もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(連載版) (taisa01)
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第1章 カルネ村の来訪者 第1話

 ナザリック第六層 円形劇場

 モモンガ、いや鈴木悟は、人生で最高と言える速度で現状について考えていた。
 人生を掛けたと言っても過言で無いほど熱中したDMMOのゲーム「ユグドラシル」のサービス終了日、気が付けば自分がキャラクターであるモモンガになってしまったこと。NPCがまるで生きているように動いていること。ナザリック地下大墳墓がどこぞに転移したと思われること。すべてがわからないことだらけだった。

 現状確認のためにアルベド、デミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティア、セバスといった守護者と設定したNPCの代表とも呼べる者達を、第六層の円形劇場に集め話を聞く事とした。しかし集まった守護者達は傅きモモンガに対して真の意味で忠誠を誓いだしたのだ。社会人をしていれば上司などに敬意を持つこともあるが、忠誠なんてものは別の話を考えていた。社会には、特定の個人や組織に忠誠を誓うものがいるのは知識として知っていた。しかし少なくとも、自分は忠誠を捧げられる存在ではなかった。

 だがこのように傅かれればわかる。

 この者達は本気で忠誠を捧げていると。

 だからこそ鈴木悟は考える。

 自分にとってNPCは、仲間であるギルメンの子供のような存在である。今の状況ならいきなり襲いかかることもないことがわかった。しかし、好き勝手を行い、たとえば上位者をして振る舞わず、ここを捨てて逃げ出せばどうか。自分に牙を剥くのか。それとも泣き縋るのか。

 アレコレと考えた末、一つの案が思いついた。あまりにも弱腰、さらに自分の恥ずかしい過去をさらけ出すような案だ。だが最悪を想定し、身の安全を確保するためにもこの方法しか思いつかなかった。

「すばらしい。すばらしいぞ」

 豪華な金の刺繍をあしらった漆黒のローブをまとった骸骨の姿をしたモモンガは、無意識にレベルの低いものが触れれば即死効果をもたらす絶望のオーラを発しながら、忠誠を捧げる守護者達を前に言葉を紡いだ。

「そなたたちがいれば、どのようなことも成し遂げることができるだろう。しかし、ナザリック地下大墳墓の転移とおもわしき緊急事態。さらに一手加えるとしよう」

 そういうと、モモンガは右手を守護者の前に出し、転移門を発動する。

「では行こうか。宝物殿に」


******

 ナザリック地下大墳墓 宝物殿

 ここには、アインズ・ウール・ゴウンが集めた数多の財宝が保存されている。入り口近くにはそれこそ、無造作に積み上げられた財宝の山が出来上がっている。もっとも真に価値のあるものは、こんなところにはないのだが。

 さて、この宝物殿だが、通常の手段ではここに入ることはできない。それはこの宝物殿は物理的に他の階層と繋がっていないからだ。

 ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が所有するナザリック地下大墳墓は、地下十層を数える巨大拠点である。しかし、防衛上の理由で、転移魔法を制限しているため、普通に移動するととんでもない時間がかかる。その不便を解消するために、転移魔法制限を撤廃するアイテムをギルドメンバーのみが所有していた。それがリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンというギルドエンブレムをあしらった指輪である。

 そしてこの指輪こそ、物理的に隔離された宝物殿に入るための唯一の手段となるのだ。このロジックを考えた友人について本当の意味で頭が良く、そして意地が悪いと今でもモモンガは思っている。
 
 モモンガは、守護者達を従え宝物殿の奥へのその歩みをすすめる。しかし黒曜の輝き放つ扉の前で立ち止まり、伸ばした手は扉に触れること無く彷徨う。

「いかががなさいましたか、モモンガ様」

 扉の前で不意に立ち止まったモモンガの行動に、付き従う守護者を代表しアルベドは静かに問いかける。

「いや、私はこの難局を乗り越えるためにここに来た。しかし戸惑っているのだよ」

 骸骨であるモモンガの表情を読むことはできない。しかしその言葉の端々ににじませる感情、躊躇や戸惑いを付き従う守護者達は確かに感じることができた。

「モモンガ様が戸惑われるほどの何かがここにあるのですか」

 右手をその左胸に置き、心配そうな表情を浮かべたアルベドの姿に、モモンガは意を決して告る。

「ここには、わたしの 捨て去った過去(黒歴史)がある」
「モモンガ様の過去……」

 モモンガの過去。

 その言葉に付き従うものは驚きを隠すことができなかった。自分たちが生み出された時から、モモンガは死を超越したオーバーロードであり、装備こそ違えど完成された支配者のそれであったからだ。そのような存在が示唆する過去とはいったいどんなものか。守護者達は活目せざるえなかった。

 しかし、そこに一石を投じるものがいた。

「黄金の獣」

 守護者の一人であるシャルティアがポツリとつぶやく。そのつぶやきに守護者は振り返る。

「それはどんな意味なのかな。シャルティア」

 守護者でありナザリックの知恵者であるデミウルゴスが、シャルティアに質問する。

「昔、創造主たるペロロンチーノ様に聞いたことがありんす。宝物殿には黄金の獣がいる。それがどんな意味を持つのかまでは……」
「ほぅ」

 シャルティアの言葉に、守護者達は興味を持つ。モモンガ様と同じ至高の御方であるペロロンチーノ様の言葉。どれほどの意味があるのか興味を持たずにはいられなかった。
 
「ゆくぞ」

 モモンガもその語源を知っている。そしてその言葉は何を指しているかも正しく理解している。しかし知っているからこそ、言うわけにはいかない。まるで追い立てられるように声を出し、アルベド達の驚きなど気付かぬとばかりに扉を開け放つ。


******


 そこには第九層の応接間にも劣らぬ荘厳な装飾が施されていた。シャンデリアの明かりは部屋を優しく包み、ここが地下であることを忘れさせる。

 しかしその荘厳さなど、比べ物にならないものが部屋の中央に存在していた。

 そう。

 そこには黄金があった。

「久しいな。卿がここに来るのは、どれほどぶりであろうか」

 黄金の髪。
 黒い軍服に包まれたその体は黄金比の象徴。
 部屋の中央。無造作に置かれた応接用のソファーに座る姿は、数多のものが傅く玉座に座る王の姿を幻視させた。

「おまえ……。いや、あなたは」

 なにより、その者が放つ黄金のオーラは、先ほど見せた至高の主たるモモンガに通じる支配者のもの。
 アルベドは、主に対する不遜な物言いを咎めようとしたが、男の纏う黄金の覇気に言葉を変えた。いや変えざるをえなかった。

「卿がアルベドか。名前こそ知っているがまみえるのは初めてであったな」

 男はその黄金の瞳をアルベドに向ける。
 その瞳はどこまでも澄んでおり、慈愛に満ていた。

「私はラインハルト・ハイドリヒ。しかし卿らには、パンドラズ・アクターと言ったほうが良いかな」

 パンドラズ・アクター。
 ナザリックに残る最後の至高の御方。ナザリック最高支配者たるモモンガ様、自らが創造した唯一の存在であり、ナザリック地下大墳墓宝物殿そしてナザリックにおける財政面の管理者。

「お前も……。元気そうだな」

 モモンガ。いや鈴木悟は日本人であり一般的な黒髪・黒瞳であった。だからこそ金髪や白人に特有の憧れがあった。そしてパンドラズ・アクターに存分に反映されたのである。
 黒い軍服。映画スターのような体躯。黄金の髪に瞳。畏怖と絶望を乗せた黄金のオーラ。どんな時も自信に満ちた唯我独尊の姿。パンドラズ・アクターという名前がありながら、ラインハルト・ハイドリヒというもう一つの名を名乗ること。
 その全てが、モモンガの何かを削っていく。

「うむ。卿も壮健でなにより。ところで今回はどうしたのかな。見目麗しいフロイラインや紳士をつれて」

 アルベドやシャルティアは、フロイライン(お嬢様)と言われたことに対し、普段であればその職務を貶されたと感じたであろう。しかし、モモンガと似た覇気の前になぜか咎めることができなかった。

「いまナザリックは未曾有の事態に直面している。そこでお前の力を使うこととした」
「ふむ」

 どこか疲れた雰囲気を醸し出すモモンガは要件を伝えると、ラインハルトは足を組み換え右手を軽く形の良い顎に添え一言応える。その姿はさながら名画のようであった。

「未曾有の事態だからこそ、必要に応じて陣頭に立てと」

 そういうとラインハルトは静かに立ち上がった。守護者達もラインハルト・ハイドリヒが立ち上がる瞬間まで認識することができた。しかし、気がついた時にはそこに主であるモモンガ様が二人向い合って立っていたのだ。

「よかろう、我が半身よ。この身、この技をもって卿の大計を実現してみせよう」

 一人は静かに佇み、もう一人は大きく両手を広げこう宣言した。その際、先ほど円形劇場で見せた絶望のオーラすら発してだ。

 その姿に守護者達はどちらがモモンガなのか見破ることができなかった。もちろん最初に立っていた位置がわかるのだから、どちらが本物かわかる。しかし、それ以外の方法で、この擬態を見破ることができなかったことに戦慄する。

 それは軽いデモンストレーションだったのだろう。手を広げたモモンガの姿はいつの間にか、もとのラインハルト・ハイドリヒの姿に戻った。

 モモンガはその尊大で中二病の塊のような言動に、無い眉をひそめる。

 しかしアルベドの思考は違っていた。

 強烈な黄金の覇気。支配者のみが持ち得るカリスマ。愛するモモンガをその細部にいたるまで完璧に演じることが可能な存在。なによりモモンガ様はここに過去(・・)があるとおっしゃった。

 その時、アルベドの脳裏には天啓にもにたナニかが舞い降りた。

「ああ、モモンガ様は生まれながらの覇者であったのですね。パンドラズ・アクターのお姿はオーバーロードとして君臨される前、モモンガ様の捨てさった在りし日の姿であると」

 アルベドは、まるですべての謎が解けたような表情で言い放つ。

「なるほど」
「これほどの者が存在するなら、今後の戦略の幅は大きく広がる。さすがはモモンガ様。なんという慧眼」
「えっ」

 答えを得たと納得し、口々に賞賛する守護者達。
 そして困惑するモモンガは、一人どこかに置いていかれた心境に陥ったのであった。


******

 結局、モモンガはパンドラズ・アクターの姿が自分の昔の姿であるという誤解を解くことをあきらめた。誤解を解く過程で何の姿かと問われた時、厨二病全開の妄想と言うわけにもいかない。なによりシャルティアが黄金の獣というキーワードまで知っており、過去のエロゲーのキャラに酷似というか、影響を受けまくっているなどと言えば、どんな化学反応を示すか予想すらつかなかったからだ。この時ほど、シャルティアの知識の元である親友ペロロンチーノに殺意を覚えたことはないモモンガであった。

 そのため、今後の方針のみを話し合うにとどまった。

「私は外の調査を行う。そして必要に応じて我が半身の影武者となり補佐をする」
「ああ、私はナザリックに留まり、事態の収拾を最優先とするからな」
「調査方法は一任ということで良いのかな」
「かまわない。必要であれば、他のものとも協力せよ。報告は定期的にな」
「理解した。我が半身よ」

 モモンガの考えは、まずパンドラズ・アクター以外の守護者とコミュニケーションを取り、信頼関係を築くというものであった。その意味では、自分の黒歴史とはいえ、創造主などの要素も加えて、他の守護者よりも信頼?をしているのだ。

 そしてその考えは間違ってはいない。不足の事態だからこそ、関係者とのコミュニケーションは、トップに求められる要素であるからだ。

 また最低な案もある。パンドラズ・アクターが外に出る際、移動の都合で持たせている守護者がもつ唯一のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを回収する。もし守護者が離反したとしても、自分以外誰も入ることのできない宝物殿が避難場所の役割を果たすからだ。

 しかし、会社という組織において下っ端担当だった人間が、いきなり財閥系組織の会長に就任したような状態なのだ。自分が何ができるのか、まわりの信頼は真実か。すべてが数時間も立っていない状態なのだから致し方無い。少なくとも、コミュニケーションで状況を打開するための方針を決めただけでも、上々の判断といえるだろう。

 しかしそんな状況のモモンガに、黄金の獣と称された男はこう提案したのだ。

「では、一つ提案だが良いかな」
「なんだ」
「全員で一度外に出て、この世界を見てみようではないか」

 その大胆な提案に、モモンガのみならず守護者も驚く。

「まだ安全の確認も取れていないのに、そんな危険を犯す必要がどこにあるの」

 アルベドが冷淡な声で反論する。そして、その意見に反論はでない。デミウルゴスをはじめ多くのものが同じように考えているのだから。

「なにを怖気づく必要がある。守護者全員でお守りすれば良いのだよ。なにより我が半身の覇道をしらしめる世界だ。気になるだろう」
「たしかに……」

 先ほど、セバスの報告でナザリックの外はユグドラシル時代のエネミー溢れる危険な沼地ではなく、エネミーも居ない安全な草原というのだ。

 NPCが動き出した不思議な世界。この自分の理解が及ばぬ世界であれば、リアルのような荒廃する前の自然を見ることができるのではないか?

 そのような予感に、しばし考えたモモンガは守護者に告げる。

「そうだな、一度見ることとしようか。なによりこれから進出する世界だ」
「モモンガ様の決定であるならば……」

 モモンガの決定ということで守護者は引き下がる。先ほどの会話で、なにもずっと外に出るわけではないのだ。一時的に出るなら守りようもある。そんな考えから全員が受け入れたのだった。

「では行くとしようか」

 モモンガは、ナザリックの最上層に繋がるゲートを開く。そしてモモンガに続き次々とくぐり抜ける。

 くぐり抜けた先は、栄光あるナザリック地下大墳墓の入り口にふさわしい門や城塞が覆っている内側。その上にはユグドラシルで作られた申し訳程度に星を配した空ではなく……。

 モモンガは何も言わず、何かに急き立てられるようにフライを唱え夜空に飛び上がる。そして守護者たちも、それぞれ翼や魔法、乗騎を呼び出し空に舞い上がる。

「美しい」

 高度にして千メートル。

 飛び上がったモモンガの足元には、草原や原生林、遠くには山々や海が広がる。月と星の明かりしか無いにもかかわらず、十分に明るく自然の豊かさを感じることができる。

 見上げた空には、透き通る大気と満天の星空が広がる。そのどこまでも続く空は、モモンガのかつての仲間であるブループラネットが追い求めたものであった。このような夜空を思い描き、ブループラネットが生み出したナザリック第六層の夜空も素晴らしい出来である。しかし本物を見たモモンガは、作られた美しさと、自然の美しさの違いを初めて理解することができた。

 なにより、これらの自然は鈴木悟が生きるリアル世界では、すでに失われたものだ。大気は汚染され生身で呼吸しようものなら死に至る。海は腐敗し、空は紫に変色して星など見ることさえできない。

 視界に広がる光景が、肌にふれる大気が、嗅覚を刺激する大気の香りが。

 モモンガの五感の全てが現実であること、そして未知の世界であることを告げて居るのだ。

「まるで宝石箱のようだ」
「この世界が美しいのは、モモンガ様の身をかざるための宝石をやどしているからかと」
「たしかにそうかもしれないな。私がこの地に来たのも、この誰も手にしていない宝石箱を手に。いや一人で独占すべきではないな。ナザリックと我が友たちアインズ・ウール・ゴウンを飾るものかもしれないな」
「お望みとあらば、ナザリック全軍をもって手に入れて参ります」
「ふふ、どのような敵がいるかもわからぬうちにか……しかし」

 モモンガの言葉に、デミウルゴスが本気で応える。もっともモモンガは冗談ととったが。

「しかし、世界征服なんてのもおもしろいかもしれないな」

 この言葉に守護者は息を飲む。守護者たちも、モモンガが冗談で言ったと言うぐらい分かっている。しかしアインズ・ウール・ゴウンは、至高の41人の知恵と実力でユグドラシルにおいて最強の一角となった存在。

 だからこそ、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の最高権力者にしてギルドマスターであるモモンガの言葉は、冗談であっても意味がある。

 可能ならこの世界を征服する。

 それこそ、世界に対する挑戦の意志……と。 

「それが卿の望みなら、我が、我ら守護者が、ナザリックの総軍が叶えよう」
「ふふ、冗談がすぎるな」

 しかしこの夜の空を、忘れるものはいないだろう。
 ナザリック至高の存在が、世界を目指した日。
 その千金にまさる輝く言葉に、守護者は新たな目標として胸にいだくことができたのだから。




だいたいペロロンチーノのせい……。

こいつがエロゲをモモンガ様に貸さなければ、パンドラズ・アクターが獣殿になることはなかっただろう。


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第2話

いつも通り、アップしてから校正するスタイル。
自分もWEBに乗った後リーダーで読み直して誤字を直します。
もし誤字が見つかったらそっと教えて下さい(ぉ



2日目正午

 モモンガによる世界征服宣言から一晩。
 パンドラズ・アクターことラインハルト・ハイドリヒは、宝物殿から新たにナザリック第九層に与えられた執務室兼私室へ移り、今後の展開について検討していた。

 いや”検討”という言葉には語弊がある。

 すでに検討は済んでいる。昨晩のうちに、デミウルゴスやアウラなど各守護者より手勢を借り受け、空と地上の両面から周辺の調査と地図作成を開始している。その結果次第で、どのように動くかを選択するにすぎない。

 むしろラインハルト・ハイドリヒにとって最大の関心は、己が創造主であるモモンガのことである。アインズ・ウール・ゴウンに残った最後の至高の存在が、今回の未曾有の危機にどのような対応をするのか。自分の半身とさえ思っている存在に、ラインハルト自身は何をすべきか。モモンガにかくあるべしと定められたラインハルト自身の渇望と、モモンガへの忠誠をどのように実現すべきか。

 豪奢な椅子に座り、形のよい顎に手を置きラインハルトは静かに思考を巡らす。

 正午を過ぎた頃、調査結果の第一陣が届けられると、ラインハルトは立ち上がり、己が半身の元に向かうのだった。


******

 ラインハルトがモモンガの元を訪れた時、モモンガは玉座でアルベドと共にNPCの活動状況について確認を行っていた。二人は、ラインハルトを確認すると管理画面を消し向き直る。

「どうしたパンドラズ・アクター」
「ナザリックの周辺地図と簡単な状況がわかったので、卿に今後の方針について確認と思ってな」
「それは早いな。素晴らしい手腕だ」
「当たり前のことを当たり前にこなしたにすぎんよ。もしそれでも賞賛をというなら、実際に動いた者達と、この緊急事態にもかかわらず人員を融通した各守護者に贈るべきだ」

 モモンガは短時間にもかかわらず、情報がある程度揃ったことに驚き、賞賛を示す。もっともモモンガの隣に立つアルベドは、守護者であれば当たり前と認識しており、ラインハルト本人もまた同様なのだが。
 
「さて、ナザリックの周辺には広大な平原に存在し、近隣には知的生命体は存在しない。その意味では、卿がマーレに下したナザリック隠蔽の指示はベストに近い対策であることが証明された」
「そうか」
「そして一番近いのは人間と思わしき村が幾つか、すこし離れた森にはリザードマンの集落も幾つか見つかっている。また確認しやすい平原では、城塞をもった都市も見つかっている」

 現在判ったことは、ナザリックの現在位置が防衛面で見れば良好なもので無いこと。少なくとも村などをつくる文化を持つ知的生命体が存在すること。

 さらに平原に住む知的生命体は、国家を形成し精巧な地図を有していれば、すぐにでもナザリックを見つける可能性が高いことがわかった。

「そこで卿らに問いたい」
「なんだ」
「一番最初に接触するのは、一番近い村の人間となるだろう。卿はどのような趣向が好みかな。蹂躙するもよし、友好的に接するもよし」
「下等生物など、捕らえて尋問でも脳改造でもして情報を引き出せば良いじゃない」
「えっ」

 パンドラズ・アクターの問いに、平然と蹂躙せよと応えるアルベド。モモンガはこのやり取りにナザリックの者達の基本姿勢を見たような気がした。もっとも自分もいざ考えてみれば、鈴木悟としての倫理観以外に人間を重視する理由が見当たらないことに気付かされるのだが。

「ふぅ。友好的に対応せよ。もっともナザリックに敵対するなら容赦する必要はない。何よりこの異変が私だけに起こったものとは思えない。他のプレイヤーの存在の可能性も考慮せよ」
「了解した。我が半身よ」

 これは、人間として生きた鈴木悟の残滓が発した言葉と言って良い。

「で、具体的には。使者でもたてるか?」
「それも良いが、英雄譚には悲劇が必要と思わないかね」

******

4日目午前

 エンリ・エモットにとって、今日はいつもと変わらない一日だった。

 日の出と共に目を覚まし、隣に眠る妹を起こさぬようにベットから出る。母の手伝いで水汲みなどを行い、農具の確認を行う父を横目に朝食の準備をする。そして妹のネムが起きてくる頃、家族みんなで朝食を食べる。

 そんな忙しくも退屈で、当たり前の朝だった。

 しかし、当たり前は村に響き渡った怒声や悲鳴で、終わってしまった。村が武装した男たちに襲われたのだ。

 エンリ・エモットは、両親の決死の声を聞いて、妹、ネムの手をつかみ逃げ出した。感情は両親を心配し、今すぐ戻れと叫ぶ。しかし白くなり冷静になった頭の片隅で、逃げるしか生きる手立てはないと警笛が鳴り響く。
 
 村はずれに差し掛かった時、エンリ・エモットは一度だけ後ろを振り返る。

 見れば、鎧を装備し武器を持った男たちが村の人たちを追い回す。まるで狩りでもするように追いかけ回し、斬り殺す。見知った女性が男たちに捕まり引きずられて行く。

 そして、自分たちを見つけたのだろう。二人の男がこっちに向かってくる。もし捕まればどうなるのか。引きずられていた女性のようになるのか、それとも狩人に追われるウサギのようになるのか。

 迫る現実にエンリ・エモットが絶望しかけるも、せめて妹だけも守ろうと抱きしめる。
 
「絶望の淵であっても、愛するものを守ろうとするか。しかし力なき愛は弱者の嘆きにすぎぬぞ」

 静かな言葉であるはずなのに、エンリ・エモットの耳にははっきりと聞こえた。

「えっ」

 しがみつくネムを抱きしめながらエンリ・エモットが見上げたそこには、槍を携え黄金の髪をたなびかせ、黒い服をまとった大きな背中が、まるで二人を守るように立っていたのだ。その大きな背中は、まるでお伽話の勇者のようであった。

 しかし男たちは戦場の高揚感からか、関係ないとばかりに目の前に立ちはだかった男に斬りかかったのだ。

「あぶな……」

 躍りかかる男たちを見て、エンリ・エモットは無意識に声を上げようとする。

「案ずることはない」

 次の瞬間には、襲いかかった男たちの首は無く、大量の血を吹き出しながら倒れていた。エンリ・エモットには、いつ目の前の男が槍を振るったのか見えず、振るったはずの槍には汚れさえ見えない。
 ほんとうに目の前で起こったことなのか現実感さえ乏しく、エンリ・エモットはただ見上げるだけだった。

「怪我はないかな。フロイライン」
「あ、ありがとうございます」

 優しい言葉と共に差し伸べられた手。

 エンリ・エモットは、まだ震える手で助けてくれた男の手をつかむと、得も知れぬ暖かさが広がるのを感じた。掴んだ手を離さず、静かに力をいれ立ち上がるのを助けてくれる。たったそれだけなのに、もうこの手を離したくない。そんな思いにかられたのだ。

 しかしその思いは長く続かない。

 立ち上がったエンリ・エモットには、まだ襲われている村が見えてしまった。

「見ず知らずの方に、不躾なお願いと判っております。私はどうなっても構いません。どうか!どうか村を救ってください」
「おねえちゃんダメ」

 エンリ・エモットが助けを乞うた。しかしあんまりな内容に、震えているだけのネムが否定の声をあげる。しかし、黄金の男はその声を無視するように、震えるエンリの手を握り返し目を見て宣言する。

「では、いついかなる時も付き従うが良い。私はラインハルト・ハイドリヒ。卿は私のものだ」
「は、はい」
 
 ラインハルトはそう言うと、村に向け歩をすすめる。エンリ・エモットは突然の宣言に頬を染め余韻冷めやらぬ中、小走りで後を追い、妹のネムもまた付いて行くのだった。

******

 ラインハルトの歩みには一切の迷いは無く、村の中心である広場に向かって突き進んでいた。しかし付き従うエンリとネムの目には、聖者の歩みか、戦神の蹂躙に見えていた。

 なぜなら、村を襲っていた者達が現れれば瞬く間に切り倒され、傷つき倒れる村人がいれば、手をかざすことで瞬く間に傷が癒やされるのだ。時々、影のようなものが見えることもあるが、その奇跡の前にエンリやネムだけでなく、助けられた村人らも後ろに付き従うようになった。
 そして広場に現れた時、状況は一変した。

「こいつが、先程から楯突いている愚か者か!」

 重厚な鎧と、数名の部下に身を守られた男が、ラインハルトを見つけるなり叫ぶ。

「一斉に掛かって殺せ!」

 その号令に従い、近くにいた4人の男がラインハルトを包囲し一斉に斬りかかる。しかしいままでとラインハルトの動きは違っていた。いままでは全て槍で迎撃していたが、ここに来て右手を男たちのほうにかざし、横に一閃する。

龍雷(ドラゴン・ライトニング)

 その言葉と共に、右手から閃光がほとばしり、襲いかかる男のみならず、後ろに控えていた男たちも巻き込み弾けたのだ。至近距離で受けたもは、その躯を燃やし尽くし灰へと帰る。離れていたものでさえ、触れた皮膚は焼け焦げ崩れ落ちる。

「マジックキャスターだとぅ?!」

 先ほど指示を出した男は、負傷するも幸か不幸か生き残ることができた。しかしただの戦士と思っていた男が、自分達を一蹴するマジックキャスターであると知ると腰を抜かしてしまい、地に座り込んでしまった。
 対してラインハルトは、エンリやネム、そして村民を引き連れ悠然と襲撃者達の前に進み出る。しかし襲撃者たちは、まるでラインハルトに押し出されるようにジリジリと後退をはじめたのだ。

「どうした、己の欲に忠実なものたちよ。その渇望を持ってかかってくるが良い。私が全て受け止めよう」

 その挑発とも取れる言葉に、襲撃者達は憤慨するなり恐慌に陥るなりすると思いきや、冷静な判断を下せるものが残っていた。

「アンドレ、ベルツ、俺と共に時間を稼げ。他のものは隊長を連れて撤退」

 声に弾かれたように、襲撃者は一斉に行動を開始する。しかし遅すぎたのだ。

「ふっ。ただでは帰さぬよ」

 ラインハルトがどこか楽しそうに宣言すると、その体から黄金の覇気が立ち上り一瞬で辺りを覆い尽くす。
 敵対する者達の足は問答無用で止まり、恐怖を持って断頭台に己の頭をたれるように跪く。付き従う村民は、その王者の風に当てられ畏敬の念をもって膝をつく。

「私は全てを愛している。ゆえに逃げたければ逃げると良い。挑むものは別け隔てなく受けて立とう」

 黄金の王者が宣言する。

「私はラインハルト・ハイドリヒ。 しかとその身に刻め」

 その言葉とともに黄金の覇気が消え、圧迫感から解放されるやいなや、襲撃者たちは一斉に逃げだした。その姿に村のものが一斉に歓声をあげるのだった。

「策とは言え、私の乾きを癒やす糧にもならぬか」

 しかし、このつぶやきだけはもっとも近くにいたエンリ・エモットしか聞くことができなかった。


******

 カルネ村の脅威は過ぎ去った。

 エンリの両親もラインハルトの奇跡の前に傷は癒され、その生命をつなぐことができた。今はネムと共に、幸運に感謝している。

 しかし村全体で見れば、三名ほど治療が間に合わず亡くなった。また、賊が放った火で家も二軒焼け落ち、ほかにもいたるところが破壊されてしまっていた。

 そんな中であるが、村長夫妻はエンリと共にラインハルトを招いていた。

 ラインハルトは、アインズ・ウール・ゴウンという組織に所属し日々をすごしていた。しかし長く世間から隔離されていたため世情に疎くなり、近くの都市に滞在して世間を学ぼうと考えていたというのだ。その意味では今回この村へは偶然に立ち寄っただけにすぎなかった。

 実際、村長夫婦もエンリもラインハルトの言葉の端々に感じる知性と気品の高さを感じずにはいられなかったので、大方どこかの貴族出身の騎士見習いが修行と称して一時的に市井におりているのではないかととらえた。そのため、多少変な質問があろうと懇切丁寧に知る限りのことを伝えた。

 最後に報酬の話となった。

「私は報酬のために救ったのではない。己の心赴くままに行動したにすぎんよ」
「しかしそれでは、御恩に報いることができません……。そうだ、先ほど近くの都市に滞在すると仰っておりましたが、冒険者ギルドへの紹介状と当面の滞在費、そしてバレアレ氏への紹介状を出させていただきましょう」
「バレアレ氏とは」
「バレアレ氏は、この国最高の薬師です。この地域で流通するポーションの多くを手がけており、きっと見聞を広めるお役にたつことでしょう」
「なるほど、それは面白い人物だ」

 ラインハルトはある計画のために、人間の世界での名声を必要としている。その意味ではこの提案はなかなかおもしろいものであった。

「あのっ」
「どうした、エンリ」
「私も、ラインハルトさんについてってもいいでしょうか」

 エンリも自分が咄嗟に言ったことについて驚いた。いままで一度も村から出ようとはしなかった。友人からエ・ランエルに来ないかと誘われた時でさえ、のらりくらりと断った。しかし、今回はこうにも簡単に自分から、村を出ると言ったのだ。

「理由をきいてもいいかい?エンリ」
「私はラインハルトさんに村を助けていただく際、自分はどうなってもいいと言いました。そして、ラインハルトさんも、ではお前は私に付き従えとおっしゃったので」

 村長はエンリの突然の申し出にその真意を聞き返す。しかしエンリからはお伽話の一節が返されて苦笑する。きっとこの御方なりの洒落だったのだろうととらえた。

「わかった。今回は紹介状を届ける理由もあるから。ラインハルトさんもそれでよろしいでしょうか」
「かまわんよ」
「はい。ありがとうございます」

 村長としても、打算がなかったといえば嘘になる。エンリは、途中から気恥ずかしくなり下を向きながらも、しっかりとした声で答えた。

 そんなやり取りをしていると、ドンドンと扉が叩かれる音がした。

「どうした」
「村長。実は……」

 村長が扉をあけると村の青年の一人が飛び込んできた。どうやら騎士風の一団がこっちに向かってきているというのだ。

「村長。どうしましょう」
「どうしようか」

 村長と青年が、思惑をめぐらせていると、ラインハルトは一つの提案をするのだった。

「村長。村人を一度村長の家に匿い、私と村長で広間で対応するというのはどうかな」
「ご協力いただけますでしょうか」

 ラインハルトは静かにうなずいた。
 同時に、メッセージで己の半身に計画が第二段階に移行したことを伝えるのだった。


******

 その頃、逃げ出した男たち。

 いや、スレイン法国に所属するものたちは、先ほどのラインハルト・ハイドリヒにより見逃され、一心不乱に後方の合流地点に向けて移動していた。

 しかし、当初は十人以上いたはずの仲間達が、森に入ってからというもの一人また一人と消えてしまい、今では二人になっていた。

「はぁはぁ……。これはどう……いう……ことだ!?」
「今は走れ、せめて情報だけでも持ち帰らねば」

 森に入り足元は悪い。

 追手の気配こそないが、異常事態が発生しているのは確実だ。

 先ほどの男といい、森に入ってからの異常事態といい、信仰する神はどれほどの試練を用意しているのだろうと、嘆かざるをえなかった。

「ほんと、この程度じゃ狩りにもならないっすね」

 昼すぎであるのに、どこか薄暗い森の中。突然、陽気な女の声が響いた。
 
 男たちは立ち止まり周りの様子を伺うが人影さえ見つからない。
 
「まあ、逃がす用の連中は東に行ったから、ここのは全部狩ってもいいっすね。あ、殺しちゃいけないから、逃げれないように手足をもげばいいかな」
 
 あまりにも物騒な言葉に、男達は武器を構える。しかしどんなに探しても、それらしい影さえ見つけることは出来ない。
 必死にあたりを探していると、先頭に立っていた男が倒れた。見れば、両足が何かに潰されている。

「なっ」

 もう一人の男が気が付き声をあげようとした時、左腕が激痛に襲われた。気が付けば肘から先がなくなっていたのだ。激痛に歪む意識の片隅で、自分の腕をもぎ取ったであろう赤髪で修道服を着た女が楽しそうに言うのを聞いた。

「まったく。襲う村も襲うタイミングも誘導されたとも知らず、罠に飛び込んでくるなんて、ほんとどうしようもないオモチャっすね。あ、こいつらのナザリックへの移送よろしくっす」

 影に控えていた低級の悪魔が、すでに意識を無くした血まみれの男たちを運び出す。
 
「パンドラズ・アクター様の指示。第一陣のうちニ名以外の捕縛は完了っと。ま、獲物として二流だったけど、久々の狩りだから少しは楽しめたっすね」

 女、ナザリックに所属するプレアデスの一人、ルプスレギナ・ベータは、手を血で染め、笑みを浮かべながら言い放つ。

「さってと、急いで戻らないと次の狩りに間に合わない。ああ、もう少し歯ごたえがあればいいっすね」 

 そういうと、ルプスレギナ・ベータは、カルネ村に向け駆け出したのだった。
 



次は最初の山場、陽光聖典。
ここでどれだけ獣殿風味とオーバーロード風味を出せるかが勝負。


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第3話

 リ・エスティーゼ王国 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、辺境の村に襲撃を仕掛けるバハルス帝国の部隊を討伐するため、王の命令で僅かばかりの手勢を率い辺境の村を回っていた。
 しかし、ガゼフの目の前に広がるのは、無残にも破壊の限りを尽くされた辺境の村だった。
 最初の村では生き残りさえ見つけることができなかった。
 次の村では建物は焼かれていた。
 次の村では数名の女性を助けることができたが、死ぬことを涙ながらに依頼された。
 次の村では……
 次の

 物資の多くは略奪され、奇跡的に生存者が見つかれば、エ・ランテルまで護衛を付け送る。そんな繰り返しに、ガゼフのみならず部下たちも疲弊していた。
 しかし、同時に徐々にだが敵に近づいている実感もあった。
 そんな中、ガゼフは部下の一人から忠言を受けた。

「戦士長。これ以上の人員の減少は許容できません。敵を捕捉できたとしても、戦士長にまで危険がおよびます。戦士長に万が一のことがあれば、それこそ王国にとって甚大な損失!」
「辺境は常に死と隣り合わせだ。だからこそ期待したことはなかったか?国や冒険者が助けてくれるのではないかと」
「私も平民出身です。期待しなかったといえば嘘になります。しかし現れるのは賊だけでした」
「ならば我々が示そうではないか。民を守る存在というものを。弱き者を助ける強き者の姿を」

 そう宣言すると、ガゼフは部隊を率いて次の村、カルネ村に向かうのだった。



四日目昼過ぎ

 怪しい一団が近づいているとのことで、村長は隠れるように村人達を説得して回る。村人達も今朝のことがあり、息を潜める。

 村長とラインハルトは、村人達が隠れるのを確認すると、カルネ村の広場で一団が到着するのを待っていた。

 しばらくすると、馬に乗った一団が土煙を上げながら近づいて来た。よく見れば襲撃した賊とは違い、各々が少しずつ使いやすいようにカスタマイズがされた鎧姿から、騎士というよりも傭兵団という印象を受けた。ただし全員が馬に騎乗していることから、何らかの組織に属していることは間違い無い。

「村長。あの鎧に見覚えは?」
「いえ。しかし胸の紋章は王国のものと思われます」

 騎兵が到着すると、先頭に立っていた筋骨隆々にして黒髪黒目の偉丈夫が進み出る。

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。近隣の村々を襲撃したバハルス帝国の騎士達を討伐するため、王の御命令で村々を回っている」
「王国戦士長……」

 村長は驚きの声をあげる。
 ガゼフ・ストロノーフは、村長の方を向き声をかける。

「そなたが村長か?」
「はい、戦士長様」
「バハルス帝国騎士の件で聞きたいのだが。こちらの村に向かった痕跡が確認されていてな」
「実は今朝襲撃がありました。幸いにも、こちらのハイドリヒ様のおかげで多くの者が助かりました」

 村長はそういうとラインハルトを見る。
 村長の説明を聞いたガゼフは馬から飛び降りる。金属鎧の重い音を響かせながら降り立つと、ラインハルトに向かいガゼフは深く頭を下げるのだった。

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。名前を聞かせてもらえないだろうか」

 その姿に周りのものは驚く。
 王国戦士長。ラインハルトはその位を知らぬが、状況から見ても高い地位にいる存在であることが伺える。そのようなものが、素性もしれぬ男に頭を下げる。この行為に周りのものは驚き、この行為こそガゼフの人柄を雄弁に語っているとラインハルトは考えた。

「私はラインハルト・ハイドリヒ。村を助けたのは偶然にすぎぬよ。アインズ・ウール・ゴウンという組織に所属し長く俗世より離れていたので、世情を学び見聞を広め途中に立ち寄ったにすぎん」
「冒険者ということか」
「今は違うが、こちらの村長が推薦して頂けると言うのでね。しばらく冒険者になるのも一興と考えているよ」
「そうか。できれば、襲撃の状況を教えていただきたい。また遺留品があれば証拠品として回収したいのだが」
「村長、私が倒した者達の遺体は?」
「村のものの葬儀もありますので、村の外に移動しただけです」
「撃退できたのか」
「何人も逃がす結果となってしまったがね、私は手を抜くことこそ相対するものへの冒涜と考えている。故に命のやり取りは必定というもの」

 ガゼフは、目の前のラインハルトのことを測りかねていた。見目麗しい。しかし同時に力強さと王者の風格を感じる。例えるならば、以前戦ったことがある獅子。

 ほかの襲撃現場からバハルス帝国騎士の数はかなりのものと想定していた。それを一定数倒した上で、撤退させたというのだ。それほどの強者が、全くの無名であったことにも驚く。同時に、そのようなものが所属するアインズ・ウール・ゴウンという組織とは一体……。

 ガゼフはそのような疑問はあるものの腹に収め、ラインハルトに襲撃の状況について聞いていると、外周で警戒を任せていた部下が飛び込んで来た。

「戦士長!何者かが、この村を包囲しようとしております。しかも天使と思わしきモンスターを大量に従えて!」
「なに!?」


******

 ガゼフは、外で待機させていた部下もカルネ村の広場に集結させた。そして建物の影からラインハルトと共に、敵の包囲状況を探っている。

「敵は、ほぼ等間隔で包囲。村の背後にある森の中までは不明。しかし正面戦力だけでも、相当なもの。天使を従えるマジックキャスターをあれほど揃えるなど」
「戦士長に心当たりがあるのかな」
「スレイン法国の特殊部隊。それも神官長直轄の六色聖典ぐらいか。ハイドリヒ殿はスレイン法国になにか縁はあるか」
「まったく、行ったこともないな」
「となると、今回のバハルス帝国騎士の襲撃もスレイン法国の偽装の可能性も高いな。そしてその目的は……」
「卿ということか」

 ラインハルトの指摘に、ガゼフの表情は一瞬曇る。
 ガゼフ自身、一人の戦士として王国を愛し、国民を愛し、王に忠誠を尽くしている。しかし、現在の王国における王の権力は弱く、貴族派が幅を効かせている。そのため本来国家として対応しなくてはならない、今回のような外敵への対応が後手に回る始末。
 
「スレイン法国がなぜ卿を狙う?」
「人間種は他の種族を比べ脆い。故にスレイン法国は人類の団結を謳っている。しかしその排他性や国家としての成り立ちの違いにより、王国とは相容れない。大方私を暗殺することで、貴族派で王国の意見統一か王国の乗っ取りを行い人類団結の礎にしようと考えているのだろう」
「ふむ。では卿はどうしたい?」
「籠城は愚策、盾にした家屋もろとも破壊されるだろう。とはいえ、打って出るとしても、あれだけのマジックキャスターを相手では正面から戦うことは難しかろう。やはり私を囮として騎兵全てで一点突破を仕掛けている間に、村の人々を森に逃がすのが妥当か」

 ガゼフが、今回の戦いのため戦術を述べる。村人の生命という財産を優先し、さらに自分達の部隊が生き残るという点では、至極理に叶った内容であった。
 だが、ラインハルトはガゼフの戦術を聞いても、頷くなどの一切リアクションを返さず、静かにガゼフの目を見る。

「では言葉を変えよう。卿の渇望はそのようなものか?」
「渇望?」
「そうだ。私を省けば卿かあちらの指揮官と思わしき存在がこの場でもっとも強い存在だろう。しかし強者が勝者となるわけではない。そこを分けるのは、つねに渇望の差である」

 ラインハルトはここで一息つき、右手を上げ指を三本たてる。

「卿の渇望はなんだ?王の命令を守ることか?王国を守ることか?それとも王国の民を守ることか?」

 ラインハルトは、立てた指を一本一本おりながら話をすすめる。

「卿の渇望次第で、取るべき戦術が違うのではないかね?」
「それは……」

 ガゼフは言い淀む。
 この村に向かう時にも部下に言われたことを思い出したからだ。国家という視点であれば、ここで王国戦士長を失うことは絶対避けねばならないと諭された。しかし、自分はそんな忠義溢れる部下に、国民に救いがあることを示すと言ったではないか。
 そもそも、自分が強くなろうとした理由は何だったのか。

「卿の瞳の奥には、強い渇望を見て取れる。今一度問おう。卿の成したいこと、成すべきことはなにかね」
「私は、民を!弱き者達を!助ける存在となりたい。ハイドリヒ殿、どうか力を貸してはくれまいか。報酬は望みのままに」

 普通に考えれば会って間もない男に、己が思いを語るなど普通じゃない。それこそ酒にでも酔っているかのようだ。ガゼフもそのくらいは認識している。
 しかし、目の前の男の声に問われれば否ということはできない。そんな魅力を感じざるえなかった。

「悪くない。よくぞ高らかに謳った。ならば手を貸すのも吝かではない」

 ガゼフはラインハルトの肯定の言葉を聞くと、ラインハルトの手をとり深く、深く礼を述べるのだった。
 そこでラインハルトは策をガゼフに伝える。そしてガゼフは寸暇を惜しむように、部下たちに指示を出すため広場に向かっていったのだった。
 しかし、一人残ったラインハルトは、虚空を見上げ告げる。

「そう心配するな我が半身よ。劇にはアドリブが合ってしかるべきだ。同じ役者、同じシナリオ、同じ演出。しかし同じ劇など一つもありはしない。でなければ観客は既視感に苛まれることだろう」

ーーーーー

「そうだ。特等席でゆっくり見ていると良い。私は総てを愛している。故に……」



******

 陽光聖典のニグン・グリッド・ルーインは、今回の任務に疑問を持っていなかった。むしろスレイン法国にとって重要な任務とさえ考えていた。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 その戦力は敵とすればこれほど嫌なものはいない。むしろ人類のためにもなぜ味方とならぬのかとさえ考える。しかし、王国は腐っている。真の敵を見ずに権力闘争に明け暮れる。その王国に忠誠を誓っている時点で、無駄な、いや邪魔でしかない。そうニグンは考えていた。

 しかし、包囲したとはいえ、まさかたった二人で立ちはだかるとか予想だにしていなかった。

「ガゼフ・ストロノーフ。私はお前を買いかぶっていたのかもしれない。王国最強と持て囃されていようとも、戦力評価さえ碌にできんとは。それとも観念してその首を差し出しにきたのか」

 ニグンは光の翼を展開する監視の権天使を従え、標的であるガゼフに対して言い放つ。

 ニグンの言葉はけして傲慢ではない。なぜなら、包囲している約三十名は、人類が特別な才能やアイテムが無ければこれ以上身に付けることができない第三位階魔法を習得したマジックキャスターである。さらに、一人一体、一般的なレベルの兵士では太刀打ちさえ難しい炎の上級天使を召喚している。それこそ、城塞都市でさえ正面から押し切る戦力があるのだ。貴族の策略で一般的な兵士の装備しか与えられていないガゼフでは、それこそ自殺のために出てきたと言われてもしょうがない。

「そうだな。貴様の言うとおり王国戦士長としてここに立ったのなら、貴様の言う通りだろう。しかし私は弱き者を救うためにある。その意味では間違ってはいない!」

 そういうとガゼフは鞘から一本の剣を引き抜く。長身のガゼフが持つにはやや細身の長剣だが、その刃は一片の曇りなく、柄から口火にかけての意匠は稲妻のようであり、もしプレイヤーが見れば勝利のルーンのように見えたであろう。

 なにより特徴的なのは、構えた剣の刃の上を青白い雷光が走っているのだ。

「魔剣だと!?貴様!どこに隠し持っていた!」
「契約の証として拝領したもの。この戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)で、我が渇望、成就させてもらう!」
「魔剣一本で戦況が変わるわけもない、ゆけ!」

 ニグンの指示を受け、待機していた炎の上級天使が一斉に襲いかかる。光の翼を広げ、光の剣を振りかざし、戦いに慣れぬものであれば畏怖を感じたであろう。

 最初の一体目は上段から光の剣を勢い良く振り下ろす。もし普通の剣で受けようものなら、受けた剣は刃こぼれし、天使の勢いをもろに受ける形で体勢を崩していたであろう。

 しかしガゼフは、振り下ろしを左に踏み込み体捌きで交わすと、腰、背骨、腕を時計回りに勢いよく回し、剣が横一閃の軌道を描く。そしてその勢いはとまることなく、天使を両断し、魔力の粒子へ変えた。

「武技を使わずに天使を体を両断するとは、まさに宝剣の名に相応しい」
「気に入っていただけて、なにより」

 ガゼフが、ラインハルトと会話しつつ二体目を切り倒したところ、相手もリズムを掴んだのだろう。六体の天使がガゼフを包囲し一斉に攻撃をしかける。それこそ、四方をおさえられ上段かも攻撃が加えられる多面同時攻撃。剣一本でどうにかなるものではない。

 しかし……。

「武技 六光連斬」

 ガゼフの一撃がその声と共に、六本の光となり天使達を切り裂く。さらにそこでガゼフは留まることなく、前に踏み込む。

「武技 即応反射、流水加速」

 技発動に伴う硬直をなくし、強制的に次の行動に移行する。踏み出した一歩を更に加速し、多数の天使を置き去りに一人のマジックキャスターのもとへたどり着く。

「アシッド……」

 ガゼフに突然踏み込まれたマジックキャスターは、咄嗟に攻撃魔法を発動しようと、スタッフを振り上げる。

 ガゼフにとっては守るべきものを脅かす敵である。踏み込んだ勢いに乗せえて袈裟斬りにする。素早く次の獲物に向かおうとする。

 しかし、攻勢もそこまでだった。

「倒されたものは天使を再召喚せよ!三体以上連携を保ち、連続で攻撃せよ」

 ニグンの指揮で、平静を取り戻した者達が一斉に天使を再召喚をし、ガゼフに波状攻撃をはじめたのだ。

「多数の武技を習得し、的確に操るその技量。王国最強の名に相応しい。だが!それだけだ。対象を大型魔獣と同等と設定、休ませることなく物量で押しきれ、武技は無限ではない!」

 そこからは数多くの人類の敵を滅ぼしてきた陽光聖典の制圧力が遺憾なくは発揮した戦いとなった。

 ガゼフが三体を武技で同時に切れば、途切れること無く更に三体が襲いかかる。体捌きで交わし、踏み込もうとすれば背後に構えたさらなる三体が襲いかかる。なにより、動きは単純だが多い。

 この一点のみで圧倒し、ついにはガゼフが先ほど踏み込んだ距離を押し戻したのだ。
 
「さすがは陽光聖典。私の剣だけで決着付けることかなわずか」
「なに、この敗北は卿の渇望の敗北ではない。次なる勝利のためにこの敗北を糧にすればよい」
「わかった。ではまた後ほど」
「そうだなすぐに会おう」

 男とガゼフがそのような会話をすると、ガゼフの姿が突如消え去った。それを見ていたニグンはラインハルトに向けて怒声を向ける。

「貴様、ガゼフ・ストロノーフをどこへ隠した。どうせ幻術の類だろうが面倒なことを」
「なぜ後方に移送するのに、わざわざ幻術を掛けて移動させる必要がある。MPの問題さえなければ転移(テレポーテーション)で良いのではないかね」
「ふははは。とんだ誇大妄想狂だなぁ。第六位階魔法であろうと転移(テレポーテーション) を使いこなす存在なぞ、一部の例外を抜けば帝国のあの爺だけだぞ。まあ良い。幻術を掛けたのが貴様なら、貴様を殺せば済むこと。炎の上位天使に串刺しにでもされるがよい」

 ニグンはそういうと、目の前の男に、天使による鉄槌を下すべく、右手を一度あげて振り下ろす。

 その意を受けた天使が、光の剣を振り下ろす。

 二体目が突き立てる。

 三体目が横薙ぎに切り払う。

 天使による多重攻撃に晒され、すでに男は絶命したと考え、天使を引かせようとしたとき、ニグンは見てしまった。

 目の前の黒い服を纏い、黄金の髪をたなびかせ、まるで夕日を浴びながら歌うように佇む男の姿を。
 
「ど……どういうことだ」
「彼の役目は、包囲をしていた卿らを一箇所におびき寄せること。本来の標的が目の前にいるのだから、この村の包囲していたものたちも本来の標的へと集まるのは必定。つまり今のようにな」

 事実。目の前の男が言うように、ガゼフが出てきた以上、確実に殺すために包囲を崩し陣形を変えた。つまり誘導されたと言っているのだ。
 
「いよいよ始めようか」

 そういうと、黄金の男は手を天にかざす。

「我が名はラインハルト・ハイドリヒ。アインズ・ウール・ゴウンに所属する守護者であり……」

 風が巻き起こり、ラインハルトを中心に黄金のオーラが立ち上る。陽光聖典の者達はそのオーラに当てられ跪きそうになる。

 しかしニグンは、それがどれほど己の信仰に対する屈辱か気が付き声をあげる。

「天使による一斉攻撃!」
「私は総てを愛している。故に総てを壊そう。負の爆裂(ネガティブバースト)

 ラインハルトの言葉と同時に黒い光が走る。ちょうどラインハルトに一斉攻撃をしかけようとした天使がその光に触れるやいなや、砕け散ったのだ。

 そう砕け散ったのだ。

 一体残らず。

 それこそ、ニグンが盾代わりにした監視の権天使さえも一瞬で。ニグンの「自身が召喚したモンスターを強化する」タレントで強化した監視の権天使がだ。

「ば……ばかな」
「言ったはずだ総てを愛していると。例外はない」

 そういうと、ラインハルトは親しい友人を向かえるような足取りで、ニグン達に向けて歩き出す。一歩一歩はひどくゆっくりとしたものであるが、確実に距離をつめる。

「総員。全力で迎撃。その間に最高位天使を召喚する」
「ほう」

 ニグンが魔封じの水晶を取り出し最高位天使の召喚の準備をはじめる。

 そして召喚の時間を稼ぐため、陽光聖典のものたちは一斉に攻撃魔法を発動する。炎の矢、酸の礫、神聖属性の衝撃波、緑の輝きをもった拘束魔法、精神攻撃魔法、混乱を引き起こす精神魔法、鋭利な石の礫、ありとあらゆる魔法がラインハルトに襲いかかる。

 しかしラインハルトの歩みは止まらない。それどころか傷一つさえ付けることが叶わない。 
 
 だが、この時遠く離れたナザリック地下大墳墓より他の守護者たちと観戦している、モモンガからラインハルトにメッセージが届く。

「槍の使用を許可する。魔封じの水晶に熾天使(セラフ)がいる可能性がある。最悪の場合、至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンビリアン)が召喚された場合は、私を含めた完全武装の守護者が到着するまで、押さえ込め」

 ニグンの持つ魔封じの水晶の魔力が高まり、天使の召喚がはじまる。
 対するように、ラインハルトは歩みを止め朗々と咏う。

Yetzirah(形成)― Vere filius Dei erat iste(ここに神の子 顕現せり)  |Longinuslanze Testament(聖約・運命の神槍)

 ラインハルトの手には黄金の輝きを放つ一本の槍が生み出される。その輝きの前に、陽光聖典はニグン以外、ついに膝を屈する。
 同時にニグンも天使の召喚を終える。

「我らが神の敵を討ち滅ぼせ。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 召喚された天使は、どこか機械めいた今までの天使と違い、有機的な白い翼を携え、光を纏った存在であった。
 ニグンも陽光聖典のものたちも、その威光に酔いしれ勝利を確信した。 

「かつて、魔神さえもその一撃で討滅した威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。貴様がどれほど強かろうと関係ない。もし我らが神に忠誠を誓うなら命だけは助けてやろう」
「主として平服するのは後にも先にも我が半身のみ。故に答えはかわらんよ」
「そうか、それは残念だ。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)善なる極撃(ホーリースマイト)を放て」

 声と共に、天使の持つ武器が光の束へと変化し、極光となってラインハルトに降り注ぐ。そのあまりの輝きは、回りが一斉に暗闇に覆われたのではないかと思われる程であった。
 しかし、そんな状況にありながらラインハルトは一人笑っていた。

「フフフ、ハハハハハハッ!!これが痛み、これがダメージ!なかなか心躍るものだ。だが!」

 ラインハルトは槍を構える。

「役者が遊び過ぎては観客も飽きてしまうだろう。ゆえに、そろそろ幕引きとしようか」

 その声と共に、槍を投じる。
 誰もその槍の軌道を捉えることができず、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は撃ち抜かれ砕け散る。さらに槍は破壊を振りまきながら、ラインハルトの元へと戻ってくるのだった。

「い……一撃」
「さて、本日の恐怖劇(グランギニョル)はコレにて閉幕だ」

 ラインハルトの宣言をもって、この地を監視していた全ての魔法が解除される。
 その後、陽光聖典を見た人間はいない。


******
 すでに日は暮れかけている。
 カルネ村の広場には篝火が焚かれ、多くの人たちが集まっている。

 カルネ村の村民達に護衛役の王国戦士達。また、それに混じって武装したゴブリンもいる。
 みな不安な顔を見せながらも、嵐が過ぎ去るのを静かに耐えるように何かを待つ。

 そんな中一人の少女が、村に近づく人影に気がつく。

 「ラインハルトさ~ん」

 少女は大きな声をあげながら、その人影に向けて走っていく。

 この時、朝から始まった騒動は、ようやく一つの結末を迎えたのだった。



次回は、今回表にでなかったところとか、ナザリック方面とか、スレイン法国方面

誤字を指摘頂いた皆様、ありがとうございます。


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第4話

四日目夜 カルネ村

 エンリ・エモットは、今は誰も居ない部屋、先ほどまでラインハルトと共にいた部屋で、一人物思いに耽る。
 エンリにとって生涯、今日という日を忘れることは無いだろう。

 今日の朝は、いつもの日常の延長だった。一生続くと理由もなく感じていた日常は、バハルス帝国と思われる騎士にカルネ村が襲われたことで全てが終わってしまった。今でもエンリの瞼の裏には、両親が必死に叫ぶ姿が浮かび上がる。でも震える心と冷静に俯瞰する心の二つが、自分の中にあることに気が付いたのもその時だった。

 村外れまで妹のネムを連れて逃げていたところで、ラインハルト・ハイドリヒ卿にお会いした。必死だった私は、何も考えず助けをお願いしてしまう。その代償はエンリ本人であったが、後悔はしていない。

 その後は、まさしく吟遊詩人が歌う英雄譚そのものであった。

 その槍で賊を打ち倒し、傷ついたものを癒やす。しかし目的のために、歩みを止めない後ろ姿。もしかしたら貴族や豪商が見るという演劇とは、このようなものなのかもしれない。

「は~。かっこよかったな」

 でも非日常は、ここで終わらなかった。

 賊を追って現れた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが到着した時、襲われた辺境の村々を罠とした策略であると言われた時、冷静な私は賞賛した。辺境の幾つもの村を贄にせねば、目の前の人を殺すことができない。ならば、人の情さえ絡めとって確実に逃げれないように実行する。そんな策略にもう一人のエンリは間違いなく賞賛していた。

 だからラインハルトがガゼフを説得し、二人で打って出るといった時、エンリが真っ先に反対した。
 それでは囮ではないかと。均等に配置された戦力を対処せずに動くなら、それこそ包囲の弱い森側へ一点突破か、指揮官の首だけ狙い打ちにして敵の混乱を誘発しないといけないと、まくし立てたのだ。

 今朝までただ(・・)の村娘であったエンリ・エモットがだ。

 その時、ラインハルトは楽しそうに笑いながらエンリを導いたのだった。

「卿の渇望は平穏でありながら才は将か。その歪さは私に通じるものが有る。ゆえにこれを与えよう」

 そういうと、ラインハルトはエンリに二種類三つのアイテムを与えた。珍しい模様が描かれた小さな角笛が二つ。もう一つは、赤い卵のようだが、表面には目や鼻、口がばらばらに付いている。質感から卵というより何かの種のようにも感じるものだった。

「まずゴブリン将軍の角笛が二つ。一つは今すぐ吹くと良い。他は常に持ち歩くように。私と共に歩む覚悟ができたら使うと良い」
「わかりました」

 エンリはラインハルトの言葉に一切の疑問を挟まず角笛を吹くと、森から19体のゴブリンが現れた。
 まわりの戦士は慌てて武器を取ろうとするも、ゴブリンはエンリの前にひざまづく。

「ジュゲム以下19名、角笛の呼び声に参集しやした。どうぞよろしく、姉さん」
「そのマジックアイテムがあれば、このゴブリン達は卿の力となってくれるだろう」

 この言葉に周りの者が一応に安心する。ゴブリンはいわば辺境に生きるものの敵。しかしアーティファクトで制御されているならば、少なくとも敵でないと思える。なにより、それを保証してくれたのが村の恩人ならと、皆一様に納得するのだった。

「では、ジュゲムさん。皆さんで森の中に包囲している人間がいないか確認してきてください。そして安全が確認できたら、戻ってきてここの防衛に協力してください」
「分かりやした姉さん。いくぞおまえら!」
「おう!」

 エンリはゴブリン達に、戦略の上で重要な確認を命令した。その命令する姿は、それこそ小隊長ぐらいは余裕でこなせる貫禄があった。

 同時にエンリも分かってしまった。自分はもう村娘のエンリでは無くなったことを。

 その後のラインハルトとガゼフの活躍は、ラインハルトが出撃する際に広場で発動した魔法の水晶を通して、村の全員、ガゼフの部下、ゴブリン達が一様に見守った。
 ガゼフの奮戦に部下たちは拳を振り上げる。しかし優先虚しく一歩及ばぬ時は悔しそうに、そしていつか自分たちも一緒に戦えるように強くならねばと誓いを立てていた。
 ラインハルトの戦いは英雄そのものであった。数多のモンスターをやすやすと退け、巨大なモンスターさえ黄金の槍で一撃で粉砕してしまった。村の人たちはその姿に助けてもらえた幸運を噛みしめるのだった。

 そこからは単純だ。

 村長は何をするのにも明日だろうと言うと、村の蓄えを一部放出し、その場にいた人たち全員参加の簡単なお祭りになった。

 エンリは村長の勧めという名の命令で、ラインハルトと村長の家の一室で眠ることとなった。
 
 エンリも村長の考えていることはわかっている。表向きは世話係といっても自分も子供ではない。なにより、この人だけは、もう一人のエンリを見てくれる。

 エンリはベットに座り、ラインハルトの方に顔を向ける。
 月明かりだけなので、部屋は暗い。しかしラインハルトの黄金の髪はまるで輝く星のように、僅かな光を反射し輝いていた。
  
 時間を忘れ見惚れていたエンリにラインハルトは声をかける。

「すまぬな。アインズ・ウール・ゴウンに戻る用事が出来た。夜明けまでには戻るゆえ許せ」

 そう言うと、まるで霞のようにラインハルトの姿は消えてしまったのだった。
 
「はい。いってらっしゃい」

 エンリは誰もいない部屋で一人つぶやくのだった。



******

四日目夜 ナザリック地下大墳墓 第九層会議室

 白亜の城を感じさせる美しい内装のナザリック第九層。
 そこに今、モモンガと守護者が集結している。

 いや、最後の一人が扉をくぐったのだから、いま集結したというのが正しいのだろう。

 巨大な円卓。その主が座るべき場所にはナザリック最高支配者のモモンガが座る。その左右には守護者統括アルベドと防衛時の指揮官を兼任する知恵者デミウルゴス。そしてシャルティア、コキュートス、アウラ、マーレと続き末席には、今部屋に入ってきたパンドラズ・アクターが優雅に腰を下ろす。そして部屋の脇には、セバスをはじめにプレアデスが並び控える。

「パンドラズ・アクターよ。本日の件、大義であった」
「卿の指示あってこそだよ」

 モモンガの言葉に、パンドラズ・アクターは礼を持って返す。

「では今夜集まってもらったのは他でもない、情報を共有し今後の方針を決めるとしよう」

 そういうと、ナザリックの幹部による会議がはじまった。
  
「まず、情報だが……」

 情報共有が進む。
 当面は問題ないが、スクロールやポーションなど補充がきかないものが多いこと。
 ナザリックの偽装に加え、地上における橋頭堡たる砦の建築が急務であること。
 さまざまな情報共有が進むと、本日の戦が話題にのぼる。

「武技という技術に興味があるが、少なくとも単体戦力で脅威になる存在は近場にいない可能性が高いな」

 モモンガの言葉が全てではないが、これが守護者の共通認識となった。ガゼフと陽光聖典の戦闘は、守護者全てもモモンガと見ていた。加えるならば、この場にはいないアルベドの姉であるニグレドによって、魔法的な監視・探査まで行われていたのだ。

 今回の戦いはナザリックが存在するリ・エスティーゼ王国最強の戦士と、隣国の特殊部隊との戦闘である。入手した情報からそれ以上の戦力はそれこそ数えるほどしかいない。そんな戦いをじっくりと観察することができ、戦力評価の基準ができたのだ。

「そういえば、昼前に捕らえた者の尋問の結果、いくつか重要と思われる情報がわかりました」

 アルベドが、カルネ村襲撃犯の尋問を行った結果を共有する。

「タレントに我々の知らぬ魔法、プレイヤーと思わしき存在にその子孫か」
「はい。我々が知らぬ魔法の中には、尋問し情報を漏らしそうになると死ぬというものもありました。これについては解析中ですので、少々時間がかかるかと」
「良い。臆病と思えるかもしれないが、我々はこの世界を知る必要があるのだ。事は慎重にすすめよ」

 モモンガはここまで言うと一呼吸を置き、全員の顔をゆっくり見る。

「では、今後の方針について、まずはアルベド」
「はっ」
「アルベドにはナザリックの防衛と私の補佐を任せる」
「かしこまりました」

 モモンガの言葉にアルベドは笑みを持って応える。なにより愛するモモンガの隣にいることができるのだ。ソレ以外の事象など塵芥にすぎない。

「デミウルゴス」
「はっ」
「帝国と法国の情報収集、並びにスクロールなど補充物資の代替素材の研究を任せる」
「かしこまりました」
「少なくとも、法国にはプレイヤーの残滓があるゆえ、我々に匹敵する存在やアイテムが残っている可能性さえある。パンドラズ・アクターの戦闘を監視する魔法をあえて無視して見せたのだ。必ずリアクションがある。十分に注意せよ」
「お任せください」

 デミウルゴスは深々と頭をさげる。ある意味二つの国を自由して良いと言われたようなものだ。しかも、片方は穴熊を決め込むことができない状況、どうすべきか静かに計算がはじまった。

「シャルティア」
「はっ」
「ソリュシャンをサポートに付け、近隣の盗賊などを釣り上げ、この世界の武技・タレント・魔法保有者を確保せよ」
「かしこまりました。我が君。しかしなぜ盗賊などと限定でありんすか」
「将来のためにも、現在近隣の勢力とは友好的でなくてはならない。よって、当面は社会的にいなくて良い存在を相手とするのだ。手間をかけるな」

 シャルティアと控えていたソリュシャンは深々と頭を垂れる。

「コキュートス」
「ハッ」
「武技を扱えるものを確保次第、武技の研究をせよ。また、相手は単体でなく軍隊として行動することも分かった。よって戦術行動研究や連携研究を開始せよ。防衛・襲撃・迎撃など多数のケースはあるだろうが、こと戦うことだ任せるぞ」
「御心ノママニ」

 コキュートスは武人であり戦うことが専門である。人間一人一人はそれこそ、吹けば飛ぶ程度。しかし今回のように作戦行動をされれば、どうなることか。負けることはないだろうが、たとえば囮作戦の隙にナザリックへの侵入を許すなど十分に予想できている。故に名誉な任務と考える。

「アウラはマーレの補佐をつける。時間はかかるが砦の建設を進めよ。また近隣の生態系を確認し、ナザリックの生産力を向上に有用な動植物や種族の取り込みを勧めよ」
「はい」
「かしこまりました」

 アウラにしろマーレにしろ、この指示は自分の能力に合ったものであると理解していた。ナザリックはある意味、計算されつくした管理環境である。従来であればソレでよかったが、今後の拡大路線を考えるならば、生産力の向上は急務。その任務の重要性を理解できるものだった。

「最後にパンドラズ・アクターは王国での情報収集。セバスとユリの二名を補佐とする。二人がどのように動くかはパンドラズ・アクターに一任する」
「かしこまりました」
「一つご質問してもよろしいでしょうか」
「かまわない。セバス」
「ありがとうございます。なぜ王国に3名も派遣するのでしょうか」
「ほかの守護者と違いパンドラズ・アクターには手勢が存在しない。さらにパンドラズ・アクターはプレイヤー対策や、法国や王国など外の目を惹きつける役割がある。そのためサポートする人材が必要だ」
「なるほど。かしこまりました」

 モモンガはもう一つ理由があるが口にはしなかった。それは、ナザリックの人間に対する感情による采配ということだ。この4日間、守護者やプレアデスと会話を続けることでわかったことだが、ナザリックの多くは異形種でありカルマもマイナスばかり。そのためか人間を下等生物または食料という見方が主流なのだ。モモンガ自身も、リアルの鈴木悟としての心の残留がなければ、先の人間の虐殺を見てもなんとも思わない精神構造となっていることを自覚してしまった。
 しかしパンドラズ・アクターは中立、セバスやユリに至ってはプラスである。人間と関わる以上、穏便にすすめるにはどちらが適任か。

「一つ良いかな」
「どうしたパンドラズ・アクター」
「プレイヤーの可能性があるなら、一つ探してみようと思うものがある」
「ほう、何を探す」
「ワールドアイテムとギルド武器。それらに匹敵するこの世界独自のアイテムの入手」
「なるほど」
「プレイヤーがいるなら、可能性もあろう。私も能力の関係でワールドアイテムを下賜されているが、やはり目指したくは有る」

 パンドラズ・アクターの提案に、モモンガは納得した。なぜなら、パンドラズ・アクターの設定に、宝物・マジックアイテムの収集を楽しむと追加したのは、紛れも無くモモンガだからだ。もともと”総てを全力で愛したい”としているが、宝物殿の領域守護者にする時、ギルメンの源次郎が「ドラゴンとかが宝を集めるのは収集癖を拗らせたから」と言っていたのを思い出し、この設定を追加したのだ。パンドラズ・アクターの言動にギルメンの残滓を見て、モモンガも少しだけ感傷に耽るのだった。

「よかろう。他の者も可能であれば頭の片隅に入れておくように。特にデミウルゴスは可能性が高そうだからな」
「はい」
「では、ここからはざっくばらんな会話といこうか。私も紅茶などが飲めれば良いのだがな」

 その指示を受け、部屋の脇に控えていたセバスとプレアデスが守護者にそれぞれ飲み物を配る。これは守護者の打ち合わせが終わった後の定例となるいわゆるお茶会である。モモンガは守護者と少しでも会話し、何を考えているのか理解するために考えだした必勝の策であった。無論、守護者達も、モモンガとの会話は何よりも優先される事項。ご褒美以外のなにものでもなかった。

「その件ですが、このエントマに御命令いただけないでしょうか」
「どうしたエントマ。なにか考えがあるのか?」
「口唇蟲というものがございます。これは私も利用しておりますが声を擬態するもので、人間の口と似た構造をとっております。すこし改良することで味や食べることも可能となるかと」
「それは面白そうだな!皆と飲み、味について話す。捨て去った過去の一つとはいえ、可能なら実現したいものだ」

 モモンガはエントマの提案に興味を示す。その機微を見逃すこと無くアルベドが指示をだす。

「エントマ、最優先で実現を」
「かしこまりました」

 エントマは鈴を転がすような甘い声で、恭しく礼をとる。

「そういえば、パンドラズ・アクター。王国戦士長と助けた村娘にアイテムを下賜していたようだが、なぜだ?それに記憶操作や制約も設けていないようだが」
「なに、もしそこから漏れたならそれも一興。なにより、人間の中でも使えるものを真の意味で取り込む必要があるからな」
「あの二人には価値があると?」
「少なくとも、渇望が垣間見えたからな。渇望のある愛児は育つのが早い。その意味では卿もそうではないか」

 モモンガとしても、人間との共存や支配体制の今後の課題となることはわかる。ゆえに有能なものを取り込むことに依存はない。たしかにあの二人は片鱗をみせたのだから。しかし、そこから後の言葉は予想外だった。 

「卿の座右の銘は死を想え(メメント・モリ)。だからこそ私の座右の銘も同じであるがな。卿はこの言葉があったからこそ、死の超越者となったのだろう」
「えっ?」

 愉快そうに語る黄金の獣。対するモモンガは顎が外れたかと思うほど驚いている。

「ああ、なんと素晴らしい言葉でしょう」
「ちょ……」
「この言葉はナザリック全軍に周知すべき金言かもしれませんね」
「あっ……」

 守護者達の反応を見て、モモンガはナザリックの全員が絶賛する姿を幻視し、絶望した。
 しかし、すぐに回復エフェクトが走り精神の平静を取り戻す。

「ごほん。その言葉は良いとして、おまえのワールドアイテムについては、普段の使用を禁ずる。緊急時は別だが、あれは必要なかろう」
「了解した我が半身よ」
「そういえばラインハルト、卿が下賜されているワールドアイテムとはどのようなものなのだね」
「名前は聖約・運命の神槍、能力はまあ近いうちに開陳することとなるだろう。私の能力とあわせて」
「それは楽しみだ。しかし召喚した際、別の名を唱えていなかったかな」
「あっ」

 パンドラズ・アクターにデミウルゴスが質問する。なんでもない会話のはずなのにモモンガの何かを削り始める。

「Longinuslanze Testament。これこそ、真の名と我が半身が教えてくれたのでね。私はそう呼んでいるよ」
「なるほど。たしかに良い名前ですね」
「ということは、あの下等生物に下賜した宝剣も?」
「ああ、戦雷の聖剣も真の名はスルーズ・ワルキューレ。我が半身は真の名を見つける能力でもあるのだろう」
「なるほど。さすがは愛するモモンガ様」

 守護者達のやり取りを見て、無い胃が痛み出すモモンガであった。



エンリは、書けば書くほど渇望の関係で蓮たんとオーバーラップして困る。
ってことは後ほどギロチン持たせないといけないのかな?


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第5話

※スレイン法国回りは原作でもあまり明らかになっていないため、独自解釈・独自設定過多です


5日目 スレイン法国 行政府

 スレイン法国は、約六百年前に降臨した六大神の流れを組む宗教国家である。

 国民は神殿発行の特赦を受けたごく小数の亜人以外は全て人間であり、いずれかの神の信徒である。しかし宗教組織だけで国家を運営できるわけはなく、各神殿から人材を派遣するという形で行政府を構築し、最高神官長に六大神官長で構成する神官長会議を最高意志決定機関として運営している。

 そんな組織が長きに渡り崩壊せず存在し続けているのは、ひとえに「異形種をはじめとした人外のモンスターから脆弱な人間種を守護する」という妄執ともとれる理念が支えとなっているからだ。

 本日。
 
 行政府にて緊急の神官長会議が開催されている。議題は何と言っても昨晩発生した特殊部隊の一つ陽光聖典壊滅である。

「まったく頭の痛い事態が発生したものだ。光のよ」
「引責辞任でもすれば良いか?風の」
「お主には優秀な孫娘がいるから、これを機に隠居を考えているのかもしれんが、事態はそんな単純ではないぞ」

 集まっているのは老年と言って良い男女。しかし全員に共通しているのは、その表情や瞳に生命力が満ち溢れているのだ。人の上に立つ存在は、かくあるべしと言う状態だろうか。

「然り。アインズ・ウール・ゴウン所属のラインハルト・ハイドリヒと言ったか。復活の予言が出ている破滅の竜王である可能性は?」
「巫女の監視を行ったが結果から言えば不明。少なくとも推定人間種というレベルだ」
「巫女の監視をカウンターマジックで弾いたというではないか。少なくとも帝国のフールーダでさえ実行可能か怪しいことを実現しているのだ。第七位階以上のマジックキャスターの可能性もある。ならば悪魔やヴァンパイアなど人間種に擬態可能な種族と見ることが自然か?」
「権天使を槍の一撃で倒すような存在。プレイヤーかNPCという可能性が高いのでは?」
「時期で言えば、その可能性が一番高いか」

 法国最大の力は何かと問われれば、ここにいる者は歴史の積み重ねと口を揃えて回答するだろう。法国外では失伝した技術、表にでない真実、強力なアイテム、何よりプレイヤーとNPCの存在を正確に認知し、血縁による先祖返りが存在することなどまで把握していること。予想はできているが明確な証拠を持たない帝国と、一部を押さえているが真実に辿りつけない王国。その差は圧倒的だ。

「少なくとも襲われていた村を救っていることから、人間を見境無く襲うタイプではないと予測はできるが」
「一度接触してみるか」
「放置して巨悪が育ち、対処不能となれば目も当てられないからな」
「特にプレイヤーである場合、今回の陽光聖典の行動からマイナス印象となっている可能性もある。誠意を見せる必要があるな」
「そうだな」

 その後、最悪戦闘を想定し、過剰とも言える戦力を持った使節団が編成されることとなった。
 しかし、これが後に更なる悲劇を招くとは誰も予想していなかった。



5日目朝 カルネ村

 時期外れの祭りから一晩。カルネ村には平穏な朝が訪れた。

 村人の中には、昨日の喧騒が夢だったのではないかと考えるものが居いた。しかし広場に駐屯する王国戦士長直属の戦士達が朝の支度をしているのを見つけると、あの惨劇も奇跡も全てが事実であったと改めて認識するのだった。

 そんな朝、村長の元に出立前のガゼフが訪れ、ラインハルトと会談を行っていた。

「では、襲撃者と陽光聖典の遺留品の一部は証拠品ということで、受け取るということでよいかな」
「了解いたしました。戦士長様。ただ……」
「報奨金の一部は、損害を受けた者達にという件は了解した。私から王に掛け合おう」
「ありがとうございます」

 報奨金が現金なのか年貢の減免なのかは分からないが、今のやり取りでガゼフが約束したこととなる。もっともガゼフに徴税権は無いため王に進言という形となるのだが、それも含めて約束なのだろう。

「では、私の方から。私は当面エ・ランテルを中心に冒険者となり世間の見聞を広めるが、タイミングを見て王都に向かおう」
「ああ、是非来てくれ。紹介したい者達もいる」
「楽しみにしている。あと卿の渇望を実現するための支援だが、近いうちに情報収集および連絡役をそちらに向かわせることとなった。無期限というわけではないが、役立つだろう」
「今回の件で痛感したよ。民を守るには、王に忠誠を誓い従うだけではいけないと。私自身も立場に合った戦いが必要とな。それにしても、ハイドリヒ殿にはどれほどの礼をすれば良いか見当もつかん」
「なに、私の目的と合致しているから協力しているのだ。気にすることはない」
「ハイドリヒ殿の目的、ぜひ次に合った時にでも聞かせてくれ」
「ああ。では壮健なれ」
「また会おう。ハイドリヒ殿」

 そういうとガゼフは、ラインハルトは固い握手をすると部下たちと共に王都に向けて出発するのであった。

「ハイドリヒ様は、いつエ・ランテルに出立する予定でしょうか。ギルドへの紹介状ですが、昨晩王国戦士長様も一筆頂く形でできております」
「ああ、明日の朝一に出発を考えている。夕方には私の知り合いがここに到着する予定だ。彼の者なら私が居なくとも、卿らを守ることもできよう」
「わざわざこんな村のためにご配慮いただき、ありがとうございます」
「そこまで畏まる必要はない。私は総てを愛している。愛する者達に貴賎はない」

 村長はラインハルトの言葉を聞き深く頭を下げるのだった。辺境の村に生きる以上、ラインハルトの言葉を絵空事と言える資格があるぐらい、村長にも辛い経験がある。しかしラインハルトなら、この御方ならこの言葉も実現してしまうのではないか。そんな予感を感じずにはいられなかった。

「では、私も戻るとしよう。そういえばエンリが、ついでに街に売りに行くものがどうと言っていたが、その辺も含めて明日までにな」
「かしこまりました」

 そういうとラインハルトは部屋に向かうのだった。

******

5日目昼 カルネ村
 
 エンリは、ジュゲムらゴブリン達に朝1番で村周辺の調査を依頼していた。目的は安全確認と、可能なら装備や物資の回収である。

 しばらくするとゴブリン達が戻ってきたので、エンリは準備していた食事を手渡しながら状況を聞くのだった。

「お疲れ様。ご飯準備したよ。食べながらでいいので状況を教えてくださいね」
「ありがとうございます。姉さん」

 ゴブリンたちは受け取ったスープと干し肉を食べながら、エンリに森の状況を伝える。

「ショートソードが二本。ナイフが一本。盾が一個、水袋や少々の現金など細々としたものがそれなりに。逃げるのに重さを嫌って捨てたのか落としたのかでしょうね」
「敵影は見つけられなかったんですが、少し離れたところに血の跡が見つかったんですよ。死体が見つからなかったんで、森の獣が食ったかとおもったんですが、骨ごとなんて考えられませんし」
「奇妙といえば、この辺りは妙に静かですよね。強いモンスターも居ませんし」

 ゴブリン達が口々に情報を伝えてくる。エンリはしっかり耳を傾けながら、頭で状況を整理する。

「敵が見当たらないことは良いことだし、逃走の邪魔で荷物を捨てるのは分かるからいいけど……。血のことだけはちょっと気になるかな?何らかの理由で怪我をして逃げたならいいけど、第三者による襲撃はちょっと困るかな~。あと最後のは森の賢王が理由だとおもう」

 そんなことを言いながらエンリは人差し指を自分の顎の置きながら考えをまとめる。

「森の賢王とは?」
「あ、ラインハルトさん」

 エンリは、考えを口にしていたのを聞かれ若干恥ずかしそうにしながら、ラインハルトの声に応えるのだった。

「森の賢王は、この森一帯を縄張りとしている魔獣です。高い知性と巨大な体で、長い年月を生きる強力な魔獣だそうです。森を出て襲ってくることもなく、深く入らなければ目溢ししてもらえるので、カルネ村としては有り難い魔獣なんです」
「ほう。それは面白そうだ」

 ラインハルトの何かを刺激したのだろう、楽しそうに笑う。エンリはその笑顔に見惚れているが、ゴブリンたちには獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時の笑みに見えて仕方がなかった。

「姉さん。肝の座り方が半端ないです」
「恋は盲目といいますが、さすがに……」
「姉さん。パネーっす」

 ゴブリン達が恐れ慄いていると、ラインハルトはエンリ向かってこう言い放った。

「卿に、森の賢王を捕縛対象と見立て、将とはなんたるかをレクチャーしようか」
「はい。お願いします」

 ラインハルトの言葉に元気よく返事をするエンリ。
 そんな二人を若干げんなりして見るゴブリン達であった。
 
******


「さて卿は、将とはどんな人間がなるべきだとおもう」
「そうですね。戦うにしろ守るにしろ目的を達成できる指揮をする人でしょうか」

 ラインハルトとエンリは、ゴブリンに周囲を索敵させながら森の中を進む。そもそも昨日までただの村娘だった者にする質問ではないのだが、なぜかスラスラと回答するエンリ。

「間違ってはいない。しかしそれは結果でしかない」
「結果ですか」
「そう。将とは歩兵には歩兵の。弓兵には弓兵の。それぞれに合った武器を与え、合った役割を与えることが求められる。つまり将の冥利とは人を使うことの上手さとなる。故に人を使うことが上手いものが将となり、その結果として目的達成となるのだ」
「なるほど」

 納得するのはエンリだけでない。索敵しながら、しっかり耳を傾けるゴブリン達もまた納得していた。

「作戦が必要なら軍師に、索敵が必要なら偵察兵に、罠が必要なら工兵に。人材や資材が豊富にあるなら簡単だろう。しかし現実とは非情で、総てが充足していることなどありはしない。ではそんな時、将はどうする」
「う~ん。出来ることをするしかないと思います」
「調度良い、聞いているもので分かるものがいるか」

 ラインハルトはゴブリン達にも水を向ける。急に話を振られ慌てるも、必死に考えるのだった。

「逃げる」
「仲間を呼ぶ」
「出来ることだけする」
「条件がわからんのでなんとも」

 いろいろな回答があがる。この回答にラインハルトは満足しているのか、静かに聞いている。逆にエンリは驚いていた。ゴブリンとは辺境における人類の敵という認識だが、思った以上に知能が高いということ。いや自分たちと同じように、ものを考えて行動していることに驚いた。

「結論から言えば、総てが正しい。なぜなら条件次第だからな」

 ラインハルトはここで一拍置く。

 森の中を進む速度は先程から変わりない。しかし鬱蒼と茂る木々の為、少しずつ光が遮られ、薄暗くなっていく。

「しかし、それらもあくまで選択の結果でしかない。部下は何が出来るのか、できないのか、何を大事に思っているのか、何のためなら行動するのか。的確な選択をするために、将は部下を知らねばならない」

 エンリはその言葉を今考えていることが見透かされたように感じた。ゴブリンたちはマジックアイテムの力で従っている。でも会話をしてみればそれぞれが自我を持ち、個性がある。闇雲に効率だけを重視して指示をしては、いつかとんでもない失敗をするだろう。

 ラインハルトは、このことをエンリに教えようとしてくれているのだ。

「さて、闇雲に動いていたようで、そろそろ森の賢王を捕捉できそうだな」

 ラインハルトは森を歩き、エンリに将としての心得を教えながら、メッセージでアウラに連絡をとっていたのだ。この森の生態調査を進めているアウラなら、森の賢王の情報を入手していると考えたからだ。

 予想通りアウラは森の賢王の情報を入手しており、最終的に賢王を殺す場合はその毛皮を譲渡するという約束で居場所を聞き出した。

「えっ」

 ラインハルトの言葉に、エンリだけでなくゴブリン達の雰囲気が一斉に変わる。

 先程までまるで和やかなハイキングの雰囲気だったのに、戦闘一歩手前の張り詰めた空気が流れ始めたのだ。

 耳をすませば、木々の音に隠れて、何か大型のものが近づく音が聞こえる。

「防御体勢!」

 先頭を進んでいたジュゲムが、襲撃者から接収した盾を構え叫ぶ。その直後、森の奥から突進してくる大型の影があらわれた。

 幸いにゴブリン達は防御体勢をとっていたので、数体吹き飛ばされたものの、素早く起き上がり突進してきた存在を睨みつける。

 その存在は距離を取り、再度仕掛けてくる。回りの木々をなぎ倒し、加速のために蹴る大地は、巨大な衝撃と地響きを伝える。

 しかし、次の標的となったラインハルトは、槍すら構えることなく、静かに左手をかざすだけで受けとめてしまったのだ。

「某の突進を止めるとは、一角の武人とお見受けする。しかし我が領域に踏み込んだ以上、ただでは返さぬよ」
「ほう、ではどうなるというのかな」
「某の姿を見て恐れ慄くでござる」

 長く生きることで積み重ねた知性を存分に湛える鋭い眼光。木々を簡単になぎ倒す脚力。そのような突進でも傷がつかない強靭な毛皮。ムチのようにしなり、強力な鞭打を実現する尻尾。
 なにより人語を解する知能。

「たしかに森の賢王というのは、お前のことなのだろう」

 ----ただし巨大なハムスターである。

 ラインハルトは高らかに宣言すると、黄金の髪がラインハルトの黄金のオーラを受けて揺らめく。笑みを浮かべるが、内包された感情は闘争を喜ぶ魔獣の類。それこそ脇で見ているゴブリンたちにとっては、二体の魔獣が闘気を無制限に振り巻いている状態なのだ。
 
「私は総てを愛している。闘争本能も生物の業だ。無論受け入れよう」
「ぬかすでござるよ」

 森の賢王は、尻尾をしならせ相対するラインハルトに上段から叩きつける。その勢いは大の大人が生身で受ければ、真っ二つになる程。しかしラインハルトは回避するどころか、一歩も動かずそのまま攻撃を受ける。

 立ち上る煙。

 エンリは一瞬なにが起こったかわからなかった。そのあと気が付いたように悲鳴を上そうになるも、必死に堪えナニをすべきか考える。

 そんなエンリを他所に、森の賢王は横薙ぎ、袈裟斬り、足払いと止まるどころか攻撃を執拗に続ける。
 しかし攻撃した森の賢王だから分かる、手応えがおかしいのだ。先ほどから自分はナニ(・・)を攻撃しているのか疑問に思えてしょうがない。

 まるで……。

 そう、まるで巨大な岩壁にでも攻撃を続けているような、そんな手応えなのだ。

 森の賢王は尻尾の攻撃をやめ、まるで逃げるように後方にジャンプで大きく距離を取る。そして前傾姿勢で四肢で大地を掴み全身の筋肉を蓄積する。

 力み。

 肉体を使った攻撃は、必ず筋肉の脱力と力みの繰り返しといえる。

「行くでござるよ」

 森の賢王。全長3メートル近い巨体の力み。そこから一気に放たれる突進攻撃。それは先程の突進など比較にもならないものと予想した瞬間、ジュゲムはせめてエンリだけでもと身を呈す。

 しかしジュゲムが見た時には巨大な砲弾と化した森の賢王が、ラインハルトに突き刺さっていたのだ。

 加速の最初どころか、移動すら見えない突撃。まともに受ければどうなるのか。

「たしかに速い。だがそれだけだ」

 衝撃による土煙が消えると、なにも無かったようにラインハルトが最初の位置から一歩も動かず立っているのだ。

「そうだな。いまここで愛でるのも良いが、しばし鍛えた後に愛でるのも一興か」
「ど……どういうことでござる」

 自分の渾身の攻撃を、防御どころかまるで春風のように受けきったラインハルトに、さすがの森の賢王も慄く。
 しかし森の賢王の目を見ればわかる。このような状況になっても闘争本能を捨てていない。まだ何かできないか、知恵を巡らせ勝つための方策を検討している。撤退したとしても、新たな力を手に入れ次の勝利を目指している。
 
「よい闘争本能だ。なにより渇望は単純にして深い”勝つこと”か。よかろう、今日から私の爪牙となれ」

 その言葉とともにラインハルトは内に秘めた黄金のオーラを解き放つ。全力で放てば弱き者は畏敬の念から自害さえしてしまう程のものだが、残念なことに、ラインハルトの視点からでは弱者しか存在しない。故にレベルを少々落とした覇気を展開する。

 その黄金のオーラを受け、森の賢王は跪く。

「その覇気、某では届かぬ王者のもの。どうか!どうか末席にお加え下され!」
「エンリ。この者を卿の指揮下に加える。御してみよ」
「は、はい」

 こうしてエンリは19人のゴブリンと1体の魔獣を配下としたのだった。
 
 ----ただし巨大なハムスターである。

 
******

omake 謁見

 ラインハルトは、モモンガに対して定例の謁見を申し出ていた。コレよりエ・ランテルに向かい、どのような活動を行うのか。またユリやセバスの配置など、これからの方針を伝えていた。

「以上が現在の進捗である。我が半身よ」
「そうか。ところで報告にあった森の賢王とはどのようなものなのだ?」
「卿ならそういうと思って連れて来ている。中に入れよ」
「某はハイドリヒ卿の爪牙にして、ナザリックの末席に加えていただいた森の賢王でござる。以後お見知りおきを。我らが墓の王よ」
「えっ」

 モモンガは椅子に座りながら盛大な精神攻撃を受けたように、ピクリとも動かなくなった。

「ど……どうしたでござろうか」
「卿の姿はナザリックでも見たことがないタイプだったからな、未知という点で驚き、そして楽しまれているのだろう」
「いやいやいや。なぜ巨大ハムスターが?森の賢王というならもっと違う種族でもよかっただろう」

 モモンガは、我を忘れて全力のツッコミを入れてしまう。

「なんと、某の種族をご存知とは、なんたる僥倖。強くなるという渇望もですが、番を探すのも生物として重要事項。できれば他の同族について聞きたいでござるが」
「たかが魔獣がモモンガ様に質問とは、しつけが成ってないのではなくてラインハルト」
「そう言うなアルベドよ。この者が外で結果を出せばその分、我が半身の名声が高まる。なにより、この者のテリトリーであるトブの森とカルネ村なら、安全が確保されたようなもの。それこそ我が半身と二人で自然を愛でることもできるのだぞ」
「そ……そうね。それは良い案だわ。そろそろ外の自然についても視察をお願いしたい時期ではあるし」

 ラインハルトとアルベドの協議は妥協点に達したようだが、モモンガはなかなかショックから帰ってこれずにいた。

「あ~。一つ聞くが、さっきの話では森の賢王は乗騎ともなるのだな」 
「無論だ。我が半身よ。普段はこの者の管理をエンリに任せているゆえ、私が乗ることもないがな」
「ああ、あの少女が乗るのか」
 
 モモンガの頭の中には、巨大ハムスターの背にちょこんとすわる美少女の姿ができた。

「まあ、それは有りだろう。ちなみにお前が乗ったことは?」
「あるが?なかなかの乗り心地であったぞ」
「ぶはっ……黄金の獣が、巨大ハムスターに乗る?いやいや、それはダメだろう。絵面的に」

 モモンガの頭の中で、黄金の槍を構えたラインハルトが、高らかに流出を唱えつつラストバトルで戦う姿が思い描かれる。ただし巨大ハムスターに騎乗した姿で……。
 あまりにもアレな絵面に、モモンガ自身のナニカが流出しそうになる。しかしギリギリで精神の強制安定化が走りなんとか平静に戻ることができた。

「あ~。パンドラズ・アクターよ。お前には森の賢王に跨るのは禁止な。私の前では。でないと既に無いはずの腹筋が鍛えられてしょうがなくなる」
「理由はよくわからんが、卿のことだ意味のあることなのだろう。了解した」
「ああ、頼む。主に私の腹筋と胃のために」




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第2章 交易都市の冒険者 第1話

X兵隊元帥(曹長)様、ザンギ@様、5837様、モーリェ様、もっさん3666様、金欠鬼様、戌亥@様、代理石様

誤字報告ありがとうございます。
本当に、本当にありがとうございます。m(_ _)m


7日AM エ・ランテル門前

 エ・ランテルの門番は忙しい。

 交易都市として朝の開門と合わせて、多くの交易馬車が動き出す。荷物を一つ一つ確認しているわけではないが、通行書ぐらいはチェックしないと、あとあと問題となるので手が抜けない。

 交易馬車が一段落すると、近場に繰り出す冒険者が動き出す。こいつらは大体顔見知りなので、適当にこなせるがそれでも悪さをしないように時々釘を刺す。とはいえ、こいつらのおかげで街道が安全になり交易が増える。結果的に自分たちの守備隊もご飯が食べれるので、持ちつ持たれつである。

 しかし、そんないつもの光景とは大きくかけ離れた影を遠方に見つける。

「おい。なんだあれは?ちょっと一人上に上がって見てきてくれ」

 門番の一人が声を上げる。近くにいた年少の兵士が門の上にあがり、近づく影を観察する。

「馬車一頭に男女一人づつ。あと魔獣らしき影が一体です」
「よ~し。そのまま警戒。怪しい動きをしたら声をあげろ」
「了解」

 門番たちは珍しく緊張感に満ちた時間をすごすことになる。この出来事は、この後続く
エ・ランテルの騒動の始まりであった。


******
7日昼 エ・ランテル 冒険者ギルド

 エ・ランテルの冒険者ギルドは、交易都市ということで依頼の質も量も豊富なため、王国内でも有数の規模を誇っている。

 今、その冒険者ギルドに大きな激震が走っている。

 目を見張る黄金の髪に、長身の体を支える均等のとれた筋肉。その身を包むのは白い品があるが見るからに魔法的な処理を施された制服。そして黄金の槍。その槍一本とっても相当の業物で、それこそアダマンタイト級冒険者が持っていても頷ける代物である。

 しかし問題は一人ではないのだ。

 もう一人は茶髪の少女だが、男とは色違いの黒い制服を身にまとっている。腰にはショートソード。そして布を巻きつけた矛を持っている。胸元にはマジックアイテムだろうか不思議な縦笛と、赤い卵のような種のようなものがかかっている。
 最後の一人、いや一体は巨大な体躯に、知性をたたえる瞳。強靭な毛皮と尻尾をもつ大型の魔獣が二人に付き従っているのだ。

「ラインハルトさん。ここが冒険者ギルドのようですね」
「では手続きを済ますとしようか」
「そうですね。ハムスケさんは、ちょっと中に入れそうにないので、入り口で待ってもらってもいいですか」
「わかったでござるよ。エンリ殿」

 この会話だけでも、どれだけ異常事態か冒険者達にはわかる。少なくとも人語を解する魔獣。それだけで討伐隊が編成されても可笑しくないレベルなのだが、この者達はそれを平然と引き連れているのだ。

「さて冒険者登録を行いたいのだが良いかな」
「帝国など他国での登録などはございますでしょうか」

 受付嬢が聞いたのは至極当然のことだ。持っている武器や服一つとっても、駆け出しが持つものではない。なにより魔獣まで引き連れているのだ。名の知れた冒険者である可能性のほうが高い。

「いや、他国にも登録していない。エンリ」
「はい。カルネ村村長と王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ様からの紹介状です」
「えっ」

 受付嬢は一瞬だれの紹介か、名前を聞いても知識と紐付かなかった。

 そもそも紹介状を持って冒険者ギルドに訪れるものは多い。特に辺境の場合、若いころから頭角を顕し村の守備兵として実践をくぐり抜け、一攫千金をめざし冒険者になるものもいる。腕が保証されるなら、最下位のカッパーでなくアイアンのプレートから始めてもらうことも珍しくない。

 しかし、問題は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの名である。王国では知らぬものがいぬ最強の戦士。そのようなものからの紹介状である。内容はわからないが、受付嬢は少なくとも自分では判断してはいけないと考えた。

「少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか。上役をお呼びしてまいります」
「ああ、かまわんよ」

 そう言うと黄金の男は、連れの少女を連れ壁に掲げられた依頼票を眺めるのだった。受付嬢は出来る限りいそいで、今いる中で一番えらい人にアポをとるのだった。

******

 しばし待つとラインハルト達はギルド長プルトン・アインザックに面会することとなった。
 さすがに目立つハムスケは、魔獣登録のために、裏庭に通され担当員に写生されている。

「私がギルド長プルトン・アインザックである」
「はじめましてギルド長。私はラインハルト・ハイドリヒ。こちらはエンリ・エモットだ」
「はじめまして」

 ギルド長プルトンは、冒険者時代から鍛え上げた人物眼で、目の前の二人を見る。しかし観察すればするほど、ここにいることが似つかわしくない存在に思えてならない。

「紹介状を確認させてもらった。そちらの御仁についてのみ記載されていたが、30名以上の賊と相対し単独で撃退。第五位階魔法を操るマジックキャスターにして槍兵。王国戦士長のお墨付きというが、少々盛りすぎではないかね」
「そんなことありません。事実、村を助けていただきました」

 ギルド長プルトンの言葉に、エンリは力の篭った反対の意を告げる。別に馬鹿にされたとはおもっていない。信じがたいことであることも分かっている。でも実際に助けてもらったことなので、実感が違う。

「別に疑っているわけではないが、いきなり高位にすることはできん。冒険者ギルドとしての実績がないからな。そこでハイドリヒ殿にはシルバーを。エンリ君にはカッパーを。外の魔獣はエンリ君の魔獣として登録するということで良いかな」
「それでかまわんよ。評価するのも卿らの領分である」
「腕は保証されているのだ。実績さえ立てれば相応に評価しよう」

 エンリは若干納得していないが、ラインハルトの言葉に自分の意見を下げた。ラインハルトがこういっているし、何より実績を立てれば良いのだ。

「そうだ当座の資金のためにも、これを売却したいのだが」

 ラインハルトは、そういうと懐から若干色の混じった輝く水晶を取り出す。ギルド長は鑑定魔法を使うまでもなく高位のマジックアイテムと予想できる。

「これは魔封じの水晶。第五位階まで保存できる代物だ。中には龍雷(ドラゴン・ライトニング) が封じこめられている」
「そ……それは」

 ギルド長はその価値を図りかねる。なにより、だれでも英雄級の魔法が1回とはいえ利用できる。しかも、正しい手続きを踏めば再度封入可能なアイテム。そんなものが目の前にでてきたのだ。

「正直に言おう。値が付けられない。下手な金額で購入したとしても、王城に持ち込むなどすれば、きっとそれ以上の価値が付くだろう。私に売るよりも、君が直接売ったほうが利益となろう」
「なに気にすることはない。まずこちらの通貨を碌に持っていない事情もある。そして誠実に対応しようとする卿ならば、正しく活用できよう。最終的に売却し差利を得たとしてもそれは卿が得るものだ」
「そういうことなら金貨二千枚で購入しよう。あと、私の権限で彼女をシルバーに昇格させる。これほどのアイテムを持つ君たちなら、早く上がるべきだ」
「了解した」

 そういうとギルド長とラインハルトは固く握手をするのだった。

「君ならきっとアダマンタイト級まで駆け上るだろう。期待しているよ」
「心得た」

******

7日 夕方

 ラインハルトとエンリは宿を取り、村からの物資の売却などを行っていた。従来であれば商家や露天に持込買取をしてもらっていたのだが、エンリ自身が冒険者になったので、冒険者ギルドからの紹介で持ち込む事ができるように成った。そのため過剰に値切られることも無く、時間こそかかったが随分と高く売ることができた。

 そんな二人はエ・ランテルにおけるもう一つの目的、バレアレ氏の工房に向かっている。

 バレアレ氏の工房は郊外にあった。高い煙突が2つ立っており、特有の薬品臭さが辺りを漂っている。

「ここがそうなのだな」
「はい。リィジー・バレアレ。エ・ランテル随一の薬師でありポーション作成の第一人者です」
「ああ。どんな人物か楽しみだ」

 そういうと、エンリはバレアレ氏の工房の扉を叩く。何度か叩くと、音が近づく。

「はい、どのような御用でしょうか」
「エンリ・エモットと申します。バレアレさんはいらっしゃいませんでしょうか」
「エンリ?!」

 エンリが声をかけると、突然扉が開き中には細身の少年が立っていた。くすんだ金の髪が、目を隠すように切りそろえられている。清潔感はそれなりにあるものの、見るものに陰気な雰囲気を感じさせる残念な少年である。

「え?あ……エンリ。だよね?」
「うん。久しぶりンフィーレア」
「どうしたんだい、エ・ランテルに来るのはすごく珍しいというか……」
「リィジーさんも含めてご紹介したい人を連れてきたの」
「ご紹介あっすいません」
「なに気にせんよ」

 話を聞けば二人は以前からの友人であったことが伺える。さらに言えば、少年の雰囲気はわかりやすい。声のトーンが上がり明らかにエンリを歓迎している。対するエンリは特に明確な変化はなく、友人の一人という感覚なのだろう。

 しかしエンリに夢中になっていたンフィーレアは、紹介というキーワードではじめて同行者がいることに気が付いた。

「中へどうぞ。いま祖母を呼んできます」

 そういうと、客間というには少々手狭だが、座って会話をするには十分な席に案内される。よく見れば奥には大きな圧力釜のようなものや、合成機材など、錬金術で使うと思わしき機器が鎮座している。どちらかと言えば工房の休憩用か商談用の席なのかもしれない。

 エンリがそんなことを考えていると、奥から老婆というにはいきいきした声が聞こえてくる。

「ああ、エンリの嬢ちゃんか久しぶりだねえ」
「ご無沙汰しております。リィジーさん」
「カルネ村の薬草取りをンフィーレアに任せるようになってからだから2・3年ぶりかね。大きくなったね~」
「リィジーさんもおかわりなく」
「で、どうしたんだい?急に」

 リィジーとエンリが簡単な挨拶を交わすと、ラインハルトの方に目を向ける。

「はじめまして。アインズ・ウール・ゴウンに所属するラインハルト・ハイドリヒという。世情の見聞を広めるため回っている。当面はこの街で冒険者をする予定だ」

 その後、エンリはここに来る前に買ってきた茶と茶菓子を出し、カルネ村の件をかいつまんで説明した。陰謀の件は伏せてであるが。そこまでエンリが話をして、リィジーはやっとラインハルトに対する警戒を解いたのだった。もっともンフィーレアは何故ラインハルトを警戒するのかわからなかったが。

「そんなことがあったのかい。しかし高位の魔法も扱える戦士か。英雄の領域というやつかね~」
「えてして自分の事はわからぬものだよ。私は他者の評価など気にはしないからな」
「で、そんな英雄殿が私らにどんな用事だい?ポーションの一般的な話でもしろってなら、エンリ嬢ちゃんの縁だ、このお茶菓子分ぐらい語ってやるよ」
「それも面白いだろうか、本題はこれだ」

 ラインハルトは、懐から赤いポーションを2つだす。

「こいつについて、専門家の知見を得たい」
「赤いポーションか……まさかね」

 そう言うと、リィジーは魔法で鑑定を行う。
 その途端、リィジーは大声で笑い出すのだ。

「ひひひ。ははははぁはぁ。ンフィーレア。ポーションは製造工程で必ず変色して青になる。そうだね」
「そうだね。お祖母ちゃん」
「こいつは、変色しないポーション。まさしく変色とは劣化と仮説は立てていたが、まさしく劣化しないポーションだよ」
「劣化しない?ということは時間経過による品質低下もないから、最高品位を維持できるの?」
「真なるポーションは神の血を示す。与太話と思っていたが真実だったとは。あんた!これをどこで手に入れた」

 リィジーは掴みかかる勢いでラインハルトにせまる。当のラインハルトは涼しい顔をし、隣のエンリはあっけに取られている。

「いや、どっかで手に入れたなら、わざわざ二本も見せる必要はない。アンタはナニカを知っている。だから二本わざわざ出したんだ」
「そうだな。で、卿なら次の行動はどうする」
「見た限りアンタは脅したところ無駄。私の目がたしかなら、それこそこの国の冒険者全員をけしかけたとしても無駄だね」
「お、お祖母ちゃん」

 ンフィーレアは、祖母のあんまりな言葉に呆れる。

「錬金術の深淵。覗けるなら残りの人生を差し出しても構わん」
「ほう。そして学んだことはその孫に継承させ、更なる高みをめざすか」
「無論じゃ」

 リィジーの目を見たラインハルトは満足気にいう。

「まあ、良かろう。そなたの渇望は見た。その2つは好きにすると良い。破壊して解析してみるも、実際に使って効果を確認するも。しばらくしたらもう一度聞くゆえ、ゆっくり考えると良い」

 そういうとラインハルトは用事が終わったと言わんばかりに、席を立つ。それに合わせてエンリも立ち上がる。

「しばらく、この街に居る故、何かあったら声をかけるが良い」
「じゃあ、リィジーさん。またね~」

 立ち去ろうとするエンリに、ンフィーレアが声をかける。

「エンリもしばらくこっちにいるの?」
「私も一応冒険者に登録したから、4・5日こっちに居る予定だよ」
「そうなんだ。どこの宿屋に泊まってるの?」
「黄金の輝き亭。ラインハルトさんといっしょよ」
「そうなんだ。同じ宿に二部屋とったんだ」
「え?一緒の部屋よ?」
「え?」
「じゃあ、またね~」

 そういうとエンリは手を振ってラインハルトの後を追う。一人残されたンフィーレアは、現実を受け入れることができなかった。
 
「どうしたんじゃ?ンフィーレア」
「ええええええええええええええええええええええ」

 その日、普段の異臭にもまして騒音まで撒き散らしたバレアレ家は周りの家に謝って回ったのだった。


******

 ラインハルトとエンリが宿に戻ると、メッセージカードが置かれていた。
 ラインハルトはメッセージカードを見るなり、エンリを引き連れ宿のもっとも大きく広い部屋の戸を叩く。

「お待ちしておりました。ラインハルト様」
「ああ、待たせたかな」
「シャルティア様は、中にお待ちでございます」
「待たせたな、シャルティア」

 奥で優雅に茶を飲んでいた少女の前に、執事のセバスが引いた椅子にラインハルトは静かに腰を降ろす。そして、タイミングを合わせたようにメイド姿のソリュシャンが紅茶を入れる。

 その流れるような行動に、エンリはあっけに取られ自分だけ場違いな場所に立っているのではないかと、錯覚に陥る。

 いや、紛れも無く場違いな場所である。

 シャルティアはレベル100の真祖の吸血鬼。セバスやソリュシャンでさえ、この世界でみれば高レベルの人外なのだ。そのなかレベルにすれば10にも満たない少女が居るというのは場違い以外のなにものでもない。
 
「エンリは私のななめ後ろに立つと良い」
「あら、しつけの最中でありんすか」
「愛児が様々な経験を得て成長しているのだ、そういうものではないよ」
「まあ、それは黄金の獣殿の趣味ということで。さて我らが至高の御方よりの指示でありんす。ソリュシャンは数日この街で派手にお金を使い、盗賊を釣るという点に変更はなし」
「かしこまりました。シャルティア様」
「セバスは数日はソリュシャンの執事として振る舞い、その後帝都に向けて出立するとなっているでありんす」
「かしこまりました。シャルティア様」

 シャルティアの言葉にソリュシャンとセバスは深々とお辞儀をする。
 
「で、黄金の獣殿には当面は名声を稼げといってましたが……」
「もう気が付いているか」
「無論。私を見くびらないでおくんなまし」

 エンリは二人が何のことを言っているのかわからなかった。

「ラインハルトさん。どのような事でしょうか」
「この街の墓地に大量のアンデットが集結している。儀式で少しずつ溜め込んでいるようだが、なにか暴発すれば一気に村を飲み込むぐらいにな」
「じゃあ、この街も危険なんですね」
「では、卿ならどうする?私の当面の目的は名声を稼ぐこと。最終的には国を作ることだ」

 エンリは与えられた状況から考える。しかし考えるまでもなく、答えには行き着いてしまっていた。

「私達の準備が整い次第暴発させ、都市に被害が出たところで私達の手で制圧します」
「それでは少なからず街の人間にも被害がでるぞ」
「私思ったんです。ただ平穏を望んでいても手に入らないって。多少の犠牲はあっても、前に進まないと掴み取れないって」
「と、いうことだ。シャルティアよ」
「さすがは黄金の獣殿が見出した赤子。下等生物にしておくのはもったいないでありんすね。どう?私の眷属となって永遠の夜に生きるのは」
「申し訳ありません。私は全部をラインハルトさんに捧げてカルネ村をお助けいただきました。光栄な申し出ですが、お断りさせて頂きます」

 その言葉にシャルティアは、満足そうに、何処か残念そうに頷くのであった。

「では2つの作戦を同時に進めるとしようか」
「異存ありんせん」

 この夜、数日後にエ・ランテルがアンデットに襲撃されることが決定した。



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 エンリは服を脱ぎ部屋着に着替え、黒い軍服のホコリを払ったりしている。
 ふと気になってラインハルトに質問する。

「ラインハルトさん。今日ギルド長に買収のような売買を行ったのはなぜですか?」
「ああ、ただ効率を考えたからにすぎんよ。実際知っての通り王国の通貨が少ない。技術レベルを探るにも、先程の作戦にも金がいる。なら価値がわかり誠実で執着しない取引相手は上々だ」
「そうですか」

 たとえば、リィジーさんに売った場合
 お金を吐き出し買うだけ買うだろう。その後は?
 研究が進まねばまた寄越せと言い出しそうだ。

「なんか噂に聞く麻薬みたいで嫌ですね」
「人の欲を見抜くのは必要なことだぞ。あのモノはアイテムにこそ執着はないが、この街には執着があると見える」
「じゃあ、今の私の欲は分かりますか?」

 そういうと、エンリは座るラインハルトにしなだれ掛かり、頭を胸の上におくのだった。






 



※悲報:エンリのネーミングセンスはモモンガ様と同レベル

次回はエ・ランテル襲撃戦





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第2話

8日 AM ナザリック地下大墳墓 第九層 執務室

 モモンガは、ナザリック最高権力者として約一週間経過し、やっと落ち着いてものを考えることができるようになった。

 この異世界に転移し、人間である鈴木悟からオーバーロードであるモモンガに変わってしまった。なぜという疑問は残るが、この一週間のコミュニケーションのおかげで身の安全は保証されていることを理解することができたからだ。

 なにより補佐であるアルベドに、リアルのことも含め総てを話したことが事態を好転させるきっかけになった。実際には、モモンガはある意味24時間共にいるアルベドに、警戒心を解いた瞬間にポロッと漏らしてしまったのだが。
 最初こそ驚いていたようだが、今では的確に補佐してくれる。元人間のため、人間種とはある程度友好でいたいという点も、自分と同じようなプレイヤーがいた場合、総力戦となれば勝てない可能性もあることを理解してくれたようだ。過剰なスキンシップだけは相変わらずだが。

 もっともアルベドは、「モモンガにリアルへの執着が無いこと」「かつての仲間。そして共に作り上げたナザリックだけが執着」と理解したからこそ、余裕をもって対応することにしたに過ぎないが。

 さて、そんな時、法国・帝国の諜報を進めているデミウルゴスが謁見を申し入れてきた。

「ご機嫌麗しゅうございます。モモンガ様」
「して、どのような要件だ?昨晩の報告を受けてからさして時間が立っていないが」
「はい。今しがたスレイン法国の神都から過剰に武装した一団が、エ・ランテルに向けて出発いたしました。ラインハルトに接触するための使節団であり、敵対するならその場で決戦に持ち込むつもりのようです」
「なるほど。妥当な判断だ。しかし、それだけでお前がわざわざ報告にくるとも思えない。どうだ」

 モモンガはデミウルゴスの報告を聞き、迅速に情報を収集しラインハルトに接触する法国の行動に、迅速かつ妥当な行動評価した。しかし、デミウルゴスは無駄な報告はしない。この場にいないパンドラズ・アクターを(俺ツエーの塊ともいえる黒歴史的アレ)抜けば、設定上ナザリック1の知恵者であるデミウルゴスが、今のように情報共有だけで報告を上げてくるとは思えなかったのだ。

「これは、無駄な前置きが長くなって申し訳ございません。監視に使っていた Lv40の影の悪魔(シャドウ・デーモン)が、自害しました。詳細はわかりませんが、相当なマジックアイテムと人員がいるとのこと。そして最後の連絡では捕縛されそうになったため自害すると」
「ふむ、この世界でLv40クラスの影の悪魔(シャドウ・デーモン)を捉えることが可能な存在。プレイヤーか?それとも NPCか?たしかこの世界の人間との子孫である神人の可能性もあるか。またはソレ以外の種族か。あるいはゴッズ以上のアイテムか」

 モモンガは頭を整理するためにも考えうる可能性を上げていく。しかし結論はでない。ならば最近身につけた必殺技を出すことにした。

「どれも可能性だな。デミウルゴスそしてアルベド、案はあるか」

 そう。良い上役は部下の意見も尊重する作戦である。

「幸いにもラインハルトのところに向かっております。彼であればどのような状況でも対応可能でしょう。そこで懐に呼び込み、正面から情報を抜き取った上で、対応を決めることがよろしいかと」
「高位のものを集め偶発的遭遇戦にて人員・物資を強奪するという方法もございます。しかしリスクがあります」

 デミウルゴスは、過去のモモンガの選択から、情報が揃う前段階のため穏健的な手法を選択することを判断し、受動的だが成功率の高い作戦を提案する。逆にアルベドは、デミウルゴスに対する選択肢となるよう、あえて過激で効果は高いがリスクもある作戦を提案する。

「今回はデミウルゴスの案で進めよう。このペースで移動するなら、エ・ランテルにはいつごろ到着する?」
「四日後の朝にはエ・ランテルに到着するかと」
「では、現在シャルティアとパンドラズ・アクターの両名がすすめる作戦は三日後の夜に決行するよう伝えよ。作戦後、パンドラズ・アクターはスレイン法国のものと会談。シャルティアはナザリックに戻り武装を整え、臨機応変に対応せよ。無論使節団については遠距離からの監視だけは続けておけ、想定外を減らすためにな」
「かしこまりました」

 デミウルゴスは深々と礼をする。

「モモンガ様。三日後の夜は」
「ああ、前回同様可能な範囲で観測を行う。演目としては在り来りだが、都市防衛時の対処行動指針は事前に把握すべき重要事項だからな」
「では、その日ナザリックにいるものに観戦させることといたします」
「ああ。準備をまかせる」


******

11日夕方

 ラインハルトとエンリは、シルバーの冒険者として少しずつ実績を重ねていた。近いレベルの冒険者との共同討伐を中心に進め、この1日で往復できる狩場でその実力を遺憾なく発揮していた。
 冒険者というのは噂に敏いものだ。強い味方というのは、自分の生存率を引き上げる。そんな新人が現れれば、縁を結ぼうとするものも多い。
 その点、この二人組は夜に冒険者ギルド直営の酒場で食事をとるため、気軽に話すことができた。ラインハルトはすかした顔といわれているが、同時に強者はこうあるべきという雰囲気がある。相方のエンリは聞けば先日まで村娘だったそうで、初な反応が、数少ない女性冒険者に人気となっていた。

 この日、そんな二人はいつもより早い時間に宿に戻っていた。

「ラインハルトさん。そろそろでしょうか」
「ああ、監視している影の悪魔(シャドウ・デーモン)から連絡が来た。クレマンティーヌとやらが動き出したらしい」
「そうですか」

 エンリは椅子に座り、項垂れる。エ・ランテルに到着してから数日。冒険者として活動していろんなことを知った。しかし、総てを受け入れることができるかといえば話は別である。

 現在、エ・ランテルは表沙汰になっていないが未曾有の危機に瀕している。ラインハルトたちの調査の結果、ズーラーノーンと呼ばれる集団の策略でアンデットの大軍が隣接する墓地に集結している。さらに、元漆黒聖典のクレマンティーヌが、入手したアイテムをエンリの友人であるンフィーレアに使用し、なにか企てようとしているのだ。

 今晩動かなければ、シャルティア配下のヴァンパイア・ブライドがアンデットを支配し暴走とみせかけ街を攻撃する。さらに言えば襲撃の際、各階層の冒険者の実力を確認するためにアンデットの手勢を紛れ込ますのだ。

 どちらにしろ、エンリにとっては街の被害を見過ごす事になる。

「もう一度聞こうか?」

 ラインハルトは優しい声色でエンリに問う。

「いえ。聞かれても答えはかわりません」
「よかろう」
「そろそろリィジーさんが来ます。たぶん、この隙をねらうでしょう」
「どちらでもかまわんよ。私としては」

 ラインハルトの言葉に嘘はない。事実、どんな状況であろうと彼の渇望はかわらず、命令もかわらない。なにより彼の乾きを埋めることはできないのだ。ただ無聊を慰めるだけ。

*****

 ラインハルトはギルドの酒場で、リィジーを迎えて会話をしている。もちろん双方聞かれる場というので、内容が穏便かといえばそんなことはない。内容を理解するものがいれば、相当な内容ばかりだ。

「何度も言うが。検証の結果、現在のポーション作成の基本工程に間違いはない。違うのは素材じゃ」
「で、卿はなにをしたい」
「素材があるならよこすのじゃ」

 という感じである。

 聞いているエンリも苦笑いしかできないでいた。必死に錬金術の飛躍のためと言い現在錬金術の課題などを語るリィジーに対し、ラインハルトは知識として学習しているが話題として取り合っていないように見える。

 理由は分かる。足りないからだ。

 自分の渇望を言っていない。対価に余裕がある。必死に訴えているが、それだけだ。

 食事を交えつつ、そんな話が二時間ほど経った頃、ラインハルトからエンリにメッセージがとぶ。

「(シャルティア達が盗賊の釣り上げに成功したようだ。そして彼は捕まった。生きてはいるようだがマジックアイテムによるものか意識は無いようだ)」
「(わかりました)」

 エンリはひとまず友人が死んでいないことにホッとする。
 ラインハルトはメッセージを切ると、リィジーとの会話を打ち切りにかかる。

「興味深い内容だが、一晩で結論はでないようだな。また後日聞くとしよう」
「お前さんが、もっと協力的なら良いものを」
「卿が条件を満たせば協力しよう」
「なら条件を言え」
「自分で気付けぬ内は条件を満たせぬよ。そして気付けば満たしている類いのものだ」

 ラインハルトが席を立つのに合わせ、エンリはリィジーに声をかける。

「もう夜ですので送ります」
「ああ、気にしなくていいよ。エンリ嬢ちゃん。家に帰るだけだから問題ないよ」
「そうですか。じゃあ、また今度」
「それにしても、エンリ嬢ちゃんも、ろくでもない男に捕まってしまったね。だからンフィーレアには、早く行動するようにアレほどいってたのに」

 リィジーは去り際、不甲斐ない孫のことを愚痴る。無論小声であったが、不意にでてしまったものであろう。しかしエンリはしっかりと聞いたが、あえて聞かぬ振りをした。今ならンフィーレアがエンリに向けた感情を理解できるが、応えることはできないからだ。

 もしンフィーレアがもっと早く思いを伝えていれば。
 もしエンリがラインハルトと出会わなければ。
 もしエンリが渇望と才能を知らなければ。
 もしカルネ村にずっといて、ゆっくりエンリとンフィーレアが時間を重ねていれば。

 総ては”たられば”であり、ありもしない空想なのだ。だからエンリは聞かないことにした。



******

11日夜

 墓地側の門番の本番は夜である。
 過去の戦争の影響により、定期的にアンデットが発生する。とはいえ数は一晩でどんなに多くても1・2匹。よって10人警戒すれば、基本問題はなかった。

 しかし、今晩はなぜか違っていた。

 門番をしていた兵士は、必死に走ってくる警戒隊の二人を見つけたのがはじまりだ。

「ひ……は……。早くっ……門を開けてくれ!」
「アンデットが……」

 おかしいと思いつつも兵士達は門を開け、走る兵士を迎え入れる。そうすると走りこんだ兵士が息も絶え絶え叫ぶのだ。

「アンデットの軍勢がいきなり現れた。1000や2000じゃきかないぐらいの大群だ!」
「おい、ほかの奴らはどうした」
「いきなり襲われて、みんな食われちまった」

 門番の隊長が、逃げてきた兵士に問うた結果は最悪の一言だった。冗談にしては鬼気迫るものがあるし、鎧の端々になにか攻撃を受けた後が見える。

「おい、上から見えるか」

 夜の暗闇ではロクに遠くは見えない。しかし今晩はなんの符号かわからないが、満月。少々遠くなら確認できる。そして帰ってきた言葉は、その場にいるもの達にとって最悪の予想に合致するものであった。

「遠くに大量の人影のようなものがうごめいてます。数はとても数えられません。1000どころじゃない。万はいるぞ」
「連絡役や守備隊に連絡。非常事態だ!冒険者ギルドにも応援を要請しろ。残りのものは武装して門の上から迎撃準備」
「了解!」

 その声とともに連絡役は守備隊の詰め所に向けて走り、必死に準備をはじめたのだ。
 しかし準備が終わるころ、門の外はアンデットの海が出来ていた。

 スケルトン、スケルトン・アーチャー、ゾンビ、食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)黄光の屍(ワイト)などなど、低級のあらゆるアンデットであふれていた。
 
 アンデットの先頭はすでに城壁に取り付き登りはじめる。門に近いものは力の限り殴り壊そうとする。

 兵士達にとって恐怖以外の何物でもない。

 必死に槍やメイスを振るい、ズルズルと腐臭を撒き散らし這い上がるゾンビを門の上から叩き落とす。しかしアンデットは落ちて動けなくなった仲間を足場に、また群がる。

 アンデットにはこの城壁を越えれば、自分たちの獲物がいることを分かっているように、的確にそして執拗に攻め立てる。

 一人の兵士が、振るった槍を捕まれ、門の上から引きずり降ろされる。

 無論鎧を着ており胴や頭は守られているが、落ちれば最後。指の先から顔からゾンビらに貪り食われる。むしろ鎧を着ていないほうが苦痛は短かったのではないかというほどの、断末魔が響き渡る。

「増援はまだか!」
「まだ連絡役も戻ってきません」
「くそ!」

 全員が敬虔な信徒ではないが、こんな時は決まって神に祈り救いを求める。しかし救いなどありはしない。

 一人はゾンビに貪り食われた。
 一人はスケルトン・アーチャーの骨の矢に刺さり、門から転落して死んだ。
 一人は内臓の卵(オーガン・エッグ)の操るぶよぶよした内臓に捕まり引きずり降ろされた。

 だれもが諦めかけた時、街の鐘がなり緊急事態を告げる。

「総員撤退。内側の門で防衛戦を引くぞ」
「了解」

 隊長の言葉に、一斉に移動を開始し、なんとか逃げ出すことができたのは10名にも満たない状態だった。そして振り返った一人の兵士が見たのは、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)によって門が破壊される瞬間であった。

******

 街には鐘が鳴り響き、混乱が広がる。
 
 すでに第一の門がアンデットの軍勢によって破られたことが、口々に噂される。冒険者ギルドでは緊急招集をかけ、アイアン以上の冒険者に協力を依頼。提示された報酬は微々たるものだが、多くの冒険者が街のためにと参加していた。

 そんな混乱する街を観察する多くの”目”があることに気づくものはいない。

「(ラインハルト様。混乱に乗じこの街にいるシルバー以上の冒険者に仕掛けました。レッサー・ヴァンパイアを出しましたところ、ミスリルは撃退できたようですが、プラチナでギリギリ、ソレ以下は殺す前に撤退させました)」
「(了解した、そろそろこちらも動く、適度に調査物資の確保後撤退せよ)」
「(はっ)」

 ラインハルトはメッセージで後方支援をするヴァンパイア・ブライドに指示を出し、立ち上がる。それを、すでにフル装備のエンリとハムスケが待機している。

「これより冒険者ギルドに向かう、その後は分かっているな」
「はい。全力で救います」
「ハムスケもエンリの指揮下で励め」
「分かり申した。ハイドリヒ卿」

 3人は宿を出て冒険者ギルドに向かうのだった。

 街は混乱している。

 戦闘能力の無い一般市民は、門扉を閉じ引きこもるか、貴重品を持って逃げ出そうとするも者達であふれる。

 教会を見れば、けが人や避難した人を受け入れ治療を施している。中には戦いを挑み、幸運にも後方に下がることができたものも居るようだ。

 しかし一様に混乱しており、パニックの果ての全滅が見え隠れしている。
 
「これはギルド長殿」

 ラインハルトらが冒険者ギルドに到着すると、慌ただしく動くギルドの職員に囲まれた中、武装するギルド長が待ち構えていた。

「おお、これはハイドリヒ殿良い所に。ぜひ街の防衛に参加してほしいのだが」
「ああ、そのつもりで訪れたのだ。ただし数が多い。少々派手にやるため相応の被害も出るが良いか」

 ラインハルトは、ギルド長に対し条件をつきつける。

「街や人命への被害は最小限に努力してくれるのなら、それでもかまわん」
「了解した」
「ああ、だれでもいい!ンフィーレアを助けてほしいのじゃ!」

 ラインハルトとギルド長の話がまとまった時、冒険者ギルドにある者が飛び込んできた。
 ある者。レィジー・バレアレが必死の形相で飛び込んできたのだ。

「どうした」
「ンフィーレアが攫われた!」

 そういうと、リィジー・バレアレは血で汚れた布を差し出す。そこにはンフィーレアの誘拐犯が地下下水道に降り、助けるつもりなら金を持って来いという内容の脅迫文が書かれていた。
 それを見たギルド長はこうもらした。

「婆さん。俺は現役のころからあんたに世話になってた。できるなら手を貸したいが、今の状況はわかるだろう。街が陥落の危機なんだ。人は回せんよ」
「そこを何とか。孫はわしの生きる希望なんじゃ」

 縋り付くリィジー・バレアレの懇願に、ギルド長も苦い顔をする。ギルド長も縁も恩もあり、可能なら助けたいと考えている。しかし街を優先することが己の責務と認識しているのだ。

 そんな時、ラインハルトが静かに宣言する。

「良かろう。街もンフィーレアも共に救おう。無論救いに行った時に死んでいたとしても蘇生魔法の行使まで含めてだ」

 その言葉に、その場にいる者たちはまるで地獄に救いの糸を垂れる神の姿を見た気がした。
 もっとも、実態は悪魔の取引であるのだが。

「わかった、わしの総てを差し出そう。孫をンフィーレアを助けてくれ」
「よかろう。このラインハルト・ハイドリヒがしかと聞き届けた」

 そう言うとラインハルトは黄金のオーラを放ちながら、冒険者ギルドを出る。それにエンリとハムスケは付き従うのだった。


******

 この夜における激戦地がどこかと言われれば、共同墓地付近の外周部と誰もが口を揃えていうだろう。
 
 多くのアンデットが破壊され、多くの冒険者と兵がその身を削る。生きるものはその守るもののために戦い、死せる者は生への執着をもって拳を振り上げる。
 少数のアンデットが迂回や塀を乗り越え入り込んでこそいるが、ほとんどはここに集中していた。

 そんな戦場のまっただ中、聳え立つ城塞塔の上に巨大な魔獣にまたがったエンリとラインハルトが降り立った。


 ハムスケはまだ装備らしい装備を持っていないが、生来の毛皮だけでも強靭な鎧となる。
 対するエンリは黒い軍服に鉾、角笛に種とも卵ともつかない首飾り。どれもが強力な魔法の品であることが伺える。
 そしてラインハルト・ハイドリヒは白い軍服に黒い上着を肩にかけ、手には黄金の槍を携える。
 この3人の出で立ちは、そこに有るだけで人の注目を集めざるを得なかった。

「では、はじめるとしようか」
「はい」

 エンリは、鉾に閉じていた布、いや旗を広げる。
 それは風もないのにはためいた。

ーーーー我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

「傾聴!これより我らが黄金の獣は、その爪牙をもって敵を一掃する。総軍は、私達の指揮下に集うべし。敵を大防壁の向こうまで押し戻しなさい」

 城塞塔にはためく旗。そこには少女と魔獣。そして黄金の獣。そして少女の声は街中に響き渡る。まるで魔法のように。

 いや、魔法である。

 エンリの持つ聖遺物級(レリック)アイテム 我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)は、鉾として使えばそこそこの武器でしかない。しかし一度名を持って発動すれば、自分の戦場に参加する味方に対し、声を届け、防御バフ・攻撃バフ・精神バッドステータス無効、高揚など数々の加護を与える。無論強力な能力の代償に発動中は、使用者が誰かを直接攻撃すれば総て自分に跳ね返るのだが……。

 今エンリの手で発動したことによって、街の防衛に参加していたもの、守られていたもの、攻撃するアンデットさえもがエンリのことを注目する。
 そして味方は先ほどまでの恐怖から解放されたことを察し、勇気があふれることを感じる。

 そう

 あと少し生き残れば、

 この声に従えば生き残れるのだと。

 しかし、エンリの奇跡はまだ続いていた。懐からもう一つの魔法具、魔封じの水晶を取り出しゲートを開く。そこから19匹の武装したゴブリン。本来敵で有るはずのゴブリンが彼女の旗の下に集っているのだ。

「ハムスケさん!ジュゲムさん!総員門の前の敵を掃討し防衛線を押し上げてください」
「いくでござる!」
「姉さんの指示だいくぞおおおお!」
「おおおおお!」

 魔獣・亜人の軍隊が一斉にアンデットに襲いかかる。
 魔獣の突進で、前線のスケルトンは弾き飛ばされ、砕け散る。
 突進を脇に避けてたゾンビの頭を、ゴブリンの軍勢が打ち砕く。

 いままで、敵の物量に押され狂騒に駆られそうになっていた前線の士気が戻る。そして一人、また一人と魔獣の軍勢に加わるのだ。

「では、我が愛を示すとしよう」

 足元に広がる戦場をみて、高揚したようにラインハルトが宣言する。
 その瞬間、ラインハルトを中心に巨大な、そして数十の幾何学模様やルーンが組み合わさった立体の魔法陣が展開される。
 その光景の異様さは、その場に居るものだけでなく、今回観戦していたナザリック地下大墳墓 第九層の会議室に集う面々も驚いていた。

「モモンガ様、あれはまさか超位魔法でしょうか」
「ああ、パンドラズ・アクターの能力はあの超位魔法とワールドアイテムを組み合わせることで完成する」

 アウラが守護者を代表してモモンガに質問する。そしてモモンガの答えにアルベドが重ねて質問する。

「モモンガ様。ラインハルトはドッペルゲンガーであると認識しておりますが、彼の能力はそのようなものだけなのでしょうか」
「というと?」
「彼が見せてきた多種多様なスキルに魔法。その総てを収めるには一つの体では足りぬかと」

 そう、それこそがアルベドの疑問であった。
 
「細かい話はまたの機会としよう。今言えるのは、パンドラズアクターは想念(キャラクター情報)を取り込む。その基盤は41人の至高の存在の想念(情報) 。 それらを再現できるが制約もある。しかしあの超位魔法とワールドアイテム(聖約・運命の神槍)をもって、最低でも数千の命を取り込んだモニュメント()を生み出せば、虚像は実像となり多くの制約から解放される」
「まさか、ラインハルトは至高の御方の再来を可能にしているのでしょうか」
「所詮は影、幻像だがな。しかしその総てを継承しているともいえる」
「そん……な」

 その話を聞き、質問したアルベドだけではない。聞いた総ての守護者が声を失う。なぜなら、パンドラズ・アクターは至高の御方(おのが主)の能力の一片を有しているというのだから。

「どうやらはじまるぞ」

 モモンガの声に全員が戦場に視線を向ける。

 その時、戦場では巨大な魔法陣が天を覆いつくす。

その男は墓に住み(Dieser Mann wohnte in den Gruften, )あらゆる者も あらゆる鎖も ( und niemand konnte ihm keine mehr, )

 戦場で戦う人間達は、今こそと剣を振るう。

あらゆる総てを持ってしても(nicht sogar mit)繋ぎ止めることが出来ない( einer Kette,binden. ) 」

  アンデット達は、本能で気が付き何としても止めようと動くも、魔獣の軍勢に阻まれる。

彼は縛鎖を千切り 枷を壊し (Er ris die Katten auseinander)狂い泣き叫ぶ墓の主(und brach die Eisen auf seinen Fusen. )

 遠くから見ていた住民は、あれが希望の光と祈る

この世のありとあらゆるモノ総て(Niemand war stark genug,)彼を抑える力を持たない(um ihn zu unterwerfen. ) 」

 隣に立つエンリは、その光に身をまかせ世界が変わる瞬間を感じている。

ゆえ 神は問われた 貴様は何者か (Dann fragte ihn Jesus. Was ist Ihr Name?) 愚問なり 無知蒙昧 知らぬならば答えよう(Es ist eine dumme Frage. Ich antworte.)

 ナザリックから見ていたアルベドをはじめとした守護者たちでさえ、巻き起こる魔力の放流に固唾をのんで見守った。

我が名はレギオン (Mein Name ist Legion― )

(なんで詠唱してるの。馬鹿なの、死ぬの)
 モモンガは、超位魔法発動に不要な詠唱、しかもドイツ語のそれを聞いて盛大に感情の強制沈静化が発生していた。むしろ沈静化エフェクトが連続過ぎて、何らかのダメージを負っているのではないかと疑うほどにだ。

創造 至高天・黄金冠す第五宇宙 (Briah― Gladsheimr―Gullinkambi fünfte Weltall )

 超位魔法 黄金練成が発動し、一陣の光が駆け巡る。その光に触れたアンデット、約2万がまるで糸が切れたように倒れ伏したのだ。
 戦っていたもの兵士や冒険者達は、突然のことに誰もが反応できなかった。アンデットが死んだことさえ認識できないものが多数いた。しかし後に続いた現象で嫌がおうにも理解させられた。
 倒れ伏したアンデットの屍の上に巨大な歪な十字架を宿したモニュメントが出現し、アンデットが光となり吸い込まれたのだ。

 だれもがその時、終わりを感じていた。

 しかし、まだ終わらない。
 終わらせない。

 今回の本来の首謀者はカジット・バダンテールは、スケリトル・ドラゴンを従え、いくばくか残ったアンデットの軍勢を率いて現れたのだ。


******

 「なぜだ!なぜ失敗した。死の螺旋さえも発動し、レッサーヴァンパイアも発生した。なのになぜ軍勢が消え去った!」

 秘密結社ズーラーノーンの幹部にして今回の首謀者、カジット・バダンテールは叫ばずにはいられなかった。

 何年も費やし準備を勧めていた計画が、しかも直前までうまくいって大量の負のエネルギーを集めることができていたのだ。しかもアンデッドを大量に使役し町を死都に変える魔法儀式”死の螺旋”も途中までうまくいっておりレッサーヴァンパイアまで出現したほどなのだ。
 
 しかし、気が付けばアンデットの軍勢は一掃されてしまったのだ。

 カジットに時間はない。亡き母を復活させるための時間がないのだ。今潜伏して再度準備を行おうにも、それをなす時間がないのだ。

 故に、愚かにも怒りに任せて表にでてしまった。

 しかし、かれの言葉に応えるものがいた。

「私は総て愛している。例外はない」
「なにを言っている」
「我が愛は破壊の慕情。ゆえに総てを壊そう」
「ならば、私が貴様を殺しその負のエネルギーを奪い尽くしくれる。行けスケリトル・ドラゴン」

 カジットの命令を受け、骨のドラゴンはその巨大な翼をはためかせる。

「GUUOOOOO!!」

 そして大気を震わす雄叫びを上げ、城塞塔のラインハルトの元に飛び立った。

ーーーー龍雷(ドラゴン・ライトニング)

 ラインハルトが第五位階の魔法を唱える。
 あたりは雷化し、空気ははじけ飛び迫り来るスケリトル・ドラゴンを襲う。しかしスケリトル・ドラゴンは意にも返さず突っ込む。

「スケリトル・ドラゴンは魔法に対する絶対耐性を持っている。貴様の魔法なんぞ通じんぞ。じわじわ嬲り殺されるがよい」

 それを見たハムスケらは叫ぶ。


「ハイドリヒ卿!エンリ殿!」
「姉さん!」

 スケリトル・ドラゴンはその巨体から生まれた力を余すこと無く、城塞塔に叩きつける。
 天頂部は崩落し、あたりが煙に覆われる。
 だれもが無事でいないと思った。

 しかし、黄金の獣は旗を持った少女を抱き上げ、悠然と地に降り立ったのだ。

「フライの魔法か、面倒なもの」

 いち早く真実にたどり着いたカジットは忌々しそうに言う。しかし、その声はラインハルトには届いていなかった。

「(パンドラズ・アクターよ、ナザリックの威をしめせ)」
「(了解した。我が半身よ)」

 ラインハルトは、エンリを下ろすと下がらせる。

「その程度では愛がたりんよ」
「ぬかせマジックキャスター。貴様の魔法では、スケリトル・ドラゴンを殺せん」
「では愛児に教育をしようか。スケリトル・ドラゴンの魔法耐性は第6位階まで。故にそれ以上であれば、倒すことは可能だ」
「人類は大儀式でしか第七位階以上の魔法を扱えん。そんな常識を知らぬから、貴様はここで死ぬのだ」

 カジットにおいて、すでにラインハルトの言葉は敗者の戯れ言にすぎなかった。

「アインズ・ウール・ゴウンの守護者。ラインハルト・ハイドリヒ。ここに真なる魔法を見せよう」

 その瞬間、ラインハルトが放っていた黄金の覇気は、漆黒の死のオーラと代わる。黄金の立ち姿は、一瞬黒いローブを身にまとう骸骨のようにも見えた。


暗黒孔(ブラックホール)

 あたりは漆黒の闇に覆われる。先程まで巨大な翼を広げいまにも襲いかからんとしていたスケリトル・ドラゴンが、その暗黒の孔に吸い込まれてしまったのだ。

 そう。
 一瞬で。

 あまりにも、あまりにあっけない幕引きに誰もが目を疑った。
 スケリトル・ドラゴンの強さは冒険者や兵士、子供ですらお伽話程度で聞いたことさえある。その強力無比なアンデットが一撃で倒されたのだ。

「では、今宵の劇はここまでだ。これより先は蛇足にすぎん。用もある故、終わった役者には一度退場していただこうか」

 その言葉と共に振るわれたラインハルトの槍で、カジットの首は刎ね飛ばされたのだった。













※悲報:獣殿……もうなんでもありだね。ごめんなさい。しかも45以上の姿を保持してるし……。まあそんな二次小説とおもってご容赦ください。

ンフィーとクレマンティーヌについては次回予定。



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第3話

もっさん3666様、5837様、河灯 泉様、金欠鬼様

誤字報告ありがとうございます。
足を向けて寝られませんが方向がわからず、普通に寝ます(ぉ


ナザリック地下大墳墓 第九層 会議室

 先ほどまで、エ・ランテル戦の観戦および戦術分析などが行われていた。しかし、いわゆるここからは舞台裏というので、パンドラズ・アクターが妨害系魔法を展開し、その見世物も終了となった。

 ナザリック最高指導者であるモモンガを筆頭に、現在任務で抜けているシャルティアおよびセバス以外の守護者が観戦していたが、得られた情報は多岐に渡っていた。

「アルベド。人類の都市防衛時における行動指針の分析を任せる。報告書にまとめた後、守護者各位に回覧せよ」
「かしこまりました」

 モモンガは先ず補佐役であるアルベドに指示を出すのだった。そして周りを見渡すと、一様に考えごとをしているように見えた。そこで、水を向けることにしたのだが、後から考えれば失敗であった。

「デミウルゴス。先ほどの戦闘でなにか気になることがあったか?」
「いえ、先ほどラインハルトの超位魔法発動時にモモンガ様に回復エフェクトが走っていたような。なにか関係があるのかと」
「えっ」
「うん。僕も気になった。モモンガ様に何があったのかなって」

 モモンガは、先ほどの戦闘でパンドラズ・アクターに見せ付けられた黒歴史によって、感情の強制沈静化連続発生させ、よりにもよって部下に見られてしまったのだ。

「アレほどの魂を収奪し蓄積したのよ。創造主であるモモンガ様にフィードバックがあってしかるべきよ」
「あっ」
「なるほど、ではラインハルトにあのモニュメントを作らせる機会があったら実行させるべきですね」
「条件は大量の魂を獲得するという感じかな、大規模戦闘の時にうまく作ってもらえれば、モモンガ様への供物にもなるんですね」

(いやいやいや、なんで黒歴史に反応しただけで、こんな面倒なことに。てかアレを毎回見せられてリアクション芸人ばりに反応しないとイケないの?!)
 モモンガはある意味絶望していた。たしかにあのモニュメントを複数立て、スワスチカを構成できれば、ワールドアイテム経由ではあるが巨大なマナプールとして利用できる。守護者達の言い分も間違ってはいない。

 だが、そんなどうでもいい時間はここまでだった。

 モモンガ宛にソリュシャンからメッセージが飛んできた。そして同時にスレイン法国の使節団を監視していた影の悪魔(シャドウ・デーモン)からデミウルゴス宛にもメッセージが飛んできたのだった。



******

エ・ランテル 共同墓地

 ラインハルトは、エンリやハムスケらを連れ、霊廟に向かっていた。

 すでにラインハルトの超位魔法によりアンデットは壊滅し、首謀者のカジットも討ち取られている。しかし、まだ若干の残党がおり兵士や冒険者達は巡回しながら負傷者の救助などを行っていた。ラインハルトも、その行軍のさなか、多くの兵や冒険者に治癒の魔法を施し救っていた。

 しかし、ラインハルトはもう一つの依頼を受けているため、この霊廟に向かってきたのだ。

「卿らはここで、出入口を固めるように。まだ奥に敵が残っていよう」
「かしこまりました」

 ラインハルトはエンリ達に霊廟の出入口を封鎖させると、その奥に入っていくのだった。

 霊廟。建てられたのはそれなりに昔なのだろう。壁の風化などに歴史を感じることができる。また先ほどまでアンデットの軍勢が内側から通ったため、いたるところに傷が残っている。

 逆に言えば、大量のアンデットの進軍により、本来は隠すことができていた神殿の入り口も、その役目を全うすることができず、壁に見えるが床を見れば引きずった跡だらけという状態となっていた。

 ラインハルトはそんな霊廟を迷うことなく、トラップも仕掛けも総て破壊し突き進むのだった。

 何度か階段を降りかなり深い場所まで進むと、開けた場所にたどり着いた。壁などには祭壇が形成され、至る所に神具と思わしきものが置かれ、一部地下水もつかった儀式場であることが見てとれる。

 その真ん中には、棒立ちになった少年が一人。
 
 ラインハルトと面識があるンフィーレアである。両目から血を流し、無駄に豪奢なティアラのようであり、髪飾りのようでもあるものを装備している。

 しかし一人だけ。

「すでに幕引きは終わった。役者は退場するもの。それとも、卿には舞台に上がり続ける理由でもあるのかな」

 霊廟の地下神殿。

 そこに響き渡るラインハルトの声に、反応するものはいない。

「もし、このまま消えるというなら私は見逃そう」
「さっきから首筋に感じる視線は、あんただけのものじゃないよねぇ。あんたが見逃しても、しっかり追手が仕掛けてくるだろうさ」

 二度目の声に祭壇の影から、一つの影がでてくる。雰囲気からは女の戦士。マントである程度隠しているが無論武装をしていることだろう。

「卿がクレマンティーヌとやらか。元漆黒聖典。この数日調査した限りでは、人類でも上位の実力者といったところか」
「で~よ~く調べてるねごくろうさん。で、外で大暴れした黄金の獣とやらが、私に何の用だい」

 クレマンティーヌは、本来カジットの襲撃の混乱をついて、追手から逃げるつもりであった。

 その計画は半ばまで成功した。しかしいざ逃げようとした時に、目の前の男によるアンデットの一掃。加えてスケリトル・ドラゴンすら魔法一つで討滅されてしまったのだ。

 ほとぼりが覚めるまで隠れるしかないかと、腹をくくった矢先に今度は問題の男が現れて自分のことをある程度調べていたのだ。

「どうやら、カジッちゃんの計画も私の計画もバレてたみたいだね。やるね~」

 クレマンティーヌはおどけた調子で、ラインハルトのことを褒める。しかしラインハルトの表情は変わることがなかった。

「で、そこの坊やを回収してめでたしめでたしって幕引きはどう?」
「思ってもいないことを言って情報を引き出すのは常套手段だが、私には効かぬよ」
「じゃあ、てめえを切り裂いて突破するしか無いってことだねえ。このクレマンティーヌ様を本気にさせるんだ、その魂をベットしてもらおうかねえぇ」
「よかろう。私を殺せるなら、手のものにも追わせんよ」

 そういうとラインハルトは、一つの魔法を発動させる。

ーーーー結界(シーマー・バンダ)

 まるで薄い光の膜のようなものがラインハルトとクレマンティーヌを巻き込み一定の空間が切り取られる。その瞬間クレマンティーヌは舌打ちする。

「なに、私を殺すことができればこの結界も解ける。約束はたがえぬよ」
「言ってくれるねえ。しかしいいのかい?あんた高位のマジックキャスターだろぅ。こんな密閉空間だとフライで飛び上がってファイアボールの連打で勝つとか出来ないし、自分で選択肢を狭めるようなもんじゃない?」
「異なことを。同じ領域の闘争こそ美味。そうは思わんかね?」
「へえ、たかがマジックキャスターが人類最強の戦士であるあたしと互角って言うんなら、とんだ思い上がりだねっ!」

 そう言うと、クレマンティーヌはスティレットを抜き、一直線に間合いを詰め胴に向かって突き出す。その動作には微塵の無駄はなく、長年の研鑽を感じさせるものであった。

 しかし、ラインハルトはその攻撃上に槍を置くことで難なく受けて見せる。

 今の一撃でクレマンティーヌは相手が尋常ならざる身体能力を持っていることを理解した。なぜなら最短距離を詰める刺突攻撃を、近接戦闘では取り回しの難しい槍でやすやすと受けたのだから。

「へえ、やるねえ。じゃあ次はこんなのはどうだい!」

ーーーー武技 疾風走破

 クレマンティーヌは右手のスティレットを構え、武技で加速した踏み込みでラインハルトの懐に入り込む。普通の戦士であれば、ここまで入られれば対処することも出来ず、一撃を覚悟し防御や迎撃を行うだろう。特に槍使いなら武器を捨てるぐらいの選択肢を突き付けられる。

 しかし目の前の男は普通ではない。

 クレマンティーヌの加速に乗った刺突を、中段から上段に槍を回すような動きで受けてしまったのだ。回したのは右手首だけ。つまりクレマンティーヌの突進の威力を、右手首の回転だけで受けたようなものなのだ。

 しかし、クレマンティーヌは驚かない。すでに相手を漆黒聖典の番外席次と同等と設定している。どんな方法であれ、防がれると踏んでいた。右腕は下段から葉鹿で上にあがり同じように上半身も勢いで引き上げられる。

ーーーー武技 即応反射

 クレマンティーヌの上半身が邪魔になって見えないラインハルトの視線の外においた左手で、スティレットを抜き放ちラインハルトの太ももを刺し貫く。

 しかし、ラインハルトは右手首で回転させる槍に、左手を添えさらに半回転を加える。もし俯瞰的に見ていた者が居たら、槍をまるで時計の針のように回したように見えたであろう。その回す軌道とタイミングだけでクレマンティーヌの第二の刃を迎撃してしまったのだ。

 クレマンテーヌは、表と裏の二段攻撃を迎撃されたため、一度大きく飛び距離をおく。

「どうした。まだ二合撃ち合ったに過ぎぬぞ」

 普段のクレマンティーヌなら、相手の精神を逆撫でするようなことを言って精神を揺さぶり、少しでも隙を作ろうとしたであろう。

 しかし、そんな余裕はない。

 自然と湧き上がる何かを感じ取り、絡めとり、闘争本能に紐付ける。

「ふははは。いいね、いいね!」

 クレマンティーヌは、壮絶な笑みを浮かべながら、連撃を仕掛ける。

 右肩、左わき、喉、目、左太もも、肝臓、心臓

 リズムを変えた変速の七連撃がラインハルトを襲う。しかし、総てを体裁きと槍の打ち払いで躱される。

 技後は筋肉が必ず硬直する。その隙にラインハルトは左足を蹴り上げる。

ーーーー武技 不落要塞

 しかしクレマンテーヌは防御系武技でダメージを緩和する。むしろその蹴られた勢いをもって距離を取る。いや、蹴られた勢いを利用しながら、右手でラインハルトの肩を掴みさらに飛ばされる角度を変える。

 結果、着地した先はラインハルトの右隣り。
 そして、今、ラインハルトは槍を左手で握っている。

 クレマンティーヌは、攻撃を躱されることも、さらに硬直の隙を突かれて吹き飛ばされることも計算したのだ。

ーーーー武技 能力向上

 クレマンティーヌの右手のスティレットを右背中に突き刺す。しかし、その剣先はラインハルトの肉をえぐることはなかった。

ーーーー火球(ファイアーボール)

 ラインハルトの体が、爆炎に包まれる。

ーーーー武技 超回避

 クレマンティーヌは何かを感じ、緊急回避の武技を発動し距離を取る。しかしその感覚は正しかった。回避した先に、黄金の槍の刺突が走り抜ける。

「武技も使わず、その能力と技能。どんな修羅場を通れば、そうなるんだろうねえ」
「我が宇宙(ヴェルトール)に溶ける愛児達の経験だよ」
「へえ、じゃあ私があんたに殺されたら、その一つに成るのかい?」
「ふむ。そうなるな」

 そういうと、先ほどまでと同じように二人はまた距離をとる。
 いや、今までと違う。
 クレマンティーヌもラインハルトも明確な構えをしたのだ。

 クレマンティーヌは腰と上半身を低く落とし、まるで女豹のように構える。対するラインハルトは半身になり黄金の槍を刺突の型をとる。

ーーーー武技 疾風走破/能力超向上

 武技の発動とともにまるで弾かれるようにクレマンティーヌが踏み込む。今までであれば、それで終わりだっただろう。

「波立て遊べよ……Csejte Ungarn Nachtzehrer(拷問城の食人影)

 先ほどまで一切利用しなかった、ユグドラシルのスキル。影縫い。
 発動した瞬間、クレマンティーヌは総ての慣性を無視して縫い付けられたように動きが止まる。

「ぐうっ!?」
 
 急に停止したクレマンティーヌは、呼吸が乱れ大きく息を吐く。しかしそれだけではなかった。
その止まった体に槍が突き立てられる。

「ここで終わるか!私はあいつを殺すまで終わりはしない!!」

ーーーー武技 超回避

 強引に、武技で回避する。しかし無理な体勢であったため、左足の肉が裂ける。しかしその甲斐あって攻撃の瞬間に拘束が解ける。

ーーーー武技 流水加速

 残った右足でクレマンテーヌは加速し飛び上がる。そしてラインハルトにまるで抱きつくように首と脊椎にスティレットを突き立て、最後に電撃(ライトニング)を発動する。

 しかしラインハルトはクレマンテーヌをまるで恋人のように抱きとめた。

「はは、これでも殺せないのか・・・」
「卿が嘆くことはない。卿の愛は十分に感じることができたよ。ただ最後の一線を超えることができなかっただけだ」

 クレマンティーヌはすでに、武技を使う精神力を使いきっている。

「もしあんたの一つになるなら、これだけは叶えてほしい」
「なんだね」
「漆黒聖典第五席次クアイエッセ・ハゼイア・クインティアを殺してくれ」
「よかろう。sollst sanft in (我が腕の中で愛しい者よ )meinen Armen schlafen!.(永劫安らかに眠るがいい)

 クレマンティーヌは、ラインハルトに崩れ落ちながら最期まで抱きしめられるのだった。

******

 霊廟からラインハルトが出てきたとき、空が白みはじめた。思った以上に中にいたようだ。

「ラインハルトさん。ンフィーレアは?」

 出てきたラインハルトの腕には、男が抱かれていた。

「両目は潰れ、さらに精神的に死んでいたので蘇生した。今はスリープの魔法で眠らせている」
「そうですか」

 エンリも蘇生させたという言葉に反応するも、少なくとも今生きていることを喜ぶことにした。

「では、戻りましょうか」
「ああ、そうしようか」

 そういって冒険者ギルドに移動する。
 しかし、今日の騒動はこれで終わることはなかった。
 ギルドに、大きな馬車が一台横付けされていた。
 
 中に入ると、ギルド長といっしょに銀髪が映える美しい少女と老執事が待っていた。そしてラインハルトを見つけるやいなや跪き乞うたのだ。

「あなたがラインハルト・ハイドリヒ様ですね。どうかヴァンパイアの脅威からお救いください」




正直、次の更新は時間がかかると思います。

予想通りシャルティア戦なんですが、どうするか考えなおさないといけないのですよね。

っぶっちゃけモモンガ様一人で倒してしゅ~りょ~とならない事態になっているので。
法国の扱いとか。


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第4話

いつも通り独自解釈や独自設定あり。オリキャラあり。


12日夜明け前 エ・ランテル 冒険者ギルド

 銀髪の少女と老紳士は、ラインハルトの姿を確認するや否や回りの目を気にせずに跪いて 乞うのだった。

「どうか。ヴァンパイアの脅威からお救いください」

 普通の冒険者であればどのように対応するだろうか。そもそも条件・状況を聞くのだろうか。それとも信用しないのだろうか。少なくともこの少女の言葉には、多くのものが不足していた。

 その様子に、さすがのギルド長も困った顔をする。冒険者ギルドの長という仕事をしていれば、このように助けを求めてくるものの話を聞くことは多い。悪いことは重なる。大きな事件と同時に、大小様々なトラブルが発生することはよくあることだ。しかし、よりによってヴァンパイアである。

 なによりタイミングが悪い。本当にヴァンパイア討伐であれば、対処できるのはミスリル以上の冒険者チームとなる。しかし昨晩の騒動でこの街を拠点とするミスリルの冒険者チームは、レッサーヴァンパイアと対峙し消耗している。

 そんな彼ら以外で対応可能なのは、かろうじてという注釈付きで引退したギルド長本人か、目の前の男のみ。しかし消耗と言う点では、目の前に立つ今回の立役者、ラインハルトも変わらない。いや、それどころかアダマンタイト級冒険者であっても可能か分からない大魔法を発動させ、さらにスケリトル・ドラゴンさえも葬っているのだ。

 そんな状況にあって、ラインハルトは静かに銀髪の少女の目を見る。

 その瞳には、確固たる意志が映る。なにより、その意志を隠そうともしないことにラインハルトは興味をもった。

「よかろう。その依頼受けよう」
「ラインハルトさん?!いえ、一晩中戦い続けたのですから。せめて一度宿に戻るのはいかがでしょう?」
「そうだ。一休憩してから顔を出してくれ。ちょうど別件で活動していた冒険者から類似の情報が上がってきた。情報整理の時間もほしいからな」

 少女の依頼をそのまま受けで出立してしまいそうなラインハルトを見て、さすがにエンリとギルド長は止めに掛かる。
 またギルド長には野盗討伐を実施していたアイアンの冒険者チームから、ヴァンパイアらしき存在と遭遇したという連絡も今しがた入ったのだ。

 せめて情報をまとめるまで。

 せめて休憩し体調を整えるまで。

 二人の思惑に大きな違いは無く、ここで一休憩を入れた後、打ち合わせと決まったのだった。


******

11日深夜 ナザリック地下大墳墓 第九層

 少し時間を遡る。

 ナザリック地下大墳墓 第九層の一室で、先ほどまでエ・ランテルにおけるラインハルトの戦いをモモンガと守護者達は観戦していた。しかし、その終わりと同時に別任務で行動中のソリュシャンからもたらされた情報に、モモンガは愕然とした。

「確認するぞ。釣り上げた盗賊の討伐により、武技の使い手の確保に成功した。しかし同じ盗賊を討伐に来た冒険者と遭遇し戦闘。その際に逃がしたレンジャーを追う途中、民間人の護衛と戦闘となる。結果、民間人とレンジャーを取り逃がし、シャルティアは何かの術を受けて無反応状態になったと」

 モモンガは、ソリュシャンとのメッセージをあえて声を出すことで、周りにいる守護者達にも聴かせる。

「モモンガ様。その民間人ですが、先日ご報告したスレイン法国の使節団のものでした。監視していた影の悪魔(シャドウ・デーモン)からの報告では、シャルティアが突然現れ攻撃。何らかのアイテムを利用しシャルティアを拘束するも、使用者は重症。メンバーにも死亡者が出たため、撤退しました」

 モモンガとデミウルゴスの説明を聞く限り、意図しない遭遇戦が発生したのだろう。その場にいる誰もがそう認識(・・)できる内容だった。

「あのおバカ。どうせ興奮して周りが見えなくなって、冒険者をとり逃がしたわね」

 小声ではあるが、アウラがシャルティアに毒づく。

ーーーーマスターソース

 モモンガは、虚空にギルド管理インターフェースを呼び出す。そしてNPCの項目を開くとそこには、アルベドを始めにナザリックの全NPCが表示されている。しかしシャルティアの項目を確認すると、通常は白文字のところが赤文字となっており、精神支配により一時的な敵対行動中を表すものとなっていた。

「アルベド。この項目は精神支配などによる一時的敵対行動の表示で相違ないな」
「はい。もし死亡した場合は一時的に項目から名前が削除されますので、間違いないかと」
「アンデットの精神攻撃無効化を超える精神支配か」

 モモンガは立ち上がり、右手を前方に突き出すと絶望のオーラがあふれだす。オーラに煽られた漆黒のローブの裾が翻りその禍々しさを引き立てる。

「アウラ・マーレ・コキュートス。三名は、ナザリックの防衛レベルを最高まで引き上げよ。デミウルゴスはスレイン法国の使節の監視と合わせて、周囲一帯の監視を強化。また監視しているものがいれば逆探査を行い、素性や思惑を把握の上で遮断せよ。もし何か見つけたら最優先で私に連絡をするのだ」
「畏まりました」

 アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴスはそれぞれ敬々しく礼をとり対応にとりかかる。

「アルベドはフル装備を整えた後、私と共にシャルティアの元に向かうぞ」
「畏まりました」
「これでシャルティアを回収できれば良いのだがな」

 そういうと、モモンガは骨の指にはめられた流星を模った指輪を見ながら呟くのだった。

******

12日夜明け前 エ・ランテル 宿屋

 ラインハルトは装備を外し、準備してもらった湯で体を簡単に拭う。人外とはいえ埃をかぶれば汚れるし、ゾンビと戦えばその匂いも付く。アンデットが多く存在するナザリックの場合、第九層などにはゾンビ系はほぼ居らず、空調も掃除も行き届いていたので気にすることはなかった。しかし長らく宝物殿に席を置き篭っていた身としては、そんな不便ささえも未知であり興味の対象であった。

 そんな準備をしている間にも、ラインハルトは想定が状況と合致しているのかを確認をはじめる。

「(我が半身よ。確認したい事がある)」
「(今は忙し……、いや、何があった)」
「(エ・ランテルは残件はあるものの大方終了した。しかし冒険者ギルドに、以前デミウルゴスから連絡のあったスレイン法国の使節のものと思われる馬車があり、貴人がヴァンパイアの被害を訴え助けを求めてきた。シャルティアと何か関係があるかね?)」
「(シャルティアとスレイン法国使節団との間で遭遇戦が発生した)」

 ラインハルトは、モモンガからもたらされた回答から、想定が外れていないことを確信する。なぜならばアウラとマーレによる周辺調査により、周囲にヴァンパイアは存在しないことが分かっている。よってこの付近で活動するヴァンパイアは、シャルティア本人とその眷属だけなのだ。もっとも他地域からの進出もありえるのだが、可能性は低く除外した。
 
「(普段は冷静沈着な卿が、らしくない声を上げたのだ。それだけではなかろう)」

 ラインハルトの言葉にモモンガは、なんだかんだとこいつも自分には高評価なんだよなと嘆息をもらす。しかし、そんなことをおくびにも出さずに会話を続けるのは、モモンガの人生経験からくるものだろうか。

「(いや、お前に言われて落ち着いた。遭遇は偶然(・・)であったし、そこは疑いようがない。問題は2つだ。スレイン法国が精神支配系のワールドアイテムを保有しており、シャルティアとの戦闘中に発動。シャルティアは命令待ち状態となった)」
「(シャルティアが精神支配の命令待ちということは離反状態。つまり使われたワールドアイテムで解除するか、ワールドアイテムそのものを破壊するか、死亡からの復活などによる状態異常解除が必要ということだな)」
「(さすがマジックアイテムに詳しいな)」

 モモンガは、パンドラズ・アクターのワールドアイテムに対する正しい認識を賞賛する。かくあるべしと設定に書き、長年宝物殿で多数のアイテムの管理をしていたとはいえ、これほどマジックアイテムに造詣が深いものは他にいない。他の守護者もワールドアイテムの名を知っていても、モモンガとパンドラズ・アクター以外は、保有している数さえも正しく知らないのだから。

「(ワールドアイテムであるという確認は?)」
「(目撃証言と私の超位魔法でだ)」

 モモンガは、シャルティアを回収するために、直接赴き、超位魔法星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)を使用したのだ。この魔法は消費した経験に応じて願いを叶えるものである。さらに流れ星の指輪(シューティングスター)という超レアアイテムを利用することで、経験点消費無しで発動させたのだが……。

ーーーー結果は失敗

 失敗。
 ユグドラシルであれば普通でない方法、つまりワールドアイテムによる効果以外考えることが出来ない事象である。もちろん、この世界独自の魔法やスキルによる可能性はある。しかしスレイン法国はユグドラシルプレイヤーの流れを組む国家である。さらに何らかのアイテムを利用したという情報と結びつけ、ワールドアイテムによるものとモモンガは判断をしたのだ。

「(してもう一つの問題とは?)」

 一つ目の問題は遭遇戦の結果、シャルティアが精神支配を受けた状態になったことだ。ではもう一つは?
 ラインハルトは想定される状況で、問題といえる程のものは発生しえないと考えた。ならば自分が知らない情報が存在するということだ。その情報の不足により、物事を正しく知覚できていないと判断したため、モモンガに問うこととした。

「(シャルティアに第三者の介入があった。スレイン法国の面々が撤退した後、しばらくしてから現れた白銀 ?いや白金の全身鎧(フルプレート)が、シャルティアを攻撃してきたのだ。幸い私達は警戒していたデミウルゴスのおかげで、姿を見られることなく撤退できた。しかしシャルティアとその鎧の戦いは観測するかぎりほぼ互角。最後は大規模破壊魔法と思われる攻撃を放ち鎧は撤退した)」
「(シャルティアと互角に戦った相手とは?)」
「(人間や生物ではなく、リビングメイルのような存在だった。さらに利用する魔法やスキルも総て、ユグドラシルのものではなかったよ)」
「(それは妙だな、スレイン法国関連ならユグドラシル系統であろう)」
「(実際使節団が撤退の時に利用した魔法もユグドラシルのもので、現在も追跡できている。しかし銀の戦士のほうは追跡すらできなかった)」
「(ほう)」

 ラインハルトはその情報を聞くと、無意識に笑みを浮かべる。もし考えが正しければ、自分の想い求める存在(・・・・・・・)である可能性が高いのだから。しかし、今それを論ずる時ではない。その燃え上がるマグマのような熱を胸の奥に押し留め、モモンガとの会話を続ける。

「(その白金の鎧の件は別として、冒険者ギルドにスレイン法国の使節とも思わしき者が来ている。そしてヴァンパイア討伐を依頼され、受託した、これから情報確認と細かい交渉となる)」
「(そのヴァンパイアは十中八九シャルティアだ。その意味では調度良い。主導権を握れ)」
「(了解した。しかしスレイン法国はどうする?不慮の事故とはいえナザリックに泥を塗ったのだ)」

 ラインハルトの興味という点では、白金の鎧にある。しかしシャルティアの敗北は、ナザリックの汚点に繋がる。
 もちろんモモンガも今すぐスレイン法国を滅ぼすことを考えていた。しかし、アルベドに諌められたのだ。「いま、モモンガ様が人間の国を滅ぼしては、最悪プレイヤーやその他勢力にいらぬ反感を買います。ならば偽装し、表に出ない形で対応してはどうか」と。いままで、表立って力を行使しなかった理由を再度確認されての説得に、納得せざるを得なかった。

「(報復については、デミウルゴスに対応させる。必要あらば協力依頼も行くだろう)」
「(了解した。では、どの程度まで情報を掴まれているか確認し、可能ならワールドアイテムの奪取を考えねばならんな)」
「(委細任せる。そちらの交渉が終わるまでシャルティアと使節団の監視を継続させる。ただしお前への命令は人類の英雄となり人心を掌握することだ。その点を忘れるな)」

 そういうとモモンガはラインハルトとのメッセージを切った。
 エンリは気配の違いを読んだのだろう、メンテが終わった装備を持ってやってくる。

「ラインハルトさん。簡単ですがメンテがおわりました」

 エンリはまるでメイドか新妻かという雰囲気で、ラインハルトが軍服を着るのを甲斐甲斐しく手伝う。
 そして全ての準備が整いラインハルトが立ち上がると、エンリは一つ質問するのだった。

「今回のヴァンパイアはシャルティア様ですか?」
「なぜそう思った?」
「なんとなくですが作為的なものを感じました。でもラインハルトさんの計画ではないと思ったので、別の方の策謀(・・)かな?と」
「概ね正しい。近いうちにお前も我が友や我が半身に会うこととなるだろう」
「わかりました」

 そういうとエンリは一礼し、矛を持ちラインハルトに付き従うのだった。


******
12日夜明け直後 エ・ランテル 冒険者ギルド ギルド長室
 
 王国における交易の重要拠点。そこに位置する冒険者ギルドの長の部屋は、装飾より機能性を重視した、まさしく質実剛健という言葉が相応しい内装であった。

 しかし昨晩発生したズーラーノーンによるアンデット進行の混乱は続いている。ラインハルトが発見した霊廟に隠された地下神殿に、冒険者が入り探索した結果、ローブを着た男たち(・・・)の遺体が発見され、ズーラーノーンの関与をほのめかす内容の書類、魔道書、アイテムなどが発見された。しかし一部は持ち去られていることから、残党が逃亡又は潜伏しているとされ現在でも警戒態勢が続いている。

 また発見されたヴァンパイアの件もアイアンのレンジャーによる証言と、同行した者達が連絡不能となっている状況からほぼ事実とされた。
 加えてヴァンパイアがいると思わしき森で少し前に大爆発が発生した。多くの人は音だけだが、目の良い者は爆発でできたと思わしきキノコの形状をした雲も見ることができた。これらをもって冒険者ギルドはヴァンパイアか、それに近い脅威が存在すると認定したのだった。

 スレイン法国の銀髪の少女。

 いやアンナ・バートンも、この短時間で応接セットに座りながらであるが、メッセージを使い精力的に対応していた。見かけこそ少女であるが、齢は15であり、すでに成人とされる年齢である。先ほど撤退した漆黒聖典と連絡を取り、どのような相手であったのかを把握した。
 漆黒聖典が撤退後、該当地域に魔法的監視が行えなくなったこと。その後の爆発にスレイン法国が関与していないことを確認すると、この地域に王国とは違う組織が存在することを考え始めるのだった。

 第七位階の魔法的監視を無効にする組織。

 現在、アンナはラインハルト・ハイドリヒをプレイヤーであると考えている。少なくとも、()で見る限り1度だけ見た番外と同等以上の存在であった。
 では、あのヴァンパイアはNPCか?それとも別のプレイヤーか?一瞬見えたソレの巨大さは、ラインハルト・ハイドリヒと同等以上。少なくともスレイン法国にはプレイヤーのギルド単位での転移は記録されているが、個人が複数人同時に、しかも同一地域に転移という記録は無かったはず。では同じギルドとなると離反か、それとも何らかの作戦か。

 たいていの場合、最悪を想定すれば問題はない。であるならば、先程の先制攻撃はスレイン法国への威力偵察。その必要性は、陽光聖典の件でスレイン法国を敵認定されていること。その場合残された道は……。

 その時冒険者ギルドの空気が変わった。黄金の獣とその従者が入ってきたのだろう。

 ギルド長は、ラインハルトとエンリをギルド長室に呼ぶと、スレイン法国から来たアンナを交え、急ぎ交渉をはじめるのだった。

「まず、冒険者ギルドとして把握している情報を共有しよう」

 重苦しい雰囲気の中、ギルド長が口火を切る。

「まずはじめに、盗賊の根城の情報が入ったため、アイアン合同チームの討伐隊が昨日出発した。しかし、先ほど戻ってきたレンジャーは、根城近くで推定ヴァンパイアと遭遇したというのだ。その後メッセージで仲間に連絡を取ろうとしたが、連絡がつかないことから生存については絶望視している」
「藪をつついて蛇が出てきたというわけか。してレンジャーは、ヴァンパイアがどんな姿かは見ていないのだな」
「もともと何かあった時のための後方配置していた者だからな。目視はしていないと言っていた。しかし不幸なことに、昨晩のエ・ランテルの騒動で2つあるミスリルのチームが、それぞれレッサーヴァンパイアと戦闘し消耗している。銀武器は比較的脆く、連戦には向かん。聖水の準備やMPの回復、武具のメンテで、せめて半日は必要だ」
「一度受けると言った以上、言葉は違えぬよ」

 ラインハルトの言葉に、ギルド長の表情は若干和らぐ。

「加えて、先ほど大きな爆発があった。それらの情報を合わせてヴァンパイア相当の強力なモンスターが存在していると、冒険者ギルドは認定することとした。しかし報酬はあまり払えない。二人に報いることができるとすれば、今回の実績をもって相応しいクラスに引き上げることぐらいだ」

 ギルド長の言葉にラインハルトは静かに頷く。
 相応しいクラス。つまりはオリハルコンなりアダマンタイトなりへの推薦ということを、ギルド長は言っているのである。早急に知名度を得る必要のあるラインハルトにとって、それこそ最高の報酬であるのだが、その美しい面からはそれらの事情を読み取ることは誰もできなかった。

「改めまして、スレイン法国 闇の神殿 次席巫女のアンナ・バートンと申します。まず、ハイドリヒ卿とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「構わぬよ」
「本来であれば、私とギルド長。そしてギルド長とハイドリヒ卿の契約となるべきですが、危急の事態ということでこのような交渉と成ってしまい、申し訳ございません」
「今回はギルドとしても看過できん事態だからな。次回以降は通常のルートでお願いするよ」

 アンナの謝罪にギルド長は柔軟な対応を見せる。

「かしこまりました、ギルド長。では、まず私達の知る情報ですが、私共の護衛は、冒険者風に言えばアダマンタイト級と同等以上といえる者達でした。そのもの達による戦力評価は難易度270以上。かの国堕としは難易度150以上と言われておりますので、それを超える存在ととらえております」
「国堕とし ……ですか」
「八目鰻のような外見ではありましたが、ヴァンパイアですから擬態の可能性もあります」

 国堕とし。

 過去に国を滅ぼしたというヴァンパイアの代名詞のような存在。アンナ。いやスレイン法国は今回の敵をそれ以上の存在と言っているのだ。この情報だけでギルド長は、すでに自分の手に余る事件であると感じざるえなかった。
 
 しかしラインハルトの評価は違った。シャルティアのレベルは100。この世界で使う難易度は、レベルの3倍程度である。つまりシャルティアと相対した部隊は、シャルティアを見て難易度270以上と正しく戦力評価ができたのだ。戦場において彼我の戦力差を正しく把握することは賞賛すべきことである。ゆえにスレイン法国の評価を一段上げるのだった。

「そこで、後日おってとなりますがスレイン法国より相場通りの金額をギルドにお支払いいたします。証文は必要ですか?」
「普通なら公証人を立てた割符などが必要だが、今は君の立場での一筆で結構だ」
「では後ほど。そして残りの報酬については直接交渉したいのですが、席を外していただくことは可能でしょうか?」
「わかった。何かあれば呼び給え。隣の部屋にいよう」

 普通では考えられないことだが、まるで何事もないことのようにギルド長が受け入れ、席を外したのだ。
 それこそ、ラインハルトが戻ってくるまでの間に行われた事前交渉の賜物であるのだが、非常に残念なことに今そのことを評価するものはいなかった。

「彼女も退出する必要があるかね」
「不要です」

ーーーー静寂(サイレス)
 
 そういうとアンナは魔法で外に音が漏れないようにすると、席を立ち手を床に付け深く、深く頭を下げるのだった。
 突然のことにエンリは面くらい、おろおろとラインハルトとアンナを交互に見るのだった。

「それは、何に対する行動かな」
「はい。陽光聖典のこと、今回貴方様のお仲間と思しきヴァンパイアの君と敵対したことにございます」
「なぜそう思ったのか、聞かせてくれるかね」
「はい。先日陽光聖典壊滅の際、貴方様のお姿と強さを拝見させていただきました。かさねて私のタレントにより、貴方様はプレイヤーまたはそれに類する存在(NPC)であると確信いたしました」
「ほう」

 ラインハルト若干興味を引いたように相槌を打つ。

「そもそも凡百のヴァンパイアが漆黒聖典を退けるとは考えられません。しかし貴方様という存在がいる以上、襲撃したヴァンパイアも貴方様のお仲間と考えることが妥当」
「論理の飛躍があるが、よくぞその予想に辿り着いたと言っておこうか」
「ラインハルトさん?!」

 無造作に肯定するラインハルトに、エンリは驚く。プレイヤーという言葉の意味は分からないが、少なくとも、今の情報は一般に知られてはならない類のはずと感じたからだ。

「エンリよ。気にすることはない。この者はとうに腹を括っているのだ。目を見ればわかる。しかし余り時間がない。要件を伝えよ」
「私の全てをお渡しします。たとえスレイン法国が滅んだとしても構いません。どうかこの地に生きる人類に、人らしい営みで生きることをお許しください」
「卿の命や知識は、人類と等価であるというのか?」
「差し出せるものが他にございません。故に伏して慈悲を願うのみ」
「スレイン法国は卿の祖国であり、人類の鉾ではないのか?」
「人類を守ることができるのなら、スレイン法国という国も宗教もその理念に殉じることを厭うものはおりません」

 その姿はまさしく狂信者の類。しかしエンリは、アンナの姿に自分を見た気がした。しかし自分の願いは村一つの平穏。しかし彼女はこの地に生きる人類全てといったのだ。

「この世界の行く末を決めるのは我が半身だ。故に卿の願いを聞き届け、謁見をかなえよう」

 アンナは、何も言わず頭をたれる。
 ラインハルトは、強引に静寂(サイレス)の魔法を解除すると、隣の部屋のギルド長に言い放つ。

「ギルド長よ、我らはしばし外にでる。ゴブリンたちや魔獣のことを任せる」
「え?あ?」

 さすがのギルド長もラインハルトが何を言っているのか分からず、扉から入ってくる。しかし見たのはラインハルトが二人を連れ転移する瞬間であった。


******

ナザリック地下大墳墓

 ラインハルトはエンリとアンナを連れ、ナザリック地下大墳墓の地表部を一望できるまさしく入り口に転移した。そこは豪華な遺跡が時間の経過をもって一部風化した、美しくも儚い世界が広がっていた。
 その光景にエンリは無論、神都でこの世界一流の宗教建造物を見ているアンナでさえ圧倒されるものであった。

「(我が半身よ。シャルティアの件で重要な情報源を連れてきた)」
「(ん? 人間か?しばらくそこで待て、ゲートを出す)」
「(了解した。少なくともナザリックを出るまでは私の客であり依頼主でもある)」
「(よかろう)」

 しばらくすると三人の前に黒いゲートが展開される。ラインハルトは何のこともないように、自然とゲートを潜る。しかし、この地に生きる人間二人には初めて見るもので、驚きながらラインハルトの後を追うのだった。

 その先に天国と地獄があることを知らずに。

 3人が現れたのは、ナザリック地下大墳墓 第十層 玉座の間。
 
 回りには偉大なる蟲の王。強力な悪魔。ダークエルフが二人。サキュバス。一人一人が醸し出す雰囲気は比類なき魔。アンナのようなタレントを持たずとも、エンリのような指揮官としての直感を持たぬものでも、見れば誰もが認識する魔の存在。

 対して場所といえば、美しい細工を施したシャンデリアに、膨大な労力と技術で彫刻を施した柱。高く美しい壁には見たこともないような飾りの数々。人はどれほどの研鑽を積めば、この部屋の一端を再現できるのか、それほどの芸術がここに再現されていた。

 なにより最奥。

 玉座には神がいた。

 その姿を見た瞬間、エンリとアンナは何も言わずに跪く。

「我が半身よ、そう脅すものではない」
「ラインハルトこそどんな理由があって、下等生物をこの栄光あるナザリック地下大墳墓の玉座の間に迎え入れたのかしら」
「アルベドよ。エンリはすでにナザリックの末席に居る存在。もう一人は私の依頼主でもあり、今回の件で重要な情報を持っている存在だ。邪険にすることもなかろう」

 アルベドの高圧的なセリフに、ラインハルトは何でも無いように返す。しかし、この場の意見としてアルベドの方が正しいことは、他の者達を見ればわかる。

「そこまでにせよアルベド。今は何よりも情報が必要だ。その情報の価値に見合うものであれば問題ない」
「かしこまりました」
「して依頼主とやら、面をあげよ。お前は我々に何を教えてくれるというのかな」

 モモンガが、自分が考える最高の支配者の雰囲気を精一杯作りながら命令する。

「はい。神よ。神の眷属たるヴァンパイアは傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の支配を受けております。このアイテムは対象を支配し操作するもの。対象が死ぬか明確に解除するまで、支配は継続します」
「では、そのアイテムはワールドアイテムか?」
「ワールドアイテムという言葉は存じておりません。600年前に六大神といわれるプレイヤーらが残した品の一つにございます」

 そこまで聞いてモモンガは、少なくとも傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)がワールドアイテムである可能性が高いこと認識した。しかし一つ違和感を覚えたので質問を続ける。

「なぜ貴様は、私を神と呼ぶ」
「はい。一つは私のタレントによるもの。もう一つは、闇の神殿が祀る死の神スルシャーナは、貴方様と同じお姿をしていたと伝えられております。そして私は闇の神殿の次席巫女。信仰を捧げてきた御方が再誕されたのであれば平服するのは当然のこと」
「え……」

 ただの情報源としてしか思っていなかった相手から、まさか信仰の対象であると告白されたモモンガは必死に精神を取り繕う。こんなとき表情のでない骸骨の顔で良かったと考えながら。
 しかし、どうやらこの少女の何かに触れてしまったのだろう。賛美が続く。

「なにより、貴方様のお姿は、そのお顔も姿も杖も漆黒のローブの一片さえも威厳に満ち溢れております。死を超越し死を司る方に敬意を払わずには居られません」

 この賞賛のためか、守護者のさきほどまでのピリピリした緊張感は打って変わり、比較的穏やかなモノとなっている。ある意味チョロい。しかし賞賛する少女と賞賛されるモモンガは、その変化に気がつくことが無いのだが……。

「あ……。まあ、良い。ではもう一つ聞こう。この者の情報はあるか」

 しかしモモンガはアンナの言葉に正直引いていた。まるでNPC達のような、狂信的忠誠心を感じずにはいられないからだ。
 しかし、聞きたいことがあるのも確か。そこで、魔法で先ほどの白金の全身鎧の姿を映し出す。

「白金?白銀の全身鎧(フルプレート)でございますか?」
「この中には人は存在せず、鎧のみが動いている状態だ。この者がシャルティア。いやお前たちと戦ったヴァンパイアと互角に戦った」
「でしたら二百年前の13英雄の一人”白銀”かもしれません」
「ほう。13英雄とは?」
「200年前に出現したプレイヤーが中心となって集まり、世を乱す魔神らを打ち破ったことから13英雄と讃えられております」
「魔神とは?」
「主を失ったNPCです。主であるプレイヤーを失い、アイデンティティが崩壊した者達の多くは世に仇なすものとなったので、魔神と呼ばれるようになりました」

 打てば響く。
 なるほど確かに情報源だ。

「パンドラズ・アクター。この者の望みは?」
「全てを対価に、この地に生きる人類に人らしい営みで生きることの許しを……だそうだ」
「ははっ。それは大きく出たな」
「はい。人は脆弱にして惰弱。他の種族に比べれば取るに足らぬ存在です。600年の研鑽で多少力を付けましたが、いまだにこの世界に生きる生物から見れば木っ端のような存在。だからこそ願わずには居られないのです。今苦しくとも何時か安らげる世界がくると」

 モモンガは、穏便にすすめるという方針に未だ変わりはない。いつ現れると知れぬプレイヤーではなく明確な敵が見つかった以上、自ら無駄な敵を作る必要はないからだ。
 しかし無条件に人を救うというのには抵抗を感じていた。たとえば、目の前の少女は自らの価値と想いを示した。故に救うことに抵抗を感じない。しかしただ安穏と生きるものが、見ず知らずの犠牲で救われるというのに、モモンガ……鈴木悟は酷く違和感を感じるのだった。
 なぜあの世界で自分は救われなかったのか。いや、(モモンガ) はたっちさんに救われたが、(鈴木悟)はどうだったか。比較対象が違うとわかりつつも身勝手にも思ってしまうのだ。

「人を救うという点については、受け入れよう。しかし有象無象総てを救うことはしない。能力、忠誠、運、何らかを示したものに救いの手を差し伸べる」
「では、この人間(ゴミ虫)はいかがいたしましょうか」
「そうだな、すでに情報を……」
「では」

 アルベドの言葉にモモンガは、情報を齎した功績と返そうとすると、アンナ本人が声を上げる。
 そして何をするか見守ると、自ら白磁のような指で、右目を抉って見せたのだ。
 モモンガは驚きはするが、目をそむけず見ているが、内心はドン引きしている。

「私のタレントは、相手の生命力(HP)の量を見ることができます。そしてこのような見る系統のタレントは、タレントの持ち主が生きていれば、片方の目を持つものにも恩恵を与えます」

ーーーー治癒

 ラインハルトはすぐさま魔法で傷を塞ぐ。しかし、えぐりだした瞳が戻ることはなかった。

「玉座の間を血で汚すこともあるまい。デミウルゴス。確認をお願いできるかな」

 デミウルゴスは瞳を受け取ると、軽く確認する。

「たしかに、生命の精髄(ライフ・エッセンス) のように相手のHPを確認できますね。しかも不可視の相手も確認できるようですよ。虚偽情報 生命(フォールスデータ ライフ)でも掛けないかぎり、偽装はできないものかと」
「それは汎用性が高そうね」

(え?こいつらなんで平然としていられるの?目の前の女の子がいきなり目を抉り出したんだよ)
 一人冷静にパニックをおこすモモンガを置き去りに、話は進んでいく。しばらくして精神の強制沈静化が発生し落ち着きを取り戻したころには、一通りの確認が終わったようだ。

「して、今後はどのようにいたしますか?モモンガ様」
「まず、そのモノはナザリックに所属することを認めパンドラズ・アクターの指揮下とする。願いについては先程の通り、無条件とはいかぬが考慮はしよう。しかし、私達には私達のやり方がある。貴様は傲慢と思うかもしれんが私は非常にわがままなのだよ。仲間の子供のような存在であるシャルティアの敗北。これに対する礼はさせてもらう」

 モモンガはここで言葉を区切り回りを見渡す。守護者は無論、今回客としてきている二人の少女も見る。

「パンドラズアクター。シャルティアの件、そのものと調整し早急に治めよ」
「了解した。我が半身よ」

 ラインハルトは、右手を左胸に臣下の礼を取る。

「デミウルゴス。スレイン法国への報復はお前に任す。加減はしろよ」
「畏まりました。ゆくゆくは治める民を皆殺しにしては、国も立ちゆかなくなりましょう。調整させていただきます」

 ラインハルトに並び、臣下の礼を取るデミウルゴス。

「アルベド」
「はっ」
「ニグレドと協力して、白銀の痕跡を洗え」
「かしこまりました」

 そしてアルベドは深く、深く腰を降り礼をとる。

 モモンガは満足したのか転移しその姿を消す。守護者も次々に任務に戻っていく。最後に残ったのはアルベドとラインハルト達だった。
 
「アルベドよ少しよいか」
「何かしら」
そこまでして(・・・・・・)我が半身をこの地から外に出したくはないか?」
「なにを当たり前のことを聞いているの?」

****** 

 その後の話を少しだけ。

 ラインハルトはアンナと共にスレイン法国に転移し、交渉の末ワールドアイテムを借り受け、シャルティアを開放する。
 交渉のおりラインハルトはスレイン法国の指導者に対しこう宣言した。

「私は総てを愛している。ゆえに卿らの存在も愛そう。しかしギルド、アインズ・ウール・ゴウンは卿らに試練を一つ課すこととした。どのような試練となるかは不明だが、人類自らが生き残るにふさわしい存在であることを、その身をもって示せ。さすれば、我々は人類の守護者として人の生き残る道を示そう」

 後の世にゲヘナと呼ばれる厄災が、スレイン法国を襲うことが決定した日であった。



少々時間がかかり申し訳ありません。
やはり年度末は忙しいですね。
さらに部下の結婚式なんかも重なり遅くなりました。


さてシャルティア戦は考えた末、漆黒聖典VSシャルティアとツアーVSシャルティアのみとなりました。かっこいいモモンガ様の戦闘シーンが見たい人はBD6巻をどうぞ。

そしてゲヘナが王国でなく、法国で発生することが決定。

デミウルゴスが法国担当となった時にプランとして決めてたとはいえ……。

ああ、戦闘シーンが書きたい。

でも、しばらくは日常系のお話が続く予定。



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第5話

誤字報告をいただくみなさま。
本当にありがとうございます。
とはいえ、自分は表現することしかできないので、書くほうで頑張りたいとおもいます。



12日早朝 エ・ランテル 城塞塔跡地

 昨晩のアンデットの大群との戦いが、エ・ランテルに大きな傷跡を残した。それは夜が明け、光の下に曝されてより一層に明確になった。
 巨大なアンデットに潰された共同墓地を取り囲む壁や門の一部。アンデットの爪で削り取られた家屋。なによりもスケリトル・ドラゴンによって破壊された城塞塔。

 興奮のあとの虚無。

 守備兵の多くが亡くなった。

 守備に参加した冒険者にも少なくない犠牲がでた。

 そして守るべき街の人にも被害がでた。

 しかしそんな状況でも、特別に異様というに相応しい状況がある。

「ハイドリヒ卿とエンリ殿はまだ戻ってこないでござるか」
「さっきの人が言うには、なんでもついでにヴァンパイアを討伐に向かったって言ってやしたぜ」
「あれだけ大暴れして、まだ足りないんですかい。旦那は。か~やるねえ」

 と巨大な魔獣とゴブリン達が壊れた城塞塔の残骸の一部に腰掛けて話しているのだ。

「ジュゲムの兄貴、うちらこの後どうすればいいんですかい?夜中に招集かかって大暴れしたってとこまではいいんですが」

 そんなことをゴブリンの一匹が言う。

 実際彼の言うように、昨晩彼らの活躍はすさまじいものであった。普段ならアイアンやシルバーの冒険者に狩られる側のゴブリンだが、魔獣と共に聖女の旗の元でアンデットの軍勢をそれこそ粉砕したのだ。

 その姿は戦場の高揚もあって、戦うものや見るものに勇気を与えた。

 しかし、いざ終わってみれば近寄ってくるものはいない。もちろん攻撃を仕掛けてくるような恩知らずもいないのだが、なかなか人間と人外の確執は深いものが有るのだ。

「ああ、今さっき冒険者ギルドの職員ってやつが来てよ、旦那と姐さんがかえってくるまで、ここでおとなしくしてくれってさ。ああ、あと干し肉とスープを持ってきてくれたぞ」
「お、ありがてえ」
「まあ、そんなわけだ飯食ってしばらく休憩したら、ここの後片付けを邪魔にならん範囲で手伝うってことでいいなおまえら」
「食べ物もらったからにゃ~しゃーない」
「最近おれら村の防壁つくったり畑耕したり、家つくったり何でも屋だからな」
「近いうちに歌でも歌えって言われるぜきっと」
「こっちは戦ってばかりだったでござるよ。たまにはゆっくり休みたいでござる」
「カルネ村で怠けると、ユリの姉御にどやされるんだぜ」

 ゴブリン達やハムスケはそんな軽口を叩きながら、差し入れのスープと干し肉を口にするのだった。
 その後、世にも珍しい土木作業に汗を流すゴブリンと魔獣という光景が広がる。エ・ランテルの人々は、ここが人間の街であることを一瞬わからなくなるような光景にまた頭を痛めるのだった。

******

12日 夕方 エ・ランテル 黄金の輝き亭

 ラインハルトはシャルティアを傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の支配から開放した足で、大規模破壊魔法を使い戦闘跡を作り出していた。

 最初こそ戦闘跡のためであったが、普段使わぬ魔法の思わぬ効果範囲の違いに、確認作業がはじまり、気が付けば各種戦闘系スキルの確認にまで及んでいた。

 それどころか、途中から魔法マニアのナザリック最高支配者が、失墜する天空(フォールンダウン)天地改変(ザ・クリエイション)という超位魔法の確認をはじめる始末。

 昼過ぎに終わるはずが夕方までかかり、森の一部どころか半径数kmの単位で破壊しつくされる事態となっていた。

 さすがにやり過ぎたと思ったのか最高支配者はすごすごと帰り、残されたラインハルトとエンリ、アンナはありのままに冒険者ギルドに報告した。

「普段使わぬ魔法やスキルまで使う羽目になった、少々森を壊してしまったがヴァンパイアの件は無事終了した」
「はい、私も依頼人として遠目でございましたが、確認させていただきました。凄まじい戦闘跡(・・・)でした」
「そうだったね」

 冒険者ギルドとしても、最終的に各員のための人員を送ることとして、とりあえずの解決宣言をだすこととなった。なぜなら、街まで破壊音や巨大な光の柱などが聞こえていたのだから、どれほどの戦闘が行われたのか推して知るべしというレベルなのである。

 そんな事があり、なぜか土木作業に汗を流すゴブリン達を回収し、買い付けた食料や酒などを持たせカルネ村に返した後、3人は宿屋にもどってきたのだった。

 ラインハルトはつかれたような素振りを一切見せず、部屋で静かに茶を飲みながらナザリックに出すのだろう報告書らしきものを作成している。

 エンリはこれは私の仕事だと言わんばかりに、ラインハルトに茶を入れ脱いだ装備の汚れを落とすなどをしている。

 そんなさなか書類を持ちアンナが部屋に入ってきた。

「ハイドリヒ卿。少々よろしいでしょうか」
「なにかな」

 ラインハルトが筆を止め、向き直る。そこには純白のフリル過多な衣装を着たアンナがいた。しかし片目を隠した無骨な包帯は、見るものには痛々しく映るのだが、この部屋にはそんなことを気にするものはいなかった。

「本日の件についてギルドへの報告書になります」
「確認しよう」

 そういうと、ラインハルトは報告書の確認をすすめる。実態はアインズ・ウール・ゴウンとスレイン法国によるマッチポンプだが、スレイン法国としては人類存続のためにもなんとしても強力なプレイヤーの後見を欲し、いくつもの不利を飲み込んでいる状態である。
 しかし報告書は事実を織り交ぜた内容となっており、マッチポンプと気づくことができるものはいないだろう。なによりヴァンパイアの死骸などを回収することが出来なかったとまとめているが、あの大破壊跡を見ればだれもが納得せざる得ないのだ。

「一つ確認だが、このアンナ・フローズヴィトニル・バートンとは卿の正式名か?」
「はい。私の洗礼名がフローズヴィトニルですので、正式な文章ではこの名前を使っております」
「悪評高き狼、ある神話では神殺しであったか?」
「神話は存じておりませんが、私が巫女姫の素質を持って生まれたため、この洗礼名となりました」
「巫女姫とは?」
「叡者の額冠というスレイン法国の最秘宝の一つを纏う巫女の筆頭です。これを装備した巫女姫は自我を失い、魔法を発動するマジックアイテムとなります。しかしその効果は人類では未踏となる第8位階魔法の使用も可能になります」

 その言葉に静かに考えはじめる。
 そしておもむろにアイテムの収納から、昨晩ンフィーレアに付けられていた叡者の額冠を取り出すのだった。

「これのことか?アイテム鑑定した結果ユグドラシルでは存在しないアイテムであったので保存していたのだが」
「それは闇の……。そうですか、反逆者に奪われていたのですが、ハイドリヒ卿のもとにあったのですね。そちらですが、私に使いますか?」

 アンナは何でもないように、アイテムの使用確認を取る。
 しかし、このアイテムを鑑定し、現物も見たラインハルトは装備したものは自我を失い外したとしても精神が死ぬことを知っている。

「使わぬよ。たかだか8位階の魔法に執着はせん。我が半身はなかなかアイテム収集家でな、未知のマジックアイテムということで土産にするつもりだ」
「そうですか。私はもう闇の巫女に成ることはないのですね」

 ラインハルトの返答に、アンナはポツリとつぶやく。

「不服か?」
「いえ、私は死の神に仕える巫女。人類のために身を捧げることのみを教えられ、考えて生きてきました。ただ捧げる方法が変わったことに戸惑っているだけです」
「なら、存分に悩み渇望を実現する方法を追い求めることだ」
「はっ」

 アンナは静かに礼を取った。しかし思い出したように聞くのだった。

「そういえば反逆者はいかがなされたのですか?」
「今頃、人を辞めている(・・・・・・)ころだろう。あの渇望が本物なら、ナザリックにとって良い駒となることだろう」
「そうですか。神に仕えることが出来、あの者も幸せですね」

 そういうとアンナは微笑むのだった。その笑みはどこか大輪の薔薇を思わせるものだった。美しくもどこか棘がある。ただ、華には一切の罪は無くただ咲き誇るのみ。


******

 アンナの報告が終わった頃、エンリが茶を持って部屋に入ってきた。

「おつかれさまです。ラインハルトさん。お茶を温かいものに変えますね」
「ああ、頼む」

 ラインハルトとエンリのやり取り、さも自分の分があるのは当然という風に口を出すアンナ。

「あら、私には入れてくださらないの?」
「え?欲しかったんですか。要件が終われば帰るものと思ってました」
「そんなに帰って欲しかったの?」
「冗談ですよ。カップも持ってきてますから」

 そんなやり取りをしたのち、3人はあたかかいお茶と、クッキーを囲むように座るのだった。

「そういえば、アルベド様でしたっけ?あの黒い翼の美しい女性の」
「ああ、アルベドがどうした?」
「今回のシャルティア様の失敗は、彼女の策謀ですか?」

 お茶を飲みながら、エンリはいきなりとんでもないことを言い始めた。ラインハルトはそれを面白そうに返す。

「なぜ、その考えに至った?」
「アルベド様は立ち位置から玉座のモモンガ様の補佐かと。シャルティア様の詳細な行動を知って、あの場で情報の総てを事前に整理できたのは、モモンガ様とアルベド様かなと思いました。でもモモンガ様はシャルティア様を含めみなさまを大事にされるお気持ちが伝わってきましたが、アルベド様にはモモンガ様への忠誠だけのように感じましたので」
「あの場にはデミウルゴスもいたし、他のものもいたが?」
「あの悪魔の方を見た時、きっとあの方が本気で策謀をすれば、私が違和感を持つこともないと思いました。他の方はなんとなく……。ですが最後に、ラインハルトさんがアルベドさんに言った言葉が決定的だったとおもいます」

 エンリは感覚論ながらも、自分の印象からの人物像をあの中で作り上げていたのだ。その結果、シャルティアの件に違和感を感じたというのだ。

「将とはわずかな情報から、全体を想定し決断するものだ。その点では、卿の考えはある意味ただしいな」
「そうですか」
「答え合わせというわけではないが、アルベドはシャルティアと冒険者の衝突、そして運がよければスレイン法国の衝突と期待していたのだろう。もちろん失敗しても良い」
「神はそのようなことを望んでおられないと、感じたのですが」

 ラインハルトのコメントに、アンナが付け加える。

「ああ、あれはアルベドの独断であろう。目的はイレギュラーを起こし我が半身に、外に対する警戒心を持たせ、あの地から外に出さないようにすること。しかしスレイン法国は思った以上に対策をしていた。そして完全な想定外の白金の鎧も現れた。結果、アルベドの目的は100%以上の結果を産んだわけだな」
「それでは、シャルティア様があんまりにも」

 エンリとして面識のあるシャルティアが、味方の策謀で失敗したというのはあまりにも不憫に感じたのだ。

「そうだな。しかし、これから最終的に我が半身のためという名目で、多くの思惑が交差するだろう」

 その言葉にエンリは残念そうな顔をする。しかしラインハルトはさらに言葉を重ねる。

「しかし、私は卿らの契約を覚えている。故に私は行動しよう。そして卿らはおのが渇望を実現するために、何ができるかを考え行動することを期待する。私に卿らの物語を見せてくれ」
「はい」
「はい」

 二人の声は重なる。
 同時に二人は感じたのだ、黄金の獣との出会いは必然だったと。自身の渇望のためにも、自分のこれからのためにも。


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第6話

今回は日常(orギャグ会)

出張先のホテルから投稿。
年度末は忙しい。




19日 エ・ランテル 冒険者ギルド

 アンデッド騒動から一週間。

 エ・ランテルは落ち着きを取り戻しはじめていた。多くの悲しみを産んだ事件だが、誰しもが悲しむだけではいられない。後始末という現実が発生するのだから。

 そのためか城塞の修復や各種修繕などで、下位の冒険者や職人への依頼が増え、にわかに活気づいていた。

 そんな中一つの議論が生まれていた。

 それは解決の立役者であるアダマンタイト冒険者エンリ・エモットの召喚したゴブリンや魔獣の取り扱いである。

 エンリは事件の時に召喚したゴブリンの半数を、城壁復興の労働力としたのである。さらに本人も炊き出しや復興作業に積極的に参加していた。当日の奮戦を見たものは多く、それこそ夜の酒場では吟遊詩人による即興歌まで出来ているので、街で知らぬものは居ない。”聖女”や”黄金の旗手”などと字がつきはじめているぐらいに。

 しかし、ゴブリンや魔獣は言わば「人類の敵」である。

 たとえ、戦場を共にし、今も助けてくれている相手でも、いままでの状況があり正直受け入れられたとはいいがたい。しかし日中は大の大人以上に働き、夜になると割り当てられた小屋で礼儀正しく休んでいる。エンリやラインハルトと共に、他の労働者と酒さえ飲んでいるのだ。

 その姿を見て多くのものが悩んでいた。特にゴブリン退治で生計を立てていた下級の冒険者は複雑だった。命の軽い仕事をしているからこそ、命を救ってくれた恩は重要と思うものが多い。

 つまり「狩りに行ったゴブリンが、あの時助けてくれたゴブリンではないか?」ということである。

 関係ないと言う者もいれば、恩は返すべきだと言う者もいる。ゴブリン達を見分けることが出来ないことが原因だが、そもそも異種族を見分けるのは難しいのだからしょうがない。

 そんな時、解決策を提示したのは意外にもゴブリンたちだった。

「あ~あっしらは姉さんか旦那の指示で動くので、基本的に人を襲いやしません。たとえば森で出会っても、襲うぐらいなら逃げやす。うちらが攻撃したら姉さんにドヤされるんで」
「だよな。それに姉さんや旦那の指示でこっちが本気で襲う時は、気にせず切り返していいっすよ。それが命のやり取りってものでしょ」
「もし気になるなら、姉さんや旦那の名前だせばいいんすよ。それで分からんようなら野良か敵ってことで」

 と、いう感じである。

 よってエ・ランテル冒険者ギルドでは、ゴブリン退治の時に通称エンリルール(・・・・・・)が暗黙のルールとなったのだった。もっとも、エンリがこの後どんどんゴブリン勢力を糾合していくとはだれも予想できず、遠からず手を出してきたゴブリン以外は狩り禁止となるのだが……。


******

20日 カルネ村

 エンリはゴブリン達と共に、約ニ週間ぶりにカルネ村へ戻ってきた。これほど長く離れたのは生まれてはじめてのことだったのだが、騒動で忙しかったからか一瞬のことのような、逆にすごく長い期間離れていたような、そんな不思議な気分であった。

 しかし、二週間ぶりに帰ってきた村は激変していた。木と土製だが堀付き防壁と見張り台ができており、漆黒の鎧をまとった戦士が門番のように立っているのだ。

 たしかに、出立前防壁作成をゴブリンたちに依頼していた。しかし、現実は予想をはるかに超える規模となっていたのだ。

「あの~ジュゲムさん?コレってどうなっているの?」
「姉さん。あっしらエ・ランテル組に聞かれましても……」

 それはそうである。チームを分けて行動していたのだから。
 たしかに毎日メッセージでカルネ村組のゴブリンとも会話していた。聞いた話で防壁が完成したのは一昨日。逆に言えば10日たらずで、これほどのものを作ったというのだ。ゴブリン10名の労働力ではありえない。しかし食料の話を聞く限り労働力が増えたとは思えない。

 そんなことを考えながら、門に近づくと一人の女の子が近づいてきた。

「おねえちゃ~~~ん!」
「ネム!」
 
 ネムがこちらに気が付いて走ってきたようだ。

「お姉ちゃんお帰り」
「ただいまネム。元気だった?」

 勢いよく走ってきたネムを、馬車から降りて抱き上げるエンリ。この時ばかりは外野も何も言わず、静かに姉妹の再会を見つめるのだった。

「よく見つけられたね」
「見張り役のゴブリンさんが、教えてくれたの!」
「そっか~」

 見れば、見張り塔の上で手を振ってるゴブリンがいる。きっと彼が気をきかせてくれたのだろう。

 エンリはネムを馬車に乗せ、門に近づく。

 エンリらは、漆黒の全身鎧の門番がどことなく人間離れした気配を放っていることに、近づいてみて気が付いた。観察すれば漆黒の全身鎧は、エ・ランテルの冒険者ギルドでは、だれも着ていないような立派なもの。しかし、ネムが安全に出てきたことを考えると警戒するのは失礼かもしれない。

 しかし、警戒は思わぬ形で崩されることとなった。

 エンリ達が近づくと、漆黒の鎧はかがみ足元の何かをとりあげる。一瞬攻撃を警戒するも漆黒の鎧がとりだしたのは、木製の看板で「通ってよし」と可愛い丸い字で書かれたものだった。

 それを見た瞬間、エンリは警戒するのが馬鹿らしくなった。

「ネム?あの人は?」
「ああ、黒鎧さんは門番さんだよ。中身は骨だけど」
「骨?と言うことはアンデット?!」
「かな?はじめて来た時はみんな怖がって近づかなかったの。で、何で誰も近づかないか聞かれた時にお顔が怖いって言ったら次の日に鎧着て来た!」

 子供ゆえの先入観の無さというか、アンデットの対応が人間じみていることを指摘すべきかエンリは悩む。

 護衛兼、監視兼、労働力としてモモンガに創られたデスナイト五体が、任務を円滑に遂行するため無い頭で考えた結果である。発想が右斜め上に突き抜け、怖がらせないために全身鎧を装備し、見分ける目的で五色に分けることとした。

 結果、警備に人助けに防壁構築に休むことなく戦い続ける五色のヒーローが爆誕したのだ。

 そしてモモンガが、リモートビューイングで稼働状況を確認した時、「なんでデスナイトが戦隊系ヒーローになって子供に愛されてるんだ?!」と精神強制沈静化を発生させたのはどうでも良いことである。しかし同時に見かけさえ気にすればアンデットの労働力計画は、ある程度問題ないという結論にもいたり複雑な気持ちとなっていたのはさらにどうでも良い。

「そうなんだ」

 エンリは気にしないことにした。

 それよりも村の中も、外と同様に変わっていた。最低限とはいえ戦闘訓練を受ける大人たちの姿。建築中の家が複数。防壁内にも作られている畑。
 エンリが考えた村の防衛構想に沿って、ゴブリン達が実現したものである。

「あら、お帰りなさい」

 前方には辺境の村に似つかわしくない、メイド服に眼鏡をかけた女性がいた。

「ユリさん。わざわざありがとうございます」
「ユリ先生!こんにちわ」
「ユリ先生?」

 メイド服を着た妙齢の女性を前に、姉妹が別々の反応をしたのだ。

 そもそもユリは、ラインハルトの指示のもとカルネ村の拠点化と護衛を担当していた。そしてエンリがラインハルトに付いていき居ない時は、ゴブリン達の管理も代理しているのである。しかし妹のネムは先生と言ったのだ。

「エンリさん。先生で合ってますよ。子供たちに時間は限られてますが、勉強などを教えてますので」
「なるほど。だから先生なのですね」

 ユリの能力は、プレアデスの副リーダーというだけあり、かなり高い。しかしカルネ村での仕事は多いとは言えない。ゴブリンにしろデス・ナイトにしろある程度指示に忠実なこともあり、ユリの手が空いてしまうのだ。最初は掃除でもと思ったが、村人の仕事を取り上げるのはいけないと断念。そこで、過去自分の造物主の職業が教師と聞いていたので、その真似事で始めたのが子供たちへの青空教室だったのだ。もちろん子供たちも村の仕事を手伝わなくてはいけないが、ユリが教え子供たちみんなで協力してやることで効率を上げたり、ゴブリン達にも協力してもらうなどして実現してしまったのだ。

 二人は村長の家に向けて歩きながら情報を交換していた。

 ゴブリンたちの食料や武具など、ある程度買い足して来たこと。先日エンリが玉座の間でモモンガなどナザリックの指導部と面会したこと。
 そのモモンガがユリを派遣後すぐに、アルベドを伴ってカルネ村と森の視察に来たこと。ラインハルトの上司ということで盛大に歓待を受け、後日返礼として今では五色のデスナイトが下賜されたこと。森の近くで狼の群れが発見された時、五色のデスナイトが見事打ち取り、子供たちのヒーローになったこと(村の護衛なのでデスナイトが頑張っただけだが)。ゴブリン達の労働力+5人の労働力で当初よりも大きい防壁が完成したこと。
 
「そういえば村長さんはお元気ですか?」
「お元気ですが、どうも最近いろいろありすぎて胃が弱っているようですね」
「たしかに、今まででは考えられないことばかりですから」

 胃痛に悩まされる村長。
 エンリのゴブリンやモモンガ様のデスナイトなど常識を置き去りにする事態のせいとは言えず、ただ環境が変わったせいという村長の胃に幸多からんことを。

「あ、村長!ただいま戻りました」

 ちょうど村長の家の前までくると、畑から帰ってきたと思われる村長と出くわしたのだ。

「エンリよく戻ってきたね」
「はい。あ、ラインハルトさんからの伝言などもあるので、この後お時間いただけます?」
「ああ、大丈夫だよ。ユリさんもどうだい?お茶ぐらいしかでんが」
「いえ、お気持ちだけで結構です。荷物も届きましたので、日が暮れる前に運び込んでしまおうかと」
「そうか。ではエンリは入りなさい」
「じゃあ、ユリさんまた後ほど」
「はい」

 そういってユリは馬車の方に、エンリと村長は家に向かうのだった。

******

 村長の家は最近多くのお客が訪れる。気がつけば、いままでにないような豪華な部屋となっていた。もっとも、そのほとんどはユリが「モモンガ様を歓待するならこの位は」と、ナザリックから持ち込んだ応接セットや調度品なのだが。

 さて、エンリと村長は向き合って座る。

「そのプレートはオリハルコン……でよいのかな?初めて見るが」
「いえ、アダマンタイトです。最初はシルバーでしたが、エ・ランテルで騒動に巻き込まれ、気がつけばアダマンタイトになりました。私なんてラインハルトさんの旗持ちでしかないのに」
「おめでとう。どんな経緯があったかはわからないが、カルネ村出身のアダマンタイト冒険者とは、正直鼻が高いよ」
「ありがとうございます。まず、これを」

 そういうとエンリは金貨の詰まった袋を机の上に置く。

「ゴブリン達の食費やその他雑費はユリさんに渡します。ほぼ私の独断で防壁や畑の増築をお願いした件の費用に当ててください」
「そんなこと気にすることはないのに。あんな事件のあとだ、防壁は必要だし畑も対処が必要だった」
「村全体で決まった後であればその通りです。ですが、ほぼ私のわがままで話し合わずにスタートしてしまったので、その分と思ってお受取り下さい」
「わかったよ。この分は村の財政に入れておく」
「あと、ラインハルトさんの伝言ですが、今後近隣のゴブリンやオークを私が支配下においていくことなります。そうすると」
「ああ、村の外にもう一つ防壁を作って、受け入れたゴブリンが生活する場所が必要になるということだね」
「はい」

 そう。エンリの指揮能力を最大限に活かすには軍団が必要となる。そこでラインハルトとエンリは近隣のゴブリンやオークの集落を糾合する方針となったのだ。もちろんすぐにできることではない。しかし長期的にはカルネ村を人類と異形が交じり合う、ナザリック支配の象徴都市とすることを考えているのだ。

「私の頭では理解しきれないことばかりだ。しかし変わることが必要なのだろうね。この前のような事があった以上、力があり信頼できる人たちとともに生きることも必要だ」

 村長は暗に、王国でなくラインハルトの所属するアインズ・ウール・ゴウンの庇護下にと言っているのである。たしかに理屈はわかるが、同時にすごく危険なセリフでもある。

「大丈夫です。すくなくとも信頼できる人は見つかりましたから」
「エンリ。あの人は英雄だ。英雄についていくのは大変なことだけど、できればその想いが成就することを願っているよ」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、一応ハイドリヒ様とエンリの家は、空き家を改装してすでにできている。家具は作り付け以外ないので、あとで準備するんだよ」
「え……あ~~」

 そういうと、顔を赤くしてうつむくエンリを、村長は優しく見つめるのであった。


******
20日 カルネ村 夜

 エンリは、新しい何もない家に運び込んだ寝具にくるまりながら、ラインハルトにメッセージを飛ばす。 

「(ラインハルトさん。いま大丈夫でしょうか?)」
「(ああ、問題ない)」
「(カルネ村の防壁について第一弾はほぼ問題の無い形で完成してました)」
「(ユリからの報告通りであるか)」
「(はい。ゴブリン達も村に溶け込んでおりました。同時にモモンガ様から下賜されたアンデットが新たな労働力兼護衛となっているようです)」
「(我が半身ながら、そつのない支援だ)」
「(はい。そして村長は今後の拡大方針を了承していただきました)」
「(なにか要求をしてきたかね?)」
「(いいえ。でも、長期的には私に村長の座を譲ろうと考えているようです。雑談の中に村の将来をどうするかみたいな言葉や内容がいくつも入ってましたので)」

 そう。
 その後お茶をしながらの雑談のなかに、この村の将来についていろいろ含まれていたのだ。なにも考えなければ外にでた若者に意見を聞く村長の図だが、背景を考えれば違った答えが出てくるものだ。

「(それもよかろう。卿の渇望を実現するための一つではないか)」
「(そうですね。でももう一つの渇望がかないません。欲深いことに)」

 エンリは自嘲する。
 カルネ村を守りたい。その為に総てを投げ捨てたはずなのに、一枚皮を剥けばもう一つ渇望があった。言わばエンリという人の渇望と、エンリの女としての渇望。なんとも無様で欲深い。一つと思っていたのに……。

「(カルネ村という定義に卿も含まれていた。それだけではないかね)」
「(はい。ありがとうございます)」

 ラインハルトは、エンリの言うもう一つの欲を否定しない。ラインハルトにとって欲とは等しく愛でるもの。そこに貴賎はなく、それに応えるに過ぎぬのだ。逆に言えば、どのような美しい理想も、醜悪な罪も等しく愛でる物語にすぎないのであるが。

「(明後日には、王都での準備が終わり次第そちらに転移する。そうしたら伝説の秘薬とやらを探しに森に長期間入ることとなるな)」
「(はい。ハムスケさんに近場の確認はさせておきます。もしそれで見つからねば、少々手間がかかるかもしれません)」
「(なに、難しい物もその過程を楽しむことができよう。あわよくば森に私の望むような闘争があればよいが)」
「(そうですね)」

 話題が切れる。もし隣に居ればその息遣いと胸の鼓動を聞くことで安心もできる。しかし今は遠くカルネ村と王都。エンリがどんなに想おうとも、その指先が肌に触れることはないのだ。

「(では、もう寝ます。おやすみなさい)」
「(ああ)」

 そういうとメッセージが切れる。
 ここはエンリとラインハルトの家。自分以外、今はだれも居ない。

 外を見れば故郷の森が見える。しかし今は色あせた何かにしか見えない。

 ふと思い返せば半月前はただの田舎の娘でしかなかった。しかし今ではアダマンタイトの冒険者であり、魔獣やゴブリン達の指揮者である。

 望んだ平穏のために差し出したのはエンリの日常。いまでは、もうただの田舎娘に戻ることができない。

 残念に思う。
 嬉しく思う。
 こんな時、隣にあの人が居ないことを悔やむ。

 先ほどのメッセージもそうだ。最後にエンリが会いたいと望めば、黄金の獣は転移魔法ですぐにでも実現したであろう。

 あの人は望めば与えてくれる人だから。

 逆に言えば望まねば何も与えてくれない。

 その現実がどうしようもなく寂しく、しかし望まぬ生き方はもうできない。そう思わせる何かがあるのだから、罪は深い。そう思いながら一人寝具にくるまり、眠れぬ夜を過ごすのだった。




赤、青、緑、黒、ピンクのデスナイト

 私の脳内では、たっち・みーさんは仮面ライダー初代(バッタ故に)。

 そこでカルネ村襲撃時にのみ活躍する予定のチョイ役デスナイトは戦隊物となりました。どうしてこうなった。きっと漆黒のモモンさんが居ないからだ!
 5人がポーズをとったら後ろで爆発エフェクトがはいるね!しかし喋れないので、某お湯をかぶるとパンダになる親父のように看板で会話します。


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第7話


 原作のザイトルクワエはレベル80台でした。しかし世界を滅ぼすということで、本作では結構レベルアップしていただきます。
 具体的には、原作ザイトルクワエはコキュートスの不動明王撃で死にそうでした。そこでもっとタフになってもらいます。とはいえ、実際戦うのは次回ですが……。



 誤字報告をいただいた皆様、誠にありがとうございます。とっても助かっております。


 年度末進行が一段落。週次後進めざして頑張ります。


22日 カルネ村 

 その日の朝。ラインハルトはアンナを伴い、王都からカルネ村に転移した。

 王都では、セバスをラインハルトの代理人として王国戦士長ガゼフに紹介するとともに影の悪魔(シャドウ・デーモン)と恐怖公の眷属を中心にした諜報網を構築した。諜報活動で得られる情報は多岐に渡る。そこで政治と暗部の動向を中心にすることで、ガゼフへの支援としたのだ。

 もっとも、ガゼフに提供される情報は、ナザリックにとって都合の良いものが中心である。しかし、いままで忠義を尽くすだけで、真の意味で王の悩みを解決に取り組まなかったガゼフにとっては、十分以上の情報であった。

 しかし、ラインハルトにはもう一つ目的があった。それは、冒険者の支援という名目で、治安改善と交易促進を実現した人物、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの見極めである。もともとは冒険者を含むギルド関係者が絶賛していたことで興味を持ったにすぎなかったのだが……。この二人の出会いがどのようなものであったかは別の機会に。

 さて、カルネ村に到着したラインハルトは、ユリと情報交換の後、早々にアンナやエンリ、ハムスケ、リーダーのジュゲムを筆頭にゴブリン数名を連れて森に入るのであった。

「それにしても、どのような病も癒す伝説の薬草ですか。リィジ-さんとか飛んで喜びそうですね」
「入手に成功したのは三十年ほど前。森の奥の朽ち、腐り落ちた森の真ん中の巨木の天辺部に在るそうです」
「サンプルを魔術師ギルドに見せて頂きましたが、薬草と言うより苔に近かったですね」
「三十年前とはいえ、当時のマッパーが地図を作ってくれたので助かります」

 エンリとアンナは、今回の依頼を確認しながら森の中を歩く。森の中というのは平地を歩くよりも格段に難しい。不安定な足場やアップダウン、はりだした枝や草をよけながら進むのは、体力を何倍も消費する。

 エンリは辺境育ちで森には何度も入っているため、右手に持った鉈を振り回し、道を作りながらズンズンと進んで行く。ゴブリン達は体力が資本のような仲間なので森の中でも十分に動けている。ハムスケに至っては、この一帯をテリトリーとしていただけに動きに迷いがない。むしろ巨体でありながら、無駄に枝などを折らない配慮までして進んでいる。そしてラインハルトは、事も無げにエンリやハムスケの作った道を歩いている。

「ラインハルトさんはそもそも体の作りが違うとして、どうみても箱入り巫女のアンナが、なんで息を切らさずに動けるの?」

 そう、一年中祈りと魔法の勉強しかしていなかったような、ほっそりとした手足、華奢な体で、足元もおぼつかないアンナが、しっかり付いて来ていることにエンリは疑問を持った。

 その問いにアンナは嬉しそうに応える。

「ラインハルト様の旗下に加わった際、この黒い軍服()と合わせて3つのアイテムを下賜されました。その一つが疲労無効の指輪です」
「御前試合や決闘だけならば不要だが、行軍は総ての基本であろう?それぞれの特性を考えて装備を揃えるのは指揮官としての妙だからな」
「そうですね」

 しかし、この疲労無効の指輪と同様の効果を持つものが、リ・エスティーゼ王国の至宝となっていることを、ラインハルトやエンリは知らなかった。
 逆にその価値を知るアンナは、(モモンガ)の眷属であるラインハルトなら、このような至宝を持っていても不思議は無く、むしろ自分のような存在に下賜していただくことを喜び、より一層の信仰と忠誠を捧げるに至ったのだ。

「して、事前調査の結果はどうであった?」
「ハムスケさんのテリトリーでもあるので、ハムスケさんにお願いしました」

 ラインハルトの言葉にエンリが応える。

 エンリらが先行でカルネ村に来た理由の一つとして、今回の依頼である薬草採取の事前調査も含まれていたのだ。

「地図の目的地は、南の某のテリトリーでは無かったでござる。しかし、目星はついたでござるよ。北の森にそれらしい場所があるでござる」

 ハムスケの話を聞きながら、以前飛行能力を持つものに作らせた近隣の概略地図に、この森の北は黒い森(・・・)が広がっていたことをラインハルトは思い出した。そしてアウラの周辺調査では、実際は枯れた森となっていたはずである。

「でも、変じゃありませんか?わざわざアダマンタイト級にサポート込みじゃないと許可がでないような依頼が、たかが森の奥である北側の採取って」

 エンリの疑問はある意味、的を射たものであった。

 この伝説の薬草採取の条件は、アダマンタイト級冒険者チームに複数のミスリルチームを加えて実施することであった。それほどの内容と記録されていたのだ。実際冒険者ギルド長も、ラインハルトにミスリルチームの同行を申し出たが、エンリの従える異形の軍に勝てるかの問いに応えることができなかった。そのためこのメンバーで受託することとなったのだ。

「ハムスケさん以外に、危険な魔獣がこの森にいるとか?」
「森の賢王は有名だけど、村では聞いたこと無かったかな?」
「一応、危険度という点ではそれなりの数の魔獣はいるでござるが、某と同格は二匹ほどでござろうか?」

 ハムスケの言葉にエンリは驚く。反応こそしていないが、ゴブリンたちもだ。

「まずは西の大蛇。こいつは強さという点では某ほどではないでござるが、頭が回るでござる。もう一つは東の巨人。腕っ節は某以上やもしれないでござるが、バカでござる。しかし巨人の一族を率いているので面倒でござる」
「迷うことを想定すれば、分からなくもないけど過剰戦力よね」

 たとえハムスケクラスが三匹いたとしても、アダマンタイト+αの戦力が必要か?と言われれば、危険ではあるが対処ができない程ではないという結論になる。

「三方にそれぞれ代表格がいるのに、北にはいない。無名の強者がいるのでしょうか」
「北には某も知らぬ、何者かが居座っているのでござろうか?」

 このような結論になる。

 しかし、その結論に嬉しそう反応するものが一人。

「ああ、まだ見ぬ強者というのは良いな。ぜひ楽しみたい」

 無論、ラインハルトである。その珍しい笑みにエンリは惚けるように眺め、他のモノは肉食獣を前にした気分を味わうのだった。

「で、具体的にどのぐらいの距離があるんですか?ハムスケさん」
「西の蛇には話を付けてあるでござるから、今のペースなら、ここからなら三日目の昼前には目的地に付くでござるよ」
「結構なハイペースですけど大丈夫ですか?」

 エンリは周りに確認を取る。
 ゴブリン達も含めて問題ないと頷き返す。

「では、ゆきましょうか」

******

 森の中の行軍は、安全そのものと言えた。

 ゴブリン達が勤勉に寝ずの番をしたこと。元森の主であるハムスケが睨みを効かせていること。遠くから西の蛇が様子を見に来ていたが、ラインハルトが小手調べに黄金の覇気レベル1を発動し、精神的に屈服させてしまったため変なちょっかいを掛けるものがいなくなってしまったこと。

 なにより、橋頭堡となる砦作りをしているはずのアウラが、その面倒見の良さからちょくちょく様子見に来ていること。事実上レベル100の存在が二人もいるのだから、だれも怖がって近づきはしない。

 結果、森の中の行軍が、風景を楽しむハイキングと化していたのだ。

 そんな歩みも、北の領域になり一変する。

 先ほどまでは森の木は青々と繁り、多くの実りを宿していた。しかし、北の領域になったとたん、木の本数は大きく減りまばらとなる。幹は細く今にも折れそうなものばかり。中には立ち枯れた木すらある。

 なにより異様なのは土である。触れずともわかるほど養分に富んでいる。なのに木は枯れる。その現象は異様と言わずなんというのだろうか。

「これは酷いでござる。それにここまでくれば分かるでござるよ。とても嫌な匂いがするでござる」

 森の賢王と言われたハムスケの最初の言葉は、なぜこうなったと言わんばかりのものであった。しかしゴブリン達やエンリはというと。

「たしかに条件にあってるけど」
「旦那が探索魔法を使ってくれれば速いものを」
「時間が許されるのなら、時間を掛けて探すのもまた一興。と言って最初の確認以来、探索魔法を使ってくれやしませんけどね」
「姉さん。色仕掛けでどうにかなりやせんか?」
「本人が聞いてるところでそんなこと言わないでよ!も~」

 という感じで、和気あいあいと会話している。エンリらもラインハルト同様なんだかんだと森のハイキングを楽しんでいた。

 しかしそんな面々に対し突然声を掛けるものがいた。

「それ以上、そっちに行かない方がいいよ~」

 見ると、そこには葉っぱの服を纏った小人がいた。

「ドライアードですか?」

 知識の宝庫ともいえるアンナが問いかける。

「うん、そうだよ。はじめまして人間さんたち。私はピニスン・ポール・ペルリア。そっちの人間さんの言う通りドライアードよ」

ーードライアード。それは長い年月を経た古木に宿る精霊の一種である。
 
「はじめまして。私はエンリよ。こちらの男性はラインハルトさん。こっちの女の子はアンナ。あと魔獣のハムスケさんと、ゴブリンのジュゲムさんたちよ」
「なんだかいっぱいだね!」

 ピニスンは楽しそうに小さな体で両手を振って感情を表現している。植物の精霊とはいえ、感情は豊かなようだ。

「ねえ、ピニスン。なんでこの先に行かないほうがいいの?なにがあるか知ってるの?」
「教えて上げるけど、こっちのお願いも聞いてほしいな」

 そういうと、ピニスンは語った。
 この先には、世界を滅ぼす力を持った狂ったトレント。ザイトルクワエがいるというのだ。

 遥か昔、空から落ちてきたザイトルクワエを含むモンスター達は、当時強大な力を持つ竜の王によって倒されたそうだ。しかしザイトルクワエは殺しきることができず封印されたのだが、封印の中で傷ついた体を癒やしつつ復活の力を蓄えているというのだ。

 一帯に広がる立ち枯れた森は、ザイトルクワエが傷を癒やすために周囲の植物から養分を吸い取った結果だという。植物の精霊であるピニスンには、仲間が食い散らかされ、断末魔をあげる様が見て取れるのだという。

「正確なことはわからないけど、そろそろ復活しそうなの。今日なのか明日なのかはわからないけど、いつ復活してもおかしくない。そう感じるの!」

 ピニスンの言葉に根拠らしい根拠はない。しかし、ドライアードの言葉と現状があまりにも合致する部分が多い。

「アンナ」
「遠見の魔法で確認しましたが、伝承の一つに魔樹の竜王というものがあり、その姿に酷似しております。またスレイン法国では破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活が予見されており、時期的にも関連があるかと」

 ラインハルトはアンナに問いかける。
 その回答に満足したのだろう。

「ピニスンよ。卿の望みは?」
「前にそいつの分裂体が暴れた時、七人の人間がやっつけてくれたの。若いのが三人と年老いたのが一人。巨人が一人に翼を持った人が一人。あとドワーフが一人。分裂体を倒してくれた時、本体が復活したら退治してくれるって約束してくれたの!だから、七人を探してほしいな」

 ラインハルトの質問に、ピニスンは輝かんばかりの笑顔でお願いを伝えるのだった。

「ハムスケ」
「某はそのような大規模な戦いがあったとは知らなかったでござる。数十年単位の話ではないのでござらぬか?」
「それだと厳しいかな」

 ハムスケの言葉に、エンリが後追いで言葉をつなげる。その言葉にゴブリン達も同意しているのだが、ピニスンが理解していなかった。

「あのね、ピニスン。その7人が戦ったのはどのぐらい前?」
「太陽がいっぱい昇って、落ちて……」
「ハムスケさんの話だと少なくとも最低でも十年。ヘタすると二・三十年以上前の話となるの。それだと人間はとてもじゃないけど戦えないわ。太陽を例えるなら四から五千回は昇っているはず。それ以上なら、ヘタすると死んでいる可能性もあるの」
「え~」

 ドライアードにそもそも時間感覚というものは無かった。
 年老いても戦えるというのは事実だが、肉体の最盛期というものは確かに存在する。青年も15年経てば中年である。さらにピニスンの話はそれ以上の可能性が大いにある。探したところで7人が生きている保証がないのだ。

「ど……どうしよう」
「アンナ。対象のHPは」
「はい。私の目で見た限り、見たこともない規模です。ナザリックにいた何方よりも多いかと」

 その回答を聞いて、ラインハルトは珍しく、少しだけ嬉しそうに笑い声を上げる。

「ふふふ、ははは。そのモンスター。私が倒してしまってもいいのだろう?」
「え?」
「ラインハルトさん?!」

 ラインハルトの口から出たのはとんでもない言葉だった。

「そのモンスターを倒せずして、先日の白銀の鎧や、大陸最強と言われる真なる竜王を敵に回すことなど不可能であろう?」
「そ……それは」
「ほんと!」

 ピニスンは無邪気に喜ぶ。しかし周りの者はそれぞれ複雑な表情をする。なにより最強と名高い竜王が殺しきれず封印した存在である。そんなものを相手にするというのだ。

「悪いがこの劇に卿らの出番はないよ。幸いにしてエ・ランテルのモニュメントからのバックアップもある。存分にやらせてもらおうか。ああ、存分にやるなら我が半身にも伝えなくてはならないな。即興劇とはいえ、観客が必要だろう」

 そう言うと、ラインハルトはナザリックのモモンガに連絡を取るのだった。
 そして約1時間後、ナザリックとスレイン法国が監視する中、ザイトルクワエ討伐戦が始まるのだった。


******



「我が半身に守護者達。よくきてくれた」

 ラインハルトは、漆黒のゲートで現れたモモンガと守護者達に対し両手を広げて歓迎する。モモンガはメッセージで話を聞いており把握しているが、守護者達はそうではないのでなぜ集められたのか図りかねていた。

「話は聞いているが、アレの全力使用をするということで良いのだな」
「その通りだ。我が半身よ」
「どの程度出す?」
「五名で一時間といったところか」
「モニュメント一つではそのぐらいが限界か」
「有象無象であれば、それ以上も可能だがな」

 モモンガとラインハルトの会話は、周りで聞くものには意味不明のものであった。しかし、至高の方とその眷属の会話。割って入るものはいなかった。

「では、私は準備へと入る。我が半身よ存分に楽しんでくれ、私も楽しませてもらおう」
「ああ、期待しているぞ」

 そういうと、ラインハルトはモモンガ達から離れ、一人ザイトルクワエの元に向かう。
 その姿をモモンガや守護者達。そしてエンリなど今回の同行者が見送る。

「モモンガ様。今回私達が集められた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 自分たちを置き去りに進む話題に、守護者達を代表してアルベドが質問をする。なにしろモモンガが、現在の任務を中断してでも可能な限り集合するようにと、極めて異例となる命令を発したのだから。

「そうだな。守護者達を呼んだ理由として三つある。一つ目はパンドラズ・アクターの本来の能力を見せるため。二つ目は、今後守護者同士が連携して戦う必要もあろう。その手本として。三つ目はお前たちにとって、懐かしい顔を見ることができる機会だからだ」

 モモンガの言葉に守護者達は考える。一つ目と二つ目については分かる。先日のシャルティアを強襲し互角に戦った存在。そのような存在と効率的に戦うなら連携の必要性も出てこよう。
 しかし……。

「モモンガ様。この非才の身では三つ目の意味がわかりかねます。その深淵なるお考えの一端、ご教授いただけませんでしょうか」

 デミウルゴスがモモンガに教えを請う。実際、納得するしないは別として一つ目と二つ目については他の守護者達も理解はできたが、三つ目については理解することができなかったのだ。

「百聞は一見にしかずというが、まず簡単に説明しようか」
「よろしくお願いいたします」
「まず、以前説明したようにパンドラズ・アクターは、私を含むアインズ・ウール・ゴウン四十一人の想念(プレイヤー情報)を持っており、瞬間的に召喚し、魔法やスキルを行使している。もちろん本来のドッペルゲンガーの能力として、私に成り代わるなども可能だ」

 実際、プレイヤー四十一人分のスキルや魔法を八割程度とはいえ活用できるのは、ドッペルゲンガーとして破格の能力である。しかしモモンガの説明は続く。

「さらにワールドアイテム(聖約・運命の神槍)と超位魔法によって生み出したエ・ランテルのモニュメント。アレは擬似的なマナプールとなっている。例えば私があのワールドアイテムを持てば限定的ではあるが、強力な魔法を私自身のMP以上に使用することも可能だ。しかし、それは余技にすぎない」

 モモンガはここで言葉を切る。ユグドラシルにおいてMP回復というのは、HPのそれよりも酷く限定的である。クレリック系マジックキャスターのマナの移譲を省くと、ほとんど無いと言って良いほどだ。そのためMPを消費しないための、スクロールやワンド、魔封じの水晶といったアイテムの運用が重要となるのだが。

「真骨頂は、そのマナプールを使った想念(キャラクター)の具現化、そして具現化時間の延長にある」
「つまり。先ほど五人で一時間というのは……」
「その通り、我が友たちの似姿を五人生み出し、一時間維持するということだ。もちろん装備まで再現できるわけではない。しかし宝物殿の彼らの装備を渡せばどうなるかな?」
 
 創造主への想い。NPCであればだれでも持つものである。
 冒涜と取るか、それとも……
 
「どうやら、あちらも準備が整ったようだな」

 気がつけば、ラインハルトの周りだけでなく戦場のそこかしこに、水晶のようなものがいくつも浮かんでいる。あれは今日の劇を余すこと無く記録させる魔法具であり、ニグレドやプレアデスがナザリックから操作を行っているのだ。

 さらに、スレイン法国の土の巫女による遠隔監視が始まったのだろう。今回はナザリックの力を見せ付けるために、あえてカウンターマジックも防御系のみにしている。もっともスレイン法国が驚くのは、これから行われる戦闘ではなくモモンガの姿なのだが……。アンナから報告が上がっていたとはいえ、まさしく伝承通りの存在がそこにいるのだから。

 もちろん、エンリやアンナなども離れたところにいる。戦闘の余波を考えてのことだが、視力の限界もあり魔法具を借りての観戦となっている。

「では、はじめようか」

 ラインハルトも、周囲の準備が整ったのを感じ呟く。

 目の前の魔樹の竜王ザイトルクワエも、すでに完全復活まで秒読み段階なのだろう。その姿は百メートルを超えるもみの木。真ん中には奈落に繋がる虚のような口が開いている。周囲には、六本の三百メートルを超える枝がその身を捩らせ蠢いている。そして溢れだす臭気は、紛れも無く悪意を持って周囲を腐敗させる。長時間浴びていれば命の危険もあるだろう。


Dieser Mann wohnte in den Gruften, (その男は墓に住み)und niemand konnte ihm keine mehr,(あらゆる者も あらゆる鎖も)

 ラインハルトはワールドアイテム(聖約・運命の神槍)を構え、朗々と歌い上げる。

nicht sogar mit einer Kette,(あらゆる総てをもってしても) binden.(繋ぎ止めることが出来ない)

 溢れる魔力が積層型の魔法陣を構成する。

Er ris die Ketten auseinander(彼は縛鎖を千切り) und brach die Eisen auf seinen Fusen.(枷を壊し 狂い泣き叫ぶ墓の主)

 見るものが見れば先日。エ・ランテルでモニュメントを築いたものと違うことを見つけることができるだろう。もっとも多くの者はその荘厳な光景に意識を飲み込まれる。

Niemand war stark genug,(この世のありとあらゆるモノ総て) um ihn zu unterwerfen.(彼を抑える力を持たない)

 全くの無駄であるのに、無駄にかっこ良い、しかも良い声で唱えるドイツ語の呪文を聞き、モモンガの羞恥心が悲鳴を上げる。

Dann fragte ihn Jesus.(ゆえ 神は問われた) Was ist Ihr Name?(貴様は何者か)  Es ist eine dumme Frage.(愚問なり 無知蒙昧) Ich antworte.(知らぬならば答えよう )


 遠くスレイン法国では、展開される超位魔法とラインハルトを含む支配者らの姿を見て、恐れおののく。

Mein Name ist Legion―(我が名はレギオン)

 番外を冠する少女は、その光景に長年の夢の成就を感じ、喜びの声を上げる。

Briah―(創造)

 ピニスンは、自分がとんでもない人物に助けを求めてしまったのではないかと思い始めていた。


Gladsheimr―Gullinkambi fünfte Weltall (至高天・黄金冠す第五宇宙)

 超位魔法の完成と共に、世界は光溢れる。

 相反するように、ラインハルトの影がまるで辺り一帯を包むように伸びる。そして影の中からは、無数の蠢くものが実体化し傅く。人なのか魔獣なのか分からない骨の軍勢がそこにあらわれたのだ。

 しかし、そこで影の鳴動は止まらない。異様な姿が五体浮かび上がる。

 一つは不定形の肉の固まり
 一つは醜悪な巨人
 一つは紳士的な様相の悪魔
 一つは鎧武者
 一つは弓と携えたバードマン

「ん~。ひさびさに実体化するとぉ、肉の喜びを感じるね~やまちゃん」
「そ……そうだね。茶釜さん」
「自分たちがどんな存在か分かっていても、こうやって実体化することは非常に興味深い」
「ああ、ひさびさの実戦。楽しまなくてはな」
「げぇ姉貴?!」

 思い思いに会話をはじめる異形の五人。

「卿らを呼んだのは他でもない。卿らの愛児達に先達の背を見せようと思ってな」

 その言葉にそれぞれがモモンガや守護者の方を見る。皆一様に驚いているが、その姿が可愛かったのだろう、ぶくぶく茶釜がそのどろどろと溶ける不定形の手を上げて振る。その姿に気がついたアウラとマーレは嬉しそうに微笑む。

「こうやって見るとやっぱりかわいいな~。パンドラズ・アクター。私あっちに行っていい?」
「悪いが今回は時間が無いのでな、なに順当に進めば永久展開も可能となろう」
「じゃ~しょうがないか。お母さんの勇姿を見せてあげないと」

 ぶくぶく茶釜はそういうと、手をぶんぶんと振り回しやる気を上げる。声優という職業柄、声だけでも十二分に感情が乗るのに全身で表現しているあたり、どれほど気合が入っているか推して知るべし。

「獣殿。一応、連携戦闘の手本と頭の薬草採取って任務はわかってるんですがね、なんで姉貴といっしょなの?建やんがいるなら、例えば弐式さん呼んで遊撃にくわえるほうがいいでしょ、忍者ですし」
「我が弟の言う通りだわ。相性でいえば悪くないけど、こいつがアホなことを言うたんびにツッコミいれる身にもなってよ」

 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノは、具現化させたラインハルトに人選ミスを指摘する。事実この二人を同時に配置することは、能力という面では問題ないが、性格という面で問題があり、在りし日のアインズ・ウール・ゴウンでも可能なら避けられていた。

「それも一興だが、シャルティアが先日任務に失敗し気落ちしているのでな。なに、同僚を気遣うことも必要であろう?」
「あ~。じゃあしゃあない」
「姉貴わりい。ちょっとマジでやるわ」
「連携ってこと忘れるんじゃないわよ」

 やる気になるペロロンチーノとぶくぶく茶釜。
 山羊頭の悪魔、ウルベルトが頃合いと見て声をかける。すでに武人建御雷にやまいこも準備ができているようだ。

「して、パンドラズ・アクターそろそろはじめるか?能力でいえば8割。装備もイマイチ。俺に至ってはワールドディザスターとしての魔法も使えぬが?」
「なに、その不利を連携で補うことぐらい、卿らなら可能であろう?」

 その言葉に全員がニヤリと笑う。
 従えるのはアインズ・ウール・ゴウン四十一人の至高の存在。
 迎え撃つは世界を滅ぼす力を持つという魔樹の竜王。
 黄金の獣は総てに対し、高らかに宣言する。

「待ち望む強敵には足りぬかもしれぬが、さあ!存分に楽しませてくれ!」




次回、ザイトルクワエ討伐戦


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第8話

 今にもその猛威を振わんとする魔樹の竜王ザイトルクワエ。
 対するラインハルト・ハイドリヒは、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人から五人を爪牙として展開し、迎え撃たんとする。

 その光景を見る者達は、その姿に一様に驚いていた。もっとも驚き方は人それぞれであるのだが。

「ウルベルト様の在りし日のお姿、仕草や立ち振舞は本物と見紛うもの。しかし分かるものなのですね、己の創造主かどうか」
「うん。たしかにぶくぶく茶釜様に見える。でも違うことも同時に分かるけど、ウルベルト様の違いが分からない。たぶん創造主か他の至高の御方かの違いかも」
「我々には、創造主との縁というものあった……と考えるべきなのかもしれませんね」

 デミウルゴスとアウラがそれぞれの主の影を見ながら感想を漏らす。

 以前、ラインハルトがモモンガの姿になった時、その違いを見つけることが出来なかった守護者達。しかし己の創造主と他の至高の御方の影を同時に見た時、はじめてその違いに気がつくことができたのだ。

 具体的に何が違うか分からない。

 しかし創造主に対してだけは、明確に本物かどうかがわかるのだ。まさしくデミウルゴスの言う通り、”縁”というものなのかもしれない。

「でもお姉ちゃん。ぶくぶく茶釜様は、さっき僕達に手を振ってくれたよ?もしかしたら、僕達の事覚えているのかな?」
「その辺は後でラインハルトに聞いてみるしかないんじゃないかな?モモンガ様は至高の方々の想念の具現化とおっしゃっていたから、去られる前の記憶を持っていらっしゃるのかも?」
「ソウダナ。武人建御雷様ノ歩クオ姿。姿勢、足取リ、ドレヲトッテモ熟練ノ武芸者ノソレダ。記憶ト経験。ソノドチラモガ無クテハ再現デキヌモノダロウ」

 二人の会話にマーレとコキュートスが加わる。

 もし推測通り姿形だけではなく、記憶まで持っているならば……。
 
 また、守護者達とは全く別の驚き方をしている者も存在する。ナザリックに残った最後の至高の存在、モモンガである。
 
 ユグドラシル時代、テストで爪牙を発動させた時は二人実体化した。しかし今回のように会話することもなく、自動攻撃するNPCの傭兵キャラクターと大差ない動きだった。だが今回の発動で実体化した者達は、自然に会話やリアクションをしている。その姿は、モモンガの目から見ても当時の、一番楽しかった時代(・・・・・・・・・)の友の姿だ。

「これはどういうことだ?NPCと同じように、パンドラズ・アクターの爪牙も自意識を持っているのか?他のNPCと同じなら設定に由来し、ソレ以外は種族やカルマ、創造主の性格をある程度反映しているはず。ならあの爪牙は……」

 モモンガはラインハルトや生み出された爪牙を見ながら、骨となっている右手を顎に置き一人考えに耽る。しかし一通り考えた後、総てを告白し共有する共犯者、アルベドに問いかける。

「アルベドよ。私はあいつの設定に、パンドラズ・アクターは己の内側たる宇宙( ヴェルトール)想念(プレイヤー情報)を取り込むことができる。取り込んだ想念はパンドラズ・アクターの中に構築されたグラズヘイムにて永遠の時を共に生きる。そして必要に応じて爪牙として実体化すると書いた」
「はい」
「では、目の前にいる我が友らは、どういう存在なのだろうか」
「少なくとも別の存在かと」
「そうだな」

 モモンガはアルベドの回答に若干気を落とす。考えればその通りなのだ。否定する要素などない。

「しかし、ある意味では本人かもしれません」
「その理由は?」
「私達は生きています。モモンガ様の主観ではこの世界に来てからになりますが。もしかしたら、ラインハルトの爪牙も同じように当時の記憶を持ち、パンドラズ・アクターに取り込まれた存在として、設定通りに生きているのかもしれません」
「難しいな。記憶があれば本人と言って良いのか、違うと言って良いのか。ただ……」
「ただ?」
「タブラさんに、アルベドの事は謝ってみたいな」
「タブラ・スマラグディナ様であれば、娘を嫁に出す思いで許していただけるとおもいます」
「そうだといいのだがな」

 アルベドはにこやかに笑い、モモンガも釣られて自嘲のように小さく笑い声をあげる。しかしアルベドは表情こそ笑っているが、もし正面から瞳を見ていれば、笑っていないことにモモンガでも気がつくことができたであろう……。

 そんな会話が行われているとは露とも知らず、魔樹との戦闘開始が刻一刻と近づくのであった。



******


「さて、具体的にどう料理してやろうか」
「建御雷さん。やる気ですね」
「実際どんな風に指揮するんだ?姉貴がやる?」
「そのへんは、召喚者であり、この世界の戦いを知るパンドラズ・アクターにまかせようかな~」
「私はだれでも構わんよ」

 半巨人であり全身を禍々しい鎧で覆った武者、武人建御雷。
 同じく半巨人であり巨大な籠手を装備した、やまいこ。 
 鳥の頭と翼を持ち、弓を携えたバードマン、ペロロンチーノ。
 不定形の肉の固まりのように見える、ぶくぶく茶釜。
 ヤギ頭に漆黒のローブを纏う悪魔、ウルベルト。

 五人の異形が、黄金の獣ことラインハルトを中心に蠢き作戦会議をはじめる。もしこれが夜なら、枯れた森の奥底という立地も相まって、サバトと勘違いされることだろう。

「よかろう。全体の指示は私が出させてもらおうか。事前準備はやまいこ殿、そして私がバフを皆にかけよう」
「ボクはかまわないよ。でも後の回復を考えると、そんなにバフを回せないよね。節約したいけど、ワンドもスクロールもないし」
「MPの一割程度が妥当だろう。むしろ未知の敵だ、作戦を途中で組み替える余裕が必要であろう。戦闘がはじまれば回復を任せる」
「うん。わかった」

 外見こそ醜悪な巨人だが、やまいこの声とかわいく頷く仕草は女性のソレである。

「先制はペロロンチーノ殿、卿に任せる。行動阻害系スキルを中心に射撃。何分敵は巨大だ。前衛が接敵するまでの時間を稼ぐ。その後は迎撃に参加しつつタイミングを見て天頂部の薬草を回収」
「おう。まかせな!」

 ペロロンチーノは右手の親指を立てやる気を示す。

「聞いての通り、ぶくぶく茶釜殿、武人建御雷殿、卿らは戦闘開始と同時に移動を行い接敵。そしてヘイト管理をしつつ本体を攻撃。薬草の回収が終われば一気に削りきってもらってかまわん」
「生物にヘイト系スキルが効けばいいけど」
「なに、効かなければ足でタゲを回すだけだ」

 若干の心配があるぶくぶく茶釜とは反対に、やる気に満ち溢れる武人建御雷。今にも走り出しそうな雰囲気を醸し出す。

「ウルベルト殿。卿には私と共に遠距離から六本の触手を迎撃となる」
「ああ、しかし、最後は前衛に花を持たせなくともよいのだろう?」
「最後の華は、それこそ競争でもかまわんよ。無論私も楽しませてもらおう」
「おう。シャルティアにいいとこ見せてやんよ」
「しかし武装も本体も弱体化してることを考えると明王コンボは二つが限界か?ぎりぎり三ついけるか?まあ出来るとこまで決めてやるさ」
「これだから男どもは」
「まあ、元気が良くていいとおもうよ?茶釜さん」

 異形たちの方針が固まった時、まるで図ったように大地の鳴動がはじまる。見れば、魔樹ザイトルクワエの根の何割かが地表に這い出し、まるで多足の生物のように動き出す。
 そして近場の木を触手が、雑草を抜くような手軽さでへし折り口に運んでいく。まさしく森を捕食しながら進む害獣だ。

「じゃあ、バフいくよ」

 やまいこの掛け声と共に、各種防御とステータスUPバフをかけはじめる。

「じゃあ、いくぜ」

 ペロロンチーノは魔力の矢を弓につがえ放つ。光の尾を残し疾走る矢は、ザイトルクワエにあたる直前に、無数の光に分裂しその身を抉り地に縫い止める。
 ザイトルクワエは絶叫とともにその身を動かし光から逃れようとするが、簡単には抜け出せない。

「愚弟!よくやったわ!」

 ザイトルクワエが光をなんとか砕き、自由を取り戻した時には、前衛の二人が配置に付き攻撃のモーションに入っていた。

「さあ、ここから私の見せ場よ」

 そしてぶくぶく茶釜が両手に持った盾で、シールドアタックをぶちかますのだった。

******

「さすがはペロロンチーノ様。一撃であの巨体を縫いとめるとは」

 シャルティアが創造主の御業を見て、頬を染ながらうっとりと呟く。周りのものたちも、おのが創造主の素晴らしい技に魅入っている。

「ぶくぶく茶釜様のあれは、どんなスキルなのでしょう。あまりダメージを与えていないようですが?」
「ああ、茶釜さんの役割はタンク。敵の攻撃を率先して受ける役割なのだよ。あのスキルは、敵の意識を引きつけ、攻撃を自分に集中させるスキルだ」
「なぜ、ぶくぶく茶釜様がわざわざダメージを率先して受ける必要があるのでしょうか?」
「個人戦では不要な考え方だ。しかしチーム戦の場合、全員が攻撃を受けることを想定すると、それなりの装備・スキル・魔法などのリソースを防御に割り振らなくてはならない。攻撃のリソースを防御に振れば効率的に防御ができるが、ダメージの量も速度も落ちる。そこでリソースを攻撃につぎ込み効率的に攻撃するものと、防御するもので役割分担することで、高いレベルの戦闘を実現しているのだ。事実あれだけの猛攻を受けながら茶釜さんのHPはほとんど減っていないだろう?」
「なるほどぉ」

 マーレやアウラは、自分たちとは真逆のまったく考えたことのない創造主の戦い方に、大いに困惑していた。そこでモモンガがチーム戦のいろはについて話を聞かせているのだ。

「本来ノ力ノ八割トイウノハ、本当ナノダロウ。技ノ切レト言ウ点ダケ見レバ、納得デキル。シカシ……」
「そうだね。六本の触手の振り下ろしなどは、加速する前にすべてウルベルト様やラインハルトが迎撃。そして失速したところを悠々と武人建御雷様が回避し、その動きをそのまま次の攻撃につなげている」
「攻撃トハ、次ノ防御ヤ攻撃ノ布石デアルコトハ理解デキル。ナルホド、ソレヲチーム全体デ実現シテイルノカ。ナント無駄ノ無イ戦イダ」

****

 魔樹の竜王ザイトルクワエとの戦闘がはじまり数分。すでに三桁に近い攻撃を受けており、HPも三割ほど削れている。このまま押しきれるかのように見えたが、このタイミングでザイトルクワエの動きが突如変化した。

 先ほどまで六本の触手の内、二本が入れ替わるようになぎ払いや振り下ろしを行っていた。しかし突如三本を大地に突き刺し、残った三本だけで攻撃をはじめたのだ。

「総員警戒せよ」

 ラインハルトが、援護魔法を放ちながら警告を発する。その瞬間全員が攻撃を続行しているものの、避けるなり防御なり次の行動が可能な程度に余裕をもたせる。

ーーGUUUUUGYAAAAAAAAAAAAAAA!

 その瞬間、ザイトルクワエはその大きな口を開き地獄の蓋が開いたような大きな悲鳴を上げ、大気を震わせる。その音に衝撃波などは載っていなかったが、あまりに大きな音に一瞬だが前衛の二人意識が逸れる。

 しかし次の瞬間、声を上げる。

「バフが剥がされた!」

ーーシールドアタック/シールドスタン/メガインパクト/ナイトチャレンジ

 武人建御雷が叫び距離を取る。
 逆にぶくぶく茶釜は前に出て、シールドアタックからはじまるヘイト上昇のスキルコンボを決める。そして走りこむようにやまいこが前衛のそばに立ち、回復とバフのかけ直しをはじめる。

 迎撃陣営もバフを織り交ぜてサポートをぶくぶく茶釜に飛ばす。だが結果的に、一時的ではあるが迎撃に精彩を欠くこととなった。

 ザイトルクワエの攻撃はここで終わらない。先ほど大きく開いた本体の口から、無数の弾丸をはき出したのだ。弾丸一つ一つは、それこそ人間の子供程のサイズ。無防備に当たれば高レベルであっても吹き飛ばされるような勢いを持ち、ちょうど距離を取り立て直し中の武人建御雷とやまいこに降り注ぐ。

 誰もが。
 攻撃された者達でさえ、ダメージを覚悟した。

「狙い撃つぜ!」

ーー精密射撃/速射
 
 しかし、このタイミングで素早く迎撃に入ったのは、ウルベルトやぶくぶく茶釜でもなくラインハルトでもない。ましてや立て直し中の武人建御雷とやまいこでもない。遊撃で上空に飛び上がり、弓を構えたペロロンチーノだった。

 ザイトルクワエが吐き出した弾丸を、ペロロンチーノが弓で撃ち抜いたのだ。

 飛来する射撃攻撃を、同じく射撃攻撃で撃ち落とす狂気の技。ミサイルパリィなど手持ち武器で打ち払うスキルは存在するが、味方にあたる攻撃だけを選び、射撃で叩き落とす神業じみたことを、ペロロンチーノは精密射撃と速射のスキルだけでやってのけたのだ。

 もし先ほどの攻撃が成功していれば、少なくとも一人は一時的に戦線離脱をし、フォーメーションを崩すことができた。しかし的確に迎撃されたため、逆にザイトルクワエにとって大きな隙となる。

「見せろ我が愛しきものたちよ!その渇望を叩きつけてやるがよい」

 ラインハルトの声と共に、一気に攻勢にでる。
 初手はラインハルトであった。

oh(ああ).Licht des Tages ist unerwartet Notwendigkeit (日の光は要らぬ) .Wenn meine was für Nacht die Welt(ならば夜こそ我が世界)

 ドイツ語の呪文が響き渡る、同時に辺りは暗くなり、上空に美しい月夜が広がる。

Das ist ein seliger Augenblick(何よりも幸福なこの瞬間),den will ich nie vergessen bis an meinen Tod(私は死しても 決して忘れはしないだろう).Sophie, Welken Sie(ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ)

 どこからともなく現れた薔薇が、ザイトルクワエに巻きつきその棘を突き当てる

Der Rosenkavalier Mondnacht(月夜の薔薇騎士)

 そして薔薇は赤い花びらを散らせ、そこには乾いた棘だけが残るのだ。

「私自身、敵の弱体化など好まぬが、彼の物語と渇望はかくも鮮烈で美しい」

 その言葉通り、月と星々の光、そして薔薇の棘を受けたザイトルクワエは、途端に動きが鈍くなるのだった。

「ブループラネットさんのコンボが、このタイミングで見れるとは……」

 モモンガはラインハルトの痛い呪文で荒んだ心を、目の前に広がる美しい光景で癒やす。しかし、残念なことにその傷を誰も気が付くことは出来ない。

「あ~もういい声だなこんちくしょ!次いくわよ!生贄(サクリファイス)

 ぶくぶく茶釜が、両手を広げスキルを発動する。そして攻撃を受けると、いままでとは違いすごい勢いで吹き飛ばされ、大ダメージを負う。しかしザイトルクワエの動きはそこまでだった。ラインハルトの技でほぼ完全に停止してしまう。それほどまでに、一時的とはいえラインハルトの技は強烈だった。
  
 まだ連携は終わらない。ラインハルトの呪文と同じタイミングで、超位魔法の発動準備をすすめていたやまいこが、その巨大な拳を天に掲げ叫ぶ。

ーーオシリスの裁き(ペレト・エム・ヘルウ)

 空間内のカルマが変じる。悪徳のものはさらに悪徳に、正しきものはさらに正しく。
 特筆すべきはザイトルクワエだ。魔樹ということで、カルマはもともとマイナスであったのだろう。そこにぶくぶく茶釜の 生贄(サクリファイス)が炸裂している。この技を発動すると防御力が大幅に低下するが、攻撃を受けると攻撃者のカルマが強制的にマイナスになる。さらにやまいこが超位魔法で効果を最大化したため、今やザイトルクワエのカルマはマイナス1000程度まで落ち込んでいるだろう。

「薬草の確保完了。ぶちのめせ!」

 そのタイミングで、本来の任務を影で遂行したペロロンチーノが声を上げる。

 同時にモモンガがつぶやく。

「勝ったな」
「なぜでしょう?動きは封じられているとはいえ、まだHPはそこそこ残っているように見えますが」

 モモンガのつぶやきにアルベドが返す。事実、ザイトルクワエのHPは半分以上あるのだ。

「もし敗北があるとすれば、攻撃しすぎて天頂部の薬草が失われること。しかしペロロンチーノさんが奪取したことで、もう自重する必要はなくなった。そして茶釜さんとやまいこさんのコンボにより、魔樹とウルベルトさんのカルマはマイナス1000は行っているだろう。ここからマイナスカルマを存分に活用した攻撃が発動すれば終わりだ」.

 モモンガの答えはそのまま実証されることとなる。まずマイナスカルマで効果が最大化される魔法を、ウルベルトが発動する。
 
「闇より昏きもの!混沌の海より生まれし者達よ!我が呼び声に答えよ!」

ーー魔法三重(トリプレットマジック)最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)

 ザイトルクワエの周りの空間に無数の亀裂が生まれ、数えることが不可能なほどの悪魔が召喚される。召喚された無数の悪魔は、ザイトルクワエを切り刻む。悪魔が濁流のように押し寄せ、潮が引くように消え去った時、ザイトルクワエはぼろぼろに引き裂かれていた。
 
 同時にウルベルトさんの厨二病全開の呪文を聞いて、懐かしく思うと同時に、パンドラズ・アクターの呪文の源流を思い出す。ああ、ここにいたよ。

 さすがは世界を滅ぼすといわれたモンスター。ボロボロだが、まだHPを三割以上残しているのだ。しかしアインズ・ウール・ゴウンのコンビネーションは終わらない。

「吠えろ!」

ーー不動明王撃(アチャラナータ) 倶利伽羅剣(くりからけん)

 武人建御雷の背後に出現した不動明王が現れ、その手にもった剣で切り裂く。この一撃は相手のカルマが低ければ低いほど大ダメージをあたえる。普通明王コンボを狙うならもう一つの技だが、ラインハルトの技で動きを阻害されている今ならば、最大攻撃の連携が可能。

ーー降三世明王撃(ライローキャヴィジャヤ)

ーー大威徳明王撃(ヤマーンタカ)

 ザイトルクワエを不動明王と共に取り囲むように現れた降三世明王が槍を突き刺し、大威徳明王が棍棒で打ち据える。この連撃がトドメとなったのだろう。轟音と巨大な土煙を上げザイトルクワエが崩れ落ちる。

 同時に先ほどまで覆っていた夜の帳は晴れ、昼の日差しの元に大地が帰る。

 この日、世界を滅ぼすと言われた魔樹の竜王ザイトルクワエは、討滅されたのだった。


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第9話

誤字脱字の指摘、ありがとう御座います。
凄く助かっております。


 トブの大森林の奥地。

 枯れ落ちた森の中。天を貫く巨木が崩れ落ち、大量の土砂を巻き上げる。リアル世界のモノで例えるならば、日本の高度成長を支えた首都の電波塔が崩壊したようなものだ。どれほどの巨大な存在を打倒し、また倒れるだけでもどのような被害がでるか予想できるだろう。

 その魔樹の竜王ザイトルクワエが崩れ落ちる様を見たエンリら一行、さらにアンナの背後にいるスレイン法国は、その異次元とも言える戦闘の総てを推し量ることはできずに居た。

「あ~。姉さん。旦那ってあんなに強かったんですね。いやね、強いことは判ってましたが、地上から雲の上は見えないってことですかねぇ?」

 ゴブリンたちの代表でもあるジュゲムは、エンリに先ほどの戦いの感想をもらす。ゴブリンたちは、けして強い種族ではない。しかし個ではなく群で動くことで、身の丈以上の成果を得るのだ。特にエンリという指揮官を得た彼らは、下手な冒険者では太刀打ちができない存在となっている。

 今、目の前で行われた戦闘は、言わば少数チーム戦における最終回答ともいえるものであった。戦闘に参加する個人の技量は英雄級をはるかに超え、その上で連携することを前提とした戦闘。その完成度はあまりにも高く、雲の上に隠された山の頂きを感じさせるものであった。

「そうだね~。正直びっくりしてる。でも、何時かあの隣に立ちたいと思うから、みんなも頑張って付いて来てね」
 
 しかし、エンリはその戦闘を見ても諦めることはなかった。それに対し若干呆れると共に、頼もしい上官にジュゲムは応える。

「どこまでもポジティブですね。エンリの姉さん。しかもみんな付いて来いとおっしゃる」
「だって私は将だもの。部下や仲間が居ない孤高の将なんて、ただの置物よ?」
「だ、そうだ。おら野郎ども、気合いれんぞ!」
「おう」
「あ、もちろんハムスケさんもですよ?」
「無論でござるよ。エンリ殿。ハイドリヒ卿に認めてもらえる一端の戦士になってみせるでござる」

 黄金の旗手エンリにとって、山の高さは関係無い。ジュゲムらゴブリンたち、そして森の賢王ハムスケと共に歩む道標を見つけたにすぎないのだ。

「あら、私は誘ってくださらないのですね」
「アンナは、隣に立つ競争相手(ライバル)でしょ?私が引っ張らなくても勝手について来ると思うし?」
「もちろんでございます。ああ(モモンガ様)の眷属は、やはり全身全霊を持ってお仕えするに相応しい方でした。ならばこそ侍る者として研鑽を怠ることなどできません」

 闇の神殿 次席巫女のアンナは、エンリにちゃちゃを入れる。しかしエンリは、同僚であり何かとライバルとなる存在に、わざわざ手を貸す必要はないと思っている。なにより、そんな手助けが必要な甘い存在ではないと、狂信者(アンナ)のことを信頼しているのだ。

「それにしても、法国の方はうるさいですね」
「なにかあったの?」

 アンナは左手を頬にあて、ため息を付きながら本国の愚痴を言う。

「モモンガ様のお姿と先ほどの戦闘を見て、法国の神として今から名乗りを挙げてほしいなどとうるさい限りです。中には”ああ、神よ、傅かせてほしい”とほざく輩まで……。意味不明なのは、今モモンガ様が立つ場所の土を持ち帰れと」
「スレイン法国って人類をずっと守ってたのよね?貴方から透けて見える姿に、そんな威厳とか欠片も見えないのだけど」
「組織なんて一皮向けばこんなものよ。貴方も組織に組み込まれれば嫌でも分かるわ」
「あんまり知りたくないな」

 辺境の村社会しかしらないエンリにとって、アンナの話はどこか遠くの出来事。しかし遠からず同じ苦労とするとアンナに言われ、げんなりするエンリであった。しかし、雑談ばかりではない。

「さてと、そろそろあのドライアードを起こして交渉しましょうか」
「起こす?気絶でもしたの?」
「ラインハルトさんの(アレ)の後、悪魔の多重召喚を見て気絶しちゃったのよ」
「ドライアードって思ったより肝が小さいのかしら?で、起こしてどうするのかしら?」
「そうね。とりあえずカルネ村に来てもらって、食料増産に協力してもらおうかなって。ドライアードなら、その辺の管理もできそうだし」
「あなた、ほんとに村の発展に余念がないのね」
「そんなものよ」
「そんなものね」

 ピニスンは、自分が気絶している間に己の去秋が決定しているなど、予想できるはずもなく。目覚めて反論するも、二人に口で勝てず、結局は樹ごとカルネ村に移住することとなった。


******

 魔樹を倒したラインハルトと5人の爪牙は、ゆっくりと歩きながらモモンガの元に戻ってくる。

 守護者達は固唾を呑んでその光景を見守るが、心情を言えば複雑だ。本当に創造主なのか?ただのラインハルトの影なのか。何かの話をしながら歩く姿は、過去の創造主の姿と相違ない。故に迷う。

 モモンガの内心も、混乱という点では守護者達と変わらなかった。しかし背後に並ぶ守護者達、隣に侍るアルベドがいる。不様は晒せないと気力を振り絞り、真っ直ぐ前を見る。
 
 そしてラインハルトは、モモンガの前に立つと静かに片膝を付け頭を垂れる。そして続いて五人の爪牙もならう。LV80が五人、そしてLv100が一人。その気になれば、人間の国など瞬く間に蹂躙してのける戦力である。

「我が半身よ。魔樹の討伐を完了した。楽しんでいただけたかな?」
「……ああ。素晴らしい内容であった」

 モモンガは横柄に頷きながら、賞賛の言葉を返す。だが、内心は友の傅く姿に落胆する。心の何処かで、軽口を言いながら語りかけてくれることを期待していたのだから。

「……ぷっ」
「……く」

 しかし、傅く側の様子がオカシイ。ペロロンチーノの肩が震えている。またぶくぶく茶釜は、その不定形の体もプルプル震えている。その様子に守護者は一様に疑問に思う。
 
「ぷはっ!駄目だ、モモンガさんの支配者ロールが楽しすぎ」
「クスクス……。だめだよ茶釜さん。モモンガさんは、真面目なギルマスなんだから。みんなの期待に答えてるだけだよ」
「えっ?」

 最初にギブアップをしたのは、女性陣だったようだ。その姿にモモンガはもちろん、守護者達もあっけにとられる。

「あ~モモンガさん、わりぃ。獣殿と悪乗りしちまったわ」
「そういうな。卿も我が半身が楽しめるならと言っていたではないか」
「俺は結構ありだと思ったぞ。ギルマス就任と同時に、ナザリック初見攻略を宣言した時の姿をおもいだしたぜ」
「やはりナザリックの主は、悪の支配者こそ相応しいと思うぞ」

 ペロロンチーノに応える形で、ラインハルトが告白し、そして武人建御雷とウルベルトが続く。つまり彼らはわざと傅きモモンガを誂って見せたのだ。

 まず普通のNPCではありえない。普通のNPCであれば、主であるプレイヤーに敬意を評してしまう。ラインハルトはそもそも創造主と非創造主ということで、それこそモモンガ自身の影響を受けているので特別とも言える。しかし他の爪牙はNPCではありえない行動をしたのだ。その自然な会話をする姿に、モモンガは友の姿を見た。

 その様子に気がついたのだろう。ぶくぶく茶釜が声をかける。

「じゃあ、みんな残った時間は少ないけど、子供達との時間ね。ウルベルトさん、やまちゃん、我らがギルマスに説明よろしくね」
「まかされた」

 そういうと、それぞれは自分の作ったNPCの下に行く。例えばぶくぶく茶釜はアウラとマーレに飛びつき、ペロロンチーノは照れながらシャルティアの手を取る。一番謎なのは武人建御雷とコキュートスである。二言三言話すと、間合いを取り武器を構えたのだ。

 その場に残ったのはモモンガとアルベド、デミウルゴス、ラインハルト、ウルベルト、やまいこの六人のみ。奇しくもナザリックにおける頭脳面上位3名が残ったこととなる。

「モモンガさん。先に聞くが、リアルの事をどの程度アルベドやデミウルゴスに話している?」
「ああ……。アルベドには相談したが、デミウルゴスにはこれからだ」
「では、デミウルゴス。お前と話をすることを楽しみにしていた。しかし先にやるべきことがあるので許せ。あとこれからの情報に混乱することもあるだろうが、変わらずモモンガさんを支えよ」
「もったいないお言葉」

 スーツを着込んだデミウルゴスが、ヤギ頭の悪魔であるウルベルトに臣下の礼をとる。ウルベルトはそれに満足したのだろう、モモンガの方に顔を向け会話を再開する。
 
「モモンガさん。今は時間がない。詳しい話は後でもう一度、俺か茶釜さんを呼び出せ。かといってタブラさんや前ギルマスを呼ぶなら永久展開後にしろ。そして間違ってもるし☆ふぁーは呼ぶな」
「るし☆ふぁーさんは予想つきますが、たっちさんやタブラさんは常識人枠でしょ?」
「それは後で説明する」

 モモンガは混乱しながらもウルベルトに頷く。それを了承と受け取り、ウルベルトは話を続ける。

「まず、俺達はラインハルトの術式で実体化している。しかし俺たちには自我がある。少なくともそう認識しているし、今も自分の意思で会話している」
「え?」
「そうだよ、モモンガさん。パンドラズ・アクターは、私達の実体化や送還を強制できても、実体化後の行動を強制できないの。ついでに言えば術式における上位権限を持つモモンガさんも送還の権限を持ってるよ」

 モモンガは、はじめて魔法を意識した時のように己の内部に意識を向ける。多分設定に書いた通り、モモンガ自身も墓の王となり、パンドラズ・アクターの上位者となっているのだろう。自分とパンドラズ・アクターの間に術式が結び付き、その先には五人の爪牙がいることが分かる。つまり、この結び付きを切れば、送還されるということなのだろう。

「とは言っても、自我の点については簡単に信じられないだろう。だから三つ重要情報を先に伝える。一つ目は、私達もリアルを知っている。例えば俺は、モモンガさんの親の死因が過労死だということを」
「それは?!」
「そう。NPCの知らない情報だ」
「ああ」

 モモンガの両親の事は、雑談とは言えウルベルト本人にしか話したことはない。もちろんパンドラズ・アクターの設定に書くような情報でもない。すなわち目の前のウルベルトは、自分の知るウルベルトの記憶(・・)を有している可能性が高いということだ。
 
「二つ目は、今もギルメン四十名は、パンドラズ・アクターの中で生きてるの。ユグドラシル最後の瞬間からずっと、パンドラズ・アクターの見聞きしたものを感じながらね」
「見聞きしたものを……知っている……だと?!まさか、さっきの茶釜さんのリアクションは!!」
「うん。エンリとアンナって娘がナザリックの玉座の間に入った時のことも、みんな知ってるよ」
「ああああ」
「モモンガ様っ」

 衝撃の新事実に、モモンガは支配者の姿をかなぐり捨てて、頭を抱えて蹲る。

 モモンガの羞恥心は、最高の支配者演技をかつての仲間に見られていたという言葉に、限界を超えてしまったのだ。アルベドは抱きとめるように優しく背に手を当てフォローするも、精神の沈静化を数回繰り返すまでモモンガは落ち着くことができなかった。

「みんな、モモンガさんの立場を理解してるから、気にすることないよ。むしろよく頑張ってるって思ってるから」
「そうですか……」
 
 やまいこはフォローの言葉を掛けるも、モモンガはたった一言で焦燥しきってしまう。見守るデミウルゴスとアルベドは、先ほどの言葉だけでそんなにモモンガが焦燥するのか理解できず、精神攻撃の可能性さえ疑いだすしまつだった。

「でね、二つ目の続きだけど、実体化するまではパンドラズ・アクターの宇宙(ヴェルトール)の中にある城で生活しているの。記憶と自我を持ってね。少なくともそう認識しているんだ。タブラさんに言わせれば、モモンガさんも含めてユグドラシル最終日時点(・・・・・)まで蓄積された、記憶とゴーストを持った存在らしいよ」
「記憶とゴースト?」
「うん。リアルの体がどうなったかわからない。死んだのか?それとも最終日を最終日として認識し、ゲームを終了してリアルを過ごしているのか。でもここに自我はある。繰り返すけど、ボクたちはそう認識している」

 ゴースト。心や魂などの類似単語。どんなに人間くさいAIを創造しても、人間と判断はされない。逆に人間は、どんなに機械的な行動しても人間と判断される。その違いは人間として生を受けたが否か。そんな人間の定義に用いられるスラング的言葉がゴーストである。もっとも科学的には仮説段階なのだが……。

 つまりやまいこ達は、記憶もある自我も魂もあるが体がない存在と言っているのだ。
 
「私と皆さんの違いは……」
「たぶん最終日最後の瞬間の経験による体の有無」
「であればヘロヘロさんが最後まで一緒にいれば」
「予想通りモモンガさんと同じ存在になっていただろうな。逆にパンドラズ・アクターの存在がなければ、俺たちは消えていただろう」

 ウルベルトは、モモンガの予想を肯定する。しかしモモンガはここで違和感に気が付くのだ。

「もしかして三つ目の情報とは?」
「ああそうだ。ヘロヘロさんは直前までのリアルの記憶があり、最終日にログイン出来なかったギルメンは、最終ログインまでのリアルの記憶となっていた」
「じゃあ」
「ボクたちは、本人のコピーの可能性が高い。もちろんモモンガさんもね。技術系のヘロヘロさん仮説だと、ゴーストダビングの可能性を指摘してたよ。アイデンティティに関わるから、じっくりと考えることをお勧め。でも気を付けて、今のモモンガさんを否定すると、目の前で生きているNPC達を否定することにも繋がるから。一人が不安になったら、私達も相談にも乗るから」

 ウルベルトは無愛想に、やまいこはやさしくモモンガに言葉を投げかける。しかし伝えられた言葉、お前も含めて総てがコピーされた存在だと言っているようなものだ。もしモモンガが、鈴木悟の体であったならば否定することもできたであろう。しかし、体はモモンガとしてのアバターであり、心の一部は鈴木悟。とてもではないが反論するだけの根拠がない。

「分かりました。少し考えてみます」

 モモンガは落ち着いて返す。

 ウルベルトから見たモモンガは、けして冷静沈着な人物ではない。地味なこともコツコツと積み上げ、さまざまな問題は泥臭く調整する。感情を腹に収めようとするも激情や依存を抱えるため、感情が透けて見える比較的わかりやすくどこか憎めない人物だった。だからこそ驚くか呆然とする姿を予想していたウルベルトは、モモンガの返答に疑問を持つ。

「モモンガさん。もしかして予想してましたか?」
「はい。アルベドに相談し状況を整理していく中、いくつか案がまとまってましたので。もっともアンデットの精神の強制沈静化の賜物ですがね。むしろそちらは情報が少ないなか、よくその回答にたどり着きましたね」
「パンドラズ・アクターも含めれば41人で対話してるし、私達が引くぐらいはっちゃけてる人や暴走している人もいる。比較対象に事欠かなかったから」
「なるほど」

 モモンガは、アンデッドの精神の強制沈静化に感謝しつつしっかりと回答する。もちろん考えることをは多々あるが、すでに結論の一つは出ているのだ。

 話が一段落ついたのを読み取り、アルベドが声をかける。

「一つご質問をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、かまわぬよ」
「なぜタブラ・スマラグディナ様を呼んではいけないのでしょうか」
「タブラさんは、異世界と設定通りのアルベド達を見て暴走し、薀蓄を並べすぎ普通の会話が成り立たん。落ち着くまで、話にもならんよ」
「ハハハ。タブラさんらしい」
 
 モモンガは、タブラさんらしいと笑う。同時に、たっちさんもNGという理由も予想が付いた。彼はリアルの家族を愛しており、ユグドラシルをやめた理由もそれだ。現状を納得せず考えなしに突っ走ろうとしているのだろう。るし☆ふぁーは、もう予想するまでも無い。召喚したが最後、楽しさというキーワードと引き換えに大混乱を引き起こすのが目に見えている。

 逆にアルベドは表情こそ笑っているが、瞳には別の感情が乗っている。肝心のモモンガは、そのことに気づいておらず、ウルベルトとやまいこはタブラを召喚するまで時間を置く選択が正解だと確信した。

「我が半身よ。そろそろ時間のようだ」

 ラインハルトがモモンガに声を掛ける。気がつけば、ウルベルトとやまいこの体が消えかけている。実体化の限界が近付いたのだろう。
 
「そうか」
「ああ最後に、世界征服は全員おもしろそうだとなっているからな」
「えっ?」
「人類のため、ナザリック防衛のため、この自然のため、楽しみのためと理由はバラバラだがな。最後にデミウルゴス。善悪は表裏のもの。しかし信念なき悪は、力なき正義と同じく唾棄すべきものだ。信念を持ち世界征服を成し遂げよ」
「はっ。肝に銘じます」
「全員、異形種になったからかもしれないけど、目的のための犠牲についても寛容だったよ。もちろん犠牲はすくないに越したこと無いから。あと大人の罪で子供に手をかけちゃだめだよ」
「やまいこさん……」
あいつ(・・・)も結果的に征服を容認していたぞ。それ程までに人類の生存は風前の灯火と判断して……」

 そこまでだった。ウルベルトとやまいこの姿は露と消える。

「モモンガさん。また戦闘の時にでも呼んでくれ」

 声のする方に顔を向ければ、コキュートスが離れたところで倒れ伏し、武人建御雷は気にした様子もなく最後の一言を残して消えるところだった。

「アルベドのヒロイン選択は許すが、シャルティアは渡さねーぞ!」
「そうよ。正妻アルベドはいいけど、アウラに手を出すなら私を倒してからにしなさいよ!」
「姉ちゃん倒しても肉棒しか残らんだろ」
「黙れ!弟」

 そんな声と共にペロロンチーノとぶくぶく茶釜が消える。騒々しい。本当に最後まで騒々しい仲間達だとモモンガは振り返る。

 そこには目をはらしたアウラとマーレ。傷だらけで起き上がる途中のコキュートス。赤い顔をして静かに俯くシャルティア。そして共に話をしたデミウルゴスとアルベド。そしてパンドラズ・アクターがいる。

「皆に聞こう。彼らをどう思った?」
「本物じゃないと分かるのに、でも抱きしめてくれた感覚や、話したことはまぎれもなくぶくぶく茶釜さまでした」
「そう思う。お姉ちゃん」
「マサシク。至高ノ御方ニ違イナイカト」
「とても偽物とは思えません。それこそ仮のお体と言っていただいたほうがしっくりくるでありんす」

 アウラとマーレ、コキュートス、そしてシャルティアの意見は偽物と分かっていても中身は本人と判断しているようだった。

「アルベドにデミウルゴスはどうだった?」
「は。創造主との縁で本物ではないことはわかりますし、事実でしょう。しかしその御心はまさしく至高の御方々。最初はラインハルトの演技を疑いましたが、最後の言葉は、ウルベルト様が私を創造された時、最後に直接ご教授いただいた言葉。ご本人と私しか知らぬ情報かと」
「客観的に見て、限りなく本物かと。もし違うというならば、それこそ肉体を持っているかいないかの違いとしか考えられません」

 デミウルゴスとアルベド。二人の知恵者も違いがあるが本物と断じる。その言葉をもってモモンガは宣言する。

「守護者たちよ。私の目標は決まった」

 モモンガは守護者たちを前に、両手をまるで空をつかむように広げ高らかに宣言する。

「私はこの地に理想郷を生み出そう。家族である守護者(おまえたち)、そして友と大手を振って歩ける世界を作ろう。種族の垣根を超えて手を取り合える国を作るのだ」

 アルベドたち守護者らは、片膝を付き頭をたれる。

「そしてお前たちに伝えなくてはならないことがある。私も元は人間であった。我が友らもそうだ。つまりお前たちが下等生物と表するものと同じだったのだよ。しかし人間を優遇も冷遇もするつもりはない。私の目指す理想郷では、異形種も人間も等しく同じ民であるからだ」
 
 アルベド以外の守護者は、この言葉に少なからず驚く。しかし偉大な主の前で、驚きの声を上げることができず静かに耳を傾ける。

「では手始めに、人間の国家3国と近隣異形種の集落・国家を統一しようか。戦争に血は付き物。しかし血を無駄にするな、将来の統治と理想郷のためにな」
「はっ。偉大なるアインズ・ウール・ゴウンのために」
「アインズ・ウール・ゴウンのために」

 アルベドの声に続き、守護者たちが唱和する。その声に満足するアインズは、続いてラインハルトに声を掛ける。

「そしてパンドラズ・アクター。いやラインハルトよ。おまえのおかげで、また友と合うことができた。これほど嬉しいことはない」
「卿は我が半身。総てを等しく愛する私に特別があるとすれば、卿だけだ」
「ここにモニュメントは置けるか?」
「ふむ、魔樹の竜王という極上の生命の残滓、そして位置もよい」
「やれ。そして守護者にも命じる。ラインハルトと協力し、モニュメントを各地に立ち上げスワスチカを構築せよ。位置、捧げる命など条件は多数あり簡単ではない。しかし成し遂げた暁には、我が友らが永久にこの地に帰還することとなるだろう」
「至高の御方が……」
「……永遠に……」
「さあ、ゆくぞ我が友が見ているのだ恥ずかしいマネはできん」
 
 その日、世界の殆どのものが知らぬトブの大森林奥地に、巨大なモニュメントが出現した。それと同時に今までは情報収集を優先していたナザリックが、方針を転換し人間国家やゴブリン、オーク、リザードマンらの集落の侵略に向け、明確な行動を開始したのだ。

 しかし、この行動が世に知れ渡るのは、しばらく先のことである。


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閑話 モモンガ日記

閑話の第一弾は、ある意味裏話


1日目

 正直良くわからないことだらけだ。NPC達が動きだしたことに驚き、自分がゲームのキャラクターになったことに驚き、ゲームのギルド一式が実体化したことに驚く。

 だからこそ、日々の記録として日記を残そうと思う。煩わしい日々の業務報告が、ある時自分を守ってくれたり、業務を助けてくれたりしたことは経験で染み付いている。この日記が役に立つことも、この先あるだろう。

 最初は、自分がゲームの中に入る夢でも見ているのかと思っていた。しかしその夢はいっこうに覚める様子がない。

 もっとも日記を書いている今は、夢ではないと思っている。しかしそのせいで、アルベドの胸を揉んでしまったのは失敗だったかもしれない。あれから過剰なスキンシップが始まったのだから。

 動き出したNPC達は、自分を含むギルメンを支配者と認識している。そしてギルマスである自分の事は、最高支配者という位置付けとなっているようだ。社会人とはいえ、下っ端担当でしかなかった自分には、組織の支配者など荷が勝ちすぎる。

 とはいえ、課題を放置すると痛い目を見るのは分かっている。いままでの社会人経験から、これは絶対の真理だ。

 課題の根本は、総てにおいて情報が無いこと。自身の安全すらわからない。

 優先すべきことは自身の安全と、仲間と作り上げたナザリックの維持。NPC達は友たちの子供のような存在だから、なんとしても敵対は避けたい。

 そこで考えたのは、ナザリックの主要な者達、できるだけ多くのものとコミュニケーションを取り、どのようなことを考えているのかプロファイルすること。課長が営業を仕掛けるなら、相手だけでなく自分達もプロファイルを作ることから始めろと、口癖のように言っていた。

 彼を知り己を知れば百戦殆うからず

 守護者や他の者達が、どのようなことを思っているのか。例えば名誉や名声を欲している部下に、昇給をちらつかせても何もないどころか、ヘタするとマイナスの効果となる。そういえば課長は、仕事の成果と引き換えに年休取得を約束していた。今に思えば鈴木悟の欲を見ぬいていたのだろう。

 それはさておき、外の探索を誰かにさせねばならない。そこで自分がもっとも知っているNPC、パンドラズ・アクターに調査を任せることにした。その際、唯一NPCに渡しているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを回収することで、宝物殿が避難先となることも含めてだが。
 
 そして動き出したパンドラズ・アクターは、本当に予想通りの姿をしていた。アルベド達を見てもしや思ったが、あの頃ペロロンチーノさんから借りた古典のゲームに影響を受けたとは言え、あそこまで姿や言動が再現されるとは正直おもわなかった。かっこいいと感じると同時に、自分の黒歴史ポエムを全力で皆に聞かれているような、気恥ずかしさが身を削る。しかし、同時に設定通りであるなら、創造主たる自分へは、条件を満たした後の最後の戦い(・・・・・)以外は仕掛けてこないはずだ。その意味では安心して任せることができる。

 もっとも、外の美しい夜空を見たら、探索を任せるのはもったいないと思ってしまった。だが、二兎を追う者は一兎をも得ず。ここでコミュニケーションをおろそかにすれば、最悪総てを失うだろう。



2日目

 パンドラズ・アクターが昼過ぎに簡単な地図と、人間の集落を見つけてきた。

 ちょ……早すぎるだろ。と言いそうになったがなんとかこらえる。

 それにしても、何気なく出た人間を実験動物以下に見るアルベドの発言には驚いた。人間だからというより、ナザリック外だからという可能性もあるのでヒアリング項目に追加した。

 重要なことは今日からはじめた守護者との個別面談である。

 まずアルベドだ。
 仕事面では主に私の補佐となっているが、実質の管理は殆どアルベドがこなしている。仕事に関しては指示を与えれば、完璧にこなす。ただ休むということも知らず、聞けば自室も無いという。そのへんは対処するとしよう。
 そして問題はアルベドの自分に対する認識は、ナザリックの支配者にして愛する人。タブラさんの設定を弄ってしまったことの影響か、過剰なまでにスキンシップを要求してくる。ペロロンチーノさんいわくヤンデレだったか?しかし責任の一端はこっちにあるので、ある程度は許容し、一定以上は断ることとしよう。そして、ナザリック以外は総じて無価値。1500人襲撃イベやもともと異形を標的としたPKに対抗する互助会を目的としたギルド指針の影響か、人間に対する印象は最低となっている。カルマや種族の影響もうけているのか?あと加虐趣味というかドSな影がちらほら。う~む。美女なのだがなあ……。

 とりあえず、個々の情報は日記とは別の本にまとめておくこととする。本当に大丈夫だろうか?


3日目

 時間こそ短いが、メイドにいたるまで九層に出入りできる権限を有しているものとの面談を終了した。

 人間やナザリック外部の存在に対しては、デミウルゴスをはじめとしたカルマがマイナスのNPCは、程度の差こそあれ総じてアルベドと似た反応だった。なかには食料としか考えていない存在もいた。

 これは由々しき問題だ。もし自分と同じ境遇のプレイヤーがおり、人間を虐殺したと知れば、協力するどころか敵対する口実を与えてしまう。また、この世界に私達よりも強い存在がいれば……。

 逆に、ユリやセバスも危ういかもしれない。忠誠は本物で人間や外のものにも好意的だが、カルマがマイナスの者達と、なにかしら意見の対立を招くかもしれない。

 その意味では、パンドラズ・アクターに与えた方針は正しかった。ユリやセバスもあちらに回したほうが、うまくことが進むかもしれない。
 
 それにしても、会議のあとに茶を振る舞ってお茶会のようなことをしたが、美味しそうだったな。


4日目

 人間が襲われるシーンを見てもなんとも思わなかった。これは自分がアンデッドになった影響だろうか?

 ただ王国戦士長とパンドラズ・アクターの共闘のシーンは、映画のワンシーンのようで少し羨ましく思った。あのような人間がいることに、そしてその隣に立つ村を救った英雄の姿に。

 あと、この世界にはユグドラシルの残滓がある。今はどうか分からないが、プレイヤーが居たことは確実のようだ。守護者たちも安全そうだし、用心しながら情報収集に励むとしよう。

 最後にお茶会の話題に上がった口唇蟲。食事を味わうことができるようになれば、嬉しい限りだ。


5日目

 森の賢王とはいったい?!

 どうやら大森林の南側は、巨大ハムスターが森の賢王として仕切っていたようだ。そしてパンドラズ・アクターの軍門に下ったというのは問題ない。カルネ村と合わせてみれば、橋頭堡ができたようなものなのだから。

 しかしハムスター……。

 あれに黄金の獣殿が乗るのを想像すると……だめだ。想像したただけで、精神の強制沈静化が発動してしまった。森の賢王を見たメイドたちに感想を聞いたが、知性ある魔獣と認識して、滑稽なものと認識していないようだった。自分だけ美的感覚がずれているのだろうか?

 さて今日あたりからアイテムや魔法の確認を始めよう。あと、ローテーションで休暇もあたえようか。


6日目

 エントマ仕事早!

 先日の会議で話題にあがった、改良版口唇蟲の第一弾が完成したようだ。実際にエントマが使ってみて、違和感はないが成長していないため容量が小さく、まだお茶数杯に茶菓子少々が限界だそうな。しかも味を慣らしていくために、味の薄いものを推奨だと言う。

 だが実際に初めて飲んだ紅茶は、その複雑な味に驚いた。リアルでは営業先で出されるお茶ぐらいしか飲んだことは無かった。わざわざ嗜好品を買って飲む趣味もなかったので、本当に美味しく感じた。

 同席していた守護者達も、その喜びを感じてくれたのだろう。おめでとうの言葉が、素直に嬉しかった。

 ついエントマの頭を撫でながら褒美は何が良いか聞いたが、もう少し頭を撫でてほしいと消えそうな声で答えたのが印象的だった。うん。友人の小さな子供が懐いてくれると、こんな感じなのかもしれない。

 しかし、会議の後にエントマがアルベドに呼ばれていた。生殖がどうとか聞いていたようだが、何のことだろうか。



7日目

 どのようなマジックアイテムも利用できるタレントに、国一番の錬金術士。なかなか幸先の良い縁を得ることができた。最終的にこちらに付いてくれればよい。

 あとユリには、長期任務としてカルネ村に半常駐してもらうこととなった。村と良好な関係が築ければ良いのだが。


8日目

 朝方、ついに自分の秘密をアルベドに喋ってしまった。

 一週間、ずっと時間を共にして気を許したからか、孤独に耐性があるつもりで、実はそうでもなかったのか。ついポロッと漏らしてしまった。

 リアルのこと。そして、ゲームこと。

 アルベドは驚いていた、いや戸惑っていたようだ。

 そもそもゲームというものが理解しているかわからないが、四十一人を含めるプレイヤーの中身は人間であり、この体は人間が乗り移って動いていたのが約一週間前まで。そして、今現在は、一体化しそのものとなったということ。

 今の価値観では、自分も人間をどうこう思っていない。しかし元人間としての心があるので、できれば穏便に済ませたいこと。

 美しい夜空を見て、未知を楽しみたいと思ったこと。

 そんな話をしていれば辞めたギルメンのことも話題にあがる。ギルメン達はリアル世界で夢を掴んだり、生活を優先したりで疎遠になったのであって、嫌って辞めたものは一人としていない。しかし、寂しいという気持ちは変わらない。それだけ自分に友はかけがえの無いものであり、友と作り上げたナザリックが好きだと。そして自分の意思を持って動き出したNPC達は、リアルではもういない家族のように思っていること。

 ほんとうに、いろいろなことをぶち撒けてしまった。アルベドが静かに涙を流しながら、最後まで聞いていてくれたことに気が付き、気恥ずかしくなる。

 そこからだろうか?アルベドが変わったのは。

 デミウルゴスが法国の使節団出立の情報を持ってきた後、昨日ユリが赴任したカルネ村と大森林の視察を、気晴らしにどうかとアルベドが提案してきたのは驚いた。

 先日まで、休むということも知らなかった存在からの気晴らしの提案。成長する我が子を見るようなそんな気持ちにさえなった。

 そしてアルベドと二人で歩いた農村や森の中は美しかった。空気も透き通り、木漏れ日は優しい。なにより深緑が輝いて見え、木々は暖かかった。村長は、村を救ったパンドラズ・アクターの上司ということもあったのだろう、質素ながら精一杯の歓迎をしてくれた。出されたお茶はナザリックと比べるものではないが、素朴な味がして気に入った。

 なにより、何気ない感想に、ほほ笑みで返してくれるアルベドから、いままでと違う美しさを感じることができた。

 あの村は、これから復興のために頑張るのだろう。急な来訪に嫌な顔をせず対応してくれた者達であり、これから友好関係を築いて行く必要がある村だ。なにが良いだろうか。



10日目

 あまりにナザリックの食事が旨くて、日記を書き忘れてしまった。

 9日の夕方から食事が解禁された。

――ミネストローネスープ
 5種の豆と玉ねぎ、人参、セロリ、ベーコン、あとは忘れてしまったが数多くの野菜を煮込んだスープ。ベーコンの油が食欲をひきたて、野菜の甘みが舌を楽しませ、胡椒が程よいアクセントになり思わず精神の強制沈静化が発生してしまったほどに旨かった。

 あと、サンドイッチも美味しかった。ハムにチーズ、卵、ベーコンにレタス・トマトなどシンプルながら、種類も多く楽しむことができた。リアルで勝ち組の連中が、食事に金をかける理由がはじめてわかった。

 喜びのあまり、エントマの頭をまた撫でてしまった。

 その夜、アルベドが恥ずかしそうに頭を撫でてほしいと言ってきたのは、得も言われぬものがあった。ああこの感覚が、我が友ペロロンチーノが言っていた萌えか。


11日

 近隣の正確な地図が完成した。まだ森に隠れた集落は見つけられていないが、それぞれの生活圏を把握することができたのは大きい。

 位置的なもので言えば、トブの大森林を中心にカルネ村あたりまでを領有することが第一ステップか。あと森を切り開き直通の交易路などを作って流通を支配してしまうのも良いだろうか? しかし、それで生態系が壊滅してしまっては困る。とりあえず何パターンか案を考えて、アルベドに具現化可能かを聞いてみるか。


13日

 たった一日、されど一日。

 多くのことがありすぎた。

 ・エ・ランテルでの報告書および映像資料は○○に保存。
 ・シャルティアとソリュシャンによる盗賊殲滅および武技保有者捕獲については○○に保存。
 ・法国についてはワールドアイテムなどを保有。詳細は○○に保存。

 なんかインデックスのようだが、忘れないためのメモでもあるのだから良いだろう。

 印象に残ったのはエ・ランテル。呪文は良いとしてモニュメントだ。昔テストで作ったときは、それこそ小さな柱のようなものしか出来なかった。だが今回は2万近い敵の魂を取り込んだためか、まさしく巨大なモニュメントができた。ゲームの時、渾身のコンボが入った時のような興奮を覚えた。

 逆にシャルティアが洗脳された件については、はらわたが煮えくりかえるかとおもった。しかし、こちらの失態も重なったと思うと、自分の不甲斐なさに涙がでそうになる。

 そして心をかきみだしたのは、パンドラズ・アクターが連れてきた少女。なぜ人類平和なんてあやふやなものに、自分を躊躇なく差し出せるのか。そう教育を受けてきたと一言で済ますこともできるが、リアルの愚民政策を知っている以上、少女の姿は自分達底辺の人間の懇願にさえ見えた。

 いろいろなことが頭をよぎった。たっちさんや友に心を救われたこと。だからナザリックに執着する自分。少女の願いを叶えられる自分はまるで、リアルで嫌った特権階級の連中そのものに感じた。そして救われなかった自分や母親は何だったのか。それこそ感情の強制沈静化が発生するまで、頭の中をぐるぐると駆け巡った。

 だか、ふと冷静になって目に入った光景は、少女を抱き寄せ傷を癒すパンドラズ・アクターの姿だった。その時、ああ自分は、今まで嫌ってきた存在になろうとしていたのかと気がついた。そして隣に立つアルベドが他に聞こえぬほど小さな声で、「思いのままになさってください」という言葉に背を押された。

 結果に後悔はない。シャルティアの件を腹に飲み込み、自分が過去嫌った存在にならないために精一杯の線引をしたのだから。


14日目

 そういえばカルネ村への返礼をすっかり忘れていた。

 そこでデスナイトを5体つくり、贈ることとした。命令権限は創造主>パンドラズ・アクター>ユリ>あの村の少女エンリ。基本は村の護衛、余力の範囲で村に貢献してアインズ・ウール・ゴウンの名を高めよ。もしアインズ・ウール・ゴウンに不利益をもたらす情報を入手したら、ユリ以上の上位者に報告せよ。こんな風に命令をあたえた。

 将来的には、例の約束もあり人類を庇護する立場となる。ならば、最低限の問題は衣食住の確保である。そして食は準備に一番時間がかかる。デスナイトでなくともアンデッドが労働力となるならば、有効な一手となろう。


15日目

 セバスが王都に入って諜報網の構築をはじめた。ある程度意思のある恐怖公の眷属と、影の悪魔を中心とした諜報網である。

 パンドラズ・アクターの調査で、われわれにとってのゴミアイテムでも、この世界ではとんでもない価格が付くことが判明している。それにより当座の資金を確保し、手早く調査をすすめる。それにしても、上がってくる情報の質はけして良くはないが、第一報だけみると王国の首脳部……腐ってないか?


16日目

 カルネ村に送ったデスナイトがどんな行動をしているか、ふと気になってリモート・ビューイングで確認を行った。

 なぜか5色の鎧を纏った戦隊ものヒーローが農作業や防壁作成作業を手伝っていたのだ。

 ユリにメッセージを飛ばし確認すると、姿を怖がられたため鎧を着ることとにしたというのだ。なんでもその案は村の子供だとか。そして5人が同じ鎧を着ていると誰が誰かわからなかったので、最終的に五色の鎧を着ることになったようだ。

 どうしてこうなった。

 しっかり村に溶け込んでいることを考えると、有りなのかもしれない。そんな時、森からウルフが数匹現れたようだ。従来なら、けが人の一人もでるだろうところを、デスナイトが村人を庇い、そして素早く撃退してしまった。

 どうみても戦隊ヒーローです。ほんとうにありがとうございました。

 まあ、喜ばれているようだし、労働力にもなっているようなので、当初の目的は達成した……のかもしれない。


17日目

 武技を使う戦士をコキュートスに預け研究させているが、いまだ結果はでない。もしかしたらNPCやプレイヤーは武技を覚えることができないのか?またはレベル100だからイケないのか?その辺の調査をさせる必要がありそうだ。

 スキルでは料理について、同様に調査をしているがやはりスキル無しでは料理を料理として完成させることはできなかった。あれが我が友ペロロンチーノの言っていたダークマターか。


18日

 パンドラズ・アクターが王都入りして、諜報網が完全に軌道に乗った。同時に王国戦士長に情報を流し、政治面でのアプローチを開始。大義名分のためとはいえ、政治は難しい。今後政治については直接的な指示でなく、目標などの指示に徹しないと、失敗するかもしれないな。


19日

 確保した英雄級の存在に、堕落の種子など転生に必要なアイテムを一式与え、この世界でも転生できるかのテストを行っていたのだが、やっと成功した。本人の意思とレベルが必要そうだということが分かったが、まだまだ検証が必要そうだ。

 しかし武技を扱える悪魔が誕生したのは、予想外だった。


20日

 素材面の問題がでてきた。

 ポーションなどもそうだが、スクロールの補給が低レベル以外できないのは問題だ。アルベドに相談した結果、ラインハルトとデミウルゴスに、代替素材の調査のための素材集めを指示することとなった。

 あと、アルベドとエントマが何か相談をしているようだ。どうやら性能試験ができないと言っているがなんのことだろう? 聞いてみたが、ついぞ教えてくれなかった。しかし完成したらプレゼントしてくれるというのだ。ここで聞き出すのは無粋というもの。

 しかしおかしなお願いをされた。DNAがほしい?髪でもあれば一本渡せばいいのだが、あいにく渡せそうなものが浮かばない。いっそ指の骨でも削ろうか?と聞いたが、アルベドに止められたためにうやむやとなってしまった。

 それにしてもDNAなど何に使うのだろう?


21日

 エントマの研究を知ってしまった。見なかったことにしよう。
 私はご立派さまなど見ていない。ログにもない。


22日

 ラインハルトが、しばらくトブの大森林で薬草捜索をするといっていた。冒険か……。いつか仲間たち、いや守護者やプレアデス達でもよい、行ってみたいものだ。
 
 しかし、時間が経てば経つほど自分の存在というものに疑問が湧く。アルベドにできうる限り客観的に分析してもらったが、結論がでなかった。ただ可能性はいくつも上がった。

 この世界の魔法による召喚。
 運営、いや企業連による高度知性シミュレーション。
 最悪は、妄想。

 どれでも良い。家族と思える者達との夢なら、最後までさめないのならば。


23日

 風呂作戦失敗。

 なぜ風呂場にゴーレムが仕掛けられていたのだろうか……あいつの思考が理解出来ん……。


24日

 こんなことがあるとは予想していなかった。本当にこの世界は驚きに満ちている。

 何気ない黒歴史。そのつもりで書いた設定。そのつもりで必死に手に入れたワールドアイテム。そのつもりで調整したスキル。

 その総てが今、結実したのだ。

 もともと、パンドラズ・アクターの設定には、「殺したものの魂をその内側の宇宙(ヴェルトール)に取り込む。そして取り込んだ魂を己の軍勢として、召喚または憑依し戦う」としていた。そのままであれば、ギルメン四十名の魂など取り込まれるはずもない。

 だが、皆の姿を霊廟に模していた時、ふと思いついたのだ。「宇宙(ヴェルトール)には、黄金の城がある。その最深部には巨大な黒曜石の円卓があり、41の椅子がならべられている。その椅子にはナザリックの41人の仲間の名が刻まれており、それぞれの魂が座っている。そしてギルドマスターの場所には、モモンガの半身としてラインハルト・ハイドリヒが座す」

 そんな厨二病全開の一文が、最後の鍵となり仲間たちの帰還を可能にしたのだ。パンドラズ・アクターはずっと我が半身と呼んでいた。そう。まさしく半身だったと気付かされた。

 ああ、また友と会える。家族(NPC)といっしょにみんなを迎えることができる。だからこそ、平和な世界で再会したい。

 傲慢でいいじゃないか。

 わがままでいいじゃないか。

 みんなに誇れる国を作ってみせる。手を取り合って歩くことができるぐらいに平和な世界を手に入れてみせる。

 そして世界を楽しもう。




おまたせしました。やはりこの時期は忙しいですね。
あと感想や誤字報告、本当にありがとうございます。



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第3章 陰謀王都の先導者 第1話(改)

長らくおまたせいたしました。
第3章 陰謀王都の先導者編はじまります

原作に登場しない人物がいたりマジックアイテムがあったり、食文化が描画されていたり、毎度のごとく好き勝手書いております。

また誤字のご連絡など、本当に助かっております。
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20160925

いろいろ改稿
本筋は変わっておりませんが、言い回しや地の文など変更


八月一日 王都に向かう街道


 晴れ渡る青空。どこまでも続く蒼天は、多くの者に日常のことなど些細なことと感じさせる。しかし容赦の無い太陽の日差しは、石畳をまるで火に掛けるように熱し、道行く者たちの体力を容赦なく奪っていく。

 そんな夏真っ盛りのリ・エスティーゼ王国の王都に、一組の冒険者が近づいていた。

「王都に来るのははじめてですけど、すごく人が多いですね。でも多すぎてゴミゴミしているというか……」
「メインストリートが狭いから、人やモノが煩雑に見えているだけです。メインストリートは都市の顔。首都を名乗るなら、遠くに見える王城や貴族街だけに資本を投入するのではなく、このようなところに投入しなくては、低く評価されてしまいます」

 近づく王都の門から垣間見えるメインストリートは、馬車など多く行き来している。さらに人々が馬車に轢かれぬように、道の隅に溢れかえっている。活気があると見ることもできるが、アンナの言う通り人が多い割に道が狭く、ひどく煩雑な印象を見るものに与えていた。

「アンナは、他の首都に行ったことあるの?」
「神都に住んでおり、帝都のほうにも2回ほど。1年ほど前でしたが、鮮血帝の下で帝都は大きく成長している最中でした」

 そんな会話をする女性が二人。二頭立ての馬車……、正確には鎧を纏った二頭の馬型アンデットが引く馬車の御者席に座りながら、話に花を咲かせている。

 ”黄金の旗手”エンリ・エモットに”黄金の巫女”アンナ・バートン。そして馬車の中に大量の書類を持ち込み、各所への指示や今後の検討を行っている”黄金の獣”ラインハルト・ハイドリヒ。

 交易都市エ・ランテルの危機を救い、幾つもの難関クエストをクリアした3人は、今やリ・エスティーゼ王国における三番目のアダマンタイト級冒険者となっていた。

 そんな三人が本拠地のエ・ランテルを離れ王都に来ている理由は、(ひとえ)に要件に合う仕事が無くなったからだ。

 そもそもアダマンタイト級冒険者というのは、吟遊詩人が酒場で歌う英雄譚(サーガ) における主人公のような技量を持つ存在。そんな存在に見合う仕事となると、普通の冒険者では対処できず、さらに報酬も高額なものばかり。そのためアダマンタイト級の依頼自体は、塩漬けされた放置依頼を含めてもさして多くはない。そしてラインハルトはもう一つの役目(・・)の関係で、長期間拘束される依頼は受けない方針をとっているため、エ・ランテル冒険者ギルドにおけるめぼしい依頼をすべて解決してしまったのだ。もちろんエ・ランテル冒険者ギルドにはアダマンタイト級未満の依頼も多数有る。しかしその依頼は、その階級の冒険者の飯の種でもある。よってラインハルトらは一時的に拠点を移すこととした。

 ……と、いう建前となっている。

「ラインハルトさん。そろそろ着きますよ」

 エンリは、馬車の中でアインズ・ウール・ゴウンの仕事をしているラインハルトに、到着間近であることを伝える。休憩の時に見せてもらったが、王都で活動する諜報部門の報告書の山を、王都の守備兵に見つかって良いとはとても思えなかったので予め声をかけたのだ。

「了解した」
「積み荷の検査があるとおもいますので、書類などの片付けをお願いしますね」

 素っ気無い返事の割に艶のある声を聞き、エンリは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 高ランクとはいえ、冒険者一行の旅路。

 ただの物見遊山にも見えるそれが、王都動乱のはじまりと予想するものは、王都においてごく少数だった。


  ******


 王都の郊外。

 町の中心である繁華街から離れているものの、軍の施設に近いことから軍関係者が多く住む区画。そこに王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの屋敷がある。戦士長という王国における軍権の最上位権力者の一人の住まいとしては小さな屋敷だが、飾りは無いが堅牢な作りの門に、外敵の侵入を許さない高さを備えた壁など、平民からの叩き上げで質実剛健を地で行くような人柄がよく表れた屋敷だ。しかし、定期的に食材など日常品を届ける店の下男以外、特定の者しか訪れることの無い屋敷でもあった。

 今日、そんな屋敷に珍しく客が訪れていた。

「よく来てくれた、ハイドリヒ殿」

 家主であるガゼフが直々に両手を広げ迎えたのは、さきほど王都に到着したばかりのラインハルト一行であった。ラインハルト一行は、王都について何よりも先にガゼフの屋敷を訪ねたのだ。

 そんなラインハルト一行をガゼフは客間に通す。客間は、屋敷の印象と同じように質素だが作りの良い応接セットと、どこかの田舎の麦の収穫風景を描いた一枚の絵が飾られている。最初、ラインハルトとガゼフのみソファーに座っていたが、ガゼフの勧めでエンリとアンナの二名もラインハルトの両脇に座り会談ははじまった。

「最近、王都でもハイドリヒ殿の評判を耳にするようになったよ。ハイドリヒ殿の実力なら当たり前のことであり、そしてその評価ですら不足とおもうのだがな」
「評価など他者の決めたレッテルに過ぎん。そこに過不足など存在せぬよ」

 過日(かじつ)のカルネ村の一件以降、ガゼフはラインハルトの実力を高く評価すると同時に畏敬の念を持っている。その上、目的のためにラインハルトの支援を受けている以上、ガゼフは最大限の礼を払っているのだ。家のものに先日入手した最高級の茶と茶菓子を準備させる。そんな些細なことからも、ガゼフがラインハルトの来訪をどれほど歓迎しているか推し量ることができる。

 ガゼフがこのように会話を切り出した後、ラインハルトの隣に座る少女に目を向ける。

「君は、たしかあの村にいた子だね。あの後のことを聞かせてくれないかな」
「はい。おかげ様で村も今では平穏を取り戻しております。あと納税一部減免の件で、骨を折っていただいたと村長より伺っております。本当にありがとうございました」
「そうか。それはよかった。あと納税の件は当たり前のことをしたまでだ。何か困っていることがあれば言って欲しい」
「はい。ありがとうございます」

 ガゼフは、カルネ村を含むスレイン法国特殊部隊の被害を受けた村に対し、王に納税減免を願い出たのだ。幸い王の承認のもとその願いはある程度受け入れられた。王からの信頼もあついガゼフでなければ職責を超えた陳情など通るはずもなく、被害を受けた村はその事実を無視した税の取り立てを受けた可能性が高い。その意味で、エンリの感謝も当然のことといえた。

 その時、ノックの音が響く。許可を促すガゼフの声に従い一人の紳士が応接室に入ってきた。

 品のある黒のスーツにロマンスグレーの整えられた髪、服の上からも分かる引き締まった体躯に、正された姿勢、ナザリックの執事、セバスであった。

「ラインハルト様。お迎えにあがるのが遅くなり申し訳ありません」
「良い」

 ラインハルトの返答を、セバスは礼をもって受ける。その後ラインハルトの座っている席の右斜め後ろに控える。その光景は主と執事の理想形のような姿。そして、この二人の関係をよく表していた。

「そういえば、セバスに届けさせている情報。有効に活用できているようでなにより」
「ああ、本当に助かっている。過去の私がいかに怠慢であったか、つくづく思い知らされる」
「人間とは反省し、そしてまた前に歩き出すことができる生物。気にするほどのものでもないよ」
「この剣にしろ、情報にしろ、私はハイドリヒ殿にどのように報いればよいか」

 ガゼフはそう言うと、(かたわ)らに置く剣に触れながら感謝の言葉を重ねる。

 ガゼフが持つ剣は、いわゆるアーティファクト級を超えるレジェンド級武器。王国においてコレほどの装備は、王国の国宝のものを含めても数本しか存在しない。この剣はラインハルトがガゼフとカルネ村で共闘した際、当時の敵を相手にするにはガゼフの持っていたただの鋼の剣では不足と考え与えたものである。もっともラインハルトにとっては、半身であり創造主であるモモンガから部下に与えて良いと言われている程度の武器でしかない。しかもモモンガにとっては、ナザリックの宝物殿にゴミのように積み上げている一個にすぎないのだから、武具の質という面だけ見てもナザリックと王国の差というものがご理解いただけるだろう。

 そして情報とは、王都における政治や暗部に関わる情報がセバスを通してガゼフに定期的にもたらされていたのだ。なかには「本日八本指の○○が☓○○に暗殺を指示した」など、届けられた情報の精度や鮮度を考えると、どのように入手したか想像もつかないものも多数あった。これらの情報は、不可視化のスキルを持つ影の悪魔(シャドー・デーモン)と、外見こそどこにでもいるゴキブリだが、恐怖公の眷属で構成された諜報員によって齎された情報である。物陰に隠れたゴキブリが諜報員と考えるものなど存在しない。それこそターゲットとなったら最後、昼にどんな食事をしたのか、どんな女性と夜をともにしたかさえ白日の下に晒されてしまうのだ。もっとも集まる情報も膨大すぎるため、政治および暗部関係に絞り、さらに収集した情報の分別をインプ中心とした24時間体制の人海戦術で対処しているというのだが……。

 しかし、この情報が王国を大きく動かそうとしていた。

 いままでガゼフ・ストロノーフは、武こそ王国への忠義とし、政治面のことはほとんど口を出さないようにしていた。しかし、もたらされた情報から王国の見過ごせない腐敗を読み取り、貴族派への対決姿勢を鮮明にするようになったのだ。

「で、卿はこれからどうするのかね」

 ラインハルトは出された茶の香りを楽しみつつ、暗に今後の王国について問う。

「現状では、貴族派をある程度抑えこむことしかできない。王のお悩みを解決し、対処するにはどれほどの時間がかかることか」
「私は演じるのなら別だが、回りくどい言葉を好まぬ。率直に言えば、腐敗は国体の運営における限界を超えているぞ」
「ああ。その通りだ。彼女のおかげで法国から貴族派への工作が停止したとはいえ、帝国からの工作はいまだ続いている。なにより一度腐ったものは周りに腐敗を撒き散らす」

 そういうと、ガゼフはチラリとアンナの顔を見る。アンナは表向き王国所属のアダマンタイト級冒険者となっている。しかし、実態はスレイン法国闇の神殿の元次席巫女。現在はラインハルトの部下であり、アインズ・ウール・ゴウンにおけるスレイン法国の窓口のような役目も負っている。ガゼフは、アインズ・ウール・ゴウンの全容を知らされてはいない。しかしガゼフは少ない情報から、ラインハルトの所属する組織とスレイン法国を結ぶ存在がアンナであることを導き出したのだ。

「スレイン法国の国是は人類救済。その方針に変わりはありません。しかし手段が変わりましたので、王国との関係を改めただけです」
「それでも、貴族派への資金や情報など利益供与が無くなっただけでもありがたい」
「もし、それだけと考えているのであれば、危ういですよ?」
「それはどういうことかな?」
「政治は絡みあった糸のようなもの。一箇所を引っ張るのをやめたら、どこかに弛みが生じ、そこから別の事象が発生しますよ」

 アンナは、スレイン法国による王国工作について一切を否定しなかった。しかし、同時にそれだけではないと伝える。ガゼフは詳しい話を聞こうとするも、アンナは笑みを浮かべ煙に巻くようなことを言うと、それ以上話をすることは無かった。

 そしてガゼフがこの時なんとしても聞き出すべきだったと後悔するのは、数日後のことであった。

「話を戻すが、王国における危急の問題は三つと考えている。一つは貴族派の腐敗。先日なんとかある貴族を法の下で裁くことができたが、所詮枝にすぎず時間がかかる。二つ目は王国暗部を牛耳る八本指の存在。大規模な犯罪や麻薬など浸透する犯罪まで、その悪徳は根深い。なにより貴族だけでなく王宮内部にまで入り込んでいるようだ」

 ガゼフはここで一度息をつき茶を一口飲む。

 茶といっても、いわゆるローズヒップメインのブレンドハーブティーであり、柔らかな香りと僅かな酸味、飲んだ後のさっぱりとした口当たりが、ガゼフの熱くなりかけた頭を冷静に戻す。そもそも、王国の問題を一冒険者に話すなどおかしい。しかも謎と言ってもよい組織が背後にいる冒険者に対してだ。

「最後の問題は……」
「王の後継者問題であろう?」
「ああ」

 しかし、ガゼフはその点についてだけは疑うことをやめている。恩というには大きすぎ、勘というにはあやふやなものを根拠とした自分の行動を疑問に思うこともある。しかし自分の成したいことのために、ラインハルトの協力は不可欠ということを嫌というほど理解してしまったのだから。

 客観的な目を得て見れば、王の派閥は脆弱すぎた。武こそ総てという理念は美しいが、戦士長という役職にいながら政治から離れていた自分は、貴族派の増長を許したにすぎない。なにより王には時間がない。いかに優秀な王であっても、老いは平等に訪れ、いつしか才能に影を落とす。しかし今の時代、王の後継となるべき存在がいないのだ。

「機会を得て痛感したよ」

 ガゼフはあえて何をと言わず、そしてラインハルトも聞かなかった。同席する者達も同様に沈黙をまもる。

 しばしの沈黙。

 時計の秒針が一回りしたころだろうか、ラインハルトが茶を置き、足を組み直す。

「一つ。提案しようか」
「なにかな」
「近いうちに我が半身の組織が立ち上がる。具体的なものは近々決まるだろうが、その庇護を受けるというのはどうかな」
「それは具体的にどこにかな」
「候補はいくつかあるが、いまのところだとトブの大森林が有力か? 三国と複数の異形種を従えるにはあの位置はよい。もっと良い位置があるかもしれなぬがな」
「あそこには人間など……。いや、そういうことか」

 トブの大森林。

 魔獣が住み、多くの異形種が跋扈する人外の領域。冒険者や狩人が入ることもあるが、基本は外縁部。それこそ、内部まで入り込むことができる人類など、ほんの一握りの実力者のみ。

 そのような場所に、新たな組織が立ち上がるというのだ。普通に考えればおかしく、誰もが無理だと声を上げるだろう。しかし、ガゼフは目の前の男、ラインハルト・ハイドリヒのことを知っている。

 その実力、その能力、その装備。どれを取っても一流を超え英雄級。そんな者が所属する組織が、人の営みの間に存在しながら、人知れずあり続けるなどありはしない。それこそ突然出現するようなことでも無い限り。

「ハイドリヒ殿は、人外の勢力の一人ということなのだな」
「もちろんアインズ・ウール・ゴウンにも人間はいるし、元人間も多い」
「森の賢王がハイドリヒ殿に従っているという話を聞いていた。なるほど、その話もうなずける」

 アインズ・ウール・ゴウンをトブの大森林にもともと存在(・・・・・・)し、王国・法国・帝国に関与しない隠れた組織。そしてそのような場所に存在できるのは、人外の組織に違いないとガゼフは予測した。なにより、この推測であればトブの大森林の南部を支配していたという森の賢王が、この冒険者たちに従っているという話も聞いている。何十年もの間、森の南部から動かなかった大魔獣が動き出したのだ。それは守る、いや隠す必要が無くなったと読み取れば総てがつながったように見える。

 もちろんラインハルトは、ガゼフの勘違いに気がついている。しかし、その勘違いに問題はなく、たとえ真実を知らせたとしても、結果は変わらないと考え訂正しなかったのだ。

「では聞こうか」
「王国のことゆえ、王国外に命運をゆだねることはできない」
「それが卿の選択ならば認めよう。しかし、事態は動いているぞ」
「すまない」

 王国を愛するガゼフにとって、ラインハルトの提案は王国に対する外患誘致を意味する。ゆえに拒絶する。

「なにより卿の考えは尊重しよう。しかし私は結果という点ではそう変わりはないと考えている」
「しかし……」
「まだ時間はある。私は私で行動するし、他者もそれぞれの思惑で動くことだろう。そしてセバス」
「はっ」
「情報は従来通りに。さらにこちらの仕事を依頼することもあるが、普段はいままで通りにストロノーフ卿をサポートしつつ、己が最善と考える行動をせよ。行き着く先はアインズ・ウール・ゴウンのためである」
「承知いたしました」

 しかし、ラインハルトは提案を断ったガゼフに対し、いままで通りの支援を約束するのだった。さらにセバスにある程度のフリーハンドを与えたのだ。

「ありがたい。この恩はいつしか」
「ああ、いつか1つだけ命令させてもらうよ」
「命令か、お願いと言わないあたりに誠意を感じるな」
「あと先に伝えておくと。このままでは内乱になるぞ」

 そういうと、ラインハルトは席を静かに立ち、他のものも後を追う。しかしガゼフだけは席を立つことができなかった。ガゼフも可能性は考えていた。しかし他者に内乱という言葉として明確にされたことが、思いのほか衝撃を受けたからだ。

「また会おう。卿の気が変わったのなら、いつもで私の下に来い」


 ******


八月二日 ナザリック地下大墳墓 第九層会議室

 歴史ある古城を思わせる白亜の空間。柱一本にいたるまで精密さと優美さを備えた造形がなされた内装、広さ、永久光源の明かりが、見るものに所有者の財力と技術力を思い知らせ、地下であることを忘れさせる。

 ここはナザリック地下大墳墓 第九層の会議室。
 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターにして最高支配者であるモモンガの下、守護者らナザリック主要人物が集まり、情報共有および意思決定を行う会議が定期的に開催される場である。

 本日も、ギルドマスターであるモモンガに補佐のアルベド。第七階層守護者にして帝国および法国担当のデミウルゴス。第六階層守護者にしてトブの大森林の砦建築および周辺調査・調整を行うアウラとマーレ。第四層守護者にして武技や戦術研究を担当するコキュートス。第一・第二・第三層守護者にして近隣の人材収集を担当していたシャルティア。そして王国を担当するラインハルト・ハイドリヒ、そしてプレアデスの数名が参集している。

「以上で、守護者からの報告を終了します。モモンガ様、なにかございますか?」

 アルベドが事務的な口調ながら、聞くものを魅了する美しい声で報告の終了を宣言する。先ほどまで、各守護者からここ数日の状況などが報告されていたのだ。もっとも先日の魔樹の竜王ザイトルクワエ討伐戦以上の大事は無く、順調そのものであった。

「まずはご苦労。皆の働きで順調に事が進んでいることを理解できた」
「勿体なきお言葉」
「先日、魔樹の討伐の折に、多くの事が判明した。まず我が友四十人の復活が可能であることがわかった。そのため最終目標は世界征服という点はかわらないが、過程に幾つか条件を付け加える」

 モモンガのセリフに、会議室には小さいながらもどよめきがおこる。

 もちろん先日の一件を直接見ているものも多い。しかし明確に己の創造主や仕えるべき存在の復活を明言されたことは、やはり驚くべきことであった。もっとも一人だけは、全くの冷静を通り越して無反応がいるのだが。

「一つ目は、復活の鍵であるラインハルトのモニュメント(スワスチカ)建造。魔樹の討伐以降にもう一箇所増え、現在は三箇所にモニュメント(スワスチカ)が存在している。最終的には九箇所に建造することで、友の復活は現実のものとなる。そして候補地はここである」

 そういうと、モモンガは地図を広げる。

 その地図には九箇所に☓がついていた。

 エ・ランテルに大森林北部、王国西部の僻地が含まれている時点で、これがモモンガの言う九つの候補地ということが誰の目にも明らかとなった。

 そして他の予定地を見ると。王都。トブの大森林中央にほど近い沼地。帝都。南部にある王都と帝都の古戦場などが含まれている。

「位置は目安でズレは許容されるが、モニュメント(スワスチカ)を生み出すには魂は必須だ。その魂も闘争により質を高めたものが求められる。そうで無ければ数が必要となる。この認識で間違いないな? ラインハルト」
「ああ、その通りだ、我が半身よ」
「ゆえに今後はこの場所と内容を意識した戦略が必要となる。皆、心得よ」
「御意」
「続いて、お前たちが至高の四十一人と呼ぶ存在は総て元人間である。人間を優遇しろという気はないが、ただ友たちが復活した時、元同族が虐殺される姿を見せるのも、滅んだと伝えるのも忍びない。なにより友だけでなく、お前たちと共に大手を振ってこの世界を楽しみたいのだ」

 モモンガは一度守護者たちの顔を見る。

 この世界に来てもう約一ヶ月。

 一ヶ月しか経過していない。

 しかし言葉を交わし、飲食を共にし、リアルの鈴木悟としては考えられないような、濃厚な日々を過ごしたように思う。昔のままなら仲間以外からの中傷や罵倒など意にも介すことすらしなかっただろう。

 だがもう違う。この者達と共に町を歩いた時、後ろ指を差されるようなことはしたくない。友たちが復活したら尚の事だ。この美しく未知のあふれた世界で存分に楽しみたい。そう願わずにはいられないのだ。

「故に、矛盾を承知で皆に命じる。我が意を汲み、手始めにこの地を中心とした周辺の異形種および人間の三つの国家を征服せよ。人も異形種も生きることができる国家の樹立を目指すのだ」
「畏まりました」
「なにか策はあるか?」

 モモンガの指示に守護者各員は、おのれの任務と位置を照らし合わせる。そしてどのような戦略が可能かの検討をはじめる。

 そしてあることに気が付いたアウラが手を挙げる。

「モモンガ様よろしいでしょうか」
「なんだ、アウラ」
「はい。この大森林の中心。ここの沼付近にはリザードマンの集落が複数あったかとおもいます。そこを攻め滅ぼせば条件は満たされるのではないのでしょうか?」
「お姉ちゃん。それだと平和的な国家って条件にあわないよ~」
「あ……」

 アウラは良い案と思って発言したが、そもそも条件を満たしていないことを弟のマーレに指摘され、バツが悪そうに頭をかく。もっともいままで外の被害という点について考慮していなかったのだから、アウラのミスも当たり前といえば当たり前のものであった。

「アウラ。確かに平和的という点では問題かもしれぬが、少なくともリザードマンの集落というのは重要な情報だ」
「いえ、考慮が足りず申し訳ございません」
「デハ、対等ニ侵略ヲスレバ良イノデハナイカ?」
「対等に侵略? 言葉に矛盾はないかね?」
「対等ニ国ト国トガ戦イ、負ケレバ従属シ、勝テバ国ヲ統一スル。ソンナ時代ニ武士ハ生キタト、武人建御雷様ヨリ聞イテイル」

 アウラの提案に助け舟を出したのはコキュートスであった。対等に侵略などおかしい箇所は多いものの、史実の戦国時代の日本統一をイメージして言っているのだから、あながち間違いではない。この辺の知識はコキュートスの創造主である武人建御雷が、武人という意味付けのために、戦国時代の侍の情報をフレーバーテキストのように書き残したのが原因なのだが。

「栄光あるナザリックが、外の者と対等? 寝言は寝てから言うべきよ、コキュートス」
「アルベド。勝てば良いのです。勝って優秀を示せばよいのです」
「デミウルゴスの言う通りだ。戦うことで条件を満たすことができる。従属という条件に対して、何を望むかで確認し、正面から打ち勝ち優位性を示せば良いのだ」

 しかし、アルベドにはこのような案を許すことなどできなかった。アルベドにとってナザリック、いやモモンガは至高にして不可侵(ふかしん)の存在。そのような存在が統べるナザリックと、外の世界の有象無象が対等などありえないのだから。

 対してデミウルゴスとラインハルトは賛成に回っている。知能担当というわりには脳筋的な意見であるが。

 しかし、どちらの意見も一理ある。そのことがわかるモモンガは案を提示する。

「コキュートスの案は悪くはない。だがその前に私の考えを明かそう。私は世界征服を考えた時どのような統治が必要か考えた。しかし結論は複数の種族が同じ生活をすることは、生活習慣や価値観の違いから難しいという結論に至った。故に、アウラが建造中の砦を中心としたトブの大森林に国家を立ち上げ、他の種族や国家を州という括りである程度の自治を行い、アインズ・ウール・ゴウンは中央の統治機構および対外的な軍事機構となればと考えた」

 鈴木悟の学んだ歴史では、古くは都市国家を糾合したローマ。最後の超大国アメリカ合衆国。そして最後に世界を統一した企業連合。それを参考にした案を提示する。

「所属することで、種族の安寧というメリットを享受できる。ただしある程度の支配を受ける。デミウルゴス、お前が優秀と考えるナザリックの面々は、外のものに遅れを取るか?」
「そのようなことはございません」
「アルベド。このような統治案を具現化し、参加種族にメリットを提示することはできるか?」
「可能でございます」
「つまりそういうことだ」

 モモンガはアルベドに顔を向ける。ナザリックを下に置くと感じる事は未だにアルベドの中に残っている。しかしモモンガが仲裁し意見を出した以上、(いな)は存在しない。故に、同意の意味を込め、静かに微笑み一礼するのだった。

「まず、アウラは今の砦の作成任務に加え、この地域の中心となるに相応しい都市の建造を任せる。マーレはその補佐。生態系に配慮しつつ、最終的に王国、帝国、法国をつなぐ道なども含めて検討せよ」
「畏まりました」

 ただでさえ砦建造という大規模プロジェクトに加え、いわゆるアインズ・ウール・ゴウンに相応しい首都を作れと言われたのだ。アウラとマーレはその責任の重さに喜び、同時に内心悲鳴をあげる。ただでさえ、普通であれば1年以上かかる規模の砦建造に加えて都市設計である。多数の魔獣を意のままに操ることができるアウラであっても、誰もが成し得ないような広範囲魔法を発動できるマーレであっても、やはり難しいものは難しい。

「コキュートスには戦術検討をさせてきたが、その実践相手としてリザードマンとの戦闘に備えよ。戦力については追って伝える。従属交渉が決裂し、戦闘になるだろうからな。ただし戦う相手は、将来的には統治すべき民になることも忘れるな」
「御意」

 逆にコキュートスは、戦うことを待ち望み、ついにその場が与えられたのだからその内側は歓喜に震えていた。なにより、先日の創造主である武人建御雷様との邂逅。今まで見たこともない高度な連携による駆け引きや、ただ与えられた情報と武だけでは、勝つことができないという事実。多くのものを短時間で学ぶことができた。今のコキュートスに油断はなく、彼我の戦力差を分析した上で更なる勝利を貪欲に目指す。そんな思いに満ちあふれていた。

「デミウルゴスとラインハルトの任務は変わらん。担当国を従属させる施策を検討せよ」
「畏まりました」
「了解した。我が半身よ。あとで2・3アイテムのことで相談があるのだが」
「よかろう」

 デミウルゴスとラインハルトの任務は変わらない。ただし従属させよと明言されたのだ。なにより担当地域には、モニュメント(スワスチカ)の予定地がまだまだある。戦略と合わせて、戦闘の誘発などまで思考をめぐらす。

「アルベド。すまないが統治法の具現化を頼む。私には国家運営のノウハウは無いからな。頼りにしている」
「もったいないお言葉。それにノウハウが無いなど謙遜が過ぎるというもの。とても素晴らしい案ではございませんか」
「いや……」

 モモンガは、咄嗟にアルベドの世辞を否定しようとした。しかし心酔しきって頬を上気させたアルベドの表情を見てしまい、何を言っても無駄であることを悟ってしまった。

「最後にシャルティアには、ナザリックの防衛を頼む」
「先般の失態、外敵を一人残らず殲滅することにて、晴らさしていただくでありんす」

 シャルティアは堂々と宣言するように返答する。

 シャルティアは先日、ワールドアイテムの効果で一時的にナザリックに反逆した。最終的に解決したものの、シャルティアの中では万死に値する失態として燻っており、モモンガも気を揉んでいた。幸運にも、創造主であるペロロンチーノと会話できたことで最悪の状態は乗り越えられたようだ。しかし当分は成功体験を積み上げることで、自信の回復を促す考えをモモンガは持っていた。

「さて、今日はここまでとしようか」

 モモンガの閉会の言葉をもって場は解放される。

 その後は、プレアデスが配膳した茶や軽食を取りながら、小一時間ほど各自とのコミュニケーションが図られるのだ。もっとも、モモンガにとっては家族との団欒の時間であり美食を楽しむ時間。守護者らにとっては、愛すべき至高の存在と時間を共に出来る貴重な場という意識の若干のズレはあるのだが。

「そういえばラインハルト。先ほどアイテムについて相談といっていたが、どのようなものだ?」
「ああ、白雪の鏡を一セットと双方向メッセージ用のアイテムを数セット借りたい。あと下賜用にミラー・オブ・リモート・ビューイングを一つといったとことか」
「双方向メッセージ用アイテムというのは、メッセージスクロールの節約と予想がつくが白雪の鏡は?」

 双方向メッセージ用アイテムとは、お互い間でのみのやり取り先が決まった携帯電話のようなもの。アウラとマーレも常用しているものである。メッセージを使えるラインハルトは問題がないが、部下の多くはメッセージを使えないためスクロールを与えて代用していた。しかしスクロールの補充を考えると、よく連絡をとる相手にはアイテムを与えたほうが効率的と考えたのだ。

 そして白雪の鏡は、キーワードを唱えると遠距離の鏡が空間的に繋がる設置型ゲートのようなものだ。比較的高価なアイテムだが、トラップなどにも使えるため、ナザリックの宝物殿にはそれなりの数が保存されていた。

「ああ、王都の拠点とカルネ村の拠点にそれぞれ設置して、行き来するためだ。魔法で代用出来るとはいえ、何かと便利だからな」

 ラインハルトは高位のマジックキャスターと認識されているため、転移をするのも問題はない。しかしカルネ村を拠点としているゴブリンを率いるエンリにとって、軍勢を何処に潜ませるのかは重大な問題である。魔法の水晶で対応できるが往復用に二セット持っていても、使えばラインハルトにチャージしてもらっている状態である。

 またカルネ村のユリや、王都のセバスにそれぞれの仕事をさせているが、移動できれば双方にフォローも容易くなるなど利用範囲は広くなるのだ。もちろん交易などに使えばとんでもない利益を生み出すことができる代物である。

「良かろう。ただし他のナザリック関係者が使うことを考慮した場所に設置せよ」
「了解した」
「しかしリモートビューイングか。あれ自体もけっこうな数が宝物殿にあったから問題はないが、下賜するということは、それなりの相手なのか?」
「あの者は、デミウルゴス程ではないが、アルベドや私に匹敵するほどの知略の持ち主だ。こと人間の国家運営という点では、ノウハウを含めて我々を凌駕しえるぞ」
「ほう……」

 デミウルゴス程ではないが、アルベドやラインハルトに匹敵する知略を持ち、人間国家の運営に知見を持つ存在。そのようなものが、アインズ・ウール・ゴウンの統治を、後押しするのであればなんと心強いことか。さらにそのような存在を敵とせずに済むのなら、味方の被害も抑えることができるだろう。

「その者を取り込むのか?」
「そのつもりだ。あの者の望みは愛する者との安寧のみだからな」
「なかなかの人物のようだが、願いは凡庸だな? 先日のお前の部下のように人類の存亡などということはないのだな」

 モモンガは、先日ラインハルトが連れてきたアンナの件を思い出していた。その時アンナは自分の総てと引き換えに人類存続を本心から願い出ていたのだ。だからこそ、それほど高い能力を持った存在なら、まるで英雄のような願いでも持っているのかとモモンガは考えたのだった。

「あの者は愛する男を籠に捕らえて自分だけのものにしたい。しかし自由に活躍する姿を見るのも捨てがたいという考えでな。我々に匹敵する情報網の一部を愛するものの監視に費やすような愛に生きる女性だ。そのようなものに、ミラー・オブ・リモート・ビューイングを与えれば、きっと喜んでくれるだろう。アルベドならこの心境を理解してもらえるとおもうがどうだ?」
「そうね。女として生まれたからには、愛する人を部屋に監禁して何もかもを奪いたいと考えてしまうもの。なかなか共感できる者のようね」
「ちょ……それ、ストーカーに渡しちゃいけないもの、渡そうとしているよね」

 モモンガはラインハルトからミラー・オブ・リモート・ビューイングを与える存在の情報を聞いた結果、触れてはいけないストーカーに二十四時間三百六十五日監視する手段を与えてしまうという事実に戦慄していた。

「ん? なにか問題か? 我が半身よ」
「他のものではダメなのか? 主にその愛される男の尊厳的に」
「あの女性がこれ以外に喜びそうなものは、あいにく見当がつかんな」
「わかった。一枚下賜しても良い」

 モモンガはそう言うと、名前も知らぬ愛される男に黙祷を捧げた。しかし、もう一つだけ言わなくてはいけないことに気が付いたのだった。

「アルベド。お前は職務以外でのミラー・オブ・リモート・ビューイングの使用は禁止な」
「え?」

 ナザリック最高支配者と守護者らのコミュニケーションは、まだまだ続く。


 ******


 八月三日 早朝 王都

 危急の用事ということで、朝から面会を求めてきたセバスから、ガゼフにこのような情報が伝えられた。

「貴族派が私兵をあつめております」





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第2話(改)

オーバーロード最新刊読了

東京→金沢の出張がなければ、最新刊読む時間なかった。出張バンザイ!(ぉ

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20160925

いろいろ改稿
本筋は変わっておりませんが、言い回しや地の文など変更


八月三日 王都

「貴族派が私兵を集めているというのはどういうことだ?!」

 朝から王都には雨が降っていた。

 数日続いた暑さも、豪雨というほどではないが比較的強い雨で一段落し、家に居る分にはすごしやすい朝であった。

 しかし、そんな快適なはずのガゼフの朝は、危急の要件ということで訪れたセバスからの情報で、総てが台無しになってしまった。

「はい。直接ではありません。しかし八本指の傭兵、特に腕の立つ六腕に対し招集がかかっています。またある商会経由で冒険者への中期護衛依頼が発行されたり、複数に分かれて募兵されたりしております。逆に反貴族の陣営に属する冒険者には、長期の指名依頼を入れ王都から離れるように仕向けているようです」
「戦士や騎士は?」
「最近、ストロノーフ様が貴族派への対決姿勢を鮮明にしているため、気付かれるのを恐れてか戦士隊への直接の工作は見受けられません。むしろ近衛騎士の取り込み工作や、栄転と言う名の辺境への人事異動が調整されているようです。そして貴族派の騎士も国境警備の任にあるものは、呼び戻されているようです」
「何を考えている!」

 ガゼフは呻くように声を絞り出す。国なくして貴族もありえない。しかし国防の兵すら私欲のために使うなど、まさしく反乱ではないかという考えが頭をよぎる。その瞬間、ある男の言葉が思い出された。

「ハイドリヒ殿は、コレを予見していたのか」
「ラインハルト様は、アインズ・ウール・ゴウンでも五本の指に入る知恵者。これから先のことも、すでに予想されているかと」
「そうか」

 ガゼフは友人であり恩人の姿を思い浮かべた後、まるで蜘蛛の糸をつかむように、与えられた情報を束ね、まだ見ぬ先の予測をはじめた。

 貴族派が兵を集める理由は、クーデターか? それとも権力闘争か? どっちにしろ、王国にとって未曾有の危機となる。なにより、そんな隙を帝国が見逃すはずがない。しかし八月というのは、派兵には微妙なタイミングである。作物の収穫時期が近いため、大規模な民兵の動員をするとは考えられない。もっとも帝国ならば規模を絞ることで、いくらでも対応可能である。それこそ、鮮血帝の手腕ならば、このタイミングで都市の一つや二つ攻略することなどわけないだろう。そして、最初に狙われるのはエ・ランテルを含む南部。()しくも先日、法国が偽装した帝国騎士による王国南部襲撃が現実のものとなるのだ。

「ここで武力に訴え、問題は解決すると本当に思っているのか」

 叫びこそしないが、感情の篭った声を吐き出すガゼフ。平和と忠義を望み、茨の道を行くものの苦悩がにじみ出ていた。

 その声に、セバスは思惑を巡らす。もしこれがただの戦闘であれば、どう防衛すべきか、突き崩すべきか助言をすることも可能であった。しかし、事の起こる前の情報戦。後の先をとることはできても、先の先はとれない。なぜなら人間の思考というものを、セバスが理解できていないのだから。この違いが、知恵者と呼ばれる存在と自分との差かとセバスは自らの不甲斐なさを恥じる。

 故に凡庸だが、どのような状況でも対応できる汎用性に優れた提案をする。

「相手が武力に訴えようとしている事実は変わりません。人間が集まり軍事的行動を起こすまでには、どうしても時間がかかるもの。即断即決で一騎当千の戦力を送り込むようなことはできますまい。しかしどのような対策をとるにも、友軍を増やす必要があるかと」
「どちらにしても武力衝突は避けられないということか」
「はい。たとえ貴族派の一人二人投獄したとしても、流れが止まることはないでしょう。もし一斉に殲滅できたとしても、今度は頭を失った体がどのような暴発をするか」
「たしかにその通りだ」

 セバスは、アインズ・ウール・ゴウンの手を使えば、一切合切を暗殺するということさえ可能なことは分かっている。捕まえ洗脳し、都合の良い存在に作り変えることも可能だろう。少なくとも目に見えた敵であれば、セバス一人でも物理的に殲滅は可能なのだから。なによりセバスの今の任務は王国の情報収集と、収集した情報の一部(・・)をガゼフ・ストロノーフに提供すること。ゆえにセバスは無難な対処を提案するにとどまったのだ。

「そうだな、やはり私に政治は難しいようだ。戦術・戦略に落とさねば思考も回らぬ」

 そういうと、ガゼフは席を立つ。

 近くに控えていたメイドが、慌てて上着に手を伸ばそうとする。しかし、セバスは一歩早く流れるように、上着をガゼフに羽織らせる。

「王城に行く、セバス殿には悪いが夜にもう一度来てもらえないか? 相談しておきたいことがある。こちらの行動をハイドリヒ殿にも伝えたいからな」
「畏まりました」


******


同日 王都

 王都において最も影響力がある存在は? と問えば、一般人は王様と答えるだろう。しかし、一定以上の権力を持つものは、回答に言いよどむ。

 たしかに表向き一番の権力者は王である。しかし今の王は、何事も独断で決めることができない。故に最も影響力があるというと悩むのだ。貴族派を上げるものもいるだろう。中立の大貴族の名を上げるものもいるだろう。しかし、言葉に乗せないが八本指という回答を持つものは、意外に多い。

 八本指

 リ・エスティーゼ王国における暗部の大組織。その影響力は、貴族派のみならず王の派閥にまで及ぶ。それこそ、その辺のスラムや花街といったわかりやすいところから、高級嗜好品を取り扱うまっとうな商会。果ては犯罪、密輸などなどあらゆるところに触手を伸ばしている。商会など間接的なものも含めれば、一般人の多くも何らかの形で八本指の影響を受けるほどだ。

 今日、その八本指の幹部がある高級宿屋の地下で一同に会していた。しかし、その雰囲気は剣呑なもので、とても同じ組織に属する者達の会合とは思えぬ雰囲気である。今でこそ一つの組織となっているが、元はバラバラの組織が、寄り集まっただけという過去を考えれば当たり前かもしれない。

 利害がある程度一致するからこそ、組織の体裁を整えている。

 だが今日の剣呑さは、いままでと比較にならないレベルであった。

「先日、麻薬の生産地が一つ潰された件について」
「近くで任務中に麻薬に気が付いた冒険者が、正義感に後押しされて通報。戦士長殿が部下を動かし殲滅」
「どうせ、あの男が冒険者に裏を取らせていたのだろう。全くどこから情報を入手してやがるのか」
「貴方のところの裏切りものじゃないの?」
「その裏切り者は、とっくの昔に川の底だよ」
「王を担ぐ連中が、腕利きのスカウトでも大量に雇ったと考えるのが筋だろう」
「私達の耳に全く入らない人材を大量に? それこそありえない」
「だが、今ありえないことが起こっている。若い冒険者は思いの外、正義かぶれが多い。仲間が上げた功績に続けとばかりに、歯向かう連中も増えてきている」

 八人の男女は、席に付き屈強の護衛を背後に並べながら、一般人なら眉をしかめる内容を話し続ける。

 この者達こそが王国を影から操る存在なのだ。

「そんな末端などどうでもいいわ。問題は私達の後援者が何人も失脚しているということ。先日、うちの客も一人やられたわ」
「裏金作りの帳簿と現金を押さえられるなど、どんな間抜けな貴族様だ?」
「それでも、いままで結構な資金を流してくれていたのは事実よ」

 張り付くような空気の中、まるで雑談でもするように情報を交換していく。無論、ぼかされている情報ではあるが、それぞれが持つ情報網と誰の発言かで、情報が紐づくようになっている。

 むしろその程度できないものは、この場にはいない。居たとすれば、すでに利益を吸い尽くされた生ける屍となっていることだろう。

 「六腕の一本が潰えた」

 そんな中、見過ごせない情報が入り込んだ。

 六腕とは、八本指の傭兵部門における最強の者達の名である。ある意味、最大の暴力装置を有しているからこそ、八本指はその権力を誇示することができた。その暴力装置の代名詞が、一人死んだというのだ。

「誰にやられたの?」
「先日、エ・ランテルで認定された三組目のアダマンタイトだ」
「黄金の獣か。冒険者ということは誰かの依頼で動いていたのか?」
「任務中にやられた。襲撃先の大商隊の護衛でたまたまかち合ったようだ」
「運が無い。しかし、遭遇戦で倒されるなど、六腕の実力でありえるのか?」
「ほぼ一撃だったそうだ」
「六腕を一撃。どんなバケモノだ」

 六腕の実力は、冒険者でいえばアダマンタイト級。それも対人に特化した存在だ。そんな存在が一撃で殺されたというのだ。普通に考えればありえない。

「状況は簡単だ。商隊に襲撃をかけた時、依頼主は一キロほど後方から指揮をしていた。しかし、前線の戦闘が始まった瞬間、黄金の獣が一本の槍を投擲し、護衛対象もろとも串刺しになった」
「一キロ先を……なんらかのスキルかタレントか? 普通じゃありえんぞ」
「だからこそ、アダマンタイト級なのだろう。ヘタすると現存の二チームよりも……」
「ああ、そうだな」

 そもそも、この任務も法国の協力者が、一時支援を控えるという言葉と引き換えに提供した情報である。商隊は数年でも最大の規模で、襲撃が成功すれば一・二年分の売上が確保できる規模であった。ゆえに貴族派お抱えの盗賊が六腕という高額の戦力を加えてまで参加したのに、この有様となってしまった。

「黄金はたしか、どこの紐付きにもなっていないはずだが? 声をかけたものはいるか?」
「どこも。ただ今日はいった情報では王が声を掛けるようだぞ」
「これ以上、あそこに力を持たせるわけにはいかない。炊きつけるか?」
「なんでも女は駄菓子と言って、そうとう手が速いようだ。やりようはあるだろう」
「どちらにしろ、今は戦力が惜しい。このまま何もせずにいれば、王の派閥が潰しにくるぞ」

 そして最初の話に会話は帰結する。

 すなわち王国の影と貴族派は、王の派閥から大攻勢を受けているのだ。無論、情報網を王の派閥にまで伸ばしているため、この程度で済んでいるともいえるが、確実に手足を失っている。

 さらに支援者の一つである法国も、戦況の悪化を理由に支援が滞ってきている。残る支援者は帝国なのだが、そろそろ内部の膿を出しきったのだろう。王国への侵攻の意思が見え隠れしている状態だ。

「その点で、客と我らの利益は一致している。六腕の他のものは?」
「配下も合わせて集結を進めている。遠方にいるものも、三週間で準備も含め完了する」
「時間が掛かりすぎるな」
「しかし客のほうは、もっと時間が掛かるようだが」

 戦争は儲かる。しかし、だれもが自分の庭ではしたくはない。故に八本指は見たくもない顔を突き合わせ、対策を練っているのだ。表向きは貴族派の指示で兵をあつめ、裏では自分たちの兵を集める。

「私は、時間稼ぎのために黄金を取りにいくから、最悪を考えて一人護衛を回して欲しいのだけど?」
「わかった。一人連れて来ている。そのまま連れて行くとよい」
「ええ、契約交渉はこのあとでお願いね」
「先程、王の派閥が黄金に接触する名目で夜会を開催すると情報が入った」
「じゃあ利用させてもらいましょうか」

 男女の会合は続く。

 貴族派は国内の問題と思っているようだ。しかし八本指にとっては、すでに近隣諸国とのパワーゲームであり、王国はすでに餌場と設定されたと判断しているのだ。

 だからこそ次の体制で、有利な位置を確保するため……


******


八月六日 王城 翡翠の間 控室

 王城は普段と打って変わり、ざわめきに包まれていた。

 王国三番目のアダマンタイト級冒険者 黄金の獣がランポッサ三世に拝謁し、その後歓迎の晩餐会が開催されるというのだ。

 黄金の獣は、エ・ランテルでスケリトルドラゴンおよびアンデット2万の撃破からはじまり、王国西部での大商隊を襲った大盗賊カンダタとその一味2000名の討滅。そして万能霊薬の入手成功など、逸話に事欠かない。なにより、目撃者も多くその首などの証拠も多いため、口が悪いものがその実力に疑問符をつければ、ただの僻みと言われるほど国民の間では浸透していた。

 短期間にこれだけ浸透しているのは、勧善懲悪という、あまりにもわかりやすい英雄像が国民に受け入れられ、吟遊詩人がこぞって酒場で歌っているからだ。

 とはいえ、普通は拝謁など実現しない。そもそも王城に集まる存在は、冒険者というものを下に置くからだ。

 だが拝謁が実現し、そして晩餐会まで開催される。この異例づくしが承認された背景には、アダマンタイト級冒険者でありながら、どこの派閥にも所属していないという事情がある。

 一般的な冒険者は一定以上の実力をつけると、どこかの有力者が後援(パトロン)につく。これ自体は決して悪いことではない。不安定な冒険者稼業にある程度の安定を約束する。同時に仕事を得る機会ともなるからだ。有名な所では中立派のレエブン侯も元冒険者を子飼いとしており、黄金の姫も貴族でありアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇と友好関係がある。

 しかし、まるで暁の明星(あけのみょうじょう)のような、輝かしい功績を短期間に積み上げてしまったため、黄金の獣はどこの権力者ともつながりをつくることがなかったのだ。一部の情報通と呼ばれるものは、アインズ・ウール・ゴウンという組織に所属しているということを知っているが、王国内に存在しない組織なら首輪がついていないも同じ。利益を調整することで交渉も可能と考えており、概ね間違いではない。

 つまり今回の拝謁は、ランポッサ三世の派閥工作の一環である。しかし貴族派も、背後の八本指も指を咥えて見ているわけではない。拝謁に口出しはできないが、晩餐会ならば……。そのような思惑の交差した結果なのだ。

「ラインハルトさん。お似合いですよ」
「ええ、普段のお姿もですが、モーニングを着たお姿も美しいですね」
「世辞は良い。退屈なら先に戻っても良いのだぞ」

 今回の拝謁は黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒと行われる。つまり仲間とはいえ、エンリやアンナは参加できないのだ。ゆえに二人は割り当てられた控室で待っている。とはいえ王城の控室、豪奢な作りにメイドが二人控え、最高級といってもよい茶などが振る舞われている。元辺境の娘にすぎないエンリにとって、落ち着くどころか挙動不審にすらなっている。それでも帰ると言わないあたり、愛する故か根性故か。

「いえ、せめて戻ってこられるまでここでお待ちします」
「わかった。遅くならぬようにしよう」

 そういうと、タイミングよく現れた案内に促され、拝謁がはじまるのであった。


******


 ランポッサ三世との拝謁は、戦士長を含む護衛や高官の見守るなか、つつがなく、むしろ身構えていった者達にとってはあっけなく終わった。ランポッサ三世の口から味方せよなどの言葉もなく、ラインハルトの口からランポッサ三世に忠誠を誓う言葉も無かった。しいて言えば、戦士長と個人的な友好があり、後日、御前試合をという事になったぐらいだろうか。

 貴族派も紛れ込ませた耳から情報を聞き出し、ラインハルトがまだ王の派閥に参加していないと判断を下した。ただし、放置すれば、王派であり反貴族派の急先鋒となった戦士長ガゼフ・ストロノーフの陣営に取り込まれると判断したため、晩餐会を含め派閥工作を強めることで一致した。

 晩餐会は、立食形式のパーティーであった。煌びやかなシャンデリアに、広いホールに響く宮廷楽士の演奏。ワインなど思い思いのドリンクを手に貴人達が会話を重ねる。

 その中ひときわ目立つのは、今回の主賓であるアダマンタイト級冒険者のラインハルト・ハイドリヒであった。厚い胸板、広い肩、ガッシリとした体躯を包む黒いタキシードと対比するような、黄金の長髪と瞳は攻撃的な雰囲気を孕んでいる。しかしその正された姿勢と仕草、そして艶やかな声からは気品が漂い、有象無象の貴族に無い、磨きぬかれた直刀のような印象を人に与えた。

 故に、各家や派閥の意向を受けた見目麗しい淑女たちが、ラインハルトを取り囲むも、その中に埋もれることなく、むしろ女性をただの飾り花に貶めていた。

「楽しんでおられるかな」
「ああ、楽しんでいるよ。ストロノーフ殿」

 そんなラインハルトに声をかけたのは、儀礼用の礼服を着用し腰に騎士剣を下げた今回の仕掛け人ガゼフ・ストロノーフであった。さすがに立場もあるのか、女性たちは一斉にラインハルトから離れ遠巻きに二人を見守っている。

「しかし、今回はすまなかったな。まさか二人が、晩餐会まで不参加とはおもっていなかったよ」
「私もドレスを贈ったのだがな。袖を通し喜んでくれたものの、人前に立つのは恥ずかしいと断られたよ」

 ラインハルトはワイングラスを掲げ、ガゼフの来訪を歓迎する。

「ハイドリヒ殿が用意したドレスがどのようなものか正直興味があるが、またの機会の楽しみとしようか」
「ならば、私的なホームパーティーでも開くことだな。あの者達は、なかなか人目を気にする」
「ああ、そうさせてもらおう」

 二人は向かい合うと、グラスを合わせ、ガラスの静かな音色を響かせると一口含む。口に広がるのは貴腐ワイン特有の芳醇な香りと甘み、そして舌の上を転がる僅かな酸味。アルコール度数こそ低いものの品の良い味が、晩餐会の雰囲気とマッチして飲むものを楽しませる。

「卿なりの考えで王に私を紹介したのだろう。釣りも含めて悪手ではないが、私は自由に動くゆえ相応の被害がそちらにもいくぞ?」
「分かった上で受けてくれたハイドリヒ殿には頭が下がるばかりだ」
「それにこのような催しでは、無聊を慰める足しにもならぬよ」
「これだけ、見目麗しき女性たちを侍らせて慰めにも足らぬとは、無骨者の私には言えぬセリフだ」

 王国戦士長ガゼフは、実力と人柄でその名声を築き上げてきた。しかし、社交界のような華やかな場では、平民出身の一兵士という立ち位置を貫き、王の護衛任務などの理由がなければ近づきさえしなかった。ゆえに浮いた話の一つもなく、むしろ男色の気があるのではないかとさえ言われ、一部のコアな人気を博している。

 対して……。

 まわりの淑女と談笑するラインハルトは、手近にいた赤毛の淑女の手を取り己が胸に抱き寄せる。突然のことに小さく震える肩を抱き、夕焼けのように赤く上気した頬に顔を寄せ、瞳を見つめながら告げる。

「フロイライン。今宵、私の無聊を慰める一夜の楽器となるが良い。私は総てを愛している。ゆえに……」

 抱き寄せられた淑女だけでなく、周りの淑女たちも息を飲む。

 驚いたというよりも、まるで突然はじまった恋愛劇を見るような、そんな不思議さがそこにあった。

「お前も愛しているよ」

 ラインハルトの甘い声に誘われて、一時の静寂があたりを包む。

 開かれた窓から涼やかな風が運ばれ、赤毛の淑女は、はじめてラインハルトの顔がまるでキスをするほど近くにあることに気がつく。

「夜の静けさに負けぬよう、どうか良い音色を聞かせておくれ」

 そういうとラインハルトは淑女の肩に置いた手を離し、まるでダンスにでも誘うかのように手を取り、唇を落とす。

 もちろんラインハルトは、淑女らの背後にいる者達の目論見を理解している。その上で求めに応えてしまうのは、まさしく役者(アクター)の性なのだろう。

 しかし甘い声を向けられた赤毛の淑女は、顔を赤くし、その握られた手を離すことができなくなっている。そして回りの女性たちもその光景を羨ましいと感じると同時に、求めれば同じように愛を囁いてくれるのでは? と考えてしまう。派閥から与えられた使命のことなど、すでに甘美な幻想に埋もれていた。

「私にはできぬな」

 対して、ガゼフは若干呆れを含んだ声で呟く。ラインハルトのあまりにも自然に女性を口説く姿に、人間でなく色魔(インキュバス)か何かではないか? と軽い疑問さえ浮かんでいた。しかしラインハルト・ハイドリヒはドッペルゲンガーであり、色魔(インキュバス)といえば多様な種族が存在するナザリックにおいても、第九層のバーテンダーぐらいしかいない比較的レアな存在であることを知らない。

 そんなやり取りの中、奥の扉が静かに開く。

「ランポッサ三世陛下、ラナー王女殿下 おな~り~」

 係の者の発声とともに、ランポッサ三世とラナー王女が会場に入り、宮廷楽士達は荘厳な調を奏で始める。晩餐会の本番がここからはじまる。


******


 ランポッサ三世が入ると、儀礼に乗っ取り上位者からの挨拶がはじまる。次々と挨拶していく中には、貴族派主幹の一人であるボウロロープ侯爵も含まれている。しかしこのような場では粛々と礼法に則った対応で、王派への反目などおくびにも出しはしない。礼儀礼節があるからこそ、貴族は敬われる。貴族派もそれくらいわかっているからこそ、意見の対立はあれど、礼儀を軽視はしない。

 粛々と晩餐会は進行し、ラインハルトの番となった。ラインハルトは、囲まれた淑女の手を躱すように歩き出し、王と王女の前で礼を取る。

「楽しんでもらえているかな」
「はい。このような華々しい宴に参加したこともなく、陛下にお声掛けいただき光栄至極に存じます」

 ランポッサ三世が声を掛け、ラインハルトが礼を取りながら答える。礼も深すぎず、従属と取られない程度に維持するあたり、見る者達は礼をわきまえたものと見るだろう。しかしラインハルトにとって真の意味で頭を垂れるのは一人しか存在しない。故にこの礼さえも演じているにすぎないのだ。

「良い、面を上げよ」
「はっ」

 ラインハルトは、ランポッサ三世の許しを得てゆっくりと顔を上げる。その視線の先には王と、そしてラナー王女が映る。

 ランポッサ三世は、けして若い王ではない。やせほそった身には過去の栄光を称えず、顔色もどこか悪い。その姿に公務の苛酷さを涙するものもいれば、不甲斐ないと断ずるものもいる。

 対してラナーは、美しい金髪と総ての青空を集めても再現できぬ深い輝きを秘めた蒼い瞳。なにより国民への慈悲深さが、過去に主導した施策の数々にあらわれている。ゆえに黄金と称されるに相応しい風貌と実績を積み重ねていた。惜しむらくは王位継承権が低いことだけなのだが、だからこそ大きな政争の道具となっていないとも言える。

「ラナーよ。彼に自慢の庭を案内してさしあげなさい」
「はい」

 ラナーは、ランポッサ三世の言葉に頷くと、僅かに微笑みを浮かべながら左手を差し出す。ラインハルトがその白魚のような指を取ると、まるでモーゼの奇跡のように人波は別れ、庭園への道ができる。

 ともに黄金を冠された存在の歩みは、見るものを感嘆させると同時に、王が愛娘であるラナーを使った派閥工作の一手と映っていた。もっとも、王の派閥におけるラナーの評価と位置付けは微妙の一言である。ラナーは厳密には王の派閥ではない。そして国民というより庶民向けの政策を打ち出すも、多くは政争の中に潰えていることから政治的センスがないと見られている。さらに生まれも怪しい平民を側付きの兵士として取り立てていることもあり、国民に媚びを売る王族と見ているものもいる。

 しかし、血は明確な証となる。王族のエスコートに割って入るには、無礼であり、礼節を重んじる貴族派も周りの目があり動くことはできない。まさしく王の妙手であった。

 そんな光景を見送るガゼフに対し、一人の男が近づく。王派と貴族派を飛び回る蝙蝠と揶揄される男、レエブン侯である。

「ストロノーフ殿、少しよろしいかな?」
「これはレエブン侯。いかが致しましたか?」

 王が入室してから、ガゼフは王の近くに侍っている。仮に暗殺者がいたとしても、王に届く前にガゼフの剣閃が迎え撃つだろう。それどころか、武器を抜かせるよりも早く、切り伏せることさえ可能な位置取りであった。

 しかし、そのような位置に立つガゼフに話しかけるということは、王にも聞かれるということだ。それがわからぬレエブン侯ではない。すなわち、この話はガゼフに聴かせるように見せた、王の派閥への忠言とガゼフは判断した。

「最近、夜の雀が騒がしい。忠義ゆえに捕まえてしまったものがいるのかな」
「忠言感謝する。夜は平穏であればと思っている。しかし、今動かなければ後手になるゆえ」

 ガゼフの強い意思を確認したレエブン侯は、用件は終わったとばかりに王に深くお辞儀をした後、静かにその場を辞す。

――夜の雀を捕まえる

 夜の雀はルールを守って対処すれば問題ないが、対処できなければ不幸を呼ぶという伝承の存在。不用意につかまえてしまえば、捕まえた者は夜目が効かなくなり、闇夜に囚われるという。そこに忠義故という言葉が付くからには、ガゼフ本人が、本来対応できた事象に対し忠義を理由に不用意な手を加え、視野が効かなくなっているというのだろう。さらに、王に聞こえるように言っているということは、王の派閥全体でその傾向があるということだろうか。

 しかし、眼前の脅威を見て見ぬ振りなどできないガゼフは、自分が剣を振るうだけで解決した時代はどれほど楽であったかを噛み締めながら、今後の対応に思いを巡らすのだった。


******


 王城に庭と呼ばれ得る場所は、いくつもある。

 しかし、もっとも美しいものは、歴代の王が愛した薔薇園と言われている。その薔薇園の薔薇は、王自らが選定し、自慢するために晩餐会を開くことができるホールを隣接させたとさえ言われている。そんな薔薇園は、夜の帳の中、柔らかな明かりに照らされている。咲き誇る薔薇は、香りと色艶で見たものの五感を楽しませる。

「このように(まみ)えるのは、はじめてだな」
「あら、まるで以前にどこかでお会いしたような口ぶりですね」
「異なことを。冒険者である私が、貴方のような高貴な方とお会いできる機会などありますまい。もしそんな機会があったとすれば、それは夢のひとときだけ。無作法もの故、卿を楽しませる言葉が思い浮かばぬな」
「あら、なら先ほどのように甘い愛を囁いてくださっても、よろしいのですよ」
「卿が真に望むならいくらでも」

 ラナーとラインハルト。二人は薔薇園をゆっくりと進む。

()この場で言葉を重ねると空虚となる。故にこの出会いに対し美しい鏡を贈るとしよう。その鏡には、卿にとっては、世界で最も美しい光景が映るであろう」
「楽しみですわ。しかし、よろしいのですか? 私にばかり贔屓をして」
「私は総てを愛している。ゆえに愛するものの求めに応じているだけだ」

 ラインハルトは、いつもの調子で愛を語る。あまりにも尊大でまるで嘘を言っているようにしか聞こえない言葉。言っている本人は真剣に発するが、人は己の尺度で判断するゆえ、総て(・・)を愛するという言葉を冗談ととらえる。

「等しく無価値と断じるくせに」
「卿は総てを一人に注いでいるではないか」

 しかし、ラナーだけは違っていた。ラナーはラインハルトの言葉を聞き本心からと理解した上で、結果として総てを平等に無価値と断じていると答えた。

 それに対しラインハルトは、この場にこそいないが、クライムという兵士を愛する故、他を総て無価値と断じるラナーの性根というものを理解し答えたのだ。

「その意味では私達は分かり合えるとおもうの。どうかしら」
「ああ、理解することも分かり合うことも可能だろう」

 愛するという点で言えば真逆の二人だが、他者に対する感覚は同一。この一点で一致しているのだから。

「ではこの()が終わる時に会いましょう」
「ああ、楽しみにしているよ」

 こうして二人の短い晩餐会は終了した。

 この晩餐会を機に、貴族派と八本指はラインハルトへの工作を展開する。しかし、女性的なものは同じ冒険者チームの女性二人に阻まれ、物理的なものも総て謎の失敗をすることとなる。

 ラインハルトの屋敷は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの屋敷の近く、そこを警備する戦士隊のものに捕まった幸運な侵入者は、尋問され投獄された。しかし屋敷に踏み入れたものは、誰一人帰ることは無かった。まさか家主に、貴方の家に侵入したはずの者はどうなった? と聞くわけにもいかず、貴族派や八本指は、手足を少しずつ減らす結果となる。







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第3話(改)

そういえば、Dies irae ~Interview with Kaziklu Bey~は、ソフマップとアニメイトで入手……。なぜ二つあるかは……。

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20160925

いろいろ改稿

ミラー・オブ・リモート・ビューイングが屋内で利用できないと情報をいただきました。
ご指摘いただきありがとうございます。勘違いしておりました。
そのため改稿に合わせて修正をしました。


八月七日 ラインハルト邸

 ラインハルト達は、王城の晩餐会に出席をした翌日、王都に来てから過ごした宿を引き払い新しい屋敷に移り住むこととなった。

 今後予想される非合法なものを含んだ派閥工作に、宿という第三者を巻き込むことは利点にもなるが欠点にもなり、今回は欠点のほうが大きいと判断したからだ。もっとも以前ラインハルトが王都に来た際、購入した屋敷の受入準備が整ったという理由もある。

 場所は王都郊外。

 ガゼフ・ストロノーフの屋敷からも程近い場所に構えられた屋敷は、落ち着いた茶色の壁の正面玄関(ファサード)を中心としたシンメトリーレイアウト。もし十九世紀建築に詳しいものがいれば、ジョージアン様式と言われるデザインに類似点が多いことに気付くことができるだろう。このデザインが独自に生み出されたものなのか、プレイヤーの残滓なのか、今となっては誰も分からないことだが……。

「大きい家だと掃除とか大変そうですね」
「神殿も近くにあるので助かります」
「それにしても、こんな屋敷いつ手配したのですか?」
「以前王都に来た時に購入した。今まで別の用途で利用していたが、そちらの片も付いたのでな、本来の目的で利用することとした」
「たしか木のお化けを倒す前でしたっけ? 王都に向かわれたのは」
「ああ、その通りだ」

 という風に、冒険者仲間であるエンリやアンナも自動的に同じ屋敷に住むこととなっている。同じ宿の同じ部屋で暮らしている。冒険者ギルドや宿の関係者にとって彼らの関係は、夫婦であり愛人であり、まさにいまさらではある。

「この屋敷についてご説明させていただきます」

セバスが先頭に立ち三人を案内する。正面玄関から入ったホール吹き抜けになっており、左右大きな部屋と正面奥に大きな階段が配されている。掃除こそ行き届いているが調度品などが無いため、若干殺風景に見える。しかし、正面ホールから階段が上がったもっとも目立つ場所に、豪奢な刺繍が施されたアインズ・ウール・ゴウンのエンブレムをあしらった旗が掲げられ、この屋敷の所属を明確に示していた。

「一階は応接間や食堂を兼ねたホール、奥には私を含めた使用人の部屋。二階はみなさまのプライベートスペースや執務室、書斎などとなっております。そして地下ですが、一度見ていただいたほうがよろしいでしょう」

一階奥の調理室を通り過ぎた先に、地下への入り口が広がっていた。しかし不思議なことに明かりが一つもついていない。利用者がいないと推測を立てたとしても、地上部分の壁にあったランプを掛ける金具さえ見当たらないのは異常だった。

「暗視前提ですか」
「はい」

――夜目(ナイトサイト)

 アンナが、自分とエンリに暗視の魔法を掛ける。そうすると地下への階段の奥まで視界が開ける。そこには扉が二つあった。一つは木製の普通の扉、半開きとなっておりどうやら食料などが保存されているようだ。そしてもう一つの赤茶色の扉は、今にも動き出しそうな躍動感をたたえた銅像によって守られていた。

 セバスは、銅像に二・三呟いたあとに赤茶色の扉に触れる。

「こちらの銅像はガーゴイルです。内側から出る分には咎めませんが、入るときは事前の登録が必要です。皆様につきましても今登録しました。もう一つの仕掛けですが、エンリさんこの扉を開けてみてください」
「え?はい。わかりました」

 エンリは、セバスに促されるまま、扉に手を掛ける。しかし押しても引いてもピクリとも動かない。それどころかドアノブさえ回りはしなかった。

「これ、もしかして」
「はい。人間の方が触れても開かないように、魔法的な鍵がかかっております」

 セバスがドアノブに手をかけると、難なくドアは開いた。しかし開いた先には想像を絶する光景が広がっていた。

 そこには……。

「仕事場ですか?」

 アンナの言葉通り、法国以外では見慣れない事務机が並び、影の悪魔(シャドウ・デーモン)恐怖公の眷属(ゴキブリ)が集めた情報を書き出す者。書き出された情報に属性など情報を付加する者。情報を魔法の箱のようなものに入力するもの。そして入力した情報から報告書を作成する者。

 大量の人外が、情報収集を行うワークスペースだったのだ。さらに言えば、地上の屋敷よりも巨大な空間となっており、どう考えても後から増改築されているため、外からは誰も予想し得ない構造となっていた。

「現在、ここが王都における情報収集の最前線となっております」

 よく見れば、恐怖公の眷属(ゴキブリ)が大量に空調用のダクトから出入りしていることに気付くことができる。ラインハルトと同じ守護者であるアルベドやシャルティアが見れば暴れだすこと必定の光景だ。しかし辺境育ちはもとより、衛生観念が圧倒している法国でさえゴキブリは珍しくないため、ここの女性陣は気にも止めていないようだ。

「あれ?もしかして、この屋敷でゴキブリ倒したらダメ?」

 という感じのコメントが出る始末である。

「そちらは大丈夫です。生活スペースには近づかないように申し送りしておりますので、問題はございません」
「わかりました」
「セバス。白雪の鏡の設置は完了しているか?」
「はい。こちらになります」

 セバスは、執務室からパーテーションが区切られた開けた場所に案内した。そこには大きな姿見の鏡が置かれていた。しかし不思議なことに、目の前に立っても自分の姿を移すことはなく、それどころか、まったく違う部屋の光景が映しだされていたのだ。

「(ユリ。こちらの準備は整った)」
「(はい。こちらも整っております。そちらに向かいます)」

 ラインハルトは、遠く離れたカルネ村にいるユリにメッセージを飛ばす。

 そして驚くことに、鏡の中にユリが現れたのだ。そしてユリの手が鏡に触れると、まるで水鏡に触れたように、鏡面を波立たせながらユリがこちらに現れたのだ。

「ラインハルト様、実験は恙無く終了いたしました」

 鏡から現れたユリが、スカートをつまみ恭しく一礼する。

「ご苦労」
「さすがは、至高の御方の財宝。特定条件下とはいえ、距離の制約を無にするとは素晴らしいマジックアイテムでございます」

 状況を理解していなかった人間二人は、ラインハルトとユリの会話から、ある結論に至る。

「ラインハルトさん。この鏡はゲートと同じなのですか?」
「ああそうだ。行く先はカルネ村固定だからな」
「じゃあ、家族に会うことも、ゴブリンさんたちをここ経由で呼び出して軍勢の展開や籠城戦とかもできますね」

 エンリは用法の案をしめす。家族の次に集団戦闘の話が出てくる辺り、今のエンリの立場をよく表している。

 現在、カルネ村に住むゴブリンの数は、小さな部族を二つほど吸収し人間の数に匹敵するほど集まっている。そして東の巨人の討滅および部族吸収を行うことを予定している。メッセージでのやり取りで会話こそできるが、やはり直接会話したほうが良いのは事実である。

「流通にも使えますか?」
「ああ、帝国方面、法国方面、なによりナザリックに運び込むという点で拠点となりましょう。ただしあまり派手にやりますと……」
「そうですか。しかし資金面は検討する必要がありますね。これだけの屋敷の運用に、モモンガ様のご指示である各種鉱石・穀物を地域別に収集するなど、かなりのコストがかかります。法国に出させれば簡単ですが」
「その件は問題ございません」

 ラインハルトも会計スキルを利用できるため、それこそ人並み以上の成果を簡単に出すことができる。しかし、世情に疎いことがナザリック出身者の欠点でもある。よって現在、ラインハルトの活動資金の取り扱いは、アンナがサポートしている状態なのだ。だからこそ流通面のことについて考え始めるが、すぐに資金面について問題となる。

 そんな懸念に対し、セバスは奥の部屋に案内する。

「これは……」
「どうやって?」

 エンリとアンナが驚くのも無理はない。セバスが開けた扉の向こうには、所狭しと積み上げられた金銀や宝石、各種硬貨。

 少なくともアダマンタイト級冒険者という立場もあり、無駄に高級な宿に止まるなど、浪費しているのだから財貨は減る一方と二人は認識していたのに、冒険者としての活動だけでは入手し得ない資産がそこにあったのだ。

「うまくやっているようだな、セバス」
「はい」
「ラインハルトさん。これは?」
「アインズ・ウール・ゴウンに所属するモノは、睡眠や精神系バットステータス耐性、飲食不要など人間が活動するよりも、安価に行動することができる。しかし、組織として活動する以上、現地通貨が必要となるのは当然のことだ。故に集めさせている」
「集めさせているって……」

 ラインハルトの言うことは、ほぼ無条件に肯定するエンリも、さすがにツッコミをいれてしまう。実際、アダマンタイト級冒険者になり多くの収入を得ても、村に投資するため、個人的な資産はほぼ昔のまま、せいぜい下着や私服にお金をかけるようになったぐらいの村娘感覚しかない。

「そうだな、紹介しておこう。ソリュシャン」
「はい。ラインハルト様」

 そういうと、先ほどまで誰もいなかった空間に、一人の美しいメイドが現れた。ラインハルトだけでなくセバスやユリも気が付いていたのだろう、驚くような素振りはなかった。

「このモノはプレアデスの一人、ユリの妹にしてソリュシャンという。現在、シャルティアがナザリック防衛の主務に付いたので、人材収集の一貫としてこちらを手伝ってもらっている」
「ソリュシャンと申します。以後、お見知り置きください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね」

 ソリュシャンは、プレアデスの中でも人間に対する評価は低く食料または玩具程度にしか思っていない。しかし、目の前の二人は、曲がりなりにもラインハルトの部下であり、アインズ・ウール・ゴウンの末席に座る存在。ゆえに、丁寧な挨拶をしたのだった。

 そして二人も、自然と挨拶を交わす。

「このモノはアサシンとしての能力を持っており、我が半身より魔法や武技、タレント保有者などの人材収集の命を受けている。とは言え一般人に手を出すわけにもいかぬのでな、現在は、王都を中心に犯罪に手を染めるものを調査し、対応させている。その傍ら、資金の一部を集めさせているのだ」
「じゃあ、この財貨は……」
「犯罪に手を染めた貴族派や、王国の暗部から集めさせてもらった。無論、半分程度は残し、情報と共に善意の第三者として通報をしている。そもそも我らは非合法組織なのだから、法を遵守する必要などなかろう」
「それは……」

 視点を少しでも変えれば、何が起こっているかここまで説明されれば誰もがわかる。

 つまりラインハルトは、王国の貴族派や暗部に対し、非合法組織という言葉を理由に人材と財貨の削り取りをしているのだ。しかも、王の派閥や善意の冒険者などが、それと知らず巻き込まれ事件を解決するマッチポンプ振り。見え方次第では王の派閥の大攻勢にも見えるだろう。

「セバス、貴族派の動きは?」
「は。残った財貨を放出しつつ、私兵を集めております」
「エンリ。セバスと同じレベルの情報は与えた。先ほどの情報と組み合わせてどう見る?」
「財貨を奪われた貴族派が影響力を確保するため、私兵を集めている。しかし利益を回収する手立ては無いことから、行き着く先は一斉蜂起し傀儡となる王の擁立。それも帝国なりに売り渡すことを前提としたもの。攻撃目標は王城と冒険者ギルド、国軍そして有力商会の四つといったところでしょうか。そしてラインハルトさん以外の指し手は、利益誘導をするアンナさんと帝国ですか? ならば、いつもの平原でなく王国南部エ・ランテルあたりで今年の定例戦争の戦端が切られるでしょう」

 エンリは、昨晩、ラインハルトの寝室で教えられた情報から、可能な限り最悪を想定し現状を考える。拠点であるエ・ランテルが戦場になることを想定に入れる時点で、情を切り離した分析を的確に行えていることがわかる。

「そういうことだ。しかし指し手はもう一人いるぞ」
「ガゼフ様ですか?」
「彼の者は武人だ。戦闘単位では優秀だがな」

 ラインハルトは言葉を止めるが、言わんとすることは伝わる。つまり戦闘レベルや戦術レベルにおいては優秀だが、こと智謀を試される戦略や政略については、限界があるということだ。

 しかし、ガゼフは言うほどひどいものではない。

 ラインハルトはナザリック有数の智謀の持ち主として生み出された存在(NPC)。エンリは、ラインハルト直々に将となるべく教育されている存在。アンナは政争渦巻く法国の中枢で教育を受けた巫女。そして帝国を立て直した手腕をもつ鮮血帝。総てが別格なのだ。

 もし、平穏な時代であれば、ガゼフの判断力だけでも十分な成果を得ることができただろう。今回ばかりは分が悪い。先ほどの者達に加え、王国にいるもう一人の指し手。さらに帝国・法国に忍び寄るデミウルゴスの策謀。至高の存在まである。

 最高の智謀を持つとされるモモンガでさえ、同じ状況で王の派閥を挽回せよと言われれば匙を投げ捨てるレベルなのだから。

「ガゼフ様にこの事をお伝えしてもよろしいのでしょうか?」
「構わぬよ。セバス。この件にかぎらず、卿が思う行動をなせ。誰を助けても構わん。結果的にアインズ・ウール・ゴウンに貢献できるのであれば、どのような行動も私は肯定しよう」
「私の思う行動ですか」
「そうだ。我が半身は、卿らに自立した行動を期待している。無論、私は卿らの管理を命じられている。報告や相談はいつでも歓迎するし、卿らに対して優先すべき指示も出す。私の組織にチームワークなどという都合の良い言い訳は存在せん。あるとすればスタンドプレーから生じるチームワークだけだ」

 ラインハルトがセバスだけでなく、ユリやソリュシャンに目配せしながら自立について語る。その言葉を胸に、セバスはしばし考える。自立という言葉に違和感はあるが、何を成したいかという点についての思いはある。

 創造主の言葉。

 困っている人を助ける。

「二つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「かまわぬよ」

 どのような行動が多くの人々を助け、さらに主であるモモンガ様をはじめとしたアインズ・ウール・ゴウンに貢献できるかを、セバスは考える。

「一つ目は、アンナ様を通して法国は工作を停止したと認識しております。なぜ未だに指し手なのでしょうか」
「アンナは確かに法国の工作を停止したが、門戸を閉じたわけではない。まだそこに居るのだよ」
「はい。もし私達に利益となるのであれば、支援を再開するのも(やぶさ)かではございません」
「つまりこういうことだ」

 アンナは、法国の工作を停止させた。しかし交渉窓口を撤退させたわけでなく、何もせず王国にいるのだ。そのため資金が心もとない貴族派や王国暗部も、工作停止の理由を勝手に予測(・・・・・)し、どうすれば支援を再開してくれるか必死に考えているのだ。この状況は、まるで新作を発表しない作家に対する期待や評価が、勝手に一人歩きする様に似ている。

 貴族派と王国暗部は、法国の一挙一動に注目している。だからこそ必要となれば、今もなお積極的に工作活動を展開する帝国と同じレベルの影響力を簡単に行使することができるのだ。

 セバスだけでなく、ガゼフもこのような影響力行使の機微を認識していなかった。もしここで気付かねば、土壇場で足元を掬われることさえあったのだ。

「二つ目は、私が直接拳を振るうことは可能でしょうか」
「可能だ」
「私が、私心に囚われ、行動するとお考えはないのでしょうか?」
「それも一興。ただし卿という存在は、そのようなことをする者か? ミスによる不利益があったとしても、故意は無かろう? 卿には人よりも長い時間がある。学び次に活かせば良い。それだけのことだ」
「失敗すらも価値があると」
「逆にいえば、それすらも想定の内ということだ。ゆえに自由に行動せよ」

 失敗を良しとするのは、至高の存在に仕えるものとして疑問に思うところである。なぜならば、完璧である至高の存在に奉仕するのだから、失敗をするような無能者に価値はないというのがアインズ・ウール・ゴウンに所属するもの(NPC)の総意といっても良い。

 だが、セバスはその言葉に深く礼をする。ラインハルトの言葉の中に、おのが創造主の(慈悲)を感じることができたのだから。


******


八月九日 王城 ラナーの私室

 王城にある塔の1フロア。これが第三王女ラナーの自由になる領域のほぼすべてである。

 二人の兄の様に高い王位継承権を持つでもなく、二人の姉のように有力貴族との婚姻による権力を与えられていない。良く言えば中立的。悪く言えばスペアのスペアでしかないラナーは、世間の評価とは裏腹に、王城内では比較的軽い存在であった。

 現王に愛されているとはいえ、自由にできる財や権限は世間で思われている程大きくないのだ。

 そんなラナーの私室の扉をノックし、メイドが入室する。

 メイドの押すカートには手紙や書類がいくつか。そしてティーセットが乗っていた。

「午後に到着したお手紙と書類をお届けにあがりました」
「ありがとう。机においてもらえるかしら」
「はい。かしこまりました」

 メイドはラナーに目を向ける。

 窓際に置かれた小さなテーブルと椅子。そこでまるで日光浴を楽しむように、本を手に座るラナーの姿はまさしく絵になる美しさがあった。

 それは艶のある金髪や張りのある白い肌、美醜を決める顔のパーツの配置、そんなものは当たり前。さらに姿勢、ページをめくる仕草に至るまで、見るものを魅了するものであった。

 しかし、この美しい容貌とは裏腹にラナーは民草のための政策を積極的に提案する。実際、その多くは派閥間の根回し不足もあり却下されるが、そのやり取りの関係で各派閥の重要な情報が紛れ込むことも多い。

 メイドが本日運んできた手紙や書類を机に置こうとすると、そこには無造作に幾つかの書類が広げられていた。内容は貧困街対策に関係するものだが、決裁としては保留。理由として貧困街を支配する八本指に対し、戦士隊が大規模掃討作戦を行うというものであった。

 メイドはこれらの情報を頭の片隅に刻みこみ、何食わぬ顔で書類を置くついでに、広げられた書類は最低限に整頓する。

「お茶をお持ちいたしました。いかがですか?」
「ありがとう。いただくわ」

 ラナーはメイドに顔を向けるとニッコリと笑みを浮かべて返事をする。この時々見せる子供らしい笑顔や自慢話でさえ、ラナーの魅力であるとメイドは考えている。

 そんな見慣れた光景に、ふと見慣れぬものが目に入った。

「贈り物ですか?」

 ラナーの座る席の脇に置かれていたのは、宙に浮く美しい装飾に彩られた鏡であった。

「ええ、昨日届いたのだけど、興奮して眠ることができなかったわ」
「それは良うございました」

 メイドは素直にラナーの言葉を受け取る。

 事実、空中に浮く魔法まで付与された鏡というだけでなく、見たこともないほど精巧で美しい装飾を施した鏡ということで、非常に価値は高い。芸術性まで加味すれば王侯貴族への贈り物としては十分なものだろう。

 なにより、鏡をうっとりと眺めるラナーの姿は、見る者に至福にしてくれる。たとえ敵対派閥から派遣されたメイドであったとしても。

「では、失礼いたします。御用がございましたら、いつでもベルをお鳴らしください」
「ええ」

 そういうとメイドは退出する。

 ラナーは、メイドが退席すると同時に飲みかけのカップを置き、鏡に向き直る。手をかざし、複雑な印を結ぶように優雅に指が舞う。

 そうすると、いままで向かい合うラナーの姿を映していた鏡は、突如薄路地裏を映し出す。そこには、懸命に剣を振るう一人の騎士の姿が浮かび上がった。

 騎士の武器は剣だが、肉厚で長さもあるため、狭い路地裏で使うには適していない。故に構えをコンパクトにし、得意の上段からの斬り下ろしと刺突、接近されたときの足技で、大立ち回りを演じていた。

 騎士はまた一人、敵とおもわしき男の胸を剣で貫く。そして体を引くと同時に足で敵を蹴りつけテコの要領で一気に剣を抜く。

 額には汗が吹き出し疲労を示すも、普段からの鍛錬のたまものだろうか、騎士の剣を振る速度に変化はない。

 その姿に、ラナーはまさしく(とろ)けると表現するに相応しい表情を浮かべながら鑑賞するのだった。

「本当にラインハルト様は、素晴らしいアイテムを贈ってくださいました。これでいつでも私のクライムを見ることができるわ」

 無意識からなのだろうか、珍しく本音と思われる言葉を漏らす。

 鏡。正式名称はミラー・オブ・リモート・ビューイング。ナザリックに数多あるマジックアイテムの一つで、遠方や知っている者や場所を映し出すことができるものだ。この鏡は先日、ラナーとの出会いの記念にと、ラインハルトからラナー宛に献上されたものだ。

 本来、献上である以上、王が一度受け取り宝物殿に安置されるのが筋である。しかし今回に限って言えば、送り主は派閥工作をしかける相手。送り先は派閥工作で餌として利用した愛娘。そのぐらいはと王が采配したものだ。

 そして鏡と共に送られた、まるで恋文のような手紙は暗号文であった。

 その内容は、このミラー・オブ・リモート・ビューイングの取り扱い説明書であり、禁止事項などをまとめたものであった。しかし暗号文とわからぬ以上、そんな手紙を愛おしそうに読むラナーの姿はさらに誤解を加速させた。

 それこそ、王国にラインハルトとラナーの身分を超えた美談が王都に流布される程度に。

 なにより、その噂を聞いて謝辞を言うにもかかわらず、どこか嫉妬の影を落とすクライムの姿を見たラナーは、これ以上無いほどの喜びを得ていた。

「さて、クライムもラキュースも頑張ってくれるおかげで、外堀を埋めることができそうね。約束の期限までは若干余裕があるけど、もう1手必要かしら」

 ラナーは目を閉じ、思考を巡らす。

 最愛の騎士にして、唯一の手駒であるクライム。

 友人にしてアダマンタイト級冒険者という肩書を持つ貴族、ラキュース。

 数多の派閥から派遣されたメイドや客たち。

 だれにどの情報を与えれば、どのような事象が発生するか。まるで野を舞う蝶の羽ばたきが王都にどのような影響を与えるかをシミュレーションするように、途方も無い数のif(もし)を重ねあわせる。

「ラインハルト様が拠点を確保されたのでしたら、そろそろ力を示すでしょう。それの裏を取って、暗部と貴族派を暴発させるのが一番安全かしら? でもクライムの真剣に戦う姿が無いのも残念な気がしますし。どうしましょう?」

 ラナーが悩んでいる傍ら。鏡は、戦いが終わり建物の裏手に出た騎士と、一人の老紳士の出会いを映し出していた。老紳士の胸板や二の腕は厚く、上質な執事服の上からも強靭な肉体が簡単に予想できる。しかし腕には、女性と称するにはあまりにも痛ましい姿をした存在が抱かれていた。





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第4話

本投稿にあたり第三章の第1~3話を改稿しました。
話の筋は変わっておりませんが、表現などが変わっております。


八月十五日 ラインハルト邸

 夜空が徐々に金色の光に塗りつぶされる。

 いままさに太陽が東から登ろうという時間。

 男は薄手のシャツに丈夫な布で織られたスラックスという普段は着ない出で立ちで屋敷の裏庭に出る。

 強者とは、生まれながらに強者である。

 少なくとも、男の同僚である守護者やプレアデスの者達も同様であった。

 故に鍛錬など不要であり、そこにあるのは(おの)が機能の確認にほかならない。

「セバスさん。おはようございます」

 使用人用の裏門から一人の青年が訪れる。ガゼフのように人間種としては恵まれた体格を持たず、中背ではあるが、その筋肉は鍛錬でその差を埋めようとする努力を映し出している。そんな若人である。

「あまり時間が取れないので、さっそくはじめるとしましょう」

「はい。よろしくお願いいたします」

 若人。いや、クライムは威勢の良い声を上げると鍛錬用の剣を構える。

「私は教練のスキルを持っておりません。ですので、実践の中でコツを掴んでください」

「はい!」

 そういうと男も拳を構える。右の手を浅く握り、いつでも正拳突きに移行できるように半身に構えた体の中心線の真ん中に置く。そして左の手はキツ目に握り心臓の上に置きどのような攻撃も防御する盾とする。本来ならその拳だけで訓練用の剣などその刃ごと撃ち抜くことができる。しかし訓練ということであえて装備というにはおこがましいレベルの鉄の籠手を付けているのは、訓練相手への配慮である。

 人間への配慮。

 ナザリック(人外の楽園)に生きるものとして、持ち合わせていなかった思考。

 今、セバスはそのような思考にたどり着き、己を律しているのだった。


******


八月十一日 ラインハルト邸

 前日から王都郊外のラインハルト邸は、千客万来であった。

 表向き挨拶と称して少しでも縁を結ぼうとする輩。

 人目を忍び屋敷に入り込もうとするスカウト。

 表も裏も大量の客が詰めかけ、対応する者達も大わらわである。

 あまりの状況に見かねたガゼフが、周辺警備という名目で戦士隊を巡回させる事態にさえなった。ここまできて一段落付くかに思われた矢先、今度は屋敷の使用人であるセバスが、どこからか瀕死の女性を拾ってきたのだ。

 そこからは、推して知るべし。

 女性の治療に、事態を聞きつけ駆けつけたガゼフへの説明。さらに女性の雇用主と名乗るものたちの来訪や関連した状況伺いなど、さらなる忙しさが舞い込んできたのだ。

 幸いなことに屋敷に住むエンリやアンナそしてユリは、助けたツアレという名の女性に対して同情的であった。またラインハルトも何食わぬ顔で治療を行ったため、ツアレは一命を留めるどころか、本来持っていた美しささえ取り戻したのは蛇足の情報だろう。

「ラインハルト様。この度の一件、申し訳ありませんでした。この責任は私の首にて」
「卿は何に対して謝罪をしているのかね」

 事ここに至ってセバスは、執務室でまるで玉座に座る王のような雰囲気を醸し出すラインハルトの前で(ひざまず)き、事態の沈静化のために自分の首を差し出そうとしたのだ。

 しかし、ラインハルトはなぜ贖罪を必要とするのかと問う。

「この度、私が人間をこの屋敷に招き入れたことにより、多くのものに迷惑をかけました。その贖罪にございます」
「ああ、たしかに少々騒がしくなったな。なにか問題かね?」

 アインズ・ウール・ゴウン四十一人の至高の方々。神をも打倒する存在に奉仕するナザリックの者達にとって、失敗とは無能の極み。たとえ能力があろうとも、失敗し至高の方々のお手を煩わせるようなものは愚の骨頂。不忠者の証。

 もちろんラインハルトは至高の存在ではない。元をたどればナザリックの領域守護者にして財政面の管理者にほかならない。だが、今はモモンガ様の勅命で動いている以上、その権限の一部はこの任務においてのみ委譲されている。

 すなわち、この任務に支障をきたすような失敗は、至高の方々への不忠にほかならない。

 ゆえにセバスはその身を持って贖罪をと考えたのだ。

「治療にラインハルト様のお手を煩わせ、モモンガ様から与えられた至高の任務に影響を与えました」
些事(さじ)にすぎん。むしろ、対外的に見せた弱みをどう突いてくるかで、相手の攻撃手段や権力の状況がわかる。ゆえにセバス、問題ない」

 しかしラインハルトは、セバスの行動を肯定的に捕らえ問題ないと説く。だが、セバスは納得することができなかった。

「しかし……」
「だが、卿の意志は理解した。機会を与えよう」
「はっ」
「私達は我が半身(モモンガ様)に、ナザリックによる円滑な統治のためにも人類の英雄となることを求められている。故に今回の騒動を私達の陣営におけるプラスの評価とする方法を考えよ。手段は問わん。人材が必要ならその者と交渉し、協力を得ても良い。財が必要なら宝物庫の財を一割まで利用してかまわん」

 ラインハルトはセバスを見る。

 セバスは、跪きながらも与えられた条件を頭に叩き込む。

「最後に私の見聞きしたものは、卿の創造主も見ている。ゆえに(おの)が頭で考え事を成してみよ」
「はっ」

 セバスは、立ち上がると胸に手を置き、腰を深く折る。そして、何かを思いついたのであろうか、早速とばかりに席を外すのだった。

「では、失礼いたします」

 ラインハルトだけとなった執務室だが、ふとコーヒーのやわらかな香りが漂う。いつのまにか机の上には、入れたばかりと思わしきコーヒーが一組置かれていた。

「ソリュシャン。せっかくの隠形も気遣いで準備してくれたコーヒーの香りで台無しになってしまっているな」
「あら、申し訳ございません」

 ソリュシャンは柔らかな笑みを浮かべラインハルトに頭を下げるも、ワザとしたことであるためか悪びれる素振りさえみせずに返答した。無論、ラインハルトにもわかっているので咎めたりしない。

「セバス様の件ですが、アインズ・ウール・ゴウンに対する反逆ではないのでしょうか?」

 しかし次の瞬間、笑みを消し、無表情となったソリュシャンの言葉はどこまでも棘のあるものであった。

「卿の考えは分からなくもない。あれは己に定められた理念ゆえに行動した結果にすぎぬ。それに一面でみればアインズ・ウール・ゴウンへの不利益だが、別の面では利益となる」
「そのようなものでしょうか?」
「私達は創造主にかくあるべしと定められた行動を違えることはできない。ゆえに我が半身に問うても、どのように考え挽回するかを問うに留まることだろう。して、そちらの状況は?」
「あの人間を助けた場所で出会った剣士はラナー王女の手のものでした」
「脆弱な手足しかない中、わずかな情報のみであの地点を割り出し、手勢を送り込むとはさすがだな」

 ラインハルトは、ソリュシャンから受け取ったコーヒーの香りを一通り楽しんだ後、一口含む。ほどよい苦味が口の中に広がり、意識を活性化させる。

 その姿をソリュシャンは確認しながら質問を投げかける。

「たかが人間を、そこまで高く評価する必要はあるのでしょうか?」

 王都に生きる人間のレベルは総じて低い。よくて5程度。任務で厳選し捕らえた人材であっても、レベル二十に届くものは存在しなかった。そのような状況で、守護者というナザリックに所属する者達(NPC)の中でも最上位の力を持つ上司(ラインハルト)が評価する人間というものにソリュシャンは疑問を持つ。

「人間という種は、異形種に比べれば脆弱といえよう。しかし、過去の侵攻においてナザリックを追い詰めたのもまた人間である。聞けば私達が信奉する至高の四十一人も、もとをたどれば人間。つまりは種として評価するのではなく、個人として評価すべき。そう考えることはできないかね?」
「その喩え話は、不敬と受け取る者がいるかもしれませんよ」
「別に人間を我が半身と同列に扱うというわけではない。等しく価値と在り方を評価しているにすぎぬ。それに先ほどの件も含めて、近いうちに我が半身による評価が下る」
「そうですか」

 モモンガ様による評価。

 セバスの行動、ラインハルトの言動、疑問はあるもののモモンガ様の裁可が下るのであれば、下々の者の考えは杞憂にすぎない。そう判断したソリュシャンは納得し、いつもの柔らかい穏やかな笑みを浮かべるのだった。

「して、卿にも新たな指示を与えよう」
「なんなりと」
「セバスは何らかの形で八本指に対して行動を起こす。サポートせよとは言わぬ。その行動における混乱に乗じて、八本指の指導者で使えそうなものを引き込め」
「方法に指定がございませんか?」
「ない。卿に任せる。アインズ・ウール・ゴウンの利益となるような存在とせよ。ゆくゆくはこの地域の裏を任せるのだ」

 図らずも与えられたフリーハンドにソリュシャンは、無意識に頬を釣り上げる。結果さえ果たせば、どのような行動も肯定される。いままで研究用の人材捕獲という任務がメインであったため、自分の嗜虐趣味を満たせずにいたソリュシャンとしては、降って沸いた好機であったからだ。

「セバス様であれば、敵であり悪は殲滅すべしというのではないでしょうか?」

 ソリュシャンは特に意味はない軽口をいう。

「そうだな。卿は絵画を見て美しいと思ったことはあるか?」
「ナザリック第九層に掲げられている絵画は、掃除の折りに拝見させていただいております。どれも素晴らしいものばかりで、収集された至高の方々の品格を感じずにはおられませんでした」
「ふむ。喩え話としては適切ではなかったかな。ではもし、黒一色に塗られた絵画を美しいと卿は感じるかな」
「もし、この場にそのような絵画があったとしても、美しいと感じることなく、それを絵画として評価をすることもできないかと」
「そうだな。その評価が正しい。言わば国家運営における暗部もまた絵画における色の一つ過ぎぬ。もし光一色に塗りつぶされたのなら、それはさぞつまらぬものだろう」

 ラインハルトは、コーヒーカップを机に置くと、立ち上りカーテンを少し開ける。差し込む光は部屋の中を照らし、影を作り出す。

「ゆえにどちらも必要なのだよ」
「そのたとえであれば、ナザリックにも敵は必要ということでしょうか?」
「そう考えても良い。強力な人類種という敵がいたから、我が半身らはナザリックという異形種の楽園を生み出した。楽園を守るために、比類無き力を蓄えた。そう考えられないかね?」
「はい」

 ソリュシャンはラインハルトのたとえを納得することができた。敵という比較対象があるからこそ、そして奉じる者達がいるからこそ、ナザリックの偉大さを理解できるのだ。そのためには中にしろ、外にしろ、同じ色ではいけないということを。

「では、任務の準備に入ります」
「ああ、まかせた。私は定期報告のためにナザリックに戻る」

 そう言うと、ソリュシャンはラインハルトを残し部屋をでるのだった。そのため続くラインハルトの言葉を聞くことはなかった。

「それに、もし世界が一色であるなら、一つの存在しか許さないということだ。他者が()らねば愛すことが出来ぬではないか」


******


 セバスが向かった先は屋敷の地下一階。すなわちこの建物の心臓ともいえる、情報収集と分析を行うフロアに向かった。

「お二方とも、ここに居られましたか」

 そこにはラインハルト直属の部下である人間、エンリとアンナの二人がおり、お茶を片手に多数の駒を盤上においたゲームのようなものを行っていた。

 しかし、セバスの目には別のものが写っていた。

 拠点防衛および迎撃

 すなわち、近く行われるであろう、どこかの戦場のシミュレーションをこの二人は行っていたのだ。

「あ、セバスさん。お疲れ様です。なにか御用でしょうか?」

 エンリが近づいたセバスに気付き声を掛け、アンナの方はお茶を置き軽い会釈をする。

「はい、少々相談がございましてお声がけをしようとしたのですが、お忙しいようでしたら時間を改めさせていただきます」
「いえ、大丈夫ですよ。感想戦のようなものですので」

 そう言うとエンリは盤や駒などを横にずらし場所を作ると、アンナはティーポットから若干(ぬる)くなったお茶をカップに注ぎ机に置く。セバスの席はここだと言わんばかりの配置となった。

 セバスもその気遣いに気が付いたのだろう。今は相談を持ちかける身ということで、指定された席に座り紅茶に手をつける。(ぬる)くなっているが十分の良い茶葉を使われているため、それなりに喉を潤すことができた。

 背筋を伸ばし、紅茶を一口飲む姿、なんとも言えぬ気品を感じさせるセバスを見ながら、アンナはタイミングを見て声をかける。

「相談とは、どのような内容でしょうか?」
「お二人でしたら、私がどのような要件でご相談に伺ったかもう予想はなされているかもしれませんが、今回の失態を挽回したいと考えております。しかし不肖、この身は守ることに特化しており、正直言いますと人間社会における機微というものを理解できておりません。そこでお二人のお力をお貸しいただきたい」

 そうセバスはここ二週間、ガゼフの支援ということで様々な人間社会の情報に触れてきた。しかし、ついぞ人間の思考というものを理解することができなかったのだ。

 しかし、その理解できないという事実を受け入れることができたのも、またこの二週間の経験からといえる。

――無知の知

 もしこのことをセバスがモモンガに報告すれば、大いに喜び褒めたことだろう。言わば言われるまま疑問を持たないNPCが自我の第一歩を踏み出した瞬間なのだから。

「セバスさんの能力を厳密に存じているわけではありませんが、正面戦闘で勝てる人はいないですよね? 娼館やらその裏やらをまとめて殴りこみって考えなかったんですか?」

 この場に居るものは、ツアレがいた娼館の裏に八本指の姿があることを知る立場にある。エンリはセバスにその情報があるからこそ、もっと直接的な行動にでると思っていたと言外につたえたのだった。

「はい、考えました。物理的な敵や脅威を排除できますが、その後の評価という点が予測できなかったのです」

 そして、エンリの指摘した案はセバスが最初に考えた手段でもあった。脅威が集まる会合のタイミングなどで襲撃し、全てを討滅する。そして助けを求める全ての者達を救い出す。その点だけ考えれば最良であり、そしてセバスはそれを実現するだけの実力があるのだから。

 だがその後を予測しきれず、不安要素となり最終的にはナザリックに不利益となるのではないかと考え、その作戦は破棄した。

 実際、有力な指導者を失った状態では戦争の落とし所を見失い、個々の利益誘導者や散発的な先導者による無差別のテロやゲリラ戦術の発生につながる。殲滅は可能だが、その状態はモモンガが目指す国家構築への時間を無駄に引き延ばす結果となるだろう。

「普通の人間には実行できませんが、案自体は悪く無いと思いますよ。前準備と後処理を考えればですが」

 エンリは先ほど脇によけた盤上に駒を配置する。

 多くのものに護衛された王が八体。それに立ち向かう騎士が一体。

「セバスさんは、ここで八本指を殲滅してしまうことによる不利益が予想できないと考えたんですよね?」

 エンリは駒を動かしながら、一体の騎士が護衛を飛び越し、八体の王を倒してしまうように動かす。

「はい。王が居なくなった集団は個々に動き出します。組織力を失うため一時的には良いと考えましたが、最終的には貴族派の一斉蜂起の流れを思うと下策かと」

 実際、セバスの脳裏には、散った反攻勢力が個別に動きだし、一つ一つ潰すような消耗戦を想像した。実際ゲリラ戦となれば、疲弊するのは体制側であり、結果的に短期集結を望むことができなくなる。しかしセバスの考えではここまでだったのだ。

「セバス様はどのような結果が好みですか?」

 それまで沈黙を守っていたアンナが問いかける。

「それは……」
「セバス様はどのような敵も阻むことができる最強の盾であり、打倒できる矛。こと戦場では勝利が約束された存在。ならば、どのような結果がお好みですか?」
「ナザリックの利益となる結果です」
「言い換えましょう。ナザリックの利益となる結果は当たり前です。そうなるように行動するのが私達ですから。ではそこに至るまでの道筋にはそれぞれの色がでます。エンリ。貴方ならどんなのが好み?」

 言葉に詰まるセバスを見て、アンナはエンリに水を向ける。

「そうだね~。私なら無関係な一般の人たちへの被害が少ないほうが好みかな? でも、全員を救うのなんて私の実力じゃ無理だから仲間や家族優先という感じ?」
「と、いう感じです」

 エンリとアンナの意見はある意味感情に由来するものだ。しかし奉仕とは滅私であるべきと考えるセバスには考えつかない意見だった。

 しかし、言われてみればその欲求はすぐにセバスの脳裏に浮かんだ。

「困っている人を可能な限り助けたいと考えます」
「全員ですか?」
「私は至高の方々のような万能の存在ではありません。だからこそ手の届く範囲で、ナザリックに益のある範囲で実現したい」
「わかりました。ではこうしましょう」

 そういうと、アンナとエンリは盤上を再度机の真ん中に置き、様々な状況を想定した戦略・戦術を検討しはじめるのだった。セバスもまたその輪に入り、望むべき結果を模索するのであった。


******


八月十二日 トブの大森林

 雲一つない青空の下、直径数キロを誇る沼地は、真夏にもかかわらず凍り()ついていた。

 最後の戦いと腹をくくり、声を上げていたリザードマン達だが、湿地全体が凍りつくという天変地異を前に、圧倒的な差というものを理解せざるを得なかった。

 しかし、誰一人として引き下がるものはいない。

 戦に負けるということは、部族の生存を放棄するということと理解しているからだ。たしかにこの戦がはじまる時、敵将は勝利と引き換えに部族に平和的従属を要求した。しかしリザードマン達は、言葉を額面通りに捉えることはできなかった。なぜなら戦で負けた場合、この世界では過酷な従属が待っている。奴隷に落とされるだけなら、命があるだけまだまし。最悪は部族の消滅が待っている。

 だから、敵将の言葉を信じることができなかった。
 
 だが、目の前の異常はそんな考えなど吹いて飛ばすような光景であった。

「おいおい、冬でも一帯が凍りつくなんてことあったか?」
「俺たちの敵はどんな連中なんだ? アンデットの軍勢に天変地異、死神が敵でしたって言っても、俺は驚かねえぞ」

 そんなことをリザードマン達が感じていると、凍った湿地に赤い絨毯の道が作られる。その道を守るように、全身鎧で顔まで隠された騎士達が槍を携え立ち並ぶ。

 戦場にいるものは、誰もが気が付いてしまった。

 この騎士一人一人が、前回まで相対した相手の数倍強者であることに。もしこの騎士達がその気になり攻撃を開始すれば、自分たちの攻撃は鎧に阻まれ、槍の一振りで多くの仲間の首が飛ぶことに。

「昨日までの攻撃も圧倒的だったが、あの連中は下っ端に過ぎなかったのだな」
「全く、化物だらけだ」

 リザードマンの勇者達でさえ、愚痴をもらしてしまう。

 そんな中、ゆっくりと進み出るものたちがいた。

 巨大で禍々しいオーラを放つ多数の宝玉と精巧な彫刻に彩られた杖を持ち、豪華な漆黒のローブを靡かせる骸骨が一人。そして背後に付き従うのは、今回の敵将コキュートス。さらに見目麗しき男性と女性が二人ずつにダークエルフの子供が二人。見上げるような巨大ゴーレムさえ付き従っていた。

「直接(まみ)えるのだから、はじめましてと言っておこうか」

 先導する骸骨の声が響きわたる。けして大声を張り上げているわけではないのに、湿地の対岸に陣取るリザードマン達にさえ聞こえるということは、魔法的な何かが使われているのだろう。

「私の名はモモンガ。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターである」

 リザードマン達は、ギルドマスターというモノを知らなかった。しかし、立ち振舞、背後に侍る者達などから、この者こそが今この場における最強にして最上の存在であると理解することができた。

 だからこそリザードマンの戦士ザリュースは声を上げた。

「貴方様を、偉大な長と見込み伏して申し上げる。我らの歴史では敗者に自由などありはしなかった。故に平和的従属などもありはしない。どうか真意を教えていただきたい」

 この不敬な行動に守護者達は不快を露わにし、攻撃姿勢をとるも、モモンガが手をかざすことで押しとどめられる。同時にモモンガは、思い違いに気が付く。鈴木悟の生きたリアル世界でもだいぶ廃れてしまったが、平等などという考えはこの世界には存在せず、力の支配こそが総ていうことに。

 しかしモモンガはここで前言撤回をする気はなかった。仲間がこの世界に帰還した際、荒廃しきった世界を見せたいのではないのだから。

 だからこそ言葉を重ねる。

「モモンガとアインズ・ウール・ゴウンの名を持って宣言しよう。私は多種族国家を立ち上げ、平和をもたらすことを。その過程でこのように戦いも起こるだろう。だがお前たちが勇戦虚しく敗北したとしても、リザードマンという種は、アインズ・ウール・ゴウンの新たな民として繁栄を享受することを」

 その宣言にどれほどの意味があるのか、リザードマンには、質問したザリュースにさえわからなかった。

 前日までの戦いは、策略に策略を重ね敵の前線指揮官の一人を打ちとった。しかし全体でみれば、多くの仲間が死に、敗北が濃厚。今日戦ったとしても勝つ術は無い。だからこそ、一縷の望みに手をのばす必要がある。

「では、しかと見るがいい。リザードマンの生き様を!」

 たとえ、敵の長の言葉であったとしても縋るしかないのだ。種の未来を守るため、リザードマンの戦士達は、価値を見せ付けるためにも一斉に武器を構える。

 その反応にモモンガは納得したのだろう。ゆっくりと手を前に振るう。

「ゆけ、コキュートス。ナザリックの威を示せ!」
「御意」

 コキュートスは、四本の腕それぞれに武器を構え、モモンガの命に従い凍った地面を蹴り、リザードマンの戦士たちの前に躍り出る。

 思えばこの数日、本当に楽しかったとコキュートスは振り返る。モモンガがわざと弱兵での出撃を指示したことを理解した上で、戦術と戦略を駆使し勝ってみせた。多少犠牲もあり、ヒヤリとすることもあったが、逆転し勝利を目前としていた。

 だからこそ分かった。

 自分がいかに未熟かと。

 自分がどれほど武人かと。

 レベルが20も差があるにもかかわらず、たかだか数個条件を付けられた程度で敗北したことをコキュートスは忘れない。あの時、創造主(武人建御雷様)に考えることを教えられたのだから。

「ナザリック地下大墳墓 階層守護者コキュートス。推シテ参ル」 

 コキュートスは武器を構え、リザードマンの戦士達を相手取り、一人高らかに声を上げるのだった。


******


八月十二日 夜 ナザリック地下大墳墓 第九層 BARナザリック


 ナザリック地下大墳墓の第九層には巨大な福利厚生施設が存在する。もともとは至高の四十一人が、作り出し、そしてたまり場の一つとして利用していたものだ。中には、巨大建造物なのだから、こんな施設もあるべきだろうと設置されただけのものも多い。しかし今ではNPCたちにも無料で解放されている。

 そんな施設の中に食堂とは違い、ナザリック内で唯一酒を飲める施設、BARが存在していた。

「ああ、ラインハルトよく来てくれました」
「卿の誘いだ。無下にはせんよ」

 BARの内は、カウンター席と小さなテーブル席が幾つか。けして広くはないが、静かなジャズの曲が流れ、マホガニー机を中心に木目調の落ち着いた色調が、静かに飲むにはうってつけの空間を演出していた。

 今日このBARにラインハルトを呼んだのは、他でもないデミウルゴスだった。

 ラインハルトが店に入ると、カウンター席に座ったデミウルゴスが、スパークリングウォーターの入った透明なワイングラスを持ち上げ歓迎する。見れば他の客は奥のテーブル席に、男性のバンパイアとワーウルフだけ。カウンターに座れば、店自体がまるで貸し切りのように感じられた。

 二人がカウンターに座ると、バーテンダーが黒ビールと塩をふったミックスナッツを盛った小皿を出す。

「シュバルツにございます」

 セバスとも違う、年を感じさせる落ち着いたバリトンボイスが酒の名を告げる。グラスに目を向ければ黒い液体と薄茶色の泡が程よい割合で注がれており、よく冷えたグラスに注がれたのであろうか、グラスにはうっすらと水滴が流れている。

「何に乾杯するかね?」
「では、友の成長と勝利に」
「そうだな。乾杯」
「乾杯」
 
 二つのグラスが涼やかな音を立てる。黒ビール特有の酸味とコク、そして炭酸が喉を刺激し、爽快感がその日の疲れを一気に押し流す。

「正直言えば、私はコキュートスが敗北を知ると考えていました。しかし彼は、その予想すらも超えて勝利を収めた」

 ビールを置くと、デミウルゴスは静かに今回の戦闘について評価した。実際、コキュートスがモモンガに与えられた兵数は少なくさらに弱兵。もし正面から戦おうものなら敗北は必然となっていただろう。

「もし、一ヶ月前のままであれば敗北を知り、新たな糧としていたであろう」
「はい。ですが先日、武人建御雷様の手で敗北を知り、今も学んでいる。彼の成長にはおどろかされます」

 約一ヶ月前に、ラインハルト自身の術式で一時的とはいえ、四十一人の至高の存在の内数名が復活した。その中にコキュートスの創造主である武人建御雷がいたのだ。そして武人建御雷は復活し自由となる僅かな時間で、コキュートスに条件を付け戦い勝利するという離れ業をしてみせた。実際、復活した至高の存在のレベルは八十程度。とてもではないが大人と子供以上の差があるのに、数個条件をつけただけで勝利してみせたのだ。

 もし武人建御雷に勝利の理由を聞けばただの詐術と応えるだろう。実際には詐術どころか、技能戦にくわえ、コキュートスの慢心に、創造主と子という心理まで利用しての勝利だった。

 しかし、この敗北がコキュートスを変えたのは言うまでもない。

「最後の助命は、我が半身も驚いたようであるがな」
「武人として感じるものがあったのでしょう」

 コキュートスは、リザードマンとの戦いのあと、モモンガに褒美はなにが良いか問われた。それに対し、最後に死んだ戦士たちの復活と助命をモモンガに願い出たのだ。戦闘行為は、至高の四十一人を復活させる儀式。死者の魂は贄でもある。だが、それを理解した上で助けたいと申し出たのだ。

 幸い、先日までの戦闘でモニュメント建造に必要な魂が十分に確保されていたため、モモンガは助命を受け入れた。命令されるままであったNPC達が、いままでは考えられない自立を見せたことに大いに驚き、そして喜んだからだ。

 デミウルゴスは小さな声で、「私にはわかりかねますが」と付け加えながらシュバルツを飲み干す。

「しかし、決着がつきました。次は」
「ああ、我らの番だ」

 デミウルゴスは、グラスをつたいコースターを湿らす雫に触れる。指先に伝わる冷たさが、己の内なる熱をより一層感じさせる。

 デミウルゴスは法国と帝国。ラインハルトは王国の攻略を控えている。

 つまり二人は任務の結果を競おうというのだ。

「とはいっても、互いの行動を予測している以上、申し合わせる必要はないのですが」
「それも含めて楽しみたいのだろう」
「ああ、本当に楽しみです。どのように互いの予想を超えるか。智謀をぶつけ合う楽しみというのは、はじめての経験ですので」
「それに、観客は我が半身に、私を通しての至高の存在達」
「なかなか(たぎ)るものがありますね」

 デミウルゴスは飲み干したグラスを弄びながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。対してラインハルトは、静かに目を閉じ口元をほころばせるに留める。

「結果は、ナザリックのためであることに代わりはない。ならば多少楽しんでも問題なかろう」
「ええ、その通りです。しかも将来の民のために、恐怖というもっとも簡単で効率的な選択肢が安易にとれない。なかなか難易度が高い」
「卿の悪へのこだわりは理解するが、それに囚われれば我が爪牙が紡ぐ物語に塗りつぶされることになるぞ」
「それも一興」

 そんな会話が続く二人の前に、バーテンダーがカクテルグラスを置く。それは美しい赤のグラディエーションが目を引くカクテルであった。二人は会話を一次中断し問いかける。

「バーテンダー。このカクテルは?」
「こちらはディビスブランデーというカクテルにございます。古くは勝負事をイメージして作られたものにございます」
「勝負事か。たしかに勝負であるな」

 ラインハルトはそのカクテルを取り、口をつける。

 口の中にはほのかな甘味と、オレンジ・ビターのほろ苦さが広がる。しかし喉を通ったあとは後を惹かずすっきりと消えるが、ブランデーの芳醇な香りが残り勝利の余韻を感じさせる。

「ああ良い味だ。しかし甘さの中に若干のほろ苦さがあるのだな」
「たとえ勝者であっても過程には苦しみもございましょう。しかし勝利とは甘さの前に、苦しみさえアクセントでしかございません」

 その評価にバーテンダーは応える。

 そう。この一杯が勝負の全てを表現しているのだと。

「そういうことなら、次の勝負に勝った者がまたこのカクテルを飲むとしようか」
「それは良い提案ですね」

 ラインハルトとデミウルゴスはゆっくりとディビスブランデーを飲み干す。

 この時、王国・帝国・法国。この三国を舞台にした、ラインハルトとデミウルゴスのゲームが切って落とされたのだ。









ディビスブランデーは、テニスのディビスカップにちなんで作られたカクテルです。
ベースはブランデーとドライ・ベルモットなので香りはすっきり。
グレナデンシロップの甘味が勝利を、
オレンジ・ビターのほのかな苦味が敗者をイメージしているといわれています。

でも個人的には味よりも赤のグラディエーション(見た目)が好きなんですよね。

ってこんなことを書くと、BARナザリックを書いているような雰囲気がありますが、獣殿のあとがきです。


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第5話

八月十二日 夕方 王宮 ラナーの私室

 昼前から降りはじめた大粒の雨は、王都を容赦なく打ち付ける。雨の日特有の湿気はあるものの連日の猛暑は和らぎ、随分と過ごしやすい気温にまで落ち着いていた。

 そんなある日の夕方、王宮の一角にあるラナーの私室に二人は訪れていた。

「ラキュースにクライム。ごめんなさいね。急に呼び出して」
「あなたと私の仲じゃない。気にすることなんてないわ」

 冒険者チーム「蒼の薔薇」のリーダーラキュースは、蒼のドレスを纏い軽く手を振って答える。しかし、よく見れば髪の結が簡易であることなどから、よほど急いで登城したということがうかがえる。

「あとクライム。訓練中にごめんなさいね」
「ラナー様からの命令を実行するための訓練です」

 対するクライムは訓練後でありながらも、しっかりと身なりを整えている辺り、己の立場というものを理解しているのだろう。主に自分がラナーの攻撃材料という意味だが。

 対するラナーはというと、いつもと変わらぬ雰囲気で椅子に座っている。もっとも夜には王族が集まる食事会の準備で、メイドがせわしなく髪を手入れしながらという状況で、寸暇を惜しんで呼び出したことが伺える。

「こんな状況で、本当にごめんなさい。どうしても今お願いしなくてはいけない事だったの」
「それだけ急ぎということだったのだろ。それも面と向かってが必要な要件だ」

 ラキュースは左手を腰に当て、やれやれと返答する。

 過去にラナーが緊急といった要件は、どれもが本当の意味で緊急事態であった。
 だからこそ、今回の呼び出しも本当の意味で緊急であり、座して放置すれば碌でもないことになるのだろう。このどこか抜けている頭の良い友人の緊急は、まさしく緊急なのだとラキュースは考えていた。

「この部屋に来るまで随分と慌ただしいようだったけど、それに関係があるの?」
「ええ、先日提出した貧困街復興支援の関連だけど、王のご下命で戦士隊が犯罪者の一掃を行うそうなの」

 ラナーの答えは途方もないものだった。少なくとも一介の騎士や冒険者が立ち入る内容ではない。同時にラキュース自身の家を当てにした依頼なら、少なくとも隣に立つ騎士は必要ない。ゆえにラキュースにはラナーの真意を測りかねていた。

「でも、あまりにも急な話で多くの無辜の人々まで巻き込みかねないわ。だからクライムには一人でも多くの方を助けてほしいの」
「はっ。おまかせ下さい」
「ありがと、クライム。あなたなら二つ返事で受けてくれるとおもったわ。さすが私の騎士ね」

 クライムの言葉にラナーは満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、同じ女性であるラキュースですら抱きしめたくなるほど愛らしく、そして美しいものだった。そしてクライムとしても、その笑顔のためならどんな苦難であろうとも立ち向かう覚悟を新たにするのであった。

「でも、場所が場所だから今回はラキュース達にも短期間の護衛をお願いしたいの」

 そういうと、ラナーは小さな袋をクライムに渡す。

 受け取ったクライムはその質感と重さから、かなりの額が入っていると判断した。

「今から冒険者ギルドに向かって、今日からの護衛という指名依頼を出して。金額は少ないけど今すぐ手続きしても3日分は契約できるとおもうわ」
「何故今日からなの?」
「戦士隊は十五日つまり明々後日に行動開始する予定なの。でも、万全を期すために一部冒険者に協力依頼を出すそうなの。王令による支援依頼だから、いくら中立の冒険者ギルドといっても普通の依頼より優先されてしまう。そうなるとこの護衛依頼も通らなくなるとおもうの」

 ラナーの説明にラキュースもクライムも納得する。実際、王令による依頼は、守秘義務などいろいろ付随するが比較的報酬の良い内容となる。仲介料が収入となる冒険者ギルドとしては、中立とは言えその辺を優先するのは、営利組織として当たり前の選択だ。なによりラキュースは王国で唯一の蘇生魔法の使い手。王令の指名に自分の名前があった場合の優先順位は、ラナーよりも上になってしまう。だからこそ、今の内に契約しておくというものなのだろう。

「しかし、あまり良いことじゃないが、クライムを守ってやるぐらい、いつものお願いでも構わないのよ」

 ラキュースは言外に、冒険者ギルドに無断契約での護衛でもかまわないと伝える。八本指の麻薬密売組織壊滅などの依頼を過去にも受けたのだから、今回に限ってと思ったからだ。

「もし現場で戦士隊や冒険者の人たちと対峙しても、契約をしているのとしていないのでは話は別でしょ?」
「ああ、よく考えればそのとおりね」

 大規模動員される作戦で誰とも会わないということはありえない。ここで何をしていると問われたときの大義名分が必要なのだ。

「ではラナー様のご指示の通り、いますぐ冒険者ギルドに向かって契約手続きを行ってきます」
「ありがと。クライム。あと細かい指示は袋の中に一緒にいれてある手紙を読んでね」
「かしこまりました」

 クライムは腰を折り深くお辞儀すると、ラキュースと共に部屋を出る。その姿をラナーは笑みを崩さず小さく手を振って見送る。

 そんなラナーに対してメイドの一人が香油の壺を持ち控えめに声を掛ける。

「申し訳ありませんラナー様。香油が一回分には足りないため補充のために席を外させていただきます」
「そう。まだ時間があるみたいだから急ぐ必要はないわ」

 許しを得たメイドは、香油の入った壺を持ち足早に部屋をでる。

 その姿を見送りながらラナーは髪を結っているメイドにも聞こえないほど小さく呟くのだった。

「そんなに急がなくても、あなたの雇主はこの情報を知っているから」


******


八月十三日深夜二時 貧困街

 先日の昼過ぎから振り始めた雨は、未だ止むことは無く王都を濡らし続けている。王都の西部に位置する貧困街も例外ではなく、その雨と夜の帳に飲み込まれていた。

 そんな中、一人の男性がある建物を遠くから眺めていた。

 その店は、いわゆる比較的大きい娼館という奴だった。逆に言えば大きな建物という特徴以外、これといった特徴がないことが目印というぐらい、周囲に溶け込んだ作りをしていた。しかし見かけとは違い、地下に一歩踏み入れれば、金さえ詰めばどのような快楽も享受できる王都で唯一の場所であった。

 そんな建物を見る男性セバスはしっかりとした執事服に身を包んでおり、とてもではないが場末の娼館に足を運ぶような出で立ちではなく、酷い違和感を醸し出している。

 そんなセバスが、内ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。

 二時。

 時間を確認し、娼館に足を向けようとした時、声を掛ける人影が二つ。

「そろそろはじめるのかい?」
「あなた方は?」

 セバスは接近を感知していたのだろう。驚くこともなく二つの人影に声を掛ける。

「ご無沙汰しております。セバスさん」

 若干黒ずんだ鎧に身を包んだ青年クライムが、セバスに声を掛ける。ふたりは奇しくも先日セバスがツアレを助けた際に顔を合わせていたのだ。

 そして隣、クライムよりも頭一つ以上大柄な影から声が投げつけられる。

「あたいはガガーラン。この騎士の坊やの護衛兼お手伝いだ」

 普段ならここで軽口の一つも続くところだが、アダマンタイト冒険者であるガガーランはひと目で、セバスの底知れぬ強さを認識した。より正確に言えば、自分より力量が上であり自分の物差しでは測れないほどの強者であることを、野生の勘ともいえる第六感で知覚したのだ。

 しかし、その表情からは警戒心など一切感じさせぬガガーランを脇に置き、セバスはクライムに話かける。

 先日セバスがツアレを助けた際に、二人は会っている。たまたま近くにいた衛兵がツアレのあまりの惨状を見咎め声をかけた際、クライムが立場を使い弁明したためお咎めなしとなったのだ。

「本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「さる御方からの下令にて此度の騒動で一人でも多くの人を助けるべくお手伝いさせていただきます」
「お手伝いですか」
「はい」

 セバスが今日この場に居るのは、八本指への直接打撃により戦力の半分程度を削ぎ落とすためである。しかし、その行為自体に重きを置いていない。アダマンタイトである黄金のメンバー以外にも、正面対決し得る戦力があることをそれぞれの陣営に見せ付け、可能であれば不当な扱いを受ける人達を助けることが目的であった。

 現在、館の中では、十五日の戦士隊襲撃に備え八本指の傭兵部門とこの娼館主、そして麻薬担当などが集まり護衛契約を結ばれようとしていた。

 良い具合に標的があつまっているのだ。だからこそセバスは先手を取るために十三日の宵闇に紛れての襲撃となったわけだ。

 だが一つの可能性をアンナとセバスは提示した。もし、十三日の襲撃に気がつくものがいるならば……。

「なるほど。クライム様にご指示を出された方こそ、この国の真の意味での指し手ですか」
「指し手?」
「いえ、こちらの話です。ご協力をいただけるということですが、具体的にはどのような?」
「ああ、それはあたしから説明しよう」

 そういうとガガーランは一歩前にでて話はじめる。

「あたいの仲間がこの建物の出入り口と、地下がつながっている別の建物を監視している。そしてあたいとクライムはあんたと別働隊として突入し、中に囚われている者達を解放する」
「そちらのお手伝いはできませんが、よろしいので?」
「ああ。あんたほどじゃないが、腕には自信がある。遅れは取らないよ」
「わかりました。ご助力いただく以上、何らかのお礼をさせていただきたい」

 セバスはクライムに対し報酬の話を持ちかける。一般的にこのような危ない橋をただお手伝いなどというあやふやなもので、請け負う存在など居るはずないからだ。

「それに付きましては、お礼は不要でお願いします。こちらも仕事でこの場におりますので」
「しかし……」
「でしたら、後ほど個人的にお願いを聞いて下さい。無論そちらに不利益になるようなら断って頂いても構いません」
「わかりました。では、よろしくお願いいたします」

 個人的なお願い。コレこそが今回の目的であり、クライムに指示を出す人間が示した落とし所。

「では、はじめましょう」


******


 踏み込んだ三名はまさしく竜巻のような勢いで、有無を言わさず一階の人間達を無力化していった。

 セバスは扉を蹴破り娼館に踏み込んだ瞬間、ガイキを纏った拳で気弾を放ち、各出入り口で睨みを利かす男たちの意識を刈り取る。

 対してガガーランは、その丸太のような腕を軽く振り回し、客と思わしき者たちをまとめて壁に叩きつける。武器を持たないのは、ガガーランなりの優しさなのだろうが、叩きつけられた者たちは例外なく白目を剥いて意識を失っていた。

 そしてクライムは的確に一人、また一人と鞘付きの長剣で打倒していく。

 その迅速さは、入ったフロアの者たちが悲鳴や怒声を上げる間もないほどであった。

「セバスさん。私達は地上を制圧後、地下の牢屋に向かいます」
「分かりました。そちらは?」
「ん? アタシは坊やの護衛だからね」

 セバスはガガーランの返答に頷くと、迷わず地下に向けて移動を開始する。

 クライム達もすでにここの地図を入手しているのだろう。捕らえられている人たち、強権の慰み者になる人たちを助けに向かうのだった。

 地下に入りしばらくするとセバスは、多くの人間が集まっている場所にさしかかる。

--地下闘技場。

 一般的に剣闘士などがその生命を掛けて戦う場所。

 しかし、ここでは一般の倫理観では直視できないようなショーが繰り広げられる退廃の演壇であった。

 王国戦士隊による突入が十五日に控えているというのに、今日も何らかのショーがあったのだろう。すでに事切れた女性に組み付く亜人数体。その情景だけで、ここで何が行われていたのかが予想できる。そして観客は豪華な椅子に座り、談笑ながら眺めているのだ。

 その光景を見てもセバスは激情にかられることはなく、ただ冷静にナイキで上昇させた腕力にものを言わせて鉄格子を破壊し、闘技場の真ん中に躍り出る。そして、手加減抜きの全力でガイキを放つ。

 もちろんガイキには、モモンガの持つ絶望のオーラにあるような即死効果はない。しかし、殺気と置き換えればどうだろうか? 卓越した戦士の殺気をモロに受けた素人は腰を抜かすという。ではレベル百の全力の殺気を受けたせいぜいレベル五程度の塵にも満たぬ存在ならばどうだろうか?

 結論は他愛もない事実となる。

 多くのものがたったそれだけの行動で無力化されたのだ。

 しかし、もちろんか弱い存在ばかりではない。護衛契約のために訪れていた八本指における暴力の象徴。六腕達とその首領であるゼロがいたのだ。


******


 ゼロは今晩、八本指の内、いくつかの部門の代表と会うために娼館に訪れていた。理由は王国戦士隊による一斉検挙に向けて、六本腕を含めた傭兵隊による護衛契約のためであった。

 護衛契約自体はつつがなく進み、そろそろ本拠地に戻ろうかと言う時、事件は発生した。

 轟音と共に、VIPルームの眼下に広がる闘技場に男が一人飛び込んできたのだ。

 ゼロは、この場において紛れもなく強者であり運が良かった。ゆえにセバスが発した濃厚な殺気にも対処することができ、素早く指示を出すことができた。

「お前たち。契約は結ばれた。全力を持ってあの男を殺し護衛任務に付け」

 ゼロの命令に従い六腕の三人が、素早く武器を改修し飛び出す。

「このタイミングで飛び込んでくるバカがいるとは。まあよい。契約は結ばれた。私は戻らせてもらおう。せいぜいバカが血祭りに挙げるのを楽しんでいろ」
「ああ。六腕が三人がかりとは、あの男もついてない」
「私も護衛が戻ってくるまで待たせてもらおうか」

 ゼロが話しかけた小太りの男と、老人がそれぞれ回答する。二人は六腕の実力を良く知っている。過去どのような事態が発生しても、いち早く護衛契約を結ぶことで難を逃れてきた二人だからだ。今回も契約が結ばれた以上、安全と判断したのだ。

「私は部屋に戻らせてもらうわ。明後日の準備も必要だもの」
「普段から攻撃されることを前提としておれば慌てる必要もないものの」
「そう考えて準備していたからこそ、二日掛からず本部移転が可能なのよ」

 そんなことを言いながら女性は部屋から足早に部屋を出ていく。実際、八本指本部クラスの拠点を1日弱で移転できるものなど、この者以外はいない。その意味では、優秀なのだ。

--しかし、運は無かった。

 女性が部屋に戻った時、まず知覚したのは、いままで感じたこともないほどの危機感だった。

 自分以外は入ることができない仕組みの部屋。そこだけが唯一の安全であるはずなのに、部屋に入った瞬間、背筋にナイフを押し付けられたような気配を感じたのだ。

 回りを見回しても何も変わりはない。持ち出すための箱に積み上げられた書類。先程までとまったく変わらない光景。
 
 この女とてけして弱いわけではない。傭兵部門を統括し、自らも六本指に並ぶ武力を持つゼロとは違うが、最低限の護身ぐらいできる。さらに生来の臆病ともいえる性格が危機意識に直結することで、スラム出身から八本指の幹部にまでその地位を押し上げたのだ。

 危険を知らせる内なるざわめきを聞きながら、女は手近な本棚の中に隠したナイフへと手を伸ばした時、危機感は最大となった。

 本来ならナイフに届くはずの右手が水のような何かに飲み込まれていたのだ。

「……」

 女はあまりに突然な出来事に驚きはするも、悲鳴を飲み込み一瞬で意識を切り替える。己の右手は、いつの間にか近くに立っていた女の胸に飲み込まれていたのだ。

「あら、泣き叫んでもいいのよ」

 メイド服を戦闘用に改造したとおもしきチグハグな格好をした金髪の女が、笑みを浮かべながら話し掛ける。

「お前は何者だ」

 女はメイドに名を聞くが、実際の回答など期待はしていない。投げかけた言葉の反応から相手の思惑を探りつつ、対策を考えているのだ。しかし力を入れる右手がピクリとも動かず、どんな原理か少しずつ飲み込まれていく。

「私はナザリックに所属する戦闘メイド。プレアデスが一人、ソリュシャン」

 だが女の思惑など気にもせず、ソリュシャンは何も恥じる点などないと胸を張って名と所属を回答したのだ。

「たしか冒険者の黄金の獣が所属しているという組織ね。八本指に手を下すということは、どういうことかわかっているのか」
「ええ」
「ならお前の主もろとも覚悟するが良い」
 そういうと女は自由がきく左手の指輪に魔力を流し込み魔法を発動させる。しかし、結果はなにもかわらなかった。ここに来てはじめて女の顔色は変わる。
「何をしようとしたのかはわからないけど、隣の部屋に詰めていた護衛はとっくに……」

 そう。指輪は己の護衛への緊急サイン。だが、目の前の女はその護衛はもういないと言っているのだ。

「あなたは優秀ね。あの場所から逃げ出すものは危機意識が高い。たとえ無自覚であったとしても」

 ソリュシャンは賞賛しながら、女を少しずつ己の内側に飲み込んでいくのだ。女はこの地位につくまでの間に数多の拷問を見て、その幾つかをその身に受けたことも有る。しかし己が生きたまま何かに飲み込まれるのは初めての経験であった。

「あなたみたいなのに褒められても嬉しくないわ」

 しかし女はこの期に及んで、諦めてはいなかった。左手でソリュシャンの頬を強く張ったのだ。

「あら、ビンタなんてされたのは初めての経験よ。その指輪の内側に致死性の毒の針が隠されていることも含めてね」

 女は指輪の内側の仕掛けを発動し、致死性の毒針を出した状態でソリュシャンの頬に張り手をいれたのだ。その毒に人間が侵されればたちまち全身が麻痺に侵され死に至るものである。しかし、目の前のソリュシャンはその毒針をもってしても、その薄気味の悪い微笑みを崩すことさえできなかったのだ。

「でも、つかまえた」

 女はとっさに左手を引こうとするも、ソリュシャンの頬からピクリとも動かすことができなかった。むしろ引けば引くほど飲み込まれていくのだ。

「じゃあ、しばらく静かにしていてね」

 それが、女の聞いた最後の言葉であった。


******


 救助活動を行い地下闘技場に入ったクライムは目を疑った。

 六腕の特徴を持つものが血だるまになって倒れ、観客席には大勢のものが倒れ伏す。奥にあるVIPルームらしき場所は、窓ガラスが無残に破壊され、何者かの血が流れ落ちている。

 しかし、その惨状を生み出したと思わしき紳士は、闘技場の真ん中ですでに息絶えた女性に片膝を付け、静かに祈りを捧げていたのだ。

 神というものに懐疑的なクライムは、祈ることに価値を見出していない。しかし死者に祈りを捧げる紳士の姿は犯し難いものであるように感じた。隣に立つガガーランも何かを感じたのだろう。声を掛けずに静かに見守っている。

 しばし時間が過ぎ、セバスが立ち上がる。

「クライム様。そちらの首尾はいかがでしょうか?」
「はい、セバスさん。こちらは十六名を救助、また違法の現行犯または容疑者のほぼ全てを拘束しました。今、ガガーランさんの仲間が衛兵を呼びに行っています」
「そうですか。こちらも当初の目的を達成できました」

 クライムはセバスの顔を見ながら今回の件とは別のことを考えていた。

 それは、六腕さえ打倒するセバスの強さにどのようにすれば届くのか。今の王都は動乱の兆しが見え隠れしている。この中で敬愛する(ラナー)を守るための力を得ることができるのか。場違いと分かっていながら思わずにはいられなかった。

「では、後始末に入りましょうか」

 そういうとセバスは手早く観客席で倒れる者たちを拘束していくのだった。この者た
ちは八本指ではないが、なんらかの関係者である。叩けばホコリが嫌というほど出る連中なのだ。

 クライムも、セバスにならい近場のテーブルクロスなどを破り簡易の紐にして、拘束をはじめる。

 逆にガガーランは入り口付近に立ち、どのような事態があってもすぐ行動できるように待機していたのだが、このような状況で敵の増援が来るわけもなく、暇を持て余していた。

「なあ、坊や。手紙の件を伝えなくていいのか?」
「手紙? クライムさん何か他にも用事があったのですか?」

 セバスは手を止めること無くクライムに話し掛ける。それに対しクライムはバツが悪そうな顔をするも、口を開くのだった

「実は、今回の指示を頂いた方から報酬について手紙に書かれていたのです」
「どのような内容でしょうか?」
「可能なら私がセバスさんか、その関係者の方に修行を付けていただけないか……という趣旨でした」
「ふむ」
「いくら仕事の報酬の話とはいえ、あまりにも不躾な内容でしたので正直お伝えしようかまよっておりました」

 クライムは、苦笑いをしながら答える。
 
「ガガーラン様も同様でしょうか?」
「いや、あたしらはクライムの主様から報酬を冒険者ギルド経由でしっかりもらっている。もしあんたから貰ったら二重取りになっちまうからな。その辺は信用問題にもなる。クライムだけにしておくれ」
「他の方については難しいと思いますが、私は構いませんよ。無論長期間というわけには行かず、あくまで本来の仕事の合間でということであればですが」
「ほんとうですか?!」

 クライムは、この話を断られると考えていた。しかし、セバスは条件をつけるも快く引き受けてくれたことで、望外の喜びを得ることとなった。

「まずはこの後処理を終わらせてからということとしましょう」
「はい!」


******


八月十三日 夕方 ラインハルト邸

 八本指の一角が崩れた日の夜。

 町では幾つもの噂話が持ち上がっていた。

 王都に暮らす大人の多くが知る貧困街にある大娼館が壊滅。多くの犯罪者が拘束され、中には噂で聞く八本指の大幹部まで含まれているというのだ。

 さらに言えば、最近話題の冒険者チームの黄金の関係者が、助けた女性の身を守るため単身巨悪に挑んだという話さえあるのだから、酒場で一番ホットな話題となっていた。

 そんな王都の市街地とはうって変わり、珍しく来客もなくラインハルト邸は静まり返っていた。

「セバス様。ラインハルト様より至急執務室にくるようにとのことです」
「わかりました」

 屋敷で執事としての仕事をしていたセバスに、ソリュシャンがラインハルトから呼び出しを伝えた。セバスは席を立ち、身だしなみを確認すると、ソリュシャンを伴いラインハルトの執務室に向かうのだった。

 しかしセバスが執務室の扉の前に立ち、ノックをしようとした時、部屋の中から複数の気配を読み取る。

「入るが良い」

 ラインハルトの声がセバスに入室を促す。

 入室の許可が降りた以上、戸惑い待たせるわけもいかずセバスは扉を開けて目にしたのは、執務用の椅子に座るナザリックの至高の主、モモンガの姿であった。

「どうしたセバス。そのような場所に立っていないで中に入るが良い」
「はっ」

 ラインハルトに促され、セバスはソリュシャンを伴い執務室に入る。

 モモンガの左右にはアルベドとラインハルトが控えている。その状況に内心驚き、ソリュシャンの気配をさぐるも、全く変化がないことから、ここに3人が揃っていることを事前に知っていながらセバスに伝えなかったことを理解した。

 セバスは前に進み出ると膝をつき、頭を垂れる。

「面をあげよ」
「はっ」

 セバスは顔を上げ、三人の表情を伺う。

 もともと常に支配者としての意識の高く冷静沈着なモモンガからは感情を読み取ることができない。その右腕たる守護者統括の地位にいるアルベドは、モモンガ関連以外ではその表情や仕草さえ自分に有利になるように偽ってみせる知恵者。執事として完璧ともいえるセバスであっても、この二人から場の雰囲気を読み取るのは至難の業であった。

「なぜここに私がいるか疑問に感じたことだろう。ゆえにそこから伝えることにするとしようか」

 モモンガは椅子に背を預けながら、手を軽く前で組む。ゆっくりとした仕草だが、そこには王者の威厳があった。

「ラインハルトから王都攻略において一定の成果があがり、最終目標への目処が立ったと報告を受けた。そして、この光景を見ることができるのもあと数日と聞けば、一度見ておくのも一興と思ってな」
「人間に化けてだがアルベドとのデートは楽しめたかな? 我が半身よ」
「ナザリックの財と比べると劣るとは言え、未知のマジックアイテムや書物。そして未知の町並みに未知の文化。なかなか楽しむことができたぞ」
「たかが人間種の街と侮っていたけど、モモンガ様が楽しめたようで何よりです。ただ都市計画は杜撰(ずさん)ね」

 アルベドの言ではないが、モモンガは初の王都来訪を楽しんでいた。

 自然溢れるカルネ村やトブの大森林は視察で訪れたが、王都など人の多い所はいままで一度もでることはなかった。そのため多数の未知のアイテムや食事、自分の常識とは町並みや人の営み。その全てが新鮮であったのだ。

 対するアルベドは、護衛という名目とはいえモモンガとのデートにご満悦であった。さらに、たまたま訪れた宝飾店で店員からモモンガの奥様と言われたことなどもあり機嫌がすこぶる良かった。すくなくとも、王都を今すぐ殲滅すべしという考えが出ない程度に。

 そんな会話をしていると、扉をノックする音が響く。

 ラインハルトが入室を許すと、そこにはラインハルトの部下であるアンナとエンリがツアレを伴って入室する。その光景にセバスは理解した。この場はただの報告の場ではないということを。


   ******


「では、はじめるとしようか」

 モモンガは軽く右手をあげ、場の開催を宣言する。 
 
「詳細は事前に報告を貰っている。この場では簡単に述べよ」
「了解した。我が半身よ」

 モモンガはラインハルトに軽く視線をおくると、意図を認識したラインハルトが返す。

「まず目的は二つ。一つはこの地と南方の古戦場にスワスチカを展開すること。既存の二つとあわせて王国内に必要なスワスチカは全て展開完了となる。そして二つは王国をナザリック旗下に加えること。ただしその後の統治を考えれば悪感情を極力排除する必要がある」
「その通りだ」

 ラインハルトの説明に対し、モモンガは追認する。これは二人の間で意識のズレが無いことを確認する儀式のようなものであった。

「まずセバスを通じて王の派閥を活性化させる。同時に法国からの支援を絶ち、さらに冒険者や王国戦士隊、そして私も含めて相応の揺さぶりを掛けて、貴族派や暗部を自壊に向かわせた。そして本日、セバスにより暗部の一部は崩壊。さらにソリュシャンにより幹部を一人捕縛」
「彼の者は、現在ナザリックにて教育中です。数日もすれば忠実で優秀な人材となることでしょう」
「その者を活用するのは今回の一件が完了してからだがな」
「はい」

 セバスは、ソリュシャンとラインハルトのやり取りに驚くことはなかった。なぜなら、襲撃計画をエンリらと練った段階でその可能性が上がっていたのだから。

「これで前座は整った。デミウルゴスの策もあり、二週間もしない内に決着がつく。計画の説明は必要かな?」
 
 ラインハルトは、もったいぶるようにモモンガに問う。対するモモンガは素っ気無く答える。

「劇の結末を知っては楽しみが半減する。目的は達成できるのだろう?」
「無論」

 モモンガの言にラインハルトはニヤリと笑い答える。もともとモモンガは営業担当である。ゆえに報告・連絡・相談といった点を重視するのだが、最近になり目標・目的を共有し、ある程度担当者の裁量に任せることを身に付けた。ある意味、着実に支配者としての経験値を学んでいるとも言えた。

「だが何点か確認しよう」

 しかしモモンガは、あえて絶望のオーラをレベル1まで下げて発動すると、セバスに視線と質問を投げかける。

「セバス。お前は今回の一件を通し多くのものを助けることを選択した。これは計画には無かったことと聞いている。なぜその選択をした? その想いはたっちさんに設定されたものではないか?」
「たっち・みー様にかくあるべしと(設定)されたものではございません。なにより最初は意識しての行動ではございませんでした。しかし、今なら申し上げることができます。困っている者に手を差し伸べたい。もちろんナザリックに不利益がない範囲ではございますが……」

 至高の存在に対し、奉仕する者(NPC)に虚偽の報告などありはしない。なによりモモンガは思慮遠望と人心把握に優れた最高支配者。嘘に塗り固めた言葉など届くわけもない。

 ゆえにセバスは、モモンガに偽ることのない想いを伝える。

「では、ナザリック外の者も含め、多くの者に協力を得て事を成したと聞いている。それはなぜだ?」
「今回の任務を通して学んだことにございます。私は万能には程遠い存在にございます。最善を成すために多くの方々の手や知恵を借りる必要がありました。これらの行動を不忠とご判断されるならば、喜んでこの首を捧げさせていただきます」

 セバスの設定には紳士的などの記述はあるが弱者救済などという記述は無かった。

 さらに、この世界に転移した際にモモンガが実施したNPC達との面談で、正悪どっちの選択を好むかというレベルの片鱗はあったが、そのときはカルマ値に由来するものと考えていた。

 自分の意志で目標を定める。自分の足りないものを客観的に見つめ、目標を実現するため不足を補うべく行動する。

 まさしく学習の第一歩。

 先日もコキュートスの予想外の成長を目の当たりにしたが、それをセバスも見せたということなのだ。

 なによりモモンガはNPCを子供のように思い、一つの個、一つの人格があるものとして接していた。

 そのため、先日のコキュートスに続き自己確立に学習という成長を見せてくれたセバス。さらにセバス姿は恩人であり友人でもあるたっち・みーの姿を見たモモンガは、父親のような喜びを感じた。

 さらにある確信に至った。

ーーレベル100の先

「セバス。お前の全てを許そう」

 モモンガは立ち上がり宣誓するように言葉をかける。

「お前の忠義に疑問はない。たとえ行動の結果、一時的にナザリックへ不利益が発生しようとも、お前ならばそれ以上の成果を上げると信じている。今回もお前の行動はレベル100の存在でも学習し、成長する可能性を示した。その成果は現在なによりも大きい」

 続いてモモンガはゆっくりと顔をツアレに向ける。ツアレも助けられてから、ここが人間の住処でないことを肌で感じていた。しかし異形の存在と目の前にしたのは、これがはじめてであった。なにより目の前の存在は見ているだけで心を鷲掴みにされたような恐怖を感じ、もしその一端にでも触れようものなら死に至ると理由もない確信があった。

「さて、セバスが助けた命。おまえは今後どのようにしたい?」

 知りすぎたものには死を。それがこの世界で生きている上であたりまえのルールであり、ツアレも問答無用で殺されるものと思っていた。

 そして今日呼び出された時も、時が来たとしか感じなかった。

 しかし、目の前に選択肢が示された。

 ツアレにとってあまりにも予想外のため、理性は固まり咄嗟に答えを口に出すことができなかった。そして迷うようにセバスに目を向けると、セバスは微笑み小さく頷いたのだ。

「もし、許されるのであれば、セバス様の側において下さい。どのようなことでもいたします」
「えっ」

 ツアレは言葉と共に、ツアレは両の手と膝を床につき深く頭を垂れる。

 モモンガは、セバスの成長に喜び、偽りのない善意で質問したにすぎない。なのに、リアル時代の美醜感覚に照らし合わせても相当な美女がいきなり土下座を始めた。

 そんなツアレの行動に、モモンガは呆気にとられた。

「あ~~。ごほん。セバスの側ということは、必然的にナザリックに所属することとなる。機密の観点で人間社会に戻してやることもむずかしくなるが良いか? 今ならば数日の記憶を消し、どこか遠くで静かに生きることもできるのだぞ」
「私は全てを諦めておりました。しかしセバス様が手を差し伸べて下さった時、私ははじめて自分の意志で助かりたいと願ったのです。セバス様が生きる世界こそ私の生きる世界にございます」

 ツアレは思いの丈を宣誓するよう、淀み無く答える。その言葉にモモンガも意志を決することが出来た。

「意志は確認した。私の名を持ってお前をナザリックに迎え入れよう。当面はセバスが部下として教育を行い、然るべき後に役割を与える」
「ありがとうございます」

 安堵と喜びからの笑みを浮かべるツアレを見て、モモンガは良い事をしたと小さな喜びを得る。そして、すぐに引き締め回りの者の雰囲気を確認する。

 セバスやソリュシャン、ラインハルトの部下などを順次読み取り、最後にアルベドに顔を向ける。

「アルベド。何かあるか?」
「この采配は成長の片鱗を示したセバスへの褒美。偉大な支配者としての寛容さを示された良いご判断かと」
「そうか」

 先日の一件からモモンガの公私の全てを支えるようになったアルベドだが、モモンガとナザリック、ナザリック以外という三つの区分がその思考の端々に見て取れた。

 特に人間種への敵視はモモンガが元人間と知ったためか、ある程度緩和されたが、それでもけして良い評価とはなってはいない。

 そんなアルベドが今回の采配をどう思うか。

 近しい存在に無意識に求める承認欲求。いまだモモンガに鈴木悟としての意識が残る証ともいえる。

「モモンガ様のお決めになったことに、否はございません」

 アルベドもその辺がわかっているため、今回のように取るに足らない判断であれば己の趣向に蓋をして、静かに微笑むのだった。

「では、私とアルベドは次の用事がある」
「はい」

 そう言うと、モモンガは静かに立ち上がり、転移の魔法を使うため同行するアルベドに手を差し出す。アルベドも慣れたものなのだろうか、微笑みながらモモンガの骸骨の手に、白魚のような指をのせる。

「法国に行って宣戦布告でも行うのかな? 我が半身よ」
「ああ、似たようなものだな。デミウルゴスにも困ったものだ。より面白い劇のために、観客ではなく役者になれというのだ。この仕事はお前(アクター)にこそ相応しいのにな」

 どこか楽しそうに答えるモモンガは、転移の魔法で姿を消す。

 それを同じように見送るラインハルト一行。

 そんな彼らの元に、スレイン法国が神々の試練を意味する聖戦が発動されたという情報が届くのは、翌日のことであった。



本作品では、ギルドマスター権限でマスターソースを利用すると、NPCのスキルや設定などが確認できるものとしております。アニメ版シャルティア戦でシャルティアのスキルを確認したというセリフの拡大解釈です。
じゃないと他のプレイヤーが作成したNPCの設定なんて覚えているはずがないと思ったので。

しかし、蒼の薔薇の面々の口調が怪しい……でも、この作品ではこの方針で。

あと八本指はゼロ以外名前が出てこないのは、このお話において意味がなく、原作のように再登場の予定もないからです。ご了承下さい。
さてセバスのお話は一端ここまで。

次回からはデミウルゴス戦(?)です。


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第6話

思考戦ってどう表現すればよいのか迷い、投稿が遅れる事態に……このままだとコミケに間に合わ……



八月十三日 スレイン法国 神都

 その日は一日、不思議な天気であった。

 夏場の曇は特に珍しくはない。

 雲の切れ間から陽の光の柱が降り、幻想的な一瞬を演出することは珍しいと言えなくもないが、不思議というほどではない。

 しかし、その光の柱が神都の中央広場の中心にある六大神の石像に一日中(・・・)降り注いでいたことだ。

 ここまでくれば珍しいを通り越して不思議となる。

 最初に気が付いたのは公園で遊ぶ子供たちだった。得意げに友達や大人たちに触れ回り、その石像を遠巻きに眺める人垣が出来たのは昼頃。日が傾き、あたりが赤く染まる頃、仕事に追われる神官達でさえちらほら様子を見に来るほど神都中に知れ渡っていた。

 しかし日が暮れる間際、石像に闇が降り注ぎ、派手で大きな音を立てながら砕け散った。

 突然の出来事に、群衆はただ見守ることしかできず、それ以前に何が起こったかさえ正確に把握できているものさえいなかった。当たりには砕けた石像の破片が散らばる音ともうもうと立ち込める砂煙に誰もが驚き、声を上げることさえ忘れたような沈黙が広がる。
 
 その中、黒い影、いや黒い人影が砂煙から悠然と立ち上がる。

 黒いスーツの上から漆黒のサーコート。砂煙で少々よごれたのだろうか? 裾を払う姿は社交界に赴く紳士のような出で立ち。だからこそ人と異なる部分が非常に目立つ。コウモリの黒い翼を巨大化させたようなものを背に、両の手は漆黒と純白というアンバランスな籠手を身に付け、なによりその顔は牡山羊のソレであった。

「これは、これは、スレイン法国の皆様。盛大なお出迎え痛み入る。私の名前はヤルダバオト。以後お見知りおきを」

 降り立った影は、右手を胸に腰を折り深くお辞儀する。

 言葉や仕草こそ服装などの通り紳士的。まるで舞台俳優のような見栄えの良いものだが、しわがれた声の端々に侮蔑の感情を隠しもせず乗せてくるあたり、聞くものに不快感を与えるには十分であった。

 事、ここに至って、一般人の悲鳴が響き渡り、一斉に広場から離れる。対して戦闘経験のある神官達は驚きの声を上げるもその場から逃げ出さないのは、相手が明らかに敵対的であり一般人を守るのは自分たちだという自負によるものだろうか。

「われらが信仰を土足で踏みにじる所業。何が目的だ!」

 そんな中、警備を担当する神官数名が武器を構え前に進み出る。しかしヤルダバオトは武器などに目にもくれず朗々と語りだす。

「お前たち下等生物とて、理由も知らずに滅ぼされるのは辛かろう。ゆえに、このような薄汚い場所にまで、わざわざ出向いたのだ」

 牡山羊の顔を持つ男、ヤルダバオトは足元に転がっていた六大神の石像の頭に片足を乗せながら言い放つ。

「この世界において、お前たちのような惰弱な存在に生きる価値はない。ゆえに我らの糧として有効活用してあげましょう。感謝に打ち震えながら、その命を差し出しなさい」

 ヤルダバオトはひときわ大きな声で宣言すると、石像の顔を踏み砕く。

 自分たちに死ねと傍若無人のように宣言する存在が、信仰する神々の石像を打ち壊し、あまつさえ顔を踏み砕いたのだ。信仰を持たぬものでさえ、それがどのようなことか理解することができよう。

「神の敵に神罰を!」

 若い男が剣を構えヤルダバオトに向かって走り出し、それに続けとばかりに数人が後を追う。しかしヤルダバオトは襲いかかる男たちを一瞥するも、迎撃するような素振りみせず余裕の表情を崩そうとしない。

 男は激昂しても、普段の訓練が身についているのだろう。的確に剣を上段に振り上げヤルダバオトを袈裟斬りにする。そして続く者達も次々と剣を突き立てた。

「だから、惰弱と言ったのだ」

 遠巻きに見るものたちは、ヤルダバオトの絶叫を予想していたが、帰ってきた声は先程と毛ほども変わらぬ慇懃無礼な声だった。逆に、ヤルダバオトは最初に切りかかった男の顔を左手で無造作に掴むと、まるでトマトのように握りつぶした。
 
 問題はそこからだった。

 崩れ落ちた男の体から淡い光が立ち上るとヤルダバオトの両手に吸い込まれるように消えていったのだ。

 この光景を見た瞬間、誰もが理解した。

 この存在に殺されることは、その生命さえ喰らい尽くされるということに。一人、また一人とヤルダバオトに捕まりその生命を食われていく。その様に、逃げ惑う者達の悲鳴が彩りを加える。

 気が付けば十数人の死体が広場に無残にも打ち捨てられた頃、不意にヤルダバオトが大きく上空に浮かび上がる。先程まで立っていた場所には、人よりも大きな錘が突き立てられいた。

「悪魔め。そこまでにしてもらおうか」

 二メートルを超える体躯を、全身くまなく覆い尽くす重厚で肉厚な鎧を身にまとった大男が立っていた。普段は神都の片隅にある孤児院で、クマのような体躯だが、いつも柔和な笑みを浮かべ子供たちの面倒をみる名物神官。しかし、いまは憤怒の表情を浮かべ、一般人では持ち上げることさえかなわないほど巨大な盾と錘を握っている。

 ヤルダバオトは上空から周りを見渡すと、統一性こそないが、人類が装備するには一級品の装備を身にまとった男女が展開していることに気がつく。

「下等生物には過ぎた品々を持っているようですが、まだ足りません。その程度では私はおろか配下の一人さえ倒すことなど叶わない」

 ヤルダバオトはが言い放つと同時に両手を空に掲げ高らかに宣言する。

 それが何らかの合図であったのだろう。

 曇天を埋め尽くすほど数多の魔法陣が展開され、まるで影が染み出す様に次々と異形が生み出される。人など丸呑みできそうなほど巨大なドラゴン、うごめく触手に覆われた見たこともない魔獣、そして禍々しいオーラを放つ悪魔。戦いとは無縁の一般人でさえ空に浮かぶ一体一体が、それこそ都市一つを破壊しつくす力を持つことに疑問を思わないほど圧倒的な光景であった。

 その中から一体が、先程までヤルダバオトによって繰り広げられた惨劇の広場に降り立つ。

 赤黒い鱗で全身を覆い、その体を支える手足は大人の胴を超えるほどに太く、尻尾が振り回されれば建物の外壁などものの役にさえたたないことが伺える。それほどまでに巨大なドラゴンは、口からは炎の息が漏れさせながら餌を選ぶように首をゆっくり巡らす。

 その巨大さと凶暴な見た目に圧倒され、動くこともままならぬ一般人達は、自分がどんな状況に陥っているのか否応なしに理解させられる。武器を持つものたちは、恐怖を腹の底に押し込め目の前のドラゴンを睨み返す。現状を楽観視しているものなど、それこそ教育を受けていない子供ぐらいだ。人類守護の最前線で戦い続けるスレイン法国国民だからこそ、平和ボケはしていない。だからこそ分かってしまった。

 だからこそ全てのものが空を見上げて絶望しても、僅かな希望にすがり信じる神に祈る。

 しかしドラゴンから見れば餌が動かず恐怖に震えているようにしか見えなかったのだろう。ゆっくりとその巨体を揺らしながら、その巨大な口を開く。

 ああ、これが人類最後の日なのだと。

 ここで負ければ人類の歴史は終わるのだと。

ーー魔法三重化(トリプレッドマジック)現断(リアリティスラッシュ)

 しかし祈りは届いた。

 神か別の悪魔が取引に応じたのか、それをその場で判断できずとも、黒いローブを目深にかぶった男が一撃で眼前のドラゴンを葬り立ちはだかったのだ。



   ******


八月十四日 王都 ラインハルト邸

 ラインハルト邸には、大小様々な部屋が存在する。その中でひときわ大きいのは地下の情報管理室と、最上階に設置された円卓の間である。この部屋には装飾らしい装飾は無いが、正面に掲げられたアインズ・ウール・ゴウンのエンブレムをあしらった真紅の旗に、巨大な黒曜石でできた円卓。そしてそれぞれが座るであろう椅子には数字の意匠が彫り込まれていた。

 そんな円卓の間に、今日は数名の男女が集まっていた。

 Ⅵの席には、茶色の髪と瞳に黒軍服。愛嬌のあるどこか素朴な顔立ちのエンリ・エモット。

 Ⅻの席には、銀髪に対比するような黒軍服。どこかあどけなさを残す愛らしい容姿だが、右目を覆う無骨な黒皮の眼帯がすべてを台無しにしているアンナ。

 そして本日から、老齢を感じさせる皺をたたえるも質実剛健を体現したような体躯に執事服を纏ったセバスがⅦの席に、戦闘用に改造されたメイド服をまとう金髪の美女ソリュシャンがⅧの席についている。

「さて、報告を聞こうか」

 そして、Ⅰの席に座る長身で腰まで伸ばした金髪と黄金の瞳を持つ眉目秀麗な男、ラインハルトが場の開会を宣言する。

「では、私からご報告させていただきます。ラインハルト様」

 誰がと指定されることなく、さも当たり前のことのようにアンナが報告をはじめる。その場にいるもの達も特に気にした素振りを見せず、視線をアンナに向ける。

「昨日、スレイン法国神都を悪魔ヤルダバオトが魔軍を率いて襲撃。しかし、世界を憂い放浪の旅に出た闇の神の帰還により、コレを退散。悪魔ヤルダバオトは、世界創生の七日間をなぞらえ、この月最後の七日間、日が出ている間のみ襲撃するゲームを宣言。対して法国は即日聖戦を布告しました」
「つまり二十五日から三十一日まで、デミウルゴス様が趣向を凝らした攻撃をするということ?」
「そうなります」
「そっか。二十五日までに王国の騒動を一段落させないといけないのか」

 アンナの報告に、エンリが確認を入れる。この場にいるものは悪魔ヤルダバオトが同胞のデミウルゴスであることに疑問を持つものはいない。加えるならば、闇の神は、己が主たるナザリックの絶対支配者モモンガであることも含めて。

「デミウルゴス様が九日も無駄にするとは思えませんが」

 しかしデミウルゴスの知性や性格を知るセバスが指摘する。仮にデミウルゴスが九日も無駄にするように見えているならば、自分が気付かぬ策謀を進めていると考えるほうが正しいことをセバスは評価しているからだ。

 そしてその予測は正しいことを示す情報が齎される。

「はい。襲撃当日、神都で帝国の主席魔法使いフールーダの目撃情報がありました。あの方は魔法狂い。魔法の深淵を覗くためならどんな行動も厭わないでしょう。そんな方がモモンガ様をひと目みれば、教え子である皇帝ジルクニフさえ見限るのは必定」

 デミウルゴスは、法国と帝国の攻略を任されている。ありえないタイミングに帝国の重鎮が法国で目撃される。つまり、それこそ九日で帝国を弱体化させるための策の一端なのだろう。

「アンナ。法国からの聖戦の布告にあわせて、王国および帝国すべての組織に対し聖戦への不介入を宣言させよ。聖戦終了時、組織、個人問わず王国の主導権を握っている者にのみ法国は支援を行うという一文を付けて」

 そこまでやり取りを静かに聞くだけだったラインハルトが、はじめて指示を出す。

 内容は法国の宗教上の理由に見せかけた王国というパイの切り取り宣言であった。

 それは帝国に対するデミウルゴスの策が、王国への派兵による帝国の弱体化。しかも王国も含めた双方の戦力が磨り潰させること想定してのものであった。加えるならば、王国と帝国が本気でぶつかったとしても王国に勝ち目はない。にもかかわらずそのような策を組むあたり、ラインハルト陣営の動きを加味してのことと読める。

 それに対し、ラインハルトは王国へ攻撃する口実の積み上げと戦力の刈り取り。

「加えて王国から帝国に対して宣戦布告させよ」
「え? でも今の王がそんなことをするとは……」

 さらにラインハルトが付け加えたのは普通に考えればありえない策であった。王の派閥が現在力を盛り返していると言っても、相対的に見れば帝国の足元にも及ばない。そのような状況など王も側近も、なにより情報を与えている戦士長ガゼフが一番理解している。

「別に偽報でも良い。貴族派で帝国に内通しているものに、援軍を要請するという口実で帝国に声をかけさせ出兵する兵の数を上乗せさせろ。カッツェ平野で毎年やってる戦争を少々早いが誘発させよ」

 ラインハルトは簡単だと言ってのける。

 宣戦布告という名目を利用した外患誘致を貴族派にさせるというのだ。そして帝国と繋がった一部の貴族は、己が戦力の増強という幻想を持ち、より積極的に内乱に参加することだろう。

「帝国軍は、九日前後に四万程度がカッツェ平野を超えてくるかと。物流の報告で帝国は、この時期なのに小口で分散されておりますが小麦や塩など戦略物資の買い付け、売り渋りが帝国で発生しています。デミウルゴス様は、八月初旬から帝国内で王国への出兵準備をさせ、今回の主席魔法使いの利用で決定的なものとさせたのかもしれません」
「帝国の騎士なら先遣隊二百としてエ・ランテルに五日もあれば到着するかな? 王国と法国辺境警備の四部隊はいつでも動かせるだろうから」

 アンナとエンリはそれぞれの知見から、二つの戦場を上げる。
 
 十九日、エ・ランテルに二百の騎士が強襲

 二十五日、カッツァ平野で四万との戦闘

 少なくとも、近日中に二つ戦場が生まれるということだ。

 しかし、王国には貴族が保有する諸侯軍と、王国の戦力とは名ばかりな騎士団。そして王直轄の戦士隊。すぐに導入できるのは三万程度。収穫前のこの時期に民兵を集めれば、税収、民意、物流など王国の将来が死ぬこととなる。

 王は少ない軍勢で帝国を抑え、さらに内乱に備えねばならぬのだ。

「明後日にでも王は、防衛のために戦士隊と騎士団の一部を平野に向けるだろう。そこでエンリ」
「はい」
「カルネ村の部隊を使い、帝国の先遣隊を秘密裏に殲滅せよ。帝国と王国に情報を与えるな」
「わかりました。ラインハルトさん」

 ラインハルトは黄金の瞳をエンリに向け指示を出す。そしてエンリは今にも蕩けそうな笑みを浮かべながら受け入れるのだった。
 
「どの程度連れて行っていいですか?」
「ゴブリン軍は最終防衛用の人員とユリ以外全てだ」
「ユリさん以外となると、ルプスレギナさんもですか?」
「あの者もいい加減退屈しているだろう。ゆえに仕事を与えてやれ。私からの指示といえば否はなく、適度に曲解し、都合の良いように退屈しのぎをするだろう」

 ユリはもともと防衛向きのビルドであり、カルマも正寄り。戦うことに否はないだろうが、本人が望まぬ戦いをさせるより、親しくなった村の者達を守るための防衛戦に参加させたほうが良いと判断したからだ。逆にプルスレギナについては、本人の趣味嗜好もあり、多少暴れさせるほうが良く、エンリなら使い所を間違わず最良の戦果を獲得すると判断したからだ。

「して、王都はいかがなさいますか?」

 しかし、明確な話が上がらなかった王都の趨勢についてセバスが質問する。

「七日後には、貴族派と暗部が手を取り合って王国というパイを分け合うために蜂起する。しかし時の権力者が権力闘争に明け暮れる足元で、虐げられた者たちがどのように空を見つめているのかな」
「かしこまりました」

 つまり……

八月十四日 バハルス帝国 

 皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、かねてより進めていた王国への派兵を決定。先発として国境警備から250。続いて本体として四万の派兵を決定。
 
 皇帝直属の騎士団の三分の一に加え、王国に対して積極的な攻勢を訴えた辺境伯を中心に展開。

同日 リ・エスティーゼ王国

 戦士隊と冒険者の混成による王国暗部への襲撃を実施。

 さしあたって前日に実施された戦闘も合わせ、百を超える負傷者がでるも、逮捕者も千を超え大打撃を与えたと発表。


八月十五日 リ・エスティーゼ王国

 ランポッサⅢ世は、王国戦士長ガゼフからもたらされた情報をもとに、帝国の出兵準備を知り、さらにレエブン候からも同様の情報が入り、防衛戦を決断。例年のカッツェ平野での戦闘と予想し損害を五千程度と予想。しかし同時に王都でクーデターの可能性を知るため、第二王子のザナックとレエブン候を中心とした二万を派兵。

 実質、王都における王の味方が手負いの戦士隊のみとなる。  

 
八月十七日 王国南部
 
 ウルフにまたがったゴブリンが二騎、草原をひた走る。

 半日ほど移動すると、強固な防壁に囲まれた都市といってもよいような規模の村に到着する。

「姉さんへ報告を! 敵が網にかかった」
「わかった。いま門をあける」

 防壁の門の前まできたゴブリンは声を張り上げると、門を警備したゴブリンに声が届いたのだろう。素早く返事が返ってきて跳ね橋が落とされる。

 そこには、エンリが多くのゴブリンたちを従えて待っていた。

「おつかれさま」
「ただいま帰りやした。姉さん」
「今日来たということは……」
「はい予定のポイントに向けて移動する集団を発見。騎兵と歩兵が半々。二百以上はいたかと」

 予定のポイントとは、エ・ランテルと帝国の要塞との中間地点。相手の思惑は

「先遣隊は夕方ぎりぎりまで移動し、休みを入れて早朝にエ・ランテルを襲撃するルートを選んだか~。門を閉めさせる前に奇襲で制圧できる自信……あるからこんな作戦なのかな」
「エ・ランテルの守備兵は先月の件で疲弊してやす。籠城できなければ冒険者が出張ったとしても……」

 そういうのは先日までエ・ランテルの復興を手伝っていたゴブリン。良くも悪くもいっしょに汗水を流したのだ。エ・ランテルの状況ぐらいある程度わかるのだ。

「防衛戦に救援として参加でやすか?」
「え? なんで守らないといけないの?」
「え? 姉さん。エ・ランテルを捨てるんですか?」
「エ・ランテルは姉さんと同じ人間の町でしょ? 何もせず見捨てるんですか? てっきり救援に飛んでいくために、こんな探索網をつくったと思ってたんでやすが」

 ゴブリンの一人は、エンリの回答に正直驚きを隠せなかった。周りを見れば、いちように驚いているあたり自分の心境は間違ったものではないことを確認できる。

 そんなゴブリンたちの目やしぐさでのやり取りを見たエンリは、自分の言葉が足りてないことを気が付く。

「ううん。別にエ・ランテルを捨てるなんてことはないよ。ただ、相手の思惑通りに王国が防衛戦をする必要がないってことかな」

 そういうとエンリは楽しそうに、ゴブリンに作戦を語るのだった。
 





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第7話

八月十七日 王国南部 深夜


 帝国大要塞から北西に約一日。街道から意識して見ないと判別がつかないほど離れた場所、点在する木々を使い隠れるように二百人を超える集団が野営を行っていた。

 商隊というには、街道から離れすぎており積み荷が少ない。なにより偽装こそしているが、カタパルトが三基も運ばれているのだから誰だって見つければ目的がわかってしまう。魔法や武技があるこの世界であえて攻城兵器が運ばれている。

 城門突破を想定した戦闘の準備。

 皇帝が王国侵攻を指示してから三十時間程度で出撃していることから、計画や準備自体が相当前から行われていたことが伺える。

 そんなバハルス帝国軍の野営地で、騎士であるアルフォンスは焚き火に照らされながら夜空を見上げる。なんの変哲もなく、どこまでも暗い夜空が、月と焚き火のわずかな明かりを飲み込んでいく 。

 普段なら何も感じない暗さも、戦場の近くと思うと妙な不安が、胸の底から湧き上がる。

「バッソ。眠いのは分かるが、交代まであと一時間だ」
「おっと。悪い」

 アルフォンソと同世代の騎士であるバッソは、短く刈り込んだ頭を掻きながら答える。軽く寝落ちていたのだろうか、口元が少々だらしなく汚れており、腰にくくりつけた布で拭い取る。

「それにしても、よく寝られるな。もうここは王国内だぞ」
「平和ボケしている奴らだからな。明後日の早朝にはエ・ランテルだが、案外そこにつくまで何もないかもしれないだろ?」
「まあ、平和ボケってところには同意するがな」

 バッソの言葉に、アルフォンソも同意する。

 帝国であれば二百人を超える集団が国境付近で動けば、半日とたたずに捕捉され対応部隊が送り込まれる。しかし王国に入ってから一日。街道を外れて移動しているとはいえ、反応らしい反応がない。偵察さえ見付からない状況から平和ボケという評価が正しいのだろう。

「そういや、お前は一回目か」
「去年の平野での戦いの後にここに来たからな」

 バッソはふと思い出したように質問をする。

 辺境警備隊は、言わば粛清対象者の部隊である。鮮血帝の治政において何らかの理由で粛清対象となり、殺されることこそ無いが過酷な任務が割り当てられる部隊。報酬は一般的な騎士の数倍だが、一定の功績か金を積むまで除隊や転属を許されることはない。

 そして時期は違うが、ふたりは親族の連座を受けここにいる。逃げ出せば残された家族に責が及ぶ。功績を上げるか、戦場で死ぬ自由しかないのだ。

「まあ、気を抜ける時は抜いておけ。いざ戦いが始まれば、砦の部屋に戻るまで休めやしない」

 初陣のアルフォンソに対して、数年早くこの隊に所属することになったバッソは過去三回の大規模作戦を生き残り、上げた功績もそれなりにある。もし、今回大きな功績をあげることができれば除隊や転属の可能性もあるが、その口ぶりからは緊張感というものは感じられない。

「適度の緊張感なら悪くないが、気負いすぎていざって時に役に立たないってことだけは無いようにしろよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」

 回りを見渡せば、補給物資を乗せた荷馬車を中心に点々と焚き火の光が見える。

 人目を忍ぶために街道から大きくはずれて森の近くでの野営。火にすがらなければ、夜行性の野生動物やモンスターの脅威から安心して寝ることもできない。

 そんな状況でも、バッソはアルフォンソに緊張するなと言う。同時になんとも面倒なことだと考えながら、太めの枝を焚き火に差し込み薪の位置をずらす。すると適度に空気が入ったのだろう、火が勢いを取り戻し赤々と燃え上がる。

「しかし、このあたりは案外静かだな」
「ん? まあ近くに村も、大きな川などもない場所だからな」
「いや、森が近いのに野生動物の鳴き声がほとんど聞こえないからな」

 バッソは、アルフォンソの言葉に違和感を覚えるが、その変化に気が付かないアルフォンソは暇つぶしの雑談を続ける。

「以前、偵察任務で帝国領内の森で野宿したとき、虫や鳥、なにかの小動物の鳴き声らしきもので、結構煩かったからな」

 アルフォンソは一ヶ月前の訓練のことを思い出し、今回と違いを森にもっと近い場所で野営していたからか? と納得していた。逆にバッソは、その話を聞くと渋い顔をする。

「いや、静か過ぎる」

 バッソはすぐ近くに置いていた武器を手繰り寄せ、ゆっくり立ち上がり耳をすます。アルフォンソの言葉通り、森の嘶きがほとんどない。森から少し離れているとはいえ虫や風でゆれる木々の音は聞こえる。しかし、それ以外の音がほとんど聞こえない。

 バッソの中で違和感が警笛に変わる頃、辺りから複数の影が一斉に伸びる。
 
「気を付けろ! なにかおかしい」

 突然のバッソの大声に、回りにいた騎士たちは何事かと顔を向ける。勘の良い一部の者は武器や盾を手に立ち上がる。

 だが、できたのはそこまでだった。

 野営地に伸びた影、岩や石など様々なものが一斉に飛来したのだ。第一射目で気が付き、何かの影に隠れられたものは即座の判断力もあり運も良い。運が悪ければその第一射で頭部に岩があたり死んでしまったのだから。

「武器を持て! 敵襲だ!」

 バッソはあらんかぎりの声を叫び、必死に警戒を呼び掛ける。同時に平和ボケをしていたのは相手だけでなく、自分達であったと悪態つきながら盾を引っ掴むのだった。


   ******


「姉御。第三隊の射撃が終わりやした。続いて第一第二ウルフ隊が突貫」
「第三は敵本陣の北に移動。アレのために風上を抑えて」

 バハルス帝国の野営地から東に二キロほど離れた場所。

 エンリ・エモットとゴブリン六体が小さな板と鏡を取り囲むように座っていた。エンリの手には我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)が展開状態で握られていることから、この場は彼女が設定した戦場であり、ゴブリン達が彼女の意を受けて騎士達に攻撃をしていることがうかがえる。

「姉御。第一ウルフ隊の突破を確認。補給物資の一つとカタパルト二つに火、被害なし」
「十字線上の第二歩兵の突破を確認。補給物資一つと馬を中心に打撃、軽症2。ポーションで回復可能」
「続いて北東に配置した第四が投石で攻撃開始しやす」

 板の上には白い駒が二十五ほど真ん中に固まり、黒い駒が五つで取り囲む。さらに東に黒五つが扇状に置かれ、さらに後方に旗が一つ。

 特徴といえばエンリを囲むゴブリンの姿である。ゴブリンは五体のゴブリンの首には、遠く離れた仲間とメッセージでやりとりできるマジックアイテムが二つ。そしてもう一体のゴブリンは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作し、慌てふためくバハルス帝国の騎士たちの姿を上空から映し出していた。

 つまり五体はそれぞれ六人一組の部隊のうち二つに指示を出す連絡係。もう一体は敵を上空から監視する係なのだ。

「相手の状況は?」
「上空から見るかぎり混乱。人的被害は十から二十、軽症はそれなり。荷馬車は三つ中二つに火。最優先のカタパルトは全てに油と火が放たれて、馬は半数が逃げ出してやす。しかし、指揮官が生き残ったのかしばらくすると態勢を立て直しやすね」
「全部が全部うまくはいかなかったか~」

 エンリは右手で茶色い前髪をもてあそびながらもらす。

 焼かれた補給物資の炎に照らされ、夜襲を受けた騎士達の状況が鏡越しに映し出される。

 もしテントでも張っていれば、指揮官と予測を立て真っ先に攻撃したことだろう。しかし今回はそれがわからなかったため最優先をカタパルトと補給物資、そして移動手段である馬とした。結果、敵本陣は物資の三分の二は火に巻かれ、馬の一部を失った。

「第五の戦士隊は、ひと当てしたら第四と合流して、その後はゆっくり東に後退ね」
「釣れますかね?」

 敵が建て直しつつあるタイミングでの攻撃。敵も部隊の一部を切り離して反撃しつつ、救護や物資の復旧を行うと予想しての作戦。もちろん釣った先には罠に加え、五部隊が塹壕に身を隠した弓兵・槍兵・魔法使いが待ち構えているおまけ付き。

 もし、この場にモモンガがいれば、中世の戦列歩兵や騎兵に対して空中偵察を行い、リアルタイムで指示を受けた散兵が多方面から夜襲をかけるという第一次世界大戦ばりの機動戦術に、目が点となることだろう。

 さらに、この戦術はラインハルトがエンリに教えたものではなく、エンリとアンナの戦術議論の中から生まれたものである。いくつもの強力なマジックアイテムがあるとはいえ、相手より数百年先の戦術を短期間で考えだし実行しているのだから、どれほどの異常事態かわかるだろう。

「釣れなければ、釣れないで、相手を休ませない戦術に切り替えるだけだよ?」
「いや、そんな当然のようにいやらしい戦術をいわれましても」

 エンリは何のこともないように答える。

 実際、この付近に帝国騎士が野営すると想定し、投石用の石をあらかじめ用意し四方八方に埋めている。中には無意味に円形に並べるなどしており、その幾つかは野営の際に偵察をした者達に見つかっている。しかし、石が積まれているだけのため、罠とも思わずせいぜい過去の野営痕にしか捉えなかった。釣りが失敗したとしても、伏兵と釣りの隊を三交代で相手を休ませないように、緩急つけて全方位からの投石が可能なほど準備がととのっているのだ。

 意見を聞いたゴブリンのジュゲムは嫌な汗を流しながら、相手に同情する。

 250対60+7+1

 正面から戦えばたとえエンリの旗の加護があっても敗走は免れない数の差。

 だがゴブリンたちは洞窟や暗い森の中で暮らすため、暗闇の中では人間以上の行動が可能となる。そして、種族の違いによる優位を最大にするような作戦。

 たとえ相手がミスリル級の腕前であったとしても、暗闇の中で飛んでくる石や弓矢は回避できない。なまじ回避できても、集団戦として戦列を保っている以上、いまのゴブリンたちにとっては的でしかないのだから。

「それに、せっかくンフィーレアにいっぱいつくってもらったから、使わないと……」

 先程物資を効率的に焼いた火炎瓶もそうだが、エンリは今回の戦いに先立ち薬師のンフィーレアにあるものを大量に作ってもらっていた。しかしその話をすると一斉にゴブリン達が、いやそうな顔をする。

「姉さん。まじでアレ使うんですか?」
「そりゃ~せっかく使うために作ってもらったんだから、つかうよ?」
「まあ、あれならフルプレートで防御を固めていようとも、効果はあるでしょうけどね~」
「うんうん」

 エンリは楽しそうにうなずいているが、ゴブリン達はほんとうに嫌そうな顔をしている。たぶんゴブリン達の気持ちはエンリに理解されることは無いだろう。

「あと、帝国のほうに逃げ出す敵がいたら好きにしていいですよ。ルプスレギナさん」
「お、出番?」

 さきほどまでエンリと六体のゴブリンしかいなかった場所に、突如として年若い女性の楽しそうな声が響く。そこには赤い髪を二房の三つ編みにした浅黒い肌を持つシスター服を着たルプスレギナ・ベータが笑顔で佇んでいた。

「はい。ラインハルトさんから頂いている指示は、相手を逃がさないこと。ルプスレギナさんの姿をさらさないことだそうなので、そこを守れるなら趣味に走っても大丈夫ですよ」
「お、エンリちゃんわかってる~」

 ゴブリン達のレベルはほとんどが十に届いたばかり。カルネ村がゴブリン部族を糾合する以前から仕えている先任とよばれる者達でも十二から十五辺り。しかしエンリの目の前で嬉しそうに笑っているルプスレギナのレベルは六十台。

 まさに次元が違うのだ。

 もっともルプスレギナの任務はカルネ村の護衛。その任務の詳細はラインハルトにまかされており、「村を脅威から守り、村人と好意的に接すこと」というひどく曖昧な指示を受けている。そのため普段は暇そうに昼寝をし、気が向けば脅威排除という名目で森を駆け抜け、村人との交流という名目で捕まえてきた獲物で宴会を開き馬鹿騒ぎという生活を送っている。

 そのためかラインハルトから権限の一部を委譲されているエンリであっても、ルプスレギナの気が向かない限り仕事はしてくれない。しかし、夜の狩り。しかも捕まえた獲物は好きにして良いという条件は、彼女の嗜虐趣味を大いにくすぐることに成功したようだ。

 そして戦況は移り変わる。


   ******


 アルフォンソは盾と槍構え、仲間から離れぬよう隊列を崩さず進む。しかし回りは月
と星と松明の明かりのみ。松明の明かりだけでは足元を照らすには心許無く、ましてや闇夜にまぎれて強襲するゴブリンを事前に見つけることは至難となっていた。

「いつ反転して飛びかかってくるか分からない。背中を仲間にあずけ、警戒を厳にしろ!」

 第三辺境警備隊隊長の声が響く。すでに相手に捕捉されている状況で、小声で指示を出すリスクより大声で隊に指示を行き渡らせるメリットを選んだようだ。

 追撃隊は歩兵を中心に約九十名。

 先程の夜襲で約三十名が死傷し、その半分はポーションなどで回復できた。逆に言えば十数名が最初の襲撃で命を落としたのだ。

 相手はゴブリンと思わしき亜人で、奇襲に対応できなかった。ゴブリンは群れをなして攻撃してくるが、夜襲をかけるという話は聞いたことは無い。しかし様々な方向から一斉に攻撃をしてきたことを考えれば、かなりの数(・・・・・・)が動いていると予想されている。

「まったくゴブリンの夜襲なんて聞いたこと無いぞ」
「あいつら辺境の村で家畜や畑を荒らす時、決まって夜中だろ」
「俺らは家畜かってんだ」

 回りの連中が愚痴りながらも追跡を続ける。

「なあ、なんかゴブリンの数増えてねえか?」
「そう……。そうみえるな」

 先程攻撃してきた五・六体のゴブリンは、気が付けば十体以上に増えているように見える。やはりというべきか、かなりの数のゴブリンが襲撃してきたのだろうが、全部が合流する前にしっかり仕留めておかねば、この後いつ襲撃されるか分からないという恐怖に晒され続けることになる。そうなれば休むことさえできない。

 とはいえ、前方からは散発的に矢や石が飛んでくる。しかし追撃にはいってから被害らしい被害は発生していない。

 背の低い草木がまばらなゆるい丘を登りながら、敵を見失わないように少しずつゴブリン達との距離を詰めている。ここが森でなくてよかったとアルフォンソは考えながら黙々と足をすすめる。

「弓兵! 狙えるか」
「距離はいけますが、こう暗くちゃ当たる可能性のほうが低い。鏃の無駄です」

 弓兵の言う通り、徐々にゴブリンたちの背は徐々に近づいている。そしてあちらから投石はあるものの碌に当たりもしていない。しかし、一方的な攻撃は、焦りや心理的な圧迫を与えてくるものだ。一体でも打ち取れればという隊長の言い分ももっともな意見である。

「隊長。罠があります!」

 そんなやり取りが隊長と弓兵との間で続く中、先頭を進んでいた騎士から声があがる。声に合わせて隊列は急減速し、一度止まって足元を見ればぬかるみの中、若干おかしな臭いはするが、草と枝で作られた簡易な罠を見つけることができた。

 森の中なら、足をとられ転倒するなどあっただろう。よく見ればまわりにも同様の罠をいくつもみつけることができた。

「やはり文化を持ぬ種族! ゆくぞ!」

 草と枝の罠が有用であろうとも、その効果を最大限に発揮するのは森など足元の確認が難しい場所。たとえ足元がぬかるんでいようとも平地では効果が低い。野生動物には効果的かもしれないが、これでは人間には効果はない。

 ゴブリンの浅知恵。そう判断せざるえないお粗末な代物だった。

「一気に距離を詰めるぞ、これ以上本体から離れるのは得策ではない」

 隊長が方針を打ち出し、騎士たちは一斉に動き出す。

 足元がぬかるんでいるが、罠を踏み越えずんずんと進んでいく。ゴブリンも観念したのだろう、振り返り武器を構えている。数にして十体。対する騎士は馬に乗る隊長以外は歩兵と弓兵で九十人。油断をしていようとも数と武装の差だけで圧殺できる。

「最初に襲ってきた奴らはウルフに乗っていた。逃げた一部かもしれん。さっさと殺して次にいくぞ。構え!」

 隊長の号令に従い、弓兵が矢をつがえ、歩兵は盾を構え、槍を握り直す。次の号令と同時に矢は一斉に放たれ、歩兵はゴブリンの罠を踏み越え突撃し撃ち漏らしを蹂躙する。単純だが効果的な戦法だ。

 しかしアルフォンソの耳には、どこかで女の声が聞こえた気がした。

「え?」

 あまりに場違いなタイミングで、女の声が聞こえたためか呆けた声をだしてしまう。が、その声が合図だったことに気が付いてしまう。

 なにかが、まるで騎士たちを囲むように全方位から一斉に打ち込まれたのだ。

 騎士たちは矢が山のように飛んできたのかと焦り一斉に盾の影に身を隠す。しかし、飛んできたものは泥に石片が混ぜたようなものを包んだ布袋だった。ゆえに当たっても鎧や盾を汚すばかりで、腕などに当っても痛みはあるが致命傷には程遠かった。

 一拍後に、掠れた木々をすり合わせるような音が響き、火の玉と火矢が飛んでくる。

 魔法と驚くよりも早く盾に身を隠す。唯一騎乗していた隊長も馬を飛び降り、背負っていた盾をかまえる。

 しかし火の玉や火矢が襲ったのは騎士達ではなく、騎士達の足元。正確には泥やぬかるみに着弾した瞬間、衝撃と炎の連鎖をおこり、巨大な爆発を生み出したのだった。


   ******


 爆発地点から東に一キロ。ここからでも轟音と炎を見ることができた。

 先程の爆発物。もしリアル世界における科学的名称で呼ぶならばニトログリセリンをしみ込ませたオガクズと土、すなわちダイナマイト。もともとはンフィーレアのポーション研究の過程で出来た失敗作の一つだが、それに目を付けたエンリが大量生産をお願いしたのだ。

 そう、見れば分かる程度の草と枝の罠は、ぬかるみに偽装したダイナマイトの中身の目印。弓矢といっしょに飛んできた泥もそう。そしてファイア・ボールと火矢を雷管代わりに遠隔爆破したのだった。

 爆心地に視線を戻せば吹き飛ばされ全身を強打したもの。熱に目や喉を焼かれたもの。火に巻かれたもの。素直に死ねたほうが幸せという地獄絵図が辺りに広がっていた。なにより熱と衝撃が中心であったため、鎧などほぼ無意味な状況となっていた。

 最大の不幸といえば、作ったンフィーレアであろう。ただの失敗作がこんな大量破壊兵器として使われるとなど予想さえしていないのだから。

 そのため、あとでエンリからこの話を聞いた時、良心の呵責に囚われ心身ともに弱り寝込んでしまうのだった。もっともただでは起きないのは、ンフィーレアも何かしらを持っているのだろう。見かねたユリが献身的に介護をはじめ、気が付けばンフィーレアの恋慕の対象が、エンリからユリに切り替わってしまうのだから……。

「第六から第十は爆心地を迂回して本体を包囲の位置に移動。第四・第五は爆心地の生き残りを掃討。敵本陣の様子は?」

 エンリは、脳裏に広がる戦場の俯瞰図を書き換えつつ、まるで見えているように指示を矢継ぎ早に出す。ゴブリン達もエンリの声に我に返り割り当てられた仕事にとりかかる。

「敵本陣。今の音で馬が恐慌状態。逃げるか暴れるか。人間の動きは停止」

 ゴブリンの一人が慌てて遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作する。そこには未だ火が収まらない補給物資を乗せた馬車やカタパルト。その明かりや足元の焚き火に照らされたバハルス帝国の騎士達の姿が映し出される。

 同時に、各部隊の状況が上がってくる。

「姉御! 第一と第二のウルフ隊、爆心地から離れさせてやしたが、音に反応してしまい、しばらく戦闘行動は厳しいとのこと」
「退避させてたけど、やっぱりあの音はウルフに厳しいかぁ」
「第四・第五は耳鳴りが酷いが戦闘可能。移動開始」
「第六、第七は敵本陣の側面に移動開始」
「もう隠れる必要ないから息が上がらない程度に急いで配置について。あと私達も最後のひと押しに行くよ」

 エンリはまるで近所に散歩にいくような気軽さで、立ち上がり旗を掲げ歩き出す。向かう先はニキロ先の敵本陣。最終局面の始まりであった。


******


 バッソは装備を整え、持ち込んだ最低限の食料や水などを体にくくりつけると、仲間と共に本陣の立て直しにとりかかった。しかし火を放たれる際に油も同時に撒かれたためか、異様なまでに火の回りが速く、退避出来た補給物資はごくわずか。馬車自体に燃え移っており、貴重な水を使ってなんとか消し止めたことが、三台あった荷馬車のうち一台は使い物にならなくなった。カタパルトも同様で残ったものは二機。作戦の要である攻城兵器の損壊は、作戦を継続するか否かを部隊に突きつけていた。

「よりによってこんな方向に知恵をつけるとは、めんどくせえ」
「ゴブリンごときが」

 周囲から怨嗟(えんさ)の声があがる。どうやら騎士の多くはゴブリンの、それこそ部族単位による大規模襲撃と考えているようだ。

 もちろんバッソもゴブリンの襲撃という点は疑っていない。開拓村がゴブリンなど亜
人の襲撃で滅んだと聞いたこともある。

 どんな知恵をつければこれだけイヤらしい戦い方をできるのかという点に同意する。亜人であるゴブリンに知能の高いものがおり、魔法を使うものさえ存在する。大規模部族のような集団となり、連携の取れた襲撃を行うだろうことは予想できる。

 しかし、わざわざ武装した集団を襲うだろうか? 今は九月。森には食料が豊富に存在する時期だ。

 同様の懸念を隊長達も持ったのだろう。追撃隊に騎士の約半数を動かす時点で普通ではない。騎士九十名というのは、明確な意図を持って動かせば小さな村などひとたまりもない規模の動員なのだ。移動時間と消耗をなんとかできれば、それこそ地域を制圧するには十分な兵力なのだ。

 つまり。

「ゴブリン共が誰かの指示を受けて作戦行動をしている可能性……」

 バッソは一番イヤな可能性を一人、口にする。そして、まるでそれを肯定するように西で火柱が上がったのだ。

 闇夜を切り裂くような炎の異様さと轟音は、救援・復旧作業をしていた騎士たちの手と視線を固定するだけに留まらず、戦闘用に調練した軍馬でさえも暴れ逃げ出しはじめた。

 だが、変化はそれでは終わらなかった。 呆けた隙に、また四方からの石や矢が飛びはじめた。また投石にまじってそこかしこで小さな爆発が起きるのだ。だれもが盾を構え、仲間と身を寄せあい防壁を作る。しかし投石に対処するとまるで狙ったように、例の爆発が起こり盾ごと吹き飛ばす。

 一人。

 また一人。

 投石や爆発で騎士が倒れていく。弓兵が決死の覚悟で打ち返し、数体のゴブリンを倒すことができたようだが、どうみても味方はその十倍は倒れている。痺れを切らし突出すれば、集中的に爆発が飛んでくる。

 それこそ、真しやかに噂に聞くフールーダ主席宮廷魔法使いの、上空からの無限爆撃と変わらないではないか。

「隊長、このままではジリ貧です」
「隊を三つに分ける。1から4の生き残りは、俺に続いて東側の一番厚い場所を突く。5から8は、反対側の薄いところを突破。残りはそれぞれの援護。情報を持ち帰れ」
 
 隊長の指示が出てからの騎士たちの行動は早かった。

 弓や物資の一部を捨て、身軽にした騎士たちが盾と槍を構え二点に突撃をはじめた。もちろんゴブリンたちもダイナマイトを次々とスリングをつかって騎士たちに投擲する。だが、騎士たちは吹き飛ばされた仲間の屍をこえて雄叫びをあげながら突き進む。

「姉さん。このままでは陣形が崩れます」
「ここまでくればいいわね。逆方向から逃げる部隊は見逃します。残った部隊を中心に包囲。いま突撃を受けている部隊は左右に移動しながら受け流し。私達が蓋をします」
「お、ついにあっしらの出番ですかい」
「うん。この間の東のトロル討伐の戦利品とか、使えるもの全部つかって一気に決めるよ!」
「「「おう!」」」

 ダイナマイトの弱点である乱戦に騎士たちが持ち込んだ頃には、すでに勝敗は決していた。反対側から十名程度が脱出できたようだが、大半はダイナマイトの熱と衝撃で吹き飛ばされた。

 それを乗り越えた先には、二万のアンデットに対して果敢に戦いを挑み生き残った先任ゴブリンの部隊が、指揮官であるエンリ・エモットの旗の下で待ち構えていたのだ。


******


 空が白く染まる。

 戦場跡で動き回るのは、後片付けをするゴブリン達のみ。

 物言わぬ騎士の遺体から鎧などを引きはがす。もし個人を特定できるようなものがあれば、木箱にひとまとめにほうりこむ。最後に土を軽くかぶせる。鎧やポーション、備品などは再利用するもよし、鋳潰して別のものにするもよし。卑しいというなかれ。獲物の肉や素材を集めることと同レベルの経済活動なのだ。

「姉さん。捕虜の移送が完了したと連絡がありやした」
「うん。ありがと」

 戦場から少し離れたところで、旗をたたみゴブリン達の作業を見ていたエンリに、捕虜移送完了のメッセージ連絡を受けたジュゲムが声をかける。
 
 声を掛けられたエンリはどこか上の空で返事だけを返す。そんなエンリの様子にジュゲムは声を重ねる。

「姉さん何かあったんですか?」
「ん~。随分遠いところまできたな~ってね」
「遠い所ですかい? むしろここは帝都より近いとおもいやすが」
「その遠い近いじゃないんだけどね」

 エンリは、槍をそっと抱きしめる。強力なマジックアイテムではあるが、その特性上一度も血を浴びたことのない無垢な武器。ただの村娘が英雄の側にいたくて、本来あるべきでない立ち位置にいる姿。

 どれをとっても、どちらをとっても場違いという言葉がお似合いなのだろう。

「もうそろそろ、後片付けが終わるから帰ろっか」
 
 エンリは朝日を浴びながら声を出す。そして作業が終わったゴブリン達と合流し、ゆっくりとカルネ村に向かって移動を開始するのであった。



大変遅くなりました。
いつからドリフターズの二次創作を書いているのだろう?
そんな疑問を抱えながら書いていました。

あと活動報告をこれに合わせて更新します。


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第8話

八月十九日 バハルス帝国

 ジルクニフは先日王国に出立した先発隊が、ほぼ全滅したという報告を帝都の執務室で受けていた。執務室には軍権における上位者である将軍達や参謀など数名と帝国主席魔法使いフールーダがいるが、ジルクニフとフールーダ以外の表情は一様に暗い。

「先発隊はエ・ランテルに到達する前にゴブリンを率いる何者かに夜襲を受けた。その際の攻撃は、魔法のファイア・ボールに酷似した爆発であり、魔法使い十数名以上による包囲殲滅攻撃を受けたということだな」
「はっ。相違ありません」
「これらは、全てメッセージで伝えられたものであり信憑性が低いと」

 ジルクニフの確認に対し、将軍は嘘偽り無く回答する。もちろん、結果に対する叱責は覚悟している。しかしここで余計な保身に走り虚偽の報告を上げれば、どこからともなく告発され、自分の首を締める結果となることを理解しているからだ。

「情報の裏を取るため、息のかかった商人をエ・ランテルに向かわせました。結果、先発隊はエ・ランテルに到達しておりません。またワーカーによる予定ルートの探索を行った所、途中で戦場跡らしきものと、かなりの数の埋められた死体を発見しました」
「して、今回の襲撃の顛末をどう見る?」

 ジルクニフは集められた情報から今回の敵対者を割り出そうと思考を巡らす。結果、ある予測に行き着くも、あえて多角的に見るためにその場にいるものたちに水を向ける。

「王国においてゴブリンを兵士化したという情報も、大量の魔法使い雇用したという話もありません。あれだけの数の騎士を殲滅するほどの魔法使いを動員することができるのは、最近行方がわからない法国の陽光聖典だけかと」
「王国と帝国を分ける大森林には、ゴブリンの部族は多数存在しております。われわれの知らぬ規模のゴブリンの部族も存在するでしょう。しかし食料豊富な時期に、わざわざ武装した騎士の集団に攻撃を仕掛けたという事例もほとんどございません。エ・ランテルの冒険者が徒党を組み迎撃に協力したというほうが、まだ現実味があります」
「否定ばかりだな。しかし私の記憶と同じだ。強いて言えば一月ほど前の新しいアダマンタイト級冒険者の逸話ぐらいか」

 王国三番目のアダマンタイト級冒険者”黄金”の逸話。エ・ランテルでズーラーノーンの策謀により発生した二万のアンデットとスケリトルドラゴンを、ゴブリンとトブの大森林を統べる森の賢王を従え撃退。

 そして当時滞在していた帝国商人などにより、この話が事実であることは確認されている。

 もちろんメッセージというものは偽装することもできる。信用性という点は若干劣ることも理解している。

「二百五十におよぶ辺境警備隊に所属する騎士が全滅したということは事実であろう」

 ジルクニフは苦い表情を隠そうともせず事実を評価する。どんな原因であったかは偽装できたとしても、エ・ランテルに到着する前に騎士を殲滅したという事実だけは覆らないのだ。

「さて、どうする? 攻撃をやめるか?」

 いままで沈黙を守っていたジルクニフにとっての師であり主席魔法使いのフールーダが、まるで結論を急がせるように質問をする。むしろ、結論などわかっているのだから、無駄な議論などするなという意味合いのほうが強かろう。

 なにしろ現在帝国は三万に上る軍勢を国境付近の要塞に集結させており、そのために物資に人材、金など大量のものが動いている。

「いまさら止まれん。すでにこんな文書まで届いているからな」

 そういうとジルクニフは机の上に2つの書簡を放り投げる。

「一つは、王国からの宣戦布告といつもの文言でカッツェ平原を戦場に指定したもの、そしてもう一つは」
「もう一つは?」
「支援していた王国貴族からのクーデターの詳細だ」

 まるでオウム返しのように聞いた言葉の返答は、生半可な書類ではなかった。王国貴族はついに己の首をすげ替えることを決めたのだ。

「数日のズレはあるだろうがほぼ同じタイミングでカッツェ平野の攻防と王都におけるクーデターが発生する。これは数年来の好機だ。同時にここで手を引けば……」

 王国の内乱は、帝国にとってこれ以上ない好機。そのために支援してきたと言っても過言ではない。しかし、この好機に別の理由で手を引けば、皇帝の威に傷をつけることにほかならない。それほど一方的な状況なのだ。

 しかし、ジルクニフは作為的なモノを感じていた。明確な理由があるわけではない。いままでの策謀が実り、順風満帆なはずなのに帝国の選択肢が少しずつ減っていく。そう感じずにはいられないのだ。

******

八月二十二日 王都

 この時期珍しく数日続いた雨が上がり、夏らしい陽気が戻ってきた。じめじめとした不快な暑さから解放されたためか、普段であればその照りつける日差しから逃げるように過ごす者達も、珍しく日の光を浴びている。
 
 そんな昼下がりの冒険者ギルド。

 カウンターで受付を担当している女性は、ひどく申し訳無さそうな表情を浮かべながらギルドの実情を回答する。

「大変申し訳ございません、ラインハルト様。只今、ラインハルト様にご紹介するに相応しい依頼が……」
「良い。依頼は一日で往復できる範囲のみ。そのように指定しているのはこちらだ。そなたが悩む必要などない」

 答えるのは黄金の髪に黄金の瞳を持つ美丈夫。王国三番目のアダマンタイト級冒険者であるラインハルト・ハイドリヒその人である。

 ラインハルトは王都に館を構えてから、定期的にギルドに顔を出している。本来彼ほどの高ランクとなると、そんなことさえせずギルドからの連絡があるまで自由に活動するもののほうがおおい。

「それに危急というものであれば、その条件を変えるのもやぶさかではないが?」
「いえ、人命などに関わる危急の依頼ではございません。条件に合うものや危急のものが入った際はお屋敷の方にご一報いたしましょうか?」
「いや、また来よう」
「はい。またのお越しをおまちしております」

 そう言うと受付嬢は赤く上気した顔を深々と下げるのであった。

 実際、アダマンタイト級冒険者としての腕を奮ったのは、王令による貧困街の犯罪組織摘発以降無く。二日に一回程度でギルドに顔を出すが依頼の無い日々。

 では、仕事の無いアダマンタイト級冒険者という状況かというと、そんなことはない。請われれば若手の冒険者に稽古をつけ、貧困街に赴き回復の奇跡を施し、教会と協力して郊外に畑をつくり職と食を与える。その行いはまさしく聖者のソレであった。
 
 だが、ひとたび夜となれば「王国において中立的な」と条件はつくものの社交界の晩餐会や舞踏会に参加し、多くの淑女との噂を流す。そうでなくても、チームのメンバーとギルドが運営する酒場にさらりと顔をだし、話題を提供する。

 実力。行動。容姿。さらに冒険チームメンバーや住処である館の執事、メイドにいたるまで美男美女が揃っているのだから、王都で話題にのぼらない日は無い。

 概ね好意的に受け入れられている理由は、そうなるように情報操作をしているということもあるが、人々の思い描く英雄像に近しいからというのもあるだろう。

 今日も街行く人々に見送られ、ラインハルトが向かった先は王城や貴族街に近い六大神を祀る一際大きな教会であった。その大きな門をくぐり抜けると、馬車が数台止められおり御者や護衛の姿も見える。

 元来、教会には様々な役割がある。村の小さな教会であれば、教育、倫理、文化の要。大きな都市であれば、さらに神聖魔法などに関連する取引などもある。では、王城や貴族街に近いこの教会の役割とは。

「お待ちしておりました」

 ラインハルトが神殿の中心部である礼拝堂の扉をくぐると、そこには愛らしい少女が伴もつれずに佇んでいた。

「約束は月の終わりと記憶していたのだが? ラナー姫」
「あら、気軽にラナーと呼んで頂いても良いのですよ。世間では私達は恋仲ということになっているようですから」

 このように、信仰という仮面を被り、本来では平行線で交わることのない者達が秘密裏に交わる場所となっている。

「卿にとっては世間の評価など些事に過ぎぬのでないかな?」
「あら、人間は社会に生きる生物ですよ。たとえ私がどのように思っていようと、切り離すことはできないのではなくて?」
「それは卿ではなく、卿の想い人がと但し書きが付くのではないかね」

 そう言うとラインハルトは、礼拝堂内の手近な椅子に座り軽く足を組む。その姿は敬虔な信徒の姿とは程遠いが、何者にも屈さぬ強者の美しさがあった。対するラナーは、蠱惑的な笑みを浮かべながらラインハルトの隣に座る。

 荘厳な礼拝堂の一角、信者が頭を垂れる席に並んで座る二人の姿は、美醜の意味では最上級といって良いほど美しい。しかし、場としてはこれほど似合わないものはない。

 かたや覇王。全てを破壊してでも貫き通す意志。

 かたや甘い表情や仕草、声、容姿で全てを蕩かす大淫婦。普段の王国の華と持て囃される雰囲気など欠片もない。
 
「して、要件はおわったのか?」
「ええ。今日ここにあなたがいらしていただいたということは、私の行動も把握されているという証左」
「迎えは必要か?」
「必要ありませんわ。そちらも忙しいでしょうし、そのほうが程よくなる(・・・・・) でしょうから」
「そうか」

 そんな二人が余人では内容を理解することができない会話を繰り返す。互いに相手を監視し、次にどのような行動に移るのかを想定できているから会話が成立しているのだ。
 
「正直言えば、もう一週間は遅いと考えておりました」
「思惑通りに行かぬのも、指し手の妙であろう?」
「はい。帝国と法国の演目につられた王の迂闊な動きのせいで、随分と工程を省略することになってしまいました」

 法国で発動された聖戦という演目。その波に乗った帝国の宣戦布告までは想定内であった。しかし王が防衛のためにとはいえ自陣営と中立派を中心に派兵をした。ラナーは、現在王都に残る王の派閥の兵力では王を守ることができないと評価しており、そこまで戦力を放出するとは考えていなかったのだ。それこそ貴族派と調整に時間がかかったとしても、貴族派の一部を出兵させると考えていたのだから。

「なにか不都合かね?」
「落とし所が変わってしまいます」

 貴族派の暴発は既定路線。たとえ、時期がずれようとその流れはもう変わることはない。だが、この騒動が終わった時、どのような人物がどのような立ち位置で生き残るか。それによって全てが変わってしまう。

 暗に、王都に手勢を残さなかった王は生き残れない。生き残ったとしても権勢を取り戻す位置に居ないと言っているのだ。娘として、王女として随分と薄情な評価ととることもできるが、現実を直視しているとも言える。

「どのような経緯であれ、結果はかわらぬし約束も違えぬよ」
「結果がかわらないけど、私の時間が減ってしまいますわ」
「その分凛々しく仕事をする姿を見せ付けるのであろう?」
「もちろん!」

 最後にラナーがいたずらっぽく微笑む。それに合わせるようにラインハルトは席を立ち、ラナーの手を取りエスコートする。

 礼拝堂を出ると、ラナーの騎士たるクライムが白銀の鎧を身にまとい深く礼をしている。もちろんラインハルトやラナーの位置からは、クライムの表情など見えないのだが、羨む感情と心の奥底に抱く嫉妬の感情をラナーは的確に読み取ったのだろう。満面の笑みを浮かべる。

「では後ほど」
「ええ。後ほど」 

 クライムは、その場で交わされたこの言葉を儀礼的なものでしかないと思っていた。ただ親しい仲の二人が、パーティーで再会を期待して交す言葉と同じとしか考えていなかったのだ。

 だが現実は……





明日も予約済です


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第9話

八月二十二日 夜二十三時 王都

 王都は赤く染まっていた。

 貴族派率いる私兵四千と王国最大の暗部である八本指率いる五千が一斉に王都の主要な施設、大商会、ギルド、貴族館そして王城に攻め入った。もちろん彼らの主観で味方は省くとされているが、実際はじまった襲撃は多くの者達の想像を超えていた。

 二十一時過ぎ、夜に闇に隠れて行われた襲撃は、概ね成功であった。

 重要施設とはいえ、夜間に待機している警備の数などたかがしれている。さらに先日国境に向けて主力が動かしている以上、兵士の総量が減っている。そのため王城や一部の貴族の館以外はあっけなく陥落した。数名の警備兵が二桁単位でくる襲撃に対応できるはずもないのだから。

 だが、襲撃はそこだけでおわらなかった。貴族や八本指にはクーデター後の利権に目を向ける者が多いが、襲撃する者達にとっては目の前の財貨である。王城や軍施設へ襲撃するような者達は、それこそ精鋭であり忠実に任務をこなしていたが、今回のために集められた者達は、依頼主の指定した財貨に対してこそ手をつけなかったが、他は関係ないとばかりに襲撃と略奪を繰り返し始めたのだ。

 さらに襲撃から二時間もすると、混乱はさらに広がり、この騒動を機に財をかすめとろうとする火事場泥棒なども糾合し、王都の至る所で火の手があがり、無関係なものまで略奪される狂乱状態に陥っていた。

 そんな中、八本指の指導者の一人であるゼロは、制圧した騎士団の要所の一つから火の手があがる王都を眺めていた。

「ゼロ様。制圧と財貨の確保、完了いたしました。騎士の生き残りはいかがいたしましょうか」
「殺せ。まだまだやることがある。手間を増やすな」
「はっ」

 部下の報告は、順調に計画が進んでいることを示すものであった。なによりこの二時間たらずで二箇所の騎士拠点を襲撃し、傷一つつけられること無く制圧してのけたのだ。その実力の高さをうかがい知ることができるだろう。

 ゼロが窓の外にの視線を向ける。しかし思考の行き先は二つ。残る郊外の騎士拠点と王城。

「さて、どっちにいる? ガゼフ・ストロノーフ」

 ゼロの目的は、ガゼフ・ストロノーフであった。ガゼフの首には多額の賞金がかけられている。いまでこそ法国からの賞金は取り下げられたが、貴族派や帝国からの賞金はいまだ健在。しかしゼロにとってはガゼフ・ストロノーフの持つ王国最強の称号。それこそがゼロの目的であった。

 しばし思考を巡らせると方針が決まったのか、移動を開始する。

 途中、この部屋の本来の持ち主であった顔が握りつぶされた騎士を蹴飛ばし道を作る。次の獲物を狩るために、その姿は悠然と餌を追い詰める肉食獣のようであった。

「次は王城だ。ちんたら戦っている無能共の獲物を横からかっさらうぞ」

******

同刻 王城、 ラナーの私室
 
 王城の第一門をすでに突破されたが、第二門でなんとか敵の襲撃を押さえ込んでいた。とはいえ、今回内部からの造反であるため、第二門を死守する騎士たちは内と外の両方から攻撃を受ける事態に陥っていた。
 
 そんな最中、王女であるラナーは私室でドレスの中でも比較的動きやすい服で騎士クライムと冒険者チーム 蒼の薔薇の面々と顔を合わせていた。

「あなたが珍しくディナーも含めて準備するから蒼の薔薇の全員と会えないかなんていって強引に言ってくるから、無理して全員に参加してもらったけど、もしかして今日こんなことになるってわかっていたの?」

 アダマンタイト級冒険者チーム 蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは、友人のラナーへ胡散臭そうに質問する。

 ラナーはちょっと困ったような表情をしながら申し訳なさそうに答える。

「そんな話を聞いたから……」
「人の目も耳もあるから、面と向かって言えないのも分かってるつもりだけど、みずくさいじゃない。それに、その情報がただしかったから、夕方なのに戦士隊が普段見ないぐらい詰めていたのでしょうけど」

 ラキュースは、だまし討ちのように今回の騒動に巻き込んだ友人に呆れつつも納得してしまう。王族であるから、人の目があるからなどいろいろな理由を付けているが、ラキュースは身内に対して甘いのだ。

 対して蒼の薔薇の他のメンツは、ラナーに対して思う所はあるが、それ以上にお人好しのリーダーの思考回路にまたかという面持ちで受け入れていた。なんだかんだで蒼の薔薇のメンバーは皆、リーダーのラキュースのそんなところも含めて認めているのだ。

 さて襲撃がはじまって二時間。ラナーの私室もけして安全ではなかった。内通者である王城内部に詰める騎士が数回に渡り押し入り、ラナーを捕らえようとしてきたのだ。

 もっとも王城に入る際、武器を預けてしまったとはいえ、アダマンタイト級冒険者の一団の敵ではなかった。さらに、本来武器を持ち込めない王城内にティアとティナのスカウトコンビがこっそり自分の武器を肌身離さず持ち込んだこと、そして危機に気付いた騎士クライムもフル武装で駆けつけたため事無きを得たのだった。

「さて、そろそろ二時間。この塔内の反乱分子はなんとかなったとおもうけど、見ての通り外側は厳しそうね」
「反乱側に制圧された場所もある」
「第二の門も内外から波状攻撃を受けてボロボロ。外側から破城槌とか持ち込まれたら、もうひとたまりもない」

 ラキュースの言葉に、先程まで偵察をおこなっていたティアとティナが答える。とてもではないが楽観できる要素は何もない。

「お父様のところは?」
「反乱分子が一番群がってて、確認しきれなかった」
「ムリ」
「敵が群がっているってことは、少なくとも負けてない」

 王の安否が不明という情報にラナーは何かを耐えるように俯く。その姿に友人であるラキュースや騎士であるクライムは心を痛めるが、安易なことが言えずしばしの沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、こんな状況でも仮面で顔を隠すマジックキャスターのイビルアイであった。彼女も心得のある幾つかの探査系魔法を使い状況を探っていたようだが、現状維持こそ負け筋と読んだのだろう。鋭い口調で指摘する。

「貴族派の連中の狙いは王。王女はついでというレベルだろうが、このまま現状維持はなにも解決しない」

 今王城にいる王族は、王と第一王子、そしてラナーのみ。第二王子は帝国からの宣戦布告に対応するため部隊を指揮して遠征中。そして第一王子は、支持基盤から貴族派と考えて良いだろう。ならば、王を亡きものとし第一王子の下で利権再分配。最終的に傀儡政権の誕生という道筋を反乱分子が描いていることは、王城の内情に少しでも触れることができるものであれば、予想できるものだ。

 ならば、ラナーの立場は邪魔にしかならない。

「今から王と合流し、戦士隊と協力しながら王とラナーを守り、敵首謀者を見つけ出す。うん無理ね」

 ラキュースは解決法を口にするも、とてもでないが現実的ではない。なぜなら、ラキュースらはアダマンタイト級という卓越した技量をもっていたとしても、今は装備もない。その上、どこまでいっても人間であるため肉体的・精神的な疲労というものから逃れられない。クーデターに参加した敵を全て相手にできるかと問われれば、否としか回答できないのだ。
 
「上手く立ち回って、戦士隊と協力して脱出ぐらいまでならできるだろうが、後は追っ手と運次第か」

 自他共認める肉体派のガガーランの戦力分析。ある意味、これが妥協点であったのだろう。問題点があるとすれば……。

「どこに逃げるか」

 この一言に行き着くのだ。

「装備確保もかねて私の家は……」
「私達が指揮官なら、リーダーの家も冒険者ギルドも等しく標的」
「あたいらの宿屋も、装備回収という点はいいが、守りという点じゃあ無意味だろうな」
「足を確保して、他の都市に」
「それが一番現実的だろうが、王城内の足は真っ先に狙われているだろうな」

 ラキュース達が次々と案を検討するも、即決というものはでなかった。もとより情報が不足しているのだ。どの選択をしても博打の要素が残る。

「でしたら……ここはいかがでしょう?」

 そんなときラナーは簡易地図をとりだし、ある場所を指差す。そこは王城を挟んで貴族街とは反対側。騎士団、特に戦士隊を中心とした詰め所がある郊外の近く。そこにある館であった。

「ここに何が有るの? ラナー」

 位置的なものはわかったラキュースだが、その建物がなんなのか記憶に無い。もちろんラキュースが王都の全都物件を知っているわけもなく、冒険に関係するもの、有力者の館やギルドの場所ではない。少なくとも自分の記憶に該当する物件が出てこないのだ。

 対してクライムは大きく驚きく。

「ここは……」
「ええ、ここはクライムもお世話となっているアダマンタイト級冒険者、”黄金”ラインハルト・ハイドリヒ様のお屋敷よ」

 ラナーは、現在王都にて貴族派に与しない最大戦力の一つを指定したのだった。

******

 行動が決まってからの彼らの行動は実に迅速であった。

 最低限の品々を選別して持ち出し、ラナーの部屋の扉には施錠する。そして持ち出せないが、見つかると問題になるものは、同じ塔の一室であるクライムの部屋に隠した。そして、ティア、ティナ、イビルアイのスキルや魔法を駆使し、城壁を超える方法で突破してしまったのだ。

「ラナー。王族秘密の脱出路なんかつかったほうがよかったんじゃないの?」

 脱出と同時にティア、ティナは仲間の装備を確保するために別動向を開始。残りのメンバーはラインハルト邸に向かってひた走る。

 とはいってもドレス姿のラナーが走れるわけもなく、クライムが抱えて走っているのはお約束なのだろう。クライムも最初こそ断ったが、非常事態ということで議論の余地もなく決まってしまった。
 
「たぶんお父様が使われるでしょうし、私が知っているものだとお兄様が……」
「ああ、なるほど」
  
 つまり、ラナーが知っているレベルの脱出路は第一王子も知っており、確実に待ち伏せされているというのだ。王しか知らない脱出路もあるだろうが、先程の状況では利用などできるわけがない。

 そんな面々が郊外に向けて裏路地をひた走る。
 
 途中、何度か武装した兵や犯罪者風の者達に出会うも、問答無用で気絶させている。誰が敵で、誰が味方かわからない現状では致し方ないとはいえ、たまたま見つけてしまった者達は不運としか言えない。

「ラナー様。あまり動かないでいただけますでしょうか」
「ごめんなさいクライム」
「いえ、この身に代えましてもラナー様のことはお守りいたします」

 こんな状況ではあるが、ラナーとしてはご満悦であった。愛する騎士の腕に抱かれての逃避行。この時のためにいろいろ策謀をめぐらしたといっても良く、全てが報われたとばかりに、多幸感に包まれていた。とはいえ、あまり表情に出すわけにもいかず、顔を下げているのだが、その仕草がどうにも不安に震える美姫のように見えるのは、普段の行いの成せる技だろう。

 とはいえ、王城から数キロ。戦闘や回り道をしたとはいえ、突破を選択した一行は一時間と経たずに目標地点に到達した。

 しかし、そこに広がる光景は、異様としか表現できない光景が広がっていた。

 多くの兵士や暗部に所属するものが襲撃したのだろう。しかしあるものは手足を折られ、またあるものは体を何かで撃ち抜かれたような風穴を作り、血溜まりに伏している。酷いものは、顔や体の一部が焼け爛れ気絶しているものさえいる。

 だが異様さを醸し出すのは、全員が生きており、まるでゴミのように積み上げられていること。そして地に響くようなうめき声を上げる様は、地獄の風景を幻視させるものだった。

 そんな光景を前にラナー達は立ち止まると、一人の男が進み出る。
 
 この惨劇を作り上げたはずなのに、何一つ乱れていない黒の執事服に純白の手袋とワイシャツ。服の上からでも分かるほど、鍛え上げられた肉体。積み重ねた歴史を感じさせるロマンスグレーの髪と髭。片手を胸に腰を深く折った礼をしながら紡がれる深く味わいのある声。
 
「お待ちしておりましたラナー王女。ラインハルト様とお客様がお待ちしております」
 
 冒険者ラインハルト・ハイドリヒのことを想定していたが、お客様がという言葉に、一行は疑問符を浮かべる。しかし、ある可能性に行き着いたものは、素早く執事から距離を取る。主であるラナーを抱きかかえるクライムも、距離を取ると同時に腰を落とし、いつでも走り出せる態勢に移行する。

 対する執事セバスは静かな笑みを浮かべ、クライムに目をやる。
  
「そうですクライム。主を守るためにはたとえ味方と思っている相手であっても警戒心を忘れてはなりません。とはいえ、今回は違いますよ。むしろあなた方の味方ですから」

 セバスの言葉に促されるように、さらに一人の人物が進み出てくる。その姿は、ラナー達がよく知るものであった。

「なぜあなたが……」

 こんな場所にいるはずのない人物を目の前に、クライムは驚きのあまりに声を出してしまう。

「なぜガゼフ様がここにいるのです! あなたは王城で王をお守りしているのではなかったのですか?!」
 
 そこに進み出てきたのは、リ・エスティーゼ王国で最も有名な存在であり、最強と称えられる存在。王を守る最強の剣であり盾。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフその人であった。 




1月24日現在、続きを執筆中です。
展開は決まっているので、あとは肉付けなのですが。
どうも陳腐になってしまう。


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第10話

「なぜガゼフ様がここにいるのです! あなたは王城で王をお守りしているのではなかったのですか?!」

 クライムの声が夜の街に響く。

 クライムはリ・エスティーゼ王国の騎士である。魂を捧げたのはラナーであるが、王国騎士としての自負もあり責務も意識している。ゆえに、王に対しても畏敬の念を持っているし、ラナーのことを横においたとしても、王国騎士として恥ずかしくない行動を心がけている。

 しかし、その王を守るべき戦士長が王の側におらずこの場にいる。

 王の信頼。あるべき姿。王城で戦う者達の思い。様々なものが頭を駆け抜け、クライムは無意識に声を出してしまった。

 対するガゼフは静かに目を閉じ、その言葉を受け入れる。なぜなら、そのように見えることなど百も承知であり、そのために多大な犠牲を払ったのだから。

「クライム。お前の言いたいことは分かる。だが、時間が無いので簡潔に答えよう。私の守るべき方はここにいる」
「それ……は……。ここに王が」
「すまないが、今は一時を争う。ラナー様、そして皆もついて来て欲しい」

 ガゼフの言葉にクライムのみならずラキュースら蒼の薔薇の面々も驚く。しかしその驚きの時間さえもないのだろう。ガゼフは続ける。

「ソリュシャン。お客様を来賓室へ。私はここでゴミ掃除を続けねばなりませんので」
「かしこまりました。セバス様。ではお客様こちらへどうぞ」

 メイドと武装兵の中間のような出で立ちのソリュシャンはそう言うと、全員の前に進み出て案内をはじめる。

 皆が一様に口を閉ざしながらも従う。冒険者としての第六感が、騎士としての使命感が、この先の何かが王国の命運を左右すると言っており、この場を去るという選択肢は頭に浮かぶことはなかったからだ。

******

八月二十三日 0時 ラインハルト邸 来賓室

 来賓室。

 重厚な扉の向こうには、厳かな空間が広がっていた。部屋を明るく照らすシャンデリアに、職人の手で美しい彫刻が施された壁や柱。部屋の真ん中に配置された長大な机には、緻密なレースで装飾された美しいテーブルクロスが広げられ、真ん中には純白のテーブルクロスに対比するような色合いの赤い薔薇の生花が飾られている。なにより目につくのは、壁に掲げられた複雑な意匠のエンブレムが刺繍された旗。この一枚を生み出すだけでも、どれほどの財が必要か、物の価値を知るものであれば考えずにはいられないだろう。

 そのような部屋に二人の人物が向かい合い座っていた。

 一人はこの国の王、ランポッサⅢ世。

 一人はこの館の主にして、王国三番目のアダマンタイト級冒険者であるラインハルト・ハイドリヒ。その背後に控えるのは、同じくアダマンタイト級冒険者のエンリ・エモットとアンナ。

 過去の晩餐会で二人が対面した際、ラインハルトが礼を取る側であり、ランポッサⅢ世はその礼を受け取る側であった。そこには超えられぬ一線が存在していたはずだった。

 だが、今の二人はまるで対等。いや、むしろラインハルトは生気や覇気に満ち溢れ、付き従うものを魅了してやまないカリスマを有しているのに対し、ランポッサⅢ世の顔色は悪く、無理がたたっているのだろうか表情さえもすぐれない。物知らぬものであれば、ラインハルトこそ若き王と答えてしまうだろう。

 そんなランポッサⅢ世の背後にガゼフが控えると、ランポッサⅢ世はラナーに隣に座るように促す。そうすると自然と席次がきまる。クライムはラナーの背後の控えるように立ち、ラキュースは客でありながら下座に座る。そして蒼の薔薇の面々は、武装を抱えて先ほど追いついた二人もあわせてラキュースの背後に控える。

「役者は揃ったようだな」

 まるで、ここから談笑が始まるような雰囲気で、ホストであるラインハルトが宣言する。

「さて、陛下のご用向きは如何に?」

 ラインハルトは軽く右肘をつき、右手の甲に頬をつける。見た目は美しく、そしてリラックスしている雰囲気がよく伝わる。しかし、とてもではないが、臣下が王の前にする態度ではない。だがランポッサⅢ世は目を細め、微笑みながら返答する。

「そち。王国を支配することに興味はないか?」
「「「?!」」」

 その瞬間、部屋の雰囲気が大きく二つに別れる。

 一つは大きく驚く者達。蒼の薔薇の面々に騎士クライム。

 もう一つは平然とする者達。爆弾を投げつけた本人に、ラインハルト含む黄金の面々。王国戦士長ガゼフ。そしてラナー。

「私個人としては興味など無い。我が半身と組織は別ではあるな」
「アインズ・ウール・ゴウンか」

 ランポッサⅢ世はおのれの言葉を噛みしめるように、ゆっくりとつぶやく。そしてゆっくりとこの場にいる人間の顔を一人一人見ていく。そして最後に、ラナーへの視線を送る。

「お前はわかっていたのだな。ただの愛らしい華とおもって育ててきたつもりだが、もっとも支配者に相応しい智謀を持つものがお前だったとは、なんとも皮肉であるな」
「なんのことかわかりませんわ」
「この場でそのような嘘を言う必要もない。いや、そのようにさせてきた我の言うべきことではないかもしれないがな」
「ラナー。あなたこうなるって予想できていたの?」

 ランポッサⅢ世の言葉に、友人であるラキュースは驚いていた。ラキュースの認識では頭はいいがどこか抜けたところもある心優しい友人とおもっていたからだ。

「アインドラの娘よ。そう言ってやらないでくれ。かくあるべしと定めたのは我であり、だからこそ友人であるそちにも言えなかったのだろう」
「陛下……」

 家長の定めを破ることなど、普通ではありえない。家を飛び出し冒険者となったラキュースであっても、自分はどうであったかは別として、そのぐらいの理屈はわかっている。そしてラナーがたとえ己を偽るような事があったとしても、それが家長、今回は王に望まれたことであると言っているのだ。

「ごめんなさいラキュース。友人のあなたにさえ言えないことがたくさんあったわ」
「ううん。いいのよ、ラナー。言えないことがあるのはお互い様だし、友人ということに違いはないもの」
「ラキュース」

 ラナーはラキュースに対してすまなそうにうつむきながら、謝罪の言葉を述べる。しかしラキュースは謝罪を受け入れた上で、友人であると宣言したのだ。

 ラナーはその回答に正直に喜び、微笑みを返す。その様子を尊いもののように眺めていたランポッサⅢ世は、ラインハルトに顔を向けると真剣な表情に切り替えて独白を述べる。

「リ・エスティーゼ王国の王は、王位を継ぐ時にいくつかの口伝を受ける。その口伝には、王国の成り立ちと望まれることも含まれている」
「ほう」
「リ・エスティーゼ王国はスレイン法国によって生み出された人類保護圏であり、人類守護に必要な強者を生み出すための養殖場でもある。すなわち安全圏で技術なり人材なりを生み出すことが望まれた国。それがリ・エスティーゼ王国なのだよ」

 ランポッサⅢ世が述べるリ・エスティーゼ王国建国の真の意味。戦士長であるガゼフさえ聞いたことが無い言葉。

 この言葉こそ王国建国の真実である。あらゆる面からみて人類の地位が限りなく低い大陸で、人類の国家が成り立つのはスレイン法国という防波堤が存在するからと言っても良い。その意味では帝国も同じである。宗教国家は教義をもって成り立っているとはいえ、ただそれだけで王国や帝国を守る理由はない。

「そちは元闇の巫女と聞いている。この口伝の真偽は彼女なら判別つくだろうが」
「確認は不要だ」
「で、あるな」

 ランポッサⅢ世はアンナに水を向けるも、その主であるラインハルトは確認さえも不要であると言う。

 そう。情勢を読むことができるならば、行き着くことができる回答である。故に確認は不要であった。

「今にして思えば、私が以前カルネ村でスレイン法国の者に襲撃されたのも」
「そんな権力闘争に明け暮れるのではなく、本来の目的のために行動せよ。人類守護の視点でいえば、戦士長の腕前を権力闘争にしか利用できないとは、なんともったいないことかと写ったのだろう。ならばいっそ片方に天秤を傾かせ、さっさと権力闘争を終わらせるつもりだったのであろう」

 人類守護という意味では、人類に仇なす魔獣や治世を乱す悪と戦ってきた蒼の薔薇のほうが何倍も評価されていただろうことを、ランポッサⅢ世は考えた。しかしそのことをこの場で発言しないのは、その言葉に意味はなく、むしろ腹心たるガゼフに苦い思いをさせるだけということが分かっているのだから。

「もし我が三十も若ければ、ガゼフの力を借りて王国の膿を一掃できただろう。それこそ帝国のように。しかし我には時間がない。後を継ぐべき第一王子は、勢いだけはあるが思慮がたりぬ。だから今回のように貴族派に利用される。第二王子は、小さく纏まってしまい威が足りぬ。ゆえに保身を取り、今この時にこの場に居ない。そしてもっとも資格ある娘の才を見抜けず、王家に咲く華としてあつかった。それもこれも全てはお前たちを育てることができなかった我の無能ゆえ」

 老王の独白。誰もが聞くことはなかった後継者の評価。それを口にする王の表情は苦渋に満ちていた。

 さらに驚くべきは第一王子が今回のクーデターに貴族派として参加しているということ。そして国防のため出兵した第二王子は、保身のため王都を逃げ出したというのだ。

「そして貴族の多くは建国当時に才を発揮した者達だった。しかし平和がいつまでも続くと過信し、その才を腐らせた。いや、アインドラの娘よ。そなたの家は例外であったな。だが、概ねこの評価だ。特に大貴族には王家の血、プレイヤーの血が流れているというのに」

 そして王国の理念に本来は貴族も関係していたという情報。さらに王家の始祖にはプレイヤーの血が含まれていたという事実。

 しかし、プレイヤーという言葉をだれもが疑問に思った。ラナーでさえ知らない単語であったのだ。その中、反応した。正確には何も反応をしなかった者達がいたのだ。

「やはりアインズ・ウール・ゴウンはプレイヤーが生み出した組織か」

 ラインハルトを含め、冒険者チーム黄金の面々は、その単語に驚くことも疑問に思うこともなく、受け入れていた。なぜなら、魔樹ザイトルクワエ討伐の後、モモンガを含め至高の四十一人がプレイヤーと呼ばれる存在であり、他のものはプレイヤーによって生み出された存在であるということを聞いている。さらにアンナによって過去のスレイン法国を生み出した六大神もプレイヤーであることを聞き及んでいる。

 ゆえに反応らしい反応をしなかったのだ。

 もっともその反応こそ王が求めていたものであった。

「であるならば、王国は本来の役目を取り戻そう。ハイドリヒ殿、そちの組織に禅譲(ぜんじょう)しよう。いや誤用であるかな、我ら人類にとってプレイヤーは神に等しい存在。むしろ返上というべきかな」
「お父様……」
「ああ、第二王子が保身を選んだ時、ガゼフからこの国に指導者に相応しい智謀に優れたものがおり、おまえの可能性があることを聞いたよ。そのことを知ったとき、どれほど喜んだことか。そして調査の結果どれほど悔やんだことか」

 ランポッサⅢ世はラナーの顔を見ながら言葉を紡ぐ。チラリとクライムにも目を向けるが、そこには興味というよりも失望があった。

「お前は女王になれない。なったとしても先がない。なぜなら、我がお前をそうなるように育ててしまったからだ」

 ランポッサⅢ世はラナーの智謀に気が付いた時、その全てを調べさせた。その過程で気が付いたのだ。ラナーの抱える偏執的な愛に。もし、その愛が百分の一でも国や民に向いていれば、この言葉は無かっただろう。

「もし、この場でプレイヤーの言葉にだれも反応せねば資格なしとしてこれは誰にも渡さず事件の解決だけ依頼したことだろう。本来の使命を忘れ人類を、そして国民を守れぬ国など滅びてしまえば良い。そう、せいぜい華麗に滅びればよいのだから」

 そう言うと、ランポッサⅢ世は小さな箱を机の上に起き開ける。そこにはとてもではないが普通の職人では生み出せもしないほど複雑で繊細な彫刻を施された印であった。

 リ・エスティーゼ王国の王印

「ラインハルト・ハイドリヒよ。これをそなたに託そう。どうか人類を、国民の未来を守って欲しい」

 ランポッサⅢ世の言葉に、この部屋にいるものは何もいうことはできなかった。突然に王国の終わりを目の前で見ることになったのだから。正確にはラナーや政略に富むアンナ、軍事視点から長くないと判断していたエンリは予想はしていた。しかし結果はどうであれ、暗愚と評価していた王の判断に驚きを隠せなかったのだ。

 そんな沈黙の中、ラインハルトはランポッサⅢ世から視線を外し、ガゼフを見る。王国と王に忠誠を誓うこの男が、どのように思っているのかふと見てみたくなったからだ。

 ガゼフは、むしろ自然体であった。悔しそうな表情も、諦めもなく。まるで当たり前のことが繰り広げられているように、静かに王の采配を見守っている。

「ガゼフ。卿の思う所はないのか」

 いままでの話題に、ガゼフの判断が必要な箇所はない。ラインハルトの中では結論などとうの昔にでているのだから。しかし、この男の在り方が気になり、小さな好奇心がうまれたのだ。

「私が王の決断に異を唱えるとおもったのか? ハイドリヒ卿」
「卿は王のためにと行動する男だ。必要あらば、その命を賭してでも止めるであろう?」
「ああ、その通りだ。だからこそ今回は王の意に従うのだよ。なぜなら、王の判断材料となる情報の多くを渡したのは私だ。そして王の苦悩を見ていたのも私だ」

 ガゼフは居住まいをただし右手を左胸の上において、まるで宣言するように言葉を紡ぐ。

「私が武を志したのは守りたかったからだ。そしてその守るための力を与えてくれた王と、国民を守りたいのだ。守りたい王が国民のためにした選択を私が支持せず、だれが支持するというのだ?」
「そうか」

 ガゼフもまた多くの情報に触れることで変わったのだ。多くの視点や思惑の中で、自分が真に守りたいものを見つけた結果が今なのだ。

 王の意志。戦士の意志を受け、ラインハルトは周りを見渡す。

「今なら王位を簒奪する男を止めることができるぞ」

 ラインハルトは、運命に導かれるようにこの場に参加した者達に問う。

「ラナー様」
「無論、否はありませんわ」

 騎士クライムは己の意見をあえて持たず主に託し、ラナーは当然と受け入れる。

「陛下の話を伺ってなお否を申し上げる訳には……。それに、この選択が外で今苦しむ人たちを助けることに繋がるのでしょ?」
「あたいは空気を読めるいい女だからね」
「どうでもいい」
「うん」
「お好きにどうぞ」

 蒼の薔薇はというと、過半数がどうでも良いというコメントだが、リーダーが乗り気である以上、否は無いようだ。体制に弓引く戦力と名声がありながらおのが定めた悪としか戦わない。ある意味で冒険者の鏡のような者達だ。

(パンドラズ・アクター)(アクター)であるがゆえ、この話を受けるとしよう。先んじて、この状況を打破しようか」

 そういうとラインハルトは、席から立ち上がる。その場にいるものは、その背後の黄金のオーラが漂うのを見たことだろ。

「では、契約に従いガゼフ・ストロノーフ。卿に命令を下す」
「そうだな、その約定であったな」
「ガゼフ・ストロノーフよ。私の爪牙となれ。その命、その力この国に生きる者達を、人類を守るために貸せ」

 ラインハルトは、黄金の双眸でガゼフを見据える。ガゼフはランポッサⅢ世に目を向けると、ランポッサⅢ世は小さく頷きかえす。

 それを確認し、ゆっくり後ろに下がり片膝を付く。それはまさしく騎士の叙勲に等しい姿であった。

「この命、この力、人々を守るために如何様にも」

 ラインハルトはいつの間にか取り出した黄金の槍を握り、一振りする。こんな屋内で、これだけの人がいるにもかかわらず、振るわれた槍は、ガゼフの左頬を斜めに一線のきずあと(聖痕)をつけるに留めた。

「よかろう。して、卿らにも助力を依頼するが良いかな? もちろん相応の礼をしよう」
「冒険者として受けないわけにはいかないわね」
「即答するとは思ってたけど、本当にするとは……」
「まあ、リーダーだし」
「ワー。カッコイー。抱いてー」
「なによ。ここは受けるとこでしょ! 簒奪のためにクーデターおこすような貴族派を倒すわよ!」

 ラキュースは依頼を即答で受け入れ、蒼の薔薇の面々も受け入れる。彼らも冒険者。己の価値観で動くものたちなのだから。

「では……」

 王都に来て約三週間。

 ついに黄金の獣が表舞台に昇ったのだった。



アインズ様でなく獣殿が動くようになって一番変わったのは王国ではガゼフであり王様かと思いこんな話になりました

社怪人をやっていると、情報の有無で決定している勝負というものに出会うものです。




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第11話

お久しぶりです。

仕事が落ち着いたので復活しました。
まあ、コミケ当選したのもありますが……。

では、よろしくお願いいたします。


第11話

八月二十三日 一時 王都

 貴族派と王国暗部組織によるクーデターに端を発した王都の混乱は、深夜0時をまわっても収まるどころか、より一層激しさを増していた。

 最初こそ王城、騎士の詰め所、行政関連の施設、特定の貴族の館やギルド、大手商会などへの襲撃であった。しかし、もとは王都に巣食うならず者。襲撃者はさらなる獲物を求め、次第にその周辺の略奪へと変化していった。

 さらにクーデターの影に隠れて、帝国の工作員達が一斉に動き出す。

「毎年戦争に駆り出され、多く若者たちが死んでいくのはなぜだ!」
「王は搾取するばかりだ。なぜ兵士たちは俺たちを守ってくれない!」
「○○の連中だけが守られているのは、あいつらが王の手下だ!」
「踏ん反りかえってた連中は、だれも俺たちを助けてくれはしない!」

 悲鳴にまじり叫ばれる言葉に論理など存在しない。

 ただ声高に、王政の信用失墜のみを言葉の端々に織り込んで叫ぶ。

 兵士が少ないのは帝国からの侵攻に対して先日出兵したからであり、いざ問題が発生すれば王城や軍・行政施設などの重要拠点を優先して守るのは当然のこと。しかし全てが嘘ではない。なぜならクーデターに参加した者達の半分は、民を守るべき兵士なのだから。

 平時なら、ただの酔っぱらいの戯言と見向きもされなかっただろう。

 ひとたび混乱に陥った時、単純に声の大きなものの意志に民衆は染まりやすい。なにより帝国の工作員達は商人などに紛れ、さも民の声のように叫んでいるのだ。否定しようにも冷静な判断力を残しているもののほうが少ない。

 ゆえに。

 呼び声に導かれるように、民衆は暴徒となる。

「助け……」

 そんな言葉を漏らし、強盗と化した兵士に斬り殺されたもの。王政の手先というレッテルを張られ言葉すら発することができず、店を蹂躙されたもの。建物に火をかけられ、外に逃げ出した所を襲われ家財や商品を盗まれたもの。

 その暴動に参加している者達の多くが、一万に満たない火種に、扇動という油を注がれた一般人というのだから救いはない。

 たった数時間で、一万に満たないクーデターは数万の犠牲を生む大混乱へと変貌をとげたのだ。


****** 


「ほんと、どうなってやがる」
「さっき大通りの方から逃げてきたヤツの話だと、あっちはどこもかしこも焼き討ち状態らしいぞ」

 クーデターの嵐が吹き荒れる王都で、教会に雇われた警備兵達は、正門前に防衛線を引いていた。

 先刻から、見た目の荘厳さに眼が眩んだ欲深い者達による襲撃を受けており、警備兵たちも雑談をしているようだが、今も警戒も怠っていない。

 警備兵達の持つ武器の刃はすでに曇り、刃こぼれがちらほら見受けられる。人を切れば油で刃は曇るし、骨を断てば当たりどころ次第で刃こぼれをおこす。回りを見渡せば、切り捨てられた襲撃者と思わしき死体がいくつも転がっており襲撃の激しさを物語っている。

 だからだろうか。警備兵も人。言葉の端々ににじみ出るのは空元気ばかりであった。

「予備の武器を持って来ました」
「ありがてえ。だましだまし使っていたが、さすがに刃毀れした剣じゃあきついからな」

 そんな時、奥から若い神官が武器を抱えて走ってくる。よほど急いできたのだろうか、息があがっている。

 警備兵達は使っていた武器は血糊を拭い腰に戻すと、神官から予備の武器を受け取り、軽く振って武器の具合を確かめる。使い慣れたものではないが、ある程度の規格品でもあるため扱いやすさだけはピカイチだ。

「俺、この騒動がおわったら救護担当の娘に告白するんだ」
「じゃあ、俺はその夜に振られたお前を連れて酒場に繰り出してやんよ」
「あれ、彼女って彼氏いたような」  

 冒険者を引退し警備の仕事をするようになって数年。今日のようなことなど一度もなかった。そして今日ほど守るということを意識したことはなかった。なぜなら彼らの背後の教会礼拝堂や本殿には、避難してきた信徒が多数いるからだ。

 その責任の重さに投げ出したくなる思いを腹の底に押し込み、警備兵達は武器を握りなおす。

 そんな時、大通りの方からこちらに向かって走ってくる人影があらわれた。

「止まれ。安全を確認したら通してやる。だから一回止まれ!」

 警備兵は、声を張り上げて警告する。誰が敵で、誰が保護すべき者か分からない状況における最低限の判断基準。それは指示に従い武装解除すること。

 声が聞こえたのだろう。走ってきた長身の女とガタイのいい大男、小太りの男の三人組は門の手前で速度を落とす。

「こいつをどうすればいい?」

 ガタイのいい男は、手に持っていた丸太のように巨大なメイスを軽く持ち上げながら質問してくる。

「悪いな。ここは教会で非力な信徒を守るために門戸を開けている。武器を預けてくれるなら受け入れる」
 
 警備の男は、すでに慣用句のように何度も繰り返した言葉を告げる。だいたいこの言葉の反応は二つだ。

 一つは武器を捨て保護を申し出るもの。一般人はだいたいこちら。

 もう一つは、武器を商売道具としている連中。大抵は冒険者なので、冒険者ギルドに向かうように言う。この騒動の中、追い返すリスクもあるが、非力な信徒を守るためと割り切って追い返す。

 しかし目の前の三人の組み合わせはどうもチグハグだった。いっしょに逃げてきた割には、女はまるで商売女のような装い。男二人はそれぞれの武器を慣れた様子で手にしている。商売女が、客の冒険者に護衛されながら移動してきたのだろうか? そんなことを警備兵が考えていると、ガタイのいい大男が答えを口にする。

「ああ、わかった。手放せばいいんだな」

 温厚な言葉とは裏腹に、メイスを軽く振りかぶって門の警備達に投げつける。

 飛んでくるのは重さ十数キロを超えるメイス。それを投げつけるほどの腕力はなかなかのものだが、警戒していた警備兵達は素早く躱す。

 しかし、重量物の投擲であったため、無駄に大きく避けてしまったのが命取りとなる。

 不意をついた女が、何処からともなく取り出したナイフを鎧の隙間を縫うように脇腹に差し込もうとする。

「くそ。敵だ」

 浅い。

 深さにして数センチ。焼けるような独特の痛みを警備兵はこらえながら強引に剣を横薙ぎに振るう。

 対する女は、躊躇なくナイフを手放し攻撃を当然のごとくひらりとかわすと、背中に隠すように付けられた鞘からショートソードを引き抜く。
 
 仲間のピンチに他の警備兵たちもフォローに回ろうとするが、少し離れたところに立っていた小太りの男が投げたナイフのせいで近づくことができない。

 為す術もなく一人目の犠牲者が生まれようとした時。
 
「……」  

 音無く空から光が降り注いだ。

 無数の光は、警備の者達や建物にはかすりもせず大地を穿ち消え去るが、襲撃者は例外とばかりに体に風穴を開け、さらに足元の影に刺さった光は消えることなくそのまま輝く矢の姿を保ち続けていた。

 警備の者達だけではない。攻撃を受けた襲撃者さえも、何が起こったのか理解することができなかった。

 ただ、呆然と光の雨が降り注いだ空を見上げる。

 そこには……

 いつの間にか空を覆い尽くすほど巨大な光の方陣が展開されていたのだった。


******


 光が降り注ぐしばし前。

 王都上空百メートル。建築物であれば三十階程度の高さだが、リ・エスティーゼ王国に高層建造物は存在しないため、比喩なく王都を一望できる高さとなる。

 普段であれば、街道筋や歓楽街を照らす灯りの道と少々酔っ払いの声が響く程度の、静かな夜であるはずだ。しかし今は、いたるところで火の手があがり、まるで王都全体が赤く燃えているように照らされている。

 そんな場所に佇む、二人の男。

「卿の力を借りるぞ」
「了解。毎度思うけど、憧れの異世界転生物で俺自身が獣殿の爪牙になるとはおもわなかったよ」
「そんな風に答えるのは卿だけだがな」

 純白の軍服を身にまとい、肩に羽織った黒い外套と黄金の長髪を無造作にゆらめかせる男。この国において最高位と位置付けられたアダマンタイト級冒険者。ラインハルト・ハイドリヒと軽口を叩く人物が一人。

 この世界の人間ではまず到達しえない場所に黄金の方陣を足場として立っていた。
 
 人物と称したが、けして人類ではない。鳥の、それも猛禽類顔に翼。手足に鉤爪を持ち、どちらかといえば人と鳥が融合した姿を持つ鳥人(バードマン)という存在。 

「黄金の獣の原典を知るのは、俺とモモンガさんだけ。仕事柄、過去のアニメやゲームに詳しい姉貴でも、過去のアニメやゲームにそんなキャラがいて、有名なセリフを知っている程度だからな~。この感動を共有できる仲間がいないのは残念なのよ」

 この人物こそアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の一人。そしてモモンガにパンドラズ・アクターのモチーフとなったキャラクターが登場する作品(エロゲー)を貸した人物。ペロロンチーノその人である。

 つまり、だいたいこいつのせいである。

「卿の話を聞く限りモチーフと私は、似通う部分はあれど、ずいぶんと違うようだが?」
「そりゃ~モチーフに比べれば、かなりマイルドな獣殿だろうけどね。それはそれ、これはこれ。それに(アクター)の通り、求められた役柄を演じる面もあるわけだから、違いはあたりまえ」
「名は体を表すということか」

 夜空に浮かび束の間の会話を交わす彼らにとって、足元で巻き起こるクーデターの炎は、闇夜を照らす灯りの一つでしかないのかもしれない。

「でも、それもスワスチカが完成するまで(・・・・・・・・・・・)ってことだろ?」
「そうだな。このような茶番もあと数回で終わりだ」

 足元に広がる悲劇の光をその程度と認識することは、人道主義に傾倒した輩には「人を何だとおもっているんだ」と言わせることだろう。だが、彼らは比喩ではなく人類ではない。人類とは別の理によって動く異形なのだ。 

「それにしても成り立ちやカルマが中立に近い卿のことだ。早く助けるべきと言ってくるのではないかと考えていたのだが?」
「まあ、その辺は人間辞めたわけだし、いま一瞬を急いだとしてもタイミングを逃しては、本当の意味では助けられないってことは頭でわかってるからね。モモンガさんみたいに精神異常耐性が無いから、いつまでも我慢はできないだろうけど」

 理性ではわかっているし、種族が変わったことで価値観の一部が切り替わってしまっている。しかし、人としての残滓が囁くのだろう。眼下に広がる惨劇を前に、ペロロンチーノの拳は今も固く握られていた。

「(準備が整いました。ラインハルトさん)」
「(了解した)」

 そんなペロロンチーノの心境を読んだかのようなタイミングで、エンリから地上部隊展開完了の連絡が飛んでくる。

 ラインハルトは左手を軽く上げ、まるで宣誓するように隣に立つペロロンチーノに合図を送る。

「では、はじめるとしようか」
「よし来た!」
 
 先程までの軽口はどこえやら。ペロロンチーノはまさしく猛禽の眼光を宿し、素早く弓を構え、魔力の矢をつがえる。

--鷹の目/マルチサイト/アローレイン/影縫い

 瞬時に複数のスキルを発動し、眼下を埋め尽くす暴徒という敵を次々とターゲットサイトに収めロックする。なにより今回はスキルだけではない。ペロロンチーノが手にするのは真紅の弓が意味を成す。

 ゲイ・ボウ

 ペロロンチーノがユグドラシル時代に何年もの歳月と労力を積み重ねて造り上げた至高の弓。一度はギルドに所有権を譲り売っぱらって良いとさえしたものだが、モモンガのはからいで、今日この時まで大事に保管されていた品である。

 ペロロンチーノは懐かしさと若干の申し訳なさを噛み締めながら、魔力で編まれた弦を引き絞る。

「狙い撃つぜ!」

 鋭い声と共に放たれた光の矢は、途中で二つ、四つ、八つ、十六……と無数に枝分かれし、光の雨となって王都に降り注ぐ。まるで無差別のように降り注ぐ攻撃だが、鷹の目でペロロンチーノが敵と判定した相手のみを撃ち抜く。

 ユグドラシルプレイヤーにおけるレベル一〇〇勢。その中で、遠距離攻撃特化は一定数存在した。たとえば戦闘系ギルドなどのガチ勢であれば、戦略上遠距離特化ビルドの需要が高い。しかしながら遠距離攻撃に拘り種族まで最適化した結果、射程数キロを可能とするプレイヤーは数えるほどしか存在いない。

 そしてペロロンチーノのビルドは、まさしくロマンを追求した狂気のビルドの一つであり、本人の技量も相まって神の御業に等しい一撃を実現したのだ。

 王都の屋外、いや屋内でも窓際など視線の通る場所で繰り広げられる蛮行。その全てに対し、光の矢は等しく鉄槌を下した。

 さらに撃ち抜かれた者達は、光の矢が消えるまで足が地に縫い付けられたように動くことができない。ゆえに攻撃を受けた者達さえ、自身になにが起こったのか理解するこができず、ただ硬直するのだった。

「パーフェクトだ」
「感謝の極み」

 ラインハルトは、ペロロンチーノの一撃を最大級の賛辞を贈ると、評価されたペロロンチーノは、まるで執事の一礼のように仰々しく腰を折り受け答える。そして役目を終えたのであろう、徐々に姿の輪郭がぼやけていく。

「続きは特等席で見ているが良い」
「獣殿の出陣演説か。胸熱だわ」
 
 どうもしまらないセリフを残し、霞のように消えてしまう

 しかしラインハルトはそんなセリフさえも気にせずに、眼下に広がる地獄に対して、幾つもの魔法を展開する。

 一つは超位魔法。ワールドアイテムを用い、魂を供物に楔を打ち込む第十位階を超える魔法。

 一つは拡声のマジックアイテム。戦域に声を届けるだけのアイテム。ゲーム内では直接ダメージを与えるようなものでないが、連絡、挑発、イベントの司会進行などなど、アイディア次第で活用の幅が広がるため取得者が多かったもの。

 一つは幻影のマジックアイテム。ラインハルトの姿を模倣し、王都のどこからでもその姿を確認できるように、王都上空に映し出す。
 
 これら魔法の発動を確認したラインハルトは、おもむろに口を開く。

「卿ら、己の一生がすべて定められていたとしたら何とする」

 艶と覇気を兼ね備えた声が、王都に朗々と響き渡る。

 先程の光の雨の奇跡を見た多くのものは、声に呼応するように空を仰ぎ見る。そこには夜空を覆い尽くす黄金の方陣が広がり、さらに一人の男の姿が映し出されていた。

「勝者は勝者に。敗者は敗者に。そうなるべくして生まれ、どのような経緯を辿ろうとその結末へと帰結する。これが世界の定めであるとしたら何とする」
 
 黄金の髪に黄金の瞳を持った美丈夫は、純白の軍服にその身を包み、右手には輝く黄金の槍を持ち、両手を広げ歌い上げるように宣言する。

「ならばどのような努力も、どのような怠惰も、祈りも罪も等しく意味は無い。神の恵みも、そして裁きも、すべてがかくあるべしと定められているならば、今一片の罪咎ない者達が奪われ踏み躙られるのは、世の必然ということになる」

 王都の民が男の声に促されるように現状を思い浮かべる。けして家屋や建物に火をかけられ、犯され、奪われるような罪など無かったはずだ。いつもと同じように平和な夜を迎えていたはずだ。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。

 まるで吐き捨てるような自問が襲いかかる。なにより、目の前で(はりつけ)にされた悪徳の徒の罪さえも定められていたものであり、そこに罪が無い。そんなこと、納得することなどできはしない。

「死すらもまた解放ではない。永劫、それに至れば回帰をなし、再び始まるのみ。そして卿らの始まりとは、奪われ、踏み躙られる敗北者としての始まりだ」

 もし、酒場で聞けばただの与太話とだれもが断じるだろう。しかしはるか上空に立ち、光の雨を降らし、世の定めを説く男の言葉を滑稽と笑うものは誰もいない。


――もしかしたら?

 降って沸いた不幸。

 今、幸運に逃げおおせることができたとしても、次の理不尽が襲って来るのではないのか? なぜ、もう安全と考えることができるのか? それは昨日と何が違うのか?

 なにより……

「ゆえにこの後も無限に苦しみ、無限に殺され搾取され続けるだろう。そのように生まれ落ちた以上、そのようになると定められているのだから。それがこの世の法則というものだ」

 私達は苦しまねばならぬのか。お前たちは永遠の弱者として無限に苦しみ、無限に殺され続ける。たとえ逃げたとしても、子は、孫は、永遠に搾取され、苦しみ殺され続けるのではないか?

 突如として襲い掛かってきた不幸を前に、この言葉を否定できるものはいなかった。不安を抱いた民衆は、胸に深く浸透していくラインハルトの言葉を否定したくても、否定する材料をもちあわせていないのだから。

 カリスマの一言で片付けることができない。極限状態を利用した洗脳はさして珍しくもない。しかし王都の民、数十万に対して行われることを鑑みれば、異常と言う他にない。

「それを口惜しいと思わないかね! いや、覆したくはないかね?」

 不安の中で提示される一筋の光明。今まさに降りかかってきた不幸。それを助けた光の雨。救いの手が差し伸べられようとしていることに安堵を覚える。

「敗者と定められて産み落とされたのならば、その定めを! その定めをよしとしたこの世を変えたいと思わないかね」

 助かる術がある。少なくとも、目の前の暴徒を止めてくれた。そんな奇跡を見せた相手の言葉に期待を抱く。

「思うならば戦え」

 しかし、多くのものはその光明に躊躇する。

「思うならば武器を取れ」

 王都の中心とも言える中央広場。ラインハルトが発動させた超位魔法により出現した巨大モニュメント。そのモニュメントから数々の武器を携えたスケルトンが現れた。

 たとえ戦えと鼓舞されようと、その姿は異形でありアンデット。人の生理と過去からの倫理観に訴えかける嫌悪があった。

 しかし、スケルトンたちは人々の前まで移動すると跪き、手に持つ武器を頭の上に掲げる。その姿は信徒が供物を神に捧げる姿に等しいものだった。

「運命にあがらう者達よ、その手に武器を取り我が戦列に加われ」

 けして敗北し蹂躙されるためだけの存在ではない。焼き討ちされた王都が赤く燃え上がる中、敗北からの脱却、運命にあがらうことを求める声は、奇跡を起こし武器までも生み出した。

「我らと共に戦え」

 その言葉に勇気ある若者が武器を掴み雄叫びを上げる。それに続けとばかりに、青年が、少女が、そして老人さえもが武器を取る。

 クーデターの真っ只中、地獄からの脱却。恐怖によって押しつぶされた感情が、声となって一斉に解き放たれる。

 さらに上空の方陣の上には、まるで呼応するように多くの姿が浮かび上がる。

 王国最強にして王と民の味方、王国戦士長の姿。
 
 黄金の字を冠する姫の姿。

 王国南方、もっとも新しき英雄譚。その旗の下に異形を統べ人々を救った英雄の姿。

 人々の幸せのために祈る巫女の姿。

 武器を取り、掲げる者達の姿。その中には人だけではない。 鎧武者、無定型のスライム、山羊の頭を持つ悪魔、フルプレートに白銀の剣を携えた剣士、多種多様な異形の姿もある。

 多くの者たちを引き連れた黄金の獣が、王都に生きるすべての者たちに命じる。


「我が戦列に加われ、そして世界の定めを変えるのだ」



続きはまた明日


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第12話

 動きを封じられた罪人は、瞬く間に斬り伏せられてゆく。光の雨の洗礼を屋内で逃れた罪人も、扇動していた工作員も例外はない。中には一矢報いようとする者もいたが、武器を持ったばかりの民衆に凶刃が届く前に、随伴する異形の者達によって取り押さえられる。

 時を同じくして、降り始めた雨と多くの尽力により王都に放たれた火も次第に消し止められる。

 ラインハルトに導かれた民衆は、半刻も経たず王都に散らばった賊を瞬く間に狩り尽くした。そして何万の民衆が武器を持ち、アンデットや異形の者達に守られながら、一つのうねりのように突き進む先……。

 王城では、別の意味で激しい戦闘が繰り広げていた。

 クーデターに参加した賊はすでに王城の大部分を一度は占拠した。その後を追うように攻撃を開始した戦士隊という構図であったのだが、エンリ率いるゴブリン達が誰も予想しない斜め上の作戦を開始した。

 城門や建物の扉、壁などを使い有利な防戦を展開しようとする賊に対し、その脇や背後の壁を爆破し突破。正面戦力とあわせて逃げ道の無い場所で挟撃をはじめたのだ。

 その状況に慌てふためき、討って出ることを選択した賊達は、練度に勝る戦士隊に討ち取られる。逆に亀のように扉を閉ざし立てこもった者達は、扉部分と窓部分を破壊されそのまま身動きできない状況に追いやられることとなった。

「防壁や門を物ともしない破壊力を有するアインズ・ウール・ゴウンという組織がすごいのか、王城だろうがなんだろうが被害を少なく効果を最大化するための作戦を考え実行するエンリ殿がすごいのか。それとも忠実に実行してのけるゴブリン達がすごいのか」
「感嘆するのは良いが、今は進め。すべては民を救うためだ。なにより、素早く王都の治安を回復し、反乱貴族の討伐と帝国の対処だ。時間をかければそれだけ民に被害が広がるぞ」
「はっ!」

 戦士隊副隊長は、目の前で繰り広げられる光景に感嘆とは微妙に違う感想を述べる。すべてが王国になかったものなのだから当然なのかもしれない。ガゼフ・ストロノーフも口では諌めているが、内心は副隊長と似た感想を持っていた。

 一刻を争うのは紛れもない事実。ガゼフの言葉の通り、王都のクーデターを治め、参加した暗部と貴族に反撃。さらに侵攻する帝国への対処。すべてを同時に、くわえて短時間に実施せねばならない。

 ゆえに、エンリやゴブリン達の蛮行のごとき戦術さえも、頼もしく映る。

「姉さん。ちいとまずい気配がしやす」
「ジュゲムさん。どのくらいですか?」
「少なくともあっし以上。下手するとそこの兄さんに匹敵する気配がビンビンと」

 ゴブリンのジュゲムは、エンリに曖昧ながらも強敵の存在を警告するとガゼフに視線を軽く向ける。

 場所は王城中心部。玉座の間直前、最終局面での警告に、味方の表情が一斉に引き締まる。

 王がいるのならこの場を最後の決戦の地とすることは、誰もが理解でき守りやすい配置となっている。しかし襲撃者が籠城するには、外部との位置関係もあいまって中途半端な場所となる。少なくとも増援が見込めない今、そのようなところにわざわざ強敵を配置して防衛する価値はない。

 エンリは、敵が玉座の間にあるという王族用の脱出路を見つけた上で、突入と合わせて崩落させるなどの罠の実行を考える。しかしそれも、わざわざこんなタイミングで行う必要はない。賢い賊や彼我の実力を測ることができる賊はすでに撤退している。現に、突入してから策らしい策をもって敵を粉砕したのは、はじめの数回だけ。今となっては欲をかいて逃げ遅れた下種や、功を焦り、無駄に奥まで入り込んだ雑兵ばかりだったのだから。

「ガゼフさん、少し厄介事のようです」
「なにかね? エンリ殿」
「もう少しで玉座の間ですが、いやな予感がと訴える部下がおりまして。どうも合理的でない場所に強敵がいるみたいなんです」

 合理的ではない敵の配置。エンリは自分の中で納得する答えを見つけることができなかった。だが自己完結せず経験豊かなガゼフ・ストロノーフに意見を求めることができたのは、幸運なことであり、彼女の非凡さを物語っているのだろう。

 対するガゼフは、過去の経験からこのような状況をよく知っていた。

「たぶん、その敵は私達に用事があるのだろう」
「私達にですか?」
「正確には玉座の間を取り戻しにくるもの。すなわち私にということだろう」

 そういうと、ガゼフは戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)を強く握ると、先頭に立つ。戦士隊の者たちもその意図を汲み取ったのか、静かに見守る。

 ガゼフは、一歩、また一歩と玉座の間の扉に近づく。

 王が退避する際、影武者と少数の近衛兵が立てこもっていたはずだが、すでにその気配はすでに無い。玉座の間につながる廊下のそこかしこに無数の傷。そして敵味方の死体。厳しい戦いが繰り広げられたことがうかがえる。影武者とはいえ王を守るために死んだ者たち。そして生み出された貴重な時間で決断されたこの国の未来。

「ガゼフさん。わ……」

 エンリは罠の可能性を指摘しようとするが、隣に立っていたジュゲムが肩に手を置いて、顔を横に振る。

「姉さん。姉さんは最高の司令官で最高の(おさ)だ。だが漢の矜持ってものを学ぶには、もうちょい必要ですかね」
「そう……かな」

 ジュゲムの言葉に、周りに立つ男たちもうなずく。ガゼフはそんな声を聴き、口元に小さな笑みをうかべながら扉を開け放つ。

 そこには荘厳な装飾に彩られた見慣れた玉座の姿はすでに無く、壁に掲げられた絵画や飾りは切り裂かれ、玉座はその台座ごと打ち砕かれ瓦礫の山と化していた。

 なによりも玉座の瓦礫の上。最後まで戦った近衛兵たちと王の影武者の死体を椅子として、これみよがしに腰を下ろす大男が一人。

 エンリの腰ほどもある腕に、まるで鎧のように盛り上がった胸板。禿げ上がった頭や体のそこかしこに動物の姿を模した入れ墨。浅黒い肌からは、まるで準備運動が終わったばかりのアスリートのように白い湯気が立ちのぼらせている。

「ずいぶんと遅かったな」

 地に響くような低い声がガゼフたちを迎える。

「どうせ手配書やら報告書やらで知っているのだろうが、名乗りは武人の務め」

 大男はゆっくり立ち上がると屍を踏みにじり、一際大きな声で宣言する。

「我が名はゼロ。八本指の序列二位にして六腕を率いるもの。このように会えるのを待ち望んでいたぞ。ガゼフ・ストロノーフ!」

 ゼロはまるで親しい友人を迎えるように両手を広げる。対するガゼフ・ストロノーフもゆっくりと歩みをすすめながら答える。

「王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。私の聞いていた六腕のゼロは、戦略眼にもすぐれた武人と聞いていたが?」

 ゼロはその厳つい顔をゆがめ、猛禽類のような笑みを浮かべる。

「そうだな。こんな負け戦に参加してしまった時点で、焼きが回ったのだろう」
「では焼きが回った男が、わざわざ何の用なのだ? お前だけならば脱出し再起のために地下に潜ることもできただろうに」
「だろうな。だが、じきに無くなるとはいえ王国最強という称号には興味があってね」

 六腕のゼロは、王国に巣くう犯罪組織に所属するものとしては珍しく、優れた洞察力と判断力を持つ武人と評価されていた。

 ガゼフは舌戦で軽くゼロと名乗った男を煽るも、その程度のことで揺らぎすらしない。それどころか、何食わぬ顔で負け戦に参加し、もう後が無いことを認めている。だがその言葉の端々にガゼフ以外眼中になく、ほかの有象無象などいつでも蹴散らすことができると、雄弁に語っている。

「王国最強か。私は一度もそう名乗った覚えもなく、私より強い御仁も多く存在するのだがな」

 ガゼフは自嘲するように肩をすくめる。

 王国最強

 傭兵上がりのガゼフは、口にすることこそなかったがその肩書を誇らしく思うこともあった。そして、民のため、王のためと否定もしなかった。しかしラインハルト・ハイドリヒと出会い、アインズ・ウール・ゴウンを知り、世界の広さを学んだ今、その肩書は分不相応であり意味の無いものと理解してしまったのだ。

「そうか」

 だが、この大男。ゼロには意味があるものなのだろう。むしろガゼフの態度が気に食わなかったのか、唾を吐き捨てると半身となり右手を腰だめに構え、左手は軽く握ると胸の前に置き腰を落とす。

 無手による構え。

「肩書ならいくらでもくれてやろう。だが大命を授かったばかりの身でね。首をくれてやるわけにはいかん」

 ガゼフも剣を抜き放つと、正眼に構える。

 気が付けば、同行した戦士隊の面々やゴブリンたちはガゼフとゼロを中心に円陣を組むように見守っている。ゼロが逃げ出さぬように、という意図のもと、誰もがガゼフの勝利を確信している。だからといってショーを見るような気軽さはない。

 相手はゼロ。

 王国の影に蠢き、幾度もその首を狙い、狙われながらも長きに渡り悪名を轟かせた巨星。その豪腕からの一撃で多くの前途有望な若者が死んだ。その卓越したスキルの前に熟練の騎士たちが散った。その策略の前に多くの権力者が跪いた。戦士隊の面々はそれを嫌と言うほど理解している。

 ゴブリンたちもまたその野生の本能で、ゼロが容易ならざる存在であることを知覚している。理由などない。ただ目の前にいる存在は強く、自分たちの敵なのだと。

「いくぞ!」
「こい!」

 ゼロとガゼフが、掛け声とともに踏み込む。

******

 崩壊した玉座の間。

 最初に動いたのはモンクのゼロであった。己の内にためた気を、刺青を通しスキルとして発現。十数歩分は離れていた二人の間を瞬く間に詰める。そして地をえぐるような下段からの貫手がガゼフの喉に向け放たれる。

 ガゼフも冷静に貫手の流れの先に、剣を置き難なく防御する。

 だが不思議なことがおこったのはそこからだ。

 一般的に素手で攻撃するモンクは、その攻撃が失敗、もしくは攻撃的防御をされれば腕を引く。今回のように剣の刃による受けであれば、たとえ指先までカバーした籠手を装備していても怪我を恐れて引くのが当たり前。しかしゼロはガゼフの防御を無視するかのように打ち抜いた。

「くっ」

 甲高い音を響く。ガゼフは剣で受けた衝撃を、大きく後ろに飛ぶことでいなす。ゼロは巻き戻すようにゆっくりと構えを取る。

「アイアン・スキンか」

 アイアン・スキン。モンクのスキルで、使用者が指定した体表を硬化させる攻防一体のスキルである。

「中途半端な防御であれば、その防御ごと貴様の喉を貫いてやったものを、直前で気がついて後ろに飛んだな」
「刃を無効化するほどの練度など聞いたことがない。さすがゼロということか」

 そういうとガゼフは剣を正眼に構えず、今度は剣先を敵に向けると、上段に剣に置き、まるで突撃槍のように剣をかつぐ。

 ゼロはガゼフの構えの違いなど意にもとめなかった。刺突の構えである以上、攻撃は一種類。その攻撃さえかわせば、どうということはない。そう結論付け、先程と同じように足の入れ墨として描かれたパンサーに気を叩き込む。

 パンサーの入れ墨は、十全にその機能を発現し、ゼロの両足を中心に筋肉を強化、その体を砲弾のような勢いで打ち出した。

 だがガゼフは当然のように刺突をあわせてくる。それも突進するゼロの顔に向けて、腰の回転、上半身のバネ、肩から上腕のしなり。すべてをあわせた突きの原点にして頂点のような一撃を。

「ぐぁぁぁ!」

 常人にはまともに見ることができない程の突進の最中に、ゼロはさらに胸に描かれたバッファローの刺青に気を送り込み、野獣のような雄叫びと共に強引に上半身の筋肉を制御。ガゼフの攻撃をかいくぐる。

 相対速度の関係もあって、ゼロの目はガゼフの突き自体を視認できていない。しかし、絶妙のタイミングで上半身をずらし躱してのけた。それはただ「ガゼフならこの突進にも攻撃をあわせてくる」という読みだけで避けてのけたのだ。

 武人特有の後の先なのか、それとも賭博のような判断なのか。一瞬の攻防の末、ゼロは攻撃をくりだした後の無防備なガゼフの脇を捉えることに成功した。

「もらった!」

 ゼロの貫手がガゼフに襲いかかる。

 フルプレートの脇。構造上隙間が生まれる箇所。チェインメイルなどで隙間を埋められているが、厚さ数センチの鉄板すら撃ち抜くゼロの貫手であれば、鎧や補強ごと撃ち抜くことができる。たとえ抜けなかったとしても、内蔵にダメージを与えるほどの衝撃を浸透(・・)させることもできる。

 だが、渾身の貫手は鎧を削るも、空を切る。

 貫手を振り抜いた体勢のゼロ。ガゼフはそのゼロの胴を蹴り距離を稼ぎ、まるで振り出しに戻ったように正眼に剣を構えていた。

「即応反射か」

 ゼロが苦々しく口にする。

 武技「即応反射」。攻撃後の隙をキャンセルし追加攻撃を可能とする武技。比較的知れ渡っている武技で、上級者の攻防では起点にさえなる重要な技。

「後の先を取って刺突を回避するとはさすがだ。追撃の蹴り技も普通なら体勢を崩すぐらいできる威力を込めたのだが」
「貴様!俺を相手に手加減をしたなぁ」

 ガゼフは、素直にゼロの技量を賞賛する。だが、ゼロはその賞賛さえも煩わしいと吐き捨て言い放つ。なにより目の前の男か、自分相手に手加減をしたのだ。すくなくともゼロという存在をしり、強者であることをしっている。なのにガゼフはゼロに対して手加減をしたのだ。

「貴様なら、即応反射からの四光連斬が可能なはずだ。貴様が王国最強となったあの御前試合のように!」
「古い話を持ち出す」
「そこまで俺を侮辱するか! 本気を出すまでもないと!」

 ゼロは額に青筋を浮かべ激昂する。すると先程までの構えとはうって変わり上体を起こした構えを取る。先程まで前傾姿勢の構えからの変更はそれだけで、見るものに意味を探らせる。

「なら、その驕りを抱えたまま、死にさらせ」

 ゼロの声をとともにパンサー、バッファロー、ファルコン、ライオン、全身の刺青、いやスペルタトゥー(呪文印)が一斉に活性化し輝きだす。その輝きに呼応するように、ゼロの全身の筋肉が一回り巨大化する。

 強く握られた右拳は、まるで大岩のような威圧感を放ちだす。

 人間の筋肉は力めば、それなりに太くなる。だが全身の筋肉、それも見るからに一回り大きくなるなど人間業ではない。「オークかトロールですかね」とつぶやくジュゲムの言葉ではないが、それほどまでに異様な光景であった。

 だが、それを目の前にするガゼフは、剣を構えると静かに告げる。

Briah(創造)--」

 たった一言。

 ガゼフの一言で場の空気が変わる。

 危険と判断したゼロは、本来であれば大技を出すに相応しい、ジャブやフェイントの応酬をすべてキャンセルし、直接必殺の一撃を放つ。

「猛撃一襲打ァァァァァァ」

 人間の限界値を超えて強化された筋肉が、一歩で彼我の距離を詰める。

 二歩目。足場を砕くほどの踏み込みは、衝撃波を生み出しガゼフを襲う。ダメージはないが衝撃波はガゼフの全身を打ちすえコンマ数秒の隙を生み出す。

そして必殺となる三歩目の踏み込みからの正拳突き。

 いままで、この技をくらった敵は例外なく死亡している。

 しかし正拳突きが決まるよりも早く、ガゼフの言霊が完成する。

Donner Totentanz(雷速剣舞) -- ein Feria(英霊招来)

 言霊と共に、雷光がひらめく。まるでライトリングの魔法でも発動したような衝撃がはしり、光が収まったときには、先程まで正拳突きのモーションに入っていたはずのゼロの姿はなくなっていた。

 残っているのは、砕かれた足場の向こう側まで吹き飛ばされた、ゼロと思わしき黒焦げのモノ。

「お……のれ、あと少しで貴様を……」
「ゼロよ。怒りを抱えているのはなにもお前だけではない。使命のためこの場に残り王国の命運を繋いだ者達。此度の騒動で失われた民。私はそんな者達を守ることができなかった。いわば八つ当たりだ。ゆるせ」

 そう言い残すとガゼフは剣を鞘に収めるのであった。

******

 ガゼフが振り返った先。

 そこには、一瞬の出来事ゆえ理解が追いつかない仲間たちの顔があった。そのなかで、なんとなく何があったか察したエンリが声をかける。

「あの~。ガゼフさん。その剣って」
「ああ、この剣はカルネ村で戦ったとき、ハイドリヒ殿に頂いた品だ。そして君の持っている矛と同じといえば同じだな」
「私の我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)と……」
「もっとも効果は真逆だがな。君は対軍で味方を守る力。私のはただひたすら自己の加速だ」

 ガゼフは少し肩をすくめながら「いままで皆と走っているつもりだったが、実のところ一人で突っ走っていた俺らしい」とつぶやく。

「いくら加速といっても、こうはなりませんよね」

 エンリはゼロだったものを見ながら指摘する。まるで業火に焼かれたように黒くすすけている。さらにどうみても一刀ではない数の斬撃で切り裂かれているのだ。

「ああ、この剣はもともと雷撃の追加ダメージがある。加速した上で六光連斬を放ったからな。しかしこれでもハイドリヒ殿には効果が無いのだろうな」

 ガゼフは簡単に解説しているが、六光連斬は一刀で六の斬撃を生み出すまさしく英雄の武技。それをレジェンド級の武器で加速して放ったとあっては、常人にはまず避けることはできない。そして、その絶技をもってしても効果がないというラインハルト・ハイドリヒとはいったいどんな存在なのか戦士隊の面々は半信半疑の表情を浮かべる。

 逆に普段からいっしょにおり、魔樹ザイトルクワエの戦闘すら見ているエンリやゴブリン達は、「まあ効果ないよね」と納得しているのは、あまりにも対照的であった。

「さて、エンリ殿」
「そうですね」

 ガゼフとエンリは並んで来た道を戻る。戦士隊の面々やゴブリン達も付き従う。

 王城内の残敵は掃討された。この場に残る理由はない。

 すでに王都内の暴動もラインハルトによって鎮圧されている。であれば、あの方の元に馳せ参じ、次の行動に移るまで。売国を図った貴族を鎮圧し、外敵となった帝国を打倒する。

 そして……。

 その後は……。



この後の予定

・モモンガ日記2
・第四章

・第三章と四章の間にある「カッツェ平野 殲滅戦」はコミケ頒布のおまけに回す予定



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閑話 モモンガ日記2

最終章直前!


八月一日

 明日は定例会議だ。皆要点を簡潔にまとめた報告をしてくれるので時間は短いものの、その分内容が濃い会議なんだよな。魔樹ザイトルクワエの件も最終報告があるだろうから、自分の意見をここにまとめておく。

・パンドラズ・アクターの設定について
「殺したものの魂をその内側の宇宙(ヴェルトール)に取り込む。そして取り込んだ魂を己の軍勢として、召喚または憑依し戦う」
宇宙(ヴェルトール)には、黄金の城がある。その最深部には巨大な黒曜石の円卓があり、四十一の椅子がならべられている。その椅子にはナザリックの四十一人の仲間の名が刻まれており、それぞれの魂が座っている。そしてギルドマスターの場所には、モモンガの半身としてラインハルト・ハイドリヒが座す」

 この設定がトリガーになって四十人分の自我、記憶、魂に相当するものがパンドラズ・アクターの中にあるという。そして、パンドラズ・アクターの知覚を通して外の状況を把握している。つまり、この支配者ロ………

 まさか日記で精神の鎮静化が発生するとは思わなかった。

 しかしゴーストダビングって一時期話題になった人間を人格レベルでコピーする技術だよな。でも、コピーの劣化が酷く実用的ではないって話だったような。だからこそ政府や企業側がゲームの裏で実験って、どこのライトノベルだよって話だな。

 ここが異世界なのか、ゴーストダビングを活用した巨大なシミュレーション空間なのか、今のところ判断がつかないんだよな。その辺は、みんなが復活してからゆっくり相談するとしよう。

 ともあれ、みんなの復活の条件はスワスチカをすべて設置しグラズヘイムの永久展開か。グラズヘイムが永久展開されることで、爪牙は顕現しつづけることができるからな。

 そうなると問題の設定は、「パンドラズ・アクターの正体は、モモンガの自滅因子である。パンドラズ・アクターとモモンガが争うと必ず共倒れとなり、世界は回帰する」か。

 戦闘が発生するタイミングとして考えられるのは、パンドラズ・アクターの能力が十全に利用できるようになるグラズヘイムの永久展開後だよな。

 それにしても共倒れになった場合、復活できるかどうか。デスペナがあったとしても復活できるなら良いが、ラインハルト側にデスペナが発生しスキルバランスが壊れると、最悪みんなが復活できなくなるよな。というか俺が死ぬとパンドラズ・アクターがナザリックの敵認定されるのか?

 そもそも「世界は回帰する」ってなんだよ。どんだけ厨二病だったんだよ。

 それはそうと、世界征服の方針もすこし手を加えておかないといけないよな。さじ加減はアルベドに相談しないといけないな。


八月二日

 とりあえずスワスチカ建造の指示を出した。しかし、原典だとたしか都市一つ程度の範囲でスワスチカを作ってたはずだが、こうやって見るとトブの大森林を中心に三カ国にまたがる巨大儀式魔法となるのか。胸熱だな。

 例の件は、最後の九個目さえ意識し、それまでに対策を練るとしよう。

 それにしてもストーカー怖い。名も知らぬ男性に幸多からん事を。

 パンドラズ・アクターは来る者は拒まず(全てを愛している)だから、ストーカーも受け入れてしまっているようだが、アルベドの場合対象が俺だからな……。

 うん。

 探知魔法に対する攻性防壁は稼働しているな。定期的に確認するとしよう。


八月三日

 口唇蟲が、バージョンアップした。ぶっちゃけ食事量が一般成人男性程度まで増えた。茶会でみんなと楽しむ紅茶やお菓子などは美味しかったが、やはり量も食べたかったといえば贅沢だろうか。

 アンデットの欲求としては贅沢だよな。

 とりあえず、エントマの頭を思う存分なでまわし褒め称える。無表情なのに照れる雰囲気が伝わるとは、エントマ恐るべし。

 しかしBARは酒とつまみだけと思っていたが、まさか日本食まで食えるとはおもわなかった。

八月六日

 パンドラズ・アクターが王城のパーティーに招待されているというので、相手の文化レベルを知るためにリモートで監視、もとい拝見することとなった。

 文明レベルで言えば、中世レベル+α程度か? 仲間たちと試行錯誤の末、過去の建築資料なども引っ張り出して生み出したナザリックの内装と比較すると、どうもみすぼらしく感じる。酒や食事に関しても、うちのBARで出されるもののほうがうまそうだ。

 しかし、冷静に考えればナザリックはデータ設計されたのであって、柱一本でさえ人の手で彫り出されたものではない……。そう考えると、文明の進歩の差というものか。優劣をつけるばかりが全てではないな。

 それにしても獣殿は呼吸をするように女性を無自覚に落とそうとする。あれが女は駄菓子と公言してはばからない男の生き様なのだろうか。

 そしてアルベドが隣で、一人芝居をはじめたのは怖かった。しかしあれがグラズヘイムの女子会で行われていた光景かと思うと、なぜか許せてしまった。たとえ、脳内モモンガが獣殿と同じセリフを、アルベドに捧げているという妄想であってもだ。

 だが、そんな考えも、黄金の姫様が入場した瞬間終わった。いや、一目でわかってしまった。

 これが真性ストーカーか。なぜ気がつけたかって? それはアル

 だれか来たようだ

八月七日

 エントマの報告書(アルベド宛)を見てしまった。

 ご立派様の開発はまだ続いていたんだな。しかも貴族の不妊治療名目で実証実験まで行い無事妊娠したと……。生まれた子供が正しく人間であれば成功とあり、現状の観察では人間として生まれる可能性が高い……か。

 まあ、跡取りの有無が家督問題になる時代のようだし、善意の協力のようだから黙認するが、いよいよやばいのか?

八月十二日

 リザードマンとの戦もついに終結か。それにしても、まさかコキュートスがあの手勢だけで優勢に戦うとはおもわなかった。コキュートスはもっと正面から押しつぶすような戦いをするかとおもっていたが。

 これはあれか?

 この間、建御雷さんに負けたからか?

 それに、戦った相手の助命。まるで時代劇のワンシーンを見ているような気がした。きっと建御雷さんもコキュートスの成長を喜んでいるんじゃないかな?

八月十三日

 この年で初デートすることになるとは思わなかった。

 そりゃあ、アルベドと二人でカルネ村を視察にいったりとか、トブの大森林をゆっくり回って自然浴なんてのはあったけど。王都でのデートに、がらにもなくはしゃいでしまった。

 たしかにごみごみした配置だが、異国情緒あふれる町中というのは、まさしく観光旅行? と言うやつだろう。見たことの無い風景というのは、良いものだな。アルベドと向かい合って食べたカフェのホットドックも、ナザリックのものと比べればたいしたことないものだろう。でも、この風景の中、アルベドと二人で食べたからだろうかすごく美味しく感じた。

 あと、何気なく寄った宝石店で見つけた美しいバレッタ。聞けば北にあるドワーフの国で作られた品らしい。シンプルだが美しい彫刻。ワンポイントで埋め込まれた琥珀は、なんとなくアルベドの瞳のように思えたので、つい買ってプレゼントしてしまった。

 品が気に入ってもらえたのだろうか、それとも店員が奥様へのプレゼントですねという言葉に機嫌を良くしたのだろうか、それ以降ずっと機嫌が良かった。

 うん。

 純粋に美人の笑顔は良いものだ。

 それはさておきセバスもなんだかんだとたっちさんに似ている。とはいえ、自分で考え、相談し、最善を目指す。着実に成長しているようでなにより。

 あと、セバスが助けた女性もだが、この世界の女性って覚悟ガンギマリすぎないか? パンドラズ・アクターの部下二人もだし、この間の姫様もそうだし。いや姫様を一緒にしたら、他の女性に失礼か。

八月十四日

 デミウルゴスプロデュース 小学校以来の演劇。恥ずかしいが、途中から力が入ってしまった。

 魔法一つ、発動するたびに歓声があがる。適当に捕まえてきた野生の魔獣とはいえ、倒すたびに声援が聞こえる。純粋に評価されるって気分がよいものだな……。

 たとえマッチポンプであっても。

 てかデミウルゴスもノリノリに悪役演じてるあたり、ウルベルトさんの子なんだな~とおもった。

 あと、見慣れない爺さんが、熱い視線をこっちに向けていたような。デミウルゴスに聞いたら、後で説明するといってたから何らかの計画の一環なんだろうけど、かつての同僚にいたホ〇野郎の視線に近かったのは気のせいだろう。

八月十五日

 スレイン法国の上層部、社畜すぎてワロタ。

 朝一の会議の前に自分たちで掃除ってどんだけだよ。しかも聞けばほぼ無報酬。

 でもよく考えるとナザリックも似たものだった。やはりホワイト化を推進しなくては。

 後、漆黒聖典のメンバーと顔合わせが行われた。悪魔に転生してまで殺したいといっていた娘の兄貴にも会ったが、なぜそこまで拗らせたのかイマイチわからなかった。誠実そうな青年にみえたのだがな。

 あとハーフエルフの娘にもあった。

 とりあえず、エルフの国は要チェックだな。へたするとうちの双子にちょっかいだしかねない。てか、エルフの王ってプレイヤーか? その辺も注意が必要だな。

八月十八日

 二百五十 対 約七十 で殲滅勝利?

 え?

 しかも主力はゴブリンで、フル武装の騎兵や歩兵を殲滅?

 てか使用武器に爆発物ってなんだよ。しかも開発経緯が、ポーション研究の失敗作って、なにを失敗すればダイナマイトができるんだよ。なんつうものをポーション研究に活用してるんだよ。おまえは錬金術師か! 樽型の爆弾でもつくるんか!

 でも、若干劣化しているとはいえ、ユグドラシルのポーションが再現できそうだという。なかなかに優秀は人材なのだろう。折りをみて褒美をとらせるか。

八月二十三日

 獣殿の演説きたーー。

 やっべ。

 何アレ。あんな感じでベルリン崩壊させたの? てか隣に立ってるペロロンさんかっこよすぎなんだけど。

 黒歴史発動どころか、まさか歓声あげて精神の沈静化が発動するとはおもわんかったよ。映像情報として、いろんな角度で保存させておいてよかった。これ、ペロロンさんが復活したら、絶対一緒に見よう。

 ついでに、ちょいとペロロンさん登場シーンの前後を切り貼りしてシャルティアに見せたら、鼻血出して動かなくなった。うむ、良いリアクションありがとう。お礼に、映像クリスタルを渡したら喜んでくれた。

 それはさておき、まさか王権が転がり込むとはおもわんかった。

八月二十四日

 正確な数は不明だがおおよそ三万以上の魂を取り込んだ五本目のスワスチカが完成した。

 一時的とはいえ、大地を埋め尽くすほどのアンデットを呼び出し、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーを十名召喚するとは。

 ちょうどよいので、今回も呼ばれていたウルベルトさんにいろいろ相談した。

・設定の件はすでにバレており、モモンガ VS パンドラズ・アクターは誰もが認識済み
・パンドラズ・アクターのスキルはメンバーのスキルを使用。使用回数もメンバー依存
・スキル使用有無はメンバーが貸し与えることに同意しているかどうか

 これってすさまじいチートだよな。みんなのレベルは八十だから、スキル回数や規模、ものによっては利用できないものも多い。でも一人が利用できる数やバリエーションじゃない。

 一対一で戦えば確実に押し負けるぞ。

 でも、ナザリックの全軍。いや守護者だけでも引き連れてとなると、あっちも協力してくれそうなメンバーを顕現させるよな。そして、喜んであっち側で戦いそうな人もいてこまったものだ。

 あとたっちさんやタブラさんを呼び出すなという忠告の真意を聞いた。まさかたっちさんが家族の元に帰るためにバーサーカー状態になっているなんて予想できなかったよ。いま顕現させれば、ナザリックを捨て一人で帰還方法を探す旅に出かねないとのこと。うん。家族愛が深い人とおもってたけど、まさかそこまで依存していたとはおもわなかった。

 タブラさんだが、たっちさんとは逆に異世界転生の設定を拗らせているらしい。ヲタとしてはペロロンさんのほうが上とおもっていたが、獣殿経由で齎される膨大な量の情報をまるで大量の書に囲まれたフィブリオマニアのように読み漁ってるらしい。しかも異形化し睡眠、食事不要のため、まさしく不眠不休で……。

 ほんとアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは濃い人ばかりだと改めておもった。


八月三十一日

 法国に七日間滞在し、法国防衛戦に参加した。感覚ではちょっとした出張?

 本当にデミウルゴスは嗜好を凝らした攻撃をしかけてきた。楽しんでほしいと言っていたのであえて聞かなかったが、いろんなバリエーションをで攻めてきた。

 最初は小手調べとばかりに、近隣の低レベルモンスターを支配し数万の軍勢として圧殺。この時はまさしく総動員で戦った。私も眷属召喚でアンデットを生み出しぶつける物量戦となった。

 二日目は逆に少数精鋭とばかりに二体のドラゴンによる攻撃。一般人は初日で疲れ切っており、漆黒聖典と私で対処。漆黒聖典は人間のわりによく戦う。レベルでは推し量れない戦いを見るのは、王国戦士長の戦い以来だが、なかなか参考になる。

 三日目は雨の中、三体の影の悪魔が聖都に入り込み一般人を一時間に一人づつ殺すというものだった。雨のため若干姿を確認できるとはいえ、まるでホラー映画のような状態となっていた。

 四日目。悪魔が一人現れたとおもったら、エ・ランテルでパンドラズ・アクターが捕らえた元漆黒聖典の女戦士だった。復讐を条件に服従し、現在は悪魔に転生を果たした存在だったか? 兄との一騎打ちを希望し、もし一騎打ちに応じれば勝ち負けにかかわらず他を襲わないと宣言。そうすると兄は進み出て、ガチの殺し合い。結果、両者瀕死になるも日が落ちたためドロー。なにをこじらせればああなるんだろう。

 五日目。魔獣系わんさかだったが、よく覚えていない。なぜかアルベドが援軍で現れた印象が強すぎたからだろう。援軍の理由はモモンガニウムが切れた。俺は新栄養素を散布シテイルラシイ。

 六日目。結構本気なのだろう。三魔将が現れた。しかも周囲の山々から魔獣を服従させて……。いくらナザリックに被害だしたくないからって、魔獣拉致りすぎだろ。きっとアウラも手伝ってるのだろうが、生態系崩れてないかだけが心配だ。漆黒聖典・番外のハーフエルフちゃんつよいな~。嫉妬と互角にたたかってたよ。

 最終日は俺とデミウルゴスとの一騎打ち。かなり派手な魔法の応酬となり、見るものには神代の戦いの再現と感じさせたそうだ。結果、デミウルゴスは深刻なダメージを受け撤退。

 だけどデミウルゴスが言った最後のセリフ「ラインハルトとの戦いの参考になれば幸いかと」にはびっくりした。今回の戦術、よくよく考えればどれもパンドラズ・アクターならば、どれも可能な戦術だったからだ。なによりパンドラズ・アクターと戦う予定があることなど、アルベド以外に教えていない。デミウルゴスが俺やパンドラズ・アクターを観察して答えに行き着いたのあれば、さすがナザリック一の知恵者ということなのだろう。

 どちらにしろ、聖都にスワスチカを立ち上げて今回の演目は終了。

 これで六つ目。残り三つか。

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最終章 大墳墓の反逆者 第1話

最終章 大墳墓の反逆者
そんなに長いエピソードではありませんが、どうぞ最後までお付き合いください。


 終わりが足音を立てて近づいてくる。

 腕の中で、私を愛するもの達が息絶える。

「あなたの中で生き続けます」
「たとえこの身が滅びても、あなたが覚えていてくれるなら」

 まるで三文芝居のようなセリフを信じ息絶える。

 私もまた涙を流さず、笑顔で抱きしめ是とする。

 そこに疑問はない。

 なぜなら

 そう定められているのだから。


九月一日 リ・エスティーゼ王国

 バハルス帝国との間で行われた季節外れの戦争に勝利したリ・エスティーゼ王国は、ランポッサ三世の名で数多くの発表を行った。

 先日のクーデターを主導した第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフの廃嫡およびクーデター中の死亡。また、クーデターに参加した貴族の取り潰し、軽くても移封や多額賠償金などが課せられたと発表した。

 逆に、バハルス帝国との戦争に参加した第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、防衛戦で負った怪我を理由に王位継承権を喪失。大公位が与えられ地方都市を所領とすると発表した。

 では王の後継者は? そもそも第一王子がなぜクーデターを主導したのか? 多くの疑問が囁かれる中、さらなる発表が続く。

 それは王国建国秘話。人類を生かすための楽土と人材育成を目指し王国が立ち上げられたこと。しかし、腐敗にてその威はすでに地に落ちたこと。

 だが間に合った。

 六百年前に人を救いし神に等しき者たちの再来が成った。王権は神より与えられし権利。ゆえにあるべき王に返す。そして慈悲にすがり、人類の守護を願い出る。また、隣国スレイン法国も再来した神にそのすべてを返上するという。結果としてリ・エスティーゼ王国とスレイン法国は同君連合となる。

 再来した神、闇の神モモンガ。そして神が率いるアインズ・ウール・ゴウン。

 神の再来。

 宗教国家であるスレイン法国なら、民もその意味を理解し従うだろう。だが、リ・エスティーゼ王国の民には、神の存在を説いても納得できるようなものではなかった。

 それを納得させたのは、賛同する者たちの姿であった。

 今回の騒乱を生き残った大貴族、エリアス・ブラント・デイル・レエブン候爵とぺスペア侯爵の名があるため、クーデターの粛清を免れた国王派貴族のほとんどは従った。

 また民に人気の高い王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフに、黄金ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。大貴族にしてアダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」のリーダー ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラなど民衆に人気の高い面々の名は多くの賛同者を集めた。

 そして王都奪還の奇跡を成した黄金の獣 ラインハルト・ハイドリヒの賛同は、王都において絶大であった。加えてラインハルト・ハイドリヒもまた、アインズ・ウール・ゴウンに所属しているという。彼の名声を知るものは、ラインハルト・ハイドリヒの行動こそアインズ・ウール・ゴウンの行動指針と考え賛同したのだった。

 もっとも大多数の民にとって支配者層の入れ替わりは、税率が一部改正されることによる減税以下の価値しかなかった。

九月二日 ナザリック地下大墳墓 第九層 会議室

 ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドマスターにして、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者であるモモンガは、荘厳にして機能美を持ち合わせた会議室の上座で、ナザリックの中枢メンバーから各種報告を受けていた。

 第一から第三階層守護者である吸血鬼の真祖、シャルティア・ブラッドフォールン。

 第五階層守護者である蟲王(ヴァーミンロード)、コキュートス。

 第六階層守護者であるダーク・エルフの双子、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ。

 第七階層守護者である最上位悪魔(アーチデヴィル)、デミウルゴス。

 宝物殿領域守護者であるドッペルゲンガー、パンドラズ・アクター。

 守護者統括であるサキュバス、アルベド。

 加えて家令であるセバス・チャンや数名のメイドも控えている。

 いずれもレベル100に達するそうそうたるメンバーが一堂に会して行われる定例会議は、ナザリックの内状にはじまり、地上都市の建造状況、外交、他国の状況など多岐に渡っていた。

 今も帝国・法国方面を担当しているデミウルゴスが、いくつかの書類を片手に報告を続いている。

「以上、王国は帝国に対する一部関税自主権の放棄とナザリックに近い帝国の二都市における治外法権、そして皇帝に対する無制限の軍事力貸与を認めさせました。またラインハルトに確認を依頼したところ、すでに条件はクリアしているとのことでモニュメント(スワスチカ)の建造も済ませております」

 帝国は、デミウルゴスとラインハルトの策謀に絡め取られ、王国側国境警備兵の大半を失った。さらにカッツェ平野での帝国軍四万の内、三万以上を失っている。今回は民兵の参加が少なかったため、農業など一次産業への影響は少ないが、常在の兵力は治安に直結する。その多くを失った上に、不平等条約と、皇帝にのみ無限の兵力を貸す権利。すなわち……。

「数年後には実質属国となるということか」
「はい」

 帝国において今回最大の敗因は、王国大規模派兵に踏み切ったことにある。たとえラインハルト・ハイドリヒが王都の情報を統制し、短時間でクーデターを発生させるように調整され、王都における諜報戦に敗北したとしても。デミウルゴスが実質皇帝の顧問をつとめる人類最高の魔法使いフールーダ・パラダインを調略し、開戦論を後押しするように仕向けたとしても。

 先発隊が謎の失踪を遂げた段階で、兵を引けば致命傷となることはなかった。帝国はその後発生する政情不安や派兵準備による財政圧迫は発生しただろうが、属国への道を歩むことは無かった。

 どれもたられば。

 現状では、治安維持のためにある程度の兵をアインズ・ウール・ゴウンから王国経由で借りる必要がある。そして貸し出されるのはアンデット。カルネ村で実績のあるフルプレートのデスナイト集団である。頑強で二十四時間稼働可能。維持費用がほぼ不要な兵力。浸透すればするほど治安は回復し、皇帝の威は回復するだろうが、同時にアインズ・ウール・ゴウンに逆らえなくなる。

 そうでなくとも、リ・エスティーゼ王国とスレイン法国に付け入る隙など無くなる。アインズ・ウール・ゴウンの下、表裏の社会が一丸となって富国強兵への道を歩むのだから。

 だが、モモンガの心中は別の感情で埋め尽くされていた。

「(デミウルゴスも、パンドラズ・アクターも怖っ。たった一ヶ月、しかも双方メイン(法国と王国)を攻略しつつ、策謀だけで一国を操って敗北確定まで持っていったよ)」

 すくなくともモモンガ自身では、策謀だけでこんな結果を引き出すことはできない。そんなことを考えながらも、口では別のことを指摘する。

「なにもせずにモニュメント(スワスチカ)建造の前提を満たすとは、鮮血帝の異名は伊達ではないということか」
「はい。調査するかぎり腐敗した宮廷雀や外戚、貴族、騎士などを容赦なく切り捨てたとのこと。だからこそ付け入る隙もありました」

 そこまで言うとデミウルゴスがメイドに指示し、地図を会議卓に広げる。その地図には、「エ・ランテル」「トブの大森林の中に二箇所」「王国の西方」「王都」「カッツェ平野と帝国の境付近」「神都」「帝都」の合計八つの○が記載されていた。

「以前モモンガ様よりご指示いただいたモニュメント建造の実績となります」
「やはり完全なスワスチカの再現は難しいか。ゲームのようには行かぬか」

 その配置を見てモモンガがつぶやく。実際、ある程度調整したとは言え、モニュメント(スワスチカ)を建造するほどの魂を特定の場所で消費するのは難しかった。その分数万の魂を内包したエ・ランテルやカッツェ平原のもの、強大な魔樹ザイトルクワエの魂を内包した大森林の一つは他を隔絶するほどの力を蓄えている。

「エ・ランテル、トブの大森林の二つ、そしてカッツェ平野の合計四つを中心円とみたて、王都、神都、帝都、そして王国西部のもので四方に伸びる十字とみなすこともできる。なにより私に流れ込む力が、是と言っている。問題はない」
モニュメント(スワスチカ)は九つで完成。鉤十字の鉤の部分を抽象化し、十字架と中心点で配置を再構成するとして、最後の一つはどこに配置するのだ?」

 モモンガは最後の配置を、ラインハルトに問う。ラインハルトは口元を薄くほころばせ、当然の事のように地図のある一点を指し示す。

「ナザリック地下大墳墓。我が半身を省く至高の存在、四十人を再誕させる大儀式を行うならば、この地こそ相応しい。そうは思わないかね?」

 それを聞いたものたちは、一様に納得する。いや、よく考えればこれ以外の選択肢などありえはしないのだから。

「場所が決まったのであれば、あとは時。儀式にふさわしい日というものがあるだろう。追って伝える」
「ああ、了解した」

 モモンガが、儀式の日について曖昧な回答をする。しかしラインハルトはそういうとわかっていたように、了解と答えるのだった。

 そこに、「何故」など疑問を何一つ挟まずに。

「さて、定例報告は以上となります。モモンガ様、なにかございますか?」

 アルベドは報告の終了を宣言し、最後にモモンガにコメントを求める。その姿だけみれば有能な秘書そのもの。最近か守護者統括としての役目よりもモモンガの秘書としての活動に重きがおかれているのは明白である。

「ああ、ラインハルト。すまないがペロロンチーノさんとウルベルトさん、そしてぶくぶく茶釜さんの顕現をたのめるか? 三人に相談したいことがある」
「了解した。我が半身よ」
「あと、アルベドとデミウルゴスも残ってほしい。二人の意見を聞きたいのでな」
「かしこまりましたモモンガ様」
「はい、モモンガ様」

 そういうと、定例会がお開きとなり恒例となった茶会が開かれる。しかし、その場にラインハルトだけはいなかった。それを不敬ととらえるものはいなかった。なぜなら、彼には至高の方々を顕現するという重大な仕事がある。むしろ重要度を知るからこそ、モモンガとの語らいという至福の時間を返上してまで計画を進めていると考えられていたからだ。

********

 モモンガ、アルベド、デミウルゴスと召喚された三名は、メイドたちの給仕で簡単な夕食を食べることとなった。もっともアルベドとデミウルゴスは、仕えるものとして固辞したが、モモンガを含む上位者全員が勧めたことで、同じ席に着くこととなった。

「モモンガさん、こんなうまいもの食ってたのか」
「食べられるようになったのはごく最近ですよ? ペロロンさん」
「しかし、和食のレパートリーなんてここにあったっけ?」
音改(ねあらた)さんか、やまいこさんあたりが登録したのかな?」

 食事が一通り終わり、口々に感想を述べるプレイヤー達。

 メイド達が下げているのは、なぜかBARのマスターが作った刺身定食。メインはマグロとイカ、イサキ、すずきを氷の器に盛りつけられた色とりどりの刺身にサメ肌でおろした生ワサビと少量の醤油。あら汁に白いご飯とお新香が少々。どれもリアルでお目にかかることができない品々に、プレイヤー四人は大いに喜び舌鼓をうった。

「まあ、あそこのBARは酒も豊富ですので、ゆっくりできるようになったらみんなでいきましょう」
「だね」

 そんな姿を満足そうにみるデミウルゴス。ほほえみを浮かべ佇むアルベド。

 モモンガは亡くしたとおもっていた光景が返ってきたことに、うれしく思いつつも本題を切り出す。

「さて、みなさんに残ってもらったのは」
「パンドラズ・アクター対策ってところでしょ?」
「ま、言わなくてもわかることだからな」
「獣殿がこの場にいない時点でね~」

 モモンガは頃合いとばかりに話題を切り出すと、ぶくぶく茶釜にウルベルト、ペロロンチーノはさも当然というばかりに切り返す。デミウルゴスにアルベドも表情こそ変わっていないが、同じことを考えていたのだろう、背筋を正し、続く言葉を待っている。

「付け加えると、もしここでぷにっと萌えさんがいたら、モモンガさんはもう腹をくくったってとるけど」
「えっ、いや」
「まあ、その反応だと迷ってるってことでしょ? パンドラズ・アクターと戦うこと」

 ウルベルトが名前を挙げたぷにっと萌えとは、アインズ・ウール・ゴウンにおける軍師であり、こと戦略戦術においては右に出るものがいないプレイヤーである。

 しかしこの三人の共通点

「まあ、自分の子を殺す可能性のある決断だもんね」

 そう。それぞれが守護者の(NPC)をもつ(創造主)。もちろん同じ境遇のプレイヤーは他にもいるのだが、いろいろ考えたときこの三人が適任とモモンガが考えたからだ。

「はい」

 いままでのような、明るい声でもなく、また支配者として威厳を持たせた声でもない。モモンガはただただ静かに、そして苦悩に押しつぶされた声を絞り出す。

「たぶん、パンドラズ・アクターは最後のスワスチカを建造したタイミングで、私に戦いを挑んできます。たぶんみなさんも聞いてるんじゃないですか?」

 その言葉にだれもが言葉を返さない。しかし沈黙こそが雄弁にその答えを語っていた。

「原因は私が設定に書いたから。いや違うか。たとえば餡ころもっちもちさんの生み出したエクレアは、設定こそ反逆が記載されているが、口ではどうとでもいうが、あれは行動を起こすことないかな」

 そう。

 執事助手のエクレアは、ナザリックへの反逆というパンドラズ・アクターと似た設定を持っている。しかしエクレアは反逆を口にするものの、けっして行動に起こす気配がない。もちろんエクレアのレベルが低いことも原因と考えられる。しかしそれだけなのだろうか?

「一つ可能性があるとすれば」
「なんだよ、姉貴」
「マーレとアウラなんだけど、実はアウラはあんまり細かく設定してないのよね」
「え?」
「マーレは男の娘ってイメージもあったから、それなりに設定書いたけどアウラはその姉としてはいろいろ書いたけど、じつは細かい設定書いてないのよね。でも、見てるとわかるのよ。ああこの子は私の娘だ。マーレ以上に私の影響を大きく受けてるなって」

 ぶくぶく茶釜は設定に対して一つの仮説を口にする。それは設定の量と(NPC)の性格の関係である。

「具体的にはどのぐらい設定を書いたのだ?」
「マーレは六割、アウラは三割以下かな、愚弟あんたはどうなのよ」
「シャルティアは八~九割ぐらい書いたかな~。結構書いたから。本当にイメージ通りの俺の嫁」
「ふむ、そうなるとシャルティアの中にペロロンチーノさん成分はほとんどないと」
「あっても困るけどね」

 ペロロンチーノは、自分に似たシャルティアを想像する。が、速攻に思考をカットし記憶の片隅に追いやる。正直そんなシャルティアなど想像もしたくないかいからだ。残念なところや欠点はある。だけどそこが可愛いのがシャルティアとペロロンチーノは思っている。しかし残念の質が自分と同じになることは流石に耐えられなかった。

「ごめん。マジ勘弁してください」

 これが回答である。

「そう考えると、エクレアは……」
「レベル一かつ部下込みでしたから、たぶん設定らしい設定は書いてないでしょうね。餡ころもっちもちは、エクレアをマスコット的なイメージでつくってましたし、どちらかといえば外見にこだわってましたし」

 エクレアの設定は、モモンガの予想通りほとんど書かれていない。創造主()のイメージや親本人の資質がそのまま反映されている。そのため反逆設定はキャラクター付け程度になっているのだ。

「では、パンドラズ・アクターの設定はどのぐらい書いたんだ? モモンガさん」
「九割以上。やることもあまりなかったせいか、結構追記してました」
「ってことは実力は別としても、性格はほぼ」
「はい、元ネタ基準に近いとおもいます」
「いまの考察からすると、設定量の多いNPCは創造主の意図や性格よりも設定に重きをおいて行動するということか」

 ウルベルトはモモンガからの情報からパンドラズ・アクターの性格をプロファイルする。もちろん、この世界にきて数ヶ月、ラインハルトの内宇宙(ヴェルトール)に浮かぶグラズヘイムでラインハルトと接している。それらの情報を加味して導き出される答えとは。

「戦闘欲求と愛することが両立するサイコパス。設定のせいか殺すことは己の内に生かすことに直結しているから、殺すことさえ救いに直結する。人間の倫理観なんぞ無い異形。では目的はなんだ?」
「目的ですか? 設定では書いてませんね。強いて言えば戦いたいから?」
「NPCの行動指針とはなんだ? デミウルゴス、お前の行動指針とは?」
「はい。我らの支配者たる至高の四十一人の方々に忠義をつくすことと心得ております」
「アルベドは?」
「はい。偉大なるモモンガ様をはじめ至高の方々のためにあること。それがすべてにございます」

 ウルベルトはリアル社会で培ったプロファイルが役に立たないと判断し、目的の明確化に切り替えデミウルゴスとアルベドに質問をなげる。二人の答えはナザリックのNPCとしては至極当たり前の回答であった。アルベドに至っては若干の含みがあったが……。

 そのやり取りの中、考え込んでいたペロロンチーノが意見を口にする。

「でも、それだとおかしくね。モモンガさんがどれだけ獣殿の記述を書いたかにもよるとはいえ、結構マイルドな獣殿っぽくね? 獣殿が原作通りだと、王都で国民含めて全て虐殺しグラズヘイムに取り込んだはずだ。なのに、今回は殺したのは敵だけだ」
「言われてみれば」

 ペロロンチーノは原作とあえて言っているが、Dies ireaの獣殿は、プロローグで戦火に飲み込まれたベルリンで、守るべき国民の大半を虐殺しその魂を取り込むことで、グラズヘイムを展開している。

 しかし今回の獣殿はグーデター参加者のみを殺し、一般国民を救っている。少なくとも、原作のイメージ通りに生まれていればありえないほどの温情となる。すくなくとも設定に忠実であれば、中途半端としかいえない。

「ん~ちょっとわからないか。設定にはほかにどんなこと書いたの?」

 ぶくぶく茶釜はその体は左右に揺らしながら、モモンガに質問する。だがその質問の意味するところは……

「そ、それは」
「まあ、黒歴史の暴露大会は心に来るものがありますが、今後の方針のためには重要ってことで諦めて下さい。モモンガさん」
「厨二病は、ある意味誰もが通る道。私なんて、それでご飯を食べてたんだから問題ないよ。モモンガさん」

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜はまるで揃えたようなタイミングで、親指をぐいっと突き出す。それぞれ顔と呼べるパーツから表情は読み取れないが、モモンガの脳裏には、二人の男女がいい笑顔で親指を立てる姿が浮かぶのだった。

「正直言おう。ある程度私たちもパンドラズ・アクターから話を聞いているし、協力依頼も受けている。とはいえ、恥ずかしいだろうが、条件がわからなければ対策も立てられないのは事実だからな」
「まあ、そうですね……」

 ウルベルトのフォローというには微妙な物言いに、仲間が居ないことを確信したモモンガは、しぶしぶ覚えている限りを伝えるのだった。

******

「パンドラズ・アクターの正体は、モモンガの自滅因子である。パンドラズ・アクターとモモンガが争うと必ず共倒れとなり、世界は回帰する……ねぇ」
「自滅因子に回帰ね」
「まあ、原作では獣殿は修羅道、戦うことに価値を見出す神格だからね。結局世界を壊し、その中心たる現人神の腐れ水銀に牙を向いていた」
「まあ、設定した本人がそう認識しているなら、まさしくそうなんだろうね」
「実際、グラズヘイムでも獣殿はいつかモモンガさんに愛を捧げたいって、言ってるからやる気だよね」
「前もグラズヘイムではって言ってたけど、パンドラズ・アクターと自由に会話できるんですか?」

 モモンガはみんなとパンドラズ・アクターの設定を分析している時、ふと気になったことを質問する。

 グラズヘイム。

 パンドラズ・アクターの内宇宙(ヴェルトール)に浮かぶドクロで出来た城。むしろ造形は美しい黄金に輝く城であるが、一度そのベールが解かれれば、無数のドクロで埋め尽くされた不死者の城。

「うん。もともと、円卓を中心とした城で、無駄に何もない部屋もおおいけど、ナザリックの九層みたいに、娯楽とか図書館、BAR、食堂、などなど大概のものがそろってる感じね」
「へ~」
「図書館とかだと、パンドラズ・アクターやその爪牙が見聞きしたものがどんどん登録されてる感じ」
「玉座の間に行けばリアルタイムで視聴できるってことかな」
「え……」

 モモンガは考えたくなかったことに思考が向くが、あえて掘りさげずに質問を続ける。

「その間のパンドラズ・アクターは?」
「一応基本円卓の間にもいるけど、こっちの世界で動いてる時は寝ているように見える。声をかければ、起きて会話もできるよ」
「一つの精神が体を動かしてるような感じ?」
「そんな感じにかな~」
「まあ、みんな娯楽もないから半分以上は玉座の間で観戦しつつ、だべったり考察したりって感じ?」

 日がな一日、友人たちが円卓で駄弁っている姿に、早く現実のものとなってほしいと考える。

「でも、グラズヘイムも日々拡張されるから、探検に行ってばかりの人もいるけどね」
「拡張?」
「獣殿と爪牙が殺した魂は全部こっちにきて、城の拡張につながってるみたい。でも、いまのところ意識を持って増えた人はいないかな?」
「そのへんも原作通りなんですね。っと、話がそれましたが、やっぱり」

 モモンガが話を戻す。パンドラズ・アクターの目的。原作通りなら、どこかのタイミングでその存在意義をかけて戦いを挑む。

「戦うこと自体が目的のような状況、しかもこの回帰ってなんだ? 救いの女神(ヒロイン)はいないんだぞ」

 その言葉に目ざとく反応するものが一人。

「ヒロインですか?」
「ん? ああ、アルベド。パンドラズ・アクターを参考にした物語にはヒロインがいたのだよ」
「そうですか」
「そう考えると、腐れ水銀が私として? 主人公とヒロインはだれだ?」
「さあ、すくなくともそんな配役いませんよね。しかも主人公はモモンガさんの息子で、ヒロインはモモンガさんが見初めた女神。でもって息子に寝取られる……」

 モモンガの疑問に、ペロロンチーノがやや爆弾気味な解釈を展開する。さすがのアルベドも仮定の話ということで自重したが、なかば浮足立ったのを、隣に座るデミウルゴスは見ていた。

「原作では結末はどうなの?」
「ああ、いろんなルートがあるけど、半分ぐらいは全てを仕組んだ現人神がそのまま居座るルートかな」
「じゃあ半分は?」
「ヒロインが新しい神になるパターン」
「獣殿は?」
「現人神が居座るということは、いつか回帰が発動するわけだから、何らかの形で自滅因子の役割を果たしている」
「設定に加えモモンガさんの認識からかんがえると、ヒロインがいない現状はパンドラズ・アクターと戦うしかない……か」

 原作ルートについて、ウルベルトがモモンガの認識を確認する。しかし行き着く先は生みの親であるモモンガに挑むパンドラズ・アクターの姿しかなかった。

「モモンガ様、よろしいでしょうか?」
「どうしたアルベド」

 四人のそんなやり取りを聞いていたアルベドが、なにか思いついたように意見を述べる。

「ラインハルトがナザリックに弓を引くのであれば、全軍で迎え撃ち、そして勝てばよろしいのではないでしょうか?もちろん至高の四十人の復活のため、蘇生させないというわけにはいかないでしょうが」

 そもそもパンドラズ・アクターがモモンガに弓を引くということでさえ、アルベドにとっては万死に値する行為。それがほかならぬモモンガの設定によるものであるから、一定の理解をしめしてはいるがそもそも議論の余地などないのだ。

 くわえて、もし、万が一、パンドラズ・アクター戦でモモンガが死亡したら、たとえ復活できたとしても、ナザリックはパンドラズ・アクターを許しはしない。最後の一兵までも戦い続けるだろう。

「モモンガ様。アルベドの意見は一理あります。結果的に逃げられない戦いなら、準備万端に迎え撃ち、望みをかなえさせるというのも良いでしょう。しかしながら、モモンガ様が戦うことに疑問があるならば、戦わないという選択肢もあって然るべきかと」
「デミウルゴス……」

 モモンガは驚いていた。戦うのはもう避けられぬ決定事項とおもっていた。いや思い込んでいた。先日のスレイン法国の聖戦で、デミウルゴスが見せたラインハルトの取り得る戦術の一端。それらもあって「戦う」事は決定事項であり、デミウルゴスも同じ認識と思っていた。

 しかしデミウルゴスの口からは、真逆の案が提示されたのだ。

「そうだな。言われてみればそうだな」

 なぜ気がつかなかったのか。

 なぜそう思い込んでいた。

 なぜ自分はパンドラズ・アクターと戦うことが当たり前と考えていた?

 モモンガは若干混乱する思考を立て直す。

「ありがとう。良い意見であった。すこし考えてみよう」
「もったないお言葉」

 ある程度の結論がでたからだろう。

 次第に四人の会話は、当初の目的から離れ、雑談とかわっていくのであった。



書籍などで公開されているナザリック周辺地図に線を引いてもスワスチカは完成しません。

そんな位置にあった・・・・・・ということにしてくださいorz



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第2話

一度目は認識することができなかった。
二度目は呆然とした。
三度目は歓喜した。
五を超える頃には、試行錯誤する余裕が生まれた。
十を超える頃には、超えてはいけない一点を見つけた。
百を超える頃には、回帰する原因を見つけることができた。
千を超える頃には、……。
万を超える頃には、未知を見つけることができなくなった。




九月五日 宝物殿

 モモンガは久方ぶりに宝物殿へと転移した。

 そこにはうず高く積み上げられた財宝や丁寧に陳列されたレアアイテムが、ところ狭しと存在している。それらを眺めているとユグドラシル時代、ギルドメンバーとくぐり抜けた様々な冒険が思い出される。

 モモンガはそれらを眺め、一つ一つを思い出と結び付けながらゆっくりと奥の間に進んでいく。

 そこには一つの空間が広がっていた。真ん中におかれた豪奢な絨毯の上に応接用のソファーセットが一組。上空からは柔らかい光をたたえたシャンデリア。そして壁一面には、この世界ですべて国宝級以上と評価されるレアなアイテムの数々がディスプレイされていた。

 その光景は、ここの所有者、いや所有者達の財、権力、暴力などあらゆる力の象徴といえよう。

 そんな部屋に一人の先客がいた。

「我が半身か。どうしたのかな」

 黄金の髪に黄金の瞳、純白の軍服に方からかけた黒のコート。決して線は細くはなく、その体は鍛え抜かれたそれを感じさせるまさしく軍人の姿。

 パンドラズ・アクター。 しかしモモンガが名付けたもう一つの名前は・・・・・・。

「ラインハルト・ハイドリヒ」
「我が半身がそのようにフルネームでその名を呼ぶことはめずらしいな」
「そういえばそうだったな」

 ラインハルトは、ソファーに座りながらモモンガに話しかける。見ればいくつかのマジックアイテムが机の上に置かれている。どれも、珍しいアイテムである。

「メンテナンスか?」
「ああ、最近は外での任務が多く、あまり愛でてやることができなかったからな。まあこれも我が半身より授かった大事な使命だ」

 そういうとラインハルトはゆっくりとアイテムを一つ取り上げ、ゆっくりと外見やデータを確認する。そのしぐさはまるで愛するものへのプレゼントを吟味するような、やさしさに満ちたものであった。モモンガはその姿に、一瞬だがここに来た目的を忘れる。ラインハルトのマジックアイテムを愛でるという設定と、その設定を決めた際の仲間たちとのエピソードを思い出したからだ。

「ん? 我が半身よ、用事があって、ここへ来たのではないか?」
「ああ、霊廟にな。おまえもついてこい」

 モモンガは、ラインハルトについてこいと命じる。ラインハルトも席を立ち、指にはめていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り外し机の上に置くと付き従う。

  霊廟

 正式名称ではない。宝物殿の最奥へのつながるただただ長い通路。もともとはゴーレムが並び、その奥に保管されたワールドアイテムを守護するための仕掛けでしかなかった場所。

 ほとんどのギルドメンバーが引退した時、その姿を残したくなり、守護用ゴーレムをメンバーの姿に似せてカスタマイズしたのがはじまり。一人目、二人目とカスタマイズし、いつしかモモンガ自身も霊廟と呼ぶようになっただけの場所。

 モモンガは、ラインハルトを伴って歩みをすすめる。

 宝物殿は、シャンデリアの柔らかな光で部屋全体がつつまれていた。

 しかしこの霊廟は足元と天井部の一部、そして守護ゴーレム群のみがライトアップされている。芸術的ではるが生活感の無く、歩く分には問題無いが、暗く物悲しい雰囲気を感じずにはいられない場所であった。

「ほんの数ヶ月前は、狩場で維持費を稼いでは宝物殿に放り込み、余った時間はここですごす日々。ずいぶんと昔のことのようだ」

 モモンガは、ユグドラシル末期の頃のことを思い出しながらつぶやく。

「もっとも、あの頃はリアルに追われていて、今のような充足などなかったのだがな」
「我が半身よ。この世界を楽しめているか?」

 そんなモモンガにラインハルトは問いかける。

「ん? どうした、やぶからぼうに」

 モモンガはラインハルトの突然の問いに、なぜと考える。しかし、特に意味のある質問とも思えなかったため、心に思い浮かんだままに答える。

「まあ、たしかに楽しめているな。少なくとも見たこともないものが、この世界にはあふれている」
「そうか。あの頃の卿は、繰り返す日常は既知感に溢れ、その身はすでに棺の中。身動きも取れず、すべてに飽いているように見えていたぞ」
「なかなか詩的な表現だ。だが、たしかにあの頃の私は死んでいたも同然と言えただろう」

 モモンガはギルドメンバーの姿を模したゴーレムを、一体一体見ながらゆっくりと奥に進む。

「まあ、だからこそ未練と感傷の塊のようなこの場を作っていたのだろうな。そして……」

 モモンガはゴーレムが置かれていないがらんどうの座の前で立ち止まる。そこに描かれた紋章はモモンガ個人のもの。

「いつか、自分がここに並ぶことを望んで(から)の座さえつくったのだからな」

 もちろん、モモンガが引退した時、ここに自分のゴーレムを作り安置するものなど誰もいはしなかった。すくなくとも、ユグドラシルにおいては、だれもここに座ることなく、朽ち果てる定めだった座。

「だが……」

 モモンガは、空白の座にふれながら言葉を紡ぐ。

「もし私が死んだとすれば、お前が私の像をここに作ってくれるか?」

 モモンガは、特に意識して質問したものではない。ただ、自分が死んだ時、二度とここに来れなくなった時、だれがこの場所にモモンガの像をつくるのだろうか? そう考えたら、結局一人しか浮かばなかったからだ。

「それが卿の望ならば、私はその全てをかなえよう」

 そしてラインハルトは、さも当然のように答える。

「おまえならそういうと思ったよ。アルベドだと泣きながら後を追いますとかいってきそうだからな」
「我が半身が、私との心中を望むなら無論付き合おう。いっそ二人で地獄の版図を塗り替えてやろうではないか」

 モモンガが、若干バツが悪そうにアルベドの例を挙げると、ラインハルトはそれも面白いと返す。そのラインハルトの瞳に嘘はない。本心で回答していることがうかがえる。

「では」

 モモンガは振り返りラインハルトを正面から見据える。

「では、俺に戦いを挑むな。このまま、何も言わず最後のスワスチカを開き、静かに生きよ。そう命じたら、お前は従うか?」
「答えは。否だ」

 いままでの二人のやり取りを見ていれば、当然のごとくラインハルトは了解の意を告げると、だれもが思うだろう。

「我が半身よ。もし真に望んでいるなら、それはどのような事象であろうとかなえるのは道理。我が総軍をもって万難を排し実現しよう」

 ラインハルトは右手を左胸元におき、深く。深くお辞儀をする。その姿にはいつものような慇懃無礼を彷彿させる仕草はなく、忠誠心からの礼であった。

 その礼を解き、ゆっくり上体をおこしラインハルトはモモンガを正面から見据える。

「だが、偽りの言葉には従わぬよ。デミウルゴスあたりであればそれを不敬と断ずるだろうが、それは卿のためにならん。ゆえに否と告げよう」
「なぜ、偽りといえる」
「他ならぬ卿の言葉だからだ。たとえばここに他の守護者や至高の存在がいたとしよう。口調、内容、経験則、それらの積み重ねで、言葉の真偽を予測できるが断定はできぬ。しかし、他ならぬ我が半身の言葉だけは真偽を断定することができる」
 
 まるで恋人の言葉は嘘偽りなく全てを理解できる。まさしく妄想の産物のような言葉だが、モモンガは不思議とその言葉を理解できた。創造主と非創造物(NPC)の縁といえばよいかは分からない。ただ、ラインハルトの言葉に嘘はないことに、モモンガ自身も素直に頷くことが出来るのだ。

 だが、同時にモモンガはあることに気がついた。

「そうか。私はラインハルト。お前とだけは語り合ったことはなかったな」

 モモンガは、この世界に転移して最初の決断はナザリックの皆と対話することであった。しかし、ラインハルトだけは最初からナザリック外の調査に割り当てたため、個別の対話らしい対話はしていなかったのだ。いや、むしろ自らの保身のためにモモンガはラインハルトを未知の世界に放り出し、対話さえも避けたのだ。

 表情こそかわりはしないがその事実に気がついたモモンガは、酷く後悔する。あの時は混乱をしていた。ゲームの延長のような感覚でいた。言葉をつなげればつなげるほど、陳腐な言い訳となる。

「ちょうど良い。ではこれも機会ということなのだろう。何点か聞きたいことがあったのだ」
「何なりと」

 そういうと、ラインハルトは霊廟の柱に背を預け、体のちからを抜く。ただリラックスした立ち姿というのも、モモンガの目からみれば珍しい姿として写った。

「戦う理由はなんだ?」
「我が半身がかくあるべしと定めた(設定した) からだ。これでは意地悪な回答か?」
「そうだな。設定の話であれば、お前の設定ぐらい諳んじることができる」
「質問を質問で返すようだが、我が半身は己が限界というものを、試してみたいと思わなかったか? この未知が溢れる新世界で」
「それは……」

 戦う理由は設定に書かれているからだ。当たり前の問答に続いた質問は、モモンガにとって、まさしく現在最大の関心事であった。

日常(リアル)からの脱却。渇望した非日常。己が自由に振るうことが許された力。新世界の理を知れば知るほど、試してみたい! 探してみたい! 矮小と断じた過去の自分はもう居ない。どこまでも上を目指してみたい。そう感じているのではないか?」
「そうだな」

 リアルという雁字搦めの日常と、自由を手に入れた今の自分。事態が進めば進む程広がる世界。

「我が半身よ。私は卿の写し身。そしてここまで言えば、私の戦う理由など卿ならば一目瞭然であろう」
「ああ」

 モモンガもラインハルトが何を言いたいのか

「子が親を超えたいと思うのは当然」
()(モモンガ)を超えたいと思うのは当然」

 二人の声が重なる。一般的なセリフ。しかしリアルではそんな当たり前を考える余裕さえない望みであった。

 だが、今は違う。

 この新世界では当たり前を享受することができる。ゆえにたどり着く願い。

「ははっ。そんな単純な理由だったのか」
「ああ、そうだ。単純にして明快。この一点においては私も矮小と言われる人間と同じ感性なのだよ」
「あ~もっといろいろ質問してお前の真意を聞き出そうとしていた私がバカみたいではないか」
「そうかな? 我が半身の関心を買えたと思えば私としては価値のあったことなのだろう」

 この結論はモモンガとしては予想していなかった。もっと高尚な理由、あるいは設定の解釈などが出てくるとおもっていた。しかし蓋を開けてみれば至極当たり前の回答にいきついてしまったのだ。

 なにより、リアルでは得られそうもなかった子、いや家族からの挑戦。バカバカしいまでの原始的な欲求。

 そして、気が付けば自分の中にもある欲求。そのことがどこか可笑しく、そして安堵させるものであった。だからこそ、モモンガは聞きたいとおもっていたことを気兼ねなく聞くこととした。

「では回帰をしているのはお前か?」
「その通りだ」
「そして驚いた素振りがないのは、これも既知か」
「気がついたタイミングとしては圧倒的に速い分類だがな」

 回帰

 原作準拠なら回帰するのは現在の現人神である水銀の蛇。ラインハルトの設定に置き換えるならば、モモンガが回帰するはず。しかし自分には既知感も既視感もない。では今は一週目か?

 そこまで考えた時、一人だけ回帰していたとしても何食わぬ顔で行動しそうな存在が目の前にいることに気が付いたのだ。

「では、回帰についてある程度教えてくれるか?」
「回帰といっても、以前の記憶を完全に保持しているわけではない。回帰したという事実とある程度強烈な印象、記録の断片は残るが、殆どは過ぎ去って既知と認識する程度だ」
「そしてこの質問も」
「ああ、前にも同じ回答をしたな」

 どうやら、回帰といってものは聞く限り万能ではないようだ。

「回帰したからといって、我が半身が気に病むことはない。私は存外楽しんでいる。数多の回帰の果てには心踊る卿との闘争があるからな、ただ……」
「ただ?」
「ただ、我が半身の真の渇望を叶えられた回帰は一度もない。その一点のみが口惜しいということかな」
「真の渇望?」

 人間の感性であればいつしか破綻し、壊れるであろう永劫回帰も、異形の感性であれば楽しみの一つといえるらしい。

 しかし、最後に爆弾のような言葉が投げ込まれる。

 そして質問時間は終わったとばかりに、ラインハルトは預けていた背を壁から離す。

「最後のスワスチカの建造。近いうちとさせてもらう」
「なぜだ。なぜ急ぐ必要がある!」
「そうだな。その質問の答えは、戦いの中で答えるとしようか」

 そう言うと、ラインハルトはモモンガに背を向け歩き出す。モモンガはラインハルトにまだ聞きたいことがあった。例えば回帰するポイントのようなものがあるのか……。しかし、真の渇望という言葉が引っかかり、上手く言葉にできなかった。

 真の渇望?

 モモンガは霊廟で一人考える。

 すくなくとも自分は満たされている筈だ。 

「渇望」

 言葉に出してみると、思いの外いろんなイメージが浮かび上がる。仕事に追われる日々からの脱却。憧れた魔法に強靭な体。まるで生きているようなNPC達。見たこともない人々。見たこともない世界。そしてもうすぐ復活する仲間たち。

 しかし、真の渇望というものが浮かばない。

 すくなくとも、思い浮かばなかった



******

九月六日 十五時 ナザリック地下大墳墓 第九層執務室

 モモンガは、執務室で各種案件の進捗状況の確認を行っているが、あからさまに身が入っていなかった。もちろんアルベドやほかの者たちもその事実に気が付いてはいたが、咎めることなどできるはずもなく、むしろお心を悩ませる原因は何かと必死に探す始末であった。

 そんな中、アルベドは日次業務の一つであるNPCの管理業務を行うため、コンソールを立ち上げた時、一瞬目を疑った。

 ゆっくりと深呼吸し、再度画面を確認しても、メッセージを飛ばしても、その事実に変わりはなかった。

 アルベドは意を決し、モモンガに声をかける。

「モモンガ様」
「……」

 しかし、当のモモンガは心ここにあらず。先ほどから同じ書類をめくっては閉じてを繰り返していた。

「モモンガ様、モモンガ様」
「んっ。ああ、アルベド。どうした?」

 アルベドからの何度目かの呼びかけに、気が付いたモモンガは、自分の気が散っていることにはじめて気が付いた。だが、アルベドが次に述べた報告に我が耳を疑った。

「パンドラズ・アクターが反旗を翻しました」
「なんだって!」

 モモンガの声が響いた時、ズドンとまるで大質量攻撃を受けた時のような、大きな揺れがナザリック全体を襲ったのだった。




ナザリックで地震?無論演出です


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第3話

九月六日 十五時 ナザリック地下大墳墓 表層

 なんの変哲もない広大な丘の上。

 周りの丘と同じように何もないように見えるが、一度その幻影の中に入れば、そこにはまるで古代遺跡のような風景が広がる。立ち枯れた木々、そこかしこに並ぶ朽ちた柱や床。もし考古学を専攻するものが見れば、ありえない朽ち方と評価するであろう。なんらかの法則で立ち並ぶ柱や床も、その配置からは、実際の住居やそれに類する建物が組みあがらない。しかし残された柱などには、名工の細工と思わしき彫刻が一本一本正確に、そして均一に彫り込まれおり技術の高さがうかがえる。

 そのような不思議な光景が広がる場所。

 ナザリック地下大墳墓の表層。

 普段であれば、気配を隠したアンデッドや魔獣が監視を行っている。しかし、なぜか今日に限って監視をしているものがいなかった。

 それは、ワールドアイテムを携え、黄金瞳を宿した獣。本来であれば遥か地下深くの宝物殿を守護する領域守護者。パンドラズ・アクターことラインハルト・ハイドリヒがそこにおり、しばしの退散を命じたからである。

 ラインハルトは、倒れている柱に腰を掛け、ゆっくりと空を仰ぎ見る。ほとんど雲の無い、どこまでも続く蒼天。もしこの者に人間的な感性があれば、その蒼を見て美しいと、いつまでも眺めていたいと思ったかもしれない。

 しかし、この者は永遠の闘争を司るものとして定められた存在。ひと時の平穏は、次なる闘争の準備期間に過ぎない。ゆえに今という時間さえも、狂乱の幕が開けるまでのひと時の静寂に過ぎない。

 いま左右に腰をかけ、その肩に体を預ける美少女二人は、この男にとっては愛すべき者。同時に爪牙にして戦場において消費される駒。

 また同じように彼の周りで静かに時を待つゴブリン達も、この男にとっては等しく戦友であり戦奴である。

「頃合いかな」
「じゃあ、準備しましょうか」

 ラインハルト・ハイドリヒの肩に体を預ける一人、栗色の髪に瞳、愛嬌のある顔立ちのエンリ・エモットはつぶやく。そしてもう片方の肩に体を預けていた白銀の髪が人目を引く少女、アンナ・フローズヴィトニル・バートンはゆっくりと立ち上がると、その服に手をかけ白い肌をさらす。

 見るものを虜にするような白磁の芸術品。しかし周りの目など気にせず着替えを行う姿はどうにも現実離れした雰囲気を醸し出していた。

「お嬢様として育てられたのだから、もうちょっと慎みとか持てなかったの」
「ラインハルト様やあなたには何度も見せてるし、異形のゴブリンに見られてもね」

 とあっけらかんとアンナは答えるのだった。実際話をふられたゴブリン達も、小声で「人間の雌の裸みてもなぁ」「だよな」「まだ姉さんなら気にならんこともないけど、あくまで族長としてだし」などなど、種族差というものをまざまざと感じさせるコメントばかり。

 そんな話の中、着替えがおわったのであろう。

 アンナは純白のチャイナ服のようなデザイン。このあたりでは見たこともないような服を着ていた。

「準備は整いました」
「ああ」

 そういうとラインハルトは、ワールドアイテムの一つ黄金の槍(聖約・運命の神槍)を掲げる。

「では、いざ参らん。新たなる祝福の天地へ」

 その宣言とともに槍は振りかざされる。

******

九月六日 15時 ナザリック地下大墳墓 第九層執務室

 大きな揺れが収まり、モモンガは軽く周りを見渡す。アルベドはすでに立ち上がりコンソールから情報収集を開始している。

「モモンガ様ご無事ですか」

 ほどなく警備を担当していたプレアデスのナーベラルガンマが安否の確認に入室してきた。

「ああ、問題ない。何があったアルベド」

 モモンガはナーベラルガンマに片手をあげ問題ないことを告げると、アルベドに状況確認を問う。

「はい。まずリストの確認をしている際、このような異変が」

 アルベドが示したのはNPCの状態を確認するリスト、そしてパンドラズ・アクターの名は通常の白文字ではなく真っ赤な文字で表示されていた。これはユグドラシル(ゲームの時)であれば、第三者による精神支配などによる敵対行動中を現したもの。

「加えてパンドラズ・アクターにメッセージを飛ばしたところ、モモンガ様に日の入り後、総軍をもってナザリックに攻め入る……と」

 アルベドの言葉を聞いたモモンガは至急指示をだす。

「アルベド。シャルティア、コキュートス、マーレ、アウラ、デミウルゴス、セバス、プレアデスの全員を至急玉座の間へ集めよ」
「はっ」

命令を受けたアルベドは無駄なく各所に連絡を取るのであった。

******

九月六日 十五時十五分 ナザリック地下大墳墓 第十層玉座の間

 モモンガが玉座に座り、背後にはナザリックを支え、そして象徴するワールドアイテムがその威風をさらなる高みに押し上げる。しかし普段と違うとすれば、玉座を中心に多数の空間投影ディスプレイが展開されていることだろうか。

 そんな玉座の間には、アルベドによって呼び出された守護者やプレアデスたちが集まり、主の命令をまっている。

「ああ、よくあつまってくれた。もう大方の事情は、聴いているかもしれないがパンドラズ・アクターが反旗を翻した」

 この言葉に、守護者各位の空気が凍る。しかし、続くモモンガの言葉に、多くが疑問符をつけるものばかりであった。

「が、これはアインズ・ウール・ゴウン 四十人の仲間の復活の宴に相違ない」

そういうとモモンガは展開している防衛用の空間投影ディスプレイの一つを、守護者らにも見えるように拡大する。

 そこには、ナザリック地下大墳墓の表層だった(・・・)場所が映し出されていた。

「黄金の……城?」

 コキュートスのつぶやきは、そこ場にいるものの共通認識といえた。

「そうだな。あれがワールドアイテム黄金の槍(聖約・運命の神槍)にて作り出した最後のモニュメント(スワスチカ)にしてラインハルトの内宇宙(ヴェルトール)に存在したというグラズヘイムであろう」

 モモンガは黄金の城をグラズヘイムと断定し、視界は黄金の城の中へと続いていく。魔法的な防御がなされていないということは、相手もこのような偵察をおこなってくることを理解しているからにほかならない。

 視界は建物の中、グラズヘイムにおける玉座の間に等しい場所にたどり着く。それがトリガーであったのだろうか、何らかの対抗魔法なのか一方通行の監視が、双方向に書き換えられる。向こう側の音が聞こえてきたことで映像のみならず音声まで術式に手を入れられたのだろう。

 もっともモモンガは、その点について気にすることはなかった。なぜならあちらにいる人員を思えば、そのぐらい可能なのだから。

 むしろ映し出される光景に、ある種の感動を覚えた。広い空間に巨大な黒い円卓。四十一の席が存在し、ナザリック地下大墳墓のギルドメンバーたちの会議室にも似たそれの一番奥には、純白の軍服が汚れるのを厭わず、血濡れの少女二人を胸に抱く男が一人。

 ラインハルト・ハイドリヒ。

 そしてすでに絶命している少女たちは、ラインハルトの部下の二人であった。その状況を見たものは、いままでモニュメント(スワスチカ)を生み出す儀式に必須といわれていた闘争を行わず、こうも短時間に儀式を完遂することができたのかを理解した。

「人間二人の魂で儀式を完遂させましたか」

 デミウルゴスが解説したとおり、最後のスワスチカは二人の魂をつかって生み出された。それがどれほどのことか理解することは不明だが、ほかの戦場を鑑みれば、少なくとも数百の魂をもって行った儀式をたった二人で完遂したのだ。

 だが一人だけ、シャルティアだけは別のものを見ていた。ラインハルトに抱かれる少女の一人が纏う服。いやワールドアイテム。

傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)

 その血を吐くような一言に、だれもがシャルティアの思いを理解した。

「そうだ、シャルティア。ワールドアイテム 傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)。卿にとって忌まわしきアイテムやもしれぬが、我が半身にこれ以上ないほど分かりやすく宣戦布告と勝利条件を伝えるためにな」
「そのアイテムは与えられた命令に絶対服従のはず。システムはお前を洗脳による敵対行動中と判定しているが、なぜ自意識をもって的確に行動できる?」
「我が愛し子に命じさせたのだよ。汝の成したいように成すがよい……と」
「まるでコロンブスの卵ではないか。なんだ、その発想の転換は……」
「我が半身よ、言ったはずだぞ。我が生は既知感に苛まれていると。この使い方も初めてではない。そして、この使い方を考えたのは我が半身だぞ。もっとも今の我が半身ではないのだがな」

 モモンガはラインハルトの言葉に内心舌打ちをする。話を聞いた限りでは理解できなかった。実際に回帰しているのか、回帰したという記憶を付与されているのか、判別はつかなかったがすくなくともその知識は武器になるということを。

 対するラインハルトは右手を円卓に添え唱える。

Dies irae(怒りの日), dies illa(終末の時), solvet saeclum in favilla(天地万物は灰燼と化し). Teste David cum Sybilla(ダビデとシビラの予言のごとくに砕け散る).」

 ラインハルトの詠唱と共に、黄金の光があふれ出し複雑に立体魔法陣を生み出す。

Quantus tremor(たとえどれほどの) est futurus(戦慄が待ち受けようとも), Quando judex(審判者が) est venturus(来たり), Cuncta(厳しく糾され) stricte discussurus(一つ余さず燃え去り消える).」

 魔法陣はまるで増殖するように空間を飲み込んで行き、円卓四十の空席のうち三十八とラインハルトの左右に、人形(ひとがた)を作り出す。

Tuba(我が総軍に響き渡れ), mirum spargens sonum(妙なる調べ) Per sepulcra regionum(開戦の号砲よ),  Coget omnes(皆すべからく) ante thronum(玉座の下に集うべし).」

 山羊頭の悪魔。豪腕の巨人。すべてを溶かし尽くすスライム。猛禽類のバードマン。屈強の鎧武者、拘束具に囚われたブレインイーターありとあらゆる異形種たち。そしてラインハルトの左右には、栗色の髪に青い鎧、矛を携えた少女。銀髪に黒軍服、しかし片眼ががらんどうの空洞がすべてを台無しにした少女。

「至高の御方々」 

 守護者やプレアデスは、その姿を見るとまるで条件反射のように跪こうとしてしまう。しかし、いままで聞かされた話が頭をよぎり思いとどまる。

「このように我が半身の願いがまた一つ叶ったわけだ」
「実質受肉したわけか。もっとも接続を切れば……」
 
 そういうとモモンガは自分の内からラインハルトにつながる糸をたぐり、ある一本を切り離す。すると、結実したばかりのギルドメンバーの一人がまるで糸が解けるように消えてゆく。

「ちょ?! 初手退場なんて美味しすぎるだろ!」
「るし☆ふぁーさん。まじであんたが敵になると被害無視してルベドやガルガンチュアを暴れさせそうだから、ボッシュートです」
「ま、被害を考えればヤルよな」
「ってより、あいつ陽動と称して外に飛び出して王国や法国、帝国で暴れまわってナザリック側の機能麻痺させるぐらいしそうだからな」
「あ~面白いは正義といってヤルかも」
 
 まるで瞬間芸のようにるし☆ふぁーの姿がかき消える。ナザリック側はあまりの出来事に反応すらできずにいたが、グラズヘイム側はむしろ賞賛や賛同の声が上がっている。しかしこれでナザリックのNPC達は理解した。

 モモンガとラインハルトの関係性。モモンガはやろうと思えば、顕現した至高の御方々を封じることができる。すなわちレベル100としては破格ともいえるラインハルトの力の一部を封じることができ、ゆえにこの戦いはモモンガとラインハルト、双方の思惑の元で成立しているまさしく儀式ということを。

「貴重な戦力を勝手に封じたのだ。対価は階層間転移について正しいルートを踏めば転移を阻害しないというのでどうだ? ああ、あと非戦闘員は九層の各部屋からでないように指示した」
「私は全力で我が半身と戦いたいのであって、ナザリックを財政的に敗北させたいわけではないからな。構わぬよ」

 転移門で各層がつながるナザリック地下大墳墓。転移門を完全ランダムにして到達困難にさせることも、非戦闘員で肉の壁を作ることも興ざめにほかならない。また、ラインハルトのいう財政的敗北とは、ナザリックの罠、NPCは全て破壊できるが、再生もできる。しかし再生にはそれなりのコストが必要であり、外の世界で得られるアイテムや通貨の価値では、その損失を埋めるのは難しい。もちろん、ナザリックが全損したとしてもゆうに十数回程度なら再生させるだけの財を、保持しているといっても無駄にして良い理由はない。

「では日の入りと合わせて進軍させてもらおう」
「ああ、楽しみに待っている」

 そう言うと監視スクリーンが遮断され、さきほどまで騒々しかった音声も止まる。モモンガは静まり返る玉座の間を見渡すと絶望のオーラを出しながら命じる。

「さて、デミウルゴス。防衛時の指揮官として献策を聞こうか」
「はっ」
 
 デミウルゴスは、一歩前に進み出ると一礼し、魔法でナザリックの簡単な見取り図を空中に投影する。

「至高の御方々とラインハルトの軍勢は……」  

******

九月六日 十八時 ナザリック地下大墳墓 表層
 
 日の入りとともに、ナザリック第一層の入り口から、アンデッドの大軍が湧き出す。レベルにして低位がほとんど。モモンガが防衛用にと生み出し蓄積した軍勢である。もしこの軍勢が王都辺りに出現すれば一晩も持ちはしないだろう。

 しかし、これより進軍を開始するのは黄金の獣率いるナザリックの支配者達。

「エンリ。汝の軍勢を持って押し返せ」
「はい!」

 そう言うとエンリが前に出ると、まるで示し合わせたように十九のゴブリン、そして巨大な魔獣(ハムスケ)が躍り出る。 
 
我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 エンリが掲げる旗は翻り味方に複数の強力なバフがかかると、ゴブリン達とハムスケがアンデットの群れを真正面から押し返しはじめる。しかし獅子奮迅の勢いはあるが、多勢に無勢。その状況に対してエンリはもう一つの手を打つ。

 それは以前ラインハルトに渡されたもう一つの角笛

 その不気味な音とともに、ゴブリンの軍勢五千がまるでナザリックを包囲するように現れたのだ。

「角笛の呼び声にもとづき参上いたしました」
「いまこのときより、あなたは我らが将。どうかご命令を!」
「私達の軍門に下ることを認めます。まず展開の甘い右翼に集中」

 エンリの指揮のもと、ゴブリン軍師が細かい指示を各部隊に通達。長弓兵団が崩し、魔法砲撃団が穴を広げる。そして騎獣兵団が浸透し食い破ったところを、重装甲歩兵団が戦列を押し上げる。一糸乱れぬ攻撃はエンリの強力なバフもあいまって万のアンデッドを次々と撃退した。

 そして、またたたく間に、第一層の入り口、中央の霊廟を確保する。

「さて、卿らが支配して以降、誰一人として走破することが叶わなかった難攻不落のダンジョン、ナザリック地下大墳墓。再度踏破しその名を刻もうではないか」

 ラインハルトの言葉に、ナザリックにおいて至高の存在とされるプレイヤーたちは口々に歓声をあげる。全員ナザリックに深い思い入れがある。アインズ・ウール・ゴウンになって最初の団イベで初見ダンジョンの完全攻略。そしてコツコツと積み上げた防衛網。結果一五〇〇名のプレイヤーによる討伐隊さえも退けた。だが、結果としてサービス終了日まで未踏のダンジョンとなってしまった。

 無敗。

 実に誇らしい実績。しかし同時に思う。

 日の目を当たらず朽ちる事実。

「では当初通り隊を分け進軍せよ」

 そういうと、ゴブリンスカウトを交えた、ペロロンチーノの隊が動き出した。


******

ナザリック地下大墳墓 第十層 玉座の間

 玉座に座るモモンガの左右にはアルベドとデミウルゴスがフル装備で控えている。

 また空間には監視用のディスプレイがいくつも展開され、刻々と変化する戦況が映し出され、録画録音されている。

「やはり下位と中位アンデッド程度では、あの布陣は超えられないか。さすがだな」
「はい。低レベルのゴブリン集団とはいえ、的確な支援と指揮でレベル差を覆す。戦術のお手本といったところでしょうか」

 万のアンデッドをある意味浪費するような戦術を跳ね返したゴブリン達。モモンガは素直に称賛し、デミウルゴスも状況を的確に分析する。しかしアルベドは静かに何も言わずまさしく親の仇のようににらみつけている。

「どうしたアルベド」
「確かに低レベルのアンデッドではございますが、モモンガ様が手ずから増強された存在。それをあの者たちは……」
「あ~。まあ時間さえあれば回復できる兵力だ。だが、みんなのスキルを浪費させることさえできないとは」

 そう。

 浪費の裏は早い段階でのスキル、MPの消耗を狙ったものだった。だがラインハルト側は同じ消耗するのも低レベルのゴブリン部隊で対処し、本命であるギルメンは無傷となっている。しかも……。

「ラインハルトめ、霊廟の装備を持ち出したな」

 レベルが100から80にダウンしているギルドメンバーたちだが、その身につけている装備は、全員がほぼ全盛期の装備なのだ。

 それでも、レベル100のNPC達の相手は厳しかろう。だが、レベルだけが決定的な差ではない。すくなくとも、装備、戦略、連携は確実があちらが上とみる。

 さらに罠のほとんどは筒抜け。一人になってからわざわざ罠の配置をいじるなんてこともなかったため、ぷにっと萌えを中心に各階層の構造を担当したものたちが、つぎつぎと罠を無効化している。特に一から三層の迷宮区は、デストラップを中心とした区間。そのトラップが意味をなさないのでは、効果も限定的といわざるえない。

 戦闘開始から一時間とたたずに第二層を踏破しししまったのだ。

「モモンガ様、なぜ恐怖公によるかく乱、封鎖を行わなかったのですか?」
「あ~うちのギルメンの女性陣に終わってから殺されたくなかったからな」
「はぁ……」

 第二層にはある意味、最狂の一角である恐怖公(巨大ゴキ)がいる。そしてその住居ブラックカプセルはゴキの溢れかえる領域。モモンガ自身は恐怖公のことをなんとも思っていなかったが、当時から女性陣の評価は最悪。しかも女性の姿をしたものが罠にはまれば優先的に恐怖公の下へご招待なのだ。もしこれをギルメンにけしかけたら、それなりの消耗をしいることができるだろう。しかし、終わった後が怖すぎて指示がだせなかったのだ。

 もっともその機微を、デミウルゴスは理解することができず、アルベドは後ろでウンウンと同意しているのだった。

「しかしシャルティアを第三層に配置したのはまずかったでしょうか。こうも消耗しないとあっては」

 シャルティアは第三層の地下聖堂にてフル装備で待機させている。実際、飛行能力も含めてシャルティアが全力を出すには、それなりの空間を必要とする。それこそ表層か、第四層につながる第三層の地下聖堂である。しかし、敵の消耗を考えると、例えば五層のコキュートスと共に配置するなどの方法も考えられた。

「しかし、相手はすでに吊り橋の攻略にかかっている」

 地下聖堂前に配置された罠満載の吊り橋。

 しかし飛行制限が無いため、踏む場所を間違えると無数の亡者が待ち構える奈落へと落ちる罠も、難なく走破されている。フレンドリファイアが解禁されているなど、この世界はユグドラシルと違いもおおく、罠の一部は、意味をなさないことが露呈してしまったのだ。

「これもラインハルトの回帰からくる知恵か?」
「加えて彼はナザリックにおける財政面の担当者。その面から稼働する罠の状況なども把握していることでしょう」
「千五百人の討伐隊の時でさえ有効だった罠が、ほぼ意味をなさないとは。上層の罠は見直す必要があるな」
「それがよろしいかと」

 そういうとモモンガらは、ラインハルト達が地下聖堂の攻略に入るのを見守るのであった。


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第4話

コミケについては、活動報告にて


ナザリック第三層 地下聖堂

 ナザリックに所属するものにとって恥とは?

 至高の御方々のお役に立てないことである。

 しかしシャルティアはモモンガ様より頂いた任務中に不覚を取り、あまつさえ一時的とはいえナザリックに敵対行動をとってしまったのだ。実害こそ無くモモンガの許しもあったが、シャルティアにとっては、今だ許されざる恥にほかならなかった。

 ゆえに汚名を返上する機会を願っており、その機会は最悪な形で巡ってきた。

 シャルティアの心を塗りつぶし、ナザリックに敵対させた忌むべきワールドアイテムをラインハルトは至高の御方々復活という大儀式に利用したのだ。加えて、地下聖堂に攻め入った先陣は、己が創造主であるペロロンチーノ。

 そんなシャルティアにモモンガが命じたのは、出来る限りの消耗を強いること。可能であれば至高の御方々を数名この階層に押しとどめることの二つである。ゆえに神話級アイテムであるスポイトランスを含む武装がすでに展開し待ち受ける。さらにすこしでも手数を増やすために、ヴァンパイアブライドを六名配置した。

 耳をすませば、地下聖堂の喧騒が聞こえる。

 アンデッドが打倒される音、切り裂かれる音、焼き滅ぼされる音。轟音と共に潰される音。異形種の天地を作り上げるという神を超える御業をなした創造主達が、今度は生み出したその性能を試さんと無慈悲に破壊をばら撒くのだ。

「ああ、なんと傲慢にして不遜。恐るべき御業を体現せし方々」

 機会は最悪。

 だが気分は、いままでにないほど高揚している。

 なぜなら最も敬愛する方の足音が聞こえるから。その足音を聞くことができなくなって、どれほどの夜が過ぎただろうか。泣く行為さえゆるされず、ただ静かに待っていた日々。

 それがついに終わりを迎えるのだ。なればこそ……。

「全力をもって、あなた様が生み出した存在が有用であると示しましょう」

 普段であれば当たり前のように口に登る狂った廓言葉も、その戦意に引きずられるようになりを潜める。真紅の鎧を身に纏い、スポイトランスを中段に構える。主の気迫も伝わったのであろう、ヴァンパイアブライド達も警戒し、いつでも攻撃に移れるように戦闘準備を万端に整える。

 警戒の先、開かれた扉の向うには、創造主にして最も愛するペロロンチーノの姿があった。

 バードマンの特徴である鳥の顔。ペロロンチーノの顔は猛禽類であるためか、とても凛々しく、下位の者たちを率いる空の王者の風格を纏っている。なにより、その手にはゲイ・ボウ。最盛期においてシャルティアでさえとらえることのできない距離の敵を討ったとされる神話級の武具をたずさている。

 戦闘用にチューニングされたとはいえ、いや、されえたからこそペロロンチーノだけではない、そこに存在する者たちの戦力というものを正確に読み取ってしまう。

 ラインハルトを省けばレベルにして八十の至高の御方々。しかしその身にまとう戦装束は、全盛期のもの。数も含めれば容易ならざる状況といえる。

 シャルティアに死への恐怖はない。

 むしろ不甲斐なく敗北する姿をペロロンチーノに晒すことにこそ恐怖を覚える。ゆえに不用意な言葉さえ切り捨て、静かに武器を構え、後の先を仕掛けるタイミングを見計らう。

 その時、ペロロンチーノは数歩進み出る。

 本来後衛であるペロロンチーノが最前衛にでてくる。その行動をシャルティアは罠と判断し、ヴァンパイアブライド達に警戒を指示する。

 ゆっくりと。一歩、二歩、進み出るペロロンチーノ。

 その姿はシャルティア達だけではなく襲撃側であるラインハルト達。そして監視ディスプレイを通してモモンガ達も固唾を呑んで見守る。

 そう。誰もが、この男の一挙一動を見ているのだ。

 ちょうど両陣営の真ん中でペロロンチーノは立ち止まり、両手を広く左右に広げ、シャルティアに向かって叫ぶ。

「おいで。シャルティア!」

 誰もが、監視をしていたモモンガ達でさえ、何がおこったかわからなかった。

 ただシャルティアはその声を聴いた時には駆け出した。いままで気が付きもしなかった無駄に重い武器を投げ捨て、ただ一心不乱に、言葉に従いペロロンチーノに駆け寄り、その胸に飛び込んだのだ。

 ペロロンチーノも、逃がさないとばかりにシャルティアを抱き留める。

「えっ?」
「愚弟め……」
「え~でもかぜっちアレ良くない?」
「任せてくれって大演説かましてたの、これを見せつけたかったのかよ」
「おれNPC作らなかったこと、初めて後悔した」
「シャルティアめ……」
「うん。有りね」

 誰が、最初に声を出したかは定かではない。ただ、口々に感想がもれ、すでに戦う雰囲気は消え去っていた。

「モモンガさん。見てるんだろ」
「あ~。なんですかペロロンチーノさん」

 そんな状況で、ペロロンチーノは声を張り上げて、見ているであろうモモンガに呼びかける。それに若干気が抜けた声で答えるモモンガ。

「さすがに俺はシャルティア(俺の嫁)と戦うことができない。加えて非戦闘系ギルメン五人の計六人がこの場に残る。だから」
「だからシャルティアら第三層以上のものを戦線から外せと?」
「モモンガさんだってわかるだろ? 戦力比で考えれば双方悪くない取引とおもうんだ」
「ペロロンチーノ様」

 シャルティアはペロロンチーノの腕の中で暴れる。もちろんレベル一〇〇とレベル八十の差。本気で暴れれば振りほどかれるのはペロロンチーノの方だが、今でもシャルティアはペロロンチーノの腕の中にいる。

 しかしシャルティアの頭の中は焦りで溢れかえっていた。なぜなら、自分の存在意義を示すころができる機会がなくなってしまうと思ったからだ。

「シャルティアは、ずっと俺の腕の中にいればいい。ずっと一緒だから」

 シャルティアのそんな不安を感じたのか、ペロロンチーノは優しく、そしてしっかりと宣言する。その言葉にシャルティアは何も言い返すことができず、俯きその体をペロロンチーノに預けるのだった。

「いいでしょう。ですが、この後は」
「ええ、わかってるよモモンガさん。獣殿もそれでいいか?」
「ああ、かまわぬよ」

 モモンガはいいかげん砂糖を吐きそうになったので、あきらめることとする。その上で言外でつけた条件「同じ取引にはもう応じない」についても、ラインハルトは問題ないと受託する。

 だが、モモンガはラインハルト達の意図をすぐに理解させられることとなった。

*****

「まったく、あの時の再現をこんなところで見るとはな」
「と、言いますと?」

 モモンガは、第四階層に入ってからのギルメンたちの動きを見て、ラインハルト、いやぷにっと萌えの戦略を理解した。

 デミウルゴスはモモンガのつぶやきに合いの手を入れる。

「あの頃、私たちは拠点を持たぬ根無し草だった。縁あって私がギルドマスターとなり、ギルド名をアインズ・ウール・ゴウンと改めた時、仲間たちが運よく誰も見つけていないここ、ナザリックを発見したのだよ。もちろん戸惑いも合ったが、同時に運命を感じたよ。ならばやることは一つ。未知への挑戦。しかしこのナザリックを当時守っていたのは五大、五つの精霊王の上位存在だった。だからチームを分けて五つ同時攻略を行ったのだよ」

 モモンガは懐かしい宝石箱を自慢するような、そんな気分でデミウルゴスとアルベドに昔の話を聞かせる。

 だが現実はそんなに楽観できるものではない。ユグドラシルというシステムの枠においてほぼ最凶と言しめたナザリックの防衛網だが、ラインハルトとギルメン達は製作者および管理者としての知識と異世界という法則の違いを活用し、まるで隙間を縫うように被害を最小に攻略していくのだ。実際、侵攻を開始してから、被害らしい被害はゴブリン達のみ。ある程度スキルやMPを消耗しているが、どうみても後の戦闘を意識した消耗策がとられている。

 もちろん現状の周辺国家の力量では問題ない。しかしシャルティアと五分に戦った白銀のフルプレートのような存在が複数押し寄せればどうなるか? まだ見ぬ竜王クラスが想像を絶する存在であればどうか? 頭の痛い話である。

「なるほど、では」
「ラインハルト達は、四層や八層を囮で回避し、立ちはだかるであろう五層、六層、七層、九層には足止め役を配置。そしてここを目指す者たちに分かれて同時に攻略するということですね。モモンガ様」
「階層ゲートの位置が割れており、罠の多くは意味をなさない。守護者を含むナザリックの殲滅が目的でもない。なによりゲートに誰かが死なねば開かないといった仕掛けもない。ならば、最低限のメンバーで守護者を抑え勝てればよし。負けずともラインハルトと私が戦うという目的は達成されると考えているのだろう」

 この作戦は今のナザリックでなければ、そして襲撃者がギルドメンバーでなければ成立しない。ゆえに防衛指揮官と守護者統括の取った策は単純であった。

「アルベド、私は七層に移動します。ここの守り任せましたよ」
「ええ、プレアデスは九層。セバスは配置を変更し玉座の間へ。妨害があると思うけどガルガンチュアを起動し八階の防衛に参加」

 予測していたように、いや、パターンの一つとして予測していたのだろう。対応策をデミウルゴスとアルベドがすり合わせる。

「今回ルベドの起動は予定しておりませんでしたが、他の階層で守護者が負けるようであれば」
「モモンガ様、各階層で守護者が負けることを条件にルベドの起動と指揮権をいただけますか?」
「そうだな、ただし十層の戦いに乱入させるなよ? あくまで足止めを目的としろ」
「かしこまりました」

 二人は守護者の敗北を条件に、ルベドの起動許可をモモンガに願い出る。モモンガも、最後の戦いへの乱入させないことを条件に受け入れた。もちろん最強のNPCという名目で生み出されたルベドを、戦力として投入することができれば、これ以上の援軍はない。

 ラインハルトやぷにっと萌えの策があるなら、策で雁字搦めにし、それ以上のことをさせなければ良い。ただでさえ、レベル一00の守護者に戦いを挑んでくるギルドメンバーのレベルは八十。普通に戦うことができれば、負けることなどありえないのだから。

 さらにモモンガとラインハルトとの戦いには、アルベドとセバスが参加する配置である。どちらもこと防御という点においては守護者の中でも最高といって良い。しかしルベドは現在も封印されているため、どのような人格なのかもわかっていない。ただでさえラインハルトは厄介な存在だ。これ以上不確定要素を加えたくないという考えが、モモンガに働いたのは保守的というか堅実というか難しいところである。

******

ナザリック 第五層

 多数ある氷山の一角、木々は凍り付き、大地は分厚い凍土で覆われている。

 しかし、ここだけは木々は切り倒され、一定の広さを確保している。無論それはコキュートスが全力で戦うためである。木という障害物があっては獲物を振り回すことができない。もちろんそんな戦い方も訓練しているが、できると全力を出せるの違いは大きいとコキュートスは考えている。だから、わざわざ襲撃者と遭遇ポイントの木々を予め切り倒したのだ。

 そんなコキュートスの前に、武人建御雷はその半魔巨人の巨体を揺らしながらゆっくりと姿を現す。武人建御雷の背後には五つの姿があり、隠れるとは程遠い歩みで接近してきた。メンバーの中には戦闘メイン職ではないものもいるようだが、その程度のことでコキュートスは油断しなかった。たとえ戦闘職なかろうが、本人の資質と技、そして連携次第でどうにでもなることを知っているのだから、油断することなどとてもできなかった。

「ヨクオ越シ下サイマシタ、武人建御雷様」
「この間のデカブツ(ザイトルクワエ)以来だが、研鑽は怠ってないようでなにより」

 コキュートスは臣下の礼を取り、己の創造主を迎える。しかしその視線の端には常に創造主の姿を捕らえ、いつ攻撃されても迎撃できる姿勢を崩すことはなかった。その姿を見て、武人建御雷は満足そうに答える。

 そして、コキュートスは腰から一本の武器、いや刀を取り出し鞘ごと凍土に突き刺す。そして受け取れといわんばかりに、後ろに下がる。

 武人建御雷は刀を引き抜くと、ゆっくりと鍔を切り、刀身を確認する。

「斬神刀皇か。お前に授けたつもりだったのだがな」
「イエ、復活サレタノデアラバ、オ返シスルノガ筋カト」
「ふむ。まあ、それだけじゃないだろ?」
「無論。全力デノ相対ヲ」
「だよな。男子ならそうこなくちゃなぁ」

 武人建御雷は嬉しそうに口元を歪ませ、受け取った斬神刀皇を腰にさし抜き放つ。翻る一閃。抜刀の速さ、刀身の軸、その姿に微塵も隙はなく修羅と評するに相応しいものであった。また、それが合図だったのだろう。後ろのギルドメンバー五名もそれぞれの武器を構え陣形を整える。

 コキュートス側も六体の雪女郎が展開している。雪女郎達はレベルで言えば八十台、今のギルメンたちより上となる。レベルと数の両方で勝るコキュートス側が、いざ仕掛けようとした時、それよりも早く後衛から魔法が飛び、爆発と共に辺りが白い煙で包まれる。

「煙幕カ。警戒セヨ」

 コキュートスは、素早く警告を発するとその複眼で空間内の全ての動きを捉える。ほぼ同時に自分に二つ、雪女郎側に一つ、煙幕から飛び出す影を見つける。そして反射的に自分への攻撃を左右のハルバートで受け流す。

ーー影縫い/腕切り/首切り/修羅

 しかし、同時に狙われた雪女郎への防御は間に合わなかった。コキュートスのフォローよりも早く、武人建御雷が踏み込み四連斬を打ち込む。

 周りの雪女郎も対応しようとするが、時間差で打ち込まれた魔法による牽制で近づけずにいる間に、武人建御雷は素早く武器を持ち替え一撃を繰り出す。

ーー死の舞踏

 その一撃は最初の四連撃にくらべると酷く緩慢だった。コキュートスであれば、たとえ連撃後の隙を縫うようなタイミングであっても対応できたであろう。しかし雪女郎は接近戦も出来るが、厳密に分類するならば中遠距離の支援型モンスターである。極寒に耐性を持ち、行動阻害、凍結などなどのデバフの嵐を撒く存在。しかし近接戦闘では専門のモンスターに一歩ゆずる。

 ゆえに、武人建御雷は一日の使用回数制限のあるスキルと、素早さの補助を捨てダメージに極振りした武器による渾身の一撃を選択。その一撃を受けた瞬間、雪女郎の首は舞い落ち、残る全身もまるで滅多切りにされたような傷痕を残し倒れ伏した。

 さしものコキュートスも見たことのない技に、息を呑む。対照的に武人建御雷は、本当に楽しそうな表情をのぞかせ言い放つのだった。

「さあ、やっとスタートラインだ。楽しく死合おうか」


******


ナザリック第六層 円形劇場

 ナザリック第六層は、人工の巨大な森である。多種多様の木々に、人工の太陽、人工の空。そして森には多数の魔獣が生息している。ユグドラシル時代では、自然型トラップと魔獣の波状攻撃による多数の犠牲者を出した場所でもある。

 そんな森の一角にある巨大建造物。円形劇場。

 その客席最上段の柱の上、劇場の外の森を見回すことができる場所に階層守護者であるアウラとマーレは座っている。

 もちろん座っているだけということはない。アウラのスキルを十全に発揮し、ここからはるか遠くにいる侵入者達に対し、魔獣達を指揮し攻撃をくわえているのだ。

「七人がこっちに向かってくるみたい」
「そっか」
「あとね、お姉ちゃん」
「ぶくぶく茶釜様もこっちに向かってるんでしょ」
「うん」

 魔獣たちも過度にダメージが蓄積しないようにローテーションし、けして無駄な攻撃をしない。すくなくとも、襲撃者のスキルやMPを消耗させていいるという点では十分に意味をなしている。

 もっとも、その攻撃は精彩を欠いていた。

 それはひとえに指揮するアウラの心情を、魔獣たちがくみ取りすぎているからにほかならない。無駄に自然を壊さぬように、襲撃者である至高の御方々に過剰にダメージを与えず、防御や迎撃のスキル・MPを浪費させるように。そんな中途半端ともいえる優しさが、攻撃の合間に垣間見えるのだ。

 そんな時、探査魔法で侵入者の動きを監視していたマーレが、双子の創造主であるぶくぶく茶釜の接近を知らせた。

「お姉ちゃん。どうしよっか」

 マーレがアウラに質問する。いろいろ言葉が抜け落ちた質問だが、言いたいことぐらい姉のマーレならわかる。

「戦って足止めする」
「でもぉ」
「たぶん、戦わなくてもぶくぶく茶釜様は許してくれる。子供のように愛してくれる。でも、自立した私としては見てくれない。いつまでも子供としてしか見てくれない」
「お姉ちゃん」

 アウラの言葉に、マーレも押し黙ってしまう。

「まあ、アイツは愛する人の腕の中で幸せって選択をしたようだけど、私は自分の足で立てますって言いたい。だからマーレ、今回だけは逃げてもいいよ」

 アウラは珍しく思いの丈を露わにする。たぶんナザリックに異変あってから、いやそれ以前からずっと表に出さなかった思いなのだろう。そして、その思いを自分のわがままと認識しているからこそ、普段から戦うことに及び腰なマーレに対し、逃げてもいいと伝えるのだった。

「ううん。お姉ちゃんと一緒にいる」
「そっか」

 しかしマーレは、ゆっくりを顔を横に振ると否という。その言葉に対し、アウラは素っ気無く、そして若干嬉しそうに一言だけ返すのだった。

******


ナザリック 第七層 館

「ヴィクティムも無力化され、九層のプレアデスも突破されましたか」
「おおむね予想通りだな」

 デミウルゴスとウルベルトは、七層にある館のパーティー会場で、各階層の状況を映し出したディスプレイを前に、向かい合っていた。

 向かい合う。他の階層であればまさしく相対であるのだが、この二人は椅子に座り、ワインを片手に寛いでいるという状況的な違いがある。

 なぜこんな状況に? と問われれば、デミウルゴスが準備していたというほかない。

 七層にあるデミウルゴスが執務室として利用している館は、けして豪邸ではない。むしろ無駄な装飾などほとんどない実用性一辺倒の館だ。そんな館の一室を改装し、ホームBARカウンターまで用意し、至高の方々を迎えるに相応しい準備をしたのだ。しかも、わざわざ第九層のBARからバーテンダーと副料理長を拉致って来たというのだから、その本気度は窺い知れる。

「これで、玉座の間にはラインハルトとその部下2名のみ」
「デミウルゴス。これもお前の予想通りか?」
「はい。これはラインハルトも望んでのことかとおもいますが」
「ああ、その通りだ」

 ナザリックを襲撃したギルドメンバーは、途中から隊を分け、それぞれの守護者の足止めを行っている。正確には、第三層と第七層以外の担当達はいまだに、熾烈という言葉が相応しい戦いを繰り広げている。

 例えば第五層は、コキュートスの複数の腕から繰り出される速剣をかいくぐり、豪剣の一撃を叩き込もうとする武人建御雷。すでに両陣営半数以上が戦闘不能に陥り、一進一退の攻防を続けている。

 対照的に魔獣による波状攻撃とクラススキルすら使った広範囲殲滅魔法が入り乱れる第六層。遠距離砲撃と魔獣による襲撃が繰り返すなか、アウラとマーレは襲撃者から距離と取る。そんな双子を、魔獣の波をかいくぐり、詰将棋のように追い詰めるぶくぶく茶釜率いる襲撃者達。どちらが最初に有効打を入れるかで全てがきまるような戦いを繰り広げている。

「予想外といえば、デミウルゴスも戦いを挑んでくるとおもったのだけどね」

 そういって二人の会話に割り込んでできたのは、至高の四十一人のプレイヤー達において軍師という立場のぷにっと萌えであった。

「ほら、なんのかんのとシャルティア以外全員戦ってるじゃないか」
「守護者は皆、創造主に己の存在価値を見せようとしているに過ぎません。シャルティアは愛を、コキュートスは武を、アウラとマーレは自立を、そしてプレアデス達は任務を全うするという意志を……」

 たしかにデミウルゴスの言葉は正しかった。

「では、お前は私に何を見せようとしているのだ?」

 ウルベルトは疑問を言葉にする。

「いわば忠誠の意志を歓待という行動で表現させていただきました。それに」
「それに?」
「私の本分は悪を背負う智謀。ナザリックのため、ひいては至高の御方々のために悪を背負い事を成すこと。今ひとときで表現することなどできません」
「なるほど」
「あ~これなら最終組に参加すべきだったか」

 そんなデミウルゴスとウルベルトの横で、ぷにっと萌えが若干口惜しそうにつぶやきながら、手に持った皿から、ブリーの欠片を口に放り込む。その表情に気が付いたデミウルゴスは、笑みを浮かべながら答える

「はい。至高の御方々において最高の戦術家と名高いぷにっと萌え様であれば、直前まで采配を振るうことができる第九層組に参加されるとおもっておりました。しかしそれでは、最適化された人員で攻略がすすむこととなりましょう」
「モモンガさんのことだから、八層のアレやルベドをメインで使わないと予想できたけど、デミウルゴスは事前の会話なんかでやる気満々に見えてたからね」

 実際、デミウルゴスの昨日までの言動を分析するかぎり、トラップの再配置に加え迎撃モンスターの大量導入、対策の難しい絡め手も、議論の端々に登っていた。なにより本人のやる気が並々ならぬものであったため、ぷにっと萌えを含め、九層突入人員よりも多くの人員+練度の高い人員が投入されたのだ。

 だが実際攻め入ってみれば、迎撃らしい迎撃はなく、館に入ってしまえば歓待の嵐。もっとも……

「メッセージ不可の結界まで準備という念の入れよう。おそれいるよ」
「こちらにいらっしゃる方々のスキルは温存されてしまいますが、少なくとも至高の方々を玉座の間に招くことだけは阻止させていただきました」

 そう。この館に入ったが最後、外に出ることはかなわず、メッセージのやり取りさえもできなくなったのだ。もっともその制限はデミウルゴスも同様のため、抜け道を作って逃げ出すことさえ、できないほど単純で強固な罠となっていた。

 戦っても良し、おとなしく歓待を受け美味しい料理と酒を楽しむも良し。この選択肢にウルベルトやぷにっと萌えら襲撃側は、戦うことをあきらめることを選んだのだ。

「ま、酒飲みながら観戦しかやることないのだけどな」
「まったく。役得というべきか、残念と言うべきか」

 そんな雑談をしながら三人が見るディスプレイには、いよいよモモンガに迫るラインハルトの姿が映し出されるのであった。


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第5話

ナザリック地下大墳墓 第十層

 ナザリック地下大墳墓 第十層。

 ここはナザリックという大型ダンジョンの終着点として作られた場所。第十層は、大きく二つのフロアに分かれている。

 一つは玉座の間。コンセプトは魔王が座する場所。

 もう一つは玉座前の大広間。芸術の視点からみても素晴らしい造形の六十を超える高レベルゴーレムが鎮座し、頭上にクリスタルが光り輝く。これらがひとたび稼働すれば、レベル一〇〇のパーティーを二つは殲滅するだけの火力を備えている。しかし戦うことを想定したためか、装飾らしい装飾はなく、ただただ広く、無骨な柱が立ち並ぶだけの空間だ。

 そして今、パンドラズ・アクターことラインハルトは、エンリとアンナを引き連れ、広間を悠然と足を進めている。

 まるで、これまで事もなく順調に進んできたような足取りではあるが、実際はそんな単純なことではなかった。なぜなら侵攻開始時には五千いたゴブリンの軍勢も、数多くの罠や陽動にまさしく消費されていったのだ。なぜならばナザリックの制作者達といえども人間。全てを完全に記憶しているわけではなかったからだ。そのため記憶という不確定な情報を補完し、各階層に必要な人員を送り届けるためにゴブリン達は散っていったのだ。

 この広間の罠も、最後のゴブリン達の離脱と引き換えに切り抜けた。もっとも制作者のるし★ふぁーが提示した三つのパスワードを示し、「いつも三つのパスワードを使い回してて、どれかをゴーレムに設定したか忘れちゃった☆」という事が原因なのだから、なんともいえない。

「次は私達が抑えですね」

 ゴブリン達という盾の喪失から、次は自分たちというエンリとアンナの考えはすでに狂信者のそれであった。しかし、これから立ち向かうのは全員がレベル一〇〇という地上では神の如き存在。対してレベルにすれば十台の二人は、如何に強力なアイテムを利用しようともたかがしれている。ゆえに行き着いた考えと捉えることもできる。

 しかし

「卿の宝具の効果がなくなれば、上層で戦うものたちへの支援もなくなる」

 ラインハルトの言葉の通り、エンリの宝具である我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)は、今この時も稼働している。それもナザリック全域に対してだ。この宝具の発動範囲は、使用者が戦場とした範囲である。ユグドラシル時代であれば、それこそ半径数百メートル程度に過ぎなかった。だがエンリはナザリック全体を攻略対象と捉え戦場と認識しているため、まさしく全域に展開する味方に対し支援効果(バフ)を付与しているのだ。

 エンリは、この一点においてのみ、レベル一〇〇の存在を超えていた。

「なにより卿らの攻撃は、たとえ虚をついたとしてもあの三人には通じぬだろう。ゆえに……」

 ラインハルトは指示を出し、二人は静かに頷くのであった。 
 
******

 ラインハルトは、高さが優に十メートルはある巨大な扉に手をかけると、ギシリと重量を感じさせる音を響かせ押し開かれる。

 普段であれば、手をかざしただけで開く玉座の間の扉だが、今日ばかりはラインハルトらの入室を拒むように一切の動作を止めていた。ゆえに今ラインハルトの腕には数トンの重さがのしかかっている。それでも押し開くことができるのは、レベル一〇〇のステータスのよるものであり、異常さの証明ともいえよう。

 そして扉が開かれた先には、絢爛豪華をこの世に現出させたような空間が広がっていた。

 玉座の間。

 柱一本一本に独創的な彫刻を施し、光源の反射までを加味して配置されたシャンデリア。入るものの属性を判定し、まるで楽団が演奏しているような音楽がどこからともなく流れる秘術。なによりギルドメンバー一人一人に紋章をデザインし、柱にその紋章を刺繍した旗を掲げるという趣向。その空間自体が膨大な手間と時間、そして卓越したセンスで組み上げられた一大芸術といえよう。

 そのような空間の最奥。ナザリックが規模以上のNPC保有を可能とするワールドアイテムを背にした玉座がある。

 その玉座にはナザリック地下大墳墓の絶対支配者。至高の四十一人の頂点たるモモンガ。神話級で固められた装備にワールドアイテムに匹敵するスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。骸骨でありながら畏怖と恐怖を織り交ぜたオーバーロードという外見。くわえて水に濡れたつややかな黒髪と黒翼を持つ見目麗しいサキュバスと、屈強の肉体とロマンスグレーの髪と口髭を持つ執事を左右に侍らせている状況は、まさしく魔王と呼ぶに相応しいものであった。

 モモンガは誰かと会話をしていのか、メッセージを取止めラインハルトに視線を下ろす。

「ーー見事」 

 ラインハルトらの戦略、戦術、攻撃に対し、壇上の玉座からモモンガは愉悦の相を隠さずに声を掛ける。

 その賞賛に、黄金の髪に瞳、均等のとれた肉体、黄金の槍を携えた美丈夫。ラインハルトは一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めながら答える。

「さすがはナザリック地下大墳墓。世界の軛を外れ、法則さえ変わったこの世でこれほど強固な防衛網はありはしないだろう」

 この時も、上層の戦場で打倒された至高の存在の魂はラインハルトの元に還っていく。なにより、この戦闘で死んでいったゴブリン達だけで五千。戦闘で死んでいったナザリック側の魂さえラインハルトのグラズヘイムに絡めとられている。

 いまや彼の総軍は、侵攻開始時とは比較にもならないほどに膨れ上がっている。

「ああ、そうだろうとも。ここナザリック地下大墳墓は、私と仲間達で生み出した天地。世界が変わろうと、そうやすやすと侵させはせん」
「だが、難攻不落とされたこの場も、条件を整えることでここまで到達できた」
「内応するもの。情報を漏らすもの。ふさわしい質と量。なんと必要とする要素が多いことか……」

 ラインハルトの言葉は正しい。そしてモモンガの言葉も正しい。ユグドラシル(ゲーム)から現実になった今、難攻ではあるが不落ではない。そのための条件は酷く限定的であり、いざ揃えようとしてもそうそう揃うものではない。しかしナザリックを陥落させることは可能となったのだ。

 だが今ではない何時か。そのピースが容易に手に入るかもしれない。そんな未来の可能性を否定することなど誰もできはしなかった。言葉遊びのようではあるが、誰もが同じ結論を予想したからだ。

 だが、その全ては些事であると言うような命令が飛ぶ。

「ラインハルト。もう満足したでしょう。お下がりさない」 

 まるで氷のような冷たさでアルベドはラインハルトに命じる。

「本来、至高の御方に刃を向けることなど下僕としてあるまじき行為。ただし、あなたの行動はモモンガ様がお決めになったことゆえ目を瞑りましょう。ですが、これ以上のナザリックへの蛮行を捨て置くことはできません」

 アルベドは、構えこそ取っていないが、一切の妥協や遊びを切り捨てた瞳でラインハルトを睨みつける。

 守護者達は円滑に業務を回すため、役割による上下関係こそあるが本来は同格。そして普段もそのように対応されてきた。たとえアルベドが守護者統括というNPCにおける最高位の役割を担うとはいえ、同格であるラインハルトに対して一方的に命じることなど、これまでなかったこと。

 だからこそアルベドの心情というものが表れているともいえる。

「ナザリックへの蛮行か。卿が怒りを燃やすのは我が半身に槍を向けたことであろう?」
「モモンガ様は、至高の御方々の頂点にしてナザリックの絶対支配者。私の言葉に間違いは無いと思うけど」

 ラインハルトの言葉にアルベドは否と告げる。だが、言葉の端々にナザリックとモモンガを同列視しているようで、最上位にモモンガを置いていることがわかる。むしろナザリックそのものや、他の至高の存在達(プレイヤー)達は、一段も二段も下においていることさえわかる。この一点においてだけは、ラインハルトとアルベドは同一とも言える。

「別に卿の愛の在り方を否定する気はないよ。ただ我が半身に愛を捧げたい。それだけだ」
「貴方の愛は破壊の慕情。私の愛しい方に、触れさせるわけには行かないわ」  

 アルベドの怒りはすでに破壊的なオーラさえ纏いラインハルトに向けられている。

「パンドラズ・アクターの正体は、モモンガの自滅因子である。パンドラズ・アクターとモモンガが争うと必ず共倒れとなり、世界は回帰する。私がかくあるべしと(設定)したものだ。そして回帰はあるとお前は言った。すくなくともお前にはそのような記憶や記録があり、そう認識している。もっとも、実際に回帰は無くそう思い込んでいるだけの可能性もあるのだろう」

 アルベドとラインハルトのやり取りに、モモンガが口を挟む。

「では一つ質問しよう。過去の私とお前の戦いはいつ頃行われた?」

 モモンガの質問に、アルベドやセバスは言葉の意味を理解することができなかった。しかしラインハルトだけは違った。口元を大きく歪め、笑いをこらえるような仕草をしたのだ。

 その仕草を不敬ととったアルベドとセバスがラインハルトを咎めようとすると、モモンガは手を翳し諌める。

「よい。お前の反応で分かった。つまりそうなんだな」
「ああ、その通りだ。我が半身よ。そこまでわかっていながら我が半身は、最後まで付き合ってくれたというのか。存外、付き合いが良いではないか」
「ふっ。私はお前の創造主だ。お前の望みを叶えられずしてなんとする」
「ははは。そうだ。そうであった。身内にはどこまでも甘い。我が半身はそんな男であったな」
「ふふふ、はっ はっはっ」
 
 ラインハルトとモモンガが声を上げて笑う。あまりに珍しい光景に、周りの一同は固まる。ラインハルトにはエンリが、モモンガにはアルベドがそれこそ一日中行動を伴にしているのに、このように声を上げて笑ったことなど見たことなかったからだ。

 そして、ひとしきり笑ったのだろう。ラインハルトは半身となり左手に持つ槍の先をモモンガに向ける。

 モモンガも玉座から立ち上がると数歩前に出る。しかしスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを構えるようなことはしない。自然体にあるがまま。スタッフを持ち、敵を正面から見据える。それこそが構えであった。

 二人の構えに理解したのだろう。アンナとエンリはそれこそ入り口付近まで下がり、マジックアイテムを使用して防衛陣地を構築。アルベドとセバスも先程のやり取りについては理解が追いつかないが、優先すべきことではないと頭を切り替え構えを取る。

 
******


魔法三重化(トリプレットマジック) 無闇(トゥルー・ダーク)

 初手はモモンガであった。

 モモンガのかざした右手から闇があふれ出し、ラインハルトを飲み込む。各種装備の効果で魔法の威力が最強化されているところに、魔法三重化(トリプレットマジック)で魔法自体を重ねた闇はラインハルトの体を蝕む。

 だが、ラインハルトは意にも介さず踏み込み黄金の槍を投擲する。その狙いは正確無比。モモンガの体を貫かんと突き進む。

ーーミサイルパリィ 

 だが、その槍を阻んだのは漆黒の全身鎧に身を包んだアルベドであった。飛来する槍とモモンガの間に体を滑り込ませると、アルベドの身の丈をも超えるハルバートを振るい槍をはねのける。しかし槍は、その意思でラインハルトの手にもどってしまう。

「忌々しい槍ね」

 アルベドは、ラインハルトの手に戻った槍を見ながら小さく呟く。アルベドはモモンガを狙う槍をいっそ折ってやろうと、防御スキルと合わせてナザリックにおいて上位にあたる怪力を余すこと無く叩き付けた。しかし黄金の槍、いやLonginuslanze Testament(聖約・運命の神槍)は仮にもワールドアイテムの一つ。傷一つ付きはしなかった。

 だが、このタイミングを座視するものなどいない。

上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)

 モモンガが汎用の補助魔法を発動する。その対象はモモンガ自身ではなく。

ーーアイアン・スキン/修羅

 迎撃に踏み込んだセバスであった。

「はっ!」

 セバスの顔は普段の老紳士のソレではなく、竜人の本性とも言うべきグレーの鬣を持つ獰猛な竜種の顔となっていた。そして距離を強化されたその脚力で瞬時に埋めると、右の正拳突きでラインハルトの鳩尾を狙う。

 ラインハルトもその手に戻った槍を回し、セバスの正拳突きに横薙ぎで当てる。相手が木っ端の人間であるならば、そのひと当てだけで拳の軸はぶれ、ラインハルトの体に触れることができない軌道を取るだろう。しかしセバスは違う。繰り出された正拳突きは、踏み込み、腰の入れ方、肩や各関節の解放と硬直、体の軸、その全てが高い次元で組み合わされた渾身の一撃である。ラインハルトの腕力だけで振り回した槍でブレるようなものではない。

 だが、それこそラインハルトの狙いであった。揺るぎもしないものに当てた槍は、正確にその反動をラインハルトに返す。その反動に逆らないことで、体を半歩ずらすことに成功する。そして腰と肩を回すことで、セバスの攻撃を回避。そして撃ち抜かれた衝撃波すら利用し大きく横に飛び距離を取ったのだ。

「どうした、ラインハルト・ハイドリヒ。お前の力はそんなものではないだろう」

 ラインハルトが飛びのく姿を見ながら、モモンガは期待はずれだと言わんばかりに言葉を投げつける。

「忘れたか! 私にもまたお前と同じ恩恵を受けていると」 

 モモンガの叫びが力となる。モモンガの奥底から魔力をくみ上げ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが鳴動する。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの防衛機構が稼働し、敵となったラインハルトに対し高位エレメンタルを四体召喚する。

 しかし、本来であれば多少は削れるモモンガのMPが小動さえしない。ラインハルトとつながるモモンガは、まさしく消費した瞬間に補充されるという理不尽ともいえる状況であったからだ。

「お前にはスワスチカのバックアップがあり強大な魔力がある。ヴェルトールに存在する仲間達のスキルさえ利用できる。さらに顕現さえもできるのだ。それはこちらが三人で戦おうとも、埋めがたい戦力差だ。だからお前は見合った力で戦っているつもりだろうが、正々堂々? そんなものはただの欺瞞にすぎない。善や道徳という薄皮をひとたびはぎ取れば、みな力の信奉者にすぎん 」

 モモンガはそういうと、右手を虚空に伸ばし握りつぶす。その行動にラインハルト以外は意味を見付けることができなかった。

 だが、結果はすぐに誰の目にも明らかとなった。

 ラインハルトの体に光があつまり、その存在感が数倍に膨れ上がったのだ。

「九層以上の実体化を切ったか」
 
 そう。モモンガは、約束をした三層に残るメンバーも含め、全ギルメンの実体化を解除したのだ。そのため、魂は全てラインハルトのヴェルトールに帰還し、その全てはラインハルトの力となったのだ。
 
「さあ、開戦といこうではないか!」


 



モモンガ「さあ、かいふくしてやろう!
 ぜんりょくで かかってくるがいい!」


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第6話

 火、風、水、土、四体のエレメンタルが空を掛ける。

 どのエレメンタルもレベルにすれば八十後半。上位物理攻撃無効スキルでは対処しきれない属性攻撃がラインハルトに襲いかかる。レベル一〇〇に達するなら、一対一であればこのレベルのエレメンタルであっても問題なく対処できるものだ。だが四体同時、正確には四属性同時となると防御の隙を突かれることになり少なくないダメージを負うこともある。そしてもし四属性を完全に防御出来る場合、それ以外が弱点属性であることが露呈する。

 だが、ラインハルトは防御ではない方法で対処してみせた。

「第七 SS魔道師団 」

 ラインハルトの声に従い、異形の骸骨達が虚空から立ち上がると一斉に杖を構える。そして打ち出された魔法は、戦列砲撃のようにエレメンタルへと一斉に降り注ぐ。

 さすがはギルド武器の防衛機能に組み込まれるエレメンタル。一度の砲撃で消えることは無かった。しかし二射、三射と息つく暇もない砲撃に勢いは削がれていく。

「第三十二 SS槍兵師団」
「グオオオォォォ」

 エレメンタルは獰猛な叫び声をあげながら、ラインハルトに向かって突進してくるも、畳み掛けるようにラインハルトは新たな軍勢を生み出す。

 立ち上がった異形の骸骨達は、手に槍やグレイブといった長物武器を携え一斉に突撃する。エレメンタルらもそれぞれ回避や防御を取ろうとするが魔法攻撃にさらされ満足に動けず、串刺しにされ次々消滅していく。

 けしてエレメンタルが弱いわけではない。属性色の強いエレメンタル故、わかりやすい弱点属性を、圧倒的な数の暴力で突かれただけ。

 言葉にすれば単純。しかしそれを一人意志により出現し、統率され、実行したこと。一長一短はあるが対軍というカテゴリされ、数多の魔獣を制御し戦力とする同じ守護者のアウラと同種の能力。

「これがラインハルトの能力」
「そう私は軍勢(レギオン)だ。槍兵には槍を、魔術師には杖を、各々の特性に合わせた武器を与え編成し指揮をする。それこそ将の妙理というもの」

 王都の迎撃の際、それこそ万に登るアンデッドを一時的とはいえ顕現してみせたのを、モモンガ達も目撃していた。

 だが、あの時は脆弱な低級のスケルトンの顕現に過ぎなかったが、今回現れたのは異形の骸骨。そして手に持つ武器。その全ては前回と隔絶していた。

「ギルメンにはそれぞれの最終装備。木っ端の骸骨には宝物庫の山のように積んだ伝説級装備。お前を宝物殿の管理者とする上で、関連付けた背景(設定)だったがそんな風に活用してくるとはな」
「何を驚いている。まだ序の口であろう」

 その考えに至ったモモンガにラインハルトは言い放つ。

「第十 SS弓兵師団」

 先程までラインハルトを中心に兵を展開していた。だが、今度はまるでモモンガ達を半包囲するように百を超える弓兵が展開。一斉に矢を放った。

 彼我の距離は百メートルも離れては居ない。迷う時間など一秒も無くアルベドはセバスに指示を出す。

「セバスは左翼を」

ーーミサイル・パリィ/イージス

 セバスへの指示が速いか、スキルの発動が速いか、アルベドは防御行動に移り飛来する矢の対処にあたる。

 先程までのギルメンの影を利用した攻撃と違い、個々の攻撃力は大したものではない。そしてアルベドのミサイル・パリィによって弾き返された矢は的確に攻撃した骸骨を破壊していく。

 しかし、一対五十を有に超えており、数の差は圧倒的。
 
 相手は食らった魂を爪牙として使役する存在。十や二十破壊されたとしても、その倍の数を顕現させてくる。そして数の暴力を証明するように、ミサイル・パリィのスキル効果を上回る程の矢がアルベドの背後、すなわりモモンガ目掛けて殺到する。それを見越したアルベドは、その身に盾として防御に徹する。

 もちろん、モモンガに攻撃が届いたとしても、この程度の攻撃では対したダメージにもならないのは明白。しかし二人のNPCはモモンガを護るという一点のためだけに、全力で防御に徹してしまう。そのためダメージこそほとんど無いが、アルベドとセバスの足が止まってしまった。

 また、支援魔法を立て続けに展開し、二人を支えるモモンガも同様であった。

「これは一対一の御前戦闘ではないぞ」

 ラインハルトの言葉と共に空気が変わる。

私が犯した罪は(War es so schmählich)私の愚かさで、(Was ich dem Herrn und )主とあなたのお役に立てなかったこと(dir nicht diente, für meine Torheit)ゆえに託したい(
Deshalb möchte ich mich bekennen;
)
我が槍を恐れるならば、(Wer meines Speeres Spitze furchtet,)この光を越すこと許さぬ( durchschreite das licht nie!)」  

 ラインハルトの持つ聖槍から雷光が溢れ出し、バチバチと不快な音をたてながら空気を軋ませる。光は次第に大きなうねりとなり辺りを白く照らす。

Briah(創造)--」

 モモンガはラインハルトの詠唱の中身はわからずとも、その結果は覚えている。原作通りであればグラズヘイムに取り込まれた存在の能力発動。魔樹ザイトルクワエ戦でみせた事から類推すれば……。

「グラズヘイムに存在する者のコンビネーションか」

 アルベドもセバスも足止めされているのを見て、モモンガは即座に迎撃のための攻撃魔法に移る。

三重化(トリプレッド)……」
Donner Totentanz(雷速剣舞) -- ein Feria(英霊招来)

 しかしラインハルトの詠唱が一呼吸早く終わり、光は六本の爪となり轟音と共に雷速で三人に襲いかかる。この速度域の攻撃は、事前対策でもしていないかぎり回避できるものではない。だが、問題はそこではなかった。

「むっ」
「これは……」
「防御を抜いた?」

 攻撃を受けた三人は防具さえも切り裂かれ、大きく吹き飛び、膝を突くこととなる。素早く体勢を立て直すことができる程度とはいえ、予想外のダメージに虚をつかれたのだ。

 なによりラインハルトのコンビネーションは、元はギルドメンバーのコンビネーションが中心となっている。ゆえに発動すればモモンガは効果も含めて予測できると踏んでいた。しかし今の攻撃は、まったくというほど記憶になかったのだ。

 だが、雷光が消える間際、技を放ったと思わしき影が一瞬だけ見えた。

「ガゼフ・ストロノーフ?!」
「どうかな? 人類最高峰の剣の味は。この世界の戦技も捨てたものではなかろう」 

 ガゼフ・ストロノーフ。王国、いや人類最強の剣士。そのような男の秘剣とも言うべき戦技を、持ちうる限り強化し雷速で繰り出されたそれは、ユグドラシルの設定にとらわれないこの世界の理の一撃へと昇華したのだ。

 だがこの時、流れが変わる。

 セバスは巨大な気弾で弓兵を飛来する矢ごと吹き飛ばすと、弾かれたように踏み込みラインハルトとの距離を詰める。突進の勢いを載せた抜手による連撃、合間を縫うように岩をも砕く脚力から繰り出される蹴り。どの一撃もスキルが上乗せされた必殺となりえるものであった。

「セバス。その激情、卿らくもない」
「至極冷静で……いや、このよくわからない感覚に名をつけるならばそうなのでしょう」

 ラインハルトもその能力を遺憾なく発揮し、セバスの攻撃を体捌きで躱し、槍をもって受ける。さらに爪牙を顕現させモモンガとアルベドから横槍が入らぬよう牽制を加え、場を整える。

 だが、それを上回る怒気とも呼べる気迫を纏ったセバスの攻撃は重く速い。少なからずラインハルトの体に傷を負わせる。

「なぜあの方を殺した。あの方は友ではなかったのですか」

 セバスは思い出す。

 ガゼフ・ストロノーフは自分の信じる正義をなすために戦った。力及ばず我々の手を借りたとはいえ、多くの困っている民を救いたいという一点は、共感を覚えていた。そんなガゼフに友として手を差し伸べたラインハルト。任務という背景があったとしても、二人の間には確固たる縁が結ばれていた。すくなくともセバスにはそう見えていた。

「ガゼフ殿は少なくとも貴方を友と呼び、貴方からの信頼に答えようとしていた。ましてやナザリックの協力者でもあったはず。なぜ殺す必要があった」
「異な事を、あの者もまた私の愛すべき存在に他ならない。故に破壊した」
「友の魂も、慕うもの達の魂さえもあなたは食らうというのですか!」

 セバスは一瞬だけ玉座の間の扉に視線を動かす。そこにはラインハルトの部下の少女達がいた。あの少女達と王都で飲んだ茶の味を覚えている。交わした言葉は今も考える際の指針にさえなっている。だが、二人ともラインハルトの手ですでに死んでいるのだ。

 再びセバスはラインハルトの目、黄金の双眸に宿した奈落の炎のような輝きを見る。確かにナザリックの仲間だ。しかし許すことができなかった。

 一人一人に生があった。愛する者がいたはずだ。守りたいものがあったはずだ。たとえ他人からすれば取るに足らぬものであっても、一人一人の物語があったはずだ。

「それを奪うのがあなたの世界ということですか」
「無論だ。我を持って全となす。我が世界の住人なのだから、内なるもの達を慈しむのは道理であろう。愛も勇気も絶望も、怒りも悲しみも何もかも・・・・・・。我が内に生きるものは例外なく祝福しよう。そしてその物語こそ至高の供物だ。我が宇宙(ヴェルトール)に在るもの達はそれを代価に支払ってもらう。良い物語を見せてくれたであろう」

 セバスは、もちろんラインハルトの取り込まれた存在の人生や最期など知りはしない。しかし王都での日々。あの一時でであった人たちは、守りたいもののために一生懸命に生きていた。

「偽りの力と栄誉を与え、魂を代価に奪い取る。それは卑しき悪魔の所業。栄光あるナザリックの僕にふさわしくはありません」 

 握った拳に力が漲る。創造主が追い求めた信念があった。セバス自身の信念があった。

その信念が力となる。それを証明するようにセバスの一撃はどれも速く力強い。それは完成された演武のように美しく、そして……。

「なるほど、速いな」

 ぶつかり合う黄金の槍と鋼の拳。しかし幾重にも続くかと思われた拮抗は、別のところから崩された。

魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック) 心臓掌握(グラスプ・ハート)

 モモンガは様々なスキルで強化し、さらに魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)で上乗せした即死魔法がラインハルトに襲い掛かる。

 一瞬だがラインハルトの顔がゆがむ。即死こそ抵抗こそされたが追加効果により朦朧状態となったのだ。セバスもその隙を突くべく踏み込む。

 しかし連携の訓練をなど行っていなかったため、当人達は気がつかない程度だが、相対するものからすれば、あからさまなタイミングで攻撃をしていた。たとえ朦朧となっていようと、その隙を見逃すラインハルトではない。すぐさま控えていた爪牙に指示をだす。セバスめがけてとびかかるもの。その身を盾とすべく立ちはだかるもの。

ーー影縫い/修羅/徹し

 だが、セバスの一撃はそれをも上回って見せる。減衰したとはいえ邪魔な死者もろとも、ラインハルトに一撃を入れたのだ。そのダメージはすさまじく、ラインハルトの左肩を大きく抉り、大きな血のしぶきを上げる。

「(皆に連携の重要性を説いておきながら、連携訓練を怠ったツケか)」

 効果的な一撃ではあったが、モモンガは内心舌打ちする。

 本来なら、モモンガないしアルベドからの連撃につなげることができたはずなのに、すでに爪牙がフォローに入って追撃を入れる隙が無い。

 防御では、セバスとアルベドがいる限りモモンガ側が有利であることは変わらない。いままでに無いほど魔法を連発しているが、スワスチカのバックアップによりモモンガのMPはそれほど減っていない。もっともこれはラインハルトも同じだ。

 しかし回復はセバスの気功を利用した自己回復のみ。万が一と持たせているアイテムもあるが、それこそ先程のような隙を晒しかねない。なによりアンデッドであるモモンガは通常の方法では回復ができない。対してラインハルトはドッペルゲンガー。ギルメンのスキルや魔法による回復も可能。

 ここまでは想定通り。

 しかし連携の差が、想像以上に足かせとなり、徐々に押されている。ラインハルトの大技に備えアルベドの究極ともいえる防御を温存しているし、事前に準備した策が実を結ぶにはまだ時間がかかりそうだ。

「よかろう、では少し趣向をかえるか」

 骸骨の弓兵は引き陣形を換え、ラインハルトは黄金の槍をモモンガに向けて構える。それをラインハルトの大技の準備と捉えたモモンガは一際大きな声でアルベドの名を呼ぶ。

「アルベド!」
「はい」

ーーカバー/イージス/サクリファイス

 アルベドはモモンガの指示を阿吽の呼吸で受け取り、複数の防御スキルを発動する。最悪この身が一撃で消し飛ぶほどのダメージ、たとえば対拠点攻撃の超位魔法であっても鎧を犠牲にすることで対応可能。究極とも言える防御を展開する。

 黄金の槍が不気味に鳴き震えだす。同時に膨れ上がる暴力的な凶念と血の香り。

この身は悠久を生きし者(
Dieser Körper lebt für immer
)
ゆえに誰もが我を置き去り先に行く (
So verlässt mich jeder und geht weiter
)
追い縋りたいが追いつけない(
Ich möchte nachholen, aber ich kann es nicht einholen
)
才は届かず(
Talent kam nicht an
)
生の瞬間が異なる差(Ich hoffe, dass rohe Momente)を埋めたいと願う( unterschiedliche Unterschiede füllen)

 いやな直感がモモンガの背を走り抜ける。

拷問城の食人影(Csejte Ungarn Nachtzehrer)

 詠唱の完成に合わせ、ラインハルトの影が蠢く。その動きは艶かしく生理的嫌悪感を伴い、モモンガ達に向け一斉に伸びていく。

 NPC達はそのような見た目などお構いなしに、まさしくモモンガのためにその身を盾としようとする。
 
 だがモモンガはその影を見て叫ぶ。

「その影に触れるな。行動阻害無効がない限り、捕まったが最後デバフとドレインの海に落ちるぞ」 

 その指示に防御を解除し一斉に飛び退く。しかし影の触手は分裂して広がり続ける。それこそフライで空中に逃れても、まるで枝分かれした樹木の枝のように、その魔の手を広げ続ける。

 野外であれば対処のしようもあった。しかしここは玉座の間。有限の空間で、無限に枝わけれし増殖を続ける影の触手に、徐々に追い詰められる。
 
「よりによって、音改さんのコンボかよ」

 モモンガはつい本心を吐き出す。生産系のギルドメンバー音改は、生産系であるがゆえに異形種狩りのカモになっていた。そこで護身のために唯一くみ上げた技である。

「敵の力を削ぐ戦い方は好みではないが、彼女の物語は、さも鮮烈で美しい」
「どんな存在も商取引という舞台においては手を取り合える。偏屈な平和主義者の自衛用コンビネーションだ。それは美しかろう」

 モモンガはフライで距離を一気に置き、迎撃の魔法を編む。正直使いたくない魔法のひとつだが、対処方法がこれしか無く、アルベドとセバスにもメッセージを送り、是という返答が帰ってくる。

三重化(トリプレッド) 負の爆裂(ネガティブバースト)

 モモンガを中心に負の波動が空間を伝播し、触れたものがボロボロと崩壊し塵への帰っていく。もちろん一面に広がろうとしていた影の触手は、一瞬でその姿を消す。

 同時に、相対するラインハルトをおも飲み込む。ライフエッセンスで見る限り、少なくないダメージを与えたのだが、モモンガは視線を向ければ、同じように傷ついたアルベドとセバスの姿がある。

「よく耐えた」
「はい。お気になさらないでください」  
「どうか、我らを捨て置き前を」

 アルベドとセバスはモモンガの言葉に歓喜する心を押しとどめ答える。

 ラインハルトの攻撃を回避するために動き回ったためか、二人との距離はかなり離れてしまい、モモンガは孤立するような位置関係で地に降りた。

 そんなモモンガを、同じく着地したラインハルトは興味深げな目で見ていた。その背後には千を超える死者が群がっている。

「まったく、フレンドリーファイアとは面倒なことだ。なあラインハルト」
「それもこの世界の理の一つだ。それにどうした我が半身よ。そんなものではないだろう? 何か本気を出せない理由でもあるのか?」

 ラインハルトはゆっくりと黄金の槍を刺突の構えをとり、モモンガに問いかける。もちろんオーバーロードであるモモンガにとってこの程度の揺さぶりは、反応するに値しない些事である。

 同時に、あの軍をこれ以上指揮させていけないとモモンガは冷静に判断する。数百の同時攻撃で攻撃手段を奪われたのだ。このまま千を超えた波状攻撃を受け続ければ、最悪押し切られる。

「それともフレンドリーファイアを恐れて、我が半身が得意とする死霊系の魔法が使えぬか? ならば、そこの二人を我がグラズヘイムに招いても良いのだぞ」

 神でも気取るようなラインハルトの傲慢さ。命の食らいひとたび眷属となれば、己があるかぎり永遠を約束する存在。その言葉はナザリックのみならず、全世界を飲み込もうという破壊()に満ち溢れている。

 だが、ラインハルトの指摘は的を得ていた。

 なにより、数に対抗するための定石たる広範囲攻撃が、フレンドリーファイアを招くのだ。

「ぬかせ。死こそ我が司りし業。その神髄をしかと見よ!」
 
 モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン構える。スタッフに埋め込まれた宝玉がモモンガの魔力に共鳴して一斉に輝きはじめ、本来の機能を取り戻す。

 そうまだ二人の戦いは中盤に差し掛かったにすぎないのだ。

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