東京魔人學園剣風帖 ―黄龍伝― (神原和人)
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序章―空白期―
第零話 ある一つの結末


あらすじ、説明不足ですみません(´・ω・`)
もうちょっと良い文を考えられたら差し替えておきます。


 そこは摩訶不思議な空間だった。異様な空間と言い換えてもいい。

 空間がねじ曲がっている、とでも言おうか。

 普通の空間ではない事はまず間違いなかった。

 

 辺り一面を暗闇が支配しているが、中央に存在する黄金の龍の放つ光のおかげで暗くは感じない。

 その龍の前に八人の男女の姿があった。

 彼らの中に無傷の者は居なかった。誰もが大なり小なり怪我を負っている。

 

「今回ばかりは、流石にまずいかな……」

 

 先頭に立つ少年・緋勇 龍麻が意識的に軽い口調でそう言った。

 だが、同時に彼の偽らざる本音でもあった。そしてそれはこの場にいる全員が感じ取っていた。

 正直甘く見ていたと言わざるを得ないだろう。

 ここまで一方的にではく、少なくとも互角の戦いには持ち込めると思っていた。

 ところが蓋を開けてみればこの有様だ。

 

 龍麻は後ろに居る仲間の顔を見る。

 皆疲労を隠せない表情をしてはいるが、諦めた表情をしている者は一人も居なかった。

 それを頼もしく思うと同時に、自分の力のなさを不甲斐なく思う。

 

 今までで黄金の龍・黄龍に対してダメージを与える事が出来たのは、彼の放った最大奥義だけだ。

 それも時間が経つにつれて完全に治癒されてしまった。

 この状態で黄龍を倒すには、ダメージが抜けきらない内に波状攻撃をしかけるしかない。

 しかし龍麻以外の攻撃はその殆どが通らない。

 通ったとしても回復するスピードが速くてダメージが追いつかないのだ。

 

 最大の誤算がその超自己再生能力であった。

 それがなければ今頃とうに黄龍を斃す事が出来ていただろう。

 

 龍麻はもう一度、今度はさりげなく仲間の顔を見渡した。

 そしてこの場には居ない仲間の顔を思い浮かべた。

 皆大切な仲間だ。出会ってから少ししか経っていないが、とても大切な。

 

 辛い事がたくさんあった。

 でもそれ以上に、彼らと出会って嬉しい事や楽しい事があった。

 全て仲間と出会えたからこそだった。そのかけがえのない物を失いたくない。

 

 彼らのことを、護りたい。

 そういった思いは関わってきた事件を通すごとに、強さを増していった。

 この絶体絶命のピンチにおいて尚、それは変わらない。

 

 龍麻は悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いて―――。

 

 

 そして、ある一つの決断を下した。

 

 

「………」

 

 龍麻は深呼吸をして息を整えた。

 丁度その時だった。今まで自発的に攻撃してこなかった黄龍に動きが見えたのは。

 口を大きく開いてはじめて攻撃の意志を見せたのだ。

 その瞬間、背筋に悪寒が走る。

 

「みんな、散開ッ!」

 

 だが本能的にそれが無駄である事を察知していた。

 防ぐ方法は一つ。

 同等以上の威力を持つ攻撃での相殺。

 

 だから彼はその場にとどまった。

 

 黄龍が相手である限り、黄龍の器である龍麻と言えども龍脈から受ける力は微々たる物だ。

 それを最大限活用して彼の最大奥義である【秘拳・黄龍】を放ったとしても、結果はもう既に出ている。

 だから彼はそこに一つの要素を加える事にしたのだ。

 

 龍脈から流れてくる力を受け取り、自分が今持つ限界まで氣を集める。

 

 龍脈から流れてくる力が足りない。

 自分が今持つ力が足りない。

 それらを全て限界まで集めて尚、足りない。だから彼は、限界が来てもそれを無視した。

 

 龍麻の口元から一筋、血が流れる。

 それは限界以上の氣を集めた弊害であった。

 

「龍麻!?」

 

 龍麻の異常にいち早く気がついた女性・美里 葵が悲鳴をあげた。

 それを無視して、龍麻は更に氣を集める。

 彼の口元からもう一筋血が流れた。

 黄龍の方を見ると、開いた口に激しい光が集うのがわかる。

 

「――葵。来ちゃ、駄目だ」

 

 思わず、といった風に龍麻に駆け寄ろうとしていた葵が、その声に足を止めた。

 

「援護も必要ない。みんなは出来るだけ離れて」

 

 少しでも援護を、と弓矢を構えていた女性・桜井 小蒔。

 自他共に認める龍麻の相棒である蓬莱寺 京一。

 彼を守護する四神・白虎である醍醐 雄矢。

 同じく四神・玄武である如月 翡翠。

 残りの四神・青龍であるアラン 蔵人と朱雀であるマリィ・クレア。

 その全員が信じられないというような表情で龍麻を見た。

 

 

「葵」

 

「京一」

 

「雄矢」

 

「小蒔」

 

「翡翠」

 

「アラン」

 

「そして、マリィ」

 

 

 それはこの状況にそぐわない、穏やかな声だった。

 彼は既に覚悟を決めていた。

 だからこそ出た穏やかさであった。

 

 無論、この決断が後々彼らを苦しめるであろうことも、いかに残酷なことかも十分過ぎる程に理解していた。

 だがそれも生きていなければ感じることは出来ない。

 

 

「みんなは僕が護るから」

 

 限界以上の氣。

 それは彼自身の命を燃やす事によって得ている物だった。

 その結果が彼の口元から流れる血である。彼の命は徐々に失われつつあった。

 このまま氣を集め続ければ命を落とす事になりかねない。

 

 龍麻は全ての氣を両手に集める。

 秘拳・黄龍の構えである。

 

「よせ、ひーちゃん!」

「秘拳」

 

 黄龍の口に集った光が光線となって放たれる。

 

「黄龍ッ!」

 

 それとほぼ同じタイミングで龍麻最強の奥義が炸裂した。

 突き出された両手から黄龍の姿を模した氣の塊と、黄龍の攻撃が中央で激突する。

 どちらの攻撃も引かない。そのまま拮抗し、硬直状態に陥った。

 

 はっきりと言えばそれは異常な光景だった。

 たった一人の人間が繰り出した攻撃と黄龍の攻撃が拮抗するなど、通常はありえない。

 だからこそ龍麻がこの攻撃に費やした氣の量が解る。

 それは正に、命を込めた執念の一撃であった。

 

「覇ァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 龍麻が気合を込め、更に氣を注ぎ込む。

 徐々にだが、龍麻の攻撃が黄龍の攻撃を押し返しはじめる。

 とはいえ相手は黄龍だ。すぐさま龍脈から力を受け取ると、攻撃に込める氣を増やす。

 

 京一たちも龍麻の指示を無視してでも、何とか援護をしようと試みる。

 龍麻に忠告されたとは言え、彼をそのままにして行ける筈も無い。

 他の仲間以上に、黄龍を守護する四神である醍醐・翡翠・アラン・マリィの四人は何としても龍麻の援護に向かいたい。

 ところが龍麻と黄龍、両者の攻撃の余波で近づく事すらままならない。

 

 龍麻は仲間が自分の援護をしようとしている事を、氣の動きで察知していた。

 その行為自体は嬉しく思うが、この状況では素直に喜べることではなかった。

 自分自身が仲間にとって裏切りにも近い行為をしているとしても、だ。

 そしてそんな最中にも黄龍の攻撃は激しさを増す。遂には龍麻の攻撃を押し返し始めたのだ。

 

 龍麻はひたすら、心の中で繰り返し呟く。

 

 

 ――――護るんだ、と。

 

 

 真神學園に来てからの出来事が、走馬燈のように脳裏をよぎる。

 

 

「僕はみんなを護りたいッ!」

 

 

 龍麻のその願いに呼応するかのように、龍脈から流れてくる力が増大する。

 限界以上の氣を使ったせいで血を吐き、血涙を流し、腕からは血が噴き出る。

 

 それでも彼はたった一つ。

 仲間を護りたいと思った。仲間を護らせて欲しいと何かに祈った。

 

 龍麻と黄龍の攻撃の境い目からバチバチッ! と衝撃が走る。

 それはやがて空間の歪みを生み出した。

 龍麻も黄龍もそれに気付かない。

 お互いに死力を尽くしているのだ。そもそも気付く余裕はなかった。

 そして京一たちもそれに気付く事はなかった。

 

 

 それが一つの結末を生む事になった。

 

 

 閃光が迸る。

 拮抗した力が行き場を失い、限界を迎えたのだ。

 暴走する力の奔流。

 

「龍麻!」

 

 葵はそれが本能的に危険な現象であると悟った。

 四神も己の感覚から龍麻が更に危険な状態に陥ることに気がついた。

 京一や小蒔にも、その現象を見ると背筋に嫌な汗が流れた。

 

 龍麻がその現象に気が付いた時、驚く暇もなく結末は訪れた。

 空間の歪みが膨れ上がったかと思うと激しくスパークをはじめる。

 

 

 ――――――カッ!

 

 

 次の瞬間、今まで以上の閃光が迸った。

 それはあたり一面があまりに強い光によって見えなくなる程だ。

 咄嗟に目をつぶらなければ失明していたかもしれない。それほど強烈な光だった。

 

 やがて光はおさまる。

 

「な、何だと……?」

「なんだよこりゃ……」

 

 雄矢と京一がその惨状に思わず呻く。

 攻撃が衝突した地点には大きなクレーターがあったのだ。

 それはぶつかり合った力の凄まじさを物語っていた。

 

「ひーちゃん?」

 

 小蒔の言葉に、数人が正気を取り戻した。

 

「龍麻、龍麻は何処だ?」

「アミーゴ!」

「龍麻?」

 

 翡翠・アラン・マリィが周囲を見渡す。

 だが、彼らは気付いていた。

 黄龍の器である龍麻と四神である雄矢・翡翠・アラン・マリィには特殊な繋がりがある。

 その繋がりが全く感じ取れなくなっていたのだ。

 

 次の瞬間、異空間は元の本堂に戻っていた。

 だがそこに龍麻の姿は無い。

 

「そんな……」

 

 黄龍の姿は消えていた。

 斃したと見て間違いないだろう。脅威は去ったのだ。

 

「ひーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」

 

 京一の慟哭が響く。

 

 

 

 ――――脅威は去った。だが、彼らは同時にかけがえのないものを失った。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 今の龍麻には時間の感覚がなかった。だがそれに反して体の感覚はあるようだ。

 先程から何となく水のような物に包まれている感じ がしているのだ。

 

(ここは一体どこなんだろう)

 

 龍麻の記憶は最後の瞬間、つまり自分と黄竜の攻撃で空間に歪みが発生した所で途絶えていた。

 恐らくはその空間の歪みに飲み込まれてしまったということは理解できた。

 そんな物に飲み込まれたと言うのに、今は何故だか危険を感じていなかった。

 

(どうしてだろう。ここに居るとすごく安心するなぁ)

 

 龍麻は何かに護られているような感覚に陥っていた。

 まるで母の中に居るようなそんな感覚。

 こうして漂っていると自分を生むと同時に死んだ、顔も知らない母の事を思い出すのだ。

 

(母の、中? この水のような物はもしかして羊水?)

 

 そう考えてすぐに否定する。そんなこと、ありえる筈も無い。

 仮にここが自分の考えるような場所であるのなら、そもそもこうして思考している事自体がおかしいからだ。

 

(……だけど。何だか懐かしいな)

 

 不思議な感覚だった。

 先程否定した馬鹿な考えが再び頭をよぎる。

 龍麻は訳もなく泣きたくなった。

 

 暫くすると辺りに暖かな光が満ちてくる。

 誰かに抱きかかえられる感覚。そして彼は、その人を見た。

 

 蒼白な顔。既に死相が浮かんでいる。

 今こうして息をしている事が奇跡のような形相だ。

 けれど優しい笑顔を見せている。

 

「……ごめんね。私が直接育ててあげる事は、出来ないけれど」

 

 耳元で何かが泣いている声がする。それが酷く煩わしい。

 もっとこの人の顔を見ていたかった。

 欲を言うならば笑った顔を。

 

「私は貴方を愛しているわ。生まれてきてくれて、本当にありがとう」

 

 泣き声は相変わらず聞こえている。

 そこでようやく、彼は気がついた。

 この今にも死にそうな女性こそ、自分の実の母親だと言う事に。

 

「龍麻。私の愛しい子」

 

 

(……あぁ、何だ)

 

 

「宿星に負けない、強い子に育つのよ?」

 

 女性の瞳から涙が流れるのが解った。

 それは我が子を育てる事の出来ない母の悲しみの涙。

 それは我が子を抱いてやる事すら出来ない、母の哀しみの涙。

 

 そう。彼女には既に、自分が生んだ子を抱く力すら残っていなかった。

 殆ど最後の力を振り絞り、龍麻の頬を撫でる。

 

 涙を流しながら、彼女は微笑んだ。

 

 

(……耳元で聞こえるこの泣き声は)

 

 

「当麻さん。棗さん。龍麻をお願いします」

「任せてくれ、義姉さん。だから安心して兄さんの処へ逝くといい」

 

 当麻と呼ばれた男性が答える。

 今龍麻を抱き上げているのは彼のようだった。

 その隣にいる女性がどうやら棗と呼ばれた人物らしい。

 

 龍麻は、その二人の姿に見覚えがあった。

 自分が知っている二人より若干若く見えるという違いはあるものの、間違いない。

 

「弦麻さん。今、私もそちらに逝きます」

 

 それが彼女の最後の言葉になった。

 龍麻の頬に添えられていた手が、力なく落ちていく。

 

 

(……僕自身のものだったんだ)

 

 

 ―――そうして彼は、再びこの世に生を受けた。

 




やってしまった……。
約五年ぶりぐらいにSSに手を出しました。
本作は最近は昔ほど頻繁に見なくなった、いわゆる逆行物になります。

昔は良くエヴァやらナデシコの逆行物が流行ったものです。
作者はその時期に二次にハマったので、モロに影響を受けております。
後はアニメの別物加減に(゜д゜)状態になったのが、本作を執筆するに至った経緯ですね。

原作に関しては一応DS版とアーカイブス版をプレイ済みですが、外法帖の方は未プレイになります。
ですので、基本的には外法帖の設定が入ってくることはありません。
なので両方をプレイ済みの方はその点にはご注意下さい。


※改訂履歴
 章管理による章の追加。
 テキスト用の改行の仕方だったので、セリフ部分の改行を変更。
 これで多少は見やすくなった筈。


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第壱話 回帰

 再び生まれてから六年の月日が流れた。

 その間、龍麻は現状把握に時間を費やした。

 薄々感づいてはいたのだが、信じ難いことにどうやらここは過去らしい。

 

 恐らくあの黄龍との激突の際に生じていた、空間の歪みが原因だろう。

 今はそれ以上のことはわからない。

 結局この六年で理解できたのはその程度のことだけだった。

 

 あの後、仲間はどうなったのだろうか。

 それだけが気がかりだったが、こうなってしまった以上それを確かめることも出来ない。

 

 出来ることなら元の時代に戻りたい。

 何度もそう思ったが、その為の方法がわかる筈もなく、また仮に戻れたとしてもこの世界がどうなるかは想像に難くない。ここが【過去】である以上、いずれ黄龍との戦いが起こるのだ。

 黄龍の器である彼が居ない場合、対抗することは非常に難しくなるだろう。

 居た状態で辛うじて引き分けに持ち込めたようなものなのだ。結果は見えている。

 

 だから龍麻は元の時代に戻ることを諦めた。無論、完全に納得した上での答えではない。

 現実的な問題として、戻る手段がない以上諦めるしかないのだ。

 加えて、死の間際の母の姿を思い出すと罪悪感にかられるのも原因の一つだった。

 

 もはや自分はこの時代の人間なのだ。

 そう考えることで、龍麻はようやく気持ちに整理をつけた。

 

 今度はこの後、つまり未来のことを考える。

 黄龍との戦いのことだ。

 それまでに以前の自分を越える強さを身につけなくてはならない。

 

 強くなる為の手段。龍麻はそれを実父、緋勇 弦麻の弟である緋勇 当麻の存在に求めた。

 龍麻の母である迦代の最後を看取った後、彼は迦代の遺言通り龍麻を引き取った。

 弦麻が陽の徒手空拳の使い手であったように、当麻もまた、陽の徒手空拳の使い手なのだ。

 弦麻には多少劣るものの、かなりの実力者であることを以前、師に聞いたことがあった。

 前回以上の強さを手に入れる為には、早い段階から陽の徒手空拳や氣に触れる必要がある。

 同じ行動をとっていては同じ結果にしかならないだろう。

 龍麻はすぐ行動に移った。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「龍麻。話というのは何だ?」

 

 今、この家に居るのは龍麻と当麻の二人だけだった。

 当麻の妻である棗と、娘のつばさは近所の公園へと出かけている。

 無論、この状況を作ったのは龍麻だった。

 これから当麻に頼むことを考えれば、棗が反対することは目に見えていた。

 つばさに関しても、まだ幼い。真似をして危険なことをするかもしれない。

 

 一度、二度と深呼吸をする。

 当麻はその様子に、今からされるのは何か重要な話であることを理解した。

 

「父さん。……いえ、叔父さん」

 

 当麻はそれである程度のことを察したようだった。

 少し眉尻を下げ、軽いため息をついた。

 

「いつ、気がついたんだ?」

 

 当麻の言葉に、龍麻の表情が暗くなる。

 それはどこか罪悪感を抱いているようにも見えた。

 実際、龍麻は元々生まれる筈だった【子供】の存在を乗っ取っているようなこの状況に、罪悪感を感じていた。嘘偽りなく体と精神が【緋勇 龍麻】のモノであったとしても、だ。

 それこそが龍麻が母に対して持っていた罪悪感の正体だった。

 

「僕は母さんが死んだ日のことを、覚えています」

 

 その言葉に当麻は目を見張った。

 それはつまり、生まれた時からの記憶があるということ。普通なら考えられないことだった。

 

「いつかこんな日が来るだろうとは思っていたけれど、想像以上に早かったな」

 

 そう言ってまた一つ、ため息をつく。

 そして龍麻の顔を見た。その真剣な眼差しを見て、当麻は覚悟を決めた。

 龍麻が何を望んでいるのか、察したのだ。

 

「何が望みか聞いても。……いや、その必要はないか」

 

 その眼差しが全てを語っていた。

 明確に、強くなりたい、と――――。

 

 既に宿星のことを、自分の成すべきことを理解しているのだろうと思った。

 

 弦麻からは宿星に関して、龍麻には何も伝えるなと頼まれていた。

 親として、息子にそのような過酷な運命を背負わせたくなかったのだろう。

 仮に宿星から逃れられないとしても、少なくともそれまでは普通の人生を歩んで欲しい。

 無論当麻にもその心情は理解できた。だからはじめは伝えないつもりだった。

 

 ところが龍麻本人は、そのことをどの様にしてか既に知っている。

 当麻は心の中で兄に詫びた。

 

「……陽の徒手空拳を、学びたいのだな」

 

 龍麻はその言葉に頷いた。即答だった。

 覚悟を決めたその瞳。一度決めたら頑として譲らないその姿。

 当麻はそこに弦麻の姿を見た。そのことを少し嬉しくも思った。 

 

「僕にはやらなければならないことがあります。その為に、どうしても必要なんです」

 

 前々から年の割には大人びていると思っていた。

 違和感を感じてはいたが、これといった問題がある訳でもない。そうやって放置してきた。

 だが、いかに特殊な宿星を背負って生まれて来た子といえども、成熟しているだけでは説明出来ない。

 

「今から荒唐無稽な話をします。出来るなら、最後まで聞いた上で返答を聞かせて下さい」

 

 そうして龍麻は自分の【一度目】の人生を簡単に説明した。

 

 嘘をついたり、隠しごとをしたまま教えを乞うことも出来た。

 しかしそういったことに敏感な叔父を説得するには、全て正直に話すべきだと判断したのだ。

 

 簡単に、とはいえ話は三時間にも及んだ。外は夕暮れに染まり始めている。

 

 龍麻の話はまさに荒唐無稽なものだった。

 既に一度緋勇 龍麻として生を受け、陰の器や黄龍と戦い、そして過去に戻ってきたと言われてもにわかには信じ難い。

 しかしこれが事実であるなら、龍麻が早熟な理由の説明も出来る。一概に嘘とは言い切れない。

 何より当麻には、龍麻の話す最中の真剣な表情が嘘だとは思えなかった。

 

「返答は少し保留させて貰って構わないかな? そろそろ、棗たちも帰って来る」

 

 龍麻はその言葉に静かに頷いた。

 

 

 

 その翌日。

 結論から言えば、当麻は話の内容ではなく龍麻自身を信じることにした。

 仮に話そのものが嘘であっても、あの表情から遊びで習おうという様子では無かったのも理由の一つだ。

 

 鍛錬はその日の内からはじめることになった。

 まずは無理のない程度に体力作りと簡単な型、そして氣の使い方を習いはじめる。

 氣に関しては、主に内氣功を応用して効率的に体力回復をはかる為に必要なので、重点的に教わる。

 そうして上手く体力回復をはかれるようになるにつれ、徐々に鍛錬の量を増やしていく。

 当面の目標は、この体力作りで少なくとも平均的な成人男性並の体力を手に入れることだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 地道な鍛錬に一年を費やし、龍麻は目標の体力を手にすることに成功した。

 これは氣を用いた回復を使用していることを踏まえても、かなり異常なスピードだった。

 どうも生前が影響しているのか、氣が使いやすい感じがするのだ。

 それに加え、内氣功を使った際の氣の通りが非常に良い。恐らくはこれらが原因だろう。

 この現象は前回以上の強さを欲する龍麻にとって、歓迎するべき事実だった。

 

 体力作りから一変し、この頃から本格的な鍛錬がはじまった。

 型の練習より組手の数が増えていく。

 それに比例して龍麻の体にも生傷が増えていった。

 

 流石にここまで来ると、棗やつばさに対しても隠しきれなくなってくる。

 当麻と龍麻は先手を打ってまずはこのことを棗に打ち明けることにした。

 既に一年鍛錬を積んでいる以上、色々と言われることはあっても無理にやめさせられることはないだろう、と判断してのことだった。

 

「……という訳だ。最近、本格的な鍛錬をはじめた」

「二人でこそこそとしていたのは、それが理由ですか」

 

 棗は軽くため息をついた。

 龍麻としては隠し事は後ろめたいものだったので、少し居心地が悪い。

 それに相手は普段からお世話になっている人物だ。傍から見ても今の龍麻は落ち込んでいるのが良く見て取れた。

 そんな龍麻の様子に、棗は微笑んだ。

 

「別に龍麻さんのことを悪く言うつもりは無いんですよ?」

「……え?」

「第一、貴方たちは隠しごとが苦手でしょう? すぐに顔に出ますから、何かしていることはわかっていましたよ」

 

 そう言われて顔を触る龍麻。

 そんな龍麻の様子を見て、棗はクスクスと笑った。

 

「そういう所は二人共そっくりなんですから」

 

 思わず顔を見合わせる龍麻と当麻。

 二人共自覚は無かったが、傍から見ればバレバレだったということだ。

 以前龍麻が話した時に当麻が事前に気づいてなかったのは、単に当麻も性格が似ているからだろう。

 龍麻自身は上手く隠せていたと思っていただけに、少し赤面してしまう。

 

「龍麻さんがあれを習うということは、当麻さんのことを知ったのですね?」

「ああ。無論、私が教えた訳ではない。龍麻が自分で私に言って来た」

「……以前から龍麻さんがしていた隠しごとはそれですか」

 

 龍麻はその言葉に違和感を覚えた。

 そんな龍麻の様子を見て、棗は再び微笑んだ。

 

「貴方たちの隠しごとはすぐに顔に出る、と言ったでしょう?」

「……そんなにわかりやすかったですか?」

「私たちを見る目に罪悪感が見え隠れしていました。

 大方、迷惑をかけているとでも考えていたのでしょう?」

 

 龍麻は素直に頷いた。事実、その通りだったのだ。

 ここに至ってようやく自分には隠しごとが向いてないことを理解する。

 

「龍麻さんがどうやってこのことを知ったのかはわかりません。

 それに、他にもまだ何か隠しごとがあるみたいですけれど、それを無理に問い質すつもりもありません。

 その代わり、別のことを一つだけ聞かせて下さい」

 

 棗は姿勢を正し、より真剣な眼差しで問いかける。

 

「陽の徒手空拳を学ぶことは、龍麻さんにとって【大切なこと】なのですね?」

「はい」

 

 そこに迷いは無かった。

 そう、龍麻はこの時代で生きていくことを決めた時、他でもない自分自身に誓ったのだ。

 同じ轍は踏まない。今度こそ仲間と、彼らの生きるこの世界を護る。

 前回は負けも同然の相討ちだった。あれでは護りきったとは言えない。

 そこには自分も居る必要がある。

 それは龍麻の自惚れではない。それだけの絆が彼らの間にはあった。

 そうでなければ命がかかったあの場面で、仲間たちは龍麻を助けようとはしなかっただろう。

 

 龍麻はそのことを誇りに思う。

 だからこそ、今度は完膚なきまでの勝利を手に入れる。

 その為には貧欲に力を求めるつもりだった。

 

「良くわかりました。つばさに対しては、私が誤魔化しておきます。くれぐれも無茶だけはしないように」

 

 その言葉に龍麻はただ頭を下げ続けた。

 

 陽の徒手空拳を学ぶということは、自ら戦場へ赴くということ。

 怪我どころの話ではない。正に命がかかる戦いに向かう。

 棗はそれを理解し、その上で龍麻がそれを学ぶことを認めたのだ。

 

 六年間も育てれば、棗にとっても龍麻は息子同然といえた。

 心配しない筈が無い。それでも尚、認めてくれた。

 そのことに対して龍麻はただ感謝する。

 

 

 

 齢七歳。

 この時、龍麻の戦いは静かに始まった――――。




という訳で第壱話をお送りしました。いかがでしたでしょうか?
地の文がちょっとくどいかなぁ、とは思いましたが、作風ということでご了承下さい。


※改訂履歴
 修正前だったので修正版の物に差し替え。
 パソコンにて改行の確認。見にくい所、文章の修正。


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第弐話 揺るがなき信念

「新しい先生?」

 

 早朝から当麻に呼び出された龍麻は、不思議そうな表情で首をかしげた。

 既に鍛錬をはじめてから五年。龍麻は十二歳になっていた。

 恐ろしいことに、この時点で龍麻の実力は当麻のそれを超えつつあった。

 

 まるで覚えていたことを思い出すかの様な成長の仕方だったが、【生前】大きな戦いに身を置いていたことがあると言っていたことを思い出し、納得した。

 ここまで来れば以前の話を信じない訳にはいかない。

 話を聞く所によると、黄龍との決戦時にはこれ以上の力を持っていたというから笑えない。

 

 以前と同じ力を取り戻すことはそう難しくないだろう。

 魂に引っ張られる形で肉体も著しく成長を見せている。基礎鍛錬の時に出た異常な成長スピードがそれにあたる。

 現在も学校に通っている状態なので、これがいかに非常識なスピードかは察せるだろう。

 それに加え、龍麻の言葉を信じるのなら前回以上に氣の通りが良くなっているとのことなので、それ以上の成長も見込めるだろう。

 

 問題は後六年の間に黄龍に勝てる程の力が得られるか、ということだ。

 一見すると長い時間だが、現在の異常な成長スピードはあくまでも前回の龍麻に追いつくまでの物だ。

 ならば通学を辞めてその分の時間を鍛錬にあてるべきだ、とも思うが、黄龍戦後も龍麻の人生が続くことを考慮すると学歴が無いのは非常にマズい。通学に関しては配慮しなければならなかった。

 当麻自身、悠長なことを言っている自覚はあったが、これは彼としても頑として譲れない一線だった。

 

 現時点で龍麻本人としては前回で言う所の対九角戦の時に近い実力を取り戻したと思っている。

 しかし最近になって成長のスピードが目に見えて落ちてきている。

 このままだと前回に近い実力しか手に入れることが出来ないかもしれない。

 龍麻に少しの焦りが見えた当麻は、この状況に一石を投じるべく新しい師をつけようとしているのだ。

 当麻としては学校の時間が削れない以上、苦肉の策と言えた。

 

「私が教えることは殆ど教えきってしまったからな。

 古い知り合いに龍麻の師になって貰えるよう、話を通してある」

「先生っていうことは同じ陽の徒手空拳の使い手ですか?」

「いや、違う」

「……?」

「彼――鳴瀧 冬吾は、本来陰の徒手空拳の使い手だ」

 

 鳴瀧 冬吾。龍麻にも聞き覚えのある名だった。

 陽の徒手空拳と対をなす陰の徒手空拳の使い手。

 そして亡くなった龍麻の父、弦麻の親友。

 拳武館と呼ばれる悪人を抹殺する暗殺組織の館長で、共に戦った仲間である壬生 紅葉の師に当たる。

 同時に前回短いながらも龍麻に簡単な徒手空拳の手解きをした、龍麻にとっても師と呼べる存在の名だ。

 

「無理を言う形でお願いをした。

 とりあえずは会ってくれるとのことだが、彼が龍麻に稽古をつけてくれるかは龍麻次第だ」

 

 強くなりたくばそれだけの姿勢・気持ちを鳴滝 冬吾に見せてみろ。

 当麻の意思に気付いている龍麻は静かに頷いた。

 

「ただし、お前の言う【前回】のことは一切話してはならない。……何故だかわかるな?」

「はい」

「それなら良い。鳴滝さんは一週間後にこちらにみえることになっている。心構えはしておくように」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 鳴滝ははじめにその話を聞いた時、自分の耳を疑い、次に質の悪い冗談だと思った。

 しかしそんな思いは目の前の少年を目にした時に吹き飛んでしまった。

 今鳴滝の目の前には、一人の少年の姿があった。

 緋勇 龍麻。彼の親友であった緋勇 弦麻の忘れ形見である。

 鳴滝は弦麻の弟、当麻の頼みによってこの場に居た。

 

 二週間程前のことである。

 突然、今まで何の接触も無かった当麻から一本の電話が入った。

 弦麻の葬式以来なのでかこれこれ十二年ぶりか。

 突然の連絡を訝しみながらも話を聞く内に、彼は己の耳を疑った。

 

「弦麻の息子に、陽の徒手空拳を手解きして欲しい?」

「ええ」

「……冗談でしょう? 貴方も弦麻の遺言は聞いている筈だ」

「ええ、聞き及んでいます」

「ならば、何故」

「それが龍麻に必要なことだからです」

 

 話にならない、と思った。その場で電話を切ろうと思ったくらいだ。

 自分も暇だという訳ではないのだ。付き合っている暇はない。

 ――――しかしそれを戯言、とは一蹴出来なかった。

 龍麻には宿星の問題がついてまわる。

 鳴滝とて龍麻が宿星から逃れることは難しいと思っている。

 しかし、かと言って親友の遺言を無視するつもりもなかった。

 いずれ必要になる時が来るかもしれないが、それは少なくとも今ではない。

 それに小さくはあるが、全く必要ない可能性もあるのだ。

 

「直接お会いしたい。今の所在をお聞きしても?」

「……今の所私が直接出るような案件はありません。当分は拳武館に居ますよ」

「明日にでもお伺いします。電話でするような話でもありません。お互いに腹を割って話しましょう」

「私の答えは変わりませんよ」

「話だけでも構いません。どうか、お願いします」

 

 その声があまりにも真剣だった為、鳴滝は思わず了承の言葉を返してしまう。

 結局直接会った際、鳴滝は熱意に押し切られる形で龍麻に会うことを了承してしまった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そして今。鳴滝はその龍麻を目の前にして、驚愕していた。

 

(……何という。何という強い意思を感じさせる瞳だ)

 

 否、呑み込まれていたと言っても良い。

 三十四になる大の男。

 それも、拳武館の館長として様々な修羅場を潜り、今も尚裏の世界に身を置く人間がたった十二の子供の意思に呑まれる。

 それは本来ならありえない筈の光景だった。

 

 龍麻はただ彼の前に正座しているだけだ。

 信念を携え、強い意思を秘めた瞳を向けながら。

 ただの一言も喋ってはいない。

 龍麻は口で語るより、明確な態度で己の気持ちを示そうとしていた。

 

 鳴滝としては当初は本当に会うだけのつもりだった。

 いくら当麻の頼みと言えども、龍麻の面倒を見るつもりは微塵も無かったのだ。

 所がどうだ。この少年を見て、今の自分はどう思っている?

 鳴滝は自問自答した。

 

(――見てみたい。強き意思を宿すこの少年が、自由自在に陽の徒手空拳を操り、その先に己の希望を掴み取るその姿を)

 

 鳴滝は一瞬で魅せられてしまったのだ。

 この少年には何かをなそうとする強い意志がある。

 あの弦麻と迦代の子だ。才能も十分に受け継がれているだろう。

 それに加え、現時点でこの年齢にしては破格の力を得ていることも理解出来た。

 恐らく当麻が鍛えていたのだろう。所々に陽の徒手空拳特有の動作が見受けられた。

 

 鳴滝は体が震えるのを自覚した。

 これは歓喜の震えだろうか。それは鳴滝自身にもわからなかった。

 ただわかるのは、自分が既にこの子に陽の徒手空拳を教えようとしていることだけだ。

 

 鳴滝は龍麻の口から明確な意思を聞きたかった。

 この幼い少年は、何故ここまでして力を欲するのだろうか?

 

「君が力を欲するのは何故だ?」

「ただ、護る為に」

「何を」

「大切な戦友(とも)と家族を。そして、戦友の護ろうとした日溜まり(せかい)を」

「――――くは」

「……?」

「――ハハハハハハハハッ!」

 

 突然のことに、龍麻は目を白黒させた。

 果たして自分の回答に、何か笑う部分があっただろうか?

 自問してみるも答えは出なかった。

 

 鳴滝は何も、龍麻の答えを馬鹿にしたのではない。

 むしろ感心さえしていた。

 十二歳の子供が言う台詞ではなかった。語る内容もご大層なものだ。

 何より面白いのは、龍麻自身(・・・・)もその世界の勘定に入れていることだ。

 龍麻の様子から戦友と言うのは相当気のおける間柄なのだろう。

 そう言った相手なら、龍麻自身のことを大切に思っている筈だ。

 それならばその戦友の大切にする世界に、龍麻が入っていない訳はない。

 

 こういった理由で力をつけようとする者は、大抵【自分の身を犠牲にしても】などという自己犠牲の精神を発揮させる。

 鳴滝に言わせてみればそれは後に残される者のことを考慮していない、ただの偽善。自己満足だ。

 そういう風に考える鳴滝からしてみれば、龍麻の自分を勘定に入れた考え方は非常に好感が持てた。

 

「良いだろう」

 

 当初の考えなど最早吹き飛んでいた。

 この逸材を自分の手で育てる。それは何にも勝る、宝の様な気がした。

 龍麻が年齢に似合わない回答を返したことなど頭にない。

 彼の言う戦友が何時出来たものなのか、ということも気付きつつ無視した。

 そういった幾つもの不審な点を気に留めもしなかった。

 しかし龍麻を見れば真剣かつ本気なのは理解出来る。

 答えは得た。それで良い。

 

「陽の徒手空拳。君に伝授しよう」

 

 今はただ、この少年の行く末を見てみたい。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんな二人を、部屋の外から見ている存在が居た。

 今はこの家に居る筈のないつばさだ。

 つばさは両親がこの時間、自分を家から離そうといていることに気付いていた。

 当麻が目を離した隙に、好奇心から家へと戻って来たのだ。

 自分が慕う兄が居ないことも帰宅を後押ししていた。

 

 そして今。ここに一人、龍麻の信奉者が出来上がっていた。

 つばさもまた、鳴滝同様龍麻の見せる強い意思に魅せられていた。

 問題があるとすれば、幼いつばさはより強力に魅せられてしまったことだろう。

 紅潮した頬。目には涙さえ浮かんでいる。

 その瞳には、最早龍麻の姿しか映っていなかった。

 

 龍麻が後悔したのは後にも先にも、自分の妹とも言うべき存在を、本来ならば関係のない厳しい戦いに巻き込んでしまった、この瞬間のことだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんなことは今は知らず。

 今現在、鳴滝と龍麻は弦麻のことを話していた。

 弦麻は前回・今回のどちらでも、龍麻が生まれる前に死去している。

 迦代に関してもどうように龍麻の出産と引き換えに亡くなっているので、龍麻は両親のことをあまり知らなかった。

 聡明な龍麻の様子から、鳴滝は龍麻の知らない実の両親に関して伝えることにしたのだ。

 十二歳にしてあの様な回答をした龍麻のことだ。真実も既に知っているだろうと考えての行動だった。

 実際、龍麻の口から今の両親が実の両親でないことを理解していると聞いた時には、またしても笑ってしまった位だ。

 

「弦麻や迦代さんとは幼馴染でな。幼い頃は弦麻と二人、色々とやんちゃをしたものだ」

「母さんとも知り合いだったんですか?」

「正確に言うと、弦麻とつるんでいる内に彼が何処からか連れて来たのが迦代さんだった。

 後になって迦代さんが話してくれたよ。

 自分はある事情で孤立していて、弦麻がそこから連れ出してくれた、と嬉しそうにね」

「父さんと母さんは仲が良かったんですね」

「ああ、傍から見てもお似合いの二人だったよ」

 

 それから龍麻は自分の知らない父のことを色々と教わった。

 

 例えば、幼い頃は近所の悪ガキとして有名で、良く弦麻の父に拳骨を落とされていたこと。

 最初は鍛錬を嫌がって、良く道場を抜け出していたこと。

 当時から、一度決めたことは最後まで貫き通す人間だったこと。

 どんな集まりでも何時の間にか中心に居る、不思議な存在感を持っていたこと。

 弦麻と迦代の二人は、傍から見ればお互い好き合っているのがわかるのに、中々付き合おうとせず焦れったかったこと。

 いざ付き合いだしたら所構わずいちゃつくものだから、まわりの人間は辟易していたこと。

 迦代が子供を身篭った時、すごく嬉しそうにしていたこと。

 

 龍麻はその話を、時に真剣に、時に笑いながら聞いていた。

 

「迦代さんは自分が子を産めば生きてはいられないことを自覚していた。

 それでも尚、君を生むことを迷わなかった。

 弦麻は自分が生まれてくる子供に会えないかもしれない。

 迦代さんともう会えないかもしれないと、薄々理解していた。

 それでも尚、戦いに赴いた。何故だかわかるな?」

 

 幼い子供に何を言っているのか、という自覚はあった。

 しかし今までの様子から龍麻なら大丈夫だという、不思議な安心感があった。

 

「――僕はこんなにも、両親に愛されていたんですね」

「そうだ。君は両親に深い愛情を注がれて生まれて来た。

 そのことを、どうか忘れないでくれ。君が私に語った【信念】、必ず守るんだぞ」

「はい」

 

 その意思の強い瞳は、弦麻にダブって見えた。

 これならば大丈夫だろう。

 鳴滝は改めて龍麻(この子)に徒手空拳を伝授する決意を固めた。

 それどころか、陽の徒手空拳の修練の度合いによっては陰の徒手空拳を教える気にすらなっていた。

 恐らく、この少年は自分の期待に応えてくれるだろう。そんな気がした。

 

「鍛錬は来週からはじめよう。場所に関してはここの道場か私の管理する道場になるだろうが、学校に関してはどうするつもりだ?」

「叔父さんたちとの約束があるので、なるべく通うつもりです。足りない分は休日で補おうと思います」

「かなり厳しくなるが……」

 

 鳴滝は龍麻の表情を見て、言葉を区切った。

 

「……愚問だったな」

「いえ、ご忠告感謝します」

「ふ。本当に弦麻に似ているな」

 

 龍麻は鳴滝のその言葉に、本当に嬉しそうな笑顔を見せた。




鳴滝さんはゲーム本編ではあまり出番がなくてキャラが把握しづらい……。
アニメだともう別人クラスなので宛にはならないですし。
うちの作品内の鳴滝さんはこんなものだということで一つ。
……この場合もキャラ崩壊のタグは必要ですかね?


※会話部分の改行を変更しました。
 長台詞になると読み辛いので改行を増やしてみましたが、微妙な気が……。
 随時修正をかけるので少々お待ち下さい。


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