とある科学の傀儡師(エクスマキナ) (平井純諍)
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開演

約6年前の二次創作です。
リメイク版につき前作とは内容を変えている場所があります。

注意
作者独自の解釈や物語が入っており、原作と違う点が多々あると思いますが容赦ください。
誤字、脱字、設定上の矛盾点がありましたら指摘をお願いします。
可能な限り修正を入れたいと思います。
至らぬ作者でございますが、今後ともよろしくお願いします。


前口上

とある公園の昼下がり、子供たちは限られたスペースで遊んでいた。昨今起きている遊具による不慮の事故によりかつてのたくさんあった遊具は撤去されてしまうという寂しい過去があるが、遊んでいるものにそんな過去など知らない。砂に木の棒で絵を描き、友達とかけっこをしている。学生たちがベンチに座って携帯ゲームで遊び、写真を撮ってはネットに投稿し自分の存在の証を残していく。

そこへカートを押して進んでいる1人の女性がいた。真昼の中で黒い外套を羽織っている。

いきなり公園に奇妙な恰好をした女性が現れればいやでも視線の対象となり、遊ぶ手を休めてしばし見入る。

しかし、フードを被った女性は視線に気にする素振りを見せずに

ピーヒャララ

ピーヒャララ

ラッパを軽快に鳴らしながら公園にいる人々の注目をさらに集めていく。

「はい、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい。痛快の人形劇が始まりますよ。見物料は今回に限り無料といたします」

女性は、フードを深く被っているがガラスのように透き通った声で警戒を持って固まっている子供や学生に向けて大きな手振りで宣伝している。子供は好奇心でゆっくりとしながらも女性の前に移動した。

その様子を見て満足したようにフードの隙間からニッと笑顔を向ける。

「はいはーい、それでは上演を始めますよ。来てくれた方には飴を差し上げます」

と言うと、ポケットから果物キャンディーを出して子供にあげていく。そして、カートの蓋を開けて脇にあるレバーを回しだすと木製のステージが上がり、赤い幕がシャーっと開いた。

そこで女性はステージの後方に回り込むと慣れた手つきで人形から伸びている糸を指につける。

出現したステージには赤い髪をした目つきの鋭い人形が動きだし、スポットライトを浴びて一礼をする。

太鼓をポコポコと叩いて開幕音を鳴らす。そして、義太夫節のような独特の語り口調で物語の展開を語っていく。

 

一礼をした後でスポットライトが途切れて、荒涼とした砂漠地帯を模した背景に赤い髪の人形が両腕をパッと上げた。

彼の名前は「赤砂のサソリ」

この演目での主役となります。ぜひとも覚えていてください。

彼は忍と呼ばれる危ない任務を遂行する里の一つ「砂隠れの里」で生を享けました。

すると糸で操られた老婆の人形が上手から現れる

彼のお婆さんは、優秀な傀儡使いでした。傀儡とは人形を操り仕込んだ仕掛けや罠で敵を攻撃する忍術の一つです。祖母の背中を見て育った彼は自然と興味が傀儡へと向かい、日夜傀儡の術の修行にのめり込んで行きました。

そこで木で出来た簡単な人形が出てきて、サソリの腕と連動するように動いていく。

彼は、早熟でみるみる天才的な傀儡の使いとして名をはせるようになりました。

しかし彼の興味はむしろ傀儡使いというよりは傀儡制作へと向きました。最初は、普通に人形を制作していましたが、人間を傀儡にすることを思い付きました。

 赤い髪の人形が大きな包丁を持って、別の人形に襲い掛かる動作を見せる。

他の里を襲っては、優秀な忍を殺害し、死体を持ち帰っては人傀儡を造り上げていきました。

人傀儡とは、傀儡にした人間の術や特性をそのまま引き出すことができるという利点があり、傀儡の術の幅が広がりました。

人を殺して、人傀儡にするというのには高度な技術が必要でした。里もどのように制作しているのか突き止めようとしましたが、サソリは出頭に応じずに技術を公表することはしませんでした。サソリの人傀儡のメカニズムを解明しようと実験や優秀な傀儡使いを招集しては試みましたが、人傀儡は造れません。できたのは普通の傀儡のように振る舞うものだけでした。

唯一の手掛かりであったサソリは、里を抜け出して、煙のように行方を消しました。

 ライトが消えてサソリが下手にはけていく。

未知なる力を持ち、里の意向に従わないサソリは里にとっては危険因子に他なりません。

里は行方をくらましたサソリを手配し、全力で探しましたが消息を掴むことができませんでした。

発見したとしても、返りうちに合い、人傀儡の材料を提供してしまうことになります。

いつしか、里は積極的にサソリを探すことをやめました。しかし、手配書には指名と顔を公表して打ち取ることのできる忍を広く募ることを政策として挙げました。

彼は手配されたことを知ると、大きな動きを見せずに少しずつ人傀儡の戦力を増やしていきました。

そんな中で、声をかけてきたのが「暁」という組織です。

紙で描かれた女性が上手から出てきて、下手のサソリを連れてくる。

優秀な忍をメンバーとして集めて、強大な力を持って世界を平和にするという新興組織でした。

縛られるのが嫌いな彼は断りましたが

メンバー集めを担当した女性に敗れ仲間となりました。

紙の女性人形は、下手に退場していく。

組織の仲間入りを果たした彼は自分の思うように研究を進めて、究極の傀儡を追及することにしました。

そして、彼は自らを傀儡人形にすることを選びました。

サソリの人形にピンと糸が張られて、サソリの人形が機械的な動きを見せる。

傀儡に美を見出した彼は、自らを人形とすることで永遠に近い瞬間を得ました。歳をとることもなく、食事も必要ない、必死で生きる必要のない道を歩み出しました。

更に傀儡の殺傷能力を上げるために独自に研究・開発をした猛毒を仕掛けや武器に施すことで死体の数をケタ違いに上げました。

パンパンと板が鳴る。

だが、組織から言い渡されたある任務が彼の運命を大きく変えました。

それは、かつて所属していた砂隠れの里の長で五代目風影となった人柱力を誘拐してくることでした。

粘土で作られた男性人形と赤い髪の人形は、「風」と書かれた人形を掴み、走る動作を見せる。

人柱力というのは、大きなエネルギーを持った怪物を自らの身体に封印した人だと思ってください。

誘拐は見事成功し、大きなエネルギーを組織は手に入れました。

 粘土人形と赤い髪の人形はそのまま上手に消えていく。

しかし、長が誘拐されたとあっては黙っているわけにはいきません。砂隠れの里は隣里に助けを要請し、傀儡の術の専門家に声をかけました。

皮肉にもそれは、自分の術の師であり実の祖母でした。

再び老婆の人形が出てきて、両手を上げて別の木製人形を持ち上げる。

ここで、孫と祖母の壮絶な戦いが始まったのでした。

かつての孫と祖母、師と弟子の関係から、殺し合う間へと変貌してしまいました。

二人の戦いは想像絶するものとなりました。

傀儡を両者で操り、相手の裏を読み、仕掛けを発動させる。

二体の人形が武器を持って戦いだす。

恐らく、祖母一人だけだったら彼は勝っていたことでしょう。

計算外だったのは、隣里の医療のエキスパートのくノ一が居たことでした。

下手から桜色の髪をした人形が勢いよくやってきて、赤い髪の人形に殴りかかった。

ヒラりと躱す赤い髪の人形。

2対1

単純な計算でも不利ですが、サソリが生み出した猛毒の解毒に成功したくノ一の功績は大きく、彼は核を刺され動かなくなりました。

赤い髪の人形が2人の攻撃に敗れて、その場で倒れた。

物語では、ここで終わっていますが。

ライトが赤い髪の人形に当たる。そしてムクッと起き上がるとステージにある奈落から下へと落下する。

ここから、彼は異世界へと飛ばされてしまい、そこで自分自身と向き合いながら丁々発止、一騎当戦の大活躍を見せます。

退屈ですか?

字ばっかりでつまらないですか?

無料ですから文句はなしですよ!

前口上が長くなりましたが、本編へと参りましょう

その前に!

フードを外すと黒髪のセミロングに端正な顔をした女性が赤い髪の人形を手に持って微笑みだす。

かつて名乗った名前ですが「フウエイ」と申します。覚えている人が居ましたら「ありがとうございます」

知らない人でしたら、物語の「語り部」として記憶してください。

それでは本編でございます。

飲み物を用意して、気楽に見ていってください。

では、後程……

 

 

全ての生物は死ぬ

つまり、人間は死ぬ

更に自分が介入すれば容易く、あっけなく。

殺人に手を染めてからというもの、自分の心が溶けてなくなるような感覚を何度も味わった。そして、日増しに募る「死」というもの。

始まりと終わり。生と死……永遠なんてない。

人間の無常に嫌気がさして、たどり着いたのは人形だった。

生を捨て、死を超えた先に待つ「何か」を知るために••••••

祖母が傀儡を扱う忍術を使うことから自然と興味が傀儡に向かった。

傀儡というものを大雑把に説明してしまえば、操り人形のことだ。人形を操って、武器を仕込み攻撃する、それが傀儡の術だ。

祖母から傀儡使いとしてのノウハウを受け継いで、人形を操ることに没頭していく。

しかし、最初からスムーズに動かすことが出来ずに何度も指が引きつり、筋肉痛で疲労し眠るのがあっと言う間だった。

初めて人形の内部を見て自分で分解と設計を変えてみる。傀儡の知識の奥底へと自ら足を踏み入れていく。扱いに慣れてきたら、傷ついた部分を自分で修復し、知識、経験を蓄積していく。

才能と言ってしまえば、答えは簡単になってしまうだろう。

それは四六時中、傀儡のことだけに没頭できる環境と本人の意欲、関心がなせる努力だ。

ここまでなら、ごく普通の家庭内容、いやむしろ、恵まれている方だろう。

家に帰れば、両親と暖かい料理が待っていて、幸せな眠りへと落ちる。

自分の心が歪んだのはいつ頃だったか?

人として忍としての道を外れたのはいつだったか?

里から追われ、砂場や森を転々とする生活を始めたのは。

思い返してみると。

傀儡使いとして修行していたある日、両親が死んだ日に起因すると述懐できた。

任務中の殉死か、病死だったかイマイチ判然としないが死んだ事実に変わりない。

初めての肉親の死に遭遇した。葬式で多くの弔問客が来たことから人付き合いをしっかりしていたのだろう。

真っ白な布団を2つ並べて、父と母の間に自分は座る。

時々、思い出したかのように手を伸ばして呼吸を確かめる。

もしかしたら、父と母が息を吹き返したのではないか、そう思ったからだ。

鼻先に持っていく。しかし感じるはずの息は感じない。

3分後、5分後、10分後••••••1時間経っても両親は変わらずに死に続けていた。

食う物も食わず、飲む物も飲まず。

両親が目を覚ますのを待っている。

自然と頭を過ぎったのは、「動け!」という言葉。

それにある種の既視感を覚えた。

初めて人形を動かした時の感覚と相違ない。

技術不足で思うように動かない人形に苛立ちながら思った言葉がそれだった。

人間と人形の境目が虚ろになった気がした。

 

父と母は死んだのではない

人形になった

 

人形なら動かせる、自分で修理が出来る。

もう一度、両親の愛情が手に入る。

その一心で埋葬された両親の遺体を掘り出して、傀儡にしていく。匂いはキツイが不思議と楽しさがあった。

人間を傀儡にするのは前代未聞だったが、サソリには造れそうな気がした。

腹を裂いて、内蔵を取り出す。

使えるところを吟味していき、両親の形を写真で思い出しながら寸分違わぬ傀儡にしていく。

メスで内部を覗いて両親を深く知ること。

奇しくも、傀儡の世界に没頭することに似ていた。

固まった筋肉を削り、骨を見てどのように人間を支えているのかを緻密に記憶し記録していく。

骨の代わりに傀儡作成するのに使う、檜を集めては削りだし、丁寧に洗った皮膚と大きさを合わす。微調整をする

両親には外部からの殺傷痕があった。殺されたということだ……

痛かっただろう……怖かっただろう……苦しかっただろう。

両親を苦しめた憎い内臓一つ一つに恨み言葉を浴びせながら余計なものとして処分する。

思ったよりも滑る、そして力を入れるだけで思いのほか簡単に千切れていく。

モノを食べる苦しみ、息をする苦しみ、生きる苦しみ。

もう、食べることも息をする必要もない。生きる必要もない。

皮膚を剥いで綺麗に丁寧に洗う、苦労したのは遺体を腐らないようにする防腐処置だ。特殊な薬品が必要だったが、なんとか手に入れることができた。

永遠に自分の側に居てくれる究極の家族が完成し、痛みも苦しみもない傀儡の世界へ両親を連れて行った。

それが人傀儡の始まりであり、サソリの運命を大きく捻じ曲げる要因となった。

 

NARUTO×とある科学の電磁砲(レールガン) クロスオーバー作品

とある科学の傀儡師(エクスマキナ)

 

第1話 叶わない夢

犯罪請負組織「暁」のメンバーにして、稀代の天才傀儡師「赤砂のサソリ」は生涯を終えようとしていた。

自身の傀儡の師匠である祖母「チヨバア」を殺そうとした矢先、桜色の髪をした娘の命を削った行動に阻まれ、祖母が所有していたサソリ作の両親に包まれるように刃で胸部にある核を射抜かれた。

来るのは分かっていたが、何故か躱さずに祖母の攻撃を受けてしまう。

抜忍となり多くの人の命の終わりと、傀儡としての始まりを身体に染み込ませているサソリには、敵の攻撃が来るなど当たり前のように分かっていたのだが••••••動かなかった。

自分を傀儡にするという禁断の行為を行いながらも捨て去れぬ「何か」によってサソリは、死闘の末に敗れた。

祖母へと向けた猛毒刃は、桜色の髪をした娘を貫き、予定通りに倒れた。

サソリは唯一の急所を打たれことで口から血を吐き出すが、苦しむことはなく漫然と機能が停止していく己と娘を見下した。

祖母は、娘の為にチャクラを流し治療を施しているように見えた。

「無駄だ••••••急所を突いた。そいつはもうじきに死ぬ」

人は容易く死ぬ。

それはサソリにとっての日常だった。里にいた頃も組織にいた頃もなんら変わりない真理だ。

誰よりも人の死に触れてきたとは言わない、だが死に抵抗が無くなるようは体験をしてきたことは自負している。

「ワシが今やっておるのは、医療忍術ではない••••••」

チヨバアは、倒れている娘に向けてチャクラを流し込み続けながら言う。

「己の生命エネルギーを分け与える••••••転生忍術じゃ」

サソリは、チヨバアを一瞥すると倒れている娘に目を落とした。

「••••••」

転生忍術?

自分の命を相手に流し込むのに意味なんてあるのか?

「そもそもこれは••••••お前のために長年をかけ編み出したワシだけの術じゃ」

オレの為?

理解が追いつかないサソリは、初めて人間らしい疑問の表情を出した。

そして祖母からの次の言葉で全てを理解する。

「この術があれば、傀儡にすら命を吹き込むことが出来る••••••術者の命が尽きるのと交換でな••••••」

孫の苦しみを身近で見て来たのは、誰でもない祖母だった。

幼いサソリが禁忌を犯し親の人傀儡を造り、仮初の愛情を求めた時も祖母は近くで見ていた。

何も出来ない自分を悔やみながら、立ち尽くしていた。

孫の幸せを願わない祖母が何処にいようか。

チヨバアは最後にサソリへと絞り出すように言う。

「今となっては、叶わぬ夢だがの」

 

サソリは全てを悟ったが、積み上げた何かが壊れるような気がしていた。

「くだらねぇな」

せっかく永遠の存在へと昇華した両親を薄汚れた人間に戻すことに美を見出せずにいた。

人間は人形となり、永遠の存在となる。これが至高の極みのはずだ。

それが大前提のサソリには、祖母の言葉が耳に入るのに抵抗がある。

人間を捨て、人形の身体に居場所を求めたが••••••結局、人間の弱点である核を持つ不完全な人形。

人でもなく••••••

人形でもない••••••

核を貫かれたサソリに残された時間はあと僅かだった。

「無駄な事を一つしてやろう••••••オレを倒した褒美だ」

エセ合理主義のサソリが初めてした気まぐれの行動に二人は耳をすませる。

「大蛇丸の部下にオレのスパイがいる••••••知りたいなら行ってみろ」

サソリは、父と母の人形に抱かれながら親子3人で地面へと倒れた。

サソリは、その生涯を終えた。

傀儡に美を見出し、極め続けた男の壮絶な最期であった。

 

奈落の底へと独りで落ちていくサソリは、ある種の冷たさを感じていた。

これが死というもの。

今迄奪ってきた死がサソリを奈落の底へと引きずり込んでいく。

花畑なんてない、窪んだ水の底に沈められていく感覚に近かった。

「……ふん」

サソリは、嘲笑に似たような動作をすると身体がグニャリと曲がり出した。痛みはなく水に色が溶けるような感覚に近い。

「なんであんな事を言ったんだろうな?」

桜色の髪をした娘が知りたがっていた大蛇丸の情報を渡したことに関してサソリは、答えが出せずにいた。

だが、それは過ぎたことだ。

考えるだけ無駄だ。

これから死ぬ奴が生きている奴のことを気に掛ける方がおかしい。

サソリは、瞼を閉じて流れのままに溶けていった。視界が歪んでいくのを感じるとそのまま眠るように意識を手放した。

そして、空間が断裂して一点に凝縮されるようにサソリは窪んだ水底から姿を消した。

 

 



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第2話 出現

小説やアニメなどのフィクションの世界では異世界転生の話はよくある。創作物でも人気のジャンルだ。こことは違う世界が存在して、互いの世界は影響し合っているのかもしれないし、欠くことができない世界かもしれない。

サソリがいた世界とは異なる世界。

学園都市

東京都西部を切り拓いて作られたこの都市では「超能力開発」がカリキュラムに組み込まれており、日々「頭の開発」に取り組んでいる。

超能力という特異な分野を科学で解明しつつ、実用化へと開発を進めていく。少しでも可能性がある学生を集めては、超能力開発という名目で様々な実験や研究が行われている中心都市である。パンフレット向き(表向き)では……

都市のとあるビルの隙間で突如として渦状に時空が歪みだし、サソリは組織の紋様が描かれた外套を身に纏った姿で路地裏に出現した。この時、サソリ自身に意識はなく、気を失った状態で重力に従うように前のめりに倒れた。外套からはみ出る腕には大きな傷痕が残るが人間の身体をしており、多量の血が付着していた。

サソリが出現したすぐ近くの表通りでは銀行強盗を働いた数名の男が風紀委員(ジャッジメント)と呼ばれる治安維持組織によって押さえ込まれていた。さすがは超能力の開発に取り組んでいる都市であるため、超能力を駆使してでの、ややSF的な攻防を繰り広げる。小説や漫画でお馴染みの瞬間移動(テレポート)や手から炎を出して威嚇するなどキャラクターごとに備えられた能力を使用して役割をこなす。そして一人の女子中学生が車で逃走を図った男に多量の電気で手の先のコインを電磁誘導させて超電磁砲(レールガン)と呼ばれる青白い光線を発射していた。

レールガンを発射していた少女の名は、御坂美琴(みさかみこと)と云った。学園都市の超能力者(レベル5)の第3位の実力を持つ少女である。

学園都市では能力の強さ、実用化の有無等複数のチェック項目からレベルを0~5の6段階で評価している。

簡単な名称とレベル別をまとめてみると

レベル0 無能力者 

レベル1 低能力者 

レベル2 異能力者

レベル3 強能力者

レベル4 大能力者

レベル5 超能力者

となる。一番多いのは、レベル1や2くらいで超能力の代名詞ともいえるスプーン曲げができるなど日常ではあまり役に立たない。レベル5となると学園都市の中でも7人しかおらず、もはや兵器に近い能力を持っている。

超能力開発と銘打っているが、あまりうまく教育というか、開発がいっていないのが現状であろう。

余談だが、理論上ではレベル5の上が存在しており、

レベル6 絶対能力者

があるが辿りついたものがいないため、手にした時に何が起こるかは科学者の中でも意見が分かれる。

車は、そんな兵器並のレールガンの光線を受けて無事なわけがなく錐揉み状態になりながら、ひっくり返り逃走を図っていた強盗の1人は衝撃で気絶してしまった。

銀行強盗事件は、無事に収束し風紀委員の活躍に称賛の声が上がったが。

風紀委員(ジャッジメント)が銀行強盗事件の負傷者を把握する為に近辺を調べている時に、路地裏で血だらけで倒れているサソリが発見された。

銀行強盗事件による傷かは不明だが、傷害者を放っておく訳にもいかず。近くの病院へと搬送された。

風紀委員(ジャッジメント)は、もちろんのこと、レールガンを放った御坂美琴も責任を感じてしまい、サソリが入院している病院へとお見舞いに行く(レールガンの衝撃の余波がサソリの近くまで及び瓦礫の下敷きになっていた為)。

 

「まさか、人がいたなんて••••••」

肩まで伸びた茶髪と整った顔をしたエリート中学校の「常盤台中学」の制服の身に着けて歩いている。常盤台中学校は学園都市の中でも屈指のエリート校として有名。四つ葉のクローバーにDをあしらったような校章が印字された制服着用が義務付けられているため、電車ですれ違ってもわかるほどだという。

御坂はがっくりと肩を落としながら夕日に照らされた病院を訪れる。一応、菓子折りを持っていく。

「まあまあ、お姉様の責ではありませんよ。あんな所で寝ている方が悪いのですわ」

御坂の隣に居るのは、御坂を「お姉様」と呼び慕う「白井黒子(しらいくろこ)」だ。少女は空間移動能力者(テレポーター)としての能力を有して風紀委員(ジャッジメント)の職務を遂行する赤髪ツインテール少女だ。

病室に入ると、既に白井と同じ風紀委員(ジャッジメント)の「初春飾利(ういはるかざり)」)と初春の友人である「佐天涙子(さてんるいこ)」)が見舞いに来ていた。

初春飾利(ういはるかざり)は、頭に名の通り花を飾っている不思議な女子中学生で活発というよりは大人しめの印象を受ける。初春の友人の佐天涙子(さてんるいこ)は、黒髪のロングで初春よりは活発であるが自身に能力がないことをコンプレックスにしているレベル0の女子中学生だ。二人とも柵川中学校に所属している。

二人は、御坂達とは違う中学校に通っており、二つの中学校を比べればエリートなのは常盤台中学である。

御坂達が入ってきたことに初春と佐天は反応して、立ち上がって挨拶を交わす。

「容体はどうですの初春?」

「出血が激しいですけど、命に別状ないそうです」

発見された少年は出血こそあるものの、傷はほとんど治癒されており、鮮血の割には、掠り傷しかないことに医師は不思議がっていた。

御坂はひとまず見舞いの品を各ベッドに備えてある台の上へと置いた。

「うわあ、これって結構高級のチョコレート菓子ですよね」

佐天が口からヨダレを垂らして御坂が持ってきたチョコレート菓子を持ち上げて、重さを確認する。

「うんまあ、手ごろなものかなあと思ってね」

「この大きさと重さなら12個セットかな、1人頭3個になりそう」

変な計算をして自分の取り分を主張する。

そう思ったが。

「でもこの子が目を覚ましたら2個余りますわよ」

12÷4=3……余なし 

12÷5=2……余2 取り分マイナス1かつ2個余る

「残りの2個は殴り合いで決着か……」

「な、なんでこっち見ているんですかぁ!?」

初春目掛けてシャドーボクシングをかます佐天。

冗談はさておき

4人は、意識の戻らぬ少年を見た。

燃えるような赤い髪に華奢な身体をした少年が静かに横たわっている。

「それにしても、あんまし見たことない子よね?髪は黒子に近いかな」

「まぁ!お姉様、私の方が艶やかで綺麗ですわよ」

左腕で片方のツインテールを掻き上げるように白井は言う。

「うーん、この服装も珍しいものですよ。どこかで売ってたのかな」

佐天は、珍しいものでも観察するかのように、少年の顔をプ二プ二と突いてみるが反応は得られない。佐天はさらに少年の腕を捲り上げて細い腕を露わにした。

「うわあ、この子すごく痩せてますよ。それに傷がたくさん」

外套から露出した腕を持ち上げて、4人の前に突き出す。

サソリには、人傀儡になるために自分の身体に改造を施した過去があった。その痕が鮮明に人間の身体になっても残り続けていた。

「お腹の方も激しい裂傷がありましたよ」

「お、初春も中々見ているじゃん」

「ち、違いますよ!お医者さんが見ている時にちょっとだけチラ見したというか……佐天さん何を言わせるんですか」

「虐待でも受けてたのかしら?」

4人が一様に黙った。唯の傷跡ではないことは少年の身体を見れば明確だった。虐待だったとしても激しい裂傷の物々しさはたじろぐ程だ。殴られてできる傷ではなく刃物による鋭利な傷跡。虐待だとすれば包丁かそれに近い刃先で切り付けられる稀にみる残虐さと云えよう。

「……」佐天が黙ったまま白く細い腕を握る。関節部分の丸く切り抜かれたような裂傷を静かになぞっていると。

赤髪の少年は,自分の身体から発せられる妙な感触に微睡ながら眼をパチパチと軽く開けたり、閉じたりを繰り返す。

「何してんだ、てめえら?」

少年は意識を回復させ、眠たそうな目で4人を視界に収めると、手を握っている佐天から強引に腕を離した。瞳は髪とは違い茶色だ。

「あ、意識が戻ったみたいね。名前は分かる?」

御坂は内心ホッとしながらも、少年に名前を訪ねてみる。名前が分かれば身元分かりそうだと踏んだのだ。

「…………」

あからさまに警戒心むき出しの少年は、仏頂面で腕を組んで寝転がったままだ。

そして「ここはどこの里だ?」と逆に聞き返してきた。

里?

よっぽどの田舎から来たのか。これは全員思ったこと。

サソリは辺りを見渡しこの場所と祖母との決戦場からの整合性を考えるが、腑に落ちない。

「ここは病院ですわよ。さらに言うと学園都市ですわよ。それであなたはどこの学校所属ですの?」

がくえんとし?

サソリ自身にはそんな里があることは知らない。暁時代から各地を転々としていたからわりと地理と地形には詳しく把握している方であるが、それでも見たこともなければ聞いたこともない。

それよりも忍として認可された額当てをこの少女たちがしていないことにもどう取っ掛かりを付けて良いのか迷う。

さらにサソリは、不機嫌そうな目つきになると天井を仰いだ。ワケが分からない。サソリは確かに核となる部分を刺されて機能を停止したはず。傀儡使いとして自分の身体、人傀儡としての機能働きから考慮しても核を貫かれれば動かないはず、それなのに……。要領を得ないまま黙っていると白井が少年の頭をぐりぐりと力を込めてねじ込み始めた。

「いだだだだだだだだだだだだ」

「名前と所属はなんですの?」

サソリは痩せた腕で白井の腕を引きはがそうとするが、思ったよりも筋力が足らないらしく白井の腕を引きはがせないままにぐりぐり攻撃を受け続けて、悶絶をするだけだ。

「あだだだだだだ、てめえ!やめろぉぉぉ!」

久々の痛みの感覚に反射的に涙が出たところで御坂がポカンと白井の頭を引っぱ叩いた。

「かわいそうでしょ!こんな年下の子供に」

「そんなお姉様」

「―っ!!!痛えー!!」

頭を抑えて悶える赤髪の少年に対して御坂が優しく声をかける。

「お姉さんに名前を教えてくれるとうれしいなあって思うんだ」

サソリは涙眼で御坂を睨み付けて、

「……ちっ(舌打ち)」

上手く状況が飲み込めないサソリは舌打ちをあからさまに行い、拒絶の姿勢を見せる。なんだか他の里に捕まり、尋問を受けているような感じだ。

ビキ!!御坂さんの笑顔のコメカミに十字の亀裂が浮かぶ。

「こんのぉぉぉぉぉぉ」

御坂はバチバチと電撃を出しながら、病院に備え付けてある畳まれたパイプイスを手に持ってサソリに殴りかからんばかりに力を込める。

「御坂さん落ち着いてください」

「相手は子供ですよ。こんなところで能力出したら、部屋がぶっ飛んじゃいますよ」

と初春と佐天が野獣のようになった御坂を全身で止めに入った。

「人が心配してんのに、その反応は何よ!!」

うんうんと頷く白井。

「ひとまず、落ち着いてください。ねえ、身体の中で痛むところはない?」

サソリは、佐天の一言で初めての自分の身体に起きている真実を確認していく。

「……どういうことだ?」

かつて施した仕掛けどころか、傀儡のような特有の凹凸がない自分の身体に戸惑いを覚える。

「オレは、人間になったのか?」

不可解な反応を見せるサソリに白井が白けた眼を見せる。

「人間になったって、最近のB級映画でも見ない設定ですわよ」

腕を組んで、哀れみの視線を交じ合わせる。

「あぁ!?」

「今度は妙に痛い暗黒眼というんじゃないかと心配しますわよ。頭を打ったのかと……」

「バカにしてんのか」

サソリは語気を強めて、起き上がると白井の襟首をつかもうとするが、ヒョイと躱されて力が入らない身体がいやに重く感じた。

「ダメだよ。ちゃんと大人しくしてないと」

佐天が軽々とサソリの肩を掴んで、定位置に戻す。

「……」

これには、サソリは少なからずショックを受けてしまい、シュンと拗ねるように横を向いた。

女に力で負けた。

女に力で負けた。

そして脳裏に浮かぶのは、前に戦った桜色の髪をした娘。怪力で岩を砕いている描写だ。

サソリの小さな自尊心を著しく傷つき、サソリはふて寝を決め込む。

更に「そういえば、見つけた時に初春がおぶって来たのよね」

「あ、はい!軽かったんで大丈夫でした」

何……?サソリは、発言した女性に注意を向けると明らかに運動が得意そうでない花を頭に置いたおっとりとした印象の女が視界に入る。

あっちでも女に負けて、今度はこっちでも負けるのかよ……

かつての暁組織でコンビを組んでいたデイダラが居たら、絶対バカにされているところだろう。

「サソリだ」

ムスッとしたように答える。敗者の掟だ。ひとまず、言う通りにしておくか。

サソリ……?

いまいちその単語にピンと来ない四人は互いに顔を見合わせる。

「オレの名だ、サソリ」

4人の脳裏に毒を持つ凶悪生物の代名詞であるサソリが「シャー!!」と奇声を上げて威嚇しているイメージが流れた(注 生き物のサソリはシャーと鳴きません)。

目の前の華奢な少年からは想像できない凶悪生物の名前に驚きを隠せない。

「嘘っぽい名前ですわね」

「勝手にしろ」

こうして、学園都市の常盤台中学のエースで超能力者(レベル5)超電磁砲(レールガン)」の御坂美琴、常盤台中学の大能力者(レベル4)空間移動能力者(テレポーター)」で風紀委員(ジャッジメント)のメンバー白井黒子、柵川中学の低能力者(レベル1)定温保温(サーマルハンド)」で風紀委員(ジャッジメント)のメンバー初春飾利、柵川中学の無能力者(レベル0)である佐天涙子と元暁のメンバーで天才傀儡造形師の赤砂のサソリは出会ったのだった。

互いが違う世界の住民だとは夢にも思わずに、日々学園都市で巻き起こる事件や事故に巻き込まれていく五人のドタバタとした日常が開幕するのだった。



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第3話 サソリの正体






少年の名前が「サソリ」であることが分かったのだが、学園都市全ての生徒の能力データが保存されている「書庫(バンク)」に検索を掛けても該当する人物は存在しないことが分かった。唯でさえ特徴的な恰好と赤い髪というのは数がそんなに多くないので、実質のところサソリの身元を証明するものがこの学園都市に存在していないことになる。

「ダメですねえ……どこにも所属していないみたいです」

初春は病院に許可をもらい、ノートパソコンを持ち込んで色々と情報を集めているが、ベッドに横になっている少年の情報は全くと言って良いほど出てこなかった。

「たぶん、お前らが知らねえもんだと思うぞ」

点滴を受けている左腕を鬱陶しそうにしながら、横になっているサソリは言う。

「能力は何かないの?」

「能力?」

「そう、あたしの電撃みたいな感じのやつ。黒子だとテレポートみたいな」

と言いながら黒子に目配せを行う御坂。黒子は期待に応えるように一瞬だけ消えてサソリのベッドの隣に移動した。

その様子にサソリは眠そうな眼を見開いて、白井の姿とさっきまで居た空間を往復して見る。

「私は、こんな風に座標計算で自分や物体を移動させることができますのよ」

得意げに自分の能力について説明をする。

能力的には有名どころで超能力特集ではよく出てくる項目だろう。しかし、空間に物体を瞬間的に移動させることは総じて高い演算能力が求められるという。一説によれば次元ベクトル演算が必要となるが詳しいことは数学を専門的に行っていれば多少理解はできるらしい。

だからといって、理解できても白井のようにテレポートができるとは限らないので、ここでは能力を発動させるのに高い座標計算が普通の能力者、一般人よりも求められることを記しておきたい。

「……お前、時空間忍術が使えるのか」

「はい?」

「かなり高度な術をこんな娘がか……」ボソリと独り言のように言う。

白井の能力に似た忍術があることをサソリは思い出していた。

時空間忍術というのは、字で示す通り「時空間を操作する術」である。主に使われるのは空間を超越することだ、相手との距離がある程度空いている場合には空間を瞬時に移動して、音もなく近づくことが可能だ。

サソリの元いた世界では、滅多に御目に掛かることはなく、あくまでサソリは敵として遭遇した場合における対処を情報として持っているにすぎない。

しかし対処法というよりは、むしろ回避策に近い。

使用者がいた場合は「手を出さずに逃げる」ことがセオリーだった。

確か、かつての木の葉の火影が使っていたらしい。

白井の能力に近い忍術は「飛雷神の術」であり、どちらも傍から見れば同じように見えるが、白井の空間移動(テレポート)は、移動させたい対象に身体の一部が触れていなければ効果がなく、一方の飛雷神の術は、事前にチャクラでマーキングをしていないといけない。

逆にマーキングをしていないところには飛ばすことはできない。

そのため、飛雷神の術は白井のように高度な演算能は必要ではないが、あらかじめマーキングをしていなければ意味がないということになる。

使い勝手がよさそうなのは、マーキングのいらない白井の空間移動方が良さそうといえる。

それをいとも容易くこの年端もいかぬアカデミー生が簡単に行えるとは、やはり何か根本的に違うようだ。仕組みやシステム自体が違うような大きなカラクリがあるような気がしてならない。

「そのじくうなんちゃらって?」

佐天が訊いてみる。

「時空間忍術な。忍の中でもかなり高度な術だ」

あまり深く説明しない。

「忍って……忍者?」

佐天が何か顎に手を当てて、名探偵風にずいとサソリの前に出てきた。

「ああ」

「うそ!?あたし本物見たの初めてかも!よ、よろしく」

なぜか興奮し、手を前に出して握手を求め始める佐天。そして、サソリの手を握るとブンブンと縦に振る。

「いでで」

何故だ?サソリはどうして良いのか分からない表情で周りを見渡す。

見たのが初めて……ということはあまり一般的ではない?。

「忍はいないのか?」

探るようにサソリは訊く。

「うーん、言葉自体が軽く死語になりかけてますわね」

まいった。だいぶ元いたところとは違うみたいだ。

「待って!忍者ならほらなんか術ができるってこと?」

佐天が初春のパソコンを奪って、カタカタとキーワードを打ち込んで画像や説明文を表示させる。

「こんな感じで」

と画像で出てきたのは、口から炎を吐いている浮世絵だ。

「……火遁かよ、オレの専門外だ」

「かとん?」

「その言葉もわからねえのかよ……火を使った術だ」

「えーと……次これ」

手裏剣とクナイ画像が出てくる。

「ああ、使ってたな……随分と写真があるんだな」

「やってみて!やってみてよ」

「やれって言われたって、どっちも今持ってねえぞ」

「ええー」

「あんまし役に立ちませんわね」

「こいつら……」

「ちょっと待って、えっと手裏剣っと……あった。4セットを初春宛てに」

「ちょ、ちょっと何注文してるんですか!?」

「実際に見てみたいじゃん。結構手ごろな値段よ5000円出せば買えるし」

「意外に高いじゃないですか!せめて自分宛てに注文してくださいよ」

「ああーダメだ。刃がついてないみたい。もう少し探してみる」

銃刀法の関係により、刃がないものが多いみたいです。

「いい加減にしてくださいよ」

佐天から強引にパソコンを奪取する初春。

「こいつら何してんだ?」

「まあ、気にしないで」

パソコンを没収されて、つまらなさそうに口を尖がらせると、佐天が思いついたようにサソリに聞いた。

「ねえねえ、分身の術見せてよ。御坂さんだってみたいですよね」

「え、うん、まあ」流されるままの御坂。

分身の術といえば忍者、忍者といえば分身の術。

サソリは、面倒くさそうな顔をすると印を結び始めて、ボンという音と共に煙の中からサソリと瓜二つの人物が出現した。

なんか証拠を見せないと信用がなさそうだ。

「これでどうだ」

「おおおおおおお!!!すご、すご」

サソリの予想以上に盛り上がる佐天と御坂。

「こんな初歩的な術でか」

一応、アカデミーで習ったものだったがこの場所では大変珍しい術らしい。

本来であれば実戦で使えるのは実体と同じように振る舞う砂を媒体とした「砂分身」が良いのだが、ここは四方をコンクリートに囲まれた病院では唯の分身の術となってしまう。

「ふーん、どんなトリックがあるのやら」

と白井がサソリの分身体に触れるとボンと出現した時と同じように煙を出して消えた。

「き、消えましたわ」

「分身には実体がないからな」

「ねえ、あとは何ができるの?」

「……専門は傀儡だが」

くぐつ?

初めて聞くその単語に佐天は軽く考え込む。

……

「くぐつ……クグツ……クグツカス!」

そしてネットで得た崇高なる情報(偏見眼)を駆使して佐天が指をビシっと伸ばして言う。

「それを言うならググレカスですよ佐天さん。えっと、くぐつって傀儡(かいらい)って書きますか?」

初春がパソコンの画面を見せる。そこには「傀儡」の文字が並んでいた。

「ああ、それだ」

「なんですの、その傀儡って?」

「あやつり人形ですよ。ほら人形劇で使われている。ちょっと待ってください」

初春がキーボードをカタカタと打ち込んで画像を見せる。

昔懐かしの小さな人形に糸が括り付けられている画像集を四人に見せた。

「へえー、じゃ人形使いみたいな感じかしら。それじゃ、この人形を」とゲコ太人形をサソリの前にだした。

ゲコ太はカエルを模したキャラクターで御坂はその大ファンとしてグッズを集めている。

「なんだこれ?」

食事台に置かれたカエル人形に半眼の眼を向ける。

「お姉様も何でこんなものを携帯してらっしゃるのかしら。もう少し大人に……」

「うっさいな。ねえ、やってみて」

「いや、御坂さん!あやつり人形なのでさすがに糸を用意しないと」

「あ!!そうだったわね」

「糸はいらん」

サソリは身体を起き上がると右腕の先から青い糸状の物体が伸びてきて、ゲコ太人形の特定の箇所に張り付いた。

この様子だけでも四人には、不可解に見えた。しかし、次の瞬間にはまるでゲコ太人形に命が宿ったかのように、滑らかな動きを見せ始めると疑問なんか露切れる。

「うわぁ、ゲコ太が生きてる」

うっとりと眺める御坂にゲコ太は、クルクルと回転をして軽く挨拶をした。

「関節の動きが悪いな……ちょっと弄っていいか」

「だ、ダメよ!!そのままがいいんだから」

「……終わり」

とサソリが言うと青い糸が断ち切られ、ゲコ太人形は一瞬で崩れ落ちた。

ああー、がっくりと御坂は項垂れた。

「オレから質問良いか?」

両腕を頭の後ろへ組むと四人を見回す。

「は、はい……」

「うー、まあいいや。オレが今から言う単語でわかるのがあったら、反応しろ。砂隠れ」

反応なし。

「五影」

反応なし。

「人柱力」

反応なし。

「チャクラ」

反応なし。

「はあああー、何処だここはー」

盛大にため息を吐くと、サソリは力が抜けたかのようにベッドへと横になった。

「が、学園都市です」

初春が気張ったように声を出した。

「いや、初春。たぶんその解答は間違っているわ」

佐天がポンと突っ込む。

「その『がくえんとし』ってのが分からん。聞いたこともない地名だ」

「地名というか通称というか、地区でいうと東京かしら」

「とうきょう……聞いたことないな」

まさか、この日本の国で東京を知らないとは。そして、到達した答えは。

「ひょっとして、サソリって戦国時代から来たのかしら。結構、物語の題材にもなっているし」

その結論ならば、忍者っていうことも納得がいく。服部半蔵とか伊賀忍者がいるくらいだし。

「でもどうやって?」

「……なんかすっごい力で」

かなり抽象的な話へと傾きだした。

「よし、困ったときは!!」

と取り出したのはおそらく学校で使っている歴史の教科書をカバンから取り出した。

「えっと忍者が暗躍した時代は戦国時代だから1500年代かしら、そこから、サソリが知っているような知識を照らし出して。

「よし、まず織田信長!」

「知らん」

即答……

「豊臣秀吉」

「知らん」

むむむ

「徳川家康!」

「だから知らねえって」

「ごめんなさい、私の歴史のオールキャストが全滅」

佐天が涙声を上げた。そして教科書をサソリの前に雑然と置いた。

オールキャスト少な!!

サソリは目の前に置かれた教科書をペラペラとページを捲っていく。

「んー、知らんもんばっかりだな……!!ん、モンザエモン!!?」

それは文化が勃興し始めた時のことを紹介するページでサソリは釘づけとなった。

「もんざえもん?あの人形浄瑠璃の?」

「こっちにもあったのか……」

サソリがいた世界ではモンザエモンという人物が存在していた。傀儡使いならば知らぬものがいないほどの有名人で。初代傀儡操演者として知られているが、詳しい出生や里は分かっていない。

しかし、御坂達がいる世界でのモンザエモンは「近松門左衛門」という人物であった。こちらの門左衛門は、人形浄瑠璃という演目で古くから日本文化を継承してきたものであり、傀儡というよりは伝統芸能に近い。

微かに交わりを見せる二つの世界。

「えーっと、近松門左衛門は、江戸前期に活躍した人形浄瑠璃や歌舞伎の作者みたいですね」

「傀儡についての記載はないか?」

「ないみたいですね」

「そうか……」

「置いてかれてんだけど、そのモンザエモンがサソリとどういう関係があるの?」

「……直接面識はないが、オレの専門の傀儡の術を創設した忍として知られているし、モンザエモンの傀儡作品を使って任務を遂行しているものもいるしな」

「全くの別人ということは」

「そう考えるのが妥当だが、人形使いという点が引っかかる」

せっかく見つけたサソリの手掛かりも気のせいというありきたりな考えを払拭できないでいた。

「それにしても、最後の『チャクラ』が分からないのが予想外だ」

「そのチャクラで調べてみたのですけど……密教の身体エネルギーのことですか?一応、検索にヒットしましたが、あまり一般的な単語ではないですね」

「そうか……で、その箱みたいな奴は何だ?」

サソリの関心が初春の持っているパソコンへと向いた。

「パソコンを知らないの?」

「?」

「えっと、情報を検索して自由に読んだりできるような物です」

「ほう、便利な箱だな。ちょっと調べてもらうか」

「何を?」

「オレがさっき言った単語。お前らが無知なだけかもしんねえから」

カチン。このガキは一体……どんだけ生意気なんだあー。

しかし、検索を掛けてみたがどの単語も明確な情報に辿りつくことはなかった。

ただ、人柱力というのが都市伝説サイトに繋がったことぐらい。

「学園都市での人柱行為があるらしい……人柱だけがヒットしたみたいです」

「ふーん、あまり役に立たんな。疲れたから寝る」

サソリは、瞼を閉じて寝る態勢になった。

そこには、容姿相応の寝顔をのぞかせる。

「……どう見ても私たちより歳下よね」

「全くどんな育ち方をすればこんな生意気な性格に」

常盤台コンビが寝ているサソリを指さして言い放つ。

「聞こえてるぞ」

サソリの語気を強めた言葉が四人に突き刺さる。

初春がパソコンを閉じようとした時、都市伝説サイトの下の方に妙な情報があるのを発見した。

 

高エネルギー物体を学園都市直属の研究機関が見つけ、解析しているらしい

 

んーあんまりこの少年には関係ないかな。初春は×を押してインターネットを閉じるとパソコンをシャットダウンした。



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第1章 幻想御手編
第4話 幻想御手


第1章スタートです。


いつしか謎の忍「サソリ」の入院する病院へと学校帰りに寄ることが日課となったある日。

柵川中学に通う佐天と初春は病院へと入るための自動ドアを潜っていった。

御坂と白井は中学が違うため、合流せずに向かう。エレベータを出てすぐ目の前には病院に備えてあるテレビを稼働させるためのカードを発行する券売機のような機械の前で立ち止まる。そこで佐天はウキウキしながらカード(千円分)を購入していた。

「それをサソリさんに渡すのですか?」

「んー、まあね!いやー、そろそろお約束をしておこうかなと思ってね」

「お約束……ですか?」

「そうそう、サソリって(暫定的に)過去からタイムスリップしてきたみたいじゃん。ということは現代文明に驚愕するエピソードを披露しておかないと視聴者様に申し訳がね」

「視聴者って誰ですか?……」

佐天は取り出したカードを初春の前で軽く振った。

つまり、これから起きることを事前に説明しておくと。

過去から未来へとタイムスリップしてきた人に当時の常識を超えた力で動いている奇想天外の物品を見せるという話が結構ある。

人間が走るよりも早い鉄の乗り物(車など)。

移動に便利なエスカレータにおっかなびっくりしながら試乗してみるなど身近にたくさんある。

佐天は、あの赤い髪の少年にも見せたらどんな反応をするか考える心から湧いてくるワクワク心は抑えられない。

そこで見せるべきものを考えてみると、入院しているのだから気軽に外出はできないので最もポピュラーな現代の利器となる「テレビ」を用いる。目の前にある箱から小さな人間が話をしたり動いたりしていれば、いやでも珍妙なやり取りになるであろう。

過去からタイムスリップしてきた少年にテレビを見せる。

「なな!なぜ箱の中で人が動いているのだ!?おのれ無礼な奴!叩切ってやるわ」

自分の居た世界では考えられないような文化的衝撃(カルチャーショック)を受けて、刀を振り上げるサソリに身を挺して止める佐天を連想する。

「大丈夫だから!これはテレビといって……」と説明する。

ここまではテンプレの流れである。

「やっぱり、鉄板ネタよね」

「サソリさんの時代設定っていつでしたっけ?」

まずそんな口調でしたっけ……と初春は頭の中で思った。

 

佐天がカードを片手にサソリの部屋の引き戸を勢い良く開け、いざ現代と過去の思考の科学反応を見ようと気合を入れる。

「たのもー!ってあれ?」

しかし、病室に入ってみるとサソリは看護婦から懇々と説教をくらっているのを見えた

「良いですか!!あなたは重傷なんですよ。患者だと言うこと自覚してください」

「へいへい」

耳を塞いで説教を受け流すサソリ。

「もう、今度見つけたらベッドに縛り付けますからね」

と言い放つとサソリの病室を若干引き戸の開ける音を大きくしながら威嚇するように出て行ってしまった。

「何したの?」

「腕立て伏せをしていたら見つかった。あーうるさいやつだ」

と背中の筋肉を伸ばすように反ると横になって腹筋を始めるサソリ。

「いや、ダメでしょ!」

「オレの身体だからどう使おうと勝手だろ。お前らは奴が来るのを見張っててくれ」

見つけた当初はヒョロヒョロに痩せていたが、治療と(隠れた)筋トレのせいか少しだけ筋肉がついてきたサソリ。

流石、元忍と自称するだけのことはある。この弛まぬ訓練で常人離れした身体能力を身に着けていくのだろう。

さて本題に!

「ところでサソリ!はいじゃーん!」

とサソリにカードを見せる佐天。

「ん?札か?」

『おー、待ってましたよその反応』とばかりに笑顔で自分の頭を叩いて向ける。

「実はね、これをこの箱に入れるとね」

「ああ、それで映るようになるんだな」

「えっ!?」

「それがないとダメだったのか……どうりで弄っても動かねえわけだ」

と固まっている佐天からカードを受け取るとサソリは差し込み口に入れる。

画面にニュース番組が流れ始めた。あとは手元のリモコンを使って操作を確認するようにボタンを押していく。

「んー、無線か、なかなかだな」

慣れた手つきでチャンネルを変えていくサソリを尻目に佐天は側にいる初春の首根っこを掴むとヒソヒソと話し合いを始めた。

「何、なんで知ってんの?初春が教えたの?」

「違いますよ。御坂さんたちじゃないですか」

「あー、しまった。おいしいところ持っていかれたわ」

とヒソヒソ話を切り上げてサソリの元へと向かう。

「誰に教えてもらったの?」

「いや、別にオレのところにもあったし」

な、なに!?

「まあ、ある程度実用段階だった気がするが」

そんなサソリの予想外の行動に佐天は「う、う……」とうめくように呟き、ブルブルと震えながらサソリに指をさした。

「裏切りものー!アンタこの時代の人間だな!返してよ千円」

「何でだよ。お前が勝手にやったんじゃねーか」

キィキィと騒ぐ佐天を初春がなだめる。

しかし、一度メモリが減ったカードは返金不可のため泣き寝入り。

「うう、こんなはずじゃなかった」

佐天が落ち込んでいると、サソリが面倒くさそうに頭を掻きながら。

「悪かったよ。よく分からんが……この札どうすんだ?」

「あげるわよ!!それで裏切った数々の視聴者様の怨念を思い出しながら観ればいいのよ」

「佐天さん落ち着いてください」

病室のベッドを握り潰さんばかりに力を込めていく佐天。初春は苦笑いを浮かべながらどうして良いか分からずに目線でサソリに助けを求める。

「仕方ねえな……おい、そこの引き戸開けろ」

サソリが初春に指示を出した。

「はい?ここですか」

と備えつけてある引き出しを開けると、中から有名菓子ブランドのチョコが出てきた。

「あ、これ」

「お前たちから貰ったんだが、甘ったるくてな……やる」

あ、確かに一つ食べてある。

「さあ、佐天さんこれでも食べて機嫌を直してくださ」

「おーいーしぃ!!さすが有名チョコメーカー!」

早い!そして機嫌が直ったかのように普段通りの活発な女子へと早変わりする。

佐天がチョコに夢中になっている間にサソリは中断していた筋トレを再開していた。

腹筋をしていくが腕には点滴の管が付いており、時折、鬱陶しそうに睨み付ける。

腹筋が終われば、身体を起こして柔軟体操をする。

「ちっ!!大分鈍っているな。嫌になる」

舌打ちをかましながらも両足に腕が苦も無くペタッとくっつくことには二人は一種の羨望の眼差しで見やる。

「サソリさんは、身体が柔らかいのですね」

「こんなもん普通だろ。硬かったら負けだ」

一通り体を慣らすとベッドから起き上がり、壁に向かう。

「さて……ボツボツ始めるか」

何やら印を結んでいるサソリに「何すんの?」と佐天が聞く。

「チャクラの制御、ちょっとこれ持ってろ」

と言うと点滴台を佐天に向かって差し出す。

「お、おう」

と佐天が応じて、握るが疑問符を初春に投げかける。

「おし」

サソリは、印を結んでいた指を離して壁に右足の底をくっつけると吸盤にでも張り付いたかのように吸い付いて、左足も壁へとくっつけて普通に歩くように病院の壁をスイスイと垂直に上って行った。

「え、えっ!?どうなって!!」

「ふう、大分戻ったな。もう少し訓練は必要だが」

図らずも二人を見下ろす形となったサソリだが、唖然と口を開けている二人に首を傾ける。

「どうした?」

「それこっちのセリフ……まるで忍者みたい」

「忍だぞ……チャクラを足の裏に集めて吸着させている」

涼しい顔で答えるサソリ。一人重力を無視した佇まいに一同が冷や汗をかいていると……

「サソリさーん!そろそろ検温のお時間です……よ」

常識では考えられない姿勢(垂直に壁を二足歩行で登っている形)の受け持ち患者に看護師の顔がドンドン引きつっていくのが傍目からも理解できた。

「あっ……」

「サ・ソ・リ・さ・ん!!大人しく横になっていてくださいとあれ程言ったじゃないですか」

「一応、横になっているが。規則に壁に垂直に上るなと書いてないし」

「常識的に考えてありえないからですよ。登らないで降りてきなさい」

サソリは注意を無視してヒョイヒョイと壁を登り、とうとう天井までやってきて三人を見下ろす。

「降りたら怒られるのに、誰が大人しく降りるか」

子供のように腕を組んでプイと横に向くサソリ。

すると、左腕に付いている点滴の管から血が逆流し始めて、サソリの身体から血の気が失せていくのが見て取れる。

「ん?」

サソリは貧血となりチャクラの制御がままならぬようになり、ベッドの上へと自由落下で落ちてきた。

その後サソリは看護師と佐天、初春に自分の行いを責められたがサソリの興味は別のところにあるため聞き流す。

 

******

 

とある昼下がりの公園でブランコに乗りながら、景気よく自分の履いている靴を蹴り飛ばす黒髪の女性がいた。最初に出てきた物語の語り部「フウエイ」と名乗った女性だ。

蹴り飛ばした靴の着地地点を視覚で確認するとブランコから降りる。

「さて、明日の天気は?」

ケンケンと片足で跳ねながら自分の靴を見に行く。

「雨ですか……」

裏返しになっている靴に少しだけ元気をなくす。

「しかし、これから私の能力を使って『晴れ』にいたしましょう」

黒髪のセミロングの女性は両手を広げると、周囲の砂場から黒い砂が集まりだして、靴の周囲を取り囲むとフワフワと空中に浮かべ、靴の向きを正し落とす。今度は靴底が下になった状態だ。

「はい、晴れになりました」

パチパチと笑顔で拍手をすると靴を履いていく。そのような奇異な女性を何やら物珍しそうに周りの子供と学生がチラチラと見ていた。フウエイは周囲の関心が自分に向いたところで演説を始めた。

「このように能力があれば、明日の天気がコントロールできますね……はい?インチキだ?いえいえ、とんでもない、戦略の一つですよ。ここに集まっている人は見事に私の目論見に掛かりました。注意を引くという目的に……です」

フウエイは砂を集めて、手のひらでクルクルと球状に回しだした。

「あなたは、もし簡単に能力が手に入ったり、能力の性能が上がったりしたときに何に使いますか?私のように明日の天気を占いますか?いや、ここは」

フウエイは砂を人型に変えて、思い切り殴り飛ばした。

「日ごろの鬱憤を晴らすように暴れてみますか?……それはあなたの選択です。でも、能力が手に入った背景を知らないと大変な目に合いますよ……」

フウエイは袂から場違いな音楽プレイヤーを出して、イヤホンを耳にセットする。なにやら音楽を聴いているようだ。

そして、赤い髪をした人形を出すと。

「まあ、私の興味はサソリ様の活躍でございますが」

赤い髪をした目つきの鋭い人形を手にして抱きしめた。

「いよいよ、第1章の話へと進みましょう」

女性は人形に糸を飛ばして、赤い髪の少年を静かに動かし始めた。

 

第1章 幻想御手(レベルアッパー)編  始

 

学園都市には冒頭で述べたように超能力開発に力を入れている。しかし、超能力というのは個々人の才能に寄与することが多く。最初から高位能力者になれる者もいれば、思うように開発が進まずに低能力者の烙印を押されるものも少なくない。それによりランク付けされ暗黙の階級というのが存在してしまう。この世は形を変えても弱肉強食の理から外れることはなかった。そのため下位の能力者は1日でも1秒でも高位になる方法を模索し努力するものもいれば、いかに楽をして高位となるかを考える者もいる。それもいつの世も変わりない。

そんな階級に支配される、学園都市に突如として湧いた「幻想御手(レベルアッパー)」の情報。使用するだけで能力の威力が底上げされ一気に高位能力者に近づくことができるあまりに甘美な誘惑に我慢できずに手を出してしまう。

最初は、ネットで都市伝説というより単なる噂話に近かったが、実際に使用した者がいた。手に入れたという情報が入れば、多くの下位能力者は縋り付くように求め始めるのは、人の欲が及ぼす業に近い。

下位能力者による風紀委員(ジャッジメント)を狙った爆破事件を調べていく過程で、そのレベルアッパーの認知は急速に進む。

洋服のチェーン店を半壊に追いやった爆破犯は、その威力とはかけ離れた下位能力者であることが判明した。とても屋内を吹き飛ばすような威力のある爆弾を作ることなど到底できないということだ。

その名称も虚空爆破事件(グラビトン)、解決に尽力した風紀委員(ジャッジメント)の初春は、疲労が重なり微熱ながらも風邪の症状を訴えて自分の部屋で横になっていた。

今日も、御坂さんと会い、赤髪君の見舞いが予定に入っている。佐天は初春に安眠を提供するために家を出た。

公園で御坂と白井に合流すると、やはり昨日起こった爆破事件が話題に上がる。

公園で売っていたかき氷を買い、サソリが入院している病室へ向かった。

そこには、ベッドに横になりながらいつものように不機嫌そうな少年が点滴台を恨めしそうに弄っていた。

「どうしたの?」

「安眠を妨害された……この点滴のせいでな」

話を聞いてみると、昨夜サソリが寝ていると看護師がサソリの点滴が無くなっていることに気が付いて、交換をしたところでサソリは目が覚めてしまったらしい。

そのせいでうまく寝れずにイライラしていたとのこと。

子供か!?

「そんなことで……」

「オレにとっては大きな問題だ」

不機嫌さに加速をかけるように横を向く。

「まあまあ、お見舞いのかき氷を持ってきたからお姉さんと食べようか」

「……」無反応でそっぽを向く。

「全く素直じゃないですわね。私たちが来ないと本当にぼっちですわよ」

「うるせえ、ちび」

ピシっ!!

「このくそ生意気なお子様には、世界の果てにでも置いて来てやりましょうか」

再び白井がサソリの頭をぐりぐりしようと近づくが、サソリはチャクラ糸を飛ばして白井の腕を拘束した。

「馬鹿が、そう何度もかかるか」

勝ち誇ったかのように薄ら笑みを見せる。

チャクラ糸でクモの巣に掛かった獲物を狩るが如く青い光の糸で白井を巻き取っていくサソリに対して、白井は悪魔の笑みを浮かべて即座に座標計算しテレポートを発動し、チャクラ糸の束が空いた隙間を埋めるようにクターと萎む。

「!?」

白井が移動したベッドの反対側で白井とサソリが睨み合ったまま動かなくなり、即座に臨戦体勢となる二人の間に火花が散り始める。イメージ的には凶暴な猫と毒槍を折られた蠍の映像が浮かぶ。

「ハイハイ、おとなしくしなさい」

と手を叩いて御坂が睨み合う二人をなだめる。

「生意気な娘は嫌いだ」

「あら、奇遇ですわね。私もですわよ。たかが、一睡できないくらいで大騒ぎするようなお子ちゃまには私の魅力なんて到底わかりませんわ」

傀儡さえあればこんな小娘……

「そこまで!!」と佐天が両者の頬にかき氷をくっ付けさせる。

「「冷た!!」」

2人は目を見開いて行動を起こした佐天と氷を交互に見る。

佐天は満面の笑みで「かき氷買ってきたから、おいしいから食べましょうよ」

公園で買ってきたかき氷を見舞いの品としてサソリの前に並べ始める。

「かき氷?」

「まさか、かき氷を知らないってことはないわよね」

「違えよ。オレのところにもあったし」

「さすがにそこまで田舎者ではないみたいね」

「ただ、食べるのは初めてだ」

う……何か触れてはいけない部分に触れてしまった気がする

「……あんた大変だったのね。よく耐えたわ」

なんかの勘違いをしたらしく、涙ぐむ御坂に背中をバンバン叩かれた。

体中の凄惨な傷跡を思い出して、更に悲しみに追い打ちをかける。

「ほら、量なんて気にしなくて良いからたくさん食べなさい」

「今回は、特別ですわ」

「はいスプーンですぅ……グズ」

「お前ら何か……」

「言わなくて結構。何かあれば暴力を振るわれ、寒い中をベランダに出され、今日生きていくのに必死で……虐待反対!!」

「そして、ひねくれた性格に……ああ、なんてかわいそうなんでしょう」

「よくここまで逃げてきたわ。えらいわ」

壮大な勘違いをしているが、面倒なので出されたかき氷をスプーンで掬って食べる。

「……氷なんて食って何になるかと思っていたが……意外に美味いな」

サソリは、元の世界では人傀儡として生きてきたため、物を食べることをしなくても生きていられた。しかし、人間の身となっては食べなければ生きていけなくなる。

思えば、人間としての生命維持義務を果たさずとも生きていけた。

サソリは、自分の生命力の強さにまあ感心した。

そして、頭に強烈な痛みが増して顔を伏せる。

「痛っ!!」

額の辺りに冷たい棒が射しこまれたような痛みに眼をつむって耐える。

「お、早速洗礼を味わいましたね」

「まあ、食べたことがないなら経験ないわね」

サソリは、何か自分の体に不調が起きたのかと錯覚したが、三人の様子を観察している内にこの原因というのが自身が握っている氷にあると察した。

「なんだっけ……アイスクリーム頭痛って言うやつでしたっけ?痛くなったら額にかき氷を当てると良いみたいよ」

と佐天がサソリの置いたかき氷を持ちサソリの額にあてた。

不思議と痛みが和らいでいく。

知識だけでは通用しない経験だ。

「そういえば、さっきの会話の続きだけどレベルアッパーの噂。サソリは何か知ってる?」

御坂がかき氷を口に含みながら言う。

「れべるあっぱー……?」

初めて聞く言葉に眉間にしわがよる。

「流石、お姉様!怪しい連中が持っているということで聞くなんて」

「違うわよ!サソリは一応、まあ、忍者だから術であるのかなって……簡単に説明すると、短時間で能力を引き上げることができる装置かな……サソリは何か知ってる?」

短時間で能力が上がる。

「無いことはないな……」

「そうよね、そんなに都合良く……ってええええええええ」

「そのれべる何とかというのは?」

「詳しくは知らないけど……」

佐天はレベルアッパーの情報を知っている限りのことを話してみる。

使用した者は自分の能力のレベルが格段に上がる。

しかも簡単に。

どこかの学者が遺した論文か。

料理のレシピか。

そして幻想御手(レベルアッパー)というものを使ったという人の書き込みがインターネットの掲示板にあるということ。

「ただ、都市伝説みたいな感じで」

サソリは少し考える素振りを見せると……

「何かリスクはあるか?」

「今のところは」

「……オレのところで短期間に術の性能が上がるのは、丸薬を飲むか、八門遁甲をこじ開けるかだな」

サソリは、残りの氷を掻き込んで言う。

「がんやく、はつもんとんこう?」

「薬を使ってチャクラを上げるのと脳のリミッターを意図的に外すということ」

「使うと」

「相応のリスクがあるな。力が強大になればなるほど身体の損傷が激しくなって、最悪の場合死に至る」

サソリの言葉に、白井と御坂は少しだけある情報が頭を過ぎる。

一連の事件に原因不明の昏睡状態に陥ってる学生がいるということだ。

サソリは融けて液体状になった氷シロップを飲んでいくと。

「別にリスクがないなら、使っていいんじゃねーの?」

「そういう訳にはいかないでしょ。もしかしたら危険性があるかもしれないのに……現に」

と言ったところで御坂がしまったと云わんばかりに口を押えた。

「現に……か。ということはお前らなんか知ってるな。それも悪い情報を」

白井が頭を抱えると口を押えている御坂より前に出ていく。

「まだ調査段階ですのよ」

「そうか、まあいいや……オレはそれがどんなものか知らねえし」

バツが悪くなった白井が御坂を連れて病室から消えていった。

後に残った佐天はイスに腰かけながらサソリの方へと顔を向ける。

「レベルアッパーってマジモンなの?」

「変な言い回しだな。あの感じだとありそうだな……」

サソリの病室に夕日が差し込んでくる時分だ。そろそろ病室の一般開放は終わりを告げる時間だ。



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第5話 遭遇

佐天達の見舞いが終わり、サソリは一人で暗くなりつつある病室で腕組みをしていた。

「さてと……」

いつまでもこのままではな……

サソリはこれまで起きたことを頭に思い浮かべながら、順番に整理していく。

 

暁の任務で一尾の人柱力を誘拐してくる→侵入者が来たので迎え打つ→

チヨバアと桃色の髪の娘と戦闘をする→両親の傀儡に核を打たれ、倒れる→

???→忍がいない場所で治療を受けている(現在)

 

倒れ、意識を失った後に何があった?

百歩譲って、オレはあのときに死ななかったとしておくと

あの場でオレを助けられるのは、実の祖母「チヨバア」と「侵入者の娘」しかいない。

あの二人がオレを助けた?

「まさか、チヨバアが……いや、どうだろうな」

確かに家族だったが、あの殺し合いをした後でそんな感情が起きるだろうか?

オレが最後の攻撃を躱せなかったのと同じように、チヨバアにも微かに残る家族の敬愛が起こったのだろうか。

今となっては分からんな。

さらに「人傀儡から人の姿にする」

そんな技術をサソリ自体は持っていないし、そんなものがあることを知らない。

人を傀儡にすることはサソリには可能であるが、逆は技術的に不可能だ。

「転生忍術……」

チヨバアが最後に桜色の髪をした娘に施した術を思い出す。

あの忍術にこのような効果があるのだろうか?

……考えにくいな

チヨバアは、確かに「傀儡にさえ命を吹き込める」と言っていた。

『傀儡を人間にすることができる』とは言ってない。

ひとまず、オレはあの戦闘では奇跡的に死なずに救出されてここにいる。

そして、どうやったか知らんが……オレを人傀儡から人間にした。

人体に対するかなりの知識を持っていなければできない芸当だ。

ここまで考えて該当、可能性がある忍は……

「大蛇丸か」

かつて暁時代でコンビを組んでいた忍へと行き当たる。

大蛇丸は、木の葉で伝説の三忍の内の一人だ。忍の術や優れたセンスならば暁の組織でも随一の実力を持っている。

確か人体の遺伝子に傾倒してクローンの研究をさかんに行っていたな。

だが、そいつがなぜオレを助けた?

そんな事をしてもなんの得にもならない気がするが。

「イマイチ、アイツとは美の感覚が違ったからな」

そんなこと言うとなんでも爆発させるデイダラとも美の感覚があっていない気もするが。

 

えっと……大蛇丸は、「永遠の命」と「あらゆる術」を使うことに執心していた。

「オレの傀儡なら、お前の目的に合うんじゃねーのか」

人傀儡に改造してしまえば、永遠に近い時を生きられるし、使いたい術があったら術者を傀儡にしてしまえばある程度使用可能だ。

だがアイツは。

「そんなものに興味はないわ……貴方がやっていることは私の理想と違うの」

「……」

「術なんて、自分で使うから意味があるのよ……傀儡なんてしょせんは道具でしかないわ。別に貴方を否定するわけじゃないけどね」

術は自分で使うことに意味がある。

オレの芸術(傀儡)をただの道具と言い放ったのは、アイツが初めてだ。

あの時から大蛇丸との溝が深くなり、いつしか奴は組織を出て行った。

オレの芸術を否定した奴への恨みは次第に濃くなり、次に会う時は殺したいと思ったほどとなる。

もしかしたら、ここは大蛇丸の隠された実験場でオレはその実験体でここにいるのかもしれない。

 

長居は無用か。

下手に動けば奴に見つかるが、かといっておとなしくしているのも性に合わん。

とりあえず本体は病室から動くのをやめて、チャクラが戻っていないがせめて分身を使って情報収集をしておいた方が良いと考えた。

「まあ、居たら殺るだけだが」

逆に考えよう、これは復讐をする良い機会だ。

散歩がてらにチャクラの定着と地形の把握などやるべきことはたくさんある。

「うまくいけばこの場所を抜け出して、元の場所に帰れるか……」

そこで、サソリは言葉を詰まらせた。

帰るってどこにだ?

サソリには、もう帰る場所なんてないことを痛感した。

故郷を追われ、組織に侵入した人物を排除することもできずに戦闘に敗れた。

これまで人間でも人形でもなく、真っ当な居場所もなく、不安定な世界で生きてきた。

組織が探していることも考慮に入れておくが、かなり確率は低いだろう。

負けた者をそうそうあのメンバーが探しにくるとは思えなかった。

「オレの代わりの者が組織に入っているかもしれない」

組織の一員の証となる指輪がなくなった指を見やる。

組織のリーダーは人柱力の持つ強大な力で世界を平和にすると言っていた。

うまくいったのか……失敗したのか

オレが確実に存在した証がそこにはあるはずだった。

「……」

傀儡もない、忍としての力もチャクラも取り戻せていないオレが帰る場所はあるのか……?

サソリは迷いを振り払うように頭を横に振ると、印を結び、今度はただの分身ではなく影分身を生み出す。

影分身の術は、普通の分身とは違い分身体にも実体があり、分身体が得た情報を本体に還元することができるという利点があった。

分身体は窓を開けて階段でも降りるように一瞬だけ下に下がるとチャクラで吸着した足を用いて病院の外壁をスルスルと登りだした。

「やはり、見たことがないところだ」分身体は目で周りを観察していく。

あんな幾何学的な建物と鋭利にとがった建物はあまり見ないものだ。

里というのは「隠れの里」という名称がある通りに敵に見つからないように里を構築して外部からの攻撃に備えるものなのだが……これじゃ、攻め込んでくださいと言わんばかりの目立つ建物が多すぎる。

大蛇丸の隠れた実験場だとしてもかなり目立つな。

「何か感知するための塔なのか?取りあえず高いところへ移動して一望してみるか」

病院の屋上から飛び上がって、近くのビルに手を掛けて更に上へと移動していく。近くにあるビルの壁に足を付け、チャクラを集中するとスタスタと壁と垂直になって走り登っていく。

「平面で上りやすいが、窓は避けていた方が良いだろう、と」

サソリはガラスで透けるのを防ぐために、コンクリートの壁をヒョイヒョイとあみだくじのように歩いていく。

「うーむ、どう考えても窓が多いな。罠が用意されているかもしれん」

サソリの脳裏にガラス窓を突き破って忍が黒い塊となって攻撃してくる仮想映像が流れた。

用心は怠らない。

今歩いている壁は大丈夫か?

とチャクラで吸着してある足元を叩いてみる。

「かなり硬い物質で出来ているみたいだ。これなら大丈夫だろう」

歩みを進めると目の前に長方形の物体が見えてきた。

「ん?」

サソリは警戒しながらゆっくり音を立てずに周り込むように長方形の物体に近づいた。

♪~

何やら鼻歌が聞こえてくる。

「今日も汗水垂らして働くのよ~、帰りゃ女房と娘が待ってんだ~」

歌か……チャクラを感じないから幻術の類ではないか。

長方形の物体に乗っているのは作業着姿の中年男性だった。窓をきれいに清掃している。

「ありゃ!あんちゃん!こんなところまで登ってくるなんて能力者かい?」

「ん、ああ」

「そろそろ下校時間だから家に帰んな。能力者として訓練するのもいいが休むことも肝心だぞ」

サソリを能力者だと思って声を掛けたらしい。

ひとまず訊いてみるか……

「おい、大蛇丸を知っているか?」

「おろち?なんだペットの名前かい、いやー見てないね」

男性は怪訝そうな顔をするとペットの話だと思って言った。

末端の人間は知らないか……

「なあ、ここから出るにはどうしたら良い?」

「出る?許可書がないと出れんはずだぞ。無断で脱出するってんなら上に見つかる」

「上?」

中年男性が指を差した方向を見る。

「上にチカチカしているのが見えるだろう」

黄昏の時刻の空にチカチカと点滅を繰り返す何かがサソリの視界に見えた。

「ここの学生ならあれに見張られているから、脱出は考えんほうが無難じゃ」

「あれは何だ?」

「さあね、偉い人が造って、みーんなあの機械が決めてんだ」

「機械?……」

「そうだ、あれが全て決めてんだ。明日の天気から実験の結果と運命までも」

「運命……」

「そうだ。運命さえも機械に決めてもらったんじゃあ、人間も終わっちまうんかな。じゃあな」

「ほう」

長方形のゴンドラはサソリの進行方向とは逆に下降していった。

サソリはそのまま前進していく。

運命さえも決める機械?興味深いな

サソリの後ろ姿を見ながら、中年男性は思う。

「少し独特の子じゃな。あれを知らんとは……まあ知らない方が幸せかもしれないが」

人々の暮らしを豊かにするために開発されたものに今度は縛られていく哀しさがそこにはある。

サソリはチカチカと点滅するその物体を追いかけるようにビルの屋上に移行した。

運命

サソリには嫌いな言葉だ。

死ぬ運命を逃れるために人傀儡の世界に傾倒していった。

運命を決める者……それは古くから伝わる伝承では「神」と呼ばれる代物だ。

登っているが、解っている。

神と呼ばれる存在は決して手の届く距離にはない。神はただ試練を与えて無感情に駒を動かすだけの冷徹なもの。

遥か天空にいるソイツを睨み付ける。

あれが大蛇丸の策謀ならば大した奴だな。

屋上へと着くと仄かに力なく点滅する神を握り潰すように目の前で拳を重ねた。

「オレをここに閉じ込めておけると思うなよ」

 

学園都市の遥か上空に存在する人工衛星としての世界最高のコンピューター「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」はとある演算結果を提示していた。

毎日のように送られてくシミュレーション依頼の実験の合間を縫って静かにそれは進行している。

おそらく科学者や人間が気づかないほどの小さな異変から最悪の事態を想定しての演算。

全ての関係者に迅速に指令が出せるように設定し、関係者を選定していく。

仮想未来を想定しては全ての住民(二三○万人)を振るいに掛けていく。

1人、また1人と落としては再浮上させてもう一度シミュレーションをする。

それが現実にならず、シミュレーション結果が削除されることを願いつつ……

結論から言ってしまえばサソリを呼んだのは、ツリーダイアグラムではない。

彼は偶発的に現れた。それにより生じた不確定要素は、大きな波紋となって都市全体に広がっていく。

 

あれが監視の物体だとすればオレは既に見つかっていることになるな。

サソリは、ビルの屋上からぐるりと自分がいる都市を見渡す。四方全てを掘りで囲まれている要塞のような姿を視界に収めた。

「……がくえんとし……か」

閉鎖的な外観の都市を眺めて、サソリは黙ってビルの下を覗き、飛び降りるように漆黒に包まれる市街へと身を投げた。

まだ分身の自分を解く気にはならない。

 

分かったのは、ここは元いた世界ではない。

チャクラや忍が概念として抜けている世界だ。

実験だとすれば長期のものだろう。

当たり前のことを与えずに生物が成長すればどのようになるか?

という実験は過去から現在まで数多く行われてきた。

チャクラという概念を知らないということ自体も実験だろう。

だが、それを行うことの結論、結果が分からん。

まあ、分からんから行っているのだろうが。

知らないなら、知らないで通りそうだ。

傀儡もなく、生身の人間の身体に閉じ込められたような感覚のままサソリの影分身は彷徨うように都市の中を歩いていた。

自分を証明するものがない今。

オレは本当にあの忍の世界にいたのだろうか。

あの時に両親に貫かれた機械的な核貫通感覚。

それさえも今となってしまえば曖昧な存在となる。

新しく知識が増えたからなのか、それとも不明点が明らかになっただけなのか……

サソリは鉄橋に差し掛かった。欄干から流れる川を眺める。

忍だった頃、組織にいた頃では使えなかった時間だ。

何もしないで流れる水と煌々と光る街灯と通り行く光線を見やる。

一つ一つに詳しい説明が付属していない、ありのままの風景を頭に残す。

「オレは後悔しているのか?」

暁の組織で人を殺めたことか……違う

人道から外れ抜け忍となったことか……違う

両親を人形にしたことか……たぶん、違う

負けたことの後悔なのだろうか、あの時に動いて反応していれば負けずに済んだかもしれない。いや違うだろう。

サソリは自分の思考結果を嘲笑った。

これが現実、これが結果だ。

オレは負けた。だが生きて動いている。

もう、それでいい。

「オレは分身だ。消えれば本体に戻る。役目はこの場所を調べることだ」

サソリの分身が帰結したことは本体の一情報として処理される。

ただそれだけだ。

「さてそろそろ戻るか」

辺りはすっかり暗くなった。人の通りもまばらになる。

すると、そこへ髪が妙にツンツンとした青年がサソリの前に息を切らしながらやってきた。

「あ!アンタ逃げた方が身のためだぜ。後ろから不良の方々が……いない!?」

後ろを振り向いて、男はサソリの目の前に来て肩で息をした。

「よし、うまく撒けたみたいだ」

男が来た方向をサソリは黙って見続けていた。

「いや、誰か来ているみたいだぞ」

「うえ?」

とその時に橋の端から青白い閃光が一直線に飛んできた。

男は右手で光線を受け止めると、右手に触れるや否や閃光は収束して四散していく。

「サンキュー、助かったぜ」

サソリに向かって会釈する。

「何やってんのアンタ!不良から守って善人気取り……ってサソリ!?」

見知った顔が暗闇の中から街灯で浮かび上がった。

御坂美琴だ。

「おう、お前か……何かあったのか?」

「あたしが情報収集していたところをこのバカに邪魔されたのよ」

顎で男を差す。

「なんだよ、人がせっかく。アンタひょっとしてこのビリビリの知り合いか?」

「ん、ああ、まあな」

「じゃあ、あとは頼んだ」

「待ちなさいよ。今日こそ決着をつけるわよ」

「頼むぜ。もうこんな不毛な争いはしたくねえんだよ」

御坂が電撃を飛ばして、男に当てるが右手で打ち消される。

「まあ、いい奴なんだが、少々喧嘩早いからな、なっ!」

と男は右手でサソリの肩を掴んでお願いするが

「ん?」

サソリの身体が煙のように消えていった。

……

……

「へ、へ?この右手は異形の能力を打ち消すだけであって人命を奪うような代物ではないと上条さんは思っていたわけですが、殺ったの、この歳で上条さんは殺人罪に処されるのでしょうか」

サソリが消えた痕跡の煙を集めて元に戻そうとするが、煙と化した分身は戻らず、手の流れで更に強くたなびいて薄く大気に溶けていった。

御坂には前に見たことがある光景だったので頭を抱えて、帯電していく。

「それなら心配いらないわよ。それよりも、本気でいくわよ」

モクモクと御坂の背後にある空に大きな積乱雲が出てくる。

「ま、待てメンタルでかなりやられているのに、それに大電流を落としたらこの辺一帯、停電に……」

「問答無用ぉぉぉぉぉ!」

その日の晩に雨のない落雷が橋に落ちました。

 

本体に戻った、サソリは先ほど分身に起きたチャクラの変化に首を傾げていた。

「チャクラの流れが断ち切れた?どういうことだ」

あの男に触れた途端に形を作っていたチャクラが消失し、分身が本体に戻っていった。

「妙な能力の奴が多いな」

当面の目標は、こんな実験場に送ったはずの大蛇丸の調査だ。

そうと決まれば少しずつ動きだしておくか。

サソリは、病院に備え付けてあるテレビの視聴を再開した。

『現在に残る伝統名工、カラクリ人形特集』

そこでブツンっとテレビの電源はおろか部屋の電気が落ちて、一気に暗闇が支配する。

「ん?」

すぐに自家発電により、病院の電力は復旧したが、節電のためテレビには供給されませんでした。

 

******

 

翌日から病院には、一種の混乱状態となった。この一週間に原因不明の意識不明者が急増し、医師たちも頭を悩ませていた。伝染病の線も疑われたが院内感染の要因は少なく、急増する患者に手の打ちようがないと言った状態だ。

御坂と白井は、先日起こった爆発事件の犯人が意識不明であるという情報を手に入れて病院に急行していた。

原因としてはレベルアッパーが考えられるが情報不足のため断定できない。

状況を重くみた病院当局は外部の大脳生理学の専門チーム(代表 木山春生)を呼んで原因究明に尽力することとなった。

「お待たせしました。木山春生です」

御坂と白井はそこで奇妙な科学者と初めて出会った。

 

一方、そのころ佐天は自分の部屋に居た。

「病院から貰った巻物……サソリが持っていたらしいけど」

サソリを救助した時に身体に身に着けていた巻物である。今までサソリの件でゴタゴタしていたため忘れていた。

大きさは片手で掴めるほどだが、それが数個存在していた。

佐天の手からはみ出すくらいの大きさの巻物を目にして、佐天は考え込んでいる。

「巻物を使っているんじゃ、やっぱり忍者かもしれない……けど中身が気になるなあ」

極秘の文書?それとも財宝のありかを示した地図?

開いていない巻物に対して、アニメや漫画等で収集した情報を総動員して中身を想像する。

「いや、持ち主のサソリに持っていくべきかも……で、でも」

もしも財宝の在処だったらと考えると欲望は止まらない。気になっている服を買って最新モデルの携帯も……へへへ

「でもなーあれ?そういえばサソリも聞いてこないところを見ると忘れているのかも」

何度も開こうとするが、良心の呵責に悩み続けている。

「一応、文書は無事か確認だけでも……やめた。今度行ったときに訊いてみるという形で」

佐天は、巻物から手を放しパソコンを起動していつも利用している曲ダウンロードサイトへと移行し音楽プレイヤーに曲を入れようとしていた時に、バランスを崩して椅子から転倒していた。開いてページのある部分に転倒の衝撃でマウスポインタが移動すると、リンクが貼られており、そこには背景が黒塗のページに唯一文。

TITLE:LeveL UppeR

ARTIST:UNKNOWN

「何これ……?」

それは噂だけの産物が目の前に突如として出現した。

そこに倒れたイスが拍子となって巻物の封が解かれ、煙がモクモクと立ち上り、佐天の部屋には黒髪の男性が突如として出現した。

「ん?!!きゃああああああああああ」

どこから?一体どこから湧いたのこの人?

顔面真っ青で宙に浮いているが次の瞬間には重力の影響でガシャンと佐天の部屋の床へと崩れ落ちた。

佐天は男性に恐る恐る近づいてみる。

黒髪の男性は、人間みたいなのだが人間でないような雰囲気を纏っていた。

ところどころに真っすぐな線が入っており、人としてはありえない関節を無視した倒れ込み方をして床へと広がった。

 

よくテレビでかわいい人形の劇や人間みたいにリアルなロボットの開発等があるが。

人間というのは人間に形が似てくれば親しみを覚えるらしい。虫よりもサルの方が親しみやすく、サルよりも人間と言った具合にだ。

だから、ロボット工学の発展の功績にいかに人間に近づけるかの研究が続けられている。

しかし、ただガムシャラに人間に近づければ良いものではなく。

近づく中である種の恐怖というのが出てくる。

専門家の言葉で言うならば「不気味な谷」というものが存在する。

人形やロボットはある程度であれば人間に近ければ近いほど私たちは親しみを覚えるのだが、近づけるに当たって一般の人間が見たら、不意に何かが「おかしい」と思った時に一気に親しみから不気味さが強くなる領域がある。

これをうまく使った映画としては「ゾンビ」が挙げられるだろう。

人間に限りなく近いが、人を襲い、銃で撃たれても痛がる素振りを見せない彼らに不気味さや怖さを感じるのには、この「不気味の谷」が関係している。

 

佐天の眼の前に現れたこの黒髪の男性も一種の不気味さを持っていた。人に似ているが動かない瞼、身体。男性はまんじりともせずに天井を凝視し続けており、黒を基調とした服にダラリと垂らした腕と足が男性を生き物ではないことを決定付けている。

「これって人形?……」

サソリが人形を操ると言っていたけど、こんなに不気味な人形を操っているのかな?

勝手に某放送局で流しているかわいい人形を想像していたが、これは明らかに人気が出なさそうな感じだ。

「良く出来てるわ。この腕なんて本物の人間みたいな」

カチャ!

かちゃ?

人形の腕がパカッと開いて針がマシンガンのように発射されていき、佐天の目の前を通過した。

「ぎょわああああああ!!」

突如として起こった非日常に人形から腕を慌てて離すと手近にあったクッションで微かに暴れている人形の腕を抑え込んだ。

「あー、びっくりしたあ」

クッションから目線をずらして人形を見ると反動で機械的に開いた顎をそのままに首を傾けて佐天を見続けていた。

じー

じー

じー

じー

こ、怖い……物理的に怖いが、精神的にもかなり怖い。というかどっかから現れたんだ?

「これは、私を狙う敵の勢力かもしれない!」

眼を細めてじろじろと見るが、でも下手には触らない。

ふと、足元にサソリの巻物が開いているのが映る。

「まさか、この巻物から?」

いやいや、二次元から三次元の物体を呼び出せるはずが……ん!!

待てよ、これって魔法陣に怪物?

「だとすると召喚士じゃん!ほえぇ、ここまで科学は発達したんだ」

巻物に手をついてみるが、当然ながら何も起きない。

巻物に書かれている字を見る。うわー、パソコンでしか見たことないような行書体だ。

こういうのを達筆というのかしら、ミミズが這ったような字にしか見えない。

「用はないのでお帰りください。さあ、早く巻物に帰ってください」

と頭をついて手を上に持っていき、拝むような動作をする。

しかし、いまだに顎が外れているかのように佇んでいる物体はうんともすんとも言わない。

「今度、サソリに会ったら訊いてみるか。さすがに部屋に置くのにはセンスが悪い気が」

でも、動けば罠が発動する。厄介なものを病院から押し付けられたもんだ。

取りあえず、座布団を緩衝材にしながら慎重にズルズルと部屋の隅に追いやり、顔の部分にタンスからタオルを取り出して被せる。

これでオシャレなインテリアになって……いくことはない。ダラリとはみ出る腕と足。

「仕方がない。お主にはバスタオルをかぶせてあげよう」

と仰々しく言ったところでバサッと人形にかぶせる。

なんか悪いことを隠すような感じだな……

さて、人形は無事に隠せたが何かパソコンで重要な情報を開いた気がする……あっ!!

「レベルアッパーみたいなのを見つけたんだ!さてさて」

佐天は自分の音楽プレイや―にそのレベルアッパーらしきものをダウンロードした。

その人形から伸びる小さなチャクラが佐天に付着したことを知らずに……



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第6話 外出

高レベルの能力者になりたいって思わない?

能力が高いことに越した事はないし、進学とかもその方が断然有利ですけど

やっぱさ、普通の学生生活送るなら外の世界でもできるし、超能力者に憧れて学園都市に来たって人けっこういるでしょ

あたしもさ自分の能力って何だろう

あたしにはどんな力が秘められてるんだろうって

ここに来る前日はドキドキして寝れなかったよ

それが最初の身体検査で「あなたには全く才能ありません」だもん

正直ヘコンだぜ

私も能力の強さは大した事ありませんけど

ここに来なければ皆さんと出会う事もなかったわけですから

 

それだけでも学園都市に来た意味はあると思うんです

 

やった!!

やっと手に入れた!

これであたしも能力者になれる!

佐天は自前の音楽プレイヤーを手に持つと歓喜のあまり玄関を飛び越えて外へと向かった。

例年に比べれば暑い日なのだろうが、この時はいい天気としか印象にない。

「御坂さんみたいにならないかもしれないけど……あたしだけの能力が」

メールで初春を呼び出してある、早く今の収穫を伝えたい!

佐天は今にも破裂しそうな心臓を少し抑えながら、形容できない高揚感に包まれていた。

 

サソリは、回復の兆候が見えたので点滴は外されて、わずかばかりの自由を満喫していた。

病室で外出に関する規約や順守事項を説明されて正直面倒くさそうに頭をボリボリと掻いて聞いた。サソリは、説明の際に貰った紙の資料に目を通している。

「えっと、外出する際は最寄りのナースステーションで許諾を得てくださいか……ただし、最初の一回目は身元保証人のサインが要りますので連れてきてください」

うわー、最大の難関がここに出てきたか。

なんだよ、身元保証人ってオレだけじゃダメなのかよ。

身元保証人か。

普通に考えるならば家族や肉親となるだろう。

サソリの耳には傀儡人形にした両親の軋む音が想起された。

写真の両親よりも人形になった両親と触れ合った経験の方が多いから思い出される確率は人形の方が高い。

サソリは外出に関する書類を丸めて足元にあるゴミ箱へと投げ捨てた。

これが実験している大蛇丸の手口ならばあくどい。

まあ、書類を提出しなくても出て行くしな。

わざわざ相手の言う通りに動く必要はない。

腕組みをして先日行った影分身での記憶を元に作戦を立てていく。

「まずは大蛇丸の居場所だな。たいていは中心か」

布団の上で指を動かして都市の外形を描く。そして描いた円の中心にポンと指を立てる。

そんな思案している中で病室の引き戸が開く音がして、顔を向けた。

来たのは御坂と白井だ。

「よっ!」

サソリに御坂がフランクに挨拶を交わす。

「おっ、点滴外れたんだね」

「やっとだ。邪魔だった」

「容体はどうですの?」

「悪くない」

サソリは眠そうな眼で身体を伸ばしてポキポキと鳴らす。

当たり障りのない会話をする。

「ああ、そうだ。お前らさ大蛇丸っていう奴知ってるか?」

サソリは一応、御坂達に訊いてみた。

「おろちまる……?」

御坂がパイプイスに逆に座り、背もたれ部分に前のめりで体重を掛けて座った。

そして、白井と互いに目線を合わせる。

「知らないですわよ」

「絶対絡んでいると思うんだが」

サソリが予想通りと言わんばかり首を後方へと向けた。

「待って、まずおろちまるって人?」

「そうだが。それ以外に何がある」

「いや、ペットかなって」

「何でそうなるんだよ」

「知り合いですの?」

「まあ、知り合いだな。居たらオレに伝えてくれ」

「えっと特徴言ってくれる?」

「ああ」

 

おろちまるさんの特徴

女口調

長い黒髪

蛇みてえな奴

長い舌

 

「なかなか濃ゆい方ですわね」

特徴を書きだしてみたが、なんかこれだけで物語が書けそうな素晴らしく特徴的な外見も持っている人でした。

そこで御坂が白井を連れて、サソリには内緒話をするように相談した。

「サソリとどういう関係かしらね」

「そうですわね……この特徴から類推すると女性ですから彼女?」

彼女!?

「うん、やっぱりそうなるわよね。サソリが虐待されていた時に助けてくれた恩人みたいな」

御坂と白井は特徴からサソリの元カノ(と思われる)「おろちまる」という女性を想像する。

 

長い黒髪に着物を羽織った可憐な少女だ。

目元は鋭く長い舌を出したり入れたりしている。

歳はサソリより年下くらいで背もサソリよりは小さい。

大丈夫サソリ君?

ああ、もうこんな暴力だけの世界なんてやだ。

よく耐えているわよ。必ず私が助けてあげるからね

ああ、すまん

そして、重なり合うくちび……

キャーキャーキャー!!

 

もうそんな仲なの?

あたしたちよりも年下なのに?(見た目は)

「最近の若い子は早熟といいますからねお姉様!」

「それにしたって早すぎるわよ」

サソリを真っ赤な顔で睨み付けると

「お、おおおおおお姉さんはそ、そそそそそんな関係みとめないからね」

「何の話だ?」

 

ところで

「なんでお前らここに来たんだ?」

サソリは軽く柔軟体操をしながら御坂達に訊いた。

「えっと、前に話したレベルアッパーの話。使ったと疑わしい人が倒れたみたいなの」

「ほう、やはりか」

やはり……?

「術にはそれ相応のリスクがあるもんだ。短期間で能力が上がるなら意識不明くらいの事は起きるだろうし」

腕を頭に回して両足をブラブラさせる。

「アンタ知ってたの?」

「知っているというか……まあ大体予想通りだな」

サソリは頭をふらつかせながら眼を閉じる。

「そいつはどうなった?」

「えっと……意識だけがなくて原因不明かな」

運ばれてきた患者には目立った外傷はなく、検査をしても突き当たるモノがなくお手上げ状態に近かった。

そしてそれは、この一週間に入ってから増加している。

症状が回復した者はいない。

ウイルスや細菌による伝染病も検査線上に浮かんだが、肝心のウイルスおよび細菌は発見されず二次感染も起きていない。

そこで病院では意識不明の原因が脳にあると考えて、外部の大脳生理学専門チームに依頼し調査してもらうとのこと。

御坂達は医師から受けた説明をサソリに話した。

「ただの意識不明か」

「そうなのよね。なんか心当たりある?」

「一つだけな」

とサソリが言ったところで病室の引き戸が開けられて、白衣姿の女性がサソリの目の前に現れた。

「お待たせしました。院長から招聘を受けました『木山春生(きやまはるみ)』です」

ボサボサに少し伸ばした髪に隈が縁取っている目元をしたクール系の女性だ。

「私は木山春生。大脳生理学を研究している。専攻はAIM拡散力場、能力者が無自覚に周囲に放出している力の事だが……」

「風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子です」

「御坂美琴です」

一応、名乗られたので自己紹介をする。

「……」

サソリは無言のままその場を動かずに動向を伺っている。

会話には加わらない。

「あの……それで何かわかったでしょうか?」

病院の医師がなんとも不安そうに尋ねた。

「今の所は何とも言えません。採取したデータを持ち帰って研究所で精査するつもりです」

「データならこちらから送る事もできましたのに、ご足労かけて申し訳ありません」

「いや、学生達の健康状態が気になりましたので」

説得力のある言葉使いに白井と御坂は安心した態度を見せる。

そこで白井は気になっている事象を思い切って訊いてみた。

「あの、お尋ねしたい事がありまして」

そこで「幻想御手(レベルアッパー)」について質問を飛ばす。

「ネット上で広まっている噂なのですけど」

「それはどういうシステムなんだ?」

「それはまだ……」

「形状は?どうやって使う?」

「わかりませんの」

やれやれと言った感じで木山は顔を歪ませた。

「それでは何とも言えないな」

「そうなのですけど……実は植物状態の学生の中に……」

「続きは場所を変えて聞かせてもらおう。ここは暑い」

昨夜、謎の停電により冷暖房が使えなくなっている。

ジワっとる熱に汗を流しながら木山は提案した。

サソリは木山の話しぶりから一つだけ確信したことがあった。

あの女が言った言葉の中に「嘘」があるということだった。

ふと腕組みをして思案するように首を傾げると

「そうだサソリもついて来る?」

と御坂がニコニコしながらゴミ箱に捨てたはずの外出規約を持ってサソリに広げて見せた。

「うぇ」

 

最寄りのナースステーションで外出許可書の書類を手に取ると御坂は身元保証人ということでサインを書いた。

常盤台ということで一発オーケーだったことに関してサソリの首を傾げるばかりだった。

「やっぱ、お前の身分がおかしい気がしてならねえ」

「そうかしら、まあいちいち説明しなくて済んでいるから楽よね」

ひとまず、これで申請すればいつでも外出ができるようになりました。

ナースが差し出した用紙に外出した時間と自分の名前を書いていく。

「それでは、手続きが完了しましたので、外出していいですよ。帰ってきましたら受付に自分の名前とカードをかざしてくれれば入ることができます。遅くても夕方の5時には部屋に戻っているようにしてください」

と事務的な説明をし、サソリにカードを手渡した。

「なんだこれ?」

「外出の際のICチップ入りの身分証明書ですよ。次から円滑に手続きが進められるようになります」

「あ、あいしー?」

「当病院に入院している証となりますので、無くさないように注意してください」

良くわからん仕組みだな。

手続きを終えるがサソリは何かにつけて渡されたカードを眺めていく。

折り曲げたり、割ろうとしたりするがさすがに御坂に止められた。

そして木山と病院のロビーで合流すると、一行は自動ドアを経て真夏の学園都市の中へと繰り出した。

聳えたつビルとコンクリートのジャングルが容赦なく日光の熱線を封じ込めて歩き回っている人々に攻撃をしかける「ヒートアイランド効果」が起きている現場である。

「あ、暑い……」

サソリの服装はここに初めてきた組織で着用していた外套を身に着けていたが、黒を基調とした服に太陽の光を集光しており、自動ドアを抜けて10秒ほどでサソリをノックアウトさせた。

病院の脇にある日陰に入っては、一時休戦とばかりに腰を下ろして陽炎が浮かぶ道路を睨み付けている。

サソリの予想外の行動に御坂達も同様に日陰に入る。

「大丈夫?」

「ちっ……殺す気か」

「そんな服を着ているからですわよ」

「これしかねえからな」

う……また触れてはいけないところを触れた気が!?

「大変だったわね」

「もうそれはいい」

とばっさりと手をブラブラさせて御坂の慈愛モードを打ち砕く。

「ところでこの子供は誰なのだろうか?」

木山は汗をダラダラと垂らす赤髪の少年を白衣のポケットに手を突っ込んだ状態で見下ろしていた。

 

場所を変えて、近所の喫茶店。

「この少年は誰だ」

「……」暑さで虚ろな目をし、斜め前を見上げている。

「えっとサソリって言う子なの。訳あってさっきの病院に入院しているのよ」

「サソリ……!?」

聞き覚えがあり気な感じで木山は赤い髪の少年を見据えた。

「そうか……そうか」

と頬杖をついて頷いていく。

「何か知ってますの?」

「いや、これが巷で有名なキラキラネームというものなのかと思ってね」

………………

えっ!?

木山はサービスでやってきた水を口に含んだ。

「えっと……その感じは初めてというか……キラキラネームって英語読みを無理やり日本語にするようなことではなかったでしたっけ?」

「じゃ、サソリの英語読みでスコーピオン君が正しいキラキラネームということになるな」

サソリ→スコーピオン→すこうぴおん

むりやり漢字を当てはめると

須甲比音くん

ってなればいいんだな。

「よかったわね、とりあえずキラキラネームじゃないわよ」

背中をバンバンと叩く御坂。

「ちっ」ブスッとサソリも頬杖をついて外を見る。

「でも何かへましたら須甲比音くんと呼びましょうかね」

店員が喫茶店でだしているメニューを持ってやってきたので各自で注文をすることに。

「ドリンクバーを人数分っと、サソリは何か頼みたいものある?」

メニューの覗いてみるがどれもあまりサソリの興味を引くものはない。

「特にないな」

「遠慮しなくていいのよ。この3ポンドステーキ(約1.3kg)とかどう?」

と写真で出されたのは鉄板からはみ出るくらいに焼かれた肉の塊だ。

申し訳程度に下に玉ねぎが顔をのぞかせている。

「こんな食えねえよ」

見たくもない感じで目を背けた。

「では、ドリンクバーを人数分とまた追加注文をすればいいわね」

店員さんを呼んでドリンクバーを注文した

 

ドリンクバーのシステムについて軽く説明する。

「あそこでコップをもらえば飲み放題……怪しいな」

「まあ習うより慣れろってことで」

「自分で使っていれば納得するでしょうね。いってきなさいですわ」

半ば蹴りだされるように座席を追い出された。

「いてて」

仕組みが複雑だな。サソリはフラフラとした足取りで説明を受けた個所へと移動していった。

「変わった子だな」

木山がサソリを見送りながら視線を真っすぐに戻した。

「同じ学生かね?」

「いえ、私たちにも身元が分からないのですわ。ある日突然血だらけで道に倒れていまして」

「結構ひどい傷だらけだったからその……虐待を受けていたんじゃないかと」

「そうか、確かに普通の子供というものではないな」

木山はかつての自分の過去から子供たちの顔を思い浮かべた。

「虐待の可能性があるなら、大々的に呼びかけることは勧めないな。虐待していた親が来るかもしれない」

「そうですよね。今度捕まった時のことを考えると」

「少し様子を見てみますわ。それに今解決すべきは謎の原因不明の意識不明者についてです」

 

サソリはドリンクサーバーと睨めっこをしながら奇妙奇天烈な装置を注意深く観察していた。

「これか、これを押すと飲み物が出てくるのか」

と緑色に描かれたポップ体のボタンを押してみると

「おお!」

緑色の液体と多少透明な液体が混合されてコップ置き場の下へと落ちていく。

「なるほど、この色と飲み物の色が連動しているのか」

サソリはコップを置いて赤い字体のドリンクのボタンを押した。

すると、

「うへ?」

赤色の想像から程遠い、ドス黒い炭酸水に思わずボタンから手を放して距離を取った。そして恐る恐る手を伸ばして3分の1程にまで注がれた黒い液体を覗き込んだ。

「これは飲んで大丈夫なのか……?」

ポコポコと泡が出たり、消滅したりと毒物に近いような感覚を覚える。

そうか、やはり飲み放題というのはこれが狙いか。

飲み放題というエサをぶら下げて、一気にこの黒い液体で死に至らしめる。

サソリは黒い炭酸水をサーバーの隣へと置いて、客を案内している店員を眺めた。

あの笑顔の裏にはこんな計画を認めていたとはな……敵ながらやるな。

サソリの視線に気が付いて、笑顔で「ごゆっくり」と言ってくる。

どこでゆっくりさせるんだか……

そこへ、小学生くらいの子供がやってきて、サソリと同じ黒い飲み物を押していた。

「お前、この飲み物はうまいのか?」

「うん、おいしいよ」

「ちょっと飲んでみてくれ」

「うん」

とその場で黒い飲み物をストローでチューとおいしそうに飲んでいく。

サソリは、少年の飲んでいく挙動に注意して観察を始める。

そして、少年が一息ついたところで少年の脈拍を取っていき、飲み物の影響をうかがう。

「即効性であれば、数分で症状が現れるな、遅効性であれば二、三時間の間を空けて効きだすから……設備が充実していれば詳細にわかるが……」

少年はサソリの行動に疑問を生じた。

「お兄ちゃん何してるの?」

「ん、お前が飲んだものが有害か無害かを判定する。少し待て」

「ゆうがいって?」

「身体に悪い影響がないかどうかだ。最悪死に至るかもしれん」

「死ぬの。僕死んじゃうの?」

「さあな、これから判断する……っておい!」

そこには、今にも泣き出しそうに顔を歪めた少年がいた。

「死んじゃう……死んじゃう」

「待て!まだ決まったわけじゃないから、おい乱すな」

「えっく、えっぐ!わああああああああああーん」

店内に響きわたる、子供の泣き声!

ぽろぽろと大粒の涙を流して、泣き始める子供に何をしたらよいかわからずにサソリは固まった。

「何してんの!アンタは!?」

御坂が子供の泣き声にすっ飛んできて、チョップでサソリの頭に思い切り捻じ込む!

「痛ってなあ!!人の体をなんだと思ってんだよ!」

チョップの余韻でヒリヒリする頭に両腕を翳して、うずくまるサソリに御坂が仁王立ちで説教を始めていく。子供は御坂と来た白井が慰めている。

「大丈夫ですわよ飲んで、あそこにいる頭のおかしい人なんか気にしないで良いですからねえ」

よしよしと頭を撫でると、泣き止んで元気に席へと少年は戻って行った。

「何でまた子供泣かしていたのよ」

「いや、この飲み物が毒か否かの判断をだな」

「だからって子供を使うことないでしょ」

「子供の方が代謝が活発なんだよ、実験材料には持ってこいだ」

コイツ……!

御坂はグーに拳を固めてサソリの頭に拳骨を入れた。

「何が実験よ!こんなバカげた騒ぎ起こしておいて!それにね、それは安全な飲み物だから大丈夫よ」

「……安全かどうかはオレが判断する、原材料を言え!」

サソリは痛みで生じた涙を隠すように黒い炭酸水を指さす。

………………

「それは……知ってはいけない謎よ」

「は?」

「そうですわね。知っているのは世界で二人だけという噂もあるほどですし」

白井が腕組みをしてフムフムと頷いて加えた。

「なおさら危ねえだろ!何で平気で飲んでんだよ」

 

ドリンクバーへと行ってしまった三人を横目で眺めながら木山は一人ボーっとした様子で座っていた。

「見てて飽きないな」



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第7話 嘘

ドリンクバーでの騒動のあと黒い炭酸水を半分まで注いだ飲み物をサソリは自分の席に戻っては警戒心たっぷりといった感じで威嚇していた。

 

あの時の子供の様子を時折、遠くから見つめているがこれといった異変は起きていない。

現状では安全な飲み物みたいだな。

いや、これは恐怖の序章に過ぎず

漆黒の飲み物を口に入れた者はジワジワと精神が錯乱して最後には発狂してしまう。

ここの喫茶店から始まり、世界を侵食していくことだろう。

そのときこそ奴らの思うツボである……

 

「変なナレーション入れてないで早く飲みなさいよ」

「……飲んでみるか」

諦めたようにサソリはストローから黒い炭酸水を少し吸い上げた。

「つぅー」

なんともいえぬ刺激に顔をしかめっ面にした。

そしてあふれ出す甘い味。

「変な飲み物だ」

サソリは遠くへと黒い液体を遠ざけると。

「ダメだな。好き嫌いは良くない」

と目の前の木山がサソリの前へと戻して、自分は優雅にアイスコーヒーを飲んでいる。

「……」

サソリはテーブルに頭を突っ伏しながら木山を上目遣いで睨む。

目の前に黒い液体、木山が飲んでいるのも黒い液体。

「どうしたのサソリ?」

「お前らさ」

「はい?」

「黒いものを好んで食うのか?」

 

サソリのお見舞いの品→チョコレート菓子→黒

ドリンクバー→炭酸水→黒

木山が飲んでいる液体→黒

 

「悪いが黒いものを食うのは付いていけないな」

「べ、別にそういう訳じゃないんだけど」

「確かに考えてみると私たちの身近に結構あるものですわね」

白井は妙に納得した。

「さて本題に移って良いだろうか?」

木山が待ちくたびれたように言う。ストローでアイスコーヒーの中にある氷をクルクルと回す。

「意識不明と噂のレベルアッパーの関係性だったね」

「そ、そうでしたわね!すっかり忘れてましたわ」

「何してんだか」

サソリがストローでガチャガチャと炭酸水の中にある氷をガリガリ削っている。

「「八割方アンタのせいよ(ですわ)」」

キッと二人は声を出すがサソリは意を介さないように黙っていた。

「えっと、今回意識不明となっている者の中にこのレベルアッパーに何らかの形で接触した可能性がありますの」

「その根拠は?」

「この前に起きた洋服店の爆破事件の奴をボコったんだけど。その相手が店ごと爆発させるほどの能力を持ってなかったみたいなのよ」

「その人の登録データではレベル2判定となっていますが、爆発の規模から推定するとレベル4くらいの能力でしたの」

「なるほど、いきなり二段階を短期間でアップさせるのは難しいな」

「そうですよね」

「だが、もしかしたらその短期間に自分で上げた可能性も無視できない」

「そうですけど……それにしても数が多いのですわ」

「そこでレベルアッパーが出てくると」

木山は左頬を少し歪ませながらアイスコーヒーを口に含んだ。

サソリは木山の挙動を観察していく。

まただ、これは嘘をついている時の反応だ。

病室で感じた違和感、レベルアッパーという単語に呼応する人体の反応。

サソリの中で確信したのは、目の前の女性の「レベルアッパーを知らないことが嘘」だということだ。

だが、知っているものを知らないと嘘をつくこと。

それは日常的には当たり前の動作。

日常会話や生活を円滑にするためには『知っているよ』というよりは『知らない』から教えてと言った方が会話の幅が広がる。

至極当たり前。

「ところでさ、さっき病室にいた時にサソリが言ってたのがあったわね」

「あ?」

「ほら、意識不明の人に対して『一つだけな』って心当たりがあるような感じで」

「言ったか?」

「言いましたわよ。記憶もおぼろですの?」

「ああ、あれか。その女の話を聞いて一つだけ気になることがあるってところだな」

「私の話にか?」

「そうだ」

御坂と白井は互いに顔を見合わせて、首を傾げた。

サソリが「一つだけ」と言ったのは木山が入ってくる前だったような気がする。

そこで「いや、違う違う。木山さんが入って来るま!痛っ!!」

サソリが御坂の脇腹に肘鉄をかます。

このやろう!女の子の十八番の肘鉄を……

「何すん!?」

サソリは鋭い眼光で御坂を睨み付けた。「少し黙ってろ」とかなり怒っているような小声で言う。

あまりの剣幕に御坂は自主的に黙った。

「……えっと、あんたレベルアッパーっていうの知ってるだろ?」

「ん?どういうことかな」

「表情が少しだけ変わったからだ、あとその単語を聴いた時に表情が左右対称じゃなかった」

「ほう」

少しほくそ笑むとサソリを見る。

「心理学を専攻しているのかな……随分と詳しいな」

「まあ、いろいろだ」

「これでも科学者だからね。未知なるものへの探求は欠かさないものだよ。そのレベルアッパーも噂くらいなら手に入れていた」

「じゃあ、レベルアッパーを知っていたのに嘘をついたと?」

「別に嘘をついたわけではない。確証がないものは信じないようにしていてね。これで満足かな赤髪君は?」

「まあ、そうだろうな」

予想していた反応は得られたのかサソリは同意した。

サソリは中指でテーブルを叩く。これから発言することを頭の中で咀嚼しているようだった。

「……」

この御坂(バカ)のおかげで、余計なことを言いやがって。

なんとか辻褄を合わせたが……

嘘をつく奴にこちらの持っている情報を簡単に渡すわけにはいかない。

忍の世界でも情報というのは非常に重要な戦術となる。

情報があるのとないのとでは、戦況もいくらか変わってくる。

サソリは組織にいたときから、情報操作の重要性を知っていた。

たとえ力を持っていなくとも、情報を操ってしまえば相手が持っている強大な力で自滅に追い込むこともできる。。

逆もしかり、こちらを混乱に落とすような情報操作を行えば簡単に組織は壊滅するだろう。

「もしもだが、お前がレベルアッパーで能力を手に入れたらどうする?」

サソリは木山に聞いてみた。

「それは使えば能力が付与、向上すると仮定しての話かな?」

「そうだ」

「んーそうだな……自分の能力の限界を測ってみるかな」

アイスコーヒーの氷をカチャカチャとかき混ぜる。

サソリは座り直して、目の前にいる木山という女を見据えた。

「ほう、能力を使ってみると」

「ああ、臆するよりも使ってみないことにはね」

サソリと木山は互いに視線を絡ませた。サソリは視線を外し、「そうか」とだけ呟いた。

木山は科学者として多くの人物と謁見してきた経験があり、相手の挙動や言葉使いで割と相手の心理は読める方だが、サソリの反応を踏まえてここまで何を考えているのかわからない相手は久しぶりという感覚を持った。

何か策略を練っているのではなく、子供のような突飛な質問に懐かしい気持ちになる。

しばしの無言。

そのあとに、木山は

「そうだな。危険の可能性があるなら規制した方がいいかもしれない」

と付け加える。

「…………」

サソリは黙ったまま、少し考えていた。

こいつから分かるのはここまでか。

確かにこの女は「嘘」をついていた。

しかし、だからといってそれが相手の弱みになるということではない。

知っていたが、信用していなかった。

そう言ってしまえば片が付く。

大方サソリの予想通りの話の展開になっていたが、一つだけある確信を得た。

この女はレベルアッパーについて何かを隠している!

それは使用者としてか、犯人としてか。

そこを攻めるべき、やめるべきか……

「ところで、この者たちは知り合いかね?」

木山の言葉に連なって窓を見ると、佐天がべったりとくっついてにっこり笑っていた。

 

「へえ、脳の学者さんですか」

初春が感心したように言った。

「サソリは退院したの?あたしプリンパフェで」

「まだだ、外出が許可されたくらいだ」

佐天と初春は木山の隣へと座り、サソリたちとは向かい合うようになっている。

佐天は呼んだ店員にデザートを注文した。

「いやー、いい事って続くもんだねえ。サソリは外出できるまでになって、あたしは欲しいものが手に入ったし」

佐天はニコニコとメニューを眺めた。

普段は何とも思わないステーキの断面図でさえ自分を祝っているような気分の良さだ。

「佐天さんはいつも元気よねえ」

御坂がドリンクバーから持ってきたジュースをストローで吸う。

「はい、元気が一番です」

と敬礼をしている。

「さてと、あなたは良いんですの?」

白井がサソリの方に視線を向ける。

「聞きたいことは終わった。あとは適当にまとめてくれ」

「勝手ですわね。ではひとまずレベルアッパーについての現時点での見解を述べておきますわ」

レベルアッパー!?

佐天の体がピクンと反応した。

「あ、それなら」

やってきたプリンパフェを少しほおばりながら佐天がポケットに手を入れる。

音楽プレイヤーをテーブルの前に出したが。

「レベルアッパーの危険性は未だにわかりませんが、持っている人の捜索及び保護を前提にし、レベルアッパーなるものが見つかった場合には」

え!!?

佐天は動きを止めた。出した手を引っ込めることもせずに……

「私が調査をする。ということでいいかな?」

「はい、お願いします」

「話を聞いていたら興味が出てね」

「ありがとうございます」

白井は木山に一礼をしてお礼する。

「何かあったんですか?」

初春が疑問に思って投げかけた。

「まだ調査中でなんとも言えませんが、レベルアッパーの使用者に副作用が出る危険性があること。そして急激に力をつけた学生が犯罪に走ったと思われる事件が数件発生しているみたいですの」

佐天はポケットから出した音楽プレイヤーを前に突き出しながら会話に耳を傾けていた。

「どうしました佐天さん?」

「あ、いや」

と慌てて手を引っ込めるようにテーブルの下へと滑り込ませるが、不意に木山が飲んでいたアイスコーヒーにぶつかってしまい中身が木山の膝上へと零れてしまった。

「わあああああ、す、スミマセン」

「いや、気にしなくて良い。かかったのはストッキングだけだから脱いでしまえば……」

と木山は平然としながらまるで自室にいるかの如く身に着けていたスカートを外してストッキングを脱ぎだしていく。

確認であるが、ここは公衆の面前の喫茶店であり、不特定多数の周囲の目があるところだ。

きゃああああああああああ

と木山が言うべきセリフを女子学生が奪うという形で顔を真っ赤にして各々理性に基づく反応を示す。

御坂は隣に座っているイタイケな少年の眼(←?)を両手で強く塞ぎ、白井と佐天は大声で木山の行いを責めた。

「なに人前で脱いでいるんですの!」

「女の人が公の場でパンツが見えるような事しちゃだめです!」

「しかし起伏に乏しい私の体を見て劣情を催す男性が」

「趣味思考は人それぞれですわ!」

初春は顔を真っ赤にして俯いているが、ふと前の席にいる御坂とサソリに注意を向けると

「いきなりやるなよ!目の中に入っただろうが」

「子供は見なくていいの!」

「お前もガキだろうが!外せこの!!」

と御坂の手を引きはがそうとしている。リハビリの成果があったからなのか腕力では御坂を少し超える力を取り戻していたサソリはジワジワと目から御坂の手を引きはがしていく。

「ちょっ!やめな、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ」

御坂は帯電していた電気を開放して自分の腕を通してサソリへと容赦なく流し込んだ。

「うぐぐぐぐぐ」

最初は抵抗していたが、蒼い閃光がサソリの体をバチバチと照らし出していき、サソリはそのまま力尽きるようにぐったりと大人しくなった。

「はあはあ」

「お姉様……何も仕留めなくても」

「ご、ごめんつい」

 

そして時間も夕方へと傾き本日のレベルアッパーに関する意見はひとまず置いておくことにして本日は解散となった。

喫茶店から出ると白井は木山にお礼を言う。

「今日は忙しい中、ありがとうございました」

「いや、こちらこそ色々迷惑をかけてすまない」

と木山が言ったところ端にいる赤い髪をした少年がビリリと閃光を放出しながらたむろっていた。

「赤髪君は大丈夫か?」

「大丈夫じゃねえよ……まったく余計なことしやがって」

目をゴシゴシと擦る。さきほど御坂にやられた目が痛むらしい

木山はサソリのこういった強がりにも似た発言を少し懐かしく思い目を細めた。

「教鞭をふるっていた頃を思い出して楽しかったよ」

「教師をなさってたんですか?」

「昔……ね」

と何処か遠くを見つめるように言うと木山は踵を返すようにして帰路へと向かった。

サソリはさきほどの電撃攻めからかなり機嫌を損ねたらしく喫茶店の植木場で腰を下ろして舌打ちをかます。

「ごめん、ちょっとやり過ぎたわ」

「お前さ……オレが土遁使いだって解ってやったか?」

「え?どとん?」

「岩や砂を使う忍術だ。土遁は雷遁に弱えんだよ」

サソリは未だに電撃の余韻が残る身体から感覚を取り戻すように手と首を回している。

忍術の属性にはジャンケンのように相性があり、雷は落雷で地面を吹き飛ばせるので土遁にとっては雷遁に弱いことになる(所説あり)

「あれ?砂とか岩って電気に強いイメージがありますけど」

「そうですわね。電気ネズミの理論から云えばそうなりますわね」

注 某国民的モンスター育成ゲームのことです。

「どこの常識だよ。お前の雷がオレの術を無効化するんだよ。ああー、目も痛えし、踏んだり蹴ったりだ」

 

「そういえば佐天さん見せたい物って」

「あ!?えーと」

先ほどの話の一件からこの場でレベルアッパーを実は自分が持っているなんて話出せるはずがなく、佐天はその場をごまかすように

「ゴメーン!私用事あったんだ。また今度ね!!」

「はあ」

とその後ろで好敵手の気配を察知した御坂は全員に知らせることなく獲物を狩る獅子の如く前のめりに後ろ方向へと走り去っていった。

「あれ?御坂さんがいませんよ」

「おねーさまー」

「なんか攻撃体勢で後ろに行ったぞ」

サソリは立ち上がって外套についた埃を払うと

「じゃ、解散だな」

「ええ、少しは常識を身に着けてくださいよ」

「へいへい」

「さようなら、サソリさん!また」

と興味なさげに二度返事を返すとサソリは学園都市の街の中へと歩みだす。

幻想御手(レベルアッパー)の魔の手が身近に迫っているとはこの時は誰も気づいていない。

佐天は焦りと戸惑いで大通りではなく路地裏を走り抜いていく。

レベルアッパーを規制?

やだ……やっと見つけたのに。

手放したくない。

手放したくないよ。

やっと見つけた私だけの能力。



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第8話 ナンパ

喫茶店でのレベルアッパーに関する話し合いが終わり、各々がそれぞれの場所へと向かう中でサソリは病院に帰る道すがら喫茶店での木山の言動や反応に対して視覚記憶と言語記憶を引きずり出して組み合わせていた。

知っていることに対して「知らない」と返答。

まあ、これは想定内。

目に隈を持ち、ボサボサの髪とどこでも脱ぎだす露出癖など風貌はかなり怪しいが、言っていることは正しい。

だが、次に訊いた質問の返答によりサソリが木山に対する疑惑が一層強くなった。

 

「お前がレベルアッパーで能力を手に入れたらどうする?」

という質問に対する回答は

「そうだな……自分の能力の限界を測ってみるかな」

この会話に違和感があった。

 

正直サソリにはレベルアッパーについて詳しく知っている訳ではない。

術の一種かそれとも丸薬のように使うかどうかも分からない。

しかし、使えば能力が向上する。話の流れからそれは確定事項。

そして便利な能力には相応のリスクが存在する。

便利な能力、圧倒的な力が手に入るとするならば命を落とす危険性も高まっていく。

周知されていない一般の人間がそれに手を出すのは分かる……

危険性を考慮せずに使用するのは若者に特有の無茶アピールだ。

だがあの女は自分を研究者と言っていた。

研究者として答えるならばあの会話は一気に不自然になる。

仮に危険性があるかもしれないものに対して自ら使ってみるという発言。

サソリも傀儡の研究をしている。

その中で最たるものは、人傀儡というものだ。

通常の傀儡であればクナイを仕込んだり、起爆札を隠して使用するなど道具としての側面が強いが、人傀儡の利点は生前に使用していた術を傀儡を通じてサソリが使用できることだ。

この方法はサソリにしかできないし、技術も公開していない。

他里の忍を殺し、人傀儡に造り替え、術を使用する。

その時に最も重要になってくるのは「術を使った時のリスクや反動」の把握だ。

どれだけ凄まじい術であろうが、操っている操者に危険が及ぶのなら話にならない。

そう、研究者はリスクを恐れ、身の安全を最優先に考えるはず。実験をするならば自分の身の安全を確保してから行うのが定石。

それなのに迷いなく、あの女は「使う」と答えた。

研究者としてはおかしい。人体に使ったらどんな反応が出るか、ある程度のデータを蓄積してから使用するか判断をする。

木山に関しては、そのレベルアッパーというもの自体の発言を控えるような口調だった。

注意喚起はサソリの誘導で、副作用については白井。

むしろ、使うことに抵抗がない。いや、奨励しているような印象だ。

…………

やめた

何でこんなどうでもいいことに頭を使っているんだ。

レベルアッパーが危険とか能力を手に入れることができるなんて正直どうでも良かった。

これが本当にリスク無しで能力が上がるものであっても、何かの企てで広がっている大規模な実験であっても外部のサソリには関係がないように思える。

まあ、大蛇丸が仕掛けてきているものなら返り討ちにしてやるが。

関係ないが、身の安全のために情報だけは集めておくとしようか。

そういえば黒髪の佐天という娘は何かを持っていたな。

まさかな……

とサソリがぼんやりと考えていると、歩いている隣店先で学園都市が管理している警備ロボットが通過する。

警備ロボットは、たばこを吸っている金髪の不良男を見つけると向きを変えて

「ピピッ、禁煙エリアでの喫煙を確認。学園都市内は終日全面禁煙です。また、未成年の喫煙は禁じられています。年齢確認のため学生証を――」

と機械音でしつこく不良男を付けまわして、予めプログラミングされた文言を出力していた。

サソリはその警備ロボットを興味深そうに観察していく。

「おお!音声出力有の自立式傀儡か……」

警備ロボットの後をサソリは付けまわすように向きを変えて歩いていると無性に知的好奇心が刺激されていく。

 

どうやって動いているんだろうか?

音声は?

どこから駆動のチャクラを?

 

自由に動く傀儡人形は傀儡造形師にとっての理想に近い。

糸で操っていた両親もこのように自分で動いてくれれば、少しは変わったかもしれない。

人形の両親に包まれて安心していた子供時代。

傀儡人形の両親から乾いた愛情を受け取っていたが、気を抜くと地に倒れてしまう人形に冷めた目で見ていた。

動きだけでも人形ではなく両親だったら……と何度も思った。

サソリは、ウィンウィンと車輪を動かして不良男を追いかけようとする警備ロボットの縁を掴むとその場から動かないように車輪を傾けて静止させる。駆動により微小の揺れがサソリの腕を通して伝わった。

「離してください。離してくだい」

「まあいいじゃねえか、オレと付き合えよ。ちょっと中身を見て分解してお前がどうやって動いているか知りたいだけだし、構造が分かったら元に戻してやるから(たぶん)」

ヴィンヴィンとコンクリートに空回りする車輪の音が聞こえ、少し白い煙が出現したところで地面から弱めの衝撃波と轟音が響いてきた。

「!?」

サソリは咄嗟に警備ロボットから手を離してしまい周囲を警戒するように見渡す。周りの人も突如として響いた異変に戸惑っているようだ。

サソリの手から離れ、縄を解かれたように警備ロボットは通常の業務に戻りつつ道路を走りだして、サソリから離れていく。

「あっ!?ちっ!逃げられたか」

気づいて手を伸ばすが、もう遅い。

舌打ちしながらも衝撃波を感じた場所を見つめる。

これは雷遁か。

ここで知っている奴で雷遁使いと云ったら……

あの御坂とかいう女しかいない。

「さっき戦闘体勢で行ったから……何かあったか」

頭をボリボリと掻くと、歩きから走りへと転向して雷遁チャクラを感じた場所へと向かう。

野次馬とかと同じ勢いである。

 

その場所に近づくにつれてわかったのは、さっきの衝撃波から少して何かの警告音のような音が聞こえることぐらいだ。

サソリは道を曲がっていくと、円柱状の機械が横倒しとなっており植え込みに入っているのが見えた。

衝撃波があった場所には、御坂らしい影がなく側には警備ロボットがビィィィィとけたたましい音を出して倒れている

黒い煙を隙間から放出中。

「お、これはさっきの」

サソリは喜々として機械に触れると扉らしきものを開けて中をゴソゴソと弄る。

「割とうるせえな。これでどうだ」

と適当に中を無作為に指を動かして、振動を感じるところに触れると力まかせに配線のコードを引きちぎる。

すると多少火花が飛び警備ロボットは電源を切られたかのように音を出さなくなった。

辺りをキョロキョロと見回す。

「よし、落ちているものってことでいいな。自立式の傀儡人形なんて初めてみるから興味がある」

サソリの慣れた手つきを見ていた通行人は、「なんだ。整備士がきてくれたんだ」としか思わず仕事の速さに感心していた。

サソリは腕だけでロボットを持ち上げようとするがさすがにビクともしない。

そこで下に車輪があるのを見つけて、コロコロと押して移動していく。

「運が良い。これくらいのことがないと、こんな変な場所につきあってられん」

さっさと大蛇丸の実験場から逃げ出したいが……。

「一発、 頸動脈を切って(トドメを差して) からにしよう」

それはトドメを差すことです!

コロコロを押して移動していくが、立ち止まってふと考えた。

「このまま、病院に直行ってわけにもいかねえか」

いくら外出許可を受けているからといっても、普通に入ってしまうとあのうるさい看護師に見つかって、最悪の場合。

「没収される」

それは避けたい。

かといって自立式の傀儡を置いていくのにも抵抗がある。

裏口は……ダメだ警護している奴がいる。

そして屋上は、あまり人通りが多くない。

「よし、屋上からコイツを持ち込むことにしよう」

幾つかの交差点を通り過ぎて、病院の側へと警備ロボットを引きずっていく。

病院の入り口には白衣を来た医師やら看護師と研究者らしき者が忙しなく入ったり、出たりを繰り返していた。周囲には何台かの車も停車している。

「……何で今日に限って」

謎の意識不明者が増加しており、病院と研究機関は対応に追われていた。

仕方なくその隣の建物から行こうとするが、何やら学生が揉めていて目撃される危険性があるため、来た道を逆行していく。

サソリは、病院から二軒隣の建物の路地裏を確認して人通りがいないのを確認すると侵入して警備ロボットにチャクラ糸を括り付ける。

括り付けたチャクラを身体に纏わり付かせて背負うようにすると、チャクラを手に集中して建物の壁へと吸着させた。

「ギリギリこれならいけるか」

と言うとサソリはふんばりながら白い壁をよじ登っていく。

「ふぅ、ふぅ……重いな」

中を開いて、必要な分だけでも取り出すことも考えたが

いや、なるべくなら全部見たい。

というよりここまで登ってきて引き返したくない。

建物の中間地点までくると呼吸を整えるように止まった。

全盛期の力ならこんなことに時間を掛けないのだがな。

こんな建物も簡単にスルスルと歩くように登っていくことができるのに。

するとスッと背中が軽くなる気配がした。

そうそうこんな感じに……「!!?」

サソリが慌てて背中にあるブツを確認するとチャクラ糸は切れてロボットは下へと落下していくのが見えた。

「しまっ!!?」

サソリは登っている建物の近くの窓を蹴破って侵入すると、両手の指を突き出して糸を下へと伸ばした。

間一髪、チャクラ糸は正確にロボットに纏わりつくと地面に着くギリギリの場所で少し伸びをして止まった。

「はぁはぁ。あぶねえ」

チャクラ糸とチャクラ吸着の併用はまだ避けた方が良いな。

サソリは慎重にロボットを下に降ろすと、まずは自分の身体だけで建物の上まで登り、登り切ったところでチャクラ糸を伸ばして警備ロボットを持ち上げていく。

これならそれぞれのチャクラに集中ができる。

病院までは残り1つの建物を越えれば見えてくるはずだ。

この試みはうまくいき、難なくロボットを引き上げることができた。

屋上に上ってしまえば。次の建物にはそんなに登る必要はない。

サソリはガシャンとロボットを置くと、今度はチャクラ糸をしっかり縫い付けて糸を伸ばしていく。

十分伸びたのを確認するとサソリは助走をつけ、次に控える建物へと飛び移った。

隣の建物は、今いる建物より若干高いため、指に力を込めてロッククライミングをするように身一つで上がっていく。

「よし、あとは」

サソリは建物の屋上に着地すると建物の縁に手をつきだす。伸ばしたチャクラ糸をゆっくりと強くして引っ張っていき、ロボットをこちらのビルにまで引っ張ろうとする。

向こうの建物の屋根に引っかかったような抵抗があるが、サソリは手を上に持っていくと外れてロボットは空中へと投げ出された。重力の影響をモロに受け始める。

下へと落下していくロボットに急いでチャクラ糸を収縮し、縁に足を掛けて踏ん張ると中腹あたりで振り子のように揺らぎながら止まった。

「はぁー、疲れるな」

ちょっと休憩とばかりに両腕を下に垂らしたまま、しばし空を見上げる。

「自立式の傀儡なら操る負担が軽くなるな」

侵入者に対して自動で追尾攻撃を仕掛けるといったことも可能だ。

なかなか面白そうだ。大蛇丸め、ここは褒めてやろう。

「まあ、中身を見れば多少なりとも分かるだろう」

と言っていると、手元がフッと軽くなるのを感じた。

「!?」

サソリは手元の感覚に無意識に集中した。チャクラの色合いが弱くなっている。

「まだチャクラが……」

チャクラ糸が断ち切れて、ロボットは路地裏へと自由落下していった。

 

「いーじゃん。この辺、不慣れなんだろ?オレらがエスコートしてやるって」

とある路地裏では、ドレッドヘアーの男と髪を逆立てた男が一人の女生徒を軽い感じにナンパを試みていた。

女性はフワフワとした印象を受ける髪型をしており、活発というよりはおとなしく自分を出さない印象が強い。

この状況に怯えているらしくときおり「あ、あの」と声にならない微かな空気を吐き出すだけにとどまっている。

胸の前でカバンを抱きしめて相手との距離を少しでも取ろうとする心理的な抵抗をみせる。

 

ど……どうしましょう

初めて来た、繁華街でこんな……

男の人って怖い……

 

心の中では強い恐怖心を思い描けるのだが、それが表面には出てこない。

大人しい女性は恰好の餌食になりやすい。

肩を震わせるが、男性にとってみればそんな微かな反応では余計に加虐心を強めていく。

ニタニタと女性の手を握って強引に連れていこうとしたが……

上から謎の物体が落下してきてドレッドヘヤ―の男を中心に男たちの頭上へと激突して盛大に倒れていった。

ガシャァァァンと金属音と中で物体が転げまわる音がして煙を吐き出しながら、少し坂になっているところへ転がる。

女性は下を向いていたために、何が起きたのかを瞬時に把握できずに音が止むのをまってから静かに瞑っていた目を開く。

「!?」

何が起きたのか分からない女性は震えたまま、落ちてきた物体を見つめた。

よく見かけるロボット?

 

そのころ上では、サソリは頭上を見上げたまま

「やべえ、完全に落ちた」

下を見るのが怖いな。

結構派手な音がしたな。

ということは人が集まってくるか。

うまく行かんもんだな。

部品だけでもなんとか……

 

と勇気を出して下を向いてみる、全員倒れているのが視野に収まった。

「しかも人が居たっぽいな」

まてよ。倒れているから目撃者がいない。

さっさと降りて回収すればまだいける!

「そうと決まれば」

とサソリは呟くとジャンプをして建物の屋上から狭い路地裏へと飛び降りた。

 

奇跡的に直撃を避けた不良男が頭をさすりながら起き上がろうと試みていた。

「痛つつ」

何が起きた?

かわいい子を持ち帰ろうとしていたら、上から衝撃が……

と目の前に無残な警備ロボットが目に入る。

「何でコイツが……?」

と起き上がろうとしたところで再び背中に強烈な衝撃が加わり、せっかく持ち上げた頭をコンクリートに叩きつけられ気絶した。

「あ!運が悪いなお前」

サソリが髪を逆立てた不良男をクッションにして両足で着地し身体を揺らしながらゆっくりと立ち上がる。

「よっと……さて、はあー、完璧に壊れたかな」

気絶して鼻血をダラダラと流している男を足蹴にすると興味対象である警備ロボットを手にして状況を確認する。

所々へこんでいるやら、ネジが飛び出ているやらで良いところを探すのが困難なほどだ。

「中身を開けて、重要そうな部品だけでも抜いておくか」

音が流れたから人が集まってくるだろう。

じっくり見ているわけにはいかない。

急いで蓋を開けようと力を込めるが、ねじ曲がった蓋はそう簡単には開かない。

サソリは様々な向きに力を込めて、捩じっていき徐々に開けていこうと悪戦苦闘していると

「あ、あの……」

と先ほどナンパされていた女性が声を震わせながら精一杯の勇気を振り絞って声を掛けた。

「ん?」

サソリが真後ろに首だけ回して、音源の出どころを探すと、

……クセッ毛の強い女性が顔を真っ赤にしてサソリを見ている。

サソリはその視線に気づくと、驚いたように女性から遠ざかるように飛び上がった。

「げ!?」

「あの……その……ありが」

と女性が出し切ったはずの勇気を再び絞り出して、お礼を言おうとするが、サソリはジワジワと距離を取っていき……

「じゃ、じゃあな」

そう言い残し、女性から脱兎の如く離れていった。

「あ、あの……その」

少女は「あ、あの……その」と呟いてみるが赤い髪の少年は名前を告げずに去っていく。

女性の脳裏には小さいときに好きで読んでいた絵本を思い出していた。

姫様がピンチに陥った時にいつも助けに来てくれる白馬に乗った赤毛の王子様の姿。

剣を片手に茨やモンスターを倒して姫を助けにきてくれる。

いつも口数は少なく、クールに物事を対処していく王子様。

姫様を悪い魔女の手から救ってくれる王子様に幼いながらも淡い恋心と憧れを持っていた。

そんなイメージと赤い髪の少年が重なる。

「王子様……」

少女は胸に手を当てて、少年が去っていた方向をしばらくの間見つめていた。

私が困っているのを知ってロボットを落として助けてくれた。

そして名前も告げずに去っていく。

全てが女性の思い描いた王子様へと繋がる。

白馬にも乗っていないし、白というよりは黒い服を着ていたが関係なかった。

女生徒は恐怖で彩られていた鼓動は別の想いで一層強く拍動するのが分かり、顔に熱がたまっていく。

「……誰なんだろう?」

 

さて、路地裏から走り去っていくサソリは、時折後方を確認する。

「しまった。物陰にいやがったか……見られたな」

おせじにも王子様とは呼べないことを頭の中で展開していく。

バレたか!?

あのロボットを盗んでいることか?

それとも実験体のオレが自由に動いているのが分かったか?

「くそ!自立式の傀儡を置いてきちまったし、惜しいことをした」

目の前で打ち捨てられている自立式傀儡なんて滅多にないだろうし。

この一件であの娘が大蛇丸に告げ口をしたら行動に制限が出てくれるかもしれねえ。

「ああー、あの娘を口封じにぶっ殺しておけばよかったな」

見た目的には、すげえ弱そうだった。

御坂の派手に雷遁で攻めてくる奴とは違って、戦闘向きではない体躯をしていた。

今からでも戻ってみるか……ダメだリスクが高過ぎる。

「それに変な能力を持っているかもしれねえし」

御坂の強力な雷遁に、白井の時空間忍術。

見た目では判別できない高度な術を多用する奴が多いこの場所でむやみに戦闘をするのは好ましくない。

あの女、かなり驚いた表情をしていたな。

まあ、傀儡人形が上から降ってくれば驚くか。

「なんであんなところに居るんだよ!居るのが悪いんだよ」

と若干その場の印象を悪くする子供の悪態のようなことを怒りに満ちた声で言った。

 

サソリは息を殺しながら、病院のエントランスを駆け抜けていった。

ドアの近くにあるソファーの背もたれ部分に手を掛けて息を整える。

ヘマしたな……しばらく大人しくしておいた方がいいだろう。

「はあはあ」と息を荒げてソファーに座る。

深く座って全身の疲れを感じて休憩する。

たったこれだけの全力疾走でこんなに疲れるとは……もう少し訓練の負荷を大きくしてみるか。

痺れるような疲労感と気だるい気持ち悪さに胸を抑える。

すると、そこにカートを押して医療関係の器具を運んでいる担当看護師が通りかかった。

「あら、サソリさんおかえりなさ……どうして息が切れているんですかね?」

担当の看護師が息も絶え絶えなサソリを見つけると、笑いながらも凄まじい形相へと変貌していく。後ろから炎が湧き出して、不動明王が見えるくらいの威圧感だ。

「いや、これは……」

とサソリが目を反らして言葉を濁してみるものの……

「また無茶したんですねえ!……まだ治っていないのに元気にランニングしてくるなんて良い身分ですこと」

とサソリの腕を強く掴む。

「続きは病室でゆっくりと……」

「ま、まて!くそ離せ」

既にチャクラとスタミナが切れているサソリは、難なく駄々をこねる子供のように看護師に引きずられて自分の病室へと戻っていくのでした。

 



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第9話 感知

レベルアッパーについての話し合いから一夜明けた日。

昼過ぎくらいになれば、容赦ない日光の強襲が窓から持たされている。

停電から復旧はしたのだが、重病患者に向けての医療施設ばかりが稼働しているだけでサソリのように元気良くランニングをしてくるような輩には、冷房など贅沢と言わんばかりに点いていない。

「たかが、走っただけであんなに怒らなくてもなぁ」

朝からグチグチと看護師に怒られたサソリは「布団など被ってられるか!」とイラ立ちながら足元に丸まっている折りたたまれた布団を蹴りだす。

「そこまで元気になって良かったですね」

初春はサソリの病室にいた。

レベルアッパーの件に新しい情報が入ったので、サソリの病室にお見舞いがてら報告に来たのである。

「という訳でレベルアッパーというのは音楽だったんですよ」

初春は寝転がっているサソリに向けて興奮気味に説明している。

「何でオレに向かって話すんだ?」

「一応、気になっていると思いまして」

「まあ、別にいいけど……外部の人間に言わねえほうが」

「はう!そうでした……また白井さんに怒られちゃいます」

しまった!と目を見開いて驚きの表情を浮かべる。

「っでそのレベルアッパーという代物は?」

「はい!これになります」

初春はレベルアッパーをダウンロードした音楽プレイヤーを机の上に出した。

「こんなチンケなものにねえ……」

まじまじと音楽プレイヤーを手に取って見てみる。

「ここに音が入っているのか?」

「はい!あっでも、聴かないでくださいね。まだ副作用の危険がありますから」

「分かっているって」

音か……

旋律で幻術に嵌めるやり方もあるから、やはりその方面かな。

「使い方が分からんな」

「知らないんですか?」

「ああ、笛や楽器で鳴らすのは分かるんだが……こんな小せえ四角の物体に入っているとは思えん、形だけでも見せてくれ」

と初春に手渡す。

「えっとですね。これを耳に入れまして」

 

初春が自分の耳にイヤホンを入れると使い方の説明を始める。

「ほうほう、周りの人間に危害は及ぶか?」

「いえ、これをしていると聴けるのは本人だけですね」

「そうか」

サソリの質問に調子良く解答していく初春。なんか学校の先生になったようで得意げだ。

「あとはここのボタンを押しますと音楽が」

「ほお、ここか」

とサソリが円形状にあるボタンの下部分に指を掛ける。

サソリの口元に不気味な笑みが浮かんだ。

ゾゾッ!!

初春が流石にこれから何をされるかわかり、慌てて耳からイヤホンを外した。

「ちょ、ちょっと危ないじゃないですか!?」

「ちっ、気づいたか!惜しい」

間一髪でした。

 

音楽プレイヤーから手を放すと、サソリは手にチャクラを集中させたり、糸を出したりと何かを確かめるように手を開いたり閉じたりしていた。

「何をしているんですか?」

「んー……どうもなチャクラがうまく扱えなくてな」

サソリは先日の自立式傀儡を運ぶ際に感じたチャクラの弱弱しさを冷静に分析している。

「何か抑えつけられているみたいだ」

サソリは自分の身体を触りだして、不都合な部分がないか把握していく。

「!?」

サソリは腹部にチャクラを集中させた時に重怠い感覚が走り目を開く。

「ん……!!?これは五行封印か?」

腹部に施されていたのは封印術の一種である五行封印であった。

これをされてしまうとチャクラをうまくコントロールすることが困難になってしまうものだ。

「ごぎょうふういんですか……?」

「そうみたいだな。どうりでチャクラがうまく出せないと思ったら……」

サソリは少し落ち込み顔を俯かせる。

そして封印を解除するために、右手にチャクラを集中させた。

「あまり難しい封印術じゃねえし、これでいいだろ」

サソリの指が青色の炎に包まれたようになると、そのまま自分の腹部へと突き刺した。

 

五行解印!

 

サソリの身体から堰を切ったようにチャクラが流れ始めて、少しの時間で血色がみるみる改善されていくのが初春には分かった。

「おお!!すごいですね(よくわかりませんけど)」

初春は興奮したように声をだした。

椅子から立ち上がって手をパチパチと鳴らしていると、初春のポケットに入っている携帯電話が鳴りだして、電話口にて出る。

「はい、あっ!!木山さんですか!……はい、実はレベルアッパーの件で報告したいことがありまして……はい」

と初春はサソリに頭をペコペコ下げて、病室から出ていった。

1人残されたサソリはベッドから起き上がり、窓の外を眺める。

 

チャクラを開放したが、何かしっくりこない。

前に使っていたチャクラの性質とは違うような気がしてならなかった。

まるで、チャクラが入っている扉の鍵を開けたが、今度はその開け方がうまくいかないような気がする。

確かに開けようとすれば少し開くのだが、それは扉が少し開いてその隙間から漏れ出しているに近い。

 

チャクラをコントロールするには、本人にとって出しやすいイメージを伴うことが多い。

例えば、円錐をイメージしてその先からチャクラをひねり出すのが合致しやすい人もいれば噴火のように頭の先からチャクラを出すというイメージがある。

サソリは身体の中心、というよりは心臓部にある球状のチャクラ球から指先へと浸透させるイメージでコントロールをしていた。

しかし、現在の身体ではイメージに連動とは行かずに気持ちだけが先行する。

まるで、遠い日に新鮮に感じていた気持ちを思い出そうとしても思い出せない、歯がゆさに近い。

うまく表現するのが難しい。自分でも掴めていないからだ。

傀儡製作からどれくらい遠のいていただろう。

きっと傀儡を操っていればコツがつかめる気がする。

「傀儡でも弄りたいが、道具がねえし。第一傀儡もねえ」

その辺の人間を殺して、前みたいな生活に戻そうかとも考えた。

しかし、それを考えるとあの四人の顔が浮かぶ……

救急車のサイレン音が近づいてくるのが聞こえ、視線を街道に落とす。

「あんな感じで位置情報が特定できりゃ良いんだが」

あれは音を出すという特性で振動数の違いから距離を計算すれば場所がはじき出せる。

「オレの傀儡にもそんな装置を付ければよかったか……あ、そういや壊されたんだっけ」

今、考えるとイラついてきた。あの娘に大蛇丸の情報なんか渡さなかったら良かったな。

ああいう、変に威勢がいい奴には完膚無きまでに叩き潰してやりたかった。

臓物を出して、命を自分の手のひらに燻らせる瞬間を想像する。

そして、綺麗に洗って仕込みを入れれば完成だ。数多の死体を相手に傀儡を作り戦場へと身を置き続けたサソリは、思惑通りにいかぬ現状から逃げるように過去の記憶を再生させた。

 

******

 

『幻想御手(レベルアッパー)』か

最初はあたしでも能力者になれる

夢のようなアイテムだって思ったけど

苦労して身に着けるはずの能力を楽に手にしようってのが

褒められた事じゃないのもわかる

でも

努力してもどうにもならない壁

 

佐天はレベルアッパーについての話し合いからひどく精神が不安定になっていた。

超能力になれることを夢見てやってきた学園都市で

何度も何度も期待を打ち砕かれた『才能なし(レベル0)』の烙印。

見た目では変わらないのに、自分には備わっているはずの超能力がない。

家から出て、初めて感じた天才の存在に自分の存在がかき消されるどす黒い嫉妬。

能力がない自分を呪った。両親を責めてはいけないが落ち込んで呪い文は吐いたこともある。

そんな自分が嫌で手に取った「レベルアッパー」

使えば何かが好転するかと思ったが……味わっているのはエタイの知れない恐怖感。

佐天は当てもなく、都市の道をフラフラと力なく歩いていた。

そしてとあるビルの工事現場へと着いたときに不意に聞こえる大きな声に肩を大きく震わせた。

「そんなっ!話が違うじゃないかっ!」

覗いてみると、オカッパ頭のぽっちゃり系の男性と三人の素行が良くない不良が揉めているようである。

「10万でレベルアッパーを譲渡すると言ったじゃないか。冗談はよしてくれ」

レベルアッパーという単語に思わず耳を澄ませた

「悪いがついさっき値上げしてね。コイツが欲しけりゃ、もう10万持ってきな」

「ふざけるなっ!だったらその金を返してくれっ」

元々、幻想御手(レベルアッパー)は公式のものではない。

現在では、サイト管理の業者に連絡してダウンロードができなくなっており、このように持っている者たちが値段を釣り上げて金を搾り取ろうとしている。

佐天は、最初は他人のフリをしようと離れるべく踵を返した。

しかし、口論だけでなく鈍い音と共に男性の「がふっ!!」という声が聞こえてくれば話しは別だ。

 

オカッパ頭の男の人も自分と同じ

能力がないことで苦しんでいる人

自分は運よく手に入れたが、もし手に入れてなかったら……

 

そう考えてしまうと足取りは重くなる。

良心の呵責に足を止めて争いの場へと身体は赴いていた。

「もっ、もうやめなさいよ!その人ケガしているし」

 

自分が出ていっても何もできないことなんて明白。

理性的に考えてもそれは自明の理だ。

でも、口から出るのは「すみません」とか「ただの通行人です」のような穏便に済ます言葉ではなく、相手を逆なでするような言葉だった。

 

「す……すぐに警備員(アンチスキル)が来るんだから」

我ながらバカなことを口走ったと思う。

でも、見過ごすことはできないで目を瞑って震えていた。

 

白い髪をしたリーダー格の不良が佐天に脅しの蹴りを入れた。

改めて自分がしたことの行動を後悔するようになった。

「今なんつった?」

「あ……あ」

髪を掴まれて、自分の選んだ結末に後悔の念が強くなる。

「ガキが生意気言うじゃねーか。何の力もねえ、非力なヤツにゴチャゴチャ指図する権利はねーんだよ」

 

その通りです……

私はまだ子供です

ち、力もないバカな女です

 

佐天は自分の身体が冷たくなるのを感じた。

気づいていないが、前に人形から付着していたチャクラが馴染みだす。

佐天の身体に付着したチャクラが呼応して佐天の目元にうっすらと赤い隈取が表れた。

「!?」

佐天は一瞬だけ相手の生命エネルギーのようなものを感じた。

足元に生えている草花やオカッパ頭の人の気配。命の感覚が佐天の五感を強く刺激してパニックになる。

そして次の瞬間には自分の体温が急激に冷えていく感じがした。

空気の流れは刺すような鋭利なものとなり佐天の身体を中心に広がる。

 

これは後悔?

それとも恐怖?

 

佐天の周囲に風が起こり、周囲の熱を奪っていく。

佐天だけではない。

回りも人間の体温すらも冷えていく。

それは、夏に吹く風のような些細な変化。

しかし、しだいに隈取は消えていき佐天は普通の様相に戻った。

身体の変化に対応する余裕はなく、現在不良に絡まれていることへの対処が先行する。

佐天が感じたこの不可思議な体験は、御坂達だけでなく、サソリすらも驚愕させる領域へと踏み出した最初の一歩だった。

 

******

 

サソリは暁の装束を身にまといながら、病室でチャクラの感知を試みていた。

オレと同じような境遇のものはいないか?

それに御坂達が使っている能力にはチャクラとは若干の差異があったのも考えて、神経を研ぎ澄ましていく。

「オレは感知タイプじゃないからな」

不得手を言い訳にするわけではないが、こうやって集中しなければ感知できないなら才能がないの一言で片が付く。

東西南北に神経のアンテナをめぐらす、それにしても随分変わった場所だ。

「せめて手がかりだけでも……」

大蛇丸に辿りつかぬとも場所の把握だけでもしておきたい。

「?!」

サソリのチャクラ感知が何かを捉えた。

「今、明らかなチャクラの反応があったな」

サソリは指で照準を合わせて、より正確に精密に場所を割り出す。

「クソ、反応が消えた……」

あんまし出会ったことがない性質の反応であるが、間違いなくチャクラの反応だ。

サソリの日々のリハビリと五行解印によりチャクラ量が増大していたのか、前にも増して動きやすくなっている。人間の身体ってこんなに順応が早かったかな。

サソリは、そこら辺を散歩するように病室の窓から飛び降りていった.

地面に到着する寸前で二本の脚を地面に激突させて、一呼吸置くと、全速力で駆け出した。チャクラの制御で足や手のひらに集めて、瞬間的に加速とブレーキを掛ける。キビキビとした忍者らしい動きでビルの屋上やアパートのベランダに着地しては縦横無尽に動き回る。

いきなり動き回ったので流石に息が切れるが力が戻りつつあることに充足感を持つ。

 

昨日よりも身体が軽い

 

まるで欲しいものが手に入った子供のような充足感に包まれながらサソリは駆け出していく。

チャクラ反応があったところまで一気にやってくると、見知った顔がいるのを見つけた。

「ん!?何してんだお前?」

そこにいたのは、青い顔をした佐天だ。小刻みに震えている。

「サ、サソリ……どうしよう白井さんが……」

「?」

話を聞いてみると、どうやら噂のレベルアッパーを悪用した輩に佐天が襲われているところに白井が助けに入り、戦っている。

さらに白井は相手の攻撃を受けて、現在は目の前のビルの中にいるとのこと。

「サソリ、助けに行ってあげて……」

サソリは辺りを伺うように見て回る。

 

空気が若干変わっているな

温度も日向にも関わらず日陰と同じくらいの涼しさだ

少し居心地が良い

 

サソリは腰を下ろして土を一掬いすると、感触を確かめるように指先で転がした。

「お前の他に誰かいたか?」

「へっ?確かこっちに」

「ひぃっ!!ゆ、許して」

佐天が指さす方向を見ると、太ったオカッパ頭の男が肩を震わせてサソリの視界から外れるように資材の下に頭だけ隠して伏せていた。

 

どう見ても忍じゃねえな……

 

サソリは苦い顔をして、興味無さげコメカミを掻く。

 

もう、チャクラの反応がない

隠しているか、逃げたか……それとも

 

そこまで聞くとサソリは腰を上げる。

「あとは……」

「えっ?」

サソリの視線は目の前にそびえたつ廃ビルの中に注がれる。

白井と殺し合っている相手が、忍だとすれば……

サソリは少ない手がかりから、もっとも可能性がありそうなものを導いていた。

 

「少し待っていろ」

サソリは地面を確かめるように足を踏みしめる。

「ご、ごめん……」

佐天が謝ってきた。

サソリは首を後ろに向けて、予想外の行動に目を丸くした。

「どうした?」

「あ、あたしのせいで……何も能力がないくせにシャシャリ出て、白井さんを……迷惑ばかり掛けて」

文の接続がおかしく、声が擦れている。

佐天の目から涙がこぼれていた。

佐天は罪悪感から、頭が痺れるように痛んでいる。

 

サソリは、黙って佐天の主張を聞くだけ聞くと

「別に能力なんて人それぞれじゃね?」

佐天は俯いていた顔を上げた。

「何に落ち込んでいるか知らねえけど……お前が気づいていないだけだろ」

サソリは、それだけを言うと「忍」の手掛かりがあるかもしれない白井の元へと割れたガラス戸を潜っていった。

 

そのころ、廃ビル内を逃げ回っている白井はリーダー格の不良にあるゲームを持ちかけられていた。

 

逃げ回って良いのは、このビルの中だけ

もし、外に逃げたらビルの近くにいる人に危害を加える。

というルールのゲームという名の残虐性のある遊びだった。

 

白井の攻撃方法はテレポートによる能力を応用だ。

触れているものを座標計算で任意の場所に移動させることができる彼女にとっては、普通の暴力に訴えるチンピラでは相手にならないはずなのだが……

今回の相手は勝手が違っていた。

白井の能力である「テレポート」能力は、座標計算をした物体を瞬間移動させることができるのだが、その大部分の情報を視覚情報に頼っている。

視覚に頼るということは、光による位置情報だ。

相手の能力は、その光を操る能力で本体の前で焦点を結ぶことにより相手の距離感を狂わせていく。

まさに、白井にとってみれば相性が悪い相手だ。

白井は、さきほど蹴られた腹部を庇うようにして相手との距離を取り、突破口を探っている。

白い髪をしたリーダー格が使っている能力は察しが付いているのだが、決めつけはできない。

 

もっと情報がいりますわ……

 

サソリは、音を頼りに忍で慣らした足で歩みを進める。

「音鳴らし過ぎだろ……」

サソリは全く隠す気のない振動に眼を細めながら音源の元へと向かう。

サソリもどちらかと云えば「隠密」は苦手な部類だ。

隠れるよりも敵を殺しながら移動していくため、隠密潜入よりも奇襲という表現が近い。

バラバラと足元に散らばる石ころを踏みしめながら、サソリは追い詰めるように音のする場所へと向かった。

 

チャクラ反応がないということは、まだ接触していないのか?

 

サソリにしてみれば、盛大に戦ってくれれば見極めやすく、労力も最小限に抑えられる。

トン

今まで一階で響いていた足音は、急に二階へと移動した。

「ん?二階に行ったか……もう一人はゆっくりと移動してんな」

少し立ち留まって、目線だけを動かして位置を特定する。

 

白井か、時空間忍術が使えるから大丈夫だと思うが……なんか逃げ回っているみたいだな

あ!そうだ白井を人傀儡にすりゃー、時空間忍術が使えるようになるのか

一度試してみたかった術だ

口から針を飛ばして、二股の髪はムチのように振り回せるようにして……背が小さいから偵察用にも改良できるな。

少し上機嫌になったサソリは壁伝いに階段を探す。

 



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第10話 眼






白井を人傀儡にする。

身体に染みついた造形師としての技術がサソリの思考演算を見せる。

時空間忍術が使えるから、いつでも好きな時に呼び出したり、片づけたりできるかな

起爆札を仕込めば、奇襲爆発を仕掛けることができるし、腕に口寄せの術式をして傀儡を瞬間的に出せるようになれば戦術の幅は広がる。

あの二股の髪に毒を仕込めば、それなりに武器としても役に立つ。

それに忍向きの小柄な体型をしている

あの子供のように起伏が少ない身体なら敵の目を欺けそうだ。

 

白井が聞いていたら、ぶん殴られそうなことをブツブツ呟いている。

二階への階段を見つけるとサソリは、通り過ぎそうになる足を一旦止めて、向きを変える。

頑丈さを確認するように蹴り込んだ。大丈夫そうだ。

 

ここでの人傀儡の第一号は、コイツかな。

改造する前に、どうやって時空間忍術を使っているか吐かせないと

何か特別な条件があったかな?

時空間忍術は、術の難易度では難しい部類に属し、使い手となる忍の数はそんなに多くなかった。

こんなことになるんだったら、しっかり下調べしておくんだった……

ちょっと後悔した。

人傀儡においてサソリが重要にしていること、術の精度もあるが、見た目もそれなりにこだわる。

変な傷跡があるのは、自分の芸術に反する。

ある程度であれば自分で修正することができるが……

 

そこでサソリはサッと顔色が悪くなる。

「あっ!!しまったデイダラみたいな奴だったらまずい!」

かつてコンビを組んでいた相方の術を不意に思い出して、サソリの中で最悪の場合を想定した。

爆発による損壊により人体が修復不能に陥った場合だ。

 

何度、アイツの爆発で有用な資源が壊されたことか……

『旦那ぁ、芸術は爆発なんだぜぇ!』

と頭の中でお決まりのセリフを回想するが、長らく会っていないので口調が合っているか分からなくなっている。

サソリのかつてのコンビ「デイダラ」は、主に爆発系の術を使い、爆発の一瞬の美に執着する芸術家である。

粘土自体は、人傀儡作成のためにサソリもそれなりの知識はあるが、同じ芸術家であるデイダラには一目置いている人物だ。

 

サソリは階段を駆け上がると、呑気に考えていた自分の頭を責めた。

「クソ!それはさせんぞ」

階段を登り切ると、サソリは聴覚を頼りに左右の部屋を眺めた。

左か

サソリは腰を落として、足に力を込めると一気に駆け出した。

通路を曲がると直線の廊下の端っこに不良風の男と倒れている白井が映った。

よしなんとか五体満足みたいだ。

少し安堵したが、傷だらけの白井の後ろ姿に軽く不良男にイラッとした。

間合いを詰めるように音もなく、サソリは二人に近づいていくが

白井の姿が一瞬で消えて、上の階へと移動する音が聞こえる。

「うわ、逃げたか」

「あ!?」

サソリと白髪のチンピラは上を見るという動作が被り、不良の男は驚きながら後ろを向いた。

白髪のチンピラ風の男がサソリの方を振り向きながら睨みを利かす。

「なんだてめえ」

サソリのジト目が一層強くなる。

白い髪に見開いた目、所々抜けている数本の歯……芸術とは程遠い出来だ。

 

うーん、オレの傀儡コレクションには入らねえかな……でも全くないよりはマシかな

 

上に移動した音を眺める。取りあえず白井は生きているようだ。

「お前が?」

さっきのチャクラ反応はコイツ?

忍とは世を忍ぶ者。

あんまし戦闘も期待できそうにないかなー。

と考えていると白髪のチンピラが拳を振り翳して、サソリを殴りつけるように近づいていた。

サソリは拳の軌道を見て紙一重で躱そうとするが

「ん?」

チンピラの腕があり得ない角度で曲がり始めてサソリの顔面に綺麗に入った。

「!?」

躱せたはずの攻撃を躱せなかった。サソリの頭は少しごちゃごちゃし始めた。

顔面にクリーンヒットの拳がさく裂しサソリは吹っ飛び、コンクリートむき出しの壁に叩きつけられる。

「邪魔だ」

チンピラの男がサソリに近づいて、二度目の攻撃を開始しようとする。

サソリは外套を掴まれて、持ち上げられる。やはり持ち上げた腕は奇妙なうねりを持っている。

「軟の改造ではなさそうだな……幻術の類か」

攻撃方法は単純だが、これは解いておかなければ。

 

御坂や白井に殴られるとは違う……サソリにとっては、久々の実戦形式に顔が少しだけ綻んだ。

そして同時に両指からチャクラ糸を飛ばして周囲の様子を探る。クモの巣よりも細く弱い糸を出して、人間の動作に連れられてブチブチと切れていく。

やはりコイツの周囲だけ光の進み具合がおかしいな。と分析しているが、チンピラは構いなく二撃を加える。

サソリは、咄嗟に感じ取った軌道上に腕を持ってきて受けきり、掴んでいる不良の関節を逆方向へと捻り上げた。

「がああ!?」

不良の男は、外された腕を抱える。

サソリは不良の男から腕を外して、距離を取った。

不良は、ポケットから折りたたみナイフを取り出してサソリに切りかかろうと前に突き出してくるが、サソリは切れていくチャクラ糸の軌跡を感じながら周囲の情報を総合して、ナイフの軌跡を探っていく。

サソリは少し広めに身体を構えると自分の触覚に集中した。頭をほんの少しだけ傾けてナイフの刃を自分の頬へと受け流す。

サソリの頬が数センチ切り裂かれた瞬間にサソリは開いていた構えを解いて、腕をナイフに沿うように腕を滑らせる。少し通常とはズレた角度に向けて拳を突き出した。

不良のナイフがより傷口を大きくしていく角度を読み込み、足を一歩踏み込む。

 

あとは、少し上に向かせながら弧を描くように

 

視覚上では肩の上で何もないが、拳がグニャリと曲がり不良の顔面に叩き込んでいた。

「さすがに腕の実体上をすべらせりゃ、顔に届くだろう」

「ぐあ!?」

サソリは掠めた頬の傷口に手を当てて、血を拭うとその血を舐める。

衝撃を受ける覚悟がある者と無い者の差は大きい。

サソリは、致命傷を避けるための最低限の動作をしていたが、最後には軌道を正確に知るためにワザと攻撃をもらう覚悟をしていた。

しかし、戦っている相手は能力により自分に当たるなんて露程も考えていない者にとってインパクトの瞬間に受け身が取れずにサソリの拳にひっくり返った。

「解!……?」

サソリは印を結んで自分に掛けられたハズであろう幻術を解こうとするがうまく行っていない。

チンピラの男は、起き上がるとナイフを手に取ってサソリを刺しにかかる。

 

狙いは腹部か

 

「面倒だが」

サソリは、再びチャクラ糸を張り巡らして刺激に備えるべく忍の構えを取るが。

喉元で鉄の味が広がる。

先ほど流した自分の血だ。

味は口元まで上がってくると、サソリの口からあふれ出した。

赤黒くなった血液がサソリの口からとめどなく流れ出ている。

「ぐ!?」

何が起きた?

強烈な目眩がしてサソリの構えに乱れが生じる。

もはや攻撃に備える余裕はなく、口から血を何度も吐き出した。

しかし敵はサソリの不調を気にする素振りを見せずにサソリの脇腹へとナイフを突き立てて力任せに蹴り飛ばした。

「!?」

サソリの肉体は一瞬だけ浮くと、コンクリートの柱に頭を打ち付けた。

痛みと苦痛で顔は歪み、外套には血が滴り落ちていく。

不良は、ゴボゴボと咳をして動かなくなったサソリを尻目に三階へと上がって行った。

「あばよ。よくわからんガキが」

 

サソリは未だに血が滴り落ちている口を押える。

「……気持ち悪い」

 

強烈な吐き気だ

 

頭を鈍器で殴られたかのような痛みもあり、サソリは丸くなるように屈んだ。

脇腹に刺さったナイフを手で確認する。差し込み口から捩じるように刺さっている。

こりゃ、下手に抜くと大量に出血するな。

サソリは傷口に手を掛けるとチャクラ糸で傷口の応急処置を開始していた。

自分の身体に起きた異変に戸惑っていたが、気づいていない。

 

自分の双眸にはあるはずのない巴紋が浮かび上がっていることに。

攻撃の瞬間にはサソリの眼に結ぶはずのない相手の攻撃が鮮明に映り込んでいたことに……

 

不良は階段を上がりながら首を傾げた。

「あのやろう、一体どうやって……」

紛れもなく赤い髪をした男が、殴られることのない自分の顔を殴ったことが腑に落ちないでいた。

そして、切りつける瞬間に見せた猟奇に満ちた眼に映る自分の姿。決して結ぶはずのない自分の正面の姿が映る赤く二つの勾玉のような眼球。

「いやいや、考え過ぎた。あんなガキに構っている暇はねえ」

不良が三階に移動すると、一番広い部屋で白井は窓際に立っていた。

この女を追い詰めればこっちの気分も晴れるものだ。脇腹を抑えて立っている女に向けて余裕の笑みをみせる。

 

あのガキはナイフで黙らせた。俺の能力は無敵だ。絶対に負けねえ!!

 

そう言い聞かせると

「冥土の土産に聴かせてやろう。俺の能力」

自分のペースを守るためのいいわけだ。

レベルアッパーで手に入れた能力の凄さ、すばらしさを

白井はチンピラの男の言葉を制するように俯きながら答えた。

「周囲の光を捻じ曲げる能力ですわね……」

能力、偏光能力(トリックアート)

誤った場所で焦点を結ばせて、距離感を狂わす能力。

「ああ、そうだそこまで辿りついたことをほめてやろう」

最悪の相性だった。

白井は自分の抱いた仮設の裏付けにため息をついた。

 

仕方ありませんわね……

相手に当てられないなら、いっそのこと相手に当てませんよ

すでに固定されているものを使わせてもらいますわ

 

白井は窓に手を掛ける。

テレポートの能力としてあるのは、空間移動であるがこの時に移動させる対象と移動した先にある物体について

「移動する物体」が「移動先の物体」を押し退けて転移する特性があった。

たとえ、硬度に開きがあったとしても

ダイヤモンドを紙で切断することも容易である。

白井は逃げ回っていたのではなく、この廃ビルを支えている柱に注目し、計算するために座標情報を頭に叩き込んでいた。

コンクリートの柱を窓ガラスで切断する。

常人では考えつかないような案を出して、この場を収めようと演算を始めるが

 

「そういや、さっき……変な赤い髪のガキがオレにたてついたから、ナイフで刺して下の階で寝てるぜ」

という一言に白井の動きは止まった。

 

えっ!!?

誰かいますの……?

 

これからこのビルを崩壊させるのに人質を取られた気分だ。

白井の額に冷たい汗が流れていた。

予想外の状態に打開策が崩される。

 

先に窓を移動させて、崩れる直前に自分は階下にいる人を救出

いや、ダメだ。

二階にいるのか一階にいるのか分からない

三階の柱を切断して、救出するには時間が足らない

 

動きが止まった白井にニヤニヤと不良の男がジリジリと窓際へとにじり寄った。

 

一体、どうすれば良いですの?

市民の安全を守るはずのジャッジメントが危険に晒してしまっていることに、自分の弱さが出てしまっている

白井は悔しさから下唇を噛みしめた。

 

すると、廊下の視界外からガラガラと何かを引きずる音が徐々に二人の部屋に近づいてきている。

エタイの知れない緊張感に二人は身を固くした。

廊下への出入り口からひょっこり顔を出したのは、口から一筋の血を流している、顔面蒼白のサソリだった。

外套からはナイフによる殺傷によりポタポタと結構な出血をしていた。

「あー、いたいた……」

サソリの後ろから何か糸で引っ張り回されているコンクリートブロックが数個ほどサソリの後ろをついて来ている。

白井は予期せぬ人物に声を上げた

「さ、サソリ!!」

サソリは引っ張ってきたコンクリートブロックを足元へと並べると白井と不良男を見据えた。

「さて、少し白井から離れてもらうかな」

不敵な笑みを浮かべるサソリに一瞬沈黙が降りた。

いるはずのない人物。

動きようのない人物。

その二つが交錯するサソリの存在に場の雰囲気は一変した。

「あなた!何してますの?早く逃げなさい」

「そんなこと出来るか」

 

せっかくの時空間忍術を使うレア素材を諦めて帰るなんざ性に合わん!

 

え!?なぜ、逃げませんの?

このままでは……

 

本来、サソリの戦闘スタイルは巧妙に張り巡らした罠や武器を駆使することに特化した戦闘である。

傀儡もない、クナイのような武器もない。あるのは、この身体と指先から出せるチャクラ糸だけだった。

 

サソリは手ごろな大きさのコンクリート片を手に持つと、ポンポンと指先の感覚を確かめるように上に軽く上に投げ、キャッチする。

「俺が近づいたら、どうなるんだ」

ニタニタと笑いながら、サソリの動向を観察。

「単純にオレが作った罠が発動する。まあ、百聞は一見に如かずだな」

サソリは手に持っていたコンクリート片を思いっきり投げつけた。

「へえ、そんな石ころが当たるかよ」

既にトリックアートの能力を使い、間違った方向に投げたと確信した。

「け、その先は女だぜ」

「それはどうかな」

白井に当たる前にコンクリート片は何かに吸い寄せられるように曲がりだして、男の腹へと当たった。

「ぐ!?」

サソリは先ほどの戦闘でクモの巣のように張り巡らしたチャクラ糸が偏光能力(トリックアート)を使う不良にびっしりとくっついており、チャクラ感知と糸を伸縮させることで瓦礫片を当てた。

「よし!思った通りだ」

サソリは手を少し前に出すとユラユラと指先を不規則に動かす。

それに反応するようにコンクリートブロックは宙に浮きだして、狙いを定めるようにサソリの指と連動して上下左右に微震をしている。

「さてと、複数個の攻撃だとどうなるかな……」

サソリが、腕を一瞬だけ引くと指先を少し丸めたままで軽く突き出した。

一斉にコンクリートブロックがレール移動をするように不良の男の身体へと巻き取られていく。

どんなに能力の幅を強くしようが、誤った場所に焦点を結ぼうが、攻撃している本人の視覚からズレようが関係ない、糸は対象と対象を物理的に繋いで、あるべき点へと収束するだけだ。

どんなに逃げても身体を反らしてもコンクリートブロックは追尾するように不良男の顔や脇腹、肩などに一気に激突していき、壁に叩き込まれた

 

サソリは刺された脇腹を庇うように歩きだして白井の元へと移動する。

そして白井の顔に触れると、顎を掴んで自分が覗きやすいように白井の顔を動かした。

「な、なにをしますの?」

「これくらいの傷なら、残らねえな。あとは大丈夫だろうな」

とサソリは白井の擦り傷と汚れを指で拭い去る。

肩の様子、頭の具合等、白井のケガの状態を心配するかのように入念に視線を転がす。

まあ、白井も男性に身体を触られることには慣れていることはないので……

「気安く触るなですわ!」

「なぜ殴る?」

と白井のパンチをサソリは頬で受けるが、さきほど切られた刺し傷から血が滲みでた。

「えぇ!!血、血が」

「あー、そういえば切られたな」

サソリは手をかざしてチャクラ糸で傷口を軽くしばった。

 

よ、よく見たらボロボロじゃないですの

傷だらけの身体に、ヨレヨレの外套に滴る血液が床にポタポタと

 

「さ、サソリ!あなた」

「大丈夫だから心配すんな」

サソリは、白井が庇っている脇腹に手を伸ばした。

白井の脇腹に触れると、白井の顔が痛みで歪んだ。

「う!?」

「ん!?ここか」

サソリは反応があった脇腹を慎重に手で覆った。

「……骨に異常はねえみてーだな。打ち身だ。はぁー良かった」

患部に触れた時の反応や、負傷箇所の様子から正確にサソリは白井の状況を分析した。

 

「よし、目立った外傷なし。もっと自分の身体を大切にしろよ」

サソリは白井から手を放したが、そう言っている本人は顔色が白く、口から血を滴らせている。

「そういうあなたこそ」

「オレか、オレは別に良いんだよ」

と口元の血を拭う。

 

私のことが心配でここまで来たんですの……?

 

白井はサソリの行動に頭の中がこんがらがっていた。

今まで、ジャッジメントとして数々の任務を遂行してきたが、こんなに男性に心配される経験は皆無に等しかった。

白井の顔が少しだけ赤く染まった。サソリの気だるい顔を横目で見ても胸が高鳴ってしまう。

 

ち、ちちちちちちち違いますわぁぁぁぁぁ!

わ、私には「お姉様」という素晴らしい御方がいらっしゃるのに

こんなデリカシーの欠片もない子供になんてトキメクはずが

 

白井は顔を真っ赤にしながら

「わ、私にはお姉様という心に決めた人がおりますの!!」

「は?何言ってんだ?」

サソリは首を傾げていると

不良の男がさきほどサソリに投げつけられたコンクリートブロックを手に持ってサソリの後ろから振りかぶっていき、サソリの頭を渾身の力で殴りつけた。

サソリはケガにより周囲の警戒を弱めてしまい、接近に気づくことはなかった。

頭から流血を流しながら床に叩きつけられる。

サソリは倒れ込みながら、不良の男を睨み付けた。

そこには、さきほどの巴紋が浮かぶ眼が浮かび上がって、不良の男を見下すように見上げた。

「ま、またその眼」

チンピラの男は、味わったことのない恐怖が襲い掛かってきた。全てを見透かし、ひっくり返すのようなサソリの眼に身震いをした。

 

不良の男は、落ちている鉄パイプを掴むと能力を発動して、距離感を狂わせながら倒れているサソリ目掛けて振りかぶった。

「あっ!!」

白井は抑えていた脇腹から手を放して、サソリを庇うように覆いかぶさった。

 

これは一般人を守るための行動

一般人を守るための行動

 

白井は頭の中でそう復唱した。

決して自分本位ではない

ジャッジメントとしての使命として、身体を動かすために

 

「くっ!!てめえ」

サソリは倒れている状態から手だけを動かして、白井の腕を掴むと力任せに体勢を崩す。

構えていた衝撃とは違い、容易に白井は引っ張られた腕を下にして床へと寝転ばせられた。

白井が慌てて顔を上げると

「終わりだ!!」

と歪みながらも真っすぐ振り下ろされる鉄パイプがサソリを狙って振り下ろされていくのが見えた。

 

「あ……」

白井の目の前が白く変わっていくのが見えた。これは最悪の事態を想起していながら動けない自分の弱さの色。

 

相手の能力の特性から避けることも、受け止めることも難しい。

そう両者は考えていたが。

サソリの左手がまるで軌道が分かるかのように淀みなく動きあがり、鉄パイプを受け止めた。

「!?」

 

これにはサソリも自分の身に起こった違和感に頭を捻った。鉄パイプを持って殴ってくる軌跡と腕に伝わる感触が全て物理的に一致していた。曲がるはずの不良の男の周囲が曲がって見えなかった。

「!!?」

受け止められた不良の男に焦りの表情を見せ始める。

「どういうことか知らねえが、幻術が解けているようだ」

「このガキ!」

不良の男は、倒れているサソリの脇腹を蹴り上げた。そこにはナイフがあり、より深く、より捩じれてサソリの身体へと差し込まれる。

「がはっ!!」

サソリはゲホゲホと口から血を吐き出す。

再び、相当量の血がサソリの口から流れ出た。

ひとしきり、咳をするように血を吐き出すと邪魔物を排除するように口を拭う。

「ふぅー、すっきりしたぜ。さて……」

最後の血を吐き終わったらしく、サソリの血色は少し回復した。

サソリはキッと視線に力を込め始め、周囲に針のように突き刺さる殺気があふれ始める。

不良の男も普段の喧嘩でさえも出会ったことのない強烈な殺気に足を後退させた。

サソリの両眼の巴紋がクルクルと回転し始める。

鉄パイプを握りしめて、相手を一瞥すると徐々に立ち上がった。

 

違う……

コイツは普通じゃねー

今までに喧嘩してきたどの敵にも当てはまらない何かが……

 

サソリの凄まじい殺気を感じ取った不良の男は背中に冷たい水を流し込まれているようになり、冷や汗をダラダラと垂れ流しにした。

 

サソリは空いている手を自動で動かして印を結んだ。これは本人も自覚していない。

 

写輪眼

偏光能力(トリックアート)

 

サソリの姿が歪みだして、不良男の目の前に移動したように錯覚させる。

もう、不良の男の思考は冷静ではなくなった。

自分の能力を把握しているが、自分に使われるなんてことは想定していない。

全てが規格外の存在に、自分がかき消されていく。

それは、圧倒的な力で自分を叩き潰してくる「高位能力者」の存在に似ていた。

 

「くそぉぉぉぉぉぉぉ、こんなガキに!!」

目の前に移動したであろうサソリ目掛けて拳を握りしめて殴りかかる。

しかし、拳は無情にもサソリの頭上を通過していってしまう。

サソリは鉄パイプから手を放して身体を反転して出された不良の腕を抱えると、懐へと滑り込んで一本背負いを仕掛けた。

相手の力に自分の力をプラスする完璧なワザだった。

「がっ!!」

背中からコンクリートの床に叩きつけられ、肺から空気を絞り出されたように微かな呻き声と腕を上下させた。

サソリは、斜めに脇腹に刺さっているナイフを無造作に力任せに抜き取ると不良の喉元に当てて

「なんなら殺ってもいいんだぜ」

と冷たい声で生暖かい切っ先を滑らせた。

経験したことのない恐怖に放り込まれた不良の男は、口から泡を吹きだして意識を手放した。

 

どういうことですの?

白井は目の前で繰り広げられていた攻防に唖然としていた。

サソリから感じたあり得ない量の殺気の棘を直接ではないが受けていた白井は軽く震える。

怯えるという表現が正しいかもしれない。

まるで別人になったように……

 

「おい!大丈夫か?」

サソリが呆然としている白井の顔を覗き込んだ。

「ひゃあ!?」

「終わったぞ。たぶん殺してねえから安心しろ」

「はいですの……」

白井は素直に返した。

「反応が薄いな……あ、そうだオレの眼何かおかしいか?」

と巴紋の紅い目を光らせながら白井を視界に収める。

「どうも、変なんだよなー」

「その……赤い眼をしてますの」

「あか?」

サソリは、よたよたと立ち上がると壁際にあった割れた鏡から自分の身体に起きた違和感を見つめた。

「は?」

サソリは両目をゴシゴシと擦りながら、もう一度確認する。

「何で写輪眼が」

と呟くが次の瞬間には、ガタンと鏡にもたれかかるように全身の力が抜けて身体を動かすことが困難になる。

サソリの顔は真っ青になっていた。頭を殴られた上に脇腹をナイフで刺されている。普通でいえばいつ倒れてもおかしくない姿だ。

一切、得意の傀儡も罠もない状態での戦闘

そして病み上がりの身体に写輪眼が目覚めた。

全てが常軌を逸脱した状態である。

サソリは崩れるように倒れた。

身体が異常に冷たく、重たくなっていくのを感じた。

チャクラ糸で止血しているはずのナイフの傷跡から血があふれ出して外套にはサソリの血で満たされていき、頭からの出血が一層激しくなっていく。

「ど、どうしましたの!!?」

「嘘だろ……チャクラが切れそうだ」

写輪眼はチャクラを食いつくすように能力を発動し続けていく。

「これは、やべえな」

サソリはどうにか写輪眼をどうにかしようと身体を動かそうとするが、左右に微かに揺れる程度で好転することはなかった。

白井が目に涙をためながら、何かを言っているが……もはや聞き取ることもできない。

サソリは白井の次の動作を未来として眼に映しながら、意識を無くした。

 



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第11話 誘い

誤字報告がありましたので修正しました

修正箇所
第7話と第8話

結構、ボケている作者なので誤字、脱字がありましたドンドン報告してください
確認して修正に反映したいと思います




写輪眼……特定の一族にしか発現しない特殊な瞳術の一つ。

瞳の中に対称的な幾何学模様を有し、その眼を宿した者は、忍術、幻術、体術などを一瞬で見切り、術や動きを瞬時にコピーするといった芸当が可能となる。

また、その眼を直接見たものには「幻術」や「催眠」を掛けられることがあり、扱いには注意が必要な代物だ。

 

レベルアッパーを使った犯罪に初めて巻き込まれたサソリは、相手である不良の男の予想外の能力と自身の不調により一時追い詰められた。

しかし、サソリの眼に目覚めた「写輪眼」の能力により勝利を収めることができた。

 

サソリのいた忍世界にその名を轟かす瞳術使いの一族「うちは」

その「うちは」が忍世界に広く伝わっているのは、この「写輪眼」によるところが大きい。

忍の世界を創設したとされる「六道仙人」の血を受け継ぎ、強力な術や厄介な幻術を得意とする一族の存在に何度も世界のパワーバランスが崩されたことか……

 

もちろん、サソリは「うちは一族」ではない。

家族関係や親戚筋を思い返してみるが、うちは一族に繋がるような者はいなかった。

サソリがかつて所属していた組織「暁」のメンバーに写輪眼を使う奴がいたのを思い出す。

「うちはイタチ」……その眼に映る紅き紋様を直接見たものの精神を崩壊させることが可能でメンバーの中でも異質な存在だったと記憶している。

一度、手合わせをしたことがあったが、写輪眼の恐るべき殺傷能力を感じた。

特殊な空間に飛ばされて、磔にされた挙句多数のイタチに刀で貫かれる。

現実では、一瞬にも満たない時間であったが……永遠のように感じた。

頭にこびりついて離れない痛みの恐怖が自分を人傀儡に改造する要因の一つになったと思う。

奴は、かつての生まれであるうちは一族を全滅させた過去があった。

意図や策略は一切不明だが。

オレが考えるには、写輪眼の秘密を外部に漏らさないため。

写輪眼は遺伝子により、一部の者に現れる特異体質だ。

それは、死体にも痕跡は残る。

うちは一族の死体が一体でも手に入れば、写輪眼の能力を丸ごと奪うことも可能となる。

しかし、イタチはそれを許さなかったのだろう。

忍にとって家族は弱みになる。

普段冷静に事を運ぶ忍でさえも、身内を人質に取られて自滅した者は多い。

その弱みを消すことは非常に合理的な判断だ。

 

褒めることをあまりしない、サソリはこのことに関してイタチを称賛した。

忍にとって何が大切か?

それは相手に勝ち、生き残ることだ。

相手に一切弱みを見せず、葬り去る、これが理想。

家族や身内が邪魔なら消す。

将来的に巨大な敵になりうる者ならば、たとえ年端のいかぬ子どもであろうとも手を掛ける。

人間の身体が弱いのなら、解消させる。

人傀儡にだって成ってやる。

 

予期せず目覚めたうちは秘伝「写輪眼」の能力。

サソリはどの戦闘よりも泥臭く、血生臭い戦闘をしたことを悔しがった。

自分のプライドが許さなかった。

傀儡があれば、もっとスマートに収めることができただろうか?

一人で考えてしまえば、戦闘の反省点ばかりが頭を過ぎる。

あのときもっと、ああしていれば……ケガが少なかったかもしれない。

もっと油断をしなければ……こんな惨めな姿をさらすことはなかっただろう。

なぜ、少々難しい話と反省点を反復させているのかと言うと……

 

「ほれ、口開けなさいよ」

まさに今、その弱みを見せてしまっていることであった。

サソリは病室のベッドで横になり、患部を中心に覆うように包帯がグルグルと巻かれている状態で御坂からつまようじに刺した林檎を口元へと持ってこられている。

「ぐうぅぅぅ、屈辱だ……」

悔しそうに歯ぎしりをする。

「動けないんでしょ?ほらほら」

「くそ!」

諦めたように少し口を開けて、林檎を一齧りした。

「全く、とんでもない無茶するものね。動けなくなるまで喧嘩してくるなんて」

「ちっ!アイツから仕掛けてきたんだよ」

シャリシャリと食べ始める。舌打ちの頻度がいつもより二割増しだ。

「それにしてもその眼、どうしたの?カラコンは身体に悪いみたいよ」

「何だよカラコンって」

注 カラーコンタクトレンズの略称です。

サソリの包帯の隙間から紅色の巴紋をした眼が片方だけ出されている。

御坂は横になっているサソリの眼を上から覗きこもうと動いた。

サソリは咄嗟に目を閉じて、御坂を視界に入れないように配慮する。

「写輪眼はあまり見ない方がいいぞ」

「しゃりんがん?」

「ある一族に伝わる秘伝の術かな……なんで開眼したか分からんが」

サソリはゆっくりと腕を眼の部分に持っていくが力なく掴んでずり落とすように包帯で写輪眼を覆い隠した。

「直接見たヤツの精神を崩壊するようなことを仕掛けてくるやつもいるし」

「そんなに危ないの!?」

 

「それにしてもアイツ……本の角っこで殴りやがって」

サソリは未だにヒリヒリする頭を枕に擦りつけた。

レベルアッパーを使用した事件であるが、表向きにはただの学生による暴行事件として処理されている。

まだ正式に幻想御手(レベルアッパー)の存在を認めていないので学園都市側も通常のありきたりな事件としか考えていなのであろう。

意識を失ったサソリは、通報を受け、運ばれた病院で担当看護師の知るところとなり、少々きつめに包帯を巻かれた後にサソリの頭をチョップするようにカルテをまとめた分厚いファイルの角で殴られた。

「当たり前よ、無許可で外出した挙句血だらけで運ばれてくるんだもの」

サソリに守られた白井も目立った外傷はなく、ジャッジメントとして今回の事件の処理にあたることになった。

「その……ありがとうね」

「あ?」

「黒子のこと守ってくれたんでしょ……結構無茶するヤツだからいつも心配していたのよ」

「確かに無茶なことをしていたな」

サソリの身を護るために、我が身を盾にサソリに覆いかぶさったことを思い出す。

結果としてサソリが引きずり下ろして、白井が傷つかないで済んだが、サソリもそれは分かった。

「そもそも、どうしてあんな場所に行ったの?」

御坂が少しだけ疑問に思ったことを口に出した。

 

白井や佐天さんが襲われているということを知り、駆け付けた?

でも、そんな正義の味方をするような性格だったかしら?

 

「んー、ちょっとチャクラ反応があったからな」

「チャクラって、忍者の術みたいな?」

「そう、もしかしたら見知った忍がいるかと思ったんだが」

見知った忍……!?

御坂も心当たりを探ってみる。

御坂も知っていて、サソリが探している忍者と云えば……

おろちまるちゃん!

御坂はそっと林檎が乗せられた皿をテーブルに置くと、感動に打ち震える。

 

そうだった!

コイツ、こんな天邪鬼みたいな性格をしているけど

一途で純情だったんだわ

たった少しだけ感じた彼女の反応に駆け付けるなんて、さすがよ!

世の彼氏の鏡よ!

 

「結局、分からずじまいだが……って何で泣いてんだよ」

御坂が涙を流して感動している仕草を見せた。

「いやー、いい話だなぁっと思ってねえ。久しぶりにお姉さんの心は温かくなったわ」

ハンカチで感動の涙をふく。

「その調子で自分の信じた道を歩みなさい!」

と親指を出して、サソリに向ける。

御坂の脳内にお花畑でスキップをする「サソリ」と「おろちまるちゃん」の姿が浮かんでいる。

幸せになるのよー!

「?」

サソリは疑問符を呈し、少しだけゾクッと身震いした。

1人で素晴らしい純情の恋を想像している御坂を片目に収めながら、サソリは包帯からわずかに透過してくる病院の天井を仰いだ。

「ん!?」

サソリの視界に何か「光る線」のようなものが見えた気がした。

サソリは包帯を取って、片目の写輪眼で光る線の出どころを探すように線をなぞる。

「どうしたの?」

「何か天井にあるな」

御坂もサソリと同じように天井を見るが、あるのは照明とカーテンレールだけだ。

「別に変わったところはないわよ」

「光る線がないか?」

「……見えないわ」

「……ということは写輪眼にしか見えてねえんだな。よっと」

とサソリは少しだけ動く腕を上げて手すりにつかまって、身体を起き上がらせようとするが、まだチャクラが戻っていないらしく力なく握るだけだった。

「おい……オレを移動させろ」

「大丈夫なの?」

「ちょっと確かめたいことがある。早くしろ」

「?」

もう一度天井を見てみるが、ごくごく平凡な病院の一室だ。

 

サソリは先日に追い詰められた不良との戦闘を思い出していた。

確かに幻術を使っていたが、それ以上に頭から光る線のようなものがあり建物の外にまで伸びていたことを昨日の記憶から掘り出した。

 

もしかしたら、レベルアッパーという奴の影響か……

そんな仮定を立ててみる。

御坂は、車椅子を持ち出してくるとサソリを椅子に乗せて、移動させた。

病室を出るために御坂が引き戸を開けて廊下に出ると……

「あら!?どちらへお出かけですかね。サソリさんと御坂さん」

サソリの担当看護師だ。

意識不明の重体で運ばれて来たサソリには、外出許可が撤回されており、許可届を出しても受理されることはなくなった。

「え、えっと……」

御坂がしどろもどろで看護師に対しての言い訳を考える。

「さ、サソリが急にトイレに行きたいって言って……こんな身体だから補助が必要かなあって」

咄嗟についた嘘だ。

「それでしたら、ナースコールを押してくれれば専門のスタッフが対応しますよ。常盤台のしかも女性の方に頼まなくてもよろしいです」

ぐぬぬぬ

確かにこのままでは、変な二人組としか映らないだろうな。

笑顔で看護師が対応しているが、明らかに殺気のこもった言葉と端々からほとばしる威圧感に御坂は尻込みした。

オーラだけで炎に包まれた巨人が見える。

「……はぁ」

サソリは大義そうにため息をつくと

「痛たたたた、朝から目が痛いぜ」と明らかに棒読み感満載のセリフを言い出して、眼を手で覆った。

「全く!安静にしていれば事は済みますのに、さ、見せてくださいよ」

まあ、目の前で痛がっている患者がいたら確認しないわけにはいかないので看護師はサソリの包帯を取っていく、サソリの紅色に光る巴紋が姿を現した。

 

写輪眼!

 

「あ……」

チャクラの込められた瞳が看護師の眼球から直接脳内へと流れていき、看護師の頭の中で幻が流れていく。

ケガがすっかりなくなり、元気に笑顔を見せているサソリが幻として浮かんだ。

「はい……そのくらいのケガなら大丈夫ですね……あとは私でやっておきますから……外出を許可します」

という言葉を引きずりだした。

サソリはニヤッと微笑んだ。包帯で軽く眼を隠すと御坂に合図を出して連れていけと催促する。

眼は少しだけ濁った気がした看護師を不思議そうに見上げながら御坂が訊く。

「何したの?」

「ちょっとな。いやー便利な眼を手に入れたもんだぜ」

少しだけ機嫌が良くなった。

「それにしても……お前、下の世話はまだいいや」

後ろのハンドルに手を掛けた御坂に向かって、真顔で少々こっ恥ずかしいことを言い出した。

「ぶっ!!アンタねー、そういうのは聞き流すのが常識でしょ!」

今回はケガと黒子に免じて叩くのは勘弁してやるわ!

「そうか、安心した」

 

御坂に車椅子を押してもらいながら、サソリは時折包帯から目を外して、写輪眼で場所を確認していく。

「そこ!そこの病室だ」

サソリが御坂に指示をだした。

「ここ?入っていいのかしら」

御坂が手を掛けて開けてみると、すんなりと開く。

そこの病室にはレベルアッパーで倒れた意識不明の人達が今でも横たわっている。

サソリの写輪眼は、頭から伸びている光る線を捉えていく。

「ここは何だ?」

「ああー、ここ前に入ったところだわ!確かレベルアッパー使用者かもしれない人たちよ」

「そうか、やはりな」

サソリは、御坂を窓際まで誘導する。

数本の光る線が窓の外に走っている。サソリは窓から顔を出して、学園都市を眺めた。

「もしかしたら、この眼は例のレベルアッパーを使用したヤツを見分けることができるかもしれねえな」

「えっ!?うそ」

「ソイツらからどうも光の線みたいなもんが伸びている、まだ断定は出来んが」

レベルアッパーを使った者を識別できる。

それができるのなら、事件収束も夢ではない。

「そ、それで線はどのくらい?」

「かなりいるな」

サソリは病院の上を見る、おびただしい数の光る糸が束になって上空へと一本の巨大な線となっているのが見えた。

クモの巣のように学園都市の地から天へと伸びる光る線。

フワフワと空中をたなびく様は、安定していない無能力者の精神を象徴するように見えた。

どこか自分だけの居場所を探し求めるかのように天へと細い線を引いている。

 

******

 

トラブルに巻き込まれた佐天は、アンチスキルへと連絡したあとに現場から逃げるように歩いていた。

きっと、あのまま居たのでは事件について詳しく聴取を受けるだけだろう。

一目を避けて、肩を落とす。

「サソリは病院に運ばれたけど、白井さんは無事……良かった」

助けに入った白井も心配であるが、病院に運ばれたサソリが気になった。

対応した救急隊員からの「命に別状がない」の一言を聞いて安堵した。

自分独りだけでは、きっとどうしようもできなかった……

 

サソリが言った最後の言葉を思い出す。

「お前が気づいていないだけじゃねーの?」

気づいていない?

あんなに勉強してネットで「能力」について調べたり、学校で検査もしたりしているのに見つからない自分の能力って何なの?

知っている人だけが上にいく

知らない人はずっと下にいる

この世は、平等ではない気がした。

 

今回の一件でマジマジと現実を突きつけられる。

能力者の白井さん

非凡さを見せる忍者のサソリ

自分と同じ人間なのにこの差って何だろう?

 

サソリが言った「気づいていない」という言葉……

あたしはいつ気が付くの?

このまま、ズルズルと学生生活を終えて、歳をとっておばあちゃんになっても自分の能力に気づけなかったら……

そう考えると怖くなった。

佐天はそっと音楽プレイヤーを力なく握った。

 

これを聞けば、あんなに焦がれていた能力が手に入る……

甘い悪魔のささやきが佐天の脳内に響いた。

 

使いなさい

このまま惨めに「無能力者」として生きるなら

一回くらい、能力者になっておいた方がいいんじゃない

 

で、でも安全か分からないし

いけない事だし……

 

構わないよ

学園都市は、あなたに何をしてくれた?

能力がないことで不利益を被ったのは誰?

使えば、補習を受けなくて良くなるよ

毎日、誰かと比べられることもないよ

 

私には何もない。

生まれた時からそれは決まっているのだろうか。

幾度となく体験したその気持ち。

もう嫌だと思った。

何が違うのかはっきり知りたいと思った。

能力者と無能力者

たった一文字の違いしか文面上でしか変わりしないのに。

ただの打ち消し働きをするモノが前についただけなのに……決して越えられない壁がある。

 

さあ、今度は君が強者になるんだよ

この世は、どう形を変えても「弱肉強食」

強い者だけが楽しく生きられる世界なんだよ

 

そこに佐天の同校の友人が歩いている佐天を見つけて声を掛けた。

「ルイコ――おひさ!終業式以来」

佐天は、自分の心の闇に気づかれないように作った笑顔を向けて声に応える。

「アケミ!むーちゃん、マコチンも」

「一人で何してんの?買い物?」

「う…うん、そんなとこ……アケミ達はプール?」

佐天は、三人が手に持っている水着バッグを見つけると注意をそらすように質問した。

自分に注意が向かないように……

しかし、話して楽になりたい衝動にも駆られる。

「それがスンゲ―混んでてさあ、全然泳げんかったんよ」

「できれば海とか行きたいけど、私ら全員補習あるしねー。泊りでどこにも行けん」

「あれさ――勉強の補習はわかるけど、能力の補習って納得いかないよねー。あんなん才能じゃん?」

「あ、でもさ聞いた?『幻想御手(レベルアッパー)』っての」

それに少し反応を佐天がした。何度この言葉に後ろめたさを感じたことか。

「なあにソレ?」

「あ、知ってるー!能力が上がるとかいうのでしょ」

「そうそう、どっかのサイトからダウンロードできるらしいんだけど、風紀委員(ジャッジメント)がそこを封鎖しちゃったんだって」

「えー、なんでそんなことすんのよぉ」

「今、すごい高値で取引されてるらしいよ?」

「金なんかねーよー」

「あっ、あのさ!」

 

そうそう、独りで使うのは怖いよね

どんなことになるかなんてわからないし……

この三人と一緒に使おうよ

良い友達を持ったね

 

「あたし…それ、持ってるんだけど……」

喉が異様に乾いた気がした。心臓が黒くはっきりと早く拍動するのが分かる。

たぶん、罪悪感から酷い表情をしていたと思う

でも言ってしまった。

取り返せない言葉を並べてしまった。

 

佐天を含めた四人は、ある公園に入り、佐天の持っていたレベルアッパーで能力の底上げをして、自分の能力の確認をしていた。

佐天の手に触れた部分は急激に温度が下がり、触れたところを中心に放射状に氷が発生していく。

「の、能力だ」

佐天がベンチに張った氷を信じられないものでも見るように震えながら歓喜した。

「すごい、ルイコは氷使い(アイスマスター)か……すごいな」

他の友人は、念力でモノを持ち上げ、自分の能力やレベルアッパーの凄さを再認識する。

 

御坂や白井の能力者に比べれば、些細な氷が張れるくらいの力だ。しかし、本人にとっては大きな一歩である。

少し意識を傾けるだけで自分の周囲が冷たくなる。

空気中の水分が冷やされて、氷の小さな粒が数個できる。

一粒、空へと投げた。

興奮と感動で頭は冷静でなくなった。

使えばどうなるのか考えなかった。

想像しなかった。

今、この時だけでも実感が欲しく、楽しみたかった。

 

ありがとう

これで君の中に入れるよ

友達まで紹介してくれるなんて、君は良い人なんだね

お礼に、もう悩む必要はなくなるからね

後悔しても遅いよ

 



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第12話 高レベルのジレンマ





白井黒子は御坂美琴のことが好きである。

これだけを言ってしまえば、二人は女性同士であり「百合」の関係ではないかと思ってしまう。

白井が御坂に好意を持ち始めたのは、ある日の派閥争いが起こった時に御坂がたしなめた日だ。

もちろん、最初から女性にしか興味がなかったという訳ではなく、男性を好きになる前に女性である御坂のことが好きになったのである。

いわば最初の導入部分で決まったに近い。

白井だって男性に興味があった時代があったが、ジャッジメントとして任務を遂行していく内に問題を起こす多くの男性と接触、喧嘩をしてきた。

自分の能力に託けて犯罪に走るもの

腕っぷしだけで弱者をいたぶる不良の男

女性をサルのように追い回すエロの塊のような男

そんなのと日常接してしまえば男性に幻滅してしまうのはある意味当然なのかもしれない。

更に同じジャッジメント同士の男性にもあまりトキメクことはなかった。

学園都市は超能力開発に注力してはいるが、その大半が無能力者や低能力者だ。

そのため常盤台の高位能力者である「白井黒子」は、男性にも頼りにされる存在であり、時として男性顔負けのアクションシーンに挑戦することも多々あった。

幼少のときより「正義の味方」に憧れた少女は、自分の信念を曲げずに使命を全うできる進路を選び厳しい試験にも合格した。

ここは形を変えても「弱肉強食」の世界。

女性であろうが、男性であろうがランク付けから高位である強者がより強く、より凶悪な犯罪に挑まなければならない。

ある意味女性にとっては酷な世界だが、ある意味ではシンプルな世界。

だから強い能力を有した自分は、幻滅してきた男性と恋愛関係に落ちることはないと思っていた。

だから唯一頼りにでき、甘えることができる御坂という「お姉様」に憧れ、甘えることでなんとか精神の均衡を保ってきた。過激なスキンシップも厳しい世界に身を置く自分を慰める瞬間であった。

しかし、一人の赤髪の少年の存在が白井の頭をこれ以上ないくらいにかき乱していく。

 

 

サソリが不良とケンカをしてから三日が経った日。

治安維持組織「ジャッジメント」の本部には白井と初春がいた。

部屋の中には一人ひとりにデスクが割り当てられて、インターネット完備のパソコンが用意されている。

ここで日夜、学園都市の治安も守るために活動している拠点となる場所だ。

白井は不良の男との喧嘩により受けた傷を初春が薬品を使って、消毒や包帯のまき直しを頼み、治療してもらっている。

「はーい。ちょっと沁みますけど、動いちゃダメですよー」

「痛ッ!」

初春が薬品を付けたガーゼを白井の左腕へと付ける。白井が冷たくしみ込んでくる薬品の感触に慣れないような顔で耐えた。

次は切り傷用の軟膏を取り出して、中身を押し出すとゴム手袋をはめた手に出して、白井の傷口に塗り込んでいく。

「日に日に生傷が増えていきますね」

「仕方ないですわ」

白井はぶっきらぼうに応えた。

そう、自分は風紀委員(ジャッジメント)だ。

他の一般学生が逃げていく中でたった一人でも危険な場所へと向かわなければならない使命を帯びた治安維持組織。

女性だからといって、安全な職務に回されることは滅多になく、むしろ数少ない高位能力者である白井は普通のジャッジメントよりも職務の遂行レベルは必然と高い場所に回される頻度が多い。

そのため、高位能力者だから男性よりも強いという図式が定着してしまい、今では心配してくれるのが初春や御坂等、限られた人だけとなる。

 

白井は心配してほしいとは思っていないように振る舞った。

仕方がないと自分の中で諦めている節があった。

 

でも、白井も多感な年ごろである。

任務とはいえ、危険な場所に向かわなければならないことに不安になったり、落ち込んだりもする。

誰かに気に掛けてもらいたいと考えてもいる。

他の学生の安否よりも真っ先に自分のことを心配してくれる存在がいてくれたらと考えることもあった。

そこにポッと現れた謎の赤髪少年により白井の強固でヒビだらけの覚悟に甘えが生じた。

自分の身を案じて、助けに現れた「サソリ」のぶっきらぼうな心配にすらホッとした自分がいた。

 

「もっと自分の身体を大事にしろ」

 

サソリ自身は、白井とは比べものにならない程の血だらけの身体を引きずっているのに、心配するのは白井のことばかり。

そのことを思い出すたびに顔の発火点が下がったように熱くなった。

今まで会って来た、情けなく意気地がない男よりもクールでかっこいい女性の御坂のことを愛して、一途に想い慕って来た。

それが今回の一件で大きく変わってしまった。

 

「それにしてもサソリさんって凄いですよね。白井さんを助けに来てくれたなんて」

「ふ、ふん……そそ、そんなことありませんわよ」

白井は顔を伏せて精一杯の強がりを見せる。

あんな子供に私がトキメクなんてことなんて自分の今までのプライドが許さない。

場が悪そうに奥歯を噛みしめた。

白井は、辺りを見渡し部屋に初春しかこのいないことを確認すると、今まで巻いていた包帯を脱ぎだして新しい包帯を巻いてもらうために腕を上げて初春に身を任せた。

未だに蒼くなったアザが痛々しく残っている。

顔を軽く叩くと白井は自分の使命を確認するようにこれからのことを口に出した。

「これからするべきことは……」

 

レベルアッパー事件収束に向けて

レベルアッパーの使用者による犯罪への能力の悪用の恐れ

情報の一般への開示の停止

使用者が軒並み意識不明になることが知られれば、自暴自棄になり暴れだす者がいるかもしれない

そこから優先すべき課題は。

1. レベルアッパーの拡大の阻止

2. 昏睡した使用者の恢復

3. レベルアッパー開発者の検挙

の三点だ。

包帯を巻き終わると立ち上がり捜査のために残しておいた、レベルアッパーのダウンロードサイトを開く。

必ずこんな装置を開発してインターネットを通じてばら撒いた黒幕がどこかに居る。

見つけ出して、その目論見を吐かせることが最大の目的となろう。

一個人かそれとも組織的犯行か?

煌々と輝く人工的なディスプレイの光が白井と初春を怪しく照らす。

正直、ここまでの大規模な案件はジャッジメントとして初めてのケースだった。

ここで抑えなければ、ジャッジメントとしてのメンツが立たなくなる。

それほどまでにシビアな「正義」だ。

 

するとセキュリティロックが掛けられた自動ドアが開いて部屋に御坂と車いすに乗ったサソリが入ってくる。

「よーす」

御坂が能天気にも空気を読まぬ特攻に刹那瞬だけジャッジメントの二人が固まる。

白井は、横眼でサソリを視界に収めると「非常事態」と頭の中で宣言して、近くにいた初春を座標演算で御坂とサソリの間へと飛ばし、自分は慌てて上着に手を掛ける。

傷だらけの弱った身体を見られることにも抵抗があったが、それ以上にサソリが入ってきたことに内心パニックに拍車を掛ける。

「「え?」」

初春と御坂、両者が驚きの感嘆を漏らし、車椅子に腰かけるサソリのひざ元に受け止められた。いや、受け止められたというよりも唯単に初春の落下地点がサソリの膝上だったという説明が正しい。

「なんだよ?」

「す、すみません」

幸いにも御坂とサソリの注意は初春へと向かったことにより白井の身体を見られることはなかった。

サソリは初春を降ろすと息を妙に荒げている白井に向かい口を開いた。

「いきなり飛ばすな」

「いきなり入ってくる方が悪いのですわ」

そして、学校指定のカーディガンを上から着ると、顔を伏せたまま言った。

 

心の中で「セーフ!」と謎の審判が声を上げてガッツポーズしている。

 

ジャッジメントの活動拠点では基本的に一般学生が入ることができないように専用のセキュリティロックが掛けられているのだが、御坂の電気を使った能力によりロックを解除し、御坂とサソリは屋内に侵入してきた。

「いやー、ジャッジメントじゃないけどさ。私もこの事件に首突っ込んじゃったし……それにサソリもこの件に関しては手伝ってくれそうだしね」

「オレは一言も言ってねえんだがな」

「まあまあ、いいじゃないの。やられたらやりかえす……ってね」

 

何故一瞬溜めたんだ?

 

椅子に深く座っている御坂がニコッとサソリに笑みを浮かべた。

包帯だらけのサソリは三人の座っている椅子の近くに車椅子を止められるともの珍しそうにキョロキョロと見渡した。

「変な場所だな」

こんなに仕切られた図形に包まれた部屋に落ち着かない様子だ。

「あれ、外出できたんですね。サソリさん」

「まあな、ちょっと細工したが……」

サソリはプラプラと腕を椅子の脇へとダラリと落としながら、腕を軽く前後に振った。

白井は自分の席にあるパソコンへと向かうとパソコンを少し弄りながら横目で御坂とサソリを眺める。

 

あの頭の包帯はブロックで殴られた傷

脇にはナイフによる傷

 

包帯の上から傷害場所を思い出し重ねていく。

ここまで詳細に分かるのはこの場で自分だけ……

生々しく浮かび上がる想い出の光景に浸っていると……

「黒子は何してんの?」

御坂が白井の横に立ってパソコンを覗き込み、質問した。

「お、お姉様!い、いえ……ちょっとレベルアッパーについて情報をまとめていまして、今までの傾向だったり、素行だったりをここで確認したりと……」

「ふーん、企業の平均株価の画面でそんなのが解るの?」

その言葉で白井は初めて自分が開いているサイトを確認した。

「ほわっ!!?」

それはレート形式で企業の平均株価の変動が記された線だった。

昨今の不況により平均値は下がり気味である。

白井は誤魔化すために隣に立っている御坂に向かって抱き着きだした。

「お、お姉様!!少しは黒子に愛を」

白井は隣に座った御坂の腰元へと手を回して、御坂の身体に恍惚とした表情でスリスリと御坂のスカートの上から臀部(おしり)を撫でまわす。

「んなぁぁ!ちょ、ちょっとやめなさい黒子!」

スカートをめくって中へと滑り込ませる白井の手を御坂が顔を真っ赤にしながら電撃を放出し止めていく。

電撃という愛情表現に痺れた白井は、緩んだ顔で椅子から崩れ落ちて御坂の足元へと転がった。

「あ……あぁぁ。お姉様……スカートの下は刺激的なパンツの方がよろしいかと」

「大きなお世話!!」

スカートに下に履いているズラされた短パンを元に戻しながら息を荒げてビリリと威嚇の電撃を空気に迸らせる。

 

カチャカチャと初春は鼻歌を歌いながらコーヒーを人数分作っていく。

インスタントではあるが、気分転換にはもってこいの代物だ。

「はい、どうぞ」

と御坂に渡し、白井の机に置き、車椅子に座っているサソリへと手渡す。

 

「……こいつは?」

「コーヒーよ。前に喫茶店で木山さんが飲んでいたやつ」

御坂が答えた。

「あれか……」

あの露出女がおいしそうに飲んでいた……いや、おいしそうに飲んでなかったかな。

喫茶店での出来事を回想していると。

「サソリさんってコーヒーとか似合いそうですよね。なんかブラックコーヒーとか朝飲んでそうで」

優雅に朝からブラックコーヒーを飲んでくつろぐサソリの姿を想像した。

「こんなに黒くて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ほら私だって飲んでいるし」

「この展開なんか嫌だな……罰受けてるみたいだ」

サソリは、ゆっくり一口付けると顔を歪め、舌を出して悶絶する。

「に、苦い……」

多少前のめりになると頭を叩いて苦味を緩和しようとする。

ブラックコーヒーを優雅には飲めませんでした。

「やっぱり、ダメみたいね」

「砂糖とミルクがありますよ」

とサソリの前に出していく。砂糖をスプーンで掬うのではなく振って上から掛けるタイプの容器だ。

サソリはもの珍しそうに手に取るとコーヒーの上で振って入れる動作をした。

「罰で思い出したけどさー、コーヒーって昔は刑罰の道具だったみたいね」

「あ、それ聞いたことあります。死刑囚にコーヒーを飲ませるとどうなるかって実験も兼ねて」

↑本当にあったみたいです。

17世紀のヨーロッパにてとある国でコーヒーは有害なのか、無害なのか不明で毎日死刑囚に決まった量のコーヒーを飲ませての経過観察。いわゆる死刑囚を使った人体実験が行われていました。

「結局、どうなったんだっけ?」

「たしか、80歳まで生きて大往生したみたいですよ」

毎日決まった量のコーヒーを飲ませても、いつも元気に牢屋の中で過ごし、結局健康寿命を全うし亡くなりました。

世界一緩やかな処刑。

ここからコーヒーは身体に良いという情報が含まれて中世の貴族や王族に好まれるようになり代表的な嗜好品として庶民にも味わえるものとなった。

話をしている脇でサソリは震える手で砂糖差しの蓋に手を掛けて、力を少し入れた瞬間に

「!?」

蓋がすっぽ抜けて中の砂糖が大量にサソリのコーヒーにぶちまけられた。

…………………

まるで砂糖が富士山のように積り、コーヒーという湖の中にポッカリと聳えたっている。

山盛りの砂糖を匙を使ってかき回してみるのだが、まあ飽和状態をとうに通り過ぎたコーヒーという液体の中で固体のままの砂糖がむなしく位置を変えるだけに留まる。

一応、口に入れてみるのだが。

「うぇ……」

これは砂糖の塊にコーヒーが付いたという表現が近い物体だ。

口の中でザラザラと不快に残り続ける砂糖の粒に気持ち悪くなる。

「どうしたの?」

「今度は甘すぎてダメだ」

「うわー、初めてみる姿だわ」

サソリはもはや拷問に近くなった飲み物の入ったマグカップを空中で振る。

「もう、いらん」

御坂の電撃を受けた白井は正常に戻りつつある身体をゆっくりと起き上がらせて自分のデスクに座り。

「……」

サソリが力無く振るマグカップに白井の視線は注がれた。

サソリが口を含んだ箇所と生気が少しだけ戻った口元を無意識下で交互に眺めてしまう。

白井の物欲しそう目線に気づいたサソリは言う。

「?……飲むか?」

またしても爆弾発言!

「の、飲むわけないですわ!!この須甲比音め!!」

あのときのキラキラネームである。

「はあ!?オレなんかヘマしたか」

「コーヒー一杯無駄にした点では、立派なヘマよ」

御坂が一口流し込みながら言う。

「あわわ、新しいのにしますか?」

「いらん」

初春にマグカップを渡して、サソリは軽くできる範囲で伸びをした。

贅沢をいえば水で口の中を洗いたい気分だが、この身体では無理だろう。

静かに舌を使って舐めとって喉の奥へと流し込む。

「そういえば、サソリさんはどうして眼に包帯を巻いているんですか?目にもケガしたんですか?」

マグカップの中に砂糖が固形のまま沈んでいる滅多に見ないコーヒーの哀れな姿を上から覗き込みながら初春がおずおず聞いてみる。

ときおり縫い目から紅い燐光が漏れる。

「これか……写輪眼ってヤツだな」

「なんか直接見ると危ないみたいよ」

「へえ」

「この眼を使って……あっ!ということは違うな」

サソリは何かを思い出したかのように頭をもたげた。

何が?

「一から考えなおすか」

「どうしたの?」

「お前らに前話したヤツだ。簡単に実力が上がるってので」

前に話した?

「お前があの木山とか云う女の時に話そうとしたヤツだ」

サソリは少しイラつきながら言った。

あっ!!たしか一つだけ気になるようなことを言っていたのを御坂と白井が思い出した。

「あたしが肘鉄を喰らったやつね」

思い出したかのようにコーヒー片手に脇腹をさする。

「それで?」

「んー、簡単に云えば『強くなったように錯覚させる』ことだな。幻を見せられて自分は強くなったと思い込ませる術もあるし」

サソリは幻術について説明を加えた。

「強くなったように錯覚……?」

御坂が考える素振りを見せた。

「そうだ、要は五感に働き掛けて幻を見せるという技術。忍や戦闘を生業とする者たちに共通するのは、自分の被害を最小限にして相手を圧倒したいという願望だ」

 

全ての生物とは言えないが

戦闘において自分の傷を少なくして、圧倒的に勝ちたいと考えるものは多い。

苦しい訓練や辛い制限を設けた生活など

そのときにおいて最も大きなモチベーション維持は、試合になったときに相手よりも強くなり、余裕で勝ちを得ることである。

自分の鍛えた肉体や術で相手を圧倒する

凄まじい力の差で相手を自由にいたぶること

それが人間をはじめ、全ての生き物に元来備わっている戦闘本能だ。

戦闘では負けるよりも勝つ方が良い。

 

「なんかゲームみたいですね。好きなように動かすって」

サソリのマグカップを流しに置いてきた初春がお茶菓子を出してデスクの上で広げながら呟くように言った。

「あっ!そうそうそれに近いかも」

格闘ゲームでいきなりレベルMAXの相手をするよりもレベル最低の相手と戦闘して自分が強くなったと思い込む。

ゲーム好きなら一度はやったことがある遊びだろう。

ほとんど攻撃も防御もしない相手キャラと向き合い、好きなワザを掛け、好きな演出でボロボロにしていき、体力ゲージを減らしていく。

 

同じように喧嘩やスポーツなどでも、このように考える輩もいる。

頭に血が上ったり、パニックになったりして冷静に判断するような機能が抑制されても身体を動かす人に顕著に現れる傾向だ。

この時、冷静にその場を確認していくという注意が欠如して自分で勝手に都合の良い戦況にしようと妄想に近い思い込みが動く。

このテクニックはそうした状況になった人が対象だ。

「嵌めるなら思考よりも先に身体が動くヤツだな。決まり文句としてカッとなって殺ったという性格のヤツ」

「あっ!!結構いるわーそういうタイプ!」

 

気が付いていたら殴っていました

ついカッとなってやってしまったなど

日常的な事件のニュースにもそういった表現がされている。

白井は開いているネットニュースにそのようなワードが並ぶ事件が多いことに気が付く。

 

喧嘩する者の理想形としては……

思い通りに拳が入り、相手は予想通りに崩れ落ちる。

そして追撃をする。

相手は涙を流し、「助けてくれ」と懇願する

この場だけに生まれた上下関係

相手の死や生が自分の挙動に掛かってくる優越感に浸れる感覚。

戦闘を志すものにとっては誰しもが考える理想的な展開。

 

よってその願いを逆手にとって、相手に幻を見せる。

相手の脳内にチャクラを流し込んで、五感を支配し、あたかも自分がボロボロにされるように演出をする。

こうなってしまえば、相手は頭の中で起こっている出来事に満足してしまい現実を直視しなくなる。その隙に相手を仕留めるのが一連の流れだ。

ある程度、幻術に強いものであれば相手に自分が見せたいものを見せることが可能であるが

サソリを含めて、あまり得意ではないものや今回のケースに類似している大多数の人間を幻術に嵌めるには相手が見たいと考えている映像を脳内に流す方がより簡単となる。

 

「意識不明者が増えていることから大規模な幻術だと考えたが、実情はそうではないみたいだ」

サソリは先日、戦った不良の男を思い出した。

幻術に掛かっているのであれば、あそこまでサソリが苦戦することはなかっただろう。

「へえ、そんなワザがあるのねえ」

「それで幻術ってどうやって掛けるんですか?」

「?もう意味はないぞ」

意識不明にする方法としての幻術はサソリの中で除外されているが、御坂と白井は好奇心に目を光らせている。

「でもあるなら知っておいた方が良いし。もしかしたら関係があるかもしれないわ」

この間の分身の術等……科学では解明できていないワザを持っているサソリは御坂達の中では新しい世界を知らせてくれる貴重な存在だ。

 

御坂は少し離れた場所のデスクに座っている白井の肩を掴むとニヤァと何かを企んでいるような笑みを浮かべて立たせた。

「というわけで……黒子に掛けてみてよ」

と黒子の背中を掴んでサソリの前へと押して移動させる。

「ちょ、お姉様なぜ黒子に?」

「いいじゃない!さっきから全然話し合いに参加してないし」

「そうですよ!事件解決の糸口になるかもです」

「絶対面白がってますの!!」

二人に押されながらサソリの顔を見下ろす。車椅子にミイラ男のように頭の大部分が包帯に包まれているサソリがすぐ近くにいる。

サソリは目を覆っている包帯をゆっくりと解いていった。

「まあ、誰でもいいしな」

サソリは目にチャクラをジワジワと溜めていくと、写輪眼に紅い光が一層強くなり、見下ろす白井を見上げようとする。

が……

白井は、反射的にサソリから視点をズラした。

「ちょっと黒子!何反らしてんの」

 

だ、ダメですの……まともにサソリを見ることができませんわ

 

「その眼を見れば幻を見せることができるのよね」

「まあな、おい早くこっち向かせろ」

御坂と初春が白井の頭を掴んでサソリの方を向かせようとするが強情にも頭が頑なに動かない。

「早くしろよ……チャクラがまだ戻ってねえんだから……そう長くできねえし」

「そんなこと言われましても!」

白井の頬が沸騰するように熱くなっていくのを感じた。

サソリの言葉が白井に注がれるたびになんとも言えないモヤモヤとした感覚が心臓付近から噴出していく。

そんな様子にサソリは頬杖を突いて、大きなため息を吐いた。

「まあ、幻術に掛けられるから、多少なりとも怖さはあるな……それに、オレのような眼を持ったヤツに会ったら今の白井みたいに絶対に目を合わせるなよ」

サソリは写輪眼について説明すると印を結んで、少し動かせる指の先にチャクラを集中させた。

「仕方ねえな……よっと」

サソリは白井にチャクラ糸を飛ばして目を閉じた。

糸から青い光が伝わるように白井に流れ込んでいく。

強情を張っていた白井の身体から力がなくなり、御坂と初春が向けようとする方向へいとも容易く白井は向くと、がっくりとその場にへたりこんだ。

「かかったの?」

「ああ、本来のやり方だが」

サソリが印を結んで更にチャクラを流し込むと白井はへたり込んだ状態から濁った眼をしてパッとサソリを見上げた。

「?」

サソリが白井の表情を見て首を傾げた。

白井の眼からポロポロと涙の大粒があふれ出しながらも、サソリだけを一点見つめ続けている。

次の瞬間には白井の身体が宙に浮いて、サソリの身体へと強烈なタックルをかまして車椅子に座っているサソリに抱き着いた。

「!?て、てめえ!何しやがん……?」

衝撃があったかと思えば白井は顔を上げて至近距離を無言で見つめ続けてくる。

涙がまだまだ零れ落ちてくるようで、喫茶店で泣かした子供と重なって対処に困ってしまう。

まだ身体がうまく動かないサソリは白井の抱き着きを払い落すこともできずにされるがままだ。

サソリの胸元に抱き着くと涙でグシャグシャになった顔を付けてスリスリと顔をうずめた。

「く、黒子!どうしたの?」

「白井さん?」

普段考えられないような白井の豹変に御坂と初春が一瞬だけ固まって白井に抱き着かれているサソリより離れてオロオロと手を右往左往している。

そんな様子にサソリは声を荒げる。

「お、おい!身体が動かねえんだから。早くコイツをどかせ!」

サソリは白井に封じられている両腕を少しバタバタさせるが白井の腕力には敵わないようでこの状況を打破できずにもがいている。

そして泣いている白井の口から洩れた言葉が一同を更に困惑させた。

 

「わ、私はどうすれば良いのでしょうか?」

 



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第13話 幻の世界

レベルアッパー事件解決の糸口となるかもしれない。

サソリが言いだした幻術の存在に若干の好奇心を抱きながらも御坂達は、呆けてばかりいる白井を使って幻術の効能を探ってみようとするのだが

個人的な照れにより、サソリの写輪眼を真っすぐ見ることができない白井に業を煮やしたサソリは糸を飛ばして、本来のやり方で白井を幻術へと落とし込んだ。

白井は糸が飛ばされてからチャクラを流されて、頭がポーとしだしていき、不意に目の前が暗くなって自分以外は誰もいないように感じだした。

そして流れてきたのは、まだ小学生の時

ジャッジメントに成りたての頃に鉢合わせした銀行強盗事件だ。

自分でなんでもできる気がして、解決できる気がして威勢よく飛び出して行ったが

自分の行動に先輩は傷つき、初春は人質に囚われる事態に陥ってしまった。

自分も押し倒されて足首を捩じれて踏まれるという小学生の子供には酷なやり方で痛みに悶える。

本当であれば、初春を自分のテレポート能力を使い外に逃がすことで好転していくのだが、ここの中で永遠とも取れる時間の中で自分は責められ続けている。

テレポートを使おうにも対象の物体や人に身体が触れていなければならない

しかし、初春は白井よりも遠くにいて手を伸ばしてもどうやっても届くことはできなかった。

ゴキゴキと硬い物体が擦れ、乾いた音が骨伝導で白井の耳にまで届いた後で囚われている足首に激痛が走った。

容赦なく強くなっていく大人に近い重さを僅か数十センチの幅の足首で受け流せる訳もなく地球の物理法則にしたがうように潰れて、波打った痛みがダイレクトに脳内へと受け流される。

あぁぁぁ!!

声を出すのも痛いくらいだが、叫ばずにはいられない。

痛い

もう嫌だ

まだ子供なのに、世間の厳しさを容赦なく思い知っている小学生だ。

子供を守るのが年上の役目のはず……

誰も助けにきてくれない

自分ではどうすることもできない無力感に打ちのめされる。どこで間違っただろうかと変更不可能な過去を嘆く。

 

心細さに痛みに耐えながら頭を上げる。

弱音を吐いてはいけない。自分は弱き者を助ける正義の味方だ。

そう振るい立たせて、少しでも改善策を探すようにキョロキョロと見渡す。

もっとも頼りになるのは、ジャッジメントの先輩。

白井は殴られて倒れている先輩を視界に収める。

先輩の腕に力が宿って、予定通りに起き上がってくれた期待に応えるようにゆっくりと身体を捻らせる。

しかし、動きがおかしいことに気が付いた

先輩の身体で力が入った箇所以外は力なくダラリと下に垂れている中で身体の四方八方からくる動きに誇張して合わせるようにしばし機械的な動きをしている。

人形……?

そうだ人形だ。

糸を引く手が未熟ともとれる程不自然な動き方をして身体をふらつかせる。

そう考えれば生々しいまでの機械的な動きと形態に変わる。

知ってはならない。考えてはならない。

 

オマエのセイデ……

ワタシはケガヲシタ……

ヒトをタスケル?

ジブンもマモレナイクセニ

 

ふと踏まれている足を見ると、先輩の人形が自分の足首を踏みにじっている。

正義なんて自分勝手のエゴでしかない。

もがいている白井の視界の端ではナイフを突きつけられている初春が瞬きもせずに落ちくぼんだ眼で白井を漫然と向けていた。

 

白井さんがいなかったら

私こんな目に合わなかった

なんで、こんな怖い思いをしなくちゃいけないの

もっと楽しくてやりがいがある職務だと思ったのに

 

初春も人形になって迫ってきている。

弱い者のために戦っても

お礼も言われない

感謝されない

むしろ何をしていたんだと罵られる

不良を力で抑えても恨まれて、今後狙われる

地面から数十本の木製の腕が伸びてきて、白井の身体を握りしめてくる。

恨みを晴らすように

鬱憤を晴らすように……

 

ジャッジメントにウザってー目に遭わされてきたんだ

一遍ギッタギタにしてやりたかったんだぜ

 

あの時に戦った不良がナイフを持って出てきた。

報われないセイギ

人のため、世のためにと考えるが現実がついてこない。結果がついてこない

泥沼へと足を取られるように白井は暗闇やと沈められていく

真水のようにすんなりと沈むのではなく、かなりの入るのに物理的な抵抗があるようにジワジワとゆっくりと自分の目線が下がっていく。

すんなりと入れないということは

入ったら、簡単には出て来られないことを意味する。

分かっている。

分かっている。

けど力が入らない

多くの人形に捕まれて、逃げることができない。

すっかり生気を無くし、生ける人形に自分もなってしまいそうになった。

涙が流れて、これが枯れたらジブンも楽な人形にナルんだろうなと思った。

 

おーいたいた

鈍り始めた眼に赤い髪をした少年が白井を見つけて嬉しそうに駆け寄って来るのが観えた。

人形の腕を白井から引きはがして、白井の手を取ると身体を引き上げて、傷の有無を確認していく。

アザを触られて痛むように感じたが、先ほどの捩じり潰される痛みよりも数倍心地よく、数倍暖かい感触だった。

気がつけば白井は、暗闇の中でサソリに抱き着いていた。

暖かい

そして、こんなにここは寒かったんだ

温度が高いとか低いとかって人間から見れば相対的だ。

比較するものがあるから温かいとか寒いのがよく分かる。

寒さを振り払うようにサソリのゆったりとした外套に包まれた。

枯れるだろうと目論んでいた涙は、湧き出す源泉のように次から次へと目から零れていく。

 

はあー良かった

自分の身体を大切にしろよ

オレか、オレは良いんだよ

 

よく見れば傷だらけの身体で自分を助けに来てくれている。

体温を感じ、気持ちよさを感じているときにサソリは軽々と白井を背中へと乗せた。

紅い眼をしたサソリに背負われて、真っ暗な道を抜けていく。

小さい時に親に背負われていたかのような安らぎ。

周りに怖いものや暗闇があろうが関係ない、サソリが着ている外套のフワフワとした部分に顔を埋めて目を閉じる。

全てを預ける安心感があり、とても居心地が良い。

そして、扉を抜けた先に眩い光に包まれていく。

一瞬目がくらんでいくが、次第に眼が慣れてくると

見慣れたベッドがあった。常盤台中学の寮で白井と御坂が使っているベッドだ。

こ、これは……!

白井の頭が目まぐるしく反応した。

ベッドがある部屋でうら若き男女がすることはただ一つ……

 

黒子

黒子

声がした方向を見ると、ベッドの上にはパジャマを着崩して着ている御坂がなんとも悩まし気なポーズで白井にウィンクしていた。

サソリが降ろすと白井の背中をポンと押して

行ってこい

女として立派になってこい

と力強いアドバイスを受けていく。恰好はすでに女の勝負服のパジャマである。

 

こ、ここで行かなければ女が廃りますわ

サソリからの妙な応援と、ぼやけた頭の中で己が取るべき行動が定まった。

白井は、足に力を入れると一気に駆け出してセクシーポーズをする御坂に向けてダイブを掛ける。

 

******

 

一方、現実の世界では

幻術に掛かった白井の姿に一同が困惑するなか

白井の意外な言動に言葉をなくす。

幻術に掛かったまま濁った眼をした白井に抱き着かれ、涙を流されている。

サソリの写輪眼に映ったのは、白井が心の奥底にある叫びのようなものだった。

 

恐い……

何もしたくない

人と接し傷つくのが怖い

 

サソリの写輪眼にだけ観える奇妙な声にサソリは声の主を探すように白井に抱き着かれたまま首を回して反応した。

写輪眼を有する「うちは一族」には、サソリや多くの忍が気づいていない側面があった。

すさまじい眼の能力を付与しながら、強力な瞳術を用いて忍世界を席巻していく驚嘆に値する始祖の者共。

しかし、その根底には「忍界一、情に脆い一族」でもある。

繊細で傷つきやすく、相手に深い愛情を持って接する愛のある一族。

その感受性の高さが写輪眼という特殊な眼に顕著に現れた。

相手のことを知りたい、何を考え、何を感じているのかを知りたくて得た瞳術。

目だけに力を集中させながらも、使い過ぎれば摩耗して闇の中に沈み、二度と光を宿さなくなる宿命を背負った哀れな一族。

 

サソリは幻術に堕ちた白井の心の一部を見透かすことができた。

白井が秘めている孤独感

寂しさ、恐怖感

相手と距離を取るような口ぶりとは裏腹に求める愛情や仲間

 

そのハザマで揺れる思春期の中学生らしい不均衡な成長にサソリは暴れるのをやめて自分に頼りなく縋り付いてくる白井のしたいようにさせるために身体を静めていた。

「ちっ!しょうがねえな」

軽く悪態をつく。

覗いた感情に翻弄されながらもサソリは気持ちを落ち着かせるように呼吸を整える。

サソリは目を閉じて、自分の幼少時代を思い出していた。

両親がいない寂しさ

人形にだけ居場所を求めた青春

人との関わりを絶ち、傀儡という究極の芸術をたった一人で探求する孤独感と恐怖感。

自ら選んで独りになり、進んで孤独になり人を寄せ付けずに歩いていく。

白井がまさに歩んでいく道とサソリの道が交差したように感じた。

人と分かり合うのを諦めて、人形だけを相手にしてきたサソリには写輪眼から流れてくる。感情の波の強さは頭の中から強い痺れを持って全身に広がっていく。

頼ることも頼られることもしなかった自分に助けを求めるように白井は涙を流したままだ。

「さ、サソリ?」

暴れるのをやめたサソリに対して、御坂が声を掛けた。

白井を引きはがそうと腕を握っている御坂と初春を制してそのままの状態にした。

まるで子供をあやしている父親のように。

「結構、きついことをやってきたんだな……コイツ」

写輪眼から流れてくる白井のジャッジメントとしての活動を見て呟く。

 

正義の味方になること

言うのは簡単だが、実行していき、続けていくのはかなり難しい。

自分だけの幸せだけでなく、他の人を守るという白井の強い使命感にサソリは、自分にはない覚悟の強さを見出す。

まだ年齢的には親に甘えていたい頃であろう。

写輪眼の開眼は、サソリにとって予期せぬ能力を与え続けていく。

写輪眼を軸にしてあふれ出す、強い感情。

感受性が一層強くなった。

今まで考えたこともない他人のこと……いや、考えるのを拒絶していた「痛み」

愛を知らぬ人形だったサソリに、愛のある「うちは一族」が力を与える。

まだまだ未熟、しかし大きな転換点。

 

濁った眼で泣いている白井の眼をじっと見つめる。

抵抗も力もなくなった白井の腕から自分の腕をするりと抜け出すと、白井の頭にポンと乗せて、慣れない手で不器用にも撫で始める。

 

どうすりゃいいんだよ……

 

なんか興を削がれた気分となって、表情では鬱陶しそうに瞼の上を眺める。

撫でる時には白井の頭に触れる寸前で一瞬だけ躊躇すると前から後ろへと流す。

普段のサソリなら絶対にしない行動だ。

自分と同じような寂しさを抱える子供をこれ以上増やしたくないし、体験してほしくなかった。

「なあ、御坂」

「な、何?」

「ここは一体何なんだ?」

サソリの眼には奇妙にさえ見えた歪な世界。

まだガキの年齢で全ての責任や厄介ごとを押し付けてくる理不尽な世界。

子供だけの世界。

それが意味する未来とは何か……

御坂はサソリからの漠然とした質問に何を返して良いか分からないようで、椅子に座る初春とサソリを交互に見た。

サソリも答えが返ってくることは期待していなかった。

 

サソリの腕の中で大人しくしていた白井だったが

「ぐへへ」

とゲスいような声を出して、耳まで裂けた口を見せ始めていた。

「あっ!?」

サソリが反応するよりも先に白井はサソリの首元に手を回して頬擦りをかます。

「ちょ、ちょっと待て!お前」

サソリが開放された腕を使って抵抗するが、まだ力が戻っていないサソリに謎の宇宙的なパワーで抱き着いてくる白井を抑えることが出来ずに身体と身体の緩衝材の役目にしかならなかった。

頬擦りをやめさせようと白井を押していくが、まあこの身体のどこから力が湧いてくるのか分からない位にサソリにニコニコと不気味な笑みで擦り寄ってきている。

サソリの大人な対応に舌を巻いていた御坂と初春だったが、軽く襲われているサソリの言動と拒絶するような構えに気が付いて、再び引きはがそうと腕や腰を掴んではみるものの……

「すごい力ですよ!」

「サソリ!さっきから何見せてるのよ?」

「知らねえよ!早く抑えろ印が結べん」

先ほどから幻術を解こうとしているのだが、白井が激しく動いているので邪魔されてしまい最後まで完遂することができずにいた。

全身をサソリから引きはがすのを止めて、激しくサソリの前で動いている白井を初春と御坂で押さえつけた。

縦横無尽に動いていた、白井の挙動が多少なりとも静まり、サソリはその隙に印を結んだ。

「解!」

白井に掛けた幻術を解く。

濁った眼に光が宿り、要領を得ない赤子のように眼をぱちくりさせてキョロキョロと頭を巡らした。

「よう、気が付いたか」

白井に対して、サソリはバツが悪そうに聞いた。

「わ、私は一体何を?」

まともな頭の中で気が付いたのは、サソリの胸の中だった。

そこで今までの記憶がよみがえる。

え……あれが幻術!?

今も……?

いや、気が付いたかって聞かれたし……

 

腕をサソリの首後ろに回したまま固まっているが、徐々に頭が覚醒していくと冷静に自分の姿を客観視していく。

今、どんな状況で……姿勢で人目があって……かなり恥ずかしい状況である。

御坂と初春は、顔を真っ赤にしたまま動向を見守っている。

まるでこれから来る、とてつもない衝撃を予期しているかのように……

 

自分の目の前にいるのはサソリ

サソリの膝上で座っている

腕をサソリの後ろに回している

そして吐息が掛かりそう程に近いサソリの整った顔

 

カァァァァァァァァァっと顔を真っ赤にして腕をサソリから離すと右手を思い切り振りかぶり。

「ふにゃああああああ!!!」

バッチィィィィィィンとサソリの左頬を引っぱたいた。

「が!?」

たぶん、心理的には不良に殴られた時よりも何十倍の衝撃となってサソリの頬から脳天を貫いた。

 

白井を幻術に嵌めたことで生じた思わぬダメージにサソリは不機嫌さを一層加速させて車椅子に座っている。

左頬が綺麗な紅葉模様で赤く腫れあがっている中、サソリは焦点が合わなそうな目線で空を見つめていた。

「だ、大丈夫ですか?」

「……オレここに来てから良い事ねえな」

「黒子!サソリに一応謝ったといた方が」

「ううう、お姉様まで……少しは整理する時間をください」

「一体何を見てたの?」

「い、言えませんわ」

白井の見た景色を思い出すと、白井の頭は沸騰しそうになった。

サソリはヒリヒリと痛む頬に軽く湿布を張ってもらって、またしてもなんとも間抜けな仕上がりとなった。

「全く、どんな幻を見てたらこんなことになるんだよ」

サソリがイラつきながら白井を睨み付ける。

しかし、白井は再び目線をずらす。

イラっとして、その態度にサソリは不満を蓄えていく。

 

白井自身は、あんな幻を見て、安心しきった自分がいたのは事実。

助けに入ってくれたサソリに安堵感があった。

 

無言で無視してくる白井にイライラが溜ったのかサソリは、指を動かして近くに置いてあるティッシュの箱を引っ掛けると白井に精度高くチャクラ糸で引っ張ってポコンと当てた。

「な、なにをしますの!?」

「無視してんじゃねーよ!てめえのせいでこっちにどんだけ被害があったと思ってんだよ!全く!!」

投げつけられたティッシュを手に取ってサソリの姿を白井は視界に収める、包帯だらけの身体にブロックで殴りつけた不良が頭を過ぎった。

目を見てみるとすでに紅い光を発する眼ではなく、普段のサソリの眼に戻っていることに気が付いた。

「め、眼が」

「ん?眼?」

サソリは自分の手を重ねてみて自分の眼の様子を確認した。

「お、やっと戻ったか」

これで目を開けるだけで無制限にチャクラを喰らう心配は当面なくなった。

どうして発動し、どうして戻ったのか不明なことは多いが、ひとまず安堵の息をする。

白井は意を決して、声細く照れたように少しずつ声を発した。

「そ、そのですわ……あ、ありがとうです……の」

「…………」

サソリは眠たそうな眼が一瞬で見開いて、戻ったばかりの茶色の瞳でぱちくりさせた。

「なんか、お前が礼を言うって気持ち悪いな」

ブチン

「き、気持ち悪いってどういうことですの!!」

手に持っているティッシュ箱を投げ返す。コントロールが定まっていないのかサソリの近くにある、デスクの上に二回転がって横向きに止まった。

 

「いやー、御坂さん若いっていいですねえ」

「本当に、青春しているわー」

老夫婦のようにコーヒーを飲んでのほほんとする御坂と初春に

「お姉様たちまで」

オロオロと顔を真っ赤にして反応する白井。

サソリは、眼が元に戻ったことで覆い隠していた包帯を少しずつ取っていった。

頭のケガと目を隠すために巻いていた包帯のため、サソリの頭の大部分は白い布で覆われていた。

包帯を外してしまえば、サソリの表情が傍目から随分見やすくなる。

「あの蛍光ピンクの眼って自由に出せるの?」

「何だよけいこうピンクって?今はチャクラが戻ってねえから試さん。期を見て発動条件の確認をしておくつもりだ」

ここで下手に弄って半端に発動して、またぶっ倒れてしまうのは目に見えているし、サソリは出されたお茶菓子のポップコーンをクルクルと回して安全を確認していく。

チョコレート菓子だけでなく、ちょっとしたスナック菓子まで用意されているようだ。

「これは食べられるの?」

「まあまあだ」

ポップコーンを口に入れ、サソリは指についた塩バター味の粉を舐めとった。

その様子だけでもなんとなく官能的に映る。

「それで中断したんだけどさ、幻術ってどんな感じなの?」

白井は記憶が甦ってきて、フルフルと頭を振った。

前半はドロドロで、後半がもう脳内ピンクの光景。

「その過去のあ、過ちのようなものが……」

「過ち?」

「あー、精神攻撃の方に行ったか……やはりまだ不安定だな」

「それで何か感じたことはありませんか」

 

これは拷問ですの!?

 

もう忘れて、楽になってしまいたい程の衝撃力のある幻に白井は地に這うとガンガンと頭を床に叩きつけた。

「悪かった。精神攻撃系はキツいからな。まあゆっくりでいいから思い出せ」

サソリはポップコーンの味が気に入ったようで食べる速度が少しだけ上がった。

 



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第14話 幻術と共感覚性

幻術に嵌められた白井だったが、なかなか気持ちの整理ができないようで、聴き取れない何かを呟いては頭を左右に振るだけの動作をさっきから何度も繰り返していた。

 

サソリの証言から精神攻撃系の幻を見たらしいので、回復するまでに幾らか時間が掛かるらしい。

白井が落ちついて話せるようになるまで御坂達は別の話題で時間を潰すことにした。

「ねえ、サソリ」

「何だ?」

「黒子に抱きつかれて正直どう感じた?」

御坂はセクハラ発言をするおっさんのようにニヤニヤと質問をした。

「お姉様!?な、何を」

「……別に」

首を傾げるサソリ。真意が分かっていないような感じだ。

「またまた~」

「んー、初めての経験だったからな。くっ付かれるのは」

「うぐ!」

先ほどから頭を抱えて小さくまとまっている白井の身体が更にシューと小さくなって顔を伏せる。

「いや~、アンタの彼女のおろちまるちゃんが知ったら、傷つくんじゃないかしら」

ピクッと白井の耳が反応した。

 

そうでしたわ......サソリには既に意中の相手が居るのでしたわね。

ふ......やはり私はお姉様だけを愛するだけですわ。

これで変なことを考えずに普段通りの生活に戻りますわ

......な、何故ですの?

胸の奥がチクチクと痛んで、酷く息がし辛い。

この気持ちは一体?

見えない涙がスッと頬を伝っていく。

 

しかし、サソリの次の発言に事態な一変させた。

「何で大蛇丸が出てくんだ?」

眉間に皺を寄せて訊く。

「だって恋人でしょ?」

...............

少しだけ世界が凍り付いた感じがした。

あれ......あれ、冷房が強くなった?

よく分からないが生物としての第六感が働いたのか初春が軽く身震いをする。

 

サソリは、不良に浴びせた強烈な殺気を再び発しながら、御坂を見据える。

「何の話をしている?」

心無しか戻っているはずの眼には奮起の色彩を浴びている。

 

えっ!?

何??

てか、サソリが凄く怖いんだけど

 

冷や汗がダラダラと流れて、幼き日に皿を割ってしまった時の叱責されるかもしれない恐怖感を思い出す。

思わず御坂は、車椅子から少しだけ離れ、距離を取る。

 

「??」

身震いが止まらない初春が席を立って、冷房の設定温度を見てみるが、特別に寒いわけではなく温暖化対策をした設定温度だ。

「えっと......前におろちまるちゃんのことを聞いて、聞いて......特徴から女性だからサソリの恋人かなあと思ってね」

 

写輪眼を解除しているはずなのだが、顔をまともに見ることができない。

だけど、雰囲気で結構ヤバ目の地雷を踏んだことだけが分かる。

「............」

怖い

何も言ってくれないのがなおさら

視界の隅っこでサソリが、指で自分の膝を叩いている。

「そうか......性別を言ってなかったか......大蛇丸は男だぞ」

 

ふえ!?

男!?

英語でManの方の!?

 

御坂が大蛇丸についての情報を総動員して照らしあわせる。

長い黒髪

女口調

蛇みたいな人

性別→男(new)

 

えぇぇぇー!?

 

フラフラと立ち上がって、壁に額をくっ付ける。

思いのほか暖かい。

そして、ブツブツと考えをまとめるように呟き続ける

 

男!

この特徴で?!

嘘でしょ!

いや、だからって男らしくしろとは言えないけど

生物学上では男でも心が乙女の方もいるし

この自由化の世界でそんな方々を非難したら炎上騒ぎになるわけで......

でも、でも

勘違いはするわよ

見た目とか特徴とかじゃ性別が分からなくなっているおかげであたしの方に飛び火が......

あたしが悪いの?

勝手に想像したからこんな事態になっているし

いや、この状況を客観的に観ている人達ならあたしの勘違いも仕方ないって言ってくれるはず。

 

御坂がブツブツと言っている間に、白井は耳をダンボのようにしてサソリの発言を聞き逃さないようにしていた。

べ、別に興味があるとかそんなんじゃないですのよ!

 

ここは一先ず、おろちまるさんについてよく知ろう

新しい性のジャンルとして「男の娘」があるからきっとその類いだろう。

うん、話しはそれからだ。

 

「それで大蛇丸君......さん?とりあえず友達として探しているの?」

ピシッ!

サソリの表情に亀裂が入った。

「友達じゃねーよ!前にいた組織でコンビ組んでただけだ」

「わ、分かった!コンビを組んでいたってことは同じ歳くらいね。そうそう友達じゃないけど探しているのですね(何故か敬語)」

「同じ歳じゃねえし。オレより年上で50歳超えてるはずだ」

 

50ゥゥゥ!?

あの保険のCMでお馴染みの

「50,80 喜ばしく」の!?

 

もうね、色々破綻していくよね。

サソリが彼女(大蛇丸)を探しに行って大怪我した感動的なイベントのこと。

涙した純愛も何もかもメチャクチャになっていく。

御坂が白い壁に爪を立てて、膝から崩れ落ちていく。

 

空想上では。

「えへへ、私は大蛇丸よ!よろしくだピョン」

切れ長の眼にキラッとした瞳。

ピースサインをする昨今の萌えキャラ声で可愛らしく挨拶をしているが......

 

サソリの言葉から可憐で浴衣を着たおろちまるちゃんから50代の腹が少しだけ出っ張り、黒髪ロングの落武者おじ様の風貌へと早変わりし、先ほどのセリフも

 

「えへへ、私が大蛇丸よ!(声は若本規夫さんで)」

「よろしくだピョン(銀河万丈さんも良いな)」

日本を代表する野太い声で御坂の頭の中にこだましていく。

 

御坂は頭をガシガシと掻き回して、受け入れ難い現実と向き合う。

そして、半ば幽霊のように生気のない歩き方で近づいてサソリに謝罪した。

「ゴメン、あたしの勘違いだったわ」

「不意打ち過ぎてオレも驚いた。まあ、良いや」

呆れたようにサソリは頭を掻いた。

 

大蛇丸の前情報を知らず、この場に居たとはいえ、半分も理解出来ていない初春が接客の笑顔を見せて分かったように手をパチンと叩いた。

「えっと、つまるところ......サソリさんには50歳を超えた男性の恋人がいるってことで良いですか?」

火に油を注ぐとはこの事!

「違えよ!何でオレがアイツと恋仲になるんだよ!それをやる位なら白井の方がまだマシだ」

おおー!

ダンボの耳をしていた白井が無意識に拳を天高く掲げてしまう。

白井の脳内には、強大な敵として君臨していた「おろちまるちゃん」をリングに沈めて、チャンピオンベルトを腰に巻く姿をイメージしていた。

沸き上がる歓声!

ヒーローインタビュー!

 

ん?

この拳は一体何を意味してますの?

自分の拳を信じられないように眺めている。

「いやー、随分大胆な発言を」

「あくまで、大蛇丸と比べてだがな。なあ、白井」

 

何故このタイミングで私に!

 

「えっと、そのですわ......」

顔を真っ赤にして困ったように首だけを傾け、拳を前に突き出して固まる白井に御坂が怪訝そうな顔で見た。

「何でガッツポーズをしてんの?」

「ノーコメントでお願いしますわ......」

ダァーとホッとしたような気まずいような複雑な涙を滝のように流しながら言った。

 

「それで黒子と付き合うとしたら?」

「もう良いだろ......さっさと幻術の話にいけよ」

そうでした!

すっかり議論が白熱して忘れていたが幻術の話しをまとめるのが今回の急務。

初春は自分のデスクの椅子に腰掛けた。

サソリさんのことが分かったような、分からないような......

とりあえず、落ち着くためにコーヒーを一飲みし、白井に質問をした。

「それで幻術に掛かった時はどうでしたか?」

「んん、あまり思い出したくありませんわ......ジャッジメントに成り立ての時にへまをしまして......あとは人形がたくさん出てきましたわ」

ん?

サソリはピクッと反応した。

「人形?」

御坂がお茶菓子のチョコレートを口に入れながら聞き返す。

「ねえ、ゲコ太出てきた?」

「いいえ、残念ながら」

「何だ......もし出てきたらサソリに頼んで見せてもらうのに」

残念そうに首を振った。

何を期待していたのか?

「どんな人形でしたか?」

「そうですわ。初春も人形として出てきましたわよ」

初春は自分の人形姿を想像しているのか、嬉しそうに笑顔を見せた。

「へえー、私がですか!どんな人形だったんでしょうかね」

ドレスを着て、舞踏会で踊っているのを妄想をする。

いや、ここは日本人形のように醸し出す上品さも良いなあって

 

初春さんの人形か......

こけしかな?

 

「そんな優しいものじゃありませんでしたわよ。眼が取れてましたし」

眼が取れてる?!

「アレが近付いてきた時は、恐怖でどうにかなりそうでしたわ。思いだすだけで初春にパワーボムを仕掛けてしまいそうになるほど」

と言い、初春の両脚を自分の肩に乗せるとそのまま立ち持ち上がろうとする。

「あわわわ!す、すみません!足を持ち上げないでください」

捲れそうなスカートを必死にガードする。

ここには、男子のサソリさんが居ますのにぃぃ!

顔を赤らめて、チラッと目線をサソリに向けるのだが、サソリは考え込んでいるようで初春のスカートの中には興味がないような感じだ。

 

はあ、残念

は!間違えました!

良かったです!

良かったんです!

 

いつも佐天に挨拶代わりスカート捲りをやられるので多少は見られても良いように本人は気にしてパンツを購入している。

感覚がおかしくなっていくが、何度言っても止めてくれないので少し諦めている。

 

「止めなさいよ!」

ワーキャーと騒いでいる白井と初春に軽くツッコミを入れる。

「分かりましたわ」

「ふわ!ヒドイですぅ」

両脚をいきなり降ろされて、初春は盛大に床に尻もちをついた。

「他には何かあったか?」

黙っていたサソリが徐に口を開いた。

「あとは......痛みでしょうか?足首を踏まれた痛み」

あの時に捻られた足首の痛みを思い出して、摩った。

「人形が見えたということは、視覚があって、痛みがあったということは触覚があったということだな」

「サソリが黒子に掛けたのは、どの感覚?」

「コイツが眼を合わせねえから、身体に直接チャクラを流し込んだ。敢えて言うと皮膚感覚か」

チャクラを流し込む時に白井は、ほのかに暖かさを感じていた。

触覚では痛みの次に用いられる熱センサー。

それをサソリは今回、使用したのだ。

 

「そうなると、触覚に刺激を与えたのに人形を見る視覚が働いたということになるわね」

一つの刺激に対して複数の感覚が働く。

「何か本で読んだことがあるわね......共感覚だったかしら」

白井もその言葉にハッとした。

 

共感覚......一つの刺激に対して本来刺激を受け取る感覚器官とは別の感覚が働いて認識すること。

これを持っている人は、人の声を聞いたら「青色の声」や「ちょっと銀紙を噛んだような声」という表現をしたりする。

稀に数字に対してだけ働く場合があり、数字毎に性別があるような感覚がある人もいる。

例として

258は男性

364は女性

と言った感じだ。

法則性はないが、不意に数字を言われると性別がイメージとして頭に浮かび上がるような感じに近い。

生得だけでなく訓練により習得することが可能な能力でもある。

 

「もしかしてなんだけど......レベルアッパーもそれに近いことをやっているんじゃない?」

「音を使って幻を見せることは可能ですの?」

「ああ、ある」

「じゃあ、この曲を使って聴いた人を幻術に掛けているんですかね?」

「あり得るかも」

御坂達三人が活発に意見を出し合う中でサソリだけは、何処か冷めたようにポップコーンへと手を伸ばした。

「......少し待て。お前ら、オレが幻術を外した理由を分かってねえな」

「?」

「幻術っていうのは、大抵五感に働き掛けた瞬間に発動するようになっているんだよ......それなのに、聴いた瞬間から能力が上がってしばらくして意識を無くすってのが分からん」

「うーん?能力が上がるような幻を見せて意識を失わせたんじゃないですか?」

初春が思いついたように言うが

サソリは、頭を抱えて車椅子の上で頬杖を突いた。

「ちっ、そうじゃねーよ。オレの言いたいことが分かってねえな」

???

「へっへ?!ど、どういうことですか?」

「......傍目から見れば必要ない部分があんだよ」

サソリがヒントを出した。

「あっ!分かったかも......能力が上がるっていう所だ」

サソリが御坂を指差して同意の頷きをした。

「確かに、知っている人の能力を上げることは分かりますが.....インターネット上でバラまかれていたから犯人も知らない人が圧倒的に多いですわ」

 

「そうだ......この事件を引き起こした犯人の目的が何なのか知らんが......仮に意識不明にさせたいだけなら能力を上げる工程は要らんよな。オレなら聴いた瞬間に意識を奪うようにする」

「あ、言われてみれば!」

「幻術で意識不明になることはあるが、本当に能力が上がるっていうのが納得いかん。そこに何かカラクリがあるんじゃねーの?」

 

結局のところ

新たな疑問点が浮き彫りになり、調査は一歩前進、二歩くらい後退したような印象だ。

「幻術の可能性はないかー、良い線行ったと思ったんだけど」

「まあ、オレの中では死に案だから......あとは」

「共感覚性ですわね」

「この曲を聴いた人が次々と被害に遭っていますから......その方面で調査をしましょう」

 

******

 

ジャッジメント本部の建物を出て、その日の話し合いを終わらせてサソリを車椅子で押しながら御坂はため息をついた。

「はぁ、ちょっとゴチャゴチャしてきたわ」

昼間を過ぎた街路を歩いていく。

車椅子に揺られながら、サソリはもう一度、不良との戦闘を思い出していた。

 

幻術の可能性は低い、能力向上......頭の上にあった光る線

そうだ、その線を解読しなければならない。

「サソリー、結局あたし達に出来ることってないのかなー」

御坂が訊いてきた。

「まだ不確定要素が多すぎるな。下手に動くとこちらも巻き込まれそうだ......それに今は個人でしか聴いていないみたいだが、それをスピーカーのような物で流したらどうなるか」

サソリの仮説に御坂はゾッとした。

まだ個人で聴く分だけだから、これくらいに収まっているが、大大的に流してしまったら学園都市は一挙に大混乱の縁に落とされる。

「じゃあ、犯人はまだ本気を出していないって事?」

「本気かどうかは知らん。だが、その方が効率的だろ?」

サソリが振り返って御坂を見上げた。

その両眼には巴紋の写輪眼が光っていた。

「サソリ......またあの眼になってるわよ」

「ん!?またかよ」

サソリが視界に意識を集中する。ビルの隙間から依然よりも光る線の束が強固になって空に横たわっている。

また、増えている?!

 

サソリが空を見つめたまま黙っている。

御坂は、前に聴いたサソリの言葉を思い出した。

「待ってサソリ!その眼でレベルアッパーを使って人が識別出来るのよね?」

「ああ、光る線が頭から伸びているのがそうだ」

「じゃあ、その眼で発見されていない被害者を見つけることができるわね」

「そうだな」

「よし!そうと決まれば!」

御坂が車椅子を押す手に力を込めて歩くスピードを上げた。

 

嫌な予感がサソリの脳裏を過る。

 

「さー、行くわよ!」

車椅子を力強く押して御坂とサソリが走り抜けていく。

 

またしても現れた写輪眼。

発動方法

解除方法が分からぬ今

サソリは発動、解除を探っていた。

 

不良の戦闘の時に見えた光る線の存在。

それを思い出した時に写輪眼が発動した。

あれは写輪眼でしか観えていないらしい。

観えた時の感覚に身体が反応したのか?

そして、元の眼に戻った時に何をしていたか?

それは、白井を幻術に嵌めて抱きつかれた時だ。

白井の内に秘めた感情を読み取った後で写輪眼は解除されて、元に戻った。

ということは......

「また白井にくっ付いてみるか......」

「えっ!?」

凸凹コンビは坂道を御坂に全譲りして上っていく。

 

******

 

AIM解析研究所

電話が鳴り、研究者の木山が通話している。

「共感覚性......ね」

初春が先ほど詰めたアイディアを一任している木山に報告している。

「はい、それを利用すれば音楽プレイヤーで学習装置(テスタメント)と同じ働きをするんじゃないかって」

初春は、調査を依頼し、今後の事件解決へと向けるためにバス乗り場に立っていた。

「先ほどレベルアッパーを楽譜化して波形パターンを分析しましたデータをお送りしました。調査をお願いしたいのですが」

「ああ、そういう事なら『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用許可もおりるだろう」

「わあ、あの学園都市一のスーパーコンピューター!ならすぐですね。今そっちに向かってますので......」

「分かった」

電話を切り、バスに乗り込んだ初春だったが座席に着く前に携帯電話から着信音が鳴り響き、慌ててしまったばかりの携帯電話を取り出す。

 

画面の表示には

『佐天涙子』

とあった。

「佐天さん?」

 



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第15話 後悔

ねーちゃん

チョーノーリャクシャになんの?

カッケー!

 

へっへーん

 

お母さん

本当は今でも反対なんだからね

 

ハハッ

母さんは心配性だなあ

 

頭の中をいじるなんて、やっぱり怖いわ

 

全然そんな事ないって

 

はい

お守り

 

うわ、またヒカガクテキだな

 

何かあったら、すぐもどってきていいんだからね

あなたの身体が

何より一番大事なんだから

 

..................

 

おめでとう!

これで晴れて能力者だ

どうしたの?

何で泣いているの?

あー、友人が倒れたから?

しょうがないよ

だってそれが運命だもん

さあ、残りの時間を精一杯楽しもうよ

憧れの能力者としてさ

 

君が望んだ道だよ

何文句言ってんの?

 

バスに乗り込んだ初春に掛かってきた一本の電話。

それは、佐天からの悲痛な声だった。

佐天自身は悪いことをした、ズルいことをしたと自覚しているから家族にも相談できない。

友達の初春にさえも連絡できないと思っていたが、抑えきれない後悔と友人を巻き込んだ罪悪感から自然と携帯電話に手が伸びていた。

「レベルアッパーを使ったら元に戻らないなんて......あたし、知らなくて」

 

何でこんな事に......

あたしそんなつもりじゃ......

 

「おっ...... 落ちっ、落ちついてゆっくり最初から......」

友人からの予想外の告白に初春の顔に焦りの汗が流れた。

普段のトーンよりも遥かに弱々しく、自分が聴き返す声でかき消されてしまいそうになるほどだ。

事態はかなり深刻だと直感で理解する。

 

落ち着かないと!

それは自分にも佐天にも言えたことだ。

 

「レベルアッパーをたまたま手に入れたんだけど......所有者を捕まえるって言ってたから......どうしようって。それでアケミ達が能力の補習があるって言ってて......」

じゃあ、アケミ達が「補習」があることを言わなかったら、こんな事は避けられただろうか......

いや、たぶん誘惑から手を出してしまっただろう。

罪悪感を持った人間は、変な所で冷静に自分を客観視する。

まるで、主観になることを怖れての考えだ。

 

こんな言葉を並べた所で改善される訳でさはない。

独りで使うのが恐かっただけ......

「あたしがみんなを......」

「と、とにかく今どこに......」

初春はバスの停車ボタンを押す。

バスの信号待ちでさえ、二人の間を拡げる障壁にしか感じなかった。

 

繋がっているのは一本の電話。

これが唯一、二人を繋ぎ止めている限りなく細い電波の線。

 

これ以上、独りにしてはいけない

初春はバスが停車すると自動ドアが開くのを身体を揺らしながら焦りを募らせる。

「あたしももう眠っちゃうのかな。そしたらもう二度と起きれないのかな」

 

何の力もない自分がいやで

でも憧れは捨てられなくて

 

「無能力者(レベル0)って欠陥品なのかな」

「何を......」

バスのタラップをやや強めに踏みしめると辺りをキョロキョロと伺う。

もちろん、ここに居るはずはない。

だけど、追い詰められている佐天の影を探し出す。

電波や電子音が伝える音声だけがこの場にいる初春に佐天の存在を教えていることに憤りを覚える。

 

佐天を奪い去ろうとする電子音

初春と佐天を繋ぐ電子音

 

このあり得ない同居が初春には許せなかった。

 

「それがズルして力を手にしようとしたから罰があたったのかな......危ない物に手を出して周りを巻き込んで!あたしっ......」

自責の念に苛まなれてしまい。自分の周囲が見えなくなった佐天は滔々と罪を次から次へと口に出した。

初春は払うように電話越しに大きな声で「大丈夫ですっ!!」

と言い切った。

「もし眠っちゃっても私がすぐに起こしてあげます!佐天さんやアケミさんも他の眠ってる人達もみんな......だからドーンと私に任せちゃって下さい」

「初......春?」

初めて佐天は、聞き入れる用意が整った。

初春の予想外の行為に涙が堰を切ったように連なる。

「佐天さんは欠陥品なんかじゃありませんっ!能力なんか使えなくたって、いつも私を引っ張ってくれるじゃないですか」

もう周りの眼なんか関係なかった。

いま、今切り出して置かなければきっと後悔する。

 

風邪を引いてなければ

もっと佐天さんを見ていれば

もっと佐天さんを知っていれば

もっと早くレベルアッパーの調査に臨んでいれば......

数えきれない後悔の波が押し寄せてくる。

どう足掻いても変えられない望郷の過去。

 

だから、取り返しがつく後悔なら解消しておきたい。

「力があってもなくても佐天さんは佐天さんですっ!私の親友なんだからっ」

気がつけば初春も涙を溜めて、しゃくりを上げる。

「だからっ!だからっ......そんな悲しい事言わないで......」

止めどなく流れ落ちる涙が佐天の声を伝える携帯電話に付いた。

道のど真ん中で大きな声で語りかける初春を周りの人間は奇異な目で見ている。

「ぷっ、アハハハハ。初春を頼れって言われてもねえ」

「わっ私だけじゃないですよ!御坂さんや白井さん、それにサソリさんだって居ますから」

気持ちが軽くなった気がした。

佐天には自分が白井さんに助けられた時に、白井さんが攻撃されている間、何も出来なかった。

見ている事しか出来なかった。

 

そんな中でサソリがいち早く駆けつけてくれた。

サソリが言ってくれた言葉。

「能力なんて人それぞれだろ。お前が気が付いていないだけだけじゃねーの?」

 

本当だ

何で忘れていたんだろ?

測定ではレベル0でも

最も身近に居て

いつも自分のイタズラを笑って許してくれる最高の親友の存在

能力なんて陳腐な表現なんか要らなくて

 

「うん分かってる。ありがと初春」

言って良かった。

電話を掛けて良かった。

佐天には病室でバカ騒ぎした日を頭に蘇らせた。

些細な事でケンカをしている白井さんとサソリ。

そのケンカを仲裁する御坂さん。

初春は、いつものように顔を赤くしてニコニコしている。

 

この人達に任せれば大丈夫かな。

そんな心強さを感じていた。

「迷惑ばっかかけてゴメン。あと......よろしくね」

プッツリと切れる電波の線。

強大で凶悪な線へと佐天を引きずり込んで行くのを静かに傍観して四散していった。

 

******

 

「はい、はい!またこちらに倒れている学生が居ますので搬送お願いします!」

御坂が病院関係に電話してレベルアッパーの被害者の発見に尽力していた。

電話を切ると、ポケットに携帯電話を戻す。

「よし、三軒目完了!さあ、次行くわよ」

車椅子に座り、漫然と写輪眼を放出しているサソリの頭を両手で挟み込むと斜め上を無理矢理向ける。

「ぐぐぐ、何でオレがこんな事を......」

サソリに開眼した写輪眼はレベルアッパー使用者から伸びる光る線を識別することができ、そこから線を辿るように行けば被害者を発見することが可能だった。

「いいじゃないの!能力は社会に役立てないとね。さあ、さあ休んでないで見てみて」

「オレは探知機じゃねえぞ」

「大丈夫!今の所百発百中よ」

褒めるところが違う。

腕だけ自由に動くようになったのか、頭を掴んでいる御坂の腕を握ると引き剥がそうとするが勝てないようで力を弱めた。

「ちっ......今度はそこの道を右に曲がってすぐの所だ」

「ほい来たー」

車椅子を押して現場へと急行する。

着いたのは数階建てのマンションだ。

「二階の向かって一番右の部屋」

窓から光る線が伸びている。

「ん??」

サソリのチャクラ感知が何かを捉えた。

前に感じたことがあるような

ここに来る前に......

「二階かー、エレベーターあるタイプかしらね」

ベランダ側から逆サイドに回りこんで行き、階段があるマンション玄関口を開けて中に入った

「エレベーターは何処にあるのかな?」

サソリの車椅子を止めて動き出さないようにロックすると辺りをキョロキョロと御坂は見渡す。

すると

「ん?!アイツは?」

サソリが階段を上がっている女性に注意を向ける。

「え?あれって初春さん!?」

必死の形相で上がっている初春に写輪眼の焦点を合わせた。

 

焦り

戸惑い

哀しさ

そして少量の悔しさ

悔しさ

 

更にチャクラを写輪眼に回す。

澱みなく眼に合わせると視力が上がり、初春の心を写し取る。

読み取れてきたのは、叫びに近い声。

 

佐天さん......

佐天さん!

 

「さてん?......!」

サソリは、顎に手を当てて思案する素振りを見せると、気付いたように前のめりになって眼を見開いた。

そして同時に思い出した。

 

ま、まさか......

 

喫茶店で佐天が持っていたレベルアッパーらしき物。

以前に聞いた、自分には能力がないという自覚。

それが意味するものは。

 

しまった......

 

普段冷静に対処するサソリだが、今回のケースでは身体を内なる悔しさから震わせた。

そして、語気を強めて御坂に言い放つ。

「御坂!早く行け!」

「えっえ!?どうしたの?」

「さっさと......行け!」

サソリのあまりの剣幕に御坂はサソリの車輪を止めると初春が上っていた階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 

写輪眼によるものか不明であるが

サソリは、椅子に座ったまま項垂れた。

片腕を頭に置き、どうにかなりそうな程に強くなっていく感情のブレを抑え込む。

 

クソ......

完全に抜けていた

アイツが似たような物を持っていたのは見ていた

これはマヌケ過ぎるぞ

落ち着け

落ち着け

まだ打てる策があるはずだ

 

サソリは自分の膝を悔しそうに握る。

腕に力を入れて反動を付けて立ち上がると、壁や手摺りを頼りにサソリも御坂と初春の後を這いずるように階段を上がる。

 

部屋へと入ろうとする初春に御坂が追い付いた。

「初春さん!どうしたの?」

「御坂さん!?さ、佐天さん!レベルアッパーを......」

涙をポロポロと流している。

息の切らし方からして、結構な距離を走ってきたようだ。

呼吸を整えるように扉へと体重を預けた。

「えっ......嘘でしょ」

扉を開けて、二人はなだれ込んだ。

佐天は初春が来るのを信じて事前に開けておいたようだ。

カーテンが閉められている暗い部屋にあるベッドの脇に佐天はうつ伏せに倒れ込んでいた。

手の中には、先ほどまで初春と連絡していた携帯電話が力無く握り絞められていた。

意識が無くなることが分かっての数分間、いや数時間かもしれない。

どれほどの恐怖が襲い掛かってきただろうか。

何時、自分が自分では無くなるか。

それを考えるだけでこの犯人が仕掛けた残酷な装置に憎しみが募る。

能力が手に入っても、こんな仕打ちって......

御坂と初春でグッタリしている佐天を仰向けに寝かせた。

呼び掛けにも反応を示さない。

泣き腫らした顔をしている。

長い時間激闘を続けた親友を初春は、そっと抱きしめた。

 

絶対に起こしますからね

戻ってきてください

 

御坂は携帯電話を取り出して急いで病院各所に連絡をする。

机の上には、音楽プレイヤーが鎮座していた。

一連の事件を引き起こしているデータがそこにある。

御坂は電話を掛けながら、唇を噛み締めた。

 

今まで自分とは関係ないことだと思っていた。

御坂はビリリと電流を迸らせる。

電流は御坂を中心に拡がっていった。

威嚇するように、最小限に瞬かせる。

暗い佐天の部屋が少しだけ照らし出されて、何者かの影が電撃の衝撃を受けて御坂の視界で動きだした。

「!?」

御坂が部屋の電気を付けると部屋の片隅に黒髪の人形がダラリと口を開けたまま静かに浮いていた。

まるでそれは喜んでいるかのように笑ってみえた。

 

「はあ、はあ......どうだ?」

サソリが足を引きずりながら玄関の前まで移動して、腕の力だけを支柱にして通路にある台所を超えて部屋の中に入っていく。

部屋に入ったサソリの目に飛び込んで来たのはグッタリと倒れている佐天。

幾本も観てきた光る線が今回だけは違って観えた。

眼を閉じたまま力無く横たわる佐天を力の込もった写輪眼で眺めた。

佐天の側に足を崩すようにして座ると、首の頸動脈に触れた。

「大丈夫そうだな」

トクン トクンと心臓の拍動が伝わり、少しホッと一息つく。

これは、命の危険がないことだ。

視認できる範囲では怪我は確認できない。

「サソリさん......」

「......さっきまで佐天と会話していたか?」

唐突にサソリが訊いてきた。

「えっ、はい......」

「そうか、通りでな」

サソリの写輪眼で読み取った感情に、恐れや怖さはなく。

相手に預けるような安心感のようなものがあり、嬉しく思う感情が溢れ出ていた。

 

サソリは不意に右手を動かした。

蒼色に燃えるようなチャクラが覆い、佐天の頭へと乗せる。

自分のチャクラを流し込み、流れる向きを写輪眼で見定める。

遠くから観たのでは分からない量の情報がサソリの眼を介して観える。

歪な流れ方だ。

「!?」

サソリの紅い瞳の中にある巴紋が強く回り出した。

 

「サソリ、アレって何?」

御坂が距離を取って対峙している黒髪の人形を指差した。

急に動き出したため、警戒心むき出しの表情をしている。

「!!?風......影」

サソリのかつての芸術品が静かに佐天に駆け寄る三人を見下ろす。

 

******

 

病院へと緊急搬送された佐天に付き添い、御坂とサソリは病室でアンチスキルの捜査のための事情聴取を受けていた。

「うむ、協力感謝します」

ファイルを閉じて、ガタイの良い中年男性が病室から出て行った。

 

そこへ入れ替わりに連絡を受けた白井が慌て病室へと入ってきた。

「佐天さんが倒れましたの?」

病院での検査を終えてはいるがレベルアッパー特有の意識不明にとどまっている。

つまり、現状では回復の手段が見つかっていない。

サソリが佐天の頭に手を置くと、出来る限りの情報を探っていた。

集中しているサソリを横目で見ながら、御坂と白井は話しを進める。

「やはり、レベルアッパー絡みですの?」

「そうみたい」

「初春はどちらに?」

発見者である初春の姿が見えないことに疑問を呈する。

「木山先生の所に行ったわ」

「こんな状況でも......少し休んだ方が宜しいのでは?」

「そう言ったんだけどね」

風邪を引いて病み上がりの身体に今回の一件で肉体的にも精神的にも一番キツイ状態だ。

 

「ふう」

サソリが佐天の頭から手を離して一息ついた。

「どう、サソリ?」

「チャクラの流れが固定されているみてえだ。幻術に近いがそれとは違うな」

簡単には解除できないようだ。

「そんな事が分かりますの?」

「あの眼と複合して分かるみたい。なんとかできない?」

「少しやってみたが、強制的に流されているから短時間では無理だな。大元を叩く必要がある」

腕で車椅子の車輪を回して、サソリが二人の傍に近寄った。

「んー、とっ......今度からは常に二人一組で行動しろよ」

「二人一組......?!」

「一人でいると危険を回避出来んからな」

暁時代に戦術として義務化されていた二人一組(ツーマンセル)を提言した。

一人より二人以上の人数に固まって動いた方が危険性は下がる。

「それと......お前にも渡しておく」

サソリは、外套から透明な包みに包まれた黒い粒を白井に手渡す。

「そういえば......あった!」

御坂がポケットからサランラップに包まれた黒い粒の塊を取り出した。

「これは何ですの?」

御坂から渡された黒い粒を訝しげに覗き込む。

「砂鉄だ。オレのチャクラが練りこんであるから、場所の特定が容易になる。何あったらそれに力を使えばオレに伝わる」

 

******

 

佐天の部屋に入った後

部屋に弱めのチャクラ反応があり、サソリが居間へと入ると自身の人傀儡が宙に浮いていた。

それは主を見つけるために宙に浮いていたように見えた。

「三代目 風影......?」

先の死闘で破壊されたはずの自慢の人傀儡をあり得ないモノでも見るかのようにサソリは写輪眼で何度も瞬きをして見つめた。

 

これは、本物だ

 

サソリは、ゆっくりと確実に傀儡へと近寄った。

諦めていた再会だ。

傀儡を手にすると、昔の感覚が蘇り手が高速で動きだす。

 

佐天が無事であることを確認すると、ジャッジメントとしての使命を強く持つ。

本来であれば、親友の一大事にずっと付き添って行きたいがそれをする訳にはいかない。

 

初春は顔をペチンと叩いた。

奮い立たせてジャッジメントとして自分に出来る最善策を考え出す。

やらなければいけないこと

レベルアッパーの調査を約束していた木山の元へと向かうために初春は何度も頭を下げた。

 

「すみません!佐天さんをお願いします。これから木山さんの所に行ってきます。もっと早くに着手していれば......」

 

自分がもっとしっかりしていれば

 

佐天が普段どんなことに悩んでいたかを把握していれば、こんな結果にはならなかった。

初春は、更に一礼すると佐天の部屋から出て行こうとするが

「ちょっと待て」

サソリが手を伸ばして制止した。

「御坂、何か包むものあるか?」

「えっ!?包むもの?」

部屋を見渡し、見つからないので台所の引き出しを開けだす。

持ち主ではないため、何処に何がしまってあるなんて把握していない。

そのため、目に入った引き出しや引き戸を開けていく。

 

御坂が台所を漁ると戸棚の中から食品保存用のサランラップが出てきた。

サランラップを手に取ると、適当な長さで切ってサソリに渡した。

「これくらいしかないけど良い?」

「充分だ」

切られたラップを拡げていき、何やら黒い粒を一救い包んだ。

拡がる部分を捻るように巻くと初春へと渡した。

「お前は何か術が使えるか?」

「術ってほどじゃないですけど......温度を一定に保てます」

「何かあったらそれを握って力を使え......オレに伝わるからな。絶対に無茶をするな」

「は、はい」

サソリの迫力に押されながら初春が受け取った黒い粒の入ったラップをポケットに入れる。

そして、初春は再び頭を下げて、玄関から出て行った。

ジャッジメントは、自分だけではなく他の大多数を救うことが求められる。

今こうしている間に被害者が増えているかもしれない。

自分に出来ることを見つけて行動するしかない。

友人を背に走るのは、味わったことのない後ろめたさが伸し掛かった。

だけど、自分が居たところで佐天を意識不明から助けることができない。

また涙が過る。

 

「いいか。この先は極力単独行動は避けろ。必ず二人以上で動け!」

「でも初春さんは一人になっちゃうわよ」

「今回は仕方ないな。オレは自由に動けないし、木山と会うにしてもオレや御坂が行ったら逆に怪しまれる。最低限のものは渡しておいたから、ある程度は大丈夫だ」

 

後手後手に回ったが、これからはそうはいかんぞ......

 

******

 

病室で三人で話しをしていると検査結果を知らせるために少し大柄でカエルのような老人の医師がゆっくり歩いてきた。

「ちょっといいかい?」

三人をあるモニターの前に移動させるととある波形パターンを見せ始めた。

 

「レベルアッパーの患者達の脳波に共通するパターンが見つかったんだよ?」

不自然なまでに尻上がりの口調だ。

「人間の脳波は活動によって波が揺らぐんだね?それを無理に正せば......まあ、人体の活動に大きな影響が出るだろうね?」

 

人間には、それぞれ特有の脳波パターンが存在している。

それは別の呼び名で云えば思考パターンだ。

このパターンは今までの経験から形作られている。

通常であれば、長い時間を掛けて変化していく脳波のパターンを短い時間で強制的に変化すれば......

自分を自分たらしめている脳波はなくなり、別の誰かに思考を機械的に行うだけだ。

心臓を動かす、息をする等の生命維持に必要な場所以外は全て乗っ取られてしまうことを意味する。

 

「サソリが言った通りだわ。つまりレベルアッパーを使った人達は無理矢理脳波を弄られて植物状態になったって事?」

「誰が何のつもりでそんな事を......」

御坂と白井は、医師の言葉を信じられないように言葉を発した。

 

サソリは車椅子を動かして、カエル顔の医師の前にあるパソコンへと写輪眼を向け続けている。

「......」

何かを探しているかのように巴紋をした眼が忙しなくサソリの視野を拡げるように動き回る。

そして、カエル顔の医師は続けた。

「......僕は職業柄いろいろと新しいセキュリティを構築していてね?その中の一つに人間の脳波をキーにするロックがあるんだね?」

 

キーボードを叩き、ある情報のページを表示させる。

三人は覗き込み、御坂と白井は息を呑んだ。

「それに登録されているある人物の脳波が植物患者のものと同じなんだね?」

キーボードを動かし、推定された脳波パターンの主を拡大表示にする。

「木山......春生!」

脳波のグラフと共に、顔写真が映っている。

喫茶店でレベルアッパーの調査を依頼した「木山春生」その人だった。

 



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第16話 代わり

レベルアッパーの被害を食い止めるため、倒れた佐天を助けるために初春は研究、調査を依頼している木山が研究者として働いているAIM解析研究所に駆け込んだ。

息を荒げてやってきた初春に若干戸惑い、驚いた木山は自分の研究室へと案内し、落ち着かせるために話を聞いてみることにした。

 

「そうか、この間の彼女まで......」

「私のせいなんです」

佐天が倒れた事を告げると何回か軽く多め瞬きをしながら事態を見据えていくようだ。

初春は、口調や態度では憔悴しきっているように見えるが、内面では事件解決の糸口を掴もうと気丈にしている。

その不器用な気持ちを汲み取った木山は

「あまり自分を責めるもんじゃない。少し休みなさい、コーヒーでも淹れてこよう」

「そんな悠長な事をしてる場合じゃ......」

木山は初春の肩を叩いて落ちつかせる。

「お友達が目覚めた時に君が倒れていては元の子もないだろう?大丈夫、最後はきっと上手くいくさ」

コーヒーを淹れに行くために研究室の隣にある休憩スペースへと向かうため扉から出て行った。

 

初春は滲み出る涙を拭いて、あまり入った事のない研究室を珍しそうに見ている。

ほとんどが、日常から乖離した難しい書物がズラリと並んでいる。

人体に関係する書物や脳に関するものや

工学、インターネット論のような専門性に富む分厚い資料が書棚に整頓されて入っている。

研究に関する事はきっちりしているらしい。

 

初春の注意がある棚に向けられた。

引き戸に紙のようなものが挟まっており、気になったので引き戸を開けてみる。

ビッシリと整理されたファイルが収められており、その中の一つを手に取って開く。

「『音楽を使用した脳への干渉』!?」

それは、日本だけでなく海外発表用にまとめられた論文集だった。

 

レベルアッパーが共感覚で音楽を使っている可能性から研究してくれたのか?

 

いや、研究論文には年単位の時間が必要とされる。

自分がその事を連絡したのは、つい先日の事だ。

ファイルを捲っていく、どう読んでも数日で完成、まとめ上げられるような代物ではないと素人の初春の目から見ても分かった。

「他にも共感覚性に関する論文がたくさん......『An Involuntary Movement』?これは......」

初春の脳裏に嫌な直感が動き出す。

 

ここに居てはいけない......

 

不意に背後から体重を感じた。

「いけないな。他人の研究成果を勝手に盗み見しては」

いつの間にか戻っていた木山が静かに初春の耳に驚くほど楽しげに一方的に語りかけている。

 

******

 

「脳波のネットワーク?」

佐天を収容した病院にいる御坂にカエル顔の医師が御坂にいくつかの質問をしていた。

「うん、最強の発電能力者(エレクトロマスター)である君に相談したいんだけど」

相談を受けている御坂の隣には見つけた傀儡を弄っている車椅子に座ったサソリが驚いたように御坂を見上げた。

「お前最強だったのか?」

「知らなかったのかい!?彼女は常盤台のエースだよ」

「そんな事ないわよ。あたしより強いのなんているしね」

 

右手で電撃を打ち消すアイツとか

変に出しゃ張ってくるアイツとか

ツンツンとした頭をしたアイツとか

 

何かを思い出したかのように蒼い電撃を少しだけ流す。

「そうだよな。弱そうだし」

「何をー!!」

「最強だったらこんな挑発に乗るなよ」

カチャカチャと傀儡を手で分解して中身を見ていく。時折針のような物を取り出しては首を傾げて、またセットするのを繰り返している。

 

「あっ!だとしたらお前な......」

「何よー、なんか言いたいことがあるなら言いなさい!」

「カエル......」

「カエルがどうしたのよ?」

「オレがここに来てから初めて操ったのがあんなチンケなカエルの人形だったのが未だに納得いかんな」

「ゲコ太をバカにするのは許さないわよ!?」

バチバチと電撃を放出して獣のように威嚇する御坂にサソリは、写輪眼で見定める。

そして興味無さげに手を振ると

「あー、分かったからやめろ。今は勝てそうにねえや」

かなりの潜在的なポテンシャルの高さを見抜いた。

 

オレの傀儡『三代目 風影』といい勝負が出来そうか......いや、下手すると負けそうだな。

時空間もあるし最強クラスの雷遁使いか。

いい素材の宝庫だな。

少なからずお気に入りの傀儡が戻ってきたので気分は悪くないが敵に先手を許してしまった事にはサソリのプライドを傷つける。

 

「話を続けていいかな?割と真面目な話なんだけど」

「はいよ」

カチャカチャと傀儡の腕の中を開いていく。側から見れば玩具で遊ぶ子供のようだ。

「まったく!確か脳波のネットワークの事ですよね」

「そう、同一の脳波を持つ人達の脳波の波形パターンを電気信号で変換したら......その人達の脳と脳を繋ぐネットワークのようなものを構築できるかな?」

「そりゃ......脳波を一定に保つ事ができるなら可能かもしれないけど......そんな事を木山先生が?」

 

サソリは仕掛けを確認しながら自分が分かるように今回の事件のケースを分析している。

 

なるほどな

チャクラを一定にして繋いで

増幅器みたいにしているって事か

んー?

 

「御坂、どうやって人間同士を繋ぐ?」

「えっ!?どうやってって......?」

「器材も何も使ってなくて、どうやって人間の脳と脳を繋いでいるんだ?」

 

確かに、今回意識不明になった被害者には物理的に接触している訳ではない。

サソリの眼には光る線で繋がっているって言ってたわね。

だとすると......

 

「AIM拡散力場!?」

「それは何だ?」

「能力者が無自覚で周囲に流している微弱な力のことよ。それを使っている?」

「......あー、だから能力が使えるようにしたのか」

サソリが合点がいったように口に出した。

「どゆこと?」

「だって今の説明だと、無能力者じゃあダメだって事だろ?繋ぐためにはその力場を使うから」

「あ!なるほど」

「んー、問題はどうやれば能力が手に入るかだな」

 

サソリの洞察力の高さに御坂は舌を巻いた。

とても数日前に「東京」という地名を知らなかったとは思えない程に勘が鋭い。

 

御坂は身近にその原理を使っているモノがないか必死に頭を巡らしている。

 

AIM拡散力場......

いや、ここでは別に繋がっていればいいから有線で良い。

あたし達能力者が使っている能力。

一番大事なのは、演算能力だ。

単純に能力の精度を上げるには演算能力を上げれば良いはず。

一つでは弱いけど連携すれば演算能力が上がるもの......

「インターネットだわ!」

「ん、何だ?」

「そうよ。サソリの言ってたのとは逆よ。繋げるように能力者にするんじゃなくて『繋げたから能力者になったのよ』レベルアッパーって脳と脳を繋ぐ装置かしら」

つまり、木山は人間の脳を使ってインターネットを造り上げようとしている。

一体、何をしようとしているの?

 

重大な事実に気付いた御坂の前に白井が焦ったように携帯電話を握りしめながら言う。

「お姉様!サソリ」

「!!?」

同時にサソリのチャクラ感知が反応した。

これが反応したということは......

「初春の身に何か起きたな?」

渡した砂鉄から初春の力を感じ、写輪眼を一層紅くなった。

 

******

 

初春は木山の隠された研究を見てしまい、目的完遂のために人質として木山に連れ出されていた。

初春は手錠をはめられて行動に制限を設けられ、そのまま車に乗せられると木山の運転で目的地も知らされずに車は走っていく。

車は高速道路に侵入すると一息入れたように呟いた。

「まいったよ。私の部屋は普段、誰も立ち入れないようになっているし、来客もほとんどなかったからね。少々無用心だったな」

スポーツカーの左ハンドルで運転している木山は普段と変わらない調子で話しをしている。

「ところで......以前から気になっていたんだが、その頭の花はなんだい?君の能力に関係があるのかな」

「お答えする義理はありません」

初春は警戒し、木山の質問を突っぱねた。

両腕で膝を掴みながら、片方の手でバレないようにスカートのポケットに入っているサソリから渡された砂鉄に力を使っている。

ここで反抗しても意味がない。

出来る事は情報を引き出し、サソリに居場所を知らせることだった。

 

サソリさん!ここに居ます!

 

助けを求めるように握る力を強くした。

それに反応するかのように砂鉄が動いて、初春の手を包むような反発力を持った。

「そんな事より『レベルアッパー』って何なんですか?どうしてこんな事をしたんですか?眠った人達はどうなるんですか?」

「矢継ぎ早だな」

顔を向けずに視線だけを軽く初春に向けた。

「まず『レベルアッパー』だが......あれは複数の人間の脳を繋げる事で高度な演算を可能をするものだ」

「繋げる?」

 

単独では弱い能力しか持っていない人も

ネットワークと一体化する事で能力の処理能力が向上する

加えて同系統の能力者の思考パターンが共有されることで、より効率的に能は能力を扱えるようになる

 

「あるシミュレーションを行うために......「ツリーダイアグラム」の使用申請をしたんだがどういうわけか却下されてね。代わりになる演算機器が必要なんだ」

「それで能力者を使おうと......?」

「ああ、一万人ほど集まったからたぶん大丈夫だろう」

「!!」

予想外の数に初春は閉口してしまい、木山を睨み付けた。

 

一万人ほど集まった。

裏を返せば、一万人が昏睡状態を意味している。

佐天もそのネットワークに吸収されているのだろう。

 

「そんな怖い顔をしないでくれ。シミュレーションが終われば、みんな解放するのだから」

木山は何かを決めたように瞬きをすると白衣のポケットから音楽プレイヤーと小さなチップを取り出す。

それを初春に差し出した。

「?」

一体何なのか分からない初春は疑問符を浮かべる。

「レベルアッパーをアンインストールする治療用のプログラムだ。後遺症はない全て元に戻る誰も犠牲にならない」

「信用できません!臨床研究が十分でない物を安全だと言われても何の保障もないじゃないですか」

「ハハ、手厳しいな」

「それに一人暮らしの人やたまたまお風呂に入っていた人なんかはどうするんですか!?発見が遅れたら命に関わりますよ」

初春が発言すると、木山はハンドルを左右強めに切り始め、蛇行運転をした。

一瞬身体がシェイクされたように初春は揺さぶられる。

「?」

その影響でスカートのポケットからラップに包まれた砂鉄が座席の下に転がり落ちる。

座席の下には、黒い砂鉄がバラバラと散らばった。

「......まずいな。学園都市統括理事会に連絡して全学生寮を見回らせなければ......」

明らかに動揺しているようだ。

「想定してなかったんですか!?」

 

科学者って発想は奇抜で独創的だけど何で安全性の想定がこうも弱いのだろうか?

これがいわゆる、マッドサイエンティストという奴。

 

溢れた砂鉄は座席の下に落ちた後、意思を持っているかのように単体で動き出して、車の内部へと侵入していく。

木山のクルマには液晶テレビが設置してあり、画面には英語で

 

an institute_

 

と表示されていた。

「む......もう踏み込まれたのか」

 

その頃、木山の研究室には御坂達の要請で到着したアンチスキルが捜査を開始していた。

研究に使っていたであろうパソコンに不用意にも電源を立ち上げてしまい、黒い画面のコマンドプロンプトが展開され、数百という文字列が上から下へと流れた後に「complete breakdown 」と表記し、一切のデータが抹消された。

 

「君との交信が途絶えてから動きだしたにしては早すぎるな。別のルートで私に辿り着いたか」

初春は、座り直してサソリから貰った砂鉄の握ろうとするが

「!?」

ポケットにあるはずの顆粒感がなくなり、何度も握ってみるが履き慣れたスカートを掴むに過ぎなかった。

座席の下に転がっている黒い粒を眺めて青い顔をした。

「どうした?」

「い、いえ!なんでもないです」

座席の下に向けていた顔を正面に向ける。

外部と接触する手段の一つを失ってしまった。

 

でもアンチスキルが木山の研究室に踏み込んだという事は木山さんの容疑が固まったということ

そう考えてパニックしそうな頭を冷静にしていく。

 

「所定の手続きを踏まずに機材を起動させるとセキュリティが作動するようにプログラムしてある。これでレベルアッパーに関するデータは全て失われてしまった」

「!?」

「もはやレベルアッパーの使用者を起こせるのは君が持つそれだけだ......大切にしたまえ」

木山は、初春の手に預けたレベルアッパー治療用プログラムを一瞥した。

 

あと少し

あと少しで

 

もう後戻りはできない。

いや、最初の一人を意識不明にした時点で堕ち続けている。

必ず『先生』が目を覚まさせてあげるから......

 

ブツッブツ

「!?」

木山の車についている液晶テレビにノイズが走りだした。

一本から二本の黒い線が流れた後で砂嵐が流れ出す。

ザーッ......ザー

乾いた音がスピーカーから出力されている。

「ここは電波の通りが悪いみたいだな」

木山は気にせずに液晶テレビの電源を落とす。

木山はアクセルに入れて更にスピードを上げようとするが、踏み込んでもスピードは変わらない。

更に踏み込むがスピードが弱まっていくのを足から感じた。

「......調子が悪いか」

想定していたよりも安全な速度を維持しながら緩やかにカーブへと差し掛かる。

「!?」

カーブの終わり付近に黒い集団が集まっているのが視界に入り、嘲笑に似た笑みを浮かべた。

 

武装したアンチスキルが自分を捕縛するために銃を持って、道路を全面封鎖していた。

「アンチスキルか。上から命令があった時だけ動きの早い奴らだな」

木山は車の速度を落として、離れた場所で停車した。

アンチスキルは、拡声器を持ち自車に籠城している木山に呼び掛ける。

『木山春生だな』

ご丁寧に警備ロボや防弾盾を用意している。

『レベルアッパー頒布の被疑者として拘留する。直ちに降車せよ』

「どうするんです?年貢の納め時みたいですよ」

運転席でハンドルに寄りかかっている木山に向けて初春が様子を伺いながら言った。

アンチスキルと初春の主張をある程度聞き終わった所でハンドルを掴んでいた腕に力を入れて身体を起こす。

「レベルアッパーは、人間の脳を使った演算機械を作るためのプログラムだ。だが、同時に......使用者に面白い副産物を齎す物でもあるのだよ」

 

車を降りて、向けられる銃口の気配を全身に浴びながら木山は良く云えば素直に、悪く云えば白々しく指示に従った。

 

「拳銃を携帯している模様。人質の少女は無事です」

武器の有無を特殊な双眼鏡で確認する。

木山の行動、腕を上げた事で少しの油断が生じた。

『確保』

拡声器からの合図が出ると数人のアンチスキルが銃口を突きつけたまま木山ににじり寄りだす。

 

しかし、木山は意識を徐々に変えていき、自身の能力を解放していった。

能力の影響か眼は徐々に真っ赤に染まっていく。

視線の先にはアンチスキルが向けている銃。

更に集中して銃の先端を見ると、勝手に持ち手を起点に回転するように動き出し、周囲を固めている仲間を撃ち始めた。

「!?貴様、一体何を...... 」

前を歩いていた仲間二人の背中に当たり、防弾チョッキを着ているが衝撃を受け流すことが出来ずに前のめりに倒れた。

「ち、違う!オレの意志じゃない!銃が勝手に......ッ!」

注意が誤射した隊員に向いた瞬間に木山は別の能力を解放していく。

車に乗っている初春の目には驚愕の事実が飛び込んできた。

木山の突き出した掌を中心にうねるような光の玉が発生し、アンチスキルの部隊を狙うように笑った。

「バカな!学生じゃないのに...... 能力者だと!!?」

一斉に避難を開始するが放出したエネルギーの塊が高速道路上で爆発し凄まじい爆風に周囲が吹き飛ばされた。

 

車が跳ね上がりそうになるほどの衝撃と爆音が劈く中で初春が目を開けると車の前に黒い壁が出現していて、衝撃から初春を護るように囲っている。

壁のすぐ近くには、黒い外套を身に付けたサソリが道路に手を置いていた。

 

「さ、サソリさん!!?」

何処から現れたのか疑問に思ったのか、初春は周囲を見渡すがサソリがここに居る事実を明確に説明できるものはなかった。

「お!大丈夫そうだな」

ガラス越しに初春の無事を確認するとサソリは立ち上がり、立ち昇る白煙の中に身を投じた。

 

衝撃をモロに喰らったアンチスキルは、車の後ろに行き、体勢を立て直すと一斉に木山に向けて銃を放つ。

しかし、シールドを展開して木山は銃撃を防ぐと何処からか水を大量に呼び出して、隊員の一人に水を放出した。

護送用の車にある格子の付いた大きめの窓に叩きつけられる乾いた咳をした後にグッタリと動かなくなった。

 

木山は横転している車を見ると、掌を返して持ち上げる。

標的を定めると前へ突き出そうとするが

「!!?」

木山の身体に砂が纏わり付いて振り上げた腕が寸前の所で止められた。

衝撃の影響により発生した煙の中から黒い影が見えたかと思うと前に会ったことのある人物が歩いてきた。

 

「君は......!」

強い眼差しをしたサソリが木山を見上げた。

「よぉ!やはりお前だったか」

木山は持ち上げた車を道路の上に落とした。

身体は動きが制限されているので首だけをサソリに向ける。

「おかしいな......さっきまで居なかったはずたが。アンチスキルと一緒に来たのかい?」

「オレがペラペラと話すように見えるか?」

「ふふ、君も邪魔をするなら容赦はしないよ」

木山は一歩足を踏み込むと赤い衝撃波が発生し絡みついていた砂を振り払った。



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第17話 口論

ん?ん!?
ヒロインが白井になりそう......


木山がアンチスキルと交戦する少し前のこと。

病院から判明した揺るぎない証拠に出動したアンチスキルは容疑者である木山春生の研究室へと踏み込んだ。

ジャッジメントである白井を中心に御坂とサソリも前に訪れたジャッジメント本部にてアンチスキルから木山の動向を探る。

 

「アンチスキルからの連絡です。AIM解析研究所に到着したようですが。木山も初春も消息不明だそうです」

イヤフォンとマイクがセットになったインカムを耳に掛けて白井がアンチスキルからの連絡を受ける。

その情報により深まる容疑。

ほぼレベルアッパー事件の犯人として疑いようがなくなる。

初春の安否が気になる中、御坂の顔には緊張したように強張った。

 

サソリは、白井にパソコンを起動してもらい、初春が抽出したレベルアッパーの音声データを元に構成された波形パターンを写輪眼で見透かしていた。

「......なるほどな......大体想定通りか」

音を使った幻術と似ている。

細かい部分は違うが......自分と波長を合わすのには充分過ぎる程に計算されて造り上げられている。

 

「初春さん、無事だと良いけれど」

「そうですわね」

二人が心配そうな声を出す中

「今の所は無事だ」

サソリが画面を見ながら一瞥もせずに答えた。

「分かるの?」

「初春に持たせた砂鉄。あれにはもう一つ細工がしてある。持っている奴に衝撃やある一定の音がなった場合に自動的にオレに伝わるし、防衛の働きもする。まだ初春から力を使っているようだから無事だろうな」

「防衛の働き?」

「オレが最後くらいに殺り合った砂の忍の術を参考にさせて貰った。更に...!?」

「?!」

ピリリと携帯電話の着信のような電気刺激がサソリと御坂が感じ取り、揃って同じ方向を見た。

「何かありましたの?」

一人何か分からない白井が二人を交互にみた。

「今の何?」

同じ動作をしたサソリに御坂が訊いた。

「お前も感じたか...... どうやら砂鉄に衝撃が加わったようだ」

 

!!?

あの木山が初春を手にかけるとは到底考えられないが......

御坂のアンテナでは詳細に判らずにサソリの言葉に意識を集中させる。

 

「......かなり小さい反応だ......砂鉄を落としたみたいだな......ったく」

何があって落としたかは不明だが、その後に衝撃反応がない所をみれば、不注意で落とした可能性が高い。

防衛装置はまだ発動していない。

 

アイツの鈍臭さを計算に入れるのを忘れていたか......

 

「まあ良い」

サソリは、傀儡人形に向けてチャクラ糸を出して初春に待たせた砂鉄にチャクラを集中させる。

距離は離れているが、埋め込んだチャクラから探る。

「かなり早く移動しているようだな。速さは東向きに時速100kmくらい......走っているにしてはかなり速いな。初春と木山は足が速いか?」

サソリが顔を上げて白井と御坂を見上げた。

真顔で凄まじいことを呟いている。

 

はい?走るってRunの方?

 

「えっ!?」

一気に頭の回転が鈍った気がした。

「な、何を言ってますの?」

信じられない者でも見るように白井は目を見開いた。

「ん?」

「いや、常識的に考えて車でしょ?」

「くるま?」

前に見たことがあるリアクションをかまし、考え込むサソリ。

 

................

 

ああああー!

忘れてたー!

すっかり忘れてたわー!

サソリって戦国時代からタイムスリップ(仮)してきたんだっけー!?

車の文化知らないのー?!

 

驚愕のあまり御坂が頭を抱えたまま大きく仰け反って頭を支えとしてブリッジの体勢になった。

プルプルと震えたまま、足をピンっと伸ばす。

「アンタ!何よそのアンバランスな知識」

ブリッジをしているがスカートの下には短パンを穿いているのでノー問題です。

「アホみてえな格好してねえで、さっさと説明しろよ」

 

白井は、パソコンに向かいながら道路を時速100kmで走っている初春を想像した。

思ったよりもかなりシュールですわね......

ビュンと初春を掴んで目にも止まらぬ速さで駆け抜ける木山共々。

 

「はあー、機械で出来た乗り物よ」

ブリッジから起き上がり、若干疲れたように項垂れながら御坂が答えた。

「ほう、機械か......なら止められるかもしれんな」

サソリは再び傀儡を前にして自分の手の甲を合わせて、目を閉じた。

「離れていて照準を合わすのが難しいか」

眼を閉じて、コントロールに集中しようとする。

 

ここでサソリの車に関する知識の確認。

まず、車を知らない

何を使って走っているか知らない

更にガソリンを爆発させて動かしている事も当然知らないわけで......

 

更に分身の術など御坂達とは違い独特の能力を使います。

能力者と発動箇所は離れており、難しいとおっしゃってます。

 

急激に止められた車が横転し、炎上する車内に取り残される初春が頭に過ぎった。

 

「「いやいや、ストップストップストップストップ!!!」」

白井がサソリの仕掛けを発動しようとしている手を掴み。

御坂が後ろから羽交い締めにした。

「おい、何すんだ!?」

「ちょっと待って!アンタ止め方分かるの?」

「ん?!適当に動いている部品を止めれば止まるだろ」

羽交い締めと手を抑えられているが本人は首を傾げて、後ろの御坂を首だけ向ける。

「そんな単純ではありませんわ!下手しますと爆発炎上ですわよ!!」

「は?そんな危ねえもんで移動してんのか?!」

無知の恐怖......

 

結果的に御坂達の活躍により幸いにも少しだけエンジンルームに入るだけに留まりました。

 

図らずもサソリの手を握ってしまっている白井は顔を赤らめながらも自分に

 

これは初春を守るため仕方ないこと

そう、仕方ないこと

決して下心があって掴んでいるわけではない

手を離すと恐ろしいことをする子供を抑えるため

 

念仏のように口から何度も諳んじた。

 

「ん?止まったか?」

羽交い締めにされたサソリが怪訝そうな顔をして上方向に目線を上げる。

「嘘!?遅かった!?」

御坂と白井は互いに見合った。

「いや、違うな......自主的に止まったみてえだ」

すると白井がアンチスキルと連絡を取り合うためのインカムから音声が入り注意、警戒をする。

白井が手を離すのを確認すると御坂も羽交い締めからサソリを解放した。

「どうやらアンチスキルが木山の元に到着したみたいですわ」

アンチスキルからの報告を聴いて少し安堵したように息を吐き出した。

「どうやら初春は無事みたいですわ」

 

よし、あとは木山を捕まえて取り調べをし、意識不明者の恢復だ。

武装したアンチスキルに女性である木山が敵うはずがない。

 

しかし、御坂は何か嫌な予感を感じ取り言った。

「私も出るわ。ジッとしてんの性に合わないし」

「お姉様っ!?」

「サソリ。さっきの磁場反応があった所の近くね?」

「.........」

サソリは、考える素振りを見せながら御坂を睨み付けた。

「黒子とサソリはここに居て情報を回してちょうだい」

御坂はサソリの視線をものともせずに木山の所へ行こうとした。

白井は引き止めるために咄嗟に口を出すが。

「初春もジャッジメントのはしくれですの!いざとなれば自分の力で......多分何とか......運が良ければ......その」

後半になるに従って声がデクレシェンド(段々弱く)。

 

初春の鈍臭さを真に知っている白井は、お世辞にも大活躍して事件解決を成し遂げる初春がイメージできない。

「でっ、ですが。単なる一科学者にすぎない木山にアンチスキルを退ける術はないかと......」

「何千人もの昏睡した能力者の命を握られているのよ。そう上手くいかないかもしれないわ。それに、何か嫌な予感がするのよね......」

「ならなおの事、ここはジャッジメントの私が......」

御坂が白井の脇腹に触れた。

電流のような痛みが身体中を駆け抜ける。

「おぐっ!!?」

「そんな状態で動こうっての?」

「おねっ、お姉様!気付かれて」

「当たり前でしょ。アンタは私の後輩何だから、こんな時くらい「お姉様」に頼んなさい」

最高にイケメンなセリフを吐いた御坂に顔を真っ赤にする白井。

 

やはり、あんな目つきの悪い子供より崇高なるエース。

お姉様以外にありえませんわ。

 

「お、お」

「?」

「おねーさまー!!」

とフライングタックルをかますために飛びつこうとするが、手で白井の頭を叩いて止めた。

「そーじゃないっ」

「あう」

と白井の頭をポカンと叩いた後に妙な殺気を放ち、頬杖を突いているサソリを優しく見つめる。

「サソリも大人しくしているのよ」

「......お前一人でいくつもりか?」

「そうよ」

頬杖を突いていたサソリが声を一段と低くして

「少し待て、オレも行く」

「大丈夫よ!ケガしてんだからアンタは大人しくしていなさい!」

仲間を危険に晒すのも性に合わない、御坂は、サソリに向けて強く言い切った。

 

サソリは明らさまに不機嫌な表情になり

「お前な、前に言ったが......二人一組で動けと言っただろう。木山がどんな行動に出るか分からんのに突っ込むのはバカがすることだ」

サソリの上から目線の注意に御坂はイラッとしたように眼を開いて、口を開いた。

「は?」

明らかに空気の流れが両者の間で変わり、凍りついた。

サソリは気にせずに淡々と次々と問いを発した。

「木山は、レベルアッパーで何をしようとしている?」

「......それは......」

「どうして初春を連れて逃げている?」

「人質として?」

「何で人質を取った?何処に向かっている?」

「う!!そ、それは......」

サソリの容赦ない問いに御坂は側にあった机に腕を叩きつけた。

 

「じゃあ、どうすれば満足なわけ!?車椅子無しじゃ満足に移動できないアンタを連れて何になんの!?残念だけどあたしは守り切れないわよ!」

 

御坂は大股でサソリに近づくと胸ぐらを掴んで無理矢理立たせた。

「お、落ち着いてくださいお姉様......」

白井が怒鳴る御坂を落ち着かせようとするのだが、サソリの小馬鹿にしたような態度が気に入らないようでキリキリと奥歯を噛み締めながら電撃を強くする。

 

無理矢理立たされて身体がダラリと力なく突っ立っているサソリは、写輪眼を使わないように注意しながら御坂の首を真っ直ぐ見つめた。

「......絶対に勝てるのか?」

「えっ!!?」

「絶対に勝てるって保証があるのか、お前?」

お前?」

「そんなのやってみないと分からないでしょ!」

「呆れた奴だ。佐天や初春だけじゃなくて、白井やオレまでも危険に晒すつもりか?」

サソリは、胸ぐらを掴んでいる御坂の腕を掴んで手首の関節を逆方向に捻りあげる。

「痛っ!?」

予想外の反抗に御坂は捻りあげられた腕を摩りながら、車椅子に座るサソリを見下ろす。

「木山の目的もロクに分からんクセに、何が一人で行ってきますだ」

「......で、でも!何かあってもあたしの能力なら大丈夫よ。少なくともアンタよりは動けるし!」

御坂は、持ち前の負けん気でサソリに食いかかるが。

「木山に戦いに行きました。ロクに調べてませんが、自信があります......っでお前が倒されたら、殺されたらどうすんだ?誰が後始末をする?」

 

「え、えっと......」

「別に二人一組って助け合うとかそんなんじゃねーからな!一人が倒されたら、もう一人は後始末するか戻って仲間に相手の情報を伝えるかどうかを考えて行動しなきゃいけねぇんだよ」

 

厳しい忍の世界を思い出しながら、サソリはかなり厳しい口調で御坂を叱責した。

御坂は悔しそうに拳を震わせている。

「お前が一人で行って、倒されて......誰が相手の情報持って帰るんだよ!オレと白井は相手の事が分からないまま殺り合わなくちゃいけなくなるだろ!そこしっかり考えろよ!」

 

再び、机をドンと叩き鳴らして御坂はバチバチと電撃を発生させる。

初めてのサソリの本気の叱りに少し涙目になりながら、鼻をすする。

「うっさいわね......勝てば良いんでしょう、勝てば文句ないんでしょ!」

御坂は、サソリを睨みつけると無言のまま扉を開けて、怒りをぶつけるように力一杯扉を叩き閉めた。

「お、お姉様!」

「白井、ほっとけ」

「な、何もあんな言い方をしなくても......」

「あそこまで頭悪いとは思わなかった......まだガキだな」

 

全部独りで出来ると思ってやがる

その考えが自分の命取りになるぞ

 

轟音に近い扉の開閉の音がジャッジメント本部に鳴り響き、その後対比効果で恐ろしい程の静寂が部屋中に重く伸し掛かる。

 

き、気まずいですわ......

あんなに怒ったお姉様もそうですが

サソリも怒るとかなり怖い......

 

チラッとサソリを横目で様子を伺う(真正面から見る勇気はない)

普段と変わらない態度に変わり、黙ったまま落ちた傀儡を拾い、中身を見ている。

 

今、まさに二人っきりであるが......

あんなに怒ったサソリと同じ部屋は息の詰まる思いだ。

いっその事、ここから出て行きたい。

でも、こんな時になってアンチスキルの情報が錯綜しているようで連絡が鳴り止まない。

 

木山が能力を

木山がなぎ倒していく

何人倒されている

 

後ろで人形を弄るサソリのカチャカチャという音だけが聞こえてきては、バレないように息を深く吐いた。

 

ジャッジメントとして何かをしましょう。

錯綜している情報を整理してお姉様に伝えないとイケですわ。

 

インカムからの情報を抽出し、パソコンのメモにまとめていく。

木山、能力、多数、負傷者多数、爆発、炎、水流、砂、赤い髪の子供(←!?)、応戦、車を止めた、手裏剣(←!?)

 

??!

何処かで見たことあるような容姿と特徴が聞こえてきて、首を傾げる。

まあ、集中できて来たから良い。

 

「あっ!そうだった」

サソリが声を出すと傀儡を机の上に置いて、キコキコと車椅子を回して白井の後ろまでくるとゆっくり立ち上がり。

 

バサッ

白井の背中に覆い被さるようにし、腕を首に回した。完全に座っている白井にサソリは身体を預けるように抱きついたのだ。

「ピギョワアアアアア!な、なななな何を!!」

「鶏かお前」

女性が憧れる後ろから男性が抱きついてくる、いわゆる「バックハグ」をサソリが白井に対して行った。

 

予想外過ぎますわぁぁぁ!

な、何が起きましたの!?

 

直に感じるサソリの体温と吐息を感じ、一気に沸点を超えてプラズマとなって彼方へと消え去りそうになる。

最初は抵抗するが先ほどのサソリの怒りを目撃してしまったので、身体が反応してしまい大人しくなってしまう。

 

「前にお前にくっ付かれた時に写輪眼が収まったから、またくっ付けばなくなるかと思ってな」

「だ、だからって女性にこんな事をしたららら!セクハラで訴えられますわぁぁ!!」

椅子を左右に振って現状最大の抵抗を見せる。

「別にお前以外にしねえし」

更にトドメの一言。

「うぐい!!?」

 

魂が抜けたようにへなへなと力が抜けて、椅子の背もたれに真っ白になって深く座る。

サソリも大人しくなった白井の頭にアゴを乗せる。

「..........怒ってませんの?」

イマイチ、この状態に移行した経緯が分からないので白井は声に出した。

「ん?御坂のことか......別に怒ってねぇよ。ただ強いって意味を履き違えているなあと思ってな」

頭の骨伝導でサソリの声がいつもり身体の内部に反響する。

 

あの怒鳴りようで怒ってないとは......

 

「確かに御坂は強い。それは認める。だがな、全部独りでやろうとするとぶっ壊れるぞ」

「あまりお姉様を責めないでくださいな。人の事になると今回のように自分を蔑ろにしてでも解決しようと動きますので.......そ、そこが魅力といいますが」

首から伸びているサソリの腕を握りながら、白井は弱々しく言った。

 

「......少し言い過ぎたか」

サソリは珍しく落ち込んだ声を出し、白井の背中へと顔を埋めた。

「!!?」

白井はどうすれば良いのか分からずに手を前に出して上下左右にワチャワチャ動かす。

慰めた方が良い?

いや、ここは静かにしておいた方が......

殿方ってどうすれば気が晴れますのー!!?

 

すると、サソリは顔を上げて

「......収まらんか」

瞬きを意識して行い、写輪眼を静めるようにするが全く効果が出ない。

「やはり、こんな変な方法じゃねえか。悪かったな」

サソリは白井から抱きつくのを止めて車椅子に乗り、傀儡の場所まで戻ると、作業の続きを開始し始めた。

一通り確認し終わったようで目の前に傀儡を立たせた。

 

ああ、どういう訳か毒が全部抜かれている

砂鉄の時も毒が無かったから、もしやと思ったが.....

作るにしても調合比率表が必要だ

面倒だな

 

白井が関心の外に弾き飛ばされたが、白井は座り込んだまま収まらない心臓の強き拍動と向きあっていた。

はあはあ

ううううー、どうすれば良いんですのー!

お姉様とサソリ......揺れる乙女心。

ポカポカと頭を叩いて、冷静に展開しようとする。

この短期間で感情の起伏を最大から最小までツマミを動かしてしまったようで身体がしんどいしんどい......

 

「なあ、白井」

サソリが声を掛けた。

「な、何ですの!!?」

顔を真っ赤にしているのを悟られないように後ろ向きのまま返事をする。

「オレに付き合え」

「......はい?」

 



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第18話 罠

荒涼とした砂漠のような場所に佐天は立っていた。

何もない砂だらけの地を見渡す。

「何ここ?」

レベルアッパーを使って、もうすぐ意識が無くなるんだろうなと考えていたが。

ネットやテレビでしか見たことが無いような砂漠地帯に首を傾げる。

 

夢?

レベルアッパーが見せる夢だろうか?

 

上を見上げればピーカン照りの太陽だ。

何だか暑くなってくる。

直射日光は、乙女には大敵だ。

紫外線や日焼けなど気にしなければならない項目はたくさんある。

「ふいー」

右手で汗を拭う。

夢だとすればあまり気持ちのいい夢じゃなさそうだ。

何処かに日陰は無いものかと、当てもなく彷徨いてみる。

あっちを見たり、こっちを見たりとグルグルと見回り、綺麗に足跡がランダムウォークを形作った。

目を凝らして見てみれば、良い感じの洞窟があるではないか。

「ひとまず、あそこで休もう。これで冷えた炭酸ジュースでもあったら文句なしなんだけど」

なんて都合の良いことを考えて、洞窟に足を踏み入れていく。

「はあー、涼しいわ。ひんやりしてる」

手を団扇のようにして服の前に隙間を作って冷えた空気を流す。

奥に座るには適した良い感じの大きさの岩があり、座ろうと近づいていくと

「!?」

赤い髪をした少年が先に座っていた。

忍者のような様相で手書きの地図を眺めている。

「サソリ?」

よく見れば、見知った顔をした人「サソリ」だ。

 

何でこんな所に居るの?

 

佐天は驚かそうと後ろから接近して押してみようとするが

スルッと通り抜けてしまい、無様にも前からつんのめる形で転んでしまった。

「イタタ......サソリ?」

呼び掛けてみるがサソリは佐天の存在を知らないように黙々と地図を眺めて考えている。

サソリの額には砂時計のようなマークのついた額当てをしており、横に一文字傷が付けらていた。

地図を畳むとサソリは、腰を上げて洞窟から出ていき、佐天から離れて行った。

「待って!」

そう叫んでは見たが聴こえていないようで出入り口を目指していく。

「サソリ!?」

服の裾を掴んでみるが、水に溶けている色を掬うような感触の無さを感じて立ち止まった。

サソリは出入り口から眩しそうに手を翳しながら砂漠の外へと出て行ってしまった。

そんな後ろ姿を見せつけられ、独り残された佐天は、心細さを覚える。

 

佐天の目の前がくらくなり、景色が歪み出して気がつけば真っ暗な部屋の中にいた。

 

君が選んだ結末だ

能力を持ちたいというエゴが生んだ末路だよ

 

佐天の前には、同じ服装、同じ髪型のやや全体的に黒い人物が立っていた。

渦を巻いたかのような面を被らせた姿の自分の影のように見えた。

渦の面を着けた自分の影が佐天の前に近づくと 前に聴いたことのある声を出して佐天を責める。

 

なんて自分勝手な女の子なんだろうね

何も出来ないクセに

周りに迷惑ばかり掛けて

 

誰もお前の事なんて気にしない

いや、居なくなってせいせいしているさ

才能がない奴は、お似合いの地べたにでも這いつくばっていればいいんだよ

友達も巻き込んで、自分勝手だよね

 

佐天の脳裏には、レベルアッパーを共に使った友人が倒れていくトラウマに近い映像。

思い出したくないかのように頭を抱え横に振る。

佐天は、ヘタリと座り込み小さくなるように膝を抱えて頭を付けた。

 

助けて、初春

 

また人任せ?

暴力を受けている人を助けようとシャシャリ出て、どうすることもできなくて

白井さんに助けて貰って

白井さんがピンチだったら、サソリが助けに来て

結局、君は何もしてないよね

それなのに、また助けを呼ぶんだ?

良い身分だね

 

ねえ、もっと絶望を見せてよ

もっと残酷な現実に打ちのめされろよ

仮面を被った影は、佐天の髪を掴んで持ち上げた。

「痛い......もう、もうやめて」

お前が生きていて良い世界じゃないんだよ

あそこは......

 

きっと軽蔑しているんじゃない?

初春も御坂さんも白井さん、サソリも

 

あれだけ危ないって言いましたのに

 

能力無いから道具に頼って、結局ズルしたってことでしょ?

 

佐天さんになんて構ってられませんよ

またまだ倒れている人がいますのに

余計な仕事増やさないでください

 

自業自得だな

助ける価値も見つからん

 

サソリ達の影が出て来て、佐天を取り囲む。口々に佐天への不満を口にした。

 

「もう嫌、もうやだ」

いっその事、死んだ方が楽なんじゃないかと思った。

引っ張られた髪からの痛みが無くなり、身体が非常に遠くに感じだした。

世界が遠のくように感じて溶けてしまいそうになる程。

 

死にたいの?

選べると思っているの?

自分勝手な奴にそんな権利なんてないよ。

掴んでいた手を離して、黒い影は佐天を踏みつけた。

ここで一生絶望に浸るんだよ

それがお前の運命だよ

 

助けて

助けて

もう耐えられない

佐天の精神は限界だった。

現実感が喪失していきそうだ。

 

後少し

後少しでコイツは壊れる

 

黒い渦の面を被った自分の影が佐天を踏み付けたまま両手を前に広げる。

悦に浸るように震えた。

 

人の心を根こそぎ壊す

これが最高

 

天を仰いだ佐天の影の面に唯一空いた穴から真っ赤に染まった輪廻眼が怪しく光っている。

 

ギィと空間から人形のような手が伸びてきて渦の面を付けた佐天の影の胴体を貫いた。

「!?」

面を付けた影は後ろを見ると黒いロングの髪をした女性の人形がカタカタと微震をしながら首を機械的に動かす。

ゆったりとした黒い服を着た女性の人形は、腰から刀を取り出すと黒い影の頭を飛ばした。

ゴロゴロと生々しく黒いインクを零したような血を傷口からダラダラと流しながら首は転がり、佐天と人形を見つめ、苦しそうに擦れ声を出す。

 

キサマ

よくも邪魔をしたな

これで終わると思うな

かなら......

 

人形が先に動いて黒い影の頭に刀を突き立てて止めを刺した。

造形が崩れ出して、暗い床へと吸い込まれて消えてしまった。

 

倒れている佐天の目の前に黒い髪を垂らした女性の人形が手を広げて立たせた。

血色が良くなって、マジマジと助けてくれた人形を物珍しそうに見る。

「あのー、ありがとうございました」

助けてくれたんだし、お礼を言っておかないと

 

しかし黒髪の女性の人形は悲しげにキィキィと音を出している。

そして佐天の肩を掴むと訴えるように口を開閉した。

涙は枯れ、声は枯れてもなお、何かを叫んでいるように必死な顔をしている。

女性の人形はうまく動かない顎を動かしながら眼をギョロギョロ動かしゆっくり一文字一文字を絞り出すように言う。

 

オネガイ

タスケテアゲテ

サソリ

ヤサシイコ

オネガイ

タスケテアゲ

 

喉の奥でモノが詰まっているようにくぐもった声で佐天に懇願している。

更に

 

サソリ

ゴメンネ

ゴメンネ

イッショニイテアゲラレナクテ

サソリ

サソリ

......カワイイ......ワタシノコ......

 

「えっ!?子?」

ガシャンとその場で人形は関節全部無視したように崩れ落ちた。

 

これってサソリのお母さん?

何で?

もう亡くなっているの?

何で人形なの?

 

不明点が多すぎて、逆に動きが取れない。

 

サソリを助ける?

あたしに助けられるのかしら

 

すると倒れた母親の人形の近くに小さな赤い髪をした子供が居て、女性の人形の手を自分の頭に押し当てた。

自分で頭を撫でて貰っている。

サソリの眼から涙が落ちていく。

 

「お母さん、帰ってきてよ......一杯待ったよ......頑張ったよ」

 

戻らぬ愛情を欲するサソリ。

佐天はそんな光景に胸が締め付けられる想いだった。

サソリ......

 

******

 

「ちゃんと考えてろよ!」

「佐天や初春だけじゃなく、白井やオレまで危険に晒すつもりか」

御坂は、悔しそうに唇を噛み締めながら道を歩いていた。

 

何よ!

何なのよ!

サソリのあの態度!

全て分かったような感じで。

でも反論出来なかった。

何も言い返せないに等しかった。

全て具体性が伴わない、「大丈夫」等の抽象的な言葉だった。

それは事実。

あたしはレベル1から努力でここまで来たのよ。

強くなったら、人を助けられるなら助けたいじゃない。

切り替えなきゃ

サソリに怒鳴られたけど、初春さんを助けて木山を止めないと。

あたしが止めないと

あたし以外にいないんだし

 

タクシーを止めて、さっきジャッジメント本部で感じた磁場反応から方向を指定して向かう。

御坂のスカートのポケットの中にはサソリから渡された砂鉄が入り、静かに御坂からの振動を受けて揺れていた。

御坂はその事をすっかり忘れている。

 

******

 

木山は、高速道路上でレベルアッパーの副産物である能力を用いて、捕縛しにきたアンチスキルを返り討ちにしていた。

 

能力が使えるのは「超能力開発」のカリキュラムを受けた者、もしくは現在受けている者だけだ。

つまり、「学生」という身分の者しか能力を使うことが出来ない。

それに加えて木山は、複数の異なる能力を行使できた。

普通の能力者が通常では一系統の能力しか扱えないと決まっているのに、発火能力、爆発、水......など同時進行で扱えるようでアンチスキルの対処容量を大きく上回っている。

 

初春は、車から飛び出て砂で出来た壁をよじ登ろうと手錠が掛けられた両手を掛使って登ろうとするが、砂がバラバラと崩れて視界が一気に開けた。

 

木山が能力を使用した事も驚いたのだが、木山の前に突如として現れたサソリが初春を困惑させる。

まだ初春の記憶では、サソリは歩くのが満足に行かず、車椅子で生活している。

それなのに目の前のサソリは二本足で自然に歩行している。

 

木山と向き合っていたサソリは印を高速で結び、チャクラを集めていく。

すると地面から砂塵が舞いがり、木山へと一直線に飛んで行った。

数十個の砂で出来た手裏剣が木山目掛けて飛んでいく。

ザッザッザッと硬質な砂が何かに当たる音がして砂埃が一層悪くなり視界を奪う。

サソリは指を胸の前に置きながら様子を見ている。

ただ単に、木山を倒すだけではない

どうすれば木山に勝てるのか、何をすれば倒せるのか把握するために様子を観ている。

余計な攻撃や追撃をせずに、戦略を組み立てていると

木山が立っていた場所から砂嵐が発生し、煙の中から木山が涼しい顔でサソリを見下ろした。

 

「!」

すかさず印を結んで砂の波をぶつける。

木山は向かって来る土砂に手を伸ばすと周囲を吹き飛ばし砂を飛ばす。

「......砂を使った能力か」

散り散りに拡散する砂を横目で確認すると呟いた。

次に木山はフワフワと三つの大小バラバラの水滴を浮かばせ、形状を変化させて鉛玉のように発射した。

水というのは、液体を保っているがある一定以上の速さで叩きつけるとコンクリートに匹敵する凶器に変貌する。

サソリはチャクラ糸を放出すると最低限の動作で躱す。

躱した後、サソリから5m離れた場所で鉛玉に近い水滴がピタッと止まる。

まだ木山の能力の影響下だ。

サソリは、不自然に肩の隣に付けていた右手を感触を確かめるように動かす。

「お返しだ」

サソリがチャクラ糸を高速で巻き取ると、水滴が横を通過すると一気に全面に腕を前にさせて加速させる。

「!?」

木山は、演算を開始し返された水滴を弾き落とそうとするが

サソリは、写輪眼を発動させて片手で印を結ぶとチャクラ糸に炎が一直線に走り出して水滴を炎に包ませる。

 

発火!

 

急激に熱せらた水滴は、沸点を超えて気化するがその時の体積膨張が加速的に始まり、木山の目の前で水蒸気爆発をした。

ボン ボン ボン

きっちり三発の水滴がほぼ同時に起き、水蒸気の熱風に咄嗟に顔を伏せた木山は咳をして息が苦しそうに呼吸をする。

「はあはあはあ」

小さな水滴であったため、大規模な水蒸気爆発は起きずに木山の前に暫し湯気のように漂う。

 

次の瞬間

ボコッと木山が立っている高速道路から人の手が這い出てきて木山の脚を掴むと道路にめり込ませた。

「!?」

片足だけが道路にめり込み、身体の自由度が制限された。

サソリは、水蒸気爆発で木山の視界を奪うと土遁の術で地面を進み、木山の脚を引きずりこんだ。

木山は道路から外そうと能力で足先に力を込めようとするが

「そうはいくか」

サソリが砂を操り、木山の脚に何重もの土砂を巻き付けた。

硬化!

ピシピシと乾いた音が鳴った後で土砂の色が変化し、コンクリートのように硬くなった。

「くっ!」

「やりたければ、やるがいい......脚が吹き飛んでもいいならな」

木山が足を動かそうと下肢に力を入れるがサソリが縛り付けているため、ビクともしない。

「この程度のようだな。さて、レベルアッパーについて知っていることを洗いざらい吐いてもらうか」

 

この程度?

この程度だと......

 

全てを捨てて、やっとあの子達を助ける手立てを見つけたのに......

 

「この程度のはずがないだろう!」

木山は自由が効く手を動かして念力で近くに横転していたアンチスキルの車を持ち上げた。

自分の頭上で照準を合わせる。サソリは印を結んだまま少し汗を流した。

「この程度じゃない!私は私は......」

投げつけようとするが、ピタッと木山の腕が動かなくなった。

「!?」

「まあ、そうするしかねえよな」

サソリが嘲笑うように木山を見据えた。

サソリの手から光るチャクラ糸が伸びており、木山の両腕にくっ付けていた。

 

先程の水蒸気爆発は、木山の動きを止めるためではなく、完全に木山を倒すための目眩しだった。

水蒸気爆発で視界を奪い、地面にめり込ませ注意を足に集中させる。その後に両腕にチャクラ糸を飛ばした。

「ふん」

サソリは、右手を捻ると木山の手が下がり車が頭上へ落下を始めた。

 

わ、私は......

 

木山の眼には迫ってくる鉄の車体がはっきりと映った。

能力の展開がうまくいかない、間に合わない。

「終わりだ」

ズンと木山を巻き込んで、車体は物理法則に従うようにあるべき場所へと落ちていった。

 

はあはあはあ

サソリは息を荒くして気だるそうに身体を前屈みになった。

 

予想以上にチャクラを使った。

 

動かない車を見ながら、警戒を解かぬように見続ける。

「サソリさん!」

初春がサソリの元へと駆け寄ってきた。

前に手錠をしたまま心配そうに、汗をかいているサソリの顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ......少し休ませてもらう」

「木山さん......は?」

「これ位のことしたから、死んではねえと思うが」

不気味な静寂さが辺りを包んでいる。何が起きる前触れのように......

サソリは、身体を引きずるように進むと車の下敷きになっている木山を助け出し向かった。

 

レベルアッパーに関する情報

吐かせなければ......

 

初春もサソリの後ろをついて行く。

ジャッジメントとしての仕事はまだ残っている。

 

すると、車の下から光線が放たれて車を天高く吹き飛ばし、衝撃により曲がった車体が道路上に数回のバウンドの後に横倒しになり止まった。

「「!?」」

硬化した地面から解放された木山が頭から血を流しながら口先だけで笑みを浮かべ、能力を更に解放していた。

「こ、コイツ!」

木山は、掌を突き出すと炎を発生させて火球を作り出した。

サソリは、後ろにいる初春に手で合図を送りながら

「初春!早く離れろ」

「は、はい」

初春が横に逃げていこうするがそれに合わせて木山も照準をサソリから初春へと変えて、火球を放つ。

「何!?」

自分に来るであろうと思っていた火球が初春に迫っていく。

「えっ......」

初春の身体が火球に照らし出されて瞳が一層白くなった。

 

サソリは印を結び、逃げていった初春と距離を詰めて、火球を防ぐ砂の壁を作り出した。

初春は、衝撃に驚いてその場で転んでしまった。

「あ、ありがとうございます」

「はあ、はあ......」

顔色がかなり悪くなっている。

火球は砂の盾に阻まれると盾上でそのまま炎上している。

サソリの反応に木山は一層、予想通りの笑みを浮かべた。

 

「ふふ、やはり守りに入ったようだな」

木山は、サソリが作り出した砂の壁にレーザーを当てて焼き切ると、空いた穴からサソリと初春の存在を確認する。

背後には水滴がフワフワと浮かんでいた。

「悪いと思わないでくれたまえ、君に対する最大の賛辞だよ」

木山は、またしてもサソリではなく横で座っている初春目掛けて水滴を飛ばした。

「クソ!」

写輪眼で水滴を作り出して木山の水滴とぶつけて相殺させた。

相殺した水滴は、相互に大きな塊となり道路へと落ちていった。

 

「初めて会った時から油断できない相手だと思っていたよ......だが、私の計画を頓挫させる訳にはいないのでね」

木山は、盛られた砂の壁の上に移動して白衣のポケットを突っ込んだままサソリと初春を見下ろしている。

 

木山はサソリとの直接対決を避け、手錠で動きに制限が掛かっている初春を狙うことで勝つことだけに意識を集中させた。

 

「良いことを教えてあげよう......その娘にレベルアッパー治療用データが入ったものを持たせている」

「!!?」

サソリは背後に回した初春に確認するために後ろを向いた。

「はあ、はあ......本当かお前?」

「は、はい......まだそんな効果があるか分かりませんが」

初春は、自分のポケットの中に手を入れてチップの存在を確認した。

 

「大元のデータは消去されてしまったからね。残っているのは彼女が持っているデータだけとなってしまった」

木山は、手をポケットから取り出すとバチバチと少量の電撃を掌から放出していき、力を溜めた。

 

「さあ、お姫様を護りきれるかな騎士(ナイト)君」

 

「き、キサマ......」

 

サソリは悔しそうに顔を歪ませ、見下ろしてくる木山を見上げた。

チャクラが残り少ない、圧倒的に不利な状況の中で初春を守りながら木山と闘わなくてはいけなくなってしまった。

 



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第19話 二人の初春

誰得の話になってしまいました......


護衛任務......対象とされる人物、物などの身辺の安全を確保し、誘拐、暗殺、奪取から一定の期間護り続ける任務を指す。

狙っている敵により難易度の多少の上下があるが、総じて高い能力と判断力を必要とされる任務である。

 

護るよりも破壊活動を主としてきたサソリにとっては苦手な部類に入る。

 

レベルアッパーによりネットワーク上に取り込んだ多数の能力を使うことが出来る木山は、奇妙な砂の能力を扱うサソリを狙うのを止め、側にいる初春へ攻撃の標的を変えた。

 

初春へ攻撃すれば、サソリが動く。

サソリが初春を護るために能力を使う。

結果としてサソリに対して躱すことが困難な攻撃となる。

 

木山はバチバチと電撃を指先に集めた。

「あの娘には及ばないがこれぐらいなら私にも出来るのだよ」

蒼い燐光を指先から小さく出し、火花に近い音を鳴らしている。

 

サソリはその様子を見て、小さく舌打ちをした。

 

雷遁も使えるのかよ......分が悪いな

 

サソリは息を切らしながら、必死に頭を働かせる。

一旦、初春を逃すために離れるべき

いや、元々木山は逃走するために抵抗している。

この場を離れるのは、みすみす逃すようなものだ。

初春が持っているレベルアッパー治療用の奴も本物かどうか分からん。

クソ、どうする?

チャクラの量を考えれば、大規模な忍術は使えない。

出来て二つか三つ.......

だが、相手はオレの術を打ち消す雷遁が使える。

むやみに使えば返り討ちに遭うな。

 

......やられた

木山が初春に渡したレベルアッパー治療の物。

先に本物かどうか置いておいて、初春に持たせて宣言することはサソリに「逃げる」という選択肢を奪わせる。

 

「サソリさん!!前まえ」

思考に集中していると後ろにいる初春が声を出した。

気が付けば、木山が放った電撃が前にいるサソリ共々狙うために蒼い光を放って迫っていた。

「!?」

サソリは背後にいる初春を脇に抱えると足にチャクラを溜めて踏み込み、一気に飛び上がった。

「ふわ!?」

初春が間近で通過する電撃に思わず声を出して、思わずサソリに抱きつく。

サソリは初春を抱えたまま橋の欄干に着地した。

 

危ねぇ......擦りでもしたら術が解ける

体術も考えたが、今の状況で雷遁を身体から出している奴に触れることも出来んな

 

サソリは欄干に立ったまま、橋の下を覗き込んだ。

最優先するべきことは、攻撃対象である初春を木山から引き離すことだ。

そこでサソリに一つの考えを思いつく。

 

なるほど橋か

だったら......

 

脇に抱えている初春に向け、声を掛ける。

「初春ちょっと耳を貸せ」

「は、はい」

サソリは欄干から降りて道路に立つと初春を立たせて耳打ちをした。

暫くボソボソとサソリが説明すると初春の顔が傍目からでも驚愕しているような表情に塗り替えられていく。

「ええええー!!そ、そんな事無理ですよ!」

「これぐらいしか手が見つからん。オレだってやりたくてやる訳じゃねーよ」

「ふえええ......自信ないです」

「自信無くてもやるぞ。腹を決めろ」

サソリは、呼吸を整えるようにニ、三度深呼吸をする。

 

打ち合わせが終わったサソリと初春を木山は、やや傍観者のように見ていた。

 

作戦を立てたか

さて、どう来る?

どんな組み合わせでも彼女を集中的に狙うことには変わりない。

 

「いくぞ!」

「はい!」

腹を決めたように初春が声を出して、腕を前に構えた。

サソリは印を結び、辺りの砂をサソリと初春をすっぽり包み込んだ。

「?」

木山は頭から流れ出ている血を拭う。

来たるべき戦闘を予想して、足先に緊張感を高めた。

 

そして砂が止み、ドーム型に集まっていた砂が風に飛ばれて中から全く同じシルエットが浮かびあがった。

 

手錠をはめたまま、瓜二つの姿形をした初春が二人となって木山の前に出現する。

「!!?」

木山は瓜二つの二人の初春を左右交互に見ている。

「私が初春ですよ」

「いや、私が初春です」

木山に向けて勝ち誇るような笑顔で二人の初春が主張をすると、クルッと向きを互いに右と左を入れ替えて向くとそれぞれ別々に走り出した。

 

木山は固まったままポケットに入れていた手を出して、処理が追いつかない頭を描き上げた。

「こ、これは.......?」

 

サソリの作戦は、変化の術を使い自分を初春そっくり変えて木山を撹乱するという策だ。

忍の隠密行動には絶対に必要とされる変化の術。

サソリのズバ抜けた観察力が威力を発揮する。

声も仕草も同じようにしているため、木山にはどちらが本物か判別できないようだ。

 

「どうしました?私が本物ですよ」

「違いますよ。そっちは偽物さんです。こちらが本物です」

木山を挟み込むように一定の距離を取って二人の初春が声を出した。

同じ声の二重奏に木山は混乱する。

「くっ!」

木山は前にいる初春に向けて、炎を浴びせようとするが。

もう一人の初春が指をメガホンのようにして包み、声を拡声させる。

「そっちで良いんですね。サソリさんだったら強烈なカウンター攻撃を用意してますから」

「な!?」

木山の動きが初春の一声で止めた。

 

目の前の初春は歳相応に笑顔を見せている。

「ほらほら、向こうが本物かもしれませんよ。それとも私に攻撃します?」

 

分からない

どちらが本物が分からない......

 

攻撃の手がたじろいだ瞬間にほぼ同時に初春達は指を動かし、引っ張る動作をする。

すると、チャクラ糸で繋がれた足が後ろに引きずられ木山は前から地面に叩きつけれた。

「がっ!?」

この能力は、赤髪君の!

後ろの彼女が「赤髪君」だったのか......

 

木山を転ばせた二人の初春は、木山の目の前で嬉しそうに手錠された両手でハイタッチをすると互いの手を掴んでクルクルとその場で回転した。

 

これでどちらが本物かどうかがリセットされる。

回転が終わるとまたしても道の左右に分かれて倒れた木山を牽制するように道路をコンコン叩いていく。

「う?!」

頭をしこたま打ちつけた木山は起き上がり、バラけた二人の初春の行動に疑問を浮かべながらもこれに似た論理問題を思い出した。

 

嘘吐きと正直者

どちらか一方が嘘しか言わない人でもう一方が本当のことしか言わない人がいる。

ただ一回だけの質問をして、どちらが正直者かを当てる問題だ。

解き方は、それぞれだがどちらかを「真実」であると仮定して両者の発言の矛盾を探る方法がある。

木山もそんな問題を知っていたが、現実で突きつけられるとは思わずに冷静に頭を働かせようとする。

 

この場合では

正直者→初春

嘘吐き→サソリ

となりそうだ。

 

「上手くいきました」

「上手くいきました」

どちらかが言えば、もう一人がおうむ返しに言葉を繰り返した。

 

ならば二人同時に攻撃をしてみるか......

木山がポケットからアルミ缶を二本取り出すと前後にいる初春へ投げようとする。

「爆発します」

「!爆発します」

一方の初春が気づいて声を出す。それによりもう一方の初春も言葉を繰り返した。

チャクラ糸を腕に引っ付けると二人の初春が指を動かし、それぞれのタイミングで引っ張った。

「くっ!」

片方の腕が不意に引っ張られてバランスを崩した木山がアルミ缶を的外れの位置に投げてしまう。

一つのアルミ缶は空高くに、二つ目のアルミ缶は、橋の下に落下した。

 

「伏せます」

「伏せます」

二人の初春がその場で耳栓を指でしながら爆風に備えた。

少しの時間の後に上空でアルミ缶に黒い点が出現し、エネルギーが急速に高まって大規模な爆発をした。

 

サソリがここに来てから起きたレベルアッパー使用者による連続爆破事件。

通称『虚空爆破(グラビトン)事件』

アルミを基点にして重力子の速度を急激に増加させて、一気に撒き散らす。

つまりアルミさえあれば爆弾を造ることが出来る能力だ。

前回は御坂の活躍で解決したがサソリは入院中だったので知らない。

 

ふざけんな!

血継限界の『爆遁』も使えるのかよ!

初春が声を出さなかったら、巻き込まれる所だった!!

 

身体全体を道路に寝転んでいるサソリ初春が頭のお花畑とは、程遠い鋭い目つきで悪態をついた。

そして初春の目元へと変えて、起き上がる。

合流した二人の初春は、またしても嬉しそうにハイタッチをするとクルクル回転し始める。

リセットをするとまた道幅を拡がりながら倒れている木山へと走り寄る。

そして姿勢を低くするとそれぞれ道路を叩いている。

 

これで良いですか?

サソリさん

 

初春はサソリからのとんでもない作戦を思い出していた。

 

耳打ちをしているサソリは、初春に対して確認するように幾つかの質問をした。

「初春、お前の一人称って私か?」

「は、はい?」

「何か口癖はあるか?」

「特になかった気がします」

「分かった......あとは適当だな」

「何をするんですか?」

「木山を混乱させる。変化の術でお前そっくりに姿を変えるから。上手く合わせろ」

「ええええー!!そ、そんな事無理ですよ!」

「良いからやれ!その時にやる事は......」

 

サソリは木山が研究者であることを逆手に取り、変化の術を使い、初春そっくりに姿を変えた。

研究者は、動作よりも思考に重点がいく。

 

『サソリは攻撃しないが初春を攻撃する』

という宣言にサソリも初春に変化して一瞬の思考の隙を作り出し、引っ掛ける。

 

こっちが本物かもしれない

いや、あっちの方が本物かもしれない

 

その対立する情報を与えてやれば、研究者は勝手に見極めようと間違い探しを始める。

そして、こっちが本物だと考えて攻撃すれば、別の初春が声を出して問いの確認させる。

 

本当に合っているだろうか?

 

と更に検算、確認動作をさせる。

これで研究者の木山の行動をかなり抑制する事が可能だ。

 

サソリが初春に出した指示は

1.相方が捕まったら「そっちで良いですか?」と質問する

2.適当に指を動かす、引っ張るなど大きな動きを入れる

3.相方が近寄ってきたら、回転してリセットをする

4.隙が出来たら、道路を叩く

5.気づいた点があったら、短い言葉を言う。聴いたら繰り返しで同じ言葉を言うこと。

 

単純ではあるが、自然に行動をしなければならないため初春は手順を指折りで確認していく。

 

それにしても......

 

初春は、自分そっくりになったサソリを見てみるが

あまりに自然に堂々と振る舞うサソリに対して苦笑いを出した。

普段のクールなサソリとは打って変わり天真爛漫な自分が隣で走っている。

 

何で普通に動けるんですか?

満面の笑みで私に成りきってます......

 

意外に演技が上手いサソリを感心したように見た。

そして初春としてのクォリティーを上げるために時々、躓いて転んでいます。

 

そんな露骨にしなくても

私、そんなにドジっ子じゃないですよ

 

サソリが初春に対するイメージが垣間見えた気がした。

 

もう自分を客観視することがかなり恥ずかしいが作戦なので仕方ない。

涙が溢れていくが関係ない。

 

木山は立ち上がり、左を走る初春にレーザーを出そうとするが......

「こっちで良いんですね?」

クルッと木山の方を向くと、ニコッと笑い掛けた。

 

構うものか、どちらでも

この妙な能力を止めなければ

 

レーザーの出力を高めていくが

「本当に良いんですね?」

ニヤリと耳まで裂ける笑顔を浮かべた初春の姿に木山の動きがまたしても止まる。

 

サソリさんだったら強力なカウンター攻撃を用意しています

 

その言葉に手が止まる。

 

目の前の初春は、一気に木山との間合いを詰め、拳を固めると木山の腹部を殴りつけた。

「がはっ!」

「残念!こちらは偽物さんでした」

殴られた腹部を抑えて苦しむ木山を尻目に初春は合流し、同じくリセットをする。

 

凄い......あの木山さんを翻弄してます

 

能力を多用する木山でさえもこのサソリが考えた奇抜な作戦には何もできないでいた。

 

護るべき者を攻撃手段に変えるとは......

考えたな

 

木山はこの嘘吐きと正直者の問題を解くための質問を考えていた。

たった一つの質問でこの妙案が崩せるはず。

左右で橋を叩いている二人の初春を観察する。

見た目と声、仕草が全く同じ。

片方は、あの赤髪君だ。

男と女......

 

考え事をしている木山の後ろから初春が体当たりをして考えの邪魔をさせる。

「考えているなら私から攻撃しちゃいますよ」

「しちゃいますよ」

おうむ返しで反応するもう一人の初春。

こうやってサソリは指示を初春に出す。

 

質問をするためにもう少し情報が欲しいところだ。

レベルアッパーで使えるようになった『読心能力(サイコメトリー)』を使うか。

対象に触れる事で思考を読み取る能力だ。

外見が同じであろうが、中身は違う。

 

クルクル回っている初春達の一人に狙いを付け、走り寄った。

バラけた初春の右側を移動している初春を手を掴む。

「こちらが本物だと思います?」

またしてもその問いだが木山は構わずに眼を閉じて思考を読み取ろうとする。

サソリ初春がピクッと反応した。

 

相手の情報を読み取るつもりか?

血継限界とか使っているから何でも有りだな

だが、読み取る時って隙だらけだ

 

「それはさせませんよ」

別の初春がチャクラ糸で引っ張りバランスを崩すと目の前の初春が意を決したように木山の腕を掴んで自分も倒れこむように転ばせた。

残念ながら思考を読む事は出来なかった。

「こうも邪魔をされるとは」

倒れたままの木山にチャクラ糸を出していた初春が近づいて、拳を振り上げる。

「くっ!」

木山は能力の一つである、電撃を一瞬だけビリリと反射的に放出した。

 

ピタッ......

拳を突き出そうとした初春の顔色が変わり、直前で止めた。

「?」

舌打ちをすると初春が向きを変えて、もう一人の初春と合流してリセットをする。

 

なぜ、攻撃を止めた?

あれが赤髪君なら問答無用で殴ってきそうなものだが......

そういえば、さっき自分が放った電撃に対してややオーバーとも取れる逃げ方をしていた。

他の攻撃に対しては能力を使って対抗したり、紙一重で躱していたのに。

まさか......

 

木山は余裕を取り戻したように立ち上がると近くにいた初春を捕まえる。

「こちらで......」

ニコッと聴いてくるが木山の手は、初春の下半身へと動き出し、履いている制服のスカートを捲り上げた。

 

「!?」

スカートの下には淡いピンクの水玉模様の初春のプリンセスゾーンを守る布が鎮座している。

 

捲られた初春は何が起きたのか分からずに止まっていると

「ぎゃわあああああー!?な、何をしてるんですか?!」

離れていたもう一人の初春が顔を真っ赤にしながら指をビシッと伸ばして慌てていた。

「それに何で今日履いている......ぱぱぱ、パンツの柄を知っているんですか!?サソリさん」

 

スカートを捲られた初春が弾けたようにもう一人の初春を見て、驚きの声を出した。

「ば、バカお前!」

その言葉を聴いた木山は、解答を見つけた子供みたいに嬉しそうにサソリ初春の視線の先へと顔だけ向けた。

「あちらが本物か」

アルミ缶を顔を真っ赤にしている初春目掛けて投げつけた。

さきほど大規模な爆発を誘因した代物だ。

「今度は女性の羞恥心でも学ぶ事を勧めておく」

 

お前が言うか!この露出女!

 

「クソっ!」

サソリ初春は、印を結ぶと地面に手を置いて初春とアルミ缶を間に砂の壁を作り出す。

 

「はあはあはあ......」

急激にチャクラを消費したサソリ初春は、手を地面に置いたまま様子を見ているが

一向に爆発する気配が無い。

木山は、汗を流して息を切らしているサソリ初春の手を掴む直すと

 

「フェイクだよ......あの時とは違い嘘を見抜けなかったようだな」

喫茶店で木山の嘘を見破ったサソリであったが今回は見破る余裕が残っていなかった。

 

「電撃を出した時の君の反応は、やや過剰だな......電気はお嫌いかな?」

木山はサソリ初春の手に直接電流を流し込んでいく。

「しまっ!!があああああああああ」

 

マズイ、術が......解ける

 



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第20話 共闘

ジャッジメント本部でサソリに抱きつかれ、付き合えと言われたら経験豊富(お姉様との妄想)の白井には、もはや恋愛少女コミックのような展開に心臓がバッキバキとなる。

「つ、つつつつ付き合うってどういう事ですの?!」

机に置いてあったティッシュの箱を動揺からか手に掴み、哀れになる程に白井の握力でキリキリ握りつぶされている。

「そのままだろ」

『他に何か』と言いたげな感じで首を傾げる。

 

はいいいいいー!?

そのまま!!?

無難に翻訳しても恋人関係が成立しちゃいますよ

恋愛コミックだって、もう少し道筋を踏んでから攻略されてますのに。

大体の王道パターン

1.出逢った時、お互いの印象は最悪

2.不良に絡まれた時に男性が助けに入る

3.ヒロインが流す涙を男性が優しく慰める

4.そして、男性からの告白で付き合い

ハッピーエンド

 

...............ん?

お待ちなって

あれ?

あれ?

今の所、全部当てはまっています?

 

白井とサソリ

1.身体が人間になったという妙に痛いサソリの発言に呆れる(第一印象は最悪)

2.レベルアッパー事件により能力の底上げに成功した不良に暴力を振るわれ、サソリが助けに入る(不良から助けられる)

3.サソリの幻術に涙を流す。サソリから困りながらも対応していた(ヒロインを慰める男性)

4.サソリから「付き合え」の大胆告白(←今ココ)

 

この後

ハッピィィエンドゥゥゥ!?

 

握りつぶされたティッシュ箱が直方体から球形に近くなった。

全てを燃やし尽くしそうになる程に体温が上がっていく。

「まだお互いに知りませんのに!!そ、そんな事はまだ早い気が」

サソリは、妙にハイテンションになっている白井に首をゴキゴキ鳴らしながら

「やるか、やらねえかはっきりしてくれねぇーかな」

 

やるか、やらないか!?

もう次のステップですの?

 

「付き合いだけでは飽き足らず、そんな事まで!やはり、私の身体が目的ですわね!」

ギュッと白井は自分で自分の身体を抱き締めた。

「悪い......お前の言っている事が半分も理解出来ねえ」

そもそも噛み合ってない。

まあ、でも白井の人傀儡を造りたいから「身体が目的」という部分は強ち間違いでもないが。

 

「木山の所に行くからお前も付き合えって意味だ」

「あら、そうでしたの」

「何と間違えたんだよ」

「それは、ゴニョゴニョ......」

 

言えません

妄想でサソリと結婚して幸せな家庭を築き、二人の赤毛の子供と一緒に暮らしている所まで辿りついてしまったことなんて......

言える訳がありません

 

「で、でも」

「どうした。身体がキツイか?」

「いえ、お姉様の事を考えますと......サソリにあれだけの事を言われましたし」

「あー、そんな強く怒ったつもりじゃなかったんだが......」

「......涙を流していた気がしますの......」

「心弱過ぎだろ。分かった、オレが言い過ぎた」

 

苦手だな。

どうすれば良いか分からん。

 

「もう、行きますの?」

白井がサソリに質問してみる。

サソリは、身体を少しだけ揺らすと

「いや、分身が戻って来てからだな」

「ぶ、分身ですの?」

 

あの時に見せてもらった変な能力。

触った瞬間に消えてしまった頼りない分身に首を傾げた。

 

「初春に渡した砂鉄に仕込んだのは、オレの砂分身だ。初春に何かあったら直ぐさま出て戦うようにしてある」

 

「すぐ消えてしまうことは?」

 

「かなりの攻撃を受けないと消えないようにしてあるから、並の相手なら充分に殺り合える。その間、お前は木山の過去の洗い出しが出来るか?」

 

「多少時間が貰えれば出来ますわ」

 

「これほどの事をやるのは、何か訳がある。それを探っておいてくれ」

 

それはサソリにも言えることだった。

人傀儡を作ったことも、人を殺めたのも少年期に起きた両親の死。

サソリにも心の闇が引き金だ。

 

両親を殺された過去の闇が全て起因していると過言ではない。

傀儡にのめり込んだのも、両親の愛情を取り戻すためだった。

「何かがある」

 

サソリは確信したように呟くと白井が起動したパソコン画面を凝視した。

 

******

 

木山を撹乱する作戦の元で初春へと変化したサソリは、木山からの最も相性が悪い電撃を喰らい、その場に倒れこんだ。

「サソリさん!」

「く、来るな!

初春が動こうするが、サソリ初春は出来るだけ大きな声で初春を止めた。

ボロボロの初春の制服にビリリと電流が走り、サソリの身体へ未だにダメージを与えているのが分かる。

「惜しかったな。何を企んでいたのか知らないが......良い手だった」

木山が倒れているサソリ初春を見下ろしながら拍手した。

サソリは、痺れる手を奮い立たせて、ゆっくり印を結んだ。

 

頼む

まだ解けるな

 

サソリは、地面に微量のチャクラを走らせるが仕掛けた罠が発動しない。

雷遁で掻き消されたか......

 

「不発のようだな。ということは打つ手が無くなったと解釈して良いかな?」

 

そこへ、御坂がタクシーを降りて現場へと走ってやってきた。

「一体何が?」

御坂の視界には、心配そうに見ている初春と木山の近くで動けないで倒れている初春が映った。

「えっ?えっ?何で初春さんが二人?」

「サソリさんです!私を庇ってしまって」

「さ、サソリ?」

信じられない物でも見るように御坂の瞳孔が拡がった。

「何でアンタが居るのよ!?黒子と一緒に居たんじゃ」

サソリ初春は、痺れる身体で動ける分だけもがいている。

 

「なるほど......御坂美琴か。赤髪君の時間稼ぎと云った所か」

「えっ!?」

「この赤髪君は、彼女を守るために結構無茶をしていたからね」

「!?」

御坂は、苦しそうに身体を上げようとしているサソリを見て、哀しさと罪悪感が強くなる。

「ご、ゴメン......サソリ。あたしがもっと早く来ていれば、こんな事には」

途切れ途切れに言葉を絞り出すように御坂は言った。

 

何が守るよ

結局、サソリに助けられてばかりじゃない

 

砂が零れ出すと初春の姿から普段のサソリの姿へと変わった。

御坂と初春を一瞥すると口元だけを動かして嘲笑に近い笑みを向ける。

サソリの砂の身体が崩れ出して、崩壊が末端から中枢に近づいていった。

 

「次は本体で相手をしてやる」

 

そう木山に言うとサソリの身体は砂へと変わり、軽く山盛りとなっており、風で次から次へと流されて散在した。

 

「砂の分身体か......興味深いな」

木山がサソリだった砂の行方を眺めながら言った。

「あたしの友人に手を出しておいて、ただで済むと思わないでね」

「超能力者(レベル5)か......さすがの君も私のような相手と戦った事はあるまい。君に一万の脳を統べる私を止められるかな」

 

御坂はかつてない程未知数の木山を相手に汗をかく。

「初春さんは下がってて」

「は、はい」

初春の前に出て、御坂が初春の盾となる。

その姿は先程のサソリと重なった。

「もう、君は狙わないよ。レベル5に私の能力がどれほど通用するか試したいものだ」

 

狙う?

初春さんを?

 

「アンタまさか......!」

御坂が拳を握りしめた。

「赤髪君に予想外に粘られてね。倒すためにその子に狙いを付けたんだよ」

 

じゃあ、サソリはずっと初春さんを護りながら戦っていたってこと。

そんな人質紛いの事をされていて......

御坂には、倒れているサソリの姿が想起された。

「ごめんなさい......私がしっかりしていればサソリさんは」

御坂は、今にも泣きそうな初春の頭に手を乗せた。

「大丈夫よ。サソリは分身だったんだし。今頃ケロッとしているわよ」

「御坂さん」

「さあ、早く行って。またみんなでサソリの所に行きましょう」

「はい!」

初春を後方へと逃すと御坂は、木山とは比べものにならない大電流を走らせる。

 

間近で見ると私と比べものにならないな

赤髪君には、電撃に弱いことが倒す糸口になったが。

御坂美琴はどのように動くべきか

 

木山との戦闘が始まり、御坂は牽制と言わんばかりに頭の先から電撃を飛ばしていくが。

木山の周囲に遮蔽されるように弾かれた。

能力を使って電撃を躱したらしい。

木山は、アンチスキルの車から漏れ出しているガソリンに発火能力で火を付けると御坂へと一気に火柱を浴びせるために繰り出した。

御坂は、横移動で火柱を躱すと

「本当に能力を使えるのね。しかも......『多重能力者(デュアルスキル)』!」

白井から受け取っていた木山の能力についての説明。

半信半疑だったが、目の前に実際に居るとなると事実として受け入れるしかない。

 

「その呼称は適切ではないな。私の能力は理論上不可能とされるアレとは方式が違う」

腕からレーザーを出すと御坂に向けて飛ばした。

「言うなれば『多才能力者(マルチスキル)』だ」

御坂は、身体を傾けてレーザーをやり過ごすと木山にもう一度電撃を放つ。

「呼び方なんかどうでもいいわよ。こっちがやる事に変わりはないんだから」

 

レーザーを出している最中。

電撃を弾けるか?

 

そう考えての電撃だったが、木山は涼しい顔で遮蔽し、電撃を道路上へと流す。

「!?」

「どうした?複数の能力を同時に使う事はできないと踏んでいたのかね?」

 

木山の立っている高速道路上に赤い炎が出現し、衝撃波を飛ばした。

御坂の足元まで来ると道路に大きなヒビが入り、高速道路が陥没し御坂と木山は下へと落下していった。

御坂は、すぐさま足先に磁力を展開し、鉄橋に垂直に立った。

 

すると、御坂の周囲に黒い砂を中心に砂が集まり出してフワフワとした砂の塊を発生した。

「これって?!」

サソリに渡された砂鉄だ。

御坂に加わった衝撃から周囲に自動で広がり、御坂を護る盾となる。

 

木山は水滴を集めて御坂へと念力を使って投げつけるが

砂の盾が自動で動いて御坂への攻撃を防ぐ。

御坂が電撃を飛ばすと砂は散り散りに消えて邪魔をしない。

あくまで御坂を守るための盾だ。

 

ほう、電撃の能力にはあんな使い方があるのか......

 

電撃はやはり遮蔽されて木山を中心に弾かれる。

「拍子抜けだな超能力者というのは。この程度のものなのか。

「まさか!電撃を攻略したくらいで勝ったと思うなっ!!」

御坂は鉄橋から一枚の鉄板を取り出して木山へと磁力の反発力で木山へ飛ばした。

「ふむ」

木山は腕から赤い色味を帯びた光を放つレーザーを伸ばし、投げ付けられた鉄板をはたき落とした。

「アリ?」

そして指からレーザーを放出すると御坂が立っている鉄橋の支柱を下部を焼き尽くした。

一瞬で物体が消失し、御坂の立っている鉄橋から鉄板が剥がれて地面へと落下していく。

激突せずにサソリの砂がフワフワと御坂を包んで衝撃を吸収した。

 

「もう止めにしないか?」

木山に取っては、データ採取が終わったも同然だった。

三度、同じ電撃を放ち、全て同じように弾かれてしまう御坂に軽く興味が無くなる。

砂鉄の特殊な使い方を知ることが百歩譲っての収穫に過ぎない。

 

これならば、先程に激闘を繰り広げた

赤髪君の方が非常に研究的には面白い戦いだった。

砂や糸などのありふれた能力を操り、独自の応用で追い詰めてきた赤髪君。

彼の底知れぬ、実力に木山は思い出し身震いをする。

電撃が苦手だと分からなければ、どんな手で来ただろうか?

 

「私はある事柄について調べたいだけなんだ。それが終われば全員解放する。誰も犠牲にはしない......」

 

「ふざけんじゃないわよっ!!」

御坂は自分で意識もせずに大きな声を出していた。

初春さんを狙って

サソリに人質まがいの卑怯な手段で追い詰めて

能力がない事で悩んでいた佐天さんを持ち上げて、突き落とす真似をしておいて!

 

「誰も犠牲にはしない?アンタの身勝手な目的にあれだけの人間を巻き込んでおいて人の心を弄んで......こんな事をしないと成り立たない研究なんてロクなもんじゃない!!そんなモノ見過ごせるわけないでしょうがっ!!!」

 

「はぁ、やれやれ、レベル5とはいえ所詮は世間知らずのお嬢様か」

木山は、青いが純粋に真っ直ぐな御坂の言葉にため息をついた。

何か得るには、代わりに自分の何かを諦めなくてはならない。

その数が多い程、大人になる事だ。

 

「アンタにだけは言われたくなかった台詞だわ」

「学園都市で君達が受けている『能力開発』、アレが安全で人道的なものだと君は思っているのか?」

 

「!?」

 

「学園都市は『能力』に関する重大な何かを我々から隠している。学園都市の教師達はそれを知らずに一八○万人にも及ぶ学生達の脳を日々開発しているんだ。それがどんなに危険な事かわかるだろう?」

 

「......なかなか面白そうな話じゃない。アンタを捕まえた後でゆっくりと調べさせてもらうわっ!!」

 

御坂が地中にある砂鉄を集めて、鋭利に尖らせると一斉に木山へと攻撃した。

木山は微動だにせず、念力で瓦礫を持ち上げて鋭利になった砂鉄を受け止めていく。

 

「調べる......か。それもいいだろう」

そして誰にも聞こえないような声で

「君が関わっているのも少なくはないしな......」

と呟いた。

「だが......それもここから無事に帰れたらの話だ」

アルミ缶に触れて投げ上げた。

御坂は、見覚えのある缶に気づく。

エネルギーが充填し大規模な火炎を出しながら爆発した。

 

咄嗟に金属のガラクタを集めて、爆発の衝撃を躱すが、砂鉄の盾がまたしても展開していた。

 

サソリの砂鉄にさっきから助けられてばかり

 

煙が辺りに立ち込める中、木山の目の前に突如として黒髪の人形が出現し、腕を突き出した。

「!?」

木山は、反射的に後方へ飛び移ると改めて人形を見る。

 

「あれって......」

御坂も金属のガラクタの中から人形を見上げた。

佐天さんの部屋にあった人形?

 

人形は宙に居て揺れると頭を突き出して前傾姿勢になると木山との距離を詰めた。

そして腕を振り上げると、多数の刃物をのぞかせる。

木山は腕を前に出して、炎を出す。

刃物と炎がぶつかりあって火の粉となり御坂と木山の周囲に降り注いだ。

 

御坂から見れば、人形の背後には蒼いチャクラ糸が伸びており、視線で追って後ろを向く。

御坂の少し後ろに車椅子に座り、糸を伸ばしているサソリと白井が立っていた。

「おっ!気づいたか」

「お、お姉様!」

御坂は、サソリを見てバツが悪そうに下を向いた。

白井が御坂の隣へとサソリを移動させる。

気まずそうに俯く御坂にサソリは軽く腕にデコピンをした。

「いた」

「......これでさっきの件はチャラだ。オレも言い過ぎた」

「あたしもゴメン」

仲直りを軽くすると、歴戦の友のように御坂とサソリは勝気な笑みを零す。

 

「白井、お前は初春の所へ行け」

「その身体で大丈夫ですの?」

「心配いらねえよ。それに初春が重要な物を持っている」

 

サソリの仕掛けた傀儡人形の攻撃を躱して木山は、人形の口を無理やり開かせるとアルミ缶を放り込んだ。

「!」

「ちっ!行け白井!」

「大丈夫よ黒子。サソリの事はあたしがやるから。初春さんの方を頼んだわ」

「わ、分かりました。無理をなさらないでください」

 

二人一組が基本

御坂とサソリ

白井と初春に分かれての最終局面へ臨む。

 

白井は、空間移動で初春の居る陥没した高速道路上に移動した。

 

アルミ缶の爆弾が人形の口内で爆発し、仰け反る姿勢になるがすぐさま体勢を整えて、黒い煙を吐き出す。

 

「そんなにヤワに造ってねえよ」

 

誰かのおかげでな......

 

折角開いた口なのでサソリは手の甲に手を重ねると傀儡人形から黒い砂が漏れ出した。

グニュグニュと流動的に姿を変える黒い砂は、クナイのように形を変えると木山に向けて投げつけた。

「くっ!」

木山は、衝撃波を発生させる砂鉄を削り落とした。

「あれは!?」

 

この人形は。

後ろに居るのは赤髪君か......

『次は本体で相手をしてやる』

その言葉通りなら、本人だろうな。

車椅子に座っているのが、気になるがより警戒をせねばならない

 

人形の背後にサソリがいるのを見つけ、木山は電撃をバチバチ出し始めた。

 

サソリの弱点である電撃をサソリに向けて放った。

迫る電撃にサソリは、ニヤリと笑うと

御坂が腕を出して電撃を弾き飛ばす。

 

無言の内に御坂とサソリはアイコンタクトを取った。

 

サソリの双眸には写輪眼がはめ込まれていた。

クルクルと瞳の巴紋が回転している。

 

「来るぞ」

サソリが視線を向けた先には、ヨレヨレの白衣を身に付けた木山だ。

木山は腕からレーザーを出すとサソリ達に向けて放つ。

写輪眼で分析を開始するが

「血継限界か」

瞬時に判断を下すと傀儡を操り、砂鉄を集めると巨大な三角錐を作りだし、自分達を守る。

 

「さてと......」

サソリは三角錐の砂鉄を崩すと上空へと持っていき、細長く鋭利な刃先へと変形させた。

 

砂鉄時雨

 

夥しい数の砂鉄状の刃物が木山に降りかかる。

 

これも先程受けた技。

木山は衝撃波を飛ばして、砂鉄を弾き飛ばしていく。

人形は、更に腕の装甲を剥がして札のようなものが現れるとボンと煙を出して、多数の腕が一斉に木山へと向かって行った。

木山は、バックステップで多数の腕から逃げようとするが縦横無尽に動くためになかなか振り切れない。

木山は、レーザーを出すと伸びてくる多数の腕へと突き出した。

プスプスと木が焦げる匂いが辺りに立ち込める。

木山の居る所にぽっかりと人形の腕が開けていく。

 

 

「......御坂、合図を出したら攻撃できるようにしておけ」

「分かったわ」

サソリは掌を下に向け、少し上に上げる動作をした。

木山に向け多数の腕の中から筒状の物が出現し、仕込まれたクナイをグルリと放った。

「!?」

木山は地面を踏みしめて衝撃波を飛ばし、サソリの傀儡ごと吹き飛ばした。

多数に伸びた腕と傀儡が弾き飛ばされる中で立った一つの腕だけが木山の方を向いていた。

隙をみて放たれたのはクナイ。

その後ろからロープが付いている。

木山は、能力を使おうとしたが大規模な能力を使ったすぐ後には少しだけ能力が使えない時間があった。

 

予想通り

不意打ちに近い形を取ってしまえば、能力の発動が遅れるな

 

ロープ付きクナイは、木山の身体に巻きつくと両手の自由を奪う。

「御坂!」

バランスを崩した木山に御坂が走り出して、電流を流した拳を振りかざす。

「イッケェェー!!」

電撃を充填した拳が正確に木山の肢体を貫いたように見えたが、人間に当たった感触がなく地面に突き立ててしまう。

電流に周囲の金属が反応してカタカタと音が鳴った。

 

「!?」

どうして?

よく見ると木山より少しだけ離れた場所を殴っていた。

「危なかった。少しだけズレていたらモロに食らっていた所だ」

木山は、弾き飛ばされたクナイを拾うとロープを切り出した。

 

写輪眼で見ていたサソリは、瞳に力を込めた。

「そういうことか」

 

偏光能力(トリックアート)

 

サソリが出現してから木山は警戒して自分自身に使っていたネットワーク上の能力だ。

御坂との焦点を狂わせて攻撃を逸らした。

サソリの攻撃の時には、写輪眼で正しい場所を映していたが、御坂には少しだけズレた場所へ焦点を結ばせていた。

 

「この距離では躱せるかな」

ロープからの呪縛から離れた木山は、御坂に向けてアルミ缶を投げつけた。

 

「えっ......」

「ちっ!」

 

サソリが反応して傀儡を飛ばし、御坂の身体を持ち上げると高速で横へと翻させる。

操者のサソリから人形が離れたのを確認すると木山は、再び電撃を溜め始める。

 

それも木山の計算の内

早めに赤髪君を潰しておかなければ

御坂美琴という壁が無くなった君に電撃のサービスだ

 

腕を動かしているサソリに向かって木山が最大出力の電撃を放つ。

迫る電撃に御坂は、ハッと人形に捕まりながら息を飲んだ。

サソリからは、キィィィンという妙に高音が漏れ出す。

バチンという硬いもので殴られるような音の後にサソリの乗っていた車椅子が電撃による衝撃で飛び上がり、黒ずむ。

 

しかし、吹き飛ばされる車椅子にはサソリは乗っていなかった。

「ククク......やっときたか」

 

無残に転がる車椅子の隣に突如として黒い影が高速で移動してきた。

 

黒い影は二足歩行をすると顔を上げる。

 

計算通りにいった

 

黒い影の正体であるサソリだが、その雰囲気は以前とは別物に近い。

写輪眼を宿した瞳に白目の部分が真っ赤になった眼をしている。

 

それは木山が使っているレベルアッパーと同じ副作用のように見えた。

「あっ......あ!?」

木山の顔に焦りと動揺の顔が浮かんだ。

 

「お前がどれだけの数を使っているか知らねえが......数が多ければ良いってものじゃねえ、問題は質だ」

 

サソリが印を結び出すと身体中からチャクラが炎のようにまとわり付いた。

周囲の岩にピシッとヒビが入る。

 



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第21話 木山の過去

サソリを送り届けた白井は、初春が居る高速道路上に空間移動した。

「白井さん!」

「初春、大丈夫ですの?」

「はい、サソリさんのお陰で」

「全く無茶をしますわね」

手錠で動きに制限があり、砂利だらけの制服を身に付けているが目立った負傷箇所は見当たらずに安堵した。

 

木山と向き合っている御坂と人形を携えたサソリを一望する。

ここならば戦いの一部始終を見ることが出来そうだ。

「言っても聞かないお二人ですこと」

白井が風に靡いている髪を弄る。

「木山さんはどうしてこんな事を......」

橋の欄干に手を乗せて初春が心配そうに呟いた。

 

「過去を洗っていましたら、小学校の教師をしていたらしいですわ......」

 

木山春生

第十三学区の小学校に教師として赴任するも、翌年に辞職。

辞める契機となったのは

能力開発の実験中に起きた教え子を原因不明の意識不明に至らしめた事件

それに行き着いた。

 

「それが何らかの動機に?」

「可能性でいえば高いですわね。サソリに言いましたら」

 

後は本人から聞く。

とスタコラサッサと私を使いまして空間移動をさせた。

 

人形を操るサソリを横目で見ながら頭の中で呟いた。

 

無事、終わりましたらデートくらいしてあげますわ

 

******

 

レベルアッパーを使用した佐天の脳を詳細に読み取ったサソリは、命の危険がないことを踏まえた上で佐天に自分の脳波を少しずつ合わせた。

つまり、木山の計一万人の脳のネットワーク上に佐天だけを自分のネットワークに組み込んだということ。

 

「さ、サソリ......その眼って」

サソリの傀儡人形により抱えられた御坂が地面に降ろされた。

白目部分が真っ赤に染まるサソリに御坂が聞く。

「レベルアッパーの原理を応用して佐天をオレの脳に合わせた」

「で、でも治せないって言ってたじゃない」

「短期的にはな、時間を掛ければ写輪眼の方が力が上だから多少は融通が利く」

サソリは、御坂を置くと傀儡を自分の前に持ってきた。

「御坂。磁力は解除しておけ」

サソリは、指を折り砂鉄を集めていく。

傀儡の上空で砂鉄は、鋭利なナイフ上になった。

そして、チャクラを伸ばした糸へ力を込める。

 

磁力最大

 

人形にも燃えさかるようなチャクラが出現すると、奇妙な金属音が辺りに響きだす。

カタカタと砂鉄に引っ張られるようにガラクタの中の金属やサソリが使ったクナイが重力に反発するようにゆっくり持ち上がる。

木山を始めとして、少し離れた御坂の上までガラクタが広がり、大きな一つの影となった。

「嘘......単純な力だけならあたしより上かも」

御坂もここまでの規模の磁力を作り出したことはなかった。

サソリの実力を認めることを言ったが、純粋な能力で云えば御坂の方が上だ。

 

サソリは、傀儡人形を介して発動しているために幾らかの力が抑制される。

 

ガラクタが上により陽の光が陰る中で木山は焦りながら上を見上げる。

「くっ!」

サソリが手を一直線に引き、下げる。

持ち上げられたガラクタは、磁力から解放されると重力の影響を受け、木山に近い所から集中的に落下を開始した。

 

「こ、こんな所で!」

 

木山は、息を荒くしながら電磁バリアを張ると金属の落下から身を守り、能力を高めていく。

 

サソリは、落下していくガラクタの中にある鋭利に変えた砂鉄を木山に向けて向きを正すと一斉掃射した。

サソリは、傀儡の左腕を動かし黒い服から左胸部を露出すると、腕を下に向け降ろした。

ギシッ胸部の蓋が外れチャクラが砂鉄の進行方向に集まり、触れると更に先が尖りスピードが一段階上がる。

「!!!」

ガラクタの間から尋常ではない速度でやって来る鋭利な砂鉄を防ごうと力の限り堪える。

砂鉄が当たると硬い物に刺さるような感触と電磁線がバリアに阻まれる砂鉄を中心に木山の前から後ろへ球面を波動した。

キィィィンという金属音をして耐えていたが、バリンという音がして木山は後方へと吹き飛ばされた。

 

一発目は受け止めたが二発、三発となってくると電磁バリアも耐えきれずにガラスが割れる音と共に木山は、鉄橋へと叩きつけられる。

「ぐあ」

砂鉄は、木山の白衣の裾や肩の部分に刺さり、身動きが出来なくなる。

「はあはあはあ......それが君の本気か?」

「割と手加減をしたが」

サソリが人形を退かすと木山が拘束されている鉄橋へと歩いて近づいた。

 

「ふふ、傷つくことを言うな。どうする、私を動けなくして終わりか?」

「いや、ちょっと気になることがあってな」

サソリは、巴紋を宿す瞳術で真っ直ぐ木山の眼を覗いた。

 

写輪眼

 

「あ......あ」

木山の身体が脱力し、突き刺さった砂鉄に支えられるようにグッタリと顔を伏せた。

サソリは、チャクラを纏った手で木山の頭を掴むと幻術の世界に突き落とす。

木山は真っ暗な空間へと飛ばされた。

「こ、これは......」

辺りを見渡す、次第に景色が色付き始めていく。

後ろから数人の子供たちがやってきた。

 

センセー

木山センセー

 

気が付けば、教室に自分は立っていた。

忘れたくても忘れたくない光景。

これから待つ残酷な現実を知らないかのようにワイワイと教室は適度な賑わいを見せる。

「あ.......あ、あ」

白衣からスーツを身に付けた木山が教壇に立ち、かつて居た教室の風景に目を開く。

賑わっている教室の後ろにはサソリが外套を着て黒板に腕を組んで立っていた。

 

「......知っていたのだろう?これからこの子供がどのようになるか」

「はあはあ!」

「親に捨てられた子供がどんなことになるか知っていたのだろう?教師となり子供を懐柔し、実験に向かわせた」

「違う......」

「信じこませ、自分に懐かせて......何ヶ月も掛けて準備をした」

「違う......」

「大層な実験だな。何をされるか知らぬ子供の前に立って平気な顔をして、実験の段取りをつける......さぞ目論見通りに進んで気分が良かっただろう」

 

「違う違う違う違う違う違う違う違うー!」

サソリの追い詰めてくる言葉に頭を抱えて拒絶した。

 

わ、私は何も聞かされていなかった

あんなことになるなんて思わなかった

 

サソリの言葉を頭から否定した木山だったが服の裾を引っ張る感触に下を向いた。

そこにはカチューシャを付けたソバカスだらけの女の子が木山を見上げていた。

「センセー......私達を利用したの?」

「あ......ああああ」

「いっぱいお金を貰うため?」

「違う」

「良い実験をするため?」

「違う」

「答えてよ......私達、こんな姿になっちゃったよ」

いつの間にか、クラス中の生徒が集まり、一様に頭から夥しい数の出血をして真っ赤に染まった顔の中で目玉だけがギョロッと木山に向けた。

 

「あ、ああああああああああああー!」

 

鼻につくキツイ薬品の匂い。

鳴り響く事故を知らせるアラーム音。

運ばれていく子供達。

血生臭いシーツ。

動かない身体。

 

信じてたのに......木山センセー

 

 

最初は実験を成功させるまでの辛抱だと思った。

研究をしていた木山に組織の元締に呼び出されて任されたのが学園都市に置き去りにされた子供達の教師だった。

教師になろうとか成りたいと考えたこともない。

ただ、大学での取得単位でついでに取れただけの資格だ。

 

「私は研究に専念したいのですが」

「何事も経験だよ木山君ーーー」

「聞いて下さい博士」

研究棟の外では置き去りにされた年端も行かぬ子供達が球技で遊んでいた。

「表の子供達......彼らは『置き去り(チャイルドエラー)』と言ってね。何らかの事情で学園都市に捨てられた身寄りのない子供達だ」

 

元締から聞かされた話は、その子供達が今回の実験の被験者であり、木山が担当する生徒になる。

実験を成功させるには、被験者の詳細な成長データを取り、細心の注意をはらって調整を行う必要がある。

だったら担任として直接受け持った方が手間が省けるということだ。

 

上手くいけば、統括理事会肝入りの実験を任せたいと思っている。

期待しているよ。

 

それから簡単な書類と手続きでいとも容易く、私は教壇に立っていた。

はっきり言ってしまえば『子供は嫌い』だった。

 

騒がしいし

デリカシーがない

失礼だし

悪戯するし

話は論理的じゃない

なれなれしい

加えて......すぐに懐いてしまうし

 

研究の為とはいえ、厄介な仕事を押し付けられてしまった。

実験が成功するまでの辛抱だと思って慣れない教師生活をした。

 

教室に入れば水を掛けられる悪戯を受け

廊下で会えば、彼氏の詮索もしてくる

勉強を教えるだけではない、変な事を山ほど抱えてくる。

 

ある雨の日の帰り道。学校終わりに家路へと向かう木山が道を右に曲がった時。

カチューシャを付けた女子生徒がぬかるみに転んでしまい、泥だらけになっていた。

「どうした?」

「あ、木山センセー......アハハ、ぬかるんでて転んじゃった」

頭の掻きながら女子生徒は頬に付いた泥を落とすことなく作り笑顔を出した。

「私のマンションはすぐそこだが風呂を貸そうか?」

「いいのっ?」

その言葉を掛けただけで女子生徒は、キラキラとした眼で木山を見上げた。

社交辞令のつもりだったが

やはり、まだ子供。

 

「わー、お風呂だあ」

汚れた衣服を脱ぎ、お湯が溜まっていく様子を嬉しそうに眺めながら言った。

「?何か珍しいのか?」

「うちの施設、週二回のシャワーだけだもん!本当に入っていいの?」

「......ああ」

たかが、風呂だけでそれほど喜べるものだろうか?

環境が環境だからだろうか?

親がいないというだけで......

「やったー!みんなに自慢しちゃお!」

下着を脱ぎ出すと沸かしたての贅沢なお風呂へと足を踏み入れる。

「わ、熱いけど気持ちいー」

暖かいね

気持ちいいね

入り慣れているものには、普段感じないような風呂の様子を感じている。

風呂に入りながら、明日はどうしていようとか、今日は何であんな事をしてしまったのか......塞ぎがちになるが

そんなモノはなくて。

全力に今感じている『楽しい』を堪能している。

 

木山は、女子生徒が脱いだ肌着を洗濯機に放り込むとスイッチを入れて洗濯を開始する。

「センセー、私でもがんばったら大能力者(レベル4)とか超能力者(レベル5)になれるかなぁ?」

不意に風呂に入っている女子生徒が質問してきた。

 

「今の段階では何とも言えないな。生まれ持った資質にもよるが今後の努力次第といったところか。高レベル能力者に憧れがあるのか?」

子供目線で話すなんて器用な真似はできない。

「んーもちろん、それもあるけど。私達は学園都市に育ててもらっているから......この街の役に立てるようになりたいなーって」

 

その無垢で直向きな性格が悪用されることになろうとは考えなかった。

 

洗濯物が乾くまで女子生徒をソファーに座らせたがスヤスヤと眠ってしまった。

傍らに座りながらコーヒーを飲んでいる木山。

 

職場でも家でも、こうも子供に囲まれてしまうとは。

研究の時間がなくなってしまった

本当にいい迷惑だ

 

月日が流れ、秋になり生徒達で企画してくれた自分の誕生日を祝ってくれた。

クラッカーを鳴らされ、ちょっとした花束をプレゼントしてくれた

 

白衣を取られて、追いかけたり

雪が降れば、雪だるまを作ったり

雪合戦で雪玉をぶつけられたり

自分の目つきの悪い下手な似顔絵を見せられたり

 

全く......良い迷惑だ。

 

そんな日常も悪くないなと思っていた頃に運命の日がやってきてしまう。

 

AIM拡散力場制御実験

長い期間をかけて何度も繰り返し準備してきた

何も問題はない

これで先生ゴッコもおしまいだ

 

「怖くないか?」

実験用のカプセルに入る生徒に声をかける。

「全然!だって木山センセーの実験なんでしょ?センセーの事信じてるもん、怖くないよ」

 

これでおしまい......実験が終われば私は、研究者として順当に出世が出来、生徒達はそれぞれ別の道を歩みだす......はずだった。

 

突如として流れる警告音

異常を知らせるモニターの画面。

忙しなく動き回る研究員達。

「ドーパミン値低下中!」

「抗コリン剤投与しても効果ありません!」

「広範囲熱傷による低容量性ショックが......」

「乳酸リンゲル液輸液急げ!!」

「無理です!これ以上は......」

 

木山はモニター室で恐ろしく自分の想定とは離れた現実の実験にただ立ち尽くすしかなかった。

 

どこでミスをしたのか

どこが間違っていたのか

渡された実験内容を頭の中で諳んじて確認するが間違いを疑う箇所は見当たらない。

安全な実験のはず

事故なんて起きない

 

センセーの事信じてるもん

怖くないよ

 

その言葉の残酷をその身に受け、罪の刻印を身体に刻み込まれた気がした。

 

もう、取り返しがつかない

どうすることもできない

どうにもできない

 

進行し、広がるアラームの音と研究員達の中で木山は震えていた。

 

頭の整理が追いつかない

 

「早く病院に連絡を......!」

「あー、いいからいいから。浮足立ってないでデータをちゃんと集めなさい」

 

「いやですが......」

「ほほう!これはこれは......この実験については所内に緘口令を布く。実験はつつがなく終了した。君達は何も見なかった......いいね?」

「は......はい」

震えて固まる木山に向けて元締は腰に手を当てて近づく。

「木山君、よくやってくれた。彼らには気の毒だが......科学の発展に犠牲はつきものだ。今回の事故は気にしなくていい」

 

犠牲?

あの子達が犠牲?

 

「君には今後も期待しているからね。じゃ、あとはよろしくー」

 

実験が終わり、帰ってきた者は以前の子では無くなっていた。

生命維持装置を付けられて機械的に呼吸をし、グッタリとベッドの上で横になっている。

頭付近の枕には真っ赤な鮮血に彩られ、治療室へ運び込まれていく。

 

水を掛ける悪戯をした生徒

自分と付き合うと言った生徒

誕生日にクラッカーを鳴らした生徒

花束をくれた生徒

ブカブカの白衣を着て、廊下を走る生徒

雪玉を投げた生徒

似顔絵を描いてくれた生徒

そして、部屋に上がって「この街の役に立ちたい」と嬉しそうに語った生徒......

 

全てが壊れていく

崩れていく

動かなくなった生徒に木山は己の無力を嘆いた。

 

学園都市のお荷物である『置き去り(チャイルドエラー)』が科学の発展に貢献したんだ

いい事じゃないか

学園都市に育てられている恩を返して貰っただけだよ

あの子達だって望んでいた......

 

写輪眼で覘いていたサソリの顔に驚愕の表情が浮かんだ。

断片的だった情報が木山の脳を観ることで繋がっていった。

木山を固定していた砂鉄が崩れ、木山は息を荒くして咳をする。

「!!がふっ、げほげほっ!げうううう」

過去最大のトラウマを掘り起こされて精神のバランスが揺らいだ。

 

「お、お前......!!」

「フーフー!!?観られたのか......!?」

サソリに向かって千切れた電線を念力で飛ばそうとするが、強烈な頭痛にサソリに当たることなく地面に落ちる。

「がッ......」

サソリは、写輪眼から伝わる巨大な感情の波に頭を掻き乱された。

凄まじい憎悪と決意を真に受けて、自分を冷静に抑えつける。

 

「そ、そいつらは?」

サソリは質問をした。

「研究棟に今も意識不明で横になっている。あの子達は使い捨てのモルモットにされた」

「人体実験か」

木山は、手を挙げるとサソリに向け火炎を放つが、チャクラが戻っているサソリは難なく避ける。

 

サソリの脳内に木山の叫びが強くこだました。

23回

あの子達の恢復手段を探るため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために、「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請して却下された回数

 

あんな悲劇、二度と繰り返させはしない

そのためなら私は何だってする

 

この街の全てを敵に回しても止まる訳にはいかないんだっ!!!

 

「!?」

サソリは、木山の必死な狂気の声に表情を強張らせた。

 

オレと同じか?

いや、オレとは比較にならん程の経験

 

全てに復讐をする

そう思って戦闘に明け暮れた忍としての日々。

「ぐう!頭が......割れそうだ」

サソリは、リンクした木山の感情と強烈な喪失感を肢体に受けた。

 

強い愛情を失った時、より強い憎しみに取って変わる。

この世界の不条理にして残酷さを知ったサソリの写輪眼は、闇の力がより濃くなっていく。

サソリの巴紋が互いに繋がり合い、丸みを帯びた巴に一本ずつ外に太い線が浮かび上がる。

 

本来の持ち主である『うちは一族』でも開眼するのが稀な瞳術。

万華鏡写輪眼がサソリの瞳に浮かびあがった。

 

「はあはあ......こ、これは?」

身体の底から湧き上がる力、先ほどのレベルアッパーを使った時とは比べ物にならない。

 

すると、サソリの万華鏡写輪眼は木山の中で膨れ上がり今にも飛び出して来そうなチャクラを捉える。

 

ま、マズイ!

これは......!?

 

木山は側頭部に強烈な痛みを感じ、尋常ではない悲鳴を上げ始めた。

 

「ぎっ!!ああああああああああああ」サソリは開眼したばかりの万華鏡写輪眼の能力を上げて木山の中で膨れ上がるチャクラを抑えようとする。

しかし

「がっ......ぐ!ネットワークの......暴走?いや、これは......AIMの」

木山の頭からエネルギー体が飛び出て、サソリを弾き飛ばした。

「くっ!遅かったか」

 

この感じは、尾獣か!?

 

サソリは傀儡を手繰りよせて臨戦態勢を取り始めた。

「さ、サソリ!どうしたの!?」

御坂がサソリに走り寄ってきた。

「はあはあ、御坂......お前も手伝え」

「えっ!?」

木山から飛び出た巨大なエネルギー体は、次第に形を整え始め、赤子のような身体を見せ始める。

「キィァアアアアアア」

奇声を上げる赤子のようなエネルギー体にサソリの額から汗が流れた。

「かなり厄介な事になったようだ」

 

 



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第22話 代償

助けてー!

どうして、弱いの!

あいつさえ居なければ!

復讐してやる......!

何をしても無駄!!

どうせ上手くいかない......

あいつばっかり......

 

何で私達には能力がないの?

 

木山から飛び出た胎児のようなエネルギーの塊は、ゆっくりと眼と思しき箇所を開いた。

到底話なんか通用しない真っ黒で無機質な眼をしている。

背部から幾重にも伸びる光線を周囲に放出し、地面に触れると起爆し、多発的に連鎖爆発を繰り返す。

「こんな能力......聞いた事ないわよ」

肉体変化(メタモルフォーゼ)?

いや、でもこれは......

 

ぎっ?

ぎっ?

キィァアアアアアア

 

自分が何故ここに居るのか不明瞭なようで目についた物体に無差別の爆破をしながらゆっくりと宙に漂い、移動していた。

死へと誘うような産声をあげており、強力な連鎖爆発に御坂とサソリは近づけずに様子を探るに止まる。

 

無差別に伸びてきた光線が御坂とサソリの近くに触れると瓦礫を爆破し、とび散った破片に近くの光線に触れて次々と連鎖した。

 

御坂は、サソリからの砂鉄と己の磁力で金属のシールドを作り、爆発の衝撃に耐え、サソリは、傀儡を使い砂鉄と砂を使って防御した。

 

サソリは開眼したばかりの万華鏡写輪眼にチャクラを込める。

 

胎児のような高エネルギー体

やはり、外型は人柱力に潜む尾獣に近い

高密度のチャクラの塊であるが、意思があり自由に動き回る

 

サソリは覚醒した万華鏡写輪眼を確認する。

だが、サソリ本人には眼の変化が分かることがなく、はっきりしているのは、明らかに以前の写輪眼なんかとは力の流れも質も違っていることだ。

写輪眼を極めた者は、尾獣でさえも手懐けて操ることができると聞いた。

 

だったら......

 

サソリは、傀儡を操り砂鉄で四角錐を形成すると一直線に胎児のエネルギー体を貫いた。

「はああ!」

御坂もそれに合わせるように頭から電撃を飛ばして攻撃する。

 

予想よりも簡単に胎児型エネルギー体は、砂鉄で貫かれた部分、加えて御坂の電撃部分も爆ぜて瓦解した。

 

「えっ!?あっさり......」

「......」

サソリの眼だけは、上空から伸びている光線にチャクラが集まり、胎児型のエネルギー体へと注入さているのが確認できた。

 

吸収が終わると周囲に飛び散った塊はすぐに胎児型のエネルギー体に集まりだし、何事も無かったかのように宙に浮かび続ける。

「そうかい」

 

大体の概要を把握した、サソリは足に力を込めると胎児型のエネルギー体へと飛び移る。

伸びる光線のしなりの中を避けながら忍で慣らした身体能力で間合いを測り、頭部付近に狙いを定める。

 

胎児型のエネルギー体は、こちらの攻撃に気付き真っ黒で無機質な眼球を向けた。

サソリは、胎児に向けて飛び上がると

 

写輪眼!

 

紅く光る幾何学模様の眼を向ける。

胎児の黒い眼球に幾何学模様が映り込み、反射してサソリも確認できた。

一瞬だけ胎児の放つ光線が根本から崩れ落ちていくが、サソリの身体に強烈な異変が現れた。

 

写輪眼とは比較にならない程の膨大なチャクラを使い、遥か奥深くまで見通せる瞳の代償が最悪のタイミングでサソリに襲い掛かる。

 

頭を殴られ、眼の中を鋭利な刃物でほじくり出されているかのような激痛が両眼から出され、胎児へ掛けていた万華鏡写輪眼が強制的に解かされた。

 

「ぐああッ!」

あまりの激痛に空中で眼を両手で覆う。

万華鏡写輪眼から解放された胎児型のエネルギー体は、目先でチラつくサソリを見下ろすと光線を伸ばした。

サソリは、意識が飛びそうになりながらも覆っていた両手を眼から離すとクロスして防御の体勢を取り、衝撃に備えた。

 

サソリの肩に光線が当たるとサソリは、爆発に巻き込まれ、地面へと叩き付けられる。

 

「さ、サソリ!?」

サソリの悲鳴と爆発を聴いた御坂が慌ててやって来るが爆発に阻まれて上手く進めない。

 

万華鏡写輪眼で胎児型のエネルギー体と眼を合わせた瞬間に膨大な憎しみや恨み等の鮮烈な負の感情がサソリの眼に流れ込んできた。

「ぐぅ......あっあ」

地面に落とされても痛む眼を覆い、サソリは起き上がれないでいた。

サソリの隣に巨大なチャクラ反応を捉えると腕を支柱にして四つん這いになりながら、転がるように離れ、間一髪で避ける。

 

何が起きた?!

 

サソリの両眼からドス黒い血液が止めどなく溢れ出ていた。

溢れ出ていく血を拭って視界を確保しようとするが、次から次へと際限なく流れていく。

胎児型のエネルギー体は、もがいているサソリに向けて更に光線を伸ばす。

「くそ!」

チャクラ感知で反応をしてチャクラを練ると砂の壁を自分の周囲に出現させた。

 

壁の向こうでは爆発音が鳴り響いている。

早くなんとかしなければ

 

やっと血が止まり出し、サソリは閉じていた眼を開いた。

しかし、開いたはずがボヤッとした自分の手が映っているにすぎない

「!?」

何度も眼を擦り、焦点を合わせようとするが世界全ての輪郭が歪んだ線としか認識できない。

 

嘘だろ......

眼が見えない......

 

サソリの中である種の恐怖が湧き上がってきた。

人間は、外部からの情報を受け取る時に約七割が視覚情報に頼っている。

忍でも視力の良し悪しで生か死か、分かれると言っても過言ではない。

サソリの眼は殆ど見えていなかった。

分かるのは明るいか暗いか

何か物体のような物が見える程度

 

自分が今どんな状況で何をしているのかさえも曖昧となる。

だが、そんなサソリの状態等知らない胎児型のエネルギー体は、更に光線を伸ばすとサソリを守っていた砂の壁を爆破させた。

「!?」

急に明るくなり、上部を見上げるが、やはりぼんやりと光る物体にしか見えない。

胎児型のエネルギー体は、万華鏡写輪眼の脅威を感じ取ったのか今まで進んでいた進路を変えて、全勢力を持ってサソリを潰しにかかる。

 

数本の光線がサソリの身体に触れると連鎖的に爆破を繰り返し、サソリはその度に身体が宙を舞い、瓦礫に叩き付けられた。

無差別攻撃が止み、御坂は顔を上げてサソリの方を見る。

 

何でサソリばっかり狙っているの?

それにサソリの様子がおかしい

 

サソリは、泳いだ目線を見せ、光線が近づくと視線ではなく身体全体で反応し、ギリギリのタイミングで避けていた。

時折、眼を擦りながら上を見るが悔しそうに表情を崩す。

 

ま、まさか!

眼が見えてないんじゃ?

 

御坂は電撃を飛ばして、胎児型のエネルギー体へ攻撃をし、注意をこちらに向けさせようとする。

「こっちを向きなさい!」

電撃を受けた箇所は、大きく破損するがすぐに再生した。

ギロッと黒い眼球を向けて御坂へ数本の光線を伸ばす。

爆発を背中で受けながら横目でサソリを確認する。

サソリは、膨大なチャクラを身体全体に垂れ流しにして一種の感知をしていた。

チャクラの流れが変わった場所に攻撃が来るとある程度予測を立てて、懸命に胎児型のエネルギー体に食らいついていた。

しかし、それは諸刃の剣。

莫大なチャクラを絶えず流し続けるのは筆舌に尽くしがたい苦痛が伴う。

それに、全てが分かる訳でなく少しの手掛かりで致命傷を避ける動作をしなければならない。

 

「はあはあはあ」

サソリは、何度も受けた爆破のせいであちこちが燃えてしまっている暁の外套の上着のボタンを外し、脱ぎ捨てた。

サソリは上半身裸となり、腰巻と黒いズボンだけの姿となる。

傷だらけの身体で見えない眼で胎児型のエネルギー体を睨みつけた。

 

オレは傀儡使いだ

 

「舐めんなよ」

 

目が使えぬとも、手の先にまで染み付いた傀儡師の技術やプライドを奮い立たせるように声を珍しく荒げた。

 

サソリは、チャクラ糸を伸ばして『三代目 風影」の傀儡を呼び寄せると自分の前に立たせる。

両眼から血が滴り落ちている。

まるで罪の涙を流しているかのようだ。

 

バラバラにすりゃ、さすがのてめえも......

巨大な図形の砂鉄を作り出し、互いにぶつけあった。

 

「御坂!離れろ」

尋常ではないサソリの剣幕とエネルギーの高まりを感じて

「サソリ!アンタ」

 

更に傀儡の胸部からチャクラを放出し殺傷能力を跳ね上げる。

 

砂鉄大界法!!

 

ぶつかり合った図形が毛細血管のように細かくなると胎児型のエネルギー体を数ミリ単位で切り刻んで行った。

だが、範囲が前回よりもかなり広いため御坂達の所まで砂鉄の棘が襲いかかる。

「ちょっ、ちょっと!」

迫る砂鉄の棘に電撃を当て軌道をズラした。

強引の更に上の力技であるが、砂鉄を使った大技に舌を巻いた。

サソリの能力の高さをその目に焼き付けた。

 

はあはあはあ......

 

最大出力の大技を使い、サソリはチャクラ糸を出したまま身体を前へと傾けて肩で息をした。

やったか......?

 

だが、土埃の中から巨大な腕が出現し、サソリの身体を掴みだした。

「!?」

エネルギー体は、消滅するどころか更にゴツゴツとした肉塊に変貌して凶悪さを増している。

持ち上げられると背部から伸びている光線が集まりだし、光る球体を生み出す。

 

サソリの僅かなチャクラ感知でもその威力が分かり、必死に身体を揺り動かすが疲弊仕切った今の状態では太刀打ちできない。

 

やばい!

「く、くそぉぉ!」

 

ゆっくり確実に葬り去るために、光る球体を近づけていく。

キィィィィィという耳鳴りのような音が近くに聞こえだした。

サソリの眼の白目部分が真っ赤に染まる。

サソリの掌から冷気のようなものが漏れ出して、ゴツゴツとした腕を凍らせた。

次の瞬間には、御坂が得意のレールガンを発射しサソリをゴツゴツとした腕ごと焼ききった。

 

胎児型のエネルギー体は、大きく身体を仰け反らせた。

御坂は、電撃をビリビリ放出しながら肉塊の中にいるサソリに大股で詰めよった。

そして、恐る恐る訊いた。

「アンタ......目が見えてないんじゃないの?」

「く......」

サソリは呻きに近い声を漏らすと、悔しそうに目を擦った。

御坂は、サソリの腕を手に取った。

サソリの目は焦点が合ってないように御坂の斜め下をユラユラ動かしている。

 

「大変じゃない!!何で黙ってたのよ!?すぐに黒子に連絡して避難しないと」

御坂が自分の携帯電話を手に取ると白井へ電話を掛けようと操作しようとするが。

光る線が、御坂の真後ろに迫っていた。

チャクラ感知でそれに気づいたサソリは、繋がっている傀儡を急いで引き戻す。

 

二人の前に「三代目 風影」の傀儡人形が両腕を広げて、爆発から御坂とサソリの壁となった刹那、傀儡人形は爆発し、頭は転がり、腕は取れ、焼け焦げて、バラバラと崩れ落ちた。

 

お気に入りの傀儡が壊れる音を聴いたサソリは、起きた現実を悟る。

そして、自分の力不足を嘆いた。

「すまん、またしても......」

繋いでいたチャクラ糸を解いていく。

 

これでもう、オレの傀儡は......

 

天下の傀儡使いも傀儡が無ければ

ただの人か

 

視力がほぼ0

しかし、サソリの両眼には真っ赤に染まった白目が彩っている。

レベルアッパー使用者とを繋ぐ光る線は真っ直ぐ、真っ直ぐ天へと伸びていた。

 

******

 

レベルアッパーを使用した意識不明者は、赤子のエネルギー体が能力を使い暴れ回るほどに病院のベッドの上でもんどり打って苦しんでいた。

 

急いで医者や看護師が応急としてベッドに縛り付けていくが、一人では抑えつけることが出来ない。

原因を究明しようとするが、何故意識不明になっているのかメカニズムが解明出来ていないので焼け石に水だ。

 

だが、その中で佐天だけは暴れることも、苦しみもがくことも無く渾々と眠り続けている。

 

佐天の中で乾いた涙を流し続けている黒髪の女性の人形。

 

オネガイ

サソリヲタスケテアゲテ

 

悲痛な声を上げて、佐天へと縋りついた。

奇妙な黒髪の女性人形の瘦せ細った腕を力強く握る

サソリ!

サソリが今ピンチなんだわ

 

弱くて良い

あの時に上がった能力

サソリを助けてあげて!

 

真っ暗な空間から外に向かって光の線を放った。

 

******

 

傀儡が壊されたことの感傷に浸ることも許されずに多数の光線を出して、御坂達へ連鎖的に爆発させている。

 

御坂は、電撃を放出し光線を迎撃していく。

 

後ろには目が見えていないサソリがいる

なんとかしないと

 

一本の迫る光る線の爆発に間一髪で躱しながら御坂は打開策を組み立てていた。

 

サソリをこの場から離さないと

 

サソリも印を結び、砂の壁を展開し爆発から身を守る。

 

だが、防戦一方。

このままでは、御坂とサソリのチャクラが切れるのは時間の問題。

 

少しで良い......

隙を......

 

嵐のように絶え間無く襲い掛かる光線の中に不気味に黒いゴムのような触手を伸ばしてサソリの盾になっている御坂へと向かう。

「!?」

しかし、黒い触手は御坂に触れる前に垂直に曲がり出し、視界0のサソリに方向を転換した。

 

やっぱり、この化け物

サソリを狙っているんだわ!

 

「くっ!」

放出し続けているチャクラの感知で来るのが分かったが、脚に力が入らずにその場で膝をついた。

 

「うあああああー!!」

御坂が黒いゴム状の触手に向けて砂鉄で出来たムチをしならせて切断させるが、再生し、爆発の光を立ち昇らせる。

 

次の瞬間、サソリの目が更に真っ赤に染まり、キィィィンという耳鳴りが鳴り響いた。

すると、サソリの指先から急激に温度が下がりだし黒い触手は氷に閉ざされると爆発せずに横たわった。

 

「!?」

サソリは自分の中で脈動する力を感じ取った。

「これは氷遁か!?」

 

失われたはずの血継限界である『氷遁』がサソリの手から発動した。

 

サソリのネットワークに唯一に取り込んだ人物「佐天涙子」が目覚めた能力をレベルアッパーを介してサソリに伝えてきた。

 

爆発するためには一定以上の温度にまで上げなければならない。

しかし、サソリに氷の能力が発動したことにより爆発に必要な温度まで上昇することが出来なくなったようだ。

 

ぎっ?

ぎっ?

 

戸惑っているように見える胎児のエネルギー体は叫び声を上げた。

 

目を閉じたまま、サソリは掌を上に向けて周囲の空気を凝固させる。

「御坂!伏せろ」

「えっ!?」

御坂をチャクラ糸で引っ掛け転ばした。サソリは大きな氷の杭を作りあげると、膨大なチャクラを感じる方向にへと投げつけた。

「痛ったー!やるならやるって言いなさいよ」

腕先に付いたチャクラ糸に引っ張られて御坂は、前のめりに倒れ込んでいる。

 

「悪いな!あいにく目が見えてねえからな。そこら辺はなんとかしてくれ」

 

残念ながら掠った程度であるが、千切れた部分から冷気が忍びより、パキパキと肉塊を凍らせていく。

 

サソリは、砂分身で見た木山の多数の能力。

唯一、間近で見た髪が白い不良の男が使っていた幻術。

 

偏光能力(トリックアート)

 

レベルアッパーの光る線で繋がっているものとの能力が使えるなら......

 

「この氷遁は、佐天の能力か?良いものを持っている」

サソリは、爆発を躱しながら氷の杭を作り掬い上げるように投げつけた。

 

これは印を結ぶ必要がない

チャクラもあまり必要としない

まだ、戦える

 

サソリは眼から流れでる血を拭くと両眼を閉じてチャクラ感知に集中をしようとするが

「何してんのよ!」

御坂がサソリの腕を取り、胎児型のエネルギー体から逃げるように距離を取った。

「何すんだ?」

「目が見えないなら下がってなさい」

「余計な心配をするな。オレはまだ」

サソリがそう言うと、御坂はキッと睨んだ。

「余計な事じゃないわよ!!」

御坂がサソリに向け怒鳴った。

 

「よく分からないけど、その眼の副作用なんでしょ?アンタはよく頑張ったわよ。あたしが来るまで初春さんを護って、木山さんを追い込んだし......だから、もう無茶するの止めなさい」

 

サソリは、ここまでの戦いで自分を顧みずに戦い続けてきた。

上半身に刻まれている古傷に加えて、新しい傷や熱傷が身体に広がっていた。

 

これ以上は危ないと御坂は判断した。

 

優しい口調でサソリを諭すように言うと胎児型のエネルギー体から離れた場所に立った。

そして、携帯電話を取り出すと白井に連絡した。

呼び出し音の後に電話に出る音が聞こえ、慌てた白井が大きな声を出す。

「お姉様ー!!い、一体あれは何ですの!?」

 

「こっちもてんてこ舞いよ!それより黒子、ちょっとテレポートを使ってサソリを避難させておいて」

 

「何かありましたの?」

 

「眼を負傷してよく見えてないみたい。頼んだわ」

 

「わ、分かりましたわ」

 

会話が終了すると御坂は、携帯電話を折り畳みポケットに入れた。

サソリの氷で動きに制限が出ている胎児型のエネルギー体は、何度か誘爆すると

辺りを腫れぼった身体を揺らせて、浮遊している。

 

「あとはお姉さんに任せなさい。やっつけて来るから」

御坂のボンヤリとした輪郭に笑顔の口元が見えた。

「御坂......死ぬなよ」

ニッと少しだけ笑みをサソリに返す。

見えていようがいまいが、それが返事だ。

御坂は、一人で胎児の化け物に戦いを挑んで行った。

サソリという標的を見失った胎児型のエネルギー体は、進路を変更し何かの工場に向けて移動を再開していた。

 



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第23話 無名曲

章設定をしました
いよいよ、残り数話で第1章が終わります


人間の感覚器官は五つあるとされている。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。

これらの感覚により我々は、この世界を認識することができる。

そして、視覚にだけ特化したのが写輪眼を操る「うちは一族」だ。

 

愛を知り

人と繋がり、裏切られ

断ち切れた瞬間に愛から憎しみへと堕ちる。

見えざる世界を見続けるが故に酷使し、擦り切れた眼は次第に光から、世界から遠ざかり閉ざされる。視力を無くす。

 

人に近づき、突き放され、翻弄される宿命を背負う一族。

 

サソリ自身に目覚めた「うちはの遺産」とも云うべき代物は、サソリに愛を教え、人との繋がりを教え、世界の理不尽さを教えた。

忍時代、抜忍時代、暁加入時代

全ての繋がりと愛を否定してきたサソリ。

写輪眼により芽生えた感情は、抑えようとしても止むことがない。

そしてその瞳は、瞼の裏からサソリの動向を探るように光を奪い去った。

新たな文様がうっすら浮かび上がり始めていく。

 

******

 

白井のテレポートにより、一時的にチャクラの化け物との戦闘から離脱したサソリは、初春が待っている高速道路上へと移動していた。

「大丈夫ですかサソリさん?」

 

眼から血を滴らせるサソリを心配そうに初春が手当てをしている。

サソリの方が背が高いので前屈みになっている。

木山戦で負傷した隊員を手当てするための応急処置用の箱があり、それを借りていた。

ハンカチで片方ずつ出血を抑え、一時期よりは大分マシになったようだ。

目に触れる手前で出血箇所を確認している。

「ちっ、全く見えん」

サソリが頭を掻きながら言った。

「ちょっと失礼しますわ」

白井がサソリの閉じている瞼に指を掛けて、少しずつ慎重に開かせる。

ペンライトでサソリの眼球に光を当てるが反応は乏しい。

「ガラスの破片が入った訳ではなさそうですわね」

外見上は、傷もない眼球だが不思議な文様だけは生理的な運動により多少の変動が見られる。

手を振って、視界上をチラつかせるが見えていないようだ。

初春がアンチスキルから譲り受けた包帯をサソリの目に巻いていく。

 

「やっぱり、私のせいでしょうか......?」

初春がサソリに包帯を巻き、俯きながら質問をした。

「木山が犯人だと見抜けなかったのは私も同じですわよ。ここでしょげても何も解決しな......」

「サソリさんのパンツ捲りを我慢できていましたら、こんなことには!」

 

!!?

うえっ!?

へ?

パ、パンツ?

 

「あー、まさか木山があんな事をしてくるとは思わなかったな......計算外だった」

 

一体何の話しをしているのか分からない白井は「??」と疑問符を浮かべた。

「な、何をしたんですの?」

いや、何されたんですの?

 

「えっとサソリさんが私になりまして、木山さんを撹乱しましたらサソリさんのスカートが捲られてバレてしまいました」

初春が顔を何故か赤らめながら白井に説明をしたが、全体的に意味不明。

 

はい?はい?

日本語がおかしい気が......

 

サソリが初春になって

サソリのスカートを捲られてバレた......?

何が起きましたの??

 

「サソリとあなたに一体何が起きましたのー!!?」

初春の首元を掴むと白井がブンブンと振り、問い詰めていく。

「はわわわ、落ちついてください白井さん!」

白井にされるがままの初春。

 

「あとにしてくれ......今はそれ所じゃねーから」

 

すっかり、目が包帯で覆われサソリはため息をついて顔を上に向けた。

 

「この状態で戦ってましたの?」

上半身裸の状態でしばし、疲れたように伸びをするサソリを見ながら白井が言った。

 

こうしてサソリの身体を見るのは、初めてかもしれない。

傷だらけで痩せこけた病院での姿から今は、程よく肉付きが良くなっている。

しかし、昔の傷から新しく受けた傷、熱傷により真っ赤になっている身体を見ては、戦闘の激しさを知らしめている。

 

何よりも目が見えないというアクシデント。

通常であれば、戦闘が出来る状態ではない。

 

「ああ、一回危なかったが」

 

太い腕に掴まれて光球のチャクラを喰らいそうになったのを思い出して、背筋が冷たくなった。

「御坂に借りができたな。さてと......」

サソリは、顔の向きを正すと目の前にいるであろう白井と初春に声をかけた。

 

「......初春、橋の下で木山が倒れているから、アレを止める方法を多少強引で良いから吐かせろ」

 

「えっ!木山さんですか!?」

 

「オレと御坂があれだけ攻撃してんのに、手応えがなさ過ぎる。恐らくレベルアッパーが関係していると思うが元を断たんと勝てねーだろな」

 

「は、はい......」

 

「頼んだぞ。お前が要になる」

 

初春の顔に真剣さ滲み出て、決意したように橋の階段を下りて行った。

「初春で良いんですの?」

白井が疑問を発した。

「アイツが適任だ。割と冷静だから向いている」

「そうですの?」

「木山と一緒に連れ出されている時に、情報を少しでも引き出そうとしていたからな。それに......」

サソリはそこで考える素振りを見せた。

「?」

「吐かせるのもあるんだが......もう一つあるのが、木山が自殺するのを止めるってのもある」

「えっ!!」

「今の木山の状態だとやりかねんから......これだけの騒動を起こして、結局失敗しているし......」

 

写輪眼で覗いた木山の暗い過去と動機。

目的のためなから手段を選ばない強い覚悟。

それは転じて、失敗した時に果てしない後悔と絶望へと変わり得る。

 

「あの意識不明事件?」

「そうだ。その子供を恢復させたいらしい」

サソリの鼻先に木山が感じ取った薬品に匂いが蘇る。

 

「君!」

サソリと白井が声のした方を向いた。

頭を怪我したガタイの良いアンチスキルの男性がサソリに声を掛けてきた。

「?」

「大丈夫か?眼をケガしたようだな」

「ああ」

「あの時、戦ってくれたのは君だろ?木山との戦いで」

「まあな、砂分身だったが」

「そちらも大丈夫ですの?」

「ああ!そこの少年が踏ん張ってくれたお陰でな」

ガタイの良い男性がサソリの肩を掴みながら言った。

「彼女さんとも仲良くやっているようだしな」

................

 

うんうんと娘の成長を見守る父親のように頷いた。

 

か、彼女?

わ、私がサソリの!?

 

その発言に白井は、顔を真っ赤にして否定した。

「ち、ちちちち違いますわ!そんな関係では」

「ははは、照れなくて良いぞ!なかなか肝が座った彼氏さんじゃないか」

ガッハハハハと豪快に腕を組んで笑う。

「最近の子は早いって言いますが。この歳でもう恋人が」

ガタイの良い男性の後ろから、アンチスキルの眼鏡を掛けた女性が興味深そうに二人を覗き込んだ。眼鏡を直した。

 

「だから違いますのー!!恋人なんかじゃありませんわぁぁ!!」

囃し立てくる二人に地面を踏み鳴らしながら猛反対をする白井。

「......」

興味無さげにサソリは怪物が攻撃している爆音を聴いていた。

「白井」

「何ですの!こんな風に気安く呼びますから勘違いされるんですのよ!」

「10分経ったら教えろ」

「10分?」

「今、アレを抑えているのが御坂一人だ。あと10分で木山から聞き出せない場合は、別の手を使う」

「別の手ですの?」

「初春が持っているレベルアッパー治療の奴を強制的に使う」

 

「そ、そんなのがあるの?だったら今すぐにでも」

眼鏡の女性が声を出した。驚きで眼鏡がずれる。

「......いや、ダメだ。リスクが高すぎる。まず本物かどうか分からんし、アレが出てきた段階でそれは使っていいのかどうかもある。あくまで打つ手が無くなった場合だ」

冷静で的確なツッコミに大の大人達が感心した。

 

「おおー、凄いな君は」

「まだ子供なのに、子供なのに」

「こいつら揃ってアホか」

やんややんや言ってくるアンチスキルの大人達を軽く親指で指してサソリが言う。

「我々でできることはあるか?」

ガタイの良い男性がサソリに質問をした。

「......お前らの戦力は?」

「護身用の銃ならある」

「白井、それは御坂と同等になるか?」

「難しいですわね」

「分かった。お前らに出来ることはねえ」

サソリは無理無理と首を振った。

「えー!」

「行っても邪魔になるだけだ」

「でも、一般学生に任せるなんて」

「役に立たん奴は、邪魔だ」

眼鏡を掛けた女性が力なく言うがサソリはバッサリと切り捨てる。

「......あとは、何か周囲で使えそうなものがねえかだな。何かあるか?」

 

「ああああー!!?原子力実験炉!」

不意に大きな声を出され、サソリは不機嫌そうに舌打ちをする。

「あ、あれが破壊されたらまずいな」

アンチスキルが緊急で話し合いをするが、サソリは蚊帳の外だ。

「?白井、何だそれ?」

「えっとですわね、何と説明したら良いんでしょう......あらゆる物質には原子というもので構成されてまして、その原子を分解する時に莫大なエネルギーが発生しますの、それを使った実験場と言ったところですわね」

「......良くわからんな」

 

ん!?

げんし?

分解!?

なんか、聞いたことがある単語だな......!?

 

サソリの顔色がサッと青くなった。

「ま、待てお前ら......ひょっとして塵遁のことか?」

「じん......とん?」

「さっきの説明に近い術があるんだよ。当たると分子レベルにまで分解するのが」

「そんなものがあるんですの!?」

意外にもハイテクノロジーな忍者の世界に白井に激震が走る。

 

「確認だが、ソイツをあの化け物に当てるのは無理か?」

「無理!この辺一帯が大変なことになるわよ」

「ああ、なるほど......」

 

塵遁に近いのがあるのかよ!

それを実験に使っているのか

ますます、訳がわからん所だ

確か、土影のオオノキのジジイとその先代の無(むう)って奴が使っていたな

 

血継限界は、異なる二つの属性を組み合わせて行う特殊なチャクラを術に転用する。

しかし、塵遁はその更に上に位置する「血継淘汰」と呼ばれる術。

風、火、土の性質を一度に合わせることにより物質を分子レベルにまで分解することが可能だ。

 

「それは御坂は知っているか?」

「いえ、おそらく知らないと思う」

「よし白井、時空間でコイツを御坂の所に飛ばせ」

サソリは、眼鏡を身に付けたアンチスキルを指差した。

「え、えっ!!私ですか!」

「取り敢えず、御坂にさっきの説明をして、その場を離れたら木山の所に行かせた初春の様子を見てこい」

「待ってください!私まだ新人......って何で私を前に出してくるんですか?」

いつの間にか、他の隊員もサソリ達の近くに来ていて眼鏡の隊員をみんなで押していた。

 

「任せた」

「我々がバックにいるから安心して行ってきなさい」

「全然安心できませんよ!さっき役に立たない発言を受けたばかりじゃないですか」

なかなか眼鏡の女性が行かないので、待つのが嫌いなサソリは、イライラし始める。

 

時間がねえって言ってんだろ!

 

「さっさと行け!」

サソリの殺気溢れる口調にアンチスキルのメンバーの動きが止まった。

「は、はひ......」

 

お母さん、私今日死ぬかもです

 

白井は神妙で複雑な顔をすると、眼鏡を掛けた女性隊員に近づくとポンっと触れた。

サソリの無茶振りは今日に始まったことではない

 

「では、お願いしますの」

「お、お手柔らかに」

スッと空間移動で御坂の所へ送った。

「良いんですの?」

「これくらい役に立たんと困る」

 

******

倒れていた木山は、気がついて周囲の状況を確認した。

暴れまわっている怪物を見つけるとヤケになったように笑い出す。

「クッ、ハハッアハハハハ!」

それは、計画の失敗を意味する偶像だった。

計算上でしかあり得ぬ、机上の空論で終わるはずのもの。

ひとしきり笑い終わると、鉄橋に背中を預け、嘲笑した。

「すごいな。まさかあんなバケモノだったとは......学会で発表すれば表彰ものだ」

 

一万人分の脳を木山一人の脳で全て制御できるはずがなかった。

木山の中には、既にあった最悪のシナリオが目の前で暴れている。

「もはや、ネットワークは私の手を離れ、あの子達を取り戻す事も、恢復させる事もかなわなくなった.......か」

木山は、もしもの為に用意していた銃を腰から出した。

「おしまいだな」

木山は出した銃口を自分のコメカミに当てる。

安全装置を外し、引き金に手を掛ける。

 

最期にあの子達に会いたかったが

自分の全力を出し切った

周到に計画し、何ヶ月も掛けて準備をしてきた

赤髪君やレールガンに阻まれた結果だ

この世界は、強いものが真実

 

木山センセー

 

全てをかなぐり捨てても立ちはだかる闇の深さ

個人でこの都市の闇を払うことでは事態が無謀だったのだろう

まだ死んでいない子達とは、きっと違う場所に私は行く

先に逝って、あの子達が来たら「あの世」の授業をするのも悪くないな

また、教壇に立って

眩しいくらいに純粋な彼らと、もう一度やり直そう

 

人差し指に力を徐々に加える。

指の関節はどれくらい曲げれば良いだろう?

アソビはあるだろうか?

 

コメカミに当たる冷たい銃口から熱い弾丸が自分を貫く。

ただそれだけだ。それで終わる。

 

「ダッメェーッ!」

初春が木山に飛びかかり木山の自殺を引き止めた。

映画でしか見たことがないようコメカミに銃口というシチュエーションに初春は、無我夢中に飛び出した。

 

「ななななな何考えてるんですかっ!!早まったら絶対ダメ......」

木山の手から銃を払い退け、木山を押さえつけるように馬乗りになった。

「生きてればきっといい事ありますって......アレ?」

必死に抑えていたが、手錠が木山の首を絞めていることにようやく気付いた。

「手錠つけてるの忘れてた......」

 

木山の自殺を止めた初春は、手錠を外してもらい、怪物について聞いていた。

 

「レベルアッパーのネットワークによって束ねられた一万人のAIM拡散力場が触媒になって産まれた怪物『幻想猛獣(AIMバースト)......学園都市のAIM拡散力場を取り込んで成長しているのだろう」

 

ネットワークの核であった私の感情に影響されて暴走しているのかもしれない

 

「どうすればあれを止める事ができますか?」

「それを私に聞くのかい?今の私が何を言っても君は信用できない......!」

「いいえ」

初春は大きく首を横に振った。

「木山先生は嘘をつきませんから」

 

それは、純粋で真っ直ぐな目をしていた。

あの子達と同じように、どこまでも澄んでいるような印象。

 

センセー

大丈夫?

センセーの事

信じてるもん

怖くないよ

 

かつての証拠もない、信頼関係。

故に自分も疑うことすら出来なくなってしまう。

 

木山は顔を伏せて、笑みを浮かべる。

「......本当に、根拠もなく人を信用する人間が多くて困る。預けたものはまだ持っているかい?」

 

初春は、自分の胸ポケットに手を入れて確認した。

「はい」

 

「アレはレベルアッパーのネットワークが産んだ怪物だ。ネットワークを破壊すれば止められるかもしれない。試してみる価値はあるだろう」

「ありがとうございます!変な考え起こしちゃダメですよ」

収穫のあった初春は、最後の手段を携えてサソリが待つ場所へと走り出した。

 

その頃、眼鏡を掛けた女性隊員が膝をガクガク震わせながらその辺にあった鉄の棒を杖代わりにして前へと進んでいた。

 

怪物が暴れている爆心地にテレポーテーションされて、爆発を辛うじて躱して、戦っていた女の子に「原子力実験炉」があることを伝えたら、流石に冷や汗を流しながら

「......まじ?」と返された。

まあ、そんな反応になりますよね。

それにしてもあの赤髪の子、人遣いが荒いわ。

こっちの方が歳が上なのに。

えっと次は、木山の所にいる子を見てこいだっけ?

 

鉄橋の下で木山が腰を降ろしているのを見かけ、隣から人質となっていた女の子が飛び出してきた。

「いたー!ちょっとそこのアナタ!待ちなさい」

こういう時に膝が上手く動いてくれない。

だが、女の子は必死の形相で高速道路への階段を上がり出した。

「何か掴んだのね!?」

そう思わないとやってられない。

 

初春が必死に階段を駆け上がっていると怪物の攻撃の光球が流れ弾となって初春の上がっている階段に直撃した。

「はひ、きゃっ!!」

音に驚き、腕を前に出して眼を瞑ってしまった。

ゆっくり眼を開けると黒い砂鉄が目の前で盾となっている。

「大丈夫ですの?」

白井が自分の持っていたラップに包まれた砂鉄を零し、階段上から初春を覗き込んでいる。

「何か収穫があったようですわね」

初春の様子の変化に白井も少しだけホッとした。

 

「よし、よくやった」

サソリが道路上に手を置くと、氷が張り出して破壊された階段の補填をしていく。

初春は、氷で滑りそうになりながらも手すりや壁に手を当てて一歩一歩踏みしめるように上がる。

 

御坂さんや白井さん、そしてサソリさん

誰一人諦めていない

急がないと

私だって風紀委員なんだから

佐天さんやみんなを......

 

しかし、初春に三つの光球が迫り、空気を引き裂いて飛んでいる。

「!?」

爆発音と爆風にバランスを崩し、階段から転げ落ちそうになるが、眼鏡を掛けた女性隊員が後ろから初春を抱き抱えた。

「おっと!大丈夫?何か手は見つかったかしら?」

「は、はい!ありがとうございます」

階段へと立たせて先へと促した。

三つの光球を防ぎ守ったのは、黒い砂鉄と氷の壁だ。

少しだけ、うっすらと佐天がボヤッと映った気がした。

いつものようにイタズラでもするかのようにほくそ笑んでいる。

 

アンチスキルが用意した外部との連絡用の通信車に初春が乗り込むとレベルアッパー治療用プログラムをセットする。

責任者の男性が無線でやり取りしながら

「ああ、時間がない私が許可する。今から転送する音声ファイルをあらゆる手を使って学園都市中に放送してくれ」

 

初春が送った音声データは、学園都市中のあらゆるメディアで流された。

説明も一切付随していない「無名曲(イノミニットサウンド)」は人々を生活から切り離し、曲へと集中させた。

暴れていたレベルアッパーの患者達も大人しくなり、怪物に繋がるネットワークが次々と切れて行った。

 

サソリのネットワークから解き放たれた佐天は、静かに涙を流した。

初春......御坂さん......白井さん......

サソリ......

 

そして怪物は、脅威が去っていないことを知りサソリの居る高速道路上を見つめ、震えていた。

 



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第24話 終局

これにて
第1章は終わりです




努力はしてきたつもりだった

幾千幾千の努力がたったひとつの能力に打ち砕かれる現実

 

学園都市って残酷よね

能力を数値化してどっちが優秀かハッキリさせちゃうんだもん

 

いつかきっと超能力(レベル5)になる

この街の学生の大半が思い描いてきた夢を追いかけてきた

カリキュラムをこなし、少しずつ能力は上がっていった

しかし、本当の超能力を目にしてしまった

そこに行くには

突飛な足がかりさえ掴めない

高く厚い壁があるとい事を理解した

 

......レベルアッパーに手を出した多くの者達の心の闇を溜め込み、膨張した胎児は、醜く膨れ上がっていた。

ひたすらに泥水を舐めるように抑えられてきた無能力者や低能力者の念いが不安定で不定形なものを生み出した。

 

ここでは、能力者とそうではない者の差は激しく。

自分の無力に打ちのめされて、夢を破れられて、ここに居る意味を見つけられなくてもがいている。

みんながそうしていた。超能力開発という強烈でセンセーショナルな教育が抱える負の側面。

 

一人の兵器並の超能力の陰には数百、数千人の失敗があるわけで。

 

怪物はその思念体の塊だった。

学園都市が抱える声にならない弱者の叫びが具現化した姿。

それが、決して届かないと思っていた超能力者(レベル5)を相手に対等に渡り合うのは皮肉に近い。

 

木山は、初春に言い渡した案が成功するかどうかなんて確証は無かった。

 

ワクチンソフトを学園都市中に流す事でレベルアッパーのネットワークを破壊する。

彼女がうまくやれば『幻想猛獣(AIMバースト)』の暴走を抑える事ができるはず

 

そう、理論では成功する

だが、現実は不確定要素が絡み思わぬ綻びから重篤な状態に落ち込む可能性もある。

 

安全だと思っていた実験

計画書に記載された手順通りやれば何もかもうまくいくはずだった

 

強く殘る薬品の匂い

耳鳴りのように身体に染み付いた警告音

教え子を昏睡させてしまった木山に安息の夜なんて訪れなかった。

眼を閉じれば、血に彩られた教え子がベッドに横たわりながら目の前を通過していく。

何度も、何度も

時が過ぎても色褪せることなく、むしろ濃くなる記憶

木山は、その時から一瞬でも寝ていないかのように眼の縁に隈を浮かび上がらせながら、研究者としてすべての力を総動員してあの子達を救うことに執念を燃やし続けてきた。

女性としての身なりなど木山には二の次にし、学園都市上層で踏ん反り返っている科学者、役人を引きずり降ろそうとした。

 

奴らがいる限り、この非人道的な実験が陰の中で誰にも知られずに行われるに違いない

 

だが、木山は敗れた。

元締のかつての上司と戦うことなく、御坂とサソリの前で膝を突き、自死も初春に止められて無様に生きるしかなくなった。

昏睡状態の子供たちも立派に成長していればあのくらいの歳になっていただろう。

大人は甘い汁を吸い

いつだって子供たちが凄惨な現場に押しやられていく

実験に血を流し、涙を我慢し、吐きそうになるほどの嗚咽に堪えている。

泥だらけになっても、汚れても決められた週二回のシャワーのみ。

お風呂に入れるだけで、感激の声を上げる。

大人にとってみれば、当たり前のことが子にとって幸せだった。

 

そして、当たり前のように実験に使いボロ雑巾のように使い棄てをする。

声にならない咽びを冷たいガラス越しに覗き、発案者の大人は優雅にコーヒーを飲んでいる。

 

あの子達は何の為に生きている!

大人が勝手に踏み躙っていいものじゃない!

あの子達は、子供達は......

生きなければならない

こんなのを運命と認めるわけにはいかない

「......幸せにならないといけない!」

木山は、身体に走る鈍い痛みを感じながら起き上がる。

 

このまま、座り傍観する方が遥かに楽だ。

しかし、それは大人の毒に侵されるということだ。

諦めること、落ち着いているがそれは力に屈して大人しくしているだけだ。

それでは、実験の時にモニターの前でデータ集めをしていた学者と同じになってしまう。

 

木山は力を振り絞り、暴走した怪物の後ろを足を引きずりながら追う。

 

自分が蒔いた種だ

大勢を巻き込んだ自分の罪は重いだろう

AIMバーストを止めなければ

命に替えても......

 

 

マッズイわね......

アンチスキルの人に教えて貰ったけど原子力施設へ向かって来ているわ

 

もはや、胎児だった面影はなく幾重にも重なった肉の塊が人体の脳を形成しているように見えた。

触手を伸ばし、御坂の足を捉えると引っ張り上げる。

「やばっ!」

かつて抱いた憧れは、今や強大な憎しみへと変貌し、御坂に迫る。

引っ張りながら、別の触手に太い剣先を造り上げて御坂を貫こうと狙いを定めていく

「うっ!?」

御坂は咄嗟に電撃を出して焼き切っていくが放った後で学習した相手の挙動が過る。

攻撃を加えれば加える程に容積は大きくなり、怪物の凶悪さ、能力がエスカレーター式に上昇していく。

 

ミスッた!

すぐ復元するんじゃ意味ないじゃないっ......

 

しかし、怪物の焼き切られた触手は再生せずに生々しいドロッとした中身を露出させている。

「!!?」

 

木山は、再生しない怪物の身体を眺め、案が正しい解であったと悟る。

 

レベルアッパーのアンインストールに成功した!

あとは、力を削ぎ落とし倒すことが出来る

 

???

怪物は、切られた触手が再生しないのが理解できないように首とも思えない部分を伸縮させる。

だが、それ以上に動きが固まり、怪物はギョロッと張り出した眼で、ある一点を見つめている。

「?」

動きが止み、御坂は攻撃のチャンスとばかりに電撃を放ち、肉塊を崩しながら大量の電撃を触手に流し込み、熱電対で吹き飛ばす。

怪物は、焦げ付いた身体から口を裂き、浮遊していた身体を地面に落下させた。

 

生物ならばこれだけの火傷は命に関わる。追い打ちはしない。

「何とかギリッギリで止めたって事になんのかしらねー」

実験場を囲んでいたコンクリートの壁が破壊されたが、これくらいは大目に見て欲しい。

 

ついに地に堕ちた怪物は身体を震わせていた。

 

その恐怖の対象は、御坂でもなく木山でもない

全く新しい脅威をこの場に居る誰よりも先に気づいた

弱いと自覚しているからこそ働く察知能力

それが己を守ることに繋がるからだ

 

確実に倒したと思った人物

悍ましい程に高められていく眼

 

万華鏡写輪眼!

 

すべてが飲み込まれていくような寒気を感じた。

かつての努力を無に帰す程に圧倒的に開いた格の違いをあの人物は放っている

 

怪物は、背後にある原子力実験炉を見ていた御坂に向けて、太い触手で殴りかかる。

「気を抜くな!まだ終わっていないっ!!」

その声に、御坂は思わず電撃を放出し、寸前のところで躱した。

声のした方をみれば、穴の空いたストッキングを履き、肩を押さえて辛うじて微かに歩んでいる木山が居た。

 

「ちょっ......!?動いて大丈夫なの?」

 

そんな心配を他所に木山は、目の前の怪物について慣れたように御坂へと授業を始めた。

「アレはAIM拡散力場の塊だ。普通の生物の常識は通用しない。体表にいくらダメージを与えても本質には影響しないんだ」

「そんなのどうしろって言うのよっ!?」

「力場の塊を自立させている核のようなものがあるはずだ......それを破壊できれば......」

 

怪物は低くなった声で咆哮した。そして増えた眼球で高速道路上にいるサソリを見据える。

 

オマエサエイナケレバ......

 

優先順位が変動し、サソリへと攻撃の照準を変えると光線を集めて、光球体を作り出した。

「ちょっ!?」

「!!?」

御坂と木山は予想だにしない怪物の動きに身体を動かす、御坂は電撃を本体に飛ばすが誘電力場を形成し、弾いた。

 

そして、光球を作り出すとサソリの居る所へ放った。

 

******

 

あの怪物を倒すには、レベルアッパー治療のデータを使えば良いみたいです

 

初春が木山から聞き出してきた情報を信じて今は言う通りにするしかない

 

サソリは、初春と白井が乗り込んでいる連絡専用車の前で腕を組んでその時を待つ。

チャクラ感知をしておけば怪物に起きる変調を逃さずにおける。

それが成功しなければ、打つ手がなくなる。

無限に再生し、無限のチャクラで襲い掛かってくる相手と戦い合うのは分が悪過ぎる。

「!?」

サソリは、組んでいた腕を外した。

チャクラの塊がこちらに飛んでくるのが分かり、忍の構えをすると足先にチャクラを込める。

 

見つかったか

邪魔はさせんぞ!

 

サソリは光球の軌道上に来ると氷を出現させて相殺させようとするが......

「!?」

氷は発動せずに、耳鳴りは止んでいた。

 

レベルアッパーがアンインストールされたことにより佐天から渡された能力は解除されてしまっていた。

光球は、スピードを落とさないで真っ直ぐ飛んで来ている。

「くっ!!」

サソリは高速で印を結び砂の壁を造り、

腕を前に出して全身で光球を受け止めに掛かる。

 

 

連絡用車で作業を進める初春。

後ろには白井がバックアップを担当し、最後の作業をしていた。

音声データが破損した時のことを考え、コピーデータを作成している。

「よし、これで学園都市全体に流されたはずだ」

「ありがとうございます」

初春がホッとしたように息を吐き出した。

「ふう、バックアップのコピーも完了しましたわ。これが壊されたら替えが効かない死にゲーなんてゴメンですわよ」

「はは、結構動き回っても大丈夫でしたよ」

突如、車の外から爆発音が響く。衝撃で車自体が少し傾いて、一定の所で元に戻る。

「うわわ!」

「な、何が?」

バランスを崩し、床に頭をぶつけた初春が頭を押さえている。

初春と白井は、互いに顔を見合わせた。

爆発ということは攻撃を受けているということ。

 

「!?」

初春と白井、アンチスキルの四人が慌てて車から降りてくると、もうもうと土煙と火炎が近くに起きていた。

「な、何が起きた!?」

「それが、あの怪物がこちらに向かって攻撃をしてきまして、あの少年が身を呈して車両を」

指の先には、車両から少し離れた場所で左腕を押さえて激痛に耐えているサソリがいた。

「あ......ぐぐ!」

激しい爆発をモロに食らい、サソリは傷口の下を持ち、なんとか腕が振れないように固定している。

 

「サソリ!」

「サソリさん!!」

白井と初春が駆け付ける。

信じられない程、腕から出血していた。

「つつ......」

呻き声を出した。

 

「大丈夫ですの!」

「クソっ!オレの術を突き破って来やがった......なんとか軌道をズラしたが」

 

サソリが砂の壁を出現させて、光球を迎え討つが、壁を突き破り、サソリの腕に当たると爆発し、僅かに軌道がズレて車両の横寸前を通り過ぎた。

爆発の衝撃でサソリは飛ばされてしまい、半ば倒れてしまうように前屈みになる。

「はあはあ、ぐっ!」

光球をモロに受けたに等しい、サソリの左腕はダラっと力なく重力に引かれ血がダラダラと流れ落ちていた。

サソリは、自分の血が滴る腕を力を入れて握る。

痛みを紛らわそうと、身体中に散らそうとしているかのように見えた。

 

酷く痛む

指先に力が入らなく、印を結ぶのは難しい

だが、氷遁の能力が使えなくなったということは、レベルアッパーの繋がりが断ち切れたということを意味する。

ようやく、これで奴を......

「はあはあはあはあ、良くやったお前ら」

「サソリさん......」

「大丈夫か!?」

救急箱を片手にアンチスキルの隊員が走って来て、負傷したサソリの腕を診る。

「これは......応急処置しか出来ないが」

折れていることも考慮して、傷口を消毒しガーゼを当て、添え木をするとサソリの左腕に包帯をキツめに巻いた。

「ぐがっ!」

「痛むか?これで病院まで我慢してくれ」

 

「!?」

サソリのチャクラ感知が更なるチャクラの塊を捉えた。

「......待ってくれねえみたいだな」

光球がサソリ達に向けてもう一発放たれていた。

眩い光が空気を切り裂き、負傷したサソリを狙うかのように真っ直ぐ向かって来ている。

その前に白井が立ち塞がった。

「き、君!?」

「白井さん何を?!」

 

同時に視覚を封じられているサソリがチャクラ感知で反応した。

「お前!?」

 

空間移動しようにも、アンチスキルと初春、そしてサソリもいるこの状況では、全員移動し終わる前に着弾し、爆発してしまう。

 

でしたらあの光の球を移動させてしまえば良いですわ

爆発する瞬間に、触れた瞬間に安全な場所へ移動させる

 

少しでもタイミングがズレれば白井は爆発に巻き込まれて終わりだ。

正直、そんな大博打に出るのはゴメンだ。

しかし......白井はサソリの前から退かない。

覚悟を決めたかのように一瞬だけサソリを見た。

何者にも屈しない

子供の頃に憧れた「正義の味方」とサソリが重なった。

「今度は、私が護りますわ」

流石に今からやる事を考えれば、背中側に冷たい汗が流れる。

頭がおかしくなったと言われれば肯定しそうな心境だ。

 

「ふ、ふざけんじゃねーぞ!そんな事を許すと思うか!」

 

時空間忍術が扱える、数少ない能力を有する白井はサソリにとってはこれ以上ないレアな素材だった。

それが自分の目の前で壊されそうになっているのがサソリにとっては我慢出来なかった。

 

白井は、前だけを向き続けていた。

今、後ろを見てしまえば踏ん切りがつかなくなる。

極限にまで集中力を高めなければ、触れた感覚よりも早く演算処理をして飛ばさなければいけないからだ。

 

「白井......お前はオレのものだ!退がれ」

サソリの眼から包帯が崩れ落ちた。

中から紅く輝く幾何学模様の瞳が姿を現す。

「えっ!?」

白井は、サソリの言葉に赤面した。サソリのメガトン級の告白に白井はワナワナと震えだして、信じられない言葉を聴いたように口を少しだけ開けてサソリを振り返る。

 

「!?」

初春も固まる。アンチスキルからも「おお!」と歓声が漏れた。

サソリは、息を切らしながら焦点を光球に合わせるとチャクラを込めた。

光球の周りの景色が歪みだし、一点に凝縮するように消えた。

「!!?」

 

不意に消えた光球に白井は、辺りをキョロキョロして探すが何処にもない。

サソリの方を見れば、紅い眼をしたサソリが荒い呼吸を繰り返していた。

 

「嘘ですわ......触れずに空間移動を!」

白井の空間移動能力(テレポート)は、手に触れた物を瞬間移動させる。

つまり、対象に触れていなければ能力は発動できない。

 

サソリは、自分の目が見えていることに驚いていた。

無我夢中で白井を守るために時空間忍術という術をこの眼から発動できた。

 

再び目覚めた万華鏡写輪眼で攻撃を開始している怪物を視野に収める。

 

オマエサエ

オマエサエイナケレバ

 

憎悪に似たドス黒い感情がサソリの中に流れてきた。

 

そういうことか

オレを最初から狙っていたということか......

望み通り目の前に行ってやろう

 

サソリの身体から残り少ないチャクラを溢れ出させて、立ち上がる。

「はあはあはあ」

包帯で巻かれた部分から血が滲み出す。

サソリは、写輪眼にチャクラを溜めた。

 

やはり、この眼は時空間忍術が使えるな

これで移動がしやすくなるな

 

フラフラと身体を引きずるように歩き出す。

「さ、サソリ!」

白井がサソリの腰元に抱き付いた。

「!?」

不意の突進をくらい、ビリビリとした痛みが左腕から流れ、顔を歪ませる。

「何処に行きますの?!」

必死に見開いた眼でサソリを見上げる。

「ちょっとな」

 

早く白井達から離れなければ......

 

「まさか、そんな身体であの怪物の前に行くんじゃ?」

「奴の狙いはオレだ」

サソリは白井の腕を外し、払い退けた。

「あ......」

払われヒリヒリする手を持ちながらも白井は、サソリを止めようと手を伸ばす。

このまま遠くに行ってしまいそうな程に寂し過ぎる背中。

居ても立っても居られなかった。

「で、でも」

「白井」

サソリは、振り返ると白井の腕を取り強引に白井の顔に自分の顔を近づけた。

正確には眼に近づけた。

 

写輪眼!

 

「あ......ああ」

万華鏡写輪眼の幻術に掛かり、白井はサソリの身体に凭れかかるように力を無くした。

目には涙が溜まっている。

サソリは、ゆっくりと白井をその場に座らせると

「すまんな。初春、白井を頼んだ」

「サソリさん......戻ってきますよね?」

サソリは、静かに笑みを浮かべる。

「当たり前だ」

 

サソリはチャクラを集中させ、時空間忍術で己を一点に凝縮させた。

 

時空間忍術 神威

 

******

 

欲しい

苦しい

難しい

羨ましい

助けて

 

電子音のような音にノイズのように走る、日本語。

どれもが御坂には苦しみ、もがいているように思えた。

 

「倒せそうか?」

空間が捻り始め、紅眼をしたサソリが一点から三次元へと拡張された。

不意に現れたサソリに御坂は仰天する。

「アンタ、眼は大丈夫?」

「ああ、よく分からんが。観えるようになった」

「赤髪君か」

木山は肩を庇いながら現れたサソリに声を掛けた。

「お、どうやら死に損なったみてえだな」

サソリが皮肉交じりに木山に言った。

「花飾りの彼女に止められてね。全く次々と目論見を打ち崩してくれる」

「お前が上手くやらんからだ」

サソリは肩で息をしながら、腕を押さえた。

そこで御坂は、サソリの腕に大怪我をしているのに気づいた。

「あ、アンタ!どうしたのその傷!?」

「コイツの流れ弾に当たっただけだ」

 

怪物はサソリの姿を見下ろすと震えだした。

そして叫び声を上げるように奇声を出すとサソリに向けて触手で一斉に囲むように繰り出した。

 

「!?」

サソリは、迫る触手の群れを前にしても笑みを浮かべて、両眼を怪物に向けた。

 

コイツ

サソリを狙っているんじゃない

サソリを恐れているんだわ

 

サソリの万華鏡写輪眼が怪物の眼を捉え、動きが止まる。

「さて、レベルアッパーが解除されたが、どうやって仕留めればいい?」

視線を怪物から離さずに木山に質問した。

怪物は、金縛りにあったかのように震えながらその場に留まっている。

伸ばした触手もそのままだ。

 

「核を破壊すれば止まるはず」

「核か......ちょっと待ってろ」

サソリは万華鏡写輪眼で観える世界に意識を向ける。

写輪眼により観えるチャクラの細かい流れ、その全てが集まり中心となる箇所を捉えた。

 

あそこにチャクラの中心があるな

 

サソリは焦点を核の手前の肉塊に集中させた。核は予想以上に堅固に出来ているらしく飛ばすだけでは意味がない。

 

神威

 

膨れ上がった肉が渦を形成し、一点に結われていくかのように消失すると怪物の身体から三角柱のガラス体のような物体が露出すると、サソリは踵を返し御坂に指示を出した。

「あれを撃ちぬけ」

サソリは、脱ぎ捨てた自分のボロボロになった暁の外套を手に持つと左肩に引っ掛けた。

傷口を隠すように覆った。

 

苦しい

妬ましい

羨ましい

憎い憎い

自分の弱さが憎い

全てが憎い

 

サソリの写輪眼を通じて伝わる、負の感情。

それから目を背けて、サソリは厳しい口調で怪物に言い放つ。

「知るか!」

サソリに消された肉塊の間から露出した核を狙い、御坂はコインにエネルギーを溜めて、電磁誘導で音速の三倍以上のスピードに加速して撃ち出した。

 

超電磁砲(レールガン)の異名を持つ御坂の得意技だ。

 

レールガンを受けた核は、怪物の身体から飛び出ていき、衝撃で真っ二つに割れて粉々に砕けた。

予想より持つ衝撃が激しく、火花が散っていく。

サソリは、その様子を背中で受けながら

「終わりだ」

 

核を撃ち抜かれた怪物は、大気に弾け粉々になり大量の光を放出しながら、まるで蒸発するかのように、空気を切り裂いて消えていく。

切り裂かれた空気が悲鳴のように聴こえた。

 

いとも簡単に核を見つけたサソリ。

常識では通用しない不思議な技で怪物を破壊に導いた。

この科学主義の都市では推し量れない能力。

そしてAIMバーストを寄せ付けない圧倒的な力

この二人が相手では......

 

「サソリ!」

御坂が勝ち誇ったように伸びをした。

「お疲れ!」

「お前もな」

握手をして、互いの健闘を讃え合う。

御坂がサソリの腕をブンブンと振ると左腕の怪我に響き、痛みで歪んだ。

「あだだ」

「ご、ごめん!すっかり忘れてたわ」

 

ズレた外套を着直す。包帯が真っ赤になっていて妙に痛々しい。

 

怪物出現の通報を受けて、厳重な装備で車から降りてきたアンチスキルの援軍が周囲を見渡す。

怪物の姿はなく、困惑しているようだ。

 

「っで、お前はどうすんだ?」

木山にサソリは質問した。

「ネットワークを失った今、逃れる術はないからな。もう一度、最初からやり直すさ。理論を組み立てる事はどこでもできるからな、刑務所の中だろうと世界の果てだろうと私の頭脳は常にここにあるのだから」

 

「随分前向きになったもんだな」

 

「今後も手段を選ぶつもりはないぞ。気に入らなければまた邪魔しに来たまえ」

 

「へいへい」

手錠をはめられた木山は、アンチスキルの車両へと連行されていく。

「赤髪君」

木山は入る直前に止まり、座り込んでいるサソリに向けて言う。

「君の能力は異質だ。異質なモノを持っているなら気を付けなさい。排除されるからね」

「......」

一方的に話をすると、木山は格子状の窓枠がはめられた護送車へと入る。

木山が入るとアンチスキルは、扉を閉め、鍵を掛けた。

 

「あー、しんど」

万華鏡写輪眼はその輝きを失い、サソリの眼から姿を消した。

戦闘で荒れ果てた地面に腰を下ろし、木山が乗り込んだ物体を眺める。

腕は、力なく外套の中で付随している。

 

サソリの眼を見て御坂が質問した

「サソリ、眼が元に戻っているわよ」

「自由に出し入れができるようになったみてえだ。まあ、チャクラの使い過ぎで暫くは使えんと思うが」

 

「そう、それを聞いて安心した」

サソリの背後からドスのきいた女性の声が聞こえ、サソリの頭をガシッと掴む。

「!?」

御坂がサソリの背後を見ながら驚愕しており、サソリも恐る恐る後ろを見る。

「げっ!!?」

サソリの担当看護師が般若のような顔で睨みつけていた。

「赤い髪の少年が戦っているから、もしやと思って来てみれば...... この大バカ者!」

傷だらけのサソリの頭にチョップを食い込ませるように炸裂させた。

「痛ってー!」

右手で頭をさすった。

 

そういえば

サソリも入院中の身だったわね

 

「まあ、レベルアッパーを使った者達の為に尽力したことを踏まえて、説教はこれくらいにしておきます。お友達も目が覚めたことですし」

看護師の一言に御坂とサソリは互いに顔を見合わせた。

 

「そうか......」

「良かった」

ホッとしたようにサソリが姿勢を崩す。

暁の外套がずり落ちて、真っ赤に染まったかなり重傷そうな左腕が露出した。

「やべっ!」

「............」

ピシッ!

コミカミの血管が浮かび上がり、笑顔でもあるが燃え盛る炎が看護師の背後から迫っているようか気がした。

 

慌てて戻すが時既に遅し

 

サソリの右腕を頑強に握りながら、サソリを笑顔で覗き込む。

サソリは、目線をズラしている。

「サソリさん......そういえば、色々訊きたいことがあったんですよ......どうして、許可していない外出届けが私の机にあったんですかね?」

 

写輪眼で操った時に作成したであろう許可書。

 

「どうして病院の車椅子があそこで黒焦げになって、ひしゃげているんですかね?」

 

それは木山との戦闘で、成り行きで......

 

「どうして、左上腕から血が流れているんですかね?」

 

「............」

必死になって、万華鏡写輪眼を発動しようとチャクラを練っているが、両眼はうんともすんとも反応してくれない。

 

今!

一回だけで良いから時空間を

 

「さあ、身体の隅々まで検査をして楽しみましょうか」

腕を掴み上げて、サソリを無理矢理立たせると配置していた救急車へと引きずるように連れていく。

「待て!離せお前!」

「採血の時間が楽しみですね」

悪魔の笑みでサソリに微笑む。

サソリは、ゾッと背筋が凍った。

 

「あはは、行ってらっしゃい」

御坂は、苦笑いを浮かべて頬を掻いた。

 

かくして学園都市を巻き込んでのレベルアッパー事件は一旦解決した。

 

超能力者(レベル5)の御坂美琴と忍のサソリ。

両者の活躍により、学園都市につかの間の平和が訪れる。

 

第1章 幻想御手編 了

 

 



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第25話 プール掃除にて

今回も長めです


とある高速道路の橋の欄干に黒髪の女性が腰掛けていた。

耳にはイヤホンを入れ、音楽を聴いてリズムに乗っている。

黒いぶかぶかの服には袖が破かれたように不規則な切れ込みがあり、欄干の上で風に棚引いている。

どこからかの視線に気が付き、女性は耳からイヤホンを外した。

 

「どうも皆さん。お久しぶりですねフウエイです。いやー、このレベルアッパーという曲は良いものですね。昔に起きた事件からインスピレーションを受けたみたいです」

 

女性は欄干から飛び降りると印を結んで黒い砂を集めると、塊を造りその上に飛び乗った。

「皆さん、第1章の話はいかがでしたでしょうか?サソリ様の勇姿を見ることが出来て私は大満足でございます」

すっかり、綺麗にならされた橋の下に降り立ち、かつてここで起きた事故を思い出しているようにフウエイは目を閉じた。

風感じ、砂埃が混じる空気が鼻腔を刺激する。

少しだけ左脚が軋み、裾を持ち上げると木製の義足が姿を現わす。

さすりながらフウエイは、視線を戻した。

 

「これで第1章は終わりです。いよいよ第2章に物語は移行していきます......おっと」

左脚の義足をしまうとフウエイは、バランスを崩しそうになり、手を突いた。

「あはは、すみません。結構使ってますんで大分傷んでいるみたいですね」

 

フウエイは印を結ぶと周囲に散在している黒い砂、砂鉄を集めて掌で四角錐を造り、クルクルと回転させる。

すると、嬉しそうにニコニコと笑顔を見せた。

 

「その前に私の事を覚えてくれた方がいたようですね。私感激しちゃいました!私は第2章から本格的に本編に参戦する予定です」

イタズラっぽい笑みを浮かべて、あっかんべーの体勢を取る。

 

さて、どのように出るんでしょうね?

 

フウエイは、黒い服のポケットから古めかしいカエルのキャラクターがプリントされたバッジを懐かしそうに眺めた。

バッジの裏には、漢字で「風影」と達筆な字で書かれている。

 

ひとしきり眺め終わるとポケットにしまう。

「さて、第2章に入る前にちょっとした話が入ります」

レベルアッパー事件が解決しましたが、その後の事後処理に追われる御坂様達。

 

そして、第1章でサソリ様が不良の男性に絡まれていた女性を助けていました。

しかし、その女性がサソリ様を見つけた事によりちょっとした騒動を引き起こしてしまいます。

 

今回は、そんなお話から始まります......

 

******

 

レベルアッパー事件が解決した翌日、御坂と白井は罰としてプールの掃除をさせられていた。

「ふー、あっづー」

今は7月の終わりに近い方。照り付ける容赦ない日差しに額の汗を拭いながらブラシでヌルヌルとしたプールの底を擦っていた。

 

木山を捕まえた

原子実験炉を守りました

レベルアッパー使用者が次々と意識を取り戻していきました

やったー!終わり

という事には残念ながらならない。

後始末というのがある訳で......

 

レベルアッパー使用者が全員無事に恢復したのを確認、レベルアッパーを回収するなどジャッジメントとしての処理が山積みの白井に付き合った為、御坂と白井は仲良く寮の門限をオーバーした。

 

そのため鋭い眼鏡を掛けた堅物の寮監の女性(絶賛婚期を逃し中)にこってり絞られた後にプール掃除を罰として課せられたのである。

 

「朝からやってもう昼過ぎだってのに、三割も終わっていないってどういう事!?あー、サソリが居れば寮監の目も幻で掻い潜れたかもしれなかったわ」

 

AIMバースト戦の後、サソリは強制的に病院に連れて行かれて入院を余儀なくされた。

左腕は傷こそ酷いものの、骨には異常がなく安静にしていれば長くても二週間程度の入院で済むとのこと。

 

まあ、脱走したこととあたし達が手助けをしたから担当看護師さんからカルテで叩かれる制裁を揃って受けましたが。

たぶん、もう一回脱走したら面会謝絶の軟禁状態になるんじゃないかしら

 

惜しい人をなくしたわ

このプール掃除終わる気がしないし

善意で戦ったのに、この仕打ちはないわ

 

朝からずっとプール掃除をしていたので前屈みのままで同じ姿勢だったので腰が痛む。

御坂は、背中に拳を持ってくると軽く叩きながら伸びをした。

 

御坂と一緒にプール掃除の罰を受けている白井は、ブツブツと独り言を呟きながらブラシの柄に力を込めている。

なにやら考え事をしているようだ。

 

白井!お前はオレのものだ

 

サソリが言い放った言葉が白井の頭を駆け巡っていた。

 

一体、どういう意味ですの?

 

普通に考えれば告白とも取れる発言。

 

ま、ままままさか

サソリも私の事が......好き?

顔は真っ赤になるが口が軽く緩んでしまう。

男なんて馬鹿で愚かで頼りないと思っていましたに

そのどれにも当てはまらないサソリ

勇ましく、自分の身体を顧みずに私の事を守ってくれる殿方

今まで、お姉様に一方的な好意だけを与えてきましたのに......

今度は、サソリからこうも好意を向けられてしまいますと

 

困りましたわ

非常に困りましたわね

 

サソリの彼女になって、デートをしまして

親密になりまして、パネルアタックをして「YES NO 枕」を獲得したりなんかしまして(←!?)

タワシでもよろしくてよ!

 

「ねえ黒子!同じ所擦っても意味ないんじゃない?」

高速でブラシを一箇所集中で擦り、残像でプールの一部が霞んで見えない程になっている。

「は!」

既にペッカペカにプールの細かい凹凸までもが如実に出ている。

 

そのように御坂がブラシを杖代わりにして寄りかかると、ニヤッと笑った。

「サソリの事考えていたりしてね」

「な、何のことでしょうか?!お姉様!私があんなお子様に色香を感じるとでも?」

「いや、心配してるんじゃないかと思ったんだけどね......色香までは言ってないし」

 

「うっ!?」

御坂の顔が猫のように微笑んだ。

顔を真っ赤にしている白井の顔を覗き込む。

「さっさと付き合えば良いんじゃない?」

「そ、そんな事......ありえませんわ」

必死に御坂からの視線から逸そうと学園都市上空へ視線を飛ばす。

 

飛行機雲が通ってますの

あの飛行機の影の下は涼しいんでしょうかね?

 

普段、絶対に疑問に思わない事柄について考えて現実逃避。

白井は姿勢を正すと息を吸い込んで一気に早口で捲したてる。

 

「ま、まだそれなりに段階というものがありましてね。もし間違いがあったらどうしますの?そこがお姉様の甘い所と言いましょうか。女性同士では、大胆にいきますが、異性ならばそれなりに用意というものがありまして、私の魅力的なボディーでサソリを悩殺し、サソリが我慢出来ずに襲いかかってきた所では遅いんですわよ。ここは、慎重に慎重を重ねてまして......」

 

注(↑読まなくて良いです)

 

「早くしないと他の人に先越されるんじゃない?」

背筋をピンと伸ばし、演説している白井をやや下から見上げる姿勢で御坂が訊いた。

「んな!だ、誰が」

「さあね」

いつも揶揄われているので、ここぞとばかりにやり返す御坂。

 

******

 

レベルアッパーにより意識を失っていた佐天だったが、意識を取り戻し、病院の屋上から学園都市を眺めていた。

病院での入院着のままだ。

 

屋上のフェンスに手を掛けると、手から冷気が出てヒヤッと冷たい感覚が走る。

 

んー、なんかハッカを塗られたみたいにスースーする

これがあたしの能力?

ジッと手を見る。

夢の中で出逢った黒髪の女性って誰なんだろう?

サソリのお母さん?

結局、確認出来なかったけど

 

でも、微睡みながらもサソリが助けてくれた自覚はあった。

とてつもない怪物に挑み、傷だらけになりながらも倒した赤い髪の少年のシルエット。

 

サソリが助けてくれた

ううん、サソリだけじゃない

あたしを助けると公言してくれた親友の初春。

御坂さんに白井さん。

 

すると慌てて階段を駆け上がってくる音が聴こえ、振り返る。

扉が力強く開けられて、初春が息を切らしながら安堵したように深い息を吐いた。

佐天は、手をあげて初春にフランクに挨拶をした。

「やあ、初春」

「やあじゃないですよ!病室にいないから探したじゃないですかっ!起き上がって大丈夫なんですから?どっか痛かったり吐き気がするとか......」

「アハハ、ちょっと眠ってただけだもん。すっかり元通りよ」

佐天は、自分の腕を見つめた。

手から僅かに漏れている冷気。

「それに何か得られたかもだし」

少しだけ胸を張る。

「で、でも安静にしていませんと」

「大丈夫よ。すぐに部屋に戻るから」

 

「「佐天さん!」」

初春より遅れること2分程、御坂と白井も屋上に走ってきた。

「御坂さん!白井さん!」

元気そうに初春と会話をしている佐天の姿に二人揃ってホッとした。

 

やってきた初春と御坂、白井の姿を見ると制服は汚れ、傷だらけで包帯を巻いているのに気がついた。

「......!」

佐天は、哀しげに前に傾けて長い黒髪で顔を覆う。

 

あたしのせいだ

あたしが倒れたから初春達に

 

包帯だらけの身体に佐天の心はグサッときたらしい。

 

「ありがとうございました。あたしの身勝手で」

佐天は頭を下げた。御坂達は顔を見合わせて、元気の無くなった佐天に更に心配してしまう。

「いいから頭を上げてください!」

「つまんない事にこだわって、内緒でズルして......みんなを危険な目に合わせて」

後悔の渦に入った佐天に初春がギュッ抱き締めた。

「大丈夫ですよ佐天さん.....,佐天さん......良かったです。もう会えないかと思って不安だったんですからぁぁ!」

初春の目から涙が溢れ出てきた。

一時は、引き裂かれる恐怖に対する涙から歓喜の涙へと変わり、初春は佐天の着ている病院着に顔を押し付けてしゃくりを上げている。

「ちょっ!!初春、力が強いって!」

「良かったですぅぅー!」

初春の抱き締めに掛かる力が段々強くなり、佐天の復活したての身体をキリキリ締め上げる。

 

「一件落着ですわね」

「そうね。あとはサソリの身体が心配だわ」

「えっ?」

佐天の身体がピクッと反応した。

「そうですわね。私がしっかりしていれば」

サソリに幻術を掛けられたことを思い出す。正気に戻った時は全てが終わっていて、サソリは病院へ強制送還されていた。

万華鏡写輪眼の能力はサソリが居た忍の世界でも随一であるから、白井が幻術に掛かるのは仕方ないことではあるが。

 

腕から血を流しながらも懸命に立ち上がり、戦いに身を投じる。

白井より少し背が高いだけで、特別体格が良いとかでなく、どちらかと言えば華奢な身体に信じ難い程の重しを背負っているかのような背中。

寂しさ、消え入りそうな後ろ姿に我慢出来ずに白井はサソリの前に出ていた。

 

結果として、サソリの負荷を大きくしただけで自分では何も成し遂げていないように感じた。

 

「さ、サソリがどうかしたんですか!?」

初春に締め上げられながら、佐天が目を見開きながら訊いた。

 

「あ、えっと......ちょっと無茶をしてケガをしたのよ」

あまり詳細に話さない。余計な心配はかけたくないし、何よりサソリ自身がそれを望んでいない気がした。

 

「そうですか......サソリも」

 

初春に御坂さん、白井さん、サソリ

みんながあたしが眠っている間に何が起きたのか分からない

けど、みんなが居て、頑張ったからあたしが目覚めることができた

期待を裏切ったのに、ズルをして能力を手に入れようとした自分を責めることもしない

 

夢の中で仮面を被った自分が言っていた事。

 

なんて自分勝手な女の子なんだろうね

何も出来ないクセに

周りに迷惑ばかり掛けて

 

きっと軽蔑しているんじゃない?

初春も御坂さんも白井さん、サソリも

 

今はその言葉を打ち消す材料が揃っていた。

妙に嬉しくて、自分がいかに弱いのかを知らしめられ、悔しさにポトポトと涙が溢れていく。

「えっぐ、えっぐ......ありがとう...... あり......がとう」

「佐天さん?!」

初春を優しく抱きしめ返した。

ずっと会えないと思っていたのは初春だけではない。

佐天だってその恐怖を味わった。

世界に拒絶され、少しの能力開花に喜んだら絶望に叩き落とされる。

でも、叩き落とされても助けてくれる人は必ず居てくれる。

 

初春、御坂さん、白井さん、サソリ

そして......サソリのお母さん

 

「怖かっよぉぉぉ!ゔいばる!もう会えないがど思っだよぉぉぉぉ!」

嗚咽を上げながら佐天は子供のように泣き出した。

 

迷子になって、暗くなっていく道を懸命に走りながら帰り道を必死で探している。

そこで懐中電灯を照らした初春達が見つけてくれた。

「おかえりなさい!佐天さん!」

息を切らしながら懐中電灯を照らす初春。

ホッとしたように微笑む御坂さん。

汚れながらも、ボロボロになりながらも学園都市の治安を守っている白井さん。

後ろで、面倒そうに頭を掻いているサソリ。

「ただいま!」

 

******

 

学園都市のビルの屋上に白と黒の半身のような姿をした奇妙な男が二人立っていた。

一方は石膏を掛けられたかのように真っ白な体表をしており、もう一方は夏場の日差しを受けた影のように真っ黒な色をした身体をしている。

どちらも不気味に光る黄色の眼を持っていて、顔の半分が火傷して癒着しくっ付いたようになっていた。

 

「失敗したね。任せろと言ってたのに格好悪いね」

「黙レ!邪魔サエ入ラナケレバ......」

白い半身が鋭利に尖った歯を揺らしながらケタケタと笑った。

その言葉に黒い半身は、耳まで裂けた口を震わしながら反論する。

 

「あははは、負け惜しみって奴?」

「......何故、コノ世界ニサソリガ居ル?」

「死んだはずだよね。どうする始末しちゃう?」

「イヤ、眼ノ事ヲ考エルト、迂闊ニ手ガ出セン」

 

サソリに開眼した新たな脅威

万華鏡写輪眼という存在に直面しながらも黒と白の半身は、沈み色味が落ちていく学園都市を眺めた。

「じゃあ、僕らの負けかな。復活には心の闇が必要だけど」

「ヤリヨウハ幾ラデモアル......行クゾ」

 

この世界は絶望に包まれている。

深い絶望は、必ず闇を生む。

 

白い半身と黒い半身は互いにくっ付き一人の人間の形に近くなる。

肩下からトゲが飛び出して、大きな口を形成し二者を飲み込もうとする寸前で止まった。

それは、獲物を待つ食虫植物のように見えた。

 

「じゃあ、今度は僕の番だね。どんな感じで追い詰めようかな」

「遊ビジャナイ......真面目ニヤレ」

 

サソリが所属していた「暁」のメンバー「ゼツ」は学園都市のビルの中へとすり抜けるように沈んで行った。

 

******

 

佐天さんと再会してから翌日、御坂達は上記のようにプール掃除を罰として課せられていた。

そこへ。

「あら、どなたかいらっしゃって?......白井さん?何をなさってますの?」

フワフワと癖っ毛のある学校指定の水着を着用している女性が上着を着て、バッグを肩に掛けている。

もう一人は黒髪のストレートだ。

「あら」

白井は、振り返りながら見覚えのある顔にへなっと力を抜く。

 

「見ての通りのプール掃除ですわ」

「まあ、なぜ貴方が?」

「門限を破った罰ですのー」

「それはお気の毒ですわね」

黒髪ストレートの女性が苦笑いを浮かべた。

常盤大中学は学園都市でも屈指のお嬢様学校として知られ、立ち振る舞いや言葉の節々から上品さが出ている。

 

「そういう貴方達は?」

プール底から白井が逆に聞き返す。

 

「わたくし達は水泳部ですので濾過タンクの点検を。一年生の役割なのです」

御坂は、スクール水着を見やる。

 

黒子のクラスメイトみたいね

......て事は年下かぁ

発育がよろしくって結構ですな

 

スクール水着から少しだけ自己主張をする胸を見ながらムッとしかめっ面をした。

「あのー、お訪ねしたいことがあるんですけど」

クセっ毛のある女性が屈んで御坂に向けて手を挙げた。

 

!!?

マズイ口に出ていたかしら?

 

ゴホンゴホンと白白しい咳払いをした。

 

「赤い髪で黒服を着た男性を知りません?」

「赤い髪に黒服?知らないわね。SPの人?黒子は?」

「知りませんわ」

「そうですか......全く手掛かりがありませんね......」

シュンと涙目になるクセっ毛のある女性。

露骨に落ち込む女性に御坂は、小動物感を覚える。

 

「どしたの?」

御坂がブラシを持ち上げて腰元に当てる。プールサイドに腰を下ろしている黒髪の女性が代わりに答えた。

 

「数日前に素行のよろしく無い男性に絡まれていた所をその赤い髪の男性が助けてくれたみたいでして......わたくしはその場にいなかったので詳しくは分かりませんが、お礼を言いたいそうですわ」

 

へぇー、この学園都市にそんな骨のある男がいるのね

まあ、知り合いでいないことはないが

髪がツンツンとした奴とか

余計な気遣いばかりするアイツとか

電撃を打ち消すアイツとか

 

かわいい後輩が困っているなら先輩として助けないわけにはいかないわね

 

「もう少し詳しく特徴を」

「はい......」

 

助けてくれた赤い髪の男性の特徴

燃えるように赤い髪

ブカブカの黒い服。赤いまだら模様がプリントされていた

巡回ロボットを落として助けてくれた

 

「歳はどのくらい?」

「わたくしと同じくらいか少し上に見えましたわ」

 

てことは中学生くらいか

ツンツン頭のアイツじゃなさそうね

中学生でそんな奴は知らないわー

 

「お姉様!お姉様!」

「ん?どうしたの黒子?」

背後から白井が御坂の背中に伸びている裾を掴んで引っ張っている。

何かに気づいたかのように顔を引きつらせている。

「ひ、ひょっとしますと......サソリではないかと」

 

............

 

えっ!?

ま、まさか!

もう一回、特徴を整理してみる。

赤い髪

ブカブカの黒い服

当てはまっている

サソリなら全部合うわ

 

掃除の時にかいた汗ではない、汗が頬を伝う。

「ちょっと乱暴な口調じゃなかった?」

 

「そうでしょうか......すみません、少し驚きましたのであんまり覚えてませんが......名前も告げずに走り去っていきましたの」

「えっと、一人だけ心当たりがあるわ」

御坂がおそるおそる言った。

 

「まあ、知っているんですか?」

女性は涙を拭いて、両手をポンと叩いた。

うーむ、驚きの仕草も完璧なお嬢様だ。

 

「うんまあ、あたし達の知り合いに居る感じね。そんな特徴を持っているのは」

「その方は、今どちらに?」

「えっと、ちょっとケガして入院しているわ。でも、そんな事をやるタイプだったかしらね」

指を顎に持ってきて、考える素振りを見せる。

女性の血の気が引いた。

御坂の肩を掴むとブンブンと前後に揺する。

「ケガですか!その、大丈夫でしょうか?」

「だ、だだ大丈夫よ!落ち着いて」

ハッとしたように御坂から手を離してペコペコと頭を下げる。

 

「うう、以外にタフな奴だから。今日にも見舞いに行きたいけどプール掃除がね」

「良かった......ですわ」

ホッとしながらも恋する女性のように頬を赤らめている。

 

かわいいじゃないの

うわー、少女コミックの主人公みたいだわ

ふわふわとしていて、なんつーか守ってあげたくなる姿や態度ね

 

常盤大中学のプールは、水泳の授業だけでなく能力測定の緩衝材としても使用しているので普通の一般的なプールより1.5倍大きい容積を持っていた。

ため息を吐きながら、ブラシに体重を掛ける。

「これが終われば行けるんだけどね。案内したいけどゴメン」

 

「掃除ですね!まかせてください」

水流操作の能力で水の渦巻きを作るとプールの底を綺麗にしていく。

「わースゴイ。みるみるキレイになってく」

「わたくしの能力水流操作系なんです。水泳部じゃ珍しくないんですけど」

 

ほー、これはまた便利な能力を持っていることで

んっ!これは......早く終わるチャンスかしら

御坂の頭に策が浮かぶ。

 

「良かったですね湾内さん」

「はい」

ニコニコと友人に笑い掛ける黒髪の女性。

「あっ!わたくしったら自己紹介もせず......わたくしは湾内絹保(わんないきぬほ)と言います」

フワフワとしたクセっ毛の女性の湾内が自己紹介をした。

 

「わたくしは、泡浮万彬(あわつきまあや)ですわ」

黒髪ストレートの女性、泡浮も同じく。

 

プールサイドに優雅に座っている泡浮の隣に白井が腕を縁に掛けて、凭れかかる。

「にしてもサソリがそんな事をするなんて」

「サソリさんって云うのですか?その方」

「そうですのよ」

力なくプールサイドにおでこをくっ付ける。

ジリジリ焼けるように背中に付着した水分が熱を持っていくのを感じる。

「変わったお名前をしてますね」

「いえ、貴方もですわよ」

顔をグイッと持ち上げた白井。

ニコニコと笑顔で白井に微笑んでいる泡浮。白井の言っている意味が分からずに首を傾げていた。

「湾内さんは、そのサソリさんに助けらた日の事を嬉しそうに話していましたわ。運命の王子様と」

 

白井の上げかかった頭がプールサイドに激突する。

「!?お、王子様ですの!!」

「はい、昔に読んだ絵本の白馬の王子様にそっくりだそうです」

 

白馬ー!?

そんなバカな!

しかしですわ

こ、この展開は「ライバル」出現ですの!

白井は、御坂と一緒に談笑している湾内に注がれた。

 

ふ、まあ

サソリは、王子様とは程遠いデリカシー皆無のお子ちゃまですから

実際に会えば、幻滅するに決まっていますわ

第一、助けたのがサソリだって確証があるわけではありませんし

赤い髪に黒い服を着た人ならこの学園都市に掃いて捨てるほど居ますわ

でも、まだ直接会わせるには抵抗が......

 

「すみません。点検簿を先生に提出しなくてはいけないのですけど、それが済んだらお手伝いさせていただけませんか?」

御坂と話をしていた湾内がまたしてもペコペコ頭を下げている。

 

「でもあたし達の仕事だしねー」

ここで一旦引くのが鉄則。

「させてください!その方に会うためですので」

来た来た......

「ありがとう!!すっごく助かるわー」

湾内の手を握って、嬉しそうに振る舞う御坂。

湾内が泡浮の元に戻ると、自分の仕事をしに鼻歌交じりで建物の中に消えていった。

「それでは、また後程ー」

 

御坂は笑顔で見送る。点検簿のチェックくらい待つわよ。

ブラシを片手に、御坂がプールサイドに腰掛けた。

「やー、ありがたいわね。アレなら10分も掛からないかも。サソリのおかげね」

ジリジリと白井が縁から横滑りをして御坂の隣にやってきた。

 

「お姉様!本当にサソリに会わせるんですの」

 

「お礼が言いたいから良いんじゃない」

 

「本当にサソリが助けたとでも」

 

「そう言われると弱いわね。不良から女の子を助けるようなシチュエーションをサソリがするなんてイメージできないわ」

 

へい子猫ちゃん

お困りかい

やめたまえ、彼女が嫌がっているじゃないか

はは、名乗るほどのものではない

ではさらば

 

試しに想像してみるが、少々の悪意(イタズラ心)から普段のサソリとは程遠い人物像だ。

 

「巡回ロボットを落としたってのも気になるわね」

「案外、そこが鍵になるかと」

 

数十分後に戻ってきた湾内と泡浮。

湾内さんの水流操作でみるみるプールは磨き上げられていった。

 

まさか、このときに会った湾内さんがサソリを史上最も追い詰めることになろうとは......

御坂と白井は夢にも考えていなかった。

 



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第26話 湾内さん

湾内さんのターンです


「はい検査お疲れ様でしたー」

円型の筒に挿入されていた佐天。

頭を動かさないように固定された留め具を外されて、伸びをする。

脳に異常がないかどうかの検査で最後のMRIを終える。

「はあー、うるさかったわ」

MRIの強烈な音と狭い円筒形の中で反響している。

「この音なんとかならないですか?」

「仕様ですね」

 

さいでっか

一応、話題の曲をイヤホンで流して緩和してくれてるけど、丁度曲のサビの部分で最高潮に駆動音に達して、ブッツブツになるんだよな。

 

まあ、これで検査が終わって結果を待つだけね。

「ありがとうございましたー!」

MRIの検査室から扉を開けて、エレベーターに乗り込む。

「サソリの所にでも行こうかな」

 

エレベーターを止めてサソリの居る病室へと向かった。

昨日はなんだかんだで会えなかったし

久しぶりだな

嬉しそうに戸をノックすると、何やら音楽が聞こえており、中から担当の看護師が出てきた。

「あら、検査終わったの?」

「はい、後は結果を待つだけです」

何故か背筋をピンと伸ばして、敬礼をする。

 

サソリを封じ込め

唯一にして最大のサソリキラーとして名高い担当看護師(御坂達の間では)

 

「何?その格好?」

笑顔で事務的にカートについているパソコンに入力していく。

「なんでもありません!(軍曹殿)」

敬礼を解いて、頭を下げながら部屋へと入る。

やたら、ノイズのような音のする機材が病室に置いてあって正直やかましい。

 

でも何だか頭がボーとするような

 

「お見舞いならスイッチを切っておくわね」

電源が切れる音がすると、空気排出が一瞬だけ強くなり、やかましいノイズが止んだ。

「じゃあ、私は行きますね。ごゆっくり」

音楽の電源を切ると、看護師は出て行った。

窓際にはベッドが置いており、サソリが死んだようにぐったり寝転んでいた。

「サソリ!」

 

どうしよう、こんなに元気がなくてサソリらしくな......いや、普通か

 

「やっと、音が止まった......」

絞り出すようにサソリが言葉を吐く。

「音?さっきの奴?」

「ああ、あの音を聴いていると上手くチャクラが練れなくてな。身体が重い」

 

サソリが腕に力を入れて起き上がった。

ベッドの上で枕を背に座る。

「なんか能力を抑える音源でも使われているのかな?」

「どっかから仕入れてきたらしい」

 

サソリはジッと佐天の顔を見上げる。

顔を見たり、身体全体を見ては首を傾げた。

「ん!?ん?」

「へっ?どうしたの?」

 

佐天は自分が顔や口元に触れる。まさか、内緒で買って食べたホットドッグのソースが付いていたりする?

慌て腕で口元を脱ぐってみるが特にソースらしきものはなし。

 

「いや、何でもねえ。それよりも良くなったみたいだな」

そんな事を言っているが、腕を組んで考えている。

納得いかないように頬杖をついた。

「ねえ、サソリ......ありがとうね。色々と迷惑かけちゃって」

佐天が頭を掻きながら、謝罪の意味で頭を下げた。

「ああ......佐天、もっと近づけ」

「へ?」

サソリの言う通りに頭を下げたまま前に出た。

コツン

と一回サソリは右手で佐天の頭を小突いた。

 

いたっ!

いや、あんまし痛くないかも

 

「お前な!最悪死んでいたぞ」

頭を上げてサソリを見ると、本気で怒っているかのように佐天を睨みつけていた。

サソリの様子に思わず心臓が飛び上がりそうになり、動向を伺うように身体が固まった。

 

「今回このくらいで済んだから良かったものの、よく考えろよお前!」

サソリが殺気を含んだ怒気で佐天を叱責する。

 

「ご、ごめん」

 

「はあ......オレも人の事言えねえが、もっと慎重に行動しねえと周りに危害が及ぶ」

「......」

重厚に包帯が巻かれ固定されたサソリの左腕を見る。

サソリの左腕は、爆発の衝撃で重度の火傷となり、無理矢理動かすと皮膚が引っ張られて裂けてしまうらしい。

治るまでは、あまり動かさないように注意が必要とのこと。

 

「これで終わりだ。ケジメだと思え。一応、お前の能力には助けられたし」

サソリが軽く笑みを浮かべている。

「無事で良かったな」

さきほどの叱責よりも多少柔らかめの声でサソリが佐天に対して言った。

 

少しだけホッとしたように深呼吸をする。

サソリは、ネチネチ叱るタイプではなくガツンと一回強く叱るタイプのようだ。

 

「さ、サソリ......聞きたいことがあるんだけど。あたしの能力って」

佐天は、意を決して自分の能力について訊いてみた。

「氷遁だろ」

「ひょうとん?」

「氷を使った術だ。あまり数が多くない忍術だな。一族や家族で使える奴が居ただろ?」

 

いやいや、平凡な佐天家の人間にそんな人は居ませんでしたよ

多分、先祖は農民の方

 

「いや、いないけど」

 

「ん!?だとすればおかしいな。血継限界は遺伝的要因が強いからな、ちょっとチャクラを練ってみろ」

 

ちゃくらを練ってみろと言われましても

一先ず、佐天は指先に意識を集中して力を込める。

やはり、ハッカを塗られたかのような冷たさを感じるがそれ以上強くならない。

 

「うまくコントロール出来てねえみてーだな。背中を向けろ」

背中?

背中ですか?

 

クルッと後ろを向いて、サソリのベッドに腰掛ける。

サソリは体勢を変えると右手で佐天の背中に触れ始めた。

「ふわ!」

肩甲骨の端をマッサージでもするかのようになぞっている。

 

「ふふ、ちょっとくすぐったいかな。何をしているの?」

「んー、お前のチャクラの流れをスムーズにする。点穴にチャクラを流せば多少は良くなるだろ」

 

「てんけつ?」

「チャクラの流れの要になるツボだな。刺激すればチャクラを流したり、止めたり出来るが......大体の骨格の位置で場所が分かる」

 

サソリは膨大な忍の解剖データから、チャクラを流す経絡系と点穴を外見から触れる事である程度の位置を推測できた。

 

しかし本来では、木の葉の日向一族でしか点穴を観ることができないかつ、身体に触れなければならないので実戦向きではない。

 

肩を持って回したり、腰元へ指先で腰椎骨をなぞる。

 

これって結構気持ちいいかも

なんて呑気に考えていたら

 

「この辺か......じゃあ、行くぞ」

「えっ!」

サソリがチャクラを指先に溜めると、佐天の腰元にある点穴を鋭く貫いた。

「痛ったあぁぁぁぁー!」

佐天が前のめりにベッドに倒れこんで貫かれた箇所を押さえる。

 

「うわ硬っ!全然使ってないだろお前」

「や、やるならやるって言ってよ!こっちにも用意ってもんが」

「行くぞって言っただろ。チャクラを練ってみろ!ほら立て」

布団の中にある足で倒れこんでいる佐天を小突く。

 

コイツ......

少しでも見直したあたしが間違いだったかも

 

佐天は痛む腰を摩りながら、姿勢を正して、指先に力を集中させる。

すると、手のひらから氷の結晶が出現した。

それを佐天は見ると、身体を震わせて驚きの表情を浮かべている。

「さ、サソリ....,.あたし!」

「良かったじゃねーか。使えるようになって」

頭に右腕を回して、サソリが大欠伸をした。

「あたしの能力......だ」

氷の結晶を意のままに操る。佐天が念じるだけで結晶は形を変えて、伸びたり縮んだりを繰り返している。

部屋の中で氷の結晶を作りながら、持ち上げて部屋の中で小躍りをしてはしゃいだ。

 

氷遁か......

全滅したって聞いたが、身近に使えるのが居たか

オレの傀儡コレクションに加わりそうだな

 

はしゃいでいる佐天を見ながら、サソリも上機嫌になった。

 

そこへ、プール掃除を終えた御坂と湾内、泡浮が病室の戸を開けて入ってきた。

「サソリーげんき?」

と元気良く挨拶をするが、氷の結晶を持ってはしゃいでいる佐天と目が合う。

「佐天さん?」

「み、御坂さん!」

佐天の持っていた氷の結晶が床に落ちて粉々に割れてしまった。

暫し、粉々になった氷に一同に沈黙が下りた。

「.............」

「佐天さん、その大丈夫?」

「大丈夫ですよ!元気百倍を超えて千倍です」

恥ずかしさを、誤魔化すように佐天は声を大きくして大げさに腕を振り上げる。

 

「騒がしい奴らだな」

部屋の隅のベッドには、左腕に包帯を巻かれたサソリが座り、入ってきた御坂達を眺めた。

 

んー、知らん奴がいる

 

サソリの姿に湾内は、キラキラした視線を浴びせると大股で近づいて、サソリの両手をギュッと握った。

 

「貴方がサソリさんですね!あの時、助けて頂いてありがとうございます」

「!?」

急にやってきたクセっ毛の女性に手を握られて、どうして良いかわからずに御坂達に助けを求めるように視線を投げかける。

「??!」

「湾内さん。探している人って合ってる?」

「はい!ありがとうございます」

 

うわー、本当にサソリだったんだ

意外ね

 

湾内は向き直るとサソリの握った手に自分の手を這わせる。

サソリの手の感触を味わっているかのように艶っぽく。

 

ゾゾッ!

サソリは言い知れぬ、寒気に襲われた。

「だ、誰だお前!」

「サソリさん、サソリさん。素敵な名前ですわね」

 

話が噛み合ってない!

 

サソリは、湾内から手を無理矢理引きはがす。

しかし、湾内は構わずに恍惚とした表情でベッドの上に上って四つん這いでサソリに近づいていく。

「ちょっと待て!」

サソリは、身体を起こして立ち上がると迫る湾内から逃げるようにベッドの枕元に移動した。

 

病室に備えてある電灯にサソリの左腕が触れると電流が走ったかのような痛みに襲われる。

「いだ」

「あ、傷が痛むみたいですわね。わたくしが痛いのポイってしてあげますわ」

「言ってる意味が分からん!」

 

「あーはいはい、湾内さん一先ず落ち着きましょうね」

御坂が湾内を羽交い締めにすると、ベッドから降ろして、サソリから離した。

「何をするんですの御坂さん」

「説明しないとサソリも分からないでしょ」

 

「はーはー」サソリの顔が引きつって固まっている。

 

この時ばかり、御坂に感謝した。

 

「大丈夫ですの?」

「こんな奴初めてだ」

サソリが力を抜いて、ベッドに腰掛ける。

ふと、隣を見上げるとこれまた新キャラの黒髪ストレートの女性が立っていた。

「思ったよりも可愛らしい姿ですのね」

「だから、誰なんだお前ら」

忍の構えをするが、左腕の痛みに顔を歪ませる。

「つー......」

 

 

「へえ、常盤台の人ですか」

佐天が落として割った氷を掃いて集めていて、感心したように顔を上下に揺らす。

「御坂さんの後輩に当たりますわね。申し遅れましたわたくしは、湾内絹保と言います」

「あたしは、佐天涙子!御坂さんや白井さんの他に常盤台の人に会ったの初めてかも」

「あら、御坂さんや白井さんの御友人に会えましてわたくしも嬉しいですわ」

黒髪ストレートの女性が優雅に腰を屈めて挨拶をした。

「わたくしは、泡浮万彬と申しますわ」

「湾内さんに泡浮さんですか」

 

うわー、全身から迸るお嬢様感が凄いわ

腰を屈めて挨拶なんて初めて見た

 

「そういえば白井さんどうしたんですか?」

御坂を見上げながら佐天が訊いた。

「ああ、黒子ならジャッジメントの仕事に駆り出されたわよ。ここに向かう途中で先輩に見つかって引きずられるように」

 

離してください

私にはやるべき事がありますのー

 

ジャッジメントとしても任務が山積みよ

 

眼鏡を掛けた先輩ジャッジメントが白井の腕を力強く握り、本部へと連れていくのを眺めながらサソリの病室に来たらしい。

 

「初春も朝から大変みたいです。電話してみたらご飯食べる時間もないって悲痛な声で言ってました」

 

「ほらサソリも挨拶しなさい」

「オレもかよ!」

「ぜひ」

湾内が身を乗り出して、ベッドの端っこにいて、ジリジリとサソリに狙いを定めるように近づいている。

ビクっとサソリが反応して、ベッドの反対側へ出来る限り逃げる。

 

「分かったから離れてくれ。サソリだ」

「サソリさん......できればそのう、上の名前も教えてくださいませんか?」

 

湾内の質問に御坂と佐天が気づいたように口を開けた。

「そういえば、サソリの名字を知らないわね」

「あたしも」

サソリは怪訝そうな顔をしながら

「は?名字なんてねーよ」

と言った。

 

なぬ!?

無いだと

 

「無いの!?ない訳ないじゃない」

 

「あ?!オレの所じゃ......古くからある一族にだけしか名字がねえからな。でも、確か親父の方でなんかあった気がするが」

 

日本は庶民にも名字を付けることが許されるようになったのは明治の世になってからで、その後は名字を代々使うのが慣例となっている。

 

サソリの戦国時代タイムスリップ説に信憑性が強くなる。

 

湾内が真剣な顔をすると

「ということは湾内サソリってことになりますわ」

 

「わ、湾内さん?」

 

「何でお前の一族名をオレが名乗らないといけねーんだよ」

「まずは、サソリさんの御両親に挨拶をしませんと」

「親父とおふくろ?オレがガキの頃に死んだけど」

 

!?

 

サソリの衝撃的な言葉にその場に居た全員がサソリのベッドの周りに集まった。

「そうなの?!」

「ああ、任務中に殺されたみたいだ」

 

「それはおかわいそうに」

「別に」

「他に家族は?」

「ババアがいたが、もうくたばったろうな。最後は喧嘩別れみたいな感じだし」

 

というか殺し合いをしたし。

 

「会いたくないの?」

「ふん、何かにつけて掟だなんだかんだって言ってくる口うるさい奴だった」

 

結局、トドメを刺せなかったしな

攻撃が来るって分かったのに、何故か身体が動かなかった

その疑問は晴れない

 

少しだけ話してくれたサソリの家族のこと。

もう、サソリのお父さんとお母さんはこの世にいない

佐天には夢の中で、母親の人形に甘えているサソリを思い出した。

小さい手で人形に縋り付いて、必死に愛情を求める姿。

佐天は、サソリのことに釘付けとなった。

 

赤い髪に白い身体

傷だらけの身体でどんな毎日を過ごして来たんだろうか?

 

胸が締め付けられる想いだ。

「ごめんね。サソリ」

不意にそんなことを口走っていた。

「......何でお前が謝るんだよ」

佐天は、自分の口を押さえた。

 

えっ!?

あたし今何を?

 

「いや、嫌な事思い出させたかと思ってね」

「......」

サソリが睨みつけてきている。

何かを探るように

 

気のせいか......

 

レベルアッパーを使う前と使った後の佐天の雰囲気が変わっていた。

しかし、その違和感が何なのか分からない。

「サソリさん!そんなお辛いことをしていたんですわね。わたくしに出来ることがありましたら、遠慮なく言ってください」

湾内が拳を握り、力強く言い放つ。

「何故オレの事を知っている?」

「あたしが教えたからよ。アンタが不良から助けたことになっているけど」

「そんな事したかな?」

 

「そうですよね。すみません。わたくしが勝手に」

湾内は、涙を流しながら可憐に悲恋そうに顔を背けて、高級そうなハンカチで目元を吹き始めている。

「!!?」

 

なんか空気が一変した。

泡浮が泣いている湾内を慰めるように背中に手を置きながら、サソリを睨みつけた。

「ん?ん!?」

完全にサソリが悪者のようになりだして、御坂がベッドに備えてあるテーブルを叩いた。

「サソリ!早く思い出しなさい」

「覚えてねえって言ってるだろ」

「御坂さん落ちついてください」

佐天が収めようと御坂に手を振りだす。

 

「なんだよ。レベルアッパー関連か?」

「違うわよ。なんか巡回ロボットを落として助けたみたいだけど」

 

巡回ろぼっと?

 

「は?オレが落とした?......そんな事するわけが......あっ!」

何かを思い出したかのように顔を伏せ、顔色を悪くし始める。

 

自動で動く傀儡人形を運ぼうと悪戦苦闘をしている時に、屋上から落としてしまった。

その時にいた女だ。

「げ!?」

「あの……その……ありが」

クセっ毛の強い女が顔を赤らめながら、こっちを見ていた。

 

あの時の記憶が甦る。

「やべ、あった......こんな奴いたな」

「思い出してくれましたの?」

嬉しそうに手と手を合わせて音を鳴らす。

「お前......目的は何だ?」

悔しそうに湾内を見上げる。

「はい?」

満面の笑みでサソリに微笑み掛けている。

サソリに取ってみれば、この女に弱味を握られているのと同じだった。

大蛇丸が関与しているであろう、この場で派手に動いて失敗してしまった。

その時の事を一番に目撃している女が目の前にいる。

 

しまった......

あの時、やはり戻って始末しておくべきだった

レベルアッパー事件で今は、術がほとんど使えない

その期を狙って来やがったか

まさか、御坂と繋がっていたとは

 

湾内は、サソリの考え事など無視して震えているサソリの右手を握り締めると

「目的ですか?そうですわね......わたくしとお付き合いをしてもらいたいと考えております」

 

「「「ええええー!?」」」

御坂達が顔を真っ赤にしながら叫び声を上げた。

大人しくなったサソリの手に自分の手を絡めながら

「よろしくお願いしますわ。サソリさん」

片目でウィンクをした。

 

サソリは、戸惑っているように視線をズラす。

 

分からん

コイツの考えていることが分からん

 



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第27話 絵本 砂漠の王子様

砂漠の王子様

とある緑豊かな国に大きなお城がありました。

お城は国の真ん中にあり、多くの人々は豊か自然に囲まれて幸せに暮らしていました。

しかし、それを妬ましそうに見ている悪い魔女がいました。

魔女は、隣の砂漠にある国に住んでいました。

窓から見える景色は、砂、砂ばかり

なんにも面白くありません

四季の変化も楽しめません

いつも砂嵐ばかりで退屈していました

 

四季の変化を感じ取れる隣の緑豊かな国が羨ましくて仕方ありませんでした

そこで、魔女はある恐ろしい計画を考えました。

緑豊かな国にいる王様を殺して、自分が新たな女王になろうと考えました。

魔女はさっそく緑豊かな国に呪いを掛けました。

緑豊かな国に雨を降らなくする呪いです

一週間経っても一ヶ月経っても雨降りません。

更に国の人に病をもたらし、次々と倒れていきました。

国の王様も病に倒れ、息も絶え絶えとなりました。

王様には可愛い娘がいました。

水を操り、木や植物に愛される王女様です

そして勇敢でした

 

お父様

わたくしが必ず悪い魔女をこらしめて呪いを解いてみます

 

娘や

魔女は砂漠の真ん中じゃ

お前の足ではとてもじゃないが難しいじゃろ

何処にも行かないでくれ

 

王様は可愛い娘を外に行かせたくありませんでした

願わくば、家族で静かに暮らしたい

 

しかし、王様の願いは叶いませんでした

王様は死んでしまいました

悲しみに暮れる民の人々

容赦なく照りつける太陽の光に緑豊かな国は、段々と干上がっていきました。

もう飲み水もありません

 

このままでは国が滅んでしまう

そう思った時

悪い魔女が現れました

 

水が欲しいかい?

欲しいなら我を新しい女王にしな

 

魔女が呪文を唱えると雨が降り出しました

久しぶりの雨に人々は歓喜し、魔女を新しい女王として迎えました

魔女は、お城に入ると先代の王の娘を追い出しました

水が無ければ何もできない王女様

砂漠の中に捨てられました

 

辺りを見渡しても何もない砂ばかり

王女様は途方に暮れて、砂漠を歩きました

何日もさまよいました

お城から渡された食料も残りわずかです

 

王女様は倒れました

もう限界でした

薄れゆく意識の中で王女様は、ある事を思い出します

夜寝る前に、聴かされたお話がありました

 

砂漠には誇り高き、赤毛の一族がいる

世界が悪に直面したときに、何処からともなく現れて助けてくれる

 

王女様は眠りにつきました

何日も歩き通しで、休みなんて取っていません

熱い砂の上で横になりました

 

目を覚ますと、涼しい木陰の下です

近くには池もあります

赤毛の少年が倒れている王女様を心配そうに見ています

王女様は興奮して話し掛けます

 

あなたが砂漠の赤毛の人ですか?

 

 

オレは砂漠の国の王子をしている

何かあったか?

 

お願いします

わたくしの国が悪い魔女に乗っ取られてしまいました

 

オレにいい案がある

 

赤毛の男性は、砂を集めると呪文を唱えました

みるみる砂は、純白の美しい白馬となりました

 

これで城の中に入る

行くぞ

 

はい!ありがとうございます

 

 

数日後

茨で覆われたお城で毎日、パーティを開き贅沢三昧をしている魔女がいました

人々から巻き上げた税金で綺麗なドレス、おいしい料理を楽しんでいます

手下のモンスターを従わせて、兵士は牢屋に入れています

 

なんと楽しいことか

我の国

我だけの国

 

人々は、女王に逆らえません

女王に反抗すれば雨が止まります

どうすることもできません

 

城に一通の手紙がやってきました

新女王に会いたいという内容の手紙でした

差し出しは、近くの王国からです

美しい顔をし、お金もいっぱいある国です

 

手紙の最後には

ぜひ、我が国の王子と婚姻を結んで欲しいとあります

 

魔女は大喜びしました

もう、国のお金はなくなりそうでした

魔女の身勝手な買い物のせいです

 

結婚がうまくいけば、また贅沢三昧ができる

更に、美しい王子も我が手に

 

魔女は、王子様を迎える用意をしました

豪勢な料理に派手な食器

金や銀を散りばめたナイフやフォークを用意させました

 

人々の生活は更に苦しくなりました

働いても女王にお金を持っていかれてしまいます

今日食べていく分の食べ物さえありません

道には、住む家を失った人々で溢れました

 

人々は後悔しています

魔女を女王にするのは間違いだった

優しい王女様が戻ってくれれば.......と

 

しかし、もう遅い

王女様は、今頃は砂漠で死んでいるはずです

 

かつて緑豊かな国も木々は枯れていき

植物も枯れていきました

あるのは、城を覆う茨です

 

そこに

美しい白馬に乗った赤毛の王子様が来ました

気品のある立ち振る舞いに一際輝いて見えました

 

魔女は笑顔で迎えます

ドレスを着て、胸元には大きなダイヤモンドがはめ込まれています

 

おお!よく来てくれた

 

女王陛下、お会い出来て光栄です

 

赤毛の王子は白い王族の服で挨拶をした

 

その頃、白馬の中に潜んでいた王女様が白馬から出てきました

最初から中に隠れていたのです

 

王女様は魔女の魔法の秘密を解かなければなりません

魔女を倒しても呪いのせいで雨が降らないのでは、国が滅びます

王女様は走りました

国を救いたいという強い気持ちです

 

魔女の魔法の源は、魔力が込められた杖でした

杖は城の地下にある宝物庫にありました

外にはモンスターが見張っています

王女様は、赤毛の王子に渡された砂を投げました

砂はモンスターを包むと固まりました

扉には鍵が掛けられていて、簡単には入れません

 

王女様は、水を操り扉の鍵穴に流し込みました

水を回転させるとガチャと音がして開きました

 

宝物庫に入ると台座があり、魔法陣の中心に魔女の杖が刺さっていました

 

王女様は、力を込めて台座から杖を外そうと握りしめます

 

その頃、魔女はお城で一番豪華な部屋では赤毛の王子に豪勢な食べ物を食べさせていました

 

我と結婚すれば

このような豪華な料理が味わえるぞ

 

王子様は何も言ってくれません

何も口にしません

気に入らないように首を横に振るだけです

 

結婚をしたい魔女は、必死にアピールします

このドレスは綺麗だろ

この食材は素晴らしい味など

次々と口に出していきますが

王子様は静かに座っています

 

魔女は我慢の限界でした

何が望みだ?

お前が欲しいものを用意させよう

言ってみるが良い

 

赤毛の王子は答えました

 

緑豊かな国

幸せな人々

この国の全てが欲しいと

 

そう言いました

 

魔女は怒りました

王子の首を引き裂こうと、呪文を唱えますが

魔法が発動しません

 

そこへ、王女様がやってきました

手には魔女の杖を握っています

 

魔女は更に怒り狂いました

王女に向けて、鋭い爪で切り掛かり殺そうとします

王女様は、鬼のような形相で迫ってくる魔女に恐怖を覚えて目をつむりました

 

目を開けてみると

腕から血を流している赤毛の男性が王女様を庇っていました

 

大丈夫か?

 

赤毛の男性は優しく言いました

コクリと王女様は頷くと赤毛の少年は、笑いました

王女様の持っている杖を赤毛の少年が持って、杖にある目玉のような宝玉を割りました

 

苦しむように魔女は金切声をあげました

 

キィアアアアアア

魔力がぁぁぁ

 

魔女はみるみる醜い老婆になりました

魔女は宝玉の魔力で自分を美しく若い姿を保っていたのです

 

腰は曲がり、綺麗な黒髪が白髪になっていきます

老婆はヨボヨボの手で食卓を照らしていたロウソクを掴むと窓の外にある茨に投げ捨てました

茨が勢い良く燃えていきます

 

燃えるがいいさ

 

しゃがれた声で叫ぶと老婆となった魔女は隠し階段から外に逃げ出しました

 

きゃあああー

どうしましょう

 

落ち着け

地下水を操って消火しろ

 

王女様は水を地下からお城の中へと流し込みました

火は水により勢いをなくして消えました

 

やった

魔女を追い出したわ

 

よく頑張った

 

外に逃げ出した魔女は、森の中をヨボヨボとした足取りで逃げていましたが

空が曇り出し、雷が落ちてきました

雷は魔女にだけ当たり、燃えて死んでしまいました

 

神様は怒っていたのです

自分勝手に天気を操っていた魔女に罰を与えました

 

こうして魔女の支配が終わりました

お城からは、いつでも綺麗で新鮮な水が噴水のように流れています

 

新しい女王が決まりました

国を取り戻すために、頑張ったあの王女様です

人々は、優しい新女王を迎えました

木も植物も戻り、昔のように緑豊かな国になりました

 

しかし、赤毛の王子はどこにも居ません

魔女を追い払ってから、王子は姿を消しました

王女様は必死に探しました

 

不思議なことに王女様が休んだ池も木陰も砂漠の中にありませんでした

 

伝説には続きがあったのです

赤毛の一族は、事が済んだら姿を消してしまうのです

 

王女様は探しました

お触れを出して、赤毛の王子の行方を探しました

何年も何年も探しました

 

気がつけば、王女様は立派な女性に成長していました

しかし、赤毛の王子の事を片時も忘れていません

 

お願いします

あの時に助けてくれた赤毛の王子に会わせてください

 

女王は祈りました

不憫に思った神様は、女王の前に現れました

そして、赤毛の一族について説明しました

 

昔、赤毛の一族はもともと神様の一族でした

不思議なチカラを使い、魔法を使うことができました

寿命も長く、どの種族よりも長生きです

 

ある時、赤毛の一族は神様にこう言いました

 

困っている人間を助けたい

 

赤毛の一族は、優しい性格でした

困っている人を見ると放っておけません

神様の地位から下りて、赤毛の一族は人間として生活をしました

 

赤毛の一族は、人間と暮らしました

 

しかし、人間の中に赤毛の一族を恐れるものが現れました

奇妙で恐ろしいチカラを使う赤毛の一族を差別し始めたのです

 

迫害が始まり、赤毛の一族は何度も分かってもらおうと話し合いの場を作りましたが効果はありませんでした

 

赤毛の一族は、人間を憎まずに逃げました

自分達が居るだけで恐れられてしまうんだ

赤毛の一族は、散り散りになり人間が簡単に入って来れない場所に移り住みました

 

深い森の中

深い海底

砂漠の中

 

赤毛の一族は、過酷な環境に身を置き続けました

しかし、人間の迫害は止みません

 

神様は、ある魔法を使いました

 

人間の目から赤毛の一族を見えなくする魔法です

しかし、赤毛の一族は困っている人間を助けたいと言いました

そこで、神様は困っている人間にだけ見えるようにして、解決したら見えなくしました

 

王女様はその話を聴いて驚きました

なんとか彼に会わせて欲しいと神様にお願いしました

 

しかし、人間は赤毛の一族を迫害する

それはできないと言いました

 

私の国は迫害しません

イジメません

迫害を許しません

 

約束できるかい?

 

はい!

 

女王様は力強く言いました

 

分かった

彼に会わせよう

約束を破るでないぞ

 

神様は魔法を掛けました

女王様の目の前には、赤毛のたくましい男性が現れました

 

女王様は大喜びしました

 

王女よ

なぜオレを?

いえ、女王様

 

また会えて嬉しいわ

わたくしと結婚してくださらない?

 

オレで良いのか?

 

もちろんですわ

 

翌日、お城で盛大な結婚式が行われました

人々は、誰も赤毛の男性を差別しません

みんな魔女から助けてくれたのが彼だと知っていたのです

 

二人は緑豊かな国でいつまでも幸せに暮らしました

めでたし めでたし

 

 

湾内は、小さい頃から読んでいた絵本を読み返していた。

何度も何度も読んだので表紙がボロボロになっているが大切な宝物だ。

 

「赤毛の王子様......」

あの時、助けてくれた赤い髪をした少年に想いを馳せる。

胸の前で絵本を抱き抱えた。

一体誰なのか分からないが、一目見た時から運命を感じてしまった。

 

しかし、湾内には気掛かりなことがありました。

赤毛の王子は、困っている人の前にしか姿を現さない

そして、事が済んだら見えなくなってしまう。

なんとか探し出して、また逢いたい

お礼を言いたい

 

高鳴る鼓動を抑えながら、ベッドに横になる。

こんなにドキドキしたのはいつ以来だろう?

目を閉じれば、赤い髪の少年が走り去っていくのが思い出される。

 

「はあー」

枕に顔を埋めた。

名前はなんだろうか?

彼の情報をもっと知りたい

 

湾内はそんな事を考え、絵本を大事そうに机の上に置いた。

 

ちょうど、ルームメイトの泡浮がシャワーから出てきたので、次に入っていく。

 

そして、翌日から赤い髪の少年を探す事に決めて、いつもより幸せな眠りへと落ちていった。

 



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第28話 携帯電話

不良に絡まれている所を助けられてから数日後のこと。

湾内は、未だに助けてくれた赤髪の少年の正体が分からないままだった。

初めにルームメイトである泡浮にも何か知らないかと訊いてみるが明確な回答が得られていない。

 

学校は終業式を終えて夏休みに入っている。

湾内や泡浮が所属している水泳部では、今が練習の最盛期だ。

ほぼ毎日、プールに来ては少しでもタイムを縮めようと練習を熱心にしている。

 

湾内は、部活に来ている人を中心に赤髪の少年について伺ってみるが、誰もそんな人を知らなければ、見た事もないとのこと。

夏休みに活動している部活というのはある程度、固定化されているので赤髪の少年についての新しい情報は皆無だった。

 

ある日、部活で使用しているプールが一旦清掃作業が入るので一週間程度の水泳練習が休みとなった。

実質、本日で部活はお休みとなる。

 

最後の後片付け、用具の破損具合、不足はないかなどの先輩の確認作業に同行して、書類に書き込んでいく。

ジリジリと照りつける太陽に汗を流しながら、ペンを走らせて一年生としての責務を果たそうと奮闘している。

 

用具の点検がある程度終わった所で先輩から休憩して良いと言われ、自分の着替えが入っているロッカールームに入り、備え付けの椅子に水着のまま腰を下ろした。

今日は水着を着用しているが水には入っていない。

制服が水に濡れるのを避けるためだ。

 

慣れない初めての用具点検の疲れもあるだろうが、ここ数日の赤髪の彼についての聞き込みが何も成果が得られずに落ち込んでいる。

そんな元気のない湾内に泡浮は声をかけた。

「お疲れさまですわ湾内さん。水分をどうぞ」

買ってきた清涼飲料水を差し出した。

「ありがとうございますわ。いただきます」

 

正直、喉はカラカラに乾いていたのでこの差し入れは嬉しかった。

湾内は、口を開けると飲料水を喉へと流し込む。

「はあー、おいしいですわ」

日焼け防止の上着を着たまま、更衣室の窓を開けて波立っている水面を見ながらしばし涼しい風に当たる。

 

湾内は、喉を潤すとロッカーに入れてある自分のバッグを取り出して、携帯電話を出した。

操作しては一枚の写真見ながら、力のないため息を吐き出す。

 

写真には、無残に壊れた巡回用ロボットが映っていた。

あの赤髪の少年の唯一の手がかりだ。

「あの助けてくれた赤い髪の殿方を考えていますの湾内さん?」

「はい、まだ見つかりませんの」

 

結構、特徴的な姿だったので、すぐに見つかるかと思っていたがとんだ勘違いだった。

また、あの路地裏に行けばいるんじゃないかと考えたが、また素行の悪い男性に絡まれるのではないかと考えて二の足を踏んでしまう。

少年のことが分からないまま暗礁に乗り上げていた。

 

まるで、自分を助けるために現れて、事が済んだら消えてしまう絵本の王子様みたいだ。

でも物語では、最後は見えるようになって幸せになっていた。

自分もそれに倣いたい。

「でも、湾内さんを助けるために巡回用のロボットを落とすなんて、ワイルドな方ですわね」

元気のない湾内に泡浮が赤髪の少年についての話題を振ってみる。

何か自分でも友人の為にしてあげたかった。

「はい、一瞬で三人の方を倒してしまいましたわ」

赤髪の少年の事を話す時に、キラキラとした瞳で嬉しそうに話し出す。

「すごいですわ、その殿方はどちらから?」

「空から降ってきましたわ」

 

空からですの!?

少女コミックとは違う助け方に衝撃を受ける。

 

「わたくしの為に飛び降りてきましたわ」

「なかなかワイルドな方ですわね」

 

それはワイルドなのだろうか?

 

「それでその方は?」

「わたくしを見るなり慌て、走り去って行きましたの......あの時、わたくしが勇気を持ってはっきりと話し掛けていましたら良かったですのに」

 

湾内と泡浮が所属する常盤台中学は都市内でも有数の名門かつお嬢様学校であるため、制服だけでも目立ち、不良に絡まれることが多いが

お嬢様学校ということで、一般の学生にも住む世界が違うとの理由で敬遠されることも多い。

そのため、赤髪の少年も湾内の制服を見て逃げ出したのではないだろうかとも考えてしまう。

 

「このまま一生お礼も言えずに終わってしまうのでしょうか......せめて、現実に居るってだけでも知りたいですわ」

 

グスンと瞳を潤わせながら、ハンカチで目元を拭く。

泡浮は、少しだけ窓の外を見やる。

 

湾内さんから、その殿方について話を聴いていましたが

この暑い最中に厚手の黒い服を着ていたらしいですわね......

 

「湾内さん。部活が終わりましたら、気分転換に喫茶店とやらに寄りませんか?」

泡浮が湾内を誘ってみた。

お嬢様なので、その手の大衆店には行ったことがなかったが、一体どんな所なのだろうかと興味はあった。

 

「喫茶店ですの?」

「一回だけでも行ってみませんこと?」

 

******

 

学校帰りに生涯で初めてとなる「喫茶店」とやらに湾内と泡浮がやや緊張した感じで入場した。

店員が笑顔で接客をしてくれた。

「2名様ですか?」

「!?はい2名様......ですわ」

緊張のせいか日本語がおかしくなっている。

 

窓際の席に移動し、物珍しげに店内を見渡す。

「わたくし、初めて喫茶店に入りましたわ」

「わたくしも、もっと怖い所かと思いましたが大丈夫みたいですわね」

 

デザートのケーキを注文して品物が運ばれてくるまで、二人で話しをして楽しんだ。

「あ、そういえば......その殿方の事なんですけど。目立っていたのではないかと思うのですが」

「目立っていた?どういうことですの?」

「あまり見ない服を着ていらしたんですよね。湾内さんの他にもその殿方を見たっという方が居るのではないかと」

泡浮の話にハッ気がついたように顔を上げた。

「では、この場でも訊いてみましょう」

 

注文したケーキを運んできた店員に、湾内は勇気を振り絞って尋ねてみる。

 

「あの......赤い髪で黒っぽい服を着た少年を知りませんか?」

「はい?赤い髪に黒っぽい服ですか?」

ケーキを並べながら、女性店員は少しだけ動作を止めた。

「あっ!思い出しました。確か数日前に変わった服装の子供がいましたね」

 

「えっ!?ほ、本当ですの?」

湾内と泡浮は、嬉しそうに顔を見合わせた。

「どんな感じでしたの?」

「確かね。あなたみたいな制服を着た人と大人の女性で来ていたかしら.....ドリンクバーで揉めていたから記憶に残ってますよ」

 

二人は、常盤台の制服を見下ろした。

その制服を着た人と一緒に居たということは、常盤台に知り合いが居るということだ。

 

「その後は?」

「申し訳ありません。その後にちょっとしたハプニングがらありましてあまり覚えてませんわ」

 

その後に二人が合流して、大人の女性にドリンクを零してしまい、女性が平然と脱ぎだしたので軽く店内がパニックになり、その少年が何処に行ったかまでは把握していなかった。

 

更に話しを聞けば、自分が助けられる直前とのことだ。

 

だいぶ、赤髪の少年に近づいた気がして気分が良くなる。

湾内は、自分の財布から一万円を取り出して、チップ代わりに女性店員に渡そうとするが

「ち、チップは原則的にダメなんですよ。しかもこんなに」

「わたくしの気持ちですわ。受け取ってくださいの」

「ダメです!受け取れません」

まだ喫茶店のシステムをあまり理解していないようである。

 

取り敢えず、赤髪の少年はこの近くに居ることがなんとなくわかってきた。

先輩により言い渡された濾過タンク点検の日に湾内にとって運命の日となる。

 

******

 

そして現在。

湾内さんがサソリに告白するという波乱の展開に病室に衝撃が走った。

「言ってしまいましわ」

顔を赤らめて、幸せそうにサソリのベッドの脇に立っている湾内。

手は自分の頬に付けて、照れ隠しをしているようだ。

「ど、どういう事よサソリ!」

サソリのベッドに備え付けてあるテーブルに手を置いて、御坂が前のめりになる。

「こっちが聞きたいくらいなんだが」

サソリは、ベッドの上であぐらをかいて頬杖を付いている。

「OKするの?しちゃうの?」

佐天がやや興奮したように、サソリに詰め寄る。

「わたくしが言うのもなんですが、湾内さんは気が効きますし、良い子ですのよ」

フワリと口に手を当てて、上品そうに笑みを浮かべている泡浮。

 

チラッとサソリは、横に居る湾内を見上げた。

サソリの視線に気が付いて、顔を伏せてモジモジしている。

サソリは、眉間に皺を寄せて考え込んだ。

 

さて、この娘をどうするかだな

あの時の事を目撃しているわけだし

下手に扱うと厄介な事になりそうだ

まだ、大蛇丸についての情報は無しに等しい

面倒な事になったな

 

「ごめん!湾内さん」

隣に居た湾内をズラして、御坂がサソリに近づいて耳打ちをする。

「アンタ、黒子の事はどうするの?」

「今考えている......ん?!何で白井が出てくんだ?」

「そりゃー、ねえ」

 

うわー、どっかで見た事があるような超鈍感男だわ

こりゃ、黒子大変よ

経験者は語るってね

 

「あ、あのう。サソリさん」

湾内が意を決したようにサソリの右手を握りしめる。

「なんだ?」

「お返事を聞かせて貰えないでしょうか?」

「付き合うとかか?お互いのこと知らねえことだらけだろ。少し考える」

 

はっきり断るのは怖いため

あくまで、湾内を傷付けないための弁だった。

 

「お互いを知るですか......わかりましたわ!サソリさん携帯電話のアドレスを教えて頂けませんか?」

 

初めて聴く単語に、サソリはいつもみたいに疑問を口にした。

「あどれす?なんだそれ」

サソリが首を傾げた。

「ああ!そうだったわ」

その会話を聞いていた御坂が思い出したようにポケットから一台の携帯電話を取り出して、サソリの前に置いた。

 

「はい」

「なんだこれ?」

「これが携帯電話よ。ほら、前にあたしが黒子に連絡していたじゃない」

 

AIMバースト戦の際にサソリを逃すために御坂が白井に連絡するのに使ったものだ。

「これを使っていたのか」

「アンタ見てたでしょ......あっ!ちょうど、目が見えなかった時か」

しまったしまったと頭を掻く御坂だったが、サソリの隣に居る湾内が血相を変えて、サソリの顔をじっと近づいて見る。

 

「目が見えなかったのですの!サソリさん、これは何本に見えますの?」

サソリの前で指を二本左右に揺すっている。

「今は、見えているから大丈夫だ」

 

サソリの前に出された携帯電話を手に取ると佐天が興味深げに中身を見ていく。

まだ写真もロクにない初期設定のままだ。

「御坂さんが買ったんですか?」

「そうよ。ないと不便だと思ってね」

「そういえば、契約をなさってましたわね」

学校から病院に来る前に御坂は、携帯電話を契約し、サソリに渡そうと考えていた。

 

この電子化された社会では携帯電話は必需品よ。

ひとまずにサソリに手渡してみるが

眠そうな目のまま、携帯電話を手にすると画面を見たり、振ってみたりする。

折りたたみ式なので、開いたり閉じたりしてみる。

 

「流石にこれは無かったんじゃない?」

ニコニコとしながら、御坂が訊いた。

「レベルアッパーの件じゃ、色々世話になったからね」

「ああ」

 

佐天は、御坂の言葉で思いついたように手を叩いた。

 

そうだわ

あたしもサソリや御坂さん達にお礼しないといけないかも

何をしたら喜んでくれるんだろ。

 

「番号とアドレスはあたしの方で勝手に設定してあるから」

「ほう、よく分からんな」

 

「あの......サソリさん、よろしければ電話番号とメールアドレスを教えて貰って良いですか」

手をちょっとだけ挙げて、湾内がサソリに言った。

 

「御坂が勝手にやったから、御坂に訊けよ」

「逐一、覚えてないわよ。貸して」

ピッピと携帯電話を操作するとサソリの電話番号とアドレスが出てきた。

「教えて良いの?」

「んー、別に構わんが」

「ありがとうございます」

サソリのアドレスを開いて湾内は自分の携帯電話に新規登録するためにカバンから取り出した。

 

「一応、あたしのも登録してあるけどね。一回テストしてみようかしら」

御坂は、メールを開いて作成すると「テスト」と打ち込んで、サソリの携帯電話にメールをした。

 

湾内が持っている携帯電話が突如として震え出した。

「ふわ!」

「ご、ごめん湾内さん」

「大丈夫ですよ。開いてみますね」

湾内が操作をしてメールを開いた。

 

急に妙な機械が震えたので、サソリの興味が強くなり、湾内の持っている携帯電話に近づいた。

「?!どうなってんだ?」

怪訝そうな顔で覗き込む。

「さ、ささサソリさん近いですわ!」

 

サソリは今、湾内と伸ばした腕にある携帯電話の間へと移動しており、必然的に二人の距離があり得ないほど近くなっていた。

サソリが振り返ると湾内の顔がすぐ近くにあった。

 

憧れのサソリの顔が自分の鼻先に当たりそうになって、顔が沸騰しそうに真っ赤に染まる。

サソリの髪の匂いがして、体温が急上昇していく。

「くぅ」と犬みたいな声を出す湾内。

「あっ!見えないだろ離すな」

「!?」

限界とばかりに腕を伸ばして、サソリから離れようとするが、サソリが湾内の腕を掴んだまま離さない。

 

サソリは首を傾げて、その湾内の言葉を無視するように至近距離で携帯電話の画面を注視する。

「これぐらい我慢しろ。えっとこの文はお前が書いたのか?」

画面を向いたまま、サソリが御坂に質問した。

「そうよ。あたしの携帯からこうやって文章が送れるのよ......ってかサソリ、そろそろ湾内さんを離してあげないと」

 

「ん?」

御坂の言葉に手を握ったまま、サソリは湾内を振り返りながら見た。

顔を真っ赤にして、眼が座っているかのように不安定に斜め右下を見続けている。

「悪い、そんなに強く握ってねえと思ったんだが」

サソリは湾内から手を離して、携帯電話を自分の手に入れた。

湾内は、ぽーとしながら握られた自分の腕を見つめ、ハニかんでいる。

 

この子(サソリ)

無自覚でここまでやるとは!

天性の女泣かせだわ

やるわね

 

佐天が冷静に分析をした。

 

携帯電話を持ってきて、ベッドに戻ると御坂を見上げた。

「どうやる?」

「じゃあ、その練習から始めようか」

 

サソリに力強く握られた湾内は、椅子に座りながら動悸が激しい自分を落ち着かせるように深呼吸をしている。

 

「大丈夫ですの湾内さん?」

「顔真っ赤ですよ」

「大丈夫です。少し驚いてしまいまして」

「てか、実質登録できてないわよね......また後で見せてもらう感じにします?」

「それも大丈夫です......完璧に覚えましたから」

「!?」

お、覚えた!?

「えっ!ひょっとして、サソリの携帯番号とメールアドレスのこと?」

「はい。メールアドレスが長くて時間が掛かりましたが、一字一句覚えてます。では登録しますね」

 

慣れた感じで携帯電話に入力すると、サソリ宛にメールを開いて「テストです」と入力して送信した。

直後震える携帯電話。

 

「ん?」

「あら、湾内さんから来たわね。それも登録しておきなさい」

 

やっぱ、伊達に常盤台行ってないわこの人達

あれだけの短時間で数字と英記号を覚えてしまう、記憶力が凄いわ

 

携帯電話に登録し終わった湾内は、嬉しそうに新規登録された「サソリさん」という項目を眺めていた。

「湾内さん、良いの?」

佐天が質問した。

「はい?」

「簡単に男の人にアドレス教えちゃって」

「サソリさんになら別に構いませんわ」

 

ふふ、世間知らずのお嬢様らしい発言ね

この世界には、そんな無防備な事をすればどんな事になるかを教えてあげないと(大半がテレビやネット調べ)

甘い、甘いわよ

さすがの常盤台もそんな事までは教えないようね

 

「もしも、サソリが湾内さんが困るほど大量のメールを送ってきたらどうします?」

ビシッと指を伸ばして、湾内を指した。

「そうでしょうか?」

湾内が携帯電話を片手にサソリの方を見た。

 

「こんなちは......くそ、また間違えた。ボタンが小さ過ぎる」

メールに悪戦苦闘していた。

「消す時は、このボタンを押して消すのよ。違う違う!その下よ」

「全部似たようなボタンにしやがって、ここか?」

「あ!そこは」

唐突に電源が切れる携帯電話。

御坂が頭を抱えた。

「ごめん、ここまでとは思わなかったわ......お年寄り用のラクラクフォンにすれば良かったわ」

「ちっ!」

サソリのイライラが頂点に達したのか、携帯電話を振りかぶって床に叩きつけようとした。

「だめだめ!落ち着いて!もう一回しっかり教えるから!」

「こんなまどろっこしいのいらねえよ」

 

必死に携帯電話の小さなボタンと格闘しているサソリに、佐天は苦笑いを浮かべた。

「あれを見ちゃうと心配しなくても良さそうですね」

 

結局の所、なんとかメールを打てるようにはなったがサソリ本人は、かなり疲れたようにグッタリと壁に背中をくっ付けて頭を掻いた。

時刻は夕方を回っていた。

 

「このめーるとやらを送る時は、『はい』か『いいえ』で答えられる文面で寄越せ」

「悲しい宣言ね」

 

メールの講習だけで今日が終わってしまった

電話機能は後日かしら

 

「その文字だったら対応できそうだ」

疲れきった顔で半眼も加速度的に強くなっている。

「分かりましたわ」

湾内は力強く宣言した。

 

「佐天さんすみません。わたくし達はそろそろ門限がありますので帰りますね」

泡浮が荷物を手にしながら優雅に椅子から立ち上がった。

「そうね.......流石に二日連続で門限破る勇気は出ないわ」

「サソリさん!何か困った事がありましたら、連絡をくださいね。すぐに駆けつけますから」

「ああ、はいはい」

 

あー、しまった

この娘をどうするか考える時間が無かった

写輪眼が復活すれば、幻術でなんとかなるかな?

まあ最悪、あの娘が嘘を付いているってことにすれば問題なしか

オレがアレを落とした証拠があるわけじゃねえから......

 

「あのサソリさん!」

グイッと顔を近づけると湾内は、自分の携帯電話の画面をサソリに見せつける。

そこには、無残に壊れた巡回用ロボットが映っていて......

「わたくし嬉しくって!ずっと写真で残してありますの!」

 

サソリの眠そうな眼が画面を見ると大きく見開いた。

 

「はっ?!」

!!?

こ、コイツ!

ちゃっかりと証拠を残してやがった

 

「湾内さーん、帰るわよ」

「はい!では失礼しますね」

「ま、待て!」

サソリが慌て体勢を立て直そうと前に身体をズラすが、負傷した左腕にテーブルの端が当たり痛みに顔を歪ませた。

「いだだ!」

「だ、大丈夫?」

 

病室の扉が閉まり、部屋にはサソリと佐天だけとなった。

「じゃあ、あたしもついでにサソリのアドレスを登録しておくわね。それにしても、なかなかないわよ女子中学生とメル友なんて恵まれているわね......あれ?」

 

佐天が見ると頭を抱えてサソリは、何か悩んでいるように項垂れていた。

 

やべえ

本格的にやばいかもしれん

まさか、証拠を残していたとは......

付き合うって言うのも裏がありそうだな

暫く様子を見るか

下手に動くのマズイな

 

「さてと、登録も終わったしあたしも部屋に戻りますかね」

サソリの携帯電話をテーブルの上に置いた。

「ああ」

 

やっぱ、考えているのかな?

湾内さんのこと

もし、二人がお付き合いをしたら彼氏、彼女の関係か......

まあ、サソリは根は優しいし 、あたしから見てもかっこいいし。

湾内さんは、フワフワしていて女の子っって感じだから似合いのカップルになりそうかも

 

二人っきりでデートをしたり、買い物したりするのかな

 

ズキ!

佐天の胸によく分からない痛みが走った。

えっ?

なんで、サソリと湾内さんの事を考えると胸がズキズキと痛むの?

 



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第29話 暗雲

想像以上に重い話になってしまいました。


夜中、サソリは窓の外を眺めながら考え事をしていた。

奇妙なノイズ音は、夜の十時を回ると止まるようになっているが、巡回があるため、抜け出すのは容易ではない。

 

御坂からお礼の品として貰い受けた携帯電話がブルブルと震えだす。

 

サソリは、折り畳まれた携帯電話を開き、教わったばかりのメール受信に進める。

 

差出人 湾内絹保

件名 ありがとうございました

本文 今日会えて良かったです。

まだまだサソリさんの事を知りたいと思いますので、いくつか質問をしてよろしいでしょうか?

 

ちゃんと「はい」か「いいえ」で返信できる内容だ。

 

サソリは、返信メールを開き本文に入力した。

宛先 湾内絹保

件名 Re. ありがとうございました

本文 はい

 

これは澱みなく行えた。

は行一回のあ行二回

簡単な操作だ。

 

すぐにメールが帰ってきた。

「嬉しいですわ。では、好きな食べ物についてですが。

リンゴはお好きでしょうか?」

 

リンゴはあまり食ったことがねえな。

「いいえ」

またしても、すぐに新しいメールがやってくる。

「ブドウはお好きでしょうか?」

「いいえ」

「ミカンはお好きでしょうか?」

「いいえ」

「モモはお好きでしょうか?」

 

............

 

これが永遠と続き、サソリは完全に睡眠不足となる。段々と夜が白々と明けていった。

それでも忘れる隙もなく、携帯電話がブルブルと震えてメールが来たことを伝えている。

 

コイツ、寝ないのかよ!?

 

もう、開く気力さえわかずにテーブルの上に置かれた、唯の騒音メーカーを舌打ちしながら睨みつける。

 

湾内という人間は、サソリに取っては初めて間見えた女性だった。

好意を向けられてはいるが、それが本当なのか見当がつかない。

そういう異性関係は、サソリには皆無だった。

 

あの娘

オレに近づいて何のメリットがある?

裏で大蛇丸に繋がっているのか?

 

むしろ、スパイとして湾内を疑ってしまうのも忍としての哀しい性だ。

 

いやそれよりも、あの写真だ

 

唯一にして、壊れた自立式カラクリ人形を壊してしまった事を示してしまう証拠品。

傷は癒えず、チャクラも不十分という状態ではあるがこれ以上厄介な事を増やす訳にはいかない。

 

気にかかるのは、先の戦いでの木山だった。

アイツ自身、教え子を目の前で失う恐怖を味わっている。

親がいない子供。

それは、幼少期のサソリも経験している。

大人の勝手な都合でいつも代償を払わされるのは子供だ。

 

ああ、嫌なことばかり思い出す。

両親がいない子供時代のこと。

そして、ここに居るであろう大蛇丸へ憎しみを増大させる。

 

せいぜい、実験に勤しむがいい

オレが必ず

 

******

 

翌日の朝、御坂がいつものようにやってきた。

「おはよー、サソリ!うげっ?!」

ノイズのような音に御坂が苦い顔をした。

「何でキャパシティダウン使われているのよ?」

「きゃぱしてぃ?」

「これ聞いている状態じゃあ、能力が使えなくなるのよ」

謎が解けたサソリは、睡眠不足と相まって力無く、布団の上に倒れ込んだ。

「そうか、チャクラが練れないのはそいつのせいか」

「うるさいから止めるわよ」

「ああ」

スイッチを弄ると大きな換気口から排出される音がなり、ノイズが鳴り止む。

「ひょっとして、脱走防止かしら?だとしたら徹底しているわね」

「アイツならやりかねんな」

鬼軍曹ことサソリの担当看護師が腕を鳴らして眼を光らせているイメージが過る。

 

「いやー、黒子は朝から駆り出されているし、夏休みだから暇なのよねー」

パイプ椅子を用意して、背もたれ部分を抱き抱えるように座る。

「佐天さんの病室にでも行ってみようかしらね」

「アイツなら、今日診察らしいぞ」

「あら、じゃあダメね」

「ふー」

サソリがグッタリと座っているのに気が付いて御坂が質問をした。

「大丈夫?ちょっと顔色悪いけど」

「ちょっとな、昨日来た奴いただろ」

「湾内さんと泡浮さん?」

「湾内と連絡が取れるようにしただろ、これを見ろ」

 

サソリがテーブルの上に置かれた携帯電話を手に取ると御坂にメール部分を開いて見せる。

 

未読メール 34件

 

御坂が目を見開いて、サソリの携帯電話を弄る。

 

「!!?」

「全部、アイツからなんだが」

「ちょっと内容見せて貰って良い?」

「ああ」

 

差出人 湾内絹保

件名 好きな食べ物

 

チーズフォンデュはお好きでしょうか?

 

差出人 湾内絹保

件名 好きな食べ物

 

ピータンはお好きでしょうか?

 

差出人 湾内絹保

件名 好きな食べ物

 

キャビアはお好きでしょうか?

 

下にスクロールしていくがどれも名詞だけを変えたテンプレ文のように続いている。

 

「待って待って!湾内さん!食べ物総当たりで質問していく気?!」

 

「はい」か「いいえ」で答えられるメールを所望したので、湾内はしっかり守っているが、ここまでされる逆に恐怖だ。

 

「アイツに教えたのまずかったな。昨日から凄え来るんだが」

「返信した?」

「最初の方は返していたがその後は面倒になって返してない。それでも来るからもう......」

 

サソリがガクッと項垂れる。

よっぽど参ってしまったらしい。

 

凄いわね湾内さん

こんなに疲れきっているサソリ初めて見たわ

 

「御坂は、あの湾内とかいう奴を知っているのか?」

「んー、あたしもつい先日会ったばかりだから」

「どういう奴だ?」

「そこまでは」

「そうか」

「なになに、興味が出てきたの?」

 

御坂が興味津々どれもばかりにサソリの近くに椅子を移動させる。

「いや、やめさせてくれねえかと思ってな」

「ですよねー」

 

サソリは、ベッドから半身を起き上がらせた。

「御坂、質問いいか?」

「いいわよ」

「この機械で写真を撮ることが出来るのか?」

サソリが携帯電話を指差して、御坂に訊いた。

「撮れるわよ。貸してみて」

御坂が操作をして、携帯電話のレンズをサソリに向けて構えた。

「じゃあ、ハイチーズ」

カシャとシャッター音がして気難しそうなサソリが中心に写っている。

 

「ほら」

「ほう、どうやった?」

「このカメラのボタンを押し、真ん中のボタンを押すと撮れるわ」

携帯電話を持って、操作を確かめるように辺りをパシャパシャ撮っていく。

 

「これって写真が消せたりするか?」

「まあね、右上のボタンを押すと機能が出て、消したい写真を選んで消せるわよ」

 

御坂がサソリに見せながら、目の前でカーテンやピントがズレてぼやけている御坂の写真を消していく。

サソリも見よう見まねで写真を削除した。

「これは機械ごとに違うか?」

「いや、だいたい同じね。あたしもアンタの携帯電話を弄れるし」

「ほうほう」

 

サソリはニヤリと笑みを浮かべた。

これで写真を消す手段がマスター出来た。

あとは......

「よし、ありがとうな。湾内にはオレが直接言ってくるか」

「え?」

「また、今日の夜にやられたら堪ったもんじゃねーよ」

「そうだけど、この病室から抜け出すのは」

「そうだな......ちょいと部屋に細工する」

「分身を使うの?」

「いや、チャクラが使えなくなるのが使われているから、オレが行く」

 

キャパシティダウンの影響により、サソリはチャクラは練れない。

たとえ分身の術を使おうが、キャパシティダウンを使われた瞬間に消える可能性が高いことが想定される。

 

「よっと」

サソリは、引き戸を開けて渡された検査についての説明書き(済み)の裏にペンで術式を書き込んだ。

紙は、全部で4枚書き。

ペン先を滑らかに動かしながら、達筆な文字をA4用紙にビッシリ書き込んだ。

 

「うわあ、眼が痛くなりそう」

細かい文字列に御坂が紙を覗き込みながら言った。

「よし」

サソリは、起き上がると文房具の糊を持って四方の壁へと貼り付けた。

「何してんの?」

「この部屋に入った瞬間に幻術が発動するようにする」

貼り付け終わると、サソリはチャクラを込めたか確認するように手を当てた。

 

「御坂、部屋に入り直してくれ」

「へっ?分かったわ」

 

御坂は、引き戸から出て行ってもう一度、引き戸を開けた。

そこには、ベッドに横になるサソリが映っている。

「??」

別に普段と変わりない。

いや、よく見れば熟睡しているように見えた。

寝るとしたら、ディフェンディングチャンピオンの青タヌキの相方の寝付きが要求される。

「どうだ?」

「うわっ!?なんで洗面台から?」

 

ベッドに横になっているはずの、サソリが洗面台からスッと出てきた。

イヤ、それでも現在進行形でサソリはベッドに横になっている。

「??」

「どうやら成功のようだな」

サソリは解の印を結び、御坂を幻術から解いた。

「その機械は、音を使った能力封じだ。だから、物にチャクラを馴染ませてやりゃあ、関係ねえと踏んだ」

 

「そんな便利な技が」

 

これがあれば、大変だったプール掃除をしないで済んだかもしれないのに!

悔しそうに病院の床をバシバシ叩いた。

「うるせえな!」

 

「さて、準備が整ったな。御坂お前も手伝ってくれ」

「あ、あたしも!?」

 

「お前は、湾内の近くにいた黒髪の娘を連れ出せ。湾内と二人で話しがしたいから」

「お、おっ!!」

「?」

 

サソリの信じられない行動に御坂の頭は高速で回転した。

あのメールの束の事かしら

そうか、湾内さんに告白されたからね

湾内さんについてもっと知りたいって考えた訳ね

まあ、それ自体は悪いことじゃないし

サソリの問題だしね

出来れば、黒子も頑張って貰いたいけど

あたしが口を出すことじゃないし

 

流石の御坂さんも妙な勘が働いて、お見合いのオバちゃんのような顔で悪巧みをする笑顔を見せた。

 

「何だよ?」

「何でもありませんよ。ふふふ」

「気持ち悪い笑い方してんな」

 

 

「でどうやって病院抜け出すの?正面から行けば捕まるわよ」

「白井は今日は来れないんだよな」

サソリが身体をゆっくり伸ばしながら、軽く身体を動かした。

「ええ、ジャッジメントの仕事で記録整理だって」

サソリは、病院着の上から暁の外套を着だした。

「よし、分かった」

 

サソリは、印を結び出す。

辺りに白い煙が立ち込めて、サソリを包み込み、煙が晴れると白井そっくりの姿に変化した。

常盤台の制服を見にまとい、二つにまとめた髪を窓からの風でなびかせる。

「!!!!?」

サソリ白井は、クルッと振り返る。

赤い髪のツインテールが揺れる。

「まあ、これでいいだろ?」

やる気が無さそうな感じで、力なく傾いて立つ。

白井にしては、妙にエラそうで言葉使いが乱暴で......あれ、普段の白井と変わらないが

 

「黒子?でもなんか違うわ」

 

雰囲気が全体的に。

 

「そうか......」

サソリ白井は目を閉じ、演技に集中する。白井の口調と動作を真似て、にこやかな笑顔を見せると御坂に向かって

「さあ、行きますわよ!お姉様!」

「えっ!?」

完全なる白井がそこには居た。

 

******

 

「忍者ってそんなことも出来るのね」

「まあな」

すんなりと病院から抜け出すこと成功して、学園都市の街中を二人で歩いていく。

もう、白井の演技から外れて、ただの無愛想な表情のサソリ白井になっている。

御坂より背が低くなり、御坂と話す時は見上げる形となる。

「もう、黒子の真似はしないのね」

「やろうか?お姉様」

「やっぱいいわ。アンタが言ってるとなると鳥肌が」

でも声は白井!

 

すっごい違和感!

何だろう、この例えようのない感じ

 

「ねえ、分身ってあたしも出来る?」

「できねーの?お前くらいなら簡単だと思うが」

「そういう能力者なら出来るんだけどね。あたしには全然」

「便利そうで不便だな」

 

二人揃って信号を渡り、交差点を左折した所でサソリ白井が何かに気づいて、御坂の上着を掴むと引っ張り上げて路地裏へと押し入る。

「ちょっ!痛いじゃない」

「居たぞ」

 

狭い空間で頭をぶつけた御坂が頭をさすりながらサソリ白井が顎で指し示した場所を見やる。

 

とある夏服フェスをしている店で目的の湾内と泡浮が楽しそうに、店先に並んでいる服を見て、会話していた。

「ど、どうするの?」

「泡浮を連れ出してくれ、湾内のメールの事でも良いから......なるべく時間を稼いでくれ」

「時間を稼ぐたってねー」

「あと、オレの名前を出すなよ」

「何で?」

「いいから」

 

御坂に話すのは面倒な事になりそうだ。

それに、オレ自身の問題でもあるからな。

 

白井の顔で怖い顔をしている。

これ以上聞くなのオーラが強く出ている

 

はっ!!?

ピーンと来たわ。

御坂の頭の中でサソリがモジモジしながら

「だって照れるだろ。湾内さんという女性と二人きりになるんだから」

という声がこだました。

 

しょうがないわね。出来の悪い弟を世話する姉と言ったところかしらね。

 

御坂は背が一回り小さくなっているサソリ白井の頭をナデナデした。

「何すんだ!」

「何でもないわよ。お姉さんに任せなさい」

御坂は路地裏から外に出て、服屋にいる湾内達に近づいた。

「あらー偶然ね(棒読み)」

「あら、御坂さん!昨日はありがとうございましたわ」

ぺこりと湾内は、頭を下げた。

「御坂さん、今日はどちらに?」

泡浮が見ていた、水玉のワンピースを元の場所に掛けながら言った。

 

「泡浮さんに用事があってね。ちょっまて良いかしら?」

「わたくしにですか?」

「そうそう、ゴメン湾内さん。泡浮さんをちょっと借りて良いかしら?」

「わたくしは、構いませんけど」

「ありがとうね」

泡浮の手を握るとやや駆け足でその場を後にする。

 

「どうしました御坂さん?」

「ちょっとね。なんか涼しい場所でお話しでも」

 

さあ、サソリ

頑張ってきなさい。

 

御坂と泡浮は、交差点を曲がり湾内の視界から消えた。

「?」

首を傾げて、湾内は二人の後ろを見ていた。

 

よし

邪魔ものは排除した

写真の消去をさせてもらうぞ

 

その隙にサソリは、変化の術を使い泡浮そっくりに化ける。

スレンダーな体型に黒髪のストレートだ。

常盤台の制服を身に付けたサソリ泡浮が路地裏から這い出てきた。

いきなり、女子中学生(しかもお嬢様)が路地裏から出てきたので通行人は、ギョッとしたように足を止めている。

 

ゆっくり感覚を確かめるように手足を動かすと、ポツンと一人でいる湾内に近づいた。

「湾内さん」

「あっ!御坂さんはどのような用事で」

サソリ泡浮は、ニッコリと上品に笑みを浮かべながら言う。

「何でもありませんでしたわ。では、行きましょう」

「行きましょうって、このお店で見ようという話ではありませんでした?」

 

ギクッ!

サソリ泡浮の顔が少しだけ困ったように汗を流した。

 

「そ、そうでしたわ!では、入りましょうか」

「はい」

店に入り、サソリ泡浮は湾内が持っている携帯電話を手に入れようと画策していた。

夏服フェアをやっているので、店内には海に行くようなの水着が売られている。

女の子なら誰もが足を止めて見入いるような可愛い柄の水着。

少しだけ、大胆に布面積が小さいビキニ。

パラオが付き、麦わら帽子を被ったハワイをイメージしたマネキンが夏の到来を実感させる。

 

「新しいのが欲しいですわね。前に着ていたものはサイズが小さくなってしまいましたし」

 

店内全域が女性だらけの花畑の世界に流石のサソリも居心地の悪さを見せ始めてる。

くそっ!

さっさと写真を消して、帰らなければ

こんな所にいるのはマズイ。

 

「泡浮さんは、こちらがよろしいのではないかと」

爽やかな青空をイメージしたようなビキニをサソリ泡浮に見せた。

 

「わ、わたくしはまたの機会にいたしますわ」

「あれ?新しい水着を買いたいっておっしゃってましたよね」

 

コイツから誘ったのかよ!

 

「あちらで試着が出来ますから、一回着てみてくださいですわ。きっと似合いますわ」

青色の水着を渡されて、促されるがサソリ泡浮には無論そんな事ができるはずもない。

 

無茶言うな!

こんなモンが切れるか!

何か回避しなくては

 

「湾内さんはどのような水着を買いますの?」

サソリ泡浮が軽く咳払いをしながら、湾内に逆に質問した。

「そうですわね......今年は少しだけ大胆にしようかと思っていますの」

花柄の上と下で別れたセパレートタイプの水着を手に取る。

 

「サソリさんは、喜んでくれますでしょうか?」

頬に手を当てて、恥ずかしそうに眼を閉じている。

サソリ泡浮は青い水着を元の場所に戻している。

「ん?!」

湾内の意外な一言にサソリ泡浮は、一瞬だけ動作をやめた。

「あまり出しても良くないと聴きますし、難しいですわ」

 

オレの為に?

何故だ?

この娘は一体?

 

サソリには初めての経験だった。

湾内の言動や態度からは木山のように嘘を吐いているように見えない。

 

ま、まさか......

本当にオレの事を......

 

試着室に入っていく湾内を見送りながらサソリ泡浮は、真剣な顔になって悩み出す。

オレにか......

いや、まだ決まったわけではないが

もし本当にそうであるならば

はっきり言わないとならんな

 

オレは幸せにはできない

できるのは不幸にするだけだ

 

オレなんかやめて、別の所に行ってくれ

 

試着室から出てきた湾内がやや、照れながらサソリ泡浮の前にカーテンを開けて現れた。

セパレートタイプの水着に白い柔肌が妙に眩しく見えた。

決してサソリには手の届かない場所に咲く花のように見えてしまう。

サソリ泡浮は、上品に笑みを浮かべると

「似合っていますわ。湾内さん」

と言った。

 

ここに来て、サソリは自分で心から思った事を口に出した。

 

******

 

「本当に買わなくて良いのですの?」

「はい、あまり気に入るのがなかったですわ」

「そうですの。サソリさんに早く見せたいですわ」

ギュッと買ったばかりの水着が入った袋を愛おしいそうに抱きしめた。

 

だめだ

頼むから、オレから離れてくれ

オレと一緒にいてはダメだ

 

オレが出来るのは、壊すだけだ

血を抜いて、皮膚を剥いで洗う

 

近くにいたら、オレはお前を殺してしまうかもしれない

生気に満ちた眼がオレの手に触れた瞬間に色を喪い、何も映らないガラスのように無機質になる。

そのガラス玉はオレを見上げる。

オレの行いを咎めるように見続けている。

細くしようが、関係なく

全てを知っているかのようにオレを映し続けていた。

 

写真を消したら、終わりだ

もう、コイツとは

 

サソリはポケットから自分の携帯電話を手に取ると湾内へのメールを開いた。

 

宛先 湾内絹保

 

本文 はい

 

と入力してメールを送信した。

これが最後の言葉になる。

 

湾内のカバンの中で携帯電話が震え出し、サソリ泡浮の前で携帯電話を開く。

「まあ!サソリさんから返信が来ましたわ」

嬉しそうにメールの文面を読んでいる

 

「サソリさんってチーズフォンデュがお好きなんですの?」

最後に送った好きな食べ物は、チーズフォンデュだったらしい。

「難しいものですわね。いやでも、これはやり遂げなければいけませんわ」

 

サソリ泡浮は手を伸ばすと湾内の携帯電話を手に取る。

「?何をしますの泡浮さん?」

 

サソリ泡浮は、黙って写真のデータを開いた。

そこには、サソリが助けた時の勲章である無残に壊れた巡回ロボットの写真がある。

他に、美味しそうにケーキを頬張ってご機嫌にしている湾内の写真。

学校での泡浮を取っている写真。

ベッドで横になって寝ている写真。

友達と楽しそうに会話している写真。

 

どれもがサソリに取って眩しく、尊い一瞬だ。

 

全てが彼女に取って大事な欠片だ。

奪ってはいけない

壊してはならない

 

闇の中で生きているオレなんかのために、闇の中に進んで来なくていい

 

サソリ泡浮は、御坂から教わったやり方で巡回ロボットの写真を消去に掛かる。

「な、何をしますの!?」

湾内は、血相を変えて携帯電話を奪い返そうとするが、サソリ泡浮は指を動かしてチャクラ糸を縫い付けて動けなくした。

「へっ?」

 

データにすれば数百キロバイトのデータ量。

ものの5秒で写真は完全消去された。

『消去完了』

冷たい四文字をサソリ泡浮は、湾内に見せる。

「ひ、ヒドイです泡浮さん!なぜサソリさんの写真を消してしまうのですか!」

動けない湾内は、涙を流しながら抗議する。

サソリ泡浮は、チャクラ糸で操って湾内の手を差し出させ、携帯電話を優しく返した。

 

「オレは、お前が思っているような人間じゃない」

驚くほど、冷たい声でサソリ泡浮は言い放った。

サソリ泡浮は、変化の術を解いた。

暁の外套を身に付けたサソリが湾内の前に姿を現す。

 

「さ、サソリさん!?なんでどうしてですの?」

 

「湾内......今日はずっと付けさせて貰った。結論から言ってしまえば、オレはお前とは付き合えない。付き合う資格がない」

サソリは自嘲気味に薄く笑った。

「わ、わたくし直します!サソリさんに見合うようにしますわ」

 

違う

資格がないのはオレの方だ

 

サソリは、指を動かして湾内を歩かせた。

自分から距離を取らせるように、静かにゆっくりと歩かせる。

「サソリさん!」

湾内が泣きながら、懸命に後ろを向こうとする。

サソリは、顔を伏せたままチャクラ糸の制御限界まで湾内を離す。

 

レベルアッパーで木山が伝えていた事。

「あの子達は、幸せになるべきだ」

 

湾内

お前は、幸せになるべきだ

オレなんかよりずっとずっと......

 

「ありがとうな」

そう呟いた所で湾内の拘束が解かれ、チャクラ糸から解放された。

慌て、振り返るがサソリの姿は見えない。

湾内は、息を荒くしながら走り出した。

先ほど寄っていた店舗。

歩いた道、サソリが立っていた場所。

しかし、サソリはどこにもいない。

まるで最初から居なかったかのように

「サソリさん!サソリさん」

路地裏を入り、制服が擦れようが関係ない。

湾内には消えてしまったサソリしか頭になかった。

 

そんな

そんな

これが最後なんて

 

ゴミ箱を倒しても気に留めず、走っていく。

クモの巣が絡み付こうが関係なかった。

手に持っていた袋を落としそうになりながら、配水管で湾内は躓いた。

「痛い......」

膝から血が出ている。

 

不意に背後に立つ気配がした気がして湾内は、振り返った。

「サソリさん!」

しかし

「あれ、常盤台の子じゃね?」

「うは、お嬢様じゃん!どうよ俺達と楽しい事しない?」

三人組の不良が湾内を見下ろすように立っていた。

ジリジリとニヤけながら、手を伸ばしてくる太い腕に湾内は、恐怖に顔を引きつらせる。

「あ......あ......ああ」

 

持っていた紙袋を投げ付けると、慌て起き上がり、逃げようとするが腕を掴まれて、不良の胸元へ強引に引き寄せられた。

口元を押さえられて、悲鳴を上げることもできない。

もがいて脱出しようとするが、不良と湾内では明らかに筋力では勝てなかった。

不良の男がゆっくりと湾内の耳元で囁く。

「大丈夫だって、ちゃんと帰してやるから......いつになるか分かんねーけどな!」

「んーんー!」

「常盤台の子とヤレるなんて最高じゃね!」

湾内を引きずるようにして不良の男達は路地裏の奥へと消えて行く。

 

助けて

助けて......ください

サソリさん!

 



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第30話 憤怒

「ふー、終わった終わった」

診察を終えた佐天が伸びをしながら、エレベーターに乗り込んだ。

佐天の病室てサソリの病室は一階しか変わらないので、エレベーターに乗るよりも階段の方が早いが。

 

倒れていたのですから、エレベーターを使いなさい!

と看護師に念を押されているので、エレベーターには半ば強制的に乗らされている。

 

体調は絶好調だけど

この数日で体重の方がヤバイかも

運動もあまり出来ていないし、友達からのお見舞いでお菓子を渡されて、食っては寝て、食っては寝ての毎日だ。

 

だって、普通のチョコレートじゃなくて

高級なホワイトチョコレートだよ!

それは食べちゃうわよ

だって美味しいもん!

濃厚で上品な甘さが口の中いっぱいに広がるんだよ!

我慢できる訳ないじゃん

 

うまくいけば明後日には退院できそうだけど、この夏は膨大な課題だけじゃなくてダイエットもメインになりそうだわ。

 

「さて、サソリの所にでも行こうかしら。御坂さん達も来てそうだし」

 

まてよ

能力者って能力を使えば、痩せるのかしら?

あたしもせっかく氷が作れる能力に目覚めたし、氷ダイエットが出来そうね。

でもそれが出来るなら、なおさら能力者ってお手軽にダイエットが出来てズルいわね。

こちとら、暑い中でジョギングしたり、部屋の中で暇を見つけては踵を上げたりと地道に完璧なプロポーションになろうと努力しているのに......

 

ガラガラと引き戸を開けて、サソリの病室へと佐天は入った。

 

「遅いけど!おはよ......!?」

元気よく挨拶をしながら入るが、部屋のベッドには横を向いて熟睡しているサソリが佐天の目に映っていた。

「あら、まだ寝ていたのね。結構ねぼすけだったりして」

佐天は、近くにあったパイプ椅子に腰掛けて、サソリが寝ているベッドの柵に前のめりに体重を掛けた。

「サソリがこんなに寝ている姿って初めてかも」

 

でも当然だよね

レベルアッパーであたしが寝ている時に戦っていたんだもん

ケガをしても、初春や御坂さん、白井さんを守っていたんだし

あたしの為に、無茶してたんだもんね

 

でも、壁に掛かっている時計を見る。

時間はもう少しで午前十一時になりそうだ。

いくら眠いからって、ずっと寝ているのは身体に悪いんだっけ?

ネットで聞きかじった情報を頭の中で思い出す。

 

「ちょっと寝すぎじゃないかしら?おーい、起きないとイタズラしちゃうぞ」

手をわきわきさせながら、無防備に寝ているサソリに近づく。

「ん」

サソリが軽く寝返りを打った。

佐天がよく見えるように仰向けになり、子供のように無邪気な寝顔を見せている。

 

ドキッ!!

 

佐天の鼓動が一際強く鳴った気がして、拍動が激しくなる。

前に出していた、両手を引っ込めるとサソリのベッドの下に隠れて、ゆっくり柵の隙間からサソリの寝ている横顔を眺める。

 

「やっぱ、かわいい顔をしているわ」

サソリは、態度や言葉使いはしっかりしているが、顔や身体はどちらかと言えばあどけない子供のような印象を与える。

「サソリ」

佐天は、指先でサソリの頬を弾いた。

「ありがとうね」

 

まだ小さな子供みたいに無邪気な寝顔のサソリを佐天は、しばし飽きずに眺めていた。

 

******

 

泡浮を湾内から引き離した御坂は、泡浮を連れて近くソフトクリーム店に来ていた。

「パニラで良いかしら?」

「はい、すみませんわ奢ってもらうなんて」

「いいのよ、あたしが呼び出したんだし」

店先からソフトクリームを渡して貰い、御坂と泡浮は冷房の効いた店内にある椅子に腰掛けた。

泡浮はもの珍しそうに店内をキョロキョロ見渡している。

 

ここも初めて入ったらしい。

 

「それでお話しとはなんでしょうか御坂さん?」

ソフトクリームを舐めようとして舌を出している御坂に泡浮が聞いた。

 

「あ、うんとねー、湾内さんのことなんだけどサソリに大量にメールを送ったみたいなのよ」

 

「えっ!メールをサソリさんにですか?」

 

「そうそう、昨日の夜からずっと来ていたみたいでサソリも参ってたのよ」

泡浮は、店員に付けて貰ったスプーンをソフトクリームに差して、ソフトクリームを掬って食べ始める。

 

「それでベッドに入っても頻繁に携帯電話を弄ってらしたんですね」

 

「それで、サソリも直接言うみたいだけど、泡浮さんからも湾内さんに程々にするように言ってくれるかしら?」

 

「分かりました。すみませんご迷惑をおかけしてしまいまして」

「それほどでもないんだけどね」

 

あたし的には、面白いものが見れたしね

 

あんなに疲れきったサソリなんて初めてみたし

 

でも、湾内さんとサソリがくっ付いちゃったら......黒子は。

 

お姉様!

やはり、黒子にはお姉様しかいませんわ!

今こそ、真実の愛をくださいな!

 

やっと最近、ノーマルになってきたのにまたアブノーマルの世界に連れて行かれそうだわ

湾内さんも頑張って欲しいけど、黒子の方も頑張って欲しいかな

 

いっその事、二人まとめて......

なんてね。そんな事は出来るわけないか

 

御坂がソフトクリームを舐め始める。

熱を持った身体にアイスの濃厚なミルクが舌先で絡んで、口いっぱいに広がる。

 

「湾内さんってサソリに助けられたから好きになったの?」

 

「はい、湾内さんはあまり男性と話したことも、友達として付き合ったこともありませんでしたの。それでも殿方に声を掛けられたりして、怖い思いをしてきたらしいですわ。でも、サソリさんにお会いして、変わりましたわ」

 

「まあ、結構変わっているからね。アイツ」

「サソリさんはどちらの学校に所属してますの?」

「んー、それが分からないのよね。何処から来たのか訊いても知らない場所だし」

「そうでしたの」

 

なんか「里」って言ってたかしらね

 

「でも知らなかったわ。サソリの両親がもう死んでいるなんて」

「わたくしも、何か聴いてはいけない

ことを聞いた気がしますわ」

 

御坂は、ソフトクリームを舐めながらある事を疑問に感じた。

 

じゃあ、あの身体中の傷痕って何なの?

虐待で受けた傷じゃないのかしら

戦った傷なら、あんなに酷い事にはならないわよね

 

「それで泡浮さん、今日は湾内さんと買い物?」

「はい、ちょうど水着を新調したいと思いまして、買い物に行きました」

 

「ごめんね、それなのに」

 

「お気になさらず、わたくしもお礼が言いたいくらいですし、サソリさんに出会ってから湾内さんは本当に嬉しそうでした。肌身離さずに携帯電話を持って、サソリさんから返信があると喜んでいますし、不思議な方ですわね」

 

「ははは、まだまだサソリの操作は覚束ないけどね」

 

ん?

水着?

まあ、良いか

まだ、二人で買いに行くほどの仲じゃないしね

もう少しだけ、時間を稼ぎますかね

 

「それでかわいい水着あったら、あたしに教えてくれる?」

「わたくしが、言っても良いのですの?」

「もちろんよ。じゃあ、アドレス交換でも」

「はい」

 

御坂と泡浮が互いに携帯電話を取り出して、データのやり取りをした。

一方で湾内が大変な事になっているとは知らずに......

 

******

 

湾内の前から姿を消したサソリは、腕を組みながら考えていた。

建物の屋根に飛び移りながら忍で慣らした身体能力を駆使して、病院へ戻る。

 

ここに来てから色々な事があった。

レベルアッパー事件

出会った奴らに助けて、助けられて

ここに居る

 

御坂、白井、佐天、初春、湾内、泡浮

 

このまま、こいつらと一緒に居るのは悪くないと考えてしまっていた。

だが、それはオレの自分勝手かもしれない。

オレと居る事で危険な目に遭うかもしれない。

 

砂隠れの里を抜け出し、里の内部を知る者として、殺人を犯した犯罪者として今でも命を狙われ続けている身だ。

何時、追っ手が来て襲われるか分からない。

ここに来ないという保証なんてない。

 

そんな奴の側にあいつらを置く訳にはいかないな。

この場に留まる意味はない。

また独りで各地を放浪する身となろう。昔のように

サソリは、チャクラを溜めてスピードを上げようとした瞬間

 

助けて

助けて......ください

サソリさん

 

「!?」

サソリの耳に声にならないくぐもった声が響いた。

サソリは急停止をすると、辺りを見渡す。

「湾内?」

サソリは振り返る、遠くに離したはずの湾内の姿を探す。

自分の中でもケガをしているとはいえ、飛ばして来た方だ。

湾内のような娘が追い付いて来れる速さではない。

 

サソリの脳裏に嫌な予感が走った。

「ま、まさか」

サソリは、踵を返すと再び屋根を伝いながら、駆け足で湾内と別れた場所へと走りだした。

 

屋根から息を切らしながら飛び降りていくと、サソリが変化の術を使った路地裏には、数人の人集りが出来ていて、風紀委員と一般学生が話しをしている。

「ここに常盤台の子が?」

「はい、入っていきました。そのあとで何かを物音がして、何かあったんじゃないかと」

書類に確認事項を書き込んでいる。

「うーむ、それだけの情報だと我々は動けないな。一応、見回りをしてみますが」

角刈りのジャッジメントが頭を掻きながら、難しい顔をしてペンで紙をクセのように叩いた。

 

サソリは、角刈りの男を押し退けて路地裏の奥に入る。

「どけ」

「な、何をするんだ!」

 

サソリの視界に、先ほど湾内が買っていた買い物袋が汚れて転がっているのを捉える。

 

サソリさん喜んでくれますかね

サソリさんの好きな食べ物は何ですか?

サソリさん

サソリさんとお付き合いしたいと思いますわ

 

思い出すのは、昨日の湾内の姿だ。

 

オレのせいだ

オレが湾内を遠ざけたからだ

クソ!何をしているオレは

 

サソリは、抑えきれない怒りを殺気を身体から放出しながら、路地裏の奥に入っていく。

静かに己の中で殺意を認めながら、サソリは歩き出した。

忍独特の悟られぬ歩き方で確実にアジトを追い詰めるように

 

「き、君!そこに行ったら」

角刈りのジャッジメントが大きい声でサソリに注意を呼び掛けるが、サソリは一瞥もせず、光の射さない奥へと消えて行った。

 

何処のどいつだ

覚悟しろよ

 

そこには、人間としてのサソリではなく、犯罪請負組織「暁」の一角を占める残忍な忍。

殺した相手の返り血で大地が真っ赤に染まった事で広まった通称

 

赤砂のサソリがいた。

 

******

 

不良の男三人は、湾内をコードを纏めて留める結束バンドで湾内の手足を縛って、路地裏の中にある使われていない倉庫へと運び込んだ。

「んーんー!」

猿轡をされたままで湾内は、出来る限り暴れるが手足を縛られ身体の自由が利かないため、ただ地べたを這い回るだけだ。

「さてと、一応リーダーに伝えておくか?」

「そうだな。怒らせるとマズイから」

「まさか常盤台のお嬢様が捕まえられるなんて運が良いですね」

金髪の男がタバコを吹かしながら、灰を落とす。

 

「んーん!」

湾内のクセッ毛を無造作に掴むと、無理矢理顔を持ち上げた。

恐怖で震える身体に目には涙を溜めている。

それらの動作は、不良の男達には更に虐めたいという衝動に駆られる。

湾内のスカートから伸びている、真っ白な太ももを味わうように撫でた。

 

「!?」

太ももを這い回るおぞましい感触に湾内は、首をブンブンに横に振って、身体を捻じるが抑えられており、ただ太ももに触る手を自主的にズラす手助けをしているようにしかならなかった。

 

「うは、すげえスベスベで触り心地が良いぜ!」

 

嫌!いやあああ!

触らないでください

お願い、離して

 

暫く三人で堪能すると

「ダメだこれ以上やったら我慢できねぇ!」

「そうだな。俺らでリーダーに伝えてくるから、お前はこの娘を見張っていろよ」

「はい!」

不良の三人の内の二人が物置の外へと出て行った。

やっと少しだけ解放された湾内は、ブルブル身体を震えながら、涙を流している。

一人だけ、見張り役になった金髪の男は、頭を掻きながら座っている。

 

「ちっ!リーダーが来たら俺が出来なくなっちまうじゃねーか」

吸っていたタバコを地面に踏みつけて消すと、辛うじて座っている湾内の身体を押し倒した。

 

「こんな上玉を最初にヤレんなんて最高だな」

金髪の男は、ズボンのチャックに手を掛けて少しずつ開けていく。

湾内が逃げないように片手で肩を抑えている。

「ん、んんーー!!?」

 

反射的に湾内は、目を瞑った。

このまま開けていたら、自分の精神が持たないような、一瞬の防御反応なのかもしれない。

 

いや、いや

こんなの嫌!

助けてください

誰か、誰か

サソリさん!

 

金髪の男が湾内の上着の隙間へと手を入れようとした時、天井から黒い影が飛び降りてきて、金髪の男を殴り飛ばした。

「ぐはっ!」

壁際まて吹っ飛ばされて、尻餅を突く。

「な、何が?!良いところだったのに」

しかし、黒い影は一気に距離を詰めると右足で回し蹴りをして、横に金髪を蹴り飛ばした。

 

「??!」

抑えられていた腕がなくなり、湾内は閉じていた眼を開けた。

赤い髪に黒いブカブカの服を着た、想い人の「サソリ」が埃が立ち込める倉庫内に立っている。

「ん!?」

サソリさん!?

信じられないようなものでも見るように湾内は、目を見開いた。

そして、安心したようにサソリの後ろ姿を見続けている。

 

サソリは、一瞬だけ振り返り湾内の無事を確認する。

泣いている湾内の表情と埃で汚れた身体に、乱された制服を見てサソリは、更に殺意を高めた。

 

鼻から血を出している、金髪の男の首を掴むと軽々持ち上げて、壁に叩きつけた。

「何すんだよ!?せっかく」

「せっかくだと......」

サソリは、目を細めて掴んでいる腕に力を込めた。

必然的に金髪の男の首を容赦なく締めていくことになる。

「はが......がっ!」

苦しそうに、必死の形相で呼吸路確保しようとサソリの腕を握る。

だが、サソリは男の腕力をモノともしないように、少しだけ締める力を弱めた。

 

「お前一人か?」

「ケホ......ケホ、はあはあ」

金髪の男は、自分の呼吸をするのに精一杯でサソリの質問には答えない。

ボキッ!!

サソリは、金髪の男の人指し指を掴むと容赦なく折った。

「がああああああああああああああああ!!」

「答えろ」

 

サソリの冷徹な行為と言葉により、金髪の男の戦意は完全にヘシ折られて、男は震えだした。

「あ......ああ、あと三人......」

「聞こえん」

サソリは、折った指の隣を掴みだした。

「いいいい!分かった、分かったから!あと三人いる。その内の一人がリーダーだ」

「間違いないな」

「そ、そうだ!嘘は言ってねえ!」

サソリは、固定していた腕を金髪の男から外した。

 

仲間がいるなら、来る前に湾内を自由にしなければ......

 

その場に自由落下する男に目もくれず、サソリは縛られている湾内に近づいた。

手足の自由を奪っている結束バンドにチャクラで作ったメスで切り離した。

 

猿轡を解くと、自由になった湾内が駆け寄ってサソリの縋り付くように胸元に抱きついた。

「怖かったです......サソリさん本当に......うぐ」

「......悪かった」

だが、抱き付いてきた湾内に対してなんのアクションもとらなかった。

 

オレのミスが引き金だ

突き放しておいて、こんな風になってしまった

オレと居ると不幸になる

 

サソリは、自分で立てた命題の正しさを証明したように立ち尽くす。

 

「はあはあ!あいつかなりやべぇ」

金髪の男が折れた指を庇いながら倉庫から、サソリから逃げ出そうとするが、サソリはチャクラ糸を飛ばして拘束する。

抱き付いている湾内を引き離し、自分の背後へと移動させた。

 

「逃がすか」

サソリが指を動かしながら、金髪の男を自分の手元に引きずり入れる。

「まだまだ、キサマには訊きたいことがある」

「ひいひい、ひぃぃぃ」

男の顔は恐怖で歪んだ。

近くまで来るとサソリは、男の前に座る。

「そのリーダーとやら、何か能力を使うか?」

「いや......俺ここに入ったばかりで詳しくは」

「本当か?」

サソリが男の顔を覗き込んだ。

「ほ、本当だ!信じてくれ」

「まだ折り足らないみたいだな」

後ろ手に縛られた金髪の男の指を握り出す。

「まっ!?待ってくれ!能力は見たことはないが、主にナイフを使った技が得意だって言っていた!これ以上は知らない!だから、やめてくれぇぇ!」

 

コイツ自分の番になった途端に

 

「ちっ!」

サソリは、イライラから舌打ちを舌打ちをした。

 

湾内は、キサマなんかよりずっと......

 

サソリは、男の中指を掴んでいる手に力を込める。

すると、隣に居た湾内がサソリの腕を優しく握り始め、首を横に振る。

「!?」

「もう良いですわサソリさん」

「お前を襲った奴だぞ」

「わたくしは、サソリさんが助けに来てくれた事で満足ですわ。だから、許してあげてください」

 

サソリに笑顔を向ける湾内。

どこか誇らしげでもある。

湾内の安心しきった笑顔にサソリもう力が抜けてしまい、サソリは拘束した金髪の男から手を離した。

「はあはあはあ」

「今回は、湾内に感謝するんだな。もし同じような事をしたら、次は容赦しねえからな」

 

サソリの圧倒的な殺気に包まれた金髪の男は、身体中から冷や汗を流しながら、ガタガタ震えだした。

「だ、誰だてめえ!!?」

倉庫の入り口の扉が開けられて、先ほどの二人が入って来た。

「リーダー!すいません、新人がボカしたみたいです」

頭を下げる二人の不良の間から、ニッコリと笑顔を浮かべた男が入って来た。

 

「あれあれ?知らねえ男がいるねー」

迷彩柄のタンクトップを着た黒髪の筋骨隆々の男が倉庫の扉を破壊しながらサソリを見据える。

 

「なになに?彼氏さん?助けに来たのかな?泣かせるねー」

「リーダー!助けてください」

サソリの近くで倒れていた、金髪の男が助けを呼んだ。

「き、キサマ!」

 

「あらあら!俺様のかわいい舎弟をいたぶってくれたりしたわけ?覚悟は良いかなー」

不気味な笑みを浮かべると迷彩柄のタンクトップを着た男がユラユラと身体を揺らした。

男は、一瞬でサソリの視界から消える。

「!?」

サソリは咄嗟に湾内を突き飛ばし、距離を離した。

刹那、タンクトップの男がサソリの隣に移動して、常人よりも遥かにデカイ拳でサソリの頭を殴り飛ばそうとするが、反射的に右腕でガードをした。

「ぐっ!?」

倉庫に積まれたコンテナへと殴り飛ばされて、中身が散乱した。

辛うじて起き上がったサソリは痛みで顔を歪めた。

サソリは、なんとかガードしたがダメージを少しだけ軽減したに留まる。

 

何だコイツ!?

移動が見えなかった

 

「さ、サソリさん!!」

湾内が心配そうに叫んだ。

 

タンクトップの男は、ファイティングポーズを取りながら、その場で身体を慣らすようにジャンプをしている。

「あらあら!俺様のパンチを喰らっても起き上がってくるなんて久しぶりねー。少しは楽しめそうねー」

 

変に間延びした特徴的な言い回しでサソリを挑発するように指を振っている。

 

 



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第31話 宣言





湾内を誘拐しようとした不良グループに単身で乗り込んだサソリは、リーダー格である迷彩柄のタンクトップを着た男の攻撃を受けてしまう。

 

「うぐぐ!」

サソリがコンテナの中から飛び出てくるとタンクトップの男の前に躍り出る。

急激な体躯の変化からか、先の戦いでの爆発に巻き込まれた際の左腕の熱傷部分の皮膚が裂けた。

血がサソリの指先へと一本の流れを形成し、滴り落ちている。

「いいねいいね!俺様と張り合うのねー!なんだいなんだい?まさかあれだけでケガをしたねー」

 

タンクトップの男は二、三飛び上がると、再びサソリの視界から消えた。

やはり、サソリの通常の眼でも追いきれない。

サソリはチャクラ糸を辺りに引き伸ばして、様子を探る。

「!?」

高速で切られていくチャクラ糸の感覚に相手は時空間忍術ではなく、ただ単に高速移動しているだけだという情報を得た。

 

タンクトップの男がサソリの隣に出現すると、飛び上がりながら拳を固めて一気に繰り出した。

「そこか!!」

サソリは、右手を握りしめてチャクラを集中させると突き出した。

二人の拳が互いにぶつかり合い、周りの空気が鋭くなっていく。

 

「あらあら?やるねー。俺様の高速移動に付いてくるなんてねー」

「......」

サソリのチャクラを込めた拳とタンクトップの男の拳がぶつかった瞬間に衝撃波が発生し、舎弟の不良と縛られて動けない不良が吹き飛ばされた。

 

「うあああー!リーダー、俺らが居ることをお忘れなく!」

 

湾内は、コンテナに捕まりながらサソリの変化に気づいた。

左腕から流れ出る血に呼吸が早くなってしまう。

 

サソリさん

ケガを......

 

タンクトップの男は、堪えているサソリの形相を上から見下ろすと嬉しそうに歯を見せた。

「じゃあじゃあ!もう少しだけギアを上げるかねー」

拳と拳で拮抗しているサソリの目の前から姿を消けした。サソリは不意に前からの衝撃がなくなり、前のめりになりバランスを崩した。

「!?」

「こちらねー」

タンクトップの男が一瞬でサソリの真横に移動し、負傷している左腕目掛けて拳を叩きつけた。

 

「がああああああああ!」

ボキッ!

ミチミチと皮膚が裂けていく音と共に、サソリの左腕が変な方向で曲がった。

 

サソリは壁に吹っ飛ばされていき、地に倒れ込もうとする前にタンクトップの男がサソリの頭を握り締めると倉庫の壁にサソリの頭を擦りつけながら、徐々に速度を上げていく。

 

「じゃあじゃあ!一緒に光速の旅にでも行こうかねー」

「ぐうううう!」

壁にサソリの頭を擦りながら、タンクトップの男は、湾内達の視界から消えて衝撃音と激突痕だけが不気味に増えていく。

 

「あ、ああ」

湾内が必死に彼の所在を見つけようと目を凝らすが見えない。

そして、倉庫にあるパイプに当たり、へし折れるとガスが噴射された。

サソリは宙に出現し、タンクトップの男がすぐさま移動し、両腕を組むと振りかぶりサソリを地面に叩きつけた。

「があっ!?」

地面に当たり、バウンドをするとサソリはうつ伏せの形となる。

タンクトップの男は、空中で狙いを定めるとサソリの背中に自分の全体重をぶつけ、そのままサソリの背中に座り出した。

折れた左腕も下敷きとなり、折れた骨が皮膚を抉った。

「ぐああああ!」

 

「ふうふう!久しぶりに本気で動いたねー」

サソリの尋常ならない声に湾内は、走り出してタンクトップの男に向かって鉄パイプを両手で持って殴りつける。

 

「サソリさん!今、助けますわ!」

鉄パイプを持った経験が乏しい湾内は、フラフラと危なっかしい腕でサソリの上に居る男を殴る。

 

湾内......!

 

タンクトップの男は湾内の攻撃をもろともとしないように耳掃除をすると、息で指先を吹いた。

「うるさいねー。お前たち」

「おっと常盤台のお嬢さんは、俺らが相手してやるぜ」

 

サソリのチャクラ糸の制御が切れた金髪の男も折れた腕を庇いながら、立ち上がり他の二人と合流すると湾内を抑えるように羽交い締めにした。

「離してください。サソリさんサソリさん!」

タンクトップの男の舎弟が湾内の腕を掴んで、引き倒した。

 

サソリは、潰されている左腕の激痛に耐えながら、歯をくいしばった!

右手にチャクラを溜めて、片腕だけでタンクトップの男を背中に乗せたまま逆立ちに近い持ち上げ方をした。

「や......め......ろ!」

 

徐々に宙に浮いていく身体に驚きながらもタンクトップの男は、余裕そうに笑う。

 

「あらあら!凄い力ねー。だけどふん!」

タンクトップの男が力を込めると電撃が流れて、持ち上げているサソリに流れていく。

「ぐううう!」

 

サソリの右腕が崩れて、再び下敷きの形となった。

サソリの弱点である電撃を喰らい、サソリの身体に力が入らなくなる。

 

そうか......分かったぞ

コイツ雷遁使いか

しかも、体術に秀でたタイプだ

雲隠れの雷影と同じ能力だな

 

タンクトップの男は、電撃を自分の体内に流し、極限までに反応速度を引き上げた武闘派だった。

能力自体は、御坂と比べれば弱いが男の屈強な身体全体が人体の極限の速度に上がると殺傷能力は、桁違いに上がる。

 

「嫌、嫌!サソリさん」

サソリには見えない角度で湾内が悲鳴を上げている。

 

不良の一人が湾内の上に馬乗りになって、湾内の口元を押さえた。

湾内は精一杯の力で抵抗するが、抑え込まれ、サソリの方に無理矢理視線を向かせる。

「さあ、あそこでアイツが殺される所でも見るんだな」

「んーん!」

上から男三人分の体重で抑えつけられた湾内は、口から血を流してもがいているサソリを見るとポロポロと涙を流した。

 

「さあさあ!諦めなさいねー、結局威勢だけじゃ、俺様には勝てないねー」

 

湾内の悲鳴と自分の無力さに打ちのめされたサソリは、悔しさに身体を震わせた。

「キ......サ......マ......ら」

サソリの身体からチャクラが溢れ出して怒りに呼応するように両眼に紅い巴紋が浮かび上がった。

巴紋は、更に重なり合い万華鏡写輪眼を形成する。

 

「!?」

押しつぶしているタンクトップの男の下でサソリを中心に燃え盛るような青色のチャクラが出現し、徐々に鎧のような形を造り上げる。

 

骸骨のような手が鎧から飛び出した。

上に乗っているタンクトップの男を鷲掴みにするとそのままに壁へと投げ付けた。

タンクトップの男は、目付きを鋭くした。

 

能力者だったねー......

 

重しが無くなったサソリは、フラフラと立ち上がると再び、チャクラを溜めて骸骨の手を出現させたまま、湾内に乗っている不良男達を骸骨の手で殴りつけた。

「がっ!」

「ぎゃっ!」

次々と壁やコンテナに叩きつけると力なく不良男は、力なくグッタリとした。

 

「大丈夫か!」

サソリが駆け寄った。

「はあ、はあ......はい、でもサソリさんが」

変な方向に曲がった左腕を気にして、湾内が心配そうに呟いた。

「オレは大丈夫だ。捕まれ」

サソリは、万華鏡写輪眼に意識とチャクラを集中すると渦を発生させた。

 

時空間忍術 神威!

 

渦に二人を吸い込ませて脱出しようとするが

軽い火花と共に発射された鉛がサソリの足を貫いた。

「ぐっ?!」

足が言うことを聞かなくなり、サソリは右足から崩れ落ちるように倒れ込んだ。

撃たれた足から血は止めどなく流れ出ている。

「さ、サソリさん?!」

サソリのチャクラが乱れ、時空間忍術が解除されてしまう。

チャクラの反応は小さくなり、万華鏡写輪眼がただの巴紋になり始めた。

 

な、何が!?

起こった!?

 

タンクトップの男が銃口から煙を吐き出しながら銃を構えた状態で立っていた。

傍らには、銃やナイフ、手榴弾が入った武器箱を持って来ていた。

良く見れば腰元には、さっきまで装備していなかった武器を身に付けている。

 

「なるほどなるほど!能力者だったねー。だったら容赦する訳にはいかないねー」

 

サソリに向けて、更に何発かの銃弾をパンパンと発射した。

「きゃあ!」

サソリは、隣にいた湾内の腕を掴むと自分の背後に回した。

サソリの身体に銃弾が当たると、その場に崩れ落ちるように倒れた。

 

「じゃあじゃあ!トドメでも刺そうかしらねー」

タンクトップの男が電撃を見に纏い、再び凄まじいスピードでサソリと湾内の所に移動していく。

懐から真っ白に光るナイフを手に持ち、距離を凄まじい勢いで詰めた。

 

サソリは倒れたままピクリとも動かない。

男は、ナイフで倒れているサソリの首目掛けて切り掛かった。

 

しかし、そこにサソリの姿はなく地面にナイフが刺さった。

周りを見れば、舎弟の不良達が血を流して倒れていた。

 

「幻術だ。阿呆め」

サソリは、写輪眼を使いタンクトップの男に幻術を仕掛けていた。

そして、骸骨の手で殴った不良男達をチャクラ糸で操り、サソリと湾内である誤認させる。

 

サソリは湾内を連れて男が運んできた武器の箱に手を入れるとショットガンを手に取った。

「!?」

要領を得ないタンクトップの男が突き刺さったナイフを引き抜こうと力を込めた。

 

「てめえ!よくもオレの足をやりやがったな。確かこんな道具で」

サソリは足を引きずりながら、男にサソリは片腕のままで銃口を向けると相手の見よう見まねで引き金を引いた。

 

凄まじい爆音と共に弾丸が発射された。

弾丸はタンクトップの男に当たると巨大な体格ごと壁際に吹き飛ばした。

 

「い!?」

サソリも不安定な片腕、踏ん張りの効かない足によりショットガンの反動でバランスを崩し、ひっくり返るようになり頭を打った。

「ぐっ!何だよこれ?!」

予想外の反動に身体中から痛みが走った。

威力は高いが、あまり自分には上手く扱えないと理解したのか、サソリはショットガンを床に置いた。

 

「サソリさん!これ使えますか?」

湾内が武器の箱から手榴弾を手に取った。

「何だそれ?」

「さあ、わたくしにも」

サソリは手榴弾を手に取ると、物珍しそうに眺めた。

「この丸い部分は何でしょうか?」

湾内が手榴弾の安全ピンを引っ張ると少しだけの抵抗の後スルッと抜けた。

 

「?!」

シューと音がなり、煙が出始める。

サソリの写輪眼が大きなチャクラを感知し、急いでタンクトップの男に思い切り投げ付けた。

同時にサソリは、来るであろう爆発から湾内を守るために、自分の身体を湾内に被せた。

手榴弾は、タンクトップの男の近くで爆発し辺りを巻き込んで、砂埃を立ち込めた。

 

「あんな仕掛けだったのか。危ねえな」

起爆札みたいな感じか?

 

湾内は、誇らしげに手を叩いた。

「わたくし、お役に立てましたか?」

「まあ、結果的にな」

 

すっかり静かになった倉庫内でサソリは、暁の外套を破くと鉄パイプで曲がった左腕を固定するように巻いた。

更に脚の撃たれた箇所も同様に。

 

かなり手こずったな。

写輪眼がなかったら、絶対に勝てなかった。

サソリの写輪眼は既に紅い光を失い、鎮静化している。

さっさと戻るか......

湾内の腕を引っ張りながら、サソリは足を引きずりながら、ゆっくりと歩き出した。

 

「サソリさん!とてもカッコよかったですわ!」

「そうか?」

結構、無様な姿だったと思うが。

湾内は甘えるように掴まれているサソリの右腕に頬をスリスリし始めた。

 

刹那、サソリの背中にナイフが突き立てられた。

「ぐっ!?」

サソリが首だけを後ろに向けると、背後で火傷と血を出しながらも野獣のようにサソリを見据え、白く光る刃先を突き刺しているタンクトップの男がいた。

「き、キサマ!」

 

「サソリさん!」

サソリは、湾内を突き放すと口からボタボタと血を出しながら、サソリは指を動かした。

サソリが先程、置いたショットガンをフワフワと遠隔操作で持ち上げた。

「湾内、伏せろ!」

 

「は、はい!」

湾内は、頭を抱え込むような姿勢になって防御姿勢になる。

サソリは、中指を下に折り曲げた。

ショットガンの引き金が引かれ、タンクトップの男の背中に直撃すると、サソリも男と一緒に窓を突き破り、外へと押し出された。

「があ!」

「ぬ!」

 

「はあはあ!ここまでやるとはねー」

サソリな馬乗りになったタンクトップの男は、ナイフを更に抉るように奥に刺した。

「ぐうう!?」

サソリは、再び中指を下に曲げてショットガンをタンクトップの男に向けて発射する。

 

ショットガンが直撃し、タンクトップの男は衝撃で前のめりになるがナイフを固く握り締めて離さない。

弾丸は当たっているが、電磁能力と分厚い筋肉に阻まれて決定打にはならなかった。

 

タンクトップの男は、ビリリと電撃を放出すると、ナイフに向けて電撃を放つ。

「こ、コイツ!」

歯が欠けた口で男は、ニヤリと笑う。

「白光、ホワイトファング!」

突き刺したナイフの先端から電流がサソリの体内に侵入し、サソリの身体が反射的に大きく仰け反った。

「ぐがあああ!」

 

反射的に折れまがった中指に呼応し、ショットガンが発射された。

タンクトップの男は、力を緩めたらしく衝撃にサソリの背中から転げ落ちた。

 

身体の中へ電流を入れられてしまい、サソリは奇妙な痙攣をしている。

タンクトップの男は、息を切らしながら痙攣しているサソリを蹴り付けた。

 

「はあ、はあ......まさかまさか!ホワイトファングを使うことになるなんてねー。飛びっきりの技だから、暫くは動けないね......」

またしても戯けた感じの声だが、目は完全にサソリに向けた明確な殺意を滲ませる。

 

ホワイトファング......

白い牙......

 

タンクトップの男は、サソリの背中に突き刺さっているナイフを手にすると、一気に引き抜いた。

サソリの頸動脈を白い牙で狙いを付けるように頭を片腕で固定した。

 

「ま、待ちなさいですわ!」

湾内が空中で静止していたショットガンを手にすると、震える手で狙いを付けている。

「サソリさんから離れなさい!さ、さもないと、う、撃ちますわよ!」

 

タンクトップの男は、無視するようにナイフを振りかぶった。

 

そんな手で何が出来るかねー?

 

タンクトップの男は、鋭くナイフを突き刺そうと動かした。

「死ね!」

「キャアアアアアアア!」

湾内は、必死にショットガンの引き金を引いた。

轟く爆音と凄まじい反動に湾内は倉庫の中に吹き飛ばされて、手がビシビシと痺れてしまい、ショットガンを何処かに飛んで行ってしまった。

 

さ、サソリさん.......

 

湾内は顔を真っ青にして窓の外へと恐る恐る破れた窓枠から覗き込んだ。

 

ショットガンの弾は、見当違いな場所に当たり、積まれていたダンボールが燃えていた。

 

抑えていたはずのサソリの姿がなく、ナイフだけが地面に突き刺さっている。

「!?」

タンクトップの男が慌て、辺りを見回すと赤い髪のツインテールの女性がサソリの襟首を掴んで、離れた場所に立っていた。

「白井さん!」

 

白井は血を吐き出しているサソリの頬にある血を拭うようにそっと撫でた。

「全くとんだ無茶がお好きのようですわね、貴方は」

「はあはあ」

「 後は、私にお任せくださいな」

負傷したサソリを湾内さんに預けると、白井は噴火しそうな怒りを極限まで堪えた。

白井は、タンクトップの男と向き合うと、息を吸い込み深呼吸をする。

「風紀委員(ジャッジメント)ですの!暴行傷害の現行犯で拘束します!」

 

「ジャッジメントだとねー!」

タンクトップの男が電撃の力で高速移動を開始し、ナイフで斬りかかろうとするが、白井は直前でテレポートをして躱した。

「悪いですけど!私は今ドタマに来てますから手加減は致しませんので!」

 

「!?」

「バカ正直に突っ込んでくるだけなら、別に待っている必要はないですわ」

白井が男の頭上に出現すると、脳天に蹴りを入れて、バランスを崩し、もう一度テレポートで背後に回ると体当たりをして転ばせた。

 

「く!」

タンクトップの男は、白井の足を掴もう身体を捻った形で手を伸ばすが、白井が携帯している金属矢をテレポートで飛ばして、掌を串刺しにした。

「ぐあああああー!」

必死で貫通している針を抜こうとするが、白井は冷酷な目付きでタンクトップの男を睨みつけると首根っこを掴むとテレポートで燃えているダンボール上に男を移動させた。

 

「ギャアア!あちい!み、水!」

燃え盛る炎から転がるように逃げ出した。

白井は、ツカツカと歩き出すと倉庫外で走っている一つのパイプを叩いた。

 

「湾内さん、何やら水が欲しいみたいですわよ!」

白井が窓ガラスをテレポートさせて、パイプを真っ二つに切り裂いた。

パイプの中から水が勢い良く溢れていった。

湾内は、最初はよく分からないような表情を浮かべたが、膝枕をしている傷だらけのサソリを見ると、決心したように目元に力を入れた。

 

湾内は自分の能力を使い、水流を操作するとタンクトップの男の顔に水の塊をすっぽりと被せた。

「がぱ!ゲホゲポ」

 

空気を吐き出して、自慢の筋肉で水の塊を取り払おうと腕を揉むが、自慢の筋肉でも水を跳ね除けることが出来ずにもがくだけだった。

 

「サソリさんにヒドイことをした罰ですわ!反省してください!」

 

急速に失われていく酸素にタンクトップの男の意識は朦朧とする中、タンクトップの男は電撃を放ち、顔周辺の水を電気分解で気体にした。

水は、水素と酸素で出来ている。水素が電撃による火花で爆発を引き起こした。

 

「があは!?」

タンクトップの男は吹き飛ばされたが、解放されたことに空気を慌て吸い込んだ。

「まあ、なんと無茶なことを!」

白井が呆れたように言った。

「理科の実験で習いませんでしたの?電気は怖いものですと」

 

タンクトップの男は、ナイフを構えて体内に溜めた電気を使い高速で移動した。

白井ではなく、負傷しているサソリと湾内目掛けて一気に距離を詰めていく。

 

「では、電気のプロの方にご教授して頂きましょうか。ねえ、お姉様!」

 

すると、蒼い電撃が出現し、高速移動している男の持っていたナイフを正確に消し飛ばした。

兵器とも取れる巨大な蒼い光が現れた場所を慌て見ると。

 

怒りに震える御坂が電撃をバチバチと充填しながら、路地裏から静かに歩いている。

「アンタ......覚悟出来てんでしょうね!」

 

タンクトップの男にしてみれば、自分の完全序列トップの最強の電撃使い(エレクトロマスター)御坂美琴だった。

「第3位!?」

ナイフを溶かされた男は、ナイフを投げ捨てると一目散にその場から舎弟を置いて高速移動で逃げ出した。

「冗談じゃないね!レールガンと殺りあえるかねー」

 

御坂は、地面を思い切り踏みつけると大量の電撃を放ち、地面ごとタンクトップの男を吹き飛ばした。

「ねー!?」

視界上に出現した男に御坂は、更に追い討ちのように鉄骨を磁力で操ると投げつける。

「キモい口癖ね!」

鉄骨の群れにタンクトップの男は、壁に叩きつけられた。

御坂の磁力で鉄筋の壁に鉄骨で挟み込みように固定した。

 

不意に現れた最強クラスの常盤台のメンバーにタンクトップの男はたじろいだ。

 

御坂は、痛めつけられたサソリを見ると更に逆上したように冷たい顔でタンクトップの男に近づく。

男の肩に手を置くと、男の電流とは比べ物にらない大電流を身体中から迸らせた。

「悪いけど......アンタを許す気にはならないわ。サソリにあんなケガをさせて、湾内さんを傷付けようとしたアンタにはねぇぇ!」

蒼い太い電撃の柱が出現し、タンクトップの男を焼き尽くすように包み込んだ。

「あががががが!」

 

容赦のない電流を浴びせると男は、口から煙を吐いて気絶した。

御坂は手をパンパンと払いながら、サソリの元へと戻った。

 

「湾内さん!無事ですの?」

黒髪の泡浮が慌て掛けよった。

「泡浮さん!皆さん来てくださったんですの!」

 

泡浮が連れてきたジャッジメントによりタンクトップのリーダーの男と三人の不良が暴行容疑で拘束された。

 

「どうサソリの傷は?」

「かなり悪そうですわ。すぐに病院に連絡を」

「わたくしを守る為だったんですの!サソリさんが居なかったら、わたくし......」

湾内の脳裏にあの取り囲まれた時を思い出すと震えが止まらない。

 

「良くやったわアンタ!ちょっと見直したわよ」

「まあ、サソリならやってくれると私は信じてましたわ!」

 

湾内は、顔を真っ赤にしながらグッタリと倒れているサソリの頭を抱きしめた。

「!?」

「ありがとうございます。サソリさん」

愛おしそうにそっと胸元に抱き寄せた。

サソリには湾内の体温と心拍の音を感じた。

「わ、湾内さん!大胆ですわね!」

「離れなさいですわ!なんて羨ましいことを」

「まあまあ、今回は湾内さん頑張ったんだから良いじゃない黒子!」

「私だって、レベルアッパーの後始末で頑張ってましたのよ!」

涙を流して抗議した。

 

湾内はフワッとした笑顔を見せると、嬉しそうにサソリの頬にキスをした。

「!?!」

「「「な!ななななな何をー!!?」」」

 

「わたくし決めましたわ!絶対にサソリさんを振り向かせてみせますわ!サソリさんに見合う女性を目指しますわ」

 

「さ、流石に離れなさいですわー!もう、我慢できませんの!」

くっ付いているサソリと湾内を引き剥がそうと両者の頭を持って自分の両腕一杯に拡げる。

 

だが、当人のサソリは冷や汗をダラダラに流し始めた。

「サソリ!どうしたの?」

「あ......チャクラが無くなりそうだ。マズイ、使い過ぎた」

サソリの顔色がみるみる悪くなり、その場でグッタリと顔を伏せる。

「サソリさん!」

湾内が心配そうに覗き込むのを横目で見ながら、サソリは意識を失う直前にこう思った。

 

面倒な事になった......な

 

いつのまにか感覚が遠くなって、サソリは眠ったように意識を失った。



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第32話 プチ女子会

次回から第二章になります。


湾内さんが乱暴されそうになった事件解決から数時間が経過した。

サソリは、左腕を骨折と右足の大腿部に銃弾を受けたらしくそのまま病院で安静にしていなければならない。

医師の見解では、全治二週間とのこと

それ以外としては、身体が衰弱しているが命には別状ない。

未だに意識が戻らないサソリを見送り、各人は家路に向かう。

 

湾内さんは昼間の件から御坂達と一緒に寮に帰宅した。

 

「信じられませんわ......」

常盤台中学の学生寮に帰った湾内は、今日自分がしてしまった行動に自分でも不思議になってしまった。

男性とあまり接触せずに、常に抵抗感しかない自分がサソリの頬にキスをしてしまうという大胆な行動が今でも信じられない気持ちだ。

 

洗面台で真っ赤に上気している自分を見ながら、胸に手を当てて思い出す。

 

今日は色々あった。

サソリさんにお付き合いを断られてしまったが、その後に不良の方に乱暴にされそうになった所を助けてくれた。

 

断られた後は、ショックで何も考えられなかったが、助けてくれて自分を守ってくれたサソリには前とは比べ物にならないほどの憧れと好意が胸の奥から湧き出してくる。

 

それは、お気に入りのぬいぐるみに対するスキンシップにも似たようなものだった。

自分の為にケガをして、動けなくなったサソリの頭を膝枕をしながら、自分勝手な想いを抱いてしまった。

 

わたくしを助けるために......

探して、突き止めて、助けに入ってくれた。

サソリがしたであろう行動を想像する。

相手の攻撃を受けながらも、泣き事も言わずに向かって行く背中を頼もしいと感じてしまった。

ケガをさしてしまった罪悪感よりも嬉しい気持ちがずっと上だった。

その気持ちが我慢出来ずにサソリにキスをしてしまったのだろう。

 

「サソリさん......びっくりした顔をしていましたわ」

キスをした頬の感触

膝枕をした感触、赤くて少し硬い髪

サソリの体温が自分に伝わり、幸せの気分を思い起こさせる。

 

「湾内さん?」

泡浮が洗面台から中々戻らない湾内を心配して声を掛けた。

「ふわ!泡浮さん!ど、どうかしましたか?」

顔を紅潮させ、両手で胸を押さえている湾内に泡浮に何かを悟ったように泡浮はニコッと笑みを浮かべた。

湾内は泡浮に促されて、自分のベッドに座った。その隣に泡浮も座る。

 

「サソリさんって変わった方ですわね。御坂さん達が一緒に居るのも納得しますわ」

「どういう事ですの?」

「安心感があると言いますか、頼ってしまうような気持ちにさせてくれますわね」

 

泡浮は身体の後方に深く座り、両腕で身体を支えるポーズをした。

「湾内さんが居なくなってしまった時に、御坂さんが言ってくれたんですわ」

 

 

ど、どうしましょう御坂さん?!

 

大丈夫よ。サソリも一緒のはずだから

 

サソリさんですか?

 

そう、アイツが居ればなんとかなるわ

でも流石に病み上がりだから、助けに行かないとマズイかもね

 

サソリさんって一体?

 

手間の掛かる弟かな

でも、いざという時は頼れる兄みたいな存在かしらね

 

 

「あの御坂さんの一言でパニックにならずに、冷静に行動できましたわ」

 

頼れる兄

 

湾内はその言葉に共感した。

助けに来て、一目サソリの姿を見ただけで安心感が満たされたことを思い出す。

 

「サソリさんがお兄さん。ふふ、そう考えると楽しいですわ」

「そうですわね。わたくしには兄弟が居ませんから。居たとしたらあんな感じなのでしょうね」

「明日、会うのが楽しみですわ」

 

二人はいつも以上に幸せに感じた睡眠に身を委ねた。

明日、お見舞いに行けば会える。

そんな事を考え、夢を見ていた。

 

翌日、湾内と泡浮はサソリの病室へと向かい、お礼の料理を持って扉を開けようとするが。

「えっ!?ええー」

お見舞いに来た湾内がサソリの病室前で声を上げてしまった。

扉の前には『面会謝絶!』と明朝体で書かれた紙が一枚貼ってあった。

「そ、そんな......」

多少強引でも中に入りたい。

湾内は扉に手を掛けて入ろうとするが、鍵が掛かっているらしくビクともしない。

 

この先にサソリさんがいるのは分かっているのに

それなのに入ることが出来ないなんて

 

「ひ、酷いですわ......」

「ま、まだ眠っているかもしれませんわ。日を改めて伺いましょう」

扉の前で項垂れる湾内に泡浮が少し元気を付けさせるように顔を覗きながら言った。

「うう、今日お会いできると思って来ましたのに」

それでも未練がましく、扉の前から動かない泡浮もどうして良いか分からずに、湾内が持ってきたお礼の料理が入った紙袋の中身を確認した。

 

サソリさんの大好物が入っていると言っていましたが、ほんのりチーズの香りがしますわ

 

「あれ!?湾内さん、泡浮さん?」

サソリの病室で二人で居る所に御坂が颯爽と歩いてきた。

「大丈夫だった?昨日あんなことがあったけど」

御坂が心配そうに訊くと、湾内は目から涙をポロポロ流し出した。

 

「大丈夫ではありませんわ......」

「えっ!?やっぱりあのバカな不良の事が頭から」

「サソリさんに......会えないんですわ」

顔を押さえている湾内に変わり泡浮が声を出した。

「その御坂さん、アレを」

「?」

 

御坂が湾内が指差した方角を見た。

一枚の紙に注意が向く。

「ん?!あちゃー、とうとう来たって感じね」

御坂が頭を掻きながら、困ったように苦笑いをした。

「どういうことですの?」

「んー、サソリってかれこれ三回くらい病院を抜け出していたからね。しょうがないかしら。いつ解除されるか訊いてくるわね」

 

「あ、はい!ありがとうございますわ」

御坂はナースステーションに向けて、駆け足で向かった。

 

ん!?

これって、あたしが全面的にあの鬼軍曹の説教を受けないといけないパターンかしら

......湾内さんの恋路の為

こうした犠牲の上に成り立つものなのよ

 

人は、恐怖を目の前にすると妙に客観的になるものである。

 

******

 

チャクラは、ほぼ空に近い状態だ。

サソリは自分の身体の感覚が遠くなっていくのを感じた。

生涯の経験では二回目だ。

 

あの時、ババアと殺し合った時

核を貫かれて、死を間近に感じた瞬間に酷似していた。

 

「?」

気が付けば、木々が生い茂る森の中に立っていた。

目の前には、川幅が少しだけ広い川が流れていた。

川を覗くと大量の平べったい石が積み重なっている。

 

「気持ち上に投げる感じ。コツとしては」

「!?」

サソリの背後から声が聴こえて振り返った。

おかっぱ頭をした子供の影が得意げに胸を張っていた。

 

子供は、足元に転がっている乾いた石を拾うと小川の先へ石を投げつける。

石は水面を四回跳ねて向こう岸に渡ると、一回小さく跳ねて多数の石ころに同化した。

 

子供は、ニコリと笑うとサソリに石を渡した。

「オレとお前は、この時点では水切りのライバルだ」

「何言ってんだお前?」

サソリは、興味無さげに渡された石を川へ放り投げると、子供の影から離れるように森の中へ行こうとするが。

 

「ご......ごめん......つまらないな.....,川に投げられるのを覚悟しようぞ......さあ、投げろ.......」

急激に落ち込みだした、子供が体育座りをしてブツブツとネガティヴな事を口に出す。

「......」

サソリは、背中を向けたままその場で歩みを止めた。

 

「あの石は......オレがやっとの思いで探し当てた大切な石なのに......やっぱり他人にはその価値が......お前は冷たい奴ぞ......」

ドンドン落ち込んでいく子供の影にサソリは、舌打ちしながら子供の方を見た。

 

「何だよ。投げた石を拾ってくれば良いんだろ!?分かったから黙ってろ」

サソリは川の中へと入り、積み重なった石ころの中から子供の影が言っている石を探す。

 

ったく、面倒なことになったな

 

こんなにたくさんの石がある中で、少ししか触っていない子供の石を探すのは、流石のサソリでも至難の技だった。

適当に拾って渡してしまうか......

見分けが付かないから、手が触れた石を拾って持ち上げた。

 

もうこれでいいや

さっさと渡してガキとおさらばだ

 

川から上がり、まだ落ち込んでいる子供に適当に選んだ石ころを目の前に置いた。

「......」

子供の影は、顔を下に向けて黙ったままだ。

「それだ。じゃあな」

「お前は、何から逃げるぞ」

森に行こうとしたサソリに、子供の影は声を掛けた。

「?」

サソリが要領を得ないまま振り返ると、子供の影はサソリに石を投げた。

即座にキャッチした石には真っ黒な字で【にげろ】と書かれていた。

 

「!?」

 

気がつけば、子供の影はいなくなり川の中で三人の大人が向かい合っていた。

片方は、仲間同士らしく赤い髪の男性と黒い髪の女性が白い髪の男性と対峙していた。

 

サソリを背にして二人は立っていた。

その後ろ姿やシルエットに見覚えがある。

親父?

おふくろ?

 

サソリがかつて欲しくてたまらなかった両親がまるで我が子のサソリを助けるように敵と向かいあっているように見えた。

写真でしか覚えていないようだが、何度も擦り込ませた感覚が高鳴る。

白い髪の男性が白光する短刀を手に持つと黒髪の女性へと投げ付けた。

「!?」

 

サソリは、咄嗟に移動して持っていた【にげろ】と書かれた石を投げ付けて短刀を弾き飛ばし、母を助けた。

二人の前にサソリは、移動して白い髪の男に戦いを挑む。

 

かつてから考えていた事だ。

幼く何も出来なかった子供だったが、今では忍として傀儡師として円熟している今ならば両親を守ることができる。

 

サソリの身体が本人の気がつかない所で人傀儡へと変わっていた。

「サソリ?」

「その身体は?」

サソリの両親が機械的な声で驚きの声を上げた。

その声に反応してサソリは自分の身体を見た。

「なぜ、人傀儡に」

人間の身体に戻ったはずだったが、独特の軋みや無風に近い生体感覚に若干の懐かしさを覚える。

 

一番見て欲しくない両親に見られたか

 

だが、サソリは忍の構えを解かない。

ここで引いて、両親を助けるチャンスを不意にしたくなかった。

 

「お前は知っているはずぞ」

川の脇に、またしてもおかっぱ頭の子供が立っていた。

「?」

 

知っている?

何を?

 

「......お前は、何故人傀儡になれた?」

「!?」

サソリは疑問に思っていなかった。

研究の末にたどり着いた自分だけの理だ。

「傀儡は、お前が生まれる遥か昔から存在していた。しかし、なぜ永遠の命が手に入る人傀儡に誰も手を出さなかったんだ?」

 

「それは......」

確かに奇妙な話だった。

サソリが生まれる遥か昔、伝説の六道仙人の時代から傀儡の原型はあったらしい。

そして忍術としての傀儡を確立した「モンザエモン」、傀儡部隊を率いていたサソリの祖母「チヨバア」等、後の世に影響を及ぼす程の天才的な傀儡師達は絶えず居たはずだ。

それなのに......

 

なぜ、オレだけが

他の忍から人傀儡を造り、その忍が使っていた術を扱えたのか?

自らを人傀儡にして、永遠の時間を手に入れることが出来たのか?

なぜ自分以外に人傀儡が造れなかったのか?

 

「それは、お前の中に流れている血が可能にしている。人傀儡を造るために必要なもの」

おかっぱ頭の子供の影が川を歩きだしてサソリに近づいた。

 

自身を傀儡にする

それには、並外れた生命力が必要だ。

そして、相手のチャクラを封じ込めて留める封印術に近い技術

 

「お前は知っているはずだ」

 

******

 

サソリが意識不明で病院に運ばれたが、まあ案の定、脱走したことがバレてしまい、三回目のペナルティを受けることになった。

 

完治するまで、外出禁止かつ面会謝絶!

 

流石に三回目ともなると容赦ない。

湾内さんが必死に担当看護師に説得してみるが

「サソリさんがいたお陰で助かりました!」

と言ったが看護師は悩みながらもサソリの身体を優先させたいという所は譲らなかった。

とりあえず、一週間は完全に治療を優先させることでまとまり、それからは体調の様子でお見舞いが出来るか判断するとのこと。

 

御坂と湾内、泡浮で翌日に退院を控えた佐天の病室に居た。

サソリのお見舞いがまさかの空振りに終わり、湾内は傍目から見てもかなり落ち込んでいる

「ううう......」

「大丈夫ですの湾内さん?」

病室にあったパイプ椅子の背もたれに寄りかかった湾内が悲痛な声を漏らした。

「一週間もサソリさんに会えないなんて......とても寂しいですわ」

 

「仕方ありませんわ。サソリさんの体調が良くなりましたら行きましょう」

隣にいる泡浮が慰めるように言った。

 

「それでも寂しいですわー!」

佐天のテーブルの上にあった退院に関する諸説明の紙がクシャクシャに握り潰されていき、やり場のない感情を噴出させる。

 

「ちょっと......あたしの退院の手続きが書いてあるから丁寧にしてくれます?」

「はっ!申し訳ありません。これをどうぞですわ」

握りしめていたシワくちゃの紙をテーブルに置くと湾内が佐天に紙袋を手渡した。

「何ですかこれ?」

渡された紙袋を興味津々とばかりに覗き込み佐天。

「チーズフォンデュですわ。サソリさんの為にお作りしましたの」

 

本当はサソリさんに渡す予定でしたのに、でも流石に一週間も保存できませんわ

 

チーズフォンデュ!

何でー!?

 

「サソリさんの好物みたいですわ」

泡浮がとりあえず補足した。

今日の朝から何か作っていると思いましたら。

「アイツってこんなハイカラなものが好きだったの?」

「はい!メールで訊きましたわ」

「変わってますね」

 

「あっ!」

一人だけ何かを察した御坂が声を漏らした。

あの大量のメールにサソリが面倒になって返信したのかしら

 

「どうかしました?御坂さん?」

「い、いやすっかり愛されているわねーってね」

両手をブンブン振って、作り笑顔で返事をした。

 

紙袋からタッパに入ったトロトロに溶けたチーズと一口大に切られたパンが入ったビニル袋を取り出す。

 

うぐぐ......

またしてもハイパーカロリーのお見舞いの品(サソリのお下がり)が来てしまった。

これを全部食べたら、あたしがヒロインの座から転落してしまいそう

 

「えっと......どうせならみんなで食べません?御坂さん達も良かったらどうぞ」

「良いの!?いやー、ちょっと小腹が空いてきた所だから丁度良いわ。湾内さんいい?」

「良いですわよ」

「では、わたくしは紅茶を淹れますわ」

 

佐天の病室でプチ女子会が催された。

 

「おいしー!湾内さん料理上手ですね」

チーズを乗せたパンを頬張りながら佐天は舌鼓を打つ。

「いえ、そんなことありませんわ」

「全くサソリには勿体無いくらいね。アイツって結構デリカシーないから」

「い、いえ」

顔を赤らめる湾内を御坂がからかうように言った。

「紅茶が入りましたわ」

レモンが仄かに香る紅茶を各自が手に取れるようにテーブルへと並べていく。

 

「うわあー、良い香りですね。熱っ!」

佐天が紅茶に口を付けると、淹れたての温度により佐天は舌を軽く火傷をしてしまった。

 

「大変ですわ。すぐに冷やすものを持ってきますわ」

「心配には、おひょびません」

舌を外に出しながら、佐天が指先に意識を集中すると小さな氷の結晶が出現した。

佐天は、その結晶を口の中に入れると飴でも舐めるように舌先を冷やす。

 

「佐天さん......力使えるようになったの?」

「はい!おかげさまで」

「これって氷使い(アイスマスター)ですわよ。あまり見ない能力ですわ」

「そうそう、サソリもそんな事言ってました。けっけけなんとかだって」

 

「けっけけ?なんかの妖怪?」

「いや、よく分かりませんでした。そうだ御坂さんに会ったら訊きたいことがありました」

佐天が勢い良く手を上げた。

「どうぞ」

「ズバリ、能力を使ったらダイエット効果はありますか?!」

 

「ダイエット?」

御坂が紅茶を手に取りながら、宙を見た。

そして、少しだけ考えると

「使い過ぎると身体が怠くなるから、あるかもね......はっ!」

 

御坂が何かに気づいたかのように項垂れた。

紅茶を置いて、パイプ椅子に腰掛けると真っ白に染まる。

 

ひょっとしてあたしのB(バスト)が成長して来ない理由はこれか!?

能力を使えば使うほど、本来であればバストに向かうはずだった脂肪が能力により燃焼されて......

 

「どうしました御坂さん!?」

「ゴメン、立ち直る時間をちょうだい」

「?」

湾内と泡浮が顔を見合わせて首を傾げた。

 

ダメージから回復した御坂は、人が変わったかのようにチーズフォンデュを平らげていく。

失ったカロリーを取り戻すべく。

まだ中学生

御坂はまだまだ頑張ります(←?)

 

「そういえばサソリってどうやって病室を抜け出したんですか?」

佐天がサソリの無断外出を踏まえた上で質問した。

割と厳重だった気がする。

「窓から抜け出したとか?」

「いや、黒子になって正面から堂々と出たわよ」

「し、白井さんにですの?」

「そうそう、そっくりだったわ」

 

「見た目だけですか?流石に声までは再現出来ませんよね?」

 

「声と口調もよ」

「!?」

 

イメージでサソリが白井さんに成りきり

「いきますわ!お姉様!」と元気よくポーズを決めた。

更に、顔を赤らめながら少女漫画チックに恥じらうサソリ

普段のクールで大人びたサソリからは想像出来ない姿だ。

 

「うわあああああああー!超見たいぃぃ!サソリのそんな姿超見たい!何で御坂さん呼んでくれなかったんですか?」

枕をポコポコ叩いて悔しさを全面的に表現した。

「だって佐天さん、診察中......」

「知ってたらサソリの女装を優先しますよ!誰が好き好んで自分の脳の輪切りを見ないといけないんですか!」

 

女装ではない

 

佐天は、折り畳まれた布団に頭を付けて、ブツブツと流行に乗り遅れてしまったかのような心境で身体を震わせている。

「サソリさんって女性になれますの?」

湾内が御坂に訊いた。

「そんなんじゃかった気がするわ。なんか能力を使ってかしらね」

 

「そういえばサソリさん、わたくしと会った時に泡浮さんの姿をしていましたわ」

「わ、わたくしですの?」

急に出て来た自分の名前に泡浮が自分で自分を指差した。

「確かにそっくりでしたわ。声も雰囲気も全て似ていましたわ」

 

佐天の耳がピクンと反応した。

あの上品な泡浮さんもサソリは完璧に女装したですと!?

見たい

見たい

見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい

 

今なら血の涙が流せるくらいに見ていなかった自分が許せない!

 

「何でそんな事を?」

御坂が眉間に皺を寄せて訊いた。

「わかりませんわ...... ただ、サソリさんの思い出の写真を消されてしまいましたわ」

グズグズと顔を下に向けて落ち込む湾内。

 

「な、何!サソリそんな酷い事したの?」

御坂が思わず立ち上がった。

 

「いえ、きっとサソリさんに取ってみれば不快な写真だったのではないかと」

「うわー、これはサソリに説教だわ。ちょっと待ってね」

 

御坂が置いてあった自分のカバンを持ってくると、開けてサソリの携帯電話を取り出した。

「何で御坂さんがサソリの携帯電話を持っているんですか?」

「預かっているだけよ。今、眠っているらしいから」

写真フォルダを操作して開くと、不機嫌そうな顔をしているサソリがベッドに横になっている写真を表示させた。

サソリにカメラの説明をする為に御坂が撮った写真だ。

 

御坂は、携帯電話を反対側に向けると湾内に見せた。

「代わりといっては何だけど、湾内さんいる?」

真正面からサソリ本人を捉えた写真に湾内は、キラキラとした目をしてしばし見つめている。

「サソリさん!御坂さん本当に貰って良いんですか?」

あの時の間接的な巡回ロボットの写真ではない、サソリ本人の写真に湾内は歓喜した。

 

「良いわよ。全くサソリにも困ったものね。じゃあ、湾内さんへ送信っと」

サソリの携帯電話に登録されている湾内のアドレスにサソリの写真を添付し送信した。

湾内の携帯電話にメールが届いた着信音が鳴り、湾内は嬉しそうに開いた。

 

「ふああー!サソリさん、カッコ良いですわ」

どちらかと言えば仏頂面でカメラを睨みつけている写真だが、愛というレンズを付けた湾内には美化されたサソリしか映らないみたいだ。

 

「これでサソリさんが居ない一週間をこれで乗り切りますわ」

湾内が力強く拳を胸の前に掲げる。

「あの、わたくしもサソリさんの携帯電話のアドレスを登録しても良いですか?」

泡浮が自分の携帯電話を開いて、御坂の隣に待機していた。

 

「良いわよ。たぶん、今後使うことになりそうだし」

 

本人居ないけど、勝手に連絡先を交換しても良いのだろうか?

まあ、良いかサソリだし......

 

御坂はサソリの携帯電話のアドレスを表示すると泡浮に手渡した。

 

佐天は真剣に頭を働かせていた。

「さて、どうやってサソリを女装させるべきか」

なんとかしてサソリの女性に化けた姿を一目見ようと必死にベッドの上で策を練っていた。

 



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第2章 妹達編
第33話 看病


第2章スタート

追加
評価見たら、結構な数のお気に入り登録があって驚いています
登録してくれた方、評価してくれた方に感謝感激です!


とある路地裏に黒いぶかぶかの服を着て、大胆にも胸元を少しだけ開開いた黒髪の女性が壁に寄りかかっていた。

胸元には鎖骨がチラリと見えている。

 

こちらの視線に気がつくと黒髪の女性は、寄りかかる身体を起こして眠そうな目と口調で話しを始めた。

「どうも皆さん。語り部担当のフウエイです」

フウエイは、ガラスのように透き通った声を響かせて会釈をした。

挨拶を済ますと壁に足を掛けて、寄りかかった。

 

「新しく仲間に入った湾内様と泡浮様。今後どのようになっていくのか楽しみですね」

 

そして、預けていた身体を起こして、ポケットに手を突っ込む。

ガムでも噛んでいるらしく、風船を作って口先で破裂させた。

舌先や指で弾けたガムを口に戻していく。

少しだけ不真面目な態度だ。

 

機嫌わるい?

 

飛んできた質問にフウエイは、ため息を吐いた。

「いつも元気良いって訳ではありません。全く、湾内様はパパにベタベタくっ付き過ぎです」

 

パパ?

 

「あっ!やってしまいました。昔のクセです。気にしないでください」

少しだけ、照れたようにフウエイは顔を伏せた。

父親に構って欲しくてイタズラをする子供のように見える。

 

「コホン......それでは第2章に話を進めましょうか」

一回だけ咳払いをするとフウエイは、いつもの語り部らしく淡々と説明を始めた。

 

皆さんは、もしも自分と全く同じ姿、同じ声のもう一人の自分に会ったらどうします?

怖くて逃げ出しますか?

いや、話せば分かるの精神で勇気を出して話掛けますか?

それとも、消えてほしいとか目の前から居なくなって欲しいと思ってしまいますか?

 

大正期に活躍した文豪「芥川龍之介」という人を知っていますか?

高校生の方なら、国語の教科書で「羅生門」という作品を読んだことがあるかもしれませんね。

彼は短編小説を主に書き、師である「夏目漱石」に才能を認められた小説家です。

しかし、彼が35歳の頃に睡眠薬自殺を図り亡くなってしまいました。

 

彼は死の直前に自分とそっくりの人物を見たらしいことが知られています。

そのことを雑誌で言っていたり、自分の小説にも話を盛り込んでいます。

 

よくある言い方ですと「ドッペルゲンガー」とも云いますね

何でも会ったら近いうちに死んでしまうという怖い曰く付きのものです。

 

これは、自分と同じ姿、同じ声の自分に会ってしまった少女に起こった悲劇の話。

「最後に質問です。貴方は、その自分を受け入れることが出来ますか?」

 

フウエイは最後の問いかけを済ますと、身体を起こして、崩れた外套を直した。

 

「すみません......今日は少し用事がありますのでこれにて失礼します」

一礼をすると踵を返して、そそくさと早歩きで1本道の路地裏の端にある棚引いている光の先へと消えて行った。

 

 

路地裏にしばし沈黙が訪れた。

先へ進もうと手を動かそうとした瞬間に

背後から女性の声が聞こえた。

 

「あれ?皆さんここに居たのですか?探してしまいました」

振り返ると先程用事があると言って足早に行ってしまったフウエイがカートを押していた。

見物人を見つけるとフウエイは嬉しそうに笑顔を見せるとカートを止めて、中身を出して準備を始めた。

赤い髪の少年の人形、電気を出しているような茶髪の少女の人形など出演者をステージに並べていく。

 

「今日から第2章ですからね。気合いを入れて前口上をしようかと......貴方は、自分そっくりの人に会ったら......はい?もう知っている?......誰から教えて貰ったんですか?......私ですか?おかしいですね、ここに来たのは初めてですよ」

 

用意をしていた赤い髪の少年の人形を手に持つと怯えたように口元に持ってきた。

「も、もしかして私のドッペルゲンガーに会ったんですか?会うと不吉な事が起きるのですよ」

ガクガクと恐怖で震えているフウエイ。

赤い髪の人形を頼っているようだ。

 

すると、フウエイは人形の脇から眼をこちらに向けて言った。

 

ところで、モニターを見ている貴方の後ろで立っている人って誰ですか?

 

 

第2章 妹達編 始

 

 

遠い昔の話だ。

自分がまだ小さい頃のこと。

うろ覚えであるが、リハビリ施設のような場所で難病治療を目的とする研究施設に連れて来られていた。

二階にあるガラス越しの部屋からあたしは一階の様子を見ていた。

 

まるで健常者と障碍者を区別するかのように仕切られ、隔離されている。

同じ人間に生まれながら、毎日を身体に不自由なく暮らせる人もいれば、生まれながら不治の病と診断されて過酷な闘病生活を余儀なくされる人もいる。

そこにある違いは如何程だろうか?

 

あたしの目の前で病院着を着た少年がバーベルでも持ち上げるかのように手摺りに捕まりながら、渾身の力を込めて歩こうとしていた。

「あのコ、足をケガしているの?」

 

歩くなんて簡単で当たり前の自分には信じられない光景だった。

あれだけの力を込めれば手摺りで逆立ちが出来そうなモノだが、少年の行動は体操選手のように振舞わずにただ重力に反抗する屈曲と伸展の繰り返しだ。

 

きっとケガをしていて歩けないだけだ

その考えに落ちつく。

 

「いや、彼は筋ジストロフィーという病気なんだ」

「きん......じす?」

 

筋ジストロフィー

遺伝性筋疾患

少しずつ筋肉の力が弱くなり、筋肉が痩せていく難病

病気の特徴により四つの型に分類される

治療法は、未だに確立されていない

 

見ているだけでフラフラとしている頼りない少年の真っ白な腕や脚。

あの脚に少年は自分を乗せている。

一歩、また一歩と文にするだけならば「歩く」だけで片付いてしまう動作を少年はここ数年命を懸けて行ってきた。

そんな努力を打ち消すように筋力は弱くなり、重力の影響を日に日に強く感じる。

人間として生物としてこの場に存在しているだけで命を削ぎ落とされる気分だ。

 

少年は音を立てて倒れ込んだ。

重力に負け、全身の関節が曲がり出して顎を床に付けてしまう。

 

「あっ!!」

あたしは倒れてしまった彼を見下ろした。

こちらも手摺りに捕まり、体重を足腰に掛けている。しかし、日常の動作には子供ながらに不自由していなかった。

 

案内をしている白衣を着た中年男性が淡々と病気について機械的に説明していく。

「筋力が徐々に低下していく病気だよ。彼はそんな理不尽な生を背負って生を受けた。だからあのように努力して病気と戦っているんだ」

 

諦めずに手摺りの支えを掴みながら再び立ち上がろうとする少年を見て、思わず力が入ってしまう。

無事立ち上がった時には、達成感からかあたしは笑顔で彼の健闘を讃えた。

 

大丈夫

きっと治るから

だってあんなに頑張っているんだもん

いつか歩けるようになるよ

 

「しかし、たとえどんなに努力しても筋力の低下は止まらない。現在の医学に根本的な治療法は無く、やがて立ち上がる事もできなくなり、最後は自分での呼吸も心臓の活躍さえ困難に......」

 

現実に希望なんてなくて

ただ真っ直ぐ残酷な崖が待っているだけだった

徐々に身体の自由を奪われていき、自分で呼吸することも心臓の拍動も失われていく

それは死を意味する

死は知っていた

動かなくなること、寂しくて悲しいことだ

 

「だが、それはあくまで今現在の話だ。君の力を使えば彼らを助ける事ができれかもしれない」

 

白衣を着た男性は、本題とばかりに子供のあたしには分からない用語で希望を述べている。

「脳の命令は電気信号によって筋肉に伝えられる。もし仮に、生体電気を操る方法があれば、通常の神経ルートを使わずに筋肉を動かせるはず」

 

「君の電撃使い(エレクトロマスター)としての力を解明し『植え付ける』事ができれば、筋ジストロフィーを克服できるかもしれないんだ」

 

正直、学校でも習っていないような用語を並べられても意味不明だった。

だけど、少しだけ理解出来たのは

あたしの能力が彼の病気を治せるかもしれないことだ

白衣の男は、膝を曲げて目線を合わすと手を伸ばした。

「君のDNAマップを提供してもらえないだろうか?」

 

それで助けられるなら安いと思った

自分の電気の能力が役に立ってくれることが嬉しかった

 

「......うん」

気がつけば頷いていた。

白衣の男は、そのままエスコートをするかのようにあたしを連れて行く。

「ありがとう」

 

些細な

本当に病気が治ってくれるならば

あたしの能力で人助けが出来るならと思っていた。

生物で習う言葉や専門用語の深い意味なんて知らない。

ただ、苦しんでいる人を助けたかっただけ。

 

だけど、それは違っていた

この善意が過ちの始まりだった。

酷く凄惨な実験の開幕だったことに

あたしは見抜けなかった

苦しまなくて良かった者達を生み出してしまうことになるなんて......

 

******

 

病室で横になっているサソリは、気が抜けたようにボーっとしていた。

ピピピッと看護師が熱を測ると体温は37.5度を指していた。

「昨日よりは下がったけど微熱ね。疲れが一気に出たのよ」

入院してから一週間。サソリは風邪を引いたようで熱っぽい顔で頭を掻いた。

人間の身体になり、久しぶりの病気にサソリはなんとも心地悪そうに布団で横になる。

 

「抜け出そうなんて考えないのよ!」

念を押すようにビシッと指を差す。

「ケホケホ......しねえよ。怠いし」

微熱であるが、人間らしい節々の痛みに気持ち悪さが浮き上がる。

 

レベルアッパー事件からぶっ通しで闘い続けた身体に、とうとう限界が来たらしく顔を真っ赤にしながら布団を頭から被って拗ねたように横向きになった。

 

「......こんなにチャクラは練れんもんか」

左腕の骨折の痛みは治まり、腫れも引いてきた矢先に風邪で倒れるとは情けない。

横を向いて力なくため息を吐いた。

 

「じゅあ、朝の分の薬を置くからしっかり飲んで休むのよ」

カートの薬箱から風邪薬を三錠取り出してテーブルに並べた。

「......ケホ」

サソリは、一回だけ咳をするが無視をするように黙っている。

 

「返事は?!」

「へいへい」

「全く!じゃあ、あとは宜しくね。薬は殴ってでも良いから飲ませるのよ」

サソリのカルテを入力すると、パソコンを閉じて、コード類やサソリの様子と薬を再度確認すると、側にいた赤いツインテールをした常盤台の少女に言って、扉から出て行った。

 

「お世話になりますわ」

いち早くサソリの見舞いに駆けつけていた白井が出て行く看護師に一礼をした。

 

「ゲホゲホ......あー、調子悪いな」

やっと居なくなった鬼に清々しながら、サソリは首を回した。

喉に炎症があるらしく、咳を何度かしている。

 

「大丈夫ですの?」

白井がお見舞いで買ってきたスポーツ飲料水を紙コップに注ぎながら、サソリを心配そうに覗いた。

「寝てりゃ治る」

「寝る前にお薬ですわよ。さあ、起きてくださいな」

「いらねぇよ薬なんか......毒かもしれねーだろ」

「では、本音は?」

 

「......苦いからヤダ」

 

子供か!?

 

鋭敏になった味覚の弊害がここに現れたようだ。

板状に並んで出されているブリスターパックから薬を押し出していく白井。

「良薬は口苦しですわよ。さっさと口を開けなさいですわー」

薬を手に持った白井がコップを手に取ってジワジワとベッドで横になっているサソリに近づく。

 

サソリはプイっと枕に顔を埋める。

絶対に薬なんか飲んでやらないぞとの強固な意志表示だ。

「全く手間が掛かりますわね......ほいさ」

白井がテレポート能力でサソリの口の中に薬を移動させた。

「!!?うっ!?」

サソリが慌て起き上がり、吐き出そうとするが白井がスポーツ飲料の入ったコップをサソリの口に押し込んだ。

ゴクンと飲み込めたらしいが、サソリは頭をテーブルに付けて項垂れている。

 

「ゲホ、ゲホ。お前な、時空間でオレの胃の中に入れれば良いだろ......わざわざ口に入れなくても」

 

「あら、そう単純ではありませんわ。内臓は独特の動きをしますから。一歩間違えると心臓の中に薬が入ってしまうかもですわよ。それでも良いなら......」

 

「分かった分かった」

笑顔でエグい事を言ってくる白井にサソリは若干寒気を感じた。

 

「とりあえず果物を買ってきましたから、食べますわよ」

スーパーで買ってきたミカンを出すと皮を剥いて、サソリに一つずつ渡した。

「体調が悪い時はビタミン摂取ですわ」

サソリは、指でミカンの果肉を確認するとゆっくりと口に入れた。

「......酸っぱいな」

「貴方、文句しか出てきませんわね」

白井もパイプ椅子に座ってミカンを食べ始める。

 

しかし、白井の頭の中を占めるのはサソリと湾内の事だ。

一週間前に起きた暴行事件の際に目撃してしまった光景。

湾内がサソリの頬にキスをするという非常事態に心を掻き乱される。

 

サソリを独占したい

サソリに甘えたいなどの欲求が噴出するが、寸前のところを行ったり来たりの繰り返しだ。

「わ、湾内さんはどうするおつもりですの?」

この質問にも勇気がいる。

もしも、サソリ自身に明確な肯定があれば、もう諦めるしかない。

 

「湾内?ああ、あいつか......正直言うとオレも困っているんだが」

「湾内さんは付き合いたいと言ってますわよ」

「はっきり断ったんだがな......何でオレなんかと」

横になりながら、少しだけ目を細めた。

ガキの頃に親を喪って、その先はひたすらに傀儡の世界に没入して行った。

そのため、サソリ自身には女性と付き合った経験がなく、どう扱って良いのか困り顔だ。

 

「白井......オレはどうすれば良い?」

 

「えっ!?もしかして、今まで女性とお付き合いしたことがありませんの?」

白井はサソリの予想外の問いに持っていたミカンを落とした。

「ねーよ」

 

空いた口をパクパクと動かしながら、しばらくサソリを見つめた。

あれだけ女慣れしている態度をしていると思ったら、実は全然経験がなかったですと!

ま、まさかのチェリーボーイ!?

 

白井は静かにガッツポーズをした。

サソリの初めてになれるかもしれないという喜びからだ。

 

サソリは白井の様子に首を傾げながら、腕を組んで悩む素振りをした。

「うーむ、湾内は割と苦手かもしれねぇな。何を考えているか分からんし」

 

それに先の件で事件に巻き込んでしまったから、後ろめたさもある訳で。

 

「ケホ、いっその事お前だったら良かったかもな」

ガシャンガシャンとパイプ椅子から崩れ落ちた白井が顔を真っ赤にしながらサソリの方を見上げた。

「な、なな!?」

 

ど、どういう意味ですの?

国語の文脈判断ならば二つの意味に取れてしまう言い回しだ。

 

解答例

お前だったら、簡単に断れるのに

 

もう一つの解答例

お前だったら、付き合ってもいいな

 

こ、この迷わせる選択肢をこの場で臆面もなく言いますのー!

「で、では......その私と」

白井は背筋を伸ばして、真剣な表情で向き合った。

 

どちらか分からないならば、当たって砕けろですわ

 

一世一代の大勝負に白井は顔を真っ赤にしてサソリを見上げる。

 

「お前だったら楽そうだな。単純だから分かりやすそうだ」

 

...............

 

白井はプルプルと身体を震わすと落としたミカンを拾い上げて、サソリに投げ付けた。

「このスカポンタン!こちらの気持ちを知りもしませんで!!」

サソリは投げ付けられたミカンを片手で受け止めた。

「何すんだ!お前」

「デリカシーが無さ過ぎますわ!」

座っていたパイプ椅子をテレポートで飛ばして、サソリの頭上に移動させる。

一瞬だけ重力を無視したように漂うとサソリの頭の上に落下して激突した。

「痛ってー!お前、オレが病み上がりなの知っているだろ!」

「もう、知りませんわ!馬に蹴られて死んでしまえですわ!」

 

何でコイツ怒ってんだよ?

 

丁度座るクッション部分ではなく、硬いパイプ部分がサソリの頭に当たりコブを作っていた。

ヒリヒリと痛む内出血箇所を摩って痛みを和らげようとしている。涙が微かに反射的に出てきた。

 

すると扉がいきなり開けられて満面の笑みの湾内が入ってきた。

「サソリさん!如何ですの?」

久しぶりにサソリに会うことが出来てご満悦だ。

「げっ!?」

「!?」

湾内の登場にサソリと白井は、同時に振り返り鼻歌交じりで近づいてくる湾内を驚きながら見つめた。

「とても寂しかったですわ。サソリさん......少し泣いていますけど大丈夫ですの?」

無垢にサソリのベッドに腰掛けると、サソリの顔を覗き込んだ。

「いや、別に」

サソリはなるべく湾内から距離を取ろうとベッドの上から移動しようとするが、湾内はグイグイと近づいてくる。

 

「アンタ風邪引いたらしいじゃない」

上ってくる湾内の背後から御坂と泡浮もサソリのお見舞いに来ていた。

「湾内さん、ペースが速かったですわ」

息を少しだけ切らしている泡浮。

 

「ああ、まあな」

風邪という単語を聞いた瞬間に湾内の表情が深刻そうな顔になった。

「か、風邪ですの!?それは大変ですわ」

湾内がサソリが逃げないように布団の上からサソリの足に乗り、逃げないようにすると両腕でサソリを壁際へと追い詰める。

両腕でサソリの両サイドを固めると、徐に湾内は自分の顔をサソリに近づけた。

「ゲホゲホ!何しやがんだ」

「咳まで!待ってください今お熱を測りますわ」

と額をくっ付けようとしてくる湾内にサソリは必死に右手で抵抗を続ける。

「ケホ、いきなり過ぎるんだよ!いいから離れろ!」

熱が上がって来たのかサソリの顔は真っ赤になり、右手に力が無くなっていく。

息を荒くなる。

「はあはあ、くそ......」

それでも構わずにサソリに迫ってくる湾内。

「全く!これですから」

白井が湾内の制服の襟を掴むとテレポートでベッドの脇に移動させた。

いきなりサソリが居なくなってしまったので辺りをキョロキョロとしている。

「??」

 

「貴方の出る幕ではありませんわ。湾内さん」

 

「何をするんですの白井さん!?」

手をパンパン叩いて、笑顔を見せる白井だが、背後から嫉妬の炎を燃やしている。

「いいえ。私は立派にサソリの看病をしようかと思いまして。一応、貴方よりは付き合いは長いですし」

 

ポッと出てきたこんな世間知らずのお嬢様にサソリは釣り合いませんわ。

貴方は家柄を気にして、どっかのボンボンにでも嫁げば良いんですのよ

 

湾内は立ち上がると、ツインテールを描き上げている白井に大股で歩いて近づいた。

「恋人として看病は当然ですのよ!」

「振られた分際で何をおっしゃいますか」

「ふ、振られましたけど。いつか恋人になる予定ですわ!」

「予定は未定と言いますわよ」

 

サソリの事で激しく言い争う白井と湾内。

そこに御坂が手を叩いて二人を宥める。

「はいはい、おとなしくしなさい!」

 

「あのー、サソリさんの様子がおかしいですわ」

泡浮が顔を真っ赤にしてフラフラ身体を揺らしているサソリの見ながら、三人に知らせるように指を差す。

「はあはあ......」

バタッと力が無くなり、ベッドに倒れ込むサソリ。

「!?」

言い争いをしていた二人が一斉に駆け寄るが意識が曖昧らしい。

「だ、大丈夫ですのサソリさん!」

「早くナースコールナースコール!」

 

一時的に熱が上がっただけで、サソリの容体にはさほど影響はなかった。

まだまだ完全回復への道のりは遠い。



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第34話 ミサカ

すみません

少し短いです

本当は次の話と1話を作る予定でしたが
かなり長くなってしまったので分割しました

多分、連投?


ここは何処?

私は誰?

 

液体に満たされた容器で彼女は不明瞭な頭で微かに感じ取れる感覚を頼りに懸命に様子を探る。

視界は、ぼやけていてよく見ることができない。

 

明るい?

暗い?

普通?

 

耳は、時折掠める泡の流動音と容器の外から注がれる機械音がある。

 

鼻は、液体で満たされている

甘いのかもしれない

 

身体は、液体の中で漂う

力も入らず、楽な姿勢だ。

ただ狭い

日に日に容器が狭くなるような圧迫感がある。

小さくなる容器

怖い気がする、硬くて透明なガラスに触れて電流が走る感覚が走り出す。

身体を丸めて脚を抱えるように小さくなろうと努力した。

 

上手く見えないし、言えもしない

ただ居るだけ

漂うだけ

 

でもぼんやりとした頭に映像だけが流れ込んでくる

私がみんな動かなくなる過程を描いた映像だ。

 

「よォ、オマエが実験相手って事でいいんだよなァ」

白い髪の少年が私の前で楽しそうにニタリと笑った。

「はい、よろしくお願いしますとミサカは返答します」

ミサカ(私)は、銃の弾丸を装填すると狙いを付けるように左右に向けて銃口をかざす。

「俺も超能力者(レベル5)と殺るのは初めてだからよォ。楽しみにしてンぜェ」

 

では実験を開始してくれ

 

隔離された場所で見下ろす白衣を着た男性がスピーカーを通じて実験の合図を出した。

 

「先手必勝ですとミサカは攻撃を開始します」

開幕のブザーと同時に横へ飛びミサカ(私)は銃を構えて発砲した。

銃弾は白い髪の少年に当たると予想とは違う角度で跳ね返り、壁に激突した。

「!?」

続けて何度も撃ってみるが、全て白い髪の少年に当たると鏡に反射する光のように弾かれていく。

 

何かの能力?

「弾道が逸らされいるのですか?とミサカは一度距離を取り分析を......」

少年は力を抜いて立っていたかと思えば、一瞬で姿を消して、すぐ隣に移動しミサカ(私)の耳に言葉を流した。

 

「ふざけてンのかテメェ」

楽しみに封を開けた玩具が予想より陳腐でツマラナイかのように冷たく吐き棄てると白い髪の少年がミサカ(私)に触れる。

すると触れた箇所から強烈に身体が捻れ出して、乱回転しながら床を転がるように叩きつけられた。

内臓の奥底から染み出す圧迫音が辺りに気持ち悪く反響する。

 

ふざける?

意味はおどけたり、冗談を言うこと

子供などが戯れること

 

違います。

ミサカ(私)は真面目にしています

 

倒れたが身体に力が入らずに這いずるようにもがいているミサカ(私)。

「オイ!どういう事だこりゃ。本当にレベル5のクローンかよ」

ガラス越しに居る数人の白衣を着た研究者に白い髪の少年は、親指を差しながらたった一発で動けなくなった期待ハズレのモノにケチを付けた。

 

研究者は歯が抜けた口でニタニタて対称ではない笑みを出しながら言った。

 

オリジナルとのスペック差には目をつむってくれ

だがクローンはネットワークを通して記憶を共有しているので、二万通りの戦闘の間に学習し進化していく

最後の方でも苦戦するかもしれんよ?

 

「逆に言やァずっと雑魚と戦ンなきゃいけねぇって事かよ」

白い髪の少年は、髪を掻き上げながは入り口へと歩きだした。

時間にすれば五分も経っていない。

 

「チッ!テンション下がンぜ。今回はコイツだけだったよなァ?帰ンぞ」

 

ガラス窓から歩いていく姿を研究者はみながら抑揚のない声で指示を出す。

 

ああ、だが

第一次実験はまだ終わっていない

後ろの実験体を処理するまではね

 

「あ?」

 

武装したクローン二万体を処理する事によってこの実験は成就する

目標はまだ停止していない

戦闘を続けてくれ

 

機能停止

意味は、その物の機能が正常に働かなくなること

ミサカ(私)はまだ機能停止をしていない......

めまいがする中、息を切らしながらミサカ(私)が取るべき行動を考える。

 

強く打ち付けた肩を摩りながら、ミサカ(私)は傍らに落ちている銃を手にとった。

「了解......しました。実験を続行しますとミサカら命令に従います」

痛みがあるが、これをするのがミサカ(私)の使命

 

動かなくなるまで

機能が停止するまで......

 

完全に帰宅するため油断しきっている白い髪の少年に向けて発砲する。

しなければならないのは二つに一つ

白い髪の少年を倒すかミサカ(私)が機能停止をするか

 

パン!

乾いた簡素な音と共に発砲する。

更に言ってしまえば、生きている限り白い髪の少年を狙わなければならない。

音か、ミサカ(私)が動いたのに気付いたのか白い髪の少年は、見下すように目だけを向けた。

興味が失せたような目をしている。

風が一切吹かない、屋内の実験場。

硝煙が妙に長く棚引いていて、時間感覚を麻痺させる。

 

弾丸は少年に当たるとそのまま全反射をしてミサカ(私)の左下肋部にめり込んでいた。

じわっと赤い液体が造られた穴から止めど無く溢れ出す。

 

暖かいような

熱いような感覚だ

 

「......??」

何が起きたのか思考が現実に追い付かずに、傷口を見下ろす。

答えなんてない。

もちろん、分かった所でどうしようもない。

 

ただ制服が汚れてしまうというズレた心配をした後に、力が奥底から途絶えて頭から床へと潰れるように無抵抗に倒れる。

 

今度は寒くなっていく

氷のように芯から

 

暗い

深い

海の底に沈むような......

これが『死』です......か

と......ミ

 

停電になったように真っ暗な視界の中で感覚が喪われていく。

死ぬこと

事前の知識からは解らないことだった。

 

それだけは......嬉しい

機能停止すれば実験成功

役に立つということが嬉しい......?

 

実験か円滑に進むということは、それだけミサカ(私)が役に立つ(死ぬ)こと。

膨大な『死』のデータを頭に叩き込まれる私にある記号が浮かぶ。

 

九九八二

 

今は意味が......解らない。

 

******

 

ゴポ ゴポ ゴポポ

学園都市内某研究所に一人の命が軽々しく機械的な産声をあげた。

微睡む目に二つの動く物体があり、首を動かして懸命に動く液体の中で目を凝らす。

「んじゃ、今後のために説明しとくわね」

「よろしくお願いします」

片方はバンダナを頭に巻き、もう一方はバスタオルを抱えている。

 

「これが実験体として適した状態まで成長させたヤツ。受精卵から一四日間でこうなるわ」

ボタンが押され、液体が抜けていく。

滲んでいた輪郭が詳細に解る。

同時に身体が重くなっていくのも感じた。

 

「うわー、本物の人間みたいですね」

「そりゃそうよ。そういう風に造られた複製だもの」

初めてみる外の世界に恐怖しかなく、キョドキョドと辺りを見渡すと涙を溜めて泣き出す。

 

何ココ?

怖い

戻りたい

あの暖かい中に帰りたい

濡れた身体が気持ち悪い

 

「でも見ての通り、この状態じゃ、精神年齢は新生児並。言葉も理解できないし自力で歩く事すらできないわ」

 

眼鏡を掛けたもう一人の女性が持っていたバスタオルで濡れた身体を拭いていく。

中身は新生児並だが、見た目は十四歳の女の子の身体だ。

何よりごく普通の人間と変わらない姿をしている。

「何してるの?」

「いや、このままじゃカゼ引いちゃうかなと」

 

「イチイチそんな事やってらんないわよ。一気に最後まで造るらしいし」

 

「それ、私も聞いてますけど効率悪くないですか?調整を繰り返さないとあまり保たないんですよね」

 

「上には上の考えがあるんでしょ。私達は命令通りに進めるだけよ」

 

「?」

さきほどから、何か音を発しているが何で発しているのか理解できない。

 

 

ギュルギュルギュイイイイン

何を吸い込んでいるような音が機械から漏れていく。

今度は、別のカプセルに寝かされて頭にヘッドギアを付けられると膨大な数の知識や経験が圧縮されて入力されていく。

さっきの死の映像よりも無機質で冷たくて嫌な感覚が芽生える。

 

「で、さっき言った言語や運動•倫理なんかの情報は学習装置(テスタメント)で入力っと」

 

入力作業が終わり、ヘッドギアが外されて目を開ける。

不明箇所が多かった世界に意味が追加された。

そして私は

私は......ミサカになった。

 

「ハロー、言ってる意味分かる?」

 

「日常会話における導入、いわゆる挨拶であるとミサカは判断します」

先ほど入力した知識を披露する。

 

「検体番号は?」

「九九八二号です」

「ミサカネットにも繋がっているみたいね。とりあえずこれ着て頂戴」

渡された病院着を身につける。

 

衣服

意味は、身体にまとうもの。

 

広げて袖を通す、澱みなく行う。

「何てゆうか、こう堂々とされるとこっちが恥ずかしくなってきますね。マルダシ」

 

液体で満たされたカプセルから今さっき出されたので全く服を着る習慣が身に付いていない。

十四歳の年頃の女の子からかけ離れた振る舞いに、若干戸惑ったようだ。

 

「もう少し羞恥心とか追加してもいいんじゃないですか?」

「余計な感情を追加して反乱でも起こされたら大変よ。安全装置だって完璧とは言えないんだから」

 

服を着終わると、次の指示を待つ。

「お待たせしました。次は何を?」

 

「健康状態は概ねクリアねー。もうすぐ実験も外に移行するし、外部研修が始まるわ。まーそれにちなんで今後は対人応答テストなんてのも実施するそうよ」

 

ミサカは伸びきった髪を切って貰いながら自分の主張をし始める。

「ミサカは既に完璧に外部の人間に融け込む自信があるので、そのテストの必要性について疑問を投げかけます」

 

テスタメントで入力されたデータを読み上げながら誇らしげに語る。

 

ハンバーガーの頼み方からキャッチセールスの断り方まで習得済みです、とミサカは自己の優秀性をアピールします

 

「この子の知識は何でこう偏ってるのかなぁ」

 

「それに外に出たらオリジナルと遭遇する可能性もあるでしょう?ま、だからといって実験の障害にはならないだろうけど」

髪型を整えて貰い、ミサカが座っていた椅子を片付けていくが『オリジナル』という単語を聴き動作が止まった。

 

「?オリジナルとは何でしょうか?」

バンダナを巻いた女性が少しだけ考える。

「そうね『妹達(シスターズ)』の素体......言ってみればアナタ達のお姉さまってとこかしらね」

 

「............お姉さま......」

意味は姉妹の内、年上の女性。

しかし、これは『姉』の定義だ。

『お姉さま』という響きでは無かった。

ミサカは音の響きを味わうように脳内で反芻した。

 

お姉さま

お姉さま

家族の一人

何か、とても心が安らぐような揺れ動くようなどちらでもない心境になる。

 

 

「うん、心筋•スタミナ•心肺機能も問題なしっと。これで晴れて実験に投入できるって訳よ」

運動負荷時の心電図や心拍数を計測するトレッドミル検査を終えて、順調に身体の具合を効率良く見ていく。

 

「結構大変なんですね」

出来たら、即座に実験に行くわけではない。

身体を造って、知識を与えて、健康状態を診て、全てが基準値をクリアした時に初めて実験に出すことが出来るモノだ。

 

「じゃあ、次は常盤台中学と同じ型の制服が支給されているから、それに着替えて......あ、いやその前に五、六人呼んでくるからアレを次の実験までに片しちゃってもらえるかしら」

 

廊下を歩いていたバンダナを巻いた女性がガラスの先を指差した。

そこには、夥しい数のミサカが血だらけの死体が転がっていた。

支給されているゴーグルは割れて、瞳孔が開き、乾燥でパキパキとヒビ割れを起こしている眼が色を失い、血だらけの惨状を視界に収めている。

 

白い髪の少年に挑み

敗れていった残骸だ

最後の最期までの視界や記憶は共有され、全てが動かなくなるミサカ(私)に向いている。

 

ミサカ達にとっての役に立った『死』が当たり前のように覆っている異質な空間だ。

ミサカは、黙って見下ろすと淡々と指示に従うように言った。

「了解しました」

 

血を綺麗に拭き取るのは大変だ

恐らく何回も洗わなければならない

ミサカ(私)の死体も重いだろう

 



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第35話 変化の術





「それでねー、最後にはレベルアッパーはいけませんって復唱させられたのよ」

サソリの病室で伸びをする佐天がサソリ相手に愚痴を飛ばす。

先日のレベルアッパー使用者に対する補修のような集まりがあって、佐天は強制的に参加されていたようだ。

まあ、要は反省会かな?

 

サソリは二週間前から休んでおり、風邪は良くなり、後はケガの具合を伺うところだ。

「それを俺に話してどうなる?」

 

「良いじゃん。被害者なんだから優しい言葉でも掛けてくれても。大変だったわねで救われる世界もあって良いと思うんだけど」

椅子に座りながら上半身だけをサソリのベッドに倒れ込むようにして、腕をバタバタと動かしている。

 

「使ったお前が悪い」

頬杖をついたサソリが冷たくピシャリと言った。

 

ガーン!

「サソリまで、そんな」

ダァ~と涙を流す佐天。

 

「はい、サソリさん」

初春が冷蔵庫から冷やしていた麦茶を紙コップに注ぐと人数分並べていく。

「すまん」

初春から麦茶の入ったコップを渡され、飲もうとするが

 

「あ、ちょっと待った!」

佐天が手を前に出して、サソリの動作を止めさせる。

「何だよ?」

「いいから、いいから」

 

コップをテーブルに置かせると

「アイスブロック(小)!」

佐天が掌に意識を集中させると、氷の粒が出来てザザっコップの中に入っていった。

 

「おおー、凄いです佐天さん」

「佐天涙子苦節十三年、ついに念願の力を手に入れました」

能力が手に入ったのが嬉しかったらしく

日にタイミングを見計らっては氷の能力を使っているようだが、サソリにしてみれば分かりきったことを何回もやられるので飽きる。

 

「何回すんだよこのくだり」

「ノリが悪いな!初春みたいに褒めてよ。あたしは褒められて伸びるタイプ!」

「ちっ」

「舌打ちしないの!こんなのあたしが飲んじゃうんだから」

ガーとサソリの氷入り麦茶を飲み干していく佐天。

「あ!てめぇ」

「あっ!佐天さん、そんなに急いで飲んだら......」

「頭痛いぃぃー!」

キンキンに冷えた麦茶を一気に飲み干したので佐天の頭にアイスクリーム頭痛が炸裂した。

「うう......アイスブロック(大)」

大きめの氷の塊を出して、頭に乗せた。

痛みが和らいでいく。

「忙しない奴だな」

 

そこへガラガラと引き戸が開いて、御坂と白井がサソリの病室へと入ってきた。

 

「さ、佐天さん?」

頭にアイスの塊を乗せて唸っている佐天に御坂が心配そうに声を掛けた。

「大丈夫ですぅ。全部サソリが悪いですから」

「何でオレが悪いんだよ」

 

「涼しそうでいいですわね」

白井が手で顔を仰ぎながら、胸元を少しだけはだけさせた。

「そうそう、外は殺人的な暑さだから。お願いだから氷をくれる?」

 

「良いですよ!なんならかき氷パーティでも開催しましょう!」

夏場だからこそ、この有り難みが出てくるのよ!

冬?

考えないわー

 

「あれ、ところで湾内さん達はどうしました?」

ビクッとサソリが反応してベッドの後方に出来る限り退いた。

「ああ、また水泳部の部活が始まったからなかなか時間が取れなくてお見舞いに来れないみたいよ。サソリに会えなくて寂しいって言ってたわ......ってそんなに逃げなくても。会いに行ってあげたら?喜ぶんじゃない?」

 

ベッド後方に逃げていたサソリが脱力したように壁にもたれ掛かりながら

「これ以上抜けると、シャレにならん気がする」

 

はは、まあそうね

 

その会話を聴いて、初春は首を傾げた。

「その湾内さんというのは誰ですか?」

初春の質問に白井がなんとも面倒そうに腰を曲げた。

「そうでしたわね。初春は会っていませんでしたわ。私と同じ常盤台の同級ですわ。これがまた性悪女でして、中学生にして万引きや恫喝をするとんでもない方でして......」

 

「おーい!後半全く関係ないわよ!ライバルを蹴落とさないの。えっと、素直で良い子よ。だけど......」

御坂がサソリを指差した。

「サソリが絡んでくると変わるわ」

「サソリさんがですか?」

「そう、助けられてサソリにゾッコンよ」

顔を真っ赤にして、やや興奮する。

「ぞ、ゾッコンですか!?」

「グイグイ行くわよ!ねえ、サソリ」

「頼むからオレに振るな」

すっかり、湾内が苦手の対象になってしまったサソリ。

 

 

佐天が空気中の水分を凍らせて指先からしゃりしゃりとかき氷を作りだしていく。

皿に折り重ねると、高らかに持ち上げて

「佐天涙子苦節十三(以下略)」

と叫ぶ。

「良かったわねー。佐天さん」

「後は悪用しないことですわ」

パチパチと拍手をする常盤台コンビ。

「ありがとうございまーす!」

笑顔でVサインを決める。

 

「はあ..,...」

サソリは静かにため息を吐き出した。

 

 

「はー、やっぱ夏はかき氷ね」

窓を開けて、涼しい風を入れながら快適で優雅なかき氷を満喫する。

 

生き返るー

この冷たい感触はサイコーだわ

 

初春は、かき氷を持ってサソリの前に行き、説明を始めた。

「サソリさん、これはかき氷と言いまして」

「知ってる。前に食った」

「食べたんですか!?いつ」

「ここに来たばかりの時だ」

「私食べてないですよ」

「オレが知るか」

「丁度、ジャッジメントの仕事中でしたわね」

「ずるいです!みなさん」

「まあまあ、あたしがいれば何時でも無料提供するわよ......あ、でもお小遣いがピンチの時はお金取るかも」

 

ええええー??!

 

「佐天さん......能力で悪どい商売を始めたら容赦致しませんわよ」

白井が妙に凄みのある声で佐天を牽制した。

「し、ししししませんよ!そそそそんな事なんて」

ジーと目を見る白井。何か探り、抉り出そうとしているように。

「た、たぶん......その、絶対」

「良い心掛けですわ」

獲物を狙う目つきから打って変わり、にこやかな笑顔を見せた。

 

「はあ、白井さん怖かった......そうだみんなにクッキーを焼いてきたんだった。良かったら食べます?」

佐天は、カバンの中から手作りのクッキーを取り出して、みんなに見せる。

「レベルアッパーの時に迷惑かけちゃいましたから......そのお礼も兼ねてです!どうぞ」

 

高価な物じゃないけど、これくらいの事はしないとね

迷惑を掛けたのあたしだし

あ、そうだ!

 

佐天が差し出した、クッキーの袋から御坂がクッキーを取り出した。

「あら、悪いわね。ごちそうさま。うわ、チョコチップ入りだわ。料理上手なのね」

「いや~」

照れたように頭を掻く佐天。

 

「いただきますわ」

「ありがとうございます」

白井と初春も手を伸ばして口に入れていく。

「美味しいですわ。程よい甘味とチョコの苦味が良いハーモニーを」

三人がそれぞれ舌鼓を打つ中でサソリだけが、首を傾げて腕組みをしていた。

 

「クッキー?」

「そこからか!?食べてみれば分かるわよ」

「そうか」

サソリが袋に手を伸ばそうとすると佐天がさっとクッキーを引っ込めた。

「?」

「ごめんね、サソリにはちょっとやって欲しいことがあるかな」

クッキーを胸の前に掲げて、謝るように作り笑顔をする。

「やって欲しい?」

「お願い女装して!」

 

............

 

「は?女装?」

サソリが怪訝そうに眉をひそめた。

「さ、佐天さん?!」

「だってみんな見ているのにあたしだけ見てないなんてやだもん。やってくれたら一杯食べさせてあげるから」

 

「ど、どういうことですの?」

「あー、前にサソリが黒子になった話をしたからね」

「変化の術の事か」

サソリが用意されているかき氷シロップのボトルを手に取る。

青色のもの凄い蛍光ブルーのシロップだ。

ブルーハワイ味

 

何でこいつら、こんな得体の知れないものを平気で飲むんだ?

 

 

「へっへ?私にですの?」

白井に取っても初耳だ。

キョロキョロとサソリと三人を見比べる。

 

「いやー、アレは似てたわね」

御坂が指に付いたクッキーのカスを舐め取りながら思い出すように言った。

 

「も、もしかしまして......前に初春に成った話と同じですの?」

 

「う、初春にも化けたの?」

佐天が驚愕したように初春の肩を掴んで揺さぶる。

「はわわ、はいそんな事もありました」

白井の時と同じ状況にデジャブを感じる。

 

「やってよ!見たいよー!!初春でも白井さんでもどっちでも良いから」

初春からサソリに方向転換すると、ジタバタと腕を振る。

「面倒」

「そんな事言わないでよー......クッキーあるよクッキー」

「別に、そこまでじゃねーな」

サソリがそっぽを向いて、鬱陶しそうに目を瞑る。

 

「良いじゃないやれば!減るもんじゃないんだから」

御坂が声を出した。

「はあ?何でそんな事しなきゃなんねーんだよ」

「あら、そういう事言うのね......アンタが湾内さんにした事聞いたんだから。写真を消すなんて酷いことをするわー」

「あの写真は、オレに取って都合が悪かっただけだ」

「ふーん......」

ニヤリと笑いながら、御坂は鞄からサソリの携帯を取り出した。

「?」

パカッと開いて、何やら操作をすると耳に当てて話し始める。

「あ、湾内さん?実はねー、サソリが湾内さんに会いたくてしょうがないみたいよ」

 

「!?」

サソリの表情が凍り付いた。

「ま、待てお前!」

「抱きしめたいんだってー......なになに、すぐに行きます。サソリも喜ぶわよ」

「お前な!」

サソリがチャクラ糸を出して、御坂の持っている携帯電話を取り上げた。

「あら!まあ、嘘なんだけどね」

携帯電話はメニュー画面を表示した状態でサソリの力が抜けた。

 

「テメェ、いつかぶっ殺してやるからな」

「臨むところよ。電撃苦手なクセに」

電撃をビリリと頭の先から放つ。

「ちっ!」

「さあ、早くやんなさい。今度は本当に連絡するわよ」

御坂が距離を取って、自分の携帯電話を取り出した。

「分かった分かった!やりゃ良いんだろ!」

「やったー!」

佐天の脳内でロッキーのテーマ曲が流れ出す。

注)佐天は何もしていない

 

 

「はあ、こんな感じだが」

サソリはベッドから起き上がり、立ち上がるとチャクラを溜めて印を結ぶとボンと煙が出て、初春そっくりの姿を現す。

 

「お、おおぉぉぉぉぉー!なんてことだー!」

サソリ初春へ一気に距離を詰める。

「なんてことだー!」

サソリ初春のスカートを掴む

「なんてことだー」

サソリ初春のスカートを捲り上げようとするが、サソリ初春が直前に止めた。

「捲るな!」

ボカンと佐天の頭を殴る。

 

「痛い!め、捲りニストとしてのプライドが」

「そんなの知るか」

サソリ初春が乱れた着衣を元に戻していく。

 

「こんな事も出来ますの?見た目や声までも初春に似てますわ!」

「改めて見ると凄いです」

 

「これで満足か?」

「いや、まだよ!そんな目付きじゃあ、すぐにバレるんじゃ?初春はこんな目付き悪くないものね」

姿形や声までも初春に似ているのだが、気だるそうにする仕草や乱暴口調、目付きの鋭さでなんとなくサソリが化けているのが一目瞭然だった。

 

「そこまでやるのかよ」

首を回しながら、サソリ初春が軽く舌打ちをした。

「やさぐれている初春も新鮮で良いわね」

「やるか......」

スッと目を瞑り、咳払いをすると

「佐天さん!心配したんですよ!」

腕を前に持ってきて、健気に心配する初春を完璧にマネした。

立ち振る舞いや少しだけ涙を溜めた眼。

頭に咲き誇る花々達。

弱々しい足腰。

「う、初春だ......もう一人の初春が居る」

「か、軽く変態の領域ですわね」

「うわあ、引くわ」

「お前らがやれって言ったんだろ......たく」

腕を組みながらベッドに戻るサソリ。

「じゃあ、お礼のクッキーをどうぞ」

「ああ」

変化の術を解いて、佐天からクッキーを貰い小動物のように静かに食べ始める。

 

「なんか、上手く芸が出来て餌を貰うアシカみたいですね」

初春が思い付いたように呟く。

「「ぷくく」」

御坂と白井がツボに入ったらしく、壁や床に手を置いて笑いを堪えて震えていた。

「......ヒドイ事言うな初春!さ、サソリだって頑張ってくれたんだから」

佐天がサソリの前で勇ましく言うが佐天は自分のお腹をつねって必死に笑意を抑え込んでいる。

 

「ぷっ!ハハハ!ごめん、ちょっとタンマだわ。初春が的確すぎて」

「ちっ......」

笑いが抑えきれなくなり、三人で吹き出しで爆笑を始めた。

サソリはため息を吐きながら、舌打ちをした。

 

 

「はあはあ、久しぶりに爆笑したわ」

興奮冷めやらぬままに、御坂が笑い過ぎて出た涙を拭き取る。

「へ、変化の術だっけ......くくく。御坂さんはどうでした?」

笑い過ぎて腹筋を痛めた佐天がお腹を摩りながら、サソリのベッドに脇に腰掛けた。

「うーん、あたしからすると黒子の方が完成度が高かった気がするわね」

 

「やらんぞ」

予期したサソリが若干、語気を強めて釘を刺した。

 

「変化の術って......服の下ってどうなってますの?」

白井が手を上げて質問をした。

 

「んー、術者の想像力だな。変化の術を完璧にするなら事前に隅々まで見ないとバレる」

「バレる?誰に?」

「敵にだ!潜入する時に使う術だから」

「宴会芸じゃないんだ」

 

「お前ら......この術は家族や親しい友人しか知らない身体の特徴を把握しないと完璧に化けることができないからな。わりと本格的に使いこなすなら根気がいるぞ」

クッキーを口に入れる。

サクサクとした感触に、甘味と苦味が中から口いっぱいに広がる。

 

なかなかだ

 

料理をあまりしてこなかったサソリは、珍しそうに袋に入ったクッキーを手に取って眺めた。

 

佐天も袋からクッキーを取り出して、食べ始める。

「じゃあ、サソリは、初春や白井さんの身体を想像して変化を」

 

四人の頭に悩ましげに絡む白井と初春が裸の状態でポーズを決めている。

白井と初春の顔が沸騰するように真っ赤になっていった。

 

サソリが私の裸を想像して

いや、もしかしたら私が知らない間に忍者としてのスキルを爆発させて、私のあんな姿やこんな姿、霰もない姿を見ているかもしれないですわぁぁー!

 

「な、ななななな!」

佐天が白井の手を掴む。

「白井さん!ここは術の完成度を高めるために一肌脱ぎましょう!」

 

一肌脱ぐ

脱ぐ

生まれたままの姿になる

サソリに見せる!?

 

「し、しませんわよ!」

 

もう、少しだけ成長してから......

特Aランクのバストが成長してからですわ

今は絶壁でも、その内バイーンになる予定ですので

その時にでも......

 

「まあ、人間の身体って似ているから適当だけどな」

「そうでしたか!」

初春が安心したように言うが隣で妄想を炸裂させている白井がブツブツと呟いている。

 

お前に完璧に変化するから

隅々まで見せろ

 

そ、そんな......

 

見せた事のない表情をオレに見せろよ

どうした、我慢するなよ

ほら、ほらよ

 

「アーレーですわぁぁー!」

 

「く、黒子!どうしたの?」

「はっ!?」

御坂に肩を叩かれて我に帰る。

サソリが怪訝そうに白井を覗き込んでいる。

ビシッとサソリを指差す。

「しかるべき時が来ましたら、覚悟してくださいの!!」

「はっ?!」

首を傾げるサソリ。

 

「でも、これってサソリにヤバイ手札が増えたって事ですかね」

佐天が指を揺らしながら言った。

「ヤバイ手札?」

 

「例えばですけど、サソリが初春に化けて、そのまま裸になって学園都市内部を奇声をあげながら走り回ったら......初春を社会的に抹殺できますよ」

 

ゾッと寒気が走る。

「佐天さん......よくそんな恐ろしい事を思いつくわね」

「何で私なんですか!」

「その場合、サソリを捕まえれば良いのでしょうか......いや、でも裸になっている初春本人を捕まえるべきでしょうか」

「白井さんまで」

「しねーよ」

 

******

 

その夜

常盤台の寮の冷蔵庫からごっそり牛乳が持ち出されて、白井が風呂上がりにガブガブ飲んでいた。

「黒子、そんなに飲んで大丈夫?」

「大丈夫ですわ。戦に備えて万全の準備をしなけれはなりませんわ!」

 

目指せDカップ

永遠の0なんて呼ばせませんわ

 

「もう一杯ですわ!」

 

「はは」

御坂が頬を掻きながら、白井の孤軍奮闘を眺める。

 

サソリって分身が作れて、変化の術が使えるのね

初春さんや黒子だけじゃなくて

あたしや佐天さんにも

寮を抜け出す時や遅くなった時は頼んでみようかな......

 

 



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第36話 マネーカード

8月10日

長い夏休みも中程といった所で宿題に手をつけないといけないと思うのだが

まあ、なんとかなるだろうと考えてしまう日にちでもある。

 

その頃から学園都市では奇妙なバラマキ事件が起き始めていた。

事件というには、ややお袈裟だが『マネーカード』が人目に付かない所に封筒に入れられて隠すように捨てられていた。

 

カードの金額はまちまちで

下は千円から

上は五万円にまで昇るため

小遣い稼ぎの名目で探しで路地裏をうろつく人が急増し、マネーカード絡みでトラブルに巻き込まれるという事態にまで発展している。

風紀を取り仕切るジャッジメントも日に日に通報や相談を受け、本格的に調査へと乗り出していた。

 

「今48件......あ56件に増えてる。ネコババしている人の分を考えると報告の数倍の数ばらまかれていると思います」

「そんな話、私聞いてませんわよ?」

 

買い物に出掛けていた御坂と白井は、近道をしようと、普段では通らない路地裏に入った所、封筒に入っているマネーカードを見つけた。

見つけたマネーカードをそのままにしておくことはできないため、ジャッジメント本部に行き、初春に相談しに来ていた。

御坂はあまり長居することなく、別段興味も無かったので黒子と分かれて、用事を済ませに出て行ってしまった。

 

「貨幣を故意に遺棄•破損する事は禁止されていますがマネーカードは対象外ですので、特に通達はしてません」

 

「そうですの。物好きな輩がいるものですわね」

白井はインスタントコーヒーを淹れると複雑やら理解できないやらの顔を自分と初春の机に置いた。

 

「あ、ありがとうございます。そうですよね。余程のお金持ちじゃないとできませんよね」

「動機も想像できませんし、お金捨てたい病の方ですわね」

「お金捨てたい病って......」

 

マグカップに注がれたコーヒーを初春も手に取って、口を付けた。

湯気がユタユタと流れていき、程よいコーヒーの香りがする。

 

「でも、落ちていたってことですよね。私達にもほんの少しだけでも謝礼って......」

「出るわけないですわよ」

「ううう......この時だけ一般の人が羨ましいです」

初春ががっくりと肩を落とした。

 

ジャッジメントは基本的には無報酬。

 

白井もお湯を注いだコーヒーを口に流し込んだ。

 

すると

窓をコンコンとノックする音が聞こえて、コーヒーに口を付けながら、目線だけを窓の方に向けると、サソリが逆さまになりながら窓をノックしていた。

 

ぶぅぅー!

白井は威勢良くコーヒーを口から吐き出すと気道に入ったらしくむせた。

「し、白井さん!?」

「ゲホゲホ!ざ、ざぞが」

「ざぞ?」

白井が頭をもたげて、むせている中で指を差した。

初春が差された場所を見る。

「うひゃあ!サソリさん」

 

サソリは、昨日の内に病院を退院し、学園都市内部を自由気ままに行動が出来るようになっていた。

よく分からないが担当看護師が自分を褒めて、泣いている所が記憶に新しい。

 

服装は、もうデフォルトになりつつある暁の外套を身に付けているが、左腕の部分は大きく破れて、所々服としては限界に来ている。

 

窓を開けて、サソリをジャッジメント本部に入れた。

「サソリさん、どうかしました?」

「いや、お前らにオレの傀儡人形渡しただろう。見せてくれ」

 

「はあはあ、じぬがと思いまじだわ」

白井が息も絶え絶えに涙声で言った。

机に身体を預けて、身体全体を使って息を整えている。

 

「人形ですか?それならこちらに」

「ああ」

初春が部屋の隅にある棚からダンボール箱を取り出して、サソリに渡した。

中身はレベルアッパー事件の時にサソリが使っていた『三代目 風影』の傀儡の無残にバラバラになった姿だ。

 

「何か削るもんあるか?」

「それなら、学校で使う彫刻刀があります」

初春が鞄の中から箱に入った彫刻刀をサソリに向けて差し出した。

サソリは、しばし険しい顔をしたまま彫刻刀を眺めると

「......この際、贅沢は言ってられんか。借りる」

 

箱を空いているテーブルに置き、椅子に投げ出すように腰掛けると、箱から頭のパーツを取りだして、彫刻刀で少しずつ、慣れた手つきで仕込みが入った場所を開いていく。

一発で綺麗に開ける所もあれば、衝撃により歪んでしまった部分もあり、彫刻刀で削って開かせる。

「ところで住む場所は決まりましたの?」

気道に異物感を感じながら、白井が人形弄りをしているサソリに訊いた。

「まあな」

サソリは一瞥もせずに、作業を進めていく。

「何処ですの?」

「誰もいない建物......なんか屯している連中が居たから追い出したが」

「追い出したんですか!?」

「邪魔だったからな」

 

この人、当たり前のように言い放ちましたわ

 

「良いんでしょうか白井さん?」

初春が先輩である白井に話しを伺う。

現在、さりげなく暴力を匂わせる発言があった。

 

「今の所被害報告はありませんし......はあ、やはり私も一緒に行った方が良かったですわ」

ため息を吐きながら、白井が面倒そうに首を傾けた。

ややお袈裟のように見えた動作だ。

「何でですか?」

「こんな世間知らずのお子様に家探しなんて、最初から無茶ですのよ」

やれやれと、両手を広げて顔を横に軽く振る。

「本当はサソリさんの家を突き止めたいだけだったりしまして」

 

ギクッ!

白井が動揺して、身体の動きが機械的になりマネーカードを慌ただしく見ていく。

分かりやすいです......

 

「べべべべべ別にサソリが何処に住もうが関係ありませんわ!さて、マネーカードの調査にでも行ってきますわね。どこから行った方が宜しくて?」

顔を真っ赤にしながら、軽く咳払いをした。

「で、ではこちらの場所から」

初春から渡された紙を広げる。怪しそうなエリアには赤いペンで丸が付けられており、ざっと五、六ヶ所ありそうだ。

 

白井は隣で作業しているサソリを一瞥すると、「ふん!」と鼻を鳴らしてさっさと出て行ってしまった。

「?......機嫌悪いのかアイツ?」

「ははは......」

 

白井さんも苦労しますね

退院の時にあんなにアプローチをしていたのに気付かないなんて

まあ、全部裏目に出ましたけど

 

******

 

サソリが病院から退院する時

入院費の支払いに関して

「ででは、ここは私がお支払いをしますわ」

やはり、出来る女性というのは殿方が必要とすることを黙ってするものですわ

「ではお会計を」

「もう払ってもらいましたよ。確か御坂美琴さんが」

「えっ!?お姉様が!」

 

更に、サソリの生活について

「今度こそは!ではしばらくの間は私が資金面でサソリのお世話をしますわ。月一のデートで貸借りなしという方向で」

「御坂から、生活費として札をくれたんだが......使い方分かるか?」

クレジットカードをチラつかせるサソリ。

「またしても!?」

 

住む場所について

「住む場所がないのであれば私の部屋で同棲といたしましょう!なかなか豪華ですわよ」

「あたしらは寮でしょ!」

「あう〜!」

 

結局、住む場所はサソリが探しに行くことになり、当面の生活費は御坂が新たに契約し渡したクレジットカードで生活することになった。

サソリ自身には、クレジットカードの意味が分かっていないようだったが大丈夫だろうか?

 

******

 

「あー、ダメだ椎菅が割れてる」

サソリが伸びをしながら、腰掛け部分に体重をかけた。

机の上には人形の胴体部分が開かれて中心となる支柱が頭部から下肢部へと伸びていた。

この支柱が傀儡人形を自立させるためには必要で簡単には壊れないようにかなり頑丈に造られている部分だ。

人体で云うところ椎骨に近い所とも言える。

椎菅には柔軟な動きを可能にするためいくつもの関節が入っていているのだが、割れてしまっては傀儡を支えることも、関節としての機能を持たない。

 

「ついかんですか?」

「傀儡を支えたり、動かしたりする要みたいなものだ.....部品交換か、全部やりなおしかもな......なんか基礎になるものがあれば別だが」

傀儡修復を諦めたサソリが彫刻刀をしまうと初春へと返却した。

「はあ......」

「大変ですね」

 

お気に入りの傀儡が修復できないことに意気消沈して、椅子に座って腕を組み出す。

 

こんな場所に傀儡製作の道具があるわけ

ねぇし

材料もねぇし

完全にお手上げか

 

ギシギシとジャッジメントの椅子に身体をふらつかせて従属部分の音を鳴らしている。

 

「何だコレ?」

サソリの興味の対象が初春の机の上に置かれているマネーカードに移り、手に取り出した。

「マネーカードですよ」

「まねーかーど?」

「これを使ってお買い物が出来ます」

「御坂から渡された物と一緒だな。通貨ってことか?変わった形だな」

 

「お金じゃないんですけど......ここにお金をチャージしまして使います」

 

初春の説明にサソリが疑問符を浮かべる。

お金をちゃーじ、チャージ......

 

「意味が分からんな......要は通貨がこれに封印されているってことか?」

 

「封印!?そういう訳じゃないんですけど。えっとサソリさんの所ではどんなお金でした」

「ん、両だが」

 

両!?

円じゃなくて

 

やはり、戦国時代からタイムスリップしてきたってことかな?

いやでも両が通貨として機能していたのは結構後になってからだった気がします

 

「ざっくりとした質問をすると......オレは御坂から借りているということで良いか?」

マネーカードについて基本概念は置いといて、サソリはとりあえず自分の現状を確認した。

「そうなりますね。御坂さんならそんなに気にしないと思いますけど」

「ちっ!」

 

何で舌打ち!?

 

「そうか......当面は資金調達だな。アイツに借りを作るのが癪だ。なんかあるか?」

「うーん、何かアルバイトをしてみるとかですかね......お店で働いたり、チラシ配ったりと色々ありますよ。ほら求人が結構出てます」

 

初春がパソコン画面から学園都市内でのアルバイト情報サイトを開いて、サソリに見せた。

「なんか面倒そうなもんばっかりだな......少し考えるか」

サソリがパソコンの前から移動すると、出していた傀儡を箱にしまいだす。

 

初春がパソコンの求人サイトを閉じると、思い出したかのように手を叩いて机の中から土埃のついた紙袋を出した。

 

「そうでした。こちらを届けてあげてください」

「ん?」

手渡されたサソリは、持ち上げて確認した。

どこかで見たことがあるような袋だ

 

「確認してみましたら、常盤台の湾内さんが購入したものみたいですよ」

「湾内!?あっ......」

 

前に湾内が購入していた水着を思い出した。

あの後に連れ去られて、路地裏に置き去りにされていた物だ。

 

「しっかり届けてあげてくださいね」

「な、何でオレがそんなことを!」

紙袋を持ったまま、サソリが初春に言った。

「だって私、湾内さんに会ったことをありませんよ。サソリさんは顔見知りらしいのですから良いかと」

「お、オレアイツ苦手なんだが」

苦虫でも噛み潰すかのように顔を歪ませるサソリ。

「そうですか。でも私も手が離せませんし......御坂さんにお願いしますか?」

 

「くぅぅ......分かった......行ってくる、行ってくりゃいいんだろ!これ以上、御坂に借りを作ってたまるか」

 

サソリの中の天秤が湾内に会うことへの戸惑いよりも御坂への借り増加の方に傾いて、若干、身体を脱力させながは窓辺へと移動した。

 

ま、まさか

そんなに嫌だったなんて

なんかすみません

 

「はあ、傀儡はまた戻してくれ」

「はい......場所は常盤台中学校だと思いますので」

「分かった」

サソリがため息を吐きながら、窓を開けて学園都市の中へと溶け込んで行った。

 

一応、御坂さんに連絡しておきますか

 

初春は自分の携帯電話を取り出すと、御坂へと電話を掛け始めた。

 

******

 

初春からマネーカードのバラマキについて教えて貰った御坂だが、正直言って興味はなかった。

「しっかし誰が何のためにこんな事をしてんのかしらね。お金が余っているなら、寄付でもすればいいのに」

 

こんな発言をする辺りがお金にがめつくないお嬢様と言ったところだろう。

街をブラブラと歩いて買い物を済ませようと足を進めていくと、四足歩行をする見慣れた黒い頭が目につく。

「ん?佐天さん?」

 

植木鉢を覗き込んだり、エアコンの室外機の下を這いつくばって見ている。

親が見たら泣いてしまいそうになる光景だ。

時折、クンクンと鼻先を上に向けて鳴らしている。

「うーん、この辺りには無いかな」

 

「あの......佐天さん?何やってんの?」

奇怪な行動をしている友人に御坂が恐る恐る声を掛けた。

「あ、御坂さん!!御坂さんも例のカード探しですか?」

「あ......いや」

佐天が満面の笑みで封筒をポケットから取り出した。

「じゃーん!あたしもう4枚もゲットしましたよー」

「わ、スゴイわね」

「何かあたし、金目のものに対して鼻が利くみたいで......」

フンフンと再び鼻を鳴らしている。

「鼻が利くって......」

「はっ!?」

佐天が何かを察知して、歩道を凍らせると滑り込んだ。

「秘技、アイスライディング!あったー」

自販機の下から五枚目の封筒を拾い上げて、ブンブン振り回す。

「もう、すっかり能力を使いこなしているわね」

「いやー、この夏は重宝してます。熱帯夜で寝にくい時は能力を使って涼しくしてますし、あとはどうやってイチゴ味の氷を生み出すか思案中てすけど......さて」

御坂の腕をガシッと握ると、佐天は路地裏を指差して進みだした。

「よっし!!次はあっちへ行ってみましょー!」

「ええっ!?あたしは別に......」

 

結局、根っからの付き合いの良さからか宝探しの面白さからか御坂も探し出していく。

「所でこんなに集めて何に使うの?欲しいものがあるとか?」

「うーん、それも良いですけど......ここにはないな」

ゴミ箱を開けて、佐天は底を確認している。

「あたし的にはサソリに使おうかと」

「あら、援助?それは良いわね」

「いえ、ちょっと」

「?」

「ですから、このお金を弱みにしてサソリに変化の術をしてもらうんですよ。アイドルや有名人になって貰って」

 

札束を用意して、サソリの頬をペチペチ叩く様子を想像する。

 

さあさあ、このお金が欲しかったら

アイドルの『一一一(ひとついはじめ)』になるんだよ!

早くしな!

 

くっ!おのれ......

 

悔しそうな表情をするが、流石のサソリもこの無限に近い力には勝てない。

そう、これが日本銀行券の力よ。

この世にあるものの九割方は買えると言われる最強のツール。

レベルアッパーなんか比ではない。

 

「てな感じで」

「それってマズイことじゃないのかしら?」

「御坂さん」

後ろ向きでニヤッと笑う佐天。

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!」

指を振りながら、淡々と御坂に言う佐天。

なにより、揉み消せますしね......

 

黒い!

今日の佐天さん黒いわ!

 

マネーカード捜索を再開して、御坂が植木鉢をズラして封筒がないことを確認していく。

「なんでこんな変な事をしているのかしらね?マネーカードを路地裏に置くなんて」

「何で......何でですかね?」

覗いていた排水溝の蓋からきょとんとしながら顔を上げた。

「不思議じゃないかしら?」

「考えてみると不思議ですね......誰かがやっているのでしょうか。うわあー、そう考えると興味が出ますね」

 

暇を持て余した大富豪

お金の使い道に困り、学園都市の路地裏にお金をバラまいて楽しむ秘密の遊び

 

『フォフォフォ、見なさいジョアンナ。ワシが置いた金に貧乏人が群がっておるぞ』

『そうですわねお父様。なんて醜いのかしら』

ヒゲを蓄えたダンディな男性が安楽椅子に座って、扇子を仰いでいる。

傍にはドレスを着たドリルヘアの娘、ジョアンナが上品そうに笑っている。

『今度はワシの絵画コレクションでも置いてみるかな。たった12億円ぽっちの安物の絵だが』

『貧乏人にはお似合いですわね。オーホホー』

 

佐天が新たに発見した封筒を丁寧に握り締めながら叫んだ。

「ありがとうございまーす!ジョアンナ親子様」

「そこお礼を言う所!?誰、ジョアンナって」

「チッチ、良いですか。あたし達は道化になってあの金持ち親子を楽しませるんですよ。この遊びをずっとして貰うんです」

「プライドがないわね」

「御坂さん、プライドなんかで物は買えませんよ」

 

すると、御坂の携帯電話がブルブルと震えだした。

「!?電話かしら」

カバンから取り出して、液晶画面を見ると『初春さん』と出ていた。

「初春さんからだわ。ちょっといい?」

「はい」

 

御坂が通話ボタンを押すと初春の声が聞こえてきた。

「あ、御坂さん!すみません。今大丈夫ですか?」

しっかりとこちらの状況を確認するところが流石だ。

「大丈夫よ。どうかしたの?」

「えっと、サソリさんについてなんですけど」

「サソリ?」

「サソリさんと湾内さんて仲が良くないんですか?」

「??」

御坂が電話を耳に当てながら、視線だけを上に向けた。

「湾内さんに届けるべき品物をサソリさんにお願いしたら、露骨に嫌な顔をされたので」

「......ああー、なるほどね」

「喧嘩しているのでしたら、謝らないといけないので」

「その辺は大丈夫よ。サソリは湾内さんが苦手みたいだけど、湾内さんはサソリにメロメロだから。仲が悪いことはないわね」

「そうですか?でも」

「大丈夫よ。なんならあたし達が見に行っておくから」

「分かりましたお願いしますね」

「場所は常盤台中学かしら?」

「そうです......ね。おそらく」

「分かったわ。じゃあ、またね」

「はい」

 

通話が終わり、切れた携帯電話を少しだけ眺める。

「どうかしました御坂さん?」

佐天が心配そうに御坂に訊いた。

「大した事ないと思うんだけどね。サソリが常盤台中学に行ったらしいわ」

「えっ!?」

「湾内さんに届け物があってね。一応、見て来た方がいいと思うんだけど」

「サソリが湾内さんにですか......なかなか、面白い展開になりそうですね!行きましょう」

 

佐天が道路の歩道に出ると、能力で冷気を出して靴の底を凍らせる。

すると、スケート靴のように氷が形成されていき、腕を前出して進行方向を少しだけ凍らせた。

凍らせた道路と靴の裏の氷を合わせると、感触を確認するために何回か軽く滑った。

「アイススケート!さあ、御坂さん乗ってください。あたしの能力で一気に常盤台まで」

御坂を背中に乗るように合図を送るが

「いや、走っていくから大丈夫よ」

流石に、この歳(14歳)でおんぶされるのは抵抗が出てしまう。

「結構速いんですよ」

つまらなさそうに口を尖らせた。

「人目があるからね」

 

御坂と佐天は、ひとまずサソリが向かったとされる常盤台中学校へと向けて移動を開始した。

 



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第37話 盗撮

常盤台中学水泳部

御坂達とプール掃除をし終えたため、心機一転の練習だ。

久しぶりの練習ということもあるが気合いが入る。

更に、毎日最高気温更新のニュースを聞いて、蒸せ返るような都市全体のコンクリートジャングルには、火の掛かったフライパンに閉じ込めらているような暑さを日に日に強く感じる。

エアコンが効いた部屋から出たくなくなり、人間としてダメになりそうな危うさが出てくる。

 

湾内も本格的な暑さにフラフラと倒れてしまいそうになりながら、待望のプールを静かに待ち望んでいた。

しかし、水泳部の活動が始まってしまえば、憧れのサソリに会う時間にも制限が出てしまうため一人悶々と悩んでしまう。

暑さ回避のプールか

燃え上がる愛に生きるか

中学生の恋心は揺れている。

 

今日は、クロールでの競技を行なっており、湾内は自分のタイムを少しでも縮めるために懸命に腕を上げ、降ろす。

いつもと違い鬼気迫る表情で力強く、水面を切り裂き、前へと身体を押し進めていく。

ストップウォッチを持った記録係もハイペースな湾内のタイムに力が入る。

「凄いですわ!良いタイムですわよ!湾内さん」

「はい!」

息継ぎも完璧に行い、お手本のようなフォームに水泳部のメンバーも各々の練習を止めて、湾内の泳ぎに注目が集まる。

 

スタート位置である飛び込み台からクロールを開始、端壁をターンすると飛び込み台に戻る。

水泳には余計な力を入れてしまうとかえって身体が固くなり、思うように進まなくなってしまう。

水の抵抗を減らし、流れ抜けていく流れを阻害しないように手の動き、足の動き、腰の位置などを総合的に考えなければ難しい競技である。

 

スピードを維持したまま最後の10メートルに差し掛かる。動かし続けた筋肉が疲労を訴えてくる、陸上とは違い酸素をいつでもたくさん吸える訳ではないので酸欠にも近くなる。

早く着いて、しっかり酸素を吸いたいという欲求に焦りが出てパニックになるが、ここで早く行こうと力を入れてはダメだ。

先ほどのペースを維持したまま、どちらかの手が台に触れるまで流れていくような感覚で前に進めていく。

 

パシッと飛び込み台に手が辺り、久しぶりに底に足を付けて、息を荒くしながら周りを見渡す。

静かになるプール内でみんなが湾内に視線を集中させている。

ストップウォッチを持った記録係が慌てて、湾内が立っているコーナーの台の前に来ると膝をついて、やや興奮気味にストップウォッチの数字を見せた。

「凄いですわ湾内さん!自己記録を二秒も更新するなんて」

 

信じられないような表情を浮かべてストップウォッチの数字を見ていたが、段々と実感が湧いてきたのか、嬉しそうにプールの中でぴょんぴょんと跳ねた。

「何か秘密の特訓でも致しましたの?」

「いえ、今日は調子が良かったからですわ」

プールから上がって、濡れた身体にタオルを被せる。

身体は疲れているが、自己記録更新ということで心地よい疲労感だ。

 

「もしかして、噂の彼氏が出来たからですの?」

タオルで顔を拭いていると、そんな質問が飛んできてしまい、湾内は顔を朱色に染めて頬に手を当てる。

「そ、そんなことはありませんわ......でも彼氏......」

ドキドキと水泳とは違う拍動が濃くなり、顔が綻んでしまう。

 

サソリさんが、わたくしの彼氏なら

わたくしは、サソリさんの彼女ですの?

 

幸せそうに妄想する。

サソリさんの隣に立ちまして、おデートをしまして、伝説のカップルドリンクを一緒に飲みまして......

 

そこで、湾内は自分の体型を上から見下ろした。

スクール水着の上から自分の身体のラインが出ているが、あまりスタイル良しとは言えない。

どちらかと言えば幼児体型かもしれない。

 

テレビのインタビューで殿方が女性の気になるポイント特集を偶然観た時に

『女性の身体で気になる場所はどこですか?』

『やっぱ、なんだかんだ言って胸を見ちゃいますよね。あ、この子大きなーとか。大きい胸の人にはついつい視線が行ってしまいますね』

 

『脚ですかね。細くて長い脚なら自然と』

 

『くびれたウエストかな。くびれていると健康的な感じがして安心しますね。夏場でへそを出している女性には目が向いてしまいます』

 

インタビューに答える殿方の話に湾内は少しだけ落ち込んでしまう。

モデル雑誌を買って、参考にしてみるが自分との差に愕然として、自信を失ってしまう。

やはり、サソリさんもわたくしよりもプロポーションがよろしい方が良いのでしょうか?

 

もう少しスタイルが良くなりたいですわ

サソリさんが思わず、見てしまうくらいに

このへにゃへにゃの体型じゃなくてもっと大人の女性の体型になりまして、サソリさんに見てもらいたいですわ

 

一人プールサイドで落ち込んだと思えば、腕を上に上げて決意を固める湾内。

そこへ、ぞろぞろと記録更新したことで注目が集まり、同級生や先輩が湾内と話をしようと集まってきた。

しかし、そこは思春期の女性。話の話題に上がるのは色恋沙汰だ。

 

「わ、湾内さんに彼氏が」

「どんな殿方ですの?」

「何処で知り合いましたの?」

「デートはしましたの?」

矢継ぎ早に質問を繰り出してきて、湾内も必死に真面目に答えようと頑張っている。

「いつも格好良い方ですわ。わたくしが困っている時に助けに来てくれましたわ」

まるで自分のことのように誇らしげに胸を張りながら答える湾内。

「良いですわね~。一度お会いしてみたいですわ」

「わたくしも最近会えなくて寂しいですわ。時間が合いませんの」

涙を拭くように肩に掛けていたタオルで顔全体を拭いた。

「あらあら、おかわいそうに。近い内にきっと会えますわから、気を落とさずに」

「ありがとうございますわ」

 

すっかり人気者になってしまった湾内に、友人の泡浮を嬉しいような寂しいような感じで湾内の様子を見ていた。

「引っ込み思案だった湾内さんが、あそこまで積極的に、サソリさんの存在が大きいですわね」

軽く拍手をした。

湾内に気付かれないようにそっと、ゆっくりと......

 

常盤台が所有するプールには、水泳のための施設に加え、能力者の能力を測定する場としても使われており、四方全てに壁があり仕切られていた。

その壁は衝撃吸収や防音に加えて、女生徒を不審な輩から守るために結構な厚みの壁である。

 

常盤台は名門のお嬢様学校であり、庶民とはかけ離れた世界に住んでいる。

一部のマニアには、そういう本物のお嬢様の隠し撮り映像や写真が裏で出回り、高額な値段で取引されているとう噂があった。

「数ヶ月準備をして、ようやくカメラのレンズを壁の先に仕掛けることができるにゃ」

眼鏡を掛け、太った男がバックから極小のファイバースコープを取り出して、先日空いたばかりの小さな穴に滑り込ませた。

厚い壁を深夜帯に来ては、少しずつドリルで穴を開けて、巡回の警備員が来たらすぐに隠れる。

いなくなったら、すぐに作業を再開。

ドリルの音を気にして、少しずつ慎重に事を進ませた。

 

「ここまで来るのにどれほど犠牲を払ったことかにゃ......観ていた深夜アニメを泣く泣く切り離しての作業......身を引き裂かれる思いだったにゃ」

 

超機動少女(マジカルパワード)

カナミン

トキワガール

我が家の狸神様

萌え萌え憑き娘......etc

 

全部我慢してきた分が今日から報われるにゃ

この壁の奥にある素晴らしき花園を撮影し、自分で生の常盤台女子中学生を堪能した後に売ってしまえば、犠牲になったアニメのDVDを購入するんだにゃ

「ふふ、笑いが止まらないにゃ!さあて、カメラテストをしてしまえば」

 

ノートパソコンを機動して撮影準備に取り掛かっていると後ろから声を掛けられた。

太った男が居た場所は、雑多な物が置かれた所の陰になっている所で大通りから見えない位置にいる。

「何してんだお前?」

「にゃ?!」

太った男が脂汗を流しながら振り返った。

そこには、赤い髪をした少年が疑心そうに見下ろしている。

「?」

無垢な感じで首を傾げている。

 

にゃにゃ!落ち着くにゃ

まだガキだにゃ

あしらえばお終いだにゃ

 

「あー、悪いにゃが......僕ちんは、これから非常に大切な仕事があるんだにゃ。早くママの所に帰るにゃ。ここで見たことは忘れてくれるにゃら、これを上げるにゃ」

ポケットから暑さでドロドロに溶けたチョコ棒を赤い髪の少年に渡した。

原型を留めていないチョコ棒.......チョコペーストを不快そうに舌打ちする。

赤い髪の少年は、紙袋を持ったまま目の前にある壁を見上げた。

 

この壁の向こうに何かあるのか?

湾内達のチャクラを辿ってきたら、妙な動きをする男が居たから質問したが......

 

「なんにゃ?チョコ棒じゃダメかにゃ......仕方ないにゃ、特製のレアフィギュア(カナミン)を一時間だけ貸してあげるにゃ。これで何処かへ.......!?」

後ろにいたはずの赤い髪の少年がいなくなり、口を半開きにさせながら見渡すと花園へと続く壁の上に上半身を引っ掛けて中を見ていた。

「にゃにゃー!?君は何をしているんだにゃぁぁー!」

「ただ泳いだりしているだけだぞ」

「バレてしまうにゃ!は、早く降りてくるんだにゃ」

「バレる?」

必死にジャンプをして赤い髪の少年の脚を掴もうとするが、普段からの運動不足からから地面から数センチくらいを上下しているだけに留まる。

その内に脂ぎった眼鏡が滑って、地面へとずり落ちてしまった。

「ふぅ、ふぅひぃひぃ!心臓が破裂しそうだにゃ。眼鏡がにゃいとな、何も見えぬ」

地面に四つん這いになりながら呼吸を整えていく。額からポタポタ滝のような汗が溢れて流れ出していた。

 

初めて見る奇怪な生物にサソリは、壁の上から眉間に皺を寄せて見下ろした。

「変な奴だな。さて、さっさと用件を済ますか」

壁の上から見知った顔がいないか、辺りを窺うように見渡した。

「さ、サソリさん?」

下方から声が聴こえて、視線を向けると泡浮がポカンとした様子で見上げていた。

「ああ、お前か......よっと」

サソリは、壁に手を弾くように力を入れると腹部を軸にしながら回転しながら、足からプールサイドに音も立てずに着地した。

「どうかしましたの?」

「湾内はいるか?」

「湾内さんなら、あちらに......でもお話しをしていますので」

「そうか、よし。じゃあ、これを湾内に渡してくれ」

サソリは、脇に抱えていた紙袋を泡浮に手渡した。

渡された泡浮は、「?」と疑問を浮かべながら大きめの紙袋を上から見たり、横から見たりしている。

「なんですの?」

「湾内が落としたものらしい。入り口で見張りがいたから渡そうとしたら、居眠りしてやがったからここまで来た。はあー」

 

サソリは、外套の胸元をパタパタを広げたり閉じたりして空気の流れを作りだして少しでも通風性を良くしようとしている。

「その恰好暑いですわよね?」

「暑過ぎて何もする気が起きん」

「よろしけばプールに入っていきます?」

泡浮は、暑がるサソリをプールへと促したが

「いいや......もう行くから」

「えっ!?湾内さんに会われないですの?」

「会ったら面倒な事になりそうだからな、じゃあな」

頭をふらつかせながら、壁に手を置いて伸びをする。

「ん?」

サソリが何かに気が付いて、壁の一部分を指先で叩いた。

「どうかしましたの?」

サソリの行動を不思議に思った泡浮が訊いた。

「何かあるな」

「少し見せて貰ってもよいですの?」

よく見ればガラスの球体のような物が壁にはまり込んでいる。

触れば球体感が一層強くなる。

「もしかしたら、カメラではありませんか?」

「カメラ?これか?」

サソリが携帯電話を取り出した。

「それもそうですわ......でも、なぜこちらに、どなたが?」

「......そういや、この壁の向こう側に変な奴が居たが」

「!?そ、その方が犯人ですわよ。どうしましたか?」

「別に何しているか分からなかったから、ほっといたが」

「ええええー!まだ近くにいますから、お願いしますわ」

「?分かった」

イマイチ、要領を得ないサソリだったが壁を蹴り上がりながら、先ほどの太った男がいた場所を見下ろすが、機材がそのままの形で放置されていて、男は既に逃げていた。

 

「しょうがねーか」

サソリは、先ほどの男が放っていた微弱なチャクラを追って、一瞬で建物の上に上がり辿る。

 

 

眼鏡を掛け、太った男は交差点で息を病気的な程に荒く息をしながら、呻き声をあげていた。

「ぶぅ、ぶぅ、ぜぇぜぇ......ま、まさかあの子供が常盤台の子と知り合いだったにゃんて、おかげで余計な体力を使ってしまったにゃ」

歩行者信号が青に切り替わり、疲労困憊の脚で熱せられたアスファルトを踏み締めていく。

熱せられた鉄板のようだ。

 

「早く、僕ちんのアパートに戻ってエネルギーを補充しないとマズイにゃ、あの子供許さないにゃ」

袖口で汗を拭りながら、道を曲がると男の弾力抜群のお腹に何かが辺り、黒い影がひっくり帰った。

「痛ったー。あ、すみません!大丈夫ですか?」

黒髪をした、活発そうな少女が尻餅をついていた。

ボーダーの袖に、ボーダーのズボン下にスカートを履いている。

ニコッと笑顔を見せながら、両手でお詫びのポーズをする。

「ごめんなさい!急いでますので」

少女は、氷を張りながらスケートのように道路を滑走していく。

 

太った男は、その様子を呆然と眺めていた。

「天使だにゃ......ついに僕ちんだけの天使を見つけたにゃ」

曲がり角から始まる恋。

アニメや漫画ではよくある展開だにゃ

 

太った男は、トキメク心が抑えきれなくなり、少女が滑走して行った道へ戻り出した。

 

 

太った盗撮男を追っていたサソリは、通りで急ブレーキを掛けた。

「あ?方向転換したか?反応が弱すぎてよく分からんな。えっと」

感知タイプではないサソリは、集中してみるものの、あまり高位能力者ではないようで探り出すのに苦労しているようだ。

 

「サソリー!?」

御坂がビルの上から飛び降りてきた。

「何してんのこんな所で?湾内さんにちゃんと渡した?」

「渡したよ(湾内にではなく)。なんかカメラが仕掛けられていたみたいで、仕掛けた奴を追跡している」

「盗撮ってこと?あたし黒子に連絡してみるわ」

携帯電話を取り出して、黒子に電話を掛けようとすると、サソリの眼が急激に変わり出し、万華鏡写輪眼を映し出す。

「見つけた」

サソリは、眼から渦を作り出して自分の身体を一点に凝縮させて、その場から消えてしまった。

「うそ......」

携帯電話を握りしめたまま、サソリがいた座標位置からしばし目を離すことが出来なかった。

黒子のテレポートも使えるの?

本格的に戦ったらマズイかも......

 

御坂は、サソリの底知れぬ能力の高さに軽く冷や汗を流した。

 

 

「はあはあ、天使ちゃんは足が速いにゃ.....でもそこも萌えのポイントになるによ」

必死に腕を動かしているが、もはや普通の人の歩きと変わらない速度で走っている。

もはや、天使の姿は遥か先に行ってしまい太った男の視界から完全に消え失せてしまった。

「スタイル良さそうだからリリナちゃんのコスプレをさせてみたいにゃ」

中々、自分勝手の妄想をして、ニヤニヤと笑っていると、目の前の空間が渦を作り出して、三次元方向に先ほどの赤い髪の少年が姿を現した。

「全く......手間かけさせやがって」

「にゃにゃ!なんでどうしてにゃ?」

何処かの戦隊ヒーローのように腕を前に出して構えるが、威圧感が全くない。

「こ、こうにゃったら......必殺スティングブレイド!」

とただの遅い手刀をサソリに向けて振り下ろした。

「......」

サソリは表情を崩さずに、太った男の手刀を片手で受け止めると軽々と一本背負いをして、太った男を硬いコンクリートに叩きつけた。

「うぎゃっ!」

呻き声を上げると、太った男は目を回して気絶してしまった。道に大の字に寝転がっている。

「これで終わりか?」

期待はずれのような捕獲にサソリは、物足りないように指をパキパキと鳴らした。

 

******

 

常盤台のプールでは、盗撮用のカメラが発見された事から水泳部の活動が休止となり、警備の人や水泳部の顧問が来て対応を話し合っていた。

「この穴からカメラのレンズを仕掛けたみたいですね」

「まさか、こんな事になるなんて......犯人は逃走中という事ですか」

壁からカメラの位置を探し、反対側に回り込んで盗撮用とされている機材を押収していく。

万が一、生徒の映像があっては大変だ。

盗撮を受けてしまったというショックを緩和するためのメンタルヘルスも行わなければならない。

 

水泳部はひとまず、各自で持ってきた大きめのタオルを掛けて身体の露出を減らしている。

もしかしたら、更衣室にも隠しカメラが仕掛けられているかもしれないからだ。

全ての確認が済むまで待機を余儀なくされる。

 

「ええええー!サソリさんが来たんですの!?」

ピンクの花柄のタオルに身を包んだ湾内がプールサイドにあるベンチに腰掛けながら泡浮の話を聞いて驚愕していた。

「な、なんでわたくしに言ってくださらなかったんですの?」

「いえ、サソリさんも用事があるようでしたのでして」

「そんなですわ......」

ガックリと肩を落として、気落ちする。

 

「もしかしまして、湾内さんの彼氏が来たんですの?」

同級生の子が湾内の隣に座りながら、訊いてきた。

「そうみたいですわ......会いたかったですわ!」

ギュッとタオルを握りしめて、身体のガードを固くする。

「それでその殿方はどちらに?」

「盗撮をしていた方を捕まえに行きましたわ」

泡浮のその発言に湾内は、フワフワしま髪がイヌの耳のようにピクピク動いて、頭を持ち上げた。

「サソリさんは、わたくしの為に捕まえに?」

「きっとそうですわよ」

湾内の表情がパァーと明るくなった。

鼻歌まで歌い始める。

「嬉しいですわ。サソリさん」

幸せそうに身体を揺らしている湾内に、隣に座っている同級生は、自然と穏やかな気持ちになって、落ち着いた。

 

湾内さんがこんなに会うのを楽しみにしているなんて、一体どんな方なのでしょうか?

 

自然と顔が綻ぶのを感じた。

 

すると、突如として何もない空間から眼鏡を掛け、太った男が光る糸で縛られながら湾内達の前に出現した。

その後に、同じように一点から拡張された世界へ赤い髪のサソリも現れる。

 

「弱すぎて話にならんな。捕まえてきたぞ」

「............」

何らかの能力により不意に出現した赤い髪のサソリがその場は騒然とした。

「?」

サソリは首を巡らすと、倒れている太った男を片腕で持ち上げると泡浮の前に持ってきた。

「これでいいか?じゃあな」

「あ、はい」

ドスンと男を置くと、さっさとその場から立ち去ろうとするサソリだったが

「サソリさん!」

「んげ!?」

タオルに身を隠した湾内がキラキラとした瞳でサソリを見上げていた。

サソリの右腕をがっちり両腕で掴むと絡めていく。

「サソリさん!ありがとうございますわ」

スリスリと嬉しそうに肩に擦り寄ってくる湾内にサソリは、顔を直視しないように反対側の斜め上を眺める。

 

こういう事になるから

さっさと帰りたかったんだよ

 

サソリは抱きつかれている湾内のタオルの下に何やら水に濡れているような感触が腕から伝わった。

「お前、その下どうなってんだ?」

「タオルの下ですの?水着ですのよ」

腕から手を離してピラッとタオルを観音開きにして学校指定のスクール水着をサソリに見せ付けた。

ビクッと身体を強ばらせて、視線をズラした。

「それは、あまり見せない方が良いんじゃねーの......」

「サソリさんだったら構いませんわ」

顔を赤くして、頬に手を当てている。

「あ、そうか」

 

水着か......そういえば

 

「泡浮、湾内に渡したか?」

サソリがさっき渡した紙袋の事を訊いた。

「いえ、着替えが終わりましたら渡そうかと思っていましたわ。では、サソリさんが居ますからサソリさんにお願いしますわ」

と泡浮が自分のバッグの中から紙袋を取り出して、サソリに渡した。

「えっ!?......オレがやるのかよ」

渡された紙袋を不機嫌そうに受け取る。

「何ですの?サソリさん?」

湾内が期待に満ちた表情でサソリの顔と見覚えのある紙袋を交互に見た。

 

「えっと......前にお前が買った奴だろ。落ちていたから」

土埃がついた紙袋を湾内に渡すと、不思議そうな顔をして中身を開けて、上から覗き込んだ。

不良に襲われた時に落としてしまったセパレートタイプの水着がそのままの状態で入っていた。

 

「あ......」

諦めていた水着をサソリが持って来てくれたことに湾内は、身体をブルブルと震わせた。

「?!」

湾内の不可解な挙動にサソリは、少しずつ距離を取って行こうとするが

「サソリさぁぁぁぁん!!ありがとうございますわ!大好きですわ」

両腕を一杯に広げて、サソリの首根っこに抱きつくと猫のようにサソリの首元に甘えるようにスリスリと自分の頬を滑らせた。

 

「だああー、お前、離れろ!」

「嫌ですわ!最近ちっとも会いに来てくれませんので、わたくしとても寂しかったですわ」

凄まじい力でサソリを締め上げてくる湾内に、サソリはバランスを崩して尻餅をついてしまう。

湾内はそれでもお構いなしだ。

 

「あれが湾内さんの大切な殿方ですの!」

「あんなに積極的な湾内さんを初めてみましたわ」

水泳部のメンバーがサソリと湾内のアツアツぶりに直視出来ずにそれぞれの方向を見ている。

 

水泳部の顧問が戸惑いながらも、教師としてのあるべき行為を遵守するように二人に近づいた。

「何をしているのです。若い男女が神聖な学び舎でなんと不埒な!早く離れなさい」

とサソリの頭を叩く。

「オレに言うな!コイツに言えよ」

サソリの胸元に抱きついている湾内の頭を指差した。

「我が校の生徒を誑かしている君に責任がある!」

「知るか、早く離れろよ!」

腕を使って、湾内を引き剥がそうとするが湾内の力は弱まる所か更に強く抱きしめてくる。

「サソリさん!サソリさん!」

確かめて楽しむように呟きながらサソリの身体に密着してくる。

 

明らか場違い感が拭い去れない警備員は、ダウンしている盗撮容疑者の確保に移ることにした。

 

「あのー、そこで倒れている男性を確保しても良いですか。ちょっと色々確かめないといけないので」

「い、良いですよ。早く運んでしまいましょう

顧問がそういうなり、倒れている太った男を立たせて、二人掛かりで容疑者を部屋に運び込んでいく。

 

プールには湾内や泡浮を始めとした水泳部にサソリがいるだけの状態となった。

 

そこへ、壁が氷に覆われるように張り出すと勢い良く、佐天が滑りながら壁を伝って地面から垂直に飛び上がってプールサイドに着地した。

キョロキョロと見渡すとタオルを着込んだスクール水着の人達と泡浮、サソリを押し倒している湾内が視界に入った。

 

「もう、湾内さんに渡しちゃいました?」

「はい、渡してましたわ」

泡浮が答えた。

「遅かったー!一番の見所を見過ごしたわ!」

悔しそうに両腕を叩いて、氷を発生させる。

力無く立ち上がりながら、湾内に抱きつかれているサソリを見下ろした。

「良いわよねサソリ......楽しそうで」

「これが楽しそうに見えるか?」

頭を掻きながら戸惑っているようだ。

 



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第38話 尾行

常盤台での盗撮騒動もサソリの活躍により、無事解決した......かに見えたのだが

 

「だからやってねえって言っているだろ!」

盗撮現場である、常盤台のプールサイドにて御坂からの通報を受けた白井がサソリから話を訊いていた。

「しかし、あの盗撮魔が『あの赤い髪の子供と共犯でやったんだにゃ』と言っていますし、何よりサソリが無実だという証拠が見つかりませんの」

 

どうやら、現場の状況や証拠があまりに断片的でサソリが共犯でもおかしくない事態になってしまっているようだ。

実際に盗撮犯を目撃したのがサソリしかいないということで湾内達の証言も客観的な証言にはならない。

 

「ちっ!」

プールサイドに腰を下ろしながら、サソリが不機嫌そうに口を尖らせた。

「映像を確認しましても、録画する前でしたの」

 

例の眼鏡を掛けた盗撮犯が意識を取り戻してからサソリも一緒に計画した共犯者であると言い張って譲らない。

 

「誰がなんと言おうと、あの少年とは何ヶ月を前から計画を立てていた仲間、同志だにゃ!」

縄で縛られた盗撮犯は、勝ち誇ったようにニタニタと笑いながら、サソリを見ていた。

「素晴らしい女体を観察しようと誓いあったんだにゃ」

盗撮犯の舌なめずりの音に被害者になりそうだった水泳部を始め、白井や佐天、御坂も身震いして「気持ち悪さ」を感じ、ゾッとした。

 

明らかに計画の邪魔をしたサソリに復讐するかのように饒舌に舌を動かす。

「てめぇな......」

根も葉もない事を言われているサソリは、イライラが頂点に達したのか、立ち上がると縛られている盗撮犯の襟首を掴むと拳を固めて殴り飛ばした。

「フギャアァァー!痛いにゃ、痛いにゃ」

サソリの強烈な一撃にその場に倒れて転がる盗撮犯。

鼻から血が勢いよく流れ出していて、涙顔だ。

 

サソリは倒れている盗撮犯の服を掴むと無理矢理起き上がらせる。

「バラバラにしてやろうかキサマ」

サソリから凄まじい殺気が溢れ出す。

「ぼ、暴力反対だにゃ......」

サソリが語気を強めながら右手に力を集中させる。

そこへ白井と佐天が振りかぶっているサソリの右腕を掴んで止めた。

「お気持ちは分かりますが!これ以上は無視できませんわ!」

「そうそう!サソリが不利になっちゃうよ」

 

「離せ」

「で、でも」

サソリが冷酷な目つきになっていて、佐天達は言葉に詰まる。

しかし、そんなサソリの姿なんぞお構いなしに太った盗撮犯は、佐天が自分のために行動を起こしていると勝手に解釈して嬉しそうに顔を赤く染めた。

脳内補完

 

ダメですよ!

それ以上、お兄ちゃんを虐めるのは

わたしが許さないんだから

 

「流石、我が天使ちゃん......僕ちんの為に。嫁になることを認めるにゃ」

佐天の方を見ながら熱視線を送る。

「はい?」

佐天はその視線に疑問符を浮かべた。

 

「はいはい!そこまでよサソリ」

手をパンパン鳴らしながら御坂が止めに入った。

電撃をビリリと放っている。

「.........」

サソリは察したように御坂を睨みつけると掴んでいた手を離して盗撮犯をプールサイドに落とした。

「痛いにゃー!」

縛られているため受け身が取れなかった盗撮犯は、盛大に尾骶骨から落ちて痺れるような痛みが走る。

しかし、盗撮犯は驚異的な執着心で芋虫のように這いながら、佐天と足元へとやって来て、佐天の履いているスカートを見上げようと動いた。

「えっ!!ちょ、ちょっ!?」

佐天は、足先から冷気を飛ばして盗撮犯をカチンコチンと凍らせた。

人間離れした盗撮犯の動きに思わず身を捩る。

「や、やり過ぎでしょうか?」

「別に良いんじゃない」

凍り漬けにされた盗撮犯をたたきながら御坂が興味無さげに応えた。

 

「はあ......」

サソリは疲れきったかのように足を投げ出して座り出した。

多分、御坂達が居なかったら確実にこの男を躊躇なく殺していただろうな。

自分の変化に驚く。

 

「ねえ、黒子。どうにかならないの?サソリは絶対にやりそうにない気がするんだけど」

「うーん、何か物的証拠でも証言でも出れば良いんですけど......この状態ではなんとも」

御坂と白井が悩んでいると

「はい!」

制服に着替えた湾内が勢い良く手を上げた。

 

おっ、湾内さんが何か目撃して証言を言ってくれれば話は終わりかも!

と期待する。

 

「わたくしでしたら、サソリさんに盗撮されても構いませんわ!むしろ......して欲しいかと」

顔を赤くしながらピントの外れた事を言っている。

「......悪いですけど、黙っててくださいな」

全く役に立たない情報でした。

「あたし達でサソリの無実を嘘でも良いから証言するのはどうでしょうか?」

「あまりオススメしませんわ。嘘だとバレたらマズイですわよ」

「そうですか......」

がっくりと佐天が肩を落とした。

 

「仕方ありませんわ。読心能力者(サイコメトラー)に協力してもらい、記憶や思考を観てもらいますわ」

 

「今日中に可能なの?」

「確か休暇を取られていますので二、三日は掛かるかと。その間は、サソリも拘留という形になりますわね」

 

「確かオレの写輪眼で奴の記憶を読むことができたな」

ついでに写輪眼には相手を自白に追い込む能力があるのを思い出したサソリが声を出した。

 

「悪いですが、その眼の能力は未知数の部分が大き過ぎますので客観的な裏付けにはなりませんわ」

写輪眼という未知の能力で手に入れた物証であったり、証言は残念ながら証拠能力を持たないらしい。

 

「こればっかりは、仕方ないわね。大丈夫よすぐに出て来れるから」

「わたくし保釈金を用意して待っていますわ!」

御坂と湾内が面倒くさそうに頭を掻いているサソリに声を掛けた。

「保釈金はまだ要らないんじゃない?」

「御坂さん!どのくらい用意すれば良いんですの?」

「ごめん、分からないわ」

湾内が真剣な顔で御坂に質問した。

鬼気迫るというか必死というか......

 

「サソリ元気出しなよ。なんならあたし達も協力するし」

ポンポンと座っているサソリの頭を叩く佐天。

「?」

サソリは何か違和感を感じて、佐天の顔をジッと見つめた。

「?どうしたの?」

「いや」

 

やはり、コイツの雰囲気が変わったな

昔にコイツと同じような奴と会ったような気がする

誰だったかな?

 

******

 

「しっかしまぁ、サソリも災難ね。良いことしたのに」

まあ、かく言うあたしもレベルアッパー事件解決に尽力したけど、門限破りの罰でプール掃除を命じられたしね

どうも正義って報われないことが多いわ

この世の不条理さを嘆き節で呟きながら歩いて帰路へと向かう御坂。

 

黒子達はサソリの手続きをしに行って、湾内さんも付いていっちゃったし

病院から今度は拘置所か......なかなかの波瀾万丈な人生ね

 

腕を組みながら通りを御坂が歩いていると、路地裏から数人の男性の話声が聴こえてきた。

「ホントだって。ションベンしようと路地入ったら、女が例の封筒を置いてんのが見えてさ。後を尾けたんだよ」

例の封筒?

あのマネーカードの入った封筒の事かしら?

御坂はポケットに無造作に突っ込んでいた封筒を取り出した。

 

「雑居ビルみてーなトコに入ってったから、そこがアジトだぜ。外から見た感じ居んのは女一人だけっぽいから楽勝だろ」

 

これってヤバイんじゃない?

あの男たちは完全に悪い事をしようと企んでいるわ

 

移動して行く不良グループの後を御坂は後ろから密かに付いていった。

時刻は夜の六時を回った辺りだ。薄暗くなる中でビルの電灯が煌々と点いている。

雑居ビルの中には、壊れた木箱や机の破片などが床や散乱してあり、ボロボロの棚が置いてある。

おそらく、何処かの会社のオフィスだったのだろう。

 

「ハーイ、お邪魔しますよー。大人しくしてくれりゃ、乱暴しねーからよぉ。ウチのリーダーは女子供に手出すの禁止してっからな」

階段を上がり、最上段の部屋まで不良グループが来ると、鞄を閉じている白衣の女性が立っていた。

女性は黒髪の癖っ毛にギョロっとした目つきをしていた。

 

「何か用かしら?」

「オマエがバラまいている例のカード。オレ達がもらってやろうかと思ってさ。どうせ捨てんだろ?」

ヒゲを生やした男がギョロ目の女性に近づいた。

女性がカチッと鞄を開けるのを見ると、パーカーを着た男が鞄を取り上げる。

「おっと、防犯ベルでも出されたら面倒だからな。こっちで調べさせてもらおうか」

鞄を開けて中身を確認して見るが出てきたのはバラまいて来た後なのか、二枚分の封筒しか入っていなかった。

「何だ?二枚しか入ってねーじゃんか」

「制服にも入ってねぇぞ」

白衣を脱がせてポケットを確認して見るが、封筒どころか何かが入っている気配すらない。

「わざわざ来て、これだけじゃ話になんねーよ。他は?」

「ここには無いわ equal 手持ちはそれだけよ」

女性は、まるで壊れた人形のような無機質な声で英単語混じりの日本語を話した。

「この状況で随分落ち着いてるじゃねーか。あ?」

不自然なまでに淡々と大人しくしている女性に違和感を持ったパーカーの男が探るように言った。

「まさか、能力者か?」

「え?」

この都市で強いのは、腕力ではなく能力を持っている人間だ。

バンダナを頭に巻いた男が『能力者』という言葉に反応し、身体を硬直させる。

見かけによらない恐怖が募る。

 

「フン、この人数相手にできるヤツなんざ、そういねぇよ。乱暴されないと分かって強気になっているだけだ。どこかに隠してるかもしれねぇ、探すぞ」

「オマエはその女見張ってろ」

「オ......オウ」

「何ビビッてんだよ」

「ビ......ビビッてねーよ!!」

 

クソッ

何かしらねぇが、この女

不気味な......ん?

 

女性は変わらずの能面顔で見張り役のバンダナの男を身じろぎをせずに見続けていた。

人間という生き物は、顔のパーツを非常に重要視するという性質があった。

それは、相手と意思疎通が図れるかどうかの指標となる。

喜びや笑顔を見れば、安心し話しも弾む。

悲しみや涙を見れば、不安になり話しを聞こうとする。

そうやって互いにコミュニケーションをしながら生活をしてきた。

 

しかし、先ほどから女性は表情を変えずにギョロっとした目で黙っている。

不安や恐怖がなく、完全なる無の顔。

意思疎通が断絶している状態で全く次の行動が読めない為、未知への怖れが内部から増大していく。

 

女性が付けている校章を見る。

三つのバラバラの図形が互いに支え合っているようなマークだ。

 

さっきは白衣に隠れて見えなかったが

あの校章どっかで見たな

!?

長点上機学園ッ!!

 

学園都市の中でも五本の指に入る名門校であり、 能力開発においてナンバーワンを誇る超エリート校。

同じ名門でも「礼儀作法等を含めた総合的な教育」を目指す常盤台中学とは違い、 徹底した能力至上主義が敷かれている。

能力者以外でも一芸に秀でていれば、入学できるので低能力者にも門戸が開かれた珍しい学校である。

 

バンダナの男が気が付かない瞬間に女性は目の前まで近づきジロリと男性を見上げた

「うおっ。なっ、何だ!?」

「顔色が悪いわね大丈夫かしら」

「ほっとけ!」

「息も荒いし、冷や汗も凄いわ」

女性は、背伸びをして男性の耳元へ顔を近づけて何かを呟いた。

 

家探しを続ける不良グループのメンバー。

引き出しや戸棚をひっくり返してはみるが、出てくるのはクシャクシャになった紙や埃位で、金目になりそうなものすらない。

「あったか?ねーなぁ」

そのときに

「ぎにゃああああああああああ!」

この世の物とは思えない程のおぞましい叫び声が聴こえて反射的に振り返った。

 

眼球をパックリ開いた状態でバンダナの男は、ダラリと机に寄り掛かるように卒倒していた。

顔は恐怖や絶望に塗りたくられている。

 

「な......っ!?テメェ......」

「『角度追跡(ティンダロス)』私の能力は、角度のある所から自由に不定形の化け物を出現させることができるわ。貴方達が部屋を荒らしてくれたお陰でたくさんの角度ができたわ」

女性が説明をすると、バチンと電気が消されて辺りが真っ暗になった。

「なっ!?」

視覚が完全に零になってしまった不良グループは、手を前に出して探るように彷徨い歩く。

すると、目の前に黄色く光る双眸が出現し、ギザギザの光る歯をギラつかせる。

「ひ、ひぃ!!」

出現した怪物はヨダレを垂らしながら口を大きく開ける。

無機質な声を発しながら、ヒゲの男の両肩を掴んだ。

「イタダキマス」

眼前に迫る牙に男性は恐怖し、断末魔を上げた。がっくりと崩れ落ちて気絶した。

「ダメよ食べちゃ。掃除が大変になるわ」

女性は、謎の生命体に注意した。

「そうだね。割と美食だからね」

先ほどの声とは違い、子供のような声が聞こえる。

この暗闇に不明の第三者が存在している。

「に、逃げるぞ!ヤバすぎる!」

恐怖に縛られていない他のメンバーが慣れだした目で我先に出口へと向かうが......

「逃スカ」

光る双眸が出口付近に出現し、メンバーを見下ろす。

「さあ、もっと悲鳴を聴かせてよ」

謎の存在は、腕を伸ばして他のメンバーの首を掴んで持ち上げた。

「がああ......あ......あ」

凄まじい力で締め付けられて、ボトボトと力を無く落下していった。

「はは、弱い弱い」

「......」

あっけらかんと男の声がする。

女性は切られた電気のスイッチを入れた。

その場に居るのは倒れた不良達とギョロ目の女性。

そして、ハエトリ草のように開いた間から半身が真っ黒、もう半身が真っ白をした男が立っていた。

 

「ご苦労だったわ。ゼツ」

「ツケラレタノハ、オマエノミスダ」

「お安い御用だよ。もう少し笑顔を見せればモテるんじゃないかな」

「興味ないわね」

「あらら」

 

ギョロ目の女性は慣れた感じで黒白はっきりした『ゼツ』と呼ばれる男と会話している。

ゼツは白衣を着て、大きく出っ張った頭部を左右にブレさせながら女性に近づいた。

 

御坂は、出口付近で身を隠しながら一部始終を見ていた。

 

な、何なのあれ?

あれも能力なの?

 

息を殺しながら、見続けるべきか逃げるべきかを迷っていると

 

「......ソコニ居ルノハ誰ダ?」

黒い半身が御坂が居る出口付近を睨み付けた。

「!?」

ヤバッ!

御坂が慌て、走り出そうとするとゼツは、印を結んで樹木を発生させると御坂の身体に巻きつかせた。

「くっ!?」

巻きつかせた樹木をゆっくりと部屋の中に入れると、縛られ吊るされた御坂を見上げる。

ギョロ目の女性は、更に目を開いた。

「あなたオリジナルね」

 

オリジナル?

御坂には意味が分からずに同じ言葉を繰り返した。

「貴方も噂くらい聞いた事があるでしょう?」

「噂って......はっ!」

 

御坂はここ数日、耳に入った噂話を思い出した。

レールガンのDNAを使ったクローンが製造されているらしい

軍事兵器として開発されているんだって

 

他愛もない噂話として処理していたが、この二人は何かを知っている。

御坂の脳裏に嫌な心当たりが流れ出す。

縛られていながら、鬼気迫る表情で強い口調で訊いた。

「アンタあの噂の事を知ってるの!?」

電撃を流して樹木を焼き切ると、床に落下した。

「どうする処分しちゃう?」

「バックアップを残しておかないといけないわ」

ギョロ目の女性が束になった書類に火をつけ出した。

端から徐々に燃え広がり、書類の束が唯の灰に姿を変えていく。

「此ノ女ハ、マダ使エル」

黄色く冷酷な瞳で御坂を見下ろした。

「うっ......」

身体が硬直したまま、動かなくなった。

まるで金縛りにでもあったかのように。

 

一仕事終えたギョロ目の女性は、落とされた白衣を拾って着だした。

「知った所で貴方にはどうすることもできないわ」

先ほど、御坂の質問への回答を述べた。

そのまま、ゼツを連れて硬直したままの御坂の側を通り過ぎて出口へと歩みを進める。

白い半身がボソッと御坂に向けて呟いた。

「まあ、知りたいなら......心当たりでも当たってみればいいんじゃないかな......」

タラッと冷や汗を流す。

ニタリと笑みを浮かべながら、ゼツは通り過ぎていった。

 

「!!?はあはあ」

金縛りが解けたかのように身体の硬直が無くなり、御坂は前のめりに倒れ込んだ。

 

な、何?

あのギョロ目の女よりも傍らにいた妙な格好をした男

あの男だけは油断ならないと、直感で理解した。

「何なのよ......意味不明過ぎるわ」

 

オリジナル

クローン

 

あたしのコピーが存在するって言うの!?

 



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第39話 牢屋

せんせー

木山せんせー

せんせーのお家に行って良いの!?

やったー!!

 

ポツポツと夕立が降り始めている。

あの時に私の家に来て喜んでいた教え子の女の子と時間的にも気候的にも一致している。

 

何故あの時に「逃げなさい!」と言わなかったのか......

私とみんなで遠くへ行こうとしなかったのか......

 

手錠を繋がれ、血色の悪くなった指先を眺めては後悔の念に駆られる。

助けを求める手を掴もうと躍起になった数ヶ月間がまるで覆い被さるかのように背骨を曲げていく。

レベルアッパー事件を引き起こした張本人の木山春生は一人拘置所の牢屋に収監されていた。

学生から始まり、院生へ

修士を経て博士へ順調にキャリアを積んできた木山にとって研究外の世界は重すぎた。

闇に閉ざされ、一閃の光も泡のように立ち消える。

優秀な頭脳は、自責で木山を追い詰めていく。

時間が経過してもなお、残り続ける血の匂い、薬品の匂い。

耳から発せられるアラーム音。

そして、力無き者達の叫び。

 

私も同じだ

あの時の大人になっていた。

子供達の声にならない声を聞かずにコーヒーを飲んでいた

 

友人を助けたいと申し出た子を横目で見ながら砂糖を入れ続けた、

計画に着手してから、砂糖を多く摂るようになった気がする。

 

苦い大人の味(ブラック)ではなく

甘い純白の子供の味を求めたのだろう。

せめてもの抵抗だ。

だが、それを飲み干して満足するのは自分独り。

マグカップは、変わらずに穴の空いたトポロジーのまま。

 

近く、処分が決まる。

研究生活はもうできない

社会復帰も難しいだろう

底知れぬ闇が心の奥から迫り出してくる。

 

助けられなかった教え子

巻き込んでしまった学生

 

どうすることも出来ない無力感に襲われる。

体育座りで病的なまでに動かない木山が膝を抱えて頭を膝蓋にコツンと当てた。

 

そこへ、入り口の引き戸が重々しく開く音がして木山の向かい側の牢屋に誰かが通された。

 

また軽微な罪で捕まった不良の者達だな

 

万引きをしたり、暴力沙汰を引き起こした学生が入れ替わり、立ち替わりに入っては出て行った。

見張りに食って掛かったり、罵声を浴びせたりと無常なエネルギーを使っている者達だ。

 

頼むから静かにしておいて欲しいものだ

 

「ったく......何でオレが」

木山は聞き覚えのある声に顔をパッと上げた。

向かい側の牢屋には、赤い髪に黒い外套を着込んだ『サソリ』が壁を背にして不機嫌そうに舌打ちをしている。

「!?赤髪君か!?」

木山は反射的に声を掛けていた。

一時とは言え、顔見知りの少年だ。

「んあ?」

油断していた様子てサソリが素っ頓狂な声を上げた。

「誰だ?」

サソリは眼を細めた。暗がりで顔の微妙なラインがはっきりしない。

「私だ......君に計画を邪魔された」

「!木山か?お前」

牢屋を照らす電灯が揺らめきながらサソリは木山の顔を朧げながら確認した。

視覚情報というより認識から入った確認だったので、予想よりも早い。

更に、目の下の隈が酷くなっている。

まるで死人のようだ。

あのレベルアッパー事件から二週間程が経過している。

「何でお前がここに居る?」

「それはこちらのセリフでもあるのだが」

「女が泳いでいる所を覗いたという疑いが掛けられただけだ」

サソリは恥ずかしげもなく言った。

「やってしまったのか......」

「やってねぇよ」

 

木山は隈だらけの目を見開いて頭を下げた。

あの時の私の忠告が原因か?

赤髪君が頭に花を咲かせた女の子に変装した時。

 

今度は女性の羞恥心でも学ぶ事を勧めておく

 

まさか、赤髪君はこの忠告を間に受けて覗きを......

確かに覗きなら、バレたら女性の羞恥心の良き反応は期待出来るし

バレなくても、女性の身体をじっくりと見ることが出来る

彼らしい理に叶ったやり方だ

彼も小さいとはいえ、男性だ

女性の身体に興味を持つのは仕方ないこと......

ただ、元教師としてそんな不埒な行為を見過ごす訳にはいかない。

ここははっきり注意しなければ

 

「赤髪君!そこで正座をしなさい。覗きはいけないな」

「だから、やってねぇって言ってるだろ」

牢越しに二人の人物が言い争う。サソリは事の発端から事件の概要を掻い摘んで説明した。

 

「なるほど......眼鏡を掛けた男に嵌められたと......」

「そうだ。あの野郎め」

「しかし、それでも中学生の水着姿を見たことに変わりないな」

「勝手にしろ。ガキには興味ねぇよ」

サソリの言葉に木山は首を傾げた。

手入れが行き届いていない癖っ毛が大きく揺れた。

「まさか、私が狙いか?」

両腕で自分の身体を覆い隠して、機械的に身体を揺らした。

「しねーよ!いい加減にしろよ」

「そうか。君の好みはもっと年上か......」

隈だらけの眼で木山は天井を見上げた。

何日かぶりにマトモな会話をしたような気分だ。

 

「お前さ......研究者だっただろ?」

サソリが不意に木山に質問した。

「ああ」

「じゃあ、大蛇丸っていう奴を知っているか?」

「おろちまる......?」

木山は記憶を探りだすように顎に手を当てた。

「アイツも関係しているはずだ」

「その者は学者か何かかい?」

「それに近いな。確か不老不死の研究をしていたはずだ」

「不老不死か......漠然とし過ぎてなんとも言えないな」

 

木山ほどの研究者でも、大蛇丸を知らないとは......偽名でも使っているのか。

 

「そうか」

サソリは手掛かりがなくなった現実を受け入れながら、頭を引っ込めた。

「いや、でも待てよ......確かそんな単語を言っている奴がいた気がするな」

 

「ん?」

「不老不死に興味はないか?と訊いてきた。だが、名前が違った気がするが」

「どういう奴だ?」

「奇妙な形をしていた男だった。黒い身体と真っ白な身体が半分ずつくっ付いたかのような姿に突き出た......あれは棘かな......研究の協力者で何回か話したことがある。変わった名前だったな」

 

「!?」

サソリだけがいち早く該当人物に行き着いたが、もう一度頭の中で情報の精査をしていく。

大蛇丸ではなく、アイツが関与している

「ゼツ......そうだ思い出したゼツだ」

サソリの帰結した答えと木山の発した人物が完全に一致した。

 

「ゼツ......だと!?」

サソリは大きく身を乗り出した。

信じられないものでも聴いたかのようにサソリの表情が固まった。

ゼツ......暁の組織の中でも最古参に位置する人物。

黒と白でそれぞれ独立した人格を有する人間離れした外見をしている。

 

「知り合いか?」

サソリの尋常ではない反応に木山が聞き返した。

「前にオレと同じ組織にいた奴だ。アイツがか」

暁時代から一番何を考えているのか分からないメンバーだ。

サソリ自身にも『ゼツ』の能力について知っている事の方が少ない。

 

何故だ。なぜアイツは、オレをここに連れてきたんだ?

そして、ここで何をするつもりだ?

 

「奴の目的は何だ?」

「そこまでは......ただ、何かを復活させる為に活動しているとは言っていた」

 

何かの復活......

サソリは考え込んだ。嫌な予感が頭の先から足先までどっぷりと横たわる。

 

「確か、私がいた研究所に彼のデータがあった気がするが......まだ私のアカウントで観る事が出来るかもしれないな。この状況ではなんとも」

手錠をジャラジャラと鳴らした。

黙り込んでしまったサソリに向けたが無反応だ。

「ちっ!ロクな事はしねーな」

サソリは、立ち上がって牢屋の前に来ると木山に言った。

 

「木山......取引だ。オレにゼツの情報を寄越せ。その代わり実験に巻き込まれたお前の教え子を助けてやる」

 

サソリからの予想外の取引に木山は豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くした。

「どういうことだ?!そんな事が」

「なんとかしてやる。一刻も早くゼツの目的を知らないとヤバイ気がしてな」

サソリはチャクラを眼球に集めると万華鏡写輪眼を開眼させて、時空間忍術を使い、すり抜けるように牢屋から外に出た。

「!?」

木山は初めて目の当たりにする『すり抜け』に口を少しだけ開いて、思わず混乱により一歩引く。

そして、木山の牢屋にサソリが軽々侵入すると手を差し伸べた。

「案内しろ。助けたくないのか?」

力強い口調で木山を奮い立たせた。

今を逃したら、もう助けるチャンスなんて来ないかもしれない。

自分の計画を潰した、能力未知数の赤髪の少年に全てを賭けてみようと思った。

木山は、手を伸ばしサソリの手を握り返して立ち上がった。

取引成立。

木山の教え子の奪還及び救出。

ゼツの目的の確認。

 

敵同士だった木山とサソリが手を組み、学園都市に根付く闇を知るために牢屋からすり抜けて行った。

 



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第40話 企み

ゼツは、人間を捕食する性質があった。

そのため、暁では主にメンバーが殺された時の後始末を請け負っている。

 

忍による力は、遺伝子や個人の肉体による所が大きく、身体全てにも秘密が詰まっていると言っても過言ではない。

血継限界や開発した術など強大な力を持つ忍情報が他の里に流失し、奪われるのを最も恐れている。

忍の死体は宝の山と呼ばれる所以だ。

大袈裟に言ってしまえば、自分の里特有の術や能力が盗まれて、使用されたり、弱点を炙り出され対処されたりしてしまう。

 

だから、無断で里を抜けたサソリを血眼になって砂隠れの里が探しているのもそのためだ。

ゼツは、メンバーの死体を捕食し、遺さない。

組織にとっても敵対した際やメンバーが殺された場合に都合の良い能力を持っているといえる。

 

サソリが敗北した後で、死体だと思って処分しに来たゼツはサソリが息絶えていないことを知った。

知った後で、サソリをこの奇妙な実験が行われている『学園都市』なるものに移動させた。

なぜ、殺さずにここまで運んだのか?

木山に近づき『実験の協力者』であると語り、実験に加担したのは何故か?

目的は何だ?

 

******

 

夕暮れの学園都市に木山を背負ってサソリが学園都市の建物の壁を伝いながら斜めに昇っていく。

ビルの全てが滑らかな垂直の壁ではなく、窓枠や風雨に晒されて微妙な凹凸が形成されている。

サソリは、木山がしっかりと捕まっているのを身体で確認しながら上に上に昇っていく。

 

本当は、チャクラ吸着を使い二本足で走った方が早いが木山の負担を考えてしまえば、ロッククライミングに近い形を取らざるを得ない。

夕立は弱くなり、パラパラと身体に降り、幾筋の水滴となって身体に付着する。

「まだ大丈夫か?」

「大丈夫だが、君の方が心配だ」

「これぐらい軽い。少しスピードを上げるからしっかり力を入れろよ」

「......ああ」

 

サソリは体重支持を左手に任せ、右手からチャクラ糸を出して木山と自分をしっかり密着させて固定させる。

「!?」

チャクラの概念がない木山でさえも、サソリの四肢から青いエネルギーの塊が燃えだした。

「よし」

サソリはビルの壁と屋上を見上げた。

雨が降り続いている。

己が犯した罪を再確認するかのようにシトシトと降っている。

ルートを頭に叩き込むと、サソリは両足に力を入れて軽く飛び上がるように腕を上に向けて進ませる。

 

普通の人とは違い、澱みなく昇っていくサソリに木山は感心した。

 

敵対した時に見せた特異な能力

子供の姿で大の大人を一人背負って軽々とビルを昇っていく事に大いに感心した。

そして、厚手の服地の下から掴んで伝わるガッシリとした筋肉。

並外れた身体能力を説明するには十分だった。

 

......一体

赤髪君はどんな人生を歩んできたのだろう?

 

肩幅は子供のように狭く、全体的に小さい。

でも触れて、話して分かった。

遅れながらの教師としての観察眼や科学者としての見地。

 

私とまでは行かないが、赤髪君もこの世の地獄を味ってきた被害者だと言うこと

 

木山は思わず肩から伸ばしていた腕に力を入れてサソリの首元を包み込むように抱き締めた。

「?」

木山の握っている力が強くなったのを感じたサソリが一瞬だけ動作が止まり、木山の様子を確認する。

木山は、炭でなぞられたような隈から潤んだ瞳を見せている。

 

「どうした?」

「いや、何でもない......赤髪君が私の為にこんな危険な行為をさせていると思うとね......すまない」

 

サソリは木山を背負っている体勢を整えると軽く、今度はゆっくりと昇りを再開した。

「取引を忘れるなよ......」

「ああ」

「それと、オレの名前はサソリだ」

「え?!」

「これからコンビで動くからな。相方の名前くらい把握しておけよ。木山」

「サソリか......分かった」

 

屋上の縁に手を掛けてサソリと背中から降りた木山は、雨にズブ濡れになりながら、木山の教え子を昏睡たらしめた悪魔の研究所を遠くから眺めた。

 

コンクリートのドーム型の建物に入口から一本の連絡橋が見えている。

窓ガラスはあるにはあるが、金属板が立て掛けられて最低限の光を入れるだけだ。

内部の情報は隔絶され、一切外から伺うことは不可能だ。

 

木山は拳を握りしめて、あの時に味った後悔を思い出していた。

 

何度無力だと思ったか

なんて愚かだったのだろうか

自分しか考えていなかった自分をいつもと同じように責めた。

......だが、それも今日で終わらせる

あの子達を解放してあげないとな

 

サソリが緊張で息が荒くなった木山の背中を軽く叩いた。

「じゃあ、行くぞ」

サソリはチャクラを最小限出すと印を結び出した。

 

******

 

とある研究センターのメインコンピュータ室で身体が黒白がはっきりした男『ゼツ』がモニターを睨みつけていた。

「サソリガ動キ出シタゾ」

「そうだね。少し予定より早いけど。始めようかな」

ゼツの探知能力は、暁のメンバーの中でずば抜けて高く、見張り役を遂行していた。

幾つかの段階に分けることが出来、今回は中規模を探知範囲にしていた。

 

ゼツは腕を伸ばしてコンピュータのキーボードを操作するとメール作成画面を開いてカタカタと文章を打ち込むと簡潔なメールを送信した。

 

黒と白の半身がそれぞれ話し出す。

「木山も一緒だね。前の実験施設に向かったみたいだ」

「ガキヲ目覚メサセルツモリカ?」

「そう簡単にはさせないよサソリ。あの子達は都合の良いエネルギーになっているしね」

「何カ対策ガアルノカ?」

黒ゼツが訊いた。

「ふふ、第四位に勝てるかな?サソリは」

「アイツヲブツケルカ......ン!?御坂美琴ガ侵入シテキタヨウダ」

「じゃあ、二手に分かれようか」

「オレハ、サソリノ方ニ行ク。オマエハ御坂美琴ヲ追イ詰メロ」

「えー、そっちの方が面白そうだけど」

「今回ノ心ノ闇ノ回収担当ハオマエダ。文句を言ウナ」

「了ー解。そうだね。持ち上げてから落とした方が効果がありそうだ」

白ゼツが目を閉じながら手を上げた。

 

ミシミシと塗られたボンドが引き剝がされるように真っ黒な半身と真っ白な半身が分かれた。

接着箇所が生々しくヌメリとテカリがあった。

黒ゼツは更に黒練り飴のようにグニャグニャとした身体になった。

「場合ニヨッテハアレヲ起動サセル」

滑らかな断端から腕を生やした白ゼツが機能働き、神経の繋がりを確認するように手を開いたり、閉じたりしながら言った。

「まだ完全じゃないよね?依代どうするの?」

「フン......木原ヲ使ウ」

「あー、なんかサソリの写輪眼に興味持った科学者ね。面白そうかも」

 

白ゼツは白衣から携帯電話を取り出して、何処かに電話をし始めた。

「警備員(アンチスキル)ですか!?すみませんが至急、先進状況救助隊隊長の『テレスティーナ•木原•ライフライン』様に繋いでください」

 

暫くの間、大きめな通話音が鳴り響いた後で凛とした女性の声が電話口から聞こえてきた。

白ゼツはニタリと笑いながら、気付かれないように慌てたフリをして報告をする。

 

「容疑者として拘束していた『サソリ』と『木山春生』が先ほど脱走したようです。今、職員が必死に行方を捜していますが......まだ見つかっていません。未知の能力を使いますので、生死を問わない方向に行きそうです。たった今、暗部組織に始末をお願いしました」

 

「はい、はい......確かAIM拡散力場制御実験を行った研究施設付近で目撃例がありました。何か恐ろしいことを企んでいるに違いありません」

 

「はい......容疑者ですし、脱走しましたので......少々手荒でも構わないと思いますよ......なんなら、不思議な能力を使う目玉をほじくり出しでも誰も文句は言いません。なぜなら犯罪者ですからね」

 

ピッと携帯電話の通話を切ると白ゼツは、不敵に笑みを浮かべた。

「これで良いかな?かなり興奮してたよ」

「手筈通リダナ......ソロソロ向カウ」

「そうだね。良い感じにサソリを御坂から離したし、順調だね」

 

黒ゼツはコンクリートの床に溶け込むように消えていった。

白ゼツは、警備員の姿のまま懐中電灯を点灯させるとコンピュータ室の扉を開けると部屋の隅っこにあるモゾモゾと動く物体に近づいた。

 

「ふー、ふー!?」

縄で縛られて、口には猿轡をされている。

おそらく巡回中にゼツに捕まったのだろう。

「しまったなー。今の話聞いてたよね?」

男性はガタガタ震えながら、首を横に振った。

「おかしいな。この話は聞こえるのに、さっきの会話が聞こえないなんて......おかしいよね」

 

まるで縛られた男性の反応を楽しむかのようにニタニタと笑って身体を揺らしている。

「ひょっとしてさっきは気絶してたかな?それとも眠っていたのかな」

 

慌てて警備員の男性は首を縦に振った。

もはや一縷の望みに賭けるしかなかった。

「そうか......じゃあ、しょうがないね。ずっと夜勤だったもんね......今度は誰にも邪魔されないようにしっかり眠らせてあげないとね」

 

白ゼツは、ギザギザの歯を見せながら警備員の男性にジリジリと近づいていった。

「ふ、ふごぉぉぉ!ふーふー!」

男性は必死に身体を白ゼツから離れようと床に這うように移動しようとするが。

白ゼツは、がっちりと男性の縛られた脚を掴むと自分の目の前に無理矢理引きずり込んだ。

 

「じゃあ......いただきます」

ギザギザの歯を大きく開いて警備員の男性の身体を貪り食い始めた。

 

ここは、防音設備が発達した部屋だ。

男性の生きたまま喰われるという断末魔の叫びは、決して外部には届かない。

 



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第41話 隔離区画

あの子は病気に冒されていてね

時期に歩くことも立つことも出来なくなる運命なんだよ

彼を......いや、これから出てくるであろう患者を救うために協力してくれないか?

電撃使い(エレクトロマスター)の君にしか頼めないことだよ

君のDNAマップを提供してくれないだろうか?

 

......うんっ

 

 

御坂はギョロ目の女性と側に居た棘の生えた奇妙な男性がいたビルから飛び出した。

階段は二段飛ばしで降りて、入り口の扉を両手でこじ開けると開けた夜の学園都市が視界に飛び込んでくる。

ムアッとした日本特有の湿っぽい暑さと御坂の嫌な予感と相まってベッタリと常盤台の制服が身体に絡みついている。

 

近くにあった時代錯誤のように存在している公衆電話に駆け寄り、自分の携帯と有線LANを取り付けて学園都市のネットワークにアクセスを始めた。

コンピュータを制御しているのは電気信号だ。

 

能力を使い、ハッキングを試みる。

布束砥信

三年生 十七歳

樋口製薬•第七薬学研究センターでの研究期間を挟んだ後に本学に復学

 

更に解析を進めていく。厖大な数の生徒の情報が学籍番号順に表示されており、目的のギョロ目女の情報を見終わったが

「えっ?......何これ?」

最後のページに特殊なセキュリティロックが掛かっているのを発見した。

御坂は目を瞑り、能力の演算に集中し出した。

解くべきパズルとも云うべきものだろうか?

だが、子供の玩具にしてはかなり巧妙にウイルスのトラップが仕掛けられていて、少しの気を抜くことができない。

自然に息が荒くなり、携帯端末に力が入る。

今までとは明らかに違う生々しい電気回路の連続に御坂の脳内にあるイメージが流れ込んで来る。

 

巨大な樹木に紅い目をした化け物。

「きゃっ!?」

いきなり、脳内の映像にノイズが走り、電流が逆流したような衝撃に襲われて御坂のハッキングが強制終了された。

「いたた?」

瞑っていた目を開く。そこには目を疑う画像が二枚保存されていた。

御坂は生唾を飲み込みながは、画像を開いた。

 

一枚目の画像

赤い髪の幼子が父親と母親らしき二人の大人に抱き抱えられている

 

二枚目の画像

一枚目に出てきた二人の大人にそっくりな人形が部屋の隅にいる

 

更に二枚目の画像にはメモが添付されており、御坂は目で追っていく。

もはや、何が正しいとか正しくないの次元には到達していない。

ただ、機械的にメモを開いた。

 

この人形は、人間を材料にした

「人傀儡」と呼ばれる武器

サソリの得意とする技術である

 

「何これ......人、傀儡?!」

確かに人形にしては、人間に近く。

人間にしては、人形に近い造形をしている。

御坂はめまいに似た衝撃を受けて、ガラスに頭を打ち付けた。

「えっ?」

 

初めてサソリの情報らしきものに触れたが容易に信じることが出来ない。

いや、むしろ強く否定したかった。

だって信じて読んだら......この文章と画像が指し示す結論は......

 

レベルアッパー事件の時に見せた常人とはかけ離れた身体能力に桁違いの殺気が一層疑惑を強くする。

 

御坂は首を横にブンブン振って、顔を手で叩いた。

「ダメダメ!まずは、ギョロ目なの女を調べて出てきた唯一の情報。樋口製薬•第七薬学研究センター。ここであたしのDNAマップを使った研究を......しているってことなのかしら......?!」

御坂の背筋に冷たい何かが走り、弾けたように御坂は振り返った。

 

御坂は、背後に何者かの気配を感じ取り背後に注意を向けるが、誰も居ない。

電話ボックスの電灯の直下にいる為、外を見ると顔色の悪い自分が反射して見える。

呼吸と早まる心臓を抑えながら、冷静さを取り戻そうと努めた。

御坂は携帯電話を電話から外してポケットの中に滑り込ませた。

 

気になるなら、行ってみたら?

 

ギョロ目女の隣にいた奇妙な男が言った言葉を思い出した。

 

「迷ってなんかいられないわ!直接調べてやるわ」

御坂は、勢い良く電話ボックスから飛び出すように走り出すと夜に包まれていく学園都市の中に姿を消した。

 

動き出した御坂を建物が建っている脇から白ゼツは眺めていた。先程、御坂が感じたのはこの視線だ。

 

「上手く行った少し情報を与えるだけで動いてくれた」

白ゼツは、コップに注がれたメロンソーダをストローで飲み込んでいく。

露点以下になり、水滴がコップから白ゼツの手に染み込んでいく。

 

「さてと、色々準備しないとね」

白ゼツが持っていたメロンソーダに入っている氷がピシッと大きな音を立てて溶けて割れた。

 

******

 

樋口製薬•第七薬学研究センター

御坂美琴は疑惑を確かめるために、研究センターへ単独潜入していた。

流石に常盤台の制服では、個人を特定されやすくなってしまうため、御坂はありふれた服に着替えての潜入だ。

黒のシャツにデニムのパンツなどを着ていく。

ありふれた服装だ。

 

それに潜入するなら、夜の闇に紛れることが出来る黒系統の方が良いしね

なんか、忍者みたいな感じになってきたわね

サソリの影響かしら?

 

電子ロックが掛けられた自動ドアを能力を使って解除していき、モーター音と共に噛み合わせが外されてドアが開いた。

 

監視カメラが御坂に照準を合わせているが御坂にとって不都合な映像(ビジョン)は、認識出来ていないようで何も起きていない廊下を映し出していた。

これほどコンピュータ制御が実用化された世界では、御坂の能力は有利に働いている。

 

ドアをすり抜けて先へ進んでいく。

すると、先程の画像を思い出したが、御坂は首を横に振って考えを振り払おうとした。

 

友人だし、黒子の好きな人だから疑いたくない!

自分に言い聞かせて、研究所のネットワークに繋ぐことが出来るケーブル受けを見つけるの携帯端末と接続し内部の様子を俯瞰する。

幾ら、電子ロックや監視カメラを操作出来ると言ってもアナログな人間に見つかってしまえば元の子もない。

 

防犯カメラに赤外線センサー

電子錠か......

電気的なセキュリティだから

この辺は大丈夫

むしろ、問題は所員やガードマンよね

 

幸いここも時代の流れに取り残されず、最先端のコンピュータシステムを導入しているようで壁に寄りかかりながら、一息ついた。

 

「??おかしいわね。それらしい研究部署がない?」

もしも、ここで自分のクローンを製造しているならば大規模な培養装置が必要になるだろうし、温度管理や体調管理も逐一人間が面倒を見ることもない。

ネットワークから遮断されているのかもしれない。

そう、疑念に思った所で携帯端末にネットワークから隔離された空間があるのを見つけた。

電気的なやり取りがあるので、一応電源は付いているようだ。

御坂は天井を見上げた。

御坂の感覚が何かがおかしいと告げている。

 

簡単過ぎる......

監視カメラは入り口付近にしか設置されていないし

見張りも配置されていない

そして、見つけてくださいと言わんばかりの遮断された部屋の存在

ひょっとして、もう使われていない施設なのかしら?

だとしたら、何で監視カメラや自動ドアが生きているのか。

 

誘導されているような気持ち悪さが胃からせり上がってきた。

しかし、ここまで来て止める訳にはいかなかない。

御坂はケーブルを抜くと、ネットワークから遮断された部屋へと音を立てずに移動を始めた。

 

 

階段を駆け上がり、頭に叩き込んだ内部地図を参照にしながら遮断した部屋のロックを外す。やはり、何の抵抗も無く開く。

何か罠があるかもと考えたが、そんな心配は杞憂に終わった。

 

「ここが......」

電灯も付いていない部屋の中でコンピュータのファンの音と点滅を繰り返すボタン。

隣を見れば巨大なガラス張りの部屋に数台のチューブが繋がった培養器が理路整然と並んでいる。

 

「あれは......培養器?人間が入るサイズの培養器......」

ガラス越しに培養器を見て冷や汗を流す。

夏場なのに異常な寒気が露出した脚から昇ってきた。

御坂は培養器から目を離し、使われていないコンピュータに近づくとモニター下にあるキーボードをカチカチと叩いた。やはり、コンピュータ自体に電源が供給されているようで、都合良く素早く反応してくれた。

 

とある消された痕跡のある研究データを復元し、中身を開いてみる。

真っ白な画面に黒文字が表示されている。

 

 

超電磁砲(レールガン)量産計画

『妹達』

最終報告

 

 

恐れていた文字列が目に飛び込んで来て御坂は息をするのも忘れながら、震える指で次の研究報告のページに移行した。

 

 

本計画は超能力者(レベル5) を生み出す遺伝子配列パターンを解明し

偶発的に生まれる超能力者を100%確実に発生させる事をその目的とする

 

本計画の素体は『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴である

 

 

本当にあったあたしの......

クローン計画

 

あの時の......

あの時に渡したあたしのDNAが使われたの?

最初からこれが目的?

いやそんな事より

 

 

しかし

シスターズの性能は素体であるレールガンの1%にも満たないことがツリーダイアグラムの予測演算から判明した

 

逆説の『しかし』に御坂は釘付けになった。

!?

あたしの劣化版しか作れないって事?

 

 

クローン体から超能力者(レベル5)を発生させる事は不可能

以上より進行中の全ての研究の即時停止

 

超電磁砲量産計画

『妹達』を中止し、永久凍結する

 

 

永久凍結

つまり、もうそんな研究はしていないということだ。

御坂が長らく止めていたように錯覚していた呼吸を深くして膝を床に付けて、立ち膝となった。

何度もモニターを確認し、量産計画がないことを確認する。

 

「はっはははは......何よ。やっぱ、あたしのクローンなんていないじゃない」

御坂は安心しきったように立ち上がると開いていたページを閉じていく。

 

「へっ!?」

突如として、モニターに夥しい数の文字列が並び出して、上から下にスクロールを開始した。

 

ま、まさかウイルスにやられた?

 

御坂が画面を注視した隙を逃さないように真っ暗な画面から、球体に幾何学模様が描かれた真っ赤な目玉が画面中央に出現し御坂を見透かした。

 

「!?」

頭にビリビリとした刺激が走り出して、身体をふらつかせた。

画面の幾何学模様の瞳が塵芥となって崩れていくと、コンピュータは、再び正常な画面に戻り何事も無かったかのように静かに最初の画面に戻った。

 

「?」

少しだけクラクラする頭を掻きながら、御坂はコンピュータに両腕を立たせて寄り掛かった。

気分は悪くない。

むしろ、気分爽快と言ったような感じだ。

「ちょっとゾッとしたわね。あの時のDNAマップがね......ま、過ぎた事を言ってもしょうがないか」

御坂は、踵を返すと自動ドアを開けて出て行こうとする。

もう一度、振り返りコンピュータや培養器を眺めた。

「さ、門限破りがバレる前に帰るとしますか」

来るよりも軽やかにスキップをするように御坂は走り出した。

何か身体が軽くなったような気分だ。

今までの悩みが解消された御坂は、慎重に出てくる鼻歌を歌い出しながら通路を横切る。

 

御坂の両眼に一瞬だけ幾何学模様の真っ赤な瞳が印字され、まばたきをする度に色彩が落ちて馴染むように消えて行った。

 

御坂がいなくなり、無人となったコンピュータ室の床から白ゼツが這い出てきた。

「目論見通り......これである程度は」

白ゼツがコンピュータを少しだけ触り出した。

既に写輪眼のデータを入力した情報はファイルごと破壊されていて閲覧することができないようだ。

ニヤリと白ゼツが鋭い歯を見せる。

「テスト前だから、どうなるか分からないけどね」

 

すると部屋の灯りが点き、扉が開いた。

自動ドアを正常に開けて、出て行った御坂とそっくりの女性がやってきた。

額には軍事用のゴーグルを引っ掛けている。

「あ、来たね。御坂美琴のクローン」

真っ白な外見をした白ゼツの姿に御坂のクローンは、無表情ながら少しだけ動作を止めた。

「確かゼツ様ですね。初めてですが白いですとミサカは外見を形容します」

「じゃあ、データの消去よろしくね」

「はい、早速作業に取り掛かりますとミサカは指示に従います」

 

御坂美琴のクローンである『ミサカ』は、コンピュータのキーボードを弄り出して、データを完全消去の作業を始めた。

 

実際、御坂美琴のクローン計画は、確かに凍結してあった。

しかしそのクローンの技術は別の実験の為に使われているとは、御坂にとっては夢にも考えていなかった。



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第42話 アイテム





「協力者という人物からの依頼〜?」

茶色の髪をしたスタイルの良い女性が自分の長めの髪を弄りながら、間伸びする言葉を吐き出すように言った。

「誰の何の協力者よ......依頼者について詳しく話せない?」

学園都市の裏に潜む組織の一つ「アイテム」のリーダー「麦野沈利(むぎのしずり)」が積まれた箱に前のめりに体重を掛けながら電話を続ける。

 

アイテムの主な仕事内容は、学園都市統括理事を含む上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止。

更に、学園都市での不穏分子の削除•抹消も含まれているため綺麗な内容の組織ではない。

基本的にギャラが発生すればどんな依頼でも受けるような形だ。

 

電話をしている麦野の真後ろでは、他のメンバーが時間潰しとばかりに近づいてくる夏に向けての乙女的な会話に華を咲かせていた。

何か戦闘でも行われたのか、足元や壁には黒服の屈強な男性が無残に倒れている。

「でもさー、結局水着って人に見せつけるのが目的な訳だから。誰もいないプライベートプールじゃ、高いヤツ買った意味がないっていうか」

帽子を被り、短めのスカートを履いた「フレンダ=セイヴェルン」が倒れている男性の頭を踏みつけながら言った。

 

「でも市民プールや海水浴場は混んでて泳ぐスペースが超ありませんが」

フードを深々と被ったメンバー最小の「絹旗最愛(きぬはたさいあい)」がスキンヘッドの男性を壁にめり込ませる。

 

「んー、確かにそれもあるのよねー。滝壺はどう思う?」

フレンダがうつ伏せに倒れている髪の長い男性の指を掴むと何の躊躇もなく、指の骨を折った。

フレンダ達はすでに意識がない黒服の男性に向けて、暇を潰すように無意識的に嬲り続けていた。

電話している時にメモがあったらイタズラ書きをするような、軽い意味合いの弄りに近い。

「......浮いて漂うスペースがあればどっちでもいいよ?」

今回の目的の品か依頼された品か不明だが、スチール製の鞄を大事そうに抱える「滝壺理后(たきつぼりこう)」が無表情に呟くように返事した。

「そ......そお」

理解できないかのようにフレンダは首を傾げた。

「はーい。お仕事中にだべらない。新しい依頼が来たわよ」

電話でのやり取りが完了したのか、リーダーの麦野が手を叩いて注意を自分に向けさせた。

依頼された内容の概要を掻い摘んで紹介する。

「不明瞭な依頼で注意事項があるけど悪くないギャラよ」

「依頼って?」

にやりと麦野は口角を上げて、心底楽しむかのように少しだけ目線を上げた。

「暗殺よ」

 

組織で使っている中継車にメンバー全員で乗り込み、モニターからの声に耳を傾ける。

「特異能力者(シングラースキル)ねぇ......」

 

『依頼人からの情報から類推するとね。複数の並外れた能力を使うみたい』

モニターには「SOUND ONLY」とイタリック体で表示されており、スピーカーから機械的な音声が流れて麦野と会話している。

『暗殺に成功したら、死体は依頼人が回収するみたいよ』

その言葉に釈然としないメンバーは眼を細めて、互いに顔を見合った。

「暗殺だったら、こちらから超襲撃になる?不意討ちで」

絹旗が率直に思った疑問を口に出した。

 

『そうもいかないみたいよ「不意討ちでは逆に負ける可能性が高い。待ち構えて罠に仕掛けた方が得策」らしいわよ』

 

「はあ?そんなに強い相手なの?」

フレンダが頭を抱えて、苦い顔をした。

暗殺だが、こちらから襲撃しないことに何か納得いかないみたいだ。

 

『時間が無いから手短に説明するけど「絶対に一対一で殺り合わないこと。敵の眼を直接見てはいけない」今回の仕事はかなり危険が伴うらしいわ』

 

「眼を見るなって超不利じゃないですか?能力は超不明ですか」

戦闘において、相手の眼を見ることは重要な情報源になる。

相手の眼の開き具合から目線などから次の一手を読み、対処できることが多い。

しかし、今回の仕事では「眼を見てはいけない」という縛りがあり、どう戦ってよいか不明だ。

 

『どうも能力が多岐を渡り過ぎてね。こっちもかなり混乱状態よ』

 

「時間が無いってどういう事?」

麦野が長めのスパッツを上に引っ張り上げながら訊いた。

『今からターゲットがアンタ達の居る施設に来るからよ』

「はあ!今から?」

『じゃあ、暗殺の仕事頑張ってねー』

やや乱暴に通信が途絶えた。

静かになった車内で暫く沈黙が流れる。

「あー、もー!!結局、意味分かんない」

背もたれに暴れながら寄りかかり、手足を大の字に伸ばした。

「滝壺は何か超分かりました?」

「......ボーっとしていたよ」

「でしょうね。会話に参加してなかった訳だし」

 

しかし、その隣で麦野は拳を合わせてポキポキと鳴らしていた。

これから来る謎の強者との戦いを密かに楽しみにしていた。

 

******

 

「ん?!」

木山を背負ったサソリが何かに気付いて、青々と葉っぱを揺らしているベンジャミンが置いてあるビルの屋上で立ち止まった。

「どうした?赤髪く......いや、サソリ君」

サソリは木山を背中から降ろすと手にチャクラを集中させて木山の頭にかぶせた。

「??」

木山が事態が飲み込めずに固まっていると

「お前じゃないか......ゼツにでも感知されたか」

サソリは、面倒そうに視線を巡らすと木山の頭から手を離し、屋上に置いてあったベンジャミンの植木鉢をひっくり返して土を弄り出した。

「どうしたんだ?」

「オレ達が動いているのがバレているみたいだ。お前が案内した目の前の研究所に数人待ち構えている」

「な、何?......」

木山は数軒先の研究所を目を細めて眺めた。

「これくらいあれば良いか......よし」

サソリは印を結び、植木鉢に入っていたやや湿り気のある土が散り散りとなり、サソリや木山の周りに集まり出した。

 

「木山」

サソリが写輪眼を発動しながら木山に声を掛けた。

「何だい?」

「お前ってなんか能力使えるよな?前みたいに」

「いや、あれはレベルアッパーを使っていたからね。今は何も使えないはずだ」

「そうか......」

「?」

 

サソリは巴紋をクルクル回しながら、軽くその場に座り出した。

「という事は、レベルアッパーが使えればお前もなんかの能力が使えるってことだな」

「そうだが......今は装置がないからできないよ。ほとんど消失してしまっ......!?」

突然、木山の耳に金属と金属がぶつかるような耳鳴りが響き、目が真っ赤になった。

「これは?!」

レベルアッパーを研究する上での思わぬ副産物「多才能力者(マルチスキル)」が再び、木山に付与された証だった。

「はあー......」

サソリが腕を後方に下げて、体重を支えるとダルそうに木山を見上げた。

「これは?......」

「ある程度、コピーさせて貰ったからな......これ以上強くすると意識が無くなるな」

サソリは、前に起きたレベルアッパー事件の時に意識を失い倒れた佐天のチャクラの流れを写輪眼で解析し、レベルアッパーと同じ原理の術を施した。

 

前は自分のチャクラの流れに組み込んだが、今回は木山の脳波に合わせてチャクラを調節して、レベルアッパー使用者と同じような状況にサソリ自身にかけたようだ。

 

フラフラとしながら、サソリは立ち上がると頭を掻いた。

「一応、これでお前もオレの術の一部が使えるようになるはずだな」

 

サソリが写輪眼を解除すると、木山の耳鳴りが治り、真っ赤な眼が元の目色に変わる。

木山の目の前でサソリは、砂を弄りながら指先で目を押さえている。

サソリの掌に砂が球体状に集まり出して、何か見覚えのある形へと変化した。

「よし」

それは、砂で作られた目玉のようだ。

サソリはその眼をギョロギョロ動かして動作を確認している。

 

「少し見てくる」

サソリはその目玉を握り潰すと砂塵となり、風に乗って研究所の小さな隙間から内部へと進入して行った。

 

木山は、そんなサソリの能力の高さに脱帽していた。

自身が数ヶ月も緻密に開発したレベルアッパーを僅かな時間見ただけで使いこなして、常識を上回る能力を使うサソリに畏敬の念を抱いた。

 

居るものだな......

天才というものは

サソリ君......君は一体?

......何かが違う、まるで住む世界が違うような気がしてならない



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第43話 アイディア

木山の生徒が昏睡している研究所には、侵入者を排除、抹殺の任務を受けた暗部組織「アイテム」のメンバーが各所に散らばり、戦闘待機をしていた。

 

メンバーの一員であるフレンダは、排気管が密集する通路に一杯のぬいぐるみを敷き詰めて、退屈そうにウサギのぬいぐるみを持ち上げて脚をバタバタさせる。

「勝手なことばかり言いやがって。本当に侵入してくるのかしらねぇ」

腰元に捻れて転がっている蛇のぬいぐるみを手にとっては引き延ばしたり、舌を弄ったりして退屈な時間を少しでも消化しようとしている。

「直接眼をみたらダメだって、精神攻撃系ってことかしら。それだけ分かっていれば遠距離攻撃をしていれば良いってことだから楽そうだけどね......でも、もし一対一で殺し合って勝っちゃったら、もしかして」

フレンダは、帽子を取ってトリケラトプスのぬいぐるみの背中に頭を乗せた。

「報酬のほとんどが私にくるって訳にならない?何かモチベーション上がってきたわ!」

バフバフと頭と背中でぬいぐるみを潰しながら、明るい未来に想いを馳せる。

「何買おっかなぁ~」

 

しかし、フレンダの周囲を囲んでいる配管の中には既にサソリが仕掛けた砂がジワリジワリと流れ込んでいた。

時折、ザラザラとした湿り気のある砂が零れ落ちているがフレンダは気付かずに呑気に鼻歌をかましている。

零れ落ちた砂は徐々にフレンダの周囲に集まり出して、フレンダの目に入り視界を塞いだ。

「な、何よ!急に目に砂みたいなのが入ったわ!」

ゴシゴシと擦るが中々、目の中の砂はしぶとく残り続けている。

視界が塞がれたフレンダを横目に砂は球体を形造り始めて、ギョロッとした目玉になると、目を掻いているフレンダをジッと見つめると、辺りを窺うように瞳を並行移動させた。

ひとしきり眺め終わると、配管に亀裂が入り、土砂がフレンダに降り掛かった。

「ぺっぺっ!な、何よ?何なのよ!?」

 

埃が目に入るは、急に土が掛かるわで気分は最悪だった。

 

手足をバタバタさせて、服のシワに入った砂を掻き出していると、ギョロッとした砂の球体が目の前に浮かんでいるのに気がつく。

「何よこれ?」

ツンと指で弾くと、サラサラと湿り気のある砂粒に変化して崩れ落ちた。

「!?」

崩れた球体に注意が向いてしまい、フレンダは後方へと退がる。

 

すると、背後から砂の塊がゆっくりと近づいてフレンダを包み出して、拘束した。

「ちょっ!?これって」

うつ伏せに倒れた状態で、砂が覆い被さって、がっちりと固定している。

身動きが出来なくなった。フレンダの目の前に何やら人の脚が見えて、顔を上げてしまった。

「あっ......」

 

真っ赤に染まった宝石のような眼がぼんやりと光っており、フレンダを目に捉える。

フレンダの身体から力が抜けて、頭を伏せて倒れ込んだ。時折、空気が声帯を通過して小さな呻き声を発生させた。

 

フレンダの目の前に立っているの赤い髪の少年「サソリ」の砂分身体であった。

 

「んー、知らん奴だな。こんな小娘を守りに付けるなんて舐められたものだ」

サソリの分身体は、壁に手を当てながら残りのチャクラ反応を探る。

「何人かいるな」

サソリの分身体は、突っ伏しているフレンダの金髪ロングを掴むとチャクラを流し込んで、可能な限り記憶を探る。

 

「フレンダ、滝壺、絹旗......麦野」

 

サソリの分身体は、印を結ぶとフレンダそっくりの外見となり、床を踏みならすように自分の身体を見回した。

「こんな感じだったか......」

サソリフレンダは、静かに笑みを浮かべると倒れている本物を一瞥すると、配管の奥へと向かいだした。

 

******

 

長点上機学園の寮のとある一室にギョロッとした眼をした女性「布束砥信」がシャワーを浴び終えて、ベッドに腰掛けた。

クセの強い黒髪は、水分を含んだ重みでややストレート気味になっている。

じんわりと滴る汗を肩に掛けたタオルで拭いている。

 

「ゼツ......いないみたいね。外出かしら」

 

四方を見渡してみるが、ゼツ特有のすり抜けがなく部屋はガランとしている。

汗で失った水分を補給するためにスポーツ飲料をコップに移して飲んでいく。

 

ゼツという人物とあったのは研究室にいた頃だ。実験の協力者として紹介された。

見た目は完全にオセロを連想させてしまう容姿や、二人分喋ることには驚いたが、研究の世界に身を置けば、天才ゆえの変人を数多く見てきたので「そんなものか」と流していた。

自分の正体について詳しく話さないが、博識で様々な事を知っていた。

 

「私の護衛を務めると言っていた、however どこか別の世界を見ているような部分があるわね」

 

護衛として寝食を共にしている布束とゼツ。あまり寝ている所を見たことがない。

生物学を研究している布束にとって、謎に包まれているゼツの存在は、興味対象として申し分なかった。

エアコンから流れてくる風に当たりながら、本でも読もうと本棚へと手を伸ばす。

『生命とは何か?』

という書物を取り出した時に、書類がバサバサと落ちてきた。

「?」

布束は、バラバラになっている書類を拾い集めて目を通し始めた。

 

書類は、絶対能力者進化(レベル6シフト)計画についての概要と手紙のような形式に分かれていた。

概要は大体知っているが、ゼツと共に止めたい計画として前々から話しをしていたことを思い出す。

手紙は、ゼツから布束へ向けられたものだった。

 

レールガンのクローンを使って非人道的な実験が現在進行中だ。

これは断固として許されるべきことではない。

しかし、僕の力ではどうすることも出来ない。

計画は、既に引き返せない領域にまで来ていて、クローンは未だに造り出されている。

もしも、もしもだよ

クローンに人間的な「痛み」や「苦しみ」があったならば、誰かの心を動かして計画が止められるかもしれない

学習装置を開発した君にしか、出来ないことだと思う。

僕は、何か別の方法がないか探してみるつもりだ。

ゼツ

 

手紙を読んで布束は震えた。確かに、感情があれば人形から人間へと変わり、「彼女達の叫び」を疑似的にでも伝えることができるかもしれない。

 

「ゼツ。wellあなたは素晴らしいアイディアの持ち主だわ」

布束はさっそくパソコンを起動させて生み出されたクローンに入力する感情データの蓄積を始めていく。

どのように集めれば良いのか?

いや、どのように作れば良いのか?

生物学の観点から布束は考察を進めていった。

 

寮の外に白ゼツが立っていた。

煌々と点いている布束の部屋を眺めながら、満足そうに耳まで裂けた口で笑みを浮かべている。

 

「クローン計画なら効率が良いと思ったんだけどね。クローンに感情がほぼ無いとは予想外だった」

 

なかなか上手くいかないね

十尾を復活させるには、更に負の感情を集めなければ......

クローンに感情が入り、惨殺されていけば......ククク

約2万の負の感情が蓄積できそうだ

 



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第44話 偵察

サソリがフレンダに化けて、奥へと消えた数分後。

 

サソリの万華鏡写輪眼により幻術に掛けられたフレンダは、俯せのまま倒れ込んでいた。

先ほどまでフレンダの自由を奪っていた砂は既になく、サソリの戦力となるために施設の中を意思を持っているかのように流れていってしまった。

幻術の影響でフレンダから力が無くなり、時折小さな呻き声を上げて身体を震わしている。

 

フレンダの下や周りには、彼女が用意したぬいぐるみが乱雑に置かれていた。

縫い付けられたボタンの目で見上げている。

見方によっては、主を心配するかのような佇まいだ。

 

角を生やしたぬいぐるみを中心に人型の黒い物体が床からせり上がってきた。

黒い物体は、身体にあるトゲに絡みついたぬいぐるみを鬱陶しそうに払い落として上がり続けている。

「簡単ニヤラレタカ......アレホド眼ニ注意シロト」

トゲトゲとした木を背中から生やしながら黒ゼツがフレンダを見下しながら立ち上がった。

 

「処分シテシマウカ......イヤ」

倒れているフレンダの金髪を無造作に掴み上げて、虚ろなフレンダの目を眺める。

自分の黄色い目が写り、妙案が浮かんだ。

いや、前から考えていたことかもしれない。

 

「......マダ役ニ立チソウダ」

フレンダを持ち上げたまま、黒ゼツはニタニタと粘り気のある口で笑みを浮かべた。

黒ゼツの背中から伸びている、トゲがフレンダの身体に巻き付いて行った。

虚ろは眼の少女は全くの無抵抗のまま顔にへばりつく『何か』を静かに受容した。

視線の先には、真っ赤に染まった赤銅色の月とボーンボーンと硬くて鈍い音が鳴り響く。

 

 

「......ドウダ?トビ」

「悪くないっすよ」

フレンダの顔には、グルグルとした仮面が付けられていた。

片目の部分には視界確保の為の穴が開けられており、紅色の目が光っている。

トビと呼ばれる存在は、身体の調子を確かめるように伸脚をして、身体の筋を伸ばす柔軟体操をしている。

「でオイラが寝ている間、計画は進んだ?」

声はフレンダの声帯を使っているらしく、年相応の声色であるが、口調から姿の影響で得体の知れない様相を呈している。

「不測ノ事態ガ発生シテイル」

「不測の事態?」

腕を交差させて肩甲骨を解しているトビに黒ゼツが一方的に言った。

 

「サソリガコノ世界ニ来テイル」

「ええええー!マジで!?」

コントのように仮面を付けたフレンダことトビが盛大にこけた。

スカートが捲れて、ストッキング越しに白色のパンツが丸見えになってしまう。

しかし、羞恥心の欠片もないトビは気にせずに上半身だけを起き上がらせて、あぐらをかいて座った。

 

「サソリ先輩っすか!?確か死んだんじゃなかった?だって、オイラ普通に先輩の指輪を拾ったすよ」

トビは暁のメンバーの証である指輪を見ようと左手の親指を見るが......

「あ、しまった!身体が違うんだった」

女性の滑らかな指を視界に収めると、自分の膝を叩いて失敗を愉しんだ。

 

「......死ンダハズダッタガ......コノ中ニイル」

「そうみたいっすね......もしかして、オイラを呼んだのって」

黒ゼツは、足元に転がるキリンのぬいぐるみを手に取るとねじり切るように首を切断し、トビの目の前に投げ捨てた。

飛び散る綿。

トビは、フレンダの金髪を掻きながらゆっくり立ち上がった。

「邪魔サレナイ内ニ始末シテオクゾ」

「そっすかー!面倒な事になったんすね」

トビは、千切れたキリンのぬいぐるみの首を踏み付けると首を回し、散乱した綿を集めてホワホワとした球体を作って上に投げたり、握り潰したりして遊んでいた。

そして、ジッとぬいぐるみを見ていると声を上げた。

 

「あっ!?」

「ドウシタ?」

「......この身体は女っすよね?」

「ソノヨウダナ」

「じゃあ、うんこする時に性別による違いってあるんすかねー?」

あまりに予想外の質問に黒ゼツは閉口した。

「......知ルカ」

「そうすっかー。いやー興味が尽きないっすね」

グルグルとした仮面を付けたフレンダが顎に手を当ててなんとも楽しそうに考え込んでいる。

 

******

 

フレンダに化けたサソリは通路を走っていき、万華鏡写輪眼で周りの状況を把握するようにキョロキョロと見渡していた。

 

木山の教え子とやらを早めに探しておかないとな......

つーか、今まで見たことがない機械がたくさんあり過ぎて全然分からんな

知っている奴を見つけて縛り上げてみるか

 

廊下を走っている時にガラス窓があり、一階下の部屋を見ることが出来た。

大きなモニターとキーボードが配置してあるコンピュータ室のようだ。

 

「うーむ......とりあえず、あそこに木山を飛ばせば良いか」

この世界にはサソリの理解を超えた物が数多くあり、ガラス窓に手を置いて詳細に写輪眼に写していく。

「ん?」

部屋の片隅に誰か立っているのに気付いた。

茶色の髪に頭にはゴーグルをしているおり、手に何かを持っている。

そのシルエットにサソリは見覚えがあった。

「御坂?」

しかし、身を乗り出してみるがガラス窓に阻まれて顔までは見ることが出来ないでいた。

 

「アイツがどうしてここに?」

「フレンダ?」

サソリフレンダが窓に手を置いたまま、声の主を探す。

声はするが姿が見えない。

首を傾げて、ズレた帽子を直していると

「ふ、ふざけているのですか......フレンダ」

サソリフレンダが目線を下げると、小学生に近い身長のフードを被った女の子が身体をプルプル震わせながら、握り拳を構えていた。

サソリフレンダは、慌てて窓から手を離してフレンダと呼ばれる少女の演技を始める。

「ご、ごっめーん!いや、小さくて気づかなか......!?」

咄嗟に身を捩って、少女の強烈なパンチを躱した。

ガラス窓に風穴が開いて、大きくひしゃげた。

「誰が、小学生並で豆粒で超チビ助だぁぁぁー!」

 

そこまで言ってねぇ!

 

バラバラとガラスの破片が散らばりながら大きく穴が空き、横目で確認する。

 

危ねぇ

コイツは......確か

 

サソリフレンダは、冷や汗をかいた。頬を少し掻く。

 

「超よけンなぁッ!これでも、年齢や身長を考慮すれば超完璧なスタイルと言い切れますよ!」

口を膨らませて、拗ねたような態度を見せます。

「大体、フレンダも超幼児体型に近いではないですか」

 

サソリの頭の中にフレンダから読み取った情報を浮かばせる。

この娘は......絹旗という奴か

サソリフレンダは、コホンと咳払いをする。

「いやー、ちょっとむぎのんに用事が出来ちゃってねー。どこにいるか分かる?」

腕を組んで、機嫌が悪そうな態度の絹旗に、サソリフレンダは頭を掻きながら困り顔の演技をした。

「それなら、ここを真っ直ぐ行った部屋に居ますよ。どうかしました?」

「別に大した事じゃないわ。ありがとう」

「?」

サソリフレンダは、絹旗に背後を見せながらゆっくりとした足取りで距離を取っていく。

右手にチャクラを集中させながら、静かに隙を探る。

 

サソリフレンダを見送りながら、絹旗はフードを被り直していると強烈な殺気を背後に感じ、ほぼ反射的に身体を縮めた。

体躯を落として、身を抱える。

「!?」

「ちっ!」

サソリフレンダの鋭い手刀を躱して、絹旗が目線を上げた。全体からフレンダとは似つかない殺気を放つ存在に、絹旗はスイッチが入ったように無表情になった。

「......フレンダじゃないみたいですね。超排除します」

「............」

サソリフレンダは鋭い目付きのまま地に伏している避けた絹旗へ第二の攻撃として腕を振り上げ、射抜こうとする。

ガキン!

しかし、服から数センチの距離で手刀が止まり、行き場の無くなった力がサソリフレンダの指を微かに震えさせる。

「あなたが侵入者ですか?」

 

サソリフレンダは、飛び上がって絹旗との距離を取る。

絹旗は、立ち上がるとシワが寄った服を着なおした。

ポケットに手を入れると、ゴソゴソと何かを操作しているような素振りを見せた。

 

やはり、何かの術者か

分身体ではあまり写輪眼は使えんが......

 

サソリフレンダはチャクラを溜め、高速で印を結ぶと砂が絹旗を覆うようにパイプの切れ目から流れ込んできた。

「!?」

砂は小さな塊となると、絹旗目掛けて一斉に飛んでいく。

しかし、砂の塊は先ほどと同じように彼女の周囲で謎の障壁に阻まれて、ただの砂となって落下した。

 

「私の窒素装甲(オフェンスアーマー)には超効きませんよ」

 

窒素装甲(オフェンスアーマー)

空気中に78%の割合で存在する窒素を自由に操り、攻撃にも防御にも転換できる能力。

主に絹旗は防御に特化しており、360度無意識的に自動防御を行っている。

ただし、能力展開が身体から数センチと極端に狭いので、攻撃をする際には直接殴らなければならない。

 

サソリフレンダは、指先でチャクラ糸を飛ばしてみるが、やはり女の子の身体との間に障壁が出来て、弾かれていくようだ。

絹旗は、作業が完了したようで間合いを一気に詰めて拳を回転させながら、サソリフレンダの鳩尾を狙い突き出した。

「くっ!?」

サソリフレンダは、腕を前に出して後方へと飛び移る。

「超逃がしません」

後方に飛んだサソリフレンダを向けて、更なる攻撃を仕掛けるために足先に力を込めて間合いを詰めた。

 

サソリフレンダは、被っていた帽子を手に持つと乱気流している絹旗の拳目掛けて投げ付けた。

帽子は、絹旗の拳に当たると形状維持が出来なくなり、砂粒となった。

一瞬だけ、絹旗の視界が塞がれた。

 

なるほど、そういう術か......

 

壁際へと追い詰められたサソリフレンダは、金色の長い髪の隙間から紅い眼を光らせて、絹旗の能力の分析を始めていた。

 

絹旗は、立ち昇る砂煙に意を介さないように無表情のまま目の前に立っているフレンダの偽物を見据える。

「どんな奴が来るかと思えば......逃げるだけで精一杯の超臆病な奴ですか」

 

絹旗は拳を構えて演算を行い、乱気流を発生させるとサソリフレンダに向けて打ち出す。

だが、直後にサソリフレンダは印を高速で結び出して、絹旗と同じように拳から乱気流を発生させた。

 

「!?」

両者が互いに拳をぶつけ合うと、破裂音と共に凄まじい突風が吹き荒れた。

「ど、どういうことですか?私の能力が」

 

コピーされた!?

 

突風によりフードが外されて、絹旗の顔に冷や汗が滴り落ちた。

信じられないものでも見るかのようにサソリフレンダを覗き上げる絹旗に、長い金髪をはためかせながらニヤリと笑い掛ける。

 

「......風遁に近い術のようだな」

悪魔のような両眼には写輪眼が光り、巴紋がクルクルと回りだしている。

絹旗は圧倒的強者が放つ本気の殺気に身震いし、前に進んでいた足を後退させ始めようとする。

しかし身体が縫い付けられたように硬直していき、中心から力が末梢に向けて抜けていった。

「あ......ああ」

絹旗もサソリの幻術に掛かり、能力は解除されてその場に倒れこんだ。

 

「ふぅ......厄介な術を使う奴がいるな」

サソリフレンダは、頭を下げて呼吸を整える。

偵察と銘打っての砂分身だが、これほどハイペースで写輪眼を使わされるとは予想外だった。

 

一度、本体に戻るか......

いや、まだリーダー格の麦野と呼ばれる奴の能力だけでも暴いておきたい所だ

 

残り少ないチャクラを奮い立たせて、サソリフレンダは、顔を上げた。

しかし、背後にある壁の向こう側から強烈なチャクラ反応を捉えて、横に飛び移る。

刹那、緑色の光線が一直線に壁を溶かしながら進んでいった。

倒れこんでいる絹旗の上方をまるで計算したかのように通過していく。

 

「殺ったかしら?」

「まだいる」

溶かされた壁から栗色のセミロングの女性と黒髪の女性が悠然と入り込む。

スラッとしたワンピースに短パンを履き、胸の大きさを強調するかのように胸下にベルトを巻きつけている。

「あら、フレンダ?」

 

「違う、フレンダとは違うAIM拡散力場......偽物」

黒髪の女性が眠そうな目で答えた。

「そうみたいね」

 

あれが、麦野と滝壺か......

チャクラ反応から飛んでもねぇな

それに、さきほどの攻撃は......

 

麦野は倒れている絹旗のフードを掴むと引きずるようにして滝壺に預けた。

「絹旗から連絡を受けたけど、間に合わなかったみたいね。それに、フレンダの方も期待できそうにないわ」

やれやれと麦野が首を横に振った。

脳内にテヘヘとフレンダが舌を出して

 

ヤラレチャッタ

 

と声を出すのが容易に想像できる。

 

「さて、正体を現して貰おうかしらね」

麦野が腕を伸ばして構えると緑色のエネルギーを集中させて、光の球体を造り出すと、息を荒げているフレンダの偽物に向けて放った。

 

迫り来るエネルギー弾にサソリフレンダは、避けることもせずに写輪眼で最後まで分析•解析を進めた。

逃げる動作をしない、フレンダの偽物に麦野は怪訝そうな表情をした。

「!?」

 

緑色の光線はサソリフレンダの腹部に直撃して、上半身と下半身に分離されて機械的に倒れた。

すると、実体が保てなくなったサソリの砂分身は崩れて、ただの砂へと変貌した。

絹旗を安全な場所で寝かせている滝壺がボーっとした感じで砂の山となった侵入者を見ていた。

「砂......」

「のようね。って事は本体がいるのかしら?」

麦野は、崩れていく砂を嘲笑うように踏み付けた。



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第45話 脅迫

ジトッとした暑さが立ち込める中で、佐天は、アパート近くのコンビニに立ち寄っていた。

佐天が通う柵川中学校では、常盤台中学のような寮がなく、故に門限はない。

そのために夜に小腹が空いても、簡単に外出出来る。

 

「まっずいわねー。能力が開花してから食欲が爆発しているわ」

レベルアッパー事件から氷使い(アイスマスター)の能力に目覚めた佐天。

溢れ出す食欲とは打って変わり、佐天の身体はスラリとした身体を保っている。

「能力ダイエットかしらね」

自動ドアを潜り抜けて、雑誌コーナーへと足を運ぶ。

ある週刊の漫画雑誌を読んで驚愕の表情を浮かべた。

チョコ味のソフトクリームを購入し、読んでいた漫画の急展開に頭をボーっとさせる。

「まさか、あのキャラとあのキャラが結婚するなんて......いや、でも互いに好きになったし良いのかな」

 

前から好んで読んでいた漫画で身分の違いにより、互いに婚約できない二人が最新号ではめでたく挙式を挙げているのに驚きを隠せない。

 

好きか......

 

ボヤっとサソリの顔が浮かんだ。いつもすかしたような表情をしているサソリ。

出逢って1か月近くになる。

サソリの事は、未だに不明な部分が多く。分からないことだらけだ。

 

ただ、誰よりも愛情を求めているのは感覚的に理解していた。

それは論理的でも無ければ、確たる証拠もない解。

佐天の中で流れている力や能力からなんとなく分かっただけだった。

 

サソリか......あたしはサソリとどんな事を望んでいるんだろ?

友達だったり、友人だったりではない関係......いや、それ以上の関係?

いやいや

別にそんな事は考えた事はないことはないけど

レベルアッパーの時に助けてくれたし

能力を上げてくれたし

間違った方向に行ってしまった自分を本気で叱ってくれたし

 

良かったじゃねーか、能力使えるようになって

 

ニッと不器用に笑う彼の顔が印象的だった。

サソリが側に居るだけで安心できる。

なんか、不安や後悔も何もかも解決してしまうような強さを持っている彼。

 

佐天の心臓が早鐘を打ったかのように激しくなった。

佐天は、胸に手を当てて思わず立ち止まった。

 

も、もしかして

あたしってサソリのことを......

 

顔が真っ赤に染まる。能力では冷やせない内なる強い拍動が佐天の身体を波うたせる。

 

湾内さんが告白した時に感じた騒めき。

首をブンブンと振って、今の思考を打ち消すようにした。

ソフトクリームの入った袋を両手で持ちながら、佐天は静かにその場に立ち尽くした。

 

なんか......サソリに会いたくなった気がする

照れたように目を細めていると、視界の先で動くものが見えた。

「?」

それは黒い塊の姿をしており、機械的な動きで指先らしき物で道を指し示した。

「な、何?」

佐天は走り寄るが黒い塊は、湯気のように立ち消えた。

 

サソリヲタスケテ

タスケラレルノハ

アナタダケ

 

耳鳴りのようにエコーが掛かった音が風のように佐天を一瞬だけ包み、夏の暑さに消えて行った。

「サソリ?」

買い物袋を肩に掛けながら、佐天は空耳かもしれない声を聴き、上空へと視線を巡らす。

佐天の指先から冷気が迸る。北風のようにひんやりとした冷気が何かに導かれるようにボンヤリと結晶を街灯で煌めかせながら、続いている。

何かの意思が宿ったかのような冷気を指先を伸ばしながら感じて、佐天は静かに走り始めた。

 

理屈よりも行動の佐天の果敢な性格は、指し示す冷気云々よりも胸騒ぎを覚えてしまった。

自然と走る速度は、上がりだしてコンクリートに氷を張るとスケートの要領で滑りだしていく。

 

胸騒ぎの正体は分からない

サソリの事を考えると鼓動が早まっていく

 

サソリ......サソリ

まさか、いや......そんなことは

 

考えたくもなければ、予想したくもない現実。

無残に闘いに敗れて、傷だらけの身体で地に伏せるサソリのビジョンが浮かぶ。

何か、サソリを上回る強烈な闇の力が出現していくように感じた。

 

******

 

とあるビルの屋上でサソリと木山は、待っていた。

「サソリ......君。やはり誰か居たのか?」

木山が先ほどから柵に寄りかかって両眼を瞑っているサソリに問いかけた。

「ああ......」

それ以上は説明せずに、サソリは何か別の事に集中するように黙ったまま、腕を首の後ろに回した。

 

木山はその様子を恐れのような視点で眺めていた。

先ほどサソリと繋いだ『幻想御手(レベルアッパー)』には能力付与の副作用の他に一部の記憶が流入する作用があった。

木山は、サソリの知られざる記憶の一部を垣間見て、恐怖した。

 

人間を切り裂き、内臓を燻らせる禍々しき所業の数々。

血抜きをした人間の顎下からメスで喉を切り、真っ直ぐステーキでも切るかのように上下に揺り動かす。

肉が断たれ、肋骨を折っていく。

血の匂い、気化した脂肪分がベタッと肌に張り付いて汗と馴染んでいく。

 

そして内臓をごっそりと取り出すと慣れた手付きで水場へと重量を失った死体を水洗いをしていき、赤々とした波紋が排水口から渦を巻いて落ちていった。

 

なんとも楽しそうな気持ちだったが、木山は早く離れたくて堪らない。

 

それでも関係なく、映像は続く。

組み木のように精巧に組み立てられた死体に刃物や針を仕込んでいく。時折、指先を動かして仕込みが作動するか確認している。

それはまるで人形を使い、人間に復讐しているように見えた。

 

目の前にいる無邪気に眼を瞑っているサソリという存在を震えながら見ていることしか出来なかった。

 

ここで真偽を確かめてしまえば、楽になるだろうか?

だが、決定的な決裂を意味することにならないだろうか?

研究者としての木山が様々な可能性を浮上させては消去を繰り返す。

 

この少年は、本当に信用して良いものか......

 

折角のチャンスであるが、これは賭けに近い。

表面上では、教え子を助ける事と引き換えに『ゼツ』という協力者の情報の譲渡という取引が成立している。

だが、裏までは分からない。

信じていた研究に教え子を奪われた木山は、迷いから唇を軽く噛み締めた。

 

「ふぅ......倒しきれなかったか......」

 

サソリが静かに伸びをして、立ち上がった。

首をポキポキと鳴らしながら、木山の異変に気付いたサソリは首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「......」

わずかに口を動かすが、言葉に成らない。

「?」

サソリは、木山に近づこうとするが反射的に木山は後方へと退いた。

サソリは終始驚きの表情を浮かべていたが、やがて半眼になると木山を見下したように溜息を吐き出した。

 

「はあ......お前さ......教え子を助けたいの、助けたくないのどっちだよ」

 

「わ、私は......」

 

「何考えているか知らねーけど。ここで怖気付くんだったら、足手まといだからくんな。オレ独りでやる」

 

突き放すように、サソリは木山に言い放った。

「!?」

「ちっ!」

「ま、待ってくれ......」

木山は去ろうとするサソリの手を掴んだ。それは大人の女性としての握力ではなく、何かに怯える子供のように震えていた。

「?!」

サソリは振り払うこともせずに、掴まれたまま木山と向き合った。

 

「き、君は......何者だ?」

「!!」

 

サソリの殺気が一段と強くなった。周囲の空気に亀裂が走ったかのように鋭敏となり、木山の肺を切り刻まんばかりだ。

 

「どこからだ?」

「?」

「どこからその疑問が生じた?と訊いている」

 

木山は、初めて自分が相対している者が唯の少年ではないと悟った。

何か返答を間違えたら、自分の首が飛ぶかもしれない恐怖。

あの時と同じ、レベルアッパーを発案した時と同じ感覚に陥った。

 

硬直したかのように固まった木山にサソリは、ゆっくりと木山の腕を屈曲させながら近づくと深紅に煌る万華鏡写輪眼で木山を捉えた。

 

気が付けば木山は、大量の傀儡人形に囚われて拘束されていた。

 

「こ、ここは?」

 

ガチャりと傀儡人形を解こうとするが女性の力ではどうすることも出来ず、身体を揺り動かすだけだった。

 

「なるほど......初期設定はそうなるのか......」

全ての色が反転したかのような景色の中で燃えるような青色の燐光が集まりだして、サソリが出現した。

サソリが腕を振り下ろす動作をすると、木山を拘束していた傀儡人形が砂のように崩れ落ちて、木山は自由の身となる。

 

「ここでは、時間があまり経たん......さて、話して貰うぞ」

 

木山の額に汗が滲み出た。ゼツの話をしてからサソリの警戒心は一層強くなっている。

 

圧倒的な力を有するこの少年がここまで敵意を剥き出しに私に訊いている

 

木山は、先ほど見てしまった悪魔のような光景から生じる恐怖心を必死に抑えながら、息を整えた。

 

ここで退く訳にはいかない

私の教え子を助ける為には、このサソリという少年の力が必要になってくる

しくじれば殺されるかもしれないが......覚悟はしている

 

「れ、レベルアッパーだ」

「あ?!」

「君が使ったレベルアッパーのえ、影響だ。私はそれで一部であるが君の過去を観た」

「な、何!?」

 

サソリの顔が大きく歪んだ。怯んだかのように一歩木山から退く。

木山は更に畳み掛けた。

 

「君は人を殺した事があるな。それを人形に造り変えていた」

「!..........」

「私に協力しないと......御坂美琴達に告げるつもりだ。私は、教え子を救う為なら何でもするぞ」

 

はあはあ、言った

言ってしまった

付け焼き刃の情報にあまりしたことのない、根拠のないハッタリだ

論理も整合性もない酷い言葉の羅列だ

 

「ククク......」

サソリの身体が小さく震え出した。

「あはははははははははははははははははー!オレを脅迫するつもりか木山?」

 

木山は、サソリの初めて見る笑いに反射的に身体を強張らせた。

 

「そ、そうだ......私の言う通りに」

と言った次の瞬間には、サソリは木山の目の前に一瞬で移動していた。

「アホか。この場でお前を殺してしまえば関係ない」

抜手を構えた状態でサソリが冷酷な眼で木山を見据えた。

「私を殺せば君が欲しい『ゼツ』の情報が手に入らないが良いのか」

 

木山は一歩も退かずに声を荒げて、対抗した。力では到底敵わない相手。

危ない橋は、もう渡り始めている。

ここまで来たら引き返すことはできない。

「.........」

「.........」

 

木山とサソリは互いに睨み付けあった。身体を震わしながらもサソリを真っ直ぐ見つめている。

 

サソリは黙ったまま構えていた抜手を突き出した。

木山は思わず目を瞑ってしまうが、予期していた衝撃とは違った。

 

コツン

 

サソリの指先が木山の額を軽く弾いた。

「?」

「気に入った」

サソリはうすら笑みを浮かべながら、はだけた外套を直した。

木山は腰が抜けたかのように崩れるように座り込んだ。

「お前の覚悟に免じて脅迫されてやるよ」

 

サソリの言葉を皮切りに世界が融けていき、元居た屋上に立っていた。

木山は前屈みになると、滴る冷や汗をポタポタ垂らしながら荒くなった呼吸をしている。

 

生きている......私は勝ったのか?

 

吐き出してしまいそうになるほど、心臓の鼓動が速く胸を手を当てる。

 

「少し休憩を挟んだら行くぞ。ここからは命懸けだ」

サソリは、柵に手を当てながら静かに言った。

 

ゼツ......

何を企んでいるか知らねぇが

オレが叩き潰してやる



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第46話 サソリvs麦野

思いの他長くなってしまいました


能力により偽フレンダを粉砕した麦野は、かつてフレンダを形成していた砂の塊を蹴り潰しながら、メンバーのフレンダに連絡を取ろうとしていた。

「......出ないという事はヤラレやがったな」

何回もコール音が鳴り響いているが、何分経っても出る気配が見えない。

舌打ちをしながら麦野は電話を切ると、研究所にある簡易なテーブルに携帯を放り投げた。

 

麦野と一緒にやって来た黒髪女性の滝壺は正体を無くしている絹旗に膝枕をすると頬を叩いたり、揺り動かしたりして何とか覚醒させようとするが全く反応が無い。

 

「......AIM拡散力場が変化している......」

 

滝壺理后(たきつぼりこう)

大能力者(レベル4)

能力名「能力追跡(AIMストーカー)」

一度記録した相手のAIM拡散力場を検索し、どこまでも追跡することが出来る能力を有する。

 

絹旗から流れ出ている能力者特有の力場が無理やり変化されており、不気味なエネルギーを放っていた。

今までにこんな禍々しいAIM拡散力場を感じたのは初めてだった。

トゲトゲしているような、喰われるような強烈な力場に滝壺は表情をあまり変えないながらも冷や汗をかく。

 

「こんな弱い奴に負けやがって......後でお仕置きだ」

反面、麦野は敵の呆気なさに苛立ちが隠せないようである。

強いと期待していたが、牽制に近い技で敵は吹き飛んでしまったので不完全燃焼感が拭い切れないようである。

収まらない苛立ちに研究用に用意されていたバケツを蹴り出して、ひしゃげさせる。

 

こんな砂つぶ相手にアイテムという暗部組織が半壊している現実。

詰めが甘いフレンダならまだしも、絹旗まで敗北した事には納得いかなかった。

絹旗の能力は、あの学園都市第一位の能力を植え込んだものだ......簡単には倒せるはずがない、それなのにどんな細工を?

 

「むぎの......」

「あぁ!?」

滝壺は、絹旗に手を添えたまま視線をまんじりともせずに一点だけを見つめていた。

それは麦野ではなく、蹴られたバケツでもない第三の地点だ。

「来る......」

「!?」

 

急速に絹旗から感じ取った禍々しい力場が渦を巻いて、一点から引きずられるように黒い外套に身を包んだ赤い髪の少年が膝を付いて姿を現した。

 

「ふぅ」

赤い髪の少年は、膝を付いた姿勢から徐に立ち上がると溜息混じりでーーー

「なんでこうも小娘ばかりなんだ」

この場所に来てからというもの女、子供ばかりに当たる頻度が多くサソリは些かうんざりしていた。

 

このガキ?

一体どこから来た?

空間移動能力者か?

 

麦野は、突如として出現した少年に疑問を抱きながらも、先手必勝とばかりに身体の前に緑色の光を出しながら、腕を構えて照準を合わせて放つ。

 

麦野沈利(むぎのしずり)

学園都市第四位の超能力者(レベル5)

能力名「原子崩し(メルトダウナー)」

暗部組織「アイテム」のリーダー格の女性。

微視的な粒子は、本来であれば粒子にもなり、波になったりと状況により変化出来るが、麦野はあえて粒子でもなければ波でもない曖昧な状態に固定し強制的に操る能力を持っていた。

また、曖昧に固定した電子を相手に叩きつけることで絶大な威力で粉砕することが可能となる。

ただし、威力は高いが反動が大きく、連射できないデメリットもある。

 

サソリは写輪眼が紅く光らせながら、印を結ぶ。

サソリの周りの空気が変わり、放たれた光線を左腕で受けると、軌道が変化してサソリの斜め後方に弾かれていく。

「......」

反動で反り返った左腕を冷めた目で見ながら、麦野を見据えた。

 

「!?」

は、弾いた?

私のメルトダウナーを......!?

 

「やはり、塵遁か......こんなガキがな」

先ほど砂分身で収集した情報と整合して相手の術の正体を暴いた。

 

麦野は目を見開き、驚きの色を呈するがすぐに笑みを浮かべて居直った。

指をパキパキ鳴らしながら、麦野は緑色の光の球を生み出して、エネルギーを溜め始めた。

「そうこなくっちゃね!さっきみたいに呆気ない終わりだったら許さないわよ」

 

「悪いな......塵遁使いには容赦しない」

サソリが軽くジャンプをして、身体のチャクラを調節すると、前屈みに構えた。

「少し本気を出す」

 

サソリから圧倒的な殺気が加わり、辺りの空気が一気に重くなった。

サソリにしてみれば、身体の状態やチャクラ量が一番高まった瞬間での初めての本格的な戦闘だった。

 

身体から蒼白く光るチャクラが流れ出して、傍から見ていた滝壺は戦慄した。

「な、何これ......?」

何かが根本的に違うエネルギーに、次元が違う異質なAIM拡散力場の反応。

いや、これはAIM拡散力場と呼んで良い代物なのかさえ解らない。

住んでいる世界が異なるような異質な力場に怖れを抱いたが、何かを決心するようにギリっと歯軋りをさせると、赤い髪の少年の一足一挙に集中させる。

 

「......」

この人の能力を詳しく見ないと、記憶はしたけど分析をしないと......それが私の仕事

 

すると、麦野の目の前にいたサソリが一瞬にして音も無く、姿を消してしまった。

「!?」

「むぎの、後ろ!」

集中していた滝壺は、咄嗟に声を上げた。

「!」

振り返ると後ろにはいつの間にか移動したサソリが迫っていた。

 

麦野は振り返りながら、前へと飛び込んでメルトダウナーを打ち出した。

自身のメルトダウナーの中に突っ込んで来ている黒い物体が麦野の懐に入ると、空気を巻き込んだ一撃を繰り出そうとした。

 

「くっ!?」

飛び込みとメルトダウナーの反動により床に叩きつけられた麦野の上からサソリは拳を突き出す。

麦野は、波紋状に固定した粒子を集めて、掌から放出しサソリからの攻撃を受け止める。

バチバチと火花が飛び散る中での攻防戦。

 

オレの動きが分かったか......

あそこにいる女

感知タイプのようだな

それに......この塵遁女、防御にも回せるか

オオノキのジジイよりも汎用性が高そうだ

 

サソリの写輪眼が一層強く光出して、巻き込む空気の量が増えだした。

上から押さえ付けるようにチャクラを放出し、麦野のメルトダウナーの壁を破るように鋭くなっていく。

 

「ググッ!」

「どうしたその......程度かぁ!」

「ナメん......な!!クソガキめ」

 

目をぱっくりと開いて猟奇的な目付きになると麦野は攻撃を仕掛けているサソリのすぐ隣に緑の光球を辛うじて出現させると、メルトダウナーの引き金を引いた。

「!?」

メルトダウナーをまともに横から受けたサソリは、真横に吹き飛ばされて研究所の壁へと転がるよう叩きつけられる。

 

「はあはあはあはあ......どうだこの童貞野郎がぁ!」

麦野が肩で息をしながら、煙が上がっている壁際へとメルトダウナーを複数個打ち出した。

「今からテメェにやられた分兆倍にして......!?」

しかし、壁際に追い込んだはずの赤い髪の少年が忽然と姿を消しており、麦野は辺りをキョロキョロと見渡し探し出した。

滝壺は、不可思議な感知をした後にすぐさま絹旗を隣に置くと、立ち上がった。

「!上」

滝壺の言葉と同じくらいにサソリが上から姿を現して、麦野の背中に着地した。

「がっ!?」

サソリは麦野の片腕を握ると後方へて捻り上げて、拘束した。

サソリのコメカミから血が滴り落ちており、サソリは拭きとって出血量を確認した。

「あー、いつつ......」

「気安く乗ってんじゃねー!」

麦野が背中に乗っているサソリを振り落とそうと力を入れてもがき出す。

「ちっ、生意気な娘だ」

サソリは腕を固めなが、チャクラ糸で麦野の両腕を後ろで縛り上げた。

 

そして、サソリは悔しそうに立ち上がっている滝壺を見た。

「......大した奴だ。今の動きに付いて来るとはな......」

滝壺にとってもギリギリの反応だった。

ほんの一瞬、時間にすればコンマ何秒かの刹那瞬にも満たない時間に相手の放っているAIM拡散力場がこの世界から完全に消失していた。

検索対象が消えた事に戸惑いが起こり、半ばパニック状態となっている。

 

麦野の上に座りながら、サソリは印を結び出して床に転がっている砂を集めると滝壺を覆うようにして拘束した。

「あ......」

土砂のように溢れ出した砂は、滝壺と絹旗を巻き込んで、呼吸路を確保した形で身体に密着して動きを封じ込める。

 

「た、滝壺!」

「ごめん......なさい」

関節を捻り上げられながら、チャクラ糸で固定された身体をなんとか揺り動かそうとするが、サソリの呪縛から逃れることが出来ないでいた。

 

「ふぅ......木山からの脅しで痛めつけるのはダメだからな。それに」

流れ出る出血を確認した。

「惜しかったな......反応が遅れたら頭が吹き飛んでいたぞ」

麦野の上で腰を掛けながら、拘束した二人を見据え、今後の策を練りだした。

 

「ンググ!」

麦野は自分の前方に蛍のように小さい緑の発光体を生みだすと、自分と研究所の床を狙い放ち出す。

床が抉れるように爆発するとサソリと麦野を巻き込んで吹き飛ばした。

 

「!?」

チャクラ糸が衝撃で解けて、自由になった両腕を開いて、吹き飛ばされながらも体勢を立て直して、サソリの黒い服の襟を引っ掴むとそのまま壁に叩きつけた。

「......自分ごとか......」

「形勢逆転ね。私をここまでコケにしたのはアンタが初めてよ」

 

麦野は右半身には爆発による衝撃のために火傷を負い、衣服がボロボロとなって麦野の胸を支えている何とも艶やか紫色のブラジャーが完全はみ出しており、非常にセクシーな格好になっていた。

しかし、本人は羞恥心云々より戦闘へと意識を向けていて、愉しげに勝ち誇った表情をしていた。

 

「そりゃあ、どうも」

サソリは一応その事に気付いたが、別段に特別な反応をせずに冷めたような眼で麦野と目線を通わせる。

 

「だけどここまでのようね......ミンチにしてあげるわ」

麦野がポツポツと緑色の光を造りだしている時にサソリは、頭を掻きながら掴んでいる麦野の腕を通り抜けるに前のめりで歩き出した。

そのまま、何も障害物がないかのように平気で移動していき、麦野の身体を通り抜けていく。

 

「えっ!?」

これには、麦野の能力が解除されて緑色の光が次々と消え出し、目の前で起きている超常現象に釘付けとなった。

 

砂に拘束された滝壺もその光景に釘付けとなる。

「無い......むぎのに触れている場所が無い」

 

「ああ、使っちまった......」

そのまま、固まっている麦野を通り抜けるように後方に移動した。

サソリが扱える万華鏡写輪眼に施されたもう一つの時空間忍術。

それは身体全体ではなく、身体の一部を別空間に飛ばして、あたかも攻撃をすり抜けたかのように見せる術だ。

 

だが、相手の攻撃をすり抜けてしまうこの術はサソリは好きではないらしく。

あまり使わずに戦闘をしていた。

 

「なんかダレるから使いたくねぇんだよな」

戦闘において、相手の攻撃が自分に通用しなくなるのは緊張感に欠けて、楽しむことが出来なくなるらしい。

しかし、麦野の捨て身の攻撃に躱すことが出来ずに咄嗟に使ってしまった。

 

「やはり戦闘の勘が鈍っているな」

サソリが腰に手を当てて、足下を見た。

足の指を感覚上動かして機能の確認をする。

「ん?」

目の前に緑色の束が出現し、メルトダウナーがサソリの顔面目掛けて放たれた。

「よっと!」

サソリは後ろへと反り返って、間一髪で躱した。

 

やはりなー

最初に比べれば、威力も速度も落ちている

それに溜めるのに時間が要るみたいだな

そこが弱点か......

ここはオオノキのジジイの塵遁と一緒のようだ。

 

「な、何をしやがったテメェ......」

麦野がワナワナと震えながら、幾つものメルトダウナーの球を造り出すと一斉にサソリに放った。

サソリはそのまま自分の目で軌道を計算すると、メルトダウナーを一発一発見切って、避けていき前へと一気に踏み込んでいく。

 

「っ!?」

気が付けば、サソリは麦野の目の前に移動していた。

サソリは自分より身長の高い麦野を見上げる形となる。

「!!」

分からない

分からない分からない

分からない分からない分からない

こ、このガキの能力が一切なにも

 

「な、ナメんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

腕を振り上げて、サソリの頭を殴り付けようとするが。

ガシッ!

易々と止められて、捻られるとそのまま麦野の胸部に自身の肘を押し戻されて衝突させた。

 

「かはっ!」

ボロボロになった衣服の上から胸を抑えて顔を歪ませる麦野。

「はあはあはあ」

何の解決策も対策も手段も思い付かない。

この少年の正体も能力も何もかもが未知数過ぎて、混乱してきてしまう。

 

頭に浮かんだのは

『敗北』

という二文字。

 

ふざけんな

ふざけんなふざけんな

ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

私は、学園都市で七人しかいない

レベル5だぞ!

こんなガキに私が

私が負ける訳がない

 

麦野は指先で照準を合わせ、メルトダウナーを発射しようとするが、サソリが一瞬で飛び上がり麦野の腕を蹴りあげた。

放たれたメルトダウナーが天井に激突して走っていたパイプが寸断された。

勢い良く蒸気が噴射する。

 

「うっ!?」

「悪いが、何回やっても同じだぞ」

全てを見透かすかのようにサソリは不敵な笑みを浮かべた。

「な、何者?」

「!......忍だ。そろそろ時間なんでな、決着を......」

 

とサソリが言った所でバランスが崩れた天井から上階が崩れ落ちて来て、二人目掛けて落下してきた。

迫り来る落下物が目の前に迫る中、麦野はスローモーションに物事が見えた。

サソリが麦野の襟首を掴んで、身体中から蒼色の莫大なエネルギーを放出しだした。

「!?」

ちっ!

 

麦野は来るべき衝撃に備えて、目を瞑って防御の姿勢を取っているが幾ら待っても落下して来たものが自分に当たり圧し潰す感覚が走らなかった。

「?」

おそるおそる目を開けてみると、蒼色に燃え上がる何かに覆われていた。

赤い髪の少年は麦野の襟首を掴んだまま、瓦礫を蒼色に燃え上がる巨大な骸骨の上半身が弾いたり、握り潰していて防いでいた。

 

「あ、アンタ......?」

「ん?ああ、大丈夫そうだな」

サソリが万華鏡写輪眼のまま二人揃って時空間へと移動させて、瓦礫から離れた所にへたり込んでいる麦野を座らせた。

主の消えた骸骨は燃え尽きるように辺りに四散して消えていった。

積み上がった瓦礫が軽く崩れ落ちる。

 

「さて......」

サソリは外套の上を脱ぎだすと、麦野の肩に掛けた。

「あ......?」

サソリは頬をポリポリ掻きながら、外套に触れる。

 

な、何を考えてんだこのガキ!?

さっきまで命のやり取りをしていたのに

 

するとサソリは、掴んでいる外套の上着にチャクラを流しながら印を結ぶと

「土遁 加重岩の術」

ずっしりと麦野に掛けられた外套が重くなって、麦野は前屈みになり苦しそうに声を漏らした。

「お、重い......」

外套が重しとなり、麦野が動けなくなっているのを確認するとサソリは、裸なった上半身のまま踵を返して出口に向かい出した。

 

「チャクラ使い過ぎたな」

指から一本の糸が伸びていた。それを確認するかのように何回も動かしている。

 

「ま......待て......逃げん......のか」

「ん?お前の相手をしている暇がなくなったからな。それに」

 

そこでサソリは会話を打ち切った。

そして、やや言いずらそうに

「それは一定時間で元に戻るし......その、目のやり場に困る」

 

そこで麦野は自分の服装に気が付いた。

メルトダウナーの能力を自分に放って脱出した際に衝撃で衣服は吹き飛び、紫色の過激なブラが露出している状態だった。

麦野はカァーと顔を真っ赤にしながら慌てて、腕を前にして隠し出した。

 

「最初から見てやがったのか......」

「お前が勝手にやった事だろ。じゃあな」

サソリは腕を振りながらその場を後にした。

出入口の自動ドアを開けて、飄々とした感じで出て行く後ろ姿をポカンと眺めていると麦野の身体か震え出した。

 

「ぷっ!?ギャハハハハハー。乳ぶん回しながら闘っていた訳ね!傑作だわ」

麦野が吹き出して笑い出した。

 

「むぎの?」

滝壺が心配そうに麦野を見ていた。

「反則だわ......あんなもん出されたら勝てるわけないわね」

麦野の脳裏に先ほどの燃え上がる巨大な骸骨が過った。

砂を使った能力にエネルギーの糸、空間移動とすり抜け......巨大な骸骨

 

「あははは......チートだわ完全に」

重くなった外套を慎重に後方に向けながら、大の字に横たわり麦野の満足そうに笑った。

反則の反則

終わった後のあの対応も反則だった。

敵に服被せるバカがいるか。しかも重くて動けないし。

「最高の気分。ここまでやられたのはいつ以来かしら?」

久しぶりの心からの笑いだった。

 

「ん......?」

幻術に罹っていた絹旗が目を覚ましたようで、起き上がりながらキョロキョロと辺りを伺った。

 

「気付いた?」

砂に高速された滝壺が目線を横に向けながら、絹旗に問い掛けた。

 

「まだ超フラフラします......ってどんな状況?!」

隣には砂の塊に沈んでいる滝壺に、大の字で倒れて笑っている麦野というカオスな状況だった。

 

「んあ?ああ、気付いたようね絹旗......負けたわ。完敗」

絹旗の声に気が付いて、麦野が天井を向いたまま応えた。

 

「麦野が超敗北ですって?!」

「うん、すご~く強かったよ」

「その割に超満足そうですけど」

「そうね。楽しみが増えた感じかしらね......また逢ってみたいわね」

 

麦野のあっけらかんとした笑いに絹旗と滝壺はホッとしたように息を吐き出した。

「任務は失敗したけど......どうでも良くなっちゃったわ」

「久しぶりに反省文書かされますかね」

「たぶんね、適当にでっち上げるわ」

「疲れた......」

こっくりこっくりと滝壺が舟を漕ぎ出した。

サソリの能力を掴むために張っていた緊張が解けたのであろう。

睡魔が襲ってきた。

「その状況で超寝れますね」

「......結構、あったかい」

 

ん?砂風呂みたいな感じ?

「ああー!?名前訊くの忘れていたわ」

麦野が声を上げた。

「麦野が興味持つって超珍しいですね......ん?どんな侵入者だったか?思い出せない......?」

??

絹旗は腕を組んで、頭を捻るが誰に倒されたのか?そもそも侵入者がいたのだろうか?

と不明確となっていた。

「何よ、呆けたわけ?」

「いや.......ん?」

 

写輪眼の能力により、記憶の改竄が行われており、絹旗にはサソリの情報が不明となっています。

 

すると、室内から片言の声が聴こえてきた。

「ソウカ」

 

直後、大の字に横になっている麦野の背中側から黒い手が這い出て来て麦野の身体を掴むと黒く侵食し始めた。

 

「!?」

「今度ハ、オレガ使ッテヤロウ」

突如として出現した黒ゼツが麦野の身体半分を覆い、自由を奪っていく。

 

「が......んぐぐ!て、テメェェェェ!」

何とか脱出を図るが、能力のスタミナが切れた今では徒労に終わる。

「弱ッタ身体デ抗ウカ......無駄ダ」

必死に抵抗を続けている麦野だったが、黒ゼツが出現させた闇の中へと引きずり込まれていった。

「麦野!」「むぎの!」

二人が声を出して、唯一自由が利いている絹旗がオフェンスアーマーで強化した拳を振りかざして麦野を助けようとするが、拳が貫いたのはただの平凡な床面だ。

闇の穴はすっかり無くなってしまった。

サソリが残した外套だけがその場にあるだけだった。

 

「嘘......麦野」

どうする手立ても見つからず、リーダーを失った絹旗と滝壺はその場で項垂れる事しか出来なかった。

 

黒ゼツにジワリジワリと身体の所有権を奪われていく麦野は、一種の冷たいプールに沈められていくような感覚を味わっていた。

指先から冷たく麻痺していき、思考が鈍っていく。

「あ......あ.......」

呻き声近い声を上げて、麦野は気を失った。

閉じた目の隣には黄色のポッカリと空いた穴のような眼と耳まで裂けたネバネバした口が開いている。

階層下のパイプを伝いながら、目的の場所へと身体を引きずるように黒ゼツは突き進む。

 

サア

始メヨウカサソリ

本当ノ殺シ合イヲ.....,



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第47話 テレスティーナ

AIM拡散力場制御実験により意識不明の重体となった、かつての教え子を救うため取引、脅迫という楔で結託したサソリと木山が潜入している研究所に一台の高級車が停車した。

車のドアが開いて、中からスーツをビシッと決めて、眼鏡を掛けた女性。

髪は茶色のロングヘアだ。

所謂、キャリアウーマンに近い風貌の女性が落ち着いた様子で顔を扇ぐ。

 

「ったく暑いわね。これだから夏は嫌いなのよ」

車からカバンやパソコン類を取り出していると、背後に人の気配がして振り返ると奇妙な仮面を付けた金髪少女がしゃがみ込んで、熱心に眼鏡を掛けた女性の臀部を観察していた。

 

「な、何をしているのかしら?」

女性は、やや不機嫌そうに後ろにいる金髪少女を威嚇するように言った。

「へーここから、うんこが出るんすね!」

仮面から覗くキラキラした紅い瞳で眼鏡の女性を見上げた。

そして、手をワシャワシャさせながら

「触ってみて良いっすか?」

「誰が良いか!」

後ろ蹴りを金髪少女にぶちかまして、勢い良くゴミ捨て場に突っ込んでしまう。

「あちゃー、減るもんじゃないのにケチっすね」

「その前にアンタ誰よ?ゼツの仲間?」

 

「おおー!アンタが......?名前忘れたっすね」

散乱したゴミ袋の中からひょっこり顔をだして、スカートに付いたビニールテープを剥がしていく。

 

「テレスティーナよ。全くこんな時間に呼び出して」

やれやれと言った感じに首を横に振った。

 

テレスティーナ•木原•ライフライン

警備員(アンチスキル)の一部署「先進状況救助隊」の隊長及び付属研究所所長を務める人物。

 

「ああ!でも呼び出したのはオイラじゃないっすよ」

パンパンと服を払いながら立ち上がった。

「オイラはトビっす」

 

「へえ、まあどっちでも良いわ。それよりも『ホルスの眼』については本当なのよね」

「ホルス?......」

トビフレンダが腕を組んで首を傾げた。

 

「万物を見通す眼よ。赤い髪の少年が所有しているって確認しているわ」

「ああー。写輪眼の事っすか~。サソリ先輩なら今侵入しているっすよ」

 

古来より眼には不思議な霊力があるとされ、眼をモチーフにした伝説が数多く存在している。

眼を合わせた相手を死に至らしめる『バジリスク』

相手を石化させる怪物『メデューサ』

開眼すれば超頭脳を見せる『三つ目族』

そして、古代エジプトの神に宿る万物を見通す『ホルスの眼』

 

「そう、私はそれが手に入ればこんな場所に用はないわ。はい、これをお願い」

車のトランクから人一人が簡単に入れそうな大きな箱を叩くとトビフレンダに言いつけた。

 

「?それをどうするっすか?」

「運ぶのよ。一応使うかもしれないし......それに、あの木山博士もいるみたいじゃない......確認してみたらね」

にやりと笑みを浮かべると狡猾そうな企み顔をする。

 

「重いっすね〜!あっ、聞き忘れていたことがあったっす!」

トビフレンダが発言とは裏腹に軽々と持ち上げながら、ヒールで先を歩いているテレスティーナを呼び止めた。

「?」

かなり深刻そうに沈黙するトビフレンダにテレスティーナは、何か良くない可能性を高め予想し、用意した。

「あの......」

仮面を付けている事が何か重要な案件を言うかもしれない。

 

何かしら?

逃げられたとかかしら?

それとも......

 

スカートが風にはためきながら、トビフレンダは意を決して口を開いた。

「......うんこをする感覚ってどんな感じっすか?」

「!?」

 

ドサリとナチュラルにびっくりし過ぎて転んでしまうテレスティーナ。

完全に思考の外からの質問にもはや文句を言う気力も削がれてしまった。

「どうなんすか!?」

「セクハラで訴えますわよ」

それだけを吐き捨てるように言うと重い荷物を持っているトビフレンダを置いて、早足で研究所に入っていく。

 

「あ!?待ってくださいっす。何で質問に答えてくれないんすかー?うんこしたことあるんすよねー?うんこが一度に出ない時のいきむのも知りたいっす!」

 

コイツ嫌い

会ってからずっと『うんこ』しか言ってねぇし!

 

******

 

サソリが麦野と交戦している間に木山は物陰に隠れながら研究所のコンピュータルームへの侵入を試みる。

サソリの時空間忍術を使い、侵入に成功した木山は屋上でのサソリの言葉を思い出していた。

 

 

「今回は陽動だな」

「ようどう?」

「そうだ、オレが囮になるから木山はなるべく多くの情報を探れ」

「囮か......」

 

木山はそこで暗い表情となった。

勢いで脅迫してしまったが、この子だってまだ子供だ。

囮になって敵の注意を引くことは、かなり命の危険が付きまとう。

これでは、前と同じだ。

実験で重体となった教え子。

レベルアッパーを使った実験でも学生を巻き込み、今回の作戦でも赤髪君を......

 

そんな心配を悟ったのか、サソリは薄い笑みを浮かべて木山の額を小突いた。

「大丈夫だ。オレは簡単には殺られん」

「でも......」

「オレを脅迫してんだろ?だったらもっと堂々としていろ。先生」

 

ああ、この揺るぎない自信だ

どんな相手にも弱音を吐かずに立ち向かい、必ず倒してしまう力強さ

 

一度、敵にした事がある木山だからこそ感じたサソリの特性だ。

最後の最後まで計算を止めずに突き進むサソリの底知れぬ力に木山は惹かれていってしまう。

 

赤髪君を見ていると、なんだかやれそうになってしまう

これではどちらが歳上か分からないな

 

「そうだな......ただし、もう一つ条件を加える」

「は?このタイミングでか!?」

「必ず、生きてここから出る事だ。くれぐれも無茶をしないでくれ」

「クク、分かった。お前もな」

サソリと木山は手を叩いて、決起の気持ちを新たにする。

そして、サソリの指から細いチャクラ糸が木山の手に付着した。

 

「それと何かあったら、よっと」

サソリが外套のポケットからテッシュに包まれた何かを差し出した。

木山が中身を開いて確認する。

「これは?」

「砂鉄だ」

砂鉄!

テッシュを開いて、サラサラとした砂鉄を掌に乗せる。

 

うん

正真正銘の砂鉄だ

理科の授業で使った代物だ

なんの変哲もない砂鉄だ

 

木山は、昔やったドット絵の有名テレビゲームを思い出す。

社会現象にまでなったゲームだから、木山も落ち着いてから購入したのだが、それなりに楽しめたな。

 

しかし、冒険に出る前にドラゴン討伐を依頼した王様から旅の役に立つモノとして渡されたのが......

たいまつ(洞窟探索用)

120ゴールド

だけだった時のなんとも言えぬ感覚。

王様......これでどうやってドラゴンを倒せと......

 

木山は渡された砂鉄をティッシュに戻しながら、サソリに問う。

「サソリ君......どうやってドラゴンを倒せと」

「は?」

盛大に素っ頓狂な声をあげました。

 

 

まあ、多少のボケや発言は簡略しておいて、現在に戻る。

非常時になんか能力が発動するみたいだが......あの砂鉄が私を守ってくれるのか怪しい所だ

 

未だに信用ならない黒い砂をポケットに入れながら木山はコンピュータ室前の画面を見た。

 

「可能性は低いが......」

木山は、電子ロック画面に手を翳し指紋認証をし、パスワードを打ち込んだ。

 

認証中

 

と映しだされた画面を見ながら、自嘲気味になり出した。

「どこまでお花畑の話をしているのだろうか?あの実験から数ヶ月の月日が流れている......さすがに」

と呟き、画面の隣に手を置いて自重を支えて、息を整える。

 

ダメだったら、ハッキングをしてでも良いし

関係各所を襲撃し、強引に近いやり方でも構わない

もう、それくらいしか思い付かない

そうなれば......あの子も止めに来るだろうか......

 

友人を助けるために単体で私に接触した、頭に花飾りをした子

学園都市第三位の実力『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴

そして、赤髪君も......

 

ピンポーンと認証が完了した音を聴き、木山は顔を上げた。

 

認証完了

ロック解除

 

と表示されて自動ドアが開き出した。

コンピュータルームでは常に冷房が効いており、涼しい風が呆気に取られる木山に流れ込んだ。

 

入れた

入れてしまった

 

木山はコンピュータ室の中に入り込んで、内部を観察する。

かなり長期間放置されているのか、真っ黒なディスプレイに埃が溜まっていて、指でなぞるとこそげるように埃が取れていく。

 

「使われていない?」

木山は電源ボタンを押してみる。

「......点かないか......そんなに都合通りにはいかないみたいだ」

来る途中で所々に非常用通路を示す光があることから、電気は来ていることは間違いない。

 

この部屋に供給されていないか

もしくは、コンピュータの故障か

 

木山はキーボードの下にある修理用の戸を開けて中に頭を突っ込んだ。

「私で直せるとは思えないが......ハードディスクだけでも回収しておきたいものだ」

先ほど拾った懐中電灯を口に咥えて、両手で夥しい数のコードを伝っていき、因果関係を確かめる。

 

「これは電源で......こっちがマザボか......だが、分からない部品も多いな」

 

放置されていたのなら、こちらでも好都合だ。

あの時の凄惨な実験の情報があるかもしれない。

 

非常事態のアラームが鳴り響き、職員のパニックを横目で見ながら元締めの老研究者は、傷付いていく子供達を一瞥もせずに......

「あー、良いから。データを取りなさい」

元締めの老研究者「木原幻生」は確かにそう言った。

子供達が血反吐を吐き出して、苦しみよがっている姿をまるで書店に流れているBGMのように意に介さない音源として当たり前のように言ってのけた元凶。

 

奴が残した手掛かりがきっとあるはず......

 

暗がりの中で懐中電灯の光を頼りにコンピュータの核となるマザーボードを読み解いていく。

全てのパソコンが同じ配列になっている訳ではないが、何回かパソコンを開けた経験から位置を割り出してハードディスクを特定しようと苦闘している。

 

「あら、珍しい物があるわね」

装置の外部から女性の声が響いてきた。

「?!」

木山は冷や汗をじんわりかいた。

 

見つかったか......

敵は複数の組織や人が絡んでいる

その全てをあの赤髪君が、対応できるものではない

落ち着け

冷静にならなければ

 

木山はポケットにある砂鉄の有無を確認し、ゆっくりと修理口から這い出た。

目の前には眼鏡を掛け、スーツでビシッと決めたテレスティーナがパソコンを抱えて立っていた。

這い出て来た木山と目が合うとニコリと笑う。

 

スーツ姿で背筋を伸ばしたテレスティーナとヨレヨレの白衣を着て、まるでずっと寝ていない程の深い隈をした木山。

その対比は強弱の関係を緩やかに呈していた。

 

「これはこれは、木山春生さんではありませんか。先の事件の主犯が何でこんな場所に?」

 

「テレスティーナ•木原......」

研究職をしていた時に何度か会って話をした程度だが、木山は苦虫を噛み潰したかのように悔しそうにした。

あの実験の主犯である『木原幻生』と血縁を持つ人物だ。

 

厄介な奴に見つかった......

 

「もしかしたら、お探しのデータはこちらですか?」

テレスティーナが抱えていたパソコンをラックに置こうとするが、既に数台の埃を被ったパソコンがあり、舌打ちをしながら腕を使って乱暴に落としていく。

ある程度、綺麗になった所でテレスティーナは自分のパソコンを置いて起動させた。

 

「どうぞ、確認なさって結構ですよ」

 

木山は警戒しながらもテレスティーナな起動したパソコンと向き合った。

パソコンメーカーのロゴが表示され、デスクトップが表示される。

ただ一つのファイル『実験』だけが片隅に置いてあるだけの簡素なデスクトップだ。

 

震える手で中身を開く、日付はあの忌々しい実験の日だ。

実験の概要と子供達のデータがエクセルに入力されている。

更に音声データや映像もあり、木山はその言葉だけでも吐き気を催した。

胃が捻じ切れそうになる程の痛みを感じる。

しかし、ここは木山も同行していたのでこの映像よりも遥かに知っている。

 

知りたい情報はこれではない

「この先は......あの子達をどこに連れて行った?!」

 

「んー、死んじゃいないわよ。それは私の質問に答えたらかしらね」

カバンからペラリと写真を数枚見せた。

原子力実験炉に仕掛けてあった監視カメラの映像を連続写真のように画像印刷をしている写真だ。

そこには、深紅の眼をしたサソリが現れた怪物の胴体を渦状の中に引き摺り込んで行くように映っている。

 

「彼についての情報が欲しいのよ。世の中はギブ&テイクよ。取引よ」

「!?」

木山は渡された写真を見ながら浅い呼吸を繰り返す。

 

教え子を助けるために、自分に協力しているサソリを売るのか?

サソリをあの実験と同じように、苦しませないといけないのか......

 

「早くしてくれないかしらね。これでも忙しい合間を縫って来たんだから」

「......」

教えてしまったら、あの特質的な力を持つ赤髪君でも、学園都市の科学的な発展に貢献という形でバラバラにされてしまうだろう......そんなことはできない。

 

「............私はフェアな取引をしたいのよ。大人のやり方ってもんをね。木山先生っ」

 

実験協力感謝するよ

木山先生

 

実験が終わり元締めの老研究者に詰めよった時に最後に言われた言葉だ。

これが大人になると云う事なのか......何かを得る為に何かを犠牲にしないといけない世界なのか?

 

木山は舌唇を噛み締め、膝を曲げて床に手を付いた。

「お願いします」

「はい?」

「彼の事は分からない、お願いします私の教え子の現状だけでも教えてください」

木山は頭を下げて、土下座の体勢となる。

 

取引なんか出来ない

これ以上、負い目なんて作りたくない

 

「はあ?」

テレスティーナは不快そうに舌打ちをしながら土下座をしている木山の頭を何度も踏み付けた。

「分からない?だけど、ガキ共の情報を寄越せだと!?舐めた口聞いてんじゃねーよ!」

 

「......おね、がいします」

木山が目を閉じながら必死に耐え続けている。

テレスティーナが履いているヒールをグリグリと木山の頭にねじ込んだ。

 

ねじ込みながらテレスティーナは、高笑いを始めた。

もはや、先ほどの整った美人からは程遠い歪んだ笑顔を浮かばせている。

 

「んはははは!傑作だな。エリートと云われた木山春生もここまで落ちぶれるとはな。ガキの駄々かよ」

 

「彼は私と関係ない。頼む!私はどうなっても構わない」

クリスティーナは、土下座をしている木山の頭を更に踏み付けて床に木山の顔を擦り付けた。

「答えは、嫌だよバァーカ」

「うぐぐ」

 

木山は悔しさで打ち震えた。教え子も救えぬ

かと言って、この取引を平然と行う度胸は残されていない。

自分の無力さを嘆いた。

ここで赤髪君を呼んでしまえば、好転するかもしれかいが......逆もあり得てしまう。巻き込む訳には......

何も打つ手が見つからない。

 

「あーあ、なんかどうでも良くなってきたわね」

テレスティーナが木山の頭から足を退けると、ドサッと上から何か箱のようなものが放り込まれた。

木山の隣に落ちてきた物体を頼りに振り返ると入り口のゲートに物見のように二階があり手摺がある。

そこにグルグルの面を被った金髪少女がいた。

「ちょっと!丁寧に扱いなさい」

「ここまで運んできたっすから、それは無しっすよ」

「それに随分遅かったわね」

「まあ、野暮用っすけどね」

テレスティーナは、投げられた箱を開けると紫色の装置『駆動鎧』を身体に装着し始めた。

それはパワードスーツのようにテレスティーナを覆うと力任せに目の前の巨大なコンピュータを拳で粉砕した。

 

「!?」

「言い忘れたけど、上層部じゃあ、アンタの処分が決定しているわよ。永久追放みたいね」

すると、駆動鎧を着たテレスティーナが木山を踏み付けると、手元からワイヤーを取り出して木山の首に巻きつけた。

「がはっ!!こ、これは!?」

木山は上に乗っている駆動鎧に身を包んだテレスティーナを見上げた。

この上なく最高の表情を浮かべている。

「さっき、吐いておけば良かったと思いなさい。シナリオは、事件を起こした事による自責の念で自ら命を絶つ......みたいな感じね」

 

食い込んでいくワイヤーに必死に指で抵抗をするが、駆動鎧の力に勝てるわけもなく、ワイヤーが首に入っていく。

「が......はあ!」

「女の形じゃあ、力に限界があるからね。これならジワジワ苦しむのを堪能出来るわ」

テレスティーナは、ジワリジワリと力を強くして木山の身体を反りかえらせる。

「悪名高いニューゲイツ方式の処刑法よ。光栄に思いなさい」

「ぐぐ.......あ......ああ」

テレスティーナは更に引っ張り上げる力を強くし、木山の苦しむ所を間近にしながら甚振るようにワイヤーの強弱をつける。

 

く、苦しい......

このままでは

 

木山は、白衣のポケットに入れてあった砂鉄を取り出すと駆動鎧を着込んだテレスティーナ目掛けて投擲した。

「くっ!」

「?!」

パワードスーツに付着した砂鉄を払い退ける動作をするが、ただの黒い砂に拍子抜けをした。

「ふ、あはははははは!なんだこの最期の攻撃は?こんな砂ごときで何が出来んだ!」

「ぐ、ああああ....ああ......」

トドメを刺すために更に強く引っ張り上げようとするが、駆動鎧の動きが鈍り出している事に気がつく。

ガシンッ!

「?」

動かそうとしても油が切れたかのように動作に滑らかさが無くなり、木山を締め付けていたワイヤーを握っていた指にも力が入らなくなり、木山の反りかえった身体がバネのように床と平行になって倒れ込んだ。

 

「ぜぇぜぇ!はぁぁはぁぁーはあはあ」

しっかり呼吸を確保するかのように喉に手を当てて、蹲りながら生涯で最大の呼吸をした。

「おらっ!おらっ!どうしたなぜ動かない......!?」

目の前に黒い影が飛び出して来て、テレスティーナが乗り込んでいる駆動鎧ごと殴り付けた。

「がっ!?」

「この攻撃は受けるんじゃなくて、躱すんだったな」

木山の目の前には、赤い髪を靡かせたサソリが黒い砂を纏いながら姿を現した。

 



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第48話 逆手

下書きが長いので分割しました


サソリの身に何か良くない事を直感した佐天は、習得したばかりの氷の能力で現場へと急行していた。

サソリが強大な闇の力に捻り潰されるような衝動に近い不安が佐天を走らせていた。

 

ま、まさか......

サソリが......

 

言いようのない不安に圧し潰されそうになりながら、佐天はスケートをするように滑っていった。

 

「うむむ......」

そして、とある研究所の前で佐天が入り口で唸っていた。

勢いでこの場所まで来てしまったけど、どうやってこの先に入るかを全然考えていなかった。

「サソリの気配がする所まで来たけど.......どうしたもんかしら」

 

初春や白井さんに連絡してみようかな

いやいや、どう説明するのよ

虫の報せです

ビビッと来ました、第六感

 

確実に電波を発している危ない人扱いよね

 

買ってきたコンビニの買い物袋を肩に掛けながら、困ったように苦笑いを浮かべた。

試しに後ろを振り向いてみるが、サソリの気配はこの建物の中にいる気がして離れる事が出来ない。

「そして、この明らかに厳重そうなセキュリティがあるわけで」

 

御坂さんなら電気を使って開けられるけど、あたしの能力じゃあ......

確か、氷漬けにされた物は簡単に粉々に打ち砕ける性質があったはず!

大人気の漫画にそんな描写があったのを思い出して意気込んだ。

佐天は、扉の隣にある壁に向かって掌から冷気を放出し、凍らせた。

「よし!漫画の通りなら」

佐天は右手をブンブン振り回して、振り被ると一気に迷いなく飛び上がりながら突き出す。

「(今思い付いたけど)アイスパーンチ!」

 

ガキンッ!!

と佐天の拳は氷を張った壁にはビクともせずに、痛みの波が右手から脳に伝わっていく。

「!?ーーー痛ったあぁぁぁぁー」

右手を左手で掴んで、脳天に劈く痛みを分散するためにその場でピョンピョンと跳ねた。

完全に骨を砕いてしまったかの衝撃に蹲ってひたすらに悶絶を繰り返す。

「痛たた、何で!?凍らせると脆くなるんじゃないの?」

 

凍らせ方が足らないのかな

もっと、冷気を集中かな

いやいや、ここは頭を使って侵入を試みようかしら

 

頭を使う......

助走を付けて、壁に向かって頭突き!

 

......ありふれたギャグ描写を首を振って搔き消した。

 

そうだ、これは頭脳戦!

そう、いわば騙し合い

 

ピンポーン

「すんませーん。ピザファットのもんですけど......注文の品を届けに来ました。開けてくださーい」

 

入り口に備えてある監視カメラにニコニコ営業スマイルを浮かべて、お辞儀をした。

「......」

沈黙の時間が数秒続き、佐天の顔から営業スマイルが崩れ始める。

 

だあぁぁぁぁぁー

何が頭脳戦よ!

こんな小学生レベルのアイディアで開くわけないじゃん

 

負傷した右手を氷で覆いながら、腫れた患部を冷やしている。

好敵手でも見るかのように左手を顎に当てながら、強気な笑みを浮かべた。

「......やるな明智君。だが、諦める訳には......」

 

その直後にウィーンと駆動音がして、研究所の扉が開いた。

「へぇ?」

 

******

 

首をワイヤーで締め上げられていた木山を助け出した砂鉄は、集まり出して赤い髪の少年を形成し出した。

「大丈夫か木山?」

ワイヤーを木山の首から外しながらサソリは訊いた。

息を切らし、木山は蹲りながらサソリの質問に応えようとするが、呼吸優先にした口は思うように働いてくれない。

「はあはあ、サソ......リく......ん」

動き、反応する木山の様子にサソリはホッとしたように木山の頭に手を置いた。

「良くやった。後はまかせろ」

不敵な笑みを浮かべると、駆動鎧を懸命に動かそうとしているテレスティーナと向き直った。

サソリの意表を突いた行動に目を丸くする木山。

 

なんだろう?

見た目は明らかに年下のはずなのに、時折自分より大人のように感じてしまう

 

木山はサソリの手の温もりを感じながら、サソリの頼もしい後ろ姿に見惚れた。

 

な、何が起きた?

何でここに急に標的(ターゲット)が出現したのよ?

 

テレスティーナは、些か停止しかけた頭を理解不能な事象を引き起こしている現実へとシフトさせようとする。

 

サソリの紅い瞳が妖しく光出して、サソリの視点移動するたびに二筋の燐光となってテレスティーナの好奇心が止まらなくなっていく。

「ふふふ......」

テレスティーナが顔を歪ませる程に破顔した表情を浮かべた。

 

あの眼だ

あの眼を手に入れることが出来れば

ゼツという協力者が言うには......

 

絶対的な力が欲しいと思わないかい?

なら、この映像を観てごらん

 

 

渡された映像には、2人の男が滝で決闘をしている映像だ。

1人は木を操り、もう1人は紅い瞳をして莫大なオーラを見に纏い攻撃をしていた。

音声は無く、映像だけが淡々と流されている。

黒い玉に蒼く燃えたぎる剣を貫かせて、鎧武者の男に繰り出した。

鎧武者の男は、指を噛み血を流すと地面に突き刺した。

すると、鎧武者の男の前に何重もの分厚い門が出現し受け止めた。

門にぶち当たると軌道が変わり、陸地の形が大きく変わった。

 

映像は髪の長い男の眼のアップで止まり......

「この眼を手に入れることが出来れば、この力が手に入るよ」

妙に肌が白い男がそう教えてくれた。

 

 

そして、全く同じ文様が彫り込まれた眼を持った少年が目の前にいる事に興奮を抑えることが出来ない。

「?」

笑いだしたテレスティーナにサソリが疑問符を浮かべるがテレスティーナは次の一手を打っていた。

動かなくなった駆動鎧をそのままに、リモコンを取り出して、スイッチを入れた。

「!?」

テレスティーナがスイッチを押すと、強烈な不協和音が流れ始め、サソリの万華鏡写輪眼が強制的に解除された。

 

「噂に聞く、キャパシティ......ダウンか......」

木山は不愉快そうに息をしながら、心配そうに少し揺らいだサソリを見上げた。

 

「良い材料ほど、実験途中で逃げようとするのよね。この研究所の至るところに仕掛けてあるわ」

駆動鎧から降りると、勝ち誇ったように笑いながら俯いているサソリに近づいた。

「くっ..........」

サソリは震えながら、膝を地面につけた。

「テレスティーナ......貴様」

木山が卑怯な手段を講じたテレスティーナを睨みつけるように立ち上がった。

「サソリ君!大丈夫かい」

未だに震えているサソリを庇うように前に立った。

「あら?面白い構図になったわね。レベルが高い能力者ほど良く効くのよねぇ」

更にカチカチとダイヤルを回して、キャパシティダウンの出力を上げていく。

 

「ぐぅぅ......テメェ」

サソリは、倒れ込もうとする身体を支えるために腕を床に立てるが、上手く力が入らない。

 

不協和音が部屋中に響き出して、能力者でない木山も身体の怠さを覚える。

 

「ふふふふ......あの時は動くことも出来なかったのにね。次々と倒れていくガキ共を見ながら茫然自失していたわね」

 

あの時......教え子を一気に失った悪魔の実験

忘れたくても忘れることが出来ない

何度も、何度も夢に見ては苦しんだ

 

木山は動けないサソリの肩に触れると、意を決したようにテレスティーナに居直った。

「?!」

「あの時の私とは違う......貴様らの卑怯な企てに踊らされる私ではね」

木山は、意識を集中させた。

先ほど繋いだ光る糸の感覚を思い出して、引き伸ばしていく。

 

木山の眼が真っ赤に染まり出して、サソリの演算機能と融合させた。

「うっ!」

キャパシティダウンの影響を受けて、木山は床にもたれるように倒れた。

 

「......フハハ、なんだ?アンタの何が変わったんだ!情けない虫けらのように這いつくばっただけじゃないの」

 

倒れた木山の頭を踏み付けようと脚を上げるが、横から手が伸びて来てテレスティーナの脚を握り締めた。

「そうでもねぇな」

 

目の前で膝を着いて苦しんでいたサソリが目にも止まらぬスピードでテレスティーナに回し蹴りをして、壁へと叩きつけた。

「なっ!?」

痛めた首を摩りながら、テレスティーナはキャパシティダウンの出力を上げていく。

しかし、目の前に悠然と歩いているサソリには全く効いていないかのようだ。

「な、何故だ......能力を封じられているはずだ!?」

カチカチとボタンを押して行くが、既に最大値に達しているキャパシティダウンにこれ以上の変化はなかった。

 

「なかなか良い手だ......お前にしてはな」

木山と互いに目を合わせて笑みを交わした。

「ま、まさかレベルアッパーを逆手に......?」

 

サソリは、一瞬でテレスティーナからリモコンを取り上げるとキャパシティダウンのダイヤルを回し出して、出力を弱めていった。

 

対能力者の切り札を失ったテレスティーナは、サソリから距離を取るように離れる。

「お前の話し振りを聴いていると、殺してやりたいほど憎んでいる奴を思い出すな」

 

「お、おい!?何黙って見てんだ!助けろテメェ!」

もはや、女子力ゼロにまで降格した顔で上から眺めているグルグルの面をした金髪少女に助けを求めた。

 

「えぇー!もう打つ手が無いんすか?詰まんないっすね」

ぽっかり空いた穴から紅い眼をチラつかせながらトビフレンダは答えた。

「て、テメェ」

「良いっすよ先輩。殺っても」

興味が失せたように残酷に手を振ってサソリに合図を送った。

 

キャパシティダウンの封印から解かれた万華鏡写輪眼がテレスティーナを見据えた。

「あ......ああ」

 

 

「!?」

気が付けば、テレスティーナは突き出した梁の上で腕を後ろで縛られて、脚もピンと張ったまま両足が揃うように縛られていた。

首には麻のロープが掛けられて、目の前にぽっかりと底が見えない穴が口を開けていた。

背後を辛うじて向くと、赤い髪の少年がロープを手に持って立っていた。

そして、縛られたテレスティーナの背中に手を置いた。

 

ま、まさか......このまま突き落とすのでは

両手両足が全く自由が利かない状態で落とされてしまったら......

 

「ま、待ってくれ!子供達の場所を教えるから、私が悪かった!」

必死に懇願するが、サソリは吐き捨てるように言い放った。

「興味ねえな」

サソリがグッと力を込めて梁から突き落とした。

「ロープの長さに達したら、首吊りだな」

首にロープを掛けられたまま、テレスティーナは自由落下をし始めた。

「ああ.......ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

全く底が見えない井戸のような場所をいつ締まるか分からないロープと共にテレスティーナは落下していった。

芋虫のように身体をくねらせるが、ロープの長さが分からない今、首が締まるのは数分後か数秒後か分からない中で突き落とされた恐怖は、筆舌に尽くし難い。

 

 

サソリの残酷な幻術に堕とされたテレスティーナを尻目にサソリが上を見上げた。

そこには、頬杖を付いて顔を振っているグルグルの面をした金髪少女がいた。

「何者だ?貴様」

「初めまして、せ•ん•ぱ•い」

 

新しいオモチャでも眺めるように楽しげな調べの声だった。



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第49話 演技

赤い髪の少年(サソリ)の侵入により、大きく陣形が崩れた暗部組織「アイテム」。

敗北した麦野に黒い液体状のものが半身にへばり付き、床をすり抜けるように麦野を連れ去った。

学園都市では日々科学が発展しているとはいえ、目の前の現実感を喪失させる現象に絹旗は悔しそうに麦野が消えた床を素手で何度も叩いた。

 

「......超ふざけんな」

黒ゼツに身体を奪われた麦野が消えさった床を何度も触れながら、絹旗は怒りに打ち震えた。

 

聴いていない

聞いていない

こんな事が起きるなんて何も聴いていない

またいつもと同じように任務を終えたら

、シャワーを浴びて、麦野の任務の愚痴を聞いて、フレンダの超ハイテンションな会話をして......

下僕にジュースを買ってきてもらい、文句を言いながら受け取る

やっと掴んだ居場所......

チャイルドエラーから始まり、第一位の能力を再現しようと実験に肉体も精神も磨り減らされて、やっと勝ち得た場所と能力......

また奪われるのか?

 

「ここまでにコケにされて黙っているなんて超無理です」

奥歯を噛み締めて、悔しそうに目から涙を流す。

圧倒的な力の差を感じた。フレンダの姿になった赤い髪の少年。

そして、麦野を連れ去った黒い影の凄まじい殺気に気圧されて、何も出来なかった自分を嘆いた。

リーダーを失った『アイテム』は崩壊の危機を迎えていた。

 

「......」

砂から解放された滝壺は、砂を払い落としながら、目付きを鋭くして天井や床を眺め、必死に演算をしていた。

 

赤い髪の少年から感じた禍々しい拡散力場と麦野を連れて行ったモノを細部まで深く分析して比較していく。

「違う......」

呟くように言った。

確かに違う......だが、どちらも同じ系統のAIM拡散力場の特徴の波形が観測出来た。

この学園都市を崩壊させるような絶望的な力を示していることに変わりない。

 

第四位の能力者である麦野でさえも、歯が立たなかった相手。

だけど......ここで諦める訳にはいかない。

 

「きぬはた......」

周囲を巡らしながら、滝壺は絹旗に近づいた。

「?」

息を荒げている絹旗は滝壺の接近に疑問符を浮かべた。

「まだ、むぎののAIM拡散力場は消えていない......まだ生きている」

 

「!!追跡は超可能ですか?」

「可能」

滝壺と絹旗は、覚悟を決めた眼をした。

人間が本来持っている闘争心を内に秘めて立ち上がった。

「気を付けて......今まで感じた事がない程の力が一箇所に集結している......むぎのも向かっている」

 

内心は恐怖しかなかった。

麦野を倒した侵入者と引けを取らない者が複数観測され、考えれば考える程に身体は震えだす。

でも、ここで退いたら......麦野達を見捨てることになりかねない。

 

すると、バレバレの忍び足をして来る音が入り口近くから聴こえ出して、緊張が走る。

「まさか......」

 

咄嗟に物陰に隠れると、入り口から手を鉄砲の形にした黒髪の活発な少女が買い物袋を揺らしながらやってきた。

 

「あー、こちら佐天隊員!新たなエリアに到着しました」

とブツブツ言いながら、ビシッと指鉄砲を構えてた。

本人のイメージでは、未開の地を探検する探検隊のイメージである。

「太眉隊長......やはり新生ミュータントがここに居るという情報は本当ですかね......ん?隊長?隊長ぉぉぉー!」

 

ナレーション(声:佐天涙子)

突如上がった、隊長の悲鳴。

メンバーに緊張が走る。

果たして、太眉隊長は無事なのか?

そして、兵器として開発されていた動物ミュータントとは、本当にいるのか?

CMの後

衝撃の事実が明らかに!

チャンネルはそのままに!!!

 

..................

 

決めポーズをしている佐天を滝壺と絹旗は、呆れたように眺めていた。

「どう思います?」

「むぎのじゃない......」

「そんなの見れば超分かります!」

物陰に隠れながら、コソコソと話をしている。

 

佐天は崩落している天井を見上げてながら、瓦礫の前に移動していた。

「お!いい感じに崩れているではないかー!ここに太眉隊長が挟まれて、隊員に救出......いや、死んだ方が感動するかも」

中腰になりながら、瓦礫をコツコツと弄り出した。

 

ススメ!太眉探検隊

研究所に潜む生物!

黒いミュータントの謎を追え!

老朽化していた建物を調査しに来た太眉隊長。

しかし、突然轟音が鳴り出して隊員の一人に瓦礫が襲いかかった。

「ぬ!?どくんじゃぁぁぁぁぁ!」

太眉隊長は、隊員にアックスボンバーを繰り出して、押し除けた。

「た、隊長ぉぉぉー!大丈夫ですかー!?」

「お、俺はもうだめじゃ......お前達は先にススメ!俺に構うんじゃ......」

「隊長、隊長ぉぉぉー!」

太眉隊長は息を引き取った。

命を賭してまで、解明したかった動物ミュータントの調査。

隊員は涙を流しながら、隊長の眉毛に貼った味付け海苔(非常食)を食べ始めた。

 

 

「って......太眉隊長の眉毛って海苔かーい」

ビシッとセルフツッコミをしながら、佐天が腰を上げた。

「ん?」

崩落した現場の近くに身に覚えのある外套が目について持ち上げた。

「これってサソリの?」

既に術の効果が切れていた外套は佐天が軽々持てる程になっていた。

「まさか、サソリの身に何か......」

 

服を脱がされて、逃げるって卑猥な事をされたのかな......

惜しい事をしたな(←!?)

もう少し早く来ていれば良かったかも(←!?)

困っているだろうから、届けますかね

 

赤い雲の模様がプリントされている外套を畳み出していると背後から声が聞こえた。

「超何しているんですか?」

「わひゃあぁっ!?」

完全に油断しきっていた佐天は、その場小さく飛び上がった。

 

慌て見ると、小学生くらいの女の子と黒髪の大人しそうな女性が足をフラつかせながら佐天の背後に立っている。

「び、びっくりしたー!驚かさないでよ」

「超こっちのセリフですよ!太眉隊長って超誰ですか?」

「へ!?ひょっとして聴いていたりします?」

コクンとうなづく絹旗と滝壺。

「太眉隊長って......ふじおか」

「わああああぁぁぁぁぁぁぁー!忘れてください」

顔を真っ赤にしながら、何度も拝むポーズで頭を下げた。

佐天の登場に変に力が抜けてしまった、絹旗と滝壺は呆気に取られて互いに視線を絡ませた。

 

「超脱力しました」

「ふふふ......味付け海苔」

「って超そこかーい!」

「あう......あう」

しどろもどろになっている佐天は、このまま光の速度でいなくなりたい気持ちでいっぱいになってしまう。

自分を氷漬けにして殻に閉じこもった。

 

「その服の持ち主は超知り合いですか?おーい」

「......能力者......?」

絹旗が窒素装甲で氷を破壊し、中から外套を持った佐天引きずり出した。

「......うぅ......恥ずかしくて死にそうです」

涙をダラダラと流しながら、項垂れる佐天。

「その服の持ち主を超知っていますか!?」

「えと!?サソリの事?赤い髪で目付きが鋭い男の子なんですけど」

 

赤い髪

黒い服

目付きが鋭い男

 

「お前の超知り合いですかコノヤロー」

佐天の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせて、ワナワナ震え出した。

「ちょっ!?何で怒っているの?!」

「その男のお陰でこっちは超迷惑しているんですよ!」

「さ、サソリが?!サソリはそんな事をしないわよ」

「現に麦野が......あぁー!!」

絹旗が思い出したかのように大声を上げた。

「!!?」

「超追跡です!」

佐天の腕をガッシリ掴んで滝壺と部屋の出口へ向かった。

「ちょっ!どういう事?」

「麦野達は超こっちですか?」

「うん、そこの通路を右」

「??サソリもいるのかな」

 

首を傾げる佐天をグイグイ引っ張って連れていく絹旗と滝壺。

滝壺だけは、走りながら佐天のAIM拡散力場を計測していた。

 

??

なんか違う感じがする

この世界とは異質な......

 

******

 

テレスティーナを幻術に堕としたサソリと木山は、グルグルの面をした金髪少女を見上げた。

かつて所属していた『暁』でサソリの欠番を埋めるために入団した謎の忍『トビ』

 

「木山これを持っていろ」

と木山にキャパシティダウンのリモコンを手渡した。

「ああ」

とサソリからリモコンも受け取るがサソリの険しい表情に寒気を禁じえない。

 

「何者だ?」

見た感じでの身体は、ここに侵入する際に幻術に堕とした少女だ。

だが、チャクラの感じは金髪少女の上に覆い被さるように何者かのチャクラをへばり付いてようなものに近い。

 

それにあの面は何処かで見た記憶があるな

 

二階と一階を区切っている柵の上ど脚を組み直し、面に手を掛けた。

「サソリ先輩っすね!オイラは知っていますが、先輩にしてみれば知らないみたいっすね。トビと呼んでください」

少女の無垢な声色を使っているが、今までに感じたことの無い粘着剤のようなチャクラにサソリは不快感を露わにする。

 

トビと名乗った少女は、首をポキポキ鳴らし、軽く体操をすると見張り台のような二階部分から姿を消して、サソリの前に風を吹き込みながら一瞬で移動した。

 

「先輩......オイラと感動的な対面なのに分身だなんて無粋っすね~」

澱みなく着地しながら、トビフレンダはバタバタとスカートをはためかせている。

金色の髪がまるで生き物のように縦横無尽に流体力学に沿うように靡いた。

 

「木山、少し離れていろ」

「ああ?」

サソリはトビと呼ばれる奇妙な面を付けた少女を凝視しながら木山に声を掛けた。

着地や今までの動作から、目の前に居るのは特殊な訓練を積んだ忍であることをサソリは、静かに確信した。

 

「この女の仲間か?」

サソリが幻術に罹っているテレスティーナを指差しながら質問した。

 

「テレ......何だったかな?まあ、表面上はね......今はそんか事よりも」

急激にチャクラがトビフレンダから溢れ出して、凄まじいスピードで床を蹴り出して移動した。

それに呼応するかのようにサソリも黒い線となって消えた。

 

「!?」

一瞬、二人が居なくなったが次の瞬間には木山の右側の壁に金髪少女が叩きつけられてサソリが砂クナイを使って喉元に突きつけた。

 

は、速い

全く見えなかった......

 

木山の両眼は赤色を無くし、普通の眼に戻り、ポカンとしていた。

「流石っすね。人間になっても動きは衰えていないみたいっすね」

トビフレンダは頭を押さえ込まれているが、飄々とした口調でサソリを賞賛した。

サソリは、舌打ちをしながら更にクナイを喉元にチラつかせた。

 

「貴様らの目的は何だ?」

「オイラ達?目的はね~」

首元にクナイを突き付けられてもトビフレンダは涼しげだ。

「......」

サソリは緊張を高まらせて、クナイを持っていない手で印が結べるように宙に漂わせた。

 

さあて、何を企んでいる?

場合によっては......

 

「目的は......排便の感覚を知る事っすかね~」

 

..................

 

「「は?」」

グルグルの面をした少女の予想外の回答にサソリと木山は高まらせた緊張感を何処に持って行けば良いのか分からずに素っ頓狂な声を漏らした。

「オイラは、人間のようにうんこをする事をしないんすよ~。色んな奴に訊いても真面目に教えてくれないんすよね」

 

「何だコイツ......」

「色々ぶっ飛んだ子だ」

さすがにサソリと木山はドン引きをしたが、トビフレンダは気にすることなく胸を張り出した。

 

「オイラなりに、色々調べてみたんすけどね~。確かかなりすっきりする感覚らしいみたいっすね。先輩も人間になったからあるはずっすよね......」

 

「ふざけてんのか貴様」

「これだから嫌になるんすよね~」

 

首だけをサソリに向けて、赤い目を煌めかせた。目の前に居たトビフレンダが木の質感の分身体となり、人形のように固まった。

「!?」

「油断しちゃあ、ダメっすよ先輩」

 

いつの間にかサソリの背後に移動したトビフレンダが大きく腕を振り上げて、挿し木のように複数の樹木でサソリの分身体を串刺しにした。

 

「がっ!?」

「排便って人を殺した時のすっきりした感覚に近いって思うんすよ!」

 

「サソリ君!」

身体中に挿し木で滅多打ちにされて、崩れ落ちるサソリを目にして思わず叫んだが......直後にポンと誰かの手が木山の頭を撫でた。

「?」

木山には、何か凄まじいスピードで動いている白黒の物体にしか確認が出来なかった。

しかし、不思議と安心感があった。

 

サソリの身体を形作っていた砂鉄が崩れ始めて、真っ黒の砂の塊へと変貌した。

「さあて、次は~」

高速で移動してきたのは、外套を半分脱ぎ捨てて移動して来たオリジナルのサソリであった。

サソリは印を結ぶと、術を展開した。

 

砂鉄時雨!

 

崩れ始めた砂鉄が細かい刃となり、クナイのように攻撃をトビフレンダに浴びせた。

トビフレンダは、樹木を腕から成長させてすっぽりと身体を覆い、防いだ。

木山の目の前に上半身裸のサソリが現れて印を結ぶと地面に両手を付けた。

 

土遁 山土の術

 

床がせり上がり、トビフレンダを挟むように土砂の塊が出現して、左右の土砂が勢い良くぶつかり合った。

 

少し息を切らしながら、現れたサソリの姿に木山は内心ホッとした。

「間に合ったみたいだ」

サソリは、人差し指から伸びているチャクラ糸を確認した。

 

その糸は木山の手首に付いており、規則正しい振動をサソリに伝えていた。

握手をした時にサソリは木山の脈にチャクラ糸を付けており、木山のバイタルが手に取るように分かっていた。

 

「一瞬、危ない時があったみたいだな......」

早々に麦野との戦闘を切り上げたのもこのバイタルを伝えるチャクラ糸だった。

「大丈夫か?」

「サソリ君」

ヘタリと座り込んでいる木山の手を掴んで立たせた。

「遅くなった。こっちの方が戦局としてマズイ所だった。すまない」

「いや、謝るほどでは」

「教え子については、何か分かったか?」

「いや......邪魔が入ってな」

「そのようだな」

 

すると、壁に押し当てられていた木の分身を破壊するように緑色の光がサソリ達に向けて一筋の光線となって進んできた。

「!?」

反応したサソリは、瞬時に木山を脇に抱えると後方に飛び上がり、着地をした。

 

煙が棚引く壁の穴からゆっくりとした足取りで身体の半分が黒い物体に覆われた茶色の長い髪をした女性が悠然とぎこちなく揺らしなが潜ってきた。

 

「久シブリダナ、サソリ」

ニタァ~とネバネバした口を耳まで裂けて、余裕の笑みを浮かべている。

 

「......貴様は、その身体は?」

「ククク、使エソウナ身体ダッタカラナ」

「そういう能力か......悪趣味な術を」

 

既に正体を無くした麦野は虚ろな眼で黒ゼツの黒くネバネバした身体に支配されていた。

サソリに抱えられている木山を見つけると耳まで口を裂けて、笑いだした。

「木山モカ......トックニ死ンダカト」

 

木山の脳裏に忌まわしい記憶が呼び起こされた。

あの時に、実験の説明をした『協力者』という奇妙な存在。

身体の半身は女性であるが、半分を占める黒い塊の黄色く光る眼は忘れることは出来なかった。

 

それに身体を使えそうだから、乗り移ったという事か......

木山は唇を噛み締めた。

まただ、またしてもこのような子供が犠牲となる

 

「......知ッテイルゾ......ガキ共ノ安否ガ知リタイヨウダナ......ナラバ此方ニ来イ」

「!?」

黒ゼツの思わぬ行動に木山とサソリは目を丸くした。

「ぶ、無事なのか!?」

気付いたら、木山は前のめりで質問していた。

安否だけでもなんとか......という気持ちだ。

 

「無事ダ......意識ハ無クシテイルガナ。木山......オマエノ隣ニイルノガドウイウ奴カ教エテヤロウ......ソイツハ人殺シダ」

「オイラ達は研究者に敬意を払っているっす。なんなら子供達の快復させるように働き掛けてもいいっすよ」

「此方ニ来レバ、オマエノ要望ヲ聞イテヤロウ......サア」

 

手を伸ばして、勧誘をする黒ゼツとトビに木山は考えるような素振りを見せた。

何かを悩むように考え事をしている。

 

「.......」

「惑わされるな......木山」

マズイと思ったサソリは、木山に声を掛けた。

揺れている。このままではゼツの思い通りになってしまう。

 

「オレ達ハ学園都市ヲ管轄シテイル......ドチラニ付イタ方ガ得カナ?」

 

「脳と脳を繋ぐ研究は大変興味深いっすよ。これを学会で発表すれば、罪は相殺し元の研究生活に戻れるっす。あ!教師が良いなら子供達が目が覚めたら担任にでも」

 

澱みなく木山に取って、耳障りの良い話を展開している。

「耳を貸すな......コイツらがそんな事をする奴らじゃない」

しかし、サソリがそう言った後で木山は決意をしたように黒ゼツとトビの元に向かった。

 

「サソリ君......すまない......」

「賢明ナ判断ダナ」

「木山......」

黒ゼツの近くまで来ると、クルッと回りサソリを真っ直ぐ見つめた。

「だが、信じて欲しい......君を裏切る訳ではない......もっと早くこうするべきだったのだろう......私はもう大人だ」

 

!?

サソリは木山のキーワードに反応した。

大人......!?

あれほど毛嫌いしていた大人をワザワザ言った?

あれは、本心ではないのか?

 

サソリは一つ信じてみた。木山がどんな作戦を立てているか分からないが、何か考えがあってのことだろう。

ここは合わせるか

「木山!」

切迫した表情をして、不快そうな演技を始めた。

「残念っすね~先輩......裏切られるってどんな気持ちっすか?」

 

「木山......それで良いのか?」

「......ああ、私の為にあまり力を使わないで欲しい」

 

力?

木山の為に力を使うな...,,,

コイツラに使えということか......?

 

「何ヲゴチャゴチャト......」

黒ゼツ麦野が腕を横に振り出すと波紋が広がり、緑色のメルトダウナーをサソリに向かって打ち出した。

 

「肝心ナモノハ何一ツ見エナイ......人形ニ逃避シテイタ負ケ犬風情ガ」

 

「オレが負け犬だと?」

サソリは目を閉じて、両眼にチャクラを溜めると万華鏡写輪眼を開眼した。

「あらら」

トビフレンダが手で蛍光灯の光を遮るようにサソリの眼の変化をつぶさに観察した。

サソリの万華鏡写輪眼の紋様を見た黒ゼツとトビは、思わずたじろいだ。

「アノ眼ハ......ヤハリ、マダラカ」

「影十尾計画のね......合点がいったっすね」

 

 

かつて忍の世界を二分したうちは一族の頭目。

名前を口にするだけで、震えが止まらないとされる者がいるほど脅威となった才能とカリスマ性を持った忍。

 

長い金髪をポリポリ掻きながら、ため息を吐いた。

「『うちはマダラ』っすかー。誰がこんな細工をしたんすかね」

「マダラ?」

サソリは自分の両手を覗き込むように眺めた。

うちはマダラ......確かに奴はそういった。

伝説になぞられるように語り継がれる逸話。

一人で地形を変える程の力を持ち、木の葉の初代火影と唯一対等に渡り合ったうちは一族のかつての長だ。

終末の谷で戦死したと聴くが......

 

「身体ヲ勝手ニ......貴様ノオ陰デ計画ガ色々狂ッテクルナ」

 

「知るか!」

キッと目を鋭くするとサソリは万華鏡写輪眼から、スサノオを生みだそうと蒼く燃えるチャクラの塊を身に纏い始めた。

 

その様子にニヤリと黒ゼツが笑うと両手でガッチリと耳を塞いだ。

 

「??!」

木山はその行動に首を傾げながらも耳を塞ぎ、両目を白衣で覆った。

トビフレンダはスカートの中から黒いスプレー缶のような物を取り出すと、ピンを抜いて床に叩きつけた。

「!?」

 

床に着火した瞬間に太陽より強い閃光とジェット機が耳元を通過したかのような爆音が炸裂し、万華鏡写輪眼の力が打ち消され、出し掛かっていたスサノオが消失した。

 

「ぐっ!?」

しまった......目と耳が......

強烈な閃光に視力を奪われたサソリは、一切のうちはとしての能力を封じ込められたに近かった。

 

目と耳が使えなくなったサソリの腹部にトビフレンダがチャクラを溜めて、サソリを蹴り上げた。

 

「がはっ!?」

目と耳が使えなくなったサソリにとっては、敵の攻撃を知る手段が苦手なチャクラ感知をしなければならない。

 

「天下の写輪眼も道具一つで使えなくなるんすねー」

「はあはあ、貴様ら......」

サソリは印を結び、感じた二つの強力なチャクラ反応に向けて土砂を流し込んだ。

木山はなぜか壁際に移動しているのが分かり遠慮なく攻撃を仕掛ける。

 

「無駄ナ足掻キヲ」

しかし、土砂を避けようとした直後、部屋中に不協和音が鳴り出して、トビと黒ゼツの身体が硬直した。

「「!?」」

 

壁際に移動した木山がリモコンを片手に子供のように薄ら笑みを浮かべて強く黒ゼツ達を睨み付けていた。

木山はダイヤルを回して、出力を高めていく。

「オノレ......キャパシティダウンヲ......」

 

聴覚を封じられたサソリには、キャパシティダウンの影響を受けず、土砂が勢いそのまま黒ゼツとトビを巻き込んだ。



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第50話 腑

ついに前作の「とある暁の傀儡師(エクスマキナ)」の話数と並びますね

まだまだ、突っ走ります!


お互い

死なねぇ方法があるとすりゃあ

敵同士、腹の中見せ合って、隠し事をせず

兄弟の杯を酌み交わすしかねぇ

けど、そりゃ......無理だ

人の腹の中の奥......腑まで見るこたぁできねーからよ

本当は、煮え繰り返ってるかも分からねぇ

 

腑を......見せ合うことはできねーだろうか?

 

分からねぇ......ただオレは、いつもここで、その方法があるかないかを

願掛けしている

 

能力者を封じ込める装置『キャパシティダウン』

この不協和音に似たノイズを耳にした能力者は、自身の能力が使えなくなるだけでなく、運動能力が鈍くなってしまう。

この装置には、全ての能力者に効果があり、レベル5であろうとも例外はない。

 

黒ゼツは第4位の能力者『麦野沈利』の身体を奪い、トビはフレンダの顔に張り付いて、それぞれの能力と運動能力を使っていた。

そのため、木山の策によりキャパシティダウンの影響をモロに受けてしまい、身体が硬直したまま動きが制限されてしまう。

 

!?ゼツの動きが止まった

 

目と耳が使えない状態のサソリはキャパシティダウンの影響を受けずに、流れ込ませた土砂を操り黒ゼツ麦野とトビフレンダの二人を捕らえると砂の塊ごと宙に浮かばせた。

 

徐々に回復する視力と聴力。

サソリは朧げながら、ぼかされ滲んだ世界が見えてきた。

サソリの隣には、強い意志を持って臨んでいる木山が凛とした顔立ちで立っていた。

 

「すまない......信用するのは同じ苦しみを持った者だけにしている......お互いの手の内、腑を見せてようやくね」

焦点が合ってきたサソリの目には、木山の吹っ切れた顔が眩しく見えた。

「ふふ、やるな」

それな応えるように、チャクラ操作を慎重に精度を高めた。

聴力が回復したということは、サソリ自身にもキャパシティダウンの影響を受けるが、病院で散々苦労した代物だ。

 

この程度ならば、問題ない

 

木山はキャパシティダウンのリモコンを慎重に操作しながら、黒ゼツとトビを睨み付けた。

繭状に砂に固まり、顔だけを表に露出しながら、悔しそうに顔を歪めている。

 

「キサマ......」

「少なくとも、得体の知れない君達よりはサソリ君の方が信用できる」

 

ここに来る途中

偶発的とはいえ、垣間見たサソリの過去を思い出した。

大切な人を喪い、もがき苦しんだ彼

ぽっかりと空いた穴を埋めるように人形へと逃避し、人間を人形に造り替える禁断の技術を開発した

全てとは、言えないが

気持ちが分かってしまう

 

生徒を救うために開発した『幻想御手(レベルアッパー)』

結果的には大規模な混乱を招いた実験となったが、サソリと根っこの部分は同じだ。

悪い技術のようになってしまったが、予期しない部分でサソリの腑とも云うべき断片を観ることが出来た事には感謝した。

 

「さて......ゼツ。キサマらの目的は何だ?」

サソリは両腕を前に出して、キャパシティダウンの影響を受けながらも掴んだ砂の塊を維持し続けている。

 

「ヤルナ......サソリ」

「割と暑苦しいっすね!解放って無しっすか?」

グルグルの面を付けたフレンダが首を回すが、砂から出られずに傾けた。

「無しだ」

「厳しいっすね」

 

「木山......そこに倒れて眼鏡の女を安全な場所に運んでくれ」

サソリは木山を一瞥もせずに指示を出した。

既に万華鏡写輪眼の影響で幻術に掛けられた木原一族のテレスティーナが壁を背に力を無くしていた。

「分かった」

 

キャパシティダウンのリモコンを手に持ったまま、やや早歩きで砂の塊から距離を取りように移動をし始めた。

「......甘クナッタナ、サソリ......」

「戦いに邪魔なだけだ」

「イヤ、違ウ......昔ノオマエナラ躊躇無ク潰スダロウ」

「何の事だ?」

「ソノ甘サガ命取リニナル」

 

テレスティーナに向かった木山だったが、会話が気になりサソリの方を見ると真後ろに赤い光の線と白いレンズが蛍光灯に反射しているのが確認できた。

「!?」

赤いレーザーポイントがゆっくりと上に移動してサソリの頭部に静かに向けられていた。

 

「サソリ君!?」

キャパシティダウンを受けているサソリは、自身に向けられている銃口に気付くことなく黒ゼツとトビの動きを封じているのに精一杯だった。

 

「ま、マズイ!」

木山は、踵を返してダッシュをするとサソリを押し退けた。

「な?!」

サソリが木山の予期せぬ動きに困惑するより前にパンッ!と乾いた発砲音がして、体勢を崩したサソリの頬を掠めると木山の肩に弾丸が命中して、ゆっくりと倒れ込んだ。

 

「木山!?」

「かは!......」

肩から溢れ出す血を片手で抑えるが、木山の呼吸が乱れていく。

サソリは、チャクラ糸で止血をしようとするが、キャパシティダウンにより上手く練る事が出来ないでいた。

更に、微妙なバランスで制御していた身体能力が崩れて、ズシッと身体が重くなる。

 

「外しました......とミサカは報告します」

 

木山の肩から血が滲み出して、白衣が真っ赤に染まっていった。

軌道と声がした方をサソリが何とか確認すると茶色の髪にゴーグルを付けた何処かで見た事がある人物が銃を構えて立っていた。

 

「御坂......!?」

「何で君が......?」

 

そこには、サソリと共にレベルアッパー事件を収束に貢献した学園都市第3位の御坂美琴が額のゴーグルに手を当てながら、銃を構えた。

 

「お前何をしてん!?」

御坂にそっくりな人物は躊躇なく引き金を引いて、サソリの脇腹に着弾させた。

「ぐっ!?」

チャクラの制御が出来ないサソリには、弾丸が深く刻み込まれて、血が止め処なく溢れ出してくる。

サソリは、膝を着いてなんとか片腕を前にして黒ゼツ達を封じ込め続けるために入らない力を込める。

 

「赤い髪の男を仕留めました......とミサカは狙いを定めたまま高らかに宣言します」

 

「ナカナカ、頑張ルナ......」

 

「ご苦労~。ついでにこのうるさい音も止めるっす」

 

「了解しました......」

 

御坂......どういう事だ?

なぜお前が......

 

隣で肩を押さえて倒れている木山に這い蹲りながら近づき、上を見上げる。

機械的に冷たく見下ろしている御坂と思しき者と視線を合わせた。

「違う......」

サソリは忍の本能や微々たるチャクラ感知から目の前にいる人物は、御坂美琴とは違う人物と直感で判断した。

 

「.......」

ミサカは木山の手から離れたキャパシティダウンのリモコンを拾い上げて、ダイアルを回して、出力を下げていく。

 

ま、まずい......

ここで奴らを解放するのは......

 

しかし、音が弱まるのと比例して砂に閉じ込められていた黒ゼツとトビにチャクラが戻り、弾き飛ばすようにサソリの砂を振り払うと床に着地をした。

「ククク......残念ダッタナ」

緑色の発光体を浮遊させて、腕を前に出してメルトダウナーを発射した。

 

「ぐああああー!!」

中腰になっていたサソリの脚に当たり、作用反作用の法則により脚を後方に弾くとサソリが前のめりに倒れた。

 

「!?チ......ヤハリ、完全ニ戻ッテイナイヨウダナ」

 

キャパシティダウンの反動かまだ能力が復活していない黒ゼツは、麦野の腕を睨み付けながら舌打ちをした。

「割と厄介な装置っすね~」

トビフレンダが、身体を揺らめかせながらミサカからリモコンを引っ手繰ると突き飛ばした。

「あ......」

「こんなものは」

 

バキッとリモコンを力任せに握り潰すと破片がバラバラと落ちていく。

その時に切ったであろう血が床に向かって滴り落ちた。

 

「はぁぁぁ!」

 

サソリは、足を引きずりながらキャパシティダウンにより封じ込まれていた万華鏡写輪眼が復活し、燃えさかる蒼いスサノオを出現させて身に纏っていた。

絶え絶えの鎧武者のような上半身だけのスサノオの刀が真っ直ぐトビフレンダに振り下ろされた。

 

「うわっ!っとと。危ないじゃないすか!!先輩」

間一髪で躱したトビフレンダが、よろめきながらサソリに文句を言った。

 

「フ......立ッテ居ルダケデモ精一杯ミタイダナ」

 

「あららー、やっぱり使っちゃいますか」

「そこにいる御坂にそっくりな奴は何だ?」

「答エル義理ハナイナ......」

「ああ、そうかい」

 

サソリはスサノオの刀で黒ゼツ目掛けて振り下ろそうとするが......

トビフレンダがミサカの襟首を掴んで、ミサカを盾にするように前に立たせた。

「......!」

「!!?く、くそ!」

サソリは、スサノオの軌道をズラしてミサカの直ぐ隣に反らした。

 

「はあはあ......卑怯だぞお前ら」

「正々堂々の勝負って思いました?甘いっすね先輩」

「クク......ヤレ、トビ」

黒ゼツがトビに指示を出すと、トビフレンダは、ミサカの持っていた銃を奪い取った。

そして、パンとミサカの左大腿部を撃ち抜いた。

「ああ......ああああ!」

「き、貴様ら!」

 

明らかに御坂とは違う生命体のはずなのに、見捨てることが出来ずにいた。

 

サソリー!

何してんのアンタは!?

湾内さんに連絡するわよ

 

思い出されるのは、御坂との思い出だ。

理屈云々よりも身体が反応してしまう。

 

 

「......サソリ、愛情ヲ知ッタ忍ビハ脆クナルモノダ」

「!?」

いつの間にか肩を押さえている木山の首を掴んで黒ゼツが立っていた。

「うう......すまない」

「木山!」

 

「サテ、スサノオヲシマエ......サモナイト、木山ノ首ヲヘシ折ルゾ」

黒ゼツ麦野が力を込めると木山がくぐもった悲鳴を上げながらもがいた。

「がぁ......ああ」

 

「......くっ!」

サソリがスサノオを苦渋の判断でしまうとトビフレンダが印を結んで巨大な木造の大仏を生み出して、巨大な張り手でサソリに叩きつけた。

「がはっ!?」

 

「情けないっすね~......むむ!?」

サソリがチャクラを練りだしたのを確認すると、トビフレンダは、足元で大腿部から弾丸を受け、出血しているミサカの銃槍を捻るように踏み躙った。

「がぁ!!ああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

「!?」

「ダメっすよ......チャクラを練っちゃ」

「次、妙ナ真似ヲシタラ......コイツラノ首ヲ刎ネ飛バスゾ」

 

「.........」

サソリは、悔しそうに舌打ちしながら、チャクラを弱くしていく。

「信用出来ないっすね」

トビフレンダは、ミサカの傷を嬲るのを止めると印を結んだ。

すると、サソリに叩きつけている木造の大仏の口が開いて、中からバチバチと電撃が流れ出した。

 

「確か先輩って......雷遁苦手でしたよね」

「!?きさま」

「まあ、いいや......えい!」

大仏の口から電撃が流れて来て、動けないサソリに直撃した。

「ぐああああああああああー!!」

電撃を受けたサソリの身体が奇妙な痙攣をして、息も絶え絶えとなる。

 

「さ......サソリく......ん」

首を掴まれ、肩から出血している木山が力無く声を出した。

「ン!?」

その時にサソリの意思とは関係無しに万華鏡写輪眼がゆっくりと開眼して黒ゼツを睨み付けた。

「殺ス前ニ、写輪眼ダケデモ回収シテオクカ」

 

かなり、ヤバイな.......

力が入らん

 

木山を掴んだまま、黒ゼツ麦野は移動し大仏に抑えつけられているサソリに妖しく光る写輪眼に手を伸ばした。

 

その瞬間に、黒ゼツ麦野の前に強烈な冷気が流れ込んで来て、黒ゼツは反射的にサソリから距離を取った。

「!?」

 

「大丈夫ー!!?サソリ!」

「麦野!フレンダ」

出入り口から床に張った氷を滑るように佐天と佐天の後ろから絹旗と滝壺が部屋に雪崩れ込んで来た。

 



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第51話 逆転

この話は、書くのに時間が掛かりました。


巨大な木遁の大仏に床に叩きつけられて、抑えられているサソリは怯むことなく、冷静に戦局を分析し沸騰しそうな感情を瞳に宿し睨み付けていた。

 

「貴様ら......」

 

巴が繋がり合い、外縁に向けて真っ直ぐに伸ばされた幾何学模様の内に押し留めて、好機を狙う。

「そいつらに手を出すのは許さん......」

不意に出た言葉だった。

サソリも言おうと判断した言葉でなく、湧き上がる激情を口に出しただけに近い。

理屈ではなく、短気でもない。

サソリが人間としての純粋なる感情......ソレだった。

 

ゾクッ!

黒ゼツ麦野が木山の首を掴み上げながら、戦慄した。

一歩退く。

コ、コイツ......

黒ゼツに身体を乗っ取られた麦野の目元が一瞬だけ痙攣のような動きをした。

 

「ああああ.....ああ.....」

床を這いずることしか出来なくなったミサカを一瞥もせずにトビフレンダが大仏の力を上げて、サソリを叩き潰しに掛かる。

「ぐ......うう」

写輪眼を抉り出そうと手を伸ばしている黒ゼツの動きに抵抗出来ずにもがいていると

 

『いかんの』

突如としてサソリの脳裏に響いてきた。

「!!?」

サソリが可能な限り首を巡らして、辺りを見渡して声の出処を探すが明らかな男性声を発している人物が見当たらなかった。

「?往生際ノ悪イ奴ダ」

どうやら、この声はサソリにしか聴こえていないようである。

 

混乱するサソリの頭に謎の声は相も変わらずサソリに響き続けている。

『独りで突っ走るから、こういう事になるぞよ』

「あ、アンタは?」

『心で考えれば通じるぞ。そういう所が我が友に似ておるがな』

「......」

『時間が無いが少しだけ耳を傾けて欲しいぞ......あと少しでお主にとって大切な者が助けに来る。辛抱ぞ』

 

オレにとって大切な?

 

『そうぞ。オレの特別なチャクラも既に渡しておる.......お主は独りじゃないだろ、少しは頼れぞ』

 

 

黒ゼツ麦野がサソリの写輪眼を抉り取ろうとした時、入り口から吹き込んできた吹雪により、腕を引っ込めた。

「!?」

吹雪により張られた氷の上を佐天が滑り込みながら、黒ゼツ麦野の腕にローリングソバットをかます。

「てやー」

掴んでいた手が緩むのを感じた木山は、両腕に力の半分を入れて身体を安定させると、黒ゼツの脇腹を蹴り入れて、無理やり拘束を外した。

「!!」

「かはっ......はあはあ、卑怯な......手段を使って......」

よろめいたまま、硬直したかのように不自然の体勢で黄色く光る眼で佐天を睨み付けた。

「ありゃー、たかが小娘の蹴りにだらしないっすね」

「......」

黒ゼツは、ビシビシと痺れを出している腕を眺めている。

 

アノ娘......マサカ......!?

 

「それ、冷凍ビーム!」

佐天が指で鉄砲のように構えると茶髪の女子中学生の近くにいるグルグルの面を付けた金髪少女に放った。

「!?」

トビフレンダが印を結ぶと樹木が床から伸びて、壁となり受け止めた。

しかし!

「!!や、やっばー!?」

「はぁぁぁー!!」

佐天の冷気が異常に強くなり、前の冷気を一回りも二回りも包み込むように太くなり、トビも本気でチャクラを込めるが瞬間的な動作で負けているトビフレンダの樹木の壁が氷付いて、ポッキリと折れると後ろにいたトビフレンダを押し潰した。

「ぐへ!?さ、寒い!人間の身体って寒いっす......ね?」

 

倒れた目線の先では、絹旗が空気を巻き込みながら拳を振り上げて憤怒の表情を浮かべていた。

「超何やってんですか?フレンダ」

絹旗がオフェンスアーマーで武装した拳でトビフレンダの面を殴り付けた。

「!」

バコン!?と氷付いた樹木毎フレンダの身体が一瞬浮いてひっくり返った。

グルグルの面の右半分が欠けて、フレンダの顔半分が露出し、紅い瞳が妖しく光っている。

「......やるな」

面が欠けたトビフレンダが床を殴り付けて、一斉に鋭利な樹木を発生させると絹旗で攻撃を始めるが佐天が間に入ると

「つらら落とし!」

樹木に対抗するように、大量の氷柱が発生してトビフレンダの攻撃と相殺した。

「!?」

 

面を一部破損させた事で大仏の制御が上手く行かなくなり、大きく揺らぎサソリは、万華鏡写輪眼を開眼させるとスサノオを用いて、大仏をなぎ倒した。

「大丈夫!サソリ?」

「佐天......何だその力は?」

「良く分からないけど、力が湧いてくるのよ......あたしの才能が爆発しちゃったりして」

佐天がアゴに手を当ててキメ顔で言うが、サソリは先ほどの声の言葉を思い出していた。

 

あと少しでお主にとって大切な者が助けにくる

 

......佐天が?

 

******

 

「大丈夫?」

滝壺が荒い息をしている木山を心配そうに中腰で訊いた。

「はあはあ......ああ、すまない......」

「飲む?」

滝壺がそっとスポーツ飲料を渡す。

「こんな状況で」

「落ち着くよ」

首を傾げて、なぜ拒むのか分からないという顔で淡々と抑揚のない声で言っている。

「あ、ああ」

木山は蓋を開けて飲んでいくと、自然と気持ちが落ち着いてきた。

 

キンキンに冷えているからだろうか?

 

「ちょっと待ってね」

滝壺が救急箱を運んで来て、肩から血を流している木山に厚手のタオルを脇の下に入れた。

「これで良くなる」

ニコッと軽く笑うと、茶色の髪をしている女性とメガネを掛けた女性を運んできて、手当をしていく。

 

不思議な子だな......それに

 

木山は倒れて、冷や汗をかいている御坂美琴にそっくりな少女の髪を撫でた。

事情は分からないがここにいるのは、本人であろうがなかろうが紛れもなく生きている人間の反射的な反応だ。

 

君は......また私が間違っていると思うのかい?

あの子(サソリ)をも......

 

止血処置をされているがミサカは痛みにより絶え絶え息をしているが明瞭な意識はないらしく、虚ろな目で対峙しているサソリと佐天、絹旗を写していた。

 

膝枕をしながらミサカを教え子の姿と重なり懐かしいような感情が沸き起こる。

ソファーで横になって寝ているあのカチューシャがトレードマークの少女だ。

丁度、成長していればこのぐらいだろうか?

「ん......!?」

眼鏡を掛けたテレスティーナが幻術から解放されて正気に戻った。

まだ、現実と幻実を行ったり来たりしているようで頭を押さえて、気持ち悪そうにしている。

 

******

 

「うわー!酷いっすね~。オイラのイケメン顔が」

欠けた面の部分をなぞって、確認しているトビフレンダ。隙間からフレンダの整った顔が引きつったように笑ったように見える。

 

「フレンダ......お願い元に戻って」

三人の手当てをしていた滝壺が懇願するように弱々しく言った。

「イヤっす」

「コイツラに話しをしても無駄だ」

サソリがスサノオを出したまま、チャクラ糸を伸ばしてトビフレンダの傍らにいる大仏に付けると操り始めた。

「うわっと!?欠けているんすからそれはナシっすよ~」

サソリは、くっ付けたチャクラ糸を力の限り引き、大仏の巨大な張り手をぶつける。

トビフレンダは、吹き飛ばされながらも回転しながら壁に着地をした。

「人間に取り憑かないと何も出来ない寄生虫が」

「先輩やり過ぎっすよ!少しは後輩を労ってくださ」

「だあぁぁぁぁぁ!!」

絹旗がグルグルの面目掛けて走り出して、空気を巻き込みながら拳を突き出した。

 

あのふざけた面を超破壊すれば、フレンダは元に戻るはずです!

あと少し

 

「よっと」

チャクラ吸着を解いて、床に落下すると脚にチャクラを溜めて頭を前に出して頭突きをした。

「ぐっ!?」

絹旗の腹部に当たり、空中に浮かんだ。

「やっぱり~。力が集中していない所は弱くなるみたいっすね......って戦っているのオイラだけじゃないすか!」

飛んできた絹旗を佐天が受け止めると、慣れていない感じでズッコけた。

「痛た......あはは、着地がうまくいけばカッコイイんだけどね」

絹旗は、戸惑った感じで顔を伏せた。

「!?......あ、ありがとうござ......です」

「へ?」

「ちょ、超何でもねぇです!」

 

「......」

黒ゼツ麦野は、震える手で緑の発光体を生み出すとサソリ達に放とうとするが、僅かに軌道がズレて、壁に穴が空いた。

サソリがスサノオで包み込んで、メルトダウナーの余波から全員を守った。

「チッ......」

「どうしたんすか?」

「身体ガ!」

黒ゼツ麦野が床に膝を付いて、自由が効かなくなった身体を震わせている。

「コイツ......オレノ制御ヲ捻ジ伏セル気カ......」

「ありゃ、ひょっとして......」

「ん......ん!?」

寝ぼけ眼のような顔で辺りをキョロキョロと見渡す。そして、自分の意思とは関係無しに伸ばされた黒い腕と赤い眼を見開いている奇妙な面を付けたフレンダをこれでもかと睨み付けると.......

「......何してんだぁぁー!フレンダぁぁ!」

麦野の眼が開き、不快そうに怒鳴るように顔を歪めて言い放った。

ビクッと身体を震わせたトビフレンダが額に汗を流した。

 

「うっわ〜......怖い女っすね。さぞかし攻撃的なうんこをすると思うんすよね。武器に使えるくらいに」

ふむふむと頷いていると、気が付いた麦野が硬直した身体をギシギシいわせながら、トビフレンダの頭をガツンと殴り付けた。

「痛った〜!何をするんすか」

「お•し•お•き確定ね!」

「うひゃ」

 

「ナンダト......?」

黒ゼツが必死に力を込めて、操ろうとするが麦野の身体の自由を少し制限するだけに留まる。

「それにぃぃぃ!さっきから私の身体にへばり付いているヒルみてぇな野郎は誰だ!」

予期せぬ宿主の反抗により、動きを失った黒ゼツ目掛けて、スサノオの太刀を振り下ろした。

「ク......ココマデカ」

黒ゼツは、麦野から黒い液体となり蹴り離れるように別つと作用反作用の法則により、左右に黒ゼツと麦野が別々になっていく。

その間を太刀が通過し、砂煙りが発生する。

 

少し離れた場所で液体だったモノが黒い人型となって立ち上がった。

サソリは、麦野のすぐ側に太刀を振り下ろすと、チャクラ糸で大仏を動かすと麦野を持ち上げて安全圏の蒼く燃え滾るスサノオの中に引きずり込んだ。

 

「麦野ー!!超大丈夫ですか?」

「ああ、何がどうなっているのか分かんねぇけど」

「良かった.....」

滝壺が安堵したように言った。

「安心するのは早いな」

サソリが大仏と鎧武者を従えて、最後の人質を取るトビと黒ゼツを万華鏡写輪眼で睨み付けた。

 

その姿は光と闇を操る全知全能の神にも等しい姿に映った。

「......なんと荘厳な」

テレスティーナは、サソリを崇高対象として膝を折り、敬意を示した。

「サソリ君は、不可能だと思われた事象をいとも容易く行ってしまう。私が敗れた理由が分かるだろう」

木山が懐かしそうに目を細めた。

 

どんな理論も

どんな数式も

どんな実験結果も

どんな常識も

 

彼の前では意味を成さない

考えるだけ無駄だと思えてしまう程の

 

「全く......科学者泣かせの存在だよ......君(サソリ)は」

 

まともな戦力がトビフレンダだけとなってしまい、慌て始めていた。

「なんかヤバくないっすか......」

「......」

 

かたや、万華鏡写輪眼を全開にし、千手の力を奪われ、厄介な氷遁使いの娘に光線を放つ娘もあちら側の手札となってしまった。

 

「どうするんすか!?」

金髪の頭を掻きながら、トビフレンダは黒ゼツの指示を仰ぐ。

「......コイツラヲ抑エテオケ」

まるで地の底から響いてくるような元の低く片言の声を発しながら、黒ゼツは液体となり床のちょっとした隙間に入り込んでいく。

 

「ええええー!無茶言わないでくださいよ!」

「禁術ヲ使エ」

 

サソリの耳が微かに反応した。

禁術?

 

「!.......良いんすね?死んじゃいますよ......この身体」

「替エハ幾ラデモアル......準備ヲシテクル」

黒ゼツが床に融けるように消えるとトビフレンダは、腕を曲げて独特の構えを始めるとフレンダのチャクラの流れが一気に変化を始める。

 

「ま、まさか!!?」

万華鏡写輪眼によりチャクラの流れを観たサソリが冷や汗を流し、チャクラ糸を操り張り手を繰り出すが......

 

八門遁甲!第三生門......開!!

 

大仏の張り手を受け止めると赤い目を光らせて不敵に笑みを浮かべた。

トビフレンダの周りに蒼色の蒸気が噴出し、大仏を片手で押し返すと床を凹ませるように飛び上がった。

 

八門遁甲

身体に流れるチャクラ量を段階的に解放し、普段の何十倍もの力を引き出す術。

チャクラ量に制限を掛けている部分を『門』と呼ばれ、全部で八門存在している。

 

チャクラの波により床から礫が舞い上がり、礫が落ちる次の瞬間には覆っていたスサノオを突き抜けてサソリの頬に衝撃が加わり、床を削るように叩きつけれた。

「がはっ!?」

「さ、サソリー!!?」

「まだまだっすよ」

空中を蹴って抉られて轍となった床の最果てにいるサソリに向かって黒い線が移動し、サソリの鳩尾を回転を加え、捩込むように拳を繰り出した。

 

「が!ああああああああ!」

口から血を流し、床が隕石の衝撃を受けたかのように一段と落ち窪んだ。

「この!」

佐天と絹旗がサソリの上にいる蒼く燃えているトビフレンダ目掛けて攻撃をするが、一瞬でいなくなり佐天と絹旗の後頭部をガシッと掴むと二人の頭蓋骨をぶつけ合った。

 

「超痛ったぁぁぁぁぁぁー!」

「は、速くて何も」

 

黒い線が佐天の前に来たように感じた佐天は、買い物袋を上にして反射的に防御の体勢を取る。

すると......

買い物袋に入っていたソフトクリーム(チョコレート味)が飛び出してきた。

 

「!?あ、あれは!」

トビフレンダの興味は、渦巻き状の氷菓に注がれて、一段階『門』を解放した。

 

第四傷門......開!

 

金髪が逆立ち、筋肉の筋が皮膚状に隆起すると回転しているソフトクリームを優しく握り締めた。

 

「うひゃー!こ、これってうんこじゃないっすか!?綺麗に包装しているんすね」

興味津々とばかりにソフトクリームを丁寧に扱うトビフレンダ。

 

「へっ!?......な、何?」

普通のコンビニで売られているソフトクリーム(税込220円)にどれだけの興味があるの?

 

「超ナイスです!」

絹旗が空気を巻き込みながら、赤い身体をしているフレンダの顔を覆っている元凶の面を砕こうとするが、一瞬で消えて二階部分の柵に移動していた。

 

「危ないっすね!!うんこに何かあったらどうするんすか!?......ん?ここが外れるんすね」

ソフトクリームの透明なプラスチック部分をクルクル回して、茶色のソフトクリームを羨望の眼差しで上に掲げた。

 

「何やら甘い匂いも......」

「隙だらけだ」

サソリがスサノオを使って柵ごと二階部分も破壊した。

しかし、トビフレンダは一瞬で絹旗の背後に迫り、拳を固めて突き出そうとした。

 

「「!?」」

サソリと佐天が同時に動き出して、佐天が絹旗を抱き抱えて後方に飛び去り、サソリが砂の盾を展開して攻撃を防いだ。

 

かのように見えたが......

 

「!!?ぐっ!」

「甘いのはうんこだけじゃないっすね......先輩」

サソリの背中には鋭利な枝が突き抜けて、血が滴り落ちていた。

「邪魔っすよ」

ギチギチと細い腕に筋肉が限界以上の力が集中して、サソリの胸部を殴り、爆発音と共に壁に叩きつけられた。

サソリは、俯せになりながら腹部に刺さった枝を刺激しないように立ち上がろうとするが......上手く動かせない。

トビに乗っ取られているフレンダの腕がミチミチと悲鳴を上げた。

あちらこちらから、血が滴り落ちているように拳は真っ赤だ。

 

「サソリ君!」

「ふ、フレンダ!もう、止めて」

直接闘いに参加出来ない滝壺と木山が悲痛な声を上げた。

「......まずいわね......あの娘、死ぬわよ」

「は?フレンダが死ぬ!?どういう事よ」

眼鏡をかけ直したテレスティーナの見解に解放された麦野が声を荒げた。

「あのまま、使い続けたら身体が持たないわ」

 

フレンダが死ぬ......?

 

麦野ぉ〜!!

 

はー、プールかぁ

 

ヒマなら行くか?

 

ホントに!行く行く

わー、麦野

愛してる!

 

コラ、暑いんだからくっつくな

 

「............そんなの私が許すか!」

麦野は波動を弾くと緑色の発光体が揺さぶられて光線が暴走したフレンダに放った。

「!!?」

難なく身体能力が向上しているトビフレンダは消えて、少し離れた位置に着地した。

「ふん!まあ、そんなのろまな攻撃は効かないっすよ」

挑発するかのように四方八方の壁を削りながら姿は無く、飛び移る際の音と衝撃が響く。

 

この瞬間にも、フレンダの身体は限界以上の力を無理やり使われて、傷付きズタズタに引き裂かれている。

 

麦野は今にも噴火しそうな怒りを抑えながら、絶えず平静に事を計算していた。

「滝壺」

麦野は、ポケットから粉末の入った透明な箱を投げ渡した。

「使いなさい」

 

滝壺は、麦野から渡された粉末を手の甲に少しだけ掛けると舌で舐めとった。

心臓の動きが活発になり、脳の演算能力を向上させる。

 

滝壺の能力

『能力追跡(AIMストーカー)』

能力者が地球の裏側に逃げ込んでも検索できる能力。

 

「次にあのバカ(フレンダ)が現れる場所はどこかしら?」

全てを察した滝壺は、ゆっくりと部屋の中央からやや左斜め前を指差した。

滝壺の示した場所に腕を構えると麦野は、能力を溜め始めた。

 

「面の位置は5度下.....出現まで......6,5,4,......」

麦野は、外せないメルトダウナーに意識を集中させた。修正すると滝壺のカウントダウンに合わせる。

今まで、暗部組織で仲間として活動してきた絶大な信頼関係が成せる技だった。

 

「......3,2,1......ファイア」

その言葉に合わせるように麦野はメルトダウナーを発射した。

メルトダウナーは何もいない空間に発射されたが、次の瞬間にはトビフレンダが高速移動をしてきて......

 

ガァン!

 

正確にフレンダの顔にへばり付いているグルグルの面に当たり、バラバラと面が破片となって飛び散った。

「!?」

赤い目が無くなり、意識を無くしたフレンダから仰向けに倒れ込んだ。

「ん......ん」

試みは当たり、フレンダの顔に傷一つつかずにしっかりと息をしていた。

 



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第52話 独りじゃない

執筆する時は、音楽を聴きながら


黒ゼツはサソリとの戦線を離脱をして液体状になって学園都市の地下に向かっていった。

 

アノ娘......マサカ

イヤ、アノ時ニ目立ッタ能力ヤ術ハナカッタハズダ

 

黒ゼツは自身が仕損じたレベルアッパーの被害者『佐天涙子』を考えていた。

血継限界である氷遁を使いこなし、サソリやあの中の誰よりも膨大なチャクラ量を有し、目元には赤く縁取られた隈取が出現しているのを黒ゼツは見逃さなかった。

 

サソリノ写輪眼ニアノ娘ノ仙術......

 

自然エネルギーを身体に吸収し、己でコントロールする忍の中でも扱うものが稀な『仙術』チャクラを平然と行使していた。

 

研究室の遥か階層下......つまり、学園都市の真下に拡がる空間に液体状の黒ゼツが染み出すように入るとすぐに人型となった。

そこには物体はなく、大きな球体状の影が真上から照らされる灯りにより映し出されているだけだ。

 

更にその黒い影を覆うように人型のカプセルが並び、黒い瘴気のような影が球体に吸収されている。

「......コイツヲ使ウカ......」

パソコンのキーボードを叩いて、黒い球体の活動凍結を一部解除した。

すると、黒い球体の影から人間の手足の影が無造作に現れ出して、黒い波動と音に成らない咆哮を上げて、周囲の空気を波紋起てる。

 

ユラユラと壁の凹凸や張り巡らされたパイプに黒い腕が波打つように二次元的な這いずりで地上を求めるように幾本の腕や脚で円形を作ると儀式のようにゆっくりと一点を中心に回転を始めた。

 

「ヤハリ、マダ闇ガ必要ノヨウダ......完全ニ解放スルニハイカナイ」

 

黒ゼツは、子供の遊びのように回っている黒い影を確認すると、頑丈に守られた赤いボタンを叩き壊すかのように押した。アラームが鳴り出して赤いランプが点滅し始めた。

 

カウントダウンがモニターに表示されてコンマ秒の値が次々と少なくなっていった。

 

09:59:47:42

09:59:34:88

09:59:21:53

09:58:57:76

 

地上の研究所を焼き払い、証拠隠滅を図ろうとする黒ゼツ。

数字が正確に時が刻むのを確認すると視点を後ろに向けた。

「......」

黒ゼツは粘ついた笑みを浮かべて、隙間を縫うように地上へと移動を始めた。

 

カプセルに入って横になっているのは、木山がレベルアッパー事件を引き起こした引き金となった教え子だった。

 

ンセー

センセー

木山センセー

寒いよ......暗いよ

でも、木山センセーが助けに来てくれるよ

だから、全然平気だよ

 

******

 

滝壺の能力追跡(AIMストーカー)と対象を粉砕する原子崩しが精確に精密にフレンダの顔を覆っていたグルグルの面を射抜き、打ち砕いた。

「!?」

「うんこ、うんこうるせぇんだよ!糞ガキかてめぇは!」

 

麦野が手渡したのは、『体晶』と呼ばれる粉末状の薬品だった。

正式な名称は『能力体結晶』

意図的に拒絶反応を起こさせて能力を暴走状態にする薬品で、使用者に多大な影響を与えてしまうため、学園都市暗部でも禁忌とされる代物

 

つまり、サソリの居た世界で禁術と指定された術『八門遁甲の陣』をフレンダを止める為に、守る為に滝壺は自ら禁忌の薬品を使ったのだ。

目には目を、禁忌には禁術をぶつける。

最も合理的とも取れる判断を麦野は分析をして行動した。

 

バキンと面が割れて、赤い目をしたフレンダの目が元の色彩に戻ると微睡み、その場で気を失った。

「あいや......やられたっ......す」

バラバラに砕け散ったトビが切れ切れの言葉を辛うじて、悔しそうに呟いた。

もはや、生物とは思えない塵や破片が微かに振動して意思を伝えている。

 

「はあはあ......やった......」

フレンダの無事を確認すると滝壺は、面だけを正確に捉えないといけない針のように尖らせた集中力と失敗すればフレンダを喪うという圧倒的なプレッシャーの中で能力を酷使し、ふらついた。

「よっと。ご苦労だったわね」

麦野が滝壺の身体を受け止めると、今度は目をグルグルにして気を失っているフレンダをやれやれと言った感じで眺めた。

 

「全く!世話のかかる大馬鹿ものめ」

その顔はいつになく和らげだ。

 

「こんなお面に意識が宿るなんて事があるの?」

不思議そうに佐天が深い溝が彫られている面の一部を持ち上げ、摘んだ。

面の裏側にビッシリと触手のような樹木がワシャワシャと動いていた。

「ギョワァァー!!?気持ち悪!」

なんだろう

遠い昔にダンゴムシを持ち上げた際に見た裏側に似ている。

「身体よ......こすっ......す」

「あまり近づくなよ」

サソリが脇腹を抑えながら、佐天が摘んでいる面の破片を叩き落とした。

「サソリ!?確か白井さんに......ってかなり出血しているじゃない!」

脇腹を押さえているが、指の隙間から流れ出ている血液に佐天は驚愕し、本気に心配した。

 

「こんなの擦り傷だ」

「擦り傷なわけないでしょ!こんなに血が出ているのに」

「うるせぇな......お前には関係ねぇだろ!」

サソリは佐天の脇に置いてあった暁の外套を拾い上げると袖を通し始めた。

まるで傷口を隠すかのように外部から遮断した。

 

パシンッ!!

 

サソリの頬が平手打ちを喰らい、赤く染まった。

「!?」

平手打ちをした佐天は、今にも泣き出しそうな目をしてサソリを強く見つめていた。

「関係なくないわよ......ここに来るまでどんなに心配したと思っているわけ!!」

「!!?......」

赤く腫れた頬を軽く触れると、どうしたら良いのか分からないかのように視線が四方八方に泳がせると、キッと佐天を睨み付けた。

「これが忍だ。勝ち負けじゃない......生きるか死ぬかだ」

「そんな道理知らないわよ!あたしの時と同じように無茶して......サソリが死んじゃうのは嫌だよ」

 

レベルアッパー事件が解決し、意識を恢復した際に聴かされたサソリの状態を思い出し、ポロポロと涙を流し始めた。

また自分の知らない所でサソリが傷付いているのが信じたくなかった。

 

「生きるか死ぬか......それだけが忍者の価値なの?」

「......お前」

忍としての根幹を揺さぶられたように感じたサソリは、静かに万華鏡写輪眼を開眼をした。

「そんなの絶対に間違っているもん!」

「少し落ち着いたらどうだ......」

木山が肩を庇いながら、口論をしているサソリと佐天の間に入ろうとするが......

「......何が分かる」

「え?」

「お前にオレの何が分かる!!」

「!......知らないわよ......そんなの知らない」

レベルアッパーにより繋がった木山はサソリの過去の一部を知った木山は苦い顔をした。

 

それはあまりに残酷で、救いようのない過去

両親を幼い時代に殺害され、愛情を求めて凶行に及んだサソリ

 

木山は、教え子を助けるためにレベルアッパー事件を引き起こした自分とサソリが少しだけ重なるような気がした。

 

だからと云ってやってはいけない事はある......それは分かっている

解りきっている

けど、それ以外に自分の存在意義を見出せなかったとしたら......

この世界は弱者に厳しい世界だ

 

「すまない。私が巻き込んだようなものだ。サソリ君は、君達を守るために」

「知らない知らない!だって、教えてくれないんだもん!あたしは、サソリの事を知りたいのに!」

「っ!?」

子供ように泣きじゃくりながら、佐天はサソリの身体を何回も叩いた。

ここまで依怙地になっている佐天にサソリも驚きの表情を浮かべる。

 

「早く」

「はあ?」

「早く傷口を見せる!治療するの!」

滝壺が肩を撃たれた木山と左脚の太ももを撃たれたミサカを治療した救急箱を持って来るとサソリの外套の裾を掴むと引きずるように無理やり座らせた。

そして、外套を剥ぎ取ると慣れない手付きで消毒するとガーゼを当てて、包帯を不恰好ながら巻いていく。

 

滝壺は荒い息をしながら、サソリと佐天の拡散力場を能力が底上げされた状態で見た。

 

サソリの背後に、黒髪でトゲトゲとした頭を持ち仏頂面をして腕を組んでいる少年

佐天の背後に、マッシュルームカットの少年が腰に手を当てて豪快に笑っている

 

この二人が煙のように観えた。

「まだら?はしらま?」

滝壺は首を傾げたが、深く考える余裕はなく意識をボーッと空気に漂わせた。

 

二人のやり取りに木山は、仄かに微笑んだ。

残念ながらサソリ君......この子には理屈は通用しないみたいだ

サソリ君のように圧倒的な力を保持し、世界を変える者も居れば、この子のように『想い』だけで変える者もいる

 

やれやれ......良い仲間を持ったようだな

第三位の御坂美琴といい、友を助けるために私を止めようと命までは張った頭に花を咲かせたあの子も......

優れた人は、無意識的に人が集まる

私も含めてな

落ち着いたら、君にも謝罪し罪を償うつもりだ

しかし、まだ立ち止まる訳にはいかない

何としても手掛かりだけでも......

 

サソリ達の口論を傍目に聴きながら、麦野達は倒れたフレンダの介抱と破片となった奇妙な面を見下ろした。

「俄かに信じ難いわね......どういう原理で動いているのかしら?」

眼鏡をクイっと上げて、好奇心の塊のような表情でテレスティーナが四つん這いで眺めている。

 

「さてと......どうして私達を狙ったのか吐いて貰おうかしらね。ここで消しクズに成りたくなかったらね!」

麦野が緑色の光をポツポツと浮かび上がらせると、バラバラになったトビを脅迫するように指を滑らかに動かした。

「だ、誰が......はな......すもんか。悪い......っすが......オイラには......便意も痛みも......感じないから......無駄っすよ」

バラバラにされている時点で人間的な反応がないトビには、麦野も予想の範囲内だった。

「そうみたいね......大丈夫かしらフレンダ?」

仰向けに倒れているフレンダの肩をポンポンと叩いて、気が付かせる。

「ん......ん?!」

微睡みながらフレンダが疑問符を浮かべながら、覗き込んでいる麦野を見上げた。

「む、麦野!?ご、ごめん」

身体を起こそうとしたが、全身から鋭い痛みが生じて全く動く事が不可能だった。

まるで大電流を身体に受けたような痛みだ。

「痛ったぁぁぁい!全然身体が動かないんだけど」

「大丈夫よ!無事で良かったわ」

麦野がフレンダの労を労うとニコリとずり落ちていたベレー帽を正した。

不意の麦野の優しさにフレンダは、目元に涙を溜めて感激した。

「麦野ぉ~~!!」

「ちょっと借りるわね」

「へっ?」

動けないで大の字に寝転んでいるフレンダの腕に持っているチョコレート味のソフトクリームを奪い取り、踵を返した。

 

えっ......?!

なんで私、ソフトクリーム持っている訳?

 

半分溶けたソフトクリームを片手に麦野が悪魔の笑みを浮かべた。

「コイツがどうなっても良いかしら?」

「なっ!!ちょっ......それは」

「あ、明らかに動揺しているわね」

トビは、面全体を震わせて貴重な研究資料を取り戻そうと樹木を伸ばそうとするが

、チャクラ不足のため小さな芽がポツポツ出るだけだった。

「そ.......それだけは......許して欲しいっす。やっと巡り合っ......たうんこなんすから」

「なら、さっさと吐くことね。アンタの知っている事を全部」

面の前でブラブラとソフトクリームを見せ付けた。

 

「痛た......何この状況?」

全身を鞭で打たれたかのような痛みに悶絶しながら、首だけを回して状況を把握しようとするが、更に訳が分からなくなって大混乱だ。

 

よく分からない木片が振動して人の言葉を話している

麦野は、当たり前のように木片に話し掛けている

交渉?

ソフトクリームを人質に?

......いや、何故に!?

どゆこと?

 

「アイス......美味しそう」

「確かに超暑いですね」

呑気に腰を下ろしながら、滝壺が少し落ち着いたらしく声を出して、絹旗が反応した。

「ごめん......何が起きているのか説明をプリーズ」

身体を揺らしながら、一人だけ置いていかれているフレンダは滝のような涙を流した。

 

「何卒、うんこだけは......オイラはどうなっても」

「地面に投げつけるぞ」

麦野が大きく振りかぶって、ソフトクリームを投げつけようとする。

「イヤァァァ......お許しをぉぉぉぉー!」

 

すると麦野とトビの間に滝壺がよだれを垂らしながら、ソフトクリームを物欲しそうに眺めていた。

「......たらり」

「どうしたの?」

「食べもの、粗末にするのダメ」

「......そういえば、誰のアイス?」

 

サソリの身体に包帯を巻き終わった佐天がその言葉に腕を上げた。腕を屈曲させながらの挙手だから答えが曖昧な問題の解答を求められているに近い。

つまり、嫌な予感しかない訳で。

「か、買ったのはあたしだけど」

「......じゃあ、コイツの目の前で食べなさい」

「ふへ!?ここで食べるの?!」

「た、食べる......んすか!出した......のを!?そんな......事が」

新しい発見をしたかのようにトビの破片が飛び上がった気がした。

 

麦野からソフトクリームを手渡された佐天が、露骨に面の破片を横目に舐め始めようとするが......食べないといけないの?

「うわぁぁぁ......!せ、せめて.......どんな感じでうんこを......捻り出しただけでも」

悲鳴をあげるトビ。

複雑な顔をして舌を引っ込める。

「うぐぐ......あーもー、うんこうんこうるさいなー!食べにくくてしょうがないわ」

手に持っていたソフトクリームを物欲しそうによだれを垂らしている滝壺に渡す。

「あげます!」

「良いの?......ありがとう」

ふわっと笑うと鯉のように大人しそうな顔の割に豪快に丸齧りをして食べていく滝壺。

 

一応、ヒロインのはずなのに、こんな扱いって......

佐天が涙をダァ~と流しながら拳を固めてやり場の無い複雑な感情を流した。

 

「ひ、酷いっす......許さないっす」

トビの窪んだ穴から柱間みたいな魂が抜けていくと、赤く光出した。

 

すると、出血過多で青い顔をして倒れていたミサカが這いずるように前に進むと銃を手に取ると、佐天に狙いを定めた。

「了解しました。油断......大敵ですとミサカは命令を実行します」

トビから言葉にならない指示を受け取ったミサカは、照準を合わせると弾丸を発射した。

 

「しまっ!?」

油断していた木山が声を上げて、倒れながら構えているミサカを抑えるとテレスティーナが銃を蹴り飛ばした。

 

空気を切り裂きながら弾丸が螺旋状に回転しながら佐天の後頭部へ真っ直ぐに進んでいく。

「!?」

サソリも気付いて動こうとするが、チャクラ不足から身体が思うように動かずに膝を付いた。

 

「佐天!」

サソリがそう声を上げた瞬間に佐天の目元に赤い隈取が出現し、凍らせた右腕で自動的に弾丸を受け止め、掴んだ。

後ろを一回も振り向かずに......

 

「「!?」」

サソリとトビは信じられないような表情を浮かべた。

「ん?......ええええー!?何であたし弾を受け止めているの!!?」

本人にも無意識の行動だったらしい。

受け止めた氷の拳に変形している弾丸を見ながら驚愕した。

 

「どう......いうことっ.......すか?」

「佐天......お前何処でそれを?」

「へっ?へっ?って何で御坂さんがあたしを!?」

「悪い、そこは後回しだ」

忍の世界に知らぬ者がいない『仙術』を佐天が発動していた。

明瞭に答えが得られない佐天はどうして良いか分からずに、アタフタと御坂にそっくりな人物とサソリの間をグルグルと見渡した。

 

すると、アラームが鳴り出して部屋が赤い警告の光が点滅を繰り返し始めた。

「!!?」

地の底から唸り声のような波動が伝わると同時にサソリ達は床へ縫い付けられたかのように固定された。

サソリ達の影が床の上で不気味に一つになり回転している。

 

「時間稼ギニハナッタナ」

「!?」

床の隙間から黒ゼツが床から染み出すように出てきた。

「ククク、無惨ナ姿ニナッタナトビ」

「酷い拷問を......受けたっす」

チャクラを操り、面だけとなったトビの破片を拾い上げて、身体に取り込んだ。

黒ゼツの背中に折れた幾本の樹木の棘が生えてきた。

 

更に、黒ゼツが印を結ぶとサソリ達の影が一つの塊となり、腕や足が飛び出した異形の姿に変容した。

「な、何だ!?」

「動けない.......」

「私は元からだけど......ヒヒィィ!」

倒れているフレンダに生のような手が這い回りだして、不快感と恐怖から悲鳴を上げた。

 

「......どうするんすか?」

「......アレヲ少シ起動サセタ......数分デコイツラ諸共爆破させる」

「ありゃー、逃げるんすか?」

「.......」

「まあ、賛成っすけどね。マダラの力に仙術を使う娘も居るんすから」

黒ゼツ達は、壁をすり抜けようとした踵を返した。

 

サソリは逃げようと力を込めるが、影が固定されてしまい動くことができない。

 

ば、爆破だと!?

証拠を全て消すつもりか......

 

サソリの目の前には、木山達に抑えられて足を撃たれたミサカがどうして良いのか分からずに、縋るような目で黒ゼツ達の動向を見ていた。

 

「待てよ......」

サソリが声を出した。

「ナンダ?」

「ソイツも連れて行けよ......助けて貰っただろうが」

「ククク......何ヲ言ッテイル?ソイツハ使イ捨テダ」

ネバネバした口を大きく裂けてサソリを見下したように言った。

 

「指示を......ください。ミサカはまだ役に」

懇願するようにミサカが辛うじて声を絞り出した。

「モウ、要ラン......生意気ナ人形風情ガ何ヲ言ウカ」

「ひ、酷い!」

「き、キサマ.......!」

「先輩......次は容赦しないっすからね。次があったらっすけどね」

「行クゾ」

 

黒ゼツ達が研究室の壁をすり抜けて消えて行った。

残されたのは床に影が固定されたサソリ達が思い付くままに身体を動かそうとするが、この影に掴まれていると強制的にキャパシティダウンが発動するらしく、能力を行使することが出来ない。

 

「どうするのサソリ!?」

「ぐぐぐ......力が上手く使えん」

「麦野も超無理ですか!?」

「さっきから能力を発動しようとしているわよ」

サソリの眼が写輪眼が解除されて、二次元の影がその場に居る全員に襲い掛かった。

 

センセー

木山センセー

 

ふと、木山の耳に懐かしい声が響いてきた。

「君達は!?」

かつての教え子であり、実験の被害者で木山に取って最大の目的とも云える存在が黒い影の中から光る人型となって出現した。

 

来てくれたんだ木山センセー

信じてた

絶対に来てくれるって信じていたよ

 

「すまない。遅くなって......あと少しなんだ」

木山は涙を流しながら、謝った。

かつての教え子であり、自分の運命を変えたかけ替えのない子供達。

 

光る子供の影は、首を横に振った。

 

謝らなくて良いよ

センセー......待ってて

私達で頑張って、力を抑えるからね

その隙に逃げて......

 

そう響くと、大きな影の腕が進行を止めて、何かが抵抗するようにジワジワと部屋の中心に収束して行った。

 

は、早く逃げてセンセー

あまり、抑えられないかも

 

「待ってくれ!?君達は今どこにいる?」

「木山......」

「......」

自由になったサソリ達だが、木山は教え子を探すようにやや小さくなった黒い影に歩み寄った。

 

来ないで!

木山センセー

お願い、早く逃げて

 

「危ないわよ!」

麦野が木山を抱えるとサソリ達の元へ引きずるように連れて行った。

 

「佐天!お前のチャクラを貰うぞ!」

「えっ!は、はい!」

サソリは佐天の手を掴むと仙術チャクラを吸収し、万華鏡写輪眼の形状が変化して紫色に鈍く光る波紋状の眼球に開眼した。

「よし......逃げるぞ」

サソリは、佐天から受け取った仙術チャクラを眼に集中させると時空間忍術を発動した。

渦が発生し、その場に居た全員がサソリの波紋状の眼に吸い込まれて行く中で、木山は叫んだ。

 

「必ず、必ずだ!君達を必ず助けるから!待っていなさい」

その目は強く滾り、涙が一筋溢れた。

 

サソリ諸共吸い込んだ渦が消えた瞬間に研究施設が爆破されて、全てを焼き尽くした。

学園都市で暗躍するゼツ達の策略を暴けず、木山の教え子を助けることが出来なかった今回のケースはサソリ達に重くのしかかる。

 

ありがとう

木山センセー......大好きだよ

 



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第53話 人形

遅れました
すみません

あと、超閲覧注意です


昨夜未明に起きた、AIM拡散力場研究所の爆発事故に関してのニュースです。

現在では使われていない施設だったので死傷者は0。

爆発の原因についてはガス漏れが指摘されており、警備員(アンチスキル)を中心に調査隊を発足し事故原因を究明していく方針だと公式で発表しており、場合によってはツリーダイアグラムを使用するとのこと......

 

朝の特ダネニュースをテレビを観ながら、布束砥信がくせっ毛を弄りやけに開いた眼で機械的な動きをしている。

 

「ずいぶん派手にやったね」

抑揚の無い声で背後に出現した、折れた棘を携えた黒ゼツを小馬鹿にしたように言った。

「あらら、予想以上の反撃にあったみたいだね」

「......アノ娘ハ?」

「研究•開発しているみたいだよ......人形に感情を入力するってね」

人間の表情筋を超越した口の動きを見せると鋭い牙と黄色い瞳が鈍く光った。

黒髪のくせっ毛は、薄緑色の直毛に変化して白ゼツが出現した。

糊でくっ付くように細胞と細胞が呼応するかのように白と黒は半身同士を擦り合わせた。

 

「邪魔サエ入ラナケレバ......サソリヲ殺セタガナ」

「zzzz」

飛び出した棘からは寝息を立ててトビが治癒の為か寝ているようだ。

「トビと二人掛かりで挑んだのにカッコ悪」

「黙レ.......ソレニ」

「分かっているよ。影十尾の器となるマダラのクローンが消えていたからね」

「間違イナク......マダラノ力ヲ手ニ入レツツアル」

「厄介な事になったね。誰かさんが仕留め損なったお陰で」

「......イヤ」

「?」

「其レデ良イ......マダラノ力ハ強大ダ......サソリノ手ニ負エルモノデハナイナ」

 

ネバネバとした口を開いて黒ゼツが腕を前に伸ばした。

「まあ、今回のメインは違うしね。っで録れた?」

黒ゼツが掌を上に向けると四角い薄い板のような物は現れて、映像が流れ出した。

 

映像では先の戦闘が流されており、所々不自然で不連続な編集が加えられていた。

サソリがスサノオを繰り出して巨大な刀身を振り下ろして攻撃している映像が流れると脚部に円痕の銃創を負い、血を溢れ出しながら倒れるミサカの映像を繋ぎ合せたような映像だった。

 

「ちゃんと録れていて安心したよ。逃げて何も無かったら、能無しだしね」

「......」

「これで御坂美琴を追い込む手筈は完璧になるよ。噂話をそれなりに広まったし」

「コノ映像ヲ観タ時ノ御坂美琴ハ、見モノダナ......」

「ふふふ、絆は完全に壊れるかもね」

「サソリ......キサマノシテイル事ハ無意味ダ」

 

黒白の人物の黄色い瞳が怪しく光出し、朝日を避けるように部屋からすり抜けて消えて行く。

棘が一つだけ真っ直ぐ伸び上がる。

 

******

 

人形風情ガ生意気ナ......

 

何故でしょうか?

ミサカは命令通りに動きました

赤い髪の少年を仕留める事には失敗しましたが......

 

モウ要ラン

 

人形

ミサカは人形なんでしょうか?

もう要らない人形なのでしょうか?

 

ミサカは頻りに雨が降り出しているパイプだらけの里にポツンと立っていた。

濡れていく髪と身体。

かつて温もりをくれたカプセルとは違い、ミサカの体温を奪っていく。

機能的には雨宿りしたいのだが、身体をどう動かせば良いのか、今は分からない位になってしまった。

大きなパイプが走行する巨大な建物の上から下を見降ろすと大きな水溜りがあり、辛うじて自分の影と分かる程度に何者かが立っていた。

 

空を見れば真っ暗な雲から雨が降り続いていて、光は見えないが妙に自分の姿と建物だけは明瞭に区別が出来た。

 

あの研究所の爆発から数日が経ち、撃たれた脚にはまだ痛々しい包帯が巻かれている。

少しだけ歩くのに障害があるが、こうやって黙って立っている分には問題が無かった。

 

安静にしていろと言われたが、命令の無いの状態は初めての経験でどうしたら良いか不明だった。

自分の存在を掻き消すように降っている雨に身を委ねながら、ミサカは静かに目を閉じた。

 

「ミサカはどうすれば良いのでしょう......?」

雨に打たれながら屋上から暗闇に浮かぶ再び水溜りを見下ろした。

 

そこへ、空間が捻れてサソリが万華鏡写輪眼を紅く光らせながら出現した。

サソリが逃げる時に使った時空間忍術だが、急ぐあまり詳しい座標設定をしないで飛んだ先がここの奇妙な建物が乱立する世界だった。

 

「ん?何で中に入らねぇんだ?」

ここは常に雨が降り続いている。幸いに建物があり雨宿りをするのは容易な事だ。

「......」

ミサカは、明らかにどうして良いのか分からない感じで斜め下を見ていた。

「ちっ!早くこっちに来い」

サソリはミサカの手を握るとやや強引にパイプだらけの建物の中に連れて行った。

手を掴んで分かったが、ミサカの身体はかなり冷えていた。

 

建物の中は畳が敷かれた座敷があれば、風呂、トイレが完備されている空間だった。

「すぐに身体を暖かくしろよ」

サソリは写輪眼で四角い木製の風呂に水遁で水を張り、火遁と複合して風呂を炊いた。

脱衣場にミサカを連れてくると

「入って身体を暖かくしろ」

とぶっきらぼうに言うと脱衣場の扉を閉めた。

「お風呂でしょうか......?」

ミサカは常盤台の制服を脱ぎだして、お風呂場の扉を開ける。

心地よい蒸気がミサカの鼻腔に入り、喉の奥から暖かくなる。

脚先から湯船に入ると、息を吐き出しながら静かに浸かる。

「暖かい......」

これは雨とは違うものだ。

身体の芯から解されていく。

 

「着替えはこれぐらいしかねぇから着ろよ」

脱衣場に黒い影が動いて、着る物を置いたようだ。

ミサカがお風呂を済ませると籠の中に黒い服が置いてあった。

「これを着るのですか」

赤い雲のような模様が刻まれた『暁の装束』だ。

普通の服とは違うのでミサカは戸惑ったが、テスタメントにより学習したストックにあり、袖を通す。

すっかり暁の外套を身に纏ったミサカは、この世界の主であるサソリを探した。

サソリは傀儡人形が置かれている部屋に居て作業をしていた。

 

そこでサソリは何か人の形をしたモノを横たわらせて、慣れた手付きで組み立てていた。

「あのー、少し良いですか?」

「ん?......」

 

サソリは傀儡作成用の道具を置いて、後方に居るミサカと向き合った。

木山と研究施設を襲撃をした時に際立っておかしい人物だ。

サソリの脳裏には、つい先日交わされた本物(オリジナル)の御坂の言葉を思い出した。

 

 

ねえ、分身ってあたしも出来る?

 

できねーの?お前くらいなら簡単だと思うが

 

そういう能力者なら出来るんだけどね。あたしには全然

 

便利そうで不便だな

 

 

まさか御坂が影分身を修得したのかと思ったが、ゼツの命令を聞いていた時点でその存在自体は曖昧なものとなる

 

「ミサカは人形なのでしょうか?」

「!?」

「ゼツ様に言われました......ミサカは今後どうすれば良いのでしょう」

「そうか......」

サソリはそう言うとミサカの指にチャクラを飛ばして修理したての風影の傀儡にくっ付けた。

ミサカの後ろにサソリは回り込み、アシストをするようにミサカの手に触れて、視点を同じ位置に持ってくる。

サソリがチャクラを籠めると風影は意志を持ったかのように宙に漂いだした。

 

「これが傀儡と呼ばれるものだ」

「くぐつですか?......操り人形を意味しますね......とミサカは今後の展開が分からないように言います」

「よし、少しだけ操るぞ。しっかり見ていろよ」

サソリが指を動かすと吊られてミサカの指も連動した。

サソリが指を曲げれば、ミサカも曲げ、腕を前に出せば、ミサカも前に出す。

 

傀儡はミサカの指に呼応するように部屋の中を縦横無尽に動き回り、口を開けたり、腕を振り回している。

 

まるでミサカ自身が風影の傀儡を操っているような錯覚を受けた。

 

初めての経験に鉄面皮のミサカの表情は少しだけ綻んだ。

「今、どんな事を考えた?」

「え?意外に楽しいな......とミサカは素直な意見を言います」

「なら......それで良いんじゃねーか」

「?」

「ゼツの野郎に変な事を言われたが......自分が楽しいと思えるなら、人形じゃねーよ。それまで捨てたら本物の人形になるがな」

 

それはかつての自分に跳ね返ってくる言葉だった......人形に成りきれなかった人間として最後まで棄てる事が出来なかった想い。

 

「お前なんかが......簡単に成れる代物じゃねーよ」

呟くようにサソリは言った。

意識してでは無く、無意識的に自分を自嘲するかのように鋭く冷淡に......

「はい?」

ミサカは聞き返した。

「何でもねーよ。少し腕の角度を直した方が良いな」

サソリは前に出していた腕をゆっくり下降させて、台の上に三代目 風影の人傀儡を置いた。

 

ミサカは、解かれた指の糸の感触の余韻に浸りながら両手を見つめた。

味わった事がない心の充実感にミサカは、やや興奮気味に質問した。

「ミサカにも操れますか?」

「傀儡使いになりたいのか?」

「ダメですか......?」

サソリは、風影の腕を外すと微調整をしてくっ付けた。

 

「......」

サソリは部屋の戸棚から黙って糸を用意して風影の傀儡の節々に付け始めた。

糸の末端には指輪状になっている操り手があり、サソリはミサカの指に丁寧に嵌め始めた。

 

「まずは立たせるところからだな」

それは、傀儡使いとしてミサカの修行を認めた瞬間だった。

「はい!」

ミサカは指を乱雑に動かしてみるが、傀儡は座っている姿勢から少し右側に傾いて、崩れるように台の上に折り重なるように倒れこんだ。

「あ.......すみません」

先ほどとは勝手が違い思うように風影の傀儡が動かせずに申し訳なさそうにサソリを見た。

 

「デタラメに動かせば良いってもんじゃねーよ。少し肩の力を抜け.......あと自分の呼吸を合わせろ」

 

真剣に傀儡と向き合うミサカの姿がかつての自分の子供時代と重なる。

がむしゃらに傀儡に没頭していた自分。

それだけの為に存在しているかのように感じていた。

 

サソリは腕を組んで、ミサカの横顔を見た。

どの指が傀儡の人形に対応しているかを見定めるようにじっくり観察して、ゆっくり確実に進めていく。

 

やはり、根本的に向いているのかもしれねぇな

ここは、御坂とは違う根気強さがあるようだ

 

それに、サソリには『ゼツ』が言った一言に怒りを覚えていた。

 

人形風情ガ生意気ナ

 

サソリにとっては一生涯追い求めた傀儡を軽んじられ、全否定された気がした。

 

このミサカを一人前にする事こそ、ゼツに対抗する手段であり、傀儡使いとしてのミサカを育て上げるのが自分に課せられた使命ではないかと考えていた。

 

指を震わせ、汗を流しながらゆっくりと動かした指を組み合わせて、傀儡人形の片膝が立たせることに成功した。

身体は倒れたままで片方の脚だけが地面に垂直に立っているので、かなり歪な姿だが、第一段階を自力で乗り越えたミサカは今までにない達成感にニコッと笑った。

「出来ました!」

「そうか......もう片方もな」

 

暁時代に居なかった、サソリの傀儡使いの弟子が生まれ、師として何が残せるかを少しだけ考えた。

 

この関係が数日後に崩壊することを知らずに......

 

******

爆破事故から数日後

ゼツは融合した状態で夜の闇に乗じて進んでいた。

奥に行くに従って夥しい数の人形(ミサカ)の死体を横目で確認しながら、虫けら以下を見るかのような目で見ていた。

 

チャカチャカと点滅する街灯の光の先から腕から出血をした御坂のクローン体が逃げるように走ってきた。

ゼツの身体に当たり、跳ね返されて謎の追跡者の足元に転がった。

 

「はあはあ......」

ビリビリと電撃を流すが追跡者に跳ね返されて、体力の限界からか出血を抑えながら呼吸するのが精一杯だった。

 

奥からやって来たのは、白い髪に赤い眼をした華奢な身体をした少年だった。

「あぁ?誰だテメェ?」

前に立っている不審者を不快そうにしながらポケットに手を突っ込んで睨み付けた。

 

「僕は、君の『協力者』だよ。気分はどうかな?第一位」

 

学園都市第一位 一方通行(アクセラレータ)

御坂美琴が第三位、サソリと交戦した麦野沈利が第四位となっており、実質的に学園都市で最強の能力を持っている少年だ。

 

能力:一方通行(アクセラレータ)

運動量・熱量・光・電気量etcといったあらゆるベクトル(向き)を観測し、触れただけで変換する能力。

 

「弱くて嫌になるな」

足元に転がってもがいているミサカの傷口に手を突っ込むと残酷なベクトル変換を行った。

血を流れを逆流させ、弱く弾力性が低い静脈に流れるはずの血液がポンプで押し出された動脈の血液が流れだし、血管が耐えきれずに破裂し身体中のありとあらゆる所から出血し、心臓が破裂し絶命した。

 

「これをあと数万回か......怠ィ作業だな」

ミサカの首を足蹴りしながら、アクセラレータは『協力者』と名乗る人物を見上げた。

 

「とっておきの方法があるよ」

ゼツは眼からも耳からも出血しているミサカの遺体から頭部だけを切り離して、髪を掴んだ。

傷口からボコボコと逆流の余波からか真っ暗の血が溢れ出しているが気にせずに持ち上げた。

 

「んあ?」

「妹達は所詮『レールガン』の劣化版だよね......だったら、本物を叩けば短縮出来るんじゃないかな」

「そりゃあ、願ってもなェことだな。どうやって?」

『協力者』からの思わぬ提案にアクセラレータは、鋭い笑みを浮かべた。

「簡単だよ。レールガンは感情に走り易いからね」

切り離したミサカの頭部の髪を掴んだまま、ゼツは踵を返して離れて行った。

「何処に行くつもりだァ!?」

「ちょっとした贈り物をね。来るべき時が来たら教えるよ」

 

******

 

常盤台の寮で御坂はパジャマの姿でベッドに横になっていた。

白井は、シャワーを浴びに行っており、部屋の中は御坂が一人でぽつんといる。

 

「色々あったみたいだけど......サソリ達が無事で良かったわ」

 

まあ、脱走した事やケガ人多数で、黒子やあの看護師の鬼軍曹にこってり絞られたらしいわね

 

「でもやっぱり、サソリがやっていないってことが分かって良かった」

あの後で読心能力者を呼んで、盗撮犯とサソリは無関係であることが証明されたのだ。

 

すると部屋をノックする音が聴こえてきた。

時刻は午後八時半を指している。

「こんな時間に誰かしら?」

恐る恐る御坂は鍵を外してドアを開けると眼鏡を掛けた寮監が丁寧にラッピングされた箱を持っていた。

割と大きい箱だ。

 

「夜分にすまないな。君宛ての小包だ」

「あ、どうも」

「では」

一瞬、ドキリとしたがラッピングされた箱を寮監から受け取った。

「?」

妙に重い。

誕生日プレゼントにしては時期的におかしい。

 

包まれた箱を御坂に渡すと、寮監は足早に去って行った。

耳まで裂けた口で笑いながら......

部屋に戻りながら、箱の中身が気になるようで何回か振ってみた。

中でゴロゴロと音がする。

ただ宛先が御坂美琴とだけ書いてあるだけで、誰からかも分からない。

「差し出し人も分からないわね......!!?」

箱の下に伸ばしていた手に流体の感覚が走り、自分の手を見るとドス黒い血がべったりと塗りたくられていた。

「......えっ?え!?」

御坂は、そこで初めて箱の中身がおかしいことに気付いた。

背中に気持ち悪い汗が流れ下着を肌に密着させる。

本能的に中身がヤバイと大号令を掛けているが、床に真っ赤でドロッとした粘性の液体がポタポタと斑紋を生み出して、絨毯を染めている。

 

御坂は、自分の反射的に離れたい欲求と格闘しながらも、落としそうになる手を必死に抑えながら、箱の口に手を掛けた。

口に引っかけて開ける。

決して開けてはならない箱を......

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!?」

 

限界点を超えた御坂の身体は、もはやなりふり構わずに箱を投げ捨てて、勢いで滑り落ちた箱の中から御坂美琴そっくりの首がゴトリと音を立てて転がった。

 

「何で......あたしの首が」

正気を亡くした眼でミサカは口から血を滴らせながら御坂を見ていた。

 

「ど、どうかしましたの?!」

シャワーを浴びていた白井がタオルを巻いただけの簡単な装備で御坂の悲鳴を聴いて、慌て部屋に雪崩れ込んだ。

「く、首が......あ、あたしの」

「首......ですの?」

 

もはや、まともに見る事が出来ない御坂は震えながら照準が定まらない様子で指を指す。

「......マネキンの首ですわよ。タチの悪いイタズラですわね」

「えっ......?!」

 

よく見ると茶色の髪をしたマネキンの頭部を転がっていた。

 

でも......確かに

 

両手を見ると、べったり付着した筈の血は無くなって真っさらな手になっていた。

「??」

「全く!お姉様に対する嫌がらせですわね」

テレポート能力で寮の外のゴミ捨て場に移動させて、白井はパンパンと手を叩いた。

 

「お姉様!怖かったら私に抱きついて寝ても構いませんわよ」

「いや、遠慮するわ......?」

 

マネキンの頭部が入っていた箱から一枚の紙があるのを見つけ、手に取った。

 

紙には英語で一文......

 

This experiment can still continue on.

(その実験は今も続けられている)

 

「!?」

 

悪魔の実験がジワリジワリと御坂の側まで近づいて来ていた。

サソリの知らない所で御坂との絆を壊すために......

 



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第54話 師弟

あー、湾内さんのヤンデレ化が止まらない......

追記
お気に入り登録300件突破記念
話のリクエストを募集します
詳しくは、私の活動報告に記載していますので
よろしくお願いします
感謝しか浮かばないです


病院の売店では病院利用者のために、規模は小さいが品揃えは豊富な場所だ。

 

サソリが雑誌コーナーで『月刊 傀儡道 人形師が選んだ拘りの仕掛け部分特集』を立ち読みしていた。

 

口が多く、腕が多数か......

 

傀儡の踵にも仕込んでいる人形師もいる

人形が脚部を上げると、そのまま踵落としをすると思うでしょ?

違うんですよ、その踵を飛ばすんですよ

相手もびっくりします

人形だからって、人間と同じ動きにしなきゃいけない訳じゃないですし

人形にしか出来ない動きを探求するのもロマンがあるねぇ

 

インタビューに笑顔で答えるのは傀儡人形を造り続けて50年のベテラン『糸出操蔵(いとであやつるぞう)』さん

 

注)某児童漫画の主人公ではありません

 

「そこは同意だな。仕掛けを考えるのが醍醐味だ」

傀儡雑誌という非常にニッチな書籍を棚に戻すと、横にある漫画雑誌をパラパラと捲った。

一つの漫画に目を通す。

 

それいけ!アンデットちゃん

「いけない遅刻!」

「遅いですわよ!何時だと思っているんですか!?」

「す、すみません!私寝相が悪くて......朝起きたら、身体がバラバラになっていたんです」

「ギョッ!?」

「腕が逃げたり、脚がエアロビをしますし、大変でした」

「は、はい」

アンデットは大変だ......次回に続く!

 

 

なんか......暫く会っていないが、あの不死コンビを思い出すな

 

ジャシン様ー!儀式を始めるぜ!

 

信じられるのは金だけだ

 

かつての暁のメンバーでかなりの実力を誇っていた殺戮を教えとされているジャシン教の信奉者で不死身の肉体を持つ『飛段』と組織の金銭調達を受け持っている『角都』の反則クラスの能力コンビだ。

 

「あ!」

嫌なことを思い出した。

「お前の大層な芸術の為に金がいくら掛かったと思う」

「うるさい......」

昔、大蛇丸が抜けた後に一回『角都』とコンビを組んだが金の亡者で口を開けば「金、金」だけの奴だった。

 

「やはり、殺しておけば良かったか」

思わず、サソリの口から飛び出した物騒な言葉に売店で飲みものを買っていた病院患者が持っていたレモンティーの入ったペットボトルを落とした。

 

「ん?」

漫画雑誌を置いて、食品コーナーに来ると、ポップコーンのスナック菓子を手に取った。

「アイツに買っていってやるか......意外に美味かったし」

 

レベルアッパー事件の時に初めて食べたポップコーンの味は新鮮だったな

 

最近できた、初めての弟子にサソリも心無しか気分が良いようだ。

会計を済ませたが、店員の営業スマイルがぎこちなかったのはご愛嬌。

 

売店からポップコーンを携えて、出ていくと何かが抱きついてきた。

「うぐわ!?な、何だ」

サソリの視界には茶色の髪にくせっ毛だ。なんか見覚えがある......

 

.......?!ま、まさか

 

「えへへ、サソリさん」

満面の笑みを浮かべた湾内がサソリの胸元で頰ずりしていた。

 

******

 

話数的には超久しぶりの湾内さんの登場にサソリは、かなり困った表情で湾内から距離を離そうとするが、すぐに椅子をズラして近づいてきてしまう。

 

「はいサソリさん、あーん」

「別に、一人で喰えるが......」

 

売店を出た瞬間に湾内に捕まり、自分が寝ているベッドまで連行されてきた。

備え付けてあるテーブルに重箱を開けると鼻歌を唄いながら、豪華に脚色されたお皿にキチンと切られたパンを並べる。

 

サソリも一応、入院の部類なのだが完全犯罪級の脱走術(万華鏡写輪眼の神威)

で度々居なくなっていたが、今回は湾内に捕まり逃げる事が出来なかった。

 

そして、重箱一杯のサソリの大好物(だとされている)トロトロのチーズに袋に入れたパンをフォークで刺して、チーズをたくさん付けるとサソリの口元に持ってきている。

 

「はいあーんですよ。恋人同士はこうするもんだと本に書いてありましたわ」

「ああ......そうか」

 

やっぱ、コイツ苦手だな

どうしたもんか......

 

仕方なしに、湾内からチーズフォンデュを恐る恐る口に入れた。

濃厚なチーズの香りが鼻の奥からサソリの脳天にねっとり張り付いたような感覚に襲われた。

 

こ、濃い!

凄い重い食物だ......

 

苦悶の表情を浮かべているが、湾内は好意的に解釈し、次のパンにチーズをねっとり付け始める。

「まだまだ、たくさんありますわ」

 

助けてくれ......

 

「あら?常盤台の子がいるわね」

そこへ、引き戸を開けて一緒に入院している麦野が病院着を着て颯爽とやって来た。

自動販売機で購入してきイチゴオ•レを購入し、ストローを差すと壁にもたれ掛かり飲み始めた。

 

「お熱いことで」

「そんな、恋人だなんて」

「言ってねぇぞ......」

ホワホワとした雰囲気の湾内が顔を赤くして、顔を左右に振った。

麦野はストローを噛み締めながら、湾内の前に置かれている黄色い液体を覗き込んだ。

「へぇー、チーズフォンデュねぇ。こっちの箱は何かしら」

パカッと開けてみると、トロトロのチーズ。

その下も開けてみると、やはりトロトロのチーズで......

 

さらに別の箱にもトロトロのチーズとパンが......

「ま、まさか......全部チーズフォンデュって事?」

「はい!サソリさんの好物ですから」

「限度がある......」

まず、好物ではない

 

ごもっともな発言に麦野が苦笑いをしながら、サソリの隣にある自分のベッドに横になった。

手元からパックのイチゴオ•レをサソリに投げ渡した。

 

「ん?」

キャッチしたサソリが蛍光ピンクの飲み物を訝しげに見ている。

「この前の御礼よ。ありがとうね......アンタが居なかったら全滅していたわ」

研究所でのゼツに身体を乗っ取られて、反則紛いの手段で追い詰めてきたのを思い出した。

死にたい......消えたいという負の感情に支配され、意識を奪われた麦野にとってゼツは最も憎むべき対象だった。

 

更に、研究所で敵対していたテレスティーナは木山の罪を軽くし、かつ謎の協力者『ゼツ』の正体の炙り出しに掛かっていた。

 

「あのやろう......次に会ったら必ず殺してやるわ」

麦野は静かに闘志を燃やした。悔しそうに布団を握りしめる。

 

「あ、ああ」

アイツの目的は一体なんだ......

オレの身体に起きている変化の謎も

 

「?」

一人、傾げる湾内。

頬杖を付いたまま、サソリは不機嫌そうにしている。

「ふふ......」

横目で眺めていた麦野が含笑いをしてサソリを熱っぽい目線で見据えた。

「あ?」

「気に入ったわ。サソリって言ったわね......私と突き合わないかしら?」

「えっ!?」

「!?」

麦野からの衝撃発言に湾内は思わず立ち上がり、サソリの頭を抱き締めた。

恋敵を睨み付けながら、力強く言い放った。

 

「ダメですわ!サソリさんは私のものです」

「お前のじゃねーよ!」

抱き着かれて、サソリはチャクラが上手く制御出来ないようで静かにもがいている。

 

「あら、そんなガキよりも私の方が魅力があると思うわよ」

両腕を頭の上に持ってきて、張り出した豊満なバストを強調するとサソリにウィンクした。

 

「うぐぐ」

自分の凹凸に乏しい身体を見下ろしながら抜群な麦野のプロポーションにジェラシーをメラメラと燃やす。

そして、サソリを片腕で抱き締めながらもう片方の指をピンと伸ばして、宣言する。

「さ、サソリさんは、幼児体型が好みですわ!」

 

!!!?何言ってんだー!コイツ!?

 

勝手に幼児嗜好にされてしまったサソリが反論しようとするが、湾内の手元に光る鋭利な箸が......

「そうですわよね!?」

箸を持ち替えて、先端をサソリに向けている。

ゾゾっ!?

サソリは、冷水を浴びせられたかのように汗を流した。

 

「ああ......」

これだけを言うのが精一杯だった。

サソリの生涯で初めて味わう、修羅場という経験にどうして良いのか分からずにフリーズしている。

 

「まあ、考えといてね」

麦野が手を振りながら、読み掛けの本を開き、読み始めた。

 

「サソリさん!」

サソリの顎を掴んで強引にスプーンで掬ったチーズを流し込んだ。

「あ!あっちち!?」

やたらに瘴気を帯びた上目遣いでサソリに微笑む湾内。

「残さず召し上がれですわ」

「ま、待て......湾内。落ちつけよ」

重箱を持ち上げて、ニコニコの湾内にゼツ以上の恐怖を感じた。

 

******

 

湾内は部活に病室を出て行ったのと入れ替わりで佐天がお見舞いに来ていた。

あの激戦で浅い傷だった佐天は、治療を受けた後は自宅で休養を取っていた。

 

病室では、サソリが自分のベッドで死んだ魚の目で黙って、天井を見つめている。

 

「な、何があったの?」

「湾内が怖い」

カタカタと震えているサソリを心配そうに佐天が訊いた。

 

「あははは!まさか、全部食べたの?」

麦野が横で爆笑しながらサソリに質問した。

読書をしていたので、話半分だが湾内とサソリのやり取りに腹を抱えて吹き出しそうになるのを抑えているようだ。

 

「食えるわけねぇだろ!隙を突いて中身だけ時空間で飛ばした」

「隙?」

 

 

先ほどのやり取り

殺人的なチーズの量に悪戦苦闘をするサソリだったが、なんとか打破するために万華鏡写輪眼を使う事を思い付いて、湾内の後ろを指差した。

 

「あ!?湾内あれはなんだ!?」

「えっ!?なんですの?」

湾内がキョロキョロとした瞬間に万華鏡写輪眼を開眼させて、時空を曲げて重箱に入っているチーズだけを飛ばした。

「あー、すまん。何もなかった」

「?そうですの......まあ!?全部食べて頂いたのですわね!」

「まあな」

と古典的な方法でスマートに解決した。

 

 

その頃サソリの時空間先である、雨が降りしきる奇妙な建物の上に落ちている黄色い物体を暁の外套を着たミサカは発見していた。

「?タッタララ〜♬ミサカはチーズを手に入れました」

建物の中に入り、お皿とスプーンを取ってくると掬いだす。

チーズは、ミサカが美味しく頂きました。

 

 

「ぅぅぅー、痛い」

そして、ゼツ達の猛攻をまともに受け、最も重傷のフレンダがベッドの上で包帯グルグル巻きにされていた。

医者が言うには、全身の骨にヒビが入り筋肉が断裂しており、絶対安静との事。

 

「まあ、八門遁甲やられたらそうなるわな」

サソリが自分のベッドに横になりながら、向かい側で横になっているフレンダを眺めた。

「はちもん?」

「八門遁甲な。意図的にリミッターを外す術だ。それぐらいで済んだのは運が良かったな」

「??」

麦野達の見舞いに来ていた絹旗が切ったりんごを麦野のテーブルに置きながら、麦野と目を合わせた。

 

「あのー、ちょっと質問超良いですか?」

「ん?」

「アンタって何者なの?」

麦野がサソリに質問した。

りんごをつまみ食いしながら、佐天が納得したように指を鳴らした。

「あ、そっかみなさん知らないんでしたね!こちらは忍者のサソリです」

 

忍者......?

 

更に二人の表情が混乱の様相を見せ始める。

 

まあ、いきなり

「拙者、忍者で候!にんにん」

と言って来る見知らぬ人に対して

「そうですか!宜しくお願いしますね」

という素敵なシナプスを持つ人間はそうそういる訳ないので......

 

「にんじゃ......?」

滝壺が眉をひそめながら聞き返すように言った。

「うわっ!?超びっくりしました!滝壺居たんですか!」

誰にも気付かれずに、りんごを爪楊枝で刺してマイペースにシャリシャリ食べている滝壺。

 

一番、この子が忍者に近いかもしれない......

 

「おい!あまり軽々しく言うな」

「だって本当じゃん」

あっけらかんと言う佐天にサソリが舌打ちをしながら言った。

 

「という事は、超なんか出来るんですか?」

「もちろん!分身や変化の術なら朝飯前ですよ」

 

キラキラとした佐天の目線と好奇の眼差しで見てくる麦野達にサソリは、静かに直感が働いた。

 

い、嫌な予感......

 

 

「おおおおー!!超フレンダそっくりになったです」

包帯グルグルの本人のベッドの前でサソリは、変化の術でフレンダそっくりに化けた。

「どうですか!」

なぜか佐天が鼻高になってプレゼンをしている。

「......何でまたこうなるんだ」

金髪の髪を掻き上げながら、サソリフレンダが文句を呟く。

 

「なるほどねぇ〜。これで侵入した訳ね」

「フレンダ......早く良くなってね......」

「さて、スカートの下は?」

「捲んな!」

ボカッとサソリフレンダが拳骨を振り下ろした。

「痛ったぁー!読者サービス!」

「知るか!」

 

 

「見えない......」

身体がボロボロのフレンダは、起き上がることも出来ずに涙をダァ〜と流した。

 

******

 

「よっと」

時空間でサソリが雨の降りしきる里に降り立ったが、すぐ下でミサカが皿を持ったまま滑り込んでいた。

 

「何してんだお前?」

「いえ......また、配給かなと思いまして......お皿を準備して待っていました」

 

「そうか」

立ち上がり、砂を払うように立ち上がるとミサカは不思議そうに言った。

 

「なんか......待ち構えている時は来ないんですけど......帰ろうとすると来るんですね。あの現象の名前はあるのでしょうか?」

 

「知らん」

「あのチーズは一体何ですか?......とミサカは不満あり気に質問します」

「ああ、気にするな」

「もう少し暖かいと美味しいんですがね」

雨に濡れてしまい、すっかりチーズが冷たくなってしまったようだ。

 

「あと、これ差し入れな」

サソリが病院の売店で買ってきたポップコーン(塩バター味)の入った袋をミサカに渡した。

「ありがとうございます」

受け取るミサカ。中身を確認するとジト目で師匠のサソリを見つめた。

「何だよ」

「いえ......ミサカはチーズを食べたばかりなので......差し入れは甘い物が良かったとは思ってます」

「お前!弟子にするの辞めるぞ」

「気の利かない師匠だぁ」

 

コイツ......

 

 

「砂鉄時雨」

建物の中にある道場でミサカは風影の傀儡を操りながら、中央にある案山子に砂鉄の弾丸を撃ち込んでいく。

 

ミサカの傀儡の術は、まるで水を吸収するスポンジのように貪欲に学んでいった。

既に三代目 風影の砂鉄能力を自由自在に使いこなせるようになっており、サソリも舌を巻いた。

 

想像以上の上達具合だ

元々、御坂と同じで雷遁の素質があるから砂鉄との親和性も高いのだろう

 

「はぁぁぁー!砂鉄界法!」

 

三角錐に固めた砂鉄を傀儡の上で形成して指を下げる動作をする。

しかし、チャクラ不足か砂鉄の棘が小さく出るだけに留まる。

「はあはあ......上手くいかないです」

「まあ、特殊な仕掛けだからな」

「......すみません......」

「ここまで出来れば上出来だ」

 

サソリも天才傀儡造形師として名を轟かせたが......はっきり言ってしまえばミサカの傀儡使いとして天賦の才を持っている事は明白だった。

 

 

そして、前にミサカからゼツに付いて聞こうと質問したが、ミサカは首を横に振って舌を見せてきたのを思い出した。

「!?」

舌には数本の太い黒い線が入っていて、喉の奥まで連なっている。

「すみません......実験に関する事やゼツ様に関する事は喋られないんです」

これは、里の機密情報を扱う忍に施される呪印だった。

この呪印は特定の情報を相手に伝えようとすると発動し、舌が痺れて話せなくなり、全身が動かせなくなる呪いの刻印だった。

 

「アイツめ」

だから、コイツを切り離したんだ

例え、生きていた所で情報が外に漏れることが無いから

 

サソリは、暁の外套を握り締めて悔しさを露わにした。

ゼツの卑劣な手段へのやり場のない怒りがこみ上げる。

 

 

傀儡の練習をしているミサカの足先に真っ赤な血が滴り落ちているのを確認するとサソリは手を叩いて、ミサカを呼び止めた。

ミサカは息を切らしながら、サソリの指示に従い傀儡を下ろした。

「チャクラの使い過ぎだな。一旦病院に戻るか」

一応、包帯を巻いているが既に出血した血に染まっていた。

まだまだ、ゼツからの傷は癒えていない。

「はい」

 

万華鏡写輪眼の神威を使い自分の病室に戻ると丁度定期健診だったようで運悪く『あの鬼軍曹』がフレンダの点滴交換をしていた。

「いっ!?」

「サソリ様?」

ミサカが不思議そうに背後に居る師匠を見つめるが、サソリはチャクラを溜めると再び時空を曲げ始めた。

 

「待ちなさぁぁぁい!!」

牙を生やした鬼のような形相で軍曹の看護師は、常人を遥かに凌駕する速さで移動するとミサカの後ろに発生した渦の中に手を突っ込んだ。

「出てきなさい!何度言えば分かるんですか!」

時空に干渉してか、謎の発光が辺りでバチバチと迸っている。

さながらSF的な演出に麦野達から「おお〜!」と感嘆の声が漏れる。

 

看護師の腕が少しずつこちらの世界に戻ってくるに従って、サソリの後ろ側が引き戻されていく。

どうやら、逃げようとした所に首根っこを掴まれたらしく。

看護師の病人を思いやるパワーに呼応した二の腕がブルース•ウイリス並みに太くなり、時空間を蹴破りサソリをこちらの世界に投げ出した。

 

後方に三回転しながら、窓際の壁にしこたま頭を打ち付けると頭を抱えて悶絶した。

「痛ってぇぇー!嘘だろ!?」

時空間を破られたサソリは、戸惑いながら前方に立っている吐き出す息が蒸気になっている野獣のようになってしまった看護師をゆっくり見上げた。

ガシッとサソリの頭を掴むとベッドに投げ入れると、キチンと畳まれた布団が綺麗にサソリを覆った。

 

「寝てなさい!全く!!」

「さ、サソリ様」

ミサカがオロオロしながら、ベッドに強制的に寝かされたサソリに近づくが......

「それと貴女!出血しているみたいね。包帯の交換をするから来なさい!」

「は、はひ......とミサカは怯えながら言い......ました」

 

これ以上刺激すると鬼以上の何かに成ってしまう恐れがあったので部屋に居た者達が無言で顔を合わせた。

「サソリさん......」

「な、何だよ!?」

「次は容赦しませんからね」

目だけをくっきりはっきりサソリを睨み付けながら、看護師は口だけ笑みを浮かべて、不気味に笑う。

後ろに機械的に付いていくミサカを共にして、部屋から出ていく看護師の遠ざかる二人分の足音を黙って聞きながら、緊張していた麦野達が一斉に力を抜いた。

 

「怖っ!何あの看護師」

「......見た事ないAIM拡散力場が......」

「超ちびりそうでした......フレンダは超気絶しています」

「アイツだけは、怒らすなよ」

病院の先輩であるサソリは、麦野達に忠告した。

これまでの闘いの歴史が次々と思いだし、落ち込んだように首を垂れた。

 

とりあえず麦野達が確信したのは......

 

あの人に『彼氏』は居ない!!

 

という事だけだった。

 



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第55話 ハック

遅れました
プライベートでゴタゴタしていましたので

リクエストありがとうございます
まだまだ、募集しています


常盤台中学というのは、学園都市の中でも5本の指に入る屈指のお嬢様学校であり、入学条件の一つにレベル3以上の能力を有している者に限られている。

その中でも常盤台のエースとして名高い御坂美琴は、一般庶民が簡単に声を掛けて良い存在ではないのだが......

 

全っ然出ないわね......種類が多過ぎるわ

 

小学生集団を引き連れた御坂は、鬼気迫る表情で硬貨を投入してレバーを回している。

「あ、あの〜」

「しっ!目がヤバイ」

機械的に回していく御坂に小学生集団は、引きつつもなんか立ち去るのも出来ない強力な力(オタクの性)を初めて目の当たりにして戸惑っていた。

 

ガチャコン

海賊帽子を被った豚みたいなキャラのバッジ

 

ガチャコン

王冠を被った卵みたいなキャラ

 

ガチャコン!

ガチャコンガチャコン!

ガチャコンガチャコンガチャコン!

 

ガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコン

 

何かのビートを刻みそうな勢いでガチャポンの中身が外の世界に排出されていく。

もはや、丸ごと買い取った方が早いのではないかと思うが、御坂の座った必死な形相には誰も逆らえないようである。

 

何故、学園都市屈指のお嬢様学校のエースがこんなアナログな遊びに興じているかと言うと、御坂が密かに集めている『ゲコ太』というカエルを模したグッズが缶バッジとしてガチャポンに出ていると知ったからである。

(同行している小学生の女子が胸元に装着していた)

 

そして、豊富な資金力にモノを云わせて、ガチャポンを御坂は回し続けていく。

無言でしゃがみ込んでの作業に哀愁さえ漂い始めた頃に、御坂は財布を取り出すと手近に居た子供に一万円札を出して押し付けた。

「ごめん!両替お願いっ」

「はぁ?何でオレが......」

 

その後は一心不乱にガチャポンのレバーを回し続けている御坂に、冷や汗を流したもう一人の少年が一万円札を渡された少年に耳打ちをした。

 

「こ、これは逆らわない方が良い」

「お......おう」

一万円札を大量の硬貨に両替してきて御坂のレバー回しに拍車が掛かった。

 

何だろう......

一万円札を崩し始めるとブレーキが壊れるようだ

アナログ機械との意地にも似た勢いで御坂はガチャコンと音を出して中身を全て出し尽くした。

「......」

「一コも入ってなかったね」

 

ガチャポンの中身と共に精魂を出し尽くした御坂は力無く項垂れた。

「えっと......」

さすがに、この惨状を見ていたカエルの缶バッジを装備していた女の子が哀れに思い御坂に声を掛けた。

「よかったら、私のと交換......」

 

しかし、短いツインテールをした少女のミサイル級の一言により和平交渉の道は断たれた。

「駅前に同じのあったよ」

「「「「!?」」」」

 

魂の抜けた御坂の瞳に生気が戻り、メラメラと闘志を漲らせて、お供と一緒に駅前に大股で歩き出した。

 

ガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコンガチャコン

 

駅前に着いた御坂は、脇目も振らずにただ一つの戦場(ガチャポン)に齧り付くように硬貨を入れて回していく。

 

そして、買い物カゴ三つ分のカプセルを出した所でカエル柄の缶バッジが出てきた。

震える手でカプセルの噛み合わせを外すと、待望のゲコ太のようなキャラの缶バッジを天高く掲げる。

苦労が報われて、御坂は思わず涙ぐむが......

 

「よかったねー」

「ありがとう♡」

 

周りの小学生集団は、ホッとしたような呆れたように拍手をしながら「よかった......ホントによかった」と呟いた。

 

このままでなかったら、製造元に殴り込みに行きそうな大きい友達(御坂)の満面の笑みに心底安堵した。

そして何となく

何となくであるが、こうなってはいけないと心に刻んだ。

 

両脇に羽のような物を並ばせた円らな瞳のカエルの微笑んでいる缶バッジを達成感と共に、我に返った......返ってしまった。

 

何に使うんだコレ?

 

好きな作品の関連商品を全ててにいれたいというコレクター魂に火がついて

後先考えず

暴走した経験はありませんか?

 

あの子みたく服につけるのがアウトなのは分かる

というかその時のサソリの冷たい視線と無言の圧力が想像できる

いやでも鞄にならギリギリ......

 

〜♫♪♪♫♪

学園都市全体に童謡のような音楽が流れてきた。

「あ!下校時間だ」

低学年層を対象とした音楽を聴くと帰り支度を始める小学生達。

余った大量のB級の缶バッジ達は小学生達にプレゼントして、交差点まで送っていく。

これが、歳上の気遣いだわ(何を今更)

「何よ!」

キッと空を睨んだ御坂。

 

何でもないです......

空からの不審な突っ込みを牽制した御坂だった。

 

「どうしたの?お姉ちゃん」

「え?ううん、何でもないわ。気をつけて帰んなさいよー」

「はーい」

「バイバーイ」

と手を振りながら見送ると病院に向けて歩き出した。

「さてと見舞いにでも......!?」

耳鳴りのような音が御坂の脳内に響いた。

 

!?

私によく似た力

......いや

私自身の力の放射を外から浴びせられたような......

 

一抹の不安が過る。

先日起きた寮でのイタズラ事件。

マネキンの首と一緒に入っていたメモ書き......

 

ありえない......

 

御坂は、走り出した。

頭では存在しない事が分かっているが

あの計画があった事でさえ、吐き気が出る程なのに。

 

ありえない

でも、でも......

 

病院の入り口を通り過ぎ、中庭のような場所に自分の能力を頼りに突き進む。

息が荒くなり、黄色い息が喉の奥からせり上がってくるような感覚だ。

 

「確か......はあはあ、この辺りから......」

 

一つの大きな樹木の下に黒い外套を身に付けた女性が木の上を眺めていた。

足下には黒い髪をした傀儡が力無く軽く崩れていた。

「?」

黒い外套を着た女性は、御坂の視線に気が付き振り返った。

服装こそ違うが御坂美琴にそっくりな顔をしていた。

 

「......ッ」

あってはならない現実を直視してしまった御坂は、暫し茫然としていたが眉を顰めると冷や汗を流しながらやっと思い出質問する。

「あんた何者?」

心臓が肋骨を破りそうな程強く拍動している。

二人が動向を探るように見つめ合うと外套を着た女性が指を動かすと、近くに崩れていた黒髪の人形が動き出した。

 

黒髪に裾が破れたような黒服の傀儡に御坂は見覚えがあった。

先の事件でサソリが扱っていた人形がそっくりそのまま動き出して、宙に浮いて御坂を見下ろしている。

「あ、あんた......それをどう」

 

「ミャー」

 

「は?」

あまりにも予想外の返事に御坂が素っ頓狂な声を上げた。

 

Mya!?

どういう意味?

ミャーっていう名前?

ミャーっていう組織に属しているって事?

それとも何か聞き間違えた?

ひょっとしたら日本語じゃないとか......

 

と高速で頭をフル回転させるが、自分の知識のストックにはない単語に混乱したが......

「......と鳴く四足歩行生物がピンチです」

黒い外套を着たミサカが指を指す。御坂が視点を上に向けるとまだ幼い黒猫が木の枝にちょこんと震えながら、下を向いていた。

 

ミャー

力無く怯えている色彩を帯びた鳴き声だった。

 

猫!?

 

「ここで傀儡の練習をしていました時に技の練習をしていましたら、あの生物は砂鉄の棘に驚いて木に駆け上がり、降りる事が出来なくなったのです......とミサカは懇切丁寧に経緯を説明します」

 

「はー、なるほど......はっ!?そんな事はどーだっていいのよっ!あたしはあんたが何なのかって聞いてんじゃないっ!ついでにその人形の事も!!」

 

ビクッと御坂の怒鳴り声に黒色の子猫が驚いて後ろ脚を滑らせた。

「あ、どうやらさらに危機的状況になったようです」

前脚で何とか木の枝に掴まっているが、まだ未熟な身体を必死に捩らせて登ろうとするが、後ろ脚が空回りするだけだった。

「助けなくてよろしいのですか?」

「小っさくても猫なんだから、あれくらいの高さから落ちても大丈夫よ!それより......」

「そうですか......お姉さまはあの生物が地面に叩きつけられても一向に構わないと言われるのですね」

 

「!」

「その結果、大怪我をして機能障害が出てもら、生命活動を停止しても関係ないと」

「!!」

真っ直ぐジト目で見てくるミサカに御坂はバツが悪そうに視線を巡らせた。

幾ら猫が高い場所から落ちても反射的に脚部を下に持ってこれると言ってもまだ子猫だ。

もしかしたら、受身に失敗して重篤な怪我をしないとも限らない。

 

「う......わ......分かったわよ。どうしろっての?」

ミサカは四角い物体を説明しながら、黒猫を見上げながら言う。

「台になる体勢をとればギリギリ届くのではないでしょうか......とミサカは提案します」

 

「まあ周りに台になるようなものは見当たらないけど」

 

ミサカは四つん這いにさせた御坂の上に乗り出して子猫に手を伸ばした。

 

え?

何であたしが下?

 

あまりにも屈辱的て服従のポーズに御坂は、顔を上げた。

「お姉さま。もう少し左です」

「無茶言うなっ!つーかアンタ靴はいたままじゃ......」

抗議している御坂を横目にミサカは、枝から滑り落ちる子猫を確認すると最短の動作で台になっている御坂を蹴り出してジャンプした。

 

「はぐぅッ!」

いきなりの衝撃に御坂は四つん這いのバランスを崩して、顎を打ち付けるように倒れ込んだ。

横から着地の音がする。

「あッ!アンタねぇ!」

 

ミサカは着ていた暁の外套の裾をクッションにして子猫をキャッチしたようだが......

なぜか外套の下にはズボンを履いておらず、直縞パンが顔を上げた御坂に映り込んだ。

「何とか無事確保しましたと......」

「わあぁぁぁぁぁぁぁー!!」

チラリと大腿部の真新しい包帯がぐるぐると巻いてあった。

 

「こ......こ......コラァアッ!!何捲り上げてんのよー!?」

大胆なパンチラサービスに他人のでさえも恥ずかしいのに、御坂は自分と同じ顔をした女性に顔を真っ赤にしながら指を上下に振りながら大きな声で叫んだ。

 

ミサカは外套の裾をゆるやかに下方に向けると子猫は地面に着地し、腰が抜けたかのようにその場で座り込んた。

 

「あたしと同じ顔してそんな......ん?」

御坂は太腿に巻かれた包帯に注意が向いた。

「その傷、どうしたの?」

「撃たれました」

「!?」

またしても裾を捲り上げてのパンチラサービスに御坂の髪が逆立つ。

「だぁぁぁー!捲らなくていいわぁ!」

「我儘ですね」

 

御坂とサソリの弟子で御坂美琴のクローンの奇妙な出会いを果たした。

黒猫が小さく「ミャアァ」と鳴きだす。

 

******

 

サソリが入室している病室では、白井と初春が見舞いに来ており、サソリはパソコンについての書物を読んでいた。

「......」

頭を軽く指で叩きながら、サソリは険しい表情で視線を動かしている。

「あのー...サソリ...ちょっとよろしいですの?」

「何だ?」

忙しいみたいで白井に目を向ける事なく手元の資料と書物を行ったり来たりしている。

「この方々は?」

サソリのベッドに集結している麦野と滝壺、絹旗が珍しそうにサソリの行動を観察していた。

麦野はサソリの脇に座り、少々にやけている。

「......何でもねぇ」

ぶっきらぼうにそう言い切るサソリに、白井はヤキモキしながらパイプ椅子から立ち上がった。

 

「何でもないはずありませんわ!何ですの!?このドキドキハーレム系の主人公みたいな状況は!?」

「し、白井さん落ち着いてください」

初春が困り顔でなだめる。

「これが落ち着いていられますかっての!」

 

ちょっと目を離すと女を引っ掛けてくる厄介なタイプですわ!

 

「まあ、サソリに超助けられた感じですかね」

絹旗がフードを被り直しながら、パイプ椅子の背もたれに深く腰掛けた。

「私はサソリの恋人候補みたいな感じね」

麦野がサソリの頭に体重を掛けて抱きしめた。

「うがぁぁぁー!離れなさいですわ!サソリには......まだ、早いですわ!それにサソリとは共に死線を潜り抜けた仲ですわ」

白井が阿鼻叫喚の叫びで震わせながら立ち、嫉妬の炎をメラメラと燃やした。

 

「あら〜。それは戦友じゃないの?私は恋人としてサソリが好みよ」

ギュッとぬいぐるみを抱きしめるように愛おしいそうにサソリに頬ずりした。

 

「鬱陶しい......くっつくな」

サソリは麦野の腕を外すと頬を押しのけた。

「つれないわね」

「こ、恋人候補には私がいますわ!」

「寸胴でまな板が何を言うかと思えば......女の魅力なら私が一番ね」

「ぐぬぬ!」

白井と麦野の背後に業火を迸らせた凶暴な猫と不敵な笑みに牙を尖らせた豹が互いに威嚇し合っているイメージが流れる。

「あの......」

「超バチバチですね」

二人の威嚇のせいか室温が上昇したように感じて、絹旗が胸元をパタパタと涼しい空気を服の下に流し込む。

「修羅場......」

滝壺が眠っているフレンダを眺めながら、ぼんやりと呟いた。

 

 

「初春少し良いか?」

「はい!?」

二人のネコ科の争いを意に介さぬようにサソリが手元の資料を見ながら初春を呼んだ。

「このぱそこんって奴は、人間の脳をモデルに造られたのか?」

「そう......ですね。まだ完璧に真似した訳ではありませんが」

「カメラみたいな部分はあるか?」

「はい、えっと......この部分になりますね」

初春が手元にあるノートパソコンを起動させて、画面の上にある円形のレンズを指差した。

 

「ほう......よっと」

サソリは、資料と書物を乱雑に片付けながら起動したパソコンのレンズを見据えると万華鏡写輪眼を開いた。

パソコンのレンズに写輪眼が映り込むとキーボードを弄っていないにも関わらずにウィンドウが次々と展開して、コマンドプロンプトに大量の文字列が遡る滝のように流れだした。

 

「へっ?」

「思った通りだな......」

サソリの仮説は当たっていた。

パソコンというのは、人間の脳をモデルに造られた代物だ。

それに写輪眼は、人間の眼から脳に写輪眼の能力が伝播することで相手に効果を与える事が可能だ。

 

カメラのレンズは、眼を模倣した物

パソコンは、脳を模倣した物

 

つまり原理的には写輪眼を使えば、ハッキングを行うことが可能だった。

 

「ん?」

ウィンドウにはIDとpasswordを求める長方形が表示されている。

「ちょっ!何処にアクセスしているんですか!?」

「少し気になる所があってな」

サソリの万華鏡写輪眼が紅く輝き出して、大量の文字列から膨大な組み合わせを検証し、一文字当て嵌めていくと物の数秒でとある研究機関のコンピュータの中に侵入した。

 

ブラインドタッチを超えるノータッチ状態でハッキングを続けていくとサソリに、初春は苦笑いを浮かべた。

 

は、早い......

私でもこんなに早くは......

 

「んー.......消されたデータがあるようだな」

コンピュータ状に四散している削除したデータを集めると、初春のパソコンに全てダウンロードを開始した。

ダウンロードのバーが青く溜まり出していく

 

10%

30%

50%

70%

100%

ダウンロード完了

 

と表示され初春のパソコンに無題のファイルが追加される。

「凄い......」

「さすが私の恋人ね」

「誰がお前の恋人ですわ!?」

ガルルと威嚇する白井に片目を瞑り麦野は舌を出して、あっかんべーをした。

「このデータは?」

「さあな......可能な限り修復をしてみるか......?!」

 

突如として、画面が暗転して万華鏡写輪眼が画面いっぱいに表示された。

幾何学模様が回り出して紅い光を帯びている。

「お前ら見るな!!」

「えっ!?」

サソリが自衛のために万華鏡写輪眼を発動し、瞬時に印を結んで画面に表示された幾何学模様の影響を最小限に抑えた。

 

「な、なんか頭が超クラクラします」

一瞬だけ画面を見てしまった白井達は、頭を軽く叩きながら、眼を閉じたり開けたりを繰り返した。

 

「はあ......かなり写輪眼に近い代物だな......見続けていたら幻術に掛けられそうな反応だ」

 

印を結び終え、サソリが一息入れると画面の幾何学模様が回転を止めて、一つの円に収斂するように纏まり、中心に移行した。

 

『やるね』

パソコンから音声が流れて、サソリ達は身構えた。

「......ゼツか?」

『当たり〜。いやー、使いこなしているみたいだね』

音声の正体は、この学園都市で暗躍しているかつての同僚『ゼツ』であった。

人工音声の無機質な声が響く。

 

『驚いたね......こんな短時間で辿り着くなんてね。ククク』

「貴様らは何がしたい?」

『僕達は、僕らの計画に従って進めているだけだよ』

「計画だと?」

 

黒ゼツ達と闘っている時に奴らが口にしていた言葉だ。

そして、人工的に写輪眼を生み出した技術力を持っている。

それが関係しているのか?

 

『残念ながら、今回はここまでだね。データは好きにして良いよ』

「待て!!御坂美琴のクローンを造ったのはどういう事だ」

 

サソリの言葉に初春と白井が顔を見合わせた。

「え?御坂さんのクローンですか?」

「どういう事ですの?」

と口に出すが、サソリの真剣な表情に気圧されてそれ以上の言葉は見つからなかった。

 

『......消されたデータでも見てみれば良いんじゃないかな......関係しているしね。じゃあね』

 

画面中央に居た万華鏡写輪眼がボロボロと崩れ出すと画面が通常ののどかなデスクトップになった。

「......ちっ!」

人を小馬鹿にしたようなゼツの口調にサソリは、イラついたようで舌打ちをすると写輪眼を解除して、休憩を取るように横になった。

「大丈夫?」

「ここまで読めん奴だとは......」

 

計画

人工万華鏡写輪眼

クローン技術

 

ダメだ......情報が足らなさ過ぎる

まてよ......奴らはオレの身体を『マダラ』の身体って言っていたな

 

木の葉の里を創設し、存在自体が伝説に近い。

マダラの身体......

マダラのクローンを生み出していたのか

だが、なぜ

御坂のクローンを造ったのか分からん

 

混乱する頭に手を当てて、サソリは黙考している。

そして、首から背中にかけて嫌な感覚が走り出す。

幾多の戦闘を経験してきたサソリにとって何度も遭遇した予知感覚。

 

咄嗟の判断を誤った時に

取り返しのつかないミスをした時に

流れる後悔の前兆とも取れる感覚だ

 

「サソリ?」

心配そうに動きを止めたサソリを見ている白井達。

 

だが、サソリにもこの予知感覚が何を意味しているのか不明だった。

不明だから対処のしようがない

 

サソリは、現在唯一の手掛かりである削除されたデータの修復に取り掛かった。



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第56話 家族

あと少しで第2章は終わります


数週間前の学園都市

白い髪をした華奢な少年『一方通行(アクセラレータ)』に背後から声が掛かった。

「少しいいかな?」

サングラスを掛け、ピアスをしたオールバックに髪を流した20代後半の男性が髪が白い少年に声を掛けた。

「どこの研究所の使いだ?」

「......何故そう思う?」

「俺に近付いてくるヤツなンざ、俺を研究して甘い汁吸おうって輩か学園都市トップの座を狙って突っかかってくるバカと決まってるからな」

「なるほどね」

男性はサングラスを直しながら、耳まで裂けた口を覗かせた。

 

白い髪の少年の周りには、少年の講釈の後者が身体の至るところから出血しながら数人が倒れており、「ぐ......」と時折呻き声が聞こえた。

一人の髪を染めたパンチパーマの男性が頭を抑えながら、起き上がるとブロック片を持ち上げた。

 

「へへ......チョーシのって余裕かましてんじゃねぇぞ、テメーーーー!!」

ブロック片を振りかぶると無防備に後頭部を晒している少年目掛けて投げつけた。

しかし、投げたはずのブロック片は投げ主の顔面に当たり、顔に減り込む。

 

「ワリィワリィ、言ってなかったっけなァ。デフォじゃ"反射"に設定してあンだよ......って聞いてねーか」

自分より背の高い男の歯抜け姿に虫けらを似通わせて嘲笑うように少年は説明した。

 

「『絶対能力進化(レベル6シフト)』?」

「まあね、詳しくは話せないけど君の協力をしたいんだよ」

「はン、興味ねェよ。俺は学園都市の第一位。ようは世界の頂点って事だ。今より強くなったからってそれが何だってンだ」

「そうだね......確かに君は『最強』の能力者だね。だが『最強』どまりでは君を取り巻く環境はずっとそのままだね」

 

少年の言った言葉が自身に突き刺さってくる。

出世の為に縋り付いて来るクズのような研究者。

学園都市トップを狙って闇討ちをしてくる不良の輩。

全てが鬱陶しい限りだった。

 

「『完全なる存在』すなわち『神』に成ればこのような下賤な生活から出られるかもね」

 

完全なる存在

神......

この能力(チカラ)はいつか世界そのものを敵に回しーー

本当に全てを滅ぼしてしまうかもしれない

チカラが争いを生むのなら

戦う気も起きなくなる程の絶対的な存在になればいい

そうすれば......いつかまた

 

 

それが『暁』の思想さ

一方通行(アクセラレータ)......

 

サングラスを掛けた男性の目が鈍く光った。

 

******

 

病院の前で会ったサソリが着ている外套を身に付けた御坂美琴そっくりの少女に御坂は頭を混乱させながらも動向を探っていた。

 

この儚げで可憐な少女を守ってあげたい!

ありとあらゆる災悪から救ってあげたいと考えるお姉さまなのであった。

「......かつして芽生えた奇しくも同じ顔をもった者同士の友情は永遠である」

「変なナレーションを付けるな!......なによ儚げで可憐よ似合わないわ」

「それそっくりそのままブーメランになりますね」

「うぐっ!」

 

そりゃあ、ガサツだし

へんなコレクター魂に日が点くし

あの頭がツンツンした奴には勝てないし

 

「ミャア」

と鳴く黒猫の目の前で指を叩いて、ちょっかいを掛けるミサカ。

「っでサソリとはどういう関係なのよ?」

「傀儡の師匠と弟子の関係です」

「分かった......何でそうなったのか教えてくれる?」

 

.......

ポクポクチーン

「ミサカは過去を捨てました......傷心中です」

「おい!!大事な所をはぐらかすな!」

「時代は傀儡です。傀儡王にミサカはなる!です......正確には傀儡女王ですが」

 

見えない帽子を被りながら、両手を広げた。

風影人形も大の字になった。

ビクッと黒猫が驚いて草むらに逃げ込んでしまった。

どうやら、風影の傀儡が怖いようである。

 

「あっ......」

型はそのままに暫く沈黙が流れた。

そして、御坂を見ながら一旦停止。

「いや、シャッターチャンスじゃないわよ。猫逃げたし」

「あらら、では」

再び、外套を捲り上げようとするミサカに御坂が鬼の形相で殴りつけた。

「痛いです......このご時世お色気シーンを入れないと人気出ませんよ」

 

「何の話!?」

「シリアスばかりでは読まれないですよ......でもまあ、お姉さまの身体では......」

「だからってアンタがやらなくても良いじゃない!!」

「展開的には、うふふな温泉旅行や水着回も欲しい所ですね」

「やらないわよ!」

 

 

注)6年前、リメイク前の作品でどっちの展開も書いていました。

伝わない?

伝わらなくて結構です!

黒歴史ですから......(原作ストックが切れて、無茶苦茶な展開を書いて時間稼ぎをしていました)

原作ストックがあるって大切

 

 

御坂がギャースカギャースカ言っていると欠伸をしながら車販売のアイスクリーム屋を運転している中年男性が通り掛かった。

「何だぁ?」

服装が異なるが双子の口ケンカに見えた中年男性は、御坂達に近づくと窓から顔を出した。

ヒゲを生やした少し頼りなさそうな中年男性だ。

「そこの双子。姉妹ゲンカはよくねーぞ」

「コイツは妹じゃないっ!!」

「オイオイ、冗談でもそんな事言うもんじゃないぞ。ちょっと待ってな」

「?」

そう言うとチョコミントアイスとチョコバニラアイスをコーンに乗せて御坂達に差し出した。

「ほれ。これをやるから仲良くしな」

「アイス?押し売り?」

「人聞きが悪いな。ケースを洗うんでね。よければ食べてくれよな」

「いや、悪いけどアイス食べている場合じゃ......」

御坂が断るようにアイスを持ち上げるが

隣にいる暁の外套を着たミサカは、舐める事はせずにガツガツと力強く食べていた。

 

「濃厚でいてくどくなく、後味がさっぱりした甘さ......牛乳が良いのは当然ですが、研ぎのいい和糖を使わなければ、この風味は出せません。コーンはクッキーを砕いたクラスト生地を意識したものですね」

そして、高速で食べ終わると中年男性に親指を立てて真剣に褒めた。

「グッジョブです!何処かの師匠よりも気が効きます」

「はは、ありがとうよ。夫婦は別れりゃ赤の他人だが、姉妹の血は一生繋がったままだ」

 

中年男性は一仕事終えて車へと乗り込んでいく。

「ウチのカーチャンも稼がないと......赤の他人になっちまうかも......」

途中までかっこいい大人だった、最後の言葉でなんだが「が、頑張ってください」としか言えなくなってしまう。

 

「ま、とにかく姉妹仲良くなー」

「だーかーらー!違うって......行っちゃたし。まあ、ハタから見ればしょうがないんだろうけど......」

と自分の手に持っていたアイスを舐めようとするが御坂の舌は虚しく空を掠めた。

 

「あれ?ない」

さっきまであったチョコミントアイスが綺麗さっぱり消失していた。

隣にいる容疑者Mを見上げると口元には犠牲になったチョコチップアイスの破片がうっすら残っている。

「オイッ!意地汚いマネすんな」

「何の事でしょう?とミサカはチョコミントの爽やかな余韻を楽しみつつシラをきります」

胸ぐらを掴まれているミサカだが、そっぽを向いて、口に付いたアイスを舌でペロリと舐めとった。

 

「あとは、お姉さまが農作業をするのも面白いかもですね......とミサカは天を仰ぎながら言ってみます」

 

注)うぐぐ!!やめてください......(作者)

 

「よく分からないけど......誰かに凄いダメージを与えている気がするわ」

ミサカから手を話すとミサカは崩れた着衣を直すように首元を正した。

「さて糖分補給も完了しましたので、練習を再開しますか......師匠は厳しい方ですので」

ミサカが糸を操り傀儡を宙に浮かせ始める。

 

師匠!?

そうだったわ!

サソリに訊けば良いんじゃない

アイツならはぐらかしてくる事もないだろうし

 

御坂はポケットから携帯電話を出そうとした瞬間に先ほどの戦利品であるカエルのバッジがコッと音を立てて落ちた。

「っとポケットに入れといたの忘れてた」

携帯電話を片手に御坂がカエルのバッジを拾おうと前屈みになっていると

「?それは何ですか?」

「いや、ガチャガチャで獲った景品だけど......」

 

ぴーん!

御坂は何かを閃いた御坂はミサカの外套にカエルのバッジを付け始めた。

「何でしょう?」

「いいからジッとしていなさい」

カチャカチャと御坂が外套の袂付近にカエルのバッジを付け、少し離れて見栄えを確認している。

「こうして見ると結構アリって気も......」

少し自分のアイディアに酔いしれながら誇らしげに眺めていると

「いやいや、ねーだろ!とミサカはお姉さまのセンスに愕然とします」

 

右手を振ってナイナイアピールをするミサカの隣で口をあんぐり開けた風影の傀儡も呼応するかのように右手を振ってナイナイした。

 

「なっ!何おう!!じょっ、冗談よ冗談。ちょっと試しにつけてみただけ」

内心傀儡の動きに嫌悪感を抱きながらも羞恥心が上回り、御坂は顔を赤くしながらカエルのバッジを回収しようと手を伸ばしたが......

 

パァン

と傀儡の手が御坂の手を弾いた。

御坂の手がジンジンと痛む

「......」

御坂は再度回収にチャレンジするがミサカの前に移動した傀儡が叩き伏せるように御坂の手を叩く。

「くっ!!」

パパパパパン!

高速でバッジを取ろうと腕を何回も伸ばすが全て滑らかに操られた傀儡の腕に弾かれた。

 

「何すんのよっ!!いってぇ」

両手が紅葉のように赤く腫れた手を自分の前に持ってきながら怒るように大きな声を出した。

「ミサカにつけた時点でこのバッジの所有権はミサカに移ったと主張します。あと、傀儡さばきが上がりました」

「センスないって言ったじゃない!」

「いえ......コレはお姉さまから頂いた初めてのプレゼントですから」

ミサカは外套に付けられたカエルのバッジを摩りながら伏し目がちに言った。

 

「!?」

予想外の反応に御坂は思わず心臓が高鳴った。

何だろう......これ?

一緒に猫とじゃれて

一緒にアイス食べて

缶バッジ取り合って

 

これじゃあ

まるで本当に......家族じゃないの!

 

「もうちょっと、マシなものはなかったのかよ......とミサカは本音を胸の奥にしまって嘆息します」

「やっぱ返せーーーっ!!」

 

こういうマイペース加減は師匠(サソリ)譲りみたいね

このままじゃあ、ラチがあかないわね

とりあえずサソリに.....

 

携帯電話を取り出してサソリの番号に掛けた。

耳元では、コール音が鳴り響いた。

暫くすると取る音が聞こえたので

「あっ!サソリ?ちょっと良いかし......」

電話の先では、恐らく想像以上にコダゴタしているらしく複数の人の会話が聞こえてきた。

『これどうなってんだよ!急に鳴ったぞ!?』

『電話ですわよ!何で知りませんのー!?」

『知るか!』

『そこに耳当てて......違う違う!逆逆!』

 

あー......しまったわ

そういえば、サソリにメールの説明はしたけど電話の説明してなかったわ

落ち着くまで待とうかしら......

 

「たぁ!とぉ!」

風影の傀儡を操り、腕を前に突き出したたり素振りをするミサカを横目に御坂はため息まじりに一息入れた。

 

「!?」

急に御坂の身体が動かなくなり、目の前の時空が歪み出した。

サソリが使う空間転移に似ているが、凄まじい殺気が一点から拡張している。

「な、何が!?」

御坂は言うことを効かない身体を従わせようと力を込めるがサソリに繋がったままの携帯電話がするりと落ちた。

よくよく見れば傀儡を操っているミサカも身体のコントロールが出来ないようで冷や汗を流しながら、空間の歪みを見ていた。

 

一点から出て来たの写輪眼を移植したミサカの生首だった。

その髪を掴みながら『ゼツ』が3次元世界に這い出てきた。

 

「やあ、九九八二号」

黒白が身体の半身で別れ、背中から棘を出した奇妙な人間に御坂の生唾を飲み込む。

「ゼツ......様」

ミサカは息を荒くして震えた。

左脚に灼かれるような痛みが走る。

悪魔の実験は留まる事は無かった。

ゼツは手を伸ばすと、ミサカの金縛りを解く。

ミサカはフラフラしながらも懸命に二本の足でなんとか立っていた。

 

「さあ、こんな所に居ないで実験に復帰して貰おうかな」

 

実験?!

どういうこと!?

 

御坂は未だに解けない術に抗うように力を込めるが身体が石のように硬くなってしまったようで、声すら出せなかった。

足元には、微かにサソリの声が携帯電話から漏れている。

 

「はあはあ......ミサカは捨てられました」

「そんな事はないよ......君は貴重な資源(ゴミクズ)だからね」

耳まで裂け、鋭利な歯がギラギラと光り出す。

「サッサト殺サレテ来イ」

黒い半身が無機質な音域でミサカを見下すように言い放った。

 

「い、嫌です......ミサカにはしたい事が出来ました!」

ミサカは傀儡を片手にゼツに決死の猛抗議をした。

このまま行ってしまえば、殺されてしまう。

ミサカの言葉を受けても白い半身はニタニタと笑いながら、片腕に持っていたミサカの生首を目の前に差し出した。

「そうか」

「!?」

「断るなら、次にこうなるのはそこに居る御坂美琴かサソリかな。君が来れば手を出さないよ」

 

「貴様ハ死ヌ事ニ存在価値ガアル......真ッ当ニ生キル権利ハナイナ」

ゼツが印を結ぶと腕から鋭利な樹木が出現した。

「!?」

金縛りの術で動きが止められている御坂の首元に鋭利な樹木を向けた。

「見せれば満足するかな?」

血がタラリと御坂の首から流れ出して、首元の制服に染みる。

「あ......わ、分かり......ました。お願いします......お姉さまには手を出さないでください」

「うん、良い子だ」

満足そうにゼツが笑うと、信じられない物でも見るように鬼の形相を浮かべる御坂を見下ろした。

 

「初めましてだね御坂美琴。僕はゼツだよ。サソリとは同じ組織に属していてね色々とやったもんだよ」

ゼツは鋭利な樹木をしまうと掌からモニターを出現させる。

 

モニターには、サソリがスサノオを使ってミサカを傷付けている映像が流れた。

「!!?」

「サソリもこの実験の協力者だよ。あのクローンに傀儡を仕込んだのも実験の為さ......」

 

サソリが!?

そ、そんな

そんなの嘘よ!

 

「君は知らないだけさ......サソリは殺人鬼だからね。目的の為なら手段を選ばないよ」

モニターをしまうと黄色い光りを放つ瞳を御坂に向けた。

「サッサト行クゾ」

「まあまあ、御坂美琴の事も考えなよ......仲良くなったクローンがこれから殺されるんだからね。さぞ、心が痛むよね」

「......!?」

ゼツが御坂の顎を触りだした。

「そうだ......『かくれんぼ』をしようか。僕達が消えてから1分後に君に掛けた術が解けるようにしておこう。実験の場所を特定して止める事が出来ればクローンの命は助かるよ。ね、常盤台のエースさん」

 

御坂の髪が蒼色の電撃を放出してゼツ目掛けて電流を流した。

「オット......」

背中の棘が伸びて避雷針の役割を果たし、御坂の電撃を回避した。

 

「それじゃあ......ゲームを始めようか。御坂美琴、頑張ってね」

白ゼツは印を結ぶと、手に持っていたミサカの頭部の眼にチャクラが溜まり、時空を捻じ曲げ始める。

「お姉さま......ごめんなさい......ミサカは大丈夫で......す」

今にも泣き出しそうな顔をしながら、ミサカは風影の傀儡ごとゼツ達と時空間忍術により一点に凝縮されて行った。

 

御坂は自分の不甲斐なさに身体を震わせた。

クソ

クソクソーー!?

待ってなさい!

必ず後悔させてやるわ!

 

やり場の無い怒りは電撃となり、御坂を中心にバチバチと電流が発生する。

足元に転がる携帯電話はずっと前から通話のままであった。



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第57話 破殺

忍宗においてチャクラは、個々を繋げる力

個一つだけの力を増幅するものであってはならない

力が一人に集中すれば、それは暴走しやがて力に取り憑かれしまう

人々は、その力の存在を恐れる様になっていく

~忍の開祖 六道仙人の遺した言葉~

 

 

 

『「妹達(シスターズ)」を運用した絶対能力者(レベル6)への進化法』

 

学園都市には七人の超能力者(レベル5)が存在するが

『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』の予測演算の結果

まだ見ぬ絶対能力者(レベル6)へ辿り着ける者は......

 

一名のみと判明した

 

この被験者に通常のカリキュラムを施した場合、絶対能力者に到達するには二五○年もの歳月を要する

 

我々はこの『二五○年法』を保留とし実戦による能力の成長促進を検討した

 

そこで現れたのが一人の『協力者』と名乗る奇妙な少年とも青年とも老人とも取れる人物だった

 

彼が観せた具体的な絶対能力者を例示し、彼は究極の夢『S.B計画』を考案し、推進するために被験者に特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めるこ事で成長の方向性を操作し始めた

 

過去に凍結された『量産型能力者計画』の『妹達』を流用して二万体のシスターズと戦闘シナリオをもって絶対能力者への進化を達成する

 

彼は最後にこう付け加えた

被験者は『まだら』である

『まだら』は力であり、支配する思想に成り得る

 

******

 

「なるほどな......」

ベッドに備え付けられたパソコンへと奪い去った実験に関する削除されたデータを一通り確認しながら、サソリは横になった。

 

「お、お姉様の妹を使って......!!?」

信じ難い文面に白井の表情が凍り付いた。

「御坂にそっくりのアイツを使う予定だったみたいだな」

先日からサソリの弟子になったミサカを思い出しながら、サソリは情報の咀嚼に掛かる。

これはゼツへと繋がる情報になりかねない。

ゼツ自身が勧めてきたくらいだから、あまり良い情報は得られないだろうが......

 

写輪眼を使い過ぎたらしくダルそうに目を閉じて、瞼のマッサージしている。

「はい、暖かいタオルだよ」

「ん?」

滝壺が何処からか取り出した、蒸しタオルをサソリの目に当てがった。

サソリは腕を組んだまま、何故か素直に受け入れて上を向いて眼を休ませる。

 

「ちょっと、滝壺これは?」

「ドライアイになった時の対処法......」

「えっ!?これってドライアイなんですか!?」

「赤くなるのは充血しているって......こと?」

疑問符を浮かべて滝壺が首を傾げた。

「いや、こと?って訊かれても......ねぇ」

麦野が無防備に眼を休ませているサソリを抱き寄せてヨシヨシと頭を撫でた。

顎をサソリの頭の上に乗せて頬ずりするようにスリスリしている。

 

「また!!は、離れなさいですわぁぁー!」

白井が重力を無視するようしツインテールがバタバタと燃え盛る業火のように滾った。

「断るわ!」

キメ顔で麦野が不敵に笑みを浮かべる。

 

またしても猫科同士の争いが繰り広げられる中、初春達が椅子に座りながら会話をしていた。

「サソリさんの眼って医学的な治療って有効何ですかね?」

「私達は超知らねぇです」

「でも、休ませるのは良いこと......」

「まあ、超そうですけど」

絹旗が目を細めてなんとか納得しようとしている所へ扉が開いて松葉杖を付いたフレンダが「はあ、はあ、ふぅ......」と言いながら入ってきた。

 

「フレンダおかえり......」

「ふぅ、痛た......トイレに行くだけでも一苦労だわ」

幸い、トビによりこじ開けられた八門遁甲の持続時間が短く、何とか自力でトイレに行く事が出来るようになった(半分は意地)

 

「だから、手伝ってあげるって言ったのに」

サソリに顔を押し退けられている麦野が松葉杖を使って危なっかしくフラフラしているフレンダに言った。

「いや大丈夫よ......何というか最後のプライドがね」

ヨタヨタと自分のベッドに戻ろうとするフレンダだったが......

 

〜♫

急にサソリの外套から音楽が大音量で流れ出して、サソリやフレンダを始めとしたメンバーが身体をビクッとさせた。

フレンダはベッドの脇でバランスを崩して倒れてしまう。

 

「なっ!?何だ!」

サソリがタオルをずり落とながら、外套の袂に手を入れた。

音源となっているのは、前に御坂から貰った携帯電話だ。

音を鳴らしながら、振動している携帯電話を手に取ったまま固まるサソリ。

どうして良いのか分からないようで、目を見開いたまま振動している携帯電話を持っている。

 

「出ないんですの?」

「......出る?」

 

ん?

んん!?

 

またしても考え込むサソリに既視感を覚えた白井は唖然とした感じでサソリを見下ろした。

「えっとですね......開いて、ここのボタンを押してください」

「ここか?......御坂美琴って書いてある」

電話が通じて御坂から『あっ!サソリ?ちょっと良いかし......』

と聴こえてきたが、戦国時代からタイムスリップしてきた説が再燃したサソリに一挙に注目が集まる。

 

「これどうなってんだよ!急に鳴ったぞ!?」

「電話ですわよ!何で知りませんのー!?」

「知るか!」

「そこに耳当てて......違う違う!逆逆!」

「ギャハハハハハ!!アンタやっぱ最高だわ!」

腹を抱えて、一人で大爆笑している麦野。

「仰天未来滞在記......」

「超、超ありえないです......改めてこんな奴に負けたのに超腹が立ってきます」

「......」

倒れたショックで身体中に激痛が走るフレンダは床に突っ伏したまま涙を流す。

 

もうなんか......

私の事なんか眼中にない訳ね

 

携帯電話を正常な位置に持ってくるとサソリは耳をすませた。

「話さないとダメですわよ」

「御坂さんどうかしたのですかね?」

「あっ!そろそろ門限ですわね。その連絡?一応帰る用意をしませんと」

「あら!?じゃあ、ここからはアダルトな世界になるわね。お子様は帰ると良いわよ」

麦野が挑発的な言葉を口にすると白井がムキーと憤慨した。

 

「そんな事をしましたら、世界の果てに置いてきてやりますわ!」

「白井さん落ち着いてください」

 

こんな獰猛な猛獣の前にサソリを置いて帰るのには白井に取ってかなりの不安材料だ。

麦野と白井が言い合っていると、サソリが携帯電話を耳に付けたまま怒鳴るように

「少し黙っていろ!」

と言った。

「!!?」

一同がサソリの声に身体を強張らせて、様子見をした。

 

受話器の向こうから御坂の声はなくザラザラと砂利の上を歩くような音がした。

それに混ざるように複数人の人物の話し声が微かに聴こえる。

サソリはチャクラを聴覚に集めて、意識を集中させた。

「......」

サソリだけは会話の内容が聴き取れたようで空いている左手で布団を強く握り締めた。

「さ、サソリ?」

白井がサソリの殺気に怯えながらも果敢に声を掛ける。

「出ろ......良いから出ろ」

サソリがやや命令口調で呟くが、電話口から御坂と思われる足音が遠ざかっていく音がデクレシェンドで響く。

 

「ちっ!あのバカ!」

サソリが勢い良くテーブルに拳を叩いた。

「!?」

サソリは携帯電話を折り畳むと横になったまま脚を組んで息を荒げた。

「何かあったの?」

麦野が目付きを鋭くして殺気立っているサソリに声を掛ける。

 

「......オレの弟子がゼツに捕まった」

「弟子ってさっきのレールガンのクローンの?」

「ああ」

 

?!?

白井と初春は会話について来れないようで互いに顔を見合わせている。

「で、弟子に?」

「悪いが説明は後回しだ......白井、コイツで湾内と連絡が取れるか?」

サソリは自分の携帯電話を渡しながら訊いた。

「は、はい......ちょっとお待ちに......はいですわ」

湾内の携帯に電話を掛けるとサソリは白井から奪い取るようにして出た。

暫くのコール音がすると湾内の声が聴こえてきた。

 

なるほど......便利な代物だ

そんな事より

 

『はわわわわわー、はい?!サソリさん?』

いきなりの想い人のサソリからの電話に湾内はかなり動揺しているらしく、たどたどしく言葉を紡いでいる。

それでもサソリは気持ちを落ち着けてあくまで冷静に話を進めた。

「湾内か?」

『はい!ど、ど、どうかなさいましたか?』

「少し良いか......御坂は近くに居るか?」」

『御坂さんですか?部屋が違うのでなんとも......』

「そうか......おそらく御坂は外に居る。至急探してこい......」

『い、今からですの?』

「ああ、一刻を争う」

時間としては夜8時半を過ぎている。目的地が分かっている移動とは違い、対象である御坂は居場所が割れていない上に自ら移動している。

 

つまり、今からの捜索することは厳しい寮の門限を破る事を覚悟しなければならないが、サソリの必死な言葉は湾内は固く覚悟を決めた。

『分かりましたわ。御坂さんを見つけましたら、連絡します』

「頼む」

 

ピッと通話を切るとサソリは指を咥えて少し考えると、その場に居る全員に質問した。

「この実験の被験者は解るか?」

学園都市全体に強力なチャクラの闇が覆い尽くし、滝壺は軽く震えた。

 

「普通に考えるなら......一人だけいるわ」

「誰だ?」

「学園都市第一位、『一方通行(アクセラレータ)』」

 

学園都市第一位!

簡単な階級で言ったら、この場にいるメルトダウナーの麦野や独りで突っ走っているレールガンの御坂よりも格上の存在だ。

「お姉様よりも上の!?」

白井が驚愕の表情を浮かべる。

「なるほど.......それを手駒にしたか......単純にオレとどっちが強い?」

「......かなり厳しいわね。ありとあらゆる力を反射する能力だから、常人は攻撃はおろか触れることも出来ないわよ」

 

麦野からの第一位の情報を聴くと、サソリはベッドから起き上がり、巻物を取り出した。

「超何をしているのですか?」

「......無策で勝てる奴じゃないと分かったからな......準備をする」

「!?しょ、正気か!?アンタ、第一位に挑むつもりなの!?」

「そうですわ!?お姉様だって勝てない相手ですわよ」

 

「臆するなら此処にいろ......オレは一人でも乗り込むつもりだ......弟子が攫われて黙っていられるか!それに御坂も危ねぇ」

 

「!?」

「ふふ、アーハハハハハハハァー!」

麦野が狂ったようにケタケタと笑いだした。

「それでこそ私の旦那に相応しいわ.....良いわよ、私達も参加するわ」

「ちょっ!麦野?」

絹旗が驚愕したように口をアングリと開けた。

「それに近くにいるんでしょ?あの寄生虫のアロエみたいな野郎が」

「恐らくな」

 

チラリと滝壺に起こされて、ベッドに戻されるフレンダを見ながら復讐の炎を燃やす。

「フレンダと私に対する借りを返していないからね。滝壺」

「......」

フレンダをベッドに戻すと、静かに滝壺はAIMストーカーの能力を発動した。

あの時に感じたねっとり張り付くような気持ち悪い拡散力場を検索していく。

 

******

 

御坂美琴のクローンに移植した万華鏡写輪眼の時空間忍術を使い、線路や貨物列車が置かれている場所へと連れてこられたミサカは、乱雑に石の上に落とされた。

「うっ!?」

 

ゼツが持っていたミサカの生首の両眼は、神威の反動により血を流しながら光を喪うように閉じた。

ゼツは、まるで空き缶でも捨てるようにミサカの生首を背後に投げると

 

「連れてきたよ」

「やっとかァ......まちくたびれたぜェ」

河川敷の上には、大きな橋がありそこの欄干に髪を白くした少年が寄り掛かりながら、一瞥もせずにポケットに手を突っ込んでいた。

 

「あ......ああ」

ミサカは震えた。数々のミサカを殺してきた学園都市最強名を欲しいままにしている『一方通行(アクセラレータ)』がついに目の前に来てしまった。

何度も何度も過る命が絶たれる感覚が汗のようにジンワリと背中に広がる。

 

アクセラレータは、ポケットに手を入れたまま、まるで海でダイビングをするかのように無防備に背後から倒れ込むように落下した。

しかし、ミサカの前で激しい砂利を踏みつける音が響くがアクセラレータは、無傷にユラユラと立ち上がった。

ベクトル変換で落下時のエネルギーを帳消しにしたのだ。

 

「さあ、これより第九九八二次実験を始めよう」

ゼツが片腕だけを上に挙げて、実験の開始を宣言した。

そして、怯えるミサカに耳打ちをした。

「無用な時間稼ぎをすると御坂美琴は、ここに来ると思うんだよねー。......そうなったらどうなるか解るよね」

「!?」

 

お姉さまがここに来たら......あの凶悪な能力者と鉢合わせてしまう

ミサカは造られたクローン

ミサカは造られたクローン

この実験を終わらせるには、ミサカが死ぬか被験者の敗北

 

すみません、お姉さま

師匠......サソリ様

お願いします......ミサカに力を貸してください

 

ギリッと唇を噛む仕草をするとミサカは、暁の外套から手を出して糸を出して三代目 風影の傀儡を操りだした。

 

もう一度、逢うために......

 

それを確認するとゼツはニタニタと笑いながら、地面に入り込んでいき河川敷に放置されたコンテナの上に移動し、腰を下ろした。

「録画開始♪」

妖しく光るゼツの視界の先で学園都市第一位と傀儡師の弟子が相見えた。

 

「おォ!?おもしれェな......人形使いかァ」

アクセラレータがポケットに手を突っ込んだまま余裕そうに振る舞うがミサカは、糸を下に下げて風影の傀儡を飛ばした。

傀儡は腕を横に出すとブカブカの袖から幾本の刃先が飛び出してきて、アクセラレータに強襲する。

 

が、しかし

寸前の所で刃先が何か障壁にぶつかると真っ直ぐ傀儡の腕に亀裂が入り、腕がバラバラに崩壊し落ちていった。

「!?」

「仰々しいわりにはァ、簡単に壊れたなァ」

アクセラレータが軽く地面に踏み込むとベクトル変換され、更に増幅されてミサカの足元が爆発し砂や石がミサカの身体を貫いていく。

「あッ......がっ」

 

「そらそらァ......寝っ転がってるヒマなンざねェぞオイ」

更に地面を踏みつけると土砂の塊が操り手のミサカの腹部に当たり、転がるように橋の柱に激突した。

頭を打ち付けたらしく頭から出血している。

それでも、腕を前に出して半壊した風影の傀儡を立たせる。

 

「いィねェ......シブといじゃねーか。そーこなくっちゃよォ」

まるで脚を引きずる蟻を相手にしているようにアクセラレータは、「ククッ」と顔を綻ばせた。

 

「ミサ......カは、目標の能力を正確に把握できていません......が。これまでの実験結果から周囲にバリアのようなものを張り巡らしていると推測します」

 

ミサカは、手の甲に掌を乗せる動作をすると傍らにいる風影の傀儡の口がガシャと開き、喉の奥から大量の砂鉄の流砂が溢れ出して、周囲に漂い始めた。

 

「ふーン、磁力で砂鉄を操ってンのか......おもしれー使い方だ」

別段気にする素振りを見せずにアクセラレータは、脚から出血し始めているミサカに近づき始めた。

 

体内にある砂鉄を吐き出し終えると傀儡の口は閉じて、空中に片腕を広げて静止した。

舞うようにミサカが両腕を振り上げると一気に振り下ろす。

すると、周囲を漂っていた砂鉄が大量の塊となって、歩いてくるアクセラレータに弾丸のように浴びせた。

 

「砂鉄時雨」

弾丸と化した砂鉄がアクセラレータに襲いかかるが全て弾き四散する中、一部の砂鉄がミサカに跳ね返り身体中を掠めていく。

頬から一閃の血筋が裂かれた。

「くっ!」

ミサカは傀儡を操り、砂鉄を直方体を二つ造り出して、一方の直方体の先を鋭利にさせるとアクセラレータを貫くように伸ばしていく。

砂利が砂鉄の勢いで巻き上がり、一瞬だけアクセラレータの姿が消えた。

 

「や、やりましたでしょ......ゴプッ?」

ミサカの腹部にはアクセラレータに伸ばしたはずの鋭利な砂鉄の直方体が貫いていた。

「ガフ......!?」

柱に縫い付けられたかのように固定されたミサカだったが、すぐ側に毒手がやっときてミサカの腕を関節ごと捻り切った。

「あ、あ......」

ミサカが意識が飛びそうになる激痛を堪えながら、自分を貫いている直方体を解除すると、転びながら距離を取るとアクセラレータのすぐ上で直方体を形成し、二つをぶつけ合った。

 

風影の傀儡の衣をはだけさせると胸部にある穴から蒼いチャクラが電撃のように砂鉄に走り始めて、ぶつけ合った直方体の砂鉄が毛細血管のように広がった。

 

砂鉄界法!!

 

「あァ?」

周囲の地面へと無差別に襲い掛かる黒い杭は、地形を抉りだして破壊していく。

先程とは、比べものにならない程の爆発に近い衝撃にミサカは片腕で頭を守るようにしている。

 

はあはあ......目標......完全に沈黙......?

 

抉り取られた右腕を外套の袖口を縛り止血しようとしていると土埃の中から、白い手か出現して風影の傀儡に触れると次の瞬間にはバラバラに引き裂かれた。

 

「!?」

バラバラにされた風影の腕がミサカの前に転がり落ちてきた

サソリ様の大切な傀儡が......

 

ミサカは糸の重さが無くなる感触を味わう前にアクセラレータが呆然とするミサカの左脚を掴むと持ち上げて、地面に叩きつけた。

 

「あうッ」

「ざァーンねンっ!!左脚を怪我しているみてェだな......」

そして、アクセラレータはズブズブとミサカの左脚の中に何の抵抗もなく侵襲していく。

皮膚が裂け、血が出てくるがベクトル変換により綺麗な白い手のままミサカの脚を赤く滴らせる。

「あっ......あっ!」

 

そのまま力任せに左脚を引き千切るとアクセラレータは、ニヤリと笑った。

決定的な一撃と思い通りの展開に満足しているかのようだった。

 

「ぐッ......」

傀儡が壊されて制御を失った毛細血管状に広がっていた砂鉄が崩れ始め、ミサカの上に少しだけ積もる中でミサカは冷や汗を流しながら、最後の力を振り絞るように片腕で立ち上がると、異能力(レベル2)程度の電撃で反撃するが......

アクセラレータの能力により反射されてミサカの身体に電撃がバチンと流れ、ひっくり返るように仰向けに倒れた。

 

「がぁッ!」

その電撃の衝撃により外套に辛うじて付いていた御坂から貰ったカエルのバッジが取れて倒れた身体の頭方向に転がっていった。

 

「追いかけっこ、できなくなっちまったなァ」

引き千切っミサカの左脚をゴミのように投げ捨てた。

ベチャと気持ち悪い音が辺りの静けさと相まって、一際大きく聴こえた。

 

「このまま、ほっといてもくたばンだろォが。ジッと待ってンのもたりィからよォ......!」

ミサカは片腕を砂利に引っ掛けると力を入れて身体を引きずるように前に進み始めていた。

口には尊敬しているサソリの傀儡の腕を噛みながら、ズルズルとゆっくりと一歩ずつバッジに近づいて行った。

 

「あァー?よォ、まだ逃げンのかよ。つってもそっちは行き止まりだぜ」

アクセラレータから距離を取るように匍匐前進をしているミサカの意図することが分からないアクセラレータは、壊れた玩具でも見るかのように興味を失い始めていた。

 

ズルズルと身体を引きずる音と共に、声帯を通過する苦しそうな息遣いの「ヒュウ、ヒュー」とだけ聴こえる。

「......もォいいや、オマエ。終わりにしてやンよ」

アクセラレータは、巨大な貨物列車を軽々持ち上げると狙いを定めるようにミサカを見た。

ミサカは、右腕からの出血、腹部からの出血、左脚からの出血をしながら血の気の失せた瞳で届いたカエルのバッジを掴むと、傀儡の腕と一緒に自分の胸に抱き締めた。

 

分かっていた

分かっていたはずだった

こんな結果になることを......

勝てる訳ないと......

 

「お姉さま......サソリ様」

自分の血で汚れており、砂だらけとなったバッジと傀儡の腕を外套で大事しそうに拭きながら、抱き締めた。

「......大好きです」

 

その真上から巨大な貨物列車が容赦なくミサカを叩き潰した。

衝撃に窓ガラスが割れて、車体は大きくひしゃげた。

 

「本日の実験、しゅーりょォー」

アクセラレータが一仕事終えた達成感に満足すると踵を返して帰り始めようとする。

「帰りにコンビニでも寄って......」

と言った次の瞬間。

大電流がアクセラレータの背後にあるコンテナを焼き尽くした。

「!?」

 

「ああああああああああああああああああああああ!!」

クローンのオリジナルである御坂の身体は第一位のアクセラレータに向けて特攻をしていた。



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第58話 最低

質問で、御坂はヒロイン化しないのですか?
と訊かれましたので答えます。

えっと......ぼんやりと考えている範囲では、なりそうですね

書いてみないと分からないですが(笑)


君のDNAマップを提供してもらえないだろうか?

 

ダメよ!!

DNAマップは筋ジストロフィーの治療なんか使われないっ

それを元にクローンが造られちゃうの!

あのイカれた実験が始まっちゃうの

 

幼い頃の御坂の未熟な判断が招いた最悪の事態。

 

待って!

聞いてよっ

お願いだから......

 

御坂の身体に絶対能力者になるために捨石にされたミサカ達が血を流しながら腕や脚に絡み付いてきた。

 

なるほど

お姉さまが原因だったのですね

ミサカが造られたのも

ミサカが殺されるのも

全部、お姉さまがーー

 

 

ゼツと呼ばれる奇妙な人物により知らされた実験。

金縛りの術が解けた瞬間に御坂は無我夢中で走り始めた。まだ解けたばかりで身体の自由が完璧でない御坂は躓きながら足だけを前に出していく。

 

サソリもアイツのメンバー?

サソリも実験に加担していた?

 

この場で聴いた声や嗅いだ血の匂い、そしてサソリの弟子を自称するあたしのクローンの泣き出しそうな顔。

何が正しいのか解らない

判らない

分からない

 

最初は、自分の力で助けられる人が居るならと協力したDNAマップの提供を心底後悔した。

もはや、誰も頼れない

頼る価値もない

全ては自分が蒔いた種だ

 

暗闇が支配する学園都市の道を御坂は必死の形相で探していた。

設置されている柱時計がカーンカーンと乾く重たい音を鳴らして午後9時を告げている。

 

かくれんぼをしよう

実験場所を割り出して、実験を止めることが出来れば......この子の命は助かる

 

「はあはあはあー!もう!」

路地裏に入り、必死に自分の影を探したが見つかることはなかった。

御坂は、路地裏から這い出ると人通りが疎らな道を全力疾走で駆け下りた。

 

見つけなければあの子は死ぬ......

いや、もっとたくさんのあたしが死ぬ

 

これがこのゲームの不条理なパラメータ設定だった。

 

息を切らしながら、病院の前で感じた感応現象に意識を集中させる。

極度の緊張で御坂はお腹を抑えて、大きなビルに片手を当てると嘔吐した。

胃が捻じ切れそうな衝撃と罪の意識にフラフラしながら、吐き終わると身体が異様に冷たくなっているのを感じて震えた。

 

あたしのせいだ......

あたしが......

 

何故か小さい頃の事を思い出した。

小さい頃

あたしが泣くような事は、眠っている間にママが全部解決してくれた

 

今行われている実験(ゲーム)もあの日の出来事も全部悪い夢で

目が覚めたらなかった事になればいいのに......

 

分かっている

現実は甘くない

何でも解決してくれるママはここにはいない

困った時だけ神頼みしても奇跡が起きる訳じゃない

 

泣き叫んでいたら、それを聞いて駆け付けてくれるヒーローなんていない

 

頭では分かっていても身体が急激な運動に付いてこれないようで心臓が破裂しそうな程強く拍動している。

酸っぱい胃液が逆流してきて、再び御坂は嘔吐した。

「はあはあ、こんな所で」

元々、感応現象はかなり微弱なものだ。

いくら脳波が同じといっても高度な発展を遂げた学園都市で特定のシグナルを探すのは不可能に近い。

範囲が絞れれば幾らか望みが出てくるが、学園都市全体では......

 

公衆電話のボックスに身体を預けて肩で息をした。

息が整ったら、全力疾走で学園都市をしらみ潰しで探すことになる。

しかし、こうして休んでいる間にも実験は行われている。

 

「......て。たすけてよ......」

心からの叫びだった。

 

ミャー

下を向いて視界を遮断している御坂の足元に黒い毛をした子猫が擦り寄ってきた。

あの時、木の枝から降りれなくなっていた子猫だ。

 

ネコ......?

 

すると、息を切らしながら湾内と泡浮が街灯に照らされながら憔悴している御坂に走り寄ってきた。

「こ、ここにいましたか御坂さん......探しましたわ」

「その子猫が御坂さんの場所まで案内してくれましたの」

 

御坂は涙を拭きながら、自分が泣いていた事に初めて気付いた。

「!?」

泡浮が黒猫を抱き上げる。

「何かあったのですの?」

湾内が質問するが、御坂は気丈に振る舞いながら足をフラフラさせながら横を通り過ぎようとしていく。

 

「何でもないわよ......それにもう門限よ.....早く戻りなさい」

御坂が泣き腫らした顔を隠すように暗闇に立っている。

「ま、待ってください。サソリさんに連絡をしてください」

「サソリに?」

「そうですわ!悩みがあるのなら独りで抱え込まないでくださいですの」

 

御坂は振り返りもせずにヤレヤレと言った感じで、首を横に振る。

「サソリね......よくよく考えてみるとアイツの事って良く分からないのよね」

嘘笑いをしながら、不均衡な表情で湾内達を見上げた。

「サソリさんが心配していましたわ!」

「裏でやましい事でもしているんじゃないかしら......人殺しとか」

 

湾内と泡浮の表情が強張っていくのが確認できた。

これは分かっている事柄だった。

いくら友達だと言ってもここまで言ってしまえば亀裂が入る。

最低の先輩だ。

サソリと出会った頃のようにバカやって、笑い合う日はもう絶望的に遠くなってしまった。

 

こんな事ばかりだ

何が正しいのか?

何が間違っているのか?

 

「み、御坂さん!」

湾内が大股で近くと、御坂の頬にビンタをした。

「湾内さん!?」

ミャー!

「ーー?!」

真っ赤に腫れる頬を摩りながら、バランスを崩した御坂は湾内の予期しない行動に面食らった。

「本当に......本当に御坂さんは、サソリさんをそんな目でいたんですの?」

「そ、そうよ。信用出来る訳ないじゃない」

 

違う

言いたいのはそんな言葉じゃない

 

なのに口から出てくるのは、サソリを否定する言葉だけだった。

 

座り込んでしまった御坂に合わせるように湾内は立ち膝になると自分の携帯電話を取り出して、サソリに電話をした。

「サソリさんと話しをしてくださいですわ」

「うっ!」

御坂は湾内から渡された携帯電話を手にすると耳に当てる。コール音の後に良く知るサソリの声が聴こえてきた。

『......御坂か?』

「そうよ、別にアンタにとやかく言われる筋合いはないわ」

 

予想では、ここで激しい叱責が来るわね

 

しかし、サソリは予想外の事を話し始めた。

『景色はどう見える?湾内達の顔の様子は?』

「は?何よそれ。別にあたしの対応にショックを受けているわよ」

『......やはりか......少し待て』

すると、電話口から印を結ぶ声が聞こえると唐突に。

『解!』

サソリからの電話からそう聞こえた瞬間に御坂の目に張り付いていた写輪眼がボロボロと崩れていった。

「あ......」

霞掛かっていた世界がくっきりはっきりと見えるようになり、御坂の心臓がゆっくりと呼吸に合わせて、規則正しく動きだす。

御坂は身体の変化に戸惑いながらも携帯電話から流れてくるサソリの声に耳を澄ます。

『幻術に罹っていたようだ。これで大丈夫だろ』

「何で分かったの?」

『......御坂のクローンについての情報は手に入れてある。黒幕についても目星はつけてある』

 

手に入れてある?

そっか......サソリに知られちゃったか

合理主義のコイツの事だから、あたしの行動や計画について訊いてきそうね

あたしが小さい頃に提供したDNAマップが事の発端

それによってアンタの弟子の命を懸けたゲームが始まってしまった

全てあたしが元凶なワケで......

 

幻術に罹っていようがいまいがその悪魔は覆る事はない

過程はどうであれ、結局結果だけをみれば同じ言葉

いっそアンタになら責めらた方が楽かもね

 

「幻滅した?あたしが黒幕だとでも思うの?」

いつも思い付きだけで行動して、後先考えないでやって周りを巻き込んで......

最低な人間だ

 

『......いや違うな。黒幕はお前じゃない』

淡々と冷静にサソリは言葉を繋げた。

「えっ?」

『オレ達が辿りついた相手は『ゼツ』って奴だ。お前が悪いんじゃない』

いつものような強い口調で言い切ったサソリに御坂は身体を震わせた。

 

責められた方が楽なんて嘘だった

誰かに理解して貰って助けてもらいたい

 

「ぁ......ま......ウソでも、そう言ってくれる人がいるだけでも......マシってとこかしら......ね」

 

『嘘じゃねーよ......紛れもなくお前は被害者だ!』

「な......に?」

『お前はオレ達にどうして欲しい?言え』

「!!......うぐっ......えぐ......たす......けて。助けてサソリ!」

『......』

「早くしないとあの子が殺されるわ......お願い」

大粒の涙を流しながら御坂はサソリに懇願した。堰を切ったかのように崩れ落ちる御坂。

『良く言った御坂......湾内に代われ』

「うん」

 

震える手で湾内に携帯電話を返却した。

「御坂さん......はい、代わりましたわ。はい」

携帯電話を通して会話をする湾内とサソリの横では子供のように泣きじゃくる御坂を心配そうに泡浮が背中を撫でて、子猫が御坂の膝に前脚を乗せて純心な瞳で見上げていた。

「御坂さん。独りじゃありませんわ......サソリさんも白井さんも、私達も居ます。御坂さんより力はありませんが友人が困っているのは見過ごせませんわ」

 

「ごめん......なさい」

両手で顔を塞いで、嗚咽混じりに謝罪する御坂。

命は決して軽いものではない。

文面で何度も引用され、擦り切れたような言葉だが、改めて......いや、その重さを知ったように感じた。

人は人の判断で簡単に死んでしまう。

分かっているようで理解していなかった。

 

「御坂さん!サソリさんからその実験の場所を教えて貰いましたわ!」

湾内が携帯電話を折り畳みながらポケットへとしまう。

「ほ......本当!?」

「はい!サソリさん達が来るまで時間を稼いで欲しいそうです」

御坂は涙で泣き腫らした目を拭いながら湾内に手を出されて、掴み立ち上がった。

御坂の靴には助けた黒猫がカリカリと登りたそうにちょこんと乗っていた。

泡浮は、御坂の足元に居る黒猫を抱き上げた。

「行きますわ!」

「うん......」

「御坂さん、大丈夫ですよ。サソリさんが動いています」

 

三人と一匹は、夜道を駆け出して湾内のナビに従い大通りを左に曲がった。

 

お願い......

間に合って!!

一度でも感じた、姉妹としての家族の感覚を携えて御坂は悪魔の実験場を目指す。

 

******

 

ミサカが叩き潰され、重厚な貨物列車の残骸を横目に見ながら、御坂は唇を噛み千切らんばかり悔しさで震えた。

 

間に合わなかったの......!

あれだけ必死に探したのに!

こんなに簡単に......

 

お姉さま

ミサカは大丈夫です

 

あれが最期の会話なんて......

苦しみを与えてしまった事の謝罪だってまだ......

イヤ

そんなのイヤ

 

ごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

痛かったよの

苦しかったよね

全部、あたしのせいだ......

 

白い髪の少年に向けて、大電流をぶつける御坂だが少年の周囲に障壁が生まれて無傷のまま長めの前髪の隙間から御坂を睨み付けた。

 

御坂は追撃の手を緩めることなく周囲に散らばる『あの子』の形見である砂鉄を流し込んだ大電流で操ると渦を発生させて巨大な鋭い手へと変化させて、アクセラレータに伸ばしていく。

そして、アクセラレータに被弾するかしないかの近距離で彼を包み込むように巨大な砂鉄旋風に巻き込ませた。

 

しかし、砂鉄旋風の一点から弾くように円柱の空間が出来ると無傷なアクセラレータが姿を現し、鋭い武器を誇っていた砂鉄が煙のように力を無くして棚引いて行った。

 

「タネが割れたら、どーってことねぇがな」

 

そんなっ

アレを食らって傷ひとつ負ってない!?

 

「一体......」

基本的に御坂は能力による世間や公表されているような序列をあまり意識していなかった。

レベル5だから、弱い能力者を歯牙にもかけない。

レベル5だから偉そうに振舞って、自分は一番奥で安楽椅子に座り続けるのが嫌いな人間だった。

そういう気概だからこそ、子供達とも全力で遊んだり、友人の為に身を犠牲する事も躊躇しなかった。

その性格によって彼女の元には多くの友人が出来たと云える。

 

学園都市第三位 常盤台エース

超電磁砲(レールガン)

 

序列的にいえば、御坂の上に君臨するのは僅かに二人。

人口 二三○万人の中にいる二人の為の対策など毛の先程も考えていなかった。

 

相手は、学園都市が誇る最強の能力者『一方通行』

出会えば、相手を再起不能に追い遣る事に微塵のたじろいもない。

死を持っての敗北か

逃げるか......

瞬時な判断しなければならない揺るぎない学園都市第一位

 

 

御坂は視界の端に見覚えのある靴やルーズソックスがそのままの状態で千切られた脚や腕があるのに気付いた。

いや、身体の一部だけでなく一直線に貨物列車の下に永延と続いている拭き馴らされた血痕。

 

「ああああー!」

三度、吐き気が込み上げる。

人間の血の匂いが嫌な記憶を開きだして、悪寒が走る。

御坂は、声にならない叫びを上げながら整然と配備された線路の留め金を引き剥がすと線路のレールを電磁石化して集めて持ち上げるとアクセラレータに突き刺そうと何発も逃げ場を封じるように突き刺さしていく。

 

そして、白い髪のアクセラレータに三本のレールが勢い良く狙いを付けて向かって行くが......

 

「!?」

 

ガァァンと弾かれたレールが断端部で大きく回転するように御坂に跳ね返ってきた。

「っ......ぐ!」

避けたが右肩に当たり、御坂は辛うじて躱した体勢で拡がっていく鈍痛に顔を歪めせた。

 

何が......?

 

白い髪の少年には衝撃による白い煙が取り巻いているが、レールによる傷はおろか服にすら汚れが付いていない。

 

アクセラレータは、鋭い笑みを浮かべると楽しそうに正解が解っている答え合わせをし始めた。

「そうかそうか、予定と違うから何かと思ったら......オマエオリジナルかァ」

 

ゾクゥ!

 

これほどのプレッシャーは御坂は感じたことがなかった。

ここまで冷酷な殺気も......

唯一、匹敵しそうなのはサソリだけだ。

 

「はあはあ、御坂さん待ってください」

橋を降りる階段から湾内と泡浮が息を切らしながら必死にもつれそうな足取りでやってきた。

「き、来ちゃダメぇぇぇー!」

御坂はお腹の中から唸るように声を張り上げた。

 

目の前にいるコイツは、今までとはケタ違いだ

湾内さん達を逃さないと......

 

「はあはあ......み、御坂さん?」

慌て立ち止まる湾内達だが、アクセラレータの隣に地面からトゲを生やした奇妙な人物が出現した。

 

「これも実験に入っていンのかァ?」

「いや、予定外だね」

「!?......違う!アンタから吹っかけて来たゲームでしょ!?」

「......そういえばそうだね......で、どうするの?死んじゃったよ」

「っ......!!?」

御坂は、バチバチと電撃を放ちながらポケットに入れてあるコインを手に取ると力を溜め始めた。

 

「アンタ達が殺したんだろうがぁぁーーーーッ!!!!!」

自身最強の超電磁砲を放つ、高過ぎる磁力に円形状に衝撃波が広がりながら二人を貫こうとする。

「......殺したのは君だよ......御坂美琴」

黒白はっきりした男の前にアクセラレータが陣取り、ベクトル変換で御坂へと跳ね返した。

 

「!?」

「御坂さん!」

「あ......」

 

視界全体に自分が放った蒼白いレールガンが迫ってくる。

御坂は動けないでいた。

 

あの時、脚を千切られた際にミサカが放った姿と重なった。

 

「ゲームオーバー......」

黒ゼツがそう言うと跳ね返り、地面に刺さったレールごと吹き飛ばされて、衝撃波により御坂のいた場所を巻き込んで爆発した。

 

爆煙が上がる中で、爆発による衝撃が何故か一点に収束し始めて煙の中から暁の外套を身に纏ったサソリが出現した。

「出たねサソリ」

「相変わらずロクな事をしねぇな......ゼツ」

白ゼツは耳まで口を裂けてニタニタと笑い始めた。

 

「大丈夫ですの?お姉様?」

御坂はいつの間にか湾内達の所に移動しており、周囲には白井を始め、麦野と絹旗、滝壺が立っていた。

「第一位に喧嘩売るなんて正気じゃないわね『超電磁砲(レールガン)』」

 

「黒子!?それにアンタ達は?」

「心配しましたわお姉様。湾内さんに泡浮さん。ありがとうですの」

「いえ、そんな......サソリさんも来てくれたんですわね」

ポーっとサソリの凛々しい横顔を見ながら、湾内が見惚れていた。

 

急に現れた白井達に困惑しながら御坂は、へなへなと腰が抜けたように座り込んでしまった。

「まあ、その度胸は褒めてあげるわよ。じゃあ、手筈通りに行こうかしらね」

 

麦野が指をパチンと鳴らすと地面が凍り始めてゼツの自由を奪った。

「!?」

「今です!」

佐天がコンテナの隙間から声を挙げると、麦野が大気を弾くように原子崩しの能力を使って緑色の発光するエネルギー波を打ち出した。

 

「あン?」

アクセラレータがベクトル変換で麦野の原子崩しを弾こうとするが、サソリは印を結び出して砂を操ると巨大な砂の壁を造り上げて、バタンとアクセラレータを閉じ込めた。

 

「悪いがお前の相手はオレだ」

すぐさま、サソリの砂を弾くとアクセラレータはポケットに手を入れたまま立ち、無傷の姿でサソリを睨み付けた。

 

麦野の放った原子崩しのエネルギー波が迫る中、ゼツは指を噛み切り血を滴らせると地面に叩きつけるように掌を置いた。

 

口寄せ 三重羅生門!

 

ゼツの真正面に鬼の顔をした厳つい巨大な門が三つ出現し、麦野の原子崩しが阻まれた。

門は崩れながらも微妙に軌道を変えて、ゼツの斜め後ろのコンテナが衝撃で焼き払われた。

 

「面白い躱し方をするわね」

「邪魔ダ......小娘共ガ」

ゼツは地面に張られた氷を吹き飛ばすと集合した佐天と麦野達を睨み付けた。

 

泣き叫んでいたら、それを聞いて

駆けつけてくれるヒーローなんていない

そんな事をするのは、考え無しのバカだ......バカだ



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第59話 サソリvs一方通行

次話で第2章ラストになります


橋の下に集結したサソリ達に助けられた御坂はよろめきながら立ち上がる。

「み、みんな」

「ダメですよ。独りで悩んでいたら、あたしが言うのも何ですが」

佐天がバツが悪そうに頬を掻いた。

 

自分に能力がない事で悩んでいた佐天

手を出してしまった幻想御手(レベルアッパー)

しかし、名前が示す通り

それはまやかしに過ぎず、本当の能力ではなかった

 

「あの時の恩返しをさせてください......御坂さん」

無邪気そうに笑う佐天に御坂は少しだけ心が軽くなったような気がした。

実験により殺されてしまった『あの子』はもう戻らないが、自分がしてきた事全てがダメじゃないと言われ、救われたようだった。

 

DNAマップを渡してしまった過ちの過去と向き合い、自分自身との決着をつける時。

 

「しっかしねぇ~。まさかレールガンを助けるハメになるなんてねぇ」

長めの茶色の髪を掻き上げながら、少し文句タラタラのように口を尖らせている。

「いきなりどうしましたの?」

「だってさ、私が四位でこんなチンチクリンで泣き虫のコイツが三位って納得出来ないわ」

 

ち、チンチクリンで泣き虫!?

御坂に麦野の言葉が刺さった。

 

「だ、誰がチンチクリンだぁー!あ、アンタが居なくてもあたし一人でできたわよ」

生来の負けず嫌いが爆発し、御坂は怒ったように麦野に指差しをした。

「ふふ」

指差された麦野は、優しく御坂の手を降ろさせると頭をコツンと指で弾いた。

 

「それこそが『超能力者(レベル5)』よ。しっかりしなさい......紛いなりにもサソリの旦那から信頼されているんだから」

「サソリが?」

 

アクセラレータと対峙しているサソリの後ろ姿を眺める御坂。

「アンタがやばくなった時に真っ先に動いたのが旦那よ。私達に助力を頼んでね」

 

すまない......御坂を助けてやってくれねぇか

アイツは何でも独りで抱え込んでしまう嫌いがあるからよ

かつてのオレのようにな......

 

御坂はレベルアッパー事件でサソリに叱られた事を思い出した。

単独行動の危険性。

結局、何も学んでいなかった。

「バカだ......何で気付かなかったんだろう」

 

サソリさんって一体?

 

手間の掛かる弟かな

でも、いざという時は頼れる兄みたいな存在かしらね

 

前に湾内さんがピンチになった時に泡浮さんを落ち着けさせる為に行った言葉の意味を御坂は身体の底から理解した気がした。

 

「ちょっと旦那とはどういう意味ですの?」

「あら?将来的にはそうなる予定よ。脇役さん」

「違いますわ!サソリさんは湾内家に婿としてですね」

サソリを巡っての三つ巴にバチバチと火花が散りだす。

 

「そ、そんな事をしている場合じゃ」

「そうですわ!あら......」

泡浮が抱いていた子猫が飛び降りて「ミャー」と言いながら御坂の肩に飛び乗った。

「!?」

スリスリをしてくる子猫は片目を瞑り、くすぐったそうに表情を和らげた。

 

「超来ますよ!」

絹旗の声が響くと、ゼツは腕を前に出して鋭い樹木を御坂達に伸ばしてきた。

ビリリと蒼い電撃が迸ると力強いレールガンが放たれて樹木を完全に灼き切った。

「あの子が生きた証を無駄になんかさせない!!」

不器用に触れあったミサカとの思い出。

協力して子猫を助けて

アイスを食べて、喧嘩して

バッジの取り合いをして

 

全てが御坂に取って掛け替えのない思い出だから。

その全てを否定してくる目の前の者達に対して筆舌に尽くしがたい憎しみを爆発させる。

「アンタ達の好きにはさせないわ!」

 

「......」

根元で焼け焦げた木の幹を掌を返して、黄色い目で睨みつけているゼツ。

 

あらら、御坂美琴の心の闇が晴れたみたいだね

嫌ナ感情ダ

さてと......

 

ゼツは掌に付いていた木の幹を払うように落とすと、首だけをサソリの方に向けた。

「いまさあ、どんな気分かな?サソリ」

「......あぁ?」

「だって、可愛がっていた弟子がぺしゃんこにされたんだよ......傑作だったねあれは」

「......」

 

「!?」

御坂を始めとしたメンバーの目に怒気が宿る。

「そうだ!きちんと記録してあるよ.......あの人形の最期の姿。手足がもげているのにバッジなんか拾いに行ったりしてね......」

 

「黙れ。白井、麦野......そっちは任せた」

「はいよ」

「分かりましたわ!」

サソリは一瞥もせずに一蹴した。

 

「饒舌のゼツで通っているからね」

 

あの短気なサソリが挑発に乗ってこないとはね......

まさか、本当に第一位に勝つつもりかな?

サアナ......ダガ、サソリ側ニハ第三位ト第四位、ソレニ......

 

メンバーの中にいる黒髪の少女に視線を強めた。

「?」

佐天は、良く分からずに後ろを見るが誰もいない。

 

「仙術ヲ使ウ女モイル......油断スルナヨ」

「あれ~?あの子って最初に黒ゼツが嵌めようとした女じゃない?」

「.......」

「力を与えた感じ?うわー、かっこ悪いね」

「黙レ」

 

一番警戒するのはサソリを除いて

レールガンでもなければ、メルトダウナーでもない

あの佐天涙子という女だ

 

******

 

今までも勘違いしたバカが、最強の座を狙って噛み付いてくる事は幾らでもあった

奴らは例外なく手足の一本もハジけばテメェの愚かさを理解して

表情も後悔と恐怖に塗り潰されたもンだが......

 

目の前にいるコイツからは、不思議と慢心のような余裕は無く、冷静に俺を倒す算段を立てているように思えた

 

そんなに死にてェなら、望み通り愉快な死体(オブジェ)に変えてやンよ

あの人形と同じようになァ

 

アクセラレータは、ミサカを潰した貨物列車に目をやった。

「バラバラ死体かァ、礫死体かァ、焼死体かァ。選ばせてやンよ......!?」

「余所見にペラペラと無駄口か?」

 

瞬時にサソリは地面を移動して、万華鏡写輪眼を展開しながらアクセラレータの目の前に移動した。

「ぐゥ!?」

万華鏡写輪眼の幾何学模様がアクセラレータの視界に入ると瞳が写輪眼の様相となり、幻覚に堕とされた。

前のめりに倒れようとするアクセラレータの顔面にサソリは一切の躊躇もなく抜手をすると、アクセラレータの身体は大きく横殴りされた形となった。

 

!?

 

つ......き......

何で月なンか見てンだ......?

......俺が仰向けになってるからか......

......じゃあ何で俺は地ベタに寝っ転がってンだ?

痛てェ

痛て......ェ?

痛みだとッ!?

 

初めての痛みにアクセラレータは、起き上がりながら鼻から血が流れている事を確認すると絶叫した。

「なっ......なンだコリャああアッ!」

 

あ......え......

ぶっ飛ばされたってのか?

俺が?

 

サソリは、殴った際に幻術下に落ちていたはずのアクセラレータからの無意識のベクトル変換を相殺するように拳を振るった方向へと飛び去り緩和していた。

衝撃により右腕に岩石を殴ったような反動の痛みが走った。

「......幻術に堕としてもこれぐらいか......厄介だな」

苦痛に顔を歪めながらも拳に付いた血を見て冷たく笑みを浮かべた。

すぐに学園都市最強の演算能力を使って幻術を振り払い始める。

 

アクセラレータは、初めて殴られるという事態に遭遇し、まるで天地がひっくり返ったような衝撃を受けた。

頭の処理が追いつかず、必死に状況の把握に努めていると......

サソリは、コンテナを蹴り出して外套の袖から巻物を取り出すと封を歯で噛み切ると投げ飛ばした。

 

「?」

封を切られた巻物は空気の抵抗を受けてバサバサと広がり、ビッシリと達筆に書かれた文字が敷き詰められた中身に真ん中に円形の環があり、「縫」と一文字が大きく書かれている。

すると、ボンと一体の時計を持った少女のぬいぐるみが巻物から飛び出してきた。

幻術から驚異的な演算能力でチカラを取り戻しつつあるアクセラレータは虚を突かれたようにぬいぐるみをマジマジと眺めるとベクトル変換をして、ぬいぐるみを引き裂いた。

すると中から幾つもの『爆』と書かれ枝分かれした札が飛び出してきた。

「!?」

『爆』と書かれた文字を中心に発火すると次から次へと爆発が連鎖して、アクセラレータへと絶え間なく炸裂させた。

 

札が札を口寄せし続け

爆破を繰り返す

連続一点集中爆破

互乗起爆札!!

 

連鎖的に発動し続けている爆発は、反射しようとするアクセラレータの演算能力を遥かに上回る。

反射した衝撃が外部からの多量な起爆札に押し返されて、流石のアクセラレータでも自分の周囲3mに反射域を作るので精一杯だった。

「クソがァー!」

万華鏡写輪眼により幻術の効果もあってが上手く弾くことが出来ずに火山の噴火のような連鎖爆発から身を保持し続けていた。

 

コンテナに腰を下ろしながら、サソリは静かに巻物を出すと開き、先ほどの時計を持った少女のぬいぐるみを呼び出した。

それを傀儡糸に絡めると、計二体のぬいぐるみを取り出してその内の一体を発火し炸裂している起爆札の反対側に操って持ってくると中身をバラけさせる。

「!?」

 

「さあて......どこまで耐えられるかな」

互乗起爆札!

 

前方だけでなく後方からの強烈な爆発にアクセラレータは思わず片膝を付いた。

恐らくアクセラレータの経験上ここまで強烈な爆撃を体験したことが無く、次第に息が荒くなっていった。

 

ゼーハー

ゼーハー

ゼーハー

 

「!?」

アクセラレータは周囲から酸素が少なくなっているのに気が付いた。

原因は、この連鎖爆発だ。

爆発の渦中にいるアクセラレータは呼吸をするための酸素がなくなり、息も絶え絶えとなる。

 

こ、コイツ!?

これがァ、狙いかァ!

 

いくら学園都市最強と名乗っていようが、人を簡単にバラせるチカラを持っていようが関係ない

身体は人間の身体であるならば、必ず呼吸という動作が入る

常人であれば5分間、息を止めた段階でチアノーゼや意識消失を経験し、最悪の場合には心停止を引き起こす

 

最初の段階である万華鏡写輪眼からサソリの計算通りに事は運んでいた。

拳で殴ったのは能力の低下を肌で感じる為、ぬいぐるみは、動けないフレンダから譲り受けた物だ。

 

 

病室から出て行く前の事。

実験の概要を知ったサソリ達は、阻止する為に動き始めた時に、身体を包帯で巻かれて不自由な生活を余儀なくされているフレンダが声を出した。

「ま、待ちなさいよ」

トラップや爆発物を得意とする彼女は、動けない自分に変わって武器の提供をした。

 

「これ使って良いわ......私をこんな身体にして許せない訳よ!勘違いしないでよ」

サソリは、意外そうな顔をすると使えそうな武器をピックアップし、仕込みを始めた。

「その......絶対に生きて帰ってくるのよ。むぎのん達も」

サソリは、少しだけ笑うとフレンダの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「!?」

「ありがとうな......必ず奴らを倒してくる。

「うへ......」

 

仕込みに向かったサソリに頬を真っ赤にしながら俯くフレンダに滝壺が近づいて来た。

「惚れたら麦野に殺されるよ」

「だ、誰が惚れたって言った訳よ」

 

 

波状攻撃により反射波と新たな爆波が重なり合い、強烈な閃光と爆音がグワングワンと超新星爆発のように広がっている。

 

「ガァァァ......はあ、はあ」

サソリからの予想外の攻撃にアクセラレータは、キンキンと沸る高エネルギーの中で必死に演算能力にチカラを裂いていた。

 

「!?ソウキタカ」

「かなりマズイ状況だね。助けにいった方が......」

白井のテレポート能力により一瞬で移動した麦野が緑色の球体を出現させながら真後ろに移動するとメルトダウナーを乱発する。

「ッ!?」

ゼツは四つのメルトダウナーを身を翻しながら飛び上がった。

「私らを前に随分余裕ね」

外したが不気味に麦野は笑みを浮かべた。

「危な!?まともに喰らったらまずかったね」

「でもそっちは要注意よ」

 

「はぁぁぁぁー!!!」

絹旗が拳に空気を巻き込みながら、驚異的なジャンプをしてゼツの上空から背後に拳を突き出した。

 

「あが!?」

ゼツは前のめりに転がるように地面に叩きつけられた。

ゼツの身体に電撃の蒼い電撃がバチバチと流れた。

「超サンキュー!」

「いえいえ、こういう補助しかできませんわ」

 

絹旗の下方には、泡浮が能力を展開していた。

 

泡浮万彬

強能力(レベル3)『流体反発(フロートダイヤル)』

使用者とその周囲の浮力を増減させる能力

 

絹旗を中心に浮力を上昇させると泡浮は、目で合図をした。

すると、体勢を崩したゼツに湾内が水の塊をフワフワ浮かせると目の前に移動させた。

佐天が赤い隈取をしてその水の塊に能力を解放すると......

「アイスニードル!」

「!!」

水の塊は瞬時に凍り出して、鋭いトゲが一面に広がる。

ゼツは後方に下がりながら、巨大な木をトゲ状に伸ばして氷のトゲを相殺するが一つがゼツの腕を貫通した。

「ぐっ!?」

氷のトゲを叩き折ると、不快そうに腕に刺さったトゲを抜いた。

 

しかし、間髪入れずに御坂がコインを弾くと電磁誘導の原理によりバチバチと音速の三倍以上のスピードで打ち出した。

 

「オノレ......」

ゼツは印を結ぶと右手をレールガンに向けるとまるで電撃を吸い込むように電撃の光線が跡形もなく消えた。

「「「!?」」」

 

打ち消された!?

御坂さんの能力が?

 

佐天達は目の前で起きた事態が飲み込めずにいる。

しかし、御坂は青い顔をして冷や汗を流し出した。

 

あたしの攻撃をあしらえる能力者なんてあのバカ以外には......

 

「オ返シダ」

ゼツは左右の手を入れ替えると反対側の掌に真っ赤に染まった波紋状の眼がギロリと開いて御坂が放った十億ボルトの大電撃がそのまま飛び出してきた。

 

こんなの相殺するしかない!

 

迫り来る電撃の乱気流に御坂は、ポケットに手を入れてコインを取り出そうとするが......

 

ポロ......

 

マズった!!

 

コインが焦る御坂の手をすり抜けて地面に落ちてしまった。

視界全体が閃光に包まれる中、麦野が御坂の身体を蹴り出した。

 

「避けろバカ!」

「!?」

蹴り出しながら麦野はメルトダウナー特有の緑色の発光体を出現させるとレールガンの軌道を変えて斜め上方に弾いた。

 

空に飛んで行った大電撃は、遥か上空で稲光の数十倍の輝きを放ち消えて行った。

「だ、大丈夫ですかー!?」

「お姉様!」

「御坂さん」

「なんとかね.......あ、ありがとう」

「......何なの?あの手にある眼は?」

 

ゼツの掌にはサソリが居た世界の三大瞳術の中で最も崇高なる存在として語り継がれている『輪廻眼』が開眼していた。

 

ええええー!?ちょっと黒ゼツ、それを使うの?

まだ試作段階だよね

ボク達もかなりヤバくなる奴じゃん

 

「此処デ見極メル。オレ達ノ計画ノ脅威トナルカ」

 

泡浮から渡された子猫を抱きながら滝壺は、ゼツの両掌から発されるおぞましいAIM拡散力場を感知し、震えだした。

佐天も何かを感じ取ったらしく背中に気持ち悪い汗が流れていく。

 

******

 

ゼツと御坂達との闘いを見ていたサソリは、目を疑った。

「輪廻.....眼だと」

信じられないものを見るように眼を見開いたサソリだったが、連鎖爆発が一直線にサソリに飛んできた。

「!!?」

サソリは瞬間にコンテナを蹴って、直撃を避けるが爆発の余波に吹き飛ばされ、よろめいた。

先ほどまで互乗起爆札の中に居たアクセラレータが肩で息をしながら、無傷、汚れさえも付いていない状態でサソリを睨み付けていた。

 

「そう簡単に殺れないみたいだな」

サソリは写輪眼を展開した。

「はあはあ......チョーシ乗ってンじゃねェぞ三下!!」

万華鏡写輪眼の幻術から自力で振り解いたアクセラレータにサソリは軽くジャンプしながら、首をポキポキと鳴らした。

「......」

サソリは、左側に避けた。

次の瞬間にはアクセラレータは、地面を足部で踏むと先ほどまでサソリが居た地面が噴石した。

 

「?」

アクセラレータは少しの違和感を感じながらも向かい右側に逃げたサソリに掴みかかろうとするが、サソリは先読みをしているかのようにヒョイヒョイと躱していく。

「どうした?口だけか」

サソリがアクセラレータを挑発するように嘲笑った。

「てめェ」

アクセラレータが地面を弾くがサソリは噴石地を計算しているようで擦りもしない。

 

「真面目に闘いやがれェェー!」

アクセラレータはムキになって狂ったように両腕をサソリに向けて振り下ろすがサソリは、軌道を見抜いて紙一重で躱していく。

「くそがァ!当たりさえすればテメェなンかァ」

「おめでたい奴だ。そりゃあ、向かって来る奴なんて自分から攻撃を仕掛けているからな」

 

 

ねぇ、どうやって学園都市一位と闘うの?

 

あ?

 

何か策があるんでしょ?

 

相手は全ての攻撃を反射するんだろ?

だったら、攻撃しないが一番だな

 

?!攻撃を......しない?

 

能力を聴く限りなら、血継限界でもなさそうだ......逃げるに徹する

 

 

「がァアアアアアッ。ウネウネ動きやがって」

アクセラレータは、右手をサソリの首を狩るように横に薙ぎ払うがサソリは姿勢を低くして躱した。

 

サソリは、攻撃を躱しながら昔の事を思い出していた。

暁のメンバーとして、自分の祖母と木の葉の忍と戦ったあの日を......

 

 

サソリの仕込みカラクリの攻撃は全て躱さなくてはならん......

 

毒ですね............

 

そうじゃ......カスリ傷でさえ致命傷になる

 

サソリが作っていた猛毒に対応する為の対処法が奇しくもサソリとアクセラレータの闘いの根底にあった。

 

クク......過去に浸るなんざ女々しくなったもんだな

 

写輪眼がクルクルと回転するとサソリは印を高速で結び始めた。

「?!」

奇妙な手の動きに注視していると、サソリの周りの空気が一変した。

アクセラレータが振り下ろした腕がサソリに当たりそうになるとバチンと反射した。

 

「!!?」

サソリは、全てのピースが揃ったパズルを解いているように軽く笑うと、拳を固めてアクセラレータの鳩尾へ突き出した。

バキンとガラスが割れるような音がしてから、アクセラレータは口から血を吐きながらもがきだした。

 

「ゴファッ!?」

何だこの感じ?

何で倒されてンだァ?

 

サソリは蹲っているアクセラレータの頭を蹴り上げると再びガラスが割れるような音がすると二回転、三回転するとコンテナに背中をぶつけた。

何が起こったか分からないようで、演算に集中できないで痛みに息を絶え絶えにしている。

 

「立てよ......オレの弟子に手を出しておいて唯で済むと思ってんのか?」

 

写輪眼!

『一方通行(アクセラレータ)』

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第60話 仇

これにて第2章は終わります

次回から、日常編が始まります
リクエストされた話を中心に書いていきたいと思います

リクエストは、まだギリ受け付けています
次の話を更新したら、締め切りますね


この世界を否定する存在がマダラだ

その思想を胸に行動し、計画を狙う者は全てマダラでしかない

 

一方通行をコピーしたサソリは拳を握り締めながら、一筋の涙を流していた。

触れる事に経験のないアクセラレータを追い込む度に彼の過去が止めどなく溢れてくる。

 

一方通行(アクセラレータ)は、幼少時は普通の子供であったが、生まれつき強すぎる能力故に周囲の子供達に疎まれ、迫害されてきた。

自己防衛の為に能力を使っていたが、多くが悲惨な結果を残すだけだった。

そして、彼の能力に目を付けた研究者は彼を呼び出して表沙汰に出来ない実験をさせられた。

そんな経験をしてきた彼は、周囲と心を閉ざして凶暴さを増してきたのは無理のない話だった。

 

コイツも同じだ......

 

忍の世界で奪われた当たり前の日常。

圧倒的な才能を見せた時の周囲の反応は冷たいものだった。

悪しき風習が生み出した化け物だ。

 

「ああっ!」

アクセラレータの右手がサソリの左頬に当たるとベクトル変換でサソリはコンテナに勢いよく叩きつけられた。

「はあはあ......どうだァ......!?はあ?」

 

コンテナをひしゃげて座り仏頂面のサソリが涙を流しているのが視界に入った。

 

な、何でコイツ泣いてンだァ?

俺に挑ンだ事の後悔か?

いや、違う......何かが違う

 

「どうした......これが最強の力か?」

サソリがゆっくりと身体を起こした。

涙は途切れる事なく続いている。

写輪眼が見せる感受性がサソリの意思とは関係なく流れていく。

決して多くない量であるが絶えない痛みに反応している。

 

「これが......アイツが受けた痛みなのか」

サソリは頬の傷を拭き取ると忍の構えを取った。

 

師匠ー!

お茶が入りましたよ......とミサカは学習した知識をフルに使って最高の一品を作りました

 

瞼を閉じて、在りし日のミサカの面影を亡き父と母を重ねる。

望郷の果てに置いてきた、自分の甘ったれな性格が酷く嫌になった。

 

「強い奴は......オレから大切なモノを奪っていく」

高まるサソリの殺気にアクセラレータが一歩下がるがサソリは一気に間合いを詰めて、アクセラレータの胸ぐらを掴むと頭に頭突きをした。

 

「ぐっ!?」

胸ぐらを掴まれたままアクセラレータは、身体を後方に仰け反らせたまま腕をダラリと垂らした。

アクセラレータの華奢な手足が妙に長く感じた。

「......最強って何だ......?」

サソリの問いかけにアクセラレータは、瞳に力が入ったかのように燃え上がり、ギシギシと長い手足を前方に傾けながら起き上がる。

 

「......知るかよォ......俺が知りたいくらいだァ!!」

アクセラレータも負けじとサソリに頭突きをして反撃した。

「......!」

衝撃で離されたサソリの身体に地面を蹴って噴石を打つけた。

「俺が......俺がァ!!好き好ンでこのチカラを手に入れた訳じゃねーえェぞ」

 

今まで一方的に嬲るだけのアクセラレータは、初めて作用•反作用の法則を理解しながら、打つけた額を拭った。

 

「いつもそうだァ.......疎まれて、化け物を見るような目でどいつもコイツも見てきやがるゥ!」

アクセラレータは手近に積まれたコンテナを持ち上げると土砂の中から這い出てきたサソリに放り投げた。

 

「......そうだ......来い」

サソリは印を結ぶと砂の壁が出現し、コンテナを半分埋もれさせて止めるとコンテナを足場にして飛び上がるとアクセラレータの前に踊り出た。

 

「はあはあ......上等だゴラァ!」

アクセラレータは、ゆっくりとした足取りから徐々に走り出して、サソリの右頰を殴りつける。

サソリは身体を半回転させると拳を垂直に打ち上げてアクセラレータの顎をアッパーした。

「!?」

強制的に閉じられた口から血がホースの口を絞めたように勢い良く溢れた。

「痛みを知れ」

空いた胴体に拳を殴りつけようとするが、アクセラレータの能力が強くなりキリリッと音を立てて止まった。

 

「!?」

障壁に阻まれているサソリの拳を上を向いたまま掴むと、空いている手でサソリの顔面を殴りつけた。

ガラスが割れる音がするとサソリは土に埋もれたコンテナに身体を回転させて着地をする。

 

実験なンかもう知らねェ

最強とか絶対的なチカラに興味がねェ

平穏な生活なンか、とうの昔に諦めている

手加減なンて知らねェ

目の前に居るコイツは、俺に応えている

 

「はあはあ......」

アクセラレータは、拳に空気を閉じ込めて圧縮し、拳を中心に白く発光を始めた。

 

俺の全力をぶつけてやンよ

 

駆け足から全力疾走でアクセラレータは、発光する拳を振り上げると凶悪な一撃をサソリに向かって突き出す。

 

サソリも拳にチャクラを溜めると走り出して振り絞って拳を突き出した。

 

「だァアアアアアアー!」

 

「はああああー!!」

互いの最強の拳はクロスカウンターをするうに交わると互いの顔面に打ち込まれて、キンキンと高い音が響く中で爆発するようにそれぞれ後方へ乱回転しながら吹き飛ばされた。

 

それは、紛れもない喧嘩だった。

対等な者同士が行う喧嘩だ。

初めての対等な喧嘩にアクセラレータは、戸惑いながらも興奮していた。

初めて楽しいと感じた。

 

 

ククッ

国際法で禁止されている人間のクローンの大量生産たァ

ハナからまともな実験じゃねェンだろいとは思ってたが

オマエラ、イイ感じに頭のネジ飛んでンじゃねェか

 

 

地面に叩きつけられたアクセラレータは握り締めた血だらけの拳を満足そうに眺めた。

 

俺と対等に喧嘩しているコイツの方がネジが飛ンでンだァ

この世界に俺とやり合える奴がいやがるなンてな......

 

「ククク......ハハハハハハー!」

アクセラレータが狂ったように笑っている中、サソリがヨロヨロとアクセラレータに近づいて行った。

 

一頻り、笑い終えるとアクセラレータは覗き込んでいるサソリに質問した。

「何者だァ、お前?」

「......忍だ」

サソリははっきりとした口調で答える。

 

******

 

うそっ!?

押している......

あの一方通行(アクセラレータ)を?

学園都市最強が相手なのに

 

御坂達はサソリとアクセラレータとの闘いに固唾を飲んで見守っていた。

殺される前の暁の外套を着たミサカがぎこちない笑顔で誇らしく言っている光景が想像された。

 

お姉さま!

ミサカは大丈夫です

師匠は厳しい方ですが、優しい方です

そして、とても強い方です

 

駆け付けてくれるヒーローなんていない

助けてくれるアテも図々しさもなくて、全部自分で片付けないといけないと思っていたのに......

それを許してくれる仲間なんていなかった

 

「サソリ......アンタって人は」

ぎゅっと胸元に手を当てると御坂は、サソリの後ろ姿を暫し呆然と眺めた。

学園都市最強と御坂達のリーダー格のサソリの闘いを見ていた麦野や白井も士気が上がり、表情には自信と誇りのようなものが滲み出す。

 

同じくアクセラレータとサソリが闘っているのを黙って見ていたゼツ。

「......」

「押されているね」

ニヤリと笑うと、黒ゼツが静かに呟くように言った。

「......丁度良イナ......」

ゼツは、鼻血を出してひっくり返り息を荒げているアクセラレータを眺めると少しだけ笑みを浮かべると両手の真っ赤な輪廻眼を向けて構えた。

ギョロギョロと動く目玉に御坂達はゾッと戦慄した。

 

神羅天征

 

土砂や線路、コンテナが歪み軋み出して視界から消え去った。

「!?」

ゼツから強大な斥力が出現し、周りの物体を次々と吹き飛ばし始めた。

「......行クゾ」

半球のように広がる衝撃にミチミチと線路の枕木が持ち上げられて、地図を書き換えるような衝撃が襲い掛かる。

 

貨物列車が持ち上げられて、地面の土砂の天地が逆になったような気がした。

「くっ!?」

迫る貨物列車を御坂と麦野が能力を使って咄嗟に消し飛ばした。

 

次の瞬間、青くキラキラ光る氷の矢が御坂達の背後から飛んで来て、ゼツの肩を射抜いた。

しかし、衝撃の波が御坂達に襲い掛かり、巻き上がる土砂に巻き込まれていく。

 

「痛た......!?」

ゼツからの衝撃をまともに受けた佐天はしこたまぶつけた頭をさすりながら、土埃が舞い上がる薄ボヤけた世界を目を擦りながら見ている。

「うう......」

「何があったんですの?」

「白井さん!湾内さん!」

佐天が駆け寄る。見た感じでは皆に危害は無さそうだ。

「みんな大丈夫?」

「げほげほ......」

御坂が泡浮を引き上げる。

 

「アイツ......こんな事も出来るのね」

「超危なかったです」

「......」

ミャー

レベル5は自分でバリアを展開して、その身を守っていたようだ。

滝壺が抱き上げている子猫がパニックを起こしたようにジタバタしていると......

「ダメ!飛び出したらもっと危ない」

と子猫の鼻先に手をちょこんと乗せた。

 

「何処に行ったのかしら......それにさっきの矢は?」

麦野が思案顔で佐天を見つめた。

「ど、どうかしました?」

佐天が心配そうに麦野を見返すと、麦野は「?」と疑問符を浮かべてそっぽを向いた。

 

威力から言えば、私達に匹敵しそうね

本人には自覚がないみたい

「??」

 

衝撃波を引き起こした張本人のゼツが姿を消していて、滝壺がAIM拡散力場を追跡していた。

地中を通って気配はサソリに伸びている。

 

******

 

「しのび?」

時代錯誤のような言葉にアクセラレータは目を丸くした。

「......まあいいや、っで俺も殺しに来たンかァ?」

「......怨みを買われる事には慣れてンよ。お前にならよいかもしれねェ」

 

大の字に横になったまま、アクセラレータはデフォルト設定にしている『反射』を切った。

 

「さっさと殺りやがれェ」

「......オレは弟子の仇を取りに来ただけだ」

「だったら......仇でもなンでも」

「仇は取った......無論死んでいたら容赦しないがな」

「は?どういう意味だァ」

 

サソリは少し優しげな顔をすると

「そのままの意味だ」

と答えた。

「!?......今度は手加減なンざしねーからな」

「......臨む所だ最強」

むくりと身体を起こしたアクセラレータは、最大の好敵手出現に顔を綻ばせて鼻血を片方抑えて血を出した。

 

しかし、茨を生やしたゼツが土中から姿を現して、アクセラレータの顔に植物を這わせた。

「!?貴様!?」

「礼を言うよサソリ......これで最強戦力がボクらの手に入った」

アクセラレータの顔に張り付いた茨は、徐々にグルグルとした面へと変貌して辺りの大気が震え始めた。

 

「がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!あ......ああ......」

 

アクセラレータは、グルグルの面を外そうともがくが、すぐに膝を折れて呆然と立ち膝のまま空を見上げた。

仮面に空いた穴から赤い瞳が光り始める。

 

ゼツのもう一つの顔、トビの出現である。

一方通行の身体を立ち上がらせるとコキコキと身体の体操を始める。

「あー、良く寝たっすね......ん?先輩?」

「貴様らぁぁー!」

サソリの拳を紙一重で躱したトビ一方通行は、サソリの懐に入り込むと掌を顔に向けた。

バン!!と音がしてサソリはひっくり返った。

「がはっ!?」

「良く分からないっすけど......先輩、チャクラが切れ掛かっているっすね。どうするんすか?」

 

トビ一方通行が頭の後ろに手を回しながら、飄々とした感じで後ろにいる肩を凍らせたゼツに質問した。

「......帰るね。まあ、今回はトビに最強の肉体が手に入ったし......結果オーライ」

 

ゼツの掌にある赤い輪廻眼を何もない空間に向けると真っ黒な正方形が積み重なったような形で空間が断裂した。

 

「サソリ......今回ノ件デ貴様ラヲ計画ノ脅威ト考エル......次ハ容赦シナイ」

「ま、待ちやがれ!」

「よっと」

トビ一方通行が地面を叩くと、地面が爆発しサソリに噴石が激突した。

「!?」

「良い感じの術っすね〜。チートみたいっす」

ゼツが断裂した空間に入ると、トビ一方通行も手を振りながら消えていき、空間の断裂は修繕されて映像が途切れたように景色は平穏を取り戻していた。

 

「クソ......」

サソリは地面を大きく叩いた。

ゼツの企みが見えない現状。弟子を無事に護れなかった憤りとアクセラレータの事......全てがサソリの中で静かに木霊した。

 

遠くから

「サソリーー!」

と呼ぶ声が響いてきた。サソリはそっと気だるそうに倒れ込んだ。

見れば御坂達が心配そうに駆け寄って来ている。

 

 

サソリと激闘した現場から僅かに100メートル離れたコンテナの陰に倒れ込んだゼツと爆笑しているトビ一方通行がいた。

「次は容赦しない......プハハハ、そこまではカッコ良かったっすよ!あ〜、先輩に見せたいっすね」

 

「だから言ったのに......あの輪廻眼は試作品でかなりチャクラ使うから危ないのに......もうほとんどないよ」

「黙レ......」

 

どうやら、ゼツもチャクラが空っぽに近いらしく。地面に這いつくばるように微かに動く程度だ。

「っでどうするんすか?ぬのた......なんちゃらの処まで運ぶんすか?」

トビ一方通行が倒れているゼツを覗き込みながら質問した。

 

「イヤ......彼処ニ行ク......チャクラヲ回復サセル」

「アイアイサー」

トビ一方通行がゼツを背中に背負いながら走りだした。

コンテナを足場にしてヒョイヒョイと軽々移動していく。

 

「そういえば......次はトビの番だね」

「番すか?」

「心ノ闇ノ回収ダ」

「あー、そんな事があったっすね」

「どうするの?何か計画とかある?」

「そっすね......オイラ、派手なのが好きだから......!!あ、そろそろアレの季節っすね」

 

移動しながらトビ一方通行は嬉しそうに声を出した。

「ドカンと一発大きな祭りを使うっす!」

 

******

 

事件から数日が経過したある日の昼下がり。

自然と実験は無くなったのか姿を見ることは無くなった

うだるような暑さの中で御坂と白井、佐天と初春が公園のベンチでかき氷を食べていた。

蝉の声が妙にやかましい。

 

「なるほどね〜、このシャリシャリ感を出すのがコツなのね」

ふむふむと頷きながら、佐天はかき氷を口に滑り込ませた。

「参考になるんですか?」

「なるなるー!いつかかき氷をメインにした喫茶店を開くんだから、佐天喫茶店みたいな!」

「ダジャレですか」

初春が困ったように笑った。

 

「お姉様......少しは元気を出していただきませんと」

「......うん」

御坂は妹達の計画で仲良くなったミサカを思い出していた。

 

何の事でしょう?

とミサカはストロベリーの甘みを楽しみつつ盗み食いをします

 

たったあれだけの触れ合いだった。

だけど御坂の心には大きな傷を残している。

 

何だろう......ぽっかりと穴が空いたような感じ

 

「お姉様......」

心配そうに白井は御坂を見上げた。

この数日でかなりやつれたようで全体から元気が無くなっている。

「ごめんね......大丈夫だから」

 

あの時、間に合っていれば

あの子は死ぬ事もなかったのかな

 

「御坂さん!食べないならあたしが頂いちゃいます!」

佐天が御坂のかき氷を盗み食いをしながら、アイスクリーム頭痛に「うがぁ!」と歪ませた。

「ふふふ......ありがとう佐天さん」

「佐天さん!はしたないですわ!」

「良いじゃないですか!色んな味を知るのが佐天喫茶店の夢の第一歩です!」

 

佐天とミサカが重なった。

涙が少し流れて、誤魔化すように御坂はかき氷をかき込んだ。

「甘いわね......甘過ぎるわ」

 

御坂からポロポロと涙が止まらない。

 

喪ったモノはかけ替えないのないもの......死んだら元に戻らない

分かっているつもりだった

でも、覚悟が足りなかった

 

「御坂さん......」

涙による頭痛かかき氷による頭痛が良く分からない締め付けるような痛みがやってきて、かき氷の容器に涙が落ちていく。

 

「ここに居たか」

サソリが公園の入り口から歩いてきた。

「あ、サソリさん!大丈夫ですか?病院を抜け出して?」

「まあな......しっかり怒られたがな。そんな事より」

サソリは御坂の手を掴んだ。

「えっ?」

「ちょっと付き合え」

「な、なな!どういう事ですの!?サソリ」

「お前らには後で説明する......まずは、お前だ」

白井と佐天の追求を振り切るようにサソリは万華鏡写輪眼で神威を使って御坂を異空間に引っ張り込んだ。

 

高い塔に幾本のパイプが走る中でサソリと御坂は雨が降りしきる真っ暗な空の世界にやってきた。

「......何ここ?」

「オレの術で来れる場所だ......ついて来い」

 

目の前の扉に入り、木造の廊下を通っていくと、ある部屋の前でサソリが引き戸に手を掛けた。

「御坂......悪いな」

「!?えっ?......どうしたの?」

「オレの弟子についてだ......お前まで巻き込んじまった」

「ち、違うよ!あたしが昔......」

 

サソリがスッと御坂の頭を撫でた。

まるで御坂が言うのを妨害するように......

「それを踏まえて......この先に行って欲しい。多分、最悪の事をやった」

サソリの表情がいつも以上に真剣で憂いを帯びていた。

「見た上で納得出来なかった、殴っていい......すまん」

「な、何よ......一体どうしたの?」

 

サソリが引き戸に力を入れて開けると、台の上にへなっと座っている黒髪をした小さな子供が戸を背にしたまま座っていた。

ブカブカの黒い服を着ている。

「?」

御坂がその正体を探ろうとした時に黒髪の子供がゆっくり顔を向けた。

眠そうな目がニコッと笑顔になった。

「お姉さま......ですか?」

絹のように透き通るような綺麗な声が部屋に響いた。

 

「え......えっ!?」

人形のような手には黒焦げになったあの時あげたカエルのバッジを大事そうに持っている。

「えっ!?え.......え?そ、そんな事って」

「......あの時、助けるのが遅くなってなかなり厳しい状態だったが......ゼツに見付かると厄介だったから」

 

喪ったモノは二度と戻らない

死んでしまったとばかり思っていた

あのバカに叩き潰されたと思っていた

 

「破損箇所が多くてな......オレの傀儡を使っても子供に近い姿になったが......」

 

サソリのお気に入りの傀儡だった『三代目 風影』を材料にしてミサカを人傀儡に造り替えた。

 

御坂は唇を噛み締めて走り出した。涙が出てくるがサソリの目も憚らずに子供のように黒髪のミサカを抱き締めた。

「ごべんね......痛かったね苦しかったね。あたしのせいで......」

 

謝罪なんて出来ないと思っていた

 

かつてのミサカは眠そうに瞼を持ち上げながら御坂を小さな身体でそっとぎこちなく抱き締めた。

「お姉さま。すみません、ミサカの為に」

「うぐえっぐ.......わああああーん」

「ミサカは此処にいますよ......身体は変わりましたが......師匠ありがとうございます......」

 

「ありがとう......生きていてくれてありがとう......サソリも......うっぐ」

 

言うな

オレに礼を言うな

最悪な事をした

禁じられた『人傀儡』を造ってしまった

言うな

オレは弟子を闇の道に引きずり込んでしまった

人形になりきれなかった人間に......

かつての過ちを繰り返してしまった

 

「お姉さま......あ、ああ.....,ああああー!」

「!?」

突如として、痙攣が走り黒髪のミサカは震え出した。眼は光を無くして何かに脅えるように叫びだした。

「ど、どうしたの!?」

「......やはりな......あの記憶が影響しているみたいだ」

「あの記憶?」

「痛みは......もっとも強く記憶に残るんだ.......このままだと神経に影響が出る」

 

アクセラレータに虐殺されたあの日

恐怖と痛みに支配された日

生まれて間も無いミサカには精神的に耐えられるキャパシティを超えている。

 

パニックを起こしてガタガタ震えている黒髪のミサカの頭を撫でる。

「大丈夫だ......なんとかしてやる」

「し、師匠......お姉さま」

「大丈夫だからね......なんとか出来ないの?」

「......暫くの間、コイツの記憶を封じ込める」

サソリは戸棚から極小の針を取り出すと落ち着きを取り戻したミサカを座らせた。

「これを打ち込んで、今までの記憶を封じることができる」

「記憶を!?じゃあ、もう二度と」

「一時的だ......オレが術を解けば記憶は蘇る」

 

サソリはミサカの頭に極小の針を埋め込み始め、最後の一手の所で止めると御坂の手を掴んでミサカの頭に近づけた。

「次に逢えるのは、数年後だな。身体と精神が成長してあの日を受け止めることが出来るまで」

 

「必ず......迎えに来るからね。絶対だよ!」

最後の一手を打ち込む前にミサカは、人形の腕を伸ばしてサソリと御坂の腕を掴んだ。

「お姉さま......師匠......ミサカは幸せです。またお逢い出来るのを楽しみにしています」

 

ポロポロと泣いている御坂の脇でサソリが涙を一筋流した。

御坂が力を込めると針は入っていき、記憶の中枢に入り込んだ。

 

潜脳操砂の術!

 

ミサカの全ての記憶が全て走馬灯のように浮かぶと次々と吸い込まれるように消えていった。

 

「またな......バカ弟子」

 

******

 

万華鏡写輪眼で繋がった異空間で朝を迎えたサソリは座敷で布団に入って寝ていると、トテトテと小さな身体をした黒髪の人傀儡が飛び乗ってきた。

「とぉ!!」

「ぐあっ!?」

サソリの腹部にクリティカルヒットしたらしく、顔を歪ませたながら身体に乗っている黒髪の子供がニコニコと座っていた。

「何してんだお前......」

「起きてー!今日はフウエイと遊ぶって言ったよパパ!」

「まだ、朝の五時じゃねーか。まだ寝る」

手元にある時計で時刻を確認すると身体の上にいるフウエイと呼ばれる少女を寝返りで落とした。

「ええー!つまんない......よいしょ、よいしょ」

フウエイがサソリの布団の中に入ってきて、サソリに身体全体を使って抱きついた。

「あ?」

「えへへ、フウエイもパパと一緒にゴロゴロするー」

 

机に飾られた焦げたカエルのバッジの裏側には達筆な字で『風影』と書かれていた。

 

第2章 妹達編 了



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第61話 刷り込まれた価値

日常編スタート

リクエストの募集を締め切ります
リクエストしてくださった方、本当にありがとうございます
リクエスト内容は、案をまとめて本編に採用したいと考えています



満天の星空の下で赤い髪をした目つきの鋭い人形と茶色の髪をし、ゴーグルを付けた人形をチャクラ糸で操りながら、黒い髪をした物語の語り部『フウエイ』がガラスのように透き通った声を出している。

 

「助けに来たぞ!ミサカ」

「師匠!......どうして?」

赤い髪の人形は茶髪の人形を抱き締めた。

「......決まってんだろ......お前を愛しているからだ」

「師匠!私もで......!?」

こちらの視線に気付いたフウエイは、顔を真っ赤にしてコンテナの物陰に身を潜めた。

両脇に大事そうに赤い髪の人形と茶髪の人形を抱き抱えて、恐る恐るこちらを見ている。

「......み、皆さん......いつからご覧に?」

 

耳をダンボのように大きくして聞き耳を立てる。

 

「!......ほとんど全部じゃないですか......師匠と弟子の禁断の恋には憧れるものです」

目元を赤らめて、困ったように視線を薫せると人形を抱えたまま小石が敷き詰められている地面を踏み鳴らした。

 

黒い髪に暁の外套を着た御坂美琴そっくりの外見をし、一回咳払いをすると語り部の役割をこなし始める。

「えー、コホン......弟子を損壊甚大に保護したサソリ様でございますが、禁術を使い壊れたミサカの身体ごと人傀儡に造り変えました」

胸に付けた焦げ付き、古ぼけたカエルのバッジが月明りに照らされた。

 

フウエイは静かに手を前に持って来ると招待した客を丁寧に接待するように深く頭を下げた。

「では、改めまして......どうも皆さん!語り部であり、サソリ様の弟子兼娘のフウエイでございます」

 

フウエイは頭を上げると満面の笑顔でニコッとした。

その笑みは当時の面影を残したまま、変わらない無邪気さを醸し出している。

「第2章の最後に私が登場しましたね......いやー、今見ても可愛いと思いますよ......可愛いですよね?......可愛いって言いなさいですよ」

フウエイは、赤い髪の人形を抱き締めたまま、ジト目でジリジリと躙り寄りムキになったように詰め寄って凄まじい気迫を見せた。

 

「......そうですよね~!可愛いですよね〜。今も可愛いし綺麗ですって?いやですねぇ、何も出ないですよ」

ニコニコと上機嫌に鼻唄を歌いだし、両手首を顎の下に持ってくると片足を上げてぶりっ子ポーズをした。

そして、人差し指を立てて左右に振ると軽くウィンクをして、意味ありげに含み笑みをすると挨拶の締めに入る。

 

「さて......再び針を過去に戻しましょう。図らずとも学園都市最強に勝利してしまったサソリ様。その噂は一夜にして広がり始め、一週間もすると噂から紛れもない事実へと変貌を遂げます。燻り始める野望の数々、サソリ様の身体の変調......そして今となっては伝説となった学園都市を巻き込む一大派閥がついに立ち上がります!驚きと興奮の転生譚を御賞味あれ!!!あ、私の活躍しますよ」

 

フウエイはチャクラ糸を伸ばして、赤い髪の少年を操り始めた。

 

******

 

ミサカはあの時に死ぬ予定でした

脚を取られ、腕を捥がれ、失血により朦朧とする意識の中で思い出すのは、お姉さまとサソリ様。

クローンの代金18万円の安物で替えの効く人形。

在庫にして9968体もある存在。

死んでも誰も悲しまないと思っていた。

真上から迫る圧迫感と月光を遮る影。

何度と経験した『死』が迫っているのを肌で実感した。

頭での、記憶での、ネットワークで知った知識なんかと比較にならない程の息苦しさを感じる。

 

恐怖なんて感じない

送られてくる神経信号は、破砕した腕や脚の先の幻肢痛と呼吸のし辛さ、暗い影、温かみが抜けていく血の滴り。

全部、現実の物理的信号。

 

ミサカは人形......

誰も悲しまない存在

死んで価値が出るモノ

 

「お姉さま......サソリ様」

独り言のように末期の最後の遺言を絞り出すようにミサカは感謝が反射的に押し潰されそうな肺から溢れ落ちるように静かに湧いた。

「......大好きです」

 

時間が亡くなる

データとしてミサカの記憶はネットワークに共有されて、次の実験に繋がる。

何も見えない

何も感じない

何も聴こえない

 

ミサカのこの気持ちも一緒に送られるのでしょうか?

師匠......

大切な傀儡を壊してごめんなさい

お姉さま......

チョコミントのアイスを盗み食いしてごめんなさい

バッジを取り返そうとした手を振り払ってごめんなさい

......悲しい顔をさせてごめんなさい

また......逢いたいです

いつか、実験とは関係なくサソリ様とお姉さまと過ごしたい

でもお別れですね

 

これで検体番号9982号

第9982次実験は終わります

 

気持ち悪い......

痛い......

イ、嫌です

もう、サソリ様にもお姉さまにも会えないなんて嫌だ

生きたい

もっと生きて色んな事を知りたか......

 

狭まる視界の端で空間が歪み始めて、サソリがミサカの腕を掴むと歪んだ空間の中へと引きずり込んだ。

 

 

「......!?」

ミサカは薄明かりのぼやけた視界から眼を覚ました。

提灯のような淡い光が揺らめく中でミサカは台のような場所にちょこんと座っていた。

全ての物体が大きく見える。

 

「こ、ここは?」

と辺りを見渡していると、台の下に赤い髪をした師匠が呼吸音が分かるくらいな荒い息をして、台に背中を付けて腕をダラリと垂らしていた。

「はあはあ......」

「し、師匠?」

ミサカは、身軽な成りで台から頭を下げて顔色が悪くなっているサソリを横から眺めた。

 

「気付いたか......賭けは成功したようだ」

大義そうに立ち上がると、フラフラとした足取りでミサカの隣に座った。

そして、現在の状況についていけないミサカに説明するかのように腕を掴むと視界に注意深く放り込む。

 

それは今まで知っている温かみのあるクローン体の腕ではなく木製の人形の腕だった。

いや、それだけではない。

身体全体が小さくなり、動く度に関節が軋むような音がした。

 

「お前は今日から俺のコレクションだ......いいか、俺の傀儡だ......オレの命令があるまで死ぬことは許さん」

 

死んで初めて価値があるミサカは目を丸くした。

身体が傀儡になった衝撃よりも大切な人の命令を聴くのが嬉しかった。

状況を整理する前にミサカは声を出す。

 

押し潰されたはずの身体から

死が迫る冷たさから

視えないはずの世界に向けて

聴こえないはずの耳に向けて

感じることなんか許されない場所へ

叫ぶように、力強く

 

「はい!!!」

声というよりは、野生動物に近い泣き声かもしれない。

ミサカの死んだ時計の針は再び、大きな唸りを上げて回り始めた。

 

******

 

みゅーたんとニュース速報

(朗報)学園都市第一位が倒される(画像有り)

学園都市第一位の一方通行(アクセラレータ)が謎の赤い髪をした少年にフルボッコにされる様子が確認された。

 

画像表示(サソリが一方通行の顔面を殴っている画像)

 

1:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

ザマァァwwwwwwwww

 

2:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

マジで!?

誰なん?

 

3:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

血出してるwwwww

アイツって赤い血だったんだwwwwww

 

4:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

負け犬人生エンジョイしてなーw

 

5:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

倒した赤い髪の人誰?

全然知らないんだけど

 

6:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

意外にイケメンじゃねw

俺には負けるけど

 

7:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

<<6つ鏡

 

8:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

あれ?

これってレベルアッパー事件の時にもいなかったっけ?

 

9:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

って事はコイツ倒せば第一位?

夢が広がりんぐw

 

10:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

大人しくキーボードでも叩いてな

第一位に喧嘩で勝つってどんだけだよ

 

11:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

レベルアッパーって前にあった奴?

あれって常盤台のエースじゃなかった?

 

12:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

エースと一緒にいたはず

確か画像があった

 

13:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

今度はコイツを狙えば良いんやなw

背後から金属バットでおk

 

14:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

レベルアッパーの時にお世話になっておいて、この手の平返しwww

 

15:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

画像表示(写輪眼を開眼したサソリが高速で印を結んでいる画像)

 

あったあった

 

16:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

やってねーよ情弱

 

17:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

イケメンでワロタ

カラコンやってんの?

 

18:とある名無し脱能力者(レベル-1)

何処の誰だよwwwww

誰も調べにいかねぇwwww

 

19:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

いや、調べてんだけど

ない

 

19:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

嘘だろ?

 

20:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

ま、マジでねぇ

能力も一切不明

 

21:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

!?

わい、ボコられたわ

 

22:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

おっ!?

被害者がおったか

どちらさん?

 

23:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

警戒するほどじゃなかったぜ

あっちもギリギリみたいだったし

そこら辺適当に締め上げれば、でるんじゃね?

 

24:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

見つけ次第ぶっ殺せば良いぞよ

 

25:とある名無しの脱能力者(レベル-1)

wwwww通り魔乙

 

 

とあるインターネット上の掲示板サイトから始まった衝撃的な書き込みから、爆発的にこの噂は広がっていった。

学園都市最強が敗れたという、あまりにもセンセーショナルな話題。

絶対的な序列によって保たれていた学園都市のヒエラルキーが大きく変わり始め、赤い髪の少年が面目上第一位となってしまった。

この書き込みを見ていた不良達は赤い髪の人を無差別に襲い始めた。

これは後『赤髪狩り』と名前が付けられる事件に加速的に発展していく。

 

最強という甘美なる果実を求めて......

 

その日を境にして、赤い髪をした学生が路地裏に引きずり込まれて、集団による脅迫、暴行、監禁などの事案が発生し、風紀委員(ジャッジメント)が鎮圧に乗り出した。

 

******

 

「よし......っと」

エプロン姿の佐天涙子はバターを塗った豊富な種類のクッキーをオーブンに入れると戸を閉めて設定をしていく。

「あとは焼き上がるのを待つだけですね」

設定をすると加熱がスタートしてクッキーの香ばしい匂いが部屋一面に広がった。

「ごめんね佐天さん。無理言って台所使わせてもらって」

同じくエプロンを着た御坂が使い終わったボールとかき混ぜたゴムベラを流しに片付けていく。

 

「いえ、それは全然かまわないんですけど。クッキー作るならウチのしょぼいオーブンより御坂さんの寮の方が機材揃ってるんじゃ......」

「あ......いや......寮の厨房だと色々とね」

 

予想され得る反応

白井黒子の場合

お姉様、それはどちらに?

サソリにですの?

ギョワァァー!お姉様まで......

 

湾内絹保の場合

サソリさんにでしたら、私が調理しますわ

......あとでサソリさんに詳しく質問しますわ(包丁片手に)

 

その他

きゃー(ハート)

 

少なからず、あのハーレム野郎で鈍感バカにお礼をするためにはここまで配慮しなければならない事に御坂はゲンナリしながら肩を落とした。

「ちょっと......ね」

「サソリにですか。喜ぶと思いますよ。サソリってこういう事された事ないですから」

「!?」

御坂が顔を真っ赤にさせて生地をかき混ぜたボールをゴトリと落とした。

 

「ふふふ......」

佐天は優しく子供達を見守る近所のおばちゃんのように自慢げにニコッと笑いながら頭に巻いたバンダナを外して、丁寧に折り畳む。

「べ、別にアイツを喜ばそうとか考えてないわよ!ただ、アイツに借りを作っちゃったから......その」

言葉の末尾になるに従って声の張りが無くなり、ボソボソと呟くようになった。

『お礼』という事を自覚するのが癪だったり、独りではどうにもならなかった事を解決してくれた事への自分の不甲斐なさや恥ずかしさだったり、グルグルと感情が入り乱れている。

 

お姉さま......御坂は幸せです

 

何より死んでしまったと思い込んでいたミサカを生かしてくれた事が今回の手作りクッキーを選択した大きな要因だった。

 

「びっくりしましたよ。初春から連絡が入った時は......無我夢中で駆け付けましたけど......あたしじゃ頼りにならないと思いますけど、相談してくれると嬉しいです」

その顔はどこか寂しげだった。

 

困った事があったら相談して欲しい。

佐天がレベルアッパー事件に巻き込まれた時に御坂も感じた寂しさだ。

それなのに、いざ自分の番になったら困ったり、疑心暗鬼になったりして相談することも出来なかった。

 

サソリは全て分かっている風にそっと手を差し伸べてくれた。

なんか常盤台のエースや学園都市第三位なんてモノが酷くちっぽけで悲しく思えてしまう。

第一位でさえ、あんな悲惨な実験に加担している事もある。

超能力者(レベル5)という肩書きが金属音を立てて崩れ落ちた気がした。

 

「あぅ......ゴメン。あたしも何が何だか分からなくなって湾内さんやサソリに迷惑掛けちゃったし。以後気をつけます......」

何も言い返せない。

 

「ーーで、ひょっとして御坂さんもサソリが好きになったとか?」

「す......は!?アイツをあたしが!」

御坂が沸騰したやかんのように真っ赤になると否定しながら後退した。

すると、テーブルに腰をぶつけて薄力粉が床に落ちていき、辺りに白い靄が立ち込めた。

「ギャーーー!薄力粉がっ!?おわ、卵もッ!!」

盛大にやらかしてしまい御坂は薄力粉の粉を吸い込んだらしく、いがらっぽい咳をしていた。

 

ん?御坂さんも??

 

チラリと御坂が佐天を見るとテーブルに肘を突いて佐天が照れ臭そうに笑っていた。

「あたしもサソリが好きだなぁ......って思いましてね。サソリが居たから動けたし、サソリが居たから本当の自分にも気付けた。みんなサソリが好きなんだと思います」

 

ぶっきらぼうで短気で口が悪いけど

子供っぽい所もあるけど

あたし達の中で誰かが困っていたら、迷わずに助けに入ってくる

ピンチの時には歳上のように頼りがいのある奴になるし、見捨てない

 

「これが好きって感情か分かりませんけど......サソリやみんなと居ると毎日が驚きだし、何より楽しいんですよ」

ニシシと歯を見せながらイタズラな笑みを浮かべている佐天に御坂が思わず頬を押さえた。

「もうー!佐天さんのせいでどんな顔してサソリに会えば良いか分からなくなったわよ!」

「ありゃま」

 

******

 

ジャッジメント本部では初春と白井が通称『赤髪狩り』の暴行事件の対応に追われていた。

 

「やはり赤い髪をした人が集中的に襲われているみたいですわね......」

「今週で既に40件近く。何か意味があるのでしょうか?」

モニターに映し出されている折れ線グラフを見ながら二人で会議をしている。

今週に入ってからというもの赤髪の男女問わずに襲われているという摩訶不思議な現象に白井は難しい顔をした。

「まだ分かりませんわね.....何かのメッセージ?」

 

「メッセージですか?」

「そうですわね......誰かに対する警告の可能性もありますわね」

「けえこく?」

「......犯人は赤い髪に強い怨みが......!?」

黒い髪をした少女が背伸びをしながら、初春達が見ているモニターを一生懸命背伸びをしながら観ていた。

 

「!?」

「ふ、フウエイちゃん!?」

フウエイは、クルッと首だけを半回転させて驚いている白井達を見上げた。

ホラー紛いの演出に白井が思わず、飛び退く。

 

注)メンバーには、サソリが超技術で造りあげた生きた人形であると説明してある。

 

「どうして此処に?」

ジャッジメント本部への扉は厳重にロックされており、専用IDとパスワードがないと入れないはずなのだが......

「えっとね〜。グルグルってなってビューンって飛んできたの」

両腕を回しながら、鋭く斜め上に腕を突き出した。

 

「んが!?」

「あ!ごめん」

フウエイの突き出した腕がパソコンの操作をしている初春の喉に地獄突きをした。

 

???

何処から?

 

「さ、サソリはどうしましたの?ちゃんと言ってあるんですの?」

白井が腰を屈めてフウエイと目の高さを合わせる。

「パパ?いつも寝てばっかだからつまんないの」

不機嫌そうに口を尖らせるフウエイ。

「そうなんですか?やはり、前の疲れが出ているんですかね......心配ですね」

初春が地獄突きされた首横を押さえながら、首をグルグル回転させている妙な人形を眺めた。

 

「わぁー、世界が回ってるるる〜」

「全くサソリも変なモノを造りましたわね。はいはい、首は回さないの」

「はーい!がしゃん」

首をはめてクルッとジャンプして一回転した。

 

「赤い髪に強い怨みですか......?」

初春が首を傾げた。

「例えば......立派な海兵にしようと思って鍛えていたのに、フラって現れた赤髪の人に唆されて海賊になってしまったとか」

「それは、違う漫画!海兵がいるんですか?」

 

注)某大秘宝を追い求める海賊アドベンチャー漫画の事です。

 

「くろだ」

フウエイの声がしたので白井は後ろを向くと小さい身体を活かして、白井の履いているスカートに頭を突っ込んでいた。

 

「!!?な、何をしてますの!!?」

慌ててスカートを閉じるとフウエイの体勢が崩れて尻餅をついた。

「あうた......えへへ」

ニコニコとした無垢の笑顔に顔を赤くしてスカートを防御している白井は毒っ気を抜かれる。

「......サソリに説教ですわね」

 

受け継がれる『B(黒髪)』の意志......

 

初春はギュッと自分のスカートの先を固めるように脚を揃える。

 

すると、ジャッジメントの通報用の電話が鳴り出して、初春が慌ててスイッチを切り替えて対応した。

「......はいジャッジメントです。はい、はい......分かりましたすぐに向かいます」

スイッチを切り、通報を終えると白井に真剣な表情で見上げた。

 

「また赤髪狩りが出たみたいです」

「......分かりましたわ。原因が分かりませんが、やるだけの事をしますわよ」

「はい、場所はこちらになります」

「では行ってきますわ。何かありましたら、連絡してくださいな」

 

白井は軽く腕を曲げたり伸ばしたりすると座標の演算を始めて、テレポートの能力を発動した。

会話していた相手が急に居なくなり、部屋の静寂さが際立ってきた。

「あ!そうでした。フウエイちゃん、何か食べます......?」

しかし、部屋の中を幾ら探してもフウエイの姿は無く、軽く顔を引きつらせていった。

 

「ま、まさか......白井さんに?」

 

初春は転びながら、白井の携帯電話に電話をかけ始めた。

白井がテレポートした瞬間から消えたフウエイ。

考えられる結論は一つだけだった。

 

そして、赤髪狩りの魔の手は本人は自覚していないが白井も標的になっていることも......



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第62話 くだりモノ

遅くなって申し訳ありません

リクエストされた事については日常編では入りきりませんので第3章の中で使いたいと考えています
何度も変更してすみません

誤字報告をしてくれた方々
ありがとうございます
確認して修正したいと思います


不器用なキャラが不器用なりに頑張ったボロボロクッキーってのが乙な場合もある。

作れば必ずしなければならないイベントがあるのも御坂はすっかり忘れていた。

 

「うぅぅー!......どうやってこれをサソリに渡せば良いのよー!」

サソリにどうにかしてお礼の品を渡すというミッションだ。

 

佐天の部屋にあるテーブルに茶色の袋にクッキーを入れ、キチンと置かれたのを見ながら御坂が顔を真っ赤にしながら悶絶していた。

 

直接渡す→選択出来たら、こんなに苦しんでいない。白井達に気付かれるリスクが高い。

宅配で届ける→異次元の世界(写輪眼の神威)にサソリがいる為。つーか、直接渡せないのがバレるのではないか......

 

「わ、渡すだけ......そう、投げつけるだけでも(←ダメです)」

何故かクッキーの前で正座をしながら御坂はブツブツと言っている。

「あのー......電話して呼びますか?」

ベッドに腰掛けた佐天が困ったように愛想笑いをしながら、携帯電話を取り出した。

「な、何であたしがアイツの為にここまでしなきゃなんないのよー」

 

分かっているわよ!

あたしが原因の実験を止めてくれて、死んだと思っていたクローンを生き長らえさせてくれたし......

悔しいけど、感謝しかないわけだけど......

このモヤモヤとした気持ちは何なの!?

お礼したいけど、アイツの事だから憎まれ口を叩くと思うし

ああああーーー!

 

何かの葛藤を抱えながらガンガンと床に頭を叩きつける御坂。

「ちょっ、御坂さん!下の階に響いちゃいますよ」

「ご、ごめん......佐天さんの能力でどうにかなる訳ないわよね」

本当に困っているかのように頭を上げて、拝むようなポーズをしている。

 

「あたしですか!?夏場にぴったりぐらいの氷ですけど......練習します?」

「練習?」

「あたしがサソリの真似をしますから、御坂さんがお礼を言いながら渡す練習ですよ。ほら、いざって時に頭が真っ白になった為に」

 

「......練習かぁ......やっておいた方が良いかも」

少しだけ考えると御坂は意を決してクッキーの袋を手にして準備に入る。

佐天は黒髪を掻き上げながら流し目をして御坂と向かいあった。

「じゃあいきますよ......何だいベイビー」

「ごめん、ちょっと待って」

「待つぜ子猫ちゃん」

「どこのB級ホストー!?佐天さんのサソリのイメージってそれ?」

「あれ、違いましたっけ?」

「違うと思うわ......まあ、良いわ。取り敢えず佐天さんをサソリに見立てて渡す練習をする」

 

気を取直して。

ニコッと笑っている佐天にクッキーを手渡しながら御坂が顔を真っ赤にしながらお礼の練習を始める。

「こ、これ......その......あの時のお礼よ。う、受け取りなさい」

「うーん、ちょっと押しが弱い気がします」

佐天が顎に手を当てながら、少し考えるそぶりを見せた。

そして御坂に耳打ちをする。

「えぇー!そ、それをするの?」

「やってみてください!サソリも喜ぶはずです」

「うう......」

 

テイク2

「はい!勘違いしないでよ!たまたま、材料が余っただけなんだから、別にアンタの為じゃないんだからね!!」

ツンデレ属性

 

テイク3

「クク......其方に礼を言わねばならないな!これは我が眷属に伝わる......って何これ!?」

中二病的な

 

テイク4

「はわわわ、すみません。クッキーを焼いたんですが......忘れてきちゃいまし......意味なっ!?」

ドジっ娘

 

テイク5

「はい、クッキーをあげます......これであたしとずっと一緒ですね。あたしの愛情入り鮮血入りのクッキーで.......怖い怖い怖い!」

ヤンデレ属性

 

御坂はぐったりと机に伏せて、疲労困憊の様子で腕を組んでいる佐天を見上げた。

「あとは『お姉さん』的な渡し方がありますよ」

「ご、ごめん......これだったら普通に渡すわ」

「ふふ!」

佐天が含み笑いをしながら御坂を見ていた。

「?」

「いやー、可愛いなぁって思いまして」

「ちょっ!そんな事ないわよ!」

顔を真っ赤にし、腕を振りながら全力で拒否をする御坂。

「大体アイツは、何かあれば文句ばかりだし、子供っぽいし......そりゃ、いざとなれば頼れるけど......それはなんつーかお礼は、あたしのけじめだし......!」

 

と御坂が正座をしながら良く分からない複雑な汗が滲み出てきていると、御坂の隣の空間が一点から歪み出して赤い髪をした少年が3次元に拡張される形で出現し始めた。

窓からの光を遮断するように現れた少年は、人形のように御坂に倒れ込み始めて、全く受け身の用意が出来ていない御坂に覆い被さるような形となった。

 

「えっ!?な、な?サソリ?」

サソリは意識がない状態で凭れかかると....,.

 

チュッ......

 

御坂の頬にサソリの柔らかい唇が当たり、サソリは御坂の脇腹を枕にするようにずり落ちて止まった。

 

「な.......ななななななななななななな

!!?」

御坂は柔らかい感触が通過した頬を触れるか触れないかの距離で現実に起きた事象の整理をしていく。

 

ま、まままさか......

サソリにキスされた......?

キス?

あたしにサソリが......

 

ふと見上げると佐天が手で口を覆いながら、顔を真っ赤にして固まっていた。

「み、御坂さん。今のって......」

この場にある全ての生理的反応と物理的反応を総合してみても自分の結論との差異はない。

 

「ふ、ふ......ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」

アパート全体が揺れるほどの大絶叫が響き、御坂は咄嗟に手加減なんざ考えていない大電撃を流して、御坂に軽く膝枕しているサソリを痺れさせた。

 

「あが、イヂヂー!?」

サソリが最悪の寝起きを体験したかのように不機嫌そうな目付きをしながら、痺れる身体を引きずるように座り直した。

 

「な......何しやがんだ?」

「こ、ここここっちのセリフよぉ......あたしに取っては初めて......」

そこまで喋ると御坂の頭が爆発したようになり、蒸気が溢れている。

フシューっと音を立てて俯いた。

 

「??何かあったのか?」

身体からビリリと流れている電撃を振り払いながらサソリが佐天に質問した。

 

「えっと......き、キスをしたんですよ」

「誰が?」

「サソリが」

「誰に?」

「御坂さんに」

「......ん?何処にだ?」

佐天が紅潮した頬を指した。

「なんだよ。そんな事かよ......くだらねーな」

サソリが怠そうに脚を伸ばして、休む体勢になった。

「......いもん」

「あ?」

「くだらなくなんかないもーん!」

「うるせぇな!減るもんじゃねーだろ。そんな程度でギャアギャア騒ぎやがって」

「騒ぐわよー!」

御坂が電撃をバチバチと強くさせていく。威嚇をする猫のように息を荒げた。

「み、御坂さん!あたしの部屋であまり能力を使わないでください!」

もろもろの電化製品が壊れて再起不能になってしまい、お小遣いのピンチに。

 

「だってだってコイツ......!!」

先ほどの所業を想起しながら御坂は行き場のない感情をぶつける為にサソリの胸ぐらを掴むと表情が強張った。

「えっ?」

 

か、軽い......?!

 

予想していた重さを遥かに下回る体感に御坂の頭は急激に冷やされて身を固くした。

掴んだ胸元からははっきりと皮の裏側から肋骨が浮き出ている。

サソリはため息をしながら、すっかり緩んだ御坂の腕を外すと状況を確かめるように外を眺めた。

 

「佐天の家か?」

乱れた外套を直しながらサソリが訊いた。

「そう......だけど?」

何かに追い詰められているかのように身体を強張らせている御坂の身体を支えながら、佐天は探るように答えた。

 

「......フウエイがやったな......邪魔した」

サソリが窓を開けようと手を伸ばす。外套の隙間から細く白い腕が露出した。

「!?」

佐天が制止するかのように腕を反射的に伸ばしてサソリの行動を止めた。

「?......」

サソリの手を掴んだ佐天の表情が御坂と同じように緊張した。

外套を捲ると最初に逢った時かそれ以上の細さになっている。人間の腕ではなく木の枝をゴムで覆ったという表現が正しい気がする。

 

「サソリ......何か隠している事あるでしょ」

「!?」

いつものお調子者の佐天ではなく、怒ったような真剣な目付きでサソリを見ていた。

 

「べ、別に関係ねーだろ」

佐天の手を振り払おうとするが単純な腕力では佐天の方が上のようで簡単には剥がれない。

サソリの心臓がかつてないほどに強く拍動していき、まるで悪い事を隠していたのがバレた子供のように拗ねた顔になった。

「関係ない!?そんな事ないでしょ!」

サソリを無理矢理座らせると目線を合わせるように佐天も向き合った。

「御坂さん!サソリが逃げないように注意してください」

「わ、分かったわ」

サソリの隣に御坂が配置されて、サソリは窓から逃げる事、体力が残っておらず術を使って逃げる事すら出来ない状態となった。

 

「言って!」

「ぐぐ......あー、分かったよ!はあ」

サソリは座り直すと胡座をかいた。

虚弱化した身体を庇うように腕をブラブラさせるとポツリポツリと話し始めた。

「......悪い、御坂......フウエイの事なんだが」

「フウエイちゃん?」

顔色が悪いサソリが御坂を見つめながら、一言一言注意しながら話していく。

 

「その......なんつーか......かなり危ねぇ所まで行ったんだ......」

「えっ!」

「心拍が止まって呼吸も止まって......蘇生術をやったが、戻らなくてな」

 

アクセラレータによる激しい傷によるダメージはサソリの予想を超えており、人傀儡に造り替えたのだが、自分の時とは違い心肺停止の瀕死に陥ってしまった。

「......」

ゴクリと御坂が生唾を飲み込んだ。

サソリは一回だけ深い瞬きをすると呼吸を整えた。

「ある術を使った」

 

 

暁時代の最期の戦闘。

瀕死の重傷を負ったピンクの髪をした忍を追い詰めた時の一幕。

自分の師であり、祖母との会話を思い出した。

 

無駄だ......

急所を突いた

毒がなくとも、そいつはもうじき死ぬ

簡単には治療出来ない所を狙った

 

フ............

医療忍術での応急処置を終えた

ワシが今やっておる医療忍術ではない......

 

 

己の生命エネルギーをそのまま分け与える............

転生忍術じゃ

 

............

 

そもそもこれは......

お前のために長年をかけ、編み出したワシだけの術じゃ

 

............?

 

この術があれば

傀儡にすら命を吹き込むことが出来る......

術者の生命が尽きるのと交換でな......

 

 

サソリはやや和らいだ表情になり、安堵したように身体の力を抜いた。

「フウエイにはオレの生命が入っている......少し元気過ぎるくらいだがな」

ずっと隠し通そうとしていた事柄だった。

これで自分の罪が清算出来た訳ではない。

無我夢中で術を使い、フウエイに生命の灯火を強くさせた。

 

師から弟子へ

祖母から孫へ

最期に教えられた術だ

まるでチヨバアはこれを見越して教えたかのようにすら思える

 

「サソリ!?もしかして、そのせいで」

御坂は今にも泣きそうになりながらサソリの骨ばかりの肩を掴んで顔を向けさせた。

「な、何で......?そこまで......」

「悪かった......なんか身体が勝手に動いてな......もう、喪うのは嫌だったから」

ここまで来て、サソリは自分の中でミサカを助けた具体的な意味なんて自分にはない事を知った。

ずっと合理主義で人生を歩んでいたサソリに取ってみれば、自分の生命を削ってまで残す価値は無いに等しい。

それなのに.......

くだらないって一蹴した筈の祖母の術に救われた感じがしてむず痒い。

 

御坂は泣きながらクッキーの袋を乱雑に掴むとサソリに押し付けるように渡した。

「ん!」

「?」

「黙って受け取って......お願いだから謝らないで」

もう、涙だが鼻水だが分からないくらいにグシャグシャになった御坂がティッシュで拭いながら鼻をかんだ。

 

クッキー?

袋を開けてサソリが中身を確認すると前に食べたクッキーより些か図形が不恰好な星型のクッキーを手に取った。

「な、泣くなよ......どうすりゃ良いか分からん」

なんか面倒な事になるから黙っていたのに......面倒な事に......

 

父さん、母さん

まだ小さい頃に求めた仮初めの愛情

人形にした両親

あの時に死ななかったら変わっていたかもしれない

忍世界に憎しみを抱く事もなかったかもしれない

祖母と死闘をするという面倒な事もなかったかもしれない

 

人生は後悔ばかりだ......

なんかそんな後悔をコイツらには味わって欲しくなかった

 

サソリは佐天のベッドに寄りかかりながらぼやっとバツが悪そうに天井を見上げている。

佐天の姿が何かと重なり懐かしい気持ちが沸き起こる。

 

「あ、あのさ......全部あたしが悪いの!!あたしのせいでたくさんの死んだし、あたしがDNAマップを渡さなかったら、サソリだって無事だし、あの子達が痛みを受けることもなかったのよー!全部あたしがーーー」

身体を震わしながら御坂は嗚咽交じりで溜め込んだ言葉を吐き出した。

前屈みになり佐天の部屋のカーペットに涙が滴り落ちる。

 

「......そうだな......お前が発端だな」

サソリは目を瞑りながら少しだけ冷たく言い放った。

「サソリ!?」

佐天が慌ててサソリと御坂の間に入ろうとするが、サソリは細い腕で制した。

 

「だが、そのお陰でフウエイが生まれた。アイツは全力で生きている......楽しい事も辛い事も経験して大きくなっていく......そこだけは誇って良いし、オレも感謝している」

 

震えている御坂の背中を優しく摩る。

「何が正しいとか、こうすれば良かったなんて所詮結果の戯言だし、今と関係ねぇよ......ありがとうな」

サソリの手が頭を撫でると御坂は声にならない声を出して、溢れる涙を堪えながらサソリに抱き着いた。

 

「うぐあ!?」

「うぐ......えっぐ......ザゾリィぃぃー!うわああああーん!ありがどうぉぉー」

「お前!?服に付くだろうが!」

「ザゾリー!」

御坂に押し倒されて抱き着かれてサソリはジタバタともがくが全然力が入らずに御坂のされるがままに容赦なく締め上げられていく。

 

機械が生み出した生命

破壊された肉体

それをサソリが生き人形に変えてしまった

客観的にと倫理的にも間違っていることは御坂でも用意に理解できる。

だけど

サソリが居なかったら犠牲は増えていただろうし

あの子に謝ることも出来なかった

 

佐天は二人の様子を台所に立ちながら、眺めると少し嬉しそうな、少し悔しそう

な表情になると......

「あーあ、またライバルが増えちゃった......しかもかなり強力な」

 

******

 

学園都市内部にあるAIM拡散力場研究所内で山盛りの資料を段ボールに入れてヨロヨロと運んでいる木山春生の姿があった。

部屋の扉を腰を使って開けると、段ボールだらけの部屋の中に置いてあるソファーの上にテレスティーナが眼鏡をかけ直した。

ここ数日間は、テレスティーナは木山の釈放に全力を注いだが研究室で軟禁という形にひとまず落ちついた。

「よっと......」

「全く!何で私が......」

段ボールを置いた木山にテレスティーナがブツクサ文句を言い、溜息を吐いた。

 

「礼を言わなければならないな......君が証言してくれなきゃ、ここに居る事は出来なかった。締められた首が痛むが」

「悪かったわよ。色々と掛け合うのは骨が折れるわー」

テレスティーナは肩が凝ったように腕を回した。

 

「コーヒーでも飲むかい?」

「そうね。お願いするわ」

サイフォンでコーヒーを沸かすとカップに入れてテーブルに並べた。

「それで......例の研究者について何か分かったかい?」

「ゼツの事?そーね......調べれば調べるほどに謎が深まっていくわね」

手元にあるゼツの証明写真と略歴が書かれた資料を眺めながらコーヒーを飲んだ。

 

ゼツ

専門は人体構築理論

科学では解明できない手法により特異的な実験を繰り返す。

クローン技術

細胞再生

ネットワーク構築

 

「とまあ、ここまでが表に出ている情報ね。裏のはかなりエグいのまであるわよ」

 

過度な拷問による心神耗弱の推移

憎しみと恐怖の境目

感受性が先天的に強い子供の前で肉親や友人を殺した時の反応

脳に直接エネルギーを流し込み、能力開発が可能か?

 

「そんな事を......」

「私も同行した事があるけどね......ほとんどが発狂したり、廃人になったりしたわよ」

ゼツの今までの実験成果を見ながら、テレスティーナは胸糞が悪そうに頭を叩いた。

「その後は?」

「さあね......はっきり言えるのはマトモじゃないってことかしら。ただ......」

「ただ?」

木山がテレスティーナと向かい合うように座った。

 

「憎しみや恐怖を与えることに特化していたわね。あとは、地下で見た異質なカプセルに入ったクローン体かしら」

 

テレスティーナがゼツの研究室に訪れた時に一瞬だけ見えたカプセル。

見ているのに気付いたゼツは、ボタンを押してカプセルを外部から見えなくして地下にしまった。

 

液体で満たされたカプセルの中に肉付きが良く、長い黒髪をした男性が眠っていた。

 

「あとは......」

テレスティーナが顎に手を当てて思い出そうとしていると......

「影......」

木山は呟くように声を出した。

教え子達を助けに行った時に地の底から這い出ようとする実体無き影。

囚われた瞬間に生きている中で後悔したこと悪夢が呼び起こされそうになった。

しかし、懐かしい子供達の助けにより逃げる事が出来たのだが......救う事は出来なかった。

 

「影......負の感情?これにはどういう繋がりがあるのかしら」

「分からない......ただ、サソリ君は奴について何か知っているようだった」

「サソリ様が?」

「ん!?様」

 

いきなり立ち上がり、かなり興奮した様子のテレスティーナが唖然としている木山を見下ろした。

心なしか眼鏡が光っている?

 

「サソリ様ねー!あの何もかも見透かす眼に見られた時の何とも言えない浮揚感......最高だったわ」

「.......」

コーヒーを片手に軽く距離を取る木山。

「サソリ様の能力は素晴らしいわ!神に近いわね。いつサソリ様に会うのかしら」

「あ、ああ今度になるな」

「その時は私を連れて行きなさいよ!」

 

腕を組んで崇めるポーズを取るテレスティーナを横目に木山は眉間にシワを寄せて困ったように愛想笑いをした。

 

サソリ君の元には不思議と人が集まるな

これも彼の人徳か......

私もその一人だが



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第63話 遊戯

遅くなって申し訳ないです

リアルが多忙でなかなか執筆時間が取れなかったです




学園都市の地下には広大な地下空間があり、闇の深さを象徴するような入り組んだ作りになっている。

 

「ねぇ......むぎのん。ちょっと休もうよ。私疲れたわ」

フレンダが前を突き進んでいる麦野の腕に甘えるように抱き着いた。

「くっ付くんじゃないわよ!」

抱き着いているフレンダをウザそうに振り回して解こうとする。

「結局、これがサソリだったら態度が変わるのよね」

「旦那?」

少しだけ想像してヨダレを垂らした。

「むぎの、よだれよだれ」

滝壺がハンカチを取り出して、麦野の口元を拭いた。

 

「ま、まあ......最終的なエンディングで旦那を落とせれば良いのよね。今回の依頼だって旦那からな訳だし」

 

麦野

確か、暗部に所属しているって言っていたな

『ゼツ』って奴をどんな手段でも良いから調べてくれ

礼はする

 

「ふふ、礼ね。何かしらデートでも良いし、抱きつかせてくれるだけでも」

「うわ!?ちょっ!」

今にも妄想で飛んでいきそうな麦野をフレンダが背伸びをしながら体重を乗せて地上に下ろそうとしている。

 

「?」

滝壺が身震いをしながら通路の先にある光の遮断された暗闇から紫色の楕円の燐光が観える。

「すみませんが、ここで打ち止め。アイテムの皆さん」

オレンジ色の厚い鎧を着込んだ栗毛の坊主頭の少年が立っていた。

右眼には紫色の波紋状の眼をしており、右耳には黒いピアスをしていた。

 

「!?あの眼は......」

前に戦ったゼツが使っていた禍々しい力を秘めた瞳。

「へぇ~。じゃあ、その先にはさぞ

大事なもんがあるんだろうね」

麦野が緑色の光球をポツポツと出現させて、オレンジの鎧を来た少年に放った。

 

「あ~あ、終わったわね。むぎのんの一撃を食らって生きている訳が......えっ!?」

坊主頭の少年は腕を前に出すとメルトダウナーを吸収した。

緑色の光が身体を周回し、次第に坊主頭の少年に収束していく。

「私の能力が?」

坊主頭の少年は鎧の中から黒色の棒を出すと、麦野達に切り掛かった。

 

「こ、コイツ!?」

フレンダがスカートと中から砲弾を取り出すと坊主頭の少年に打ち込んでいくが、鎧の装甲が厚いらしく爆炎を上げながらも動きを止めることは出来なかった。

「くっ!」

麦野は黒色の棒を紙一重で躱して、露出している頭部を蹴り上げるが、坊主頭の少年は空いている腕で麦野の足を掴むと壁に叩きつけた。

「がっ!?」

「麦野!?」

フレンダがぬいぐるみを投げると爆発させるが、爆発はすぐさま吸収されていく。

坊主頭の少年は黒色の棒を麦野に突き立てようと移動を始めた。

鎧を着用しているとは思えないほどの身の軽さだ。

 

「エラーの痛みを知れ」

坊主頭の少年がそう言った瞬間にフレンダがスタングレネードを炸裂させた。

「行くよむぎの!」

「!?」

滝壺が麦野に肩を貸して逃げるように元来た道を戻り始めた。

「離しなさい!滝壺!」

「相手が悪い......むぎのの能力を完全に吸収している......数倍にして跳ね返すタイプだったらマズイ」

 

「!?」

麦野の脳裏に先日の戦闘が過る。掌から能力を吸収し、跳ね返したゼツの存在。

 

「嘘!?」

スタングレネードを炸裂させて、二人が逃げる時間を稼いでいるが爆音と爆光が坊主頭の少年に吸収されていく。

「ま、全く効いてない訳?」

少年の冷たい眼が光り、フレンダに悪寒が走る。

底知れない憎しみの現れにも見えた。

 

ガシャンと少年がフレンダに腕を構えて、黒い棒を飛ばした。

眼前に迫る黒い棒の弾丸にフレンダが顔の前に腕を構えると麦野がメルトダウナーで吹き飛ばした。

「退くよ!覚えてやがれ」

更に麦野は坊主頭の少年の頭上にある天井に軽く打ち込んで崩落させた。

「!?」

 

物理的な攻撃ならさっきの蹴りで効くのは証明済み

潰れな!

 

崩落した瓦礫に埋もれたのを確認すると、麦野達はスピードを上げて一気に逃げ去った。

 

「......」

瓦礫の中からほぼ無傷の坊主頭の少年が崩れた天板を砕きながら起き上がる。

損傷した頭から血を流している。

すると、右耳に付いた黒いピアスから音声が聞こえてきた。

 

『侵入者?』

少年は右耳に手を当てると踵を返して、鎧を揺らしながら巨体を引きずるように歩いていく。

「ああ、深追いはしない」

『賢明ね。まあ、アンタとの視界共有で視えていたわよ。何だったかしら?』

「第四位......ターゲットとの接触はどうだ?」

『まだみたいね。接触班は、人間道と修羅道......そして天道が動いているから心配ないわよ』

「天道もか。畜生道は?」

『私と地獄道は待機よ。貴方も戻ってらっしゃい......餓鬼道』

「ああ」

 

黒いピアスから手を離すと右眼の輪廻眼を覆うように眼帯を始めた。

 

測定不能(Level Error)

餓鬼道

 

******

 

赤髪狩りが行われていると思われる路地裏にテレポートをしてきた。

華麗に着地を決めると、髪を整えた。

「さてと」

白井がテレポートをしながら軽く伸びをしていると後方から妙な重量感と声が聴こえてきた。

 

「デカ長!頑張りましょう!」

「へ?」

白井の真後ろにニコニコと笑ったフウエイが白井のスカートの端を掴んだまま見上げていた。

白井は顔が直角になるほどの衝撃を表現して、唖然とした。

 

「な、何で此処にいますの!?」

「白井ママが消える前に掴んでフウエイも付いてきたのだ」

ビシッと腕を伸ばして決めポーズをすると、キリッした顔で白井を見上げた。

 

口をパクパクさせて混乱している白井を横目にフウエイは自分の好奇心の赴くままにガスタンクによじ登り、裏側の覗き込んだ。

 

ど、どどどどうしましょー!

まさか、付いてくるなんてですわ

もう一度初春の元に戻って......いや、その前に

 

「フウエイちゃん......そのですわね」

「何?白井ママ」

「はう!?」

 

フウエイの純真無垢な言葉に胸を打たれた白井はコンクリートの地面にのたうち回りながら悶絶した。

 

ま、ママ!?

という事はという事ですと......

サソリがパパに!

 

「?」

大の字になって顔を赤くして惚けている白井にフウエイがしゃがみ込んで首を傾げて見始める。

「す、少しだけママってだけで呼んで頂けます?」

「??ママ」

サソリがパパ

白井がママ

白井は横になりながら静かにガッツポーズをした。

 

夢に見たこの状態に神に初めて感謝した。

恋の神様だから、天使(キューピッド)?

この響きには魔性な何かがある

 

「もう一回、お願いしますわ」

「ママ?ママ!」

 

あああ~

幸せ過ぎますわー

これで布団の中での将来構想(妄想)が捗りますわ

 

ゴロゴロと転がっていると白井はガスタンクに頭をぶつけた。

「アイタですわ!」

ヒリヒリする後頭部を撫でながら、口角は幸せそうにダラけたままだ。

 

「超何してんですか?」

買い物袋を手に持った絹旗がジト目で見下ろしている。

「はうわ!?」

変なリアクションをしている悲しい顔見知りを放っておき、絹旗がフードを被ったまま、側にいる黒髪のフウエイを横目で見やる。

 

「これが超噂の生き人形ですか?」

「あーい!フウエイちゃんだぞぉ。がおー」

フウエイもフードを被った絹旗に倣って自分のフードを被り、形だけの威嚇のポーズを取る。

 

「な、何をしてますの?貴女は?」

心臓が飛び跳ねるのを必死で抑えながら、服に付いた砂埃を払い除けながらながら立ち上がった。

「別に。超買い物帰りなだけですけど」

「そうですのー。では、どうぞ通り抜けてくださいな」

「?」

 

フウエイの肩を掴んで通路を譲るように端っこに寄ると絹旗が白けたように紙パックのジュースを飲み始めた。

「小さい子に『ママ』って言わせる程超虚しい事はありませんね」

「ぐぉ!?」

絹旗の言葉が強烈なベクトルとなって白井にクリティカルヒットする。

 

見られていましたの!

聞かれてましたの!?

 

一人だったら簡単にテレポートで逃げる事が可能なのに......ですわ

 

「ああいう、女に超なっていけないですよ。フウエイ」

「何でー?」

「あんな感じで超ダメージを受けるからです」

首を傾げているフウエイに絹旗が悶え苦しんでいる白井を見せつけた。

「??」

 

 

「あー、赤髪超狩りですね」

ジャッジメントとしての任務を再開した白井は頭を抱えながら、何故か付いてきた絹旗に事の経緯を説明した。

 

「知ってますの?」

「超詳しい方じゃないですが......なんでも第一位を倒したのが赤い髪の人だったらしいですからね。最強になりたい俄か超バカが喧嘩しているみたいですよ」

ケッと不快そうに言葉を吐き出しながら絹旗は言う。

 

「ガンガン、ガンガンガンガン」

フウエイが通路に落ちていたパイプを手に持って壁を擦りながら手に伝わる振動を楽しんでいた。

 

「その赤い髪の人って......」

「十中八九。超サソリだと思いますよ。私達も超見てましたし」

「パパ?」

サソリという言葉にフウエイはキラキラとした瞳で見上げた。

「フウエイねぇ~。パパ大好きだよ~。一緒にゴロゴロしたり、抱っこしてくれるし」

ニコニコと誇らしげにサソリに付いて話すサソリに立派なイクメン振りを重ねる。

「一緒にお風呂に入りますの?」

「入るよー」

白井が鼻血を出しながら、ガシッと鬼気迫るようにフウエイを掴む。

「今度ゆっくり話しましょうか」

「はあ、この超ド変態野郎が......です」

 

鼻血を拭いながら通路を曲がると赤い髪をしたやや太めの男性がいかにも不良集団に絡まれていた。

「テメェがあの赤髪何だろうー。ぶっ殺してやる!」

「待ってくれよ。これは夏休みのイメチェンで昨日やっただけなんだよ」

「赤い髪している奴は全員ぶっ殺すって決まってんだよ。おいビデオ回せ」

「あいよー。これで証拠になるからな」

バンダナを巻いた髭面の男がビデオカメラを起動させると準備万端とばかりに指で丸を作った。

「よっしゃ、覚悟しな!」

「ひぃぃーー!」

赤い髪をした太めの男性が目を瞑って衝撃に備える。

 

白井は腕章を確認しながらゆっくりと前に出て息を吸うと久しぶりの口上を述べた。

「ジャッジメントですの!」

「げっ!?ジャッジメント!」

スキンヘッドの厳つい男が赤い髪をした男性の胸ぐらを掴みながら固まった。

「お、おい!?どうする?」

「そ、そうだな.....いや、よく見るとコイツらも赤い髪(っぽい)色をしているし、写真を撮るだけでも......それに」

 

絹旗の背後からゴーグルを掛けた男が金属バットを振りかぶって殴り掛かってきた。

「赤い髪!貰ったぁぁー」

しかし、絹旗は食べていたロングポテトスナックを容器ごと投げて、ステップを踏みながら空気を纏った拳で殴りつけた。

「かは......」

絹旗は、スナック菓子をキャッチすると続きを食べ始めた。

「すごーい!」

フウエイがパチパチと拍手をすると、気を良くした絹旗がロングポテトの一つ渡した。

美味しそうに頬張るフウエイ。

 

鳩尾を抑えながら、意識を無くして倒れた仲間にスキンヘッドの男は動揺を隠し切れないようで、赤い髪の男性を離した。

「ぎゃあああー!」

みっともない声を上げながら、逃げ去って行く。

「挨拶も無しなんて超失礼です」

「そうですわね」

「くっ!?一昨日発足したばかりの侵略者(エイリアン)が相手をしてやるぜ!」

ゾロゾロと集まってくる不良の方々。

 

歴史浅っ!!?

 

「おりゃあああああー!!俺達のチームークを見せてやる!」

一斉に殴り掛かる不良達。白井は金属矢を用意して迎撃する。

 

2分40秒後

「ぎゃああああー」

不良達が白井の金属矢に壁際に貼り付けられてもがいていた。

「これで良いですわね」

「良く持った方ですね。最後の合体技ハイパースクリュースパイラルザンビエルには超驚きましたが」

 

注)技の内容は各自で想像してください

 

手を叩いて、任務が一段落した所で白井の携帯電話が鳴り出した。

表示を見ると初春からのようだ。

「はい!終わりましたわよ」

『し、白井さん!ふ、フウエイちゃんが白井さんが居なくなってから居なくなってしまって、机の下やトイレも探したんですけどー』

凄まじい勢いで初春が慌てた様子で話しをしているが、内容がなんとなく推察出来た。

「大丈夫ですわよ。フウエイちゃんならこちらに......」

辺りを見渡す白井だが、そこにフウエイの姿は無くなっており、一気に顔が青ざめた。

「いない......」

『えっ!?』

「き、絹旗!どういう事ですの!?」

「き、気が付いたら居なくなっています......ご、ごめん」

絹旗も青ざめた顔をして辺りのペール缶の蓋を外してみるが、フウエイの姿形は何処にも無かった。

 

******

 

「上手く行った。このガキだけでも」

金髪ロンゲの男が肩に掛けた麻袋を持ちながら、白井達から離れた場所に徐々に姿を現した。

 

能力 心理盲点(マリオットスコトーマ)

3分間、相手の盲点に入り意識的に見えなくする能力

 

盲点に入った金髪ロンゲの男は、遊んでいたフウエイを麻袋に無理やり詰めると

戦闘から離脱して自分達のアジトに走っていた。

時折、もぞもぞと動いたり、何かが外れて重心が移動するような感覚があるがジャッジメントに見つかったら厄介なため確認しない。

 

3分間だけだし、そのあとに5分間休まないとダメだから燃費が悪い能力だ......

 

「ボスだ......ボスならなんとかしてくれる。ジャッジメントだろうが、何だろうが」

金髪ロンゲがアジトに使っている廃屋の中に息を切らしながら入る。

中では、メンバーがトランプをしながら談笑していた。

 

「おう、どうした?」

「はあはあ、ボスは?」

「ボス?今は写真の取引に行っているが」

サングラスを掛けた筋肉質の男がババを引き当て、頭を抱えながら答えた。

「ジャッジメントに見つかった。俺以外はみんなやられた」

 

「はあ!?赤髪の奴をコツコツ狩っていれば最強になれるってボスが言ってたし、赤髪の奴の写真を撮るだけでも報酬が出るから良い稼ぎだと思ったんだが」

「皮館さん。詳しく説明しなくても」

「っで......持っている袋の中身は何だ?」

「ああ」

金髪ロンゲの男が麻袋を置いて、袋の口を緩めた。

「ジャッジメントの奴らと一緒に居たガキだ......このままヤラレっぱなしってのも悔しいしな」

「ほう。女の子か?」

「そうだよ。このロリコン野郎が」

髑髏の服を着た男は、愉しそうにほくそ笑みながら麻袋の中から出てくるモノを今か、今かと待ち受ける。

 

「どんな感じで楽しむかな」

「やはり女ならやる事は一つだな。ガキだからあまり期待できねーが」

 

金髪ロンゲの男が麻袋をひっくり返すとゴロゴロと人間のバラバラになった姿が出てきた。

「!!?」

中にある一際大きい塊がゴロンと落ちると目を閉じた子供の生首が出てくると暫しの沈黙の後に蜘蛛の子を散らすように距離を取った。

 

「ど、どうなって!?」

「お、おおおおおおお前何もバラバラにするなんて」

「違う違う!俺殺ってねーって!」

「殺ってねえってどうすんだよ!?現にここに......」

 

バラバラになった腕が尺取虫のように進んでいく。

達磨状態の胴体に次々と手足がくっ付いていくとヨロヨロしながら、取れた自分の頭を持ち上げると首の付け根に付けた。

 

「ひっ!!?ヒィィィー!悪霊退散悪霊退散!」

映画のようなホラー展開に不良の集団は、断末魔のような悲鳴を上げながら謎の念仏を唱え始める。

 

「あー、びっくりちた......ダメだよ!れでいは、優しく扱わないと」

さっきまでのバラバラ遺体が再び元の身体に戻ると黒髪の子供が口を尖らせる。

「返事は?」

「は、はい......」

 

ど、どうするんだこれ!?

あ、あれっすよ......きっと残忍な殺され方をしたから怨んで出て来たんじゃ

やだぞ!枕元で立たれたんじゃ、怖くてトイレ行けねーよ

何言ってるんすか

 

「じょ、嬢ちゃん......何をしたら成仏してくれるかな?」

フウエイは麻袋に頭を突っ込んで、お面のように被りながらフラフラと歩いていく。

こっちに近づいてきたので、更に距離を離す。

「ぷは、フウエイと遊んでくれるの?」

「遊ぶ......遊んだら俺達を許してくれるか?」

麻袋から顔を出したフウエイは満面の笑みを浮かべて、ピースをした。

「?良いよー!わーいわーい」

 

遊ぶんすか?!

だってしょうがないだろう

怖いもん

トイレ行けねーよ

誰もアンタのトイレに興味ないよ

ぼ、ボスが戻ってくるまでなんとか......

 

フウエイはニコニコしながら無邪気に外套を引きずりながら不良達に近づいてきた。

「そうだねー。何にしようかな......鬼ごっこ......鬼ごっこしよう!」

「鬼ごっこ?!良いぜ。俺らが鬼か?」

「ううん。鬼はフウエイだよ。おにおに」

手に角を生やすようなジェスチャーをするとフウエイはビリリと電撃が迸った。

「行くよー」

「あ、ああ」

 

フウエイの言葉から始まった遊戯

これが後に学園都市の恐怖の都市伝説として長く語り継がれる『遊び娘』誕生の発端となる事を不良達はまだ知らない。



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第64話 鬼ごっこ

すみません!

今回は長いです!
分割も考えましたが、中途半端になりそうなので
このまま載せます

申し訳ありません!


赤髪狩りをしていた新不良集団の『侵略者(エイリアン)』を撃退する事に成功した白井と絹旗だったが、勝手に付いてきた幼い『フウエイ』が居なくなっている事に気が付き、慌てて付近を捜索したが見つからずじまいだった。

 

「超すみませんでしたー」

不良集団を撃退した場所から少し歩いた広場で絹旗と白井がドラム缶に腰掛けているサソリに頭を下げて謝った。

先ほど、初春経由で事情を聞いたサソリは何とも苦い顔をして不機嫌そうに腕を組んだ。

 

二人並んで頭を下げている白井と絹旗だが、絹旗は横目で白井に視線を送ると小さな声で会話を始めた。

「ちょっと何で私まで超謝罪しなきゃいけないんですか!?貴方に超謝って終わりですよね」

 

「サソリを怒らせると凄く怖いんですわよ!危うく泣きそうになりましたの」

「そ、そんなに超怖いんですか!?」

「ここはひたすら謝罪のみですわ」

 

御坂に雷を落とした日の事を思い出して、軽く怯える白井。

 

「あー、取り敢えず顔を上げろ。どうせアイツが勝手に付いて来たんだろ」

「それは......まあ」

 

「初春からの連絡からですと、その集団はかなり羽振りが良いみたいですよ」

「どどうするのサソリ!フウエイちゃんに何かあったら」

一緒に付いて来た佐天と御坂が悩みながら頭を抱えていた。

御坂に至ってはサソリの裾を引っ張って過去のトラウマを思い出したかのように震えていた。

 

あの時の悲惨な実験の結果を押し付けられるのではないか......

 

涙目になりながらサソリを見上げている。

震えている御坂の腕を後ろ手に振り返ると頭をポンと叩いた。

「すぐに見つけてやる......ただ」

サソリは目を細めて、空を見上げた。

「ただ?」

「誘拐した方がヤバイな......」

「そうよね。小さい子一人だし......危ない集団だし」

「違う」

「?」

「......フウエイはオレが造った傀儡の中で最強クラスだ」

 

「「「「えっ!?......」」」」

 

******

 

「鬼ごっこ!鬼ごっこ!」

不良集団のアジトの真ん中で腕を大きく振りながら体操をするフウエイ。

 

「だ、大丈夫なんすか?」

「仕方ないだろ!遊んで満足したら成仏してくれるはずだ」

「いや、圧倒的な死亡フラグが......」

金髪ロングの罪悪感からなのか、呪われたくないからなのか、前に進んでフウエイに近づいた。

 

「ほ、ほら......お兄さんが遊んであげるよ」

手を広げて精一杯の引きつった笑顔で竦む足を引きずるように前に踏み出した。

「お、お前死ぬつもりか!?」

「へ......元は俺のせいだ。ボスが戻っ......て!?」

一瞬で金髪ロングの男の目の前に移動したフウエイがニコニコとしながら。

「タッチ」

と言いながら、金髪ロングの男のおでこに触った。

「ひっ!?......?」

しかし、想定していた衝撃とは違い本当に子供が触れたような軽さだった。

「へっへへ......驚かせやがって」

「お、おい!お前......」

 

金髪ロングの男がバチリと蒼色に発光していて、不良集団の中にいた金属製のネックレスが引きつけられるように重力とは垂直に伸びていた。

いや、ネックレスだけでなくアジトで使われている金属が全て金髪ロングの男に引きつけられているようでボルトやネジが男の顔に当たり払い除ける。

 

「じゃあ行くよー!」

フウエイは外套から金属の手裏剣を取り出すと金髪ロングの男に向けて投げ出した。

「!?」

慌てて横に避けるが、手裏剣は意思を持っているかのように曲がりだして男性を追跡していく。

「はあはあ!どうなって」

「うわぁ!こっちに来るなー!」

執拗に追跡されているが手裏剣が徐々に加速を始めて、金髪ロングの男の背中に突き刺さった。

「ギャアアアー!」

俯せに倒れ込むとジタバタと背中の手裏剣を取ろうとするが、上手く取れずにもがいた。

 

「ケラケラ、おじさんの負けー!解除」

「んぎゃ!?」

フウエイが金髪ロングの男に触れると纏わり付いている電荷が外れて、手裏剣を回収した。

「にしし」

悪魔のような笑顔にキラリと瞳が光ると残りの不良集団に戦慄が走った。

「な、なんとなくルールが分かった気がする」

「あ、ああ......」

ジリっとフウエイが一歩踏み出すと不良集団は一歩後退した。

また一歩踏み出す

一歩後退する

 

「キャハハハ!待て待てー」

外套を翻しながはフウエイは嬉しそうに走りだした。

「触られたらアウトだぁぁー!逃げろぉぉー!」

蜘蛛の子を散らすように逃げ出した不良集団。

 

フウエイの血継限界(三代目 風影の)

磁遁

触った相手に磁力を纏わせて、金属の攻撃を追跡する。

 

「タッチ」

髑髏の服を着た男性が背中を触られて磁力が纏わり付いて、蒼い燐光を放つ。

「し、しまった!助けてくれー!」

「は、離れてくれ!またあのガキが」

フウエイは再び流れるように手裏剣を投げつけると磁石に吸い寄せられるように追跡を始めた。

 

「ひ、ひぃぃー!」

端に置いてあった鉄パイプを手に取ろうとするが近づくに連れて、鉄パイプの金属が反応して髑髏の服を着た男性の顔面を殴るようにして吸い付いて止まった。

「アガっ......」

そこにプスッと手裏剣が刺さるが気絶しているらしく反応はない。

 

「はーい、負けー!」

フウエイは磁力を解除して手裏剣を回収して、アジト内を散り散りになった不良達を眺めた。

 

「どれにしよーかなー」

 

そこへ、バンダナを頭に巻いた男が金属バットを持って、フウエイに殴り掛かる。

「こ、このガキー!」

「ん?」

しかし、殴り掛かった金属バットがフウエイの身体に当たる寸前にフウエイの右眼が万華鏡写輪眼となり、すり抜けて硬い地面に当たり両腕に強烈な痺れが走った。

「な、何!?す、すり抜けた」

「おじさんにもタッチ!」

両腕の衝撃を受け流そうと立ったまま堪えているバンダナの男の脚をフウエイはペタペタと触った。

 

「あ......ああ、そういえば幽霊には効かなバ!」

床に転がっていた金属バットが磁力で持ち上がり縦に回転しながらバンダナ男の頭を殴った。

 

「びっくりしたなー。まんげきょを使ったぞ。パパから禁止されているのに」

バンダナの男の磁力を解除すると、今度は金属バットを手に持ってブンブン振り回しながら追いかけ始めた。

 

「はあはあ、すり抜けた......やっぱり幽霊だ」

「どうすんだよ!かなりの悪霊だぞ!無邪気な顔して地獄に引きずり込むんだ!」

「待て!俺に考えがある!」

逃げ回っていたとある集団の中で息を切らしながらスキンヘッドの男性が声を上げた。

「な、何だ?」

「俺が最近観たホラー映画での対処法だ」

「何でも良いから早く言えー!」

スキンヘッドの男性はドヤ顔で顎に手を当てながら言う。

 

「井戸に突き落とすんだ」

 

...............

 

「どんだけ古い映画観てんだよ!」

「待て!上から石で出来た蓋をするんだ。この人数ならイケる!」

「この科学が発達した学園都市の何処に時代遅れの井戸があんだ!!」

「そうか!しまった」

驚愕の表情を浮かべるスキンヘッドの男性に他のメンバーも呆れ顔だった。

 

「キャハハハッ!」

フウエイは不良達の中を縦横無尽に動きながら、楽しそうに笑っていた。

 

アジトは阿鼻叫喚の渦に飲まれていき、まさに地獄絵図の展開だった。

 

******

 

路地裏を赤いジャージを着て、ニキビだらけの顔をした男が頭を掻きながら、買い取った写真を見ていた。

「ちっ......どれもターゲットじゃねーな」

赤い手袋をした手で頭を掻きながら、盛大に舌打ちした。

「あーあ!面倒な仕事を貰ったもんだぁ。畜生道のワン公にでも遣らせればいいんだ」

指を弾くと火花散って、写真数枚に火が付いて燃えていく。

男の紅い前髮の隙間から片方だけ紫色の波紋状の瞳が鈍く光っている。

 

「ん?」

自分の組織したアジトから青い顔をしたメンバーが命からがら逃げ出していくのが目に付いた。

「冗談じゃねー!すり抜けるわ、刃物は吸い付いてくるわ!やってられるか......!?」

迷彩のシャツを着た男の前に紅い髮をしたジャージ姿の男が仁王立ちで現れると強い味方が来てくれたかのように拝むポーズをした。

「何かあったのか?」

「ぼ、ボス!!待ってましたよ!そのガキの霊が暴れていまして......」

「ガキの霊?」

疑問符を浮かべる紅い髮をした男だが促されるままに扉から入ると黒い髪をした幼い少女が不良の一人に頭突きをかましていた。

他は蒼く光って擦り寄ってくる金属製の手裏剣やナイフから逃げるように必死の形相で逃げ回っていた。

 

「何してんだぁ!テメェ!!」

紅い髮の男が威嚇をするように地響きに近い声を張り上げるとアジト内が軽く震えた。

「!!?」

「ボス!来てくれたんすね......助けてくだせぇ」

不良達はまるで救世主が現れたかのように安堵の声を漏らすが、金属製の手裏剣が刺さりもがく。

 

「おっ!?びっくりしたー......ん?おじさんも鬼ごっこす......!」

 

前に出て来た紅い髮の目付きの鋭い男は、腕を伸ばすと腕内部で火薬が爆発して黒いケーブルに繋がれた腕をロケットパンチのように飛ばした。

フウエイの腹部に命中するとそのまま壁際に腕が伸びて、叩きつけた。

「や、やっちまってください!修羅道の兄貴!」

 

測定不能(レベル エラー)

修羅道

 

「俺のかわいい部下が世話になったみてぇだな......覚悟は出来てんだろ......な?」

土埃が晴れた壁際にはバラバラになったフウエイがカチカチと音を立てて組み上がった。

 

フウエイは万華鏡写輪眼を開眼すると渦を発生させて、神威で修羅道の背後に回るとジャージに触れた。

 

万華鏡写輪眼に

このガキ、傀儡か?

 

「タッチ」

バチバチと蒼く光る修羅道だが、チャクラを入れると磁力を吹き飛ばした。

「ありり?」

首を傾けるフウエイだが、修羅道がミサイルを構えると至近距離から放つ。

爆発炎上する中で修羅道は高らかに笑っていた。

「アーハハハハ!ビンゴだお前ら!ガキ!お前も傀儡みたいだな」

 

万華鏡写輪眼の能力ですり抜けていたフウエイが爆炎の中からトコトコ歩いて出てきた。

「も?」

「そうだぁ!俺も傀儡だ!!」

 

ロケットパンチで飛ばした腕を巻き戻して回収し、断端にはめるとニヤリと笑った。

修羅道の言っている事の半分も理解出来ていないフウエイだが、ニッと大きく笑顔になると。

「にしし、じゃあ本気出していーい?」

「あ?」

フウエイは外套を片腕をだすようにはだけさせると、胸にある四角い蓋を開けた。

すると中からワイヤーのようにチャクラ糸が伸びて建物の至る所に貼りついていく。

「じゃあ行くよー」

フワフワとフウエイはチャクラ糸を使って浮き出すと、印を結んで口から大量の砂鉄を吐き出した。

 

「はぁぁぁー」

空中にいるフウエイがチャクラを込めるとウネウネと形を変えていた砂鉄が複数の刃となり修羅道へと襲い掛かりだした。

「さてつしぐれ!」

球場に刃が修羅道一点に集中する中で砂鉄が命中する寸前に消えて、フウエイの正面に来ると拳が変形してより機械的で巨大になると、手の甲か勢い良く炎が飛び出して加速してフウエイを殴ろうと力を溜める。

 

「ガンズナックル!」

フウエイが即座に腕を前に出して、修羅道の拳を受け止めようとするがロケット並の威力の拳に後方に飛ばされていく。

「へへへ......?!」

 

ピタッ......

 

フウエイは不自然に天井に当たる寸前に止まり、ミシミシと建物全体が引きつる音がするとフウエイの身体は修羅道に向かって凄まじい速度で飛んでいく。

「ビョーン」

フウエイは多量の糸の弾力によりパチンコのように修羅道の腹部に強烈な頭突きをした。

修羅道の攻撃力がそのまま跳ね返ったに近かった。

 

「がはっ!!こ、このガキ」

床に叩きつけられて大の字になる修羅道であったが、ゴムのように空中を跳ね回っているフウエイが高速で印を結び出した。

 

磁遁 山土の術

次の瞬間には地面が盛り上がり修羅道を挟み込むように壁が出現して、内側には黒い砂鉄の棘を付け加えて、正極と負極で引かれ合うように高速で隙間なく挟み込んだ。

 

黒い二つの重なりあった壁は静かになったアジト内に不気味に鎮座していた。

「おもしろ~!お前ちょー強いなぁ!」

フウエイが糸を仕舞いながら地上に降りてきた。

「やったやったー!勝った勝った!フウエイの勝ちー」

勝利のVサインを決めるフウエイに不良達はボスが倒されてしまい、互いに顔を見合わせると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「......ぼ、ボスがヤラレタ」

「あの幽霊マジやべぇ」

「気付かれない内に......」

そろりそろりと忍び足で不良達はアジトの裏口から一人また一人と逃げ出していく。

 

「おっ!帰るの?」

「「「ギクッ!」」」

まるで悪魔に見つかったように尋常じゃない汗をかきながら......

「あ、ああ......そろそろ帰らんとな」

「そっか~。気を付けて帰るんだよ。今日はフウエイと遊んでくれてありがとー!また遊ぼうね」

手を振りながら、不良達を見送る。

不良達は、ぎこちない笑顔で手を振りながら扉から外に出るや否や全員アスリートのような顔つきになって全力疾走し始めた。

 

そこに、赤い髪をツインテールにした白井がにこやかに立ちふさがっていた。

「げっ!?」

 

 

パララ......

 

黒い墓標のような砂な壁が崩れると中から腕を6本に生やした修羅道が壁をぶち破った。

 

「大したガキだ......アシュラモードにされるとはな」

ノコギリのような尻尾を床に叩きつけて、顔から滴り落ちた血を舐め取った。

修羅道の異形な姿にフウエイは目をキラキラさせてピョンピョンと跳ねている。

「おおおー!!カッコイイー!」

「久々のアシュラだ!楽しませて貰うぜ」

 

修羅道が6本の腕を構えると跳ね回っているフウエイに狙いを付けて前に進んだが......

 

『何をしている?』

 

修羅道の右耳にしてある黒いピアスから冷淡な女性の声が響いて慌てて立ち止まった。

「げっ!?天道か」

修羅道は黒いピアスを押さえると天道と呼ばれる人物と会話を始めた。

「邪魔すんな!良いところなんだよ!」

 

『本来の目的から外れるな。貴方の仕事はターゲットを見つける事だろ。それとも私に逆らうか?』

 

「くっ......分かったよ......」

天道からの通信が途切れたらしく、修羅道はがっくりと肩を落とすと余分な腕を仕舞い始めた。

 

「?どうしたー?終わりか?」

フウエイが首を傾げながら、寂しそうに言った。

「ああ、時間切れだな。決着はまた今度な」

「ええー!つまんないのぉ」

「すまんな......文句なら天道に言ってくれ......あの堅物リーダーが」

 

フウエイの頭をポンポンと叩いて寂しそうにしているフウエイを慰めていると、蒼い光一直線に飛んで来て修羅道の肩を抉るように吹き飛ばした。

「!?」

「大丈夫!?フウエイちゃん」

御坂が息を切らしながらアジト内に入ってきた。

「ん?御坂ママだ」

御坂はフウエイを抱き上げると何処かに傷がないかどうかを丹念に見ていく。

無事な様子を確認すると、力の限りフウエイを抱きしめた。

「苦しいよ......御坂ママ」

「良かったー!変な事されてないわよね」

 

「......第三位か......クソ」

修羅道がヨロけながら、抉られた肩の部分を庇いながら体勢を立て直していると首元にクナイを突き立てられ冷たい声が響く。

「動くな......妙な真似をしたら殺すぞ」

 

サソリ術で修羅道を地面に縛り付けながら殺気を込めて修羅道を睨み付けた。

「......」

「......何者だ?」

 

コイツの右眼は......輪廻眼か?

 

サソリが緊張を解く事なく指先に力を込め続けていた。

 

「!!?ああああー!」

首だけを後方に回転させると修羅道はサソリの顔を見ると驚嘆の表情を浮かべて大声を出す。

「?」

「見つけたー!ターゲット見つけたー!やはり、あのガキと関係していたか!!」

「「??!」」

相手の予想外の行動に目を白黒させているサソリと御坂。

 

「修羅道~」

アジトの屋根を突き抜けて、やや茶色がかった黒髪のショートカットの女性が落下してきた。

「ビッグニュースなの!この近くにターゲットが......えっ?」

青色のフード付きパーカーを身に付けていて、左側の髪を微妙に少しだけヘアバンドで留めており、彼女の右眼も崇高なる輪廻眼が光っている。

 

赤い髪の少年に拘束されている修羅道を見つけるとパニックになったように忙しなく腕を曲げ伸ばしをした。

「だ、大丈夫なの?」

「人間道かよ。もう俺が見つけた」

「うわぁ!さすが修羅道なの......じゃなくて、今の状況は?」

「心配要らねえから、さっさと要件を済ませ......?」

人間道がややおっとりした口調で話しをしているが時折口をモグモグさせているのに修羅道が気付く。

 

「人間道......お前......何してたんだ?」

「えっとね~......コンビニで情報収集しようとしたわけなの......だけど、そしたら『肉まん』が食べて欲しそうに見てたから」

幸せそうにパーカーにある大きのポケットから袋に入っている食べ掛けの肉まんを出して勢い良く食べ始める人間道。

 

ブチン!

修羅道のコメカミに血管が浮き出て、片腕を強引に伸ばすと人間道のフードを掴み上げて人間道を宙吊りにした。

「テンメェェー!!」

「あわわ~、ごめんなさいごめんなさい!決してサボっていた訳じゃないの」

人間道の方が修羅道より背が低いので、バタバタと身体全体を使って軽くもがいていた。

 

「な、何なのこの二人?」

御坂が疑問符を浮かべると腕の中にいたフウエイが御坂の身体の隙間から顔を出した。

「あのね!フウエイと遊んでくれたんだよ」

ニコニコとしながら、修羅道を指差した。

「そ、そう......でも知らない人に付いて行っちゃダメだぞ」

フウエイの小さな鼻を御坂がピンと軽く突くとくすぐったそうにハニかんだ。

 

「んへへ~」

 

御坂はその様子を見ると更に愛しさが止まらなくなり、フウエイを抱きしめた。

 

しかし、サソリは二人目の輪廻眼を持った存在を危惧して左眼の万華鏡写輪眼を開眼させるとスサノオを出現させた。

 

「わああああー!ちょっと待っふぇ?」

人間道が肉まんを流し込みながら、アタフタと手を動かして制止しようとするが。

「......」

問答無用な感じにサソリはスサノオの太刀を振り下ろした。宙吊りになっている人間道だが修羅道が紙一重で引き戻して、地面に向けてミサイルを発射すると固定していたサソリの砂を吹き飛ばした。

黒い煙を出しながら、修羅道は肩を鳴らしながら無造作に隣に人間道を落っことした。

「痛っ!?」

 

「改めて『赤砂のサソリ』だな?別に闘いに来た訳じゃねーから、スサノオを仕舞えよ」

「!?どこでそれを知った?」

サソリは警戒しながらもスサノオの発動をやめて、奇妙な二人組を睨み付けた。

 

「そりゃあ、第一位を倒したみてぇだからな。お前はちょっとした有名人だぞ」

「............」

「おい、人間道。あれを渡せ」

「分かったの」

人間道はパーカーの袖から封筒を取り出すとサソリに向けて方向を変えて丁寧に渡した。

 

「?」

「近い内にお祭りがありますから、これはその招待状なの」

 

怪訝そうな顔をして封筒を受け取るが目付きが鋭く輪郭からはみ出した口が印象的な画伯のウサギ(かもしれない)物体から吹き出しが出ていて......

 

絶対出ろウサ

楽しいウサよ♪

 

と描いてあり、どう反応して良いか分からずにフリーズしていた。

 

「あー、終わった......これで仕事終了だな。畜生道、戻していいぞ」

右耳にある黒いピアスを押さえながら、修羅道が軽く伸びをした。

「そうだね~。良く頑張ったの」

「お前の事はしっかり天道に伝えるからな」

「えぇ~!怒られるのはちょっと......」

「サボっていたお前が悪い!」

と話しをした所で輪廻眼をした二人組が煙に包まれて消えてしまった。

 

!?

逆口寄せか?!

 

煙が四散していき、幾らかの沈黙が流れた後で建物の扉が開き、佐天達が手を振りながらやって来た。

「サソリー!こっちは終わったよー」

「やたら数が多くて超疲れました」

「大丈夫ですの!?フウエイちゃん!」

白井が駆け寄るより前にテレポートをして御坂の前に移動し、フウエイの両手を握った。

「フウエイ大丈夫だよ~!」

「良かったですわ」

へなへなと腰が抜けたように白井は床に座り込んだ。

「いやー、無事で良かったですね」

佐天がホッと一息を入れて、フウエイの元気な姿を見る為に移動した。

 

「超何です?なんか妙なイラスト付きですけど」

「知らん」

サソリは外套に封筒を仕舞うと、無言のまま御坂に抱っこされているフウエイに近付いた。

 

「パパ~」

嬉しそうに両手を伸ばして抱っこをせがむが、サソリは拳を固めてフウエイの頭を拳骨を食らわせた。

「んぎゃ!?パ......パ?」

「ちょっといきなり何するのサソリ!?」

御坂が頭を抑えて戸惑っているフウエイをサソリから遠ざけるように体勢を変えようとするが、サソリは語気を強くしながらフウエイを叱り始めた。

 

「御坂、お前は黙ってろ。フウエイ!勝手な事ばかりしやがって、こっち向け!」

「え......えっぐ......パパ?」

涙をボロボロ流しながら、フウエイが怯えたように身体を震わせながら泣き始めた。

「えっぐえっぐ......ごわいよ.....,パパ」

「ちょっと言い過ぎじゃ」

「ここに来るまでどれだけ心配したと思ってんだ!フウエイ!しっかり謝れ!」

「んぐえっぐ、ごめんなさい......ごめんなざいぃ....,,えぇぇーん!ごめんなざい」

御坂に抱っこされながら、大声で泣き出すとフウエイは身体を仰け反らせて降ろして貰うと、機嫌が悪そうに腕を組んでいるサソリの脚に抱き着いて涙顔を抑えて泣き続けていた。

 

「ちっ!」

サソリはフウエイを抱き上げると力を込めて泣きじゃくるフウエイの頭を優しく撫でた。

「あまり心配掛けるなよ」

「うん......んぐ、ごめんなさい。パパ......」

火が付いたように泣いているフウエイをなだめるサソリ。

「すまんな、コイツのせいで」

サソリの肩に顔を埋めながら、泣きじゃくっているフウエイを抱き上げたままサソリが御坂達に謝罪した。

 

唖然とする御坂達にサソリが首を傾げた。

「どうした?」

困ったように慌てなんとか言葉を紡ぎ出していく。

「いや、その......」

「超意外です」

「り、立派に躾をしているようで」

「驚きましたわ」

「これぐらい普通だろ」

 

輪廻眼を所有していた謎の二人組から貰った奇妙な封筒。

それがこの先に起こる学園都市全体を巻き込む大事件に繋がっていく事をサソリ達はまだ知らない。



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第65話 お泊まり

今日の更新から再出発します


巨大な歯車がいくつか点在してあるモノクロのチェスのようなとある部屋にオレンジ色の鎧を着た坊主頭の餓鬼道が立ち、ブカブカの巨大なジッパー付きの緑色の服を着て、口を覆い隠している男が歯車に座っていた。

 

緑色の服を着た男は、ポケットに片腕を突っ込みながらもう片方の手で『罪と罰』の本を読み、眠そうな目をして捲っている。

眠そうな目の右側には紫色に鈍く光る輪廻眼があり、黒のピアスがキラリと光った。

 

「修羅道がヤラレタか......」

餓鬼道が鎧を軋ませながら、腕を組んで神妙な顏で目を細めた。

 

「みたいですね......だが、あいつ六道の中でも最弱」

 

測定不能(レベルエラー)

地獄道

 

「んだ、六道に入れたのが不思議なくらいだ」

餓鬼道と地獄道が互いに嘲笑うように首を傾けていると、彼らの前にいた肩を抉られた修羅道が怒鳴り始めた。

 

「はぁ!テメェらどういう意味だコラ!ってかさっさと治せよ地獄道!」

紅い髪を逆立て怒りを露わにする修羅道の側に風呂敷が敷かれており、様々な部品が並べられていた。

「ふぅ、修羅道これで全部だと思うよ」

フードを被った女性「人間道」がニコニコとしながら、修羅道の顏を覗き込んだ。

「ちっ!」

「?」

視線を逸らす修羅道に人間道は疑問符を浮かべた。

 

「照れないのですか?......」

「はぁ!?照れてねーし!」

「修羅道は歳上好きだから本命は別だ」

「そういえば......そうですね。前に廊下で告白していたみたいですし」

「だあぁぁー!ガキの頃の話だろ!!」

「いや2年前だから変わりありません」

「んだんだ」

「何同意してんだ餓鬼道!?このデブが」

「デブではないぽっちゃり系だ」

 

顏を真っ赤にしながら否定する修羅道を揶揄う餓鬼道と地獄道。

怒鳴った事で更に抉られた肩の部品がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 

「うげ!?分かったから......さっさと治してくれ!」

「しょうがないですね......餓鬼道、回収したエネルギーのストックがありますか?」

本を閉じると猫背の姿勢で歯車の上から飛び降り、見上げるような形で餓鬼道を見た。

「ああ、第四位の能力者のがな」

餓鬼道が印を結ぶと共鳴するように輪廻眼が光りだすと、地獄道の身体が背景と滲むようなオーラに包まれた。

 

「!?第四位が来たのか!!?」

「餓鬼道が相手しましたら、あっさり退いたみたいですけど......さて」

 

地獄道は口を覆っているジッパーをゆっくり下ろすと痩せた胸部に巨大閻魔が彫り込まれたおり、印を結び封印を解除すると周囲から煉獄の炎が沸き上がった。

 

裁きの焔

 

その炎は修羅道の身体を覆うと青い炎となり、蒸気による陽炎の中で人の形を取り戻し始めていく。

 

「ふぅ、やっと戻ったぜ」

修羅道に纏わり付いていた青い炎は次第に小さくなり焚火に近くなった炎を地獄道は吸い込むようにして回収した。

 

「割としんどい能力ですからね......任務だけならまだしも......小さな子供に負けそうになるなんて」

炎を口に入れると、胸に刻まれた閻魔の輪郭に血液が流れたように光りだした。

地獄道はそれを覆い隠すように開けたジッパーを上げて、猫背のまま歯車に飛び移った。

 

「負けてねーし!本気出せば俺の勝ちだ」

着崩した赤いジャージを直しながら、修羅道はテーブルの脇に置いてある安楽椅子にやや乱暴に腰を下ろした。

「子供相手に本気になるな」

「うるせぇ!仕事は真面目にやってたんだ!サボっていた人間道に文句を言え」

「ふぇ?」

 

「何何?責任転嫁?!ださいわねー」

所々破れたソファに座り、携帯ゲームに仰向けで遊んでいる頭に二つの団子を作ったような髪型の女性が一瞥もせずにボタンを押しながら馬鹿にしたように笑う。

 

測定不能(レベルエラー)

畜生道

 

「はぁ!?なんだとー!畜生道!」

「修羅道もまだまだ子供ね~。まあ私には関係ないけど」

「獣に頼る弱虫には言われたかねーな!!

「あ?アンタなんて私の可愛い動物軍団で引き裂いてあげようかしら?」

 

プレイしていたゲームに『ゲームオーバー』と表示され、機械をテーブルに置くと魔女のような帽子を被り始めて、威嚇するように模様が描かれた掌を向ける。

 

「まあまあ、喧嘩しないでロールケーキ食べようよ」

喧嘩しそうに殺気を飛ばし合っている修羅道と畜生道の間に人間道が入ってにこにこしながらナイフでロールケーキを切り分けていき、皿に移していく。

 

「ちっ!!ってか大体なんで俺がコイツより弱い設定になってんだよ!人間道が最弱だろ」

「いや......能力発動したら修羅道なんてあっと言う間にやられる」

「猪突猛進ですからね......」

「単細胞バカ」

3人が口々に修羅道に向けて欠点に近い事を述べ始めるとイライラしながら椅子から修羅道が猛抗議をする。

 

「だぁぁー!今決着付けてやろうかぁ!?」

「こんなやっすい挑発にするから単細胞なのよ!嫌だわ、熱血キャラなんてダサいし」

「み、みんなほちついへ」

人間道がロールケーキを口に入れてモグモグしながらオロオロと右往左往している。

「何勝手に食ってんだテメェはぁぁー」

修羅道は人間道の首に腕を回すと頭をグリグリと拳を食い込ませてお仕置きを始める。

 

「いだいよー!だって我慢出来なかったんだもん!美味しいロールケーキだよ」

「こんな状況で食うバカが何処に居んだぁ!?

頬に生クリームを付けながら、痛みで涙を流している人間道を尻目に地獄道と畜生道が会話をし始めた。

 

「もう一人のターゲットはどうなっている訳?」

「そうですね......視界共有だと無事本拠地に入ったみたいですね」

「まあ、リーダーの天道が行っているから心配しなくて良いわね......さて、面白いゲームが始まるわよ」

 

畜生道は再び携帯ゲーム機を持って『続ける』の表示に合わせて遊び始めた。

 

******

 

赤髪狩りの事件に巻き込まれたフウエイを助けに来たサソリに叱られて大泣きをして、一頻り泣いた後疲れてしまったフウエイをサソリがおんぶしながら、日が暮れてしまった都市の道を歩いていた。

事件の中心人物である黒いピアスをした赤ジャージの男は依然として行方が掴めないものの、赤髪狩りに加担していた不良達の大量検挙に成功し、組織を壊滅することに成功した。

 

御坂と白井は門限が厳しい常盤台の寮に慌てて帰り始め、巻き込まれた挙句何故か大量検挙に貢献してしまった絹旗は、フレンダからの連絡により挨拶をしてアジトに戻ったらしい。

 

「......」

「......」

 

き、気まずい!

そういえばサソリと二人っきりになったのなんて随分久しぶりな気がする

 

幻想御手に手を出してしまった自分を叱り、今回の一件によりフウエイも一喝したサソリの姿に何か不思議な感情が湧いてしまい、うまく普段の調子を出せずに佐天は俯いたままサソリの歩調に合わせる。

背中に居るフウエイを気遣ってか、前後左右のブレもない優しい歩き方だ。

 

「なあ......」

「あの......」

二人の言葉が同時に漏れて思わず顔を見合わせた。

「どうした?」

「い、いやサソリの方こそ」

 

真っ直ぐ見つめてくる佐天にサソリは何かを感じながら、少しだけ懐かしさを覚えた。

「何でもねぇよ」

 

何かを感じた

それは合理主義のサソリに取っては不確定で曖昧な情報だ。

感情と同じく切り離すべき事柄に過ぎない。

 

「??」

少しだけペースを上げたサソリの後を追いかけるように速歩きをして追い付こうとするが......

 

ザザッ......

 

佐天の風景が一瞬だけ灰色になり、サソリの身体が乱れた砂嵐のように幽かになった。

 

「え......?」

心臓が跳ね返るような衝動に駆られた。

灰色の景色は直ぐにカラーの世界に戻り、サソリが振り返っていた。

「?どうした?」

「い、いや......」

 

サソリの顔を見ても、無事な様子を見ても胸騒ぎは治ることはなく更に拍車を掛ける。

 

な、なんか怖い......

 

サソリが何処か遠くに行ってしまうような言い様のない不安に襲われる。

サソリが居て、御坂さん達が居て繋がっていたモノが全て断ち切れるような恐怖だった。

 

「そろそろお前も帰って良いぞ。無理にオレに付き合わなくても良いし」

「えっ!?サソリ達はどうするの?白井さんみたいにテレポートで帰らないの?」

「時空間か......あれはかなりチャクラを消費するからなぁ......チャクラが不安定で使えねぇ。適当にその辺で寝泊まりをする。じゃあな」

 

「........」

前に歩み出したサソリの外套を佐天が掴んで引き止めた。

「?」

サソリが振り返って驚いたように目を見開いて佐天を見下ろした。

 

引き止めた佐天にもよく分からない感情が支配していて、上手く言葉や考えが出て来ないが......

 

今行動しないといけない気がした

後で後悔するくらいなら、今出来ることをしたい

でも何を?

何をしたら良いの?

 

しかし、佐天の理解よりも早く身体は咄嗟に動いて答えを示した。

「あのー、サソリ。良ければで良いんだけれど......あたしの部屋に泊まっちゃったりする?」

最後まで言った辺りで佐天の顔は真っ赤に染まった。熱暴走しそうになりながらも力を入れた手はサソリから離そうとしない。

「!!?」

「いや、体調が悪いなら世話をするし......フウエイちゃんも心配だから」

「......」

サソリは後ろで寝ているフウエイを端目で見ると、少しだけ考えるように空を見上げる。

「良いのか?」

 

******

 

佐天が住んでいる部屋に入ると布団に眠っているフウエイを起こさないように慎重に降ろして、優しく布団を掛ける。

「すまんな」

「こ、ここここちらこそ!散らかっている部屋でごめん」

 

何故か正座している佐天は紅潮した顔でガチガチに固まっていた。

初春や友人を泊めた事は何回かあったが、異性でしかも行為を寄せているサソリが部屋に居るのが不思議な気分だったり、パニックになりそうだったりと、しっちゃかめっちゃかになってしまう。

 

なりゆきとは云え、初めて男の人を部屋に上げてしまった

なんかお父さんごめんなさい

でも、何か特別な気がするようなしないような......

ここで一緒に過ごさないと後悔する

ただの妄想に近い直感だ

 

注)初めてではありません(レベルアッパー編)

 

「......サソリ」

佐天は確かめるようなアクセントで慎重に言葉を選び、紡いでいく。

「あなたは......何者ですか?」

非常に哲学的な命題だが、佐天の中にある疑問の根底を成すモノだった。

 

いつになく真剣にサソリに問いかける佐天にサソリは居を正した。

「それを訊いてどうする?」

「分からない......こんなに助けてくれているのに......あたしって馬鹿だし、察しが悪いから......サソリの事をもっと知りたいの」

 

数々の特質的な能力と常人を超えた洞察力で不利な状況をひっくり返していくサソリに一種の憧れを持っていた。

今までの能力者に対する羨望ではなく、純粋なる想い。

 

「......クク」

「?!」

予想に反して軽く笑い始めたサソリ。

それは何処か自嘲が混じっている。

「......あの時とは違うな......佐天」

「あの時?」

「レベルアッパーの時だ」

「あ、あれ?それがどうしたの?」

「お前に感じていた違和感というか......雰囲気の正体がな」

サソリは視線を少しだけ逸らした。

自分の記憶と向き合う、バラバラになったピースを組み立てていく。

 

「いや、その前に質問に答えるか......オレは傀儡師だ。それと同時に多くの人間を手に掛けてきた」

サソリの視線に殺意が混じりだす。

いつものサソリではなく『赤砂のサソリ』を佐天は真っ直ぐに捉えている。

 

冷や汗が流れだし、抹消が痺れ始める。

佐天のの驚異的な直感が具にサソリと自分の身体の変化を感じている。

 

ここで選ぶ言葉を間違えたらアウトだ

相手は殺人鬼だと割り切った方が良い

 

「そうなんだ......あまり聞いた事がないからびっくりしちゃった」

「......」

こちらから質問したが逆に試されているような感覚だ。

「でも、あたしや御坂さん達を助けたのはどうして?」

「......」

サソリが小さく首を傾けた。理屈や頭脳ではサソリには敵わない。

だけど、助けた『結果』は変わる事はない......はず

 

「......何でだろうな......オレも良く分からん」

サソリは少しだけの笑顔が佐天の中に違和感を作り出した。

 

あの時

木山さんと喫茶店で会話した時にサソリが見抜いた嘘付きのポイント

そうなんだ......サソリの中に既に『答え』があっての不明瞭な答え方をしたんだ

 

全てが嘘?

それとも一部が?

言うとマズイ事?

言えない事?

いや、会話の中にヒントがあった

 

手に掛ける

傀儡使い

違和感

あたし自身

雰囲気

 

「......あたしに対して言えない事?御坂さん達には言える?」

「......あまり考え無しじゃなさそうだな......オレの中ではお前だから言えねぇ」

「あたしだから言えない......?」

 

予想通りの答えだった

だが、何故かまでは不明だ

今までのサソリとの経験......

あたしの発言に対しての反応を思い出して

 

夢の中に現れた黒髪の女性の人形が言っていた言葉を思い出す。

 

オネガイ

サソリヲタスケテアゲテ

 

「はっ......」

分かったような分からないような不思議な感じだが、手にした解答に到着した際に不自然な箇所は直感的に無いに等しい。

 

「サソリの......お母さん?」

「......良く解ったな....,, オレが辿り着いた答えだ」

サソリは満足そうに立ち上がると佐天の頭を軽く撫でた。

「お前はオレのおふくろに似ている。だからかな」

「あたしがサソリのお母さんに......?」

あるはずのない、可能性のないピースが揃い始めて、佐天の心臓は早鐘のように高鳴りだした。

 

言われてみれば確かに。

サソリに対する気持ちはレベルアッパー事件以降から大きく変わった。

サソリの身を安じる、言葉をかける。

それは子を心配する親の気持ちや心配に近い。

 

「我ながら女々しいな......忘れ去ろうとしていた感情で助けていたんだってな」

サソリは呆然としている佐天を横目に見ながら、玄関に向かおうとするが佐天が外套の袖を掴んで、サソリの腕に抱き着いた。

 

「!??」

サソリが佐天の行動に戸惑いながら、腕に捕まっている佐天を見下ろした。

「サソリ......あたしサソリの事が好きだよ......いや大好き」

 

これがサソリの母親の気持ちだとは思わない

正真正銘のあたし自身の言葉

真っ直ぐで大切にしたい大事な感情

 

「佐天......?」

とサソリが声を出すと同時にベッドで横になっていたフウエイが目を覚ましてゴシゴシと目を擦っていた。

「?......んにゃ?」

見慣れない部屋の中をもの珍しそうにキョロキョロと見渡すと起き上がってサソリ達に近付いてきた。

「......?何をしてるの?」

「何でもないわよフウエイちゃん。サソリ、返事はまた次の機会にするからね」

フウエイを優しく抱き上げて、ニコッと吹っ切れたように笑う佐天の笑顔にサソリは、少しだけ頬を染めた。

「何なんだ......一体?」

 

何でオレの正体を知っても離れて行かないんだ......

湾内も佐天も......御坂達も付いてくるんだ......

 

全部、おふくろの仕業か......?



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第66話 罪邂逅

挨拶が遅れましたが
あけましておめでとうございます

もうすぐ連載を始めて1年が経ちますね

本年も未熟な作者を宜しいお願いします!


サソリが殺人鬼なんてどうして考えたんだろう?

頭の理解ではなく、あの時のサソリの様子から総合的に判断したからだろうか......

 

「ぶーん!ザブンザブン」

アパートの湯船に浸かっている佐天とタオルをお湯の中に入れて、ウミヘビのように蛇行させて遊んでいるフウエイがいた。

サソリとフウエイが泊まりに来て、折角だからと一緒にフウエイと入っている。

厚い外套の下に隠している無数の人形感が強調されて反応に困るが、フウエイの屈託の無い笑顔に佐天の緊張も解けたようだ。

 

黒髪を優しく洗いながら、マッサージをするように揉み込んでいく佐天。

「キャハハ!気持ち良いおー」

椅子に腰掛けたフウエイが脚を振り子のようにしながら、身体を揺らしている。

「フウエイちゃん」

「なにー?」

「サソリ......パパの事好き?」

「うん!大好きー」

「そっかー。例えばどんな所が?」

「えっとねぇ。優しいし、フウエイの知らない事教えてくれるし、たまに遊んでくれるし......怒ると怖いけど」

「あはは、パパって怖いもんねー。あたしも前に怒られたもん」

「そうなんだー。おやつを勝手に食べたから?」

「ううん、あたしがまあ、悪いんだけどね。真剣に怒ってくれたし......今じゃあ、感謝しているし」

「佐天ママもパパの事好き?」

「......そうね。ママもパパの事が好きだよ」

シャワーでフウエイの頭のシャンプーを流していく。

「えへへ。フウエイと一緒だね」

 

 

佐天達がお風呂に入っている間にサソリはフウエイを誘拐した輪廻眼を持つ赤いジャージを着た男から渡された封筒を開いた。

中から文字が印字された手紙2枚と簡単な地図が印刷された1枚の計3枚の紙が丁寧に折り畳まれている。

 

招待状って言っていたな

それに輪廻眼を持っている奴ら......

 

サソリは赤いジャージの男とフードを被った女を思い浮かべた。

どちらも左眼に輪廻眼を、左耳には黒い無機質な棒状のピアスをしていたが......

その面影というか容姿には見覚えがあった。

少し半眼にニキビだらけの顔をした男。

左側の髪だけを縛ったおっとりとした女。

 

前に闘った相手か......

いや、最近の記憶に近い......

だが思い出せん

 

サソリは手紙に目を落とした。

明朝体で書かれた文字を追う。

 

 

赤砂のサソリ様へ

この度は「第一位」撃破おめでとうございます。

しかし、サソリ様はバンクに登録されていない為正式な手続きが困難となっています。

つきましては、2日後に予定されております「身体測定(システムスキャン)」を受けて頂きたいと思います。

その後に詳しいお話をしたいと考えていますので、参加協力をお願いします。

同封してあります地図の場所に指定された時間に来てください。

これからの活躍を祈っております。

六道の将 天道より

 

 

もう一枚の紙に身体測定の詳しい説明と時間が記されていた。

「身体測定か......」

 

輪廻眼と関係している時点でかなり怪しいが、ここは誘いに乗ってみるのが賢明か

 

絶対的に『ゼツ』が絡んでいる事は間違いないが、新たに出現した勢力『六道』なる組織の解明もしなければならなかった。

 

これは、麦野達だけだとかなりキツイな

オレも動かざるを得んか

 

地図を確認すると見覚えのある建物が目印とあるのでなんとかなりそうだ。

サソリは出した紙を折り目に沿って折り曲げると封筒に差し入れた。

 

するとバスルームの扉が開く音がしてモコモコのパジャマを着たフウエイがサソリの背中に抱き着いた。

「パパ~。出たよー」

フウエイの突撃に少しだけヨロケながら後ろを見ると、ニコニコしている無邪気な笑顔のフウエイの頭を撫でた。

まだ湿っぽい。

「ああ、良く暖まったか?」

「うん!ポカポカだよ~」

少し遅れて佐天がバスタオルを頭に巻きながらパジャマ姿でリビングにやって来た。

「フウエイちゃーん。ちゃんと髪を乾かさないとダメだぞ」

ドライヤーと櫛を持った佐天がリビングにあるコンセントにドライヤーを差し込んで、おいでと手招きした。

「はーい」

フウエイが嬉しそうに佐天の膝の上に飛び乗った。

ドライヤーのスイッチを入れてフウエイの黒髪を櫛で解し、乾かせ始める。

「しっかり乾かさないと風邪引いちゃうからねー」

「ぶわわ、風がぁ」

暖かい風を浴びながら、ドライヤーを掴んで口元に近付けて自分の声の変化を楽しんでいた。

 

「じゃあ、サソリも入ってね」

「あ、ああ」

サソリが腰を上げて上手く回らない頭を掻きながら、フウエイと戯れている佐天を見つめた。

「キャハハ」

「うりゃうりゃー!」

「......」

「?どうしたの?」

「何でもねぇよ......」

 

あんな事を言いやがって、オレはどうしたら良いんだ?

何で平気で居られんだよ

 

サソリは逃げるように顔を伏せて脱衣場へと入った。

籠の中には買ったばかりの新しい黒色のパジャマが置いてある。

外套の上を脱いで、露わになった自分の身体を鏡で一度客観的に見てみる。

左胸部......気づかなかったが小さく突き立てられたような切り傷の痕が残っていた。

 

「親か......」

それは最後の最期にサソリを機能停止に追い込んだ傷だった。

実の両親によって抱き抱えられるように付けられた刃先は心臓に到達するした瞬間に急速に感じないはずの冷たさを感じた。

「ダメだ......オレなんかに」

サソリは振り払うかのように首を振ると悔しそうに拳を握りしめた。

 

今更、自分が行ってきた罪の重さが強くなる

多くの人間を殺めてきた過去がジワジワと侵食しているようだ

 

何故だ

何故だ

かつて捨てたはずの感情に掻き乱される

いっその事、母親の思い出す佐天に罵って貰った方が何百倍も楽だと思った。

 

サソリ~

サソリさん!

サソリ!

 

握りしめた拳を見つめながらサソリは少しだけ呼吸を荒げた。

過去を話そうが決して拒絶せずに受け入れる仲間がいるだろうか?

 

もう逃げられないのなら、それで良い

 

サソリは胸部の傷をなぞりながら覚悟の意志を硬めた。

「......お前らの為なら」

人形に居場所を見出し、一度は核を射抜かれた身だ。

後どれくらいの時間が残されているか解らない。

オレを信じているバカヤローな奴らの為に使ってやるか

せめてもの取るに足らない罪滅ぼしだ

 

サソリがお風呂から上がると食卓にはカレーライスが用意されており、フウエイが待ちきれないようにスプーンを片手にジッと見つめていた。

「サイズが合って良かった~。じゃあ、ご飯食べようか」

黒のパジャマを着たサソリに佐天は和らいだ笑みを浮かべてもてなした。

「ああ」

「早く食べたいぞ!」

「はいはい」

 

絶対に手に入らないと思っていた時間

だからこそかもしれない

一度喪う恐怖を覚えてから、全てにおいて臆病になった自分が居た

 

「おいしー!佐天ママはお料理上手だね」

「ありがとう。ほら、口元に付いてるぞ」

「ん、ふえ」

タオルでフウエイの口を優しく拭いていあげる佐天。

「サソリはどう?」

「......美味いぞ」

「ふふ、ありがとう」

 

戦場に居続けた過去を溶かすような日々の生活。

それはサソリの本質を変えつつあった。

だが、それは避けようの無い地獄へと踏み出す覚悟だ。

深く結びついたからこその苦痛や悩み。

 

「佐天......後で話をして良いか?」

これだけの事を言っただけで胃に鈍い痛みが走る。

さっき覚悟を決めたと思ったが行動に移してから予想以上の反動が跳ね返る。

 

「うん、分かったよ」

「すまんな......」

「?」

 

穏やかな夕食が終わり、食器を片付けて佐天が押入れから布団を取り出して敷き始める。

既にお休み状態のフウエイはベッドの上でウツラウツラしていた。

サソリが手を握ってやるとじんわりと暖かい気がした。

 

あの時に死んでいたかもしれない命

オレのエゴで生きさせてしまった

 

弟子のミサカが人傀儡となり、サソリにその姿を見せて生きている様子は罪の意識を増長させる。

かつてのサソリの人ならざる姿を......

 

「よいしょっと!これでいいわね」

「本当にフウエイと一緒の布団で良いのか?」

「別に良いけど......どうしたの?」

「いや......怖くないのか?っと思ってな」

「?フウエイちゃん可愛いからオーケーよ」

「そうか」

 

怖くないか......

オレと闘った奴は作品を見た瞬間に恐怖に顔が引きつるのにな

初めて褒められた気がした

認められた気がした

 

フウエイが寝息を立てるのを確認すると佐天はベッドに座ってサソリを見下ろした。

「それで話って?」

「少し待て」

サソリは立ち上がり、部屋の電灯を消した。

「!?」

「フウエイが起きるだろ」

「あー、なるほど」

「横になりながらで良い。楽な姿勢で聞いてくれ」

「うん」

ガサガサと布団に入る音が聴こえてくる。

常夜灯のオレンジの光が部屋を優しく包み込む。

 

「......」

「サソリ?」

頭の後ろで腕を組みながらサソリは慎重に言葉を選んでいく。

 

何がフウエイの為だ

面と向かって話すと話せなくなりそうだから講じた策だ

やはり臆病だ

 

佐天はそんなサソリを気遣うように

「大丈夫?無理に言わなくても良い......!?ま、まさかの返事!まだ心の準備が」

枕に顔を埋めながら軽く足をバタバタさせている。

「いや、それじゃねぇな」

「ち、違うの?」

 

ホッとしたような、残念なような

くすぐったい気持ちだ

 

「オレの過去の事だ」

「!?」

佐天は起き上がってサソリを朧火の中で見つめた。

「いいから横になってろ」

「う、うん......サソリの過去か」

横になってサソリと同じ天井を眺める。

なんか不思議な感じがしてならない。

 

「オレは人を殺した事がある」

「......」

 

サソリは話を始めた。

乱暴な始まりだったし、佐天にとってみれば非日常の描写の連続だ。

しかし、彼の真剣な表情と淡々とした口調......緻密な表現が決して大凡の人が体験でない事を物語っていた。

 

人間から人形を造り、戦闘の道具に使っていた事。

初めての人傀儡は実の両親だという事。

 

そこは佐天も見覚えがある情景を想起させる。

薄暗い部屋で小さなサソリを無機質な腕で抱き上げている黒髪の女性の人形。

 

「そして『暁』って組織に身を置いた」

「あかつき......」

 

国語の時間で習ったようで、意味は朝方の仄暗い様子を表した言葉だ。

 

そこで更に人殺しはエスカレートしていく。

人を殺しては人形に変え、永遠な美を見出して道を踏み外し続けていく毎日。

数は三百体に近い数字を言った。

もはや絵空事のように途方もない数に思えた。

最後に実の祖母と戦い敗れる所で話は終わった。

そこから先は佐天達と出会い、現在に至る。

サソリにとっても此処はいきなり連れて来られた場所だった。

 

「信じないならそれで良いし、軽蔑しても構わんぞ」

「う、うん」

正直こんなに濃い内容だとは思わずにどう声を掛けるのが正解か分からなかった。

な、何か声を出さなければならない気がする。

 

「多分だけど......その罪って消えないと思う」

「......」

「あたしがレベルアッパーを使ってみんなを巻き込んだ事と同じでずっと残ると思う。比べるの間違っていると思うけどね」

「残る......そうだな......」

「でも、出会ってからのサソリはあたしの中では正しい事をしてきたと思うよ。そこは保証する!」

佐天の力のこもった物言いにサソリは反応に困ったように目を閉じた。

 

「なんか成長したなお前。あの時よりもずっと」

「せ、成長!?そんな事ないよ!初春に泣き言言っちゃったし」

「ありがとうな」

 

いっその事罵ってくれた方がどんなに楽だったろうか

拒絶してくれた方がどんなに対処し易かっただろうか

 

「あたしも御坂さんも白井さんも湾内さんも......みんなサソリに助けられたからね。今度はあたし達がサソリを助けたい」

「いや......」

 

充分だった

受け入れてくれた事が嬉しかった

佐天達に合わなかったらこんな気持ちなんて永久に無かっただろう

 

サソリは寝返りを打つように佐天に背中を向けて寝始めた。

 

オレは幸せにする事は出来ない

だが、佐天達に危害を加える奴がいるなら全て敵と見なして攻撃するしかない

戦闘と人形しか知らないサソリに出来る最低限の恩返し

 

「お前らがオレを助ける?無理を言うな」

「出来るよー!能力に目覚めたし」

「あんな生兵法な能力でか......まあ期待しねぇよ」

「もー」

 

茶化すように言ったサソリだが目付き真剣だった。

当面の目的は『ゼツの企みを止める』事だ......命に代えても......

 

寝息を立てて眠り始めたサソリの横顔を見ながら、佐天は軽く頬にキスをした。

 

少しだけなら良いよね......

サソリの布団に潜り込み、サソリの上になった腕にそっと頭を乗せた。

「サソリ......あたしはサソリに逢えて嬉しいよ。お願い......どこにも行かないで」

闇が深まる夜の学園都市。

最後の時は刻一刻と静かに迫っていた。

 

******

 

派閥

生徒が自主的に作る同じ目的を持つ者同士の集まり、同系統の能力の研究会だったり人脈形成のサロンだったりと様々な目的で作られている

特に大きいものは学内に留まらず社会に影響を及ぼす事もあり得る。

 

長いようで短い夏休みが終わり新学期がスタートした常盤台中学で湾内と泡浮が頼まれた資料を職員室に運ぶ為に廊下を並んで歩いていた。

湾内はファイルを9冊、泡浮はダンボール2箱を持ち上げて危ない手付きで震えている。

「重い......ですわね」

「そう......ですわね。新学期ですの......で」

窓枠の少し出っ張った部分に軽く乗せると休憩するように一息入れた。

「はあ」

湾内は盛大に溜息を吐きながら夏休みの自分の不甲斐なさに嘆いた。

「結局、サソリさんとは何も進展がありませんでしたわ......夏が最大のチャンスでしたのに」

 

恋人としてのイベントに欠かせない夏休み

夏祭りや海で泳いだりして仲を深めるべきだったのに

部活にほとんど時間を取られてしまうし、常時サソリさんの居場所が分からない等が重なり、めっきり会う機会が薄れてしまった

 

「折角水着を買いましたのに......サソリさんに見せる事も出来ず......うぅ」

「まあまあ、またチャンスが来ますわよ」

「そうだと宜しいのですの......その為には早めに用事を片付けていざ情報収集ですわ!......ととっ!」

腕を突き出して気合を入れる湾内だがファイルの山が崩れそうになり慌てて押さえる。

あと少し進めば職員室が見えてくる。

運び終われば御坂さん達と連絡を取ってサソリさんとの交流をしませんと!

 

静かな闘志に燃えながらファイルを持ち上げる湾内に泡浮が苦笑いを浮かべながら、最後の道のりを考えながらダンボールを持ち上げた。

そして廊下の角を曲がると扇子を持った古風な女性とぶつかってしまいバランスを崩した。

 

「きゃ」

「あっ!?」

盛大にファイルをばら撒き落としながら湾内は尻餅をつき、強打した部分を摩る。

「いたた......」

「大丈夫ですの?」

泡浮がダンボールを置いて湾内の側に駆け寄るが古めかしい艶やかさを持った女性が申し訳なさそうに手を差し伸ばしていた。

「申し訳ありません。不注意でしたわ。オケガは?」

「あ......いえ。こちらこそ」

制服の上からでも分かる抜群なプロポーションに湾内と泡浮が少しだけ見惚れていた。

「ん?」

 

「まあ、婚后光子さんと云うのですね」

「ええ」

「すごいですわー。転入試験は一般入試より難関と聞きますのに」

扇子をポケットにしまい転ばしてしまったお詫びに荷物を運ぶの手伝いをしてくれる。

 

古風な女性は『婚后光子』といい、難関の常盤台の編入試験を突破した努力家。

ペットのニシキヘビ『エカテリーナ』ちゃんを溺愛している。

能力名『空力使い(エアロハンド)』

大能力(レベル4)

 

「あ、あら。まったく大したものではありませんでしたわ。わたくしとしてこだわりはなかったのですが常盤台が我が校へどぉ~~~~~~~~~~~~~~してもと言うものですから」

 

「「さすがですわー」」

↑基本的に人を疑わない2人

照れたように頬を緩ませる婚后に惜しみない笑顔で応える湾内と泡浮。

 

 

「失礼いたします」

無事荷物を職員室に運び終えて出入口で礼をする3人。

「しかし、広い校舎ですわね。それに常盤台は独自の決め事も多いですし戸惑う事も......」

用事が片付き自分達の教室に戻り始めると困ったように入ったばかり婚后が声を漏らした。

「でしたら。『派閥』に入るといいかもしれません」

「派閥?」

「基本は同好の士の集まりですので、入って相談すれば色々とサポートして頂けると思いますわ」

「はー。そんな事が」

感心したように口元を扇子で隠しながら婚后が言う。

 

「!噂をすれば」

窓から外を端目で見ていた泡浮が外にいた集団を見つけて声をあげた。

婚后と湾内が窓から覗き込むと30人くらいの集団がゾロゾロと同じ方向に歩いている。

真面目そうに眼鏡を掛けた女性。

本を持った女性。

談笑する女性。

ドリルヘヤーをした女性等、十人十色の言葉通りの様々な人が集まって移動している。

そして、1番の先頭には金髪ロングの女性が陣取っていた。

側から見れば目立たない訳のない異様な集団に婚后は目を丸くした。

 

「ずいぶん大所帯ですのね。大名行列のような......」

「はい。あちらが常盤台最大規模を誇り、女王の異名を持つ超能力者(レベル5)『心理掌握(メンタルアウト)』。食蜂様の派閥ですわ」

湾内が少しだけ憧れを抱きながら説明をしているが、婚后はその荘厳さ規律正しさに釘付けとなり、先頭の食蜂なる人物と自分を重ね合わせる。

 

元々負けん気の強い性格の婚后は決意を固めて窓枠に腰掛けた。

 

あの場所が自分が居るべき場所

 

「決めましたわ。わたくし自分の派閥を立ち上げます」

「え」

この時は派閥作りが想像するよりも簡単ではない事を知らず。

自分の能力に自惚れていた婚后だった。

 

 

一方その頃......

常盤台中学の正門前に赤い髪をして外套を着たサソリが地図と目の前の建物を見比べていた。

「場所的には此処みたいだが......此処って......」

「大っきい建物だね~パパ」

フウエイが門に昇って、目を光らせている。

「はあ......マジか」

さっきから確認をしているが見覚えがある建物って云えばそうだろうが

御坂達が居る所でやんのかよ

身体計測......

 

波乱の予感がサソリの中で警報のように鳴り響いた。

 

「きたきた~」

「そんなに身を乗り出したらバレるよー!畜生道」

常盤台中学の屋上で双眼鏡を覗き込んでニヤニヤしている畜生道と丸眼鏡を掛けて白衣の研究者に変装した人間道が準備を進めていく。



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第67話 微妙

遅くなってしまい申し訳ないです!

最近、多忙になってしまいました(涙)


「超大丈夫ですか?」

とあるビルの一室に慌てて戻って来た絹旗は買い物袋片手にリビングに滑り込んだ。

みゃー

「ごろごろ~。おかえり」

保護した黒猫と一緒に伸びをする滝壺がスフィンクスポーズで出迎えている。

 

リビングにはテーブルに脚を乗せて、あからさまに不機嫌そうにしている麦野とぬいぐるみに仕掛けを施しているフレンダが座っていた。

「あー、イライラするわね。何なのアイツ?」

「むぎのんの能力が吸収されたってどんだけって訳よ!」

テーブルの上には炭酸ジュースのペットボトルが置かれており、麦野達はジュースを飲みながら各々適した格好をしているようだ。

 

話題に上がっているのは紫色に不気味に輝く波紋状の瞳を有した坊主頭の男だった。

背格好から換算すると中学生~高校生くらいだろう。

耳にピアスをして全身にオレンジ色の鎧を着込んでいる姿は西洋の騎士に近い。

 

「な、何はともあれ超無事で良かったです」

テーブルの上に買ってきたスナック菓子やお弁当を並べていく。

フンフンと保護した黒猫が絹旗の足を嗅いでいる。

「超分かってますよ」

袋の中から猫用の缶詰を取り出すと台所から持ってきた小皿によそり、床に置いた。

みゃーあうあう

喉と鳴き声を揺らしながら一生懸命に食べ始める姿に少しだけ癒されるアイテムのメンバー。

「可愛い」

「結局、猫って完成形な訳よね」

「ま、まあ......旦那の頼みだからね。仕方なく」

 

御坂美琴のクローン体であるミサカが保護した小さな命。

サソリは麦野達に世話を頼んでいたのを思い出す。

 

何故か黒猫は旦那の頭に乗ってくつろぐのが好きだったわね

 

猫のように気まぐれな性格が相通ずるのか良く懐いていた。

ケプッ

と黒猫は缶詰を平らげると満足したようにマンションの窓辺に移動して日向ぼっこを始める。

身体を横にして丸くなりゴロゴロと喉を鳴らしてうつらうつらしていた。

 

「それで......敵は能力を超吸収したんですか?」

「そうなのよ。爆弾まで吸収するなんて聞いてない訳だし」

「じゃあ今回はサソリの旦那にはそう超報告になりますか?」

「それも良いけどね......依頼が達成出来ないと報酬が貰えないしね」

麦野がガリガリと氷を口に入れながら乱暴に咀嚼した。

「あれ?今回の報酬って超高かったでしたっけ?」

「いや......旦那とのデート権がねぇ」

残念そうに簡略化した猫目で麦野が陰を帯びながらソファに横になった。

 

「で、結局超どうするんですか?」

「一応、サソリの旦那には今回の報告って事で伝えた方が良いと思うわよ。ねぇ麦野」

フレンダがソファで横になっている麦野の髪を弄りだした。

「うざ......少し横になるわ」

 

窓辺で黒猫と一緒に寝転んでいる滝壺は気の抜けた顔をしながら黒猫の身体をナデナデしていた。

 

横になりながら麦野は妙な瞳をした男が最後に放った言葉を思い出していた。

 

エラーの痛みを知れ

 

どういう意味かしらねぇ~?

学園都市に怨みでもある連中の仕業かしら

たくさん居過ぎて絞り込めないわね

 

******

 

理路整然とロッカーが並んだ更衣室で身体計測に臨むべく御坂と白井、湾内と泡浮が体操着に着替えていた。

少しでも上のランクを目指す為、前の自分を超える為に御坂が気合いを入れるように自分で自分の頬をパシッと叩いた。

 

カチャリとロッカーを開けて、制服を脱ぎ始める。

「派閥ですの?」

履いていたスカートのホックを外し、下に下げながら白井が眉間に皺を寄せてあからさまに不快そうな顔をした。

「はい。その婚后さんが作ると仰ってましたわ」

「これだから世間知らずのお嬢様は......全くですわね」

「そういえば御坂さんはお作りにならないのですか?御坂さんなら素晴らしい派閥になると思いますが」

「んー、あたしはそういうのに興味がないわね」

「お姉様ともなれば学園都市を征服してしまいそうですわね」

白井がワイシャツ姿になりボタンを外した御坂に抱き着いた。

 

「コラ!ドサクサに紛れて抱きつくな!」

「恒例の親睦ですのに」

ポカンと白井の頭を小突く。

「恒例にせんでよろしい!そういえばサソリの事なんだけど」

湾内の耳がダンボの耳のように巨大化して敏感に『サソリ』の単語を入力されるとサッと御坂の前に移動して腕を掴んで鬼気迫る表情で御坂を見上げた。

 

「さ、サソリさんがどうかなさいましたか?」

「わ、湾内さん!近い近いって」

「一々取り乱してみっともないですわよ」

白井が舌打ちをしながら呆れたように言い放った。

「まあまあ。それでサソリさんがどうかなさいましたか?」

 

「いや、最近かなり無理をし過ぎたみたいで体調悪いみたい」

「「「そうなんですの!?」」」

湾内が上着を脱いで淡いピンクのブラを露わにしながら飛び上がり、白井と何故か泡浮も下着姿で驚きの表情で御坂に詰め寄った。

 

「だ、大丈夫なのでしょうか?」

「最近お見かけにならないのはそれが原因ですの?」

「サソリさんに何かありましたら......わたくし」

「お、落ち着いて!本人が大丈夫って言っているから大丈夫だとは思うけど......出会った頃から無茶しっぱなしだからね」

 

白井はレベルアッパーで驚異的に能力値を伸ばした不良に絡まれていた所を助けられて。

そのままレベルアッパー事件を収束させて人を嘲笑いながらボロボロの姿を想い出し。

 

湾内はまだ男性に慣れていない頃に絡まれた不良から助けてくれたり、乱暴にされそうになった所を間一髪で助けに来てくれたサソリを。

 

御坂は共に闘い、妹達計画を壊滅させて死んだと思っていたミサカを人形『フウエイ』として生き永らえさせた事を。

 

全ての事に関わり口が悪く文句ばかり言うサソリだが、最後はなんだかんだで頼りになるサソリに助けて貰ってばかりと気付く。

「そうですわね。わたくし達もサソリさんに頼り切りですので」

シュンと自分の力の無さを痛感し落ち込む湾内に泡浮が優しく肩を抱き抱えた。

「何とかわたくし達でも助ける事が出来れば良いのですが」

「そうよね。アイツ......今後もこんな無茶苦茶な事を続けるのかしら」

「......」

更衣室の空気がどんより重くなり溜息を漏らす。

 

サソリさんを助けたい.......

その共通する目的がこの4人の中で芽生えた。

ん?

どこかで言った覚えがあるような?

 

御坂が半袖半ズボンの体操着に着替え終わるとカバンの中から携帯のバイブ音が響いて、チャックを開けた。

中身の携帯を取り出すと画面の表示に予期せぬ人物からの着信が入っていて......

「!?サソリ!っとと」

驚き過ぎて手を滑らせて携帯を落としそうになるが身体能力で床スレスレでキャッチをした。

「!?サソリさんから!」

場の雰囲気が変わり御坂を始め4人に緊張が走る。

 

通話ボタンを押すと何やら誰かと言い争っている風な音が聞こえてきた。

「も、もしもし?」

『なぜ......いるんですの?』

『うるせー......今知り合いに連絡取るか......ていろ」

『パパ......変わったよ』

 

予想だがトラブルに巻き込まれている事は何となく確信した。

『ん?』

「サソリ?」

『やっとか、面倒な奴に捕まったから来てくれ』

「来てくれってアンタ今何処にいるのよ?」

『お前らの学舎の正門にいる』

「はぁ!?何で?」

『良く知らねぇが、呼び出されたんだよ。なんか身体計測しろって』

「せ、正門ね!ちょっと待ってなさい!」

再びサソリの近くにいるであろうクレーマーの方が難癖を付け始める。

『ああ』

『その......電話相手......怪しいですわ』

『今から来るから......待ってろ!』

『パパ~。フウエイ遊びに行っていーい?』

『ダメだ!待ってろ』

『えぇー』

 

「フウエイちゃんも居るの?」

『まあな、早く来てくれ』

プツンと電話が切れたがサソリの方はてんやわんやになっているようで暫く沈黙が更衣室を支配した。

 

「サソリさんがピンチですわ!」

パァーッと笑顔になった湾内がピンクの下着姿のままクラウチングスタートを切るように走り出して更衣室の外に出ようとするが白井がテレポートしてブラジャーの背面にあるホック部を掴んで強引に引き止めた。

「ちょっと待ちなさいですわ」

「縮みますわぁぁ!せっかくサソリさんに捧げる胸が」

「縮んでしまえですわ!その淫らな胸なんて!」

極小カップの白井が妬むようにホックを引っ張り上げた。

御坂が白井の頭にチョップをかまして、泡浮が湾内の腕を掴んで引き止める。

「やめんか!」

「き、着替えてから向かいましょうですわ」

 

******

 

体操着に着替えて4人で常盤台の正門に走っていくと黒髪ロングの女性が折り畳んだ扇子をビシッと門の上に佇んでいる子供を背負った赤髪の男が不機嫌そうに目を細めていた。

「降りてきなさいですわ!殿方が此処に来てはいけないのですわよ!」

「あー!うるせぇな......少しは黙れよ」

「わたくし婚后光子が許しませんわよ!大抵良からぬ企てでも考えているに決まってますわ。さあ、言いなさい!その幼子を使って何をしようとしているのか」

 

!?

あれって婚后さん?

 

階段を飛ばし飛ばしで駆け下りると御坂は手を伸ばしてこちらに注意を引きつける。

 

「サソリー!」

「ん?」

御坂達の姿を見るとサソリの背中に居たフウエイが満面の笑みを浮かべて、両手をバランスを考慮せずにブンブン左右に振った。

フウエイの振り回している腕がサソリの頭に当たり舌打ちをする。

「あっ!ママだ」

なんとかサソリのおんぶから外れるとフウエイは門を飛び降りて御坂の胸元に抱き着いた。

「えへへ」

「フウエイちゃん!よしよし」

 

「えっ......ママって......え?」

扇子で口元を隠しながら戸惑いが隠せない婚后は目をパチクリさせて御坂と黒髪の少女を交互に見た。

 

ま、マズイ!このままでは良からぬ噂が......

 

「ち、違う違う!そうじゃないの!」

フウエイを抱き抱えたまま御坂は首を横に振って否定の意味を込める。

しかし、フウエイはそんな事はお構いなしに門から降りてきたサソリを見ながらニコニコして更なる一言をぶちまける。

「パパ~!やっとママ達来たね~」

「ママ達......?!」

 

婚后は顏を青ざめながらパチリと扇子を開いて御坂達から距離を取り始める。

 

ママ『達』?

不倫?タブル不倫?

こ、これが世に聞く『修羅場』という奴ですの?

ま、まさか中等部から既に大人になってしまう方々が......

 

「だぁぁぁー!ちょっと待って待って!お願いだから説明する時間をちょーだい!」

「そうですわ!サソリさんと結ばれるのはこのわたくしですの!!」

「ドロボー猫は黙ってなさいですわ!」

ズイッと前に出て来た湾内を制する白井。

「わ、分かってますわ!余程複雑な事情がお有りなんでしょう.......こちらの乙女の敵を成敗すれば良いのですわね」

パチンと扇子を畳むと掌に風を集中して空気砲を射出しようとするが......

 

写輪眼!

 

「えっ!?」

サソリの片目の写輪眼が開眼して高速で印を結ぶと婚后の足元に風を起こしてバランスを崩させる。

「いたた??!」

尻餅をついてお尻を摩る婚后の目の前にいる幾何学模様の眼をした人物を見て軽く身震いした。

 

い、今わたくしの力が......

 

サソリは頭をガシガシと掻くと外套を翻して御坂達を見据えた。

「余計な体力を使わすなよ......呼んだらさっさと来い」

「さっさと来いって、待ったの5分くらいでしょ」

「オレは人を待つのも待たせるのも嫌いだ」

サソリの性格として極端なせっかちで時間に対してはかなり厳しい。

 

「分かりましたわ!サソリさーん!」

「!?」

キラリンと獲物を捕らえるような目付きで湾内がサソリに向かって駆け出して、タックルをかますように抱き着いた。

「お、お前!?」

「サソリさん!お久しぶりですわ!わたくし寂しくて寂しくて」

湾内が甘えるようにサソリの胸元に頬を擦って熱っぽい目をしながら猫撫で声を出す。

 

「離れなさいですの!公衆の面前で!」

と言いながらも白井もサソリの腕に自分の腕を絡めて甘えるように見上げた。

「は、ハレンチですわ!若い男女が......だ、だだだだだ抱き合うなんて」

尻餅を付いていた婚后が顏を真っ赤にしながらビシッと指さしをした。

 

「婚后さん。いつもの事ですので」

「い、いつもの事!?こ、こんなのが毎日ですの!?信じられませんわ」

 

毎日ではない。

 

「くっ付くなお前らぁ!!」

「わーい。パパ人気者だ。フウエイもー」

「あ、ちょっと」

御坂に抱っこされていたフウエイも御坂の腕から脱出するとサソリの顏に抱き着いた。

「!?」

バランスを崩したサソリが受け身を全く取れない状態でレンガ状の地面に頭をぶつけた。

「痛ってぇーな!」

「えへへー」

「サソリさん」

 

正門前でのラブコメチックな光景と騒ぎに続々と人が集まり始めてヒソヒソと何やら話を始めていた。

 

なになに?

男性の方が居ますわね?

彼処にいらっしゃるのはかの有名なレールガンの御坂さんではありませんか?

 

「げっ!ここじゃ流石にマズイわね。場所を変えない」

「そうですわね......婚后さんも如何ですか?」

「わ、わたくしも?」

泡浮が婚后の手を掴むと起き上がったサソリ達を御坂が後ろから押してその場から逃げるように走り出した。

 

その光景を金髪ロングの女性が肩掛けバッグからリモコンを取り出しながら星のような瞳をしながら愉快そうに見つめていた。

 

******

 

「はあはあ......で、結局何しにきたんだっけアンタ?」

御坂達は自販機が設営された常盤台の中庭のベンチで腰を下ろしながら呼吸を整える。

泡浮と婚后は珍しそうに辺りを見渡しているフウエイに危険が無いように見守る役をしている。

「あ、チョウチョだ」

「ふふ、そうですわね。婚后さんそちらに行きましたわよ」

「そ、そうですわね!.......なぜにわたくしがこんな事を?」

「すみません.......付き合わせてしまいまして」

「一体どんな関係ですの?あの殿方とは」

婚后がサソリを見ながら不審そうな目線を飛ばした。

「サソリさんですわ。ああ見えてもかなり頼りになりますわよ」

「さそり?そうですの?な、ならわたくしの派閥に入れてあげなくもないですわ」

「......そ、それですわ!」

「は、はい?!」

急に大きな声を出した泡浮に婚后がビクッと身体を飛び上がらせた。

 

「派閥ですわ!サソリさんの為の派閥を作れば良いのですわ!ありがとうごさいます!」

「は、はあ??」

釈然としない婚后は口を尖らせているが傍にいる泡浮は指先を合わせて嬉しそうに微笑んでいた。

 

サソリと御坂は今回の話を進めているようだ。

「妙な連中から指定された場所が此処だったんだよ」

「あの時に渡された封筒?」

「そうだ」

「何で常盤台?あ、何か飲む?」

御坂が自販機を前にして財布を取り出して小銭を入れ始める。

「知らん」

「学校までサソリさんとご一緒出来るなんて幸せですわ~」

「離れなさいですわ!」

ベンチで力無く座っているサソリの両隣に湾内と白井が陣取って互いに目で火花を散らしている。

 

するとそこへ......

「いつの間にかモテモテになったものだな。では私が頂く」

「妙なトラブルばっかり起こさ......!?」

白衣姿の木山がさも当たり前のようにやって来て御坂が入れた小銭を無駄にする事なくコーヒーの缶を買い、取り出した。

グイッと軽く飲んでいくが、あまりにも突然の登場に御坂は口をアングリと開ける。

 

「な、何で?」

「ん?まあ、軽く保釈された。監視されてはいるが」

コーヒーを飲みながら後ろを指差すと丸眼鏡を掛けた白衣の少女が立っていた。

「どうもです~」

丸眼鏡のズレを直しながら、お煎餅を食べている白衣の少女がピースをする。

「ん?何処かで会ったか?

サソリは首を傾げて疑問符を浮かべた。

 

何処かで聞いたことがあるような声だな

 

「ゲフンゲフン!?い、いえはずめてだと思うずらよ~」

大きく咳払いをしながら、何故か訛り全開の話し言葉になり更に不信感が強くなった。

「.......」

黙って見続けるサソリに丸眼鏡の少女は冷や汗をダラダラとかきながら、指でクルクル円を描く動作をしている。

 

「何だ知り合いか?そんなに訛っていたかな」

木山が訊いてくるが。

「どんでもねぇーだぁ!オラん所だとこれが普通でごわす」

 

ごわすって......

 

もはや訛りなのかどうか怪しくなって来た。

 

「あっ!サソリ様でござるな!今日は貴方も身体計測は入っておるんがじゃ」

「って言ってますけど?」

「この状況でオレに振るなよ」

「新しく入った身体計測か......確か特別枠であったな」

「じゃ、じゃあサソリの能力が分かるって事ね!」

御坂が興味深そうに前のめりで訊いた。

 

これでコイツの化け物じみた能力が判明する訳ね

楽しみだわ!

 

「まあね」

木山が飲み干したコーヒー缶を捨てると白衣のポケットに手を入れて振り返るようにサソリ達を見つめた。

「じゃあ行くか」

 

こうしてサソリを始めとした能力者のランク付けを決める重要な計測が始まった。

慌ててズレた丸眼鏡の隙間から紫色に輝く輪廻眼が一瞬だけ姿を見せた。



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最終章 無明編
第68話 派閥


すみません!
最近風邪で寝込んでしまい、更新が遅れてしまいました

体調管理の甘さを実感しました
申し訳ないです


かつての傷跡を遺すかのように学園都市にある折れた巨大な鉄骨が剥き出しの電波塔に語り部である大人のフウエイが軽くよじ登り狭い世界を見渡す。

雲行きは怪しくなり、雨がしとしとと降り始めた。

焼け焦げた痕跡をなぞりながらフウエイは下唇を噛み締めて外套の裾を握り締めて悔しさを露わにしている。

 

風が強くなる。

夏にも関わらずに刺すように鋭利な風圧に彼女の髪は乱雑に乱れ始める。

「ここですね......あの忌まわしい企ては」

必死に昇って来ている観客の手を掴みながらフウエイは一筋の涙を零した。

 

 

観客の機微に気付いたのかフウエイは涙を拭うように指を動かした。寄れた袖から木造の人形のような線が幾本も伸びている。

「おかしい......ですよね......人形なのに傀儡なのに泣くなんて......」

 

「すみません......次のお話なのに......紹介しなきゃ......ですよね」

止めどなく流れていく涙を堪えながらフウエイは腫れぼったい顔で泣きながら笑う。

「ここまで読んでくれてありがとうございます......実はこの物語は次の章で最後とさせて頂きます」

 

フウエイは懐から出した色褪せた赤い髪の人形を眺めるとギュッと抱き締めた。

まるで何かを喪ったかのように愛おしく力強く。

「......いいえ多くは語りません......勇気ある読者様は進んでください......それでは」

 

赤い髪の人形の間から真っ赤に光る万華鏡写輪眼を覗かせると視界は暗転した。

 

 

最終章 無明編

 

 

暗黒が支配した夜の学園都市のとあるビルの一室に洋式便器の玉座に脚を組んで座る白髪の少年がいた。

白髪の少年の顔には幾重にも重なったような木の根っこのような面をしており、不気味な程正確に開けられた穴からは紅く光る瞳が少年の薄気味悪さを倍増している。

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画の時にトビが一瞬の隙を突いて奪い取った元学園都市第一位『一方通行(アクセラレータ)』の姿だった。

神妙な面が蛍光灯に照らされて強い影を投影している。

 

「さて今日の議題は固めのウンコと下痢ウンコの排泄の違いでも......」

 

「馬鹿な事ばっか言ってんじゃないわよ。一応トップなんだから」

グルグルの面を着けたアクセラレータにカルテで机を叩いて突っ込みを入れる黒髪ツインテールの黒ナース姿の少女が呆れたように言った。

 

黒髪ツインテールの少女の名前は『警策看取(こうざくみとり)』と言いゼツ一派の少なからず共鳴した大能力者(レベル4)だ。

 

「オイラに取ってみれば重要っすけどね~」

「アンタの下劣さには飽き飽きするし、知らないわよ!それに今回の身体計測では面白いデータが挙がっているし」

カルテに書かれた人物を眺めるとトビに見せるように前に出した。

 

赤砂サソリ

学園都市暫定第一位

能力

傀儡、心理掌握、高エネルギー体の生成......

 

「んで通り名が『神の傀儡師(エクスマキナ)』ねぇ~。随分と仰々しいネーミング」

「サソリ先輩っすね~。早く消えてくれれば仕事もしやすいっすがね~」

と洋式トイレ型の王座に寄りかかっているとメイド姿のミサカがやって来て、トビの前にチョコ味のソフトクリームを警策にはレモンティーを出していく。

 

「こちらで宜しいですか?とミサカは確認します」

「待ってたっすよ~」

「ホントにこんな奴の下に居るのが嫌になるわ~。そう思うでしょ?天道」

 

テーブルに並べられたレモンティーがもう一つあり、警策がカップで指差した先には、大きな窓から外の夜景を見下ろす純白の制服に身を包んだ女性が立っていた。

 

「私は目的を達成する事だけだ」

振り返った少女の左眼に輪廻眼が埋め込まれて耳に黒いピアスをしている。

少女はゆっくりとテーブルに近付いた。

片手に持っているのは自分のトレードマークだったカチューシャが握られて、ソバカスだらけの顔で冷たく言い放った。

 

「あらそう、別に止めないわよ。アンタの計画も面白そうだしね」

純白の制服を着た女性は振り返りながら持っていたカチューシャを頭に乗せた。

 

せんせー

木山せんせー

 

かつて平仮名表記だった幼さを隠し、溢れ出てくるチャクラを冠する復讐者となった彼女は床にヒビを入れた。

「貴女に復讐しますよ......木山先生」

 

測定不能(レベルエラー)

天道

 

「うわっと......危ないじゃない!溢れたらどうすんのよ!?」

「ハハハ、頼もしいっすね~。そうっすよ......木山も出世に目が眩んで純粋な君達を売ったんす!今頃は贅沢三昧、君達の事なんて微塵も考えていない女っすよ~」

ゲラゲラと笑いコケながらトビはチョコ味のソフトクリームを面をズラして舐め始める。

「......」

「そんな君達に力を与えて復讐の機会を与えたっすよ......警策、天道......君達の力でこの学園都市を終わらせるっす」

テーブルの上に脚を投げ出して指を組む動作をした。

 

そこへ勢い良く扉が開いて息を乱しながら布束が汚れだらけの白衣で転がり込んできた。

「はあはあ、ど、どういう事だぁぁー!?」

「ん?」

握り締めた計画書を布束は前に突き出しながら肩で息をして敵意剥き出しの状態で呆けている扉を睨み付けた。

 

「元々妹達計画の発案者が、あ、アンタになっているわ!せ、説明をして......」

しかし、次の瞬間には計画書はトビに奪い取られて、指から発した火花で燃やした。

「!?」

「ワザワザ届けてくれてご苦労さんっす。出向く手間が省けたっすよ」

「!!あ、アンタが黒幕かぁぁー!」

布束は拳銃を取り出すとトビの面に狙いを定め始める。

 

「へー、じゃあ」

トビは指を鳴らすとメイド姿のミサカが盾になり腕を広げた。

「あ、ああ......」

布束の銃口が震え始めた。前に心の底から助けたかったクローン人間が恐怖を持たずに真っ直ぐ布束を見詰めている。

 

ひ、引けない......

弾けるはずがない......

 

私財を投じてマネーカードを路地裏にバラ撒いて残虐な実験を妨害していた。

計画が別の計画に引き継がれた際に呼び戻されて、クローン体の外部演習のためにビルの屋上に出た時のクローン体の一言が全てを変えた......

 

 

外の空気は甘いのでしょうか

辛いのでしょうか

外部の空気はおいしいと教わりました

 

様々な香りが鼻腔を刺激し胸を満たします

一様でない風が髪をなぶり身体を吹き抜けていきます

太陽光線が肌に降り注ぎ、頬が熱を持つのが感じられます

 

世界とは......こんなにもまぶしいものだったのですね

 

 

布束はその時から彼女達が造り物ではなく、ありのままの世界を描写する人間らしい姿に閉口してしまった。

 

だから、彼女を助けたいというゼツ達の言葉を鵜呑みにした結果がこれだった。

「み、見ないで......何も理解していないような目で私を見ないで......」

このまま弾丸を発射すれば身体は裂かれ、血が飛び散るだろう......

それに反応する感情なんかプログラムしていない......これからのはずだった。

 

左手に持っている完成させた感情プログラムのメモリを握り締める。

ここがどれだけ酷い場所か

どれだけ悲惨な場所を感じて貰うために

 

ありのままに世界を表現したようにありのままの感情を満たして、全てを投げ出して逃げて欲しい

 

お願いだ......

 

天道は掌を布束に向けると強大な斥力が発生し、布束を壁に叩きつけた。

 

神羅天征

「エラーの痛みを知れ」

 

「がはっ!?」

スルリと感情プログラムのメモリが左手から滑り落ちて、トビはそれを意気揚々と拾った。

「おー、これが感情プログラムっすか.......これで一気に最終段階まで進めるっす。これでも感謝してるんすよ。オイラ達には人間の感情なんざ知らないっすからね~」

布束からメモリを奪い取ると面の下で軽く舌を出した。

めり込んだ壁から解放されて四つん這いになる布束の首元に冷たい感触が走りだした。

 

「!?」

「どうするの?計画をバラされても面倒だし処分する?」

女性のふくよかな身体のラインを投影した液体金属が腕を鎌のように変質させて布束の首に押し当てていた。

 

警策の能力

『液化人影(リキッドシャドウ)』

比重20以上の液体を自在に操る。

腕を武器に変えたりと高い戦闘能力と数百キロ離れていても自在に操れる遠隔操作性を誇る。

 

警策はレモンティーを優雅に飲みながらリキッドシャドウに力を飛ばして、鎌となった分身体の腕をゆっくり布束を抱き抱えるようにジワリジワリと切っ先を掠らせる。

 

「いんや、せっかくオイラ達の計画に功労してくれた英雄っすからね~。お望みに」

トビがニヤリと笑うと庇っていたミサカが動き出して、頭がすっぽり入るような機材を用意を始めた。

「?」

電源を付けると人工音声が流れて初期設定を済ましていく。

『それではミサカネットワークに接続します』

という音声が流れるとミサカはリキッドシャドウに拘束されている布束に機材を被らせた。

 

「それほどクローン体が大事なら1から100まで知るっす」

布束の五感が支配されてもはや自分の意思では立ち上がるのが不可能になった。

 

浮かび上がってきた映像は液体に包まれた自分自身、外に出されガラス越しに研究者が居る中で一方通行がやってきた。

 

よォ

オマエが実験相手って事でいいンだよなァ

 

「あ、ぎぃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!」

 

混乱する頭に強烈な痛みが腹部から発生して絶叫を上げる布束を虫ケラのように見下しながら.......

「実験は途中で終わったっすけど9982回の死の旅に行ってらっしゃ~いっす」

 

死の疑似体験は一瞬で次の実験がスタートしていく。逃げ出したいが身体が動かずに固定された運命へと五感をフルに使いながら次々と耐え難い苦痛の波は止まることを知らない。

 

「うっわ~♪彼女精神崩壊するかもね~。だって死の痛みなんて生涯で1回だけだよね。それをこんなに」

最低限に金属で固定した状態で布束を放置したトビ達は煌々と光るビルの灯りを見上げながら歪んだ笑みを見せる。

 

「計画も最終段階。じゃあ大覇星祭でもド派手に行くっすよ~」

「......」

「割と楽しみね」

 

*******

 

幼き頃よりずっと身近に居た存在。

普段は厳しく気品漲る憧れの父親なのだが、時折嬉しそうに読んでいる物に興味が出て甘えに行ってみる。

 

「お父様うれしそうです」

「光子」

「お手紙......ですか?」

形式ばった枠の中にビッシリと達筆に書き込まれた手紙を見てみるがまだ漢字をやっと習い始めた婚后には理解出来ないが、尊敬する父親との会話になるのが嬉しく膝に手を置いた。

 

「ああ、古い友人からなら。学生の頃から馬鹿ばかりやっていたが、今も元気に世界を飛び回っているようだ」

 

「それがうれしいのですか?」

 

「友人とはそういうものだ。友人が幸せなら自分も満たされ悲しい状況にあるなら自分も悲しい。だからこそ楽しみや悲しみを分かちあえる」

思い出すかのように遠くを見つめる。

薄くなった瞳の先に懐かしさが過りだして、なんだか良く分からない感情だが会話を続けたい婚后は必死に分かる範囲の質問を考えた。

 

「光子にもそんなお友達できますか?」

 

「そうだな」

そういうと手紙を大切に折り畳みながら婚后の頭を優しく撫でた。

「桃李成蹊といって立派な人のまわりには自然と集まってくるものだ。光子が人を思い遣る気持ちを持って己を磨き続ければ自然と相応しい友人が出来るだろうた」

 

子供だからその真意を理解するには至らず。

立派な人や友達から自分なりの結論を捻出し、父親の考えに精一杯同調しようと躍起になっていた。

この時は初等科の最初の頃。

立派な人とは良き成績を修めている人だと解釈し、猛勉強を始める。

 

 

「あ!こないだのテストの結果貼り出されてる」

「婚后さんまた一番だ」

「すごーい」

毎回授業前の予習、帰ってからの復習など出来る限りの最大限の努力で優等生として『立派な人』になるべく頑張り誇示する。

 

「当然ですわ」

あとは自然に集まってくるはず

立派なわたくしの周りに集まるはずだと......

 

「ナッちゃんも三番だよ。あたまいー」

「えー、そんな事ないよー」

しかし学友の中で話題に上がったの冒頭部分だけ、後は仲良し同士の会話になっていく。

 

三位であんな事を言われるのならば

一位であるわたくしにはもっと喝采を浴びるはずだ

当然の理と踏んでいた。

 

きっと、立派な人には立派過ぎて話しにくいのだと思い、扇子を広げて注意を向けると。

「みなさん中々優秀なご様子」

「え?」

「あなた方をわたくしのお友達にしてさしあげますわ」

わたくしのような立派な人から声を掛けたら、きっと嬉しがるだろう。

知り合いになりたいだろう。

友達になりたいだろう。

「あ......ありがとう......」

婚后は帽子を被り直して、更にきっかけを増やしていくべくイベントの提示をした。

「あーそうそう。明日、我が家でわたくしのお誕生日会を開きますの。よろしければご参加くださいな。それでは」

 

婚后が居なくなってから学友達は困ったように顔を見合わせてヒソヒソと相談を始めた。

「.......行く?お誕生日会」

思いがけない誘いに困惑しているようだ。

「んー、婚后さんてなんかちょっと......」

「ねー」

悪くないんだけど......何か取っ付きずらい何か感じがして......

 

誕生日当日

航空業界の名門「婚后航空」の跡取り娘の誕生パーティーというだけあって大ホールを貸し切って財閥の人や有力な政治家が数多く参加する立派なものだった。

豪華な装飾に食通を唸らせる立派な食事に大人達は満足し、その場の建前で祝いの言葉を述べる。

 

「おめでとうございますお嬢様」

「「「おめでとうございますぅ」」」

「ありがとう」

執事やメイドから貰える当たり前の祝いの言葉に反応しながらも進む時間の中で未だに誰も座らない『ご友人席』を見る。

用意した最高級のスープが冷めていき、パンは湿気っていくが誰にも相手にされずにそのままにしてある。

ジュースの蓋は開けられ、いつ来ても良いようにしてあるが動かす事はなかった。

扉が開いた音がして、婚后は期待に満ちた顔で振り向くがそこには正装した尊敬する父親だった。

腕に大きなプレゼントを持っている。

「光子。私からのプレゼントだ」

「わあ、ありがとうございますお父様」

 

あの方たちは

わたくしのお友達には相応しくなかったのですわ

 

そう考えてその日を終えた。

立派な自分の誘いを断るのは友達に相応しくない......そう考えてモヤモヤする気持ちを持ちながら考えないようにしていた。

 

 

現在、婚后は広い敷地を持つ常盤台中学の校舎を歩き回りながら自分の派閥を立ち上げる為に奔走していた。

しかし、人は違えど出てくる返事の意味はどれも変わらなかった。

 

「派閥?悪いけど他を当たってもらえるかな」

「申し訳ありません~。わたくし~既に所属する派閥がありますので」

「間に合ってますわ」

「あ......そう......ですか......」

断られる事はあまり想定していなかったのか困ったような表情を浮かべた。

断られる度に自分が立派な人間であるという自尊心が削られていき、去っていく背中を眺める。

 

そんなはずはない

自分は立派な人間である

 

難関とされる名門常盤台中学の編入試験をパスした過去を思い出して立ち直るとあまり顔も確認せずに行き交う学生に声を掛ける。

 

「ん?アイツって」

身体測定が終わったサソリは常盤台の屋上から正門近くで右往左往している注意女に首を傾げた。

御坂達とこの後に会う約束をしているので勝手に昇って休んでいる所で目に留まったらしい

「ママ達まだかなー」

傾斜になっている壁をロッククライミングでもするかのように遊んでいるフウエイ。

 

あまり見ない日常風景に周りの学生もヒソヒソと不快そうにその勧誘行動に嫌味を言っていた。

「なんですのアレ?」

「なんでも自分の派閥を立ち上げようと勧誘して回ってるとか」

「まったく転入したての新参者が派閥などと」

「少々生意気ですわね。ちょっとからかってあげましょう」

ショートカットの常盤台生が指先に能力を集中すると婚后の扇子がフワリと浮き上がった。

「なかなか上手くいかな......あ、あら?」

フワフワと浮かんだまま婚后の手から逃げるように空気中を漂っている扇子に困惑しながらも必死に追い掛けていく。

 

「風もありませんのになんで......ッお待ちになってェ~~~」

 

くすくす

その様子を見ながら愉快そうに笑うお嬢様達。

「ご覧になってあの姿。おやめなさい悪趣味ですわよ」

 

婚后は両脚に力を込めて飛び上がると何とか漂っている扇子を捕まえるがそこは学校に入るための階段になっていて最高段から最低段との思いの他激しい落差に背中が縮み上がる。

「と......あっ!」

 

「!?」

視界から消える婚后に扇子を飛ばしていたお嬢様達の目が点になった。

「ちょっと、やりすぎではありませんこと?」

「い、いえ......ここまでするつもりは......」

そそくさと逃げるようにカバン片手に校舎の中に入っていった。

 

「アレェ......え?」

「大丈夫か?」

階段から落ちて地面に落下する寸前でサソリが移動してきて婚后を受け止めていた。

図らずもともお姫様抱っこに顔を覗き込んでくるサソリに男慣れしていない婚后は顏を赤くしたまま硬直した。

たぶん生涯で初めてのお姫様抱っこ。

 

「な、ななななー!!!?」

「ふぅ......間に合ったか」

「な、なんで貴方が!?」

「落ちそうだったからな。立てるか?」

「......は、はい」

サソリは優しく降ろすと乱れた外套を直し始める。

「あ、ありがとうですわ」

「ああ、何してんだお前?さっきからウロウロして」

「わたくしは自分の派閥を立ち上げようと思いましたが......上手くいきませんの」

「はばつ?」

サソリが首を捻っていると背後からフウエイが飛んできてサソリに抱き着いた。

「パパ~!フウエイにも!フウエイにもやって」

「あ?何でだよ」

「いーじゃん!フウエイもやって欲しい~!」

「ちっ!しょうがねぇな」

フウエイを抱き上げると腕の中で仰向けにさせた。

「ふへへ」

サソリにお姫様抱っこされて満足そうにニコニコしながらサソリの身体にスリスリと擦り付けてサソリの外套の余った部分を布団のように自分に掛けた。

 

子供をあやすその姿に婚后は尊敬する父親と無意識に重ねた。

 

あの時に父から言われた言葉を守れない自分が凄く情けなく思えた。

扇子を広げて優雅に見せているが、それはハリボテに過ぎないのだと......

婚后は花壇に地べたに腰を下ろした。

 

自分に相応しい人間をと言いながら

誰からも受け入れられず

必要とされないのはわたくしの方

 

蹲りながら顔を下に向ける。

「わたくしは友達を作る器ではないという事を......」

 

認めたくなかった

だが、これだけの証拠が揃ってしまえば認めざるを得ない

 

「器?」

サソリがフウエイを抱っこしながら徐にに訊き返した。

「そうですわ......友人を作る資格も」

「それって資格がいんのか?仲間って適当に繋がるもんだぞ」

「うぇっ?」

今まで指摘されなかった事を聞かされて驚きに固まる婚后にサソリは続けた。

 

「オレが御坂や白井となんとなく過ごしているのも特別何かしたわけじゃねーし。最近改めて考えてみるとな」

 

甘えてくるフウエイの頭を軽く撫で撫でしながらサソリは穏やかな口調で諭すように言う。

 

婚后は目から鱗が落ちたようだった。

かなり難しくいかに検討外れの事をしていたのか自覚して恥ずかしい手で顔を覆った。

 

ひょっとしてわたくし

とんだ勘違いを!?

自分を立派に見せれば、周りは敬服して付き従ってくるものと

勝手に思い込んで、逆に皆を遠ざけていたのはわたくし自身......

ごめんなさい

いままでのご学友がた......

 

 

側にあった花壇に頭をグリグリと押し付けていると見知った声が聴こえてきた。

「サソリさーん!」

「サソリ!って婚后さん?」

「ど、どうもですの......」

御坂と湾内、泡浮が走り寄って来て呼吸を整えているが湾内だけはサソリのいつもの愛情表現で抱き着いて押し倒した。

「サソリさーん!逢いたかったですわ」

「んぐわ!」

「わぁー、湾内ママ苦しいよー」

「あら、ごめんなさいですわ。嬉しくて」

「わ、分かったから離れてくれ!」

「嫌ですわー」

 

もう空気中にハートマークが一杯溜まっているような多大な愛情にサソリも腕で湾内の頭を掴みながら制止させる。

「遅かったな」

「こちとら用事があんのよ!年中暇なアンタと違ってね」

「へいへい」

「あら、じゃあ湾内さんもっと抱き着き強くして良いわよ」

「分かりましたわ!」

「ちょっ!ちょっと待て!わ、分かったから!!オレが悪かったから」

「キャハハ」

 

賑やかに話をするサソリ達を見て婚后はギュッと手を握り締めた。

小さい頃に父親が言った言葉を思い出した。

 

桃李成蹊

立派な人のまわりには自然と人が集まってくるもの

 

婚后にとってみればサソリ達のこの様子は羨ましく映ったと同時にサソリという人物にかなり興味を持ち始めた。

そこへ泡浮がやって来て羨望の眼差しで見ている婚后に耳打ちをし始めた。

 

「わたくし達婚后さんに習って派閥を立ち上げようと思いまして......もし宜しければ婚后さんに代表を」

「わ、わたくしに!?そんな無理ですわ......派閥立ち上げも上手く行きませんでしたのに......」

「そうでございますか......ではわたくし達の派閥に入って頂けると嬉しいですわ」

「!?」

思いもかけない言葉を投げ掛けられてアタフタしている婚后に穏やかな笑顔で向けた。

「よ、よろしいのですの?」

「よろこんで」

 

これが後の学園都市で伝説となる大派閥となる最初のきっかけだという事はサソリを含めて今は誰も知らない



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第69話 道筋

遅くなって申し訳ありません!

次回リクエストの一つを入れようと考えています
本当に遅くなってしまいすみません......

それといよいよ最終戦が近くなってきました
走り抜けられるように頑張ります!



常盤台中学で身体計測の為特別に許可が下りているサソリは白衣を着た研究者から渡された紙に目を落としながら白い曲線を描くベンチに腰掛け、静かに考えて事をしていた。

 

「......」

夏の陽光がサソリの脚部に強く照りつけるが貼りつく影は濃く反映されている。

これからの茨......いや、そんな生易しい道ではないだろう。

 

未だにゼツの企みを暴けず、無常に過ごしている自分の力の無さを嘆いた。

更に新たな新勢力である輪廻眼を所有した者達と最強の能力を有した一方通行の身体を奪ったトビがこの先は容赦なくサソリだけでなく佐天達を襲いに来るだろう。

 

客観的に分析しても勝てる保証は無いに等しく万華鏡写輪眼を持っていても傀儡の術を持っていても護りきれる自信は無かった。

 

サソリは呼吸を早めた。

吐き気にも似た恐怖が押し寄せて、身体が硬くなり冷たくなっていく。

バラバラに引き裂かれて黒い壁面に飛び散る赤錆の血泥を想像して身を硬くした。

独りの時は痛みだけを克服すれば恐怖感は無くなり化け物クラスの人柱力に挑めた。

だが、今は違う......

オレだけの問題ではなくなる......

 

サソリの脳内にかつての弟子であるミサカがフラッシュバックした。

初動が遅れて呪われた身体に堕としてしまった罪の重さがのし掛かる。

 

怖い......

選択を間違えばまたしても大切な者を喪うのかオレは......

 

初めてサソリは弱気になった。敵の強大さを知り、大切な人を喪う恐怖が脳髄の奥まで染み渡り、口を覆った。

真っ青な顔をして紙をチャクラで燃やした。

 

「情けないな......考えただけで震えがくる......」

それだけ御坂達がサソリの心の中で深く掛け替えないのない存在になっているのを確認しながら拭い切れない不安が強くこだまする。

 

オレは弱くなったのか?

 

かつて天才傀儡造形師として名を馳せた過去を持つサソリの手は冷たくなり、自分の身体が遠くに感じた。

 

何が天才だ......

多くの命を奪っておきながら、いざ自分に矛先が向くとこの体たらく......

 

燃えていく紙の発生した空気の流れにユラユラと揺れて灰となっていく。

 

一部だけだが書かれていたのは

『......したら貴方の大切なものを奪います』

 

埃と間違うような黒い灰は掻き消えてサソリは目を閉じた。

身体がグニャグニャとなり自分の身体が自分では無いような錯覚を覚えた。

感覚が遠く鈍くなる。

 

するとそんなサソリの背後から黒い影が出現してキンキンに冷えたオレンジの缶ジュースをサソリの頬に付けた。

「!?」

 

そこには目元が隈だらけで謹慎中の木山が心配そうにサソリを見降ろしている。

考え事に集中していて気配に気づけなかった

 

「酷い顔をしているな......何かあったのか?」

「いや、考え事をしていただけだ」

サソリは気取られぬように歪んだ表情で俯いた。

「?そうか......」

木山はサソリにオレンジの缶ジュースを渡すと隣に座り、脚を組んで天井にある電灯を見上げた。

同じ缶ジュースを持っている。

「レベル5昇格おめでとうと言った所か」

測定員で同行していた木山はサソリの能力値を知ったが、彼と一戦交えた事がある木山は別段驚くことはしなかった。

 

「......木山」

「なんだい?」

サソリの弱々しい声に軽く戸惑いながらも木山はプルトップを開けて少しだけ飲んだ。

「......お前は教え子を奪われたんだったよな?」

「?ああ」

「敵対する相手が強大だと思った時にどう感じた?オレはアイツらを護りきる自信がない......」

 

サソリの質問の意図は掴めそうで掴めないでいた木山は僅かに見える缶ジュースを眺めながら軽く回した。

自分の身体を顧みずに血を流しながら向かってサソリ。

不利な状況をひっくり返してきた明晰な頭脳が初めて悲鳴を上げている。

 

あの子達を使い捨てのモルモットにしてね

23回

あの子達の恢復手段を探るため、そして事故の究明するシミュレーションを行うために......『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請して却下された回数だ

あんな悲劇二度と繰り返させはしない

そのためなら私は何だってする

この街の全てを敵に回しても止まる訳にはいかないんだっ!!!

 

約1ヶ月前にサソリに語りかけた木山の魂の叫びであり、覚悟の表れであった。

木山はカチカチとプルトップを弄りながら、少しだけ思案した。

 

「君と私では違うと思うが......」

「!?」

「君には頼るべき仲間が居るじゃないか......私はそんな仲間が居なかった」

「......なか......ま?」

「君は私が道を踏みはずそうとしたら、傷付きながらも全力で止めた。そして私の過ちに向き合ってくれた」

 

木山は続けたこの1ヶ月に起きた事を思い出すようにボサボサの髪を掻き上げる。

「私は君が圧し潰されそうなら全力で助けるし、君の為なら君の業を背負う覚悟だってある」

 

君だって失敗するかもしれない

道をつまずきそうなら迷わず私は助ける

自分をブレさせずに現実を直視続ける君のまっすぐな生き方が私も含めて彼女らに伝わっている

 

「ずっと独りだった私と違ってね。彼女らも同じだと思う」

 

つまずきそうなら助けたくなる

全力で君は走って良い......

 

サソリの眼は写輪眼になっていた。

何故か自分の眼に張り付いていた呪われた眼。

 

はっきりとは分からないが......『眼』をこらして見ようとすると何かが溢れてくる。

 

独りじゃない......か

 

サソリは覚悟を決めて万華鏡を作り上げて美しく整った校舎を見渡した。

そして、木山にいつもの調子で言った。

 

「まだあの取引は生きているからな」

「っ!」

 

その様子を扇子を音も立てずに畳み、困惑したような表情を浮かべている婚后が曲がり角で身を隠しながら図らずも盗み聴きをしてしまった。

 

******

 

水泳部の部活でクロールの練習をしている湾内。

能力を使い身体についてくる水を操り、障壁となる水着との摩擦を最小限にしながらペースを上げていく。

常盤台に来てから毎日のように編制されている能力開発のカリキュラムをこなすことで湾内の能力は入った頃と比べても格段と上達している。

 

プールの端まで着くと一息入れてプールから一気に這い上がるように出るとズレた水着を直していく。

能力が使いこなせればこのようなズレも生じない。

「おつかれさま」

泡浮が湾内のタイムを記録しながら労った。

「随分上達なさいましたね」

「いえ、まだまだですわ」

水泳技能と能力の上達は本人にとってみれば喜ばしい事なのだが何処か寂しげで不満げに水泳キャップを外した。

固まっていた髪が解放されてややオールバックになっている。

 

「はぁ、サソリさんとどのように進展させたら宜しいですの」

恋多き乙女の悩みは尽きない。

「ら、ライバルが多そうですわね」

「こんな程度でサソリさん事に関しては負けませんわ!」

グッと拳を握りしめるが不安感が取れないのか少しだけ落ち込む。

 

口が達者でもなければ、悩殺出来るようなボディでもないホニャララな体型に自信を消失して足先だけで立つような体育座りをしていく。

「げ、元気を出してくださいな!まだチャンスがありますわ」

泡浮が慌て身振りで元気を出させようとしていると

 

「あー、ちょっと良いかしら?」

水泳部の先輩が湾内と泡浮に向かって手を振りながら近づいてきた。

手には何やら説明書のような物を持っている。

「はい?」

「......はい?」

「大丈夫?調子悪いですの?」

「いえ、大丈夫ですわ」

今にも魂が抜けてしまいそうに脱力している湾内に先輩が心配そうに覗き込んだ。

「ちょっと悩んでいまして......どうかなさいましたか?」

泡浮が簡単に説明すると先輩は少し困ったように頬を掻いて説明書を読んでいた。

 

「えっとね、水着のスポンサーから新作水着のプロモーションを取りたいらしいのですが、湾内さん達なら丁度良いと思いましたのに」

「水着のプロモーションですの?」

「女性だけではなく男性の方のモデルも探しているらしく、湾内さんには男性の知り合いがいるらしいですから。他のご友人を誘っても宜しいですわ」

 

ピクピクと湾内の耳が動くと身体を震わせながらスッと立ち上がった。

「む、無理に出なくても宜しいですわよ......わたくしの方で断っ」

「やりますわぁぁー!!」

間髪入れずにこの日一番の湾内の張りのある声が響き渡り先輩のみならずその場に居た全員が何事かと嵐を呼ぶ一年生に怪訝そうな顔を浮かべた。

 

え?

何事ですの!?

 

ヒソヒソと話し声が聴こえて来て泡浮が気まずそうに周囲をキョロキョロしているが、湾内は恋は盲目とは言わんばかりに熱心に見せられている説明書と先輩の話を聞いていると、突風が吹いてプロモーションの説明書が風に飛ばされてプールの水の上に着水した。

 

「「あ!」」

「サソリさんとの思い出ー!」

湾内は人目を憚らずに足を踏み切ると幅跳びをするかのようにプールに足から飛び込んだ。

訓練を受けた飛び込みではないため間欠泉のように水柱が上がる。

「こ、コラー!ちゃんとキャップを被りなさいですわー」

 

******

 

「という訳ですの!!」

昼下がりのラウンジで御坂と白井に合流した湾内が興奮したように濡れて脆くなった紙を自慢げに渡した。

「うわぁ......見事にびっしゃびしゃね」

渡された紙を指先で潔癖症のように摘みながら御坂が苦笑いを浮かべた。

文字は滲んでいて判読するには骨が折れそうだ。

 

「それで行きますの?」

「はい!もちろんですわ」

ニコニコとしている湾内にやれやれと言わんばかりに白井は複雑そうな顔をした。

 

「どうやって誘うんですの?」

「わたくしと水着のモデルになりましょう......ですわ」

「はぁ......それでサソリが来るとは到底思えませんわね」

白井が否定的な言葉を呟いた。

「同感ね。いつも何考えているか分からないけどこればっかりは」

「そ、そうですの!?」

「全く......サソリの事を知っているようで知らないんですのね」

「??」

首を傾げる湾内。

 

ったく

そんなんでホイホイ付いて来ましたらどれだけ楽になりますの

 

白井もなかなかサソリとの仲が進展しない事に軽く苛立ちと焦りを持っていた。

 

「ではどのようにすれば宜しいですの?」

困ったように泡浮が御坂達に質問をした。

「うーん、そこよね......湾内さんと二人っきりだと抵抗あるみたいだし」

 

湾内と聴くだけで苦手意識があるみたく、少しだけ逃げるからから......

あ!しまった......

 

「て、抵抗ですの!?サソリさんが!?」

驚愕の事実を知ったかのように口を開けて目を見開き、お嬢様とは到底しないような反応をして少しだけ涙ぐんだ。

 

「ああぁー違う違う!二人っきりだとサソリも照れるっからって話よ」

濡れた紙をテーブルに置きながら手をブンブンに振り回して慌て否定する御坂。

「そうですの!」

一気にほんわかした表情になる湾内に妙な気遣いをしなければならない御坂はまるで自分が悪役になったように胃のキリキリ感を覚えた。

 

座っている椅子を逆に座り背中側を湾内達に見せながらお腹を抑える。

白井が耳打ちをするようにやってきてヒソヒソと話しをする。

「いっそ話した方が楽ではありませんの?」

「で......出来る訳ないでしょ!」

 

すると頭を抱えている御坂達の目の前に黒い外套を着たフウエイが「?」と首を角度を急激にしながら見上げている。

「あひゃ!?フウエイちゃん!」

「どうしましたの!」

「ママ達元気ないね~。だいぞうぶ?」

やや舌ったらずの声で質問してきたので幾分か癒された。

 

「湾内さんに御坂様?」

常盤台のラウンジに神妙な面持ちの婚后が重い足取りで近づいてきた。

「あら、婚后さん」

「......ご機嫌ようですわ」

「元気と高飛車がウリの貴女がどうかなさいましたの?」

「......その......あの方の事を聞きたいのですの」

「あの方?」

「はい、サソリさんについてですわ......あの方は一体どういう方ですの?」

 

木山との話を聴いてしまった婚后に取っては気にならないはずのない情報だった。

「まあ、婚后さんは最近会ったばかりだからね。簡単に言うとここに居る全員はサソリに助けられたのよ」

「助けられた......!?」

 

「そうですの!素行の宜しくない方からわたくしを守ってくださいましたわ」

「あら私もですわよ!貴女よりも前にですわ」

「時系列は関係ありませんわ」

言い争う湾内と白井、そしてサソリの事が話題に上がると何処か誇らしげになる御坂達に羨ましさを婚后は感じた。

 

「あのどのような幼少を?」

「サソリの?」

「はい......」

「んー、あたし達も詳しく知らないのよねぇ。でも両親はどちらも亡くなっているのは聞いたわよ」

「亡くなった!?本当ですの!?」

「ええ」

興奮してテーブルに手をついて前のめりに聴き込む。

「!?......その後は転々としてたみたいである組織に所属していたみたいだし」

驚きながらも説明をする御坂だが、御坂達もサソリの奥底まで知らない事を強調されていく。

 

助けて貰ってばかりでサソリの事をあまり知らない......

 

決して恵まれた環境ではない事は容易に想像がつく。

「?」

サソリが助けたかつての弟子のミサカ人形の頭を撫でる。

「どうしましたの?サソリの事を急に訊きまして」

「そ、それは......」

 

先ほどの会話を思い出して、婚后は迷った。

話や言動を聴く限りでは尊敬に値する人物であり、御坂達に慕われている彼の知られざる一面を知ってしまい頭をもたげて苦悩した。

 

言うべきなのか?

言わない方が良いのか?

 

「婚后さん、サソリさんに関する事ですの?」

泡浮が真剣な目付きで質問した。

「......はい、しかしプライバシーに関する事かと」

「!あたし達に話せる範囲で良いから聞かせてくれるかしら」

「は、はい」

泡浮が持ってきた椅子に腰掛けて婚后は指と指を弄りながらゆっくりと皆の反応を伺いながら話し始めていく。

 

「あの......さきほど聴いてしまったのですが......サソリ様が震えていましたの」

 

背後から見たサソリの姿は小さな子供のように怯えているような感じだった。

 

「「「「!!?」」」」

「ど、どういう事かしら!?」

「その......詳しく聞いてないのですが......圧し潰されそうだと......守りきれないだとかですわ」

婚后の言葉に御坂達の表情が強張った気がした。

「っ!!?」

御坂は静電気よりも強力な電撃を反射的に頭から迸らせ、テーブルを叩いて立ち上がった。

「み、御坂様」

「何処?」

「はい?」

「サソリは何処に居たの?!」

「い、一階の休憩所ですわ」

凄まじい剣幕に婚后は押されながらも絞り出すように答えた。

 

白井や湾内達も察したように立ち上がると焔を宿した瞳でランチの後片付けをし始める。

「湾内さんごめんね。その水着モデルにあたし達も行って良いかしら?」

「はい!もちろん」

「ありがとう。黒子悪いけど初春さんと連絡取ってみんなを集めてくれる?」

「分かりましたわ」

白井が携帯を取り出して初春と連絡を取り始めるのを確認すると御坂はフウエイの手を優しく掴んだ。

 

「フウエイちゃん。パパの事好き?」

「?うん!大好きー」

「そう、じゃあ迎えに行こっか」

フウエイの満面の笑みの見て御坂は静かに心を決めた。

 

「あ、あの......わたくし余計な事を」

「そんな事ありませんわ婚后さん。教えて頂かなかったらきっと後悔してましたし」

泡浮が優しく困惑している婚后に付き添いながらゆっくりと確かめるように歩みを進めていく。

「それにサソリさんを助けたいと思っている人はまだまだ居ると思いますわ」

 

柔らかな物腰ではあるがその視線は別の場所を見つめていた。

引かれるままに婚后は泡浮の真っ直ぐな背中を追いかけるように一緒に走っていく。

 

これが派閥というものですの!?

 

こんなに力強くみなさんに働き掛ける心の一致感に婚后は思わず頬が緩み、拍動が強くなっていくのを覚えた。

湧き上がるなんとも形容し難い感情が頭を揺さぶり高揚していく身体は疲れ知らずだ。

初めての仲間

初めての友達

初めての他者との繋がり

 

全ての人生はこの一時の瞬間に存在していたと表現してもおかしくない。

 

優秀な成績を修めたよりも

自分の誕生日を祝われたよりも

常盤台中学校に編入が決まった時よりも遥かに強い充足感が満ちていく

瞬きするのも惜しい



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第70話 水着

すみません!
思いの外長くなりリクエストの話は入りませんでした!

この水着回には入れたいと思います!
本当に申し訳ないです


3日後

「「わぁー!!」」

水着のプロモーションの為に召集された佐天と初春が水着の液晶が大きく出されたビルを見上げて歓声をあげた。

「ほ、本当によいんですか?」

「はい、こちらも助かりますわ」

にこやかに了承した湾内だが、やや頬を紅潮させながら後ろのサソリをチラチラと見ていた。

「んー」

サソリは左手で日光を遮りながら液晶テレビを物珍しそうに眺めていた。

 

そこへ一台の黄色いスポーツカーがが到着してサングラスを掛けたクールビューティを醸し出す麦野が颯爽と降りてきた。

「着いたわね」

「うぷ......ぎもぢわるい」

車に酔ったのかフレンダが青い顔をして座席から這い出るように麦野の後から出て来た。

「大丈夫?」

滝壺が背中をさすって介抱する。

 

にゃー

連れてきた黒猫が飛び出すとまっすぐフウエイの頭に飛び乗った。

かつてミサカ時代に助けた匂いを感じ取ったらしくフンフンと鼻を鳴らしながらフウエイに甘える。

「にゃんこだー!にゃーにゃー」

フウエイはニコニコしながら頭の上にいる黒猫を撫で撫でするとゴロゴロと喉を鳴らした。

「ふへへ」

 

「ふぅ、皆さんより超遅れましたね。ん?」

絹旗が降りてまず視線を向かわせるのは戦った記憶が鮮明なサソリだ。

佐天を捕まえるとヒソヒソ話をし始める。

「どうやって誘ったんですか?」

「んー、あたしもさっぱりでして。誘ったら二つ返事でオーケーだったみたいですよ」

「超マジですか!?意外です」

信じられないものを見るように何か達観したように静かに佇んでいるサソリを見上げた。

「......」

 

「私らも良いのか?」

車を運転席から木山と助手席からテレスティーナが出てくる。

テレスティーナはキラキラとした瞳でサソリの所へやってくると。

「あぁー、サソリ様ー!今日はお誘いくださいましてありがとうございます!」

「悪いな急に呼び出して」

「そんな事ありません!サソリ様の指示ならば火の中でも水の中でも構いません」

 

崇拝しているサソリに拝むように頭を下げた。

あの一件からテレスティーナのサソリへの心酔具合は半端でなくなり、何があってもサソリの命令を優先するようになった。

 

「で?何気に楽しみだったりしちゃう?」

佐天がちょんちょんとサソリを軽く突いて揶揄った。

「別にな」

「ならどうして参加しようとしたわけ?」

「......たまにはこんな事も良いかと思ってな」

何処か寂しげなサソリに調子が狂う佐天だがサソリの奥底にある妙な違和感を思った。

 

ビルに入るとピシッとしたリクルートスーツを着た営業スマイルの受付女性が駆け足で近寄ってきた。

「えっと湾内様でございますか?」

「はい!」

「今回はお引き受けしてくださいましてありがとうございます」

「こんなに一杯で大丈夫なの?」

「いえいえ~、大丈夫ですよ(常盤台のエースやら高位能力者がこんだけ集まれば広告効果は絶大です!)」

少し影のある笑顔を一瞬だけ浮かべるが事務的な所作をすぐに開始していく。

 

ん?

本心がダダ漏れだった気がするが

 

「こちらが契約書と注意事項になりますね。よろしけば代表者のサインを頂けますか?」

渡された紙を眺める湾内はボールペンで自分の名前を書き上げた。

記入日や名前等漏れがないかを流し読みで受付の人が確認するとニコリとして奥の部屋へと案内した。

 

そこには男性と女性の二部屋が用意されていて隣合っている。

「それでは別れて入って貰いお好きな水着を選んでください」

「大丈夫ですわ!」

「はい?」

「湾内さん?」

湾内が勇気を出して受付係に慣れていない大声を出して言う。

御坂が冷や汗を流しながら手を前に出して事態の把握をしようとするが......

 

「大丈夫ですわ!サソリさんと一緒でも構いません!」

「いやいやいやいやいやー!!?落ち着いて湾内それはマズイって」

「ちょっ!?超何言っているんですかー!!」

「殿方と一緒に......その......ダメですわ

湾内の爆弾発言にまとも勢の御坂と絹旗、婚后は顔を真っ赤にして両手をブンブンに振って混乱する頭を整理しようとしている。

 

「ねぇ!?みんなもそうでしょう?」

と同意を求めるように集まっている一同に投げ掛けるが

 

「いや別に良いんじゃない?」

「そんな事どうでも良いからリフレッシュしたい訳よ」

「まあ、ここで女性の魅力を学ぶのも良いかと思いますわ」

「私としてはサソリ様の身体を隅から隅まで観れる良いチャンスかと」

「サソリ君が私達の裸を見て劣情を催すか知りたいものだ」

「あー、それあたしも気になりますねー」

「佐天さん......面白そうだから手を挙げてません?」

「あ、バレた。てへ」

「パパと一緒が良い〜」

と意外にまんざらでもない他のメンバーにまとも勢の3人が軽く閉口してしまった。

 

「ちょ、超待ってください!?私達が少数派だったんですか?」

「誰もアンタの幼児体型に興味ないわよ」

「んな!?年齢や身長もろもろ考慮すれば私のボディラインが理想的ですよ!!そこまで言うなら超見て貰おうじゃないですかっ!」

「絹旗さーん!」

「い、異常ですわ....,,ハレンチな。あ、泡浮さんはそうは思いませんわよね?」

 

少しだけ泡浮は頬を染めると軽くコホンと上品そうに手を口に当てた。

「少しなら」

「泡浮さんもそっち側ー!?」

何やら空気が読めなくなっているような雰囲気を感じ取った御坂と婚后。

居づらくなった受付係が逃げるようにその場から先ほどの駆け寄りよりも2倍のスピードで消えて行った(当社比)

 

そんな中で謎の渦中にいるサソリがため息を吐きながら、猫背のまま前に出ると湾内の頭に軽く小突いた。

「??」

「そういう訳にいかねぇだろ......御坂、フウエイを頼んだ」

「う、うん」

とだけ言うとサソリはゆったりとした足取りで男子更衣室に入って行った。

 

............

 

普通の世の男性ならば涙を流して喜ぶシチュエーションだがサソリのあっさりとした対応とその後ろ姿に好感度が上がった。

 

「あ、アイツってあんなに大人だったっけ?」

「......彼は時々私よりも年上のような気がするな」

木山が何か思い出したように呟く。

木山だけはサソリの過去を垣間見ていた。

断片的であるが居場所が戦場しかなかったサソリは年齢不相応の偏った成長をしてしまった。

 

 

戦場しか知らない者と戦場を知らない者とでは、相容れぬ絶対的な価値観の相違が生じる

ここにいる者達はサソリを支えたいと願い行動しているが......根本的な解決になるかどうか

学園都市の強大な闇に呑まれて欲しくないな

 

湾内は小突かれた額を撫でると鼻血を出して床に幸せそうに倒れ込んだ。

サソリの意表を突いた行動に湾内は悶えて嬉しそうである。

「さ、サソリさん....,..今のは反則ですわ」

「押しが足らなかったかしらね」

「残念」

麦野が頭の後ろに手を組みながら女子の更衣室の扉に入ろうとする所へ御坂が震えながら質問した。

「あ、あの......サソリを誘ったのって冗談って事よね?」

「ん?別に来ても良かったわよ。そうだ」

麦野は手をメガホンのようにすると隣部屋にいる閉じられた男子更衣室に居るはずのサソリにこう呼び掛けた。

「旦那ー!鍵開けておくから入りたい時に入っていいわよー」

「ちょっ、ちょ!?」

部屋の中から遮蔽されたようなくぐもった声が聴こえてきた。

「入らねぇよ!」

 

どんだけオープンな女子になってしまったんだ......御坂が軽く頭を痛めていると係の人が申し訳なさそうに指を付き合わせていた。

「あ、あの!」

「どうかしました」

「い、一応......健全なPVにしたいので慎みのある振る舞いをお願いします」

「ほんとにすみません!」

「申し訳ありませんわ!」

全力で頭を下げる御坂と婚后。

 

******

 

更衣室には様々な水着が並んでおり、セパレートタイプのものから競泳水着......そして面積が極端に狭いアダルチックな水着などが揃えられていた。

 

「ふぁ〜」

御坂が水玉のフリフリの付いたセパレートタイプの水着を手に持って見惚れていた。

「これって可愛いよ......」

「これは......ないわね」

「そうですね」

佐天と初春のやり取りにガクンと落ち込みながら無難のスクール水着に手を出していく御坂。

素直になれない自分に自己嫌悪。

 

不本意ながらスクール水着に着替えた御坂に麦野が腕を組みながらバカにするように言った。

「けっ、お子様ね」

「な、何よ!!」

「水着は女の戦闘服よ!まあ、そんな服ならライバルが減って良いけどね」

そう言って谷間を強調する紫色の水着を着用し長めのパレオを付けてビシッと決めた。

 

「はわわ」

メンバーの中でも一、二位を争う巨乳に初春が思わず息を呑んだ。

「なに?」

「すごいですね」

「別にアンタの感想なら要らないわよ。欲しいのは旦那のだけ」

 

お前.....良い身体してんじゃねぇか

やはり、恋人にするんならスタイルがいい奴だな

 

うふふと妄想を膨らませている麦野だが、後ろから交差したスリングショットの水着を着たフレンダがやってきて一言。

「脚が太いの気にしてパレオ付けている訳ね〜。むぎのん」

「あ?」

唯一して最大のコンプレックスの太ももの太さを指摘された麦野はフレンダの頭を掴むと備えてあるベンチに怒りに任せて叩きつけた。

「もう一回言ってみろやー!」

「あんぎゃぁ!」

 

滝壺は麦野とフレンダの様子を幼いフウエイに見せないように目隠しをした。

「??」

「子供は見ちゃダメ」

 

絹旗が選んだのは御坂と同じ学生用のスクール水着で無難過ぎる選択に佐天が首を傾げた。

「御坂さんと同じ水着ですか?」

「ふっ!あんなの超場当たり的な決め方ではないです。私の身体のポテンシャルを遺憾無く超発揮し萌えポイントで需要のあるスクール水着こそ至高です」

 

得意げに語る絹旗だが、フレンダをベンチに沈めた麦野が腕組みしながら苦言を呈した。

「ただ、普通の水着だとサイズが合わないだけでしょ!」

「超違いますからー!」

麦野の言葉に噛み付くように反抗する絹旗。

佐天は、青色のパレオを付けた青白いセパレートタイプの水着で意外に胸が成長している。

 

「ぐぬぬ」

湾内が前に買った白い水着と同じ物を着ながら自分の控えめな胸を見下ろし悔しそうに唸った。

「泡浮さん!どうすれば成長するんですの?」

「は、はい!?......それは人それぞれだと思いますわ」

青色と黒色のコントラストが美しい競泳水着でスラリとした姿をしている。

「そうですよ!」

と横から入ってきたワンピース型の水着を着た初春のペタンな胸部に安心したのか肩を叩きながら湾内はニコリとした。

「わたくし達仲良くなれそうですわ」

「??はい?」

「......湾内さん」

苦笑いを浮かべる泡浮。

 

「全くだらしが無いですわね」

カチャッとカーテンを開けると白井がギリギリの際どい水着を着てポーズを決める。

「!?」

ほとんど女性として最低限の場所しか隠していなく、後ろから見れば紐しかなく小ぶりお尻もまる見えの引くぐらいの水着だった。

 

だが、永遠の0に近い絶壁に布が覆われただけなのでどこか残念だ。

「し、白井さん!?」

「これぐらいしないとあの唐変木は気にしませんのよ。しかも1着しか無い事も把握済みですわ」

勝ち誇った顔の白井の大胆な水着に打ちのめされたのか湾内は顔色を悪くして膝から崩れ落ちる。

身体を震わせると意を決して立ち上がると自分の白い水着の背部にある結び目を解き始めた。

「わ、湾内さーん!!」

慌て御坂が止めに入るが涙を流しながら湾内が水着を脱ぎ出そうとする。

「離してくださいですのー!アレに勝てるのは裸しかありませんわー!」

「ダメダメー!本当にヤバイから!色んな意味で終わるから」

 

作者)本当にやめてください!

運営に消されるぅぅー

一応、全年齢対象の健全な作品

 

「は、裸になるだなんて......水着モデルを舐めているんですの?本末顛倒ですわよ!!」

婚后が真っ赤な水着を着ている状態で湾内を正座させて説教していた。(何故か白井も正座)

「はい、申し訳ありませんわ。わたくしが間違っていましたわ」

「何故私まで」

「貴女に原因がありますわよー!」

蛇のような形相で睨む婚后に白井が冷や汗を流して猛省している程を装う。

 

「うーむ、教育上良くないのが揃っているな」

普通のビキニ姿の木山が着替えて出て隈だらけの眼で凝らしていた。

やはりそれなりにスタイルに落ち着いた雰囲気に大人の女性の妖艶さが伺える。

「?」

「木山先生もライバルですね」

「ライバル?私がか」

木山は伏目のままに自分を指差して思案投げ首をした。

 

「つまらない水着に身を落とすなんて愚かね」

カーテンを開けて颯爽と出てきたのは水玉のマーブル模様のフリフリが付いたセパレートタイプの水着を着用してきた。

「!!?」

「テレスティーナさん......可愛いで」

御坂が自分の叶えられなかった可愛らしい水着を羨ましそうに見ながら、賞賛しようとするが。

 

「うわ......その歳でそれはキツイわね」

「超ないです」

「無理しているような」

「みたいだぞテレスティーナ」

 

意外にファンシー趣味を持っていたテレスティーナだったが選んだ水着のあまりの評判の悪さにズレたメガネを掛け直しながらテレスティーナは反論し始めた。

 

「はぁー!?年齢は関係なくない!可愛い物は何歳になっても可愛いのよ!」

「そうだそうだ!何で周りの目で諦めなくちゃいけないんだぁ!」

そこへ何故かテレスティーナの少し後ろで顔を真っ赤にしながら主張し始めるスクール水着姿の御坂。

「何故にお姉様までも!!?」

 

******

 

それぞれが水着に着替え終わると初春が壁の向こう側を見ながら......

「そういえばサソリさんってもう着替え終わったんですかね」

ピクっと反応する湾内と白井。いや、サソリに好意を持っている人が反応して流れ作業のように佐天が携帯電話を白井に渡した。

 

「白井さん!」

「分かってますわー!テレポォォートですわ!!」

 

携帯電話を開き、いざカメラモード起動し、今こそ空間移動能力者としての誇りを胸に白井は戦場に赴く兵士のように敬礼をしながらテレポートをした。

「正気か、アンタ達!?スムーズ過ぎて反応が遅れたわ」

「だってアニメとか漫画ですと、女子更衣室に男子が行きますけど逆はありませんし、良い機会かなと思いまして」

「初めてアイツの能力が役に立つわね」

「でも、相手はサソリですよ。上手く撮ってこられるか超問題です」

「注意をこちらに向けさせる」

「!?そうですわね、壁を叩きますわー」

滝壺のボソッとした一言に数人を除いたメンバーはバシバシと壁を叩き出した。

「ちょっ!?なんですのこの団結力!」

「うーむ、注意をすべきなのだろうか......女性の着替えを男性が覗くのはダメだが、男性の着替えを覗くのは良いのか......いや男女平等から云っても」

「様子見しておいた方が面白いんじゃないかしら」

 

男子更衣室にテレポートした過激な水着を着用した転がるようにハンガーラックの物陰に身を潜めた。

 

まずはサソリの位置を把握しないといけませんわね

!?見つけましたわ

 

慎重に行動しているとカーテンの向こう側に真っ白な脚が見えたのを確認すると物音を立てずにテレポートで移動してカーテンの前に移動する。

 

丁度着替えている最中ですわね

 

更に壁がドンドン叩かれて白井の気配が完全に散漫になる。

 

有難い援助ですわね

カーテンの隙間から携帯を入れまして、撮影ですわ!

 

するといきなりカーテンが開いて何故か常盤台の制服を着た仏頂面の御坂美琴が地べたに這い蹲っている白井を睨みつけた。

「こんな事だろうと思っていたが」

「えっ!?お、お姉様......サソリ?」

「自分の所に戻れ!」

思わず立ち上がってマジマジと見ているが目付きだけがやたらに鋭いサソリ御坂が軽くため息を吐くと左眼だけを万華鏡写輪眼にして侵入してきた白井に右ストレートを決めた。

「っ!?」

 

 

注)右ストレートの遊び方

携帯•スマホの場合→持っている端末を左右に振ってください

PCの場合→画面ではなく顔面を左右に動かしてください

最初は文字が読めないくらいに高速に二、三回行い、徐々にスピードを緩め、最後はスローモーションにすると臨場感が増します。

家族や人が居る所だと、変に思われるので一人の時に行ってください

 

 

サソリの万華鏡写輪眼が怪しく煌ると空間が歪み出して頬に拳型のアザを作った白井がサソリの時空間忍術で女子更衣室に流れるように送り込まれる

 

「し、白井さん!?」

「うぐぅ......」

「どうやら失敗したみたいね」

「どうだったんですか!?少しでも見れましたわよね!?」

湾内が鬼気迫る表情で倒れている白井を持ち上げると尋問に近い形で取り調べを行なった。

「お......お姉様にサソリが」

「あ、あたし?」

「あちゃー、姿変えられるの忘れてましたね」

「さすが私が認めた旦那ね」

「女性に姿変えられるならこちらでも良かった気がするわ」

「待って待ってー!何でサソリあたしになってたのー!?あたしの姿で着替えていたの?」

 

「うーむ......姿が女性なら覗き行為自体は同性の戯れになるのか......いや、でも元々男性だからどうだろう?」

「御坂様の姿にサソリが......どうなっていますの?」

新情報が多過ぎて混乱している婚后が頭を抱えていると水着に着替えたフウエイが用意されたワニの浮き輪を持ち上げながら右眼を万華鏡写輪眼にしている。

「んー、パパ先に行ってるって」

「ん!?」

「ど、どういう事ですの?」

「もしかして分かるのサソリの事が?」

「うん!フウエイとパパのこのまんげきょって繋がっているから見えるの〜」

 

な、何ー!?

 

フウエイの衝撃の言葉にへなへなと力が抜けた一同。

「どーしたの〜?」

「フウエイちゃん......もっと早く言ってくださいな」

完全に殴られ損の白井が絞り出すようにフウエイの肩を掴んだ。

 

もっと早く気付いていれば......このまたとないチャンスをモノに出来ましたのに......

 

「んっ?という事は旦那もこっちの部屋が見えた事にならないかしら?」

鋭い洞察力を持つ麦野の一言に湾内と白井を始めとしたメンバーが頬を赤く染めて軽くモジモジし始めた。

「しょうがないですわねー」

「これは防ぎようがないですわ」

「何でみんな超嬉しそうなんですか?」

「もう疲れたわ」

「???」

 

 

更衣室を出たサソリは真っ白な部屋に眺めていた。

「何だ此処?」

長めの短パン水着で身体の至る所に生々しい傷痕が残る姿で立っていた。



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第71話 暁

遅くなりましたがリクエスト回です

助広雨椿様からのリクエスト
「超電磁砲メンバーにサソリが暁時代のメンバーを紹介する話」
を入れました。

遅くなって申し訳ありません!


真っ白な空間を係の人がリモコンで操作ると湘南の風が吹きわたる白浜と広大な海原が拡がる。

「凄っ!?」

御坂が思わず目を擦ってもう一度見てみるがやはり白浜のビーチに変わりない。

「どういう原理だ?幻術みたいだが違うようだが」

「ガオガオー」

サソリが真っ黒な海パンのポケットに手を突っ込みながら怪訝そうに首を横に傾ける。

足元ではフウエイが出現した砂に狐の口のようにした指で砂を食べるように進んでいき指の隙間からサラサラと砂が流れていくのを楽しんでいた。

 

「うわぁ......この木も本物みたいですよ」

初春が関心したようにヤシの木の幹を軽く撫でる。

「本当?うわ、本当じゃん」

佐天もコンコンと叩いているが跳ね返ってくる弾性力は本物の樹木と相違ない。

 

普段のサソリは分厚い外套を身に付けているのでほぼ裸に近いサソリの姿を見るのは一部のサソリと前から知り合いだった御坂達や弟子兼娘のフウエイはあまり気にしていない様子だが、初めて見た湾内を始めとする麦野達はサソリの想像を絶する痛々しい傷痕に絶句してしまう。

 

「どうかしましたの?」

白井が相変わらずの際どい水着でツインテールを搔きあげながら言葉を失っている集団に声を掛けた。

「い、いえ......そのですわ」

「どういう事よ?」

「見ているだけで超痛いです」

「サソリさんには昔何があったのですの?」

心臓部に二つの刺し傷から放射状に伸びる傷痕と関節に球体をはめ込んだような悲惨な傷痕に木山だけは全てを悟ったように視点をズラした。

 

前に観てしまった彼の過去。

安住の地などないかのように戦場を渡り歩く半生に木山は静かに憤った。

 

サソリ君も時代の被害者か......

比べて良いか分からないが、私の生徒のように自分の意思とは関係なしに外部の力によって捻じ曲げられる苦しみと哀しみ

身体は心の外側とは云ったが、まさにサソリの身体は彼の精神と呼応するかのように達観した心境を生み出しているようだ

 

「私にもわかりませんの......ただ虐待を受けていたんじゃないかって話ですわよ」

「ぎゃ、虐待!?それにしたってかなりヤバくない!?」

「あ、あの傷は酷すぎますわ!」

お嬢様として耐性のない泡浮が目を真っ赤にしながら、行き場のない気持ちを吐露する。

いや耐性のある暗部組織の麦野達でさえたじろぐ程の痕だ。

 

御坂が腕をバーチャルの青空に広げて軽く伸びをすると頭の後ろで組んで少しだけ昔の事を思い出した。

「そういえば血だらけで倒れているのを発見してからの付き合いよね」

 

「普通だったら死んでいるような出血量みたいでしたけどね」

全てはあの路地裏で倒れているサソリを見つけてから始まっていた。

 

怒涛のように過ごした日々

楽しみあったり、悪ふざけをしたり

喧嘩したり......数え切れない失敗をしたり

その中でサソリを中心に回っていく今の瞬間はかけがえのないものになっていた

 

サソリは出現した『海』を見つめていた。

空のようにどこまでも青く、どこまでも拡がる初めて見た風景に微かに目元を動かした。

 

「......おい、白井」

「な、なんですの?」

「あれが海という奴か?」

「映像に近いですが......そうですわよ」

 

書籍や人伝てに聴き想像していた場所

全ての生命を育んだ壮大なる存在

乾いた砂だらけの黄色の絵の具で彩られた世界に青色が加わり水が混じりマーブリングされていく

乾いた絵筆では描けなかった絵が水に浸す事で滑らかに動きだし、重々しい絵が軽くなる。

 

「ふふ......そうか初めて見たな」

サソリの不意打ちに近い少しだけの柔和な表情に白井の身体が何かに打ち抜かれて砂浜で悶絶した。

「!?ひ、卑怯ですわ」

「は?!何がだ?」

「こうしてやりますわ!」

白井がテレポートをしてサソリの頭上に来ると、脚を掛けてサソリの首を挟むように肩車の体勢になりグリグリと頭に拳をめり込ませる。

 

「あだだ!何しやがる」

サソリが後ろ手で白井の腕を掴むとグリグリを完全に腕力で止めた。

「あっ!」

「ったく野生動物じゃねーだろ。文句があるなら口で言え」

 

白井は止められているサソリの力強い握力に病室の時を重ねていた。

痩せっぽちで腕力など無いに等しかったあね頃のか弱い少年の姿は今はなく、幾多の戦いを超えてきた逞しい彼の姿があった。

 

「白井?」

力が入っていない白井の腕を握りながらサソリが首を傾けて俯いている白井を端目で確認する。

「や、やっぱり卑怯ですわ......」

掴んでいるサソリの腕はレベルアッパー事件でAIMバーストから放たれた光球から白井と初春を守った時に付いた傷が今の残っている。

 

ぎゅむ

「ん?!」

白井はサソリの頭を覆うように身体全体で抱き締めた。

「やっぱり大好きですわ......」

「「「!?」」」

 

サソリを除くメンバーに緊張が走る。

そうこれはサソリとの一夏の想い出を作る戦いの場であることを思い知った。

「し、白井さん!ずるいですわ!」

「は、ハレンチですわよ!白井さん」

婚后が扇子で赤髪コンビを指差すと顔を真っ赤にして抗議をした。

 

「こりゃあ、私達も肩車してもらわ......」

「えっ!?」

麦野が艶やかに前へと出ようとするが普段見ないような動揺が走り、バランスを崩して白井を振り落としながら砂浜に尻餅を付いた。

「いたた......ですわ」

「ちょ、ちょっと待て!?し、白井がオレの事をか!?」

今までに見た事がないように顔を真っ赤にしてサソリが焦りながら後退りをし始める。

 

「えっ?えっ......オレに」

その様子に白井はしこたまぶつけた頭を撫でながらムスッとした顔で四つん這いのままサソリに這い寄る。

 

「そうですわよ。やっとお気づきで?」

「ま、待てよ......だって最初の時は嫌っていたじゃねーか?」

 

「そんな時もありましたわね。男と聴くだけで嫌な気持ちになりますが......貴方は別ですのよ」

 

「し、知らんかった......」

困ったように御坂達に助けを求めるが......

 

今更かーい!!

何この学園都市にはモテる奴にだけ特別な鈍感エキスでも飲んでいるのかと疑問に思うわ!

 

「ってか旦那」

「あ?」

「ここにいるほとんどの奴は旦那に好意を持っているわよ」

「は?は?お前と湾内だけじゃ」

「だったら私達以外来るわけないでしょ」

「いっ!?」

 

「どんだけ超鈍感野郎なの?」

絹旗が初めて『超』の正解の使い方をして顔をしかめた。

「まあ、想像してた通りね」

「そうですね。そこがサソリの魅力だったりしちゃうかなー」

佐天が屈託のない笑顔でそう言って白い綺麗な葉を見せた。

 

******

 

「出来たー!」

フウエイが砂で拙い家を作って満足気に額を拭った。

手についた砂が付いていく。

「良い感じですね」

「えへへ」

「砂付いているよ」

滝壺が手に持っていたフウエイの額を擦って綺麗にした。

「うん、ありがと」

 

軽く自由時間にして各々でバーチャルな砂浜を満喫する。

ビーチバレーをするものやビーチベッドで横になったりと楽しむ中でサソリだけはヤシの木の下で物思いに耽っていた。

 

何もかもが想定外か......

 

「うじうじ悩んでいましても何も解決しませんのよ」

ひょっこり顔を出したのはまだサソリと知り合ったばかりの婚后だ。頭の上からつま先までどの角度から見ても自信たっぷりといった感じに歩いている。

 

「......」

「なっ!?何ですの?」

サソリがまじまじと見始めると、婚后は腕を前にして防御の体勢を取る。

 

「んー、お前はオレに好意を持っているんじゃねーよな?」

 

「あ、当たり前ですわ!今回も御坂さん達が行くって事で仕方なく」

 

「だよなー。普通そうだよな......オレなんかに」

その言葉に婚后は少しだけイラついたように口を尖らせた。

「そういう言葉は相手に失礼ですわよ!自分を卑下するのも大概にしなさいですわ..,...っ!」

 

卑下をするなと啖呵を切ったが、サソリの筆舌に尽くした難い傷の数々に目が覚めたようにオロオロとしだした。

「い、いえ......あまり自分を責めないでく、くださいという意味ですの」

 

「......クク、ガキのクセに気を遣わなくて良い」

「んな!?ガキですって!貴方よりも充分に大人ですわ」

「はいはい......分かったよ。ありがとうな」

いつもの調子に戻ったサソリは背中を丸めて猫背のまま婚后に背中を向けると海とは反対側の砂浜に歩みを進めた。

「!?」

猫背により歪んでいるが非自然的な規則正しい幾何学型の傷痕に言葉を失う。

それは過失や虐待による傷痕とは明らかに違う何かの作為を感ずるような傷に見えた。

 

まるで取り付けていた部品を無理矢理外した人形のような姿だ。

 

婚后が好んでいた西洋人形に付随していた部品をある時不注意で外してしまった時と重なる痕。

 

心がざわく

気持ちが揺さぶられる

 

婚后は今まで会った事のないタイプ少年にどのように声を掛けたら良いか考えあぐねている。

 

あまりに深い哀しさ

あまりに理不尽な無情感

そして強い罪悪感

 

見つからない......

わたくしの生涯で彼の生き方を捉える最適解は見つからず、扇子を口に当てた。

 

ただ行き着いた答えに近いのは

『人間の尊厳を踏み躙った』という事だ。

 

 

「おい、起きろ」

サソリがビーチベッドで寛いでいるテレスティーナを覗き込みながら、声を掛けた。

「ん?は、はい!サソリ様」

「例の物持ってきたか?」

「もちろんです。少々お待ちを」

めっきりサソリから声が掛からなくて不貞腐れていたテレスティーナが嬉々としてビーチベッドから飛び起きて更衣室に走っていった。

 

「どうかしたのかい?」

木山が用意されたメロンソーダをストローで飲みながらサソリを見ていた。

「少し、オレの過去を話する」

「!?だ、大丈夫なのか?」

「全部じゃねーが......少しだけだ。これからあいつらに頼み事をするからそれ位はな」

「お前ら少し集まれ」

 

今まで独りで背負い込み孤軍奮闘をしてきたサソリが解けたような表情になると焔のついた鋭い眼で呼び掛けた。

 

頼る事は弱さではない

助けを借りるのは恥ではない

 

「木山」

「ん?」

「ありがとうな」

「?あ、ああ......」

 

ここに来てからか

お礼を言う機会が増えた気がした

間違っていたのはオレの考えだ

間違いそいになったら周りが指摘し修正して前に進んでいく

前の自分が聞いたら一蹴する文言だ

だからこそ間違いを指摘してくれたコイツらをアイツらから護ってやりたい

 

 

テレスティーナが鞄を持って来たのを確認するとサソリは全員を集めて車座のように砂浜に腰を下ろした。

テレスティーナが鞄から取り出したのはバッジのような物だった。

 

「?!」

受け取った御坂がバッジの裏側にある針を見ながら首を傾げて裏返すと何かの絵柄がプリントアウトされている。

「げ、ゲコ太!?」

「な、なんですの?これ」

そこには御坂がご執心のゲコ太のようなカエルが真ん中に立ち、その周囲には巴紋が浮かんでおり真っ赤な水溜りに漂っているように見えるデザインだった。

 

「お前......このデザインは?」

「渡されたバッジに描かれていましたし、写輪眼こそサソリ様の真骨頂ですから」

にこやかテレスティーナは頭を掻くと軽くため息を吐き出しながら、御坂達の前に出して説明を始めた。

 

「何かあったらこれに力を流し込め。オレに伝わるようになっている」

「こ、これを身に付けるには超勇気がいります」

「さすがにこのデザインはないわ」

「文句ならコイツに言え」

と言ってテレスティーナを指差した。

 

口々にカッコイイデザインが良いだとか、付けていて可愛いのが良いだとかの文句が出てくるが、御坂だけは反応が違って立ち上がるとサソリの肩を掴んだ。

 

「グッジョブよ!サソリ。凄く良いわ!」

爛々と煌めく無邪気な子供のように親指を立てて喜びを表現する御坂。

「あ、ああ」

「お姉様......」

予想以上にはしゃぐ御坂に若干サソリは引いた。

「パパ〜?これフウエイの?」

「ん?そうだな。大切に持っていろよ。別に身に付けなくて良いから常に携帯していろよ」

 

配られたバッジにはサソリの今は亡き三代目 風影の傀儡人形が使用していた砂鉄が練りこまれていた。

かつて初春や御坂達に渡した砂鉄と同じ効果を発揮する。

 

「なんかこれで派閥感が出てきたしたね。暁派閥?」

「暁って何ですの?」

「サソリが前に入っていた組織の名前らしいですよ」

湾内の質問に佐天が答えた。

 

「そういえばサソリが前に居た組織ってどんな人達が居たの」

「?」

「それは気になるな」

「?そんなに大した組織じゃねーんだが」

「前の組織?」

 

サソリと出会ってから壮大な勘違いをした苦い思い出の大蛇丸ちゃん(最近大塚明夫さんも良いなぁと思います)

を思い出して目を細めた。

 

ふふ、世の中には知らなくて良い事がたくさんあるのよねぇ

 

「何でだ?」

「ん〜、一応今の暁派閥の先輩になるから......かな?」

「そこから説明で良いんじゃないか」

木山がサソリにそう促すと死んだ魚のような目になって俯いた。

 

「分かった。とりあえず『暁』は『犯罪請負組織』の事だ」

「は、犯罪?」

「こことは違ってオレの所じゃあ、武力による衝突が多かったからな。まともな戦闘よりは要人暗殺や襲撃をしたりと工作員みたいなこともやらされたし」

 

「私らの暗部組織みたいな感じね」

「ああそうか......お前らも似たような事をしていたな。基本金を払えば何でもやる感じだ」

 

「サソリさんはそこの代表を?」

「違う違う。オレはスカウトされた身だ。リーダーとはあまり直接会話した事が少ないな」

「へぇ〜。サソリよりも凄いのがいるんだ」

「全部何人くらいでした?」

「入れ替わりが激しかったからな......10人くらいか」

「だいたい私達と同じくらいですね!」

「本当にメンバー紹介するのか?」

「ここまで聞いたら聞きたいわ」

 

という訳で暁メンバーの紹介をすることになったサソリは砂に数字を描き込みながら思い出すように説明をし始めた。

 

 

1.デイダラ

サソリとコンビを組んでいたメンバー最年少。

粘土と自分のチャクラを練り混ぜた起爆粘土を使い爆撃を得意とする忍

爆発に美を見出し、サソリとは異なる美的感覚を持っていたがそれなりに理解をしていた人物

 

2.うちはイタチ

なぜかサソリも開眼している写輪眼の究極体である『万華鏡写輪眼』を有する忍。

あらゆる術を使いこなし、高いレベルを誇る中で殺傷能力の高い幻術を得意とする。

 

3.干柿鬼鮫

上記のイタチとコンビを組んでいた忍。

チャクラを吸う『鮫肌』を所有者を殺して奪い、冷酷に目的を果たす性格。

チャクラ量はリーダーに次ぐ圧倒的な量を誇る。

 

4.飛段

不死身の肉体を持つ忍。

メンバーの中では1番の新人。

殺戮をモットーとする新興宗教『ジャシン教』を信仰しており、長い時間を儀式に費やす。

 

5.角都

古参メンバーの1人

上記の飛段とコンビを組み『不死身コンビ』として知られている。

普段は冷静沈着だが、一度キレると平気で仲間を手にかける癖がある。

金銭に対する執着心が強い。

 

6.小南

メンバー唯一の女性

リーダーと行動を共にする側近に近い役割。

紙を使った忍術を得意とする。

 

7.ペイン

暁のリーダー

三大瞳術『輪廻眼』を有し、圧倒的なチャクラとカリスマ性を持つ。

 

 

そこまで語り終えるとサソリは一息ついた。

少しだけ頭の整理をしているかのようだった。

サソリの知る限りの情報を聞いた御坂達は互いに顔を見合わせる。

「な、なんか凄いメンバーね......」

嘘のように聞こえるがサソリの淀みなく出てくるメンバーの特徴に肉付けされて本当だと実感する。

 

「ってかサソリの方が普通に見えてきたのは私だけ?」

フレンダが指を口元に当てて、ぶりっ子のように振舞ってみる。

 

うーむ

確かに、『人形使いです』って言ったけどもこの濃いメンバーの中では霞む勢いだ。

 

人形使いとして木山が思い出したのは昔盛んに流れていたCMを思い出した。

 

♪カステイラ1番〜

テレフォン2番〜

 

白い猫のようなキャラクターが一列に並んでダンスをしているCMだ。

最初は意味が分からないが妙に頭に残るメロディーと人形の動き。

 

メンバーの中ではサソリ君が癒し系かな

 

そして、サソリの口から忌まわしき人物の名前が飛び出す。

「後はゼツという奴だ」

「!?待って!それって」

「私達とやりあったキモい奴ね」

 

ゼツの名前を聞いた御坂達に緊張が走った。

一連の事件を引き起こした黒幕であり暁派閥が倒すべき真の相手。

 

8.ゼツ

暁メンバー最古参

人間離れした思考と容姿をしている。

今回の一連の騒動を引き起こした張本人。

 

「??」

何も事情を知らない婚后がフリーズをしていれと御坂が後ろを振り返りながら、ニコリと笑った。

「大丈夫よ。婚后さんには手を出させないから」

「は、はいですわ!」

険しくなる発足したばかりの暁派閥の代表であるサソリが静かに本題を切り出した。

「恐らくゼツの攻撃は激しくなるだろう。この話を踏まえた上で聞いてくれ」

 

「な、なんですの?」

 

サソリは静かに一呼吸置くと。

「......オレと口寄せの契約を結んで欲しい」

と頼むように言った。



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第72話 口寄せ

遅くなりました!
少し短めで悩みましたが、話的には丁度良かったのでこのまま載せます




口寄せの術

血で契約した生物または道具を好きな時、好きな場所に呼び出す事が出来る時空間忍術の一つ。

通常、親指に血を塗ってから印を結び、手をかざすことで術式が展開され、契約したモノが呼び出される。

 

「口寄せ?」

サソリの聞き慣れない単語に一同が首を傾げるとサソリは砂遊びをしているフウエイとじゃれ合って頭の上に乗っている黒猫を指差した。

「百聞は一見に如かずだな」

サソリは流れ作業のように親指を噛み血を流すと印を結び、砂浜に突き立てると黒い紋様のような字が開いた指先から流れ出て放射状に広がる。

 

口寄せの術!!

 

ボフンッと煙がサソリの周囲に立ち込めると「にゃっ!?」とフウエイの頭に乗っていた黒猫が擦れるような鳴き声を出して砂浜に落下した。

 

ミャ、ミャー?

 

さっきまであった自分のお気に入りの場所が不可解な消失をした事が理解出来ずに辺りをキョロキョロして身体を震わしていた。

黒猫のお気に入りの場所だったフウエイはかき消えていく煙の中から出現した。

「ふにゃ?」

フウエイも辺りをキョロキョロ見だすとサソリの掌に自分の頭が当たっている事を確認して、グリグリとサソリに甘え始める。

 

「?!」

「っとまぁ......こんな感じだな。よっと」

フウエイが両手一杯に手を広げて抱っこをせがんだのでサソリはそのまま持ち上げると優しく抱き抱えた。

「マジック?手品?」

「た、タネが分かりませんでした」

「後ろにいた子供が前に来て......??」

「またしても理解を超えた事をするものだな。サソリ君は」

 

御坂達はさっきまでフウエイがいた場所とサソリの腕の中に収まっているフウエイを交互に見やるが謎は深まるばかりだった。

「これが口寄せの術だが」

「ひょっとしますと......使うとサソリさんの腕に収まる能力ですの?なら羨ましいですわー」

湾内がニコニコしながら頬に手を当てて幸せそうに言った。

 

「口寄せって響きも何か卑猥ですわね」

 

口と口を寄せ合い、男女の深い仲を表す愛情の形。

 

「違えだろ!!何を見ていたんだお前らー!?」

「いや、あれで理解しろって方が超無理です」

絹旗がジト目でサソリを見上げると提案するように力なく答えた。

 

そもそも忍者や忍術がない時代であることも踏まえ、かつそこまで予備知識がない暁派閥のメンバーにしてみれば何かしらの能力を行使しているようにしか捉える事が出来ないのは仕方ない。

 

サソリは軽く唸りながら何処から説明した方が良いのか考えあぐねていた。

勝手やサソリの世界の常識が通用しないここ学園都市の中でどのように翻訳すれば良いのだろうか?

 

あ、そういや

『チャクラ』って言葉を知らん奴らだった

 

「うーむ......」

「パパ?」

片腕を組んで悩んでいるサソリにフウエイが心配そうに見上げた。

 

佐天はフウエイが出現した際に出てきた煙に既視感があり、コメカミを指先で叩きながら懸命に掘り出してこようとしていた。

「あの煙どっかで見たことがあるような......なんだっけ?」

 

「それはサソリ様の『眼』と何か関係してますか?」

「いんや、関係ないな」

「そうなのですか。空間移動系の派生ですかね」

一流の科学者であるテレスティーナが頭の中にある膨大に蓄積された能力データを諳んじながら検算をしていくがぴったりとはまる能力が見つからないようだ。

 

「黒子のテレポートに近い能力かしらね」

「......見た目はそうですわね......しかし、私の能力は触れていないと効果が発揮出来ませんの」

 

空間移動能力者(テレポーター)

手に触れた物を瞬間移動させる能力者。

つまり触れていなければテレポートさせる事は実質不可となる。

 

「ちょっとさきほどから置いてかれていますわ!サソリさんはどのような能力者なんですの?」

すっかり1番サソリと付き合いの浅い婚后が膨らんだ疑問符が処理出来ずにショート寸前になっていた。

 

「ご、ごめん!あたし達も把握してなくって、えっと......サソリの能力って多重能力者?多才能力者?」

「......知らん」

「複数の能力が使えるという事ですの?」

「そうですね。何でも屋さんみたいな感じです」

「お前ら話を戻していいか?フウエイちょっと良いか」

 

サソリはフウエイに耳打ちをするとコクリと頷いて、片目を万華鏡写輪眼に輝かせると時空が歪みだして点から三次元に何かが棒状のやや大きめの物体が出て来て、キャッチする。

サソリの腰元まである大きめの巻物だった。

 

この調子だとあっという間に無駄な時間を過ごしてしまうと天性の第6感(せっかち)が察知して巻物を広げ始める。

 

「まあ、オレと契約すれば離れた場所でも自由自在に呼び出せる術になる。もうそれだけで良い」

「なんか雑な説明ね」

「何処かの魔法少女みたいですの」

 

巻物の中には達筆な筆文字で『サソリ』と隣に『フウエイ』と書かれてあり名札みたいに区切られていた。

その下に赤黒い嫌な色彩を帯びた指5本の指紋が写し取られている。

 

麦野が興味深気に広げられた巻物にある指紋の微かに立ち上る錆びのような匂いを嗅ぎとるとサソリと向き合うように覗き込んだ。

豊満なバストがこれでもかって揺れていており、湾内も真似してみるが重力の力を借りてもどうにもならない事はあるもの。

白井も過激な水着で身体をクネらせながら前屈みになってみるが壁には......(以下同文)

「し、失礼ですわー!マニアには需要がありますのよ!」

「白井さん誰に怒っているんですか」

「麦野達には分からない事が私達には超あるって事ですかね」

 

貧乳同盟がここで熱い握手を交わした。

「「誰が貧乳同盟ですか(ですの)!?」」

 

「んー......これって血よね?契約って事は何かしらの制約があるみたいね。旦那とその娘は契約済みで良いかしら?」

しかし、肝心のサソリは気にせずに麦野の質問に軽く答えていた。

「ああ、分かるみたいだな」

「職業柄よ。そういえば血を出していたけどそれが?」

「血の契約だからな。その分かなり術の精度が高くなる」

「ほうほう」

いつの間にか近くに来ていた佐天が巻物に触れて、達筆な字を指でなぞりだした。

「ん?」

 

探偵のように顎に手を当てて今までの情報を整理し始めた。

 

巻物

達筆な字

 

「ふふふ......解ってしまったよ明智くん。ばっちゃんの名に懸けて!」

ビシッと指を伸ばしてサソリを指差した。

「佐天さん?」

佐天は砂浜を歩きながら自分が辿り着いた事の説明していく。

 

「つまりアレですね~。これはいわゆる『召喚』ではないかとあたしは思うのですよ」

 

召喚?

 

「実はさっきのサソリの術を見たのは初めてではありませんでした。あれは数週間前......サソリがまだ入院していた頃に遡ります」

 

サソリの所有していた巻物とやらを渡されていたあたしは勇気を出して、中身を開いて確認しました

決して財宝のありかが書かれているという邪な考えはありませんでしたよ

念のために言っておきますが

 

開いてみるとこのような字体にそっくりなそれはそれは見事な字が並んでいましたよ

するとですね!

 

佐天の動きが止まり本題へと切り出した。

「謎の人形が煙と共に出現したんですよ。ええ、あれは驚きました。ずばり召喚ですね」

 

「召喚なら割と分かりやすい訳よ」

「わざわざ卑猥な言葉になさらなくても」

「何処が卑猥なんだよ......好きなように解釈して良いから。ほれ」

サソリが砂浜に不釣り合いな硯と筆を用意して墨をこしらえると、筆を名探偵佐天に渡した。

 

「はい?」

「そこに名前を書け。お前らもな」

「わ、分かった」

 

おおよそ、学校の授業でしか使わなかった筆を持ち、慣れない筆さばきで震えながらなんとか『佐天涙子』という文字に近いものを書いた。

 

「ヘッタクソだなー」

「う、うるさいわね!あんまり使った事ないからしょうがないじゃない!」

「まあいいや。次」

 

「わたくしに任せてくださいですわ」

扇子を広げた婚后がここぞとばかりに得意げに筆を取ると自分の名前をサラサラと流れるように書き出した。

「「おー!」」

生き物のように流動的で美しい字体に湾内達が感心したように声を漏らした。

『婚后光子』と書き終えると筆を置いて自慢をするようにサソリに見せた。

「どうですの!和を尊ぶ婚后家ではこれぐらい当たり前ですわ」

 

「まあマシな方だな。それでも素人に毛が生えた程度だが」

「んぐ!?」

「何あんた書写の先生か!?」

「何だよ書写って?」

 

「これで良いかな?」

最後に木山が元教師らしい丁寧で読みやすい字で名前を書き終え、これで全員分の名前を書き終わったことになる。

 

「さてと」

「うぃーん!がしゃん」

サソリはフウエイの頭を軽く叩くとなぜフウエイの口から一本のクナイが飛び出てきた。

「待ってどういうこと?」

当たり前の日常のように組み込まれた刃物を吐き出す仕草に御坂が思わずツッコミを入れてしまった。

 

「海外で剣を飲んでいるような感じですかね」

「サソリさん!子供にそんな事はダメですわ」

「訓練すれば誰でも出来るんじゃない(適当)?」

「すまんがいちいち質問しないでくれ......」

「うーむ......やはり見ていて飽きないな」

「サソリ様のする事は全肯定です!」

 

一連のコントのような展開に肩透かしを食らったサソリは、普段の調子が戻せずに四苦八苦していた。

人数が増えた分だけ説明する手間が累乗していき膨大な思考をしなければならず些か面倒になる。

 

とりあえずクナイがなぜフウエイから出てきたのかは置いておいて、名前の先頭にある佐天にクナイを渡した。

 

「??物騒な物を渡された」

「それで何処でも良いから切って血を出せ」

「「血!?」」

「さっきから何を聞いていたんだよ......」

「だ、だって......これで切ったら痛いじゃん」

「なんならそれを使わないで歯で噛んで流すのも手だな」

 

サソリの言葉を聞くとハッとして佐天は興奮したように顏を上げた。昔の記憶が突如として繋がり明快な解答へとたどり着く。

「あっ!漫画でやってたー!確か親指を噛んで......はんで」

意気揚々と佐天があむあむと噛んでいるが思いの他自分の指の皮膚は弾力があり、裂傷までいかない。

 

人間を始めとした生物全般に言える事だが、自分で自分を傷付けるのは本能的に出来ないとされており、未来が予測出来る人間なら傷による血が流れ、痛みが走るのが簡単に想像出来る為に躊躇に歯止めが掛からない。

 

「こ、怖くて出来ない......ムズ!!えっ?!漫画のキャラは簡単にやっていたのに!」

悔しさと恐怖心が佐天の身体を硬くして親指に甘噛みを繰り返すだけだった。

「ほんひょですね(本当ですね)!」

初春も真似をしてみるが、なにやら物欲しそうに眺める子供の姿と重なった。

 

「旦那......これって血ならどこでも良いのかしら?」

麦野が腕を組みながらサソリに質問を飛ばした。

「そうだな......契約に必要なのは自分の血だから場所は関係ない」

「なるほど......じゃあ旦那は水着を脱いでみたらどう?」

 

............

 

「はっ?」

さすがにこの予想外の提案にサソリは素っ頓狂な声を出した。

「鼻血でも良いみたいだからね」

「脱ぐわけねーだろ!!」

「そっちの方が手っ取り早い気がするけどねぇ~」

 

麦野とサソリのやり取りに湾内と白井が顔を真っ赤にして妄想を爆発させて沸騰するかのように鼻血を噴き出した。

「ほらね」

「......」

 

鼻血を出した白井と湾内に複雑そうな表情でサソリが誘導してそれぞれの名前の下に親指から順番に血をインクのように使い指紋を取っていく。

「さ、サソリさんのは、はははは裸......」

「妄想だけでこの破壊力とは恐れ入りますわ」

 

鼻から止めどなく流れていく血を拭いながらも巻物に血を付けていく2人を横目でみながら鼻血を出さなかったメンバーに恐怖の声かけを始めた。

 

「痛えの一瞬だからさっさとやってくんねーかな」

「だっ、だって......」

「貸せ」

佐天がクナイを持ったままあたふたしているとサソリは舌打ちをしながら佐天の腕からクナイを取り上げるとそのまま躊躇なく佐天の掌をピッと少しだけ裂いた。

 

「あんぎゃあ!」

「さ、佐天さん!?」

小さな傷ではあるが予想以上に血が滴り裂傷した溝から浮き上がって湧き水のように血が体外へと流れ出していく。

痛みは全くないが血が流れていくことに半パニック状態の佐天の腕を掴むと指を次々と畳み込んでいき、指先を血で湿らせて指紋を強引に写し取っていく。

 

「うう......もうお嫁にいけない」

傷がある左手を心臓よりも高い位置に持っていき軽く項垂れる佐天。

「次」

クナイを持ったままサソリが振り返るとテレスティーナと麦野以外は忍び足で静かに逃げ出そうとしていた。

 

「どこに行く?」

サソリがいつの間にか逃げ出そうとしていたメンバーの前方に移動して刃先を光らせながら軽く構える。

どこからどう見ても刃物を持っている危ない人です、はい。

「うげ......ま、まさかここで血判をしないといけなくなるなんて......」

「い、痛いのちょっとね」

 

サソリはそんな様子に溜息を吐き出すとクナイを仕舞う。

「??」

「まあ、強制じゃねーよ......結構応用力があるから便利なんだが」

「その召喚が?」

「血を使っている分だけ繋がりが強くなるからな。更にやり方は知らんが死者を呼び出すのも可能らしい」

「し、死んだ人もですか?」

「ああ」

 

サソリが執拗に大蛇丸を追っていたのは『暁』としての粛清もあったが、もう一つはこの『死者を蘇えらせる禁断の口寄せ術』の存在が大きかった。

 

術の範囲は?

会話が出来るか?

どのくらい存在できるのか?

術の反動は?

 

挙げればキリがない程の疑問が湧いてくる。

やはり長い時が経っても忘れることが出来ない死んだ両親。

何処かで家族を求めているのかもしれない。

 

今の姿を見たらどう思うだろうか?



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第73話 零

祭りに入りませんでした......申し訳ないです




深夜2時

住んでいるマンションの一室で白衣を着たままソファで泥のように眠っていた木山春生が寝苦しさを感じて目を覚ました。

 

サソリ派に入った事で多少はリフレッシュ出来たがなにぶん新学期がスタートし罪を償う意味合いの強い学生の能力データの収集と整理がまだまだ残っている。

研究室で夜遅くまで作業した後に自宅でも続きをする為に缶コーヒーを自動販売機で購入して臨んだが、摂取しまカフェインよりも疲労が打ち勝ったらしく横になってしまった。

 

まだ机の上には目を通していないファイルが雑然と置かれており、カバンの中にもまだまだある。

 

じっとりと湿度が高い寝苦しさを感じながら喉の渇きを覚えたのとカフェインによる中途半端な覚醒作用にあまり気分の良い目覚めではなかった。

 

「ゲホ」

ジメジメとし、吸い込む空気には湿り気があるにも関わらず乾いたガラガラ声で咳をする。

電気を点けずに暗闇のまま水道に向かいガラスのコップを戸棚から取り出すと水を入れて一息に飲み干した。

 

更に半分だけ注ぐと自分の汗でベタベタとした服を不快に思い襟首から申し訳程度開いて換気をしてみるが清涼感とは程遠い。

我ながら行儀悪いなと考えてコップ片手にリビングに移動してくると机の上に置いてあるノートパソコンのランプが点灯しているのに気付いた。

 

一応仕事の続きをしようとして電源ボタンを無意識的に押したのだろうか?

 

折り畳まれたノートパソコンを開き、マウスを動かすと2年前に撮った教え子達の写真がロック画面として出現した。

 

自分の誕生日を祝ってくれる際に撮影した写真だ。図らずもそれがこの子達とまともに共に映った写真だ。

 

まだ目元の隈は今よりも軽く血色が良い気がする

 

あの日から木山の時間はこの画面のようにロックされたままだ。

凄惨な実験を忘れないように加担しないようにの戒めでロック画面に採用して開く度に自分へと問いかける。

飲み干した水が銀のようなザラザラな味になり少しだけせり上がってくるような吐き気が強くなる。

 

いつもまともに寝れないな

 

パスワードを打ち込んでロックを外すと何故かある一通のメール特有の白い画面が既に開かれていた。

ほぼ毎日パソコンの電源は入れているので疲れていても普段の習慣から点けてしまうのは分かるがパスワード設定がしてあるメール画面を開くというのはどうも考えにくい。

 

ここまでする体力があるならシャワーを浴びる事も出来そうなものだ

 

背中に一つだけ大きな汗がサーっと流れていくのが伝わる。

何が訴えているのか?

それとも汗だけが逃げ出したのか?

 

カフェインのせいで半覚醒した頭で文字の読解に挑んでいくが木山は差出人の名前を見てみるみる頭の中がグシャっと音を立てて戦慄し始める。

 

差出人 協力者

件名 覚えているっすか?

 

木山の脳裏に金髪の髪をした少女に乗り移りサソリに攻撃して来たトビと全ての元凶である人間離れした身体を持つゼツが過った。

 

お前達のせいであの子達は......

「何故いまさら?」

眉をひそめながら木山はメールの本文にスクロールさせると調子良い感じの軽い本文と一つの写真データが添付されていた。

 

本文

だーれだ?

 

添付された写真データを開くと木山は頭を殴られたかのような衝撃を受けて、画面を掴み始める。

「!?」

 

そこにはカチューシャをした中学生くらいの女性が純白の制服を着て大きなガラスに力無く寄り掛かっている写真データだった。

木山は思わず立ち上がって息を早める。

その女性は左耳には黒いピアスがあり、片目は正気の無い紫色の波紋状をしている。

無論ピアスもだがこのような禍々しい眼が生得的であるとは残念ながら科学の見地から見出せない。

 

「はあはあ......貴様ら!」

 

それは学園都市に置き去りにされた身寄りのない子供であり、木山の教え子の成れの果てだった。

目が覚めているよりも

生きているよりも

彼女がどのような経験を経てこの眼を獲得したのか、耳に開けられたピアスの痛みを憂いで机に行き場のない怒りをぶつける。

 

せんせー

木山せんせー

せんせーの事信じているもん

怖くないよ

 

会わなかった時期に何があったのか?

部屋に来るだけで、シャワーを浴びるだけでキラキラとした無邪気な笑顔を振りまいていた彼女の面影は写真から読み取れない。

 

もはや水の味が金属のように感じだして流しで胃の中身を吐き出した。吐瀉物を蛇口を開いて水で流していく。

「げほげほ......まだ......まだあの子達を」

 

何度甘いコーヒーを飲もうが、ラベンダーの香りを嗅いでも脳まで侵食して来た薬品と血液の入り混じった香りと呆然と飲み込んでいた唾液の味は解ける事無く居座り続けている。

 

深夜に木山の神経を逆撫でする悪意の込もったメールの差出人を吐き気と共に反射的に出て来た涙で歪みながら静かに睨み付けた。

これほどまでに『協力者』という単語を憎んだ事がない。

握っているマウスを握りしめて左手で膝を叩いた。

 

ふざけるなよ......

あの子達の気持ちを踏み躙って......

その上......こんな姿に

 

かつて彼女が久しぶりのお風呂に入りながら語っていた微々たる夢が映像付きで蘇る。

 

私達は学園都市に育ててもらってるから

この街の役に立てるようになりたいなーって

 

******

 

学園都市のとある研究所のサーバールームに些か奇妙な風貌の男が中央に座りながら用意したモニターに目を落としていた。

ボサボサの黒髪には輪っか状に額から後頭部までグルリと一周するように特殊なゴーグルを付けており、無数のケーブルが一つ一つのサーバーに蜘蛛の巣の繋げられている。

 

誉望万化(よぼうばんか)

学園都市の暗部組織『スクール』のメンバー。

特殊なゴーグルがトレードマーク。

念動能力(サイコキネシス)を操る大能力者(レベル4)。

ゴーグルは情報の分析•抜き取り•転写などをこなす一方、能力のスイッチの役目もはたす。これにより彼は念動能力を応用した発火•無音化•透明化•電子操作などの多彩な力を包括的に扱うことができる。

 

「しゃりんがん?」

男は正気のない目でゴーグルに付随した通話機能を用いて誰かと会話しているようである。

椅子に座り指と指を退屈なのか面倒事からの逃避行動か絡ませて数秒おきに位置を変えている。

 

『ええ、他者の能力をコピーしたり少し先の未来を見渡せる眼よ。学園都市の科学者の間ではこの眼を培養して実験を繰り返しているらしいわ』

「......あの第1位をやった奴が持っていた」

男の目の前にあるモニターは二分割されて片方にレベルアッパー時に出現したAIMバーストを眼で黙らせている映像。

もう一方は、まさかの大番狂わせの学園都市第1位に渾身の一撃を負わせている映像だ。

どちらも画素数は少なく処理落ちを何度もしているが眼が所有者の頭の動きに合わせて綺麗に紅い光の余韻が一筋となって生き物のように自由に泳いでいる。

 

『ええ、そして今回の祭りに私たちも参加する事になったわよ。この眼を取引に持って来た奴は標的との戦闘がメインらしいからね』

 

「それは確かな筋の情報なんすか?」

 

『さあ?あくまで『協力者』って人物からの情報らしいから鵜呑みにしないで調べるしかないでしょ。裏取りは任せるから当たって頂戴』

 

通話が一方的に切られると男は静かに溜息を吐き出した。

今回は現第1位の赤髪の人物についての調査だったが今の瞬間から『しゃりんがん』というどこから取っ掛かりを付けて良いか分からない代物がプラスされたからだ。

 

自身の念能力の出力を上げるとサーバー内に保管されている情報へのアクセス権を強引に取得し、先ほどの情報を検索に掛けて不要なものを振るいにかけた。

 

セキュリティランク

A~Dの全情報よりしゃりんがん及び付随する能力と関連する会話を抽出

 

『十三件あります』

機械の合成音声から振るい終わった情報が目の前のモニターに分割されて画面下部から出現していく。

 

「何かの研究資料みたいだが......サソリ、影十尾計画、クローンマダラ?」

 

******

 

学園都市第5位 食蜂操祈(しょくほうみさき)

学園都市最高の精神系能力者で『心理掌握(メンタルアウト)』の使い手。

リモコンで相手を操り、記憶を改竄する能力を持ち巨大な派閥を立ち上げている人物。

 

まだ派閥を立ち上げるずっと前、小さい頃から精神能力に秀でていた私は常に監視されて育った。

周りにいるのは私の精神能力の影響を受けないように付けているラグビーボールのようなメンタルガード。

宇宙人のような出で立ちにさほど興味もなく淡々と自分の能力を磨き、淡々とあどけなさを演出しながら研究データを提供する日々。

 

シャリ

しゃくしゃく

しゃくしゃくしゃくしゃく

ごっくん

 

「今君が食べているのは何かね?」

「え?メロンじゃないですか。見れば分かるでしょ」

しかし、テーブルの上にあるのはメロンではなく何の品種改良もしていないリンゴだった。

ラグビーボールのような機器を取り付けた中年男性はまるで数学の定義でも確認するかのように『好きな食べ物』という幼稚な質問をしていく。

 

研究員の男性は躊躇も嘘もなく自分がそう思った事実を述べたに近い。

 

「君が苦手な食べ物は?」

「リンゴです!!アップルパイとかなら大丈夫なんですけど、生だとダメなんですよねぇ」

あっけらかんに想定通りの回答に満足したのか機器を頭に付けた男性は傍らに座ってリモコンを持って退屈そうにしている金髪少女に指示を出した。

「フム......食蜂君解いてやってくれ」

 

金髪少女が星のような瞳でリモコンの停止ボタンを押すと、リンゴ嫌いでリンゴを普通に食べている男性の挙動が止まった。

今まさに咽頭に流し込もうとしたリンゴの正真正銘のリンゴのベタついてザラザラした甘みが脳天に揺さぶりを掛け始める。

「むぐッ!?うげッ、ゲホッゲーーーッ」

リンゴを食べていた男性は口を抑えながら手近にあるゴミ箱に向かってすり潰されたリンゴを吐き出した。

リンゴをリンゴと認識しただけで凄まじい勢いで胃を始めとした身体全体がリンゴの吸収を拒んでいるかのようだ。

 

「こ、これってひょっとして......」

「ああ、彼女の能力だ。君はリンゴをメロンと誤認させられていたんだよ」

 

少女は研究員の滑稽な姿なんて意も介さないかのように大きなあくびをした。

 

 

だがそんなある日、研究施設の曲がり廊下をラグビーボールのような頭部をした宇宙人のような姿の女性研究員に連れてこられてある一室の扉をカードキーで開けた。

 

別フロアに入るのは初めてねぇ

 

普段決められた部屋と部屋を移動することしか許されなかった食蜂は違う部屋の風景をもの珍しそうにキョロキョロした。

 

「紹介するわね。零号(プロトタイプ)通称『ララ』よ」

沢山の玩具に囲まれている黒髪の癖っ毛が強い同年齢の男の子が瓶の中にある小さな植物の芽を持ってこちらを怪訝そうに見上げていた。

その眼には不可解な幾何学模様の万華鏡写輪眼が燃えるように瞳を中心に沈んでいた。

 

プロトタイプぅ?

それに変な目ね

 

黒髪の少年は長めの前髪で眼を隠すように俯いた。

 

無愛想なヤツねぇ

中学生くらいかしら

 

そんな様子に女性の研究員が注意をして無理矢理腕を掴んで立たせようとした。

「こーら、ちゃんと挨拶しなさい」

「あっ!や、やだぁーーーー!!!」

病院の患者着衣が乱れて露わになる感覚が先行して少年は絶叫して防音設備が完璧な部屋に響く。

 

「うるさいわねぇ。男のクセに女々し......!?」

 

少年の胸部には似つかわしくないシリンダーのような機器が埋め込まれており、身体の至る箇所に管が走っていた。

 

「みない......で」

少年は着衣を抱き寄せるように執拗に着込んで幾何学模様の瞳から涙を流しだした。

「あら、まあ説明の手間が省けたわね。彼は生まれつきある病に冒されていてね。身体に埋め込まれた機器がないと生きていけないの」

 

前例のない特殊な呪いに近い病で心臓に悪魔のような目が浮かび上がり、徐々に眼から伸びる糸で締め付けられていく。

それを抑制する為の装置だが発作の感覚が短くなり、ただ徒らに生きさせる事に近い。

無論、前例がない為ので治療法はない。

定期的な発作とは別に施設からの脱走や自殺しようとすると強い締め付けを起こして意識を失わせる。

 

まるで彼の意思とは別に死さえも操られているかのような呪い。

 

うっう......うぅ

あまりにも過酷な少年の姿に食蜂は言葉を無くして黙って見守る事しか出来なかった。

彼はすすり泣くように部屋の隅で丸くなって顔を伏せていた。

 

女性研究員が食蜂と少年を二人きりにさせるように出て行ってしまった。

食蜂はあの光景を見てしまいどう反応して良いのか考えてみるが、衝撃の度合いが強過ぎて一定の距離を保って静かに壁を背にして立っている。

 

「ごめんね。きもち......悪かったよね」

絞り出すように少年は言葉を選んで慎重に言い出した。

すぐに割れてしまうような、壊れてしまうシャボン玉のように

 

「別にぃそんな事......」

「ううん、しょうがないよ。僕にも......お友達いたんだ」

 

 

外に出れない僕の所に毎日来てくれて

色々お話してくれて

いっぱい遊んでくれた

でもこの身体を見られちゃって

次の日から来てくれなくなっちゃった

なんでこんな身体なんだろう

たったひとりの友達にも気味わるがられて

また逢いたい

もう独りは嫌だ

 

 

どんな言葉を掛けても無駄だと察したのか食蜂は彼が落ち着くまでじっとその場に居続けた。

同じ研究施設に居るのに知らなかった存在

人間のようで人間ではないような幽かな存在

 

1時間だけの面通しを終えて食蜂が部屋の外に出るとまたしても顔を隠しているラグビーボール頭の研究員に囲まれた。

皮肉にもこの頭と冷淡な説明の仕方に、先ほどの彼の方がずっと人間らしかった。

 

「でぇ、私とあの子を引き合わせたのは何が目的なわけぇ?」

率直な質問をぶつけてみる。

こいつらが何も考え無しで動くはずがないからだ。

 

「ララからあるデータを取っているんだがね。友達を失ったショックが大きくて正常な数値が測れない状態なんだ」

 

そう言った後でエレベーターから黒白はっきりと半身で分かれ、食虫植物のような物に覆われている不気味な姿の研究員が出て来た。

 

変な奴がいるものねぇ

 

「彼は生まれ付いて愛情が深く、感受性が鋭くてね。今回の一件で素晴らしい眼をてにいれたんだが、不安定になってしまったんだよ」

 

大きな愛の喪失や自分自身の失意にもがき苦しむ時......

脳内に特殊なチャクラが吹き出し、視神経に反応して眼に変化が現れる

 

「心ヲ写ス瞳......写輪眼」

「そうだねー。彼はいい感じになっているから。協力して欲しいな」

 

一人の人間なのに黒と白で別々の人格が宿っているかのようにそれぞれ話を始めて、食蜂は改めて引いた。

 

「そんな事言われてもぉ、今の私の能力じゃぁ......友達の記憶を完全に消す事も書き換えることも難しいわよぉ」

 

白黒の男はギラギラと鋭い歯を見せて笑みを浮かべると食蜂の頭を撫でた。

「そうだね。だけど君なら彼と良い友達になると思うよ」

 

その日からカリキュラムを終えた食蜂は彼『ララ』の居る部屋に遊びに行く事が命じられたが、程よい日課にもなっていた。

今日も部屋のノックをして中に入る。

「......失礼するわぁ」

「今日も来てくれたんだ!みさきさん」

 

彼のふわふわとした天然具合にほっとけなくなって、色々説明すると子犬のように幾何学模様の眼を輝かせて聴いてくれる。

単調な実験生活の中で彼と話しをしたり、遊んだりするのが少しだけ光となって食蜂を照らしているかのように感じた。



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第74話 少しだけの過去

やっとここまで来れた......

約1年前になりますね


万華鏡のようにキラキラと輝く不思議な瞳を持つ少年『ララ』と友達になった食蜂は毎日部屋に訪れるのが日課となった。

施設からはおろか部屋から許可無く出る事が禁じられている彼にとって四角に区切られた部屋とビル陰となっているわずかばかりの窓からの景色が世界の全てだった。

 

既に遊び古された玩具に代わり食蜂が毎度楽しめそうな物を見繕っては持参してい来ている。

今回は『シャボン玉』だ。

石鹸水にストローのようなノズルを差し込んで膜が出来るのを確認すると息を吹き込む。

強く吹くと膜は破れ、弱いとシャボン玉が大きくなり重力の影響からノズル付いたまま瓢箪のような形となり折れ下がる。

雫が先細りの一点からポタポタと垂れた後にパチンと弾ける。

 

シャボン玉の寿命を延ばすには過剰な空気でも過少な空気でもなく、程よい空気の圧や適切な量の空気であることを学ぶ。

 

部分的に外界と遮断されたララにとっては世界の外から齎される全てが奇想天外らしく、親元から上手く独り立ちしたシャボン玉を見ては妙に懐かしく感じた。

本来『懐かしい』は過去にだけ存在するのではなく今現在に自分が存在している状態を指すのだと思う。

 

あのシャボン玉は自分が生み出したモノなんだ

 

浮かんでいるシャボン玉の振る舞いに込み上げるものを感じて少し興奮したように見上げていた。

 

「わー」

 

はぁ......

なんで私がこんなことぉ......

何が面白いんだか

 

ララは容器に入った石鹸水に無策で空気を吐き出すと水面からボコボコと泡が立つ事に気が付き、世紀の発見をしたかのように感じて、立証するように何度も強弱を付けながら炭酸よりも荒い泡を生み出して容器から溢れださせる。

強い息では膜が千切れてしまうだけだが、膜が生み出されるこの中では強く吹こうが層となっている膜に包まれていく事に気が付き、好奇心に頬を緩ませると息を思い切り吸い込んだ。

 

次の瞬間には石鹸水の中から噴火が起きて一気にララの顔全体が泡だらけとなる。

「?っぷ?」

 

「あぁも~何やって......プッ!」

 

泡がコミカルな髭の形を取っていて、要領を得ない表情で座り込んで泡を覗いている間抜けな姿のララに食蜂は思わず吹き出してしまった。

「ふふっふふふ......あはははははっ」

「どうかしたの?」

「アナタ本当に中学生?」

 

渡されたタオルで顔や頭を拭きながらララは少しムスッとしながら答える。

「むー、そうだよ!ゼツにそーいわれているから!!でもガッコウには行った事ないんだけどね」

 

「ぜつ?」

「居たと思うけど.....あのトゲトゲのアロエみたいな人」

 

あー

あの気持ち悪いのねぇ

 

ララはガッコウだけではなかった

彼はこの部屋から出る自由はなくひたすらに身体と能力を大きくするのを強いられた運命を背負っていた。

 

「けんきゅーじょの外ってどんな感じなのかな?一度で良いから海を見てみたいなぁ」

 

「残念だけどぉ、学園都市に海はないんだゾ。チェックが厳しくて簡単には街から出られないしぃ......まぁでもぉ、機会があったら行ってみても良いわよぉ」

 

その言葉にララは驚いて、万華鏡写輪眼をキラキラと輝かせた。

「あ、ありがとう!みさきさん」

「見ればみるほどぉ、不思議な眼をしているわねぇ」

「うん、けっけいげんかいだって教えられたんだ。前とは形が違うみたいだけどね」

自慢気にチャクラを少しだけ練ると燃えるような蒼い人型のエネルギー体に包まれるララ。

 

「!?」

「えへへ、僕の得意な能力なんだ。スサノオって云うんだよ」

霞のように掻き消えると少し誇らし気に頬を掻きながら水分を補給するためにスポーツドリンクの入ったペットボトルを飲み干した。

 

「ふぅ。よっと」

ララはフリースローのように空になったペットボトルを入り口近くにあるゴミ箱に投げ入れた。

見事に入り、硬い蓋と金属製の底がぶつかり合い乾いた音が響く。

 

「やった!」

「コラ!お行儀悪いゾ」

「目の良さなら自信あるんだ。本気を出すとスローモーションに見えるし」

「はいはい。良いかしらぁ?ゴミを投げ捨てるなんてマナー違反で下品極まりない行為なのよぉ?はしたないからやめなさい」

 

何度か練習でもしたかのようなセリフで武装した食蜂は立て板に水のように淀みなくペラペラと今のララの行動について一般論で反駁し始める。

 

「今はそれで良いかもしれないけどぉ、病気が治って研究所を出たらそんな行動は自分を貶す行為だしぃ、第一に女性にモテるなんてことは絶対ないから気を付けないとぉ......」

 

我ながら完璧な理論でララに一から説明し、ドヤ顔で身振り手振りを交えた熱弁を振るうが。

 

「ん?もしかして入らないとか?」

その一言で食蜂の何かが外れて、顔を真っ赤にしながらムキになってつま先立ちを背伸びする。

少しでも自分を誇示する為の虚しい行動だろうか?

 

「はァーッ?はァーーーーッ??誰が入れられないって!!?こんなもの楽勝だモン!!」

「ほんとーかな?」

「いいわよぉ、見てなさいッ」

と自分のペットボトルを手に持つと腰に手を当てて飲み干す戦闘態勢となり一気に飲み干す。

一滴でも残さないように逆さまにして水滴を胃に流し込んだ。

 

数滴でも残っていたら不確定要素が多くなり、予想外の挙動が大きくなる。

本当は洗って内側にこびり付いた糖類を落としたいがそんな事をしたら一発で無洗状態のペットボトルをナイスシュートしたララに敗北を意味する。

 

距離とゴミ箱の口径を頭に叩き込むと一瞬だけ息を止めて掴んだペットボトルをアンダースローで投げ上げた。

ペットボトルはそれそれは綺麗な放物線を描き始めて、最高点に達する前に入り口の斜め上に激突して半回転しながら床の上で跳ね躍る。

 

............

 

「いっ......今のはちょーっと指が引っかかっただけだモン!」

食蜂は転がっているペットボトルを追いかけて取ろうとするが、誤って脚で蹴飛ばしてしまい発火しそうなほど汗をかきながら腕を伸ばしたまま取りに行く。

 

そのまま手に取ると最初の地点には戻らずに持った位置から再びアンダースローで投げ入れようとする。

 

簡単な道理よぉ

さっきは力が強過ぎたからあんな位置に飛んだだけ、弱くすればノー問題ぃ

 

しかし今度はゴミ箱の口手前で擦りもせずにペットボトルの腹部分に当たり勢い良く逆回転して跳ね返り食蜂の顔にクリーンヒットした。

「うぎゃッ!......しまっ、しまったぁ......空気抵抗を計算に入れるの忘れていたわぁ」

横で愉快に転がっているペットボトルを掴むと自身で掴んだ自慢の演算能力でリベンジをする。

後ろからクスクスと声が漏れているが負けてはならない。

 

才能ある人ほど笑われる事なんてザラにあるわよぉ

 

無情にも気合と覚悟に反比例するかのようにゴミ箱の前でワンバウンドして壁に当たり跳ね回る。

 

失敗じゃない

これは失敗じゃない

成功への重要な布石だ

雨乞いの儀式を思い出しなさい

あれは雨が降るまで毎日祈っていたから成功したと見做されるのよ

だから失敗じゃなくて成功への道に近づいているだけ

 

と何処かで見た事があるような自己啓発の文句を頭の中でぐるぐるさせながら、食蜂は物理的に成功への道(ゴミ箱)に近づいていく。

 

「だんだん近くなっているような」

「つ......次は絶対なんだからぁっ!!ああっ!?もうっ!」

「がんばれー」

ララはゆっくりと腰を下ろして彼女の健気な後ろ姿を見守る。

数少ない友達を眺めるだけでも辛い実験生活から少し報われるような気がした。

 

「集中よ。集中......」

 

 

外の世界ではこれが当たり前かもしれないし、当たり前じゃないかもしれない

友達をたくさん作って遊んだり、お菓子を食べたり、教えて貰ったかき氷も食べてみたい

友達の家に泊まりに行ってゆっくり話したいな

やりたい事、確かめたい事がたくさんあるのに僕はここから出る事も許されない

 

 

もう目線の高さにペットボトルをセットしてそのまま前のめりに落とせば入りそうな位置で生理的振動と戦っている食蜂。

ゆっくりと押し出すとゴミ箱の口で軽くバウンドするが中心に吸い込まれるようにペットボトルは落ちていった。

 

「は......入った!!見たララ!?私が本気を出せばこのぐらい楽勝よぉ!」

「見てたよー。みさきさん凄いね」

「そうでしょ!そうでしょう!」

 

いつもお姉さんぶっている食蜂が珍しくはしゃいでいるのを見て自分の事のように嬉しくなるララ。

 

「みさきさんは此処の事どー思うかな?」

「私?」

「うん、僕は閉じ込められた世界に居るって分かるんだ。みんなの当たり前が僕には出来ない事も......」

 

ララは自分の心臓部分を服の上から掴んだ。

そこは彼を苦しめる病魔が潜んでいる場所だ。

 

「別に出たら出たで大変だと思うけどぉ。それに病気だから仕方ないんじゃない?治った時に付き合うわよぉ」

「うん......そうだね。この機械もいつか外れて自由に外を思う存分走りたいな」

 

その時のララの表情は何処か寂しげで哀しみを帯びている事には食蜂は気が付かなかった。

彼の命のタイムリミットは既にかなりオーバーしていることに......

 

******

 

数日後

「ねぇ......軽く約束しちゃったんだけどぉ。ララはいつになったら病気が治るのかしらぁ?」

食蜂が噂のトゲトゲアロエ野郎を廊下で捕まえると腕を頭の上で組みながら質問した。

「ずけずけ訊くねー」

「......」

「ララが外に出られるようになったら、海を見に行くんだからぁ」

 

シャボン玉であのテンションの上がり具合だから広大な大海原を見せたら、感動で失神しゃうかもぉ

 

少しだけ悪戯心が芽生えた食蜂は自分の頭の中で無邪気に笑うララを想像してどうやって落としてやろうかと画策しているが......

 

「んー......難しいね。次の実験で多分死ぬから」

 

「......えっ?!」

白ゼツの鋭いキバのような歯がギラリと光って後ろにいる食蜂をまるで揶揄うかのように自然に断言した。

 

「ど、どういう事?」

「だって身体なんてとっくに限界来てるみたいだし、生きているのが不思議なくらい」

背筋に嫌な汗が流れた

初めて過呼吸になりかけた

全てがぐるぐるして頭が踏み付けられた気がした

 

死ぬ?

あの子が......

まだ、色々したい事があるのに?

 

顔面蒼白になる食蜂を揶揄するように楽しげに語り始めるゼツ。

「君のおかげで追加の実験が出来るからね。ん?ひょっとして君のせいでかな?まあ、いいや。もう投与は始まる予定だし」

「くっ!?」

食蜂は踵を返して一心不乱に走り出した。

運動が苦手とか、一番走るのが苦手だなんて言っていられない。

 

走る音が遠退くのを肌で感じながらゼツ達はニヤリとネバネバした笑みを浮かべた。

「少シ喋リ過ギダ」

「良いじゃん。器としてダメだけど輪廻眼へ昇華実験が出来るのも全てはあの娘のおかげ。御褒美だよ」

「良ク言ウ......コノ後ドンナ行動ニ出ルカ分カリ切ッテイル癖ニ」

「そうだねー。どこまで足掻くか楽しみだけど」

 

ゼツは研究施設に溶け込むように身体を透過させ始めた。絶望をより楽しむための席へと移動していく。

「此処モソロソロ用無シダナ」

 

******

 

「ら......ら、ララー!」

全速力で割と広めの実験施設を数半時間掛けて食蜂がいつもの日課とはかけ離れた息切れと力が抜けたように扉に寄り掛かかる。

すると扉が開いて、中から数名の研究者がぞろぞろと出て来た。

ノートパソコンやカルテ、まだ血が付いている注射針が妙にリアルでグニャリと現実感を喪失させる。

 

「あら?大丈夫かしら?」

「話しかけるな......予期していた通りの結果になったな」

ラグビーボールのような頭が今日はとても大きく見えた。

「ど......どういう......事かしらぁ?」

「......どちらにせよあの子はもう持たない」

言い終わるか否で食蜂は開いた扉から部屋の中に滑り込んだ。

「はあはあ......!?」

そこには身体から大量の血を吹き出して口から鮮血を吐いてガリガリに痩せ細った姿の骸骨のようになってしまったララが倒れている。

「ら、ララぁ!!?何があったのぉ!?」

「み......さき、さん?......あた......らしい薬の副作......用みたい......」

もはや喉でも潰されたかのようなカエルのような声に食蜂は更にぐちゃぐちゃになった脳に鈍器で殴られた衝撃を受けた。

「......酷.....過ぎるわぁ」

絞り出すように食蜂はあまりの変わりように涙を流してララに泣き付いた。

「......僕......死ぬのか......な?」

「そ、そんな事ないわよぉ!まだ他にも......」

 

他にも?

こんな姿になっても助かるの?

生きなくちゃいけないの?

 

瀕死のララが泣いている食蜂の頭を軽く撫でた。誰よりも弱くて、誰よりも優しく温かい手をしている。

「な......泣かな......いで......僕なら......大丈夫だ......から」

「ララぁ!ララ......」

「必ず......みさきさ......んを護るから......楽し......かった......すごくね......

むい......さむい」

 

食蜂はポケットから無我夢中で愛用しているリモコンを手に取るとララを苦しめている痛覚を『一時停止』した。

少しだけ顔色が良くなる。

「あ......りが......とう」

ララは少しだけ震えながら頬を緩めて眩しそうに食蜂を見上げた。

髪は白く染まり、咳き込む度に血を吐き出す。

ララの閉じた眼から一筋の涙がスーッと流れると機械的に眼が開き、紫色の波紋状の瞳が怪しく輝き出した。

「!!?」

すると彼の身体は正方形が重なったような黒い空間に吸い寄せられるように床に沈んで行った。

「何で......ララ!?ララぁぁぁー!」

食蜂は全力疾走の余韻が抜け切らずに闇の空間に消えていくララの最期に伸びた指先を辛うじて触れるだけで果てしない闇に彼は落ちていくのを見届けてしまう事しか出来ない。

 

後に残ったのは部屋に散らばる玩具と何度かトライしたゴミ箱、大量の血だけだった。

「.........ララ......うぐぅ、えっぐ......」

 

あんなに狭いと感じていた彼の世界は今日はとてつもなく広く感じた。

 

必ず護るからね......

必ず

どんな姿になっても......

 

食蜂はただこの世界の残酷さに怒りを覚えて爪を膝に食い込ませた。

唇を噛み締めて、悔しさと彼を喪った喪失感、哀しみに涙を止め処なく流し始める。

 

ララは大切な友人

私は私なりのやり方でこの研究に復讐してやるわよぉ

 

******

 

闇の中に落ち込んだララは最期の力を振り絞ってチャクラを練り上げた。

僕はもうダメだけど......僕が生まれて育った学園都市をもっと見てみたい

 

この身体と残り少ないリミットで出来る事は限られている。

ララは静かに印を結び始めた。

 

僕と共鳴する『痛み』を背負った人に

僕と共鳴する『哀しみ』を持った人に

使って欲しい

 

印を結び終えるとララの髪は真っ赤に染まり始めて、身体が徐々に変化していった。

彼の幽かな命は世界に対する無常観を嘆き、燃え盛る真っ赤な業火となって学園都市に再びを時空を捻じ曲げて始める。

座標も何もかもデタラメだ。

 

学園都市の路地裏に痩せ細った身体に真っ赤な髪を持った少年は傷だらけでその場に大量の血を出しながら出現して無造作に倒れ込んだ。

 

近くの銀行から爆発音が上がり、桁外れの大電撃が車を貫く。ガシャンと鈍い金属音が響く。

 

頭に花を咲かせた風紀委員(ジャッジメント)の女性が倒れている少年を見つけて駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか?今救急車を!」

 



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第75話 不測

キリが良いので
少し短めですみません


詳しくは教えられない

そもそも我々も全てを知っているわけではないが......

 

ララの身体はとっくの昔に限界を超えていた

学園都市の科学力をもってしてもこれ以上の延命は不可能だったんだよ

全ては予定通り

ララ自身もきっと分かっていたんじゃないかな

 

降りしきる雨は学園都市の陰影をぼかす。

食蜂は未だに頭の理解が追い付かずに呆然と漠然と彼の居た部屋に閉じこもる。

 

大量のぬいぐるみや玩具に囲まれ、降りしきる雨粒が硝子に当たり破片となって窓辺から名残惜しそうに少しの抵抗を持って流れていく。

雨粒は絶えず叩きつけて、砕けていくか全体の印象は変わらずに「雨が降っている」に留まる。

誰も砕けた雨粒を気にする事もなく「恵の雨」だと言って良い奴を演じる。

何処にも当たる事なく地面に落ちるモノもあれば、硝子やビルに当たり削りながら地面に到達するモノもいる。

 

落下した場所が悪かった

良いモノもあれば悪いモノもいる

物理の係数や初期値で運命が決まっているかのようで吐き気がする

 

ララが死んだ......

闇に飲み込まれて私の前から消えて居なくなってしまった

 

予定通り?

ララが死んだのは予定通り?

分かっていた?

あんなにやりたい事を言っていた人が分かっていた?

ふざけている......

ふざけているにも程があるわぁ

ラグビーボールを頭にはめ込んで研究の時にしか呼ばない

カルテに書いたら、さようならを言う奴らにララの苦しみが分かるはずがない

 

最後に投与された薬剤か何かが急速にララの身体を蝕んだ。

あんなにガリガリに痩せて、身体が裂けて血みどろになってもがく体力もない彼を置いて、奴らはさっさと最期を看取る事もなく論文を書きに行ってしまった。

 

科学の発展には犠牲が付き物だよ

彼らのような人のおかげで科学が発展して豊かな世界になったんだ

だから、感謝しなさい

「ありがとうございます」と祈りなさい

 

反吐がでるわぁ

 

最期の瞬間を見ないで、分かりきった結果(死)に時間を割く程、奴らは暇じゃないみたい

 

食事の前の「いただきます」と同じだ。

美味しそうな料理が出てきて、感謝よりも自分の欲を満たすのが先攻して貪り食う。

背景にどんな過程を経て

どんな状況があったのかすら考えようとしない

子供の時は言わないと親に叱責されるから、大人になれば自然と言わなくなり当たり前のように顎を動かして咀嚼する

 

あは

あはははははは

全部自分勝手じゃないかしらぁ

怒られるのが嫌だから

褒められたいから

認められたいから

誰もかれも人の視線を気にして視えない何かにがんじがらめだ

 

人は認識で世界を創り上げている。

風鈴を知らない外国人はその鈴の音を指摘されるまで知る事はおろか聴き取ることが出来ないとされる。

それほど曖昧で軸が無くて、自分勝手な生き方をしているのが人間だ

 

食蜂は一頻り狂ったように感情を歪ませて笑いだす。

防音効果のある部屋で何倍も何十倍も笑い狂った声がこだまして嘲笑う。

 

良いじゃない

やってやるわよぉ

やってあげるわよぉ

馬鹿で愚かで自分勝手な人間の為の人間による人間の支配をしてあげるわよぉ!

 

彼女の能力はその日を境にして化け物クラスへと変貌していく。

繊細な心は砕け散り、闇が深まれば深まる程に能力の力は増し、手がつけられなくなる。

ララのように......

 

******

 

ヤレヤレ今度は食蜂君に不具合発生か

 

随分塞ぎ込んでいるようですな

 

あんな子にも人の情があったのねぇ

 

ララがクローン人間であると理解出来れば吹っ切れるのでは?

 

人の心に干渉できる能力が仇になって彼女の証言には証拠能力が無いですし

物証になりそうな物は上に持っていかれましたから話しても構わないかと

ララがだだの造りものとわかれば、わだかまりも解けるでしょう

 

フム......まあ

今のような状態が続くようであれば考慮するとしよう

『エクステリア計画」は上から押し付けられた目的すら定かでない人形遊びとは違う

我々『影月読(クローンマダラ)』の悲願の結晶だからね

 

でもどうします?

食蜂操祈がこのまま成長していけば、いつかメンタルガードでは防ぎきれなくなる日が来ますよ

 

そうなると計画の真意を隠し通すのは難しいかと

 

フン、別に大した問題ではない

 

「あらぁ、それはどうしてかしらぁ?」

中央会議室で行われているカンファレンスで話される食蜂の処遇についての議論。

そこの長官席に食蜂がリモコンを片手にさも滑稽な喜劇でも観戦するかのように座っていた。

まるで居ないかのように

視えていないかのように

投げ掛けられた質問にだけ素直に答えていく研究者。

 

エクステリアが完成してしまえばあんな小娘は用済み

機を見て処分すればいいだけのことだ

上手くいけば『影十尾』なるものの素晴らしい頭脳になり、我々は神に等しい存在となるのだからな

 

ではこれで定例報告会議を終了します

 

おつかれさまでした

 

 

ぞろぞろと足並みを揃えて軍隊のように出入り口に向かう研究者のメンバーの瞳は星が宿ったかのように燻んでいた。

「ま、こんなことだろうと思ってたわぁ」

リモコンの『停止』ボタンを押して静かに心の干渉を解いた食蜂は大人用の椅子から飛び降りると無人の会議室を軽く睨みつけた。

 

ここでララの死を話していたのかしらねぇ

人形だから大丈夫だ

造られた命だから好きに粗末に扱って良い

誰かのコピーだから居場所を削り取り、意のままに操る

だけど彼は生きていた

生まれた過程なんて関係なかったし、生きていて欲しかった

私と過ごした日々を無駄にしないために行動をしなくてはならない

 

 

その後実験のどさくさに紛れて掌握していた下級研究員にメンタルガードを細工させて、私は水面下で支配を広げていった

ジワリジワリと彼の命を削ったように奴らの心から自分を消させていく

エクステリア計画の関係者は全員洗脳済みであるが......ただ1人

ただ1人『ゼツ』という協力者だけは雲隠れしていて洗脳が出来ていない

ララの命を奪った張本人だけが......

 

******

 

ホテルのスイートルームで元学園都市第1位の一方通行(アクセラレータ)がグルグルの面を着けてベッドに大の字で横になっていた。

「あー、あー、本日は曇り後雨の糞最高な天気でごさいますっすな。糞みたいな能力者の糞みたいな試合を楽しみに......うーむ、インパクトが弱いっすね~」

 

手には何やらルーズリーフを持ってあれこれ呟きながらペンでグリグリとアイディアを書いている。

 

「やはり糞よりもウンコの方がオイラ的には......ウンコみたいな天気にウンコみたいな能力者......ぷっ!ぎゃははははー!サイコーっすね」

 

するとホテルのスイートルームから染み出すように黒白はっきりとした食中植物のような外見をしたゼツが頭部から出現してきた。

「トビ......」

「ウンコみたいな試合って......ありゃま!?休養中だったはずだったんじゃなかったんすか?」

態とオーバーリアクションをしたトビが腕を振り上げながらびっくり仰天のポーズをした。

 

「少し気がかりな事があってね。その前にそれって何?」

白ゼツが質問する。

「あ、これ?今度の祭りで読むスピーチ原稿っすよ。爆笑間違いなしの傑作が出来るはずっす。最近オイラも忙しくってね~、トロフィーのデザインやキャラクターのデザインやらやら」

 

「チャクラ感知ヲシテイルノカ?」

「そんな暇なんかにゃーっすよ」

「最近、サソリ達の動きが活発になってきてね。僕らなりに調べたんだ」

「先輩が?そういえば、何で写輪眼が使えたんっす?」

「......マダラノクローン......零号『ララ』ダ」

「!?あれって仙術取り込んだら崩壊して死んだはずっすよね」

 

大き過ぎる仙術チャクラに耐えきれずに写輪眼が生み出した時空崩壊に吸い込まれた。

時空崩壊した場所では原子レベルでバラバラにされる為遺体すら遺さない写輪眼術者の成れの果て、墓場のようは場所だ。

 

「そうだと思ったんだけどね。どうもサソリを転生させたみたいなんだよ」

「へぇ~、先輩は実験体ララっすか?まあ、それが分かってどうしたんすか?」

「新タニ暁ヲ組織シ始メタヨウダ」

「あららららら......暁っすか~。メンバーはどんな感じっす?」

「第3位の御坂と第4位の麦野が主要みたいだね。ちょっと無視出来ない勢力かな」

「なるほどっすね~」

 

トビアクセラレータは能力を使ってベッドからはね起きると机の引き出しからトランプの束を取り出した。

その中で悪意のある道化師(ピエロ)のイラストが入ったカードを弾いてキャッチした。

「謂わばサソリ先輩はオイラ達が予期しなかったジョーカーっすね。ならはオイラ達も......」

トビアクセラレータはジョーカーのカードをズラすともう一枚月に乗った道化師が現れた。

「こちらもジョーカーを使うっすね~。裏表になるっすけど」

「影十尾ハドウナッテイル?」

「あと少しで完全復活になりそうだね」

「じゃあ、予定を繰り上げて『暁』とやらを潰すっすかね」

 

トビアクセラレータは祭り用のメモ帳を指先から炎を飛ばして燃やした。

「六道はどうするの?」

「クク、俺ニ良イ考エガアル。偶然トハイエサソリノ存在ハカナリ好都合ダ」

 

本日の学園都市の天気は晴れ後曇り、時々雨

 

******

 

常盤台中学の膨大な書物を保存してある図書館に大量の本を抱えた御坂が中央に配置されたテーブルの上にどっさりと置いた。

「はいよ」

「ああ」

フワフワとした癖っ毛の強い女性が目付きを鋭くしながら本と睨めっこしていた。

「何か分かった?」

「あと少しで結論が出せる」

「湾内さん達にも手伝って貰った方が良かったかもね」

「オレが化けているんだから無理だろ......それに別件で動いているし」

「それを見越してやっているんじゃない?」

「まあな」

「そこは否定しなさいよ......ん?別件?」

「ああ、レベルが高い奴らと接触しようと思ってな」

「へぇー......大丈夫?」

「そこも含めての判断になる」

 

湾内に化けたサソリが高速で本を読んである記述がないかを探していた。

知らない用語にぶち当たるたびに別の文献を読んでは彼なりの答えを出そうと思案し続けている。

 

意味の無い事はしない合理主義のサソリにとって今回の調べものは御坂の言葉による説明は要らないようだ。

 

割と他の人が調べものをしているのを待っているのって暇ね

持って来た本を一掴みするとするりと薄い絵本が歴史書の間から滑り落ちてきた。

「ん?」

御坂が落ちた絵本の表紙を見てみると『砂漠の王子様』というタイトルの児童向けの絵本だった。

 

パラパラと暇潰しがてら開いてみるとサソリそっくりの赤い髪の王子が悪の魔女を倒す話で良く作り込まれている作品だった。

 

サソリそっくりだけど

人助けしたら視えなくなるのか

なんだか切ないけど、最後は一緒になれて良かったわ

 

御坂は『砂漠の王子様』の絵本を閉じるとチラリと隣にいるサソリ湾内に視線を向けた。

出会った頃は生意気な子供だと思ったけど、いつも困った時には文句を言いながらでも助けてくれるサソリ。

どこかでこの『王子様』とサソリの姿と重なる。

どんな困難にも諦めずに立ち向かって相手の裏をかいて逆転してしまう。

頼れる兄のような存在。

ひねくれた性格で物語のように紳士ではないが

 

「何だよ?見てきやがって」

「何でもないわよ」

「?まあいいか......」

 

隣で絵本を片手にニヤニヤしながら御坂が資料を読み込んでいるサソリを感慨深げに眺めた。

サソリは御坂の態度に疑問を思いながらも些事だと判断して独り言を呟きながらある仮説の検証に入り始めると今の今まで気にならなかったはずの金髪で瞳がキラキラと輝いた女性が大きな胸を揺らしながら現れた。

 

「!?うげ」

 

あまりの嫌悪感に御坂は即座に視界から金髪女性を外した。

「御坂さん」

一回目は目を閉じて聴こえないフリをするが隣に座っているサソリから要らぬお節介が。

「呼ばれてるぞ」

視線を本から外さずに声だけを飛ばすが御坂は梅干しを噛み締めたように苦い顔をしながらサソリ湾内に耳打ちをした。

 

「余計な事しなくて良いの!」

「何がだよ......」

「良いから!!」

「お、おう」

 

あまりの御坂の迫力に若干気圧されながらも首を重力に従い傾けた。

女性は明らかに猫撫で声のような声を出しながら「みぃーさぁーかぁさぁーん」と朗らかに馬鹿にするように肩をチョンチョンと指で叩いている。

 

「図書室内の私語は厳禁」

「あらあら、そっちは話すクセにぃ?」

「うぐ」

「なんかぁー、最近転入生や無所属のコを手籠めにしてるって聞いたんだけどぉー」

「いっ!?」

「?」

 

何だこの娘?

やたらにちょっかい出してくんな

 

「一匹狼を気取って影で裏番力をつけてるってコトかしらぁ?」

「そんなんじゃないわよ」

 

派閥を立ち上げたのは御坂が影で力を誇示する為でもなければ人を良いように操るアンタ達の政争ゴッコとは違う

無茶するサソリを守るための派閥

 

「御坂さんの取り巻きを私の洗脳力で奪っちゃえばいーんだ」

「!」

「あたしの友達に手ぇ出したら許さないわよ」

御坂の片手にある児童向けの絵本に金髪の女性が注目すると吹き出した。

「あはははぁ、随分幼稚なものを読んでいるわねぇ。だからそんな体型なのよ」

「なっ!?体型はカンケーないでしょ!」

 

御坂がガタッと椅子から立ち上がると常時上から目線の女性に向けてビリリと雷撃を走らせた。

「さっきから何?喧嘩売ってるわけ?」

「さあね、御坂さんてば私の干渉力が効かないんだモン。やっかいよね電磁バリア」

金髪女性がチェーンが付いたカバンからリモコンを取り出すと『一時停止』を押した。

図書室に居た他の数十名の生徒が無言で立ち上がり、濁った眼で御坂達を不気味に見つめていた。

人間特有の気配さえも押し殺されて人間としてではなく人形のように立ち尽くしている。

 

「くっ!相変わらずとびっきり下衆い能力ね。学園都市最強の精神系能力者『心理掌握(メンタルアウト)』」

 

「これは警告。私の縄張り(テリトリー)に手を出したらー......お隣の学友もろとも」

と手を伸ばしてフワフワした栗毛を掴もうとするが高速で腕が弾かれて、予期しない痛みに戸惑った。

 

??!

どういうコトぉ?

まだ御坂さん以外は洗脳下に

 

サソリ湾内は金髪女性からの干渉から無意識的に身を守るためなのか両眼に万華鏡写輪眼を光らせて、ゆっくりと立ち上がり振り向いた。

 

真っ赤に光る瞳に巴紋に端に向かって線が伸びている幾何学模様が妖しく浮かんでいる。

 

「!?」

「さっきからゴチャゴチャとうるさい奴だ。文句があるならオレに言え」

 

しかし金髪女性はその瞳を見た瞬間に持っていたリモコンを落として驚愕したように息を吸い込んで止めた。

信じられないものを見るように死んだ人を捉えるように軽く震えながら目の前の人物を大きくした目で見て立ちすくんでいた。

 

「?」

「な......なんでぇ?!ら、ララ?」

 

決して交わる事のなかった過去と現実が入り混じり、受け止められない諦めていた未来を確かめるように食蜂は静かに歩み寄った。



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第76話 連れ去り

なんとか復帰しました

最後まで走り切れるように身体に気を付けて頑張りたいと思います


「マダラのクローン!?」

常盤台中学から少しだけ歩いた場所にある洒落たオープンテラスカフェで夏の日差しを避けるようにあるパラソルの下で変化を解いたサソリと御坂、食蜂が向かい合うように座っていた。

「マダラって?」

「ゼツがそんな事を......繋がってきたな」

「??」

サソリはポケットに手を突っ込みながらパラソルの繊維の隙間から漏れ出す日光を眩しげに見上げた。

御坂はイマイチ要領が掴めないようで口をバツ印に噤んでいる。

 

食蜂は静かに紅茶の入ったカップを手に取ると水面に浮き立つ白く際立った自分のシルエットを眺めながら軽く口を付けた。

「食......蜂だったか」

「何かしらぁ?」

「それをオレ達に話した訳は何だ?」

「気まぐれよぉ。話そうが話さまいが関係ないしぃ」

 

確かにまだララだと確信した訳ではないし明確な証拠もある訳ではない

あちらが違うとすればこちらは何も言う事はない

巨大な派閥を作りあげて隠れ蓑にしてララを死に至らしめた組織に牙を突き刺したいだけだ

お互いにこの情報の信憑性に付いてだけ言ってしまえばイーブン......あちらも信じるに値しない

 

だけど信じたいじゃない

暗闇に吸い込まれていくララ

まだ朧気ながらも気遣った言葉を遺した彼の約束を信じ抜きたい

 

積み重ねた論文や膨大な知見よりもずっと頼りなく、小さく掠れてしまうような彼の決意は食蜂の中で強く揺るぎないもので何度も胸の中で反響していた。

 

「そうか」

サソリの長けた読心術は彼女の嘘を見抜くことができないでいた。

本当に確証がある訳でも根拠がある訳でもない

真に気まぐれで話しているだけだ

それを分析し終えるとサソリは顔を伏せて軽く自嘲した。

 

ああ

そうだ

これだったんだな......

オレが最期にあの娘に言ったのは

大蛇丸の情報を零したのと何ら変わりない

言えば何かが変わるような

つまらない世の中の土埃に落ち窪んだ雨粒が次の芽となるような淡い期待があったのだろう

 

似非合理主義として最後まで「気まぐれ」を演じよう

何かが変わる事を期待して彼女に応えよう

根本的な問題に立ち返るべき時だ

オレは何者だ?

人間でもなければ人形でもない

居場所なんて結局どこにも無かった

用意された演劇で踊るだけの存在に過ぎない

 

「恐らくだが......そのララという奴に呼ばれたかもな」

「!?」

「えっ?さ、サソリ?」

サソリは先ほどから抱いていた仮説を元に話し始めた。これは自分の中で覆る事のない大きな矛盾点となっている。

 

「さきほど御坂と一緒に資料を読んでみたが、どれもオレの世界では聞いた事のない事ばかりだし、オレの世界での出来事が一切書かれていない事が分かった」

 

数々の散在した資料を見たが忍世界には持ち込まれた事のない知識や概念が9割であった。

三平方の定理であったり、王政復古の大号令などこちらの住民ならば知っていて当然の事柄をサソリは知らない。

しかし逆も然り、忍界大戦やチャクラの概念をこちらの住民は知らない。

違う国同士では挨拶の仕方が異なるように生きているはずの世界が違い過ぎる。

 

それはサソリ自身も感じていた。

御坂達と出会って数ヶ月、今まで味わった事がないほどの穏やかな日々を送っている。

修羅の道に居たサソリには考えられないような生活だった。

 

逆にあちらの世界の事がこちらには記載されていない

それが意味するのは自明だった。

 

「「......」」

「......マダラはオレの所では最強最悪の忍と恐れられた存在だ。かつて圧倒的な力で地形を変えたり多くの里を滅ぼしてきた奴だ」

 

忍の名門 うちは一族で首領を務め、忍の始祖とされる『六道仙人』の末裔。

戦乱の時代に世界を二分する戦いを演じ最も深淵で闇の世界に身を堕とし、拳を振り上げて下ろせば天地が裂ける伝説の者だ。

「ふ、復活って!?かなりヤバイ奴って事!?」

「かなりな......オレは勝てる自信がない」

「でどうするのぉ?アイツら未だに最低な実験をしているみたいだけどぉ」

「......奴らはどうやってマダラを復活させるつもりだ?」

 

事態はかなり切迫して来ているのが感覚的に理解できた。

だが、最後の疑問は拭えない

マダラのクローンを造り、写輪眼を生み出してどうする?

思い出せ

今までに幾度となくヒントはあった

誤算はオレが居ることで.......その時に話していたのは......

 

「影十尾」

サソリはテーブルから立ち上がり、顔色を悪くした。

違うマダラの復活だけじゃない

ゼツは兵器の『尾獣』を復活させるつもりか。

「御坂......」

「は、はい!」

「全員と連絡を取れ......計画が解った。食蜂、ありがとうな」

その表情は柔らかくララの優しさが滲み出て懐かしい気持ちになる。

「!?べ、別にぃ」

 

「わ、解ったって?」

「奴らはここを滅ぼすつもりだ」

「ど、どどどういうこと!?」

「尾獣という兵器を復活させ......!?」

 

ドクン!

 

サソリ身体が大きく揺らいで膝から崩れ落ちる。

「な......なん......だ?か、身体が」

サソリの身体が鉛のように重くなり、視界がぼやけていく。まるで黒衣の緞帳が瞼の上で降りてくるような。

「サソリ!?サソリー」

御坂と食蜂が駆け寄るが依然としてサソリの眼は焦点が合わないように痙攣していた。

「クソ......はあはあ」

 

「謎解キハソコマデダナ......サソリ」

「!?」

テーブルの上に黒いネバネバした液体が滴り落ちながら人型を作り上げた。

黄色い眼をした黒ゼツが静かに印を結び出して、縛る術の威力を高くしていく。

「ぜ、ゼツ......貴様」

「種ガ分カレバ此方モ対処ガ出来ル」

黒ゼツの眼が輝き出すとサソリの万華鏡写輪眼が開眼して身体から蒼色のエネルギーが溢れ出して万華鏡写輪眼に吸い込まれていき力場が一点に集中していくようだった。

 

「がああ......あああ」

「さ、サソリ?......や、やめなさい!」

御坂がコインを片手に握り締めると雷を溜めて黒ゼツに放つがスライムのようにグニャグニャ曲がりだしてレールガンを躱した。

「残念ダッタナ......」

「くっ!?」

再度放つべくポケットに手を入れるがサソリの周囲に四角形がいくつも重なったような黒い空間が現れて背中上部から引き摺られるようにサソリは落ち始めていく。

 

「こ、これってぇ?」

食蜂が口に手を当てて震えた。

前にララが吸い込まれた空間と同じ形を成していた。

あの底のない闇に何があるか分からないが食蜂は迷わず手を伸ばした。

かつて出来なかった自分を戒めるようにサソリの腕を掴むと食蜂も闇の中に引き込まれていく。

 

「何してんのよぉ!貴方も早く来なさい!」

飄々としている普段の食蜂からは想像出来ない程の怒号が飛んできた。

「!?」

御坂は電撃を溜めるのを止めると足先に力を入れて走りだした。

徐々に地中に沈み行く食蜂が伸ばした腕を辛うじて掴むと御坂は常闇の世界に足を踏み入れた。

 

******

 

表の子供達......

彼らは『置き去り(チャイルドエラー)』と言ってね

何らかの事情で学園都市に捨てられた身寄りのない子供達だ

 

うちの施設週2回のシャワーだけだもん

本当に入っていいの?

センセー

私でもがんばったら大能力者(レベル4)とか超能力者(レベル5)になれるかなぁわ?

私達は学園都市に育ててもらってるから

この街の役に立てるようになりたいなーって

センセーの事信じてるもん

怖くないよ

 

 

実験はつつがなく終了した

君達は何も見なかったいいね?

科学の発展に犠牲はつきものだ

今回の事故は気にしなくていい

使い捨てのモルモットだからね

君には今後も期待しているからね

 

研究室へとメールデータを持ち込み解析を掛ける。

何処で撮られたモノかは写り混んだ背景で絞り込めるはずだし、データの送信から送り先を割り出す事も出来る。

 

これ以上好き勝手にやられてたまるものか......

これで手掛かりが得られれば敵に大きなダメージを与えられるかもしれない

しかし、わざわざ送って来ている事を考えると罠にも等しい

だから今回は助っ人を頼んでいる。

この場に居るのは危険が大き過ぎるので離れた箇所でデータのやり取りをしている。

 

RRRRR

そうこうしている間に彼女から電話が来た。

『木山先生!やはり海外サーバーをいくつか踏み台にして送られているようです』

「そうか......割り出しは出来そうかな?」

『この手のは時間が掛かりそうですね。やってみます』

かつて自殺を止めたジャッジメントの初春という少女。

ある意味計画を破綻させた元凶だが、今はチームメイトとして共に敵を追っている。

 

電話を切り終えると画像データをもう一度開く。

少しだけ大人になった教え子を見ながら一息入れた。

「もう少しだからな」

マウスポインタで画像を撫でるように動かしていく。せめてもの想いだ。

親に見捨てられ、学園都市に見捨てられたこの子達には自分しか守れる存在がいない。

 

「?」

彼女のカチューシャ部分にマウスが反応し木山は怪訝そうな顔をした。

前のめりの体勢になるとポインタの色が変わる部分を絞り込んでいく。

「隠しページか?」

呼吸を整えて一回だけクリックすると不気味な機械音の真っ暗な画面一杯に表示された移ろうように光ながら回転する万華鏡。

 

何が起きたか掴めない木山だがだんだんと目は虚になり力が入らなくなっている事に気が付いて椅子から倒れるようにパソコンから離れた。

「これは......」

前にサソリから喰らった写輪眼の幻術に近いものだ。

不協和音のような音楽は部屋中に響いていく。

 

頭痛が酷くなる

鮮明になる薬品の匂いが鼻をつく

背けたくなる血を混ざり合い嫌でもあの日を思い出していく

 

木山は力の入らない身体を引きずりながら携帯のリダイヤルを押した。

過去と現在の境界が曖昧になっていく。

 

携帯の先でガチャリと音が鳴ると先ほど会話した初春が対応した。

『はい?』

「......す......すまない」

「木山先生?!木山先生!」

研究室の中で静かに意識を無くした木山。傍らには初春と繋がっている携帯があり懸命に呼び掛けをしているが......

 

 

そこへ真っ直ぐ白い腕が伸びて来て携帯を持ちながら木山のパソコンを弄り始める。

そして木山のパソコンの画面から不協和音が止まるとあるウィルスがインストールされ始めた。

 

『幻想月読(フォルスビジョン)の読み込みが始まりました』

 

真っ白な身体をした男性の白ゼツはギザギザの笑みを浮かべ初春からの電話に声を出した。

「ゲームオーバーだね」

『!?......』

初春の声が喉の奥で凍ったかのように詰まるがゼツは気にする事なく携帯を床に落として木を突き刺して破壊した。

 

「さて生徒さんに会いに行こうか木山先生♪」

白ゼツは木山を抱えると掌から万華鏡写輪眼を出現させて時空を曲げて綺麗に消え去った。

 

『幻想月読(フォルスビジョン)のインストールまで残り10分』



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第77話 復活

いよいよ最終決戦ですね

終わりも秒読みになってきました


突如として出現した闇の中に飛び込んだ御坂と食蜂だが真っ黒な空間に立方体が浮かんでいる奇妙な世界に振り落とされた。

「痛いぃー!」

「あだ!」

食蜂が着地に失敗したようでしこたま尻餅をついた隣で御坂が頭をぶつけて悶絶して足先を伸ばしてジタバタして痛みを和らげようとしている。

「ここ何処?」

「知らないわよぉ」

「はぁ!?知っているから飛び込ませたんじゃないの!」

「前は外で見ただけよぉ。中までは知らないし」

「何よそれー!......けどここって何処かで」

 

真っ黒な空間に白く浮き出たような空間に御坂は見覚えがあるかのように立方体の下を覗き込んでみる。

下にも立方体が理路整然と並んでおり、その下にも、そのまた下にも奇妙な立方体が並んで浮かんでいてずっと先の仄暗い向こう側まで見えている。

試しに立方体に電撃を放って傷付けるてカケラを手に入れると立方体と立方体の間から摘んで落としてみるが......

 

ヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーー..........

 

「そ、底に当たった音がしない」

「やっばぁ」

「ってこんな事している場合じゃないわ!サソリはどうなったの......!?」

下ばかり見ていたが何か大きな影が2人を覆い出して、すぐ上の立方体が自由落下してきた。

「な、なな!」

「!?」

御坂は咄嗟に食蜂の手を掴むと立方体の上からギリギリ飛び出すと電撃の力で側面にプラスとマイナスにより接着する。

御坂は踏み止まったが食蜂だけは振り子の原理に従い壁面にぶつかるように運動してしまう。

 

ポワンッ

 

食蜂の豊かな胸がクッションの役割をして衝撃を吸収してゆらゆらとしながら上を見上げた。

「ふ、ふーん!豊かな胸が有って助かったわぁ。御坂さんだったら即顔面強打よねぇ」

「手を離したろか!」

「とりあえず上に行ってくれるかしらぁ」

「ったく!一回貸しだからね」

顎で御坂の上を指し示されるが御坂自身もそのくらいしか打てる方法が見つからずに食蜂の腕を掴んだまま3点で磁力を操り慎重に能力を制御して昇ろうとするが......

グラ!

 

不意の浮遊感に御坂は能力発動をミスしたかと思ったのだが掴んでいた立方体が落下し始めて今まで整然と並んでいた立方体が次々と上から落下して来て見えない地に向けて加速していく。

「い、いいぃー!?」

「どうなってんのよぉ!?」

落下を続けながらも御坂はポケットから探り当てるようにコインを取り出すとバチバチと発光させてレールガンを真下に向かって太く発射した。

落下のスピードは弱まり、次第に底なしだと思われた大地が姿を現した。

 

赤い砂粒が占める砂漠地帯で立方体はめり込むように止まると反動で磁力が途切れて砂の上にほっぽり出される。

「ぺっぺ......!?」

御坂が不意に飲み込んでしまった砂を吐き出していると目の前に黒いユラユラとした影がこちらに気付いてネバ付いた笑みを浮かべている。

 

「来タカ」

「ララをどうしたのよぉ!」

「クク......会イタイナラ会ワセテヤロウ」

黒ゼツが半歩だけ横にズレると地面に縫い付けられているサソリが必死に身体の呪縛を取ろうともがいていた。

 

「ゼツ......貴様」

「此処マデ計画ノ邪魔ヲシテ来タナサソリ......ダガ、最後ノ最後デ役ニ立ツ」

サソリは燃えるように万華鏡写輪眼を開くと最後のチャクラを溢れださせて影から伸びる平面の腕を黒溜まりに落とさせた。

拮抗したかのように反発するとサソリの術の力の方が上らしく下方へと向かう。

「はぁぁぁー」

「......」

黒ゼツは印を片手で結ぶと影縛りを強化していく。

「ぐぅ......がぁ」

「借リ物ノ身体デ良ク堪エルナ」

「......ゼツ」

「?」

 

サソリは盛り返してきた影縛りに反抗するように辛うじて腕を動かして印を結ぶとゆっくりと口を開き、ゼツに話し掛けた。

「ここは......オレやお前が居て良い世界じゃない......そこに居る御坂達も関係ねぇ......元の世界に帰れ」

「......」

「頼む......見逃してやってくれ...,,.オレはどうなっても構わないから」

サソリは強くなり続ける縛りに耐えながら硬直した状態で頭を下げる。

 

「サソリ......バカ言ってんじゃないわよ!アンタも一緒に戻るんでしょ」

御坂は最大出力でレールガンを放とうとするが......

 

ピッ

バヂィッ!

「!?ッ」

食蜂がリモコンで御坂の頭に干渉しようとするが電磁バリアで弾かれて電撃が宙を走った。

完全なる不意打ちに御坂の溜めていた電撃が四散して前のめりに転んだ。

「痛ーーーーッ!?な、何すんのよ」

「バカなのかしらぁ!あの状態で能力使ったらどうなると思ってんのぉ!!」

食蜂から言われて初めて気付いたが、ほぼ黒ゼツとサソリは一直線に並んでおりレールガンを放ったら間違いなくゼツは避けて動けないサソリに当たってしまう。

 

「っ!?」

「少しは頭を冷やしなさい......それに陰謀力なら圧倒的にあっちが上!無策で突っ込んだら負けるのは目に見えてるわよぉ」

 

「ホウ......中々冷静ダナ......ダガ、コレマデダナ」

微かな抵抗をしているサソリに対して黒ゼツが砂漠の大地に掌を付けると文字列が迸り、サソリの周囲を囲み出した。

「!?」

「サアテ......最高ノショーヲ始メヨウカ」

 

黒ゼツは印を結ぶとニタニタ笑いながら歴史上最悪の術を解放した。

 

穢土転生の術!!

 

膨大な情報がまるで生き物のように唸りだすとサソリの身体に塵芥が集まり出して何か決まった形に変容するかのように覆い始める。

蒼色の人魂が身体に入り込むとサソリは天地がひっくり返るような衝撃を受けてあまりの苦痛に顔を歪ませた。

 

「がああああ......あた!!」

「!?サソリ、サソリー!こんな状態でただ見てるなんて出来ない!」

御坂は速攻で雷を溜めると変貌しつつあるサソリに向かって一直線に走らせるが直撃してもめぼしい結果が得られずにただ塵が舞い上がるだけに止まる。

 

サソリを覆い隠した塵芥から黒髪の鎧武者が出現しボロボロと崩れては再生し、崩れては再生を繰り返して次第に安定して行った。

「ぐあああ!!......はあはあ」

「!!?」

そこにサソリの姿は無く、禍々しいエネルギーを撒き散らしている長髪の男が首をポキポキと鳴らしていた。

「......?」

「久シブリダナ......マダラ」

「ゼツ!貴様.....良くも俺を謀ったな!」

長髪の鎧武者が左腕を振り上げて黒ゼツの首を取ろうとするが黒ゼツが印を結ぶと金縛りのように鎧武者の男の動きが止まった。

「全テヲ知ッタカ......ヤハリ時空ガ捻レテイルラシイナ......ダガ」

「ぐ......が!?」

黒ゼツはスライム状になると鎧武者の身体半分に腕を突き刺して体表に毛細血管のように拡がると時空が歪み始めてガラスが割れるような音が聴こえると御坂は膨張するチャクラに吹き飛ばされた。

 

サソリの身体を依り代に学園都市に復活を果たしたうちはマダラ。

 

「「??」」

湾内と佐天だけは空気が張り詰めたのを感じると妙な胸騒ぎを覚えた。

まるで大切なものを失うような、果てしない絶望がやってきそうな狂うほどの胸騒ぎ。

「サソリ?」

 

学園都市上空では観測史上類を見ない程の渦が発生しており、黒い雷が渦の中心に集中し中から腕を組んで世界を見下している万華鏡写輪眼を光らせたマダラが姿を現した。

「クク......影十尾計画ノ始マリダ」

 

******

 

研究の時間がなくなってしまった

本当にいい迷惑だ

赴任してから月日が流れ秋になり生徒達で企画してくれた自分の誕生日を祝ってくれた。

クラッカーを鳴らされ、ちょっとした花束をプレゼントしてくれた

 

白衣を取られて、追いかけたり

雪が降れば、雪だるまを作ったり

雪合戦で雪玉をぶつけられたり

自分の目つきの悪い下手な似顔絵を見せられたり

 

全く......良い迷惑だ。

 

そんな日常も悪くないなと思っていた頃に運命の日がやってきてしまう。

 

AIM拡散力場制御実験

長い期間をかけて何度も繰り返し準備してきた

何も問題はない

これで先生ゴッコもおしまいだ

 

「怖くないか?」

実験用のカプセルに入る生徒に声をかける。

「全然!だって木山センセーの実験なんでしょ?センセーの事信じてるもん、怖くないよ」

 

これでおしまい......実験が終われば私は、研究者として順当に出世が出来、生徒達はそれぞれ別の道を歩みだす......はずだった。

 

突如として流れる警告音

異常を知らせるモニターの画面。

忙しなく動き回る研究員達。

「ドーパミン値低下中!」

「抗コリン剤投与しても効果ありません!」

「広範囲熱傷による低容量性ショックが......」

「乳酸リンゲル液輸液急げ!!」

「無理です!これ以上は......」

 

木山はモニター室で恐ろしく自分の想定とは離れた現実の実験にただ立ち尽くすしかなかった。

 

どこでミスをしたのか

どこが間違っていたのか

渡された実験内容を頭の中で諳んじて確認するが間違いを疑う箇所は見当たらない。

安全な実験のはず

事故なんて起きない

 

センセーの事信じてるもん

怖くないよ

 

その言葉の残酷をその身に受け、罪の刻印を身体に刻み込まれた気がした。

 

もう、取り返しがつかない

どうすることもできない

どうにもできない

 

あの子達を使い捨てのモルモットにしてね

24回

あの子達の恢復手段を探るため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請して却下された数と抗った数を足し合わせた回数だ

 

あんな悲劇二度と繰り返させはしない

この街の全てを敵に回しても止まる訳にはいかないんだっ!!!

 

教師として何もかもが未熟だった私を慕って付いて来てくれたあの子達の為に......

 

だって木山センセーの実験なんでしょ?

センセーの事信じてるもん

怖くないよ

 

 

「!?」

木山は薄暗い教室の真ん中に倒れていた。

頭が酷く痛み、身体が妙に怠いがそれ以外に外傷はなく頭を摩りながら木山は起き上がる。

「ここは?」

脚が欠けた教卓に黒板にはうっすら埃が被っているがたくさんの足し算引き算、歴史の用語......そして奥に木山春生と書いてあるのが読み取れた。

「......あの子達の教室か」

 

今日から君達の担任になった木山春生だ

よろしく

 

よろしくお願いしまーす

 

2年前に紛れもなく自分は教師としてここに立っていて、あの子達は生徒として座っていた場所だ。

木山は小さくなった埃だらけのチョークを取り出すとグッと握り締めた。

 

「お久しぶりです。木山先生」

「!?」

木山の背後から女性の声が聴こえてきて振り返るとカチューシャを身に付けたソバカスだらけの少女が立っていた。

「き、君は!無事だったんだな」

それはかつて木山の生徒であり、最も思い入れのある生徒の少女だった。

木山は思わず近付いて抱き締めようとするが、少女の純白の制服の袖から黒い棒を伸ばすと真っ直ぐ木山の喉元に突き刺さんばかり威嚇する。

 

「っ!?」

「随分やつれましたね。研究者として成功してお忙しいみたいですか?私達を踏み台にして」

「ち、違う!私は」

「最初からそうだったんですね。ゼツから色々聞きましたよ。嫌々私達の教師役を引き受けたと......研究に専念したかったんでしょう?」

「!?」

 

ゼツ!

あの男め......

 

「チャイルドエラーはモルモットですか......大層立派な考えですこと」

「こんな事なら似顔絵なんて描かなきゃ良かったわ」

「!?......」

カチューシャの少女の後ろからゾロゾロと片目に輪廻眼を開眼したかつての木山の生徒が近付いてきた。

 

そうか......

そうだった......

知らされていないとは言え、この子達にしてみれば私も加害者の一員だ

いくら子達を助けようと奔走しても結果が出なければやっていない事と同じだ

 

私も共犯だ......

これが罪ならば甘んじて受けた方が良いのだろうか

それであの子達の気が晴れるのならば

 

「っでどうすんだ?木山先生を殺した後は?」

「修羅道......僕達の怨みはこんなものでないよ」

「反論するなら相手の言い分を聞けって先生から教わっただろう。このまま刺すって言うんなら例えアンタだろうが俺は遣り合うぞ」

赤いジャージを着た少年が天道の黒い棒を掴んで下げさせた。

「裏切りか?」

オレンジ色の鎧を着込んだ坊主頭の餓鬼道が腕を組みながら前に出た。

「いんや、納得できねぇんだ......1年間同じ教室に居たのに木山先生は俺達と初めて向き合ってくれた......だから納得なんかできねぇ」

「「!!?」」

 

木山の胸の奥で熱いモノが込み上げて来た。わずかばかりの時間だったが少しだけでも伝わればと思っていたが......もう大人だ

 

「私も修羅道に賛成かな。事情も話さないで行ったら私達もあの人達と同類になるし、今までの事で木山先生は嘘を吐いていないよ」

青いパーカーを着た人間道が指先に力を込めて天道を説得し始める。

読心術を使いこなす人間道は具に能力を発動して怪しい動きがないか観察していた。

 

天道は黒い棒を仕舞うと一歩下がり、餓鬼道と地獄道に目で指示を出す。

構えを解く3人の様子を見届けると修羅道は腕を頭の後ろに持って来て細い目でニコッと笑う。

 

「木山先生.....あの日に何があったんですか?」

木山は悪夢のような1日を思い出していく。思い出す度に記憶はより強烈な方に歪曲して思い出して身の毛がよだつ思いだ。

「すまなかった......私も聞かされていなかったんだ」

 

なぜっ......!

何であんな事になったんですか!?

 

さあねぇ

事故ってのは予測できないから起こるわけだし

 

嘘です!

あの実験内容で暴走事故が起きるわけがありません!

関係者が手を加えたとしかー

 

はぁ~~

君はもっと優秀な子だと思っていたんだけどねぇ......

学園都市のお荷物である『置き去り(チャイルドエラー)』が科学に貢献したんだ

いい事じゃないか

 

木山は目を赤くしながら教卓の少し段が高い場所で土下座をした。

押し殺していた、押さえ付けていた感情を爆発させつつ謝罪し続ける。

「あれの正体は君達のAIM拡散力場を意図的に暴走させて条件をリストアップする実験だったんだ。君達の身体にどれだけ負担が掛かるか考えられずに」

 

常に冷静に対処していた担任の狂乱ぶりに教え子達は圧倒されているが、地獄道だけは怒りに満ちた表情で黒い棒を出現させると木山を貫こうと走りだした。

「!?」

咄嗟に修羅道が止めに入り、木山に当たる寸前で止まった。

「ふざけるなよ......僕達はモルモットだったのか!?」

「すまない......本当に」

「落ち着け地獄道......先生も知らされていなかったんだ」

「......」

坊主頭の餓鬼道がゆっくりと鎧を揺らしながら木山に近付いてきた。

「どんな償いでもするつもりだよ......私達は君達を絶対に見捨てたりしない」

「先生」

「「「!?」」」

 

すると不意に脳内に映像が流れてきた。まだ髪が今よりも短いが目に隈を作り真夜中にも関わらず、必死に書類を作成している木山の姿が観えてきた。

書類を印刷するとホッチキスで留めて内容を確認している。

 

よし、前回のは却下されてしまったが今回なら行けるはずだ

あの子達を恢復させる手立てはきっとある

目が覚めたら何と声を掛けよう

春眠暁を覚えず だな

と教員らしくしてみるか

 

却下

 

前は感情に走り過ぎていたようだ

もう少し理論を固めてから

一緒にご飯を食べに行きたいものだ

 

却下

 

人体実験は倫理的に許されるものではない

人権があるから社会に訴え掛けるように

先生は今日誕生日を迎えたぞ

去年の絵はちゃんと残してあるから

 

却下

 

何故だ?

何故受理されない?

何故あの子達は冷たい箱の中に入れられているんだ

お願いだ......返してくれ

 

却下

 

全て仕組まれていたのか?

統括理事会もグルだったのか?

受け持ちの教授に訴えても無視されて雑用を多めに出される

間違っている

 

却下

 

信頼出来る友人に相談してみる事にした

署名運動や申請を手伝ってくれるみたいだ

あまり最近寝れていないな

薬品の匂いが強くて離れない

 

却下

 

友人が理事会に密告したみたいだ

警告文が届いてしまった

今の研究場所が無くなってしまった

誰も信用できないな

2回目の誕生日を迎える

絵を見ながら缶詰を食べる

 

却下

 

誰も頼れない

自分でやるしかないようだ

ツリーダイアグラムに近いものを作らないと

あの子達に逢いたい

先生は諦めないからな

全てを敵に回しても居場所を無くされても

君達を助けるから

 

 

「!?」

流れて来た映像を観終えた六道は輪廻眼から涙を流して衝撃を受けた。

記憶を読み取った人間道が他の5人に向けて映像を感覚共有で脳内に流したようで息を激しくしている。

「本当に申し訳ない!」

「顔を上げてください」

六道の将天道がゆっくり歩いていくと頭を下げている木山の手を握った。

「!?」

「木山先生......信じられなくてごめんなさい。ずっと私達の為に動いていたんですね」

「しかし、結果として助け出す事が......」

首を横に振る。

「想ってくれるだけで満足です。木山先生」

「アタシ.....大好きな木山先生に酷い事しちゃった」

「いや、良いんだ。怨まれていると思っていたから......無事な姿が見れて安心した」

久しぶりの一部であるが教え子の再会に懐かしむ木山と元教え子の六道。

泣き腫らした目で木山に抱き着く畜生道の頭を優しく撫でる。

そこに天道が頬を赤らめながら木山先生に甘えるように少し恥ずかしがりながら。

「先生。また家に遊びに行って良い?」

木山の表情が綻んだ。

「もちろんだ」

天道の頭を撫でながら優しく言う。

「あー、ずるいずるい!私も行きたい!」

「アタシだって!」

「僕らはどうしよう」

「片付いたら私の友人達を招いて食事会をしようか」

「えー、先生に友達居るの!?」

「失礼な!これでも結構多いぞ」

 

再び動きだした木山達の時間。凍結して、裂かれていて逢えない時間の分だけその絆はより一層強くなる。

 

「ところで修羅道は最初から木山先生を庇っていたけどなんか知ってたの?」

「いんや別に」

「根拠なしで!?」

「当たり前だろ......惚れた女を信じるのが男だからな」

 

先生ってモテねーだろ

彼氏いんの?

 

......いないよ

 

じゃあオレが付き合ってやろーか?

 

余計なお世話だ



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第78話 恐感覚

区切りとして良かったので今回は短めです。


何だ?

身体が重い......

 

サソリは異様な寒気を感じながらまるで水の中に沈んでいくような感覚に囚われていた。

水は身体にぴったりと付いていて動きを制限している。

ゼツに捕まって術を掛けられて何かに覆われるような衝撃が走ると息が出来なくなり目の前が暗転していった。

 

御坂達はどうなった?

湾内や白井達は?

佐天は?

あの世界は?

オレはどう......なった?

 

それはこの世界に来る時と味わった空間と相違ない。

懸命に手足をバタバタと動かそうとするが思う通りに動かない。

りんごが地面に落ちると同じように

割れた卵が元に戻らないように

自分がここにいるのが不自然ではなく自然な事に近かった。

生きていたから死んだだけ

死んだら元には戻らない

 

両親に愛情を求めたやりきれない焦燥感にサソリの心は張り裂けんばかりだった。

 

何が命を賭けて守るんだと

何が第1位だ......

ふざけるなよ

ふざけるなよ

まだ何も......返してねぇじゃねーか

何でもない日常をくれたアイツらに

 

サソリはどうすることも出来ない状況にただ呆然と打ちのめされていた。

恐らくだがサソリの両親もこのような断腸の想いで沈んで行ったのだろう。

幼いサソリを遺して死んでいくのは筆舌に尽くしがたい感情の大波がサソリの心を掻き回す。

 

不意に黒い髪の女性がサソリの背中を優しく受け止めた。

「!?」

まだ小さかった頃に足取りが覚束ないサソリの背中に回ってあんよを手伝ってくれた母の温もりを感じた。

「サソリ......」

「おふくろか?」

身体が動かず正体を確認する事ができないが母のトレードマークだった長い黒髪がしっとりと濡れてサソリの身体に暖かく絡み付いてきた。

「良く頑張ったわね......もう休んで良いのよ」

子供の頃、無条件な当たり前が用意されている場所。

遊んで帰って来たら夕飯が出来ていて

当たり前のように母親が台所にいて

父親が椅子に座っている

お風呂に入って暖かい内に布団に潜り込んで、今日あった事を思い出したながら母親の昔話を聴いて明日を考えて幸せの眠りにつく。

当たり前のように日が昇って、明日が来て待ちきれないように朝食を食べて出掛けていく。

 

当たり前だと思っていたのに

当たり前だったはずなのに

 

死は容赦無く当たり前を奪っていく。

最悪のタイミングで

このまま下り続ければ家族が待つ冥府に行けるだろうか?

いや、きっと待っているのは地獄だろう

感覚は所詮物理的な効果に過ぎない。

触れている母の腕、艶やかな髪も脳の電気信号を翻訳した結果に過ぎない。

 

「悪い......おふくろ」

サソリは渾身の力を込めて首から回してある母の腕を掴むと軽く持ち上げた。

「サソリ?」

「オレはまだそちらに行けない......やる事がある」

あの時とは違う答えを出そう

死に逝く者が生者を思うのはおかしいのではなく死んだ者こそ生者を思う者

「そう......だよね」

 

背後に居る母親の声がしゃがれた声になり身体に蛇が巻き付いてサソリを威嚇し始めた。

「やる事あるんですよね。サソリ様」

「!?そ、その声は!」

「僕ですよ......僕。勝手に死んで貰っては困りますからね。役に立って貰わないと」

「か、カブト......」

眼鏡を掛けた根暗の男が印を結ぶとサソリの身体は塵となり歪んだ穴に渦を巻くように消えてしまう。

 

いつの世に安寧はなく

人々の諍いや争い、欲望や正義を振りかざして戦いを余儀なくされる

呪われた運命は容易くは断ち切れず、周りの大切な物を巻き込んで最悪の結末まで誘う

抗うは身を滅ぼし

保身は周りを滅ぼす

 

もはや後戻りできない時間だ

 

******

 

暗散たる慟哭のような雷鳴を切り裂き、大地に深く突き刺さる常闇のチャクラを有し全ての秩序を破壊する神ならざるモノがとある建物上空から見下していた。

音も無く切り上がるビルよりも高く焔のようなチャクラが一層悍ましさを強く彩り重ねる。

 

「......」

顔を覆う程の長い黒髪を振り上げたマダラが身体半分を黒く染められている状態で腕を組んだまま指先を動かし身体の状態を確かめる。

「よっす~。無事マダラの身体が手に入ったみたいっすね~」

マダラの屈強な身体とは対照的に真っ白な髪に細い身体の最強が飄々とした様子で屋上に設置されているフェンスを乗り越えた。

「トビカ......アイツノ様子ハドウダ?」

「んー、あと少しであれが使われるみたいっすからね~」

「ソウカ......ナラ暴レルノハソノ後ダナ」

カタコトの不自然な言い回しをしながらマダラは胡座をかいて座り出し、まだまだ完全に乗り移っていないのか黒ゼツのカケラがスライムのようにコンクリート壁に垂れている。

まるで業火に灼かれ爛れた皮膚のようにも見えた。

「オイラ楽しみにしてたんすけどねぇ~。抹茶の混じったうんこクリームとか」

「彼方デ戦争ガ始マッタカラナ......時流ニ遅レル訳ニハイカン」

「あらら、じゃあ先輩は?」

「無事帰レタダロウナ......死体人形トシテ。モウ此方ニ戻ッテコレナイガナ」

 

******

 

研究所の一端にある教室。

表向きは養護施設であるが裏向きは都合の良い実験動物養成所だ。

そこで木山と元教え子が壊れてしまった絆を戻して失った時間を取り戻すように共に過ごしている。

輪廻眼に黒いピアスなどこの2年間で変わってしまう所があるが中身は背伸びをした子供達だと知り嬉しくなる。

 

自らを低くして子供に近付こうとしていた木山は己の愚かさに心の中で戒めた。

その行為自体が大人にしか出来ない事柄である事を恥じた。

何度思い描いたであろう光景が今目の前で起きている。

 

「これでハッピーエンドにはならないよね」

「!?」

教室の下から真っ白な身体をした男が静かに浮き上がって来た。相変わらずのギザギザとした笑みで掴み所がない。

「......ゼツ......どこまで知っていたのです?」

天道が鋭い眼のまま掌をゼツに向けて語気を強めて質問した。

「どこまでって、どこまでかな?」

「木山先生の事ですよ?答えてください!」

「ふーん......全部かな?よく動いてくれたよ木山は」

「......」

「あ、言っておくけど君達にもちゃんと教えるつもりだったんだよね~......木山を君達が殺した後でじっくりと」

「!?き、貴様」

修羅道が腕を伸ばして白ゼツの首を握るとそのまま壁に叩きつけた。

黒板はへし折れて壁は大きく抉れた。

 

「痛いじゃないか」

「テメェだけは許せねぇ!!」

「救いようのない罪深さですね」

「本当のエラーの痛みを」

修羅道が腕を繋いでいる黒いケーブルを引っ張ると六道の前に白ゼツを無造作に投げ捨てた。

六道が袖から黒い棒を取り出しながらうつ伏せに寝かせた白ゼツに狙いを定める。

「先生......今度は私達が貴方を守ります。その為の力です」

「その力は僕達が分け与えたんだけどね。謀反てこんな感じかな」

「よくもまあ、こんな状況でペラペラと喋れるわね!私の可愛い動物で咬みちぎってやろうかしら」

 

畜生道が掌を教室の床と接着させようとした次の瞬間、街中の電気が一斉に消えて次の瞬間に紅い光が学園都市を照らし出した。

カタカタと木山の持っていた暁派閥のバッチが振動し始めて黒い砂が流れてきて窓を覆い、甲高い音を軋ませる。

「!?」

「ククク」

白ゼツは首を掴んでいた修羅道の腕をレーザーカッターで切り落とすと徐に立ち上がった。

 

キィィイィィ......

 

真っ赤に染まる眼球に耳鳴りのような機械音がなり響いて、天道の握っていた黒い棒が勝手に照準が曲がり出して人間道に飛ばしてしまった。

「な、何で!?」

「えっ?」

人間道に迫る黒い牙気付くと木山が咄嗟に動いて人間道を抱きかかえるように飛び退いたが背中に黒い棒が突き刺さった。

「がっ!?」

「せ、先生!?先生ー」

「何やってんだ天道ぉ!?」

「ち、違う!私は何も」

予期せぬ連携の乱れに白ゼツは念力は空き缶入れを持って来ると木山達にパラパラと調味料でも掛けるかのようにひっくり返してばら撒いた。

 

こ、これは

まさか......

れべるあっぱ

 

ばら撒かれた空き缶全てにエネルギーが溜まり始めて極限まで圧縮されると教室全体が爆発して火の海に包まれた。

 

「あは、あははははははー!教え子と一緒に死ねるなんて幸福だね~......木山」

研究室をすり抜けて移動する白ゼツの背後には燃え盛る火柱がまるで遥か上空を突き抜けるように大きく伸びていた。

学園都市を巡回する飛行船のモニターには大きな輪廻眼が開いており、怪しく照らしている。

研究所を後にする白ゼツの頭には無数の白いコードが伸びていて学園都市の至る所から縦横無尽に伸びていた。



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第79話 幻想月読

暗い話が続いてしまう


惨劇が始まる数分前の事である。

喫茶店で暗部組織『アイテム』のメンバーがジュースを飲んでオフの日をなんとなく過ごしていた。

「プールでお色気作戦もダメだったわ」

麦野が机に突っ伏しながら魂でも吐き出したかのように力無く呟いた。

 

「割と隙が超無さ過ぎるのも考えものですが」

「もう面倒だから既成事実でも作った方が早い気がするのよねー。押し倒すとか?」

「痴女認定......」

「べ、別に痴女じゃないわよ!」

「一応、子供が超居るんですけど」

「チョコれっとだぁ」

フウエイが長椅子に脚をバタバタさせながら嬉しそうにチョコレートパフェを頬張った。

「男なんて単純チンパンだと思ったんだけどね」

「まあ、そこが良かった訳で」

「まあね。あの殺気がこもった目付きが最高」

「あの目で私らの着替えを超覗いていたんじゃ......」

「それはそれでいーんじゃない?私は気にしないし」

「覗いて欲しいくらいだったし」

 

なぜ超まともなのが居ないんですか?

 

絹旗がメニュー表を立てながら頭を抱える。

そういえば唯一反論していたあの女性が超懐かしいです

 

「「!?」」

何かに気付いた滝壺とフウエイが立ち上がって同じビルの屋上に視線を向けた。

「旦那が襲って来たら襲って来たで興奮するけどね。どうしたの?」

「感じた事のない力場」

 

「パパ?......じゃない」

フウエイが頭を抱えて小刻みに震えていく。

「?」

店内の灯りが突然消えると設置されていたスピーカーからノイズのような音が漏れ出すと猛獣の慟哭にも取れる不協和音が大音量で流れ出した。

「「!?」」

「な、何これ!?」

耳を塞いで音を躱そうとするが空気の爆発の波は皮膚表面の細かな凹凸に侵襲するように指の間から耳に入り脳を揺さぶりはじめる。

 

「く......う......」

末端から感覚が奪われて座る姿勢を保つのだけでも困難になる始末だ。

首を絞められているかのような人間の身体を無視した音源に机の縁にしがみ付くようにして抗っていると、胸元に付けていた暁派閥のカエルバッチがカタカタを震え出す。

「?」

それに伴って何処からか黒い砂が浮き上がりバッチを持っているメンバーの身体を優しく包み込んだ。

黒い砂は小刻みに震えると甲高い旋律を流し始めて、不協和音を掻き消しだした。

視界は動く砂嵐のようであったが少年のようなシルエットが浮かぶとフウエイは嬉しそうに叫んだ。

「パパだ!」

 

******

 

大きなモニターのあるスクランブル交差点ではいつもと変わらぬ学生達の活気に溢れていた。

学校終わりで帰宅を急ぐ者もいれば、仲間と連んで道路に屯している輩も多い。

「今日の授業もたりぃかったな」

「社会の宮本先生ってまたハゲ具合が進んでね?」

「ゲーセン行こうぜ」

社会で何が起きているなんて知る必要もなければ興味も湧かない。

如何に簡単に皆から羨望の眼差しが得られるかを考えている。

 

「ちょっと良いからカンパしてくれよ」

「い、いえ......そんなにお金ない」

「あ?テメェ調子に乗ってんじゃねーぞ!」

「ひぃぃ!出します出します」

「5000円か。ったく、さっさと出せば良いんだよ!」

 

それは暴力や恐喝による自己顕示もあれば......

「授業終わり~。ブチャイクな顔で死にたいわー」

自撮りをしながらアヒル口で写真を撮ってインターネットに手軽にアップする事で得られる自己顕示もある。

 

それが日常だと誰もが信じて疑わない。

怖いのは自分に存在価値がない事を自覚する事だけ......

だって日常が壊れるなんて想像出来ないからだ。

だが崩壊は前以て教えてくれる事は微塵も無く突如として街灯から店先の照明、携帯電話が全て圏外になりだす。

「!?」

「な、なんだよ?」

「ちょっとメール中だったんだけど最悪!」

 

勿論信号機も反応しない交差点で人々は右往左往しながら電波の復旧を自分の思い付く限りの努力をしていると待ち合わせのシンボルになりつつある大きなモニターに映像が表示される。

 

黒い背広に黒いネクタイ姿の男性が原稿を片手に今起きている混乱の説明を始める。

 

『ここで臨時学園都市ニュースです

発電所の事故により電力の供給が止まり大停電となりました』

 

停電という情報が得られただけでも何も知らずに落ち着かない心は幾分か軽くなる。

「停電だってよ」

「ついてねぇな」

「復旧はどのくらいかな」

「つーか事故るかよフツー」

安心すると不平不満が噴出し始めるのも人間の特徴だ。

 

モニターに表示されたニュースは文句など知らずに淡々と文章を読み上げる。

『事故調査委員会では生物実験による影響によるものと考え、さらなる実験を進めよとの判断に......』

 

言い回しが少しおかしい気がしたが、もっとおかしい点に気付いてしまった女子高生が隣に居る友人の肩を掴んだ。言うのでさえ怖い。

「ねぇ、待って......」

「どうしたの京子?」

「今って停電してるんだよね?」

「そうよ。ほらニュースでやってるし」

「じゃあ、何でアレは映っているの?」

「!?」

 

『なお復旧のメドは......未来永劫ないものとする。モニター前の実験動物の君達は存分に泣き叫んでください』

 

原稿を乱雑に置くと背広を着た男性から凡そ人間味の外れた牙をギザギザと耳まで伸ばした笑みが浮かぶと映像が乱れて凄まじい程に捻じ曲がった幾何学模様が動き出して、不協和音が大音量で流れだした。

「な、何だ!?」

「ぜん!ぜんき......えない」

「なん......あた......がぼ......とす」

「う......う」

「!?」

大音量の発狂しそうな映像に悲鳴が上がる中、次々と意識を失って倒れていく。そのようすに人々に恐怖に引き攣り逃げ出そうとするが逃げ場なんてないに等しい。

「何がどうなっているのよ?さおりー」

携帯が震えて取り出す。通信状態が回復したのか少しだけ安堵して携帯に耳を掛けるがモニターと同じ音と映像が絶え間無く流れ出して「ひぃぃ」と悲鳴をあげて投げ捨てる。

 

騒動で投げ捨てられた携帯が街灯が消えた交差点で不協和音を鳴らしながら人々の往来に踏まれてへし折られていき画面の破片が飛び散る。

 

倒れた人の頭部からはまるで意思を持ったかのような白く光る糸が空高く伸びていきある一点の地点に突き刺さるように収斂していく。

 

「始マッタカ」

黒ゼツがゆっくりと立ち上がり大混乱に陥る群衆を虫けらを見るように眺めた。

「そっすね~。木山のレベルアッパーを改良した奴っすから」

「木山ハ能力ノ無イ者ニダケ限定シテイタカラナ。今度ハ無差別ダナ」

 

丁度1ヶ月前に起きた幻想御手(レベルアッパー)事件では能力が無い者が能力を得る為に使用し、1万人の脳を並列に繋げる事で演算能力を上げていた。

能力が無い者は様々な事を考慮しても基礎的な演算能力が能力者よりも弱い傾向にある。

よって無能力者よりも能力者の方が演算能力が高く、レベルアッパーの効果は指数関数のように急上昇する。

しかも今回は個人が使用する音楽プレーヤーではなく大衆の若者の大多数が使っている携帯から外部モニターを使った大規模なレベルアッパーのテロを引き起こしたのだ。

「さて何人残るっすかね~」

「コレデ粗方線引キガ出来ルナ」

「負の感情も良い感じになるっす~」

 

******

 

何が起きましたの?

停電になったと思ったら急に不快な音が流れて......黒い粒に包まれまして

 

ジャッジメント本部からテレポートして初春と共にやけに不気味に静まり帰った学園都市に降り立った。

路地裏や店先には逃げ場を求めた末に意識を無くした男女様々な学生が折り重なるように倒れている。

音は止んでいるようで静寂が却って未知なる恐怖を強くさせる。

 

「ひとまず息があるかの確認ですわね。意識がある人も探しませんと」

「そうですね」

電話も何もかも通じないこの場で出来る事は限定されるが能力を駆使すればなんとかなりそうだった。

倒れている人の首に手を当てて脈があるのを確認すると仰向けに寝させる。

 

どうやら意識だけがないようですわ

何やら前に似たような事が起きたような気がしますわね

 

「白井と初春か」

「!」

黒い外套を身に纏ったサソリが不意に曲がり角から姿を現した。

その姿にホッとしたように初春が駆け寄った。

「サソリさん!無事だったんですね」

「まあな。お前らも無事で良かった。どうやって無事だったんだ?」

「?恐らくですけど、このサソリさんから貰ったバッチのお陰かなと考えていますが......前の時と同じように」

初春は首を傾げながらサソリにカエル柄のバッチを見せた。

 

「......」

「なるほどな......無事に発動して良かった。点検するから見せてくれ」

「はい!」

不敵な笑みを浮かべながらサソリは初春から差し出されたバッチを手に取ろうとする。

「渡してはいけませんわ!!」

と白井が怒鳴るように叫んだ瞬間。

 

シャキン!

 

と黒い砂が巨大な刃物のようになりサソリの腕を肘から下を切断した。

「!?」

「えっ?!」

暁派閥のバッチは震えながら周りの砂を集めて初春を守るように拡がると棘を剥き出しにして威嚇するようによろけたサソリを見据えた。

「初春離れなさい!」

「な、何故ですか!?サソリさんですよ」

「サソリじゃありませんわよ!腕をご覧なさい」

「え、腕?」

 

と切られたサソリの腕がクネクネとのたうち回りながら断端から血を一滴も出していないのに気がついた。

「ひぃ......」

「誰ですの!?サソリに成り済ましてらっしゃるのは?」

白井は今まで見せた事がないほどの殺気を込めてサソリもどきを睨み付けた。

 

「......フフフ......冷静だね。やはり僕の計画に君達が邪魔になりそうだね」

サソリだったものは醜く歪み出して真っ白な体躯となり、白ゼツが姿を現わすと掌を横に向けると空間を曲がらせて渦を生じさせると手を突っ込んだ。

「!?」

歪んだ空間からゴツゴツとした手首から肘まであるスピーカーのような装置を巻いて白井達に突き出した。

「フフフ」

尋常ではない白ゼツの笑みに白井は背筋に冷たい物が走るが、確かめずにはいられない衝動に駆られていた。

 

「さ、サソリに何かしましたの?」

なおもニタニタが止まらない白ゼツ。

「答えなさいですわ!」

白井はテレポートをして白ゼツの斜め後ろに空間移動をすると回転しながら回し蹴りを入れた。

 

キィィィィン

 

しかし蹴りが入る寸前に白ゼツは反応して腕に巻いた装置を盾に受け切る。

 

「?!」

何やら耳がおかしいですわ

周りの環境音が一瞬だけ止んで、映像の音声データだけが破損したような感覚に戸惑っていると......

 

直後、鼓膜部分に音量MAXの打撃音が劈いて強烈な目眩と吐き気に襲われて口を抑えて一気に嘔吐した。

「げ、ゲェェ......ゲボ」

「白井さん!?」

 

立つ事さえままならない白井は必死に二本足で立とうと踏ん張っているが白ゼツは装置を持った手を振りかぶると一気に振り下ろした。

それに気付いた初春が懸命に呼び掛けるが頭がグシャグシャに掻き回された白井は重力から身を支えるのだけで精一杯だった。

暁派閥のバッチが反応して砂の盾がオートで白井を守るように白ゼツの拳を受け止めるが.....

「無駄だよ」

 

再び耳鳴りのような音の後に衝撃波のような音波が正確に白井の耳を捉えると増大した打撃音を叩き込んだ。

「ぎゃあああー。あ......ああゲェェ」

再び口を抑えて嘔吐する白井。

「ど、どうすれば......」

 

携帯も使えない

パソコンも使えない

能力も無いに等しい初春はどうする事も出来ずに立ち尽くすだけだった。

 

サソリさん......助けてください

 

「面白いよね。チャクラで操作して相手の耳に直接増大した音を流し込む装置さ。さてと」

白ゼツはゆっくりとスイッチの切り替えをすると摘みを回して調整した。

そして砂の盾についての情報を整理していく。

 

砂の盾は基本的には自動で動く

本人に迫る危機には盾になり攻撃をしてくる

本人から攻撃する際は砂の盾は発生しない

あの曲を妨害する事が出来る

しかし、物理攻撃と音による攻撃を同時に防ぐ事は出来ない(物理攻撃を防ぐのに優先される)

 

「はあはあ......」

敵の予想外の攻撃に白井が青い顔をしながら未だに改善されない気持ち悪さと戦っている。

「一つ良い事を教えてあげるよ」

「「?」」

「サソリは死んだ。僕達の手でね」

「......え!?嘘」

「あ......り、えま......せん......わ」

「嘘じゃないんだよ。だから君達には勝ち目は無くなったからね」

 

サソリさんが.......死んだ?

そんなそんな

嘘ですよね

 

「初春!さっさと....,逃げ、ゲボ......逃げなさいですわ!!早く他の方と......合流しなさいの!」

「は、はい!」

白井の怒号に初春は転びながらも回れ右をして走り出した。

「ん?逃すわけないよね」

白ゼツが赤い眼をしたまま指を伸ばして力を溜めていく。

しかし、そこに鉄パイプを持って殴り掛かる白井。

「はぁぁぁ!」

「ふん」

腕に巻いた装置で弾き返すと白井の脳が激しく揺さぶられた。

「ぎぃぃ.....ああああ」

「馬鹿だね。君も......音が跳ね返るのに。サソリも死んだし、さっさと諦めたら?」

俯せに頭を抑えてもがき苦しむ白井に白ゼツが腹部を強く蹴った。

「がは......だ、黙りなさいですわ......」

鉄パイプを杖代わりにして立ち上がろうとする白井の凄みに一瞬だけ白ゼツは目を見開いた。

 

「サソリは......かなりしぶといですわよ......貴方の思惑なんか簡単に滅ぼしますわ」

 

いつだってそうだった

不利な状況をひっくり返して勝利してきたのもサソリの高い分析能力だった

今、白井に出来るのは唯一つ

 

「どんなに言われましても......ぜぇぇったい諦めませんわよ!」

「あっそ」

 

白ゼツは静かに装置を振り上げた。

攻撃が当たる瞬間に白井の耳にはダイレクトにあの不協和音が鳴り響き、白井は意識を失うと頭から白く光る糸が伸びて白ゼツと繋がる。

 

『何ヲシテイル?』

黒ゼツからの連絡に白ゼツは倒れた白井の背中をわざと踏み付けるように歩き出した。

「いやー、ちょっとね。やはり幻想月読の効果が無い人も居るみたいだね」

『......グダグタ言ッテナイデサッサト来イ!』

「あはは。丁度良い能力を手に入れたからね」

 

白ゼツは立ち止まると学園都市全てを感知能力の範囲に指定して座標演算を始めた。

 

空間移動(テレポート)!!

 

白ゼツは静かに風景を置き去りにして黒ゼツの元に一瞬で移動して行った。

彼らの術ではなく白井から奪い取った術で......

 

サソリ......何をしてますの?

またヘマをしたんですの?

わたくし......信じていますから

最後の最後まで

少しだけ休みます......のよ



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第80話 愛想

80話突破!
3桁行ってしまいそうな勢いですね

そして今回からジワジワと反撃を仕掛けていきますよ


学園都市崩壊騒動を引き起こしたゼツ一派の幹部である黒髪ツインテールの警策がナースのような格好で停電を想定してたっぷりと充電したタブレットを使って地下の地図を出すと能力のリキッドシャドウを使ってある端末の前に染み出させる。

 

「あと少しで学園都市も終わりね。ララ......あと少しだから」

安全な場所から人形に指示を出して、端末の隣に設置されている補助電源に繋ぎ起動させると事前に調べ上げたパスコードを入力していく。

やはり示し合わせたようにほとんどのセキュリティは反応せず位置修正の画面を引き出すと宇宙空間に浮かぶ、あの外に忌まわしき機械の画像が出てきた。

 

「機械仕掛けの神(デウス•エクスマキナ)め......突き立てる牙があるのを教えてやるわ」

と学園都市所有のスーパーコンピュータであり、世界最高の超高度並列演算器『樹形図の設計者』に吐き捨てるように言った。

 

後は位置情報を弄ってこの学園都市に落ちるように細工をすれば全てが終わる。

酔狂でもなければ、度を超えた悪ふざけでもない。

いくつもの犠牲者を出しながらのうのうと発展しているこの都市に対する復讐だ。

自分も含めて......

 

 

学園都市に対する憎悪が膨張したのは今から数ヶ月前に遡る。

 

いつものように機械に入れられての脳波の検出や能力制御の実験を終えると警策は表面だけの笑顔で検査に立ち会った白衣の研究者にペコペコと頭を下げ続けた。

 

「ハイ、今日はここまで」

「おつかれさまですっ。おつかれさまでーす」

部屋の外から一礼ではなく、留まって片付けをしている下っ端の研究者にでも態々近付いての労いの言葉だ。

一礼してはクルリと向きを変えてまた一礼をする等、まるでその部屋にいる動く者全てに頭を下げているようだった。

「またよろしくお願いします」

 

笑うという表情は他の表情に比べて筋肉を使う面積が大きく、ずっと笑っていると顔筋がピクピクと痙攣するような疲労感が出てくる。

「ハァ......実験よりも愛想ふりまく方が疲れるっての」

 

学園都市で上手くやっていくには研究者に取り入るのが一番だ

 

「前回よりも数値が上がってるね」

「わぁ!本当ですかぁ。うれしー!みなさんのおかげですぅ」

 

努力が実るなんてウソ!!

進学先が就職を左右するように所属する研究機関が私たちの将来を決める

気に入られるための愛想笑いもすっかり板についた

自然と外面だけは良いペルソナを身に付けては言葉にするものは相手の機嫌を良くする饒舌なセリフ。

年齢にして14歳。

常に人の顔色を伺うアダルトチルドレンだったのだろう。

甘える事も許さず、反抗に蓋をして華々しい就職先(未来)を獲得する為の算段だった。

そう割り切れば太い注射からの副作用がいやに強い薬にも耐えられた。

ただ、そのペルソナのせいでこのコを押し付けられたのは誤算だったけどね......

 

ひたすら人間に媚びを売る小動物のように愛想を振りまいていたある日。

すっかり研究施設内で手間の掛からない『良い子』になっていた警策にとある研究者が一人の少年を紹介した。

 

「ね!空いた時間で良いからこの子と遊んであげてくれない?」

車椅子に座っている少年は点滴を受けたままで顔を赤くして俯いていた。

髪は警策のように真っ黒であるが少年の瞳を見た瞬間に背筋が冷たくなる。

紅い瞳に巴紋が浮かんでいる異形の眼をした何処か寂しげな少年。

 

「この子は『ララ』。同年代の友達が居ないから話しをするだけでも構わないから仲良くしてあげて」

 

「......ええ、私でよろしければ」

正直に言ってしまえば面倒くさいという一言に尽きた。

ずっと取り入る事に、気に入られるように大人達に振舞ってきたがここで同年代のしかも異性ともなればどのようにして良いか分からない。

大して権力も無いであろうこの少年と仲良くなる事に果たして意味があるのかと内心考えてしまった。

 

しかし、アダルトチルドレンは感情を封じ込めて言いなりに徹しなければならない。研究者が『仲良くしてあげてね』と言ったら鬼だろうがタランチュラだろうが仲良くするのがここのルールだ。

 

それ以来、実験の時以外はいつも彼の部屋に居るようにしている。

部屋の監視カメラに良く映えるような位置どりを考えながら良い印象を画面の向こう側に伝える為に。

「こうざくみとり......みとりさんで良いかな?」

少年は初めての女性相手にどうすれば良いか分からないようで照れながらも懸命に話し掛けてきている。

 

まあ、社交辞令程度の受け答えなら応じるわよ

 

「なんで外に出ちゃダメなわけ?」

「なんかチリョーみたいなんだ。それがマダラになるためだって」

「?まだら?」

 

意味わからん

 

「僕も良く分からないんだよね。ゼツからは兄だって教えて貰ったんです。それに妹の為でもあるって」

「ふーん、兄妹がいるんだ」

「逢った事ないですけど」

 

家族の事を話す彼は少しだけ誇らしげだった。

「いつか逢ってみたいんだよね。マダラ兄さんと妹に......そして一緒に暮らしてみたい」

「考えていれば叶うんじゃないかしらぁ」

弟の様であり、歳上の兄のような丁寧な言葉に凸凹とした印象を受ける。

きっとこの堀の向こう側にこのコを待っている家族が居るんだと分かった途端になんかずっと独りだった自分とは違っていて恵まれた存在のララに少しだけ嫉妬した。

 

「ありがとうね......みとりさんの夢も叶うよ」

窓際で二人並んで話している時にララの瞳が妖しく光だして巴紋がクルクルと回り出して、引寄せられて魅入ってしまった。

宝石のような不思議な魅力な輝きを放つ眼を見詰めているだけで何か穏やかな気分になれた。

何でも出来そうな気がする。

 

「夢ねぇ......アンタに話して叶うなら苦労はないわっ」

「うわ、酷いな」

露骨に落ち込むララを見ているとなんだか元気が出て来て、グシャグシャとツンツンとした黒髪を撫で回した。

「?」

「しょうがないわぁ。友達になってあげるわよ」

「ほんとー!ありがとうね」

 

見た目相応の無邪気なララと居るだけで、愛想笑いじゃなくて本当に笑っていられる

そんな気がした

ララと過ごす日々が重なると警策は押し込めていた感情の封を徐々に解放していく。

 

歯車が狂い出したのは何でもない日だと思っていた日だった。

予定されていた実験が早めに終わり、警策は日課となっていたララの元に急いでいた。

 

今日は何して遊ぼっかな?

この前見せて貰った『すさのお』って凄かったわっ

 

「お邪魔するわ......ね」

「!?」

扉を開けると部屋で定期健診中だったらしいが普段実験し易い服装で隠されたララの胸部から腹部に掛けての部分が露わとなり生々しい褐色の傷痕に大小のシリンダーが突き刺さり、妙な経文のような文章が臍を中心に渦巻いていた。

「!?......」

咄嗟に口を抑えて警策は酷い有様のララの身体を直視し続けてしまった。

「やあッ!」

ララは聴診器を振り払い身体を実験着で隠した。

軽く震えているのが分かった......

あれだけ他人のご機嫌を取るのが板に付いて来たと豪語していた癖に本当に大事にしたい人の前だと固まって何も出来ない自分の醜態を見せ付けてしまう。

 

「そ、それって......」

やっと出て来た言葉がこれか

でも思い付かない......どうすれば良いのかなんて分からない。

 

部屋の出入り口で固まっている警策の腕を定期健診に来ていた研究者が溜息を吐きながら少し広めの場所へと連れ出した。

 

これは失望の表れだ

期待に添えなかった時の反応だ

分かり切ったように、悟ったかのように研究者を踏み台にしようとしていた自分の甘さが露呈して狼狽してしまう。

 

「今日は帰りなさい。あの子が治療でここにいるのは聞いていただろう?生活していくためには生命維持装置が必要なのよ」

 

生命維持......

本当に?

あれほどの恐ろしい装置を付けないと生きている事が出来ない身体なの?

あんなに元気で自分よりも真っ直ぐなのに......

 

学園都市で上手くやっていくには研究者に取り入るのが一番だ

邪魔立てなんてもってのほか......

 

警策は何故か特異な研究者である『ゼツ』が居座る部屋の前に案内された。

事実上の研究者のトップに君臨している異形なる者だった。

扉をノックするとすぐに「どうぞ」と軽い調子の返事が来る。

「失礼します」

「いらっしゃーい」

「......」

「あれあれ?元気がないね。こっちは特別な報酬を用意してあるのに」

「ララの身体は一体......」

語気を強めて警策は言い放ったがゼツは構う事なく警策の分の紅茶を淹れると湯気が立ち上るマグカップを前に出した。

 

「ありがとう......君のおかげで苦労していた万華鏡写輪眼を手に入れられたよ」

「?」

頭が付いていかないが、警策は論理の段差が大きいゼツの話しを反芻するように頭の中に留めた。

「......」

「そうだね。次は上手くいけばララの寿命が伸ばせる実験になるね」

「ほ、本当......ですか?」

「ああ、だけどララの力が安定するまで会う事は出来ないけど待っていられるかな?」

「う、うん」

その言葉に安心したかのように警策は出された紅茶を飲むと急な睡魔に襲われて黒革のソファに横になった。

 

良かった......

またララと話せ......るのね

凄く眠たい

 

警策が眠ったのを確認すると何処かに電話を掛け始めて、連絡を取ると静かに受話器を置いた。

「だいぶ理論とズレているね」

「近シイ者ノ死ヲ必要トシナイ......オリジナルヨリモ強ク成リソウダ」

 

連絡を受けてやって来たのは防弾チョッキを着込んだ屈強な大男二人だった。

対能力者用に訓練されて能力を弱体化させる装備をしている。

 

「生かしておくのですか?」

「まだ役に立ちそうだからね。例の場所に運んでおいて」

「分かりました」

運び出された警策は引き摺られるようにゼツの部屋から出されると研究施設に備え付けてある牢獄へと投げ捨てられるように入れられた。

 

数ヶ月ー......

いや、もっと長い期間だったか

ある日、突然見張りがいなくなり表に出た警策。

すっかり研究施設はもぬけの殻になっていた。

部屋を渡り歩きながらかつてララが居た部屋に入るが私物も何も置かれていない、何も聴こえない。

 

物事はいつも順序良く来る訳ではない

不条理は常に畳み掛けるようにやって来る

混乱する頭で情報部屋に向かう。

どうやら、ララは死んでしまった事が分かった......

あの後に用意されていた寿命を延ばす実験は失敗に終わり、死体を残さずに消滅。

実感が湧かず、失意と無力感に苛まれた。

 

そして学園都市崩壊事件を引き起こした警策は淀みなくある画面を睨み付ける。

絶望を生み出した日からずっとあの何でもない日々を奪った学園都市に対する怨嗟が蓄積していく。

かつての彼との想い出を胸に抱きながら、バッテリーの切り替えを行う。

「軌道修正、座標変更......っとこれで数時間であの忌まわしい機械は落下をするわ」

 

もうすぐ地上を焼き払う怪物が本来のポイントからズレていき、大気圏に突入。

ここに落下して来ることになるだろう

隆盛を誇った恐竜を滅ぼしたのと同じように人間を滅ぼす。

夥しい犠牲で成り立つこの都市を破壊して終焉に向かわせよう。

 

ララ......

もうすぐ私の夢が叶うわよ

 

ブーーーー!

 

「!?」

警告音が鳴り出して画面一杯に『WARNING!』というウィンドウが次々と展開されて中心に『アクセス失敗』と表示された。

「!?な、何が......パスコードは間違っていないはずよっ」

デタラメにキーボードを動かしていくがめぼしい反応はせずにブザー音が鳴り続けていく。

 

盗んだカードキーでロックが解除出来ないかと伸ばした金属の触手で動かしていくが......

『協力ご苦労......少しだけ身体を借りさせて貰う』

手に持っていたタブレットから手を離そうともがくが逆に握る力が強くなり離れない。

「くっ......ああああああ......ああ......あ」

ブザー音が止んで、機械の合成音声の言葉がスピーカーから流れると強力な笛の音と画面に幾何学模様が描かれて、タブレットで地図を観ていた画面も連動していき同じ映像と音が流れて少女の瞳に陰が落ちた。

 

パキンッ!

タブレットが落ちて画面が割れ、警策はゴキゴキと首を鳴らして、黒いツインテールを搔き上げるような仕草を見せると鋭い目付きで歩き出す。

窓から見える景色を確認すると少女はほくそ笑むように黒い雷が集中する地点を見上げた。

 

「大方予想通りになったようだ......さて始めるか」

窓ガラスが幼さが残る少女から溢れ出すチャクラに耐えきれずに静かに亀裂が入った。

 

殺気の正体は愛想良くして取り入っていた少女とはかけ離れた修羅の道を突き進んで来た天才傀儡造形師と呼ばれた『赤砂のサソリ』と同じであった。

 

******

 

幻想月読と呼ばれるレベルアッパーを改良した代物を使い、反則スレスレのやり方でパワーアップした白ゼツにより爆発に巻き込まれた木山とその教え子の六道。

窓は割れ、床と壁は吹き飛ばされた事により舞い上がった木片やコンクリート片が視界を覆っていた。

 

何が起きたの......?

爆発音がして、目の前が真っ白になった瞬間に衝撃が......

 

天道は隣にいる畜生道、修羅道を見て心配の幅を狭めていく。

「痛ったー!」

「信じられない事をしやが.....!?」

 

段々と視界がクリアになるに従って教室の端っこに六人を抱えるように木山が覆い被さり、爆発によるダメージを一身に背負っていた。

「嘘よね......先生」

 

木山の背中には爆発による衝撃で飛んで来た窓枠の十字架のような木片が斜めから突き刺さり、かなりの出血が見られる。

「だ、大丈......夫かい?」

「先生......」

ポタポタと中心に居た天道に何か水滴のようなモノが頬に落ちてきた。

「良かった......すまなかった......辛かったな......居場所がないって本当に......すまない」

 

六道に覆い被さりながら木山はあの時の後悔と謝罪を述べて大粒の涙を流していた。

「ッ!......」

木山は六人の無事を確認すると片膝を付いて自重を支えられないかのように崩れ落ちていくが立ち上がった天道が優しく受け止める。

あんなに大きく感じた先生が今では小さく感じる。

 

何の力も才能もないのに

私達を助ける為に奔走してくれた

やはり......

 

「あなたが先生で良かった。木山先生に出逢えて良かった」

気を張っていた精神の緊張が解け、気を失ってしまった木山の身体から神羅天征で正確に傷口に沿って取り出すと地獄道の癒しの焔が包んで損傷を燃やし尽くし、綺麗に傷口を塞いだ。

 

「大丈夫ですよ先生......ゆっくり休んでください」

目の下の隈は先生がこの学園都市と闘い続けた証だ。

私達の為に......

 

全員の輪廻眼が光だして餓鬼道は鎧の兜の緒を締め、地獄道は大きなジッパーを上に上げる。

畜生道は指をポキポキと鳴らして、人間道はフードを被った。

修羅道はギシギシとモーター音を鳴らす。

そして天道は赤いカチューシャを被り、爆心地を睨み付けた。

 

「地獄道と人間道は木山先生をお願いします」

「はい!」

「残りはゼツを叩きに行きます」

「上等だぁ!先生をコケにした罪はデケェぞ!」

 

校舎の派手に空いた隙間から六人の影が二つにバラけながら高速で学園都市の街並みを潜り抜け移動を始めていく。

 

反撃開始!



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第81話 大事な欠片

更新が遅くなって申し訳ありませんでした!
色々予定が重なりやっと書き上げる事が出来てぐったりしてます。

キツイ時もありますが、皆様からの感想を読み返して力にしています。
本当にありがたい


万華鏡写輪眼が生み出した世界から弾き出されるように渦巻く空間の歪みから御坂と食蜂が半回転しながら放り出された。

「うわっ!?......あだっ!」

御坂は放り出された反動でしこたま頭をぶつけたらしく激しくぶつけた箇所を撫でるように痛みを分散させようとしていると、御坂より真上に居た食蜂が重力により落下してきて御坂の鳩尾にクリーンヒットした。

「あだだぁー!......グピッ!」

再び強制的に頭をぶつける形となり、肺に溜まっていた空気が押し出されて妙な御坂の呻き声となって響く。

大の字で魂が口から漏れ出しそうになって痙攣している御坂をまるで珍しい生き物でも眺めるかのように御坂に腰掛けたまま頬杖をついている食蜂。

「......変わった鳴き声ねぇ?」

「さっさとどけー!」

 

無理矢理立ち上がり、上に乗っていた食蜂を振り落とした。

「さてと......ここはどこかしら?」

「知らないわよ」

御坂と食蜂はイヤに豪華な絨毯とテーブルが置かれており、どう頑張って見ても便器にしか見えないキラキラと黄金と輝く物体に軽く引いた。

 

という事はここは『御手洗い?』

趣味悪......

 

もうね、代表格だよね

便器を黄金する奴とか黄金のブリーフ履いている奴や茶室を黄金にする人(←!?)は無条件で危ない人だし、想像する以上に文字通りの凄まじい変態

 

「......」

某テレビ番組でしか見ないような最悪趣味の便器に引きつった表情を浮かべる御坂に食蜂が窓の外を見ながら伸びをした。

「あまり芳しい状態じゃないわねぇ」

メンタルアウト用に手に持っているリモコンに口付けするとシンと静まり返る異様な学園都市の様相を見下ろした。

 

豪華な両開き扉の前から歩く音が聴こえてきた。

「!?」

「やばっ!」

2人は慌ててテーブルの下に隠れるとメイド姿の御坂妹が銃を片手に入ってくると無機質な表情でキョロキョロしている。

「侵入者の気配を感じました......がミサカの思い違いだったようでした」

と言いつつ隠しきれていない常盤台中学のスカートと微かな振動に怪訝な顔を浮かべると指で突いてみると。

 

「あひゃ!」

予想外の部分を触られたのか食蜂が飛び上がってテーブルに頭をぶつけた。

「ちょっと何してんの!?」

「何かが触れたみたい......ねぇ」

 

ジーっと御坂妹が屈みこんで隠れている御坂達を凝視している。

「あっ!」

「侵入者ですね。10秒以内に投降しないと蜂の巣にしますとミサカは果たして人間の身体に蜂が住み着くのか疑問に思いながら比喩を用いてやんわりと伝えます」

と銃口を机の下に居る御坂達に向けると狙いを付け始めて、数を数え始めた。

「10......9......8」

 

「ど、どうするのぉ!?」

「どうするってアンタの大きなお尻が見つかったんでしょ!?」

「はァーーーッ?はァーーッ??誰がお尻が大き」

「あんだけ偉そうな事言っておいて簡単に見つかるなんてね」

「何よぉ!貴女と違って隠す面積っていうか体積がこっちの方が多いんだからぁ!良いわよねぇ、お子様体型はぁ!」

「体型関係ないでしょうが!」

 

「5......4」

「!?」

テーブルの下で不毛な争いをしている御坂と食蜂だったが銃のカウントダウンが進んでいることに気がついてアタフタとしていると......

 

「あらあら何何?侵入者?」

と少女の声をした人物が扉を開けてにっこりと笑顔を浮かべた。

「これは......警策様。はい......とミサカは質問への回答をします」

黒髪ツインテール姿の女性がそっとテーブルの下を覗き込むと御坂と食蜂を交互に見つめると軽くウィンクした。

 

「分かったわ。ありがとうねぇ。貴方の持ち回りは何かしら?」

「はい......街の電力をストップさせる事です」

「なるほどぉ。ふむふむ、どんな感じで電力が止まっているのかしら?」

警策が何やらカルテのような物でメモを取りながらミサカに質問を繰り返している。

「街の変電所を制圧して電源をオフにしています......とミサカは変電所の方を指差しながら説明します」

「うんうん......それって電力を回復させるにはどうしたら良いかしらぁ?」

「電源がオフになっているのでオンボタンをポチッとすれば万事解決」

「そう......計画も順調みたいだし、そろそろ電力が欲しいから私が指示したらスイッチ押してくれる?」

「分かりました」

 

計画?

新たに現れたこのナース服姿の女性もあのゼツ達の仲間かしら

ヤバイ......今の状況ってかなりヤバイんじゃあ

 

「それで......こちらの侵入者は如何なさいますか?」

「んー、少しだけ聞きたいこともあるから後は私に任せて貰って良いわよぉ。貴方は持ち場に戻りなさい」

「分かりました。では失礼します」

とメイド姿のミサカが扉を開けて部屋から居なくなり、足音が遠くなるのを確認すると警策がテーブルの下をなんとも不機嫌そうな顔で覗くと外に出て来いと言わんばかり指を振っている。

 

「見つかってんじゃねーよ。馬鹿か」

「んへ??」

さっきまで優雅さを極めた女性とは打って変わり不良のようなガサツさと乱暴な言葉使いに御坂は目が点になった。

「助けにくるのが遅いわよぉ」

「これでも急いだんだがな」

御坂がテーブルから這い出てくるとテーブルに備え付けてある椅子にヒョイっと警策が飛び乗って、ナース服のミニスカなんて気にせずに胡座をかいて頬杖をついて悪態をつく。

 

この言葉使いと死んだ魚のような眼に御坂は既視感を覚えて、手を震わしながら黒髪ツインテール少女を指差した。

「ま、まままままさか......サソリ?」

「やっと気付いたか......どうしたものか」

 

無駄に疲れたわー

何この数分間!?

サソリがあの女の子になっていて

あの声も口調も全部サソリの演技?

いや、黒子の時に良く見せて貰ったけど

でも叫び声を上げて、黒髪ロング男性に変貌して......???(大混乱中)

 

「上手くいったみたいねぇ。ララ」

「賭けに近かったからな。あー、写輪眼で保険掛けといて正解だった」

 

ゼツ達が人工写輪眼の研究をしていて、資料も読んでいたサソリは見様見真似で自分のチャクラを学園都市のネットワークに保存していたらしい。

何こいつ!

 

「随分と可愛らしくなったわねぇ」

「動きにくい上に術も制限されるからな。まさか穢土転生やられるとはな」

「えどてん......せい?」

頭を抱えてブリッジしている御坂がニョキッと立ち上がり、疑問を投げかけた。

 

「ん?死者を蘇らせる術だ。アイツら『うちはマダラ』を蘇らせやがったか」

「死者って死んだ人?そんな術があるの!?」

「そうだ。まあ、禁術だけどな」

ゴキゴキと首を鳴らしているが、あまりしっくりこないらしく腕や足の関節を動かしていた。

 

「へぇ。割と凄い能力じゃないかしらぁ?」

「準備が大変なんだよな。蘇らせる人間の遺伝子が一定以上必要だし、生きた人間を犠牲にしないとダメだし」

「!?」

サソリの説明に御坂と食蜂の表情が強張った。

「ん?ん?」

「ど、どういう事?!」

御坂がすっかり黒髪ツインテールが板についたサソリに詰め寄ってきて、思わずサソリの座っている椅子ごと後ろに傾く。

「その犠牲になった人間はぁ?」

「.....死ぬが」

「はぁ!?死ぬってどういう事よ!」

「それが発動条件に入ってんだよ。昔大蛇丸をスパイしていたから知ってるし」

食蜂は静かに能力を行使したが、そこには希望的観測とは程遠い『死』に揺るぎなく向かうサソリの心からの諦めを読み取る。

「う......嘘じゃないみたい」

「っ!?」

 

超能力者(レベル5)が畏れられて、敬遠される存在となるのには理由があった。

圧倒的な能力はどんなに証拠よりも強いものとなり、その言葉はどんなに無茶苦茶なものでも現実となり得る。

不可能な領域だろうが、科学だろうが打ち砕いてレベル5という称を持ったものによる定めに近い。

 

死ぬ?

何よ、何でこんなに呆気なく言えるの?

おかしくない?

 

「......なんとかならないの?」

「無理だ。オレのチャクラが尽きたら消える」

サソリは飄々と椅子の傾きを直すと先ほど取ったメモをテーブルに置いて、作戦を立て始めていく。

「だから割と時間が無いから、足早に作戦について指示を出すか......ら?」

あまりにも感じた事がない雰囲気にサソリ警策も普段の調子から外れて、困ったように視線を泳がせた。

 

「なによそれ......」

御坂が涙声でしゃくりを上げながら言う。

「.....死ぬ前になんとかするから大丈夫だ。ゼツも油断しているみてーだし」

「違う......」

「??」

御坂の感情が読み取れないのかサソリは不思議そうな顔をして俯いている御坂を覗き上げようとするが....,,

 

パシンッ!!

 

サソリ警策の左頬に衝撃が走り、椅子から崩れ落ちた。

「!?」

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うー!何もかも違うー!!」

御坂が電撃をバチバチ放ちながら、感情を爆発させる。

「.......?余計な体力を使......!?」

 

サソリは初めて御坂の両眼から涙が溢れているのに気が付いて、思わず動きを止めた。

「だって....,,アンタ死んじゃうのよ」

「そうだな」

「な、何で......そんなに冷静なの......何で、何でよーーー!」

 

女ってのは無駄なことをするのが

好きな奴らだな......

 

声を荒げて涙でクシャクシャになった御坂の様子にサソリは目を見開いて驚く。

最期の戦闘に敗北した時と重なった。

痛みを感じない身体から借り物ではあるが引っ叩かれた痛みが妙に脳へと伝わる。

 

結局、オレは変わらなかった

何一つ......

 

「身体......」

「ん?」

「身体を取り戻せば元に戻るわよね?」

「......」

徐に立ち上がるサソリ警策。それは吹っ切れたような笑みを浮かべると御坂に聞こえるようにはっきりと言い切った。

 

「ああ、そうだな」

御坂はホッとしたように緊張を緩めると一息つくため瞼を閉じると首筋に一発凄まじい衝撃が入り、簡単に意識をなくしてサソリにもたれ掛かるように倒れ込んだ。

「!?......」

 

サソリ警策は振り下ろした腕の構えを解くと気絶した御坂を抱き抱えると優しく横にさせる。

「ララ」

食蜂がリモコンをサソリ警策に向けながら呼吸を整えながら狙いを定めていた。

 

「......やりたきゃやれ。たかがチャクラの亡霊のようなオレを生き残らせたいならな」

「......どんだけ自分勝手なのかしらぁ」

「?」

「自分が犠牲になる事しか考えていないわよぉ......少しは残される側の方も考えたらどうかしらぁ」

 

食蜂はララが時空崩壊で消えていった友人『ララ』を思い出していた。

部屋に戻っても彼はおらず、どこに行っても二度と逢えない辛さが心を締め上げる。

「あの時の後悔なんてもうたくさんよ。大切な人を喪うのなんてねぇ!」

食蜂の慟哭に近い言葉にサソリの頭にかつての家族を思い出させた。

 

お父さん......

お母さん......

何で居ないの?

オレを置いて、何処に行ったの?

寂しいよ

戻ってきてよ

 

残される側の痛みなんか死ぬ程味わってきた筈だったのに忘れていた。

死ねば終わると思っていたし、自分が死ぬ事で喜ぶ人間が居ても悲しむ人間なんて居ないと考えていた。

ビンゴブックに載るという事はそういう意味だ。

世界中の人間が居なくなる事を待ち望み、常に命を狙われ続ける生活。

 

だが今はこうして制止し、悲しむ人が居ると再確認すると二の足を踏んでしまう。

 

「......」

サソリ警策は重くなった足取りでゆっくり踏みしめるように歩き出した。

この世界に来てからサソリは今まで経験した事がない事を経験してきた。

 

「それだけ大切に想っているのよ。仲間としてでなく......!」

サソリ警策が歩くのを止めてジッと食蜂を見上げた。

「.....それ以上言わないでくれ......未練が残るだろ」

「!?」

 

忍は影に生きる者

死して屍を残さず

歴史に掻き消されていく存在であるべきだ

その筈だった

そのように生きてきた

 

そして敢えて絞り出すように矛盾することを呟く。

「死んだ人間はもう戻らない」

それは今までの自分を肯定する事だった。

何十回、何百回試行した事だろうか......

人間と人形のはっきりとした違いを、明確な『命』についての定義を解明しようとしてきたが失敗してきた。

 

願っても

身体を壊してまで挑んでも父と母は帰って来なかった

この世界の乱数は残酷だ

 

******

 

もういい......

こやつをこんな風にしてしまったのは、ワシら砂隠れの悪しき風習と教えじゃ......

 

「誰ですの?」

白井と白ゼツが戦い、レベルアッパーに意識を取られた。

白い靄......いや霞がかった世界をキョロキョロしながら当てもなく彷徨っている。

時折、何処からともなく古いレコードのようにノイズが入った老婆の声が響いており、何かをしなければならないと白井自身を焦らせる。

 

くだらぬ年寄りどもが作ったこの忍の世界......ガー

かつて、ワシのしてきた事は間違......じゃった

しかし......最後の最期になって本来あるべき正しい事ができそ......じゃ

殺戮と暴力が支配する世界......孫をたす......られる

 

「?」

声は覚束なくなり半分以下の明瞭さしか保っておらず、論理もなにもかもが破綻している。

しかし、それは決して理性ではなく感情に訴えかけるような気迫を感じた。

 

孫を......サソリを

助けてやってくれ......

再び悪しき風習に......前に

助けてやってくれ

全てから解放されたババアからの後生の頼みじゃ......

 

「サソリ?サソリに何があったんですの?......どちらに」

声は次第に遠くなり、覆われたいた靄が晴れると暗がりに蝋燭が点火されている部屋に白井は立っていた。

 

部屋の片隅には2人の倒れた人形とうずくまる小さな子供がいた。

「......」

部屋は土作りで妙に拡く感じる。人形の腕や脚部が散乱する部屋に白井は勢い良く踏み出した。

ばら撒かれた傀儡人形は白井が触れる度にクナイを吐き出したり、刀で斬りつけてくるが能力を使わずに切られるまま......あるがままの血を滴らせながら閉じこもる少年に近づいていく。

 

「父さん......母さん」

「!?」

白井は彼の言葉に足を早めた。孤独に苦しんでいる幼い子供がサソリだと何故か直感で分かり、どんなに傷付いても彼を迎えに行く。

まるで茨の道を歩むように......

「サソリ!サソリですわよね!」

クナイが白井の頬を掠める。空中に浮かんだ首からは針が飛んでくるが白井は寸前で手前に戻り躱した。

 

ここはサソリの閉じた心そのもの

外的からの、いや自分以外の全ての脅威から己を守るために創り上げた世界だ

 

「オレは人間か人形か?......オレはナニモノだ?」

白井が噴射された炎を躱すように部屋の隅にうずくまるサソリの前に来るとそのまま抱き締めた。

「?!」

驚いたようにサソリは顔を上げたが白井は傷だらけの顔のまま柔らかい笑顔を見せる。

「帰りますわよ......みんなが待ってますの」

「白井?」

「まだまだお子様みたいですわね。大丈夫ですわよ」

白井は小さなサソリの腕を掴むと部屋を飛び出すように走り出した。

数々の仕掛けが作動し始めたが関係無かった。

今は思い切り走りたい気分だった。

 

 

「まさか白井さんが......」

「私を逃す為に」

病院のベッドに寝かされた白井を初春と佐天が心配そうに覗き込んでいた。

場所は病院のベッドの上だった。

かつてサソリが入院していた病院だ。

ここもゼツ達の企みにより壊滅状態だったが一部の影響を受けなかった看護師と医師が救護に当たっているが人手が圧倒的に足らない状態だった。

 

しっかりと呼吸しているのを確認すると初春は頬を叩いて、奮い立つとジャッジメントとしてどうするべきかを必死に考えを巡らす。

 

己の信念に従い、正しいと感じた行動をとるべし!

ジャッジメントの心得のひとつですのよ

貴女に自分を変えたいという想いがあり、その想いを貫き通す意思があるなら

結果は後からついてきますわよ

 

まだ新人だった頃に言われた白井の言葉を噛み締める。

「佐天さん!白井さんをお願いします!」

他の生存者の救助活動や意識不明者の捜索などやらなければならない事はたくさんある。

ゆっくり休んでいる暇はない。

「ま、待ってよ!あたしも手伝うよ」

佐天も病室から出て行こうとしたが、眠っている白井の枕元に何かが動いた気がして見てみると......

 

「??難しい漢字の筒?」

それは『蠍』と書かれた黒い筒で側面には根っこのような物が伸びていた。

手を当てると拍動を感じて熱を帯びている不可思議な物質だ。

 



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第82話 外道

遅くなって申し訳ありません!

体調不良で寝込んでました
また少しずつ書いていきます


ゼツを倒す為に肉体を捨てて些事なチャクラへと変容したサソリは必死に今まで見聞きしてきた情報を反芻しながら演目を組み立てるように策を練っていた。

 

そこには絶対的な目的として暁派閥のメンバーの無事が入っている。

御坂のここ最近の心理傾向や性格を考慮すれば意識を失わせるのが得策だろう踏み。

印を結び各メンバーに持たせたバッジのチャクラを辿る。

 

砂の盾は自動で守るように動くが数人襲撃されたようだ

だが、命を喪っている者はいない

 

この世界に戻ってきて初めての少しだけ安堵の息を漏らした。

 

「まさかねぇ.....貴方の心を読んだ辺りでここまで計算しているとは」

「明らかにオレを利用する事を考えている奴らだからな」

 

サソリ警策と食蜂は気絶した御坂の安全を確認するとサソリ警策が印を結んで土で出来たかまくらを作り、御坂を慎重に運び入れる。

「割と紳士なのねぇ」

「違えよ。元々はオレの身内争いみたいなもんだ......こいつらには関係ね」

運び入れると鬱陶しそうに履き慣れないタイトなスカートをバタバタさせながら舌打ちをしてナース服の第1ボタンを弾き飛ばした。

 

「ここまでするんだからぁ、何もありませんでしたじゃあ済まされないわよぉ」

「まあな......」

「あらご教授してくれるかしらぁ」

「......上条当麻という奴を知っているか?」

「っ!?」

不意にサソリから飛び出した予想外の人物に食蜂は顔を少しだけ強張らせた。

「そいつの右手は結構使えそうだな」

「な、何でそれを......」

「お前に記憶を読まれている間にお前の記憶を読んだだけだ.....御坂も知り合いのようだしな」

サソリ警策が不敵に笑いながら万華鏡写輪眼を光らせた。

 

あ、あの短時間でっ!?

ララの身体を使っているとはいえ......私と同等の心理系能力の演算が可能なの!

 

「それに前に会った事があってな......オレの分身が消されたのもそれだろ。これからの動きを軽く説明する」

 

サソリ警策はカルテの余白にペンのキャップを咥えて流れるようにペン先を走らせて簡単な図を使って食蜂に説明を始めた。

 

「ゼツ達の戦力で1番厄介なのは穢土転生を使った黒ゼツだな」

 

トビ......学園都市第1位の能力『一方通行』を使い全てのベクトルを操る。加えて血継限界の木遁を使う。

 

白ゼツ......レベルアッパーを使って学園都市のほとんどの術を掌握。

 

黒ゼツ......穢土転生の術を用いてうちは一族の創設者『うちはマダラ』を呼び出して、身体を乗っ取る。

 

「穢土転生の術は死者を蘇らせる術になる。呼び出した者と呼び出された者の間に契約が生じる......これを断ち切ることで厄介なうちはマダラを死者に還らせるのが可能となるはずだ」

「それで彼の能力を?」

「そうだな......はっきり言えば『賭け』だな。それぐらいしか思い付かねぇ」

 

一応、術者に写輪眼を使って操り穢土転生の術を解除させる事も考えているが、今回は呼び出した者が『黒ゼツ』で呼び出されたマダラの身体を乗っ取っている。

僅かに遺ったチャクラでマダラと写輪眼勝負を挑むのは無謀と言わざるを得ない。

 

今は『オレ』が死んでいると思い込んでいるこそ、絶大な力を得たゼツの裏を掛ける。

『死』は自然界ではありふれた手段だ。

食物連鎖や生と死の二元論を話したい訳ではないが、生きているモノは死を間接的に理解している。

死ぬとどうなるか知っている。理解している。

だからこそ、それを武器に使うモノもいる。

生き残る為の武器に使う。

有名所では『擬死』.....つまり死んだふりだ。

諸説あるが、生物は動いてこそ『生物』と云える。動いているモノが獲物であり捕食される危険性があった。

よって動かなくなる事で生物の枠から外れて『死物』となった場合。捕食者の認識からズレていく。

死んだモノについて考えない。

死者も生者について考えない。

 

そこに漬け込む以外に勝機が見出せなかった。

 

「あまり時間がねぇな......さっさと行くぞ」

「えぇ......」

サソリが警策の髪を揺らしながら踵を返してやたら豪華な門扉を開ける視界の下側に何か緑色の物体が縮こまっているのに気が付いて、咄嗟にナイフを構える。

「「!?」」

 

「やっと開きました.....さすがに待ちくたびれたケロ」

縮こまっていた緑色の物体が立ち上がると足先まである長い白髪にカエルの面を着けた全身緑の着ぐるみを着た女性がこちらを大義そうに見上げている。

「......」

「......」

「......」

 

いや!誰だー!?お前

カエル!?

 

しばらく硬直状態が続いた後にカエル女は腕を伸ばすと決めポーズをして両腕を頭に持ってくると身体を左右に振り始めた。

「ミュージックスタート......」

「......」

思い切りカエル面がバタバタと動いて吸気音が響く中で手拍子をしながら音頭を取り出した。

「♫パーパカパンパン〜パーパカパンパン」

お前がミュージックやるんかい!!

 

サソリ達の怪訝そうな表情を無視してカエル女は手を腰に当てて踊り出す。そして決めの歌があるらしくヘンテコなメロディーに合わせて歌いだした。

 

♫アマガエル ミドリガエル

トーノーサーマガーエル

色んなカエルがいるけれど

名前を知らなきゃやってられん

♫ブジカエル サキカエル

ヨーミーガーエル

いつでも貴方にバッコンギッタン〜

 

「はい!」

「......?」

「あのー、何か反応してくれないと困りますね。私が駄々滑りみたいじゃないですか」

「いやぁ、アンタ滑っているわよぉ」

「えー。超ショック......朝食抜かれて」

ガクーと肩を落とすがカエル女は頭だけをこちらに向けてややトーンを低くして少しだけ殺気を強くした。

 

「本当ならもっと早くに接触を試みるべきでしたね......そうすればこのような事態は避けられたと考えます」

「?」

白髪の女性は着けているカエル面のゴムを伸ばして緩めるとゆっくりと面を外した。

「!?......御坂?」

カエル面の下から御坂美琴と見紛う姿が顔が出現しサソリ達に緊張が走った。

鼻先から目元に深い傷があり、額には横に糸を結んだかのように一線だけ皺が入っている。

「そう名乗っていた時もありましたね。今は『外道』と呼んでください......暁派閥のサソリさん」

「いっ!?......(バレているわよぉ)」

「いやはや、男性と聞いていましたが随分と可愛らしい容姿をしてますね」

 

口調は乱暴であるが現在サソリが写輪眼の力で乗っ取っている女性はまだ年端もいかぬ少女には違いなかった。

「......目的は?」

「そう構えなくて良いですよ。私の目的はゼツの完全消去です。どうです、私の組織と手を組みませんか?」

ニヤリと笑う口の下にはキッチリと首に走る一周分のノコギリ傷があり、首には円の中に内接している三角形のネックレスをしていた。

 

******

 

『目の前に自分のクローンが現れたらどんな気持ちになりますか?』

 

それは何気ない問いだった

世界には自分に似ている人が3人いるらしい

この問いに関して貴方はどう応えるだろうか

 

自分の姿や顔を見ると鳥肌が立つ者もいれば無意識的に鏡を避ける者もいる

同族嫌悪という言葉が指し示す通り、よっぽどのナルシストでなければ生きていく上で自分という全く同じ姿形の存在は同族に収まるものではなく気味悪さの塊だ。

 

私達のオリジナルのお姉さまにとってミサカは否定したい存在になる

理解したつもりだった

 

テスタメントで教えられた事は満足気に披露しているよりももっと大切な人の気持ちなんて考えずに過ごしてきた自分。

逢ってみたい気持ちがあったがこの考えの前では何もかもが崩れていき、思考が止まる。

地球の歴史から考えれば人間の一生なんて短いもの......更に無理矢理造られた私達クローンの一生なんて閃光よりも儚いだろうな

 

だから

これは罰だと思った

 

どんな銃弾も跳ね返し、核兵器をもってしても勝てない相手。

世界中の軍隊を敵に回しても笑っていられる化け物を相手に向かわなければならない

逃げる事すら許されない実験に......

 

だからこそ

相応しい罰なのだろう

失敗作のミサカに取っては

存在する権利すらない私達の一生はこの一発の銃弾よりも短く、夜空を照らす能力光よりも薄ぼやけている

 

 

「はあはあ......」

せめてもの抵抗でビリビリと蒼白い電撃を流すが化け物に跳ね返されて、身体が痺れて倒れ込む。体力の限界からか出血を抑えながら呼吸するのが精一杯だった。

 

死ぬ?......私も?

 

路地裏の隙間から見える夕焼けの空を見上げた。

この空の下に『お姉さま』がいる

ずっと逢いたくて、興味が尽きなかったモノ......家族

同じ香りの空気を吸っている

きっと私は他のシスターズとは違った考え方をした......という妄想だけで片付けられる事だろう

 

「弱くて嫌になるな」

足元に転がってもがいているミサカの傷口に手を突っ込むと残酷なベクトル変換を行った。

血を流れを逆流させ、弱く弾力性が低い静脈に流れるはずの血液がポンプで押し出された動脈の血液が流れだし、血管が耐えきれずに破裂し身体中のありとあらゆる所から出血し、心臓が破裂し絶命した。

身体が急激に熱くなってから脳の中で『ピチョン』と音がして視界が真っ暗になった。

 

次に重たい瞼を開いた時に恐怖に慄いた『お姉さま』とシスターズを連れて行こうとするゼツの姿だった。

首から下はなく何を言っているか分からないが空気音とお姉さまの表情で何となく理解した。

 

やっぱり恐れられたんだ

心の底から不快に思っていたんだ

......逢えなくて正解だった

会わなくて良かった

 

失敗作でごめんなさい

同じ顔でごめんなさい

もう首から上しかないからもうすぐ死にます

ミサカは地獄に落ちます

さようなら

サヨウナラ

......生きていてごめんなさい

 

大きな物体を吸い込み、吐き出した辺りで急な浮遊感の後に硬い何かに当たりグシャリと潰れるような音を聴きながら意識を手放した。

そこで確かに意識は無くなった

これが死というものだと、たくさんの経験則から知っていた。

これが死の痛み

罰の痛み

罪の痛み

頭が割れそうな痛み

 

だが、運が良いのか悪いのか不明瞭であるが物語はそこで終わらず奇妙な現実を提供していく。

オレンジ色の培養液の中でミサカは目を覚ました。

多分、抱え込むようなポーズをしていたと思う。いわゆる胎児型の姿勢でたくさんの管が身体に繋がれている。

すっかりと伸びた白い髪は浮力を得て、容積いっぱいに広がって漂ったままだ。

首が疼くような痛みが走り顔を歪め、姿勢を変えようとするが全身が重怠い。

 

「......っ!?」

培養液に居る自分を見てかモニターを見ての判断かは分からぬが若い研究者が培養液の前にやってきた。

「ん!?目を覚ましたみたいです」

「まさか本当に成功するとは......あの者が言った通りだ」

「すぐに博士に連絡してきます」

若い研究者が喜び勇みながら自動ドアを開けてカルテを持ちながら走って出て行く。

 

??

理解が追いつかないミサカ重い身体をよろけさせながら状況を把握しようと首を巡らせた。

ズキン!

鋭い痛みが走り、口から泡が漏れ出した。

良く見ると首の傷には縫合された箇所があり、気泡が漏れ出している。

 

「動かない方が良い。首が切断されていたが、問題ないようだ......どうかな「不死」になった気分は?」

 

ふし?

ふしって何?

 

鼻の上に大きなホクロを持った無精ヒゲだらけの男性がそっと見上げながら微笑んだ。

「あのお方もこの研究を喜ぶ事だろう。人類で初めての不死を体現したのだからね」

無精ヒゲの男性は大きなあくびをしながら、資料が積まれた机から何かを探すように乱雑にひっくり返しながら

「確か、ここに入れた気がするんだよな」と呟いており、引き出しを開けていく。

「おあ、あったあった......まだ外には出られないがプレゼントだ」

男性は机の中で埋もれていた金属のネックレスを手に取ると不恰好に広げた。

弛んでいる場所があるが形としては円の中に内接している三角形があるのが見える。

「どうやら必要みたいだからな......何だったかなー、殺戮が云々かんぬんみたいな感じだったが」

 

生きている?

私はまだ生きている......なぜ?

なぜだなぜだ

なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ?

 

また私はお姉さまを苦しめる

存在しない方が良い命

それなのに生きている

 

ミサカの身体から凄まじいオーラが滲み出て、培養液の入った筒に微小なひびが入りだしてオレンジ色の液体が水鉄砲のように放物線を描きだして出ていく。

「なぜ?私は......」

「!?お、落ち着きなさい!」

 

生かしてくれと誰が頼んだ?

誰が『ふし』にしろと言った

私は......ミサカは

誰?

 

真っ赤に染まる輪廻眼を光らせながら徐々に力の度合いを強くしていく。

額にある大きな皺が開き、普通の眼の1.5倍近い真っ赤な眼が出現すると入っている筒が光出したが、男性がスイッチを押すと管から鎮静剤を注射されて3つの眼がゆっくり光を抑えられて瞼を閉じて眠りだした。

 

「予想以上のもんが生まれたな......」

肝を冷やしたかのように汗をダラダラと垂らしながら一息つく男性。

未だに水漏れする培養液の筒に近寄りガムテープで補強していく。

「これでいいか分からんが無いよりはマシか」

伸びをしていると出て行った若い研究者が息を切らしながら慌てた様子で戻ってきた。

 

「だ、大丈夫ですかー!?先輩!」

「んあ?一瞬焦ったがな...,..それより博士を呼んできたか?」

「うっ!呼びに行ったら研究室から凄まじい音がしたんで戻ってきたんですよ」

「そうかい。ならさっさと行ってこいよ。ここなら大丈夫だ......たぶん、うん、おそらく」

 

またあの桁違いの念力を使われたら今度こそ持たない気がするが、いや鎮静剤を打ったばかりだからしばらくは大丈夫なはず

 

「ほっほっほ......大丈夫じゃよ」

「!!?は、博士!」

研究室の扉から杖をつきながら白衣を着た男性が震える手を抑えながら、ニコニコと入ってきた。

老博士はゆっくりと見上げるように白髪の少女の身体を眺めると少し思慮に耽ると思い付いたように部屋の皆に伝わるように言う。

「うむ、成功したよーじゃな......そうじゃの輪廻の理から外れた存在。『外道』と名乗りなさい」



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第83話 待つ

遅くなって申し訳ありません!




喫茶店に入り浸り頼まれた子守をしていた暗部組織『アイテム』兼、暁派閥戦闘部隊(自称)の麦野達が包まれていた砂鉄から這い上がるように手を出して脱出していた。

「ヘクチッ!ケホケホ」

「砂ー!超圧倒的砂です」

「ったく!お気に入りの靴の中まで入りやがって!」

「暖かくない砂はただの砂......」

 

麦野が靴を脱いで逆さまに持つとすっかり入り込んでいた砂鉄を掻き出した。

「うぇぇー、口の中ザラザラ」

フレンダが下を出しながら遠心力で付着した黒い粒を吐きだしていくがそう簡単には取れず、乾燥していく舌に耐え切れずに中に戻すが不快感満点の砂が彼女の歯の裏側にこびり付いて気持ち悪くなる。

「口濯ぎたいわけ......よ?」

 

フレンダの視界の端に何か木の棒みたいなものが砂の表面から露出しているのを捉えた。

「??」

フレンダは少しだけチョンと触るとビリッと静電気が流れた。

「!?」

その瞬間からアクセルを蒸すかのように蒼い電流が砂鉄へと断続的に流れて、砂鉄に触れている部分に痛みが走る。

「ま、まさか......フウエイちゃんが?」

「ちょっとタンマ!」

とこの後の惨劇を予想できたのか麦野達が山盛りとなった砂鉄から逃げようともがくが通常よりも細かい粒子で構成されている砂鉄の上では硬いアスファルトよりも重心の傾き具合が大きく、前に進む為の力が踏みしめた砂鉄により相殺されてその場転んでしまった。

 

「ペッペ......ま、またぁー」

涙目になるフレンダだが、真後ろではいよいよ振動して崩れた箇所から子供の人形の脚部が出現してバタバタとデタラメに動き回っている。

動くたびに青白い光が強くなっているのは気のせいではないだろうか?

 

「えっ......!?」

一気に大電流が放出されて逃げ場のない麦野達はまともに電流を受けて、身体が強張ったかのようにカクカクと動いてもがき苦しみ出した。

「ぎぃいいいいいー!あだだー」

「あんぎゃあああーー!」

「うぐぐー!ストップストップよ!」

「......っ!?」

 

一通りの電撃を食らったメンバーは奇妙な痙攣プラス黒焦げ状態になりながら電撃源を探して発掘作業をしていた。

ムスッとした表情の麦野が出てきたイタズラ少女の外套の背部を掴んで持ち上げている。

「キャハハハッ!ブランブラン」

「......あれのお陰で全部ふっとんだわ」

フウエイは脱力して麦野の前後に揺さぶる動作をブランコのように楽しんでいた。

 

「超災難でした......とりあえず皆さん無事ですね?」

絹旗の肩をポンと叩く手がきて、首だけを後ろに向けると。

「.......」

なぜか滝壺がアフロ髮で親指を立ててなんとも誇らしげに目を輝かせとポーズを決めている。

「電気でアフロになるって超古くないですか......ってか何でドヤ顔?」

「アフロ将校と呼んで......」

「ところでフレンダは?」

「......」

アフロ将校は静かにドリンクバーを指差す、そこには氷をコップに詰めたフレンダが舌を氷に着けていた。

「砂鉄が熱くなって火傷したみたい......」

「あー、超なるほど」

 

その前にドリンクサーバーに悲しげに置かれたもう一つのコップが気になる。

多分あれだ、本当は冷えた水を出そうとしたけど停電だから出なくて慌て氷にシフトしたんだ。

 

「超良かったですね。氷があって」

「うるひゃい」

 

「さてと」

砂の山から私物を取り出すと簡単に身支度を整えて麦野達は普段とは違う静寂が支配する街並みを窓越しに観察した。

「超どうします?」

「んー......フウエイはどうしたい?」

しかしフウエイは何だか首を傾けてピョンピョンと跳ねており、不快そうに眉を細めた。

「ん!」

「な、何よ?!」

フウエイはヒリヒリと舌を火傷したフレンダの傍に来ると両手で自分の耳を指差した。

「引っ張って!」

「はぁ?な、なんでよ?」

「いーからー」

帽子を整えたフレンダは示されたフウエイの耳を掴むと手前に引く。

 

カチッ!

 

ん?

カチ?

 

次の瞬間には耳の穴と鼻、眼、口から土砂のように砂鉄が溢れて始めてギョッとしたフレンダが手を離して飛び退いた。

「だばーたばばー」

「うげっ!?」

一通り出し終わると首を一回転させてニコニコとしてテーブルに腰かけた。

「すっきりした!ありがとう」

 

「ど、どういう身体してるの?」

「疑問に思ったらダメだよ......さそりのだもん」

「まあ、旦那なら不可能はないわね」

「何ですか?その超全幅の信頼は?」

「んで、一応サソリの所に行く?」

「そうねぇ。その方が良いかしら」

「パパに逢いたいー」

「超停電ですから自動ドアも超動かないみたいですね」

「適当にぶっ壊せば良いんじゃない?」

 

麦野が緑の光球を生み出すと喫茶店の窓を粉砕しようとエネルギーを溜め始めていくが砂鉄が反応して5人を囲うように砂嵐となっていく。

「!?」

おかしい動きをする砂鉄に麦野が能力の解放を一時的に止めた。

『悪い少し待て』

砂嵐の中からサソリの声が響いてきて、朧げながら後ろ姿が砂に映り込んだ。

丁度人型に陰影があり声が無ければサソリの旦那と認識するのが難しい程だ。

 

砂嵐の影はゆっくりと首を傾げているフウエイの頭に触れると優しく撫でるように流れていく。

『フウエイ......お前は良い子だから待てるな?」

「待つ?」

『そうだ』

「......わかたー。待ったら遊んでくれる?」

『ああ、約束する』

「うん!」

 

サソリの砂影は周囲の砂に同調するように陰影が消えて行き、元の砂鉄となって崩れてしまった。

「待つね......それはそれで退屈な訳よ」

「停電だけでも超なんとかなりませんか?」

 

と席に戻るフレンダと絹旗を尻目にフウエイは納得出来ないように腕を組んで考え事をしている。

「どうかしたの?」

「......パパって人を待つのも待たせるのもキライだって言っているのに......なんでだろ?」

 

******

 

突然で誠に恐縮ではございますが、皆様はキャッシュカードをご存知でしょうか?

主にATMに預けたお金を引き出す時に必要になりますが、親元を離れた一人暮らしの学生や働いている社会人に取っては不可欠なツールですよね。

そのお金で食料品を買い込んで、日用品を買ったり、服を購入したりと無くてはならないものです。

正に生活していく為の生命線となるものですが、ある日突然使えなくなったら大変です。

 

例えばですけど......

今日は特売だー!洗剤も安い!

トイレットペーパーが切れていたな

高級松阪牛がなんと半額!

と今朝の広告を手にしてランランルー気分で軍資金を引き出そうとキャッシュカードをATMに入れて、慎重に暗証番号を入力した後に......大規模な停電があって機械が反応しなくてお金は出ず、キャッシュカードすら戻って来なくなったらどうするだろうか?

 

「かつてないほど最悪のタイミングの停電......不幸過ぎる」

逃げ惑う人でごった返す中でキングオブ不幸の名を欲しいままにしている『上条当麻(かみじょうとうま)』は応答しなくなった画面を血相を変えて叩いていた。

「頼むからー......バタバタ人が倒れているんだけど。カードだけでも吐き出してくれよ」

 

もちろん彼だってお金よりも命の方が大事である事は重々承知している。

しかし人々はなぜか倒れていくのか分からず、何処に逃げれば良いかも分からない彼は様子見を決め込んでATMから動かなかった。

何度も逃げようと思ったが最後にした行動が二の足を踏む要因となっている。

 

「暗証番号入れた後だからどうなるんだ?......停電が直ったら金額引き出す所から始まっていたらシャレにならねーよ!返してくれよぉぉー!頼むから!」

キャッシュカードを人質に取られた、かくも哀れな上条は軽く自分の境遇を悲しみながら痛みを自重した拳を振り上げていく。

 

そこに上空から影がぼんやりと浮かぶと段々と時間に比例するかのように濃くなり、上条の頭に黒いナース姿のツインテール少女が着地した。

「どわがっ!?」

「やっと見つけたぜ」

「??」

「さて少し面を貸して貰うぞ」

しこたま打った頭を摩りながら上条が屁っ放り腰のまま見上げると紅い瞳をした少女がやれやれと腕を広げた。

 

あのー

どういう訳か分かりませんが上条さんはこの明らかに歳下の女性からカツアゲされてしまうくらいに情けなくなってしまいました

 

「す、すいません......お金を差し出したいのは山々なんですか。残念ながら全財産が飲み込まれてしまって......それに女の子がそんな言葉遣いはダメというかお淑やかの方が」」

「はぁ?」

猫背になって上条が低姿勢のままペコペコと頭を下げて、仏頂面の少女に消え入りそうな声でお願いした。

 

「天地雷鳴!青天の霹靂!梅雨入り前のカエル達の鳴き声を守る~。人呼んでカエルかめ......」

「いやもうそれはいい」

更に上空から緑色の着ぐるみを身に纏ったカエル面の女性が足から落下して地面にめり込みながら決めポーズして自己紹介をしたが、ツインテール少女に阻まれた。

 

上条はその特異的なコスチューム云々よりもアスファルトに足を減り込ませた事の方に仰天してしまい、四つん這いでひっくり返る。

 

「せっかくの自己紹介でしたのに......」

「長ったらしいんだよ!名前言って終わりにすれば良いだろうが!時間の無駄だ」

「それでは風情がありませんよ。ちゃんと満を時しての登場には多少の時間を掛けないといけないです」

「調子狂う奴だ」

飄々とカエル面を外してサソリ警策と持論を交わす姿に上条は一際大きな声を上げた。

「ああああぁー!ビリビリじゃんか!」

上条はカエルの格好をした外道の手を握って懇願した。

無理もない髪の色は違えど顔の形や声色は全て御坂と瓜二つであったからだ。

「お願いします!またキャッシュカードが吸い込まれたので電撃をチョロっと!雰囲気変わったのは夏休みマジックって事にしとくからよ」

「??ビリビリ?」

腕を掴まれてブンブン振り回されている外道は首を傾げて、困ったように口先を曲げる。

「そういや、お前も雷遁が使えるのか?」

「は、はい......忍術ならば一通り」

「そうか......」

にやりと笑うとサソリ警策は印を結んで液体金属を染み出させると人型に変えて腕をカマキリのような鋭い刃先にすると歓喜に沸いている上条に斬りかかった。

「げっ!?」

上条が咄嗟に右手を前に出すと液体金属の人形は彼の右手に触れるか触れないかの位置でボタボタと元の液体となり、その場に落ちていった。

「よし」

「な、何すんだ?」

「上条当麻と言ったな?」

サソリ警策は上条の前に立つと何かを企んでいるように不敵に笑いながら瞳を光らせた。

「は、はい?」

「オレと取引しようぜ......力を貸すならコイツの電撃を使わせてやるよ」

「......」

 

サソリ達がいるATMから三つ交差点前に食蜂が息も絶え絶えで植木鉢に寄り掛かっていた。

「はあ......はあ......信じらんないぃ。普通置いていく.......かしらぁ?」

上条を見つけたサソリと外道は運動音痴の食蜂を無視して忍の本気走りで圧倒的な速さでビリになってしまった。

この状況で置いていかれるのは死亡フラグがビンビンなので彼女なりに必死に使わない筋肉を使って追いかけたがサソリ達に追い付けるはずもなく程なく体力切れとなったようだ。

 

上条に取引を持ちかけていたサソリ達も違和感に気付いたようで。

「そういえば、食蜂さんはどうしました?」

「あっ!忘れてた」

 

******

 

学園都市に出現した黒く巨大な影はアスファルトから黒い触手のような影がゆっくりと反時計周りに捻じ込まれながら黒い雷が集中するビルを這うように伝っていく。

まるで玩具を追い求める子供のように小さい手ばかりだ。

何かを求めているかのような動作に対してマダラの身体を奪った黒ゼツは万華鏡写輪眼を全開にしてジワリジワリと影のチャクラを吸収していった。

泡のように発生するチャクラの影を穢土転生体のマダラが凝縮するように磨り潰すように血肉にしていく。

 

「死者が人柱力になるっすか?」

「十尾の影だから可能みたいだね~。完全に吸収すれば遜色ないはずだよ」

 

ビルの屋上に集まったゼツ達は印を結び奪った能力を使い黒ゼツの補助をしていく。

「十尾の影を吸収したら『無限月読』を仕掛けて、元の世界に兵力として連れ帰る......なんだかあっけないっすね」

「あっけないより、元々僕達の仕事がこれだからね......時空間で偶然発見したこの世界を見つけた時からずっとね」

太陽が沈み、弧を描く光がプツプツと切れて照らしていた境界が分断された。

 

「黄昏時カ......死者ト生者ガ交ワル時間......此処カラ先ハ闇ノ世界ダ」

 

死者が蘇り、邪な力を手にした神は静かに呼吸を始める。

鼓動を強くしていき、影のチャクラを吸収する度にマダラの身体のヒビ割れは染み込むように消えて顔に生気が宿り出していく。

「サソリ......貴様ノシテキタ事ハ全部無駄ダッタナ」

 

 

ビルの屋上への扉を少しだけ開けた先で湾内と泡浮、婚后がゼツ達の様子を伺っていた。

現実離れした屋上の光景に冷や汗をダラダラ流しながら軽く腰が引けていた。

「どどど、どうしますの!?」

「ま、まさかドンピシャで正解しますなんて」

「さすがで、ですわね」

「ま、まあね。私にかかれば軽い事ですわよ」

 

お気に入りの扇を動揺からか折り畳んだままで冷や汗を乾かそうとするが側から見ればただの棒を振っているに過ぎない。

今までの流れのおさらい。

学園都市で大停電が起きる→不協和音が流れて学生大パニック→湾内達も避難していく→何故か気絶しなかった→婚后さんが「犯人を探しますわ!」宣言→黒い影が集まっているあのビルが怪しい→まさかの大正解!→どうしましゅう......

 

「何やら不穏な空気ですわ」

「そうですわね......ここは避難するのを最優先にした方が良いかと」

「そ、そうですわね。犯人の場所を把握しただけでもかなり貢献しましたわ」

「そ、それでは慎重に下りますわ......静かにゆっくり」

踵を返して湾内達が扉を閉めて非常階段を音を立てずに下り始めた。

すると屋上の入り口からトビと白ゼツの会話が聴こえ始める。

 

「サソリは今頃戦場だね」

「そっすね~。人形がない状態で役に立つんすかね~。案外もうあっさり死んでるんじゃないの」

「ハハハ、あり得るね。所詮はその程度の馬鹿な人間だね」

とサソリを小馬鹿にするような言葉を交わす2人に泡浮と婚后は聴こえない振りをして階段を一段一段下りていくのだが......

 

「お待ちなさい!サソリさんはそんな人ではありませんわぁ!」

扉を蹴破るように湾内が殴り込み、顔を真っ赤にしながら怒りつけた。

 

わ、湾内さあああーん!!?

 

「貴方達の方が最低ですわよ!サソリさんに謝ってください!」

「な、何をしていますのー!」

「湾内さん!落ち着いてください」

ヒートアップをしている湾内を宥める婚后と泡浮は急いで逃げ出そうとするが、一瞬で移動したトビざ『バコッ』と脱出路である屋上の入り口に蹴りを入れて変形させた。

 

「せっかく来たんすから~。ゆっくりしていきな」

「い、いえその......ご遠慮を」

ニコニコとした白ゼツがノコギリのような歯を見せながら震える二人を見下ろすように優しく語りかけた。

 

「ねぇ......微かにサソリのチャクラを感じるんだけど、何か知っているかな?」

 



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第84話 選択

申し訳ありません
ハプニングが続きまして、今回から文字数を削りました
体力の低下が顕著になりましたので

文字数を少なくして、少しずつ無理しないように続けていきます


目紛しく運び込まれる意識不明の患者達への対応に右往左往しながらも出来る限り迅速に事を運ばせる。

「また!アンタ達ですか?」

物語の1番最初にサソリの担当看護師がカルテにボールペンで病状を書き込みながら不機嫌そうに言った。

 

かつて起きたレベルアッパー事件を彷彿とさせながらも規模も精度も上がった無差別テロのような状態から何故か医師や医療従事者は意識を失わずに治療に当たっていた。

このような状態であるにも関わらず死傷者は少なく何者かが水面下で動き被害を最小限に抑えているかのようで......静寂すら感じた。

 

「なんでこうも貴方達の周りでトラブルが起きるんですかね?」

「い、いえそのなんでかなー......なんて思っちゃいまして」

カルテに事細かく今後の治療方針を立てて、恢復を目指していく看護師としての気概を感じた。

澱み無く動くペン先に側で腰掛けていた佐天が魅入った様子で意識せずに声を掛けた。

「な、慣れているんですね」

前に起きて対処方が分かっているかのようなテキパキとした動きだ。

「まあね。似たような症状だったからね」

「似た症状ですか?」

「なんて言ってたかしらねぇ......れべるなんたらって」

「れ、レベルアッパー?」

「あー!それよ!あれ?......確か貴方も倒れていたわね」

「はい......その恥ずかしながら」

 

看護師は思い出したかのようにペン先を回して、にこりと笑う。

「そういえばサソリ君は元気でやっている?」

「えっ?は、はい」

「まあ、重傷なのに筋トレするくらいだから大丈夫だと思うけどね」

「そ、そうですね......」

蘇る入院患者に似合わぬ悪行の数々。

 

医師の目を盗んで腕立て伏せ

壁を二足歩行で昇る

無許可で抜け出して不良と喧嘩をしてくる

 

「あんだけ悪ガキを相手にしたの久しぶりよ」

「あの時は申し訳ありませんでした」

「でもね......貴方が倒れた時は落ち込んでいたわね」

「!?」

「ずっと貴方の頭を撫でていたわね......寂しそうに」

 

サソリが?

あのぶっきらぼうでデリカシー無しのあのサソリが!?

 

「その後に私を騙して病院から抜け出して、事件を解決してちゃうし」

「知らなかったです......」

「ペラペラ話す方でもないわね。ひょっとして付き合っている?」

いきなりの看護師からの爆弾発言に佐天は顔を真っ赤にしながら首を横にブンブン振り回した。

「そそそそそんな事ありませんよー!」

「あらそうなの?少しだけ自信あったんだけどね」

看護師はペンを唇の下に挟み込むとふにゃふにゃと動かして物思いに耽った。

「あの子ってもしかして両親いない?」

「......そう話してました。小さい頃に亡くなったらしいです」

「そう、やっぱりね」

深く椅子に腰掛ける。ギシギシと軋む音がまるで少年の歪な性格を表現しているかのように感じ取れた。

 

「結構特徴的なのよね。ここに来る前に小児科にいたから。事故や病気で親を失った子供に......誰にも頼らねーよって雰囲気を常に出していて強がりを見せているみたいな」

 

あ、確かにそうだった

身体が鈍ると言っては暇さえあれば動いていた

心配すれば「うるせぇ」って返ってくる

頼れる人が居なかったからなんだ

それなのにあたしがピンチの時には駆け付けて助けてくれたし、意外な行動もしてくれた

 

弱音ばかり吐いているあたしとは違い弱い部分を見せないように彼は何かで硬く閉ざしている

寄り掛かかるだけ寄り掛かかって、サソリが頼ってくれるように振舞って居なかった......

 

「......」

佐天が伏し目がちに胸を押さえていて、忙しなく踵が上下しているのを懐かしそうに眺めながら看護師はゆったりと佐天の頭を撫でる。

「これも経験だけどね。何も言ってこないのは何か無茶しているって事よ」

「痛った!」

看護師が佐天の背中を叩いて焚き付けるように力強く言い放つ。

 

「行ってきて良いわよ。絶対に無茶してるんだから」

「!?......は、はい!!」

押された佐天は二、三回ヨロケながらも佐天は自分のペースを取り戻しながら歩む足を止めずにナースステーションから飛び出した。

 

「会ったらちゃんと健康診断に来るように言いなさいよ」

 

簡単に行ってしまえばこんな時に外に送り出すのは良いのだろうか?

いや、きっと悪い事だし責められたら責任を負わなければならないだろう

命を守る医療従事者としては失格だ

だが、どんなに医療が発達していこうが命に無限なんて存在しない

どんなに健康に気をつけた所で人は100年足らずで死ぬ者が大半......人は死ぬ

どんなに治療してもどんなに手術してベッドに寝かせても命が亡くなる

 

だから

だからこそ問いていかなければいけない

 

今日死ぬと分かったら

貴方はどうするだろうか?

 

後悔のない選択をして欲しい

生きる事に絶望しないで欲しい

一目散に逃げて良い、生きて欲しい

生きて生きて、どんな形であっても良いから

「会えるなら逢っておきなさい!すぐに駆け付けたいのは見え見えよ」

 

 

真っ白な病院の中を少しだけ早歩きで通り過ぎる佐天。

たくさんの人で溢れかえっている現場の状況だが佐天の意識には昇らずに脚を動かす事と息を整える為に胸に手を置いている。

 

自覚した!

自覚してしまった!

人として好ましいから恋人としての好きに昇華してしく

逢いたい

サソリに逢いたい

そんな想いが強く交差して身体を火照らせる。

「好き......好き好き......大好きだ」

恋は切ないとは聴いたが、これほど心が辛くなるなんて予想外だ。

「サソリ......お願いだから無理しないで」

 

佐天が自分の恋心を爆発させている時にゼツの元へ急ぐ警策の身体を乗っ取ったサソリは走りながら自分の手から滲み出る黒い砂を目撃して、印を結びチャクラの縛りを強化した。

 

時間がないか......本体がないからか

分身だけであの化け物と殺し合うとか笑えるな

一回っきりの賭けだな

どちらにせよオレは消える

せめてやりたいように殺るだけだ



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第85話 開戦の笛

やっと開戦かよ

長かった......


「サソリのチャクラがプンプン感じるね~」

「ありゃりゃー!先輩って生きているんすか?どこどこ?」

学園都市崩壊計画を打ち立てているゼツ達が偶然迷い込んで来た湾内達を前後で挟むように立ち塞がっている。

「そう焦らないで良いよトビ......この娘達に訊けば済む話だからね」

そう言うと白ゼツは腕に装着している音響装置を起動させるとダイアルを変更し周波数を変える。

 

「君らの能力を手に入れるのは後になるかな。早めに吐いた方が身のためだと思うよ」

白ゼツのチャクラを吸い取るように液晶パネルが光り始めて、歯車が軋む音が唸りを上げると白ゼツは音響装置を構える。

「テレポート」

 

一瞬にして間に存在して距離を移動して白ゼツが振り上げた音響装置を力任せに3人の頭上へと振り下ろした。

キィィィン

即座に3人のバッジが燃えるようなチャクラを出しながら、黒い砂が集まり出して白ゼツの細身の真っ白な腕を受け止めて庇う。

 

「さ、サソリさん」

攻撃が受け止められるのを確認して一息だけ安堵の息を漏らすと

「やはりね」

ニタリと鋭利な歯先をチラつかせると湾内達の耳の奥深くから呻き出すように高音域の大音量の音爆弾が炸裂して三半規管を揺さぶり始める。

「っ!?」

まるで自分の顔のすぐ側で大規模な爆発があったかのような音が染み出すように鼓膜をダイレクトに震わせていて、独特の込み上げてくるような恐怖感がこびり付いて離れない。

 

「世間知らずなお嬢様は血生臭い戦場は始めてみたいっすね~」

 

人間や他の生物にとって恐怖の信号は視覚情報でもなければ匂い等の嗅覚でもない。

『音』だ。

群れで生活する生物は迫る危険を察知すると独特の周波数の鳴き声を発して伝える。

視覚は多くの情報を持っているが直接的な危険を把握する能力は低く見積もられており、パニックを起こしてフリーズしやすい。

これは進化上仕方ないが日常生活をする上でありとあらゆる物に恐怖を抱いてしまえば支障が出るからであろう。

 

事故で目の前にトラックが突っ込んで来ても訓練を受けていない人は混乱してしまい、『何が起きた?』と考えてしまい動けなくなってしまう。

 

人間も例外ではなく音が恐怖の対象になりやすい。

叫び声を上げれば、周りにいた人々は竦み上がって逃げ出したい衝動に駆られる。

『何が起きたか?』よりも『その場を一刻も早く離れる』という事を最優先事項として処理して命を守ってきた。

音は恐怖と非常に親和性が高い。

取分け高い音は特に......

 

「確実に葬っておかないとね。一片のチャクラも遺さずに」

歯車が回り出すように耳鳴りが響くと白ゼツの目玉が燐光と発して球状に衝撃波が拡がっていく。

「最初っからこの世界は捨て石っすよ~。オイラ達の大いなる復讐の為に」

華奢な腕を広げてさながら尊師のように悦に浸るトビは横目で青い顔をしている3人を見下した。

 

「さ、サソリさんをどうしたの......ですわ?」

「ふふふ、元の世界に送り返してやったよ。僕達とサソリはこことは別の世界から来たからね」

「邪魔ばっかりしてきやがるからうざかったっすね」

「これでサソリも元の世界に戻れたから満足だろうな......かつての同胞だからね。所詮サソリがして来たことなんて無意味だ」

 

「無意味じゃありませんわー!」

頭をフラフラさせながら湾内が拳を突き立てて声を荒げて抗議をすると、白ゼツがいる屋上のブロックを突き破るように大量の水を噴出して押し流す。

「っ!?」

流される白ゼツを眺めるとトビは爪を立てるように反撃してきた湾内達に追撃するべく走りだす。

「悪いですわね」

婚后が扇子を広げて舞うように突風をぶつけて屋上の圏外から追い出した。

「!?油断したっすね~。よっと」

トビがベクトル変換をして空中歩行をしようと空気を圧縮させるが思いの外集まらずにフラフラとしている。

 

「??」

「そのまま落ちてくださいますと助かりますわ」

泡浮が能力を解放してフェンスの一角を持ち上げると上手く操作出来ないトビに向かって構えた。

「あらまー」

「わたくし達は貴方達の言葉になんか惑わされないですし、最後まで諦めるつもりなんて毛頭ないですわよ!」

 

強能力(レベル3)

『流体反発(フロートダイヤル)』

使用者とその周囲の浮力を増減させる能力

 

泡浮は浮力を上げてフェンスに掛かる重力を相殺し、軽々持ち上げると不安定に飛行しているトビ目掛けて投げ落とした。

「やっば!?有刺鉄線付きだから痛っすよね......でも」

トビにフェンスが当たる寸前に障壁が出現して跳ね返した。

「反射~」

「!!」

跳ね返されたフェンスは初期入射角を忠実に守るように戻り始めて、泡浮の身体に襲いかかろうとしていく。

「あ、泡浮さん!」

 

すると、銀色の流動している金属が人の形となり泡浮の前に来ると鋭利な腕で

真っ二つにしてそれぞれ軌道を変えて屋上から払い落とした。

「ん!?」

「いきなり何するのよ?」

凛とした女性の声が響き出して、3人は思わず背後を見やると。

黒髪ツインテールの黒ナース服の少女が怠そうに立っていた。

 

「......おやおや仲間の警策だね」

「こんな計画だったなんて聞いてないんだけど」

警策が液体金属人形を崩しながら首を傾けて半眼で睨みを効かせる。

「よっと。まあ、オイラ達にとっては調和予定......予定調和?そんな感じっす」

空中を蹴り上がりながらトビが屋上に舞い戻ってきた。

細い手足に反発するかのように周囲の空気が圧迫されてパァンと乾いた破裂音がして過敏となった湾内達の身体が強張る。

「大丈夫?」

ツインテール少女が申し訳なさそうに屈み込みながら訊いた。

「は、はい」

「巻き込んでごめんね......」

「?!」

寂しげに前に出るまだ幼なさが残る中学生の背中に重く枝垂れ落ちる衣服の乱れが夜の僅かな陰影をより濃く浮き上がっている。

 

「随分お優しくなったね~警策。君の復讐にも一役買っていると思うし」

「そうっすよ~。憎くて憎くてしょうがない研究者達もろとも世界が崩壊するっす」

「この世界の人間をどう思っているのかしら?」

「ククク......そっち側に行くんだね~。新世界の養分になる下等生物の分際で」

 

ニタニタしながら白ゼツが虫ケラでも吐き捨てるかのように言い放つと警策は静かにニヤリと笑った。

 

「安心したよ......昔から変わっていなくてな!」

「っ!?」

印を高速で結ぶと屋上の床が迫り上がり額が紅く光る緑の服を着た少女が出現して、腕を大きく振り回した。

「ゲロゲーロ。転送!」

 

 

白ゼツとトビは周囲の背景が変化したかのように体感しながら、それぞれ車が一台も走っていない高速道路と石が敷き詰められている橋が見える線路上へと投げ出された。

「時空間忍術!?ま、まさかサソリはいないはず......?」

「お待ちしておりました」

「!?生きていたのか」

白ゼツを待ち構えていたのは木山の教え子であり六道の3人達。

 

 

橋の下の線路上に落下したトビはコンテナをへし折りながら起き上がると腕を鳴らす上条とカエルの格好をした外道。

「予想外の反撃っすね~」

 

 

そして屋上に独りだけ残された黒ゼツは印を結ぶとゆっくりと立ち上がり、確かめるようにマダラのチャクラを高めていく。

「マサカ......サソリカ」

腕を組んで静かに佇む黒ゼツは警策姿のチャクラを精査した。

「始めようぜ......ゼツ」

両者の万華鏡写輪眼が光り出して、チャ

クラが絡み合うように燃え上がる。

 

 

サソリvs黒ゼツ

 

天道、修羅道、餓鬼道vs白ゼツ

 

上条当麻、外道vsトビ

 

学園都市を巻き込んだ闘いがいよいよ開幕の笛が鳴る!



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第86話 旧10031号vsトビ

お知らせ
実は近日、入院して手術をしてきます

その為更新が遅れると思います


電気の供給が止まったはずの学園都市での研究棟の奥で煌々と光るディスプレイを傍らで観ながらテレスティーナは今回上から降りてきた紙ペーストの資料を指で折り曲げながら戦慄していた。

「これがこの.......都市の選択って事?いや、これで学園都市は神の領域に踏み込むことになるわ」

 

不可能を可能に

魔法を科学に

望みを形に

倫理を踏み躙る禁忌の技術

 

テレスティーナは喘息に近い呼吸をしながらも流れる汗を構わずに頭から論文の計算式、塩基配列と『不死』を追いかける。

人類が本当に追い求めていた禁じられた領域に入る瞬間を背中を凍えさせながら、慎重に頭に入れていく。

読むだけで頭を持っていかれそう甘い文章に科学的な根拠。

「ふふふ......アイツらやばいんじゃない......ここの科学者がやばいのね」

 

最初から妙だったし気掛かりだったのは、ゼツというこの胡散臭い奇怪な人物が当然のように学園都市でまるで教授のような地位を有していたかだ。

自由に振舞わせて、実験を行えたのも外部の人間に対して破格とも取れる待遇にしていることがテレスティーナには不可解だったが、今謎が解けた。

 

単純に『忍術』という従来の物理学や科学とは違う構造の事象を解明をする為に他ならない。

 

精神エネルギーを具現化する

全てを見透かす眼

空間を繋げる術

不死

死者を蘇らせる

十尾......

 

学園都市にしてみれば喉から手が出る程に欲しい技術であった。

 

論文には最後にこう綴られていた。

『再現出来たのは不死、輪廻眼、空間を繋げる術。かの協力者に敬意と哀悼を』

「ゼツを処分する気だ......」

 

******

 

「ま、まままだあの者を泳がせておくのですか?」

ガリガリに痩せ細った気の弱そうな白髪混じりの男性が華奢な顎から絞り出すように言う。

 

視線の先には科学者の元締めである木山幻生がゆっくりと腰を落ち着かせながらニコニコと微笑んでいた。

 

「まだね。まだ解毒剤が見つかっていないんだよ」

「げ、解毒剤ですか?」

「死者を蘇らせる......なんとも神々しく忌み嫌うべき事柄だろうか。だけどそれを止める解毒剤のようなモノが見つかっていなければ意味がないんだよ」

「は、はあ」

 

回転椅子をゆっくり回してモニターにスイッチをいれる。

大停電となって混乱している街中で黒ゼツと向き合うツインテールの少女が向かい合っている映像が映し出された。

 

「......」

「......第1位の座に据えた。相応しい地位と自由を与えよう......さあて、どうやって死者の暴走を止めるのかな......教えてくれたまえサソリ君」

 

******

 

鉄橋の下に敷き詰められた平たい石が2人の心拍と同期するようにジャリジャリと擦りあい緊張が高まる中で背中から着地したトビは一方通行の身体を捩りながらズルズルと寝返りでも打つかのように落下した。

「♪~」

筋肉の強張りや残心など微塵も構える事もなく面の下から赤い光を放ちながら垣間から相対する2人を猫背のまま見上げた。

 

「良いっすね~。退屈しのぎにゃ最高」

「だ、大丈夫かよ?」

本能的にヤバイと感じ取った上条は隣にいるカエル姿の女性に落ち着きなさそうに退きながら身構えた。

「ケロケロ。大丈夫ですよ......さて」

カエル姿の女性は印を結ぶと電撃を放ちながら青白く点滅すると常盤台の制服に着替えてゆっくりと頭に付いているゴムを緩めた。

 

「印??」

トビが首を傾げるもカエル面を取るとジィーと冷たい目をした第3位の姿にそっくりな長髪の女性が現れた。

「!!?」

「お久しぶりですね。賢明な貴方なら解るでしょうね......10031号でございます。とミサカは昔を思い出しながら宣言します」

カエル女性は切り裂かれてミミズ腫れとなっている首を見せ付けながら無機質に笑みを浮かべている。

 

「ビリビリ?」

「それはお姉さまの事ですね。ミサカは......外道です」

「げどう?」

 

ば、ばかな!?

記憶共有で確かに首を切ったはずだ

それに体内の血液を逆流させて心臓破裂を引き起こして確実に仕留めたはず

生物として生きているのがおかしい......

 

「......どうやって?」

「ふふ、痛かったですよ。この首の傷は......それに血液を逆流させられた時の沸騰するような熱さ」

演説するように前に出て歩き出していく外道にトビは臨戦体勢となり印を結ぶと地面から鋭い杭が飛び出てきて外道の腹を突き破る。

 

「がふっ!!?」

「油断大敵っすね。死回転」

トビが未の印を結ぶと外道を突き破っている杭が食い込みながら回転を始めて中にある臓物を飛び散らせながら前から後ろに掘り進んでいく。

 

「ぐうぅぅ......ああがぁぁー」

「さっさと死ね」

回転数を上げると飛び散る血肉の量が格段に上がり、外道は必死に回転を止めようと手で杭を掴むが速い回転数に掴む事は出来なかった。

 

あまりの痛みに外道は膝をついて崩れ落ちるように倒れると上条は印を結んでいるトビの面を殴りつけた。

「やめろぉぉー!」

「っ!!?」

一般の特別な訓練もカリキュラムも受けていない学生の渾身の殴り込みはトビやゼツに対しては全く問題にならなかったが予想外の反撃、予想外の衝撃、予想外の平衡感覚の崩れにトビの頭が混乱した。

 

「ぐっ!?」

打ち抜かれた面の下にある口からは血が滴り落ちていて手で掬い上げて絶句した。

 

どういう事だ?

一方通行の能力はまだ継続中のはず......なぜ......

なぜ殴れる?

 

「大丈夫か?すまねぇ、いきなりだったんで遅れた」

「がは......はぁはぁ。あ、ありがとうございます」

うつ伏せになりながら抉られた傷口を庇うように抱き抱えるようにするとトビの面から滴り落ちた血を見るとロックオンしたようにニヤリとした。

 

「......!??」

「歯を食いしばれぇぇやー」

上条は右手で反応が遅れたトビの顎下からアッパーカットをする。サラサラと木屑が砂のように一部が欠けたように流れ出した。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

大きく仰け反り、頭から地面に激突しながらも体勢を整えて掌から木の槍を生み出すと上条に突き刺すべく前に繰り出した。

「や、やばっ!」

迫る鋭い木の槍に上条は腕を前に出して防御しようと身構える。

「貴様も死ね!」

トビが逃さない射程で上条の首を射抜くように木を伸ばすが右腕の二の腕に衝撃を感じて力が入らなくなり木の槍が地面に転がる。

 

「?!」

半袖でやや覆われた部分から血が勢い良く流れ出しており、やけに透き通るような絹ガラスのような声が響く。

 

「呪い発動......」

血で円の中に三角形を描いた図形に入っている外道の腕に針のような黒い棒が刺さっており、髑髏のような紋様が身体に浮かび上がっていた。

 

「!?」

トビは背筋が冷たくなるような感じがした。理解出来なかった『恐怖』という感情が身体から面に向かって棘のように伸びて暴れている。

身に覚えのある風貌に、首から下げられたペンダントを揺らしながら無気味に微笑んでいる。

妖しげでもあり、神秘的でもある。

「あ、あの傷は?」

上条がおそるおそる訊くが平気そうな横顔になんとなく口をつぐんだ。

 

「なるほど。全てを跳ね返す第1位の能力も呪いまでは跳ね返せないみたいようですね。これは良い情報になります」

 

「上条さま。握りしめてください。お姉さまを苦しめた罰を与えます」

「おっ、おー」

上条の右手を計算に入れた外道はズブズブと針を抜くと持ち替えて自分の足に狙いを定める。

「ひ、飛段の能力!?き、聴いてねぇぞ!どうなってんだ!?」

 

それを予測済みと言わんばかりに外道は続けた。

「学園都市からの伝言です。技術提供ご苦労様......君達はもう用済みだそうです」

「......」

外道は黒い針を握り締めると今度は自分の太ももを突き刺した。

 

外道の能力

『死司憑血(ブラッディカース)』

対象者の血を舐めて特殊な陣形に入ると自分と相手の感覚をリンクさせる事ができる。

 

バランスを崩して倒れ込んだトビに上条立ち塞がり静かに面を右手で掴む。

触れた瞬間からグルグルの面に亀裂が入り、形が保てなくなっていくように崩れ始めていた。

 

上条の右手に宿る幻想殺しがジワジワとトビの面の力を打ち消していく。

「があああー......あああ......ああ」

 

面から漏れ出す光が弱くなり白い木屑となった後に面は塵芥のように四散して消えていく。

そして、トビの面の下からは意識を失ったままの一方通行静かに倒れ込んだ。

「これで良いのか?」

上条が訊くと外道は陣形から出て来て髑髏の紋様を無くし呪いを解除した。

「はい......これで私達の実験は終わりました......やっとです」

 

幾つものミサカの死を乗り越えた存在のミサカ『外道』は眼を閉じて静かに昔の記憶をなぞる。

そこへコンテナの間から黒い子猫がおっかなびっくりに出て来て外道の足元に来るとゴロゴロと喉を鳴らして甘え出した。

「......」

「懐いているな」

「私はもう化け物になってしまいましたし......妹もお姉さまも助けられない役立たずです」

「お前は化け物じゃねーよ」

上条は外道の足元にいる子猫を拾い上げると外道に差し出した。

「少なくともコイツは化け物だと思ってねぇよ。化け物だったら擦り寄って来ねぇだろ?」

「?!」

 

早く外道に抱っこして欲しそうに鳴く子猫を優しく抱きしめると少しだけ涙を流した。

「ありがとうございます。私はもっと強くなります」

少女はゆっくりとカエルの面を取りながら静かに顔の斜め上に引っ掛けるとゆっくりと決意を改めた。

 

トビ撃破

残り

白ゼツ

黒ゼツ



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第87話 接続

無事、手術を乗り越えました。

遅くなりましたが執筆を再開しますね


「へぇ......これがか」

学園都市のビル群に構えてあるアジトで学生服を着流した茶髪の男性が丸ソファに座りながら達観したかのように首を巡らした。

「じゃあ、コイツにパイロ(発火)してみろ」

「は、はい!」

マスクをしたやや筋張った部下の男性が会釈をしながら目の前に居る頭の半分以上をヘッドギアで覆った身体付きが発達した女性に向けて火の塊を放出した。

 

迫る火炎を前にした女性のヘッドギアの目の部分が赤く光出して即座に反応していく。

 

写輪眼!

 

女性は手を翳すと男性が放った火炎と鏡写しのように火炎を生み出すと全く同じ動作で放った。

ぶつかり合う炎が逃げ場をなくして天井に燃え盛ると火柱が勢い良く上がり四方へと広がる。

 

「っ!?マジかよ......コピーしやがった」

 

一同が特質的な力を持つヘッドギアを眺めながら唖然としたように口を開いた。

 

「気に入ったか?」

タバコをふかしながら無精ヒゲを生やしたガタイの良い研究者が踏ん反り返って脚を組んでいた。

「こ、これがしゃりんがんって奴か?」

「まあな、劣化版になるが」

「他に何が出来るんだ?」

「んー......コメカミにあるツマミを回してみな」

女性がコメカミにあるツマミをゆっくり回してみると光っていた目の光が蒼くなりファンが回る。

 

「!!」

「誰か格闘術が得意な奴。相手にしてみな」

「......」

「お、おい」

「俺が行く」

やけに顎が大きい筋肉質な男性が前に出ると脇を閉じてボクシングスタイルを取り始めた。

「へ、へへ。その機械壊しちゃうぜ」

「出来るもんならな」

 

男性が右ストレートを繰り出すが女性は優雅に首をズラして見切ったように躱した。

「!?」

「どうしたー?壊すんじゃなかったのか?」

「う、うるせぇ!このっ!」

前進しながら両腕を使って仕留めようとするが糸の間を縫うように流れながら躱していく。

女性は男性の拳を避けて腕が伸び切った所で右フックをかまして顎を揺らすと振動が脳に伝わり身体の制御がままならずに膝を付いて倒れ込んだ。

 

「モーションキャプチャーで相手の筋肉の動きから予測した動きを前もって知れるようにしてある」

 

研究者の無精ヒゲの男は懐に仕舞っているよれよれの使用説明書を茶髪のリーダー格の青年に手渡した。

「......」

パラパラと捲りながら半信半疑と言った感じで不機嫌そうに舌打ちをすると足元に書類を叩きつけた。

 

「俺は本物の眼が欲しいんだよ......こんなゴツくて不恰好な装置なんざ着けられるか」

 

脚を組んでいた研究者が「しめた」と言わんばかりにニタリと笑うと指を組んで茶髪の青年を見据えた。

「そうですね。これは簡単に言えばプロトタイプ......我々が目指しているのはこれではありませんよ」

「?」

「この一連の研究はある研究者からの提言でしてね。ある人物をモデルにして造られました」

「回りくどい話なら断るぞ」

「まあまあ、そのモデルが生存すればより精度の高い『眼』を渡しますよ。君もいつまでもこの順位に甘んじる器でもないでしょう第2殿?」

「!?」

 

学園都市第2位

垣根帝督(かきねていとく)

 

「......」

垣根から光る翼が生えると無精ヒゲを生やした男性の左脚を吹き飛ばした。

「口の利き方に気をつけるんだな。舐めた真似をしていると殺すぞ」

冷徹に言い放つ垣根だが、男性研究者は時計を確認すると小さく欠伸をした。

 

こ、コイツ!?

脚が吹き飛ばされたのに

 

一同が男性研究の飛んで行った脚に目をやると金属支柱とジョイント部分が目に付いた。

「心配なんざいらんよ。とっくに義足だ」

男性研究者は取れた足元を軽く動かしながら再度交渉しるように前のめりになった。

「まあ.......話を聴いて判断してくれ。そうだな『人傀儡』ってのに興味ねーか?」

 

******

 

外道の時空間忍術により飛ばされた白ゼツが修復されたばかりの高速道路上で前のめりになりながら体勢を整えて前後に揺さぶっていると前方向から黒いワイヤーが三本伸び、白ゼツの左腕に当たると三点から巻き付いて重なり合うように固く結びついた。

 

「......!?」

一度だけ手元を確認すると愉快そうに黒いワイヤーが伸びている先を一瞥して悠然と構え出した。

「外道様の言った通りになったな」

「あの時は油断しました。容赦しませんよゼツ」

「......」

土埃の先に居たのは利用した木山の教え子三人。

天道

修羅道

餓鬼道が殺気を強くしながら輪廻眼の波動を強くしていた。

 

「クク......裏切るのかな?」

「裏切り?」

「研究の犠牲になったお前達に力を与えた。復讐する機会を与えたのに仕損じた......ふふ、君達の望みは叶えたはずだよね」

 

「まだ仲間ですと?」

「そうだね~君達の態度しだいかな」

「仲間に爆弾投げる奴が居るかよ!」

修羅道が腕の隙間から伸ばしたワイヤーを手を返しながら握り締めると渾身の力を込めて近くに引きずり込む。

 

「へぇー、木山は仲間かな?」

「あったりめーだぁ!親の居ねぇ俺達の親代わりになってくれた先生だ!」

左腕に巻きつけたワイヤーを身体の中に巻き上げながら肘に付いているブースターを点火すると構える。

 

白ゼツが惰性のようにワイヤーに巻き上げられていると特有のキリキリとしたノコギリ歯が視えた。

「実験材料にされたのに?」

「!?」

一瞬だけ動きが止まるのを確認すると脳波ネットワークを起動させていき、印を結んでいく。

眼の部分が真っ赤になり、機械が軋むような耳鳴りが響くと白ゼツは指からレーザーをワイヤーが巻きつく腕に発射して切り離した。

 

「「「!!?」」」

腕を切断するという相手の行動に頭が追い付かない中で修羅道は引き付ける対象の重量が変わった為に後方にバランスを崩してよろけた。

 

ワイヤーが巻き付いている左腕は余計な重さが無くなったのか一気に加速すると切断されて指の力が無くなった指が開いて掌から真っ赤な輪廻眼が開眼している。

 

「まだ超電磁砲が残っている」

「えっ?......」

 

真っ赤な輪廻眼の端から蒼い光が迸ると中心部からレールガンが一直線に放出されて六道の三人に向けて発射された。

「くっ!」

餓鬼道が重い身体を動かしながらレールガンのエネルギーを吸収すると同時に天道が腕を真っ直ぐ伸ばして斥力を生み出して切断された腕を吹き飛ばした。

 

「さ、サンキューな」

「人間ですか?......貴方は?」

 

天道の斥力に弾かれた腕を回収し、傷口に付けると元通り可動可能な生きている腕となり、感覚を確かめるように指を動かす。

「返却ご苦労さんだね。人間とは違うかな......さてと」

 

白ゼツは復活したばかりの腕を使い、高速で印を結ぶと三人の輪廻眼が夜の学園都市上空から光る膨大な糸のような伸びてきてゼツの頭に接続されていくのを確認し、冷や汗を流した。

 

コイツ!

バケモンかよ!!?

 

「力は持っても実践経験は皆無だからね。木山よりも多い230万の脳を統べるボクに勝てるかな?」

伸びた光る糸が頭に接続されると長く神々しい髪となり、白ゼツの動きに合わせて上下左右に靡いていく。

 

その様子は神話上にいる賢しい獣のようでもあった。

人々の騙し、力を奪い取る獣のような表情を浮かべながら六道の前に立ちはだかる白き悪魔とぶつかり合う。



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第88話 砂細工

リアルでゴタゴタしていて遅れました。

やっと御坂が起きてくれた


板張りが軋むような音で目が覚めた。

幽かな人の気配。

「......」

「......」

麻痺していた感覚が起き上がり、空気の圧迫感を覚える。

決して心地良いとかではなく、両親から発せられる理解できない世界からの無常な緊張感が走り、座っていたソファを浅く居直す。

確かサソリの話を聴いてそれから......

それから?

「ん......」

何かあった事は思い出すが今起きている事象と繋がらなくて固まる。

 

「あ、あの」

砂のドームのような部屋に学生服で居る自分や気まずさを鑑みて決死の覚悟で声を掛ける。

あくまでトーンには気を付けて。

 

「......本当なの?」

御坂の目の前には赤い髪の男性と黒髪の女性が部屋と部屋を跨いで口論のような話をしていた。

男性の手には赤い紙が握られており、正気が無くなった目で立て掛けられた写真を倒した。

「ああ......今日日勅命らしい。すぐに準備をしなければ」

「で、でも」

「......国の為だ。俺らの時代では無理だったがサソリには戦火を知らない時代でありたい」

 

えっ?

えっ!?

サソリ!?

何でサソリの事?

サソリの親って事?

「いや、そう言われると似ているような」

髪が赤いのって遺伝が強いのかしら

 

せんかって戦争?

虐待された訳じゃなくて、戦争があったの?

 

グルグルと頭を巡らす。

何が正解か?

何が不正解か?

ここにいるのがサソリの両親か?

サソリはあのサソリなのかでさえも分からない

 

幾重の肉弾戦や能力を駆使した戦いをしてきた御坂だが、大多数の戦争というのは体験していないし書物の中、歴史の流れでしかない。

 

サソリはずっと昔の......?

 

「......」

ギギィ......

油が切れたかのような軋む音がして御坂は物思いに耽っていた頭を起き上がらせた。

「!?」

先ほどまで肉感のあった男女の身体が今や崩れるように燃え出して、骨組みだけになりながら這うように恐怖で固まる御坂と腕を掴んだ。

「ちょっ!?いや!!?」

「......ボソ」

御坂の腕を掴んだ男性の骨組みは細長い棒のような物を持たせる。

「え......?」

その表情は寂しげでもあり、儚くもあり、哀しくもあった。

燃え残った油が目から溢れて炎に照らされて涙のように映る。

直方体の口が開き、機械的に一定体積変化させながら繰り返し御坂に訴えているようだった。

「よ......ん.........で?」

 

よんで?

読んで

詠んで

呼んで?

 

何を!?

中年に近づくと会話の中で主語が消失して述語しか言わない事が多々あるから解読作業が大変なのよね

 

「......」

言葉を伝えられて満足したのか二人の男女の人形は御坂から離れていく。

握らせた手には巻物があり、硬く紐が縛ってある。

「えっ、えっ!?」

骨組みだらけの腕を振りながらバイバイと御坂にしばしの別れを告げる。

「いやいやいやー!!?なに一方的に伝えて消えんのよ!バイバイじゃないって!」

 

尚も手を振り続ける二人。

ぎこちなく軋む腕は御坂にではなくもっと奥の誰かに振っているようにも感じた。

彼らの乾いた瞳は御坂よりも頭一つ上を見ている。

「???」

試しに覗き込むように首だけを動かすが松明の灯りがぼんやりと揺らいでいる程度だ。

その揺らめきが大きく左右にブレ出すと御坂の視界は暗転していき。

 

 

「!?」

赤色の豪華な絨毯の上で仰向けで気絶していた御坂が勢い良く夢での反動そのままに状態を起こすと砂で強固に造られたかまくらのようなモノに頭をぶつける。

「あだっ!!?つぅー!」

 

砂のかまくらは御坂の頭突きを受けてヒビが入り、自重でヒビが大きくなるとサラサラとした砂が御坂の上に砂糖のように流れ出てきた。

「うわっぷ......??ぺっぺ」

盛大に掛かった砂を吐き出しながら髪の毛に絡む砂を払うと何か棒のようなモノに気が付いてそっと確かめるように指先で探る。

 

「これってサソリが持っていた巻物?」

それは暁派閥発足時にサソリが持っていた巻物と瓜二つであった。

解こうにも強い力が働いてあり、解けない。

これは確か......

「くちよせ......」

それを使えという事?

 

******

 

月が叢雲の中へと消えていき、枝垂かかるような暗闇が広がる中で転生体のマダラの身体を奪った黒ゼツと警策の身体を奪った分身体のサソリが互いに万華鏡写輪眼を鋭く光らせて向かい合っていた。

 

似たような字面ではあるがチャクラの総量と奪った身体の熟練さは月とスッポン程あり、サソリの勝機は万に一つ無いように思えた。

それはサソリ自身も嫌というくらい実感している。

万に一つ無いかもしれないが、十万にも兆に一つなら数値誤差で生じる奇跡に等しい確率でなら倒せる手がサソリの戦場を越えてきた小賢しい頭脳で到達していた。

 

それは幾つもの運要素が必要になってくる。

他人に頼らなければならない場面も多く、策としては破綻している無謀な挑戦に近い。

 

しきりに黒ゼツは馴染んでいないのかマダラの指を開いたり閉じたりを繰り返している。

その様子にサソリ警策はニヤリと笑い、最初の賭けが成功したと確信した。

サソリは気取られぬように淡々と冷静に構えを解かずに質問を始める。

 

イマイチ奴らの目的がはっきりしないからだ。

だが予想している。誘導をすればいい。

「一つ良いか?」

「?!」

「お前らはコイツらをどうするつもりだ?」

サソリ警策の後ろにいる湾内達を親指で指差しながらサソリが訊く。

黒ゼツはいつもの調子で口を大きく開けると小馬鹿にするように答える。

「......知ッテドウスル?カツテノ同胞ニデモナルツモリカ?」

「これでも歴史には深い方でなうちはマダラの力は常軌を逸した存在であると分かっている。力を解放すれば此処を滅ぼすのは簡単だろうな」

 

「......ホウ」

 

「だが、現在それをしないという事は......別の目的があるという事だな。例えば十尾を復活させて......コイツらを使うような感じだな。写輪眼を使うから洗脳術はお手の物だろ」

 

コイツ......

ダカラ初メニ潰シタハズダッタ

 

「図星か?十尾を復活させる為にもコイツらが必要になるんじゃねーの?」

サソリ高速で印を結ぶと強大な液体金属が溢れて、人形を生み出して刃物状になった腕で黒ゼツを切りつけ始める。

「!?」

黒ゼツはマダラの身体で術を使う為に指を動かそうとするが、震えて上手く動かずに舌打ちをしながらサソリ警策の液体金属人形を避けたが寸前で右腕が切り離されて、修復の為に塵芥が集まってきた。

「マ、マサカ......」

「指動かねぇだろ?指先は神経が多くあるからよ、少しでも狂えば印なんて結べるもんじゃねーよな」

 

穢土転生の塵芥が集まり、右腕が復活すると黒ゼツは今までにない程の憤怒の表情でサソリを睨み付けた。

「オレがマダラの手を奪ってある」

サソリ警策は印を結ぶと警策の背中から砂が溢れ出してきて、風に舞って流されると隣のビルの壁にサソリの分身体が出現してペタリと張り付いた。

砂が抜けた警策は力が無くなり、その場に小さく意識を無くして倒れだした。

 

「取り戻したかったら、オレを倒す事だなゼツ」

「サソリ......殺シテヤル」

「奇遇だな。オレも貴様を殺すつもりだ。来いよ寄生虫野郎が」

 

黒ゼツは屋上のフェンスを突き破ると一直線にサソリの分身体目掛けて拳を振り上げた。

 

そうだ来い......

これでケリを付けてやるぜ

 

サソリは写輪眼がクルクル回転し始めて、右手を握り締める。

勝負は気付かれる前の一撃だけだ。



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第89話 灯り

遅くなって申し訳ありません
やっとできました


やはりか......

 

予定通りマダラの身体を奪った黒ゼツを砂分身体のサソリの場所まで誘き寄せた。

純粋なチャクラだけの存在となったサソリは黒天の空にまるで細かい雷のように走行する膨大な光輝く見覚えのある線を見上げる。

 

マダラの力で厄介なのは並外れた瞳術。

それを一時的にも麻痺させるには......

あの時ゼツ達にヤラレタ方法だな

今度はこちらから使わせて貰うぞ

 

サソリは両手を合わせると一拍置いて高速で印を結ぶ。

一気にしなければ......

 

******

 

荒涼とした砂漠の原風景の中を警策はフード付き羽織りを着用しながら彷徨っていた。

大切な友人を喪失した事による哀しみを封じ込めて学園都市に歯向かったが圧倒的な力の前に自分は無残に敗れた。

実験の為にはデータ上でも身体上でも簡単に死を享受させる狂った連中を相手にしている。

 

今まで生きてこれたのは科学者にオベンチャラお世辞を言ったり、実験に協力して理想の女児として振舞ってきたからだろう。

逆らったり逆上させたりしてしまえば思いつくままの被験体となり抹消されてしまう。

 

失敗しちゃったよね......

威勢の良い事を言って結局死んじゃうのよね

ばっかみたい

私もアンタも......

 

警策の目の前には焚き火をしているララの姿があった。

朗らかで優しく笑う彼に一目逢えただけでもなんとなく生き方は間違えていなかったと錯覚する。

 

「久しぶりね。相変わらずのアホ面だこと」

「い、いきなり!?」

「ふふふ」

やはりこの雰囲気は懐かしい。

近くにいるとホワホワ暖かくなるし、弄りがいがあるキャラだ。

「さてと、さっさと連れていきなさい。天国だろうが地獄だろうが何処でも付いていくわよ」

 

座ってキョトンとしているララに手を差し出してあの世へのエスコートを要求するが、腕の物陰から蒼色に光るチャクラ糸が伸びており身体の節々に丁寧に張り付けられているのに気がつく。

 

「っ!?」

「残念だけど、まだ来れないみたいだね」

慌て蜘蛛の巣のような糸から逃れようと手で払う動作をするがチャクラ糸は蜘蛛の巣よりも少ない質感でどんなに払ってもまとわりついてくる。

「な、何よこれ?」

「やはりあの人を呼んで正解だった。いよいよ反撃するみたいですよ」

 

地平線の先から夕陽のような穏やかな光が映り出す。

伸びたチャクラ糸は一点透視図法の線のように振る舞い、物理的にも心理的に引き込まれていく。

「ララ?」

「明かりを灯して......君達が積み上げてきたものを想いを奴らにぶつけて」

「あ、明かり?」

 

糸が巻き取られるように身体全体が引っ張られていく。

警策は抵抗する事も無く、首だけを動かして虚ろい行くララの影を懸命に追った。

 

大丈夫

奴らの好きにはさせないから

私も手を貸すよ

 

******

 

「!?」

気絶をしていた警策が身体の重量感と戦いながらユルリと目を覚まして起き上がった。

「だ、大丈夫ですの?こちらに!」

心配そうに湾内が警策の腕を取ると屋上への出入り口の扉へと引っ張り込んだ。

「......?」

気だるい感覚に痛みに近い神経刺激が強めに影響している中で先ほどの強烈な情景が脳裏を掠めていると目の前に顔にヒビが入った禍々しいオーラを放っている鎧武者が横切っている。

 

き、危険だわ......

息が上手くできない

 

力をある者に媚びて、生き残りを画策するのを得意とする警策は一瞬で無理だと判断した。

どんなに力があろうと、どんなに覇権を握っていようが関係ない。

相手は人の命を虫けら同然に扱う恐ろしき猛獣に近い。

根本的に人の価値観、倫理観が欠如もしくは皆無の人間......いや、人間ではない何か。

 

「サソリさん一人で大丈夫ですの?」

「分かりませんわ......どなたか助けを呼んだ方が宜しいかと思いますが」

「携帯電話は繋がりませんし、この暗闇を走っていくのも無理そうですわ」

 

鎧武者の禍々しいオーラで辺りが辛うじて照らされているが扉から先の階段やフロアは一寸先は闇状態でとてもではないが壁伝いで確かめながらしか進むことができない。

「せめて停電が復旧してくだされば手立てはありますのに......」

婚后は扇子を開くと伏し目がちに口元を隠した。

 

停電......

それにサソリって確か

 

「こいよ寄生虫野郎が!」

ビルにチャクラ吸着で垂直に立っている赤毛の少年が舌を出して、不敵な笑みを形にすると華奢な腕で手招きをしている。

その双眸に見覚えがあり、一瞬だけ焚き火の燻った匂いが鼻をツーンと刺激した。

 

明かりを灯して

 

その眼は間違えようとしても間違えようのない代物。

彼女の動機でもあり、原因でもある存在だ。

 

「ラ、ララ?」

 

何かを察したかのようにポケットから繋がらないはずの携帯電話を取り出す。

見てくれなんか気にしていない非常に強い電波を発信する携帯だ。

 

理性的じゃないってバカにするが良いわ

自分の目的が叶うならどんな悪魔にだって魂を渡してやる!

あれが私の幻覚だろうが

亡霊だろうが関係ない!

 

「点けてやるわよ......こんな腐った世界が終わるんなら何個でも点けてやるわよ!」

 

パスコードを入力すると規則正しい電子音が流れていく。

それはソプラノ声のように高く。

遠くまで響きそうな旋律だった。

 

『了解しました。電力を復旧をします』

 

電話口から聴こえてきたのは電気系統を担当する御坂妹。

配電盤を操作し、グリーンランプが完全に点灯しているのを確認するとスイッチの切り替えをした。

 

学園都市の中心から電力が復旧して波飛沫が伝わるように暗黒を打ち消し始めるオフィスや学校、街灯の灯りが強く光りだす。

「ッ!?」

サソリを縊り殺す為に飛び出したマダラの身体を奪った黒ゼツは不意に接したビルの明かりに視界から光だけしか認識出来なくなっていた。

慌てビルの側面に着地して目を開くがサソリの姿が一瞬だけ消失し、写輪眼の機能を失う。

 

「キ、貴様ラ......」

眩んだ写輪眼を必死に回復させようとチャクラを目に集めているのだが、いつの間にかサソリが黒ゼツの背中を取り右手を突き刺そうと振りかぶっている。

 

ゾクッ!

黒ゼツの規格外の感知能力がサソリの右手に住み着く悍ましい何かを察知して着地しているガラス窓を思い切り踏み切り回転しながらサソリの気配から距離を取る。

 

シュゥゥゥゥゥ!

「!?」

仄かに辺りに火薬の匂いが充満して黒ゼツの鎧の背部に起爆札が発動しており燃え始めていた。

「クク......」

サソリが印を結ぶと起爆札が余韻も待たずに爆発し、辺りが吹き飛んでバラバラになる。

「......」

サソリは構えをゆっくりと解きながら目を閉じて、周囲の環境へと自身のチャクラを馴染ませていく。

 

「オノレ......」

突如としてサソリの背後に出現したボロボロ姿の黒ゼツの上半身が這い出ててきてサソリを貫くために鋭い木の枝を伸ばしていくが。

パチッ!と目を開いたサソリが紙一重で躱すと通り過ぎた木の枝を握り締めて持ち上げた。

「随分と軽いな......死者は総じて軽いようだな」

そのまま木の枝ごと術者の黒ゼツを引っ張り出すと横殴りをするように枝を振り回して、ガラス窓に叩きつけた。

「ガハッ!」

オフィスに並べられたデスクやラックがひしゃげてコピー機が横倒しになって破壊されていきその中心に黒ゼツが苦悶の表情で膝を突いていた。

「ハァハァ」

「流石のマダラも印と眼を封じられたら普通の人間だな」

割れたガラスを踏みしめながらサソリはゆっくりと隣の窓ガラスに手を掛けた。

 

「テメェの痛覚がどうなっているか知らねぇが......痛かったら我慢しろよ」

「?」

サソリは万華鏡写輪眼を開くとガラスを一点に凝縮させて一枚だけ飛ばした次の瞬間には一枚のガラス板がマダラの身体を鳩尾から下に出現して腕と下半身を切断した。

「......!?」

「ガラスだとチャクラ感知が出来ねぇよな」

サソリは一気に間合いを詰めると写輪眼の巴紋を回しだすと右手で少しだけ握り締めた。

「マ、待テ!ソレハ!?」

「さっさと死ね」

 

写輪眼

幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

拳を振り抜くと黒ゼツごとマダラの上半身を強制的に打ち消して塵芥へと戻した。

「さっきコピーした術だが......割と役に立ったな」

手の埃を払いながら踵を返して破られたガラスから外に出ようとする。

「さてと......他の場所は終わったか?」

 

だが、上半身が塵芥となって白い肉塊になっているマダラの両腕に刺青のような黒い筋が入ると震えながら印を一つずつ結び始めていく。

 

子..........丑......申......寅............辰..........亥

 

 

穢土転生の術 契約 解



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第90話 腕

遅くなって申し訳ありません!

予想よりも長引いて戸惑っています


学園都市の大停電が解除される数十分。

「これって......?」

夢の中で渡された巻物を掲げながら筒の中を透かすように中心部を覗き込んでみる御坂。

一枚の羊皮紙が重なり数ページ分の太さとなっている。

もちろん中身なんて確認出来ない。

不審な厚さや小細工も見受けられない分、これが戦いに於ける有効な武器になんて繋がる訳もない。

あるとするならば棍棒のように振り回して戦うしかなさそう。

 

見方を変えてみよう

これが直接武器になるというのは短絡的くつ原始人並の発想だ

あたしだって巻物の用途が棍棒ではない事は百も承知

「やはり中身かしらね」

忍者と云えば巻物って思い浮かぶし、もしかしたら敵の弱点が書かれているかもしれないわ

あの弁慶にだって泣き所があるんだから、ゼツって奴の情報があるかも

 

巻物の結び目を解いて一呼吸置いてから一気に開封してみる。

カビ臭い匂いが立ち込む。

達筆な字が並ぶ中で中心に大きな円があり、円の中に「腕」と記載されている。

 

ん?

腕?!

腕が弱点なの?

でもあたしの能力吸収されたし、腕って何処から何処までだっけ?

関節部分かしら?

でもそうなると丁寧に「肘」って表記して欲しいわー

でも肘の付け根って痺れるわよね

ファニーボーンって云ったような......

 

「よし!腕の情報は手に入れたわ。よっしやってやるわよ」

御坂は巻物を広げたままテーブルの上に置くと今後どのように動くべきかを思案した。

「まずは暁派閥の皆に連絡を......って電波がやられていたんだったわ」

このご時世に通話手段を封じるのは敵ながらによく練られた策だと思う。

スキルがあるのならば狼煙を使ってみるのも手だがあくまで煙を出すくらいしか出来ない為断念。

 

ガチャリ!

「っ!?」

慌て机の下に滑り込むように入ると息を殺してテーブルと椅子の脚から覗く隙間から様子を伺う。

銃を持ちゴーグルを着用した御坂妹がメイド服のままで入ってきた。

 

な、なんでよ?

あの馬鹿げた実験は終わったんじゃ?

というよりなんでメイド!?

「......」

 

メイド服の御坂妹はジッと机を眺めると

「どうかしら?」

銃口にキスをしながら悪巧みをするようなキラキラした瞳を......

キラキラした瞳?

「食っ!?」

ピッ!

と声を挙げようとした御坂だったが間抜けなボタン音がすると御坂の電磁バリアが無意識的に反応して守るが当の本人には殴られたような痛みが走る。

「!?ッ」

 

ピッ!

「痛っ!?ちょ」

ピッ!

「アダダっ!」

ピッ!

「痛ーー!?痛いって言っているでしょうが!」

御坂が威嚇ばりに電撃を放ちながら頭を抱えているとメイド服の御坂妹は不敵に笑いながら屈みこんで楽しそうに眺めていた。

「本物みたいねぇ。やっぱり厄介よね電磁バリア」

「ってかアンタ食蜂!?何してんのよ?」

「別にぃ。ララに言われた通りの潜入捜査。丁度良かったわぁ、この先電子ロックで開かない所があって困っていたのよ」

「は、はい?」

ニコリと上品そうに踵を返すと御坂の腕を掴んでペース等御構い無しに出入り口へと誘導していく。

「さあさあ、いくわよぉ~。お.ね.え.さ.ま」

「んなっ!?言うな虫酸が走る!」

「可愛い妹の頼みよぉ~」

「アンタなんか妹にした覚えないわ!」

 

豪華な扉が閉まる音がすると部屋のテーブルの上に置き去りにされた巻物が僅かな隙間風ではためいているとボンッ!と煙が出て、「腕」という文字は消失しカラクリ人形のような無機質な右腕が出現し、強張るように幽かに動き出そうとしていた。

 

******

 

白く光るピアノ線のような無数の糸を頭から出して、神々しくニタニタと笑う白ゼツ。

「......理論通りだね」

「??」

訝る天道達を尻目に白ゼツは身体から溢れ出てくる力に興奮しながら身体全体で笑いを享受しているようだ。

「あははは~。これが仮想人柱力だ。木山で実験しておいて正解だね......もっと欲しくなる」

やたらと長い舌を出しながら真っ赤に眼を光らせる。

 

「舐めやがって!」

修羅道が腕を振り上げると皮膚がズレて中から細長い弾頭のミサイルが光り、照準が全て白ゼツに狙いを定める。

「ファイア!」

一斉に角度を決めると煙を上げながら発射していくが白ゼツは高速で印を結ぶと

「クク、テレポート」

着弾して大爆発をするが白ゼツは空間移動を行い、ミサイルを発射し終わり予備動作をしていない修羅道の腹部を回し蹴りをした。

「ぐっ!?」

「それっ!」

腹部を蹴られた事により胃の内部にあった空気が圧縮されて口から吐き出されるが、白ゼツは逃さずに口の中にアルミ缶を押し込んだ。

「......!?」

「グラビトン」

アルミ缶の中心が歪み出して高エネルギーが高まり、修羅道の上半身を焼き尽くすように爆発した。

一瞬の閃光の後に周囲を巻き込む爆風に一仕事終えた白ゼツが手を叩きながら埃を払う。

 

「君達さ~。オリジナルよりも弱いね。正統な継承者ではないにしろもう少しヤルかと思っていたけどね。あー、木山の教え子だから頭の出来は知れたものか。師匠が愚かなら弟子もまた愚かだしね」

「......」

天道はズレたカチューシャを正すと隣に居る餓鬼道と顔を合わせた。

餓鬼道は組んでいた腕を解くと橙色の鎧を揺らしながら天道を抱えて肩に乗せた。

 

「おやおや?ひょっとして逃げるのかな?意気地がないな~」

「貴様は救いようのない馬鹿だ。私らの前で言ってはいけない言葉を並べての悪辣な態度......吐き気がする」

「言うだけなら容易いよね。一人殺されてムザムザ逃げるなんて臆病も良いところだね

「修羅道を殺したと思ったのなら間違いですよ......この程度で倒される輩ではない」

餓鬼道が天道を抱えたまま飛び上がり、街灯の球体部に着地をし、ギロリと輪廻眼で見定める。

 

「サンキューな天道」

爆風の中から異形な姿へと変貌した修羅道の影が出現し、揺らめく火災を計6本の腕で払い除けると紫線が加速して脚を組み替えながら三重のパンチを弾丸のように打ち出した。

 

「三連主砲!」

「ぐがっ!?」

修羅道の両側には怒りと悲しみを模した顔が映し出されて、それぞれが腕を生やしており戦闘の神『阿修羅』のような風貌となっている。

通常の三倍の威力を走らせた拳の衝撃はチャクラで操り時間差で白ゼツの身体に襲い掛かり加重が増すごとに周りの空気ごと圧縮される。

 

「ワイヤーセレクト......親に捨てられたゴミクズのような俺達への悪口なら一発殴って許してやるが......先生の悪口ならゼッテー許さねぇ!三倍だろうがな!」

ガチャンと腰椎部分が迫り出して束になったワイヤーが飛び出すと一斉に吹き飛ばされた白ゼツを追跡して四肢に巻き付いた。

「っ!?」

すると伸びていたワイヤーがピタリと止まり修羅道へと巻き上げていく。

 

「生意気だね......」

レーザーを放とうと自由があまり効かない腕を上げて狙いを定めようとするが。

 

ズシン......!

「!?」

最後の一撃の余波が白ゼツの身体を激しく揺らして脳天からひっくり返させる。

その間に修羅道は、両脚を地面に突き刺すと三本の右腕はカチャカチャと噛み合わせを変えて腕の半分を覆う砲台を出現させた。

 

「エネルギー充填......30%......64%......87%、98%」

反動を抑止するためと姿勢保持の為に補助ジェットを点火し、人工的に真っ赤に光るチャクラを砲台に溜め始めた。

白ゼツが気付いて身体の自由を獲得しようともがくが既に限界まで溜まりきったようで空気が張り詰めていく。

 

「地獄の炎で焼かれやがれ!超業火砲(バルク)!!」

一瞬だけ砲台から出るとあまりの高音に周囲の空気からバチバチと電撃を帯びていき、真っ赤な焔が一直線に放たれる。

 

「ぐっ!?がああああああああああああああああああああああああー!?!」

ワイヤーで固定されたまま修羅道最大出力の技を喰らった白ゼツの身体を貫いていき真っ赤な閃光に包まれていった。

 

それを見ていていた天道は餓鬼道に指示を飛ばした。

「影響が出ないように修羅道のバルク余波を吸収してください」

「分かった」

餓鬼道が飛び降りてチャクラを吸収していくのを確認すると天道は印を結び出した。

輪廻眼を使い正確に白ゼツの場所を見定めると両手を合わせて神に祈るようなポーズをする。

 

地爆天星!

 

業火に包まれている白ゼツの周囲に黒い核が出現すると強大な引力が発生し、修羅道の超業火砲ごと白ゼツを飲み込んで上へ上へと修復された高速道路を引っぺがすようにして上がっていく。

「悪いですが......限界まで押し潰します」

更に黒い波動を飛ばして引力を強くしていく天道。

 

******

 

しかし......

巨大な岩石の塊の上からはまだ白く光る線が伸びており、それは学園都市で意識を失っている人々へと繋がっていた。

 

「......!?」

「?......!」

 

一斉に身体をのたうち回らせて声にならない叫びをあげて人一人の力では押さえ込めない勢いて暴れ出していく。

「あっ......ぐ......?!」

それも白ゼツに敗れた白井も例外ではなく、縛られたベッドから転げ落ちる勢いで身体が強張りベッドサイドに脚を叩きつけている。

「し、白井さん!どうしたんですか!?しっか、しっかりしてください!!」

側で世話をしていた初春は普段の凛としたジャッジメントの先輩とは程遠く、まるで獰猛な野生生物を相手しているような感覚に陥る。

 

必死に暴れる白井を大人しくさせようと腕を抑えているが、固定していたベルトが外れて抑えていた初春に白井の無自覚の拳が振り下ろされていく。

「......え......?」

殴られる衝撃に初春はバランスを崩して床に倒れ込むがサソリから渡された砂がフワフワと浮かび上がり、初春を守る。

そのまま砂が暴れている白井の上に来ると暴れていた白井はまるで鎮静剤を打たれたかのように平静さを取り戻してゆっくりと横になっていく。

 

「??」

初春が起き上がると斜めに姿勢を崩した白井の額に人形の左腕が乗っており、ゆっくりと枕元に転がっていく。

その様子はまるで親が病気の子を優しく介抱する手のようにも見えた。



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第91話 憑く

遅くなりました
マイペースで執筆しています

読んで頂けると嬉しいです


奇襲に近い形でコピーしておいた幻想殺しを発動し、穢土転生の術を打ち消す事に成功したサソリは砂が溢れ始める身体を引きずりながら割れた窓から隣のビルの屋上に居る湾内達を見上げた。

 

ギリギリだった......

砂分身で使えるチャクラ量は限られている

これで終い

 

「サソリさん」

キラキラとした尊敬の眼差しで見てくる湾内を見上げながらサソリは人生最期となる光景を目に焼き付けようと嘲笑するようにほくそ笑んだ。

しかし、青白く燃える歪んだ刀がサソリの身体を貫いた。

「ッ!?」

サソリが振り返ると両手が黒く変色した鎧武者姿のマダラが亡霊のように仁王立ちしており機械的に写輪眼を全開にしていた。

「......」

マダラの肉体は一瞬で振り払うように動かすとサソリを貫いていた刀が呼応するように動き出してサソリをビルの下へと凄まじい勢いで振り落としていく。

「くっ!?」

サソリは印を結んで、身体が崩れていくのを阻止しながら勢いを殺す為にチャクラ糸を伸ばすがマダラが腕から巨大な骸骨の腕を出現させて、振りかぶると身動きが出来ないサソリに向けて殴りこんだ。

「チィ!」

サソリが腕を前に組んでガードするがマダラは問答無用に拳を突き立てたまま加速しながらサソリをコンクリート諸共叩き潰す。

コンクリートが衝撃により陥没して周囲のビルが大きく傾いた。

 

「さ、サソリさん!!?」

「そ、そんな事って」

湾内達は目の前で起きた惨劇にただただ竦んでいて、立っていられずに膝が崩れた。

「......オヤオヤ」

黒ゼツは叩きつけた骸骨の腕を持ち上げて確認すると、直撃した右半身だけが壊れたようにヒビが入り、砂を噴出したサソリが息を荒くして睨みつけていた。

「ナルホドナ......砂分身カ。妙ダト思ッタガ憐レナ姿ダ」

「はあはあ......術は打ち消したはずだ......どんな小細.....ゲホ、をしやがった」

「ククク......本体デ腕ヲ操ル事ニ集中サセテ貰ッタ。ソシテ忍トシテノ経験ガ仇トナッタナ」

 

忍と忍の戦いでは命と命のやり取りとなる。

忍術にしろ体術にしろ大きな目的は相手に致命傷を与える事だ。

致命傷となるのは身体の機能の司る中枢神経系......つまり『脳』だ。

早い話が頭を潰せば生き物としての機能は止まる。

だが......

 

「残念ナガラ貴様ガ相手ニシテイルノハ穢土転生体......死体ダ」

「!?」

「死体ニ頭部破壊ノ原則ハ通ジナイ......強イテ言ウナラバ術ヲ繰リ出ス『腕』ヲ打チ消サレタラマズカッタナ」

 

ゆっくり思考する事が出来る時間があればサソリならばその考えを取り入れた打開策を練れたかもしれないが、遥かに格上のマダラを相手に一騎打ちとなれば一瞬の判断で決めなければならない。

こびり付いた人殺しの咎がサソリの判断を絶望的な状況へと追い込んでしまった。

サソリは片手で印を結ぶと溢れていた砂を集めて、チャクラ糸でキツめに人型へと固めた。

 

「悪イガ同ジ手ハ通ジナイ......既ニ穢土転生ノ契約ハ解除シタ......朽チヌ身体、無限ノチャクラヲ生み出すマダラヲ止メルノハ不可」

黒ゼツはマダラの腕を不自然に筋肉を隆起させながら構えた。

 

サソリは刺された腹部から砂を落としながら立ち上がると輝きを失った両眼で黒ゼツを睨みつけるが......サソリには既にマダラを相手にして勝てる見込みが無いことを悟っていた。

 

失敗......したか

残り僅かなチャクラで伝説のマダラを相手にして万が一にしても勝ち目はないな

 

サソリは不思議と冷静にこの絶望的な状況を分析していた。

いや、初めて血肉が踊る戦いを愉しんでいた。

「負けん気か......」

「ン?」

「いや、なんでもねぇ......あの時とは違った景色だな......」

サソリはチャクラ糸を身体中から伸ばしてゆっくり、ゆっくりと空を見上げた。

 

死んだ親父とお袋もこのような気持ちだったのだろうか?

生きるつもりの死か?

死ぬつもりの死か?

ここで引いたら御坂達が死ぬ

 

サソリの雰囲気がガラリと変わった。

まるで氷の刃が突き刺さっているかのように張り詰める。

「悪いな......傀儡にするとか考えてねぇから加減が出来ないぜ」

 

サソリの周りに視認出来るギリギリのチャクラが張り巡らされて、ビルの瓦礫や窓ガラスに貼り付けた。

 

最期に魅せるは自分の流儀

『長く美しく後々まで残っていくもの......永久の美』

サソリは抑えていた胸の傷から手を離して指を構えていく。

空いた穴がぽっかりと浮かび上がり土砂が流出し続けていく。

 

サソリにしてみればこれも命を賭けた戦い。

しかし違うのは『誰かの為』だけだった。

背後にはサソリを慕っている湾内達が見ている。ゆっくりとヒビが入った頬の角度を変えるだけ後ろを観て気配を感じる。

 

巻き込んですまなかった......首だけに成ろうがあの野郎を殺してやるから

 

******

 

サソリの計略により復活した街灯がチカチカと点き始める高速道路で逃げ場のない高熱が一点に凝縮されて白い光が曲がって放出されている。

 

「かぁっ!......はあはあ」

最大火力の必殺技を繰り出した修羅道は口と背中から盛大に蒸気を吐き出して力を使い果たしたように仰向けに横になった。

「オーバーヒート気味ですね。少し休んでください。餓鬼道、周囲の被害は?

「問題ない」

「ありがとうございます」

天道は右手を伸ばしながら一つの星のようになっている岩石の塊を空中で保持し続けている。

「凄まじい力ですね。まるで超新星爆発を彷彿させるような」

「はあはあ!当ったり前ぇだ......はあはあはあ、俺の最大攻撃だぞ!」

「まとも当たればの話だが」

オレンジ色の鎧をガシャガシャ動かしながら餓鬼道がゆっくり修羅道へと近づいた。

「モーションがデカすぎて奇襲にも使えん」

「うっせーな!当たっただろぉ!助言通りワイヤーで固定して!時間差の攻撃をして!」

「工程が多いし、繰り出した順が違う」

「どうでも良いだろうが!こっちは燃料が切れてんだ......プシューー」

冷静に腕組みをしながらダメ出しをしてくる餓鬼道に修羅道が額に血管を浮き上がらせながら逆上するが言葉を遮るように喉から蒸気が噴出する。

 

「まあ、落ち着いてください。しぶとい人なのでこれで倒せたと考えない方が良いですね。餓鬼道、奴のチャクラを吸収してください」

「分かった」

「は、早く吸収して俺に渡してくれ」

「全く......無鉄砲な奴のリカバリばかりか。修復は地獄道と合流してからだな」

餓鬼道が腕を広げて白ゼツが保有している膨大なチャクラの吸収を始める。

 

「大丈夫ですか?」

天道が心配そうに姿勢をそのままに視線だけを動かして修羅道を覗き込むように訊く。

「あぁ......先生を侮辱しやがったからな」

 

しかし、チャクラ吸収をしていた餓鬼道が目の前の岩石に違和感が生じて眉を顰めた。

「......?」

キィィィィン!

と機械音のような耳鳴りが響いて稲妻のようなチャクラの流れが一気に岩石の隙間から染み出すように蒼いチャクラが噴出すると岩石を斜めに引き裂いた。

 

「!?」

破られた!?

 

一瞬だけ真っ赤な眼が三人を一瞥すると崩れ落ちる星になりかけた何かの中心から赤子の泣き声が聞こえてくる。

 

恐怖

嫉妬

憎悪

痛み

 

嫌な感情が湧き上がり思考停止させるくらいの辛い過去がフラッシュバックで歪んだ現実を直視させてくる。

 

「ふふふ、なるほどだね。本気で搾り取るとあの尾獣にも引けを取らない代物」

空中に青いホログラムのような不気味に光る白ゼツが腕を眺めながらニヤリとノコギリのような笑みを浮かべている。

 

「き、貴様!」

餓鬼道は飛び上がり黒い棒で貫こうとするが触れる寸前で障壁が展開されて鱗のようなバリアが発生した。

「残念だったね。六道だから期待していたけど......そろそろ実験材料に戻って貰うよ」

白ゼツの瞳が光ると餓鬼道を念力で弾き飛ばしてテレポートで空間移動をして蹴り下げた。

「ガハッ!?」

 

「地爆転生でも数秒だけ動きを止めるだけだったね......惜しかったよ。コイツが無かったらイチコロ」

白ゼツは仰々しく見せた右腕の機械のスロットを全開にして、ロックな曲調の音楽が爆音が流れ出した。

「さてと第2回戦と行こうか」

 

青く輝いていた白ゼツのホログラムのような姿を一転して茹だるように真っ赤な明滅を繰り返して構えた。

それに伴って白ゼツから観える『叫び』は悲痛の色彩が強くなっていく。

 

痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!

許してください許して

もうやだ、ヤダヤダヤダ

止めてぇぇー!身体がバラバラに引き裂かれ

熱いぃぃぃぃぃぃぃー!

 

「ま、まさか!?」

「言い忘れたけどさっさとボクを倒さないと皆んな死ぬかもね。まあ、君達もすぐに仲間入りだ」

ケラケラと悲鳴が上がるエネルギーの渦の中で高笑いを浮かべている姿は悪魔の様相を呈していた。

 

******

 

白ゼツが仮想尾獣のモードを変えた時に意識不明患者を収容した病院では阿鼻叫喚の惨劇であった。

閉じてあった目が血走り、思い切り口を閉じて硬直したような痙攣が起こり、身体が仰け反るように捩れていく。

「せ、先生!!?一体これは?」

「わ、分からない......呼吸が乱れている!」

「酸素マスク用意して!」

「口が開けられません!」

「先生こちらにも来てください!」

「後弓反射も見られます」

 

まるで猛獣を相手にしているような患者の変わり具合に医師も正しい診断が付けられずにひたすら暴れるのを抑えるしか手段が無かった。

 

どうすればいい?

テタヌス(破傷風)の症状に近いが、まだ原因不明だ

患者全員に発症していることは集団感染か

我々は大丈夫なのか

何が起きているのか!?

 

 

病院全体が混乱する中で一つの欠けた面がフラフラと隠れるように壁伝いで虫のように移動していた。

「し、死ぬかと思ったっす......覚えていろ」

上条当麻により消滅したと思われたトビが命からがらここまで逃げ延びてきたらしい。

人の行き来が激しい中で面の後ろから触手を伸ばしてスルスルと移動していきある病室に潜り込む。

開け放たれて患者の悲鳴が聴こえている中でトビは比較的に大人しく眠っている白井に目を付けた。

 

「!良く分かんねぇっすけど。取り憑きやすそうなのがいるもんっすね。他は暴れているから良いや」

 

ヒョコヒョコと這い蹲りながら慎重に白井の枕元に落下してゆっくりと顔を覆った。

右上が欠けた状態のグルグルしたお面が被さると白井は一気に身体を起こして、真っ赤に怪しく白井の眼が静かに微笑んだ。

「良くもオイラをコケにしやがったっすね......オイラだってまだまだ役に立つっす」

トビは白井の身体に入っている点滴を引っぺがすと覚束ない足取りで病室をあとにした。



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第92話 懇願

遅くなって申し訳ありません

やっとこの段階になりたした


例えばの話をしましょう

ガンを完治する治療薬の開発のメドが立ったとして、それにはモルモット二万匹の実験データが必要だとしたらどうだろうか?

 

貴方はその実験は仕方ない事だ

それで多くの命が助かるなら

と考えるだろうか?

 

同じ命なのに?

人間を助ける為にモルモットが犠牲になって良い理屈なの?

 

人間1人自然分娩で産まれる日数は約280日

モルモットは大体59~72日

 

産まれるまでの日数が違うから

人間じゃないからセーフだとか

そこに正義があればやるべきだとか様々な意見があるだろう

 

人間は簡単に増えないから実験に使ってはいけない

モルモットは人間の4分の1 の日数で増えるから実験に使って良い

簡単に造り出せるものは簡単に壊して良い

 

そうやって考えてきた。

考えないと自分の立ち振る舞いの根幹が崩れていくかのような気がした。

正義と宣っておきながら結局は自分を慰める為の安心して職務を全うする為の建前だ。

 

 

外の空気は甘いのでしょうか

辛いのでしょうか

 

外部の空気はおいしいと教わりました

ミサカは甘い方が好みなのですが

とミサカは自身の好みを吐露します

 

世界とは......こんなにもまぶしいものだったのですね

 

 

あの時から彼女達を造り物とは思えなくなってしまった

世界が歪んだ醜いものしか見えていなかった私よりもずっと人間らしいと思ったから

不気味の谷すら突破した人形は人形足り得るのか......

あるいは人形は人間に慣れるのか

生きる為に何もかも捨ててきた人間は人形になるのか

周りから宣告されたから人形なのか

 

自分の立脚点が分からなくなっていく。

感情を切り離した筈の彼女達に理性で判断していた私を大きく揺さぶった。

それは幾らでも解釈出来るし、なんとだって言い訳が出来る。

論文や書籍で読み飛ばされる注釈やコメマークでただ一文

『※例外や諸説あります』だけ書いていれば歴史的に認められる。

 

幼少期からあまり気にも止めないで読んでいた文献の端っこにある一文の存在に出逢ってしまった。

 

『彼女達はモルモットであり、感情はないに等しい』

※例外や諸説あります

 

この※で纏めるにはあまり馬鹿馬鹿しく非情に観えた。

長い人類の歴史の中でこの文言だけで片付けられた被験者、実験者が数多存在した筈。

彼ら科学者が流した葛藤の涙は当たり前として現在の技術を支えている。

 

私は初めて科学者としての壁に......

私『布束砥信』は研究者として相応しくない感情を想い出してしまった。

 

ゼツ達の策略によりヘッドギアを装着された布束は彼女達と同期していく。

受けた痛み、流した血

激痛からの冷や汗

口から上がる呻き声

出血を止める為に抑える腕

寒さ

孤独

拒絶

悲しさ

憧れ

 

そしてあの忌まわしい記憶へとネットワークは繋がる。

『さあ、これより第九九八二次実験を始めよう』

 

捲き上る噴煙に飛び交う人形。

必死に自分の大切な人を守るため、暖かく迎えて尊敬している人にもう一度逢う為に指を動かして抵抗していく。

 

腕はもぎ取られて

脚は壊されて

まるで熱湯を被ったかのような激痛にのたうち回りながらも懸命に前だけを向いていた。

薄ぼやけた月の光でも希望の光に変え難い。

景色が真上からゆっくりとスローモーションのように無機質な物体が落下してくる圧迫感を感じながら安い命よりもずっと大切なカエルのバッジと破片となった人形の腕を抱き締め続ける。

 

お姉さま......サソリ様

だいすきです

 

時空が大きくブレていく。死とはこのように感じるものなのかと考えている時に黒い影が必死の形相で飛び込んできたのを見届ける。

 

景色は暗転して彼女の心や記憶が溢れ出してくる。

小さな人形の身体に入った彼女は実験の残酷さを跳ね除けてまぶしい世界を走り回っていた。

美味しいものを食べて

大切な人と一緒に暮らしながら日々を全力で生き抜いている姿が映る。

 

その溢れそうな笑顔で全て救われた気がした。

ずっと陰惨で残酷なだけだと思っていた彼女達の人生は決してそうではなく、命を懸けた人々の想いが彼女を解放していた事を知る。

実験を止めようと動いていた布束は間違っていなかったと安堵した。

彼女達の記憶ネットワークに流れた生き人形となった彼女が優しく語りかけているように思えた。

 

 

そこで布束に掛けられていたヘッドギアのスイッチが切られて、御坂とメイド服姿のミサカに扮する食蜂が様子見をするようにおっかなびっくりとしながら少々固まっている。

「い、生きてるわよね?」

「なんとか言ったらどうかしらぁ。一応助けたんだからぁ」

「あ、アンタねぇ......状況を説明しないと分からないでしょうが」

「そんな悠長な事言ってられないのよ。わかるかしらぁ。貴女の足らない頭で考えてみなさい」

「はぁ!?」

 

まるで双子の姉妹のように振る舞う二人に布束は言いようのない涙が自然と流れ出していく。

ずっと機械で擬似体験の様子を流されていた布束は改めてこの部屋を見渡してみると何処かのコンピュータルームで緑色のランプが点灯していてゲージが溜まっていくのが表示されておりパーセントは残り3%を切っていた。

 

「ほ、ほら!よく分かんないけど呆けているみたいよ!だから早く外せば良かったのよ」

「脳波も安定していたから平気よぉ。目覚めて邪魔されたら面倒よねぇ。第一、貴女の方から『ゼツと一緒に居た子』って言っていたわよね?それで簡単に解放すると思ったのかしらぁ?」

「それはそうだけど......」

「全くこれだから胸が貧しい人は嫌だわぁ」

「あ、アンタだって今似たような胸でしょうがぁぁー!」

何やら布束が拘束されているのを巡っての言い争いをこの二人はしているようだ。

 

布束は現実味のない身体をゆっくり起こしながら不思議そうに見開いた目でギロギロと眺めるように無表情色を強くしながら見上げている。

 

「な、何よ......一応助けたんだから礼くらい言いなさい。この場合、歳は関係ないからね」

「............ありがとう」

「ほらね理性的な人ほどなんでかお礼を言わないの......えっ!?」

「礼を言ったのよ......ありがとうって」

飄々としてのらりくらりと立ち上がると表示されているモニターを興味深げに覗き込む。

「ど、どちら様です......か?」

非常に畏まった御坂の様子に布束が無視して指差した。

「これは何かしら?」

ゲージが溜まり切ったのを確認すると食蜂ミサカぎキラキラとした瞳でイタズラをするように笑みを浮かべた。

 

「今ねぇ、ほとんどの人がゼツ達にやられて倒れているから起こすだけよぉ......私の改竄能力でね」

 

『エクステリア』

一三対目以降の任意逆流開始

 

 

耳鳴りのような音が聴こえてくると同時にビルの窓から黒ゼツを優雅に眺めている本物の食蜂がリモコンを押した。

学園都市全域に神経電質が流れ出したかのように飛び火して倒れている人々の眼が開いて、食蜂のようなキラキラとした星のような瞳に変貌していく。

 

「......これで丸裸ねぇ~。ゼツ」

空を走っている光る糸が断ち切れて空が綺麗な火花が散らばっていくのを観察してリモコンで狙いを定めていく。

 

******

 

食蜂がエクステリアを使う数分前に病室でグルグルとした一部分がポッカリと空いた面が白井の顔に張り付いてぎこちなく動かしている。

右目部分が完全露出しており中では悔しさにも憤怒にも似た憎しみを露わにして皺を寄せている。

 

トビは自分が持っていない

持つ事さえ許されていない感情を表出させながら無差別レベルアッパー騒動で大混乱の病院内をユラユラ壁を支えにしながら狙いを定める。

「クソ......油断したっす。げほげほ」

身体と声は白井の声帯を借りており、あまり操りが上手くいかないのかくぐもった声になって咳をする。

先ほどから面の再生の術を使っているが勝手が違うようであまり効を奏していない。

「身体が上手く動かない......こうなればやたらめったら......!」

看護師が使っている処置ワゴンがとある部屋の前に置かれているのに気が付いたトビはワゴンを物色して使用済みの注射針を引っ掴むと辺りをキョロキョロして様子を伺い、針を指の間に挟み込んでクナイのように構えた。

 

「あっ!?白井さんじゃないですか!」

「良かったです!気が付いたんですね」

「!?」

不意に後ろから声が聴こえて慎重に顔の右側四分の一だけ露出した箇所だけで振り向いた。

そこには心配そうに今にも泣き出しそうな初春とホッと一息入れている佐天がニカッと笑っていた。

 

「あの時、私を逃す為にありがとうございます!」

「いやー、サソリを探しに行ったけどなんか病院内で反応があったから戻ってきたのよね。何か知りません」

「何処か体調が悪い所はありませんか?何でも言ってくださいね」

張り切って拳を固める初春にトビ白井はダラリと腕を伸ばして

「な、んでもあ、りませんわ.....てめーらが死ねば万々歳!」

振り返りながら鞭のように腕をしならせて注射針を振りかぶる。

 

「何をしているんですかね......」

「あ?」

すると、病室の扉が開いて鬼の権化とかした看護師がワゴンを勝手に明後日身勝手な患者を見下ろすように立っていてボキボキと指を鳴らしている。

 

一瞬だけシュワルツェネッガーが降臨している!

看護師は筋肉を隆起させると患者を掴まんとばかりに躙り寄りながらゆっくりと掌をトビに向けていく。

「?何かしら?それって」

看護師が一瞬だけ妙な筋の入った面を見て首を傾げる中でトビは動きが止まったと判断すると看護師の首目掛けて針を刺そうと殴り掛かる。

「!?」

 

 

「先生......大丈夫かな?」

病室の中では木山が包帯を肩から背中に掛けて巻いた状態でベッドに横になっていた。

人間道がフードを被りながら心配そうに覗き込んでいる。

爆発による火傷と肺まで達しそうな破片が刺さったが病院側の適切な処置のお陰で命に別状はなくゆっくり寝息を立てていた。

「出血がかなりあるから無理はさせない方が良いですね」

「アンタのエンマ様でも治せないの?」

「オレのエンマは無機質専門。人間の身体は治せませんよ」

「不便な能力ね。さてと天道達の助太刀に......!?」

畜生道の視界に白と黒の布のようなものが現れて諸共奥の壁に吹き飛ばされた。

「うにゃ!!?」

人間道が小さく身体をビクッとさせると扉の前で目を光らせて綺麗に一本背負いをした担当看護師の姿が映っていた。

吐く息が野獣のように白く棚引きたる。

 

廊下側から悲鳴や息を飲む音が漏れていて吹き飛ばされた病室の奥では縺れ合うように畜生道と赤い髪をした白井がひっくり返りながら悶絶していた。

「痛ったぁぁー!何なの一体?」

「意外に強い......っすね」

トビの面は力を使い果たしたかのように白井から剥がれ落ちた。

 

「白井さん!大丈夫ですかー!」

「何で軍曹に......軍曹さんに手を出したんですか!?サソリでさえ勝てない戦闘民族なのに」

初春はひっくり返って気絶したかのように見えた白井を心配そうに駆け寄る。

看護師はみるみる筋肉が小さくなり白井を起き上がらせると余計な怪我をしていないか見てからゆっくりと白井の病室へと移した。

初春も心配で付いていった中で白井が居た場所から蜘蛛のように這いずり回る木の面が逃げようとしているのが見えた。

 

「ん?......あー!トビじゃないの!?」

「んげ!?ヤバイ」

面の存在に気付いた畜生道が声を上げると地獄道が前に出て黒い棒を構えた。

「良く解りませんが良い機会ですね。さっさと殺してしまいますか」

その棒を見た瞬間にトビの面はフルフルと震え出してパニックになったように触手を出しながら扉へ一直線に逃げ出した。

「や、やだっす!死ぬのは嫌だ!」

「ま、待ちなさい!コイツ」

キンキンと頭の奥まで響きそうな不快な声で決死を叫び声を上げていてチョロチョロと空いている扉へと触手を伸ばす。

「閉めてください!」

「は、はい!」

佐天が反射的に扉を閉めるが既にトビは飛んでおり廊下の光がしぼんでいく。

「間に合えー!」

と必死の思いも虚しくトビが出る寸前で扉が閉まり、思い切り面が激突して乾いた木箱のような音がパコンと鳴った。

 

ズルズルと床にずり落ちるとトビはかけない冷や汗を掻きながら振り返ると輪廻眼を光らせる地獄道、人間道、畜生道が立ってギロリと睨みつけていた。

「久しぶりねぇ~。姿が見えなくなったと思ったらこーんな惨めな姿で」

「これで少しは溜飲を下げられますね」

黒い棒をチラつかせながらゆっくりと伸 ばしている。

 

「ぐぬぬ。人間のクセに生意気な......」

「その人間に追い詰められているのは何処のお馬鹿さんかしらね~。佐天さんだっけ?ありがとうね」

「い、いえ......あたしは」

「さてと面倒にならない内に始末しておきますよ」

 

ガタガタと震えているトビに佐天は少しだけ憐れみを生じさせてしまった。

「ゆ、許して欲しいっす!お、オイラ死にたくないっす!」

面を傾けて破片が飛び散るのも厭わずにトビは面を下げ続けた。

「はぁ?何命乞いしてんの?アンタねぇ!そう言ってきた奴を助けた事あるわけ!!?」

「ぜ、全部『ゼツ』がやれって言ったからっす!オイラは楽しい大会にする為に色々準備していたのに直前でぶち壊されて......み、見逃してくれるなら二度とこんな真似しないっすから」

多分泣いているのようで声が少しだけ滲んできた。

 

「な、なんか可哀想......」

「はぁ?人間道マジで言ってんの?トビだよ。こんな奴が根っこから反省していると思うわけ?」

ギラリと黒い棒を向けると扉に飛び掛かって必死に開けようと触手を伸ばそうとしているが地獄道の青い焔に取り囲まれて逃げ場がドンドン少なくなっていく。

 

「ひぃぃー!た、助けて。オイラが......オイラが悪かったっす......ゼツと一緒にここを滅ぼすなんて計画してすまなかったっす!」

「「「!?!」」」

トビの滅ぼす発言を受けて四人は驚愕の声を上げた。

「ほ、滅ぼす!?冗談でしょ?」

「冗談じゃないっす!影十尾を復活させて暴れた後で元の世界に戻るって言っていたっす!その時の時空間忍術でたくさんの人間を使うから皆んな死ぬって」

 

聞いた瞬間に地獄道がトビの面を握り潰さん限りに握りしめて怒鳴る。

「それを知っていて加担していたんなら弁解の余地はない!」

「オイラだって聞いたの最近っす!崩れる!ぎゃあああー!」

 

滅びる?

学園都市が?

もしかしたら世界が?

嘘よ

嘘だって言ってよ

 

サソリ......あなたならどうする?

 

気が付いたら佐天は地獄道からトビを奪い取ると真正面から見据えて。

「どうすれば止まるの!?」

「......ゼツを......黒ゼツを倒すしかないっす......アイツが術式を全部持っているっすから」



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第93話 一尾

前作でも出てきた尾獣カウントアップ方式

ボツにした展開が多過ぎて泣きそう


サソリは初めて反省した。

生まれてから抜け忍時代、暁時代を経てからずっと走り続けて来た。

顧みる事もせず全ては結果として受け入れて棄ててきた。

人を殺める事も人の形を捨てる事も厭わずにただガムシャラに自分の美学を追い求める人生。

そんなサソリが唯一、己に舌打ちをかました。

自然現状や下賤な輩以外での心の底からの憤怒、激烈の感情が湧いている。

 

人は力を持つと変わる

古今東西それだけで人生をメチャクチャに破壊されて、命を潰えてしまう事が有史以来繰り返されて来た事実。

権力を持った大名、影

泡銭を懐に入れた成金

そして、他人の力を自分の力と過信する自分

 

能力を持った者達の戦いは忍同士ではなく己自身との弱さを見つめる戦いへと向かう。

 

サソリは輝きを喪った瞳をゆっくりと二回、三回瞬きをしていく。チャクラは観えない......可視光が照らす相手の誇張でもなければ矮小でもない等身大の忍のあるまじき死体が時代や場所を思案する事無く居残り続けている。

「傀儡師が......傀儡になるか」

サソリは嘲笑うように言った。己を戒めるように悔しい声色をしている。

サソリはチャクラ糸を指先から飛ばしてビルや瓦礫の間へと意思を持ったようにくくり付けた。

 

「アレダケ忠告シテモ向カッテクルカ?マダラノ強大ナ力ヲ知ッテモカ」

サソリは仕掛けた糸を巻き込むように指先で挟み込むと回転させて束を握るように胸の前で構えた。

「うちはマダラが自慢みてぇだな。だがよ、テメェはどうなんだ?ゼツ」

「......」

「他人の宝石盗んで自分が偉くなったと思ってんのか?滑稽だな」

マダラの表皮に浮かぶ刺青のような黒ゼツの身体が不自然に腕が隆起して不気味な胎動をする中で印を結ぶとマダラの口から大量の炎が飛び出してサソリを焼き尽くさんと広がるが設置されている貯水タンク根こそぎ落下してきてヒビ割れた箇所から水の柱が流れ出て消火していく。

空になった貯水タンクが風を受けて横に外れると僅かな火の粉を残して水蒸気が靄のように広がる

「!?......」

転がった貯水タンクを一瞥すると黒ゼツはクネクネと黒い塊が呪いのように浮き立たせて苦々しくビルの屋上を見上げる。

湾内達が各々の能力を使って黒ゼツの火遁の術を相殺したのである。

「煩イ蝿供ガ......」

と舌打ちをしているとサソリが指を引いて鉄骨付きの瓦礫を引き寄せていく。

 

「余所見なんて随分と余裕だな」

薬指の関節そのまま鉄骨付き瓦礫を引き寄せてから弾かれたように黒ゼツに向かって放出された。

「フン......今更コンナモノで......」

糸は引っ掛けなければ点と点を繋ぐ直線運動しか出来ない代物。

勢いがあるとはいえ、単純な直線運動来ると解っているかつマダラのレベルから云えば撃ち落とす事も躱す事も造作もない事だった。

黒ゼツは咄嗟に腕を肩に据えて構えて弾く準備をするが突き出た鉄骨がグニャリと曲がり出して構えた腕よりも上部にまで迫り上がりマダラの顔面に瓦礫が激突した。

「!?」

ナ、何ガ......?

曲ガッタダト......?!

 

不意打ちに近い形で思わぬ反撃を受けた黒ゼツはダメージよりも思考の為に身体が固まるがサソリは目の寸前で構えた指からのチャクラ糸を解すと浮かび上がっていた瓦礫が一斉に黒ゼツに向かって飛んでいく。

腕で叩こうとするがまるで時空が歪んでいるかのように曲がり出した瓦礫はまるで叩く腕を避けるように奇妙な曲線を描いてマダラの後頭部、背側面等黒ゼツの防御を掻い潜りながら衝撃を与える。

 

「何ヲシタ......下手ナ小細工ハコノ眼ガ......!?マ、マサカ」

その時黒ゼツは気付いた。

マダラの亡骸を操っているが現在は封印されている術を使用する為に腕に力を注いでいる事に......

つまりマダラが写しだしているチャクラの流れが黒ゼツには一切伝わっていない事に。

 

「此レガ狙イカ......」

「やっと気付いたか阿呆め。さて、選べよ術か眼か」

「幻術カ......ダガ種ガ解レバ解クダケダ」

黒ゼツは印を結ぶと幻術を解くとそのまま脚を踏み切ってサソリをくびり殺そうと不自然に発達した腕を突き出すが、サソリの首元でピタリと止まった。

「!!?」

「正解は眼だったな......吹き飛べ」

マダラの肉体には写輪眼でしか映されないチャクラの糸が巻き付いており、サソリが手首を廻すとバネのように縮み出して黒ゼツは後方へと飛ばされた。

「グッ!?」

黒ゼツが電柱に当たりアスファルトに投げ出されていく。

サソリは高速移動をしてチャクラを染み込ませた鉄筋を2本を落下と同時にマダラの腕をキリストの磔刑のように地面に打ち据えた。

 

元々、瓦礫はあくまで目論見の隠れ蓑に使っただけだった。

どんな術や攻撃も塵となって躱す穢土転生に幻術で覆い隠していても直接的なダメージにはならない。

サソリは最初っからマダラの死体に糸を巻きつける事に注力し、術の源となる指の動きを如何にして封じるかを考えていた。

 

「時代遅れの遺物がしゃしゃり出て良いもんじゃねぇよ......」

サソリが人差し指を伸ばして顎に当てるとアスファルトが揺さぶられて黄色い砂が表面に現れると黒ゼツ諸共マダラの死体がズルズルと磔られた状態で沈み始める。

「オ、オノレ......」

 

黒ゼツがマダラの腕をのたうち回らせて脱出を図るが、サソリの渾身のチャクラが入った鉄筋は取れることなく楔のように砂渦の中心に立っている。

腕を引き千切ろうとするが伝説クラスの忍である『うちはマダラ』の全盛期の身体は容易に刃物を寄せ付ける事がない鋼の身体に黒ゼツの力では脱出等不可能に近かった。

 

「作品に出来りゃ......フウエイを超える傑作だったかもな」

 

傀儡師は他の忍とは違って事前準備を欠かす事が出来ない戦闘スタイルだ。

ありとあらゆる事態を想定して傀儡人形に罠を仕込む。

相手の心理を利用して用意していたトラップへと誘う。

危機管理能力が人一倍高くなければ到底こなすのが難しい。

 

黒ゼツが生存する為にはマダラの死体を捨てて、スライム状になって這い出てくりしかないが計画の要......というより全てに近いマダラの肉体を捨てる事は出来ないでいた。

マダラの肉体を持ってしても言いようのない格の違いを見せ付けられた黒ゼツは奪われつつある視界から空を見上げる。

花火のように上がるレベルアッパーの光線が断裂していく様子を眺める。

 

シクジッタヨウダナ......

俺モアイツモ

 

「さすがに溶岩に沈めれば死ぬだろうな」

とサソリが呟くと同時に砂の塊となって沈んでいくマダラの身体の上端から蒼い光が漏れ出して稲妻のように辺り一面を照らし出した。

「!?」

一気に砂の術が分解されて中から青色のホログラフのように霞むマダラの身体だった。

手に刺さっていた鉄骨を乱暴に抜き去ると上へと投げ上げる。

ゆっくりと回転しながら重心だけが綺麗な放物線を描いて落下してくるのに合わせて帯電した腕を突き出して高速で鉄骨を射出させていく。

 

「ぐっ!?」

まるで槍のように真っ赤になった鉄骨がサソリの左胸を貫き、地面に着弾すると火花を散らしてアスファルトを引き剥がして軽く爆破した。

 

「ヤハリナ......コノ世界デハ術ノ発動ニ印ヲ結バナクテ良イラシイ......」

 

黒ゼツは身体半分を乗っ取りレベルアッパーの残光を電撃に変えて、両腕に雷を集中させた。

砂の粒が消し飛んでマダラの指が自由に動き始める。

 

「はあはあ......チャクラが足らん」

胸元にぽっかりと穴が空いたサソリはまだ身体を保てていることに安堵した。

大電流を使っての超電磁砲であるが熱電対により本体の鉄骨に熱を帯びていた事が幸いしていた。

だが、状況は更に増して酷い方向へと傾いていた。

 

「容赦ハ無シダ......」

復活した指で印を結び、黒ゼツは学園都市の上空に浮かんでいる月に掌に開いている輪廻眼の手をかざすと真っ暗闇の学園都市が真っ赤に色付けされたようになっていく。

「!?......」

真っ赤になった月の表面に輪廻眼と写輪眼が合わさったような紋様が浮かぶと黒ゼツを強く照らし出していく。

 

「サテ......影十尾ノ復活ダ」

 

******

 

サソリを援護していた湾内達がビルの屋上から一階のビル入口へと息を切らしながら急いで出てくると火花を散らした金属片が周囲を巻き込み爆発していく。

 

「きゃあ!?」

まさに外の世界に行く寸前の出来事に用意や受け身を取る用意もなく瞼を反射的に閉じる。

「大丈夫ですかー?」

聞き覚えのある声に3人がゆっくり目を開けると氷の盾で熱風を防ぐ佐天の姿があった。

更にその前には直接爆破をカバーしている見覚えのある面が木の盾を繰り出して湾内達を守っていた。

 

「ん!?あ、アンタは」

「ん、んん!?ひょっとして警策っすか?」

その面はクルリと回転するとグルグルとした面が光って見える。

「トビ!?」

信じられないものでも見るかのように指を指すがトビ自身は飄々とした感じでパタパタと浮かんでいた。

 

「久々っすねー。警策も捕まったみたいっすか?」

「ど、どういう事でございますの?!」

「わ、悪い人達の仲間ですわよね?」

「でも守ってくださいましたよ」

「あー、いやー、話すと長くなるというか......とりあえず人質!!」

「そうなったみたいっす!死ぬよりマシっす」

 

突如として助けに入ったゼツ一派の面だけ男『トビ』に混乱する湾内達にあっけらかんとばっさり概要だけを説明する佐天にトビが同調する。

 

「こ、コイツの危険性が分かっているの!?この騒動を引き起こした張本人よ!」

警策が青い顔をしながら慌てて言った。

「でもよく良く訊いてみますと。悪い事を考えたのは『黒』って呼ばれている奴みたいですよ」

「黒ゼツっす」

 

注)記憶が読み取れる人間道からの尋問済み

 

「で、ではあの悪い相手を倒す方法がありますの?」

「それは無理っす。マダラを抑えられる奴なんているんすか」

婚后が質問してみるがトビはほぼ断言したように言い放った。

「な•に•し•に•き•た•の•で•す•か?」

サソリの危機に1番ピリピリしている湾内がトビの面をキリキリと締め上げる。

 

「あんぎゃぁぁー!ま、待つっす。どちらにしても、サソリ先輩をこちらに来させないとダメっす」

「サソリ様を?」

「あれは分身体っすから......本体をどうにかして呼び出すっすよ」

「サソリってアイツを倒せる?」

「いやー、なんか倒してくれそうっすよねー」

「何そのふわっとした理由!」

トビの真面目なのか不真面目か分からない言葉に盛大にずっこける警策。

「とりあえず暁派閥を集めましょう。御坂さん達が居ればなんとかなるはずです!良く分かりませんがアンテナ3本になっていますし」

 

停電から回復した為、携帯電話が使えるようになった事に気付いた佐天が嬉しそうに見せる。

 

******

 

ニヤリとマダラの身体ごと燻んだ水面に吸収されるように巨大な自身の影に沈んでいく。

真っ赤な光が暁のように世界を照らす中で本体が居なくなったが影だけがサソリの下で不気味に蠢いており姿を次々と変化させていく。

 

巨大な眼の影と根っこのような影、九つの尾の狐の影、蛸と角の影、巨大なカブトムシの影、手足の短いナメクジの影、イルカの頭と馬の胴体の影、ゴリラの影、巨大な亀の影、猫の影、そして狸の影になり、その後はまるで苦しむように円型になり零を現すような円体が2次元の世界で揺らいでいる。

 

すると渦を巻くように2次元の波が捻れていき中心から暗黒の球体が掬い出されるようにゆっくり浮かび上がり毛質の文字が刻まれると光出して尾っぽが一つだけ出現した。

 

一尾

 

影の化け物の額からマダラの身体が浮かびあがり眠っているようにがっくりと力を無くしていた。

「ククク......マズハ一尾カラダナ」

「何処までもしつこい野郎だ......」

サソリは再びチャクラ糸を伸ばして反撃しようとするがチャクラが上手く練れず、力が抜けていった。

踏み出した足が崩れていきサソリの分身体が前のめりで倒れ込んだ。

 

「!?!」

サソリの足を皮切りに身体が徐々に崩れていった。縛っていたチャクラが底を尽きサソリの身体を保っていた砂がエントロピーが増大する方向へ崩壊を開始していく。

「時間切レダナ......分身ニシテハ随分ト頑張ッタナ」

「ゼ.......ツ.....」

影の一尾から体躯に似合わない巨大な平べったい腕が出現すると崩壊するサソリを押し潰すように叩きつけた。

ズシンと地響きが響いて砂がまるで血のように一尾の手の隙間から砂が漏れ出すのが見えた。

 

「手コズッタガ......コレデ終ワリダ」

マダラの指が動いて一尾の怪物に電撃をが纏って押し潰した砂の塊に浴びせた。

悲鳴は聴こえない。

 

邪魔者ハ消エタ......計画ヲ進メナケレバ......

 

巨大な腕を引っ込めると球体がモゴモゴと動き出してチャクラを溜め初めていくと禍々しいチャクラが溢れ出す。

すると、そこに緑色の光線が発射されてマダラの身体を揺さぶったがチャクラで弾いた。

「......?!」

マダラの上に張り付いている黄色い瞳が光線の来た方向を見やると栗色の髪を靡かせた麦野が幾つものメルトダウナーを出現させて臨戦態勢を築いている。

「よくも旦那をあんな姿にしてくれたな!」

冷静に相手を確実に始末する裏世界でしか見せない表情を浮かべながら麦野は静かに相手の挙動に注意を払う。

 

あのサソリを紛いなりにも追い詰めた災悪の存在と対峙するというので緊張が強くなり指先に力が入る。

 

「ククク」

黒ゼツは光る眼を閉じると上部に出ていたマダラの身体の中に移動させた。

黒い影の鎧を身に纏ったマダラが頭に角を生やし、一つの尾を出したままで腕組みをする。

そして万華鏡写輪眼を開きながら粘ついた笑顔を見せた。

 

「人柱力形態デ戦ッテヤル」



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第94話 手前勝手

体調をくずして寝込んでいました

遅くなって申し訳ありません


復旧した学園都市で意識を取り戻した者と意識を失わなかった者が必死に現状を把握しようとインターネットや報道機関にアクセスしていく。

半壊したビルと立ち昇る土埃。

夜の闇に掻き消されながらも、SNSを駆使した画像や目撃者からの勇気ある投稿により行われている目論見を洗い出していく。

 

「な、何が起きているんだ?」

復活したばかりのパソコンを稼働させながら貧乏揺りをしているやや小太りのオタク風の男性がズレたメガネを直しながら数々のサイトを巡る為に磨かれたタイピング能力を最大限に活用して錯綜している情報をまとめ上げている。

床にぶちまけられたスナック菓子を踏み潰しながらも気にする素振りも見せずに拡張用の外付けハードディスクをセットしてスレッドを立て始める。

 

『学園都市で何が?(拡散希望)』

 

ネット回線が不安定らしく何度と切れては机を叩き、修復作業をしては再度繋げる。

居場所がここにしかないから

特異な能力を持っていないし、成績だって悪い。

顔ははっきり言えば悪い方だ。

希望を持って都市に入ったのは良いが半年も持たずにドロップアウトして引きこもりのような生活をしている。

そんな暇過ぎる時間を、考えれば考えるほどに死にたくなる現実から目を背ける為に情報共有サイトを立ち上げて日々の最新ニュースからゲーム、アニメ......都市伝説を扱う何でもサイトのようになってきた。

 

「だ、誰でも良いから反応してくれ!頼むから」

スレッドを立ち上げたのは良いがこんなに焦点の合っていないテーマで議論が活発になるはずがない。

それは分かっている。

サムネになる画像もない、観て欲しい動画もない......公式の発表もない。

 

コメントが来るまで他のサイトでも情報収集をして行こうとするが更新は今日の午後四時をラストに止まっている。

現在は午後九時を指している。

普通の人だったら帰宅しているし、サイトの更新は活発になり始める時間のはずだ。

 

ま、まだ帰宅していないのか?

帰れていないのか?

引きこもりのボクだけしか動けないのか?

 

額から汗が噴き出した。

人と会うのが嫌で学校でも日陰を歩いてきたのに.....流されて惰性だけで生きてきたがネットゲームにハマって昼夜逆転の生活から学校の時間帯に起きれなくなってこの様だ。

 

ピコン

コメントが投稿されたようで電子音が鳴る。

「きた!」

 

『分からない。頭が痛い』

返信があった事に彼は喜びを隠せなかった。

『良かった。大丈夫?』

『医者が言うには意識を失っていたらしい』

『気が付いたら瓦礫が目の前にあったんだが』

まるで石を持ち上げた時に蠢く虫達のようにコメントが集まってきた。

枯渇していたさっきまでの瞬間が嘘のように人間らしいやり取りが始まっていった。

『物陰から殴られたような痛みやわ』

『なんか小さくなる薬でも飲まされたんじゃ?』

『↑最高じゃねーかww』

『ロリコン乙。通報した』

 

普段と変わらない様子で彼は安堵して強張っていた肩肘が緩和していく。相当緊張していたようで脱力感が半端なかった。

一個一個にレスは返せないがネット回線が不安定という事があってまだ見ぬ恐怖は拭いきれない。

『みんな無事で良かった。何か今回の一件で知っている事ある?』

『なんか前に似たような事があったような......』

『レベルアッパーじゃね?』

『それ』

『でもあの時は頭痛くなかったぞ!嘘つくなし』

『いんや医者からそれだって言ってたぞ』

『まさかの体験者がおるとは』

『病院で介抱されているのにwwwワイだけ道路で横にされてるwwwwww死にたい』

『レベルアッパーの犯人って捕まったはずでは?』

『釈放されたみたいよ』

『コマ!?何してんの?』

『なんかワイの近くから喧嘩しているような音が聞こえるんだが』

『kwsk』

『支援』

『オレの所にも爆発音みたいなのが聴こえる』

『言い争いか?』

『頭の中で傷だらけの英雄が流れているわ』

『↑マニアックやなw』

『位置的には学園都市の真ん中辺だ』

『近いやん!ミサイルでも来たんか?』

『よっしゃ、ちょっと見てくるわ。ちょい待ちー』

『俺も行ってくる』

『無理すんなよ』

『健闘を祈る』

『ケガ人多数だ。ジャッジメント何してんの?』

『取りあえず電話して来た』

『次々と起き出していくんだがw暖かい飲み物でも渡した方が良いん?』

『ある人で良いんじゃね』

『よし!救出班と探索班に分かれて行動や』

『なんだかヤル気出てきたー』

 

早速勇気ある志士が動き出した。

人間の数だけネットワークが繋がっていく。

それはレベルアッパーのように強制的ではなく自らが求める孤独を振り切る繋がり......絆。

画面の向こう側に仲間はいる。

独りの時は不安に押し潰されそうだったが情報が集まれば対処出来る。

彼は一気にコーラを飲み干した。

来たるべき決戦の時まで時間がないと静かに確信しながら待つだけだった。

 

数分後にポップアップが出て探りに行った人達から続々と画像やコメントが書き込まれていく。

『お待たせ。なんか赤い髪の男とロン毛の奴が喧嘩していた』

画像表示

赤い髪の少年が鉄骨を投げて鎧武者に攻撃している画像や砂が集まって流砂となり鎧武者を飲み込んでいく様子が映されている。

 

『すまそ、動画も撮ったんだが通信が不安定過ぎてダメみたいだ』

『サンクス』

『gj』

『コイツって第1位の奴じゃね?』

『そういえば見た事ある』

『つかレベルアッパー騒動を止めた奴じゃない?』

『あー!監視カメラ映像に映っていたのと同じだ』

『という事はオレ達が倒れている間に立ち向かっていたのか!?』

『全俺が泣いた』

『他のレベル5は何をしてんだよ!』

『この鎧武者が悪もんか?』

『侍か?』

 

『うわ光った!』

『やばい!これヤバイって!赤』

『現場に居る人か!どした?』

『倒れて脚を引きずっている。赤い髪の方が......ロンゲの奴がなんか青くなって』

『落ち着けよ』

『負けそうなのか?』

『助けにいけや』

『出来るか!ここまで衝撃波が』

『槍で貫かれているし!このままじゃ死ぬって』

『ん?なんか外やばくね』

 

「外?へぁっ!!?め

彼は呼吸を一層激しくしながらカーテン越しから朧げに揺れて漏れる光を見て恐怖した。

夕陽とは明らかに違う血のように鮮やかな赤色の光がカーテンを飛び越えて部屋中を照らし出していた。

自分の手に返り血が付いたような錯覚に陥り思わず払い出す。

「ど、どうなって?......」

 

******

 

携帯を手に持ったラッパーのような服装をした色黒の男性が物陰に潜みながらサソリと黒ゼツとの戦闘を固唾を飲んで見守っていた。

ド派手な演出よりも泥臭く、うまい具合に光が当たらずに不確定な部分が多いのが事の他紛れもなく現実であると教えている。

倒れた赤髪の少年にのし掛かる巨大な扁平な腕の影に叩き潰される光景を見た時には吐き気がした。

「はあはあ。う、嘘だろ......死んじまったのかよ」

 

刹那爆発音が響いて咄嗟に逃げようとするが何かに脚を掴まれて盛大に転んでしまった。

「!?」

地面から伸びる真っ白な手にパニックになりながらも引き剥がそうとするが顔がボコっと出てきて先ほど死闘を繰り返していた赤い髪の少年だった。

「はあはあ......すまん」

目の前の少年は自分よりも遥かに幼く見えた。中学生程の小さな腕を見ながら男は混乱したように力を無くした。

「ま、まだ子供じゃねーか......」

ヘタリと座り込むラッパー男にサソリは身体を重怠そうに地面から這い出てくると穴が空いた胸に手を置いた。

「ケガしてるのか?」

「何でもねぇ......さっさといけ......!?」

地面を荒々しく突き立てながら木の根っこが地走って弱っているサソリに追撃し始めた。

 

「ひぅ!?」

サソリ躱す為に身を屈めたが後方に居るラッパー男を一瞥すると「チイ!」と舌打ちをして姿勢を戻してチャクラを練り上げると砂の盾を作り上げて男の前へと立ちはだかった。

しかし、その盾は脆く木の根っこはいとも容易く貫くとサソリの身体を深く抉った。

「ぐああっ!」

そのままバランスを崩して土を燻り出しながら倒れる赤い髪の子供を目の当たりにしたラッパー男は震える口を大きく噛み締めた。

 

ま、まさか......この子供

俺を庇って......

 

地面に刺さって木の根っこは蛇が攻撃するように先をもたげると一斉に倒れているサソリ目掛けて振り下ろされた。

 

しかし、木の根っこは何もいない地面を突き刺してしばらく静止する。

感触を確かめるように周囲から巻き上がった砂煙が落ち着いてくると先ほどのラッパー男の背中にサソリが背負われており息も絶え絶えだ。

「ひぃ!」

ラッパー男はゆっくり音を立てないように路地裏へ逃げ込もうとしていた所で視界が晴れて木の根っこと対面していた。

 

「......」

「......」

ラッパー男は冷や汗をかきながらつま先だけで路地裏へと滑り込ませていくのだが木の根っこは沈黙を打ち消すように動き出した。

「ギョワァァァァァァァァァァァァァァー!!?おかーちゃーん」

一目散に逃げ出す。

後ろを確認する余裕も気力もない。

時折、空気を切り裂く鋭利な音がすぐ背後から聴こえるが速度を緩めずにゴミ箱を飛び越えて行った。

 

「おい!何してんだ!?早く降ろせ!」

一瞬だけチャクラの流れが止まっていたサソリが意識を回復すると先ほど庇った男性に背負われており、離れようともがくががっしりとした腕に阻まれて脱出できないでいた。

「目の前で子供がいたら助けるだろー!それに何だよ!?軽過ぎるぞ!ちゃんとメシ食ってんのかよ?」

「関係ねぇだろ!」

「人間メシ食わねーとダメだってなぁ......か、かーちゃんに言われてんだ。夏休みに帰ったら食べきれないくらいによぉ!ご馳走用意して待ってんだぁ!」

 

英晴......

超能力なんてお母さん良く分からないけど

英晴が元気で過ごしてくれれば母さん嬉しいよ

さあ、ご飯にしよう

 

素朴で割烹着姿の母親が釜からふっくらした米を茶碗に片手によそり始めている記憶が想起されて走る脚を緩めずに無我夢中に走り続ける。

 

「かーちゃん居んだろ!?そんなに傷だらけでそんなに軽かったら哀しむぞー!」

「!?......おふくろ......か」

 

サソリは少しだけ顔を傾けた。

母親ならいた......悪いが過去形でしかないし、今でさえも心配を掛けてしまう親不孝者だ。

 

サソリはがっしり固定されている腰元のチャクラを緩やかにして流動体の砂になると男の背中から滑り落ちる。

「っ!?」

違和感に気付いた男性は急ブレーキを掛けて振り返ると砂は再び人の形となり赤髪の少年へと変容した。

「......さっさといけ......お前の足じゃあ追い付かれる」

「ま、待てよ!」

「ガキに心配される程落ちぶれてねぇだけだ......」

 

木の根の束がサソリの腹部目掛けて一斉に集中して振り下ろされていく。

目の前の惨劇の未来は写輪眼を通さなくても容易に予想が出来た。

男性にしてみれば事故や事件という非日常的な風景はスローモーションで流れていく。

音は遠くなりコマ送りのように木の根はサソリにじわりじわりと近づいていく。

 

「だりゃああああー!」

突然木の根の横方向からバイクが特攻してきたのと同時に迷彩柄のタンクトップ姿の巨体がサソリの外套を掴んで引き倒した。

「!?」

メシャメシャにランプが壊れたバイクが深く木の根に突き刺さるのを確認すると少しだけ顎髭を生やした男性が巨大な炎を掌から放出し、バイクの燃料タンクに引火、炎上させる。

 

「へっへへ、これでどうだ!前よりは火力が上がってんだろ!化物め」

顎髭の男性は黒のコートの袖口を捲り臨戦態勢を崩さないで見ていた。

サソリが初めてこの世界に飛ばされて来た日、同時刻に銀行強盗を働いていたレベル3の発火能力者の男性だった。

 

更にサソリを引き倒したのはかつて戦った語尾が特徴的なリーダー格のタンクトップ姿の男であった。

「久しぶりねー。悪いけど貴方の手助けをするよねー」

「き、貴様!」

木の根から人の形をした何かが生み出されてカタカタを顎を鳴らして立ち上がると引き倒されたサソリ目掛けて腕を伸ばしてきたが、タンクトップ姿の男性は身体の中の電気信号を加速させて一瞬で人の形の腕を掴んで建物の外壁にぶつけた。

 

「水臭いね。俺達を守るために1人で立ち向かうなんてねー。借りは借りね。貴方に手を貸す人は結構いるからねー」

チラリと壁に叩きつけられた木人のような物体が機械的に立ち上がるとぎこちなく首を回してサソリを執拗に狙うが首にサバイバルナイフを突き立てられてバランスが崩れた所を白髪のオールバックの不良が回し蹴りをした。

 

「ったく......やっと分かったと思ったらこんな訳分からん奴らと殺し合っているなんざなぁ」

タバコを吸いながらサバイバルナイフを抜いているのはレベルアッパー事件で白井とサソリを追い詰めた『偏光能力』の使い手の不良だった。

 

「テメェがやらなかったら俺達はずっと闇の中だったぜ。今回でチャラにさせて貰うぜ」

オールバックの男が合図をすると続々とガラの悪そうな不良達がサソリをグルリと囲んだ。

サソリは警戒を怠らないように神経とチャクラを張っていたが、バンダナを付けた男がそっと手を伸ばした。

 

「ありがとうな」

「!?」

「アンタが居なかったら俺達は目覚めなかったよ」

「今度は俺達がやる番だな」

 

口々にサソリに礼と意気込みを語り、拳をゴリゴリと鳴らしながら筋肉を見せている不良達を一周だけ見渡す

「無理だ......殺されるだけだぞ。それにテメェらが来た所で足手まといだ」

サソリは脚を引きずりながら立ち上がるとフラフラとした足取りで群衆を掻き分けて敵の大将に向かって歩き出した。

左手で胸に空いた穴を庇いながら頬にヒビが入り始めていた。

 

「勘違いすんなよガキが!誰もテメェの命令なんか聞かね。喧嘩は誰の許可も取らねぇ......むかついたからだ」

「......」

グリグリと火の付いたタバコを壁に押し付けて揉み消すとオールバックの男はニヤリと口角を大きく開けた。

「舐められたら終わりなんだよ。だからテメェの為じゃねぇ。手前勝手の理由だ」



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第95話 二尾

遅くなって申し訳ない


チリチリと街灯で照らし出されているいくつかのコンテナの一つに寄りかかりながら上条は倒れているオールバックをした独特の髪型の少女を心配そうに見下ろして髪を撫でている。

 

呪いの能力を発動するとしばらくは激痛で動けなくなるらしく、さっきまで獣のようにのたうち回っていたが今は落ち着いていて寝息を立てている。

既に髑髏のような模様は消え失せて熱気のようなオーラを醸し出している事に上条は触れるのに躊躇したが、年相応の寝姿に気休め程度の撫でるだ。

寝ている場所には魔法陣のような三角形に外接する円が施された陣から両手を組んで休んでいる。

 

「落ち着いたみたいだな」

ガッシリとした白衣の男性が無精ヒゲを心地良さそうに自身で撫でながら止血処置されたトビに乗っ取られていた元第1位を担いで戻ってきた。

「そいつは大丈夫なのか?」

「気絶しているだけだ。よっと」

外道の側に並べると腰を気にしてかゆっくりと伸ばした。

「あ、あいつは......?」

「あいたた、ん?」

「あの面みたいな奴は一体何なんだ?」

「......トビの事か」

「トビ?」

 

白衣の男性は胸ポケットからタバコを取り出して咥えると少し探してからライターを尻ポケットから取り出して火を付ける。

深く吸い込んで一呼吸置いてため息と共に吐き出すとやおら言葉を選びながら言い始める。

「トビを責めないでくれ......どうする事も出来なかった」

「??」

「あんな形だが数年前まで人間だ。不治の病に罹った奴でな......筋ジストロフィーって病気だ」

「!?それって」

「徐々に全身の筋肉が弱くなっていく病だ。進行性で治療法が不明の厄介な代物だ」

 

筋力が徐々に低下していく病気だよ

彼はそんな理不尽な病を背負って生を受けた

だからあのように努力して病気と戦っているんだ

しかし、たとえどんなに努力しても筋力の低下は止まらない

 

「我々だって必死だった......彼を治したかった。まだ十代で奪われて良い命ではない」

 

藁にも縋る勢いで幼い電撃使いを誑かしてDNAマップを手に入れた。

これで彼は助かる

彼の人生はこれからだ

 

だったはずだった

 

******

 

「先生......それは?」

「君を助ける物だよ。善意ある能力者が譲ってくれたんだ!」

「......助か......る?まだ諦めな......くて良いので、すか」

「あぁ!その為には体力を付けないとな!しっかり食べて寝てくれ」

 

誰一人諦めなかった

人一人の力は弱いが繋がり合い補い合えば必ず状況は良くなる

彼も一層リハビリに力を入れた

 

「動け......るよう......に、なったら......その人に御礼......したい」

「そうだな。彼女も頑張っている。君も頑張りなさい」

「うん!」

 

 

ダメだった......

何がダメなんだ!?

なぜだ教えてくれ

筋肉に電気信号が流れてくれない

止まらない

これで4回目だ

 

実験は失敗を重ねた。

侵襲性の実験が彼の限られた命を更に荒削りする。

もはや最初から治療なんてしなければ彼の身体はより穏やかに自分の生涯と向き合えたかもしれない。

後悔した。

彼から貴重な時間を奪ってしまった。

巻き戻せるなら戻して欲しい。

「今日......も、ダメだったの」

「だ、大丈夫だ!我々は優秀な研究者だからね。必ず突破口を見つける」

「うん......」

 

1日の終わりに精一杯の強がりを言って明日に繋げる。

希望を絶やさないように心の闇に負けないように......

だが、彼の心にぽっかりと渦巻く闇がしだいに大きくなり悪魔の取引を彼は呪いながら承諾した。

 

『不老不死に興味はないかな?』

黒白の奇妙な体色をした特別研究者が彼に禁断の果実を差し出した。

 

 

「はぁ......がぁあああ」

『望みの不滅の肉体だよ。苦しくないとでも?』

「やめろぉ!彼に何をしたぁ!?」

『フハハハハハハー!マダラの遺伝子を組み込んだんだ。身体の奪い合いが始まったみたいだね』

マダラの遺伝子を打たれた彼の瞳がギラギラと輝きだして腕からチャクラの腕を燻り出すと研究者の足を掴んで力任せに引き千切った。

「ギャアアアアアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァー!!?」

夥しい血が大腿部から噴出し辺りにトクトクと広がっていく。

まるで彼の眼に張り付く悪魔の瞳のように仄暗く光っている。

 

『素晴らしいね!熱が覚めない内に柱間の遺伝子も打ち込んでおこうか』

『マダ反抗シテイルヨウダナ』

『みたいだね。邪魔だからどかしちゃおうか?資源は有効活用だね』

 

******

 

「......そ、それでどうなったんだ!?」

上条は背筋に寒気を感じながら胃が捻られるような痛みを感じながら問いただす。

「彼の肉体はマダラという奴の器にされる為に改造され、精神は在るものに封印された......急激に縮ませられてな」

研究者の男性はゆっくり疼くような痛みが走る脚を露出した。

現れたのは義足だ。木製の人形のような足関節固定型の義足と境目の脚に薄く残る筋が力の強大さを物語っている。

 

「記憶も封印されて奴らに利用されている。人に取り憑く亡霊のような存在だ」

「ま、待てよ.....それって」

「......ただひたすらに行き場のない想い『死の恐怖』を持ち続けて」

上条の脳裏にグルグルとした面の隙間から紅い光が漏れ出すようなイメージが流れて予感が確信に姿を変え始める。

 

「自分が何をしているか分からずに......トビと名を変えてな」

「!?」

研究者の男性は脚を引きずりながらゆっくりと上条に頭を下げた。

「お願いだ......彼を助けてやって欲しい。我々の力不足が招いた事だ」

 

******

 

狸の尻尾のように形状が変化した一尾を生やしながら不快そうに前進する麦野を睨みつける黒ゼツ。

「......」

「滝壺!」

「大丈夫......もう記憶してある。既に検索対象」

「男の癖にロングはどうかしらね?」

「フン」

黒ゼツが印を結び掌からチャクラを流し込みながら巨大な刀を取り出すと一気に振り下ろした。

しかし、バッチが燃え上がるようにチャクラが反応してアスファルトを突き破って流砂が巻き上げられて麦野達を守るように受け止めた。

「......オノレ」

 

マダ何処カニ居ルヨウダナ......サソリメ

 

黒ゼツは印を結ぶと幽かに匂うサソリのチャクラに向けて地面を殴り付けた。

土中でチャクラは圧縮が解かれた木の根っことなって鋭い先端で蛇のように畝りながら進んでいく。

 

「割と注意力散漫かしらぁ?」

 

「?!」

透き通った声が黒ゼツの脳内に響いて身体の自由が利かなくなりマダラの体表で粘つく黒ゼツは苦い顔を浮かばせる。

マダラの筋肉質な腕が黒ゼツの支配力を上回る力で曲がり始めて、コメカミをに銃弾を撃つようなポーズをさせた。

「バァーンてかしらぁ」

マダラの瞳は禍々しい万華鏡写輪眼ではなくなり光る星のようなキラキラとした眼となり舌を出して戯けていた。

 

コノガキ共ガ......

 

黒ゼツの黄色い眼が細くなり憎しみを滾らせた刹那、キラキラ眼のマダラが大の字になって絹のような女性の声で

「今よ!」と叫んだ。

 

「分かってるわよ!食蜂」

麦野が充填した緑の光をマダラに向けながら一気にメルトダウナーを放った。

緑色の光が赤い空と混ざり合い視界が紫になり動けない黒ゼツの影を焼き尽くした。

爆炎が上がり周囲に衝撃が走るが滝壺の検索能力が空間を切り裂いて移動した黒ゼツを逃さずに視界に収め続けてゆっくり指差した。

「まだ消えていない」

「オーケーな訳よ」

フレンダがロケット弾を取り出すとまだ姿形が現れていない指し示された場所へと弾くように飛ばした。

瞬間に時空に正方形が重なり合った黒い世界からマダラが出現し、ロケット弾が空間ごと直撃した。

「!?」

 

「やったの?」

「いやまだ」

 

マダラの巨大な黒い尾が盾となるように立ち塞がると爆発を相殺して薙ぎ払う。

ビルを消し飛ばそうと黒い一閃がぐるりと一周しようとするがフードを被った少女が飛びかかり一尾の攻撃を弾くとマダラの身体はヨロけた。

「超粉砕ですよ」

絹旗は窒素装甲を見に纏い、拳を固めると空気を巻き込みながら渾身粉砕一撃の技を繰り出した。

 

「チイ!」

黒ゼツは傀儡下のマダラの眼を万華鏡写輪眼を燃え上がらせてスサノオを浮き上がらせてガードを始めていくがビルの窓辺からヘッドギアを装着し、スコープを覗いている紫がかった髪をした女性がスイッチを入れてつまみを回していく。

 

スコープで拡大されマダラのチャクラが手に取るよう解るようになると『万華鏡モード カムイ』とモニターに表示され焦点が合っているスサノオの装甲の時空が曲がり出してポッカリと穴が開いた。

 

「ビンゴ!思った通りだわ。結構使えるわね」

暗部組織『スクール』所属のスナイパー『弓箭猟虎(ゆみやらっこ)』はスコープから目を離して一息ついた。

 

穴がスサノオに反応しチャクラで埋めようとする黒ゼツだが......

「!?」

「はぁぁぁー!」

窒素装甲の鋼鉄パンチが寸前で入り込みチャクラによる密閉空間に窒素が流入しといき拳がマダラの胸元に直撃するとパン!と音を立てて上半身が半壊して倒れ込んだ。

 

「やったの?」

「......」

フレンダが恐る恐る近づいてみるが血の流れがない死体に不気味さを感じて背筋を凍らせている。

絹旗は確かに仕留めた感触を掴んだが釈然としないように突き出した手を開いたり閉じたりして違和感の正体を探ろうとしていた。

 

「あっ!?もう戦い終わったみたいですか?」

邪魔にならないように避難していた佐天が麦野に質問をした。

「そうみたいね......油断ならないけど」

「なるほど......御坂さんと連絡が通じないので直接会ってこようかと」

「サソリはどうなったの?ボロボロだって連絡が入ったみたいだけど」

フレンダが身を乗り出して訊いてくるが生憎目撃した情報しか持ち合わせていない為無事である事を願うしか返答できなかった。

 

「湾内さん達が向かいました。それにサソリの砂が守ってくれたから大丈夫ですよ」

グーと親指を立てて誇らしげに笑う佐天。

「ところでフウエイちゃんはどこにいます?」

「パシリに預けている訳よ」

「パシリですか?」

 

佐天の傍らには麦野達の死角になるような場所でグルグル面のトビが青い顔をして震えていた。

 

ま、まさか......黒ゼツが負けたっすかー?

オイラ自由に......いやゼツと悪い事したし

どどどどうするっす?やはりここはこの娘達に寝返ってやり過ごすしか......ないっすか?

 

震えているトビに警策はなんとも不審そう見てはため息を吐き出して、移動し始めた佐天とトビに着いていく。

 

******

一方そのころ地下のとある倉庫にアイテム構成員の『浜面仕上(はまづらしあげ)』はカラクリ少女のフウエイと忍者ゴッコに付き合っていた。

「討ち取ったり~!」

「ぎゃああ~。ヤラレター」

バタッと倒れる浜面にピョンピョン跳ねながらフウエイが嬉しそうにニコニコしていた。

「何で俺がこんな役を......」

こっちはこっちで大変そうである。

 

******

 

「どうします?私は超吹き飛ばした方が良いと思いますが」

「そうね。死体にしては明らかにおかしいし......旦那が居ればどうすれば良いか相談できそうね」

「サソリもなんともなければ良い訳よ」

まるで千切れた紙屑のような破断面に怪訝そうな表情を浮かべながら麦野はメルトダウナーの力を溜め始めた。

 

しかし、徐々に破断面に塵が集まり出していき。

「ククク......サソリカ」

「「「?!」」」

「ハハ......ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハー!!」

復活したマダラの身体に黒ゼツが纏わり付いて復活すると狂ったように笑い出した。

先ほどまで一つだけだった黒い尾が二本になり長い尾が黒い霧のように周囲を暗く照らし出した。

「サソリガ来ル?ソレハ無理ナ話ダ」

黒ゼツは回転するように頭部から自分粘り着いた身体を引き剥がすとマダラの手から札の付いたクナイを生み出して、握ると露出した生身のマダラの頭に染み込むように挿し入れた。

 

「な、何よコイツ?」

予想外の黒ゼツの行動に理解が追い付かない麦野達を尻目に黒ゼツは独壇場となった場で反応を期待しない演説をする。

「ヤハリ俺デハ操リキレン......頭数ガ減ルガ仕方ナイナ」

「?はぁ?」

「貴様ラノ能力ヲ最大限出セルノハ誰ダ?」

「??」

「隣ニ居ル奴カ?違ウナ......デハサッキノ娘カ?違ウ」

黒ゼツの身体が徐々に半分は腕に集まりだしてもう半分は鎧の中へと入っていく。

質問も話の内容も分からない麦野達は不気味なまでに悪巧みし、凍り付くような冷たい目を食い入るように見つめ続けた。

「本人ダ......精々頑張ルンダナ......地獄マデ」

鎧の中に入り込みマダラの身体の軋みが無くなると黒ゼツは表面にいる僅かな黒い身体でマダラの指を操ると印を結んで封印していた恐るべき化け物を解き放つ。

 

狸寝入りの術!

 

残りの黒ゼツの身体がマダラの肉体に入り込むとマダラの身体がガックリと力を無くして項垂れるが次の瞬間に写輪眼が開いてさっきまでとは比べ物にならない殺気が針のように麦野達を穿った。

復活した衝撃波で窓ガラスが粉々に砕け散る。

「......っ!?」

 

「戦争が始まったか......上手くやったようだな」

かつてサソリの居た世界で伝説の忍と言われ、強大な術で世界を支配しようとした最凶の忍『うちはマダラ』が学園都市で完全復活を遂げる。

 



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第96話 プロパガンダ

ずっと疑問に思っていた事なので、こうだったかもしれないなと思って書きました
しかし情報が少なくて四苦八苦


全ては20年以上前に始まっていた。うちはマダラが延命していた命の灯火が搔き消える寸前の数ヶ月前......輪廻眼を開い時からだった。

 

自分の身体が朽ちる事で自身の見果てぬ夢が完結しないと悟っていたマダラは『凍てつくような意志』の体現者である最後のしもべ『黒ゼツ』を生み出し、己の意志を託してその生涯に一時的に決着を付けて絶命した。

本来であればそのままその世界に留まり、マダラ復活という業火を忍の世界に知らしめて『新たなる秩序を持って神』となる主を迎えるはずだった。

 

......だが齟齬が起きた。

切り離されたばかりの小さな白ゼツと共に力を溜め、意志を意思に変え、徐々に黒白と分かれた人間体型生物として鹿やウサギ、森に迷い込んだ幼い童を喰らい力を溜めていたある日、マダラの死から3ヶ月が経過した日にソレはやってきた。

 

熊のようでもあり、鬼のようでもあり見方によっては鱗を生やしたトカゲにも見えたソレは掴めないはずの我々を掴んできた。

「ヤットカ......マダラデサエモ意志ヲ切リ離スノハ難シイラシイナ」

「!?」

身体ガ動カン......

「ククク......コレデ準備二入レル......マズハオビトト接触ダッタナ」

「キ、貴様ハ?」

「残念ダガマダラノ計画ハ俺ガ上手ク引キ継イデヤル......マダラノ意志ハコレカラ......カグヤノ意志トナル」

 

突然現れたカグヤの意志という黒い獣は輪廻眼を開いて時空を歪ませると持ち上げた黒と白の塊を出現した穴へとゴミを捨てるように突き落とした。

「!?」

「マダラハ警戒心ガ強イ......コレデ貴様ノチャクラヲコピーシタ......バレル事モ無イダロウ。下手二殺シテアノ世デマダラ二感ヅカレルノモ面倒ダ」

 

熊のような鬼のような荒ぶるトカゲのような黒い塊はチャクラを吸収すると自分と全く同じ姿、チャクラを保ちゆっくりと時空のうねりを強くして間を収斂させていく。

「ナアニ......スリ替エハ歴史上繰リ返サレテイル常套手段ダカラナ。上手クヤッテヤルヨ」

 

黒ゼツが最後に見た光景は黒い正方形の間が狭まる中にぽっかり浮かぶ、左右不均衡な笑みを貼り付けた自分自身その者だ。

白ゼツが居ないからかバランスが取れていない半身は必死に手を伸ばすが、ソレは最後を見届ける事もなく踵を返していき、歪みの口は捻りが解けるように元の風景へと変化していった。

 

数式すら破滅する時空のうねりの中でもがくマダラの意志『ゼツ』は主のチャクラを求めて強張る身体を揺り動かして出口を探す。

なんとかして元の世界へ戻らなければならない。

幸いな事に元の世界に胞子の術で残してきた白ゼツの微小分身を捕食の度に撒き散らしたので見つけるの容易い。

 

しかしソレが邪魔しているらしく、まだ円熟していないゼツではどうにも破る事が出来ない。

些細なチャクラ反応も取り零さないように最大範囲の感知能力を駆使して彷徨う内に一つの出口と偶発的に繋がった。

 

それがこの世界

『学園都市』と呼ばれる忍術とはまた違う発展を遂げた超能力者が集まる都市だ。

なぜ繋がったか分からない。

ただ莫大な負のエネルギーがあり、切り離された十尾の陰のチャクラを感じ取ったゼツは立ち上がりながら復讐に身を焦がしていく。

 

十尾の影を復活させて

元の世界に戻る

 

それがマダラの意志『ゼツ』の大きな目的となった。

元の世界で起こるであろう戦争に参加し、本来果たされるべき結末を完結させる為の戦いがこの世界から始まった。

 

******

 

停電となって混乱している一般学生や何も知らない職員が復旧したばかりのネットで情報を集めている中で公式の情報を扱うテレビ局がついに動きを始めた。

 

都市のスクランブル交差点にある大きなモニターにニュース特番が流れ始めて混乱している市民は足を止めて食い入るようにモニターに観入る。

 

年配の熟練アナウンサーが座り、慌ただしくスタッフとの打ち合わせと原稿の確認をしている。

画面の上で警告音と非常事態宣言が出されており不気味なアラームがおよそ2分間流れた後に

 

学園都市ニュース!のテロップと共にいつものBGMが流れて、鬼気迫る原稿が淀みなく読み上げられていく。

 

たった今入りましたニュースです

学園都市が何者かに襲撃されました。統括理事会では一連のテロ事件と関連があるとし調査をしているとの事。

負傷者多数

今のところ死者は確認されておりません。

 

なおテロ事件の容疑者は「学園都市上級特別研究員のゼツ容疑者」と判明致しました。

非常に危険な思想と能力を持っていますので付近の住民は見つけましたら、お近くのアンチスキルに連絡を取り、決して近づかないようお願いします。

ゼツ容疑者の動機は不明

今もなお破壊工作を続けている模様

 

そこへスタッフが姿勢を低くしながら青白い顔をしながらアナウンサーに原稿を手渡した。

その原稿に目を落としたアナウンサーは一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後に一呼吸置いて仕事に戻る。

 

!?

た、たった今入ったニュースです。

現在、ゼツ容疑者のテロ行為止める為に接触している人物がいるとの情報が入りました。

監視カメラの映像があるそうなのでご覧ください。

 

赤い髪の少年が鎧武者の姿の犯人に鉄骨で撃ち抜かれている映像が流れて、観ていたアナウンサーとモニター前の視聴者が息をのんで惨劇を目の当たりにし、静寂が包み込んだ。

 

それでも少年はボロボロになりながらも再び立ち上がり、傷口を抑えて鎧武者に立ち向かっている所で映像が止められて元のアナウンサー画面に戻る。

 

この赤い髪の少年は学園都市第1位のサソリ氏であると判明しました。こちらの鎧を着た長髪の男性がテロ事件のゼツ容疑者と見られます。

 

統括理事会からのコメントが来ております。

「今回このようなテロ行為を許してしまった事は正に痛恨の極み。都市の治安を揺るがしかねない事態にまで発展しようとしていた矢先にこの少年はテロに対抗する為に孤軍果敢に立ち向かい、多くの大切な学生諸君を助ける為に踏ん張っています。我々はこの少年に報いなければならない!テロは断じて許されるものではない!」と公式に発表し、毅然とした態度でテロ行為に抗議すると約束をしました。

 

ここでゲストの大人気アイドル『一一一(ひとついはじめ)』さんにコメントを頂きたいと思います。よろしくお願いします。

「いや〜。都市のピンチに駆けつけるなんてヒーローだね。是非ともお友達になりたいな。今度ライブがあるから特別ゲストで来て貰うのも悪くない......誰か彼の連絡先を知っていたら教えてくれないかな?」

 

ありがとうございます。

大部分関係ないような気がしますが、都市を守ったサソリさんには都市から感謝状が贈られる見込みです。

サソリさんは以前に起きた『幻想御手事件』解決に尽力したとの情報もあり、一部では英雄として讃えられています。

 

******

 

復活したマダラは枯渇したはずの塵に近い血液が幽かに通い出す血の脈動に高揚感を露わにしながらもヒビ割れた顔で歪に笑みを浮かべた。

背中側には黒く長い逆立った尾が二本煙のように伸びながらマダラの身体の周りに湯気のようにチャクラがまとわりついている。

割れた顔の隙間から真っ赤な液体が粘り気が比較的に緩やかな液体が流れているのが傍目からでも見えた。

 

「......?!どういう事だ?」

マダラは細かいヒビ割れた腕を眺めながら限られた情報から現状へと対応を開始し始めた。

「よ、余所見してんじゃないわよ!」

先ほどまでとは違い、桁外れの殺気に若干怯みながらも麦野は弱さを振り払うように一歩踏み出しながらメルトダウナーを3発連続で放つ。

「.......」

「!?」

マダラは少しだけ表情を綻ばせると一瞬で姿を消して光る写輪眼の残光が曲線のようにだけ動くと麦野の目の前に体勢を低くした状態で移動した。

「塵遁か......両天秤の小僧関係のようだな」

「くっ!」

マダラは麦野の目を突こうと拳を突き上げるが砂の盾がガードして麦野を守るとメルトダウナーを再起動して咄嗟に頭を下げながら脇腹を抉り抜いた。

 

「やるな」

風化した血糊のような体液がドロリと流れ出すがマダラは意に介さないように印を結ぶと

 

火遁 業火滅却の術

 

口から広範囲に渡る爆炎を放ち姿勢を低くしていた麦野の背中目掛けて火の津波を引き起こした。

「がああー!?」

砂が麦野を包み爆炎地帯から逃すが高温をガードしきれずに麦野は背中に火傷を負った。

「はあはあ」

「麦野!大丈夫!?」

「なんとかね」

塵芥が集まり抉られた脇腹が再生していくのを見ると悪夢でも見るかのように背中が震えた。

 

「チャクラの陰陽が絡まっているようだ。動きにくいな」

再生した箇所からは逃げ場を無くした乾血が滴り落ちていく。

血が下に落ちて粘ついた痕をコンクリートに付けると同時にマダラの肩を撃ち抜く弾丸が当たり、大きく仰け反るが返す脚でマダラは体勢を崩したまま通過した弾丸を片手で受け止めるとそのまま弾丸の角度から弾いた狙撃者へ投げつける。

「なるほどな......これは少しずつ生者となる術か」

撃ち抜かれた肩からは先ほどよりも血の通った血の色をしており、比例するようにマダラの身体に痛覚がうっすら戻ってきた。

「穢土転生と輪廻転生を合わせた術か」

マダラの背中から黒い尾がまた一つ伸びてきて可視化するに従い周囲に尋常ではないプレッシャーを放つ。

 

狙撃を

「ど、どういう事!?」

投げ返された弾丸がそのまま銃身を逆走するように走り、一気にスコープ付きの銃がお釈迦となって引き金が引けなくなってしまった。

いや、それよりも驚嘆すべき事は肩を撃ち抜かれても顔色一つ変える事無く動いている人間という存在がこの先に居るという事実である。

「肩を通過した弾丸が外に出た瞬間に掴んで投げるって......?!」

装着したヘッドギアの画面にノイズが走っているが次の瞬間には巨大な刀を持った燃え上がるようなチャクラの腕が正確に弓箭の姿を隠していたビルを真っ二つに切り裂いて、その中心にマダラはオリジナルの写輪眼を光らせていた。

 

「?」

装置に写輪眼の紋様が浮かんでいる事に怪訝の表情を浮かべるがもう一方の振り上げた刃を呆気に取られている弓箭に容赦なく振り下ろした。

そこへビルの屋上から武術のセンスの欠片もない学校指定のジャージを羽織った黒髪の青年が飛び降りてきてマダラの振り下ろされたスサノオを片腕で受け止めた。

「!?こいつ」

受け止めた片腕とは反対の腕の拳を握り締めると

「ハイパーエキセントリックウルトラグレートギガエクストリーム......もっかいハイパーすごいパーンチ!!」

と超爆発を引き起こして素手でスサノオを押し返し、マダラの身体は余波で少し崩れた。

「硬ぇ!こりゃあ気合い入れねーとな!」

拳と拳で叩き合わせて不敵に楽しそうにマダラを眺める青年は拳に力を溜め始めていく。

息を吐き出しながら、足を踏み込むと溜めた力を一気に放出して体勢が整えられていないスサノオごとマダラにぶつけた。

「超ッ......すごいパァァンチ!」

周囲の障害物を破壊しながら突き進むエネルギー弾はマダラに当たると大爆発を起こしていくが、刹那黒い何かが青年の首を切り裂くように当たり吹っ飛ばされた。

「痛ぇ......視えなかった」

首から出血しながらもあっさりとマット運動のように立ち上がると手足をブラブラとさせた。

 

学園都市第7位「削板軍覇(そぎいたぐんは)」

学園都市の人工的な超能力開発に頼らずに偶発的に超能力を手に入れた『原石』の一人かつ世界最大の原石と呼ばれている。

能力は不明

単純な打撃でさえも兵器並の攻撃力と桁外れの防御力を誇り、研究者でさえも何が起きている能力なのか解明できないでいる。

 

「首を落とすつもりだったが......まあいい」

 

マダラの身体に四つ目の黒い尾が出現しており、万華鏡写輪眼から輪廻眼へと昇華して爆発のエネルギーを吸収して高台へと飛び移ると印を結び背部で繋がる二人のスサノオを出現させると学園都市が一層暗闇になり、異変に気付いた麦野達が見上げると上空数キロ先から視界全てを覆う程の巨大な隕石が落下を始めていた。

 

「う、嘘でしょ!?」

「隕石を超落とす能力なんて」

「規格外」

「早くこの場から逃げろぉぉー!!」



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第97話 変わり身

体調不良で休んでしまい遅れました
申し訳ない

メリークリスマス


マダラの術により学園都市に降り注いだ巨石が落下する数十分前。

とあるビルの内部にあるゼツの研究室を漁っていた。

ゼツと面識のあった布束が研究室の場所を知っており、この事態の打開するための情報を求めてビル内4回の特別研究室を御坂のハッキングでこじ開けた。

 

山積みの紙ペーストの資料に試験管で育つ木と融合したような人間の成長記録写真。

泡のように漂っている独特の紋様が描かれた眼。

人間の血反吐がこびり付いた死臭に思わず御坂は顔を歪ませた。

 

「っ!?」

明らかに倫理的にもコンプライアンス的にも非人道の研究がこの空間で行われていた。

血で固まった点滴の針に悪寒を覚えながらも先に何の躊躇いもなく入った布束とミサカに続いて見えない壁を潜り抜けるように御坂は入る。

 

い、嫌だ

この場には居たくない

 

全身の毛が逆立ちながら神経信号が危険だと発しているが顔を叩いて気合を入れた。

しっかりしないといけない!

 

「死者を蘇らせるってどういう事よ......?」

「見る限りじゃあんまり褒められた研究じゃないみたいね」

「うげげ、人の顔が貼りついているわぁ。悪趣味ね」

巨大な水槽に浮かんでいるに木片に管が繋がっており、目を閉じた成人男性のデスマスクの如き顔が貼りついていた。

それを眺めていたミサカの目が妙にキラキラしているような......ん?キラキラ?

 

「怖いわね......!?ってか食蜂いつの間に戻ってたのよ」

「レベルアッパーが解除されたからねぇ~。まあ貧相な身体でも我慢かしら」

「そんなに嫌なら出ていきなさいよ!」

メイド姿のミサカがその場でターンをした。

「見つけた!」

布束は傾いた戸棚の中にファイリングされている分厚い論文を取り憑かれたように何往復も眺めて確認すると水槽が置いてある脇の機械の電源を点けた。

水槽に明かりが点いてより鮮明にデスマスクが浮かんでいる。

 

「!?」

「ゼツはレベルアッパーの原理を逆手に使って全ての人間を支配下におくつもりだったのよ。全から1ではなく1から全へ」

 

木山が起こした事件ではレベルアッパー使用者を意識不明に追いやり、利用可能となった脳の回路を使って自分自身の演算回路を飛躍的に上げた。

しかし、ゼツが考えていたのはゼツから特殊な能力を流し、脳の中で何倍にも巨大にさせて回収するというやり方だった。

 

「木山は命までは取らないつもりで最低限しか利用しなかったみたいだけど、今回はそんな事を考えていないわ」

「つまり......?」

「昏倒した人の呼吸が止まろうが心臓が停止しようが問答無用にゼツに力を与え続けるって事よ......ざっと見積もってもレベルアッパー事件よりも規模は数百倍いや、数千倍に跳ね上がるわ」

「!?」

「でも私のおかげで解除されたんでしょ?だったら問題なくない?」

「最初のはただのレベルアッパーよ。大きな装置を動かす補助用の......ガソリン車のエンジンバッテリーみたいなものよ。本命はこれからになるわ」

「!?」

 

「ど、どどうすれば良いのよ!?」

あからさまに専門外の事を言われて、混乱し始める御坂に布束は起動した機械のプログラムからとあるデータを探り出していた。

「私の能力を全開にすればなんとか持つかしらぁ?」

「そうなると持久戦になるわね......あまり得策じゃない。......ここも違う......凍結したところになるのかしら......!?あったわ」

布束は興奮冷めやらぬ形で接続をしてプログラムを起動させた。

 

「レベルアッパーの欠点を挙げるならば、他人の脳を無理矢理自分の脳回路に当てはめる事にある......チューニングを変えるとなるとロスするエネルギーが出てくるからあまり効率的にはならないわ。だからね」

 

布束は起動したプログラム名を表示させて当事者である御坂と食蜂ミサカに見せつけた。

「みさかねっとわーく?」

「同じ脳回路ならロスが少ない分、純粋な能力上昇が期待出来るわ」

「あ、あたし!?」

「そうよ。一応レベル5でしょ?頑張りなさい。そしてできればその後の経過をレポートにして提出すれば文句ないわ」

「クォラァァー!研究に結びつけんな!ってかレベル5なら隣にもいるわ......」

 

「お姉様がなぜここにいるのでしょう?っとミサカはまじまじと水槽に浮かぶ奇妙な物体を眺めながら言います」

 

逃げやがったコイツ......

 

「あの実験から生き残った数は9969人ね。そこに貴女を足して9970人でゼツの莫大なネットワークを叩くしかないわ」

「こんな貧相な身体で大丈夫ー?」

「身体は関係ないでしょ!!ってか食蜂戻っているなら手伝いなさいよ!」

「あー!そろそろ時間ね。頑張りなさいよ......割と頼りにしているわ」

ミサカからメンタルアウトを解除して倒れ込んだのを見届けるとやや混乱しながらもパンパンと頬を叩いた。

 

「おそらく単純な力だけでレベル6に近くなると思うけど......相手は230万のネットワークと未知の力を使うわ。油断しないことね」

「分かった......それにね本当は9971人だからね」

「?」

 

 

******

 

路地裏で保護されたサソリだがチャクラの消費が激しく満足に体を動かす事が出来ないでいた。

更にゼツにより放たれた鉄筋のレールガンにより損傷した箇所から帯びていた電撃が楔のように分身組織を構成している土遁チャクラを蝕みながら毒のように破壊していく。

 

ま、まずいな......

このままだと......どうする?

甘く見ていた。これが穢土転生......

オレの力を超えている

呼び戻すには......チャクラが

 

感覚が麻痺していく。消え入りそうな叫びに似たサソリのチャクラは燃え尽き掛けていき少しの風で消えてしまいそうだ。

どうシミュレーションしても望んだシナリオへは到達しない。戦況は悪化していきその間にゼツの力は凶悪さを増していく。

どう足掻いても勝てない相手が居る事にサソリは暗闇に堕ちてしまいそうになりながら必死に戦況を組み立てていた。

 

「......さん!サソリさん!!」

「!?」

いつの間にか合流していた湾内と泡浮、婚后が心配そうにビルを背中にしてもたれ掛かっているサソリを覗き込んでいた。

「気が付いたようですわ!良かったですわ......痛い所はありませんの?」

「......?」

「まだ体調が悪そうですわね。無理もありませんわ。たった一人で戦ってましたから」

「少し休んでいてくださいですの。その間にわたくし達が御守り致しますわ」

「はい!」

湾内が静かに風穴の空いた左鎖骨を痛ましく眺めながら努めて明るく振舞う。

抱きしめたい

支えてあげたい衝動を抑えて耐えていた。

ピンチになった時にいつも現れて助けてくれたヒーローはここには居ない。

ただみんなを助けたいと思う一人の人間がここに居るだけ、その時に恋人がするべき事は......

 

「行ってきますわ!」

「!!?ま、待て!」

悔し涙を流す湾内に呼応したようにサソリの写輪眼が反応し、頭の中で断片的な情報と今の状態が繋がりあい未来への道筋の光が見えた。

サソリはその道を捉え外さないように落ち着きながらも鬼気迫る声で湾内達に命令した。

「闇雲に行くな!暁の奴らを呼んで来い!」

「えっ!?御坂さん達をですか」

「全員だ!一人でも欠けたらまずい......口寄せの準備を始めてくれ!頼んだぞ」

「!!」

「は、はい!」

サソリの迫力に気圧されながらも初めて頼りにされた事が嬉しそうに全員と連絡を取り出し、近くでゼツと交戦している麦野達へは湾内と泡浮が向かい出来うる限りの事を始めた。

サソリはメンバーに支給している暁のバッチにチャクラを込めて招集を掛ける。

 

未来が微かに動き出した。絶望が支配していた未来から希望の未来に変える条件が読めてきたのだ。

「休んでいられんな」

サソリはゆっくりとフラつきながらも立ち上がるが護衛の為に残った婚后の肩に触れた。

するとピリッと電気が流れて砂の力が強まると同時にサソリの身体がバランスを崩して膝崩れをして支えた。

「だ、大丈夫ですの!?」

「そうか......貴方は風遁だったな」

少しだけだがサソリの分身体の結び付きが強くなると同時に婚后はサソリの赤い髪が少しだけ長くなり黒み掛かっているようになり、外套の隙間から歯車が軋む音が聴こえた。

「??貴方?」

「悪い、気にするな」

「え、ええ」

サソリは一般男性に比べれば高い声であるが、この目の前にいるサソリは全体的に高く絹のように滑らかな声をしている。

いや声だけでなく外見も少しずつ丸みを帯びた体型になっていき、まるでそう女の子のような......

外套の隙間から見えた細い腕を翻してフラフラと印を結んで更に術で縛り強化した。

 

すると敵戦力を偵察しに行っていたオールバックの不良が慌てて不恰好な大股歩きで戻ってきて、パニックになりながらもサソリに報告をしていく。

「た、大変だ!あのゼツって野郎の喋り方が変わったと思ったらめっちゃ強くなりやがって頭が飛ばされても動いてやがるし」

「!?マダラが出たか......尾の数は?」

「黒いのが3つだった」

「3つか......恐らくドンドン増えていくな。10本になったら終わりだ」

「ど、どうすりゃ良いんだ!?」

「粉々にすれば多少は時間が稼げるが......とにかく準備が整うまで時間が要る」

 

サソリがやや焦ったように言い放った所で軽く伸ばした茶髪の男性がポケットに手を突っ込みながら静かに暗闇から抜け出すように現れた。

「!?」

「詳しく聞かせてくれ。その準備とやらをな」

「......?」

「かっ!?」

 

垣根帝督ー!?

 

学園都市第2位の超能力者がゲームの攻略法でも探しに来たかのような悪巧みした薄い笑みを浮かべて静かに殺気立ちながら立っていた。

 

「よう......テメェがサソリか?」

「......誰だ」

「俺を前にして結構な態度だな。さて準備って何だ?」

「さ、サソリさん.....」

婚后が張り詰める空気に震えながらも上空を指差した。

「!?」

まるで空に穴でも空いたかのような黒い物体が徐々に大きくなっていき、圧迫感を覚える。

 

「あれを処理してから話す」

「その方が良いな......俺の邪魔をするなよ」

「分かってい......!?」

急にサソリが頭を抑えて苦しみ出して倒れ出した。

「「!?!」」

黒い電撃が迸りながらサソリに掛けていた術が解けて、大量の砂の中から10歳にも満たない幼い黒髪の少女が意識を無くして倒れている。

「フウ......エイちゃん!?」

そこには安全な場所へ隔離したと思われていた御坂のクローン体とサソリの傀儡を練り合わせて造られた人傀儡『フウエイ』であった。

 

******

 

高速道路で睨み合っていた白ゼツと六道は依然として膠着していた。

レベルアッパーの影響が無くなり、首をポキポキと鳴らすと白ゼツは興味が無くなったように気怠く溜息を吐くと愚痴るように腰を下ろした。

「......!?」

「あー、ダレたね。黒の奴めボクまで切ったか」

「!?」

「この様子だとトビもやられたみたいだし......六道相手に殺し合う程酔狂でもないし」

「あ、貴方達は一体何が目的なんですか?」

赤い光の中でぼやけたように黄色い光を眼から出しながらギザギザの歯を覗かせる。

この態度は本物か態とかまでは分からない。

騙す事に長けてきた連中の一角を担っている奴だ......油断はしない。

天道は修羅道に目配せをすると臨戦態勢を崩さずに話を進める。

 

「命を助けてくれるなら話そうかな。君達には貴重な情報になるし、ボクを捕虜に出来るなら良い条件だと思うよ」

「......分かった。掛け合ってみよう」

「さんきゅう」

 

「何だっけ?あー、そうそうボク達はボク達の世界の戦争に勝つ事だよ」

「戦争?」

「もう始まっているみたいだけどね......まあ、ボクの目的は別にあるんだけどね」

「......」

「命を助けてくれるなら話すけど。ボクは元の姿に戻るのが目的さ」

「「!?元の姿!?」」

「そうそう。十尾である術を使うとね。ボクのようなモノになるんだよ。まあ、記憶は無いに等しいけどね」

 

白ゼツの誕生の経緯に触れておくと

彼はサソリが居た世界で無限月読を使われて人としての個性を喪った成れの果てだと云われており、いつか来る戦争に向けての兵として用意された駒に過ぎなかった。

元の姿形、年齢、性別全てが不明で自分の立ち位置が分からない苦しさがある。

 

「黒は暴走し過ぎたね。あの時に一気に時空間を使うべきだったんだよね......マダラの力で戯れなければね。うーむこのまま行ってもボク達が消耗するだけだし、ボクが元に戻れる保証もないわけだ。だから素直に投降しよっかな〜てね」

両手を上げて降参のポーズをする白ゼツに天道達は戸惑いながらもチャクラを乱す黒い棒を突き刺して動けなくさせた。

 

「割と痛いね」

「当たり前だ貴様のやってきた事を考えれば生ぬるいくらいだ」

修羅道がワイヤーで捕縛しながら、餓鬼道がチャクラを限界まで吸収をして抑え込んだ。

「一応、白ゼツ撃破を連絡しておくよ」

と黒いピアスにチャクラを流し込んで通信をしようとした時に白ゼツは瘦せ細りながらもまるで道化のようにニタニタ笑っていた。

 

「一つだけ良いかな?別の空間と空間を繋ぐには目印になるモノが必要なんだけど......サソリにそれはあるのかな?」

 

その意味を思い知るのはもう少し先だった。

マダラの黒い意志は確かな実力と能力を持って学園都市を崩壊させようとしていた。

 

十尾まで残り六尾ーーー



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第98話 父

この場合はフレ•ンダ?

遅くなって申し訳ない


人の死って何だろうか?

身体を切られた時?

呼吸が止まった時?

心臓が止まった時?

脳が破壊された時?

 

その大部分の禁忌を犯しながらもサソリは自らの歩みを止めずに遥かなる頂きを目指して突き進んでいた。

『父と母に逢いたい』から『永遠なる芸術』へと昇華した夢は生物学的な死を超越し、哲学的な領域へと知らずに足を踏み入れていた。

 

人間は皆死ぬ

ソクラテスは人間

よってソクラテスは死ぬ

 

センター試験にも出されるような至極当たり前の三段論法だ。

皆死ぬ

ソクラテスだろうがアインシュタインだろうがこの理りから外れなく死ぬ。

常識がそれだった。

死なない人間が居るのなんで知らない。

考えたくない。

文明やメカニズムの立ち位置が崩壊してしまう例外は例外として処理し無理矢理こじ付けをして納得させる。

たった一つの例外に対してうってつけの言葉を並べるなら『ノイズ』や『諸説、例外あり』で済ませて終了だ。

 

だが、歴史はその一部の例外者によって撹拌され発展を遂げてきた。

マンモスには勝てないと考えた人々に武器を与え、獲物として狩れるまでになった。

 

祈りや呪いでしか治せないとされた病気に対して特効薬を生み出して根治させる。

 

人は空を飛べないからの飛行機開発。

 

 

不可能からの脱却、科学の発達してきたのはいつだって常識を疑い、破る事によって成されてきた。

ここで最初の疑問に戻ろう。

『人の死とは何だろう?』

複雑雑多になったならゆっくりと前提を疑えば良い。タバコをふかし、コーヒーを飲みながらゆるりと......

 

******

 

「生命反応がない......?」

白ゼツの爆発から生徒を庇った木山が入院している病室へやって来た初春が渡された資料に目を通しながら二人揃って絶句した。

「そうみたいね。死んでいるから物理攻撃や特殊攻撃は一切効かないらしいわ」

パイプイスに斜めに座りながらマーブルチョコレートを噛み砕きながらテレスティーナが淡々と説明をしていくが正直イライラが加味されて初春の頭ではSFのような絵空事にしか聞こえない。

 

「これは何処からの情報だ?」

痛々しく包帯を巻いた木山が顔色悪くしながらも資料の一行一行を指で追いながら理解しようとするが前提が崩れた科学なんぞ今までの経験と学問で学んだ科学では太刀打ちすら出来ずにベッドに横になった。

 

「とあるサイトからかしらね」

「......これだけの研究となると玉ねぎ(注)が関係しているか?」

注)普通の検索では引っかからないサイトの事を揶揄した言葉。

危険な情報が多数あり、閲覧する為には特殊なソフトを使わなければならない。

 

「そうね」

「俄かに信じがたいな」

「信じられないって言っても現にこうして暴れているからね。それにここでの常識を簡単に壊すのがあの世界だからね」

 

いちいち論文の最初の定義に『人は死ぬ事とする』と書かれないのが当たり前の世界に不死身となれば定義から何かから全てひっくり返ってしまう。

そして理解出来ないから立ち止まってしまうのも科学者の性だが、そんな暇はおそらくない。

不死身の戦士は待たずに殺戮を犯す。

「ただ少し気になる事があるんだけどね......」

「気になる?」

「あのお方の拡散力場が計測出来ていないのよ」

「っ!?」

「それって......まさか」

不意に蛍光灯が一瞬だけカチカチと点滅を繰り返すと赤い髪の成人男性の黒のローブを羽織った人物があたかもずっと居たかのように佇んでいた。

「「!!?」」

距離を取る三人だが、男性は内木のような腕を持ち上げて静かに。

 

タスケテホシ......イ

君達ノ力デ息子ヲ

 

******

 

路地裏でボロボロになっていたサソリを保護したがその正体はサソリに化けていた弟子のフウエイであった。

彼女は亡き師からの命令を忠実に行い、ゼツ達と戦闘を繰り広げていたがミサカネットワークの強制起動により意識が消失し、術が解けて幼子の姿で倒れてしまう。

「!?フウエイちゃん!」

倒れたフウエイに心配そうに駆け寄る婚后が抱き抱えるが関節が自由にジャラジャラと音を上げて揺れており人体の構造とは違う異形な光景に近い。

「ど、どうなってやがる」

状況が掴めない垣根は幼い幼女の顔を見下ろしているが、いきなり微睡んだ片目だけが開きだして全開の万華鏡写輪眼で彼の眼を捕らえた。

 

《従エ......オレニ従エ》

「!?」

気がつくと垣根は洞窟の中で石で出来た棺桶に入れられていた。

動かそうともがくが石棺はビクともせずに彼の表情を変えるだけに終始する。

能力を解放しようとするが身体から力が抜けるような脱力感に襲われた。

 

そこにメスを持った赤い髪の少年が出現し、迷いなく正中線に沿って切り裂いた。

「!?がっ!ギャアアアア!!?」

麻酔無しで肉体を切られる痛みは想像を遥かに超える燃え滾るような傷から臓器が取り出されていく。

 

オレのコマとして使ってやる

時間が無いからこのままお前を『人傀儡』にしてやるよ......一瞬の24時間でな

 

垣根の耳元で囁くと大量のメスが一斉に用意されて赤髪の指の動きに合わせて向かいだした。

「!!?」

 

 

フウエイの眼はまんじりともせずに睨み付けたままだが、垣根は冷や汗を流しながら片膝をついていた。

確かに24時間で人形にされた......だが腕がある......目玉をくり抜かれた痛みもある。

震えが止まらない垣根は鮮明に残る痛みの記憶に混乱しながらも呼吸を整えて立ち上がる。

「はあはあ............マジかよ......この俺が......ビビっただと」

「??」

婚后の腕に抱かれたフウエイは無茶苦茶に震えだして暴れだした。

「きゃ!」

婚后が耐えきれずに落とすと頭を揺らしながら見えない糸に操られるように路地裏を両手で突き刺しながら這い上がると片目の写輪眼でマダラを見つけるとパカッと口を開けて睨みつける。

 

人間ハ死体ニ

死体ハ人形ニ......止メル

 

そう呟くとフウエイの中で流れているサソリのチャクラが強く反応し、カクカクと動き出した。

焦点が合っていない写輪眼はまるで軸が固定されていない球体のように動くたびに四方八方に瞼部分の中で転がっていた。

 

******

 

学園都市の闇の中から伸びる四つの黒い尾が燃え盛る焔のように縦に揺れると地面に叩きつけた。

ビルは傾き、隕石の落下の影が濃くなる。マダラは腕に尾から身体深部に向けて染みるような疼痛を感じて、神経節が繋がるような痛みが走る。

 

「そろそろか......丁度良い」

真っ赤に光る目はまるで獣のような姿となり静かに破壊の邪魔をする輩を消し去りに尾をしならせて一気に移動をした。

 

隕石が落下し窪んだ影を肌で感じながら削板は落下中心地点にやってくる腕を構えて腕と足に力を込める。一撃で粉砕してしまえば岩石は割れて破片が散らばり被害は甚大となる。

選択するのは岩石そのまま受け止めて投げ返す事だった。

 

「根性ー!全部受け止めてやるよ!!」

飛び上がり頭突きをしながら落下してくる隕石を双肩で受け止めてスピードを押し殺す。

「はぁぁぁぁぁー!!」

感じた事のない重量感にまるで大陸を相手にしているような視界全ての岩に気圧されながらも削板は足を空中で蹴り上げて堪える。

 

「無駄な事だ」

マダラは高速移動するとたった一人で受け止めている削板目掛けてチャクラが染み込んだ具現化した爪を伸ばして斬りつけようと振り下ろすが。

「だぉらー!」

「!?」

伸ばした爪に上条の右手が触れると強制的に掻き消されて、そのまま生身の拳で殴りつけるがマダラに受け止められて手首を返されて背中から地面に叩きつけられた。

「がはっ!?!」

「??......十尾のチャクラを消しただと......」

「へへへ......ちょっとした特別性でね」

「......」

マダラは問答無用に拳を握ると上条の頭に向けて渾身の力を込めて振り下ろした。

「ちょっ!?物理攻撃はマズイって!!」

 

そこに白い髪をした青年が両腕を突き出してニタニタと笑みを浮かべて突進してきた。

「消えなカスがァ」

一方通行が殴り掛かるのを瞬時に察知したマダラは身体を翻しながら一方通行を蹴り上げようとする。

「......!?」

《反射》

ガラスに触れたような音と共に普段の人間とは違う感触にマダラは翻った方向と正反対に軸足を回転させて衝撃を相殺した。

マダラは受け止めきれずに粉々になった足首から上を見下ろすと胸の高鳴りを覚えた。

「なるほどな......体術を跳ね返すか」

塵が集まり出してマダラの足を復活させる印を結び出して広範囲の火遁の術を発動したが上条の右腕と一方通行の身体には届かずに周囲を火の海に変える。

「体術だけでなく術も跳ね返すか......厄介だな」

 

突如として現れた全ての攻撃を跳ね返す若者の対処に少しだけマダラは思案しているとその背中にメルトダウナーが命中し、よろけた。

「!!?」

「余所見するなんて随分余裕ね」

麦野が構えたまま次々とメルトダウナーを放出するがマダラは紙一重で避けると麦野の死角から尾を伸ばしてしならせると鞭のように麦野の身体目掛けて突き刺そうとする。

「死ね」

「麦野!」

隠れていたフレンダが走り出して麦野にタックルをすると振り降ろされた鋭い尾がフレンダの背中に刺さり、血が飛び散った。

「ねっ.....,」

「ん!?馬鹿な奴だ」

「ふ、フレンダぁぁぁぁぁ!」

フレンダの脇ではニヤリと感触を味わうマダラがまだべったりと血が付着したチャクラの爪を眺めると地面から5つ目の尾が飛び出てきて穢土転生独特の黒目が少しずつ白くなっていく。

更にマダラのチャクラが凶悪さを増していく中でマダラの動いていないはずの心臓が少しずつ動き出している事に気付くものは誰もいない。

 

******

 

意識不明から快復した白井は病院着から静かに常盤台の制服へと着替えて、風紀委員会の腕章を身に付けた。

これが自ら課した事だ。学園都市の治安を守る為にするべき事は決まっている。

明らかに非常事態のはずなのに妙に落ち着いている自分が不気味で体温が通常よりも高くなっている。

 

意識を失う前よりもざっくり言ってしまえば調子が良かった。

充分な休息と栄養管理が行き届いた食事、個人差と考えれば偶然に良い結果になったと判断される。

文献に乗るのは多数決の総意でしかない。

あとは利権が絡んだ場合も封殺されるが現在、大規模なレベルアッパーで快復した患者は多数いるがまとも歩行が即座に可能だったのは白井だけだった。

 

現在進行系での自分自身に起きた例外的な処置に困惑しながらも行かなければならない場所へと向かわなければならないという使命感が彼女を戦場へと駆り立てる。

人形にしか心を開かない弟分であり、頼りになる兄貴分......そして、ピンチに駆けつけてくれるヒーロー像と重なる想い人。

『サソリ』を助ける為に。

 

「病院を抜け出すのは躊躇いますわね」

窓を開けて駐車場の灯りに照らされた着地地点の座標演算を終えると一呼吸置いて重心を前のめりにする。

「聞けばわたくしの姿でサソリは何回か抜け出したみたいですの......だったらわたくしもですわ」

些細な事で同じ経験をしていると思うとむず痒い感覚になる。

 

すると背後に何者かの気配を感じて振り返るが見慣れた病室のカーテンが風で揺れているだけだった。

「!??」

何か背中を舐められているような悪寒に白井は背中を掻くように先ほど感じた嫌な調子を探していると息を少しだけ切らした初春が病室に転びながら入ってきた。

「はぁはぁ。白井さん!」

「初春?......どうしましたの?病院で走るのは良くありませんのよ」

「そ、それがサ......のお.....さんが」

息遣いだけが妙に激しく白井の耳に聞こえて、肝心の箇所が聴き取りにくかった。

「落ち着きなさいですわ。おっさんくらいしか補完できませんわよ」

窓を閉めて耳を軽めに掻くと本調子ではないように装って初春を落ち着かせる。

「そ、それが!サソリさんのお父さんが居るんですよ!浮遊しています。なんか人形みたいです!」

「.......はっ?(浮遊??人形??)」

 

突然現れたサソリの父と名乗る人形に困惑する中、現状理解とまさかのお父様との御対面に頭が追い付かずショートした。

偽物?

いや、でも本物だとしたら失礼な態度が取れませんし

ってそんな事をしている場合でもないし風紀委員の職務があってすぐにでも動かなければ......プスプス

 

「し、白井さん?」

「(とりあえずサソリを)婿に貰いますわよ!」

「お、落ち着いてください!」

 

ゼツとの戦いのはずがまさかの仁義なき御対面プラス御挨拶チャンスに白井は混乱したまま敬礼をして病室から出ていく。

さてさて現れた『父』は何を語るのか?

 



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第99話 半死と半生

遅くなって申し訳ありません


読者の中には幽霊の類を信じている人は居るだろうか?

科学技術の発展や映像加工が素人でも簡単に行えるようになった昨今の世論では本当に信じている人が少数派となり、新たなフィクション作品として語り継いだり娯楽、趣味としての側面が強くなったように感じる。

 

だからと言ってこの話で「私は幽霊否定派を明言する」とか「いや幽霊は居るんだ!」と肯定するものではない。

どちらかと云えば娯楽や物語としてこの先を読み進めてほしい。

 

都市伝説や怖い話界隈では割とよくある流れや展開ではあるが......

『幽霊は生前に強く想い遺った事を繰り返し行う』というのがある。

ピンと来ないと思うので例を出してみると

 

ある人が人生に絶望してビルの屋上から身を投げて自殺をした。

しかし自殺した本人は死んでからも屋上から身を投げ続けて死の痛みを刻んでいるらしい。

何十回、何百回と繰り返し飛び降りて悟るまでそのままの状態でいるとの事(諸説あり)

 

その他にも強い怨みを持った者が悲惨な最期を遂げると怨み相手を呪い殺す。

逆に我が子に愛情を持ったまま亡くなった親がピンチの子を助けに来るという話もある。

強く遺った意志がそのまま生きている者に影響を与えるというのは昔から変わらずに記録されて伝えられている。

 

『これから死ぬ奴が生きている奴のことを気に掛ける方がおかしい』

と彼は冒頭で述べたが死んでも遺るものがあるのかもしれない。

 

「.............」

彼が求めていたものも作品も彼の意志を持ってか現実から最も近く、最も遠い世界から伸びる糸が三体の人形に伸びており、反転したサソリが半覚醒のまま歪んだビルの屋上から戦場を眺めていた。

 

******

 

「うひぁ......」

惰性で鞄に詰めて持ってきた謎の『蠍』と書かれた物体を背負ったままビルの階段を上がっている佐天と警策だが隕石の破片のような岩石が階段を少しだけ塞ぐ形で壁をへしゃげて転がっていた。

佐天の直感では御坂はこの真上の階に居る事は分かっており、直前での足止めに口を尖らせて隕石の破片を叩いた。

 

「別の道を探した方が良いんじゃないかしら?」

「えー!?ここまで来たのにですか?」

「割とメンドーな事を言うっすね」

佐天と一緒にブーたれる元敵戦力兼パシリ面のトビ。

「ってかアンタがなんとかしなさいよ!!結構強いんでしょ?」

「オイラには手も足も出ないっすねー。面だから」

「このまま火に焚べる薪にでもしてあげようかしら?」

液体金属の刃をトビに向けて構えると浮いている面を横に振りながら隙間を光らせると不恰好な木製の腕を裏側から伸ばして岩を持ち上げた。

「じょ、冗談っすから仕舞って欲しいっす」

「またサボるに決まっているから暫くこのままね」

「うう、捕虜としての正当な権利を主張するっす」

「まあまあ......あっ!」

解放された階段を昇っていると佐天の驚異的な感覚が御坂が超スピードで移動しているのを捉えて『しまった』と言わんばかりの声を上げた。

「びっくりするわね!どうしたのよ」

「御坂さん行ったみたいですね。あちゃー惜しかった......?!」

「......うが!?!」

振り返った佐天の目には空中で苦しそうにもがくトビの姿だった。

金縛りにでもあったかのように伸ばした腕が小刻みに震えながら何か別の物が取り憑くような描写が相応しい。

「な、何してんのよ!?」」

「ち、違うっす......何かがオイラの身体を」

樹木を生やしながら必死に抵抗するが見えざる何かは徐々に所有権を奪い隆起した木の腕で隕石の破片により開けられた壁をこじ開けるように外に出た。

「ちょっ!ちょっと!?」

佐天の頭に懐かしい手の感触が柔らかい絹越しから伝わるように包み込んできた。

「え?」

振り返るとサソリの匂いが強くなる。

佐天の隈取が赤く伸びて、目の縁を彩るとぼんやりと薄明かりに照らされたサソリの後ろ姿が体感するように浮かび上がっている。

「サソリ?」

「......」

水に滲んだ絵の具のように掻き消えるとトビの姿はこの部屋から消えていた。

佐天が所有しているサソリと書かれた筒が新たな自然チャクラに反応するようにトクンと打ち始めていた。

 

******

 

「ゲフ......ゴフぅ!!?」

マダラが地中から出した五つ目の尾が鋭くフレンダの下腹部を貫くとそのまま尾を持ち上げて地面から持ち上げるように上げてドス黒い血を吐き出しながら声にならない呻き声を出して自重で押し広げられる傷口を庇うという無駄な抵抗をしていた。

「ぁ......がぁ」

「痛いか?それは自業自得だな。本来ならばオオノキの娘を狙ったがまあ良い」

「はぁぁぁー!!」

苦悶に意識を混濁させているフレンダを嬲るように尾の畝りを変えるマダラの右腕脇から絹旗が空気を巻き上げながら拳を突き出した。

しかし、写輪眼で先読みされた未来視によりマダラは繰り出される拳を紙一重で躱すと拳の先から衝撃波が飛び出した。

「煩い虫けらが多いな......!!?」

体勢を戻したマダラが指を鉤爪状に曲げると外した絹旗の首を撥ねようとするがマダラの顎に強烈な衝撃が加わりそのまま吹き飛ばされて消火栓に激突した。

 

ナオセ......

「!?」

尾から外れたフレンダが地面に落下すると同時にトビの面がフワフワと被せられて大きく開いた傷に木遁のチャクラを流し込まれてみるみる塞がっていく。

トビは何かから怯えるようにビクッと面を震わせた。

 

「トビ......貴様」

消火栓を破壊し水浸しになるマダラの悍ましいチャクラが針のように周囲の人間に突き刺さる。

マダラの口から微かに血を流しており、痣を作っていた。

首をポキポキと鳴らすと印を結びだす。

 

「ち、違うっす!オイラじゃ」

 

火遁 業火滅却

 

「はい!」

マダラの口から巨大な火柱を上がらせながら広範囲に爆炎が拡がる中で隠れていた湾内が水を操り壁を作るがすぐに水蒸気となり辺りの視界が遮られる。

尚も残る爆炎に路地裏から出て来た婚后が向かい風で上空へと散らすが霧間からマダラは一瞬で移動し湾内の目の前でスサノオを開眼して斬りかかろうとしていた。

 

「!?」

スサノオの刀を振り下ろすが何故か妙な位置で止まり、見えざる手が刀を握っているような感覚に陥る。

「どういう事だ?」

更に力を強くするがその壁はビクともせずに湾内の盾のままだった。

隙を突いて泡浮が浮力を変えて大きなブロック塀を持ち上げるとマダラの空いている脇腹を薙ぎ払うように殴りつけた。

 

「......」

マダラは抑えられている刀を支柱にしてブロック塀に飛びかかるとそのままブロック塀を足場に踏み切りそのままビルの窓にくっ付いた。

「まさかな......」

 

麦野のメルトダウナーが着地したマダラに向けて発射されたが輪廻眼を開眼し吸収すると地上を凝視した。

 

居るはずだ......生意気な

 

輪廻眼で辺りを見渡していると点々とこの世とは違うチャクラが付着しているのが観えた。

「何処だ......何処に居る?」

「何ボヤいてんだぁ?」

窓枠をまるで階段でも昇るかのように一方通行が両手を軽く広げて、マダラに悪魔の笑みを浮かべて首を掠め取ろうとするがマダラは腕でガードした。

「また意味無......?」

パキッと空気の入った何かが破れる音がしてマダラの腕が宙を舞う。

「!?」

傷口からダラダラと血を流れ出すのを確認すると血染めの腕を見上げた。

そこには真ん丸な月が見下ろしている。

真っ赤な世界が月に収斂されると紋様が浮かび上がり写輪眼が月の表面にうっすらと投影されていく。

 

「何だあれ?」

「変な模様が」

 

マダラは付いている腕の手首を掴むと全ての尾を出現させた。

既に尾は6本目が出現しており、動いていない死者の心の臓が拍動を始めている事にマダラはやや歓喜した。しかしすぐに不測の事態を察知すると輪廻が浮かぶ満月を見上げる。

「......月の眼......この状態では」

マダラの飛ばされた腕の影が変形して無数の根っこのような物を伸ばして影の世界でくっ付くと現実世界に射影されて縫われるようにくっ付いた。

 

マダラは追撃してくる一方通行の足場となっている窓を蹴り割るとフワフワと浮かび上がり、落下を食い止めている削板を横目にの最高点に来るとスサノオを出現させて力を注いだ。

「時間を掛け過ぎた」

隕石の重さが数倍にまで跳ね上がると抑えていた削板が徐々に押されて地面に脚が刺さり出す。

 

「ぐぅ......ぎ!!こ、これはヤバイかも......なぁ!!」

削板の腕から血が噴き出していくが本人は力を緩めずに真正面から受け止めて脚を組み換えて力を溜める。

予想外の抵抗に業を煮やしたマダラは印を結び十尾の影から七本目の尾を出して闇の波動で押し潰し始める。

「虫けらどもめ!!」

 

他の能力者達も集まり、隕石を撥ね返そうと能力を使い出す。

サイコキネシストは岩の一部に浮遊を持たせて、麦野達はメルトダウナーでマダラを狙い打ちをしていく。

 

するとビルの外壁を崩しながら一直線に蒼い電光が移動し雲を帯電させてマダラに雷を落とした。

「っ!?」

「頭痛ったいわね!これ」

 

御坂美琴

ミサカネットワーク私用

Level next

 

電気の反発により青白く発光した御坂が髪を逆立てながら雷の衝撃で吹き飛ばされたマダラをリニアモーターのように高速移動すると回転しながら回し蹴りをした。

「ガキが」

マダラは御坂の回し蹴りの脚を受け止めると背負い投げのように地面に投棄てる。

帯電し光る腕を鬱陶しそうに眺めるがカチカチと時が刻まれていくような音が流れて満月の万華鏡が鈍くマダラの写輪眼と重なった。

赤銅色となった満月から昼間のような光が注がれて全ての人間、全ての物陰に影を生み出すのを許さないように眩く強烈な閃光が照らし出した。

 

「!?......あが......」

マダラの身体から黒い影が炙り出されて生身の生きている部分の肉体が浮き彫りとなりガリガリに痩せたマダラが出現した。

「はぁはぁ......馬鹿な」

 

元々、十尾の人柱力になる為には生きている肉体が最低条件であるが影十尾の場合は少し構造が異なっていた。

影は死を象徴するものとし穢土転生体でもある程度は穢土転生体のメリットの不死性を使う事が可能であるが、尾が増えるに従い肉体は生者のソレとなり最後は十尾形態の時には生きている人間と変わらない状態となる。

しかし、今のマダラは半死半生であり影の力を使う影十尾の効力は月光の万華鏡で消え失せてしまい、今は力半分の生きている肉体だけが放り出された。

 

「何故だ......何故無限月読が」

「ちょっとだけ使わせて貰っただけだ」

「!?」

そこには白黒反転したサソリが空間に浮遊しており、糸をマダラの身体に縫い付けた。

瓦礫を除けた御坂が上空にいるマダラに向けて電流を充電し始めた。

「くっ!!」

マダラが必死に抵抗をするがサソリは読みが当たったと言わんばかりの笑みを浮かべ。

「さて伝説の忍様はどう躱すか見ものだな」

サソリが下がると隕石を抑えていた削板の場所に一方通行が近づいていき、隕石に触れると『ベクトル変換』でマダラの位置を演算結果に反映させて掠るように弾いた。

隕石がゆっくりと進行方向を変えてマダラに向けて加速度的に落下を始めると同時に御坂は腕を伸ばして羽衣のように伸びる電性体を砲台代わりにし一気に圧縮した超電磁砲を放出した。

 

力が戻らず拘束が解けないマダラは迫る隕石と超電磁砲を避ける事も受け止める事も出来ずに直撃し、身体の大半が粉々に消え去った。

「く、くそグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!?!」

 

隕石と雷がぶつかり合うのを確認すると反転したサソリは静かに言う。

「決着を着けようぜ......ゼツ」

 

上半身を吹き飛ばされたマダラの肉体の中から黒い塊がマダラを覆い出していき、ニヤリと粘ついた笑みを浮かべて上空へと押し出された。

 



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第100話 木偶

遅くなりましたがリクエスト回となります。

マーチのコアラ様からのリクエスト
「傀儡使いとしてのサソリが読みたい」

という訳で盛大に暴れて貰いましょう


いや……どんだけ時間掛かってんだよ……情けねえ

記念すべき100話!!
ここまで読んでくださる読者様に感謝、感激です!
ありがとうございます


ゴキュ……ゴキョォォォォォォォオォ……

硬いものと硬いものがぶつかり合い、圧縮された袋がパンパンと膨れて破裂する音がすると灼けた皮膚と灼鉄の臭いが辺りを包み、黒く変色した血がボタボタと一塊が落下してコンクリートの窪みや瓦礫の先端へ固形物の流動物として火山物の粘り気を彷彿させながら乾いた砂を侵食する。

 

「はあ……はあ……」

ミサカネットワークを解除した御坂が袖口で鼻を拭う。生身の人間相手に手加減一切無用の一撃を打ち込んでしまい暫し「やりすぎた……」という思いが過りながらも顆粒が集まり復活する様子も同時にイメージしてしまい息を切らしながらも落下するはずの焼、圧死体が落下しない懸念を巡らす。

 

「分かっているわよ……第二形態はお約束よね」

御坂はネットワーク接続による激しい疲労感を拭い去るように足を一歩踏み出して青白く自分本来の電撃を滲ませて立ち込める硝煙に向けて超電磁砲を打ち込みだす。

電磁が直撃してもなお同じ姿勢で宙を舞い続け、掻き消された硝煙に浮かび上がる影は不気味に触手のようなものを幾本も重ねて燃える炎のようにユラユラと動くと身体の中心の球体へと折り重なった。

月からの光は人工光源よりも明るく、影一つもこの世に残さないように照らし出して闇を炙り出しているが射さぬ所の暗闇の中で凝縮し、胎動を始めていた。

「いっ!?」

煙が晴れると液体状の黒い影の中心にポッカリ空洞が空いており、生々しい黒い心臓が拍動しながらベアリングレスモーターのように浮いている。

燃費の悪いエンジンのように黒い煙を吐き出しながら影が穴を塞ぐと紫の炎を上げながら千切れていた七本の尾が上空で結合し天を覆う。

「……?」

学園都市が斑模様のような背景になりだし、腕を差し出すと膨大なチャクラを集中させて回転する黒い尾獣玉を誰もいないビルの上に向かって発射した。

いやグニュグニュと身体のあちらこちらが歪に膨張し、覆っていた尾が千切れていく。まるでゴム風船の掴んで揉みこんでいるような規則性のへったくれもないチャクラの流れに右腕だけが大きく膨張して御坂に向けて叩きつけるように異様に伸びた巨大な腕が迫る。

「こ、この!?」

超電磁砲を打ち込もうとするが予測できなかった事によるコンマ数秒遅れ、逃げる事への絶対的な遅れに身体が強張った刹那……

 

シュン!

 

御坂の背中にチャクラ糸がくっ付いて引っ張りこまれるように後方の街頭の上に上げられた。

「えっ!?」

フワっと何もない空間に抱き抱えられるとそのナニカは街頭をまるで這うように移動してビルの窓に平行して移動していく。黒い怪物となったマダラはそのナニカを眼で追うと七つの尾をしならせて高速で移動すると御坂もろとも蹴り上げようとするが御坂に当たる寸前でスピードの角度が変わり避けていく。

「……!」

マダラは焦点の合わない眼をしながらも逃げる御坂たちを執拗に追う。拳を固めて振り下ろし連撃するが抱えられた御坂はスルスルと面白いくらいに避けていく。

間から月の光が差し込むと御坂の目に抱えられたものの腕が少しずつ朧気ながら景色から浮き上がり、見慣れた下顔が出現を始めていく。

「!……!?」

マダラは尾獣のチャクラを溜めると御坂もろとも消し飛ばそうとするが御坂ごと回転してナニカがマダラの腕を蹴り上げた。

「制御出来ていねえな……この阿呆め。しっかり捕まっていろ」

「えっ?」

懐かしい声、聞き覚えのある声……

「ま、まさか……サソリ?!」

白黒が反転したサソリがはっきりと眼前に飛び込んできた。

サソリは御坂を掴んでいる腕に力が入ると蹴り上げられた腕をそのまま鉈のように振り下ろすマダラの腕をナニカが掴んで高く飛び上がると下のコンクリートに叩きつけた。

「きゃああっ!?」

ぼんやりとした人影は印を結ぶとコンクリートの下の地面がすり鉢状態となり、マダラの身体はズルズルと下に引きずり込んでいく。

「!!!……??」

砂が斑の顔半分を覆い、動きが鈍るのが確認されるがが屈んで左斜めに姿勢をズラす。

「?」

傍目から見ればその姿の真意は不明であったが解答は数瞬後に七つの尾が地面下から出現して、御坂達にドリルのように突き立てるように七撃打ち出すがまるでサソリは攻撃が来ない箇所が割り出せているかのようにその場所から一歩も動くことなく躱した。

「……ガガ」

身体を激しく動かしながらマダラは最後の抵抗をするが砂は徐々に全体を覆いだして中への締め付けを強くした。

サソリは外套の裾から札を取り出すと山盛りとなった人型に張り付けた。黒い線が伸びだして格子を作り出す。

「アガ……」

「全てを観てきたぞ……随分勝手だな。ゼツ」

 

「さ、サソリ?」

サソリは抱えていた御坂を降ろすと傷がないかどうか確認するように眺める。目立った外傷はないようで安心したように表情を和らげると頭にポンと手を乗せた。

「待たせたな」

「ど、どうしたのその姿?」

「ああ......色々あって死んだ。とりあえず本体を移動させないとな」

「死……?」

えっ?

どういう事?

死んだ?

本体?

 

サソリは指を細かく動かすと空間が歪みだして中からフウエイが身体を軋ませながら出現した。

「たたたたたたお……す」

「やなり簡単な指令しか送れなかったみたいだな」

駆け出す子供を制するように首根っこを掴んでぶら下げると御坂と接続していたネットワークから意識を回復したフウエイの目に生気が戻って辺りをキョロキョロと見渡している。そこでサソリの存在に気付いて少しだけ笑顔になる。

「師匠!」

「ご苦労だったな」

「はい」

フウエイを降ろすとこちらも頭をポンと手でやさしく撫でる。

「……」

御坂は独りだけサソリの存在を疑問視した。死んだとか生きているよりも無事であるよりも最も毛嫌いしていた嫌な予感が頭の先からつま先にまで走る呼吸をするのがおかしくなる。

あの時と同じように……

 

「だ、旦那!?」

「超遅くないですか?超何やっていたのですか」

「少し雰囲気変わった……?」

「まあな」

サソリを見つけて安堵の表情を浮かべるアイテムのメンバーにサソリは手を振って応えた。

人間離れしたマダラの力にさすがの麦野も苦戦したように切った口の血を拭った。

そこに凄まじい音を立てて湾内が走ってくるとサソリの直前で飛び込んで抱き付こうとするがスルっと透けてしまい、両手は空を切った。

「ひょわわ??!どうなって?」

倒れる寸前でサソリが湾内の背中側の制服を掴んで後方へと引っ張るとスカートの上側の服が引っ張られていきへそが少しだけ顔をだした。

「悪い……術を使っているからな。立てるか?」

湾内を立たせるがサソリだけはこちらに触れて自分が触れることができないのが腑に落ちないかのように湾内はサソリの腕を掴もうとするが何の抵抗もなくスカっと透過してしまい「むーーーー」と不機嫌な声を出す。

 

「サソリだけ超触れるみたいですね」

「それってかなりヤバい事に使えるんじゃないの?」

「例えば……」

「私たちがお風呂に入っているときに……」

 

麦野達が女風呂に入っている時に反転したサソリが堂々と侵入してくる。

当然、ラブコメ的な恋愛的なハーレム的な展開を予想するならば女性陣達からの「きゃああああああああああー!!!?何入ってきているんですかー!!!へんたーい」と叫ばれてお風呂での付属品として殺傷能力が高そうな桶やシャンプーボトルが投げられて追い出すという展開になるのだが、今回のサソリの能力をかみ砕いて説明すると『相手からの攻撃はすり抜けて自分は対象に触れる』ことが可能ということだ。

 

「つまり私達がいくら桶で対抗してもサソリは楽々と掻い潜り、背後に回ると乙女の柔肌を思う存分避けられない揉み(←自主規制)が可能に……いつでも大歓迎よ!」

親指を立てて麦野が妄想して興奮したように割と大きな声で話しをしているもんだから集まってきた野次馬連合や不良集団が奇異のまなざしで此方を見ている。

「待ってください。それって私達にいつでも触り放題ということにも……」

「その発想は無かったわ」

なぜか厚い握手をする麦野と湾内に複雑な表情で泡浮が困ったように頬を掻いた。

「やらねぇんだが……」

明らかにそんな雰囲気ではないんだがいつものやり取りに若干ではあるが少しだけ肩の力が抜けた。

「……そろーり」

フレンダの治療に駆り出されたトビは特殊なチャクラで傷を塞ぐとゆっくりと起き上がり,感知されないギリギリのチャクラで眠らせているフレンダの顔から離れようとするが、サソリが一瞬で移動してフレンダの顔に嵌めたままにさせた。

「まだフレンダの治療が終わってねえだろ……」

「ひぃぃ!せ、先輩。今回の一件は」

「ゼツに脅された……だろ?元々てめぇの命は知ったことじゃねえが。貴様らの目的も全部分かってんだよ」

「い、いえす」

圧倒的な殺気に気圧されたトビフレンダは脚の感覚が遠くなって崩れるように膝を曲げてしまうが崩れた体勢を整えようと咄嗟に腕を伸ばすと……

 

ギュッ!

「!?」

「……えっ!?」

フレンダの腕が何故か透過するはずのサソリの腕を掴んだ。不意打ちに近い衝撃にサソリ自身も体勢を崩して前のめりにフレンダに覆い被さるように倒れ込んだ。

しこたま頭に衝撃を受けたフレンダは全体に広がる鈍い痛みを和らげようと指で揉みこんでいき、微睡んでいた視点を引き上げると目の前にサソリの顔があって軽くパニック状態となった。

「ふ、ふが……サソリ!?何がど/////」

「トビ……」

「お、オイラのせいじゃないっすよ!ま、まさかこんな事になるなって思わないっすよ」

「さっさと手を放せ」

「さささささサソリ!!!!?どうなっている訳?」

「フレンダさんずるいですわ!」

「あとでおしおき確定ね。全くおいしいシチュエーションじゃない」

「そ、そんな事より近いって訳よ!」

 

もみくちゃになっているサソリのフレンダに嫉妬の炎を燃やすメンバーに対して御坂が歯を軋ませながら前に大股開きで出るとビリビリと静電気のような電流がそこかしこに流れ出ていく。

そしてフレンダの空いている腕を引っ掴むと。

「フレンダ……ちょっとごめん。この大馬鹿に一発ぶん殴らないと気がすまないわ!!!!」

「は、はひ?」

充電をするとフレンダを仲介役にして御坂が大電流を反転したサソリに流し込んだ。

「ぎょわぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁっぁぁっぁぁーーーー!!!」

「いでででででででででー!」

「ぎがああああああああああああー!!(なぜオイラまでーーー!?)」

 

せっかく回復し正体を取り戻したフレンダだったが御坂の電流に丸焦げとなり力なく身体をピクピク痙攣させる。

口からは幽体が出てしまいそうな抜けた顔をしている。

「せ、説明ぷりー……ず」

鬼のような表情のまま御坂は電流のダメージで瓦礫を椅子にして肩を落として座り込んでいるサソリを睨みつけた。

「……」

反転した世界での丸焦げはきれいに反転して白焦げになるらしくペン入れし、べた塗りをしてない漫画のような世界観のサソリに滝壺は首を傾げてみていた。

 

「一から!!一から説明してよ!サソリ」

御坂が腕を組んで地団駄を踏むように悔しそうに地面を踏みつけている。

「いつもいつも!!いつもいつもいつもーーー!!肝心な事を黙っていてあたし達に教えてくれないし!!そんなにあたし達が信用できないわけ!?」

「そんなんじゃねぇ……」

「またあたし達が居ると邪魔になるから?」

「……違う」

「何なの……あたしには単独行動するなって言っておいて……自分は単独行動しますってどんだけ自分勝手なのよ!?」

「違う」

「もうわからない。どうすれば満足なわけ?!」

「聞け!!ド阿呆がっ!!!」

御坂の訴えを掻き消すような怒号に一同は身を固くして、居直したサソリの一挙一足に注視していく。

「説明が無くて悪かったな……今回の事はオレにも予想外だったし、自由に動けなった」

「「「!?」」」

あのサソリが軽くであるが謝罪した事に調子が狂わされていく。

「とある事情でな元の世界に戻っていた。そこで色々知ってきたしゼツ達が何を企んでいるのかも知った。正直……マダラが復活したと知った時は戦慄した……お前たちでは到底敵わない相手だ。間に合うかどうかすら解らなかった」

「さ、サソリ?」

「良く頑張った……良く踏ん張ったな……アイツはオレが責任を持って連れていく」

 

マダラを封じた人型の山の格子状に並んだ模様が薄くなっていき貼った札の周りに黄色い液体が染み出していき崩れ落ちるように周囲の砂と共に封印の札が落ちると天へと八つの黒い尾が伸びていきサソリの砂を吹き飛ばした。

「連れていくって……!?」

「……悪いな……オレ死んだんだ」

「……えっ?」

サソリはあっけらかんと言うと闇のチャクラが溢れ出すゼツの前に移動した。マダラの身体全体に黒い影が走り、マダラの表情筋を無視した動きで眼だけが不自然に見開くと万華鏡写輪眼が不気味に光っており、顔をひねってサソリを睨みつけていた。

「サソリカ……何処マデモ邪魔ヲ」

「目覚めはどうだ?」

「最悪ノ目覚メダ……バラバラニシテ噛砕イテヤル」

「狸寝入りだったんじゃねーのか?」

 

サソリは印を結ぶと一つの巻物を出現させた。右手で持つと軽く見せつけるように端を露出させる。

「?」

「ククク……早く試したかった新作の人傀儡だ。初めて戦闘という形に残らねえ中でもコイツの戦いは一貫していた。身体とチャクラはまさに天武の才の持ち主だ……一番のお気に入りだ」

一気に巻物を開くと文字がびっしりと書き込まれた中に『斑』という文字が描かれており、空気に触れると反転した黒い煙から現実で白い煙となり辺りに立ち込めると鎧武者の姿をした長髪の男性が力無く宙に浮かんでいた。

 

「!?ソ、ソレハ」

「うちはマダラだ。さあて、始めようか」

「貴様……」

サソリは糸を飛ばすとマダラ人形の節々にくっ付き魂が宿ったように滑らかに動き出した。

指を半回転させて中指を手前に引っ張る動作をするとマダラ人形の眼部分が閉じて、中で歯車が回転すると眼球が90度回転し『写輪眼』が出てきたが、更にサソリはもう一度同じ動作をすると更に90度回転し今度は『万華鏡写輪眼』が開眼し、水平に固定した左腕を一気に下げると燃えるようなチャクラに人形が包まれる。

 

「マ、マサカ……」

 

須佐能乎(スサノオ)!

 

二つの顔を持ち、四本の腕を持った巨大な鬼が人形を核にして構築されると四本の腕に波打つ刀が携えられており二本を振り上げると黒ゼツに斬りかかった。

黒ゼツは印を結ぶと中に仕舞いこんだ尾獣の影を引っ張りだす。

 

尾獣形態!

 

八つの黒い尾を持つ丸い頭身のゴムのような皮膚感の牛とタコが合体したような面妖な巨大な生命体が現れると刀をタコ足で巻き付いて受け止めた。

更に牛の口を開けて黒い回転するチャクラの塊を圧縮させると一旦飲み込んでサソリのマダラ人形目掛けて尾獣玉を放出しようとするが、サソリが先手を打ってもう片方の二本の腕で牛の顎を閉じるように殴り上げた。

行き場の無くなった尾獣玉が牛の口の中で暴発して黒い煙が上がってゆっくり体勢が崩れていくがサソリの須佐能乎は尾獣を蹴り上げて、刀を振り下ろして挟み撃ちの衝撃を与える。

 

コ、コイツ……

「グギャ!」

黒ゼツの意識が衝撃で一瞬だけ飛んだようで尾獣の影の装甲が薄くなるとサソリは容赦なく色濃くなった黒ゼツの部分を貫くように刀を伸ばした。

「!?」

しかし、本体を貫いたように見えたがそれは巧妙に出来た木遁分身体で木偶人形と化してしまう。

サソリはすぐ視点ズラすとある一点に向けて傀儡を操ると須佐能乎を解いて、人形の右腕を向けると腕の蓋が外れて中から大量の人形の腕が口寄せされてそれぞれに起爆札を持たせてその一点に向けて曲げるように伸ばしていく。

 

黒ゼツは神威の力で時空移動すると息を荒げるように現実世界に戻ってくるが。

「!!?」

読んでいたかのように大量の人形の腕と起爆札が宙から伸びていき完全に黒ゼツを捉えていた。

ナ、何故?

 

咄嗟にすり抜けの術を使って躱して行き、周囲が爆炎が上がるがサソリはニヤリと笑うと手の甲を重ねる動作をするマダラの人形が首を回して、すり抜けている黒ゼツの周囲を飛び交う自らの腕を神威で飛ばした。

 

すり抜けている黒ゼツの身体はマダラが生み出した時空間に一部分だけ避難しているだけに過ぎず、同じマダラの眼を持つサソリの人形が攻撃を避難している黒ゼツに札が接触すると爆発が起きて黒ゼツは吹き飛ばされた。

「同じ眼は同じ時空に通じるだったな」

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!!?」

起爆札の凄まじい爆発に巻き込まれた黒ゼツは燃え盛る炎に包まれた。サソリは小指を動かすとガチャンと人形の伸びた右腕を取り外す。

 

ナ、何故ダ……?

マルデサソリニ動キヲ読マレテイルヨウダ……

コノママデハ……

 

黒ゼツは身体半分をスライム状にしてコンクリートの隙間に流し込んでいく。

地中深くにまで浸透させると感づかれないように静かに移動をしていき、残りの半分はマダラの中に残ってサソリのマダラ人形の猛攻に備えた。



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第101話 九尾

大変遅くなって申し訳ありません。

やっとここまでこれました
あと連載2年になりました!まだまだ行きますよ


幽霊というのは酷く不器用な存在であると私は考える。存在に気付いて欲しいが為に物体を動かす、ラップ音を鳴らしたりして非常に遠回りな方法でしか自分の遺志を伝えることが出来ない。

 

玩具を動かすもの

写真技術が発達したら勉強して最適な写り方を研究して臨むもの

こっくりさんで呼んでもらう

ひとりかくれんぼを行っているものに行くもの

電話を使うもの

 

みんな元をたどれば自分の気持ちを伝えたいだけなんだと思う

でもそれは決して幽霊だけでなく生きている人間にも当てはまるのではないだろうか?

好きな人に意地悪してしまう人

親に照れ臭く「ありがとう」が言えなくて悪態をつく人

部下を守るために独断で使用許可を出す上司

長年連れ添った妻に対して「愛してる」といえなくて花束を買う夫

兎角人間は不器用な生き物だと思う。

不器用でないのは幼児やペットだけではないかと思うくらいだ。

そのころがひどく懐かしい。

 

大好き

おかえり

ただいま

 

たったその言葉を伝えるために不器用なポルターガイストを引き起こす事と不器用な悪態は似通っていて純粋だった。

もっと声を懸けてやるべきだった

もっと抱っこしてあげるべきだった

もっとご飯を一緒に食べるべきだった

もっと……もっと……したかった

「べき」ではないなこれでは息子を言い訳にした言い回しだ。「したい」……そうこれは息子の為でもなければこの世界の人達の為でもない。

「自分の為」だった。

素直にならなければ最短経路で物は伝わらない。

 

サソリ……あれだけ小さかったお前が二本の脚で立って歩いているのを見た時は嬉しかった。自分を傀儡にしているのは驚いたし、母さんだって泣いていた。父さんも泣いた。

子供の教育で大切なのは「ほめる」と「叱る」だ。

良いことをしたらほめる

悪いことをしたら叱る

ちゃんと場所と状況を間違えずにほめて叱らなければならない。

面倒だと思っても……タイミングが大事だ。

それが出来なかった……サソリの傍から離れてしまった。

叱る資格もなければほめる資格もない。

 

でも不謹慎かもしれないがお前が死んでこちらに来ると分かったら親としては恥ずかしいながらも嬉しくて境界まで母さんと行ってしまったよ。

せめて

ただいま

おかえり

を言いたかった。親子としての会話をしたかった。

 

だがお前はこちらに来なかった。

生まれ変わる資格を捨てて、お前は辺獄に自らの意志で言ってしまった。

「悪い……まだそっちいけねえ」と嘯いて現世からもっとも遠く、もっとも近い地獄に走っていった。

本来であれば親が背負うべき贖罪、原罪をたった独りで背負い込んで……

 

******

 

その現象、科学で言う所の誤差……パルス信号で走るノイズのようなモノが二点間で観測された。

ある地点で目撃したのは科学者二名、学生二名、元置き去り三名だった。

 

病院に用意してある談話室のような開けた場所に白井と案内してきた初春がガラス戸を開けて入ってきた。

消毒液が行き届いた清潔な空間に機能を取り戻したばかりの自動販売機が電力復旧によりスポーツ飲料や炭酸を冷やしている目の前で木山とテレスティーナがパソコンをネットワークに繋いで作業に集中している。

 

「来たわね」

「この子が来ないと話ができないとはどういう事でしょうかね?」

「知らないわよ。必要なイベントかしらね」

畜生道と地獄道が椅子に腰かけながらテーブルに置かれたポッキーの袋から一本取り出してポリポリと食べながら斜めに見上げて客人を迎えた。

「……これは一体どういう事ですの?」

「あれあれ?」

初春がキョロキョロと首を傾げながら足らないピースを探すように見渡して、ごみ箱の中まで漁りにいく。

 

状況からいきなりサソリのお父さんがいるというのはおかしいと思ったけど、病院着の乱れを直し身だしなみに気を付けて、横になっている事で多少跳ねた髪を水で真っすぐにして、念のためブレスケアも(なぜ?)

その気合も虚しく居るのはいつものメンツに眼がおかしい奇妙なメンツだけで露骨に肩を落として盛大な溜息を吐き出す。

初春の説明から色々とツッコミどころ満載だったが

「まあまあポッキーでもどうぞ~」

「この状況でポッキーを優雅になって食べられませんわ」

「ふぅ……とりあえず出してみたらどうだ?」

「はーい」

人間道がフードの中に手を掛けるとビニールのようなものを引きずり出して空中に浮かべた。それは赤い髪をした限りなく人間に近い半透明な人形のように見えた。

「!?」

笑顔を忘れたように口だけが妙に吊り上がり可動域を伸ばすためのライン取りと「おかえり」と発するためではなく攻撃を加えるための口と直角に伸びた線が印象的な半透明の姿の赤い髪をした細面の男性の人形が浮いていた。

ゆったりとした黒い装束は身を守るためではなく武器を隠すためにのものだろうか。

白井は思わず一歩後退した。人間のようで人間とは程遠い存在の出現に呼吸をするのも忘れる。

親というよりは兵器に近いものだろうか。

そんな事を考えていると男性の人形は片腕を軋ませながら白井を一瞥すると指先から光るチャクラの糸を数十本伸ばしてくっつけた。

「息子ガ世話ニナッタヨウダ……礼ヲ言ウ。君ノ名前ハ?」

「……白井……黒子ですわ」

周囲を確認し、敵意がないと判断した白井は様子見で自身の名前を口に出した。サソリの家族については謎が多く、現れた親として人間としての枠から外れている目の前の人物がこの先の展開についての重要なキーを握っていると勘が働いたからだ。

元々、あの変人サソリを生み出した考えればこのくらいは許容範囲で想定内かもしれない。

 

「シライクロコダネ……良イ名ダ」

人形は意識的にチャクラの流れを変えて白井にチャクラを流し込んだ。

流れ込んでくるのはこの人形が考えている思考の連続、膨大な情報により自然と口が動きだして自身の口から付いて出る言葉を白井自身が他人事のように聴いているような形となる。独り言に自ら関心するように相槌をうつような感じに近い。

 

「成功したようですわね……申し訳ありませんわ」

操り人形のように白井が棒立ちのままこの場に居る皆に謝罪した。無理やりなのか少しだけ猫背で腹部に力が入っているかのようにくぐもった声であるながらも白井そのままの口調で言う。

長い間、布団の下に落ちていた玩具を発見して動かしてみるがどこか壊れているような不気味のある声だった。

「改めて言いますわ……サソリの父ですわ……しばらく白井さんの口をお借りしまして皆さまにお願いがありますの」

「白井さん?」

「……」

初春が白井の風紀委員の腕章を握りしめながら心配そうに見上げた。このまま白井が何処かへ消えてしまいそうな感じがして怖くなってしまったからだ。

「それなら大丈夫ですわ……言ってくださいな」

一瞬だけ宿った普段通りの白井の瞳の力強さに初春は少しだけであるが力を抜いた。

白井は今にも消え入りそうな男性の声を保護するように大切に前に出した。ここで白井の身体を奪って暴れた所で畜生道や地獄道からの追撃から逃れる術はないし、何より今見せたようにいつでも白井が主導権を握ることが可能であった。鎖による拘束もなく丁重に扱われていた。

 

再び瞳が虚ろになり、白井は地に頭を擦って土下座をした。躊躇はなく流れるように正座をしてからの土下座に一同はその行動の意味をくみ取れずにフリーズした。

「……息子を……サソリを助けてほしいのですわ」

「「「?!?」」」

首だけを真正面に上げて更に続ける。みんなの理解が追い付かないのは承知の上での行動であり、頼み方だった。

「用意はこちらで用意してありますわ」

そう言い放ったのと同時に畜生道のピアスが反応して戦闘をしていた天道たちから連絡が入った。

耳を抑える動作をして視点をズラす。

……終わった?

……ええ、無事よ

!?白ゼツを捕えた……分かったわ

 

通話が終わったのかピアスから手を放すと何か腑に落ちないように考え事をして頭を低くしている白井に憑依した人形を見据えた。

「ちょっと良いかしら?用意って何かしら?」

「……印を教えますわ……親は子の為だったら何でもしますのよ」

手をグーパーと開閉させて人形の男性は後ろで不気味にほほ笑んだ。輪廻眼を介した情報共有で地獄道は笑みをこぼした。

「ふふふ、なるほど……畜生道。口寄せで呼びましょう」

「えっ?!どど、どういう事ですか?」

人間道と初春だけが理解していないようで頭に盛大にクエスチョンマークを浮かべて煙を吐き出している。

「……二三確認良いかな……サソリの父上さん」

木山がタイピングを休めてテーブルの上で指と指を重ねて居直った白井へと質問をぶつけ始めた。

「サソリ君は今どこにいる?」

「……地獄……ですわ」

「そこから呼び戻すのにゼツを使うって事かしら?」

テレスティーナが監視カメラから戦闘の様子を録画した映像を眺めていた。何もない空間からの攻撃に吹き飛ばされる鎧武者。その前にぼんやりとした影の動きを一時停止、早戻し、再生を繰り返して正体の憶測、予想を立てている。

「それは非常に倫理観が欠如、逸脱した方法かな?」

「……そうなり……ますわ」

子を助ける親の気持ちというのは成ってみなければ分からないが生徒と先生で置き換えてみれば多少は理解できるような気がした。

 

サソリに予期せぬアクシデントが起きてしまって、なんらかの事情で戻ることができないでいる。

それを解消するのがあの全ての元凶である『ゼツ』を使うのであれば一石二鳥と言わざるを得ない。

ただ、それが本当にそうであるかどうかだ……

それは不可能な方法だと定義されていることだ。誰も成功した事がない代物であると同時にサソリ君の今の状況が思っていたよりもずっと……

 

「分かった。多少強引でも構わない……失敗したら私が責任を取ろう」

「!?先生」

「言うわね……権限が下りたわよ。さっさと準備開始よ」

「上手くいくと良いが……」

木山は数か月前に起こした学園都市を巻き込んだ幻想御手事件の自分なりのけじめを取る為に詳しく内容を確認せずにGOサインを出した。救いたいという事にふさわしい理屈や理由、動機付けなんていらないしジッとなんてしていられないのは木山自身も痛いほど分かっている。

迷わずにやるべきだ。

 

「信じてくれますの?」

「私は嘘を見抜くのが得意なんでね。貴方は嘘を付いていない」

 

目で合図をすると畜生道は印を結んで『口寄せの術』と言って白ゼツの身体を病院の談話室に投げうたせた。残りの六道も順次呼び寄せて逆転の手札を増やしていく。

 

******

 

反転したサソリの出現により一転劣勢に持ち込まれた黒ゼツは息を切らしながら穢土転生の身体の回復を待った。ビルの屋上の淵に引っ掛けるようにサソリのマダラ人形が腕組みしながら路地裏の小さな道を高速で移動していく根っこのような何かを捉えて一瞬で人形を移動させると地面に腕を突き刺した。芯を掴むと周りの張り巡らされた血管のような根ごと引きはがすように半分の黒ゼツを地上へと引き上げた。

「何処に行くつもりだ?」

「!!?」

黒ゼツに取っては衝撃だった。蜉蝣の術が敗ったのはこのサソリで初めてだったからである。

蜉蝣……己の肉体を草木と一体化させて高速で移動する術で発動中は気配がなく本来であればピンポイントで捕まることなどありえない術だった。

 

「キ、貴様!!」

「オレは全てを観てきた……お前たちが仕掛ける戦争とやらをな……」

「何ヲ」

移動しサソリに追撃するべきチャクラを溜める。

迫るサソリの横顔は微動だにせずにマダラの身体を従えた黒ゼツは一瞬でサソリの隣に移動して蹴り上げるが反転したサソリに攻撃は無効化されて擦り抜けた後にサソリに足首を掴まれて軸足を蹴られて半回転するように地面に叩きつけられると人形の腕からスサノオを呼び出して巨大な拳で地形が変わるほどの一撃をマダラの腹部へ加えた。

「お前の切り札のマダラも敗れて、消滅したんだよ……みじめにな」

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!?」

隕石のクレーターのように抉られた地面に潰されたマダラがいるのを確認すると人形の左手に掴んでいたスライム状の黒ゼツをマダラ人形の中へと飲み込んで印を結んで封印をした。

「クソ……出セ!」

黒ゼツが抵抗をしているが印を結んでしまえば膨大なチャクラを持つマダラの身体の牢獄に抑えつけられて大人しくなった。

 

あとはマダラの身体ごと黒ゼツを封印すれば終わりだな……

 

滑り降りるように人形と共にマダラの身体へと近寄る。口から大量の黒い血を吐き出しており腹部は塵芥ではないタンパク質が潰れて変形した血の匂いがクレーター状の中で充満していた。

「哀れな忍だ……オレと同じでな」

 

「終わったみたいだな」

学生服を着流した青年がポケットに手を入れたまま興味深そうにサソリと潰れたマダラの身体を見比べた。

「面白れぇもんを見せてくれたな」

「誰だ貴様?」

「さ、サソリさん!?」

「!!?婚后!……どうした?」

「あの……その御坂さんもこちらに」

「簡単言えば今回のそこで寝転がっている野郎の討伐で連合を組んでいる垣根帝督だ。レベル5が束になっても崩せなかったコイツをお前があっさり倒したんでな……どんな技を使ったのか興味があるんでな」

垣根は真っ白な翼を六本展開してサソリの周囲に絡ませるように漂わせた。

それは先ほど見ていたマダラの黒い尾とは対になるような煌びやかな羽でを広げて脅すように指をダラリと伸ばした。

 

「こ、こんな時に何をしていますの!?」

「こういう時だからだ。オレを差し置いて一位に成りやがったコイツのな」

 

垣根帝督の能力『未元物質(ダークマター)』

まだ見つかっていない。理論上存在するものでもない真に存在しない物質を生み出す能力。

この世に存在しない物質であるがゆえにこの世界の物理法則に縛られず、相互作用した物質にもこの世のものではない独自の物理法則に従って動きだす。

垣根が広げた真っ白な翼に触れたもの破壊光線や衝撃波を発生させることが可能な代物。

 

そして広げられた翼の通過した真っ赤な満月からの光が回折し潰れたマダラの身体へ紫色の光に包まれていく。

「!?それをしまえ!!」

「あぁ!?」

垣根の背後から黒い九本目の尾が出現してマダラの瞳が輪廻眼に変化して真っ白な翼ごと未元物質を吸収して垣根次の演算能力再開までのインターバルに黒ゼツは腕を伸ばして重力波を発生させて吹き飛ばした。

 

神羅天征

 

腕や身体には血管のような黒い筋が出現して赤く拍動に合わせて光っている。更にどす黒い血を大量に吐き出した。

「ぐぼ……げぼ……やっとか……」

マダラは口の血を拭いながら、ニヤリと殺気を向けた。恐れていた九本目の尾もさることながらさっきまで戦っていた黒ゼツの気配が立ち消えて燃え盛る炎のようなチャクラの嵐がマダラの身体を中心に吹き荒れていた。

「くそ!」

サソリは怯む事なく人形のスサノオの刀を振り下ろすがマダラは腕を振り上げて刀を掴むと空いている腕で別のスサノオの刀を生み出すと人形に向けて切り上げた。

「!?」

切り裂かれた人形の中からスライム状の黒ゼツが外へと飛び出して地中に溶け込んだ。サソリは操るがマダラの尾が邪魔をして人形を貫いていく。

 

「くっ!!?」

「融合完了だ……これで俺はマダラとなった……なるほどな、お前辺獄にいるのか。どうりで攻撃が通じないわけだ」

黒ゼツが言う片言の言葉が流暢に言語を操り、黒い身体は血色の良い肉体へと徐々に変貌を遂げて生気を取り戻していく。

サソリは指を動かして人形の態勢を立て直すと無事の右腕をグルリと半回転させるとガチャンと音がして人形の腕尺関節が外れて隠していた日本刀を取り出すとマダラの首目掛けて突き刺すが黒マダラは腕を盾にして刀を突きささせると力を入れて筋肉で刀を固定した。

「良くできた傀儡だ……あちらではマダラは負けたようだな。だったら俺がこっちでマダラになれば良いだけだ」

「半分の黒ゼツをどうするつもりだ?」

「ククク……十尾を復活させるためにはどうしても必要なチャクラがあってな……それを取りに行かせた」

その直後に黒マダラから九つの尾が伸びだして、ユラユラと炎上する火災旋風のように生え始めてチャクラを集中させるがそこにオレンジ色の光線が黒マダラに向けて放たれる。まともに喰らい人形の刀を折って後方に下がりながら勢いを殺すとスサノオの刀で斬りかかるが垣根の翼が硬い金属のような鈍い音を立ててガードした。

「……覚悟は出来てんだろうな」

完全にブチ切れた垣根が身体を覆うように真っ白な翼を六本広げて冷めた眼で乱れた着衣を直した。

 

黒マダラは二頭筋に突き刺さったままの日本刀を引き抜いて足元に投げ捨てると印を結びだす。掌には真っ赤な輪廻眼が開眼し、昼以上に明るい万華鏡の光を放つ月に向けて手を翳した。

「だらだらと戦い過ぎだ……それにあの月は邪魔だな」

そう言うと黒マダラは掌の輪廻眼から黒い雷のようなモノが真っすぐ雲を突き破って進み出して、月に当たると左右にブレるような動きを始めて公転の周回軌道から外れて、微妙な均衡を保っていた月が少しずつ地球の重力によって加速しながら学園都市へと落下を始めた。

「あわわ……ど、どうすれば」

戦いの次元で言えば婚后の能力では歯が立たないのが骨身に分かり切っており、婚后は月を見上げて怯えるように風向きの変わりようを敏感に感じ取った。

「風が泣いていますわ」

 

サソリはボロボロになったマダラの人形を翻して背中から大量の刀を取り出して威嚇するように全ての刀を黒マダラに向けた。

「貴様!何をした!?」

「ククク……なに、月の軌道を変えてここに落とすだけだが?落下まであと三時間ってとこになるな」

「な……に!?」

サソリは先ほどよりも見かけの大きさが変わった月を見上げて苦悶の表情を浮かべた。垣根が翼を振り上げて攻撃をするが黒マダラは正方形の黒い紙のような分子体となり一瞬で場所をサソリ達の隣へ移動した。

「サソリ……お前は焦る必要はないだろ……お前は辺獄……つまりあの世にいる。この世界がどうなろうとお前に影響はない……また大事なものが目の前で壊れる様でも楽しむんだな」

「き、貴様!!!」

「まあ、この世界でいうところの科学の発展には犠牲がつきものということになるな」

 

サソリは指を半回転させて中指を手前に引っ張る動作をするとマダラ人形の眼部分が閉じて中で歯車が回転すると眼球が90度回転し『万華鏡写輪眼』から最後の瞳術である『輪廻眼』を開眼させた。

黒マダラはニヤリと笑うと印を結んで影から九尾の狐を呼び出して、その頭部に陣取って狐が威嚇のための慟哭のような叫びをあげた。

 

「婚后!月が落ちている事を御坂達に伝えてくれ。居ても邪魔になる」

「は、はい……分かりましたわ」

婚后は腰が引けながらも口を真横に結んでよろけながら路地裏の道を通じてそう遠くない御坂達の場所へと走りだした。まだ大通り近くにいるはずだ。

婚后を見送るとサソリは隣で六本の翼をもった垣根を一瞥した。

「垣根だったか……四の五言ってられんな。ここか共闘といくぞ」

「足を引っ張ったら殺すぜ」

「こっちのセリフだ」

 

黒い九尾とマダラを相手にツーマンセルを組む事になったサソリと垣根。そして黒マダラの計略により学園都市崩壊が三時間後と迫る中。サソリや御坂達はこの危機を打破できるのだろうか。



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最終話 エクスマキナ

最終話だけどリクエストをぶつける暴挙

ヴァールハイト様
遅くなって申し訳ありません
「垣根帝督と仲良くなるサソリ」

次の作品につながるような含みにしてしまいました。
でも性格合いそうですね

この話で一旦終わりです。

ではではー


サソリの傀儡人形が放った月読は満月を起点にして学園都市全体にその影響を及ぼしていた。ここで少しだけ忍世界の術に明るくない方々の為に今回の騒動の一幕について軽くであるが触れておきたいと思う。

なぜここまでサソリ達が劣勢に追い詰められたのか、詳しい感情があまり出てこないのか。

ここからは貴方がた読者は現在学園都市で起きている事件について正確に把握をして頂きたい。

 

術の確認から行こう。

月読……万華鏡写輪眼による幻術。目を合わせた相手を空間、時間、質量すらも術者によりコントロールされてしまう世界にひきずり込まれて精神的な拷問を受ける術。時間を関係無しに相手にダメージを与えることが可能。

 

そこへ満月を使った月読……「無限月読」を発動させたのはサソリの傀儡人形『マダラ』であった。

無限月読……全人類に幻術を掛けて永遠に幸せな夢を見せ続ける幻術。

だがサソリが掛けたのは無限に続く回廊に全人類を貶めるのではなく限定的に発動された月読であり、サソリによりある程度操作された世界。

もしかすると戦闘をこよなく好む『黒ゼツ』の願望を写した世界なのかもしれない。

 

 

学園都市のあちらこちらでひび割れが起きており何もない空間から断層が観測され始めて困惑する住民が居る中で病院では続々と患者が目を覚まして何事も無かったかのように医療関係者に説明を始めていた。

 

尾が増えるごとに生を取り戻すマダラには近づいてくる満月により瞳術の力が倍増して黒ゼツでさえも己を制御できないように激しく息切れを起こしていた。

「ぜぇぜぇ……」

涎を垂れ流しにしながら乗っている影の九尾が時折形を崩して地面に固着している。傍目から見ても限界はとうに超えているだろう。彼を突き動かしているのは呪われた『うちは』の血であり『マダラ』の意志だった。マダラという名前こそが力の象徴であり絶対的な勝利を渇望しなければならない宿命だった。

「ゼツ……充分だろ」

「黙れ!!はぁはぁ……あと少しだ……あと少しで十尾が復活を……する。ここまでやってきた……進めてきた……貴様らが邪魔をしなければ!!」

黒マダラは従えた九尾の腕を振り上げて垣根を払うようにするが翼が鎧のように攻撃を弾くとビームを連発を浴びせるが黒マダラは黒いチャクラで異空間に飛ばすと九尾の口を大きく開けて巨大な渦巻く尾獣球を発生させると一回飲み込んで一気に吐き出した。

「ちっ!!」

垣根が翼を広げて受け止めると演算能力で攻撃の解析を行い、未元物質で相殺とまで行かないが受け流して学園都市の上空へと逃がした。

「やるな……」

「余所見してると来るぞ」

「だな。千手操武」

マダラの傀儡の腕の表層が開いて次々と腕が出現し、更にサソリが腕を下に落とすとスサノオの刀が傀儡の腕一本一本に備えられて蛇行するようにカーブして九尾の狐ごと黒マダラを切りつけた。

「おっ!なかなか面白れぇ技を使うな」

飛び上がっていた垣根が悠然と着地をすると隣で人形を操作しているサソリを関心したように眺めると不敵に笑みを浮かべて言葉を続けた。

「お前さあ、俺のところに来る気はねえか?」

「あ?」

「お前なら俺の右腕にしてやってもいいぜ。どうだ?」

「……断る。一応まだ別の組織に所属しているからよ」

「そうか……今度は素手でやり合おうぜ」

「傀儡を使っていいならな」

「それもそうか」

 

ドロドロに溶けだした黒マダラが九尾と一体化して輪廻眼が液体のような管一本で身体の前部分に干し柿のようにぶら下がっている。

「悲しいな……それでまだ死ねないか。穢土転生は考えものだな」

「だま……黙レ……」

溶けたことによりやたらと表面積が拡大した尾を振り回して最後の抵抗を見せる黒マダラだが頼みの尾も千切れ始めた。

「ん!?……やっとか」

サソリは一度傀儡の術を解いて指先全部からチャクラ糸を伸ばして反転したサソリの身体は灰塵へと消えて黒か白かも分からない砂粒となり掻き消えた。

「酔うような衝撃が来ると思うから備えておけ」

「!?」

 

ピシピシ―――――――――――

反転したサソリが消え去ると同時に月から反射されている万華鏡の世界にまでヒビが走るだしてそのヒビはダムが決壊するかのごとく時間の経過と共に大きく修復不可能になっていく。

「!!?」

後ずさりをしながら壊れゆく世界にしばし茫然となり、足元に出現した九尾さえも例外でなく空と同じように、世界と同じようにヒビが入りだしていく。自重を支えられないように九尾を有した黒マダラが触手が伸びた不定形のスライムのように一部分を膨張させたり、収縮させて芋虫のように動いている。

 

どこからかサソリの声が夏の風鈴のように響く。

「解……」

 

******

 

 

世界の横っ面に強烈なブローが炸裂したかのような衝撃が大通りで集まっていた御坂達に襲い掛かりひび割れたコンクリートに尻餅をついた。

「な、なに……?」

尻餅をつけば自然と視点はやや上向きになり、上空に一直線に飛んでいく不気味な怪光線が飛行機雲のように突き抜けていくのが見えたがその見かけの速度は鈍く遅くなり液体のような衝撃波が出ており、夕焼けのように赤くなっていくとピタっと止まった。

「??」

光のドップラー効果のような現象のあとでカサブタでも剥がれるように空間からボロボロと空気の切れ端が落ちてきて砂のような煤けた欠片が崩れたビルの割れた箇所へと補完するように拡がりだしていき、夕焼けが差し込んでいる。

「時間が戻っている?いや……」

麦野が時計を確認しているが時刻は夕方の午後五時を二分程過ぎた辺りで正常に動いていた。

沈み行く夕陽が空を貸し切っているのがこれほど不可解に思えるほどだ。いや既に夜を通り抜けて暁にでもなったかのような錯覚を受けるが色合いから見れば黄色から橙色の配色が強く経験則からある程度は夕方だとわかる方角も夕陽と断定できた。

 

超常現象に見舞われる中で集まっていたメンバーに同時刻、携帯のメロディが鳴り始めてバイブレーションが作動した。頭がパニック状態の時にこのような刺激が来ると身体は正直に反応してしまうもので「きゃあ!?」と黄色い声を出して小ジャンプしてしまう。

メロディの長さからメールのようだが客観的な状態から暁派閥のメンバーがそれを受け取ったと言える。

 

パソコンからの一斉送信のようだ。

「??地面に手を置け???」

御坂が怪訝そうな顔をして携帯電話から目をずらして考え事をする素振りを見せた。

「どういう意味?」

「さあ?超分かりませんね」

絹旗が首を傾げて腕を広げる中で滝壺は世界を覆っていた拡散力場が解けていき、サソリの反応が完全に絶ったのに気が付いた。

不気味な圧倒的な力は確かにあのマダラという男が放っていたのだが途中から塗り替わるように上書きされたような印象を受けていた。

何か起点となる点が存在するはずだ。これほどの大規模な能力を使うにはどうしても何か大きな点が必要になる。

 

路地裏からは婚后が慌てて息を切らしながら走ってきてサソリからの伝言を伝えるが息が上がっている分意志伝達が多少不便になっている。

「み、みな……はぁつ……月が???」

婚后の目の前には路地裏の閉鎖的な空間から外へと飛び出したのだが捲れあがっていたコンクリートが元通りに修復されて折れ曲がった信号機が歩行者とバイク、車の棲み分けの一助をしていて普段と変わらない学園都市だった。

なんなら音楽プレーヤーを片手に仲間とつるんで歩道一杯に広がって歩いている学生も見掛ける程だ。

「あれ?……元に?」

「ん?!ほ、本当だ!?どうなってんの?」

御坂も違和感に気付いたように振り返って混乱する頭に通常の学園都市に自らの記憶が曖昧模糊となる。

更にメールが届いて画像添付されたデータを展開すると輪廻眼の波紋状の画像が開かれると力が抜けて地面に手をついていく。

 

あれ……?

何と戦っていたんだっけ?

サソリ?

 

口寄せの術 発動!

 

消えかかる過去の戦闘による傷口から流れる血や瓦礫による掠り傷の血が風に飛ばされるように流れていく空に万華鏡の紋様を生み出して空間が歪みだしていき、学園都市中に散らばっていた人形のパーツが意志を持ったかのように組み合わさり首が半回転して傀儡のサソリが呼び出された。

「ふぅ……間に合ったか」

粉々になったはずの身体から懐かしくも罪深き傀儡人形の身体になっていた。戻っていた。

サソリの手に持っていた水晶玉に細かいヒビが入っていき粉々に砕かれると学園都市に付けられた痕跡、被害者、時間の経過が全て消え去っており何事も無かった世界へと収束していった。

「アガガ……ナガガ???」

ただ一つ例外を除いて……

九尾のドロドロとした膨張した腕や腰を引き摺りながらマダラとはかけ離れた姿となってしまった黒ゼツがサソリが出現したビルの横を這いずりながら近づいてきた。

「限定月読……解除だな」

「??ウウガ!?」

「これでもうちは一族に関しては調べてあってな……運命さえも変える力が存在することも知っていた。マダラを復活させるのを逆手に取ってお前に術を掛ける事が出来ないかとかな」

「!?ッ」

 

サソリはわざと穢土転生体となる事を選んだが写輪眼や輪廻眼は幻術に掛けるのが本業であり、マダラと真っ向勝負をするのは称賛が薄い。

そこで黒ゼツの思考を読み取ってそのように振る舞う。うまい具合に相手を打ちのめせるのが理想だと言う考えに嵌らせてそこを幻術に掛けた。

幻術空間に生み出した架空の学園世界に御坂達ごとコピーして置いておけば力に己惚れる黒ゼツは持ってこいだからだ。

だがそれでもマダラの身体を持って来られて対処の仕様がないので幻術空間へと閉じ込めて時間を稼いで貰って『あれ』の移行をしていてそれが今しがた終わった所であったのだ。

 

「……ヘバ」

「確か瞳術では自分に取って都合の悪い現実を幻術で移し替えて自分に取って都合の良い現実はそのままになるのがあったな……お前のような醜い代物はこちらから御断りだな」

僅かに残った理性で黒ゼツは暴れだすがサソリは掌の歯車を回して筒を取り出すと火遁の術を放出して太った黒ゼツを燃やしていき、腕を回転させて刀を取り出すと最後の介錯の為に間合いを詰めて黒ゼツの頭部を落としに掛かった。

 

だが……

ドスッ!!?

 

分裂していた黒ゼツがサソリの弱点である心の臓を背後からスライム状に伸ばした腕で貫通させて握りつぶした。

「ハァハァ……マ、マサか貴様ガココ迄ヤルトハナ……ダガコレデ終ワリダナ……マタヤリナオシダ!貴様ノ身体ヲ使ッテナ!!」

更に力を入れて黒い塊をサソリの中に浸透させて行こうとする黒ゼツ。しかし直後にチャクラの乱す制御棒を巻物から取り出して目の目にいる太った黒ゼツと背中に張り付いている黒ゼツに自分の身体ごと突き刺した。

「!?力ガ……」

「あと40秒……」

「ア?」

「あと40秒だったな……ゼツ。それが過ぎたらオレに勝ち目は無かった」

サソリはクルリと振り返ると万華鏡写輪眼の片目を閉じて冷たく見下した。

 

ナ、何故……コイツハ片目ヲ閉ジテイル?

 

嫌な予感が二人の黒ゼツの前を通り過ぎて行った。それは戦争の歴史で最も戦果を上げたとされる最強幻術の存在だった。

その考えが過る寸前にグニャリと世界が歪み出して、制御棒に刺された黒ゼツだけが動けずにもがいていた。

壁伝いにサソリが五体満足の人形姿で片目を瞑り、ゆっくりと語り掛けるように手を伸ばした。

「キ、貴様ー!?マ、マサカ……イザナギヲ!!!」

「惜しかったな……マダラごと倒すならこの方法しかねえからな……うちは一族ではないオレのイザナギの効果時間は片目で60秒、両目合わせて120秒」

サソリは掌から呼び出したのは黒い球体の塊だった。

「確かこの求道玉は穢土転生体をも消滅させる奴だったな。コイツを持ってくるのに時間が掛かった」

「マ、待テ!」

サソリは求道玉をチャクラ糸で引っ掛けて黒ゼツの前で振り下ろす寸前で止めた。

「待つ?オレは人を待つのも待たせるのも嫌いだ……そんなオレがさっき待った」

「……!?」

求道玉を大きくして二人に分裂した黒ゼツを射程に収めてゆっくりと狙いを定めていく。

「お前は40秒辛抱できなかった……だが、オレはお前の倍の80秒辛抱した!」

「ギガッ…………!!?」

 

全ての性質を合わせ持つ神の力と呼ばれる『血継淘汰』の力が穢土転生の身体ごと黒ゼツの身体を貫いて砂塵として消えていった。

黒ゼツを求道玉の消滅よりも先にビルに吸着していたチャクラ切れにより地面に落下をした。

徐々に視力を失っていく左目で沈んでいく夕焼けの横で見ながらサソリはビルの間にある路地裏へと落下していき、カーンと乾いた音を鳴らして叩きつけられた。

「あー、しんど」

何処かの銀行で爆発があったようでサイレンの音が妙にうるさく感じた。

身体中が鈍く痛いが、視力は無くなり真っ暗な中で静かに力を抜く。

 

******

 

エピローグ

サソリが血だらけで運びこまれて今日で三日目だ。何か激しい戦いをしてきたかのように傷だらけで両目の視力は無いに等しい事が分かった。

何故か知らないが身体は一瞬だけ傀儡人形になってからここまで運ばれるまで人間の姿に戻っていて驚いた。

視力だけは戻らずに包帯でグルグル巻きにされてベッドで横になっていた。

「全く……喧嘩に巻き込まれたならあたしに言いなさいよね!」

「サソリさん具合はどうですか?回復しましたら今度デートに」

「そこは貴方の目になりますですわよ。湾内さん」

「はう」

「力の使い過ぎですわよ。あの眼に頼り過ぎですの……そういえばサソリのお父様に逢ったような」

「眼にはブルーベリーが良いらしいよ!買ってこようか?初春が奢るって」

「言ってませんよー!!」

 

そこへ麦野達もお見舞いにやってきてサソリの病室はいつも以上にやかましくなっていく。

「旦那ー!具合はどうかしら?」

「何気に身体が弱いわけ?」

「いや、超強い方ですよね」

「前よりもAIM拡散力場が弱くなった?」

「あー、プリン見つけたー」

「勝手に食うな!」

「先輩ちゃんと休んでくださいっすよ~。一応尊敬しているんすから」

病室に木の仮面がフワフワ浮いていてサソリの布団でゴロゴロとしている。

「病室では静かにしなさい!!!」

「やば!!軍曹が来たわ」

「退却よ!退却!」

 

終わると思っていたこの世界。終わらせなかった自分。

サソリは耳からの立体的な音をじっくりと自分のペースで聞いていた。

「パパ~!へへへ早く元気になってね」

再び記憶を封印したフウエイがサソリに頭を撫でて貰って満足そうに微笑んだ。

 

その後の事を言えば。

幻術の中とは云え、サソリこと第一位が何かとんでもない悪と戦ってこの学園都市を守ったと多くの人に刷り込まれており、一部の不良の中では熱狂的なサソリの信者が居ると分かったり、結構大きな組織から誘いがあったりとしばらくは変装無しでは出歩けそうになさそうだ。

木山と六道は白ゼツを捕縛した事でゼツの悪事が明るみに出て他の同級生と再会して学園都市の研究施設で割と快適に暮らしているらしい。

時々、木山研究室に遊びに行っているみたいだ。

ゼツは堀の中で罪を償うらしい。

テレスティーナは次元の歪みを発見して論文や研究で国内外を飛び回ったりと多忙な生活を送っているようです。

暁派閥で今度集まるような事したいと言っていました。

 

誰もいなくなった病室に第二位の垣根帝督がやって来て、やや真剣に試すように包帯を巻いたサソリに言っていた。

「お前ならいつでも大歓迎だからな」

まだまだこの学園都市で波乱の予感が……

 

でもここでお話は一旦終わりとさせていただきます。

また何処かでお会いしましょう。

 

          とある科学の傀儡師(エクスマキナ)   完




どうも作者の平井純諍です。

無事完結出来て感無量です!!
これも読者の方々が応援してくださるからです。

色々とハプニング(急病で倒れました)がありましたが最後まで走り抜けて満足です。
終わったので感想をドシドシ待っております。

また原作のストックが溜まったらこの続きを書くかもです。

本当にありがとうございました!



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