 だがガイアに属することはメシアを確実に敵に回す行為である。さらに言うならば、秩序を守る側のヤタガラスからの印象も確実に悪化する。

 さらに言うならば、ガイア教内部の人間すら味方と呼べない、自由とは名ばかりの暴力と無秩序の集団だ、より一層非日常に置かれることは間違いが無い。

 

 最後にヤタガラス。

 

 属性的にはNeutral。

 この日本において、表社会に最も力を持つ国家機関であり、立場的に言えば中立を掲げている。

 問題はこの中立が凄まじく意味が難しいということか。

 どちらの敵でも無い、という意味の中立ではなく、どちらの味方でも無い、という意味の中立のため、メシア教とガイア教、どちらとも積極的には敵対せずとも、いざという時どちらとも敵対するのがヤタガラスだ。

 護国鎮護の役割上、放置すれば社会に大きな影響を与えるような出来事には何でも介入するし、今まで以上に多忙になることは間違い無いだろう。

 間違いなく、他のどの組織よりも安定はあるだろうが、敵は増えるだろう選択肢だ。

 

 どの組織を選んでも面倒にしかならないが、これ以外に選択肢があるのかと言われればそれもまた別の話であり。

 

「……選ぶ、しか無いんだよなあ」

 

 思考し、嘆息し、カップを傾け残った珈琲を押し流した。

 

 




キミはキミの大切な日常を守るために決断を迫られている。

だがどれを選んでも待っているのは面倒ばかりな、糞みたいな話である。

さあ、キミは一体どれを選ぶんだい?


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和泉と襲撃

 

 

 

 ぴちゃ、ぴちゃ

 

 あっ……ああ、あん……あぁぁぁぁ……

 

 ぴちゃ、ぴちゃ

 

 う……あぁぁ……あぁ……

 

 暗い室内で水音と女の嬌声が響いた。

 日の光も届かぬ閉ざされた地下の一室で、けれどそこは異様なほどの熱気で包まれていた。

 耳を澄ませば()()()()から聞こえる悲鳴染みた嬌声。

 暗く視界が聞きづらいその場所で、けれどやがて目がこなれてくれば見えてくるだろう。

 

 部屋の至る所で絡み合う男と女の姿を。

 

 まさしくそれは異様な光景だった。

 一糸まとわぬ男と女が幾人も、幾人も、まるでそれ以外何も知らないとでも言うかのように互いを貪り合い、舐め合い、繋がり合っていた。

 周りに人がいることなど気にもしない、否、時折だが近くに他の男女が来た時にはお互いのパートナーを入れ替えて性交を続ける。

 まさしく獣欲に満たされたその場で。

 

 ―――だからこそ一人佇み笑う女はさらに異様だった。

 

「ふふ……うふふふ……」

 

 白一色のワンピースを着た金糸の髪を腰まで伸ばした女は、けれどその獣欲に満ちた空間に一切交じり合わないほどに清らかで、けれどどこまでも目を惹き付けるほどに艶めかしかった。

 目の前で繰り広げられる獣の饗宴に、けれど混ざることも無く、かと言って侮蔑する様子も無く、ただとても楽しいと言わと、零れんばかりの笑みでもってその光景をただ見守っていた。

 

「良いわ……もっと、もっと曝け出しなさい。素直になれば良いのよ」

 

 楽しそうに女が笑う、嗤う、嗤う。

 

 そうして、女は。

 

 ―――『ミストレス』が口元に弧を描いた。

 

 

 * * *

 

 

 こつん、と靴が石畳を叩く。

 こつん、こつん、こつん、と音が重なり響き合い、狭い通路の中で反響し合う。

 灯りの一つも無い暗い暗い石造りの通路を男は不機嫌そうに歩く。

 手の中でかち、かち、と何度もライターの蓋を開いては閉め、開いては閉めを繰り返す。

 少し足早に音を立てながら歩くその姿が、どこか男が苛立っているようにも見えた。

 

 ―――異様な男であった。

 

 上は黒と白のチェック模様のTシャツと深紅の長袖のパーカー、下は黒の短パン。

 口に咥えた煙草が苛立たし気に何度も上下し、立ち上る紫煙はけれど虚空へと消えていく。

 それだけ見れば都心でもよく見かけるのだが。

 その手に黒い手袋をはめ、顔には白い仮面をつけていた。

 まるで表情の無い髑髏を模したような真っ白な仮面。

 首元には白のマフラーをぐるぐると巻き、頭部はパーカーについたフードを覆い。

 それでも隠しきれず肌が露出する箇所には包帯が巻かれており。

 服や仮面の上からすら巻かれた包帯が、男の性格的な粗雑さを語っていた。

 

 煙草の先端についた火が燃え、徐々に煙草が短くなっていく。

 

 そうして、歩き、歩き、歩き。

 

 すっかり短くなった煙草を通路の上に吐き出し、靴で踏みにじり。

 

「ふう……」

 

 口の中に溜まった紫煙を吐き出しながら、視線の先、赤い扉を見やり。

 

「入るゼェ」

 

 蹴るようにして扉を開き、かつん、かつん、と足を進めていく。

 そうして部屋の奥。

 男の視線の先、広い部屋にぽつん、と置かれた椅子に座ったソレを見つめると。

 

「ああ……よく来てくれました、『大悪竜』」

 

 ソレが振り返りながら男へと語りかけ。

 

「キミに一つ頼みがあるのですよ」

 

 男へと笑みを投げかけた。

 

 

 * * *

 

 

 月神アルテミスとの戦いは実にあっさりと終わっていた。

 

 レベルにして恐らく40を超えるだろう大物悪魔だったが、けれど対峙する和泉はレベル90を超える世界有数のペルソナ使いだ。

 当然ながら純粋なステータスで負けるはずも無く、必殺の弓もクロスの協力もあって苦も無く無力化し、あっさりと、至極あっさりと和泉はアルテミスを討ち果たしていた。

 ヤタガラスが来るよりも先の出来事であり、このことを知っているのは和泉本人を除けば協力者の響野十字と、相談を持ち掛けた在月有栖くらいのものだろう。

 だから、それ自体は良かったのだ……そう問題があるとすれば、その後の話であり。

 

 撃ち果たしたはずのアルテミスが光となり、そうして消え去った後の話。

 

 有栖へと相談しようとして、終ぞできなかった話。

 

「どうしたものかしらね」

 

 ベッドの上で眠る双子の兄妹を見つめながら嘆息する。

 背をもたれた椅子がきぃ、と軋む音を立てる。

 黒一色に染まった珈琲の入ったカップに口をつけ。

 

「……不味い」

 

 先日有栖の家で飲んだ珈琲はあんなにも美味しかったのに、と思うが最早同じ飲み物とは思えないほど酷い熱い泥水のようなそれをけれど一気に飲み干し。

 机の上に置いた数枚の書類を手に取り、もう一度眺める。

 それはついこの間双子が囚われていた地下研究施設から強奪してきた研究のレポートであり、そこにはそこに捕らえられていた双子についての記述があった。

 

 兄の名をロン。

 

 ()()()()()()()()()()()である少年。

 

 妹の名をアル。

 

 ()()()()()()()()()()()()である少女。

 

 一体どこで見つけてきたのか、転生者などこの裏の世界においてさえも希少性という意味では群を抜いている。

 転生者とは文字通り転生を為した()である。

 正確には神として祭られた悪魔の分霊が輪廻の輪に交じり込み、人として生まれ落ちた存在である。

 当然ながらその希少性は通常の異能者とは比べ物にならず、また引き継いだ力はそう多くないとは言え、元は神の力だ。その強さは押して知るべしと言ったところか。

 とは言え、生まれた時から転生を自覚する転生者はほぼ皆無であり、或いは自らが転生者であると一生気づくことも無く生涯を終える転生者も大半であると言われてる。

 そしてただでさえ希少な転生者の中でも、ほんの一握りの存在だけが前世を自覚しその力を操ることを可能とする。

 あの地下研究施設で行われていたのはつまり、自覚の無い転生者に自覚を促し、神の力を引き出そうとすること。

 とは言えそれはまだ前段階であり、そこからさらに何かを行おうとしていたのだろうが。

 

 問題は実験によって暴走した転生者から()()()()()が抜け落ちてしまったということだろうか。

 

 和泉が……正確に言えばガイアがあの地下研究施設の存在を嗅ぎ付けた元々の原因がそれだった。

 この帝都地下において大規模な活性マグネタイトの発露を感知したガイアは、同じものを感知しただろうヤタガラスに先駆けて地下研究施設の存在を突き止め、その襲撃を和泉に命じた。

 件の研究施設はすでにヤタガラスに差し押さえられているが、あらかたの資料や実験体であった双子などは和泉が回収し、研究員たちも大半は死んだだろうことから、未だに捜索の手は帝都内のあちらこちらへと伸びている。

 そして和泉にとってそれは逆に()()()な話であり、ヤタガラスの手から逃れることを理由に双子の研究資料をガイアへと送るに留め、和泉本人はガイアの本拠である上野に近づくことすら無かった。

 そう好都合な話なのだ、わざわざ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度には。

 

 和泉の襲撃から間を置かずして研究施設がヤタガラスに制圧された、ということは。

 逆に言えばガイアから研究施設の状態を確認することが難しい状態であり、後は和泉の報告と現物資料さえ送ればそれ以上の追究ができなくなるということでもある。

 殺害依頼をされた研究対象を匿っているのは当たり前だがガイア教の教主への背信であり。

 

 背信はバレなければ責任にはならないのだ。

 

 まあそもそも、ガイア教において信頼などという言葉は最も意味の無い物であり、次いで忠誠、連帯、責任感の順に並ぶ。

 ガイア教の秩序とは力であり、ガイア教の自由とは無法である。

 力で押さえつけた上下関係、弱者は強者に搾取され続ける一方的な共存。

 唯一共通するのは秩序(メシア)の敵である、という事実だけだ。

 

 だからこそ、そう、だからこそ。

 

 何度でも言うが。

 

 いかなる背信行為も発覚さえしなければ問題にはならない。

 

 逆に言えば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドォォォン、と。

 和泉の拠点としているマンションの入り口、玄関から轟音が響く。

「なっ?!」

 咄嗟、和泉が手元に置いた銃を手繰り寄せ、飛び出し。

 

「よォ……こんばんワ、死ネ」

 

 そこにいた男の姿を視認すると同時に。

 

 黒紫色の二つの光が同時に放たれ、さらなる爆音がマンションに響いた。

 

 

 * * *

 

 

 空より広大な地上の都市を見つめながら、ソレは考えていた。

 

「オォ……ナントケガラワシキマチカ」

 

 堕落した街、信仰無き人々、そして悪魔が暗躍する社会。

 その全てがソレにとって(けが)らわしく、そして(おぞ)ましい。

 その手に持った弓を天高く掲げる。

 

「オオ……オオ……ナントイウコトカ」

 

 悲しみすら漂わせながら、手の中の弓の感触にソレが呟く。

 ソレと同一にして別なる存在が消えていくのがソレには分かった。

 手の中の弓が震えている、震え、そして悲しみに泣いているのが分かる。

 

「アルテミスヨ……」

 

 神話において双子の妹とされた女神の名を呼びながら、ソレ……魔神アポロンは考えていた。

 この地上は穢れている。街は堕落し、かつてのソドムを思い出させるあり様を神は嘆いている。

 

「ジョウカゾ」

 

 正さねばならない、あるべき姿へと。

 人は、人の街は、もっと清く、そして高潔でならねばならない。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 だがそのための力が足りない。

 転生者として覚醒しようと、今のアポロンにはかつての力は無い。

 さらに言えば、今のアポロンは転生者の内から抜け出した力の末端でしかない。

 

「トリモドサネバナラナイ」

 

 力を、かつての栄光を。

 

 そのためには……。

 

 そのためならば……。

 

 

 * * *

 

 

 響野十字が異常に気付いたのは、あのベアパニックの日から一週間後のことだった。

 響野十字は所属的に言うとフリーだった。というか()()()()()()()ですらない。

 ただ特異な力があり、かつてそのせいで裏の事情に巻き込まれ、それを和泉に助けられた。

 そんな和泉の在り方に惹かれて和泉を助けていた。

 言わば、和泉の個人的な協力者のようなものだった。

 故に普段は学生として学校に通っているし、和泉から連絡をもらえば協力者として現場に駆け付けることもする。

 

 そんな和泉からもう一週間連絡が無い。

 

 普段ならばそこまで気にするほどのことでも無いだろう。

 結局和泉にとって十字は協力者であって、パートナーというわけではない。

 十字とて和泉が本当に大切な誰かがいることを知っているし、それで良いと思ってる。

 別に響野十字は河野和泉に恋慕しているわけではないのだ。

 その在り方を美しい、尊いと思い、そんな彼女の手助けをしているだけで、彼女の特別になりたいわけでも、パートナーになりたいわけでも無い。

 だから協力者……とは言えだ。

 

 和泉という少女はあれで本当にガイア教団の所属なのかと思うほどに義理堅い。

 本人は突き放したような言い方が多いからこそ助けられた直後は気づけないのだが、逆にそこで本当に突き放すような少女が何の見返りも無く人助けなどするか、という話であり。

 

 まあ話が逸れたが、少なくとも和泉という少女は一週間前の公園での件のように十字を使()()()事件に関しては後日に簡素ながらどうなったか、という報告をくれる。

 電話だったりメールだったり方法は違うが、最初の数日はまだガイアへと報告に言っているだろうから結果報告というのは無理だとしても、だいたい一週間以内には報告が来る。

 

 その和泉からもう一週間連絡が無い。

 

 それを異常だと十字は感じた。

 勿論、ガイア内部でごたついているだけの可能性はあるのだが。

 何と言えば良いのか、十字自身曖昧で言葉にできない感確なのだが、強いて言うならば。

 

 ()()()()()()()

 

 だから休日の朝から教えてもらった和泉の拠点の一つに足を運んでいるのだが。

 

「……なんだよ、これ」

 

 拠点の一つであるマンションの前までやってきて、足を止める。

 十字がやってくる前からすでにマンション前には人だかりができていた。

 何故? その理由はすぐに判明する。

 

「……和泉」

 

 上層階の一角、確かちょうど()()()()()()()()

 巨大な穴が開いていた。

 玄関らしき場所に大穴が空き、部屋の内側は見えないがどう見たって真っ当な状態ではないことだけは確かで。

 

 咄嗟に、駆けだした。

 

 階段を駆け上り、上へ、上へと昇って行き。

 

 そうして、和泉の部屋の前までやってきて。

 

「……っ」

 

 手が震えた。

 抉られたような壁の穴、そして崩れ落ちた玄関前の通路。

 すでに警察の手によって立ち入り禁止のテープが張られ、中は見えないが。

 

 明らかな異常の痕跡だけは、はっきりと残っていた。

 

 




というわけで今回の話で赤の章前半終了。
次回から後半に入っていくよ。

え? 短い?

本来一章ごとはこのくらいなんやで(四章がおかしかった


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有栖と十字

 

 

 突きつけられた銃口を前にして、けれど和泉は笑った。

 その口元から一筋、血が流れていく。

 

「ごめんね、有栖くん」

 

 ボロボロの体はすでに自らの意思では動かず、だからもう言葉を紡ぐしか今の和泉にできることは無かった。

 自身の額にピタリと銃口を吸いつかせた有栖の苦々しい表情に、心苦しくなる。

 それでも、これで終わりだ、と精一杯の笑みを浮かべ。

 

「それと、ありがとう」

 

 感謝を口にする。

 最早自分の意思ではどうにもならなかった今の状況。

 こうなってしまったのは結局自らの自業自得であり、それを自らが最も親愛する少年に拭わせてしまった自責の念があった。

 

 だから、謝罪する。

 

 そして、感謝する。

 

 それから―――。

 

 

「さようなら」

 

 

 直後。

 

 

 銃声が響き、和泉の意識は途絶えた。

 

 

 * * *

 

 

 ゆさゆさ、と誰かに体を揺さぶられ、意識が覚醒する。

 目を覚ます。直前まで何か夢を見ていたような気がするのだが、起きた途端に忘れてしまった、

 そうして薄っすらと開いた視界に映る金色の髪の少女を見て。

 

「アリス?」

「…………」

 

 少女の名を呼びながら体を起こす。

 視線を彷徨わせ、部屋の壁にかけられた時計を見れば時刻はまだ五時。

 今日は平日……普通に学校もあるが、それでも七時には起きれば良いのだから随分と早い。

 そして起こしたのは、まあ言わずもがな。

 

「ん……どうした、こんな朝早くに」

 

 まだ眠気でぼんやりとする頭で自分の上に乗っかっているアリスに問う。

 正直起きようにも足の上に乗られると動けないので止めて欲しいのだがそんなことを気にした様子も無くアリスがこちらをじっと見つめ。

 

「……ん?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ルイ?」

 

 無言で、けれどこくり、と頷いた少女、ルイに目を見開く。

 ルイは最近仲魔にした……というより譲り受けた悪魔だ。

 だが意図的に何も持たないように作られたらしく、自我というものが希薄であり、こちらから声をかけないとほぼ何もせずぼうっとしている。

 教えたことは覚えるが、ほぼ無感情にルーティーンを繰り返すだけの様子にどうしたのものか、と考えていたのだが。

 そんな彼女が自発的に動いているという事実に寝ぼけた頭が一発で覚めるほどに驚愕する。

 

 同時に思うのは何故、ということ。

 

「…………」

「どうした?」

 

 問いかけども彼女は答えない。

 無表情に、無感情に、無気力に、ただじっと自分を見つめるだけであり。

 さて一体どういう状況なんだろうと、沈黙を保ちつつも困惑の表情でそれを見続け。

 

「……おは、よ」

「ああ……おはよう」

 

 たっぷりと沈黙を保った後、ぽつり、と呟いた一言に咄嗟に返す。

 そこから先、再び言葉を失くしたルイがじっと自分を見つめ。

 

「…………」

 

 ぷい、と視線を逸らし、そのままベッドから降りて部屋を出ていく。

 そんな少女の後ろ姿を見つめながら。

 

「……なんだったんだ?」

 

 珍しく行動的だったな、と思うと同時にそんな疑問を頭の中を駆け巡っていた。

 それが意味するところを、その時はまだ気づかなかった

 

 

 * * *

 

 

「最近忙しそうだな」

 

 朝から良く分からないことに頭を捻りながらも、それでも時間は過ぎるし、平日ならば学校にも行かなければならない。

 正直、最早今となってはサマナー業界から抜け出すに抜け出せないので学校などドロップアウトして裏街道まっしぐら、というのも選択としてはありなのだが、未だに学校に通うのはそれでも表の世界に執着があるからだろう。

 正確にはそこにいる二人に、だろうけれど。

 

 教室に入ると自分の席で机に突っ伏したまま動かない悠希がいたので声をかける。

「うー……あー……有栖か……おはよ」

「ああ、おはよ」

 視線を移せば詩織もすでにやってきていてこちらを見て苦笑していた。

「おはよう、有栖」

「おはよう、詩織」

 挨拶を交わしながら視線を再び悠希に移せば、のっそりのっそりとゆっくりとした所作で悠希が上体を起こす。

「あー……眠い」

「咲良から聞いたけど、名取に扱かれてるらしいな」

「あーうん……この前の一件で……足りないってのは自覚しちまったからなあ」

 この前の、と言うとあの騒乱絵札との戦いの時の話だろうか。

 あの時、俺は基本的にジョーカーと戦うことに腐心していたが、それ以外にもジャック、クイーン、キングと残りのやつらも勢ぞろいしていたらしい。

 それぞれ咲良、名取、キョウジが対応していたらしいが、その時名取と共に悠希もいたことは知っている。

 確かに普段悠希が戦っているようなやつらと比べれば、格の違う相手だろう、そのことに力不足を感じても仕方ないかもしれないが。

 

「あんま無茶するなよ?」

「分かってる……生きることが最優先だって、名取にも言われたからな」

 

 頷く悠希の言葉に、なら良いか、と納得して自分の席に座る。

 その直後にチャイムが鳴り響き。

 

 ぴろん、と。

 

 チャイムに隠れるようにして電子音が鳴った。

 

 * * *

 

 

 帰りのホームルームが終わると共に幼馴染二人に挨拶だけしてそそくさと教室を出る。

 自宅への帰路を最短で進んでいく、足が小走りになっているのを自覚する。

 そうして自宅の前に立っている少年の姿を認め。

 

「響野」

 

 少年の名を呼ぶ、と同時に少年……響野十字がこちらを振り返り。

「よう……有栖の兄ちゃん、久しぶりだな」

 相も変わらず老成したような若者らしからぬ口調と雰囲気を漂わせながら十字が告げる。

 だがそれよりも、何よりも。

 

「あのメール、本当なのか?」

 

 朝携帯に届いた一通のメール。

 差出人は目の前の少年、十字からであり、珍しいこともあると開いてみれば。

 

「和泉が居なくなった……ってのは」

「ああ、本当だよ」

 

 告げながら十字は手元の携帯を操作し、こちらに画面を見せてくる。

 

「今朝和泉の嬢ちゃんが拠点にしているマンションに行ったら……この有様だ」

 

 そこに映っていたのは派手に崩れたマンションの一角。

 壁は抉れ、玄関だっただろう場所にはぽっかりと大穴が開いている。

 明らかに普通じゃないその光景は、何かあったと察するには十分過ぎた。

 

「手がかりはこれだけ、か」

「さすがに一週間も連絡が取れないのはおかしいと思って行ってみればこれだからな……」

 

 手元の携帯に視線を落としながら呟く十字に思わず唸る。

 

 誰がやった、とかそんなことは一先ずどうでも良いのだ。

 河野和泉はガイアーズだ。しかもその中でもかなり高位の立場にいる。それだけで襲撃するだけの理由を持つ勢力などこの帝都にはごまんといる。

 問題は、だ。

 

「和泉を倒すほどの相手、か」

 

 河野和泉が掛け値なしに強いという事実だ。

 自身とて正面からやって負けるとは言わずとも、勝ちきれるか、と言われれば正直自信はない。

 負けるはずがない……とは言わないが、だからと言って和泉とてむざむざやられたとは思えない。

 だがそんな相手と和泉が戦ったにしては()()()()()()()()

 手持ちで例えるならアリスとジャアクフロストが本気で喧嘩するような話だ、マンション一つ消し飛ばして、周辺も焦土に変わっていてもおかしくはないのだが、実際の被害はマンションの一室だけだという。

 

「となると、どっかに逃げたか?」

 

 逃げ切ったのか、それとも追いつかれたのか、そこから先はまだ分からないが、その前提で考えたほうが良さそうだった。

 

「とは言え、未だに和泉と連絡が付かない、ということは」

 

 最悪、和泉が負けている、ということで。

 

「それだけの相手、相当に限られてくるだろうな」

 

 それこそ帝都でもトップクラスの相手だろう。

 和泉を探すということは、そんな相手と敵対する可能性も十分にあるわけで。

 

「頼んでおいて何だが……本当に良いのか?」

 

 十字が心配するのも無理は無い話だ。

 とは言え、和泉を探すのに否は無い。

 元より一時とは言え家族のように暮らしていたこともあった大事な友人だ。

 その友人が危機に陥っているというならばいくらでも手を貸すし、骨を折っても構わない。

 

 ただ。

 

「少しばかり、慎重になる必要はあるかもな」

 

 迂闊に手を出せば底の無い深淵に飲み込まれる。

 

 ここはそんな世界なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 自分、在月有栖が響野十字に出会ったのはまだほんの二年ほど前のことだ。

 キョウジを経由してヤタガラスから依頼された悪魔関連の事件の中で、偶然同じ事件を追っていた和泉と出会い、その時すでに和泉の手伝いをしていた十字と出会った。

 フリーとは言えヤタガラスの直下で動いていた自身とガイアの指示で動いていた和泉、とは言え個人的な親交もあり、そもそも目的が被らなかったこともあって共同で動くこととなり、その時に十字のことも紹介された。

 

 曰く、別の悪魔絡みの件で助けた少年であり、その時に異能を発現したこともあり、今は本人の意思もあって和泉の協力者としての立場にいる、と。

 

 決してガイア教に入ったわけでも無いし、そもそもデビルバスターになったわけでも無い。

 あくまで協力者、という立場であり、十字本人はともかく和泉がそもそもそれ以上を望まず、立ち入らせなかった。

 だから自分が知っている十字とはつまりその程度だ。

 具体的に何があって和泉と行動するようになったのかも知らないし、普段何をしているのかさえ知らない。

 

 とは言え十字が和泉を恩人として見ていることは知っているし、和泉のことを助けようとしていることも分かっている。

 

 それだけ分かっていれば協力できるし、信用もできる。

 

「逆に、良く俺に連絡しようと思ったな」

 

 和泉を経由した知り合いではあるが、自身と十字の繋がりは薄い。

 正直連絡先の交換くらいはしたが、直接会ったことなど両手の指で数えることができる程度でしかない。

 そんな相手に良く和泉のことを話す気になったなと少し驚きもする。

 俺は十字のことを信用しているが、逆に十字が俺を信用する理由というのが正直分からなかった。

 そんな俺の疑問に、十字がああ、と一つ納得しように頷き。

 

「和泉の嬢ちゃんからは散々聞かされていたからな。まあ知らん仲でも無いし、切羽つまっていたのもあったが」

 

 まあ簡単な話だ、と言って。

 

「嬢ちゃんが心底信頼してる……なら俺も信じようと思っただけだよ」

 

 十字の中での和泉の立場がどれだけ重いのか、なんて一瞬考えたが、まあそれは後で良いかと思考を放棄する。

 

「そんで……どこに向かってるんだいこれ」

 

 家から駅への道を歩き、駅から電車に揺られながら帝都の街を駆けていく。

 そんな最中にふと十字が口を開く。

 

「ヤタガラスの支部の一つだな……裏絡みの事件のことなら何か情報があるかもしれないし、それに和泉の家、今警察が封鎖してるんだろ? 調べるにしても、正攻法で行けるかもしれないしな」

 

 目的地は今代葛葉キョウジ……つまり、名取のところである。

 この帝都の内側で起きた悪魔絡みの事件で、しかもすでに警察、つまり表の機構まで動いている以上、まず間違い無くヤタガラスにも情報は集まっているだろう。

 先に和泉のマンションに向かっても良かったが、すでに警察が封鎖している以上、こっそり入るしか無くなるのだが、それはそれで面倒を呼び起こす可能性が高い。

 ガイア教のように最初から後ろめたい連中やメシア教のように振りきれた連中ならともかく、中立派のフリーサマナーを謳う自分としては極力ヤタガラスに目を付けられるような真似は遠慮したいところである。

 

「というか、誰か犯人の目星とかついてないのか?」

 

 基本的に和泉は単独で動くことが多い。

 なので実際のところ俺は、和泉が誰にどんな恨みを買っているのか、余り知らない。

 ただガイア教に属している以上は、絶対に真っ当には生きてはいないだろうということは予想できる。

 そしてそんなガイア教としての和泉を一番良く見ているのは俺では無く、十字なのだろう。

 そんな意図から問うた言葉だったが、けれど十字は首を振る。

 

「悪いが俺はあくまで和泉の嬢ちゃんの協力者だ……さすがにそんな深い事情にまでは突っ込んでねえ」

 

 和泉の嬢ちゃんもそれは望まないだろうしな、と独りごちる十字に、まあそうかもしれないな、と納得する。

 普段の言動からしてそうだが、和泉は何でも一人でやろうとする気質が強い。

 正直十字が協力するのも、十字自身が強く望んだから、というのが大きい。

 ガイア教なんて究極の個人主義みたいな団体に属していながら、和泉は結局自分より他人を優先するのだ。

 だからそんな和泉が不和の種を十字に見せるような真似するかと言われれば、確かに考えづらい。

 

「と、なると……もう名取頼みだな」

 

 先代キョウジが死に、咲良が里帰りしている以上、名取に頼るのが最も確実であり。

 

「……大丈夫か、和泉のやつ」

 

 電車の窓から地平の彼方に沈み行く夕日を見つめながら呟いた一言は、けれど誰にも届くこと無く消えていった。

 

 

 




ランス10とかいう底無し沼からなんとか這い出して、第二部は今度にしようと思ったら今度は古戦場が始まるとかいう(


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ナトリと依頼

 

 

 ガイア教という組織について、少しだけ語るならば。

 

 無法者。その一言が最も彼らの根本を表しているだろう。

 

 何も国の定めた法律を守らないという意味で言っているのではない、その程度のことならば表の人間だってやるし、メシアだってそういう意味では無法者だ。

 無法者、つまり法を持たない者たち。

 つまるところ、決まりというものが無いのだ、ガイア教には。

 (ルール)を持たない者たちの集まり、それは一見すれば自由であるように見え、彼らもまた自らそれを『自由』と称して掲げてはいるが、実際のところ力による絶対の支配による縦社会が形成されているのが実態だ。

 おかしな話だがルールを持たないが故にこそ自由が無くなるのだ。

 勿論支配に抗い無視することは可能だ、ただしそれをすれば待つのは死だが。

 基本的にガイア教において弱者というのは悪だ。ルールを持たないが故に善も悪も無い集団の中で唯一力だけが絶対の拘束力を持つ。故に弱さは悪であり、強さは善である。

 弱いというだけでガイア教においては全ての尊厳が奪われる。もっともそれを侵すかどうかは上に立つ者次第だが。

 故に常に下の者たちは伸し上がるための機会を虎視眈々と狙っている。

 

 それは幹部と称される強者たちすらも例外でない。

 

 

 * * *

 

 

「ぐ……が……」

 

 片手で顔を抑えながら、白い少女が吐き出すように嗚咽を漏らす。

 白かった、どこまでも白かった。

 服装、靴、肌、髪、その全てが白くだからこそ、苦痛に歪んだその表情と、口元から流れ出す鮮烈な赤だけが際立っていた。

 ポタリ、ポタリと流れ出た赤がコンクリートの床を、壁を、そして白かったはずの服を深紅に染めていく。

 否、口だけではない、よく見れば手にも足にも、全身のあちらこちらに小さな傷はあった。

 ただ傷ついても傷ついても異常なほどの回復力で治癒しているだけで、治癒された傷をさらに開くように床に、壁に建物が軋むほどの勢いで全身を叩きつけ、痛めつけた。

 

「ぐう……う……」

 

 食いしばった口から、また血が流れ出す。それを拭うことすらできず、唾液と混じった血が流れ落ちる。

 一瞬、口が開き、空気を求めて呼吸が為され。

 

 ―――がちん、と歯を叩きつけるような勢いで閉じられる。

 

「う……く……」

 

 両手で頭皮が破けるのではないかと思うほどに頭を掻きむしり、最早立っていることすらできずに崩れ落ち、体を丸める。

 込み上げるものを必死になって抑える。そうしなければ最早少女……和泉は正気を保っていられなかった。

 ()()を抑えることができなくなった時、それが自らの終わりだと明確に理解していからこそ、痛みで誤魔化そうと何度も体を痛めつける。

 

 けれど、消えない、消えることは無い。

 

 頭の中でずっと声は消えることなく、囁き続ける。

 

 ―――おいデ。

 

 ―――おいデ。

 

 ―――おいデ。

 

「ぐ……う……が……」

 嗚咽を漏らす、それは絶叫しそうになる口を無理矢理に抑え込んだからこその物で。

 口を開けばそれを吐き出しそうになってしまう。だがそれをすれば全て終わりだ。

 故に留める、()()を表に出してはならない。

 その一心だけで必死になってそれを抑え込む。同時に正気を失うことの無いように体を叩きつけ、痛めつけ痛みで誤魔化し続ける。

 一体いつから、そしていつまでこんなことをするのか、それすら分からず。

 否、そもそも終わりなんて無いことも理解していながら。

 それでも、それでも、それでも。

 

 ―――意識が引き込まれそうになる。

 

 ―――内側から()()があふれ出しそうになる。

 

 外から内へ、内から外へ、どちらにも気を払わなければならない和泉の意識が徐々に削れていく。

 それが削れ切った時……どうなるのか、それを理解してしまっているからこそ。

 

「や……だ……」

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 子供のような心中の叫びに()()が嗤う。

 

 げらげらと笑いながら、()()は和泉を嬲る。

 

 いつまでも、いつまでも、いつまでも。

 

 終わる時は即ち、和泉が擦り切れた時だった。

 

 

 * * *

 

 

「……むう」

 

 机の上に置かれたパソコンのディスプレイに映る文字を眺めながら、今代葛葉キョウジ……葛葉名取は呻くような声をあげる。

 葛葉キョウジの正式な襲名はすでにクズノハからも認められている。

 元より里では異端の名だ、葛葉の血が入っていないか否かなどさした問題でも無いし、そもそも先代キョウジ自身が指名したのだから能力的には問題無いのだろうと見られている。

 どちらかと言うと問題はヤタガラスのほうだ。

 国家鎮護機関にして、日本の霊的防衛機構の全てを担う組織だ。

 そして葛葉キョウジはクズノハよりむしろヤタガラスでのほうが名が知れ渡っており、その意味も大きい。

 先代葛葉キョウジは帝都の中で最も混沌とした街一つを取り仕切り役割を任される程度には重用されており、それなりに立場もあった。

 それを先代が指名したとは言え、まだ二十にもならない子供に、しかも日本人でも無い()つ国の人間にそれを引き継がせても良いものか、組織内でもそれなりに揉めた。

 それに対処するための術は先代から教え込まれている。

 

 先代葛葉キョウジの最高傑作と称して相違ないのが葛葉名取である。

 

 後継となるために必要となることは全て学び終わっている。

 後は一つずつ反対意見を黙らせていれば良いだけであり、全員に及ぶまで最早秒読みの段階となっていた。

 先代キョウジの死から一気に動きを見せた組織もいくつかあったが、その全てが今や帝都の土の下で眠っている。

 その全てをナトリがやった。数多くの組織がたった一晩の間に()()されていた。

 

 単純な殺傷能力を比べるながら葛葉名取は先代葛葉キョウジと比較にならないほど極まっている。

 

 対悪魔とて持前の戦闘センスで高レベル悪魔とすら渡り合える名取だが、人間を相手にした時、その殺傷力は恐らく先代葛葉キョウジすら容易く殺すことを可能としただろう。

 純粋な戦闘力では先代には劣るかもしれないが、葛葉名取はここからまだまだ伸びる。純粋な年齢が違い過ぎるだけに、ここから先、さらに強くなることは明白であり、最終的にどこまで強くなるのか、先代キョウジすらも見通せぬほどであった。

 

 つまり単なる面倒ごとなら自ら出向きあっさり潰せば良いだけであり、それ以外の大抵の出来事ならばヤタガラスの一員として人を使えば良い話。

 

 そんなナトリをして唸らせるような出来事が今、ディスプレイに映し出されていた。

 

 表示されている内容を分かりやすく述べるならば。

 

 ―――帝都にてガイア教の活発な動きが確認された。

 

「……告げる……厄介な」

 

 目を細めながら思考にふける。

 並大抵の組織なら良かったのだ、ヤタガラスの人員で囲み、ナトリが直接赴き、徹底的に叩き潰して全て抹消してしまえばそれで解決する。

 残念ながら法治国家とは言え、裏世界において表の法は通用しない。

 裏の世界で最も分かりやすいルールは力であり、その力を最も分かりやすく示すことができるのは見せしめである。

 そのためにナトリはこの数週間、いくつもの組織を潰してきたのだ。

 

 下手な動きを見せれば次にこうなるのはお前たちだ、と。

 

 葛葉キョウジの名は健在であると裏の世界に示したのだ。

 故にここ数日は帝都に潜む多くの組織も怪しい動きを見せず、大人しい物だったのだが。

 

 ここに来てまさかのガイアである。

 

 メシア教とガイア教、この二つの勢力だけはナトリをして軽視できない。

 この日本へと侵出してきた勢力の中でも最大の二勢力であり、大本を辿れば世界二強の勢力でもある。

 揃えられた人員の質や数を考えればヤタガラスの総力をもってしても抗うことは難しいだろうが、本質的にこの二勢力は対立している。

 元を正せばメシア教は一神教であり、唯一の神から地上にメシアがもたらされ人は救われるという言葉を信仰しており、唯一の神以外の全ての神は悪魔であり異端であり否定すべき、そして唾棄すべき悪であるという思想に染まっている。

 そしてメシア教の勢力圏内では次々と旧来の宗教が駆逐されており、それに対抗すべく既存の宗教が手を取り合い生まれたのがガイア教だ。

 つまりこの二勢力は不倶戴天の敵同士であり、ヤタガラスなど二の次なのだ。

 

 だからこそ、ヤタガラスという余計な敵と争って力をすり減らすことをしようとしない。その隙を突かれて均衡が崩されては堪らないからだ。

 そして互いに相手を出し抜く手を考え、時に実行に移し争い合っている。

 つまりこの帝都でメシアとガイアが互いの隙を伺っている間は全面抗争とはならない。

 メシアとて世界中の宗教が手を結んだガイアは一筋縄ではいかないことを知っているし、ガイアだって世界最大の一神教であるメシアの力が絶大なものであることを知っているからだ。

 

 だからこそ、この帝都において両者が争いは滅多に起きない。起きたとしても小競り合いが多い。

 だが水面下で互いを出し抜くための計画は進行する。当然だ、結局のところメシアもガイアも互いに互いが邪魔なのだ。いつまでもこの均衡を保っているつもりも無い。均衡を自らに傾けたいのはどちらも同じで。

 

 その計画をことごとく潰してきたのがヤタガラス……引いてはクズノハである。

 

 芽は早い内に潰せとばかりに荒しまくった先代キョウジと芽吹いた悪意を一刀両断と摘み取った今代ライドウの二人によってメシアとガイアの均衡は崩れることなく、これまで帝都の平和は守られてきた。

 だが先代葛葉キョウジはもう居ない。今その立場にあるのはナトリであり、それを為さねばならない、その義務がある。

 

 のだが。

 

「……私は思う。こういうのは向いていないと」

 

 自分でも自覚はしているのだが、葛葉名取は基本的に情報収集というものに向いていない。

 頭の回転は悪くない、むしろ先代キョウジが見込んだだけあり、非凡な物がある。

 戦闘力だって決してガイアを相手取って劣るようなものでは無い。

 だがどう足掻いても他人と意思疎通することが困難だ。

 未だ喋りなれないこの国の言葉の影響もあるし、それ以上に対人経験というものが圧倒的に足りない。

 過去のナトリにとって他人とは奪うか殺す、どちらの対象でしか無かった。

 初めてまともに会話したのは葛葉キョウジであり、それ以外と言えば兄と呼ぶ在月有栖か、後は門倉悠希くらいしかまともに話せる相手など居ない。

 要するに口下手なのだ、というか他人と会話する気が最初から無い。

 

 会話というもの自体に慣れていないため他者の口を割る方法など暴力くらいしか知らない。

 

 さらに言うならば戦闘力は高いが、それ以上に殺傷能力が高すぎる。

 ナトリが戦うということは即ち相手を殺すということに他ならない。

 故に生け捕りにして情報を吐かせるなどということがどれだけ困難なことか。

 

 だがガイアが何を企んでいるのか、それを知るためには生かして捕らえ口を割らせるのが一番手っ取り早い。

 

 他人を使うことも考えたが、ナトリが使える人員で戦闘能力の高い人員がほぼ居ない。

 基本的に暴力はナトリが担当し、調査のほうを任せる予定だったからこそ、戦闘能力は必須としなかったナトリの手落ちである。

 

 さて、どうしたものだろうか。

 

 当座の状況に思案をしていた、その時。

 

 prrrrr

 

 来客を告げる電話が鳴った。

 

 

 * * *

 

 

「ふむ……」

 

 いつもキョウジが座っていたはずの席の主となったナトリがどこかぼんやりとした視線で俺を見やり、それから隣の十字を見やる。

 いつものゴシックドレスから白いシャツに黒のパンツを着た今の姿は非常に新鮮で一瞬別人かと思うほどであった。

 そんなナトリだったが、俺たちが着た要件を伝えるとデスクの上のディスプレイを一瞬見たかと思うと何か考え込むように唸り声をあげた。

 

 俺と、十字とそしてディスプレイの間を何度となく視線を彷徨わせ。

 

「告げる、了承した」

 

 頷く。

 そうしてデスクに置いたディスプレイをくるりと回し。

 

「私は頼む、これを見ることを」

 

 相変わらずおかしな日本語の使い方をしながら告げた言葉に言われるがまま視線をディスプレイへと移し。

 そこに表示されているのはここ数日の帝都での報告の一部。

 簡単に言えばガイア教がまたぞろ動き出している、という内容。

 

「……ガイア、か」

 

 和泉がいなくなったこと、ガイアが動き出したこと、これは偶然か?

 否そんなはずがない。

 隣の十字に視線を向ければ、ディスプレイを見つめたまま厳しい表情をしていた。

 だがやらなければならないことは分かってきた。

 ガイアについて調べる必要がある。しかもヤタガラスよりも詳しく。

 

 そのための方法など……限られているだろう。

 

「兄……有栖」

 

 ナトリに呼ばれて顔を上げる。

 その時、初めて名前を呼び捨てられたことに気づいた。

 

「私は告げる、貴方に依頼があると」

 

 告げるナトリの表情から、感情を伺うことはできなかった。

 

 

 




そろそろ終盤に向けて話が進んでいく感じ。


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有栖とガイア

色々迷走してて遅くなりました。


 

 帝都台東区上野。

 東京都のほぼ中心に位置する地域であり、有名なもので言えば動物園などだろうか。

 人の往来も多いそんな上野の街の外れ。

 往来の賑やかさから隔離されたかのようにその周囲は静けさに満ちていた。

 門の端に掲げられた看板に黒墨で恐らく名前だろう文字が書かれていたが、すでに墨も剥げてかすれてしまったそれを読むことはできず。

 

 故にそこにそれがあることすら世間一般の人間は知らないだろう無銘の寺院はけれど確かにそこに存在した。

 

 寺を囲む壁はすっかり剥げて、ところどころぼろぼろと崩れてしまっている部分もあり、建物そのものも屋根に穴が開いていたり、瓦が落ちていたり、壁も木目が腐っていたり、障子が破れていたりとあちらこちら廃れた部分が見える。

 

「行きたくねえなあ」

 

 寺院の目の前にある雑木林の木陰から寺院を見つめ、嘆息する。

 ほとんどの人間が知らないだろうが、あの寂れた寺院こそがガイア教の日本における中心的拠点だった。

 ぶっちゃけヤタガラスの人間すら知らない。当然メシア教だって知らない。というかガイア教の人間だって一部を除けば知らない。

 じゃあなんでそんなところ俺が知っているのかと言えば、和泉に教えてもらったからだ。

 ガイア教の本拠地。そう考えるだけで気乗りしない。

 メシアンどもを狂信者とするならば、ガイアーズは無法者だ。

 どちらも面倒な存在だが、ガイアーズの場合何をするか分かったものでは無い、という意味で特に面倒くさい。

 メシアンは極論を言えばメシア教の思想のために行動するためある程度一貫性のようなものがあるのだが、ガイアーズの場合、本当に個々人で好き勝手やっているせいで目的も見えなければ行動を予測するのも難しい。

 そんな相手に喧嘩を売るような真似は出来るだけしたくないのだが、ナトリからの依頼とそして和泉が行方不明という二つの理由がありそれもできないジレンマだった。

 

 ため息を零しながら魔人となって人間離れした視力で様子を伺う。

 ぱっと見、確かにただの寂れ、廃れた寺院だ。

 だがそんなのは表層。

 

 本拠地は()()()()()()()

 

 とは言え、本拠地だけあって見えはしないだけで寺院のあちらこちらに悪魔の目が光っている。

 まともに侵入すれば一発で見つかって無数の悪魔たちが襲い掛かってくる上に侵入したのが一発でバレて地下からガイアーズたちがわらわらと出てくるのは目に見えていた。

 

「まずは様子見から始めるか」

 

 だからまともにやりあってはいけない。

 こちらの戦力は自分を含めて極めて少数なのだから。

 

「十字……いや、()()()、こっちの合図で頼むぞ?」

「オッケー。了解」

 

 半分ほど人間を止めたせいか異常に高くなった視力の俺と違い、あくまで人間並みでしかない十字では寺院の様子を細かく見ることはできないようで、目を凝らしはしてもはっきりとは見えず手持無沙汰になっていた。

 そんな十字に声をかければすぐに頷き、意識を切り替えていた。

 

「取り合えず、お前だ、こい……ミズチ」

 

 SUMMON

 

 COMPの召喚プログラムを起動すると同時に、電子メッセージが表示され光と共に半透明な水色の蛇が現れる。

「うん? 僕を呼ぶだなんて、久々だね、サマナー」

 長い間に現世に居たことですっかり染まってしまった龍神は悪魔にしては珍しく穏やかな口調で自身に語り掛ける。

「そんなに前でも無いだろ……ちょくちょくレベリングしてるしな」

「うんうん、お陰で僕も大分力が戻って来たよ」

 この人間臭い龍神は寄りにも寄って自分を祭る巫女に自分の力を全て譲渡するなどという悪魔としては本末転倒なことをやらかしているのだが、いくつかヤタガラスから紹介された異界を回ってレベルも取り戻してきている。

 とは言え全盛期にはまだ遠いのだが、純粋な戦力としてはそれほど期待もしていないので問題ない。

 

「それで……()()()か?」

「ん? どういう意味で?」

「この森から、あの寺院の地下……できれば誰もいない場所まで、跳べるか?」

 

 地脈というものがある。

 例えば地下を走る水の流れのことなどを指す言葉ではあるが別の意味合いでも使われることもある。

 主に風水などに関係する言葉であり、別の言い方をするならば。

 

 ()()とそれは呼ばれる。

 

 大地の下を流れ、世界中を駆け巡る不可視の力の奔流。

 それは人にとっても悪魔にとっても非常に重要な存在であり、同時にとても危険な代物でもある。

 だからこそ、吉原高校の旧校舎の異界のように、それを管理する存在がわざわざいるほどの物であり。

 メシア教、そしてガイア教がそんな重要なものを無視するはずが無い。

 視界の中の寺院、そこは龍脈と龍脈が交差する一種のパワースポットであることはすでに分かっている。

 

 当然だが龍脈に干渉しようとすることは、世界に対する干渉と同等だ。

 

 相応の準備、時間、手間をかけてその力の一端を扱うことができる、という程度の代物であり何の準備も無くこれに干渉することはほぼ不可能に近い。

 

 本来は。

 

 ミズチはそれができる。

 何十年、何百年、下手をすれば千年以上の時を龍脈に干渉されながら龍神としての信仰を得て竜宮を築いてきたミズチならば、何の準備も無く、僅かながら龍脈に干渉することが可能となる。

 僅かと言えど、規模は世界を巡る血管である。その僅かで引きおこせることは並のサマナーができることの規模など容易く超える。

 

 龍脈を伝っての移動はその一つである。

 

 足元を流れる巨大な力の奔流に乗って、龍脈の上を一瞬にして転移する。

 ただし以前はそれが使えなかった、単純なミズチのレベル不足もあったが、それ以前の問題として。

 

「今ならできるよな?」

「だねー。サマナーが人間止めてくれたからできるよ」

 

 ミズチだけなら何の問題も無いだろう……仲魔たちならば、まあ少々面倒はあれど可能だろう。

 だが以前の場合、自分が問題となって、この手段は使えずにいた。

 

 大前提として、人間の体は肉体と魂で構成されている。

 肉体と魂を繋ぐのに霊力……まあマグネタイトのような繋ぎもあるのだが、それはともかくとして。

 地脈、というか龍脈というのは物質的には存在しない力の流れだ。

 それを伝って移動するというのは簡単に言えば()()()()()()龍脈に溶けて流れ出し、辿りついた先でもう一度()()()()()()()ということになる。

 瞬間移動(テレポート)、というよりは切り取り貼り付け(コピー&ペースト)と言ったほうが近いだろう。

 至極当然だが肉体を情報として分解し、それを再構築する、というひと手間の間に、普通の人間は死ぬ。というか普通の人間じゃなくても死ぬ。言ってみれば魂と体を分離させるのだから、その時点で死ぬ。

 半人半魔、魔人という一種の悪魔となり、体の代替としてマグネタイトを使える今だからこそ可能な荒業である。

 とは言え半分は人間なのだ……マグネタイトで肉を代替するのは良いが、転移後に処置しないとそのまま悪魔化する危険性がある。

 

 悪魔はマグネタイトを生み出せない。

 

 だからこそ人間を襲っているのだから、当然の理である。

 もう半分人間を止めているとしても、残り半分が今の仲魔たちとの契約を形作っているのだから、そこは慎重になる必要がある。

 特にCOMPでなく、直接契約を交わしているアリス……あとはルイもだが、この二人に対してどんな影響が出るか分からない。

 

「ルイ……ね」

 

 最近少しだけ変わってきたように思う。

 ほんの少しだけ、違うようにも見える。

 ルイは特殊な悪魔だ。自分と直接契約している点もそうだし、何より肉体を持っている。

 故にCOMPには入れることはできず、家で待たせているが直接の契約はしているので召喚ならいつでも可能だ。

 受け取った時はごたごたしていてろくに育てることもしていなかったが、最近はミズチと平行してレベルを上げているので多少戦えるようにはなっている。

 

 さすがは大魔王の分霊、というべきか。

 

 アナライズで見るステータスの伸びと耐性は凄まじい。正直特異点悪魔と同レベル、否、それ以上かもしれないほどに。

 だが大魔王曰くの『変化の無い存在』だ。

 何も覚えない、技も、能力も、何も無い、ただ圧倒的なステータスと耐性を持っただけのただの強い悪魔。

 唯一覚えているのはただ相手に向かってぶつかることと一番弱い万能魔法だけ。

 強くは……なっている、だが変化は無い。上手く表現しづらいのだが、ただ強くなっているだけ、という感じで成長している、という感じがない。

 

 果たしてルイに変化と言うものが訪れるのはいつになるのだろうか。

 

 なんて考えて見る。

 なまじ人の形をしていて、なまじ人と同じ体で、なまじ人と同じく暖かいから。

 ふとした瞬間、悪魔だということを忘れそうになる。

 

 アリスとはまた違う、不可思議な存在だった。

 

 

 * * *

 

 

 意識を集中させ、探らせる。

 龍脈の上にある物ならば何がどこにあるか、など凡その把握はできる、とはミズチの談でありその能力でもって寺院の地下の構造を地図にしていく。

 

「オートマッピングあるから楽だな」

 

 COMPの追加機能の一つ、仲魔や自分で探索した範囲をそのままマッピングしてくれる機能だ。

 仲魔の感知や知覚から逆算してマップを作り出すため直接その場に赴く必要も無いのが便利だった。

 と言っても普段こんなもの異界を歩く時にくらいにしか使わないが、ガイアの本拠ともなれば、最早異界に行くのと大して違いなど無かった。

 

 大雑把に言って、地下施設は迷宮のようだった。

 

 まるで、というか恐らく何らかの方法で地下を掘って、そのまま()()()()()広げていったらしい。

 規則性というものが無く、寺院の地下を中心として蜘蛛の巣のように穴が広がったような構造をしている。

 というかこの規模……寺院の地下などあっさりと超えて下手すれば上野一帯にまで広がっているのではないだろうか。

 ここまで無秩序に掘って落盤しないのか、などということも考えたが悪魔などという超常存在がいるのに、そんな物理的な話意味が無いなとも思う。

 

「これは……やばいな」

 

 個人でこの範囲を調べるのはほぼ不可能だ。

 町一つ分以上の広さな上に、中は敵の領域でありどこに何があるかも大雑把にしか分からない。

 

「人数は……どうだ?」

 

 後は中にどれだけの敵がいるか、ということだが。

 ガイア教の本拠地……ともなれば、相応の人数はいそうなものだ。

 もし中が敵だらけ、となると侵入することすら難しくなる。

 

 と、思っていたのだが。

 

「うーん? 全然いない……全部で、二十人くらい?」

「……何?」

 

 二十人、と言われると一見多そうにも見えるが。

 

「あの寺院の地下だけでか?」

「いや、地下全域……少なくとも、龍脈の上にある場所はだいたい感知できるよ」

 

 龍脈というのは俺には見えないため範囲は大雑把になるが、それでも旧校舎での封印の規模を考えればかなり巨大なものであるということは分かる。

 というか龍脈に干渉してこのマップを作っている以上はミズチの索敵範囲はイコールでこのマップと同等ということになる。

 それはつまり上野の地下全域に巡らされた拠点にたった二十人程度しか人がいないということになるが。

 

「いくらなんでも少なすぎるだろ」

 

 仮にもガイアの本拠地である。

 少なくともメシアの本拠地である品川には凡そ千人以上の信徒と百を超えるテンプルナイトが常駐している。

 

「いや、でも逆にあり得るのか?」

 

 秩序を重んじるメシアと違い、ガイアはとにかく自由だ。

 そもそも人を集めて拠点に閉じ込めても統率など取れるはずも無いし無秩序に……下手をすれば仲間割れを起こす可能性も高い。

 仲間割れで済めばいいのだが……どうも和泉から聞くガイアーズの様子からするとそのまま殺し合いでもしそうな雰囲気すらある。

 

 まあメシアもガイアも方向性こそ違えど同じ異常者……キチガイ集団なのでさもありなんと言ったところか。

 

 となると、少数というのは逆にそういうことなのかもしれない。

 

 カーストの下のほうのガイアーズは普段から地上へと赴きそれぞれ好き勝手に動き。

 

 カースト上位者……つまり幹部たちだけが本拠にいる。

 

 ガイア教にとって上下関係とは即ちそのまま強さに置き換えられる。

 

 否、本質的にはガイアのみならず悪魔との関わる裏世界の全てが弱肉強食によって成り立っていると言って過言ではない。

 

 つまるところ、今この拠点に潜んでいる者たちは、それだけの実力者たちであろうことは明白であり。

 

 その全員が和泉と同等……或いはそれ以上の強者だということを示していた。

 

 




因みに今のルイちゃんのステータス。



魔王 “空虚なる魔姫”ルイ

LV28 HP980/980 MP367/367

力52 魔64 体37 速41 運48

耐性:物理、核熱、水撃、地変、疾風、神経
無効:火炎、氷結、電撃、衝撃、精神
反射:破魔、呪殺
吸収:万能

突撃、メギド

備考:空虚なる魔姫 あらゆる要素を抜き去っていった、空っぽの大魔王の分霊。

幼女 この悪魔を連れているとロリコンのレッテルを貼られることは間違いない。

大魔王 こんな形でも歴とした大魔王の分霊、低級な悪魔はほぼ全て出会うだけで恐怖する。

ルイ 有栖が彼女に与えた名前。




ステータスだけ見ればレベル帯としては破格。
そして耐性見れば最早上位悪魔よりも酷い。
……だがイマジン的に見ればそんな大した耐性でも無いのが困りもの(
魔力に耐性ないからね(
そしてスキルが突撃(幼女アタック、相手は死ぬ)とメギドしかない。ステータス高いだけの雑魚としか言いようが無い状況……今はね?


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有栖とミストレス

 

 

 上野の地下は蜘蛛の巣状の坑道となっていた。

 暗く視界の悪い、まるでどこまでも続くかのように錯覚してしまいそうな通路は、足元だけはしっかりとコンクリートで舗装されているがそれ以外、壁も天井も土がむき出しになっており、今にも崩れ落ちてくるのではないかと思わせるような有様だった。

 

 ――足場が悪いな

 

 声を押し殺しながら、そっと心中で呟く。

 こつ、こつ、と。

 なるべく音を立てないように気を付けてはいるものの、こうも静寂に包まれた広い洞穴では嫌が応にも足音が反響する。

 とは言え、自分と十字の足音以外に特に音は無い。

 本当に何の音もしない。

 

 少なくとも二十人程度、恐らく人だと思わしきものがいるはずなのに。

 

 まるで生命全てが死に絶えたかのように、洞穴は不気味な静けさを保っていた。

 COMPに表示されたマップを見つめる。

 蜘蛛の巣のように広がった坑道の途中に点在する赤い点はミズチ曰、誰かがいる場所、らしい。

 

 ――本当に行くのか?

 

 今更ながら考えてしまうのは、恐らくここが最後の分岐点だからだろう。

 

 

 * * *

 

 

 今代キョウジ、葛葉名取からの依頼は端的に言えば『近頃ガイアーズの動きが活発で何やら画策しているらしいので動向を調査して欲しい』というものだった。

 とは言っても帝都内で言えばヤタガラスの監視の目がある。だがそれも天網恢恢というか、全ての人間の行動を把握できているわけではない以上、何がしかの漏れはある。

 それでも大半は把握しているのだ……問題はその把握できていない一握りの場所でガイアーズたちが蠢いていることだが。

 

 護国鎮護の機関たるヤタガラスはこの日本国内に限定すればメシア教やガイア教に匹敵、或いは凌駕するだろう勢力であり、当然ながらメシアもガイアも、それ以外の勢力だってヤタガラスの動きを常に警戒している。

 そのため無暗矢鱈に人を動かせば、帝都内の数多(あまた)の組織のいらぬ勘繰りを受けるだろうし、余計な刺激をしてしまう可能性が高い。

 故に把握できていない少数地域をフリーのサマナーである俺に見てきてほしい、というのが実質的な名取からの依頼である。

 

 当然ながらすでにその範囲は見て回っている。

 ガイアーズの姿は見えなかった、というか普通の恰好して街中歩かれればガイアーズかどうかなんてほぼ分かるはずも無い。

 一部()()()()雰囲気を纏う人間、というのもいるにはいるのだが、裏の人間ならそんなもの珍しくも無いし、表か裏かの判別はできても、ガイアかどうかの判別なんてぱっと見ではほぼ不可能である。

 すでにその程度の内容は名取には送っているのだが、名取から帰って来た返事は調査続行。

 と言っても名取だってすぐに何か見つかるだなんて思ってもいないだろう。

 

 ガイアーズだって馬鹿ではないのだ、当然そういう工作をするなら見えないところでやっている。

 

 つまり早急にそういった証拠を見つけようと思うならば、多少の危険を覚悟でガイアーズの拠点一つ殴り込むくらいのことはしなければならないのだが。

 

 だったらどうしてよりによって本拠地へとやってきているのか。

 

 危険度で言えば当たり前だが最大級だ。

 普段の俺ならば絶対に寄りつくことすら嫌がる類の場所ではある……が。

 

 和泉が居なくなった。

 

 一週間連絡も取れず、音信不通。

 拠点としているマンションには明らかな異常の痕跡があり、何かあったことは明白。

 

 言って見れば予感だった。

 

 嫌な予感がする。

 

 ただそれだけの理由で俺は十字を連れてガイア教の本拠地へとやってきている。

 

 

 * * *

 

 

 故にここが最後の分岐点だ。

 

 ガイア教の本拠地へと侵入を果たしたが、今なら……そうまだ誰とも遭遇せずに帰還することは可能だ。

 今すぐミズチを使って地上へと脱出すれば何事も無かったかのように戻れる。

 だがここから先へ進めば。

 

 出会うのは全て敵だろう。

 

 或いは、ここに和泉いるかとも期待半分ではあるが。

 

 もしかしたら何の成果も無く、徒労に終わる可能性だって十分ある。

 何せ和泉は本質的にガイアーズたちとは違う。

 無法と暴力が支配するガイア教において、自らを律する法と道徳を持つ和泉は混じり合わない水と油だ。

 メシア教への敵対、その一点のみでこれまで和泉はガイア教に身を寄せていたが、一度破綻すれば敵対はまず免れないだろう。

 故に可能性の一つとして()()()()()()()()()というのは十分にあり得た。

 ならそんな和泉がこの場所にやってくるはずも無い、というのも分かる。

 

 この探索はハイリスクローリターンだ。

 

 ガイア教の本拠地に潜入し、場合によっては奇襲するというリスクは最早計り知れない。

 場合によっては世界の半分を敵に回すような事態になるかもしれない。

 力を秩序とするガイアにおいて、力を軽んじられるというのは禁忌だから。

 故に襲撃者は何があろうと必ず殺そうとするだろう。

 例えガイアの総力を挙げてでも、必ず殺して面子を守る。

 暴力という名の面子すら保て無くなればそれはガイアの滅亡を意味するから。

 

 それに対して得られるリターンはどうだろう。

 

 最善で和泉一人。或いはガイアが何かしようとしてるという情報も得られるかもしれない。

 

 だがそれはガイア教を敵に回してまで得るほどの物なのか?

 

 だからここが最後の分岐点。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんなもの、考えるまでも無かった。

 

 

 * * *

 

 

「……あら」

 

 ぴちゃ、ぴちゃ、と。

 水音が室内に響いていた。

 あぁ……あぁぁ……と。

 同時に呻くような喘ぐような、声が聞こえ。

 むせかえるような雄と雌の臭いに顔を歪めた。

 薄っすらと、暗闇に満たされた部屋で目が慣れてきて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 水音は男女たちから発せられていて、それが何なのか考える意味も無く。

 

 ぱん、と。

 

 銃声が室内に響く。

 

「ふふ……うふふふ。おイタはダメよ?」

 

 白一色のワンピースを着た金糸の髪を腰まで伸ばした女は、けれどその獣欲に満ちた空間に一切交じり合わないほどに清らかで、けれどどこまでも目を惹き付けるほどに艶めかしかった。

 放たれた銃弾を女が片手で()()()()()、妖艶に微笑む。

 

「糞ったれ……」

 

 マップを見つめ、最も人の多い場所へやって来た。

 坑道の途中途中に扉のようなものがまるで埋め込められたかのように設置されており、その中の一室が目的の場所だった。

 聞こえたのは人の声と水音。

 

 扉を開くかどうか、迷った自分を嘲笑うかのように扉が一人でに開き。

 

 見えたのは肉欲に溺れ、享楽に耽る()()とそれを見つめながら笑みを浮かべる女の姿だった。

 咄嗟に放った弾丸はけれど女によってあっさり摘ままれる。

 ただ者ではない……というのはすぐに分かった。

 

 と、言うか。

 

「悪魔……か」

「ふふ……大正解♪」

 

 嬉しそうに、弾むような声で、悪魔が笑みを浮かべる。

 瞬間、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 香りが部屋に充満していく、と同時に。

 

 ――――!!

 

 嬌声が響き渡る。

 部屋の扉が開いたことなどまるで眼中に無いと言わんばかりに、男女たちが互いの体を貪り合い、行為に耽り合う。

 

「下がってろ……十字」

 

 片手で十字を制し、指示を出すと十字が頷いてすぐに部屋から離れていく。

 睨むような自身の視線に、けれど女はうっとりとした笑みを湛えたままこちらを見つめ。

 

「アナタはだあれ? ここは私の部屋。私が差配し、私が支配し、私が采配する私の楽園」

 

 謡うように、女は告げる。

 

「そんな楽園にお客様だなんて……素敵だわ、素敵な話だわ、素敵な話よ」

 

 謡うように、女は告げる。

 

「だからいっぱいお持て成ししてあげないとダメね。たくさん、たくさん、お持て成ししてあげないとダメだわ」

 

 謡うように、女は独り呟く。

 

「甘い甘いお菓子と素敵なお茶で、たくさんお持て成ししてあげましょう」

 

 ぱちん、と女が指を弾くと同時に。

 

「っ!」

 

 部屋に充満していた甘い香りが一層強くなる。

 部屋の中にいた男女たちは最早狂ったようにただひたすら性交を繰り返す。

 快楽に笑みを浮かべ、けれどとっくに限界を迎えた体が悲鳴を上げていた。

 男も女も、どちらも白目を剥きながら、それでも笑みを湛えてお互いの性器をぶつけ合う。

 目の前に広がる色欲の宴は最早醜悪の一言だった。

 

 だがそんなことすら気にならない。

 気にする余裕すら無い。

 

「て、め……」

 

 思わず膝を着く。全身を襲う熱と渦巻く欲に、理性が溶かされそうになる。

 きっと人間のままだったならば……抵抗すら許されず目の前の饗宴に仲間入りすることになっていたかもしれない。

 最早洗脳の域にまで達した香りはじくじくと理性を犯し、溶かしていく。

 

「燃やし尽くせ……ランタン!」

 

 SUMMON OK?

 

「ヒーホー! やっちまうのかホー?!」

 

 “マハラギダイン”

 

 COMPから召喚されたジャックランタンが飛び出しざまに放った炎が室内を一気に燃やし尽くしていく。

 当然室内にいた人間たちも全て燃やされていく……が。

 

「もう、手遅れだぜ、こいつは……」

 

 炎に焼かれながら尚、性交を止めない男女たちに背筋がぞっとした。

 火炎系魔法最強の一撃はただの人間に過ぎない彼ら彼女たちを一息に焼き尽くし。

 

 後には女だけが残った。

 

「ああ……何てことかしら」

 

 先ほどまでの笑みは消え、どことなく残念そうな表情で。

 

「私の楽園が……また作り直しね」

 

呟きながら視線をこちらへと向け。

 

「お客様ったら無粋だわ……こうなったらお仕置きが必要ね」

 

 徹頭徹尾、こちらの言葉に返すことは無く。

 女は自らの言葉を独り呟き続ける。

 

「ふふ、でも良いわ。私は寛大だから許してあげる。そう、だって」

 

 ――次はアナタも一緒に楽しむことになるんですもの。

 

 

 * * *

 

 

「うふふふ……あははははは」

 

 めき、と音を立てながら、女の頭に角のようなものが生えだす。

 ふわり、と女が宙に浮かび上がり。

 

「良いわ、私自ら歓迎してあげる。この『女主人(ミストレス)』が直々にアナタを楽園へ導いてあげる」

 

 女が手をかざす。

 

「我が名は『イシュタル』……天にありて貶められし者。地に堕ちて尚貶められし者」

 

 その手の中に金色の酒杯が現れる。

 

「我が名は『バビロン』……淫蕩と背徳の罪架を負わされし者」

 

 言葉と共に酒杯から黒い何かが零れ出し、瞬くに金色の酒杯を()()

 

「これは……『バビロンの杯』なり」

 

 “バビロンの杯”

 

 一滴……たった一滴、黒が床に落ちた瞬間。

 濁流のような黒が杯から溢れ出す。

 

「ランタン、吹き飛ばせ!」

「ヒー……ホー!」

 

 “メギドラオン”

 

 黒の濁流が室内を満たしていく。

 当然ながらこちらへと向かって流れていくそれをランタンが持てる最大火力を持って吹き飛ばす。

 焦熱が黒を焦がし、爆ぜ、蒸発させていき。

 

 けれど黒は収まらない。

 

 無尽蔵に杯から湧き出す黒は押し寄せる濁流となって部屋へと満ち。

 

「ランタン、こっちだ!」

 

 ランタンの放った一撃で稼いだ僅かな時間で部屋を飛び出し、扉を閉める。

 独りでに開いた扉だったが、けれど何の抵抗も無く閉まり……直後に扉に叩きつけられた黒が扉を突き破り溢れ出す。

 

「くっそがああああ!」

 

 走る。

 あれに掴まったらどうなるかなんて知りたくも無い。

 けれどろくでもないことになることなんて自明の理だ。

 故に走って、走って、走り抜け。

 

「クロスウウウウウウウウ!」

 

 ここまで隠してきた札を一枚切ることにした。

 

 

 * * *

 

 

 ぴたり、と。

 

 黒が止まる。

 否、黒だけでない、必死に逃げようとしていた有栖という名の少年も、その少年の傍らにいるカボチャ頭の悪魔も。

 まるで彫像か何かのようにピタリと動きを止めていた。

 

「停止できる時間はそう長くは無い……当たり前だが止めるほどに消耗するMAGは桁違いに増えていく」

 

 その場で動く存在はたった一人だった。

 

「分かってるな? 十字……使い方を間違えるなよ?」

 

 そう呟いて響野十字は……否()()()は動き出す。

 停止した少年を担ぎ上げ、その傍にいるカボチャ頭を片手で掴み。

 人間一人担いでいるとは思えないほどの軽快な動きで坑道を駆けていく。

 そうして動きを止めた黒い液体から距離を離したところで手近にあった扉を開き中へと入る。

 室内に誰もいないことを確認した上で。

 

「解除」

 

 呟いた。

 

 

  * * *

 

 

 一瞬で切り替わった視界に、クロスがやってくれたことを理解する。

 遠くから聞こえるゴゴゴ、という水音のような物は先ほどの場所からそう遠く離れていない。

 単なる時間稼ぎでしかないということを示していた。

 

「助かった、十字」

「……けど……連続は、無理、だぞ」

 

 分かっている、と頷きながらも壁に背を付け音を探る。

 何とか助かったか、と息を吐くと同時に疲れ切った様子で荒い息を吐く少年の姿を見やる。

 

 響野十字。

 かつて和泉が助けた悪魔絡みの事件に巻き込まれた()()()()であり。

 その時異能が発現し、こちら側の世界に関わらざるを得なくなった少年。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




久々にバトル書きたかった。


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